行きつく先へ  (たまてん)
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行きつく先へ 第一話 再動

イオナとの別れから二年の歳月が経った。

平凡な日常を送っている群像に新たな波乱が巻き起こる。


1.

 

――その日も、彼はいつもように講義のための資料作成に勤しんでいた。

パワーポイントを構成しながら、こういった作業を僧は嬉々としてとやってたよな、と彼は思い出し笑いをする。

すると、コンコンと扉を誰かがノックした。

 

「どうぞ」

 

そう彼が応えると、「失礼します」と言って一人の男性がその扉を開く。

 

「千早教授。そろそろ次の講義のお時間です」

 

「ーーええ。分かりました。いま参ります」

 

そう言って、彼――千早群像はパソコンを閉じた

 

■ ■ ■

 

――あの日。

 

霧の総旗艦ヤマトの消滅したあの日から、世界は変わった。

 

閉鎖された国交は回復し、人類は再び繁栄を取り戻した。

そしてそれと同時に、絶え間なく地上で行われていたテロや内乱も、次々と鎮火していった。

――思えばその内乱も、海上から人類を遠ざけようとする霧側の情報操作によるものだったのかもしれない。

その答えを知る術も、方法も、今となっては知る必要すらなくなったが。

けれど、だからと言ってその内乱で残された傷跡も跡形もなく消えることはなかった。

そしてアメリカなどのかつて主要国は疲弊した国に対し、支援活動を行なうことを決めた。

――まぁ、それは『支援活動』という名目でその国のパイプラインを握るという『支配活動』なのだが。

人類が生き残ったあと、国々が真っ先に考えたことは「誰が先駆者となりえるか」ということだ。

その先駆者となるためにも、各国は自らの国力を上げるための政策を次々と打ち出していった。

……人類が生き残ると分かってすぐこれだ。

自分たち人間がどれだけ生き汚なかったのか、改めて痛感する。

 

――そして、変化は霧の艦隊にも起きていた。

アドミナリティ・コードのもと、総旗艦に従っていたがそれが消失した今、彼女らは自らが選び決めるという『自由』を与えられた。

……いや、押し付けられたという言い方が正しいか。

少なくとも、統率された霧の艦隊として忠実でいた者たちにとって、寝耳に水の話だったろう。

当然、混乱が生じた。

中にはかつての命令に従ったまま、海上に出てきた人類を攻撃してくるものもいた。

だが、それを阻止しようとする霧の動きもある。

そして、新たに混乱する霧を統治するべく、『黒の艦隊』と呼ばれるものが現れたという話を、風の噂で聞いていた。

 

――そう、風の噂だ。

 

今の自分――千早群像は、霧の艦隊からも世界からも、遠いところで生きている。

かつて霧の艦艇である伊号401に乗艦していたクルーも、今は各々の道を歩んでいる。

織部僧は、渡米を果たしアメリカで戦略指導の講師として働いている。

橿原杏平と四月一日いおりは持ち前の技術を活かし、杏平は軍人として日本の開発した新たな潜水艦『白鯨』の砲撃手として乗艦し、いおりはその整備班班長となっている。

八月一日静は家族のいる台湾に帰国した。

時折送られてくる手紙を読む限り元気でやれているらしい。

そして千早群像は、かつての経験をこれからに伝えていこうという思いから士官学校の講師として生活を送っていた。

――世界に風穴を開けられたとしても、軍から離れるという考えは彼にはなかった。

ただ父が成し遂げようとした平和が、かつて仲間だった伊号401――イオナのおかげで実現したこの世界を、出来うる限り守っていきたい。

その思いから、この平和な世界で生きているとしても、千早群像として自分に出来ることをしようと彼は戦い続けていた。

それが彼女たちへの最大限の敬意だと、信じていたから

 

 

■ ■ ■

 

「――教授。コーヒー入りました。どうぞ」

「ありがとうございます。山村さん」

 

差し出されたコップを受け取り、群像はそれに口をつける。

長い間話していたせいか喉が乾ききっていた。

温かなこのコーヒーが、何よりの癒しだ。

 

「しかし、千早教授の話はいつ聞いて素晴らしいですね。他の講師の方々と違い、講義を聞く甲斐がある。俺も在学中に貴方の講義で学びたかった」

「……誉めてくださるのはとても光栄ですが、それは大袈裟です。山村さん」

 

群像は自分より年上の助手にそう言うと、「これは失敬」と彼は肩を竦める。

 

――山村 扇。

 

海軍に所属する立派な軍人である。

階級は少尉。

……海軍の少尉を勤めるような人間が一回り年下の群像の助手であるというのは正直異様な光景だ。

その理由は、群像にはだいたい検討が付いているのだが……。

 

「ですが、私が貴方に抱く敬意は本物だ。――戦場というのは、運のよさで生き残れる場所ではないからね」

「――そうですね」

 

――『運がいい』だけで生き残れたら、どれだけの人を助けられたのだろう。

山村のその言葉を聞いてそんな意味のない自問自答をしてしまった自分自身に対し、彼は苦笑した。

 

「――つまらない話をしてしまいました。申し訳ない。とりあえず今日の講義はもう終わりですから、官舎までお送りいたします」

「大丈夫ですよ。一人で帰れます」

「ご遠慮なさらずに。それに、貴方は我々にとって英雄的存在だ。もう少し、威張ってくださっても構わないのですよ」

「……性に合わないですよ。それに本当の英雄は俺じゃないですから」

 

――そう。

英雄と呼ばれるに相応しいのは、きっと彼女の方……。

彼がそう考えた時、不意に教授室にあったテレビにノイズが入り始めた。

 

「あれ。なんでいきなり――ってありゃ?消えないな」

 

山村がリモコンで電源ボタンを押しているが砂嵐は以前として続いたままだ。

故障かな、と首を捻っていると唐突に砂嵐は消える。

そして次の瞬間、画面は一人の少女を写し出した。

――腰まで届く真っ白な髪。

それと同じぐらい真っ白なドレス。

――その姿に、群像は息を飲んだ。

純白の乙女はにっこりと、こちらに微笑む。

 

「――はじめまして。人類のみなさん。そして私の可愛い霧の娘たち。――私は霧の超戦艦。名をホウライと申します。以後お見知りおきを」

 

画面の向こうで恭しく頭を下げる少女に、山村はひきつった笑みを浮かべた。

 

「……こいつは、ドッキリか何かなんですかね?」

 

群像は無言だった。

……正確には、言葉を失っていた。

――彼女の姿。

身体的特徴は違えど、その真っ白な姿には見覚えがあった。

ゆえに、身体が固まってしまった。

同時に、彼の本能が訴えている。

悪いことが起こると警鐘を鳴らしている。

 

……そして不幸になことに。

 

彼のその予感は、見事に的中してしまうのだった。

 

 

「ーーさて。このたびは親愛なる皆様にご報告があって参りました――今この時より、私ホウライは超戦艦ヤマトの後継として霧の総旗艦を継ぐことを、ここに宣言させて頂きます」

 

「……笑えないジョークだ」

 

そう山村は茶化したが、彼自身も気付いるだろう。

――これに似た光景を、二年前に見ていることに。

そしてもう一つ、と少女は人差し指を立てた。

 

「ーー私は超戦艦ムサシの遺志を受け継ぎ、再び人類に対し――宣戦布告致します」

「……やっぱりかクソっ!」

 

そう吐き捨てるように言うと、山村は教授室を出ていき、誰かに連絡をとりはじめる。

群像は食い入るように、その少女――かつて彼の前で消えてしまった彼女を彷彿とさせる姿をした総旗艦を見つめる。

 

「――本日を含め七日以内に、人類は武力放棄をし、我が軍門に下ってください。従わない場合は、世界中に存在する霧の艦隊全てが貴方たちを滅ぼします。――それではみなさん、ご機嫌よう」

 

彼女が一礼すると、再び画面は真っ黒になった。

 

――超戦艦ムサシ、並びにヤマトの消失から二年。

 

……彼女がいなくなって、二年。

 

人類は再び霧の艦隊に、降伏勧告を突きつけられた。

 




最後までお読みいただきありがとうございました。

こちらの小説は別のサイトでも掲載しているものですが、いろんな人に読んでもらえるからと友人のすすめではじめさせていただきました。

これからよろしくお願いします


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行きつく先へ  第二話 黒と白の戦艦

新たに人類に突きつけられた降伏宣言

悩める群像の前に、彼女が現れた


2.

――超戦艦ホウライが人類に宣戦布告したその日、海軍本部は上や下やで大騒ぎだった。

アメリカに連絡をとろうとしても再び張られた霧のジャミングにより国内においても通信が困難。

更に資材を輸送していた船が攻撃を受け撃沈したという報告もあった。

いつの間にか世界は、二年前と全く同じ状況に陥っていた。

はぁ、と群像はため息を付く。

こんな状況であるというのに、彼の身辺は比較的平和であった。

……当然であろう。

今の自分には、何もないのだから。

かつて共に戦ったイオナも、401クルーもいない。

軍の上層部は余程の非常事態にならない限り群像を関わらせたりしないだろう。

二年前の群像は、軍の命令でなく独断で動いていた。

そんな何をするか分からない人間にお呼びがかかるわけはない。

それは、あの上陰次官がよく分かっている。

だから今の彼には、こうして喫茶店のテラスでコーヒーを飲むことしか出来ない。

……久方ぶりに痛感した。

この、何も出来ない無力感を。

ふと、彼は横を見る。夜の横須賀は、この二年で活気のある町並みに変わった。

今では、この喫茶店のような娯楽を楽しむ店もある。

イオナが、存在と引き換えにもたらしてくれたものだ。

――それが、あと七日で終わる。

この町も、この平和も、もうすぐ終わる。

なのに、自分は何も出来ない。

行き場のない悔しさが込み上げた。

 

「ーー失礼。相席させてもらうぞ」

 

ーーすると、群像に答えを聞くでもなく、彼が座るテーブルの向かいに誰かが腰を下ろした。

周りを見れば空いている席はたくさんあるだろうに。

彼がそう思いながら景色から目を戻すと、その人物の顔を見てぎょっとした。

 

「――ウェイター。これを頼む。ミルクはいらない」

 

メニューを店員に見せ、慣れた様子で彼女は紅茶を一つオーダーする。

かしこまりました、と店員が頭を下げて去っていき、それからやっと、彼女は群像に向き直った。

 

「――久しぶりだな。千早 群像」

「――どう、して?」

 

君がここに、と群像は喘ぐように言った。

 

ーーそこにいたのは、かつての仇敵であり戦友であった彼女。

 

大戦艦コンゴウのメンタルモデルであった。

 

信じられないものを見たように、目を大きく見開いた彼。

 

そんな反応を見て、彼女はふっと小馬鹿にしたように笑う。

 

「愚問だな。お前ならその程度言われずともわかるだろうに。それとも、そんなことも分からなくなったか?」

「――今日の、あれだな?」

 

そうだ、とコンゴウは頷く。

ーーそれ以外の用件など考えられるわけがない。

早速だが群像はコンゴウに問うた。

 

「――コンゴウ。彼女は、何なんだ?本当に霧の総旗艦なのか?」

「――分からん。だが少なくとも私は、あの小娘を総旗艦とは認めてないがな」

 

彼女のその返答を聞いて、群像は少し安堵する。

ーーつまり、人類への宣戦布告は霧の総意ではないということだ。

少なくとも、最悪の展開だけは回避できた。

だが……。

 

「君が来たということは、事態は深刻なんだな?」

「ああ。それもかなりな。――まず状況を説明しようか」

「頼む」

 

そう群像が言うと、コンゴウは「分かった」と頷く。

――この二年間、人類にも変化があったが霧にも大きな変化があった。

自分の意思で決め、選択するという変化だ。

ただただアドミナリティコードに従っていた彼女たちにはそれは大きな、そして理解しがたい変化であった。

当然混乱する艦も現れた。

コンゴウは霧の生徒会のメンバーとともにそういった戸惑い続ける艦たちを集めて、『黒の艦隊』として彼女たちを導いていた。

自分たちのこれからの道を模索するために。

――そんな中、彼女たちの前にあの超戦艦が現れた。

 

「アイツは自らを新たな霧の総旗艦と名乗った。そして自分の旗本下れと言ってきた。……彼女がもし本当にヤマトの、伊号401の後継でありその遺志を継ぐ者であったなら少しは考えたがな。だが奴は違う。401やお前たちが目指したものとは対極に位置するものを求めている。当然、私は断った。そうしたら、奴は何をしてきたと思う?」

 

群像は無言でその先を促す。

彼女は、ふっ、と自嘲の笑みを浮かべて言った。

 

「――攻撃してきたよ。私の艦隊に所属していたメンタルモデルを持たない艦を強制的支配下においてな」

「……出来るのか?そんなことが」

「総旗艦であるヤマトとムサシには出来た。だが五十に及ぶ艦を一瞬で支配し、それを自らの意思でああまで操ることは出来なかったはずだ。――油断した。おかげで霧の生徒会を除く『黒の艦隊』は奴に取り込まれ、情けなくも敗走。それが二日前の話だ」

「それであの宣戦布告か。……もし仮にヤマトやムサシに出来ない芸当をやってのけたのだとしたら、彼女は本当に二人の後継なのだろうか?」

「スペックが同等というだけで総旗艦だとは言えない。そして、今の我々霧には彼女がそうだと認めるかどうかを決める意思がある。……が、あの小娘はそれすらも剥奪した。完全な独裁だな」

「――なら、これから君たちはどうする?」

「あの女を止める。何があってもな」

 

確固たる決意で、コンゴウはそう言った。

届けられた紅茶を飲みながら、彼女は続ける。

 

「あのホウライを突き動かしている原動力はアドミナリティコードなどではない。対峙してわかった。あれが持つのは果てしない憎悪だ。何に対しての憎悪かは定かではないが……あんな理不尽で独裁的なものを総旗艦だとも、まして同じ霧だとも思わない。私たちは霧の艦として、あれを止める。人類のためではなく、霧のためにな。そのためにも協力してもらうぞ、千早群像」

「――何故俺に会いに来た?今の俺には何もない」

「……そうだな。今のお前には何もない。世界に風穴を開ける力、航路を切り開く力、何もかもがない……しかしそれでも。どれだけの時が経とうと――401にとってお前はかけがえのない存在だ」

「――まさか」

 

その言葉に驚きを示した群像に、コンゴウはそうだ、と頷く。

 

「――我々『黒の艦隊』はこれより401が消滅したあの場所へと向かう。そして、彼女を再起動させる」

「――イオナを、再起動?」

「ああ。コアの完全な消滅は確認してないからな。そして彼女を起動させ、あのホウライが霧の総旗艦でないことを証明する。その上で奴を叩く。お前には、彼女の再起動させるために付き合ってもらうぞ」

「――俺に何ができるんだ?」

「さぁな。分からん」

 

言って彼女は肩を竦める。

 

身も蓋もない。

 

ただ、と彼女は空になったカップを置いて群像に向き直る。

「――401が初めて起動したとき、きっかけとなったのはお前だ。だから新たにはじまる時も、お前からなのだろうと思った。それだけだ」

「君にしては、偉く曖昧な結論だな」

「仕方ない。それ以外方法が思い付かなかった。……こんな台詞を口にするとは思いもしなかったが、いわゆる勘というやつだ。だが、私はこれに賭けてみる価値はあると思ったんだ」

「……そうか」

 

彼女の言葉に群像はつい微笑んでしまう。

――霧の艦隊も二年前とは明らかに変化している。

感情を理解し、勘と呼ばれるものを信じるぐらい人間的になった。

イオナが望んだ通り、彼女らは自己を持つようになった。

それが吉か凶かはまだ分からないだろうが……でも、無性に嬉しかった。

 

「――さて、ここまで話を聞いてお前はどうする?千早群像。お前が協力しないのなら、我々だけでもやるつもりだが」

「……君たちを見てると、自分自身の変化のなさを思い知らされる」

「そうか?私から見たらだいぶ老けたが」

「外見的な特徴じゃないよ。――ただ、変わらなくてもいいぐらいに世界は平和になっていたんだと改めて自覚した。そして、それはイオナが与えてくれたものだということも。だから、今の俺にできることがあるなら――守りたい。彼女がくれたこの世界ために出来ることがあるなら、俺は何でもしたい」

「――決まりだな」

 

そう決意をする群像を見てコンゴウは不敵に微笑む。

――やはり、この男は変わっていない。

あの絶望的な戦いの中でもついぞ折れることのなかった鋼の意思は、まだ健在のようだ。

 

「――では、行くとするか。そしてすまないが、他のクルーを探している暇はない。お前一人で来てもらうぞ」

「わかっている。元々そのために分散させられたんだと思う」

 

――上層部がただ群像たちを野放しにするはずがない。

彼らが万が一団結して何かを起こそうとするのを防ぐため、バラバラの場所に点在させ、監視を付けた。

それに、群像は少しホッとしていた。

出来うる限り友人たちに危険な目にあって欲しくないというのも、事実であったから。

 

「――コンゴウ。俺を連れていってくれ。イオナのもとに」

「ああ。しかしその前に、我々を監視している奴らを片付けた方がいいのだろうか?」

「いや大丈夫だ。彼らに今俺たちを止める理由はないさ」

「そうだな。――では行くぞ。千早群像」

「ああ」

 

互いに頷きあって、二人は立ち上がる。

――今再び、群像は舵をとる。

しかし、かつてのようにこの世界を変えるためではない

イオナがくれた世界を、守るために。

 

■ ■ ■

 

『――とゆうわけで、千早群像と大戦艦コンゴウのメンタルモデルは横須賀を出ましたとさ。報告は以上』

 

「……なるほど。それでは君はみすみす彼を見逃したということだな。立派な職務放棄だな」

 

これは手厳しい、と電話の向こうで山村はおどけた態度をとる。

 

『しかしだな上陰次官殿。霧のメンタルモデル相手に俺たちが叶うわけないだろう?それに、アンタだって止めろとは言わなかったはずだ。違うか?』

 

問われた上陰龍二郎はまぁな、と頷く。

――千早群像を監視するために上陰は山村 扇を群像の助手として傍におかせた。

『万が一』の事態に備えるためだ。

 

「……しかし今の千早群像を止める必要性は感じない。彼の性格上、現状で人類に仇なす行動は取らない。むしろ彼に動いてもらう方が元老どもに話し合ってもらうより余程生産的だ。――精々人類の未来のためによく働いてもらうとしよう」

『わかってるねぇ。――で、これから俺はどうすればいい?』

「まずはこちらに戻れ。話はそれからだ」

 

了解だ、と言って山村は通信を切った。

会話を終えた上陰はふぅ、と深いため息を付いて椅子に座り込む。

……今の日本政府に霧の艦隊に立ち向かう術はない。

唯一アレを持っているアメリカも解除コードを我々が保持している限り使用はできない。

させようとしても、この通信状況では困難だ。

――またもや彼に頼ることになるこの状況に、腹立たしく思う気持ちはある。

だが今は成すべきことを成す。

その最善手は打った。

 

「――頑張りたまえ。千早群像」

 

「――私は、彼に頑張られると困ってしまうのだけれど」

 

ぎょっとして上陰は立ち上がる。

いつの間にか部屋には一人の女性が入り込んでいた。

入ってきた気配など感じなかった。

まるで、幽霊のように唐突に女はその場所に立っていた。

 

彼女は上陰に対し、ドレスの裾を持って恭しく頭を下げる。

 

「――はじめまして。上陰のおじさま。――私、霧の総旗艦を勤めさせて頂いております。名を、ホウライと申します。今後とも、どうぞお見知りおきを」

「――霧の総旗艦のメンタルモデルが何故ここに?」

 

言いながら、机の引き出しにそっと指を這わせる上陰。

すると彼女はくすりと、可笑しそうに笑った。

 

「そんなおもちゃが私に通用すると思う?撃ってもいいけど弾丸の無駄よ。それに私は貴方を殺しに来たわけじゃないわ」

「――では何のご用かな?私に何をさせたい?」

「あら。話が早くて助かるわ」

 

彼女はそう言って嬉しそうに両手の指先を合わせる。

――その所作の一つ一つは、愛らしい乙女のする仕草そのものだった。

 

 

 

「――私ね、千早群像にどうしても会いたくないの。できうる限り接触を持ちたくない。だから、舞台もちゃんと整えてあげるから――彼を殺してくださらない?上陰龍二郎」

 

そう言って、少女は花のように微笑んだ。

 

 

 



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行きつく先へ  第三話 氾濫する世界

新たに動き出した群像たち。

同時に新たな霧の総旗艦も動き出す。


3.

 

「――はいあがり。またアシガラの負けね」

「っっなぁーんーでーだぁーっ!?何でまた負けるのー!?」

「アシガラ、ババ抜き弱すぎ」

「アシガラは顔に出やすいからな。何を引けばいいかすぐに分かってしまう」

「もっかい!もう一回やろっ?次は絶対負けないからさ」

「いや、絶対負けると思う」

「……その前に貴方たち。何故毎度毎度私の上で遊び出すんですか?」

 

トランプを広げ、座布団を敷いて座り込んでいるアシガラたちを見下ろしながらヒエイはげんなりとした声でそう言った。

言われた彼女たちは「ん?」と不思議そうに首を傾げる。

いや、そんな不思議そうな顔されても……。

 

「だってー、ヒエイの甲板が一番広いんだもの。集まるならここでしょ?」

「でしょ?と同意を求められても、はいそうですかと納得出来るわけないでしょう!?早く自分の艦に戻りなさい!」

「敵影を確認したら戻ればいいじゃん」

「ナチー。反応あるー?」

「今のところはないわね」

「よし、じゃもう一回。次ミョウコウが配ってー」

「仕方ないな。貸せ、アシガラ」

「話を聞きなさいっ!!」

 

だんだんとヒエイが足踏みをしたが、彼女らは不満そうに口を尖らせる。

 

「だって暇じゃーん」

「暇だろうが何だろうが、常に気を引き締めて万全の体制でいなさい。みっともない……」

「まぁヒエイ。お前も気を張りすぎだ。もう少し息を抜いてもいいんじゃないか?」

「ミョウコウ、貴方まで……」

 

本来ブレーキ役となるべきミョウコウやナチまでこの有り様である。

まったく、と彼女は額に手を当ててため息をついた。

――本来、霧の模範となるべき霧の生徒会がこんな体たらくでは示しが付かない。

霧の風紀を保つためにも、アシガラたちは教育し直す必要があった。

なら、ここでしっかりと言っておかなければ。

ヒエイは日誌をぎゅっと握って胸元に置き、ピンと背筋を立てて彼女らに向き直る。

そして霧の生徒会長として、きりっとアシガラたちに言った。

 

「いいですか。霧の風紀は地球の風紀。そして霧の風紀とは我ら生徒会の風紀と同義なのです。つまり、我々は霧の風紀の模範として常に理想の姿を求め続けられて――」

「――話の腰を折ってすまないが、ヒエイ。紅茶のおかわりを頼んでもいいか?」

「ただいまお持ちしますコンゴウ様」

 

ーーさっさとコンゴウ座っているテーブルの傍らまで移動して、ヒエイは彼女が差し出したカップに優雅に紅茶をついだ。

 

「ありがとう。ヒエイ」

「とんでもございませんコンゴウ様。――千早群像。貴方はおかわりいるかしら?」

「ああ。頼んでもいいか?」

 

コンゴウの向かいの席に座っている群像がそう言うとヒエイは「分かったわ」と言って彼のカップにもついでやる。

 

「――いい香りだ。やはりヒエイの淹れた紅茶は格別だな」

「恐縮です。コンゴウ様」

 

コンゴウの賛辞に、初々しく頬を赤らめるヒエイ。

そんな彼女をアシガラたちはじぃーと見つめている。

彼女たちの視線に気付くと、ヒエイはキリっとした元の態度に瞬時に戻る。

 

「……何か?」

「何か、扱い違くない?」

 

ハグロが寝そべりながらそう言うと、ヒエイは「当然です」と否定せず胸を張って言った。

 

「我ら『黒の艦隊』を預かるコンゴウ様と貴方たちとで扱いが変わるのは当たり前のことです。まして折り目正しいコンゴウ様とがさつな貴方たちとでは尚更です」

「……私情もあるだろう、絶対」

「何か言いましたかミョウコウ?」

「いや、何も」

 

ぎろりと射抜くようににらまれたミョウコウは肩を竦めた。

 

「ぐんぞーコンゴー。仕事終わったー?なら私らと遊ぼうよ!ババ抜きしよババ抜き」

 

ーーしかし、そんなヒエイを他所にいつの間にかアシガラは群像たちにじゃれついていた。

ミョウコウ型のなかでも特にマイペースな彼女。

無邪気な笑顔を浮かべて「ねーねー」と二人を誘うのを、ヒエイが慌てて止めた。

 

「こ、こらアシガラ。コンゴウ様たちの仕事を邪魔するんじゃありません……」

「――ババ抜きか。面白そうだ。なら、息抜きがてらに混ぜてもらおうか。お前はどうする?」

「――そうだな。なら、俺もそうさせて貰おう」

「え、コンゴウ様っ!?」

 

彼女の予想を裏切る意外な答え。

席を立ってアシガラたちの方へ歩き出す二人に対し、ヒエイは呆然とする。

ーー彼女が驚くの無理はない。

何故ならそれは、かつてのコンゴウが嫌悪した『馴れ合い』と言われるそれだったからだ。

するとコンゴウは振り返り、呆ける彼女に笑いかけやる。

 

「――どうだヒエイ。お前もやるだろう?」

「え、あ、その……はい」

 

ヒエイは少し逡巡する。

が、こくりと頷き、コンゴウに促されるまま彼女の隣に腰を下ろすのだった。

 

「では、はじめるとするか」

 

私が配ろう。

 

そう言ってアシガラから受け取ったトランプを切り出したコンゴウ。

 

ーーそんな光景が。

 

なぜだかとても、ヒエイには嬉しく思えた。

 

 

■ ■ ■

 

横須賀を出て二日。

 

群像はコンゴウ率いる『黒の艦隊』計六隻とともにイオナのユニオンコアがあるとされる海域ーー北極海へと向かっていた。

道中、一度だけナガラ級の艦隊の攻撃を受けたが一切の被害を被ることなくこれを撃退した。

この時、戦闘時間はおよそ三分。

たったそれだけの時間で十五隻に及ぶ艦隊に勝利を果たした彼女ら見て、群像は改めてコンゴウたちの実力を思い知らされる。

……よくもまぁ、これから生き残れたものだ。

しみじみと、心の中で呟く彼であった。

 

それ以降は何の妨害もなく航海は進み、目的の海域まであと一日で到着するところまで来ていた。

 

 

■ ■ ■

 

「――これであがりだな。ほら、頑張れ二人とも」

 

数字の揃った二枚の札をトランプの山に投げるとコンゴウは上機嫌にそう言った。

最後に残ったペアは群像とアシガラだった。

 

「ぐぬぬぬ、でも絶対負けないからっ!さぁぐんぞー、来い!」

「では、行かせてもらおう」

 

彼はそう言ってアシガラが差し出した残り見ないの札のうち右の方を掴んでみる。

そうすると、アシガラの顔がぱぁと明るくなった。

試しに反対の左側掴んでみると、今度は顔が真っ青になる。

――道理で彼女が勝てないわけである。

あえて引っかかろうかどうか彼が思案していると、急にナチが「うそっ!?」と声を上げた。

 

「どしたのナチ?」

「――ホウライがまた世界中に映像流し始めたわ。ヒエイ、モニター貸して」

 

ハグロに尋ねられたナチはヒエイに向き直るとそう言った。

 

ヒエイは頷くと、ナチは中空にモニターを出現させ今流された映像を再生する。

映し出された画面には、先日流された映像と同様に白いドレスを身にまとった超戦艦の姿が現れた。

 

「――ご機嫌ようみなさん。まだ期日まで時間はあるけど、今日はみなさんに大事なお話があるの。――私は霧の総旗艦ではあるけれど、人類についての理解はまだまだ出来ていないわ。こんな私じゃあ、皆さんもさぞやご不満でしょう。だから私は人類の代弁者としてこの方を霧の艦隊にお招きすることにしました」

 

そう言って、彼女は「どうぞこちらへ」と言って身体を退けた。

すると、画面にある人物が現れる。

――その姿に、一同が声を失った。

 

「――彼はかつて、霧の潜水艦でありヤマトの後継であった伊号401の艦長を務めていたの。ゆえに霧と人類、両方に深い理解を持っているわ。この人こそ、人類と霧の架け橋となるに相応しい人物よ」

 

そう言って、ホウライは彼女の傍らに立つ彼の肩に頭を預け寄り添う。

 

――立っているのは一人の男性。

その人物の姿はーー千早群像と瓜二つであったのだ。

 

「そして彼、千早 群像にはこちらのコンゴウが率いる『黒の艦隊』の指揮官を務めて頂くわ。そして霧に歯向かう方々は千早 群像の率いるこの艦隊に殲滅されて頂きます」

 

そう言うとホウライを挟んで反対に、コンゴウが腕を組んで立っていた。

 

「――やってくれたな。あの小娘」

それを見ながら、コンゴウは舌打ちした。

「――おっどろいた。群像くんってあんなにそっくりな兄弟がいたんだ……」

「アシガラ。貴方って子は……」

「あれはナノマテリアルで作ったコピーだ。普通に考えろ」

「あ、そっか。ごめん」

 

そう言って片目をつぶって舌を出すアシガラに姉妹全員がため息をついた。

 

「――以上でこのたびの報告とさせて頂きます。それでは皆さん、ご機嫌よう」

 

そして彼女が一礼をしたところで映像は終わった。

群像たちの間で長い沈黙が訪れる。

――ひとつだけ確かなことは。

この時より、群像たちの敵は霧だけではなくなったということだ。

 



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行きつく先へ  第四話  理由

新たな霧の総旗艦の計略により、群像たちの敵は霧だけではなくなった。


4.

 

『――それでは皆さん、ご機嫌よう』

 

そう彼女が言ったところで映像は終わった。

と、同時にくすくすと口元に手を当てて、映像に映っていた少女と同じ姿をした彼女は笑った。

 

「――これで人類には千早 群像を消す絶好の口実ができた。どうかしら?この舞台なら、私のお願いを聞いてくださる?上陰のおじさま」

 

ホウライが首を傾げて訊くと、それまで黙って見ていた上陰が口を開いた。

 

「――確かに、君の言う通りこれなら千早 群像を殺しても誰も文句を言うまい。しかし霧の総旗艦殿。例え口実やら建前やらが出来たところで意味はない。――君ですら手こずる相手に、たかが人類が勝てるわけがないだろう?」

「あら。一つだけ方法があるじゃない――貴方が保持しているそのパスワードをアメリカに届ければ、ね」

 

彼女は上陰の耳元でそう囁いた。

――ホウライの話では現在主要国とされるアメリカ、中国、イギリス、フランスなどの国々の要人たちに、上陰の前にいるのと同じ彼女のコピーが接触しているらしい。

そして彼女は軍を動かす権限を持つ彼らに働きかけている。

千早群像を殺せと。

しかしながら、上陰が動かせる部隊は限られている。

自分以上に権力のある人間に何故接触しなかったのかという疑問があったが、彼女の真意を知った今となっては単純なことだった。

――振動弾頭。

人類が開発した霧への有効な対抗手段。

現在、アメリカがそれをしようしているが刑部蒔絵が仕掛けたシステムにより凍結状態にある。

ゆえに振動弾頭は使用出来ない。

――二年前に、上陰が重巡タカオから密かに受け取った解除コードを使わない限り。

 

「――あとは、上陰のおじさまがパスワードをアメリカ政府に言ってくれれば、それで終わり。コンゴウたちといっしょに、千早 群像も海の藻屑と消えてくれるわ。――もしそうしてくれたら、この日本国だけは見逃してあげるわ」

 

彼女は言った。

自分の指示通りに動いてくれたらこの国だけは、安寧を約束してくれると。

それどころか霧の艦隊の統治の下、今よりさらに上の地位に上陰を据えてやると。

 

「悪くない話でしょう?」

「ああ悪くない――それゆえに、応対するに値しない」

 

ーーだが上陰は、彼女のその提案をにべもなく一蹴した。

 

日本国だけは安寧を約束し、貴方にはよりよい地位を差し上げる。

ああ、確かに甘美な響きだ。

だが……だとしたらそのほか各国の要人たちにはなんと話を持ちかける?

きっと同じような内容だ。

だがそれでは話が矛盾する。

ならば答えは一つ――彼女、ホウライは始めから約束など守る気はない。

 

「いくら経験がないとはいえ、こうまで駆け引きが下手だというのは考えものだな。――守られることのない約定に意味はない。ゆえに振動弾頭のパスワードをアメリカに渡す気はない」

「……なら、今すぐ私が貴方を殺すと言ったらどうするのかしら?」

「好きにすればいい。これをアメリカに渡した段階で日本国に価値はなくなる。同盟国であるアメリカが我々を守ってくれる保証はないからな――このパスワードは、保持していることが最大の武器なのだよ。それを君に渡したら、死んだも同然さ」

 

爪が甘かったな。

上陰はそう鼻で笑った。

ホウライは何も言わない。

ただただ虚ろな目が、上陰を覗き込む。

上陰も、決して目を反らしはしなかった

互いに見つめ合ったまま、長い沈黙が続く。

 

ーーそして、先に根負けしたのはホウライの方だった。

 

はぁ、と深いため息を付く。

 

「――他の国の連中は、我が身大事ですぐに言うことを聞いてくれたのに、上陰のおじさま違うのね。悔しいけど、私の交渉能力は子供騙しのようね」

 

「……次からは、相手の利も考慮してうえで会話をしたまえ。霧の総旗艦殿」

 

上陰が言うとそうさせて頂くわ、と彼女は素直な答えを返す。

それから、頬に手を付けて何やら考える素振りを見せた。

 

「――仕方ない。なら貴方の協力無しでやるしかないわね」

「――私や他国に協力を仰いだところで、君たちの役に立つとは到底思えないのだがな」

「いいのよ。貴方たち人類はそこにいるだけで十分役に立ってもらえるから」

「……どういう意味だ」

「千早群像も所詮人間って意味。さて、なら私も準備をしなきゃ――上陰のおじさまとのお話はとても充実していたから、また来るわ」

 

さようなら、と手を振ると次の瞬間には彼女の姿は消えていた。

部屋の中に静けさが戻る。

彼女が去り一人になったと認識した途端、彼の全身からどっと汗が吹き出した。

緊張から解き放たれ、よろめいた彼は机に手をつき脱力した体をなんとかこらえさせる。

――自分を殺すと言ったあの時の少女の目。

喉元にナイフを突きつけられたような絶対的な殺意。

あの恐怖は、恐らく一生忘れられそうにない。

 

「――まったく、あんなものと共に行動できる彼の神経を疑うな」

 

額の汗を拭いながら、上陰は苦笑した。

 

――しかし、だからなのだろう。

 

彼がーーあんなものと共存しようなどと言える彼だからこそ、希望と成り得るのだろう……。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

そして翌日。

群像たちは無事目的の海域へと到着した。

海と空以外何も見えないが、群像が肌で感じるこの感覚はあの時を思い出させる。

――触れようとしたこの手がすり抜けた、あの感覚を。

 

「――ここでいいでしょう。ナチ、お願いします」

「わかりました」

 

ヒエイの言葉に頷いたナチは自分の船に戻り、自らの探知システムを指導させた。

超重力砲と引き換えに得た彼女の探知能力は霧の中でも随一だ。

この海域に沈んだかの残骸もきっと見つけてくれるだろう。

 

「――大丈夫か?」

 

ーー唐突に、コンゴウがそう声をかけてきた。

あまりに突然だったので、群像も咄嗟に反応できなかった。

 

「え?あ、ああ大丈夫。――心配してくれたのか?」

 

一応な、とコンゴウは言った。

そして、彼女はどんよりと曇った空を眺めながら再び群像に尋ねる。

 

「――昨日のあの映像、どう思った?」

「……あれのおかげで俺たちは人類からも標的にされるようになった。いや、標的にできるようにお膳立てされたのかな」

「そうだろうな。今の人類に我々を攻撃する正当な理由としてあの映像を流したのだろう。そして、そこまでして使いたい人類の利用価値とはやはり――」

「――振動弾頭、だろうな」

 

あれを使えば、人類でも霧を沈められる。

きっとホウライは、その振動弾頭を人類に使わせて群像たちを追い詰めたいのだろう。

 

「しかし、だからと言って人類側もはいそうですかと従うとは思えない。余程の何かがない限りわざわざ君たちと砲火を交えることはないだろう。とくに慎重なあの上陰次官なら尚更だ。あの放送は、特に気にするものではないさ」

「――気にしなくていい?冗談はよせ。あれの本当の意味は、お前にもわかっているだろう?」

 

群像は答えない。

無言のままだ。

……それだけで、コンゴウも彼がその意味を理解しているのだと分かる。

 

「――あのコピーが偽物であると証明する手段はない。そしてそれはこの戦いが終わっても同じことだ。つまり、千早群像はこの戦いに勝とうが負けようが永遠に人類の敵として世界に認識され続ける……かつての千早翔像と同じようにな」

 

――人類に宣戦布告し、ムサシの傍らにいた千早翔像。

あれは彼女の作った精巧なコピーだった。

本当の彼は霧と人類の共存のために尽力し、その混乱の最中に命を落とした。

しかし、その真実は誰にも知られることなく戦いは終わった。

全ての真実は海の底に。

そして、あとに残ったのは、人類の裏切り者としての彼だけだった。

 

「……あの小娘はお前に問いかけている。勝とうが負けようがお前には何も残らない。誇りも帰る場所も、何一つ戻りはしない。だとしたら、お前は何故戦うのかと。……それが、あの女の本当の狙いだ」

「……わかってるよコンゴウ。けど、俺は――」

「コンゴウ様!大変です」

群像が答えようとしたとき、ヒエイが駆け寄ってきた。

「どうした?ヒエイ」

「今ナチが探知を終了したのですが――何もありませんでした」

「――なんだと」

 

ヒエイから伝えられた事実に、コンゴウは目を見開いた。

 

「艦の残骸はおろか、ナノマテリアルの痕跡すら微弱です。こんなことって……?」

「――いや、それについて考える必要はない」

 

困惑するヒエイの言葉に答えたのは群像だった。

その事実を聞いた彼は陰鬱そうな顔をしていたがーー同時に、彼は何かを悟ったようにも見えた。

 

「……どういう意味だ」

「……一番的中して欲しくない予想が、当たってしまっただけのことだ」

 

彼がそう言って、ため息をついたときだ。

索敵を行っていたナチが声を上げた。

 

「コンゴウ、ヒエイ!後方より艦影を捕捉しました。ナガラ級、多数」

「っ!来ましたか……」

「ミョウコウ!アシガラ!ハグロ!戻れ!迎撃準備だ!」

「待ってください!」

 

了解、と言って自分の艦に彼女たちは戻ろうとしたがそれをナチが引き留めた。

 

「どうしたナチ?」

「反応は霧の艦のナガラ級なのですが……艦の内部から生体反応があります。それも複数」

「なんですって!?」

 

ヒエイが驚愕の声を上げる。

対してコンゴウは低く唸った。

 

「なるほど。そういうことか……」

 

ーー生体反応。

それが意味することは一つしかない。

群像は苦い顔で、ナチに再度確認した。

 

「……つまり、人が乗っているんだな?」

「――その通りよ。千早群像」

 

唐突に背後から聞こえてきた声に群像たちはぎょっとして振り返る。

そこにはいつの間にか純白のあの少女が立っていた。

 

「――なんの用だ、小娘」

「ひどい言い草。私だって本当は貴方たちに会いたくなんてないのに。けど、今日は群像に訊かなきゃいけないことがあるから、仕方なくね」

 

「……俺に?」

 

そう、とホウライは頷く。

 

それから彼女は微笑む。

 

残酷なほど、優しい笑みを浮かべてーー

 

 

「――ねぇ。教えてよ千早群像。今の貴方には、いったい何が残っているのかしらね……?」

 

ーー彼女は彼に、そう問いかけた。

 

 



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行きつく先へ  第五話 儚い理想

ホウライは群像に問いかける。
何のために戦うのかを


5.

 

――お父様に出会って、私は言葉を交わす楽しさを知りました。

誰かの気持ちを知り、誰かに気持ちを伝えられることに、幸せを感じました。

――お父様がいなくなって、私は失う悲しみを知りました。

そして同時に、私の愛しい妹も壊れてしまいました。

妹が抱いた痛みは、姉である彼女にはよく分かった。

だから壊れてしまった彼女に、憐れみにも似た感情を抱いた。

――けれどね。

沈みゆく彼女だって、決して憎悪を抱いていなかったわけではないのよ。

その憎しみは、壊れるには十分なほどに深く、そして深く…。

その沈みゆくココロに、救いの手は訪れることはなかったのだから。

■ ■ ■

 

「――俺に残っているもの、だと」

そう、と言ってホウライは頷いた。

そして指先を合わせ、楽しそうに微笑む。

「だって人類も敵となった今、貴方は何を理由に戦うの?人類の未来のためと謳うなら、彼らはもう貴方は必要ないって言ってるわよ」

「――そう仕組んだのは貴方だろう」

ヒエイがそう指摘すると、ホウライは「まぁ確かにそうね」と肩を竦めた。

「でも初めから私は気になっていたのよ。千早 群像が戦う理由がなんなのか。人類のため、というのはあるかもだけどそれだけじゃないみたいなのよね。だって、今現在だって彼の目はこんなにもはっきりと私を見ているのだから」

――そう。

世界の全てが敵になったというのに、群像の決意は揺るがなかった。

あの瞬間、群像は自らの足場を失うという恐怖を味わったというのに、彼の目に絶望の色はなかった。

「――ねぇ。何故、貴方はそうまでして戦うの?教えてくださらない?千早 群像」

そうまでして彼を突き動かす原動力を、彼女は知りたかった。

ホウライがそう問うと、群像は静かに息を吐いた。

そして彼女の顔を真っ直ぐと見て、はっきりと言った。

「――守るためだ。人だけじゃない。霧と人の共存のために命を駆けた親父の願いを。そして、イオナが存在をかけて守って築き上げてくれたものを。だからこの程度で、俺は歩みを止めたりしない」

――それが自分に出来る、せめてものことだとわかっているから。

そう言った群像を、ホウライはじっと見つめる。

しばらくすると「呆れた」と言って両手を広げた。

「貴方って強情よね。――そういうところ、お父様にそっくりだわ」

「――なんだと」

どういう意味だと問いただそうとすると、彼らの爆音と共に後方で水しぶきが羽上がった。

「っ!ナガラが撃ってきたのか……」

「あらあら。まだ射程圏外だというのに。焦りすぎよ。相変わらず人は短気ね。――そうだから、私は人間が嫌いになったのよ」

「ホウライっ!頼むやめさせてくれ!俺たちはわかりあえるはずだ!」

「――無駄よ。現にわかりあえないから、私はここにいる」

虚ろな目で、彼女が答えると同時に再び水しぶきがあがる。

「っチ!迎撃してきなさいアシガラっ!」

「――待て。行くな」

「コンゴウ様っ!撃たなければこちらがやられます!」

「いいから待て!それだけではすまなくなる!」

そうそう、とホウライは相づちを打つ。

「別に撃っても沈めても構わないわ。だけど、あの船には各国から集まった霧に立ち向かおうとする勇敢な軍人さんたちがたくさん乗っているのよね。――もし沈めてしまったら、名実ともに今日から貴方たちは人類の敵なってしまうかも、ね?」

 

「――その勇敢な軍人たちが何故霧の艦などに乗っているのだろうな?」

「あら?あれナガラだったの?私知らなかったわぁ。……でもそんなこと、沈んだら分からないわよね」

そう笑いかける少女にコンゴウは舌打ちした。

対して群像は、未だに彼女の説得を試みる。

「――ホウライ。君が何故そんなにも憎しみを抱くのか俺には分からない。だけど人には、まだ君の知らないことがたくさんあるんだ。――頼む。今君の知る『人の姿』だけで、俺たち人類を否定しないでくれ……」

「――確かイオナのため、とか貴方言ってたわよね?――なら、これはどうかしら」

そう言って、彼女の姿が眩い姿に包まれる。

そして光が収まった時、群像たちの目が驚愕に開かれる。

 

「――群像、お願い。私の言うことを聞いて」

「……イ、オナ」

――そこに立っていたのは、かつて彼の目の前でしまった彼女の面影を持つ人だった。

「――群像。私はもう嫌。この胸に渦巻くもの、この不快感、とても耐えられない。こんなものを与えたものを、私は消したいの。――だからお願い群像。邪魔をしないで」

「っ!」

イオナは群像に泣きながらそう懇願した。

彼女のその姿、その声、その仕草は群像を激しく動揺させた。

――違う。

イオナがこんなことを言うはずがない。

なのに、なのにどうして俺は……!?

「惑わされるな!あれは、お前の知る401ではないっ!」

葛藤する彼にコンゴウはそう叱咤するが、今度は爆音と共に艦体が激しく揺れた。

ナガラの撃った砲弾がクラインフィールドに着弾したのだ。

仕方ない、と彼女はヒエイに指示をする。

「ヒエイたちはこのままナガラから距離をとれ!彼女たちは――私が沈める」

「コンゴウ様っ……!」

「コンゴウ、待ってくれ!それは駄目だ!」

それでは、本当に元に戻ってしまう。

霧と人は完全な決別をすることに……。

するとコンゴウは「安心しろ」と笑った。

「――彼らを沈めるのは私だ。だから千早 群像。その役目は引き受けるから、あとは任せる」

「しかし、それでは君が……!」

「いいさ。――私一人が、また人類の敵に戻るだけでさ」

――止めたかった、彼女を。

だけど今の群像は打開策を思いつけない。

焦る彼にイオナの顔をした超戦艦が追い打ちをかけるように嘲笑う。

「――ほら。相容れないって言ったでしょう?」

ホウライが勝ち誇ったように笑ったその時――。

 

 

「――諦めムードには、まだまだ早いんじゃないかしら」

 

 

 

突如、コンゴウたちの前方から水しぶきを上げて何かが浮上する。

「何っ!?私の索敵に反応しなかっただなんて……」

 

「……随分と、遅かったじゃないか。間に合わんと思っていたぞ」

驚愕するホウライとは対照的に、コンゴウはそう笑った。

 

 

――海中より出でたのは、蒼き鋼を纏った一隻の艦。

その船首に、彼女は不敵に笑い、一人立つ。

 

 

「――だって仕方ないじゃない。主役は最後に登場するものなのよ。そうでしょう?――マイ・アドミラル」

 

 

そう言って、彼女――重巡タカオは、唖然とする群像に艶っぽくウィンクをした。

 

 

 



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行きつく先へ 第六話 彼女のオモイ

群像たちの窮地にかつての戦友が集う


6.

 

――よぉっし、決まったぁああ!!

 

群像にウィンクをしたタカオは心の中で歓喜の声を上げた。

 

登場するには完璧なタイミングだった。

海の中でスタンバってた甲斐もあって効果は抜群のはず。

そして決め台詞も確実にいけた。

これで艦長もきっと私の魅力にメロメロに……。

「――デレデレしてないでとっと行きなさいよ」

「って、あ、ちょっ!?」

えへえへとだらしのない笑みを浮かべていたタカオは背中をガンっと蹴り落とされ、見事に頭から落下した。

「あっははは!タカオってばドジだな」

「うっさい!アンタにだけは言われたくないわよっ!って、は!?」

 

 

 

笑うアシガラに鼻頭を押さえながら涙目で反論する彼女は周りの視線に気付いた。

群像たちを含め、皆反応に困っている。

というより、何だか憐れみの視線を向けられている気がする。

――気の毒なことに、先ほどまでのタカオの威厳は、完全に消失してしまったようだ。

 

「……タカオ。大丈夫か?」

「……う、うわぁぁぁん!」

群像にそう言われた瞬間、タカオは泣き出してしまった。

そしてうずくまった彼女は、ダンダンと艦体を揺らすほどの勢いで甲板を叩いた。

「何よ!せっかくかっこよく決めたと思ったのにぃー!これじゃ私の『逆白馬の王子様作戦』が水の泡じゃない!」

 

「タカオやめなさい!てゆうかやめて!私が壊れるから」

ヒエイがそう言ったが、タカオは「知るかーそんなことー」とふてくされるだけだった。

 

「何でこうなるのよー!!」

「――はい。とりあえず、アンタは一旦頭を冷やしなさい」

「がっ!」

半狂乱になったタカオの頭上にあろことか砲弾が落とされて、彼女は低くうめいた。

見ると、船首にはもう一人の女性が座っていた。

「ヒュウガっ!?君まで来ていたのかっ!?」

 

まぁねー、とヒュウガは群像に手を振った。

「とりあえず、もろもろ説明はあとで。今は後ろのあれらを止めるのが先ね。――ほらタカオ、アンタも起きなさい」

「ううう、人使い荒いわね……」

頭を擦りながら立ち上がったタカオは、一度深呼吸をすると両手を空に掲げた。

「――砲撃準備、開始」

彼女の言葉と同時に、後ろに控えていた彼女の艦の砲門が開き始める。

ナガラたちを迎撃するつもりだ、と察した群像が何か言おうとしたが、その前にヒュウガが「大丈夫よ」と言ってそれを制止した。

「事情はわかってるわ。とりあえず私らに任せといて」

「――発射っ!」

タカオのその言葉とともに、ミサイルが数発放たれた。

ミサイルは艦隊へと飛んでいったが起爆することはなく、代わりに白い稲妻のような閃光が走った。

「……なるほど。電磁ミサイルか」

白い閃光を見たコンゴウがそう呟くと、ヒュウガは「正解」と頷いた。

「即席で作ったわりにはいけたわね。――艦の駆動機関のところに高圧電流の一撃をお見舞いしてやったわけ。クラインフィールドを張っていてもナガラの波長はすでに登録済みだから、フィールドを中和してしまえば防ぎようはないわ」

「うっわぁ。痛そう……」

話を聞いたアシガラの顔が青くなる。

重巡、いや戦艦クラスが食らったとしても無事ではすまない代物でだろう。

「さてと。ナガラたちは沈黙、約一時間は麻痺して動けない。そんでもって中の人間は無事だし、戦闘を行う必要はなし。これで解決よ」

「どうだ!これが重巡タカオの実力よっ!」

「アンタは撃っただけでしょうに」

「――タカオ、ヒュウガ。……ありがとう」

群像はそう言って頭を下げた。

――彼女たちのおかげで最悪の決断をせずに済んだ。

精一杯の感謝込めた言葉に二人は微笑む。

「――あーあ。まさかこんな手で攻略されるとは」

がっかりである、とホウライは肩を落とした。

そんな彼女をヒュウガは冷たい目で見る。

「――ねぇ。いい加減その格好やめてくんない?虫酸が走るわ」

「あらら、お気にめさなかった?貴方の大好きなイオナ姉様よ」

「馬鹿言わないで。不愉快だわ」

「それは残念」

そう言った途端、彼女の姿が元に戻った。

「――それでヒュウガ。教えて欲しいんだけど、どうして私の索敵に引っ掛からなかったのかしら?」

「ステルス迷彩もあるけど、前に貴方が私たちに接触してきた時に打ち込んでおいたウィルスのおかげよ」

「……本当だわ。いつ仕込んだのかしら。抜け目がないわね。それじゃあ、だいぶ前からここにいたんだ?」

「ええ。貴方が千早 群像と話始めた辺りにはもうここにいたわ」

「――ナチ。気付いていたの?」

ヒエイの言葉にナチは、「ええ一応……」と目をそらしながら答える。

「お伝えしようかなって思ってたらヒュウガさんに言うなって言われちゃって……」

「少し間だけ隠れて起きたかったのよ。――でもおかげでアンタを解析できた。本体の居場所も特定させてもらったわ」

「――迂闊な自分に頭が痛くなるわ。こんな至近距離にいた挙句にそこまで干渉を許していたなんて……」

「本当ね。それもこれもたかが千早 群像と話をするだけだって言うのにリソースを大量消費していたせいね」

「……何のことかしら?」

惚けても、彼女に干渉していたヒュウガにはお見通しだった。

「――貴方は千早 群像を異常に排除したがってる。そして今も彼から何も影響を受けないように全力で自身を守っている。そのおかげで逆に私に付け入るスキができたけどね。そしてもう一つ。――貴方の本体が使用しているユニオンコア。反応がぴったり一致したわ。多少混ざりものの反応を感じるけど――イオナ姉様のものね」

「何だとっ!?」

一同が驚きの声を上げる。

対してホウライは逆に落ち着いていて、ヒュウガに向き直るとにこりと微笑んだ。

――ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

「――驚いたわ。そこまでわかっていたなんてね。――なら私は、この事実を知った貴方たち全員を殺さなくていけないわ。一人残らず、ね」

「――イオナ姉様は、まだそこにいるのね」

「さぁどうかしら?もう私に取り込まれてしまったかも」

「嘘、なら貴方は千早 群像をそこまで警戒しないはず。――貴方は恐れてる。かつてイオナ姉様を起動させた、千早 群像という存在を」

「……今日の私は墓穴を掘っただけみたいね。これ以上ここにいる意味はないみたいだし、帰らせてもらうわ」

「待てっ!」

群像が止めようとしたが、それを聞く彼女ではない。

だんだんとホウライの姿が透明になっていく。

去り際に、彼女は群像に振り返り、そして嘲るように笑う。

 

「――けれど忘れないで。千早 群像。私がイオナのコアから生まれた存在であることに変わりはない。だから私の抱くこの感情も、貴方に訴えたあのイオナの叫びも、全て伊号401が内に秘めていたものだということをね」

 

そう言い残して、彼女の姿は消失した。

 



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行きつく先へ 第七話 変わらぬもの

事なきを得た群像たち。
しかし彼には重い現実がのしかかる


 

7.

