ストライク・ザ・ブラッド 錬鉄の英雄譚 (ヘルム)
しおりを挟む

とある理想郷にて

気分転換に書いてみました。
同時進行は辛いというからこれからちょっと連載は厳しくなるかもしれませんが、ちゃんとやりきるつもりでいるのでよろしくお願いします!!


そこは当たり一帯が野原だった。その草原を見て、木を背に腰掛けている男は思う。

ああ、つくづく自分は幸運だったのだ…と

 

男には一体なぜ、この理想郷に足を踏み入れられたのか分からなかった。永劫、世界の守護者(奴隷)として扱われる運命が延々と続くのだ。とそう考えていた。

 

だが、ある時彼はここに立っていたのである。それは何かの間違いなのではないのかと何度思ったか知れない。自分のあの愚かな願いの末にあの荒野に立ち続ける運命を背負ったというのに…

 

正義の味方になりたかった。

 

それが間違いではなかったと分かっている今でも、自分はあの願いは愚かなものだと断じられる。

 

だって、結局報われることはなかったのだから……

 

そんなことを考えている内に前から彼女(・・)がやってきた。

最初に出会ったあの時とは対照的に、理想郷の太陽を背に抱え、その全てを包み込む光は彼女の金髪を淡く輝かせていた。白いスカートは派手さはないもののこの平原と日光はその白さをありありと示し、すぐに目に止まるほどの存在感を放っていた。ただ、太陽が背にあるからだろうか?その顔は今はよく見えない。

 

「どうしたのですか?」

 

彼女が聞く。よほど、自分が物思いに耽る姿が珍しかったのだろう。

きょとんとした彼女の表情を見て、男は微笑をにじませながら答える。

 

「いや、何…本当になぜ、俺がこんなところにいるのだろうと思ってね。」

「まだ、そんなことを言うのですか?」

 

若干の怒りを滲ませながら、彼女は自分を凝視する。

それもそうだろう。自分たちが再会してからずっと彼はそんな考えを捨てられずにいたことを彼女は見抜いていた。

彼が幸せを感じられてるのはわかる。だが、こう何度も同じことを言われては面白くないと思うのは当然だろう。

 

「あ、いや、勘違いしないでくれ。別に君に会いたくなかったというわけではない。ただ、こうして出会えたことが本当に夢のように思えてな……」

「…そうですか。」

 

そう聞くと彼女はすぐに不機嫌そうな表情を収め、それから、微笑を浮かべて自分の隣へと座った。

 

「こうして、私は隣にいるんです。これは夢なんかじゃなくて、事実ですよ。」

「ああ…そうだな。」

 

言い終わると彼女は立ち上がり、こちらへと手を差し伸べてきた。

男は自分に差し伸べてくる手を取り、一緒に立ち上がる。

 

「それでは、シロウ!今日の朝食をお願いします!」

「…厳密には、俺たちは英霊に近しい存在でありながら、英霊ではなくなっている存在だが…食事は必要ないはずだぞ。アルトリア。」

 

ここに来てから呼び慣れているお互いの真名()で呼び合う。

世界と契約を解いた彼女はともかく、ここにいる自分もなぜかこの理想郷に来た瞬間、英霊とは違うカテゴリへと押し込まれたのである。

 

「お願いします!!!」

「……分かった。」

 

溜息をつきながらも彼はこのような毎日を楽しんでいる自分が居ることを自覚している。小走りで前へと走っていく彼女の後ろ姿を追い、ゆっくりと歩を進める。

彼女が思い描いた理想郷……ここは今は現世に亡き幻想種などが生息する奇跡の場所だ。当然、生息するということはその者たちの食べ物なども存在する。そのためか食材がないというわけではないので、食べたりするのに困りはしない。もっとも、その食材というのは幻想種の肉やら何だか怪しげな草だったりするので注意が必要だが……

ただ、そうだとしても食事を必要としない自分たちには多すぎる気がする…なんせ、一部には100haほどの麦畑が存在するのである。

もしかしたら、彼女の食事への関心が理想郷に思わぬ変貌を与えてしまったのかもと考え、本人に言ってみたときには、しばらく口をきいてくれなかった。

 

ーああ、本当に幸せだー

 

そう考えていたとき、突然嫌な鈍痛を頭が引き起こす。

 

「ぐっ…!!?」

 

しばらく続くというわけではなく、その鈍痛は少しすると和らぎ、また、彼は彼女を追いかけるように歩きながら今起こったことについて思案する。

 

(妙だ。ここに来てから、世界に召喚されるということは全くと言っていいほどなかったというのに…)

 

真っ先にそこに繋げたのは英霊とはそもそも完成された存在であり、厳密には英霊ではなくなった存在である彼であっても、その体質は変わらないと考えたからである。完成された肉体である彼らにとって不完全の象徴とも言える『病気』などかかろうはずもない。それこそスキルか何かに病気に関係するスキルなどが存在していた場合は違うのかもしれないが……

そのようなスキルを持った試しなどシロウにはない。そのため、そんな完成された存在である自分が頭を痛くするなど、間違っても引き起こすような症状ではない何か理屈があるはずだ、とシロウは考えた。

そこで、最もシロウという英霊に関わってくるのは世界からによる強制召喚である。それくらいしか世界からの()()()()()が存在しなかったと言えば悲しくならないわけではないが、元々、自分はそのような存在()()()のだから今更であろう。

 

「どうしたのですか?シロウ」

 

と、そんなことを思い、考えているうちに先ほどと同じように顔を覗き込ませながらアルトリアが聞いてくる。その顔は眉尻が下がり、口はわずかに開きつつ、目は微かに潤んでいるように見えた。

そんな心配そうな表情をさせている自分が無性に許せなくなったので……

 

「いや、なんでもない。」

 

そう答えた。そんな自分の反応にアルトリアはしばらく疑わしそうな眼差しを自分に向けてきた。長年付き添っているのだ。そろそろ、このシロウという男が何か隠しているか否か、などということは即座に判断できる。だが、アルトリアは同時に彼が妙なところで頑固であるのも覚えている。そのため、彼が『なんでもない』と言った以上はそのことを言わせるのに苦労するだろうことも彼女はよく知っている。

そのことを念頭に置きながら吐かせるか否かを検討する。だが、やがて気をとりなおしたのか、ふう、と溜息をつき、

 

「そうですか。」

 

と言って、そのまま前へと小走りで駆けて行った。その後をシロウもまた歩きながら追っていき、彼らの影はやがて草原の彼方へと消えていくのだった。

 

この後、エミヤシロウには確かに何も起こらず、そのまま全て遠き理想郷(アヴァロン)に留まり続けた。

 

だが、“英霊”とは本体を座に残して、分身としてサーヴァントを現界させるものである。

たとえ、英霊でなくなったとしても、アヴァロンを座として召喚される場合もあるのだと、そのときのシロウは理解できなかった。当然だ。実際、イレギュラーにもほどがある。

 

そのため、このとき確かにエミヤシロウの中に残り続けた意識があるように、旅立って行った意識もあるのだ。

 

行く先は血の中に眷獣という魔力の獣を従える吸血鬼の世界でありながら…

 

エミヤシロウが正しく英雄として祀られている世界でもあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

教会での惨劇

今回は短いです。次でようやく色々と突っ込めると思うので期待していてください!
それと、今回でエミヤさんに重大な異変が起こるわけなんですけど、これについては後々、ちゃんとした理由を語ろうと思っていますので、どうかお待ちのほどをよろしくお願いいたします。

ここで、クソテンプレだと思った方は、まあ、仕方がありません。
だって、正直ありガチじゃないと言えば嘘ですもの…


「くっ!?」

 

目覚めるとエミヤシロウはどこか知らない草原の上に横になっていた。手足を動かし、自らの状態を確認した後、重く感じる体をなんとか起こし、立ち上がる。

不自然な形での召喚には慣れているものの、今回は少々特異が過ぎる。何せ、座からではなく全て遠き理想郷(アヴァロン)の方から飛ばされてきたのである。その状態はさながら、派遣社員が正社員に変わったというのに未だに派遣社員の真似事をさせられているような理不尽さに酷似しているために、常人よりも大分寛容であると自負しているシロウではあるが、正直な話今の状態について考えると、機嫌が悪くないかといえば嘘になる。

 

(まったく…一体どのような馬鹿者だ。俺をこのような召喚方法で召喚してくるとは…)

 

癪ではあるが、己がマスターを捜すために辺りを見回す。だが、その見回す顔はある一点で凍りついたように硬直した。

 

「ちっ!?」

 

走る、というよりも飛び駆ける。7mまで一歩で短縮できる英霊の超人的な身体能力をフルに使いシロウは目的の地へと一分一秒でも早くに着くようにとひたすら駆けていった。

近づけば近づくほどありありと聞こえてくる悲鳴の数々、それらに舌打ちしながらも段々と近づいていき、そしてようやく到着した時にはほとんど全てが終わっていた。

 

「間に合わなかったか…」

 

否、最初から間に合うはずなどなかった。自分がここに来た時にはすでにこの教会は燃え、命の絶える声が、音がしていたのだから…

焼け焦げ、命がなくなっていく様はまるでかつて自分が経験したことがある()()大火災を思い出させる。そんなことを思い返しながら、諦め悪く、彼は生き残りがいるか否か確かめるために辺りに視線を巡らせる。

 

すると、ゴボ、という何かの液体が変化したような音が響いた。

 

すぐにそちらに視線を向けると、そこでは赤と白のチェック柄のスーツとネクタイという派手な格好をした男が目の前の白銀の髪をした乙女の命を食い潰さんと右腕を水銀で変形させた異様な刃物で襲いかかろうとしていた。

 

男は右腕を振りかぶり、その乙女の足へと刃を突き込もうとした……だが、瞬間、疾風と化したシロウがその乙女を抱き上げ、連れ去っていく。先ほど少女を傷つけようとした男を通り過ぎて10mほど離れたところで着地した。

男はその光景に絶句しながらも、すぐに思考を切り替え、自らの殺しを邪魔した何者かの背中へと憎々しげな瞳をぶつける。

 

「なんだい?君は?」

 

男が尋ねる。この娘を殺す、または動けなくするようにすることが男にとってはよほど大事なことだったらしい。明らかに不機嫌な調子でその男は、浅黒い肌と白い髪をしたシロウを睨みつける。

 

「なに、名乗るほどのものではないよ。俺としても、今一体何が起こっているのか分からないくらいなのでね」

「そうか、じゃあとっととその娘を置いてどこかに行ってくれないかな?僕はその娘を()()()に生贄に捧げなくちゃならないんだ。その娘は強力な霊媒になり得るほどの力を持っているからね」

「なるほど、生贄のためにこの少女を殺そうというわけか。いかにも、魔術師らしいな。」

 

銀髪の少女を地面にそっと寝かせるようにして置いた後、ゆっくりとシロウは男へと視線を向ける。その嫌悪感が混じった鋭い鷹のような双眸は、並みのものならば、その目に晒されただけで死を覚悟し、滝のように汗を流すだろう。

 

「っ!?」

 

だが、男はそれに対しわずかに汗を垂らす程度で動揺を隠すことができ、幾分か落ち着いた後に言葉を紡ぐ。

 

「子供のくせになんて目だ……だけど、僕もなりふり構っていられないんでね。子供だろうが容赦なく行かせてもらう。」

 

改めて右腕を刃物に変形させた男は、一歩踏み込もうとする。それに対し、シロウは一歩後退りをし、背後にいる少女を守らんがために中腰になって迎え撃とうとする。互いの間にわずかな火花が鳴るような音がした。それは幻聴だったのか、それとも自分たちの周りの焔達が鳴らしたものだったのかそれは定かではない。ただ、どちらともなく、その音を皮切りに動き出そうとした。

 

だが、その瞬間、どこからか警戒を呼びかけるためのサイレン音が鳴り響く。

 

「ちっ!」

 

音が鳴り響いているのを聞いた男は素早く、右手の水銀を元の手の形へと変える。その様子から察するにこの国の警備隊か何かが事態を察知して来たのだろうということはシロウにも予想できた。

 

「あとちょっとだったっていうのに……だが、まあいい。十分に生贄に捧げることができた。今度また、こちらに来れるようになった時にまた続ければいいだけのことだしね。じゃあね。」

 

男がそう言うと同時に一際大きな爆発が周りの空気を喰らい、その光で覆い尽くし、シロウの視界を容赦無く塞いだ。

 

「くっ!」

 

光が収まり、再び赤い焔と血の匂いが周囲を覆う地獄絵図へと場面が戻る。

 

「逃げたか。さて、どうするか……」

 

敵はそこまでの運動能力を持った敵ではない。今ならまだ自分の能力を使い、追うことも可能だ。追おうかとも思ったが、

 

「いや、やめておこう。」

 

背後にいる少女のことも気になる。このまま警備隊が来るのを待った方がいいだろうとシロウは考え、その場に留まることとした。

 

(しかし…子供だと?)

 

エミヤシロウは先ほどの男のセリフを思い返しながらその言葉に違和感を覚え、頭の中で反芻する。そして自分の姿を確認するために手頃な鏡を投影し、自分の今の姿を見る。そして、そこに映った姿にシロウは絶句する。

 

肌の色は変わらずに褐色ではあるし、その他諸々の色も別に変わりはなかった。だが、それら全てのパーツを構成する要素が幼すぎる。顔のラインはシュッと締まった表情をしていたものが子供の頃のような丸い童顔へと、首回りも筋肉が抜け落ち一回り小さくなっていることが伺えた。

 

そう。それらの情報は一つのある事実を物語っていた。そこには、褐色の肌と白い髪をした衛宮少年が立っていたのだという事実を……

 

「…なんでさ?」

 

そんな予想外の事態にシロウは堪らず昔と同じような口癖を言ってしまったのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術

しばらくして警備隊(アイランドガード)と呼ばれる団体がこちらに辿り着いた。彼らはこのあまりにも無残な事態に目を覆い隠そうとしていたが、やがて自分たちの存在に気がつくと急いでこちらに向かい、倒れている銀髪の少女を救急車へ運び、自分も子供であるということから保護される名目で同じ救急車に乗せられた。

銀髪の少女が病院へと入っていくのを見送っていく中、シロウは自分に怪我がないことを相手に伝えて、その場を後にしようとした……のだが、

 

「君、ちょっと待ってくれるかな?」

 

今度は警備隊(アイランドガード)に身柄を確保されてしまった。別に振りほどくのは簡単だったのだが、この場で目立ってしまってもマズイとシロウは考え、仕方なく警備隊(アイランドガード)についていくことにした。

 

ーーーーーーー

 

「それで、君はどこまでわかっているのかな?」

 

そして今現在、シロウは尋問室の中で取り調べを受けている真っ最中である。

それに対し、シロウは肩を竦めた調子であくまで慎重に言葉を選び言い放つ。

 

「どこまで…と言われても困ります。あの火事が見過ごせないとおもったら気づいたら体が動いていた、で説明にならないのでしょうか?」

 

流石に今の自分の年齢のこともある。ここで変に相手に悪い印象を持たせてしまっては逆効果となり確実に目立ってしまうだろう。そう考えたシロウは久しく使っていない敬語を使い、話し相手である職員に問いかける。……正直な話、かなり背中がむず痒いものを感じる。

シロウの言葉を聞いた職員は、うーんと顔を捻らせる。

シロウの方もこのことについては無理があると予想している。あの火事は小規模ではあったものの確実に人の命を断てるだけの熱量があった。そんな厄災の中に子供が一人でしかもなんの準備もなく突っ込んでいったなど、無謀にもほどがある。

 

たとえ、本当にその通りだとしてもだ。

 

そのため、職員はこの子供が何か隠しているのではないかと考え込み、シロウの方はあくまで凄然とした構えを取り続け、腕を組み、職員の質問を待ち続けた。客観的に見ると一体どちらが職員なのだか分かりはしないと思えるかもしれない。それほどまでに両者の姿は対照的であった。そのためか、職員の方は完全に子供姿であるにも関わらずシロウから発せられる威圧感に呑まれてしまい、一体どこから話を切り出せばいいのか分からなくなってしまっていた。

 

質問せねば!だが、なんだか聞きづらい…いや、だが、質問せねば!でもやっぱり聞きづらい!

 

そんな感情のループが職員の頭の中で回り続け、その思考の回転が沈黙の継続をさらに加速していき、話しづらい空間を作り出していく。

 

そのため、しばらく両者は顔を見合わせ、室内をその重苦しい沈黙で満たしていた。

 

「失礼します。」

 

すると、一人の違う職員が尋問室の中に入ってきた。

 

「なんだ?」

「ハッ!実はそこの少年なのですが、もう、釈放していいとのことです。」

「「なに?」」

 

その言葉に驚きが混じり、思わず今入ってきた部下らしき職員の方をシロウと向かいにいる職員の両者が睨む。その視線に気圧され、部下の方は半歩後ろに下がってしまう。

 

「なぜだ?」

「は、はい!南宮教官の話ですと……」

 

「この事件は錬金術士が関わっている可能性が高い。まだ、詳細は分からんが、ここは古の大錬金術士ニーナ=アデラードが祀られている修道院でもある。

しかも、そのニーナだが、つい最近、天塚汞という弟子も抱えたとの噂だ。天塚を犯人像にするというのはあまりに安直すぎる話ではあるが、そこかしこに錬金術を行った痕のようなものがある。

少なくとも、錬金術を扱うものであることは確かだろう。だとすれば、その少年を捕らえても無駄なことだ。

私が見たところ、どう見ても錬金術を扱う類の魔力の質をしていない。釈放しても、正真正銘、子供だとわかっている以上、二次災害の危険性もそこまであるまい。」

 

「…とのことでした。」

 

その話を聞いていながら、シロウは驚いた。

 

(どういうことだ。これは?なぜここまで、魔術が広く知れ渡っている?)

 

魔術とは秘匿されなければならないもの。それがシロウの生きていた頃の魔術師としての絶対の掟である。でなければ、魔術師は根源へと至る道を自ら閉ざすことになるのだから。

だが今見たところ、この近未来風の出で立ちをした職員たちは確かに魔術というものを知り、そこに理解があると考えられる。

 

とすると、奇妙なことがある。なぜ、魔術という技術が失われていないのか?魔術というものは秘匿しなければ力を失うというのが自分の世界での常識である。

神代のような魔術が溢れかえった世界ならばともかく、このような科学がありふれた現代において魔術が溢れ返るということがあり得るのだろうか?

 

(やれやれ、()()ならその辺りの知識も含めて聖杯から支給されるはずだが、どうやらそれもなさそうだしな。これはまた厄介なことになりそうだ……)

 

早急に調べておく必要があるだろう。自分の不完全な召喚が誘発した事態なのかもしれないが、それで現代知識はお手上げですなどと言えるわけもない。

 

いずれこの時代についてわかる時も来るのだろうが、それがいつになるかわからない。何せ、今はマスターとの魔力のパスが不完全な状態の所為で自分の体は子供になるわ、力が十全に発揮できないわで散々だったのである。

ならば、情報は多い方がいいに決まっている。

 

「おい、帰っていいぞ!」

 

そんなことを頭の中で反芻し考えていると、あからさまに不機嫌な調子の声が目の前から聞こえてきた。

その声の主は誰であろう先ほど自分を尋問していた上官職員である。この上官はそこまで狙ってはいなかったものの、シロウが自然と生み出してしまった威圧に負けた。そのことについて、おそらく、頭の中では分かっていても納得はできていないのだろう。

気持ちはわからないでもないが、子供に対しその八つ当たり気味の口調はどうかと思う。とシロウは考えながらも素直にその言葉に従い、椅子から立ち、踵を返していくのだった。

 

「さて、やれやれどうしたものか…」

 

外に向かいながら、シロウは考える。予想外の事態には生前何度も出くわした。その対処法だってある程度心得ている。だが、今回は少しその程度が度を超えている。

ひとまず、どこかこの世界について知ることができる場所について心当たりがある者がいないか探してみるのも手だと考えたところで聞き慣れない声が耳に入る。

 

「すまない。よろしいかな?」

 

声をかけられ、そちらを振り向く。見ると、そこには眼鏡をかけた初老の男性が立っていた。身につけている白衣はどこかくたびれ、彼の調子を物語っていた。

 

「なにか?」

 

自分の今の年齢のことも考えて、比較的らしく振舞うためにも久しく使っていない敬語を使おうと決め、シロウは応対する。

 

「娘が君の世話となったと聞く。私は叶瀬賢生。何かお礼ができたらしたいのだが…」

 

娘というのはおそらく先ほど自分が救った少女のことだろう。失礼だとは思うが、正直、目の前の男性はあの少女の父親という割には共通点が少なすぎるため、一瞬面食らってしまった。だが、そこからすぐに思考を切り替える。

 

(もしや、この状況は今の俺にとって、もっとも都合の良い事態なのではないか)

 

そう考えたシロウは、

 

「では、申し訳ないんですが、どこか資料館か何かに連れて行って下さりませんか?」

 

まるで昔の自分に戻ったようだな、と心の中で皮肉りながらも慣れない敬語でシロウは応対する。

そう頼まれた賢生は、数瞬前の自分のような面を食らった表情をしたが…やがて、不思議がりながらも自分を図書館に連れて行く旨を了解してくれた。

おそらく、あまりにも謙虚すぎる願いに驚いたのだろうと予想をつけながらもシロウは賢生の後を追うようにしてその場を後にするのだった。

 

ーーーーーーー

 

調べ物をしていくうちに、彼はそこに書かれている事柄を見て少なからず驚愕した。

なんと、ここは自分たちが生きてきた世界の未来の姿の一つの可能性であることが高いことが予測されるというのだ。

 

自分が学んだ魔術というものは、一般の者に知られれば知られるほど、その力は失われる。魔術に力を与える全ての要因と成り得る根源への軸が細くなっていくからである。だが、一方で魔術への信仰心が強まれば強まるほど、魔術基盤は強化される。

 

この場合、おそらく、後者が異常な働きを見せたのだろう。

今から、数えることも馬鹿らしくなるほど昔に起こった魔族と人間の争いが引き金となり、魔術は広くに知れ渡ることになった。

結果、一時的に魔術の力は失われ人類はわずかに絶望した時期があったと考えられる。

だが、それを世界はよしとしなかった。当然だろう。全世界の人々に知られ畏怖ともいうべき信仰がなされ、魔術基盤は神代レベルまでに至るまで強化されているはずである。その信仰心をどこかに放出しなければパンクする。

結果、根源への道を永遠に失う代わりに、人類は変異した魔術をそのまま行使するに至れたわけである。

 

(恐らく、世界はこの世界に元々存在した根源に変わる、もしくは根源に並行してこの世界に力を与えていた()()をその力の要因へと変えたのだろう。その何かが何なのかは分からんが…)

 

間違いなく、その存在も並の存在ではないだろう。何しろ根源に代わって力を与えられるほどの存在だ。どう考えても異常である。

 

ただ……

 

(だが、だとすると不可解だ。)

 

自分は世界の“座”に登録された英霊存在である。英霊がいるべき“座”とはそもそも『根源』に由来しなければ絶対に存在し得ない。つまるところ、

今は違う存在であるにしても、このようなルールの変わったゲーム基盤の中に我ら(サーヴァント)が配置されるだろうか?

 

正直、ありえなくはないにしても、考えられる話ではない。

この世界はまだ何かがある。自分のこの予想を覆すような何かが……

 

「やれやれ……やはり、今回は想像以上に厄介な案件のようだ。」

 

だが、とにかく、今はこの事態に対して対処をすべきだろう。

自分が召喚されているということは他英霊たちも召喚されていると考えた方がいいのかもしれない。厄介ごとは今のうちに対処法を考えておくに限る。

 

そう思いながらシロウが外に出ようと歩を進めようとした瞬間、不意に足が止まる。足を止めたのは絵本が立ち並ぶいわゆる子供ゾーンのようなものの前だった。

その本棚に目を通し、世界で一番有名な絵本集というところにそれはあった。

 

そこには、無数の剣を背に荒野でただ一人立っている男の後ろ姿が写っている、そんな悲しげに赤を基調とした真っ赤な絵本が立てかけられていた。




次回、絵本を基調としているので舌足らずな説明頑張ってみます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誕生

むかし、正義(せいぎ)味方(みかた)というものを本気(ほんき)目指(めざ)した(おとこ)がいた。

(おとこ)名前(なまえ)衛宮士郎(えみや しろう)(ひと)歴史(れきし)のなかで、間違(まちが)いなく(もっと)(つよ)(おとこ)()われるほどの(おとこ)になった。そんな(おとこ)人生(じんせい)をこの(ほん)(かた)ろうと(おも)う。

 

そんな解説じみた綴りがあったその次にいよいよ物語は始まる。

 

初めは月がよく見える位置に座っている妙齢の男性と赤髪の少年が描かれていた。絵の具で小さく描かれているせいか顔は分からない。

 

ふたりのおやこはキレイなおつきさまをみていました。

そのつきはまんまるくきれいにここさいきんでいちばんひかっていました。

そんなとき、おとこのこのおとうさんはいいました。

 

こどものころ、ぼくは「せいぎのみかた」にあこがれていた。けどあきらめてしまったのだと…

おとこのこはそんなことばをうけて、こうおもいました。

ぼくが「せいぎのみかた」になってやる!と

 

ページをめくる。

今度はただ、ひたすら間違った修行をしていた頃に似ている絵が描かれていた。

 

すこしして、おとうさんがしにました。

おとこのこはかなしみましたが、ないているひまはありません。

じぶんが「せいぎのみかた」になるのだ。とかんがえ、おとこのこはくんれんしました。

でも、まったくじょうたつしません。

どうしてだろう?とおもいました。

 

でも、おとうさんがまちがっているはずはないとおもったおとこのこはあきらめずにおとうさんがおしえてくれたほうほうでくんれんしました。

 

「いや、まったく…絵本ということもあるからか、随分とおとなし目に描いてるな。何を訓練しているのか?までは書かれてない上に、少ししたら、じゃなくて直後に死んだんだがな…」

 

そんなことを言いながらもページをめくる手を休めずにそのまま次へと行く。

今度は自分の魔術の師匠に当たる人間に会っている描写が描かれていた。相変わらず顔は描かれていないが、このツインテールは間違いなく彼女だろう。

 

おとこのこはせいちょうして、こうこうにかようようにもなりました。そんなとき、どうきゅうせいのこにいわれました。

「あなたはまちがえている」と…

 

そのあと、おとこのこはメキメキとせいちょうし、どうきゅうせいのこに「ありがとう」といいました。

 

今度はイギリスでも描かれているのだろうこの時計塔は何年経っても、忘れられるものではない。

 

おとこのこはちょっぴりおとなになり、さらにつよくなるためにがいこくにいこうときめました。

そこでおとこのこだったせいねんは、ものすごくつよくなりました。

 

そして、いよいよというところだろう。今度はどこともしれない戦場を双剣と弓を手に駆けている姿が描かれていた。

 

つよくなったせいねんはたたかいにいきました。だれもないてほしくないとおもい、せいねんはたたかって、たたかって、たたかいぬきました。

たたかいつづけたせいねんのはだはいつしかこげついたようなちゃいろく、かみのけははいをかぶったようにしろくなりました。

 

次のページには無数の剣を突き立てながらわずかに雲の間から覗かせる日光を見上げている青年の姿が描写されていた。

 

せいねんはいつしか「えいゆう」とよばれるようになりました。

せいねんはそれをうれしくおもい、かなしむひとをたすけるためにもっと、もっとたたかいました。

わるいことをするひとがすくなくなり、わるいことをしているひともかれのことをこわがりました。

 

そして、次のページを開いた瞬間、シロウは思わず目を細める。

そこには、人が黒く描かれ疑惑の目を男の後ろ姿に向けている絵があった。

 

ですが、せいねんはわるいことをしないひとびとにもだんだんこわがられるようになってきました。

ひとびとはせいねんがなにをかんがえて、こうどうしているのかわからなかったのです。

だから、おそろしくおもい、ひとびとはかれのことをしだいにおそろしいものとかんがえました。

 

次のページはクライマックスと呼ぶべきなのか、青年が指を突きつけられそのまま、逮捕されている姿が描かれていた。

 

ついにひとびとはせいねんをわるいひとだときめつけるようになりました。

そして、またあらそいをとめたかれにひとびとはこういったのです。

「こいつがやったんだ」と…

 

せいねんはなにがおきているのかわからないまま、つれていかれました。

 

最後に絞首台の絵がわずかに描かれた絵とその絞首台を隠すように両手を挙げた人々の姿が描かれている。

 

せいねんはなにもわるいことはしていないはずでした。でも、ひとびとはかれにしんでほしいとおもいました。そして、かれはころされ、それをみたひとびとは、りょうてをあげてよろこんだり、あんしんしたりしました。

 

最後かと思われたがまだ、続いているらしい、どうやら自分の死後の物語も書かれているようだ。そこには悲嘆に明け暮れ、次のページで何かを見つけたような描写があった。

 

だけど、かなしむひともいました。かなしんだひとびとはいっしょになって、むじつのしょうこをさがそうとおもいました。

 

そして、ついにみつけました。

 

そして、今度こそ最後に何か記念碑のような物に大勢の人々が悲しんでいる描写が描かれていた。

 

せいねんがむじつだとわかったほかのひとびとは、また、かなしみました。かなしんだひとびとは、きねんひをたて、いまでもそこにはおおぜいのひとびとがあつまっています。

 

おしまい

 

話が終わった次のページには見慣れた詩文が書かれていた。

それはある男の人生をそのまま物語った詩文。恐らく子供たちでは理解はできないだろう。

 

I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている。)

 

Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子。)

 

I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗。)

 

Unknown to death.(ただの一度も敗走はなく、)

 

Norknown to life.(ただの一度も理解されない。)

 

Have withstood pain to create many weapons(彼の者は常に独り、剣の丘で勝利に酔う。)

 

Yet,those hands will never hold anything.(故に、生涯に意味はなく。)

 

So as I pray,unlimited blade works.(その体はきっと、剣でできていた。)

 

「ふぅ…」

 

読み終わり、本を閉じたシロウはそこで深く息を吐く。

ここでは随分と自分という存在は大きくなっているみたいである。

今先ほど、自分が保有する宝具を解析したところ、今まで、使う機会がなかった()()()()()()が存在する。

扱い方もわかるし、初めて扱う武具ではないにしても、奇妙な感覚ではある。

 

(信仰心が強化された恩恵というやつか…)

 

まったく、これはこれでやりづらいことこの上ない。

恐らく、この分だともっと詳細に描かれている物語もあるだろう。

 

(この世界で、衛宮士郎と名乗るのはあまり良くないか…)

 

マスターとの強いリンクがあり、また、マスター側もちゃんとマスターの自覚があるというのならば、別にこのまま、誰にも知られず行動するのも手ではある。だが、正直な話、自分のマスターだと思われるあの少女、どう考えても、事故的に自分を呼び出したに過ぎないとしか思えなかった。

それに白銀の髪の少女というのが、どうも自分の中でネックになり、巻き込みたいとも思えなかった。だから、彼女とのリンクを弱め、アーチャーとしての自分のスキル【単独行動】を併用することで現界を維持しようと考えた。

では、どういう名前がいいか。

そんなことを考えていると、思いついた。

 

ずっと昔、自分が執事のバイトをしていたとき、自分の主人は自分に向かってこう言っていた。

 

『シェロー』

 

「安直ではあるが、これでいいか…名前的に微妙ではあるが…」

 

こうして、衛宮士郎こと『シェロ=アーチャー』が誕生した。

どう見ても東洋人の顔立ちをしているのに対し、これは少々おかしいのかもしれないが、そんなものは別にどうでもいいかとも考え、図書館を後にした。

 

これが、彼の新たなる人生の始まりであった。




次回ようやく、古城出てきます。
いや、なんか本当に長かった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アーチャー 詳細設定

クラス名:アーチャー

真名:衛宮士郎

 

 

【挿絵表示】

 

 

身長:高校生の体になった時点 167cm

能力全開時187cm

体重:高校生の体になった時点 58kg

能力全開時 78kg

出典:絵本「せいぎのみかた」、小説「錬鉄の英雄」などなど

地域:日本

属性:中立、中庸

イメージカラー:赤

特技:ガラクタいじり、家事全般

好きなもの:家事全般(本人は否定)

苦手なもの:正義の味方

 

苦手なものが正義の味方とあるように基本、あまり自分のことを正義の味方と言われることを嫌う。だが、全て遠き理想郷(アヴァロン)で過ごした時間の影響で性格も柔らかくなり、口調も「私」から「俺」に戻っている。英雄の誇りというものも持ち合わせていなかったシロウではあるが、ここで暮らしていた時間が長かった影響で磨耗していた記憶の方も蘇り、答えを得てこの場にたどり着いたシロウにとっては報われはしなかったもののその人生は誇りとなっている。(それでもやっぱり、正義の味方と言われるのは大嫌いとは言わずとも、嫌っている)

記憶が蘇った影響で勝利すべき黄金の剣(カリバーン)なども投影可能となっている。

 

ステータス

高校生の時点 (能力全開時)

筋力 D (B)

耐久 C (B)

敏捷 C (A)

魔力 B (A+)

幸運 E (C)

宝具 どちらもEX

 

スキル

 

対魔力 D

魔術への耐性。一工程の魔術なら無効化できる。魔力除けのアミュレット程度のもの。

 

単独行動A

有名であるということも相まって、伝説上孤高に戦い抜いた男だからこそ得られたものと言える。Aの場合、マスター不在でも通常通り現界が可能となる。そのため、本来ならば、少女とのリンクがなくとも現界できるわけだが、生前のお人好しもあり、彼女との繋がりは断たない方がいいとシロウは考えた。

 

魔術Cー

基礎的な魔術は一通り修得している。

 

千里眼Aー

「当たれと思えば、矢というものは嫌でも当たるもの」というぶっ飛んだ価値観を持っている彼はこのスキルが強化され、さらに弓兵として命中精度が良くなっている。Aまで行けば、透視、未来視まで可能と言われているがそこまで行くほど魔術を完璧に修得していない彼は精々、視界にあるもの全体をくまなく見渡せる程度の視力がある程度…

 

心眼(真)B

修行、鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す。

 

執事A+

主従関係がはっきりしている職場において、発揮される特殊スキル。

究極のおもてなし精神によって相手を確実に満足させ、さらにおもてなしをする仕事であるならば、それが何であれ確実に1日でトップにつける。あった方がいいのか、ダメなのかよくわからないスキル。

 

宝具

 

無限の剣製(アンリミテッド ブレードワークス)

ランク E〜A++

分類 対人宝具

 

今までは魔術として使ってきたものであるが、彼がちゃんと信仰されたことによりこの魔術も宝具化にまで至るようになった。

彼自身の人生を語る詩を詠唱に用いることで発現することができる固有結界。

予想外の出来事が重なった末に出来上がっているため、彼自身も戸惑っているがこれが彼固有の宝具の()()()

一度見た武器は見た瞬間複製し、この固有結界に貯蔵する。

ただし、それが剣類宝具ではなかった場合、その力は大きく劣化する。

錬鉄可能条件がアップしているため、某英雄王の規格外の剣と呼称されるモノ以外は神造兵器も投影可能となっている。

 

干将・莫耶

ランクC

対人宝具

 

彼が好んで使い、彼自身の代名詞になっている代物。本来これは無限の剣製(アンリミテッド ブレードワークス)の効果により、ワンランクダウンするが、彼自身の代名詞ということで、これに関してだけはワンランクダウンされず、『100%本物の偽物』を作り出すことができる。

そのため、これは本来の性能を完璧に扱うことができる。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII)

ランク A

対軍宝具

 

彼が扱う弓の兵装の中で最も扱う剣類宝具の一つ。

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)とランクAという高い数値が相まって、彼が持つ贋作宝具の中でトップクラスの破壊力を持つ。

 

赤原猟犬(フルンディング)

ランク A

対人宝具

 

「失敗したことがない」という概念から、一度対象を決め、それに狙いを定めた瞬間、弾こうが何をしようが文字どおり死ぬまで追ってくる魔剣を彼が矢に改造したもの。

 

永久に遥か黄金の剣(エクスカリバー・イマージュ)

ランクA+

対軍宝具

 

彼が持つ宝具の中で、カラドボルグIIを超す破壊力を保有する最強の対軍宝具。本来のエクスカリバーは対城宝具であり、そのランクはA++であるため、対軍宝具になっている時点で劣化していることは確かであるが、その攻撃力は確かなものである。

 

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)

ランクB

結界宝具

 

投擲に対して無敵の概念が付与された。シロウが好んで使用するトロイア戦争の大英雄大アイアスの盾。

 

全て遠き理想郷(アヴァロン)

ランクEX

結界宝具

 

これは厳密には彼が保有する宝具ではなく、全て遠き理想郷(アヴァロン)に至れた彼が一時的に彼女から借り受け、その恩恵を受けているだけに過ぎない。実際、結界宝具としての性能を出す時も瞬時展開しか不可能であり、アーサー王がやったような、そのまま展開しながら突進するなどというトンデモ攻撃は行えない。(行えることには行えるかもしれないがその場合、自身の魔力量では現界が不安定になる程の魔力を使うことになるだろうと彼自身自覚している。)

要するに、超強力なローアイアスと同義である。そのため、その魔力消費はおよそ、ローアイアスの三倍である。

このことから、わずかなタイムラグがあり接近戦で使おうとすれば、その瞬間自身の身を危険にさらすようなことと同義である(このことよりヘラクレスのナイン・ライブズなど速さを重視した宝具には決定的な相性の悪さがある。)ため、滅多に使おうとは思えない。しかし、絶対防御能力は健在であり、彼自身これを使わねば窮地を脱せないという時には使う覚悟をしている。

これにより、彼は元々規格外の英霊に食ってかかれるだけの実力を持っていたものを更に磐石にしたと言える。

彼と一体となっている宝具でもあるため、彼が展開しなければ、簡単な傷ならばすぐに修復する程度の開放は常時可能ではある。

 

贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)

ランクC

対宝宝具

 

彼が固有する宝具の二つ目。見た目は彼がよく使う黒弓であり、その能力は「宝具や武具に対する強制的な暗示によるランクアップと強化」である。

要するに、彼がこの弓の真名を開放して、剣類宝具を番えた場合、その宝具のランクと性能を強制的にアップするという能力である。

夢幻のごとき理想を信じ、人々に裏切られ報われることもなかったが、それでもその理想を信じ続けた彼自身の人生を体現した宝具であり、成り立ちとしては、ルールブレイカーに酷似している。

 

魔力を込めれば込めるほどそのランクは上がる。ただし、元々ランクEだった物をランクAにするというのはその神秘を根底から否定することにもつながるため、不可能。(もし、しようとした場合、その瞬間手元でブロークン・ファンタズムが起こるため、やろうとも思わない。)

 

精々できて、ランクを二つ上げする程度である。

例えば、ランクCだった場合、最高A、ランクAだった場合、最高A++というふうに、これらからわかる通り、ランクAを上げたところで決してEXになるわけではない。

また、神秘の根底に新たな神秘を付与するような行為ではあるものの剣類宝具一つ投影する程度の負担でワンランク上げることが可能なため連発は不可能でも、驚異的な破壊力を算出することが可能。

 

ちなみにこの弓は用途的に言うのならばある一つの特性が存在し、その特性を活かす時、それは英霊エミヤの全力を出す時だと言っても過言ではない。

 

贋作宝具etc




新宝具に関しては、ネーミングの方に自信ありません。誰かいい案ある人ドシドシご応募を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕
聖者の右腕 I


「…かったりー。なあ、なんでオレ夏休みにこんな大量の追試受けなきゃならないんだろうなー?」

「いやいや、あんだけ授業サボっといて、おまけに試験にも欠席しといて、なんではないでしょう?古城。」

「全くだ。本来ならば留年してしかるべきであり、むしろ君は恵まれていると言っても過言ではないぞ。古城。」

 

色素が薄くなったような髪をした少年『暁古城』の目の前には現在、褐色の肌と白い髪に赤い縁の眼鏡が特徴的な少年『シェロ・アーチャー』と茶色く染められた髪を後ろに流した少年『矢瀬基樹』が座っていた。

 

「あれは不可抗力なんだよ!色々事情があって…

 

今の俺の体質じゃ、朝一のテスト辛いって分かってるのにあの担任は…(ボソッ)」

 

「あん?」

「……」

 

不思議そうに顔をしかめる矢瀬に対して、何か得心がいったように達観した表情で古城の方を見つめるシェロ。

持ち前の目の良さもあり結構な騒動が自分の眼には映る。だから、担当教諭の南宮那月に頼まれて彼が色々無茶しているところも…まあ、見ることがあるのである。

 

(まあ、彼女なりの優しさなのだろう。彼の力を考えれば、色々と厄介ごとに巻き込まれるのは必至。であるならば、今のうちに戦い慣れた方がいいと考えるのは必然だろうな。)

 

当然、英霊でもある彼は古城の体質が変化していることにも気づいている。それにしては、彼の日常が変化していないことに少々驚きを隠せないでいる。大きな力とは、存在するだけでこの上なく厄介なことであり、それだけで彼は注目の的となりうる。

 

(だが、彼の体質が変化してまだ一年も経っていないのだ。まだ、分からないな。)

 

そんなことを考えている内に、後ろの方から足音が聞こえてきた。

 

「朝起きれないのって、体質のせい?吸血鬼でもあるまいし…」

「…!?」

 

ギャル風の格好でありながら、決して化粧重ねがひどくなく爽やかな雰囲気の少女『藍羽浅葱』の言葉に対してピクッと古城の方が反応するのをシェロは見て反応しすぎだと呆れる。

 

「…だよな。はは…」

 

なんとも言えない表情で返す古城。

 

(まったく、これでは先が思いやられるな…)

 

シェロはそんな彼の様子を見てそんなことを考えていた。その間にも彼らの会話は続いていく。

 

「ま、そんなあんたを哀れに思ったからこそ、こっちは勉強見てあげてるんだから感謝なさい」

「人の金でそんだけ飲み食いして恩着せがましいこと言うか!?」

「その金、貸したのオレだからな。ちゃんと返せよな。」

「まあ、なんだ。頑張れ。古城。」

「ぐっ!わかってるよ。チクショウ…この冷血人間どもめ!」

「差別用語。」

「炎上するわよ。迂闊な呟きは。」

「同感だ。こちら二人はともかく、激励の言葉を言った俺に対してもそれでは確実にそうなるな。」

 

ここで話が終わった後少しして古城は、はあとため息をついた後、顎をテーブルの上に乗せて、

 

「面倒な世の中だよな。本人たちは別に気にしてねーってのに…」

「あれ?知り合いできたのD種に?」

「あ、いや一般論さ。」

 

ふーんと、シェロの目の前で特に興味がなさそうな返しをする浅葱を見てホッと一息をついてる古城の様子を見ていたシェロ。

 

(ため息をつきたくなるのはこちらだ。まったく、気づいていたことには気づいていたがこの男、自覚がまったく足りてないな。

 

自分が()()()()になったという自覚が…)

 

そんなことを思っていると、

 

「と、あたしそろそろバイトだから引き上げるねー」

 

そう言って、浅葱の方は去って行った。

 

「ったく、ひでえ女だよな。教えてくれたことには教えてくれたけど…友達よりバイト優先かよ…」

「教える…ねー」

 

そんな古城の呟きに対して、いたずらっぽく口に笑みを浮かべながら、

 

「なあ、古城、浅葱ってさ勉強かなりできるだろう?だからなのか、あいつ、自分が頭いいからとか理由づけられるのいやで普通はまったく他人に勉強教えたがろうとしないんだ。」

 

…助け舟のつもりなんだろう。実際、確かに助け舟になりうる言葉ではあるのだが…

 

「普通って、あいつ報酬ちゃんともらってんじゃねーか。ここのファミレスの料理。」

「ああ、まあ、そうだな……」

 

そんな感じの古城を少し見た後、シェロに視線を移し、

 

「なあ、シェロ、お前こういうのどう思う?」

 

こういうのとは、今の浅葱と古城の実に嘆かわしい状態のことを言っているのだろう。

正直な話。これについては答えづらい質問であった。色々な世界をまわっていたおかげで自分がどういう人物とどんな風に恋に落ちたのかということを、はっきりと見せられることが多々あったためである。

 

「…まあ、なるようになるんじゃないか。ここに何かしらの不安要素が盛り込まれたら、流石に不安だが…」

「不安要素って?」

「さてな……例えば、いきなり古城と近くで暮らし始めて、二人とも信頼し合える関係になり、なおかつ、一緒に何かしらのことをなそうとしているもの……とかな」

「んな、ばかな……」

 

矢瀬の方は、自分の話を本気にはしなかったが、案外自分は本気で言ったつもりである。なにせ、()()()()()()がすでにあるのだから。

 

「さて……んじゃ、俺も帰りますかね。」

「え?」

 

古城が捨てられた子犬のような表情になり、矢瀬の方を見返す。

 

「俺は宿題写し終えたし、浅葱がいなきゃこんなところで勉強しても意味ねえだろ?」

 

んじゃ、またなーと無情にも去っていく矢瀬。

すると、二人で向かい合うことになる。

 

『……』

 

しばらくして、シェロの方が観念したかのように深く息を吐いた後、

 

「分かった。俺も手伝おう。まあ、乗りかかった船だ。」

 

といった瞬間、ぱぁーと霧が晴れたような笑顔になった。

 

「流石!『彩海学園のオカン』!!」

「…やはり、帰ろうか?」

「すみません!!」

 

土下座しそうな勢いでこちらに頭を下げてきたので、とりあえず頭を上げさせてこれ以上ここにいても仕方ないという理由で外へと出た。

 

「…くそ。もう帰りのモノレールにも乗れやしねー。明日の昼飯どうすべ…」

「もう少し、金銭管理をちゃんとした方がいいんじゃないか?古城。」

「いや、それはあの暴食女に言ってくれよ!俺だってこんなところで無駄に金なんて使いたくねーよ!」

 

あれから5年、衛宮士郎ことシェロ=アーチャーはこの召喚された『絃神島』というカーボンファイバーと樹脂と金属と、魔術によって出来上がった島で何不自由なく生活している。

完成されている存在である英霊たちにとって、訓練というのはそこまで意味をなすものではないが、それでもここまで何もないと感覚の鈍りも僅かながら出るというもの。

少しだけこの島の荒事に首を突っ込もうかとも考えたが、そういうことに関してはシロウは消極的だった。彼は既に死人であり、英霊という過去の遺物である。そんな彼は確かに、ある程度の問題を即座に解決するだけの能力を持っている。だが、やはり現在を生きている人間同士の問題は現在生きている人間同士が片付けた方がいいと考えたためである。

そうしなければ、考えすぎなのかもしれないがバタフライ効果もあり、自分という過去の栄光に縛られる人間も出てくるかもしれない。

 

さて、何不自由なくと言ったが実際それは問題だ。もうあれからずいぶんと日が経っている。そろそろ、サーヴァントの一騎や二騎出てきても良さそうなものである。

 

(もしくは、本当に今回は俺一騎が召喚されたか…)

 

だが、シロウはそれはないと考えてる。この世界がルールが変わった世界だからといって、根本的にはその力の由来と姿は似通い、更には自分が生きていた時代の未来の世界だというのだ。どう考えても、そんな中に自分が何の影響もなく、ほとんど奇跡のような状態で召喚されることなど不可能である。これだけは断言できる。

であるならば、聖杯戦争と同じかそれと同等の似通った儀式をしようとしている愚か者がいると考えて、間違いないだろう。

 

「やれやれ、いつの時代も『魔術師』は『魔術師』、か…」

「あん、魔術師?」

「いや、何でもない。ところで古城。…気づいてるか?」

 

後ろを見つめずに古城に尋ねると、やはり古城も気づいていいたのだろう。僅かに視線を後ろにやってこちらに戻す。

 

「…やっぱり、つけられてる…のか?」

「十中八九そうだろう。俺も最初はなぜついてきているのか分からなかったが……」

 

否、本当は気づいている。どうしてつけられてるのかなど、この場において理由は一つしかないだろう。だが、正体を隠しているのはお互い様だし、正直彼の気持ちがわからないでもない。

 

ならば……

 

「…もしかしたらお前を追っているのかもしれん。俺に用がないというのなら、一旦、俺は離れさせてもらう。そうした方が誰を尾行しているのか、分かるからな。」

「え?あ、ちょ、おい!シェロ!!」

「大丈夫だ。後で、合流する。」

 

そう言って、シェロは古城の元を遠慮なく離れていく。

後ろで「勘弁してくれ……」と小さく聞こえた気がしないでもないが、まあ、無視した。

 

少し離れたところで彼らの様子を確認しようと考えたシロウはごく自然に彼らが鬼ごっこをしている場所とは逆のところで待機していた。

案の定、つけてきた女子中学生くらいの女の子は古城の方を追い、古城の方は撒くためにとでも考えたのだろう。まっすぐにゲームセンターへと移動した。だが、そこで彼女は立ち止まる。そして、少女はまるで何かを探すように辺りを見渡す。

その様子を不思議に思ったシロウ。

 

(まさか…ゲーセンに入ったことがないというんじゃないだろうな?)

 

 

そんな、どこぞの騎士王ではあるまいし……と考えながらもやっぱり彼女の方は変化する様子はない。どうやら本当にゲームセンターに入ったことがないみたいである。そんな姿を見て、古城の方も罪悪感が湧いてきたのだろう。

意を決して、古城と少女の両方は同時にゲームセンターの自動ドアへと向かった。

当然、そんなことをすれば二人ともぶつかる訳で……

 

ぶつかった瞬間、二人の反応は対照的だった。

古城の方は一瞬面喰らったような表情をして、表情を固め、少女の方は古城と同じような表情をした後、肩にかけてあったギグケースに手をかけ古城に攻撃的な視線を向ける。

 

その時、「第四真祖」という言葉が聞こえてきたのは自分の聞き間違いではないだろう。

 

古城はそれに対し、げっという表情になった後、必死だったのだろう……何ともバカなイタリア語でごまかそうと考え、焦り気味に言葉を紡いでいた。

当然、そんな怪しい様子を見て納得などするわけがない。彼女はすぐに意識を覚醒し、古城の服の袖を引っ張って止めた。古城はそれに対しても曖昧な笑いを浮かべながら、「人違いだから」と言って半ば強引に立ち去っていった。

すると、彼女は困惑しながらも自然と手を離していく。きっと根がものすご〜く純粋なのだろう。

 

(いや、何というか……痛ましい限りだな。)

 

だが、古城の方もやっと脱出できたのだ。

そろそろ、合流しようかとその場から動こうとしたが…

 

「…やれやれ、面倒ごとは無くならない…か」

 

見ると、少女の方にいかにも軽薄そうな男二人が近寄っていた。おそらく、ナンパなのだろう。古城の方もそれに気がついたようで、そちらを注視している。

見たところ、それなりに鍛えていることが伺える肉つきをしている男たちだったが、動きは素人同然であることが丸分かりであり、シロウが見たところだと少女の身体能力は確実にその二人は超えているだろうと見切りがついた。そのため、少女が負けることは予想できないが……いざということもある。

 

「仕方がない。もう少しここで監視しておくか…」

 

シロウは監視者というよりも保護者のような視線で二人の行き先を見つめることにした。




この章で英霊同士の戦い見れますよ!
ええ、どんな英霊かは楽しみにしていてください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕 II

案の定、と言うべきかやはり戦闘は起こった。

きっかけは少女の冷たい反応に男たちがしびれを切らし、スカートをめくって煽ってきたなどという極めて幼稚な動機ではある。だが、それでもまあ、彼女が怒るのも分からないでもない。結果、今現在戦闘を引き起こし、獣人を吹っ飛ばすなどという大した芸当をやってみせた。それよりも、問題は…

 

(D種だな。奴は…)

 

D種…つまりこの世界の吸血鬼は、その血の中に眷属としている獣「眷獣」を従えている。眷獣の戦闘能力は凄まじくそれ一体で弱いものでも、近代兵器を軽く凌駕する。だからこそ、この世界では吸血鬼は最強の魔族として根を下ろしているらしい…当初、アーチャーにはこの辺りの知識がまるっきり知らされていなかったので自分で調べただけの知識だが…

そしてそのD種であるが、完璧に怒り狂い眷獣の封印を安易に解いた。瞬間、莫大な魔力が炎とともに巻き上がり、紫とも赤ともつかない炎を纏った幻馬が吸血鬼の横に降臨した。

 

「やれやれ、まったく!」

 

世話のかかることこの上ない。と感じながら少女の元へと駆けようとすると、少女はギグケースの中身から先端がスコップのように開けている異様な金属の棒を取り出し、それを槍へと変形させた。普通の者ならそんなちっぽけな槍で何ができると思うだろうが、シロウは違った。

 

「アレは…」

 

解析 開始(トレース オン)。瞬時にその槍の性能を解析し、理解したシロウはすぐに駆けるのを止めた。なるほど、あの槍ならばおそらくこの世界での真祖の眷獣にも耐え得るだろう。成り立ちとしては破魔の紅薔薇(ゲイジャルグ)のそれに近い。

 

男の方は油断しきっていたのだろう。『灼蹄』と呼ばれたその馬の姿をした眷獣は何の恐れもなく、少女の方へと突進していった。炎の嵐とともに突っ込んでくるその姿に対して少女は恐れず、ただ泰然とした構えをして槍の穂先を眷獣に向けるだけだった。

そして、炎の嵐が少女を焼かんと衝突した瞬間、眷獣を召喚した吸血鬼の男は一瞬少女が丸焦げになる幻覚でも見たのだろう。口の端がわずかに釣り上がる。

 

だが、そんな彼が見た光景は無惨にも自らの眷獣が裂かれ、その先に立っている少女の姿だった。

 

「バカな…!?」

 

そんな苦々しい一言を残した男は呆然と立ち尽くしてしまった。その一瞬を少女は逃さない。少女は真っ直ぐに男の方へと突き進み、槍を男へと突きさそうと突進する。

 

「ちっ!頭に血が上っているというにも程度があるだろう!」

 

シロウが前に出てその攻撃を止めようとした瞬間、彼と同時に前に出てなおかつ彼よりも近くにいた男がいた。そう、暁古城である。

 

「全くあのバカはせっかく手に入れた機会をふいにする気か!?」

 

そう考えたシロウはさらなる加速を行い、前にいる古城すらも追い抜き少女のほうへと突き進んでいく。

そして…

 

「そこまでだ。」

 

少女の腕を取って、少女の力を完璧に制御し、その打突を止めたのだった。

 

「えっ!?」

「やりすぎだ。全く…君は何かね?こんなことで一々腹を立て魔族を殺すというのか?」

「シェロ!!」

 

古城の方もいきなり出てきた自分に驚いているのだろう。走りながらも、自分の名前を叫んでいた。

 

「暁古城!!」

 

古城が近づくのに気づいた少女の方は、すぐにそちらへと視線を向け、自分の手を離そうとした。当然、ふつうは外されることはないのだが、このままにしておく必要も特に無いためすぐに放してやった。

放された少女はすぐに身を引き、上に大きく宙返りしながらジャンプすると、そのまま車の上に着地した。

 

「…おい、君。」

 

後ろにいる魔族にシェロは言う。

 

「これに懲りたら、中学生の少女などをナンパするなど止めておくことだ。街中で眷獣を使うのもな。分かったらとっとと行くことだ。」

「あ、ああ、悪い。恩にきるぜ!」

 

そう言って、軽薄そうな魔族の男は仲間の魔族と一緒に逃げて行った。

そして改めて、少女の方へと目を向ける。

 

「君も君だ。全く、いくら喧嘩だからといってやり過ぎだ。こんな街中で魔族を殺す気か?」

「どうして止めるんですか?」

「どうして止めるも何も、あんな風に喧嘩をやっているようでは、止めようと思うだろう?普通。」

「普通?普通の人間に攻魔機槍の打突を押し留めることなんてできないと思うのですが…」

 

疑わしそうな目でこちらを見てくるのに対し、シェロは、

 

「さてな、世界は案外広いようで狭いものだ。それにもしかしたら、君が無意識のうちに手心でも加えたのではないのか?」

「……」

 

正直少女の方は手心を加えなかったかといえば嘘になる。彼女には霊視という能力があり、一瞬先の未来を視ている光景だけならば、予見することができるからである。

シェロ自身かなり抑えて加速したこともその要因ではあるが、いきなり自分の眼の前にあの白髪褐色肌の少年が前に出てくる未来が出てくるのだ。そんなものを見せられて手心を加えない訳がない。

一方シェロ自身もそのことを予想したからこそ、姿をなるべくバラされたくない身であんな無茶をしたのである。生前や英霊になって以降、未来視をする敵などそれこそ腐るほど会ってきている。特に未来視に関してはどこぞの気に食わない王様が最高クラスの千里眼として所有している。なので、そういう者たちがどういう戦い方をするかなどシェロにとってはお見通しであった。

 

「ですが、それにしたってなぜ止めに来たのですか!?街中での魔力の行使、しかも眷獣を召喚するなんて、彼は殺されても文句が言えない立場だと思いますが?」

「いや、それを言うんなら先に手を出したのはお前の方だろうが」

 

横から割り込むような形で口を挟む古城。それに対し、彼女はまたも攻撃的な視線となる。

 

「何を言うのですか!暁古城!そんなこと…は…」

 

どうやら、思い当たる節があったらしい。シェロ自身は、ではこれで、という感じで締めくくろうと思ったが、古城の方はそれを機に畳み掛けようとでも思ったのだろう。

 

「な?お前がどこの誰だか知らないけど、いくら魔族だからって、パンツを見られたらから殺すって、そりゃ、ねえよ!いくら魔族だからってパンツ如きで…」

「…古城…」

 

注意したときにはもう遅かった。古城はそんなシェロの注意を促す声を聞き、顔を前へと向ける。するとそこには恥ずかしそうに顔を俯かせながら赤くし、恨みがましそうにこちらを見つめる少女の視線があった。

 

「…もしかして、見たんですか?」

「え、あ、いや。見たっていうか…その…」

 

古城の方もようやく己が失言に気づいたらしい。それを見て、シェロはやれやれと言った調子で助け舟を出そうと少女の方を見つめ返し…

 

「すまないな。だが、こちらにも落ち度があるとは言え、これ以上見られたくないならそこから降りた方がいい。そうしないと…」

 

また見えてしまうぞとシェロが言おうとした瞬間、それは起きた。少女の制服のスカートはどこからともなく来た風によって舞い上げられ、その中にあるチェック柄のパンツがこちらの視線を釘付けにさせた。

 

「っ!?何でまた見てるんですか!!」

「いや、待て待て待て待て!お前がそんなところに立ってるからだし、それにそもそもそれを注意するためにシェロだって、忠告してたんじゃねーか!な?」

「ああ…まあ、そうだがね…微妙に俺に罪をなすりつけようとしてないかな?古城」

「いや、そんなことねーよ!」

 

わー、ぎゃーと騒いでいる自分たちを見て心底呆れたのだろう。少しして、少女が小さく溜息をつき、その手元にある槍をしまった。そして、改めて古城たちの方を睨むと…

 

「もう、いいです。」

 

そう言って、スカートを抑えながら車の屋根から飛び降り、着地し、そして自分たちに視線を向けると

 

「いやらしい人達…」

 

そう言って、スタスタと去っていくのであった。

 

「…なあ、これって、俺のせいなのか?」

「…少なくともあのとき、お前があんなことを口走らなければ俺たちは何も見ずにそのまま去れただろうな。」

「うぐ!?」

 

トドメの一撃だったのだろう。古城はダメージを食らったように顔を俯かせてしまった。

 

「さて、とりあえずとっとと行くぞ。このままではいずれアイランドガードが来るのは明白だからな。」

「あ、ああ。わかった。って、あれなんだ?」

 

俯かせた顔を少しずつ上げようとしたとき、古城の視界の端には手帳らしきものが映った。

 

「学生証…いや、財布か?状況からしてまず間違いなく彼女のものだろうが…」

「ああ、そういや、あいつ名前なんていうんだ?」

「気持ちは分からないでもないが、仮にも女性の財布だ。覗き見は感心せんぞ。」

「いや、でも気になるだろう!あいつあんな槍持ってた訳だし。」

 

そう言いながら、表にある学生証の写真を古城は覗き込む。

 

「三年C組 姫柊 雪菜?」

 

ーーーーーーー

 

翌日、古城たちは一緒になって学校の方へと足を運んだ。目的はもちろん昨日の学生証を持ち主に返すためである。本来、シェロの方は別に高校の校舎に行かなくとも良いのだが、やはりあんな現場を見た後だと気になるというものだ。

現在シェロは、屋外の廊下の方で職員室に向かった古城を待って立っている。

しばらくして、古城が戻ってきた。

 

「どうだった?」

「ダメだ。今日、C組の担当さんいないんだってよ。」

「そうか…では、どうするか?」

「うーん…仕方ねー。プライバシーの侵害は勘弁してくれよ。」

「は?あ、おい古城!」

 

制止させようとするシェロの言葉を無視して、住所を盗み見るために財布の中身を見始める古城。中身は女の子の財布というだけあるのか綺麗に整理されていた。それに洗剤か柔軟剤がつけてくれるようないい香りも…

 

「っ!?」

 

やばいやばいやばい!彼女の昨日のあられもない姿を思い出し、思わず興奮してしまった古城は自分の鼻を抑えた。古城はあまりに興奮してしまうと鼻から鼻血が出てしまう体質なのだ。そのおかげなのかなんなのか、その鼻血を飲むことで性欲から来る吸血衝動もこれまでなんとか抑えることができた。シェロには血を飲んでいるところを見られないように、背を向けながら自分の鼻血を飲む。

 

「くそ!どうにかならねえのか?この体質。」

「どうにもならないだろうな。少なくとも、今この場においては…」

「は?何の話…だ…?」

 

シェロの方を向き直り改めて視線を上げると、思わず自分の表情を凍らせてしまった。そこには昨日の少女『姫柊 雪菜』がそこで仁王立ちしながら構えていた。

 

「女子の財布の匂いを嗅いで興奮するなんてやはりあなたは危険な人ですね。」

「姫柊…雪菜?」

「はい。何ですか?暁先輩(・・)?」

「えと、何でここに?」

「それはこちらのセリフです。暁先輩?ここは中等部の校舎ですよね?」

「昨日、君が財布を忘れていっただろう?だから、古城はそれを届けようと思ってここに来たわけだ。」

 

自分が言った方が説得力があるかと思い、シェロはここで口を挟む。

 

「それで女子の財布の匂いを嗅いで、鼻血を出すほど興奮していたというわけですか?」

 

…どうやら無駄だったらしい。結構なお怒りのようだ。

古城の方も慌てて自分の鼻血の跡を拭い、雪菜に反論する。

 

「っ!?違う!ただ、昨日のことを思い出して…」

「き、昨日のことは忘れてください!」

 

赤面しながら、スカートを手で覆う雪菜。

 

「いや、忘れろと言われても…」

「忘れてください!後、そのお財布も返してもらいます!」

 

そう言って、財布目掛けて突進してくる雪菜をバスケ仕込みの身体能力で何とか躱す古城。

 

「っと、その前に教えてくれ!お前一体何者だ?何で俺を付け回した?」

「っ!?まさか、私の尾行に気付いていたんですか?」

『気付かれないと思ってたのか、アレで?』

 

もうこの場の勢いに任せて後は天のみぞ知る、という感じで放置しようと思っていたシェロだが、さすがに今の彼女の言葉に対しては驚きを隠せなかった。

シェロからしても古城からしても、雪菜の尾行とはどう考えても追っかけの類にしか見えないほどの下手さだったからである。

 

「っ!?いいでしょう!それは力づくで取り返せということですね!?」

「おっと…」

 

そう言って、雪菜の方がギグケースに手をかけた時は流石に黙っていられなかった。

 

「…やめろ。全く。」

 

そう言って、シェロは間に入る。

 

「どいてください。あなたは確か…」

「シェロ=アーチャーだ。この馬鹿の友人でな。すまないが、こちらもてんやわんやな状態なのだ。そちらが説明してくれるというならば、この財布は必ず返すと約束しよう。だから、なぜ君が古城を付け回していたのか教えてくれないか?」

「それは…」

 

説明しようとした瞬間、ぐーという音が鳴る。

何の音かと一瞬思ったが、またも顔を赤くしている雪菜の方を見て、シェロは理解した。

 

「へっ?」

「…そうか。そうだったな。こちらが財布を預かっているのだ。これが君の全財産ということならば、君は昨日から何も食べてないことになるな。」

「あ、そっか。そうだな。そんじゃ…」

 

と言いながら、古城は前に出て財布を雪菜に差し出した。呆気にとられた雪菜は思わず古城の顔を見返した。

 

「昼飯くらいおごってくれ。財布の拾主にはそれくらいの謝礼を要求する権利があるだろう?」

 

ーーーーーーー

 

その後、シェロは一人で帰ることになった。本当は、あのまま彼らについて行って構わなかったのだが、それだと、古城に都合が悪いだろうと判断したためである。古城の方は自分を除け者にしたような感じにしたことを気にし、後で何か奢る、と言って去って行った。

 

(まあ、大体、何を話すかわかってるからな。さて、ではこれからどうするか?)

 

シェロはこれから何をしようかそれを考えていると…

 

「そうだな。あそこにでも行ってみるか。」

 

ーーーーーーー

 

そう言って、シェロがたどり着いた場所は5年前自分が召喚された時に勢いよく燃えていたあの修道院だった。確か、名前はアデラード修道院院といったはずだ。

 

「相変わらず、ひどい火災跡だな。」

 

言いながら、シェロはその焼け落ちた修道院に入る。すると、そこには猫に囲まれている少女が座り込んでいた。太陽によく映える銀髪と蒼天のような碧眼をしている少女は猫を抱いて遊んであげたり、撫でたりしていた。

 

(我がマスターながら、随分と聖女という言葉が似合う様だな。)

 

そんな感想を抱いたシェロはしばらく邪魔しては悪いだろうと考えて、柱に体重をかけながら見守っていた。

10分後ようやく、こちらの存在に気付いたのだろう。こちらを向いて、抱いている猫を床だった地上に起き、こちらに小走りで駆けてきた。

 

「こんにちは!シェロさん。」

 

太陽のような笑顔でそう挨拶をしてくる。自分のマスターである『叶瀬 夏音』。最初は彼女がマスターであるという保証がなかったので、半信半疑であったが、もう5年も経っているのである。さすがにどんなにリンクを薄くし『単独行動』を併用することで現界を保ち、彼女には気付かせない程度の魔力しか消費させないからと言って、ここまで時間が経てば嫌が応でも気がつくというものである。

 

実のところ、シェロが(復学というべきなのか、入学というべきなのか迷うところだが)学校に入った理由は大半が彼女にある。己がマスターということもそうだがどうも気が置けない存在であり、なるべく近くで観察し、護衛する意味合いも含めてこの絃神学園にいるわけである。

 

「また、増えたな。」

 

修道院の床だったその大地から自分を見つめ返してくる猫たちを見つめながらそう呟くシェロ。

 

「はい。何だか、最近段々と増えてきて、これだとここが猫さんで溢れちゃうかも、でした。」

「はぁ…何度もいうが、君がこんなことをする必要はないんだぞ。元々、この猫を放置し、生き物の尊厳を何とも思ってない戯け者どもがしたことだ。君が尻拭いをする必要は全くない。」

「はい…でも…」

「…分かってる。放ってはおけないと言うのだろう?だがこうも増えてしまうと、そろそろ問題になりかねんな。近いうちにちゃんとした貰い手を捜さなければならんだろう。」

「はい!…あの…ありがとう、でした。シェロさん!」

「?別にお礼を言われるようなことはしてないだろう?」

「いえ、いつも何だかんだ言って私の相談にちゃんと乗ってくれて、私を助けてくれるのはシェロさんでした。だから、私すごく感謝してる、でした。」

 

満面の笑みを浮かべて、こちらにそう返してくるシェロはそれを見ていつも戦った後に同じ笑顔で出迎えてくれた白銀の髪の義姉の面影を感じた。

 

(…やはり、彼女を巻き込むべきではないな。彼女には確かに一流となりうるほどの才能があり、力も無意識ながら存在する。

 

だが、我ら英霊同士の争いにこの笑顔を巻き込むべきではない。)

 

面影がよく似てることもあり、その表情がかつての義姉に似ていたなどという曖昧な理由を昔は抱いていた。

 

だが、今は違う。明確に彼女はこちら側に来るべき存在ではないと、確信した。

 

それはシェロにとって、とてつもないハンデが伴うこととなる。実際、今のステータスは、未来から過去へと召喚された時と同じくらいなのだから。

 

だが、それでも彼は彼女のこの笑顔を守りたいと思った。

 

それが、かつて多くを救うために少なきを捨ててきた彼が取った決断であった。

 

そして、だからこそ彼は彼女の変化に気づけなかった。今現在も、彼女の身体はドンドンと人外のものへと近づいているということに、近くにいてそれでいて遠ざけたからこそ気づかなかったのである。

 

 

彼女が天使と呼ばれるものに近づいていることに。




どうでもいいんですけど、フェイトグランドオーダーのマシュの正体って、アーサー王なんじゃないですかね。
いや、そう思うのは、ブーディカというサーヴァントがいるんですけど、彼女の説明欄に「アーサー王を妹のように可愛がるだろう」と書かれているんですよね。で、実際マシュのことをすっごく可愛がってたんですよね。
しかも、アーサー王って「ブリウェン」っていう盾も持ってるんですよ。
まあ、推測の域を出ないから、分からないんですけど…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕III

今更ではあるんですけど、シロウが一人で考え込んでる時が多い時は『シロウ』と呼び、誰かと関わって何か話している時は『シェロ』と呼んでいるこのややこしい表現。嫌な人いないですかね?


翌日、シロウは古城のマンションの出入り口の前に来ていた。

あんな風に宿題を手伝うと言った手前、途中から投げ出すなどということは自分の美学に反するということもあるが、それ以上に、あれからあの少女、雪菜のことはどうなったのか?ということが気になったということもある。

そうして、現在、出入り口の前にて待機しているのだが…どうやら、後者の疑問はすぐに解けそうである。

 

「おはよう。今朝はいい天気だな。姫柊雪菜。」

「おはようございます。シェロ先輩。はい、とてもいい天気ですね。」

「まあ、もっとも、ここは常夏の島だから年中こんな天気なんだがね。」

 

そんなことを言いながら、シェロは姫柊の隣へとやってくる。

 

「それで?一体何でこんなところにいるんだ?」

「はい。実はそろそろ引っ越しの荷物が届きそうなので、ここでその荷物を待ってるんです。」

「…なるほど。」

 

この、なるほど、は彼女の言葉に納得したという意味合いも含まれているが、実はもう一つの意味も含まれている。それは…

 

「ふぁーあ、これでようやく追試も終わりかー。まあ、夏休みも今日で終わりだが…」

 

憂鬱な雰囲気でマンションから出てくる古城を見かけて、どうするか迷ったものだが、とりあえず、このまま待ってみることにした。

すると、よほど怠いと思っていたのだろう。古城の方はこちらには全く気付かずに出入り口をまっすぐに進み、空を見上げる。

 

「のくせに、まだ暑いなー?」

「そうですね。」

「だろー、ってええええ!?」

 

こちらの存在にようやく気付いた古城は驚愕の声と共に、こちらへと視線を向ける。

 

「姫柊!それにシェロまで!まさか、今までずっとここに!?」

「はい。かん…」

「わー、わー!!」

 

古城はいきなり大声を上げてその先を遮った。

 

(…何というか、ここまで来るといっそ哀れにすらなってくるな)

 

シェロの方はそう考えながらも、そのあたりを言及しないように当たり障りのないことを言おうと考えた。

 

「それにしても、さっきの話聞かせてもらったが…今日また、追試があるのか?」

「え?あ、ああ。そうだけど…あれ?もしかして言ってなかったか?」

「言ってないな。全く、何にも。」

「す、すまん。今日で追試終わりなんだけど。どうか、見捨てないでオレの宿題見てくれ!」

 

頭を下げ、両手を拝むように突き上げてくる古城を見たシェロは、ため息を吐きながらも仕方がないと腕を組みながら、

 

「まあ、今から家に帰るのもバカらしい、とりあえず、家に上がって待たせてもらうが、いいか?」

 

と言うと、ホッとした調子で古城は胸を撫で下ろした。

 

「あ、ああ、それなら全然。シェロだったら凪沙も嫌がらねーだろうし。むしろ、色々と助かるレベルだから。」

 

前に家で待たせてしまった時、古城たちが自宅へと戻ると、部屋の中は今まで以上に機能的になり、なおかつ、こちらのプライバシーを侵害しないレベルで部屋が見違えていたので、驚いたものである。

そんなことを考えていると、トラックがこちらへと近づいてきた。

何事かと古城の方は思い、そちらを振り向くとそのトラックへと駆け寄って行く雪菜の姿が目に映る。

 

「ありがとうございます。405号室にお願いします。」

「って、ちょっと待てー!!」

 

大声を上げる古城とは、対照的にシェロの方はやっぱりなという表情でそれを見ていた。

 

(確か古城たちの部屋は404号室だった。だとすると、思いっきり隣だな。……やれやれ、矢瀬に対してああは言ったものの、これでは本当に不安要素になりかねんな。)

 

シェロはそんなことを考えながら、二人が言い合ってる様子を見ていた。

 

------

 

夕方になり、古城たちはようやく帰ってきた。一緒に帰ってきた凪沙から聞くに、これから同じクラスで家が近くの雪菜へ歓迎会をしようとのことだった。

そういうことならと、シェロは料理の方をわずかに手伝いつつ、時々、古城の方を確認して勉強が進んでいるかどうか確認することにした。

 

そんな時、シェロが料理の準備をしながら耳を澄ませてあちらの話を聞いてみると、第四真祖の力についての話をしていた。

 

「実をいうとさ、第四真祖なんていうこのふざけた体質を押し付けられた時も俺は思ったんだ。この力を使えば、きっと今世界が抱えてる幾つかの問題を解決できる。って、凶悪な犯罪者をぶっ殺したり、汚職政治家を消したり…それぐらいのことはさ。」

「先輩!それは!?」

 

悲鳴に近い姫柊の声が自分の耳に響く。そう。それはかなりまずい思考回路である。まるで昔の自分のような…

 

(いや、今も大して変わらんか。)

 

「分かってる。それじゃ、ダメなんだ。オレみたいなヤツが勝手に考えて世界を動かしていいはずがない。」

 

それに対して、ホッとしているのだろう。姫柊はわずかに息を吐く。

 

「…それに、それだけのことをしたら、もう絶対に止まれないだろうしな。()()()()()()が昔いたって話だし…」

 

ピクッと作業を止めるシェロ。

 

「先輩も知ってるんですか?あの物語を?」

「ああ、ってか日本人であの絵本の内容知らないヤツいないだろう?」

「ええ、そうですね。私は小説の方も読ませてもらったのですが…あれ程、酷い最期を迎えている英雄は歴史上、類を見ないと言われています。」

「だよな。人のために頑張ってたっていうのに、あまりにもその英雄が強すぎたから、殺したっていうのが大まかなあらすじだろう?人間が勝手な存在だって、つくづく思い知らされるもんだよな…」

 

「…すまない。凪沙。一旦ここを空けていいだろうか?」

「え?あ、うん。いいよ!ありがとね!シェロくん!」

 

「オレ、ガキの頃から思ってたんだけどさ、実際、死ぬ前にはあの英雄さんって何を思ってたのかな?えっと、たしか名前は…」

「衛宮士郎、です。先輩。」

「そうそう、その衛宮さん?」

「どうでしょう?私個人としての意見は多分人に対してものすごく怒ってるんじゃないでしょうか?実際、私たちのご先祖様ともいうべき人たちはそれだけのことをしたのですから…」

「やっぱ、そう思うよなー。」

「…いや、案外そうじゃないかもしれんぞ。」

 

いきなり声がしてきたのに驚き、そちらを振り向く両名。

 

「シェ、シェロ!!いつからそこに!?」

「うん?ああ、英雄の話をしてる辺りからだが?」

 

話を聞いたのはもっと前からだが、ここに来たのはそれぐらいなので嘘は言ってない。

 

「えっと、それで、そうじゃないというのはどういう意味でしょうか?」

 

雪菜の方はすぐに話を切り替えた方がいいと判断したのだろう。慌てるそぶりは見せずにすぐに話を元の路線に切り替える。

 

「その英雄だがな…確かに一度として報われることはなかったのだろう…だが、それでも、その男はその過程に多くのことをなしてきたはずだ。たとえ、それが自分の身を滅ぼす事につながっていたとしても、そこに後悔など滲ませないだろうな。なぜなら、その男がしていたことは確かに極端だったのかもしれないが、

 

それでも、間違ってなどいなかった。

 

だったら、それで人類に怒りをにじませるようなことはしないはずだ。もし、間違っていたと思っていたのならば、話は別かもしれないが…」

 

自分のことをこんな風に言うのは正直恥ずかしいことこの上ないのだが、どうしても彼らには自分を間違った風に理解して欲しくない。そう感じたシェロは自分の気持ちのありのままを伝えるために、諭すように語った。

 

「そう…なんでしょうか?」

「ああ、きっとそうだ。じゃなければ…」

 

窓から夜空を見上げながら言葉を続ける。

 

「その男は…英雄などと呼ばれていなかったはずだ。」

 

------

 

歓迎会が終わるとすぐにシロウは帰ることにした。

帰り道、シロウはとぼとぼと深夜の街を歩いていた。今の自分が高校生という身であることから、あまりこのような時間に出歩くのは良くないことだが…まあ、仕方がないだろう。

シロウはまっすぐに帰り道を歩きながら、夕方の自分の言葉を反芻して、苦笑する。我ながら、あれは少々、自分を擁護しすぎた気がしてならない。だが、哀れみを浮かべている彼らに対して、自分が思っていることを正確に伝えるとまた、あの場の雰囲気が沈んでしまうのは確実。であるならば、あの場においてはあのような言葉を選んだこと自体は正しいことだったということだろう。

 

(だが、英雄か。全く、慣れないものだ。ここまで自分が有名になっている世界など今まで見たことがない。……いや、正確にはあるんだろうが、こんなにはっきりとした形で伝えられるのは初めてだな。)

 

自分の名前を顔も知らない誰かが知っている。そんな感覚を抱くことはほとんどなかった。少しだけ、それに対して嬉しいと思っている自分を否定できないシロウは自己嫌悪気味な様子で顔を沈めていた。

 

だが、そんな時である。

 

ズンという、鈍い振動音とともに、人工島全体が揺れる。そして、それに遅れた調子で、巨大な爆発音が聞こえてくる。

 

「っ!?なんだ!?」

 

驚いて、その方向を見る、すると、自分の友人である古城に近い膨大な魔力が肌を刺激する。

 

「!これは!」

 

間違いない。どこぞの吸血鬼が眷獣を召喚しているのである。

だが、明らかにこの前の眷獣とはレベルが違う。これは確実に貴族級の力を持つ吸血鬼による魔力の波動である。

 

「この程度なら…行けるな。」

 

自分の力を最低限隠したままで争いを止められるレベルだと認識したシロウは周りを確認した後、並の獣人を軽く凌駕する脚力で自らの姿を虚空へと消す。消極的とは言ったものの結局、エミヤシロウは争いを見過ごせる性格ではないのである。

次にシロウが現れたのは10階建てのビルの頂上だった。

 

「あそこか!?」

 

シロウはコンテナ付近で眷獣と何かが暴れているのだと確認すると、ビルからビルへと飛んでいき、急いでコンテナへと向かうのだった。

 

ーーーーーーー

 

「着いたな。」

 

シロウは声を殺しながら、慎重に素早く争いの元へと行く。

すると、どうしたことか。古城と雪菜が今さっき争いを起こしていたはずの吸血鬼を庇って前に出ているのである。

 

(だいたい、俺と似たような理由だろうな。すると、今回の争いの原因はあちらにあると考えた方がいいか…)

 

古城たちと対峙している男女を見つめながら、そんな感想を抱く。

一人は190は超えているだろう長身と服越しでも分かるほどの筋肉の隆起が特徴的な宣教師のような出で立ちをした戦斧使い。もう一人は不自然なほどに左右対称な美貌を備えた藍髪の恐らくホムンクルスと思しき存在であり、背中には何故か吸血鬼しか従えられないはずの眷獣らしき影がちらほらと見えている。

 

(しばらく、ここで観察した方がいいか…)

 

シロウは止むを得ず止めに入らなければならない時は、即座に止められるような距離を保ちつつ、気配を消して観察に徹することにした。

 

「なあ、おっさん。悪りーんだけどさ…今すぐ、この島から消えてくんねえかな?」

「聞けません。我が目的のためには膨大な魔力が必要なのです。アスタルテ!!」

再起動(リスタート)完了(レディ)命令を続行せよ(リエクスキュート)、"薔薇の指先(ロドタクテュロス)"ー」

 

神父の言葉とともに、青い髪のホムンクルスは詠唱とともに虹色の腕を召喚し、古城たちに攻撃を仕掛ける。

 

「がああああああ!!」

 

それに対して、古城は持ち前の膨大な魔力にものを言わせた拳で対抗する。だが、いくら第四真祖だからと言って、眷獣を素手で制御するのは無理がある。力と力の衝突に弾かれるようにして、古城は吹き飛ばされる。

 

「が、あ…ぐ!?」

「先輩!!」

 

悲鳴となった姫柊の声が辺りに響き、そろそろ出た方がいいかと考えたところで、シロウはその変化を敏感に察知する。

 

「これは…まずい!!」

 

「待て…止め…ろー!!!!!」

 

古城の悲鳴に近い制止の声を無視して、古城の中にいるそれは暴走する。魔力の嵐は雷の渦となって辺り一帯を焼き尽くす。

その尋常じゃない光景を目にした敵方はその閃光に乗じて行方を眩ましたが、そんなのは問題じゃない。

 

「仕方がない!!」

 

間に合わないことを自覚したシロウは。距離をとりながらも、雪菜の方へと手を向ける。そして…

 

熾天覆う七つの円環(ロー アイアス)!!」

 

真名を開放するとともに、その七つの花弁を雪菜の前へと展開する。

雪菜はそれを目にしながら驚愕しているのを見て取れたが、そんなことは気にしていられない。

 

 

爆発が終わり、結果、熾天覆う七つの円環(ロー アイアス)には傷一つつかず、後ろにいた雪菜たちの方の無事も確認し終えた後、熾天覆う七つの円環(ロー アイアス)を解除し、シロウはその場を離れる。

 

(しかし、とてつもないな。余波だったから大した威力も無かったんだろうが、それでもコンテナの方は最早焦土と化していた。あのコンテナはしばらく使えないだろう。恐らく、都市の方にも崩壊の波が広がっているに違いない。)

 

考えながらも、シロウはあの場は彼女に任せてもよかったのかもしれない。とも考えた。あの槍ならば、あの攻撃に耐え得る結界を張ることもできるだろう。いずれ、自分の正体がバレるにしても今はまだ機ではない。

それでも動いてしまったのは、やはり生来の忌むべき気性とでも言うべきこの思考回路の所為だろう。

 

「…やれやれ、やはりこればかりはどうにもならんか。まったく、これでは殺されても仕方がないというものだ。」

 

若干の後悔を滲ませながらもその場を離れるために急いでシロウは駆けていくのだった。




少し、休ませていただきます。いや、ちょっと、感想に答えられないくらい急いで執筆していたら、なんだか頭がこんがらがっちゃって…少ししたらまた始めるつもりでいるので…では!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕IV

アニメ分を一話にまとめるのってすごく疲れるんだねマル


「やはり…影響していたか。」

 

混雑している通学路を見つめながら、シロウは呟く。

昨日の古城の恐らくは眷獣の暴走はシロウが予想した通り、絃神島の警備システムをズタズタにしたのだろう。

テレビでやっているニュースなどは、昨日古城がしでかした事故のことで持ちきりである。

 

「被害総額約500億円…か。やれやれ、ずいぶん派手にやらかしたものだな。古城も」

 

独りごちながら、シロウは学校へ行くためにモノレールに乗り込む。

すると、

 

「お早うございます。シェロさん。」

 

声をかけられ、そちらを振り向くと自分のマスターである夏音がそこにはいた。

 

「おはよう。夏音。」

「今日は大変、でした。港のコンテナ群が焼き払われて焦げ焦げになっちゃったとか…」

「ああ。オレもそう聞いてる。あれだけのことが起きても人々は通常通り出勤している……まったく、魔族特区というのはつくづく、争い事に縁があるせいか。人々はそれに慣れ切ってると見える。慣れとは怖いな…」

 

嘆かわしいと言いたげなシェロの口調はある一点を見た瞬間、さらに目を細めた。

 

「そのペンダント…まだ、持っているんだな。」

「え?あ、はい。これはお父様がお母様の形見だと言って、くれた大切な物、でした。」

 

彼女の首には、チェーンの先に三角状のルビーが取り付けられたペンダントが取り付けられていた。

そのペンダントは彼自身見間違えるはずがないものだった。どこからどうやって回ったのかは知らないが、これは間違いなく英雄エミヤに最も所縁のある代物である。

自分の伝承の中にはいつもルビーを離さなかったなどという伝承が残されているせいか、彼の記念碑のすぐ側のお守り売り場にはルビーを少し埋めたストラップ式のお守りがちょっと高い値段で売られていると言う。

まあ、確かにルビーを最後まで離さなかったというのはその通りではあるのだが、随分と体のいい商売文句とされているのは確実であり、正直不愉快じゃなかったか、といえば嘘になる。

…まあ、そんなことは置いておくとして、今はこのペンダントの話である。

このようにルビーについて自分のことを話すと、様々な伝承があり、中には夏音の持つペンダントと全く同様な形のペンダントなども売られていたとのことだ。ちなみにこのペンダントは日本よりも中東の方でよく売れ、一週間で完売したそうだ。だが、夏音が持つものはそんなまがい物とは違う。わずかに傷がついてはいるものの、正真正銘、自分が生涯最期まで持ち続けたルビーのペンダントである。これは他ならぬ自分の眼が証明してくれた。

 

「まったく…運命とは奇異な物だな。相変わらず…」

「はい?」

 

言われた意味が分からない様子の夏音に対して、何でもないと返してシェロはそのまま学校に向かうのだった。

 

ーーーーーーー

 

学校に着き、古城の方を確認すると眠そうな浅葱が渋々ながら、世界史のレポートのコピーを渡している姿があった。結局、あの騒動の後では古城は宿題をする気が起こらなかったようだ。

 

(やれやれ…仕方がない。)

 

自分も手伝ってやるかと考えたシェロは古城の机へと歩み寄る。

すると、突然教室の出入り口付近で男子たちの歓声が聞こえてきた。

何事かとそちらに目を向けると、その一団は古城の方に近づき、

 

「おい、暁!お前の妹って確か、3年C組だったよな?この子紹介してくれないか?」

 

3年と聞いた時、シェロ自身自分でも分からないほど反応したが、転校生だと聞いて、すぐに違うと思い直す。

携帯を見せられた古城の方はというと、ああ、という半ば嘆息じみた反応でその携帯の写真の中身に納得していた。

 

(となると、やはりアレの中身は姫柊雪菜か…)

 

そんなことを考えていると、まるで見計らったかのように声が上がる。

 

「暁古城はいるか?」

「はい?」

 

間抜けな声を上げながら、その声に対応する古城。声の元を見るとそこにはゴスロリドレスに身を包み、人形のような人間離れした美貌を放つ少女が立っていた。少女の名は『南宮那月』。見た目はどう見ても古城たちより年下にしか見えないが、歴とした教師であり、古城たちの担任でもある。

 

「昼休み、職員室に来い。例の転校生と一緒にな。」

「え?どうして姫柊も一緒に?」

 

転校生というワードに一気に教室内がザワザワと騒ぎ始める。

すると、那月はそれをさも面白げに見つめた後、

 

「昨日、夜遅く私から逃げおおせた後、一体どこで何をしていたのか?キッチリ説明してもらうからな。」

(意地が悪い。絶対わざとだな。昨日、古城たちに逃げられたことがそんなに腹立たしかったのか…)

 

正確には逃げたかどうかは分からないが、港の戦闘が終わった後、会ったとは考えにくいのでその可能性の方が高いとシロウは考えた。

那月のその言葉と共に、ザワザワとした声も明確な懐疑の声となり、古城の身に襲い掛かる。一瞬にして、野次馬の中へと押し込められていく古城の姿とは対照的に、そこからスタスタと教室の前にあるゴミ箱へと移動していく人影があった。浅葱である。

 

(南無…)

 

最早オチが読めたので、古城に向かって、心の中で合唱して礼をする。

数秒後、世界史のレポートのコピーを無惨にも破かれた古城の虚しい悲鳴が教室内に響いたのだった。

 

ーーーーーーー

 

昼休み、古城と雪菜の二人が職員室に入ったのを確認し、シロウは向かいの屋上で、彼ら三人の口を読むことに徹した。

すると、内容は以下のようなものだった。

 

ここ最近、無差別な魔族狩りが発生している。そして、その犯人はまだ捕まっていないのだと…そのために第四真祖である暁古城も十分に狙われる確率があるとのこと。

 

(まあ、大方そうだろうとは思っていたが、やはり、警告か。第四真祖とはいえ、子供は子供。無闇にマズイ事件に首を突っ込ませないようにしてるわけか…案外、甘いものだな。南宮那月。いや、だが、教師としてアレが普通か。)

 

かつて、魔術の『ま』の字も知らなかった自分の姉貴分であり教師である彼女も自分が危ない道に行こうとしていた時は、止めようとしてくれた。性格はまったく似通っていないが、教師とは得てして生徒の心配をするものなのだろう。

そんなことを考えながら、シロウは口を読むのを続けていく。

 

だが、特にこれといった内容の変化はなく、会話は終わる。

シロウはわずかに奇妙だと思った。昨日の自分の力を見れば、真っ先に彼女に質問しそうなものであろうと思ったが故に、彼はここで彼らを監視していたわけであるが、どういう訳かその手の話題はなかった。否、意識的に遠ざけられたとさえ感じられた。

 

(…そうか。古城の方があんな派手なことをやらかしたから、自分たちが先んじて、奴らを捕らえ、古城の事実上の無実証明に使おうとしてるんだな?)

 

あれだけ派手なことをやらかして、しかも賠償金として500億が請求されている状況で一介の高校生である古城がそれらを帳消しにするためには今回の騒動の大元である彼らの証言は必要不可欠である。

そのために、南宮那月に昨日の一件については何も伝えなかった。

自分の力のことを言えば、どうあれ彼らと戦闘していたことを裏付ける証拠になってしまう。

 

(確かに、その手しかないにしろ、随分と無茶をする。何事もなければいいが…仕方ない。)

 

昨日の時点で相手の力量は測れた。少なくとも、第四真祖である古城の方が()()()()心配はないにしろ、雪菜の方はただの人間なのだ。正体がバレることになろうとも彼女が危機に晒されるようなことになれば、助太刀に入るべきである。

英霊が出てき始めているならばまだしも、彼の前には依然として、彼以外のサーヴァントの姿が見えない。この状況で、自分の情報を外にさらすことはこちらに争いの種を蒔きかねない危険な賭けである。

その時の覚悟も引っくるめて彼らを監視する必要が出てきたことに対して、少し嫌な気分になっていることは否定できない。

そう考えた後、シロウは教室に帰って行った。

 

ーーーーーーー

 

5限目に入ろうとしている時、シロウは辺りを見回した。

 

(古城がいない。まさか…もう出たのか!まだ、敵がどれくらいの規模なのかも分かっていないのに!)

 

無謀にもほどがある。雪菜の方はそれなりに訓練された身のこなしをしていたが、古城の方はいくら第四真祖の魔力があるとは言え、戦闘に対してはズブの素人である。

 

(これだけ早く出たということは、情報源はかなり身近に限られてくる。古城の身近で、南宮那月以外にこういう情報で詳しい人間…!浅葱か!)

 

彼女は人工島管理公社のシステムの全てを牛耳れるほどの怪物ハッカーでもある。そんな彼女ならば、この絃神島の全ての情報を見られるだけの能力があるに違いない。

浅葱を捜していると、やたらと不機嫌そうな表情で食堂からでてくる彼女の姿があった。だが、気にしてはいられない。

 

「浅葱!!」

「何!?って、シェロか…いったい何よ?そんなに声を張り上げて。」

 

相変わらず、不機嫌な調子で聞いてくるが、とりあえず、本題に移る。

 

「すまない。()()がどこに行ったのか知らないか?」

 

その名前を聞いた瞬間、分かりやすいくらいにさらに顔を険しくして、シェロを睨みつける浅葱。女の情念のようなものを感じ取ったシェロは一歩引きそうになるが、そこは歴戦の英雄。少し怯んだだけで済んだ。

まあ、それでも、ただの女子高生の睨みにこの世界では大英雄とされている男が怯んだというのは、非常にまずいことなのだが…

 

「…あんたもあのバカと同じ口?姫柊って子に場所がどこか聞いてくれとか言われたような…」

 

…なんとなく、浅葱がこんなに不機嫌な理由が分かってきた。なるほど、恐らくは古城に場所を聞かれ、とりあえず教えてあげたら、午後の授業のことをそのまま浅葱に押し付けて、古城はスタコラサッサとどこかに行ってしまったのだろう。で、その時に浅葱は雪菜が一緒に駆けていくのを見かけた…と

 

(無意識ではあるのだろうが…古城のヤツ、トンデモない機雷を設置して行ったな。)

 

まあ、この場合、自分が近付いて行ったのだが…

そんなことは後回しである。とりあえず、彼女から何とか情報を引き出さねばならない。

 

「いや、違う。ただ、古城のヤツに伝えたいことがあってな。急ぎの用だったので、とりあえず、今からでも、伝えに行ければ幸いだと思ってな。」

 

そんなシェロの言葉に対して疑わしげな眼差しを向ける浅葱だったが、少しして嘆息すると、シェロにまっすぐに視線を向け、

 

「報酬は?」

「…そうだな。これから一週間、君の要望通りのケーキを作るというのはどうだろう?」

 

一人暮らしをしている身として、一般的なレベルの家事をこなせると自負しているシェロは以前、ケーキをクラスの皆に振る舞ったところ、随分と人気だったことを覚えている。

あそこまで、喜んでもらえるのだ。自分のケーキ作りは結構なものなのだろう。と本人的には家事全般は嗜む程度だと思っているシェロは自分のことなのに、他人事のようである。…まあ、絶対に嗜む程度のレベルなどではないのだが…

 

「ふーん…イイわ。教えてあげる。」

 

浅葱の方もそれで納得したみたいで、情報を快く提供してくれた。

 

ーーーーーーー

 

(随分と遅くなった。まだ、間に合うといいが…)

 

シロウは現在の肉体を維持しながらも、全速力で駆けていく。それでも英霊である彼の走行速度は乗用車を軽く凌駕する。

目指すはホムンクルス調整も行えるロタリンギアに本社を構える封鎖された製薬会社、スヘルデ製薬。

ホムンクルスを伴っていたあの殲教師にとっては、正に打って付けの場所というわけである。だが、シロウ自身気になるのはあのホムンクルスの方である。この世界の吸血鬼が眷獣を従えられる理由。それは眷獣は召喚すると共に宿主の寿命を著しく縮めるからである。だから、眷獣は吸血鬼にしか扱えない。

 

(だが、あのホムンクルスは眷獣を従え、古城に攻撃を仕掛けていた。あそこまで正確に攻撃できるということは、彼女は間違いなくあの眷獣を扱いきれているのだろう。)

 

だが、そうなると問題は寿命である。いくらホムンクルスとは言えあれほど眷獣を酷使すれば、すぐに寿命が尽きる。

 

(ということは…なる程、先日からの魔族狩りはそのためか…)

 

おそらく、ホムンクルスの寿命を少しでも伸ばすために、魔族の膨大な魔力を当てにしていたのだろう。間違いなく、ホムンクルスに慈悲を持ったわけではなく、道具(・・)として彼女を使役するために…そう考えると頭の中が沸騰しそうになった。

当然だろう。シロウにとって、ホムンクルスを道具扱いするということは義姉を侮辱されたに等しい。だが、そんな中でもやはりシロウは冷静だった。

 

(いや、やめておこう。最終的に古城たちが何とかできるならば、見送っても特に問題はないはずだ。)

 

自分の軽はずみな行動が夏音を危険にさらすことに繋がる。かと言って、リンクを切ってしまい、彼女から目を離すというのもまた好ましくない。文字通りの板挟み状態の彼にはこの時代で正体を隠しながら動くというのはとてつもない制限をかけられることなのである。

 

そんなことを考えている間にシロウは、スヘルデ製薬会社にたどり着いた。だが、瞬間、歴戦の戦士であるシロウに嫌な予感が全身に走る。

全速力で駆ける。どこに行ったのかなどと考えることはせず、ただ、命じられるように、吸い込まれるようにシロウはその場へと駆けて行った。

そして、たどり着いた先にはやはり、というべきだろう。そこには真っ二つの古城の胴体を抱きながら、嘆き叫ぶ雪菜の後ろ姿が映った。

 

(ちっ!遅かったか…全く、鈍りすぎにも程がある。生前の俺ならばもう少し早く気付けたはずだ。)

 

自らの失態を嘆き、自分に喝を入れ、あの2人組を探すためにその場を後にしようとした。

古城が真っ二つにはなっているが、彼は曲がりなりにも真祖。自分が知っている真祖という怪物も少なくともあの程度で死ぬようなものではなかった。

 

だが…とここで、シロウは足を止める。

そして軽く舌打ちをすると、自らに黒いローブと無地の仮面のようなものを投影し被せ、再び雪菜の方へと向き直る。彼女は未だに肩に抱いている少年のために泣き叫んでいる。

そんな背中に対して、シロウは声を低くし、

 

『落ち着け。少女よ』

 

語りかける。雪菜たち以外誰もいないということが相まって、声はよく響き、すぐに雪菜はそちらに向き直る。

 

「誰ですか!?あなたは!!」

『俺が何者かなどというのはこの場合、どうでもイイことだ。それより少女よ。君のその傍らにいる少年。まだ、死んではいないぞ。』

「え?」

 

戸惑いに似た困惑を浮かべながら、雪菜は黒いローブに身を包んだ恐らくは男に目を向ける。

 

『その男は第四真祖、曲がりなりにも真祖だというのならば、この程度で死にはしない。分かったら、そのひどい顔をいい加減、治すことだ。その男が起きた時、情けない表情を晒したくはあるまい?』

 

半ば挑発的とも取れるシロウの言葉に雪菜は呆然としているだけであった。言いたいことは言い終えたシロウはすぐにその場を後にしようと、背を向ける。すると、ようやく意識が戻ってきた雪菜はその背中を目で追いかけ

 

「ま、待ってください!」

 

呼び止める。その言葉に対して、別に反応する必要もなかったシロウだが、わずかに動きを止める。

 

「あなたは一体何者ですか!?先輩が第四真祖だということは一部のものにしかこの島では知られていないはず!だというのに、なぜ…」

『そのことについては、いずれ語る時が来るだろうが、今はその時ではない。分かったら、そこの男の療養に専念していろ。俺はもう行く。』

「ちょ、待ってください!!」

 

だが、今度は待たずにそのままシロウはその姿を虚空へと消した。

いくら干渉は極力しないにしても、彼らは追わない理由にはならない。そう考えたシロウは製薬会社をすぐに出て、情報を集めるために街を移動するのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕 V

ここは絃神島の中央にあるキーストーンゲート。

この機関は絃神島の電気、水道、ガス…あらゆるシステムを管理している。そのため、ここは一際警戒を要されている。ここを破壊され、蹂躙されるということは島内を殺すことに直結し、最悪、この人工島を沈ませることにもつながるためである。

だが…そのキーストーンゲートに現在、二人の侵入者がいる。

一人はいかにも教徒という佇まいでありながら、その雰囲気をぶち壊しにするはずの戦斧を不思議とマッチさせる男。

一人は決して吸血鬼以外には使いこなせないはずの眷獣を虹色に輝かせながら巨人のような形をとって使いこなしているホムンクルスの少女。

この異様な二人組は堂々と警戒されているはずのこのキーストーンゲートを正面突破してきたのである。

警備員たちは魔術的に退魔効果のある金や銀の銃弾を撃ち込む。

だが、男の方は人間とは思えない神速によりその攻撃を避け、戦斧による一撃で両断し、少女の眷獣はその退魔効果のあるはずの銃弾を眷獣でやすやすと受け切って見せた。

 

辺り一帯の混戦を鎮圧した時、先に進もうとする彼らの目の前にはガクガクと肩を震わせた現代風のファッションをした学生服の少女がいた。

一瞬、自分たちの姿を見た彼女もここで殺そうかとも思ったが、すぐに思い直す。すでに少女の方は恐怖により体が固まってしまっている状態のようだ。このような少女を放置しても特に問題はあるまい。

 

()()()()()()()()()()()()

 

ーーーーーーー

 

シロウは駆けながら、ひたすら聞き込みを繰り返していた。

安直ではあるが、こういう何も情報がないときは走って稼ぐしかないことを生前から痛いほど理解している。

だが、そんな時だった。ちょうど彼がキーストーンゲートの近くで聞き込みをしていたせいもあるのだろうが、突然、島がグラグラと揺れ始めたのだ。

 

「なっ!?」

 

突然の事態に驚くシロウ。ここは海の真ん中にある人工島である。そんな人工島がこんな揺れを引き起こすはずがない。

ということは、この島の警備システムか何かが、狂ってしまってできあがってしまった結果なのだろう。ということは…

 

「キーストーンゲートか!?」

 

ちょうど、聞き込みをしていた相手にお礼を言う。そして、シロウはそこから人通りの少ない場所へと移動すると、スピードを一気に押し上げ、キーストーンゲートへと向かっていくのだった。

 

ーーーーーーー

 

そこは一面死の色だった。残骸と化した機械人形(オートマタ)、一刀両断の切り傷を体に残したまま横たわりピクリとも動かない警備兵の死体。

 

「ちっ!」

 

シロウはその惨状を見回し、すぐに生存者がいないかどうか探した。すると、見慣れた少女がいた。

 

「あれは…浅葱!?」

「え、だれ?って、シェロ!?」

 

浅葱の方もこちらに気付いたみたいで、驚いた様子で声を上げた。

 

「あんた、何してんのよ!こんなところで!?」

「それはこちらの…って、そうか、君はバイトか?」

「そうよ。で、あんたは一体…」

 

と言おうとした時、ピリリリと彼女の服から携帯音が鳴る。

 

「もう!何よ!?こんな時に!」

 

携帯の表示画面を見ると、そこには古城と書かれており、浅葱の方は慌てて、応答ボタンを押した。

 

『浅葱か!?』

「古城!?」

『よかった…無事なんだな!」』

「ちっとも無事じゃないわよ!!」

 

思わずと言った調子で浅葱は叫ぶ。

 

『そっちはどうなってる!?』

「侵入者が二人来て、辺り一帯もうボロボロよ!」

『やったのは、ゴツい僧衣のおっさんと眷獣を連れてるホムンクルスか?』

「知ってるの!?」

『ああ、危うく殺されかけた。』

「殺され…って、古城あんた!?」

 

驚くほど冷静に答えた古城に対して、怒号に似た叫びを出す浅葱。

 

『そんなことより、そいつら今、どこに向かってる?』

「…もう、ちょっと待ってて…」

 

だが、古城はそんな浅葱の声を遮るようにして質問を挟んでくる。浅葱の方もそんな古城の応対に慣れた調子で、カタカタとパソコンのキーボードを叩き、敵の現在地を割り出していく。

 

「まっすぐ、支柱の最下層の方へ向かってるわ。それ以外に興味がないっていった感じよ!」

『キーストーンゲートの支柱ってのは、宝みたいな大切なもんなのか?』

「んなわけないでしょ!ひたすら、馬鹿でかい鉄柱が深海に向けて伸びてるだけよ!」

『じゃあ、あのおっさんの言ってた至宝ってのは何のことだ?』

「至宝だと?」

 

ここで初めてシェロが口を出す。

 

『ああ、おっさんが言うにはそこには至宝が眠っているとか…って、この声、まさかシェロもそこにいんのか!?』

「ああ、キーストーンゲート辺りを周っていたら、いきなり、地面が揺れ始めたからな。何事かと思って、来てみた次第だ。」

『次第だ、ってお前…』

 

頭を押さえるような声が響く。それに対し、頭を抑えたいのはこちらの方だ。と内心で古城の方を毒突くが、話を進めることにする。

 

「それより、至宝ということは何か大切な物がここにあるということでいいか?それも、教徒にとって大切な物ということで?」

『ああ、多分、そうだと思うけど…』

「なるほど…」

 

何か納得したような表情でシェロは頷く。

 

『?なんだよ?なんか分かったのか?』

「分かったというよりは、今まで疑問に思っていたことが解けたという感じだな。浅葱、このキーストーンゲートの最下層に何があるか、調べてくれないか?俺の予想が正しければ、この騒動、ある意味で正しいことなのかもしれん。」

「はあ?」

 

何を言っているのか分からなかった。これほどの騒ぎを起こし、しかも、大勢の人々を殺した人間たちが正しいなどと何故言えるのかが分からなかった。

 

「…確かにそれも許されざることだが…この絃神島もある意味で彼ら教徒たちにとってはもっと許されざる行為をしている確率があるのだ。」

「って、心読まないでよ!!」

 

そう言いながら、手元にあるパソコンのキーボードを叩く手を休めない。すると、いきなり、アラームが鳴り始める。

見ると、専門家の浅葱でも驚くほどの強大なプロテクトであった。

 

「ちっ!モグワイ!!このプロテクトをぶち破りなさい!」

『無茶言ってくれるぜ。嬢ちゃん。これ本来、俺には壊せないように設定されているんだぜ?』

 

やたらと人間染みた言葉遣いをする人工AIである『モグワイ』やれやれといった調子でパソコンの向こう側で嘆息する。

 

「良いから、やれっての!」

『ヘイヘイ、ったく、だが…これだけ言っておくぜ。後悔すんじゃねえぞ。』

 

プロテクトが破れた先にあったもの、それは…

 

「え?これって…!?」

「…。」

 

浅葱はただ驚愕の声を出し、傍にいるシェロは痛ましい物を見つめるような表情でただ黙っていた。

 

ーーーーーーー

 

『…そういうことかよ。』

 

時間もないので、シェロが短縮した説明を電話の向こうにいる古城たちに送る。それに対し、古城はわずかに絶望したような声を出した。

 

『分かった。じゃあ、とにかくそっちは避難を任せて構わないか?』

「…それは構わないが、古城、どうする気だ?」

『は?』

「このまま、君が絃神島の人々を避難させるように誘導するのも手の内だ。一介の高校生が彼らのようなテロリストを相手にするなど、それこそ間違っている。」

『……』

「だが…人間、どのような選択であれ、自分の後悔しない選択をした方が後々のためになる。君がどちらを選んだ方が後悔しないか…よく考えた方が良い。」

 

後味が悪いが、自分に言えることはこれだけだ。と考え、電源を切り、浅葱に携帯を返した。

 

「さ、行くぞ。浅葱。まだ、生き残っているものがいればその者たちを外に避難させねば…」

「ええ、分かってるわ!」

 

あれだけの地獄絵図を見せられながらも浅葱は気丈に返事した。

シェロとしては、本当は浅葱も外に出した方が彼としては好ましい。しかしこれだけの騒ぎが起きて、彼女が黙ってられる性分でないことは理解している上に、生き残りがいるかどうか確認する上で彼女の能力は必要不可欠なので、一緒に連れて行った方が良いとシェロは考えた。

そうして、二人は生き残りを探すために奔走した。

 

ーーーーーーー

 

しばらく経ち、大体の生き残りを避難させたシェロたちは外に待機していた。すると…

 

(…!来たか。古城。)

 

気配感知はそれほど優れていないシェロだが、馴染みが深い魔力を感知することは造作もないことである。どうやら、キーストーンゲートの支柱に向かって、まっすぐ進もうとしているようだ。

 

「…すまない。浅葱。後は頼む。」

「は?」

 

突如かけられた言葉に対して、浅葱は意味が分からないと言った調子で振り返る。だが、そこにはすでに、シェロの姿はなかった。

 

「ちょ、シェロ!?」

 

慌てて、周りを見回すが、やはり姿は見えない。唖然とした浅葱はそのまま棒立ちして過ごすことしかできなかったのだった。

 

ーーーーーーー

 

命令完了(コンプリート)。目標を目視にて確認しました。」

 

鉄製の最後の扉を壊しながら、自らの眷獣に取り込まれながら、藍色の髪の人造人間(ホムンクルス)『アスタルテ』は自らの主に告げる。

そんなアスタルテに一瞥もくれず、男は最下層の中央へと歩み出る。

 

「お…おぉ…!?」

 

法衣の男『ルードルフ=オイスタッハ』はその至宝(・・)を見て、崩れるように頬を涙で染める。

ここは、キーストーンゲートの支柱の最奥にして最後の砦。そこは四基の人工島(ギガフロート)から伸びるワイヤーの終端。

全てのマシンヘッドを固定するアンカー。小さな逆ピラミッド型をした土台があった。

そのアンカーの中央に直径わずか1メートルの小さな一本の柱が杭のように突き立っていた。

だが、それは絃神島を支え続けるために、今も数百万トンという衝撃に耐えているのだ。

それこそ、この島を支えるために用いられている要石(キーストーン)となっているのだ。

 

「ふ…ふはははは…あはははははははは!!!」

 

涙を消し去ったかと思えば、狂喜の笑みを浮かべ、哄笑する一人の殲教師。そう。これこそが、この殲教師が、この汚らわしい鉄と魔術の塊の最下層に来た目的だった。

 

「ロタリンギアより簒奪された我らが不朽体…我ら信徒の手に取り戻す日を待ちわびたぞ!アスタルテ!もはや、我らの行く手を阻む者なし!あの忌まわしき楔を引き抜き、退廃の島に裁きを与えなさい!」

 

なおも高笑いしながら、信徒であるルードルフはアスタルテに命じた。

だが、アスタルテは動かない。少しして、それを怪訝に思ったルードルフだったが…

 

命令確認(リシーブド)。ただし、命令の前提条件に誤謬があります。ゆえに命令の再選択を要求します。」

「何?」

 

怪訝な表情をさらに険しくし、何故か問返そうとした瞬間、

 

「悪いな!オッサン!」

 

背後の上空から声をかけられ、ハッとした調子で頭を上げるルードルフ。見上げた視線の先には、暁古城と姫柊雪菜が泰然として構えていた。

 

「…西欧教会の“神”に仕えた聖人の遺体。『聖遺物』って言うんだってな。やっぱり、これが、あんたの目的だった訳か?」

 

すでにわかりきったことだが、あえて問い返すように古城は聞く。

 

「…あなた方が絃神島と呼ぶこの都市が設計されたのは、今から40年以上も前のことです。」

 

ーーーーーーー

 

シロウはキーストーンゲート最深部へと足を進めながら、思考も共に進めていく。

 

(そう。5年前、当時としては俺はこの世界について何も知らなさすぎた。ゆえに、ありったけの過去の情報を頭に叩き込んだ。その中には当然、40年前当時の技術の知識も…だが…)

 

シロウの『芸はつぎ込めるだけつぎ込んだ方が得だ』という、生前の信念にも近い思い。そのため、この世界の技術の進み具合なども完璧に覚えたと自負できる彼には、一つ、わからないことがあった。

それはこの絃神島がどうやって出来上がっているのか?ということである。

 

(レイライン…つまり、龍脈が通る海洋上に人工の浮島を建設して都市を作る。当時としては画期的なこの発想は龍脈が通る霊力が、住民の活力となり、都市を繁栄に導くだろうと誰もが思ったという。だが、建設は難航したとされてる。人々が思う以上に海洋上に流れる剥き出しの龍脈が強大だったからだろうな…)

 

それは当然だとシロウは考えた。何故なら…

 

ーーーーーーー

 

「都市の設計者、絃神千羅はよくやったと言えるでしょう。東西南北に分かれる四つの人工基島(ギガフロート)を東洋の風水でいうところの四神に見立て、それらを有機的に結合することで龍脈を制御しようとした。ですが、それでも解決しない問題が出てきたのです。」

 

すると、ルードルフは背後にある己が信仰の対象である聖遺物を哀れむような目で見た。その視線に気付いた古城はわずかに呼吸を置いて、告げる。

 

「要石の強度だな?」

 

ーーーーーーー

 

(そう。どうしても分からなかったのは、なぜ、この島が大した技術もない40年前に四神の長たる黄竜の位置づけにあるこのキーストーンゲートの要となる要石(キーストーン)を用意できたのかということだった。だが、

 

供儀建材

 

…聖遺物を利用したものならば、それは十分に要石の役割を果たすだろう。)

 

この島が風水を模しているということは膨大な魔力の流れを見れば、すぐに分かった。ただ、これほどの魔力に耐えられる要石など40年前に作って用意できたとはとてもではないが、思えなかった。

だが、今思えば、シロウならすぐに気づくだろうことだった。

 

魔術師とは、目的のためならば手段を選ばない。どのような世界であれ、そういう魔術師は必ずいるものだと、シロウは知っていたはずだった。

 

だが、ここの魔術師などの異能者たちは多くが目的ではなく、手段のために魔術や能力を行使していた。

 

その使い方に共感できたシロウは、この世界にはそんな人種がいないと勝手に思い込んでしまったのだ。

 

(やれやれ、さっきの勘の鈍りもそうだが、全く、長いこと戦ってないと、自分の中の色々な物が変わってしまうものだな。)

 

呆れ半分、悲嘆半分といった調子でシロウは自分のことを貶めるように評価し、反省しながら、下層を目指して走っていく。

 

ーーーーーーー

 

「気持ちは分かるぜ、オッサン、絃神千羅ってヤツのやったことは確かに最低だ。けど、だからって、ここに住んでいる何も知らねー五十六万人っていう人間を殺していいわけねーだろ!!」

「この島の贖うべき罪過を思えば、その程度の犠牲!一顧だにする価値なし!!」

 

咆哮に近いルードルフの怒声は確かな覚悟が伴ったものだった。だが、それでもといった調子で今度は雪菜の方が反論する。

 

「現在の技術を使えば、供儀建材など使わずとも絃神島を支えられるレベルの要石を作り出すことが可能です!そうすれば…」

「あなたは!自分の肉親が苦しんでいるときも同じことがいえるのですか!?」

 

その言葉を聞いた瞬間、古城は頭に血がのぼった。

姫柊雪菜は幼い頃、獅子王機関という組織に拾われ、そこで攻魔師として育てられたという背景を持つ。

彼女を獅子王機関の剣巫と知って、なお親のことを持ち出したということはそれは侮蔑に用いられたと見ていい。

 

「オッサン…あんたは!!」

 

だが、そんな古城の口元を雪菜は遮るように手をかざす。古城がそちらを振り向くと雪菜は大丈夫です、と口で言って再び覚悟の灯った瞳で殲教師を見つめる。

それが合図となり、古城もそちらを見つめる。

 

「結局、こうなるのかよ…」

 

あーあ、と落胆を帯びた声と共に古城は下階へと飛び降りる。

 

「…けど、忘れてねえか?オッサン?俺はあんたに胴体ぶった切られた借りがあるんだ。とっくにくたばっちまった設計者(ニンゲン)に対する復讐なんかより先に、その決着をつけようか」

 

古城の全身を雷が包む。それは以前のように怒りに任せたものではない。彼の中にいる眷獣が宿主の意志に呼応して目覚めようとしているのだ。

 

「さあ、始めようか?オッサンーここから先は第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ」

 

雷光を纏った右腕を掲げて古城が吠える。

古城の隣で寄り添うように銀の槍を構えて、雪菜がいたずらっぽく笑いながらいう。

 

「いいえ、先輩、私たちの聖戦(ケンカ)です!」

 

だが、古城の莫大な魔力は眷獣だけを呼び起こすものではなかった。

行き場を失った魔力は暴走し、そして、ある一点へと届く。

そう、()()()たる『聖者の右腕』へと…

 

瞬間、辺りが光に包まれる。

 

「なっ!?」

「きゃっ!?」

 

驚いた古城と雪菜はそちらを振り向きながら、目を覆う。

しばらくして、光が収まると、そこには先ほどと変わらぬ、最下層の景色が映し出されていた。

 

「なんだったんだ?今のはいったい?」

 

疑問に思っている古城の左腕には龍の牙を三つ渦巻き状に刻んだような刻印が打ち込まれていた。

 

ーーーーーーー

 

ひたすら駆けていたシロウが走る足を止め、いきなり後方へと飛び上がったのはそんな時だった。

 

「ぐっ!!」

 

瞬間、シロウが先ほどまでいた場所に落雷に近い光の束が落とされる。

まるで、自分という存在に引かれたが故にそこに光が出来上がったのだと言わんばかりのその光。

しばらくして、光が収まり、煙の向こうから人影がゆらりと動く。

 

「っ!?」

 

その男の出で立ちは明らかに現代のものではなく、そして、放つ魔力は自分と同じ神秘に溢れたものだった。それを見て、感じたシロウはすぐに警戒で顔色を染める。

男らしき人影は赤銅色の鎧と白と赤十字のサーコート、そして、赤銅色の髪の毛をはためかせながら、告げる。

 

「サーヴァント・ライダー!召喚に応じ参上仕りました。」

 

今ここで聖杯戦争がはっきりとした形で始まった瞬間であった。




さて、問題、ライダーとはいったい誰のことでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕 VI

今回はみなさん、満足させることできるかな…
いや、正直、戦闘の方は今回短めにしたんですもの。
序盤ですから…
では、どうぞ!


(速攻!!)

 

相手が敵かどうかなど確認する間もなく、シロウは突進する。目の前の男がどれだけ争いを否定するような善人であろうが関係ない、相手がサーヴァントである以上、遠からず、彼らは戦い合う定めにあるからである。

 

即座に、夫婦剣干将、莫耶を投影し、相手の喉元へと突き込むために、突進を緩めずにそのまま進む。そして、あと数寸というところで…

 

「やれやれ、参りましたね。まさか、召喚されてからすぐに戦闘とは…」

「っ!?」

 

ギロリとこちらに目を合わせてきた男は片手剣程度の長さの剣で、干将、莫耶を弾く。予想できたことなので、弾かれた瞬間シロウはすぐに距離を取り、相手の持った剣を調べる。

 

(あれは…っ!?ばかな!?あの剣は…。いや、だとしたら、おかしい。なぜ?)

 

目の前にいる男のその真名を看破したシロウは看破したからこそ驚く。

なぜなら、彼は本来、特例でもない限り、()()()()()()()()()サーヴァントだからである。だが、真名を看破したことには看破した。とりあえず、その真名をばらし相手の動揺を誘おうとするが…

 

(…いや、ダメだな。)

 

即座に頭の中でその案は否定する。

確かに真名看破をした瞬間には、動揺を誘えるだろう。が、その瞬間自分の真名も看破される確率が高い。なにせ、自分の伝承の中には、『刀剣の性能、真名を見た瞬間完璧に理解し、それを完璧に模造してみせた』などという伝承がある。これがもし、かの()()にも情報として伝わってるのだとすれば、確実に自分の能力も理解されることに間違いはないだろう。

 

「やれやれ。まったく…本当にやりづらい…」

 

今まで味わったことのない窮屈な気分、これが本来の英霊たちにあるべきものなのだと考えれば、どうも、有名になってよかったのかどうかわからなくなってくる。まあ…もっとも真名がバレることをなんとも思わないものもいたことにはいたんだが…

とは言え、今は現状の調査だ。

現在、自分たちは一本道の未来的なカプセルを彷彿とさせる廊下にて対峙している。目の前の…恐らくはかの有名な聖人はライダーと名乗っていた。

 

「…だとすると、真っ当な一騎打ちをするタイプではない…か。ふっ、まあ、俺が言えたことではないか…」

 

幸か不幸かこの状況はアーチャーとライダー、お互いの本領を発揮できない状況である。つまり、ここで試されるのは単純な技能のみ…ということになる。

 

「先ほどから何をブツブツと言っているのですか?見たところ、あなたもサーヴァントのようだ。ということはあなたは我が主人ではないということでよろしいでしょうか?」

 

あちらも少々、しびれを切らしたらしい、一番最初に自分が確認しておきたかったことをシロウに尋ねる。

 

「ああ、ついでに言う必要もないことだろうが、俺は君の…

 

敵だ!」

 

瞬間、強烈な殺気を放つシロウ。相手であるライダーはそれをこともなげに流し、剣を構える。それを見たシロウは殺気を収める。沈黙が廊下を覆い、誰かがすでに破壊したあとのあるその廊下は、パラパラと瓦礫の砂らしきものが落ちる音がする。

 

パキッと一際大きな瓦礫が欠けたような音がした瞬間、それは起こった!

 

両者が虚空へと消え、そのちょうど中央で激突する。

ただそれだけの行動が地面を凹ませ、支柱を揺らす。この行動だけでも、彼らが先の殲教師などとは比べものにならないほどの力量を持っていることは明らかである。

お互いの剣に火花を散らさせながら、にらみ合う。

 

英雄同士の規格外の決闘の幕が今上がった。

 

「うおお!?何だ?さっきから、大丈夫かよ?この支柱は、っと!?」

 

喋りながらも、古城は殲教師の攻撃をなんとか避けていく。

戦闘の素人であり、吸血鬼としての性能も著しく劣る古城が、今現在、戦闘のプロたる殲教師と渡り合えてるのは偏に、長年やってきたバスケからの経験則によるものが大きい。相手がどういう場合、フェイントを狙ってるかなどを考えれば、自ずと相手の動きも読めてくる。

そうして、彼は避けざまに自らの眷獣の力の一端である雷球をパスの要領で投げつけることで渡り合っているわけである。

 

その現状を見たルードルフは、顔を険しくし、ついには致し方ないと言った調子で、羽織っていた外套を横へと投げつける。

 

「なるほど、動きは素人同然といえど、流石の魔力…ならば、こちらも相応の覚悟で臨みましょう!!」

 

彼が宣告すると同時に外套の下にあった鎧が光り出す。

その光に対して、吸血鬼である古城は言いようのない嫌悪感が湧く。肌が焼け焦げそうな熱が示す通り、この光は邪なるものを許さない聖なる光だ。

 

「ロタリンギアで作られし、対聖殲用武装『亜塞の鎧(アルカサバ)』!!この光をもちて我が障害を排除する!」

 

宣言した瞬間、彼は今まで以上の速度で古城に襲いかかる。

 

「っ!?やべ!!」

 

一、二撃は避けた古城だが、このままではいずれ致命傷を負うことが明白なため、一旦距離をとる。

 

「そういうことなら、こっちも遠慮しねー。死ぬなよ!おっさん!!」

 

バッと右腕を掲げ、呪文を唱える。

「“焔光の夜泊(カレイドブラッド)”の血脈を継ぎし暁古城が汝の枷を解き放つ。疾く在れ(きやがれ)!5番目の眷獣!!“獅子の黄金(レグルス アウルム)!!」

 

凄まじい光と共に、一頭の巨大な雷光の獅子が召喚される。彼が地に足を着けるのと、それが起こったのは正に同時だった。

 

突如、自らの眷獣とは違う要因により支柱がまたもや激しく揺れ始めたのだ。

 

「ぬおあ!!姫柊!!」

 

すぐさま、もう一方でアスタルテというホムンクルスを相手に激闘を繰り広げていた自分の相方である姫柊に声をかける。

どうやら無事のようだが、彼女も何が起きたのかわかっていないようだ。相手方であるホムンクルスの少女と同様に上の方を見上げながら、怪訝な表情をしていた。

 

「…何なんだ?さっきから一体?」

 

今日は随分と出鼻を挫かれることが多い古城は、わずかな苛立ちと共にまた上を見上げるが、すぐに切り替え、目の前の殲教師を睨みつける。

 

1分前

 

激突した二人の大英雄は弾かれるようにして互いに距離を置く。そして、すぐさま、また激突しようとすると、今度は互いの体を鞭にしたかのような音速を超えた超高速の切り返しが始まる。

そのどれもが基本に忠実な技ながら、彼らほどのレベルともなると、それは一個の芸術となり得る洗練された美しさがあった。

 

「っ!?」

 

結論から先に言わせてもらうと、シロウの方が段々と押され始めていた。今は彼の本来の能力が発揮されていないため、生前とは程遠いステータスになっていることもその要因となっているが、ライダーである彼が意外というと失礼かもしれないが、剣技において、自分に勝っていることが要因となっている。

しかも、攻めではなく守りにおいて自分を上回っている。

攻撃は最大の防御などというが、その逆も然りということを示されている、そんな気分だった。

攻めの剣を繰り出せば弾かれ、そこからカウンターを仕掛けるように突きや袈裟掛けが繰り出される。

 

これについては、シロウ自身少々プライドが傷ついた部分があった。なぜなら、シロウの剣技もまた守りに特化した剣術なため、それなりに守りについては自負していた部分があったからである。

 

(ここで、俺の宝具を使い、決着をつけられる確率もあるが…相手はライダーだ。本来、一騎打ちではなく、宝具の数で勝負をするクラス。それがまだ、宝具開帳も行っていないとなれば…それはあまりに危険すぎる)

 

そんなことを考えながら、さすがにきついと感じたシロウは上へと跳び、ライダーの上を宙返りする形で距離をとる。

 

すかさずライダーが追い込もうとするが、これを狭い廊下ながら持ち前の連射技術を用いて、矢を二本射放つ。驚いたライダーだが、すかさず、追い込もうとする足を止めて、その矢を弾き落とす。

音速を超えた矢は後ろに弾き落とされて、決して小さくない爆発を巻き起こす。その爆発がまたもグラグラと支柱を揺らす。

 

そして、今度こそシロウとライダーの距離が10メートル離れた時、先に口を開いたのは、ライダーの方であった。

 

「…先ほどの弓術、素晴らしいものでした。失礼ながら、あなたの剣術よりも弓の方が見入ってしまうものがありました。ということはあなたはセイバーではなく、アーチャーということでよろしいか?」

「…さてな。そういうことは言葉ではなく、戦いの中で示してこそのサーヴァントというものだろう?」

 

シロウはわざととぼけて返す。

だが、ライダーの方はすでに自分の中で、目の前の男をアーチャーだと断定したらしい、話を続ける。

 

「双剣使いの弓兵(アーチャー)となると、自ずと正体は定まってくるというもの…お初にお目にかかります。

 

『錬鉄の英雄』衛宮士郎。

 

貴殿に会えたこと、心から感謝いたします。我が名はゲオルギウス。此度は騎兵(ライダー)として現界させていただきました。…まあ、本来、私どものような存在が召喚されることは()()()()()のですが…」

 

すると、シロウは努めて冷静に振る舞い、はあ、とため息を一つした後、

 

「なるほど、どうやらもうとぼけても無駄なようだ。だが、こちらも驚いたものだ。まさか、かの有名な竜殺しである貴公が、()()の位置付けにあるこの場で要として扱われていたとはな…皮肉が効き過ぎているにもほどがある。」

 

本当はそんなことで内心が驚愕に満たされたわけではなく、ただ双剣と弓を使っただけで真名が看破されたことに対しての驚きの方がはるかに強かったわけだが…流石にそれを今の話にくっつけるわけにはいかなかった。

戦いとは詰め将棋。この時点で弱みを見せれば、能力を全開にしているか否かは関係なく、遠からず敗れ去るのは必然だろう。

 

「しかし、些か無警戒が過ぎるのではないか?自分から真名を暴露するとは…まさか、自らから湧き上がる自信に身を委ねたなどという傲慢な思いがそれを可能にしたとは言うまいな?かの有名な聖人殿が?」

 

わざと、挑発的な言葉を投げかけるシロウ。それに対し、ライダーは特に億した様子もなく、敬虔な信徒に諭すように言葉を投げかける。

 

「なに。あなたは刀剣を扱うことよりも『刀剣の芯を理解し、それを模造することに長けたこと』で有名になった英雄です。となれば、私がこの“力屠る祝福の剣(アスカロン)”を見せていた時点で、すでにあなたは私の真名に辿り着いていたはずです。であるならば、私が真名を暴露しようがしまいが、結果は同じだと判断したまで…」

 

予想していたことではあったが、やはり、衛宮士郎という名はその能力と共に深く知れ渡っているようである。そのことに対して、またも深くため息を放つ士郎。

 

(…やれやれ、だが、まだ聖杯戦争も序盤。やはりまだ、固有結界を出すわけにはいかん。弓を使おうにも、この支柱の途中では、支柱が折れんとも限らない。先ほどの一番破壊力のない矢であれだったのだ。とすると…この場は剣術だけで切り抜けるしかない。というわけか…)

 

黒弓を消し、双剣をまた投影し直すとダランと力を抜くと同時に、双眸を相手方のライダーへと向ける。

 

「そうか…だが、俺の方も弓だけと思われては心外なのでな。もう少し付き合ってもらうぞ。ライダー!!」

 

突進してくる猛獣を連想させるように、ダランとした自然体から一気に腰を落とす。

それを見たライダーはおもむろに自らの白いサーコートに手をかける。

 

「ええ。ですが、その前に一つあなたには、祝福を受けていただきましょう。…まあ、祝福とは名ばかりですが…」

「…?」

 

瞬間、サーコートが淡く光り始めたのを見て、まずいと思ったシロウだが、遅かった。

 

汝は竜なり(アヴィスス ドラコーニス)!!」

 

カッという光と共に、サーコートが目を覆わんばかりの輝きを放つ。

 

「ぐっ!!」

 

思わずと言った調子で、目を腕で隠すようにして覆い守ろうとしたが、()()()()()()

少しして、光が収まる。ようやく、目が効くようになったシロウは変わらない光景がそこにあったのを怪訝に思った。

 

(今、瞬時に解析した結果の能力を考えるならば…

 

解析開始(トレースオン)

 

瞬時に自分の体を解析する。そして、その変化を知り、今度こそ驚愕の表情をライダーへと向ける。

 

「…随分と特異な宝具だ。まさか、俺の体質を()()へと変質させるとは…確かにこの状況では、祝福とは名ばかりだな。祝福の聖剣を持つ者が随分なことをするものだ…」

「耳が痛いですね。私もそう思うのですが、それでも私の戦法上この宝具は実に使い勝手がいいのですよ。」

 

確かにな。心の中で思うシロウ。彼は竜殺しとして名を挙げた英雄。その男が目の前に竜種がいた場合どれほど戦いやすいのかなど、明白である。

だが、それがどうした。と頭を振りシロウは再び目の前の敵を見据える。

 

相手方もそれを合図だと受け取ったのだろう。正眼へと剣を構え直す。だが、今度は彼らが出鼻を挫かれる番だった。

 

ドンという強い衝撃音とともに支柱が三度目の揺れを引き起こす。

 

「ぬっ!?」

「ちっ!?」

 

足を怯ませはしないものの、思わず足元へと警戒を移す両者。

 

「どうやら…下の方は決着が着いたみたいだな…」

「下の方ですと?」

 

一方ライダーは、自分のリンクが下層へと向かっていることに気づき、シロウの言葉に敏感に反応した。

そんな事情など露知らないシロウは言葉を続ける。

 

「ああ、そうだな…なんというべきか。とりあえず、一つこの島での危機が去ったということになるな。」

 

ーーーーーーー

 

「終わりだ!オッサン!!」

 

古城の吸血鬼の筋力を存分に使った拳をルードルフは喰らい、吹っ飛ばされ、地べたへと頭を突き込ませる。だが、それでもなお、彼は彼ら信徒の右腕に対して手を掲げた。

 

「…たぶん、あんたがその右腕を取り返そうとしたことは間違っちゃいない。けど、選んだ方法は間違いだった。後は、ちゃんとしっかり罪を償うんだな!」

 

古城のそんな言葉が聞こえたのかどうか…だが、その言葉が終わると同時にルードルフは崩れるようにして、意識を失った。

 

ここに、確かに一つの争いが終結したのだ。

 

ーーーーーーー

 

場面は戻って、アーチャーとライダーが対峙している廊下へ。

 

「どうする?まだやるというのならやるが…正直こちらとしては戦う理由が見当たらなくなった。君が召喚されているところから、この聖杯戦争がまともじゃないと分かってしまってる以上、このまま戦闘を続けても、誰かの思惑に従っているような気分がして仕方ないからな。」

 

そう。目の前にいるゲオルギウスは『聖人』というカテゴリーにある英霊である。彼ら聖人は『現世に何も望むものがない』からこそ聖人なのであり、したがって望むものを手にする聖杯戦争などという俗物のような儀式に間違っても召喚される存在ではない。だからこそ、『この聖杯戦争がまともではない』とシロウは言い切ったのである。

 

シロウのそんな言葉に対して、聖ゲオルギウスことライダーは意外そうな表情でシロウの顔を見直す。

 

「…意外ですね。先に戦闘を仕掛けてきて、今もまた闘いを切り出そうとしたあなたがそのようなことを言うのですか?」

「あの時は、色々と切羽詰まってたからな。こちらとしても、まだ、聖杯戦争は序盤。いずれ、相見えるにせよ、この辺りで引いた方がお互いにとって利があると思っただけだ。」

 

本当は下の戦闘が終わっている以上、長々とここにいるのは逆に危険だと判断したこともあるが、そのことは伏せておく。

ライダーは訝しむような表情をして、思考を巡らせる。

 

(先程、彼は私の宝具を避けられなかったタイミングであったとはいえ、

 

わざと受けるように、途中で手を止めた。

 

目を覆うくらいはしてもいいはずなのに…いや、彼はそれがどんなものであれ武器であるならば理解する能力を持っているとされている。

ということは私の“汝は竜なり(アヴィスス ドラコーニス)”の能力をあの瞬間見破り、わざと受けたのか?

私にわざと()()()を持たせるような形にすることである程度満足させるために…)

 

そんなことを瞬時に思いつくのは余程の戦上手くらいのものである。もし、偶然だとしても、そんなことを考えさせるために敢えて受けたというのならば、彼は十分に注意しなければならない相手であるということは確実だろう。

 

なぜなら、これは裏返せばゲオルギウスを倒し得る手段…いや、正確にはその戦法を彼は持っているが敢えてそうしないとも取れる訳である。

 

確かにそれは考えすぎなのだろうが、今は序盤。奥の手を隠すのに徹しているということも十二分にあり得る。

 

「…いいでしょう。分かりました。こちらとしても、マスターの所在を確かめなければならないという役割があります。

 

それに、戦ってみて分かりましたが、どうやらあなたは本来の能力を封印しているようだ。」

 

その言葉に対して、ピクッと過敏に反応してみせるシロウ。

 

「一体なぜ力をすべて出し切れないのか知りませんが、どうやら、私のことを過小評価したからという理由ではなさそうだ。次会う時は全力で相手をして欲しいものです。」

 

そう言ったライダーは体を霊体化させて、どこかへと消えて行った。

それを確認した後、シロウは肩の荷が下りたかのようにふー、と思い切り溜息をし、そのまま、キーストーンゲートの出口へと向かい、歩いていく。

傷はかすり傷程度で済んだもののやはり生前に近い身体能力を使えないというのは正直キツい。

特に今回の英霊は防御においてはおそらく無敵と言えるほどの鉄壁を誇るサーヴァントだった。

 

(さて、まだこれから…だというのに一体どうするかな…)

 

最初からこれではいずれ、我がマスターを巻き込むことになるだろう。遠からずそうなるにせよ、せめて、聖杯戦争が中盤に差し掛かってからでなくてはあまりにも、分が悪い。

 

だが、シロウはいずれ知ることになる。この聖杯戦争に()()なんて言うものはないということを…

 




この聖者の右腕以降、そうそう、英霊は出てきません。
つまり、まあ、しばらく英霊すげえ状態になる訳です。
あ、でも大丈夫です。シロウもゲオルギウスも基本現世のことには関わらないように努めるので、そんな作風が崩れたりしませんから、次話はエピローグですが、
その後、弓を使い続けるアーチャーが見られる…かも!
乞うご期待!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

聖者の右腕 VII

獅子の黄金(レグルス アウルム)…ようやく、お目覚めか…」

 

そう呟くのは、マンションの天蓋にて一人佇む暁凪沙だった。だが、その纏う空気は普段の彼女からは考えられないほど独特の威風を醸し出し、その瞳はまるで深い湖を凍らせたかのように、静かでありながらどこまでも深い眼だった。

その姿と先ほどの彼女の言葉遣いから、彼女は暁凪沙とは別の何かであることを物語っていた。

 

「あの坊やも少しはやる気を出したということか…」

 

フッと、誰かに語りかけるように呟いたあと、凪沙の体は糸が切れたマリオネットのように、バタと倒れる。

少しして、目をパチリと覚ました凪沙。

 

「ん…古城くん?」

 

その時には、すでに彼女はいつもの彼女だった(・・・・・・・・・)

 

ーーーーーーー

 

ここは彩海学園のとある一室。そこにはカラスにしては人工的な動きが目立つモノと、茶色の髪を後ろに流したひょうきんとした男が立っていた。

 

「かくして、血の伴侶を得た暁古城は、また一歩完全なる第四真祖に近づいた、と…これも全部あんたらの狙いかい?」

 

男・矢瀬基樹は、カラスに呟く。

 

「この国に真祖が生まれるなど、有史以来なかったことだからな。公社も慎重を期しているのさ。」

「やれやれ、まさか、あの監視役ちゃん自分を第四真祖の愛人にさせるために、この絃神島に送り込んだなんて夢にも思わないだろうに…まったく、可哀想に…」

「そう卑下することでもないさ。皇帝の妻ということは、つまり王妃になるということでもあるわけだしな。だが…その経過報告とは違い、もう一つ少々厄介なことが起こっていそうな事案が発見されてね。」

「あん?」

 

基樹は首を傾げる。元々、経過報告だけをするように頼んできたのはそっちなのに、まだ、何か厄介の種が出来ているという報告を今度はこのカラス側から聞くことになったからである。

 

「キーストーンゲートの最下層の途中でのことなんだが…そこで小規模ながら、激しい戦闘が行われたような痕があったのだ。それだけならば、良かったんだが…その小競り合い…そこの力の痕も解析してみると、強大な霊格同士がぶつかり合ったために出来上がったものだと、今し方、判明した」

「何?」

「…しかも、その霊格を測定すると、最低でも…真祖と同等かそれ以上の確率があるとのことだ。」

「何だと!?」

 

最初は静かに疑問を口にした矢瀬だが、真祖と同等かそれ以上という言葉を受けては、平静を保っていられなかった。当然だろう。

真祖とは、その一人で一国の軍隊と同等かそれ以上とされている存在である。その真祖とタメを張る程の霊格となれば、もはや、それは一つの奇跡(・・)に近い。

 

「いや、待てよ。今、小競り合いと言ったよな…ってことは!?」

「そうだ。少なくとも、真祖と同等以上の存在がこの絃神島に二人はいるということだ。」

 

ゴクリと生唾を呑む基樹。相手方は冷静に言っているが、これは一大事である。しかも、おそらく国家を挟むくらいは余裕でしてしまえるほどの…

 

「私の言いたいことは分かるな。矢瀬基樹。今後、更に第四真祖に対する警戒を強め、彼の一挙手一投足に注意せよ!」

「…了解。」

 

基樹がそう肯定したあと、カラスは静かに紙となって散っていく。

 

「やれやれ…苦労してるな。親友。」

 

嘆息しながら、夜空を見上げこれからのプランを着々と考えていくのだった。

 

ーーーーーーー

 

暁古城は現在、落ち着かない様子でオロオロと辺りを見渡し、歩き回っていた。そんな様子を周りの人間たちは怪訝そうに見つめていたのだが…古城は気づく様子がない。

 

「先輩!」

 

声をかけられた瞬間、ビクッと肩を震わせて、恐る恐る後ろを見つめるとそこには待ち人である姫柊雪菜がいた。

 

「姫柊!!どうだった!?」

 

思わずと言った調子で乗り出しながら、古城は尋ねる。

そんな様子に雪菜はわずかに引きながらも、言うべき言葉を続ける。

 

「陰性でした。」

 

その言葉を聞いた瞬間、古城は心底安心したと言った感じで、ホゥ、と安堵の溜息をこぼす。

 

「良かった。痛い思いさせちまったし…」

 

ふと、周りを見回した古城は、小声でそっと語りかけるように、ボソッと呟く。

 

「お前を俺の血の従者にしちまったんじゃないかと気が気じゃなくてさ。」

「血が出たのも微量でしたし、それにあの時は比較的安全だって分かっていましたから。」

 

そこからいつも通りの空気に戻るのかと思っていたが、違った。雪菜の背後にある苗木に見覚えのある…どころか、よく知るポニーテールの少女が立っていた。

 

「へー…古城くんが痛い思いをさせて、血が出て、陰性だったんだ〜…」

 

その顔は笑顔でありながら、口の端はヒクヒクと引き攣っている。怒りが頂点に達した時、彼女が見せる癖のようなもので、つまり、今、彼女は今までにないくらいの怒りを覚えているわけである。

 

「待て!凪沙!お前は今は重大な勘違いをしてる!絶対に!」

 

そんな抗議の言葉に対して、雪菜もブンブンと頭を上下に振る。

 

「何が勘違いだっていうのかな?古城くんが雪菜ちゃんにはじめて奪って、血を流させたっていうところのどこが?」

「だから、その思考に移行していることがすでに、勘違いなんだが…」

 

古城は思わず空を見上げたくなったが、ふと思いついたように凪沙に質問する。

 

「そうだ。浅葱は?一緒じゃねえのか!?」

 

凪沙は自分の妹ということも相まって、親友である浅葱と仲が良い。だから、一緒にいるのかと思い、いないなら、捜させてこの難局を打破しようとまで考えていたのだが…

 

「浅葱ちゃんなら、ほら、そこに…」

「え?」

 

ギギギと、まるで機械仕掛けの人形がさびつきながらも必死に動こうとしていることを連想させるような首の動きで後ろを振り返ると、そこにはクランベリージュースを片手にフルフルと肩を震わせている藍葉浅葱がいた。

 

「…あんた…最低。」

 

浅葱はそう言うと、クランベリージュースを思い切り古城に向かってぶちまけた。

のわっ、と古城が悲鳴を上げている隙に、スタスタと、前を通り過ぎ雪菜の目の前に出て行く。

 

「あなたが姫柊さんね?いい機会だから、聞いておきたいんだけど、このバカとどういう関係なの?」

「先輩の監視役です!」

「ストーカー…っていうこと?」

 

そんな浅葱の言葉に対して、慌てた調子で雪菜は訂正する。

 

「違います!ただ、先輩が悪いことをしないように見張ってるだけで…」

「…いったい何をやってるんだ?君たちは?」

 

新しい声がした方向を向くと、そこにはシェロがいた。その姿を見た瞬間、古城は救世主(メシア)を見るような輝かせた眼を向けてきた。

 

「頼む。シェロ。こいつらの誤解解いてくれ!」

「誤解?」

「何が誤解だっていうの!雪菜ちゃんのはじめてを奪って、血を流させて痛い思いをさせたっていう言葉のどこ…モガモゴ!!」

「大声で言うな!それに根本が違うって言ってんだろうが!それは!」

 

凪沙の言葉に対して、過敏に反応した周りの生徒たちはチッと舌打ちを打ちながら、古城に殺気を放っていた。

一方、シェロの方も誤解しそうになるが、古城と雪菜以外でこのメンバーで唯一古城の正体を看破しているシェロはすぐに事情を察した。のだが…

 

(さて…どうしたものか?)

 

理解はできたにしても、彼女らに説明するとなると、正直な話どうしたものかと考えたくなるものである。

吸血鬼ということを隠したまま、彼らに説明するとなると、かなりな難関となる。

そして、結果…

 

「まあ…程々にな…」

「え、あ、ちょっ、おい!!シェロ!?」

 

放置することにした。正直可哀想じゃないと言えば嘘になるが、仕方がない。口舌戦も得意としている衛宮士郎であるが、さすがにこれはお手上げだと考えてしまった。まあ…それ以上にうろたえる彼らの姿を見たくなったという嗜虐心に満ちた理由も、あったわけだが…

 

シェロの予想通り、シェロが離れた瞬間、抗議の声は白熱し、古城はうなだれ、雪菜は顔を赤らめ、浅葱と凪沙は大声を上げて怒鳴っていた。

 

シェロの方は近くに見た顔がいたのでそちらの方へと近づく。

 

「これが、第四真祖・暁古城のさらなる苦難の始まりだった。ってか?」

「第四真祖がなんだって?矢瀬。」

「いや、こっちの話だ。よ!シェロ!今日は聖女ちゃんと一緒じゃねえのか?」

「…別にいつも一緒というわけではない。何だ?そういう噂でも立っているのか?」

 

『聖女』というのは自分のマスターである叶瀬夏音のことである。人間離れした美貌を持ち合わせた彼女は焼け焦げた修道院によく通うこともあってか、そのように字名されている。

 

「そりゃ、もう…例えば、ウチのクラスの奴なんて、もっぱら、お前が聖女ちゃんの保護者だから、外濠を埋めるためにお前と仲良くした方がいいとか噂立ってるしな。」

「最近、やたらと声を掛けられると思ったら、そういうことか。まったく…」

「それだけじゃねーぞ。あとな…」

 

馬鹿らしくも、微笑ましい日常的な会話を続けていく矢瀬を見て、シェロは自然と顔が綻び、ただ、相槌を打つ中で懐かしみを帯びた幸せを噛み締めていた。

 

ーーーーーーー

 

そこは常夏の絃神島とは対照的に、ほとんどの場合雪が降っていることが多い。夏らしい夏はなく、日が差すのだって、ほんの数巡程度と言えるほどしかない。

もちろん、最初からこうだったというわけではない。

 

一面が雪に覆われている森の中に、一際威光を放ついで立ちを伴った城がある。

昔、ここの城主が外の世界に絶望し、外から隔絶したいという願いを込めて、ここ一帯には一面結界が貼ってある。その影響でここは一面閉じられた世界になっており、天候が一年を通して、一定になってしまっているのである。

一族の者たちは、これに対して特製の呪解具を身につけることで外の世界を行き来している。だが、特に、用がなければ外に出たりはしない。

 

なぜなら、彼らはその城主の子孫たちなのだから…

 

そんな城の一室に紅茶を口に含みながら、外の変わらぬ銀世界を安楽椅子に座りながら、眺め続ける一人の女性がいた。

 

「やっと、召喚されたの?まったく、これでようやく三人目ね。私たちより先にマスターになったのが誰なのか、未だに分からないのが癪だけど…」

 

幻想的な輝きを見せる白を基調にした銀髪をたなびかせながら、その女性は呟く。その美貌は百人が百人美人だと言える顔をしていながらも、どこか人工的な雰囲気を漂わせたなんとも不思議な感覚を抱かせる容姿をしていた。

豪奢なドレスというほどではないにせよ、動きやすくもあるがところどころに清潔感を漂わせるその服装は彼女の上品さを物語っていた。

 

「ええ。分かってるわ。セイバー。誰であろうと潰すだけ…私たちの目的を阻むものは…ぜーんぶね。」

 

クスリ、と見るものが見ればゾッとするような笑みを浮かべながら女は巌のような大男に告げる。

それから、わずかに目を細め、不満そうに口を歪めると。

 

「でも、不満があるとしたら、あなたをアーチャーのクラスで召喚できなかったことかしら。まさか、まったくの盲点だったわ。5年前、聖杯の願いで、無限に召喚できる(・・・・・・・・)ようにしたはずなのに、その唯一の欠点がまったく同時に(・・・・・・・)同じクラスの英霊が召喚できないことなんて…あれのおかげでずいぶんと調子が狂ったものだわ。

まあ…目当てであったあなたを召喚できたんだから今は良しとしてるし、最優のサーヴァントであるあなたなら、アーチャーの状態に勝るとも劣らない性能を持ってるでしょうしね。」

 

だが、少女はなおも、不満が収まっていないと言った調子で言葉を続ける。

 

「ま、それについては後々、落とし所をつけてもらうとして…はあ…本当に回りくどいにもほどがあるわ。聖杯の願いによって、根源に近づくための聖杯を作る(・・・・・)必要があるなんて…

 

でも、ようやく叶うのね。私たち『魔術師』の悲願…

 

根源への到達が…!!」

 

退廃的な笑みを浮かべながらも、そこに確かな喜びを含めて彼女は持っていたカップをテーブルに置き、座っていた安楽椅子から立ち上がり、高らかに告げる。

 

「さあ!始めましょう!!

 

時代を超えて英雄たちが今この時代に集い、殺しあう。

 

醜くも美しい、聖杯戦争を!!」




10連引いて、ドレイク船長とジャックが同時に当たるという奇跡!!
いや、もうね。うおおお!!って思わず雄叫びあげたくなっちゃいましたよ。はい!
みなさん、いい感じに訳が分からなくなってるんじゃないんでしょうか。なんで、聖杯が出来上がってるのに、聖杯を作り直さなきゃいけないの?とか色々と…

いいんですよ。それで…物語なんて途中で分かってても、何も意味がないですから。(自己解釈)
まあ…と言いつつ、自分ネタバレとか全然OKな人なんですけどね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者
戦王の使者I


重要事項

注意
この文を読まないと、後々面倒なことになるかもというくらいには重要なので皆さん呼んでおいてください。お願いいたします。

今回触れるのは、皆さんずっと気になっていたことであろう。なぜシロウが子供になってしまったのかというところです。

これは結論から先に言わせてもらいますと、前回名前は出しませんでしたが、(まあ、ほとんどの方気づいてるんでしょうけど)アーチャーとして召喚された場合、無類の強さを誇るセイバーがキーマンとなります。

今回、シロウが召喚された時、全く同時に地球の裏側でも同じくアーチャーを召喚しようとしたのは前回の描写から類推できると思います。つまり、同じ『アーチャー』という椅子に二騎の英霊が椅子取りゲームの要領で急いで座ろうと必死になったわけです。
このアーチャーの椅子に座れたのは奇跡的にシロウだったわけですが、当然、そんなことをしては、たとえ無色の魔力となっている英霊とはいえ、お互いをぶつけ合い、霊核を傷つけるような事態になります。
本来、このような椅子取りゲームをするような事態はまずないのですが、そこはそれ後々語ろうと思う今回の聖杯戦争の異常性が大きく関わるのですが、とりあえず、こういう訳で、シロウは召喚された時、自分でも予期せぬ『戦闘』が起こってしまったために霊核はボロボロとなり、本来なら現界を保てないほどでした。それゆえに自衛目的で自分の体を一時的に子供化させることで何とか現界を保った、というわけです。

ほとんど、無意識化の状態で行ったことなので、シロウはそのこと自体の記憶はありません。

この霊核は傷つけると言っても根幹までは傷つけられていないので夏音とのリンクを確かなものにすれば、霊核は完全回復し、彼の体はすぐにでも全盛期の状態に戻ります。

彼が成長しているのもこれが理由で、弱いリンクの中、彼はわずかずつながら傷ついた霊核が回復しているために成長しているというわけです。

はい。長々とつまんないオリジナル説明をお聞きくださいありがとうございます。
なんで、こんなことを今説明したかって?
とてもじゃないけど、こんな説明これから先する機会ないと思ったからです!

はい。申し訳ありませんでした!!
ではどうぞ!


「くそ、くそ、くそー!!」

 

黒豹の獣人は悪態をつきながら、コンテナ港を走っていく。

コンテナからコンテナへと飛び移り、ひたすら元々いた場所から遠ざかるために走り続ける。

獣人の背後にある施設は爆炎により赤く赤く染まっていた。ある程度遠ざかることができた獣人はふとそこで立ち止まる。

 

「取引場所が…バレていたとは…」

 

口を歪めて、獣人は呟く。

彼は国際的テロ犯罪シンジケート“黒死皇派”の構成員であり、今先ほど、ある遺物に関するもので取引をしていたのだが、これをモノの見事に絃神島に看破され、今現在、この黒豹の獣人のように逃げ惑う羽目となっているわけである。

 

「やってくれたな。人間ども…」

 

シャツの裾から、配管スイッチらしきものを手に取る。

 

「同志の仇だ。思い知れ!」

 

ピッと、不吉な音が立った瞬間、彼は施設を覆う爆炎をさらに覆う巨大な爆炎を想像して、ニンマリと口を引き裂くが…

 

どういうわけか。いつまで経っても、新たな爆発が巻き起こる気配はない。

 

「何?」

 

怪訝に思い、確認するようにまたスイッチを押し続けるが、やはり反応はない。

 

何故?と考えている間に横合いから、強烈な衝撃を伴った何かが飛来し、彼の手元にあるスイッチをバチンと弾き飛ばして行った。

 

「今時、暗号化処理もされてない小型プラスチック爆弾とはな…」

 

ふん、と鼻を鳴らしながら相手を見下す幼さを感じさせる声。その声に気付いた獣人はすぐにそちらを振り向き、見上げる。

 

見ると、豪奢なフリルのドレスを身に纏い、射している日傘もそのドレスに合ったフリルをふんだんに使って飾りをしている少女。一言で言うなら、派手な格好である。

 

「攻魔師か…どうやって追いついた。」

「貴様こそ、逃げ切られるつもりだったのか?野良猫風情が。」

 

不遜な響きのある少女の一言に対し、カッと頭に血が登る感覚を自覚し、気付いた時には少女へとその鋭い爪を振り抜いていた。

だが、人形めいた美貌を持つ少女はその高速の攻撃を軽々と避けていく。

 

「差し当たって、“黒死皇派”クリストフ=ガルドシュの部下と言ったところか。戦王領域のテログループが海を渡ってご苦労なことだ。」

 

少女は避けながら、尚も淡々と見下した口調で自分の推測を余裕を持って呟いていく。

それが、獣人の怒りを更に押し上げる。

 

「うおおおお!!殺すー!!!」

 

怒りがピークに達した獣人は大きく振りかぶり、少女を殺さんと、その鋭い爪を突き刺そうとする。

だが…

 

途中で、少女は消えてしまう。

 

獣人は一体何が起こったのか分からないと言った調子で辺りを見回す。

 

「貴様には無理だよ。」

 

決定的な何かを宣告するかのように、少女の声が響く。獣人は驚いて振り向き、その少女の姿を確認すると、ある一つのことに気づく。

 

「空間制御の魔法だと!?バカな!そんな芸当…高位魔法使いでもなければ…」

 

と言った瞬間、息を呑む。そして、恐る恐る言葉を続ける。

 

「お前…まさか…『空隙の魔女』!南宮那月か!?」

 

男が正体を看破した時にはもう遅かった。

彼は悲鳴を上げる間もなく、魔女の背後から出現した鎖によって、縛り上げられていたのだった。

 

獣人を縛り上げた彼女はしばらく、縛り上げた獣人を見た後、満足したように鼻を鳴らし、

 

「さて、戦王領域のテロリストどもに興味はあるが、尋問はアイランドガードに任せて、帰るか。明日の授業もあるしな。」

 

実に教師らしいセリフを吐いて、魔女・南宮那月は虚空へと消えていくのだった。

 

さて、今回は英雄エミヤシロウの華麗なる朝生活から物語を続けていこうと思う。

 

「ふむ。今日も快晴か…ここまで常夏が続いてしまうと、日焼けすらも国民の象徴だったりするのだろうか?…いや、すでに焼けてるオレには関係ない上に、非常にどうでもいいことだな…」

 

などと、カーテンを開けながら一人ごちた後、シロウはキッチンへと向かう。

 

簡素な1LDKながら、一人で暮らしていくには十分なほどの広さを誇る彼の部屋、学生である彼が1LDKなどと言う贅沢をできているのには訳があるのだが…

 

その辺りは後々明らかにしていくとして、キッチンで彼は手頃なホクホクのスクランブルエッグとドイツ製のピリリと辛みのきいたソーセージ、そして絶妙な時間加減で焼き、焦げ目のついたトーストを皿に盛り付ける。

本来、英霊である彼にはこんな食事は必要ないのだが、基本的にオカン気質の彼にとって、料理というのは一定の生活リズムを保っていくのに必要不可欠なのである。

食事を摂り終えた後、彼は冷蔵庫の中から、ある物を取り出す。中身は、以前浅葱への報酬として頼まれたケーキで、今日のメニューはサクサクとした食感がたまらないパイ生地にマンゴー、アップル、チェリーなどのフルーツを盛り合わせたミックスフルーツパイである。

ミックスにしてしまうと、味の組み合わせが至難を極めるわけなのだが、そこは長年の彼の経験則が容易く味の絶妙な組み合わせを作り出すことを可能としている。

どうせ、周りの皆や会うことになる古城の妹方も欲しがると思い、ホールで二つ用意した。

 

そして、学校のカバンを持ち、この姿になってからかけている赤縁眼鏡をかけ、いざ学校へと向かうため、アパートを出る。

 

出た後、しばらくすると、モノレールの駅が見えてくる。すると、彼の知った顔が目に映る。

古城とその妹の凪沙、そして雪菜がそこにはいた。

古城とは割と家が近所ということもあってか、よく見かけることがある。

 

「おはよう。今日も暑いものだな…古城…?」

 

言葉の最後に疑問符がついたのは、彼の顔の異変に気付いたからである。見ると、古城の顔面は相当強い衝撃を加えられたのだろう。若干、デコが赤くなっていることがわずかに離れていてもハッキリと分かる。

 

「どうしたんだ?それは?」

 

シロウが質問すると、その質問に対して怒りの声を交えながら、傍にいる凪沙が説明するため口を開く。

 

「あ、ねえねえ。聞いてよ!シェロくん!古城くんってば、本当にデリカシーないんだよ!私がいるかいないかドアを開けながらノックもせずに確認して、その挙句に、雪菜ちゃんの下着姿を見たんだよ!本当、信じられない!女の子の部屋にノックもせずに入ってくるなんて、そんなんだから未だに彼女もできないんだよ。大体この前だって、ノックをしてって言ったはずなのにそのまま入ってきたんだよ!一回ならまだしも、本当に学習能力ないんだから!」

「なるほど、要約すると、古城が女性の部屋へ入ろうというときに、ノックもしないなどという不粋な真似をしたため、姫柊の怒りを買い、怒りの鉄拳…いや、その痕からすると回し蹴りか?

それを食らってしまった…と」

 

雪菜は顔を赤らめながら、古城は気まずそうに沈黙しながら、両者共に頷く。

 

「いや、まあ、悪かったけどよ。そもそも、なんで姫柊がうちにいたんだよ!?」

 

なんとか、状況を打開しようと考えた古城は怒鳴りながらも尋ねる。だが、その質問に対する凪沙の答えはひたすら冷ややかだった。

 

「言ったでしょ!今日、球技大会の衣装の採寸するために、雪菜ちゃんが家に来るって!…まったく聞いてなかったんだね?」

 

そんな言葉にたいしてシェロはわずかに驚いた風に尋ねる。

 

「衣装?なぜ、球技大会に衣装が必要なのだ?」

「ああ、それは…」

 

「男子全員土下座!?」

「それはまた、ずいぶんなことをするものだな。プライドというものはないのか?君たちのクラスの男子には?」

「まあ、私たちも引いたもんだけどさ、相手が雪菜ちゃんということもあったから、仕方がないかな?って女子の方は納得して、結局協力することにしたんだ。」

「私の方もそこまで真摯に頼まれると断れなくて…」

 

校舎へと続く坂道を登りながら、シェロたちは話を続けていく。すると、凪沙が何かに気づいたかのように、話を途中で区切る。

 

「そういえば、シェロくん。」

「ん?」

「その手に持ってる物って何かな?もしかして…」

「ああ、前に浅葱に頼まれてな。ケーキを作ってきたんだ。良かったらいるか?君たち用に、ちょうど、二つ持ってきたんだ。」

「本当!?やったー!!」

 

大喜びの凪沙に対して、古城は怪訝そうな表情でシェロの顔を見て尋ねる。

 

「なんだ?なんで、シェロがケーキ作ることになってんだよ?」

「ああ、少々、前に頼みごとを聞いてもらってな。その報酬として、ケーキを要求されたというわけだ。」

「頼みごと?」

 

ここ最近で、浅葱に聞かなきゃいけないようなことというと、イマイチピンと来なかった古城はその言葉を聞いてますます怪訝な表情を深めていく。

そんな表情をシェロは察したのか。

 

「何。他愛のないことさ。少し、オレが行きたい場所について調べてもらったというだけでな。ほら。結構重いが大丈夫か?」

「よいしょっと、うわ!これ本当にケーキ?それにしてはすごい重たさなんだけど…」

「ああ、なんせフルーツを盛り合わせてある特製のパイだからな。フルーツの重さが相まって結構なものになってるんだよ。

すまないな。本当ならば、ケーキを君たちのクラスのところまで運んでやりたいところなんだが…俺ももう高1、正直、中等部の方に行くのは憚られるんだ。」

「ううん。いいよ。いいよ。これも幸福の重さだと思えば苦じゃないしね。ありがとう!シェロくん。シェロくんのケーキって店に出しても問題ないくらいの美味しさで、みんな一斉に取ってっちゃうから、むしろこれくらいでちょうどいいくらい!」

 

満面の笑顔でこちらに答えてくる凪沙の顔は清々しさを感じさせるもので、シェロの方もその顔を見て、わずかな嬉しさから笑顔が溢れた。

 

ーーーーーーー

 

「ん?あれは…?」

「あ、シェロに古城。おはよう。はい、これ」

「おう」

 

と彼女はさも当然のように古城に何かのケースを渡すと脱ぎ掛けの靴を下駄箱にしまっていく。

 

「いや、当然のように持たされたけど、何だよ?これ?」

「今日の球技大会に使うバトミントンのラケットよ。

ラケット足りなくなりそうだから、持ってきてくれって頼まれてたんだ。」

「ほう、なかなか気が利くじゃないか?珍しいこともあるものだな。」

「うっさい。あたしがなんて呼ばれてるのか知らないの?気配りのできる美人女子高生浅葱さんよ。」

『気配りのできる女子高生はそんなこと言わん(ない)』

 

思わずと言った形でハモった返しをする古城とシェロ。それに対し、浅葱は無言でストレートを両者に放つ。それをシェロはひらりと顔を横にそらすだけでかわし、古城の方は顔の形が変形するほど勢いよく拳をめり込まされた。

 

「ハモるな!!一人ならまだしも、ハモられると余計にむかつくのよ!!」

「おぉおぉぉぉ…」

 

言葉にならない悲鳴を口にしながら、古城はガクッと倒れ、それを確認した浅葱は不満そうな表情をシェロに見せた後、スタスタと教室の方へと向かって行った。

 

「大丈夫か?古城。」

「あ、ああ。いつつ…浅葱のヤロー、思い切りやりやがって…」

 

容態を確認したシェロは、そういえば、と一拍置き、

 

「最近、何か変なことはなかったか?誰か変なヤツがお前の元に訪ねてきたとか…」

「え?」

 

そう言われた瞬間、古城が真っ先に思いついたのは姫柊雪菜のことだった。彼女は成りこそ普通の女子中学生だが、実は獅子王機関というトンデモ機関から送り込まれた第四真祖たる古城の監視役だったりする。

そのことだろうと思った古城はこのことを伏せるためにも言葉を紡ごうとした瞬間…

 

「ああ、いや、姫柊のことではなく、何か別の…そう。男が来なかったか?しかも、とても言葉では言い表せないような雰囲気を持った男が…」

「…はあ?」

 

今度こそ、訳が分からなくなった古城は、素っ頓狂な声を上げる。

 

「…いや、別に特にそんなことはないが…?」

 

これについては本当である。女性関係で、最近知人は増えたが、男性関係でまだそういった奇妙な男を見かけた覚えは古城にはなかった。

 

「…そうか。」

 

その偽りない言葉を受け取ったシェロは難しい顔をして、わずかに逡巡するように顎に手を添え、チラリと、古城の左手に見える刻印に視線を移した後、また、考え込むように顔を曇らせた。

 

(…どういうことだ?ライダーが呼ばれてから、今日で一週間経とうとしている。普通ならば、すでにコンタクトを取っているはずだが…)

 

目の前の古城が嘘をついていないことはシェロの長年の観察眼から明らかであるとシェロは断じることができる。古城がマスターであると分かってしまっている以上、警戒を深めておくべきなのだろうが、ほぼ100%の確率で古城が巻き込まれてる側に回っていると推測しているシェロは、なんというかそういう部分に対しては共感できてしまうものがあったので、とてもではないが、警戒を強めるということは難しかった。

 

(あるいは、ライダーもそういった背景から古城にコンタクトするのは憚られた、というのは希望的観測をしすぎか…)

 

考えているうちに、教室に着いた。見ると、先ほどスタスタと歩き去って行った浅葱が立ち尽くしているのが確認できた。

古城とシェロは顔を見合わせてその光景を不思議に思い、駆け足気味に浅葱の方へと駆け寄る。

 

「どうしたんだ?浅葱?」

「…何よ?あれ…?」

「あれ?」

 

古城とシェロが浅葱の見つめている先を見るために黒板の方へと視線を上げる。

古城もそれを見た瞬間固まり、シェロはそれを見た瞬間、疑いの眼差しを矢瀬に向ける。と、矢瀬は何かをやりきったかのように、グッとガッツポーズを向けて来た。

 

黒板にはこう書かれていた。

 

バトミントン ペア

藍葉 浅葱

暁 古城

 

ーーーーーーー

 

「やれやれ、確かになんでも請け負うと言ったが、まさか、ほとんどの球技を請け負わされるとはな…」

 

などと、一人愚痴っているシロウ。

実はこの男、古城と同じようになんでもいい、と言ったのだが、その瞬間、助っ人の注文が殺到してきたのである。

別に、高校の球技大会などにそこまで肩肘張らんでもいいだろうと思っていたのだが、なんというか、自分に対して殺気立っている男の視線を感じて止まない。

正直な話、あれは肩肘張っているというよりもなんとかして、自分を痛い目に合わせたいと思ってる気がしないでもない視線だった。

このことを、矢瀬辺りに質問すると

 

『ああ、いや、まあ、アレだ。男子のちょっとしたやっかみみたいなもんだ。どうする?受けるも受けないも結局お前次第だし、無理に受けなくてもいいと思うが…』

『…いや、こんな程度で彼らの気がすむのならば、後々、面倒ごとを避けるためにも受けた方が良さそうだ。受けよう。全て』

『え?マジで?」

 

という感じで、自分で望んだことではあるものの、それがまさか、ほぼ全競技だとは誰が思うだろうか?

 

別にこの程度で息が切れるほど軟弱な体ではないシロウではあるものの、自分がここまで恨みを買うようなことをしたのかという疑問がつい、頭の中に湧いてくるわけである。

 

そんなことをしている内に、彼は知る由もないが、理由(・・)が前方から歩いて近づいてきた。

 

「あ、シェロさん!」

「ん?ああ、夏音か。」

 

夏音の方は雪菜のように応援するというわけではないようで、普通の体操着である。それはいいのだが…

 

「その…暑くないのか?夏音?」

「はい?」

 

彼女は普段、制服の下に日除けのためなのかは知らないが、薄いレギンスをいつも身につけている。

別に見ていて暑苦しいということはないのだが、こんなもので汗をかかれて、体調を悪くされたなど笑い話にもならない。

 

「はい。大丈夫です。いつもつけていますから…」

「そうか。それならいいのだが…ところで夏音は一体何の競技に出るんだ?」

「いえ、私は、運動はあまり得意ではないので、見学だと思います、です。」

 

申し訳なさそうに顔を曇らせながら、シェロから目を離す夏音。それに対してシェロは、仕方がない、という表情で、

 

「仕方があるまい。人間得手不得手がある。」

 

そう言って、シェロは夏音の頭を撫でる。こういう行為が嫉妬を買うのだと知りもせずに…

夏音はまるで仔犬のような笑顔を浮かべた。そんな時、シェロは突如として、妙な力の気配を感じる。

 

(これは…やれやれ、また古城の方か…俺が言えた義理ではないが、よほどトラブルに好かれていると見えるな。あの男も…)

「すまない。夏音少々急いでいるんだ…また、後でな。」

 

そんなシェロの言葉に対し、わずかに名残惜しそうな表情を見せた夏音ではあるが、すぐに切り替え、

 

「はい。ではまた!」

 

夏音の言葉に対して、手を振って返すと、すぐに力の発生源へと向かうために走る。

 

着いた後、見たものは正直な話、見なければよかったかと思うような光景だった。

 

古城と、おそらくは古城の危機のために駆けつけた雪菜が居たのだが、そこに偶然、間が悪く居合わせてしまった浅葱が逃げるようにタッタッと駆けていくという絵面は甘酸っぱすぎるにもほどがある。

 

(何というか、運のステータスも下げている影響か随分と間が悪いことが多い気がするな。最近…)

 

物陰でそんなことを考えながら嘆息し、だがそれでも新たな波乱の予感を含めた雪菜の持つ封筒から目を離さなかったシロウであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者II

「ディミトリエ=ヴァトラー?」

 

手紙の主である者の名前を雪菜が告げると、古城は不思議そうな声でそう尋ね返した。

 

「はい。戦王領域にて、主にアルデアル公国を治めている貴族ですね。」

「ふーん、そんな大物が一体俺に何の用なんだろうな?」

「はあ、おそらく、というか確実に考えられるのは一つだけだと思うのですが…」

 

雪菜は嘆息しながら、横目で隣の古城を見つめる。

こんな成りだが、この少年、一応は第四真祖という世界最強の吸血鬼の呼び声が高い男なのである。そんな男がいる場所に貴族が押しかけてきたとなれば、まず、この少年に挨拶をするというのが常識という者である。

たとえ、古城に第四真祖などという肩書きを名乗る気がサラサラなかったとしても…

 

「ん?」

「どうしたんですか?」

「これ、パーティーにパートナーを連れて行けって書いてあるんだよ。参ったな?どうするかな?」

 

パートナーというのは、この場合、夫婦や恋人のような比較的円満な関係を構築している者のことを指すのだろう。そんな人間はいないため、古城は頭を抱える。

 

「浅葱…はダメだし…凪沙なんて論外だ。」

「この場合、先輩の事情にも精通していてなおかつ、いざという時に即座に対応できる方を選んだ方がいいですね!」

 

ちょっと、胸張り気味に答える雪菜の様子に古城は気づくこともなく、

 

「となると…那月ちゃんか…」

「はい!?」

 

予想外の一言に思わずと言った調子で声を裏返す。

 

「どうして、そこで南宮先生の名前が出てくるんですか!?」

「いや、だって、あの人ならオレが第四真祖っていうこと知ってるし、適任かな?って」

「そういう人ならもう一人いると思うんですけど!もう一人いると思うんですけど!!」

 

なぜだか必死にこちらに言葉を投げ掛けてくる雪菜の様子を見て、さすがに古城は気づく。

 

「え?姫柊に頼んでいいのか?」

「先輩の監視が私の任務ですから!」

 

ホッと胸をなで下ろすような雪菜の様子に古城は不思議に思ったが、それ以上追究しようなどということはしなかった。

 

そんなことを言っている間に古城たちは自宅に着いた。すると、薄暗い部屋の中に見覚えのないダンボール箱があった。二人は不思議に思い、顔を見合わせると、その箱を調べるために古城は前に出る。

 

「送り主は…獅子王機関?」

「獅子王機関がなぜ先輩の元に配達を?」

 

ますますわからなくなった二人はさらに追究するために箱を開ける。

すると、

 

「なんだ?これドレスか?B(バスト)76W(ウェスト)55H(ヒップ)77…あれ?これって姫柊の…」

「記憶をなくす前に言い残すことはそれだけですか?」

「へっ?」

 

直後、古城の悲鳴がマンションの中で響き渡った。

 

ーーーーーーー

 

その後用意されたドレスを着て、古城たちは洋上の墓場(オシアナスグレイヴ)と呼ばれる旅客船に乗船した。

そんな彼らの様子を数キロ先のビルから監視している人影はビルの屋上に座して、その口元を読むこと(読唇術)に専念していた。

 

そうシロウである。

 

「さて、彼らが出たのを視認して、とりあえず尾行してみたものの…あの旅客船、中々強力な吸血鬼がいるようだ。コレは離れて観察したことは正解だったか?」

 

数キロ先のビルの頂上にてひとりごちるシロウ。わずかな隙間からでも、そこから顔さえ映し出されていれば、口を読むことなどシロウにとって容易いことなので、移動しながら、常に彼らが視界に映るようにした。

 

そして、口を読むと、どうやら、彼らは戦王領域の吸血鬼に呼ばれ、この場に来た、とのこと。そして、船に入り、しばらくして、甲板に出てきた古城に対して、威嚇するように眷獣を放った一人の吸血鬼がいた。

男の名はディミトリエ=ヴァトラー。戦王領域の貴族にして、アルデアル公の領を賜りしものとの紹介が為されていた。

 

「…はぁ、どうやら、本当に面倒ごとのようだな。まあ、我々英霊は別に関与しなくてもいい問題ではあるんだが…なあ、ライダー。」

 

振り向かずに、後ろに呼びかけるように声を出すシロウ。

しばらくして、シロウの5メートル後ろから観念したように虚空から赤銅色の鎧を伴って、鈍い光を放つ男が現れた。

 

「気づいていらしたんですか?一体いつから?」

「確かに我らサーヴァントは霊体化すれば、現世のあらゆる事象を無効化することができるが、別に気配を消せる訳ではあるまい?

これだけ近づかれれば、流石に気がつくさ。」

 

シロウは旅客船からは目を離さず、そのまま、背後に注意を巡らせるために殺気を放つ。

 

「殺気を収めてください。私はなにも襲おうという訳ではないのです。」

「たとえ、その言葉が真実だからと言って俺が警戒を緩める理由はないと思うがね…君がサーヴァントであるという時点で…」

 

なおも、視線を変えず、だが決して背後への警戒を緩めない。そんなシロウの様子にやがて、嘆息したライダーはシロウに並ぶために前に出る。

 

「ならば、警戒したまま、聞いてください。私は現時点でこの絃神島という人工島で争いを起こす気はありません。」

「……」

 

シロウの沈黙を是と捉えたのかライダーは言葉を続けていく。

 

「ですから、アーチャー、私は今のうちにあなたとの不可侵協定を結びたいのですが…どうでしょうか?」

「…その前に、君がなぜ、暁古城とコンタクトを取っていないのか…その理由を聞かせてくれるか?」

 

ようやく、ライダーの紡ぐ言葉に対して反応を示したシロウ。正直、あまり争いごとを好まないことは聖人であるということを分かった時点で、理解していた。そのため、シロウは遠からず、このような協定を持ち出されるだろうということも予測していた。だが、それならば、古城に知らせた方がいいだろうと思うのが自然かと思っていたので、そのことについて聞くのはシロウにとって当然のことであった。

 

(まあ、夏音に何の事情も説明していない俺が言えたようなことでもないが…)

「…それについては、私のマスターを少しの間観察させてもらったのですが、どうも、確かに特別な体質に恵まれているようですが、どう見ても一般人にしか見えず、ならば、特に望みもない私が彼とコンタクトをするものも何か違うような気がしまして…」

 

概ね同意できるものがあるが、まさか、本当にそのような理由でコンタクトを取っていないとは思わず、シロウは信じられないものを見るような目でライダーを凝視する。

自分のことなど、まるっきり棚に上げて。

 

「…まさか、そのような理由でなにも伝えていないとはな、本来なら甘いと断ずるべきところだが、まあいい。了解した。こちらとしても、争いは現時点で望むところではない。いずれ争うことになるにせよ、争いは少ない方が良いというのは同意できるからな」

「流石は、『正義の味方』を目指したことでも有名な英雄でもあります。賢明なご判断感謝いたします。」

 

ライダーのこの言葉に関してはさすがに嫌悪感を抱かざるをえなかったシロウは半ばヤケクソに反論する。

 

「ライダー…そのような伝承があったことは事実だが、あまり俺をそのような呼び方で呼ばないでほしい。たとえ、そこに皮肉を交えていなかったとしても…な」

 

本気で嫌悪していることを見て取ったライダーは、協定にヒビを生みかねないことを瞬時に読み取り、すぐに口をつぐんだ。

 

「分かりました。ではこの話はこれまで…私は行きます。良い夢を…アーチャー」

 

そう言って、夜闇の虚空へとまた姿を消すライダー。

それを確認したシロウは口元に嘲りとも取れる笑み浮かべる。

 

「良い夢を…とは奇妙なことを言うものだ。霊体である我らは元々、睡眠など必要としない身だというのにな…それにしても…クリストフ=ガルドシュ…か。」

 

ライダーと話しながらも、船の様子を観察していたシロウは想像以上に厄介な事態が引き起こされてるということに気付いた。

何と、そのクリストフ=ガルドシュを第四真祖たる暁古城の監視役の姫柊雪菜が仕留めて、テロ活動を阻止するなどと、言っているのである。

 

「ここ最近になって、嘆息することが多くなったな。やれやれ、若いうちの無茶は買ってでもせよとはいうものの…これは、少し背伸びが過ぎるな」

 

自分が手を出すことでもないのだが、やはりそこはどこまで行っても『正義の味方』としてあり続けようとする自分のサガが無視できない。

 

本当にどうしようもないなと、心の中で嘆息混じりに呟き、シロウは自宅へ帰るために踵を返し、虚空へと姿を消す。

 

ーーーーーーー

 

翌日になり学校に着くと、独自に調べるために古城と雪菜は早速動き始めていた。

 

予想通りの事態に対し、シロウはまるで保母さんの様な表情で行く末を見守っていた。

 

(まあ、いざとなれば助太刀すればいい話だしな。とりあえず、見守っていくことに越したことはないだろう。)

 

今のところ、学校に異常事態らしきことは起こっていない。だが、一つ気になることがあるといえば、あった。

 

(姫柊以外に、もう一つ何か監視のような目が古城の方に届いているな…)

 

と、鳥の形をした式神を見つめながら、シロウは思う。

 

「待てよ。たしか、古城が昨日いたあの旅客船。たしか、古城たち三人以外にももう一人いたな。…たしか、えらく姫柊のことを気にかけていた気がするが…名前は、そう…煌坂 紗矢華と言ったか?」

 

…何か嫌な予感がする。自分も人のことは言えないが、古城の方も結構な女難の相を感じる。とするとだ。()()は間違いなく…

 

「まあ、確定するのはまだ早計というものだろう。もしトラブルだとしても、そうそう命の危険にさらされることもあるまい。一応、真祖なわけだしな…」

 

と、そんなことを考えている内に、浅葱と古城が話し合っている。おそらくまた、今回の事件についての手掛かりを聞こうとしているのだろうが、浅葱の方の回答は良くない。どうせまた姫柊が関わっているのだろう、と予測をつけているのだろう。

だが、彼女はある言葉を皮切りに突然気分が変わった様に、古城の申し出を受け取ると返したのだ。

 

そのある言葉とは…

 

(…ナラクヴェーラ…たしか、インド神話に似たような名前があった気がするが…アレは、ある宗教においては難攻不落の城の主として描かれていたはずだな。古代遺産ということは少なからずその名前と関係しているのか…いや、そもそも、ルールが変わったこの世界において神話は残されていても、同じような名前があったということが効果にそのまま出てくるというのも怪しいものだ。となると…)

 

この場合、浅葱たちの元に急行し、その『ナラクヴェーラ』について聞いておくのが最善の策と言えるだろう。すぐに古城たちが向かう部屋の向かいの屋上にて待機しようと、歩を進める。

そして、屋上に着いた時、ふと、自分以外の気配をその屋上にて感じ取った。

視認して確認はできないものの…これは確実に人がいる気配だと確信できたシロウ。

 

(この感じ…監視と言って他ならないが、なんというか、殺気に満ち溢れすぎているな。これを監視と言っていいものか…)

 

その溢れんばかりの殺気のおかげで自分に向けられているわけでもない視線をシロウは敏感に感じ取ったのだ。ここまで来たら十中八九先ほどの思考が早計などではなく、極めて正確だということも理解できる。

 

「まあ、とりあえずは浅葱たちが入っていた生徒会室の方を見てみるか…」

 

そう言って、シロウが生徒会室の方を見てみると、そこでは古城たちがおそらく、ナラクヴェーラについて調べている後ろ姿があった。時折、横を向く時の口から内容を読んだり、開いているパソコンの画面を確認したりした結果、画面に写っている化けガニのような物体がナラクヴェーラということでいいらしい…

 

(なるほど、これは来て正解だったな。まるっきり神話の話なんて無視している。アレが神々の兵器というのならば、やはり、この世界のルールは根本的に変わっているということでいいらしい。

しかし…そうなると、謎だな。我々が召喚されているということは少なくとも世界の座のシステムは正常に稼動しているということ…“座”は世界の“根源”に最も近い位置に存在していると言っていい場所にある。

根源を廃棄したこの世界が根源を基にしている我ら英霊を召喚できるなどということが根本的にあり得るのか?

 

そんなこと…聖杯を利用するのではなく…聖杯にかける願いによってでしか、起こり得ない奇跡だろうに…

 

だが、それはそれでおかしい。聖杯に願いをかけられるというのならば、なぜ()()()()()()()などという回り道をおかした?

その願いで根源に到達すれば、『魔術師』の悲願とやらは叶うだろうに…)

 

考えれば、考えるほど今回の聖杯戦争のそもそものルールそのものすら怪しくなってくる。この聖杯戦争は、長年、聖杯戦争に関わり続けてきた自分でさえ、異端を極めていると断言してもいいほどの異常性を孕んでいる。

 

そのことに対して、嫌気がさし、思わず青空を見上げてしまう。

 

(本当に今回の聖杯戦争は、無事に終わる保証がまるでないな。まあ、『戦争』などという言葉が付いている時点で無事も何もあったものではないだろうが…)

 

だが、シロウが熟考していると、突然巨大な振動とともに巻き起こる破壊音が周りに響く。

 

「くっ!!っ!?なんだ!?一体?」

 

英霊であるこの身は視覚以外の五感も並の人間以上にあるため、シロウにとって、熟考している間のこの破壊音はあまりにも強烈に響いてしまった。

 

音の出所である向かいの屋上を見てみると、いつの間にか古城があの女性『煌坂沙耶華』に刃を向けられ、対する古城の方は呆然とした様子で自分の魔力の暴走に対して何もできずにいる。

だが、今回もというべきかまた、浅葱が古城の元へと間が悪く到着してしまっていた。

 

「まずいな…あれだと、どう足掻いても…となると、ここはあえて浅葱に怪我を負ってもらうのも手かもしれん。」

 

と冷静に残酷とも取れる手段を考えたシロウは浅葱のことをあえて放置し、自分のなすべきことを再確認するために思考した。すると、すぐに雷に打たれたかのような衝撃と共に閃く。

 

「しまった!夏音!!」

 

第四真祖の眷獣の暴走は確実に学校の方にもダメージを与えている。

こんな状況で、あの優しすぎるマスターが動揺しないとはとても思えなかった。

 

シロウは人の身に合ったスピードを保ちながらそれでいてその状態における最高速を維持して、自分のマスターの元へと直行した。




次の話を考えて、今回の話を思い返す…うん。どう考えても、次の話の方が展開的に早すぎることも遅すぎることもなく、面白い気がします。
いや、だって、正直、戦王の使者の回って、前振りが妙に長いもんだから、第三視点で描くとなるとなんていうか、遅いような感じがしてしまうんですよね。はい。
みなさんが退屈だと思わないことを心からお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者 III

「夏音!!無事か!?」

「シェロさん!!」

 

古城がしでかしてくれた大騒ぎのおかげで学校中は大パニックである。

まあ、一概に古城だけが悪い訳ではないので、なんとも言えないのだが…とりあえず、己がマスターの無事を確認し、ホッと胸をなで下ろすシェロ。

 

「よかった。いや、学校中のガラスが割れているのが見て取れたからな。夏音がガラスの前に立っていたらと思うと…ゾッとする。」

「そんな、大袈裟です。私はこの通り無事ですから…」

「ああ。良かった。ところで…夏音。この後、色々起こるかもしれん。ここは攻魔師も教師として雇っている学校だとはいえ、油断はできない。だから、とにかく…」

「ま、待ってください!…もう、本当に心配しすぎですよ。」

 

くすりと、柔らかい笑みを浮かべる夏音。

シェロの方も、ハッとした調子で、わずかに顔を逸らし、

 

「ああ…そうだな。俺らしくもない。まったく…」

 

そう言って、苦笑したシェロは、なぜだか、昔の未熟だった頃の自分の姿を思い返してしまった。

あの頃はとにかく、他人が心配で他人のことばかり気にしていた。

そんな自分を嫌悪していたが、今ではどうも、あれはあれで青春の一ページだったと考えられるようにまでなった。

 

「って、いやいや、そんなことを考えている場合ではない!」

 

頭をわずかに振って気持ちを切り替えるシェロは改めて、 夏音の方へと向き直る。そんな様子に夏音の方はというと、頭にクエスチョンマークがつきそうな傾げ顔をして、シェロの顔を見上げていた。

そんないたたまれないとは言えないまでも、どういう言葉を投げかければいいのか分からなくなってきた空気に対しシェロは…

 

「あー…まあ、その、なんだ?恐らく、すぐに避難の指示が出されると思うから、そちらの指示に従うといい。そうすれば、君の身の安全は確保できるからな。」

「はい。私もそうしようと思います、でした。あれ?でも、そうなると、シェロさんはどこか行くんですか?」

 

…どうやら、今の文面だけで、自分は避難とは別行動をとると読み取ったらしい…

 

(まったく、妙なところで鋭いというか何というか、彼女の霊力の高さが特有の勘の鋭さでも作り出しているとでもいうのだろうか?)

 

このまま、何も言わずに去るというというのは、彼の性格上できないことである。嘘を言うにしたって、なるべく事実に沿った嘘を言わなければ、自分としても気分が後々、悪くなる。

相手は自分のマスターなのだ。本人にその気はなく、自覚もないこの状態の元で言っても説得力がないものかもしれないが…やはり、彼女に嘘はつきたくない。

 

「大丈夫だ。避難はしないが、危ないところまでは決して()()()()()。約束しよう。」

「本当に…ですか?」

 

疑わしげなというよりも、心配そうな瞳でシェロを見つめる夏音。

この5年間、父の繋がりから知り合った兄のような存在であるシェロ。いつも優しげな言葉を掛けてくる彼に対して一種の親愛じみた好意を持っている夏音はシェロが何か危険なことをしないか心配なのである。

 

自分でもなぜそう思うのか分からない。付き合いは長く、信頼もしている。それでも、一度も自分が見ている範囲では何も危ないことをしていないにも関わらず、シェロが何か、危険なことに首を突っ込んでいないか心配で仕方ないのだ。

 

シェロの方もそれを敏感に感じ取り、すぐに頭の上に手を添えるようにかざすと、優しく撫でた。

 

「大丈夫だ。絶対に君を不安がらせるようなことはしない。俺は必ず、無傷(・・)で戻ってくる。

君は、俺の帰りを安心して待っていてくれればそれでいい。」

 

相手を安心させるため自然と出た好意的な笑み。

そこには皮肉など一切こめられていなかった。ちゃんとした座にいた昔ならば、こんな笑みを送れずに、皮肉を加えた文字どおり皮肉げな笑みを浮かべて、挑発するように鼓舞していたに違いない。

だが、今の英霊エミヤにはそんな気持ちは全くない。

これも、長年、あの()()()で過ごしてきた故なのか…

 

夏音の方もその偽りのない笑みを見て、心底安心した様子である。

 

「わかり…ました。じゃあ、私は行きますね。」

「ああ、気をつけてな。」

 

もう、ほとんど人通りなどなくなりかけているため、急がせる意味も含めて、シェロは夏音に走るように促した。

夏音は、それでもやはりわずかに心配なのだろう。数回シェロの方を振り向くと、すぐにタッタッと廊下を走り抜けていった。

 

「さて、約束したからには、守らねばな。恐らく、今ので学校の警備システムはかなり緩くなったはずだ。浅葱のあの反応からして、まず間違いなくあの古代兵器に関わっていると見ていいだろう。さて、とすると…」

 

作戦というのはいつも最悪の事態を考えながら行動してこそ、意味をもたらす。希望的観測に満たされた作戦ほど信用ならないものはない。

ならばこの場合、あの古代兵器の秘密を浅葱が何かしらの形で取得してしまったと考えるべきだろう。

 

「ならば、この機会を逃すはずがない。浅葱の元に何人かその古代兵器の関係者が来て浅葱を捕らえるはずだ。…まあ、本来ならば、そこを叩けばいいんだが…」

 

そう。そこを叩けば、恐らく万事解決するだろう。だが、あの古代兵器の秘密については闇に葬られたまま、要するに最悪、その古代兵器のことを放置したままの状態で全てが終わるわけである。

もちろん、捕らえた仲間から情報を引き出せれば御の字だが…大抵、テロリストというのは大義のためならばなんでもする異常集団で構成されたもののことを指す。その間に古代兵器とやらがこの絃神島を出て行った場合、恐らく二度とチャンスは来ないだろう。それ以外にもう一つ可能性があるとしたら…反撃が思わぬ形で繰り出される可能性。

 

要するに、追い詰められた鼠は猫をも噛みちぎる。

 

もしも、その古代兵器が少しでも動かせる可能性が出てきたというのならば、やはり、古代兵器の元に案内してもらうのが一番手っ取り早いだろう。他ならぬあのテロリストたちの手によって…

 

「すまないな。浅葱。君のことを見捨てる訳ではないのだが…どうも、今回は君が優先して襲われるようだ。」

 

この場にいない自分の友に向かって、謝罪の言葉を向ける。

そして、援護すると決めた以上、この場にいても仕方がないと判断したシェロは有効な狙撃ポイントはどこか検討した。

相手がどこに行こうとも確実に捉えることができ、且ついざという時、自分の力が万全な体勢で振るえる場所が良い。

 

「となると…あそこがいいな。」

 

周りを見ると、すでに学生たちは避難を済ませたようである。

ならば、ここからはシロウとして行動すべき時。

そう考えたシロウは周りを確認しながら、小走り気味に急いで学校を離れるのであった。

 

ーーーーーーー

 

ところ変わって、ここは彩海学園の屋上。

先ほど、眷獣を愚かにも暴走させてしまった古城とその原因である沙耶華は反省の意味を込めて、雪菜に命じられ、正座させられていた。

 

一時、雪菜についての議論が出てきたが、それもすぐに収まる。

どうにも、校内がまた騒がしくなっていることに気づいたからである。

不審に思った古城たちは正座を解き、校内を走り回ってみる。

先ほどの眷獣の暴走による大騒ぎで皆が避難していることは理解していたがそれでも不審な感覚は拭えない。

すると、古城の方が突然動きを止める。背後にいた紗矢華は突然の停止により、鼻を古城の背中をぶつける羽目になり、苛立ち混じりに古城を睨む。

 

「ちょっと、何してるのよ!?止まるなら止まるで、断りを入れて欲しいんだけど!!」

「…なんだ、この匂い?」

「匂い?」

 

吸血鬼の鋭敏な感覚が何か捉えたらしく、紗矢華の方も鼻に意識を傾ける。すると、確かに匂いを感じた。それはこんな仕事をしていると、嫌でも体に染みつく匂い。

 

「血の…匂い?」

「違う。似てるけど、こいつは血じゃない!!」

 

古城と紗矢華は匂いのする方角へと急ぐ。

匂いの大元と見受けられる保健室の扉を開くと、そこには両者とも口を覆ってしまうような凄惨な光景が広がっていた。

保健室の床は赤い…だが、どこか人工的な感覚のある流れを彷彿とさせる人工血液が致死量に達さんばかりの出血量で流れている。一目で放っておけば命が無くなるということが理解できた。

そして、その血は一人のホムンクルスから流されていた。

それは…

 

「アスタルテ!!」

 

古城は思わずといった調子で声を上げる。すぐに彼女を病院に移そうと思い、電話を取ろうとするが、そこで紗矢華は不審に思う。

 

「待って…雪菜たちはどこに行ったの?」

 

呟くように、だが確かな絶望を孕ませながら、言葉を紡ぐ。

そう。確かにおかしい。自分の眷獣の暴走のせいで、浅葱は軽い脳震盪に見舞われ、偶然居合わせた凪沙と古城を止めに来た雪菜が、保健室に連れて行ったのである。

つまり、ここには、あの三人もいるはずなのである。

 

アスタルテのことで気づくのが遅れたが、保健室には泥まみれの靴跡がそこら中にある。そこから推測できることは一つ。

 

「そんな…どうしよう?雪菜が…雪菜がさらわれちゃった。いや、もしかして、この血って雪菜の血も混ざっていたり…そんな!雪菜、雪菜雪菜…」

「落ち着け!煌坂!!」

 

必死に肩を揺さぶって、正気を保たせる。

 

「よく考えろ!もしも、姫柊たちに何かあったら、出血量はもっと多いはずだし…何より、姫柊が傷つけられたっていうなら、こんなに保健室が綺麗なはずがないだろう!!」

 

そう。古城は姫柊の戦いぶりを恐らくは実戦で一緒に戦ったことはない煌坂と同じかそれ以上に知っている。

もしも、テロリスト相手に暴れた末に傷つけられたというのならば、ここはもっとひどい場面となっていたに違いない。

古城の言葉がなんとか届いた煌坂は意識を取り戻す。

 

「そ、そうね。雪菜があんなテロリストどもに簡単にやられるわけないもんね…」

 

そんな煌坂の様子にホッと胸を撫で下ろした古城は再び現状を確認する。アスタルテは相当な深手を負っている。このまま彼女を放置するのは彼女を見殺しにすることに等しい。魔族専門の医療機関であるMARを呼んで放置したとしても、それは同じだろう。救急車が来るまでの時間、彼女の命がたもっていられるかどうかなど、それこそ、自分たちがここに残ってギリギリと言うところだ。

だが、それは難しい。さっきはああ言ったが、雪菜たちがその間に用済みと判断され殺される確率だってある。そうなると、この場で存命できるだけの応急処置を短時間でこなせなければならないのだが、いかんせん、古城にはそれだけの技術力がない。

 

「くそ!どうすりゃいいんだよ!!」

「どいて!!」

 

完全に復活した紗矢華が怒鳴りつけながら、古城を払い手でどかす。

彼女はアスタルテをの様子を観察し、ぶつぶつと何事か呟く。

そして…

 

「よし!これならなんとかなりそうね!!」

「助かるのか!?」

「前にも言ったでしょ?舞威媛は呪詛と暗殺を専門にする稼業だって、どこをどういう風に傷つければ、暗殺しやすいか分かるためには、身体の構造をある程度分かっている必要がある。つまり、殺しの逆の応急処置も訓練されてるのよ!」

 

なるほど、物騒な話だが、納得できる話である。それを聞いた古城はすぐに気持ちを切り替えて紗矢華に問いかける。

 

「なら、なんか手伝えることないか!」

「じゃあ、水をありったけお願い!!こんなに血で汚れてちゃ、まず治療だって行えないから!!」

「分かった!」

 

そう言った古城は消毒してあるであろう容器を見つけ、そこに水をありったけ注ぎ込む。小さくはあるが、決して手は抜けない戦いが今始まった。

 

ーーーーーーー

 

「ふふ、そうか。ガルドシュ。ようやく動き始めたか。」

 

アルデアル公『ディミトリエ=ヴァトラー』は満足そうな表情を浮かべながら、雪菜を伴い、発進していく黒塗りの車を見て呟く。

この男ヴァトラーは実は、自分の退屈を紛らわせるためだけに、テロリストを招くなどということを仕出かした男である。

退屈を紛らわせるためには何が必要か。ヴァトラーにとってそれは戦いであった。自らの血を沸かせ、肉を踊らせるためには、どんなことだってする。それがヴァトラーの行動理念である。

そのため、今ガルドシュの動きを補足しようとするものは彼にとって邪魔以外の何物でもなかった。

 

「ん?あれは…」

 

ヴァトラーは一人の少年の動きを見る。少年はこちらに背を向けながら、ヘッドホンを耳に当て、何やら錠剤のようなものを口に大量に含んでいた。そして、少年が天を向き、

 

「届けーーー!!」

 

彼がそう叫んだ瞬間、彼の上空100メートルの位置にある空間が乱気流を発生させる。そして、乱気流が発生し終わった後、出来上がったのは、少年と瓜二つの外見を持つ一つの個体であった。それは空気によって肉付けされ、血管も神経も作り出された彼の分身ともいえる存在である。

 

「ほう…」

 

珍しいものを見たと感じたヴァトラーは端から見ると薄気味悪いと感じざるをえないような身の毛もよだつ笑みを浮かべた。

今の彼にとって、少年『矢瀬基樹』の行いは邪魔である。

つまり、今彼の動きを止めなくてはこの戦闘狂は満足できないのである。

 

「跋難陀…」

 

手を掲げ、彼の手元から血の霧と膨大な魔力が溢れ出す。少年の追っ手を止めるために、鋼に覆われた蛇型の眷獣が召喚され姿を現す。

そして、彼の手が少年の方へと掲げられようとしたその時だった。

彼は視界の端で赤い閃光が自分の元に降り注ごうとしていることを認識できた。

 

驚いたヴァトラーではあったが、すぐに召喚した眷獣にトグロを巻かせるようにすることで、その攻撃を回避する。攻撃が直撃し、鋼の体皮を持つ眷獣が苦しそうに呻き声を漏らした瞬間、今度こそ驚愕は確実なものとなった。

 

(跋難陀の体皮をただの一撃で削り、ダメージを与えたというのか?)

 

同族の眷獣であろうとこの鋼の体皮を削る、ましてやダメージを与えることすら難しいことである。そのため、彼の驚きは仕方がないというもの。

だが、彼の驚きの表情はやがて満面の笑みへと変わる。今の一撃。本体である自分が受けていたらまず間違いなく、無事では済まなかっただろう。つまり、それは自分を倒し得るだけの強敵がこの島に確実にいるということ。そして、その強敵から、牽制の意味も含めた攻撃を繰り出されたのだ。ヴァトラーがそれに対して、喜びを感じないはずはない。なにせ、元々、彼は戦うためだけにこの醜い金属と魔術とカーボンファイバーによって造られた人工島に来たのだから…

 

「ふふふ…さて、一体どこの誰かは知らないけど、これだけの挨拶をしてくれたんだ。お返しをしなくっちゃあ、失礼だよね!」

眷獣の召喚を解き、魔弾が来たであろう方角を見ながら彼は呟く。

その顔にはすでに、テロリストへの興味など一部たりとも残っていなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者IV

キーストーンゲート最上階。今そこには白い髪と褐色の肌そして、真っ黒な袖なしのプレートアーマー、とチノパン。それらが特徴的な少年が立っていた。少年エミヤシロウはある一つの光景を目にし、チッと舌打ちをする。

 

「やれやれ、参ったな。今のは完全に悪手だったかもしれん。」

 

シロウは黒弓を携えながら、目を細めて独りごちる。

今現在、彼のいるキーストーンゲートは島の中央に位置し、ついで絃神島の中で最も高い施設ともなっている。そのため、彼はここが最も狙撃に適し、またいざという時も一番高いということも相まって開けているので、暴れても問題ない。

そして、早速自分の狙撃の出番が来た。

あるビルの屋上で敵を追跡するために、恐らくは能力を強めるための薬を口に含んで、その強化した能力で自分の分身を作り出し、敵を追跡しようとしていた自分の友人でもある矢瀬基樹を見かけたのだが…

問題はそのわずか後方に位置していた一人の吸血鬼である。

その男は矢瀬の追跡の手を阻止するために、彼の分身に攻撃しようとしていたわけなのだが…

 

「…あれほど錠剤を含んで強化したあの能力…恐らくはそれなりの代償を負っているのだろう。まあ、魔術師の世界上ああいった分を超えた力を手にしようとするということはしょっちゅうなわけなんだが…」

 

それでも、無茶してまで発現させた能力をこの場で阻止されるというのは、生前正気の沙汰とは思えない無茶を仕出かしたシロウにとって、無視できないものであった。

そんなわけで、彼は先ほど吸血鬼に対してそれなりに強力な矢を射放ったわけなんだが…

今、冷静に考えてみると、あれは悪手だと考えざるをえない。

先日、あの旅客船にて古城が手を出すなという言葉に対しておどけてみせながらも、なんとか聞き入れたあのヴァトラーという吸血鬼。あれはふざけてはいるものの本当に手を出す気はなかったのだろうということが窺えた。

 

(まあ、理由はおそらく、古城の力を見てみたいといった狂気的なものだろうが…)

 

ただ、そうだとしても、彼はことが終わるまで手を出す気はなかったはずである。つまり、現状、シロウは最もしちゃいけないことをしてしまったのではないのだろうかと考えているわけである。

 

「さて、遠からず彼はこの場にたどり着くだろう。その場合、どうするべきかな…」

 

逃げるというのも一つの手ではある。ただ、あんな危険なニトログリセリンのような男を放置して、そのまま、街中に逃げるというのは非常に危険が伴う。いくら口が読めるからと言って、そのことから詳しい相手の性格を読めるわけではない。なら、この場合、どうすればいいか?

 

「はあ、仕方があるまい。ニトログリセリンを放置していたら、落ちた衝撃で誘爆したなんていうのはザラだったからな、生前は…まあ、むやみやたらと暴れることはないのだろうが、それでも放置するのはあまりに危険すぎる。となると、もし、交戦することになった場合、顔を隠した方が何かとやりやすいだろうな…」

 

そう言うと、彼は特徴的なプレートアーマーを隠すため、上から下まで繋がっている黒い外套を投影し羽織り、ついで黒いレーサー用のライダーヘルメットと手袋を投影し、頭にかぶせた。

 

「よし、これでいいな。」

 

側から見れば不審者以外の何ものでもないが仕方がない。赤い外套を着ようにしても、先日のライダーのようにバレないとも限らないのだ。

自分が英霊などという存在だということを知らない存在だったとしてもバレる確率はなるべく減らさねば…

そう考えたシロウは黒弓を肩に預ける形で座り込み吸血鬼が来るだろう時と、援護が必要だろう時を静かに待ち続けた。

 

ーーーーーーー

 

一方、古城と紗矢華は現在、タクシーを借りてガルドシュたちが向かったであろう港へと向かっていた。一体誰からの情報なのか知らないが、知らないメアドで現在のガルドシュたちの位置を正確に書き記されているメールが古城の携帯の元に届いていたのである。怪しいことこの上ないが、この際、利用できるものは何でも利用させてもらう。

タクシーから降りた古城たちは、コンテナが立ち並ぶ港の周辺へとたどり着いた。だが、すでにアイランドガードが調べをつけていたであろうこともあり、コンテナ港へと唯一続く道は封鎖されている。

 

「チッ!仕方ねー。煌坂!!」

「へっ?わ、きゃー!!」

 

古城は紗矢華を抱きかかえ、唇を吸血鬼特有の鋭い犬歯でわずかに傷つける。自らの血がわずかに喉を通ったことにより、古城の体を燃え上がるように熱くなっていく。瞳は赤くなり、筋力が人間の限界以上まで引き上げられた感覚を確認した古城は、わずかに離れた人口島に向けて助走をつける。

 

「よっ!!」

 

そしてわずかに抑えながらジャンプする。紗矢華が何か喚いているが、今の古城には聞こえない。タッ、と小さな人口島に着陸する。だが、思った以上にギリギリだったようで、バランスを崩す。

おっとっと、と言っている間に手が差し出され古城はその手を無意識に掴む。差し出した本人である紗矢華は何故だか、顔を赤くしながら、目を背けている。

 

「こんなの…ノーカウントなんだからね!!」

「はっ?」

 

意味のわからないことを叫んだ後、グイッと手を引き戻される。いきなり力をかけられ、驚いた古城だが、すぐに体勢を立て直し騒ぎが起きている港の中心部に向かう。

 

「手を出すなと、忠告したはずだがな。暁古城。お前、よほど獅子王機関に好かれてるみたいだな。今度は舞威媛か?」

 

幼げな、だがしかし妙に大人びた挑発めいた口調の声が響き、紗矢華はすぐに声のした方に向き直り構える。一方、古城は、その声の主を見た瞬間、すぐに警戒を解いた。

 

「那月ちゃん!!じゃあ、やっぱり、ここが…」

 

古城の次の言葉が続くことはなかった。突如として、爆発音が起こり、古城たちは驚きそちらを振り向く。

そこには、機械的なボディをしていながら、蟹や蜘蛛を想起させる体長4mはあろう出で立ちをした物体があった。浅葱に見せてもらったモデルとそっくりの外見を見た古城はすぐに理解できた。

 

「あれが…ナラクヴェーラ?」

 

機械音を鳴り響かせながら、こちらに向くナラクヴェーラ。すると、相手を敵だと認定したらしい。キュイイイという音を鳴らしながら、眼光らしきものを赤く光らせる。

 

「おい。暁古城。」

「何だよ。那月ちゃん。もしかして、援護してくれるのか?」

「いや、私は、アイランドガードがこの騒ぎに巻き込まれ、重軽傷を負っているかもしれんから、そこに向かう。それに大元を叩かねばならんだろう。」

 

そう言って、那月が見据えた先は、洋上の墓場(オシアナス グレイヴ)と呼ばれる旅客船。あそこにはおそらく、雪菜たちもいる。となると、どのみち、ここでどちらかが分かれてこの化けがにを相手にしなければならないわけである。

 

「分かった。こっちは任せてくれ。那月ちゃん。」

「ふん。」

 

不遜な響きを持たせながらも、那月は空間魔術で転移する。

そして、改めて古城は目の前の神々の兵器とやらに相対する。

 

「さて、んじゃ、始めるか!!」

 

古城は勢いよく突進していく。それに反応したナラクヴェーラは、目線の先から光線を放つ。古城は股の間をスライディングする形でそれを躱し、立ち上がる。そして、とりあえず、身を隠せる瓦礫へと駆け寄り、隠れる。それに次いで、紗矢華もその瓦礫へと身を寄せる。

 

「いっ!」

「暁古城!!ちょっ、その足!?」

「こんぐらい、すぐ塞がる。それより、あの化けがには!?」

 

見るとナラクヴェーラは、持ち前の飛行機能を使い、離陸しようとしていた。おそらく、絃髪島本島に着陸するために。

 

「ちっ!叩き落とせ!!レグーー」

 

すぐさま、自らの眷獣でその肢体を浮かせないように攻撃しようとする。だが、彼の呪文が継がれる前に、上空から赤く光る閃光が地上に向かってくる。

 

『えっ?』

 

全くの同時に、古城たちは驚愕の声を出す。

その赤い閃光が着弾した瞬間、凄まじい爆発が起きる。周囲の瓦礫は吹き飛び、地盤は揺れ、周りの建物は崩壊していく。そして、そんな衝撃に人口基島(ギガフロート)の舗装された地盤が持つはずもなく…

 

「えっ、ちょ、のわーー!!」

「きゃーーー!!」

 

あえなく、古城たちは地下へと真っ逆さまに落ちていったのだった。

 

ーーーーーーー

 

1分前

 

「何だ?あの化けがに、飛行能力も付いているのか!?」

 

遠目でしっかりと確認できたシロウはその光景に絶句する。

別に自分が危機を迎えるような強さのようには思えなかったが、この本島には自分のマスターもいるのだ。そんなに簡単に上がってもらっても困る。

ここまで来ると、内心でも、本当に隠す気があるんだろうか?と自問自答したくなるというものだが、そんなことも言ってられない。

 

「この宝具()の力はまだ使わなくていいだろう。小手調べという意味を込めての攻撃でもあるしな。」

 

一つの捻れた剣を投影し、弓に番える。

 

「さて、では、喰らえ!!!

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII)!!!」

 

空間をも捻り喰らうその矢は真っ直ぐに、ナラクヴェーラへと向かう。

その矢が黒い機体に衝突した瞬間、予想通り…以上の爆発が巻き起こり、そばにいる古城たちを地盤の底に引きずり込むほどのものとなってしまった。

 

「あ…。」

 

唖然。いや、本当にそういう言葉が似合うような場面を見たシロウはしばらく、その場に立ち尽くしてしまった。

 

「参ったな。リ…遠坂のうっかりが移ったか。やれやれ、無事だといいんだが…いや、そんなことより、今は…」

 

横目で後ろを確認する。パチパチと非常にわざとらしい軽快な拍手が鳴り響く。気づいてはいたし、狙いを澄ましたとしても、外す気はなかったのだが、相手が弾き飛ばすという場合も考えてシロウはあえて何もせずに放置していたのだ。周りの人間のことを考えなければ、確実に撃ち落とす自信はあった。だが、そんなことは『正義の味方』である彼自身の誇りが許さない。

 

いっそ、殺気染みていると言っても過言ではないほどの鋭い双眸が後ろにいる者を貫く。一方、後ろにいる男はただただ愉快そうに笑顔をこちらに向けてくるだけであった。

 

「素晴らしい。あれほどの破壊力。真祖とタメを張れるほどだろうね。まさか、これほどの強者がこの島に既に存在していたとは…いやはや、旅行はしてみるものだね。」

『それは結構なことだな。…で?一体、俺に何のようなのか?それを先に言ってくれないか?』

 

ヘルメットでくぐもった声をさらに、低くすることで自分の声をさらに分かりづらくするシロウ。対するディミトリエ=ヴァトラーはそれを不快とも思わず、愉快そうな笑みの底にある闘争心を湧き上がらせるような凶悪な笑みを表に出す。

 

「分かってるんじゃないのかな?娑伽羅!!跋難陀!!」

 

超高圧水流によって出来上がった蛇眷獣『娑伽羅』と鋼の体皮を持つ『跋難陀』が召喚され、その場に顕現する。並の魔族ならその絶望的な魔力の塊を見た瞬間、文字通り生きた心地を失うだろう。だが、シロウは…

 

『やれやれ、だろうな。そういうタイプの者だろうというのは予想できていたよ。』

 

仕方がないと言った調子で肩をすくめながら、シロウは握っている弓にさらに力を加え、手に矢に変わる剣を投影する。そして、また、弓に矢を番える。

 

会ってはいけない二人の闘いが今、始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者 V

みなさん、竜殺しの武器を使えば簡単に倒せるだろうと考えていらっしゃるそうで、いや、実のところ自分もそれだとかなり戦い易いだろうなと思うんですけど、今回、それは使いません。
代わりに待ちに待った、弓を使い続けるアーチャーさんです。ではどうぞ!!


最初に動いたのはヴァトラーの方だった。

ヴァトラーは跋難陀の鋼の体皮を使ってシロウに突進攻撃を仕掛ける。その突進攻撃をわずかに横にそれることで難なく躱すシロウ。

そして、躱すと同時に矢をほぼ同時に3発射る。

それを今度は、ヴァトラーは娑伽羅の超高圧水流の身体によって勢いを殺すことで内包された神秘を爆弾に変える『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』の爆風すらも抑えつける。

 

『ちっ!』

 

並の攻撃では当たりそうもないと判断したシロウであるが、そこからさらに強力な矢を出そうとしてその手を止める。

これ以上強力な宝具を出すのは、後々にとって非常にまずいことになる。それを予期したシロウは、もう一つ(・・・・)の手段に打って出る。黒弓に両手を添え、目を閉じ、深く深呼吸する。

これこそが、彼が持つオリジナルの宝具の一つ。

 

贋物を覆う(フェイカー)黒者(ブラック)。』

 

その真名を解放した瞬間、彼の弓から黒い魔力の奔流を弓を中心に生み出していく。

 

「…!?」

 

その膨大な魔力量に感じたこともない身の危険を感じたヴァトラーはますます笑みを深めていく。

まるで嵐のように黒い魔力の渦がシロウを中心に吹き上がっていく。それは、さながら黒い竜が天に昇っていくような、そんな姿を想起させた。

次にシロウが目を開いた瞬間、その魔力の渦は何事もなかったかのように搔き消える。

 

『さて、では、行くぞ。なにぶん、この宝具は俺が初めて持ったものでもあるからな。手加減はできんかもしれん。

だから、先に忠告しておくが、今までの攻撃とは段違いの攻撃性能を誇る。愚問かもしれんが、逃げるなら、今のうちだぞ?』

 

ハッタリではないことはその男の声音と、弓から放出される凶悪な魔力が如実に示していた。だが、そんないっそ慈悲と言っても過言ではない言葉を受けてなお、ヴァトラーは口の端を裂き続けていた。

 

「いいね。その魔力!やはり、僕の目に狂いはなかったようだ!君は下手をすると、我らが敬愛すべき“忘却の戦王(ロストウォーロード)”にも届き得る力を持っているとわずかながら思っていたが、

 

どうやらその予想は正しいようだ!!」

 

そう言った瞬間、娑伽羅と跋難陀の二体の眷獣を手の先で手繰るようにして集合させる。すると、二体はまるで粘土のように形を失ったかと思うと次の瞬間、体皮が鋼で覆われていながらも、高圧水流が全身を駆け巡っている一体の強大な眷獣が出来上がった。

 

『眷獣の…融合か?なるほど、それが君が“最も真祖に近い男”と呼ばれる由縁か』

「ほう。僕の二つ名も知ってるとはね。まあ、誰が付けたかは知らないけど、その呼び名は結構気に入ってるんだ。なにせ、その言葉を聞いた猛者たちが挙って、僕を殺して名声を手にしようとするからね。」

『そうか…まあ、どうでもいいが…』

 

シロウは言いながらも、一つの贋作宝具を手に取る。そのランクはCランク。ヴァトラーの攻撃力を考えるとわずかに心配かもしれないが、その剣は容易く他の眷獣を凌駕する。この弓の実験(・・・・・・)のためにはちょうどいい宝具である。

ヴァトラーはそれに気づいた様子もなく、手を挙げ己が眷獣に攻撃の命令を出す。シロウも矢を番え、再び魔力を込めていく。今度は弓の助力も得る形で…

 

(1…2…)

 

彼が頭の中で数を数えていくと、そして、彼の黒弓はその数に呼応するかのように矢に黒い魔力を帯びさせ、黒く染めはせずとも相手に伝わらせる雰囲気は別物となっていく。そんな、まがまがしいと言っても過言ではない雰囲気を漂わせた矢に対し、相対する蛇の眷獣とその主。

 

「行け!!」

「ふっ!!」

 

両者がほぼ同時に声をかけた瞬間、矢と蛇の咆哮が空を切り裂く。

激突した瞬間、それらは巨大な魔力の爆風となって周囲を襲う。

キーストーンゲートの頭頂部はグラグラと揺れ続ける。そんな光景にシロウは内心安堵する。正直、今ほどの破壊力だとキーストーンゲートが倒れるのではないのだろうかと思った。それほどの衝撃だったのだ。

 

(今、試してみたが、宝具のランクを一段階上げるには、2秒。となると、二段階上げるとすると4秒はかかるな。まあ本調子ならばもっと早くランクを上げられるかもしれんが…)

 

だが、この状態だとさすがに最低2秒はかからなければ、矢のランクアップは不可能。これはかなりのタイムラグである。実際、これだけの時間があれば、サーヴァント相手だとその間に攻撃されかねない。

だが、それはサーヴァント相手ならば…今相対している吸血鬼はというとそこまで肉体が優れているわけではない。これならば、弓の能力を思い切り使ったとしても、大丈夫だろう。

 

『とはいえ…』

 

言葉を紡ぐと同時に上を向く。見ると、ヴァトラーの眷獣が健在し、こちらを文字通りのへびにらみで見つめている。

 

『なるほど…半端な攻撃では本当に無駄なようだな。攻撃が届いてすらいないとは…中々の力だ。』

「ふふ、その賞賛ありがたく受け取らせてもらうよ。ただ、僕も一つ気になることがあったから聞いていいかな?」

『…なんだ?』

 

すると、ヴァトラーは急に真面目くさった神妙な顔つきになる。

 

「僕は今まで多くの者たちと殺しあってきたから分かるけど、君、本来の力を隠しているだろう?一体、なんで本気を出さないんだい?」

『…さて、何のことかな?俺はちゃんと真面目(・・・)に戦っているんだがな…』

「真面目か、どうかではなくて。本気を出してるのか、否かを聞いてるんだけどな?僕は」

 

イラついているわけではないのだろうが、ヴァトラーはシロウに対して、強烈な殺気を放つ。その殺気の壁をことも無げに振り払い、また、弓に矢を番えるシロウ。

 

『それが真実だとして、どうする?君は俺に何をさせたいんだ?』

「決まってるだろう。徳叉迦!!」

 

もう一体の蛇の眷獣を出して、挑発するように微笑みながら、こちらに向かって宣言する。

 

「何が何でも本気を出せてあげるヨ!僕の力を以ってネ!!」

 

ーーーーーーー

 

「こ、これは!?」

 

目の前の光景に姫柊は絶句する。現在、姫柊がいるのは先日、古城とともに招待された旅客船洋上の墓場(オシアナス グレイヴ)の中である。

その中でも、一際厳重な警備が施されていた場所に突入した雪菜の目に映ったものは、蟹と蜘蛛のようなフォルムをした黒い機体が20台はあるという目を覆わんばかりの光景であった。

 

「まさか、これが全部…」

「そう。ナラクヴェーラだ。」

「…っ!?」

 

声がした方向から一歩距離を取るために退く。見上げてみると、1階程上のスペースにて不敵な笑みを浮かべながら、泰然と立っているテロリスト『クリストフ=ガルドシュ』がそこにはいた。

 

「クリストフ=ガルドシュ…」

「ふふ、そう睨みつけるな。まだ、戦おうとしているわけではないのだ。」

 

そう言って、下にある黒い蜘蛛のような機体を見つめる。

 

「こいつらの存在はヴァトラーも知らない。さすがに戦王領域を滅せるとは思っていないが、これだけ集めれば、充分に奴らの国を貶めることが可能であろうよ。」

 

ガルドシュの目的は、聖域条約の撤廃にある。たとえ、戦王領域を滅せなくても、その国の人々をある程度の数まで犠牲にすれば、国の機能は停止し、聖域条約を維持することはできなくなるだろう。

更に、その手始めとして、彼らはこの魔族特区“絃神島”を滅ぼすことを足がかりとするとも、先ほど、言っていた覚えがある。

 

「絃神島の人々だけでなく、戦王領域の人々まで犠牲にするつもりですか!?」

「ふっ、だからこそ我々はテロリストと呼ばれているのだよ!!」

 

瞬間、テロリストは二階のキャットウォークから飛び降りて、姫柊へと襲いかかってきた。

その攻撃を避けながら、まずい、と姫柊は感じた。先ほど、彼らは藍羽浅葱を利用し、このナラクヴェーラを制御しようとしていると言っていた。自分たちが人質に取られているために仕方なく従った浅葱。彼女は、すでに最初の起動コマンドも解読し終えたという話である。

ならば、他のコマンドも遠からず解読するだろう。

 

(その前に指揮系統だけでも潰さなくては!!)

 

槍がないことに歯嚙みをしながら、雪菜は戦闘へと赴いていく。

 

ーーーーーーー

 

「いてて、何だったんだ?さっきの光?」

「知らないわよ!けど、あんな攻撃できるの、最低でも真祖クラスの怪物じゃないと無理なはずよ!それこそあんたみたいな変態のようにね。」

「何でいちいちお前は変態って言わなきゃ気が済まないんだ!念のために言っとくが、俺じゃねえからな!目の前にいたからわかってると思うけど!」

「知ってるわよ。そんなこと!私だって、そこまで馬鹿じゃないわよ!馬鹿にしないでくれる!!」

「どっちかっていうと、お前の方が俺のことを馬鹿にしてる気がするんだが!」

 

言い争いが絶えない二人はしばらく、ギャーギャー騒いだ後、両者が息も絶え絶えになると

 

「やめよう。今はこんなことしてる場合じゃねえ…」

「そうね。」

 

脱出のための経路探しを行うのであった。だが、探している間に妙な機械音が下から聞こえてきた。恐る恐る地下の方を見つめると、そこには自己修復を行っているナラクヴェーラの姿があった。

 

「嘘だろ。再生すんのかよ。」

「いえ、あれは再生っていうよりも、大地の組織を機体に合わせて再構築してるんだわ!」

 

見ると、足の部分が大地をわずかに抉ると同時にまるでその大地を機体の一部に変えるかのように機体が修復していってる。

 

「ちっ、だが、今はとにかくここから出ねーと、行くぞ!煌坂!!」

「えっ」

 

無意識だったのだろう。古城は紗矢華の手を引っ張り、ズイズイと前に進む。そんな光景に紗矢華は呆気に取られるようにつられるように付いていくのだった。

 

ーーーーーーー

 

『ちっ!』

 

一方シロウはヴァトラーの蛇の眷獣を避けながら、矢を放ち続けていた。

接近戦に持ち込んでもいいのだが、それはあえて選択しなかった。このまま力を隠し続けるためにはどうしても、弓だけでこの敵を撃退しなければならない。この絃神島にいるサーヴァントがライダーだけとは限らない。

もしかしたら、他のクラスのサーヴァントもこちらの戦闘の様子を観察している確率がある。

 

「…やれやれ、頑なダネ。そこまでして力を隠すからにはそれなりの理由があるんだろうケド…でも、こちらとしても、ここまで力を出しているんだ。いい加減、全力を出してくれないというのは失礼だと感じないのかな?君は?」

『君も言ってただろう。その『それなりの理由』を押し通すにはどうしてもここで力を出し切るわけにはいかんのだ。それにそれを言うのならば、君だってそうだろう?先ほどから、眷獣への魔力の流れをわずかに制限している。おそらくは、俺が全力を出した瞬間一気に畳み掛けるように力を出すつもりなんだろうがな。』

「…参ったネ。本当に君は只者ではないようだ。さて、ではどうするかな?」

 

本当に愉快そうに腕を組みながら、考え事をする。

それに合わせるようにシロウも作戦を考え始める。

 

(さて、どうするか?この男の実力、正直言って予想外だった。まさか、ここまで出来る男がこの世界に存在しようとは…力を解放すれば、倒せない敵ではない。

ただ、それは全力を出した場合の話だ。さて、本当にどうしたものかな?)

 

少なくとも、目の前のこの男はシロウにそこまで迷わせるほどの強敵だった。おそらくは、この男、かなりの戦上手なのだろう。これほどの大火力を扱い切るとなると、それは必須であり、その点で言うのならば、古城はまだ落第点といったところだろう。彼は、まだ力を漠然的に放出しているに過ぎず、力もましてや戦略眼もこのヴァトラーという男には遠く及ばない。

まあ、相性的に言うのならば善戦はするだろうがそれでも今の古城では確実に敗北するだろう。

 

(世界最強の吸血鬼とは、火力という一点を取り除いてしまえば、ただのメッキが剥がされた雑魚に成り下がる…か。まあ、火力に関しては人のことを言えたものでもないどこぞの王様が一人いるから、火力を取り除くという思考自体はナンセンス極まりないのだが…と、こんなことを考えている場合ではない。)

 

今のシロウはこの場をいかにして切り抜けるかが、重要課題となっている。すでにキーストーンゲートから遠く離れ、同程度の高さのビルを跳躍移動しながら、徐々に、徐々に古城たちがナラクヴェーラと激戦をしている戦場へと近づいて行っている。

もちろん、わざと近づいているのである。

 

(…やはり、この手しかないか…すまないな。夏音。君との『近づかない』という約束どうやら守れそうもない)

 

目の前の自分の命を狙う敵のことを注意しながらも、自分のマスターに向かって心の中で謝罪をするシロウ。

見ると、ヴァトラーの方も考え事を終えたようである。

 

「さて、では行くよ!徳釈迦!」

 

ヴァトラーが声を上げる。

緑色の蛇が再戦の合図とでも言うように、目から熱戦を繰り出してくる。その熱戦をジャンプして避けると、下から今度は鋼の体皮を持った跋難陀が噛みつき攻撃を仕掛けてくる。

 

『チッ。ビルの中を通ってきたのか?』

 

シロウは今度は避けずに弓の穂先と穂先を蛇の口を開かせるように合わせることで噛みつきを回避する。そして、そのまま口の中に向かって矢を1発放つ。喉を抉りこむように入ったそれは口の中で勢いよく爆発する。

それを確認したシロウはすぐにその場を離脱する。だが、今度は見たこともない眷獣が足元全体に広がっていた。それは蛇の集合体と言ってもいい眷獣。無数の蛇が集まり、できている渦の姿は否応なく生理的嫌悪を抱かせる。

 

「さあ、こいつを出させたんだ。君はどうやってこれを回避するというんだい?」

 

蛇たちが足に絡み付いてくる。これを全身に喰らえばまず間違いなく並の相手ならば再起不能に陥ることだろう。だが、それは並の相手だったらの場合である。絡み付いてくる蛇に対して無造作に剣を数本投影し、足元に落とす。自分の足に対するダメージを考えずに足元に宝具の神秘による爆発を発動させる。

するとわずかの間だが、足元から蛇たちが離れていく。

そして一気に離脱した瞬間、投影した剣を矢に番える。そして…

 

『消えろ。』

 

シロウの持ち前の連射技術が火を噴く。無数に枝分かれし、それぞれがそれぞれ正確に蛇の頭を直撃していく。文字通りの矢の雨である。

恐ろしいほどまでの正確性である。爆炎の煙などがあるにもかかわらず、ヴァトラーは召喚した眷獣が一体、また一体と消えていくことが魔力のパスを通して確認できた。爆煙が収束した後、そこにはヴァトラーが召喚した眷獣などは一体も残っていなかった。

わずかに傷ついた足で着陸したシロウはその後、ヴァトラーの様子を観察するように確認する。

ヴァトラーはらしくもなく、持ち前の不敵な笑顔が崩れた。

代わりに、目を大きく見開く姿がそこにはあった。

 

『ようやく、笑わなくなったな。実を言うと、先ほどからその笑顔が癇に障ってたものでな。さて、その様子を見ると、どうやら随分驚いているみたいだな?君は』

「…そりゃ驚くサ。僕のあの眷獣はね、倒しても倒してもすぐに攻撃を繰り返す連続攻撃が売りの眷獣だったんだ。それを防御や結界などではなく、攻撃する前にそれよりも早く撃ち抜くことで確実に倒し切るなんて…そんなヤツ今まで見たこともないからネ。」

『それは結構。ではどうする?これで終いにするか?』

「それこそ、まさかさ!ようやくお互い暖まってきた頃だろう!?」

 

先ほどの驚嘆の顔から一転して獰猛な笑顔をまたもこちらに向けてくるヴァトラー。

 

『…だろうな。そう言うと思ったよ。』

 

うんざりといった調子で肩を竦め、黒弓は唸りを上がらせるように魔力の渦を作り出す。そうして、前方を牽制しながら後方をわずかに意識する。

 

(後少しでナラクヴェーラが暴れてる場所に着く。

さて、問題はそこからだ。一体どうやって周りに情報をなるべく取得させないように脱出するか…)

 

最早、この男から何とか逃げおおせるためにはそれしか方法がないという結論に至ったシロウは、また新たに召喚されていく蛇の眷獣を見つめながら深く思考を重ねていく。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者VI

やっと試験が終わった…まあ、これから就活なんだけど…はあ…ま、わずかな時間のこの休みを楽しみますよ!
ではどうぞ!!


「チクショウ。ここも行き止まりか。瓦礫を吹っ飛ばそうにも、獅子の黄金(レグルス アウルム)を召喚するわけにもいかねえし…」

「こんなところで、この前旅客船で見せた電気の塊なんて呼び出したら、私たち丸焦げよ。」

 

古城たちはあのナラクヴェーラがいた場所から大分離れた地帯を歩き、外を目指していた。だが、どこを見てもまるで出口なんて見当たらず、ただ瓦礫の山が延々と広がっているだけだった。

そんな中、先ほど注意するように呟いた煌坂はそんな風に話しながらも古城の手を握ろうと近寄ってみる。そして、スッと触れた後、すぐに離し、思う。

 

(やっぱり、嫌じゃない…)

 

紗矢華はその類稀なる霊能力の才能により父親から疎まれ迫害された過去を持つ。そのため、彼女は男に対し、恐怖から来る圧倒的な嫌悪があるのだ。だが、なぜだか今目の前にいる少年に限ってそのような状態は一切ない。むしろ、先ほどから顔が熱くなって妙な気分になっているような感覚も襲ってくる。

 

(って、だめよ!それは雪菜に悪いわ!!)

 

自分のこの感情が一体何なのか自覚できないほど鈍くないつもりの紗矢華はそう考え、また、手を引っ込める。

 

「だけど、瓦礫をどかさねえと先に進めねえんだよな…煌坂。お前のその…煌華麟だっけか?それで何とか…煌坂?」

 

ボーッとどこか上の空の表情を浮かべている紗矢華を怪訝に思い、彼はわずかに顔色を確認するように顔を近づける。

すると、それにすぐ気づいた紗矢華は驚き、すぐにそこから距離を離した。

 

「ちょ、な、何してんのよ!?近寄らないでくれる!あんたみたいな変態第四真祖に近寄られたら妊娠しちゃうから!!」

「するか!お前は一体吸血鬼を何だと思ってやがるんだ!」

 

今が緊急事態であるにも関わらず、思わず天を見上げたくなる古城。

だが、本当にそんなことをしている場合ではないとすぐに自覚したので改めて先ほど聞いた案件を聞き返す。

 

「で、どうなんだ?煌華麟って奴でこの瓦礫どうにかできねえか?」

「難しいわね…煌華麟はあくまで局所的な破壊を主とした霊的武装。瓦礫を斬れないことはないけど、さすがにこれだけの量、しかも、上に何段積みあがっているのか分からないこの状態でむやみやたらに斬れないわ。」

「そっか。そんじゃ、どうするか?」

 

ここでやはり考えられるとすれば、古城の中に潜んでいる眷獣(ジャジャ馬)たちだろう。ただ、彼らを呼ぶためには不完全な真祖である古城は霊格的に非常に優れた者の血を吸わなければならないのである。

ここに雪菜がいない以上、それは不可能だろうと思った矢先。

 

「…ねえ、暁古城。」

 

紗矢華が隣から妙に神妙な趣で声をかけてきた。お、おう、と思わずわずかに焦った調子で返す古城。

 

「その…さ、あなたって眷獣を従えるために雪菜の血を吸ったって言ってたわよね?」

「あ、ああ、ああするしか他に方法がなかったからな。」

「だ、だったらさ…」

 

紗矢華がベストの下のワイシャツのボタンを外し、首元の柔肌を古城に差し出すように曝け出す。

 

「な、ちょ、お、おい!」

「私の血を吸ったら、また新しい眷獣を使役することができるのかな?」

「いや、そりゃそうかもしれねえけど…」

「だったら、私の血を吸って!!これでも、舞威媛だし。霊格的にもあなたの眷獣は満足すると思うわ!それとも…私じゃダメ…かな?」

「っっ!?」

 

悩ましい声を上げながら、上目遣いで聞いてくる紗矢華に対して『反則だ』と心の中で思う古城。こんな風に頼まれてたら、自制心が割と(多分)高いと自負している自分でもクラッとくる。

ゴクリと生唾を飲み込む。

 

(これは緊急事態だから、仕方なくやってるわけで…決してやましい気持ちがあってやっているわけではない!…多分…)

 

必死に自分を正当化させるための言い訳を考え続ける。

しかし、最後の方はどこか自信なさ気である。

もう一度ゴクリと生唾を飲み込み、吸血鬼特有の鋭い犬歯が顔を覗かせる。そして、そのまま、その犬歯を紗矢華の首筋に当てるように顔を近づける。

瞬間、紗矢華にピリッとした痛みが走る。

その後、古城は己が吸血衝動に身を任せ、ズブズブと何か深層意識に沈んでいくように紗矢華の血を吸っていくのだった。

 

ーーーーーーー

 

『すー…ふぅううぅ…』

 

幾らかの擦り傷をこさえて、シロウは立ち、目の前の敵に相対する。

目の前の敵は無傷…とは言っても、ただ単に擦り傷や大きな裂傷ができたとしてもすぐに再生するため、無傷なだけであり、疲労がないわけではない。現にわずかに息が切れている。

だが、それはシロウも同じこと。自分の中にある彼女の宝具(・・・・・)をわずかに開放し、擦り傷を即座に治していく。

それを確認したヴァトラーは肩をすくめ、ため息を吐く。

 

「やれやれ、キリがないとはこのことだネ。どちらが攻撃したとしても先ほどから擦り傷しか身体に帯びない上に、どうやってるのかは知らないが、君の方もすぐに傷を治すことができるようダ。これじゃ、どうすれば、決着が着くのか分かりはしない。」

 

そう言いながら、ヴァトラーはずっと愉快そうにこちらを眺めてくる。

この戦いが心底楽しいと言葉で言わなくても、シロウに気付かせるようなはっきり言って吐き気がするような笑顔だった。

 

『…まったくだな。これではいつまで経っても決着が着かん。どうしたものかな?』

 

実のところ、彼を追い詰める手段はあるにはある。たとえば、『ハルペー』と呼ばれる鎌のように剣先が折れ曲がっている剣がある。あれを使ってしまえば、おそらく彼の眷獣や彼の身体にとっては確実に毒と言っていいはずなのでかなり有利に戦えるはずである。

ただ、それだとどうしても自分の戦い方の大半を見せることになるだろう。すると、ここでそれは使えない。

だが、それでいいと考えている節も彼には確かにある。

 

彼は英霊である。英霊とは過去の栄光が人々の『思い』、正確には『信仰心』によって肉付けされた存在である。

少なくとも、彼は英霊である以上、今の世界を動かそうとするのは英霊としてルール違反だと考えている。今の世界は今を生きていく者たちの問題である。

そりゃあ、マスターに命令されれば彼がサーヴァントでもある以上現世に干渉しようともするが、彼のマスターは知っての通り、争いを嫌う性格である。そんな彼女がそもそもサーヴァントたる自分の仕事である戦闘にすら賛成するとは思えない。

よって、彼は現世のものたちがこちらに干渉してきた場合、余程のことがない限り、適当にあしらおうと考えている。

 

つまり、この戦いも彼にとっては『あしらうべき戦いの一つ』に過ぎなく、決着を着ける気などサラサラないのである。

 

(さて、そろそろだな。あと少しでナラクヴェーラのいる人工基島(ギガフロート)に着く。いよいよ、本格的にどうやって離脱するのか考えなければな…)

 

そう考えた瞬間、いきなりその人工基島(ギガフロート)の方面で巨大な振動を伴った爆発が起きる。

 

『っ!?』

 

わずかに驚いて、ヴァトラーとシロウは同時にその爆発の元を見つめる。

するとそこには、赤い鬣を辺りに吹き散らしながら、圧倒的な威圧感とともに振動波を放つ二角馬(ヴァイコーン)が顕現していた。

二角馬(ヴァイコーン)は咆哮するたびに辺り一帯を振動波で覆い、破壊していく。

 

はっきり言って迷惑なことこの上ない行為をしている。

 

「あれは…そうか。第四真祖の眷獣ダネ。ふふ、素晴らしい。やはり、あちらも捨てがたいネ。」

 

そんな事を言いながら、彼は人工基島(ギガフロート)の方を向いた。それはつまり、シロウの方も呆気にとられるほどの隙をヴァトラーは見せてきたという事になる。一瞬呆気に取られてしまったシロウではあるが、そこは歴戦の勇士。

すぐに意識を立て直し、シロウは高速でヴァトラーの方へと接近し、すでにヴァトラーの頭の横に足を待機させる形で話しかける。

 

『そうか?では、もっと近くで見てみるか?』

「な…」

 

何を、という間もなくヴァトラーは横殴りに吹っ飛んだ。ヴァトラーの顔面をシロウの側頭蹴りが襲ったのである。ヴァトラーはまるでトラックに衝突したかのように体を回転させながら、人工基島(ギガフロート)へと吹っ飛んだ。

 

『さて…』

 

思わぬところで、逃げ切れる隙が出来上がってしまった。正直、自分でもこんなにうまく事が運ぶとは思っていなかった。

このまま逃げるか、それとも…と考えていたところで、いきなり、蛇の咆哮のようなものが辺りに響く。

何事かと辺りを見回してみると、ヴァトラーが吹っ飛んだ方向から紺に近い光の塊がシロウに迫る。それが攻撃だと理解した時、シロウはすぐさま右手をその光に突き出す。

 

熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!!』

 

シロウの目の前に七枚の赤い花弁が開く。

光は七つの花弁の隙間を通り過ぎ、その威力は後方へと完璧に逸らされた。光が終わった後、彼は七つの花弁を虚空へと消し去り、その光が来た先を鷹のような双眸で睨む。

 

『…なるほど、どうやら俺をこのまま逃してはくれない…か。

全く、抜けてるんだか、抜けてないんだか分からんなあの吸血鬼は…』

 

このまま、遠くから迎撃するという手段は同時にあの男にも遠距離戦を強いるという事になる。自分はともかく、あの吸血鬼が自分と同等かそれ以上の技量を持っているかと言えば、それはない。と断言できる。

これでも、自分の弓の技術は生前と同等の技術の場合、神域に到達していると自負している。

矢なんていうものは所詮、当たれと思えば勝手に当たってくれるものなのだから…たとえ対象が弾丸だろうが、ジェット機だろうがなんであろうが、生前シロウは射落してきた。

 

そんな自分と同等かそれ以上の技術を持つ者はサーヴァントの中でも指で数える程しかいないはずである。こればっかりは虚勢でもなんでもなく、シロウの心の底から感じられる自信のほどである。

 

…まあ、普通当たれと思っても当たらない事があるのが本来の弓というものなのだが、そこはこの男の場合、突っ込んではいけないところだろう…

 

さて、話が逸れてしまったが、ヴァトラーがぶっ飛んだ人工基島(ギガフロート)まで恐らく、500メートルほどといったところだろう。

我ながら、よくもまあ、今の脚力であそこまでぶっ飛んだものだと呆れる次第である。

 

当然、その500メートルの間には人間もいるかもしれないわけで、

(主にこの騒動に関与している警備部隊など)とすると…つまり自分が何を言いたいのかというと…こんなところで遠距離戦闘なんて行ってしまえば、自分はともかくあの吸血鬼の攻撃は絶対に自分たちの間にも降り注がれることは間違いないのではないのだろうか?ということである。

 

『やれやれ、吹っ飛ばしても結局逃げれずじまいの上に、さらには、もっと厄介な状況を作り出してしまうとは…なんというか、こればっかりは今の俺の運値を恨むべきか…』

 

一人ぼやきながら、シロウはヴァトラーが待ち、古城が交戦しているであろう人工基島(ギガフロート)へと急ぐのだった。

 

ーーーーーーー

 

「あなたは本当に無茶苦茶ね。煌華麟の瘴壁がなければ私たち、今頃ペシャンコよ?」

 

咎めるような口調で注意をする紗矢華。それに対し、遅れて瓦礫の中から脱出してきた古城はうんざりといった調子でそれに対して返す。

 

「文句はあいつに言ってくれ…俺はただ目の前の瓦礫を吹っ飛ばせればそれで良かったんだ。」

 

なのに、あのニ角馬(ヴァイコーン)と来たら目の前の瓦礫どころか地下の瓦礫全体を等しく平等に攻撃しやがったのである。

そんなことをすれば古城たちのいる階がどうなるかなど火を見るよりも明らかで…

そんなわけで危うくあのはた迷惑な眷獣のおかげで死ぬところだった古城たちである。

 

「やっぱり、あなたの側にいると雪菜が危ないわ。だから…今回だけは私がサポートしてあげる。」

 

ニッとそこには最初にあった頃のようなあのとげとげしい表情はなくなり、純然たる笑みがそこにはあった。

古城の方もそれに対して、『ああ。』と返そうとしたところで古城の近くの瓦礫が勢いよく弾けとぶ。それが何かが衝突した事により出来上がった衝撃だと分かった古城は即座にその場を確認する。

すると、そこにはあの旅客船の中にいた吸血鬼が傷だらけの状態となって立ち上がろうとしていた。

 

「お前、ヴァトラー!!」

「やれやれ、痛いナ。ふふ、この僕に簡単に傷をつけさせる…か。まあ、僕が余所見していたことも原因の一つなんだけどネ。

さて…やあ、古城!