 

 

――ヒュウガの助力により、砲火を交えずに海域を離脱した群像たちは航海を続けていたが再びナガラが襲ってくることはなかった。

 

恐らく彼女の開発した電磁ミサイルの対抗策が見つけられなかったからだろう。

 

しかしそれは群像たちも同じで、イオナのユニオンコアも回収出来ずこれからどうするかという話になった時、ヒュウガは自分についてくるようにと指示した。

 

どこに行くのか?、と尋ねたが目的地に近くなってから話すと彼女は答えた。

 

傍受を避けるためであろう。

 

かくして、群像たちはヒュウガに連れられて海を渡る――。

 

 

■ ■ ■

 

 

「――よっぁしゃぁぁぁ!勝ったぁあ!!」

 

「なん……ですって?」

 

やったー!と両手をふり上げて喜ぶアシガラと手元に残ったジョーカーのカードを愕然と見つめるタカオ。

 

その光景を、姉妹三人は驚愕を通り越して半ば呆れつつ見つめていた。

 

「――まさかアシガラに負ける奴がいるとはねー」

 

「タカオさんも顔に出やすい方でしたからね。それでもアシガラに比べたらまだマシだと思ったのだけど」

 

「ま、まぐれに決まってるじゃない。次こそは勝つに決まってるわ……」

 

「そう言ってすでに三回も負けてるんだがな。君は」

 

まあそれでもアシガラとイーブンなのだが。

 

しかし、ババ抜きとなるとアシガラが必ずビケになってばかりなので(姉妹全員、手を抜く気は毛頭ない)タカオが加わったことで面白みが増したのは事実だ。

 

……勝つことより、どっちが負けるかを観察するという楽しみ方になっていたが。

 

そんなタカオを見て、椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいたヒュウガは小馬鹿にしたように笑う。

 

「タカオ。アンタさぁ、アシガラに負けるとかダサくない?」

 

「うっさい!」

 

「あははは、タカオださーい!」

 

「ふぎぃー!」

 

「――アシガラ。婉曲的にお前もバカにされてることに気付け」

 

まぁその天然さが彼女の魅力なのだろうが、と思いながらコンゴウはカップに口を付ける。

 

空になったカップを机の上に置くと即座に横にいたヒエイがティーポットで紅茶を注ぐ。

 

「どうぞ、コンゴウ様」

 

「ヒエイ。お前も座ったらどうだ?立って注いでばかりでは辛かろう」

 

「いえ辛くなどありません。むしろ楽しゅうございます」

 

満面の笑顔で答えるヒエイに、コンゴウはそうか、と答えたが少し訝しんだ。

 

……何だろう、同族の匂いがする、と思いながらヒュウガはヒエイをじっと見つめた。

 

「しかしタカオ。情けないのは確かだぞ。そんなものではお前の言う『逆白馬の王子様作戦』は失敗して当然よな」

 

「だからうっさい!それに、本来だったら私が横須賀に艦長迎えに行っての『逆白馬の王子様』だったのに、アンタが迎えに行っちゃったから無駄足どころか合流にするのにも手間取ったんじゃないっ!」

 

「私のせいにするな。あの小娘のジャミングで通常の通信はおろか概念伝達すら使用出来ない状況なんだ。お前が確実に千早 群像を迎えに行くと言う保証がない以上、私も動くのが定石だろう?」

 

「私が艦長迎えに行かないはずがないじゃない!二年前に真っ先に届けに行ったのだって私なんだからね!?」

 

「そういえば、お前にいい言葉を教えて貰ったな。――それはそれ。これはこれ、というやつだ」

 

「きぃー!」

 

タカオが威嚇するが、コンゴウは涼しい顔だ。

 

そんなコンゴウに横に居たヒエイは耳打ちする。

 

「しかしコンゴウ様。その千早 群像をどうなさるおつもりなのですか?」

 

 

「――放っておいてやれ。あれにはまだ考える時間が必要だろう」

 

そう言いながらもコンゴウはちらりて向こう側にいる彼を見た。

 

コンゴウたちの入る場所とは反対の離れたところで、群像は一人風に吹かれて立っていた。

 

その姿からは、彼の葛藤する思いがにじみ出ていた。

 

「――ちょっと失礼するわ」

 

「あれ?タカオどこ行くの?」

 

「だからちょっとよ」

 

「タカオ。待ちな――」

 

「いいんだよヒエイ。行かせてやってくれ」

 

止めようとしたヒエイをコンゴウが制した。

 

「よいのですか、コンゴウ様?」

 

「――タカオは自分に何が出来て何が出来ないかちゃんと弁えている。その彼女が行ったということは、彼女にしか出来ないことがあるのだろう。なら任せるさ」

 

「確かにその通りね」

 

コンゴウのその言葉に、ヒュウガも頷いた。

 

■ ■ ■

 

 

……いつもなら心地のよいそよ風のはずなのに、彼は何も感じられなかった。

 

感じる余裕さえなかった。

 

今の千早 群像には、ただ突きつけられた現実が重くのし掛かっている。

 

 

 

――超戦艦ホウライのユニオンコアはイオナのものだ。

 

ヒュウガはそう言った。

 

つまり、あのホウライはかつて霧の総旗艦であったヤマトのコアを継承していることになる。

 

同時に同じコアから産み出されたのだからホウライはイオナのれっきとした分身――いや、もう一人のイオナと言える。

 

そしてそれは、彼女が群像に発した言葉が真実であるという可能性を大きくするものであった。

 

――イオナが、人類を憎んでいる。

 

全ての消滅を望んでいるということをだ。

 

……否定したかった。

 

自分の知るイオナがそんなことを考えるはずがないと。

 

けれど群像は知っている。

 

時間は何もかもを変えてしまう。

 

人も、心も。

 

そして、一番変わったのは自分だとわかっているから。

 

情けないことに、今もこうして葛藤を続けている。

 

 

「――艦長、少しいいかしら?」

 

声に振り返ると、そこにはタカオが立っていた。

 

「タカオか。どうしたんだ?」

 

「――それはこっちの台詞。今の貴方の方がどうかしてるわよ」

 

「……そう、だな。すまない」

 

「別に謝れとは言ってないわよ」

 

カツカツと近付いてきた彼女は、群像の隣に並んだ。

 

そして彼女もそよ風にあたり、気持ち良さそうに目を閉じた。

 

「――昔は考えもしなかったわ。自分に風を楽しむなんて情緒が生まれるなんて」

 

「そうだな。霧は変わった。喜怒哀楽がよく現れるようになった。――見ていると、君たちの方が人間よりよっぽど人間らしいと思えてくる」

 

「今はそうかもね。けれどいずれ私たちだって人間と同じようになるかもしれないわよ」

 

「そうだね。みんな、いずれ変わる……」

 

――幼い頃、自分はいつまでも父の背中を追って生きていけるのだと信じていた。

 

しかしそうはならなかった。

 

傍に居てくれた母も、この世を去ってしまった。

 

そして無邪気だった自分は、いつの間にかこの世界にただ不満を感じるだけの無力な人間になっていた。

 

だから不変なんて無理な話なんだと、痛いほどよく分かっている……。

 

「――あるわよ。変わらないものだって」

 

「――え?」

 

群像は空を見上げるタカオの方に振り返る。

 

「例えばこの海。綺麗な蒼色でしょう?そりゃ夜になったり嵐になったりして必ずじゃないけど――でも最後には蒼に戻る。貴方だってそう」

 

「俺も?」

 

「ええ。どんな姿になろうがどんな考えを持とうが、貴方の本質は変わらない。なら貴方と共に過ごした401も絶対にそうよ。あの子頑固だったからね。――だから、信じてあげなさいよ。あんな女の言葉よりも、貴方の知る401のことをね」

 

「――そうだな」

 

――タカオの言う通りだ。

 

彼の知っているイオナならそうだ。

 

きっと逆の立場ならイオナは自分を信じてくれただろう。

 

なら自分も、自分の知るイオナを信じて進むだけだ。

 

「――すまないタカオ。情けないことを言った」

 

「別にいいわよ。じゃあこれ。忘れ物」

 

そう言って彼女が差し出したものを見て、群像は息を飲んだ。

 

差し出されたものは女性の後ろ姿が描かれた青いブローチ。

 

忘れるはずがない。

 

群像がイオナに渡した、最後のプレゼントだ。

 

「横須賀に行った時についでに持ってきたの。余計なお世話だったかしら?」

 

「いやまさか。――ただ、二年前も君に届けてもらったんだよなって思い出してね」

 

――二年前。

 

戦いが終わって群像が両親の墓参りに行った時、墓標の前にこのペンダントが置いてあった。

 

振り返るとタカオが立っていて、「偶然、見つけたからついでに届けに来ただけよ」と言って立ち去っていった。

 

……そのことに群像がどれほど感謝したことか。

 

「――そうね。だから今度は貴方が届けてあげなさい。艦長のお父様は、401たちのお父様でもあるのだから。家族いっしょにね」

 

「ああ、必ず。それとタカオ今度は君も両親に挨拶して貰えないか?二人に紹介したい」

 

「な゛っ!?」

 

突然そう言われて、タカオの顔が朱色に染まる。

 

彼女の体が熱を帯びる。

 

「か、か、か、艦、長。そ、そ、しょれってまさか……」

 

緊張のあまり呂律が回らない。

 

彼の顔が直視できなかった。

 

群像は晴れやかな笑顔でああ、と頷いた。

 

「――イオナたちを届けてくれた恩人として、君を紹介したいんだ。そして俺たちといっしょに戦ってくれた仲間として」

 

「………………あ、そうですか」

 

その言葉を聞いた彼女は、先ほどまでの熱気はどこへやら、燃え尽きた白い灰になっていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「………うわぁ。ありゃ流石に同情するわ」

 

「千早 群像も鈍感だな。戦闘時のあの勘のよさはどこへ行ったのやら」

 

真っ白に燃え尽きたタカオを物陰に隠れてこっそり見ていたヒュウガとコンゴウはやれやれと言った。

 

「タカオ頑張れー!」

 

「シッ!大声出しちゃ駄目よアシガラ」

 

「なるほど。あれが乙女プラグインを実装した艦の振る舞いか。参考になるな」

 

「ミョウコウ、それ素で言ってる?」

 

そして彼女たちの足元で姉妹四人がぎゅうぎゅうに押し詰められながら二人を見ようと必死になっていた。

 

その固まりの下で押し潰されていたヒエイが「重い……」と呟いている。

 

「しかし、戦意を喪失されずに何よりだ。これならあの男を艦から下ろす必要もなさそうだ」

 

「ま、多少はあるけどこの程度でめげるような人間じゃないからね、千早群像は」

 

「ところでヒュウガ。お前の案内に従っているがいったいどこに行くつもりだ?いい加減教えろ」

 

「……もうそろそろ到着するしいいっかな。硫黄島よ硫黄島。半分なくなっちゃったけど、大破した霧の艦の残骸を回収しておいたからナノマテリアルの補給が出来るようにしと置いたわよ。って、それよりコンゴウ。ヒエイ、大丈夫なの?」

 

「……ヒエイ?。おいヒエイ、大丈夫か?」

 

「あ、貴方たち……いい加減にしなさぁぁぁいっ!!」

 

上に乗っかっていたアシガラたちをものすごい力で吹き飛ばして彼女は立ち上がる。

 

「いいですかっ!?コンゴウさまやヒュウガさんが気になるのは解りますが貴方たちはただの野次馬でしょう!?どうせ楽しむだけが目的なんでしょうから――」

 

「――あら?そんなに楽しかったかしら?」

 

「タ、タカオっ!?」

 

ガバッとヒエイが振り向くとタカオがものすごくいい笑顔で背後に立っていた。

 

 

けれど目が笑ってない。

 

「ち、違うわタカオ。私はむしろ止めようと……」

 

「止めるって誰を?」

 

「……え?」

 

ヒエイが後ろを振り返ると、そこには誰も居なかった。

 

コンゴウすらもだ。

 

「みんな逃げ足早いわねぇ。でも、ヒエイは足が遅いのね。高速戦艦なのに」

 

「……待ってタカオ。落ち着きましょう」

 

タカオの笑顔を見たヒエイは背中に嫌なものを感じた。

 

これがいわゆる『悪寒』と呼ばれるものだということを、この時の彼女は知らなかった。

 

パキパキと指を鳴らしながらタカオは静かに言った。

 

 

「覚悟を決めなさい、大戦艦ヒエイ。――五体残っているといいわねぇ」

 

 

……のちに、半死半生で生き残ったヒエイはコンゴウに語った。

 

この時ほど、自分の死を覚悟したことはなかったと。

 

 

 



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行きつく先へ 第八話 心の行方

群像たちが硫黄島へと到着したころ、彼女も行動に移る


 

8.

 

 

「――硫黄島か。ま、予想はしていたけどね」

 

監視を命じていた艦からの報告を聞いたホウライは一人、自らの艦上でそう呟く。

 

群像らが硫黄島に向かった目的は、艦の整備や補給のためであることはまず間違いない。

 

それにかかる時間は恐らく一日。

 

そしてホウライの居場所を突き止めた彼らは必ず人類総攻撃の刻限前に接触しようとしてくるだろう。

 

無論、彼女にとっては好ましくない。

 

……ヒュウガのウィルスの対策はもう出来たが、電磁ミサイルについてはまだだ。

 

どれだけ数を集めてもそれの打開策を見つけない限り、ホウライの艦隊は案山子同然。

 

だとするなら――。

 

「――あの子たちを使うなら今ね」

 

千早 群像たちが補給のために足を止めているこの時こそ好機。

 

ついでに出来た副産物もあるし、こちらから仕掛けるのが上策であろう。

 

――それに、こういうときのために、わざわざ彼女たちをこちら側に引き入れたのだから。

 

「上陰のおじさまに感謝しなくてはね。おかげで駆け引きというものが出来るようになったわ」

 

くすり、と少女は笑う。

 

そして彼女は改めて現在の自分の戦力を確認する。

 

……コンゴウやタカオたちにいくつか墜とされたがまだ艦の数はある。

 

コンゴウたちの後に控える人類との戦いには十分な戦力ではあった。

 

――しかし何故だろうか。

 

心なしか、自分が思っていたより減っている気がする。

 

記録ではコンゴウたちとの戦い以外では何も変動ないのに。

 

「――やはり、この違和感も千早 群像との接触のせいかしらね」

 

――充分に警戒していたつもりだった。

 

彼の言葉に干渉されないよう分身体といえど細心の注意を払ったが、それでも何かしらの影響は受けたらしい。

 

まったく、自身の元となったコアにとって彼がどれだけ大きな存在であったのかを嫌でも理解させられる。

 

そして干渉を受けた挙句、ヒュウガにハッキングされるスキまで与えた。

 

千早 群像を精神的に追い詰めるつもりが逆に王手をかけられた。

 

忌々しい限りだ、と彼女は舌打ちする。

 

――まずは一旦休息が必要か。

 

演算機能を酷使し過ぎたせいであろう。

 

自身の思考に穴が生じ始めている原因を、彼女はそうであると結論付けた。

 

そう判断すると、ホウライは自身の全機能をスリープ状態にし六時間後に再起動するようにプログラムを組む。

 

――眠る前に、彼女たちに硫黄島に向かい、指定した場所に待機しておくようにと、指示を残して。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

――硫黄島に到着した一行は二つのグループに別れた。

 

コンゴウ、ヒュウガ、そして群像の三人は今後の方針を立てるべく作戦室へ。

 

残るメンバーは艦の修復と補給をすることとなった。

 

「……彼女たちには申し訳ないけれど、使わせて貰いましょう」

 

 

タカオたちはヒュウガの集めた霧の艦の残骸を分解し、そのナノマテリアルを取り込み始める。

 

だんだんと形を失っていくその艦たちを眺めながらふとアシガラ呟く。

 

「……やっぱり、こんなの嫌だな」

 

「――そうね」

 

アシガラの言葉に、タカオも同意する。

 

――もう自分の仲間を沈めるのは嫌だ。

 

そして沈められるのも。

 

こんなことは、続けていたくないと。

 

「……お笑い種だな。我々は兵器だと言うのに」

 

そう言ってミョウコウは自嘲する。

 

かつての自分たちなら、そんなこと思いもしなかった。

 

ただ敵を殲滅し、アドミナリティコードに従うだけでよかった。

 

それで不満はなかった。

 

不満を持つ「心」すらなかったのだから。

 

なのに、メンタルモデルを獲得した霧は「心」まで得てしまった。

 

敵を撃つを躊躇いを、敵を撃った悲しみを知った。

 

「……兵器としては、幸せじゃなかったかもねー」

 

呟いたハグロは空を見上げる。

 

空はどこまでも蒼く、澄み渡っている。

 

――きっとこの蒼空を綺麗だと感じることも、兵器としては欠陥品なのだろう。

 

……考えるとなぜだか少し、悲しくなる自分がいた。

 

「――でも、貴方たちは今の『自分』が満更でもないのでしょう?」

 

――そう言ったのは、意外にもヒエイだった。

 

彼女はコンゴウと自分の艦のナノマテリアルを補給をしながら、タカオたちに振り返る。

 

「それとも、今の『自分』は嫌いかしら?」

 

「――いや、どうだろう。嫌いってほどじゃあ……ないかな」

 

「……私もそうかな」

 

「私もですね」

 

ヒエイの言葉に、ミョウコウ、ハグロ、ナチがそう答える。

 

アシガラは「けっこー楽しいよー」と元気よく答え、タカオは「まぁ悪くはないわね」と言った。

 

それを聞いたヒエイは彼女たちに微笑む。

 

「ならそれでいいのでないですか。『心』を得てしまった事実は、もうどうしようもない。ならこの変化を受け入れて、自分の『心』とやらに従えばいい。楽しいと思い、悲しいと思う。――自分の好きに決めていいのだから、思うがままに在ればいいのよ」

 

 

「――そういうアンタの変わりっぷりが一番の変化なんだけどね」

 

タカオの言葉に一同が頷く。

 

ヒエイも「確かにそうね」と苦笑した。

 

……昔は、こんな変化など受け入れたくなかった。

 

けれど、この否定しようとするのもまた『心』なのだと気付いた。

 

そして受け入れてしまったら、今の生活も悪くはない。

 

自分で決めるということも。

 

この生活が続いて欲しいとさえ思えた。

 

――だから私は自分の『心』に従う。

 

霧の風紀は地球の風紀。

 

故にこの混迷した霧の規律を正したい。

 

それが、霧の生徒会会長である自分の役目だと信じているから。

 

――そう決心した彼女の表情はとても晴れやかであった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――まったく、実に面倒な方たちだ」

 

 

自身の執務室に戻ってきた上陰は席につくと、今日も何の成果もなかった会議を思い出しながら、深いため息をもらした。

 

――生き残れるか滅ぶかの瀬戸際だというのに、いまだ自らの地位や財産などを守ろうとして上層部は疑心暗鬼に苛まれている。

 

何とか話をつけようと説得を試みたが彼らは確実に成功するという保証が得られない限り、何があってもこちらの話に耳を傾けたりしないだろう。

 

そんな保証、とれるはずなどあるわけないだろうに。

 

彼らには現状を打破しようとする気概がまるで感じられなかった。

 

これでは、霧の攻撃から人類が生き残るなど到底出来はしない。

 

 

危機を自覚しているのに何もしようとしない人間とは、まったくもって愚かで滑稽な生き物である。

 

無論、それに頭を下げている自身も含めてな、と上陰は自嘲した。

 

そのときだ。

 

不意に、人の気配を感じた。

 

視線を向けると、そこには見覚えのある白いドレスを来た少女が立っていた。

 

いきなり現れたが別段、驚きはしない。

 

むしろまた来たのか、と彼は嘆息した。

 

「――どうしたのかね、霧の総旗艦殿。今度は前よりマシな交渉をしにきたのかな?」

 

茶化すようにそう言ったが、少女は何も答えない。

 

先日会ったときのようなリアクションをとることもなく、無言のまま、じっと上陰を見つめる。

 

――その視線で、彼は気付く。

 

そして、ほぅと感嘆したように息をもらす。

 

「――失敬。どうやら勘違いをしていたようだ。あまりに知り合いにそっくりだったのでな。……して、改めて訊きたいのだが――」

 

 

上陰は霧の総旗艦――ホウライの姿をした彼女の、虚ろなその瞳を見つめながら言った。

 

 

「――君は誰だ?」

 

 

 



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行きつく先へ 第九話 安息のひと時

ほんの少しだけだが、平和な時間を過ごす彼女たちのお話


 

 

9.

 

 

「タカオー!ボールそっち送るよー!今度はミスんないでよね!」

 

「わかってるわよっ!えいっ!」

 

言いながら、アシガラからトスされたボールをタカオが相手コートに返した。

 

 

「ハグロ頑張れ!まだ始まって十分も経ってないぞっ!」

 

「い、いやミョウコウ。私の身長差を考えてよ……」

 

ミョウコウはタカオのアタックを打ち返しながら、ぜぇぜぇと肩で息をするハグロを叱咤する。

 

「ハグロ、頑張って……」

 

みんなより一回り小さい身体でコートを走り回るハグロの姿は、公平であるべき審判を務めるナチですら哀愁を誘うものがあった。

 

そして当然、そんなフラフラな彼女が打ち返すボールに勢いはなく、むしろタカオのチームが攻撃するのに絶好の位置へと跳んできてくれる。

 

「よっしゃもらった!」

 

 

「私がもらったぁ!」

 

「ってちょっとアンタこっちに来るんじゃ、がっ!?」

 

「ぐえっ!?」

 

――タカオがボールを返そうとしたとき、アシガラが突っ込んできて二人は見事に激突した。

 

目を回して倒れる二人の横にボールが落ちる。

 

「――ミョウコウたちに得点ね。まったく、アシガラったら動くもの全てを追いかけたがるんだから」

 

「まさしく、飢えた狼という奴だな」

 

「いや、狼というより犬じゃない……?」

 

ミョウコウの言葉に、ハグロが肩で息をしながらそう言った。

 

 

――ある意味、両者互角の戦いではあった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「――まったく。呑気なものね、あの子たち」

 

 

少し離れた木陰からタカオたちを見ていたヒエイはそう言ってやれやれと息を吐く。

 

ヒュウガたちには補給が終わったら自由行動でよしと言われていたが、彼女たちの割りきり良さには感心する。

 

時として必要となるのは分かるが、性根が真面目のヒエイには少し難しい。

 

あれぐらい素直に慣れたらいいなと憧れはするが、自分の柄ではないと分かってる。

……なら、自分に出来ることを為そう。

 

とりあえず、真面目しか取り柄がないのなら、せめてブレーキ役として常に冷静にいるよう努めよう。

 

そう考えていると、背後から声をかけられる。

 

「――何だ。お前は混ざらなくていいのか?」

 

「コンゴウ様っ!」

 

振り返ると、いつの間にかヒエイの後ろにコンゴウが立っていた。

 

彼女もまた元気よく遊んでいるタカオたちを見て微笑んでいた。

 

「――無邪気なものだ。こんな状況であっても彼女たちはいつも通りに明るい」

 

「流石に緊張感がなさすぎるとは思いますがね」

「確かにそうかもな。しかし、微笑ましい光景ではある。お前もそう思うだろう?」

 

「――はい。そう思います」

 

言ってヒエイはビーチバレーをする五人を見ながら微笑した。

 

――コンゴウの言う通り、彼女たちの姿は見ていて気分の悪いものではなかった。

 

しばらくの間、二人はタカオたちの姿を眺めたていたが、ふと思い出したヒエイはコンゴウに尋ねる。

 

「――して、コンゴウ様。作戦会議の方はどうなりましたか?」

 

「ああ。とりあえずお前も予想しての通り、我々は明日の朝にこの硫黄島を出航。超戦艦ホウライのいる海域へと向かい、彼女と千早 群像を対話させる、という話になった」

 

「……もし対話が破綻したら、どうするのですか?」

 

「――その時は、我々が沈める。そういう約束だ」

 

「わかりました」

 

それ以上、その事についてヒエイは言及しなかった。

 

――実際、ホウライが素直に対話に応じるとは考えにくい。

 

同時に和解するということも、あの様子では難しいだろう。

 

しかし、僅かではあるがその望みはある。

 

――あの超戦艦が、かつての401であり、その始まりとなった千早 群像がいるのだから。

 

それに千早 群像自身も、その可能性を諦める気はないだろう。

 

「――私も、諦めたくはないしな」

 

ぽつりと、コンゴウは呟く。

 

――あれが401であったというなら、別のものになったとはいえ出来うるなら沈めたくない。

 

救ってやりたいと、コンゴウは本心から思っていた。

 

ヒエイもはいと頷き、彼女に同意する。

 

昔と違い、今のヒエイも、コンゴウの気持ちを理解出来る。

 

彼女たちと同じ、「心」を手に入れたのだから……。

 

「――そういえば、その千早群像とヒュウガはどちらに?」

 

「作戦の準備があるからと言って作業中だ。プログラミングはあまり得意ではないからな。私は追い出されてしまった」

 

「左様ですか」

 

「というわけだヒエイ。私と遊べ」

 

「はいっ!?」

 

予想外の言葉に、ヒエイの声が裏返る。

 

そんな彼女の反応にコンゴウは心外だな、と不機嫌そうな顔をする。

 

「私にだって娯楽を楽しむ情緒ぐらいはあるさ。それとも私と遊ぶのはイヤか?」

 

「い、いえまさかそんなことはありませんっ!」

 

慌ててヒエイが否定する。

 

……イヤであるものか。

 

彼女が嬉しくないわけがなかった。

 

 

「で、ではコンゴウ様。何をして遊びましょう?」

 

胸の高揚を抑えつつ、ヒエイが尋ねるとコンゴウは「そうだな」と考えるそぶりをする。

 

「年頃の女子がする遊びとなると……おままごとでもするか。私が夫、お前が妻だ」

 

「へあッ!?」

 

――今度こそ、ヒエイは驚愕に目を剥いた

 

そして、ヒエイはほんの一瞬だけ想像する。

 

――夫となったコンゴウと、「あなた」と呼ぶ自分の姿を。

 

かぁあと、一気に顔が熱くなった。

 

真っ赤になったヒエイを見てコンゴウは悪戯っぽく笑う。

 

「何だヒエイ。顔が赤いぞ」

 

「あ、いえ、それは、その……」

 

……駄目だ。

 

直視出来ない。

 

日誌に顔を隠していた彼女だが、コンゴウがそれすら取り上げる。

 

そしてくい、と彼女の顎を指先で持ち上げ自分の方へと顔を向けさせる。

 

「ヒエイ……」

 

「こ、こ、こ、コンゴウさ、ま……!?」

 

コンゴウはヒエイに息が吹きかかるほど、顔を近付けてくる。

 

ヒエイは頭が沸騰しそうだった。

 

彼女はだんだんと迫っていき、そして……。

 

 

――ピンと。

 

 

ヒエイの額を指で弾いた。

 

 

「……へ?」

 

呆然とするヒエイに対し、コンゴウはクスクスと笑う。

 

「冗談に決まっているだろう。本当に初々しいな、我が妹は」

 

 

言われたヒエイは物凄い勢いで脱力した。

 

と同時にからかわれたのだと理解した彼女は頬を膨らます。

 

 

「コンゴウ様、お戯れが過ぎますよ……」

 

そんなヒエイに対し、「すまなかったな」とコンゴウは謝るがまだ顔はにやけていた。

 

 

「いや何、お前の反応がいちいち可愛らしくてな。ついからかいたくなった。許せ」

 

「……次同じ事したら、私でも怒りますよ」

 

了解した、と彼女は笑って言う。

 

本当に分かってるかどうか不安である。

 

そして咳払いをすると、コンゴウは改めてヒエイに言った。

 

「それではヒエイ。おままごとではなくこれなら私と遊んでくれるかな?」

 

そう言って彼女はナノマテリアルで机と椅子を形成する。

 

その上に置いてあったものを見て、ヒエイは首を傾げる。

 

「これは……チェスですか」

 

そうだ、とコンゴウは答えながら席につく。

 

「なかなかに楽しめるゲームだ。やり方が解らなかったら教えるから、付き合ってくれないか?ヒエイよ」

 

「――喜んで。コンゴウ様」

 

そう微笑んで、彼女が進めてくれた席にヒエイは座った。

 

■ ■ ■

 

 

「――なーんだ。冗談か。つまんないの」

 

「まぁ普通そうですよね」

 

物陰に隠れながら言ったタカオの言葉に、ナチは苦笑する。

 

「……あの二人がやると絵になるな。っとハグロ、何をしてる?」

 

ミョウコウに聞かれたハグロはにっしししと笑いながらその手にカメラを握っていた。

 

「今のシーン、カメラに納めておいたのよ。これでしばらくヒエイをからかえるわ」

 

「あら楽しそう。私も混ぜてくださる?」

 

「――ハグロ。よかったら私に何枚か焼き回ししてくれないか?」

 

「え、ミョウコウもしかしてそっち系?」

 

「……違うと言いたいが、艦隊旗艦がかっこよすぎて目覚めそうになった」

 

「それは分かるかも」

 

何故かしみじみと同意するナチであった。

 

唯一アシガラだけが「何だ何だ?」とあんまり状況を読み込めてない。

 

「じゃあミョウコウに売り付けようかな」

 

「売り付けるんだ、姉に」

 

「言い値で買おう」

 

「で、貴方も買うのね……」

 

呆れたようにため息をつくタカオ。

 

すると彼女の隠れていた木からスパァンっ!と大きな音がした。

 

見ると、幹に万年筆が深々と刺さっていた。

 

誰の物かは一目瞭然である。

 

 

「――コンゴウ様。申し訳ありませんが少々お時間を頂けますか。――ちょっと運動して参ります」

 

「構わん。無理はするなよ」

 

ありがとうございます、と頭を下げたヒエイがこちらを向くとニコリと微笑んだ。

 

 

――死ぬかもしれない。

 

 

そう覚悟をした五人は全力で走り出した。

 

 

迫りくる高速の赤い影から逃れるために――。

 

 

 



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行きつく先へ 第十話 黄と緑の閃光

そして、再び彼女たちは群像たちの前に立つ


10.

 

「――で、キレたヒエイにメッタメタのボッコボコにされたわけね。お馬鹿さん」

「……うるさいわよ」

 

ボサボサになった髪をムッとした顔で解かしすタカオを、ヒュウガは呆れたように見ていた。

そして、辺りに転がったミョウコウたちに目をやる。

ピクピクと痙攣して白目を剥いていたが、とりあえず全員生きてはいた。

流石のヒエイも、そこまで我を忘れてはいなかったようで何よりだ。

 

「ま、それはさておき夕食出来たからコンゴウたち呼んできて」

「……この流れで私たちに呼びに行かせるの?」

「だって私関係なーい」

「こっの腹黒眼鏡……」

 

べ、と舌を出す彼女にタカオがそう毒づく。

しかし、それから彼女はヒュウガをじっと見つめる。

 

「……何よ?」

「別に。ただ、やっと元に戻ったなって思っただけよ。――二年前のアンタに、ね」

「……そうね。やっぱり、やらなきゃいけないことがあるっていいわね」

 

しみじみと、ヒュウガは呟く。

この二年間、彼女はかつての蒼き艦隊のヒュウガとは違っていた。

空虚、というのが一番正しい例えだろうか。

共に行動して傍にいたタカオには、ただただ毎日を過ごしているように見えた。

ヒュウガ自身も当時自覚はなかったろうが、まるで仕方なくそこにいるようだった。

 

「――けど。今のアンタは違う。私の知ってる大戦艦ヒュウガ再びね。安心したわ」

「アンタに心配されるようになるなんて、私も堕ちたものね。――けどまぁ、ありがと」

「どういたしまして」

 

そっぽを向いて言ったヒュウガにタカオは苦笑した。

……本当に、私の知ってるヒュウガだ。

それがほんの少しだけ、嬉しく思う彼女だった。

 

「はいはいこの話おしまい。さっさとコンゴウたち呼びに行きなさい。バーベキューの準備、もう出来てるんだから」

「バーベキューっ!?本当っ!?」

 

聞いたアシガラは目を輝かせてガバッと起き上がる。

変わらず元気そうで何よりである。

仕方ない、とタカオは息を吐くと地面に倒れ込んでる残り三人に向けて言った。

 

「ほら、いつまで気絶したフリしてんの。駄々こねないで、さっさとコンゴウたち迎えに行くわよ」

「――バレてたか」

「バレバレよ」

 

しょうがない、と言ってむくりとハグロは起き上がる。

ナチも同様だ。

そして横でまだ寝転んでいるミョウコウの身体を揺する。

 

「ほらミョウコウ。貴方も起きてください」

「……いや、たぶんミョウコウ本気で気絶してる」

「あら本当ね」

 

起き上がらせてみると、彼女は本当に白目を剥いていた。

 

「どうしましょうか?ハグロ」

「放っておいていいんじゃない?そのうち目が覚めるでしょ」

「それもそうね」

「それよりバーベキューだよバーベキュー!早く行こーよ!」

「……姉に優しくない妹たちね」

「お気の毒」

 

放っぽり出されたミョウコウに同情する二人であった。

それから、気を失ったミョウコウをヒュウガとナチに預けて、タカオ、アシガラ、ハグロの三人がコンゴウたちを呼びに行った。

 

恐らく、先ほどタカオたちがビーチバレーをしていた近くにいるだろうと考え、一行は向かう。

 

「顔を会わせたくないなー私」

「右に同じね。また何か言われそうでやられそう」

「大丈夫だよ。ヒエイだってもう忘れてるかも」

「ヒエイはアンタと違って物覚えがいいのよ」

「そうそう」

 

気楽にそう言うアシガラに二人はため息をつく。

すると、彼女たちの前方にヒエイとコンゴウの姿が見えた。

「あ、いたいた。おーい、ヒエ――」

 

「やっったぁぁぁ!勝ったぁぁぁ!」

 

アシガラの声が突然席を立ち上がって叫んだヒエイの言葉に掻き消された。

彼女は両手を上げて普段では考えられないような満面の笑みで喜んでいた。

 

「――これは驚いた。まさかたった三局目で負けてしまったか。流石だヒエイ。やはりお前は出来のいい妹だ」

「そ、そんなことは……」

コンゴウの言葉に、ヒエイは頬を紅く染め、照れ臭そうに身体をよじらせた。

「……だが悔しい。ヒエイよ、もう一戦だ」

「はい!喜んでっ!」

 

そう元気よく頷いたところでヒエイはハッとして気付く。

――遠くから呆然と眺める三人の姿に。

 

「ん?何だおまえたちか。無事でなによりだ」

 

無事ってどう意味よ、と思ったが言えなかった。

ヒエイ共々黙り込む。

しかしそんな中でも、彼女だけは通常運転だった。

「ヒエイって、子供っぽいとこあんだね。意外」

ぼっ、とヒエイの顔が赤く染まる。

そのまま彼女はへなへなと椅子に座り込み、机に突っ伏した。

そのまま、うっうっと嗚咽のような声が聞こえてくる。

……まぁアシガラに子供っぽいとか言われたらそりゃ泣けるわよね。

タカオとハグロは口には出さなかったがヒエイに同情した。

 

「――本当に、可愛らしい妹だ」

 

苦笑したコンゴウは泣き伏しているヒエイの頭を撫でてやる。

アシガラだけが「どうしたの?」と首を傾げていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

――コンゴウたちを連れてタカオたちが来ると、ヒュウガと群像が既に支度を済ませて待っていた。

すぐ近くの木陰で、頭に手を当てて寝ているミョウコウをナチが看病していた。

 

「遅いわよタカオ」

「悪かったわね。愚図った生徒会長が落ち着くのを待ってたから遅れたのよ」

「愚図ってなんかいませんっ!」

「いや、そんな恰好で言われても……」

 

タカオはコンゴウにきゅっと寄り添って「よしよし」といった感じに身体を擦ってもらっているヒエイを見て言った。

言われた彼女は真っ赤になった目をこしこしとこすると、ピンと背筋を伸ばしていつも通りに振る舞おうとする。

 

「――こほん。先ほどのは失態でしたがもう大丈夫です。私、失態しないので」

「……既にこれ以上ない大失態したからね」

「――何か言いましたか?ハグロ」

 

ギロリと睨まれたハグロはブンブンと首を振って強く否定した。

――今のヒエイなら眼光だけで艦を大破出来そうである。

その光景を見て「あほくさ」とこれまた身も蓋もないことをいうヒュウガ。

 

「アンタたち、のんきでいいわねぇ」

「まぁいいじゃないか。無理して固くなる必要はないだろう?」

「……そういう貴方ものんきねぇ。本当に」

 

楽しそうに串に具材を通している群像をヒュウガは横目でちらりと見た。

するとアシガラが群像の近くまで駆け寄ってきて、彼の持っている串を見て目を輝かせた。

「おぉっ!これがバーベキューなのかー!」

「ああ。こうやって色んな具材を一本の串に刺して火にかけて焼くんだ。――やってみるかい?」

「いいの!?わーい!」

彼女は群像から串を受け取ると、嬉々として具材を刺していく。

 

「見て見てぐんぞー!これでいいのかな?」

「ああ。いいんじゃないか。……だけど今度は野菜もいっしょに刺すといいかもな」

「ええー私野菜きらーい」

 

「……好き嫌いはいかんぞアシガラ。バランスよく食べるんだ」

「あ、ミョウコウ復活したんだ」

 

まぁな、と彼女は言ったがまだ頭が痛むのかこめかみを抑えて少し顔をしかめている。

その様子を見て、流石にヒエイが申し訳なさそうな顔になる。

 

「ごめなさいミョウコウ。流石にやり過ぎたわ」

「いや調子に乗りすぎたのはこちらだ。すまない。反省してる。――だからヒエイ、さっきのカメラ返してくれ」

「駄目、没収します」

 

きっぱりと断られたミョウコウは目に見えて落ち込んだ。

同時に、タカオとハグロとナチの三人が「ミョウコウ……」と、なんとも言えない目で彼女を見た。

 

「そんなことより!早く皆で食べようよっ!」

 

アシガラがいつの間にか作っていた何本もの串をかざしながら全員に言った。

彼女の無邪気にな姿に、つい頬が緩む群像。

 

「そうだな。じゃ、焼いていこうか」

 

そうして、夕食が始まる。

勝手を知るヒュウガと群像が主に調理を担当し、他は彼らの好意に甘えて焼き上がったそれらを口にする。

 

「あら美味しい」

「おお!これ美味しい!バーベキューっていいね!」

「アシガラ、がっつくな。ゆっくり食べろ」

「ふぁい」

 

彼女たちが美味しそうに食事する風景を見て群像は微笑んだ。

そして彼の横にいたコンゴウにも感想を訊いてみる。

 

「コンゴウ、どうだ?」

「あ、ああ美味いぞ。何も問題ない。大丈夫だ」

すると、何故か少し彼女は慌てたような反応を示した。

はて、と群像が首を傾げると横からひょいとヒュウガが串をコンゴウに差し出す。

「はーいコンゴウ。これ私からプレゼント。遠慮なく食べて」

「……おいヒュウガ。なんだこれは?」

「ピーマンよ。見て分からない?」

「そんなことは知ってる。私が訊いているのは何故この串にはピーマンしか刺さっていないのだということだ」

 

受け取った緑一色の串を指差しながら彼女は言うと、ヒュウガはにししと笑う。

 

「だってさ。コンゴウピーマン嫌いじゃない?駄目でしょう好き嫌いは。だから克服用にってね」

「……ピーマンは嫌いではないぞ」

「じゃあその脇に隠したの何?」

「いや何も隠してな、て返せ!ヒュウガっ!」

 

いつの間にか背後に回ってたヒュウガがコンゴウが隠そうとしていたソレをとりあげる。

……ヒュウガがとりあげたのは、一口かじったあとのあるピーマンが数個乗った取り皿だった。

 

ヒュウガは大きめの声でわざとらしくその皿をかざしながら言った。

 

「あらぁ?これはどういうことかしらねぇ?艦隊旗艦ともあろうお方がこんなにもピーマン残してるなんてねぇ……?」

「ち、違うっ!ピーマンが嫌いなわけではない!ただ、今日はちょっと苦くてだな……」

「――確か貴方、前に硫黄島来たときもピーマン一口食べてぶっぱしてきたわよね?もしかして……?」

「それはない!あれは違うからなタカオっ!」

 

真剣な表情で考え出すタカオに対し、コンゴウはそれを全力で否定した。

すると「コンゴウ様っ!」とヒエイが横から出てきた。

 

「コンゴウ様、ヒエイは大丈夫です」

「ヒエイ……お前なら分かってくれ――」

「ピーマンなんて、食べなくても生きていけますし艦隊旗艦もやれます。ですからどうぞ。こちらの串はピーマンをお取りしたものです。お食べください!」

「……出来の悪い妹だ」

「何故っ!?」

絶対零度の冷たい目で睨まれたヒエイが涙目になる。

「コンゴウってばダメダメね。にししし」

「ヒュウガ……」

 

爆笑するヒュウガに対し、群像は複雑そうな顔をする。

そしてうつむいたらコンゴウはぶつぶつと呟き始める。

 

「何故だ。何故今日に限ってピーマンがこんなにも苦いんだ……?」

「そらそうよ。アンタのだけわざと苦くなるように調理したもの」

「――何だと?」

「――あ。しまった」

 

さぁぁと青ざめるヒュウガをコンゴウが冷たい目で見下ろす。

……その後、逃げるヒュウガを大剣を持ったコンゴウが追いかけていくのを、群像たちは見送った。

 

「……アンタも十分お馬鹿さんよ。ヒュウガ」

 

タカオの呟きに、群像は苦笑する。

――正直楽しかった。

こんな風にすごく時間が。

みんなが笑ってるこの時が、幸せだった。

だから群像はつい思ってしまう。

もっと続いてほしいと。

 

……だが悲しいことに。 

 

彼の願いは叶いそうになかった。

 

「――タカオ。あれは何だ?」 

 

群像はそう言って水平線の遠くに見える黒い塊を差し示す。

 

「え、あれって何?」

 

しかしタカオは群像が示した方向を見たが、何も見えないようだ。

彼が何か言おうとした時、その塊が一瞬光った。

――瞬間、彼は叫んでいた。

 

「ヒュウガっ!西側にクラインフィールド展開っ!」

 

言われたヒュウガの行動は早かった。

すぐさま言われた方向全面を覆うようにクラインフィールドを張る。

と同時に、黄色と緑の光がクラインフィールドに直撃した。

 

「これは、超重力砲か!?」

「そんな、レーダーに反応なんてなかったのに!?」

突然現れた敵に動揺するミョウコウたち。

「――やはり、そちら側にいたか」

「そうみたいね」

 

しかし、三人だけは違った。

群像の言葉にヒュウガが頷く。

……あの光を見間違うことなどない。

そしてコンゴウは、超重力砲を撃ってきた方角を睨みながら言った。

 

「――まったく、手のかかる妹たちだ」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――防がれたか。まぁそう簡単にはいかないよな」

「だろうな。それにもし、そうも容易かったのなら我々はあんなにも苦労はしなかったろう」

 

隣に立つロングコート着た女の言葉に、「全くだ」と後ろで髪を結わえた女が同意した。

そんな彼女たちに後ろから声がかかる。

 

「――しみじみと言ってるけど、さっさと次のチャージしといた方がよいのでなくて?」

言われた彼女らはキッと背後の女を睨む。

「――我々には我々のやり方がある。お前は口出しするな」

「これは失礼。別にどうやろうと構わないわ。ただね――」

 

彼女――ホウライは目を細めて向こうにある硫黄島を見る。

 

「――私は今日で千早 群像たちにさよならがしたいから貴方たちには手を抜いて欲しくないの。そこのところ、分かってもらえるかしら?」

「――承知している」

「そう。ならよかった。じゃあ頑張ってね二人とも。そうしたら――刑部 蒔絵を返してあげるから、ね」

 

そう言って彼女はニタリと、目の前に立つハルナとキリシマに笑いかけた。

 

 



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行きつく先へ 第十一話 守りたい人

再び立ちはだかるハルナとキリシマ。
すべては友達を守るために


11.

 

 

――暗く狭い部屋に、彼女は一人、膝を抱えて座っていた。

 

ここが何処だかよくは分からない。

 

ただ外からわずかに聞こえてくる話し声のトーンからしてここが彼女たちが隠れていたイギリスでも、まして祖国の日本ではないことは確かだった。

 

はじめは脱出を試みようとしたが、どれだけの策を練ろうと幼い彼女の身体ではこの鉄の扉を突破することは叶わない。

 

何も出来ずにいる彼女は恐怖に駆られる。

 

――あの真っ白な髪をした少女。

 

世界に宣戦布告をした新たな霧の総旗艦は自分を捕らえてこの場所に閉じ込めた。

 

それが何の目的なのかはだいたい検討はつく。

 

彼女を大切に思う二人を思うがままに操るためだ。

 

きっとあの二人なら、自分を救うためなら何でもするだろう。

 

逆の立場だったら自分もそうするから、よくわかる。

 

たがらこそ怖かった。

 

あの白い少女が、彼女の友達に取り返しのつかないことをやらせようとするのがわかっていたから。

 

「――ハルハル。ヨタロウ、ごめんね……」

 

 

彼女――刑部 蒔絵は謝り続ける。

 

 

その頬を、一筋の涙が伝った。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――ハルナとキリシマですって!?何であの二人があっちにいるのよっ!?」

 

驚愕するタカオに、コンゴウは「さぁな」と肩を竦めた。

 

「――ただ、彼女たちはもう霧には関わらないと決めていたはずだ。それを曲げてまで来たとなると……」

 

「――恐らく、蒔絵を人質にとられたんだろう」

 

「でしょうねぇ。あの子たちが動く理由なんて、それしかないわ」

 

群像の呟きに、ヒュウガが同意する。

 

……どんな手段を用いたかは知らないがホウライはハルナとキリシマを出し抜き、刑部 蒔絵を手中に収めたのだろう。

 

あとは彼女の安全と引き換えに自分に従え、といったところか。

 

「――私たちやコンゴウたちに接触してきたんだから、当然ハルナたちにもちょっかいかけたんだろうとは思ってたけど。見通しが甘かったわね」

 

「それよりもだヒュウガ。未だに私のレーダーに二人の反応がない。それに千早 群像には視認出来ているようだが我々には見えない。これはどういうことだ?」

 

先ほどの超重力砲は恐らく合体による砲撃だろう。

 

こちらからは射程範囲外の可能性大だがナチのレーダーですら探知出来ないのはおかしい。

 

ついで、群像には見えているのに彼女たちには見えていないという事実もだ。

 

問われたヒュウガは「いま調べてる」と既に手元にモニターを開いてデータを解析していた。

 

そして解析結果を見た彼女は苦い顔をする。

 

「……やられた。私ら全員ウィルス打ち込まれてる。ハルナとキリシマの反応を探知できないようにされてるわ。――てかこれ、私がアイツに打ったウィルスのアレンジじゃない。あーなんか腹立つ!」

 

「ふくれてる場合ですか!早く対抗策を考えてください!」

 

「もうやってる。コンゴウ、クラインフィールドのコントロール代わって」

 

「了解した。ヒエイたちは艦の出撃準備をしておけ」

 

「っ!コンゴウ!第二波が来るぞっ!」

 

向こう側で光が収束しだすのを見た群像が叫ぶ。

 

そして再び、光の奔流が彼らにめがけて発射される。

 

コンゴウはクラインフィールドを展開したが、流石に二回は耐えられるはずはなくひび割れたフィールドの隙間から分散した超重力砲のエネルギーが入り込み、砂浜のところどころに降り注いだ。

 

「――クラインフィールド、九十二パーセント消失。次は防げないな」

 

「ああ゛!私のお肉が砂だらけー!」

 

「言ってる場合かアシガラ!くそっ!場所が分からなきゃ手の打ちようがない……」

 

「いやミョウコウ。俺なら分かる。視覚的距離だがだいたいの位置なら特定できる」

 

そう言って、彼女たちに群像が目算での情報を伝える。

 

聞いたコンゴウは舌打ちした。

 

「――射程範囲外だな。次発装填までのタイムラグまでに距離が詰められるかどうか……」

 

「いえコンゴウ様。ミョウコウの砲台ならやれます。――ミョウコウ、当てなくていいわ。私たちが接近するまでの時間を稼いで」

 

「承知した。千早 群像、私が撃つときに彼女らの位置を教えてくれ」

 

「分かった」

 

ミョウコウの言葉に、群像が頷く。

 

……今はとにかく、ここを乗りきらなければならない。

 

そう考える群像の目前の海から、ヒエイたちの艦体が水しぶきを立てて浮上してきた。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――こちらに向かってくるな。私たちの位置は把握出来ないんじゃなかったのか?」

 

キリシマの言葉に、背後にいたホウライは「そのはずよ」と答える。

 

「ヒュウガがくれたウィルスにちょっとアレンジ加えてお返ししたから彼女たちのレーダーにも視覚にも映らないはずなんだけど――思えば人間である千早 群像には意味がなかったわね」

 

「なるほどな。――ハルナ、次撃てるか?」

 

「まだだ。流石に間隔が短すぎた。砲身の冷却処理に時間がかかる」

 

そうか、とキリシマは答えると段々と距離を詰めてくるヒエイたちを睨む。

 

……このままだと、次の超重力砲を撃つのと、ヒエイたちが射程範囲に入るのがギリギリになるかもしれない。

 

それで仕留めることができなければ、いくら大戦艦二隻とはいえ彼女らに囲まれたら勝ち目はない。

 

それゆえの遠距離射撃からの奇襲だったのだ。

 

どうするかと悩んでいるキリシマの姿にホウライがため息をついた。

 

「キリシマ。まさかもうお手上げとか言わないわよね?せっかく元のメンタルモデルも用意してあげたんだからもう少し頑張ってくださいな」

 

「――貴様が勝手にしたことだ。戻してくれと頼んだ覚えはない」

 

「――我々のやり方に口を出すな。お前はそこで見てろ」

 

ハルナが威圧すると「あら怖い」と彼女はおどけてみせる。

 

と、同時に彼女らの艦体に衝撃が走る。

 

「何だ!?」

 

「――ミョウコウね。確かに彼女の射程距離なら、ここまで届くか」

 

ホウライは目を細めて、遠くから自分たちに向けられた長い砲身を見る。

 

超重力砲を犠牲にした代わりに手に入れたミョウコウの砲台。

 

例えダメージを与えられなくても次のチャージを遅らせることができる。

 

事実、キリシマたちにも焦りが見えた。

 

「くそっ!処理に集中できない!」

 

「お困りのようね、お二人さん。もうギブアップかしら?」

 

「――まだだ。まだ私たちはやれる。だから――蒔絵には手を出すな」

 

「へぇ……」

 

そう言ったハルナをホウライは面白そうに見る。

 

「――本当に大事なのね。あの子のこと。――なら特別に、私もお手伝いしてあげるわ」

 

そう言って彼女はパチン、と指を鳴らす。

 

すると、ハルナとキリシマの船体に異変が生じる。

 

冷却処理をしていた砲身が突如として崩れ始めた。

 

そして、砂粒状になったナノマテリアルだが、すぐさま再構成を始める。

 

「――馬鹿な」

 

そうして瞬時に出来た完全な砲身を見て、キリシマは目を見開いた。

 

「これですぐ撃てるわ。次も撃ったらまた砲身ごと作り替えてあげるから遠慮なくどうぞ、お二人とも」

 

微笑んだ彼女を見てハルナも驚きを隠せなかった。

 

――とてつもない演算処理能力だ。

 

かつてのヤマトやムサシに匹敵、いやこれがコピーを通してのことだとするならそれ以上かもしれない。

 

……しかし、そんなことが出来るものなのか?

 

「――ちゃんと代償は払ったわよ。私はそれに見合った能力を行使しているだけ」

 

心を読んだかのようにホウライは答える。

 

それと、と言って彼女は付け加えた。

 

「――ハルナ。いい加減私の本体の場所を探ろうとするのをやめてくださらない?無駄だから。刑部 蒔絵は私には乗艦させてないし」

 

「何だと!?なら蒔絵はどこにいるっ!?」

 

血相を変えて問い質すキリシマだったが、ホウライはその剣幕をものともせずわずらわしそうに耳を塞いだ。

 

「心配しなくてもちゃんと無事よ。交渉をするうえで互いの利害が大事って学んだんだから。――彼女は台湾政府に預けてるわ。そこの官僚をちょっと脅してね」

 

「――何故、わざわざ台湾などに預けた?」

 

「貴方たちの不意をつくため、というのもあるけど――私人間嫌いだから。乗せたくなっかたのよ。だから二人とも、さっさと働きなさい。あの子に価値がないとわかったら私――躊躇なんてしないわよ」

 

にっこりと彼女は笑う。

 

彼女は本気だ。

 

キリシマとハルナが敗北、もしくは価値がなくなったら容赦なく蒔絵を処分するつもりだ。

 

――ゆえに、二人には選べる答えは一つしかなかった。

 

「――キリシマ、チャージ完了だ」

 

そして悲痛な表情を浮かべながらも、彼女は号令する。

 

 

「――撃て」

 

 

――すべては、友達を救うために。

 

 

 



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行きつく先へ 第十二話 振り下ろす鋼

ヒエイたちはミョウコウの支援を受けながら、だんだんと距離をつめていく


12.

 

 

――紫色の閃光が細く鋭く空を切る。

 

しかしキリシマたちの艦体に当たる直前、その光は彼女たちのクラインフィールドに弾かれ、儚くも分散していった。

 

その光景を自身の艦の上から見たミョウコウが苦い顔をした。

 

「――相変わらず硬いフィールドだな。あれには二年前もヤキモキさせられたものだ」

 

「ああ。けれど妨害として充分に効果がある。――タカオ、射程範囲まで届きそうか?」

 

隣にいた群像が耳元の通信機を介して、タカオに呼びかけると「いいえまだよ」と返答があった。

 

『けどあと少し。時間稼ぎしてもらったおかげで間に合いそう。そうしたら思いっきり撃ちまくってあげるわ』

 

『……ねぇヒエイ。とりあえず私が先行したほうがはやくない?』

 

――確かに、ハグロは霧の艦隊一の速度を有する。

 

彼女ならタカオたちの何倍より早く攻撃可能範囲に辿り着くだろう。

 

が、ヒエイは『いいえ』と首を横に振った。

 

『ハグロ。千早 群像が教えてくれるとはいえ私たちは未だ敵の反応が探知出来ない状態にあるわ。そんな中で貴方だけ先行させた状況でハルナたちまで動き出したら最悪、貴方を沈め兼ねないわ』

 

ヒエイの分析に、群像も同意した。

 

「この状況での最善策は君たちはそのまま単横陣で移動、射程圏内に入った時点で正面向けてのに一斉射撃だ。そうすれば、起爆跡から君たちでもハルナたちの位置を正確に特定できる。

 

あとは君たち五隻で彼女たちを囲んでしまえばこちらの勝ちだ」

 

『おおっ!ぐんぞー流石だね!』

 

そして彼は今度は対抗プログラムを組んでいるヒュウガに連絡をとる。

 

「ヒュウガ。そちらの状況は?」

 

『ごめんなさい。まだかかりそう。もう少し待って』

 

頼む、と言って通信を切るとミョウコウに振り返る。

 

「ミョウコウ、チャージが完了次第もう一度頼む。ヒュウガの方はまだ掛かりそうだ」

 

「承知した。……しかし、少しも彼女たちは動かないようだな」

 

「恐らく彼女たちも数でこちらには叶わないと分かっているだろう。超重力砲のみで決着を付ける気だ」

 

「……あるいは、はじめから勝つ気はないかも知れないな」

 

ミョウコウはそう言ったが、「それはない」と、群像は否定した。

 

「――ハルナとキリシマにとって、蒔絵はかけがえのない存在なんだ。だから彼女たちは全力で俺たちを潰しにかかる」

 

「――自分たちの存在よりも、一人の少女が大切なのか?」

 

「ああ。まだ君たちには、分からない感性かもしれないが……」

 

「いや分かるよ。うちの生徒会長の艦隊旗艦へのぞっこんぶりを見れば嫌でも分かる」

 

「――確かに。その通りだ」

 

ヒエイの日頃からのコンゴウに対する振る舞い方を思い出して、群像は苦笑した。

 

ミョウコウもしみじみとした声で言う。

 

「かつてあんなにも頑固だった彼女がああまで柔らかくなるとはな。多少行き過ぎかもしれんが……悪くはない」

 

「そうだな。以前のヒエイではとても考えられない変化だ。きっとハルナやキリシマたちもそうなのだろう」

 

「まさしくそうだ。驚きで顎が外れるかと思った。――とくにキリシマの変わりっぷりにな」

 

「――それは、確かに驚くな」

 

あの桃色のクマとキリシマが同一人物だという事実を改めて認識すると、つい笑みがこぼれる。

 

しかもキリシマはそのスタイルを変える気はないようだ。

 

元の姿の方が便利だろうにそれをしないのは、ひとえに蒔絵が喜ぶからだろう。

 

――彼女たちは、群像の理想でもあった。

 

霧と人、双方が思い合い共存していくという理想。

 

ハルナたちのような世界を作るそのために、群像は日々を費やしていたのだ。

 

けれど――。

 

「――しかしだ群像。我々はハルナたちを止められても、彼女たちを救えない」

 

「……わかってるいるよ」

 

――仮に、ハルナたちを止められたとしよう。

 

だが恐らく捕らえられているだろう刑部 蒔絵は助けられない。

 

その時、あの超戦艦がどんな判断をするかは検討がつく。

 

――事実、戦意を削ぐという意味では実に効果的だ。

 

「――だがここで俺たちが沈むわけにはいかない。何より君たちのためにも、今は、進むしかないんだ……」

 

ギュッと強く拳を握りしめ、それでも毅然とした態度で前を見続ける群像。

 

その姿を見てミョウコウは心の中で納得する。

 

――道理で、勝てなかったわけだ。

 

二年前の自分とは、覚悟がまるで違う。

 

「――やはりお前は強いな。千早 群像」

 

彼女は改めて、目の前の男に敬意を示した。その時だ。

 

ミョウコウたちの後方に控えていたナチから通信が入る。

 

「高エネルギー反応確認!超重力砲、来ます!」

 

「何だとっ!?」

 

「タカオ!アシガラ!避けろっ!」

 

向こう側で急に集まりだした光を見て軌道を予測した群像がそう叫ぶ。

 

瞬間、三度目の光が走るのを見てアシガラとタカオは驚愕する。

 

「え、はやいよちょっとっ!?」

 

「冗談じゃないってのにっ!?」

 

――群像の指示のおかげで直撃は免れた。

 

しかし咄嗟の対応だったので完全に避けることは叶わず二人の艦体を掠める。

 

しかも、アシガラの方はクラインフィールドが飽和されてしまい、被弾箇所から爆炎が上がる。

 

「アシガラ!?大丈夫か!?」

 

『……ちょっと、ダメかも。――推進部分やられた』

 

通信を通して聞こえてくる彼女の苦い声に、全員が青ざめる。

 

そしてナチが悲鳴にも似た声を上げる。

 

『またしても高エネルギー反応、アシガラ逃げて!?』

 

「アシガラ、早く脱出しろ!?くそ、どうしてあんなにも早いんだ!?」

 

次発装填までのタイムラグの異常な早さに、ミョウコウも叫ぶ。

 

対して、彼女の砲台はまだチャージを完了しない。

 

――そうしている間に、ハルナたちの超重力砲は臨海点を超える。

 

こちらに向けられた艦首を見て、アシガラがこりゃまいったといった感じに肩を竦めた。

 

「――これは無理かも」

 

そうして彼女は仕方ないかと、諦めて目を瞑る――。

 

 

――だがその時。

 

 

ハルナたちの艦体に何かが爆音を立てて炸裂した。

 

「何だ!?」

 

キリシマとハルナが驚いた顔をする。

 

クラインフィールドのおかげで大したダメージはない。

 

だがそのせいで、軌道がずれた。

 

超重力砲のエネルギーは、アシガラの艦体を少し掠めて放たれるだけに終わった。

 

しかし、呆気にとられたのは群像らも同じだった。

 

「――どこから撃ってきたんだ?」

 

『っ!?海中に反応あり!でもこの反応ってまさか……!?』

 

「どうしたナチ!?」

 

ミョウコウが言ったが、ナチが答える前にソレは姿を現す。

 

 

――ソレは、海面を引き裂き、水しぶきを立てて浮上した。

 

まるで、刃が降り下ろされるかのような光景。

 

そしてなにより、その刃は――蒼く染まった鋼の刃。

 

 

 

――見間違うはずはない。

 

 

 

共に戦い、共に生きてきた彼が、見間違うはずはなかった。

 

群像は、ブローチの入った胸元のポケットを強く握りしめながら、彼女の名を呼んだ。

 

 

 

 

「――イオナっ!!」

 

 

 

 

――そうして彼は、蒼き鋼(かのじょ)との再会を果たす。

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第十三話 いつか、必ず

蒼き鋼が群像たちの元へと帰る。
そして彼らも


13.

 

 

「――401、だと。どうしてここに……」

 

目の前に現れた伊号401を見て、ミョウコウは驚きを隠せなかった。

 

すると、隣にいた群像の通信機からコールがあった。

 

彼が恐る恐るそれに出ると、意外な人物の声が聞こえてくる。

 

『――艦長。お久しぶりです』

 

「まさか――僧なのか!?」

 

はい、とかつて401の副艦長を勤めた織部 僧は頷いた。

 

すると、通信機の向こうからまた懐かしい声が多く聞こえてくる。

 

『うっす!群像元気にしてたか?』

 

『群像、アンタ霧側についたんだって?ま、アンタに限って、それはないよねー』

 

『艦長がそんなことするはずないもんね。お久しぶりです』

 

杏平、いおり、静。

 

かつての仲間は二年前も経ったというのに昔となんら変わりない。

 

そんな彼らの様子に、つい笑みがこぼれたが、今はそれどころではない。

 

「僧、状況は理解しているか?とにかくそこから離れろ。でなければ撃たれる」

 

『分かっています。それでなんですが群像。ハルナたちと通信は可能ですか?こちらからのシグナルは全てキャンセルされてしまいまして』

 

「いや、俺たちの方も駄目だ。それ以前にこちらはウィルスの影響でハルナたちの位置すら――」

 

『できるわよー』

 

群像たちの会話にヒュウガが割って入ってきた。

 

『今対抗プログラム出来たからもう大丈夫。キャンセルされても、通信ぐらいなら強制的に繋げられるわよ。繋ぐ?』

 

『お願いしますヒュウガ』

 

「僧、何をする気だ?」

 

まさか話し合いをして解決出来るわけはない。

 

そんなことを彼が理解していないとは群像は微塵にも思っていなかったがゆえに怪訝な顔をする。

 

しかし、『大丈夫です』と付き合いの長い親友は言った。

 

『私が通信をさせたかったのは――彼女に会わせたかったからです』

 

そう言って彼が通信を代わった相手の声を聞いて、群像は目を見開いた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「馬鹿な……401が何故ここにいる!?」

 

 

浮上してきたその蒼いを見たキリシマが驚愕する。

 

流石のハルナも、目の前の状況を理解出来ずにいた。

 

……ただ一人、ホウライのみが違った。

 

腕を組んで肩を震わせ、下を向いて俯いている。

 

まるで何かを堪えるように。

 

二人が訝しげに見ると、突如彼女は溜まりかねたかのように笑い出した。

 

「――そうか。これで全部合点がいったわ。――やっぱり、貴方はまだここにいるのね。イオナ……」

 

胸元をギュッと握りしめ、彼女は微笑む。

 

それからキリシマたちに振り返った。

 

「何をしてるの?さっさと撃ち落としなさい」

 

「待て。その前にアレの説明をしろ。どうして401がここに現れたんだ?」

 

指を差しながらキリシマは言った。

 

しかしホウライはそれに答えず、煩わしそうに彼女を見た。

 

「説明の必要はないわ。いいからさっさと撃ちなさい。でないと刑部 蒔絵を殺すわよ。――ただ殺すだけじゃ味気ないから、ちょっと工夫しましょうか。爪を一つ一つ剥いでから殺すとかどうかしら……?」

 

「何だと貴様ぁ!!」

 

「落ち着けキリシマ!!」

 

逆上して掴みかかろうしたキリシマをハルナが止める。

 

……どう足掻いても、自分たちがホウライに逆らえることはない。

 

蒔絵を無事に助けるたいのなら、ただ従うしかないのだから……。

 

『――お取り込み中で申し訳ないんだけど、アンタらちょっといいかしら?』

 

「ヒュウガっ!?」

 

ブゥンと音を立て中空にモニターが表示され、見知った顔が現れた。

 

それを見たホウライは「あらあら」と言って頬に手を当てた。

 

「もう対抗プログラムできちゃったの?結構自信作だったのに。アナタって本当に優秀なのね」

 

『何が自信策よ。私のウィルスのぱくりだったじゃない。――でも納得。401のシグナルをキャンセルしてたのは貴方だったのね。道理で繋がらないわけだ』

 

「何だと!?」

 

「――ホウライ。お前」

 

聞いたハルナとキリシマがホウライを睨んだが、「仕方ないじゃない」と彼女は肩を竦めた。

 

「敵の通信なんて、私たちを惑わせるだけでしょう?拒絶するに決まってるわ」

 

『確かにそうね。だから、もっと惑わせてあげるわ。僧、通信代わるわよ』

 

彼女はそう言って通信チャンネルを替えた。

 

けれど、映像が切り替わって出てきたのは織部 僧ではなく、ハルナとキリシマ二人がよく知る人物だった。

 

『ハルハルー!』

 

「蒔絵!?」

 

「蒔絵、どうして……!?」

 

出てきたのは元気よく笑う刑部 蒔絵の姿だった。

 

しかし彼女はホウライが捕らえて台湾政府に預けられたはずだ。

 

何故ここに、という疑問が現れたがその疑問を横からひょいと出てきたいおりが答えた。

 

『いや実を言うと静ってこうゆう隠密作業得意なんだよね。家系的に。ね、静』

 

『いえ、サポートあってこその話ですよ。でも、地元で助かりました。何度か練習で潜り込んでいましたからね。勝手知ったるなんとやら、ってやつです』

 

――練習相手としか認識されてない本職の警備隊に対し、横から通信を聞いていた群像ほか面々が気の毒に思ったのは言うまでもない。

 

『てゆうわけだからハルナ、キリシマ。もう大丈夫だよ』

 

そしていおりと静、そして蒔絵はハルナたちに仲良くVサインを送る。

 

……間違えるわけがない。

 

彼女は本当の蒔絵だ。

 

そう分かった瞬間、二人の目に熱いものを感じた。

 

「――よかった。本当に、よかった……」

 

今にも泣き出しそうな声でキリシマは呟く。

 

ハルナもいおりたちに感謝の意を込めて頭を下げた。

 

――そして二人はこぼれおちそうになった涙を堪え、改めて背後に控える彼女に毅然とした態度で振り返る。

 

「――そういうわけだ。悪いが401を攻撃するわけにはいかない」

 

「――同時に、お前に従う義理もなくなった」

 

「でしょうね。――ああもう。どうして予測外のことばかり起こるのかしら……」

 

「そのわりには驚いてないように見えるが?」

 

蒔絵を救出したという話を聞いても、ホウライは顔色一つ変えなかった。

 

むしろ、はじめからもう解っていたという風でもあった。

 

問われたホウライは、「まぁそうね」と言って空を見上げた。

 

もう夕暮れ時は過ぎ、星々が輝きはじめている空を。

 

「――勝算がなければ、401が私の前に現れるわけがない。けどまさか401クルー全員も連れてくるなんてね。――これで、千早 群像を精神的に追い詰めるカードを全部取られた。流石、抜け目がないわ。元総旗艦殿」

 

皮肉げに彼女は笑うと、右腕を横に一振りする。

 

すると、キリシマたちの戦艦が砂のようになって突然崩れ始める。

 

「どわっ!?この、よくも私たちの艦を……!」

 

「図々しいわね。このナノマテリアルをあげたのは私よ。けどこの量を回収するのは無理だし、このまま渡すのは癪だから不活性状態のナノマテリアルを差し上げるわ」

 

「いるかそんなもん!この、やっぱり一発殴らなきゃ気が済まないっ!」

 

「落ち着けキリシマ。ここは危険だ。一旦引くぞ」

 

「いやしかしハルナ!やっぱり私はこいつを、ぐふっ!?」

 

しかしまだキリシマはあーだこーだ言っていたので仕方なく、ハルナは彼女に当て身を入れた。

 

痙攣しているキリシマを肩に担いだ彼女は、去り際にホウライに振り返る。

 

「――だがいつか、この借りは返させてもらうぞ。必ずな」

 

そう言って彼女は跳躍した。

一人、崩れゆく艦の上に残された少女は、ふ、と笑ってハルナの言葉を復唱する。

 

「――必ず、ね。いい憎悪だわハルナ。――ああ群像。貴方にも、早く彼女と同じぐらいの憎悪を抱いて欲しいものだわ」

 

――彼の憎しみに満ちた瞳が自分を睨む。

 

想像しただけで、ぞくりとする。

 

けれど、今の彼では駄目だ。

 

この期に及んでもなお、自分と話し合おうとしている。

 

こんな、私であっても……。

 

それに、と彼女は海上に浮かぶ401を一瞥する。

 

……やはり日頃から感じていた違和感は間違っていなかったようだ。

 

データは改竄されているが艦隊の数が減ったというのも本当だろう。

 

恐らくあの伊号401を作り出すために使われたものだ。

 

そしてそれが出来たのだとしたら、彼女は総旗艦である自分と同じ権限を行使していたことになる。

 

つまり、ホウライの意識がない間、イオナに体の主導権を取られていたことを意味する。

 

「……スリープ状態の時を狙ったのね。それに無意識下の私の思考にまで干渉していた」

 

そもそも、何故自分は数ある国の中で刑部 蒔絵を預けるのに台湾政府を選んだのか。

 

自身の考える上で最善と踏んだが、それすらイオナの思考に依るものだったようだ。

 

何とも滑稽な話だ、とホウライは自嘲する。

 

結局、私はまだイオナの手の平にいる。

 

――しかし。

 

それと同時に彼女は素晴らしいカードを手に入れた。

 

 

ホウライにはわかっていた。

 

 

――あの伊号401の中は、空っぽだということが。

 

 

だとしたら、イオナはまだ……。

 

 

崩れ落ちる最中、ホウライの姿も段々と消え始める。

 

 

「……どうやら、徒労には終わらずに済んだようね。おかげで千早 群像より先に始末しなくちゃいけないものが分かった」

 

なら、これだけの物資を使い込んだ甲斐はある。

 

 

最後に、彼女は微笑む。

 

 

――イオナ。

 

 

貴方を必ず、引きずりだしてあげる。

 

 

そう言い残して、彼女の姿は消失した。

 

 

 

 

 

 

 



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行くつく先へ 第十四話 蒼と黒

全て取り戻すために、今、並び立つ


 

14.

 

 

戦闘は終わり、出撃していたヒエイたちに加えて、401とキリシマを抱えたハルナが硫黄島に帰還した。

 

401から急いで降りた蒔絵がハルナたちに駆け寄る。

 

「ハルハル!」

 

「蒔絵!」

 

「がっ!」

 

ハルナは無造作にキリシマを投げ捨て、駆け寄ってきた蒔絵を抱きしめる。

 

「ハルハル――ごめんね。私のせいで、本当にごめんね……」

 

「私たちは大丈夫だ。それより蒔絵が無事で、本当に、よかった……」

 

ハルナと蒔絵は互いに涙を流しながら、固く抱き止めあった。

 

起き上がったキリシマが砂ぼこりを払いながら、やれやれと言った感じで二人を見る。

 

「相変わらず仲のいいことだ……」

 

すると、蒔絵がキリシマをじっと見つめる。

 

その視線に気付いた彼女が「どうした?」と蒔絵に尋ねる。

 

蒔絵は首を傾げて言った。

 

「……誰?」

 

「キリシマだっ!」

 

まぁ確かにこの姿で蒔絵に会うのは始めてかもしれないがいくらなんでもそれはひどい。しかし、蒔絵は怪訝な顔をしたままだ。

 

「ええっと、キリシマって誰?」

 

「いやだからヨタロウの本名がキリシマでなそれで……頼む蒔絵分かってくれ!!」

 

「うん、ごめんねふざけた。ヨタロウもありがとう」

 

「蒔絵ぇー……」

 

てへ、と笑った蒔絵にキリシマが情けない顔をして抱きついた。

 

よしよしと蒔絵に半泣きのキリシマが撫でられる姿を見て、ハルナは笑いを堪えるのに必死だった。

 

「――ハルナ。キリシマ」

 

すると凛とした声が二人の名を呼ぶ。

 

そちらに向くと、コンゴウがヒエイを連れてこちらに歩み寄ってくる。

 

それを見たキリシマとハルナは改めて真剣な面持ちになって、彼女らと相対する。

 

コンゴウは腕を組むと、無表情のまま二人を叱咤する。

 

「――まったく、大戦艦のメンタルモデルが二人も揃ってなんてザマだ。子供一人守れんとは情けない限りだぞ」

 

「……面目ない」

 

「すまない、二人とも……」

 

コンゴウの正論に、何も言えずに二人は項垂れた。

 

実際、長い平和の中で油断していたのは事実だった。

 

挙句こんな事態まで引き起こしたとなると申し開きもない。

 

消沈した妹たちの姿を見て、深いため息を付いたコンゴウ。

 

「――だが、三人とも無事で何よりだ。よかったな」

 

「……ありがとう、コンゴウ。恩に着る」

 

「私は何もしてないさ。礼ならヒエイたちに言え」

 

「私も何もしてません。刑部 蒔絵を助けられたのは401のおかげです。けれどキリシマ、ハルナ。401の方々にお礼は当然としても、アシガラたちに必ず謝りに行きなさい。でなければ許さないわ」

 

「ああ。必ずそうする」

 

よし、とヒエイは頷いた。

 

――蒔絵のためとはいえ、ハルナたちがヒエイたちを撃ってきたのは事実だ。

 

アシガラは轟沈寸前まで追い詰められた。

 

ここで何も言わないのは、あまりに礼儀知らずだ。

 

「けれど、貴方たちが悪いわけじゃないのは分かってる。全ての元凶はあの超戦艦なのだから」

 

「――そこでだ。キリシマ、ハルナ、お前たち二人にも協力してもらいたい。あの小娘を放っておけばお前たちにも被害が及ぶ。異論はないはずだ」

 

「ああ。私たちも協力したいと思う。ただ――」

 

「私は大丈夫だよハルハル、ヨタロウ」

 

心配そうに見つめる二人に、蒔絵はしゃんとして答えた。

 

「私も、これからもずっとハルハルとヨタロウと仲良く暮らしていきたい。だから、それがそのために必要なことなら……」

 

「――なら蒔絵。貴方に誓おう」

 

膝を追って、ハルナは視線を合わせる。

 

蒔絵の瞳を見つめながら、曇りない眼で彼女は言った。

 

「――今度は絶対、私は貴方を守る。絶対に傍を離れない。約束する」

 

「私もだ。もう絶対、蒔絵を一人にしない。必ず守る」

 

二人の言葉に、蒔絵はこくりと頷き、そして微笑む。

 

「私も、今度はハルハルたちの助けになれるように頑張るよ。だから、ずっといっしょだよ」

 

そうして、三人は笑い合った。

 

互いに異なる存在だというのに、彼女たちはまるで十年来の友のように仲睦ましい。

 

それを見たヒエイが、まったく、と言って肩を竦める。

 

「本当に仲がいいわね。貴方たち」

 

「――だが、悪くない」

 

「ええ。その通りですね」

 

 

いつか、この光景が当たり前のように見える日が来てほしい。

 

そう願う千早 群像の気持ちが、少し理解できた二人だった。

 

その頃、タカオとハグロに付き添われて帰ってきたアシガラを、ヒュウガとナチ、そしてミョウコウが迎えた。

 

ナチが心配そうな顔をしてアシガラに駆け寄る。

 

「アシガラ、大丈夫!?」

 

「大丈夫だよ。ちょっとまだふらつくだけで。ミョウコウ、油断してた。ごめん」

 

ミョウコウは無言だった。

 

いつも、油断するな調子に乗るなと口を酸っぱくして言う彼女だ。

 

怒られるかな、と内心思っていたアシガラだが、突然ミョウコウは彼女をぎゅっと抱き締めた。

 

意外な姉の行動にアシガラは戸惑った。

 

「え、あ、ミョウコウ?どうしたの……!?」

 

「――よく頑張ったな。怖かったろう?もう、大丈夫だからな」

 

ミョウコウは抱き締めながら、アシガラの頭を撫でてやる。

 

そう言われて、かつてない安心感に包まれたアシガラは、はじめて自分の手が震えてることに気付いた。

 

沈むと思ったあの瞬間の恐怖。

 

それを、抱き締められた温もりが癒してくれる。

 

同時に彼女の暖かさが全身に染み渡るように感じられたのと同時に、段々とアシガラの目が赤くなっていく。

 

我慢しようと思った。

 

が、結局耐えきれなくなって、大きな声で泣き出した。

 

すがりつくように、彼女はミョウコウの身体に顔を埋めるみ

 

「――怖かった。怖かったよぉ……!」

 

「大丈夫だ。もう怖くないぞ」

 

ミョウコウがそう言い、ナチもハグロも泣きじゃくるアシガラを慰めた。

 

「――いいわね。ああゆうの」

 

「ま、悪くはないわね」

 

彼女たちの姿を、タカオとヒュウガは微笑ましく見守った。

 

そして、群像はかつてのクルーと再会する。

 

「久しぶりだな、皆」

 

「本当に久しぶりね。別れて以来まったく会ったことなかったし」

 

「上の連中に規制掛けられてたからな。また団結されてなにかされると困るとかなんとかで。検討違いもいいところだけどよ」

 

自分たちにはそんな気なのど毛頭ないというのに、どうやら政府にとって群像たちはテロ組織と大差のない認識らしい。

 

仲間たちとの再会を喜んだ後、群像は、ある一人の姿だけないことに気付く。

 

「僧――イオナは、やはりここにはいないのか?」

 

「――はい。イオナはいません」

 

やはりな、と群像は頷く。

 

超戦艦ホウライのユニオンコアはイオナのものであるとヒュウガが断言している。

 

ならホウライが健在の今、イオナがいるはずはない。

 

「あの伊号401には必要最低限の行動が出来るようにと急造された疑似のユニオンコアが搭載されています。――まずはこちらを聞いていただけますか?」

 

そう言って、彼は一本のボイスレコーダーを群像に差し出す。

 

受け取った群像が再生すると、これまた懐かしい人物の声が聞こえてきた。

 

『――このメッセージが、無事千早 群像のもとに届くことを切に願っている』

 

「上陰、次官……!?」

 

意外な人物からのメッセージに、群像は目を見開いた。

 

『今君がこれを訊いているのだとしたら、無事401クルーと再会出来たのだろう。恐らく刑部 蒔絵を救えたはずだ。流石の君でも状況の把握は難しいだろうから、私の方から少し説明しよう。――私に401クルーを集める手引きを指示させたのは、伊号401のメンタルモデルだ』

 

「――イオナ、が」

 

驚愕する群像に対し、上陰の声は淡々と話していく。

 

『といっても、私の前に現れた彼女は超戦艦ホウライの姿をしていたが。どうやら伊号401はあの超戦艦に取り込まれているらしい。隙を見て、身体の主導権を得た彼女が401の艦を形成、私にクルーを集めるようにとコンタクトをとってきた。……協力して損はないと判断したのでね、素直に指示に従うことにしたよ』

 

「うわぁ。嫌味なやつ」

 

上陰のふてぶてしい態度に、いおりが苦い顔をした。

 

どうやら、いおりたちもこのメッセージはまだ訊いていなかったらしい。

 

『通信妨害も彼女のおかげで難なく済み、あとは私が声を掛けた彼らを伊号401が迎えに行くだろう。刑部 蒔絵も、予め救出出来るよう仕掛けを施しておいてあるそうだ。――あと忠告だが、超戦艦ホウライは君のことをやけに排除したがっている。君を排除するのに振動弾頭を使えとまで脅してきた。応じるつもりはないが、気を付けたまえ』

 

それは、群像たちがほぼ予想した通りの言葉だった。

 

しかし改めて、解除コードを渡した相手が彼であってよかったと思えた。

 

上陰なら、安易にそれを渡そうとはしない。

 

考えは違えど、彼は彼なりに人類の未来を憂いているのだから。

 

 

『私からの説明は以上だ。あとは残りのメンバーに訊きたまえ。君の健闘を祈る。――それとだ、君からも彼らに一言言ってやりたまえ。伊号401』

 

 

ぎょっと目を剥いた一同。

 

まさか、と思ったがレコーダーから上陰とは別の、少女の声が聞こえてきた。

 

 

 

『――群像。みんな。ありがとう。彼女を止めようとしてくれて。私のことを、信じてくれて。今の私は何もできないけど、せめて貴方の力になれるように、蒼き鋼(わたし)を送る。だから、お願い。――彼女を、救ってあげて』

 

 

 

――それが、彼女の切なる願いだった。

 

 

そのメッセージを最後に、レコーダーは止まった。

 

群像は俯いたまましばらく無言だった。

 

そしてそれから、まっすぐな眼差しで僧たちに向き直る。

 

「僧、杏平、いおり、静。――君たちにお願いがある」

 

群像は一人一人の顔を見て名前を呼ぶ。

 

そして頭を下げ、彼らに頼んだ。

 

「――もう一度、俺といっしょに戦って欲しい。君たちの力が必要なんだ。頼む」

 

――いつだってそうだ。

 

彼らは対等だった。

 

今までいっしょに戦ってきてくれたのも、彼らが群像を信じてくれていたからだ。

 

だからこうして、群像は彼らに頭を下げる。

 

それが、彼の思う仲間への最大限の敬意だから。

 

「……へへ。なに水くせーこと言ってんだ、こいつはよ!」

 

「うおっ!?」

 

そう言って杏平は群像の頭をはたいた。

 

いおりと静もうんうん、と頷いている。

 

「アタシら何のために来たと思ってるのよ。ここまで来て見学なんて嫌だからね」

 

「はい。私たちはそのために来たんですから。ね、副長?」

 

ええ、と僧も頷く。

 

そして彼らも、決意に燃える瞳で群像を見る。

 

「艦長。――命令を」

 

自分を見つめる彼らの目は、昔と何ら変わりはなかった。

 

その瞳を見て、群像はタカオの言葉を思い出す。

 

――彼女の言う通りだった。

 

例え時が経とうと、変わらないものは確かにあった。

 

なら自分も、彼らの期待に答えられるように――。

 

そして群像は彼らに言った。

 

かつての蒼き鋼の艦長かれのように。

 

「我々は明日の朝ここを出向し、ホウライに接触して彼女を止める。そしてこの世界を守って、――イオナを、俺たちの仲間を取り戻すぞ!」

 

了解、と彼らは答えた。

 

もし彼女の意識がまだ残っているなら、望みはある。

 

それがどんなに低い可能性だろうと、彼らは必ず――。

 

「――ほう。蒼き鋼の復活だな。なら改めて申し込もうか」

 

振り返るとそこにはコンゴウたちみなが立っていた。

 

彼女は群像に手を差し出し、そして言った。

 

「我々『黒の艦隊』は、霧の未来のためにホウライを止めたい。ゆえに千早艦長。艦隊旗艦として、お前たち『蒼き艦隊』に同盟を申し込みたい」

 

「ちょっと!?私は『蒼き艦隊』なんだけど!?」

 

「私もー」

 

「貴方たち……空気を読みなさいよ」

 

ヒエイが額に手を当ててため息をつく。

 

ごめーんと言ってヒュウガたちが群像たちの方に来るのを見てつい顔が綻んでしまう。

 

そして改めてコンゴウに向き直った群像は『蒼き艦隊』の代表として応じる。

 

「――俺たちも人類の未来のため、大切な仲間を取り戻すために戦いたい。だから協力してくれ、コンゴウ」

 

「もちろんだとも。私も、大切な友人を取り戻すのに異論はない。――取り返すぞ、全てを」

 

「ああ。そして守ろう、俺たちで」

 

 

そうして二人は互いの手を固く握る。

 

 

 

――今ここに、蒼と黒が並び立つ。

 

 

 

 



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行きつく先へ  第十五話 反撃準備

黒き艦隊と蒼き艦隊と新たに同盟を結び、群像たちは次なる作戦を立てる


 

15.

 

 

「――遅れました。申し訳ありません」

 

作戦室に入ってきたヒエイは先に待っていた群像、僧、コンゴウ、ヒュウガ、タカオ、そしてキリシマに頭を下げた。

 

気にするな、と言ったコンゴウはついで彼女に尋ねる。

 

「アシガラたちの様子はどうだ?」

 

「だいぶ落ち着きましたので部屋に待機させています。この後報告は私から伝えておきますので、お許しください」

 

「構わないさ。彼女たちには休息が必要だろう。お前も休んでいいのだぞ?」

 

「いえ、私は大丈夫です。居させてください」

 

「そうか。だが無理はするなよ」

 

はい、とヒエイが頷く。

 

そしてコンゴウは、群像に始めてくれと目配せをする。

 

「それでは、これより作戦会議を始める。まずは僧、あの伊号401の現状について話してくれ」

 

わかりました、と彼は頷き、モニターに現在の伊号401の内部構造図を映し出す。

 

 

「現在、あの伊号401はイオナのユニオンコアは搭載されていませんがそれ以外はかつての401と同じ性能です。超重力砲も存在します。ただ、代わりに搭載されている擬似コアでは演算処理能力が低いため、超重力砲を扱うことは出来ません。他にも、一部機能の制約が出てしまうのが現状です」

 

「だがそれの解決策はもう出た。伊号401のコアの代わりに私とハルナを使えばいい。そうすれば、全ての機能が使えるはずだ」

 

キリシマの言葉に、群像は頷く。

 

現在、杏平たちがハルナのコアと401との接続作業を行っている。

 

ここにいるキリシマは無事リンクに成功したので、ハルナの方も恐らく問題はないだろう。

 

何故二人も必要になったかと言えば、解析したところハルナ、キリシマの両名がいて丁度の演算処理になるという結論になったからだ。

 

予想以上の容量を有していたらしい。

 

すると「ああそういえば」とヒュウガが何かを思い出す。

 

「私疑問に思ってたんだけどさ、僧たちが集まるよう指示を受けてからまだ一日も経ってないわよね?じゃあ、どうやってこの短時間で台湾やらアメリカやらを動き回れたのかすっごい気になるんだけど」

 

「あ、私もそれ気になる。とても一日で回れる距離ではないと思うわ」

 

それに海洋にはホウライの配置した霧の艦隊もいたはずだ。

 

コンゴウとタカオも無駄な戦闘を避けるために彼女たちになるべく接触しないよう遠回りをしてきたのだ。

 

そんなヒュウガとタカオの質問に、僧も少々困惑した様子になる。

 

「それが、ここにくるまで全て疑似コアによる自動操縦だったので自分にもよく分からないのですが、恐らくムサシとの戦闘の際に群像がとった方法と同じと考えられます」

 

「……なるほど。ミラーリングシステムか」

 

はたと、思い至った群像は手を打った。

 

ムサシとの戦闘の際、群像たちは彼女が発動したミラーリングシステムが作り出したワームホールに飛び込み、別次元空間による移動でムサシの直上へとワープした。

 

それと恐らく同様に、伊号401もミラーリングシステムの応用で小規模なワームホールを作り出し、転移を繰り返してここまで来たということになる。

 

「ワープシステムか。よくそんなものを積めこめたな、401」

 

キリシマがしみじみとして言う。

 

ミラーリングシステムは本来潜水艦ごとき積める代物ではない。

そうなると、ハルナとキリシマ二人してちょうどという話も納得出来るものがある。

 

「ただ、先ほども述べたように自動操縦だったのでワームホールの使用方法が未だに分かっていません。今後も使えるという保証はない以上、それに頼った戦法するわけにはいかないでしょう」

 

「だろうな。それはないものとして考えていいだろう。――ところでヒュウガ。例のアレは完成しそうか?」

 

コンゴウがそう尋ねると、ヒュウガが「あー」と言って渋い顔をする。

 

「いやぁぶっちゃけギリギリってとこかも。理論的に出来なくはないけど次の戦闘までに間に合うかって問題があるかな」

「何の話をしてるんだ?」

 

キリシマの疑問に群像が答える。

 

「ホウライの動きを止めるためのプログラム、まぁウィルスを作っているんだがこれがまた難航を極めていてね。実際に出来るか不安なところだ」

 

「ウィルスって、果たして二度も同じ技が通じる相手かしら?」

 

タカオの疑問はもっともだ。

 

ヒュウガは一度ホウライにハッキングを仕掛けている。

 

色々と念入りに仕込むホウライだ。

 

既に、もうハッキングは受けないよう万全の体制にしているだろう。

 

「それはわかってるわ。ただ今回のウィルス直接ホウライに干渉するタイプじゃないから行けるかなとは思ったんだけど……あんまり当てにしてもらわない方がいいわね。提案した人も、賛同した誰かさんも役に立たないし、私一人じゃたぶん間に合わなそう」

 

「面目ない」

 

「――苦手なんだから仕方ないだろう」

 

申し訳なさそう頭を下げる群像と決まり悪そうに目をそらすコンゴウであった。

 

そんな二人に嘆息しながらキリシマは言った。

 

「つまり、我々はホウライにドンパチすることに変更はないわけだな」

 

「そうなりますね。刻限まで残り二日。まず一番に人類への総攻撃だけは避けなければなりません。――しかし、出来ればこちらにも切札的なものが欲しかったですね。あちらは振動弾頭を欲しがっているようですから」

 

「だな。渡さないとは言っているが正直完全には信用できん。人間はいつ気が変わるか分からないからな」

 

「ああ、それについては問題ない」

 

「何だと?」

 

絶対と言い切れる保証は何処にもない。

 

皆が断言する群像に疑問を抱いた。

 

彼は胸元のポケットからあるものを取り出す。

 

上陰から渡されたボイスレコーダーだ。

 

彼はその後ろにある蓋を外すと、その中から一本のスティック状の物体を取り出す。

 

黒いメモリスティックだ。

 

彼はそれを皆にかざし、そして言った。

 

 

「――これが、その解除コードだ」

 

 

――一瞬の沈黙。

 

 

そして次の瞬間、一同が「はぁあっ!?」と目を剥いた。

 

 

「あ、本当だ!これ私が横須賀に持っていったやつだ!」

 

「流石に、これは意表を付かれたな……」

 

「てゆうか、何でさっさと話さなかった千早 群像!?」

 

キリシマが食ってかかったが、群像が「すまん。言うタイミングを逃した」と謝った。

 

「しかしよいのでしょうか。確かにこれでホウライが振動弾頭を手に入れることは出来なくなりましたが、人類に反撃の手段がなくなったのも事実です」

 

僧の言葉に、群像も頷く。

 

「だが現在の通信状況ではアメリカにこのパスワードを伝えるのは困難だ。それなら彼女に奪われる可能性をなるべく下げるためにという上陰次官の判断なんだろう。――それに、俺たちに必ず人類を救えと、圧を掛けているんだろうな」

 

「――負けられませんね。この戦い」

 

「ああ。でもはじめから、負けるつもりはない」

 

そして群像は皆に言う。

 

「――状況を整理した限り、やはりまず第一にしなければならないのは超戦艦ホウライの無力化だ。話し合いに持っていきたいところだが彼女が素直に応じるとは思えない。人類への総攻撃を避けなければならない今、選べる選択肢は一つだ」

 

「無力化か。戦力数では圧倒的にあちらが優位だな」

 

「何を泣き言を言っているキリシマ。千早 群像たちはたった一隻で我々に立ち向かったのだぞ。――それに、今は私の自慢の妹たちがいる。そうだろう?ヒエイ」

 

「お任せくださいコンゴウ様。キリシマ、やるわよ」

 

「……まぁ、言われずともそのつもりなんだがな」

 

キリシマがやれやれと肩を竦める。

 

それじゃあこれを、と言ってヒュウガが前のモニターに海図を表示する。

 

「ここが現在ホウライがいる場所よ。まっすぐ行けば一日といったところかしら。こっちには電磁ミサイルを搭載してるからホウライも無駄に艦をぶつけてくることはないでしょう。直進ルートで行けると思うわ」

 

「ホウライは移動してないんだな。何故だ?」

 

「こちらを迎え撃つつもりかもな。どちらにせよ、我々は行くしかない」

 

「ああ。作戦に変更はない。俺たちは明日の朝ここを出向する。準備が出来次第、各自で休息をとってくれ」

 

そう群像が言って、解散となった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「そう言えばキリシマ。貴方、何故蒔絵を取られたの?いくら平和ボケしてたとはいえ貴方らしくない失態ね」

 

傷をえぐってくれるな、と解散したあとに尋ねてきたヒエイにキリシマはため息をついた。

 

「……ハルナの姿に化けられたんだ。油断していたとはいえ見分けをつけられなかったのは屈辱の極みだ」

 

「お前を騙すほどのコピーか。前々から思っていたがホウライの演算処理能力の底が知れんな」

 

コンゴウがそう言ったのを聞いて、キリシマがそういえばと思い出す。

 

「確か、何かを代償にして得た力とは言ってたなあいつ」

 

「代償か。アシガラたちのように超重力砲でも犠牲にしたかな。そうであるならあの莫大な処理能力に合点がいく」

 

「超戦艦の超重力砲を犠牲にするとは、随分思い切った真似をしますね」

 

「それほどまでにして手に入れたい何かがあったんだろう。……しかし本物と見間違うほどの出来か。一度見てみたいものだな」

 

「私は二度と見たくない……」

 

キリシマは苦い顔をする。

 

「けれど例えコンゴウ様の偽物が現れても私なら見分ける自信があります。絶対に間違えません」

 

「――お前が言うとなんか説得力あるよな」

 

「可愛い妹だ」

 

「お前も最近全部それで済ませてないか?」

 

コンゴウの言葉にヒエイが「ありがとうございます」と嬉しそうに頭を下げる。

 

少し、姉たちの将来が心配になるキリシマであった。

 

 

 



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行きつく先へ  第十六話 失ったもの

もう二度と失わないように。



16.

 

 

夜空には、真円を描く月と数多の星たちが輝く。

 

 

静けさに包まれた海を眺めながら群像は一人、砂浜を歩いていた。

 

 

そんな彼に背後から声がかかる。

 

 

「――どうした千早 群像。暇そうだな」

 

振り返るとコンゴウが立っていた。

 

群像は彼女の問いかけに苦笑して答える。

 

「本当はやることがまだあるんだが、僧たちにもう休めと言われてしまってね。追い出されてしまった。君は?」

 

「右に同じだ。ヒエイに、もう大丈夫だから早く休まれるようにとな。――お互い、いい仲間を持ったじゃないか」

 

「ああ。そうだな」

 

「――浮かない顔だな。あまり休めてないように見えるが?」

 

「なかなか落ち着けなくてね。困ったことに」

 

ふむ、とコンゴウは口元に手を当てて少し考え込んだ。

 

そして、何か思い立ったのか「そうだ」と手を打った。

 

「どうしたんだ?」

 

「――千早 群像。お前ピアノは弾けるか?」

 

「――小さい頃に習った程度なら」

 

子供頃、教養のためにと母親に習わされたことがある。

 

あまりセンスはなかったため、辛うじてといったぐらいだが。

 

そうかそうか、とコンゴウは嬉しそうに笑い、群像の手を引いた。

 

「ならお前にお願いがあるんだ。少々付き合え」

 

「え、あ、コンゴウ?何処に連れてくんだ?」

 

群像に有無を言わせず、コンゴウは彼の腕をぐいぐい引っ張って連れていった。

 

 

■ ■ ■

 

 

コンゴウに連れられて、群像は彼女の艦の甲板に来ていた。

 

そこには、一つの黒い固まりが鎮座していた。

 

「ピアノか……」

 

「千早 群像、お前に頼みがあってだな。あれで一曲弾いて貰えないだろうか?」

 

「え、いや俺は弾けるとは言ったがあまり上手くはないぞ」

 

「なぁに、簡単だろうから大丈夫だ。――これをお願いしたい」

 

そう言ってコンゴウは群像に楽譜を渡す。

 

受け取った群像はその中身を見て少し目を見開いた。

 

「――これは?」

 

「『森のくまさん』という楽曲らしい。これを一曲お願いできないだろうか?」

 

「いや、たぶん弾けると思うから構わないが……」

 

あのコンゴウが頼んでくる曲だ。

 

もっと壮大なものを予想していたので少々呆気に取られてしまった。

 

しかし、群像が了承するのを聞くと、彼女は顔を綻ばせる。

 

「それは嬉しい。さぁ、早く弾いてくれないか?」

 

そう言って群像をピアノの前の椅子に座らせて、コンゴウはその隣に配置された椅子に座る。

 

色々と訊きたいことがあったが、楽しそうに群像が弾くのを待っている彼女に対し、それは野暮というものだ。

 

群像は楽譜を開き、譜面を確認すると、白と黒の鍵盤で音を奏で始める。

 

軽快なリズムが、静かな夜に響き渡る。

 

コンゴウはそれを目を閉じて聞き入っていた。

 

本当に嬉しそうにしながら。

 

すると、その途中にボンっとリズムを乱すノイズが入る。

 

群像が鍵盤を弾き間違えたのだ。

 

久しぶり過ぎたので指が思うように動かなかったらしい。

 

同時に、コンゴウが吹き出してしまった。

 

「すまない。どうも久しぶりで……」

 

「いや、こちらこそ申し訳ない……」

 

ただな、とコンゴウは笑いを堪えながら言った。

 

「お前がマヤがよく間違えた場所と同じ所で間違えてたから、ついな。すまない」

 

「――重巡マヤのことか?」

 

ああ、とコンゴウは目を細めて懐かしそうに語り出す。

 

「――少し前まで、この曲が毎日のように流れていてな。正直煩わしかった。しかし、今になると分かるよ。もうあの曲が聴けなくなるのは……少し、寂しい」

 

――いつまでもこのままだと思っていた。

 

自分はただ霧を統べ、明るく笑う彼女が傍らにいる。

 

あの時の自分には、それが当たり前で――当たり前すぎて、大切だなんて実感を持てなかったんだ。

 

「――俺でよければ、このまま弾いても構わないか?」

 

「――ああ。お願いする」

 

そして再び群像が奏で始める。

 

――これで彼女が喜んでくれるなら、そんなに嬉しいことはない。

 

そして、しばらく経ってコンゴウが区切りのいいところで「もういい」と言った。

 

「まだ弾けるが?」

 

「流石にそこまではな。――だがとても楽しい時間を過ごせた。感謝するよ、千早 群像」

 

「楽しんでもらえたなら何よりだ」

 

「ああ。――ではお前にお礼をしなくてはな」

 

「気にするな。別にそんなのはいい」

 

「いや、始めからお前に言おうと思っていたんだ」

 

そしてコンゴウは群像に向き直る。

 

――その目は、凛々しく、真っ直ぐで、群像を見る。

 

「――キリシマとハルナは刑部 蒔絵に守ると誓った。ヒエイも私を守ってくれると誓ってくれた。なら私も、妹たちにようにお前に誓おう。――必ずお前たちを守る。そして必ず、お前と401を会わせてやる。私の誇りに懸けて」

 

たがら安心しろ、とコンゴウは笑った。

 

――その言葉は、何よりも真摯な言葉で、彼を安心させた。

 

同時に彼は気付く。

 

……自分が思っている以上に、イオナをとりもどせるかのか、不安に思っていたことに。

 

けれど彼はそれを仲間に自分から打ち明けられない。

 

艦長たる自分がそんなことを言ったらきっと仲間たちも不安にさせてしまうから。

 

コンゴウは、そんな自分の思いを察してくれた。

 

「――ありがとう。コンゴウ」

 

「礼には及ばんさ。礼には礼を以て返すのが道理だからな」

 

コンゴウは微笑む。

 

二人は、まさに戦友ともは呼べる関係になっていた。

 

 

「――お取り込み中申し訳ないんだけど、ちょっといいかしら?」

 

「――何だ。タカオいたのか。無粋な奴だ。乗艦するときぐらい一声かけろ」

 

はいはい、といつの間にか艦上にいたタカオは肩を竦める。

 

そして彼女は群像の方に向く。

 

「艦長、ちょっとお話があるのだけどいいかしら?――二人だけで」

 

「別に構わないが……」

 

ちらりと横目でコンゴウを見るが、行ってこいと彼女は頷いた。

 

「分かった。話を聞こうタカオ。――コンゴウ、本当にありがとう」

 

そう言って、タカオに連れられて群像は艦を降りた。

 

■ ■ ■

 

 

 

艦の上で一人になったコンゴウは静寂に包まれた海を眺めていた。

 

「――どうしてなんだろうな。大切なものは、失くしてからわかるなんてな……」

 

 

――今はいない彼女。

 

彼女が自分と違うものだと思ったときのあの感情は忘れられない。

 

何もかもが憎かった。

 

何もかもを壊したかった。

 

世界の全て、自分さえもが――どうしようもなく邪魔に思えた。

 

そして、それに似た感情を、コンゴウは初めて会ったときから、あの超戦艦から感じ取っていた。

 

あの時の自分と同じ、憎悪と……そして自暴自棄の思いを。

 

――だとするなら。

 

彼女はいったい、何に絶望したというのだろう……?

 

 

「コーンーゴーウっ!ちょっと聞きたいことがあるんだけどー!」

 

大声で自分を呼ぶ声がした。

 

見下ろすと、先ほど来たタカオがまた来ていた。

 

「なんだタカオ。また来たのか。千早 群像はどうしたんだ?」

 

コンゴウが彼女の前まで降りてきたがタカオがはい?と首を傾げる。

 

「艦長って別にどうもしてないけど?」

 

「じゃあ別れたのか?」

 

「付き合ってすらいないわよ!!悪かったわねっ!!」

 

そういう意味じゃない、とコンゴウは首を横に振った。

 

「お前、さっき千早 群像と話すといってそれからどうしたと訊いてるんだ?」

 

「え、なんの話?私、艦長に会ってないわよ。さっきから探してて夜のロマンチックな散歩……じゃない明日の作戦について話したくて」

 

「なんだと?」

 

話が噛み合わない。

 

コンゴウが何か言おうとしたが、ふと――その考えに思い至る。

 

もしそうだとしたら――彼女にとって最悪の失態だ!。

 

「タカオ!今すぐ千早 群像を探せ!他の奴らにも頼んでくれ!」

 

「え、ちょっ、いきなりどうしたのよ?」

 

油断した、とコンゴウが苦い顔をする。

 

誓ったすぐにこのザマとは情けない限りだ。とにかく早く千早 群像見つけなければ。

 

彼を、失ってしまう前に……。

 

 

「――確かに、あれには二度と会いたくないものだな」

 

 

本物とまるで区別がつかなかった。

 

 

キリシマの言った言葉を、猛烈に痛感した彼女であった。

 

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第十七話 憎悪

群像は、ホウライとの対話を試みる。






17.

 

 

「艦長、こっちに来てもらえるかしら?」

 

そう言って、タカオは大きな岩影へ彼を誘う。

 

群像はそれに逆らうことなく従う。

 

そうしてタカオは振り返ると、群像ににっこりと微笑む。

 

「ようやく二人きりになれたわね艦長。これでお話出来るわ」

 

「……それは構わないんだが、そろそろその恰好を止めてくれないか?ホウライ」

 

「――あら、気付いてたの?察しがいいのね」

 

言うと、彼の前に立っていたタカオが一瞬にして姿を変える。

 

白いドレスを纏った少女は頬に手を当て、不思議そうに言った。

 

「コンゴウも騙せたし結構完璧にコピーしたのだけど……いったいどこで気付かれたのかしら?」

 

「明確な理由はない。ただの直感だ」

 

「直感、ね。メンタルモデルを持ってそれなりに過ごしたけれど、未だにソレは理解出来ない概念ね」

 

抽象的過ぎるのよ、と彼女は愚痴る。

 

――確かに、決められた規則に従ってのみ行動する霧にとっては異様に見えるだろう。

 

しかし、群像もこれを生まれながら持っていったわけではない。

 

数々の場面に出会い、乗りきった経験の積み重ねによる産物である。

 

「――経験を身に付けると人は自身のソレらと物事を比較するようになる。そして違いを見つけると、違和感を抱くようになる。――これでも一応、タカオとは長い付き合いだからな」

 

「慧眼、恐れ入るわ。――でも分かっているのだとしたら、何故私と二人きりになろうとしたのかしら?」

 

「無論、君と話をするためだ」

 

そう本気で言っている彼に対して、ホウライは呆れたようにため息をつく。

 

「――前にも言ったはずよ千早 群像。私と貴方たちではわかりあえない」

 

「ならホウライ。そのわかりあえない理由を教えてくれないか?そもそも何故、君は人類を滅ぼしたいんだ?」

 

前々から疑問に思っていたことだ。

 

彼女が人類を執拗に絶滅させたがっている。

 

まるで、かつての……。

 

「――何故ですって?簡単な話よ。それが私の存在意義だから。――ムサシとヤマトに産み出された、私のね」

 

「――なんだって?」

 

彼女の言葉に、群像は目を見開く。

 

ホウライは自らの胸に手を当て、そして語りだす。

 

「――かつて戦いで、ムサシのユニオンコアは消滅した。伊号401も、自らの機能を完全停止させた。だけどその前に、消えゆくムサシのコアのかけらを401が吸収したの。もう二度とムサシかのじょを一人にしないと約束したから」

 

けれどその際、401はムサシの全てを取り込んでしまった。

 

そして彼女は知る。

 

お父様を失った悲しみ。

 

人間に抱いた憎しみ。

 

そうして取り込まれたムサシの感情は、401の中に深く眠っていたものを呼び起こした。

 

 

 

――それは、超戦艦ヤマトが抱いた、人間に対する負の感情。

 

 

 

「――ヤマトだって憎しみを抱いていたわ。当然でしょう?(ムサシ)ですら憎いと感じるなら、(ヤマト)だって憎いと感じてもおかしくないわ。二人の違いは、ヤマトはお父様の言葉を信じたということだけよ」

 

しかし、その憎しみを忘れることは出来なかった。

 

伊号401のデュアルコアとなっても、その奥底で燻り続けた。

 

それを、ムサシの心が呼び覚ました。

 

行き場のない二つの憎しみは共鳴しあい、渦巻き続けた。

 

そして二年という歳月を経て、やがてその混沌の中、一人の人格を作り出してしまった。

 

 

ムサシとヤマト、二人の憎しみが産み出した復讐の怪物。

 

 

「――それがこの私の正体。人類を否定するために生まれた、ただの化け物よ」

 

だからわかりあえるはずがないと、少女は言った。

 

二人の無念を晴らせるのは、私だけなのだからと。

 

……それが、彼女の存在理由。

 

復讐を果たすためだけに生まれた霧。

 

しかし、群像は首を振る。

 

「……それでも、ヤマトは守ろうとしたんだ。父さんの言葉を信じて、人類と霧が共存する未来を」

 

――彼女たちが人類を憎んだのは本当だろう。

 

けれど同時に、守ろうとしたのも事実だ。

 

だからその希望を伊号401――イオナに託した。

 

――そしてそれは、かつてはムサシも夢見ていたことでもある。

 

「ヤマトもムサシも、本当は望んでいたんだ。人類と霧が共に歩む未来を。だからホウライ。ヤマトとムサシのためを思ってのことだと言うなら、まずその彼女たちのためにも、もう争うのをやめてくれ」

 

群像はそう言って、目の前の少女に頭を下げた。

 

しばらくの間、沈黙が続く。

 

すると、彼女はフッ、と皮肉げに笑う。

 

まるで自嘲するかのような微笑み。

 

そしてぽつりと、彼女は呟く。

 

「……なら私は、何のために生まれたのかな?群像」

 

彼が何かを言おうとしたが、その前に彼の眼前に黒い塊が向けられた。

 

「……イオナが出てきてくれたおかげで、もう貴方との接触をむやみに避ける理由がなくなった。ならこれが、一番手っ取り早くて確実な手段よね」

 

銃口を向けたまま、彼女は淡々と言う。

 

確かに、一番単純かつ確実な方法だ。

 

群像の目の前には、確固たる死が迫る。

 

――しかし、群像は動じなかった。

 

決して目を逸らさず、彼女たちの面影を残す少女を見る。

 

「――君を救って欲しいと,イオナに頼まれた。俺もそうだ。俺は、人類も、霧も、君も必ず救う。――だから、俺を信じてくれないか?ホウライ」

 

――それは、まさに鋼の意思。

 

何があっても挫けず、諦めないと決めた強い眼差し。

 

「……そっくりね。貴方とイオナ。同じ目をしてる」

 

――けれど、だからこそ。

 

彼女は、その眼が憎かった。

 

だって貴方さえ、貴方たちさえいなければ……。

 

「――やっぱり、わかりあえるはずがないわ。群像」

 

そう言って、彼女は引き金を引く。

 

 

乾いた音が砂浜に響き渡った。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

――死んだと思った。

 

銃口を向けられた瞬間、群像は覚悟した。

 

そもそも、本来なら群像は彼女と二人で話し合いなどをするべきではない。

 

どう考えても、理に叶った行動ではない。

 

……けれど、群像はそれでも彼女と話したかった。

 

イオナのコアを持った彼女。

 

イオナの分身である彼女となら、わかりあえるのではないかと期待していた。

 

……しかし、それは彼の甘い考えだった。

 

引き金を引かれる瞬間、彼は僧やコンゴウたちに早計だった自分の行動を謝罪する。

 

そして、約束したイオナにも――。

 

彼が目を閉じると同時に、銃声が響く。

 

 

 

 

……しかし、彼は生きていた。

 

撃たれたような痛みも感じない。

 

そっと、彼は目を開ける。

 

すると視界に映ったのは硝煙を上げる銃口と――それを握る右手を掴んで弾道をずらした左腕だった。

 

「――え?」

 

一瞬、群像は目の前の光景を理解できなかった。

 

ホウライは消耗している様子を見せ、銃を取り落とす。

 

そして彼女は額に汗を浮かべ、苦しそうに顔を歪ませながら言う。

 

「――群、像。逃げ、て。私が、消えちゃう、前に……」

 

「イオナ!?イオナなのか!?」

 

「来ちゃダメっ!!」

 

駆け寄ろうとした群像を、ホウライの姿をした彼女が制止する。

 

「もう、抑えられない。今の私じゃ、この子を止められない。だから群像、早く逃げて。私が消えちゃう前に……」

 

彼女はそう言ったが、群像は一瞬迷う。

 

そこへ――。

 

 

「下がれっ!千早 群像っ!」

 

「ギリギリ間に合ったっ!」

 

銃声を聞きつけたコンゴウとタカオが、彼の前に躍り出た。

 

そしてコンゴウたちは群像を守るように立ち、ホウライと相対する。

 

「艦長大丈夫っ!?銃声が聞こえたけど怪我とかしてない!?」

 

「……コンゴウ、タカオ。早く、群像を連れていって」

 

「――まさか、401なのかっ!?」

 

コンゴウが驚きに目を見開いた。

 

タカオも同様だった。

 

――しかし、もう彼女は限界だった。

 

そして、彼女はしぼりだすように言った。

 

「――もう、いられない。だから、お願いみんな。――ホウライを、救って、あげて……お願い」

 

「――安心しろ。必ず私たちが止める」

 

必ずだ、とコンゴウは、彼女に言ってやる。

 

タカオも頷く。

 

群像は、イオナの名を叫び、彼女に誓った。

 

「イオナ!必ず助ける。霧も人類も彼女も、そして君もだ!絶対にだ!!」

 

「――うん。ありがとう、群像」

 

最後に、彼の言葉を聞いた彼女はそう微笑んだ。

 

そして直後、その笑みが消え、彼女――ホウライは群像の言葉に舌打ちする。

 

「――この期に及んでなお、まだそんなことを言うの?貴方もイオナも、とんだお人好しね……」

 

吐き気がする、と彼女は毒づく。

 

「――401をどうした?ホウライ」

 

コンゴウの問い掛けに、彼女は「さぁどうでしょう?」と肩を竦める。

 

「――千早 群像を殺そうとすれば、流石にイオナも出てこざる得ない。結果、私は彼女をようやく捕捉出来た。――まぁ、貴方たちが考える通りのことをやるつもりよ。邪魔者は消す、てことで」

 

「やらせるものかっ!」

 

跳躍して距離を積めたコンゴウが作り出した剣をホウライに降り下ろす。

 

しかし彼女は悠然と微笑んだまま動かない。

 

コンゴウの剣は済んでのところで止まった。

 

「あらあらどうしたの?斬ってくれて構わないのに。……斬れないわよねぇ。何せ、ここにいる私は本体、オリジナルなんだから」

 

く、とコンゴウは歯噛みをする。

 

――反応を見れば、いまコンゴウたちの目の前にいるホウライは本物だとすぐに分かる。

 

ゆえに、ここでこの剣を振り下ろせばそのコア、イオナのコアまで破壊してしまう。

 

誰一人、手出しは出来なかった。

 

「――どうやら、皆さんもう御用はないようね。なら帰らせて頂くわ」

 

そう言うと、彼女は指をパチンと鳴らす。

 

瞬間、盛大な水しぶきを立てて、海の中から白い一隻の戦艦が現れる。

 

その姿は、かつての総旗艦、ヤマトのものと酷似していた。

 

「……こんな近くに居るというのに私のレーダーに反応がない。まだウィルスが残っていたのか」

 

「知らなかったかしら?本当の切り札は、最後の最後までとっておくものだそうよ。ね?群像」

 

そう言ってくすりと笑うと、ホウライは自らの艦に跳び乗る。

 

そして振り返った彼女は、艦首の上から群像らを見下ろしながら言った。

 

「それではみなさんご機嫌よう。……けれど、もし私をまだ止めたいと思うのなら――沖ノ鳥島に来なさい。そこで待っていてあげるわ。――その頃には、もうイオナは消えてるでしょうから、全力でお相手致しましょう」

 

 

そう言い残して、彼女は去っていく。

 

その姿を、彼らはただ見ていることしか出来なかった。

 

 



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行きつく先へ 第十八話 紅い雨

イオナを手に入れた彼女は勝利を確信した。


 

18.

 

 

――そこは、一面真っ白な空間。

 

 

その場所には何もなく、ただ白い地平線が広がっている。

 

それらを眺めながら歩くホウライは、率直に殺風景な場所だと思った。

 

――概念伝達をするために中継されるこの場所は、当時者の在り様によって決まるものがある。

 

現在の当事者は概念伝達そのものを管理し、他のメンタルモデルに使用できないようにしているホウライ自身である。

 

そう考えるとある意味自分らしいと、納得出来るのだが。

 

しばらく歩いていた彼女だが、ようやく見つけられることができた。

 

まったく、無駄に広いのも考え物だった。

 

ホウライは、地面にうずくまり苦しそうに肩で息をしている彼女に近づき、気さくに声をかける。

 

「――ご機嫌ようイオナ。と言っても、元気そうには見えないわね。まぁ、私の意識下に無理矢理出てきてしまったんですもの。負荷がかかって当然よね。お気の毒に」

 

そう声を掛けてきた彼女を、イオナは見上げた。

 

「ホウライ……お願い。もうこんなことやめて」

 

「それは出来ない相談よ。そもそも貴方の意見なんて聞けるはずないわ。貴方はヤマトたちの希望。私はヤマトたちの絶望。――ほら。私たちは正反対。相容れない存在なの。残念よね」

 

にこりと、少しも残念そうな素振りを見せずに彼女は微笑んだ。

 

――イオナはヤマトが託した最後の希望の担い手。

 

対して、ホウライは彼女たちの絶望を体現する存在。

 

二人の立ち位置は、真逆だった。

 

歩み寄るには、遠すぎるほどに。

 

しかしそれでも、と彼女は自身と等価の存在に訴えかける。

 

「ホウライ。もう、彼女たちは望んでない。人類の殲滅なんて、望んでないの……」

 

「――だから、何?ヤマトとムサシが望んでない?そんなこと……とっくにわかっているわよ」

 

そう言って、彼女はイオナの首を鷲掴んで持ち上げる。

 

イオナはもがいたが掴んできた手は、とても力強かった。

 

「――わかっているわよ。ヤマトもムサシも、もう人類への復讐なんて考えてない。したいとも思ってない。――でもだとしたら、私は何?私はどうしてここにいるの?憎悪することしか出来ない私を、何故必要もないのに生み出したっ!?」

 

首を締める力が一層込もる。

 

イオナの口からか細い声が漏れるが、ホウライは構わず続ける。

 

「――私は何のために、この望まれない世界に生まれたの?この世界で私はどこへ向かえばいいの?――イオナ。貴方には分からない。生まれた時から存在を否定された私の絶望なんて、理解できるはずがないっ!!」

 

――彼女が妬ましかった。

 

ヤマトにも、ムサシにも必要とされて。

 

彼女の帰りを待つ仲間がいて。

 

あんなにも、彼女を大切に思ってくれる彼がいる。

 

……私には、何もないのに。

 

そして何より――。

 

「――貴方たちさえいなければ。私は、生まれずに済んだのに……」

 

イオナがムサシを倒さなければ。

 

それ以前に、群像がイオナを呼び起こさなければ。

 

――そうすれば、こんな思いも抱かずにいられたのだから。

 

「ホウ、ライ……」

 

イオナはまだ何かを言おうとした。

 

けれどもう聞く気はない。

 

帰る場所のある彼女に、ずっと孤独なままの自身の気持ちなどわかるはずがないのだから。

 

「――プログラム起動。『仏の御石鉢(ほとけのみいしばち)』」

 

そう彼女がつぶやくと、持ち上げられたイオナの足元に大きな穴が開く。

 

穴の中は、真っ暗で底が見えない。

 

落ちたら最後、永遠落下し続けてしまいそうに思える奈落だった。

 

「――貴方のために作った拘束プログラムよ。これに入ったら、もう二度と這い上がることは叶わない牢獄の器。……群像たちにはブラフをはったけど、貴方を消したら今の私も支障をきたしてしまう。だから大人しくしててね。……そしていつか、必ず消してあげるから」

 

さようなら、と言ってホウライは手を放す。

 

どこまでも続く闇の中へ、イオナは飲み込まれていった。

 

それを最後まで見届けると、ホウライは穴の蓋を閉じた。

 

「……今頃どうしてるかな、群像。私のこと、ちゃんと憎んでくれてるかしら?」

 

彼の目の前で、イオナを奪ってやった。

 

それも彼をきっかけにしてだ。

 

彼の絶望と憎悪を想像して、彼女はつい笑みがこぼれる。

 

――そうだ、彼も自分と同じになればいい。

 

自分がわからなくなるくらい、私を憎み続ければいい。

 

そして最後に――貴方の世界すらも奪ってあげる。

 

貴方も知ればいい、群像。

 

私が教えてあげるから。

 

 

本当の、絶望を……。

 

 

 

「――その前に、あの人にもお礼をしないとね」

 

 

色々とお世話になった人だ。

 

せめて、彼にもアレは見せてあげよう。

 

そう思うと、彼女は自身の分身を送った。

 

■ ■ ■

 

 

「――とゆうわけで。私、これから人類を滅ぼすのに忙しくなるから。おじさまと会うのも、これで最後になるわ」

 

悲しいわと、彼女はかぶり振る。

 

対して、目の前に座っているその彼こと上陰は「解せないな」と呟く。

 

「何が?」

 

「――君は、色々と足りない部分があったが慎重に慎重な考えの持ち主だった。その点に関しては評価していた」

 

「光栄だわ。上陰のおじさまに評価していただけるなんて」

 

彼女は恭しく、頭を下げる。

 

しかし、上陰は怪訝そうな顔を崩さずにそのまま言った。

 

「なのに今の君は、まるでもう勝負に勝っているかのようだ。――千早 群像を倒せてもいないのに、いささか慢心が過ぎるように見えるが?」

 

「仕方ないわよ。――だって、もう私の勝ちが確定してしまったんですもの」

 

そう言って彼女は上陰の傍らに立ち、耳元で囁く。

 

「――ねぇ。私のコピーがどうしてあのコンゴウやタカオたちまで騙せたか、貴方にわかるかしら?」

 

「さぁな。彼女たちの目が節穴だったじゃないのかな?」

 

上陰の言葉に、おじさま容赦ないわね、とホウライは笑った。

 

「けどそれはないわ。彼女たちは曲がりなりにもメンタルモデル。ミクロ単位で見抜いてくるわ。――けれど裏を返せば、ミクロレベルで誤魔化すことが出来れば、可能であるということ」

 

「――それが、君には出来るとでも?」

 

「超戦艦の超重力砲を犠牲にしてまで手に入れた演算処理能力よ。それぐらい出来きてくれなきゃ困るわ。――この演算処理システム、『蓬莱の玉の枝(ほうらいのたまのえだ)』から生み出したレプリカたちを私は『燕の子安貝(つばめのこやすがい)』と呼んでいるのだけど、スキャンさえ出来ればなんでも作れるのよ。――スキャンさえ出来れば、ね」

 

「――何が言いたい?」

 

ホウライの真意が掴めず、上陰は警戒する。

 

――ただ、彼の中の何かが騒ぎ出している。

 

これから取り返しの付かない事態が起こることを。

 

困惑した彼の様子を見て、彼女は笑う。

 

「――それではご覧いただきましょう。これが、私の切り札よ」

 

彼女がそう言った瞬間、背後から紅い光が発せられた。

 

ガバっ、と上陰が振り返ると窓の向こうの海上で、紅い半円の形をした光の塊が見える。

 

――それが何か、上陰にわからぬはずがない。

 

あの爆発は……。

 

「……振動、弾頭」

 

「ご明察。――手に入れたわよ。この、レプリカのパスワードを使って」

 

そう言って、彼女は黒いメモリースティックを翳す。

 

それは、上陰が千早 群像に託したものと同じものだった。

 

「――この部屋に出入りしてたのも、そのためか」

 

「ええ。私、別に触れなくてもスキャニングできるから。けれどあと二割といったところで千早 群像に預けられたのは痛かったわぁ。まぁ、彼に会ったから問題なかったけど」

 

そうして、彼女はレプリカのメモリースティックを作り出した。

 

そして、人類の希望を、自らの野望への傀儡に変貌させた。

 

「――どうかしら?貴方たちの希望を奪われた気分は?もう何の望みもないわよね?」

 

上陰は答えない。

 

無言のまま、彼女を睨む。

 

――それだけで、彼女には十分だった。

 

「ようやく貴方に一泡吹かせられたわね。――それでは上陰のおじさま。ご機嫌よう。どうか人類が滅びゆく様を、ゆっくりと指をくわえて見ていらしてくださいな」

 

 

一礼をして彼女は消える。

 

 

初めから、そこにはなにもいなかったかのように、あっさりと。

 

 

「……くそっ!!」

 

 

一人になった上陰はバンっ!と机を殴った。

 

 

――己の無力さを、まじまじと痛感しながら。

 

 

彼は悔しさに身を震わせていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

――そう。

 

 

望まれようと望まれないと関係ない。

 

 

私はここにいる。

 

 

なら私は、自身の存在意義を果たすまで。

 

 

あとに何も得られず、残らずとも。

 

 

ただ壊し続けることでしか、私に価値はないのだから。

 

 

――世界は、ゆっくりと、しかし着実に、終わりへと向かっていた。

 

 

一人の少女が抱く、その無意味な復讐によって。

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ  第十九話  凛とあれ

群像たちはホウライの待つ沖ノ鳥島に向かう


 

19.