その様子だとナラクヴェーラはまだ無事みたいダネ。」

 

友人に語りかけるように嬉々としてヴァトラーは傷だらけの五体を動かしながら、両手を前に差し出すような形をとりながら立ちながら話しかけてきた。

それに対して、背筋が怖気に見舞われるもののなんとかその嫌悪感を振り切ってヴァトラーに尋ねる。

 

「お前…一体、なんで吹っ飛んできたんだよ!」

「うん?なんでって、そんなの闘って、攻撃されたからに決まってるじゃないか。古城。」

 

何を当たり前のことを聞いているんだ?といった感じで不思議そうに答え返すヴァトラーに対して、『決まってねえよ。』と心の中で突っ込む古城。

 

「ほう、やはり来たか。ほら見てみなヨ。古城。アレが僕をここまで吹っ飛ばした張本人サ。」

 

いつ間にか体の傷は消えたヴァトラーが指す先のコンテナの天辺には黒いレーサーヘルメットに黒いコート、プレートアーマー、チノパンと更には黒い弓、と全身が真っ黒に染められた異様な風体の男がいつの間にか現れていた。

その風体だけでも異様だとわかるのに、恐らく、()の体から滲み出るオーラと言うのだろうかそれは確実に近寄ってはいけない類の何かだとハッキリと解らされた。

 

「何だよ?あいつ…」

「さぁ?僕としてもそのあたりは是非知りたいところなんだけどネ。何しろ口が固い上に、これが中々の強者でね。僕が本気でかかったとしても勝てるかどうか分からないほどだヨ。彼は。」

 

その言葉を聞いた瞬間、古城の隣にいる紗矢華の警戒は確かなものになった。この男、ヴァトラーは強者に対してそれなりの敬意を持って接し正当に評価する。故にこの男が勝てるかどうか分からないという言葉は真祖に最も近い彼が言った場合、目の前のこの男は『真祖に匹敵する怪物である』と言っているのと同義であるようなものなのである。

そんな紗矢華の様子の変化に気づいたのだろうその真っ黒な男は低い声で語りかけるように言う。

 

『そう殺気立つな。俺はそこのバトルマニアのように強者と戦いたいから戦うなどという狂気染みたことは言わん。むしろ、俺はこの戦いに関しては積極的に参加しようとは思ってないしな…ただ…

 

そこの吸血鬼が何かしようものなら、こちらとしても応戦させてもらう。それだけなのだ…俺としても、俺が傷つくことは我が主を傷つけることに他ならん。なので、できることなら、戦いたくないのだが…』

 

と、ここで言葉を止める。彼がここまで語ればこのヴァトラーという男が積極的に暴れることをよく思わないものがいる。

 

そう古城だ。

 

ヴァトラーがシロウのそんな言葉など聞こえないと言わんばかりにまた手をシロウの方へと掲げ、再び戦いを再開させようとした時、

 

「待て!ヴァトラー!!」

「何だい?古城?僕はナラクヴェーラには手を出してないだろう?彼と戦っても別に君との約束を破ったことにはならないバズだ。」

「あんたが元々挨拶に来たのは、この絃神島をオレの(・・・)領土として考えていた面もあったハズだ。なら、この場、この島で戦闘を起こすということは俺に喧嘩を売ることにも繋がる。

つまり、今この場であんたはオレとそこの真っ黒いヤツを同時に相手取るって言ってんだ!!」

 

無茶な理由だと自分でも思う。元々彼は戦うために来たと言っていた。なら、自分とあの男をどちらも相手取るということはこの男にとって最高のスパイスになりかねない。

つまりそもそも脅しにすらなっていない。たとえ、あの黒い男が単体でヴァトラーを上回っていたとしても、彼は嬉々とした笑みを絶対に浮かべるだろう。

だが、その瞬間、彼ディミトリエ=ヴァトラーはわずかに逡巡するような顔を見せる。

 

「ふむ。それは困ったな…」

 

と、この男にしては珍しい…というかこの男を知るものなら絶対にありえないと言い切るだろうセリフをヴァトラーは呟き出す。

なぜ、この男がこんなことを言い出したのかそれは簡単である。

ただ単に、この男はもっとこの目の前の黒い男との闘い、正式には一騎討ちをもっと楽しみたかったというのが理由だった。

彼ら吸血鬼は不死故に闘いを求める。だが、吸血鬼の眷獣を交えた闘いというのはほとんど一瞬で片がつくものが圧倒的に多い。ヴァトラーほどの吸血鬼になるとなおさらそうである。

 

故に退屈、不満、飽きというものが不死の彼らには必ずついて回るものである。

 

彼ら吸血鬼はある意味そういったものと戦っていると言っていいだろう。

そんな彼の前に眷獣を交えずに自分と対等か、それ以上かもと思わせるものが出てきた。これは相当レアだ。彼らにとって喉から手が出るほど欲しいものには違いない。

 

故に今回に限って言うのなら、彼はこの一騎討ちを邪魔されたくないと思ったのだ。別に危機的状況なら状況で楽しめる方法はいくらでもあるが、今回は別だ。

 

「仕方がない。僕も結構満足したしネ。今回は手を引くことにするよ…そこの君、闘いはまたの機会ということでいいかな?」

 

ヴァトラーは本当に残念そうに、だが、わずかに満足そうに呟き黒男の方を見つめる。それに対して黒男は厳かに…

 

『別に、元々闘いたかったわけではない。貴様が闘おうなどと背中ごしに言ってきたのがそもそもの問題だっただろう?』

 

黒男の方もヴァトラーに闘う気がないことが分かったのだろう。彼はすでに座り込んで弓を肩に立て掛け、こちらをじっと見つめていた。

 

「そういう訳ダ。僕たち二人を止めるんだナラクヴェーラをちゃんと止めてくれるんだよネ?古城?」

 

試すように挑発の言葉を投げかけるヴァトラーに対して明確な怒りと苛立ちを覚える。

 

「うるせえ!!ったく、ドイツもコイツも勝手抜かしやがって!いい加減こっちも頭に来てるんだよ!!」

 

そう古城が言った瞬間、古城の後ろから何か吹き上がるような瓦礫音が辺りに炸裂する。ナラクヴェーラが下からこの地上へと迫り、この階に再び降り立とうとしてるのである。

それだけではない。その炸裂音の源である瓦礫によって出来上がった煙の向こう側からうっすら影が出てくる。視認できる形だけで分かる。アレは全部ナラクヴェーラなのだと…しかもその中で一際異彩を放つ出で立ちをしたものがその後方にいる。

ナラクヴェーラと似通ったフォルムながら、ナラクヴェーラよりもひと回り体躯は大きく、そして、決定的に違うのは通常のナラクヴェーラと違い、カニのような脚の上に黒いアームらしき装備をあの機械は装備し、そして、威風堂々とただ泰然と立つ姿は他のナラクヴェーラとは兵器であるにもかかわらず一線を画すものがあった。

それは見ただけで、他のナラクヴェーラとは性能が違うと理解させられる。だが、彼はそれを見てもなお堂々と立ち、宣言する。

 

「戦王領域のテロリストだろうが、古代兵器だろうが関係ねえ!!ここから先は第四真祖(オレ)聖戦(ケンカ)だーー!!」

 

その瞬間、その女王とでも言うべき体躯のナラクヴェーラが魔道狙撃を古城に射出する。その攻撃を横から乱入してきた銀色の閃光が弾き飛ばす。

 

「いいえ、先輩!私たちの聖戦(ケンカ)です!」

 

ここに世界最強の吸血鬼とその監視役が揃い、いま決戦が始まる!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者VII

今回の騒動の収束の仕方は根本的に違っています。
正直言って、古城たち三人あまり活躍しません。ええ。これで不満がある方どうぞ!書き直させていただきますので!だって、仕方ないじゃん!
あ、ちなみに今回で贋作宝具違うのを使います。ええ、だって、ぶっちゃけ、これだけならばまだ手の施しがあるかもしれないなーとやってしまったんですもの。というか、こういう事態をそのまま傍観し続けるエミヤさんなんてエミヤさんじゃないもん!
まあ、腐った後ならばやりかねないんですけど、今回のエミヤさん割とプラス的思考の持ち主だから、そんなことありえないんですー!!

はぁ、はあ、はい…ではどうぞ!



「姫柊!!大丈夫か!?」

 

見慣れた少女が銀色の槍を携えて割り込んできたのを見て、驚きの声を上げた古城はすぐにその少女の元に駆け寄る。

ただし、少女の方は随分ととげとげしい表情を帯びて立っていた。

その雰囲気に思わずといった調子でたじろぐ古城に対して随分と温度の冷たい言葉が投げかけられる。

 

「…新しい眷獣を従えたんですね?」

「え?あ、ああ。」

「これは、その仕方なかったのよ!新しい眷獣を出さないと地上に出られないっていうから、この男が無理矢理…」

 

さすがにそんないわれをされる覚えはないと感じた古城はムッとした調子でその言葉を返す。

 

「いや、無理矢理なんてしてねーだろ!!どっちかというと、お前がこっちに勧めてき…」

「バカバカバカ。なんでこの場でそんな余計なことを言うのよ!!」

 

ポカポカと軽い調子で古城を殴る紗矢華。どこからどう見ても痴話喧嘩にしか見えない光景を見させられる雪菜。正直、どう反応したらいいか困るというものだ。

だが、やがて大きくため息をすると、

 

「そうですか。よかったです。」

 

と言い出した。その言葉に対して、一瞬、唖然とした表情になる古城と紗矢華。

 

「えーと、怒ってねえのか?」

「はい。私はもしかしたら、嫌がる紗矢華さんに強引に吸血行為を迫っていたのかもしれないと思ったのですが、今の調子を見るとそんな様子もなかったようですし、安心しました。」

「そ、そっか。よかった…」

 

安心したと言った姫柊よりもはるかにホッとしたような調子で二人は息を吐く。

そんな様子に呆れたのか、痺れを切らしたのか横から低い声が響く。

 

『話は終わったか?だったら、とっとと、目の前の相手に集中した方がいい。どうやらあちら側はすでに準備万端のようだからな。』

 

コンテナの天辺で観戦をしている黒男が三人に向かって忠告した瞬間。一瞬、黒男の方を向いた後、すぐに彼が忠告した方向を見る。

見ると、ナラクヴェーラの女王が特有のハングマシンのようなアームの中央に何か光を収束させ始める。

その光が大きく、更に収束された瞬間、色を変え、古城たちに照準を向ける。そして、発射!!

 

その攻撃に対して、紗矢華が前に出て、煌華麟の能力『次元切断』を応用した次元の壁を作り出す。古城と雪菜たちはその後ろに下がることで何とか回避する。

その間に途中から来た雪菜は情報を得るために口を動かす。

 

「先輩!あのコンテナの天辺にいる方は誰なんですか!?」

「知らねえよ!ただ、話を聞く限りじゃ、ヴァトラーと闘ってたっていうんだ。しかも、最低でも、ヴァトラーと同じかそれ以上の怪物だって言ってたよ!!あいつは!」

「え?」

 

その言葉に対して、雪菜は驚きの言葉を示した。あのヴァトラーという男についてはそれなりに名を聞くために、情報もかなりの数がある。そのため、彼が手こずったということはそれはもはやとんでもないと言っても過言ではない戦闘能力を有していることになるのだ。

 

(それに…何だろう?何となくこの感覚、前にも感じた気配のような気が…)

 

煌華麟の次元瘴壁が消された瞬間、今度は、女王は今度はアームの側面部分に円形のミサイル型の兵器が連射される。

 

「ちっ!だったらこっちも手加減しねえ!!焔光の夜爵(カレイド ブラッド)の名を継ぎし暁古城が汝の枷を解き放つ。

疾く在れ(きやがれ)!!9番目の眷獣!!双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!!」

 

深紅の二角馬(ヴァイコーン)がミサイルに向けて突進する。ミサイルの雨を激しい爆発と共に迎撃する。だが、それで迎撃できるのは前方にあるミサイルだけだ。後方の遅れて射出されたミサイルにまでは届かない。

 

遅れてやってきたそれらの攻撃は古城たちの横を通り過ぎていく。

このまま、あれらを放置しておけば、確実に島内の建物に破壊の魔の手が及ぶ。そして、それこそ、テロリスト『黒死皇派』一派であるクリストフ=ガルドシュたちの目的でもあった。

実は、女王の乗車席に乗り、これを操作したのはクリストフ=ガルドシュである。この操縦席の中で、にんまりと嫌な笑みを浮かべていた。

アレをあのまま放置すれば確実に絃神島に痛手を負わせることができる。今は小さな篝火だが、いずれこの者たちを倒せば次はあの島の番だ!そう考え、ガルドシュは非常に愉快そうにその結末を見守った。

だが、彼らは知らなかった。そんな安い攻撃を絶対に島に近づけまいとする守護神がこの港にはいるのだということを…

黒男・シロウは不意に立ち上がる。そして、ミサイルたちが行った行き先の方を睨み、弓を構える。それだけならば、別に何も驚きはしない。あの円形ミサイルは複雑な動作をすることにより容易に察知させないような設計がなされている。一流スナイパーどころか、スーパーコンピュータでさえ、あの複雑な軌道を読むには時間がそれなりにかかる。

そう。だから、彼らは知らない。人間の経験則というものは時としてその人々が作り出した叡智の結晶すらも凌駕するのだということを!!

 

シロウが弓に矢を番える。そして、複雑な軌道を描く円形ミサイルはついには絃神島に入り込もうしたその時だった。

 

バババシュッ!!

 

とほぼ同時にしか聞こえないような弓を射る音が辺りに響く。矢は円形ミサイルを追っていくかのように、絃神島に入っていく。

その光景を見た瞬間、ガルドシュは嘲笑の笑みを浮かべた。

何を馬鹿なことを、あんな複雑な軌道を描く物体を一体誰が撃ち落とせるというのだ、と…

 

だが、次の光景を見た瞬間、その顔は驚愕に埋め尽くされることになった。そう。あの黒男が放った矢は見事にあの円形ミサイルを貫き、その攻撃による爆発は島内のビルには着弾せずに虚しく空を切るのみだった。

 

『なっ!!!?』

 

全員が同様の驚愕の声を漏らし、叫び、黒男の方へと視線が集まる。ヴァトラーの方はこの程度できるのは、黒男にとっては当たり前だと受け止めているのかもしれない。何も言わずに、ただ、感心したようにそして祝福するように笑みを浮かべて、立っていた。

 

『馬鹿な!!あんなどこに行くか予想できぬ物を正確に射っただと!?そんなことは不可能だ!!』

 

ガルドシュは悲鳴に近い抗議の声を操縦席から出す。相対している古城たちもガルドシュとはまったく、心境が同じだった。武術に心得がない古城ですら理解できた。

アレは言うまでもなく神業だ。人間離れした戦闘能力というのは最近の経験上見慣れているはずだった。だが、そんな彼からしても、アレは常軌を逸した怪物の所業であると確信ができる。今まで見てきた異常が可愛く見えるほどの…なるほどアレならばヴァトラーの目に適うのも頷ける。

 

一方、当の奇跡をなした本人は何処吹く風と言わんばかりに、着弾したのを確認すると、また、座り込んでいた。無言ではあるもののそこにはサッサと終わらせろ!という威圧感が含まれている気がした。

 

『っ!?なめるなよ!!ナラクヴェーラ分隊に告ぐ!!あのコンテナの上の男を引きずり落とせ!!!』

 

一方、そんなことをしでかした男の高見の見物を許すなど、ガルドシュたちテロリストのプライドが許さなかった。

親のナラクヴェーラの命令の元、子ナラクヴェーラたちが黒男に向けて動き出す。

一方、それに対して、今度は黒男の方が嘲笑を送る。

 

『はっ!テロリスト崩れが一丁前にプライドを着飾るとは…

 

貴様らのような戦争を手当たり次第に災いを撒き散らす害虫がプライドを着飾るなど、天に唾を吐くほどの不敬だと心得なかったのか?戯け!!』

 

彼がそんなことを言っている間に、子ナラクヴェーラは彼の目の前へと移動していた。弓を構え、矢を放とうとする黒男。だが、その構えをすぐに解き、ことの成り行きを見守ることに徹した。

子ナラクヴェーラの中にいる獣人は一体何をしているのか理解できなかったが、好機だと思い、その蜘蛛のような脚を目の前の男を潰さんばかりの勢いで突き出す。

だが、次の瞬間、彼が見たものは日光にも似た強大な光だ。

 

何事かと思った、刹那、轟雷に似た響きが辺りに轟く。子ナラクヴェーラはそのあまりに強大な電気の塊を叩きつけられ、なすすべもなく崩れ去る。

 

『第四真祖…っ!?』

 

苦虫を潰したような表情をするクリストフ=ガルドシュ。それに対して、古城は淡々と睨み返しながら、告げる。

 

「無視すんじゃねえよ。オレとしてもあそこまで宣言しといて、そのまま終わったんじゃあまりに格好がつかねえだろうが!」

 

古城は、別に格好つけたがりというわけではない。だが、自分が個人的に怒りを覚えた相手を誰かに奪われるというのは流石にいただけない。

このテロリストどもは自分の可愛い妹にまで手を挙げたのだ。ならば、この者たちを倒すのは自分だ。

それが今の古城の思考回路を埋め尽くしていたことであった。

普段は怠けている分、こういう時この男は本気を出すわけである。

 

『いいだろう!!ならば、貴様を倒した後に、あの黒男を倒すこととしよう!!』

 

女王ナラクヴェーラが古城に向けて照準を定める。

そして、最初と同様の一撃を発射するために特徴的なアームの部分に光を収束し始める。

 

「させるか!!深緋の双角(アルナスル・ミニウム)!!」

 

光の収束を邪魔させるように深紅の二角馬(ヴァイコーン)が突進し、破壊を帯びた振動の咆哮が響く。

それだけで、確実に、着実に化け蟹どもの装甲は剥がれ、破壊の渦の中心にて瓦礫の山と化すかのように思えた。だが、人生とはそんなに甘くない。最初の破壊ほど、望む以上の破壊は望めなかった。

 

『効かんよ!!第四真祖の攻撃は既に学習(・・)済みだ!!』

「ちっ!!だったら、これならどうだ!?獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

今度は、雷光の獅子を向かわせる。雷光と振動が重なり、破壊の渦が嵐へと変貌する。この破壊の嵐の中では草木の一本すら跡形もなく消え去るだろう。

その破壊の嵐が消え去った後、そこには瓦礫の山の集団があった。

 

「…やったか?」

 

不安げに呟く古城とそれに同行するように見つめる剣巫と舞威媛。

一瞬、ほんの一瞬、それらが動き出さないかもしれない未来図(ビジョン)を思い浮かべてしまったために、それらが動き出さないのに安堵の表情を浮かべてしまった三人。だが、すぐにそれは警戒の色へと変わる。

やはりというべきか、ナラクヴェーラは周囲の瓦礫を吸収して、破損箇所を修復し始めていた。

その光景に思わず歯噛みした古城たちはまた一歩距離をとる。

 

『ふはははは。さすが、第四真祖といったところか!!今の火力、いやはや見事!!だが、このナラクヴェーラは食らったダメージを確実に学習することでより強くなる!!

 

君たちにできることはただ、その場で立ち尽くすことだけだよ!!』

 

「くそ!壊せば、壊すほど強くなんのかよ!一体どうすれ『そうか。つまり、その学習をなんとかすれば、君のそのご自慢の兵器はただの鉄の塊と化すわけだな。』…え?」

 

低いが辺りに響かせるような声色で黒男は一つの矢をナラクヴェーラに向けていた。矢のように伸びてはいるものの、これはあらゆる魔術を発動前に戻してしまうほどの対魔術性能を持った短剣である。

その名も…

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!!』

 

その真名が解放された矢は音速を超え、真っ直ぐにナラクヴェーラの女王へと向かっていく。当然、音速を超えた矢をナラクヴェーラは捕捉はできたもののその時には既に遅かった。

ナラクヴェーラの女王へとその矢が着弾した瞬間、閃光にも似た爆発が周囲を覆い、古城たち三人やヴァトラーは目を覆った。

そして、その閃光の輝きが終わった後、何事もなかったかのように、ナラクヴェーラたちはそこに佇んでいた。

思わずといった調子でガルドシュは吹き出す。

 

『く…はは…ははははは!!!なんだ?偉そうなことを言ってその程度か?これならば、第四真祖の攻撃の方がよほど効果的だったぞ!どうやら、ヴァトラー殿も目が曇っておいでらしい。この程度の者を真祖に並ぶなどと…』

『本当にそう思うか?』

 

試すような口調で問いかける黒男。だが、これもハッタリだろうと捉えたのだろう。ガルドシュはなおも嘲笑を失わぬ笑みを浮かべ、声を上げた。

 

『ああ、思うな!!ふふ、まったく、笑わせてくれる!』

『そうか…無知とは恐ろしいものだな。おい、そこの第四真祖!』

「え?お、俺かよ!?」

『貴様以外に誰がいる。試しにそこのガラクタ共に攻撃してみろ。』

「え、でも…」

 

彼が戸惑うのも当然だ。彼の攻撃はいまさっき、ナラクヴェーラに学習されて、既に最初ほどの破壊は期待されない。

そんな中で、彼が何か破壊しようにも、できはしないのではないのだろうかと考えるのが普通だ。

 

『いいから。やってみろ!それで分かる。』

「わ、分かったよ!!疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

雷光の獅子はまたも、ナラクヴェーラに向かって突進する。

無駄なことを、とガルドシュは思った。既に学習している攻撃を向けられたところでこのナラクヴェーラには無駄なこと。このナラクヴェーラは堅固にして最強の動く砦と同義だ。絶対に誰にもその根幹までは破壊されない。

 

そう思っていた(・・・・・・・)

 

だが、雷光の獅子の牙はまるで紙細工を千切るかのように、それらの脚を食い破った。

 

『なっ!?』

 

驚愕はテロリストのものか、はたまた古城たちのものだっただろうか?テロリストご自慢の兵器は瞬く間に、また、瓦礫の山と化していた。

 

『貴様、何をした!!こんなこと、こんなことは絶対にあり得ない!ナラクヴェーラが既に学習した力を受け流せないなど…』

『世の中は君たちが思っている以上に広いということだ。テロリスト。その兵器。異能に対応するのであればそれだけの兵器を動かすために大量の魔術が重ね掛けされているに違いないだろう?

 

ならば、簡単だ。その学習する魔術も含めて、動けなくなるまで重ね掛けされた魔術を跡形もなく消し飛ばせばいい話だ。

 

だが、まあ、この効果は魔術にしか適応されないからな。そのガラクタはどうやら魔術で動いていなかったわけではなさそうだが…学習することとその内容、更には再生までは、違ったらしいな。そこだけは完璧に魔術だけに置き換えてしまっていたらしい。

 

これで貴様のご自慢の兵器は戦乱の嵐に飲まれても再生もせず、ただ、少し普通の戦車よりも火力が優れているただの化け蟹に成り下がったわけだ。

 

さて、これでもそのテロリズム(馬鹿なこと)を続けるだけの気概はあるかな?』

 

ガルドシュはその内容を聞いた時、頭が真っ白になってしまった。

つまり、こういうことである。自分たちの計画は今あの黒男が射ったたった一つの矢によってまるで砂上の楼閣のようにもろくも崩れ落ちてしまったのだと。

 

『貴様ーーーー!!』

 

感じ、気づいた時には怒号と共に女王ナラクヴェーラが黒男に向かって突進していった。だが、届かない。その前進する脚はまるで豆腐のように砕け、斬れる。

古城と紗矢華がその脚を攻撃したのである。もはや、動けなくなったガラクタを放っぽり出し、操縦席から降りたガルドシュは軍用ナイフを手にまたも突進していく。狙いは明確。あのコンテナの上で卑しくも、堂々と立っているあの憎き黒男である。

だが、そんな彼らとの間に一人の少女が前に出てくる。

 

「そこをどけーー!剣巫ーーーー!!!」

 

対する彼女はその獣人に向かい、粛々と祝詞を捧げるように紡ぎだす。

 

「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光。雪霞の新狼。鋼の神器を用いて我に悪神百鬼を討たせたまえ!!」

 

祝詞が完成した時、その手に持つ銀色の槍は一層輝きが増す。

そして、その神聖な輝きを持って、獣人に向かって突進する。

 

互いの影が交錯し、背を向けた状態で留まる。

 

「ぐっ、くっ!おのれっ!?」

 

傷をつけられたのはガルドシュだった。ナイフを手からずり落とし、胸から胴にかけて袈裟掛けに近い一撃。だが、とっさに急所を外したのだろう。彼はまだ黒男を目で追い続け、そして確認した後、今度は素手で突進し始める。だが、その後ろから追い、前に出た一人の少年がまたも行く手を塞ぐ。

そう。暁古城だ。彼はまだ妹にしてくれた礼の分をこの男に浴びせていない。唇を噛み、滲んだ血で吸血鬼の身体能力を強制的に引き出す。そして、その全膂力を腕に集中する。

 

「終わりだ!!おっさん!!」

 

彼が吼え、そして突き出す拳は獣人の顔に容易く減り込み、クリストフ=ガルドシュは苦悶の悲鳴を出しながら、崩れ落ちていった。

ここに黒死皇派のテロリズムが終結に導かれたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦王の使者VIII

「終わったか…」

 

古城は現状を眺めながら一息吐く。

すると、一緒に戦っていた二人がこちらに駆け寄ってくる。

 

「先輩!!」

「暁古城!!」

 

紗矢華と雪菜は心配そうな声色で駆け寄ってくる。それに対して、力は若干感じられないが、安心させるような笑みを送る古城。

 

「姫柊、煌坂。終わったな。」

「ええ。それで繰り返しますけど、本当に無理矢理やってないんですよね?」

 

と、何の脈絡もないのにいきなり姫柊は煌坂との吸血行為についての詰問を始めた。『信じてなかったのかよ』と心の中で思いながらとりあえず質問に答えなければ、今現在彼女が自分に向けて浴びせているこの氷のような視線からは逃れられないと感じ、

 

「ああ、さっき言ったろ?ちゃんと合意の下でやったって…なあ、煌坂?」

「え、ええ。緊急事態じゃなければあんなこと絶対にしないわよ!だから、その、安心して!雪菜!」

「そうですか…」

 

それでもなお機嫌が斜めな感じなので思わずといった調子で聞いてしまった。

 

「なあ、やっぱり怒ってるんじゃないか?姫柊?」

「いいえ、別に、全く怒っていませんよ。ええ、怒っていませんとも。私に吸血行為をしようとした時、先輩が私のことを可愛いって言ってくれたのに…なんて、全然思っていませんから…」

 

その言葉を聞いた時、彼はむせそうになる。いや、確かにあの時いったことではあったのだが、まさか、そのことについてそんなに怒っているとは思っていなかった。

 

「そ、そうだ!あのさっき、俺たちの手助けしてくれた奴は…」

 

そう古城がつぶやき、コンテナの上の方を見る。

 

「いない…」

 

だが、そこにはすでに誰もおらず、さらにはそれに続くように、ヴァトラーもそこから消えていた。

 

「一体、何だったんだ?あいつ?」

 

正体はわからないものの自分たちを助けてくれたのは間違いない。ならば、礼の一つでも言っておくべきだろうとも考えていた古城はわずかに名残惜しそうにその目を細める。

 

「先輩。その…コレ…どうしましょう?無駄になっちゃいましたけど…」

「ん?何がだ?」

 

姫柊が制服のポケットから携帯を出して、ある音声再生画面を古城へと向ける。

 

「藍羽先輩が私に持たせてくれたナラクヴェーラを起動させなくするコマンドらしいです。」

「え?マジかよ!?じゃあ、何でそれを…」

「いえ、コレは操縦席まで行って直接流し込まないとダメみたいなんです。ナラクヴェーラは音声を中心に命令系統を使っていたため、それを利用して、彼らが自滅する音波を流すというものでしたので…」

「そっか。けど、あの黒男が予想外にもあのナラクヴェーラの機能を破壊してしまったから…」

「はい。結局、使う間もなく終わっちゃったんです…」

「うーん…」

 

浅葱の性格からして、ここまでやっといて無駄骨だったなどということになれば、かなり怒りそうなものである。

ならば、彼女の怒りを鎮めるためにもやはり、このウィルスを使った方がいいということだろう。

既にガラクタと言っても過言ではないナラクヴェーラの軍隊に視線を向けて…

 

「んじゃ、まあ、使っとけばいいんじゃねーか?機能を破壊したとはいえ、その機能がいつ誰に再生されるかなんて分かったもんじゃないんだ。」

「そう…ですね。わかりました!」

 

彼女はそう言った後、ナラクヴェーラの女王の操縦席の方まで軽やかに移動し、操縦席の中に携帯の中に入っている音波ウィルスを打ち込む。

数秒後、ナラクヴェーラはまるで恐竜が化石になるかのように物言わぬ岩石の塊と化したのだった。

 

ーーーーーーー

 

「ちっ!悪い。古詠さん。見失なっちまった。それがとんでもねえ速さでよ。正直、ありゃあ音速を超えてたぜ。俺でも捕捉しきれなかったんだ。」

 

第四真祖の真の監視役矢瀬基樹は、息を切らせながら、電話の相手と話を続ける。彼は音や気流を操る過適応能力(ハイパーアダプター)を所持し、その能力を活用することで周囲の状態を確認することができる。

その最大捕捉は標的を絞れば絞るほど上がっていくため、実質音速を超えたスピードを算出しなければ彼の追跡を躱すことは困難なわけである。

今回、彼は人工基島(ギガフロート)内にて見かけたあの謎の黒男について探りを入れようとした次第である。

そして、その音速を超えたスピードをあの黒男は算出し、振り切ってみせた。これは確実にあの男が人間の領域をはみ出た怪物であることを意味する。

 

「ああ、ああ。いや、この前のキーストーンゲートの一件とつながりがあるかどうかは不透明だな。何せ情報が少なすぎる。けど、憶測で話すのはあんまり好きじゃねーんだけど、多分、 関係はあるんじゃねえかな?と、悪い。これからあのバトルマニアのところに行かなきゃなんねーだろ?邪魔したな。」

 

矢瀬は電話を切り、そして、溜息を吐く。どうしてこう、この島はトラブルが絶えねーんだと思わず天に向かって吠えたくなるような現状に心底彼は嫌気がさした。

 

ーーーーーーー

 

アルデアル公ディミトリエ=ヴァトラーはある港にて海を眺めていた。すると、背後から強烈な気配がしたため、後ろを振り向く。

 

「あまり、勝手なことをされては困りますね。アルデアル公。」

静寂破り(ペーパーノイズ)…獅子王機関の三聖の長が直々にとは…」

 

強者に対してある一定の礼節を弁えるヴァトラーは、日本最強の陰陽師との名高い彼女に対しても礼節を持って対応する。

 

「それで一体何のようだい?」

「ご依頼の件の承諾が取れたことをご報告に…」

 

そう言うと、彼女は手に持っていた茶封筒を彼に渡した。

彼はそれを受け取ると、スラスラと貰った紙の文面を読み上げる。

 

「戦王領域特使にアルデアル公ディミトリエ=ヴァトラーを任命する…

これでしばらくは退屈しないで済みそうだ。」

 

ニンマリと笑みを浮かべた様子のヴァトラーを確認した静寂破り(ペーパーノイズ)と呼ばれた少女は口を開く。

 

「最後に二、三質問してもよろしいでしょうか?今回の黒死皇派の企みについて…これはあの方(・・・)が関わってきたのですか?」

「この騒ぎは全部僕が仕組んだことさ。そういうことにしておきなヨ。」

「では次に、あなたはあの黒い弓使いについてどこまで情報を所有しているのですか?」

 

そこで彼はピクリと紙を弄んでいた手を止める。

 

「さてね…今のところ分かっているのは彼は真祖と比較しても負けず劣らずな強者ということ。いや、ひょっとするとそれ以上かもしれないよ。まあ、僕としてはそちらの方が断然燃えるというものだから、大歓迎だけどね。

君たちはそういうわけにもいかないんだろう?」

「……。」

 

それに対して沈黙で答える少女。

それを是と受け取ったのかさらに言葉を続けていくヴァトラー。

 

「ふふ、大丈夫さ。聞いている感じでは、彼は自分の主人とやらをよほど大事に思っているらしい。つまりこの島に危険がない限り、彼はそこまで暴れないだろうサ。まあ、何の根拠も証拠もない僕の推測でしかないけどネ。」

 

ーーーーーーー

 

ここはある病院の一室。この室内にて今現在、ある一人の少女が体を養生するために眠りついている。

 

「ん……んん。」

 

少女 藍羽浅葱は少し体をよじらせるようにして、わずかな睡眠欲から脱却せんがために体を動かす。閉じられたその目を細めながらわずかに開くと、そこには見慣れた少年が彼女のことを見守っていた。

 

「!古城!!」

「お、気がついたか?」

 

だが、彼の素っ頓狂な返事を無視して掴みかかるように彼女は言葉を豪速球で古城へと投げかける。

 

「ナラクヴェーラは!?みんなは?無事!?」

「お、落ち着け。ナラクヴェーラは全滅。みんな無事だ。」

「そう…良かったー…」

 

心の底から安堵の息を漏らした彼女は、ため息とともにまたベッドに腰を下ろした。まだ、疲れが抜けきっていないのだろう。目をこすりながらも何とか意識を保とうとしている様子はなんとも微笑ましい。

と、ここで浅葱は顔を歪める。

 

「古城…なんか、あんた生臭いんだけど…」

「え?あ、ああ…コレはお前を助けようとして、港に着いたら…うみに突き落とされた。」

「はあ?何よそれ?何でそうなるわけ?」

 

実に苦々しく苦笑しながら言い訳を綴る古城を疑わしげに見る浅葱。

だが、やがてそんな表情を溶かすところを確認した古城は少しでも柔らかくなってもらおうと判断した。

 

「そうだ!水…飲むか?」

「うん…ねえ、古城、ピアス見てくれない?」

「うん?」

 

古城がピアスの方を見つめると

 

「もっと近く!」

 

そう浅葱がせがんできたので、仕方なく彼女の顔の近くまで腰を屈ませて顔を寄せた。女性特有の甘い香りが鼻腔をくすぐり、意識が遠くはならずとも、内から湧き出そうな吸血衝動を必死に耐える古城。

だからだろうか?次の瞬間、彼女にされた行動が古城には理解できなかった。

古城が顔を近づけた瞬間、唇が柔らかい感触に包まれる。

その柔らかいものの正体が浅葱の唇だと理解できたとき、頭が真っ白になる。少しして、浅葱が口を離す。

 

「そういうことだから…」

 

頬を薄紅色に染めた彼女の表情を見た瞬間、頭が沸騰しそうになった古城の鼻元が鉄臭い何かに包まれる。

そう。鼻血だ。

 

「こ、古城!?」

「あ、いや、コレは…」

 

当然心配になり、声を上げる浅葱から顔を逸らすようにして顔を上げた瞬間、彼の運命とでもいうべきだろう。運の悪さはやはり、天下逸品だ。

 

「浅葱ちゃん!大丈夫…」

 

そう。彼の妹 凪沙が浅葱の見舞いに来たのである。そんなときに、自分の兄が鼻を抑えながら突っ立っている姿など見たら、当然怪しむわけで…

 

「古城くん…何それ?何やってんの?」

「いや、だから、コレは…」

 

ひたすら刺々しい言葉が投げかけられる古城に対して更に追い討ちをかけるような事態が来る。凪沙の後ろ、病室の入り口前に仁王のようなオーラを出しながら、立っているのは…

 

「姫柊!?」

「……」

 

姫柊はしばらく黙ったまま、立っていたが、すぐに嘆息すると

 

「もう、知りません!先輩の…馬鹿…」

 

不貞腐れたようにそっぽを向きながら彼女はそう呟いたのである。

 

ーーーーーーー

 

「…やれやれ、少し心配になって、来てみたものの…アレは大丈夫そうだな。ああいう類は長生きすると相場が決まっている。」

 

そんな騒がしい病室の向かい側のビルにて彼らの様子を観察しながら、立っている真っ黒な出で立ちをした男は今まで頭に付けていたレーサーヘルメットを取り、この常夏の島では珍しすぎる黒いコートも脱ぎ捨てた。それらは脱ぎ捨てられた後、まるで淡い霧のように空気へと消えていく。

 

「争いごとが絶えないのは、世界にとって当たり前のこととはいえ、やはり争いというのはいつも何かしら決まったものたちが巻き込まれるな…まあ、俺の場合、巻き込ませてもらったと言った方が正しいが…」

 

だが、それが自分が英霊として召喚されて以降知り合った者たちだというのは何か運命染みたものを感じずにはいられない。そんな考えが頭によぎり、感傷に浸っていたシロウだが、すぐに気を取り直し、彼は夜の闇へと消えていく。

 

次また起こるだろうと考えられる争い…だが、なぜだかその争いのことを考えた瞬間、妙な胸騒ぎがするシロウであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上
天使炎上 I


ようやく、天使炎上篇だ。
いや、本当になんか長かった。
ではどうぞ!
あと、すみません!夏音の天使化について色々意見がございましたが、結局、気づかなかったということにした方が後々のためになると考えたので、そうさせていただきました!
ごめんなさい!


「ハァ…だる…」

 

そう呟いて、D種である彼女はある王国の専用機【ランバルディア】を歩いていく。その歩く間には、剣を抱えながら、わずかに息を続けている男たちがいた。誰も彼もが虫の息と言っていいほど衰弱し、今にも事切れそうになっていた。

だが、そんな悲惨な状況を目にしても、彼女はただひたすら、疲れたようにつぶやき、飛行船の開かれた天蓋から覗かれる夜空を眺めた。

 

「貴様!この飛空船が我らアルディギア王国専用機【ランバルディア】と知っての狼藉か!!」

 

だが、そんな彼女の背後から声をかけてくる一人の男の声に対しても彼女はまた非常に怠そうにため息を一つし、向き合う。

 

「だから、あんたらが後生大事に護送している腐れビッチの小娘を引き渡せっつってんでしょ?そうすれば、ラクーに…殺してあげるから!!」

 

瞬間、彼女の手元に槍が突如として現れ、その槍の穂先が分かれ、男を攻撃していく。その高速に分かれていく穂先による攻撃を彼が構えた剣が突如ととして光りだすと、それを全て弾く。

予想外というわけではないが、仕留められなかったことに対して軽く舌打ちすると、軽く半歩下がりながら再度構え直す。

 

「へぇ…それがアルディギア王国の疑似聖剣。大したもんね」

 

舌なめずりするように男を睥睨した後、彼女はまた攻撃を再開しようとしたが、そこに後ろからある一人の獣人種が出てくる。

 

「BBダメだ。どうやら逃げられたみたいだ。脱出艇が一つ空だ。」

「ちっ!逃げられたか。逃げ足の速い雌ブタだこと…」

 

そう言うと、もはやこの船には用はないという風に自分に対してにらみを利かせていた男から完璧に興味を失い、踵を返す。だが、それを騎士が許すわけがない。

 

「貴様らに!あの方を追わせはしない!はあああ!!」

 

気合い一閃で振り抜き、聖剣の光は魔族の生存を許さず、確実に断罪するはずだった。だが、その攻撃を彼らは軽々と避け、男の背後に着地した。

 

「ソレ、威力は大した物だわ。…けど、残念だったわね。」

 

彼女は何かリモコンらしきものを手に取り、わずかに操作する。すると、そのリモコンがどこかに命令を届かせたのだろう。突如として夜空の闇は太陽のような光に包まれる。

 

「この聖光は…まさか!」

「あんたの相手は魔族じゃない…」

 

魔族の女が告げた言葉に果たして男は気づいたのか…だが、彼はどのみち自分の中で答えを得た。

 

「天使!?」

 

そう呟くとと同時に、彼の姿はこの世ならざる光に包まれた。

そして、その光が終わるとそこには何も残らず、ただ兵士が苦悶の声を漏らしながらかしずくように跪き、倒れていた。

 

ーーーーーーー

 

「んん、ふぁぁあ…」

 

第四真祖である古城にとって朝早起きするということは正に至難の技である。彼は起きはしたものの、中々自分のベッドから抜け出せずにいた。

 

「古城くん先行くからね!遅れないでよ!!」

「おぅ…」

 

部屋越しから聞こえてくる自分の妹の声も何処か気だる気にに受け流し、なんとか身体を起こそうとする。だが、身体は重力に逆らえずそのままベッドから墜落した。

 

「ぐおっ!?」

 

軽く悶絶した後、完璧に目が覚めた古城はようやく頭を覚醒させる。その際に、左手で目をこすると、妙な紋章が目に入った。

 

(…結局、これはなんなんだろうな?)

 

基本、面倒ごとお断りのこの男はほとんどの場合、まずポジティブな思考である程度のことはごまかす悪癖がある。だから、この左手にある龍の牙のような紋章も最初は初めて眷獣を扱うことができた証明なのかと思い、特に意識しなかった。だが、だんだんそうじゃない気がしてきた。

はっきりそう感じたのはあの戦闘狂『ディミトリエ=ヴァトラー』と出会った際だった。そのとき、古城はヴァトラーの左手と右手両方を見たが、そんな紋章はなかった。それに後で古城も考えたが、そもそもの前提条件として何かおかしい。もしも、眷獣を初めて扱った証明だというのなら、それこそ今の教科書にでも確実に書かれていそうなものである。

だが、そんな事実はない…それはおかしい。なぜなら、人間にとって魔族は敵。この価値観は近年ではそこまで意識されないものだが、彼ら人類にとってはそれは根強いものとなっている。

ならば、彼らと人間を見分ける方法はそれこそ多い方が絶対にいい。

つまり、もし古城の推察が正しければ、絶対に教科書に書かれているはずなのである。だが、ない。

 

「はぁ…なんつーか。絶対にまた面倒ごとのような気がするな…」

 

勘弁してほしいぜ、と独りごちながら、朝食をかきこむように平らげ古城は制服を着始める。いつものように日除けのために厚ぼったいパーカーを着て部屋を出ようとし

 

「おはようございます!マスター!今朝はなんともいい天気ですね!!」

 

そして、即座に閉めた。それはもう、バン、と扉が壊れかねないような衝撃で思い切り…

待て。待て待て待て待て!何だこの状況は!?

一旦冷静になろう…まず、俺はいつものように凪沙の作ってくれた朝飯を即平らげて、制服を着てそして家に出ようとした。そう。もしも、姫柊が待っているというのならばわかる。自分は彼女の監視対象なワケだし…

なら!一体全体どうして!?俺の目の前に鎧を着た男が朝の挨拶を自分の家の前で爽やかに、そう実に爽やかにしてくる、などという珍事態に巻き込まれなければならないのだろうか!

恐る恐る、また扉を開け確認してみる。すると、やっぱりそこには鎧の男が突っ立ってニコニコと聖者のような笑みを浮かべている。

その笑みは不思議と見るものを安心させ、心を安らがせる。だから、古城もフリーズしかけた思考を即座に戻すことができた。

 

「あの…あんた、誰だ?」

 

聞いてみる。男はやはりという表情をして古城の目を確認した後、思考するように頭を俯かせる。

 

「やはり、知りませんでしたか…私の存在を…コレはやはり接触するのは避けた方がよろしかったかもしれませんね。いえ、ですが、この前のように争いごとに巻き込まれていくようなマスターに私の存在を知らせず…というのは…」

 

ライダーはブツブツと何ごとか呟く。実は、この男がアーチャーに協定を持ちかけたとき言ったように、この男に当初はマスターと接触しようという気は起こっていなかった。

だが、この男、遠目ながら一応マスターの身辺を観察していたのである。それがサーヴァントとしてやるべき責務だと考えるため。

すると、どうだろう?自分のマスターには何か特異点染みた悪運でも存在しているのではなかろうかというほどにみるみるうちに何だか厄介な事件にこのマスターは巻き込まれていくではないか!

そんなワケで急遽路線を変更。自分の正体を明かし、彼の身辺を警護することこそがサーヴァントとしてすべきことなのではないのかと考えたワケである。

 

「実は…」

 

ライダーが口を開こうとした瞬間、古城の第六感が叫び出す!

まずい。今から言うことは絶対に面倒ごとだ!

 

「悪い!俺、今から学校なんだ!そんじゃ!!」

 

正に疾風。そう呼ぶのがふさわしい(まあ、ライダーにはえらくスローに見えたが)スピードで即座に走り、彼はすぐにエレベーターの中に入ると一階のボタンを押す。

ライダーはしばらく呆気にとられていたが、すぐに思考を正す。

 

(やれやれ、思い切って朝から行動に移そうと思ったのは悪手だったようですね。さて、どうしたものか…)

 

帰ってから説明しようにも、あの様子ではかなり嫌がることまちがいないだろう。確かにマスターであることは間違い無いのだが…アレでは説明したとしても余計な心労を増やすことになるだろう。

 

(いや、思い切って放置した方がいいのかもしれませんね。おそらく、近々、彼の方も存在がバレるでしょうしね。)

 

そう考えたライダーはやはり、遠くから観察することを選ぶこととして、身体を霊体化して姿を消した。

 

ーーーーーーー

 

「はぁ、はあ、はぁ…」

 

古城は肩で必死に息継ぎをしながら、後ろを見る。どうやら追ってきてはいないみたいである。別に人柄を見抜く能力が長けているとかそんなことは全く無い古城ではあるが、そんな古城でも彼はいい人に入る部類なのではないかと思える気配をしていた。そんな彼に対してあんな態度をとったことに対して罪悪感がないワケではないが、それでも厄介ごとは真っ平である。

自分が戦わなければならないなどといった理由があるか、何か訳アリの者がこちらに来て匿わざるをえない状況になったとかならまだしも…そういう類の経験が豊富な古城だからこそ瞬時に理解できた。

アレはそういうの(・・・・・)とは別のヤバさだ。絶対に関わってはいけない。遅いか早いかの違いであったにしても、今関わるのは勘弁だ。ただでさえ監視役が送られたりテロリストと戦ったりで忙しい人生を送っているというのにそれに加えてまたとんでもないものが加わったら冗談でも何でもなくパンクする。

 

「あの人には悪りーけど。やっぱりオレは普通に暮らしたいんだよ…」

 

そうごちながら通学路を歩いていると、見慣れた後輩が後ろから声をかけてきた。その声の主を待って近づいたとき、足並みを揃えて学校へと向かうのだった。

 

ーーーーーーー

 

「っ!…何だ?」

 

グラッと突然体が不快を煽るような浮遊感を感じる。いきなりの異常事態に混乱する頭を何とか立て直そうとする。少しして、彼の頭の謎の浮遊感は消え去る。

シロウはそれに対して頭に疑問符を浮かべる。

 

「おかしい。最近このようなことが多発しているような気がする…」

 

学校の廊下を歩きながら、誰もいないのを見計らってそう呟く。どうも最近、英霊ならば絶対に感じない体調不良らしき現象が多発している。それはおかしい。彼らはそもそも完成された存在なので、絶対にその手の不祥事が起きるなどということはないのだ。

もし起きるとしたら、それはサーヴァントによる攻撃か、或いは…

 

「マスターの体調そのものが著しく変化し、魔力供給そのものが不安定になってきているか…」

 

それはつまり、彼女の身に何かが起きているということに他ならない。

まずいと感じたシロウは教室へ行こうとする足を中学棟の方へと向ける。

 

中学棟についた彼に向けられる視線はひたすらに奇異の目だった。彼が高校生だということもそうだが、それ以上に彼がある一定の分野で有名だったことが影響しているだろう。

ここでの彼の別名は『彩海学園のオカン』。ブラウニーから今度は何だか妙に年齢を喰っていそうなあだ名である。正直勘弁願いたいというのが本音だが…いや、まあ、実際あのときより年齢を喰っているのは事実なのだが(そもそも英霊に年齢なんてあるのか知らないが…)

 

「そんなことを今気にしても仕方がないか。夏音のクラスの方へ急ごう。」

 

そう言ってたどり着いた彼女には暁古城の妹の暁凪沙が夏音の方に話しかけていた。世間ばなしでもしているのだろうと考え、しばらく待っていようと考えていたのだが、こちらに気づいた夏音はすぐにてってッと走りこちらに寄ってくる。

 

「何だ?話はいいのか?夏音。」

「はい。というより、ちょうどシェロさんにも協力してもらおうと思っていた、でした。」

「俺に?何をだ?」

 

首をかしげて尋ねると、彼女はその行為にクスッと微笑を滲ませ諭すように説く。

 

「以前、お話しました。あの猫ちゃんたちのこと、でした。そのことで凪沙ちゃんが協力してくれるということになりまして…」

「ああ、そうか。」

 

そういえば、そんなこともあったと考えたシェロ。

 

「すると、その様子だといくらか目処が立ったのか?」

「はい。凪沙ちゃんが動物好きの友達をいっぱい探して来てくれるって言ってました。」

「そうか、分かった。俺も手伝おう。ところで夏音。」

「はい?」

 

今度は夏音の方が首をかしげる番だ。そういえば、何でシェロさんがこんなところにいるんだろう、と当たり前の疑問を今更ながら浮かべたのである。

 

「その、体の方は大丈夫か?」

 

こんなことを言ったところで、多分きっと本当に悪かったとしても彼女が何と答えるのか分かっている。それでもあくまで正攻法。自分のマスターに対して嘘を吐くというのはもはや、二度と犯したくない禁忌だ。

 

そして、そんなシェロの予想通りの言葉が返ってくる。

 

「はい。大丈夫ですよ。」

 

太陽のような微笑を人間離れした美貌から放つ彼女の顔は何の憂いもなかった。だが、そんな表情を前にしてもシェロはどことなく不憫なものを見るような目で彼女のことを見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 II

そんなわけで翌日の放課後、猫たちの保護のために色々と苦心していた。途中、同行していた凪沙の方は例の動物好きの友達とやらの待ち合わせのために屋上に向かっていた。

そんなわけで今のところは夏音と二人で猫を抱えながら移動しているわけなのだが

 

「しかし、本当に多くなったな。あれから更に増えてたんじゃないのか?」

 

昨日のうちに修道院に行ってみた彼は驚いたものである。なにせ、この前見たときはまだ目に届く範囲でも十数匹ほどだったのだが、昨日のときには確実に30は超えていそうな数に達していたのである。

 

「ごめんなさい、でした。でも、やっぱりあの子達を見捨てるということが出来なくて…」

「ああ、いや、すまない。別に責めているわけではない。ただ、この島だけでよくそんな数の猫が捨てられていたな。と思ってな。まったく、この島の者たちは生き物の尊厳を何だと思っているんだろうな…」

 

嘆息交じりにそう言うシェロの様子を夏音は苦笑しながら見送る。

すると、用事が終わったのだろう。凪沙がこちらに戻ってくるのが伺えた。いや、正確には凪沙たちが

 

「アレは古城と姫柊か?はあ、何をしているんだか、まったく…」

 

見ると、古城はガミガミと凪沙に叱られ、その様子を雪菜は嘆息交じりに眺めているといった様子だ。

 

「まったく!本当に信じられないよ!いきなり現れたと思ったら、私の友達のことを彼氏だと勘違いして罵詈雑言を投げかけるなんて!本当に恥ずかしかったんだから、もう1週間は絶対に私の元に近寄らないでって、頭の中に一瞬浮かんだのにそれを否定してあげた私の脳内に本気で感謝して欲しいくらいだよ!もう!」

「だから、悪かったって言ってんだろう!」

 

暁凪沙のマシンガントークはこういうとき客観的に見れば即座に事態が理解できるので色々ありがたい。要するに、彼女の友達というのは男だったのだろう。そこをどこから見て勘違いしたのかは知らないが古城はその男が彼氏だと判断した末に堪えきれなくなって暴走した、と…

 

ふむ。

 

「何ともまあ、人に自慢できるくらいの域のシスコンだな。古城」

「誰がシスコンだ!って、シェロ?何でここに?」

 

友達が見知らぬ女の子と立っていたことに驚き、少し距離を置く。一方の姫柊はこちらの存在に気がついて会釈をしていた。

 

「何で、とはご挨拶だな。俺は夏音に頼まれてこちらに来てこの猫たちの相談を受けていたところなんだが…」

「はじめまして。叶瀬夏音です。こんにちは。凪沙ちゃんのお兄さん。」

「あ、いや、これはご丁寧にどうも…」

 

あまりに上品すぎる彼女の仕草に見入った古城は誘われるように会釈し、そしてそんな彼女の仕草に隣の雪菜も見惚れていた。

 

「それじゃ古城君。私、他の子達にも声掛けしてくるから夏音ちゃんたちの手伝いよろしくね!」

「うぐ、わかったよ。」

 

凪沙が責め気味に言ったこともあり、古城は凪沙の注文に即座に応答した。

 

「苦労しているな。古城」

「うるせえ!」

 

ムッときたわけではないにしろ、ちょっとヤケクソ気味だった古城にとってこの言葉は結構くるものがあったのでそれが正しい反論じゃなかったとしても、それこそヤケクソ気味に返した。

 

ーーーーーーー

 

「うわぁぁ!先輩見てください!猫ですよ、猫!」

 

夏音がよくくる修道院にきたとき雪菜は目の前の光景にすぐに輝かせて、一番手近な猫に抱きついていた。

彼女はネコマタんというヘンテコなマスコットキャラに対して愛着を持っているため、こと猫に関しては並々ならぬ好意を抱いていた。

 

「そういや、シェロ。叶瀬さんとは随分と付き合いが長いみたいだけど、一体どれくらいの付き合いなんだ?」

 

と、ここで古城自身が感じた当たり前の疑問がシェロに投げかけられる。

 

「ああ。俺は夏音とはもう五年の付き合いだ。それと古城…ちょっとこっちに来い。」

 

古城の質問に答えたシェロは手招きをしながら移動して、古城をその場から移動させる。

 

「?…何だよ?一体?」

「あまり、夏音の前で五年前についての言葉は避けてくれ。この焼けた修道院…実は焼けたのがちょうど五年前でな。

彼女にとってこの修道院は思い出深いモノのひとつだったはずだ。実際、直後に会わせてもらったのだが、そのとき無理矢理出した笑顔があまりにも痛々しくてな。

本人は気にしていないと言うし、事実、彼女はこの程度で心が折れるような少女ではなかったのだが、さすがに…な。」

 

なるほど、と古城は思う。実際、この修道院がどうして焼けたのか?とか色々な経緯を聞きたいところもあったが、それを置いてもそう言う特に何かが燃やし尽くされた過去を持つような者の過去をえぐるのは何故だか自分の喉元にもナイフを突きつけるような感覚があったため憚られた。

 

「わかった。」

「頼んだぞ。」

「何がですか?」

 

すると、自分の兄に近い存在が何か言い合っているのが気づいたのだろう。不思議そうにこちらに首をかしげながら、猫を地面に置いてこちらに夏音が近づいてきた。

 

「ああ、いや少しな。以前の猫たちがどれだけいて、今どれくらいなのか?ということを古城に教えようと思ってな。さすがに手伝ってもらう以上相応の情報を渡さねばなるまい?」

「あ、ああ。そうそう。いや、すげえ数いたんだな。凪沙が友達に渡してた猫たちも随分な数だったのに…よくもまあ、こんなに捨てられるもんだよ。」

 

ここにはいない顔も知らない無責任な人間たちの顔を思い浮かべて古城はわずかに憤慨する。

 

「けど、叶瀬さんそんなことも気にせずによくやってるよ。素直に尊敬する。俺にはとても真似できないよ。まるで、本物のシスターさんみたいだ。」

 

古城は諦観するような響きのある言葉を周りに響かせる。それに対して、夏音は苦笑し、受け流し、

 

「そう言ってもらえると嬉しい、でした。シスターは私の憧れなので…でも少しだけ、不安なのでした。この子たちの面倒をいつまで見られるのか分からなかったので…」

 

物憂げな表情は古城には何を示しているのかわからず、またそんな表情に気付きもしなかったがただ、はっきりと自分の頭の中に残る素直な言葉を口にする。

 

「…叶瀬さんは…きっといいシスターになれるよ。」

「…ああ、それは俺も同感だ。夏音。」

 

その場の空気を台無しにしないためにも、シェロはその物憂げな表情に気づかないフリをして古城に続いて返答した。

その言葉に少しだけ驚いたように顔を上げてそして微笑する夏音。

 

「ありがとうございます。その言葉だけで私は充分…でした。」

 

そう彼女は呟いた。

 

ーーーーーーー

 

「公社から直々のご指名だから、一体誰がいるかと思えばお前とはな。矢瀬。」

「スンマセンねぇ。何分、公社も人手不足でして」

 

そう言いながら、攻魔官・南宮那月はガラス越しに手術室で倒れている少女を見据える。

 

「で、こいつがこの前、絃神島の上空で暴れていた魔族か?」

「ええ、ですが…」

 

矢瀬の煮え切らない返しを聞いた那月はすぐに不快そうに眉を上げ、尋ね返す。

 

「だが、何だ?」

「その公社からの解析結果を総合すると、この子はただの人間だったっていうのが総意なんだそうですよ。」

「何?」

 

手術室で倒れている少女を半ば信じられない者でも見るかのような見開いた目で見つめる。それはそうだろう。ただの人間と解析されたこの少女は実はさっきまで音速以上の速度で今さっきまで飛び回り、何かと衝突していたという報告を受けてここまで来た。

そんな半ば冗談染みた運動性能を見て一体誰がこの目の前の少女が人間だと言い張れるのだろう。

 

「いや、そういえば、前に報告で聞いていた『黒男』というヤツも音速で動き回っていたと聞くな。なあ、矢瀬?そいつを追っていた張本人から見て今回の事例はそいつと結びついていると思うか?」

「それはないだろうネ。」

 

コツコツと靴を鳴らしながら優雅な立ち振る舞いをする一人の男が闇から出てくる。その男を視界に入れた途端、那月は不快だということを隠しもせずに舌打ちする。

 

「どうして他所者のコウモリがここにいる?」

「外交機密…とだけ言っておくヨ。それよりもさっきの話だけど、僕はこの事件彼とは何の繋がりもないんじゃないかと思うヨ。」

「なぜわかる?」

「何、簡単なことさ。」

 

ヴァトラーが少女の方を見つめるのを見て那月と矢瀬の両者もそちらに目を移す。

 

「彼とそこの彼女とでは確かに似たようなところもあるが、本質的には別サ。間違いない。実力がどうこうという話ではなくて、有している格の資質がね。」

「格だと?」

 

格とはこの場合、霊格のことを表すのだろうと那月も分かる。霊格とは実力そのものを表すのではなくそのものが高次の存在なのか否かを決める指標である。

だから、別に霊格が自分達よりも上だからと言って、実力も上ということにはつながらない。

だから、ヴァトラーも『実力がどうこうではない』と前置きを置いたのだろう。

 

「それで貴様から見て霊格は一体どちらが上だと言いたいのだ?」

「そうだネ。多分、彼女たちの方が上だと僕は思うヨ。これは勘だけどネ。」

 

以前、自分と死闘を演じた男のことにあっさりと下馬評を渡すヴァトラー。そのことに一瞬意外そうな表情を送る那月とだが、すぐに考えをあらためる。

そもそも、この男に下馬評を渡したという自覚すらないのだろう。なにせこの男にとって強さこそが全てであり、それ以外の格などどうでもいいのだ。

 

「僕の予想だとこれを放置しておけば、後々面白いことが起こると思うヨ。見れば、内臓の一部を欠損…いや、アレは喰われたのかな?まあ、どちらでもいいけど、なくしてしまってるじゃないか。横隔膜と腎臓の中央…いわゆるマニプーラ・チャクラ辺りじゃないかな?霊格が最も高い位置…

 

ふふ、コレはあの方(・・・)とも無関係じゃないかもネ。」

 

前半からして聞き逃せない推測の数だったが、後半…特に最後の言葉は彼女たちにとって聞き逃せなかった。那月と矢瀬がひときわその双眸を鋭くする。

 

「蛇遣い。貴様、何を知っている?」

「そう。警戒しなくても大丈夫だヨ。この件については僕も見返りが欲しくてやっているわけだしネ。」

「見返りだと?」

 

双眸はさらに鋭くする。今度はわずかな困惑を交えながら…

その表情を今度は不快な薄ら笑いとは一転、真剣味が増したものへと変わる。

 

「この件に第四真祖を関わらせるな。」

「暁古城を?なぜだ?」

「我が愛しの第四真祖にはまだ死なれては困るんだよ。古城では彼女には勝てない(・・・・)。」

 

ヴァトラーはそう告げると、もうここに用がないと言うように踵を返した。那月はわずかに逡巡するようなそぶりを見せるもののすぐに元の無表情に戻ると、こちらも逆方向へと踵を返した。

 

ーーーーーーー

 

ここはどこかの手術室。一面、鉄、鉄、鉄で覆われた鋼色の冷たい手術室。その中央にはまるで何かの準備でもしているかのように静謐な感覚をもたらしながら一人の少女が眠っている。

眠る少女の傍によりそうように一人の男が近寄る。男はヨレヨレの白衣を身に纏い、どこかくたびれた調子のある傷だらけのワイシャツとズボンを着ていたが、その眼光はどこまでも鋭くかけている眼鏡すらも貫ぬかんとするほどの双眸は彼から明確な意思を感じさせた。

 

「もうすぐだ。もうすぐだぞ。夏音。あと少しで、お前は…」

 

何かを盲信するように、すがりつくように彼女の頰に手を掛けその銀髪を撫でる。

その姿は何か歪なものを感じながら、確かに愛情を感じさせるような不思議に光景を演出していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 III

ちょっと早足にしました。いやだって、この回結構楽しみにしてた分なんだか早くクライマックスに行きたいなという一念もありましたが、なんというかそこまで伸ばさなくてもいいところだろうとも思いましたので…


「悪いな。ありがとう。」

 

同級生の男に頼んでいた猫の引き取りを行ってもらい、最後の猫を引き取ってもらい、古城は後ろの方にいる雪菜たちの方へと振り返った。

 

「お疲れだな。古城。」

「ああ。これで全部だよな?」

「はい。あとは、この最後の子を渡せば…」

「最後!?」

「しっ!先輩静かにしてください!」

 

叱責されながらも、驚いて夏音の手元を見る。見ると、先ほどまでいなかったはずの子猫が彼女の腕の中で眠っていた。

そのことに気づいた古城は軽く嘆息し、尋ねる。

 

「また拾ってきたのかよ」

「すまないな。夏音はどうしてもこういうことが許せないタチでな…もう十分手伝ってもらったし、別に帰ってもらって構わないが…」

 

なぜだろう?人間こう言われたときこそ逆に残らなきゃダメだ。みたいな空気になるのは…

 

「冗談。ここまで付き合ったんだ。最後まで付き合うさ。」

「そうか。」

「ありがとうございます。お兄さん。」

「お、おう…」

 

まだ彼女の美貌と仕草になれない点があるのか古城は圧倒されたようにわずかに後ずさりする。すると、背中に何か曲がった鋼のような感触が突き刺さる。

 

「と、悪い…って、那月ちゃん!?」

 

と古城が入った瞬間、幼い容貌ながら威厳を感じさせる立ち振る舞いで古城の頭を扇子の先で撃ち抜く那月。

 

「いて!」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな!ところで、知っているか暁古城?校舎内は原則動物を連れ運ぶのは禁止だ。」

 

うぐっとそれを聞いた瞬間、古城の喉が詰まる。

そして、那月はその反応を待っていたとでも言わんばかりに顔に嫌な笑みを貼り付け、

 

「黙認してやってもいいが、そのためには一つ条件がある。」

「条件?」

 

首をかしげる古城に対して、その背後にいたシェロは目を鋭くする。

 

(そろそろ来るだろうと思っていたが、まさかこんなに早くとはな…いや、むしろ遅いか…どちらにしろ、今日動き出すのならば早いうちに行動しておくことに越したことはないな)

 

古城が那月に連れられながら密談をしているのを横目に密かに今日どう行動すべきか考えるシェロだった。

 

ーーーーーーー

 

「やれやれ、随分派手なことをする。」

 

夜、古城たちを追跡しながら、古城から2キロほど離れた位置で観察をしているシロウはやけに賑やかな下の街の風景を見る。

街中では祭りが開催されているようで、大勢の人間で賑わっている。だが、シロウはそもそも今日(・・)、祭りが開催されるなど聞いたことがない。

 

「おそらく、賑やかであるぶんならばそこまで騒音が気にならないだろうという配慮からなのだろうが、しかし、ここまでするとはな…」

 

呆れ半分であったシロウではあったが、そんな言葉とは裏腹にその表情は厳しいものとなっている。なぜなら、この賑やかさは裏を返せば、ここまでしなければならないほど今回の事件が結構な騒動となっていることを如実に示している。

そして少しすると、ことが起きた。

いきなり花火が上がり爆音が辺りに木霊する。

その瞬間、何か二つの光が衝突しあってるような光景が鉄骨だけで出来上がった電波塔を中央に繰り広げられている。

そして、今まで否定したかった予想が絶望的なまでに的中したような背筋が凍るような感覚が彼を襲った。

 

(…やはりそうなのか。)

 

その光から確かに感じる自分とのリンク(・・・・・・・)。それはいつも彼女が感じるかどうか分からないほどに薄くしていたはずなのにこんな時だけハッキリ感じてしまう。本当に残酷なほどにハッキリと…

古城たちが那月の瞬間移動で電波塔に移動したことを確認したシロウはビルからその身を投げ出すように跳躍する。

そして、また電波塔から今度は300メートルほど離れた位置から観察する。

一挙手一投足まで隅々と…

 

 

しばらく古城とその光…厳密には二人の羽が生えたなにか(・・・)の戦闘を眺めていると、やや押され気味になっているのが感じられた。

 

(なるほどな…俺たちが現世の科学的な攻撃や干渉を受けないように…彼女たちは現世のあらゆる事象から外れた存在になることで攻撃を無効化しているわけか。)

 

つまり、実質上攻撃の無力化という点においてだけ言うのであれば英霊を超えているということ。普通の攻撃で彼女たちを攻撃することは不可能。

 

「攻撃する手段がないわけではないが、今はすべきではない。待つんだ。彼女たちの戦闘が終わりここから離脱するまで」

 

辛抱強く待ち続けること数分、ようやく一方の天使が戦闘を終わらせる。もう一方は激しく暴れて抵抗するが我関せずとばかりに人の腎臓辺りの位置を取る部位に歯を立てる。

バチュルッという水っぽい、いやな音ともに咀嚼するその彼女の顔は見覚えがありすぎるものだった。

 

「…っ!?夏音!?」

 

予想はしていても驚愕を隠しきれるようなものではないその光景を前にし、さしものシロウも絶句する。電波塔の方では何やら古城たちが叫んでいるが聞こえない。それほどの衝撃が彼の元には来ていた。

そして、彼女が役目を終えそこから離脱しようした時、

 

「待て!!」

 

シロウはそう叫んでビルから飛び出そうとする。だが…

 

「ぐっ!?」

 

突如としてまた襲ってきた不快な浮遊感。地面に足をつけることすら難しいような状況に追い込まれたシロウはその場に座り込んでしまう。

 

(なん…だ?これは?一体何がどうなって…まさか!)

 

そこでようやく答えに至る。

今自分が見た彼女の姿。あれは世辞でもなんでもなく天使そのものだったろう。天使とは神の御使として天界から常時力が譲渡されるような状態になることで下界において活動している。

そう。そのあり方はまるでマスターとつながることで現界するサーヴァントのように…

今までは夏音が霊的な進化を進めるたびに不定期で不調が起こった。

だが、今回のものはおそらく決定的なものだったのだろう。確実な霊的な進化は彼女を確実に英霊に近い存在に押し上げている。それも天界から力を譲渡され続け、それをフルに使って力を体現し、戦闘を行っていた。

そんな彼女に自分に魔力を回すような許容があっただろうか?

見たところ無意識化というよりも理性をなくしている彼女にそんなことができるような配慮があるとは思えない。

 

つまるところ何が言いたいかというと、今の状態はサーヴァントがサーヴァントを召喚しているようなものなのである。

そんな状態で夏音の魔力を使って現界しているシロウが上手く力を出せるかと言えば答えは否だ。

 

「か…夏音!」

 

鉄のような感情を窺わせない表情をした彼女は後ろで兄とも呼べる男が悲痛な面持ちで見つめていることに気づく様子はなく、ただただ機械的に元いた場所へと戻るのだった。

 

ーーーーーーー

 

「っ!まずいな…」

 

朝、ベッドから起きて、改めて自分の状態を確認するシロウ。その悲惨な状態に思わず喉を唸らせてしまう。端的に言ってしまうと著しい魔力不足によって今にも現界が解けそうなほど彼は弱っていた。

先ほど彼はベッドから身体を起こした、と言ったがそもそも彼にとって睡眠とは今では興味半分でする趣味のようなものであった。だが、今回の彼は違う。睡眠を取らなければとてもじゃないが身体を起こし続けられるような状態ではなかった。

本来、彼が持っている単独行動のスキルも、今までずっと夏音とのリンクを薄くするために併用し続けたために今の彼は他のサーヴァントと同様の現界能力しか持ち合わせていない。

 

「こんなところでその弊害が出てくるとはな…これだったらもう少し夏音とのリンクを強めるべきだったか?」

 

息切れをしながらも思考を繰り返すシロウ。

 

「しかし、こういう経験はそこまでなかったから新鮮だと思っていたが、感じてみると相当苦痛だな…これは…つまり、こんな思いを彼女にずっとさせ続けていたということか…あの時の俺は」

 

そう言って、考えるのはかつての自分の相棒であり、自分の愛する女性でもある彼女(・・)だ。生前、自分を守るために彼女は聖剣を無理矢理解放したがためにとてつもなく不安定な状態に陥り、現界が不可能かもしれないという状況にまで追い詰められていた。

その時のことを思い出して、改めてあの時の自分の未熟さに自己嫌悪気味の感情を窺わせるが、今はそんなことを考えるべきではない。何よりも自分のマスターのことを考え、そして、救出することこそ彼の今の使命である。

 

なぜなら、今から彼女が行こうとしている場所に彼は絶対に行かせたくないと考えたために…

 

そう考え、自分の手がわずかに薄くなったような光景を目にした気がしたがそれをごまかすかのようにグッと手を握る。

 

ーーーーーーー

 

「やはり彼らも気づいていたか。」

 

学校についた彼はまず、昨日あの現場にいた雪菜たちの追跡だ。

詳しくは聞けなかっもののあの時、古城が叫んだのは何か気づいたものであるような気がしたからであるというのが理由のうちの一つ。

そして、もう一つはあんな事件を見た後で彼らがおとなしく引っ込むような玉にも思えなかったというのが二つ目の理由だ。

 

学校を抜け出した彼らの後を追い、シロウも学校を抜け出す。そうして、彼らがたどり着いたのは機械人形(オートマタ)の製造で有名な企業ともなっている場所でそこは…

 

「夏音の実家か。妥当ではあるが、ここまで堂々とはな…」

 

キナ臭い話には大抵侵入という手段を使ってきたシロウにとって考えられないことではあったが、そこはまあ、いい。

今回のことは他人に任せていい案件ではないし、どうせ遅かれ早かれだと考えたシロウ。だからシロウは

 

「何をしているんだ。二人とも」

 

ついにその二つの背中に声をかけたのである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 IV

キャラ崩壊


声をかけられた二人は同時にビクッとしたように後ろを振り返る。

 

「シ、シェロ!?どうしてここに?」

「少々夏音に用があってな。君たちこそ何をしてるんだ?」

 

シェロに尋ねられた瞬間、間が悪そうに顔をしかめ距離を取り、小声で話し合う。

 

(どうする?姫柊?)

(彼は一般人です。今回はかなりの荒事になりそうなのですから、彼を巻き込むわけにはいかないでしょう?)

(やっぱ、そうだよな…)

 

英霊である彼にはちょっと距離を離したぐらいの小声くらい聞こえないものではなく、そして、この場合自分が彼らに引けと言っても説得力がないだろう。ならば、仕方あるまい。彼にとってそれは望むべくことではないにしろ、どの道古城には何かしらの形で我々の存在をきっちりと認識してほしい、と考えて

 

「その辺りの事情は確認済みだ。第四真祖に獅子王機関の剣巫。」

「「っ!!?」」

 

今度こそ彼らの驚愕は明確なものとなった。

 

「な、何を言って…」

「はぁ、とぼけるならもう少しマシなとぼけ方をしろ。明らかに動揺しているのが見て取れる動揺の仕方などするんじゃない。」

 

叱責じみたシェロの口調に対し、うぐっと喉を詰まらせている古城を他所に一番最初に冷静に分析した雪菜は思わずといった調子で古城の前に出てギグケースに手をかける。

 

「何者ですか!?あなたは!先輩のことだけではなく、私のことまで…」

「その質問に答えてやってもいいが、悪いが今はそれどころではあるまい?俺は君たちが向かおうとした夏音の実家に用がある、と先程言っただろう?」

「「……」」

 

雪菜と古城は揃って、顔を見合わせてまた話し合う。

 

(ど、どうする?なんか予想外な展開になってんぞ!)

(はい。こうなると、彼を放置しておくのは逆に危険と言えるでしょう。)

 

雪菜はシェロのことを名前だけ知る程度で詳細までは知らないため、わずかに敵と認識している節があり、わずかに体を沈めて身構えている。

だが、古城の方はそこまでではなかった。

 

(…でも、多分さっき言ったことはホントだと思うぞ?正直敵だったとして、それだったらなんで今、俺と姫柊のことを知っているなんていうことを口で伝えるんだよ?)

(…確かに…)

 

それもそうである。もし、敵だとするならばだまし討ちの方がよっぽど効率的というものだろう。だというのに、彼は自分たちの正体を言い当てて自分たちに警戒の念を送ったのである。

そんなデメリットのあることをわざわざしても反撃を喰らう恐れがあるだけだろうに…

ならば、ここは先程の彼の言葉を信じてみるのが得策だろうと、雪菜の中でも結論を見せた。

 

「話はまとまったか?」

「はい。私たちは全面的にとは言わずとも、ひとまずは信じることにしました。」

「ひとまず…か。まあ、そのあたりが妥当だろうな。いきなり自分たちの正体を簡単に言い当てた男を信用し切られてしまっては俺としてもわずかに不安になる。」

 

おどけた調子で肩を竦めて言葉を返すシェロを見て、緊張を緩めないように一歩一歩と後ろに下がる形でまた夏音の実家の方へと向き直る古城たち。一旦呼吸を整えるように深呼吸を一度し、そして目を見開き、勢いよくその巨大なビルへと向かって行った。

 

メイガスクラフトー機械人形(オートマタ)を主とした軍事産業会社である。そこが今の夏音の住んでいる家であるということはシロウ自身よく知っている。噂では経営が落ち目を見せており相当まずい状況に立たされていてるとのことだが…

 

(まさか…な…)

 

一瞬、あり得るだろうことを想像してすぐに頭を横に振って否定する。

ソレは確かに考えられることだが、とても虚しい上に腹がたつことこの上ない。

ソレを計画しているのがたとえ女性だろうとシロウは前歯を三本折らないと気が済まない程度には胸糞悪い想像をして歯噛みする。

そんなことをしていると、古城たちが会社の窓口から帰ってくる。

信用のため今は距離をわずかに置くことを雪菜が提案してきたのでシロウは窓口からわずかに離れたソファの上に座っていたのである。

 

「どうだ?」

「ひとまず、叶瀬さんと会えるよう予定を組むことはできそうです。」

「そうか。っと、まあ、そんな疑わしいものを見るような顔で見ないでくれ。こちらとしても夏音には無事でいてほしいという思いは一緒だ。ことを荒立てては自分としても望ましい結果になるわけではないのでな。その辺りは信じてほしい。」

 

古城の方は自分のことをよく知っているため幾分か視線が緩いが、問題はその隣の雪菜である。初対面の時、自分は彼女の持っている槍の突進を横合いから素手で止めた。

あの時はどうもなんとか誤魔化せたものの、そんな時今更になって自分は只者じゃないんですー、などという狂言じみたことを言われて信用する方が無茶な話だと理解はできる。

だから、あんな人でも刺せそうなほど鋭く冷たい瞳を向けられても仕方がないと言えば仕方がないのだが…

 

と、そんなことを考え、頭から悶々とした空気を漂わせている間に眼鏡で知的な感じを装わせたスタイルが優れた美人秘書といった空気を持つ女性が近づいてきた。腕には魔族登録証を付けている。

 

「こんにちは。私は叶瀬賢正の秘書を務めております。ベアトリス=バスラーと申します。夏音お嬢様ですが、現在、ここから離れたメイガスクラフト所有の無人島にて滞在していますので、もし、急ぎの用事とあれば、そちらに急行していただく形になるのですが…」

 

言い淀む形で言葉を濁すベアトリスを見た古城たちは顔を見合わせて、頷く。そんなものは聞かれまでもない。

 

というわけで、現在彼らは無人島に向かうためにメイガスクラフト所有の旧型の飛行機へと向かっていた。

 

「ほう。こういう型の飛行機は久しいな。いや、懐かしい…」

「へえ、そうなのか?乗った感じってどんなんだ?」

「それは乗ってからのお楽しみというやつだろう。それに今の君はどちらかというと俺ではなくそこの固まってるのに構ってやったらどうだ?」

「え?」

 

古城が言われて振り返ってみるとそこには生まれたての山羊か、チワワのように小刻みに震え、顔を真っ青にしている小動物がいた。

 

「ひ、姫柊?」

「は、はい!?先輩なんでしょうか!?」

 

返事を返す時もなんだか妙に甲高い裏返った声となって返ってきたのでそれがまた妙に不安を煽らせる。

 

「もしかして、飛行機ダメな人か?姫柊?」

「な、なんのことでしょう!?」

「いや、だってさっきから服の袖口をすっげえ力で握ってんじゃん。なんか汗もすごいし…」

「コ、コレは!ただ単に先輩がどこか行かないように見張る意味も含めて握っているだけです!決して怖いからとかではありません!!」

「そ、そうか…」

 

一緒に飛行機を待っているのにどこかへ行くも何もないだろうと思っていた古城だがこれ以上は触れないようにしようと考え、黙り込んだ。

すると、後ろから回り込んできた男が前に出てくる。

男の背格好は一見ほっそりとしているが所々筋肉質なことがラフな格好から見え隠れしている。そして、男の腕にもまた魔族登録証がある。つまり、魔族。シロウから見立てではかなり接近戦が得意そうなのは所々の仕草が理解できた。

 

「よう。この飛行機の運転手ロウ・キリシマだ。よろしく。」

 

その愛着に対して軽く挨拶を交わした後、飛行機に乗り込んだ古城たち。助手席にシロウが座り、後ろの客席には古城たちが座った。

 

その後、飛行機が飛んだのだがその後は凄まじかった。何が凄まじかったって、今まで怖がっていることをまったく認めようとしない雪菜が離陸直後に思い切り悲鳴を上げ出したのである。

 

(まあ、仕方があるまい。人間、得手不得手がある。こういうことを我慢してこそ大人というものだろう。)

 

わずかに目を閉じてシロウは飛行機が運転されてからずっと大人しく座っていることを決め込み、雪菜の悲鳴共々全てを聞き流すように座り込んでいた。

 

ーーーーーーー

 

「ふう、やれやれ。」

 

島に到着したシロウたちは早速難題が振りかけられた。

それは先程自分たちの乗っていた飛行機が自分たちをこの無人島に置き去りにしてさっさと離陸してしまったのである。そんな訳でシロウたちは途方に暮れていた。

 

(まあ、実際、見抜けなかったわけではないがな。俺たちのことを知ってしまっている以上、これ以上に厄介なことはない。俺たちを無力化する意味合いも含めて必ず俺たちをどこか遠い場所に隔離した方が利があるに決まっている。)

 

そこまで理解していてシロウがまったく動かなかった理由には二つほどある。一つは魔力不足である以上、連中に警戒されて武装が硬くでもされたら非常に厄介だということ。二つ目は一つ目と重なるが警戒された場合、夏音をもっと遠ざける結果となる可能性が高いということだ。

 

一つ目はどうにかなるかもしれないが二つ目が厄介すぎる。ただでさえ現界が解けかけているというのに隔離などされてしまえば自分は現世に留まることが本格的に困難になり、最悪消えかねない。

つまり、何もしないことこそが今のシロウにとって最も益を生む結果となる判断したのである。

 

「おーい、シェロー!」

「うん?」

 

森を捜索していた古城たちが戻ってきたため、一旦思考を打ち切る。

 

「どうだった?」

「ああ、少し離れたところに基地みたいなのが何個かあってよ。そこを当分の拠点としようと思っているんだけど。」

「そうか。了解した。ならば、次は食事の方だな。」

「ああ、そうだな…」

 

実のところそれが一番の問題である。こんな無人島に何の準備もなくただほっぽり出されたのだ。食事をするしないは結構な死活問題となる。

そして、そんな古城の不安そうな表情を察してかシェロは微笑を浮かべ、

 

「大丈夫だ。当分の宿を君たちが確保しているというのならば後はこちらが何とかしておこう。」

「へっ?」

 

間抜けな返事をする古城を他所にシェロは背中を向け、海岸の方へと向かっていくのだった。

 

「それで?結局、シェロさんを放置してこちらにいらしたという事ですか?」

「お、おう。」

 

古城はなぜか正座させられ、腰に両手をつけ仁王立ちしている雪菜の目の前にいるという状況に疑問を持っているがとりあえず質問にはこたえる。

 

「まったく、彼は私たちの正体について1発で見抜いたんですよ?いくら友達だったからとはいえ油断しすぎです。彼の目的が本当に叶瀬さんを助ける事だったとしても彼は監視して然るべき存在でしょう。」

「いや、そうは言われてもよ…」

 

正直、古城には彼が敵だという実感がわかない。いや、そもそも彼が敵であるということすら頭には浮かばない。雪菜には悪いが、古城は今までのシェロの人となりを疑うなどという事はできなかった。

たしかに彼は得体の知れない面が多すぎるがだからと言って彼にはシェロを疑う理由が何一つとしてなかった。

本能的に彼は敵ではないと判断するのである。自分の中の感覚…というよりも第六感が。

 

「仕方がありません。私が彼の事を探してとりあえず監視しておきます。先輩はここで待っていてください。」

「あ、おい。」

 

踵を返して自分たちが見つけたベースから離れて森の方へと向かっていく雪菜を追い古城も森の中へと入っていく。

 

「別にそんな心配しなくていいっと思うけどなぁ。」

「彼が友達だから信じたいというのはわかりますけど、すみません。私としてはあまりにも情報が足りなさすぎる。ならば、こちらからも探りを入れるべきでしょう?」

「まあ、それもそうだけどな…と、なんか聞こえないか?」

 

古城が耳を澄ませるような動作をしたのを見て、雪菜もそれに並行して行動する。

すると、何だかこんな無人島ではとても聞けないような歓喜の声のようなものが聞こえてきた。

古城たちはお互いに顔を見合わせて、そちらの声がする方へと進む。そして、ある程度進み海岸の波がなるべく低めの海ではあるものの決して低くはない絶壁にて一つの黒い影がいた。

 

「フィーッシュ!!ははは!いや、何とも清々しい!釣りなど何年ぶりだ!ヒャッホー!!!」

 

その影とは一体どこから取り出したのか、最新式のリールを片手にいかにもアングラーという雰囲気を漂わせたベストとベレー帽を被ったシェロその人だった。

影の正体が理解できた時、古城たちは二人揃ってまたも顔を見合わせてその後何も見なかった事にしよう。と言葉を交わさずともお互い理解して、その場を後にした。

 

「とりあえず、あいつが釣り好きだってことは分かったな…」

「そ、そうですね。」

 

気まずい、全くもって気まずいが、とりあえずあの分だと食事は期待できそうだと二人は同時に頭の中で考えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 V

みなさん、いつも感想ありがとうございます。
本来なら返すのが筋であり、こんな風にお返しするのは失礼に当たると重々承知しているのですが、いや、何分就活の野郎がドンドン時間削っていくのでありますよ。あの野郎…
そんなワケで本業の方は緩めないのでどうかみなさま最後まで付き合ってくださることをお願い申し上げます。
いや、本当にすみません。


「よし、できたぞ!」

 

呼ばれて、出てきた古城たちは用意された料理を見て絶句してしまった。まず、ヤシの実の皮を皿代わりに先程捕まえたのであろう魚が絶妙な火加減で焼かれ、一体どこから発見したのか山椒などのスパイスが振りかけられ、海水で即席で出来上がった塩などで味付けされている。

更に中身であるヤシの実の身の部分は千切りにされ、白身魚の刺身や食べられる山菜とともに添え付けられるている。

極め付けに何故だか存在している鍋の中には、その白身魚などから取られた骨と山菜と海水で作られたアラ汁のようなスープが出来上がっていた。

 

ここまで来ると、当然湧いてくる疑問がある。それは…

 

「あの…この鍋とか調理器具とかってどうしたんだ?」

 

そう。ものすごく疑問に思うことはこの食材の豊富さよりもそこに起因する。どう考えても、一通りの調理器具が揃えられずこんな料理はできない。鍋なんてモロにそうだし…

 

「何、こういう時が来るだろうということを想定して、いつも調理器具の一通りは常備しているんだ。」

「こういう時って、どういう時!?苦しい言い訳にもほどがあるだろう!」

「本当だ。では見てみるか?」

 

そう言うと、今日に限って着ている分厚いブレザーにシェロは手をかける。

今までずっと気になっていたが、あえて突っ込まなかったのは古城の方も厚ぼったいフードを着ているので人のことは言えないと思ったためである。

手にかけられたブレザーをシェロが一気にバッと広げる。そこには驚きの光景が広がっていた。包丁、ナイフ、肉叩き、アイスピックにピーラー、泡立て器にボール、果てはフライパン、そして先ほどのルアーの折り畳まれたものなど、総重量で確実に20キロは超えそうなほどの調理器具の集団がブレザーの裏側の部分には広がっていた。

ちなみに、言わずともわかるとは思うが全て投影によるバッタモンである。

呆気に取られる両名を他所にシェロはブレザーを閉じる。

 

「さて、これで疑問は解けただろう?サッサと食べるぞ。冷えてしまう。」

「え、あ、はい…」

 

正直な話、もっと質問をしたかった古城たちではあったが、これ以上質問しても確実に頭の痛い答えが来るのは間違いないと判断し、これ以上掘り下げても無駄だと判断した。

用意された枝で作られた割り箸を手に料理に手をつけていく。

 

「!うめえ!!」

「本当に…美味しい…」

 

驚きの形は古城と雪菜で対照的だった。古城は声を上げ、雪菜はただ絶句する。美味い。本当に美味い。正直、ここが無人島だという感覚を否応なく忘れさせてくれるレベルまでにはシェロの料理は美味かった。

焼き魚は海水のにがりの成分が強かったため、苦味が強いもののそれを補う形で山椒などのスパイスがそれらを気にさせないようにしてくれる。

刺身の方も、おそらく同じような処理が施されているのだろう。適度に揉み込まれているスパイスの香りが生のままで十分な旨味を保ち、臭みもない。

スープに至っては骨の旨味と山菜の苦味でうまく海水の塩辛さを気にさせないように配慮された絶妙な味加減のなされているスープとなっている。

二人は箸の速度を速め、次々と食べていくうちに、いつの間にか料理は無くなっていた。

 

「「ごちそうさまでした。」」

「ああ、お粗末様でした。」

 

後片付けの方もシェロがやってくれるそうで、何から何まで至れり尽くせりの古城たちは、若干の居心地悪さを感じていた。

 

「なんていうか、さすが【彩海学園のオカン】だな。」

「なんですか?そのあだ名は?」

 

聞き覚えがあるもののその名前の由来までは知らない雪菜が古城に質問する。

 

「いやな、あいつ見ての通り世話好きじゃん?本人は否定するんだけど、根っからのお人好しでさ。他人の面倒ごとなんかも快く受け取るんだよ、あいつ。その上、たいていのことは何でもできちまうし、家事も達人級。だから、あいつのことをみんなして彩海学園のオカンって呼ぶんだよ。」

「…こちらとしてはそのあだ名は不本意極まりないんだがな。」

 

片付けはただ単に野に捨てるものが多かったからだろう。シェロはすぐに戻ってきた。

 

「だが、まあ喜んでもらえたなら何よりだ。作る側としては食べてもらう側にはやはり喜んでもらいたいものだからな。」

「……」

「今、『すっごいオカン気質だなこの人』って思っただろう?姫柊?」

「い、いえ、そんなことは…」

 

とは言いつつつも、語尾がわずかに自信なさげな雪菜。そんな雪菜の様子を見て、シェロは仕方がないといった調子で嘆息するのだった。

 

ーーーーーーー

 

「ここがアデラード修道院…」

 

煌坂紗矢華は火事後で無残な姿を晒している修道院を見ながらそう呟く。本来、彼女はここにある御仁(・・・・)を護衛しながら連れてくる使命があったのだが、何の事件に遭ったのかその御仁を乗せた飛空艇はもぬけの殻だったため、護衛対象を連れてくることができず、彼女一人で目的地に訪れたというわけである。

 

「!誰!?」

 

現れた気配に身を震わせ、その方向を見つめる。

すると、柱の影から髪を茶色に染めて流し、ヘッドホンを首にかけた少年が出てきた。

 

「あなた、たしか暁古城と一緒にいた…やっぱり、ただの高校生じゃなかったのね。」

「ああ、本当ならあんたに接触するのも色々やばいんだが…少しばかり厄介な状況になってな。こちらの出す条件を飲んでくれれば、情報をやる。」

「情報?」

「あんたの護衛対象と姫柊雪菜の居場所についてだ。」

「雪菜の!?」

 

言った瞬間、紗矢華は腰をわずかに沈める。

 

「いや、だから戦いに来たわけじゃなくてな…って、ちょっと待て…」

 

突如、矢瀬が耳を抑えて屈み込む。怪訝にしながらも、警戒を解かない紗矢華を他所に彼の異能の一種である異常聴力はある話し声を聞く。

 

『えー!じゃあ、古城くん浅葱ちゃんの約束すっぽかしてどっか行っちゃったっていうの!!』

『そうなのよ。…ったく、古城のヤツ一体どこで何してんだか…」

「まずい…なんでここにあいつらが…ってか、最悪だ!」

 

いきなり悲鳴に近い大声を上げる矢瀬の様子を見て事態が全く理解できていない紗矢華。だが、次の瞬間、その目が驚愕に見開かれることになる。

数瞬後、修道院の方へと一人の女子が入って来る。そしてその女子と紗矢華の反応は全く同時だった。

 

「「あーーーー!?」」

「この前古城に襲い掛かった通り魔!」

「暁古城の浮気相手!!」

 

全く同時に大声を上げ、お互いに失礼な言葉を投げ掛ける。もう、さっきまでの静謐な殺伐とした空間など完璧に消え去っている。

その失礼な言葉に反応したお互い、ズンズンと近寄っていく。

 

「誰が浮気相手よ!」

「こっちこそ、通り魔なんかじゃないんだけど!!」

 

その言葉を皮切りにまたも罵倒の言葉を繰り広げていく両者。そんな様子を一人は呆然と、一人は諦めに似た視線で見つめ続けた。

 

「え?え?何これ?どういう状況なの?矢瀬っち!」

「もう、知らん…」

 

矢瀬の目はどこか遠くを見るようなそんな表情で火事あとでもわずかにある天井を見つめ続けていた。

 

ーーーーーーー

 

「さて、これからだが、どうしたものか?」

 

日がわずかに傾き、現状の確認するために、シェロが議題を繰り出す。

 

「このまま、ここで待つというのも手ではある。遠からず、あのメイガスクラフトの使者なりなんなりが来るだろうからな。だが、それは相手に準備させるということも含むだろう。

そうなると、相手は万全の体制でこちらに向かってくることになる。…と考えるならば、ここから出ることも考えるべきだろう…」

「んじゃ、聞くがよ。ここから出て行く手なんてあるのかよ?」

 

ここは何もないと言っても過言ではない無人島である。敵方もここに何もないということが分かっていたからこそ、ここに放置したのだろう。

だが、そんな事態に対しても、シェロはまるでなんでそんな質問するのか分からないといった表情で…

 

「そんなもの、手がなければこんな議題は出さんだろう?」

「「あんのかよ!?(あるんですか!?)」」

 

雪菜と古城が驚愕の表情で同時に声を上げる。

 

「ああ、昔、俺一人を殺すためだけに無人島一島を完璧に借切り、総攻撃されるなどという事態があった時があってな。それに比べればここを出るなどということは容易いことだ。」

(…姫柊、今の言葉どこから本気でどこからが冗談だと思う。)

(さ、さあ…)

 

いうまでもなく、全部本当のことである。昔、戦場にいた頃たった一人で一つの勢力図と化し、戦況をひっくり返すような芸当を飽きるほど繰り返すような化け物、放置して良いわけがない。

そんなわけで、色々な刺客がシロウのことを狙ってきた。宝具を大量に使う彼にとって一番厄介だったのは、ボクサーまがいの執行者と平行世界を行き来する魔導の頂点に位置する爺さん(・・・)やその他もろもろの化け物どもがシロウの命を狙うためだけに掛かってきたのが最もな例といえるだろう。

 

もちろんそれは全ては魔道の安寧のために…

 

「で?どんな案なんだよ?」

「単純に筏を作って絃神島に向かう、だな。」

「…え?それだけ?」

「仕方があるまい。現状何か他に良い材料があるわけでもないしな。ここら辺の木はヤシの木を除けばなかなか良い材料になるようだ。これで筏を作ればなんとかならんこともないだろう。ただし…」

「そ、そういうものですか?…って、ただし?」

 

最後になんだか不吉なものを漂わせた言葉を残したシェロの方を古城と雪菜は首をかしげるような仕草で見張る。

 

「当然、あのメイガスクラフトという会社は我々をここから逃がしたくないと思っている。…つまり、安全な船旅は保証できんな。」

「それって…」

「待った方が良くないですか?明らかに…」

 

逃がしたくないというのならばどの道彼らはこの島に接触することだろう。ならば、危険を冒さずにこちらに残っていた方が色々とためになる。

 

「ああ。ただ、一つの手としてはありだろう。こちらとしてはここまで彼らの掌の上でずっと転がされている状態だからな。このような事態が続いても好転を臨むのは難しいだろう。だったら、いっそ、無茶ぐらいした方があちらの計算を狂わせることができる。それだけでも儲けものといえるだろう。…まあ、確かにリスクは高いが」

「な、なるほど。」

 

シェロもそのことを理解していたのだろう。雪菜の言葉をお茶を濁さずに受け答える。

 

「で、どちらがいい。どちらにしても危険に晒されるのは変わりない。ここは君たちに選択を譲ろう。現状の俺ではイマイチ信用に足る言葉というのが出せないからな。」

「「……」」

 

その後、古城たちは沈黙して考える。しばらくして、

 

「やっぱり、ここで待つよ。どの道戦うことになるなら島よりもこっちの方が断然戦いやすいし。それに今日、浅葱と実は約束があってさ。それなら不審がってあいつがこっちのことを調べようとしてくれるんじゃねえかと思うから、一応救助も期待しといていいと思うし…」

「…そうか。姫柊も古城の判断に委ねるか?」

「はい。私もそちらが妥当だと思います。」

 

その答えを受けたシェロは目を閉じてわずかにその言葉を噛み締めるかのように逡巡し、

 

「了解した。ならば、こちらもその言葉に従おう。と、もう遅い。そろそろ寝る準備をしよう。」

「はい」

「おう」

 

ーーーーーーー

 

「あった。これね。」

 

近場のネカフェにて適当なパソコンを借りて藍羽浅葱はこの絃神島のコンピュータの中枢へと飛び込む。傍目には化け物クラスのハッカーにしか見えないような所業を彼女がことも無げに行っているのを見て、隣にいる基紀はさすがと納得がいった表情をそしてその逆側に立っている紗矢華は信じられないようなものでも見るかのように目を見開く。

 

「藍羽浅葱…あなたいったい何者なの?絃神島の中枢にこんなに簡単に忍び込むなんて…」

「残念ながら、私はただのバイトよ。ってあれ?」

「?どうした?浅葱?」

 

不思議な物でも見たかのように目を見開く浅葱を見て基紀は声をかける。

 

「ねぇ…これってシェロじゃない?」

「は?って、うお!マジだ。」

「?シェロ?」

 

初めて聞く名前を聞き、紗矢華の方も首をかしげる。

 

「私らと同じクラスで友達なんだけど…今日1日見かけないと思ったらこいつもこんなところにいたんだ。」

「ふーん…まあ、どうでもいいわ。男なんて…で、これで雪菜たちがどこに行ったか分かったのよね?」

「ええ、あとはこっちからの確認なんだけど…本当に古城たちを任せてもいいのよね?」

「そこは任せて私の伝手を最大限利用して救出してやるわよ」

「伝手…ね。」

 

その言葉には若干の不安が残るが、まあ、そこは今どうでもいい。そんなこと(・・・・・)より浅葱には絶対に聞き出さなきゃならないことがある。

 

「それで?結局、貴女は古城とどういう関係なワケ?」

「ム、そういう貴女こそどういう関係なワケ?」

 

本日二度目の言い合いが開催される。その様子をまたか、と呆れ半分に聞き流していた基紀ではあるがある程度言いたいことをお互い言わせ、適度にガス抜きした後、言葉を挟む。

 

「ま、まあまあ。こんなことをしている間に古城と姫柊ちゃんが夜の孤島のなんちゃらになって可能性があるワケだし…ここは…な?」

 

基紀の言葉を聞き、二人は落ち着きを取り戻す。

 

「む、それはマズイわね。」

「仕方がない。今は一時休戦よ。」

 

そして、彼女たちの言い合いが止まったことに安堵の息を漏らした基紀。

その後、更に浅葱が言葉を続ける。

哀れ、シェロ。シェロ程度の存在では彼女たちの空気は壊せないと三人に同時に思われていたのだ。

 

「じゃあ、最後に聞かせて!貴女はいったい何の用があってこの絃神島に来たのか?」

「それは護衛任務よ。」

「護衛?いったい誰の?」

「それは…」

 

わずかに躊躇い、言葉を濁す紗矢華。だが、やがて意を決したように言葉を紡ぎその名前を出す。その名は浅葱や裏の事情にそれなりに通じてる基紀ですら驚きを隠せない名前だった。

 

ーーーーーーー

 

「ん?姫柊?シェロ?」

 

月明かりの妙な明るさに誘われて起きてみた古城の目の前には先程までこの当面の拠点として使ったシェルターの壁が映るだけだった。

先ほどまで一緒にいた親友と自分の監視役の姿が写らない。

不思議に思って、フラフラとシェルターを出る。森の奥へ奥へと進み、いつの間にか広くも狭くもない程度の大きさの湖の前へと古城は歩み出ていた。

そして、そこには目を奪われると言っても過言ではない光景が広がっていた。

 

月明かりに照らされ湖はまるで星屑のように輝き、その周りにある草花や木々が風に揺られている姿は否応にも自分の中に静謐な何かを感じざるをえない。だが、そんな程度では古城は目を奪われない。問題はその先、湖の中心に一人の女性が何かを憂うように立っていた。

月華に輝く銀髪とエメラルド色の瞳はある一人の女の子と同じ物を感じ、古城は思わずその名前を呟く。

 

「叶瀬?」

 

その言葉を聞き、いやあるいは最初から気づいていたのかその女性は振り向く。どこまでも何かを憂うようなそんな悲しげな瞳をこちらに向けるように。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 VI

「はぁ…くっ!」

 

今日1日雪菜たちの目の前では大丈夫なフリをしていたが、魔力の供給量がすでに限界に達していたシロウは木を背に座り込む。体が何か地面に縛り付けられてるかのように動作一つ一つを取るごとに文字通り魂がすり減るようだ。それもそうである。今尚、シロウと夏音のリンクは薄れ続け、かなりの霊格の劣化、弱体化が加速度的に進んでいるのである。

食事を取り、その中でも生肝は残らず自分の体内へと打ち込んだはずだが、そんなものは現在最強クラスと言っても過言ではない状態で召喚された彼にとってスズメの涙と言っても足りないほど極微小な魔力に過ぎない。

 

「まずい…な。コレは想像以上に…」

 

身体が動かないワケではなくてもここまで劣化されている状況で果たして、成長し続け、天使へと至ろうとしている彼女のことを戦うないし、助けられるなどという芸当ができるのだろうか?

 

「正直言って、無茶が過ぎるな。万全でなかろうが、劣化しなければ普通に問題なかった相手だったというのにな…だが、」

 

やらねばならない。このまま、古城たちに全てを任せるなど、英雄としてのプライドというものが今は(・・)存在しているシロウにとって、譲れないものであった。

 

「とはいえ、このままでは…ん?」

 

とそこである事柄に気がついた。シェルターの方に存在していた古城の魔力が移動を始めている。元々、雪菜が出て行ったことを確認した後、シロウはシェルターを出たので雪菜が居なくなるのは分かるが、古城が出て行く意味は分からない。というよりも、古城とは自分と同じ匂いを感じるため女性が移動しているときは移動しないのが賢明だと考えるのだが…

 

「やれやれ、仕方ない。」

 

とりあえず、古城が移動しようとしている先に向かい、そこから考えよう。そこからでも間に合うはずだ。

 

ーーーーーーー

 

「っ!?ぐっ!」

(ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ!)

 

半裸の美しい女性の憂い顔など見せられた暁にはさすがに欲情しないほうがおかしい。鼻を押さえ、古城は悶えながら下を見る。

 

「ふぅ、と、そうだ。さっきの女は?」

 

自分の鼻血を飲み込んでなんとか吸血衝動を抑えまた、湖の方を見つめ直す。だが…

 

「いねえ…」

 

すでにそこには人の影一つ落ちておらず、ただ湖の表面が意味ありげに波紋を揺らすだけだった。

 

「一体、どこ、に!!?」

「動かないでください!」

 

最後の方の声が引きつったのは古城の顔の横に銀色の刃が当てがわれたからである。その銀刃はもう飽きるほど見ている上に、その声を聞き間違えるはずなどないので、それを持っているのが誰なのかすぐにわかった。

そして、その刃先と足元に見える足を見てどういう状況なのか大体理解できる。振り返りながら言葉を紡ぐ。

 

「ひ、姫柊?なんだ?もしかして姫柊も水浴びしてたのか?」

「今、振り返らないでください!振り返ったら本気で怒ります!…というか、も?まあ、はい。汗を流してしまったのでちょっと洗い流したいなと思って…」

「だったら、言ってくれればよかったのに…」

 

そうすれば、別に詮索する必要などなく自分はシェルターの方で待っていただろうにと、古城の方は思っていたのに対して、姫柊の認識は違った。

 

「いえば、確実に覗きに来るじゃないですか!?現にこうして…」

「別に姫柊の身体なんて覗きに行かねえよ!」

 

ここにシェロがいたのならばなんて失言を…とあきれ返るだろう。

 

「私の身体なんて(・・・・・)ですか?…そうですか。」

「ひ、姫柊?」

 

わずかに感じる怒気に背中の方から寒気を感じ、足が棒になるような感触を感じる。

だが、一方の雪菜は古城の手にある血の跡を見て、また疑いの目を強くし、今度は質問の切り口を変える。

 

「では、先輩は一体何をしていたんですか?まさか、誰もいなかったのに欲情してしまったなんて言いませんよね?」

「い、いや、それはその…」

 

その鋭い質問に対して言葉を詰まらせる古城だがやがて諦めたように嘆息し、湖の方を指しながら説明する。

 

「実はさっきまでそこにその…叶瀬がいた気がしたんだ。」

「叶瀬さんが?」

「あ、叶瀬って言ってもなんていうか、その…成長してたっていうか…」

 

それが失言だとも気づかずに言葉を続ける古城。そして、そんな失言を聞いてますます目を冷たく細める雪菜は少しすると嘆息する。

 

「はあ、先輩。そのパーカーをこっちに渡してください。ゆっくりコッチを振り向かないように…」

「ど、どうぞ…」

 

何に使うのか?などという野暮なことは聞かずに自分のパーカーを差し出す古城。数分後、それを股の位置まで伸ばすように着た雪菜が出てきてまたも、欲情しそうになるも槍を突きつけられてそんな気は完璧に失せた。

 

「では、そこに人が通れそうな獣道があります。そこを通って探しに行きましょう。」

 

探しに行くとは、先ほど自分が言った女性のことだろう。その言葉を聞いて古城は驚きを露わにする。

 

「…信じてくれるのか?」

「確かにいやらしい人ですけど、意味のない嘘はつかないって信じてますから!」

 

苦笑と取れなくもない笑顔だったが、古城にはその笑顔がなんだか無性に嬉しくて、わずかに目を背ける。

だからだろうか?徐々に自分の方へと近づいて来ているモーター音を古城はいち早く気づき、その次に雪菜の方も気づき、音のする海岸の方へと近づいて様子を確認する。

鬱蒼と茂っていた木々たちが邪魔するものの、それらを避け、海を見る。見ると、白い小々波をわずかに立てながらこちらに近づいてくるモーターボートがこちらに着岸してきた。

 

「助けに来てくれたのか?」

「いえ!待ってください!先輩…あれは…」

 

その期待を胸に飛び出そうとする古城を手で制する雪菜。

雪菜の視線の先を追い、古城はその通りモーターボートの側面を見つめる。そこには…

 

「メイガスクラフト…!!」

 

どうやら、こちらの島の中を確認。できることなら自分たちを確保する意味合いで兵隊を送り込んだのだろうということは、ガシャガシャと装備品の音を立てながらこちらに近づいてくる集団を見て理解できた。

 

「先輩はここに隠れていてください!」

 

近づいて来たのを確認した雪菜の行動は迅速だった。シュッと兵隊の前に出てきたかと思うと瞬時に間合いを詰め、掌を兵隊に突き出す。

 

(ゆらぎ)よ!」

 

雪菜の祝詞は確実に相手の骨を砕くとは行かずとも、意識は奪うほどのものだった。だが…

 

「え…?」

 

ギギギと妙な音を鳴らしながら兵隊は立ち上がり、再び襲い掛かってくる。その光景を見て、今度は古城の方が飛び出す。

 

「姫柊!!」

 

飛び出した古城の拳は真っ直ぐにその兵隊の内角を抉りこむように顔面にめり込む。だが、またしても兵隊は立ち上がる。

 

「嘘だろう…手加減しなかったぞ!」

 

驚きを隠せず、古城は叫ぶ。だが、そんな時、

 

「せい!!」

 

掛け声とともに勢いよくその兵隊の首を跳び蹴りで飛ばす男がいた。

 

「シ、シェロ!!」

「無事か!」

 

着くと同時にとんでもないことをしたシェロの方は冷静に淡々とこちらの状態の確認をしてきた。

 

「あ、ああ、でもお前今、人を…」

 

そんなシェロの様子に若干の恐怖を抱き、あとずさってしまう古城と雪菜。そして、なぜそんな態度なのか瞬時に理解できたシェロは

 

「戯け!その兵隊の首元をよく見てみろ!」

「「え?」」

 

見ると、その死体?は人間ならば絶対にないであろう火花を散らせながらこちらに首元を晒している。

 

「これって…」

機械人形(オートマタ)です。先輩。」

「そういうことだ。つまり、手加減しなくてもいいというわけだ。では…!待て!!」

 

再度目の前の軍団を前に構え直そうとする二人を手で制するシェロ。一体どうしたのかと疑問に思う両者だったが、すぐにその疑問はつゆと消える。突如として巨大な光が目の前の機械人形(オートマタ)の軍団が文字通り一掃された。

その攻撃が来たであろう方角を見つめる三者。岩でできている谷の頂上に位置するそこには銀色の髪とエメラルド色の眼を携えて社交服とでもいうべきなのだろうかそんな仰々しくも不思議と周りを安心させるような服を身に付けてその女性はこちらに語りかける。

 

「こちらへ!早く!」

 

そう言うと彼女は岩影へと隠れるように去っていく。その後ろ姿を見つめながら古城は

 

「あれは…」

 

見覚えがあるその人影に多少の驚きを滲ませて呆気に取られるばかりだった。

 

ーーーーーーー

 

「はじめまして、私はラフォリア=リハヴァイン。はじめまして。暁古城。」

「え?」

「暁古城なのでしょう。日本に生まれた世界最強の真祖・第四真祖の…」

 

違いましたか?と小首を傾げるラフォリアと名乗った女性を古城はまたも呆気に取られるように見つめるのとは、対照的にシェロはその双眸を鋭くした。

 

「…その名前…なるほど、古城の実態を知っているのも頷けるな。で、そんな君がこんなところにいて、夏音とそこまで似た顔立ちを見る限り、どうやら夏音と君は何かしら深い繋がりがあると予想するがどうなんだ?」

 

シェロのそんな言葉に対し、今度はラフォリアの方が驚愕する番となってしまい、呆気に取られる。

 

「その通りですが、あの…」

「おっと、失礼した。俺の名前はシェロ=アーチャー。そこの二人の付き添いで…そうだな。夏音とは5年ほどの付き合いになるものだ。」

「って、ちょっと待て!色々驚きすぎて聞き逃しちまったけど、夏音とそのラフォリアって人に深い繋がりがあるって…」

 

慌てた調子で質問をしようとする古城の口元にシェロはシッと人差し指を突き出し、静かにするように促す。

 

「増援部隊のようだな。全く、面倒な…」

「えっ?」

 

シェロが見ている海岸の先を見ながら、移動し海岸の近くの草むらに身を隠す形で様子を窺うとそこには先程と同じように着岸してくる一つの軍用モーターボートがあった。今度もまた機械人形(オートマタ)なんだろうが、それにしては何か人間くさい動きを連想させるものがいくつもあった。

 

「ふむ、では撃破してこい!古城。」

「は?なんで、俺が!?」

「どうせ、その無駄に有り余った魔力使い所が無かったのだろう?ここで一気に発散させておけ!どの道、ここに留まろうが、留まるまいが戦うことになるのはほぼ確実なわけだしな。」

「いや、それは確かにそうなのかもだけどよ…」

 

まだちょっと不満が募っているのだろう。古城は言葉を濁らせる。

 

「グダグダ言うな!行ってこい!」

 

ドカッと草むらからシェロが古城を蹴りだす。

 

「ちょ、待っ!?」

 

動体反応を捉えた機械人形(オートマタ)が古城の方へと振り向く。

そして、彼らが携えた機関銃を一斉に自分の方に向けてくる。

 

「やべっ!」

 

すぐさま雷壁を自分の目の前に展開し、その銃弾を防ぐ。

 

「っ!シェロのヤツ後で覚えてろよ!疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス アウルム)!!」

 

雷そのものである黄金の獅子が中空に召喚される。獅子は召喚主の呼びかけとともに機械人形(オートマタ)の軍隊へと顔を向け、そこへと突進する。たった、それだけの行動で機械人形(オートマタ)たちはまるで紙細工のように吹き飛んで行き、再び夜の海岸を静寂が覆う。

 

「ふぅ…」

 

一息ついたところで先程の友人の行為を思い返して、怒りがぶり返し、思い切りシェロの方へと振り返る。

だが、そんな怒りの感情を遮るような返しをするように賞賛の声が響く。

 

「見事です。暁古城。今のは獅子の黄金(レグルス アウルム)。アヴローラ=フロレスティーナの5番目の眷獣ですね。」

「そうだった。あんたとの話が途中だったな。えっと、確か…」

「アルディギア王国ルーカス=リハヴァインが長女。ラ・フォリア=リハヴァイン。アルディギア王国で王女の立場にあるものです。」

 

どこまでも透き通るような瞳から繰り出される笑顔を見て、ようやく、ハッとしたように雪菜はその顔を強張らせた。

 

ーーーーーーー

 

「それで、えーと…一応、この場合だと姫様とかつけたほうがいいのか?」

 

一応、当然の返しをしたはずの古城だが、そんな古城の反応を見てラ・フォリアはわずかにムッとした表情を浮かばせる。

 

「いいえ、ラフォリアと。姫様や殿下、ラ・フォリア様などもう飽き飽きでせめて異国の友人くらいには名前で呼んでもらいたいのです。あなたたちもですよ?雪菜、シェロ。」

「ですが、立場というものがございます。ラ・フォリア殿下。私は第四真祖の監視役を担っている姫柊雪菜と申します。それで…」

「ですから、ラフォリアと!もう…あ、そうです。ここは日本らしいあだ名ならどうでしょうか?例えば、そうです。フォリりんと…どうです?私、日本の文化にも詳しいんですよ!」

 

何故だか胸を張りながら答えてくる某王女の様子を見てこれはだめだ、と悟った雪菜は心の中で手を挙げ

 

「…失礼ながら、御名で呼ばせていただきます。では、ラ・フォリア。」

「やれやれ、では、俺もそう呼ばせてもらおう。ラ・フォリア。」

 

シェロの方はどこか懐かしいようなものを感じるような感慨にふけるような眼差しをした後、肩を竦めながら返した。

 

『止めてくれないかしら。私、そういうのは配下の者に聞かせられ慣れてるの。』

 

かつて、ある古城で出会った黒い髪の女吸血鬼であり実質的な死徒の王とその姿がわずかに被ったのはあの娘と似た雰囲気のあるお転婆さ故か…まあ、そんなことを置いておくとして、

 

「それで、君がメイガスクラフトに襲われたというのは事実か?ラ・フォリア?」

「ええ。本当です。」

「そりゃ、なんでまた?」

 

古城のその質問に対し、ラ・フォリアはわずかに顔を背ける。

 

「彼らの目的はアルディギア王家の体…血筋です。」

「血筋?」

「なるほど。そういうことか…」

 

古城とは対照的にシェロはどこか得心がいったように頷く。

 

「シェロさん。あの、アレだけでわかったんですか?」

「まあな。元々、おかしいとは思ってたからな。人間があれほどの神秘を纏うためには何かしらの儀式とそして優れた才能がなければまず無理だ。

まあ、それ以外でも不可能でないことはないが…ともかく、俺はアレが元々、霊的進化を自発的に促すための儀式だと予想していた。その予想であっているのかな?」

「…驚きました。そこまで理解されているとは…その通りです。」

 

見開いた目でマジマジとシェロを観察した後、話を続けていくラ・フォリア。

 

「叶瀬夏音の父である叶瀬賢正はその昔、アルディギア王国にて宮廷魔道技師を務めるほどの者でした。彼はアルディギア王国を出るとき、一つのアルディギアに伝わる禁忌を持ち出した。名を…模造天使(エンジェル フォウ)。」

「模造天使…とはよく言ったものだ。ま、アレを見させられれば、嫌でも信じられると言うものだが…その前に聞いておきたいことがある。」

「そうだ。叶瀬とあんたに深い繋がりがあるというのはどういう訳なんだ?なんで、そこまで、似てる?」

 

その言葉に対し、今度は一拍子呼吸をして、間を置きながら言葉を紡ぐ。

 

「彼女の本当の父親は私の祖父です。20年前、祖父がアルディギア王家に仕える日本人と道ならぬ関係になりその末に産まれたのが叶瀬夏音なのです。」

「ほう。つまり、夏音は君の…」

「叔母ということになりますね。血縁上は…」

 

クスリっと笑いながら返すラ・フォリアを見て、ずいぶん立派な皇女様だとシェロは内心感心した。生前、王国の危機とやらにも何度か直面したことがあるシェロは色々な姫を見てきた。ラ・フォリアのように常に立ち振る舞いを疎かにしない姫もいれば、権力などをやたらと大事に思い、周りの敵を全員仕留めなければ気が済まないような飛んだ狸姫もいたものだ。

だからこそ、そういうモノを見てきたシェロは、ラ・フォリアの立ち振る舞いに嘘がないことを理解し、非常に感心した訳である。

 

「最近になって彼女の存在が明らかになり、王国はパニックに陥りました。特に彼女が叶瀬賢正の養子になったということが明らかになり、事態は急を要する事態となりました。」

「だろうな。模造天使(エンジェル フォウ)とやらが霊格的に別次元に進化させるほどの儀式となれば、宮廷魔道技師ほどの技術力を持つ者がもしもそのような禁忌を持ち出して出て行ったとしたら確実にそれを行うだろうということは容易に想像できる訳だしな。」

「まさか…自分の娘をそんな実験に利用したっていうのかよ?」

「いえ、先輩。この場合、おそらくは逆です。」

 

逆?と問い返してくる古城を見ながら、雪菜は深い息を吐き残酷なことを告げるように目を半目にし、

 

「養子にした後、その儀式に利用しようと考えたのではなく、」

「儀式に利用するために養子にしたって言うのかよ…」

 

その言葉を聞き、古城は怒りを露わにする。当然だ。つまり、利用するためだけに人の娘をさらい、実験台にしようとしていると言うのだから…

だが、そんな言葉をたった一人の男は否定する。

 

「さて、それはどうだろうな。」

 

そんなことを言い出した男シェロに一斉に三者三様の視線が届く。

 

「それはどういう意味ですか?」

 

雪菜の質問に対し、瞑目しながらシェロは答える。

 

「俺は少なくとも人よりかは人を見る目があるつもりだ。あの男と夏音とは長い付き合いだったおかげでよく会うことがあったからな。そのおかげで為人を見ることができた。だから、正直な話、あの男が利用するために夏音を養子に取るような人間には見えなかった。」

「でも、実際、こんな事態になってんじゃねえか!」

 

声を荒げる古城に対してもただ、ただ諭すように語りかけるように返すシェロ。

 

「ああいうタイプの男はな古城。精神的な幸せよりも、理論的な幸せを優先する傾向にあるものだ。」

「?どういう意味ですか?」

「例えば、姫柊、お前は今、何か美味しいものを食べたとする。すると、少なからず、幸せだと思うはずだ。だが、あの男はそういう食べてから美味しいと感じれるのが重要だとは思わず、例えば、栄養値、旨味、そういった理論的なものが揃いに揃ったところでこれは美味しいだろう(・・・・・・・・・・)と勝手に考えて、客に出して満足する。いわば、自己陶酔で満足する料理人のようなものだ。それがどんな味がするかなど食べてみなければ分からないというのにな…」

「なるほど…」

「確かに、それならば説明がつきます。でも…それはどの道…」

「えっと、それって結局どういう意味なんだよ?」

 

一人だけ理解が遅れている古城を見て、雪菜はフォローするように耳に口を近づけ

 

「つまり、叶瀬賢正は夏音さんを天使にすることこそが娘の幸せだと、そう考えていると言いたい訳です。」

「なっ!?」

 

絶句するのも無理はない。そんなものが幸せかどうかなんて本人が感じてみるまで分からないというのに…

 

「まあ、あくまで予想だ。後は本人に聞いた方が早いだろう。ちょうど、この島に来たようだからな。」

「えっ?」

 

シェロの言葉に驚きの声をわずかに上げる雪菜。だが、耳を澄ませれば聞こえてくる。あのモーターボートの音が…

 

「さて、では行こうか。真実とやらを知るためにな。」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 VII

砂浜に着いた古城たちが見たものは棺のような大きさの箱型の何かと革ジャンとチノパンを履いた筋肉質でありながら細身の男『ロウ・キリシマ』、ライダースーツに身を包み、胸元を大きくはだけさせている『ベアトリス=バスラー』、そして、シェロにとって非常に見覚えがあるくたびれた白衣と眼鏡を身に付けた男『叶瀬賢生』がそこにはいた。

 

「…久しいですね。叶瀬賢生」

「殿下に置かれましてはご機嫌麗しく。7年ぶりでございましょうか。お美しく成長なされた。」

「私の血族を己が儀式の供物としたというのによくもぬけぬけとそのような言葉が吐けますね。」

 

ラ・フォリアはどこまでも冷たい視線で賢生を射抜くが、賢正はそれに対しまるで意に介していないように表情を別の場所へと移す。

 

「こんにちは。賢生さん。」

「ああ、こんにちは。シェロくん。報告を聞いた時、まさかと思ったが本当に君だったとは…」

「こちらとしても、驚きだ。俺はそれなりに人を見る目があったつもりなんだが…まさか、こんなことをしでかすとはな。一応、聞いておこう。

 

貴方は本当にこんなこと(・・・・・)が夏音のためになると思っているのか?」

 

確実性がないと言ってはいたが、シェロはこの可能性しかないと踏んで思い切って聞いてみる。

 

「…その通りだ。シェロくん。私はこれこそが娘の幸せだと思って行動をしている。」

 

とぼけたところで意味がないと分かっている賢生は正直に答える。

それが(・・・)引き金となる。

 

「てめえ…!?」

 

怒号を飛ばそうとする古城の口をそれ以上の怒りの気迫が押し留める。

 

「まさか…とは思ったがな。全く、人間というのはなんであんなもの(・・・・・)を幸せだと思うのか理解に苦しむな。

 

ああ、いや、人のことを言えたものでもないか。俺も生前(むかし)その手の誘いに乗ってあんな場所に行ってしまった本人な訳だしな…」

 

怒気を発した数瞬で周りを黙らせ、そして、その後、何か哀れむように賢正を見て、

 

「哀れだな。俺はあの輪廻からなんとか抜け出せた一人だけに、そのことがよく分かるものだ。だから、断言してやろう。

 

天使だろうが、なんだろうが行き着く場所は似通っている。あんな物に幸せなどない!」

「「「「っ!?」」」」

 

向き合っている賢正は愚か、側にいる古城たちですらその気迫に呑まれ、絶句した。齢は自分たちと同じくらいのはずだというのに、この気迫は人間でありながら、人間ではない別の何かを感じざるを得ない。

 

(なんという気迫。もし、世に英雄という存在がいるとしたら、このようなものなのでしょうか?)