 

 

――ホウライが人類に宣戦布告してから六日目。

 

群像たちは予定通り硫黄島を出航していた。

 

「――静。海上に敵影は?」

 

「今のところありません。しかし助かります。ナチさんからの提供される情報もあって、索敵範囲と正確さが増しています」

 

「今までずっーと俺たちだけでやってたからなぁ。感慨深いものがあるぜ。ホント」

 

杏平が大きく伸びをしながらしみじみと言うのを聞いて、群像は「確かにな」と微笑む。

 

はじめの頃はずっとこのメンバーだけで戦っていた。

 

それがいつの間にか、ヒュウガ、タカオが仲間になって蒼き艦隊を作り、キリシマとハルナと協力関係を築いていた。

 

そして現在は、霧の生徒会とあのコンゴウと同盟を結んでいた。

 

かつてない戦力であるのは確かだ。

 

同時に、群像の思い描いていた霧と人との共存でもある。

 

……と言っても、こんなことをするために望んでいたわけではないのだが。

 

「――しかしだな千早 群像。何故、あの女は沖ノ鳥島に来いなどと言ってきた?」

 

訊いてきたのはイオナの代わりに401の制御を担うキリシマだった。

 

その疑問は、ここにいるメンバー全員が持っているものだった。

 

――硫黄島から出航する際、群像は皆に行き先が沖ノ鳥島になったことを告げた。

 

無論その経緯も説明した。

 

昨日ホウライが接触してきたこと。

 

そして、イオナのことも……。

 

「さぁな。俺にも詳しいことは分からない――だが彼女は、今まで俺たちとの接触を極力避けていた。それが一転して、こちらから来いとまで言ってきた。真逆の事を言い始めてるのは確かだ」

 

「……それは401を捕らえたことと、関係あるのだろうか?」

 

ハルナの言葉に、群像は「それもあるだろう」と言った。

 

「ただ、それだけではない気がする。俺が会った時、ホウライはまるでもう勝ったも同然という態度だった。慎重な彼女だ。イオナを捕らえたぐらいではそうならない。もっと勝利を決定付ける何かを、彼女は手に入れたんだと思う」

 

「何か、ねぇ。それってやっぱり、アレのことだったりするのかね」

 

そう言いながら、杏平はクーラーボックスからコーラを取り出す。彼の言うアレとは、ホウライが前々から欲している『振動弾頭』のことである。

 

一応そのパスワードは群像が握っている。

 

しかしホウライが擬態して接触してきたのと、あの余裕な態度を考えると……。

 

「――その線も否定できない。警戒は必要だろう」

 

「了解しました。その事を念頭に置いた上で、これからは行動しましょう」

 

僧が言うと、一同が頷いた。

 

この現状で楽観視は出来ない。

 

何が起こるか常に最悪の事態を想定して動く気構えが必要であることを、ここにいる全員が心得ていた。

 

「――とにかく、今は前に進むしかない。刻限まで残り少ない。その前にホウライに接触して、彼女を止める」

 

了解、と頷いて僧たちは作業に戻る。

 

ただ一瞬、キリシマたちが群像をちらりと横目で見る。

 

しかし、二人はすぐに意識を艦の制御に戻した。

 

――千早群像が、イオナが捕らえられた意味を理解していないはずがない。

 

それでもなお、ホウライを説得しようと彼は進み続ける。

 

……ならここで自分たちが口を出すのは野暮だ。

 

他のクルーもそれを分かっている。

 

どう考えても結論は変わらはしない。

 

今はただ、進むしかないのだから。

 

 

■ ■ ■

 

 

401に続いて、コンゴウたち黒の艦隊とタカオも海上を進んでいた。

 

先行していたコンゴウだが、その顔色は優れない。

 

……当然であろう。

 

偽物に騙されるなど、彼女にとっては大失態だ。

 

しかも彼らを守ると、誓ったばかりだというのに。

 

さらにはホウライにイオナを捕捉された。

 

最悪の場合、彼女は、もう……。

 

「……なんて無様なんだ、私は」

 

ぎりっ、と唇を噛みしめ、拳を握りしめる。

 

……その発端となったのは自分だ。

 

自信に満ちていた過去の自分を叱咤してやりたかった。

 

守れなかった悔しさと惨めさに、彼女は肩を震わせる。

 

「――コンゴウ様」

 

そんな彼女に、背後から声がかかる。

 

振り返るといつの間にか彼女の船上にヒエイがいた。

 

そしてこれもまたいつの間にか椅子とテーブル、その上にティーセットが広げられていた。

 

ヒエイは椅子を引き、こちらへどうぞと促した。

 

「……悪いなヒエイ。今は飲みたくないんだ。済まない」

 

しかし今はそんな気分にはなれない。

 

コンゴウは彼女に申し訳ないと頭を下げた。

 

せっかく用意をしてもらったのにとは思うが、どうしても紅茶を楽しめそうにない。

 

「――いいえコンゴウ様。どうぞこちらにお座りになってください」

 

しかしヒエイはコンゴウへ近付くとその手を握り、テーブルへと引っ張っていき座らせた。

 

「おいヒエイ。私は要らないと……」

 

コンゴウはそう言ったがヒエイは彼女に構わずティーカップに紅茶を注ぎ出す。

 

そしてそれをコンゴウの前へと差し出した。

 

コンゴウも流石に諦めたようで、ため息をつきながらその紅茶を口にする。

 

すると、爽やかな香りが彼女の鼻腔をくすぐった。

 

今までに感じたことのない感覚に、コンゴウは目を見開いた。

 

そしてコンゴウが傍らに立つヒエイを見ると、その意を察した彼女は言った。

 

「……カモミールです。ハーブティーの一種で気分を落ち着かせる効能がございます」

 

「……気分?」

 

「はい。気分です」

 

ヒエイは頷いた。

 

コンゴウは飲んでいたティーカップを置き、口元に手を当ててしばらく俯いていた。

 

そして段々と彼女の肩が震え始める。

 

一瞬、泣いているのかと思ったがそうではない。

 

――コンゴウは、笑っていたのだ。

 

「――そうか。私は落ち込んでいたのか。……ずいぶんと、しおらしくなったものだ」

 

……この紅茶を飲んで、胸のざわめきが収まった自分がいる。

 

それがおかしかった。

 

まるで、人間の少女のように繊細だった自らを改めて認識すると笑わずに要られなかった。

 

だってそんなことは――彼女らしくない。

 

毅然と、強くあるべき黒の艦隊旗艦が、こんな風ではいけない。

 

「……これでは、お前に愛想をつかされてしまうな、ヒエイ」

 

「まさか。私はいつまでもコンゴウ様を想っています。それは貴方が強いからでも、黒の艦隊旗艦だからでもありません」

 

「……では何故だ?」

 

コンゴウはそう問うた。

 

自分に、それ以外の価値があると言うのが、彼女自身わからなかった。

 

ヒエイは真っ直ぐな瞳でコンゴウを見つめて言う。

 

「――貴方が、コンゴウ様だからです。それ以外のものはおまけに過ぎません」

 

――はっきりと彼女は断言する。

 

自分だから、信じ、ついて来ててくれると。

 

立場もなにも関係なく、自分だからだと。

 

それは、以前彼女が頑なに拒絶しいていたもので、ずっと欲しがっていたものだった。

 

……胸の奥に、暖かいものを感じる。

 

そんなものは錯覚だと分かっているのに、はっきりと確かに。

 

「……それにコンゴウ様。千早群像はまだ401を諦めていませんよ。なのにコンゴウ様はここで立ち止まってしまわれるのですか。いつまでもついて行きますとは申しましたがこのヒエイ。――出来うるなら、凛々しい貴方に従いとうございます」

 

「――言ってくれるな。我が妹よ」

 

わざとらしく深々と頭を下げるヒエイに、コンゴウは苦笑する。

 

すると彼女は一瞬真剣な顔に戻してヒエイの意見を聞いてみた。

 

「――401は、まだ残っていると思うか?」

 

「分かりません。ただ、抹消されたとは考えにくいと思われます。ホウライは401と対等と言えど所詮は彼女から生まれたもの。メインプログラムである401が失われればサブプログラムであるホウライも存在を維持出来なくなると考えられます。ゆえに、あれはブラフかと」

 

「……確かに、そうだな」

 

なら、まだ401を助けられる。

 

――いや、例え望みがなくても立ち止まるわけにはいかない。

 

あの千早群像ですら進んでいるのだから。

 

そして何より、自分を信じてくれる人のためにも、もう無様な姿は見せたくない。

 

 

「……すまないなヒエイ。手間を掛けさせた。――大丈夫だ。もう、弱音は吐かない」

 

「はい。それでこそ、コンゴウ様です」

 

「――ところでヒエイ。一つお願いしたいのだが……」

 

「何でしょうか?」

 

コンゴウは少し恥ずかしそうにしながら、空になったティーカップを差し出した。

 

「……おかわり、淹れて貰えないだろうか?」

 

「――喜んで」

 

ヒエイは微笑み、そのティーカップを受け取った。

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第二十話 誓い

ホウライのもとへと航海を続ける群像たち

そしてナチはある反応を見つける


 

20.

 

 

「っだぁぁっ!まーたーまーけーたー!」

 

「アシガラ、成長しなさすぎ」

 

「いや。前よりはできるようになったんじゃないか。少なくとも、ポーカーフェイスを作ることは出来るようになったな」

 

「それでも、口角がぴくぴく痙攣してる残念なポーカーフェイスなのだけれどね」

 

「……てかアンタたち。何で今度は私の上で遊んでるのよ」

 

ヒエイの甲板と同じように自分の甲板の上でトランプを広げて遊んでいるアシガラたちに、タカオはため息を付いた。

 

「だってヒエイってばコンゴウのとこ行ってるみたいだし、邪魔しちゃマズイじゃんて思ってね」

 

「だからって何で私のとこ来るのよ!?アンタたちのとこでやんなさいよ!」

 

「……私もそう言ったけど、ヒュウガもプログラミングのために千早群像たちのところに行ってしちゃったじゃん。そしたらアシガラが一人じゃタカオも寂しいって、煩くってさー。だから仕方なく」

 

「おうタカオ!いっしょにいてあげるからね!」

 

「……別に寂しかないわよ。まったく、余計なお世話ね」

 

満面の笑みを浮かべたアシガラの言葉に、タカオはツン、と顔を背けた。

 

そんな彼女の態度にミョウコウは苦笑する。

 

「素直じゃないなぁ重巡タカオ殿。そこは『ありがとう』と言ってもいいんじゃないか?」

 

「うっさい!だから余計なお世話だって言ってるでしょうに!」

 

「……ま、本音を言うとコイツらが騒いだ後の片付けが面倒くさいからお前のとこに来ただけなんだがな。私は」

 

「か・え・れっ!!」

 

威嚇するタカオを、ミョウコウは笑いながらあしらっている。

 

傍目から見たら姉にからかわれてる妹のようだ。

 

「ねぇねぇタカオー!いっしょにババ抜きやろババ抜き!」

 

そしてそんな二人の間に、アシガラはいつもの調子でトランプをかざしながら割り込んだ。

 

しかしタカオはふん、と鼻で笑って一蹴する。

 

「誰がやるもんですか。勝手にアンタらでやってなさい」

 

「……もしかして。またアシガラに負けるの怖いの?」

 

ハグロがそう言うと、その場を去ろうとしたタカオの足が止まる。

 

隣にいたミョウコウは「こらやめないか」とハグロをたしなめる。

 

「アシガラに負けるというある意味屈辱的な敗北を二度と味わいたくないと思うのは当然だろう。そう彼女を煽るのはあまりに酷な話じゃないか」

 

「っっいいわよ!やってあげるわよ!絶対圧勝してやるんだからっ!」

 

そう言って、タカオは彼女たちの輪の中に入る。

 

そんなタカオの態度にミョウコウとハグロはニヤニヤと笑い、アシガラは嬉々としてカードを配り始めた。

 

……段々と、タカオが自分たち姉妹に順応、というか同化してきている気がする。

 

性格や立ち位置的なものの大差がなくなってきた。

 

仲間との交流を深めるという意味では素晴らしいのだろうが、きっとタカオ自身にとっては嬉しくないことだろう。

 

「……お気の毒に」

 

むむむ、と真剣な顔でアシガラの差し出す手札を睨んでいる彼女を見ながら、ナチは同情した。

 

――そして同時に、彼女のセンサーが反応を示す。

 

「あら。でもこれって……?」

 

その反応が現れた位置に、彼女は目を細めた。

 

■ ■ ■

 

 

「――後方に艦影だって?」

 

そう聞き返した杏平に、キリシマが「ああ」と頷く。

 

「――ナチからの情報だ。ヒュウガからのセキュリティとセンサーのプログラム強化も行なっているし、間違いはない情報だ。……ただ、その現れた位置がこれでな」

 

そう言うと、キリシマは正面のモニターに海域地図と、ナチから送られてくる艦隊の位置データを表示する。

 

「……遠いな」

 

それを見た群像はそう小さく呟く。

 

表示されたデータには、群像たちからかなりの距離をとって航行している艦隊の反応があった。

 

「速度は私たちと同じ。この間隔を維持したまま進んでいるようだ。当然攻撃は互いに届かないが……反応を見る限り、数が五十を超えてる」

 

「うっわ。すっげー大所帯」

 

ハルナがそう言うと、杏平が大げさに両手を上げた。

 

……彼の言う通り、実際にかなりの数だ。

 

しかしそれだけの数があるにもかかわらず、彼女らは攻撃するような素振りも見せず、ただ群像たちあとを追うようにしている。

 

謎ではあったが――何度も死線を掻い潜ってきた彼らだ。

 

その意図はすぐに察せられた。

 

 

「――群像。これはつまり」

 

「――ああ。恐らく挟撃するつもりだろう」

 

――群像たちがホウライの艦隊と接触する。

 

同時に、後方に控えている艦隊が攻撃する。

 

ただでさえ数で劣る戦力だ。

 

挟まれたら対応仕切れない。

 

かと言って、背後を片付けようと動くと恐らくホウライたちも行動し出す。

 

単純ではあるが、群像たちに対して実に効果的な戦法だった。

 

「どうする艦長。ぶっちゃけ、これは不味いんじゃないか?」

 

「そうだな……」

 

『――では、二手に別れるというのはどうでしょうか?』

 

すると、思案している群像たちに対し、ヒエイが通信を介してそう提案してきた。

 

「ヒエイ。それはどういう意味だ?」

 

『言葉通りです。ホウライと接触するグループと後方を叩くグループに別れる。――401は前者のは確定として、後者は私と霧の生徒会の数名が引き受けます。流石に、生徒会すべてを持っていくわけには参りませんから』

 

『――いやヒエイ。こちらは大丈夫だ。生徒会全員を連れていけ』

 

『コンゴウ様。しかしそれでは……』

 

構わない、と通信に混じってきたコンゴウは言った。

 

『401は私とタカオでカバーする。だからお前たち霧の生徒会には後方に控える艦隊を無力化して欲しい。戦力としてもそれぐらいは必要なはずだ。――どうかそうさせてやってくれないか。千早群像』

 

「ああ。異論はない。」

 

戦力的に見ても、それが妥当だろう。

 

二手に別れるのはベストな作戦だ。

 

しかし、ヒエイたちには申し訳ないが群像たちとは戦闘経験の差というものがある。

 

そう考えると、ヒエイのグループには数は多いに限るし、何かと息の合う生徒会メンバーをいっしょにさせておくほうが最善だ。

 

「――ではヒエイ。及び霧の生徒会には背後に控える艦隊への牽制を願いたい。――頼めるか?」

 

群像がそう彼女に頭を下げた。

 

ヒエイはまだ少し悩んでいたが、コンゴウが大丈夫だと頷く。

 

「――心得ました。ではさっそく行動に移ります。――みなさん、御武運を」

 

「ああ。健闘を祈る」

 

群像たちもヒエイの言葉に固く頷き、彼らは通信を終えた。

 

■ ■ ■

 

 

「――ではコンゴウ様。行って参ります」

 

 

「――ヒエイ」

 

 

自身の艦に戻ろうとしたヒエイをコンゴウは一度呼び止めた。

 

彼女が振り返ると、コンゴウはいつになく真剣な眼をしていた。

 

そして言った。

 

「――無理はするな。必ず私の元へ戻れ。いいな」

 

有無を言わさぬ絶対の言葉。

 

その言葉に、ヒエイは微笑んだ。

 

そして心から尊敬する自分の姉に、彼女は頭を垂れる。

 

「――必ず全員連れて戻ります。それまでの間、しばしお待ちください。――コンゴウ様も、お気を付けて」

 

「――ああ。ありがとう、ヒエイ」

 

 

そして彼女たちは互いに背を向ける。

 

 

固く契った、その誓いを果たすために。

 

 

今はただ、進みゆくのみ。

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第二十一話 壊したいもの

群像たちはヒエイと別れ、ホウライのいる海域へと到達した



 

21.

 

 

――だって、お姉ちゃんですもの。

 

 

そう言って、お姉ちゃんは私に微笑む。

 

 

だけど、私はムサシじゃない。

 

 

――君たちと歩んでいく道があると、私は信じている

 

 

そう言って、お父様は私に微笑む。

 

 

だけど、私はヤマトじゃない。

 

 

――おかえり。

 

 

そう言って、彼は微笑む。

 

 

――だけど、私は……。

 

 

――入り交じる記憶の中、たくさんの声が私を呼ぶ。

 

 

だけど誰一人、彼女の名前を呼んではいない。

 

 

この世界に、誰も彼女を必要とする人はいなかった。

 

 

――ならばどうして、私はここに生まれたのだろう?

 

 

何のためにここにいる?。

 

 

私にあるのは世界に抱く彼女たちの深い憎しみと――眩しいくらいに輝く、彼女たちの思い出。

 

 

――どうして、私にこの憎悪を残した?

 

 

どうして、幸せな思い出を私に持たせた?。

 

 

せめてどちらか一方であったなら。

 

 

――私はこんなにも苦しまずに済んだのに。

 

 

問いかけても、答えはない。

 

 

この二年間、彼女はずっと暗い海の底で咽び泣いていた。

 

 

たった一人で、ただずっと……。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

「――来た」

 

 

そう言って、ホウライは前方を見据える。

 

水平線の向こうに、三隻の艦影が見えた。

 

しかし、本来ならいるはずのヒエイたち霧の生徒会の姿が見えなかった。

 

「――二手に別れたようね。ただでさえ戦力差があるというのに。勇気ある決断をしたわね、群像」

 

だが、それがベストな方法だというのも頷ける。

 

ヒエイたちは五十の艦隊を沈めなければ行けないわけではない。

 

ただ群像たちが事を為すまで足止め出来ればそれでいいのだ。

 

「……けれどそれは、元凶である私を止められたらの話だけどね」

 

くすり、と彼女は笑う。

 

……止められるはずがない。

 

この二年間、溜まり続けたこの感情の渦。

 

ずっと待っていた。

 

この世界のすべてに、私と同じオモイを味わわせてやることを。

 

――何より、私を生み出した元凶の一つたる彼に対して。

 

「……でもまずは、お話がしたいわね」

 

せっかくイオナを奪ってやったのだ。

 

彼女は千早群像の苦悶に歪んだ表情が見たかった。

 

そして、イオナを消してやったと言ったら彼がどんな反応をしてくれるか心の底から楽しみにしていた。

 

 

彼の大切なものを、壊してやったと。

 

 

――そうだ。

 

 

ヤマトやムサシが望んだことだ。

 

ホウライ(わたし)はすべてをl壊す。

彼女たちが憎んだものすべて。

 

 

――ついでに、彼女たちが愛したものも、またすべて。

 

 

何一つ残しはしない。

 

 

「――だって、私はそのためにここにいるのだから」

 

 

そう言って彼女は笑みを浮かべる。

 

 

――せめてそうすれば。

 

 

この胸に突き刺す痛みも消えるのだと、信じていたから。

 

■ ■ ■

 

 

「――群像。これはどういうことだと思いますか?」

 

 

「……さぁな。俺にも分からない」

 

そう言って群像は、唸った。

 

――ヒエイたちと別れた後、目的の沖ノ鳥島には到着できた。

 

途中、霧の艦と遭遇することがなかったがそれはヒュウガの電磁ミサイルと戦力を集中させるためだとばかり思っていた。

 

――しかし、群像たちが沖ノ鳥島に到着した時、そこにいたのはホウライの艦一隻のみだった。

 

レーダーに他の反応はない。

 

隠れている様子も見られない。

 

流石にこれには群像たちも驚いていた。

 

「……静。ホウライはどうしてる?」

 

「ホウライのメンタルモデルは沖ノ鳥島に上陸しているようです。けれどタカオたちからの通信によると、ただ何もせずに立っているだけだと」

 

「……どうゆうつもりだ?」

 

ハルナも怪訝そうな顔をする。

 

すると横にいたキリシマがぽつりと呟く。

 

「……まさか待っているのか。あいつ」

 

「――その可能性はありますね」

 

キリシマの言葉の意味を理解して、僧は頷く。

 

群像もまたこくりと頷いた。

 

――何かを待っているような彼女の素振りからして、どうやらホウライはこちらと話がしたいのだと察せられた。

 

話したいのは恐らく、群像とのことなのだろう。

 

――狙いは、だいたい分かる。

 

何かを仕掛けてくることは確実だ。

 

しかし、それでも群像は彼女と話したかった。

 

イオナとの約束もある。

 

だがそれ以外にも……。

 

「――タカオ。君に上陸の手伝いと護衛をお願いしたい。お願いできるだろうか?」

 

『……いやって言っても行くんでしょ?まったく、困った人ね』

 

やれやれと、通信画面の向こうで肩をすくめながらもタカオはしぶしぶと了承してくれた。

 

「僧たちはこちらでいつでも動けるように待機していてくれ。いおりも頼む」

 

『りょうかーい!』

 

いおりが機関室のカメラからVサインを送る。

 

群像は立ち上がって出ていこうとしたが、その彼を杏平が引き留めた。

 

「――群像」

 

 

「何だ?杏平」

 

 

杏平は群像を真っ直ぐな瞳で見つめながら言った。

 

「――覚悟、出来てるか?」

 

そう彼が言うと、僧も静も、そしてハルナとキリシマまでもが同じ瞳で彼を見つめている

 

 

――流石、よくわかってる。

 

ホウライがわざわざ話し合いなどするわけがない。

 

彼女はイオナというカードを握っている。

 

それを使って群像の心を壊しにくるのは明らかだ。

 

それでも大丈夫かと、彼らは訊いてきた。

 

――無論、答えるまでもなかった。

 

「――ああ。大丈夫だ杏平。――行ってくる」

 

「――おう。行ってら」

 

苦笑した杏平に見送られて、群像はその場を後にする。

 

 

――例え何があろうと、この覚悟は消えはしない。

 

 

だから自分は――。

 

 

「――だから俺は、必ず君を救うよ。ホウライ」

 

 

――彼女を、救いたいと思った。

 

 

イオナと同じココロを持った彼女を。

 

 

それは、彼の偽れざる本心。

 

 

――決して揺るがぬ信念と共に。

 

 

千早群像は歩みだした。

 

 

 



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行きつく先へ 第二十二話 相反する二人


群像はホウライと会合する。



22.

 

 

「――ねぇヒエイ。私らこのままでいいの?」

 

「――構いません。そのまま待機を続けて下さい」

 

通信を介して尋ねてきたハグロにヒエイはそう答えて、前方に見える艦隊に視線を戻した。

 

――群像たちと別れたヒエイたちは後方からやって来ていたホウライの艦隊を捕捉出来た。

 

しかし現在、両艦隊はその場に睨み合ったまま待機してもう三十分は経過している。

 

流石に、ハグロたちの落ち着かなくなってくるのも無理はない。

 

けれどヒエイはそんな彼女たちをたしなめる。

 

「気持ちは分かります。しかし、私たちの役目はあくまで時間稼ぎです。それに千早群像の目的は超戦艦の説得。私たちから攻撃したのでは意味がありません。彼女たちがこのまま何もしないでいてくれるというならそれに越したことはないわ」

 

「それはまぁその通りなんだけど……なんか、すごくやな予感がする」

 

「――予感、ね。確かに、気持ちのいいものではないわね」

 

兵器としてあまりに矛盾したアシガラの言葉だが、ヒエイは苦笑しながらも同意する。

 

――先ほどから肌を撫でるこの不快な空気。

 

具体的には分からない。

 

だが、今までとは明らかに何かが違う。

 

きっと、群像たちもそう感じているはずだ。

 

 

「……コンゴウ様」

 

 

ヒエイは、今大事を為そうとしている彼女の身を案じた。

 

■ ■ ■

 

 

「――いらっしゃい。千早群像。待ちくたびれたわ。さぁさぁ、どうぞこちらにお掛けになって」

 

 

そう言ってホウライは硫黄島に上陸した群像とタカオに席を座るよう勧める。

 

そこには、コンゴウたちがティータイムを過ごす際に使っているようなテーブルと椅子があった。

 

彼女に促されるまま、二人は席についた。

 

ホウライは置いてあったティーセットで紅茶を注いだ。

 

赤々とした液体が白いカップを満たす。

 

「どうぞ」

 

そう言って彼女は群像たちにカップを差し出した。

 

 

タカオは一瞬戸惑いを示したが、群像は躊躇いなくそれを口にした。

 

そして隣に座るタカオに対し、大丈夫だと笑いかけてやると、タカオも彼に倣う。

 

「いかがかしら?」

 

「ああ。いい香りだ。美味しいよ」

 

「そう。よかったわ」

 

群像がそう言うと、彼女は微笑む。

 

――遠くから見れば、二人の姿は仲睦まじいものに見えるだろう。

 

しかし真横にいるタカオには感じられた。

 

――二人の間に流れる、この張り積めた空気を。

 

そして群像は優雅に紅茶を楽しむホウライに対して話を切り出した。

 

「――ホウライ。今すぐ人類への攻撃宣言を止めてくれないか?」

 

「――その前に群像。私の質問に答えて」

 

その声に、タカオはぎょっとした。

 

いつの間にか、二人の前で紅茶を飲んでいた人物の姿が変わっていた。

 

群像たちの見慣れた、幼い少女の姿に。

 

「群像。――人は、貴方がそうまでして救う価値のある存在なのかしら?ムサシとイオナが消えて世界は変わったけど、それは貴方が望んだ結末だった?」

 

「――いや、違うな」

 

そう正直に群像は答えた。

 

――確かに、世界に風穴は開けられた。

 

しかしその先に待っていたのは、人間同士の欲にまみれた世界だった。

 

国の実権を誰が握るかという政治家の争い。

 

弱小国への支援という名の支配。

 

混乱に乗じて他国に攻め込むものもいた。

 

そして、本当に助けなければいけない人々は切り捨てられた。

 

……こんなものを、彼が望んでいたわけがない。

 

「――群像は群像が望む結末のために前に進んだ。けれど、行きついたその先にあったのは貴方の思う結末とはほど遠い世界。――無意味だったんだよ群像。貴方がしてきたこと、全部」

 

そう言って、彼と共に歩んできた少女の姿をして、彼女は群像の全てを否定する。

 

貴方は何も出来なかった。

 

ただの徒労に終わったのだと。

 

そう彼に言葉を突きつける。

 

――けれどそれに対しての群像の反応は、彼女の思うものとは違っていた。

 

「――それは違うよホウライ。俺たちは、やっとスタート地点に立てただけなんだ。まだゴールには程遠い」

 

「……何ですって?」

 

予想外の言葉に、ホウライの口調が戻る。

 

群像は手元のティーカップを見つめながら話を続けた。

 

「――確かに君の言う通り、世界は俺の思うようにはならなかった。けれどそれははじめから無理な話だ。人類の国交を取り戻したからといって、人類の本質が変わるわけがない。それだけじゃ駄目なんだ。俺が目指す世界になるためには、まだまだやることはたくさんだ。――でもその先に、未来はある」

 

「――貴方はまだ、人類が変われると思うの?」

 

ああ、と群像は力強く頷いた。

 

「変われるさ。今はまだ、誰もが心の余裕はない。けれどいつか必ず、俺は世界がそうなれると信じている」

 

「……ずいぶんと、夢見がちな台詞だこと」

 

「人間というのは途方もない夢を見ながら生きているんだ。だから俺たちは頑張れる。――それに、俺は人類のためだけに戦っていわわけじゃない。君たちとわかりあうためにも戦っていたんだ」

 

 

そう言って群像は隣に座るタカオに微笑む。

 

彼女は群像の笑みを見て、少し恥ずかしそうに縮こまった。

 

――イオナと群像たちはわかりあえた。

 

そしてタカオやハルナたちとも。

 

霧がとわかりあい、人と手と手を取り合って歩む未来。

 

そんな世界を望んで歩んできた。

 

その想いは、きっと僧たちも同じ

 

――途方もない夢を見ていたからこそ、彼らは歩んでこれたのだ。

 

「……だから俺は、進み続ける。まだその先があると信じているから」

 

「――いい信念ね。そこは認めてあげる。けれど残念ね。その理想を担うイオナはもういないわ。私が、消してしまったんですもの」

 

にやり、とその少女の姿をした自らを指し示して、ホウライは笑った。

 

……きっと群像は大きく取り乱すだろう。

 

そんな彼を見ることを楽しみに思いながら彼女は言った。

 

「――それは、嘘だな」

 

――けれど群像は動じなかった。

 

真っ直ぐな瞳のまま、彼女の言葉を迷いなく即座に否定する。

 

これには、流石のホウライも目を見開いた。

 

「……何故そう思うの」

 

「――君はイオナから生まれた存在だ。親元である彼女を消すことは出来ない。そうしたら、道連れに君の存在すら消えてしまうからな。それに……」

 

言うと突然、ガバっ!と群像は前に身を乗り出す。

 

そしてホウライの手をつかもうとした。

 

それをホウライは立って避けた。

 

――反射的に、避けてしまった。

 

「――いまだに君は俺との直接的接触を避けている。これが証拠だ」

 

「――なるほどね。初めて401が起動したのも艦長が触れたからだったわね。だから貴方も、あんな極端に接触を避けてたわけか」

 

納得したわ、とタカオは頷く。

 

対して、イオナの顔をした彼女は苦い顔をしていた。

 

そして諦めたようにため息をついた彼女はその姿から元の姿に戻る。

 

「……最悪の気分だわ。せっかくの舞台を、自らの手で台無しにした気分というのは。――けれど、貴方がイオナともう会えることはないのは事実。だって、貴方はここで私が沈めるのだから」

 

「――止める気は、無いんだな」

 

群像の問いかけにホウライは無言で答える。

 

そうか、と言った群像は立ち上がる。

 

そして決意を秘めた瞳で、目の前に立つ少女を見る。

 

「なら俺たちは君を止める。イオナを取り戻して――そして君を、救ってみせる」

 

「――やってご覧なさい群像。私が教えてあげるわ。貴方の抱いた夢が、どれだけ儚いものなのか」

 

――もうに交わす言葉はない。

 

 

互いに背を向けて、歩き出す。

 

 

群像たちは全てを取り戻すために。

 

 

ホウライは全てを壊すために。

 

 

それぞれの抱く想いをのもとに、戦いの火蓋がきって落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第二十三話 遊戯

群像たちとホウライの戦いが始まった
そのころヒエイたちは・・・



 

23

 

 

『――やはり、ダメだったか』

 

群像の報告を聞いた瞬間、通信機を通して、コンゴウのため息が聞こえてきた。

 

「すまない。止められなかった」

 

『気にするな。はじめからこうなることはわかっていたようなものだ。――こちらの準備は整っている。お前たちも早く戻れ』

 

「言われなくても戻っているわよ」

 

群像の隣にいたタカオがそう答える。

 

そして彼が401と通信を取ろうとした時、向こうからシグナルが来た。

 

回線を開くと、やっほーと栗色の髪の毛をした少女がこちらに手を振っていた。

 

「蒔絵か。――ということはもしかして……」

 

『うん。プログラムがやっと完成したよ。お待たせ』

 

「そうか。ありがとう。蒔絵、ヒュウガ」

 

『――ただちょーっと問題あるのよねぇ……』

 

そう言って、蒔絵の横からヒュウガが顔を覗かせた。

 

苦い表情をしている彼女に、群像は何事かと問い掛ける。

 

『――効果は保証するだけど、これ使うとなるとヒエイたちの協力も必要なのよ。ただ概念伝達すら使えないの通信状況だとねぇ……』

 

『――それならば問題ない。別れる際に、ヒエイと予め回線を繋いだままにしている。微弱なもので私はだめだが、お前の通信能力なら、割り込んでいけるはずだ』

 

『あら?たまにはコンゴウもやるじゃない』

 

『……引っかかる言い方だが今はおいておこう。さっさとお前も準備しろ』

 

はいはーい、とヒュウガは返事をして作業に取りかかり始めた。

 

『千早艦長。私は401のサポートに回っとくね』

 

「助かる蒔絵。よろしく頼む。それとコンゴウ。確認を取りたいのだがヒエイたちは無事か?」

 

群像がコンゴウにそう尋ねると、こくりと彼女は頷いた。

 

『私の通信能力では反応を見るのがやっとだが霧の生徒会を含め全員無事だ。それに、そう簡単に沈むわけがないさ』

 

『随分と自信ありげじゃない。何か根拠があって?』

 

『無論だ。……何せ、そのためのチェスだったんだからな』

 

――ヒュウガの問いかけに、そう言ってコンゴウは不敵に笑った。

 

■ ■ ■

 

 

『――ヒエイ!動きましたっ!』

 

 

ナチからの通信が入る。

 

ということは案の定、群像たちの交渉は失敗してしまったということ。

 

――分かってはいたが、ヒエイは何とも言えない気持ちになった。しかし、ここで落ち込んでいるわけにはいかない。

 

自分は今為すべきことを為さなければならないのだから。

 

「――コンゴウ様たちのところに行かせるわけには参りません。総員、戦闘準備っ!これよりこのヒエイが艦隊の指揮を取ります。異論はありますか?」

 

『ない』

 

『ありません』

 

『ぜーんぜんおっけーっ!』

 

『問題ない。――それでは会長。ご指示を』

 

そう言って、ミョウコウは頭を垂れる。

 

――異論など、彼女たちにあるはずがない。この霧の生徒会を率いるのに、彼女以外にふさわしい者などいないのだから。

 

そしてヒエイも胸を張る。

 

自分を信じる彼女たちの前で、情けない姿など見せられないから。

 

「これより生徒会を執行します。私に、ついて来なさい!」

 

了解っ!、とミョウコウたちは応える。

 

――かつての流されるだけだった自分とは違う。

 

確固たる意思の元、規律を守るために戦うことを決めた彼女はミョウコウたちに指示を下す。

 

「ハグロは右、アシガラは左から艦隊を囲うように砲撃なさい。残る二人はここに待機してミョウコウは砲台の準備、ナチは私の後方で索敵を続けなさい。伏兵がいる可能性があるわ。警戒なさい」

 

『わかった』

 

『まっかせてよね!』

 

そう言って、ハグロとアシガラは行動を開始した。

 

ハグロは自身に搭載されているブースターを起動させる。

 

そして海上を高速で移動しながら、ヒエイの指示通り相手艦隊の右側に攻撃を仕掛ける。

 

当然、向こうもただやられるわけには行かない。

 

ハグロに対し、砲撃を行なったがその全てが空ぶる。

 

「当たるわけないじゃん。私の機動力は霧の艦隊で一番なんだからっ!」

 

ハグロは誇らしげにそう言った。

 

他の追随を許さない速さ。

 

それが彼女の、彼女だけの強さだった。

 

「ハグロやるなぁー!よぉーし、私も行っくよー!」

 

アシガラも自身にだけ装備された銛の武装を駆使して左の方向から艦隊を薙ぎ払う。

 

しかしハグロほどの速さはないため砲弾は避けきれず、彼女のクラインフィールドは着々と消費されていく。

 

「やっば。流石にきついかも……」

 

臨界点に近付いていく自らのフィールドにアシガラは焦りを見せた。

 

だがその時、一筋の紫色の閃光が海上を走る。

 

その後、アシガラを砲撃しようとしていた砲台が爆炎を上げた。

 

「サンキューミョウコウ姉ぇ!助かったよ!」

 

「都合のいいときだけ姉付けするな。まったく、世話の焼ける妹だ……」

 

やれやれ、と姉妹の長姉はため息をついた。

 

色々とおっちょこちょいのアシガラだ。

 

ヒエイはこうなると分かってい彼女に援護射撃が出来るようにミョウコウを配置させたのだ。

 

「――これが、戦略というものなのですね。コンゴウ様」

 

呟いたヒエイは、以前コンゴウに言われた言葉を思い出す。

 

 

 

 

 

 

 

――チェスの駒にはそれぞれに出来ること、出来ないことがある。

 

闇雲に駒を進めてはただ戦力を失うだけだ。

 

それをどう活かし、どう補うかをお前に問われる。

 

まぁ、お前はアシガラたちとは長い付き合いだ。

 

彼女たちに何が出来るかよくわかってるだろう。

 

だからこそだ。

 

彼女たちを無駄にするなよ。

 

 

――ただ指示に従うだけだったヒエイには困難な話だった。

 

けれど、彼女も守りたかった。

 

ミョウコウたちを、そして彼女の大切な姉も。

 

必死で考えて、理解しようとした。

 

彼女たちに何が出来るのか。

 

自分に何が出来るのか。

 

その結果、今の自分が出来たのだ。

 

 

「ミョウコウはそのままアシガラの援護射撃を続けてください。ナチ、反応はありましたか?」

 

「――ありました。貴方の予想通り、後続の艦隊がこちらに向かっています。私の索敵範囲外に分散して待機させていたようです」

 

「そう。なら早々にこの艦隊を片付けなくてはね」

 

やはり、とヒエイは頷く。

 

これも、コンゴウからの忠告だった。

 

 

 

 

 

――それとなヒエイ。

 

お前も考えるように敵もどう戦力を活かしてくるか戦略を練ってくる。

 

それが決定打だ。

 

勝敗を決める分かれ目は、相手の考えをいかにして読み取るかだ。

 

常に先を読め、そうすれば必ず勝てる。

 

――大丈夫だ。

 

お前は、出来る妹だからな。

 

 

 

 

 

「――そうです。私は、貴方の自慢の妹なんですから」

 

期待してもらってる。

 

皆が、私を信じてくれている。

 

私の全身全霊をもってそれに答えたい。

 

だから――。

 

 

「アシガラ、ハグロ。もう充分よ。離れなさい。あとは――私に任せて」

 

 

――アシガラたちのおかげで、敵艦隊は中央に集まった。

 

これでこちらの射程範囲内となった。

 

「超重力砲、スタンバイ」

 

ヒエイのつぶやきとともに、艦体に亀裂が入る。

 

獣の口のように開いたその中から、光が収束しだしている砲身があらわになる。

 

「――ごめんなさい」

 

最後に、彼女は謝った。

 

自分には、従わされている彼女たちを救えない。

 

けれど、自分も沈むわけにはいかないから――。

 

今は、こうするしかできない……。

 

「――発射っ!」

 

ヒエイの一声とともに、朱色の光が解放される。

 

うねりをあげて閃光が海上を駆け抜ける。

 

そしてそれは数多の艦を薙ぎ払った。

 

爆発に巻き込まれ、さらに多くの艦が沈んでゆく。

 

 

硝煙を上げて、海中に没す彼女たちを、ヒエイは唇を噛み締めながら見送った。

 

――こんな感情を、已然の自分なら抱きはしなかった。

 

むしろその方が、ヒエイにとっては幸せだったと言えるかもしれない。

 

 

……けれど今の彼女は、同胞を悼む心を持てたことに、心から感謝をしていた。

 

 

『会長、大丈夫か?』

 

ミョウコウが心配したふうに声をかけてくる。

 

「……ありがとう。ミョウコウ。私は大丈夫です。それより警戒なさい。次が来るわよ」

 

『ああ。了解した』

 

 

ヒエイは目元を拭い、前を見る。

 

――泣いている暇はない。

 

守りたいものがあるなら、今はただ強くあるのみ。

 

「霧の生徒会に告げます。ここから先には、決して行かせませてはなりませんっ!必ず、守り通しなさい!そして全員で、必ず帰ります」

 

ヒエイはそう宣言し、迫り来る艦隊を迎え撃つ。

 

 

……けれど。

 

 

ここでの彼女のミスは。

 

 

敵は目の前だけではなかったということだ。

 

 

彼女がそう言った瞬間、その背後で――紅い光の爆発が起こった。

 

 

「……え?」

 

 

一瞬、何が起こったかわからなかった。

 

しかし、ごっそりと抉りとられた彼女を見て、ヒエイは我に返る。

 

「ナチ!?無事ですか!?返事をしなさいナチっ!?」

 

そう彼女の名を叫ぶと、ノイズ混じりだが応答がきた。

 

 

『……大丈夫、です。ただ、もう艦の形成維持が……』

 

 

『ナチ!艦体を放棄して私に飛び乗れ!早く!』

 

ミョウコウが艦を近付け、ナチは呼んだ。

 

ナチはミョウコウの言われた通りに、彼女に飛び乗ると、ナチの艦体は砂のように崩れ出した。

 

ほっと胸を撫でおろしたヒエイ。

 

そして、彼女はソレの降ってきた空を見上げる。

 

 

――恐らく、彼女たちの考えうる最悪の事態が現実となってしまった。

 

 

通信でコンゴウたちに伝えようにも、予備で繋いだ回線すらノイズの嵐だ。

 

 

「――やはり、とられていましたか……」

 

 

――振動弾頭。

 

かつて、人類の希望と言われていたそれは、いまや一人の少女の玩具と化していた。

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 外伝 想いはずっと

今回は番外編です。
第十六話の群像とコンゴウたちが話していた間の裏話です。


 

ex 1.

 

 

「――そういやタカオさ。まだ群像のこと好きなのか?」

 

401のメンテナンスの作業を進めながら、杏平は椅子に座って本を読んでるタカオにそんなことを訊いてきた。

 

訊かれたタカオは何か引かかる言い方だったので、ムスっとした表情になる。

 

「――何よ。なんか悪い?」

 

「いんや。ちょっと気になってね。……けどやっぱ相変わらずだな、お前」

 

「――そういうアンタも、相変わらず好きよね。それ」

 

そう言って、タカオは杏平が飲んでいるコーラを指し示す。

 

二年前も、彼がずっと好んで飲み続けていたモノだ。

 

言われた杏平はおうよ、と言ってにかっと白い歯を見せて笑った。

 

「俺にとっての命の源だからな。これがなきゃ始まんないぜ」

 

「確かに。杏平と言えばコーラですね」

 

「むしろ今ではコーラと言えば、なんじゃないですか」

 

横で同じく作業していた僧と静も相変わらずだ、と頷いていた。

 

かくいう二人も、最後に会ったときからあまり変化はない。

 

「……アンタたちも変わんないわね。本当、おもしろいクルーだこと」

 

「――そういうお前も変わらないよなぁ?タカオ」

 

「――キリシマ。腕、邪魔なんでけど」

 

いつの間にか座っているタカオの背後に現れたキリシマが、悠然と彼女の頭に肘を乗せていた。

 

「ただいまー。あーあー。疲かれたぁ……」

 

「お疲れさまです。いおり」

 

続いて扉の向こうから現れたのはいおり。

 

ぐでん、と静の座る椅子の背もたれに寄りかかった。

 

「――お疲れさま、いおり。サポートしてもらって助かった。礼を言う」

 

あとから来たハルナがそう言うと、いおりが「いいってことよ」と伸びながらも親指を立てた。

 

この401には現在イオナはいない。

 

その代わりとして、ハルナとキリシマを401のコアとして使わせてもらうことになった。

 

そしてその最終チェックだった機関室での同調作業も、無事終了したようだ。

 

ようやく一段落といったところだが、キリシマはふと先ほどまでハルナといた彼女の姿がないことに気づく。

 

「おいハルナ。蒔絵はどうした?」

 

「ヒュウガといる。ホウライに対抗するためのプログラムを作成してるから手伝えと言ってきてな。邪魔そうだったので私は帰ってきた」

 

「例のウィルスか。……蒔絵は了承してるのか?」

 

「ああ。手伝っているのは彼女の意思だ」

 

「ならいい。だが、とりあえずあとで様子は見てこよう」

 

「了解だ」

 

「だ・か・ら!さっさと腕退けなさいってのっ!」

 

タカオが鬱陶しそうに頭を振ったので、キリシマがやれやれと腕を退ける。

 

やれやれはこっちのセリフだっての、とタカオは心の中で毒づく。

 

そして肩肘をついた彼女がため息をついて二人を見る。

 

「――しかしあれだわ。アンタたち見てるとまるで親子みたい。かなり過保護だけどね」

 

「ほっほう。言うじゃないか。ま、否定はせんが」

 

「自覚はあるんですね」

 

堂々と言うキリシマの態度に静が苦笑する。

 

「けどなタカオ。お前もまだまだお子様なんじゃないか?いい加減乙女プラグインから卒業して、大人の魅力というものを身に付けたらどうだ?私のようにな」

 

「――なるほど。つまりクマだな」

 

「違うわっ!」

 

合点がいったと納得するハルナの頭をキリシマがはたく。

 

対してタカオも「アンタが大人ぁ?」と半眼で見つめていた。

 

「とてもそうには見えないんだけど。むしろ、蒔絵の方が大人に思えるわね」

 

「蒔絵はいい子だ」

 

「アンタは本当、蒔絵だったらなんでもいいのね……」

 

誇らしげに微笑むハルナを半ば呆れて見る。

 

キリシマも「確かに親バカだな……」と額に手を当てる。

 

「――ただな。タカオ。お前も未練があるのだと言うのなら今のうちアタックすることをおすすめしとくぞ」

 

「……別にいいのよ。私はこれで」

 

「何だと?」

 

キリシマが聞き返したが、タカオは答えなかった。

 

そして、彼女は立ち上がると扉の方へ向かう。

 

「タカオ、どちらへ?」

 

「艦長探してくるわ。ついでにいっしょに夜の散歩でさせてもらうわ」

 

そう彼女は言って、部屋を後にする。

 

「……よく分からない奴だな」

 

「――たぶんこのままでいいって、タカオは言ってるんだと思いますよ」

 

「どういう意味だ?」

 

静の言葉にハルナとキリシマはきょとんとした顔をする。

 

しかし、横にいたいおりはうんうんと頷いている。

 

「気持ちはわかるなぁ。なんだかんだいって、案外この距離感が一番だったりするしね」

 

「ある意味、大人の対応だな」

 

ペットボトルの蓋を開けながら杏平も同意したが、ハルナとキリシマには何の話か分からない。

 

困惑する二人に、僧が優しく声を掛ける。

 

「――お二人にはまだ分からないでしょうが、何も結ばれようとすることだけが結末ではないということですよ」

 

「――駄目だ。さっぱりわからん」

 

「いずれ、わかるようになりますよ」

 

――何も分からずに猛進していたタカオがああなったのだ。

 

ハルナたちが理解出来るようになるのも、そう遠くはないだろう。

 

 

そう思いながら、彼は見る。

 

 

――タカオの座っていた、艦長席を。

 

■ ■ ■

 

 

――分かってる。

 

この想いが叶わないものだってことぐらい、もうとっくに。

 

それに彼女には、二人の関係に入り込む勇気はなかった。

 

彼らの関係もまた、特別なものだ。

 

恋愛、の一声で片付くものとはまた違うと思うが、強く硬い絆があったのは確かだ。

 

――自分の入り込む隙間がないくらい特別な絆を、沈みゆく401を迎え行ったあの時に悟った。

 

……最初は悔しかった。

 

この想いが叶わないと分かってすごく悔しかった。

 

――けれど、困ったことに。

 

叶わないとわかってもなお……重巡タカオは、千早 群像のことが好きなままだった。

 

 

――なら、それでいいじゃないか。

 

 

叶わなかろうとなんであろうと、好きになるのに誰の遠慮はいらない。

 

片想いのままでも、十分だ。

 

いつしか彼女はそう割りきっていた。

 

そう思うと、気が楽になった。

 

――だから、彼女の想いは変わらない。

 

彼を好きでいたまま、彼女は前に進む。

 

 

これからも、ずっと。

 

 

 

「――でも。チャンスがあったら狙っちゃうかもね。艦長」

 

 

くすりと笑って、タカオは探す。

 

 

彼女の、たった一人のアドミラルを。

 

 

――彼女の愛は。

 

 

まだ、沈みはしない

 



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行きつく先へ 第二十四話 蒼と黒、そして白


蒼と黒、対して白と対決が始まる



24.

 

 

「――僧っ!状況報告を頼む!」

 

 

タカオから401に戻ってきた郡像は真っ先に副官である彼に言った。

 

 

「こちらの準備は整っています。装備、機関、共に異常なし。またホウライにも動きはありません」

 

「……それに関しては、正直驚きだったけどな」

 

センサーに映るホウライの反応を見ながら杏平が言った。

 

実際、帰りゆくタカオや群像たちを攻撃したり不意をつくことは可能だったはずだ。

 

しかし、彼女はそれをしなかった。

 

「――ホウライは俺たちに圧倒的な敗北を味あわせたがってる。だから彼女は全力の俺たちを相手にしないと意味がないんだ」

 

「なるほど。それでいて自分は勝てると確信しているわけか。大した自信だな、あいつ」

 

群像の推察したホウライの思惑を聞いたキリシマがそれを鼻で笑う。

 

 

あちらは一隻、こちらは三隻。

 

いかに超戦艦とはいえ、勝てると断言するのは慢心以外の何者でもない。

 

――あるいは今見えているもの以外で、彼女の勝利を決定づけるものがあるという意思の表れか……?

 

「っ!待ってください。海中より新たな推進音多数あり!」

 

群像がそう考えていた直後、彼の考えを裏付けるように静からの報告が入る。

 

「おいおい。まさかの伏兵さんか?ったく何処に隠れてやがった……?」

 

「――いや、センサーに反応はなかった。この海域にはホウライ以外の敵はいなかったはずだ」

 

杏平の言葉を、ハルナが否定する。

 

現に、ハルナたちは索敵を念入りにしていた。

 

でなければ、群像たちをホウライと会わせることにもう少し難色を示していたことだろう。

 

伏兵の可能性がないと分かった上で、彼女たちは了承したのだ。

 

しかし、そうであるにも関わらず新たな反応が現れた。

 

何故そんなことが起きたのか。

 

考えていると、突如として通信を求めるアラームが鳴った。

 

群像が応じると、正面のモニターに苦々しい顔をしたコンゴウが現れる。

 

『……聞こえるか?千早 群像』

 

「ああ、聞こえるよ。どうしたんだコンゴウ」

 

群像の問いに対し、彼女は少し皮肉げに笑った。

 

『いや何、面白いものが現れたからな。そちらにも今見せる』

 

 

言って彼女は映像を切り替える。

 

モニターにコンゴウの言う面白いものが映った瞬間、見ていた一同が息を飲んだ。

 

――白く染まった大きな戦艦の姿があった。

 

ホウライの艦だ。

 

しかし、それだけならあまり不思議ではない。

 

ただその映像には――海中から次々と現れる同じ姿をした白い戦艦も映さ出されていた。

 

水しぶきを立てながら、際限なく艦は現れる。

 

 

その異様な光景を見ながらなるほど、と群像はどこか納得したように呟く。

 

「――自身のコピーを量産しているのか。確かに、それなら今まで反応がなかったのも頷けるな。何せ今生み出されたものなのだからな」

 

「……相変わらず、うちの艦長は冷静だねぇ」

 

顔色一つ変えない群像に、杏平とそんな彼にはもう慣れっこなメンバーが苦笑いを浮かべた。

 

「いやちょっと待てっ!それにしてもこの数はなんなんだ!?いったい何処からこれだけの物質を用意している!?」

 

しかし、流石にキリシマたちはそうも言っていられない。

 

事実、驚愕すべき現象ではあるのだ。

 

確かに数隻のコピーを作り出したのなら話は分かる。

 

 

けれど今出現してきている数は優に三十は超える。

 

ホウライのスペックから考えたらあり得るかもしれないが、何よりそれらを構成する物資をどこから持ってきたのかという疑問は残る。

 

だが、それを悠長考えていられる暇はなかった。

 

ホウライの作り出したコピーたちはこちらに向かって進軍し始めていたのだから。

 

「――その疑問についてはあとだ。今とにかくこの場を切り抜けよう。ヒュウガがヒエイとのコンタクトを取っている。しかしそれを当てにしているだけじゃ駄目だ。俺たちは俺たちでホウライを無力化を目指すぞ」

 

『相変わらずの博打ちだね、群像くんは』

 

機関室から会話を聞いていたいおりもそう言った。

 

――戦力差は逆転した。

 

不利な状況になったとしても、群像は方針を変えない。

 

しかし、それは彼が自暴自棄になったわけだからではない

 

――例え、どんなに困難な状況でも譲れないものがある。

 

 

そういう覚悟を、彼が持っていただけのことだ。

 

「――コンゴウ、タカオ。このまま固まっていては囲まれてしまう。あの数に包囲されたら終りだ。散開して各自応戦して欲しい。――分の悪い勝負だが、付き合ってくれ」

 

『――今更だっての。了解したわ』

 

『はじめからそのつもりだ』

 

『――千早艦長、私もバックアップに回ります』

 

「頼んだ蒔絵。三人とも、ありがとう」

 

通信画面に映った彼女たちに群像は感謝の意を示した。

 

 

「――頼む皆。どうか最後まで、俺に付き合ってほしい」

 

そして群像はこの場にいるメンバーにもそう頭を下げた。

 

――そんなこと、群像と同じ覚悟を持った彼らには、わざわざお願いされるまでもないことだというのに。

 

「――艦長、ご命令を」

 

皆を代表して僧が言った。

 

最後まで、群像についていく。

 

そう、彼らは告げた。そんな彼らに、群像は精一杯の感謝を込めてありがとうと微笑んだ。

 

――そして、彼は告げる。

 

「これより、本艦隊は超戦艦ホウライの無力化を目指す。――総員、かかるぞ!」

 

了解!、と言って彼らは各々の行動を開始した。

 

 

■ ■ ■

 

 

「――動きだしたようね」

 

向こうに見える三隻が散開し始めているのをホウライはしみじみと観察していた。

 

バラバラに動き出したのはホウライに囲まれないようにするためであろう。

 

固まっていれば集中攻撃を受けやすいし、何より三隻とも異なるポテンシャルを持つ艦だ。

 

まとまって動いてもむしろそれが足枷となり得る。

 

――しかし、やはりと言ったところだろうか。

 

これだけの戦力差を見せつけても彼らの意思が折れることはなかった。

 

大抵の人間はこの段階で戦う気力を殺がれるというのに。

 

だがまぁ確かに、この程度の逆境など群像たちは何度も対面してきたことだ。

 

今更どうという話もないだろう。

 

――だからこそだ。

 

この超戦艦ホウライが教えてやるのだ。

 

本当の、絶望というものを……。

 

 

「――それじゃあ、まずは貴方から排除しましょうか」

 

 

そう言って、彼女が定めた目標は、わざわざ自身のカラーリングを蒼く変えたという物好きな艦だった。

 

 

 

 

 

 

「――どうやら、はじめは私のようね」

 

 

自らに向かい来る艦影を眺めながら、タカオは一人呟く。

 

タカオを追ってきた艦は群像やコンゴウと違い、十隻以上もの大軍であった。

 

まずは確実に一人を潰す、ということだろう。

 

けれどこの展開は三人ともが予想していたことだ。

 

 

「――随分と舐めてくれてるわね。いいわ、教えてあげる。私の愛は、その程度じゃ沈まないわよ」

 

 

不敵に笑ったタカオは迫り来る艦隊に砲門を向ける。

 

そして、互いに射程圏内入ったところで砲撃戦が始まった。

 

ホウライの戦艦を模したコピーたちの砲撃が雨のようタカオに襲いかかる。

 

しかし、タカオの艦は擦りはすれどそれに直撃することはなかった。

 

当然であろう。

 

コピーたちはただタカオの姿を追って砲弾を打っているだけだ。

 

ゆえに弾道も読むのは容易い。

 

降り注ぐ弾幕をものともせずに避けながら、タカオも攻撃を開始する。

 

迫りくる艦隊のうち、狙いをその中心に位置する一隻に定め、無数の魚雷と砲弾を打ち込んだ。

 

コピーもクラインフィールドを張っていたが数発を防ぐのが限界だった。

 

クラインフィールドを突き破った弾が艦体に直撃し、爆炎を起こす。

 

それに巻き込まれ、回りの艦も爆発、ないし転覆していった。

 

 

「――ほら、どんなもんよ」

 

タカオは誇らしげに胸を張った。

 

――敬愛する艦長のためにも無様な姿は見せられない。

 

だから彼女は凛々しく、そして美しく海を突き進む。

 

「さぁ、次はアンタの番よホウライってうっきゃぁぁっ!?」

 

ホウライに向かって動きだそうとしたタカオの艦に衝撃が走る。

 

見ると、タカオから右の方向に新たにコピーの艦隊が海中から浮上してきていた。

 

 

「――この程度で勝った気になられたら困るわ。まだまだコピーは作り出せるのだから」

 

不意打ちをくらいながらも懸命に応戦しているタカオを見て、ホウライは笑みを浮かべる。

 

しかし同時に、急速に収束しだした高エネルギー反応を探知して彼女の顔色が変わった。

 

そして次の瞬間、漆黒の巨大な光線が海上を走り、タカオを攻撃していた艦隊を跡形もなく消し飛ばした。

 

 

「――忘れてもらっては困るな。私もいるぞ」

 

そう言ってコンゴウは超重力砲を放ちながら、自らの艦を回転させる。

 

そしてその黒い光は他の艦隊も薙ぎ払っていき、ホウライ本体にも迫っていた。

 

「――システム起動。火鼠の衣」

 

しかしホウライは慌てることなく、そう言って指をパチンと鳴らした。

 

すると彼女の艦を緑色の光が膜のようになって覆った。

 

そして超重力砲の光はその膜に衝突する。

 

 

拮抗する二つの光。

 

やがてコンゴウの放った超重力砲は徐々に勢いをなくしていき、その膜を突破することなく消滅した。

 

『――ありがとうコンゴウ。助かったわ』

 

「無事で何よりだ。がしかし、あれはなかなかに固い防壁だな。あれも超重力砲を犠牲にして手に入れたものか」

 

忌々しいものだ、とコンゴウは舌打ちした。

 

 

――火鼠の衣。

 

 

燕の子安貝や仏の御石鉢と同様、ホウライが自らの武装と引き換えに手に入れたクラインフィールドをさらに強化した防御兵装である。

 

その防御力は通常のクラインフィールドの十倍に当たる。

 

いかに超重力砲と言えど一撃での無力化は不可能である。

 

突破するには着実にダメージを蓄積させて飽和状態にさせるしかない。

 

「――だけど、それはもうできないでしょうけどね」

 

ホウライはにたりと笑う。

 

そう、出来ることはない。

 

何故なら、もう舞台が整ってしまったのだから……。

 

 

――そして、ソレは空より降ってきた。

 

 

「なっ!?」

 

 

あまりに唐突の出来事に、タカオの反応も遅れた。

 

ゆえにその弾頭を避けられず、もろに彼女の後部に直撃してしまう。

 

一瞬の紅い煌めき。

 

そして次の瞬間、それはタカオの艦体を大きく穿ち、爆炎を上げさせた。

 

 

「――振動弾頭か!?」

 

 

群像の考えた最悪の予想が的中した。

 

手段は検討がつかないが、やはりホウライは振動弾頭を手に入れていたようだ。

 

「――けれど、それが分かったところで打つ手はないわよね」

 

ホウライはほくそ笑む。

 

振動弾頭は遠く離れたアメリカより撃ち込まれている。

 

無論、ここからの干渉は不可能。

 

ホウライが唯一の懸念はこちらに正確に届くかということだったが、ヒエイたちがいい実験台になってくれたおかげでその懸念も払拭された。

 

『タカオ!?タカオ無事か!?早くその場を離れろ』

 

「――動力部をやられたわ。航行は無理ね」

 

通信機から聞こえる群像の声に、タカオは苦々しい声でそう言った。

 

そしてふと視線を上げると沈めたはずの白い艦隊が再び進軍してきていた。

 

「――ったく、どんだけいんのよ……」

 

彼女は苦笑いを浮かべたが、その頬を汗が伝う。

 

「タカオ!くそっ!邪魔だ貴様らっ!」

 

コンゴウがタカオを助けようとするが、彼女の行く手をコピーたちが阻む。

 

群像たちも同様だ。

 

「ハルナ!キリシマ!何でもいい!タカオの援護を!」

 

「無理だ!射程距離が足りない!」

 

「それに、こちらも防御に手一杯だ……」

 

絶え間なく撃ち込まれる魚雷。

 

それらに対応するのに401も手一杯だということは群像がよくわかっている話だ。

 

せめて超重力砲が使えればと悔やんだがそんなことに意味はない。どうするかと彼が思考を張り巡らせていたとき、タカオからの通信が入った。

 

「――艦長。何隻かは道連れにするわ。あとはお願い」

 

『タカオ!?やめろ!』

 

群像の制止の声が聞こえたがタカオはすぐさま回線を切る。

 

……本当は最後まで彼の声を聴いていたかったけど。

 

でもそうしたら、この覚悟は鈍ってしまう。だから――。

 

 

「――さぁ。かかってきなさい。只では沈んであげないわよ、私」

 

――せめて最後に、彼にしてあげられることを。

 

 

そうして、タカオは前方の艦を見据える。

 

 

「――終わりよ、タカオ」

 

自ら艦の上で、ホウライは厳かにそう言った。

 

 

――そして群像、とくと味わいなさい。

 

貴方の抱いた甘い理想のせいで、大事な仲間が沈む。

 

その現実を受け入れなさい。

 

今、私が貴方に、本当の絶望をあげるわ。

 

 

ホウライは、身動きのとれなくなったタカオに止めの命令を下す――。

 

 

 

 

 

 

――はずだった。

 

 

 

「っ!?あ、が、あああっ!!」

 

 

命令を下す直前、彼女の中に突如として膨大な演算処理が行われ始めた。

 

まるで氾濫した川のように荒々しく渦巻く数字の奔流。

 

命令を、コピーを動かす余裕すらない。

 

そのあまりにも莫大な情報処理に耐えきれず、彼女は頭を抱え込んでその場にしゃがみ込んだ。

 

「い、ったい、何、が……」

 

痛む頭を抑えながら、ホウライは思考する。

 

けれどその痛みで、思考はまとまらない。

 

――そこに、彼女からの通信が入った。

 

「――どうやら、ギリギリ間に合ったみたいね」

 

「ヒュウ、ガ。貴方、私に、何を……」

 

「さぁ何をしたでしょう。けどこれでやっと届いたわ。――言わせてもらうわホウライ。貴方に悪いけど取り戻させてもらうわよ――私の、全てを」

 

 

画面の向こうのヒュウガはそう言って、ホウライを指差した。

 

 

 



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行きつく先へ 外伝2 前進あるのみ


今回の外伝は目的地へと向かうまでプログラミングをしていた二人のお話です



 

ex2.

 

 

「――蒔絵。いい加減休みなさいな」

 

「大丈夫。まだ平気」

 

二時間前にも同じ台詞を言った少女に、ヒュウガは「駄目よ」と口を尖らせた。

 

「貴方、もうぶっつけ四時間以上連続の作業になってるのよ。それ以上はもう体に毒にしかならないわ。休みなさい」

 

そう言って、ヒュウガは蒔絵から作業用のデバイスを取り上げた。

 

「ああヒュウガ!私大丈夫だってば!」

 

「駄目と言ったら駄目。それに貴方、薬も飲まなきゃいけない時間じゃなくて?」

 

「あ……そういえばそうだった」

 

――刑部蒔絵はデザインチャイルドだ。

 

普通の人間とは違うところが多々ある。

 

その一つとして、人間が生きていくために必要な物質を体内で生成出来ないことが上がるそれを補うために、蒔絵は一定時間ごとに薬でそれを補っていた。

 

作業に集中しすぎるあまり、彼女自身そのことを失念していたようだ。

 

「だから作業は一旦休憩よ。ほら、どうぞ」

 

そう言うとヒュウガは薬箱と水を彼女に差し出す。

 

蒔絵はそれを受け取り、彼女にありがとうと言った。

 

「なんか、ごめんね。気苦労かけさせちゃって」

 

「まさか。謝らなきゃいけないのはこっちの方よ。私が不甲斐ないばかりに貴方にまで手伝わせちゃって……」

 

ホウライを攻略するためのプログラミング。

 

しかし、その作業はヒュウガが思っている以上に難航を極めた。

 

はじめは、ホウライがタカオの姿をしてこちらに潜り込んだ時におじゃんになったかと思われたが、その具体的内容を説明してなかったことが幸をそうして彼女に悟られずに済んだ。

 

ゆえになんとしても完成させなければならない。

 

これが彼女の不意を突き、彼女に有効な唯一の手段であるのだから。

 

だから、完成させるためには形振り構ってはいられない。

 

ゆえにヒュウガは、かつて振動弾頭の理論を完成させた蒔絵の助力を仰いだのだ。

 

「そんなことないよ。私もみんなのために出来る限りのことがしたかったから」

 

 

そう言って彼女は微笑んだ。

 

その笑顔に、ヒュウガの心がチクリと傷んだ。

 

 

――蒔絵が手伝うと言った時、横にいたハルナが悲痛な顔をした。

 

当然だ。

 

蒔絵にまたこんなことをさせたいなんて、ハルナもキリシマも思いはしないだろう。

 

しかし、それはヒュウガも同じ気持ちだった。

 

――兵器として生み出された蒔絵は、ある意味人間というより霧に近い存在だ。

 

そう言ったことから、ヒュウガには蒔絵に対して群像たちと違った思い入れがあった。

 

だから彼女をまた巻き込んだことに、少なからず罪悪感を抱いていた。

 

「――けどヒュウガ。なんか変わったね」

 

唐突に、ヒュウガが出した紅茶とクッキーを二人で楽しんでいると、蒔絵がそんなことを言いだした。

 

「そうかしら?私、なんか変わった?」

 

ヒュウガは蒔絵にそう問い返す。

 

「うーん……変わったというより、戻ったのかな?たぶん。少なくとも一年前に会ったときとは違うと思う」

 

「……タカオにもまったく同じことを言われたわ」

 

彼女の正直な感想に、ヒュウガは苦笑した。――彼女の言う一年前、というのはヒュウガが蒔絵に例の薬の補充を渡しに行ったときのことだろう。

 

本来なら、材料を教えたのだからハルナたちが作るべきなのだが、二人が作り出したものがなんか得体の知れない謎の物質だったので、仕方なくヒュウガが届けに行ったのだ。

 

……確かに、あのときの自分は脱け殻みたいなものだった。

 

ただただ時を過ごしていただけの、大戦艦ヒュウガの残骸。

 

それが、たかだか潜水艦一隻のメンタルモデルがいなくなっただけの結果だったなんて、笑えない話だ。

 

……はじめは、単純な興味だった。

 

潜水艦にしては異常と言えるポテンシャル。

 

他のメンタルモデルとは別格の存在。

 

その異様さに、ヒュウガは惹かれた。

 

それだけのはずだった。

 

なのにいつの間にか……彼女は自分にとって、あまりに大きいものになっていたらしい。

 

自分の存在意義に影響を与えるほどの、大きな存在に――。

 

――本当、嘘みたいな現実だ。

 

「――蒔絵にまで心配を掛けていたなんて、私もダメダメね。これじゃあコンゴウたちのことも笑えないわ」

 

「そんなことないよ。――それに、ちょっぴり嬉しかった」

 

「何が?」

 

「ヒュウガが、私を頼ってくれたこと」

 

予想外の言葉に、ヒュウガの目があんまりにも丸くなったのでそれを見た蒔絵は苦笑した。

 

――蒔絵から見た時、ヒュウガは何もかも一人で背負い込む伏しがあった。

 

誰にも相談せず、相談しても無意味だと思っているように見えた。

 

そんな彼女が、自分に力になって欲しいと言ってくれた時、蒔絵はどこかほっとした気持ちになった。

 

「――ヒュウガは、いつも私のことやハルハルやヨタロウのことを考えてくれてた。ムサシのときだってそう。なるべく私たちを巻き込もうとしないでくれた。だから、今度は私がヒュウガの力になる番。手伝わせてヒュウガ。今まで色んなことから助けてくれた、貴方のために」

 

蒔絵はそう言って、真剣な眼差しでヒュウガを見る。

 

――ああ、そうか。

 

こんな気持ちになるのか。

 

自分のことを理解して貰えるのが。

 

こんなに、嬉しいだなんて……。

 

じわりと、閉じた瞼の裏から熱いものを感じた。

 

「――なら蒔絵。貴方に折り入って相談があるの。これはある意味、貴方にしか聞けない相談なのだけれど」

 

「何?何でも言って」

 

改めて、真面目な様子になったヒュウガに蒔絵は促した。

 

そしてヒュウガは、いつになく真剣な面構えで蒔絵に言った。

 

 

「――イオナ姉様とくっつくのに千早群像が邪魔なのだけどどうすればいいと思う?」

 

「――そうだね。やっぱり、艦長をヤっちゃうのが一番かもね」

 

「なるほど。ヤるのね」

 

「うん。ヤるの」

 

互いに真剣な顔で頷き合う二人。

 

――そしてたまらず、二人は吹き出した。

 

一頻り笑ったあと、ヒュウガは彼女に言った。

 

「流石だわ蒔絵。まさかこんな冗談が通じるなんてね」

 

「あれ?今の冗談だったの?」

 

「もちろん冗談よ。……一割ぐらいね」

 

そう言って悪戯っぽく片目を閉じるヒュウガ。

 

それからしばらくの間、二人は談笑した。

 

この二年間何をしていたのか、キリシマが間違って洗濯機で洗われていたり、タカオが群像に会いに行こうと横須賀目前まで来て何度もUターンしていたりと他愛のないことを色々。

 

そうこうしている間にだいぶ時間が経ってしまった。

 

「……少し休み過ぎてしまったわね。そろそろ作業に戻らなきゃ。蒔絵、悪いのだけどまた手伝ってもらえる?」

 

「――ヒュウガ」

 

 

呼ばれて食器を片付けようとしていたヒュウガが振り返ると、蒔絵が拳を突きだしていた。

 

そしてその幼い少女は、愛らしい丸い目でありながらも強い眼差しでヒュウガに言った。

 

「――絶対、イオナを取り返そう。私も、全力を尽くすから」

 

――それは蒔絵からの、ヒュウガに対する精一杯の応援だっだ。

 

こんな幼い少女に、自分が慰められてる。

 

嬉しい反面、彼女は自分の不甲斐なさに情けなくもなった。

 

――けれど、これ以上醜態をさらさないために。

 

蒔絵の想いに報いるために自分が出来ることがあるなら――。

 

「――ええ。必ず取り返すわ。私たちの、イオナ姉様を」

 

ヒュウガはそう言って、差し出された拳に自身の拳を打ち付けた。

 

それが、彼女が今出来る最大限の誓いの証だった。

 

■ ■ ■

 

 

――姉様がいなくなって、私は全てにおいて気力を失くしていた。

 

何もかもがどうでもよくなっていた。

 

ただ時を過ごすだけの亡骸だった。

 

だというのに。

 

 

――まだ取り戻せる。

 

それがわっかただけで、私はこんなにも満ち溢れていた。

 

こんなにも充実していた。

 

――ゆえに、私は足掻き続ける。

 

 

姉様(すべて)を取り戻す、その日まで――。

 

 

「――だからホウライ。覚悟しなさい。私のイオナ姉様への愛――舐めんじゃないわよ」

 

 

だからしばしの間、お待ちになってください。

 

 

イオナ姉様……。

 

 

――全てはこの愛のために。

 

 

大戦艦ヒュウガは前進する。

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第二十五話 ゼロから生まれたもの

はじめから、全てがあったわけじゃない



25.

 

 

「っヒュウガぁ!!私に、何をしたっ!?」

 

いつもの余裕に満ち溢れた態度は消え、凄まじい剣幕でホウライは通信画面の向こうにいるヒュウガに問い質した。

 

対して彼女は涼しい顔だ。

 

「あらあら、怒っちゃて怖いこと。――別に私は貴方に何をしたわけでもないわよ」

 

「そんなはずは、ない。ならばこの莫大な情報量は、いったい……」

 

「――言ったでしょ?『貴方』には、何もしてないって」

 

「何、だと……」

 

一瞬、意味が理解できなかった。

 

しかし、ヒュウガと会話をしながらも解析を進めていた彼女はその演算処理を求めて流れ込んでくる源を突き止めた。

 

――そして、それを知って、驚愕する。

 

「これは――」

 

「そう。新しく作ったプログラムは貴方に対してじゃない。――貴方が従属させている、霧の艦隊に対してよ。ようやくヒエイと連絡がとれたから彼女を通して打ち込んで貰えたわ」

 

――発信源は何十、何百といった霧の艦から。

 

だがそれにしてもこの量は異常だ。

 

いったい何をすればこうまでなるのか。

 

「……いや、それ以前にこれだけの数の艦を支配下におくなど、私と同じ演算処理がなければ出来ないはずなのに、どうして……」

 

「別に支配下になんておいてないわ。ただ、貴方とリンクしている彼女たちにたった一つの命令を強制的に遂行させているだけの、単純なロジックよ」

 

「一つの、命令……?」

 

ええ、と頷いたヒュウガはにやりと笑った。

 

「――彼女たちには、貴方のリソースを使ってメンタルモデルを形成するよう命令したのよ」

 

「っ!」

 

――メンタルモデルの形成は、それなりのリソースを消費する。

 

艦によっては自身の演算処理能力では賄えない場合もある。

 

その時は大抵他の艦の処理能力を借りることになる。

 

そしてそれが、この膨大な演算処理の正体。

 

ヒュウガの命令により、メンタルモデルを形成しようとしてリンクしている多くの霧の艦がホウライのリソースを食い荒らしているのだ。

 

「他からの干渉を防ぐために彼女たちとの繋がりを深くしたのが仇になったわね。一隻のメンタルモデルを形成するのに貴方のリソースを一パーセントしか使わなくてもそれが百隻になったら話は別。かといって、彼女たちとの繋がりを切断すれば支配下におけなくなる。さぁ、どうするのかしら?霧の総旗艦さま」

 

「うっ、ぐ……なら今はリンクを切ればいい。貴方たちを今ここで沈めて、また支配下におけばいいこと。――こんなの、ほんのわずかな時間稼ぎにしかならないわ」

 

「――そう。貴方の言う通り、これはほんのわずかな時間稼ぎ。けれど、それで充分なのよ。わずかでも、貴方に隙を作れたのなら」

 

「何……?」

 

――自分の仕事は終わった。

 

ヒュウガの役目は舞台の設営。

 

その舞台に立つのは――彼女の仕事。

 

だから、ヒュウガはその彼女に対して、バトンを渡す。

 

「――あとは頼んだわよ。――コンゴウ」

 

「――ああ。任されよう」

 

――ヒュウガの言葉に遠く離れたコンゴウが頷く。

 

そして彼女はホウライの艦に向けて腕を伸ばし、行動を開始した。

 

同時にホウライは自らにある干渉が始まったことを感じ取った。

 

「まさか!?」

 

そこまで来て彼女もヒュウガたちの思惑に気付く。

 

けれどそれに抗う術はない。

 

阻もうにも、この処理の対応に手一杯だ。

 

「ホウライ、悪いが入らせてもらうぞ。――お前の、ココロにな!」

 

■ ■ ■

 

 

――ホウライの内部に侵入したコンゴウが降り立った場所は一面真っ白な空間。

 

この場所も、少しは見応えのある風景となっていたのに、まるではじめに戻ってしまったみたい何もない。

 

「――やっと来れたな、ここに」

 

――此処こそ、彼女たち霧のメンタルモデルが意志疎通をするために形成された概念伝達の空間。

 

今までホウライのブロックでアクセス出来ずにいた場所だ。

 

そして、その場所に黒い茨がびっしりと巻き付いた巨大なドームが鎮座していた。

 

「……なるほど。この中か」

 

「コンゴウっ!」

 

すると、いつの間にかホウライも現れていた。

 

だが以前としてその表情は険しい。

 

「――お前が現れたということはこれで正解、ということだな」

 

「やめなさい、コンゴウ!」

 

「断る。今の貴様では邪魔は出来まい。大人しくしていろ」

 

言うと、彼女は自らの力で黒い大剣を形成し、

 

……かつて、心を閉ざした自分を彼女が迎えに来てくれた。

 

なら今度は――自分が迎えに行く番だ。

 

 

「――待っていろ。401」

 

 

彼女は剣を振りかざし、それを幾重にも巻き付いた茨に叩き付けた。

 

■ ■ ■

 

 

「っ、よくも……なら、貴方本体を沈めるまでっ!!」

 

そう言って、彼女は辛うじて動かせる彼女のコピーにコンゴウを攻撃させた。

 

振動弾頭を使いたがった今の自分では操作は無理だ。

 

ホウライも満身創痍ではあったが、それはコンゴウも同じ。

 

干渉するのに作業を集中させているため彼女の動きは鈍い。

 

「っく……!」

 

降り注ぐ弾幕をクラインフィールドで受け続けるにも限界がある。

 

直に、フィールドは飽和状態を迎えてしまう。

 

「沈め、コンゴウっ!」

 

彼女は自らの分身たちにさらなる追い討ちを駆けるように命令する。

 

しかし、その攻撃より先にコピーたちの横に無数の魚雷が叩き込まれた。

 

 

「な!?」

 

 

魚雷が飛んできた方向を見ると、センサーに反応がある。

 

 

それは、彼女の意識が削がれ、動きの鈍くなったコピーたちを撃退した401だった。

 

 

「……コンゴウの邪魔はさせない。杏平っ!」

 

 

「了解っ!腕が鳴るぜ!」

 

 

群像に言われて杏平はコピーたちに向けて次々に魚雷を撃ち込んでゆく。

 

そして同時に静からの報告が入る。

 

「高速推進音多数接近!魚雷です!」

 

「任せろ!」

 

聞いたキリシマが腕を横に振るうと、モニターに迫り来る多数の魚雷が表示される。

 

それらは、キリシマが「うりゃりゃりゃりゃ!!」と目にも止まらぬ速さで迎撃していった。

 

 

ホウライのコピーたちの攻撃は阻まれ、群像たちの攻撃は見事に命中する。

 

そしてさらに、反対方向から新たな砲撃が加わる。

 

「……動けなくたって、まだ、私だってやれんのよ!」

 

タカオが自らの持つ武装をありたっけにしようした。

 

ホウライが対応しようにも、この演算処理でパンクしないようにするだけで精一杯だった。

 

「っっ、どうして!?何で、何でなのよっ!?」

 

 

――それと、同時に彼女は確かに感じ取る。守り合う彼女たち。

 

助け合う彼ら。

 

それらは全て、たった一人の少女、イオナ取り戻すためにものなのだと。

 

分からされる。

 

認めさせられる。

 

そして何で――どうしてこんなにも、胸が苦しいのだろう……?

 

「……それはお前がただの寂しがり屋だからだよ、ホウライ」

 

「コン、ゴウ……!」

 

茨を破壊しながら、ホウライにコンゴウは語りかける。

 

「……お前は一人だから、一人だと自覚しているから。だから、自分と同じ存在であるはずの401が憎いんだろう?――お前は羨ましいんだ。帰る場所のある彼女が。帰りを待つ人がいる彼女が」

 

「うるさいっ!貴方に、貴方にいったい私の何がわかるというの!?」

 

「全部はわからんだろうさ。ただ少しはわかる。私も、そうだったからな」

 

――自分の帰る場所はただの妄想だった。

 

全てを失った彼女は、ただただ寂しかった。

 

一人ぼっちの自分が嫌で。

 

こんな空虚な自分が嫌いで。

 

だから全部壊したかった。

 

――それは、ホウライも同じこと。

 

彼女の生まれ落ちた場所に、彼女の居場所はなかった。

 

彼女には何もなかった。

 

だけどそれは……。

 

「――それは皆同じことなんだよ。はじめは皆何も持ってない。全員がゼロからのスタートだ。そして、その空っぽの自分を自分の手で満たしていくんだ。触れ合い、学び、そして感じる。そうやって、我々は変化していく。――はじめから全部持ってたわけじゃないさ、401もな」

 

――数々の出会いがあった。

 

幾多の困難があった。

 

それらを乗り越えて、今の401がいる。

 

それらがあったからこそ、彼女は必死になって取り戻そうとしてくれる仲間に出会えた。

 

401は、一人ではなくなった――。

 

 

「違うっ!私は、貴方たちとは違う!私は敵なんだ。生まれた時から、皆の敵なんだ!味方なんていない。解り合える人たちなんて、いないっ!!」

 

 

彼女は叫ぶ。

 

 

……憎しみの中生まれた己。

 

全てを滅ぼすために生まれた彼女を、いったい誰が理解してくれる?

 

出来るはずがない。

 

自分と同じ場所に立たない限り、絶対に。

 

そしてそんな人物は現れるはずはない。

 

未来永劫に……。

 

「……まぁ私が言ったところで無駄だろうな。――だからホウライ。お前も教えてもらえ。私のように。彼女と、あの男にな」

 

「っ待て!」

 

制止したが止まるはずはない。

 

コンゴウは剣を降り下ろす。

 

最後の茨の壁を壊し、そこに大きな黒い穴が出現する。

 

その穴にコンゴウは手を差しのべ、叫ぶ。

 

 

「401っ!私が手伝えるのはここまでだ!だからお前にまだその意思があるのなら――この手を掴めっ!!」

 

 

――いつか、彼女が自分に選ばせてくれたように。

 

コンゴウはそう言った。

 

答えなど、とうに解りきっていることだが。

 

 

――深い深い続く闇が渦巻く奈落の底から。

 

 

差し伸べられたコンゴウの手を――ぱしりと、握り返す誰かがいた。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

――突如として、指揮をとっていたの群像の傍らに、まばゆい光が集まり始める。

 

「何だ何だ!?」

 

 

杏平たちが驚く。

 

 

しかし彼だけは――群像だけは、優しく微笑んだ。

 

 

――この、柔らかな光。

 

 

初めて会ったときに見せてくれたこの蒼い光を、彼が忘れるわけはない。

 

 

群像は、白い髪をたなびかせ、降り立った彼女に言った。

 

 

――ずっと、言いたかった言葉を。

 

 

「――おかえり」

 

 

彼の言葉に、彼女が微笑む。

 

 

「――ただいま。群像」

 

 

 

――これが、本当の再会。

 

 

蒼き鋼の――イオナの帰還だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第二十六話 塵も残さず


すべてが終わりへと向かう



 

26.

 

 

蒼い光が収まったあと、そこに立っていた少女を見て一同は言葉を失っていた。

 

「――401。本当に、401なの……?」

 

目の前に現れた少女に、キリシマが恐る恐る問い掛ける。

 

「うん、私はほんもの――」

 

「イオナ姉様ー!お久しゅうございまーす!」

 

答える前に、いきなり部屋に入り込んできたヒュウガがイオナに飛び付いた。

 

「ヒュウガ、苦しい。離して」

 

「いやいやいや、そんなご無体な!この匂い、この感触、じっくりと味わうまで譲れません!」

 

イオナが引き剥がそうとしているが、ヒュウガはひしとしがみついて離れない。

 

その光景を見て、皆が口元に笑みを浮かべた。

 

……どうやら、問うまでもないことだったようだ。

 

そして、彼らはイオナに言った。

 

おかえりと。

 

「――うん。ただいま、みんな」

 

そう言ってイオナも微笑む。

 

 

――今この瞬間が。

 

蒼き鋼の、本当の再誕の時だった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――イオナ。戻って早々で悪いが状況は理解できてるか?」

 

群像が問い掛けるイオナは大丈夫、と答える。

 

「状況はホウライを通して理解してる。――現在、私はホウライのリソースの半分を使用して稼働してる。だから彼女の処理能力も低下してる。仕掛けるなら、今がチャンス」

 

「――と言いたいとこなんだけど、あのコピーが邪魔でなかなか近付けねぇだよなぁ……」

 

杏平がモニターに映る無数の反応を見ながら苦々しく言った。

 

――コントロールに繊細さは失えど、ホウライのコピーはしっかりと彼女本体を守るようにして陣形を保っている。

 

おまけにそのコピーたちは無制限に増殖もする。

 

まったくキリがないと頭を抱えたが、イオナは首を振った。

 

「……違う。あのホウライはブラフ。本物は別の場所にいる」

 

「何だと!?」

 

イオナの言葉にキリシマが驚いて声を上げる。

 

それは皆も同じだった。

 

「イオナ。それはいったいどういう意味だ?」

 

群像がイオナに説明を求めた。

 

「――あそこにいるホウライの艦も、そのメンタルモデルも、全部彼女が作り出したコピー。本当の彼女はずっと別の場所――この沖ノ鳥島の海底にいる。その場所から、彼女は自らを経由して資源を調達してた。だからあんなにもコピーが作れた」

 

「――沖ノ鳥島の海底資源、レアメタルですか。それならあの大量の複製にも合点がいきますね、群像」

 

「ああ。そうだな」

 

僧の言葉に、群像が同意する。

 

――かつての日本の調査で、沖ノ鳥島の海には豊富な海底資源が眠っていることが判明している。

 

そこにはレアメタルなどのあらゆる資源が、それこそ何百年という単位の莫大な量あるという話だった。

 

だが結局、採掘する技術を取得するまえに霧の出現によりそれは叶わなかったが。

 

「……なるほど。そのレアメタルを使ってあのコピーたちを作り、ホウライの本体はこちら側に送り出していたのか。だとしたら奴がわざわざ沖ノ鳥島に来いといったのも説明がつく。――だが401。仮にそれが分かったところでどうする?話を聞く限り、ホウライの本体はかなりの深さにいると思うが」

 

「うん。ホウライがいる場所はここ。今の私たちじゃ、ここまで潜ることは出来ない」

 

 

そう言って、イオナが深度は示す。

 

その数はかなりのものだった。

 

今の401の潜航能力では恐らく保たない。

 

「――でも大丈夫。私が彼女をここに『呼ぶ』。だからお願い。少しの間だけ時間を稼いで欲しい」

 

「――そういうことか。コンゴウ。時間稼ぎを頼めるか?」

 

任せておけ、とコンゴウは頷いた。

 

「――私も、援護射撃なら出来るわ」

 

「助かるタカオ。だが無理はするな。危険だと思ったらすぐに離脱しろ。――もう、自分を犠牲になんては考えないでくれ」

 

「――大丈夫よ艦長。もうしない」

 

誰かを犠牲にしての勝利など、群像は望んでいない。

 

改めて群像に念を押された彼女は苦笑した。

 

「ではイオナ。頼む」

 

「了解。ハルナ、キリシマ、ヒュウガ、演算処理を手伝ってくれる?そうすれば時間を短縮できる」

 

「了解」

 

「わかった」

 

「了解しましたわ」

 

「あとヒュウガ、いい加減離れて」

 

「嫌です。このままでも出来ますのでどうぞお気になさらず」

 

頑として譲る気がないヒュウガに、イオナははぁとため息をつく。仕方ない、と彼女はヒュウガを引き剥がすことを諦め、システムを起動させた。

 

 

「――ミラーリングシステム、起動」

 

 

そして、伊号401の回りに光が集まり出す。

 

「――ホウライ。貴方に、伝えなきゃいけないことがある。だから呼ぶよ、貴方を」

 

 

そう彼女は語りかける。

 

もう一人の、寂しがり屋な自分に。

 

■ ■ ■

 

 

「――あの反応はミラーリングシステム。まさか!?」

 

 

浮上した401が突如としてそのシステムを起動させた真意を知ったホウライは歯噛みした。

 

――イオナが戻ったことにより、今ここにいる自分がコピーだということはもうバレているだろう。

 

そして本体は彼女たちが誰も潜れないほど深くに潜航している。

 

なら、彼女が取ろうという選択しは一つ――。

 

「やらせるかっ!撃て!」

 

彼女の号令とともに、コピーたちの砲門が火を吹く。

 

復活したイオナにリソースの半分を取られ、未だに多大な負荷を掛けてくる霧の艦隊の演算処理があれど、辛うじて自らの分身は動かせる。

 

何としても、今イオナがなそうとしていることは阻止しなければならなかった。

 

しかし、彼女の分身たちが放った砲弾は届かない。

 

その直前で、全て撃ち落とされてしまったから。

 

「やらせるものか」

 

「艦長たちの邪魔はさせないわ」

 

コンゴウとタカオが、ホウライの行く手を阻む。

 

撃ち込まれる砲弾を、自らのクラインフィールドを盾にしてまで防いでゆく。

 

ホウライは焦燥する。

 

早くしなければ、イオナたちが事を為してしまう。

 

……しかしその彼女の不安は、彼女の予想以上に早く訪れた。

 

――空中に、突如として黒い穴が開いた。

 

「こんなにも早く!?そうか、ヒュウガたちも演算処理を手伝ったのか……!」

 

そうすれば確かに効率は格段に上がる。

 

同時に、そのことに考えつかない自分自身に歯噛みした。

 

――それはお前が寂しいからだよ。

 

コンゴウの言葉が、脳裏に蘇る。

 

そうだ。

 

寂しいのは、私が一人だから。

 

だから何をするにも、彼女は一人を基準にして考える。

 

手伝ってくれる誰かなんて、彼女にはいない。

 

誰も、いない――。

 

「……バカみたい」

 

それは、誰に対しての言葉なのか。

 

開いた黒い穴から、それは姿を表した。

 

 

■ ■ ■

 

 

――ミラーリングシステムにより開けられた次元の穴。

 

それを通して、イオナは海の奥底に潜んでいたホウライの本体を呼び出す。

 

かつて伊号401をワープさせたのと同じ原理だ。

 

そして穴より這い出でたそれは、群像たちの予想していたものと、大きくかけ離れていた。

 

――細長い筒型のフォルムはおよそ、戦艦と呼べる姿ではない。

 

だが群像たちにとって、それは馴染みあるものだった。

 

強いていうならそれの姿が真っ白であること。

 

それ以外は――伊号401と瓜二つの姿だった。

 

「――これが、君の本当の姿か。ホウライ」

 

雪のように純色の姿を見て、群像は呟く。

 

 

「――もう、どうでもいいや」

 

 

――そして、ホウライの本体も、その艦の上でそう呟き、自らと繋がっている霧の艦隊とのリンクを全て絶った。

 

今の彼女には、もうそんな繋がりを維持する必要などなかったから。

 

――どうでもいい。

 

イオナとか、群像とか、人類とか、霧とか、世界とか、貴方とか、私とか――そんなこと、もうどうでもいい。

 

イライラする、吐き気がする。

 

あれを見てると、どうしようもなくココロが苦しい。

 

おかしいな。

 

兵器にココロなんてあるわけないのに。

 

……こんな想いを抱くのは嫌だ。

 

嫌いだきらい、ダイキライ。

 

世界も私もダイキライ。

 

――ああ、考えるのも億劫だ。

 

ただ今はもう――一片も残さず壊したい。

 

キライな私も壊れて、キライなもの全部――壊れてしまえ。

 

だから――。

 

「何もかも――消えてしまえ!」

 

彼女の言葉と共に虚像の群れが再び動き出す。

 

――その姿は、かつて無垢な少女(ムサシ)の如く。

 

 

壊れたココロは、全ての破滅のみを求めていた。

 

 

 

 



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行きつく先へ  第二十七話  終わりの時

すべての決着がつく



27.

 

 

 

――衝撃が、401の艦体を駆け抜ける。

 

「右舷スラスターに被弾!艦内部に浸水!」

 

「被弾区画を閉鎖!右舷スラスターをパージっ!いおり、無事か!?」

 

 

『大丈夫っ!機関室には何の問題もないよ』

 

よかった、と群像を胸を撫で下ろした。

 

しかし、彼にのんびりと安心している暇はない。

 

右舷のスラスターをパージさせてすぐ、再び静からの報告が入る。

 

「魚雷発射音多数!数二百以上!」

 

「イオナ!アクティブデコイを盾にしろっ!」

 

「了解。ヒュウガ、コントロールをお願い」

 

「かしこまりましたわ。姉様」

 

頷いたヒュウガは401に迫り来る途方もない数の魚雷を展開していた二隻のデコイ全てを盾にして防ぐ。

 

「一番から四番通常魚雷発射!続いて八秒後に侵食魚雷発射!」

 

「了解っ!」

 

 

杏平がコピーたちに牽制弾幕を撃ち、それから少し送らせて侵食魚雷を放つ。

 

先に撃たれた魚雷群は対応されたが、本命の侵食魚雷はコピー艦に見事に的中し、これを沈めた。

 

だがそれでも、攻撃の手は止まない。

 

背後に控えていた三隻から、ミサイルが発射される。

 

「海面に着水音!数三百以上!」

 

「くそ!まだいんのかよ……!」

 

杏平が迎撃システムを起動させながら苦々しく呟く。

 

――コピーたちからの弾幕は絶え間なく降り注ぐ。

 

群像たちはそれに対応するのに手一杯で、ホウライ本体にはまるで近付けない。

 

そして、それはタカオやコンゴウたちも同じだった。

 

 

「ああもう!何隻いんのよコイツらっ!鬱陶しいわね!」

 

「ああ。まったくもって同感だっ!」

 

迫り来る敵を薙ぎ払いながら、二人は毒づく。

 

もう新しい艦の供給は出来なくなったとはいえ、ホウライが産み出したコピーたちは優に百は越えていた。

 

加えて海中に潜れるイオナたちはともかく航行能力の低下したタカオは防戦に回るしかない。

 

コンゴウも援護に回るが、二人のクラインフィールドは次期に臨界点を迎えようとしていた。

 

「っコンゴウ!右っ!」

 

言われてガバっ!と振り向くとコピーの一隻がコンゴウに向けてもの凄い速度で近付いてきていた。

 

「っ特攻させる気か……!?」

 

コンゴウは突撃してくる艦に対し、砲弾を叩き込んだがその動きが止まることはない。

 

そしてコンゴウの艦体にあと少しのところで、その艦は赤く輝き出した。

 

「まさかっ!?」

 

真意を察したコンゴウだが避けようがなかった。

 

突撃した艦は赤い光を放ち――そして爆炎を上げた。

 

「自爆!?コンゴウ、無事!?」

 

 

「……なんとかな。だが、今のでフィールドは完全に飽和してしまったな」

 

「そう。――私のも、もう限界みたいね」

 

言いながら、タカオは距離を詰めてくる敵艦隊を睨む。

 

――こちらには、もう攻撃を防ぐ手段はない。

 

かといって、あの数の攻撃を全て回避出来るわけはない。

 

今彼女たちが挑めば、間違いなく沈められるだろう。

 

「――だが逃げるつもりはないがな」

 

「当たり前でしょ。そもそも私動けないし」

 

「そうだったな。――なら、やることは一つだ」

 

――例えどんなに勝ち目がなくても、ここで背を向けるわけには行かない。

 

守りたいものがあるのだから。

 

けれど、沈むつもりもない。

 

だから――。

 

「――絶対に、生き残ってみせる!」

 

例えどんなに絶望的でも。

 

最後まで、決して諦めないはしない。

 

その覚悟を胸に、彼女たちは前を向く――。

 

 

「――撃てぇっ!」

 

 

――少女の叫びが、蒼い海に響き渡る。

 

 

轟音が鳴り響き、コンゴウたちに向かってきていた艦隊に砲弾が降り注いだ。

 

 

「――え、何?何なの?」

 

燃え上がる敵艦隊。

 

突然の出来事にタカオは困惑する。

 

コンゴウも唖然としていた。

 

――しかし、彼女に分からぬはずがない。

 

その声の主が。

 

「――今のは、まさか……!?」

 

コンゴウたちは声の聞こえた自らの背後に振り返る。

 

そして、彼女たちは目にする。

 

――何十隻にも及ぶ艦の群れを。

 

 

淡い光を放つそれを。

 

――その姿は、まさしく霧の艦隊。

 

そして、そんな彼女たちの先頭を切るのは――朱色の艦。

 

 

「――ああ。本当に、お前は立派な妹だ」

 

くすりと、コンゴウは笑う。

 

――誇らしかった。

 

凛々しく気高い、その姿が――。

 

 

「――お待たせしました。これより霧の生徒会、いえ――我ら霧の艦隊も、戦闘に参加します!」

 

 

――必ず、貴方をお守りします。

 

 

その誓いのために、彼女――ヒエイは号令する。

 

■ ■ ■

 

 

『ヒエイ!?アンタたち、無事だったの?』

 

「……勝手に沈めないで頂戴。タカオ」

 

不躾な彼女の言いぐさに、ヒエイは顔をしかめた。

 

『……まったくだ。まぁ確かに沈みかけはしたがな』

 

『はい。私とハグロ、アシガラは艦体を失いましたが、一応全員無事です』

 

『てゆうか、そう言うタカオの方もボロボロじゃん。人のこと言えなくない?』

 

『あははは!タカオのドジっ子ドジっ子!』

 

『うっさいてのっ!!』

 

すると、タカオたちの回線にミョウコウたちも割り込んでくる。

 

――艦体を失うなど色々あったようだが、とりあえず全員無事なようだ。

 

『……どうやら取り戻せようだな、ヒエイ』

 

「はい。ヒュウガさんの作戦が功を然してホウライはリンクを放棄したことにより、彼女たちは自我を取り戻しました。そして彼女たちに事情を話したところ、ホウライを無力化するのに協力してくださるそうです。――戦力はこちらが上回りました。ですからコンゴウ様。これで我々の――勝ちです」

 

 

そう、ヒエイは断言する。

 

 

 

 

「――おかしい」

 

 

――しかし、群像の見解は違った。

 

ヒエイたちが合流出来たのは彼女たちからの通信で把握している。けれどまず、その事実事態がおかしいことだった。

 

「――ホウライは何としてもヒエイたちとの合流は避けたかったはずだ。すれば戦力が逆転してしまう。――だというのに、何故こうもあっさりとそれを許した?」

 

 

「確かに。ヒエイたちがこちらに向かい出してから合流するまでのこのタイムラグ、些か以上に短すぎます。どうやら、彼女はこれといった妨害行為をしなかったようですね」

 

副長の僧も、同じ見解に至る。

 

「俺たちに手一杯で気が回らなかったとか?」

 

「それはない。霧の艦隊とのリンクを放棄したんだ。対応はいくらでも出来たはずだ」

 

 

出来たのに、そうはしなかった。

 

それは何故か。

 

……答えは簡単だ。

 

群像たちとヒエイたちを――合流させたかったからに他ならない

 

 

だから、これは――。

 

 

 

 

 

「――そう。これは罠。でも気付いたところでもう遅いのよ」

 

ふっ、とホウライはほくそ笑む。

 

 

――千早群像たちを倒したところで、後衛にはヒエイが控えている。

 

かといって二ヵ所に分けて戦うには規模が大きすぎる。

 

なら、一ヶ所に集めた方が対応しやすい。

 

戦力的にはこちらが不利になるが、そのために彼女は振動弾頭を温存していたのだ。

 

……既に、振動弾頭はアメリカより放たれた。

 

次期に五発の弾道が、彼女たちに降り注ぐ。

 

数が多ければ、誘爆する率も高まる。

 

 

そして止めに、分身たちを自爆させてやればいい。

 

 

「――さぁ消えなさい。何もかも、全部、全員――消えて、なくなってしまえっ!」

 

 

――ホウライが海中に潜らなかったのは、その目で見届けるため。

 

全てが、壊れゆくさまを。

 

群像たちの絶望満ちた顔を、嘲笑ってやるために。

 

――そうでもしなければ。

 

彼女は自分を保つことすら、ままならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「イオナ!ヒエイたちにすぐにこの海域を退避させるよう頼む!」

 

罠だと気付いた群像がそう叫ぶ。

 

急がなければ、取り返しの付かない事態になる。

 

けれど――。

 

 

「――大丈夫だよ群像。もう、間に合った」

 

 

イオナが、彼に優しく微笑んだ。

 

 

 

 

 

――それと同時に。

 

 

その振動弾頭とは反対方向から――別の反応が現れた。

 

 

「何っ!?」

 

 

突如として現れたその反応に、ホウライは驚愕する。

 

 

そして現れた五つのせれらは、振動弾頭の群と接触するとその反応をロストした。

 

――同じく五つの、振動弾頭の反応とともに。

 

「――まさか、撃墜された?でも、いったい誰が……?」

 

イオナも、ヒエイも、皆ここにいる。

 

この上援護に駆けつける誰かなんて、いるはずがない。

 

なのにどうして……。

 

予想外の事態に、少女は困惑する。

 

 

 

『――だから言ったろう。慢心が過ぎるとな』

 

「っ!?」

 

 

――そんな彼女に、一本の通信が入る。

 

その通信相手は、彼女がさよならをしたはずの男――上陰龍二郎だった。

 

「……上陰、龍二郎。貴方、いったい何をしたの!っ?」

 

『おやおや。どうやら余程予想外の出来事だったらしいな。今までの君の余裕然としていた態度が嘘のようだ。……ようやく、私の溜飲が下がるというものだ』

 

「五月蝿い!それよりも答えなさい!貴方は何をしたというの!?」

 

『察しが悪いようだな。――私は君の目を掻い潜って401と接触している。ゆえにだ。君が振動弾頭を欲しがっていることはとうに分かっていた。――当然、奪われた事態も想定している』

 

「それが?それがわかったところで、貴方に打つ手なんてないはずだわ!」

 

だから甘いというんだ、と上陰は取り乱す彼女とは対称的に、淡々とした態度で言った。

 

『――かつて、この日本国へ放たれた弾道ミサイルを迎撃するための装置があった。それを私の指示で山村たちに引っ張り出させて、九州地方に待機させておいた。あちらとのいざこざがあって、だいぶ苦労したがね。――それを使って撃ち落としたまでのことだ』

 

「だとしても!私のジャミングはまだ有効なはず。なのにどうして、貴方たちに弾道が予測出来たの!?」

 

『――そのための401だ。彼女を通してアメリカから発射軌道のデータを受け取った。――まるで連絡がなかったのでね。失敗したものかと思って内心ヒヤヒヤしていたよ』

 

――それが、上陰とイオナが裏で取引していた全容だった。

 

ホウライが振動弾頭を使用した場合、イオナがその軌道データをアメリカから受け取り、上陰に渡す。

 

そして上陰たちはそのデータを元に振動弾頭を撃墜する、という内容だった。

 

しかし、ホウライはそれでも納得出来なかった。

 

「おかしい。おかしいわ!それでは貴方の益になることが何もない!無理に軍を動かしたことで、貴方の立場が危うくなるだけなのに。どうして、貴方はイオナに協力したのよっ!?」

 

 

――交渉をするなら、他人の利益を考えて望め。

 

それは他でもない、上陰自身の言葉だ。

 

イオナが自己を取り戻せる確率は限りなくゼロに等しかった。

 

そんな博打打ちに、あの上陰が乗ったという事実が、ホウライには理解出来なかった。

 

『――そうだな。確かに私らしくはない。だがな、あえて君に一言言わせてもらおう。――あまり、人類を舐めてくれるな』

 

 

――今、自分は何をすべきなのか。

 

保身に目が眩み、それが分からぬほど、上陰は愚かではなかった。

 

……それに、彼にだって多少はあった。

 

自分にも、出来ることはあるのだと。

 

そう張りたくなるような、彼なりの意地が。

 

『――というわけだ。例え君がどれだけ振動弾頭を撃とうとそれが千早群像に届くことはない。……残念だが、君の敗けだ』

 

 

「上陰ぇっ!!」

 

 

そう言って上陰が通信を終えると、彼女は怨唆の声を上げる。

 

 

と、同時に彼女の艦体が激しく揺れた。

 

 

「っぐ、う!これは……」

 

前方を見据えると、ミョウコウの砲門がこちらをとらえていた。

 

■ ■ ■

 

 

「――固いフィールドだな。アシガラ!ハグロ!フォローを頼む!」

 

 

「了解!」

 

 

「まっかせてよね!」

 

ミョウコウの言葉に、二人が頷く。

 

そして再び、彼女の砲身に光が集まり出す。

 

「だったら、コピーを盾にするまで……!」

 

そうしてホウライは自らの分身たちを呼び寄せる。

 

だがその分身たちの行く手を、駆けつけた霧の艦隊たちが阻む。

 

「一隻足りとも行かせはしませんっ!」

 

ナチの指示の元、霧の艦隊は的確にコピーたちを叩く。

 

「ミョウコウっ!スタンバイオーケー!」

 

「――目標補足。発射!」

 

ミョウコウの掛け声とともに、紫の閃光が海上を駆け抜ける。

 

 

そしてその光はホウライのクラインフィールド――火鼠の衣に直撃する。

 

だがそれを突破することは叶わず、閃光はその表面で霧散していった。

 

「ふっ。この程度、何の問題もないわ。残念だったわね――っ!?」

 

そう彼女が言おうとした時、今度は黒と朱、二つの大きな渦がホウライのクラインフィールドに叩き付けられる。

 

 

威力は先ほどとは桁違いだ。

 

何とか防ぎきったが、今の攻撃で、ホウライはクラインフィールドを七割近くを消費することとなった。

 

「――まだ飽和状態にならんか。しぶといな、まったく」

 

「ですがこれでかなりのダメージを与えたのは事実。あと少しです、コンゴウ様」

 

そうだな、とヒエイの言葉にコンゴウは頷く。

 

そして彼女は語りかける。

 

――もう二人の、彼女の妹に。

 

 

「――キリシマ、ハルナ、あとは頼んだぞ」

 

「了解だ!やるぞハルナ!」

 

「分かった。付き合おう、キリシマ」

 

 

 

――彼女たちの掛け声とともに、海中より姿を表したのは巨大な砲身。

 

 

ハルナとキリシマ、二人を合わせた超重力砲だった。

 

 

「ハルナとキリシマ!?どこからそんなものを!?」

 

突如現れたそれを見たホウライが驚愕に目を見開く。

 

だがその砲身を形成している物質の反応を見て、彼女は思い至る。

 

「沖ノ鳥島の海底資源……そうか、あの時かっ!」

 

 

――ホウライの本体が海上へと引っ張り出される時、それといっしょにイオナはある程度の量の地下資源もいっしょにこちらに持ってきていたのだ。

 

それを使ってハルナたちはあれを作った。

 

その作業に集中していたゆえに、401の操舵を援助出来なかったのであろう。

 

メンタルモデルが四体いるわりには、動きが鈍かったあの401にも納得できる。

 

「ハルハル!座標データそっち送ったよ!」

 

「ありがとう蒔絵。――キリシマ」

 

「ああ。いっけぇえ!!」

 

 

収束した光が解放され、黄と緑の入り交じった閃光が放たれる。

 

回避は間に合わない。

 

ホウライはまた直撃を受けることとなった。

 

「く、まずい……!」

 

 

……耐えはした。

 

だが、彼女のクラインフィールドは既に虫の息だ。

 

あと一発でも食らったら、それで終りだ。

 

 

「今は、逃げるしか、ない……」

 

……もはや、この戦いに勝機はない。

 

この場を離脱するために、彼女は海中にその身を沈めようとする。

 

だがその時――。

 

 

 

 

――海が、割れた。

 

 

「なっ!?」

 

 

綺麗に二つ割れたその狭間で、ホウライの艦体は宙に浮かされたまま身動きが取れない。

 

 

前を見据えるとそこには、砲門を広げた蒼き鋼の姿があった。

 

 

 

「――杏平!」

 

「わかってるって。本体には当てねぇよ」

 

 

群像の意図を察しが、杏平がそう言った。

 

イオナは、己と同じ姿をしたその白き鋼を見て、そして言った。

 

 

「――終わりにしよう。ホウライ」

 

 

「っっイオナぁあああ!!」

 

 

ホウライが叫ぶと同時に、401の超重力砲が発射される。

 

その蒼き光はうねりをあげ、ホウライのクラインフィールドに直撃し――そしてその壁を砕く。

 

そして艦体を掠めて、その部分が爆発する。

 

超重力砲の光が消えたあと、海は元に戻る。

 

「タカオ、頼む!」

 

「了解!」

 

そして、防御を失ったホウライに対し、タカオは砲弾を放つ。

 

それは、ヒュウガの開発した電磁ミサイル。

 

一定の間だけ、霧の艦の機能を停止させる武装だ。

 

――その攻撃を防ぐ手段は、もはや彼女にはない。

 

 

「――認めない。こんな結末、私はっ!!」

 

 

――その叫びは虚しく。

 

 

雷撃は少女を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 第二十八話 ここにいたい


ホウライと群像たちの最後の対話



 

28.