 

この時、この瞬間でラ・フォリアは最もその答えに近づいたと言っていい。

だが、そんな気迫も、そもそもそんな言葉をどうでもいいと思っている輩にはそれほど効かないのは当然だ。

 

「話は終わったかしら?んじゃ、もう、こっちとしては説明とかそういうのどうでもいいのよ。賢生!」

「…ああ。」

 

そう応答すると、賢生は棺型の箱の方へと向かう。途中、ベアトリスの首元やロウの手元に遠目でも分かるほどの冷や汗を流していたのに気づいたが、無視して箱にあるシステムを解除し、封印を解く。

ドライアイスのように箱は白い息を吐き出し、その白いガスとともに一対の大きな翼を持つ少女が現れる。

 

「…夏音…」

 

憂い顔でシェロが見つめる先にいる夏音の格好は、ぴっちりと肌についた患者服をさらに簡素にしたようなボディスーツに所々光を帯びた回路が張り巡らされているかのような格好だった。その近代的な格好は神秘とは程遠い格好のはずなのに、体から発せられる神気は正に本物。

 

「第四真祖とそこの獅子王機関の剣巫!実はうちの会社結構、ヤバくてね。あたしらの目的はまあ、なに?こいつらを兵器みたいに売りさばくことなのよ。悪いけど、宣伝のためにもこいつと戦ってくれないかしら?『ウチの天使もどきが世界最強の吸血鬼・第四真祖に勝ちました』っていうブランドをつけるためにさ。」

「なっ!?ふざけんな!誰がそんなこと!?」

「別に戦いたくなければそれでもいいわよ。ただ、あっちのはもうやる気満々みたいだけどね。」

 

ベアトリスが見つめる先で夏音が目を開け始める。戦闘を始めようとしているのだ。

 

「ちくしょうが!!」

「先輩、やるしかありません!その過程でどうにかして叶瀬さんを取り巻いている術式を破壊しなければ!」

 

古城と雪菜が揃って戦闘態勢を取るように腰を低くする。

一方、ラ・フォリアとシェロの方は何か言いたげに賢生の方を見つめる。

 

「あなたは…それでいいのですか?賢生?」

「……」

 

その言葉に賢生は答えない。ただ、粛々と自分の役割を果たすためにと言わんばかりに隣にいる自分の娘に命令を告げる。

 

「XDA・7やれ!最後の儀式だ。」

 

ーーーーーーー

 

最初に動き出したのは雪菜だった。雪菜の持つ雪霞狼ならば、叶瀬を覆う術式を諸共粉砕できると予想した故の行動だった。槍の穂先を叶瀬の胸に突き立てるように突進する。槍が衝突し、術式を破壊しようとしている…かに見えた。

 

「え!?」

 

なんと、その槍の穂先は何か見えない障壁により阻まれるようにして止められた。いや、これは障壁などという生ぬるいものではない。まるで、次元を超えたような…

 

「無駄だ。獅子王機関の剣巫。夏音はすでに人とは別次元の進化を遂げようとしている。人の手で作り出した神格振動波が、本物の神性に敵うものか。」

「そんな…!?」

 

信じられないものを見た顔をした雪菜は諦めずにその穂先を彼女に向かって突きたてようとする。だが、

 

「おっと、そいつが効かないって、証明できたんなら、あんたは用済みよ。おとなしく私の相手してもらいましょうか!」

「っ!?」

 

横から割り込んできたベアトリスが雪菜の突進を邪魔する。

それを見かねたラ・フォリアとシェロが前に出ようとする。だがここにも…

 

「そう釣れなくすんなよ。こっちには俺もいるんだぜ?」

 

獣人種であるロウ・キリシマが前に立ちふさがる。

 

「…ラ・フォリア。こいつは君に任せていいかな?あちらが気になる。」

 

王女相手にすまないという念が絶えないが、仕方がない。あの分だと古城の攻撃も効かないということも十分にあり得る。その言葉に対して、一瞬驚きを示すような態度を示したラ・フォリアだが、すぐにフッと口元を綻ばせ、

 

「ええ、どうぞ。お先に。こちらは私に任せていただいて構いません。」

「では…」

「おいおい!てめえら、俺を舐めすぎちゃいねえか!」

 

若干の怒りを交えながら、シェロに向けて拳を思い切り振る。ロウの拳は拳圧だけで砂浜を舞い上げるほどに鋭いもので、並のものが受ければまず命は助からないだろう。だが…

 

「遅い。」

「なっ!?」

 

いつの間にかロウの後ろに移動したシェロはそれだけ言い残して古城の元へと走っていく。

 

「ヤロウ!待ちやがれ!」

 

ロウも慌てた調子でシェロの跡を追おうとする。当然だ。獣人種とは身体能力においてトップに位置するほどの性能を有する種族である。その獣人種がよりにもよって、単純な身体能力そのもので人間に負けたのである。

ロウの反応は当然と言えるだろう。

 

「っ!おっと!」

 

そんな彼の突撃を1発の鉛玉が阻止する。

 

「あなたの相手は私ですよ。ロウ・キリシマ」

「はっ。お姫様が!やんちゃが過ぎると怪我するぜ!」

 

ーーーーーーー

 

疾く在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル ミニウム)!」

 

古城の怒号とともに緋色の二角馬(ヴァイコーン)が夏音の方へと突進する。

 

「無駄だと言ったはずだ。第四真祖。夏音は霊的進化すると共に別次元へと移行する準備を始めている。一体、誰がこの世に存在しないものに攻撃を当てることができるというのだ?」

『KIIIIIRYYYYYYYYYY!!!』

 

夏音は賢生のそんな残酷ととも取れる忠告が終えられた瞬間、人間では不可能な声量の叫び声を出し、古城の眷獣による攻撃を雲散霧消させる。そして、翼の周りに剣とも槍とも取れる姿をした光の塊が複数展開される。

その光の剣群を一斉に

 

放つ!!

 

 

「っ!?叶瀬えぇえぇえ!!!」

 

絶叫とも取れる古城の叫びはしかし夏音の心を捉えるには至らず、真っ直ぐに真っ直ぐに古城の胸元へと向かっていく。

 

「せー!?」

 

雪菜がその光景に絶句し、ベアトリスの攻撃を防御しながらも思わず声を上げようとした。だが、その声を出されることはなかった。

なぜなら、光の剣は古城の胸に突き立つことなく、パキーンとまるでガラスが割れたかのような音ともに、砕け散ったからである。

 

「なにっ?」

 

賢生はわずかに顔を曇らせ、その光景を見る。そこには彼もよく知る男が一つの金色の剣を握りながら、顔を伏せて立ち尽くし、古城を守るようにして立っていた。

そう。シェロ=アーチャーが…

 

ーーーーーーー

 

「…見てられんな。古城、一旦退いていろ。夏音の相手は俺がしよう。」

 

シェロはわずかに顔を古城の方に向けて、言い放つ。

 

「はぁっ!?ちょっ、何なんだよ!?シェロ!さっきから戦えつったり、戦うなって言ったり…」

「物事には流れというものがある。それぐらい分かれ!戯け!では聞くがな?お前はあの天使を現状打破する手段でも持っているのか?」

「そ、それは…」

 

古城が言葉を言い淀ませるのを確認したシェロは、そこに畳み掛けるように言葉の波を放つ。

 

「だったら、そこで見ていろ。残念ながら、本調子とは行かないが、少しばかり俺の戦いを見せてやる。」

 

そう言うと、今度こそシェロは夏音の方へと顔を向ける。

夏音はシェロの行為を敵対行為と見なしたのだろうが、別に攻撃を無効化したところについてはおかしく思っていないのだろう。当然だ。元より、あれはそういう性質(・・・・・・)でしか動けない。

そのことをシロウ(・・・)はよく知っている。だというのにその癖、記憶だけはありありと残るというのだから、タチが悪いことこの上ない。

 

「さて、すまないな。夏音。待たせてしまって…先に言っておくと、少しばかり手荒になるだろう。だから、

 

ちょっと我慢してくれ。」

 

言った瞬間、シロウが虚空へと消える。それだけで砂浜は何か巨大な物が落ちたかのように抉れる。

 

「消え…!!」

 

古城が絶句している間に、上空でガキーンと衝突音が響き渡る。

見上げると、夏音の翼とシェロの持つ剣が拮抗し、互いを弾き合おうとしている。その光景に全てのものが絶句し、動きを止め、見入っていた。

 

「まさか…当てているというのか?天使に攻撃を?」

 

賢生が呟くと同時に、夏音はわずかに苦悶の表情を浮かべながら羽を広げるようにしてシェロの剣を押し返す。それを甘んじて受けたシェロは宙返りをしながら、砂浜に足をつける。

 

『KIIIIIRYYYYYYYYYYY!!!』

 

それは怒りなのか、それとも嘆きなのかどちらとも取れる夏音の表情の変わりようと共にまたも、周りに光の剣が展開される。

 

「なるほど、天使の裁きの剣と言ったところか?この方角は危ないな。周りの者にも被害が出かねん。」

 

後ろにいる雪菜とラ・フォリアの方を見つめる。相変わらず、マジマジとシェロの方を見つめているが、今はそんなことを考えている場合でない。

 

「ならば…」

 

剣を持たない左手を宙に掲げる。

 

投影 開始(トレース オン)!!」

 

すると、シェロを中心に似たような輝きを帯びて、いや違うあれは全くの同一の輝きだ。その輝きは次第に増し、夏音が用意した裁きの剣と同数程度になる。

 

「憑依経験、共感完了!」

 

呪文を告げる。自分の中にはない新しい剣の閃きを見たシェロはその内容も理解し、本物の神気であることを理解する。

 

工程 完了(ロール アウト)全投影待機(バレット クリア)!」

 

だが、関係ない。神気を帯びていようが、いまいが、彼にとってこの剣は容易に真似できる程度のものでしかない。

感情が今現在存在しない夏音ですらその光景に絶句する。だが、動きは止めず、剣をシェロに向ける。

 

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!!」

 

呪文を終えた瞬間、シェロの剣も夏音が狙うであろう先を読んで飛ばしていく。両者のちょうど中央で剣と剣とぶつかる。

 

瞬間、まるで星々の衝突のように金色の粉末を撒き散らしながら光剣は相殺し合っていく。

 

「す、すげえ。」

 

漏れ出す古城の感嘆の声。そんなことをしている間にシェロは次の行動に移る。光の粉末を目眩しにされたおかげで一瞬、夏音の反応が遅れる。

歴戦の戦士であるシェロはその一瞬を見逃さない。特に、現在のようにチカラを全く出せないと言っても過言ではない状態ではその一瞬こそが命取りとなる。

彼が次に現れた場所。それは、夏音の翼の上だった。

 

『KII!?』

 

驚愕の声と共に振り向く夏音。それに対し、シェロは影が差した瞳を翼へと射抜かせ、手に持っている剣を翼に向けて振り下ろす。

すると、まるで紙細工のように翼は斬れる。

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

シェロ以外の5人は今日何度目か分からない絶句を覗かせる。一方、夏音は…いや天使はそれどころではない。自分の霊格の象徴たる翼が容易く斬られたのだ。

 

『KIIRYYYYYYYY!?』

たまらず、翼の上にいるシェロを投げ飛ばそうとする。シェロはそれに対し、させるかと思い、もう一方の翼も叩き切ろうとする。

 

「がっ!?」

 

だが、急な魔力不足がシェロにその行為を許さず、何事もなせず投げ飛ばされ、砂浜には軽いクレーターが出来上がる。

 

「シェロ!!!」

「ぐ!ごほっ、ごほっ!?ああ、大丈夫だ。くそ!今ので終わらせるつもりだったんだが、翼の方に魔力回して再生を優先してくれた所為で魔力不足だ。元から魔力不足だった所為もあるからかロクな剣が作れん。全く…踏んだり蹴ったりだな。一応、対神宝具なんだがな。」

 

彼は手元の黄金の神殺しの原典をである剣を見つめる。すると、剣はまるで夢幻のように消えていく。魔力不足が予想以上のペースで進んできている証拠だ。

 

「だが…あと、ちょっとだ。あともう少しで…!?まずい!これは…!?」

 

事態の急変を察知したシェロは古城たちの方へと振り向く。

 

「古城、姫柊、ラ・フォリア!近寄れ!!デカイのが来るぞ!」

「「えっ!?」」

「っ!?アレは!?」

 

やはり、親族だからというべきなのかラ・フォリアは夏音の異変にすぐ気付き、こちらへと駆け寄って来る。

見ると、夏音は蹲るような体勢をして、頭を抱え、苦しそうに悶絶している。そして

 

『KIIIIIRYYYYYYYYYYY!!!』

 

辺りを包む絶叫と共に周りが吹雪に覆われる。その豪雪は夏音を中心に氷柱を作り上げていき、声と共に島全体も覆っていく。

 

「ぬぐ、おおおお!」

「きゃああああ!」

「くぅっ!?」

 

吹き飛ばされそうなほどの吹雪の中古城たちはその場を立ち尽くすことしかできなかった。一瞬、古城は眷獣を使おうとも考えたが、止めた。今の不安定な状態の夏音にダメージを与えてしまうかどうかもわからないし、何より、この目が使えない吹雪のなかで周りの仲間を巻き込まないとも限らない。

あのメイガスクラフトの連中は早々に海に消えていき、残りは自分たちという状況。絶望的としか言いようがないが、ここをなんとかしなければ…しかし、どうすべきか分からない。とそんなことを考えている時、ふと体が軽くなった。

まるで、宙に浮いているような浮遊感を感じて、悪い視界ながらうっすらと目を開けてみる。すると、自分の横にラ・フォリアと雪菜の体を抱えながら懸命に天使との距離を離そうとしているシェロの姿が写った。

 

「シ、シェロ!?」

「黙ってろ!舌噛むぞ!」

 

人3人を抱えながらとはとても思えないスピードで辺りを散策するシェロ。だが、避難地となりそうな場所はどこにもなかった。

 

「くそ!魔力があるなら、なんとかなるんだが…はぁはぁ…」

 

見ると大分辛そうだ。それは自分たちを抱えてのものではないのだろうが、なぜだか罪悪感が湧く。だが、そこでようやく抱えられた雪菜が声を上げる。

 

「離してください!シェロさん!」

「はあ?何を言ってるんだ君は!?」

 

この状況でそんな言葉が出てくると思っていなかったシェロは呆れと怒りを交えた声を叫ぶように出した。だが、そんな声にも怯まず、吹雪の轟音に負けない大声で、雪菜は言葉を続けていく。

 

「私の雪霞狼なら、この吹雪を防ぐ障壁を作ることができるかもしれません!ですから、離してください!」

「…何?」




なんか最近、妙に時間に追われる毎日が続く今日この頃…

ちきしょううううううう!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 VIII

「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る…」

 

槍を縦にし、少女が粛々と祝詞を告げていく。すると、その祝詞と共に少女の体が神気を帯びた輝きに包まれていく。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて盾となし、兇変災禍を祓い給え!!」

 

祝詞を告げ終えた瞬間、既に凍り始めている砂浜に向けて槍の穂先を突き刺す。瞬間、その穂先を中心に光が広がっていき、人四人がなんとか治まり切る程度の広さの空間と成るほどの光の大きさとなる。

光が収まり、古城たちが辺りを見回してみると、そこには小さなドームを中心にどこまでも凍っている世界が続いていた。

 

「大義でした。雪菜。コレでしばらくは持つでしょう。」

「へぇ…その槍そんな使い方もあるんだな?」

「はい。雪霞狼の真価は異能の無効化にあります。ですから、防御力に徹底した技が自然多いんです。」

 

なるほど、と古城が相槌を打っている間にドサッと何かが倒れるような音がした。そちらを振り向いてみると、そこにはうつ伏せになって倒れているシェロの姿があった。

 

「シェロ!!」

 

駆け寄る古城たち。だが、彼らはその伸ばしかけた手を引っ込めてしまう。いきなり、シェロの姿が薄く揺らいだように見えたからである。

 

「な、なあ、姫柊。今、シェロの体…さ。」

「はい。一瞬、ボやけました。一体、これは…」

「……」

 

疑問の顔を浮かべている古城たちに対し、シェロはわずかに体を起こして氷の壁を背もたれにして、自分の掌を見る。すると、やはり、幻覚などではなく、またもやシェロの姿が揺らいで消えようとした。

 

「はぁはぁ…参ったな。本当にコレは今回はマズイかもしれん。」

「何がでしょうか?シェロ?」

 

ずいっと前に出て、質問…いや詰問をしてくるラ・フォリア。

こういう場合、機を逃したらダメだと理解しているのだろう。そういう実に社交的な皇女様らしい一面を見せてきたラ・フォリアに対し、苦笑を浮かべ、

 

「そうだな…この際だ。ハッキリ言っておこう。既に感づいているかもしれんが、俺は人間ではない。」

「「「……」」」

 

三者は一様に沈黙を貫く。それを是と捉えたのだろう。シェロは自嘲気味の笑みを浮かべながら話を続けていく。

 

「厳密には使い魔の一種だ。とは言っても、姫柊、君が使うような式神とは全く別次元の存在なんだがね…」

「つ、使い魔!?」

 

耳を疑うようなことを聞かされ思わず聞き返してしまう雪菜。当然だ。天使を追い詰めるほどの力を見せたこの男が使い魔。つまるところ、誰かを主と仰ぎながら、行動しているというのが雪菜には想像できなかった。そんなことができるのは余程の力を持ったマスターしかあり得ない。

 

「一応、言っておくと、自分のマスターの方はそこまで強い力を持ったマスターとは言えん。まあ、才能はあるんだろうがな。」

「…それで一体なぜ、あなたはこんなところに私たちと共に同行してきたのですか?」

 

ラ・フォリアの質問に対し、シェロは信じられないものでも見るかのように目を見開く。

 

「何だ?それについては全く気付いていなかったのか?…まあ、仕方がないか。俺がここに来た理由は単純明快だ。マスターの危機だからこそ、それを助けるためにここまで来た。」

「っ!?まさか、そのマスターって…」

「そうだ。」

 

一呼吸、間をおき、そして告げる。

 

「夏音だ。」

 

ーーーーーーー

 

「ああ、もう、何なのよ!?こいつら!」

 

港に着き、船に乗って某無人島に向かおうとしていた紗矢華は港で手厚く迎えてくれた機械人形(オートマタ)に向けて怒声を放つ。

次元切断能力を持つ煌華麟の敵ではないにせよ、こうも数が多いとうざったい。

 

「しつっこいわね!いいわ。だったら、奥の手を見せてあげる。」

 

煌華麟を弓の形にして、点を射抜かんばかりに目を細める。

 

「獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る。極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔を纏いて妖霊冥鬼射貫く者なり!!」

 

祝詞が完成した瞬間、一筋の矢が天へと向かい、中空にある位置で魔法陣を展開する。魔法陣が人間の声量では不可能な域の術式を組み上げ、発動する。すると、機械人形(オートマタ)たちはまるで糸が切れかのように倒れていった。

 

「ふん、ご苦労だったな。獅子王機関の舞威媛。おかげで私の仕事が減った。」

「何を偉そうに…って、あなた、空隙の魔女!いたんなら、手助けしなさいよ!」

 

那月は紗矢華のそんな抗議の声をことも無げに振りはらい、現在地であるコンテナ港から無人島の方を見つめる。

 

「貴様、まだ気づいていないようだから教えておくが、あの無人島に行くために急いでるんならそれは必要ないことだぞ。」

「はぁ?何を言っ…て…」

 

振り返った紗矢華は驚愕で目を見開いた。バベルの塔というものがある。かの塔は人の身で天界に行こうとした罰として、神たちが建築途中のバベルの塔に攻撃したために不完全なままで残っているのだという。

そのことを踏まえた上で無人島を見てみる。そこにはまさにバベルの塔の完成された形を取っていると言っても過言ではないほどまでに氷柱が天高くまで貫かんばかりに伸びていた。

 

「な、何よあれ?まさか、雪菜たちもあの中にいるっていうの?」

「ふん、どうやらあのバカはまた、厄介なことに巻き込まれてるようだな。」

 

しようのないという風に鼻息を鳴らしながら、那月は静観し続ける。紗矢華の方は困惑しながらも、何とかしなければという思いでアタフタしていた。そして、もう一人(・・・・)はそんな彼らのすぐ後ろで霊体化して全てのことを観察していた。

 

(…まずいですね。アーチャーがあの程度の相手に遅れは取るまいと思っていたのですが、どうやらそうでもないようですね。かと言って、私には行く手段がない。ベイヤードはいつかのためのとっておきな上に彼は飛べませんからね。)

 

自らの愛馬のことを考えながら、ライダーは思考を巡らす。ライダーというサーヴァントの立場からすれば、アーチャーが倒れてしまえば、万々歳と言っていいだろう。だが、それは意志のない人間だからこそできることだろう、とライダーは考える。彼はマスターの様子を確認すると同時にアーチャーの様子も確認していた。

アーチャーの為人を見て、それが信頼に値するかどうかも考えるためである。その結果、彼は信頼に値するとライダーは判断したわけである。では、聖人として、そして、今現在また、自分のマスターを守るために身を扮していた彼に対してできることは何か?今から、ボートに乗ろうにも、自分の騎乗スキルは元々馬が優れているからこそ、高いわけであって、別段その他の騎乗スキルが高いかと言われればそうではない。

そのため、車や自動車ならともかくボートなどもってのほかだろう。では、ボートで無人島に行くという手段は消える。

では、どうするか?

 

「やれやれ…正気の沙汰ではありませんね。私も困ったものです。どうやら、死んでも人に対する施しの手というのは止められないらしい…」

 

だが、だからこそ彼は聖人と呼ばれたわけである。彼には剣を使った伝説ともう一つ(・・・・)、槍を投げた伝説がある。無人島に向け視線を鋭くする。

そして、アーチャーが出てくるのを霊体化しながら静かに待つ。

 

ーーーーーーー

 

「叶瀬がマスターって…どういうことだよ!?なんで、そんなことに…」

「それは後で話してやる!今は他のことに集中すべきだ!」

 

古城の質問に対して、容赦なく言葉を並べ立てることでシェロはその言葉を封じる。

 

「他のこと…ですか?」

「そうだ。俺は、マスターの魔力を元に現在稼動している兵器のようなスタンスを取っている。その夏音があの調子のおかげで、俺に流れてくる魔力は微々たるものでな…正直、今見たとおり、体を保つのも厳しい。だから、古城、お前が倒せ」

「は、はあ!?」

 

流石にこの返しは予想していなかった古城は間抜けな声を上げた。

 

「何言ってんだよ!?俺の眷獣はあの天使には効かない。さっきの戦闘見て分かったろう?」

「あぁ、だからその眷獣ではなく、お前の中に眠っている眷獣を呼び出せ!」

「え?…つまり…」

 

一気に脂汗をドバドバと垂れ流す古城。

 

「ああ、要するにここで吸血行為をしろ…と言っている。」

「「無理です(だ)!!」」

 

雪菜と古城が顔を赤らめて同時に声を上げる。そんな両者の様子にもお構いなく、シェロは続ける。

 

「それ以外方法がない。こちらとしても、古城に任せるのは不安が残らんわけではないが、助ける道がそれしかない以上、それにかける他あるまい。」

「い、いえ、ですが…」

「んなこと言われても…」

 

古城と雪菜が戸惑うのも無理はない。吸血行為とは吸血鬼が発情した末に起きうる現象であり、要するに、古城を発情させなければ、吸血(それ)は行えないのである。

それは中々チャレンジ精神が旺盛である。なにせ雪菜と古城の目の前には同性がこちらを見つめているような状況なのだ。

なお、この瞬間、二人同時に吸血する対象とされる対象が以心伝心とも言えるスピードでお互い決まっていたのは深く追求しないようにしよう。

 

「そうですね。では仕方ありません。」

 

と言うと、彼女はいきなりその社交服のシャツのボタンを外し始めた。豊満な彼女の肉体を見て、ぐっと鼻を抑えて堪えて古城は抗議する。

 

「ま、待て待て待て待て!なんでそうなるんだよ!?」

「私もシェロの言うとおりだと思います。第四真祖の眷獣…この程度で倒れるほど安いものではないでしょう?ならば、その眠っている者たちの一体を目覚めさせれば夏音も助けられる可能性が出てくる訳ですし、何より、私自身、こういった経験に興味がありますし…」

 

何故だろう、わずかに顔を赤らめながら口籠った最後の方に非常に不安を感じるのは…

 

「い、いやいや、それでもやっぱり可笑しいだろう?これは…」

「では、どうする?お前には他に手があるというのか?」

「うぐっ!それは…」

 

口籠り、困った様子の古城を姫柊は不安そうに、ラ・フォリアはどこか期待を含んだ眼差しで見つめていた。

 

「ああ、先に言っておくが、どっちにするかとか変な考え事はしなくていいからな?天使の力に対抗できる眷獣というのはいることにはいるが、そいつには霊媒の血が二人分…いや、正確には二種類必要になると思うからな…」

「「えっ?」」

 

古城と雪菜は同時に声を上げる。ラ・フォリアの方も意外そうな顔でこちらの様子を窺っている。

 

「どういうことですか?なんで、そんなことを…」

 

もう驚き慣れたものではあるものの、まるで、古城の能力まで完璧に把握しているような言い草をするというのはあまりにも異端だ。なにせ、彼の能力の全容は獅子王機関ですら全容がつかめていないのだから。

 

「なに、これについては生まれ持った能力みたいなものでな…俺は大体相手がどのような能力の持ち主で、どんな武器を使うのか?ということは長いこと観察し、その相手の身体にわずかに接触すれば、解析し、理解が可能なんだ。まあ、刀剣類のように瞬時にとまでいかないのが難点だが…これで、説明はいいだろう?言っておくが『えっ?』などというテンプレのような反応はいらん。時間がない訳だしな!」

 

わずかに乱暴な言い草で言葉を切るシェロ。今まで気づかなかったことではあるが、どうやら本当に余裕がないようだ。思い返してみれば、わずかに言葉の端々が荒くなっていることを思い出す。

 

「で、どうするのだ?」

「……。」

 

古城は苦い表情でわずかに黙考していたが、やがて顔を上げると、

 

「分かった。それしか手がないってんなら…姫柊、ラ・フォリアお願いしていいか?」

「は…はい…」

「分かりました。」

 

にこやかに言葉を返してくれたラ・フォリアに対して雪菜はどこか浮かない顔で返事をする。古城も気づいていない訳ではないのだろう。どこか気まずそうだ。シェロはと言うと、こんなことを提案してしまった手前、なにも若干の居心地の悪さを感じて、彼らがいる場から背を向けて視線を外す。

そして、わずかに上を見つめて切なげな瞳をする。

 

「夏音…」

 

数分後、背後で嬌声を聞かされたシェロではあるがそんなことで、顔を赤くするほど、青くもないのでただ、静かに自分のマスターの身を案じて黙祷するように目を閉じた。

 

ーーーーーーー

 

「………」

 

暗い暗い暗い…ここには誰もいない。いつも、抱き寄せていた猫や友達、そして、最近知り合った友達のお兄さんに、本当に自分の兄代わりになってくれた人も誰も…でも、なにも感じない。それが悲しいと思うのが普通なんだろうけど、私は何も、なにもナニモ感ジなイ。

まぶたの裏に映るのは先ほど自分に対して、吠えるように呼びかけた男の人とその人を守るようにワタシのマエに立ちハだかっタあの人。

 

(お兄さん…

 

シェロ…さん)

 

薄れゆく意識の中で彼女は無くなりかけている心をなんとか振り絞って、言の葉を紡ぐ。誰一人その声には気づくはずなどないのに…

 

ーーーーーーー

 

「心象風景の投影による現界からの剥離…そうか。お前を留めておくものはもうないのだな…夏音。」

 

それは喜びなのか、はたまた悲しみなのか複雑な表情を浮かべながら賢生は空を仰ぐように娘の方を見つめる。

だが、そんな郷愁の念を弾き飛ばすように爆発音が辺りに炸裂する。

 

「っ!あれは!?」

 

爆発があった音源を見つめ、驚愕する。そこには二角馬(ヴァイコーン)が氷の塊を蹴散らしながら、顕現していた。

 

「第四真祖の眷獣だと!?」

 

驚愕の声を張り上げたもののすぐに気持ちを鎮める賢生。これは好都合だ。進化した夏音の実験相手にちょうどいいものだろう…そう考えた賢生は前に出て、すっかり凍ってしまった大地を踏みしめて古城たちの元へと向かう。

 

「ふぅ、なんとか出られたな。」

「……。」

「あのー、姫柊さん?いい加減機嫌を直してくれませんか?」

 

無言でこちらに睨みを利かせる雪菜に対して、気まずくなり、声をかける。なんで、このようになったか?それは少し過去に遡る。

 

ーーーーーーー

 

「え、えーと…」

 

二人の血を吸わなきゃいけないらしい、ということでとりあえずどっちから吸うかということも決めさせられる立場となった古城はひたすら悩んでいた。当然だ。これは結構な確率で修羅場かもしれないということはいくら古城でも理解できた。

で、結局古城が先に選んだのは

 

「じゃ、じゃあ、姫柊お願いしていいか?」

 

と言った瞬間、水を得た魚のように瞳がパーっと光った雪菜。一方のラ・フォリアは不満げに口を尖らせた。

で、行為を終わらせた後…

 

「悔しいです。なぜ、雪菜が先なのです?古城?」

「えと、

 

慣れてるから…」

 

言った瞬間、パキッと何かが壊れたような音が辺りに響いたような気がした。古城は「ん?」と辺りを見回すが何も変化がないと見るや、今度はラ・フォリアの方に向き直り、吸血行為をしたのである。

その時、雪菜が古城のその言葉を聞き、若干ほくそ笑んだラ・フォリアを見つめ鬼のようなオーラを放っていることなど全くつゆ知らず…

 

「はぁ…俺も人のことは言えないと言われたが、アレも相当だな。」

 

シェロはその光景を見ながらそんな感想を漏らしていたが彼らには全くと言って聞こえていなかった。

 

ーーーーーーー

 

で、今に至るわけである。

いや、100パーセント古城の方が悪いことは悪いのだが、まあ、こういうことは教えるよりも身に覚えさせた方がいいだろう。

という経験則から、シェロは考えて黙っていたのだが、なんというか段々と居た堪れない空気になってきたため、さすがに何か言ってやるべきか?と考え始めた頃…

賢生がある程度近づき、わずか数歩で古城の元に着くという位置でシェロは立ち止まる。

 

「生きていたか。第四真祖。」

「おっさん…」

 

古城のつぶやきに近い声とともに、皆が一斉にそちらを振り向く。

 

「ならば、好都合だ。夏音の最後の儀式のためにも付き合ってもらうぞ。」

 

彼がそう言った瞬間、賢生の後ろでパリーンと勢いよく氷柱が割れ、中から夏音が出てくる。

一方のシェロの方は古城の後に続くように氷の塊から出てくると賢生の言葉を聞き、まだ言うか、と思い、言葉を出そうとする。

だが、それを許さないように雪菜が前に出る。

 

「その儀式が…その進化が本当に叶瀬さんのためだと思うのですか?あなたは!?あんな顔をしている叶瀬さんが!」

 

涙など流す感情はとっくに消え去ったはずだ。だが、彼女は何か痛みを訴えるかのように血の涙を流し続けていた。それがなんの感情を帯びているのかは分からない。だが、少なくとも、雪菜にはいい感情だとはとても思えなかった。

 

「もちろんだ。私は夏音のことを実の娘以上に想っている。なにせ、アレの母親は私の実の妹だからな。」

 

これはさすがに初めて聞いたのだろう。驚いてラ・フォリアの方を振り向く雪菜。ラ・フォリアはその視線に対して、わずかに視線をズラして影を落として答える。是、ということだろう。

 

「それを…叶瀬が幸せだって言ったのか?」

「何?」

 

だが、古城の言葉は止まらない。

 

「望んでねえんなら、筋違いだ!世間ではな。そういうのをなんていうか知ってるか?人形扱いっていうんだよ!おっさん!!」

「っ!黙れ!第四真祖!」

 

ついに耐えきれなくなったのか賢生は声を荒げる。

 

「貴様に…貴様などに言われたくない!自らの使命すら知らない貴様などに!」

「どういうことだ?」

 

意味のわからないことを言われて一瞬、思考が白くなりそうになったが、そこで一人の女は言葉を切る。

 

「はいはい。人生相談はそこらへんにしてよね。あたしらは元々、そんなことのために来たわけじゃないんだよ。さっさと、あの天使もどきちゃんとバトって派手に散って…」

「黙れよ。年増。」

 

 

ベアトリスが間に割って入るように声を上げたのを、古城はひときわドスの効いた声で黙らせる。

 

「どいつもこいつも勝手なことをしてくれやがって…叶瀬はどこにでもいる女の子だったんだぞ!それをてめえらの事情だけで好き勝手におもちゃみたいによ…」

 

それはいつも見せる平凡な高校生とは違った。正しく真祖として祀られるだろうほどの威圧感を伴い、古城は地面を踏みしめ、溢れ出す魔力で地べたの氷にヒビを入れ、浮かせる。

その行為にベアトリスと横にいるロウは本能的な恐怖を感じる。

 

「いい加減頭に来たぜ!ここから先は第四真祖(オレ)聖戦(ケンカ)だー!!」

 

その叫びに呼応するかのように一人の少女が前に出る。

 

「いいえ、先輩!私たちの聖戦(ケンカ)です!」

 

並び立ち宣言する。

 

「ふっ…中々、今の世代の者たちにも見応えがあるものがいるな。ああ、もちろん、君のことも入るが…」

 

シェロの近くにラ・フォリアはその言葉を聞いた瞬間なにか誇らしいものを感じた気がした。王族である彼女にとって譽れとはいただくものではなく、与えるものだと理解していた。そのため、彼女の中で初めて湧いたと言っても過言ではない感情に若干の困惑を交えながら、ラ・フォリアは話しかける。

 

「…ありがとうございます。それで、シェロ。お加減の方はいかがですか?おそらくは霊体であるあなたにとって、現界し続けるのにも少なからず魔力を消費すると聞きました。夏音があのような覚醒状態に入ってしまっては魔力消費も激しい状態に入っているはずでは?」

「…大丈夫だ。少なくとも、君たちに心配をかけてしまうほどの劣化はしていない。足手纏いにはならないさ。」

 

精一杯と言っても過言ではない笑顔でシェロは答える。

昔は気合いで現界可能時間を無理矢理伸ばしたりしたものの、アレは、山の中にいざという時に魔力を貯めておいた概念礼装を隠しておいたり、生肝を食らったりして、なんとか伸ばしただけに過ぎない。まあ、それでも投影なんていう無茶ができるほどの魔力が残っていたわけではないが…

そこはやはり、前述の英雄特有の力『気合い』でなんとかした。

 

だから、今も何も起こらなければそれでいいし、安静にするのだが…大抵悪者というのはそういう相手が弱っているところを即座に見抜くタイプが多い。どうやら、ベアトリスもその例に漏れないらしく…

 

「…第四真祖を先に倒そうと思ったけど、そう。そっちのガキの方はもう虫の息みたいね。当然よね。天使相手に人間ごときが互角に闘うなんて相当な無茶しなきゃ無理な話よね。」

 

なんとも見当違いではあるものの、現状弱っているのは確かであるシェロにそれをいいかえすような余裕はない。

そして、自らの眷獣である槍の穂先をシェロの方へと向ける。

 

「アイツを倒しなさい。量産品ちゃんたち。そうすれば、メイガスクラフトの評価はまた上がるわ。」

 

いうと、彼らが乗ってきたモーターボートから二体の何かが飛び出してきた。その光景に何よりも驚いたのは賢生だったな。

 

「馬鹿な…私が作った天使はもはや、夏音だけのはず、なぜあんなものが…?」

「悪いけど、兵器がその程度の数じゃ商売にならないからねこっちで量産させてもらったわ。ま、とは言っても、あんたのところの娘さんには敵わない劣化品だけどね。だから、王族の血は何が何でも必要ってわけよ!今度はヘマすんじゃないよ!ロウ!!」

「おう!」

 

言った瞬間、ロウ・キリシマはラ・フォリアの前に躍り出て、退路を進行を塞いだ。

よって、たとえ近くにいようとシェロの手助けをできるような状況じゃなくなった。

 

(…やれやれ、強がってはみたものの、そろそろ本気でマズイな。あと少し、頑張れないこともないが…)

 

ただ、それは本当にギリギリの瀬戸際を歩く行為である。できるなら避けたい。今の段階、何も分かってないこのような段階で脱落などまっぴらごめんこうむる。

だが、彼の体は鉛のように重い。既に自分の実力の15分の1程度しか彼は力が使えない。この状態で何もしなくても剣がある状態ならば、なんとかならないこともない。ただ、自分が投影した瞬間、一体どの程度魔力を消費するのか?そんなことがわからないほどシェロは愚かではない。彼らに特別効くような神殺しの武器はを一つ投影すれば、おそらく、20分の1までに削れるはず…霊格は厳密に言えば同程度だから、まず、理論的に言うのなら、普通の武器でも問題ないはずだ。だが、これだけ劣化しているとなると、やはり不安が生まれる。

 

ぐるぐるぐると思考を入り乱せて、シェロは答えを導こうとする。だが、そのどれもが賭けだ。

 

(文字どおり命懸けになるわけだ…まあ、仕方があるまい。こういう経験は久しいな、いつ以来だったか…)

 

彼が天を仰いで思い出に耽っている間にも天使たちは近づいてくる。三体(・・)の影はシェロの方にまっすぐにまっすぐに向かってくる。

 

「ん?三体?」

 

おかしい。さっき、飛び出してきたのは記憶違いでなければ二体のはず…ならば、もう一体はなんだというのだ?その驚異的な視力でもう一体を…いや、あれは違う。一本(・・)…だ。

 

その一本の剣は天使たちの間を音速を超え、天使たちの間を余裕で通り過ぎてくる。そして、シェロの真ん前に水蒸気に似た氷の霧を撒き散らすように、クレーターを作って地上に激突する。

モクモクと氷の霧が上がるが、その一本の剣の輝きだけはそこにあって、まるで人の善性を信じて疑わんばかりの光をともなって、顕現する。

 

「これは…力屠る祝福の剣(アスカロン)?…まさか、あの男、本気か!?」

 

これを投げてきた者は分かる。否、分からないわけがない!これを投げたのはあのライダー・真名ゲオルギウスだろう。あの男がここまでこれを投げてきたのは敵を倒すための物ではないことぐらいシェロには瞬時に理解できる。

つまり、これはこういうことである。これを使って戦え。

という意思表示。

 

「…。」

 

シェロはしばらく考え込んだが、どの道これが一番、自分の不安を取り除くことになるだろうという結論に達し、

 

「いいだろう。ならば、利用させてもらおう。ゲオルギウス、貴方の剣を!」

 

その凛と輝く簡素な剣を手に構える。

天使たちの翼を千切るために。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上 IX

解析 開始(トレース オン)。」

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)を握り、構えたシロウはまずその性能を解析する。

 

「憑依経験 共感完了。」

 

己の内に別の誰かを憑依させるように体を動かし、構えを取る。

 

「魔力に制限があるからな…悪いが早急に終わらせてもらうぞ。」

 

とは言え、命を取るつもりなどさらさら無い。確かにそれの方がよっぽど安全策なのだが、彼にとってそれは自身を殺すことを同じことなので、そんなことは不可能なのだ。ならば、どうするか?先ほどの夏音と同じである。

 

「その羽根…進化の証なのだろうが、断たせてもらう。」

 

言った瞬間、彼は駆ける。天使たちもそれに際し、自分の周りに光の剣を展開する。裁きの剣たるそれらは同じ次元にいる者でなければ決して返すことのできない不可避の刃。それを彼は持っている剣で弾く、落とす、吹き飛ばす!

まるで、剣自体に意識があるかのように剣が相手の攻撃を返していく光景を目の当たりにし、天使たちは展開する剣の数を増やす。

 

「いくら数を増やしても無駄だ。」

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)の能力。それは自分に近づいてくる害悪に対して、確実に補足し、それにより絶対防御能力を実現させていることこそ、この剣の真の力と言っても過言では無い。

故に、彼らの攻撃は絶対に届かない。それこそ、サーヴァントとこの剣の知覚能力を完璧に超えるほどのスピードと数がなければこの剣は無敵だ。

ただし、それは例えば、弾き返すだけの技術や力があればの話である。

技術はともかく力の方は問題だ。既に体の調子は先ほどの魔術でさらに弱っている。10発ほど弾き落としたシロウはその後の11発目を剣で防ぎながらも足止めさせられるように後退させられる。

 

「ちっ!」

 

わずかな真名解放を行ったところで、少しだけ彼の能力が上がっただけ、彼のその真の能力とはすべての宝具を完全とは言えないまでも扱いこなすことにこそある。元より一つの宝具を完璧に使いこなすことができるなどということができるとしたら、それは干将・莫耶の双剣と贋物を覆う黒者(フェイカー ブラック)の二つしかない。

よって、彼のこの後退はある意味では仕方が無いと言える。

 

「ふぅ、さて…どうするか?」

 

無視できない自分の体の強制的に霊体化するような感覚体の鈍り、それらから分かる。

彼の身体は既に現界を調整するだけでも精一杯。少しでも彼の構成する魔力の波長が乱れれば攻撃を弾いたとしても、彼の身体は文字どおり霧散する。

 

「なら、仕方あるまい。できるかどうか分からんが…そこはそれ

 

不可能を可能にしてこその英霊なわけだしな。」

 

走り出す。今度は先ほどの突進のようなスピードではなく、緩やかなものだった。天使たちもそれを確認し、いっそ神々しいと言っても過言ではないほどの輝きを伴った光剣が彼女たちの周りに展開されていく。

そして、それを一斉に射出する。

一方のシロウは片手にだけ(・・)魔力を込めて、もう片方の左手はダランと無造作に揺らすようにして立ち向かう。

 

(1発でも受ければ死。それは変わらん。だが、あの光剣は今の俺では10発叩きおとすのが精々だ。ならば…)

 

剣の側面を相手に向ける。そして、一つの光剣に照準を定める。そしてその剣を落とすのではなく、受ける。

 

「ぬぐっ!?」

 

後ずさりしそうになる足を留め、前進する。光の剣は形を留めたままだ。当然だ。元より、この剣の特性を知り尽くしているシロウはその特性を利用した。この剣は破壊されない限り、相手への裁きを止めない。文字どおりの裁きの剣。それを留めたまま、前進する。それは何を意味するか?

 

ズバリ、光剣はまるで他の光剣の盾になるように展開され続けていくのだ。光剣が他の光剣に当たれば、相殺し、光の粒となって消え失せる。だが、それならばそれでいい。また、盾を用意すれば自分の道くらい簡単に確保できる。せめて、自分の行く道一つくらいは…

 

狙いに気づいたのか天使たちは奇声を上げながらまたも剣の数を増やす。だが、遅い。せめてそれに気づくのが、あとちょっと早ければ、結末を変えられたかもしれないが、相手の剣を盾にし続けてシロウは既に天使たちの目の前にまで至っていた。

 

跳ぶ。そして、天使たちがシロウを知覚した次の瞬間、

ザン、と彼らの翼は文字どおり一刀両断された。

 

「KIII!!?」

「GUH!!」

 

サーヴァントでなければとても斬られたということにすら気付かないほどの高速の斬撃。今のシロウが放てる最高のスピードだ。それを受けて、天使たちは糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。

戦闘終了後、憑依経験を行ってたからだろうか柄にもなく、シロウはこんなことを呟いていた。

 

「君たちのこれからに祝福があらんことを…」

 

言い終えると、彼は手に持つ簡素な剣を地面に突き刺し倒れるように座り込み、

 

「あとは頼む。」

 

そう言って彼はついに力なく倒れていった。

 

ーーーーーーー

 

「なっ!?あの役立たずどもが!結局、あのガキに負けやがった。ちっ!本っ当に使えないわね!!」

「余所見を…している場合ですか!!」

 

掛け声に近い声で雪菜はベアトリスに一閃する。ベアトリスはそれを後方にわずかに飛んで回避する。

ベアトリスと雪菜はお互いに槍を構えながら、膠着する。

そうしていながらも、雪菜は内心では驚いていた。もうほとんど力は残っていないだろうことは先ほど彼の様子を確認しながら、理解していた。だが、そんな状態でも彼は見事に自分の役目をなしとげた。

そのことを踏まえた上でチラリと倒れているシェロを視界に入れる。

 

(私も負けてはいられませんね。)

「おい、クソガキ!今度はてめえが余所見してるじゃないのよ!!無視してんじゃねえ!蛇紅羅(ジャグラ)!!」

 

金切り声のように声を上げて自らの眷獣である意思ある武器(インテリジェント・ウェポン)の槍の穂先が枝のように分かれる。

その攻撃を見た雪菜は自らの能力“霊視”により数秒先の未来を見ることでスルスルと躱し、ベアトリスの懐に潜り込む。そして…

 

(ゆらぎ)よ!!」

 

ベアトリスの腹に霊力を込めた掌底を叩き込む。

 

「ごふっ!!」

 

咳き込むようにうめき声を漏らしたベアトリスは軽く吹き飛ばされる。

 

「確かにあなたの眷獣は強力ですが、それだけです。召喚者であるあなた本人の能力はそこまで高くない以上、そこまでの脅威ではありません。」

「ぐっ!くそ!」

 

悪態をつきながら、相棒の獣人の方に目をやる。

 

「ロウ!!いつまでそこのお姫様に構ってるんだい!こっち来て手ェかしな!!」

 

呼びかけられたロウ・キリシマはしかし、呼びかけられても動かない。怪訝に思ったベアトリスだが、すぐそのあとに、振り返ってくるロウの姿を見て安堵したように目を細めた。だが…

 

「はは、なんだ?そりゃ、ちくしょう、すっかり騙されたぜ…」

「ロウ!!」

 

悔しそうに血反吐を吐き、倒れる相棒の姿にベアトリスは驚愕で顔が歪む。そして、君臨するように佇んでいたラ・フォリアを忌々しげに睨みつける。一方、その不満げ言を聞いたラ・フォリアは口を尖らせる。

 

「心外です。騙したような言われた方をされるなど…」

「ロウ!あんたお姫様も倒せないのかよ!」

 

声を荒げるが既に意識のないロウに彼女の言葉など届くはずなどない。そのことに舌打ちしたベアトリスは苛立たしげに雪菜とラ・フォリアの双方を睨みつけ、

 

「仕方ないわね!来なさい!小娘ども!たかだか、小娘二人風情に私は遅れはとらないわよ!ロウと違ってね。」

 

ベアトリスのそんな言葉に対し、ラ・フォリアは嘲笑するような笑みでベアトリスを見つめる。

 

「ほう、大きく出たものですね。ベアトリス・バスラー。ならば、受けてみなさい。」

 

そう言うと、ラ・フォリアは手に持っているナイフのついた呪式銃を天に向けるように構える。

 

「我が身に宿れ。神々の娘。軍勢の守り手。」

 

彼女がそのように呪文を唱えると、彼女の体の周りを淡い光が纏い始める。

 

「な、何?この気配?」

「剣の時代。勝利をもたらし、死を運ぶものよ。」

 

ベアトリスが事態の異様さに思わず声を上げてる間にも、ラ・フォリアの呪文は続いていく。やがて、彼女のまとう光は一つの巨大な光の剣の形になる。

 

「この感じ…アルディギア王国の疑似聖剣!?けど、ここにはヴェルンドシステムもないはず…まさか!自らの体を精霊炉にしているっていうのか!?」

「そう。今は私が精霊炉です。…メイガスクラフト秘書“ベアトリス・バスラー”!!我が国の兵に…民に手を挙げたこと…その身を持って償いなさい!」

 

呪式銃を振り抜く。すると、銃先に展開された巨大な光の剣はベアトリスに向かっていく。ベアトリスは己が眷獣で防御するが、無駄だ。その光剣は吸血鬼の眷獣すら斬り裂きベアトリスに断罪の剣をもたらす。

 

「ちく…しょう!こんな小娘どもに…」

 

ベアトリスはそう呟きながら、相棒のロウ同様に、凍った地面に背を預ける。

 

「ラ・フォリア!!無事ですか!?」

「ええ。今はそんなことより古城の元に行ってあげてください。雪菜。私はシェロの様子を見に行きます。」

「は、はい!」

 

そう言うと、雪菜とラ・フォリアはそれぞれ全く別方向に走っていった。

 

ーーーーーーー

 

「KIIIIIIRYYYYYY!!!」

 

血の涙を流しながら悲鳴にも聞こえる金切り声を上げる。夏音。もはや、感情は一つとしてないだろうに、だが、古城にはそれが悲痛なものにしか見えなかった。

 

「苦しいか?叶瀬?」

 

呟くように問いかける。答えが来ないのなど、初めからわかりきっている。けど、彼は言葉を止めようとしない。

 

「分かってる。お前はあの猫たちの新しい飼い主を捜すときも、一度も前の無責任な飼い主を責めなかった。」

 

ギュッと右拳を握ると前に突き出す。

 

「神様ってのが、もしも、暴虐で無慈悲で残酷だっていうんなら…待ってろ!叶瀬!今直ぐそこから引きずり落としてやる!」

 

手を掲げるように天に翳し、呪文を唱える。

 

焔光の夜伯(カレイド ブラッド)の血脈を継ぎし、暁古城が汝の枷を解き放つ。

 

疾く在れ(きやがれ)!3番目の眷獣 龍蛇の水銀(アルメイサ メルクーリ)!!」

 

呪文が終わると同時に魔力の渦が右腕を中心に展開される。渦が搔き消える。そこには銀色の鱗、牙を伴い、全長30メートルはあるだろう体躯の一対の首を持つ龍が召喚されていた。時折、見え隠れする口の中は、一体どこに繋がっているのか理解できないようなそんな底なしの不安感を煽らせた。

 

「双頭の龍!?そうか。だから、シェロさんは…」

 

だから、雪菜とラ・フォリアの二人の血液が必要だとシェロは言ったのだ。当然だ。二つも頭を持つというのならば、当然、二つの首を満足させなければ、認めてくれなどはしない。

 

「KIIIIIIRYYYYYY!!!」

 

その龍を脅威だと考えたのだろう。天使は急ぎ自分の周りに光剣を展開していき、射出する。だが、その同じ次元に存在しないはずの光剣を龍はまるで、飴細工のように食んで粉々にする。

そして、それだけでは終わらず、眷獣はその牙を天使の翼へと向けて、立て始めた。

そんな攻撃は効かないはずだった。だが、龍の牙は見事にその翼を噛み砕き、そして、どこにつながっているのか分からないその体の内部にそれを送り込んだのだ。

 

「馬鹿な!この世に存在しない天使の翼を喰っただと!?あの眷獣…まさか、“次元喰い(ディメンジョン イーター)”!?異なる次元に存在する天使の翼を次元ごと喰ったのか!?」

 

賢生はその唖然とする光景を目の前にして思わず叫ぶ。

一方の夏音の方はというと、その進化の証である翼を完全に断たれたことで力をわずかに失ったのだろう。スゥと上から垂らされたワイヤーが切れたように落ちていく。

これでこの件は終わったと安堵した直後、夏音の意識がまたも覚醒する。

 

「なっ!?」

 

古城が驚愕の声を出すと同時に夏音の体に変化が起こる。翼が体のすべてが赤く覆われて再生していったかと思うと、今度はその体を覆う翼…らしきものに異様の目の模様が無数に浮かび上がる。

 

「KIIIIIIRYYYYYY!!!」

 

これは一つの事実を表していた。

 

「そうだ!まだ同じ次元に落ちただけ!模造天使(エンジェル フォウ)による霊的進化が失われたわけではない!!」

 

賢生は安堵した調子で歓喜の声を上げる。

 

「くそ、これでもダメなのかよ!」

 

苦悶の声を上げ、眉を寄せる古城の横を一つの影が通り過ぎる。

 

「いいえ、先輩。私たちの勝ちですよ。」

 

その影とは雪菜だった。雪菜はその氷に覆われた砂浜を駆けながら、粛々と祝詞を唱える。

 

「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神器を用いて我に悪神百鬼を討たせ給え!!」

 

祝詞を唱えた雪菜は槍を夏音の丁度横を通るように投げる。その槍が通過した後、夏音の周りに展開していた奇妙な目玉模様は消え失せる。

 

「そうか。同じ次元にいるっていうんなら…」

「はい!雪霞狼の破魔効果で術式そのものを破ることができます!先輩。」

 

後は古城の仕事だ。赤く展開された天使の力の残滓に向けて、自らの眷獣で照準を向ける。

 

「食い尽くせ!龍蛇の水銀(アルメイサ メルクーリ)!!」

 

古城の命令に従い、双頭の龍はその牙を異様な力の方へと向け、命令通りに跡形もなく食い尽くす。

すると、当然、夏音は力を失い、今度こそ、空中から落ちていく。

その落ちていく姿を見て、古城はなんとかキャッチしようとすると、またもや、今度は先ほどの雪菜以上のスピードで何かが通り過ぎていき、夏音をキャッチした。それは…

 

「シェロ…って、あいつ大丈夫なのか!?」

 

さっきまで、文字通りの死に体だった男が駆けてきたのに対し、驚き目を剥くが、その問いに対して後ろから答えが返ってくる。

 

「ええ。古城が天使の力の残滓をかき消した直後、彼と夏音のリンクが修復しているようで、彼の身体の状態が良くなったのです。もっとも、そんなに急に良くなるはずがないので、まだ安静にしておくべきなんですが…」

「叶瀬のために居ても立っても居られなくなったってわけか…」

 

仕方がないな、といった調子で苦笑する古城を見て、ラ・フォリアの方も微笑を浮かべる。

苦笑し終わった古城はある男がいる方向に真剣な眼差しを浮かべて、近寄る。

 

「終わったな。おっさん。」

「ああ、そのようだな…」

 

賢生は項垂れてはいるもののその姿にはどこか安心感も浮かんでいるような気が古城にはした。それを確認しだからだろうか?古城は握っていた握り拳をパッと解き、背を向ける。

 

「殴らないのか?」

 

つい意外だと思い、きき返す賢生。その言葉に古城はこう返した。

 

「殴るか、殴らないかはオレが決めることじゃない。」

 

そう言って、去っていく一人の少年の背中を見ながら、賢生はわずかに溜息を吐く。そして、まるで何かを尊く思うような表情をすると

 

「夏音…」

 

ただ、それだけ呟いた。

 

ーーーーーーー

 

「…ん?」

「気がついたか?夏音?」

 

気を取り戻した自分の妹分にシェロは声をかける。

 

「シェロ…さん?私は一体…」

「悪い夢からは覚めましたか?夏音?」

 

続けて、ラ・フォリアが質問する。

 

「悪い?…そう…でした…お父様が私を救うと言って…それで私は多くの人を…」

「ああ、そうだな。確かにそれは人の行いとして許されざることだが…大丈夫だ。心配するな。夏音。」

 

わずかに夏音の身体を抱く腕の力を強め、片方の手でワシャワシャと頭を撫でる。

 

「そうです。あなたは一人ではありません。夏音。」

「あの…そういえば、あなたは?」

「…ああ、そうでしたね。まだ、自己紹介もしていませんでしたね。私はそうですね。」

 

1拍間を置き、そして柔らかな笑みを浮かべたラ・フォリアは静かに宣言する。

 

「家族です。」




いつも感想本っ当に有難うございます。
面接の野郎とか研究の野郎とかがなかったら、普通に返すことができるんですが、何ですかね?
本当に時間削っていくんですよ。あの二つ。俺に何の恨みがあるの?
というわけで、何もできない上に何も返せないという大変不届き極まりない状態ですが、いつも皆様の感想には感謝しています。そのおかげで実際、書こうかなという思いが湧くところあるので…
ではすみません。今後も返せなくなってしまう確率大、というかほぼ確実なのですが、今後ともに感想を送ってくれると非常にありがたいです。
挿絵も描いてみたいなー思ってるのに全く描けない…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使炎上X

長かった。見てみたら13000超えてたってどういうことだよ…


少しして絃神島からの救助船が無人島に届き、それに乗り、古城たちは絃神島へと移動した。今はある旅客船にいる。

ここはそんな旅客船の中のとある一室。病院に行く前に意思表示を確認したくてラ・フォリアはベッドに横になっている夏音へと話しかける。

 

「そうですか…では、やはり…」

「はい。私を家族として迎えてくれるというのは非常に有難い話なのでしたが、やはり、私は住み慣れたこの島に残っていた方がいいんです。ごめんなさい、でした。」

 

申し訳なさそうに掛け布団の中に顔を埋める夏音の反応を見て、苦笑したラ・フォリアは…

 

「いいんです。あなたがここに残りたいというのならば私は止められませんもの。それよりお身体をお大事に…夏音。」

「はい、では、ありがとうございました。」

 

夏音がそう呟くと、横になっている夏音のベッドをそれごと運び出すために滑車のストッパーを外し、二人の医者らしき風貌の者たちが運び出す。

完全に救急車の中に入った夏音を確認したラ・フォリアは今度は別の方向に目を向ける。

そこには自分の護衛役であるポニーテールが目立つキリッとした表情の舞威姫と褐色の肌に学生服、そして黒いブレザーに赤縁の眼鏡を掛けた少年が立っていた。

 

「お待たせしました。シェロ…それで、あなたの正体についてお聞きしてもよろしいということでしたが…」

「ああ、どの道このようなことは遅かれ早かれ起こっただろうしな。本来なら避けたかったところだが…仕方があるまい。できる限りこちらの正体についての情報を開示しよう。」

 

シェロのその言葉を聞き、満足そうな表情をしたラ・フォリア、対照的にシェロの隣ではどこまでも刺々しい表情でこちらを見つめる紗矢華。

そして、そんな間に割り込むように一人の少女が空間魔術によって割り込んできた。シェロの現在の担当教諭である南宮那月。

 

「そうか。では、聞かせてもらおうか?シェロ=アーチャー。貴様が何者で一体、何を目的としているのか?その全てをな。」

「…了解した。どこまで話せるか分からんが、開示できる限りの情報を話そう。…っと、そうだな。」

 

一旦言葉を切って、違う方向を向くシェロ。

 

「古城のところまで移動した後に…な。」

 

ーーーーーーー

 

「それで、貴様は一体何者だ。シェロ=アーチャー。」

 

那月のその言葉と共に、古城、雪菜、ラ・フォリア、紗矢華は一斉にシェロへと視線を向ける。

 

「まぁ、そうだな。先ほど、古城たちには言ったが、俺は厳密は使い魔の一種だ。で、ここからが問題なんだが…」

 

一度シェロが深呼吸する。そして、口を開く。

 

「君たちは英霊という存在を知っているか?」

「英霊?」

「歴史的に才能のあった人物、有名になった人物。戦死した戦士の魂。そういった者たちの総称のことをそう呼ぶ。これぐらいは知っておけ。暁古城。」

 

担任である南宮那月に自分の語彙能力のなさをたしなめられて、うぐっと息を詰まらせる古城。

 

「それで、その英霊がどうしたというのだ?」

「根本から言うとな。俺の正体はその英霊と呼ばれる者なんだ。」

「「「「「……。」」」」」

 

数秒、沈黙が続いた。先ほどの那月の言葉をよ〜く噛み締めながら、シェロの言葉を頭の中で反芻していく。

 

「「「「「はあ!?」」」」」

 

そして、当然の反応が返ってきた。

 

「まあ、そうなるだろうな。」

「いや、ちょ、ちょっと待て!いきなり話が突飛すぎて分からねえ!一から順に話してくれよ!」

 

古城の言葉に同調し、周りの者たちも首を縦に振る。とても信じられる話ではないのだろう。

 

「ふむ、では何から説明する?英霊がなんの目的でこの現世にいるのかについてか、俺が英霊だという証明をしろということか、それとも俺がなぜ夏音に召喚されているのかということか?」

「そうですね…まず、あなたが英霊だと証明をしてください。」

 

ラ・フォリアにそう切り出されたシェロは明らさまに苦い顔をした。正直、一番、聞かれて欲しくないことだったからだ。だから、話の最初と最後の間に置くように配慮して、言ったというのにこの皇女はまるでそれを見透かすかのようにそこを的確に探る。

 

「…そうだな。証明か…さて、どうしたものか…」

 

数瞬考えた後、シェロの手にある一つの黒弓が出される。

 

「…?その弓何処かで…」

「南宮那月。この弓に触れてみろ。」

 

紗矢華が頭にわずかな疑問符を浮かべていたのを無視し、シェロは那月に自分由来の唯二の宝具のうちの一つを差し出す。

訝しむような顔をした那月だったが、やがて、警戒を解きそっと触る。

 

「っ!!!?」

 

そして、瞬時に手を離す。超一流と言っても決して過言ではない那月はおもわず後ずさりしそうになった。当然だ。彼女が触れたのは神秘そのもの。人々の信仰心によって出来上がった弓なのだから。

 

「な、那月ちゃん!?」

「…これが俺が英霊だという証明だ。」

「何だと?」

 

らしくもなく、わずかに冷や汗を垂らす那月は怪しむように聞き返す。

 

「今、あなたが触ったこの弓の感触…これをあなたはどう思った。」

「…人々の思念、思想。そういった混じり気のない想いそのものが力になってる。私はそう感じた。」

(ほう…)

 

那月のそのほぼ正解だと言っていい解答にシェロは内心感心しながら、話を続ける。

 

「ふむ…正解と言っていいだろう。これは君たちが使う魔術やそこの武神具などとは圧倒的に格が違う神秘の塊。宝具という。」

「宝具?」

 

聞き返す雪菜の顔にシェロは頷き返す。

 

「我々英霊は先ほど言った通り、歴史上の有名な人物が霊体となり、昇華された存在だ。そんな我々を肉付けしているもの。それこそが君たちの“信仰心”だ。」

 

シェロは皆の顔に理解を促すように顔を向ける。皆はそこまではいいというふうに頷き返す。

 

「“信仰心”とは、言ってしまえば、我々の存在を如何にどれほど知っているのかというところに起因する。例えば、君たちがある歴史上の人物の伝説や偉業を見て、『凄い』やら『カッコイイ』やらと思ったり、そんなことを思わなかったとしても、名前として知っている(・・・・・)だけでも“信仰心”というものはそこにあるものとなる。そして、そういった信仰心は我々英霊にもう一つ力を与える。それが…」

「先ほど言った宝具ということか?」

「その通りだ。」

 

正直、懇切丁寧に説明させられても信じられない部分が多すぎるが、那月が先ほど弓を触った時に感じた言い知れぬ威圧感は彼女にその不信感を拭い去るのは充分すぎた。

他の四人もそんな那月の態度を見たからだろうかすっかり話に聞き入っている。

 

「宝具とはその英霊にとって人生の体現、全てを懸けた一念と言っても過言ではないいわば、英霊たちにとって己が半身に近い物だ。…と、やめておこう。この話は長くなる。これは後ほど語ることとしよう。

それよりも、なぜ、我々が召喚されたのかだったな?」

「ええ、今の言を聞くととても貴女が我々のような通常の人間を主と慕っている理由が分かりません。一体、なぜ?」

 

ラ・フォリアが質問を続ける。

 

「ふむ、誤解を避けるために言っておくと、我々は正確には英霊本体というわけではない。正確には写し絵、絵画に近い存在だ。」

「写し絵?」

「ああ、英霊を完璧な形で召喚するというのは現状…いや、未来永劫絶対に人の手では不可能だ。なにせ、すでに霊格が人とは全く格が異なる存在となっているものだ。その格は天使や悪魔と同等以上。そんなものを一騎召喚するだけでも、一体どれだけ魔力、いや魂が必要になるか…少なくとも一億単位は避けられないだろうな。」

「い、一億!?」

 

その馬鹿げた数に思わず声を上げる古城はその答えを聞いて、当然湧いてくる疑問が頭の中に出てきた。

 

「え?でも、今、こうしてここにいるじゃねえか…まさか、本当に一億単位の人間や生き物を犠牲にして…」

「戯け!そこまでして現界しようなどと思えるほど俺は現世に興味などない。言っただろう。厳密には写し絵のような存在だと、今ここにいる俺は英霊のほんの一端を削り取って顕現させているにすぎない。

故に、我々の本来の在り方を名前として表すと“サーヴァント”と言った方が正しい。」

従者(サーヴァント)ですって?」

 

今度は紗矢華の方が訝しむように声を上げる。今までの説明から彼が言うには、彼の存在は歴史上有名になった人物のそれだということ。そんな彼が従者にまで身を落とす理由に見当が未だつかないのだ。

 

「なぜだ?そうまでしてなぜ貴様らが現界する必要がある。」

 

紗矢華の中にある疑問を代弁する形で那月が言葉を紡ぐ。

 

「それは当然、現界した末の報酬(・・)があるからだ。」

「報酬?仮に貴様の今までの話が本当だとしたら、英霊(貴様ら)を動かすことができるほどの報酬があるというのか?」

「それはあるさ。我らとて万能ではない。必ずと言っていいほど叶えられなかった願い(・・)というものがある。それを叶えられる…と言われ、更にそれが嘘ではないと知ったら飛びつかんわけもあるまい。

まあ、俺としてはそこまで望みがあるわけではないが…」

 

その言葉を聞いた五人は今度こそ絶句するほどの驚きを顔に表す。もしも、仮にもしも彼の今までの言が正しかった場合、歴史に名を残したものたちの望みを叶えるほどの物とは一体どれほどの奇跡となろうか?それは文字どおり想像を絶する。

 

「一体…それはなんだっていうんだ?」

「聖杯…魔女である南宮那月、貴女なら理解があるんじゃないのか?聖杯伝説について…」

「聖杯…だと!?」

 

今までの絶句の顔とは全く逆の調子で声を上げて絶叫するような調子で驚愕の念を送る。

 

「馬鹿な!?あんな物はおとぎ話の中にあるいわば、反則技のようなものだ!?実在するわけが…」

「いいや、実在する。それは英霊()が証明しよう。」

「っ!?」

 

そう言われてしまうと、流石の那月も黙らざるをえない。まだ、完全には信じられないにしろこの男の力は確かに途方もないものなのだと、那月は肌で感じているからである。

 

「な、なあ、那月ちゃん。その…聖杯ってのは何なんだよ?」

「…あらゆる奇跡、あらゆる願いをその杯の前で願い奉るだけで何でも願いが叶うという、文字どおりの奇跡の杯だ。」

「そう。例えば、君がある人間を生き返らせたいと願うなら、その人間を生き返らせ、巨万の富を願うなら永劫使いきれぬだろうほどの財が与えられ、未だ不治の病とされるものや、一生治らないだろう体質それらを治せと言われれば容易く治す。そういったすべての願いを文字どおり問答無用で叶えてくれる奇跡の願望機。それこそが聖なる杯…“聖杯”だ。」

 

そのデタラメさに全てのものは一瞬、目の前のこの男が何を言っているのか理解できなかった。

 

「そんな…そんな物は存在するはずがありません!そんな物…」

 

そして、何度目か分からない当然の反応が返ってきた。それに対し、シェロはふむ、と頷き返し、

 

「確かにそうだ。万能の願望機とは言えそれを動かすにはそれこそ膨大な魔力が必要だ。そうだな…それこそ、そこの第四真祖ですら追いつかないほどの膨大な…な。」

 

だが、と彼は言葉を置き、続ける。

 

「膨大な魔力ならばここにある。そう。

我ら英霊を複数生贄に捧げることができれば、そんな杯ごとき、動かすことなど容易い。」

「い、生贄!?」

 

不穏なワードにもう何度目か知れない叫び声を上げる。

 

「生贄って、何だよ?それ!?」

「馬鹿げているとは思うが、我らとてただで生贄になるほど安くはない。ならば、どうするか?簡単な話だ。我ら英霊が最後の一騎になるまで殺し合いをし、蹴落とせばいいだけのことだ。」

「こ、殺…!?」

「そう、そして、この聖杯のためにだけ行われる。異なる時代の英霊同士の戦いをこう呼ぶ。

 

 

聖杯戦争…と」

 

ーーーーーーー

 

「おいおい、何だかすげえ話題になってんぞ。」

 

同じく旅客船に入り、シェロの話を遠隔ながら聞いていた矢瀬はそんな言葉を漏らす。シェロの今の言葉は彼の今までの常識を覆して余りあるものだった。聖杯…もし、そんなものが実在するのならば、それは是が非でもこの手に収めたいと思うものが出てくるだろう。

 

「あいつの言葉を全て鵜呑みにするわけじゃない。だが、もしも、シェロの言うことが本当だった場合、一から絃神島の警備形態を整え直さねえとまずい。」

 

これは早急な判断が必要だと考えた矢瀬は手元に携帯を取り、すぐさまいつも話す電話相手に電話する。

 

ーーーーーーー

 

「聖杯…戦争…」

「そうだ。異なる時代の英霊同士が覇を競い合い、そして、最後に残った一騎と一人のマスターがその聖杯を手にし、何でも願いを叶えることができる。単純な殺し合いの果てに生まれた魔術儀式。それこそが聖杯戦争だ。」

 

物騒極まりない上にできることなら関わり合いたくないことである。だから、古城の中では正直、勝手にやっていてくれという念の方が強かった。そう。現段階(・・・)では…

 

「あれ?そういえば、じゃあ、何で叶瀬はお前を召喚したんだ?まさか、叶瀬がこの儀式に本当に参加するためっていうわけじゃ…」

「それはないから安心しろ。俺を召喚したのは彼女の場合、全くの事故と言ってよかったからな。」

 

不安を煽るような古城の言葉を遮るようにして、言葉を重ねるシェロ。

 

「我々、英霊はそれぞれサーヴァントとして召喚される場合、その英霊に最も所縁のある品。所謂、聖遺物があることで初めて召喚に成功する。

俺の場合だと、彼女がずっと身に付け続けていたルビーのペンダントがそれだ。」

「アレが…ですか?」

 

ラ・フォリアは同じ血族ということもあってか、そのルビーのペンダントについても知っていたようで、またもシェロに聞き返す。

 

「ああ、あのルビーのペンダントは生前俺が死ぬ間際まで持ち続けたペンダントそのものでな。だから、それが縁となり、俺は彼女に召喚された。」

「へぇ…」

 

他人事のように聞き流していた古城に対し、流石にイラついたのかシェロは目を細めて古城を睨みつける。

 

「言っておくが、この聖杯戦争。お前はすでに関わっているからな。古城。」

「へっ?」

 

間抜けな声を上げて、シェロの方を見つめる。何を言っているのか理解できないという表情を全面に押し出され、シェロは今度こそ嘆息する。

 

「我々サーヴァントはな、マスターとして相手のことを認めれば、それは優秀な使い魔として十分な働きをする。だが、そもそも、我々英霊は我が強いからこその英霊だ。そんなものたちが最初、おとなしく言うことを聞いてくれるわけがないだろう?ならば、どうするか?簡単なことだ。我らサーヴァントに対する絶対命令権を与えられたのならば、それは我らを扱うのに正に最も好都合のものと言えるだろう。

 

その絶対命令権を与える術式のことを“令呪”と人は呼ぶ。」

 

そして、と言葉を続けていくシェロ。なぜだろう。彼の言葉はあまりにも、今の古城にはあまりにも不安感を抱かせるものへとなりつつあった。

 

「令呪は…サーヴァントを召喚する際に浮き出てくる紋章のようなもので、人によってそれが出てくる場所は様々だ。…だが、最も多いのは腕や手の甲といった場所に出てくることだ。そして、その形も様々ではあるが、それらには必ず一定のルールがある。」

 

これ以上は聞いてはいけない気がしてならない。でも、ダメだ。聞こうとする耳が頭が思考を止められない。

 

「それはつまり、令呪は3画であるという絶対のルールがな。そのため、ほとんどの令呪は三つの紋様をもって作られたものがほとんどだ。

 

そう。例えば…古城。今お前の左手にある紋章のようにな!」

 

言葉を言い切ると同時に、古城を加えた5人が一斉に古城の左手に目を向ける。それを見て、古城はサーっと血の気が顔から引き、冷や汗を首筋に流す。

 

「なっ!?はあ?じょ、冗談だろう?」

「冗談なものか。もしも、君がマスターでなければ、俺は以前のように外から監視し続けることに徹しようと思い続けられた。

もとよりこんな殺し合い。誰に見せられるわけでもない。いや、知らない方が人々のためだ。そう考えてる俺がなぜ、こんな風に説明していると思う?君がマスターになるなどという愚行を起こしたからだ。戯け!」

 

訳が分からない。一体全体何で自分がすでに今、シェロが語ったなんちゃら戦争に関係しているのだ。いや、だが、そもそも…

 

「ちょ、ちょっと待てよ。だったら、俺のサーヴァントは何処にいるんだよ!?これが本当に令呪っつー物なら当然いるんだろ?俺にもサーヴァントが!!」

 

そう言って、何とかして現状から逃れようとする。だが…

 

「…ハア。君はもう少し、神経を尖らせたらどうかね?少し研ぎ澄ませばわかるはずだ。君は彼のマスターなのだからな。

 

まあ、いい。いるのだろう?ライダー?そろそろ出てきたらどうだ?」

 

シェロが左を向くようにして、その先を見つめる。同様に他の五人もその先を見つめる。すると、虚空からまるで、無色のキャンバスに絵の具を垂らすように空間を揺らしながら、赤銅色の鎧と長髪を揺らしながら、一人の男が出てきた。

那月が一目見た瞬間、それが人ではない何かの気配だと錯覚してしまうほどの神々しいと言って過言ではない威圧感。だが、不思議と圧迫感はなく、そこにはただ、慈母が愛子を見つめるような柔和な空気がただただ流れていた。

 

「こんにちは。アーチャー。いやはや、今度は完璧に気配を消したつもりだったのですが…まさか、またバレてしまうとは…」

「別に気がついたのではなく、予想しただけだ。あなたなら、自分のマスターのことを放置してそのままにしておくわけもあるまい?ならば、どうせ近くにいるだろうと考えたまで…」

「なるほど、若干のカマ掛けに掛かってしまったというわけですか。これは参った!」

 

と言うと、自分の気配に気づかれたというのにまるで他人事のようにはっはっはっと、笑い出した。一方他の五人は呆気に取られたように押し黙るのみで、まるで状況についていけなかった。

それに気付き、シェロは話を切り返すように口を開く。

 

「というわけでこの男が君のサーヴァント。ライダーだ。」

「お初に…いえ、こうして会うのは二度目ですね。会えて嬉しいです。我が主人よ。」

 

恭しく聖人に礼などされた場合、一介の高校生風情に過ぎない古城に威厳を保つようにそのままドッシリと構えるなどできようはずもなく…

 

「あ、コレは律儀に…どうも。」

 

と礼を返すしかなく、そして、そこで正気に立ち戻り、

 

「いや、ちょっと待てーーー!!」

 

と大声を上げる。それに対し、シェロは何やらうざったい物を見るような目つきをして古城を見つめると

 

「何だ?何か質問でもあるのか?」

「あるわ!ありまくるわ!!まず、何で俺がこの人のマスターってことになってんだよ!全然意味が分からねえ!!」

「先ほど俺は言ったな。我々英霊を呼び出すためには必ずその所縁となるもの聖遺物が必要だと。かなり乱暴な召喚方法であろうと、そこに代わりとなる魔方陣や膨大な魔力がありさえすれば、英霊とは呼び出せるものだ。お前は、最近、その聖遺物の周りで魔力を撒き散らしたなどということを犯したことはないか?しかも、代わりとなるような魔方陣たちの中心で…」

「はあ?そんな奇妙なことには巻き込まれ…て…は…」

 

 

そこで、古城がある事件を思い返す。そこで自分が言ったセリフを思い返す。

 

『…聖人の遺体…聖遺物っていうんだってな…』

 

雪菜もそのことに至ったのだろう。あっ、という風に口を覆い、目の前の古城を見つめ直す。

古城の方はひたすら冷や汗を流し続け、ゆっくりとライダーの方を見つめ直す。

 

「…もしかして、あの時のあの腕があんたの聖遺物?」

「はい。そうですが?」

 

何か?という調子で聞き返すように首をかしげるライダー。それを他所に古城は今度こそ頭を真っ白にし、

 

「ウソーー!!?」

「いえ、本当ですよ。」

 

事実を淡々と述べるライダーの口調を無視してひたすらに古城は絶叫する。雪菜の方も絶叫こそしないものの驚いているようで口を手で覆っている。

 

「まあ、とにかくそういうことだ。古城。こうなってしまった以上、お前は否が応でもこの殺し合いに参加しなければならない。」

「な、ふざけんな!誰がそんなことを…」

「では、マスターの権限を誰かに譲り渡すか?できないことはないが…その場合、かなり制限がある上に、お前はこの殺し合いに相手を巻き込むと言っているようなものだと思うが?」

 

痛いところを突かれて、ぐっと喉を唸らせる古城。その一方で那月が今の言葉で聞き逃せない言葉を発したシェロを睨めつけて、尋ねる。

 

「待て。マスターの権限を譲り渡す、だと?そんなことができるのか?」

「ああ、ただし、その場合、聖杯戦争と直接関わり合いがない者たちには譲渡できない。最低でもマスターになっていたか、サーヴァントの魔術的な繋がりがある者しかそれは不可能だ。つまり、今、古城が譲り渡せる人物がいるとしたら…」

「叶瀬だけ…ってことか?」

 

その怯えるように尋ねてくる古城の言葉に首肯するシェロ。

ならば、もはや、論外である。元々、これを譲り渡す気などなかったが、譲り渡す相手があの虫も殺せないような少女である夏音しかいないというのならば、絶対に渡すわけにはいかない。

 

「…俺が謝って済むことではないが、すまないな。元々、君たちにはこのことを知らせずに黙っていようと思っていた。それがこのような結果になってしまったのは俺の不徳のいたすところだろう。だから、ここに陳謝させてもらう。」

 

本当に申し訳ないというようにシェロは深々と頭をさげる。別にシェロの所為ではない。元々、コレはシェロが起こしてしまった騒動でもなんでもないのだから、だが、目の前のこの男はただひたすら頭を下げる。

ライダーの方も全く悪いわけではない上にそもそも、彼は召喚されて間もないというのに、シェロほどではないにせよ、軽い会釈の要領で頭を下げた。

深々ともう、頭が起き上がってこないのではないかというくらいに…

 

「頭を上げてください。シェロ。あなたが悪いわけではありません。元々、貴方方は勝手に呼ばれた身、そのような身で私たちのことを気遣い続けるのは骨が折れることでしょう。むしろこちらの方こそ謝らなければなりません。我々人間の勝手な願いのためだけに貴方方を呼び寄せたというのですから。」

 

ラ・フォリアは静かにシェロに頭を起こすようにお願いした。それでも、わずかな間、頭を下げたまま硬直していたシェロだったがやがて、頭を上げる。

 

「…では、最後の質問だ。貴様らは先ほどから『アーチャー』『ライダー』と名乗っていたがまさか、それが本名ではあるまい。そんな歴史上の人物は聞いたことがない。では、なぜ、そのように呼び合っている。そして、貴様らの真名(・・)とは何だ?」

 

ほとほと鋭い質問をしてくる那月の顔つきを見て、感心と同時に少々の呆れが混じった顔で那月を見た。アーチャーとライダーは両者がアイコンタクトをとる要領でお互い確認を取ると、

 

「それについては仕方がない。まず、我々が呼び合っているこの名はクラス名と言ってな。『セイバー』『ランサー』『アーチャー』『ライダー』『アサシン』『バーサーカー』『キャスター』の7つがある。」

「…?何で、そんな回りくどいことするんだよ。自分の真名言えばいいじゃねえか?」

 

古城のこの反応に対し、シェロは何度目か知らぬ嘆息を吐く。

 

「では、1つ聞くがな?古城。歴史上有名になった英雄。というのは要するに世界にその力を知らしめた英雄ということだ。そこにはあらゆる武勇伝、伝説があるが同時に弱点や突破口まであるわけだ。さて、古城。そんな時に、お前は自分の名前を明け透けにさらけ出すことできるか?」

「あー…」

 

無理だ。いくら一騎当千と言っても、そこに弱点があると知れば迷わずそこをついてくる奴が現れるだろう。そんなところに自分の真名など言ってしまえばたちまち、攻略されかねない。1つ1つゲームに詳細な攻略本に加え裏技が一々あるようなものだ。

 

「そっか。だから、あんたたちはそのクラス名で名前を呼び合っているってわけね。」

「ああ。だから、自分の真名は自分のマスターにしか言わないのが鉄則だし、言う気もない。すまないな。そういうわけだから、真名は言えん。まあ、ただ…」

 

言葉を続けながらシェロは那月たちに背中を向ける。

 

「もし、万が一、俺の真名を当てることができたのなら…その時は観念するさ。ただし、当てられたのなら…な。ではな…」

「っ!待て!」

 

去ろうとしていることにようやく気付いた那月は術式を展開し、戒めの鎖(レージング)をシェロに巻き付けようとする。だが、遅い。あと僅か数瞬でシェロの体に鎖がつこうとしたところで、シェロは空間にホワイトでも垂らすかのように魔力の霧となって消え去る。

 

(安心しろ。別に逃げたりはせん。俺も我がマスターのことが気がかりだしな。しばらくは学校にいるさ。それと、ライダー、君の剣ありがたく使わせてもらった。先ほど、返したが、改めて礼を言う。)

 

どこから声がしているのか見当もつかないが、その言葉に嘘を含めたものはないだろうことは巫女の修行を積んでいる雪菜と紗矢華は未熟ながら掴めたので、そのあたりには雪菜はホッとし、紗矢華の方はどこか迷惑そうな目つきで空を睨んでいた。

 

「…では、最後に残ったのは貴様なわけだが…」

「申し訳ありません。私もマスター以外に自分の真名を言う気はありません。…もっとも…」

 

一度、ライダーが古城の方を一瞥すると…

 

「マスターが他の方々に言ってもいいというのならば、私は構いません。ですが、それには先ほどアーチャーの言っていたような殺し合いに挑む覚悟を決めてからにして欲しいです。」

 

と朗かながら、若干の厳格さを取り入れた口調に古城はわずかにビクッとしたが、すぐに頭を切り替え、どうするかを考える。

そして、数瞬した後…

 

「…言ってくれ。えっと…ライダー。」

「…よろしいのですか?」

「ああ、ここにいるのは、ある意味俺なんかよりよっぽど頼もしいヤツらだ。だから、教えてくれ。ライダー。」

 

その目に確かな覚悟を確認したライダーはわずかに目を閉じたが、やがてゆっくりと目を開けて

 

「わかりました。では、マスターの命に沿い、我が真名を申しましょう。」

 

ゴクッと誰かが唾を飲む音が聞こえた。

辺りは静まり返って、近くの波打の音だけが静かに聞こえる。その重苦しい沈黙を嫌だと思う者はいなかったが、誰もが緊張していた。

そんな空気の中で彼は口を開く。

 

「我が真名はゲオルギウス。かつて、キリスト教布教のために駆け回った聖人が一人です。」

「ゲ、ゲオルギウス!?」

 

一番最初に大声を上げたのは古城だった。

 

「…って、すまん誰だっけ?」

 

そして、一番最初に先ほどから続いていた空気をぶち壊したのも彼だった。彼らの周りはずっこけるまではいかないまでも、驚愕を様々な表情でしていた。

 

「貴様…暁古城。本気で言っているのか?」

 

那月は彼の英語の教師なのだが、さすがにこの学のなさは呆れざるをえない。そして、その次に雪菜が口を開く。

 

「ゲオルギウス。龍殺しをした伝説の英雄であり、聖人でもあったとされるお方です。有名ですよ?」

「へ、へー…そうなのか。」

 

ひたすら苦笑いをしている古城に雪菜は嘆息し、周りも似たような反応をしていた。

 

「…さて、では、私も聞きたいことは聞けましたし、そろそろお暇します。さらばです。雪菜、古城。」

「え?あ、そうか。たしか、アルディギアの騎士たちが意識を取り戻したんだっけ?」

 

古城のその言葉に対して、少し寂しげな表情を返したラ・フォリア。だが、すぐにいつものどこか底知れないものを感じさせる笑みに戻り、

 

「ええ、シェロの話に聞き入ってしまい、遅れてしまいましたが、彼らの安否もいち早く確認したいことなので…」

「そっか。じゃあな。」

「はい。さようなら。ラ・フォリア。」

 

手を振るなどはしないが、それでも古城たちにも若干の物寂しさがあるのだろう。地面に視線を落とし、目を細めている。

すると、ラ・フォリアはずいっと前に出る。何事かと雪菜たちは思ったが…

 

「別れの挨拶です。」

 

そう言って、軽いハグとキスを雪菜の頬にするラ・フォリア。これにはいろいろな訓練を受けている雪菜もわずかな気恥ずかしさを感じざるえないが、挨拶だと割り切れたので、その気恥ずかしさもすぐに消えた。

そして、雪菜への挨拶が終わると、今度は古城の前に出る。古城も雪菜のような前例を見た後で覚悟を決め、顔をわずかに前に出す。

すると、ラ・フォリアはいたずらっぽい笑みを浮かべて古城を見つめた後その唇を古城の唇へとくっ付けた。

 

「「なっ!?」」

 

古城は何が起きている理解できず、頭が真っ白になり、声を上げることすらなかったが、雪菜とそして紗矢華はその光景をまざまざと見せつけられて、圧倒されたように驚きの言葉を口にし、那月はというと、やれやれまたかという風に頭を左右に振り、ライダーはほう、とどこか感心したような口調でその光景に見入っていた。いいのか。聖人。それで…

少しして、ラ・フォリアの唇が離れる。ラ・フォリアはただただいたずらっぽい笑みを広げて、何も口にしなかったが最後に一言。

 

「では、また…」

 

そう言って、フェリーの階段を降っていく。

わずかな空白。那月とライダーを除く3人は何をすべきなのか理解できず立ち尽くすのみだったがやがて、紗矢華はハッと覚醒し、

 

「王女。お待ちを!って暁古城!後でどういうことかきっちり説明してもらうからね!ってか灰になれ!」

 

そう言い残して、ラ・フォリアを追っていく。そして次に覚醒したのは雪菜だった。

 

「…先輩。」

 

若干の殺気を混じえた声に古城は急ぎ頭を覚醒させる。

 

「ま、待て!今のは事故っていうかなんていうか…その…」

「事故…ですか。そうですか…」

「だから、なんで槍を持ち出そうとする!!」

 

古城はなんとか助け舟を捜そうと辺りを見回す。…だが、その結果彼は追い詰められる結果となる。

 

「古城くん!今の女の人だれ!?なんだか、夏音ちゃんに似た雰囲気があって、すっごい美人さんだったっていうか…っていうか、なんで、古城くんとキスしてたの!?」

「凪沙…お前なんでここに…」

 

突然雪菜と自分の間に入ってきた妹の姿と特有のマシンガントークに圧倒されながらも、古城は呟く。

 

「あたしが呼んだの。煌坂さんがあんたがここにいるっていうから…」

 

その声にハッとした調子でギギギと首を曲げる。そこには思った通りの人物がいた。

 

「浅葱!!!煌坂が…お前はいつの間に…」

 

最初のほうが裏返り、非常に焦り、頭に血が上ったが、なんとか言葉を紡ぐ。だが、そんな古城のなんとか紡ぎだした言葉も無神経だと捉えられたようだ。とうとう堪忍袋の緒が切れたという風に古城の元に詰め寄る。

 

「あんたのことが心配だったからに決まってんでしょ!ようやく見つけたと思ったら、銀髪美人とキスしてるし、一体何様のつもりよ!?」

 

これはまずい。想像以上に彼女はお冠のようだ。なんとか話題をそらさねばと考えた古城はある1つのことを思い出す。

 

「あ、そうだ。この前お前が教えてくれるって言ってた。あれの意味って…一体…」

「アレ?」

 

雪菜は頭にはてなを浮かべていたが、浅葱のほうはそれだけで何を言っているのかわかったらしい。見る見るうちに顔が赤くなっていく。

 

「あんなのただの挨拶よ!意味なんてあるわけないでしょ!バカ古城!!とにかく、死ぬ程心配させた罪は重いんだから!覚悟しなさいよね!!」

「先輩…アレってなんですか?」

 

顔を真っ赤にして怒気と恥じらいを混じえた顔で浅葱は叫び、雪菜は懐疑心を含めた表情で古城を見つめて尋ねる。そんな三角関係の輪が明らかにされてるところをどこか期待した眼差しで見ている凪沙。

古城は助け舟を期待して辺りを見回すが、ライダーと那月はとっくにどこかへ消えていた。

多分、那月は空間魔術でライダーはさっきシェロがやったような方法でどこかに消えたのだろうが、救いの手がなくなってしまったのは事実。ということで彼は諦めるしかなく…

 

「勘弁してくれ…」

 

そうつぶやいて、太陽で焼けてしまった赤い空をただただ見つめていた。

 

この時、シェロとライダーの話を聞いた彼らは当然そこまで信じていたわけではなかった。だが、彼らは信じざるを得なくなる。この後起こる五巴の英傑たちによる規格外の戦いをまざまざと見せつけられることになるのだから…




少し、前の小説も書かないとな思っているので、間を置きます。
興味がある方は自分のもう1つの作品の方も読んでみてください。結構なバッシング受けるだろうけど…

追記

あと、今更なのですが、今回のことでライダーが真名を伝えたことについて違和感を感じている方と思われるのですが、そのことについてはライダーの人生が大きく関係していきます。
ですから、その…なるべく長い目で見てくれると助かります。多分、ここら辺から、はぁ?って人が急増してる予感がひしひしとしているので…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼き魔女の迷宮
蒼き魔女の迷宮 I


「おっと!」

「きゃっ!?」

 

いつも以上に混んでいるモノレールの中で古城と雪菜は密着して立っていた。彼らの頬が二人揃ってわずかに赤くなってしまっているのはしかたないことと言えるだろう。なにせ、密着ということは色んなところが触れ合っているわけなのだから

 

「わ、悪りぃな。姫柊。ワザとじゃないんだが…」

「はい。こちらこそです。こっちもワザとじゃありませんから…不可抗力ですから!!」

 

若干強張るように声を吊り上げていた気がするが気にしないことにする。

 

「それにしてもなんで急にこんなに…」

「ああ、それは波朧院フェスタが近いからだろうな。」

 

するといつの間に近くに居たのだろうか。シェロ=アーチャーが彼らの横に居た。いや、シェロと呼ぶのは不適当なのかもしれない。彼の本当の名前はもっと別だと彼自身が述べていた。

なので、昨日のことを含めた意味もあるが、古城たちは正直どんな顔をして彼に会えばいいのか分からなかった。

 

「…そこまで緊張しなくてもいい。俺はいつも通りシェロ=アーチャーということで通してくれ。それとも、君たちは俺の真名について何か思い浮かんだのか?」

「え!?えーと…」

 

こういうのは有名であればあるほど、自信満々に当ててみろと言ってくると戦い方を詳しく見せない限り、案外バレない。なにせ、人とは有名な名前が頭の中に出て来れば出てくるほどその自信満々の態度からまさか引っ掛け!?という思考回路が生まれその真実に至るのに遠のく場合があるのだ。よって古城たちもある程度、自分たちが知っている名前が頭の中に思い浮かんでも、まさか(・・・)と否定してしまったわけである。

特に古城などはゲオルギウスさえも知らなかったほどである。そんな彼がこの浅黒い肌と白髪の男の真名など当てるなどというのは実質不可能に近い。

 

「すみません。その浅黒い肌から中東方面の偉人だと思うのですが、どうでしょうか?」

「…それを俺に聞いてる時点でアウトだと思うのだがね。」

「うっ!」

 

そのズバリとした指摘に息を詰まらせた雪菜の表情にやれやれと言った表情でシェロは頭を左右に振る。

 

「まあいい。先の波朧院フェスタについての説明を続けよう。波朧院フェスタとはその名の通り、ハロウィンをモデルにした絃神島特有の催し物だ。その際、絃神島の交通網は観光客や絃神島にビジネスを求める者たちのためにかなり緩くなる。だから、このようにモノレール内部は混雑しているというわけだ。」

「なるほど。ハロウィンをモデルに…ですか。正に絃神島ならではというところですね。」

「ん?なんでだよ?」

 

そこで古城は首を突っ込む。

 

「魔術に関わりがなかったから知らんだろうが、ハロウィンとは元々、魔除けの儀式だ。その昔、この時期になると、異界との境界に揺らぎが生じ精霊や魔女が人里に押し寄せてくると信じられていた影響でできた…な。」

「へぇ…精霊と魔女ねえ…そんな奴らとはお近づきになりたくねえな。」

「はい。ですから先輩。気をつけてくださいね。」

「え?」

 

不意を突かれたように雪菜の方を振り向く古城に呆れの眼差しを向ける雪菜は

 

「だって、この島で最も危険で不安定な魔力は先輩の魔力なんですから。」

「うぐっ!」

「…まあ、とは言え、もう手遅れな気がするが…」

「は?」

 

雪菜の言葉に対して、喉を詰まらせたような声を上げた古城だが、それ以上にシェロの言葉が聞き捨てならなかった。何というか正体が明らかになって以降、この男の言葉は絶対に聞き逃しちゃいけないような気がしてならなかった。

 

「え、ちょっと待て!手遅れって…何がだよ!?」

「電車内では静かにしろ。古城。というか、何がも何もそのままの意味なのだがな。我々英霊は人間霊としてではなく、精霊として祀られていると言っても過言ではない。その力を写し取っただけの存在に過ぎないにしろ、要するに既にお前はその精霊に関わっていることになる。」

「え?それマジ?」

「ああ、マジだ。だから、手遅れだと言ったのだ。何だ?ライダーに聞いてなかったのか?」

 

頭が真っ白に…なったわけではないにしろ目が点になったかのように素っ頓狂な表情を古城は浮かべる。

その表情に対し、シェロはわずかに怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ん?そういえば、ライダーはどうした?まるっきり気配を感じないが…」

「え?あ、いや、それは…」

 

ーーーーーーー

昨日

 

「こんにちは。凪沙さん。私の名前はライダー。あなたのお兄さんとは少し古い関係でして…しばらくの間この部屋に泊めていただけませんでしょうか?」

「……。」

 

そんなことを突然言われた凪沙は何がどうなってるのかさっぱりだった。

 

「ねえ。古城くん。古い関係って、私、こんな人全然知らないんだけど…」

「え、あ〜、いや、その何だ?なんていうか、結構前に那月ちゃんの知り合いとして紹介されたことがあって、その伝で…な」

 

苦しい言い訳だが、こう言う他に古城に他に道はなかった。なにせ、この目の前の男を自分が間違って召喚してしまったがために殺し合いに自分も巻き込まれることになったんです。などとバカ正直に答えた暁には正直、自分の正気を疑う。

 

「ふーん。那月ちゃんが…ね」

 

ひどく疑わしい表情で見つめてくる凪沙に対し、古城はまっすぐと視線は返せなかった。それはますます凪沙の懐疑心を高める結果になるだろうということは頭で理解できても行動に移せないというのが人の心の厄介なところである。

だが、先に折れたのは意外にも凪沙の方であった。

 

「ま、いいよ。分かった。とりあえずこのライダー…さん?としばらく一緒に暮らすってことでいいんだよね?」

「あ、ああ。」

「…うん。まだ初見だし分かんないけど、悪い人ではなさそうだし、これなら深森ちゃんたちもOK出してくれるでしょ!それにしても多いな〜。最近、ここに新しく移住してくる人私たちの近くで増えてるよね。一体何でだろ?はっ!これはもしかして何かが起こる予兆!!…ってそんなわけないよね。冗談、冗談。あ、ライダーさん何か好きな食べ物ってある?良かったらそれを今日の夕飯のメインにしようと思ってるんだけど、どうかな?」

 

ひと段落つき、凪沙のいつものマシンガントークの悪癖にさすがの聖人もたじろいだがそこは今まで布教を続けた人物なだけあり…

 

「いえ。私にはお構いなく…住んでもらわされてる身でこれ以上の贅沢をできませんし、何より貴女のようなか弱い少女に負担を増やすのは私の望むとこではありませんので…」

「大丈夫だよ〜。二人分も三人分もそんなに変わらないし…」

 

一人おいてけぼりになっている古城は先ほどの凪沙の『何かが起こる予兆』という言葉に過敏に反応したせいもあってかわずかにうつむいていた。

 

(失礼します。少しよろしいでしょうか?マスター。)

「ライダー?ああ。いいぞ。」

 

食事が終わった後、ライダーは古城が風呂に入った後を狙って話しかけてきた。古城の部屋内ということもあってわずかにライダーの声がくぐもって聞こえる。

失礼します。とライダーは言った後、静かに扉を開き、そして閉めた後、彼は座り込む。

 

「で?何の用だよ。」

「はい。今後の行動についての方針なのですが、私としては貴方の護衛を兼ねて、貴方の周りを監視していたいのですが…どうでしょうか?」

「悪い。それやめてくれるか?」

 

即答だった。理由は至極単純で

 

「もう最近、そういうことが多くて多くて仕方ねえ。いい加減1人か2人はそういうの抜かしたいんだよ。」

「…ええ。そうでしょうね。今までの貴方の行動をずっと見てきましたが、確かに貴方の周りでは監視や警護そう言ったものが多くいました。」

 

しかも、ライダーがこの短い間に気づき、古城が気づいていないだけの物で、ザッと50は超えていた。いや、正確にはアレらは1人から出された使い魔なのだろうが、あれだけの数の使い魔を操作し、情報を収集できるものだとすれば相当なものであるのは間違いない。

 

「ですが、これもあの姫柊さんに聞かされ慣れていることでしょうが、貴方は注意が散漫すぎる。それほどの力。我ら英霊でもそれほどの火力を持つものとなるとかなり限られてきます。ならば、その力を狙うものは必ずこの聖杯戦争において、いないと言えますか?」

「……。」

 

言われて押し黙ってしまう古城。だが、やはり護衛を自分の周りにこれ以上置くというのは抵抗があった。確かにライダーのいうことは正論だ。だが、古城は元より怠惰な性格だ。その怠惰な性格がこれ以上四六時中ずっと見続けられるというのは正直抵抗が強かった。

 

「…それでもやっぱ、無理だ。これ以上は…その何つーか疲れちまう。」

「…そうですか…仕方がありません。あまり心労をかけ過ぎるのも、マスターのためになりませんし、それがマスターの望みだというのならば私もその御心に従うまでです。」

 

意外なほどアッサリと身を引いてくれたことに驚き、古城は目を見開く。

 

「驚いた。正直、俺の意思とか関係なく護衛を続けてくると思った。」

「そんなはずがありません。私たちサーヴァントはマスターの忠実な僕この身はただ主人のために尽くし、そして主人のために為す。それが我らです。ですから、私の護衛がマスターの心象をきたすようなことがあるというのならば、私は貴方の『護衛をしないでくれ』という命令を聞きましょう。それが我らです。」

 

そう言ったライダーは背を向け、ドアノブに手をかける。

 

「では…良い夢を…あまり夜遅くまで起きるのは明日の朝用事があるものにとって辛いものがありますので、お早く眠ってください。」

 

そう言って、ライダーは今度こそ部屋を出た。

 

ーーーーーーー

 

「つーわけで、今はライダー連れてないんだ。」

「……。」

 

この場合、同盟を結んだもの同士何かしら忠告するべきなのだろうが、彼にはそんなことはできなかった。いや、というか、してもそれがブーメランで自分に返ってくることまちがいないので出来るわけがなかった。

昔、散々彼女に苦言されてこの男は結局1人で学校に行ったのだから。

 

(まあ、彼女は元々、霊体化できないというデメリットもあったわけなのだが…)

 

だが、まあ、やはり忠告はすべきだろうと考えたので、

 

「あのな、古城…」

 

そう言った瞬間、モノレール内がモノレールの急ブレーキにより思い切り揺れる。

 

「きゃっ」

「のわ!?」

「むっ?」

 

その瞬間、シェロ以外のすべての人間が進行方向とは逆に頭を仰け反らせる。その際、古城は誤って雪菜の胸を触ってしまい、慌ててその手を放す。

 

「!先輩!?」

「ま、待て!今のは不可抗力で…」

 

大声を上げられ、ビクリとした古城は慌てて弁明する。

 

「いえ、そうではなくて、彼女。」

 

だが、雪菜はそのことを別に気にした様子もなく、別の方向へと顔を向ける。そこには幼気な少女の下半身に手を近づけていたサラリーマン風の出で立ちをした男が立っていた。

それは遠目でちゃんと確認できるほどの…

 

「っ!痴漢か!野郎!」

 

古城はそのサラリーマンの手をどけようと近づこうとする。

 

「待て!古城。俺が行く。」

 

だが、彼よりもその現場に近いシェロが手で古城の行く手を塞ぐ。これだけ混み合っている中ではこの中で一番近いものが痴漢を防いだ方がいいだろうと考えたためだ。そして、彼はその痴漢現場へと歩を進める。

そして、サラリーマン風の男の手をどけようとした瞬間、ガシッともう片方の腕を掴まれる。殺気がない上にこの混雑の中ではさすがのシェロも仕方がないかと思った次の瞬間、全身の表毛が逆立つ。所謂危険信号という奴だ。今この手を何とかしなければ自分は技をかけられる。それを理解したシェロの行動は早かった。まず、技を掛けようとしている腕を掴もうとし、急いで掴まれた腕の反対側を引っ込めて掴まれた腕の方へと向ける。

だが、予想以上に技の入りが早い。どうやら、このまま投げ飛ばそうとしているようだ。この混雑の中で投げをやるとなると小手返しかそれに類する技のはず…そう考えたシェロは腕を技を掛けようとする方向の逆へと捻り技に対抗しながら、そして、ついに技を掛けようとする腕を捉えることに成功する。

 

「捉えた!」

 

シェロがそう宣言すると同時に、ピーッとモノレールが駅に着いたサイレン音がモノレール内に響き渡る。

次々と車内の人が降りていくとようやく自分に技を掛けようとした不届き者の顔を見れるようになってきた。

 

「…はっ?」

 

ひょっとすると痴漢の仲間かもしれないと思ったシェロはその光景を見て愕然とした。その人間は夏音の担任教師でもある笹崎だったのである。

笹崎はその手を掴んだまま、

 

「えーと…痴漢1人確保!!」

 

戸惑いながらもそう宣言した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼き魔女の迷宮 II

「いやー、ごめんね。まさか痴漢と間違えて夏音ちゃんのお兄さんを捕まえちゃうなんて!」

 

全く反省の色が見れないような明るい調子で謝ってくる目の前の中華服の女性に技をかけられようとした腕を回し、嘆息しながら目を向ける。

 

「俺としても、まさか夏音の担任に痴漢呼ばわりされるとは思いませんでしたよ。」

 

あの後、シェロと笹崎はお互いに技を掛けよう、掛けられまいとお互いに足掻き続け、古城たちの仲裁が入り、ようやく誤解が解けたところで彼らは両手を離したのだった。

 

「それにしても驚いたわー。途中から結構本気で技を掛けようとしちゃったりしてみたんだけど、全然掛からないんだもの。」

「一応、昔、拳法を少々齧っていましたからね。」

 

笹崎としては、それは嘘だと否定したいところだ。あれは断じて齧った程度でできる動きではない。それこそ死ぬほどの努力によって積み上げてきた拳であることは先ほどの技の応酬で理解できた。

だが、彼はそれを齧った(・・・)と言ったのだ。

 

(これは、案外この人の言っていたっていうことは本当だったりしちゃうかもしれないですよ。先輩。)

 

先輩とは同じ職場にて尊敬している先輩教師を務めている南宮那月のことだ。那月はこのサーヴァントという存在についてはある程度の実力者、権力者に知らせておくべきだろうと考え、伝えたのだ。笹崎はその数少ない事情を知っている人間のうちの1人だ。

少しの間値踏みするかのように目を細めてシェロを見つめた笹崎はやがて、すぐに話題を切り替えようと顔を上げる。

 

「それにしても、おっかしいなー。ちゃんと痴漢の手を掴んだはずなんだけど。」

「本物の痴漢は私が捕まえたぞ。馬鹿犬。」

 

大人びてはいるものの少したどたどしい印象を受ける声音で話しかけられたシェロたちと今まで静観していた古城たち4人は、そちらを振り返る。見ると、そこにはなぜか中等部の制服に身を包んだ南宮那月がそこには立っていた。

 

「那月ちゃん…何だ?その格好?」

「何、最近、モノレール内にて痴漢の被害が続出していてな無理を承知で私が中等部の頃着ていた制服を使って囮捜査をしたと言うわけだ。」

「いや、無理っていうか…」

 

沈黙が4人の間に跋扈する。正直、似合いすぎている。彼女は魔女としての才能に恵まれ、中等部の頃にはすでに自らの魔女としての魔術を極めてしまっている。その結果、彼女の発育はその年で止まっているのだ。なので、普通、那月ほどの年齢になるとまず着れないだろう服を着ても違和感などあろうはずもない。

 

「似合いすぎだろ…」

 

古城のその呟きに他三人は心の中で同意する。

その言葉を不服に思った那月は眉を吊り上げ、古城を睨みつけてきた。はたから見れば、あどけない少女が1人の少年を見上げてるようにしか見えないが、視線を受けてる古城はその視線に対し、思わず目を逸らし、頬に脂汗を流していた。これもまた、端から見ればわからないのだが、古城は凄まじい刺すような殺気というものを那月から一身に受けていたのである。

そんな光景に呆れ、さすがにかわいそうだと考えたシェロは助け舟を出した。

 

「姫柊、古城。そろそろ行かなければ遅刻すると思うんだが…」

「え?うお!やべ!」

「もう、こんな時間だったなんて…」

 

手元にある腕時計を見ると今から急いで閉門時間ギリギリというところだ。

なので、古城たちは急いで那月たちに背を向け

 

「そんなわけだから…悪い那月ちゃん。もう行くよ」

「失礼します。」

 

そそくさと古城たちは学校に向かおうとするそんな背中に対し

 

「暁古城」

 

那月はわずかに必死そうな感覚を言葉に踏まえて言い止める。

 

「えっと…なん…ですか?」

「いや…」

 

那月はそう言ってしばらく考え込むと、やがて何かを振り切ったように皮肉げな笑みを浮かべ

 

「来週もちゃんと授業だからな。ハロウィンの空気にかまけて授業に出席しないなんてことはないように…

 

とまったくもって余計な忠告をしていったのだった。

 

ーーーーーーー

 

教室に着いた古城はひたすらだらーっとして座っていた。そんなダラけている途中にシェロは上から頭を軽く叩き

 

「古城。夏音が何か用があるようだ。」

「へー…って、え!?叶瀬が!?」

 

こういうダラけている時はある程度のことは聞き流してしまう古城だったが、さすがに今のは聞き流せない。…何というか、最近爆弾発言するのは決まってシェロのような気がするが、そこはまあ置いておこう。

シェロが指差す方向を見てみるとそこには軽く会釈してこちらを教室の出入口から窺っている夏音の姿があった。

慌てた調子で古城は教室の出入口まで近づき、夏音と話し始める。

その様子をクラスの全員が不審に思う。古城はともかく、夏音はこの彩海学園では結構な有名人で聖女などと呼ばれているのだ。それが自分のクラスのダラけ男と仲良さそうに話している。正直、違和感が半端ではない。

そして、そのことに目をつけた彼女(・・)はシェロの方へと近づいてくる。

 

「ねぇ…あれ、どういうわけなの?」

 

浅葱は怪訝と警戒を顔に表しながら今なお仲良さそうに話し続ける夏音たちの方を見つめる。そのことに対し、シェロは若干の苦笑を心に交えて

 

「別に君が気にしているようなことではないさ。ただ、少々彼らには縁があってな。そのことを含めたことなのだろうさ。」

「…ふーん。」

 

浅葱は興味なさげな顔を表に出しているが、安堵しているのだろう。先ほどまで力が入っていた肩に力を抜かしている。

 

「よかったじゃない。浅葱。シェロくんがこう言うってことは確実だと思うわよ。」

「ああ、何だかんだでこいつこの学校では結構顔が広いからな。」

 

安堵した浅葱を茶化すようにクールビューティーな少女・築島リンと矢瀬基樹が間に入ってくる。だが、その言葉を閉ざすように

 

「それで私の退院祝いに凪沙ちゃんがお兄さんたちの家でパーティーをしたいというんですけど、よろしい、でしたか?」

「ん、ああ。いいぞ。」

 

夏音の決して大きくない、だが確かな爆弾発言が投下された。その光景を見たシェロはやれやれと肩をすくめ、浅葱は絶句していた。

そして、こういう時、サイドにいるマネージャー達(友達)は実にいい仕事をする。

 

「あ、そんじゃ、古城。そのパーティー、俺らも参加していいか?」

「は?」

「え?」

 

浅葱と古城は同時に口をぽかんと開ける。そして、その機を逃さんとばかりに築島は言葉を畳み掛ける。

 

「そうね。いっぱいいた方が楽しいだろうし、いいわよね。暁くん。」

「あ、ああ、まあ、別にいいけど…」

「え、えええええ!?」

 

思わぬ形で古城の家に行くことになった浅葱はただただ絶叫し、シェロの方はといえばその様子に肩を揺らして笑っていた。だが…

 

「っ!?」

 

突如として背後に感じた怖気にも近い殺気を感じ、教室の窓の方を振り向く。

 

(今のは…気のせいか?いや、今の俺にここまでの殺気放てるとしたら、限られてくる。その上、あれほどの殺気…只者ではない。)

 

今のエミヤシロウは最強または、規格外クラスの力を有している。そのシロウがサーヴァント・アーチャーとして警告を発するほどの怖気。別に恐れなどないにしろ、アレは間違いなく、最強クラスの英霊のしかも随分と馴染み深く、それでいて警告を自分にするような気配だった。

 

(全く、叩き起こされたような気分だな。まるで平和ボケなどしているんじゃない。と俺に鼓舞でもするかのような殺気だったぞ。)

 

少ししてその殺気は解かれた。気配を消したのか、それとも自分の気配探知の外へ行ったのか。後者だった場合、絶対に今すぐには確認が取れない。アーチャークラスのサーヴァントはその戦闘スタイルの特性上、他のサーヴァントよりも気配探知能力が非常に優れているのだ。つまりその気配がなくなったのが前者であれ、後者であれ絶対にシロウはその敵は追えないことになる。

その今は感じない気配に対し、最大級の警戒をしながら、シェロは1つの答えに行き着く。

 

「…コレは、そろそろ力の封印を解かねばマズイかもな…」

 

ーーーーーーー

 

退院祝いのパーティーに呼ばれたシロウは、パーティーの喧騒を他所にベランダで少しの間涼んでいた。

考えているのは昼にあったあの強大な気配について結局、あの後、シロウは誰にも会うことなく、ここにいる。一体、アレは何だったのだろうか?サーヴァントが自らの気配をこれでもかと言わんばかりに強調する。それは愚行以外の何物でもない。おそらくは自分に気づかれたということをいち早くに気付いたあのサーヴァントはそのことが原因ですぐに殺気を解いたのだろう。つまり、アレは誰かに気付いて欲しかった。

 

(とすると…)

「ライダー。」

 

そこでこの家にいるはずのライダーを呼び寄せる。するとライダーはベランダにて霊体化を解き、シロウのすぐ横に来たのだった。ライダーは今、浅葱たちが来ているということもあり、彼らに気づかれないように静かに黙祷を捧げている最中だったようだ。

 

「何でしょうか?アーチャー?」

「今日、何か変わったことは起こらなかったか?」

「?なぜそのようなことを?」

「何。同盟を結んでいる関係上、君ともある程度情報を共通しておく必要があるだろうと思ってな。それで?どうなんだ?」

 

探りを入れる。ライダーもそれが探りだとは見抜いているのだろう。だが、現状、そこまでシロウのことを不審に思っていないライダーはあっけらかんと

 

「いえ、ありませんでしたよ。それで、そちらは…」

「ああ。そうだな。何もなかったよ(・・・・・・・)。」

 

嘘ではない。実際、サーヴァントとは一騎も会わなかったし、自分のあの感覚も気のせいだったといえば、それで繋がってしまう。まあ、もっとも、あの感覚は気のせいなどではない。とほぼ確信を持って言えるのだが…だが、ライダーはその嘘偽りない言葉に対し、不思議に思った。

 

「では、なぜ、そのような質問を?」

「…そうだな。強いて言うのなら…」

 

シロウは空を見上げ、そして答える。

 

「戦士の勘…というやつかな?そろそろ何かが起こる。そんな気がしてならないんだ。」

「なるほど、言われてみればそうかもしれません。」

 

ライダーであるゲオルギウスはドラゴンスレイヤーとしての伝説を持ち合わせている。それ故、突発的な闘いを目の前にすることはあってもそれらは早期に決着がつくものがほとんどだった。だから、彼は闘いの気配というものを感じるという点で言うのならば、シロウよりも劣っていた。だが、そんな彼も意識を研ぎ澄ませば

 

「なるほど…確かに何か起こりそうな気がしますね。」

「ああ。かなりデカイ何かがな…」

「どうしますか?」

「それこそ、決まっているだろう。

 

ただ、この身を主人を守るために使う。それだけだ。」

 

ーーーーーーー

 

「あーあ、これでおしまいですの?全く、随分と虚しい歓迎ですこと。ねえ、お姉さま。」

「そうね。オクタヴィア。久しぶりに来てあげたというのだから、もう少し派手な歓迎を期待していたのだけれど」

 

黒いフードと黒い魔女帽子がよく似合う女性2人は死屍累々というように倒れているこの島の警備兵たちに対し、いかにも退屈そうな表情でそれらを睥睨する。

 

「まあ、この島はこの程度が限界かしらね。では行くわよ。ランサー。何のためにあなたを連れてきたのかその意味を忘れないでちょうだいね。」

 

長女エマ・メイヤーは1人の男に向かってそう言った。

その男は赤い槍と青い髪を吹き散らしながら、わずかに舌打ち気味に自分の主人たちを見るとゆっくりと近づいてきた。

その様子に満足げな笑みを浮かべたエマとオクタヴィアは夜の闇に溶けていくようにコツコツと靴を鳴らしながらゆっくりと絃神島へと歩を進める。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼き魔女の迷宮 III

まだ進まない。いや、序章を重視しなきゃいけないだろうな〜と思っていたらすごく長くなってやがる…どうしよう。ちょっと急ぎ足になるかもしれませんが、ここからは飛び飛びになるかもしれません。すみません。


翌日、古城は雪菜たちを連れてある1人の幼馴染を迎えに行くために絃神島唯一の空港にて待機していた。その際、浅葱、矢瀬、シェロは特に興味がなく、この日は来ないと言っていたのだが…

 

「……。」

 

現在、古城は隠そうともしない3つの気配を感じていた。言うまでもなく、さきほど説明した三人だ。1人はやはり興味半分、1人は何かしらの警戒の念を、そして、最後の1人はいっそ清々しいと言っても過言ではないほどの殺気をぶつける視線を古城に対して浴びせていた。

これも説明しておくと、先から順に矢瀬、浅葱、シェロの順番である。

さて、先の2人は理解できるにしても、最後の1人は理解できないという方々が多いことだろう。それにはこんな理由がある。

 

ーーーーーーー

 

退院パーティーが終わり、その後に古城たちのアルバムを見て、彼らはひと段落つき、他の者は帰ったが、明日自分たちと一緒に出かけるのなら夏音は今日泊まっていくといいという凪沙の要望があり、夏音は今日はこちらで一夜を過ごすことになったのだ。古城は疲れのせいでバッタリとベッドの上に横になった。

すると、コンコンと部屋のドアを叩く音が聞こえてきた。

 

「ん?誰だ?」

(すみません。お兄さん。私です。入ってもいい、でしたか?)

「叶瀬?ああ、いいぞ。」

 

そうして、夏音はおずおずと部屋に入ってきた。男の部屋にパジャマ姿で!…ほぼ、無防備と言っても過言ではないだろう。しかも、夏音の容貌はいっそ整いすぎていると言ってもいい。当然、そんな状態でこの男が意識しないはずなどなく…懸命に理性を手放さないように努力した。

 

「あの…お兄さん?」

「え?あ、ああ。どうしたんだ?いきなり俺の部屋になんで入ってきて。」

 

その質問に対して、夏音はわずかに躊躇するような視線を下に向ける。だが、やがて数分後、決心したように古城の方へと視線を向け、

 

「あの、お兄さん。この前はどうもありがとうございました!」

 

と言った。少しの間、古城はその後の言葉も期待して黙っていたのだが、長いこと黙っているため…

 

「え?もしかして、それだけか?」

「はい。やっぱり、場を改めてお兄さんにはお礼を述べたほうがいいかと思いまして…あの、迷惑、でした?」

「い、いや、別にそんなことはないんだが…」

 

だが、正直な話反応に困る。なんともできた女の子である。最早、絶滅危惧種と言っても相違ないだろう。彼女は本当に古城の方はもう既に終わったことと処理していたあの事件についてお礼を言いに来ただけのようだ。

 

「わざわざ、そんなことしなくても良いのに…アレは俺が勝手にやったことだし」

「いいえ、それでも私は本当に助かりました。」

 

健気に頭を下げ続ける夏音の姿に古城はやがて苦笑し、頭を優しく撫で

 

「そうだな。そんじゃ、その礼きっちり取っておくよ。ありがとうな。叶瀬」

「はい!」

 

ここまでは良かった。夏音の方もこの後は部屋に戻って寝ようと思っていたのだが…

 

(古城くん。カノちゃん知らない?さっき、部屋を出ちゃってからしばらく戻って来ないんだけど…)

「な、凪沙!?」

 

扉の向こう側から自分の妹である凪沙が扉を開けようとする。まずい!思った。何の事情も知らない凪沙がこのパジャマ姿で男子の部屋に入ってきた女の子の姿を見たら、自分がどんな誤解を受けるのか容易に想像できた。だから、古城は思わずといった調子で布団のシーツの中に夏音の頭を押し込めたのだ。

 

(お、お兄さん!?)

「悪い、叶瀬。しばらくそん中にいてくれ。」

 

だが、そこで古城は考えた。仮にこの後、凪沙に「いや、見てないが?」みたいな報告をするとする。だが、そんな時、万が一にも布団がモッコリと膨らんでいるところを凪沙が不審に思ったらどうなるか?