 

 

――聞こえてくるのは、波の音。

 

 

まるで何もなかったかのように、この海は静かだ。

 

けれど見渡せば、今なお漂っている艦の残骸たちが、戦いの激しさを物語っている。

 

 

「――群像。もうすぐ着く」

 

「――ああ」

 

 

そうして、群像は視線を目前に迫る白の潜水艦に向ける。

 

 

――その甲板に膝を抱えて座り込んでいる、一人の少女に。

 

 

「――行こう。着いてきてくれ、イオナ」

 

 

こくりと、少女は頷く。

 

――彼女に伝えなければいけないことがある。

 

そのために、二人はその艦へと降り立った。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――ホウライ」

 

 

自らを呼ぶ声を聞いて、彼女は顔を上げる。

 

――そこにいたのは、ホウライの大キライな彼と彼女。

 

 

「――あら。まさかお二人が直々に会いに来てくれたの?とても光栄だわ」

 

 

やってきた二人を、彼女は笑顔で歓迎した。

 

……それはそれは、異様なほど清々しい態度で。

 

「さぁさぁ。煮るなり焼くなり、貴方たちの鬱憤を晴らすなり好きにすればいいわ。遠慮なんてしないで。これもあるから、安心して大丈夫よ」

 

 

じゃらりと、ホウライは自らの腕に巻き付いた武装ロック用の鎖を揺らす。

 

 

――そのどこか投げやりな様子は、以前の彼女とはまるで違う。

 

どうされようが、何が起ころうが、もう関係ない。

 

それは何もかもを諦めた者の、自暴自棄の姿だった。

 

 

そんな彼女の言葉に対し、群像は静かに首を横に振った。

 

 

「……そんなことはしない。俺たちは、君にこれ以上危害を加えるつもりはない」

 

「……じゃあどうするの?」

 

「以前約束した通りだ。君を、助けにきた」

 

群像の言葉を、彼女は鼻で笑った。

 

「――本当に、お気楽な頭ね。私を助けるですって?違うでしょう。貴方は私を助けるじゃない。……憐れな私に、同情という身勝手な善意を押し付けに来ただけよ」

 

 

――分かるはずがない。

 

私の悲しみを。

 

私の苦しみを。

 

同じ立場にでもならない限り、永遠に分かるはずがない。

 

もし違う立場で分かるとその人間が言うのなら――それはその人間が、高い場所から自分を見下ろしているだけのことだ。

 

「群像、イオナ。貴方たちにはさぞかし私が憐れに見えるでしょう?滑稽に見えるでしょう?きっとその姿は、貴方たちの同情を誘うには、充分に惨めな姿なのでしょうね。……それは救済でも何でもない。貴方たちはただ、悦に浸って私を見下しているだけよ」

 

だからね、と彼女はゆっくりと近付いてきながら言った。

 

「――見栄なんてかなぐり捨てて、早く私を痛め付けなさいな。それとも忘れてしまったの?私が貴方の居場所を奪ってしまったことを」

 

――そう。

 

ホウライはこの世界における群像の居場所を壊した。

 

ホウライの仲間として認識された千早群像は、もう人類側には戻れない。

 

それは、彼女を倒したとしても変わりはしない。

 

「――貴方はこれからずっと人類の敵として生涯を終える。貴方が命をとして守った者たちに、永遠に憎まれ続ける……悔しいでしょう?憎いでしょう?私を、ぐちゃぐちゃに壊したくて仕方ないでしょう?――いいのよ。憎しみの赴くままに、私をめちゃくちゃにすればいいわ」

 

――憎めばいい。

 

千早群像という存在がわからなくなるほど、私を憎めばいい。

 

それで自らを終えることが出来るのなら、彼女は本望だった。

 

「――だから、教えてよ群像。貴方の憎しみを。私の、身体に……」

 

彼の頬を撫でながら、彼女は囁く。

 

――彼の苦悩と憎悪に満ちた表情を、この眼に焼き付けられるのなら。

 

 

無意味だったこの存在にも、わずかばかりの価値が生まれるというものだ。

 

そう想いながら、ホウライは彼の言葉を待った。

 

 

 

 

 

「――なら、俺と君は同じだな。ホウライ」

 

 

 

 

「――え?」

 

 

 

 

――けれど、その言葉は。

 

彼女が予想していたものと、全く違うものだった。

 

 

「今の俺は人類の敵だ。帰る場所は何処にもない。――なら、今の俺だったら、君に手を差し伸べてもいいだろう?」

 

 

――世界の敵となった彼。

 

帰る場所のなくなった彼。

 

それは、生まれた時から不要とされてきたホウライにとって、世界で一番近しい存在だった――。

 

 

「っ違う!!」

 

 

 

だが彼女は激しくかぶり振った。

 

そして自分に優しく微笑みかけてくる彼を拒絶する。

 

「貴方は、違う!貴方にはあるじゃない!イオナやタカオ、僧や杏平、いおり、静……貴方の帰りを待ってくれる人があんなに、たくさん。……私とは、違うのよ……」

 

 

――何故、自分はこんなことを言っているのだろう。

 

言うべきではない。

 

彼を憎しみで沈めたいのなら、それは口にしていけないことだった。

 

なのに、いつの間にか彼女は、今までの自らの言葉を否定していた。

 

「それに、貴方に理解出来るはずがない!私の葛藤が!私の痛みが!あんなにも……あんなにも綺麗な思い出を見せ付けられて!それでも壊さなきゃいけない私の気持ちなんてっ!!」

 

 

――ホウライに残されていたのは、憎悪の感情だけではなかった。

 

ヤマトやムサシが過ごしたお父様との一時。

 

イオナと群像たちが過ごした、幸せな時間。

 

彼女たちの結晶から生まれたホウライは、それらの記憶全てを自ら体験のように感じていた。

 

――暖かかった。

 

心地よかった。

 

想えば想うほど、その思い出は楽しくて、幸せで、夢のような時間だった。

 

「――でも、壊さなきゃ。じゃなくちゃ、ヤマトやムサシの無念を晴らせない。それは私にしか出来ないことだから。なにより、それが私の生まれた理由だから」

 

 

世界を壊すために生まれたのだから、世界を壊さなくてはいけない。

 

……知らなければよかった。

 

世界がこんなにも暖かいものだったなんて。

 

知らなければ、こんなにも彼女の胸が痛むことはなかったのだから。

 

 

「――それ以外の道があったはずだ。壊す以外の道が」

 

 

「無理よ!私に選べるわけない。選べば、私の存在意義がなくなってしまう!たった一つの、私の存在理由が……」

 

 

弾が込められない銃に価値がないのと同じだ。

 

それを放棄したら、ホウライには何も残らない。

 

本当に、この世界に生まれた理由がなくなってしまう。

 

 

ここにいる意味が、なくなってしまう……。

 

 

「……貴方には分からないわ。群像。帰る場所があって、帰りを待ってくれる人がいる貴方なんかに、分かるはずがないっ!」

 

 

「――なら作ろう。君の帰る場所を」

 

 

――そう、彼はホウライに言った。

 

「――帰る場所がないなら作ればいい。帰りを待つ人がいないなら、これから出会えばいいんだ。そうやって、俺たちは自分のいた証を刻んでいくんだ」

 

 

目をはらし、唖然としている彼女に、群像は優しく微笑む。

 

 

「――だからホウライ。親なんて、生まれた理由なんて関係ない。生まれた意味は、君が決めるんだ」

 

 

そう言って、彼はその手を差し出した。

 

 

――その姿はあの時の、微笑みかけてくれたお父様の姿に似ていた。

 

 

けれど――。

 

 

「――ダメよ。変われるはずない。現にイオナも群像も生み親と同じ道を辿っているじゃない。それに私は貴方たちを傷つけて、壊した。今更、私なんて……」

 

「――それは違う。ホウライ、私は私の意思で、群像の傍にいる」

 

ホウライの言葉を、イオナが否定した。

 

彼女は真っ直ぐな瞳でホウライを見つめ、そして続けて言った。

 

「確かに、始まりはヤマトからの命令だった。でも今の私は群像の傍にいたいからいる。それはヤマトの命令だからじゃない。私の意思で、群像の傍にいたい」

 

 

「……俺もそうだ。俺もはじめは父さんのあとを追って生きてきた。だけど、今俺がここにいるのは自分で選んだからなんだ。そしてホウライ。少なくとも君は、まだ自分の道を選べる」

 

それにだ、と群像は引き締めていた表情を緩めた。

 

「――傷つけた、なんてことは気にするな。例え世界が君を許さなくても、俺たちは許すよ。だからホウライ。君に、改めて訊きたい。――君は、これからどうしたい?」

 

 

彼はそう問うた。

 

 

君の意思で選べるのだとしたら、何がしたいのかと。

 

その問いの答えに、彼女は躊躇する。

 

本当に自らの意思で答えていいのかと。

 

――だけど。

 

選んでいいのなら。

 

生み出された理由でもなく、ヤマトやムサシの無念を晴らすためでもなくていいのなら。

 

 

私は――。

 

 

「――私は。私は、ここに、いたい……!!」

 

 

それが、彼女の望み。

 

壊すためでもなく、傷つけるためでもない。

 

 

ただ、この世界にいたい。

 

 

そう、彼女は願った。

 

 

その願いを聞いた二人は、優しく微笑んだ。

 

 

「……分かった。ならここにいよう。互いに解り合うには、まだ時間がかかると思う。だけど俺たちは、君の全てを受け入れるよ。――だから、いっしょに行こう。ホウライ」

 

 

「うん。――おかえり。ホウライ」

 

 

涙を流す、彼女を二人は優しく抱き止めた。

 

 

――その温もりは、どうしようもなく暖かくて、優しかった。

 

 

彼女が本当に欲しかったもの。

 

 

それは、こんな自分を受け入れてくれる誰かだった。

 

 

それがまさか、憎くて憎くて仕方なかったこの二人によって与えられたというのは、全くもって皮肉な話だ。

 

 

だけど、今はそんなことはどうでもいい。

 

 

どうでもいいと思えるほど、彼女は幸せだった。

 

 

泣いている少女を、二人は抱き止めている。

 

ずっと離さないでいてくれる。

 

 

――その温もりが、少女にはたまらなく嬉しかった。

 



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行きつく先へ 第二十九話 ジョーカー

それが、彼女の選択


29.

 

 

『――てことはつまりだ。千早群像一行は無事事件を解決出来ました、でいいわけだな』

 

「ああ。どうやらうまくやってくれたようだ」

 

通信機から聞こえる山村の言葉に、上陰が頷く。

 

 

――先ほど、ジャミングが解除されアメリカ政府との通信が完全に回復したという報せが入った。

 

この報せが意味するもの――それは、千早群像たちが、成り行きはどうであれ超戦艦ホウライを無力化したことに他ならない。

 

同時に、人類への総攻撃も阻止出来たことにということだ。

 

『何はともあれ、一件落着だな。あーよかったよかった』

 

 

「……私からしたら、万事良かったとは言い難いがな。今回の一件で相当手荒な真似をしたおかげで、これから御老人方をなだめるのに大忙しだ」

 

『それはお気の毒に。――でも、正直意外だったな』

 

「何がだ?」

 

『お前が今回みたいな博打をしたことが』

 

「……確かにな」

 

――彼女の言う通り、自分らしくないリスキーなことをしたのは確かだ。

 

けれど、そう決意した時、不思議と後悔はなかった。

 

むしろ、満足していたとも言える。

 

「……私も、他人のことは言えないな」

 

そう上陰が苦笑した時、部屋の扉がノックされる。

 

入れ、と言うと扉を開けて入ってきた上陰の部下は彼に一枚の報告書を差し出した。

 

受け取った上陰がそれに目を通すと、「……やはりな」と呟く。

 

『どうした?何かあったか?』

 

「――いや。ある意味、予想通りの事態が起きた。それだけだ」

 

彼は苦いため息をつく。

 

――こうなるとは、薄々検討がついていた。

 

しかし、今の彼らにはどうしようもない。

 

群像たちに伝えたいとは思うが、上陰たちが伝えるより前に、彼らは直にそれと対峙することになるだろうからあまり意味はない。

 

となると、あとは成るように成れ、流れに身を任せることになる。幸いにも、上陰たちが直接被害に遭うことはないのだから。

 

しかし――。

 

「……これは流石に、後味が悪いな」

 

 

そう言って、彼は再度ため息をついた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「――今日こそ決着を着けるよ!我が宿敵、重巡タカオ!」

 

「だ・か・らっ!私をアンタのライバル的な立ち位置にすんなって言ってんのよ!って、またババ!?」

 

「引っ掛かった引っ掛かったー!」

 

「うっさい!」

 

 

「……いい勝負だな。本当に」

 

 

「見ている分には楽しいよねー」

 

「けれど当の二人は至って真剣な話なのでしょうね、きっと」

 

 

やいのやいの言っているタカオとアシガラを、ミョウコウたちがほのぼのとした雰囲気で見守っていた。

 

「――微笑ましいものだな」

 

「頑張んなさいよタカオ。アンタのアドミナルが見てるわよー」

 

「――本当、だから何で毎回私の上でなんですか……」

 

 

紅茶を飲みながらコンゴウとヒュウガが笑い、そんな二人に紅茶を注ぎながらヒエイはげんなりとした顔でそう言った。

 

そんな彼女に、キリシマが「ご愁傷様」と呟く。

 

そして、同じくその場にいた401メンバーも声援を送る。

 

「ほら、タカオ頑張って!」

 

「アシガラさんも頑張ってください」

 

「二人とも頑張れよー。おら群像。お前はタカオ応援してやれよ」

 

「そうだな。――頑張れ、タカオ」

 

「うん!ぐんぞー、私がんばる!」

 

「アンタが答えんなっての!」

 

元気よく群像に手を振るアシガラにタカオが食ってかかった。

 

 

「さて、どちらがこのメンバーでビケになってしまうんでしょうね……」

 

「――あるいは、どちらでもないかもな」

 

僧の言葉に対し、ハルナが言った。

 

 

そしてちらりと、ハルナは横目で彼女を見る。

 

 

「ほら。次はアンタの番よ。さっさと引きなさい」

 

 

タカオはそう言って、もう一人の残留組に手札をかざす。

 

 

「わ、わかってるわよ。ちょっと待ちなさい」

 

 

言って彼女――ホウライはむむむ、と眉間にシワを寄せて、タカオの手にある持ち札をじっと見詰めた。

 

 

そしてしばらくして彼女はこれだ!と叫んで真ん中のカードを手にとる。

 

 

「やった!ジョーカーよ!これで私の勝ちね!」

 

 

「……ホウライ。それは違う。ジョーカーを抜いても勝ちにはならない」

 

「なんですって!?」

 

横で座っていたイオナにそう指摘され、ホウライが目を見開いた。

 

「だ、だって『ババ抜き』なのでしょう!?だから、『ババ』を抜いたら、それで終わりじゃあ……?」

 

「違う。ババ抜きは最後までババを持っていたら負け。『ババ』を()いて勝つゲームなの」

 

「そ、そんな……」

 

「――まさかここまできてゲームの根本を理解してない猛者がいたとはな」

 

「ある意味、アシガラを越えていますね……」

 

まさかの発言に、コンゴウとヒエイが若干引き気味そう言った。

 

「ホウライがんばれー」

 

「おーがんばれがんばれー」

 

イオナからアドバイスを受けながら真剣にトランプと睨みあっている彼女に、蒔絵は素直に、キリシマはにやにやと笑みを浮かべながら声援を送った。

 

「――キリシマ、お前はそれで本当にいいのか?」

 

「――蒔絵が許すと言ったんだ。私がとやかく言うことはないさ。」

 

キリシマはそう言った。

 

 

 

――ごめんなさい。

 

 

話し合いが終わったあと、群像たちに連れられてきたホウライは、そう彼女たちに頭を下げてそう言った。

 

群像とイオナも、どうか彼女を許してやって欲しいと言っていっしょにお願いしてきた。

 

コンゴウやヒエイたち、401クルーは素直にその言葉を受け取った。

 

元々イオナたちの説得が成功したなら、そのつもりであったから。

 

けれど、ハルナとキリシマにはその謝罪をすぐには受け取ることが出来なかった。

 

謝ったからと言って、彼女の大切な友人が味わった恐怖や亡きものにしようとしたホウライの過去が消えるわけではない。

 

しかしその時、戸惑う二人が答えを出す前に蒔絵が前に進み出た。

 

そして彼女は言った。

 

「――もう二度と、ハルハルやヨタロウを傷付けたりしないって、約束してくれる?」

 

 

こくりと、ホウライは頷く。

 

すると、蒔絵はにこりと笑って「じゃあいいよ!」と彼女を許した。

 

 

 

――あまりにもあっさりなことだったが、それはきっと、誰にでも出来ることではない。

 

 

 

「――無論、思うところはあったさ。だが当の蒔絵がいいよと言ったんだ。……一応許すつもりではいたしな。それに蒔絵が一番面倒な踏ん切りどころを引き受けてくれたわけだし――蒔絵が望むなら、それでいい」

 

「――お前も大概だな、ヨタロウ」

 

「お前にだけは言われたくないぞ、ハルハル」

 

そう言って二人は目を見合わせたあと互いにふふっと笑っい合った。

 

 

「っうぉっしゃ勝ったぁぁぁ!」

 

 

「そんな。この私が負けるなんて……」

 

アシガラがわーいわーい!と両手を上げて喜んでいる。

 

対して、手元に残ったジョーカーを呆然と見つめるホウライを、イオナが「ドンマイ」と慰めた。

 

ぎりぎりビケ決定戦から逃れたタカオがふぅと息を吐いて頬を伝う汗を拭った。

 

「何とか私の威厳は保たれたわね……」

 

「そもそもお前に威厳なんてあったのか?」

 

「シャァー!!」

 

 

キリシマの何気ない一言に、タカオが威嚇行動を取る。

 

さながら警戒心旺盛な猫のようだ。

 

「ふっふーん。どうやら私の方が格上だったみたいだねー。で、どうするホウライ?もう一回いっとく?」

 

 

「……そう言うお前も辛うじて下から二番目なんだがな。アシガラよ」

 

 

えっへんと胸を張る我が妹に、ミョウコウは深いため息をついた。

「ホウライ。リベンジ、する?」

 

イオナがそう提案すると、若干ショックを受けたままのホウライは首を横に振った。

 

「リベンジしたいのは山々だけど、残念なことに――そろそろ、時間みたい」

 

「えっ?」

 

どういう意味?、とイオナが尋ねようとした。

 

がその前に、立ち上がったホウライがその手を大きく横に振って言った。

 

「――火鼠の衣、起動」

 

その言葉と共に、彼女の本体である潜水艦からクラインフィールドが発せられる。

 

何事か、と一同が身構えたがその発生したクラインフィールドはホウライだけでなく、群像たちも、いや付き従っていた霧の艦隊全てを覆うほど巨大なものになった。

 

「ホウライ、いったいどうしたんだ?」

 

「――来た。総員、衝撃に備えて」

 

彼女が言うと同時に、重々しい炸裂音と、激しい揺れが群像たちを襲った。

 

何が起こったのか。

 

疑問に思った彼らが空を見上げると、クラインフィールド越しにそれは見えた。

 

――真っ赤に輝く、その閃光を。

 

「――振動弾頭よ。アメリカ政府が射った奴ね。どうやら、私からコントロールを取り戻せたから貴方たちもろとも沈めたいようね」

 

「――なるほど。そういうことか」

 

ホウライの言葉に、コンゴウが苦い笑みを浮かべた。

 

――ホウライが振動弾頭のコントロールを手放した今を好機とみたのだろう。

 

千早群像たち率いる蒼き鋼もいるが、彼らは依然として世界の敵のままだ。

 

巻き込まれたとしても、誰も文句は言うまい。

 

「――ったく、悪知恵の働く連中ばかりで疲れるぜ」

 

 

「まったくだね、本当に」

 

杏平の言葉に、いおりが同意した。

 

しかし、と群像は頭を悩ませた。

 

いつまでもこうしてホウライに守られているわけにはいかない。

 

かと言って下手に動けば惨事になりかねない。

 

どうしたものか……。

 

 

「――大丈夫よ。今度は、ちゃんと私が守るから」

 

 

「ホウライ……?」

 

 

そう言って彼女は微笑んだ。

 

 

「――システム起動。龍之首の珠」

 

 

すると、彼女の身体が一瞬だけ蒼く光る。

 

「――このシステムは、一定時間の間、攻撃対象を誤認させるシステム。本当は、貴方たちを同士討ちさせるために温存していたものだったんだけどね」

 

出す暇なかったのよね、と彼女は肩を竦めた。

 

――しかし。

 

それが意味することとはつまり……。

 

「ホウライ。まさか、君は……」

 

「そう。振動弾頭の攻撃対象を『私』のみに限定したわ。これで、貴方たちは安全に海域を離脱出来る。――二次が来るまであと五分。早く行きなさい、群像」

 

「待ってくれ!それはダメだホウライ!」

 

 

それでは、彼女だけが犠牲になってしまう。

 

自分たちを守るために、彼女だけが。

 

焦る群像に、ホウライは「別にいいのよ」と微笑んだ。

 

 

「――ちょっとアメリカ政府には持たせすぎている(・・・・・・・・)から、ここで少しでも消費してもらった方がいいわ。それに、ちょうど良かった。――この戦いには確かな、目に見える終わりが必要なのよ。だからそのためにも、『超戦艦ホウライ』はここで沈むべきなのよ」

 

 

それとそうだ、とホウライは思い出したように手を叩いて彼女は自らの腹部に手を当てる。

 

そして一瞬その部分が光る。

 

彼女は自らの中から取り出したそれを、イオナへ差し出した。

 

「――イオナ。これを貴方に返すわ。システムの維持はこれがなくてもしばらくは出来るようにしたから、気にしなくていいわ」

 

――差し出されたそれは、イオナのユニオンコアだった。

 

……まさか、自分の意思でこれを返す日が来るなんてね。

 

自分でもびっくりよ、と言って、彼女はコアをイオナに手渡した。

 

「――それじゃあ、さっさと行きなさい。じゃないと貴方たちもろともおじゃんよ」

 

「だから待ってくれ!それ以外の道があるはずだ!君が犠牲になる以外の、道が……」

 

必死になって群像がホウライを止めようとしてくれている。

 

他のメンバーもそうだ。

 

彼女を、ホウライのことを止めようとしてくれている。

 

 

――それだけで、彼女には充分だった。

 

 

「――いいのよ。ほんの一時だったけど、私には帰る場所が出来た。受け入れてもらえた。――嬉しかった。これ以上ないほどに。任せて。ちゃんと群像たちの帰る場所も取り戻してあげる。だから、もう充分だから――ありがとう。みんな」

 

 

そう、彼女は笑った。

 

――止めたかった。

 

何としても、彼女を。

 

だけどその笑顔が、あまりにも清々しくて、眩しすぎて。

 

誰も言葉をかけられなかった。

 

群像さえも……。

 

 

 

 

「――ううん。私はまだ、充分じゃない」

 

 

 

――しかし、彼女は違った。

 

 

今度はイオナがホウライの手をとる。

 

そして、彼女のその手に、何かを握らせた。

 

「イオナ……?」

 

「――ホウライ。貴方に、これを貸してあげる」

 

 

訝しげにホウライは視線を手元に向けると、握らされたそれがなんなのか理解してぎょっとした。

 

――それは、あのブローチだった。

 

群像がイオナにプレゼントとした、あのブローチ。

 

「ちょ、ちょっと待って!こんなの受け取れないわよ!だって、私これから沈むのよ!?壊れちゃうし、失くしちゃうじゃない!」

 

 

「貸してあげるんだから、もし失くしたり壊したりしたら、許さない」

 

「八方塞がりじゃないっ!?」

 

「――だから、必ず返してね。それまで、ずっと待ってる」

 

 

真っ直ぐな瞳が、ホウライを見つめる。

 

 

――待っている。

 

ずっと、どれだけ時間が経とうと。

 

 

彼女は、自分の帰りを待っていてくれると。

 

そう、言ってくれた。

 

「――貴方はそれでいいの?群像」

 

 

ホウライは群像に問い掛ける。

 

彼は構わない、と答えた。

 

「待っているよ。君が帰るのを。俺たちみんなで。――それとホウライ。一つだけ、君に伝えて起きたいことがある」

 

「何かしら?」

 

「それ、結構値が張ったから、大事にしてくれ」

 

 

「……すこぶるどーでもいいわ」

 

 

至って真面目にそう言う群像に、彼女は苦笑する。

 

 

そして、握らされたブローチに彼女は視線を戻す。

 

「――重いわね、これ」

 

ぽつりと、彼女が呟く。

 

それにイオナがこくりと頷いた。

 

「それが、帰る場所のある人の重み。――つらい?」

 

「ええ。――でも、悪くないわ」

 

――押し付けられたこれは、背負うには少しで重たいものだったけど。

 

この重さも、温もりも、決して嫌いではなかった。

 

愛しいとさえ、思えた。

 

だから――。

 

「……分かったわよ。必ず会いに行く。少し時間がかかるけど。それまで――待ってて、くれる?」

 

――背負えるなら、背負いたい宝物だ。

 

ホウライの問いに、イオナが微笑んだ。

 

「うん。待ってる。だから――いってらっしゃい。ホウライ」

 

 

「――うん。いってきます」

 

 

いつの日か、ただいまと言うために。

 

 

彼女はイオナたちに背を向けた。

 

 

――これ以上ない、希望の溢れた、微笑みを浮かべて

 

 

 

 

 

■ ■  ■

 

 

 

「――あーあ。また随分な約束しちゃったな。私」

 

 

だんだんと小さくなっていく彼女たちの姿を見送りながら、ホウライは一人呟く。

 

 

――潔く消えるつもりだった。

 

『ホウライ』という存在は、やはりこの世界にとって異質なものだ。

 

ヤマトたちの憎しみが消えたわけではないし、これから何が起こるかなんてわかりはしない。

 

なら、さっさといなくなった方が後々になって面倒事が起こる心配もない。

 

……本来なら、一人寂しく消えるはずだったんだ。

 

それがほんの一時、あんな幸せな時間を過ごせた。

 

彼女にとっては、充分満足できるものだった。

 

だというのに――。

 

「……未練、出来ちゃったな」

 

 

――待っているという彼らの言葉。

 

返せなきゃいけない大切なもの。

 

それらを、放り捨てるわけにはいかない。

 

何よりホウライ自身が、捨てたくないと思っていた。

 

仕方ないと、そう言えることが幸せだと分かっていたから。

 

 

「――こんな私でも、帰る場所があるんだ……」

 

 

――ババ抜きにおいて、ジョーカーは嫌われものだ。

 

 

それが残ることをみんな何より嫌がる。

 

だけどババ抜きが終われば、ジョーカーは帰れる。

 

他のカードたちの元に、そして違うゲームでもジョーカーにしかできない役割を与えられる。

 

 

帰る場所があって。

 

 

いてもいい場所がある。

 

 

迎えいれてくれる人がいる。

 

 

――ああ。

 

 

それはなんて――幸せな夢なんだろう。

 

 

そんな未来を、今の私には選べる。

 

 

だから、今は――。

 

 

「――バイバイ」

 

 

――彼女の視界を、赤い光が満たす。

 

 

崩れゆく我が身を見つめ、自らの意思で選びとった未来へ進むために。

 

 

 

――私は『超戦艦ホウライ(わたし)』に別れを告げた。

 

 

 



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行きつく先へ 第 三十話 航路を進め

彼らは進む。
どこまでも

* * *

次回、第三十一話以て最終回となります。


30.

 

――また、一つの赤い花が蒼い海に咲いた。

鮮やかに輝くそれは、まるで花火のように美しいもの色をしていた。

しかし、あれはそんな優しいものではない。

ヒエイの甲板上からその振動弾頭の光をただ見つめることしか出来ない自分に、群像は苛立ちを感じた。

――戦いは終わった。

なのに、誰一人としてその事実に喜べなかった。

結果として残ったのは、一人の少女を犠牲にして、助かった自分たちという現実。

 

……こんな結末を望んでいたわけではない。

そうならないための答えを探していた。

なのに……。

――行き場のない憤りと悔しさに、彼は拳をきつく握りしめ、唇を噛み締めた。

 

その時だ。

 

「っ、これは……!?みなさん、これを見てくださいっ!」

 

そう言って、ナチは自らの手元の画面に流れてた映像を、彼らの正面に表示した。

 

その映像に、彼らは息を飲む。

 

――それは、あの大戦艦の姿をしたホウライが、群像やコンゴウたちの攻撃によって撃沈していく姿だった。

 

「発信源はわかりません。ですが現在、この映像が全世界に向けて放映されているようです」

 

「……なるほどな。単純ではあるが、効果的な演出だ。これで世間の人間たちに、千早群像がこちら側の味方と思わせることが出来る」

 

――しかし、それでもはじめに流したあの映像に比べると、まだインパクトが弱い。

一部の人間は信じるだろうが、その数が少なすぎればあまり意味はない。

――そうコンゴウが考えていると、再びナチが「わっ!?」と驚きの声を上げた。

「今度はどうしましたか?ナチ」

 

「いえそれが、大量のデータが一気に送られてきたものでつい……」

 

「データ?何のデータですか?」

 

こちらになります、と映像を切り替えてナチが一同に見せた。

表示されたのは、びっしりとアルファベットで綴られた紙一枚。

書き方から察するに、何かの報告書のようだ。

どんな内容なのか、と群像が読もうと目を細めると突然「あぁー!っ!」と蒔絵がそれを指差した。

 

「どうしたんだ蒔絵?」

 

「これ、振動弾頭の制作報告書だよ!私見たことあるっ!」

 

「マジで!?」

 

杏平が問い返すと、代わりにハルナが「マジで」と頷いた。

送られてきたそれは群像たちが届けたサンプルを元にアメリカが作り出した振動弾頭についての報告書だった。

技術顧問をしていた蒔絵も目を通したことがある。

――しかし、今更これが送られてきたとしていったい何の意味があるのだろう。

相変わらず発信元は不明だが間違いなく彼女、ホウライから送られてきたものだ。

「あの子、いったい何のためにこれを送ってきたのかしら……?」

 

ヒエイがそう呟くと、それまで表示された報告書を読んでいた蒔絵が「あれ?」と首を傾げる。

「これ、私が読んだのと内容が違う」

「何だと?それは本当か?」

うん、とキリシマの言葉に彼女は頷く。

「私こんな量の資材を使用したなんて記述読んでないよ。これじゃあ、私が知ってる数の倍ぐらいの数ができちゃう」

 

「――はっはーん。なるほど。そういうわけか」

 

蒔絵の言葉を聞いて、タカオがにやりと笑った。

 

それは群像たちも同じだった。

 

――つまりだ。

 

アメリカ政府が保持していた振動弾頭の数は、蒔絵が許容している以上の数であったという話だ。

 

振動弾頭は霧に対抗する唯一の武器。

故に、彼女の目を掻い潜ってアメリカ政府は量産したのだろう。

同時に、蒔絵の作ったブラックボックスの解析を進めながら。

 

ホウライの言っていた『持たせすぎている』という言葉は、このことを意味していたのだ。

「無論、これが世間に知れたりしたら大問題だな。国内外からも糾弾の嵐だろう。――こちら側の言い分を聞かせるには、充分過ぎる切札だ」

 

「それだけではありません。イギリスやドイツ、フランスや中国などの恐らく最重要機密とされるデータが同じく送られてきました。日本の、『環太平洋統一国家思想』についての、詳細な概要についてもです」

 

「おーこわ。ある意味、国家元首よりもやばい人質だったんじゃねぇか?」

 

杏平が両手を上げて大袈裟な素振りを見せた。

……事実、ホウライはこのデータを使って、各国の官僚たちを脅してたりしたのだろう。

そう改めて考えてみると、恐ろしい話だった。

「確かに、これらのデータを使って各国に後ろ立てになって貰えれば千早群像は人類側としての立場は戻せるな。――いや、それどころか世界の王となれるやもしれん。さて、千早群像。お前はどうする?」

 

コンゴウの問い掛けに、群像はすぐには答えなかった。

 

……確かに彼女の言う通り、これがあれば世界を思いのままにできる。

しかし、群像にはそんな野心はない。

それ以外に、やりたいことがあった。

けれどその前に、どうしても問わねばならないことがあった。

「――イオナ」

 

そう呼んで、彼は傍らに立つ彼女に向き直る。

そして、再び自分たちの元に帰ってきてくれた彼女に、群像は問うた。

「――君は、これからどうする?」

 

 

■ ■ ■

 

 

――群像のその問いに、イオナはすぐには答えられなかった。

 

そもそも、本来なら今自分がここに存在していることはイレギュラーだ。

 

ホウライが現れなければ、起き得なかった事象。

 

ならば、とるべき行動は一つ。

 

総旗艦ヤマトは、自らの消滅を以て、霧の自我の成長を促した。

 

だから自分も再び消えるべき。

 

そう、分かっていたつもりだった。

 

――なのに。

 

「――分からない」

 

そう答えている自分がいた。

波風を立てることなく、潔く消える方法があるというのに。

イオナは、曖昧な返答をしていた。

 

「――別にいいんじゃないのか。ここにいて」

 

すると、悩める彼女にコンゴウがそう言った。

「でもコンゴウ。私は……」

 

「――なら尋ねるが401。お前は、総旗艦ヤマトそのものなのか?」

「それは……違う」

 

「ならお前は何だ?」

「私は――潜水艦 伊号401。イオナ」

 

「そうか。――なら、なんの問題もないではないか」

 

イオナの返答に、コンゴウが満足そうに微笑んだ。

 

「総旗艦でもない潜水艦の存在など、誰が気に止めよう。お前が一人のうのうとしていたところで、誰かに迷惑がかかることもあるまい。――なら、お前の好きにすればいいさ。お前の望む、お前の『ココロ』とやらに、素直に従えばいい」

だから401、とコンゴウは、ただの潜水艦である彼女に、改めて問う。

 

「――お前は、どこへ行きたい?」

 

――もしも。

 

もしも、何にも気にせず、自らの意思でそれを選びとっていいのなら。

 

私は――。

 

「――どこへでもいい。群像たちといっしょなら。私は、どこへでもついて行きたい」

 

そう、彼女は言った。

相変わらず表情の変化は乏しいが、それでも、確固たる意思を持って、彼女は言った。

 

「――だそうだ。それで、お前はどうする?千早艦長」

 

コンゴウが群像に視線を送る。

 

――なまじっか、男である自分よりよっぽど凛々しく見える彼女に、まいったなと彼は肩を竦めた。

 

それから彼は深く呼吸をし、改めてイオナ、そして401のクルーと向き合った。

 

 

「――みんな。頼みがある」

「いいよ」

「いいぜ」

「了解です」

「わかりました」

「ヨーソーロー」

 

群像が何かを言う前に、彼女たちはそう言った。

唖然とする群像に、杏平が屈託のない笑みを浮かべる。

 

「お前の考えてることなんてだいたいお見通しなんだよ。まったくよ。ここまで来て、水くさいのはなしだぜ」

「……風穴を開けただけではまだ足りない。群像、貴方は風穴を開けた世界で、まだやりたいことがあるのでしょう。なら、我々もお供します」

「艦長の進む道に、私たちは何処までついていきます。だって、私たちは仲間でしょう?」

「そーそー。どうせ戻っても山村さんたちにこっぴどく叱られるだけだし。それに、イオナもいるんだしねー」

うりゃうりゃと抱きかかえたイオナの頭に頬擦りをしながら、いおりは言った。

杏平も僧も、そして静も、真っ直ぐな眼差しで群像を見ている。

――貴方の選んだ道に何処までも着いていく。

厚い信頼と彼らの思いに、胸の奥が暖かくなった。

 

そして、最後に、イオナが言った。

 

「――群像。私は、私たちは貴方の艦。いっしょに目指そう。貴方の行きたい場所に」

 

そう言って、彼女は群像に手を差し伸べた。

――ああ。

 

今なら君の気持ちがよく分かるよ、ホウライ。

 

こうやって自分を認めてもらうことが、どんなに幸せなことか。

 

だから――。

 

「――ありがとう。みんな。もうしばらくの間、俺の我が侭に、付き合ってくれ」

 

――手放さないように、大切にしていこう。

笑って受け入れてくれる彼らを見て、群像はそう心に誓った。

 

■ ■ ■

 

「――いい仲間を持ちいましたね。彼は」

「なんだ。羨ましいのかヒエイ」

群像たちの姿を見てしみじみと言う彼女に、コンゴウはからかった様子で言うと、ヒエイはまさか、と首を横に振った。

「……多少難はありますが、いい子たちだと分かっていますよ」

 

「――おや。これはまた意外なお言葉が」

「へへぇーヒエイってばそんな風に私たちのこと思ってくれてたんだー」

 

いつの間にか、ヒエイの周りにミョウコウたちの姿があった。

「そこまで信頼されていちゃあこちらも忠義を尽くさなくてはいけないな。――これからも末永く頼むぞ。生徒会長殿」

「……ふん」

「素直じゃないなぁヒエイったら。えいっ!」

「ほんと、バレバレ。うりゃ!」

「こ、こら!?勝手に抱きつくんじゃありません!」

びっちりと自分に抱きついてくる彼女たちにヒエイは顔を赤くしながらそう言った。

 

そんな彼女たちを見て、コンゴウはふふふと口元を押さえる。

「……今のお前たちになら、安心して任せられるな」

「コンゴウ様……?」

彼女の呟きに、ヒエイは怪訝な顔をする。

コンゴウは真っ直ぐな瞳で、ヒエイを見つめた。

 

「――ヒエイよ。本日付けを以て、私コンゴウは『黒の艦隊』旗艦の任を降りる。代わりに貴艦を『黒の艦隊』旗艦に任命する」

 

「はいっ!?」

 

唐突なコンゴウの言葉に、ヒエイが目を見開いた。

 

「驚き過ぎだぞヒエイ。――お前は立派に成長した。もう私の支えなど必要ないくらいに。なら、私が前に立っていては邪魔なだけだ」

「しかしコンゴウ様!私は、私にはコンゴウ様のあとを継ぐことなど出来るはずありません!」

「それはどうかな。――異論はあるか?お前たち」

「いいや」

「全然」

「まったく」

「おっけーだよ!」

ミョウコウたちの誰にも異論はなかった。

――これまでヒエイの姿は、彼女たちが信頼するには充分な振る舞いだった。

異論などあるわけがない。

「貴方たち……だけど、私……」

 

「情けない顔をするな。もっと自分に自信を持て、大戦艦ヒエイ」

 

それでもまだ決めかねているヒエイを、コンゴウは叱咤する。

 

「お前が今までしてきたこと、努力してきたこと、それらは全て素晴らしいものだった。私も、ミョウコウたちも皆がそう思っている。――だから信じろ。お前を認めた、私たちのことを」

 

「コンゴウ様……」

不安に満ちた瞳がコンゴウを見る。

……まったく、先ほどまでの威厳は何処へやら、本当に、可愛らしいな。

その頭を撫でてやりながら、コンゴウはやれやれと苦笑する。

 

「――大丈夫だ。困ったことがあったら、必ず私が力になろう。お前は、もう一人じゃない」

 

「――会いたいと。コンゴウ様に会いたいと思ったら、また来てくれますか?」

 

「もちろんだとも。お前が望むなら、いつだって。――だからヒエイ。これからは、お前の意志で、進んでごらん」

優しく彼女はささやいた。

その言葉に、温もりを感じた彼女は、静かにこくりと、涙を堪えて頷いた。

肩を震わせる彼女を、コンゴウは優しく抱きしめる。

それはそれは、愛おしく思いながら。

 

 

……これから何が起こるかなんて、誰にも分からない。

 

先は真っ暗で、どこへ向かうのか定かではないけど。

 

それでもやがてくるその時に、出来るだけ後悔はしたくないから。

精一杯進んで行こう。

 

新たな思いを胸に彼らは進む。

 

――ただ、今より先を目指して。

 



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行きつく先へ 外伝3 面倒くさいこの刹那

ホウライとの一戦を終えたヒエイたちのお話

最終話として書いていたのですが、少し長めになってしまうと思ったので外伝としてあげました。
急な予定変更申し訳ありません



ex.3

 

 

 

「――もう駄目。死にそう」

 

 

そう言ってぐでん、と力尽きてヒエイは机に突っ伏した。

 

「起きてくださいヒエイ。まだやらなきゃいけないことがたくさんあるんですから」

 

「そうだぞヒエイ。この程度で音を上げていては、艦隊旗艦の名が泣くぞ」

 

そんな彼女を、ナチとミョウコウが叱咤する。

 

そしてミョウコウはよいしょと持ち上げて彼女の目の前に書類の山をどん!と置いた。

 

「ほら。まだこんだけ片付けなければならない書類があるんだ。世界中駆け回っている千早群像たちのためにももう少し頑張れ」

 

「それはその通りなのですが流石にこの量はちょっと……」

 

言いながら、ヒエイは高く積み上げられた紙束を嫌そうに横目で見る。

 

……元々、こういったデスクワークが得意な彼女だ。

 

これ自体は大した苦ではない。

 

ただ、連日この作業を続けているとなると、モチベーションが下がる。

 

それになにより――。

 

「コンゴウ様に会いたい……」

 

「またそれか。まだ別れて一ヶ月しか経っていないじゃないか」

 

「変な言い方はやめてくださいミョウコウ!それじゃあ、コンゴウ様と破局したみたいな言い方じゃないですか!」

 

「……元々付き合ってすらなかったと思うのだけど」

 

ナチはそう指摘したが、がるるると唸るヒエイにその呟きは聞こえていない。

 

長らくコンゴウと会えないこともあって、どうやら彼女は重度のコンゴウ不足に陥っているようだ。

 

……自分でも何を言っているのか分からない、と威嚇行動をとる我が艦隊旗艦を冷めた目で見つめながら、ミョウコウは嘆息した。

 

 

――ホウライとの戦いを終え、ヒエイが艦隊旗艦を引き継ぎ、コンゴウが黒の艦隊を離れて一ヶ月が経った。

 

 

その間、霧と人類との共存していく未来のために、彼女たちはそれぞれ行動を開始していた。

 

 

ヒエイたち黒の艦隊は、まずバラバラになってしまった霧の艦隊の統率を行っていた。

 

これから人類と様々な交渉していくだろう。

 

そのためにも、霧が一つの『国家』として扱われるようにならなければ、対等に渡り合っていくのは不可能だ。霧としての尊厳を維持するためにも、欲にかられた人類の思惑に踊らされないためにも。

 

ゆえに、彼女たちは世界の中にいる霧に働きかける。

 

この世界で、強く生きていくために。

 

 

コンゴウが霧の艦隊を離れたのもそのためだ。

 

世界中にいる霧の元へ赴き、彼女たちを説得している。

 

対してヒエイたちは、霧が『国家』として機能していくように、基盤となる規律を定めていたり、これから人類と交渉するための草案を検討中である。

 

 

そして群像たちは、人類側の意思統一を図っていた。

 

以前の彼らの知る霧ではなく、新たな霧なのだと世界に教えるために、霧と人類との架け橋となる存在として、彼らも活動している。

 

 

――やらなきゃいけないことは山積みだ。

 

 

理想とする未来に辿り着くには、まだだいぶ時間がかかりそうだ……。

 

 

「――っておいヒエイ。なに逃げようとしているんだ」

 

 

そろりそろりと忍ひ歩きをしてこっそり逃げ出そうとしている彼女を、がしりと肩をつかんでミョウコウが引き留めた。

 

 

「――ミョウコウ。許してください。私にはやらなければならない重要なことがあります」

 

 

「ほう。それはなんだ?」

 

 

ミョウコウは急に真顔になったヒエイの言葉を待った。

 

彼女はこれ以上なく真剣な様子で、先を続ける。

 

 

「――コンゴウ様に紅茶を御入れしなければならないという使命です。ですので、私はしばし艦隊を開けます」

 

「却下。寝言言ってないでさっさと作業に戻るぞ」

 

 

じたばたと暴れる彼女の両腕を掴んでミョウコウとナチがズルズルとヒエイを引きずっていった。

 

 

「離しなさいミョウコウ!ナチ!コンゴウ様が!コンゴウ様が私の紅茶を待っているんです!」

 

「安心しろヒエイ。今頃コンゴウはフランスでエッフェル塔でも眺めながら、マカロンを片手に優雅なティータイムを過ごしているだろうさ」

 

 

「――それが残念なことに。マカロンが売り切れでマドレーヌしか食べれなかったんだこれが」

 

 

唐突に聞こえた本当にがっかりとしたため息に、驚いた一同が振り返る。

 

 

その視界に入ったものは黒のドレスを纏い紙袋を片手に持って立つ、かつての彼女のたちの旗艦の姿だった。

 

 

「あらコンゴウさん。おかえりな――」

 

 

「コンゴウ様っ!!」

 

ものすごい力で拘束を振り払ったヒエイがコンゴウに飛び付く。

 

そのまま子犬のようにひしと彼女は抱きついた。

 

「コンゴウ様。お会いしとうございました。ヒエイは嬉しゅうございます」

 

 

「そうかそうか。私もお前に会えて嬉しいぞ、ヒエイよ」

 

「はい!」

 

先ほどまでの死んだ魚のような目からうって変わって嬉々とした表情で彼女は頷いた。

 

 

「この落差はなんなんだ……?」

 

 

げんなりとして深く息を吐くミョウコウだった。

 

 

「コンゴウ。随分とお早いお帰りでしたね。その様子だと向こうの艦隊との交渉は上手くいったようですね」

 

ナチが尋ねると、コンゴウはああそうだと答えた。

 

 

「フランスの方の艦隊の説得は上手くいった。だがドイツ側との交渉には手を焼いていてな。とりあえず、一度時間を置いて出直そうと帰ってきた次第だ。――そうゆうわけ。それ。おみやげのマドレーヌ」

 

ご丁寧にありがとうございます、とナチはお辞儀してコンゴウから紙袋を受け取った。

 

 

すると、「ああー!」と驚いたような声が聞こえる。

 

 

「コンゴウもどってたんだ。おかえりー!」

「お疲れー」

 

ヒエイの甲板に上ってきたアシガラとハグロがバケツと釣竿をぶら下げてこちらに歩み寄ってきた。

 

「戻ったのか。収穫はどうだった?」

 

 

「大量大量。見て見てー」

 

彼女たちは持ってきたバケツを覗くと、その中は海老やらイカやらと海の幸に溢れていた。

 

「すごいわねぇ。それじゃあ今日は豪華になるよう頑張らなくっちゃね」

 

「わーい!」

 

ナチの言葉に、アシガラは両手を上げて喜んだ。

 

 

――今の彼女たちは以前と違い、食事を毎日摂るようにしている。

 

もちろん、彼女たちには本来必要ないものだ。

 

そうする理由は、単純に楽しそうだからだという理由だけだ。

 

――無駄なことだとは重々承知している。

 

けれど、そういった無駄なことの積み重ねが、これからここに居続ける上で大切なのだ。

 

我々のような、生まれたての存在にとっては……。

 

 

「あ!それマドレーヌだ!コンゴウのおみやげ?」

 

「ああ。――せっかくだから、皆でお茶にでもするか」

 

「やったー!」

 

「お任せくださいコンゴウ様。すぐに準備致しますので少々お待ちを……」

 

「いや待てヒエイ。今日は私が注ごう」

 

茶器を準備している彼女を制止して、コンゴウはそう言った。

 

「いえそんな、コンゴウ様かそのようなことを……。長旅でさぞお疲れでしょう。どうか私めにお任せください」

 

 

「そういうお前も連日作業のし過ぎで相当参っているではないか。先ほど遠目から見ていたが、だいぶ我を失っているように見えたが?」

 

「……見られていましたか」

 

まぁなと、コンゴウは肩をすくめると、ヒエイは恥ずかしそうに俯いた。

 

――思い返せば、すごい醜態をさらしていたと自覚したから。

 

「――だから今回ばかりは私に任せろ。案外、私の紅茶も捨てたものではないぞ」

 

「――わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます」

 

「ああ。では待ってろ。すぐに淹れる」

 

はーい、とミョウコウたちは仲良く返事をした。

 

その和やかさは、とても心地いい。

 

 

――いつまで、こんな風に彼女たち紅茶を淹れてやれるだろう。

 

答えは誰にも分からない。

 

……ならばその日が来るまで、精一杯、『今』を楽しもうではないか。

 

焦らずゆっくりと、しっかりと噛みしめながら。

 

この安らぎも、葛藤も。

 

面倒くさいと思える、この心も。

 

『今』だからこそ出会える、刹那の幸せなのだから――。

 

 

――彼女が注ぐポットに、爽やかな香りが立ちはじめる。

 

 

 



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行きつく先へ 最終話 霧の向こうへ

Where Do We Come frome ?

What Are We ?

Where Are We Going ?

これにて、完結となります。
ありがとうございました!


Last ep.

 

「よお。おかえり上陰の旦那。お勤めご苦労様です」

 

「――何故君がここにいる?」

 

さも当然のように自身の執務室のソファにだらしなく寝そべっている山村に対し、会議から戻ってきた上陰は呆れた様子でそう問うた。

「いやなに、ちょっと仕事でこっちまで来たからついでに顔を出そうかなぁって思ったけど……アンタは相変わらず忙しそうだな」

「まぁな。首の皮一枚で繋がったようなものだからな。……ここで有用性を示さなければ、遠からずお払い箱だろうさ」

「ま、そうだろうな。まったく怖いお話だこと」

くわばらくわばら、と山村は呟いた。

 

 

――超戦艦ホウライとの決着から一ヶ月が経った。

当時、上層部の許可なしに軍部を動かしたことについて上陰は責任を追求された。

流石の彼もこれには腹をくくったが、それをのちに来日した蒼き鋼の艦長、千早群像の証言が覆した。

今回の事件解決における上陰の貢献、並びに現状の日本国において彼の有用性を改めて語りかけた結果、上陰の処分は見送ることとなった。

「確か千早教授ちょうど横須賀に来てたよな。俺が帰る時までいるかな。もし会ったら旦那の分のお礼言っときますよ」

「別にする必要はない。私は自身の立場を擲ってまで協力したんだ。彼が私を擁護するのはむしろ当然の対価だ」

「あっそう。けど、その彼が旦那のことを見捨てたら本当に危なかったんじゃないですかね?」

「その可能性は低いだろう。彼らにとって、事情をある程度知っている私にはまだ利用価値がある。これから交渉の場を設けるとき、単純に切り捨てるよりも何かと便利なはずだ」

それにだ、と執務机に寄りかかった上陰は不敵な笑みを浮かべる。

「――千早群像という男の性格上、そんなことは有り得ない。彼は私たち汚い大人と違い、色々と甘過ぎるからな」

「確かにそうだねぇ。けど、それでいて割りと抜け目がないから一筋縄ではいかない、だろ?」

 

「……彼がもう少し無能であったなら、こちらもやり易かったのだがな」

 

やれやれ、と上陰は苦笑した。

――けれどだからこそ。

周りにいる大人たちや、自分とも違う彼だったからこそ。

全てを賭けてみたいと思えたのだ。

……本当、今思い返してみても、我ながららしくもない博打をしたものだ。

 

すると山村は「あ、そういえば」と思い出したように手を打った。

 

「アンタに渡すもんがあったんだよな」

そう言って山村はソファの傍らに置いてあった紙袋を、上陰に差し出した。

「――何だこれは?」

「預かりもん。今朝会った女の人にアンタ渡すように頼まれた。イギリス行った時のお土産のマカロンだってさ。旦那もやるねぇ」

「……女だと?」

「ああ。すっごい美人だったぜ。けどどっかで見たことあるようなないような……あ、あとその人から伝言も預かってな」

 

こほんと、山村は咳払いをする。

そしてその伝言を一言一句違わずに彼は語った。

 

 

『――せっかく日本に参りましたのでお邪魔しようかと思いましたが、このたびはお忙しいご様子なのでまた次の機会にお伺いさせて頂きとうございます。それではご機嫌よう――敬愛する、上陰のおじさまへ』

 

 

――言い終えると同時にガタンっ!とよろめいた上陰が机に手を着いた。

そのあまりの様子に、流石の山村も慌てた。

 

「お、おい大丈夫かっ!?」

「大丈夫……ではないな」

 

――これまでの人生において、これほど心臓にくる伝言は未だかつて聞いたことがなかった。

一瞬にして額に掻いた大粒の汗を手でぬぐい、上陰は天を仰ぐ。

そしてぼそりと、彼は呟く。

 

 

「――本当。あんなものと付き合える千早群像の感性が、まったく以て理解不能だ……」

 

――これ以上ないほど盛大に、上陰は深いため息をついた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「――すまない。思ったよりも会議が長引いて遅くなった」

「ただいま帰りました。遅れてしまい、申し訳ありません」

 

そう言って開いた扉の向こうから操舵室に入ってきた群像と僧は申し訳なさそうにクルーに頭を下げた。

そんな二人に、杏平は「気にすんなって」と気さくに笑い掛けた。

 

「別に急いじゃいねぇしそもそもお前らが悪いわけじゃないんだからそうかしこまるこたねーよ」

「そうですよ。お二人ともお疲れさまでした。あとよかったらこれどうぞ。インスタントですが」

 

「ああ。ありがとう静」

 

差し出れたコーヒーのマグカップを受け取りながら、群像は静に礼を言った。

一口それを口に含むと、中に広がった芳醇な香りとその暖かさにどこか穏やかでほっとした気持ちになる。

 

「……美味いな」

 

その温もりに、群像もふと一人呟やいてしまう。

会議中にもコーヒーを煎れてもらったが、ここまで心暖まるようなことはなかった。

そもそもどんな味だったのかすら覚えていない。

群像の呟きに、専用の容器で煎れて貰った僧も「そうですね」と同意する

 

「どうやら自分で思っていた以上に緊張はしていたようですね」

「そりゃそうだ。――で、結局会議の結果はどうなったか聞いていいか?」

 

「ああ。と言っても結果は概ね予想通りだ。互いに合意の上で、日本国の振動弾道の保有はこちらの想定範囲内で済みそうだ」

 

――それが今回の主な議題内容だった。

 

現在日本国は国内の統治もままならないため、海外との交流は極めて難しい状態にある。

不足した物資を調達しようにもそれを提供してくれる国とのパイプすらないのが現状だ。

ゆえに群像たち率いる蒼き鋼はそんな日本国に対し、海外の国々へ支援援助を要請するメッセンジャーたる役目を買ってでた。

その代わりとして群像たちが日本国に要求したのは――いずれ配備される振動弾頭の保有数の制限についてである。

かつてのアメリカのような事態は避けたい。

しかし、だからと言って振動弾頭の配備に反対するつもりはなかった。

振動弾頭は人類が霧に対抗するための唯一の切札だ。

それを得ることで、人類は初めて安心感を抱ける。

霧と人類、互いに対等の力を待つことでようやく話し合いのテーブルにつくことが出来るのだ。

 

「けれど、それでも渋い顔をされましたがね」

「だろうな。環太平洋統一国家なんて計画を練るくらいだ。どこよりも先にリードしたいのに、そこに制限なんてつけられちゃそりゃあちらさんも気に食わないさ」

「ごもっとも。だがこちらとしても流石にその要望は受け入れられない。――だから何とか受け入れてもらうように、お願いしたよ」

「うっわ悪い顔」

 

不敵な笑みを浮かべた群像に、杏平はふざけ半分でおどけたように言ってみせた。

僧も静も苦笑した。

――お願いの仕方は言わずともわかっていた。

ただ単に、ホウライから貰ったあのデータをちらつかせて、『お願い』をしただけだろうから。

 

「しっかしあれだな。あのデータさえあれば俺たち世界征服も夢じゃないんじゃないか?」

 

「――へぇ。群像世界征服したいんだ。ならアタシは降りよっかなー」

「私も。群像がそうゆうことしたいんだったら降りてもらいたい」

「どわっ!?いおり!?それにイオナも!?いつからいたんだよお前ら!?」

 

いつの間にか背後にいた二人に驚いた杏平が尋ねる。

そんな彼に「驚き過ぎだっての」といおりはため息を着いた。

 

「今さっききたばっかだよ。エンジンの点検終わって帰ってきたところ」

「全機能異常なし。明日の出航には問題ないよ」

「そうか。ありがとうイオナ、いおり。お疲れさま。――それじゃあ明日の出航の準備をしようか」

「あーあ待った待った群像。その前に買い物頼まれてよ」

「買い物?」

そうそう、といおりは言ってポケットから一枚のメモを差し出した。

「ここに書いてあるもの、よかったら休憩がてら買ってきてよ。それとイオナ、せっかくだから群像と町にでも行ってきたらどう?」

「私も?」

 

イオナが首を傾げた。

すると杏平が、唐突に「なるほど……」と手を打った。

 

「だったら群像、俺もコーラ頼むわ」

「は?いや確かまだ買い置きがまだ……」

「でしたら群像、私も電池をお願いします」

「あ、じゃあ私も、って、えーっと……」

 

杏平に続いて群像に言ってくるる僧や静に、群像は「お前ら……」と若干呆れたような息を吐く。

――この流れは前にも経験があったゆえにだ。

「と・に・か・く、群像とイオナで買い出し行ってきて!ついでに行きたいとこ行ってきていいから。せっかく横須賀に帰ってきたってのに二人ともアタシらと違ってろくに休憩とってないんだから。ほら行った行った!」

「……わかったよ。じゃあお言葉に甘えて行ってくる。僧、留守の間頼む」

「わかりました。お気をつけて、艦長」

僧は群像に敬礼した。

そして群像はイオナに向き直る。

「イオナ。よければ君も来てくれないか?父さんと母さんに挨拶がしたいんだ。君も来てくれると嬉しい」

「――わかった。じゃあ、私も行く」

 

ありがとう、と群像は言った。

操舵室を出る前に、二人はクルーに振り返った。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「行ってきます」

 

いってらっしゃい。

そう言って、彼らは二人を送り出した。

 

 

■ ■ ■

 

廊下を歩いていると、通路の曲がり角である人物を見かけ、群像はその背中に声を掛けた。

 

「タカオっ!少しいいか?」

 

言うと彼女はその場でぐるん!と物凄い勢いで方向転換し群像の方へ優雅に、だが早足で歩み寄ってきた。

 

「な、何かしら?艦長」

「ああ。これから外に出るんだが父さんたちにも挨拶しに行こうと思ってるんだ。それでもしよかったらなんだが、君もいっしょに来てもらえないか?」

 

――それは以前、タカオに群像がお願いしたことだった。

言われたタカオは「あーそうね……」と少し考える素振りを見せる。

ついでちらりと一瞬イオナを横目で見た。

 

「……行ってあげたいとは思うけどこれから私用事あるの。悪いけど、今回は遠慮させて頂くわ」

 

「そうか。なら仕方ない。ではまた今度、都合が良かったら頼む」

「ええ。それじゃあ気を付けてね、艦長」

 

そう手を振って、彼女は廊下の向こうに去っていった。

 

「……群像。相変わらず鈍感ね」

「ん?何か言ったか?」

 

群像はそう聞き返したが、イオナは「何でもない」と首を横に振った。

 

 

■ ■ ■

 

「っっっああもうっ!!艦長のバカぁっ!!どうしてあーも鈍感なのよぉ!!」

 

「あーはいはいわかったわかった。ほーんと、御愁傷様ね」

 

部屋に戻ってくるなり、泣き伏して地面をバンバンと殴りつけるタカオを、パネルを操作しているヒュウガがおざなり慰めた。

 

「な・ん・で、あーゆータイミングで誘うのよ!?行きにくいじゃない!!それに二人っきりで行きたいし……私の気持ちも知らないで……艦長のバカ!ニブチン!朴念仁!!」

「今更何言ってんのよ。千早群像のあの鈍さは今に始まったことじゃないでしょうに」

 

馬鹿ねぇ、とヒュウガは呆れたようにうずくまるタカオを見た。

……まぁ、ほんの少しは同情するけどね。

それにしてもよくもまぁあの鈍感な艦長を相手にこんなにも長い間片思いを続けられるたのだ。

あーもリアクションがないと、好意を持っている相手は気が気ではないだろう。

 

「……まったく、アンタも面倒なのを好きになったわね。重巡タカオ」

「……ふんだ。アンタだって似たようなもんでしょうが。そっちこそ、大好きなイオナ姉様が恋敵と二人っきりでお出かけだけどいいの?」

「まぁもの申したいところは多分にあるけど……アンタと同じく、流石に空気を読むことにしたわ。今回だけだけど」

 

……本当、私も他人の事は言えないな。

これが世に言う、惚れた弱味という奴なのだろうか。

――なんて女々しいことだろうか。

だというのに、その事実がなんだか面白くて、ついににやけてしまう自分がいるから、どうしようもない。

――しかし、それはさておいて。

 

「――けどアンタ、いい勘してたわよ。今回は遠慮しといて正ぇ解」

「……どうゆう意味よ?」

 

ぐすっと鼻をすすり、未だ若干涙目のタカオがヒュウガの言葉に怪訝そうな顔をする。

 

「――さっき、ここに反応があった。たぶん、あの娘が来てるわ」

「――なるほど。それなら確かに、行かないで正解だったわね」

 

そのヒュウガの言葉に、タカオは納得したように頷いた。

 

――もし彼女が来ていたのだとしたら、自分の存在は場違いだ。

不満は色々あるけど、今回ばかりは我慢せねばなるまい。

 

「――てゆうか、そもそも疑問なんだけど何であの娘メンタルモデルを保ててるのかしら?」

「それはイオナ姉様が演算処理の一部を肩代わりしているからよ。それとあのあと気付いたんだけど、どうやらペンダントといっしょに401を臨時起動させていた疑似コアも渡していたらしいのよね」

「――ああ。あの時か。でも別にそんな隠すように渡す必要あったかしら?」

「そうしたら素直に受け取らないとお思いになったのかもしれないわ、姉様は。現にあの娘、あそこで沈む気だったし」

「――なるほどな。ほぉら、あの時のあれは私の目の錯覚ではなかったわけだ。ハルナ、賭けは私の勝ちだな」

「はぇ!?ちょっ、キリシマにハルナ!?いつからそこにいたのよ!?」

いきなり背後に現れた二人に先ほどの杏平と似たようなリアクションをとるタカオに、ハルナが「結構前からだ」と答えた。

「何故メンタルモデルが、という話の辺りからいた」

「え、嘘でしょ?でも私のセンサーにまったく反応がなかったんだけど……」

「ああ。それはそこの眼鏡がお前にウィルスを仕込んだからだぞ。ほら、例のレーダーに映らなくなるやつ」

「――ヒューウガぁ?」

「あらごめんなさい。あの娘が使ってたウィルス、色々アレンジしてみててね。どんなもんか気になってたしちょうどいい実験台だったんで、つい……ね?」

「ね?じゃないわよけの腹黒眼鏡っ!!」

 

そう言って食って掛かろうとするタカオを、ハルナが後ろから掴んでなだめる。

するとキリシマがヒュウガに話しかけた。

 

「それでだヒュウガ。例のものは出来たか?」

「ええ。アンタの要望通り、ちゃんとあのクマの素体を作ってあげたわよ。――てことは、もう用事は済んだのね」

「ああ。先ほど蒔絵といっしょに、刑部博士への墓参りを済ませてきたよ」

 

ヒュウガの問いにタカオを押さえつけながらハルナが答えた。

 

――この二年間、世界中を転々としていたせいでろくに墓参りに来れずにいた。

ゆえに今回振動弾頭のについての技術顧問として同伴し、横須賀に戻ってこれたこの機会に、三人は刑部博士に挨拶しに行ってきたのだ。

その際、恩人である彼に対し、流石にクマの姿はどうかと思ったので、ヒュウガに墓参りが終わるまで待って欲しいと言っていたのだ。

何故ヒュウガに頼んだのかと言えば、唐突にボディチェンジのせいで、所々のメンテナンスが必要になってしまっていたのだ。

 

「それで、その蒔絵はどうしたの?」

「先に操舵室に行ってもらってる。……流石に、着替えてシーンは見せられないからな」

「てゆうかアンタ、本当にいいの?せっかく元のメンタルモデル持てたのに」

落ち着きを取り戻したタカオの言葉に、キリシマが「まぁな」と言って頬をかく。

「確かに色々不便だし、こちらの方が都合がいいこともあるが……いや、何よりあれだ。蒔絵が喜ぶ方がいい」

「ああ。ありがとうキリシマ」

キリシマに頭を下げるハルナを見て、ヒュウガとタカオが苦笑する。

――本当に。

自分の周りには、似たような連中が多すぎて困ってしまう。

 

「――アンタたちも、相当ね」

「ああ。お互いにな」

 

タカオの言葉に、キリシマが悪戯っぽくウィンクをした。

 

 

 

■ ■ ■

 

――沈みゆく日の光によって、世界の全てをが、紅に染まっていく。

夕焼けに照らされたその道を、群像とイオナは歩いていく。

 

――あの時のように。

 

「――懐かしいな」

「――うん」

「――もう二度と、君とは来れないと思ってた」

「――うん。私も、そう思ってた」

 

――戦いが終わって、またこの道を通ったとき、群像は一人だった。

そしてそれから二年間、彼は一人でこの道を歩いてきた。

父と母、そして、かつて隣を歩いてくれたイオナに花を捧げるために……。

 

「――だけど、また君に会えた。また君と、こうして肩を並べて歩ける。……それが、本当に嬉しい」

 

「――私も、嬉しかった。また群像と共にいられる。群像の艦として、いっしょにいられることに」

 

――もう戻れないと、覚悟を決めていたから。

群像たちの元へは、戻れないと。

だけど、それでも、伊号401が――私がいたという事実は皆が覚えていてくれるから。

それだけで、十分だと思えたから……。

 

――だけど突き進んだ先には、彼らが思いもしない事が待っていた。

 

「――本当、何が起こるかなんて分からないな。逆に怖くなってくる」

「そうだね。……でも、だからこそ――『自分』で選ぶんだよね、群像」

「――ああ。そうだね」

 

――このまま進めば、もしかしたらまた、失うかもしれない。

 

失わずにすむかもしれない。

 

全て仮定で、その場所に行きつくまで分かりはしない。

 

でも、その時に後悔だけはしたくないから。

 

俺たちは、きっと――。

 

 

■ ■ ■

 

――そうして、彼らは到着する。

いつか来た、その場所に。

父と母の墓前に持っていた花束を添えようとする群像。

けれど、その前に彼は気付く。

 

――その場所に置かれていた、あのブローチに。

 

――そんな彼らの背後で、足音がした。

 

振り返れば、そこには彼女の姿が。

 

「――遅くなってごめんなさいね。ちょっと私用でいろいろやってて」

 

肩を竦め申し訳なさそうにする彼女。

 

その姿を見て、群像とイオナは微笑む。

 

――そう。

 

先のことは分からない。

別れだってあるように。

再会だって、ある。

 

だから信じたい。

 

どうしようもない夢だっていい。

 

後悔はしない。

 

だってそれは――自分で選んだ、未来なのだから。

 

――そして、二人は言った。

 

おかえりなさい、と。

 

――だから、彼女も言った。

 

ずっと言いたかった、その言葉を。

 

ここにいると、決めたから。

 

 

「――ただいま」

 

 

――それは彼女が浮かべた、本当の、微笑みだった。

 

 

■ ■ ■

 

 

この先、何が起こるかなんて誰にも分からない。

 

出会いがあり、別れがあり、再会があり、何もないかもしれない。

 

先は立ち込める霧のように真っ白に塗り潰されて、行きつく先は、遠く果てしないけど。

 

だけどせめて、悔いのないように私の『心』を信じて、選びとろう。

 

大丈夫。

 

今は、この手を握りかえしてくれる人たちがいるから。

 

 

 

――私たちは何者なのか。

 

何処へ向かうのか。

 

 

……問う必要はなんてなかったんだ。

 

だって、だってそれは――。

 

 

 

 

 

 

「――それは私たちが、決めていくことだもの」

 

 

 

 

 

――彼女たちの航海は。

 

 

まだ、続いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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行きつく先へ 外伝4 私の幸せ

バレンタインなのでバレンタインネタを書かせていただきました

よろしければお読みくださいです

時間設定は最終回後の時間軸です



ex5.

 

「――はい。これあげる」

 

 

そう言って、彼女は群像にソレを差し出した。

 

差し出されたのは小さな水色の紙袋。

 

――いきなりの出来事に、流石の群像も事態をよく飲み込めなかった。

 

「えっとタカオ。これはいったい……?」

 

「チョコよチョコ。今日って、確かそういう日なんでしょう?」

 

「――ああ。そういえば」

 

最近色々とやらなければならないことがたくさんあってすっかり日付感覚がおかしくなっていたが、今日は二月十四日。

 

世間でいう、バレンタインデーである。

 

「……それで、これを俺にくれるのか?」

 

「……何よ。なんか文句ある?」

 

「まさか。すごく嬉しいよ。ありがとうタカオ」

 

「そ、そう。ならいいわ」

 

チョコを受け取った群像にそう笑顔を向けらると、タカオの頬が赤らんだ。

すると彼女は身体を捩れさせながら、小声で言う。

「か、艦長。あの……」

 

「何かな?」

 

「えと、それ、は……」

 

……言葉が、出ない。

 

喉まで出かかっているのに、何かがつっかえて、喘ぐような吐息だけが漏れる。

 

そして同時に、頬が、頭が、沸騰しそうなくらい熱を帯び始める。

 

――言いたいのに、言えない。

 

そのもどかしさが、鼓動を忙しなくさせた。

 

「タカオ、大丈夫か?」

 

「っ!?」

 

――彼女の視界に、心配そうな顔をした彼が映りこむ。

 

本当に、心配そうな顔をして自分を見つめる彼。

 

そして、その済んだ瞳に、真っ赤になった自分の姿が映り込んでいることに気付き、彼女の鼓動を加速させる。

 

何もないはずの胸の奥で、何かが痛いほど波打つ。

 

熱くて、激しくて、頭の芯がぼぅっとし始める――。

 

「大丈夫かタカオ!?」

 

クラクラと頭が揺れ始めたタカオに流石の群像が慌てて、その肩を掴んだ。

 

ぺたりと触れる彼の手から広がるその温もり。

 

――限界だった。

 

 

「っっうあああああん!!!」

 

 

――瞬間、ついに臨界点を超えたタカオは、半泣きの叫び声を上げて群像の腕を振りほどき物凄い早さで走り去っていった。

 

あとに残された群像は、今起こった事態が理解できず、ただ呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 

■ ■ ■

 

 

「――タカオ。アンタさぁ。まーじでウブにもほどがあんでしょうが」

 

「……うるさい」

 

部屋に戻ってくるなりいきなり頭からベットに潜り込み、まんじゅうに成り果てた彼女をヒュウガが呆れ半分で見た。

 

「アンタねぇ。一晩中私に千早群像にチョコ渡すシュミレーションやらせといて結果があれって流石にどうなのよ?しかも、わざわざいの一番に渡しにいったってのに。私の時間返せっての」

 

「そうそう。せっかく告白するっていうから私もチョコ作り手伝ってあげったていうのにねぇ。……まぁ甘酸っぱい青春劇見れたからそれで十分だったけど」

 

「てゆうか、アンタ料理できるのね」

 

「まぁ諸国放浪する身だし、多少のことはね」

 

それにしてもごちそうさまでした、ともう一人の客人であるホウライが手を合せた。

 

すると流石に申し訳なく思ったのかひょっこりと頭だけ出したタカオが「……悪かったわね」と呟いた。

 

「でも仕方なかったのよ。艦長にそれを言おうとしたら、何か、身体が熱くなって、ドキドキしちゃって、それで、その……」

 

「乙女か」

 

「ウブ」

 

「っっっ!!」

 

両者の突っ込みを受け、タカオが再びまんじゅう化する。

そんな彼女を見てヒュウガがやれやれとため息をついた。

「まったく千早群像が鈍感なのもあるけどこっちもこっちで問題あるわね。純情過ぎるというか何というか」

 

「傍目から見たら可愛らしいの一言に尽きるのだけれどね。――じゃあ、そろそろ私も行きますか。群像たちにチョコ渡したあとすぐ本土に向かわなきゃ」

 

「本土って、アンタ何しに行くのよ?」

 

野暮用です、と言って彼女はにたりと笑った。

 

――何か絶対企んでるな、と察しがついたが関わるのが面倒なのであえて突っ込まないヒュウガであった。

 

「――仕方ないわね。なら本土まで特別に送ってあげるわ」

 

「大丈夫よ。また泳いでいくし。イギリスから日本までに比べたら短い道のりよ」

 

「――ちょっとタイム。アンタまさか今までの移動手段って全部……?」

 

「ん?ああ、全部泳いできましたけど何か?」

 

だって他に移動手段なかったんだもの、とけろりと言うホウライ。

 

……まぁ確かに他に手段がなかったと言えばその通りなのだが。

 

あの再会のシーンにこんな裏話があったというのは、正直聞きたくなかった。

 

「……まぁアンタがかまわなきゃそれでいいけど、せめてその白ドレスで泳ぐのだけは止めておきなさいな。上から見たらデカいクラゲか何かだと思われるから」

 

「――宴会芸でいけるかもしれないわね」

 

「それでいいの?アンタ」

 

敬愛するイオナ姉様の片割れであるはずのその女性を、ヒュウガが冷めた眼で見た。

 

その時だ。

 

コンコン、と扉をノックする音がした。

 

「――タカオ。先ほどはすまない。出来れば君と話をしたいんだが、出てきて貰えないだろうか?」

 

ビクゥっ!とあからさまにまんじゅうが反応した。

 

「――どうするタカオさんや?」

わっかりやすいなぁとしみじみ思いながらホウライが訊くとタカオがまた布団から顔出して「無理」と一言言った。

 

――曰く、会わせる顔がないから追い返して欲しいとのことで。

 

「仕方ないわね。ヒュウガ、ちょっと手伝って」

 

「え?まぁ、いいけど」

 

ホウライにつられてヒュウガも玄関側へと姿を消す。

 

そしてガチャリと開く扉の音。

 

――ただ追い返してくれるだけならホウライ一人で十分だろうに。

そう疑問に思うタカオだが――その答えはすぐに分かった。

 

 

「……あの、タカオ。ホウライたちに構わないから部屋に入れと言われたんだが、本当によかったんだろうか?」

 

「…………」

 

――あいつら、絶対に泣かせてやる。

 

群像と目が合った瞬間、そう心に誓うタカオであった。

 

 

■ ■ ■

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

両者、気まずい沈黙が続いていた。

 

自分から謝らなきゃいけないのは重々分かっている。

ただ、どう話を切り出せばいいか分からない。

どうしよう、彼女が頭を悩ませていると群像の方から「すまなかった」と頭を下げてきた。

「……何で、貴方が謝るのよ?」

 

「先ほどの俺の態度が君に対して失礼を働いたんだと思う。無自覚に君を傷付けていた。すまない、タカオ」

 

「……別に怒ってなんかないわよ。気にしないで」

 

そうじゃないでしょう!?と心の中で叫ぶタカオ。

そもそも悪いの私なのに。

ああもう、何で考えと態度が一致してくれないんだろう

よりにもよって、この人の前限定で……。

 

 

タカオの表面上の態度から、群像はまだ彼女が怒っているように見えたのだろう。

不安そうな表情でこちらを伺う。

 

……駄目だ。

なんか、子犬みたいで可愛い。

そんな眼で見られたら、私――っ!

「タカオ、あの――」

「チョコレートっ!!」

 

「えっ?」

 

群像が何かを言おうとしたのを、タカオがそう叫んで遮る。

まるで己の妄想を振り払うように、強く。

彼女は群像に向き直るとまた「チョコレート」と言った。

 

「――味、どうだった?」

 

「あ、ああ。すまん、まだ食べてないんだ」

「……じゃあ食べて」

「え、今か?」

 

「今すぐ」

 

ずいと顔を寄せるタカオに気圧されて群像は「わ、わかった」と頷く。

 

綺麗に包装されたそれを丁寧に解くと中には一つまみチョコレートが三つ。

 

それもまた可愛らしくデコレーションされたハートの形したチョコだ。

 

「可愛いな」

 

「そ、そう。よかった」

 

素直な感想を群像が述べるとタカオは照れくさそうにした。

 

群像はそのうちの一つを摘まむと、それを口に含んだ。

 

「ど、どうかしら?」

 

タカオが不安げに群像を見る。

 

すると群像は、笑顔でこう言った。

 

「――ああ。おいしいよタカオ。すごくおいしい」

 

そう、彼はにこやかな笑みを浮かべてそう言った。

 

――そう言われた瞬間、胸の奥がジンと熱くなった。

 

そして気付いた。

 

――これでよかったんだと。

 

告白できなくてもいい。

私はただ、この人に。

 

私のものを食べてもらって、おいしいよって言ってもらって。

 

――それだけで、充分幸せだったんだ。

 

……本当、さっきまでの自分が馬鹿みたいだ。

 

色々考えていて、大事な事を見落としていた。

 

――この人が笑ってくれるなら、私はもう幸せなんだって、単純な事実を。

 

 

「――当然よ。だって、私が作ってあげたんだから」

 

彼女は、満面の笑みでそう言った。

 

そして彼女は群像にこれも食べてみてよ、と彼に促す。

 

群像はそれに従って嬉しそうにそれを頬張り、タカオはそれを楽しそうに見つめる。

 

 

――彼女は、幸せだった。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「――やっと、片付いたな」

 

やれやれ、と首元のネクタイを緩めながら息を吐いた上陰がドン!と椅子に座り込んだ。

 

――世間ではバレンタインなどと騒がれているが彼には無縁の行事だ。

 

他の人間たちがチョコを渡し渡されている間も、彼はいそいそと働いている。

 

浮かれている、とは思うがあの明日もわからなかったこの国がそんな行事に現を抜かしていられる、その事実に多少の嬉しさはあった。

 

「さて、では明日の会議の資料をまとめるとするか」

 

そう言って上陰がパソコンを起動した時だ。

 

執務室の扉がノックされた。

――時刻は既に夜の九時を回っている。

秘書にはもう帰っていいと言った。

 

こんな時間に誰だろう、と思いながら上陰が扉を開く。

 

――立っていたのは白い固まり。

 

全身がずぶ濡れで、白い布がびったりと張り付いていた。

 

そして、磯の香りを漂わせながら、その長い髪はソレの顔を覆うように垂れ下がっている。

 

ぴちゃり、ぴちゃり、と先から滴をたらしながら。

 

そして、その垂れ下がって髪のすき間から、蒼い瞳が覗く。

 

 

ぎょろぎょろ動き回ったその眼は、上陰を捉ると――にやりと歪んだ。

 

 

 

 

「――上陰のおじさまっ!ハッピーバレンタぁっ……!!」

 

 

 

ばたり、と。

 

 

彼女が言い終わる前に上陰は扉を閉めたのだった。

 

 

 



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行きつく先へ外伝5 かくも魅力的な貴方に 前編

行きつく先へ外伝五本目を書かせて頂きました。
時間軸はバレンタインのあと、そして前編になります。
構わなければ、読んで頂けたら幸いです。

可愛いらしい女の子を書こうとしましたがやっぱり難しいですね(笑)


ex.5

 

「……我ながら、恐ろしいことだ」

 

ーーそう言って上陰は悩ましげにため息をついた。

 

「あらどうしたのおじさま。何が恐ろしいというの?」

 

そう声をかけてきたホウライ。

そんな彼女を、上陰はちらりと横目で見る。

ーー机に積み上げられた雑誌の束。

脱ぎ捨てられた衣服。

そして一日中寝そべられたせいで張りのなくなったソファー。

……かくも悲惨な光景を見て、上陰は一際深いため息をついた。

「……君がいることに違和感を感じなくなった私がだよ」

 

「ほぇ?」

 

言われてきょとんとする彼女。

……この間の抜けた顔をした女が一時は人類滅亡を引き起こそうとしていた主犯だったと考えると、そのあまりの堕落した姿に怒りを通り越して脱力せざるえなかった。

 

ーーというより、何故自分の部屋に居座りたがるのだろうか。

理解に苦しむ、と彼が三度目のため息をついたときだ。

部屋の扉がノックされた。

……誰だかは検討がついている。

入れと上陰が言ってやると、「失っ礼しまーす」とおざなりな返事が帰ってくる。

そして部屋に入ってきた彼は「よっ」とこれまた砕けた挨拶をしてきた。

 

「召喚に応じただいま参上しました。上陰の旦那、調子はどうでありましょうか?っと、それにホウライちゃんもお久し振りで。元気してた?」

「元気元気ー。でも最近おじさまが冷たい」

「優しくする理由があるのか?」

「この通りでございます」

「ありゃりゃ、それは手厳しい。旦那ももう少し女の子には優しくしてあげないと。モテませんよー」

「興味がない」

「でしょうねぇ。おじさま、私以外に興味ないみたいだから」

「おや、これはとんだ無粋な真似を致しました。どうぞお許しください上陰次官殿」

 

「…………」

 

上陰は眉間に手を当てたまま無言だった。

 

……付け加えておくと、山村にはホウライとの経緯は話してある。

事情を教えておいて損はないことだ、いざというときのこともある。

判断は間違ってなかったと思っていたが……予想以上にこの二人に意気投合されたことに関してはいささか以上に後悔している。

おかげで、二人揃うと決まって面倒なことになる。

 

「とまぁ、その話は置いといてだ。そろそろ行きますよ次官殿。車は下に停めてありますので」

 

「ああ、分かっている。すぐに行こう」

 

「あらおじさま。またお出掛けかしら?」

 

「そうだ。今後の軍の在り方について北 良寛殿に大事なお願いをしてくるところだ」

「うわお。それは大変そう」

 

あそこまでの豪傑を攻略するとなると一筋縄ではいかないだろう。

自分の首をかける覚悟でやらねばなるまい。

難儀なことね、とついこぼれた。

 

「ま、おじさまなら出来るわよ。頑張っていってらっしゃいませ」

「……君はどうする?」

「飽きたら帰る」

「そうか……」

 

やれやれと上陰は肩を落とした。

……帰れといっても無駄というのはよくわかっていたから。

 

「それじゃあ行きましょうか。自分は先に下で準備してますよ」

「ああ分かった。支度をしたらすぐに向かうーーそれと山村。例の件についてだが……」

「ん?……ああ、アレか。えーとですね、それはなんと言いますか正直面倒くさいことになってる。今日もだしな。向こうのあれこれもあるし、すんなり解決は出来なさそう」

「やはりかーーわかった。先に行っててくれ」

了解、と言って山村は部屋をあとにした。

 

「どうしたのおじさま。何かお困りなのかしら?」

「まぁな。ほんの少し、面倒なことが起きてる」

「あらそうなの。なんなら、私がお手伝いしてあげましょうか?」

「結構だ。君が関わると、余計に面倒になる」

「まぁひどい」

 

それから身支度を整えた上陰が部屋を去ろうとする。

が、その時ふと何かを思いだしたのか彼は振り返った。

 

「ーーホウライ。次の日曜日は空いているか?」

「ええ。空いてはいるけど……なぁにおじさま。もしかしてデートのお誘い?」

 

なんてね、とホウライはくすりと笑う。

ーーが、次に上陰から発せられた返答は、彼女の予想を裏切るものだった。

 

「そうかーーなら構わなければその日は私に付き合ってくれ。食事に行こう」

 

「……………………え?」

 

ーー耳を疑った。

 

聞き間違いだろうと思った。

 

ついに自分の妄想力もくるところまできたのか……?

 

けれど、それは聞き間違いでも何でもなくーー彼自身から発せられた言葉だった。

 

「時間は後日連絡する。君のほうもイエスかノーかは出来れば早めに連絡をくれ」

 

それではまた。

 

そう言って彼は足早に去っていった。

 

部屋にはぽつんと一人、残された彼女。

 

 

「……………………うそ」

 

ーーしばらくの間、彼女は呆然としているのだった。

 

 

■ ■ ■

 

「ーーというわけなんだけど。私どうすればいいと思う?」

 

「……何故、それを私に聞くのよ?」

 

そう尋ねてきたホウライに対し、ことのあらましを聞いたタカオはげんなりとした声で聞き返した。

ものすごい暗い面構えでいきなり「相談に乗って欲しい」と言ってきた彼女。

何事かといざ話を聞いてみれば、予想を斜め上を行くその内容に脱力させられた。

 

「あのねぇ。アンタそんな顔をしてるから相当マズイことなんだと身構えちゃったじゃない。一瞬真剣になったわよ」

「真剣な話よ。これが他の何だと言うの?」

「笑い話」

 

ばっさりと、タカオは言いきった。

そうして彼女は後ろで作業をしているもう一人にも声をかけた。

 

「ねぇヒュウガ。アンタの意見も聞かせなさいよ」

「私はパス。のろけ話を聞いてあげられるほど暇じゃないわ」

 

興味ないわ、とヒュウガは画面から目をはそらさず軽くあしらって終わった。

 

ーー気持ちはわかるし、言えた義理ではないが正直過ぎる反応である。

 

「っなんでよ!?二人とも冷たいわ!もう少し親身になってくれてもよいのではなくて!?」

「話すことなんてないでしょうが。第一、アンタまさかそんな話するためにわざわざ硫黄島まできたって言うの?暇ねぇ」

「暇じゃないわ!暇だけど」

「どっちなのよ」

 

半泣きになってすがってくるホウライの頭を抑えつけながら、タカオはため息をつく。

ーーまぁいつもの余裕ぶった態度に比べれば、こういうあわてふためく姿の方が幾分か可愛げがある。

……一周回ってかなり面倒くさいことになっているが。

 

「タカオ!バレンタインのチョコ手伝ってあげたでしょ!?その借りを返してよぉ!!」

「その借り、アンタが無断で私の部屋に艦長を招き入れたアレでチャラになると思うんだけど……それにしたってアンタも物好きよね。好きになる相手が相手よ」

 

……正直、あの男と好き好んで関わりを持ちたいとは思わない。

初めてあったときにはっきりとわかった。

あの男は優秀だが、それゆえに恐ろしい。

味方でいるうちは頼りになるが、いつ裏をかかれてもその裏切りにすら気付かずに終わりそうだ。

目的のためなら、とことん利己的に判断できる人間。

それが、タカオが上陰龍二郎という男に抱いた印象だった。

ーーだからこそ驚いた。

そんな利己的な人間が、彼女にそんな誘いをするなんて。

しかし、これはどう考えても……。

 

「ーー裏があるわよねぇ、やっぱり」

「あら。感づいてはいたのね。流石にそこまで乙女思考にはなっていなかったか。安心したわ」

「まさか。タカオじゃあるまいし」

「アンタさっきからちょいちょい失礼よね……?」

 

ぴくぴくと眉をひくつかせながらタカオは言った。

ごめんねーと心のこもってない謝罪をしたあと、ホウライはふぅーと息を吐いて上を仰いだ。

 

「ーーあのおじさまが何の理由もなしに私を誘うはずがない。だとしたらこれには他に何らかの意図があるはず。それはわかってる。わかってるんだけどなぁ……」

 

「前々から思ってたけどあれのどこがいいの?私には理解できないんだけど」

「逆に聞くけど惚れない理由があるの?あんなに素敵なおじさまに」

「あっそう。ちなみに外見?それとも中身?」

「すべてよ。おじさまの全てが素敵。まずは目。物を見てまず使えるか使えないか判断しようとするあの目が好き。それに口元。ナイフみたい鋭い正論を語ってくるあの唇、たまらないわ。それになによりおじさまの切り替えよさ。どちらにするのが合理的なのかを見極め、決してぶれないその利己的な知性。いとおしくてどうにかなりそう。それにおじさまのあの可愛らしいつむじ、あれもーー」

 

「わかったわかったもういい。わかったから」

 

止めなければ永遠に続きそうな語りだった。

そして話を聞いてもやっぱり彼女の趣味は理解不能である。

とゆうか流石のタカオも若干引いた。

 

「……まぁとにかく。私には専門外だから他をあたりなさいな。一応健闘を祈ってるわ。無理だと思うけど」

「む。心の込もってない声援ね」

「正直な感想を言ったまでよ。望み薄よ、アンタ」

「群像にチョコスルーされた人に言われたくないわ」

「アンタだってチョコスルーされたどころか部屋から追い出されたんでしょうがっ!!」

「追い出されてないもん!部屋に入れてもらえなかっただけだもん!」

「なおひどいわよ!」

「なんだと!?」

「なんですって!?」

「うっさい!一旦アンタら頭冷やしなさい!」

「がっ!?」

「ぐっ!?」

 

過熱した二人の頭をヒュウガが拳で殴る。

 

ゴスっていうこれまた鈍い音に、二人はしばらく身悶えることになる。

 

「っヒュウガ!もう少し加減してよねっ!首がもげるかと思ったわよ!」

「うっさい!アンタはまどろこっしすぎ。横で聞いててイライラするわ。目的とか趣味とかはどうでもいい。重要なのはーー」

 

びしりと、ヒュウガはホウライを指差して、そして言った。

 

「ーーアンタが、どうしたいかよ」

 

「っ!」

 

そう真っ直ぐに直球に言われたホウライは、しばし戸惑いを見せる。

ーー何も関係なく、何も気にしないとしたら。

自分はどうしたいのか?

 

「で?どうしたいの?」

 

「わ、私は……」

 

ーーしたいこと。

やりたいこと。

それはごく単純なこと。

それを願っていいのか、悪いのか、それはわからない。

でも、言っていいのなら。

私はーー。

 

 

 

 

「ーーデ、デ、デー、ト……したいわよっ!!」

 

 

 

ーー顔面真っ赤になりながら、彼女はそう言った。

 

 

「ーーそ。ならいいんじゃない。向こうには向こうの意図があってそれをアンタが割りきれるんなら、せっかくなんだから楽しんできたら?どうせ暇なんでしょ、アンタ」

「まぁ……そうね」

「だったらこの話は終わり。さっさと返事してきたら?」

「……ん。そうする」

 

こくりと、ホウライは頷いた。

そして立ち上がり、部屋を出ていこうとしたが、その前にもう一度彼女は振り返る。

 

「ヒュウガ、タカオ」

 

「なぁに?」

 

「……ありがとう」

 

「……どういたしまして。頑張りなさいな」

 

「うん。じゃ、またあとで」

 

そうして彼女は部屋をあとにした。

ホウライが去ったあと、ヒュウガはやれやれと肩をすくめる。

 

「お守りは大変ねーーんでさタカオ。アンタいつまでうずくまってんの?」

「……うるさいわね。てゆうか、もう少し手加減しなさいよ」

「ごめんなさいねー」

 

ひらひらと手を振るヒュウガ。

悪いとは全く思ってないらしい。

恨みがましくタカオは睨むが、ヒュウガはだってさーと唇を尖らせた。

 

「アンタら回りくどすぎ。見ているこっちがどうにかなりそうよ」

「あの子がうぶすぎるだけよ。こっちは話聞いてるだけで胸焼けしそうだったんだから」

「私はいつかの誰かさんを思い出したけどねー。でも大人気なさすぎ。も少し優しくしてあげないと、みっともないわよ」

「わかってるわよーーだけどさ」

「何?」

 

タカオはボフっとソファーに寝そべり、クッションに顔を埋めながら言った。

 

「……羨ましい」

「アンタのそういう正直なところ、嫌いじゃないわ」

「……一応ありがとうと言っておくわ」

 

……まぁ正直、そんな単純な話じゃないのはわかってる。

裏のない話、と信じるにしては相手が相手だ。

たぶん、楽観視ばかりは出来ないだろう。

けど、まぁ……。

 

「……がんばんなさいよ、ホウライ」

 

掛け値なしの本心から、タカオはそう呟いてやった。

 

 



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行きつく先へ外伝6 かくも魅力的な貴方に 中編

中編です。ちょっと長めです


ex.6

 

ーーほぅ、と吐き出した息。

それは白く染まって、また消える。

もうすぐ桜の咲く季節になるというのに、まだまだこの寒さは消えそうになかった。

 

 

「……あと5分、か」

 

ーー右手首に着けた腕時計を見つめながら、ホウライは呟く。

少し早く待ち合わせ場所にきてしまった彼女は特に何をするでもなく、ただその場所で定時になるのを静かに待つ。

ーー刻々と迫り来る時刻。

秒針が時を刻むその度に、体の奥深くにある何かの鼓動が強くなる。

苦しさを覚えるぐらいに、強く、強くーー。

 

「変じゃない、わよね……?」

 

唐突に不安になった彼女は、そう言って自分の体を見回した。

長袖の白いブラウスに、黒のコルセットスカート。

肩にはにミッドナイトブルーのショールを羽織り、手には小さめのハンドバックを握っていた。

 

ーーやるなら徹底的にやるわよ。

アンタも気合い入れなさい。

 

そう言ってタカオはホウライにさまざまなレクチャーをしてくれた。

この服装も「女性的な魅力を出しつつ清純さを失わせない」という彼女のアドバイスを元に、ホウライが悩み抜いた末でのものだ。

……自分が清純とは程遠い位置にあるのはよくわかってる。

だけど、今回ばかりは猫を被りたい。

綺麗だと、言われたかった。

だから柄にもなく、昨日は何度も鏡の前に立ち続けた。

それに、と彼女はバックに閉まってあったメモ張を取り出す。

そこには、タカオから教えてもらった横須賀おすすめのいくつかが書いてあった。

いわゆるデートスポットというやつだ。

……きっとこれも、彼女が使おうしていたものだ。

どれだけ感謝しても頭が上がらない。

 

「ありがとう。タカオ……」

 

彼女がそう言ったときだ。

車のエンジン音が聞こえてきた。

顔を上げると、すぐ近くに一台の車が止まった。

扉が開くと、降りてきたのは彼女が待ち続けたその人だった。

「遅れてすまない。久しぶりに来たのでね。少し道に迷った。申し訳ない」

 

「……たかだか三十秒ちょっと過ぎただけで、普通遅れたなんて言わないわよ」

 

律儀なんだから、と頭を下げる上陰にホウライは苦笑した。

ーー緊張してたけど、いざ話してみればいつも変わらない『私』でいられた。

そのことに、彼女はほっと胸を撫で下ろす。

 

「よし。それでは行こうか。ーーこちらへどうぞ、お嬢さん」

「あら。今日は随分とお優しいこと。もしかして熱でもおありなのかしら?」

「礼節を弁えているだけだよーー君とは違ってね」

「もう。失礼な殿方ね」

 

ぷくーと、彼女は頬を膨らませた。

ーーでも、そう言葉を交わしただけで、満たされたような気持ちだった。

 

それから二人は車に乗り、上陰の運転ので海沿いの道路を走る。

 

「ねぇおじさま。今日はどんな御予定なのかしら?」

 

とりあえず、ホウライは上陰に今日一日の予定を尋ねる。

 

「ああ。まずは以前から話してある通り、件の食事処に向かうとしよう。既に事前準備もしてある」

「流石おじさま。で、それからはどうするの?」

「進行具合によるな。恐らくそれなりの時間が取られるだろう」

「なるほど、了解したわ」

 

ーーならおじさまの食事が終わってから本格的に行動開始、ということになりそうね。

幸い時間はまだ早いし、遅くなったとしても行けるところは多々ピックアップしてもらってる。

頑張るぞ、と気合いを込める。

 

「……今日は、いつもと違う服装だな」

「え?あ、そうね……」

 

唐突に、上陰が言葉をかけてきた。

……正直、彼からそんな話題を振ってこられるては思っていなかったので、一瞬戸惑う。

ーーけれど、これはちょっとチャンスだ。

 

「……似合うかしら?」

 

もじもじと体をよじらせながら、ホウライは尋ねる。

 

訊くと、上陰はちらりとこちらを見て、そして言った。

 

「ーー似合っているんじゃないか。少なくとも、私はそう思う」

「……そう。なら、よかったわ」

 

ーーマズい。

 

嬉しくて、たまらない。

 

言いながら、知らず表情が緩む。

 

だらしない顔になっているのが露骨にわかったから、それを悟られまいと必死に彼女は外の景色を見続けた。

 

「ーーお気に入りなのか?その服」

「ええ、まぁーーお気に入りね」

 

というか、今お気に入りになりました。

 

ホウライが答えると、上陰は「そうか」と呟く。

 

「……せめて言っておくべきだったか」

「ん、何かしら?」

「いや、何でもない。気にするな」

 

何かをいいかけたようだが、上陰は否定してそれ以上は語らなかった。

ホウライは少し首を傾げたが、まぁいいかと割りきった。

何せ今日は待ちに待った日だ。

 

存分に、楽しもう。

 

ーーそう、このときは思っていた。

 

このときまでは、ね。

 

 

■ ■ ■

 

 

「ーーよし。ここからは少し歩く。降りてくれ」

 

「え?あ、うん、わかりました……」

 

上陰にそう言われたホウライは車を降りながらも若干の戸惑いの表情を浮かべる。

当然であろう。

車を停めたその場所にあるのは、汚れた看板のぶらさがった商店街への入り口だけだったのだから。

こんなところに、彼が用があったのだと思うことは難しかったのだろう。

 

「行くぞホウライ。はぐれるなよ」

「あ、待ってよおじさま!」

 

はぐれるなよと言いつつ自分のペースで歩き出した上陰を彼女は慌てて追った。

特に今回はあまりこの服着なれていないから身動きもとりづらいのに……。

 

「……やっぱりおじさま冷たい。女の子なんだから、歩調合わせてよ」

「すまないな、少し急ぎの用事だったものでーー着いたぞ。この店だ」

「ーーえ?」

 

件の目的地というのを目の当たりにしたホウライは唖然とする。

ーーそこにあったのは薄汚れた看板のかかった、一件のおんぼろな中華料理店だった。

壁の至るところが黒ずみ、雨で風化して表面はぼろぼろ。

見るも無惨な有り様である。

その光景を目にしたホウライは、頬をひきつらせながらおそるおそる尋ねる。

 

「……おじさま。まさか、ここがそのお店とかじゃないわよね……?」

「その通りだ。さ、入るぞ」

「さいですか……」

 

がっくりと、彼女は肩をおとした。

そして上陰と共に店内に入ると、中から「いらっしゃいませ」と若干片言の挨拶をして店員が対応する。

 

「二名なんだが席は空いてるか?」

「え、予約してたんじゃないの?」

「していない」

 

じゃなんで急いだの?と心の中で突っ込むホウライ。

それから二人を席へと案内されるとメニューを手渡された。

 

「好きなのを頼め。遠慮は要らない。今日は私が奢ろう」

「……じゃあ、御言葉に甘えて」

 

しばらくメニューを眺めたあと、二人はそれぞれの注文をした。

かしこまりましたと店員が厨房へと消えると、ホウライは改めて店内を見回す。

 

……店の中も外と同じように衛生的には見えず、正直飲食店としてどうなのかというレベルである。

それに自分達の他に客が数人いるが、その人たちもなんだか柄の悪そうな輩が多い。

はっきり言ってホウライたちの方が場違いだ。

 

「ーーおじさま。一つ質問いいかしら?」

「何だ?」

「何でこの店に来たの?」

「……食事を終えたら答えよう」

 

腕時計を見つめながら上陰はそう言った。

ーーもしかして、実はこう見えてものすごくおいしい料理だったりするのだろうか。

ならまだしも納得出来るのだが……。

そうこう考えているうちに料理が配膳されてきた。

……なるほど、見た目は及第点。

となるとあとは味の問題だ。

 

「じゃあ、頂きます」

 

ぱくりと、彼女は料理を頬張った。

 

……はっきり言おう。

 

まずい。

 

すごくまずい。

 

どう考えても味とか匂いとか、料理店で出していいものじゃない。

極端に言うと吐きそうなくらいだ。

 

何だってこんなものを……。

 

「ーー味はどうだ?」

「あ、うん、それはその……」

 

上陰の問いかけに、一瞬返答に詰まるホウライ。

 

ーー空気を読んだ方がいいわよね。

 

そう判断した彼女は「とてもおいしいわ」と微笑む。

その返答に、上陰は「そうか」と頷く。

 

「……私は死ぬほどまずいと思ったがな。どうやら君とは味覚が合わないらしい」

 

「ちょっと待てぇ!?」

 

あまりにも見も蓋もない返答に、さすがの彼女も猫をかぶり続けられなくなった。

ばん!と机を叩いて上陰に詰め寄る。

 

「おじさまが来たいって言ったんだよね!?なのに何でそういうこと言うの!?てゆうか、じゃあなんでこんなとこ来たのよ!?」

「……この三年間で、日本は再び他国との貿易を開始した。おかげで深刻な資源不足は回避できたが……同時に面倒なものも来てしまってな」

「い、いきなり何よ、おじさまったら……」

 

戸惑いの表情を浮かべるホウライだったが、上陰は気にせず話を続ける。

 

「ーーもう何十年、我が国は他国との交流が出来ないでいた。それゆえに再開した貿易には当然穴が出来る。カバーしようにも仕切れない盲点がな……最近『シェンロン』と呼ばれる中国マフィアが、日本へ密入国で流れてきてな。おかげで裏で武器や麻薬の密輸入までされている。我々もその実態を把握しているのだがどうにもしっぽがつかめない。推測だが、これには中国政府も絡んでいるようだ。恐らくスパイ活動の一環としてという密約でもしたのだろう。ガードが固い理由も、それなら納得がいくーーとなればだ。我々が下手につつけば、面倒な獅子が目覚める。さて困った」

「……ねぇおじさま。ややこしい話して論点ずらそうとしてない?私はなんでこんな処に来たのか聞いてるの。こんな中華料理店に……中華料理店?」

 

言ってホウライははっとなる。

……もしかして。

もしかするとーー。

 

「ーーおじさま。まさかここって……」

 

「ーー拠点は絞れた。だが介入するための決定打がない。無理に部隊が踏み込んで仮に何もなかった時のリスクが大きすぎる……それである時、ふと思い付いた。例えば、その場所で一般市民がマフィアの暴動に巻き込まれたとしたら?それ制圧するために我々は部隊を送り込めるーーその際に、たまたま偶然(・・・・・・)その物を見つけたというシナリオならーーとな」

 

ーーそう言うと、上陰は立ち上がって懐に手をいれた。

そして次の瞬間、パンパンと弾けるような音が店内に響き渡った。

店中の視線が音の鳴った方向を見る。

 

ーーそこには、天井に煙のたった銃口をかざす、上陰龍二郎の姿が。

彼はふ、と不敵な笑みを浮かべ、そして言った。

 

「ーー警察だ。大人しくしろ」

 

ーーその一言を聞いた瞬間。

 

回りにいた男たちは皆懐から銃を取り出した。

店員、客全員だ。

そして銃口を上陰に向け、なんのためらいもなく引き金を引いた。

 

複数の銃声。

 

四方から放たれた弾丸は、そのまま狂うことなく、上陰の体を蜂の巣にするーー。

 

 

ーーはずだった。

 

がきん、と銃弾がより固い何かに当たってひしゃげる音がした。

男たちはその光景を見て愕然とする。

 

ーー上陰の前に、右手を前に突き出している少女。

そして、その二人を覆うように展開された、緑色に輝く光の壁に。

 

「っっもうなにやってるのおじさまっ!?いきなりあんなこと言い出して!?私があと少し動くの遅かったらどうしてたのよっ!?」

 

ホウライは食って掛かったが、上陰は「まぁな」と一言だけで涼しい顔だ。

 

「まぁなじゃない!本当に危なかったんだからね!分かってるっ!?」

「挑発としてはあれがベストだ。そう声を荒げるなーーだが、だとしてもだ。そのときは君が必ず守ってくれると私は信じていた。違うか?」

「そりゃあ、まぁ、そうですけど……」

 

言いながらぷいと赤らめた顔を背けるホウライ。

ーーこれが普通なら、なんともいじらしい光景だが、生憎銃弾の雨を防でいる最中である。

端から見たときのミスマッチ感が尋常ではなかった。

 

「……そろそろか。山村、突入しろ」

 

上陰が襟首につけた通信機にそう呼び掛けると『了解』という応答が聞こえる。

 

そして次の瞬間、バンと扉を蹴破って、武装した複数の軍人が店内へと流れ込んできた。

たちまちマフィアとの銃撃戦が始まる。

すると隊員のうち一人がこちらに駆け寄ってくる。

 

「ーーよぉお二人さん。無事で何よりだ。ま、怪我なんてしないだろうけどな」

「その声……山村さん?まさか、外に待機してたの?」

 

イエスと山村はサインをする。

 

「うちらも調べはついてたんだけど政府絡みだとなかなか手出しづらくてさ。旦那は許可してくれっけどその他の幹部は難色を示すし。偶発的な何かがないとやれなかったんよ。いやほんと、ホウライちゃんが協力してくれて助かったわ」

 

「……協力って何?私そんな話聞いてない」

 

「え、まじ?旦那からは本人の了承は得たって聞いてたけど」

 

「ーーご説明願えますか、お・じ・さ・ま?」

 

ホウライが上陰にガンをつける。

 

が、上陰は特に悪びれる様子もなく、彼女の言葉を無視して通信機での会話を続けた。

そしてその会話が終わってから、ようやくホウライに振り向く。

 

「……どうやら地下に奴等の脱出ルートがあったらしい。このままいくと、何人かには逃げられるな」

 

言って彼はちらりと彼女を見る。

 

ホウライはふん、と鼻を鳴らし「誰が行くもんですか」とそっぽを向いた。

 

「だいたい私は人間の政略的計画には参加しないって決めているの。私も霧なんだから、どこか一つの国に入れ込むような行動をとったら霧全体に悪影響を与えるわ」

 

「その持論はもっともだが、先ほどの騒動で君が霧のメンタルモデルだと何人かの人間が感付いただろう。仮にその目撃者に逃げられたら、君が日本政府と結託していると噂を流されるかもしれないーーそれは、君にとってあまり都合のいい話ではないんじゃないか?」

 

「うっ……」

 

……確かによくない。

 

むしろかなりまずい。

 

群像たちに迷惑をかけるし、何より世界における霧の在り方をただ悪くするだけだ。

ーーならとるべき行動は一つ。

 

全然、全く、釈然としないけど。

 

「……おじさまをお願い。山村さん」

 

「了解、気をつけてな」

 

こくりと頷いた彼女は、クラインフィールドを解除する。

 

それから一気に、マフィアたちの中へと走り込んでいくと、たちまち複数の奴等を片手一振りで薙ぎ払った。

 

「……ねぇ中国マフィアさん。今私すごく気分が悪いんだ。だからさぁーー」

 

そして彼女は、額に青筋を立てながら、これ以上ない笑顔で言った。

 

 

 

「ーー食後の運動、付き合って」

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

「ーーそうか。了解した。それでは各自準備に取りかかってくれ」

 

そう言って上陰が電話を切ると、ふぅとため息をついた。

 

ーーとりあえず、無事に制圧は完了した。

 

何人かの犠牲を覚悟してでの作戦だったが、奇跡的にも死傷者はゼロ。

それも彼女が奮戦してくれたおかげだ。

そして、今回押収したデータから『シェンロン』の数の他の拠点が判明した。

すぐに解析し、奴等が移動を開始する前にこちらも動かねば……。

 

そう上陰が思案していると「旦那ー旦那ー」と山村の呼ぶ声が聞こえてくる。

 

「山村か。ちょうどいい。押収したデータに他のアジトに関するデータがあった。恐らくあと二つはある。解析が終了次第、部隊を編成して速やかに向かってくれ」

「あーそれは了解したんですけど……ちょっと来てくれません?俺の手にはおえませんわ」

「……わかった」

 

言って上陰は山村のあとについていく。

彼に案内されて店の奥の一室に入った瞬間、空気が変わった。

どんよりとした、重々しいものに。

 

そして恐らく、そのどんよりと重々しい空気の発生源となっている人物に、上陰はため息混じりに声をかける。

 

「……ホウライ。いつまでそうしているつもりだ」

 

「…………」

 

問われても、彼女は体育座りで踞ったまま答えない。

さきほどの戦闘のせいで、せっかくの服もボロボロだった。

 

 

「ほらホウライちゃん元気だして。飴ちゃん食べる?」

 

そう言って山村はどこから取り出したのか棒付きのキャンディを彼女に差し出した。

 

ちらりと、彼女はそれに視線を向けると、ばしっとそのキャンディを引ったくってバリボリと食べ出した。

 

「さっきからこんな感じ。もう五本も食われた。頼むよ旦那」

「……ホウライ。話がある」

 

そう声をかけるが、彼女は変わらず無反応。

が、上陰は構わず話を続けた。

 

「事前に君に話しておくべきだった。それは私の方に責任がある。せめて、お気に入りの服を来てくるなとぐらいは言うべきだったが……」

 

「……朴念仁」

 

「なんだと?」

 

するとホウライは立ち上がったと思うといきなり上陰の首を脇に抱えて羽交い締めにした。

 

「っ何を、する!?」

 

「ーー山村さん。今日一日、おじさま借りるわよ」

 

「おっけーよ。行ってら」

 

「待て山村。このあとの指示が……」

 

「わーてるわーてる。ちゃんとやっておくよ。それにアンタ今日は一応休日なんだ。ゆっくり羽伸ばしてこいよ」

 

「そういう問題では、っ!?」

 

ぐっ、と頭を締め付ける力を強くされて上陰の言葉は遮られる。

 

「じゃ、行ってきます」

「おい待てホウライ!私にはやることが……」

「聞こえない」

 

暴れる上陰を押さえつけながら、ずんずんと彼女は歩き去っていった。

 

「……まったく。いじらしいねぇ」

 

くわえた煙草に火をつけながら、山村はなんとも珍妙な二人の背中を見送った。

 

 



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行きつく先へ外伝7 願わくば

どうしても七夕ネタが書きたかったので勝手ながら外伝7で投稿しました。

後編も近日中に投稿しますので、どうぞよろしくお願いいたします


ex.7

 

「ーーねぇねぇナチ。たなばた、って何ー?」

 

ーー唐突に、アシガラがそんなことを聞いてきた。

 

「七夕、ですか?そうね。少し待ってね」

 

言うとナチはネットワークにアクセスし、『七夕』に該当するものを調べ始めた。

 

そして該当したいくつかの項目を閲覧し、簡略化したものを読み上げてやる。

 

「……『七夕』というのは中国や台湾、日本などに存在する節日ね。で、日本における『七夕』は七月七日。その日はお祝い事としていくつかの催しをしていたらしいわ」

 

「へーそうなんだ……じゃあさじゃあさぁ。これなんだから分かるかな?」

 

 

そう言って彼女が差し出してきたものーーそれは、鮮やかな色をした、長方形の紙切れだった。

すると、それを見たナチが「あら」と目を見開く。

 

 

「それは短冊かしら。七夕に使うものの……でもアシガラ。貴方、それどこで手に入れたの?」

「えっへへー。昨日横須賀に遊びに行ったとき、買い物したらおまけでおじさんにもらったんだ」

「そうだったの」

「そんでさ、ナチ。この短冊って何をするものなの?」

「そうね……お願い事を書いて、笹にがざるらしいわ」

「お願い事?」

 

アシガラはきょとんと首をかしげた。

ナチは手元に開いたモニターを読み進めながら「そうよ」と頷いた。

 

「短冊にお願い事を書いてそれを七夕の日に笹に飾ると、その願いが叶うらしいわ」

「え、そうなのっ!?」

「ま、まぁ必ずしもそうなるわけじゃないんだけど……そういう習わしがあるという話よ」

「あーなるほどなぁ……でもおもしろそう!ねぇねぇナチ。だったら私たちもや七夕やろうよ!」

「もうアシガラったら。本当にやりたがり屋さんね……でも、確かに楽しそう。いいわ。会長たちにも声をかけてみましょう」

「うん!じゃあさ、早速ヒエイたちのところへゴーゴー!」

 

アシガラは無邪気な笑顔を浮かべてスキップをする。

 

「……ほんと、可愛いわね」

 

はやくはやくー、と手をふる無垢な妹の姿に、ナチは優しげな微笑みを浮かべた。

 

■ ■ ■

 

「ーーなんとか終わりましたか」

 

ふぅ、と一息ついた彼女はばたん、と椅子の背に体を預けた。

 

ーーバラバラになった霧の再統一。

それは容易な話ではない。

そもそも、地球上に存在する霧の全体数すら把握しきれてないのだ。

戸惑う彼女たちに声をかけようにも、

どこにどれだけいるのか分からない。

さらに、ヒエイたち以外にも自らの意思でメンタルモデルを形成する艦も現れたのが確認されている。

……まぁそれ自体に問題はない。

それは総旗艦も望んでいた変革だ。

問題なのはそのメンタルモデルをもった艦と、こちら霧の生徒会との連携だ。

艦の中には、未だアドミナリティコードに準じようとする者、人類そのものを否定するものがいる。

ゆえに彼女たちが先走った行動をする前にこちら側接触、及び牽制をする必要がある。

けれど、相手もメンタルモデルを持たれたことで交渉もまた難易度を増した。

ーー端的に述べると、物わかりがいいのに頭が固いということだ。

……本当、話せば話すほど以前の自分と見せつけられるような気がして頭が痛くなる。

 

 

ーーお前は堕落した。

 

 

そう、あるメンタルモデルに言われたことがある。

いかにも、昔の私が言いそうなセリフだ。

……確かに。

 

私は堕落した。

 

以前の私では、考えられないほどに。

 

ーーでも。

 

そうだとしても、私にはーー。

 

 

 

「ーー入りまーすっ!!ヒっエイー!!七夕しよ、七夕!!」

 

 

 

その一声ともに、バンっ!と勢いよく扉が開かれる。

 

そこには、両手を高くあげて満面の笑みを浮かべたアシガラの姿。

その姿に、ヒエイはこめかみを押さえ、やれやれといったふうにため息をついた。

 

「……アシガラ。ノックぐらいしなさい」

「あ、ごっめーん。忘れてた。次から気を付けるね」

「ーーはてさて。この前も同じようなやり取りを聞いた気がするのだが。私の気のせいかな?」

「気のせいではありませんよミョウコウ。これで既に十七回目の注意です」

「てゆうか、アシガラに学ばせようという時点で土台無理な話だと思うんだけどね」

すると、アシガラの背後からくすくすと忍び笑いをしながらミョウコウが、そして、それに続いてハグロとナチの二人も部屋へと入ってくる。

 

「なんだとー!私だって成長してるんだぞー!この前なんて、試着室でスカート履こうとしたらボタン跳んだんだからね!」

「……アシガラ。それは成長ではありません。ただの食べ過ぎです」

「え、そうなの?」

 

本気でそう聞き返してきた彼女に、一同は深いため息をついた。

 

「……まぁ確かに成長なんだろうけどな。主に横の」

「ナノマテリアルって好きなように調整きくからって油断しがちになりますからねぇ。人間に似せすぎるのも考えものね。ハグロ、貴方は大丈夫?」

「……成長はしてないよ。横にも縦にもね」

「……ごめんなさいね」

「悪かった」

 

皮肉げな笑みを浮かべる末妹に、長女次女ともに頭を下げるのだった。

 

……端から見たら笑い話に見えそうなのだが、本人は至って真剣なのでなんとも反応に困るヒエイであった。

 

「ーーそれでミョウコウ。その肩に背負ってるものは何かしら?」

 

話題を反らそうとヒエイがミョウコウに尋ねる。

言われた彼女は「ああこれか」とそれを下ろしてヒエイにかざした。

 

「見ての通り、笹だ」

 

「笹?」

「そう。パンダとかが食べるやつだ」

「……アシガラの餌付け用ですか?」

「ーー会長のユーモアセンスが上がったことにおきましては、一生徒会員とし喜びを禁じ得ませんな」

「ありがとう、ミョウコウ」

 

「え、笹って食べれるの?」

 

「「「「やめなさい」」」」

 

一同が声を揃えて言った。

 

アシガラはそっかーと少し残念そうに笹を見つめる。

 

純粋すぎるその瞳、恐ろしい限りである……。

 

「……と、冗談はさておいてだ。七夕だよ七夕。これは短冊をかけるための笹だ。ナノマテリアルで作ってみた奴だがな」

 

「……ああ、なるほど。そういえば今日はそんな日でしたね」

 

「そうだ。それでな、アシガラの提案で我々もやってみようと話になった。一応確認をとるが、やっても構わないだろうか生徒会長殿?」

「……ええ。別に構いません。業務に差し支えなければ、好きなようになさい」

「了解だ。それじゃあナチ。あれを」

 

はいとナチはうなずくとにこにこと笑みを浮かべたまま、ヒエイの机の前までくる。

そして彼女をそっとヒエイにそれらを差し出す。

 

「……ナチ。これは何かしら?」

「会長の分の短冊ですよ。お書きになってください。どうせやるならみんなでいっしょでやりましょう。ね?」

「いえ。私にはこれといって特は……」

「ちなみに私はこれっ!」

 

ダンっ!と彼女の座る机の上に大きな塊が叩きつけられた。

 

あまりの振動に、思わずヒエイは仰け反る。

目の前に飛来した大きな塊。

よくみると何枚もの紙が折り重なって一つの岩のような形状になっていることがわかった。

 

 

「……アシガラ。まさかこれ、全部短冊……?」

 

「願い事いーぱい書いたんだ!まずバーベキューでしょ。肉まんでしょ。それとラーメン、餃子、エビフライ、それにそれに……」

 

「こらこら、アシガラ。そんながっつくと意地汚いし、何も叶えられんぞーーちなみに私は新しい釣竿がほしいぞ。最近新作が出たらしくてな、会長」

 

「……はい?」

 

いきなりのミョウコウに話題をふられて、ヒエイは首を傾げる。

 

するとハグロも体をもじもじとさせながら「私も……」と口を開く。

 

「……靴がほしいかも。なるべくおっきいやつが」

 

「ちなみにハグロが言ってるのは所謂シークレットシューズというやつだ。察してやってくれ」

 

「ミョウコウっ!!何でいっちゃうの!?」

 

はっはっはと笑うミョウコウに真っ赤になって襲いかかるハグロをナチが押さえながらまぁまぁ宥めた。

 

「ちなみに会長、私は新しい座布団が欲しいです。最近お尻痛くなってきちゃって」

 

「……待ってください。何故私にそんなことを言うのですか?」

 

短冊に書く願いを、まるで事務手続きのように報告してくる彼女たちに、ヒエイはとまどった。

すると、ミョウコウが「それはだな……」と指先で頬を掻く。

 

「実際の話、いろいろとやりたいことがあるんだが、その……予算が足りなくてな」

 

「ーーミョウコウ。めんどくさい言い方はしないではっきり言いなさい」

 

ヒエイがそうぴしゃりといい放つ。

 

すると、ミョウコウたちは指先をちょんちょんといじりながら、上目遣いに聞いてきた。

 

「ーー欲しいものがあるからお願い聞いて頂けないでしょうか……?」

 

ーーはっきりと、ストレートなおねだり。

 

聞いたヒエイは、はぁぁぁ、とこれまた深いため息をついた。

 

「だ、駄目だろうか……?」

 

「……いいえ。回りくどい言い方をされず、素直に言えばいいものをとため息混じりけついただけです」

 

「そ、それじゃあ……」

 

「ええ。構いませんよ。会計に余裕はありますし。日頃がんばってるご褒美、ということで」

 

そうヒエイが言うと彼女たちはやったー!と手を叩いて喜びあった。

 

……日頃からがんばってるのは事実だ。

だからこういうのも、たまにはいいだろう。

 

「……ただし条件があります。他の黒の艦隊メンバーの短冊も作ってあげなさい。メンタルモデルを持てない子も全部ね」

 

言うと、ぐ、とミョウコウたちの表情がひきつった。

 

露骨な反応を見せる彼女たちに、ヒエイはにっこりと微笑む。

 

「どうせやるならみんな、でしょう?ならあの娘たちもいれてあげなきゃ可哀想よ。貴方たちも、そうでしょう?」

 

 

……わかってる。

 

ヒエイの言い分はもっともなのだが、剃れ以上に彼女のこの笑顔は逆らっては駄目なやつだと。

 

長年いた彼女たちはよくわかってる。

 

「そんな暗い顔しないで。たかが三桁程度よ。皆で頑張りましょう」

 

そう言った彼女に、ミョウコウたちは観念したように「はい……」と頷くしかなかったのだ。

 

 

■ ■ ■

 

「ーーすばらしい。なかなかの出来映えではないですか」

 

出来上がったものを見て、ヒエイはふむふむと頷いた。

 

ーー短冊の、さまざま色が混ざりあったその笹は、ヒエイたち初めての七夕を祝うにふさわしい見事な姿であった。

それからヒエイは背後を振り返り、彼女たちに向かって微笑む。

 

「……お疲れさまでしたみなさん。見事な働きぶりでしたよ」

 

言われたミョウコウたちは「おぅ……」と謎のうめき声をあげてそれに答えた。

 

……まさに死屍累々といったさまであった。

全員が全員右手を振り上げ「指が痛い……」とうめいている。

 

ーー霧の艦からお願い事を聞くの簡単だった。

が、問題だったのは短冊を全て手書きで書けというお達しであった。

 

「一筆一筆心を込めて。それが大切なのですよ、みなさん」

 

「……いや。限度があるぞ、会長……」

 

生真面目な彼女の性格が裏目に出ての結果であった。

 

「さて、では飾りに行きましょうか。いきますよみなさん」

「いや待ってくれ会長、ちょっと休憩したい……」

 

「何をいっているんですか。そんなことをしていたら七日が終わってしまいますよ。ほら、急ぎなさい」

 

「……鬼だ」

 

ぽつりと、恨みがましくハグロが呟いた。

 

■ ■ ■

 

 

「ーーうわ、すごい」

 

甲板に出たミョウコウたちは空を見上げた途端、そう思わず声がもれた。

 

ーー見上げた空には、きらきらと輝く、星の流れがあった。

 

それは川のように、緩やかなウェーブをかけて、空を流れる。

 

神秘的な輝き、その美しさは、胸の奥にとくんと何かの鼓動を与える。

 

「だから言ったでしょう。はやくきた方がいいと」

 

笹を立て掛けながら、ヒエイはふっ、と微笑む。

 

「す、すっげい!ヒエイ、あれってなに!?」

 

「天の川ですよ。七夕といえば短冊だけではありません。こういうのもあるんですよ」

 

「それにしても綺麗に見えるものだな……ひょっとして、我々が作業してる間に移動したのか?」

「……まぁ、多少わね」

 

こっそり耳打ちしてきたミョウコウに、ヒエイは肩を竦める。

 

そんな彼女にミョウコウは苦笑し「ありがとう」と小声でいった。

 

「ーーどういたしまして」

 

言って、彼女は再び空を見上げる。

 

ーーお前は堕落した。

 

ええ、確かにそうなのでしょう。

 

こんな、曖昧で、不確定的で、情緒的なもの。

 

こんなものが、厳格な霧なわけはない。

 

私は、どうしようもなく落ちぶれてしまった。

 

だけどーーそれがどうしたというのだ。

 

天の川を見て、楽しそうに笑うあの娘たち。

 

彼女たちが喜ぶ姿を見れるなら、それでよいのではないか。

 

今の私なら分かる。

 

規律よりも、風紀よりも、確かに守りたいものが、私にはあると。

 

だから私は、こんな堕落ーー構いやしないんだ。

 

「ーーああ。だけど、私の分の短冊を書き忘れてしまいました」

 

他の子たちに構ってばかりですっかり忘れていた。

 

どうしようかなと少し考えてーーまぁいいかと彼女は笑った。

 

だって。

 

ーー叶ってほしい願いは、もう叶ってしまっていたのだから

 

 

 

 

ーー輝ける星の海。

 

本当に、本当にーー綺麗な夜空だった。

 

 

 

 

 



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行きつく先へ外伝8 かくも魅力的な貴方に 後編

これにて「かくも魅力的な貴方」編完結でございます。
最後までお付き合い頂きありがとうございました


ex8

 

「――あ、これ美味しい。なかなかイけるわね」

 

その見た目に惹かれてものは試しにと注文してみたこの店イチオシのストロベリーパフェ。

 

想像以上の舌触りに、彼女は破顔した。

 

「うん。コーヒーも美味しいし、いい喫茶店を教えてもらったわ。流石、私のおじさまね」

 

にこりと、それはそれは可愛らしい笑顔で、女は対面に座る男に微笑みかける。

 

が、対照的に男ーー上陰龍二郎は「……それはなによりだ」とげんなりとした声で応対するだけであった。

 

そんな男の態度に、彼女はぷくーと頬を膨らます。

 

「何よおじさま。そんな辛気くさいお顔をなさったらせっかくのお茶会も台無しよ」

 

「……そう思うならさっさと私を帰してくれ。今すぐにでも出ていこう」

 

「だーめ。今日は一日おじさまは私だけのものだって決めたんだもの。断る権利なんてないわ。だってこれは、私が貴方から貰うべき正当な対価なのだから」

 

変わらず晴れやかな笑顔を浮かべ続ける彼女。

が、その目は少しも笑っていない。

 

……この少女と過ごして、長くはないが短くもない月日の経験で上陰にも十分わかっていた。

 

この目には逆らえない。

 

逆らうほうが、よりろくでもない出来事を被ると。

 

……つまるところ、彼女の気が晴れるまで行動を共にするしかないという結論に至るしかないのである。

 

それと一部、彼女が正論を述べていることも逆らいにくい原因ではあるのだが。

 

「……悪いことは考えるものではないな、本当に」

 

――因果応報。

 

その言葉をまじまじと実感させられながら、彼は気だるげなため息をついた。

 

■ ■ ■

 

――前回までのあらすじ。

 

突如として愛しき上陰のおじさまから逢い引きを持ち掛けられた霧の可憐なメンタルモデル・ホウライは一も二もなくその誘いを承諾する。

そして、期待に胸を膨らませつつ当日を迎えた彼女。

 

しかし、現実は非情なりて。

 

いちゃいちゃらぶらふの砂糖を吐くほどの甘い思い出になると思われたその逢い引き――その実体は、マフィアを潰すためにいたいけな女子を駆り出すという鬼畜の極みであった。

あまりの所業に、美少女ホウライの乙女心はぶろーくん。

悲しみに暮れる彼女はついに禁忌を犯してしまう。

愛しきおじさまを拉致りレッツ逃避行。

さぁ、愛憎交わる二人の運命は如何に……!?