 

「っ!ええい!!」

 

というわけで、古城も布団のシーツをかぶる結果となってしまった。

そして、凪沙が入ってくる。

 

「あれ?ここにもいないか。古城くん。カノちゃん見てないよね?」

「あ、ああ。多分、トイレかなんかじゃないか?うん。」

「うーん。そうなのかなー?」

 

そう言って、凪沙はすぐに部屋を出て行った。ホッとして、シーツの中に首を突っ込み、もう良いぞと夏音に言おうとした瞬間、そこで災難が降ってくる。

 

「っ!?」

 

夏音のことを慌てて押し込めた所為なのだろう。そこには胸元がわずかにはだけ、不思議そうに上目遣いで見てくる夏音の姿があった。その破壊力たるや、それを認識し、直視してしまった古城は思わず鼻を抑える。こんなところで鼻血を流したら、本当にそれこそ大問題だ。だが、ここはシーツの中否が応でも、女の子特有の甘い香りが脳を貫く。

そして、ついに我慢の限界を通り越し、鼻からポタポタと鉄臭い赤黒い液体が滴り出したのだった。

 

「っ!お兄さん、血が!?」

「ああ、いや、大丈夫。心配しなくて良いからこれは…」

「何がですか?」

 

その声を聞いた瞬間全身の血が凍っていくのを古城は感じた。そして、ゆっくりと首をそちらの方へと向けると、そこには、

 

布団を剥いでこちらをどこまでもどこまでも冷たく見透す雪菜と凪沙の姿があった。どうやら、もう一度確認しに来たらしい…

その後のことは説明せずとも大体の方は分かるだろう。いつものように冷たい瞳で夏音を回収した後、バタンと何かを隔絶するような勢いで雪菜は扉を閉めていった。そして、古城はただ1人『誤解だー!』と叫ぶのだった。

そして、そんな様子を4キロほど先のビルから観察していものがいた。そう。シロウである。一応、シロウはサーヴァントの中でもかなり理性的な部類だと自負している。それはまあ、負けず嫌いなところもあり、子供っぽいことをしないでもないが、ただそれでも、ある程度のことを許容できる程度に狭量ではなかったとしても…あれは、頂けない。

 

「まったく…あの馬鹿は、もう少し自分の力というものを自覚しろというのだ。」

 

流石に、剣を構えて古城の元に行こうとはしなかったが、それでも…

 

ーーーーーーー

 

(やはり殺気くらいは出して警告すべきだろう)

 

それがシロウの考えた結論である。まあ、なんというか、理性的というよりも過保護と言ったほうが正しいようなサーヴァントの在り方である。

 

「で、なんでお前らがいるんだよ。」

 

そしてついに古城はこちらに声をかけてきた。

 

「いやー、やっぱり古城の昔からの親友って言うと気になるなーって思ってよ。」

「そうそう。私たちは通りすがりの通行人ってことで良いから。ね、シェロ」

「…俺はまったく別の理由だ。どこぞの色魔が我が主人を傷物にしてくれようものならどうしてくれようと思ったまで…」

「は?色魔?」

 

矢瀬たちは首を傾げていたが、古城には自覚があったのだろう。わずかに顔を赤らめて咳き込み…

 

「ふ、ふーん…そうか。」

 

そう言って背を向ける。正直な話、これ以上シェロの方を向いていたら視線だけで殺されるような予感があったために…

だが、そんな時だ。

 

「古城!!」

 

不意を突くように上から声がし、そちらを振り向く。すると、そこにはこちらを向きながら、エスカレーター途中から古城の方へと落ちてくる1人の美少女がいた。古城は驚いたが、慌てた調子でその体を支える。

周りのものたちもその光景にしばし唖然としたが、やがて一番最初に衝撃から蘇った古城が口を開く。

 

「久しぶりだね。古城。」

「ゆ、優麻!?ったく、相変わらず無茶しやがって…」

「えー、古城ほどじゃないよ〜。」

「ユウちゃん、久しぶり!」

 

古城と凪沙は久しぶりに会った幼馴染の姿にわいわいと興奮していたが、他のものたちは別のところで衝撃を受けていた。

 

「お、女の子」

「しかも、美人!?」

 

中性的な顔立ちながらその整っている容貌に思わず見とれる、というか唖然とした雪菜と浅葱の二人。昨日、パーティが終わった後、写真を見せられた時、幼馴染の子についても説明はなされていたが、まさか女の子だったなんて…

ただ、まあ、シロウの方は

 

「ふむ。」

 

生前、数多くの美女にあったことがある彼にはそこまでの驚きはなかったのだった。

 

ある程度のところを回り、最後にキーストーンゲートの頂上にやってきた古城たち。

 

「うわー、凄い景色だね。」

「えへへ、気に入ってくれてよかったよユウちゃん。」

 

凪沙と優麻は生来の相性の良さがあるからだろう。次々に話の話題が出てくる様にシェロもわずかに驚いたものだ。

すると、そこで不意に古城たちの方に目がいく。前に飛行機で大騒ぎしていた雪菜のことだ。おそらく、高い場所が苦手なんだろう。キーストーンゲートの中に時折ある地面までみえるガラスの上を古城の手をとってやっと飛び越えられた様子を見て、懐かしい何かを見る感覚に襲われる。

 

『先輩…』

 

(ああ、そうか。)

 

一人の少女がいた。その少女は最初、自分や他人、そういったものにとにかく無関心だった。そう。それだけはよく覚えてる。そして、自分がそんな彼女をどうにかしてあげたくて、色々手を尽くした結果、彼女は心を取り戻した。ということも記憶に焼き付いている。

 

「おそらく、伝記には載ってないのだろうな。桜のことは…」

 

だが、それでも彼女を救えたあの時のことを彼は正確に記憶している。あれが源泉というわけではないが、おそらく自分は、あの時も人からは決して理解されない偽善で動いていたに違いない。

まったく…思い返しても自分の人生には吐き気がする。だが、その過去に対し、今のエミヤシロウは何の恨みも憎悪も抱いていない。それは嬉しいことでもあり、だが、自分を支えてくれた人々のことを思い浮かべるとどうしようもなく切ない気持ちになる。

 

「…まったく、感慨にふけるなど俺らしくもないとわかっているのだがな…」

「シェロさん?」

 

ブツブツと隣で呟いていたシェロの様子を奇妙に思い、こちらの方へと首を向ける夏音。それに対し、シェロは大丈夫だ。と言って夏音の頭を優しく撫でる。

 

「何でもない。少し、席を外す。皆のところに行っていろ、夏音。」

「え、あ、はい。」

 

戸惑い、何が起こっているのか理解できていない夏音は何となく、その言葉に頷いた。そして、シェロはその頷きを確認した後、今のどうしようもなく切ない気分を鎮めるためにトイレに行こうとした。

そう。二人とも今日と明日を含めて、それが最後の挨拶になるとも知らずに…

 

ところ変わって、暁古城は自分の携帯を手に取る。名前は煌坂紗矢華と表示されている。

 

「ん?何だ?煌坂のヤツ、こんな日に…」

 

その電話に出る。

 

「何だ?煌坂?」

『ふふ、(わたくし)です。』

 

その涼やかながら、透き通るような声に聞き覚えがあり、そして、さらに驚きの声を発する。

 

「ラ・フォリア!?」

『はい。紗矢華のお気に入りの中にあなたの番号が入っていたので、かけてみま…きゃ!』

『も、もしもし!暁古城!?このお気に入りっていうのは入れた番号に呪いをかける仕掛けなんだからね!勘違いしないでよね!』

「地味に嫌な仕掛けだな…それで、何で、ラ・フォリアがいるんだよ?そっちの話じゃとっくに帰ってるはずだろ?」

『それが…』

 

そこで口ごもりながら説明する紗矢華の説明内容に古城は思わず驚きの声を上げる。

 

「はぁ!?空港から人工基島(ギガフロート)まで一気に移動した!?ほぼ、反対側だぞ!?」

『そんなこと言われたって、事実なんだからしょうがないでしょう!』

 

古城の大声に対して、負けじと叫ぶように返す紗矢華。その様子に周りの客はこちらに注目しまくっているが今はそんなことを気にしていられない。それ以上のトラブルが起きかけている予感がする言葉を紗矢華きら聞かされたのだから…

 

『それでとりあえず状況だけでも報告したほうがいいと思って、報告したんだけど、そっちは大丈夫なわけ?』

「あ、ああ。一応な…って、ん?叶瀬?どうした?」

 

トラブルというのは常に連続するものだ。古城が紗矢華たちと電話をしていると夏音がひどく心配そうな表情でこちらに近づいてきた。

そして、夏音が次にしゃべる内容は正しくトラブルと認識されるべきものへと変わる。

 

「あの、お兄さん。シェロさんを知りません、でした?」

「シェロ?いや、見てないけど、どうかしたのか?」

「はい、さっき、席を外すと言ってからもう20分以上経っているというのに全然帰ってくる気配がありません、でした。もしかして、もう帰っちゃったのかなと…」

「は?シェロが!?」

 

正直、それはないと言いたい。確かに最近不審感が募るような事態が何度も起きたが、それでもシェロの夏音に対する想いは確かなものであり、アレを嘘だったなどと古城は断定したくなかったためである。

だが、そんな思考の時間は、思わぬ方向から来た聞き覚えのある声によって打ち消された。

 

『すまない。古城。そこにいる夏音に心配はいらないと伝えておいてくれ。』

「へっ、って、この声!?」

 

ーーーーーーー

 

ところ変わって、ここは絃神島のどこかのビルの頂上

ヘリポートなどが存在しているその場に現在、二人の女性と一人の男が立っていた。二人の女性とはラ・フォリアと紗矢華のことであり、そして一人の男とは…

 

『シェロか!?お前、何でそんなところにいるんだよ!?』

 

突如として聞こえてきた声に驚愕して、ラ・フォリアと紗矢華も自分の後方を見る。すると、やはり、そこにはやはり、白髪と褐色の肌が特徴的な少年シェロ=アーチャーがいた。

数分前、シェロはトイレの中に入ろうとした瞬間、いきなり不快な浮遊感に襲われたのである。そのことに対して、眉を潜めたが、それどころではないことがすぐに理解できた。何と、どことも知れぬ公園の入り口にシェロは立っていたのだ。

 

『なっ!?』

 

驚いたシェロは急いで戻ろうと思ったが、ここは、公園の入り口だ。元より境界となるようなものが存在するとは思えない。故に、どうやって戻ればいいのか流石のシェロにとっても理解の外だったのだ。もしも、彼が霊体化していたというのならば、こんなことは起こらなかっただろう。霊体化はそもそも、現世のあらゆる事象から外れた存在となることができるのだから…だが、である。今現在、この場にて何が起こっているのか分かっていない彼にとってそれは、あまりいい手とは言えないと思った。

このような場合、戦場では如何にその場に慣れるかが戦闘において重要だとシェロは考えたのである。もしかしたら、このまま、夏音の元に戻った方がいいのかもしれないがそこは同盟相手であるライダーか、夏音の保護を担当している南宮那月に任せていいかもしれない。

他のサーヴァントに信用を置き過ぎるのはかなりまずいことではあるのだが、彼に関しては別だ。アーチャー自身かなり世話になっている上に、今、夏音に手を出そうとすれば、どうなるかなど彼自身よく理解しているだろうと考えたためである。

というわけで、シェロはサーヴァント・アーチャーとして色々な扉を開け閉めしていくうちに…

 

「いや、何というかな、前も言った通り俺の霊格は天使とほぼ同格ということもあったせいか…どうやら俺のほうもラ・フォリアたちと同じような騒動に巻き込まれたと考えた方がいいだろうな。」

『ま、マジかよ…』

 

と、そこでまた、あちらで騒ぎが起きる。どうやら、また、トラブルが起こったようだ。さらに、こちらでもある意味でトラブルが起きてしまった…どうやら、かなり、ギリギリのラインで電話をしたために携帯の電源が切れてしまったようだ。

ブツッと突如として切れてしまった電源に対し、紗矢華は苛立ちを隠そうともせず…

 

「ああ!もう!!」

 

そう声を上げた。対照的にラ・フォリアは落ち着きを取り戻すようにふぅと一息吐き…

 

「さて…」

 

それを節目とラ・フォリアは捉え、シェロの方へと向きなおる。

そして、底知れない笑みを浮かべながら…

 

「私たちはこれからどうしましょうか?シェロ?」

 

彼女はそう尋ねてきた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼の魔女の迷宮 IV

面倒くせー…だれか、就活とか論文とか授業とかの忙しさ…どれか1つでもいいから変わってくれー!!
何なんだろう最近、FGOを回すと、イスカンダルとかメイヴとかエミヤ(アサシン)とか酒呑童子とか当たるのは何なんだろう…哀れみでも俺に込められてるのかな?いや、嬉しいよ。今日なんて引いたら10連でマルタ(3回目)、エレナ(2回目)、エミヤ(アサシン)、酒呑童子っていうラインナップだったし…いや、嬉しいよ。皮肉とか何でもなく、メチャクチャ嬉しいよ!でも、何でだろう…素直に喜べねーよ!!これって俺が捻くれてるのかな?そうなのかな!?

ハア、ハア、ハア…

はい。
連載遅れてしまい、あと、自分的には最早口のつもりだったのですが、もしも先ほどの言葉にイラッときてしまった方々…本当に!誠に申し訳ございません!

いや、なんか溜め込んだものを一気にここで放出しないと何かここら辺で作品を挫折しかねないような気がしたので…時に作品についてなのですが、古城たちがシロウを確認できたということで、ここから一気に世界観が変わります。ストライクザブラッドとフェイトを織り交ぜたこの世界の物語を連載が続く限り応援してくれると嬉しいです!

ああ…自分のノルマ的には一、二週間に一回だったのになー…
あはは…では、また次の作品で!!


「しかし、段々めんどくさくなってきたな…」

「ええ。驚きました。まさか、あの時、船にいた魔女である南宮那月が行方不明になっていたとは…」

 

家に帰った古城はしばらくの間、凪沙と優麻を雪菜の部屋に預かってもらうことにして、ライダーの霊体化を解くように進言した。理由は先ほども言った通り、自分の担任である南宮那月が行方不明になってしまったからだ。

彼女が行方不明になったことをなぜ気づけたのかというと、キーストーンゲートにいた時、彼らを尋ねてきた少女がいたのだ。名をアスタルテ。藍色の髪のそのホムンクルスは現在、眷獣をも扱えるという点が目につき、那月の助手という立場で保護下に置かれている。

それゆえ、マスターの身辺調査も彼女の1日のスケジュールに入っているのだ。その彼女が那月が行方不明になったと言った以上、那月の身に何かあったと考えるのはこの場合、普通と言えるだろう。

 

「私から見ても彼女は優れた魔術師でした。その彼女が行方不明となると例の空間を侵した異能の事件と無関係ではないでしょう。」

「叶瀬の方もシェロがいればなんとかなるかと思ったのに、あいつ自身も事件に巻き込まれたとなると…な…」

 

重苦しい空気が辺りに充満する。次の第一声をライダーが出す。

 

「…とりあえず、気分転換に湯浴みにでもいったらどうでしょうか?こう煮詰まっていても仕方がありませんしね。」

「そう…かな?」

「ええ、こういう時の気分転換は大事ですよ。」

「そう…だな。んじゃ、風呂入ってくるわ。」

 

そう言って、勢いよく立った古城は風呂場へと向かった。

脱衣所の扉を開き、衣服を脱ぎ、腰にタオルを巻き、いざ、風呂へ行かんという風にわずかに思い切りをつけながら、古城は浴場の扉を開ける。

 

すると、瞬間、耳の奥で耳鳴りがしたような不快な感覚が襲い掛かってくる。

 

「っ!ん?」

 

その不快感に眉を顰めた古城はすぐに驚きの声を上げる。なんと、風呂場ではすでに湯気が上がっているのだ。湯気が上がっているということはすでに誰か風呂に入っているということ…そう。それはおかしい。だって、古城は誰もいないことを確認しながら、この風呂場に入ってきたのだから…

 

「お兄さん?」

 

そして、その違和感の正体が声をかけてくる。その声に聞き覚えがあり、何より嫌な予感がした古城はギギギと油を注し忘れた機械のように首を回してそちらを確認する。すると、そこには現在、体を泡で覆っている叶瀬夏音と…

 

「第四真祖を目視にて確認。」

「あはは…古城…そう言うのは心の準備が…」

「叶瀬…?アスタルテや優麻まで…あの、どうして風呂に…」

 

この状況が理解できなかった古城は恐る恐ると言った風に声をかける。すると、夏音は若干、困った風に

 

「はい。すみません。先にお風呂頂いちゃい、ました。」

 

と頬を染めながら夏音は答えた。

 

「あ…ああ。そう…それはごゆっくり…」

 

その後、ゆっくり、ゆっくりと足を後ろへ後ろへと運び、

 

バン、と勢いよく扉を閉めた。

 

「な…なんだ?一体、何がどうなって…」

 

幸いなことに古城は下半身をタオルで覆っていたので最低限のマナーを守ったと言えるだろう。まあ、今の古城にそんなことを気にしてられるほどの余裕などあったものではないのだが…

 

その後、古城は凍えるような瞳を目の奥で焔のように揺らした雪菜によってしばらくの説教を余儀なくされたのは言うまでもないことだろう。

 

ーーーーーーー

 

そして、シチュエーションは全く違うが、似たような目に遭っている不幸な男性がここにもいた。

 

「…さて…」

 

努めて冷静に…現状を打破するために頭を回転させ続ける。

言うまでもなく、先ほどのセリフはシェロが言った言葉である。

現在のシェロたちの状態を簡潔に述べると次のようになる。

 

シェロ、ラ・フォリア、紗矢華の三人は現在、ラブホテルの一室にいます。(しかも、もう夜)

 

もうアレである。3(ピー)と言われても疑いの余地ゼロの状況と言っても差し支えない状態である。

そして、こんなところでもやっぱり大物感を出す人物がここにはいた。

 

「それでは、寝ましょうか!」

「「待て(ってください)!!」」

 

百戦錬磨の英霊と獅子王機関の舞威媛はほぼ同時に、叫んだ。

 

「なんでしょうか?もう、遅いのです。早めに寝て、明日に備えなければならないというのに…」

「それは至極真っ当だが、君のその『寝ましょうか。』というのはどういう意味が含まれているのか、まずそこから聞こうか?」

「どういう意味とは?」

「その…もしかして、そこの男と一緒にベッドに入るということではないですよね?」

 

恐る恐る聞く。いや、普通考えれば、そんなこと起ころうはずもないのだが、相手はあのラ・フォリアである。面白がってそんなことしそうな気が…

 

「はい、その通りですが?」

「「却下!!!」」

 

やはりその通りだった。これまたほぼ同時に否定の答えが聞こえてきたのに対して、キョトンとワザとらしく首を傾げる確信犯(ラ・フォリア)

 

「なぜ、いけないのでしょうか?」

「なぜ?ではない。少なくともこのような状況下でなぜ君がそんなことを言い出したのか、その辺りから聞こうか?」

「絃神島が常夏とは言え、夜は冷えるでしょう?ならば、温まる意味合いを含めてここは一緒に布団に入るべきでは…」

 

実にまともである。だが、この場合、こういう時の彼女の説得力は皆無に等しい。続けて、紗矢華が突っ込む。

 

「いえ、それでしたら、この男には申し訳有りませんが、床か椅子で寝てもらうという手もあるでしょう?」

 

サラッとひどいことを言ってのける紗矢華に対して

 

「それではこちらが申し訳ない気分になってしまいます。」

(いや、それはどちらかというとこちらのセリフなんだが…)

 

頭が痛くなってくる。こういう時に限って、この王女は中々引いてくれないのである。別に変態性を秘めているというわけではないのだろう。多分、その方が面白いからという非常に享楽的で腹黒な一面が見え隠れする理由があってのことなのだろうが…

だが、さすがに譲れないものがある。別に襲うということないのだが正直、彼にとってそこが問題なのではなく、もう少し、この危なげな王女に警戒心というものを持ってもらいたいのである。

 

「いや、こちらとしては眠らなくても別に大丈夫だ。我々英霊はそもそも霊体。睡眠など必要ないのだ。だから、そのベッドは君たち二人で使ってもらうといい。」

「と、この男も言っていますし、そうしましょう!王女!!」

「ですが…」

「これだけ特異なことが起こっている現状だ。見張りの一人や二人ついておいた方がいいだろう。ならば、睡眠が必要ない英霊である俺がその任を請け負った方がいいだろう。というわけで、君たちはもう寝たまえ。」

 

そこまで言われると流石のラ・フォリアもこれ以上、しつこくそれを要求しようと思わなくなったらしく…渋々といった感じで

 

「分かりました。しょうがありませんね。」

 

そう言って承諾してくれた。安堵した二人はホッとそこで胸をなでおろし、紗矢華は就寝準備を、シロウは出入口で立ち監視を始めることとした。

 

(やれやれ、困った王女様だ。生前、王女やら何やらというのにはそこまで縁はなかったが、それでも少なからず会うことはあった。だが…あのようなチャレンジャー染みた王女は俺でも初めて目にするな。)

 

そんなことを考えながら、シロウは目を閉じ意識を集中させる。

弓兵(アーチャー)のサーヴァントは弓を扱うという特性上、サーヴァント探知機能が他のサーヴァントに比べて優れている。ただ、もちろんこれも相手側がそれに気付き、気配を消そうとされたり、霊体化されたりされれば、あまり意味をなさない。更に、距離が遠すぎた場合は漠然とあちらの方角に誰か居るということしか分からない。

だが、やはり、情報は多いほうが確実性を増す。

そして、網をどんどんと広げていくうちに1つの気配にたどり着いた。

 

(っ!?この気配!これは…)

 

普通サーヴァントの気配を感じたからといって個人まで特定できるわけではない。当然である。たとえば、釣り餌に魚が飛びついたとしてその姿を確認するにはやはり、水辺まで魚が浮かび、その姿を確認するまでそれが何の魚なのかなど分かるはずもない。

だが、どんな時も例外はある。たとえば、経験則の法則というものがある。例えば不規則な動きをするアメリカンフットボールのボールも彼らフットボールプレイヤーはそれを理屈ではなく自分の中にある経験によってそれが一体どんな動きをするのか感じ取ることができる。そう。つまり、それは理屈ではなく、本能が、感覚が…ただその重さを感じるだけで一体何が掛かったの熟練のアングラーが理解できるように…シロウはその存在を正確に理解した。

 

「やれやれ…よもや、またも君に会うことになるとはな。仕方があるまい。君と戦うのは俺の方がいいだろう。なあ、ランサー?」

 

小声でどことも知れぬ遠い場所を見つめるように目を細めて、彼はそう呟いた。

 

ーーーーーーー

 

「……。」

「あら?どうしたのかしら?ランサー?」

「いんや、別に、ただ妙に馴染みがある気配が感じられたからよ。俺のこの予感が正しければ、結構厄介なヤツがこの島にいるみてえだぜ。マスター。」

「へぇ…あなたをして厄介というと結構なモノなのね。その敵は…」

「ああ…」

 

彼のマスターはメイヤー姉妹の中でも姉の方であるエマ・メイヤーである。彼女がなぜこのランサーを召喚するに至ったのか?それには少々、混みいった事情がある。

彼女たちがちょうどドイツにいるとき、一人の女性がこちらに近づいてきて言ったのだ。

 

(あなたたち、メイヤー姉妹でしょう。ちょうどいいわ。あなたたちに耳寄りの情報があるの。)

 

信じられないほど左右均等の美貌を持ち、白銀の髪を揺らし、赤い瞳をした女性に姉妹揃って釘付けになり、攻撃も何もせずにただただその女性の話に聞き入ることしか出来なかった

そうして、その女性は1つの赤い何かの欠片となにか円のような物が描かれている紙をを彼女たちに渡してこう言ったのだ。

 

(これをアイルランドの人里離れた場所において、ここにある召喚陣を描いて…そうしてこう唱えてみて…

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する

 

告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者。

 

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!

 

そうすれば、あなたたちは今まで手に入れられなかった力を手にすることができるわ。)

 

別にその言葉を真に受けてその通りにする必要などどこにもなかった。何より、その女性とは元より縁も所縁ないただの他人であった。

だから、こんなゴミにしか見えない赤い欠片、捨て置くのが普通である。

だが、彼女たちはそうしなかった。むしろ、進んでアイルランドに行き、そしてその女性のいう通りその召喚を行ったのだ。

こうして、彼女たちはランサーを召喚するに至ったのだ。その気配は間違いなく人とはもはや別物と言ってよく、彼女たちはその存在に激しい高揚感と同時に劣等感を抱いたのだ。

紛れもない魔女である彼女たちがあの女性の言葉から耳を離せず、その言う通りに行動してしまったのだ。その女性のそれこそ「魔女の甘言」に魔女である彼女たちがである。そう。この時になって彼女たちはようやく気付いたのだ。彼女たちはあの時、催眠の類の術をかけられ、断りようもない状況に陥っていたのだということに…

それはひどい侮辱だ。彼女たちよりも大分若い。女性とは言ってもまだ二十代も行っていないだろう。そんな女に魔女として大成の域にまで至ったと自負している彼女たちは魔術で負けていないにせよ、自分たちはその甘言に、誘惑に誘われてしまったのだ!

 

負けたのだ!!

 

だから、自分たちが所属するL・C・O …通称・図書館のメンバーからこの計画を聞いた時、彼女たちは進んで意欲的に参加しようと考えた。この計画が成功すれば上手くすれば我々が更なる力を手にすることもできる。そうだ。そうすれば、あのような小娘に対する劣等感など払拭することができる。彼女たちはそう考えながらこの島に来たのだ。

 

「もうすぐ、もうすぐよ。オクタヴィア。私達の願いが叶うまで…」

「ええ、お姉さま。それまで頼むわよ。ランサー。」

「…はいよ。」

 

ランサーはそんな二人の様子をどこか哀れむようなものと嫌悪感を交えた複雑な瞳で見つめながら後に続くのだった。

 

ーーーーーーー

 

翌朝、いっそトゲトゲしいと言っても過言ではない空間の中でシェロたちは今日の準備を開始していた。

 

「…だからその…すまなかったと言っているだろう?」

 

シェロにしては珍しく若干弱々しく言の葉を紡ぐが、それに対して紗矢華はキッと敵意を込めた瞳でこちらを睨みつけてくるだけだった。

 

(参った。全く油断していた。)

 

あの腹黒王女が面白いことなら何でも試したいという非常に危なげな女性であるということは昨日の時点で重々承知していたはずだったのに、シェロは周りのこと、特に外のことばかり気にしすぎていたため、部屋のことは彼女たちの安否を確認できる程度にしか確認していなかったのである。そのため、今現在、というか先ほど、紗矢華の生まれたままの姿を見ることになるなどという予想だにしない出来事に遭遇したのだ。

確かに…途中、衣服が擦れるような音がしていた。それは確かだ。だが、それがラ・フォリアが自分自身の服と紗矢華の服を脱がしていた音だと誰が理解できるだろう?

 

「さて、では、そろそろ作戦会議を始めましょうか?」

 

と、ことの原因が口を出した時は流石のシロウもイラッとくるものがあったが、そこは流石に紳士としてすぐに冷静さを取り戻し、

 

「そうだな…そうしよう。」

 

と言って紗矢華から一番距離が取れた位置にある椅子に彼は腰掛けた。

 

「まず、現状の把握から…シェロは英霊であるあなたの身からしてこの現象について一体どう思いますか?」

「…そうだな正直なところ、これはただのイタズラとするにはあまりに大仰な気がする。まず、間違いなく何らかの目的があっての行動だと俺は考える。…と、その前に君たちに言っておくことがある。」

「言っておくこと?」

「ああ…きっと、北欧人である君にとっては無視できない内容だろう…」

 

ーーーーーーー

 

「な、な、な…」

 

鏡の前に立ち、少女 仙都木優麻…いや、正確には優麻だった者は驚愕の表情を浮かべる。一体全体どうしてこんなことになっているのかわからない。だが、ここにこの姿があるということはそういうことなのだろう。

間違いない。自分は暁古城は現在、仙都木優麻の体の中にいる!

 

「何じゃこりゃ〜!?」

 

古城はその姿を確認し、ただただ、絶叫をあげることしか出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼き魔女の迷宮V

冷静になって状況を判断する。自分は昨日の夜、災難はあったものの姫柊の説教を聞かされた後、台所に行った彼は眠気覚ましのコーヒーを飲んでいたところだった。そんな時、彼の後ろから人の気配がした。

 

突然のことに慌ててしまい古城は持っていたカップを手放してしまい、そのまま割ってしまった。『あちゃー』と心の中でつぶやきながらもそのついでに背後を振り向くと、そこには優麻がいた。

優麻は割れたカップの方を見ると古城とすぐに割れた欠片を集めだした。その時に古城は指を切ってしまったため、優麻が治療してくれるということになったのだが…問題はその後だ。

 

絆創膏を手に取り、自分の指に巻きつけてくれた優麻は少し、自分との会話のやり取りをした時、こう言ったのだ。

 

『やっぱり、僕には古城しかいない…』

 

そう言って、優麻は自分の口元に軽くキスをした。すると、彼女の背後から何か青い影みたいなものが出てきて…

 

ーーーーーーー

 

とここで記憶が途切れてしまい、気がつくと古城の体は仙都木優麻のものになってしまったというわけなのである。

 

(あれは…一体…?)

 

あの青い影、あれが自分の体に異変を起こしたことくらい流石の古城にも気づける。だが、それだけだ。それ以上は分からない。自分に何が起こり、相手が何を起こしたらこんなことになるのか?

全くもって、戦闘の素人である彼にはそれ以上のことは分からなかった。

 

「…仕方ねえ。複雑だけど、姫柊に聞くしかねえか…と、その前に」

 

振り向き、何も映っていない虚空を向きながら、古城は声を上げる。

 

「ライダー!…いるのか?」

 

しばらくすると、虚空から赤銅色の鎧を身につけた男が姿を現し、そのまま、床に手と膝をつけた。

 

「はい…申し訳ありません。マスター。私が部屋にいるのも無粋なものだと考え、わずかな間、目を離している隙にまさかこのようなことが起こるとは…」

 

ライダーは人を導いてきた聖人である。彼は多くの者に対し、宣教を行ってきた。故に何が悪逆で、何が善行なのか見極めるだけの眼力はある程度持ち合わせているはずだった。だから、彼女から出てくる古城への親愛の情は間違いなく本物だと彼は判断したのである。

だが、その結果がこれである。ライダーは自らの浅薄さに嫌気が刺した。

そんなことを言っても始まらないのは分かっているが、このような事態になってしまった以上、ライダーは恥を感じざるを得ない。

 

「ああ…いいよ。実際、あの時のあの状態を第三者に見られていたっていうのもそれはそれで嫌だし…」

「は…?」

「ああぁ!いや、なんでもない。こっちの話だ。ってか、よく俺だって分かったな。」

「あなたの肉体とのリンクは未だに繋がっていますが、その時に魔力の流れが妙に変わりましてね…更に、その後を見るとあなたが使えないはずの魔術を使っていたのです。流石に違和感を感じますよ。」

 

なるほどと、そこで一拍置いた古城はふぅとため息を出して辺りを見渡し…とその前にとんでもないことを聞いた気がする。

 

「とりあえず、このことを姫柊に聞いてみるよ。この先どうして行けばいいかはその後、考えよう。…って、待て!魔術だと!?」

「ええ、あの時はそうですね。さほど、取り立てて騒ぐほどのモノではなかったですが、アレは間違いなく…魔術でしたね。」

 

ーーーーーーー

 

「シェロ…さっき言っていたことは…本当なのですか?」

 

ラブホテルのドアを出た先は今度はいきなりデパートの扉から街に出てしまった三者はもう慣れたものでそのまま、街を歩きながら話を続けていく。

 

「ああ、少々、あの男とは縁があってな…まあ、正直な話、腐れ縁と言っていいものなのだが…間違いないだろう。」

 

サーヴァントとしてアーチャーたるシロウは静かに、厳かにその名を呟く。

 

「ラ・フォリア…正確には西欧人が中心だが、君たち北欧人にとっても縁深いと言っても過言ではない男。『クーフーリン』が今、この島に現界している。」

 

その名を聞いたラ・フォリアは今までの微笑を消し、わずかに考え込むような表情で会話から一歩離れた位置へと移動する。ケルト神話と北欧神話はそれぞれまったく違う物語ではあるもののどちらとも縁深いものが存在している。例えば、クーフーリンの師である影の国の女王スカサハは北欧神話の女神スカジと同一の存在とされ、ケルトの魔術には一部、北欧でも有名なルーン文字が混ざっている。故にケルト神話とは北欧人にとっても忘れられない神話となっているのは何もおかしいことではないだろう。

何よりこの皇女は人並み以上に魔術を学んでいる。ケルト神話への理解がない方がおかしいくらいである。

 

「その…日本でもよく聞く名前なんだけど、クーフーリンって一体どんな英雄なの?」

「簡単に言ってしまうと、そうだな…最期まで、自分本位に生き続け、そして、鮮やかに散って行った英雄。というべき…いや、鮮やかというのは違うか…まあ、感じ方によるものがあるな。アレは…」

「そうですね。かの英雄の生き様に関しては、色々な感じ方の違いがあると思います。」

 

ラ・フォリアは考え込んでいた様子を解き、再び間に入ってくると説明を始めるように指を立て、紗矢華の方へと向き直る。

 

「クーフーリン…彼の話をすると、長くなりますので要約して説明しますと…魔槍ゲイ・ボルグの使い手にして、太陽神ルーの息子。数々の冒険譚、戦いの伝説を残してきた英雄であり、そして、最期は自らの魔槍ゲイ・ボルグにより心臓を刺されながらも日が暮れるまで戦い続け、自らの体を自分の腸により柱で結び付け決して倒れずに死んでいったという伝説までも残しています。」

「それは…また…」

 

確かに鮮やかというべきなのか、生き汚いというべきなのかよく分からない伝説だ。決して膝を付かずに逝ったというのは確かに鮮やかさが伴っていると紗矢華も同意できるのだが、そこまで道のりが日が暮れるまでといってしまうと、どう表現すればいいか分からない。

だが、これで1つだけ分かったことはある。もし、そんな人物が敵に回ったなどということが本当だとしたら、凄まじく厄介だ。間違いなく!

 

「流石は皇女だ。詳しいな。」

「ええ、ただ、やはり実物を見たことはないので良ければ、一体どのような方なのか?そのことについて聞かせてもらえませんでしょうか?シェロ」

 

その言葉に対し、ふむ、と人差し指を口元に曲げながら置き考える素振りを見せた後、口を開く。

 

「そうだな。まず、どんな人物であれ、マスターという枠組みに収まっている人物の言うことは何であろうと聞く。殺せと言えば、殺すし、生かせと言えば、生かす。一言で言うと非情な人物だ。だから、マスターがどのような人物であろうと命令であるならば、何であろうと聞くであろうな。あの男は…」

「……。」

 

その言葉に対し、ラ・フォリアがわずかな落胆の色を見せているのを見て、シェロはやれやれといった空気で言葉を続ける。

 

「あの男は裏切りを何よりも嫌うからな。忠誠心の塊というわけではないが、その辺りはヤツは頑として譲らんだろう。

ただ、反面…非常に動物的な人生観の持ち主でもある。好きなら好きだがそれが敵である以上戦い、嫌いなら嫌いだが味方である以上、絶対にその者を裏切ることはない。

だから、決して何も感じずに外道な行いを良しとしているわけではなく、度が過ぎれば、あの男は自分の誓いを裏切らずにマスターに反抗する方法をも考え出そうとするだろう。

 

まあ、だから…何というべきか、あの男はとにかく自分本位ではあったものの、それは決して自分の我儘を押し通すものではなく、自分の誓いのみを守り通すことを重きに置いた生き方をしていると言ったところだ。」

「……!」

 

最後まで聞いたラ・フォリアは今度は逆に感動の眼差しをシェロに向けた後、また何やら考え始めた。そして、しばらくして、ラ・フォリアは顔を上げると

 

「シェロ…お願いがあるのですが…」

 

ーーーーーーー

 

「なるほど、確かにもぬけの殻ですね。」

「ああ、探したんだけど、凪沙の方も連れて行かれちまったみたいだ。」

 

雪菜と今現在は、古城である優麻の身体は古城たちのマンションの部屋を見渡しながら呟く。

 

「ただ、そこまで気負いもしなくてもいいと思うぞ。ライダーが言うには、今現在も俺の身体とリンクが繋がっているから、場所を感知できるんだそうだ。な?」

「ええ、ただ、少々奇妙なのですがね。」

「奇妙?」

 

雪菜が首を傾げながら聞き返すのに対し、首肯し、言葉を返すために雪菜たちの方に首を向けると、

 

「はい。現在のマスターの古城の身体なのですが、どうも、リンクが切れているわけではないのですが、移動する速度がおかしいのです。今から感じる感覚からしますと、例えば、前から感じる気配が突如ありえない速度で後ろへと感じることがあったり…と、これではまるで…」

「瞬間移動しているみたい…ですか?」

「はい。その通りでございます。」

「なんか分かったのか?姫柊。」

 

少しの間、黙考している彼女に向けて、言葉をかける古城。

雪菜はそれに対し、幾つかの可能性を口でゴニョゴニョと話した後、ようやく確信が持てたところでこちらを向き、

 

「はい。私の考えが正しければ、優麻さんは南宮先生と同じタイプの魔女(・・)だと思います。」

「え?でも、俺の精神は優麻の身体の中に入っているんだし、精神系の魔法かなんかじゃないのか?」

 

魔女であるかどうかという点については古城は抗議しなかった。確信があったわけではないが、後にライダーから聞いたのだ。あの一瞬、自分が気を失う瞬間、ライダーは彼女が発動する魔術を見たのだと…

その時は、まさかとは思ったのだが、雪菜からも魔女と言われてしまった以上、反論する気は起きなかった。

 

「いいえ、吸血鬼に関して言うのならば、それは不可能です。吸血鬼に対する精神干渉はいわば神が下した呪いを上書きするような行いです。

先輩の受けているそれは、詳しく言うのならば、空間を繋げられているんです。」

「空間を繋げられている?」

「はい。簡単に説明してしまいますと、先輩は今、自分の身体を動かしていると思っていますが、彼女はその感覚を空間で繋げることで、錯覚させ、優麻さんの身体を動かしているように感覚を繋げられているんです。」

「なるほど、つまり、相手の感覚空間そのものに干渉することで発動を可能にしている魔術というわけですか。これはまた…緻密な魔術ですね。」

 

ライダーは完全に理解したというふうに、首肯し、古城の方も要領はなんとか理解することができ、とりあえず首肯した。

 

「では、私が感じたノータイムで移動していると感じた感覚は…」

「ええ。優麻さんが瞬間移動したことによるものでしょうね。」

 

となると、厄介だ。瞬間移動ということは近づいたとしても確実に捉えられるとは限らず、すぐにその場を離脱される確率可能性が高いということである。おまけに…

 

「じゃあ、この空間異常についても…」

「まず間違いなく優麻さんが関係しているということになるでしょう。おかげで私たちは方角通りに進んだとしても優麻さんにたどり着けるというわけではない。事実上これ以上ないくらい絶望的な事態と言っていいでしょう。」

「……。」

 

雪菜たちが今後の作戦を考えようとしている最中、古城はどこか遠くを見るように天井を見つめていた。

頭にあるのは親友であり、幼馴染でもある優麻のことだ。彼女のことは幼い頃から知っている。だからこそ、こんな事態になっていることだけは未だに信じられなかった。たとえ、彼女が魔女だったとしても、それでは過ごしてきた時間は?思い出は?アレらも全て夢幻に過ぎなかったのだろうか?古城にはそう思えなかった。否、そう思いたくなかった。たとえ、自分に隠し事をしていたとしても、自分は仙都木優麻の親友である。それだけは動かない。動かされてたまるか!

 

(ぜってえ…捕まえてやるからな。優麻)

 

古城は静かに心の中でそう宣言した。

 

ーーーーーーー

 

少しの時間が経ち、古城たちは現在、ケーキが美味しいというカフェにいる。雪菜が言うには、いつまでも頭を悩ませていても仕方ない。一度落ち着く必要があるだろうと、こちらに来た。ライダーが居場所を感知してくれてるおかげでこれからの動きも大分取りやすくなり、とりあえず、動きがあるまでここに留まっていようとのことだったのだが…

 

「うわぁー、このモンブラン美味しいです。」

「はい。こちらのフォンダンショコラもすごく美味しいです。シェロさんがいつも作ってくれるケーキと負けず劣らずです。アスタルテさんはどうですか?」

「解答。こちらのパンプキンケーキは大変美味です。」

 

今、古城はそのことに対して疑問を抱くのである。もしかして、こいつらただ単に、ケーキ食いたかっただけなんじゃないか…と

 

「先輩は何にしますか?」

「ああ、じゃあこっちのショートケーキを…ってちょっと待てー!」

 

叫んだ古城に対して、あたりの視線が集中し、古城は居心地が悪くなり、すぐに座り直した。

 

「こんなことしてる場合じゃないだろう!すでに居場所が分かってるんだから、すぐにでも…むぐ!」

 

言葉を囃し立てる古城の口を雪菜は自分の食べてるケーキで塞ぐ。

 

「落ち着いてください。先輩。確かに居場所は分かっていますが、この状況下では安易には優麻さんの所には行き着けません。それは先輩だって分かってるでしょう?」

「う…うーん。」

 

居場所が分かってるという状態は大きなアドバンテージだ。だから、彼らは極めて冷静に現状を判断し、そこからどうするべきか選択できるわけだ。

だが、今現在、絃神島の空間は特殊な魔術か何かの反動で、異常が発生している。このおかげで、古城たちがどこをどう向かおうとその決められた道順通りには古城たちは目的の場所に行き着けないわけである。

 

「それに…この状況下で夏音ちゃんが狙われないとは限りません。」

 

叶瀬の方をわずかに確認した雪菜が小さく呟くように耳のそばでそのようなことを言う。

 

「叶瀬が?」

 

その辺りについては予想していなかった古城は首をかしげる。

 

「いいですか?叶瀬さんは、聖杯戦争という未だに信じがたい儀式の参加者に登録されてしまっています。そのような状態でアスタルテさんもいるとは言え、叶瀬さんを一人にするのはあまりにも危険です。」

「そう…だな。そんなこと言ってたな。あいつもこの前…」

 

それは、この波朧院フェスタが始まる前、正確には仙都木優麻がこの絃神島に来る前の学校の帰りでのこと

 

『古城…君のライダーと俺は同盟関係な訳だが、その際、頼みたいことがある。』

『頼みたいこと?』

『ああ。基本、聖杯戦争はサーヴァント同士の戦いだ。それは以前話した通りなわけなのだが、実は、そのマスターが契約したサーヴァントがあまりにも規格外な存在だった場合、その限りではないんだ』

『はあ?何でだよ?』

『我々サーヴァントは、マスターを依代にしなければ現界し続けることはできない。言ってしまえば、我らにとってマスターこそが生命線なわけだ。そうなった場合、相手側のマスターがこちらのマスターを狙ってくる可能性がある。』

『マ、マジかよ!?』

『大マジだ。だから、同盟関係の証として、少なくとも夏音の身の安全だけは保証してほしい。それが頼みたいことだ。』

『…分かった。』

(アレ?でも…今の話…)

 

古城自身、叶瀬という少女を友人として見ているところがあるため、その頼み事に対してはそこまで抵抗がなかった。

だが、そこではない。今の話、まるで自分が最強のサーヴァントである(・・・・・・・・・・・・・・・)と公表しているようにも聞こえたのである。だから、古城はわずかに首を傾げたわけである。

 

そんな話を思い出しながら古城は改めて叶瀬の方を見る。

叶瀬は何が起きているのかわからないようで、わずかに首を傾げ、

 

「あの、お兄さん…どうか…しましたか?」

「い、いや別に…」

 

そう返した古城は姫柊の方を向き、呟く。

 

「…まあ、確かにその通りかもな。こっちにはライダーがいるとは言え、こんな状況下では安心もできないか。」

「はい。ですから、少なくとも、状況が動き出すまで私たちはここに.…!?」

 

その瞬間、膨大な魔力が辺りを覆う。これほどの魔力はそうお目にかかれない上に二人にとっては馴染み深すぎるその魔力に二人揃って顔をあわせる。

 

「先輩!今のは!?」

「ああ、俺の魔力だ!ライダー!」

(了解しました。動きましょう。マスター。)

 

その応答を聞いた後、古城はわずかに首肯した後、夏 叶瀬たちの方を向き

 

「じゃあ、アスタルテ、叶瀬を頼むよ。」

命令受諾(アクセプト)。」

「お兄さん!」

 

強い口調で呼び止められた古城はバランスを崩すような形で慌ててそちらを振り向く。

 

「その…シェロさんのことをよろしくお願いします…でした。」

 

古城はその口籠りながら呟く彼女の姿にわずかな哀愁を感じ、それに対し、笑顔を出しながら宣言する。

 

「ああ、任せておけ!!」

 

ーーーーーーー

 

同時刻、シェロたちも古城の魔力を感じ、一斉にそちら側を振り向く。

 

「あそこは…キーストーンゲートか。」

「ええ、どうやら、早速あなたの出番が来たみたいですね。顕正。」

 

そう言って、ラ・フォリアが向いた方角はくたびれた調子の白衣を身に纏った妙齢の男が立っていた。

 

「ええ、分かりました。早速、空間魔術の準備を致します。少々、お待ちください。」

 

宮廷魔導技師としてアルディギア王国に在籍していたことのあるこの男は、魔術に対し、並々ならぬ理解がある。それは当然、空間魔術も含まれているため、顕正にとって空間魔術もそこまで難しい魔術とは言えず、時間はそれなりにかかるものの準備できた。本来、服役中であるこの男がこの場にいるのはそう言った理由がある。

いざという時のために、すぐにでも現場に向かえるようにするためにラ・フォリアは一時仮釈放という形で彼を連れ出したのだ。

それについてはシェロもそこまで反対しなかった。実際、その手段は必要だろうと考えたためである。

だが…

 

「…ラ・フォリア、本気か?」

 

もう一度確認するようにシェロはラ・フォリアの方を振り向く。

 

「はい。どの道、アルディギア王国としてもその聖杯戦争という儀式は無視できないものがあります。ですから、どうしても私も参加しなければならないと考えたまでです。」

 

一理ある。この王女のいるアルディギア王国とは、霊的なシステムに対して他の国とは一線を画した国となっている。

それは、彼らの技術の粋である聖剣(ヴェルンド)システムを見れば分かるだろう。そして、あの聖剣(ヴェルンド)システムは精霊を精霊炉に宿すことで爆発的な力を精霊から借り受けることができるシステムだ。

さて、そんな彼らにとって精霊と同格、又はそれ以上の霊格を所持しているシェロたちのような存在がどのように映るか?

正に宝の山と言えよう。彼らの国の防衛ラインをより強固なものとするには、最早、英霊という存在は無視できない。

 

そこまではシェロ自身理解ができる。

 

「…だが、それだったらもっと別の方法があるだろうに…何だってあの男に執着する?」

「あなたも言っていたでしょう。西欧人が中心ではあるものの、私たち北欧人にとっても、彼の名前は特別な意味がある…と」

「俺が言っていたことを覚えていないわけでもあるまい。」

「それでも…何もやってみないよりかはマシではないでしょうか?」

 

 

さっきからずっとこの調子である。どうやら絶対に譲る気は無いらしい…

 

「やれやれ、分かった。降参だ。無駄だとは思うが、やるだけやってみるといい。どの道、あの男を止めなければならないという点では一緒だからな。」

「ありがとうございます。シェロ。では、参りましょう。」

 

ラ・フォリアは諦めたシェロの表情を見ながら、満足そうに笑顔を浮かべ、空間転移魔術が出来上がっている場所へと振り向く。

それに対し、シロウの方もやれやれと首を振りながらそちらの方へと歩いていくのだった。

 

いよいよ、3騎のサーヴァントが1つの場所に覇を競うため集う聖杯戦争の本当の幕開けが音を立てて近づいてきている。そのことをこの場にいるサーヴァントたちはひしひしと感じていたのであった。

 

ーーーーーーー

 

ココは暗い監獄の中、拷問器具が立ち並び、まるで暗闇の中に溶け込むように存在している。けれども、1つそんな中でまるで冗談のような明るい色彩をした本が宙に浮いていた。

 

『うふふふふ、ねえねえ、帽子屋さん、ウサギさん、一体外はどうなってると思う。最近、ここを作ってる子がちょっとだけ力が緩んだからちょっとだけ外のことが分かるの。でも、詳しくは分からないわ。一体外で何が起こってるのかしら?』

 

本は未だに形を保てずとも、話し相手として帽子屋とウサギを召喚しながら、まるで狂ったように話を進めていく。

 

「あははは、そうだね。アリス。きっと、こんな陰気臭い場所なんかとは比べ物にならないほど盛大なパーティーが開かれていることだろうさ!」

 

ウサギが答える。

 

『そうかしら。』

「ああ、ああ、そうだとも!きっと、楽しいパーティーが開かれているさ。煌びやかに彩られたネオンが夜の闇をも真昼に変えるようなそんな煌びやかなパーティーがね」

 

帽子屋が答える。

 

『そう。そうなのね。』

 

本は呟くと、パタンとそのページを閉じる。すると、その場にいたスーツ仕立てのウサギと帽子を被った男が幻のように消えていった。

 

『じゃあ、おめかししなくっちゃ!これから楽しい楽しいパーティーが始まるんですもの!私も彩るためにおめかししなくっちゃ!うふふふふふ…』

 

本は子どものように笑い続ける。当然だ。これから始まるのだ。パーティーが!そんな楽しそうなことは想像するだけでも、この本にとっては嬉しくて、面白くて、そして何より…

 

『うふふふ…楽しいわ!楽しいわ!!楽しいわ!!!』

 

本の狂ったような叫びはいつまでも木霊する。そんな保証はどこにもないのに、自分がその聖杯戦争(パーティー)に参加するのだと確信するかのように。




ご意見、ご感想よろしくお願いします!
多分返せないと思いますけど、すみません!図々しくて!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼き魔女の迷宮VI

新宝具登場!オリジナルなんで、暖かい眼で見てください!お願い!!


(どうにも妙だな…)

 

キーストーンゲートの頂上。ランサーは自らのマスターであるエマとオクタヴィアのすぐ後ろで霊体化して立っていた。

先ほど、攻撃をマスターが受けたにもかかわらず彼はずっとこのままだった。それはマスターたるエマ=メイヤーが言いつけたことで、よほどのことでない限り、自分は出てこないようにとのことだった。それはさらなる力を得ようという彼女たちにとって、彼が一々助太刀してしまえば、戦闘の感覚などに鈍りが出て、魔術の方にも影響が出るだろうと考えた上での命令である。先ほどの言葉から理解できるだろうが、つい先ほど、ここには二人の客がマスターの他に来た。

一人は第四真祖などと呼ばれている少年の…おそらくは体を則った何者かと…ディミトリエ・ヴァトラーと呼ばれる自分のマスターを眷獣なるもので先ほど言ったように攻撃してきた吸血鬼である。

どうも、この世界の吸血鬼は自分の知る吸血鬼とは大分違うらしく、眷獣と呼ばれる召喚獣を使い、戦闘を行うようだ。それ自体は別に構わない。歴史の流れとはいろいろなものがあり、ランサー自身がすでに知っていることなどあてにならないことなど、学習済みだ。だが、だからこそ、おかしいと考えしてしまうことがある。

これはライダーやアーチャーなど、なまじ普通じゃない召喚から、普通じゃないとすでに認識してしまっているからこそ許容できてしまう不明であるため、彼らはさほど気にしなかったことではあるのだが…

 

(…なんで俺に…いや、聖杯からの知識にそれがねえ?)

 

いくら知らないとは言え、自分たちサーヴァントは聖杯からの知識を必ず得るはずである。ならば、眷獣という存在についても、認識の齟齬だけならまだしも、全く知らないなどということは絶対に(・・・)ありえないのである。

そう考えると、今までのことでも、変な部分がある。まず、魔術のことである。これについては時代の移り変わりによって、変質してしまったとアーチャーたるシロウは認識した。だが、ランサーは違う。ランサーはすでに聖杯から得た知識として『根源』と同様の魔術のルールが頭に流れ込んできたのだ。

にもかかわらず、この世界でのルールは全くもって違うと来ている。

これもこの部分に注目したランサーだからこそ気づいたことである。正統に召喚されたランサーだからこそ、気づいたのだ。

 

(なんで、こんなことが起こる?根源が世界を認識しなかったとでもいうのか?根源とは違う何かが根源の代わりを果たそうとも、世界の情勢くらいは考えられるはず、ならば、その違う何かがこの世界を認識して、聖杯に情報を寄越すはずだ。だが、この世界はまるで根源が認識しようとしてできない(・・・・・・・・・・・・・・・)かのように知識に封をしやがる。だとしたら、この聖杯戦争…)

 

ランサーは黙考しながら、1つのありえない結論に至り、そして、驚愕する。

 

(まさか…そんなこと(・・・・・)があり得るのか?そんなモン、世界をパンクさせかねねえ(・・・・・・・・・)ぞ。)

 

だが、そんな時、ランサーの後ろからある強大な気配が2つ発せられる。

 

「来た…か。」

(仕方がねえ。このことについては後で考えなきゃなんねえな。)

 

ランサーは霊体化を解かずにマスターたちの前に立つ。自らのマスターを守るために…

 

ーーーーーーー

 

「優麻!!」

 

古城は現在、自分の身体を操作している仙都木優麻に向けて言葉を投げかける。優麻は一瞬驚いた表情をするや否やすぐに元どおりの微笑を浮かべ、

 

「…やっぱり来たね。古城。君はいつもそうだ。本当は何にも理解していないくせに一番大切な時にやってくる。」

 

と優麻は呟いた。

 

ーーーーーーー

 

優麻が呟いた次の瞬間、シェロたちは到着した。

 

「到着…と」

「雪菜!!」

 

到着と同時に叫びだしたのは紗矢華だった。紗矢華は雪菜の方へと詰め寄った後、辺りを確認して怪訝な様子になった。

 

「ね、ねえ、雪菜。なんだか、状況が読み込めないんだけど、なんだって暁古城が敵みたいな位置に陣取っていて、そこの見知らぬ女があなたの側にいるのかしら?」

「そ、それは、その…」

 

雪菜はわずかに口籠った後、決心したように振り向いて、

 

「すみません。分からないと思うのですが、今はそこにいる女の人が先輩です。」

「な…!?」

 

シェロはわずかに驚いた調子で目を見開き、ラ・フォリアはまぁと口を覆い、絶句した紗矢華は一呼吸置くとそこから一気に…

 

「なんじゃ、そりゃ〜!?」

 

そう叫んだ。だが、彼女が叫んでいる間にシェロは僅かに間をおき、自分の中の5年間で蓄積されていった知識と照らし合わせていく。

 

「なるほど…おそらく、そこの女性、仙都木優麻が己の感覚と古城の感覚の空間を繋げることで古城の体の感覚を彼女の体の感覚だと錯覚させていると言ったところか…随分と緻密な魔術だ。」

「困りましたね。紗矢華これでは私が世継ぎが残せません…」

「そうですね…って、今とんでもないこと言いませんでしたか!?」

 

…スルーされた。いや、まあ、別に誰かに説明しているというわけでもなく、ただ単純に自分が解析した結果を口頭で述べただけなのだが…

 

「…まあいい。それにしても驚きだな。まさか、君が魔女だったなど…」

「僕としても驚きだよ。まさか、この前知り合った君もこちら側の人間だったなんて…シェロ。」

 

その言葉に対し、僅かに目を閉じるような仕草で返した後、シェロは彼女の前にある魔導書に目を廻す。

 

「それが今回の騒動の元凶か。見たところ魔導書のようだが…」

 

そう言って、彼の規格外と呼んでも間違いない解析の魔術が目から自動発動する。すると、あっと言う間に彼はその魔導書の用途を理解した。

 

「なるほど…そういうことか。」

 

呟いた後、シェロは再び優麻の方へと目を向ける。

 

「先ほどはこの魔術は随分と緻密だと思ったが、どうやらこの魔術は正反対のようだな。」

「?どういうことだよ?」

「そのままの意味だ。古城。この術式は…俺は最初誰かを逃さないための術式なのかとタカを括っていたが、その実、これは単なる副作用だ。これは何かを探す術式(・・・・・・・)だ。違うか?」

 

その言葉に対し、優麻は僅かに驚きを見せたように目を見開く。

 

「驚いたな。一瞬でそこまで理解できたのかい?」

「生憎と解析に関して言うのならば、他の者たちに負ける自信はないのでな。」

「探すって、一体何をだよ?」

「それは今から見せてあげるよ。古城。」

 

言った瞬間、ビリっとあたりの空間が弾けていくような音がした。

 

「先輩。アレは…」

 

雪菜が叫び見た先の海岸ではまるで蹴破られたかのように亀裂を入れられた空間が存在していた。

亀裂を入れられた空間は紫電を帯びながらも徐々にその全貌を明らかにしていく。その正体は黒い建物だ。まるで西洋の難攻不落の砦と監獄を融合したかのようなその建物はまるで幽鬼のようにその姿を顕現させていく。

 

「アレは…「アレは監獄結界だヨ。古城。」っ!ヴァトラー!?」

「やあ、古城。これはまた随分と可愛らしい姿になったものだネ。」

 

ヴァトラーは本当に楽しみだというような満面の笑みで古城を迎える。その笑みに怖気が立つものの先ほどの言葉は聞き逃せなかった古城は聞き返す。

 

「監獄結界…だと!?」

「そう。世界中のあらゆる魔導犯罪者たちを収監した伝説の監獄だヨ。楽しみだネ。古城。あそこから一体どんな凶悪で強大な犯罪者が出てくるのか。」

 

そう言いながら、彼は僅かに名残惜しそうな表情でシェロを見返した後、金の霧となって去って行った。

 

「んなわけあるか!って、おい!」

 

古城はその狂気の帯びた言葉に反応して追おうとしたが、すぐに足を止めて振り返る。そこには今にも空間魔術によってこの場を離脱しようとしていた優麻の姿があった。

 

「待て!優麻!!」

 

その言葉に優麻は立ち止まる。

 

「なんだい。古城。」

「あそこに行って、お前は何をする気なんだよ!?」

「そうか。まだ言ってなかったね。古城。僕の目的はね、あそこに捕まっている僕のお母様。仙都木阿夜を救い出すことなのさ。そう…そのためだけに僕は生み出されたんだ。」

 

哀愁漂う瞳でどこか遠くを見つめていた優麻に対し、古城はどうしても聞きたかったことを聞いた。

 

「そのためだけって…じゃあ、俺に近づいて幼馴染の友達になることもその計画のうちだったっていうのかよ!」

「違うよ。古城。それだけは違う。結果的に利用することになっちゃったから説得力がないと思うけど、あの時、古城たちに出会ったこと。それだけはお母様の計画の中にもなかった僕の意思でしたことだ。」

 

そしてまた、寂しげな表情で古城の方を見やり、

 

「でもね。古城、僕にはこれしかないんだ。これしか僕の取るべき道は…」

 

そう言って、優麻は古城の前から姿を消していった。

 

「っ!待て!優麻!」

「行かせると思って?行きなさい!ランサー!!」

 

エマ・メイヤーが指を突き出し、命令する。

瞬間、突如として何もない虚空から青い装束を身に纏った男が目の前に出てくる。

 

「え?」

 

そのランサーと呼ばれた男は古城が呆気にとられている隙に一気に間合いを詰める。そして、その現在は古城が操っている優麻の体に対し、蹴りを入れようとする。

 

だが、それを足のすねを弾き飛ばす要領で突き出した別の蹴りが防ぐ。その蹴りの主とは、シェロ=アーチャーだった。

 

「「……。」」

 

お互いの蹴りの後に彼らはまるで値踏みするかのような眼で相手の眼差しを見る。

 

「あ、危ねえ。ありがとうな。シェロ。」

「気にするな。そんなことより、お前にはやるべきことがあるのだろう?古城?こちらのことはいいからさっさと行くがいい。」

「わ、分かった。」

「行かせないと申し上げているでしょう!!」

 

苛立ちを含めた口調と共にオクタヴィア・メイヤーが古城たちに対し、またも攻撃を仕掛ける。

だが、今度はそれを力屠る祝福の剣(アスカロン)により完璧に打ち払い防御するライダー。ライダーは目の前のランサーを確認した後、僅かにシェロの方を確認し、

 

「アーチャー。よろしいのですか?ここを任せてしまって?」

「ああ。構わん。それに先ほど、あの監獄結界というものが出てきた瞬間から妙な気配が漂ってきている。この場に君が残ることは決定的な悪手だろう。早く行け!」

「!了解しました。お気をつけて!行きましょう!マスター!」

「あ、ああ、分かった。って、どうやれば…」

「賢生さんが一緒に来ている。彼に連れて行ってもらえ!賢生さん、よろしく頼む。」

「…ああ、了解した。」

 

少しして、背後から人の気配が消えていく感覚がする。だが、まだ、人の気配が2つ残っている。

 

「あの方が…クーフーリンですか?シェロ?」

 

青い髪と禍々しい赤槍を見ながらラ・フォリアは尋ねる。

 

「その通りだ。さて、久しいな?ランサー。何年ぶり…というのも我々が言うのはおかしいものだな。こうして会うのは何度目だろうな。」

「…ケッ、テメエは相変わらずみてえだな。…いや、よく分からねえが、何か変わったか?」

 

怪訝そうに眉を上げながら、ランサーは最早腐れ縁と言っても過言ではない男に対し、尋ねる。ランサー自身にもよく分からないが、目の前の男は今まで会ってきたあの(・・)アーチャーとは別人だと感じたのだ。

 

「どうかな?いずれにせよ、君の敵だということには変わりないだろう?」

 

だが、そんなランサーの質問を誤魔化すような態度にやはり気にくわないものを感じ、

 

「いや、やっぱ気のせいだわ。相変わらず、気にくわねえ野郎だ。まあ、テメエと戦うのは決定事項だとは思ってたが、その前に…だ。」

 

ランサーはコンと自分が上にいる塔の鉄板を叩く。すると、その叩いた場所に炎が灯る。その炎はゴオッという音共に一気にランサーとそのマスターを守るように直径6メートルほどの円を描く。

 

「きゃっ!」

「ちっ!」

 

シェロたちはその円の中に入らないようにわずかに距離を取る。

そして、シェロの方はそれだけでは足りないことを瞬時に判断し、紗矢華とラ・フォリアのために魔力の防壁を張る。その判断は正しかったようで、ランサーが発生させた炎は塔の周りの鉄板を見る見るうちに焼いていく。

そう。溶かすのではなく、まるで鉄板は燃えるもの(・・・・・)であり、溶けるものではないと断言するように焼いていくのだ。それだけで、この炎が一体どれだけ異常な炎か理解できるだろう。

 

(この熱量…間違いなく魔術などでは再現不可能だ。となると、この炎は…宝具か!しかし、このような効果、あの男の槍にはなかったはずだ。)

 

たとえ、投擲であれ、刺突であれ、かの槍の効果は【因果逆転】であり、このような直接的な宝具はなかったはずだ。

 

(いや、待てよ…)

 

そこである1つの言葉を思い出す。ほんの些細な言葉ではあったものの僅かに違和感を感じた言葉。

 

『その…日本でもよく聞く名前なんだけど、クーフーリンって一体どういう英雄なの?』

 

そうだ。彼女は紗矢華はそう言っていた。『クーフーリン』をよく聞く名だと…更に、この地はすでに魔術が変質し、魔術の認識もあるということは当然、ケルト神話についての理解も豊富になるはず…更にこの今の世は神秘に溢れすぎている。そんな世界でこの男が召喚された。それは何を表すか?

そう。それは英雄クーフーリンの真の実力を出せる場が整ったということに他ならない。

 

(今までの戦闘経験はなかったものだと思え!今この場にいるランサーは間違いなく…)

 

キッと目の前の太陽の如き炎の嵐を見ながらも干将、莫耶を投影し、構える。

 

(ケルト神話最大最強の英雄。クーフーリンだ!)

 

しばらくして、炎の嵐は止み、その奥に影が浮かぶ。

 

「っ!?」

 

その光景にアーチャーは絶句する。そこには1つの戦車があった。

一頭は灰色の、もう一頭は黒の体毛をした身の丈2メートルの馬が全身に画鋲を装備させ、まるで幽鬼のように立ちつくし、御者を引く二本の長い(ながえ)はランサーの魔槍を象徴するかのように黒塗りの鉄棒に赤い荊の装飾が御者に向かって為されている。戦車の本体である御者の方は赤と黒が混ざったかのような本体の上の取っ手が黄色く塗られている程度だ。そして、これが最も目を引いたのだが、戦車の車輪は陽光のように輝き、太陽のごとく燃え盛りそこに存在していた。まず、間違いなく、あの車輪はあの男の父親の加護を受けているに違いない。となると、あの車輪の名称も予想できる。クーフーリンが関わってきた車輪の伝説の中で最も著名な車輪は…

 

「【ルーの光輪】…か」

 

その陽光の車輪はクーフーリンさえ阻んだ影の国の底無し沼すらたちまち干上がらせ、轍道(わだちみち)をたちまち作り出したとされる陽光の車輪。かの車輪ならば、これだけの力を持っていてもおかしくはない。

 

呟いたつもりでも聞こえていたようでランサーはその御者にマスターを乗せながらもアーチャーの方を振り向く。

 

「ほう。流石に気づくか。そうだ。こいつは俺の親父殿が俺を導くためにくれた車輪【ルーの光輪】。そして、この我が戦車の真名は…」

 

ランサーが手綱を力強く握りしめる。そして、思い切り引き上げ…

 

「【陽光纏いし猛犬の車輪(クー・ロス・フェイル)】だ!!!」

 

瞬間、二頭の馬は嘶き、二頭とも両前脚を天高く上げる。そして、再びその蹄がが鉄板に着いた時、またも熱風と共に炎が吹き上がる。

 

「ぬっ!」

 

アーチャーが目を細め、手を前に出して防御する。そして、次の瞬間、またもアーチャーたちは絶句する。

 

「なっ!?」

「こ、これは!?」

「嘘でしょ!?」

 

波朧院フェスタとはハロウィンを文字っていることから分かる通り、夜に開かれる祭りである。間違っても、昼などに開催されるものではない。

だが、それならば、どういうことだ!今、一面に広がっているまばゆいばかりの蒼天は!?

だが、シロウは持ち前の洞察力と経験からこのあまりの事態に対し、即座に冷静さを取り戻し、自前の理論を構築する。

 

「…そうか。【ルーの光輪】自体にそのような効果があるわけではなく、その【ルーの光輪】が外に出ている時はいつでも必ず(・・・・・・)『太陽神ルーが貴様のことを見ている』というわけか…ランサー。」

「「なっ!?」」

 

ルーの光輪は先ほども言った通り、影の国に行こうとしたクーフーリンはその途中で底無し沼に阻まれてしまった。全知全能の太陽神ルーはそんなクーフーリンを見て(・・)不憫に思い、わざわざ助けるためにルーの光輪を放ったのだ。

これは逆に言ってしまえば、こうも言える。ルーの光輪が世に放たれた時、『太陽神ルーはいつもクーフーリンを見ている』と…

無茶苦茶なようだが、一応の筋は通っているのだ。

だからこそ、今、夜になっているこの時間帯でありながら、太陽が燦々とこの絃神島を照らし続けているのだ。

 

「その通りだ。アーチャー。この戦場、この時にて今、この島は我が父太陽神ルーの庇護下になった。覚悟しろよ。テメエ…」

 

一際、猛犬を思わせるような鋭い瞳でアーチャーを睨めつけ、ランサーは宣言する。

 

「…本物の戦ってモンを見せてやる!!」

 

魔槍を構え、その背後から後光のように光の神子(クーフーリン)を照らす焔。まるで、我こそ日輪だと言わんばかりに!

対するアーチャーはまるで、矮小な影のようだ。この日輪を相手するにはあまりに弱くか細い影にしか見えない…だが、そんな状況下にありながら、この男は全く焦らず、むしろ余裕すらある笑顔を相手に見せる。

 

「いいだろう…」

 

すると、少しして彼自身もまた炎に包まれていった。太陽の炎に比べ、その脆弱さは見るにも値しないと言っていいのかもしれない。だが、クーフーリンはその炎から一瞬たりとも目を逸らさなかった。

少しして、炎が収まっていく。そこには先ほどの少年はもう立っていなかった。立っていたのは黒いプレートアーマーと黒いパンツそして、赤い外套を下の部分だけ身に纏い、髪を下ろした男が立っていた。男の身長は180以上。それだけでも驚くべき変化と言えようが、問題は纏っている力だ。

その身体に満ち満ちている魔力。それは最早、先ほどの少年などとは比べものにならないほどにまで高められている。その場にいる全ての者たちが悟った。この男もまた、目の前の太陽神の息子と同様、別格の存在なのだと…

 

「来るがいい。ランサー。俺の全力も君にぶつけるとしよう。」

 

一際低い声となった男は宣言する。

人智を超えた天地を揺るがす神域の戦いが今、始まる。




な、長え。予想以上に長え。自分で書いといてなんだけど、この回でランサーとアーチャー戦う予定だったのに、あまりに長かったから、流石にここで切るべきだろうと考えてしまった。
…まずいな。皆さんにバッシング受けなければいいけど…次の話こそ!今度こそ!ランサーvsアーチャーにしてみせます。
っていうか、自分的にヘラクレスとアーサー王に並ぶ大英雄っていうことを考えると、どうしてもこれぐらい強くなるんじゃないか?という結果になっちゃったんですけど…みんなこれくらいでいいですかね?
なんか、もう、ギルガメッシュとも対等以上に戦えそうな感じになっちゃったけど…
それと、戦車の宝具についてなにか文句がある方は違う名前と共に提供お願いします。っていうか、こうなると、城壁の宝具も考えなきゃいけないんだけど、全くもって思いつかん。誰か、そこらへんの伝承に詳しい人。プリーズギブミー!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼き魔女の迷宮VII

宝具説明
陽光纏いし猛犬の車輪(クー・ロス・フェイル)
ランクA〜A++
対軍宝具

ランサーが本来の性能で呼ばれた時、持つことのできる宝具。
この宝具は本来、御者であるレーグが引くものであり、厳密にはランサーが操縦するものではない。だが、ランサーはこの宝具に乗っている間だけ借り受ける形でレーグの騎乗スキルを備えることができる。ランサーのクラスでありながら戦車を出せるのはそういった事情があるからこそ。
ちなみにレーグの騎乗スキルの方はBランク。別に召喚しようと思えばできるのだが、なぜ、召喚されないかというとランサー曰く『俺が無茶した時に小言がうるさいから』。
太陽神の庇護を受けていることもあり、最高でA++とランクは非常に高く、破壊の規模こそ規格外の宝具などには及ばないがその破壊力の質そのものはランクEXの宝具に決して負けておらず、もし、魔力を全投資し、そのままその宝具との力のぶつかり合いになったとしてもダメージは受けるだろうが、それでも拮抗し得るだけの力を持ち、なおかつ、 下手を打てばランクEXであろうがその突進をもろに受ける可能性がある。
つまるところ、事実上、ライダーでもないのに最強の対軍宝具の一角と言ってもいい戦車を所有していることになる。だが、それは魔力を全投資した場合に限るので普段の突進にはさすがにA〜A+ほどの神秘しか宿っておらず、なおかつその全投資をした状態も何度も使えるわけではないので使いどころには注意が必要。


「な、なあ?絃神島って100年に一度白夜になるとかいう伝説とかってあったっけ?」

「い、いや、確かなかったと思うけど…」

 

普通白夜…というか、白夜に限らず夜というのは一定の周期がある。白夜だろうが何だろうが一瞬にして天蓋に太陽が公転を無視して出てくるなんていうことはありえないのである。

 

「笹崎先生!コレは!?」

「…取り敢えず、いざというときのために生徒はみんな避難できるよう準備しちゃったりしてください。」

 

いつもはふざけた喋り方を通す笹崎ではあるが、今回ばかりはそうもいかない。

 

(那月先輩の報告では、第四真祖の眷獣の中にこんな効果があるものはなかったはず…となると、十中八九あのサーヴァントとかいう存在が関係している確率が非常に高いんだけど…)

 

笹崎には分からなかった。それはそうである。彼女はサーヴァントの実力の一端をシロウを通してわずかに知っただけであり、実際、本気を出したらどこまでできるのかなどということ。彼女が知るわけないのである。

 

「それにしても…暑いわねー。」

 

これは後々分かったことだが、その日、常夏の絃神島は史上最高気温を示した。その気温はなんと43度。たとえ一時であれ、その時間内で絃神島の約5%の住民が熱中症患者になるという異常事態が発生したのだ。

 

ーーーーーーー

 

「シェロ…その姿は…?」

 

ラ・フォリアと紗矢華は今まで一緒にいた男の変わり果てた後ろ姿に絶句した。今まではそれ相応に鍛えているだろうぐらいにしか感じられなかった筋肉は極限まで引き締まり、鞭のようなしなやかさを持つ肉体に。そしてその体の内から放つ魔力は元から強大だったものが今までよりも輪をかけて苛烈さと静けさを帯びていた。

 

「…ああ。言ってなかったな。俺の場合、召喚の時、手違いがあってな。肉体年齢にだけ若干の不備があったんだ。なるべくなら、この封印を解かない方が良かったんだが…」

 

口籠りながらもシェロは、いや、アーチャーはランサーの方を睨みつける。

 

「あの男を相手に生半可な力は逆に死を意味するからな。」

 

並の者なら、息することすら難しくなるほどの殺気を込めた視線をランサーはことも無げに受け流し、それどころか、その視線から視線を外し遥か遠くの海岸の方へと目を向ける。

 

「ああ、別に今戦ってもいいんだが、さっきも言ったが、その前に…だ。」

 

そして、見つめた先の海岸の方へとランサーは馬車を向けた。そして

 

「まずは場所の移動だ!こっちに来い!!アーチャー!!」

 

そう言って馬たちに目配せすると、馬たちはその心の内をすぐに理解したかのように前へと向き直り、そしてこれ以上ここに用はないと背中で顕さんばかりの勢いで走り去っていく。アーチャーたちがその様子に呆気にとられている間に最早戦車は遥か彼方まで行ってしまっていた。

 

「シェロ…あの…一体、これはどういう…」

「いや、俺にも何が何だか…ん、待てよ。そうか。」

 

一瞬、なぜランサーがあのような行動をしたのか理解ができなかったアーチャーだが、すぐにその行動の意味を理解する。

 

「なるほどな。逃げるようで性に合わないだろうに、令呪で命令でもされていたか?まあいい。たしかに俺が相手の場合はここで(・・・)戦うことがまずいというのは確かだからな。」

「はあ?それってどういう意味よ?」

「後で説明する。とりあえず追うぞ。」

 

そう言ってアーチャーは背を丸めて傅くように片膝をつく。

 

「えーっと、その、どうやって?」

「決まってるだろう?俺が君たちを肩に乗せて走って行くんだよ。」

「あぁ、なるほど、そういうアレ…って、嫌よ!!」

 

当然といえば、当然の反応を返してくる紗矢華に対して怪訝そうな瞳をアーチャーは向ける。

 

「今更何を言うんだ?これしか方法がないことくらい君だって分かっているだろう?」

 

すでに行きをサポートしてくれた叶瀬賢生はいない。となると、当然彼らに追いつくためには走る(・・)しかないのだ。そして、より早くに追いつくためには当然、シェロのような超人の力が必要なわけなんだが…

 

「そうなんだろうけど…嫌なもんは嫌なのよ!!大体、あんた、本気で走ったらどれくらいになるのよ!?」

「……少なくともジェット機の最高スピードは超えるな。」

「人間がそんなのに耐えられるか!?」

 

紗矢華は全力の反抗をするが、薄々彼女自身気づいている。こんなのは無駄な努力(・・・・・)だということを…

 

「仕方がありません。ではお願いします。シェロ。」

「ちょっ…王…!!?」

「了解した。しっかり捕まっていてくれ。」

「いや、あの…」

「大丈夫だ。さすがに音速を超えたりはしない。せいぜい…

 

ジェットコースターをほんのちょっと超える程度だ。」

 

紗矢華とラ・フォリアの足を掴んだシェロはそのまま彼女たちを肩車の要領で自分の両肩に乗せ、キーストーンゲートのタワー頂上の端っこまでズンズンと躊躇いもなく進み…

 

「では行くぞ。」

「ちょ…」

 

紐なしバンジージャンプをそこからやってのけた。

 

「い、いやああああああああ!!?」

 

この後、彼女・煌坂紗矢華のこの男に対する信用はある意味で地に堕ちたのは言うまでもないだろう。

 

ーーーーーーー

 

「な、何だよ?コレ…」

 

古城と雪菜は監獄結界の中へと歩を進めていた直後、いきなり夜の闇に覆われていた空がまばゆいばかりの蒼天になったのを見て呆気にとられていた。

 

「コレは…おそらくアーチャーか、ランサーどちらか一方が宝具を使ったのでしょう。」

「なっ!?宝具ってのはこんなこともできんのかよ!?」

 

デタラメすぎる。雨を上らせて晴れにするのならまだしも先ほどまでこの場所は確かに夜だったのだ。それを無理矢理晴天にするなど、どう考えても時間超越などの域を越した異能だとしか思えない。

 

「ですが、そうとしか考えられません。私としてもこれほどの神秘を見せられることは少なかったのですが…とてつもないですね。天候どころか時空すら超えて太陽を呼び出すなど…明らかに規格外です。」

 

そう言いながら、ライダーは別のことに気をかける。丸っ切り別というわけではないが、あのアーチャー…真名をエミヤシロウと言ったあの男は別段太陽についての伝承などはなかったはずだ。となると、コレは状況的に考えて、ランサーの宝具。

 

(神秘のレベルで言っても最高クラスであるのは間違いありません。果たして彼にこの難関を何とかできるのかどうか…)

 

と言ったものの実はそこまでライダー自身は心配していない。サーヴァントである以上、元々アーチャーとライダーは敵同士であり、そのことも理由に入っていないといえば嘘になるが、単純にあのアーチャーの実力も決してあのランサーに劣るものではないだろうと感じることができたためである。

それに何より、今の彼にはやるべきことがあった。

 

(この結界が出てきてから、アーチャーの言う異様な気配が濃くなった。最初の方は勘違いかとも思いましたが、どうやら、これは間違いなく…

 

サーヴァントの気配(・・・・・・・・・)ですね。用心しなければ…)

 

そこで一息付くように深呼吸をしたライダーは改めてマスターである古城の方へと向き直り、

 

「…ですが、今の私たちがやるべきはもっと別のことのはずです。それを忘れずに行きましょう。マスター。」

「お、おう。」

 

まだ見ぬそのサーヴァントに対して警戒心を強めたライダーは主を先に促すように言葉をかけ、歩いていくのだった。

 

ーーーーーーー

 

「ちょっと!ランサー、私たちは聞いてないわよ!こんなコト!?」

「黙ってろ!オレはテメエの言い付けをただ忠実に守ってるだけだ!マスター!」

「忠実に…ですって、これのどこが…!?」

 

実はランサーは彼がマスターにアーチャーの存在を感知した報せた瞬間に、令呪を一画使うことにより命令されていた。

『これから先、あなたが私たちを危険だと判断した瞬間、あなたはまず、第一に私たちの身を守ることに専念し、それから戦いなさい。』

これはランサーの警戒心を見たエマが念のために命令したものである。エマは自分がランサーとは主従の関係だとはいえ、相性は最悪だという自覚があった。だからこそ、いざという時の保険のために告げたのだ。

ただ、本来、こんな漠然とした命令は受け入れられないのが常ではある。何が漠然かというと、一体、何を持って危険だと判断すればいいのか?ランサーの基準でいいのか?エマやオクタヴィアたち人間の基準でいいのか?その辺りが明確化していないからである。

だが、今回のものはランサーから考えても危険だと感じたため、その命令にランサーは応じ、行動したのだ。たとえ、その行いが自らの生き方に反するものだったとしても、その命令には従う。それが何よりも掟を重んじるクーフーリンという男の生き方だ。

まやかしの太陽の下、日輪を顕す車輪を回して空中を激走するランサーは言葉を続けていく。

 

「サーヴァントっつーのは、基本、それがどんな経緯を辿った聖杯戦争だろうが、英霊の座に戻されれば、そこでの記憶を失う。だが、例外もある。」

「は?ちょっと!いきなり何を!?」

「いいから黙って聞いてろ!俺はな、あのアーチャーとはある戦い(・・・・)で因縁ができちまったんだよ。以降、どういうわけか、俺とあいつはありとあらゆる聖杯戦争で出会って来ちまった。だから、野郎の実力がどのくらいのものかいい加減に理解できるはずだった(・・・)。」

「…だった?」

「ああ。野郎は俺のような神代に産まれた英霊じゃなく、あんたらの時代に最も近い…歴史上…最後(・・)の英霊っつても過言じゃねえ。だから…」

 

「その影響で俺はオレ(・・)が生きている時代、もしくは俺自身が有名にならなかった世界で召喚されることが非常に多かった。」

 

ビルからビルへと一瞬で200メートル以上も飛んでいきながら、シェロは話を続ける。

 

「え?ちょっと待ってください。なぜ、そのようなことに…」

「……。」

 

シェロはわずかに逡巡するように顔を翳らせた後、仕方ないという調子で息を吐き、言葉を続ける。

 

「…なぜなら、俺が生前、君たちくらいの頃に聖杯戦争はちょうどピークだったからだ。それはどのような時間軸、平行世界であろうともそうだった。」

「平行世界?」

 

ずっと項垂れていた紗矢華だったが、ようやく顔を上げてシェロに質問する。

 

「ああ。我々サーヴァントはいつ如何なる時であろうと世界の座から召喚される。それがたとえ、未来になるであろう(・・・・・・・・・)英霊だったとしても…な。だが、そんなモノが果たしてその時代において有名だと言えるか?」

「それは…」

 

言えるわけがない。なぜなら、これから起こる未来において有名な俳優になるモノが今はその夢のためにバイトをしていて貧乏人だと『今』言われたところで頭がおかしくなってるのではないかと思われるだけで、誰も相手にしない。

 

「そうだ。だからこそ、俺は信仰心が全く皆無の状態で召喚されることの方が多かった。その場合、俺の実力はほとんど出せないわけだ。我々はサーヴァントとして現界している以上は信仰心によって力を保ってるわけだしな。

 

だが、今回は違う。俺は人々から大いに信仰され、その能力は英霊本体にかなり近くなっていると言っていいだろう。だから、あの男は実力が不明(・・・・・)の自分がいるこの現在において、あの場でマスターを戦わせる(・・・・)のはマズいと判断した。」

「…?それは条件としてイーブンなのではないですか?私たちがこちら側にいるという時点で…」

「いや、残念ながら…と言うべきか、功を奏したと言うべきか…そうではない。何せ、俺はアーチャー(・・・・・)でヤツはランサー(・・・・)だからな。まあ、ヤツの突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)を考えたならばそうでもないのだろうが、それでも…マスターの危険には変わりないということを考えた時点(・・)で身体が強い強制を感じたのだろう。

あれに関しては自動的に動いたと判断していい。あの男はマスターの身を守るためにあの場を退き、今走っている訳だ。」

「…?つまり、どういうこと?」

 

頭の回転が決して遅くはない紗矢華ではあるものの、流石にこうも言葉を羅列されては分かるものも分からない。シェロもそのことを理解していたのだろう。特に嫌がる風もなく、説明を簡潔に続けていく。

 

「つまり、アーチャーとして、俺はどこからでもあのキーストーンゲートの塔の頂上にいるあの魔女たちを狙えるが、ランサーの方は狙えることには狙えるが、それは自分の戦い方ではない上に、アーチャーよりかは射撃という点で出遅れる可能性があると判断したからこそ、

 

ヤツはマスターの身を守る(・・・・・・・・・)ためにあの場を退いたと言う訳だ。」

「なるほど…って、え?」

「シェロ…あなた、どこからでもあのキーストーンゲートを狙えるというのですか?」

「その話はまた後だ。長くなったが、どうやら着いたようだぞ。」

 

シェロが見ている先を二人が見ると、紗矢華にとっては見覚えがある場所にランサーたちは着陸しようとしていた。

 

「あそこって…」

「前にナラクヴェーラ共を相手にした時の基島だな。つくづく、俺たちはあそこに縁があるようだな。」

 

そう。何せ、彼らが最初に転移された先、それが今から行こうとしている基島だったのだ。

 

「さて、ではヤツも着陸したことだ。そろそろ、戦いのゴングを鳴らしてやるとするか。」

「は?…ゴングって何の…こ…と……を?」

 

言っているのか?と言おうとした矢先、その言葉は周囲から感じるとてつもない魔力によってかき消される。

そこには総数で約数100本の剣の群れがある。先ほど感じた魔力の正体がその剣それぞれ一本一本から放たれる魔力だと気付き、両肩に乗っている二人は息を飲む。

 

「さあ、開戦と行くか。」

 

ーーーーーーー

 

「…来たな。マスター、少しの間だが、この戦車に捕まってろ。振り落とされたくなかったらな…」

「え?」

「そんじゃぁ、ぶちかますぜ!マハ!セングレン!レーグが引く訳じゃねえが、大丈夫だろうなぁ!お前ら!!」

 

灰色の馬マハ、黒色の馬セングレンは馬鹿にするなと言わんばかりにブルルと鼻を鳴らしながら、いきなり発進する。それに驚いたメイヤー姉妹は思い切り尻を打つ羽目になり、ランサーを睨みつけようとしたが、そんな暇はなかった。なぜなら、目の前の光景に彼女たちは唖然としたからである。

 

空から無数の剣の流星が降ってくる。それだけならば、別に彼らは問題視しなかったかもしれない。だが、彼女たちはなまじ他の者より魔術の深奥に近づいたものだからこそ即座に気づいたのだ。

 

アレはマズい。あの剣一本が絶望的なまでの魔力の塊、アレは吸血鬼の眷獣にすら匹敵する。それが数百本。どう考えても詰みだ。

そう考えていた。

その剣の群れがまっすぐに自分たちに向けて刃を突き出したその瞬間…

 

音速を超えてその剣の群れが襲いかかってくる。もうダメだ。そう…そう思ったのだ。だが、

 

「はっ!なめんじゃねえぞ!アーチャー!!たかだか数百本…俺を殺してえなら、

 

数千本持ってこいや!!」

 

言った瞬間、戦車が更に急加速し、辺りを縦横無尽に駆け回る。それはさながら太陽が駆けるが如し…その疾走する躯体だけで剣の半数は折れ砕け、瓦礫まみれの基島は悲鳴を上げるように揺れ、瓦礫はその太陽の熱により砂つぶと化していった。

そして、残る半数の剣がランサーに向かっていくものの、その剣の軍団は今度はランサーが持つ一本の槍で悉く打ち払われていった。

打ち払われて行くうちにまた、そのうちの半分ほどの剣が折れ砕け、残りの剣は地上へと突き刺さった。

 

「…は…はははは!いい!いいわ!!ランサーその調子よ!!」

 

エマはそのあまりの光景に息を飲んでいたが、ようやく戦場が落ち着いたと思ったのだろう。彼女は心底安堵したかのように狂気を帯びた笑みを浮かべる。だが…

 

「まだだ!!舌噛みたくねえなら、ちゃんと口閉ざしときなマスター!」

「え?」

 

その言葉の返しにエマとオクタヴィアは唖然とするが、またもそんな余裕がないものだということを思い知らされる。

彼女たちが呆気に取られるような声を出した後、彼女たちの眼下が破滅を帯びた光によって照らされて行く。次の瞬間…

 

剣は爆発した。

 

その爆発の勢いは尋常ではない。当然だ。魔女であるメイヤー姉妹から見てもアレらは全て超がつくほどの神秘の塊。そんなものの魔力を暴発させてしまわれればどうなるかなど、分からないはずもなし。

だが、そんな予想を自分の従僕(サーヴァント)は超えていくのだとこの時、エマは思った。

 

「オーラ、よっと!!」

 

ランサーは手綱を右斜めに力強く引く。すると、マハとセングレンはその手綱に従い、斜めに動き、そして回り始める。そしてその動きは一秒とせぬ間に、巨大な車輪のような形態を取っていく。車輪が世を描くと同時に戦車を中心に小さな赤い竜巻が起こる。

 

そして…

 

ーーーーーーー

 

凄まじい爆音とともに基島は爆風へと包まれて行く。もはや、言うまでもなく明らかであろうが、この爆風が消えた後に残るのは恐らく島であったもの(・・・・・・)だろう。だが、そのあまりに絶大な力を前にして不思議とアーチャーの肩にいる二人には恐怖というものがなかった。

それは何故なのか?英霊への羨望、敬意がそうさせるのか?あるいはもっと別の何かなのか?彼女たちに知る術なかったが、今はそんなことを考えている場合ではない。

しばらくして爆風が完全に治り、爆煙だけとなったその基島を見つめながらアーチャーは呟く。

 

「…そろそろか。下に降りる。用意はいいな。」

「…はい。」

「…ええ。」

 

自然肩が強張る。彼女たちは別にランサーにたいして、恐怖を抱いているわけではない…といえば嘘になるが、ただ、今の戦いを見ていた彼女たちには今の光景が鮮明に頭に残っており、そのため、自分たちがあの戦場に立つかと思うと、自分たちは場違いなのではないかという感覚が捨てきれない。たとえ、肝がかなり居座っているラ・フォリアであってもそれは例外ではなく、彼女もまた首すじにわずかに汗をしたらせていた。

 

爆煙がまだ舞う中、彼らは基島に着陸する。煙のおかげで視界は塞がれている。だが、相手もこちら側も迂闊には攻撃できないなどとはとても思えずにいた。何故なら、未だ着陸したにもかかわらず、意識を集中させたシェロがラ・フォリアたちを離さずにいたからである。

これではとてもではないが、

 

『離してください』

 

などとはお願いできないほどには彼らの緊張感は高まっていた。

そして、その予測は当たっていた。

 

「っ!動くぞ!!俺の首に捕まれ!!」

「「えっ?」」

 

二人が驚きの声を上げたと同時に視界がまた横へとぶれていく。次の瞬間、ガラガラガラと現代では滅多に聞くことはないであろう車輪の音が横にて響く。速すぎて彼女たちの目では捉えられなかったが恐らく、先ほどの戦車が通ったのであろう。

 

「次々来るな…これは…しっかり捕まっていろ。」

 

その言葉通り、戦車は次々と迫り突進してきた。シ アーチャーたるシェロはその攻撃を抱えたままの女性に負担をかけないように最小限の動きで回避していく。

 

(っ!?コレはマズいな。突進の方も厄介だが、それ以上に厄介なのはあの車輪の跡だ。あの車輪…太陽神の庇護を受けているというだけはある。まさか、通った跡にすらその力が宿るとは!?)

 

サーヴァントに対してわずかにダメージ与える程度の熱攻撃であるモノのそれはサーヴァントに対してのみである。人間に対してどうなのか?などということは問うまでもない。そして、その人間を抱えている彼は自然、動きが制限される。

 

「!?だとしたら、マズい!」

 

地面を見る。そしてその悪い予感は的中した。車輪によって区切られてしまった地面はもう既に無事な部分が一歩分ほどしかない状況にまで陥っていたのだ。

そして、そんな彼が行動すべき選択肢はだった1つしかない。

アーチャーはランサーの次来るであろう攻撃を回避するために跳んだ。だが…

 

「っ!やはり読まれていたか!」

 

跳んだ先で見た光景はランサーがこちらに向けて突進の構えを戦車ごと傾けて向けていた姿だった。ランサーはそのままアーチャーに向けて突進してくる。

 

「もらった!」

 

戦車は見る見るうちに焔を帯び突進してくる。それはまるで流星が如く輝いていく。それに対し、

 

「その程度でやられると思われているとは心外だな。熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

 

紅い七枚の花弁は赤い太陽を迎えるように花開く。そしてその二つの宝具が…激突する!!

衝撃は一瞬音すらも殺し、その短い瞬きの間に静寂をもたらし、次の瞬間、その衝突が音となって再現されていく。その爆音は絃神島全体に響き渡っていき、その時、パレードが開催されようとされた最中でありながら誰もがその方角を見た。

 

「はっ!その程度の結界宝具で俺の戦車を止められると思うのか!?アーチャー!!」

「確かに無理だ。」

 

その突進に耐え切れず、アーチャーの宝具はひび割れて行き、一枚、二枚とその花弁を無くしていく。残り三枚となったところでアーチャーは不意にかけた魔力を緩める。

 

「だが…逸らすくらいならば、できる!」

 

シロウはわずかに解けかけたアイアスの盾を斜めに逸らす。すると、戦車はその意思に従うように自然と方向転換してしまう。

 

「っ!野郎!」

「遅い!この距離は俺のものだ。贋者を覆う黒者(フェイカー ブラック)

 

方向転換をさせられ、思いがけず背後を取られる形となったランサーは急いで後ろを向く。だが、それよりも早くアーチャーは弓を用意し、そして即座に矢を番え、10発ほどをほぼ同時に放つ。ランサーはその攻撃を自分の槍で何とか弾いて行った後体勢を立て直すために基島に降りて行った。

アーチャーもそれを確認し、基島へと降りていく。

そして、ようやく、肩に乗せていた少女たちを降ろしていく。

 

「…大丈夫か。なるべく、Gをかけないようにしたんだが…」

「す…すみません。ちょっとこの状態では…」

「大丈夫とは言えないわ…」

「…だろうな。すまない。」

 

向こうもそれは同じだったようで…

 

「おぇえぇ…」

「うぷっ…」

「ああぁ…大丈夫か?マスター」

「「これのどこが大丈夫に見えるのよ!!」」

 

さすがにこれ以上自分たちの戦いに巻き込ませてしまってはマズいと両者は判断しながら、どこに移動すべきか最適解を両者は出していく。

だが、これについてはアーチャーの方が分があった。なにせ、アーチャーはこの島に5年も住んできた身だ。その最適解を出すのにさほど時間は必要なかった。ランサーもその辺りは早々にあきらめ、代わりに先ほどの戦闘を思い返していた。

 

(相変わらず…大した戦術家だな。あの野郎。あのまま押し切れていれば、俺は必ず勝てていた(・・・・・)。野郎の結界宝具が限界だったのは確かだからな。だが、奴はその緊張感を裏目に取り、ワザと力を抜かすことで俺の馬を驚かせた(・・・・)。)

 

当然だ。どこの世の中にあんな緊張の一瞬に力を抜かすなどということをすると思おうか?そんなことをすれば、間違いなく死んでしまう。そう、そんな不明点が逆に一瞬の硬直を生んでしまったわけである。

そして、その一瞬をアーチャーは見逃さなかった。

緩急をつけられてしまった一瞬の隙を突き、アーチャーは見事に戦車の軌道をずらしてみせたのである。

 

(恐らく、2度とは使えねえ手だ。だが、そもそも2回も使うつもりはねえだろうな。野郎の技量なら、その程度容易いだろう。

ま、突き詰めちまえば俺たちは三者揃って野郎に一杯食わされたっつーわけか…やれやれ…)

 

馬達の方も一杯食わされことには気づき、不服そうにブルルと両者は鼻を鳴らす。

 

「認めるしかねえな。今回のあのアーチャーは間違いなく、今までとは何もかも違うってことをよ…」

 

認めねば、前に進めない。今の内容にはそれだけのモノがあった。

少しして、アーチャーは改めて、ランサーの方へと向き直る。

 

「さて、これ以上ここで戦っては、お互い損をするばかりだ。もう一度場所を移す。今度は俺の行く先に行ってもらうが、構わないな?ランサー」

「ああ、もともと、貸しを作ったようで嫌だったからな。それでいいぜ。」

 

両者の合意を得られたこともあり、アーチャーは発進の準備をするために両足に力をこめながら、後方を確認し、話しかける。

 

「そういうわけだ。俺たちはまた場所を移動する。相手も相当厄介な魔女だろう。苦戦はするだろうが君たちに倒せない敵ではない。だが…気をつけることだ」

「はい。お気遣い有難うございます。シェロ=アーチャー」

 

その王女のどこまでも気丈な瞳を見て、安心したように微笑んだアーチャーはバッと虚空へと姿を消し、ランサーもその姿を追うように戦車に指示を出し、空へと消えていった。

 

「さて、準備はいいですか?紗矢華?」

「ええ。何とか持ち直しました。」

 

そうして、ラ・フォリアと紗矢華はようやく戦闘態勢に入る。対する魔女もようやく気分が落ち着いたようで、キッと忌々しげに見つめ返してくる。

 

「さあ、行きますよ!紗矢華!」

「はい!王女!!」

 

ーーーーーーー

 

「っ!止まってください!マスター、雪菜さん!」

「えっ?」

 

ライダーの突然の指示に古城たちは驚き、足をすくませるように立ち止まった。

 

「な…何だよ?」

「…出てきたらどうですか?ここまで近づかれれば嫌でも分かるというものです。」

 

一体どこに話しかけているのか理解の外だった古城達は首を傾げたが…

 

『クスクス…なぁんだ?バレちゃってたんだ?つまんないの〜』

 

陰湿な光景が広がるこの監獄結界には似つかわしくないほどの明るい子供の声が響き渡る。その声にゾッとした古城はおもわず尋ねる。

 

「だ、誰だ!?お前!」

『わたし?わたしはそうだな〜…うん!やっぱりこう呼ぶ方がいいわ!わたしの名前はね騎士さんのマスターさん…アリスって言うんだよ。』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼の魔女の迷宮VIII

今回は物語の根幹につながる重要な回と言っていいでしょう。では、よろしくお願いします。


それは五年前、アーチャーとセイバー、このニ騎のサーヴァントが召喚された次の瞬間のことだ。彼ら二騎はアーチャーという一つの椅子を取り合うために無色の魔力同士ながら争い合った。通常、このようなことは起こらないのだが、起こってしまったのだ。

 

この時、この二騎には全くもってあずかり知らないことだが、実はもう一騎その呼びかけと衝突に呼応するかのように英霊の座から一つの存在が呼び出されてしまったのだ。

衝突した影響で削れしまった英霊同士の魔力が呼び出すだけの道筋になってしまったのか?それとも全く同時の呼びかけという史上稀に見るような現象が起きてしまった影響なのか?それとも現在の聖杯戦争の異常性がそうさせてしまったのか?

それは定かではないが、とにかく呼び出されてしまったその存在は何もない荒野の上にポツリとあった一つの絵本によって召喚されてしまい、こう言ったのだ。

 

『ここはどこ?』

 

その声の主こそ監獄結界内で収監され、今はある程度まで自由に動けるようになったアリスと呼ばれる存在である。

 

ーーーーーーー

 

「アリス…ですか。それが貴女の真名というわけでもありますまい。うら若き乙女よ。どうかその姿を現してくださいませんか?」

 

懇切丁寧に述べられたライダーの敬語。だが、そんなライダーに向けられた感情は敵意だった。

 

『不粋な人だわ!私がアリスって言ったら、アリスなの!それ以外ないの!』

「え、えーと…これは…」

「どうすれば…」

 

どう考えても子供のものでしかないその声を聞き、古城と雪菜は困惑した。だが、そんな油断をさせまいとライダーが古城に向けて言葉を放つ。

 

「油断しないでください。古城。この声の主、恐らくサーヴァントです。」

「なっ!?」

 

その言を聞き、古城と雪菜の身体は強張る。

 

『まぁ!怖いわ!べつにわたし戦う気なんてないのに…ただ、ちょっとお茶会をしたいだけなのに…』

「…悪いが、そういうのなら他を当たってくんないかな?こっちはそれどころじゃないんだ。」

『むー、そうなの?それじゃあ、しょうがないわね…』

 

諦めたような口調を聞き、古城は安堵したが、次の瞬間、その安堵は完膚なきまでに叩き壊される。

 

『それじゃあ、しょうがないわね。

 

殺すしかないわよね。』

 

その無邪気だからこそ感じる恐ろしさを帯びた口調に古城と雪菜は一気に血の気が引いた。

だが、彼らを庇うようにライダーが前に立ち、言葉を告げる。

 

「お待ちなさい!アリスとやら!彼らはどちらもわたしのマスターではありません!」

 

そう叫んだ。

 

『…おかしなことを言うのね。騎士さん。優しそうな人だと思ったのに嘘をつくなんてひどいわ…』

 

失望したかのように呟くアリスの声に対して、ライダーは更に言葉を言い募る。

 

「いいえ、これは本当です。現に見てみなさい彼らの身体のどこに令呪などが存在しますか!?」

 

そう、現在、忘れているかもしれないが、古城の身体は古城のものではなく、その友人・仙都木優麻のものだったのだ。

だから、今、この場においてライダーの側には正確にはマスターとしての権利を持つ者は一人としていなかったのである。

 

『…それじゃあ、何であなたはマスター…なんて言ったの?』

「っ!?」

 

古城の方は息を詰まらせるが、その詰まらせた息をかき消すかのように言葉を重ねていくライダー。

 

「彼らは私の本当のマスターの友人なのです。私はマスターの命によりここまで護衛をするように任を遣った身であり、その間は彼女を臨時のマスターであると私が勝手に認識したまで…よって、彼らは聖杯戦争とは何も関係がありません!ですから、あなたが賢明ならば、彼女たちだけでもここを離脱するのを許してもらえませんか!」

『……。』

 

もちろん、この言にも穴はある。その穴を突かれれば当然備えはあるし、最悪、この声の主とマスターが同伴で戦うことになるのだが…

 

『いいわ。そこの二人は通っていい。』

 

と言ってきたのだ。随分とあっさりとした返事にライダーは一瞬に呆気にとられたが…

 

「有難うございます!さあ、早く!!」

「…え?でも、ライダーは!?」

「…残念ながら一緒には行けないでしょう…彼女はあなた方二人は通っていいとは言ったが…」

 

気配のある方角に向き直り、ライダーは告げる。

 

私を含めて(・・・・・)…とは言っておりませんから…」

「……分かった。死ぬなよ!ライダー!!」

「ライダーさん。先ほどまで護衛をしてくださりありがとうございました!」

 

そう言って、雪菜と古城は駆けていき、姿が見えなくなるのを確認したライダーは改めて未だクラス名すらも知らされていない名もなきサーヴァントに対して言葉を発する。

 

「先に聞いておきましょう。あなたのクラス名は何でしょうか?」

『キャスターよ。私も先に言っておくわね。騎士さん。あなたの相手はわたし(・・・)じゃないの。』

「…?何を」

 

次の言葉に繋げようとした瞬間、ライダーの目の前に突然何か巨大な者が落ちてきた。土煙が辺りを覆う中、その姿ははっきりと確認できた。

赤と紫と黒と…その他多くの色を混合させたような体皮にふた別れした角を持ち、二足歩行でも地まで届きそうな腕をぶら下げながら、2メートル以上はあろうその巨大な者は凹んだ地面からゆっくりと身を起こす。

 

『さあ、ジャバウォック。遊びの時間よ。その騎士さんと鬼ごっこをしなさい。』

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!」

 

狂獣が暴れ狂う。

 

ーーーーーーー

 

「「おおおおおおお!!」」

 

咆哮と共に焔と剣がその身をぶつけ合う。

剣の大群は馬やその騎手の肉の皮を剥ぐように傷をつけ、車輪の焔は創剣の戦士の肉体に火傷をつけ続ける。だが、それをランサーはルーンで、アーチャーは()を使わずに自らが保有している治癒魔術によって治していく。

結果、彼らは未だ無傷のまま立ち尽くしていた。

 

「トレース…オーバーエッジ!!」

 

詠唱と共に干将、莫耶の刃渡りが一瞬にして1.5メートルほどまでに伸びきる。

そして、ランサーの戦車元まで一気に突進するとその一歩手前で勢いよく回転しながらジャンプし、戦車に乗っているランサーの方へと視線を向ける。ランサーの方もそれに対し、手持ちの槍を力強く握り締め応戦する構えを取る。

 

「ぜあああ!」

「おらぁ!」

 

双剣をランサーの方に向けて同時に振り抜き、ランサーもそれに対し、差し出す形でその双剣の攻撃を防ぐ。

衝突による散る火花は周りをその閃光で一瞬、照らしその後、すぐに収まった。

 

収まった後は、アーチャーは飛び退くようにして距離を取り、戦車の背後の大地へと着陸した。

 

現在、彼らがいる場所は先ほどいた基島から1.5キロほど離れた新たな基島である。この島もまた、コンテナによって阻まれた空間となっているが、そんな物は彼らにとって壁にすらなり得ないものである。

ランサーはコンテナの頂上部分に着陸した後、アーチャーに視線を向けると言葉を放った。

 

「…驚いたぜ。まさか、これほどとはな。」

 

ランサーは目の前の弓兵の実力に対して純粋な敬意と感心を抱かされ、吐露する。

ランサーはあの男(アーチャー)とは腐れ縁と言っても過言ではないような縁がある。いい加減気味が悪い上に、そろそろこの因縁をどうにかしなくちゃならないと思ってるのだが、どうもそう簡単にはいかないだろうということはランサー自身今の戦闘の応酬で理解させられた。

 

強い。自分のような神代の英雄でないにもかかわらず、この戦闘力…はっきり言って、予想外だ。

造られた神秘を操るからと言ってそれを一体どのようなタイミングでどれを使い、どうやって使うのか?それらを一瞬で統合するにはそれこそ膨大なまでの修錬が必要なはずだ。

 

だが、目の前の男はそれをやってのける。その技量は確実に神代の最強格や規格外クラスに匹敵する。となると生前は一体どれほどのものだったのか?

 

「…惜しいな。」

 

なまじ強大すぎる力を持ち、英雄となって以降、一度として負けることのなかった日本最強の英雄。だが、それゆえに人々に不信を抱かせてしまい、人々に裏切られた英雄。それが今のこの男の肩書きだ。

もっとも、伝記にあるこの男の生き方(・・・)を考えると、それでもこの男の辿る道筋は変わらなかっただろうが、それでも…惜しいと思わざるを得ない。

 

それが腐れ縁であるとはいえ、ランサーがアーチャーに抱いた感想だ。

 

「…ひとつ聞くぜ。アーチャー。」

 

そして、不意にアーチャーの方へと声をかけるランサー。

 

「…何かな?」

「てめえはこの聖杯戦争についてどう思ってる?」

 

ーーーーーーー

 

「煌華燐!」

 

紗矢華はその武器の真名を叫びながら、自身に向かってくる茶色い触手のような物体からの攻撃を防いでいく。そしてそのまま突進しようとするのだが…

 

「くっ!」

「紗矢華!!」

 

紗矢華は二歩進んだところで一歩引かさせられる。

アッシュダウンの魔女。メイヤー姉妹の名が知れ渡った理由でもあるその魔女の守護者たる怪物はその触手のような形態によっていかな場所からも侵入し、そして、確実に敵を補足してまるで時に蛸のように相手に絡みつき、時に鞭のようにしなりながら攻撃をしてくる。

 

そう。そして、この中でも侵入してくるというのが非常に厄介だ。キーストーンゲートのタワーの頂上というのは見晴らしが良い。それは言い換えれば、隠れる場所が時にもないことに繋がる。

つまり、相手の仕掛けられた攻撃(・・・・・・・・・・・)に対して、注意する必要が余計に増えてきたことを意味するのだ。

 

(こんな時、雪菜みたいな剣巫の『霊視』があったなら便利なんだろうけど…)

 

紗矢華の所属する舞威媛は呪詛と暗殺を専門とする巫女である。その技術を活かして、何とか相手がどのようにトラップを配置してくるかということを考慮に入れるようにして、避けられてはいるのだが…

 

「ジリ貧ですね。このままでは…」

 

ラ・フォリアが紗矢華の背後でつぶやく。正にその通り。今はまだ拮抗を保ち続けているものの、メイヤー姉妹に近づけない以上、こちらが負けるのは確定的と言えるだろう。

そう考えながら、紗矢華はメイヤー姉妹の方を見据えると、姉妹は心底愉しいとでも言いたげな嫌らしい笑みを浮かべて攻撃を続けてくる。

 

「やはり、あの守護者の正体を暴かなければ勝機はなさそうですね。」

「ええ…そうなりますね。恐らく…」

 

この軟体動物のようにグネグネと動き回る守護者。これだけ特徴的な守護者を連れている魔女はメイヤー姉妹以外いないだろう。

守護者とは魔女が相応しき生贄を捧げた末に得ることのできる自らの絶対守護壁。このように動く守護者となると恐らくタコか何かを生贄に捧げたのだろうと推測した紗矢華たちは先ほどから海の守護を断つような魔術や呪術を使っているのだが…効果がない。となると、別の何かということだ。

 

「ということで…申し訳ないのですが、紗矢華。」

「ええ。分かっています。」

 

つまり、未だ理解できないこのような状態で太刀打ちできない以上、彼女たちが取るべき手段は一方が熟考し、もう一方がその一方を全力で守り抜くしかないのだ。『護る』となると、ラ・フォリアよりも紗矢華の方が向いている。なぜなら、彼女の持つ煌華燐は空間ごと防御するその特性上、こと防御力に関して言うのならば、獅子王機関内で最強を誇れるものだからである。

とは言え、その護る方はいわば、護られる者のための捨て石のような役割。生きて帰れるかどうか分からないのだ。そのことを理解しているラ・フォリアはわずかに顔を曇らせていたが…

 

「心配しないでください。私もあんなねちっこい魔女になんて殺される気は全くありませんから!」

 

紗矢華はそう言うと、腰をわずかに下げて戦闘態勢を取り、そして…

 

「はああああ!!」

 

一気に魔女たちの方へと突進して行った。

 

ーーーーーーー

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎!!!」

「くっ!」

 

ライダーは狂獣の攻撃をかろうじて避けながら、走って行く。狂獣の攻撃は一撃一撃で監獄結界全体を揺らし、果ては全く異なる場所にまで衝撃が届いた影響で崩れ、決壊までしていく。並のサーヴァントを確実にダウンさせるほどの威力を持っていることは確実だ。

ライダーはそのことを肌が泡立つ感覚と目の前の光景から推察した。

 

(何とかして、相手の攻撃パターンを読まなければ…このままでは確実に私の敗北は決定です。)

 

ライダーは防御という意味で無敵を誇る英霊だ。その特性上、彼は単純な接近戦や長距離からであっても形ある矢ならば、ほぼ確実に防ぎきれる。

ゆえに、彼は敗北(・・)だけは経験したことがない。ほとんどのサーヴァント相手に引き分け以上を獲得することができる。それがこの男の最大の強みだ。

だが、そんな彼にも弱いものがある。それは単純な火力による勝負。つまるところ形のないビームやら炎やら雷やらによる超強力な攻撃、そして、自らのステータスを大幅に超えた敵との相対である。

この2パターンにだけはライダーは弱い。なぜなら、どうあれ攻撃を受けるのがライダーの持つ力屠る祝福の剣(アスカロン)である以上、そこから伝わる力を受け切るのもまたライダーなのである。つまるところ、単純な話、どんなに防ぎ上手でもそれを確実に受け切るだけの膂力が足りなければ防ぐ(・・)とは言えないのである。

 

故に…

 

「あのジャバウォックとやらの攻撃を受けるのは危険ですね…」

 

それがライダーの総評だった。

ライダーの感覚だけでステータスを推測したとしても、あの化け物のステータスはおそらく軒並みEXの規格外クラス。

そんなものを受け切れるほどの膂力をライダーどころか、ほぼ全てのサーヴァントにそんなものを受け切るような手段はないだろう。

 

だが…

 

(受け流すことができれば、話も変わってくるはず…とにかく、動きをよく見えて観察するのです。幸い、私の聖剣はどのような速度で攻撃が来たとしても確実に察知しますから、呼吸が読めさえすれば、負けはしないはずです。)

 

その予測は正しい。それができれば、負けはしないだろう。ただし、負けは(・・・)しないだけだが…

 

ーーーーーーー

 

「この聖杯戦争をどう思うか、だと?」

「おうよ。」

 

彼らは戦車と剣の大群、剣と槍をぶつけあいながら話を続けていく。

火花が散り、地面が抉れ、空が裂ける。彼らの衝突一つ一つが人外のもの同士であることをありありと証明していながら、彼らはなおも口を塞がず、準備運動でもしている調子で戦い続ける。

 

「戦いながら、話するっつーのは性に合わねえし、本来、戦い中にこんなことを考えるのもガラには合わねーんだがよ。どうにも引っかかってな。てめえも気づいているだろう?この世界がどうしようもなくおかしい(・・・・)ってことによ。」

「……。」

 

確かに、ランサーの言う通りアーチャーはこの世界について妙だと思うことが多かった。

 

「ああ、気づいてはいる。で、何だ?その妙な点が納得いかないから、一時休戦にでもしようとでも言うつもりかね?君は?」

「まさか…それこそ本当に俺らしくねえ。俺が世界の異常程度(・・・・)で戦いをやめるような男じゃねえことぐらい、知ってるだろう?いい加減に」

「では、何だ?君は何だってこんな話を俺に言った?」

「知れたこと、単純に気になるからよ。」

「何?」

 

アーチャーは本当にランサーが気に触れたんじゃないかと思った。この男の非情さはその異常なまでの切り替えの速さから成り立っている。好きだろうが敵であるのならば殺し、嫌いだろうが味方ならば刃を向けすらしない。

それがこの男の長所であり、短所でもある。

それはアーチャー自身生前も死後も苦いほどに味わったことである。

故に、ランサー自身がこういった話を切り出すのは本当に珍しいことなのだ。

 

「俺は今回、『マスターの身が危険だと感じたなら守れ』と言われている。かなり漠然とした命令ではあるが、命令である以上仕方ねえ。俺は今の内にこの世界の異常について『根源の存在を知っている何者か』と話し合い、早々に決着をつけた方がよりマスターを守るのに適していると判断したまでだ。」

「…なるほどな。」

 

忠誠心というものからはかけ離れてはいるものの、彼は『裏切り』を何よりも嫌う英霊だ。一度受けた命令くらいある程度受け入れるくらいの仁義を通したいし、何より、彼自身が『世界の異常』を『危険』だと感じたときから、彼は弱くはあるが強制を感じていたのだ。

強制を受けている影響下では、目の前のアーチャーとは満足に戦うこともできない。ならば、この強制を解いてから戦った方がこちらとしても都合がいいとランサーは判断したのだ。

ランサーのそんな事情などアーチャーからすれば、知ったことではない。だが、アーチャーはこの話し合いを好機だと捉えた。

ラ・フォリアが魔女たちから令呪を簒奪するための時間稼ぎとまではいかぬだろうが、少なくとも、アーチャーにとってもこの話題は他人事などではなかったのだ。

 

「では、聞かせてもらおうか?一体、君は何をもっておかしいと言っているのかな?」

「てめえ自身気づいているはずだ。俺たちサーヴァントは召喚された場合、その場、その世界での知識を渡されることくらいな。だが、俺たちが召喚されたこの世界はどうだ?」

 

そう。この世界はまるで知識を渡すことそのものを拒否しているように頭の中に靄を敷き詰めるが如く知識の波を妨げる。

 

『これはどういうことだ?一体?どうして魔術がここまで広まっている?』

「……。」

 

アーチャーは召喚された当時、最初のことを思い出しながらその言葉を噛み締め、尚も手を動かし戦い続ける。

ランサーの方も手を休める様子はなく、彼らの周りはコンテナでいっぱいだったコンテナ港はすでに更地と化していた。

 

「そうだな。だが、しかし、一方で我々は根源を認知し、そしてそこから派生する魔術のことも記憶にある。」

「ああ、さらにまだまだある。てめえはここの吸血鬼が操る眷獣について知っていたか?」

「いや、知らないな。だが、我々が存在している歴史もある以上、あのように長く生きる者を認知しないわけがない。しかも、文明の発達スピードからして、おそらく、俺が死んでから遅く見積もっても200〜300年程度しか経っていない。」

 

そう。それはあまりにおかしい。時代に自分たちが名を残している以上、そこの時代での知識も英霊に蓄えられる。つまり、少なくとも最新にして最後の英霊と呼べるアーチャーが彼ら吸血鬼と戦わなかったということがありえたとしても、認知しなかったなどということはあり得ない。

なぜなら、彼は世界を回り人々を救った正義の味方(・・・・・)なのだから…

つまり、歴史はある一定のところで知識が止まっているということになる。

アーチャーはようやく手を休め、ランサーもそれに示し合わせたように戦車を動かすのを止める。

 

「つまり、君は何が言いたいんだ?」

「もう分かってるはずだろ?アーチャー。俺たちが根源(・・)を認知し、そしてこの世界にはもう一つの力の()がある。

この条件が成立している理由…それはひとつしか有り得ねえ。

 

つまり…この世界には、根源と別の何か、それらが両方、存在していなければならない(・・・・・・・・・・・・・)ってことによ。」




はい。みなさん、今までずっと消化不良だったでしょう。
だって、さすがにシロウがこの世界の吸血鬼の存在を知らずに死んだっていうのは無理がありすぎますもん…俺もそう思ってたし、さて、とんでもないことが推論として出された今回。次回はさらに目紛しく事態が変動しますどうぞお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

蒼の魔女の迷宮 IX

呼符でサマーセールでアルトリア狙おうとしたら、ナイチンゲールが当たった…いや、そっちの方が当たりにくいだろうが!!
とノリツッコミをしたくもなったが、気を取り直して、本命の10連…まさかの爆死!

もうね…何なんだよ!!!
とマジで言いたくなったのであった。


「根源と別の何かが両方存在している…だと?」

「おうよ。俺も馬鹿な話だとは思うんだがよ…それしか考えらんねえんだよ。」

 

アーチャーはふぅっと息を整えるように吐いた後にさらに言葉を続けていく。

 

「あり得ないな。もしも、本当に根源と別の何かがこの世界に存在し、両立が成り立っているというのならば、この世界はとっくに存在していない。魔力の質こそ似ているとはいえ、元は別の全く異なる力(・・・・)だ。」

「ああ、そんなものが同時に存在すりゃ、世界は当然どちらかの理を選ぶことになる。そんなものに世界が巻き込まれれば、大噴火、洪水、果てには疫病までわんさかはびこる文字通りの終末世界になる。だがよ、それを解決する方法なら、あるじゃねえか?この儀式(戦争)の果てに…」

 

それが何を指しているのかは明白だ。つまり…

 

「君はこの世界が聖杯によって(・・・・・・)造られた世界だとそう言いたいのか?」

「それしかあり得ねえんじゃねえか?これだけの矛盾をどうにかしちまうほどの馬鹿げたような奇跡なんていうのは…」

「それこそあり得ない。君の言は確かに的を射ているかもしれないが、そもそも、聖杯を降臨するだけの魔力、さらには術式までもが俺の時代では完璧に消されていた。我が師によってな…それこそ、本物の願いを叶える聖杯か何かが…」

 

とそこでアーチャーは言葉を止めた。ランサーは怪訝に思いアーチャーの顔を伺うようにして睨むと、そこには目を見開き、まるで雷にでも打たれたような間抜けヅラを晒して立っているアーチャーがいた。

 

「…おい、どうしたよ。アーチャー?」

 

さすがに言葉の途中でくぎれたこともあり、未消化の部分が多くイラついたランサーが問い詰める調子でアーチャーに伺いを立てる。

 

「…いや、なんでもない。それで?もしも、聖杯か別の何かの力が発見されたとして、君は一体どのような予測を立てているんだ?」

「……。まあいい。俺は少なくとも、三通りはあると考えていた。

いくら、聖杯でも0から世界を作り出すなどということはできやしねえ。それに、そんなことになったら、まず、英霊(俺たち)がいることすら、疑わしいことだしな。」

「で?その三通りというのは?」

「焦んなよ。まず一つ、世界という一つの文明をやり直すために人間を皆殺しにし、一つの文明を終わらせる。だが、こいつはさっきも言った通り、英霊(俺たち)の存在そのものを否定するようなことだから、確率は低い。」

「二つ目は?」

「二つ目は根源が弱くなったことにより、世界はもう一つの力を必要とし、その別の理を受け入れた…っていう筋書きだ。まあ、これならば、聖杯に何も関係していない分一番可能性としては低くない方だと思ってたんだが…

ただ、これだとあまりに柔らかすぎる。もしもこんなに柔らかに世界が変わったって言うんなら、そもそも、俺たちの記憶が混濁していることにも繋がらん…何より…」

「俺が先ほど言ったように、文明の発達スピードは遅く見積もっても、200〜300年が精々…そんな薄い歴史が浸透しきっているこの世界についての説明もできなくなる。」

「そういうこった。そして、三つ目は…」

「そのどれでもなく、この世界は一方の世界がもう一方の世界に侵入されて(・・・・・)できたもの…か?」

「応よ。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるが、今んところそれが一番確率があるってくらいは分かってんだろ?アーチャー?つーか、よくそんな予測すぐに建てられたな?俺の方は未だに半信半疑だっていうのによ…」

「別に…ただそのバカバカしい出来事というヤツには生前縁があったからな。」

 

そう。その馬鹿馬鹿しいにもほどがある推論だけはもっとも誰もがあり得ないと首を横に振るであろう可能性でありながら、現状、もっとも確率が高い可能性。

何せ、これだけの混乱が起きている理由についてもほぼ全て『この世界に別の世界が割り込んだから』こそ起きた現象と言えば、説明ができなくもないのだ。ただし、その言が無茶苦茶だということを置いておけばの話ではあるが…

 

「つまり、この世界は俺たちが辿った世界の未来(・・・・・・・・)ではあるものの、辿るべき世界の未来(・・・・・・・・・)ではなかったと言いたいのか?君は?」

「まあな、それが俺の推論の結果だ。で、だ。てめえはこれに対してどう思う?」

「どう、とは?」

「要するに答え合わせだ。てめえは今の推論について違和感はなかったか。」

 

アーチャーはわずかに考え込むように顎に手を添えて、項垂れるが、その後すぐに…

 

「…そうだな。一考の余地はあるんじゃないか?」

「なんだ?はっきりしねえな。」

「俺は君とは違って短期即決などということはできない柄でね。君のように野生の獣のような勘を頼りにするよりかは後々考えてこのあり得ない推論に対し、結論を出した方が納得がいくというものだ。」

「けっ…そうかよ。んじゃ、まあ、話は終わりだ。そろそろ第二ラウンドと行こうぜ。アーチャー。」

 

ランサーは戦車の手綱を握り、その呪いの朱槍を構える。

アーチャーもそれに対し、干将・莫耶を構え、向き直る。

 

(そうだ。あり得ない…あり得るはずがない。)

 

自らが先ほど思い当たった一つの答えに対し、ずっと自答し続けながら…

 

ーーーーーーー

 

「優麻!」

 

自らの魔力がある方向を辿り、ようやく監獄結界の最深部らしき場所にたどり着いた古城はその中心にいる人物に対して声をかける。

声を掛けられた人物はこちらへと顔を向ける。

 

「やあ、古城。早かったね。」

 

返事をされた古城だったが、その後に言葉は続かなかった。なぜなら、優麻がこちらに身体を向けた影響で彼女(?)の身体に隠れていたモノが目に映ったからである。

 

「な、どういうことだよ!?どうしてあんたが…」

「そんな!なんで!?」

「そうか。君たちは知らなかったね…」

 

そう。丸っ切り拷問椅子と言っても違和感がないような暗い雰囲気のある木造りの椅子…そこには見覚えのある顔があった。その幼いながら人形のような美貌は忘れようもない。

 

「この監獄結界はね。古城。この椅子に座っている南宮那月の夢そのものなんだよ。」

「夢…だと?んな馬鹿な!」

 

衝撃的な事実に思わず声をはりあげる古城。だが、それに対して優麻は冷静に諭すように答える。

 

「ちなみに言っておくと、古城。彼女はこの監獄結界から一度も出ていない。」

「は?何言っやがる!俺はいつも那月ちゃんに会ってたぞ!」

「それ自体がすでに彼女の夢だったんだよ。彼女はこの監獄結界にいながら、自らの分身を絃神島に放っていたのさ。古城。君が見ていた彼女も夢の一部でしかない。」

「そんなっ!?」

 

あまりの事実に雪菜も小さく悲鳴を上げる。そして、そんな彼らを他所に優麻は手を振り上げる。

 

「そして、この眠り姫を起こして僕の役目は完璧に全うされる。」

「っ!させません!」

 

雪菜は割り込むようにして優麻に攻撃することにより、優麻はすぐに手を止め、その場から離脱する。

優麻が離脱した隙に雪菜の方へと古城は近寄って行った。

 

「決着をつけようぜ!優麻!」

 

その言葉に対し、優麻はわずかに瞑目した後に、意思を込めた強い瞳で今は自分の身体に入っている幼馴染に対し、

 

「そうだね。行くよ!古城!」

 

宣言した。事実上の最終決戦が今始まる。

 

ーーーーーーー

 

「はあ、はあ、はあ…」

「あらあら、頑張りますわね。お姉様。」

「そうね。オクタヴィア。ここまでよく防ぎきったけれど、そろそろ辛くなってきたのではなくて?獅子王機関の舞威媛」

 

目の前の紗矢華に対し、余裕が見える笑みで佇む魔女二人。当然であろう。

ここまで、彼女たちは完璧に相手の攻撃を防ぎきり、確実に彼女を追い詰めていっているのである。

 

(あの…蛸足…柔らかくてどこにでも仕掛けられるから…罠としても活用できる上に…直接攻撃自体も結構強い…正直な話…このままだと、そろそろヤバイかも…)

 

途切れ途切れの思考の中なんとか状況を整理しようと頭を動かす。

これがもし、あのタワー屋上での戦闘というのならば、話が違ってくるだろう。あそこは場も限られてくる上に、そもそもとして屋上なので非常に開けているのである。そんなところに罠を仕掛けられる人間などいやしないし、仕掛けたとしても屋上の屋根に穴を開けなければならないので、どのみちバレバレなのだ。

だが、今は障害物などが置いてある港。ここはメイヤー姉妹にとってまさに格好の砦だったのだ。

 

つまり…

 

「状況は最悪ってとこかしら…」

 

このままでは本当にジリ貧だ。こちらの敗北が確定的なものになってしまう。

だが、そんな時に…

 

「アッシュダウンの魔女…紗矢華。確か、メイヤー姉妹が故郷とする土地にてある一つの事件が起きたことは知っていますか?」

「え?あ、はい。アッシュダウンの惨劇…確か、半径いくらだったかは忘れてしまいましたけど、300ヘクタールの森が一夜にして掘り起こした跡もなく、消えるという事件でしたね。」

「もしも、その木々こそが守護者として(・・・・・・)の生贄だったとしたらどうでしょうか?」

「え?」

 

一夜にして、掘り起こされることもなく木々が消えてしまった。それは人の身技では不可能だ。少なくとも大規模な魔術講師でもしない限りは…

 

つまり…

 

「この守護者は、メイヤー姉妹の故郷…アッシュダウンにて消えてしまった木々の成れの果て…つまり木々としての大質量がこの無限に近い悪魔…」

「ええ。つまり、何度攻撃しても無駄でしょう…」

 

その事実に項垂れるようにして顔を曇らせる両名。それを見た魔女たちは…

 

「あはははは!!見てください。お姉様!やつら、絶望して顔を曇らせてますわよ!」

「ええ、さて、そろそろ終わりね。そのまだ未熟な肢体をどう辱めてやろうかしら。」

 

陽気な高笑いを上げる魔女二人に向かい合う皇女と巫女はその不快なほど高い声に対し、言い返しもせずただ俯いている。

だが、それは彼女たちが絶望しているからではない。

 

「うふふふふふ…」

「!?何を笑ってるのよ!?」

「いえ、思ったよりつまらない仕掛けだったようなので…あまり高笑いしすぎないほうがいいですわよ。おば様方(・・・・)。小皺が目立ってしまいますよ。」

「っーー!!!」

 

憤りを抑えられないといった様子で魔女たちは生娘達を睨みつけ、ぬがあ、という怒号と共に守護者を攻撃に向かわせる。

それに対して、ラ・フォリアが前に出て儀式銃を構える。

 

「我が身に宿れ、神々の娘。楯の破壊者。雹と嵐。勝利をもたらししを運ぶものよ!」

 

ほっそりとした王女の身体へと、殺気を交えた触手が殺到していった。

それに対し、彼女は天高らかに腕を上げる。そして、そこから神々しいまでの光が放出されていく。

魔女達はその光を受け、すぐにその正体が理解できた。

 

「そんな、精霊の召喚ですって!?そんなことができるはずが…」

 

その言が終わる前に、無慈悲なまでの光は一気に振り下ろされた。

 

「キャァァァ!?」

 

悲鳴と共に衝撃により身体を浮かせられた魔女達はすぐに体勢を立て直そうとするが、遅い。その間に一人の舞姫が舞うが如く前に出てくる。

 

「獅子の巫女たる、高神の舞威媛が願い奉る。」

 

祝詞を紡ぎ、一つの鏑矢を手にした舞姫は空に向けて弓を向け、その鏑矢を番える。そして…

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、憤焔をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なりー!」

 

その鏑矢を射出する。鏑矢は花火のように一気に拡散するとそこに一つの巨大な魔法陣を作り出す。魔法陣は人の声域で決して不可能な声量で呪いを放つ。別に大声だから呪いは大きくなるというわけではないが、その呪いは一気に守護者達の枝を燃やし、青白い炎と化して一気に根元まで到達する。そうなってしまえば、木は脆い。300ヘクタールほどの大質量であろうと、それを覆い尽くすほどの強大な呪いは一気に拡散していき、たちまち彼女達の守護者を燃やし尽くした。

 

「そんな…私たちの森が…」

「っ!?逃げるわよ!ランサーを呼んで…」

「おっと、そうはいきません。」

「ええ。そこでおとなしくしてくれるかしら?」

 

メイヤー姉妹は恐る恐る背後を振り返る。するとそこにはすでにいつの間にいたのか儀式銃を片手に構えて、こちらに挑発的な笑みを見せている皇女がいた。その銃口は確実にランサーのマスターたるエマ・メイヤーに向かれていた。

 

「シェロから聞かされています。その令呪というのは英霊達に自らの命令を聞かせる役割も担っていますが、同時に瞬間的にですが、英霊達の強化にも使える。と、その令呪を一画使われてしまうと私としても困ってしまうので、ご遠慮願いたいのですよ。」

「っ!?」

「動くな、っていったわよね?次、妙な動きをしたら強力な呪詛をかけてやるからね。」

 

オクタヴィアがなんとか状況を打開しようと手を動かそうとした瞬間、エンチャントによる身体強化で一気に詰め寄った紗矢華がその剣を首元へと向ける。

 

「ありがとうございます。紗矢華。しかし、これからやろうとしていることも加味すると、これでは一体どちらが悪役なのか分かった者ではないですね。」

「これからやろうとしていること?」

「ええ、単刀直入に申し上げます。エマ・メイヤー。あなたのその令呪、私に譲ってもらえないでしょうか?」

「なっ!?」

 

絶句し、エマは思わず振り返りそうになるが、それを儀式銃を押し付けるようにされて無理矢理前を向かされる。

 

「貴方がたが現在契約している英霊・クーフーリンを私たちに手渡して欲しいのです。言っている意味はわかりますよね?」

「っ!?馬鹿にしないでちょうだい!小娘が!当然、却下よ!アレ(・・)の力は取っておけば、必ず私たちににも役立つ。その価値も分からない小娘などに明け渡してやるものですか!!」

アレ(・・)…ですか…」

 

その言葉にわずかな怒気を覚えたラ・フォリアだが、あくまで冷静に言葉を紡ぐ。

 

「そうですか…ではしかたがありません。コレを使いましょう。」

 

そう言って彼女が懐から取り出したのは雷のように曲がっている奇妙な形をした刃のナイフだ。

それが何なのか理解できなかったエマは首を傾げる。様子に気づいたラ・フォリアは驚くほど優しく言葉を放つ。

 

「これはですね。アッシュダウンの魔女よ。すべての魔術の効果を無効化するという神秘の刃なのです。」

「なっ!?」

「この刃を突き立てられた魔術は、たとえどのような強大さを誇っていたとしても、魔術である限り確実にリセットし、無効化しきるという超絶的な代物。できるのなら我が国の研究材料に使いたかったところなので、戦闘中は使えなかったのです。何せ、彼曰く『一回しか使えないようにした』ということなので…」

 

シロウは現代に対して大きな影響力を持つことを嫌う。現代のことは現代の人間が片付けるべきだと考えているからだ。故に、自らが再現した模造品とはいえ、それが世界に認識されてしまい、影響を受けたなどということになってしまうことになれば大問題だと考え、シロウはある細工をこの破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)にしていた。一度効果を発揮してしまえば、確実に消えるように、刃に効果を発揮する際、魔力を暴走させるように仕掛けたのだ。

そうしてしまえば、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の魔力は暴走した末にその刃は四散する。彼の投影の欠点はあまりに巨大な破戒がその投影に残ってしまえば、現界を保てないことにある。当然、刃が四散したその宝具も消えるという算段である。

 

「さて、一つお聞きします。エマ・メイヤー。この破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)実は一つ大きな欠点があるのだと彼から聞かされているのです。」

「欠点?」

「はい。この破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)は使えば最後、確実に魔術を無効化するが、曰く、『ただし、その対象が無機物などの道具であるのならば、影響はないが、すでに人体に癒着している魔術を無効化するとなると、その人体に深い影響を与えてしまう。全身にナイフ刺され続けるような痛みと共に感覚が消え、終いには魔術が使えなくなる(・・・・・・・・・)者までいた』とのことです。」

 

ウソ八百である。実際はそんなことを一言も言っていないのだが、敗北した魔女達にとって、最後の言葉は効いたようである。見る見る内に、その顔が真っ青になっていく。

 

「さて、では使わせていただきましょう…」

「ま、待ちなさい!令呪なら渡す!渡すから!!」

 

こうして、見事にラ・フォリアはランサーの令呪を奪い取ることに成功したのであった。

 

(さて、これで第一関門は突破です。次にやるべきは…)

 

決まっている。異変に気付き、こちらへと向かってくるランサーの説得だ。シェロの話が正しければ、ランサーの人格を考えるなら、たとえ、己がマスターの証を失ったものであろうと助けようとするだろうというのが、ラ・フォリアの見解だ。つまり、ここからが正念場なのである。

 

(気を引き締めなければ!)

 

彼女はそう心の中で意気込んだ。

 

ーーーーーーー

 

一方、一人の人間が決心しているのをよそに、一人の男が慟哭していた。

少年の名は暁古城。慟哭は怒りと悲しみの嘆きに満ち、どこまでもどこまでも監獄を覆い尽くしていた。

 

そんな少年の腕を確認すると、そこには人形のような美貌を持つ少女の姿をした魔女であり、彼の担任教師・南宮那月が真っ赤な花を咲かせるように、その豪奢なドレスを血化粧で染め上げ、ぐったりと倒れていた。




今回で蒼の魔女の迷宮は終わりです。次回から話の続きを書くために次の章の名前にしようと思います。
まあ、仕方ないんだけど、何でこんな未消化な戦いが多いんだろうか?fateだとやはりおなじみだし、何よりその場で決着が着くのは自分も面白くはないと思うんだが、不完全燃焼にもほどがあるような…ま、いいか。
では、また!
というか、確認するのが面倒というのもあるんだけど、次の章の名前って何でしたっけ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴
観測者たちの宴I


ふと思うことがある。アルケイデスとアルキメデスって似てるよね。


物語は先の終盤から数分ほど前から始まる。

暁古城は何とか幼馴染である仙都木優麻の説得に成功し、その後、計ったようなタイミングでずっと閉じていた目を開き、古城と優麻の方へと南宮那月は近づき、よくやったと古城のことを褒め称えた。

 

だが、その近づくというのがまずかった。突如として魔女たる優麻の守護者が不審な動きをし始めたのだ。

 

(ル・ブルー)?』

 

優麻はおかしく思い、その蒼の騎士の装いをした守護者の方を見る。と、次の瞬間!

 

『え?』

 

グサリ、とあまりに生々しい音がした。それが優麻を通して南宮那月へと守護者が通した剣から奏でられた肉音だと気付いた時はもう遅かった。

 

『っ!?自分の娘を囮に使うとは…この外道が…!!』

 

その実に憎々しげに吐かれた憎まれ口に対し、その蒼の騎士はただただ己が役割を果たしたことを明かすように…

 

『この時を待っていたぞ。守護者を通して貴様が油断したことを確認できる、この時を…』

 

そう告げたのだった。

 

ーーーーーーー

 

「おい!那月ちゃん、優麻!しっかりしろよ!」

「優麻さん!!」

 

古城と雪菜の二人が声をかけるが、那月と優麻は一向に目覚める気配がない。むしろだんだんと顔色が青くなっていくのを古城は確認し、ますます焦る。そして、次の瞬間!

 

「っ!?那月ちゃん!?」

 

那月の体がだんだんと透けていく。その様子に何かとてつもなく嫌な予感を覚えた古城は必死に体を揺さぶる。だが、那月はそれに応じる様子はなく、体の透化はますます進んでいき、遂に、その姿は完璧に消え去るまでに至った。

 

「那月ちゃーーーん!!??」

 

絶叫する。南宮那月が消えた。それが意味するところ…それはすなわち死。あの小さくも威厳のある背中はもう二度と見ることは敵わないということ…それを知って自分とこんな状況を作り出した者たちにその怒りの矛先が向き、またも絶叫する。だが、そんな時…

 

「ふむ…さて、久々の外の空気だな。」

「っ!?」

 

この陰鬱とした空気には実に似合わないつまらなそうな呟きを聞いた古城は、牙を剥きながらその血を宿したかのように紅い瞳をそちらへと向ける。

同時に側にいた雪菜もそちらに目を向ける。

そこには平安時代の女性が着る十二単を着こなすし、黒髪を地に着くほど伸ばした日本の麗人が立っていた。状況からしてそれが一体誰なのかは明白だった。

 

「てめえが…仙都木阿夜か…」

「貴様は…ああ、第四真祖、だったな。」

 

荒々しく怒りをむき出しにしながらの古城の問いに対して、仙都木阿よるは興味がなさげに古城の様子を確認する。だが、すぐにそこから目を離し辺りを確認し出す。すると…

 

「おい。仙都木よ!」

 

突然、仙都木の背後の方から違う声が聞こえてくる。見ると、そこにはどこから現れたのか知れない者たちが6人立っていた。こちらも状況からして、一体そのものたちが何者なのかすぐに理解できた。

 

(監獄結界の…脱獄者どもか…)

(はい…南宮先生の力が弱くなった影響で、監獄結界の縛りが弱くなったのでしょう…)

「ふむ、出てきたか…だが、いささか少ないな。確かワレ()の予想では、かなりの数の脱獄願望者がいたはずだが…」

「ちっ!こいつを見ろよ!!」

 

ドレッド頭の囚人は突如として、腕に風を纏わせ、背後にいるシルクハットの紳士らしき魔術師を横殴りに攻撃した。

 

「ぐあっ!?貴様、シュトラ・D!!」

 

思わず悪態を吐いたその紳士は胸を裂かれ、血を流した。だが、それだけでは終わらなかった。なんと、その後、そのシルクハットの紳士は突如として背に現れた魔法陣の光に包まれた。その光の意味するところを紳士は正確に理解し、今度こそ顔を青ざめさせた。

 

「待て!私はまだ何も…ぐわー!!!」

 

魔法陣から出た戒めの鎖はその紳士をまるで獲物を見つけた蛇のように絡みつき、引きずり込んでいった。

その様子を見た古城は驚愕した。

 

「なっ、なんだ!?今の!?」

 

それに対し、仙都木亜夜はあくまで冷静にその状況を分析し、その現象に対する問いを導き出す。

 

「…なるほどな。まだ監獄結界の効果は継続中。傷を受ければ即座に監獄戻りというわけか…となると、元々監獄結界にいたころから瀕死だった連中はそもそもとして抜け出すことすら不可能だったわけだ。」

「おうよ。まったく、忌々しいぜ。この野郎が!」

「だが、これも好機ね。あの女には煮湯を飲まされてばかりだったもの!」

「その通りよ。今こそ、あの女に復讐する絶好の機会。」

「…おい、待てよ。てめえら。」

 

その声に脱獄者5人と仙都木亜夜は振り向く。見ると、そこには怒りと共に凄まじい魔力を秘め、威圧を込めた瞳で睨みつけてくる第四真祖が立っていた。

その魔力の強力さたるや並みの魔族や魔術師がその魔力帯びた風を受けた日には発狂しかねないものであったのだが…

 

「あ?真祖(・・)風情がしゃしゃり出てくんじゃねえよ。こっちはてめえなんぞより大事な用があるんだ。」

「そうだ。それに第四真祖よ。貴様の眷獣…今この場で果たして使っていい物かな?」

「なんだと?」

 

不可解な十二単の魔女の言葉に眉をしかめる古城。

 

「この監獄結界は空隙の魔女・南宮那月の心象そのものだ。いわば、奴の心そのものと言っても過言ではない。奴はまだ生きている…辛うじての状態だがな…だが、そんなところに貴様の眷獣を叩き込みでもしたらどうなるのか…分からんほどバカではあるまい?」

「っ!?何だと!?」

 

古城は驚いた。この監獄結界にそこまで繋がりがあることに対してもだが、何よりも、自分の恩師である南宮那月が生きていることに対して…

その驚愕を正確に捉えた亜夜は意外そうに

 

「何だ?気づいていなかったのか?現にこの監獄結界が未だに存在し続けているのがいい証拠だろう?まあ、もっとも無事ではないという点では危機的状況に変わりはないだろうが…だが、これで状況は分かったろう?」

「っ!?」

「そういうこった!?馬鹿野郎!」

 

亜夜の言葉が終わると同時にシュトラ・Dは先ほど同様に風を腕に纏わせて今度は古城に襲いかかってくる。

 

『なるほど、先ほどの話とキャスターの様子から察するに、やはりマスターは南宮那月という理解で良さそうですね。』

 

と、不意にどこからか声が聞こえてくる。

その声は聞き慣れたものにとっては慈母にも似た口調に聞こえ、そして初めて来た悪逆をなす者たちには…断罪にも似た口調にも聞こえた。

 

ギィン

 

と思わず耳を覆いたくなるような金属音が辺りに響き渡る。脱獄者と古城たちの中央に君臨した男がシュトラ・Dの風をいとも容易く弾き飛ばし、体勢を崩させた音だと理解できたときには既に遅かった。

 

「ふん!!」

「ぐぶ!!」

 

シュトラ・Dは崩された体勢のままに鳩尾を抉るようなボディーブローをかまされ、体がくの字に折れ曲がる。その光景を周りの者たちは妙にスローに捉えた。だが、それも一瞬。次の瞬間、シュトラ・Dはその体をとてつもない勢いで吹っ飛ばされ、彼らが認識したときには彼の体はそこには存在せず、ただ少し遠くの方でジャボンという海に落ちる音が聞こえるのみだった。

しばらく両者は共に沈黙し合ったままだった。そのあまりの光景に圧倒されたということもそうだが、何よりもその男の後ろ姿に目を引いて仕方ない者があると本能的にその場にいる人間は理解したのだ。

 

「さて、ご無事ですか?マスター。ようやく合流できました。」

「ラ、ライダー!」

 

ーーーーーーー

 

アーチャー…シロウはもはや、コンテナ一つも存在しないコンテナ港にポツリと瓦礫に腰掛けながら空を見上げていた。傷だらけではあるものの、それはかすり傷に近く彼からしてみれば泥を被った程度にしか感じないものだった。それに対しても彼は鞘を使わずに自らの保有するできの悪い治癒魔術でなんとかした。

 

「さて、ランサーが突然戦線離脱したところを見るに、ラ・フォリアの方はうまくいったということか…」

 

ただ、それはおかしい。令呪とは本来、間接的であろうとも聖杯戦争の関係者でなければその譲渡は不可能なはずだ。ランサーの令呪が譲渡されたということは、それはつまりラ・フォリアが聖杯戦争の関係者とされたか、それとももっと別の理由があるかのどちらか一つである。

 

「となると、いよいよもって先ほどのランサーの言が無視できなくなってきたな。」

 

この世界の異常性について深く知らなければならない。何せ、今回の聖杯戦争は文字通りルール無用の殺し合いになる。薄々ながらシロウにはそんな予感がしてならなかったのだ。それはまずい。自分にとっても我がマスターにとっても…

 

「…はあ、とりあえず大局を見るためにも少し戦場から身を引いたほうがいいな。先ほど感じた視線(・・)も気になるしな。」

 

つぶやいた後、シロウは瓦礫から腰をあげると体を霊体化してそのままどこかへと消え去った。

 

ーーーーーーー

 

「どうやら、随分と大勢が動いたようね。」

「そのようだな…」

 

高級ホテルの中でも特に天井が高いスイートルームにてその二人は話していた。一人は膝まで届きそうなほどの白銀の髪をはためかせ、紅い瞳にて夜の闇を見つめながら、もう一人は巌のような体と黒髪、そして赤と黄色のオッドアイを絃神島の街並みの方へと向けていた。

 

「…機嫌が悪いわね。セイバー。もしかして未だに動かない私に対する怒りから来てるのかしら?」

「いや、戦とはときに待つべきときもあるものだ。自らの利を考えるのならば、その待ち時を正確に図るのも必要な技能。その点に関して私はあなたに異論はない。」

 

自分とて自らの目的のためならば、略奪や騙し討ちも厭わなかった。故に彼にそれを責める気など毛頭起きなかった。

 

「ただ、これ以上待つようだとこちらとしても、我慢の限界というものがあるというものだ。マスターの命令には背かないが、私は根っからの戦士なのでな。闘いを見せられれば血が沸き立つという感覚は抑えられん。

そうだな。特にあのアーチャーとランサーの戦いは歴代の聖杯戦争の中でも凄まじいの一言だろう。彼らは霊格で言うのならば、私の方が上かもしれないが、英霊としての格を実力で指標するのならば私と互角かそれ以上の力を持つだろう。できることならば、あの両者とはアーチャーとして現界した我が身で闘いたかったものだ。」

「へぇ…それほどのものなの。」

 

自らの英霊の思いもよらないほどの高評価にマスターは舌を捲く。

さらにそのサーヴァントは言葉を続ける。

 

「ああ、それにあの者たち、最初の衝突でもそうだが、最後まで本気を出さなかった。宝具の真名解放もわずかにしかやっていないところからそれが理解できる。思い出させられた(・・・・・・・・)私から言わせてもらうならば、現在のあの二人はまださらに上の力を隠し持っているはずだ。恐らく、途中から私の視線に気付き始めたのだ。

 

ランサーの方はそこまで気にしてはいなかったのだろうが、アーチャーの方は気にして、ランサーが本気を出さないように立ち回っていたと言ったところだ。先の会話もその一部だと解釈していいだろう。」

 

ここで口には出さなかったが、本当はセイバーはうっすらと相手に気づかせて(・・・・)しまったのだ。理由としては様々あるが、セイバーは究極的なところを突けば生粋の戦士だ。故にそんな彼にとって心踊る事柄とは闘いだった。彼を奮い立たせるほどの闘いなどそこまで起きないモノだという自覚は彼にもあった。だが、そんな彼からしても、先ほど挙げたようにあの闘いは指折りの激戦だった。

だから、彼はわずかに闘志を燃やし、その視線に熱を上げたのだ。ただ、それがいけなかった。超一流の英霊同士のぶつかり合い、それはどのような窮地も生き残れた者たち同士の闘いということでもある。

さて、そんな彼らにそのような視線をわずかにでも向けてしまえば、どうなるのか?当然、気づかれてしまう。こればかりはセイバーの失態だった。あのまま何もしなければ、全力を出し尽くした闘いを見ることも可能だったかもしれない。そう感じずにはいられない。普段ならばしないミスをやらかしたセイバーはその時、自分を激しく責め立てたものだ。

ただ、他者から言わせてもらえば、彼の反応は実に当たり前と言っていいだろう。何せ、生粋の戦士たるこの男が実に5年…そう5年間もマスターのために闘わずにただジッと待っていたのだ。逆によくここまで我慢したと褒め称えてもいいくらいである。

マスターもそのことには気づいていたために最初の質問が様子を伺うような質問だったのである。

 

「ふふ、確かにそのようね。そうね。あなたは私の目的のために5年間もずっと我慢してくれたものね。私にはそういう感覚は分からないけれど、血が奮いたつんでしょう?大丈夫よ。今回ばかりは戦ってもらう。いえ、何がなんでも(・・・・・・)戦ってもらわなければならないの。だから、もう少しだけ待ってもらえないかしら?セイバー。」

「…了解した。我がマスター。ローリエスフィール・フォン・アインツベルン。」

 

これより起こるは世界の真実を観測し、その正体を見切るものたちの闘い。観測者たちが踊り、その世界の真実を暴き出すために…闘いは激化していく。




ここで抽選ターイム、薄々感づいている方もいるかもしれませんが今回の聖杯戦争実は7騎以上出ます。そこで、ちょっと皆さんにお聞きしたい。一体、どんな英霊をこれから出して欲しいでしょうか?
あ、ついでに言っておくと、今回実はもう出すことを決めてる奴もいます。まあ、ちょっとネタバレが過ぎるとアレなんで伏せておきますが、重なってたら重なってたで、ちょっとお詫びを申し上げます。
アンケートとしてだそうと思うので、ヘルムをクリックしていただくとそこから英霊抽選という欄に移れると思うのでよろしくお願いいたします。
後、無限の剣製についてなんですが、さすがに剣以外も魔力の消費を抑えられるというのは生前とはかけ離れすぎていると思うので訂正して今まで通りにしようと思います。
なんやかんやあっても、一応シロウも生前は超人だった類の英霊ですしね。生前の方が強かったという方が受けがいいのではと思ったので…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 II

「…来ましたか。」

 

蹄の音共に感じるこの熱、これはあの太陽神の息子の炎だろう。ジリジリと肌が焦がされている感覚が強くなり、ラ・フォリアはゴクリと唾を飲む。政治的都合上、今まで幾度となくクセモノとの商談・会談を行い続けて来たこの身だが、今回ばかりはそれらを確実に凌駕すると言い切れる。今この場にやってくるモノはクセモノというわけではない。だが、その存在は英雄と呼ばれる人々の伝説となった者なのだ。

英雄の精神性というものがいかほどのものか?それはラ・フォリアにはまだわからない。だが、少なくとも、これだけは分かる。

 

今この場に向かって来ている英雄は確実に怒っている。

 

空中から鳴り響かないはずの蹄音が耳で聞き取れるほどになった。肌を焦がすどころかこのまま放置していれば焼け死ぬのではないのだろうかと直感したラ・フォリアは即座に冷却魔術をその身にかける。

あの時、自分たちのことなど歯牙にもかけていなかったのだろう。彼はあくまでこの炎熱をあの赤と黒を基調とした服を着ていた英雄にだけ向けていたのか、もしくは彼自身が自分達を守ってくれたのだろう。正直言って参っている。自らの指輪にあるこの冷却魔術は強力なもので、並の人間ならば即座に冷却するだけの力を秘めている。もちろん指輪だけの力ではなく、この王女自身の潜在能力の高さにも起因した出力の高さなのだが、その出力を最大にして尚…分かりやすく言うと冷凍睡眠をさせるレベルまでの冷却を行っているのに、自分の常温は保たれているのである。

 

(初めてですね。このような感覚…これが小説でいうところの『今にも逃げ出したい衝動』というものですか…)

 

怖い。会談の中で真祖と相対したこともあった。彼らの力とここに向かって来ている英雄の力。正直、どちらが上なのかなどということはわからない。だが、今のラ・フォリアはその時にすら感じなかった怖れを今感じている。

力が真祖に匹敵するかもしれないからか?おそらく…いや、それは絶対に違う。力が理由で恐れるのならば、このような感覚は真祖の時にも感じているはず…これは力による恐怖ではない。では、何か?

 

(これは…畏怖…)

 

そう。彼ら真祖とは違い、今この場に来るものは人の身(・・・)で常人ではいけない極地へとのし上がった者なのだ。そんな彼らに対する敬意とは似て非なる畏怖の念…それが今、ラ・フォリアが感じてる怖れなのだ。そのことを正確に理解したあとのラ・フォリアは至って自然な調子で頭の中をクールダウンしていく。そして…

 

「では行きましょうか!」

 

そう言ってラ・フォリアが見た先には、真っ赤な焔の光輪で身を包むようにした戦車から悠々と降り、紅い槍の穂先を地面に向けながらも凄まじい殺気を顔に貼り付け、ラ・フォリアの元まで近づいてくる野獣のような男が近づいてきた。

 

「ほう…一人で俺を待つとは殊勝な心構えだ。それともただ単に馬鹿なだけか?」

 

すでに紗矢華は古城たちの元に行かせている。かなりうるさく護衛すると言ってきたのだが、そこは強引に押し通した。彼女がいたのでは話にならない。これはシロウにも話したのだが、なぜなら…

 

「いいえ…もしもここで護衛や他の者たちに頼ってしまえばあなたは一生、こちらの言葉に耳を傾けてくれないでしょう。

 

どうあれ話し合いとは対等な立場でなければ成り立たちません。護衛がいない者に対して私だけ護衛をつけてしまえば、こちらは対等とは言えません。」

 

その言葉に面食らったのか、しばしランサーは、目を見開いた。その後…

 

「ぷっ、がははははは!おいおい、そりゃまじかよ?あくまで今の俺たちが対等だっていうのか?嬢ちゃんは?」

「はい。それとまだ、自己紹介をしてませんでしたね。私はアルディギア王国皇女ラ・フォリア・リハヴァインと申します。」

 

自己紹介をしながらも、彼女の冷や汗は未だ尽きることはなかった。なにせ、笑ってはいるもののこの男、未だに殺気が衰えていないのである。

 

(なるほど、シェロの言っていたこと…どうやらあれは本当のようですね…好きであろうが敵であるならば問答無用で殺す…ですか…)

 

それが何よりも自分の誓約(ゲッシュ)を守ることに重きを置いた英雄の唯一にして絶対の掟。彼の中では未だラ・フォリアは敵なのである。

 

「おう。こっちの方は…まあ、あの野郎に説明されてると思うがよ。ランサーのサーヴァント(・・・・・・)だ。で、だ。俺のマスターから令呪を奪ったのはあんたなんだよな?」

「はい。その通りです。」

 

いよいよ本題に入る。そのことに対し、ラ・フォリアは一段と気を引き締める。

 

「正直な話。出会った瞬間、即刻殺して令呪を奪ってやろうと思ってたんだがよ。気が変わった。あんた、なんだってこの聖杯戦争なんぞに参加したがる。」

 

ランサーを無理矢理従わせるのならば手はいくらでもあった。その一つにまず、ランサーの令呪を奪う手段を腕ごとに切り替えるというものがある。その場合、腕だけとなった令呪は即座に魔力供給が出来なくなり、ランサーがここに残るか否かを聞けばいい。そうすれば少なくとも、自分の命を守れるくらいの余裕はできるはずである。

だが、目の前の彼女は自らの腕にすでに令呪を灯すことでそれを捨ててる。ランサーは人並み以上には人を見る目があると自分のことを思っている。少なくとも彼女が自分と対等と言ったからには彼女は自らの手で令呪を使って命令を聞かせるなどという愚は侵さないだろうとランサーは踏んだ。だからこそ、彼はその意を汲んで彼女に質問したのである。

 

「簡単なことです。私は一国の皇女としてそして一人の家族としてこの儀式を放置しておけないのです。」

「ほう…」

 

関心を持つように呟いたランサーはその後を続けろとばかりに顎を上げて促す。

 

「聖杯戦争…過去の英傑たちの霊魂をこの世に呼び出し、殺し合いをさせた後に最終的な聖杯の所有者を決める巨大な戦争。他国から見てもこれは類を見ない儀式と言えます。

当然ながらそれによる益も膨大なものとなるはず…そうなれば、各国が聖杯戦争の正体を解き明かそうと躍起になり、世界は大混乱となるでしょう。こうして聖杯戦争が起きている以上、止めるという手段は無くなりました。ならば、この聖杯戦争についての謎を一刻も早く究明するために私はサーヴァントと契約し、自ら戦場へ赴く必要があったのです。」

「……。」

 

ランサーは何も語らない。ただ、その王族足らんとする心意気に対しては感じ入るものがあったのだろう。少なくともその話に対する興味はそれだけで消えなかった。

 

「そして、先程言った家族とは、私の叔母である方がすでに聖杯戦争のマスターとして登録されていました。これは由々しき事態です。私は彼女の身を守るためにもサーヴァントと契約する必要があったのです。」

「…そうかよ。だが、突き詰めちまえばそりゃ他のサーヴァントでも良かったことだろうがよ?なんだって、俺を選んだ?」

 

それは暗になぜ自分の誇りを踏みにじったのかという問いでもあった。この問いを間違えればおそらくラ・フォリアの命はないだろう。

慎重に考えなければならない。

 

「そうですね。」

 

だが、ラ・フォリアは考え込む様子もなく、すぐに言葉を出す。

 

「正直に言いますとですね。クーフーリン(・・・・・・)。理由はそこまでないのです。ただ、理由があるとしたら、私は歴史に…そして神話に名を残すほどの英雄…それは様々いますが、シェロから話を聞いた時、私はあなたと

 

直接話してみたい(・・・・・・)と思ったのです。」

 

それではダメでしょうか?と柔和な笑みを浮かべて尋ねてくるラ・フォリアに対し、今度こそ今までにないほどの衝撃を受けたようにランサーは立ち尽くしてしまった。

 

まるで、下手なナンパ師の口説き文句のようなセリフだ。正直な話、これほどまでに衝撃を受けたのは本当に久しぶりだと思った。嘘だとも思ったのだが、彼女の目を見てみると…

 

(ありゃ、本気だな…)

 

つまり、一国の皇女や家族などのお題目(もちろんそれらも本心なのだろうが)を並べていたが、結局のところ彼女は単純に自分に興味を持ち、おそらくあの表情からして、話すと面白そうだからという理由で令呪を無理矢理奪ったというのだ。

通常なら怒りを覚えるところだろう。お世辞にも今、目の前にいるこの皇女は自分と相性が良い人物とは言えない。ただ、今までの会話で彼女がたとえふざけていようと、何事にも本気で捉える女なのだろうという予想はついた。つまり、これは彼女の偽らざる本心。なんともまあ…

 

(こりゃ、また痛快な奴が出てきたな。)

 

もしも、こんな女に召喚されたのなら、中々スリルある毎日を送れそうだ。短い間のだが、彼も彼女に対してそんな感想を抱けるくらいには好感が抱けた。もっとも、面白いとも楽しいとも言わず、スリルあると言っている部分から未だ彼が彼女に警戒をしていることは明白ではあるが…だが、それとこれとは話が別だ。

ランサーは話は終わったという風に槍を構えようとする。

 

「ええ、もっとも、ここまで話したとしてもあなたは裏切ろうとは思わないのでしょう。ですが、ランサー…私にどうかチャンスをくださいませんか?」

 

すると、やはりまだ説得は出来ていないだろうことを瞬時に感じ取ったラ・フォリアは言葉を続ける。

 

「チャンス…だと?」

「はい。単刀直入に申しますと、ランサー、私を見ててくださいませんか?」

「は?」

「私は未だあなたのマスターとして認められていないのでしょう。それは感じ取れます。ですが、どうか一度だけ私をマスターとして認めるための猶予をくださいませんか?」

「猶予だと?」

「私はあなたの誇りを踏みにじり、そして、今この場で言葉を交わしている。どのように取り繕ったところでそれは変わらないでしょう。ですが、同時に私はあなたに言葉を、そして、礼儀を示したと思います。ならば、今現在あなたの令呪を持つ私を見て、その後私をマスターと認めるか否かを決めるだけの猶予を一人この場で戦った者(・・・・)として認めてくださいませんか?」

「……。」

 

おそらく、これも口から出任せではなく本気で言っているのだろう。あくまで対等であり続け、言葉を交わしてあなたと戦った者ならば少なくとも乗除酌量の余地があるだろう、という戦士としての通告。それを堂々とランサーの前でこの戦女神はやってのける。

 

これも下手をしたら、ランサーから殺されかねない危険な賭けだった。だが、今まで積み上げてきた好感がプラスに働いたのだろう。

 

「…いいだろう。ただし、条件がある。」

「はい。なんでしょう?」

 

ようやく、ここまで来たことに胸を撫で下ろしラ・フォリアはその重要事項を聞き出そうと耳をぞば立てる。

 

「一つ、俺はまだあんたをマスターとして認めてねえ。だからあんたがいくら危機的状況に陥ろうがあんたを認めねえ限り、助けたりしねえ。」

 

彼にとって例え、魔力提供がなくとも未だマスターは彼女たちだ。だからこそ、彼女たち以上の何か(・・)をこの皇女から見つけられるまで、自分の誇りを踏みにじった者に令呪で縛られずに命令を聞くなど英雄の誇りが許さなかった。

 

「一つ、俺はこの島にいる間は元マスターの命令に従う。」

 

どうあれ、サーヴァントの危機が消えない以上、マスターの身の危険というものはまだ完全に抑制されてるとはいいがたい。それが、元だろうがマスターに対する義侠心というものだ。

 

「一つ、悪事を働いたろうが、少なくともあのマスターたちの命だけは保証する。

 

これら三つを今この場で誓約(ゲッシュ)として誓え。それが俺の条件だ。」

 

不利というよりもほとんど自分を自由にしろとまでいうほどの条件。いっそワガママと言っていいだろう。だが、これが条件。少なくともここまで来た以上、信頼関係を築くのに令呪を使うというのはこの場合、愚策だろう。

 

「…分かりました。では、こちらも約束してくださいませんか?ランサー。もしも、あなたが私をマスターとして認めた時、その時は改めて私のサーヴァントとして仕えてくれる、と」

「…おう。一度した誓いは俺はぜってえに裏切らねえ。あんたが俺のマスターに相応しいと認めた時は俺はこの体をあんたの槍となって仕えていこう。んじゃ、俺はとりあえず、戦場に戻るぜ。これからまた戦場が荒れそうなんでな。」

 

そう言って、ランサーは自分の戦車に乗り、手綱を握りパシンと勢いよく音を立てた後、まやかしの太陽に向けて走りさるように飛んでいった。それを確認したラ・フォリアはふぅ、と大きく肩で息をした。

 

「とりあえず、なんとかなりましたね。」

 

実際は説得などとは程遠いものだったが仕方があるまい。彼女から見て、彼はテコでも動かないタイプだろうと予想がついた。それはそれで好感が持てる。つまり、もしも彼が自分を主と認めてくれた暁には彼は絶対に少なくとも自分が生きている限り裏切ることのない忠臣にもなってくれる現われでもあるのだから。

 

真祖とはまた別種の怖れの念。それを肌身に感じたラ・フォリアはらしくもなく、その場の瓦礫にへたり込みそうになったが、何とか足に力を込めて踏みとどまった。あれが英雄。人間であったときがありながら、人間以上の存在へと登り詰めた者たち。

我々人間の極地たる者たちが放つ独特の畏怖の念。それを噛み締めながら、ラ・フォリアはもう誰もいないコンテナ港からよろめきそうになりながらも決してぐらつかずに歩いて去っていった。

 

ーーーーーーー

 

両者の中央に立つその男はあくまで静かに、そして交互に自分のマスターとその向かい側にいる敵に注目した。

そして…

 

「ふむ…どうやら、これはナイスタイミングと言ったところでしょうか?カメラなどがあれば決定的シャッターチャンスだったのかもしれませんね。」

 

などと拍子抜けにもほどがあるような言葉を不意に吐きかけた。そこで、先ほど、言葉に詰まってしまった頭がようやく回転するようになり、古城は慌てた調子で口を開く。

 

「ラ、ライダー!あんたどうしてここに?あのキャスターってヤツはどうしたんだよ?」

「いえ、先ほど、なぜだか知りませんがキャスターはいきなり苦しがりましてね…一体何が原因なのかわからなかったのですが、その間に何やら騒がしいこちらの様子を見ようと思ったのです。」

 

言いながら、ライダーは周りの様子を確認するように首を回す。

 

「…ですが、なるほどこの状況を見るに、推測ですが、彼女のマスターは今先ほど消えてしまった南宮那月ということになりますね。」

「は、はあ…って、え?」

 

今とんでもないことを聞いたような気がした。マスターが南宮那月?

 

「ちょ、ちょっと待て!それって一体どういう…」

「申し訳ありませんがその話は後です。今はこちらの方をどうにかしなければなりませんので…」

 

そう言うと、ライダーは今度は古城の向かい側に立つ脱獄囚の方へと目を向ける。

 

「…なんだ?貴様は?見たところ私と似たような力を身に纏っているが…」

 

ドラゴンスレイヤーとして名を馳せたブルード・ダンブルグラフは元々細かった目を怪しい者を見るように更に目を細める。

 

「何者か…ですか。そうですね。この場はライダーとお呼びください。」

「ふざけてるのか?そのようなもの、偽名に決まっていよう。」

「申し訳ありませんが、こちらも色々とございまして、人々はすべからく(・・・・・)どのような者であれ信用したいのですが、今回は(・・・)こちらが信が置ける人間でない限り、我が主以外に名は知られたくないのですよ。」

「そうか。ならば、死ね!」

 

ブルードが前に出ると同時に、ブルードの左右にいたインド僧のような印象を持たせる服装と格好のキリガ・ギリカ、男は挑発するように胸を全面的へとはだけさせた服を着たジリオラ・ギラルティの二人もライダーに向かって突進していく。

 

「ふん!」

 

まず、ブルードはその身の丈以上はある大剣をライダーに叩き込むようにして振る。常人ならばその衝撃を受けただけで、確実に骨が悲鳴を上げ、下手をすると折ることにもつながるだろう。だが、ライダーはその一撃を身の丈半分ほどしかない聖剣でことも無げに受ける。

 

「燃えろ!」

 

その横でキリガ・ギリカは身体の中に炎の精霊を宿し、それを攻撃に運用することに成功した者である。その炎は並の魔術を軽く凌駕する。

その炎をライダーに向けて容赦なく、一切の加減なく放つ。そのことを予見したブルードは離れ、ライダーは気づいてはいたものの、動きはしなかった。ゴウっという音共に、その炎が容赦なく浴びせられる。

 

「さあ、踊りなさい!」

 

締めにジリオラ・ギラルティが鞭をパシンと高らかに鳴らす。その瞬間、彼女の足元から何か根のような枝のようなものが伸び、それらは枝分かれしながら現在、炎で充満されている空間へと伸びていく。そして、その炎が当たらないギリギリのところで待機する。完璧だ。客観的に見ても中々の連携だと言っていいだろう。

だが、それは偶然からなるものではない。彼らは直感したのだ。この男はまずい。この男だけはこの場で始末しておかなければならない。と

 

「ラ、ライダー!!」

 

主人である古城の声は今なお燃え続けている炎に虚しく響く。だが、その炎が空気を燃やす凄まじい音がそもそもとして、彼の声を届けようともしない。声をかけて無駄だろう。

 

『ご心配なく、マスター。私は大丈夫です。』

 

だが、その炎の中からその男、ライダーの声は聞いた。その声を聞いた瞬間、古城はもちろんのこと、攻撃をした本人である脱獄囚たちも驚きで目を見開いた。

 

『…惜しい。実に惜しい。あなた方の力、磨けば必ず人々の役にも立てるでしょうに…聖人である私ならば、ここはあなた方に説教を差し上げるべきなのでしょうが、残念ながら今の私は聖人である前にサーヴァント。あなた方を止めるために手段を選んでもいられませんので…』

 

言いかけるように言葉を終わらせたライダーは炎の中で剣を振る。するとその瞬間、今まで彼を燃やしていた炎はまるで火の粉のように辺りに吹き散っていった。そうして現れたライダーの姿は完璧な無傷だった。

精霊からの直接的な魔弾攻撃のような意味合いもあったので、対魔力Aを保有する彼でも打ち消し切れない特殊な魔術であった。だが、それでも、彼の体は全くと言っていいほどの無傷だったのだ。

 

「な、馬鹿な!」

 

キリガは叫ぶ。あの攻撃は間違いなく自分の全力だった。それをあの男はまるで火遊びでいたずらでもされたかのような傷しか追わなかったのだ。絶叫するのは当然だ。

 

当然のことながらこれには理由がある。ライダーには対魔力Aの他に数々のスキルがあるがその中のうちの一つ守護騎士A+が発動したのだ。このスキルは守ってくれることを期待された彼にこそ与えられたスキルで、対象を守ると決めた時点で防御力を一時的に吊り上げ、無限の防御力を与えるというもの。

最も、これもさすがに絶対というわけではないのである程度強力な攻撃を受ければその守りは崩れてしまう。具体的に言うと、神秘のレベルで言って、Bランク以上の攻撃はさすがのライダーでも守りきれない、といったところである。

 

「さて…では…」

 

彼がそう呟いた瞬間、彼の姿が陽炎のように消えていく。そして次の瞬間…

 

「ぐふ!」

「まず一人。」

 

グシャというひしゃげたような音が辺りに響き渡る。

キリガに対してリバブローを食らわせるライダー。鎧があるからか…否、断じてそれだけではない。その一撃は彼の膂力とともに繰り出された文字どおりの鉄槌であり、キリガの肋骨をまるでビスケットのように砕き割れる音が辺りに響き渡るのはある意味で当然のことなのだ。

 

「同じドラゴンスレイヤーとしてのよしみです。あなたは私の聖剣で仕留めましょう。」

「っ!?」

 

おとなしいながらもその凄まじい殺気に怖気が走り、ブルードは即座にその大剣を構えた。が、そんなものは意味をなさない。真の竜殺し、真の騎士の前で悪逆をなす同業者などチリに等しい。

ライダーは力屠る祝福の剣(アスカロン)を上段から容赦なく振り抜く。その一撃にブルードは…天からの雷を見た。

 

「ーーーーーー」

 

絶句。その文字が合っているだろう。かの断罪の雷は一筋の光となり、次に剣の姿となり、自分の真下に刃先が向いたときには、ブルードは確信した。

 

ああ、自分は斬られたのだ。と

 

ブシャァという決して少なくない血が噴き出す音。鉄臭いその液体を傷つけられた鎧とそして前方に構えていたいつの間に斬られたのか刃渡りが半分となった剣に満たしながら、彼は静かにまるで糸が切れたマリオネットのように倒れた。

 

「さて、あとはあなたですね。」

「っ!?」

 

ジリオラがまたも鞭を鳴らす。その大地を斬りつけまいとするほどの激しい鞭音とともに、先ほどまで炎があった場所から枝分かれして待機していた何かはこちらへと移動してきた。そして、一瞬の内にその枝は触手のように身体に巻き付いた。

 

勝った、とジリオラは確信した。ジリオラは精神支配系の能力を持つ眷獣の持ち主だ。ジリオラが眷獣を使い、そしてその攻撃を受けた瞬間あらゆる意思あるものはその精神を支配され、彼女の操り人形となるのだ。

おそらく、これは並のサーヴァントであったとしても例外ではないだろう。

 

「なるほど、それがあなたの能力ですか?」

「なっ!?」

 

だがしかし、この目の前の男は並にあらず。こと防御という概念に関しては無敵を誇るというのは伊達ではない。彼のスキルの内には殉教者の魂というものがある。これはいかなる精神支配であれ無効化する能力であり、精神支配系の能力に対して天敵と言っても良いスキルなのである。

最も、この能力が派生したのは如何なる拷問、責め苦にも耐えた彼の精神性を讃えたものでもあるため、たとえ彼以外のサーヴァントであったとしてもジリオラの能力をとてつもない意思の力で弾いたものも…まあ、いたかもしれない。

 

ジリと後ずさりするジリオラ。だが、後ずさりしたところにはライダーがすでに立っており、ジリオラは悲鳴をあげそうになったが…

 

「申し訳ありませんが、眠っていてください。生前から、私は女性が苦しむ姿などはもう飽きるほど見せられているので…」

 

首筋に手を当てたライダーはそこに強烈な魔力を押し込む。すると、ジリオラはその衝撃に耐えきれなくなり、眠るように目を閉じたのち、ゆっくりと身体を地面に着かせた。

 

「す、すごい。」

「ああ。」

 

地面に倒れた音ともに静寂が舞い降りるかと誰もが予想したその時に…

 

「ああああ!!」

 

痛々しいまでの少女の悲鳴が響き渡る。ライダーとそしてライダーの姿に見惚れていた古城と雪菜はその悲鳴の発信元へと目を向ける。それは古城の古き幼馴染・優麻からの悲鳴だった。彼女は今、正に自らの守護者との契約の糸を自らの母親である仙都木阿夜から抜き取られている真っ最中だった。

そして、その糸が最後の一本まで完全に切れたとき、優麻は今度こそガクリと気を失った。

 

「優麻!!」

「なんてことを!?魔女にとって守護者は生命線でもあるというのに!」

「ふっ!!」

 

即座に危険だと判断したライダーは古城たちが話している間に、一瞬の内に優麻たちのところへと移動し、剣を横合に振り抜いた。だが、遅かった。ひらりとその攻撃を避けた阿夜は空間魔術でその場から転移する。

 

「逃げるのですか!」

『貴様に敵対すると、ロクなことになりそうにないのでな、(ワレ)には(ワレ)の目的がある。斯様に瑣末な諍いなどにいちいち熱を上げてはおられん。ここらで失礼させてもらう。』

 

阿夜が言い終わると同時に阿夜の気配は完全に消え、辺りはまたも陰惨とした空気が満ちる沈黙した空間となった。

 

「どうだ?姫柊?」

「辛うじて意識を繋いではいますが、このままでは…」

「くそ!しっかりしろ!優麻!」

 

嘆き、悲しむ古城たちは自分たちを責めた。闘いに美しさなどは感じないし、感じたくもないが、そんな彼らからしてもあのワンサイドゲームは実に見事で見惚れるものがあった。もし、他の者がここにいたとしてもその意見は変わることはないだろう。だが、その影響で自らの注意がおろそかになり、守ろうとした者も守れないのでは本末転倒も良いところだ。

 

「今、ここで嘆いていても仕方ありません。古城。とりあえず、彼女を安静に治療できるだけのスペースを確保するため、移動しましょう。」

「ライダー…分かった。」

 

那月のこともあるが、今は優麻のこと先決だ。古城は無理矢理にでもそう意識を切り替え、優麻の身体を抱きかかえ、雪菜もそれに追従するように遅れて立つ。

 

「ちょ、何よ!?これ!」

 

立ち上がると同時に聞き慣れた声が前方から響いてくる。その正体は…

 

「煌坂…」

「紗矢華さん!」

 

無理矢理護衛を解任され、とりあえず古城の元までたどり着いた煌坂紗矢華その人だった。




英霊抽選参加いただき誠にありがとうございます。
今のところの抽選の結果ですと、まずすでに出そうと思っていた英霊が5騎。新規で出そうと考えさせていただいたのを6騎選ばせてもらい、現在のところ11騎のサーヴァントを追加しようかなと考えています。
最も、予想なのでこれから減ったり変えたりするかもしれませんが、その辺は平にご容赦を…では、まだまだ続けていきますのでよろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 III

「つまり何?総合して言うと、南宮那月はまだ生きてるけど一体どこにいるのかもわからない上に危篤状態。そこのあんたの幼馴染の仙都木優麻はさっきまで敵だったけど説得してなんとか立ち直らせたってところで母親に裏切られてこれまた危篤状態っていうこと?」

 

現在の古城一行は軍における小型ミリタリーカーを借用してそれに乗車している。この絃神島は離島ということもあり、島の防備を完璧にこなすために数々の軍事物が存在する。そのため、ミリタリーカーがそこらへんに点在していても問題はないのである。もっとも、それを強盗よろしく借用しているのは大問題であるが…

 

「ああ、煌坂。なんとかできないか?アスタルテのときみたいに」

「無茶言わないで、私は呪詛と暗殺の専門だから医療を齧ってたってだけで、守護者を切り離された魔女なんて専門の魔導医師か手練れの魔女でしか解決できない問題よ。」

「魔導医師…か。」

 

その言葉にわずかに戸惑い見せたもののやがて古城は決心したように顔を上げ、

 

「煌坂、そこを右だ。」

「え、あ、うん。」

 

突然のことだったが、煌坂はその指示通りにハンドルを回し右へとミリタリーカーを進める。

 

「何か心当たりでもあるのですか?古城。」

「ああ、腕がいいかは知らねえけど魔導医師っていうんなら、一人知り合いがいる。」

「知り合い?」

 

ライダーが問い返してくるのに対し、古城はまるで何かに呆れ返るかのように嘆息をした。

 

「…暁深森。俺の母親だ。」

 

ーーーーーーー

 

「はぁ…ったく、バカ古城…なんだって電話に出ないのよ。」

 

そうボヤくのは現在パレードの真っ最中で賑わっている通りを一人トボトボと歩いている浅葱である。せっかくの波朧院フェスタのパレード。どうせなら、あの朴念仁と一緒に回りたいと思っていたのだが、その問題の朴念仁が先ほどから何度電話しようと全く電話に出ないのだ。

 

「…はぁ〜あ、もう家に帰ろうかな?一人でこんなところ回ってても仕方ないし…」

 

 

言いながら、彼女はその手にあるホットドッグを頬張る。余談だが、今日彼女が食べたものはホットドッグだけではなく、他に焼きそば、お好み焼き、たこ焼き、りんご飴、綿菓子…とレパートリーだけでも結構なカロリー量だと予想できるにもかかわらず、彼女にとって、これは腹1分目にも満たないほどである。

よくまあ、それで仕方ないなどと言えたものだ。

ホットドッグを頬張った後、彼女はパンパンと手を払い踵を返す。先の宣言通り帰ろうとしているのだ。

だが、その時…

 

「もしもし、君。」

 

不意にパレードのための警備員に呼び止められた。怪訝に思ったが無視する理由もないので振り返る。

 

「何ですか?」

「いや、その…ね。さっきから君の裾を引っ張ってる子がいるんだけど、その保護者か、何かかな?」

「は?」

 

言われた意味が分からず、警備員に指をさされたその服の裾のほうを見やる。すると、そこには齢10ほどの幼い少女が立っていた。

 

「え、えーと、あなたは?」

(あれ?この子どこかで…)

 

言いながらその初めて見る少女に妙な既視感を覚え、顔を傾かせる。彼女はそう考えながらマジマジとその少女を見つめる。だが少女はそんな彼女の思いなど知らずに言葉を紡ぐ。

 

「ママ?」

「ま、ママーー!?」

 

その爆弾発言にわずか齢16ほどの浅葱は驚きの声を上げ、パレードの騒ぎすらもかき消すほどの絶叫をしたのだった。

 

ーーーーーーー

 

「どうだ?」

「んー……うん。これなら私でも何とかなりそうだよ。しっかし、驚いたわ〜。さっきは夜からいきなり真昼間に変わっちゃうし、今は今とて古城くんが女の子を連れてくるんだもの、それでどっちが本命なの?」

「だから、そんなんじゃねえって言ってんだろ!」

 

古城はしつこく人の色恋沙汰を聞いてくる自らの母親・暁深森にうんざりしながら返していく。現在、古城たちはMARという魔導専門の医師が使える施設・その個室の手術フロアに来ている。個室を与えられるのは魔導医師の中でも特に業績を重ねてきた者たちにしか使えないため、そこからも深森がどれほど優秀なのかが伺える。

 

幼馴染の無事を確認できたことから安心した古城は不意にズキリと胸が痛み、そこに手を添える。

 

「…まだ傷の調子は良くないみたいね〜。私があげた薬はちゃんと塗ったのかな?」

 

周りに誰もいないことを確認した深森は声を潜ませながら古城に尋ねる。いい加減な調子の女性だが、なんだかんだ言って自分の息子のことが心配なのだ。

 

「ああ、でも傷なんてすぐに良くなるわけでもないだろ。そんな心配しなくても大丈夫だって」

「まあ、それはそうなんだけどね〜。」

 

もっとも古城の場合、不死身の吸血鬼……さらにその頂点に立つ真祖などと呼ばれる者なわけだから、いい加減身体が修復してなければおかしいのだが、この傷は自分の体を取り返す時自ら進んで雪霞狼という異能を打ち消すのに特化した槍で傷つけたもののため、吸血鬼の能力を制限するのには十分なのかもしれない。

そう考えて古城は傷のことを納得した。

 

「あの、先輩。ちょっと…」

「ん、ああ。分かった。今行く。んじゃ、後のこと頼む。」

「まっかせなさーい!」

 

実に不安が残る返事ではあるがこの際、そのことについて言及するのは止め、優麻のことを託し雪菜についていく形で手術フロアを抜け出していった。

 

ーーーーーーー

 

「先輩。情報が入りましたので報告を…」

「ってか、姫柊さ」

「はい?なんですか?先輩?」

 

何かおかしいところでもあるかというふうに小首を傾げて問い返してくる雪菜に対して、もしかして自分の方がおかしいのか?と考えてしまう衝動を必死に抑え、勇気をもって古城は尋ねた。

 

「いや、その格好何?」

「え?あ…」

 

姫柊の今が来ている服装というのは一言で表すならナース服だ。どこにでもあるナース帽になぜだか妙にスカートの裾が短いナース服、そしてそのスカートの裾まで届きそうなほどのハイソックスと、なんだかこんなものが本当にナース服として受け入れられるのか?と本気で追求したくなるほどに際どい作りの服を雪菜は難なく着こなしていたのだ。

 

「あの…病院内はナース服じゃないとダメ!とお母様が」

「あのバカ母は…」

 

相変わらずの調子で頭を痛め、思わず頭を抱える。だが、今はそんなことを気にしている場合ではないと、即座に頭を切り替えて言葉を続けた。

 

「何か分かったのか?」

「はい。ライダーさんがテレビを見ていた時、先ほど偶然浅葱さんを見つけたんです。」

「浅葱を?」

 

現在は波朧院フェスタのカーニバルの真っ最中でその生中継をする番組も少なくない。そのため、別にテレビ内で浅葱が見つけたところで不思議はないし、わずかに驚くだけである。

 

「浅葱がどうかしたのか?」

「はい、実はその浅葱さんと一緒に写っていた子が問題でしてライダーさんが言うには那月さんに似た面影のある少女だったとのことです。」

「な!?」

 

現在においてそれが一体どれほど重要なのか理解できていた古城はその知らせを受け思わず身を乗り出す。それを制するようにいつの間にか現れたライダーが古城の前に手を出しながら言葉を続ける。

 

「ただですね。古城。正直な話、あの少女が南宮那月さん本人だというのは疑わしいところなんですよ。外見の幼さもそうなのですが、あのテレビというものからも分かるほどに彼女特有の覇気というものが感じられなかったのです。」

「けど、似てたことには似てたんだろ?それに、あの仙都木阿夜の『無事ではない』っていうのがもしかしたら那月ちゃんが幼くなっちまったことかもしれねえわけだし」

「はい、ですから私も行くだけ行ってみた方がいいと思いまして、何より現在、彼女が那月先生だというのなら浅葱さんが非常に危険な状態なので…」

「は?なんでだよ?」

 

南宮那月に復讐しようと監獄結界を脱獄した囚人たちはライダーによって全員仲良くまた監獄結界に送り返されていった。故に実質的な危険性はなくなったと考えていいのではないのだろうか?

 

「いえ、それがそうでもないんです。私も先ほどライダーさんに聞いたばかりなのですが、ライダーさんは苦しみだしたキャスターの危険性は承知していたが、拘束はしていないんだそうです。」

「え?でも、さっき言ってじゃねえか?那月ちゃんがそのキャスターのマスターだっていうのなら那月ちゃんの命令を……って、あ!」

 

そこで古城はあることに気がついた。

 

「はい。それはおそらくマスター(那月さん)サーヴァント(キャスター)が両者ともに正常に思考が可能な場合できることです。ですが、現在彼らは」

「どっちも正常じゃない……ってことは!」

「はい。那月先生はともかく、キャスターは意識が覚醒次第、那月先生を探しに行き、そして見つけた場合、那月先生の近くにいるもの全てを敵と認識する確率があるということになります。」

「ーーーー」

 

絶句するほかない。つまり、それは現在キャスターという暴風雨が自分の友達の身を引き裂こうと近づいて行っているということにほかならないのだから。

古城は焦った表情でライダーの顔を見る。ライダーは心底申し訳なさそうに…

 

「申し訳ありません。古城。こちらとしてもキャスター本体を捉えようと苦心していたのですが……どうも捉えどころがなく、あの怪物の方も傷つけても傷つけても回復するものですから、キャスターを叩くよりも先にマスターの元へと向かうべきだと思ってしまったのです。」

「マジかよ…すぐに探しに行こう!浅葱には俺が電話する!」

「じゃあ、乗り物の準備ね。急いでいくんなら何かなるべく速い物を…」

 

そこで割り込むようにして煌坂が話に入ってくる。

 

「煌坂、お前、凪沙はどうしたんだよ?」

「ああ、あの子はちょっとあんまりにも詰め寄ってくるもんだから、呪術でその…テイ!って寝かしつけてきちゃった。」

 

あはは、と曖昧に笑う紗矢華を見て、古城は半目になりながら『きちゃったじゃねえよ』と言おうと思ったがやめた。今はそんな時間すら惜しいと思えるほどに切羽詰まっているのだ。

 

「さて、そんじゃ、煌坂の言う通り、乗り物探さねえとな」

「それについては心配ありません。古城。リヤカーか何かがあれば、十分です。」

「は?いやいや、それじゃまずいだろ。一体どうやってそれでスピードを出すんだよ?」

 

古城は言っている意味がわからず言い返すが、ライダーはそれを見ても余裕ある表情で古城を見返して言った。

 

「私のクラスはなんなのかお忘れですか?騎乗兵(ライダー)ですよ?」

 

ーーーーーーー

 

「確か、ここらへんだったはずだが」

 

ランサーは自らの戦車に乗り上空を飛び、先ほど視線を感じた方角から大体の位置を予想し、そこに移動してきた。その場所は人工の半島にて作られた高級ホテルで、観光スポットとしても有名な魔族特区ということでホテルが乱立する絃神島の中でも指折りの宿泊施設だった。

特に形が特徴的で二棟の建物の頂上部分を橋のようにして横向きの建物を繋げているような作りとなっている。

 

ランサーがここに来たの単純な興味本位である。ランサーとアーチャーの両者が先ほど感じた視線、それは確実にサーヴァントのものだったとランサーは確信している。そして、その視線の主、それは確実にあの場にいた自分たちに匹敵する強敵だということも…だからこそ、その一瞬感じただけでも肌身が粟立つほどの力を有している男ならばアーチャーによって不完全燃焼にさせられたこの気持ちを抑えられるだろうと考え、何より今のうちに姿を確認することが後々の役に立つともランサーは思ったのだ。

 

そのような判断の元、ランサーは現在、ホテルが建てられている半島周辺の上空を徘徊していたのだが、やはりと言うべきか問題のサーヴァントの気配は完全に絶たれている。

 

「ちっ、こりゃ無駄足だったか?まぁ、あのホテルにいるってのはほぼ確実だと思うから見当もつけやすいだろうが…」

 

ここに来るまでに最短の道のり、そして下方に対し最大限の注意を払って戦車に騎乗してきた。

騒ぎでも起こしさえすればランサーの存在に対し、対処策を用意するためにサーヴァントをこちらに向かわせてくることもあるかもしれない。

だが、彼とて英雄としての誇りがある。無闇矢鱈と一般人を巻き込むことを好ましいとは思えない。故に、全ての部屋をしらみ潰しに捜索しにかかるなどという真似が彼にはできなかったのである。

 

「しょうがねえ。しばらくここでまっ」

 

その時だった。ランサーの背後から突如として強烈な殺気が放たれる。肌が粟立ち、近距離から発せられているからだろうか、若干手綱の向こう側の馬のマハやセングレンからも筋肉の強張りを感じられた。

勢いよくランサーが振り向く。

 

ガキーン

 

「っ!?」

 

風が斬られる音と共に上段からの武器による攻撃の気配を感じ取ったランサーは、手綱から手を離し、紅槍を両手で横に向けてその凶刃を防御する。ギリギリと刃物同士がぶつかり合う音が響き、その常軌を逸したと感じられるほどの膂力により身体が仰け反りそうとまではいかずともわずかに後退りを許してしまうランサー、だが即座にその膂力に慣れたランサーはふー、と息を吐き、緩急をつけるため一瞬だけ槍から力を抜かし……

 

「おらぁ!」

 

一気に弾き飛ばすようにして相手をぶっ飛ばす。その相手は弾き飛ばすと身を翻して体勢を整えるとそのまま戦車が飛んでいる上空よりも下に落ちていった。

 

「逃がすか!」

 

ここまで来た以上是が非でも戦ってもらう。そのサーヴァントを追ってランサーは戦車を下へと向けて走らせた。

 

ーーーーーーー

 

ランサーが落ちていった自分を攻撃した相手を追って付いた着地点・半島の端トラックなどの運輸システムやその他観光客のための300m×200mの何百という車が停まっている駐車場、そこには一歩も動かず彫像のように立ち尽くした2メートルは優に超える大男がいた。

いやあれは彫像のようにというよりも彫像そのものだ。全身を覆う黒い皮膚、獅子のように逆立った髪、遠目からでもわかるほどの筋肉の奔流その理想形ともいうべき肉体、それら全てが人々の理想の肉体だと憧れ、そして彫像という美に活かそうとすることは容易に想像できる。

だが決してそれが彫像ではないということは誰もが即座に理解するだろう。

彼の肉体から出るオーラが、そしてその紅と黄色のオッドアイはその眼光だけで何もかも射抜けるかのごとく険しく鋭かった。これを見て彫像だと言ったものがいたのなら、それはおそらく余程の馬鹿か、その余りにも強大なオーラで気をおかしくし現実を直視できないもののどちらかだろう。

 

「…てめえがさっきの闘いを見てたサーヴァントか?」

「如何にも、此度の現界に際しセイバーのクラスで召喚されたものだ。結果的にとはいえ、先ほどは貴公らの闘いに茶々を入れてしまい申し訳なく思う。」

「なに、ありゃ、あのアーチャーが気にしすぎた所為ってこともあるから、あんたの所為ってわけじゃねえよ。それで?こうして出てきたんだ。まさか、このまま帰るってわけじゃねえよな。」

「ああ、少々マスターの目的とは違ってくるが、貴公をこのまま放置しておくと後々厄介なことになるだろうとマスターが踏んでな。この場で脱落してもらおう。ランサー。」

 

その言葉は決定的な宣戦布告。その言葉を皮切りにセイバーは手元に刃渡が2メートルを行く大剣が出てくる。刃先は両側が逸れ、西洋風の面影のある柄と持ち手のあるその大剣は炎の塊そのものだった。だが、自分の戦車の持つ太陽の輝きとは似て非なる。あれはおそらく大地の輝きそのものだ。火山の持つマグマの熱を宿したようなその炎剣を横に振り、手を前に出してセイバーは構える。

この場でランサーを全力をもって蹴散らすとその男は宣言する。その挑戦に対し、ランサーは……

 

「はっ!上等だ!返り討ちにしてやるよセイバー!」

 

言い終わるとランサーは戦車から飛び降りる。

 

「…何だ?戦車は使わんのか?ランサー?」

「何、あんたはあのバカと違って火力勝負してくるわけじゃなさそうなんでな。まずはこの槍だけでその実力を味わいたくなったんだよ。」

 

セイバーはこの男が決して舐めてかかってるから戦車を降りたわけではないことを直感した。生粋の戦士であるセイバーとランサー、彼らはその人生こそ異なるが戦士として相手の実力を存分に味わいたいという思いには共感できる部分があったのだ。

 

「いいだろう。しっかりと味わうがいい。ランサー」

「応!かかってきな!セイバー!」

 

言葉を終え両者は数秒の間睨み合う。そして、どちらともなく何も合図をせずに二人は同時に突進する。余りに強力な両者の突進により彼らの後方に位置する車が何台かが横転しかける

 

「ぬん!!」

「うらぁ!!」

 

そのちょうど中央のところでランサーとセイバーが激突した瞬間、今度は車が横転するどころか完璧に2メートルほど吹き飛ぶ。

 

神話の再現が今始まる。

 

ーーーーーーー

 

時を同じくして一匹の怪物が目を凝らして建物の頂上から辺りを観察する。

 

「見ツけた?ジャ…ばウォック?」

 

明らかに正気ではない調子でキャスターは自らの下僕に確認を取るように声をかける。すると、怪物はそれに対し静かに首肯する。

 

「そう…じゃア…行く…ワよ。私のトモだチになってくれたあの子を守…るために」




挿し絵をアーチャー詳細設定に入れてみました。まあ、ちゃんと写ってるとも言えないので不安が残る出来ではあるんですができたら見てくると嬉しいです!

ちょっと馬鹿な想像をしてみた。
ドラゴンボールのミスターサタンって、英霊システムで言うのなら死後強くなったりするのかな?

宝具これつまらないものですが(ダイナマイト)!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴IV

「おいしい?」

「うん!!」

 

黒髪と真夏に子供が着るような晴れやかなオレンジと黄色が基調とされたワンピースを着た少女は目の前にあるフルーツパフェを頬にクリームをつけながら頬張り、晴れやかなまでの純粋な笑顔を浮かべる。その笑顔に浅葱もまた満足げな笑みを浮かべて背中をファミレスのソファーへと預ける。現在、浅葱は今の状況を頭の中で整理するためにこの目の前の少女を連れてファミレスに入っていた。

突然、自分のこと『ママ』などと呼んだこの少女。彼女は一体何者なのか?その疑問を解決するために

 

「…まあ、予想がつかないわけじゃないけど」

 

いつも自分の学校で幼げな美貌を晒しながら教壇へと登るあの担任教師。この少女には彼女によく似た面影を感じられる。ただ、それだと謎が多い。彼女と自分はそこまで知らない仲ではない。なにせ、担任教師とその生徒なのだ。顔を知らない方がおかしいくらいだ。ならば、彼女と自分が会えば、必ず自分の名前を呼んでくる。もっともそのことについての問題は…

 

「あの…さ?」

「ん?」

「何にも覚えてないんだよね?」

「うん!私の名前も昔のこともなーんにも!」

 

これである。こちらとしては、そんな側から聞けば悲哀な娘そのものの図のような印象を受ける事項を晴れ晴れとした口調で言われても困る。別に浅葱の所為ではないが、なんとなく気分が重くなるのだ。

さて、話は戻るが、少女から感じられる謎。それは何も記憶に限ったことじゃない。いくら幼い見かけだからといって、南宮那月の年齢はもう少し上に感じられた。それは普段の言動がそう感じさせるのかもしれないが、浅葱にとっては今の目の前にいる少女がその見かけよりも大分縮まっているように見えるのだ。

 

外見は似ているが、ここまで相違点が存在するとこの黒髪の少女が何者なのか、いよいよ分からなくなってくる。間違いなく怪しさ100%だ。ただ

 

「そうは言っても、放置はできないわよね。」

 

なんだかんだ言っても、彼女は面倒見がかなりいい。いきなりママと言われたことについては驚いたが、こんな純真無垢な小動物のような少女をパレードで賑わっている現在の絃神島に放置、などという非道なマネができようはずもなかった。

ちなみに今更だが、太陽が真夜中に出ているという異常事態になっているにもかかわらず、島は平常運転だ。皆、魔族特区に住んでいるということが相まってちょっとやそっとの異常事態には耐性がついているのである。具体的に言うと白夜がある地域もあるのだから、地脈とかそういうものの影響で太陽がいきなり出てくるのもあり得るんじゃね、という感じで。

絃神島の方も無理に混乱を引き起こす真似はしたくないため、今の状態を良しとしているのだ。

 

「あの、ママ?」

 

呼びかけられて思考を止め、向かい側の席に顔を向ける。見ると、彼女はパフェを食べ終わったようで、それを伝えるために浅葱に応答を求めたようだ。

 

「ん。食べ終わったんだ。よし!それじゃ、そろそろ出ましょうか?」

「うん!」

 

会計を済ませ、鈴付きの店の扉に手をかけゆっくりと開いた。心地よい鈴の音を聞きながら彼女たちは外に出る。

 

その鈴の音がこれから巻き起こる最悪の遊戯の幕開けになるとも知らずに。

 

ーーーーーーー

 

舞台変わって、ここはランサーとセイバーが激突したホテルにある広域駐車場である。そこにはありとあらゆる高級車が陳列していた。ベンツ、フェラーリ、ポルシェなどそうそうたる面々。そして、それ以外にもホテルに物資を運ぶための大型トラックや家族で乗ることが好まれる普通車、中型車などの乗用車が多数存在していた。

 

それらの持ち主である人々が今この場にいれば、きっと…いや間違いなく嘆くだろう。下手をしたらショック死するかもしれない。仮初めの太陽が出ているとはいえ、人が眠っている時間の真夜中であったことがこの場合は幸いしたと言っていいだろう。

 

なぜなら、その乗用車全てが等しく同じように天を舞い、赤く…憎たらしくなるほどに紅く燃え上がっているのだから

 

「ふん!!」

 

セイバーが一振り剣を振る。それだけで無骨なアスファルトとコンクリートの集まりである道は砕け、割れ、大地に癒えない傷跡を残していく。その剣の一振りの圧力がポルシェ、フェラーリの二台の高級車へと届くとそのままその車たちはまるで綿にでもなったかのように10m以上の高さへと飛び、そして50m離れている一人の男へと注がれていく。

 

「うらぁ!」

 

ランサーはそれらを手にした紅槍で一閃し、その二台の高級車をたちまち爆炎に飲ませる。爆炎とともに黒い煙が湧いて、ランサーの視界が封じられる。辺りを確認するために見回すと、不意に後方からわずかな気配を感じ取る。

 

「ふん!!」

「おっと!」

 

煙に紛れながらのセイバーの横一文字の一撃をランサーは身を屈めながら避ける。そして、今度は足を起点に体全体の力を使ってバネが伸びる要領でセイバーの顔を目掛けて刺突を放つ。

その刺突をセイバーはわずかに横に逸れることで紙一重で躱す。そして、その顔の真横にある槍をセイバーは掴み、叩きつけるようにして投げようとした。だが、そこは歴戦の勇士たるランサーである。素早くセイバーが何をしようとしたのか理解した彼は今度は跳躍し、槍に急速回転と振動を加える。すると、力の方向が思いもよらない方向へと行ってしまったことでセイバーはたまらずその掴んでいた槍を離す。

槍を離されたランサーは跳躍したまま移動して今度は30mほど先の中型車の天井へと着地する。

 

「…身軽なものだ。こちらが捉えようとしてもすぐに離れていってしまう。槍兵の名は伊達ではないな。ランサー」

 

セイバーは槍を持っていた手の状態を確かめるように指の開閉を繰り返しながら、目の前の敵を賞賛する。

 

「テメーこそな、セイバー。たった一振りで地形を変えちまうほどの一撃を放ち、そしてその巨体に似合わねえほどの俊敏さにより、この俺の背後をとる…正に最優の英霊ならではだろうよ。」

 

賞賛を返したランサーは飢えた猛獣のような低い姿勢の構えを槍で取りながら、目の前の男に対する解析を始める。

目の前のこの男、確かに剣の英霊を名乗るにふさわしいほどの剣の腕前を持っている。武芸百般というわけではないが、叔父に剣を教えてもらう経験のあったランサーはそのことを瞬時に理解させられた。ただその武練についての問題はなくとも、彼には一つわずかな疑問があった。

それはなぜ、このタイミング(・・・・・・・)でこの場に出てきたのかということだ。アーチャーとランサーの両者は戦っていたときにすでにセイバーの気配に勘付いていた。それならば、まず、戦局を担うためや漁夫の利を得るためには最後まで待つか、それともあの時、セイバーの気配に勘付いたランサーとアーチャーを危険視し、始末しようとするかの二つに一つだとランサーは考えていた。そうしなければ、あまりにも旨みがない。何せ、この男は今までランサーたちにその存在を悟らせなかったほどの猛者だ。その駒を最大限に活かすのならばこのタイミングで出すのは間違っている。

だからこそ、ランサーは待つ気でいたというのに、わずかばかり時間の空いたこの時に狙われるのが不自然でならない。これではまるでセイバー自身が好きな時に好きな展開で戦えてるような、そんな気がするのだ。

けどそれこそありえない。自分のような例外はともかく、サーヴァントがマスターを蔑ろにするなど、少なくとも今目の前で戦っている男にそのようなゲスな真似ができるとはランサーに思えないのだ。

 

(ちっ!引っかかりやがる。何を考えてやがるんだ?このサーヴァントのマスターは)

 

ランサーは舌打ち混じりにその獣のようなギラついた瞳に睨みを利かせ、目の前の大男を見る。セイバーの方はと言うとこちらも無言でランサーを見つめ返し、剣を構えずに静かに、まるで彫像のように静かに立ち続ける。そして、動く素振りすら見せなかったその男は…

 

突如として、ランサーの視界から消え去る。

 

「っ!?」

 

焦りはしなかったがセイバーの突然の動きにランサーは槍に力を込め、セイバーが現れた体から向かって5時の方向に槍だけを斜めに向けて防御する。

 

「ぐっ!!」

 

だが、その込められた力にランサーは驚愕する。今までと比較して明らかに力が増している。相手の力量を間違えるほどランサーは耄碌した覚えはない。先ほどまでの一撃は確かにセイバーの全力たり得るものだったはず、だが今感じる力はどうだ?まるで無限大とでも言えるかのごとく力がその男の肉体から湧き出てくるのを感じる。一体これはどういうことだと考えたそんな時である。ランサーは見た。今までセイバーの立ち姿は上半身は裸で下半身を昔ながら戦装束に身を包ませたものだった。だが、今度の姿を見るとその上半身にわずかな変化がある。その上半身のちょうど腰の部分、そこには何処から出たか分からない帯が巻かれていた。

 

(あれは…)

 

ランサーは思考しながらもその強大な力に立ち向かうのではなく今度はいなすようにして体を引かせることで難を逃れようとした。だが、流しただけである。受け流したその一撃はその後地面へと激突する。

 

その瞬間、大地が悲鳴をあげるように嘶いた。今度こそ、大地が割れたのだ。セイバーの一撃はそのまま止まることなく大地を駆け巡る。途中にあったトラックをもその一撃は貫通させ、ようやくその一撃が止まったのは海に出た時だった。海へと出た瞬間、衝撃波が散るようにして勢いよく爆発し、ランサーたちがいる場所にわずかな雨を作り出す。

雨は今まで両者を覆っていた爆炎すらも包み込み、優しく鎮火していく。

 

「おいおい」

 

そのあまりの光景にランサーは呆れ半分で呟く。だが、萎縮したわけではない。むしろ、ランサーはこの状況を嬉々として受け入れ、楽しんだ。目の前にいるこの男が全力を出そうとしているのだと知ってランサーは喜んでいるのだ。

 

「その腰帯の力かよ?セイバー」

「ああ、これは私のモノ…とするのもおこがましいというものだが、確かにこれは私の宝具の一つだ。」

 

腰帯はいわゆる、海賊などが巻くような簡素なものではなく、ところどころが着飾られていた。付け加えて言うとその着飾り方は派手ではないものの男が女にプレゼントするかのような絶妙な美しさを醸し出していた。

セイバーは非常に申し訳なさそうにその腰帯を見つめている。まるで、誰かに懺悔をするかのようなその口調に感じ入るものをランサーは感じたが、そのことを置き去りにし、ランサーも覚悟を決め、一つの封印を解除した。元々、面倒だから使わなかったのだが、あちらが宝具を出し全力を出し尽くそうとしているのにこちらが全力を尽くさないなどと誰ができようか。

 

「そうかい。そんじゃ、俺も宝具とまではいかねえが、それに類するくれえの代物を出さなきゃな!」

 

左手に槍を持ち、空中に人差し指を出す。そして、ランサーがその指をまるで泳がせるようにして空を舞わせるとそこからわずかな光ができあがる。そう、それは…

 

「行くぜ!セイバー!原初のルーン魔術、その真髄ってヤツをその身で味わいな!」

 

舞う指を再び槍に戻す。そして、次の瞬間、その文字にも似た光の物体から勢いよく焔が発せられセイバーへと向かう。

爆炎がセイバーを中心に展開し、周囲は勢いよく燃え上がる。

 

闘いの第二幕がこうして切って落とされた。

 

ーーーーーーー

 

「さてと、それじゃどうしましょうか?サナちゃん?」

「さなちゃん?」

「あなたの名前、ずっと名前がないと不便でしょう?」

「サナ…ちゃん…」

 

仮初めの名前に対して、サナは満足したようでまるで花のような笑顔を浮かべながら喜んだ。その反応に対して浅葱もまた満足そうな笑みを浮かべてこれからの予定を考える。

特に予定はない。お目当の少年がいない以上ここに長居する理由もないのだ。ただ、彼女の家に帰るのかというとそれも違う気がある

彼女はそう考えている内に知らず知らず、人ゴミのない場所を探すように歩いた。そこならば、いきなり出てきた太陽で暑くなった今でも静かで頭を回転させるのにちょうどいいのではないかと思ったためである。

そうして、彼女が公園前にたどり着いた時、ふと思いつく。

 

「あ、そうだ。携帯見れば1発じゃない。」

 

暑さのせいか頭が鈍っているようだ。と自分に対して自省の念を呼び起こしながら浅葱は今まで切ったままだった携帯の電源を入れる。なぜ、電源を入れなかったかというと今日くらい絃神島のオーダーを無視してはっちゃけたいと思ったためだ。

スマートフォン型の携帯の電源を入れた浅葱は驚愕した。

 

「うわ!何?この着信の数!?」

 

ざっと見るだけで30はくだらないほどの着信があった。大きく分けると学校のものからと自分が探していた少年の方からで、気になった浅葱はまず少年の方に電話をかけようとすると

 

『やっと繋がったか!嬢ちゃん!ったく、相棒にも入らせないほどの電源システムなんて作るんじゃねえよ。おかげで無駄に時間食っちまった!』

「うわ、モグワイ!あんた、いきなり出てくんじゃないわよ!一体何を…」

『それどころじゃねえ!いいか嬢ちゃん、よく聞け!』

 

珍しく焦り口調のAIに圧倒された浅葱は、どうかしたのか気になり、そのモグワイの言葉を聞こうとした。そのとき、

 

はるか後方からなにか、巨大ななにかが地面に落ちる音がした。その音に驚き、浅葱は恐る恐る背後をのぞく。そうして浅葱が見た視線の先、後方800mほど先だろうか?それほど遠くだというのにそのなにかの存在感は離れた浅葱が感じるほどに圧倒的だった。怪物、その言葉があっているだろう。

怪物はゆっくりと立ち上がる。その立ち姿はあまりにも不気味だった。油絵の具を水に垂らし、それを全身に隈なく散らしたかのような赤い皮膚。体のいたるところに薄くまるで脈のように描かれている模様。枝のように不格好に別れ生えている角と羽。腕にも無数の突起が付いておりそれはまるで牙の形をなした鱗のようだった。だが、肝心の口には牙はなくただ、線を一文字書いたような横引きの口が一つ。そんな姿をした怪物。

それが今、こちらを向いている。浅葱は瞬間、理解した。あれが狙ってるのは自分たちだ。そしてその狙う理由は断じて友好的なものなどではない。

 

『遅かったか!逃げろ、嬢ちゃん!!』

 

妙に人間臭いAIの言葉が言い終える前に浅葱はサナの小さな手を掻っ攫うようにして繋ぎ走り出す。

史上最悪の鬼ごっこが今始まる。




ご報告があります。誠に申し訳ないのですが、今月はこちらの都合上、話の更新はここまでとなると思われます。いつも楽しみにしてくれてる皆様には大変お心苦しい限りなのですが、ご了承の方をどうかよろしくお願いします。
来月になれば更新することは約束しますので、では!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 V

随分お待たせしました。
では、よろしくお願いします。最も、今回はオリジナル展開が多いのでその辺りは生暖かい視線で見たいいただけると助かります。


舞台は過去に遡り、『後にアリスと呼ばれるモノ』の物語をしよう。

『後にアリスと呼ばれるモノ』は絵本を聖遺物として召喚されて以降、まるで未確認飛行物体のように絵本そのものを浮かしながら彷徨っていた。

その時はまだ彼女とも彼ともつかない物体であるソレ(・・)はどのような形であれサーヴァントである。である以上はマスターがいなければ現界は不可能となる。そのためソレはすぐに生命の危機に晒された。

 

本体である絵本そのものは時々透け、ソレは自分の存在がその場から動かすごとに軋み、歪み、削れて行き、苦しくなるのを感じる。ソレにとって文字通り消えそうになるほどの痛みだった。だが、ソレは決して自ら消えようとはしなかった。

 

そうして必死に動いているうちに気がつくとソレは村にいた。小さな村である。ヨーロッパの方によく見受けられるレンガ作りの屋根に白塗りの壁で覆われた家が建てられ、それらによって成り立っている集落。そこにいる彼らは宙に浮く絵本であるソレをそこまで不思議がらなかった。なぜなら、この地は一人のトンデモナイ存在(・・・・・・・・)に統治させられた領地なのだから。だからなのだろう、その後起きてしまった悲劇には誰も反応できなかった。

もう一度言うがソレは曲がりなりにもサーヴァントである。である以上は現界のための魔力が絶対必要である。聖杯などには全くもって興味がなかったが、それには意識があり意思があった。だから魔力を必要とした。だから……

 

突如として絵本が虹色に輝きだした。日光をプリズムによって色分けされたような綺麗な虹色の光は村全体を光で覆った後、しばらくしておさまる。すると、絵本の一番近くにいた村の住人がドサリと倒れた。まるで電池が切れたロボットのように倒れた住人。だが、その住人を皮切りにドサリ、またドサリと周りの人間が倒れていき、ついに村の住人老若男女問わず全てのものが倒れたのだった。

 

何が起こったのか、それは明白だった。

絵本はその村の住人全ての魂を魔力の代わりにギリギリまで食い尽くしたのだ。

 

そうして自分が現界するための魔力を溜め込んだ絵本はまた何かを求めるように何処かへと去っていく。

 

ーーーーーーー

 

走る。走る。走る。もうどこへと向かおうとしているのか分からないほどに走る。息が切れ、汗が迸り、身体中に熱が回る。限界がいずれ来ることはわかっている。それでも早く、あの場を一刻も早く去らなければならない。

 

「モグワイ!!あの化け物なんとかできるくらいの代物出せないの?」

『すまねえが、そいつは無理だ。オレは島全体の治安を司ってる分あの化け物がどれくらいヤバいのか分かる。弱ってるようだが、全開ならアリャ古き世代の吸血鬼でもどうにかできるか、どうか…いや、それでも歯が立たねえレベルかもしれねえ。』

「なっ!?」

 

相棒のAIの統計結果を聞いて、元々引いていた血の気がさらに引く。モグワイの言っていることはつまりこういうことだ。

あの怪物は真祖クラスの化け物でもない限りとても相手にできる代物ではない、ということ。

だが、それで諦めるほど浅葱はお行儀が良い方ではない。

 

(待って…今弱ってるって言ったわよね?モグワイのヤツ。だったら!)

「モグワイ。今から言う条件に該当する場所を割り出して!」

 

ーーーーーーー

 

キャスターはジャバウォックの肩に乗りながら人気のないビル群へと出た一角を歩き、そこでふと怪物の足を止めさせた。

 

「見失っ…タ?」

 

キャスターは途切れ途切れの意識で言葉を紡ぎながらなんとか現在の状態について推察する。そうして先ほどまで感じていたマスターのラインをもう一度確認する。だが、やはり何かに阻害でもされたかのようにきゃすたーとマスターのラインの繋がりは感じられなかった。だが、それも仕方ないことだとキャスターは勝手に納得した。

 

キャスターの体調は正直な話、かなり悪い。霊核が傷ついたわけではないが、今現在キャスターはマスターのダメージをダイレクトに受けているのだ。

キャスターには他のサーヴァントとは違う大きな特性がある。それはキャスターは他の英霊とは違い、自らの思いではなく自らのマスターの思いによって彼女は姿形、そして属性すらも入れ替わって現界を果たすということである。故にこのサーヴァントに限り、マスターがダメージを受ける、または何らかの理由で思想そのものが変わってしまった場合、キャスターの方にも強制的な属性変化という点でダメージがいってしまうのだ。

付け加えていうと、キャスターと南宮那月は正確には正式なマスターとサーヴァントとは言い難い。キャスターはマスターによって姿形が変わるサーヴァントだが、前述にも書いた通り、このサーヴァントにもちゃんとした意思がある。つまるところ、キャスターは自らの意思で勝手に南宮那月と契約をしてしまったのだ。曲がりなりにも魔術師(キャスター)のサーヴァント、その程度は赤子の手を捻るようなものである。

故に、彼女と南宮那月は契約のラインとしての繋がりが非常に薄い。キャスターが提供してもらった魔力も、現界といざ戦闘の時のために貯蔵する分の魔力をちょっとずつ提供してもらった程度でしかない。理由は違うが、さながら、どこぞの弓兵のごとくキャスターもまたマスターにそこまでの負担をかけないようにしてきたのだ。そのため、南宮那月本人も本体にかけられた契約に気づくことはできなかった。

 

その薄いラインに更にダメージを入れられたのだ。それがどれほどのことなのか、理解はできるだろう。よってキャスターはここでマスターとのラインに気づけなくなったとしても仕方のないことだと判断したのだ。

 

「そうだと…シテも、オカ…しい。」

 

運命そのものが自らの感覚を惑わしているような不快感。魔術師(キャスター)であるためか、そういったことに彼女は鋭い感性を持っている。まるで、運命全体が自らのマスターについていた少女を守ろうとしているようなそんな違和感。それを追求しようかとも考えたが、やめた。なぜなら、現在の彼女にはそれだけの余裕も存在しないのだから。

 

「とに…カク、見つケる。ジャバ…ウォック!!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ー!!!」

 

雄叫びを上げる狂獣は自らの主人の呼びかけに応じ、目につく中で一番高いビルへと手をかける。そして…

 

ーーーーーーー

 

「どう?モグワイ!!」

『応。ちょいと賭けの要素が強かったが、成功したみてえだ。』

 

人気のないビル群を通りながら彼女は後方を確認する。絃神島には争いが多発する特性上、廃虚と化した箇所がいくつか存在する。その場所は大抵の場合アウトロー集団が占拠し、場所によっては登録魔族の腕輪すらも役に立たない場所も存在する。現在がどこなのか確認する時間はないが、浅葱たちがいるのはそんな治安の悪い一角である。そのため、ところどころ道路はハゲ、割れた窓ガラスが散在していたりする。肝は座っている方である浅葱でもあんまり長くはいたくない場所である。だが、この場所でなければできないことがあった。

どうやら本当に追ってきていないようだ。浅葱はそのことに安堵し一息つき、半ば片腕だけで引っ張りながら持ち上げ、連れていたサナを地につける。

サナは地面に足を付けると、不満そうに腕を見つめながら、

 

「…痛い。」

 

と呟いた。それはそうである。表現すると、幼い子供が人形を片手で引っ張って宙に浮かし連れていくようにして浅葱はサナを連れていたのである。それで痛くないはずがない。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…あははは、ごめんね。」

 

力なく返しながら彼女はとりあえず息を整えるために壁に背中を預ける。

浅葱たちがキャスターに向かってやったことは次のようなことである。

例えば、携帯電話がある。それを遊園地などの人が集まる公共施設などで利用した場合どうなるか?多くの場合繋がるのに時間がかかったり反応が遅れたりする経験がなかろうか?浅葱たちは簡単にいって仕舞えば、その現象を利用したのだ。この島は知っての通り地脈から伝わる魔力などを還元して電力などに変えてそれを人々の生活の足しとしている。

ではその還元機関を抜かして魔力をそのまま電力の通路へと押し込めた場合、どうなるか?当然、その電子機器類からは普通は流れないはずの魔力が波となって周囲を覆う。そしてそれは弱っているキャスターの感覚すらもさながらミサイルの弾道をずらすチャフのように狂わせる。先ほどキャスターは自分が弱ったためにマスターとのラインを感じられなくなったと思ってしまったが、実はそうではない。

普段ならばともかく、弱ってしまったキャスター自身が異常なまでの龍脈の魔力の波に押されて全ての感覚を狂わされたのがその真相だった。

 

これらのことより彼女がモグワイに提示した条件というのは『人気がなく、なおかつ電子機器類がある程度まで生き残っているビル群のある場所を探してくれ』だったのだ。

ここで生活しているアウトロー集団には悪いが、彼らだってこのままあの怪物を放置されたら他人事ではないはずなのでそれでおあいこである。

もっとも、浅葱が実行したそれは、本来ならば絃神島の半分のメインコントローラを完璧に掌握でもしない限り不可能な芸当だ。だが、その神業のようなハッキングを見事彼女はやってみせた。当然のことながら浅葱はその自らの才能のことには気づいていない。

 

『だが、あんまり長くは持たねえ。これは要するに電力調節もせずに電子機器に強力な電力を浴びせ続けている感覚に近い。遠からず機器がオシャカになる。そうなったら終わりだぞ!』

「分かってるわよ!こっちだってこんな手が長く持たない相手だってこと…」

 

呼吸するのに喉が痛い。まるで、喉だけが干上がってるような感覚は更に彼女の回復を更に遅らせる。正直、もう一歩たりとも歩きたくないと考えている。だが、相棒のAIの言う通りそうはいかない。あの怪物だっていつかはこっちに気づくに決まっている。その前に何としてでもこの場を離れなければ……

 

『おいおい、嘘だろ!冗談じゃねえぞ!』

 

と、そこで余裕のないAIの口調を聞き、浅葱は怪訝そうに手にある自分の携帯を見る。

 

「…?どうしたの、モグワイ?」

『伏せろ!嬢ちゃんたち!!』

 

怒鳴り口調に驚き萎縮しながらも、その言葉に反応を示した浅葱はサナの頭を抱え込みながら道路へと思い切り覆い被さる形で倒れこむ。

次の瞬間、浅葱の頭上からブォンという何かが振りかぶられるような音が響き渡った。そして、その後凪にでもあったかのように音が消え、辺りが静まり返った。もう終わったのかと浅葱が頭を上げた。

 

「うそ…でしょ?」

 

そこには信じられない光景が広がっていた。ついさっきまで浅葱の周りには確かに廃虚と化したビルが陳列していたはずだった。だが、浅葱の目の前には既にそんなものは存在していなかった。

そう浅葱の目の前には先ほどまで見上げるほどの高さがあったビルが膝ほどの高さの瓦礫と化している光景しかなかった。それが何を意味しているのか理解が追いつかない。だが、恐る恐る自らの背後に目をやるとようやく頭に理解が追いついた。

浅葱から20mほど先の地点で先ほどまでビルだったものが瓦礫となり山積みになっている。そして、その破壊の中心を見る。そこにはビルを片手で持ち上げこちらを見つめている先ほどの怪物がいた。その光景は何を示しているのか?答えは簡単だ。あの怪物は自らの力で辺りのビルを全て弾き飛ばしたのだ。

 

『ボーッとしてんじゃねえ!早く逃げろ、嬢ちゃん!!』

 

いつの間にか力が抜け、へたり込んでいた。彼女は自らの無力さを完璧に思い知らされた。そして同時に自分が相手した怪物のデタラメさも…もう逃げる気力も存在しない。へたり込ませた足をそのままに浅葱は自らの運命を受け入れる。必死に元気づけてくるサナの声も今は遠く彼方から聞こえる叫び声にしか聞こえない。

破壊の中心にいた怪物が浅葱を確認すると手に持っていたビルを片手から悠々と投げ捨て、ゆっくりとこちらへと向かってくる。そして怪物が浅葱の元にたどり着くとまるで宣誓でもするかのように手を挙げる。そしてその手を振り下ろ……

 

「悪いけど、それ以上は看過できないな?怪物くん?」

 

実に楽しげな声の忠告に怪物が驚愕を露わに、辺りを見渡す。次に怪物が見た光景は目の前に迫る極彩色の牙と共に迫り来る蛇の口だった。

怪物はその口に対して腕をクロスすることでなんとかしのぎ、後方へと退がる。そして警戒するように攻撃が向かってきた方へと視線を向ける。

その視線の先、先ほど弾き飛ばした瓦礫の頂上には一人の男が立っていた。男は整った顔立ちにいかにも貴族足らんとしたスーツとズボンを着こなし、そして彼の体質上肌に合わない太陽すらも完璧に自らの背景として取り入れ、立っていた。

その男ディミトリエ・ヴァトラーは仮初めの太陽を背に獰猛に笑みを浮かべて、怪物の方へと目を向けて、告げる。

 

「さて、はじめまして…いや、この場合はなんと言った方が正しいかな?まあ、とにかく会えて嬉しいよ怪物くん。」

 

懐かしい友を見つめるような親しげな視線とは、対照的に肌を刺す殺気を併せ持ちヴァトラーはゆっくりと怪物の方へと向かっていく。

 

「……。」

 

怪物はその光景に対して何も言わずに、ただ、誰かの合図を待つようにして立っていた。すると、その肩の何もない空間が波紋を起こすように揺れた。その波紋は広がると同時に一人の少女の形をとった。その形に色がつき、服が浮かび上がる。だが、顔だけはなぜか翳るように黒いモヤに覆われ、目の部分が見えなかった。だが、それでも身体的特徴は十分に浮き出ていた。

 

「え?」

「……。」

 

その光景に浅葱は絶句し、ヴァトラーは興味深そうに笑みを深めた。

なんとその姿は、現在浅葱のそばにいるサナと、つまり究極的なところをつけば、南宮那月と瓜二つの容貌を成していたのだ。

 

ーーーーーーー

 

「くそ!浅葱のヤツ出やがらねえ!一体何してんだよ!?あいつは!」

「諦めないで、電話をかけ続けていきましょう!今の私たちにはそれしかできることがないんですから!」

「ええ、それにこのスピードなら案外、島中を見回るのも簡単にこなせるんじゃないかしら?」

 

現在、古城、雪菜、紗矢華はリヤカーにて街中を走り回っている。それはどこにもある普通のリヤカーである。工場でコンクリートやら工具やらを運ぶ本当に普通のリヤカーである。だが、現在、そこにありえない事象が追加されている。

 

そのリヤカーは現在、音速を超えて陳列するビルの上を跳び駆けているのだ。リヤカーを引いてるのは現在ライダーが騎乗しているベイヤードという名の白馬である。

普通は音速を超えるなどということをすればリヤカー自体が持たずにバラバラになるのがオチなのだがそこは守護の騎士であるライダーの腕の見せ所。彼は幼い頃、魔女に育てられたと言い伝えられている。そんな彼は魔術のスキルを持つほどではないがある程度魔術には理解がある。そのため、彼はリヤカー自体に音速になんとか耐えられる程度の強化の魔術をかけることも可能だったのである。

 

「いえ、島中というのは無理でしょう。私の魔術はそこまでのものではないですので、いずれリヤカーの方が持たなくなります。ですから、早く浅葱嬢の行方を聞き出した方がよろしいかと」

「そうか。分かった!とりあえず電話を…っと、なんだ?」

 

古城は突然なりだした携帯に注目するとそこにはよく知る友達の名前が浮かび上がっていた。

 

「シェロ?なんだよ、こんな時に?」

『やっと出たか!まったく…古城、君は今、ライダーの馬に引かれているな?』

「え?あ、ああ。って、お前見てんのかよ!?」

 

古城は信じられないと言った口調で叫ぶ。当然だ。先ほども言ったようにこのリヤカーは音速を超えている。より分かりやすく言うとジェット機なみのスピードで走っているのだ。そんなもの、ハイスピードカメラでなければ視認すら難しいはずだ。

 

『別に、大したことではない。そんなことで驚いていてはこれから先どの英霊にも驚愕する羽目になるぞ?っと、そんなことはどうでもいい。古城、浅葱が見つかったぞ!』

「なに!?」

 

その言葉に周りの雪菜と紗矢華が身を乗り出し、馬に騎乗中のライダーも反応したのか、手綱を強く握り締めた反動で馬が苦しそうに呻き、慌てて手綱の力を抜かす。

 

「それでどこなんだ!?」

『場所はお前たちが今走っている方向から向かって、6時の方向の人工島の端、無人ビルが占拠している廃墟街だ。』

「6時……って、それまったく真逆じゃねえか!ライダー!バック、バック!!」

「は、はい!」

『伝えたぞ。ではすまないが、もう切る。こちらも用があるのでな。』

「っ!ちょっと待て!シェロ!」

『何だ?』

 

わずかに鬱陶しそうに返してくるシェロの口調に圧倒されながらも、伝えたかった言葉を紡ぐ。

 

「その……ありがとな。」

『……そんなことは帰ってからにしろ。戯け』

 

呆れるような口調とともに今度こそ電話が切られる。そして、その後方向転換を終えたライダーのインスタント戦車がビルの上を走っていった。その道中……

 

(アレ、そういえばヤケにアイツの声大人びてたような……。)

 

電話先で聞こえた声に古城はわずかな違和感を覚えるもののすぐに意識を現状に戻し、問題解決のために奔走するのであった。

 

ーーーーーーー

 

「さて……」

 

キーストーンゲートの塔のてっぺんに立つシロウ。現在、この島で最も高い位置にあるこの塔からシロウは島の様子を逐一確認している。

 

「ふむ……生前の視力が完璧に戻ったことで島の異常にはすぐに反応できるだろうとも思ったのだがな、どうやらそううまくはいかない……か」

 

今の彼ならば島全体の状況をキーストーンゲートから見渡すだけで確認することができる。故に、セイバーとランサーの島の端の闘いも、浅葱が巻き込まれている騒動についても、そしてライダーたちの音速で走るリヤカーについても捉えることができた。

……正直、最後のはあまりにも不恰好だと思うが、ともかく今の彼ならば島の全てを確認することができるのだ。流石に透視はできないのでビルの陰を確認することはできないが、それでも彼がこのビルから得られる情報量は凄まじい。

 

(だが、その俺に所在を掴ませないとは……どうやら相当、用意周到に準備しているようだな。あちらは)

 

彼が今探しているのは、今回の騒動の大元となる仙都木阿夜である。しつこいようだが、彼は現在の人間に対する接触はなるべく避けるように考えている。だが、それにも例外がある。それは彼のマスターの身に危機が起こりそうだと感じた場合である。

なるべくならば、古城たちに任せた方がいいとも考えたが、あのキャスターの相手は生半ではないはず、その闘いの後にまた闘いを続けるのは彼らにとっても酷だろうと判断し、シロウは自らの力で仙都木阿夜を止めようと考えたのである。

そして現在、弓兵自慢の視力をもって島全体を見渡しているが仙都木阿夜は見つからない。魔力の系統がわずかに異なっている点もあり、魔力による探知も対して当てにならない。

 

「……仕方がない。八方ふさがりというやつか、下に降りてもう一度確認してみるか」

 

そう呟くと、シロウはそのまま霊体化し、その場を去って行った。

 

ーーーーーーー

 

「ふむ。これは少々予定が狂ったな。」

 

その目標の仙都木阿夜はある建物の屋上にて、太陽が昇る夜空を眺める。阿夜には一つの目的があった。そのためにはどうしても、必要だと考えたものが二つある。一つは闇誓書、元々は南宮那月の所有物だったものを彼女が南宮那月の記憶と共に奪い去った代物である。その特異性から仙都木阿夜の求めるものに近付けると信じ、今現在、実験という形で闇誓書から術式を展開している。もちろん、ギリギリまで術式展開の気配に気付かせないために自らの気配、そして術式の気配も彼女は消している。

そして、彼女にはもう一つ欲しかったものがある。だが、今現在、それは自分から見てもとんでもないと評するほどの嵐の中へと入ろうとしていることが感じて取れる。流石にあの嵐の中に入るなどという愚行をしようという考えは阿夜にはなかったのだ。

 

「……仕方があるまい。だが少なくともあの力の塊のような化け物どもの正体を見極めねばな。」

 

突如として監獄結界の中にに現れた赤褐色の鎧を着込んだ騎士、その他にも阿夜が感じたところによると、4つほどそれと同等かそれ以上の気配がこのしまには存在する。魔力の質はわずかに異なるが、アレは現状第四真祖以上の脅威だ。

ならば、その力を見極め、そして情報を収集することこそ計画成功への近道。

 

「そのためにも今しばらくこの場で力を溜めねばならぬ。」

 

彼女はそういうと、空に向けていた目を閉じ十二単を風にたなびかせながら、建物の奥へと消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 VI

卒業論文は終わった。あとは卒業設計だけ……いや、マジでなんでどっちかにしないんだろうか。他の学校がどうかは知らんけど

そんな愚痴から始めさせていただくようですみません。では、どうぞ!