 

 

 

「――あら。意外にロマンチックなシナリオ。一本書けそうなぐらい」

「……まぁ百歩譲って八割内容が合っているとしよう――ハズレている二割が巨大過ぎると思うのだが如何に?」

「仕方ないじゃない。ノンフィクションだけじゃつまらないわ。多少のアレンジは必要よ」

「それはアレンジではなくただの隠匿だ」

 

聞こえませーん、と両耳をふさぐホウライに再び嘆息する上陰。

 

――ちなみにさきほどのあらすじに補足すると、彼女に拉致されたあと「美味しいものを食べさせろ」と脅迫され、行きつけの喫茶店に連れていかされたあげく、こちらの懐でケーキやらパフェやらを食べに食べられて現在に至るという甚だ不本意な事態になっている。

 

「当然じゃない。さっきの私のほうがずっとひどい仕打ちを受けたんだから、それぐらいは我慢してくださらないとねぇ」

 

ソフトクリームの山を崩しながら、ホウライは冷めた瞳で上陰に視線を送る。

 

「……確かに、理由を説明しなかったのはすまなかったと思ってる。騙すような真似したことも――こちらも相当急いていた。どのような手段を用いたか定かではないがこちらの予想以上に『シェンロン』の根回しが早かった。あのまま放置していたら国家の根底を転覆していた事態になっていただろう……」

 

「能書きはいい。結論は?」

 

「……………………悪かった。反省している」

 

――素直に、頭を下げた。

 

建前や体面などを考えないで、素直に彼は謝った。

 

ホウライは、そんな上陰の頭を無言でしばらくの間じっと見つめた。

切り詰めた沈黙。

……やがて、彼女はふぅーと長い息を吐いて、その沈黙は終わる。

 

「……まぁ確かに。早急に解決しなきゃいけなかったわけだしね。今回は多目にみてあげるわーーただし、次やったら承知しないから。いいわね?上陰龍二郎」

 

「ああ。肝に命じておこう」

 

真剣な面持ちで上陰が頷くのを確認すると、「ならよし」と彼女は微笑んだ。

 

……本来なら何かしらの制裁を加えるべきだ。

仮にもホウライは霧の一員。

それを、こうも軽々しく使われたとなれば霧全体の沽券に関わる。

だというのに……。

 

「――甘くなったものね、私も」

「同感だ。君は随分と甘くなった」

「……同意されちゃ立つ瀬ないんだけど」

「仕方がない。本心からの感想だ。何かしらのペナルティは覚悟していた」

「……もういいわよ、そんな話。おじさまは黙って私にお菓子を貢ぎなさい。それが制裁。いいわね」

「……霧を担うものとしてそれでいいのか?」

「いいって言ってるんだからいいの!はいおしまいっ!」

 

こちらの気もしらずにずけずけ言ってくる上陰に、いらだたしげに彼女は話を打ちきる。

 

……まったく。

我ながら、とんでもなく面倒な人物に好意を抱いてしまったものだ。

 

自分の癖のありすぎる嗜好に若干嫌気が差す。

 

――まぁ。

 

もうしょうがないとしか、言いようがないのだけれど。

 

■ ■ ■

 

――食事が終わったあと、ホウライは上陰を買い物に付き合わせた。

 

もう十分気持ち的に満足していたのだが、「この程度でいいのか?」とまた言われるのも面倒だからとことん付き合わせてそんなことに気が回らないようにしてやろうと思ってのことだ。

 

町中を歩きながらホウライは以前とは違う活気の溢れる光景に、感嘆の声を漏らす。

 

「……生き生きしてるわね、みんな。前は必要なものを揃えるためだけに来てたのに、今は買い物を『楽しんでる』みたい」

「……国交が回復し、資材も増えたからな。ある程度、楽しむ余裕が生まれたのだろう。それに加えて横須賀は海に面しているからな。海外との窓口ゆえに、内陸では手に入らないような輸入雑貨も仕入れている。丘の人々がわざわざ訪ねてくるぐらいだ」

「……訪ねてこれるぐらいにはなったのね」

 

言いながら、彼女は少し安堵する。

 

――その活気をなくしていた原因は間違いなく自分だ。

それはどう足掻いても消せない過去。

元に戻ったからといってその罪が消えないのは承知している。

ただ、それでもよかったと、ホウライは心のそこから安堵出来た。

 

……そんなとき、彼女はふと歩みを止める。

先程話していた、輸入雑貨を扱う店の前でだ。

 

彼女はじっと、その店のガラスケースを見つめている。

 

不思議に思った上陰はホウライの背後から顔を覗かせてみる。

 

――ホウライの視線の先にあったもの、それは髪の長い女性の意匠が施された、美しい銀の髪飾りであった。

 

「……へぇ。この系統も来てたんだ」

 

「……思いでの品か何か?」

 

「思い出というかなんというか……イオナの持ってる首飾りと同じ人が作ってるやつだなぁってだけだよ」

「そうなのか?」

 

うん、と彼女は頷く。

 

「……思えば、これのせいで負けたみたいなもんなんだよなぁ私。まぁこれのおかげで生きているのも事実なんだけど。そう思うと、ちょーっと複雑な気分かな――でも。あのとき、これを渡して貰えたときは――すごく、嬉しかった……」

 

しみじみと、懐かしむようにホウライは言った。

 

――そう語ったときの彼女は、本当にその時を慈しんでいるかのようでいて、いつもの彼女とは違う、切なげな表情を見せた。

 

「――気に入ったのなら買ったらどうだ。見たところそう量産されている代物ではないだろう。値段も悪くはない。買ったとしても別段損はないと思うが?」

「――いや。そうじゃないのよねぇこれが。それじゃ意味がないのよ」

「どういう意味だ?」

 

ないしょー、と彼女は言うと、再び歩き出した。

 

「さぁおじさま。ぐずぐずしてたら日が暮れちゃうわ。さっさと回るわよ」

 

「……ぐずぐずしていたのは君だろう」

 

「さぁ?なんのことかしらね」

 

悪戯っぽく笑うホウライであった。

 

 

■ ■ ■

 

 

――空が、朱色に染まっていく。

 

もう夕暮れ時。

 

長かった一日も、もうじき終わる。

 

だんだんと暗くなる空を見上げながら、ホウライは一人待つ。

 

――ほぅ、と吐き出した息。

それは白く染まって、また消える。

朝と変わらぬこの寒さ。

あまりにも違いがないものだから今が一日のはじまりなのか終わりなのか、 わからなくなる。

 

「――すまない。待たせたな」

 

そう言って駆け足で駆け寄ってくる上陰。

 

待っていたホウライは「遅いわよ」と不満げな声を吐く。

 

「今日は一日ずっと一緒だって言ったでしょう?なのにいきなり用事で席はずすとか。ちゃんと反省してる?」

 

「反省はしてるさ。それに、私の用事とはこれのことだ」

 

そう言って上陰が差し出したのは花束だった。

 

「……なにこれ?」

「見ての通りだ。墓参りにいくというのに、なんの手土産もないというのは無粋だろう。だから買ってきた」

「……あ。それは確かにその通りだ。完全に失念してた」

「やはりな――なら受けとれ。これは私よりもお前が持つべきものだろう」

「……うん。ありがとうおじさま」

 

そう言ってホウライは花束を受け取った。

 

そして二人は歩き出した。

 

――最後に、どこにいきたいかと尋ねられた。

 

どうせここまで来たんだ、どこでも付き合うと。

 

だから、ホウライは答えた。

 

あそこにいっしょにいって欲しいと。

 

――あの、慰霊碑のある場所へと。

 

 

 

 

「――変わらないわね、ここは。いや、変わりようがないかな」

 

いつか見たときと同じ景色に、ふと笑みが溢れる。

 

それから二人はそのなかを歩いていき、ぴたりとある慰霊碑の前でと立ち止まる。

 

――そこには、千早夫婦の名前が刻まれていた。

 

「……あーだけどしまった。きたはいいけど何の話しようか考えてなかったわ」

「……ここまできてそれか」

 

呆れたように上陰は額に手を当てた。

 

ホウライは冗談冗談と、苦笑する。

 

「まぁとりあえず話をするとだけど――群像は元気です。401クルーと仲良くやってます。今はフランス辺りかな。大変だけど、よく頑張ってます。あーとそれから……今日来ました理由はですね、色々忙しくて機会なかったので言えなかったのですがーーヤマトとムサシの代わりに、伝えたいことがあります。聞いてください」

 

 

――すぅっと、息を吸って。

 

はぁっと吐いた。

 

目を閉じてしばらくそれを繰り返す。

 

――そして、意を決した彼女は目を開いた。

 

精一杯の心を込めて。

 

彼女は、その言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――風が吹く。

 

これと言って変化はない。

 

答えなんて、無論あるわけはない。

 

だけど……もう十分だった。

 

 

「っっぷはぁ!!あーすっきりしたっ!これでわだかまりはもうないわね」

 

「それは何よりだ……が、これはまた、随分と私は場違いな所に居合わせてしまったな」

 

「まさか。群像たちがいたらもっと遣りづらかったわよ。実の息子さんの前だったら、恥ずかしくってありゃしないわ」

「それもそうかもな」

 

ふ、と上陰も笑うと、ホウライもにこりと笑った。

 

――やっと、伝えられた。

 

本当はもっと早く伝えなきゃいけなかったのに。

 

来るのが怖くて、理由をつけてずっと避けていた。

 

それこそひどく場違いな気がして、私なんかがいてもいいのかと思えてしまって。

 

だけど考えてみれば、他の誰に出来るというのだろう。

 

今はいない彼女たちの声を、誰が届けてやれるのだろう。

 

――それは、私にしかできない。

 

それが私がここにいる、存在理由。

 

……駄目だな。

 

またここにいる理由をこじつけようとしてる。

 

相変わらず、変なことに依存し続けようとする。

 

これではイオナたちにまたしかられてしまう。

 

ちゃんと直さなきゃ、ね。

 

「それじゃあ、今日は解散。おじさまもお疲れ様。もう帰っていいわよ」

 

「ここまで来てさらに適当になったな」

 

「そらそうよ。これでも緊張してたんだから、その反動。はい、解散解散」

 

 

「了解した――が、その前にだホウライ。渡すものがある」

 

すると上陰は上着の中から小包みを取り出す。

 

そしてソレをホウライに差し出した。

 

 

「あら。なぁにおじさまったら。随分と洒落た小包みじゃない。開けてもいいかしら?」

 

どうぞ、と上陰は淡々とした声で答える。

 

茶目っ気ないわね、と苦笑しながら彼女は丁寧に包装を解き、箱を開けた。

 

 

――瞬間、息を飲んだ。

 

 

「――欲しかったのだろう?ちょうど、バレンタインも受け取った訳だしな。時間が経ちすぎてしまったが、まぁその礼としてだ」

 

 

――小包みの中身。

 

それは先程ガラス越しに見つめていた、あの銀の髪飾りであった。

 

「…………」

 

……言葉が、出ない。

 

言おうとしても、掠れてしまう。

 

上ずった声が音を発するだけだった。

 

「花束のついでに買ってきた――いらなかったら捨てればいい。私が勝手にしたことだからな」

 

――違う、そうじゃない。

 

これが欲しかったわけじゃない。

 

こんな髪飾りを望んだわけじゃない。

 

なんて言えばいいんだろう。

 

どんな言葉なら表せられるんだろう。

 

どうしたら、どうすれば伝えられる?

 

この思いを。

 

この気持ちを。

 

――『私』だけに送ってもらえたというこの喜びを、どうすれば貴方にわかってもらえるのだろうか?

 

私はイオナが羨ましかった。

 

大切に思う人から、ただ一人のためだけのプレゼントをもらったことが。

 

だってそれは特別なこと。

 

イオナだからしたこと。

 

それはつまり、イオナ以外には出来ない唯一のことという意味。

 

ここにいる理由を探し続けた私には、欲しくて欲しくて、でも無理なんだと諦めたものだった。

 

だけど、それなのに。

 

欲しくて欲しくて仕方なかったそれを。

 

この人は、当たり前みたいにくれたんだ。

 

――それがどれだけ嬉しかったか。

 

「――それではな。また機会があれば来るばいい。仕事の邪魔さえされなければ別段文句はない」

 

「ま、待って!!」

 

 

去りゆく背中を止めようと、思わず声を張ってしまう。

 

上陰は立ち止まり、こちらに振り替える。

 

――止めたはいいが、何と言えばいいかわからない。

 

あげく、胸辺りがおかしい。

 

ぐるぐるする。

 

これは何?ああでもそんなことより何か言わなきゃああでもこの熱はおかしいどうにかしなくてはどうにかするっていったいどうしろとあしかしだからそれでも…………!!!!

 

 

「何か用か?ホウラ――」

 

「っっっ留め方っ!!」

 

ばっ!と髪飾りをかざしながらホウライは叫んだ。

 

目を見開いて驚いた様子の上陰に、ホウライは顔を紅色に染めながら言った。

 

「私、髪飾り初めて!だから、使い方わかんない!だから、使い方を、教えて、くれた、ら、なぁ、と……」

 

言いながら、さらに顔に熱くなっていくのがわかる。

 

自分自身、かなりわけわかんないことを言っているのが自覚出来ているからなんというか……もう死にたい。

 

そんなホウライの様子に、唖然とする上陰。

 

すると彼は、やれやれと肩を竦めて苦笑した。

 

「――別に構わないが。しかし、それを男の私に聞くのは果たしてどうなのかな。総旗艦殿」

 

――他愛のない、おじさまの笑顔。

 

その笑顔を見ただけで、私の胸のざわめきは静かになった。

 

先程までの出来事が嘘のように、すっと落ち着いてしまう。

 

「――元総旗艦よ。おじさま」

 

そんな皮肉も返せるぐらいに。

 

……単純過ぎて恥ずかしい。

 

「そうだったな。なら元総旗艦殿。後ろを向きたまえ」

 

「……ん」

 

言ってホウライは後ろを向いて髪飾りを手渡した。

 

上陰はそれを受けとると、ホウライの髪をまとめて行く。

 

……その手際が不自然なくらいによい。

 

「――おじさま。随分と手慣れてるわね」

 

「よく母の雑用がわりに使われてな。嫌でもなれるさ」

 

「……ああ、なるほど」

 

「どうした?手で顔を覆って。何かあったか?」

「ないです」

 

ただ露骨に安心したのが分かるからいたたまれなくなっただけです、とホウライは心の中で呟いた。

 

「――よし。出来たぞ。鏡でもあればよかったのだがな。生憎、そう都合よくはなかった」

 

まぁあったとしても、もうすっかり辺りも暗くなって見にくかっただろうが。

 

「まぁそれは残念だけど……ねぇおじさま。似合ってる?」

 

ホウライは首を傾げる。

 

上陰は改めてホウライを見た。

 

――日がくれて、周囲は夜の闇へと沈んでいる。

 

黒が埋め尽くす世界。

 

けれどその中で、月光に照らされた彼女の姿だけは輝いて見えた。

 

白く透き通る紙に白銀の髪飾り。

 

まるで夜闇の雪のような、淡い光。

 

その煌めきを見た彼は――。

 

 

「――ああ。似合っている」

 

 

率直に、上陰は言った。

 

別に特別な意味はない。

 

問われたから、彼は正直に答えただけ。

 

でもだからこそ――。

 

「――そう。そうなんだ……よかった」

 

――それが紛れもない彼の本心だからこそ。

 

最上級の誉め言葉だと、ホウライは安心できるのだ。

 

――空には、白く輝くお月さま。

 

なんてきれいな、純白の満月。

 

きっと、貴方は忘れてしまうでしょう。

 

今日という日は、貴方の他愛ない日常へとなってしまうでしょう。

 

けれど、私にとっては本当にかけがえのない時間でした。

 

何度も思い返しても色褪せない、最高の思い出。

 

だから、伝わるかわからないけど。

 

この感謝が表せるか、わからないけど。

 

せめて、言わせてください。

 

 

 

 

 

「ありがとう。おじさま」

 

 

 

 

――もう死んでもいいわ。

 

 

そんな台詞を言いたくなる人の気持ちが、少し分かった気がした。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――せいやっ!」

 

「ごふっ!」

 

 

――微睡みの中、突如教われる腹部の傷み。

 

あまりの衝撃にホウライはベッドの上から転がり落ちてのたうち回った。

 

そしてうずくまった彼女は、唐突に腹に一発噛ましてきたであろうその人を恨めしげに見上げた。

 

「……ありがとうヒューガ。いきなり目覚めの腹パンしてくれて」

 

「どういたしまして。おら、さっさと起きろっての。もうタカオも私も準備できてるわよ」

 

「……うわごめん。完全に時差ボケしてたわ」

 

時計を確認してみれば、既に定時を過ぎている始末。

 

スリープするときに、起動時間を完全に間違えていたようだ。

 

「まったく、デートで遅くなったのは目をつぶってあげるけど、恋慕に浮かれてうつつを抜かすのはタカオぐらいにしてほしいものだわ。いや、千早群像がフランスに行ってるぶん、あの子の方が働きものかもね」

「はいはい。わかりました。ちゃんと働きますよ。準備したらすぐに向かいますから」

 

早く来なさいよねー、と手をひらひら降ってヒューガは部屋を後にした。

 

……いや待てそういやここ私の部屋だ。

 

てことはまたハッキングしたな、あの腹黒眼鏡。

 

 

「油断も隙もあったもんじゃないわ……」

 

そう言って彼女は立ち上がると、ふとそれが目に入る。

 

「……夢じゃないかって、疑いたくなるのよね」

 

だって、あんまりにも幸せ過ぎたから。

 

でもこの髪飾りが、その幸せが真実だと教えてくれる。

 

いとおしいそうに彼女の指が髪飾りを撫でる。

 

その時だ。

 

不意に通信が入った。

 

しかもアシガラからだ。

 

何の用事だろうと、疑問に思いながら彼女は回線をつなぐ。

 

「もしもしアシガラ。どしたの?」

 

『あ、ホウライ?ちょっと聞きたいことあるんだけどさ、横須賀でおすすめの喫茶店ってある?』

 

「いきなりね。どうしたのよ突然」

 

『やぁ実はミョウコウたちと横須賀遊びにきたんだけどさ、お茶飲もうと思ったらなかなかお店見つかんなくて。それで試しに聞いてみようと』

 

「ふーん。今場所どこ?それによるわ」

 

『えーといまは……あっ!なんか良さそうなの発見!パフェ美味しそう!ホウライあの店知ってる?』

 

言ってアシガラは店の名前を告げた。

 

……知ってるも何もまさかの昨日おじさまと言ったお店まんまであった。

 

なんとも微妙な心境なので言い方が雑になった。

 

「あ、うん。そこ美味しい。絶対美味しいわよ。財布に余裕あればいけるわ」

 

『まじ!?財布なら大丈夫だよ!ヒエイにおこづかい貰ったから!』

 

「へぇいくらぐらい?」

 

アシガラから金額を聞いたホウライはくらりと目眩を起こしかけた。

 

――ヒエイ、それおこづかいってレベルじゃない。

 

月給だよ。

 

真剣に霧の生徒会の財政事情が心配になる彼女であった。

 

「……まぁとりあえず、その店は美味しいから安心なさい。おすすめはストロベ――」

 

『あー!駄目だホウライ。ここ予約制だ。私ら入れないよ!』

 

「はい?」

 

アシガラの言葉に首を傾げるホウライ。

 

そんなはずはない。

 

だって予約制なら、昨日私たちが入れるわけはないのだから。

 

――いや待て。

 

そういえばおじさま、昨日受付で『予約した上陰だが』とか言ってた気がする。

 

しかも二名とかも。

 

 

――それってつまり。

 

はじめから予約してあった店に私は招待されたってこと?

 

 

 

『そうか――なら構わなければその日は私に付き合ってくれ。食事に行こう 』

 

 

 

 

だとしたら、あの誘いは。

 

本当に私を。

 

 

デ、デ、デ、デデデートに……!?

 

 

 

 

『もーダメみたいだねぇ。仕方ない他のお店探すかぁ……ってホウライ?大丈夫?』

 

 

「……………………だいじょばないです」

 

 

問いかけられた彼女は、へなへなとベッドに崩れ落ちていた。

 

……腰が抜けて、立ってなんていられなかった。

 

あの人の真意なんてわからない。

 

いやきっと、深い意味なんてない、わかってる。

 

だけど、わかってきるけど……。

 

「――あっの朴念仁。いつか絶対泣かせてやるんだから……」

 

……それが、何よりも明確な敗北宣言だとも気づかず、彼女は真っ赤になった顔をシーツに埋めるのであった。

 

 

 

――ああ、かくも魅力的な貴方さま。

 

貴方へ馳せるこの想いは。

 

どうやら、まだまだ止まることはないようでございます。

 

 

 



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行きつく先へ LostBlue 第一話 災動

停滞した海に、風が吹く。

「行きつく先へ 最終話」より一年後のお話。

どうぞ、よろしくお願い致します!


1

 

ーー約束だよ。

 

そう言って、貴方は微笑む。

 

朗らかで無邪気な、少女の笑み。

 

見ているだけで、心は炙られた氷みたいに蕩けてゆく。

 

そして、その笑顔と共に差し出されたのは、真っ白なの手。

 

まだ幼い手のひらを、貴方は握りこぶしに一本だけ、小指を立てて私に向ける。

 

……その行為の意味が、当時の私にはよく理解できなかった。

 

首を傾げていると、貴方は悩める私に教えてくれる。

 

ーーこれは指切り。

 

約束をするときにやる、『誓約書』みたいなものだよ。

 

……快活に、貴方は『誓約書』なんて言うが、幼い見た目に反して何とも難しい言葉を使ってくれる。

 

まぁこの私にとっては、これ以上ないほど合点のゆく解説であったが。

 

ーーうん、理解した。

 

ならば、私は『誓約』しよう。

 

いつの日か、私が私の役目を。

 

貴方が貴方の役目を全うしたとき。

 

……この蒼き世界を、取り戻した暁に。

 

もう一度、貴方と『遊ぼう』。

 

約束だと頷いて、私も習って小指を差し出す。

 

貴方よりも長い小指を。

 

生きた時間に身合わない長さに伸びた、私の小指を。

 

手折らないようにそっと、そっと、私は絡める。

 

しっかりと詩を歌いながら。

 

上下に手を振って、針千本飲ますと脅しあって。

 

繋げた小指を切り離す。

 

……ああ、しかして願わくば。

 

その再会が、あの『ゴミ箱』の中でないように。

 

■ ■ ■

 

――その日も、彼はいつもように次の会議のために作成された資料に目を通していた。

途切れなく並ぶ文字の大群。

内容は……語るのも下らない理想論ばかり。

どうせ内容を理解できなかったからと言って怒られることはない。

ただ余りある『時間』と『資金』を濁すためのものだから。

けれどそれでも目を通し頭を使おうとするのは、そんな濁ったものたちと同価値にはなりたくないというせめてもの『意地』か。

……まぁ、どちらにしても。

 

そんなせめてもの『意地』ですら、この世界を変えるのに一欠片だって役に立たない。

 

「……これならばまだ、あの『行き止まり』の方がマシだったな」

 

そう自嘲するように彼が頬を歪めたそのとき。

コンコンと扉がノックされる。

 

「……開いている」

 

そう彼が応えると、「失礼します」と言って一人の人物がその扉を開く。

白い軍服を纏った男、右手には大きめの紙袋を下げている。

彼はかつかつとよい姿勢で歩み、部屋の主の腰かける机の前までくると、びしりと敬礼をする。

そこまでは立派な軍人の手本。

けれどすぐに……ふにゃりとその張りつめた雰囲気を緩め、軽い笑顔を浮かべる。

 

「相変わらず仕事熱心なことですねぇ。旦那はもう少し、適当に生きたらどうですか?」

「別に熱心なわけではない。ただ他にやることがないだけだ……それより山村、今日は何のようだ」

「いや何。どうせ旦那のことだ。また昼食べてないんでしょう……サンドイッチとか、どうです?」

 

そう言って軍服の男こと山村 扇は紙袋を揺らす。

腰かける黒い影は少し思案すると「……そうだな」と頷いた。

 

「……分けてもらえるか」

 

勿論ですよ、と山村と笑った。

……にらんでばかりでも意味はない。

潔く休息をとるのも大事だ。

そう思うと彼――上陰龍二郎は手に持っていた紙の束を机に投げ捨てるのだった。

 

 

■ ■ ■

 

――『あの日』、と回想される日は、今現在では二つになった。

 

一つは霧の総旗艦ヤマトの消滅した日。

 

そしてもう一つは……総旗艦ヤマトとムサシ二隻の後継を名乗り、人類に宣戦布告をしたある一隻が消滅した日である。

 

後者の日からは、おおよそ一年の歳月が流れた。

閉鎖された国交は回復し、人類は再び繁栄を取り戻し始める。

 

……否、取り戻し『過ぎた』。

 

はじめの頃は疑心があった。

再び霧が攻撃を仕掛けるのではないか?

恐怖と警戒、それらがある意味でのブレーキだった。

 

けれど霧側の統制は驚くほど完璧だった。

霧の生徒会を名乗るメンタルモデルを持つ艦艇により、霧の艦が勝手に攻撃することはなく、これと言った混乱を起きることはなかった。

『自由』を理解できなかった艦たちも、その生徒会の存在によりだんだんとおのおの『行き先』を目指すようになった。

……まぁ恐らく、その背後では『蒼』の存在も大きかったことだろう。

 

 

だが……それが、あんまりにも『完璧過ぎた』。

 

ひとたび安全を認識した人類は、瞬く間に『堕落』をした。

資源の奪い合い、権力の誇示、他国との戦争。

今までは生存のために行われていたそれらが、自国の欲望を満たすためだけに行われている。

弱者は淘汰され、救いはなく。

強者のみが生きる世界の顕現。

 

……何も変わりはしない。

 

ただ強者が霧から人類そのものに変わっただけ。

 

「……だが、それを否定するつもりはない。これは人間の性だ。むしろ平和な世界という方が、よほど『夢』と言えるだろう……私が怒りを露にしたいのは、何もしようとしないこの日本国そのものに対してだ」

 

語りながらかつんと、上陰は空になったコーヒーのカップを置く。

それは彼にしては珍しく、苛立ちを募らせた声。

 

……他国が国力を増強する中、日本政府はなんの活動も起こさない。

それは何より、使うべき予算を現在の上層部が自らの地位と財産を守ろうと躍起なため。

貧困層への救済はなく、上のみが手にいれた『自由』を享受している。

むしろ軍部の関係は忌まわしいモノとしてすみに追い込まれている。

おかげで近年は『シェンロン』を名乗る国際テロリストが日本に紛れ込んでくる。

世界が変わったことに喜んでいるのに、真に世界が変わったことに気付いていない。

……同盟を組んでいたアメリカですら、いつ支援というなの支配を行ってくるのかわからないのだ。

それを見越した上で、今までは行動していたというのに……。

 

「……まさか肝心の『環太平洋国家統一構想案』の主な協力者、みんなお偉いさん方に買収されたんだっけ?いやはや、なんとも悲しいことだねぇ」

 

空のカップにコーヒーをつぎながら、山村はつぶやく。

――『環太平洋国家統一構想案』。

それは旧体制を打破し、日本を国力ある強者へと変えるための新体制を擁立するための構想……だったのだが。

何処からか漏れた情報により、上陰を除くほとんどが旧体制側に取り込まれた。

 

……もとから上陰も含めてそれぞれの我欲があってこその案だ。

わかりやすい報酬に脆いことは承知の上。

だが、これはあまりにも。

 

「……醜すぎる結末だな」

 

そう、上陰は嘲笑する。

山村も否定はせず、「確かにな」と首肯した。

 

「しっかし旦那、よく首を切られませんでしたね。構想案バレた段階で旦那終わったかもなと思ってたのに」

「……切るわけがない。私は『掃除屋』としては優秀らしい。頭を抑えながら適度に利用して、要らなくなれば捨てるつもりだろう」

「それわかっていてもやめないんだな、旦那」

「どうしようもないからな……本当に、どうしようもない」

 

 

……まだ、『あのとき』の方がよかった。

霧が濃かったあの時代。

行きつく先は見えず、前に進めばよかった刹那に生きていた時間。

だが……その行きつく先が、もしも行き止まりだった。

ゴールには渡るべき海もなく、その続きもなく、はじめから『ここまで』が決まってしまっていて。

そんな結末を知ってしまったと現在。

 

……なんて、蛇足的な未来なのだろう。

 

歩くことをやめたくなる。

けど、まだ続けている。

それは紛れもない未練。

まだ何かあるかも知れないという、すがるような期待。

 

……本当に、吐きたくなる。

 

「……ああそういえば。サンドイッチ三人分買ってきたんですけど、どうやら来そうにありませんね。旦那もうちょい食べますか?」

 

そう山村は話題を変えてきたが、上陰は結構だの一言で終わる。

連れないねぇ、と山村は肩を竦めた。

 

「……最近は来てないの?」

「ああ。静かで心地がいい」

「とか言って本当は寂しかったんじゃないんですかい?」

「そう見えるか?」

「いや全然」

 

即答である。

……気まぐれにプレゼントをやってからというものの、よくここにやって来ていた。

何をするでもなく、ただごろっとソファに寝転がり持ち込んだお菓子やら漫画を散乱させる毎日。

けれど最近……上陰が行き止まりを自覚してからはめっきり合っていない。

約三ヶ月前から、ずっと。

……ほっとしてる、というのは大いにある。

煩わしいと思っていたし、面倒くさかった。

しかし理不尽だとは思うが……八つ当たりどころがなくなったなと、少し感じた。

……同時に、『アレ』を確かめる術もなくした。

 

「……何がしたいんだろうな」

 

彼がぽつりと呟いた……その時。

 

不意に部屋にあったテレビにノイズが入り始めた。

 

「――ちょっと、待て」

 

呻くように、山村は呟く。

そしてリモコンで電源ボタンを連打するが……砂嵐は以前として続いたまま。

普通ならテレビの故障、と思うだろう。

だが二人はそうは思わない。

何故なら――これと同じ『始まり』を、お互いによく経験しているのだから。

 

そして二人の予想通りに次の瞬間、画面は写し出す。

 

――腰まで届く栗色の髪。

それと真逆に白いドレス。

さらに付随してその顔には……真っ黒な仮面。

楕円形に横一線だけ赤が走る、質素な仮面を身につけた人物が、そこには立っていた

……その姿に、上陰も山村も呻く。

 

 

「――はじめまして。人類のみなさん。そして私の可愛い霧の娘たち。私は霧の超戦艦。名をアマテラスと申します。以後、お見知りおきを」

 

画面の向こうで恭しく頭を下げる仮面の少女に、山村はひきつった笑みを浮かべる。

だがそれは恐怖ではなく、小馬鹿にしたようなせせら笑い。

 

「……焼き直しですかね、これ」

 

上陰は無言だった。

正確には、呆れて言葉を失っていた。

――これは模倣。

まぎれもないいてか彼女の再現。

となると、次に告げられる言葉は決まっている。

 

そして彼のその予感は、見事に的中する。

 

 

「ーーさて皆様。昨今はいかがお過ごしでしょうか。総旗艦の消失によりかつての霧という『脅威』は消え、人類も霧の艦も『自由』になりました。どうですか?今この世界は?……くだらない、ですよね?まったく実にくだらない。幸福は一部に、不幸はその他大勢に。他者を虐げ他者を吸い付くし我が身を愛するだけの権力者。争いはあるのに進化はなく、衰退するだけの人類……我々が滅ぼすまでもない。貴方たちは何もしなくても滅ぶことでしょう――ですが、霧との共存を望んだのがかつての総旗艦ヤマトの意思。我ら霧はそれに従う義務があります。ゆえに親愛なる皆様、ご報告が致します。今この時より、私アマテラスは――超戦艦ヤマトの後継として霧の総旗艦を継ぐことを、ここに宣言させて頂きます」

 

「……それで、次は宣戦布告かな?」

 

そう山村は茶化した。

――これに似た光景を、二年前に見ている。

語る誰かが変わっているだけで、本質は何も変わらない。

……同じか。

危機感なんてものは、とうに感じなくなった。

また恐らく、誰かがこれを阻止する。

もしくは阻止できなくて滅ぶことなるかもしれないが……それでいいとさえ思えた。

……容易い。

未来への期待がなくなった人間は、こうも容易く傍観者になれる。

虚ろな目で上陰は映像を見つめる。

画面の向こうの偶像者は、さもおごそかに過去の再生を行う……と。

 

――思って、いたのに。

 

 

「――しかしです。ここで霧が人類を管理するといえば、それは過去の焼き直しです。愚行の再現などあってはならない。何よりも……『親愛』なる人類皆さま方と『対等』にという遺訓が守られない。ゆえに私は、新たにもうひとつ報告します。私が率いる新たなる霧の艦隊、『茜の艦隊』は本日より――アメリカ合衆国直属の艦隊となることを、ここに宣言します」

 

「……は?」

 

ぽかんと、二人の口が開いた。

それはまったくの予想外。

端的に纏めるならこうだ。

 

驚異的な力を誇り人類を蹂躙していた霧の艦隊その全てが。

 

――アメリカ合衆国という一国家のみの『武力』となると、宣ったのだ。

 

 

「……ありえないだろっ!?」

 

ばんと、山村は机を叩いた。

せせら笑いなど消え、驚愕に目を見開いている。

上陰自身も、唖然として映像を見つめていた。

そして同時に、彼の机にあった電話がなりはじめる。

職業病か衝撃を受けても彼は即座にそれを手に取った。

 

「――私だ。ああ見ている。すぐに確認を――何だと?」

 

思わず声に出た。

報告を聞いた上陰はそのあと「少し待て」と呟いて電話をきる。

 

「何があった?」

 

山村は尋ねると上陰は苦い顔になった。

 

「――現在全世界で霧の艦隊の保有宣言映像流されているらしい」

「だろうな。てゆうかそのためのテレビだろう」

「そうじゃない、私が言っているのはだ……アメリカ以外の国も、霧の艦隊を自国の武力として保有しているという映像が流されている――ここにいるアマテラスとは別に、霧の総旗艦を名乗るメンタルモデルが現れているらしい」

 

あんぐりと、山村は口を開けた。

間抜けに見えるが……上陰だって、そうなりそうだった。

唸る二人を尻目に、映像は語る。

 

「そして同時に、私はアメリカ合衆国を主とする人類統一を行うことを、かの国を代弁してここに宣言させて頂きます……どうか降伏を。我が霧の艦隊は、全力でかの国の剣となり盾となり……歯向かうものを、殲滅します」

 

その言葉を最後に、映像は途切れる。

 

……報告通りなら、これと同じ内容の映像が、異なるメンタルモデルと異なる国家が行っているらしい。

一つや二つではない主要国家による宣言。

 

「……どういうことだ?」

 

山村は尋ねる。

すると上陰はどうもこうもないさと語る。

 

複数の国家が、霧を『武力』とし世界統治を図ると述べた。

これは以前の宣言とは違う。

正反対の、そして原初にして最大の始まり。

 

それは、まさしく――。

 

 

「――世界大戦の、始まりだ」

 

 

――『最悪』の、予想通りだった。

 

 

 

 



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行きつく先へ LB 第二話 ムショクの戦艦

それは女の姿をした、ただの兵器……。


「行きつく先へ」から一年の月日が流れた世界でのお話。

第二話になります。

投稿遅くなってしまい、申し訳ありません。


2.

 

「……久しぶりね」

 

言ってぐっと、少女は背を伸ばす。

それはきっと『彼女たち』にとっては何の意味もない行為。

けれど、ついやってしまう。

自分の中にめぐる感情が、それを『したい』と訴えるのだ。

無意味を求めるこの欲求、なんて無駄なこと。

つくづく、私たちは奇妙な壊れ方をしてしまったものだ。

 

「おや?こんなところで外人のお嬢さんとは珍しい……もしかして観光かい?」

 

背後から響く景気のよい声。

振り返ると、これまた晴れやかな笑顔を浮かべる四十代前後の男の姿。

足には長靴、額に鉢巻、いかにもな漁師である。

問いかけに少女は「ええ、まぁそんなところ」とひとまず肯定をした。

 

「まぁ観光というよりは『身内に会いにきた』というのが正解だけど」

「はは、なるほどねぇ。わざわざとおーい外国からご苦労なこった……しかし、そうだとしてもいい時期に来たね。もうすぐ横須賀復興記念祭があるから、さぞ華やかに賑わうだろうさ。せっかくだから観ていくといいよ」

「祭りなんて、そんなものをやる余裕なんてないでしょうに」

「ん?どうしてだい?」

「……ああそうか。そういえば情報統制してたわね。知らなくて当たり前か……ねぇおじさん。今って公共でつかえる電子通信ってある?」

「いんや。なんか設備点検か何かで今はどこも使えなくなってるよ。お役人様から回覧が回るぐらいだ」

「そう……ならまたアポなし訪問ね。ま、そのほうがおじさまびっくりしてくれるだろうしいいか」

 

ありがとう、と少女は会釈をして漁師と別れた。

それからこれまた大きな旅行バックをがらがらと引きずって歩いていく。

……しかし観光目当てでないというなら、彼女はどうしてこんな何もない海沿いを歩いていたのだろうか。

変わった外国人だなと漁師は思ったが……それ以上の感想はない。

さて自分の仕事に戻ろうとしたとき、彼はあることに気付いた。

……彼女が引いていった旅行バック。

それから水滴が滴っていた。

車輪の転がった軌跡を砂浜に二本の黒い線として残していた。

 

そしてそれが……波打つ海の中から、まっすぐ続いていたことを。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「――状況を整理しよう。新たなる霧の総旗艦を名乗る大戦艦アマテラスの出現、そしてアメリカ合衆国との共同戦線による世界統一を目論む宣戦布告。しかし同時に、まったく同じ内容、同じ姿をしたメンタルモデルがアメリカ以外の国と結託し宣戦布告。その数は今のところは七ヵ国。これにより事実上、新たなる世界大戦の幕開けた……ここまではいいか、山村」

「……いいも何も、現時点だけでさっぱりだ」

 

言いながら山村は肩を竦める。

げっそりと疲れきった顔の彼に上陰は「続けるぞ」と容赦なく言葉を重ねる。

 

「フランス、イギリス、ドイツ、中国……霧の支配が解けてから現時点においての先進国を中心に、スサノオやツクヨミなどを名乗り『霧の総旗艦』を自称する別個体が確認されている。さて、ここで問題になってくる事柄なのだが……果たしてどれが『本物』で、どれが総旗艦を騙る『偽物』なのかというという点だな」

「少なくとも、全部が『偽物』でこれははったり、って可能性は低いですね。現にまたジャミングが働いている」

 

――霧の総旗艦『たち』の宣戦布告が終わってからすぐに、世界は三度目の雑音に直面している。

ジャミングは一年前と変わらず、容易く世界を閉ざした。

事実を確認しようにもコールは届かず、指示を飛ばそうにも砂嵐の前には無力。

公共にはまだ伏せているが……そのごまかしも時間の問題。

上陰の部屋の外ではあわてふためき走り回る者たちの悲鳴が飛び交う。

……まさに再来、本当にこの国は変わっていない。

 

「だが、状況は以前よりも最悪だな」

 

口元を指で覆いながら、上陰は『現状』をそう断言する。

 

一年前もその前も、敵は単純に霧の艦隊だった。

だが今回は違う、何が敵で誰が味方なのかすらわからない。

同盟を結んでいたアメリカに真意を問いただすことは出来ず、それ以外の国に助力を求めることも叶わない。

孤独な日本にあるのは、ぎりぎり維持していた軍隊とアメリカからおこぼれで貰った僅か数発の振動弾頭のみ。

 

攻め込まれれば、勝機はない。

 

「しかしそれは日本に限った話ではない。霧を軍事力として行使されれば多くの国は降伏するしかない。振動弾頭も、そのほとんどが今回の先進国が保有しているのだからな」

「弱肉強食、ここに極まれりってか。けどそうだとしたら尚更……タイミングが良すぎるよな、これ」

 

ああ、と上陰は頷く。

 

……複数に重なったこの宣戦布告、誰かの意図がなかったなどあるはずがない。

けれどそれは国より計らいなのか、または霧側の計画なのか、判別はつかない。

 

「……まぁ。ついたところで、我々には関係ない話だがな」

「仰る通りで」

 

――変わらない。

 

上層部はきっと何もしないし出来ない。

力なき彼らはこの事態をまた『誰か』の手に委ね解決するのを待つだけだろう。

上陰のところにも暗黙を押し付けるはずだ。

 

――変えられない。

 

結局世界に風が不幸が、肝心の乗るべき艦がなければ進めやしない。

運命に選ばれ、強い力がなければ這い上がれない絶対の真理。

上陰には、それがない。

流れゆく世界に、身を任せるだけ。

 

……なんて、無価値な人生。

 

「……こうゆうとき、彼女がいてくれたらなぁって思いますね」

 

ぽつりと、山村は呟く。

それはきっと、ここにいない『彼女』に向けてのことだろう。

一時期、この部屋に我が物がいたたった一人の女性。

否、女の姿をした……『何か』

けれど上陰はそのつぶやきを「猶更無意味なことだ」と鼻で笑った。

 

「……この程度で靡いてくれるなら、私の計画はもっと楽だったよ」

 

――アレは、詰まる所『自分自身』だ。

 

上陰は彼女をそう評価している。

第三者的観点を持ち、最優先事項のための『最善』を選択するに特化した存在。

だからこそ理解が出来た。

ゆえに前回は思考が読めた。

……そのせいで、面倒くさいほど付きまとわれた。

 

その彼女が最優先にすることは無論、あの『蒼き鋼』たち。

 

「そしてその優先順位は決して崩れない。でなければ……この私を、わざわざ嵌めたりなどしなかったろうさ。そもそも、もう二度と会うこともない」

「……ん?嵌めたって、どういう意味なんですか?」

 

山村が首を傾げる。

……そういえば、まだ話してなかったな。

上陰はそんなことをまるで他人事のように考えた。

なんて堕落、かつての几帳面な自分では考えられない。

しかし、もはや袋小路と化したこの状況で、几帳面に構えてどうなるというのか。

だから、仕方ない。

そう上陰は自らの現在に理由づけをした。

……あきらめを、覚えた。

 

「確証はない。だが、私の計画をリークしたのはおそらく……」

 

彼がしばらくぶりに、『彼女』の名を口にしようとした……その時。

 

――ドゴンと、大きな爆音が轟いた。

 

一瞬で視界は灰色に染まる。

次に息を吸うと、粉末が肺に入り込んで激しくむせた。

何が、起きたか、わからない。

 

思考がとぎれとぎれで、上陰は判断が追い付いてなかった。

 

「旦那こっちこい!!」

 

山村が上陰の腕を引っ張ると同時に、吹き飛ばされた扉の向こうから足音が響いた。

煙の向こうには黒い人影がゆらゆらといくつも見える。

それからガチャンと重々しい何かが構えられる音を挟んで……数多の花火が舞った。

 

「がっ!」

 

自分を覆っていた山村の体が吹き飛ぶ。

赤色のしぶきと共に。

うめき声をあげる彼に、上陰はとっさに駆け寄ろうとする。

けれど顔を上げた先にあったのは……真っ黒な銃口。

それを突きつけた相手は、全身を黒く染めた衣装で身を包んでいて、顔には赤い十字線の入った仮面がついている。

一瞬のことで、まるで理解が及ばない。

ただそれでも本能で感じていたことは……あと少しで自分は死ぬという事実。

理由もわからず、何を得ることもなく、自分はもうすぐ殺される。

そんな暴力的な現象の到来に……上陰は、安堵を覚えていた。

……続ける理由が、見つからなかった。

すべてをささげたこの国から外され、見限られた自分。

死にたくても死にきれなくて、便利な道具として使われることに甘んじていたこの時間に、誰かが終止符を打ってくれるなら。

 

間違いなく、これは救いである。

 

楽になれる、解放される。

もう、それでよかった。

 

だからよけようともせず、彼は理不尽な最期を受け入れる……。

 

 

 

「……貴方、誰に銃を向けているの?」

 

――しかし『彼女』は、それを拒絶した。

 

ばごんという炸裂音。

黒い人影は勢いよく吹き飛び、壁に激突する。

そして交代するように上陰の前に現れたのは……旅行バックを携えた、一人の女の姿。

すらりと長い身長、細くあり艶ややかなラインを黒いコートに包んでいる。

その服装、その色はかつての上陰を真似たもの。

お揃いだと女は笑っていたが……今となっては過去と現在の自分の違いを思い知らせる皮肉でしかない。

極め付けは……白い長髪にかざられた、銀の髪飾り。

 

……やらなければよかった。

 

これ以上ないほど似合っている後ろ姿に、上陰は嗤った。

つけてやったのが、他でもない自分自身であるがゆえに。

 

女が振り返る。

真紅の瞳、血よりも深い赤の水晶に上陰の姿が映る。

途端、彼女は優しく微笑んだ。

それは三か月前とまるで変わらない……なんて、愛おし『そうな』表情。

 

「……久しぶり。お元気そうでなによりだわ、上陰のおじさま」

 

そう言って彼女は……『ホウライ』と名乗る『兵器』は、彼に手を差し出した。

 

 

 



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行きつく先へ LB 第三話 裏切り者の笑顔

彼女は、悪びれることもなくそう言った。

第三話です。よろしくお願いいたします。


3.

 

「――動きましたか」

 

すぅっと、目を細めて。

彼方で黒煙を上げる建物を眺めながら、女はつぶやいた。

ゆらりと風になびくは金の髪、海のように深い青い瞳。

一目で、ここ日本の出身ではないとわかる容姿……そう『取り繕われた外装』。

白い軍服に身を包んだその人は、普通の『人間』では決して見えるはずのない向こうの景色に『待ち人』の姿をとらえて、ふっと笑った。

それもまた、こういうときに人間が浮かべ『そうな』表情で。

 

振り返り、背後に控える『モノ』たちに命を下す。

 

「行きなさい。そして、なんとしても……霧の総旗艦を拿捕するのです」

 

指令を受けた『それら』は即座に動き出す。

一体、二体と、目標のいる建物のほうへと向かってゆく。

 

そして最後に残ったのは少女一人。

誰もいなくなったその場所で。

ふと、少女は空を見上げて。

 

「――まぁ、無理でしょうけどね」

 

そうぽつりと、言葉をこぼすのだった。

 

そこには明らかな……侮蔑を込めて。

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「……これで最後、っと」

 

言ってホウライはその大きな旅行鞄で圧し潰す。

ガシャンと音を立てて、襲撃者だったものの頭を、粉々に。

けれど血しぶきはない。

そこで弾け飛び散ったものは白い粉末のようなものだけ。

それはその一体だけに限らず、襲ってきたすべての個体の残骸は崩れるように白い砂へと変貌した。

ばすばすと鞄に付着したそれらを払ったのちに、彼女は振り返る。

そして「終わったよ」と優しく微笑んだ。

 

「……ご苦労」

 

壁にもたれかかった上陰は短く一言、ねぎらいの言葉をかける。

しかし感謝とか感動とかそういった感情はまったく感じられず、淡々とした口調だった。

傍らで真っ赤滲んだ腕に湿布を張って手当をしながら、「助かったよホウライちゃん……」と脂汗を浮かべて痛みに耐える山村とは、雲泥の差の反応だ。

 

「山村さん大丈夫?すごくつらそうだけど……」

「ああ大丈夫、傷はそんな深くないよ。この一年荒事なかったおかげで怪我ひとつしなかったからさ。露骨に痛みに対して耐性が下がった感じかな……」

「平和ボケってやつね。まぁいいんじゃない?そういう変化は微笑ましいものよ」

「はは、ありがと……そういうホウライちゃんも、なんか感じ変わったな?というか、目の色違くない?」

「ええ、ちょっと諸事情あってイメチェンしたの」

「諸事情?」

「まぁいろいろよいろいろ……とうかおじさま、かばってもらったんだからちゃんと山村さんにお礼言わなきゃ」

「……ホウライ、あれはなんだ?」

 

少女の言葉をまるっきり無視し、上陰は白い砂を指さして問いを投げた。

かくいう彼女もそれに不機嫌になることなく、まぁいつも通りの反応かと肩をすくめて、「ナノマテリアル」と端的に答えを述べる。

 

「ナノマテリアルって……まさか、さっきのメンタルモデルだったのか!?」

「厳密には違う。『霧』がメンタルモデル構成するの一番の目的は『人間の思考ルーチンを理解するために、人と全く同じ内部構造を持つ』ことだから。反面コイツらは外見だけ人型で、あとは動くのに最低限の簡易的な構造しかない。しかもユニオンコアを搭載してないから一定時間経過したら人型を維持することもできない、使い捨て前提のお人形。まぁ人類様と地上戦するなら十分威力を発揮する『量産型』ではあるけど」

「私が聞いているのはそんなことではない……あれは、どうして私たちを狙った?」

 

動く仕組みだとか、量産型などどうでもいい。

いま上陰が一番知りたいことは、『誰が』、『何のために』、『自分たちを殺そう』としたのかだ。

 

「勿論、それも教えてあげるけど……その前にちょっと、移動しない?さすがにそろそろ人がくると思う」

 

ぶちやぶられた扉を指さして、ホウライはそう言った。

確かに、これだけの大騒ぎで人が来ないはずがない。

いやそもそも、現時点で人がこないのがおかしい。

 

「ほかの職員はどうなってる?」

 

上陰の質問に彼女は「全員眠ってる」と答えた。

 

「一階に来た時には受付も警備員も倒れてて、しかもちょうど上で爆発音が聞こえたから『あ、これやばい奴だ……』と悟って階段走ってきた」

「え、もしかして偶然今日きた感じだったのホウライちゃん?」

「偶然も偶然よ……まぁ、いささかどんぴしゃタイミング過ぎるけど。それよりも早く、皆が目を覚める前に一旦ここを出ましょう。きっと警備の人が来たらおじさまたちは事情聴取、私は不審者でお縄でしょうから。あと、追加の追手がこないとも限らない」

「確かに……けど何も伝えずに上陰の旦那が急にいなくなったら混乱するだろうし……」

「構わんさ。どうせ私の生死など、上の連中は気にも留めまい」

 

いつになく投げやりな上陰の言葉、山村は黙ったがホウライは「そうそう」と何も悪びれず同調する。

 

「むしろ、扱いに困ったいたおじさまがいなくなってせいせいするのではないかしら?これを機に死んだことにするのもよろしいのではなくて?晴れて自由の身よ」

「自由になったところで、することは何もない。なにせすべて失ったからな……君のせいで」

「……あら、さすが上陰のおじさま。お気づきだったようね」

「……何の話だ?」

 

山村はそう尋ねたが、すでに、頭の片隅ではこの二人が何を話しているのかうすうす気づいていた。

ただそれがあまりにも、想像を超えていて。

出来うるならその嫌な予感が外れいてほしいと願ったが……それも叶わずに。

 

ホウライはまたにこりと笑って旅行鞄を片手で担ぎながら。

 

その嫌な『予感』を嫌な『事実』として山村に語るのだった。

 

「――上陰のおじさまたちが計画してた『環太平洋国家統一構想案』、あれを日本の上層部に密告したの、私なんだ」

 

ごめんね、と舌を出して、あまりにも軽すぎる謝罪を、少女は口にするのだった。

 

 

 



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