舞台は再び過去へと戻る。

 

アリスと呼ばれることになるソレは魂をギリギリのところまで搾り尽くし、吸い取ったものの、命まで取る気はなかったので不幸中の幸いというべきか、死者は出ていない。だが、それでも少なからず恐怖という形で後遺症を残されたものたちは少なくなかった。

 

魂を喰う宙に浮く絵本。そんな文字通り童話の怪物ような気色の悪い噂がその村の付近へと回りそして国へと向かうまでそう多くの時間はいらなかった。

 

そうして、領民の被害が4桁に届きそうになったとき

 

「ヴァトラー様!」

 

きつめの切れ目が特徴の青年吸血鬼であるトビアス・ジャガンは自らの主人に対して無礼を承知で声を荒げる。

一方の主人は自らの屋敷内の明かりもつけていない部屋にて優雅にワインを口に含みながら、木製の安楽椅子へと腰掛け窓の向こうの景色を見ていた。

 

「なんだい?ジャガン。」

「例の魂を喰う絵本がアルデアル領内に入ったとのことで、その件についての報告を……」

「ああ、そのことかい。」

 

興味がなさげにヴァトラーは呟く。ヴァトラーにとって興味がある事柄とはその敵が強いか否かということだけである。自らに匹敵するだけの力を示してくれるモノ、それだけがヴァトラーのこの永遠に思える生命の渇きを潤す唯一の娯楽なのだ。この時、ヴァトラーの耳には絵本が魂を喰うとしか耳に入っていなかった。最初はどこぞのモノが何か非情な儀式などで力を手にしようとした影響で出来上がった現象なのかと思い、心躍らせたのだ。

 

だが、『絵本』は本当に魂を喰うことしかしてこなかったのだ。それが終わればすぐに何処へなりと消えてしまい、うまく敵を撒き、また『絵本』には何か敵を倒そうなどという気概もなかったのである。そのため、ヴァトラーもそのことに対しては興味をすっかり失っていた。

 

「で、それがどうかしたのかい?」

「はっ!忘却の戦王(ロスト ウォーロード)からの指示がありまして、待機せよとのことです。」

「……なんだい?あの爺さん、案外やる気なのかい?」

「ええ。まだ魔族側に手が出ていないのでそこまでの敵ではないだろうと、周りのものが諌めたのですが、すでに相当数の領民が被害に遭っている状況で自らが打って出なければ沽券にかかわるとのことで……」

「そうかい……まあ、分かったヨ。では僕はここで優雅に貴方様の戦いぶりを拝見させていただきます。と伝えておいてくれたまえ」

「はっ!」

 

ジャガンは短く敬礼すると、ヴァトラーの居室からドアの音を立てずに静かに出ていった。

 

「しかし、本……か。」

 

すると、また暇になったヴァトラーは席を立ち、窓から見て右側にある本棚の本に手をかけ、その一冊をすくい取り、ページを開き静かに読み始めた。そうして、しばらくすると退屈そうにふぅと息を漏らすのだった。

 

そんな彼が予想以上のソレの奮戦により、かの第一真祖が苦戦を強いられ、何とか勝利したと聞いて、後悔するのはそう遠くない話だった。

 

ーーーーーーー

 

「あの後、爺さんに聞いてみたけド、『もし、あの怪物が全力だったら、勝てはしただろうが、あの時以上の苦戦は免れなかっただろう』と言っていたヨ。いやはや、本当に驚いた。まさか、あの爺さんからあんな言葉が聞き出せる日が来ようとは」

 

愉快そうにつぶやきながら、ヴァトラーは目の前の怪物を睥睨する。いや、正確にはその怪物の肩に乗っている少女に目を向けている。

ヴァトラーの視線の先にいる少女はところどころ霧のようなものに覆われており、その霧は頰から上にまで達しており、目は見えない。だが、その髪型、背丈、それらは間違いなく…

 

「あれって、那月ちゃん…よね?」

 

その姿を後方で同じく確認していた浅葱が呟く。そう。目元が見えず、完璧には容貌を確認できなくとも、あまりにも特徴が……その少女の口元、髪型、鼻の形それら全てがマッチしすぎている。なぜ、そんなに精巧に分かるか?簡単である。なんせ、今現在までその生き写しのような少女とずっと行動を共にしていたのだ。それで分からないほど、浅葱は鈍くないつもりだ。

そんな彼女の考え事を他所にキャスターとヴァトラーは話を続けていく。

 

「な…ニ?あなタ?」

「説明が必要かい?君の敵だヨ。お嬢さん。いや、

『魂を喰う絵本』ヨ」

 

その言葉を聞いた瞬間、後ろにいた浅葱の混乱は確実なものとなり、驚愕の眼差しをその少女へと向けた。『魂を喰う絵本事件』この摩訶不思議な感覚を感じさせる妙な事件名は五年前知らない者はいないと言えるほどまでに有名になった事件である。死傷者は出ていないものの、東欧の悉くの人間の魂を餌にした史上最悪の絵本。魔道書であることも疑われたが、結局のところ、それはただの絵本であり、現在はどこかに厳重に保管されているのだと公式では聞いていた。

それが今、自分の目の前にいる那月の生き写しのような少女だということに対し浅葱は理解が追いつかなかった。当然だ。大体、ここまでよくやってきたと褒められはすれ、まだ頑張れるだろうと貶される(・・・・)ようなことは彼女は決して、していないのだから。

 

何せ今日までに起きた出来事を全て列挙していくと、なぜか自分の担任に似ている少女にママと呼ばれ、なぜか身の丈2メートルは行きそうなほどの怪物に追い回され、その怪物がビルを振り回してきて、そして絶対絶命というところでなぜか東欧の有名な吸血鬼の貴族様が助けてくれて、そしてその貴族様が言うには目の前の怪物の肩に乗っている那月似の少女こそがあの東欧を騒がせた『魂を喰う絵本』なのだと言う。これだけのトラブルに巻き込まれて……

 

「浅葱ーーー!!」

 

そして、なぜか聞き慣れた声が響き渡る方を見渡せば遠くのビル群の頂上から白馬が降りてきて、こちらへとものすごい勢いで突っ込んでくるのである。

 

「もう……何なの?これ」

 

他人事ではあるものの、これを見て浅葱の事情を理解したものは瞬時にこう言うだろう。

 

御愁傷様、と。

 

ーーーーーーー

 

闘いは続いている。爆炎が舞い、大地はひび割れ、海が怒り、すでに舞台となった駐車場の面影などかけらも存在していないにも関わらず、なおも二人の英雄の闘いは今も続いていた。

 

双方は焔を背に空を掻っ切る。激突し、その激突の衝撃波は周りの焔を一瞬にして搔き消す。

 

「ぬぅう!!」

「ハァ!!」

 

一瞬訪れる硬直の瞬間、だが、それは文字通り一瞬だ。すぐさま弾かれるようにして双方が引くと今度は瞬発力で優っている槍を持つ英雄・ランサーが突撃し、突きを胸へとかまそうとする。その突きは正に神域、穂先は全ての空間を食い潰さんとするほどの迫力をで真っ直ぐに標的へと向かう。並みのものならば、それに対して何もできずに棒立ちのまま死へと誘われるだろう。

 

「ふっ!!」

 

しかし、対するこの男は剣の英雄セイバー、全クラスの中で最優と呼ばれたモノだ。セイバーはその突きをまるで突き出された手を片手で払うかのように軽く剣で払うと、そのまま回転して今度はランサーの背後から首を狙うようにして剣を振り抜こうとする。

 

「しっ!」

 

その剣の振り抜きをランサーは今度は背後にだけ槍を持っていくことで受ける。ただし、ただ受けているのではない。悔しいが、ランサーは自分の膂力がこのセイバーに届かないことを知っている。そのため、わずかに槍を斜めにすることにより真っ向から受けるのではなく受け流すことに特化した防ぎ方でセイバーの力を流しているのだ。常人ならそれだけでも気が狂いそうになるほどの集中力が必要だが、彼はそれをこともなげに繰り返していく。

その繰り返しはやがて武器同士の嵐を作り上げる。その嵐は地面に亀裂を立て、付近の植物を切り、なぎ倒していった。

そして、嵐が終わろうとした時、ランサーは今度は受け流さずにわざと力全てを受けた。剣戟を受け、飛ばされていくランサー、それに対して追撃を仕掛けるセイバー。

 

「アンサズ!!」

 

だが、その追撃を待っていたとでも言うが如く、ランサーは持ち前のルーン魔術を地面に対して放つ。

すると、ルーンの光が灯った場所からセイバーへとまっすぐに火柱が走っていく。

 

「はああ!!」

 

その火柱に対して、セイバーは自らの剣にも炎を纏わせ、振り抜く。すると、今度はセイバーの足元から噴火に似た火柱が沸き立ち、ランサーが起こした火柱と激突する。

火柱同士の激突は本物の噴火となり、周囲を摂氏1000度以上の高熱の滝で煽っていく。だが、そんな中にいてもセイバーとランサーの二人は無傷だった。

ランサーは矢避けの加護により、人が避けられないはずの熱の滝を避け、セイバーは避けはせず、ただ自らの不死の加護により己が身体が傷つくのを防いだのだ。

 

滝はやがてアスファルトを熱し、周囲はマグマのように赤く干上がっていく。その影響で大地は形がなくなり、道路に出来上がった亀裂は見えなくなり、すでに駐車された車などその場所には跡形もなくなっていた。

 

「……解せんな。」

 

ふと、ランサーが呟く。

 

「何がだ?ランサー。」

「貴様とて、分かっているはずだろう。本当に勝利だけが目的だと言うのならば、ここで手を出すのは間違っているとな。」

 

ついにランサーは自分が疑問に思ったことを口にしたのだ。

 

「少なくとも、俺とアーチャーがもう一度激突する可能性だってあった。てめえが縮こまって出てこねえなら、野郎に一杯食わされた腹いせに俺はアーチャーに落とし前をつけさせようとも思ってたしな。てめえだってそれくらいはあの状況で理解できたはずだ。」

「……。」

「だって言うのに、てめえは襲ってきた。1時間かそこら経過するならまだしも、即座にだ。たとえ、それがどれだけ英雄らしくなくとも、俺たちサーヴァントはマスターに従うもんだ。この国には『漁夫の利』なんつー諺があるらしいが、そいつを狙うならなおさらありえねえ。俺を即座に襲うなんてな。」

「ほう?それでは貴公は私の行いは自分勝手すぎると言いたいのか?」

 

その試すような問いかけに対してランサーはいや、と首を横に降る。

 

「どんな野郎なのか、なんて言うことは実際、剣を交わしてみれば分かることだ。あんたは主人を裏切ってはいねえんだろうよ。となると、だ。これはてめえの主人の指示(・・)ってことになる。」

 

ランサーは言葉を続ける。

 

「そこから推察すると、てめえのマスターはこの闘い自体を(・・・)目的にしているか、勝つ気でいたのに漁夫の利を得ようとはせずにあんたの英雄としてのあり方を尊重したのか、はたまた、あんたのマスターにその利を予想する能力が……」

 

最後の言葉を言おうとしたその瞬間、セイバーの豪剣がランサーへと向けられ、それをランサーは前方に槍を斜めに立たせて防御する。

 

「そこまでにしてもらおう。ランサー。それ以上は我が主人、そして私自身に対する侮辱だ。」

「……そうかい。まあ、いいさ。俺は元々、ギリギリの戦いがしたくて召喚に応じたわけだしな。てめえの主人が何を考えているのかなんて言うのは些細な問題だ。さて、続きを始めようか?セイバー。」

 

その言葉が終わると共にランサーはセイバーの剣を押し返す形で弾き飛ばす。怯みはしなかったものの攻撃を返されたセイバーは即座に自らの武器による返す刀で攻撃を返す。それを防ぎ、槍を放つランサー。二度目の剣戟の嵐が作り上げられ、またもその周りは破壊の波に巻き込まれるのだった。

 

ーーーーーーー

 

「無事か!浅葱!……って、な、那月ちゃん!?」

 

白馬が立ち止まると同時に体を投げ出す調子で古城は浅葱の元へと向かった。

だが、途中で那月似姿の少女が浅葱の方と怪物の方の両方にいることに気づき、すぐに足を止めてしまった。

そのことに浅葱は微妙な苛立ちを見せ、なんとか立ち上がろうとしたが、未だに力を入れられないようで、その場でへたり込んだままでいる。

 

「これが無事に見えるの?あんたには……」

「あ?……ああ!!……いや、見えねえな。悪い。」

 

機嫌が悪い調子の口調を聞き、すぐに浅葱の方へと意識を戻した古城は申し訳なさそうに頭をかく。と同時に背後で、何かが崩れる音が響き渡る。驚いた古城は即座に首を振った。

 

「な、なんだ!?」

「ああ。驚かせてしまい申し訳有りません、古城。どうやら、リヤカーの方が天寿を全うしたようでして止まると同時に一気に崩れ落ちたんです。」

「あ、ああ。なるほど」

 

言われて古城は納得した。そりゃそうである。どれだけ強化しようが、所詮はリヤカーだ。工場などで普段使われている普通のリヤカー。そんなものが音速の壁を超え、更には古城たちを音速の壁から守る役割を果たしていたのである。普通だったら、ものの数秒で空中分解する。

 

「やあ、古城。久しぶりだネ。」

「ヴァ、ヴァトラー!お前、どうしてここに!?っ!?」

 

やたら親密な響きがある口調に怖気が走り、そちらを振り向くとそこには見たこともない怪物と対峙していたディミトリエ・ヴァトラーがいた。

 

「何って、見ての通りだヨ。ライダー(そこの御仁)が僕の大事な囚人たち(お楽しみ)を取って行っちゃったから、取り逃がした最高のメインディッシュを頂こうと思ってね。」

「……そうかよ。」

 

呆れ半分と憤り半分の口調でヴァトラーに言葉を返した古城は浅葱に顔を向け、これからどうしようか考えようとした時、ヴァトラーがまたも声をかける。

 

「そうそう、古城。そこのカインの巫女を守りたいなら、僕の船に行くといいヨ。以前と同じところに止めてあるから場所は分かるだろう?」

「なっ!?困ります。あなたの船内は治外法権区域。それではいざという時に……」

「いえ、その方がよろしいかと思われます。体勢を整えるとしても、なるべくならば戦力の意味合いで整った場が欲しいですし、何よりそこの浅葱嬢が狙われていることが分かっている以上、その船内よりも安全な場所はありませんしね。」

 

背後のライダーと雪菜の口論を聞きながら、古城は黙考する。そして結論を導き出す。

 

「分かった。それじゃ、その誘いに乗らせてもらう。とりあえず、ありがとな。」

「フフ、礼などいいよ。それより早くここから退いてほしいな。ボクもあちらも、もうこれ以上我慢できそうもないんでね。」

 

見ると、怪物はジッとこちらを見つめて動かない。警戒……しているわけではないのだろう。アレはこちらをまとめて相手したとしても問題ないほどの怪物だということくらい流石に理解できる。

なぜ、そこから動かないのかは分からないが、どうやらそのまま本当に動く気はないようだ。なんにせよ、この機を活かさないわけにはいかない。

 

「それじゃ、行こうぜ!」

「え、ええ」

 

古城の呼びかけに遅れ気味で浅葱が反応する。おそらく現在の状況に未だに頭が混乱をしているのだろう。だが、そこは流石な飲み込みの早さで慣れていく。わずかな間、硬直したものの、それだけであり、浅葱は古城を先頭に雪菜、紗矢華と時代錯誤の甲冑姿の男の後を追うようにして走り出したのだった。

 

ーーーーーーー

 

そうして、そこには一人の吸血鬼と怪物だけしかいない空間となった。辺りはビルで覆われていたものの今では完全に更地である。その30m四方はある円の戦場の中でヴァトラーは指を動かす。

 

「では、始めようか!」

 

そして、次の瞬間、腕が上空から前へと突き出され、鋼の体皮の蛇を怪物めがけて突進させる。

 

「ジャバウォック…ツカ…んで!」

 

遅れ気味だったものの、主人が出した命令にジャバウォックは無言で答える。蛇が近づいてくる。そのゆうに2メートルはあろう牙の先端をこちらに向け、鋼の体皮をなびかせて蛇はついにジャバウォックに衝突した。

その突進はトラックの交通事故などとは比較にならないほどの衝撃音を辺りに響かせる。

その攻撃を受ければいかなる者もひしゃげ、粉々になるだろう。そのはずだ。

 

だが、そんな一撃をジャバウォックは片手で受け止める。衝撃は大地には逃げていないためか地面にはヒビ一つ入っていない。そのあまりの光景に流石のヴァトラーも絶句した。だが、それとともに凶暴とも取れる笑みを深める。次にヴァトラーは手を空へと挙げる。

 

「徳釈迦!!」

 

ヴァトラーの呼びかけとともに腕から血が霧となって吹き上がり、緑色の一つ目の蛇の眷獣が召喚される。

眷獣は目を見開くようにして、怪物を見る。瞬間、その眼光から発せられた熱戦により、辺りは火の海と化した。

 

「■■■■■■■■■■!!!」

 

だが、ジャバウォックは倒れない。絶叫を上げ、火の海を素手で叩き伏せながら進み、ジャバウォックは勢いよくヴァトラーへと突進していく。

 

「いいね!実にいい!!」

 

その突進をヴァトラーは嬉々として受け入れ、手から勢いよく血煙を発して、手を突き出す。それは新たな眷獣を呼び出すサイン。

眷獣を呼び出したヴァトラーはその眷獣でジャバウォックを迎え撃ち、激突は爆発を呼び、辺り一帯の瓦礫を吹き飛ばすのだった。

 

「さぁ、僕に生きてる実感を感じさせてくれ!!」

 

そんな狂気とも取れる絶叫を辺りに響かせて吸血鬼の貴族は楽しむ(戦う)のだった。

ーーーーーーー

 

「さて、では早いようだが、そろそろ始めるか。」

 

まやかしの太陽の元、そう宣言した仙都木阿夜は一つの魔道書に手をかける。それが合図となり、魔道書とともに彼女のいた建物全体を奇妙な術式が覆う。

そして、次の瞬間、カッと紫色の光がまやかしの太陽の光すらも潰さん勢いで輝いていく。

 

「ふふふふ……」

 

その様子を見て、阿夜は一人でに笑みをこぼす。

その笑みは無知な子供のように純粋で、そして策略を巡らす大人のように残酷な響きを持たせるものだった。

 

ーーーーーーー

 

「っ!?」

 

同時刻、仙都木優麻は目覚める。まるで、雷に打たれでもしたかのような目覚め方をした優麻は重い体を起こそうと即座に手を動かす。

 

「まずい……これは、闇誓書の……急がないと、古城たちが危ない!」

 

そういった彼女は重い身体を引きずるようにして手術室を出ていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 VII

お待たせしました。いや本当に、マジで忙しい。おそらく、また時間が空くでしょうが、どうか皆様応援よろしくお願いいたします。


ダン、という勢いのある音がある建物の屋上から鳴り響き、コンクリートの地面が音ともにわずかに舞い上がる。もしも、屋上に人がいたならば、一体、何事かとすぐに周りを確認しただろう。だが、今日は波瓏院フェスタということもあり、屋上にたむろする若者などは存在せず、ビルの屋上はただ無人だった。だから、その跳び続ける(・・・・・)ソレに対しても誰も注意も興味を持たなかった。もっとも、常人が見たとしても一体何が起こっているのか理解できないだろう。なぜなら、跳び続けているソレ(・・)は今もなお音速を超え、人々がコンクリート板の状態を確認した時には既に遠く彼方へと飛び去っているのだから…

 

そして、ソレ(・・)とはいうまでもなく、今尚、騒動の中心にいるであろう仙都木阿夜の捜索を行っているサーヴァント、アーチャーだった。

 

「っ!?」

 

だがそんなアーチャーが突如として、建物の上を飛ぶ足を止め、膝をつく。

 

「なんだ?今の感覚は……?」

 

アーチャーの感じた感覚。それは以前、自分のマスターとの契約が薄れてしまった感覚に近い。自らの膂力が、能力が、全てが何かに奪われていくような脱力感。ただ、それもまだそこまで強力なものではない。全力は無理にしろ、まだ問題はないと断言できる。

 

「だが、あまり長時間は不味そうだ。早計かもしれんが、おそらく仙都木阿夜の仕業だろう。早く見つけねばな。何より、こちらとしても元々持ちそうもなさそうだしな(・・・・・・・・・・・・)

 

シロウは自らの手を見ながら、ふぅと息を吐き、落ち着くように念を押し、立ち上がる。その後、彼は改めて標的を探るために走り出すのだった。時刻は分からない。この擬似太陽のお陰で時間感覚が妙なことになっており、大体の目算でしか見当がつかないのだ。そのことが余計にアーチャーの不安を煽り、ただひたすらに脚を動かし、夜の街(・・・)を駆けていくのだった。

 

ーーーーーーー

 

アーチャーが足を止めたのと同時刻。

 

「っ!?」

「!?ちっ!!」

 

瞬間、セイバーとランサーも同時に足を止めた。アーチャーと同じく妙な脱力感が彼らの身にも襲いかかったのだ。

 

「なんだ?今のは?」

 

ランサーが呟きながら、何か異変がないか辺りを見回す。だが、当然といえば当然だが、彼の視界には異変らしいものは映らない。

そのことに対して、ランサーは気味の悪い感触を感じ、同時にわずかな苛立ちも感じる。なにせ、ランサーはそもそもとして全力の戦いに興じたいからこそ、この戦いの儀式に応じたのだ。

 

言わば、彼にとっての願い(・・)を何者かにより二度も潰されたのだ。一度目のアーチャーはどのみち自分の気にくわない相手であることも相乗し、そこまでの苛立ちは感じなかった。

 

だが、今まさに目の前にいる剣の英霊と雌雄を決そうというこの瞬間にまで邪魔が入れば、それは憤りを覚える。

 

「……どうやら、そちらも私と同じ状態らしいな。ランサー。」

 

苛立ちはよほど顔によく出ていたそうで、セイバーはランサーの顔を見ながらそう言葉をかける。ランサーはそれに対し答えず、鋭い猛犬のような視線で返す。苛立ちが彼の言葉を濁らせたのではない。ただ、ランサーは答えずとも分かるだろうと、セイバーに促しただけだ。

ランサーはそのまま何も答えずにまた槍を構えセイバーに改めて向きなおる。この状態であろうとも戦いを続けようとセイバーに促しているのだ。

 

戦いとは常に非情なもの。いつどんな時にどんな罠が待ち構えているかわかったものではない。特にこのランサーとセイバーはそういう罠というものに対して、共通の認識が存在している。

 

ランサーはセイバーの正体にまだ行き着いてはいないものの少なくともセイバーは純粋な戦士だと認めている。だからこそ、このセイバーの応答に対しても特に何も問題はなく答えるだろうと考えていた。

 

「……ふむ、そうだな。愚問だったか。だが、すまないな、ランサー。私も今この場で貴公と決着をつけたいのは山々なのだが、そうもいかんのだ。」

「……何だと?」

 

だが、その期待は裏切られた。

 

彼らは同様に神話の時代、女神やら妖精やら女王やらの罠で散々に貶められた英雄ではある。

だが、一つだけ、現状においては一つだけ決定的に違うものがあった。

 

それはセイバーはマスターに仕えている(・・・・・)が、ランサーは仕えていない(・・・・・・)という点である。

故に…

 

「マスターからの命令でな。もうここを去らねばならん。ではな。」

 

そういうと、彼は自分の身の丈ほどもある大剣に焔をまとわせ、大きく振り上げる。その大剣を思い切り地面へと叩きつけんと振りかぶる。瞬間、剣先が地面に激突し、瓦礫やどこからか吹き上がるマグマとともに辺りに砂塵が舞う。

 

「ちっ!!」

 

砂塵に視界が封じられ、ランサーは腕を顔の前にかざし砂塵から目を守る。しばらくして、砂塵は収まり、ランサーの視界には溶けた地面と不格好に砕けた瓦礫のみが広がっていた。

 

「……野郎。」

 

逃げられたということが分かり、明からさまに不機嫌になるランサー。

何度も言うようだが、すでにアーチャーとの戦いでも不完全燃焼にさせられたこの身だ。戦い無くして、サーヴァントは存在する意義などないというのに、此度の聖杯戦争の参加者どもはどれもこれも及び腰だ。まだ最初だから、様子を見なければならないというのも分かるが、それでも気にくわないものは気にくわない。

 

しかも、彼にはマスター関係のこと以外でもう一つセイバーに対してある違和感(・・・)が存在していた。その違和感もあってか、彼の顔は見る見るうちに苦虫を潰したように歪んでいく。だが、やがてそこから少しずつ気を取り直していき、

 

「ちっ、いつまでもここで腐ってても仕方ねえ。とりあえず、形だけとはいえ、マスター(あの女)のところに戻るか。」

 

無論、まだマスターと認めた訳ではない。

ただ、こう立て続けに戦いを中断されては興が醒めるというもの。ならば、現在のところは形だけとはいえ、自らの主人の元に行ってみるのも手だろうと考えたためだ。

 

「マハ、セングレン!!」

 

二頭の愛馬の名前を叫ぶ。すると炎がランサーの周りを包み込むように覆い、頭を差し出すように二頭の馬が瞬時にランサーの元へと近寄る。ランサーは近寄ってきた馬の頭を撫で、戦車の手綱を握る。

 

「しかし、いい加減太陽を収めた方がいいか。魔力の方も馬鹿にならんしな。マハ、セングレン!!」

 

手綱をわずかに引く。すると、マハとセングレンは応じられた命令を理解し、わずかに車輪の焔の力を弱める。陽光纏いし猛犬の車輪(クー・ロスフェイル)はの能力の一つでもある擬似太陽を収め、再び夜の闇を戻そうとしているのだ。次第に偽物の日光は薄れていき、空は本来の色である黒と青を孕んだ闇の色へと戻っていく。そのことを確認したランサーは再びマハとセングレンの手綱を今度は鞭のようにしならせ、鞭を響かせる。すると、マハとセングレンはゆっくりと方向転換し、空を足場に闇夜を駆ける。

 

「しかし、妙な感じだったな。あのセイバーとの戦いは」

 

空を飛び、駆けながらも先ほどの戦いについてランサーは思い返す。そう。不思議だったのだ。先ほどの戦い、動きの一々に見切りの強さが大きく反映されていた。あれではまるで、昔一度戦ったことがある(・・・・・・・・・・・)ように感じられたのだ。だが、あり得ない。アーチャーのように会いたくもないのによく会うような英霊ならばともかく、少なくともセイバーについては今回初めて会う英霊だと感じだのだ。だから、セイバーと戦ったあの時の違和感は別に気にすることではないのだと、そうランサーは自らに言い聞かせるのだった。深く物事を考えるのが苦手というわけではない。ただ、単にランサーにとって闘いというのは常に非情なものであり、非常なものなのである。だから、情や常識などに囚われることこそ、戦うときにもっともしてはいけないことなのだと理解し、割り切っているのだ。

 

たとえ、その答えが一つの真理にたどり着こうともこの男は気にしない。なぜなら、戦いとは常にヒジョウなものなのだから……

 

ーーーーーーー

 

「くっ!」

「どうしたんですか!?ライダーさん」

 

同時刻、やはりライダーにも同様な脱力感が襲いかかった。たち絡んだ訳ではないが、突如として横で呻き声を上げられ、心配になった雪菜たちが駆け寄る。現在、彼らがいる場所はオシアナス・グレイヴII号の付近海岸である。オシアナス・グレイヴII号とは、前の獣人による騒ぎの際にヴァトラーがテロ活動を支援する目的で貸したオシアナス・グレイヴの同型機である。

古城と浅葱、そして仮名『サナちゃん』はこの船の中にいる。だが、船の中は治外法権。つまるところこの国の法律(ルール)が通じない場である。雪菜と紗矢華は日本の法律側専門の組織に属しているため、基本的に特別な許可でもない限り、入ることはできず、外で立往生をせざるを得なかったのである。一方、ライダーは特にそのような縛りはないのだが、中に入ると視界に制限がかかるためという理由で外にいる。

 

「申し訳ありません。何やら奇妙な力に自らが吸い取られていくような脱力感を感じまして……どうやら事態が動きそうですね。そろそろマスターの方にコンタクトを取るべきだと思われ……!?危ない!!」

「え?きゃっ!?」

「にゃわっ!!?」

 

ライダーに庇われながら、雪菜と紗矢華が後方へと飛んでいく。ちなみに言っておくと、「にゃわっ!!?」と言うのは紗矢華が叫んだ叫び声である。

雪菜と紗矢華はいきなり倒れこむようにして押し倒されたために、若干の不機嫌さを伴った眉を寄せた顔でライダーを見つめ返そうとする。だが、すぐにそんな余裕はなくなった。

 

突如として、次回の左横にあったコンテナ群が勢いよく弾き飛ばされていく。そして、ビリヤードのようにコンテナ群を弾き飛ばしたその物体は勢いそのままに旅客船へと衝突する。すると、今まで自分たちの目の前に存在していた旅客船が横殴りの調子で大きく歪む。例えるならば、それは針で割ろうとした風船に似ている。風船は針で突かれた部分に皺が寄り、一点に力が集中し、その逆側は引っ張られるようにしてわずかに体積が大きくなる。そう。まさにそんな調子で船は割れた(・・・)のだ。

 

「な、なんですか!?」

「…困りましたね。どうやらキャスターがこちらに来るようです。」

「え?」

 

言われている意味がしばらく分からなかった。だが、そのあと、この状況が何を示すものなのか理解できるものが目の前に出てきた。ボロっと船の穴から一つの影が落ちて来る。その影に雪菜と紗矢華は見覚えがあった。

 

「あれって…まさか!」

「アルデアル公!?」

 

そう。蛇の眷獣を主として従え、戦う戦闘狂吸血鬼ディミトリエ・ヴァトラーが落ちてきたのだ。そのことに雪菜たちは揃って驚愕する。ヴァトラーは性格に難はあるが、少なくとも能力面においては非常に強力な力を有する吸血鬼である。そのため、吸血鬼内では真祖に最も近付いたものと字され、恐れられてきた。そう、ならば、ヴァトラーが倒されるとするのならば、真祖と恐れられる吸血鬼と同等以上の存在でなければならないはずだ。それが顕す事実、それはつまりキャスターは真祖と同等以上の怪物だということ。

 

ズシンと何かが落ちる音が辺りに響き渡る。その音に背筋が凍る。音が連続して響き渡り、辺りの地面を揺らし、道にある小石がわずかに宙に浮く。その事実が響き渡る音が足音なのだと認識させ、彼女らの背筋の凍り様をより確実なものとしていく。

 

「煌坂、姫柊!!」

 

その凍った背中に暖かみを加えてくれたのはよく聞く少年の声だった。頼りないが、それでも心に勇気を与えてくれるような優しさを含んだ声色は彼女らを安心させ、冷静さを取り戻させていく。

声がした方向を見ると、そこには南宮那月似の少女を連れて立った色素の抜け落ちた髪と気怠そうな印象が特徴的な少年が立っていた。

 

「せ、先輩!あれ?浅葱さんはどうしたんですか?」

「浅葱のやつなら、この騒動で更にイカれちまったシステム復旧のためにさっき絃神島のメインコンピュータルームに連れていかれちまったよ。それより、どうしたんだ。この状況?」

「それが分からないのよ。私たちもさっきこの状況に遭遇したばかりで……あなたなら何かわかるんじゃないの?」

 

話を促されたライダーはそちらを向かずに、弾き飛ばされたコンテナ群の方をジッと見据えている。そのことを怪訝に思い、古城はマスターとしてライダーに話しかける。

 

「ライダー?どうしたんだ?」

「これは…予想以上にマズイかもしれません。マスター。逃げる準備を!どうやら、この場で私たちは圧倒的に不利な立場に立たされていると見るべきです。」

「は?どういうことだよ。」

 

問いただすように聞き返す。すると、ライダーは苦虫を潰したような表情で見つめた方向に睨みを利かせたあと、早口で説明を始める。

 

「今、私は何らかの阻害の影響で全力を出せる状況にありません。一体、どうしてこのようになったのかは知りませんが、おそらく、これは全サーヴァントに共通していると思っていました……のですが、どうやらそうではないらしいです。」

「え?」

 

息を整えるように深く短く深呼吸した後、ライダーは告げる。

 

「何故かは分かりませんが、キャスターはほとんど力が制限されてない。どころか、僅かずつですが力を取り戻しつつあるようです。まるで私たちに反比例でもするかのように……この場で戦えば、まず間違いなくあの旅客船に吹き飛ばされた彼のようになるでしょう。」

「なっ!?」

 

その説明が終わると今まで鳴り響いていたはずの音が止む。恐る恐る、今まで音が鳴り響いていた方へと目を向かせる。そこには怪物が立っていた。左腕は噛み砕かれ、首は落とされ、心臓部である左胸は貫通している。致命傷だ。その死に至ろうはずの傷口を外に晒しながら怪物は立っていた。おそらく、ヴァトラーが今までつけた傷なのだろう。だが、そんなものは意にも介さず、怪物は止めを刺さんとヴァトラーの方へとゆっくり歩み始める。

 

「野郎!」

「っ!待ちなさい!古城!」

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス アウルム)!!」

 

怒号とともに、雷光を纏いし獅子が召喚される。黄金の獅子の咆哮は空気に響き、瞬き、辺りを日輪と見紛うほどに照らしていく。それは、古城たちは状況に夢中で気づかなかったが、先ほど出ていたはずの幻の日輪をも霞ませる勢いの気が狂いそうになるほどの魔力の光で、まさに閃光とも呼ぶべきものだった。だが、その魔力の嵐を形にした光を浴びてなお、怪物は一瞥もくれない。別に気づいていないわけではない。ただ、怪物はその破滅の光を何の問題もなく受けきることができると確信しているのだ。

獅子はその態度に激昂した。眷獣は魔力の塊とは言え、意思がないわけではない。彼らにはそれぞれ意識があり、感情が確かに存在する。だから、怪物がこちらに何の興味も示していないことに対し、憤ることだってあるのだ。獅子は怒りそのままに契約主の命令を果たさんと攻撃を仕掛けようとする。牙を剥き勢いよく突進していく黄金の獅子。

だが、その攻撃が突如として鋼を纏った蛇に遮断された。召喚主が未熟とは言え、紛れも無い第四真祖の眷獣の一角の攻撃を阻める存在はそう多くない。この場で言うのならば、そんなことができるのも…否、してしまうのも一人に限られていた。

 

「ヴァトラー!お前、なんで!?」

「……余計なことをしないでくれ。古城。ようやく、楽しくなってきたんだヨ。」

 

そう言いながら、立ち上がる彼の姿はボロボロだ。すでに何度か攻撃を受けたのか、両腕の骨は砕け、左腕は半分落ちそうになっている。足も右片足はひしゃげ、雑巾のように塊と塊が繋がったような酷い有様と化し、頭は半分凹み、人から見ても明らかに致命傷だ。だというのに、ヴァトラーはなおも狂気的な笑みを浮かべ獲物を狩る肉食獣のような瞳を怪物へと向ける。ただ、純粋に戦いを楽しんでいるのもそうだが、別に彼にとってこんな傷はなんでもない(・・・・・・)のだ。真祖に一番近しいものは伊達ではない。彼の不死の呪いは彼のその致命の傷すらも時の巻き戻しと見紛うが如く修復していく。

だが、真祖に近しいというにしては妙に治りが遅いとヴァトラーは感じた。まるで、呪いそのものが弱まっているかのように、身体の復元が明らかに遅れていた。それが何を意味するのかというのも気づかないほどヴァトラーは愚かではない。

 

「なるほど……闇誓書。まさか、力を解放するとここまでの影響があるとはネ。とにかく、そういうわけだ。古城。この怪物は僕の獲物。この怪物の相手をしたければ、僕を仕留めるか、それか僕が倒れてからにしてくれヨ。」

「はぁ?んなこと言ってる場合か!!ここは力を合わせて…」

「いえ!残酷なようですが、古城。ここは彼に任せた方がよろしいかと」

「なっ!?ライダー!」

 

まさかの提案に古城は目を剥き、反抗を露わにした。だが、それを圧倒する勢いの眼で睨み返しながら、古城に言葉を返す。

 

「今のまま、彼と協同して戦ったとして、同じことだと思います。古城。この状況下ではどうあれ、キャスターに対抗する手段が存在しません。ならば、ここは彼に任せ、撤退をすべきです。」

「つったってよ…」

 

理屈はわかる。今の自分たちでは先ほどとは状況が異なり大きく戦力がダウンしているのだろう。ヴァトラーから感じられる魔力も自分から感じられる魔力も心なしかわずかに弱くなっていた。何より、キャスターの真の目標は南宮那月(仮)なのであって、ヴァトラーではない。となると、現在は戦力とならない南宮那月(仮)のためにも逃げなければならない。それは分かる。分かるのだが、気に食わないとは言え、こんな状態のヴァトラーを放置するのも気が引ける上に、性に合わないのだ。だからこそ、古城は迷った。

そんな迷いを察し、断ち切るようにして言葉を割り込ませた少女がいた。

 

「先輩。行きましょう!」

「姫柊!」

「どうあっても、今の状態では負けるのは確定的である以上、逃げるのもまた戦法のうちの一つです。何より先輩、アルデアル公と協力したとして、ちゃんと連携が取れるとお思いですか?」

「あー…それは……」

 

正直、全然とれる気がしない。なんか、攻撃の節々で割り込まれたりして、邪魔されることは容易に想像がつくのだが……

 

「……。」

「マスター!」

「先輩!!」

「暁古城!!」

 

黙考し、どうするか考えていた古城だったが、思考を流行らせるようにして周りの3人が言葉を割り込ませる。そして、少しして、古城はチラリとヴァトラーと那月(仮)の顔を見比べ、苦虫を潰したような表情を浮かべる。

 

「…〜っ!?仕方ねえ!おい、ヴァトラー!死ぬんじゃねえぞ!」

「おや、心配してくれるのかい。古城。」

「うっせぇ!」

 

悪態をつきつつ、古城は那月(仮)の小さな手を握りながら走りら他3人もそれを追いかけるのだった。その姿にらしくもなく、フッとニヒルな笑みを浮かべながら、改めてヴァトラーは怪物の方へと目を向ける。すると後ろの方から怪物へ着いていくようにしてトボトボと歩く少女が見えてくる。少女は怪物の前へと出ると不意に逃げていく古城たちの方へとあるはずのない瞳で見つめる。

 

マスター(ナツキ)……」

 

物憂げに呟く。そうして彼女が思い出すのは一つの言葉。南宮那月が最初に彼女に問うた言葉だった。

 

『貴様、名前を何という?』

 

そう。それが彼女たちの最初の邂逅の言葉だった。




一つ皆さんにお聞きしたいことがあります。
少し前に評価の中にオリジナル設定が多すぎということでなかなか辛辣な評価をいただきました。そもそもとしてオリジナル設定が無くして何が二次小説か、とも思いはしたのですが、何だかやり過ぎな設定とかあったりとかしますかね?そこらへんは自重したと思うんだけどな〜とも思うのですが、ちょっと気になったので皆さんが気になったオリジナル設定について、お聞きしたいと存じ上げます。

それ以外に単純に感想を書いてくれても嬉しいです。では、また!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 VIII

大変長らくお待たせしました。いや、なんというか、忙しかった……
ここからは週刊とまではいかないかもしれませんが、ほぼそれに近い形で連載しようと考えております。ではどうぞ。


 そこは暗い空間だった。壁はゴシック調のレンガに囲まれ、そこかしこに拷問器具が立ち並んでいる。時折聞こえてくる怨嗟の声はただでさえ暗く影しかささない漆黒の空間を更に押し沈める。まさしく監獄と呼ぶにふさわしい暗い空間がそこにはあった。

 

 ここは監獄結界。世界中のあらゆる魔導犯罪者を収容し、悪夢へと誘う永劫の監獄。

 

 そんな監獄の一室に一人の少女が歩み寄る。黒いゴシックロリータのドレスにフリルを付けた黒い傘を片手にしたその少女はその部屋の真ん中の教台のような机にある本の前へ近づいた。その本の表紙には『Alice in Wonderland』と綴られた題名に紫とピンクのシマ模様のふざけた猫の絵が描かれていた。どこからどう見てもそれは絵本である。一見、それは無害なモノにしか見えない。

 その絵本は現在不気味な紫色の光を帯びた鎖によって雁字搦めにされ、決して教台の上から離れないように封印が施されている。

 そこには一片の情も存在しない、ただ捉えるということのみを焦点に置いた無慈悲な鎖『戒めの鎖(レージング)』。その鎖に囚われたモノは決してのがれることのできないと言われた神々の時代に鍛えられし呪縛の業。その絶対の呪縛の象徴でもある鎖を絵本には二重、三重、四重と縛り付けられている。

 

 少女はその無慈悲な封印がしっかりと絵本に施されているかどうかを確認した後、ゆっくりと口を開き、尋ねた。

 

「貴様、名前を何という?」

 

 シンと部屋が静まり返る。いや、監獄全体は元々暗く静かな空間だったのだが、少女が絵本に話しかけたことにより、部屋はまるでお伽話でも聞かされる前のような独特の緊張感と静寂感に包まれた。なぜ、例え話にお伽話が出て来たのか?それは、柄にもなく那月に『一体何を言われるのだろう』という妙な高揚感があるからに他ならない。一体どうしてこのようなお世辞にも趣味のいいとは言えない状態で高揚感が芽生えるのか分からない。絵本が気持ちを和ませるのか、それとも自分の精神がおかしいのか、と色々考えたが結局のところ分からなかった。

 彼女がその意味不明な自らの感情に頭を悩ませてから約二分、ようやく問われた本は口もないのに言葉を発して、彼女に問い返す。

 

『…なまえ?』

「……そうだ。貴様のことはある程度までは報告を受けているが、名前までは知らされていないからな。」

 

 声を出したことに対して那月は驚かない。すでに、第一真祖側からの報告で知らされていることもそうだが、那月自身、自らの異能である『戒めの鎖(レージング)』によりある程度の感情が存在していることはなんとなしに理解できた。ただ、言葉を返されたこと自体が意外で衝撃を覚えたのだ。

 

『なまえ…な…まえ…………わから…ない。』

「何?」

 

 そして、今度は別の意味で衝撃を覚えた。この状況で那月に対して嘘を吐こうはずもないだろうとは思うのだが、自分の名前はこの絵本には分からないのだという。那月はてっきり、本の題名でも言われるのかと思ったのだがそれが名前というわけではないらしい……

 

 ところでなぜ、那月がこんなことを絵本に聞こうと思ったのか?

 実のところ、特に理由はない。犯罪者として本が収容されてくるなんていう事態には正直驚きが隠せなかった。だが、彼女にとって奇妙、奇天烈は今更であり、取り立てて騒ぎ立てるようなことではないと考え直した。そのため、この絵本に対しても他の囚人と同様に接していくつもりだったのだ。

 

ただ、気まぐれに本当に気まぐれに『そう言えばこいつの正体って結局何なんだろう』と思った程度である。

 

正直返答が返ってくるとは思わなかった。だが、絵本は答えた。まるで無垢な少女が純粋に不思議がるように、絵本は返答したのである。

 

わたしは(・・・・)……ぼくは(・・・)……あたしは(・・・・)…わからない。じぶんがなにものなのか。」

「そうか…」

 

しかも、導き出された返答もどうやら真実を言っているようだ。混乱したような口調で一人称を交互に変えていき、主体性のないその返答にどこまで信用できる要素があるかは不安ではある。だが、少なくとも那月にはその絵本が嘘をついているようには見えなかった。いや、この場合、顔は見えないのだから聞こえなかった(・・・・・・・)と言った方が正しいか。

 

「ねぇ…おしえて。じぶん(・・・)のなまえ…ってなに?」

 

その問いは監獄結界の主人(・・・・・・・)にとって聞く必要のない問いだった。聞こうが、聞くまいが結局のところ、この本は一生この薄暗い監獄に留まるしかないのだから。

 

そう。ここは監獄結界。国際的犯罪者の数々を永劫の悪夢へと叩きつける暗黒の空間である。当然、本には誰かと触れ合う機会は決してない。そもそもとして、本が人と触れ合う(・・・・)というのもおかしい気はするが、この監獄結界に捉えられ続けている限り、本は決して人と交流することはないだろう。『一生誰とも交流することはない』…それが定められたことである以上、誰かと交流する術の一つである『名前』もまた不必要なものである。

 

そう。それは無駄で、不必要な質問だ。

 

那月もそんなことは理解していた。だが、彼女は……

 

「そうだな。では本の題名からとって『アリス』というのはどうだ?」

 

不憫と思ったわけではない。そんなことを思っていたら、この監獄の主人などやってられない。だが、彼女はその実に無駄で不必要な問いに対して不遜に、だが実に誠実に返答したのだった。

 

ーーーーーーー

 

「「ヴァトラー様」」

 

叫び声と共に二人の人影がすでに跡形もなくなっている旅客船から飛び降りてくる。一人は耳がすっぽり覆い隠せるほどに伸ばした黒髪が特徴的な少年の容姿をしたキラ・レーデベフ・ヴォルテイズロワともう一人はきつめの切れ目が特徴のトビアス・ジャガンである。いうまでもなく二人とも吸血鬼、しかも貴族級の力を持つ者である。

キラとジャガンは地面に足をつけると、即座に身を案じるようにして主人たるヴァトラーの元へと駆け寄ろうとする。

 

「来ないでくれるかな?」

 

だが、その足取りに対して主本人は愉快げに、だが実に重みの伴った言葉をかける。主人の言葉に即座に反応した二人の吸血鬼は足を止める。それを確認したヴァトラーは、ゆっくりと身を起こし立ち上がる。そして、自らに相対する怪物へと再び目を向けながら…

 

「く…ふはははは!!いや実に心地がいい。ここまで清々しい気分になったのは久しぶりだよ。実に、いや実に強いね。『魂を食う絵本』よ!!」

 

傷が治りかけているとはいえ、顔面の形などは元の形には戻っておらず、未だに気持ちの悪い水音が鳴り続けている。傷はまだ修復中なのだ。だというのに、彼はいっそ狂気的と言ってもいいほどまでに笑みを浮かべて口の端を釣り上げ、挑発的な口調で怪物とその傍らにいる少女に言葉を投げかける。

 

「……。」

 

一方の少女はそんな挑発的な言葉には見向きもせず、未だ先ほど逃げていった少年たちの足取りを確かめるように目を細めていた。

そして、たっぷり十秒経過し、少年たちの姿が見えなくなったところでようやく正面へと向き直る。

 

「なに?何か言ったの?」

 

まるで、小学生が担任の話を聞かず、その内容を隣の子にでも聞き返すような調子で少女は呟いた。

そのことについてヴァトラーはさほど気にはしなかったが、様子を見ていた配下貴族たちは別だ。

 

「貴様、ふざけ…!!」

「待ってください!ジャガン!」

 

激昂したジャガンが体のいたるところから吹き上げる赤い血煙と共に眷獣を召喚しようとしたが、それを手で制するようして止める。

 

「どけ!キラ!!あの小娘に目にものを見せてくれる!!」

「それ以前に!僕たちはすでにヴァトラー様から手を出すなと忠告されているのです!お忘れですか?」

「っ!?それはそうだが!貴様はあのような態度を取られてくつ…」

 

屈辱に思わないのか、と叫ぼうとしてジャガンはその口を止める。キラの表情を見たからだ。見るとキラは唇の端を吸血鬼特有の鋭い犬歯で噛み、血を流し傷つけ、その血を飲んだ影響か瞳は烈火のごとく紅く燃え上がっていた。

誰がどう見てもそれは憤怒からくる激情の赤だ。キラも激しい憤怒の感情を胸内に宿しているのだとジャガンはすぐに理解し、冷静さを取り戻していく。

 

「…そうだったな。」

 

一人ごちるように呟いたジャガンはすぐにヴァトラーへと向き直り…

 

「申し訳ございません。ヴァトラー様、取り乱してしまい……」

「いいヨ。すぐに納めてくれたしね。」

 

ただ、とヴァトラーは言葉を続ける。

 

「まあ、配下の者にあそこまで激昂させてしまったわけだしネ。否が応でもボクの名前をその体に刻んであげるヨ。」

「……。」

 

少女はその言葉に応じず、ただすっと命令を促すように手を挙げる。すると、怪物はゆっくりと人間のような立ち姿から今度は両手を地面に着き、獣のような体勢でヴァトラーを睨む。

一方のヴァトラーはそれに応じるように一匹の鋼鉄の鱗を持つ蛇の眷獣を呼び出す。

 

(とは言っても、正直、勝ち目は薄いかな?普段通りならともかく、今の僕はかなりの制限を設けられている。おまけにウチの第一真祖(じいさん)を相手に大立ち回りしてみせた相手だと来ている。)

 

だが、そんなことはこの男にとって些細な問題だ。たとえ全力でなくとも今この瞬間、生の快感を得られるこの刹那の戦いこそヴァトラーの望んだもの。故にこそ、全快の状態でも難敵であろう怪物を目の前にしてヴァトラーは深く深く笑ってみせる。

 

「さあ!続きを始めようか!」

 

ーーーーーーー

 

「……それは本当ですか?ランサー。」

「ああ、おそらくそろそろこの島内において魔術やそう言った類の異能が使えなくなっちまうだろう。」

 

令呪の繋がりを辿り、仮初めの主人にことのあらましを丁寧に説明するランサー。まだ主人と認めていないとはいえ、現在の状況を鑑みれば協力をしなければならないのは明らかだ。そう判断し、ランサーは自分からこの異常事態を説明した方がいいと判断したのだ。

 

「弱りましたね。それが事実なら早急に対策を考えなければ…」

 

一人悩むラ・フォリア。それに対し、ランサーは何も言葉をかけずに、成り行きを見守るようにラ・フォリアを見つめる。仮初めの主人が自分が忠を尽くすにふさわしいのか、今この瞬間も見て判断しているのだ。

その辺り、ラ・フォリアも察しがついているため、あえて返答を待つようなことはしなかった。

 

(…とりあえず、仙都木阿夜の捜索を行いましょう。今分かっていることといえば、仙都木阿夜が黒幕の一人だということぐらいです。であるならば、こちらも手を休めずにアプローチを仕掛けるべきですわ!)

 

そういうと、ラ・フォリアは自分の身の回りを警護する騎士達を呼び出す。

 

「これから仙都木阿夜の捜索を行います。各班3人ずつにチームを組み、これから四方を飛び散るようにして捜索を行ってください。異変を感じたのならば即座に私と他の班に連絡を取り、一時待機をすること、分かりましたね?」

「「「「はっ!!」」」」

 

言葉を受けた女性と男性が入り混じって編隊を組んでいた騎士団は十秒も経たぬ内にチームを組み次の十一秒目では四方へ散開し、捜索を行っていた。

その迅速な反応と判断にランサーは感心した。

 

「……大したもんだ。ケルトの方でもあそこまでの団結力は中々ねえもんだぜ。」

「お褒めの言葉ありがとうございます。」

 

ランサーに向かい、わずかに会釈をしたラ・フォリアはその後、静かに前を見つめる。その十秒後、ランサーが口を開いた。

 

「なあ、おい。なんで捜索に騎士全員向かわせやがった?」

 

と、怪訝そうにつぶやいた。そう。よく考えればおかしいのだ。

現在市中のど真ん中、ビル群が建つその場所にはフェスタのこともあり、大勢の人間がたむろしていた。そんな場所に全身青タイツのランサーと、佇んでいるだけで上品な空気を纏わせる清廉な黒を基調とした礼服を着たラ・フォリアは堂々と立っていた。当然目立つ。ということは自然、敵からも見つかりやすいということだ。

 

ランサーは類い稀なる戦闘能力を所持している。ランサーがここにいるのならば、ラ・フォリアの身の安全は保証されているように見える。

 

だが、実際はそう単純ではない。忘れてはならないのはランサーは未だラ・フォリアのことをマスターとは認めてはいない、ということだ。

つまり、ランサーに守られるという前提は覆る。

 

「そんなものは決まっています。この現状ではあなたも私に手を貸さざるを得ないだろうと思ったまでです。」

「ほう?その心は?」

 

ラ・フォリアは神妙な表情でランサーへとまっすぐにそのエメラルド色の瞳を向ける。

 

「あなたは、最初に言いましたね。『私がマスターとして認めてない限り、私を助けない』と…」

「おう。言ったぜ。」

「そして、そのの前に私はこうも言いました。『私を認める間までの猶予が欲しい。と、そしてあなたは了承した。」

「……まさか、そいつが理由か?だとしたら薄すぎる。」

 

肩透かしを食らったという風に呆れた表情で力を抜いてしまったランサーは失望した様子でラ・フォリアの方に目を見やる。だが、ラ・フォリアの目はまだ死んでおらず、まっすぐにランサーを捉えていた。

 

「いいえ、まだあります。私はあなたに会う前にシェロより、あなたがどのような人物か聞きました。」

「シェロ?……ああ、アーチャーの野郎か。あの野郎そんな偽名使ってんのか。」

 

気持ち悪いと、呟くランサー。

 

「話はまだ終わっていませんよ。ランサー。そしてシェロから話を聞いた後、私はあなたの性格がどのようなものなのか予想しました。結果、あなたは人の全力(・・)を見てその人間がどのようなものなのか見極める事を好むそうですね。」

「……。」

「ならば、あなたにとってこの状況は望ましくないもののはずです。あなたはもちろん私まで力を制限された状態で全力も何もあったものではない。」

 

なおもラ・フォリアの言葉は続く。

 

「まあ、あなたは私の精神の持ちようを判断して私のことを判断しようと考えているのでしょう。それくらいは私にもわかります。ですが、精神と肉体は別物ですが、別離(・・)しているわけではない。故に、精神・思考状態が安定しない確率とて、ないとは言い切れない。故に、私を今ここで見殺しにすることはあなたの誓いをも破ることになる。

 

ならば、あなたは私を守るしかない。違いますか?ランサー。」

 

確認をするようにしてランサーを見つめるラ・フォリアの表情は不敵な笑みを浮かべた余裕の表情へとすでに様変わりしていた。

相手によってはそれは不快感を漂わす不吉な笑顔にしか見えない。だが、一方のランサーは感心の表情を露わにしていた。王という在り方が綺麗事ばかりで務まるとは思わない。ランサーとて一度は王として玉座に身を置いた経験があるものだ。それくらいはわかる。だからこそランサーは彼女の胆力に感心したのだ。

 

この自分に対してここまで啖呵をきり、見事言い伏せてみせる。それは並の人間ができることではない。そう。それは感心して然るべきことなのだ。ことなのだが……

 

(なんだろうな…この妙に背中がざわつくような、胸騒ぎに似た何かは)

 

ラ・フォリアの言葉を受けたランサーは感心と同時に妙な不快感も感じていた。ランサーは彼女の言葉の端々にある本気を受け取り、それに対し真逆ではあるが自らの師(スカサハ)の面影を感じた。なんというか、戦士を従え、自らも戦うその姿には北欧の戦乙女よりもクーフーリンにとってはそちらの方がよく面影が一致するのだ。

 

ただである。その姿には好印象を抱いたのだが、なぜか彼女の言葉の端々の本気には同時に自らが嫌悪、というよりも相手にさえしなかった誰かさんの面影を感じるのである。

その相手とはメイヴ。無垢に淫靡をなし、清廉に奸計をなすあの女狐に似ているものを思わせるのだ。

 

(なんつーか、こりゃぁ見極めるのに苦労しそうだなぁ。)

 

ランサーは一人ごちるように心の中で呟いた。だが、ともあれ彼女の言い分に含みはあるものの納得したランサーはラ・フォリアの身を守るために前へと身を動かすのであった。

 

ーーーーーーー

 

「さて、順調…というべきだろうな。今の所は」

 

仙都木阿夜は南谷那月から奪い取った闇誓書を見ながら呟く。

 

「この調子ならば我が目的にも大分近づくことだろう。」

 

仙都木阿夜、彼女の目的とはすなわち世界の真実を知ることである。

 

今現在、この世界には魔術と呼ばれる異能が存在する。だが闇誓書が完璧に発動した瞬間、それら異能は無へと還る。それが闇誓書の効果だが、その状態でもなお、この島において異能を使いうるモノが存在していることを阿夜は知っている。

 

それは姫柊雪菜という巫女である。雪霞狼というあらゆる異能を無効化するあの槍だけは、異能無効化空間となるこの絃神島にて活用することが可能なのではないのかと阿夜は考える。だが、それは通常ならばあり得ない。雪霞狼とて異能の範疇、であるならば、当然、闇誓書の効果も受けるはずだ。

 

だが、もし、その闇誓書の能力を受けても異能が使えるとなれば、それは……

 

「あの槍には別の側面が存在する。異能を無効化するなどという斯様に瑣末なものとしてではなく、世界の理そのものに干渉するような何かが…」

 

それを彼女は、世界を元に戻しているからなのではないかと考えている。世界には元より異能などというものは存在せず、あの槍はただあるべき世界へとわずかに戻しているだけなのではないか。

 

闇誓書の能力が異能無効化とは言え、もしも異能を使っている対象が世界に干渉しているというのならば、それを無効化することなどできようはずもない。

 

長くなったが、つまり、彼女は「正しい世界とは異能が存在しない世界」なのではないかと考えているのである。

 

「本来ならば、その効果のほどを目の前で確かめたかったのだが…」

 

そうも言ってられなかった。なにせ、今現在、この島には異様とも呼べる存在感を放ったものたちがいるのだ。その者たちの存在が彼女の足を止め、姫柊雪菜の誘拐への一歩を踏み出させなかった。

仙都木阿夜は弱い魔女などでは断じてない。むしろ、魔女の界隈では彼女ほど有名なモノはそうはいない。それだけの実力を彼女は秘めていた。だが、そんな彼女をしても現在感じている五つの気配には言い知れぬ恐怖を感じていた。

 

「くっ!情けない。那月ならばともかく、あんなどこの馬の骨とも知れぬ輩に恐怖を抱くなど……」

 

だが、それももうすぐ、終わる。あと少しもすれば、闇誓書の発動は完璧に完了し、そうなれば、五つの気配の持ち主たちとて無事では済まないはずだ。その間にあわよくば、姫柊雪菜をここまでさらい、自らの目的を完遂させることも不可能ではない。

 

闇誓書完全発動まであと二十秒

 

「さて、ではそろそろ行くとするか。妾の目的のため、その力を使ってもらうぞ。姫柊雪菜。」

 

十秒

 

膨大な魔力が阿夜を起点に噴き上がっていく。そしてその魔力を元に彼女は魔法陣を組み上げていく。転移術式を発動しようとしているのだ。彼女を中心とした魔法陣の淡い紫色の光は夜の闇を怪しく照らしていく。

 

 

 

 

 

 

闇誓書発動完了。それとともに彼女は空間転移を行おうとする。夜の闇を照らしていた紫色の光が白に変わり、阿夜を白く照らしていく。

転移術式発動とともに体が紫色の霧と化そうとする。

 

瞬間、黒と白の影が阿夜に向けて放たれる。

 

「っ!?」

 

驚愕した阿夜は、転移を瞬時に止め、後方に飛ぶことでそれを避ける。

白と黒の影は阿夜の首を掠めながらブーメランのような楕円の軌道を描き元の投げられた方向へと戻っていく。

 

そしてその影をパシッと掴む音が上空から聞こえてくる。何事かと上を向く阿夜。その視線の先には…

 

「やれやれ、灯台下暗しとはよく言ったものだ。まさか、彩海学園を術式の起点としているとはな」

 

赤い外套を腰から下の部分に付け、黒いプレートアーマー、黒いズボン、そして褐色の肌と白い髪が特徴的な端正な顔立ちをした青年が立っていた。

姿を見るのは初めてだが、見た瞬間、阿夜は直感した。

この男も監獄結界にいた男と同等、いやもしくはそれ以上の力を持った存在であり、あの恐怖を感じた五つの気配のうちの一つなのだと…

理解が頭に及ぶと同時に彼女の背後から黒と紫色を混ぜた炎が立ち昇る。炎はやがて騎士の甲冑へと姿を変えていき、紫色の瘴気を放ちながら立ち尽くした。

 

その顔のない騎士の形を為した怪物の名は(ル・オンブル)。彼女が魔女として従えた守護者である。影の名に相応しい闇色の瘴気を纏ったその悪魔に対し、阿夜は手加減なしの命令を加えた。

 

「やれ!(ル・オンブル)。そこの男を蹴散らせ!!」

 

命令を受けた悪魔は即座に現れた男に対して手を伸ばす。ただの拳とは言え、紛れも無い悪魔の放つ拳、その速度は音速を超え、的確に目の前の男目掛けて放たれる。

 

そして、その拳が男に着弾すると同時に屋上の床板が綿毛のように飛び散っていく。まるでダイナマイトでも爆発したかのような爆音が響き渡り、術式を描いていた学園全体がわずかに揺れる。

揺れが収まり、事の次第を確認した阿夜は悪魔の拳を床板から引き離す。

だが、そこには死体どころか、傷を負った後に出来上がる血ノリすらない。

 

「やれやれ、名乗る前に攻撃とは……まあ、よーいドンで始まる戦いなどないのだから、その行動は正しいと言えば正しいのだが」

 

そして、聞き覚えのある声が後方から響き渡る。急いで後方を見ると同時に背後の方へと距離を取る阿夜。その後、男に向けてようやく質問する。

 

「貴様、何者だ?」

「何者か、か。なに、名乗るほどのものではないが、あえて言うならそうだな。」

 

キザったらしい口調で言葉を並べる男は静かに前を見据え鋭い眼光で阿夜を射抜きながら名乗りを上げる。

 

「サーヴァント アーチャー。君を止めるものだ。」




FGOの主人公たちについて、彼らのモデルが『もし、初代のヒロイン主人公を女体化、男体化したらどんな感じになるのか』と聞いた今日この頃。

え、そうなの!?マジで、と思わず思ってしまった。

言われてみれば似ている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴IX

週刊だといったのに、二週間後になっている始末。やはり書き続けるって大事なことなんでしょうね。表現方法について頭を悩ますことが多くなる上に、自分の趣味にも手を出して…となるとキツイものがあるのだろうな…(他人事)
今回は、オリジナル展開を用意しました。フェイトにわずかにちなんだ力の内容を取り入れようと思った結果、作られた能力です。まあ、正直な話こうすれば面白いんじゃないのと思って自分で勝手に作りました。はい!


「はぁ、はぁ、どうだ?」

「……うまく撒けたようですね。キャスターは追ってきていません。もっともそちらの少女がいる限り、時間の問題でしょうが…」

 

来た道を見返しながらライダーは答える。その返答に一応の区切りを見た古城はへたりこむようにして座ってしまった。

 

「そ、そうか。はぁーー、しんど!マジで心臓が潰れるかと思った。」

 

未だに耳に心臓でもできたかのようにバクバクと聞こえてくる心音。それは長距離を走って来た影響もあるが、何より自らの背後から感じられた強烈な殺気による疲労の方が理由としては大きい。

 

ヴァトラーとはまともに戦ったわけではないが、それでもあの男の力については理解はできているつもりだ。

 

自分と比較しても遜色ないほどの濃密な魔力。その魔力による眷獣の圧倒的な暴威。戦闘経験の浅い古城ではまずもって今のヴァトラーには勝ち目がないだろう。だが、そんな強敵をあの怪物は吹き飛ばした。どう考えても、勝ち目は薄い。

 

しかも……

 

すっと、古城は手を頭上へと上げる。

 

疾く在れ(きやがれ)!!獅子の黄金(レグルス アウルム)!!」

 

怒号を上げて召喚の呪文を叫ぶ。シン、と辺りが静まり返る。古城の正体を知っているものならば、その瞬間、腕から赤いちけむりが立ち上り、雷光を纏った黄金の獅子が召喚されるだろうと思うだろう。だがいつまで経っても獅子は召喚されず、ただ、そこには間抜けに立ち尽くす一人の怠惰な吸血鬼がいるだけだった。

 

「っ!?はぁ、はぁ!!くそっ!!やっぱり無理か!!うぐっ!?」

「先輩!?」

「暁古城!!」

「マスター!!」

 

突然、糸が切れた人形のように古城は道路へとへたりこむ。今までの無理による負債もそうだが、それ以前に古城の胸には大きな傷が残っており、それはまだ治っていない。おまけに古城たちは預かり知らないことであるが、現在進行形で異能を無効化する闇誓書が発動されている。そんな状況下では当然、身体は保たず力を失ってしまう。

へたり込んでしまった古城の元に雪菜と煌坂、そしてライダーは駆け寄る。

 

「…ハァ、ハァ、ハァ……」

「先輩!大丈夫ですか!?」

「ちょっと暁古城!しっかりしなさいよ!」

 

息は荒く一刻を争う事態という現在の様相から考えて、状態は最悪と考えていい。そんな状態に対し、ライダーは冷静になるように頭に言い聞かせ、今後の対処を考えようとする。

 

(まずいですね。いつキャスターが来るとも分かっていない状態でこれでは…もちろん、逃げるとき私とベイヤードが彼らを抱えても構いません。ですが、どのみち、あの怪物相手では長くは逃げ切れないはず…)

 

と、ここでライダーはあることに気がつく。自分たちが連れて来たあの南宮那月に似た少女(浅葱命名:サナちゃん)が妙に静かであることに気がつく。

サナは先ほどライダーが向いている方角とは逆の方角をむつかしい表情をしながら睨んでいる。

 

「どうしたのですか?サナさん?」

「…魔女の気配が…します。なんだか、苦しそうですけど……」

「……?」

 

そう言われて、ライダーは那月が向いている方に神経を集中させる。

すると、遠くからトボトボと遅くはあるが確実にこちらへと向かって歩いて来ている足音が聞こえて来る。最初は警戒したが、その足音の状況から足音の主には自分たちを倒しうるだけの力はないだろうと判断し、警戒はするものの様子見程度で済ませようと考え、待ち構える。

 

数分後、わずかに見覚えがある姿をした少女がこちらへと歩み寄ってくることが伺えて、ライダーは目を細める。

 

「アレは…まさか、仙都木優麻…ですか?」

 

そう。人影の正体とは自分のマスターの幼馴染でありつい先ほどまで、古城たちに敵対していた少女仙都木優麻だった。

 

ーーーーーーー

 

「アーチャー…だと?」

 

不可思議な呼び名に眉を寄せて顔を曇らせる阿夜。一方、そんなことは知ったことではないとでもいうかのように剣を握っている指を開閉しながら、自分の身体の感覚を確かめる。

 

(ちっ……やはりか。叶音の天使化のときほどではないが、体に鈍りがある。おまけに、先ほど危機感を感じて投影した干将、莫耶以外は投影も不可能になっている。現状、俺がここまで動けている理由は魔力のほとんどを現界の方に回しているからだ。それ以外の異能の行使は不可能ということだろう。さて……)

 

つまり、彼は今現在手元に存在する一対の双剣のみで目の前の魔女を相手にしなければならないということ。しかも、闇誓書はもっと恐ろしいことをしでかしてしまっている。この絃神島は実質、魔術で全てを賄っている。医療も、警備も、そして島を存在させる(・・・・・・・)ためにも。つまり、今の所わずかずつではあるが、島の崩壊が着々と進んでしまっているのだ。つまり、阿夜を早急に無力化することが求められている。身体能力に大幅な制限をかけられている現状況下で

 

(はぁ、まったく…なんだって、昔から全力を出して早急に終わらせたいと思う戦いほど上手くいかないんだ。マスター運が良すぎて、ほとんどの運値がそこらで消費でもされたか?)

 

そんなことはないと分かっているが、これまで自分が表立って動いた戦いの中には一つとして自分が全力を出すことができる機会は存在しなかった。狙っているわけでもないのにこれでは、さすがに嫌になってくるというものだ。

 

一方の阿夜はアーチャーの鷹のような鋭い双眸を前にしても、なお射殺さんとするほどの目つきで睨め付けながら、彼と同じように思考を頭の中で反芻させる。

先ほどまで彼女はこの力の塊のような怪物どもに対して警戒心を抱いていた。だからこそ、どういう存在なのか確かめるためにも情報を得ようとしたのだ。だが、結果は“分からない”の一言しか浮かばなかった。なので、多少、強引にでも自らの目的を推し進めようと考えた。引いてはそれが彼らの正体を知るきっかけになるのではないのかと考えて……だが、結果はこうして目の前に相対させても同じことだった。

やはり、自分の目の前に存在するこの男は依然、不明なまま

 

(アーチャー…先ほど出会ったあの男はライダーと呼ばれていたな。何かのコードネームか?いや、そんなことよりこの男どうやって私に気付かれずに私の世界に入り込んだ?)

 

闇誓書で作り出した学校を媒介にしたこの魔術による結界はもはや、一種の固有の世界と化している。彼女はこの力により、世界とは誰かによって作られているのではないかという仮説を世界を作り変えることで為そうとした。つまり、この世界の主人である阿夜に全く気付かれずに結界内に入ることは不可能なのだ。

当然、これには理由がある。言ってしまえば彼は霊体化することによりあらゆる物理事象、魔術を無効、透過することで結界内に入ったのだ。

だが、そもそもとして、彼が霊体だということも知らない彼女にとってそんなことはあずかり知らぬことだ。なので、彼女はその不明に対する苛立ちを言葉に乗せて質問するしかなかった。

 

「先に聞くが…いや、聞くまでもないかもしれぬが、貴様は(ワタシ)の敵ということでいいんだな?」

「ああ、その通りだ。さっきも言っただろう?君を止めるものだ…とな。」

「そうか、ならば覚悟せよ。この状況では貴様は自らの術も使えまい。その中でどうやって(ワタシ)(ル・オンブル)の猛攻を凌げるか!!」

 

彼女の背後にある闇色の炎が燃え上がり、中にいる顔のない騎士がゆっくりと動き出す。それに伴い、アーチャーは逆手に持った双剣をゆっくりと前に構える。

まず動いたのは(ル・オンブル)の方だった。先ほどと同じような真上からの拳による攻撃。インパクトの最中物理的にも質量が大きくなる拳。それを今度は、アーチャーは後方にステップバックすることで軽く避ける。そして、後方に力を向けた足を今度は前方に倒れこむように大地を踏みしめ、一気に阿夜の元へと駆け抜ける。

しかし、阿夜はその姿を今度は紫色の霧と共に虚空へと消す。それを確認したアーチャーは足を止める。

 

辺りを見回すも、影も形も見当たらず、わずかな間アーチャーを起点にした辺り一帯は静寂に包まれていた。

 

数秒後、その静寂を打ち破るように強烈な殺気とゴウッという風切り音が耳元に響いた。

 

音を聞いたアーチャーは極めて冷静に剣の側面を頭の右上に移動させる。ギィンという金属音が鳴り響き、空気が破裂する音が辺りに響き渡る。

凄まじい衝撃だ。並みのサーヴァントならばこの衝撃に対し、わずかに苦悶の表情を浮かべ、体を止めてしまっていただろう。だが、衝撃を受けたアーチャーはわずかに眉をしかめると……

 

「はぁっ!!」

 

そのまま、一気にその衝撃を腕力だけで押し返した。押し返された(ル・オンブル)は手に持っていた剣を弾き飛ばされ、その剣を持つ騎士の契約者も当然、衝撃に合わせて態勢を崩された。態勢を崩された阿夜はなんとか、空中で一回転することで、重心を保ち給水塔と真上へと降り立つ。

降り立った後、彼女はすぐに攻撃に移ろうとするが、その足を止める。じくっ、と突然腕が痛み出したのだ。何事かと腕を見ると、そこにはいつの間に反撃されたのかわずかな切り傷があった。浅いがそれは問題ではない。問題はその傷が一体いつつけられたのかわからないということだった。

 

「……バカな!タイミングも完璧だった。だというのに、今のを防ぎ、更に反撃してきただと!?」

「あぁ、まったくその通りだ。なかなか、どうしていい攻撃だった。だが、これで分かったろう?

 

君では俺には勝てない。降参を勧める。」

 

慈悲の意味も含めた誠実な返答。だが、阿夜にしてみればそれは事実上の死刑宣告に近かった。この日この時のためだけに十年も彼女は待った。待って、待って、待ち続けたのだ。そうして、ようやく掴んだこのチャンス、おそらくもう二度とこんなチャンスが訪れることはないだろう。それを強力な存在だとはいえ、どこの誰とも知れぬ輩に潰される。しかも、単独で……それはまるで、自分の努力全ては無駄だったというかのようだった。

 

「ふざけるな……」

 

なんのためにここまで辛酸を舐め続けたと思っている。(ワタシ)はこの狂った世界を許さない。魔術という異能が溢れかえり、浸透しきっているこの現世を許すことができない。だから、そんな世界を作り替えるために、世界を作り替える魔道書『闇誓書』を使って大博打に売って出たのだ。それを……こんなところで止められる。まだ、始まってもいない。そんな段階で……

 

「ふざけるなぁぁあぁあ!!」

 

瞳が闇色の炎で燃え上がる。それとともに、彼女の背後にいた騎士も闇色の炎に包まれ炎の嵐を巻き上げ、闇誓書も世界を新たに作り出すため勢いよく光りだす。

騎士を包んだ炎はやがてアーチャーの周りの空間をも包んでいく。しばらくして闇色の炎は監獄を想起させる燭台を何もない空間に作り出した。その一つ作られた燭台は二つ、三つと増えていき、ついには無限回廊という言葉が合致する雰囲気とともにアーチャーの両側を敷き詰めていった。

燭台は均等に置かれている柱につながれ、地面は黒い水で覆われ、空はどこまでも暗く、まるで底なし沼を思わせるほど深い闇がどこまでも続いていた。

 

「これは…固有結界……か?」

 

彼の知識の中にある最も酷似した性質を持つ魔術が頭に浮かびその言葉を口に出す。だが、何かが違う。とすぐに思い直す。

 

(性質、役割などを鑑みればそこまで乖離しているわけではないが…これは何か別の法則を感じる。世界の感じ方そのものが違うというべきか…)

 

こと世界に対する干渉事に関してはアーチャーは人並み以上に敏感であり、理解できる。なぜなら、彼の宝具もまた世界に干渉する類のものだからである。だからこそ、彼はこの固有結界もどきは何かが決定的に違うと感じたのである。

 

『ここは私が貴様を倒すためだけに作った空間。外界から決して干渉できず、私と貴様だけがいる世界だ。』

 

どこからともなく声が聞こえる。おそらく自らの魔術に認識阻害を付与することでこちらに居所を掴ませないようにしているのだろうと、アーチャーは予想した。

闇から草が生えるように剣が数本出てくる。先ほど闇色の騎士が装備していた剣に酷似しているその剣は一斉に360度全体から襲いかかってくる。

剣同士がぶつかり合うことによる鈍い金属音が鳴り響く。だが、そこに肉を突き刺したような水音は聞こえなかった。

そして、そこからわずか2mほど離れた位置で水溜りを踏むような水音が聞こえる。それはアーチャーが跳躍し、避けた後に地面に着地した音である。

 

「厄介だな。だが、どうあれ、これが魔術だというのならば、核があるはずだ。そこを突かせてもらおうか。」

『ふん!やれるものならな!!』

 

ーーーーーーー

 

戦いの第二幕が切って落とされる数分ほど前、予想外の来客に驚きはしたものの近くのガレージハウスにてとりあえず一息つくことを思い付いた古城たちは室内で現状の確認をし始めた。

確認するため、最初に口を開けたのは紗矢華だった。

 

「それで、あなたは一体何をしにきたの?仙都木優麻。」

 

それはひたすらに冷ややかな口調だった。彼女は今まで優麻の身に何があったのかということは知っていても、現在進行形で自分たちに災いをもたらしているのが優麻の母親である阿夜であることを忘れていない。たとえ、どれだけ古城と密な関係であることは聞かされていてもそのラインが彼女の精神を急速に冷やしていっているのだ。

 

「そうだね…先に用件だけ話しておくと、古城を助けにきたんだよ。」

 

その言葉を聞いた古城は再び痛み出した傷を手で抑え、ソファに座りながらも声を荒げる。

 

「はぁ!?何言ってんだ!?お前、さっきまで致命傷でろくに体も動かさなかったはずだろう!」

「そうは言うけど、古城。出せてないんじゃないのかい。眷獣。」

「っ!?」

 

そう言われてしまっては古城としては黙らざるを得ず、沈黙してしまう。だが、その口調から雪菜は感じ取り質問を返す。

 

「待ってください。その言い振りですと、優麻さんあなたはできるんですか?先輩の眷獣を召喚させることを…」

「ん、まあね。」

「なっ!?マジかよ」

 

驚いたのは古城だけではなかった。その場にいる全員が驚愕で目を見開く。

 

「とは言っても、正確には補助だけどね。さて…」

「あの、なんで白衣に手をかけてるんですか?」

 

疑惑の視線とともに、雪菜が質問する。そして、この時点でずっと黙っていたライダーの決断は早かった。

 

「サナさん。我々は外に出て待っていましょう。」

「?なんで?」

「なんでもです。さっ、行きましょう。」

 

若干の不満の色を見せつつもサナは仕方なくと言った表情でガレージハウスのドアに手をかけて、ゆっくりと開いていく。そして、ライダーもそれに続くように外に出て、今度はサナ以上に静かに丁寧に誰も気づかぬようドアを閉めていった。

 

「母は自分が闇誓書を使うために敢えて自分の魔力だけは無力化しなかった。いや、できなかったと言った方が正しいのかな?だから、当然、仙都木阿夜の模写とでも言うべき僕の魔力もお母様は消すことができなかったんだ。だから、古城が僕の血を吸えば…」

「再び第四真祖の眷獣が使えるかもしれないってこと?でも、そんな確率低いんじゃ…」

「ううん、確かに普通の吸血鬼だったのならそこまで効果は得られないと思うけど、古城の場合は違う。古城の正体は……」

「この世に存在するはずのない四番目の真祖、もし、力が本来の形で戻れば、その理論でいくと確かに先輩は力を取り戻すかもしれません。でも…」

 

わずかにどもってしまう雪菜。その意味を正確に察知した優麻は朗らかに笑いながら、慰める。

 

「大丈夫。僕の吸血行為は所詮眠っていた力を目覚めさせるきつけのようなもの。だから、その後にも力を戻すためには姫柊さんと煌坂さんの血も吸ってもらわなきゃならなくなるわけだし!」

「いや、おい…」

「は、はぁ!!私はー別にそこの変態真祖のことなんてどうとも思ってないんですけど、勘違いしないでくれる!?」

「あの〜、ちょっと?」

「そうです。私はあくまで先輩の監視役。先輩がどのような女性と懇意になろうと私には関係ありません。ええ、関係ありませんとも!!」

「お〜い…」

 

そんな言葉とは裏腹に頰を染めていれば説得力はないんじゃないかな?と優麻は思いもしたが、その頃には白衣のボタンを取り、既にソファに座っている古城の足に馬乗りになって座った。

 

「さ、古城…吸って…」

 

「だから、ちょっと待てーー!!」

 

勢いに押されそうになるもののなんとか理性を保った古城は大声を上げる。振り払わなかったのは優麻の傷が深いだろうということを気遣い、乱暴はできないと判断したためである。

 

「お前ら、俺の意見は丸っきり無視か!?さっきから、ズバズバ進めて行きやがって…」

「しょうがないだろう?古城。緊急事態なわけだし何よりこれ以上伸ばせばさらに厄介なことに…っ!?」

 

言葉を途中で止めてしまった優麻はもたれ掛かるようにして倒れこむ。

 

「ゆ、優麻!?大丈夫か、おい!」

「どうやら、お母様が大分無茶しているみたいだね。僕にもフィードバックが来ちゃったみたいだ。」

 

そこで古城はようやく優麻がどんな想いでここまで来たのか思い知った。身体は貫かれ、既に致命に至るだろう傷を受けてもなお自らの残った魔力で治癒魔術を使い、ギリギリの線を保ち歩き続けて来た。本当は立つのだってやっとのはずなのだ。それを体に鞭打ち無理矢理にでも自分の元に来て力になろうとしてくれた。それに答えずして、何が幼馴染だろう。

 

「わかった優麻。安心しろよ。俺がお前のパスを無駄にしたことなんて今まで一度もねえだろう?」

 

そう言って彼女の柔肌を食い入るように見つめる。不謹慎ではあるものの、汗ばんだシミひとつない皮膚と、白衣の下から見え隠れしている下着の部分は古城の性欲を十分に高めてくれた。

 

「ーーーーー!!」

 

口を開け、伸びた犬歯を首元に突き立てる。そして、静かに歯を立てたを吸い出す。その様子を紗矢華は手で目を隠しながら(ただし、ところどころ隙間が余分に空いている。)、雪菜は若干不満げに口を尖らせて見つめ続けた。

 

「あんがとな。優麻。」

 

吸い終わり、立ち上がる古城。だが、まだ足りない。古城の傷はまだ癒えずに残っている。ならば、まだ血が足りず、力が足りていないということである。

 

「え、えーと…」

 

だが、ここでどうすればいいのか戸惑い、困惑してしまう。

そう。この場には霊血として相応しい力を持った巫女が二人いるのだ。その二人の中からどちらかを選ばなければならない。正直な話、かなりな難行である。

だが、そこで一人の少女がそっぽを向き出す。

 

「え?姫柊?」

「私は先に外でお待ちします。先輩はどうぞごゆっくり。」

 

雪菜はそう言うと笑みを浮かべながらも扉の方に早足で駆け寄り、バンと勢いよく扉を閉めて外へと出て行ったのであった。

 

ーーーーーーー

 

「はぁ……。」

 

意地を張って部屋を出てきてしまった雪菜に渦巻く感情は後悔と若干の憤りだった。なぜ、彼女が血を与えるのを拒否したのかそれはどうしようもない独占欲から来るものだった。どうあれ、吸血行為をするときは自分が一番じゃないと嫌だ。そうでないときは二番目という気がしてどうしても身体が拒否してしまうのだ。どうあっても古城の一番でいたい。そんな感情が彼女の中に生まれたから、彼女は部屋を出た。

 

「もぅ…いやらしいですね。先輩は…」

 

自分にも非があることは頭の中で分かってはいるが、それでもこの後悔の狭間に憤りを古城にぶつける以外雪菜には手がなかったのであった。

 

ーーーーーーー

 

一言で言うと、先ほどの雪菜は極上の笑みだった。女神の笑みといってもそこまで大差はないだろうと言えるほどの整った顔立ちから放たれる極上の笑み…のはずなのに、なぜだか背筋が冷たくなるのを感じる古城。

だが、そのことに対し、一考の余地を与えられるほどの余裕は既にない。と思い直し、紗矢華の方へと向き直る。

 

「え、えーと、そんじゃ頼んでもいいか?煌坂?」

「……いつか背中を刺されないように気をつけることね。暁古城。」

「へっ?」

 

間抜けな返答に力が抜ける紗矢華ではあるが、そういいながらも、制服のボタンを異様にスラスラと取り始める。そして、10秒も経たぬうちに紗矢華はあられもない姿となった。具体的に言うと、制服のボタンがとられたことで中の下着が露わになり、スカートのジッパーを中途半端に外すことでパンツがチラチラどころか完璧に見えるくらい…

 

理性がある古城ならば、その状態に対し、一言ツッコミそうなものだが、今の古城は優麻との吸血行為により興奮状態にある。なので、そのあられもない姿に突っ込むことはしなかった。逆に獣のように襲いかかり、ソファへと一気に押し倒す。

 

あっ、という甘い声が紗矢華の口から漏れる。だが、それに構わず古城は犬歯を伸ばし首筋へと辿っていく。

首筋に犬歯がたどり着き、血が古城の口元から流れ出す。それとともに煽情的な嗚咽がガレージハウスに溢れ出していった。紗矢華の頰は紅潮し、わずかな笑みも浮かんでおり、その様子を見れば、彼女が古城に対しどのような感情を抱いているのかすぐに理解できるだろう。

少しして、古城の牙が首筋から離れると、彼女は名残惜しそうに目を細めた。そんな様子には全く気づかず古城は窓の向こう側を見やる。

そして、わずかに深呼吸する。

そして、その瞬間、理解した。自分の傷がなぜ今まで修復しなかったのかを…

 

「そうか。そういうことだったのかアヴローラ。」

「何がでしょうか?暁古城先輩?」

 

部屋の外に出ていた雪菜は事務的に古城に聞き返す。その妙に仰々しい言い方に思わず顔が引きつってしまったが、古城は言葉を続ける。

 

「今起きた眷獣、四番目の眷獣についてだ。俺の傷は今までずっと雪霞狼によって修復の力を阻害されたから傷が修復しなかったのかと思ったけど、そうじゃねえ。四番目の眷獣は既に起きていたんだ。ただ、俺がそれを認識できなかっただけで」

「……なるほど、傷を受けていた部分は修復しなかったのではなく、霧から戻らなかったというだけ…雪霞狼が傷をつけようとした時点で暁古城先輩は一部を霧化させていた。ですが、吸血鬼としては不完全な先輩は霧化した自分の肉体を戻すことは今までできなかった。と、そういうわけですね。暁古城先輩?」

「あの〜、姫柊…さん?」

「はい?何でしょうか?暁古城先輩?」

「……。」

 

仰々しい呼び方がなおも続いているところを見ると、相当にご立腹なようである。そんな様子に、古城は勘弁してくれ、と泣き言を言って、優麻と紗矢華はため息を漏らすのだった。




最近、英霊たちも結構なラインナップとなった影響か段々と重なることも多くなっていった。しかも、なぜだか知らないが、今の所!ライダーに一局集中。まあ、他にも色々いるけど、これは喜んでいいことなのだろうか?
まあ、当たるのもあったんですけどね。今回だと、新宿のアヴェンジャーとアルトリア・オルタが当たりました。まあ、その間にちょくちょく重なったけど、いっか!うん、気にしない、気にしない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 X

「島の崩壊が止まったな。」

 

岩礁地帯で座り込み、海を観察しながら、矢瀬基樹は呟く。その呟きは独り言などではなく、後ろにいる1人の知的な雰囲気を纏った少女に向けられていた。

 

「ええ。まさか、島全体を霧にすることで島の崩壊を止めるとは…なんとも力押しなことこの上ない芸当ですね。」

 

銀霧の甲殻(ナトラ シネレウス)。吸血鬼の霧化をモチーフにしたこの眷獣は召喚した吸血鬼本人にだけではなく、あらゆる物質、生物に能力を働きかける。この能力により、古城は島全体を霧へと変えたのである。もともと重さがない霧は崩壊することもなく、何よりこの世に存在しないはずの第四真祖の魔力で守られているので、これ以降、闇誓書の効果が島に働くことはない。もっとも、闇誓書は現在も稼動中なので、問題が解決し切ったわけではない。

だが、そんなことは知ったことではないと言う風に少年と少女は話を続ける。

 

「それで、なんだかあんたも色々動いてたみたいだけど、どうなんだよ?実際、アイツら(・・・・)については?」

「そうですね。現状ではあなたの進言を一考の余地ありと言うのが上の判断のようですよ。」

「そうかよ。ようやく、乗り気になったってことか。」

 

アイツらについてとは今現在、この絃神島にて暴れている英霊という存在についてのことを指している。

以前、矢瀬はこのことについて絃神島の警備をもっと強力にすべきではないかと進言しようと考え、そして実際に彼は進言したのである。

人類史に名を刻むほどの偉人たちがこの世に顕現する。たしかにそれは凄まじいことだ。だが、所詮、それは物語だけのことだったり、自分たちが見たこともないようなことばかりであり、上役たちはそんなものに対してどうすればいいのか判断に困っていた。端的にいうと情報量が圧倒的に足りないのである。見聞きしないもののことほど、信用性がないものはない。そして、何より警備のために出す資源だって無限ではないのだ。

不明瞭である内は安易に判断すべきではない。それが国の上層部たちの意見だったのだ。そんな各国の意見に対して矢瀬は苛つきを抑えられなかった。

確かに不明瞭かもしれない。だが、自分が報告を聞き、そして自分の捜査をただ走るだけで切り抜けるようなヤツらがそんな悠長に構えていて対抗できるものなのか?

そんなえもいえぬ不安が彼の中で増長して仕方ないのだ。後方にいる少女はそんな彼の感情の機微をいち早く読み取ったのか、すぐに言葉をかけて来た。

 

「大丈夫。とは言いませんが、そこまで不安がらないでください。基樹。この島は魔族特区。万が一ここで暴れでもしたら、まず無事ですみません。」

「ま、そりゃそうなんだけどさ…」

 

少女の言葉を聞いてもやはり抑えられない不安。そして、この矢瀬の不安はのちに現実のものとなってこの絃神島を襲うこととなる。

 

ーーーーーーー

 

「ちっ!しつこい。」

 

暗黒の空間をただひたすら走るアーチャーは呟いた。その直後、背後から二メートル大の甲冑を纏った腕が闇の大地から溢れるように生えてくる。腕は生えると同時に押しつぶすように拳を向けてくる。

それをアーチャーは後方へと飛び、双剣で跡形もなくその腕を切り刻んだ。そして、切り刻んだ後はすぐに地面に着地し、また走りだすのだった。

 

「やれやれ、面倒なことだ。さながら悪魔の腹の中といったところか…闇誓書との融合併用によりあの使い魔そのもので空間を作り出した。それがこの世界ということだろう。だが、そうだとしても…」

 

そう。この無限回廊いくら進んでも終わりがない。無限というくらいなのだから、それが普通なのだろうが、そうだとしてもこれは異常だ。なぜ、異常なのかというと…

 

解析開始(トレースオン)。」

 

目を閉じ、そばにあった柱に手を添えて、呪文を唱える。数秒後、目を開いた彼の表情は何か忌々しいものを睨むような苦いものへと変わっていた。

 

「ちっ、やはりか。すでに1kmほどは走ったはずだが、前方、後方は先程から変わらず1kmほどしか離れていない。面積的に表すと横10m、縦2kmといったところか…それを延々と繰り返し続けることによってこの回廊は無限にあると思わせているわけだ。」

 

こうなると、文字通り出口はない。出口がないこの無限回廊を進み続けた自分が疲弊したところを叩きのめす算段だろうということは読める。シンプルではあるが、この状況ではそのシンプルさがうまく働く。

 

「さて…」

 

どうしたものかと頭を傾げる。このままいけば、敵の思うツボ、それは確かだ。ただ、ここから出る手段がないのもまた事実。となるとだ。

 

「…まずはこの部屋の仕組みを理解するべきだろう。どうあれ、無限(・・)などというのはあり得ないのだからな。」

 

人が作るのならば、それは有限だ。無限に思える作業でもそこには必ず終わりがある。それを理解するためにするべきこと、それは…

 

アーチャーは突如として、左端にある柱に傷をつける。そして即座に軽く走る。その速度秒速50mほど、そして数えて40秒ほどで足を止める。

もしも、この空間の正体ががループし続けている空間だというのなら、柱に傷がついているはずだ。それが無限に思わせるには一番有効な手ではあるし、簡単な手でもある。

だが、そこには傷などなく、新品に等しい。いや、まるっきり新品の柱がそこにはあった。つまり、この空間はループしているわけではない。

 

「いや、そう決めつけるのは早計か。」

 

そう言ったアーチャーはまたも柱に傷をつける。そして、今度はそのまま立ち止まって待ち続けた。当然、そんなボーッと立っている敵を相手が放置しているわけもなく、背後から闇色の水に濡れた剣と鎧腕が何本も出てきて襲いかかってくる。それを縦横無尽に柱の上や水辺の上をかけながら、避け、切り刻んでいくアーチャー。だが、その目は決して自分の傷つけた柱から離すことなく睨むようにして観察し続ける。そうしておおよそ、50秒後、ようやく傷をつけた部分が修復し始める。

50秒…つまり、40秒以上かかったということはもしも、ループしているのだとしたら、小さくとも傷はついているはずだ。だが、アーチャーが見たのは新品の柱のような傷ひとつないもの。

 

(すでに闇に飲まれた空間は即座に修復するルールでも出来上がっているのか?…少し、揺さぶりをかけてみるか?)

 

アーチャーを歴戦の勇士たらしめているのはその優れた洞察力にある。なまじ、生まれが平凡な凡人であったため、せめてと思い、知識を蓄えた。自分が他の者達よりも劣るのは仕方ない。だがそれでも、自分が思い描いた理想に手を届かせるためには力がいる。相手を圧倒するほどのものではない。せめて、相手の考え、力量、感情それらを見極められるくらいにはなりたい。そうすれば、いつか目に焼き付いた月の光に濡れた金髪の少女に追いつけると思った。

そして、持ち前の魔眼とも呼べないが特殊すぎる解析眼はその知識に相乗して生前のアーチャーの洞察力をみるみるうちに…否、一種異常(・・)なほどまでに高めた。

そんなアーチャーにとって今現在、阿夜がどんな感情を抱いているのかなどすぐに理解できるものだった。

 

「…随分と凄まじい感情の渦だな。」

 

感情を揺さぶるための言の葉をまるで、石に優しく手を添えるように呟く。一方の阿夜は反応しない。この空間内では言葉を発することができないのか?否、そんなことはない。それならば、ここまでピンポイントに攻撃を仕掛けてきたことに対しての説明ができなくなってくる。

姿はないが、彼女はこの無限回廊の状態をどこかしらで確認している。それだけは理解できた。

アーチャーは言葉を続ける。

 

「ここまで妙な渦が出来上がる人間はそういない。これは…怒り、憎しみ…そこまではいい。だが、それを覆い隠すように一つの感情が君を支配している。それは…

 

恐怖」

 

『っ!?』

 

その瞬間、暗黒の空間全体に息を飲む音が響き渡った。

 

ーーーーーーー

 

「さて、これからどうするか?」

「そうね。正直な話、一番理想的なのはアルデアル公があの怪物を倒してくれるっていうのがいいんだけど…」

「残念ながら、それは不可能とまでは言いませんが、確率としては低いでしょう。キャスター自身はともかくキャスターの連れているあの怪物に関してはそうとも言えません。膂力だけでいうのであれば、魔力を取り戻した古城のおかげで私もステータスは戻りましたが、それでも私では足下にも及ばないよう数値を叩き出しますから」

「なっ!?」

「…薄々、そのような予感はしていましたがそこまでですか?」

 

これからのために作戦を考えるために古城一行は口々に意見を言い合う。

中でもライダーの言った言葉は、ショックが大きかったらしい。彼らからしてみれば、一様に音速を超えて戦闘を行うライダーたちはそれだけで十分規格外だ。それ故、ライダーたち以上の運動能力と聞いて、衝撃を受け、それっきり黙ってしまう。その反応に顔を苦くしたライダーは、空気を変えるためにわずかに声を張りながら、また話し始めた。

 

「そうですね。まず、キャスターの情報について開示をしていきましょう。まず、サナさん?」

「なに?」

「あなたは今現在も記憶に齟齬が見られる。ということは、当然、キャスターのことについても…」

「うん、覚えてない。」

「ふむ。」

 

そこで唇に指をつけ、目を細めながら、わずかに思案する。

そして、結論が出たのか、目を開きながら話を再開した。

 

「では、今現在、私たちが分かっていることで情報を統合していきましょう。」

「分かっている…って、なにがあるんだよ?」

「具体的には二つほど大きな要点が存在します」

 

そういうとライダーは顔の右横に人差し指を突き出す。

 

「まず一つ、キャスターのあの姿についてです。基本サーヴァントはその元となる英雄の肉体を器に現界を果たすものですが、彼女に関しては別で、肉体として南宮那月の肉体を投影したものを使っていました。」

「え、ええ、確かに…そうね」

「本来このようなことは有り得ません。サーヴァントには必ず元となる伝説、肉体が存在します。ですが、その原則を超えているとなると…おそらく、彼女には何らかの条件により、あのような姿を取らざるを得ない。もしくは単純に彼女自体が幻覚として存在しているから、あのような姿を取っているかの二種類に分かれるでしょう。ただ、後者については考えにくいですね。」

「…?何でですか?」

「サーヴァントにはそれぞれ対魔力というものが存在します。程度にもよりますが、その中でも私の対魔力はA。これは宝具級の魔術でもなければ、まず突破が不可能なことを指し示します。まして、現在のキャスターは回復してはいますが、未だ、全快とは言えません。となると、前者の方が信憑性が有ります。」

「はー、なるほど…」

 

古城は自らのサーヴァントの高い洞察力に感嘆し、声をあげる。そして、そのことについて、恐縮の意を伝えるでもなくライダーはなおも言葉を続ける。

 

「そして、二つ目。これが最も特徴的ですが、キャスターが連れていたあの怪物についてです。」

「あ、ああ、それな。何だっけ?ジャバウォックとか呼んでたよな?」

「はい。ところで、ジャバウォックとはどのような怪物なのかみなさんはご存知ですか?」

 

ライダーのその問いに対して、サナを除く三者は頭を捻らせて、自分の頭の中に出てきた知識を引っ張り出す。

 

「…確か…『鏡の国のアリス』とかいう本に出てた怪物の名前だよな?」

「はい…ルイス・キャロル氏が作り出した架空の怪物。」

「それで、確かヴォーパルの剣っていう剣で倒されたとか何とか聞いたことがあるわよ?」

「その通りです。さて、姫柊さんが言ったようにジャバウォックとは本来存在しないはずの架空の怪物です。ですが、現実としては私達の目の前に脅威として立ちはだかっています。まるで、架空そのものから引っ張り出したかのように(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……このように、有り得ざる(・・・・・)状態をあのサーヴァントは二度起こしているのです。つまり…」

 

話も終局に入り、まとめに移ることを予感した古城たちはライダーの方を向きながら、ゴクリと唾を飲む。

 

「あのサーヴァントの能力とはおそらく、指定した物語を自らの意のままに具現化、もしくは具象化し、それを自由自在に操る能力なのではないでしょうか?」

「物語の具現化?」

「はい。例えば、通常では絶対に存在し得ない世界、存在、そう言ったものをあのサーヴァントは具現化しているのでは…とは私は思うのです。」

「なっ!?はぁ!?」

 

その能力の異常さに思わず、目を剥き怒鳴る古城。他の2人も驚きを隠せないようで姫柊は開いた口を抑え、紗矢華は顔を引攣らせている。

だが、その能力のデタラメさには自分自身がデタラメということを差し引いても納得できない古城はライダーに質問を返す。

 

「ちょっ!何でそうなるんだよ。二つめはまだしも一つ目からそうなるなんて分かりっこねえだろ!」

「いいえ、一つ目にしても、あれはおそらく南宮那月の記憶(ものがたり)を辿った結果、南宮那月の理想()として彼女が具現化されたのでしょう。そうすれば、辻褄が合います。」

「っ!?」

 

返された言葉に絶句し、今度こそ無言となってしまう。重苦しい空気の中、雪菜は絶望した様子で言葉を挟み込む。

 

「…そのような能力…一体、どうやって対応するべきなんですか?ライダーさんの言ったことが本当だというのなら、キャスターの戦闘力は文字通り未知数。ジャバウォック以外にどのような能力を持っているのか…それが不明である以上、私たちに作戦の立てようなんて…」

「いえ、この場合、そこを考えなくてもいいのです。雪菜嬢。確かに彼女がどんな能力をあの怪物以外に持っているのか…それは分かりません。全開ならばまずもって、私などでは敵わないかもしれません。」

 

ですが、と言葉を続けながら、今度は古城の方を見る。

 

「今回、この戦闘においていうのであれば、それを無視しても構わないのです。」

「えっ?何でだよ?」

「まだ、推測の内でしかありませんが、今の彼女にはジャバウォックしか使えないだろうと私は判断しているのです。そのためにもジャバウォックは確実に倒しきる必要があります。」

 

そう言うと、今度は古城にさらに険しい目を送る。何かを覚悟した険しい表情だ。その表情に不安を抱いた古城だが、それでも一歩引いたりなどはせずにライダーの言葉を待った。そしてたっぷり1分経ったところでようやくライダーが口を開く。

 

「そのためのこの作戦はあなたが鍵です。古城。」

 

ーーーーーーー

 

もって、その闘いに決着はついた。一方は地面に倒れ伏し、もう一方は毅然として立ち、地面に伏すものを見据えていた。勝者は……

 

「さァ、行くワよ。ジャバウォック。私たチの目的を果たスために」

 

言い終えた少女の言葉にはすでに最初のような覚束ない言葉遣いは存在しなかった。身体に宿る力は既に完璧なまでに戻り、魔力も十全な状態へと変わっている。だが、彼女自身も気づかなかったが、決定的な何か(・・)が彼女の中では狂っていた。彼女を揺り動かす情念はただ一つ、那月を助けるということだけ…その思い自体は誰に否定できるわけでもなく、真実であり、正しい心だった。だが…である。彼女にはそのための誰が敵であるか(・・・・・・・)を判断する能力が決定的に失われていた。これには理由が存在する。今現在、那月が取っている形態である『サナ』はいわば、彼女が緊急時のためにとってある、記憶と肉体のバックアップである。緊急時……つまり、彼女は無意識ながら助けを求めなければならない状態にあるということだ。キャスターとて英霊の端くれ、本来の那月が助けを求めるというのならば、彼女とて先ほど言った『判断能力』を失わずに那月を助けることはできただろう。だが、今の那月は精神状態どころか、肉体、魔力、果ては属性にまで変化を来している。

 

ライダーの言葉を借りるのならば、いわば、彼女は今、描いていた『理想()』を失っている状態なのだ。だから、彼女の理想()形取るキャスターにもまた変質をきたし、『那月の緊急時』であるという部分だけを抜き取ってしまったのである。

 

だから、彼女は歩む。その彼女の歩みが幾千、幾万の死体を築こうと、たとえ現在、ジャバウォックの傷の修復が遅くなっていき、身体中の至る所に致命傷とも言える傷がついていようが、彼女は幽鬼のように歩み続けるのだった。

 

一方の敗者はというと…

 

「ぐ…う…ゲボ」

 

水を吐き出すような声を上げながら夜の闇天井を眺めていた。その顔には色々な感情が渦巻いていた。敗者となってしまったことによる後悔、虚しさ…だが、そんな感情を吹き飛ばし、今彼は歓喜の渦に酔いしれていた。

 

「ぐ…くくくく、くはははは!!」

 

負けた。敗けた。参った(まけた)。完膚なきまでに…たしかに彼は全力を出せなかった。だが、そうだとしても、眷獣の融合により並みの吸血鬼の貴族をはるかに凌駕する能力をその状態でも保持しているはずだ。

たとえ、時間が経つごとに魔力がなくなっていき、ついには完璧なまでに眷獣の能力を使うことができなくなってしまったことを考慮しても、彼はこの敗北を素直に喜んだ。

なぜなら、そのことを考慮したとしても完全な自分であっても倒せるかどうか全く分からない敵だということは容易に想像できたため…

彼を中心に半径3キロは既に廃墟であるビル群など存在しなく、ところどころにコンクリートの破片に炎が燃え移っている荒野が広がっていた。そのあまりに不気味で静かな空間の中、遠くの方から響いてくる部下の声などお構いなく、ヴァトラーは高々と実に愉快げに哄笑し続けた。左肩腕は千切れ、右肩足は捩れるように変な方向へと曲がり、右目には穴が空いている。そんな状態だと言うのに、本当に可笑しそうに笑うのだった。

 

ーーーーーーー

 

闘いが終わり、キャスターはジャバウォックの肩の上に乗りながら、那月の足取りを探すために足を進めていく。そうして、大分近くなってきたところでキャスターはジャバウォックの足を止める。

 

「ここハ……」

 

そこはいわゆる工場だった。建物の至る所から、金属の管が伸び、迷路のように張り巡らされ、その中もまた、迷路のように複雑な様相を呈している。キャスターの知ることではないが、そこは以前、古城たちがある1人の殲教師とホムンクルスと戦闘した場所であるホムンクルス関連の研究を行っていた廃施設だった。

キャスターはその複雑に入り組んでいる場所に対して、訝しむように目を細めた。だが、それもやがて止めた。何故か?目の前に敵が出てきたからだ。その敵は赤褐色の鎧を着込み、片手剣をこちらに向けながら宣言してきた。

 

「さあ、準備は整いました。悪しき者よ。来なさい!我が祝福の剣にてあなたがたを断罪しましょう!」




いつも感想を書いてくださる皆様方誠にありがとうございます。
感想よろしくお願いします。
どう返せばわからなくていつも返せてませんが、すごく励みにはなるので嬉しいのです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XI

ご感想ありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。あと、随分遅れてしまい申し訳ありません。では、どうぞ。


『私が恐怖だと!?』

「ああ…、ずいぶんと…分かりやすい恐怖だ。ここまで明確な感情はそうないというほどにな。」

 

どこにいるとも知れぬ敵に対して、淡々と宣言するように敵に語りかけるアーチャー。

 

「もっとも、それも仕方ないか?即興でこのような(・・・・・)結界を作り出しているところからも、焦りがよく見られるよ。」

このような(・・・・・)…だと?」

「あぁ。君の魔術の腕は確かなものだ。それこそ、神代クラスの天才と言っても過言ではないだろう。だが、先ほどの闇誓書の力、アレは君が南宮那月から奪った魔道書だ。いくら、君に魔術の才があったとしても、このような短時間に扱いきれるわけがない。」

 

アーチャーとしては正直な話。扱いきれるかもしれないとも考えている。弱体化していようと、自分を閉じ込めるほどの結界を作り上げたという事実には変わりはないからである。要するに今のは口から出た単なるハッタリに過ぎないのだ。

 

『っ!?』

 

だが、最初の『恐怖』という言葉が余程堪えたのだろう。阿夜は実に分かりやすく反応してみせてしまった。これを好機と見たアーチャーは一気に言葉を畳み掛ける。

 

「この能力を使って君が何をしようとしていたのか?残念ながらそこまではわからない。だが、ここまで見せつけられれば、何に対する恐怖であるかなどというのは理解はできる。仙都木阿夜。

 

君は世界の有り様に恐怖しているのだろう?」

 

そう。自分も世界を作り変える魔術…否、現在では宝具にまで昇華した切り札を使うからこそアーチャーにはそこに封じめ込められた想いを予測できた。だが、それを言うには余りに早計すぎた。

 

『っ!?黙れ。貴様の言葉など耳を貸したくもない!!』

 

彼女がそう言うと同時にアーチャーの背後から何かが這い出てくるような水音が聞こえてくる。先ほどと同じく、腕が召喚されたのかと考えたアーチャーだが、闇の中にわずかにできた影を目にし、驚愕した瞬間にすぐさまそちらに目を向けた。

 

見ると、そこには今までと同様に腕があった。だが、大きさが違う。その腕は優に回廊の幅を埋め、開いた掌の指は監獄の檻を想起させた。その檻とも言える掌が迫ってくる。その突撃により、まわりの柱は折れ砕け、水面は三メートルの波となって襲いかかってくる。アーチャーはそれを避けない。否、避けようがないのだ。すでに一面を覆うその鎧の掌は目の前、二メートルの地点にまで迫ってきている。これでは避けようがない。手を一瞬で閉じられでもしたら、一貫の終わりだ。

だが、アーチャーは取り乱さない。それどころか余裕綽々と前を見据えて双剣を前で交差させる。

 

(さて、『扱いきれていない』ということは俺の予想も当たってくれると嬉しいのだが…)

 

腕があと僅か50センチのところまで迫ってきた。だが、アーチャーは動かない。そして、十分に近づいた瞬間、グシャリという何かが潰れるような圧縮音が辺りに鳴り響く。回廊がシンと静まり返る。

阿夜はその様子を眺めながら、一時も気を緩めることなく、その塞がれた腕をじっと凝視する。

 

『トレース…オーバーエッジ…』

 

静寂の中で響く声。それを聞いた瞬間、阿夜は警戒を最大にした。そして、声が響いたその場に向けて腕ごと貫こうと、闇色の剣が何百本と囲むように宙に召喚し、一斉にその剣により腕を貫いた。

貫かれていく腕はやがて形を無くしていき、ただの肉片へと変わっていく。その様子を見て中にいるモノなど無事ではすままいと考え、わずかに口元を歪める。剣の一斉掃射が終わり、辺りに舞う破壊の煙。

歪めた口元を更に大きく歪め、愉快そうにわずかに口を開けて嗤おうとしたそのとき……

 

「残念ながら、この程度では俺は倒せない。」

 

だが、またも静寂の中から、重いプレッシャーと共に放たれる言葉。その言葉を聞いた瞬間、阿夜は即座にまた腕と剣を召喚しようとした。だが、遅い。ザンという斬撃の音ともに破壊の煙が一瞬にして文字通り切り開かれる。

 

破壊の煙が舞い上がっていた場所の中心には褐色の肌と白い髪を持った青年が当然のように無傷で佇んでいた。先ほどと違う点があるとすれば、それは剣か。先ほどその青年が持っていたはずの双剣はまるで羽が生えたかのような外見を持ち、刃の長さは足の膝の部分にまでしか伸びていなかったものが一気に地面に刃先がつくまでに伸びていた。

 

(やはりな。わずかだが、魔力を扱う部分に隙ができている。)

 

仙都木阿夜の結界の起点は未だ不明だが、彼女はこの結界を未だ扱いきれていないということは先ほどの反応で分かった。先程から感じていた異能無効化の効力はあくまでも闇誓書を介してのみ行われる術式である。わずかな時間、幻を見せる程度の世界構築はともかく、本調子ではないとはいえサーヴァントである自分を閉じ込めることほどの大魔術だ。闇誓書の能力の何割何分かは分からないが、この結界の方へと能力を回さざるを得ないことは十分に予測できた。

 

「さて、では、話を続けよう…」

 

か、と言おうとしたところでアーチャーが気づく。その無限回廊にいまだ見えずとも、先ほどまであった阿夜の気配が存在しないことに…

 

「…逃げたな。」

 

大方、冷静にはなりきれていないもののアーチャーの言葉を聞くぐらいならばラジコンよろしくオートで敵を追い詰めた方がより効果的だろう、とでも考えたのかもしれない。つまり、ここからは敵の攻撃は全てフルオートで襲いかかってくるのだと考えた方がいいということだ。

 

考え終えると同時に、足元の闇色の水がボコボコと盛り上がってきた。また腕や剣が襲いかかってくるのだろうと予想をつけていたアーチャーだが、今回は違った。なんと、召喚されたのは阿夜が背後に立たせて自分を攻撃してきたあの顔のない騎士だったのだ。オリジナルのよりもおそらくはスペックは大きく劣る。だが、その数が異常だ。

気付いた時には既にアーチャーの周りを30体以上の騎士が囲んだ後だった。

 

「やれやれ…厄介なことだ。」

 

大きく伸びた双剣を構える。するとジリッと騎士達が同時に歩み寄る。

その1人の騎士の刃先に水から召喚された影響か水が溜まっていく。

 

水は刃先でどんどん大きくなる。

そして、その刃先の水が十分に大きくなり、自重に耐えられなくなってくる。

 

ついに耐えられなくなった水が水滴となって下の水たまりへとぽちゃんと落ちる。

 

瞬間、一斉に騎士達が攻撃……

 

「遅い。」

 

否、一斉に騎士全ての首が飛んでいった。

ボタボタと兜を被った首が落ち、そのまま闇へと溶けていく。

だが、その首が落ちたことが皮切りとなったのか次々に騎士達が水たまりの中から召喚されてきた。

 

「さて…」

 

水を払うように、干将を大きく斜めに降り、肩に置く。その後次々と召喚されてくる騎士達を鋭い双眸で睨む。

 

「では、謎解き再開といくか!!」

 

吼えると同時にアーチャーは駆けていく。この結界の謎を解くために、そしてこの先に待ち受ける敵を見据えて…

 

ーーーーーーー

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」

 

狂獣が拳を振り上げる。それをライダーは確認すると剣を上に横にしながら防御しようとする。だが、ライダーはその攻撃に怖気が走り、即座に剣を青眼に構え直す。

そして、拳と剣が衝突しようとした時、衝撃音は聞こえず、代わりに金属同士が擦り傷つけあうような俗に言う嫌な音が鳴り響いた。

 

「ぬぅうぅううあああ!!」

 

ブレードで金属を切りつけたような音とともに拳は剣の側面を滑り地面へと突き刺さる。突き刺さると同時に地面にクレーターが出来上がり、コンクリートと破片が辺りに飛び散る。

 

「くっ!?」

 

ライダーはそれを避けるように後方へと飛び、四メートルほどの高さにあるパイプの上に跳躍して着地する。

 

「ふぅ……。」

 

自らを落ち着けるように息を吐くとライダーは狂獣の方へと視線を向ける。狂獣『ジャバウォック』はその獣のように荒い息を吐きながら、ライダーの一挙手一投足に注意を払い、視認している。その狂獣の主人キャスターはと言うと、やはりと言うべきか、先程から、狂獣の肩に乗りながらこちらもライダーの様子を伺っている。

 

(やれやれ、ただの使い魔よりもバーサーカーと言った方がしっくりきます。ここまで膂力に差がある者というのも初めてですね。さて…)

 

ライダーは今度は跳躍してホムンクルス研究所の天井へと向かう。このホムンクルス研究所は縦にも横にも結構な広さがある。サーヴァントとしての跳躍力を使っても一足飛びでは天井には届かない。それは本来、相手側にとっても互角の条件のはずだった(・・・)

 

瞬間、ジャバウォックの姿が虚空へと消えた。そして、その狂獣が次に現れたのは……

 

ライダーの頭上すぐそこだった。

 

「なっ!?」

 

再び迫る狂獣の拳。その速度は音速を遥かに超え、並のサーヴァントでは反応すら難しい域に達していた。最強格と言っていいライダーもこの拳には反応できなかった。だが、彼の持つ宝具『力屠る祝福の剣(アスカロン)』はその攻撃による悪意を察知し、拳の前に自然と躍り出る。

 

ガキイィンという衝突音が辺りに響き渡る。

だが、その拮抗も一瞬。聖剣の守護の力を狂獣の拳はやすやすと貫き、ライダーの腕へと響いていく。そしてある程度殺されてもなお収まらぬ衝撃。その衝撃によりライダーは一気に吹っ飛ばされる。

 

そして、地面へと衝突する直前、ライダーはくるくると4回ほど体を反転し、地面に片膝をつきながら着地する。だが、それでも狂獣の膂力は殺されておらずライダーを中心に小さなクレーターが出来上がる。

 

「ぐぬっ!?」

 

苦悶の表情を浮かべるライダー。それに対し一切の手加減を無しに、さながら隕石のように降りかかるジャバウォックの圧倒的な暴力。

それを後方へと5メートルほど離れるようにジャンプすることで躱すライダー。ジャバウォックの拳は地面に突き刺さるとライダーのいる場所をも巻き込んでクレーターを作り出す。

 

「くっ!」

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!」

 

好機と見たか、あるいはそんな感情などなく、ただ本能が攻撃すべきだと捉えたのか吠える狂獣は怯んだライダーに対し拳の乱打を食らわせる。

ライダーは先の経験もあってかなんとか宝具の能力を併用することでその攻撃を受け流していく。

 

(っ!?予想以上ですね。これでは聖剣の能力を反転させるわけにもいかない。)

 

ライダーの聖剣『力屠る祝福の剣(アスカロン)』は守護の力を反転させることによりあらゆる鎧を貫く剣となすこともできる。この能力、一見、煌坂紗矢華の煌華麟と似たものを漂わせる能力だが、あちらは空間断絶能力を併用することで絶対的な防御能力と攻撃能力を誇っている。それに対し、『力屠る祝福の剣(アスカロン)』は守護の力と攻撃の力を別々に置く。相手のあらゆる攻撃を察知し、剣そのものが持つ守護の力で攻撃を無効化、防御し、その能力を反転させることであらゆる防御を無へと帰す。そのため、煌華麟とは似通っているようで別物の宝具なのである。

 

このライダーの聖剣の力を反転させることによりジャバウォックの体を切り刻むことは確かに可能だ。だが、ただでさえ反応の難しいジャバウォックの拳だ。一瞬でもこの守護の力を解いてしまえばどうなるかわかったものではない。

 

仮に目が慣れたとして、その守護の力を解けばいいのかと言えばそうではない。『力屠る祝福の剣(アスカロン)』の能力の真価は相手の攻撃を察知し、遠ざけ、守護の力で攻撃を無効化することにある。そのため、ステータスの面で大きくジャバウォックに劣ってしまっているライダーには『力屠る祝福の剣(アスカロン)』の守護は欠かせないものとなっているのである。

 

「…できることならマスターを巻き込みたくありませんでしたが、仕方ありません。」

 

そう言うと、ライダーはまたも後ろを向きながら今度は小刻みにパイプからパイプへとジャンプしていく。

 

そんな時にライダーは一瞬誰かに懺悔でもするかのような哀しい表情になり…

 

(ええ、本当に仕方がありませんね…私は(・・)《ボソッ》)

 

そう小声で呟くのだった。

 

ーーーーーーー

 

そんなライダーの激しい戦闘を古城たちは工場の壁から観察していた。今、ライダーは防戦で手一杯であろうと作戦の手順(・・・・・)を進めようと奮戦している。それを古城は理解している。ただ、その戦いを見て、古城は歯がゆく思った。

 

自分では未だ手が出せる領域でないことはわかっている。だが、それでもこの少年は何かやれることはないかと模索し続ける。そんな古城の思いを敏感に感じ取った雪菜は古城の手を取り、強く瞳を開きながら言った。

 

「あともう少し辛抱を…先輩。私たちの役目はライダーさんが作戦を無事に成功へと導く一手を成功させた時に始まります。ですから…」

「分かってる!!分かってるよ。んなことは…」

 

口汚く雪菜の忠告を遮る古城。言い終えた古城はハッとなり、雪菜の方を見つめ直す。

 

「わ、悪い。姫柊。どうもイラついちまった。」

「いえ…」

「…まあ、気持ちは分かるわよ。こんな時に私たちは無力だっていうんだからね。」

 

言葉を続けたのは雪菜と古城の後に控えていた紗矢華だった。紗矢華は現在進行形で闇誓書の能力下にあるため、未だ呪力が戻っていない状態だった。そのため、彼女は一緒に連れていたサナと仙都木優麻。その護衛という形で身を隠している。

 

「あ、ははは…ごめんね。古城。足手まといになっちゃって…」

「気にすんなよ。っていうかもう十分だ。優麻、お前、もう限界だろ?そんなこと、俺でも分かるぞ?」

 

本当なら、すぐにでも自分の母の元に戻ってもらい、治療を再開して欲しかった。だが、優麻がどうしてもと言って聞かなかったのだ。

 

「はは、自分でも分からないんだけどね。なんで、こっちに来ちゃったのか…(なーんて、本当はわかってるんだけどね…)」

 

優麻は母である仙都木阿夜を止めるために先ほどまで行動していた。そんな彼女がなぜ、阿夜の方ではなく、古城の方に来たのか?答えは単純。仙都木阿夜はこの危なっかしい幼馴染の力になりたいと彼女は考えたのだ。

たとえ、こんな体でも自分にも何かできるかもしれない…と。我ながら一途なのだろう。長年、因縁渦巻いていた母よりもこの幼馴染を優先するなど…

 

「大丈夫。危なくなったら、ここを離れるから」

「それならいいけどよ…」

 

納得はいってないがとりあえず了解した古城はライダーの方へと視線を移す。ライダーとキャスターの戦闘は膠着状態が続き、ライダーは防戦を続けている。そのため、古城たちは待ち続ける。自分たちが出る。その時まで…

 

ーーーーーーー

 

「ちっ!」

 

ああ、これで何体目だろう。双剣を振るいながらアーチャーは考える。アーチャーの倒している騎士達は決して雑魚ではない。個体差はあれど、その平均戦闘能力。絃神島のアイランドガード一人一人を優に超える。だが、そんな騎士たちをかれこれアーチャーはすでに数百を超えるほど倒してまわっている。この程度で疲労はないし飽きもこないが、ただしかし、いい加減、この手品のタネがわからないことにはこちらからは何も手出しできない。

 

(倒しても倒しても出てくるな。全くアレ(・・)のように上手くいかないものか?)

 

バカなことを考えているときに、アーチャーはピクリ、と止まる。アレ、とはこの無限回廊を見ている間に思い出した子供の頃の遊びだ。だが、その答えがアーチャーに思いもよらない閃きをもたらす。

 

(逐一解析はしているが、不自然な魔力の揺れは見られない。となると、まさか、本当にそうなのか(・・・・・)?…だとしたら、随分と単純な手だな。まあ、ある意味、かなり有効な手かもしれないが…)

 

アーチャーは少しの間考え込んだが、やがて、それらを考えることを放棄する。この状況ならば考えるよりも実際に試して見たほうが早いと考えたのだ。

 

「まあ、少し脳筋寄りかもしれんが、仕方があるまい。やってみるか」

 

アーチャーはそう呟くと準備を始めるのだった。




なんだかんだで、2017年。
そういや、エミヤさんってこの頃推定で30歳行こうとしてるんだよね。確か、全盛期が20代後半から30代前半って話だから…おお、全盛期やん。アレだね。全盛期の頃のエミヤさんに会えることにでもなるんだろうか?武蔵さんやプロトセイバーのことを考えると…まあ、ただの妄想交えた予測に過ぎないんだけど…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XII

長いわ!
うん、だからかちょっと不安です。誤字脱字、または意味がわからないという点がございましたら、バシバシお願いします。早期解決しますので…


まず、アーチャーはこの無限回廊に突き立つ柱の一本を選び出す。次に手に持った双剣の投影を解除する。そうして次に手に持ったのは黒弓だ。この黒弓の真名は『贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)』。元々は名前もなかった無銘の弓でしかなかったが、彼の元々持つ強化の魔術と生前の精神性が形を為している歴とした宝具だ。

この弓に一本のなんでもない矢を番える。そして、そこから1km先の柱に狙いを定める。

ギリギリと弓の弦を弾きながら、力を溜める。溜める時間は1秒と掛からず即座に射を放つ。矢はレーザービームのようにまっすぐに放たれ、柱に着弾すると同時に勢いよく爆発する。

 

(よし、とりあえずは弓の調子も技量もそこまでの衰えは見られない。もっとも、この環境下では一発ずつしか放てないんだが…)

 

闇誓書の効力は未だ継続中だ。そのため、魔力量はともかく、アーチャーは未だ本領を発揮できず、最高で弓なども含めた2本までしか宝具が使えない状態となっている。

 

「とりあえず、念のために試してみるか」

 

そう言うと、アーチャーは片手に一つの宝具を投影する。その宝具の名は『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』あらゆる魔術を無効化する宝具だ。切れ味は期待できない稲妻のような刃の形をした短剣の宝具をアーチャーは無造作に水面に突き刺す。水面はバシャッと勢いよく音を立てるとその後、アーチャーを中心に波紋が出来上がっていった。だが、それだけ…後にはなんの変化も得られなかった。

 

「…変化なし…か。まあ、当然だろうな。世界を構築する類の魔術というのは大抵、術式の起点を叩かなければ無効化はできない。」

 

そう言うと、アーチャーは短剣を矢に違える。すると、稲妻のように不安定な形をした短剣は捩れるようにして形を変え、伸びていく。そして、一本の矢として完成した直後、今度はわずかに時間をかけ、狙いを定めていく。

狙うはここからは見えない(・・・・・・・・・)3km先の柱だ。1kmを狙った時の経験則と歴戦の戦士としての勘を最大限駆使し、アーチャーは狙いを定める。当然、アーチャーのそんな姿を騎士達は無視するはずもなく、背後から剣を振り抜いていく。アーチャーはそれを見ない。ただ、肌から感じる感覚、神経それらを総動員して躱していき、見るのはただ一点のみ…

 

「そこだ!」

 

空中にジャンプして躱したアーチャーは勢いよく矢を射放つ。矢はまっすぐにまっすぐに闇へと向かい溶けていく。その様子をアーチャーは剣をかわしながらただ見続ける。アーチャーが矢を放ってから約16秒後、アーチャーの耳元に爆発音が聞こえてくる。

 

「!?…なるほど、やはりか!」

 

爆発音を確認したアーチャー。先ほど放った矢の速度は秒速400mほど、そして音速は秒速345mであることを考えると16秒という指標は3km先の柱を攻撃できたことが予想できる。アーチャーは即座に矢を新たに番える。どこまで狙うか分からない。だが、自らの最高飛距離の一矢をなんでもない剣に魔力と共に込める。

 

『極めるならば、一芸にしておけ。』

 

自分ではない(・・・・・・)自分の声が頭の中で響き渡る。

 

『生前、私は色々なものに手を出しすぎた。お前にできることなど一つだけだろう?ならば、それを限界まで極めることだ。』

 

心底気に食わない自分自身(・・・・)の言葉、そんな言葉が妙に頭に残っていたからだろうか…もちろん、剣術にも重点を置いたが、自らの放つ射については少なくともあの男にだけは負けたくないと考えた。たとえ、あの男の発言が弓のこと(・・・・)など全く指摘していなかったとしても、どうしても負けたくない…と

そうして得られた一矢。それは生前見たあの男(アーチャー)の射を確実に凌駕したと自負している。知名度補正がなかったせいであの男は本来の弓の技量は再現できていなかったかもしれない。だが、確実に凌駕した…と

 

そんなことを考えながら今ここにいる(・・・・・・)アーチャーの一矢が放たれる。

 

その速度は先ほどの二倍の速度である秒速800m、音速の約二倍だ。これ以上の速度を出すことも確かに可能だが、アーチャーのこの一矢には別の目的が存在する。2秒と経たぬうちに矢は闇の中へと解けていく。

 

その様子をアーチャーはジッと観察する。その間にもアーチャーに対し黒き凶刃が迫り来る。アーチャーはその攻撃を躱す。1撃目から10撃目までは躱した。だが、11撃目から初めてかすり傷を負う。そのことに驚愕を示しつつも、アーチャーは傷を負わせてきたその騎士の顔を蹴り砕く。

 

「ちっ…そうだったな。矢を放っている間は俺は無防備。ということは、増えていく騎士どもの数を減らしてすらいなかったということだからな…」

 

そう。アーチャーはずっと耳をそばだて、余計な雑音が入らないようになるべく周りの騎士たちを攻撃せずにいた。そんなことをすれば、騎士たちは際限なく増えていく。いつの間にか、アーチャーの周りには最初いた30体どころか、回廊をぎゅうぎゅう詰めにでもするかのように数百の兵士が取り囲んでいた。

 

「矢を放とうとしている間はそこまで気にしていなかったが、これはさすがに多すぎるな。」

 

かと言って弓を手離すわけにもいかない。ここからやる作戦(・・・・・・・・)にはどうしても弓と、そして次の矢の投影が即座に必要だからだ。だから、アーチャーは不恰好ながら、弓と拳を相手に向けて構える。

それを合図としたのか騎士達は一斉に波となって襲いかかってくる。通常であるならば、素手であろうとこの程度に遅れを取るようなアーチャーではない。だが、今回、彼はなるべく音を立てずに相手の攻撃を迎え撃つつもりだった。そのため、高い火力の打撃はこの場合のアーチャーにとっては毒でしかないのだ。

だから、わずかに耳を立てられる程度の穴を開けるように敵を倒していく。そうしている間にも敵は固まっていく。ドンドン、ドンドン降り積もり、ついに騎士達は団子状の黒い塊と化してしまった。

 

シン、と辺りが静まり返る。阿夜はこれに対し、反応を示さない。今のこの結界は誰が主人というわけでもなく、ただ異物を排除するための異空間だ。阿夜はただ待っているだけでいい。異物たるアーチャーが倒されるその時を…

 

 

 

矢が放たれてから25秒後、それだけ経ってわずかな変化が起きる。それは震度1にも満たない人が揺れたと言うことにすら気づかないような小さな、本当に小さな揺れだった。音もなく、柱にある燭台すらも反応を示さない。黒い塊の外にいる騎士が揺れでも起こしたのだろうとしか思えないほど…それほどまでの小さな揺れ。

 

その揺れが起こった瞬間、

 

塊はまるで竜巻にでも巻き込まれたかのように、爆音を上げ、一気に巻き上げられた。その竜巻の中心にいるのは言うまでもなくアーチャーだ。彼は回廊の先を見つめながら呟く。

 

「そこか…」

 

塊の中にいたのが嘘だったのではないかと思えるほどまでに傷が浅い彼は一つの宝具をを手に投影する。その真名は『偽・螺旋剣(カラドボルグII)』。彼が持つ宝具の中でトップクラスの破壊力を有する先ほどの矢とは比べものにならないほどの神秘を纏った魔剣だ。

 

贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)!!」

 

自らの弓の真名を解放する。そして、ギリギリと弓の弦を引きながら、一点を目だけで射抜かんとするほどの眼力で睨む。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグII) 二段強化(ツヴァイ)!!」

 

真名解放と共に、この上ない暴虐の風として形を成した魔剣を射放つアーチャー。

その矢の速度は先ほどとはもはや比べものにならず、音速を遥かに超えて進んでいく。途中前にいた騎士すらもその圧倒的暴力の前にはチリ同様に舞い散り、吹き飛んでいく。

 

周りの柱を軒並み倒していき、暴力の顕現となった風は先ほどの矢と同じ地点へと着弾しようとする。そして、6秒と少々の時間が過ぎたところで遠く離れた地点で何か壁に激突した。そこからわずかに時が経つと魔剣による爆音はアーチャーがいる地点まで響き渡る。

 

そして…

 

ーーーーーーー

 

彩海学園、その屋上にて阿夜はただ夜空を眺めていた。こうしている今も阿夜の作り出した結界にて激しい戦闘が繰り返されている。だが、阿夜はまるでそんなことは知ったことではないとでも言うかのようにただただ夜空を眺めていた。

 

何せ、いまの彼女にはそちらを認知する余裕がないのだ。

 

「っ!?くっ!」

 

彼女はいつの間にか震えていた左手を右手で抑える。その感情を彼女は知っている。それはまさしく恐怖というべき感情だ。彼女は今、正に恐怖を感じている。自分の敵として対峙したあの不愉快な男のせいなのか、それとも元々持っていたものだったのか、それは彼女自身図りかねていた。だが、少なくともこうして自分で『なぜ恐怖しているのか』模索している時点で恐怖という感情の存在の確実性を如実に表していた。

 

「あと…もう少し…。あともう少しだ!もう少しで私は…」

 

言葉を続けようとした瞬間、ドクン…と心臓が脈打つような音が彼女の耳内にて響き渡った。その予兆にも似た音は次第に大きく、拍動の周期も徐々に短く、早くなっていく。

 

「がっ…あ…ぐ!?」

 

やがて心臓の脈動音のようなものは徐々に消え、代わりに今度はピシピシと何かに亀裂が入るような音が耳に響いてくる。その音が皮切りとなったのか、呼んでもいないのに自らの守護者たる(ル・オンブル)が姿を現した。

 

「うぐ…あああぁぁああ!!」

 

絶叫する。それと共に顔のない騎士が苦しむように腹を抱え出す。やがて顔のない騎士の後ろの空間がひび割れ出し、そして…

 

バリーン

 

音を立てると共にその空間が一気に割れ、空間内から一筋の青い光が暴風を纏って突き抜けていった。

 

だが、出てきたのはその光だけではない。光が突き抜けてからしばらくすると、1人の人間が出てくる足音が聞こえ出す。空間が割れた影響か、頭にまで割れるような痛みが走り、うずくまっていた阿夜にそちらを確認することはできなかった。だが、誰が出てきたのかはすぐに分かった。

 

「き…さま!アー…チャアアァア!!」

 

激昂の声を向けられた阿夜の真正面にいる男は意外そうに振り向く。

 

「なんだ?名前を覚えてもらっていたんだな。覚えていたにしても、呼んでもらえるとは思わなかった。」

「なぜだ!?なぜ、あの場所から出られた!」

「簡単だ。どのような結界であろうとも、その結界には必ず核となる何かが存在しなければならない。なんであれ…な。まず、君の悪手から順に教えて行こうか?仙都木阿夜」

 

そういうと、彼は阿夜の前で指を一本突き立てる。

 

「一つ、君は結界内にうまく俺を留めることに成功したように考えているようだが、その結果、君は俺の能力を無効化することに注視することはできなくなった。これにより、大幅に俺が出やすくなったのは言うまでもない。」

 

ニ本目の指を突き立てる。

 

「二つ、君の第一印象は非常に冷静で冷酷な人物だと考えていたのだが、俺という不確定要素に対する反発なのか何なのか分からないが、急に頭に血が上り始めていたことだ。俺個人が気に食わないか、それとも、南宮那月…いや古城一行に警戒を置いていた所為なのか、それは分からんが…」

 

三本目

 

「そして、三つ、これがある意味一番いただけなかった。それは君があの結界内に(・・・・・・)にいなかったことだ。」

 

最後の言葉には得心がいかず、阿夜は顔を歪めながらアーチャーの方を伺う。

 

「君はあの結界内に自分を入れないことで自分自身の死を回避できたと考えている。確かにその通りだ。だが、あの結界を最大限に扱うのならば多少の死のリスクも考えて一度は姿を現し、その後、身を隠すべきだった。

 

あの結界、あれは確かにループした空間だった。だが、それは断じて2kmの空間などではなかった。あれは正確にいうのならば20kmの空間だった。違うか?」

 

阿夜は黙っている。ようやく、冷静な自分へと立ち戻り、少しでも気分を落ち着けようとしているのだ。

 

「あの結界はともすればドミノ(・・・)に似ていた。」

 

ドミノ、誰でも一度は目にし、遊んだことはあろう遊戯の名だ。板状のモノを数枚配置していき、最後に倒していく単純な遊戯。

この遊戯をアーチャーが連想した理由は、単純である。ただ、ずーっと並んで続く柱を見て、そういえば、なんだかこう見てるとドミノを思い出すなぁという感じで…

だから、いっそのことドミノのように一つ倒れればこの敵どもも一斉に倒れでもしてくれないだろうか…と考えた。2kmというと広く聞こえるが、幅は10mなのである。そんな場所に何百体と押し寄せてくれば、さすがにうっとおしいと感じるのは当たり前である。

 

まあ、バカな考えだったが、おかげで結界は解けたのであの思いつきも決して無駄ではなかったということだろう。

 

「俺がいた場所をドミノが今現在倒れている場所とする。その後、君はすでに倒れたドミノ(入った部屋)をこれから倒れるドミノにいつでも置けるようにする。こうすることで君は空間をループしているように錯覚させたのだろう。ドミノでそんなチキンレースのようなことはやったことはないが…」

 

ただ、と言葉を続けるアーチャー。

 

「まあ、あれだけの広域だ。結界の起点そのものは単純に仕掛けるしかなかったようだな。

 

だが、あくまで俺が認識できる部分は今現在倒れているドミノ(入っている部屋)のみ…それ以外は絶対に認識できないようにあの結界は設定されていた。だから、2kmの空間なのではないかと俺も一時は納得し、ループはしていないと思い込んでしまった。」

 

だが、とまだアーチャーは言葉を続ける。

 

「もし、結界の起点の存在を完璧に隠すのならば君自身が目くらましにならなければ意味があるまい?あれだけずっといなければ誰でも結界の起点は君ではないと見抜ける。

 

……まあ、俺が相手ではほんの10分かそこらの違いだっただろうが…」

 

さて、とそこで一拍置いたアーチャーは改めて阿夜をその鷹のように鋭い双眸で睨みつける。

 

「それで肝心な結界の抜け方だが…これはまあ、自分で考えろ。少しおしゃべりが過ぎたしな。」

「なっ!?」

 

アーチャー自身、なぜ自分がこんなに敵に対してダメ出しをしているのだろうと不思議だった。ダメだった点というのは認識さえしなければ、ダメなままでいる可能性だってある。つまり、アーチャーは敵に対して塩を送りまくっているのだ。特に、三番目などはそうだろう。

 

(ああ、だが、そうか)

 

ただ、その不思議はすぐに解けた。多分、自分は、この女のことを憐れんだのだろう、とアーチャーは考えた。結界内にいたあの時、彼女の世界を見たアーチャーは知らず知らずのうちに自己の固有結界と似たものを感じ取っていた。あの結界は固有結界とは厳密には違うが、似ているから感情が感じられた。自分の固有結界を果てしない寂寥とするならば、あれはいつか来るものに対する圧倒的な恐怖だ。

 

無限に続くように思える恐怖、だが、そこには必ず果てがあり、その行き着く先はたとえどんなに長くとも破滅という絶望。

 

あの世界はそういった彼女の恐怖を如実に表しているように感じられた。だから、似合わないことこの上ないが、彼女に対してダメ出し(アドバイス)などをしてしまったのだろう…と

 

「っ!?」

 

一方の阿夜は、愕然とした口調で絶句した口を即座に閉じた。思った以上に自分はあの不快な男の言い分に聞き入っていたようだ。そのことに対し、恥だと感じた阿夜ではあるが、不思議とその言葉には不快と感じられるものがなかった。

先ほどの言葉は自らのことを侮辱したに等しい所業だったにもかかわらず彼女にそこまでの屈辱感は存在しなかった。

それがなぜなのか彼女には分からなかった。何せ、今まで不快にしか感じなかった男である。そんな男に対してすぐに好感が持てるわけもない。

 

(分からんな…)

 

なので、彼女自身も理由は異なるがアーチャーとわずかに似通った感覚を感じていたのだった。

 

さて、問題の結界攻略の抜け道なのだが…

 

(…正直な話、あまりスマートと言える手段ではないからな…)

 

通常ならばともかく、この手の結界には必ず行わなければならない手順というものが存在する。

 

すなわち、世界があることを証明すること。つまり、あらゆるモノの存在証明を必ず行わなければならない。

 

これは展開されている結界内にも言えることで、結界内にあるモノたちの存在も同時に証明し続けなければならない。アーチャーはこの点を応用した。

 

存在を証明し続けるということは、放たれた矢の存在も結果として証明しなければならなくなる。だが、同時にアーチャーが立っていた場所にも結界は存在証明を行わなければならなくなる。

 

つまり、アーチャーが立っている場所を指標として矢が飛んで行く先まで結界は必ず存在証明しなければならなくなるのだ。そうなると、結界は無理矢理にでも存在を証明しようとし、2kmの空間を無理矢理伸ばさなければならなくなる。

 

結界がある場所は存在証明を行わなければならない。ということは、存在証明を行う場所には必ず結界を存在させなければならないということ。

だから、アーチャーが散々認識できなかった空間にまで矢は飛んでいった。

 

ではなぜ、アーチャーは結界の起点がその先に存在すると分かったのか?それは…

 

(勘…だな。)

 

そう。なんとなく、ただ、なんとなくその先に大切なモノでもあるんじゃないかと考えたのだ。だから、根本的なところ、理屈は存在しないのだ。

阿夜はそんなアーチャーの考えていることなど知ろうはずもなく、ただ侮辱されているとでも感じたのだろう。ようやく、冷静さを取り戻し、目の前の敵に対して、冷たい怒りを投げかける。

 

「貴様…舐めるなよ。まだ、(わたし)にも奥の手がある。(ル・オンブル)!!」

 

阿夜は背後にいる顔のない騎士に怒号と共に命令を出す。魔女の守護者の正体とは人を喰らう悪魔である。ならば、その悪魔に契約者である魔女が自ら食われれば、どうなるか?当然、暴走し、辺り一帯を更地に変えるだろう。

 

だが…

 

「いや、残念ながら、君はこれで終わりだ。」

 

闇誓書の効果は結界が破られたことで、元の異能無効化へと逆戻りし、現在、アーチャーは投影が不可能な状態となっている。だが、そんな状態にさらされてなお、アーチャーは不敵に笑みを浮かべる。

 

不意にアーチャーの背後にある夜空の星がキラリと輝いた気がした。その星は段々と近づいていき、そして…その星はアーチャーの手元目掛けてまっすぐに降ってくる。

降ってきたソレをアーチャーはしっかりと掴む。すでに投影された剣については闇誓書の管轄外だということは知っている。すでにそんなモノはないだろうと思うだろうか?いや、あったのだ。かの皇女に手渡した全ての魔術を無効化する短剣(・・・・・・・・・・・・・)もまた、存在し続けていたのだ。その真名を…

 

破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)!!」

 

真名を開放するとともに、その稲妻型の刃を阿夜の胸に突き刺す。その瞬間、阿夜を喰おうとした悪魔の手は払われ、消えていく。

 

そして、元の騎士の姿を取り始めると、不意にピシリとひび割れる音と共に一気に闇が取り払われ、闇色の騎士は青を基調とした鎧を纏った騎士へと変貌した。

 

「行け。元の契約主の元へと戻るがいい。」

 

アーチャーがそういうと、蒼い騎士は空に溶けるようにして消えていった。その様子を確認すると、今度は倒れている十二単を纏った魔女に視線を投げかける。どうやら、先ほどの守護者消失で精神がかなりやられていたらしく、気絶しているようだ。

 

「よう。随分と苦戦したようじゃねえかよ。アーチャー。」

「…ランサーか。ということは先ほどのはあの皇女の命令か。驚いたな。君がそんなに簡単に認めるとは…」

「勘違いすんな。オレはまだ認めちゃいねえ。ただ、オレの相手をしていた野郎がこんなところで、しかもあんなやられ方されちゃ、オレとしても格好がつかねえんだよ。」

「そうか。では、運が良かったということか。」

 

などとひとりごちるアーチャーの背中を見ながら、ランサーはよく言う、と思った。

 

「そもそもとして、あの程度の相手、力が制限されていようと初見の数瞬でてめえなら倒せたはずだ。だって言うのに、こんなに長引かせたということは待ってたんだろうが、あの皇女がくるのをよ。」

「生憎だが、敵に情けをかけるほど俺は鈍ってはいない。」

「ほう…敵に(・・)ねえ。」

 

つまり、味方のためならば多少の傷も容認できるとも受け取れる。あの場で息の根を止めれば、確かに、即座に事案は解決されていただろう。だが、それが全てとは限らないし、最善とも限らない。

アーチャーにとってマスターが最優先対象であることは今も変わらない。ただ、そのマスターがどうしようもないほど博愛主義(・・・・)であることも彼は知っているのだ。アーチャーが甘いと切り捨ててきた物をあの少女は持っている。

ならば、無くさないで欲しい、と思った。自分のように後天的に破綻したからこその博愛主義ではなく、ただ、一心に人を愛するその心を…そのためか、なんなのか、アーチャーはどうにも聖杯戦争に関わらぬモノに対する生殺与奪を行うことが憚られた。もとより、この男は無益な殺生は敵であろうと好まない。そんな彼にとって、マスターである叶瀬夏音はまさにダメ押しだったと言えた。

 

ランサーもなんとなしにはそんなアーチャーの心情の変化を捉えたのだろう。甘いとは思うが、おそらくそこまでの障害にはならないだろうとも考えた。他ならぬ自分がよく記憶しているのだ。

 

この男はやるときはやる…と

 

「そういえば、その皇女はどうしたんだ?」

「ああ?あそこにいるだろうが」

 

ランサーが手に持った槍の穂先の先を見ると、夜空に太陽のような激しい熱を纏う戦車があった。

 

「なるほど、君が偵察に来たというわけか。やはり認めているのではないか?ランサー。」

「うるせえ。認めてねえっつってんだろうが!…ところで、アーチャー、気づいたか?」

 

ランサーの言葉に対し、今度は水平線を見るように別の方向を見る。

 

「ああ、大きな魔力の激突が収束して来ている。どうやら、あちらも終わるようだな。」

 

ーーーーーーー

 

パイプがそこかしこに豆腐のように切り裂かれ、散乱している。工場の内壁は砂や瓦礫に、屋根などはもはや存在しなく、暗い空が広がっていた。

そんな惨状が火の手と共に舞う中、1人の男が倒れ、怪物はその姿を睥睨するように立っていた。

 

その男とは…

 

「ラ、ライダー!!!」

 

そう。かの聖人ゲオルギウスが真名のサーヴァント、ライダーだった。




いつも、読んでくださりありがとうございます。感想のほどよろしくお願いいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XIII

感想を書いてくださる方々いつもありがとうございます。
今回は前回の二倍近い文章量となっております。
うん。長いね!


聖ゲオルギウス、竜殺しの英雄でありキリスト教の聖人として名を馳せた男でもある。

 

彼は聖人とは呼ばれているが、そのためなのか何なのか、この男の価値観(・・・)というものはいつも決定的な場面で妙なズレを見せる。

 

この男が有名になった逸話の中にもそのズレは確かに描かれている。

 

その昔、ゲオルギウスは旅を続けている際に一つの村にたどり着く。その村では毎日2匹ずつ羊を毒竜に生贄に捧げなければ生き残れない、という事情を聞き、ゲオルギウスはこう言う。

 

「では、私が助けてあげましょう。」

 

宣言したゲオルギウスは見事、その毒竜を撃退してみせた。だが、彼はその場でその竜を殺したりせず、村へと送り届けたのだ。

 

それで生命の尊さについて問いたりしたと思うだろうか?違う。この男にとって竜とは等しく悪として断じられるべきもの。

 

故に、この竜にゲオルギウスは別の用途を付与したのである。

 

村人たちはゲオルギウスが竜を討伐したと聞き、大いに喜んだ。だが、その喜びも一瞬、ゲオルギウスに感謝の念を込めた歓迎の宴を開こうと準備をしていた村人たちはゲオルギウスを見た瞬間、顔面を蒼白にした。

 

それはそうだろう。すでに殺しただろうと考えていた竜は殺されておらず、村人を食い殺さんとするほどの勢いで睨みつけているのである。

一通り大騒ぎした様子を見たゲオルギウスはこう言った。

 

「あなた方が我らの教えの信徒になると言うのならば、この竜を殺してあげましょう。」

 

と、実はゲオルギウスが救ったこの村は異教徒の村であり、キリスト教の信者は1人としていなかったのだ。彼としては『それではいずれ主に見放されてしまう。』と全く悪意なく考え、その村の人々に救いを与えたと考えている。そのためにどうにかして説得しよう(・・・・・)と苦心した結果このような手段を取った。

 

だが、正直なところ脅しの種(・・・・)として毒竜を使っているようにしか見えないと考える者もいただろう。

 

それでも結果として、キリスト教信者は増えて、めでたしめでたし。これがゲオルギウスの逸話の一つである。

 

ならば、もしも、村人たちがキリスト教に入らないといえばどうなっていたのか?

 

『そうですか』と言って、その場で竜を殺し、事態を収めたか。それとも、その言葉に反発し、毒竜を再び野に放ったのか?おそらく前者だろうが、それは分からない。

 

そして、このズレ(・・)はサーヴァントとなった今でも引き継がれている。例えば、真名を公開したとき、ライダーは

 

『マスターがよろしいと言うのであれば、私は真名を明かしましょう。』

 

と言った。通常ならばこのようなことはあり得ない。真名というのは本来マスターにのみ明かすものであり、たとえ、マスターに近い間柄であろうとも迂闊に言うべきことではないのだ。

 

ではなぜ、ライダーがそのようなことを言ったのか?簡単なことだ。ライダーにとってマスターとは導くべきモノであり、救うべきもの。だから、彼は、マスターの身に降りかかる危険をなるべくならば取り除きたいと考えている。

 

ならば、真名を明かすべきではないだろう、と考えるだろうか?そう。確かに通常ならば、その通りだ。だが、ライダーの能力である守護と龍殺しの力はシンプルだが強力なもの。

 

間合いを重要視する能力ならばいざ知らず、彼の能力は敵が間合いに入ろうが入るまいが発動し、なおかつ、敵がその能力の正体を知ったところで防ぎようがない。

何故ならどのような状況であれ

 

(私が防ぐ側(・・・)ですからね。)

 

だから、たとえ真名と能力がバレたところでほとんど支障がない。何より、ライダーの信憑性をマスターに植え付けるため、そして、自分は少なくとも敵ではないと表明するためにも真名を開示する必要があると考えていたことも事実だ。

 

これらのことから、ライダーは真名を開示することについてそこまでの抵抗は感じられなかった。故にライダーはそこから普通のサーヴァントとはズレた(・・・)考え方をした。

 

ゲオルギウスには《直感C》というスキルが存在する。Aランクまで行けば未来予知に近いこの能力だが、ライダーの場合、この力は防御にしか効かず、『相手が戦うべき敵か否か』を即座に判断することにしか使えないモノだ。それは本来は目視にて確認した敵にのみ扱うスキルだが、情報を開示した(・・・・・・・)際に盗聴していた者たちの微細な敵な反応にすら気づくことができるスキルだ。

 

これで分かるだろうか?そう。あの時、ライダーはあろうことか、『真名を公開する』などという通常ではあり得ない方法で古城(マスター)の仲間たちとひいてはアーチャーたちの話を盗み聞きしている輩(・・・・・・・・・)試した(・・・)のである。

 

(私はあなた方を信じたい。どうか、その心の内を見せてください。)

 

ライダーはそう、暗に心の中で呟いたのだ。たとえ、盗聴し、その場にいない相手であったとしてもその相手に対する直感が働き、敵がいること(・・・・・・)を認知できる。

 

サーヴァントの真名とはそれだけ価値があることもライダーは認識している。故にもしも、あの場でほんの少しでも敵がいる(・・・・)。悪がいる。と感じられた場合、哀しいことだが、最大限の敵意を向け、場合によっては切るつもりだった。

 

(申し訳ございません。マスター…)

 

その時の彼の胸中は罪悪感でいっぱいだった。

だが、このような考えをしているのには流石のライダーにも理由がある。

 

ライダーは人の身で神に近づいたことからも聖人として敬われている。そして、そんな彼だからこそ、自分と同じ波動をわずかに纏ったある少女(・・)の様子に気づいた。まだそこまでのものではないので、アーチャーも気づいていないようだ。だが、あの少女の状態を見たことで彼はある組織(・・)とそれを取り巻くこの島に対して疑念を抱いたのだった。

 

(あのような状態を放置する組織…そんなものを易々と信用することはできない。)

 

それ故、正確に言うのならば、あの場にてライダーはその組織(・・)に対して、牽制に近いあの宣誓を行なったのだ。

 

あの船にて少女達以外の視線も感じたライダーならではの宣誓と言っていいだろう。

結果的にいうのならば、ついで感覚で少女達も試したことも確かだが、彼としては少女達に対してはそこまで悪い印象を抱いていない。失礼ながら、南宮那月はともかく、その周りにいる少女に関していうのならば、彼の直感を鈍らせるほど敵意を隠せるかどうか疑問が残るからだ。

 

このライダーは聖人だ。故に望みはなく、普段は非常に温厚であり滅ぼした敵に対しても祈りを捧げる敬虔な信徒だ。

 

だが、そんな彼だからこそなのか一種危うさを感じさせるズレを持ち合わせている。

 

その『ズレ』とは、彼独特の善悪における価値観に他ならない。彼はいいと思うこと、悪いと思うことに対して若干極端な思考を持ち合わせているのだ。

 

そんな思考の元、前述のライダーの善悪診断が行われたわけだが、結果は敵がいない、という結果となった。

 

これに対し、ライダーは己の行為を恥とは思ったが、同時に己のマスターに感心し、ますますマスターに貢献しようと思った。

 

そして、そんなマスターを見たからこそ、ライダーは思ったのだ。

 

『この方ならば私の生前の悩みの答えを見出してくれるのではないか?』

 

と…

 

ーーーーーーー

 

時は少し遡り、ライダーがパイプを伝ってひたすら建物上部に向かっていた時にまで遡る。

 

そこで一番屋根に近い壁伝いのパイプの上に着地すると、ライダーは一呼吸つくようにして、息を吐く。

 

(さて、ここからですね。うまくいくか、どうか…しかもあと、3秒と少々(・・・・・)足らずで…)

 

ジャバウォックがライダーの前にまで飛び上がり、拳を振るう。その拳をライダーは避けはしない。ただ、立ってそれを観察していただけだった。だが、彼は上体を逸らしてもいないのに、そのまま沈むようにして、その拳を紙一重で避けていく。

何をしたのか、それは簡単である。それは下のパイプを切って落としたのである。これによりライダーは落下しながら、避けていくことに成功した。

 

「ふっ!」

 

そして、大して体勢(・・)も崩していないライダーはその落下していくパイプの上から飛び上がり、また上へと移動していく。

 

「おって!ジャバウォック!」

 

上に飛び上がるライダーを認識したキャスターは、ジャバウォックに失速する自らの巨体を壁に足を貫き引っ掛けるさせることで落下を止め、ライダーを追い、更にスピードを上げて突進する。すでにパイプの上で一度止まってしまったライダーの動きになどジャバウォックは遅れはとらない。

 

一瞬にしてジャバウォックはライダーへと追いつき、今度は背後からその拳を迫らせる。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーー!」

 

それに対し、ライダーは突如クルリと体を回転させる。そして、彼はその拳の前に剣を盾にするように横に構える。その反応に対し、肩に乗っているキャスターはわずかに苦い顔をしたが、その拳を止めることはせず、一気に拳を振り切る。

 

「っぐっ!?」

 

地に足も付かずにただ、中空を移動しているだけのライダーにそれを受けきるだけの能力などあるはずもなく、吹き飛ばされていく。吹き飛ばされていくライダーは屋根に穴を開け、勢いそのままに外へと飛び出していく。

 

(今だ!!)

 

ここからは一世一代…いや、すでに一生を終えている自分がそんなことを言ってるのもおかしいものだが、とにかく勝負時だ。と判断したライダーは力屠る祝福の剣(アスカロン)の能力を瞬間的に反転させる。

そして、その剣の特性を活かし、突き抜けた屋根とそこかしこのパイプを斬っていく。切られたパイプと屋根は穴の空いた方へと落ちていく。

 

「「……」」

 

それに対して、ジャバウォックとキャスターは無反応だ。いや、いっそ呆れていると言っていいだろう。ジャバウォック達にこの程度の障害物は効果を示さない。それ以前にサーヴァントには一般的な物理現象は効かない。だが、この後ろにはライダーがいる。である以上は、視界は開けた方がいいと考えるのが自明の理。ジャバウォックが左手でそれらのゴミを払いのける。そして視界は一気に開けたのだが、そこでジャバウォックとキャスターが見たものは意外な光景だった。

 

「はああぁあ!!」

 

なんと、ライダーが頭からこっちへと突っ込んでくるのだ。

 

キャスターはこの選択が何を意味するのかわからない。思考状態が安定していないのと、普段の能力が発揮しきれていないことも理由のうちになる。だが、それ以上に先ほどの視界を埋め尽くすほどの目眩しを無駄にするような突進をしてくる敵の愚かさにガッカリしたといった方が正しい。

 

「むかえうって!ジャバウォック!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎!!」

 

その突進に対してキャスターは、ジャバウォックに拳を突き出させる。だが、予想外のことが起きた。なんと、今まで受けきるだけが精一杯だったはずのジャバウォックの拳をライダーは予測して自らの膂力のみ(・・・・・・・)で受けきったのだ。これにはジャバウォックの肩に乗っているキャスターも驚きが隠せなかった。

 

(っ!やられた!そういうこと!?)

 

だが、冷静になったキャスターはそこからなんとか理解できた。ライダーがなぜ(・・)頭から突進してきたのか。

例えばもしも、逃げるような体勢でライダーがジャバウォックの追撃を受けた場合、それはどうあれ、胴体などの()を晒す事態となってしまう。だが、ライダーは頭から突進するという形をとることで()として相手にぶつかったのだ。その点に対してならば、如何にジャバウォックの方が圧倒的にステータスが優れていようとも防ぐことは可能だ。

 

なぜなら、必ず頭を狙ってくると分かっているのだから。

 

(わたしののうりょくのたかさをさかてに…)

 

このキャスターは幼い外見はしていても馬鹿ではない。ライダーがジャバウォックの攻撃に対して宝具を活用することでなんとか防いでいたことについても理解は及んでいた。

加えて、魔術師(キャスター)のサーヴァントだからこそ事情の変化にも敏感でその宝具の能力が先ほど反転されていたことにも気がついていた。

 

だが(・・)、だからこそ彼女は嵌められたのだ。今ならば、ライダーは攻撃を防げないだろうと考えて…

 

「かかりましたね。ジャバウォック…いえ、キャスター!!」

「っ!?」

 

だが、わかったとしてももう遅い。ライダーの言葉を聞いたキャスターはわずかに硬直し、ジャバウォックに命令を促せなかった。その瞬間、はるか後方の大地の方から声が響き渡る。

 

疾く在れ(きやがれ)9番目の眷獣!双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

自らの背後から辺りの振動と共に破壊を撒き散らす轟音が鳴り響く。まずいとキャスターは考え、ジャバウォックに指示を出そうとする。だが、遅い。キャスターのジャバウォックのステータスは確かに大したものだ。それは筋力も敏捷性もサーヴァントの指標で言うのならば、共にEXクラスまでに上り詰めるほどに…

 

だが、ジャバウォックの足は現在中空にあることで封じられ、左手は先ほどパイプなどを払ったことで戻るのに一瞬遅れている。右手は今まで一撃一撃を防ぐのがやっとだったはずのライダーが剣で防いでいるので、効果を示さない。

 

よって、この一瞬だけ、ジャバウォックは確実に無防備な状態となってしまったのだ。

 

(けど、どうして?どうして、そんないっしゅんのことを…)

 

ーーーーーーー

 

我がマスター(南宮那月)ならばともかく、あんな未熟なものたちにそんな一瞬の判断ができるとはキャスターには思えなかった。そして、その予測は当たっている。

 

確かに彼らはその判断を自らで行なっていない。ただ、報された(・・・・)だけなのだ。

 

「どうだ?」

「タイミングはバッチリです。後は当たることを祈るばかりかと。」

「よしっ、ライダーの作戦通りだな!」

 

古城の質問に雪菜が返す。

 

一番最初、ライダーが何をしたか覚えているだろうか?ライダーはジャバウォックの攻撃を避けるために自分の体勢を変えるわけではなく、わざわざ、自らが立っているパイプ(・・・)を切ったのだ。これは体勢を一々整えていたらジャバウォックに追いつかれてしまうということもあるが、もう一つの役割が隠されていた。

 

それが古城たちにだけ伝えるサインの役割だった。ライダーとジャバウォックが今まで戦ってきた中で他のパイプが切れることもあったがそのパイプだけは切らないように細心の注意を払った。

 

なぜなら、屋根に一番近い(・・・・・・・)そのパイプにはごくごく単純なバツマークが下に記されており、それが古城たちに対するサインの役割を成していたからだ。

 

「しかし、よくあのバツマーク気づかれなかったな。結構大きかったろう」

「元々、ここが廃工場ってこともあるけれど、あの傷、さっきライダー(あの男)が影の部分にサッとつけたような傷だからね。早々気づかれることもなかったんでしょう。」

 

古城の言葉に今度は後方にいる紗矢華が返す。

 

その傷のついたパイプだが屋根に一番近いが故に落ちるのにも3秒ほどかかる。だが、そのわずか(・・・)3秒が超音速で動くサーヴァントにとっては膨大な時間へと引き延ばされる。

 

その三秒の中の一瞬をつき、キャスターたちの背後から轟音と共に真紅の双角獣(ヴァイコーン)が咆哮を上げながら、ジャバウォックとキャスターに突進攻撃を仕掛ける。

 

それはあらゆる物質が塵にに還るほどの圧倒的な破壊の嵐だ。それを受けたジャバウォックは…だが、しかし毅然とした様子でライダーと向き合っている。

 

「すこし、ひやっとしたけど、ぶじみたいね。ジャバウォック。」

「ーー!」

 

そう。この圧倒的破壊の嵐と向き合って尚、この怪物は全くそれを意に介しておらず、主人をその破壊の嵐から護るまでの余裕を見せる。

 

一度、このジャバウォックは第四真祖の眷獣の力をもろに受けている。その時もこの怪物は悠然と前に進み、その攻撃を全く意に介していなかった。そんな怪物にとって今更、この程度の破壊は破壊ではないのだ。

 

「やっぱ効かねえか…なら!」

 

だが、それは一体の眷獣を相手にした場合に限る。もしも、二体目(・・・)の眷獣で同時に攻撃された場合をこの怪物もキャスターも経験したことがない。

 

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!

 

双角獣(ヴァイコーン)の背後から金色の鬣をなびかせた雷光の獅子が昇ってくる。そして、その雷光の獅子は勢いよくその双角獣(ヴァイコーン)に融合するような形で破壊の嵐を加速させていく。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎!!!」

「っ!?ジャバウォック!?」

 

これにはたまらず、ジャバウォックは苦痛とも、絶望ともつかぬ絶叫を上げる。ジャバウォックが第四真祖の眷獣の攻撃を受けても無事な理由は自らの主人であるキャスターからの魔力供給を霊基の回復に当てている擬似的な不死と持ち前の頑強さにある。

 

だが、そんな能力も火力で言えば、世界最高クラスと言っていい第四真祖の眷獣の攻撃を二つ同時に食らってしまえば、たまったものではない。擬似的な不死は圧倒的破壊により打ち消され、今ジャバウォックは頑強な肉体によってのみその破壊を防いでいる状態だ。

 

そのため、ジャバウォックの肉体は少しずつ…だが、確実に削れていった。だが、いつまでもそのままでいるほどジャバウォックとその主人たるキャスターは木偶の坊ではない。

 

「ジャバウォック!!」

 

命令をされたジャバウォックはカッと目を見開く。そして、それと同時に自らの拳の前にあるライダーの剣をガシッと握る。握った後、その剣を持つライダーごと一気に振り回すようにしてライダーを古城の攻撃が晒されている自らの背後へと投げ込もうとする。

 

(来ましたね。)

 

ライダーとてその程度のことは予測がついていた。

 

しかし、ここで選択肢が二つある。

 

一つはこのまま剣を掴み続け、古城の攻撃の方へとわざとぶん回されること。こうすれば少なくとも自分の守りの要である剣をなくすことはないし、まず、自分のマスターのことだ。攻撃を取りやめてくることだろう。だが、古城の攻撃はジャバウォックには打ち止められ、一時でも多くかの怪物の肉体を削り切りたい(・・・・・・)ライダー側としてはそれは致命的だ。

もう一つは剣を離し、一度だけジャバウォックの攻撃を避けること。この場合、キャスター側の攻撃は避けられ、古城の攻撃は続けることができる。しかし、自分の守りの要である剣をどこぞに飛ばされることとなる。

どちらにせよ致命的。そんな中彼が選んだのは…

 

(一か八かですね。)

 

掴んでいる剣を離す。そう、ライダーは後者を選んだのだ。これにより、自分を持つ主人を失くした剣は虚しく虚空を舞い、ジャバウォックはその剣を即座に投げ捨てる。

 

そして、剣を失くしたライダーは、今度は、ジャバウォックの体を押し込もうと突進を仕掛ける。本当ならばそこから離脱した方が建設的ではあったのだが、ジャバウォックが中空にいるということはそこに向けて突進したライダーもまた中空にいるということだ。

もしも、セオリー通りだったならば先ほど落としたパイプたちを足場に逃げ切ろうと思ったのだが、それはジャバウォックの予想以上の膂力の掌の嵐によって容易に吹き飛ばされていった。

そのため、彼にもまた自由に動く権利はなくなっているのだ。だから、そこからできるのはヤケクソとも取れる突進のみ…

 

「うん。わかってたわ!」

 

しかし、ライダーがキャスターの思考を読んだように、キャスターとて例外ではない。その動きを先に読んだキャスターは、今度は空いている左拳を前へと突き出す。その一撃をライダーは突進したことも加えてカウンター気味に食らってしまった。

 

メキメキメキ、と鎧の上から抉るようにめり込まれていく拳。

 

「ごふっ!?」

 

その衝撃に吐血し、ジャバウォック地面の方へと回されるようにしてライダーは吹き飛ばされる。

 

「っ!やべっ!」

 

背後には今尚、古城の眷獣による破壊の嵐が渦巻いている。そんな場所にライダーが巻き込まれでもした場合、一体どれほどのダメージがあるかわかったものではない。遠目からでもライダーがまき込まれそうになったことが確認できた古城は急いで眷獣を己の内に仕舞ってしまった。

 

吹き飛ばされていったライダーは、地面を勢いよくバウンドする。そして、ゆっくりとまた地面に背中がつくのだった。

 

「ぐっ…うぅ…!!」

 

うめき声を上げながら態勢を立て直そうと体をうつ伏せへと戻す。だが、そんな彼に追い討ちでもかけるように、ズンという何かぎ落ちる音が目の前でした。見なくても分かる。それはジャバウォックが地面へと足をつける音だ。

 

自分が跪き、相手がひたすら見下ろす。そんな姿にかつての過去を幻視する。

 

ーーーーーーー

 

「その異教をやめよ。」

 

と王はその男に言った。男とはもちろんゲオルギウスのことを指す。

 

王は異教を信奉し、さらに自らと同じ宗教を信奉する者たちにまで半ば無理矢理な形で異教を押し付けようとしたゲオルギウスをけがらわしく思い、捕らえるように命じた。すぐさま捕らえられ、王の御前にて頭を地面に押さえ付けられるようにして御前に跪かされた男の答えはこうだった。

 

「いいえ、私が信ずる教えはただ一つでございます。王よ。」

 

王はその男の態度に憤慨を露わにし、その男を拷問するように命じた。時には、ムチに打たれることもあった。時には、刃のついた車輪に張り付けにされることもあった。時には、煮えたぎった鉛の中で釜茹でにされることもあった。

 

そうして、人にやるとは思えない拷問を何日、何週間、何ヶ月と繰り返し、時が経った頃。王は、ゲオルギウスを呼び出した。そして、またも地面にめり込ませるようにして頭を自分の目の前で跪かせた後にまたも命令する。

 

「さあ!その異教をやめよ!!」

 

王は勝ったと思っていた。水も食事もロクに与えられず、身体中の生傷とて並のものならばもはや発狂するだろうと思えるほどに体のいたるところに浮かび上がり、竜を殺したその肉体は最初のような威厳に満ちたものではなく瘦せ細り、どこぞの奴隷と言った方がしっくりくる。すでに虫の息と言ってもいい。このような状態の男ならば如何なモノであれ必ず弱音を吐き、自分から首を垂れながら詫びてくるだろう…と

 

だが、そんな状態にあっても男は

 

「……いいえ、私が…信ずる教えはただ一つで…ございます。王よ。」

 

と答えたのだった。

王はその返し言葉に怒り狂い、再度拷問にかけるように命じた。

 

拷問が始まるまでゲオルギウスは牢屋へと入れられる。格子状の窓からわずかに漏れ出る月明かりを見て、ふぅ、と息を漏らしながら誰も見ていないことを確認し、祈りを捧げようと片膝をつく。

 

「それが…異教の祈りですか?」

 

ハッとして、声がした方向を振り向く。すると、そこには女性が立っていた。白い寝間着と金色の髪は月明かりに濡れ、怪訝そうに尋ねてきたその女性の元々ある美貌をさらに幻想的なものへと高めていた。

頭を押さえ続けられていたゲオルギウスには知る由もなかったが、その彼女こそが自分に拷問を命じた王の妻にして王妃であったのだった。

 

ーーーーーーー

 

(今でも…いや、今だからこそ(・・・・・・)分からない。私はあの出会いが本当に正しいものだったのかどうか…)

 

ゲオルギウスはずっとその悩みを無意識に抱えながら生きてきた。

 

(私はその答えを導き出さなければならない。そうでなければ、私は古城(あの少年)のサーヴァントとして一生恥をかかなければならないだろう。)

 

もしも、他の者がマスターであったのならば、このような思いを抱かなかったかもしれない。だが、あの少年の身の上を考えるとどうしても考えてしまう。

 

自分はあの王妃と出会って良かったのだろうか… と

 

「ライダー!!」

 

遠く、彼方から少年の声が聞こえる。あの少年のことだ。きっと自分の下まで駆け寄り、自分の前へと進み出て庇うことだろう。

そう考えた瞬間、ライダーの腕に力が入る。

 

「ぐぬ…うおおおお!!」

 

雄叫びを上げ、ライダーは立ち上がる。その様子を見て今まで静観していた怪物も動き出す。ライダーは理解した。この立ち上がりは間に合わない…と、たとえ立ち上がりが間に合ったとしても剣はジャバウォックの遥か後方にあるどのみちライダーに怪物の攻撃を防ぐすべはない。

 

だが、止まらない。むしろ、より力強さを増してライダーの腕は胴を上げようと必死になる。一方のジャバウォックの動きは先ほどよりも大分緩慢だ。嬲ろうとしているわけではない。ただ、単純に不死の怪物ジャバウォックにもダメージが未だ残っているのだ。

 

「っ!ジャバウォック、はやくやって!」

 

彼女が命令を出し、魔力による発破をかけようとしたその時。鎖が彼らの首を、腕を、脚を、全身を巻きつけた。その鎖をキャスターは…いや、『アリス』はよく知っている。残り少ない魔力のリンクを辿り、アリスはそちらへと振り向く。

 

そこには、アリスの考えた通りの光景が映し出されていた。

幼げな人形めいた美貌を持ちながらも、その瞳は威厳に満ち、見るものを萎縮させる。その少女の名は…

 

「なつ…き…?」

「久しぶりだな。アリス。まさか、貴様が英霊(サーヴァント)だったとは思いもよらなかったが、随分と派手にやらかしたようだな。」

 

目覚めた少女に憤慨はない。ただ、純粋に子供のダダをたしなめるような口調で南宮那月は言の葉を紡ぐ。

 

その少女の光景に一瞬、目を奪われたアリス。その一瞬の隙をつき、古城は眷獣をを召喚する。

 

疾く在れ(きやがれ)!!3番目の眷獣!龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)!!」

 

その眷獣の能力は『次元喰い(デメンジョンイーター)』。現在のジャバウォックはダメージを受けすぎており、再生ではなくその頑強な肉体によって古城たちの攻撃を受けきっていた。なぜなら、ジャバウォックは現在今まで受けて来たダメージを丸ごと回復している真っ最中なのだ。

 

たとえ、どのように頑強な肉体だろうと次元ごと食い破られれば意味はなく、大ダメージを受ける。その能力の正体を正確に察知したキャスターの反応は早かった。

 

次元ごと万象を喰らう竜の顎が迫る。それに対し、キャスターはジャバウォックに命令してギリギリで自分たちの鎖を断ち切り、二頭の竜の頭を掴み顎が自分に迫るのを阻止する。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーー!!」

 

絶叫を上げ、掴む掌と地を噛む脚に更なる力を加えていく。そうして50mほど進んだ辺りで完全に止め切る。そして、今度は今まで一度も使わなかったその短い足を使って下顎に蹴りを食らわせる。

その一撃には流石の竜も堪らず、姿を古城の体の中へと消してしまう。

止めたことを確認したキャスターは今度はその攻撃の主である古城の方を見やる。

 

「っ!?」

 

睨まれた古城は一瞬にして全身を冷や汗で濡らしてしまう。怖い。今まで命を狙ってくる敵には何度も会ってきた。だが、目の前のキャスターとその少女が連れている怪物は違う。確実に今の自分ではまず勝てないと分かるほどの威圧感。そして、殺気。だが、それを受けても古城はそこから一歩も退かない。恐ろしいのではない。彼は立ちながらも後方にいるライダーに目をやる。そう、彼はただ…

 

「悪い。ライダー。今までずっと囮をやってくれてありがとうな。あとは休んでてくれ。ここからは俺がやる。」

 

本来は自らを守る最大の盾として動くべきサーヴァントを守るために来たのだ。

自分の方がはるかにこの中では格下だと分かっている。だが、それがなんだ。だからと言ってそれがライダーを守れないことには繋がらない。

ライダーを背に今度はキャスターの方へと目を見やる古城は宣言する。

 

「ライダーから聞いたよ。あんた、今も那月ちゃんを守るために…そのためだけに動いてるんだってな。あんたの思いは正しいし、本来なら、少し違う出会い方をしていれば俺たちは分かり合えたのかもな……

 

けどな、どんな理由があれ、そのために全く関係ない奴を巻き込んでいいはずがないんだよ。それでも、『那月ちゃんを守るため』と言って、またやたらめったら壊しまくるなら来いよ。俺が相手をしてやる。

 

ここから先は俺の聖戦(ケンカ)だー!!」

 

その宣言とともにジャバウォックに突進するように命令するキャスター。一瞬にして目の前まで来た怪物になんの反応もできなかった古城は焦った。だが、問題はない。ここには1人、その少年をずっと見続けて来た少女がいる。その少女はサーヴァントの速度にたとえ追いつかなくても、キャスターたちがその少年を攻撃する瞬間だけは持ち前の眼で見続けることができる。

 

銀の流星が怪物の肩に乗るキャスターに流れていく。寸前でジャバウォックはその流星に気がつき、腕を出すことでなんとか避ける。攻撃を弾かれた後、その攻撃の主である姫柊雪菜は体勢を立て直し少年の前に立ちながら宣言する。

 

「いいえ、先輩、私達の聖戦(ケンカ)です!」

 

その言葉を皮切りにキャスターが告げる。

 

「いって!ジャバウォック!!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーー!!」

 

命令されたジャバウォックは勢いよく突撃していく。その突撃に相変わらず反応できない古城だったが、そこはもはや関係ない。どうあれ、突撃してくるのは確かだと先の攻撃で分かっている以上、そこに罠を仕掛ければいい。

 

疾く在れ(きやがれ)甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)!!」

 

召喚したのは銀の霧を纏った甲殻獣。その能力はあらゆる物資の強制的な霧化による消滅。これはジャバウォックに対して仕掛けるのではない。対象はジャバウォックが今まさに踏もうとしている地面だ。

 

甲殻獣の能力が発動する。すると、一瞬と経たぬうちにコンクリートで覆われた地面が霧と化してしまう。その霧となった地面にジャバウォックは思い切り踏み込んでしまう。すると、ジャバウォックとひいては肩に乗っているキャスターまでその蟻地獄状の穴へと真っ逆様に滑り落ち

ていく。

 

それを確認した周りの者たちの判断は早かった。

 

戒めの鎖(レージング)!!」

 

まず、砂状となったコンクリートの壁から那月が鎖を召喚して、鎖でジャバウォックを縛る。

 

「獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る。」

 

その一瞬をつき、地に槍の持ち手の底を突き、雪菜が祝詞を紡ぐ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼鋼の神威を用いて、我に悪神百鬼を討たせ給え!!」

 

聖光を纏いし神格振動波が銀の流星となり、ジャバウォックの腕へと向かっていく。その星を確認したジャバウォックは必死になってその鎖を引きちぎろうとする。そして、あとちょっと引きちぎれるその寸前で…

 

「はああぁあ!!」

 

異能を無効化する槍の刃が寸前まで迫っていた。

 

「っ!?」

 

肩にいるキャスターはそれに対し、何もできないでいた。

 

(やはりですか!)

 

ーーーーーーー

 

「そういえば、ライダーさん。なぜジャバウォック以外は手がないと言えるのですか?」

 

この作戦が開始する直前、この工場内の入り口前にて雪菜はライダーに聞いた。ライダーはそれに対し、今まで入り口に注意を払っていた視線を雪菜へと向ける。

 

「そうですね。それは端的に言って、今の南宮那月の状態に起因します。我々サーヴァントは人間の形はとっていますが、人間ではありません。具体的に何が違うかというと、我々サーヴァントは必ずマスターからの魔力供給がなければ存在できないという点です。

…これは前にも話しましたね?」

「はい。ですが、それが一体…」

「そこで重要になってくるのが魔力の供給量です。我々サーヴァントが強大な力を使えば使うほど、魔力の供給量は当然、比例して大きくなってしまいます。その理論はジャバウォックを使役しているキャスターにも言えることです。」

 

そこでライダーはすこし間を置いたが、即座に言葉を続ける。

 

「普段の南宮那月ならば、おそらく、キャスターがジャバウォックを使役したところで特に問題視はしないでしょう。それだけの能力を持っている。ですが、今のキャスターは無理矢理、魔力供給を制限された上に思考も定まらない状態にある。我々サーヴァントは人間よりも丈夫な造りをしていますが、それでも無理というものは存在します。」

「ですから、キャスターはジャバウォック以外は使うことができない(・・・・・・・・・)…」

「ええ。単純な理屈ですが、単純だからこそその効き目は抜群。それを証拠に、彼女ならばあなたたちが逃げている時も自らの魔術で逃亡を阻止することもできたはず…

なにせ、彼女は魔術師(キャスター)ですからね。」

 

説明を終えたライダーはまたも入り口の方を注視すらのだった。

 

ーーーーーーー

 

キャスター自身に反撃する手段はすでに存在しない。雪菜もそれを確信した。だが、そこでキャスターは思いもよらない行動に出た。

 

「っ!あああぁあ!!」

「っ!?」

 

それは愚策以外の何者でもない。

 

なんとキャスターはジャバウォックの腕へと自らの体を突き出して、その銀刃を自らの腕で防御しようとしたのだ。

そのようなことをすれば魔力を断つ槍に自らを斬られることとなり、下手をすればキャスター自身の命が危ない。

思考が鈍ったせいもあり、その判断基準が彼女からは今失われている。文字通り、狂った行為なのだ。だがそれがどうした。今、自分は…

 

(ここにきてはじめてのともだちの…わたしになまえを『かたち』をあたえてくれたともだちのために!!)

 

キャスターの決心は堅い。それこそ地中にて輝く金剛石のように…だが、その決心を鈍らせるものが1人、いや、正確には一体(・・)だけいた。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーー!」

「え、ジャバウォック?」

 

ジャバウォックは突如として自らの腕に飛び乗ったキャスターを掴んだのだ。そして…

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーー!!」

「えっ!?きゃあああ!!?」

 

一気にその蟻地獄から逃すようようにして上へと放り投げたのだった。その光景に一瞬驚いた雪菜ではあるものの、その銀刃を緩めることなく、腕の方へと走らせ…

 

「やああああ!!」

 

ジャバウォックの片腕を一気に断ち切るようにして、振り抜く。だが…

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーー!!」

「っ!うぐっ!?」

 

ジャバウォックの腕はなんとか断ち切れ、ジャバウォックは悲鳴を上げる。だが、そこで雪菜は止まってしまった(・・・・・・・・)。そう。なんと、ここまで弱り切ったこの怪物の肉体は未だなお常人にとってしてみれば鋼以外の何ものでもなく、それは彼女の雪霞狼の異能無効化があっても例外ではなく、彼女はその衝撃の反動を腕にモロに受けることになってしまったのだ。

 

まだもう片方が残っているのに(・・・・・・・・・・・・・・)

 

そして、一方のジャバウォックはそこで止まらない。ついにもう一方の腕その膂力を抑えきれなかった鎖が断ち切れる。そして、その腕を雪菜の方へと伸ばそうとした瞬間…

 

「わたしの友達に何してくれてんのよ!?この化け物!!」

 

今まで気配など存在しなかった箇所から勢いよく声が響き渡る。その声に驚愕したのか、それとも反応しただけなのか。そちらを確認するように 振り向こうとする。だが、遅い。

 

「せいやあぁあ!!」

 

剣の振り抜く音が聞こえる。その音ともに今度はジャバウォックのもう片方の腕もボトリと落ちる。雪菜もそちらへと目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「紗矢華さん、優麻さん!?」

「時間がない。姫柊さん!早くこっちへ!!」

「ええ、来て!雪菜!」

「は、はい!(それにしてもどうやって?)」

 

雪菜にはいつの間にかジャバウォックの隣にまで来ていた紗矢華たちに対して疑問は尽きないが、とりあえずそのようなことは後にして、紗矢華の手を取る。すると、即座に魔術式を構築した優麻は自分を含めた三人の瞬間移動を行う。

 

すでに仙都木阿夜が倒れている以上、紗矢華たちが手持ちの切り札を使えるのもまた自明の理だ。先ほど、サナもとい南宮那月が自分たちの保護から抜け出して魔術を使っていたことから彼女たちももう自分の異能が使えるのではないかという結論に達した。

 

そして、使えるようになったことを理解した二人の動きは早かった。すでに最終局面に到達している戦況に入り込むにはタイミングというのがどうしても必要になってくる。だから、彼女たちは自分たちの異能が戻ったという高揚感と勢いをそのままに突っ込んでいった。

 

やったことは至極単純で優麻は空間移動魔術により紗矢華を自分ごと転送し、紗矢華はその移動先において、ジャバウォックに決定的なダメージと雪菜を救出することに全力を傾けた。

 

そして、満身創痍の身で弱っており、雪菜に気を取られていたジャバウォックはそれに反応しきれず腕を斬られてしまったというわけだ。

 

焰光の夜爵(カレイド ブラッド)の名を継ぎし暁古城が汝の枷を解き放つ。」

 

雪菜たちの避難を確認した古城は今度こそと腕を上へと掲げてつぶやくようにして呪文を唱えていく。

 

疾く在れ(きやがれ)3番目の眷獣!龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)!!」

 

腕をなくした怪物へと双龍はその顎を向ける。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーー!!」

 

対するジャバウォックは絶叫し、なんとか腕を回復しようと奮闘する。だが、遅い。今までに比べると格段に…当然だ。今まで、この怪物は受けきってはいたものの、第四真祖の攻撃を受けすぎた(・・・・・)

 

もしも、ほんの僅かでも食らっている時間が短ければその再生速度はかなり回復していたはず。そう。今ここに来て、ライダーが選んだ取捨選択が効き始めているのだ。

 

「◾︎◾︎っ!?」

 

それは驚愕か、それともただ威嚇しただけなのかだが、もう目の前にまで来た双龍の顎を前にしてジャバウォックは確かに短く叫んだのだ。

そして…

 

音は立たない。次元を食い散らかす龍蛇にとって、モノを咀嚼するということは食べるというよりも放り込むといった方が近い。その龍蛇の静かな晩餐は蟻地獄状だった落とし穴を更に深く深く底まで突き進ませていた。

 

「…はぁ、はぁ、はぁ、終わった…のか?」

 

穴の底を見つめながら、古城はつぶやく。そして、気を抜いた古城は静かに腰をつくのだ…

 

瞬間、古城の後方のコンクリートが一気に吹っ飛ぶ。

それに対し、何事かと全員が振り向く。

 

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーー!!」

 

そこにジャバウォックは飛び出していた。如何なジャバウォックとて今の一撃を食らって無傷とはいかない。既に右腕と咆哮を上げる頭以外は全て龍蛇に食い尽くされており、肩と首がなんとか頭をつなげているような状態だった。そんな満身創痍の状態でジャバウォックは拳を古城へと振り上げる。

 

「せ、先輩ーー!!」

 

雪菜が絶叫を上げ、他の者たちも驚愕とともにその光景をただ見ることしかできなかった。ただ一人(・・・・)を除いて…

ジャバウォックが正に拳を迫らせようとしたその瞬間、一人の男が古城の前に出る。

男は剣を構えながら宣言する。

 

「これで…終わりです!ジャバウォック!」

 

守護の力を反転させたあらゆる鎧を貫く剣が迫る。その速度は未だジャバウォックには一歩及ばず、だがそれでも吸い込まれるようにして剣の軌道をジャバウォックの体の方へと向かわせていく。

 

その剣が拳と衝突する。辺りに響き渡る衝撃音。

 

「っ!はああぁあ!!」

「◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎ーーー!!」

 

だが、それも一瞬。力の拮抗は即座に破り去り、一方の力が貫くようにして通り切る。そして、力を通しきった勝者は高らかにその勝利を宣言するように叫ぶ。

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)!!」

 

最初の一撃に合わせるようにして、最後は頭上から一閃。十字の斬撃がジャバウォックというその怪物の全て照らし出す。

 

「◾︎…◾︎◾︎…。」

 

短く声をあげたジャバウォックだったが、それだけ…ジャバウォックはその後、静かに霧のように消え去るのだった。

 

その姿を確認した古城はライダーに尋ねるように言った。

 

「終わっ…たのか?」

「……。」

 

重苦しい沈黙。その一瞬にも永遠にも思える時間が過ぎ去り、ライダーは言う。

 

「ええ…私達の勝ちのようです。マスター。」

 

その言葉を聞いた瞬間、古城は今度こそ力なく仰向けに倒れていった。

 

「せ、先輩!?」

「暁古城!?」

「古城!?」

 

それを見た雪菜、紗矢華、優麻が駆け寄ってくる。そんな彼女たちが見たものは…

 

「…きっつー…」

 

とつぶやくようにして、古城が言っている姿だった。その姿にその場にいる全員が苦笑し、代表して雪菜が声をかける。

 

「お疲れ様です。先輩…」

「ああ…今回はさすがにやばかった。…と、そういや、パレードまだやってっかな?姫柊?」

「さ、さあ?ですが、今から行けばなんとか間に合うんじゃないでしょうか?」

「…そっか。いや、こんだけ苦労したんだし、せめて報酬として祭ぐらい楽しみたいと思ってさ…」

「くすっ、ええ、そうですね。先輩。」

 

その相変わらずな雰囲気を感じて周りの者も落ち着いたのか、雪菜を皮切りに続々と微笑み、笑い声が静かに上がる。

 

そう。その瞬間、誰もが思ったのだ。戦いは終わった、と…

 

だが違った。

 

続々と笑い声が上がり、周りの温度も徐々に温かくなるように感じられた。

 

そう、そんな空気をぶち壊すようにして

 

後方、屋根の方から穴を開けながら、隕石のようになにかが落ちてきた。

 

瓦礫は綿のように舞い上がり、土煙がモウモウと立ち込める。

 

その異変を肌で、耳で感じているというのに誰も即座に後ろを振り向こうとしなかった。

その音ともに現れた自分たちを覆うほどの存在感に全員が息を呑んだために…

だが、いつまでも振り向かないわけにはいかない。意を決して息を呑みながら古城を順に後ろを振り向いていく。

 

そこには男のすがたをした彫像があった。2メートルを優に超すその巨体は肌は黒く、硬い鋼のような感触を触りもせずに視覚だけで理解させた。全身を覆う筋肉はもはやプロのボディービルダーなど赤子に思えるほどに造形美を放っており、見るものを萎縮し、感嘆させるに十分すぎる魅力を放っていた。

 

だが、そんな彫像を見た古城たちからは脂汗が止まらない。彼らは一瞬で理解したのだ。

 

アレは断じて彫像などではない、と…

 

「……あまりいい気分はしないが、これも戦の常。そう考えて受け止めてほしい。先に名乗らせてもらおう。」

 

彫像の口から言の葉が紡がれる。その一つ一つが確実にこの重苦しい空間を支配していった。そして、その彫像は名乗りを上げる。

 

「サーヴァント セイバー。いうまでもなく、貴公らの

 

敵だ。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XIV

いつも感想書いてくれる方々本当にありがとうございます。
最近驚いたこと、アンリマユとエジソンの声優って同じだったんだね。
お久しぶりです。長くなりましたが、今回、オリジナルサーヴァント登場です。
え?なんで天使炎上編のラストであんなこと言っておきながら、登場するんだって、ええ確かに五巴の戦い(・・)とは言いましたね。はい。けど、私一度だって五騎しかサーヴァントが出ないなんて言ってないのですよ。だって戦わなければ戦いにはならないでしょう?

ええ、まあ、つまりなんです?ミスリーディングというやつですね。(少々強引かもしれませんが…)


戦闘が終わって直後、南宮那月は物陰にて壁を背にして座り込む少女の元へと近づいた。

 

少女の顔は南宮那月と瓜二つの容貌をしており、双子と言われても全く違和感はなかった。無論、血など繋がっておらず、そもそも那月に姉妹などいた試しがなかった。だが、そんな特異な状況にあっても那月はゆっくりと歩を進めて近づいたのだ。

 

「…目は醒めたか?アリス。」

「……。」

 

アリスと呼ばれた少女は黙ったままだった。そんな少女の様子に那月は嘆息する。そして、自分を中心に魔法陣を描き、そこから無数の鎖を召喚する。

 

「本来ならば、色々と話したいところだが、お前は未だ刑罰中の身。既に私一人の判断でお前を保護するか否かは決められん。それにどちらにせよ、今のお前は放置するには危険すぎる(・・・・・)

 

言いたいことは分かるな?」

 

「うん…めいわくかけてごめんなさい。」

「ふん…」

 

相手の返事に対し、不遜に鼻を鳴らした那月は術式を展開するために魔法陣を展開しようとする。だが、その瞬間…

 

「「っ!?」」

 

那月たちの肩に何百キロもの重りがズンと落とされたかのような重苦しいプレッシャーがのしかかってきた。

 

「なんだ!?この気配はっ!?」

「サーヴァント…それもすごくきょうりょくな。」

 

その圧倒的な気配に驚愕を示した両者。その気配に対して、那月は警戒を露わにし今まで出していた鎖を瞬時に鎖をを引っ込めた。

 

「…なつき?」

「…こうなってしまった以上、早々にお前を監獄結界に送り返すこともできなくなった。もうしばらく付き合ってもらうぞ。」

「でもさっき、ほごするか、どうかはじぶんできめられないって…」

「それは結果的な問題だ。別にその前に何か挟んだとしてもそこまで問題はない。」

「……。」

 

結構な問題があるように思えるが、アリスは口出ししない。別に断る理由もないし、アリスにもこの気配は到底無視できるものではなかったからだ。

 

「アリス。もはや、力を出すこともできんだろうが、お前のサーヴァントとしての見識が私には必要だ。」

「……うん。わかったわ。」

 

そう言ってアリスはその細い腕でなんとか立ち上がり、ゆっくりと那月についていく。戦場に向かうために…

 

ーーーーーーー

 

彫像がこちらへと歩を勧めてくる。ただそれだけで脳内が警鐘を鳴らし、頭のすぐ横に心臓でもあるかのように脈の音がうるさく聞こえてくる。

息が荒い。声が出ない。ただ、目の前にいるというだけで体が言うことを聞いてくれず、体力がどんどんと奪われていく。

 

(こいつ…ヤバイ!!)

 

それは古城だけの意見ではなく、その場にいる全員が瞬時に予感し、考えたことだ。だから、古城は誰もが後ろを振り向き逃げることを考えてると、そう思っていた。

だが、しかしこんな状況下だからこそ即座に動き出した人物が一人いた。

 

「はぁあああっ!!」

「ライダー!?」

 

その人物とは、マスターの盾足らんとするサーヴァント ライダー。

彼は自らの聖剣を片手に真っ直ぐと駆け出す。勝算があるわけではない。だが、今の自分はサーヴァント。ならば、この場は何としても持たせなければならない。どうあれ古城たちを守るためには、この場で誰かがあの彫像を…セイバーと呼ばれたあの男を止めなければならない。

 

サーヴァントの相手はサーヴァント。それは聖杯戦争においては自明の理と言っていい。

 

剣を振る。ひたすら真っ直ぐに、そして最高速で剣を横一文字に振り抜こうとする。その間にどのような障害があろうともこの剣を届かせ、足止めをしてみせると…

 

ライダーの剣がセイバーへと迫る。対するセイバーはその剣が迫られて尚、自らの剣を構えもせず、ただ悠々と歩を進めるのみだった。

 

「…?なんだ?一体、何を…」

 

ライダーにはその真意がわからない。いくらサーヴァントとて、この一撃を喰らってしまえば、まともにはすまない。それは先ほどのキャスター戦にてはっきりしていることだ。

真意は分からない。さりとて、足は絶対に止めようとはしない。むしろ、この好機に全てを賭けんとより強く、足を、腕を振り抜こうと力を入れる。

 

そうして、ライダーとセイバーの距離が目と鼻の先ほどまでになり、剣を振に抜こうとする。意外なほど容易く、剣は首元に着いた。

 

「届いた!」

 

後はここから剣を一気に振り抜けば首が斬れると、そう確信した。

 

だと言うのに…首元に着いた瞬間、肉体だけを斬った場合、絶対に鳴らないはずの金属音が鳴り響いた。

 

「……え?」

 

思わず漏れる言葉。それは一体誰の驚愕だったか。しかし、いくら驚愕したところで目の前の事実は変わらない。ライダーの聖剣『力屠る祝福の剣(アスカロン)』は持ち前の防御の力を反転させれば、あらゆる鎧を貫く剣と成り得る最強の剣だ。

 

だが、振り抜こうと首元まで辿り着かせたその反転された聖剣は、

 

鋼のような筋肉を纏った首の皮膚によって完全に止められていた。

 

その光景を見て、誰もが呆気にとられたからだろうか、セイバーの次の動作は目に入らなかった。

天に掲げるようにして腕を振り上げたセイバーは、その腕にある拳を石のように硬く堅く握りしめ、

 

「ふんっ!!」

 

ライダーへとその拳を突き出した。

 

その拳に対し、ライダーは反応できなかった。そのため、拳は吸い込まれるようにして鎧を貫いていく。

 

それを見た周りの反応は静かなものだった。別に何も思わなかったわけではない。ただ、思えなかった(・・・・・・)だけ…その急展開に頭がついて行かなかったと言うだけだ。

 

諸に拳を食らってしまったライダーはそのまま吹き飛んでいく。何が起こったのか分からないまま、静かに、だがまるで流星のように苛烈に飛んでいく。

 

そうしていつの間にか、マスターの前へと進んでいたライダーは、マスターの背後の壁へと叩きつけられていたのだ。

 

「ごふっ!?」

 

叩きつけられたライダーは体勢を立て直すために、深呼吸をしようとしたが、逆に内臓を傷つけられた痛みに思わず、血を吐いてしまった。

 

その様子を確認したセイバーは言った。

 

「…残念だが、ライダー。あなたの剣で私は傷つけられない。私の体は特別性なのでな。」

「あ…あ……あ。」

 

ともすればうめき声にも聞こえてくる声を漏らす雪菜。当然だろう。弱っていたとはいえ、今まで自分たちを苦戦させ続けていたジャバウォックすらも傷つけることができた聖剣をその身に受けて尚、その剣の英霊は血一滴たりとも流れていないのだ。それに恐怖以外の感情などぶつけられよう筈もない。

その様子を見た古城は手汗で濡れた拳を力強く握り直す。

 

セイバーが古城たちの方へと振り向いた。

 

瞬間、腕を掲げる。呪文など唱えずに即座に発動するため、その名を呼ぶ。

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

腕から血が霧となって吹き上がり、その血は見る見るうちに莫大な魔力の塊へと…つまり吸血鬼が従えし使い魔・眷獣へとその姿を変える。

 

現れた眷獣は獅子の黄金(レグルス・アウルム)。雷光の化身にして、その雷撃はある時は雷雲をも呼び、世界で最大規模の落雷すらも超えるほどの破壊力によって一つの街を消滅できるだけの力を持っている。

 

だが、そんな破壊の嵐を見てセイバーは一言つぶやくのみだった。

 

「…これは懐かしいな。獅子狩り(・・・・)か。ふむ、確か、あの時は…」

 

呟くと同時に高速で突進するセイバー。セイバーの突進に反応した獅子もまたその男に向けて突進攻撃を仕掛ける。

 

だが、破壊力はともかく、身体能力では完璧にセイバーの方が上だ。それゆえ、セイバーが跳躍するその瞬間を見極められなかった獅子は即座に上を取られてしまう。そうして上を取ったセイバーは一気に腕をぐわっと広げる。

 

そしてその雷光の獅子の首目掛けてその柱のような腕をぐるりと巻きつけ、プロレス技でもかけるかのように尻を地面につきながら、首にその全体重を掛ける。そう。かつてと同じように(・・・・・・・・・)男はその獅子を絞め技で仕留めようとしているのだ。

 

「なっ!?獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

『があああっ!!!』

 

絶叫し、日輪と見紛うような発光を放つ。それは攻撃の…いや災厄の合図。あらゆる災厄の化身とも言える第四真祖の眷獣が本領を発揮し、辺り一帯を焼け野原にしようとする合図だ。だが、そんな分かりやすい合図に気づかないほどセイバーは愚かではない。

 

「ぬうぅん!」

『!?ガッ…カ……カ』

 

急激にセイバーの絞め方が強くなる。先ほどの絞めも十分に強力なものだったが、その絞めが可愛く思えるほどの万力の力が獅子の首を襲う。

 

眷獣は力の塊ではあるが、意思がないわけではない。故に膨大で単純な力に対し反応する(・・・・)意思もまた持ち合わせているのだ。

時間を重ねる毎に、絞めは強くなる。そうして、その力に抗おうとすればするほど反撃に出せる力も分散していく。呻き、爪を立て、牙と喉を鳴らし、威嚇する。しかし、そんなものは効かない。

 

そうして、ようやくその圧倒的な膂力に対し、獅子もこのままではマズイと悟ったのだろう。

 

獅子は潔く負けを認め、元の魔力の霧となって霧散していくのだった。

 

その光景にまたも唖然としてしまう古城一行。だが、古城はそこから即座に頭を立て直し、次なる眷獣を召喚するために手を掲げる。

 

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!!」

 

莫大な振動音と共に双角の紅い馬の眷獣が牙はないはずなのに歯を剥きながら召喚される。

馬は召喚主の合図も無しに突進を開始する。古城の目から、心から、すでに有り余るほどの危機感情を感じていたこの双角の眷獣にそんなものは必要ない。歯を剥いた馬が突進する。

 

その様はまるで…

 

「今度は人食い馬(・・・・)か?全く…だが、まあちょうどいい(・・・・・・)。」

 

言いながら、セイバーは今度は横に避ける。その動作は単純ではあるものの武術を多少やっているものでも理解できるほど圧倒的に素早い身のこなしだった。

この場にいる四人の中で最も身体能力に優れた紗矢華はその事実に驚愕する。

 

(っ!?なんて身のこなし!?あの巨体で反則でしょ!!?)

 

今度もまた、セイバーはその眷獣の首に腕を回す。その仕草に不快感を感じ、深紅の双角獣(ヴァイコーン)は首と胴体を振り回して、セイバーの巨体を振りほどこうとする。だが、解けない。

 

先ほどの獅子ほどの力をかけられていないにも関わらず、だ。

 

なぜ、セイバーが先ほどとはかける力が違うのか?それは単純な話。今度は絞め技を繰り出すために腕を回しているのではないからだ。

暴れ馬よろしく暴れ続ける深紅の双角獣。そんな獣の様子を見てセイバーはわずかに苦い顔をして呟く。

 

「ぬぅっ……文字通りのジャジャ馬だな。まあ分かっていたことだが、これはさすがに

 

乗るのは無理か(・・・・・・・)

 

そう。災厄の化身たる第四真祖の眷獣の一角を前にして、彼は昔と同じように(・・・・・・・)乗りこなす気でいたのだ。だが、早々に諦めたセイバーは空いたもう片方の腕を天へとかざす。すると、手の甲を中心に突然周りが淡く輝き出す。

 

「ぐっ!?なんだ!?」

 

眩しくはないものの、その突如訪れた輝きに驚愕を示し、目を細める古城たち。

 

その輝きは見ていくうちに徐々に失われていき、やがてそこに一本の巨大な柱に近い何かが現れる。いや、柱ではない。その男の巨体よりも全長は長大だが、それでもあれは柱などでは断じてないと分かった。なぜなら柱というにはあまりにも、そうあまりにも統一感がなかったから…

 

男が手にしている場所は持ち手のように細くなっており、その先は西洋剣によく似た剣鍔のような装飾が施されている。そして、さらにその先には鉄塊があった。分厚く、長大な鉄塊だ。少し違うところがあるとすれば、それはその形だろう。その鉄塊は一方には刃があり、刃先と剣鍔の両側が軽く反り返った諸刃をしていた。刃先の腹はまるで鉄板のように平たく伸び、剣鍔の側中央に、何やら文字のような装飾が施されている。そこまできて、サーヴァントではない彼らにはようやく理解できた。

 

あれは剣なのだ、と…あんな文字通り剣の怪物という言葉を体現したような造りをしている上に、どうやったらあんな物が振れるのか想像もつかないが、剣だということは分かった。

 

だって、目の前の男はその柱のような大剣を片手で振り上げているのだから…

 

「っ!?双角の深(アルナスル・ミニ)……!!」

 

その剣による裁断が行われようとした瞬間、ようやく、我に立ち返った古城は自らの眷獣に呼びかけその大男の腕を振りほどくように呼びかけようとした。だが、遅い。彼が声をかけようとした瞬間を見計らったかのように一切の加減なくその剣による斬撃が繰り出され、双角を持つ馬の首がもげるように斬られていった。

 

「ぐっ!くそーっ!!」

「っ!?先輩、ダメです!」

 

雪菜の止める声も聞かずに、苦悶と怒号を入り混じらせた声で吠えながら古城は最後の望みをかけ、『龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)』と『甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)』の二体を自らの手から即座に呼び出す。

先ほどのジャバウォック戦にて最も活躍した二体のコンビ。これが一番というわけではないが、少なくとも古城の中では最も自信がついた攻撃と言っていい。眷獣たちは呼び出されるとすぐに攻撃体制を整え、前者の眷獣たちよろしく勢いよく突進していった。

だが、今度は無闇矢鱈な攻撃とは違う。一方に動きを止める係を一方に攻撃する係を担わせたちゃんとしたコンビネーションだ。

自分の能力が非常にピーキーだということはよく知っている。だからいざとなれば自分たちの直前まで霧化させればいい。そうすれば、少なくとも一瞬ならば攻撃を止められるはずだ。その隙をついて一気に攻撃(・・)を仕掛ければあるいは…

 

戦闘において素人にすぎない古城が必死になって考え出した戦術だ。その意図を正確とは言わずともなんとなしに感じ取った雪菜たちは変わらず動かなかった。

 

これが精一杯…全身全霊の攻撃だ。そう思いながら、攻撃を仕掛けた。

 

だが、そんな必死さをあざ笑うかのように、それらを前にしても男は次のように呟くのみだった。

 

「ふむ…わざとではないのだろうが、こうまで続くと流石に疑いたくなるものだ。」

「…?」

 

男はそう言うと今度は動かず、じっと突進を仕掛けてくる眷獣の方を見つめながらゆっくりと剣を構え出した。一方の古城にはその男が一体なにをいっているのかは分からない。だが、とにかく今現在自分のできることに注力すべきだと判断した古城は眷獣の命令を継続し続ける。

 

銀霧を纏った化け蟹(・・・)が地面へと迫る。その幻夢の甲殻が一瞬でも触れればそこから霧化が発動し、あたりの地面を消し去っていくだろう。

力の加減などをかけない。今の自分たちにそれだけの余裕がないことは古城とて分かっている。だから、その全力をかける一瞬に全てを委ねる。

甲殻が地面まであと数センチのところまで迫る。眷獣の攻撃を継続してから、ここまで時間は一秒とかかっていない。しかし、極限の集中力が生み出した矛盾なのか、その一秒が古城には無限にも感じられた。

そしてあと数ミリというところまで迫る。なおも動きを見せないセイバーに安堵した古城は力を出し切る(・・・・)準備に入る。

 

だが、その準備も嘲笑われるかのように無意味と化す。あと1ミリ未満、そう1ミリ未満で接しようというところでその銀霧の甲殻は黒い何かに塗り潰された。

それがなんなのか、古城は容易に理解できてしまった。そう。それは先ほどのセイバーの足だ。足が自分の目には写っているのだと…

 

理解し、即座にもう片方の眷獣に命令を飛ばそうとする。だが、無駄だ。動きを止められているのではない。すでに龍蛇は首を斬られ、ただの魔力の霧へと姿を変えている途中だったからだ。

 

「…試練(・・)焼き直し(・・・・)でもされているのではないか……とな。」

 

先ほどからの言葉をそう続けるセイバーがやったことは実に単純だ。

自らと自らの剣の魔力を組み合わせた足により化け蟹を踏み砕き(・・・・)、自らに牙を向ける龍蛇の首を剣により斬り落とした(・・・・・・)のだ。

 

まるで、自らの過去を振り返るかのように…

 

「少年よ。君の攻撃は確かに全てが私を絶命するに足る一撃だった。それは認めよう。

 

だが、今の君には絶対的に経験が足りない。いくら名剣を持っていようとも剣の振り方をろくに知らんうちに振ってしまってはいつかその刃は自分へと矛が向く。

 

例えば、今のように化け蟹の能力を発動する瞬間を注視し続け、他をおろそかにした結果。私の剣が今、君の目の前にあることが何よりの証左と言えるのでないか?」

 

鉄塊のような剣の切っ先を古城に向けながら、穏やかに言及する男の言い分に古城とその周りの雪菜たちは反応できなかった。ここまでの死闘ですでに疲労が溜まりきっていたこともあるが、何より古城たちが目の前で起きたことを認めたくなかったことが最もな原因と言えるだろう。どれもこれも正面からの力勝負はなかった。だが、不意を突かれようが、何であろうが結果的に力勝負で世界最強の眷獣が負けた。その事実は世界にすら衝撃を与えるだろう。そんな衝撃を今、少年、少女たちは受けてしまった。

 

セイバーもそんな少年、少女たちの心情を理解できたのか、わずかに憐れみの視線を向けた後に言葉を続ける。

 

「こちらとしても、君たちのような子供達を傷つけるつもりは毛頭ない。ただ、少年…いや、ライダーのマスターよ。君の令呪を我がマスターに譲渡して欲しい。それだけしてくれれば我々はここから退こう。」

 

その言葉には一切の虚飾が感じられなかった。おそらく、本当に古城が令呪を開け渡せばこの男は何もせずに去っていくのだろう。ただ、それをするのは、流石に憚れた。

今の今まで、古城はライダーに助けられ続けた。そのために赤銅色の鎧を着込んだ騎士は傷つき続けてきたのだ。そんな中、自分の令呪を明け渡す……それは、かの騎士に対する最大限の侮辱であり、裏切りだ。そんなことを許容できなかった。だから…

 

足が、膝が、腕が、喉が、唇が…体すべてが震える。

怖い、恐い、畏い(こわい)

 

恐怖が次に紡ごうとする言葉を鈍らせる。だが、彼は確かにその強大なる敵の目を堂々と見て宣言した。

 

「断る。こいつは……いや、あいつは俺の…俺たち(・・・)の仲間だ。」

 

言葉と同時に古城と同じようにして後ろにいる雪菜、紗矢華、優麻の三人が力強くその大男を見据える。

その言葉は無謀そのもの。だが、それは人の尊厳に満ちた勇気のある言葉でもあった。無謀と勇気は違うもの。だが、時に無謀と見えるものが、未来から見れば、偉大な勇気と称されることもある。その勇気と無謀に満ち溢れた所業。それこそが偉業と称される英雄たちの歴史そのものなのだ。

 

セイバーは彼らの態度に偉業をなす英雄たちの姿を微かだが見た。そして、少年を見た目を瞑目した後、彼は呟いた。

 

「そうか。ならばしょうがあるまい。君は…いや、ライダーのマスター、あなた(・・・)は今から

 

私の敵だ(・・・・)。」

 

言い終わるやいなや、再度剣を振り上げるセイバー。だが、振り上げた瞬間、セイバーの腕は固く固定されように止まった。

何事かと腕の方を振り向くと、その腕にはこれでもかと巻きつけられている魔の鎖があった。その鎖はただの鎖ではないことは理解できた。自分の肉体と原理は違うが、その鎖からは間違いなく神の波動と同等のものを感じ取った。

 

「邪魔な…」

 

腕に力を込めるセイバー。そんなセイバーを他所に、一つの幼げな声が古城の耳元に響き渡る。

 

「何をしている!?逃げるぞ!!」

 

その言葉を聞き終えると同時に、古城たちの眼に写る光景が急速にブレていく。そして、いつの間にか、彼らは工場の屋根へと移動していた。

その異常事態に古城は覚えがあった。そう。これは…

 

「那月ちゃん……」

 

己の教師でもある攻魔官、南宮那月が空間魔術によって自分たちを転送してくれたのだ。見ると、傍らにはライダーもおり、ライダーはトランプの形をした兵隊たちによって抱えられ運ばれていた。

 

「ちっ!流石にこれだけの人数を一遍に飛ばすとなると、そこまでの距離は稼げんか。っ!?」

 

ゾワリと、背筋が粟立つのを感じた那月は即座に鎖を10本ほど背後に壁にするように縦に召喚する。その瞬間、錆びついているとはいえ、鉄板の屋根を何枚も突き抜けながら、先ほどの大男がやってきて、剣を横一文字に振ってきた。

そのあまりに巨大すぎる剣に当たった鎖はギリギリと音を立て、火花を散らし、欠け、ひび割れながらも何とかその一撃を止めきった。

 

「ほう。もともと避けさせる(・・・・・)ための一撃だったとは言え、これを受け止めるとは…これならば、もう少しばかり力をかけても良さそうだな。」

「何っ!?ぐっ!?」

 

掛けられる力が先ほどとは比べ物にならないほどに一気に強まってくる。そして、鎖が一気に5本ほど綺麗に叩き斬られ、残り5本になる。だが、それらも速度は収まっても、一本、一本徐々に斬られていく。そして、最後の一本になったのを見て那月は、込める魔力を一際強め、一気に硬度を底上げしようとする。

 

「はああああぁあ!!」

 

怒号とともに鎖に込められていく魔力。そうして、鎖は欠けながらもギリギリのところでようやくその剣の刃を止めてみせた。それを見て那月はフッと、余裕さを主張するように笑ってみせる。

 

だが、そんな彼女を見て、セイバーもまたわずかに微笑する。

 

そして…

 

「ぬうううぅうん!!」

「なっ!?」

 

一気に今度は剣に込められた魔力の質が変わっていく。剣が燃え、一気に周囲の温度が上昇していく。そして、その熱気に当てられた最後の一本のその鎖がガチガチと音を立てながら、一気に断ち切れていった。

それを目視にて確認した瞬間、ほとんど反射に近い形で一気に距離を取る那月。

 

(この男、あり得ん。私の戒めの鎖(レージング)をただの膂力(・・)だけで斬った。)

 

この『戒めの鎖(レージング)』とは巻き付けば、第四真祖の魔力を制御することすら可能であり、巻きついている間は、異能無効化能力も発現する。それ故にその鎖はほぼ無敵と言っていい強度を誇る。ただし、いっては何だが、ただそれだけだ。異能無効化もただの純粋な膂力(・・)の前では何の意味も持たない。だが、そうだとしても、獣人のパワーも押さえつけるほどの強靭さを誇っているはずなのだ。

 

つまり、ただ純粋にこの男の膂力が強すぎるだけ…途中、魔力を纏うことで斬撃を強めてきたが、それも元々の斬撃の強さがあったからこそできる芸当。

 

「幼き姿をした魔女よ。あなたの力は素晴らしいものだ。それこそ、並みのサーヴァントを凌駕していると断言できるほどに…だが、その程度では私は止められない。もし止めたいのならばせめて、あなたの内に宿るその闇を纏いし金色の騎士を召喚しない限り、不可能と言える。

 

もっとも、それでも私を止められるかどうかはわからないが…」

 

その通りだ。と那月も考えた。正体はわからない。だが、この男は確実に自らよりも力が上だ。この場にて最高の戦力となりうるのは南宮那月か、暁古城のどちらかである以上、出し惜しみしてはいられない。なぜなら、先ほどこのセイバーに言われた通り、古城には圧倒的に経験が足りないからだ。

 

意を決して自らの力を解放しようとする。

 

だが、そんな彼女の決心を遮るようにしてセイバーがいる地点が爆発する。

 

「「「「!?」」」」

 

驚愕がその場にいる全員に一斉に走る。

一体どこからこの爆発が起こったのかそれ自体も不思議だった。だが、それよりも驚いたのが…

 

「おらぁ!!」

 

掛け声とともに間に入ってくる青い影。その影は爆煙の中にいるセイバーを正確に捉え、そこに向け突進していく。だが、土煙に紛れたセイバーはその突進からくる打突を剣により難なく防ぎ弾ききってみせる。

 

「おっと」

 

そう呟きながら、男は南宮那月一行の前へと退いてくる。

その姿に一番覚えがあるものが叫ぶ。

 

「あ、あなた、確か…ランサー!?」

「おう、さっきぶりだなぁ。嬢ちゃん。」

 

叫ぶ紗矢華に続いて、古城や雪菜もその姿に驚愕を覚え、思わず呟いてしまう。

 

「な、なんで、あんたが…」

(わたくし)が協力を取り付けたのです。古城。」

「ラ、ラ・フォリア!?協力って、え?」

 

その疑問に対する答えを一際低く、だが、妙に聞き覚えがある声が返してくる。

 

「簡単な話だ。そこのお転婆皇女様はランサーの令呪を奪い、無理矢理、マスター権を取得したんだよ。」

「なっ!?」

 

答えを返してきた男が古城たちの前に出てくる。

 

その後ろ姿には既視感と初見感の両方が詰まっていた。後ろ姿からも確認できる褐色の肌と白い髪、その光景には既視感がだが、黒いプレートアーマーと赤い外套を下の部分だけ携え、その下には黒いパンツを履き、金属の装飾が目立つブーツを装着している姿と、180は優に超えているその長身には同時に初見感を感じさせた。

男の姿を見た瞬間、一人の少女ラ・フォリアがその名を呼ぶ。

 

「来ましたか。シェロ・アーチャー」

 

誰よりも聞き覚えのあるその名を聞き、驚愕を覚えたが、同時にどこか納得した古城は次のように言った。

 

「え?あ、そうなのか。やっぱり…」

 

驚くほどすんなりと納得した様子の口調でそう言ったのだった。

それに対し、相手であるシェロ…いや、アーチャーは呆れた調子で言葉を返す。

 

「随分と呑気なものだ。あの男を相手にここまで生き延びて緊張の糸が緩んだか?もっとも、あの男はほとんど本気など出していなかったんだが…まあいい。とにかく…

 

よく生き残ったな。」

 

振り返りながらそう、わずかに笑みを浮かべてそう言った男の顔を見て、肩の力が抜けたのか、ふうと息を吐く古城。

 

「あ、あれ?」

「さ、先輩!?」

 

だが、よほどいっぱいいっぱいだったのだろう。古城は膝からがくりと地面に落ちてしまった。

それを見て、微笑を消したアーチャーもランサーと同じように目の前の敵に対して鋭い双眸を向けた。

 

「ランサー…そして、アーチャーか。ここまで随分と早い到着だったな。」

「ぬかせよ。セイバー…あんたが本気を出していりゃ、遅れてたところだ。」

「ああ、どうやらあなたからとってしてみれば、たとえ、どのような状況であれ、子供に容易に手をかけることは憚れると見える。」

「さてな。なんのことだか?」

 

とぼけた調子で返すセイバーを他所にランサーとアーチャーは声を潜めながら会話する。

 

(さて、ここは任せていいか(・・・・・・)?ランサー。)

 

そのアーチャーの言葉は普段のランサーが聞いていれば驚き目を剥くほどの言葉だった。だが、そんな言葉を受けたランサーの調子は次のようなものだった。

 

(だろうな。いまのてめえ(・・・・・・)に、あの野郎の相手は少し厳しいだろうからな。)

(別に…そのようなことはないが、こちらとしても彼らを置き去りにはできないからな。)

 

いいながら、アーチャーは振り向いて、古城たち一行の様子を見る。

自分たちの登場で精神的にはだいぶ回復しているようだが、身体的にはすでに傷だらけであり、とても戦い続けるような体をしていなかった。そんな状態を放置して戦いに行けるほど、アーチャーたちは人から離れていない(・・・・・・)。だから、自然、彼らのうちどちらかが残るという暗黙のルールが敷かれていたのだ。

 

(ま、そういうことにしといてやるよ。じゃあ、行きな。)

「何やら話しているようだな。まあ、大体会話の検討は着きそうなものだが…そして、その言葉を踏まえて言おう。

 

悪いな。ランサー。私が相手をしたいのは…」

 

言葉を途中で切りながら、男は虚空へと姿を消した。それが超高速で移動した影響により生み出された奇跡だと瞬間に理解し、それを目で追ったアーチャーとランサーの両名は瞬時に武器を構える。

 

そして、構えてコンマ1秒と経たないうちに金属音鳴り響く。その鳴り響いた先は…

 

「貴公だ。アーチャー。」

 

そう。先ほどの戦闘の因縁など顧みず、セイバーはアーチャーに剣を振り下ろしていたのだった。

 

ーーーーーーー

 

「役者は、揃ったみたい…後は頼んだわ」

 

セイバーのマスター・ローリエスフィール・フォン・アインツベルンは念話を通して、その相手に話しかける。

 

『ええ、でもいいの?これが果たされれば、本当の意味で私たちに選択の余地は無くなる。』

「今更ね。私たちはそうするべくして、この5年間を積み上げたんでしょう?」

『それもそっか……じゃあ、始めて。キャスター(・・・・・)

 

そのクラスは本来の聖杯戦争ならばすでに呼ばれない名のはずだった。なぜなら、すでにキャスターとして収まっている英霊は存在しているのだから…

だが、念話の相手である少女は黒いソファに腰掛けながら、部屋の窓側に立っている少年をキャスターと確かに呼んだのだ。

その少年は緩やかにカーブを描いた長白髪を後ろで纏め上げ、上は青いカフスボタンをつけたシャツに黒めのベストとクラバット、下を関節まで覆いそうなほど伸びたブーツと茶色いブリーチズズボンで固め、ベルトがわりにポーチを取り付けていた。

顔は端正と言っていい形をしており、優しげに緩やかなカーブを描いた青い瞳の目に白い肌。そんな特徴的な容姿をした140cm前半の少年は静かにその言葉に対応した。

 

「了解だよ。マスター。まあ、僕の力ではあるんだけど、正直な話、あまり好きじゃないんだよね。僕の理念(・・)に反している。」

「…あんたの理念を否定はしないけど、仕事はきっちりしなさい。そういう契約でしょ?」

 

少女の言葉を聞き終えたそのサーヴァントは困ったように笑うと、一つの電源コードを両手に取り、流石に目を瞑った。そして…

 

「うん。了解したよ。それじゃ……

 

宝具発動

 

『ーーーーーーー』」

 

真名が紡ぎ出され、その少年の伝説であり、半身たる異能が顕現する。

そう予感したキャスターのマスターだったが、予想に反して部屋の中には何も異常が起こらなかった。

 

そのことに不安を抱いたマスターである黒髪の女は問いただすように声を上げる。

 

「ちょっと、これ、ちゃんと起動したんでしょうね?」

「うん。したよ。目に見えないっていうだけでね。何なら見せることもできるよ?ああ、でも僕生前(むかし)から、人にモノを教えるのは得意じゃないみたいだから…もしかしたらマスターには理解できないかもしれないけど…それでもいいっていうんなら、今僕の頭の中で(・・・・)起きてることを視覚化してもいいよ?」

「……いいわ。あんたがそういうんなら、実際の話ちゃんとやってくれてるってことでしょ?それならそれでいい。」

「…随分と信用してくれるね?僕がもしかしたら、余計なことをするとか思わないの?」

「生前にはそんな記述なかったけど、『あらゆるものに平等に』それがあなたの唯一の理念でしょ?キャスター?なら、あなたはこんなことで嘘はつかない。あなたにとって、私に嘘をつくということは同時に

 

全世界の人間を平等に(・・・)騙したも同然となる。なぜなら同じ人間(・・)なんだから…

 

あなただってこんなくだらないことでそんな重荷を背負いたくはないでしょう。違くて?」

 

少年はその答えに対し、いたずらが成功した子供のような笑顔でこう言った。

 

「うん。そうだね。その通りだ。よく正解してくれたね。マスター。

 

それじゃ、本格的に始めるよー!」

 

掛け声をかけるように叫びながらも、結局のところ、その部屋にて異変が起こることはなく、平常通りにしか時は進まなかった。

それゆえ、キャスターのマスターもだんだんと飽きてきたのか、手持ちの本を読み始めたのだった。

 

だが、一人だけ、この絃神島内において一人だけ、この少年がしでかしたことをありありと見せつけられるものがいた。その人物とは…

 

「何よ?これ…」

 

絃神島における管理システムを一手に担う(彼女は自覚していないが)人間離れした化け物ハッカー藍葉浅葱だった。




いうまでもなく、オリジナルサーヴァントですよ。はい。
こいつの正体?そいつは言えないですね。一つだけ言えるとしたら、ものすごく有名な人物ですね。はい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XV

注意

今回、アーチャーにしては見慣れない描写がありますが、それに着きましては、フェイトステイナイトのアンリミテッドブレードワークスでアーチャーって霊核を傷つけられたのを魔力を貯めた概念礼装やら生肝でなんとか凌いだという話なのでそこから引用させて、少しばかりアレンジさせて頂きました。


『おいおい、どういう理屈だよ?コイツァ…』

「分からない…分からないけど、異常よ。こんなの!!」

 

彼女が使っているパソコンは絃神島の全システムを握るスーパーコンピュータにつながっている。当然のことながら、ただのノートPCとは圧倒的にスペックが違う。情報処理速度、セキュリティ共に現在で最高レベルにまで達している代物だ。

それ故、生半可なハッカーがそこに侵入してしまえば、その侵入口から蜘蛛の巣のように絡め取られ、最終的に浅葱に居場所を特定されて終いである。

 

そんな最新技術とハッキングにより保護されたそのコンピュータにて今現在、まるで何か超強力なコンピュータウィルスにでもかかったかのような前代未聞の異常事態が発生していた。

 

それは…

 

「次々消えていってる!絃神島にある情報、その全てが!?」

『こりゃ、まずいな。嬢ちゃん、分かってると思うが、コイツは…』

「分かってる!!こいつは、ハッカー(・・・・)じゃない!!」

 

妙に人間臭い口調で話すAIの声を遮るようにして、浅葱は叫ぶ。

 

ハッカーとは言わば、『スパイ』のようなもの。必要な箇所に必要な時間だけ侵入してしまえば、後は用済みという風に、即座に出ていくのが通常の場合だ。

いや、そうでなければならない(・・・・・・・・・・・)。いくら腕が良くても、まるで掃除機のようにやたらめったら、吸い込むようにして情報を消した後、自らのなそうとしていること(・・・・・・・・・・)を起こす。などというのは、三流以外の何者でもない。少なくとも浅葱ならばそのようなことはしない。

 

ハッカーとは詰まる所、誰にも気付かれずにパソコンに侵入するからハッカーなのだから…

 

つまり、この相手はハッカーとして、やっている手口で言うのなら下の下。とても浅葱が許容できるものではなかった。

 

最も、この全ての情報を使って何かすると言うのなら話は別だ。

ただし、そうなると現在使っているスーパーコンピュータよりはるかに効率、容量がいいサーバーが必要になる。なぜなら、その全ての情報を使って、何かする(・・・・)と言うのならば、必ずその全ての情報プラスαを加えなければならなくなるからだ。もちろん、例外なども存在するが、単純計算でそうなる以上、絶対に可能性としてそのプラスαは見逃せない。

 

つまり、自然、この絃神島を支えるほどのスーパーコンピュータの上位互換を用意して来なければならなくなる。そんなもの、どれほどの機材と予算が必要になるか分かったものではないし、そんな巨大な金がこの絃神島で動いているなどということが起きていれば、実質、彼女が掌握しているスーパーコンピュータの方へと情報が向かわないわけがないのだ。そして、彼女は今のところ、その手の情報を掴んだ試しがない。

 

よって、今現在、このスーパーコンピュータを掌握しにかかっている敵は、真っ当なハッカー(そもそも、ハッカーに真っ当も何もあるかどうかもわからないのだが)ではないということになる。

 

「…この私のセキュリティ掻い潜ってくるなんて、いい度胸してるじゃない!いいわ。そっちがその気なら…モグワイ!!」

『あいよ。嬢ちゃん。』

 

人間臭い口調で話すAIがそう応対した瞬間、監視カメラの映像、バラエティ情報、その他諸々の画面が一瞬で黒一色と白い文字で染まった画面へと切り替わる。その画面の色が示す意味、それはプログラミングに詳しくない素人でも理解できるだろう。

 

「やるわよ。モグワイ。この不法侵入野郎を徹底的にぶちのめす!!」

『おーおー、怖いねえ。だが、まあ了解した!飛ばすぜ!!嬢ちゃん!』

 

そう。その画面が示す意味とは明確な戦意。喧嘩をふっかけてきた挑戦者を殲滅する合図だった。

 

ーーーーーーー

 

「私が相手したいのは貴公だ。アーチャー。」

 

セイバーはアーチャーが持つ双剣と鍔迫り合いながら、そう呟く。

その言葉には実に真摯な意思が含まれていた。それはセイバーと共にその場にいた誰もが感じたことだ。だが、そんな言葉を受けたアーチャーの返答は次のようなものだった。

 

「そうか。それは大変光栄なことだ。だが、悪いな。セイバー。

 

今回、俺はあなたとは遊んでやれん。」

 

言い終わると同時に、アーチャーは曲線を描いた刃先を滑らせるようにしてセイバーの剣を受け流していく。受け流されたセイバーの剣は足元の屋根へと突き刺さり、錆びた鉄板がそこら中に飛び散っていく。当然、そんな鉄板にセイバーの剣が突き刺さったところで、止められるわけもなく、セイバーは剣を地面に突き刺したまま、這わせるようにして、剣の刃先をアーチャーへと向け、振り抜こうとする。

その剣をアーチャーはバク転する形で宙に飛びながら避け、一気に距離をとっていく。

 

「逃すか!」

 

距離を取られたセイバーは、そこから突進して距離を詰めようとする。

 

だが、その突進を阻むようして自分の目の前にランサーが出てくる。

 

ランサーに大剣を横に振り抜こうとするセイバー。だが、振り抜こうとした剣をランサーは手に持つ槍の柄を使って受け流し、逆に持っていた槍の穂先によって自らの頭蓋を砕かんとするほどの踏み込みと共に刺突の反撃を繰り出してきた。

 

その刺突をわずかに首を横に振ることで紙一重で躱すセイバーは、今まで右手による片手持ちだった剣を左手で持ち手の尾の部分を掴み、無理矢理方向転換するようにして横に振り抜いていたはずの剣を縦に振り抜く。

 

「ふんっ!」

「おっと!」

 

その無理矢理ながらも強烈な振り抜きをランサーは後ろに飛ぶことで躱す。

両者の距離が離れたところで、一呼吸置くようにして、ランサーが語り始める。

 

「釣れねえじゃねえかよ。セイバー。俺じゃ不足ってことか?」

 

ランサーの言葉にわずかな逡巡を見せたセイバーだが、やがて、問題ないと考えたのか、口を開き始める。

 

「そのようなことはない。こちらとしても貴公と決着を付けたいという気持ちは十二分にある。」

 

だが、とそこでランサーの背後に位置しているアーチャーを睨め付けながら言葉を続ける。

 

こちら側(・・・・)としてはそこのアーチャー…いや、正確にはそのマスター(・・・・)に随分な因縁があってな。まあ、もっとも本人からしてみれば八つ当たり以外の何物でもないのだが…」

「…なに?」

 

そういうとセイバーは何かを思い出すように目を細め、苦笑する。

一方でその言葉を聞いたアーチャーはセイバーに対し、警戒を強めながら尋ね返す。

 

「なぜ、マスターが関係してくる?マスターは君達に会ったこともないはずだが…」

「だから言っただろう?八つ当たり以外の何物でも……おっと」

 

と、そこでセイバーは片手で耳を抑えながらそっぽを向く。後ろで黙って今までの動きを見ていた那月たちは一体なにをしているのか理解はできなかったが、アーチャーとランサーにはその行為がなにを意味しているかすぐに理解できた。

 

アレはマスターと話して……いや正確にはマスターに叱られているのだ。恐らくは『余計な無駄話などするな!』と

 

「ああ…ああ…はは、申し訳ない。ああ、了解した。では今からまた戦闘を再開する。マスター」

 

 

言い終わるやいなや、一瞬にしてアーチャーの前に現れるセイバー。

 

(っ!?速いっ!)

 

そのセイバーの急な出現に対し、うまく反応したアーチャーは双剣を交差することでセイバーの上からの剣の振り抜きに対応しようとする。

 

柱のような大剣と双剣が衝突する。その衝撃により、両者が踏み締める屋根はアーチャーたちを中心に一気に亀裂が走り、瓦礫と化して舞い散る。

そして、自然、周りにいるランサーや那月たちにもその弊害は破壊の嵐となって襲いかかってくる。

 

「ちっ!」

 

舌打ちしながら、ランサーはその場から跳躍することで離脱し、他の者たちは那月が空間魔術を行使することで離れ、別の工場の建物上へと移動していく。

 

しばらくして、破壊の嵐が収まっていく。

 

収まった後、屋根は完璧に崩れ去り、最早、屋根など影も形も存在しなかった。どころか、その破壊は建物の壁にまで浸透し、あまりにも無残な姿を晒していた。

 

「は、はは、慣れた気でいたんだけど…マジかよ。」

 

アレだけの破壊があったのだからある意味当然だったとはいえ、その光景を見ていた古城は乾いた笑いを隠せなかった。

今のあの男はただ己が膂力のままに大剣を振るっただけだ。その力を舐めていたわけではない。

実際、その力を目の当たりにしているので舐められるわけがない。

 

だが、それでも、たった一撃で屋根が形どころか存在そのものを消すなんて、しかも、壊した屋根は一軒家などではなく、工場などの屋上にある平べったい巨大な屋根だ。いくら平べったいからと言って、アレを腕力のみで一撃で消し飛ばす。

 

今更ではあるが、アレは人間の持てる力ではない。

 

そんな彼の感想と感情を慮ってか、今まで敵であったはずのランサーが言葉をかけてくる。

 

「まあ、仕方ねえわな。だがよく見とけ。坊主、てめえがもしも、ライダーのマスターとして改めて腹を括ったつうなら、この闘いは目を離しちゃならねえ。それが何よりもてめえ自身のためだ。」

「あ、ああ。」

 

いきなり馴れ馴れしくアドバイスをされ、動揺する古城。そんな古城の気持ちを表すかのように古城の立つその背後から声がかかる。

 

「やれやれ、先ほどまで敵同士だったというのに…よくもそこまで明け透けに言葉をかけられるものですね。ランサー。」

「おう、何分、そういう性分なんでな。

 

にしても、ようやく起きたか。ライダー。」

 

ランサーのその言葉を受け、古城を始め、先ほどセイバーに相対した者達が一斉にライダーの方へと顔を向ける。

見ると、松葉杖のようにして剣で何とか体を支えようとするライダーの姿がそこにはあった。

 

「ラ、ライダー!?あんた大丈夫なのか!?」

「ええ。もちろん!…と言いたいところですが、正直、厳しいですね。」

 

そう言うライダーの体は、確かにそう言わざるを得ないほどボロボロだった。着込んでいる鎧は若干ひしゃげており、内臓の痛みによるものか、口からは血がたらりと垂れている。

立っているのがやっとだと誰の目に見ても明らかだった。

 

「それよりも、ランサー、あなたはあのセイバーと戦いたかったのでは?こんなところで油を売ってていいのですか?」

「おうおう、本当によほど効いてるみてえだな、セイバーが負わせた攻撃は。余裕が無くなってるぜ?ライダー。

俺をここから追い出してえなら、せめて、もう少しまともに喋れるようになってからにしな」

「……。」

 

返答に対し、無言で返すライダーを一目した後、ランサーは言葉を重ねるようにしてライダーの先ほどの質問に返答する。

 

「さっきと今とじゃ、勝手が違う。キャスターの方は理解できてるんじゃねえか?」

「うん。たしかにちがうわ。」

「……?その…勝手、とは?」

「だから、言ってんだろうが、せめてまともに喋れるようにはなっておけってな。ま、今に分かる。」

 

そう言うと、ランサーは先ほどの破壊で舞い上がった煙が収束していっている場面を再び見渡す。ライダーや古城たちもそれに続いてその場を見渡した。

 

「っ!?」

 

その瞬間、ライダーは理解した。たしかに状況は変わったのだと、まだ煙が立ち昇り、彼らの状況も何も分かったものではないのに、その特有の空気というのだろうか?それを感じたライダーは息を呑み、苦々しく眉を寄せる。

 

一方、古城たちにはその恐ろしいまでの並行的な変化に気づくことはできなかった。だが、煙が収束仕切った瞬間、その顔(・・・)を見て理解した。

 

煙が晴れ、青空教室よろしく屋根が無くなった工場の中にて、二人の男が対峙している場面が古城たちにも見え始める。そして、その顔(・・・)を見た。

 

それは絶望だった。悲哀だった。恐怖だった。困惑だった。不信だった。そして、それら全ての負の感情を宿しながら、塗りつぶさんとするほどの…怒りだった。

 

その顔の主が重々しくその口を開ける。

 

「貴様…」

 

男が言葉を口にした瞬間、その場にいるサーヴァント以外の全ての者たちが背筋と頰に冷や汗を流し、気付いた時には顔はびしょ濡れになっていた。

恐い。先ほどのセイバーから感じたものとはまた別種の恐怖が形となって襲い掛かってくる。

その形ある恐怖を目の前にした男は涼やかにその冷徹な視線を受け流して、言葉を紡ぎ出す。

 

「何だ?アーチャー。何か用か?」

「…よくもまあそう、ヌケヌケと……。だが、よく分かった。セイバー。貴様は、俺が相手しなければならんようだ。ランサー!前言撤回だ。

 

この男の相手は俺がする。すまんが……」

 

「あーあー、いい!いい!!

 

てめえなんぞに殊勝に物事を頼まれた暁には蕁麻疹で死んじまう。大体、今のてめえじゃ、俺が一騎討ちしようとしたって、何が何でも俺の決闘を邪魔しにかかるだろうが、そんな決闘(もん)俺としても望んでねえんでな。」

「……。」

 

返答を確認したアーチャーは今までセイバーへ向けていた視線をさらに強めた。

その影響で、先ほどまでの全体を覆っていた緊張の空気がわずかに緩み、いつの間にか忘れていた息をふき返すようにして、はーっと古城は息を吐くのだった。

 

そして、そのいきなりすぎる変貌に疑問が湧いた。先ほどまで、あのアーチャーはそこまで怒っていたわけではなかった。なのに、あの煙が晴れてからの彼はまるで別人だ。あの煙の中(・・・)で一体何が起こっていたのだろうか?と…

そのことを隣でなんとか立ち上がろうとしているライダーに聞く。

 

「な、なあ?一体、なんであいつはあんなに怒ってるんだ?」

「さぁ、わかりません。ただ、少なくとも先ほどの煙が上がっている間……

 

あの間にセイバーに何か(・・)されたのでしょう。

 

もっとも、あんな短時間のうちに彼があれほどの怒りを覚えるモノというと正直な話分かりません。ですが、なんであれ、これだけは言えます。

 

今のアーチャーには近づかない方がよろしいでしょう。」

「……。」

 

それだけは古城にも、そしてその他の皆にも理解できた。

 

彼らが今立っている場所は緩まったとは言え、未だ途轍もない殺気が充満した空間となっている。

 

この場所に新たに来客が来たとしても、おそらく同じ感想、意見を出して、できることならば即座に逃げ出しているだろう。もっとも、並みのものならば、その殺気に膝をは震わせ、足をつき、動けなくなっていただろうから結果的に誰もそこからは逃げ出せないだろうから、その仮定も無意味と化すのだが…

 

ゆらり、とアーチャーが手を上げ、手から人差し指を天に突き出す。そして、その指をゆっくりと、まるで川にある清流を思わせるようなゆっくりととした所作である方向へと向ける。

 

「場所を移すぞ。セイバー。本土ならばともかく、このような無骨な島では、我々の力を開放しただけで沈みかねん。そのようなことは貴様も望んではいないだろう?」

「いいだろう。こちらとしても、貴公と思う存分やり合えるというのならば、願ったりだ。」

 

会話を終えると同時に、どちらともなく跳躍し、その場から文字通り姿を消す。やがて、その場は静寂に包まれていき、先ほどまでたしかに存在していた緊張した空気が平常値に一気に戻る。

 

「っ!?はーーっ!!がは、ごほっ!?」

 

二人の男がいなくなったことで今まで忘れかけていたのか、呼吸を取り戻すように深呼吸する古城。だが、急な対応に体の方がびっくりしたのか咳き込んでしまう。

 

「だ、大丈夫ですか?先輩!?」

「あ、ああ。つーか、姫柊の方こそ大丈夫か?顔、汗でびっしょりじゃねえか?」

「それは、先輩とて同じでしょう?まったく、もう…」

 

雪菜の声を聞き、古城は先ほどまで耳の奥でずっと響いていた脈や心臓の音から意識をそらすことができた。

やがて、落ち着きを取り戻し、そして、疑問に思っていたことを口に出す。

 

「なあ、あの二人って、どこに向かったんだ?」

 

その質問に対し、アーチャーが指した指の方向を見つめ何事かと思案し、一番最初に答えを見出したライダーが答える。

 

「おそらくですが、あなたにも覚えがある場所に向かったはずです。古城。」

「俺にも覚えが…?」

「ええ。アーチャーの先ほどの言葉は脅しでもなんでもありません。事実、あのまま戦っていたのならば、この島は大惨事となっていた確率が高い。

であるならば、単純な話、彼らは島から離れよう(・・・・・・・)と思うはず」

「島から?…あっ!」

 

その言葉を聞き、一つだけ心当たりが存在した古城は声を上げる。

 

「もしかして、あそこか?けど、あそこって…」

「ええ、私もそれが意外だったので正直驚きました。ですが、生命(・・)が存在せず、誰にも邪魔されない。という意味で言うのならばあそこ以外に適任な場所も存在しないのも事実です。」

 

ライダーの言葉を聞き、その事件(・・・・)に親密に関わった一人の皇女もまたその答えにたどり着き、ハッとして声を上げる。

 

「まさか、その場所とは…」

「ええ、そうです。おそらく、彼らが向かった場所とは…

 

あのアーチャーのマスターが暴走した今は凍ってしまい、生命なき孤島と化したかの無人島でしょう。」

 

ーーーーーーー

 

「さて、用意が整ったようだ。ここからが本番だよ。マスター。」

「そう。なら、始めて、キャスター。」

「了解。マスター。では、始めよう。さて、僕と戦いし勇ましき者よ。君の健闘は素晴らしかったけど、ここで終わりだ。

 

君の能力は素晴らしい。現代においては、間違いなくトップクラスの知能を持っているのかもしれない。

 

僕は平等視を人生の座右の銘と言ってもいいくらいには掲げてるけど、それでも生前の経験から、平等視ができないものがあることは知っている。その一つが『知能』だ。

 

嗚呼、先ほども言った通り、君は間違いなくトップクラスの知能を持っている。

 

だが、残念ながら、この僕は、歴代最高の天才の一角と言ってもいいらしいからね。だから、君が負けるのは仕方がない。

 

この僕を頭脳で打ち負かせるものがいるとするならば、僕と同じく頭脳によってこの星を切り開きし者(・・・・・・・・)か、あるいはそれに類する天才だ。

 

まあ、僕の場合、この……」

「キャスター。」

 

キャスターの言葉を阻むようにしてキャスターのマスターが口を出す。

 

「ああ、ごめん、ごめん。じゃあ、始めよう。僕も魔術師人生は長かったけど、これほどの神秘を顕現させたことはないからね。ガラにもなく興奮してたみたいだ。

 

では、始めよう。人類史最高のマジックショーを!!」

 

バチン、とキャスターが指を鳴らす。

 

その瞬間、島の光という光が消え去った。

 

ーーーーーーー

 

(っ!?なんだ?アレは?)

(始まったか。それにしても、キャスターのヤツめ、存外に派手にやるモノだ。)

 

もちろん、その事態を島を走り続けているこの二人の英雄が認知しないわけもなく、彼らは走りながら、全く別の反応を浮かべながら、島から全ての明かりが消えたその様子を見る。だが、彼ら二人は切り替える。

 

目の前の敵に対する意識を高めるために…

 

走り続ける二つの影はぶつかり合うこともなく、そして、ブレーキをかけることもなく海へと突撃する。

海とは普通はどんなに身体能力が優れていようと沈むのが道理だ。だが、彼らにそんな道理は通じない。海へと突入しようと沈まず、全く同じ速度で駆けていく二人。

その速度はレースカーの最高速などとっくに超えており、音速に届かんとするまで来ていた。

ちなみにこの二人が海に沈まないのはそれぞれ別の理由が存在する。アーチャーの方は、駆けていくと同時に足場となる場所に小型のナイフを空間に凍結させながら投影し続けている。そうすることで瞬間的な足場が出来上がり、アーチャーに海を駆けるなどという無茶を可能にさせた。

一方のセイバーは違う。彼は足を海面に着きそうになると何故か、そこに同時に土が盛り上がってくるのだ。セイバー自体の脚力が強すぎるせいで盛り上がった土はすぐに崩れ去り、消えて無くなるが、そんな瞬間的な足場でも彼の身体能力ならば、難なく使いこなし、セイバーは走り続ける。

 

(いや、まったく、こんなところで生かされることになろうとは…人生、何が起こるか分かったものではない。いや、もう死んでいるのだが…)

 

アーチャーはそう思いながら、一つの思い出を思い返す。その思い出とは、世界の裏側である理想郷を旅し続けている内に出会った、黄金の輝きを腹に抱えながらそこに立ち続ける黒い竜とそれに寄り添うようにして座り続ける一人の聖女の姿だった。

 

そう。そこまでは実に美しい思い出だった。思い出だったのだが…

 

それとともに生み出された一つの苦々しい思い出が彼に『水走り』などという無茶を習得させたのだ。

 

では、その思い出は何かと言うと…

 

(…いかんな。ここで気を散らしていては後々の戦闘に影響が出る。)

 

思い出そうとする頭を一旦リフレッシュさせ、冷静になるよう言い聞かせる。

 

そうして、頭の中で言い聞かせるのを終えると同時に二人はある島にたどり着く。その島には何もなかった。ただ、氷の平原の上に天へと伸び立たんとするほどの巨大な氷柱が存在するだけであり、他には何かが暴れたのか少し時間の経った破壊痕が残っていた。

 

「…なるほど、生命のなき氷島か。たしかに我らの闘いにここまで適した場所は存在しないだろう。」

「気に入ってくれたようで何よりだ。さて、では始めるか。セイバー」

「ああ、行くぞ。アーチャー!」

 

アーチャーが双剣を、セイバーが大剣を両者同時に構え出す。

アーチャーの構えは、ダランと自然体を意識した立ち姿にまるで無造作に手に取ったような双剣が印象的な構えであり、セイバーの構えは剣を持たない左片手を突き出し、右片手の剣を地面に平行に剣の側面を当てるような構えだった。

 

両者はそこから近づこうとも、遠ざかろうともせず、しばらくその場に立ち尽くすのみだった。何かが合図になるのでは…と誰かが(・・・)思った。

 

だが、予想は外れ、開戦の合図は何もなく、無音のまま両者同時に虚空へと姿を消し、その中央にて激突する。

両者の力の波は波動となって伝わり、氷の大地に亀裂の波を与える。その亀裂はあっという間に島全体を覆い、先ほどあった島の光景など微塵も感じさせないほどの圧倒的な破壊の光景へと移り変わった。

 

「…ふーっ!!!」

「はあっ!!」

 

怒号を上げる。その瞬間、両者の剣が鞭となり、音速を超えて踊り出す。鞭となったその剣の舞は攻防の移り変わりは激しい。否、激しすぎる(・・・・・)。セイバーがその圧倒的な膂力と技術によって大剣を振るうことでアーチャーの双剣を攻め立て、大地に癒えない傷跡を残しながら前進したかと思うと、今度はアーチャーが絶妙な双剣の剣さばきにより、大剣の嵐をかいくぐりながら、近づき、首元、胴、腹といった人体の急所を迷いなく攻め立てていく。だが、その剣の動きを正確に予測し、セイバーはその筋骨隆々な肉体からは考えられないほど柔軟な動きと、持ち前の判断能力によって、いつの間にか間合いの死角から攻められているはずなのに大剣をアーチャーの前へと踊り出し、アーチャーを弾き返すことで距離を取り直す。

 

先ほどからその繰り返し。実に単純な攻防だ。だが、その攻防に交わされた技量、膂力、判断力それらは平均的に達人と見なされているものたちですら、青ざめるほどの力量が蓄積されている。

 

「トレース…オーバーエッジ!」

 

詠唱とともに、双剣が輝きを増すとともに刀身が長くなる。

 

その間にも、セイバーは剣を迫らせ、アーチャーから見て斜め右下から剣を振り抜こうとする。だが、その剣が突如として予想だにもしないほど前で止められる。

 

「…!」

 

見ると、アーチャーの干将が氷の大地へと突き刺さり、セイバーの圧倒的な膂力が剣にかかりきる前に止められているのが分かった。

そして、その一瞬の不明点が生み出した隙をアーチャーは見逃さない。バク転の要領で干将を中心に体を回転させると、莫耶を上へと投げ、莫耶の持ち手の尾を蹴りつける。

 

一見、力がかかり辛そうに見えるが、彼とて伊達に長くサーヴァント歴が長いわけではない。どの位置を蹴り出せば、力がよりかかり、高速で剣を打ち出せるのかぐらい瞬時に判断できる。

 

そのため、彼のその曲芸染みた攻撃がセイバーの顔面めがけて飛んでいく。

 

「ふっ!」

 

だが、セイバーとて伊達に最優として呼ばれ、召喚されたたわけではない。瞬時に状況を判断し、剣を手放す。

セイバーはわずかに後方に跳び、距離を取ると、体を回転させ、踵による回し蹴りを莫耶の側面へと喰らわせることで、弾き飛ばす。

しかもそれだけでは終わらない。いつの間に持ったのか、右手で剣を逆手に持ち直したセイバーは先ほど剣を振った回転とは逆に回りながらその剣をアーチャーへと迫らせていた。

 

「…っ!」

 

そこで、今度はアーチャーが距離を取る番となった。抜き取った干将を前にかざすような形でセイバーの剣を防御する。だが、その防御があまりに脆いことはアーチャーが一番よく理解できている。だから、少しでも衝撃を少なくするために腕で後方へと力を掛からせながら、即座に剣を抜き取っていた。

 

だが、そんな努力も虚しく、セイバーの一撃はアーチャーの芯を捉え、吹き飛ばしていく。中華剣の舞を彷彿とさせるような回転で、アーチャーは衝撃を散らしていき、回転を終えると、足でブレーキをかける。

 

アーチャーがブレーキをかけている間にもセイバーの攻撃は終わらない。セイバーが大剣を氷の大陸へ向けては振るう。その瞬間、その衝撃は氷の大地の隆起となってアーチャーへと襲い掛かっていく。

 

「ちっ!」

 

だが、それを黙って見ているアーチャーではない。干将、莫耶の能力は二つの剣を引き合わせることだ。単純な能力だが、それはこうした片手にしか剣がない状況では上手く働く。

 

干将に誘われるようにして、莫耶がアーチャーの手に戻る。そして、すでにセイバーの一撃をもろに食らったことでわずかに脆くなっている干将を隆起した大地へ向けて投擲する。

 

そして…

 

壊れた幻想(ブロークン ファンタズム)!」

 

彼が詠唱すると同時に、干将は勢いよく爆発し、先ほどの大地の隆起を押し留めた。

爆煙が立ち込める中、その爆煙の影からセイバーが突進してくるのを確認したアーチャーは莫耶にてその突進を受け留める。

その衝撃は今度は大地ではなく、空気を弾き、途方も無い爆音を生み出す。そして、両者が鍔迫り合いながら、相手の目を確認する。すると同時に両者距離を取る。

 

そうして、また、セイバーとアーチャーの距離は初めて相対した時同様のものへと立ち戻っていったのだった。

 

ーーーーーーー

 

その光景をずっと見せられているものたちが居た。それは…

 

「す、すげえ…」

「なんていう…戦い…」

 

古城たち一行…いや、正確にはこの絃神島に住んでいる(・・・・・・・・・)全てのものたちが見ていた。

だが、先ほど漏れた感想は間違いなく、古城と雪菜が漏らしたものである。ところで、なぜ、遠く離れた古城たちがアーチャーたちの様子を確認できているのか?理由は簡単である。

 

この絃神島の全ての映像機器が先ほどからアーチャーとセイバーの戦いの映像によって占拠されているからである。先ほど、島全体で停電があったのだが、その停電はすぐに収まった。それと同時に全ての映像機器にこの戦いの映像が一斉に流れて行ったのである。

 

その映像を見た島民の反応は様々だった。焦り、興奮、恐怖、歓喜、そんな様々な感情の渦を古城たちはビルの屋上から見つめ、再びショッピングのビルの一角にある巨大な映像機器へと目を移す。

 

「しかし、なんでこんなことが…」

「おそらく、ハッキングというものをされたのではないのですか?だからこそ、こうして…」

「いや、それはないな。」

 

古城の疑問に対し、返答したライダーの答えを遮るようにして那月が返す。

やけに断言してかかる那月に疑問を抱き、ライダーは質問する。

 

「なぜ、そのように断言できるのですか?南宮那月。」

「お前たちサーヴァントは知る由もないだろうが、ことハッキングにおいてだけいうのであれば、この絃神島はどの国よりも優れている。諸事情でそのあたりは言えないが、この世にこの島のハッキングシステムを妨害出来るものはいないだろう。それこそ、そのハッキングシステムの中枢を担っている人間が留守でもしない限りな。」

「だが、現にこうなっちまってる以上は、そういう判断は切り捨てといた方がいいだろう。それに今、あんた言っただろう。この世(・・・)にってことは今現在、この世にはいないはずの何者かがこの事態を引き起こしているってことだろう。」

「!それって…まさか…」

 

ランサーが那月の言葉に返すようにして、言葉を挟み込むと、優麻がランサーの言葉に反応する。

 

「ああ、もうこの世にはいないはずの何者か…つまり、サーヴァント。こいつなら、こういう芸当が可能だろうよ。もっとも、サーヴァントの中でもかなり強力な能力がなけりゃ、ここまでの芸当は不可能だが、今それを話しても無駄だろう。探すにしたって、あちらさんだって馬鹿じゃねえんだ。当然力を隠されている。」

 

そういうと、ランサーは先ほどからセイバーとアーチャーの戦闘が映し出されている映像を見る。

その様子を確認したラ・フォリアは質問する。

 

「どうですか?勝負はやはり互角ですか?」

「いや、わずか…ほんの僅かではあるが…」

 

ーーーーーーー

 

「ちっ!」

 

ビシリと、音がした方へと首を向ける。すると、そこには赤い外套が僅かに刀傷を負い、斬られている。それを確認したアーチャーはセイバーの方を再度確認する。セイバーの方は服に傷一つつかずにこちらを不敵な笑みを浮かべながら見つめ返していた。

お互いに傷を負っていない。だが、こうした戦闘における些細な差は後々になって響いてくる。それをセイバーもアーチャーも理解している。

 

だから、彼らは瞬間的に理解したのだ。このまま行けば、アーチャーの負けは確実だ、と…

 

ーーーーーーー

 

「そ、そんな…どうするのよ?それ…あいつが負けるってこと」

「あいつの擁護するわけじゃねえが、誤解すんなよ。アーチャーは別に、総合的な力量でセイバーに劣っているわけじゃねえ。寧ろ、互角と言っていい。それはあいつら二人と戦った俺が保証する。だが、だからこそ、アーチャーは今のまま(・・・・)だと負けちまうんだ。」

「ん?どういうことだよ?それは…」

 

疑問符を浮かべる古城たちに対してランサーは説明を続ける。

 

「アーチャーのヤツはすでにあの戦いで三連戦目だ。しかも、ただの三連戦じゃねえ。1戦目は俺と、2戦目はそこでぶっ倒れている魔女とだ。

 

戦いの激しさについては俺との戦いの方が断然上だろうが、消費魔力のでかさでいうのなら、おそらく、そこの魔女との戦いが大きかったはずだ。」

「え?」

 

と、そこで那月へと視線を移しながら言葉を続けていく。

 

「そこの魔女が持っている『闇誓書』っつったか?そいつはサーヴァントが現界を維持するための魔力を著しく消費させる。霊体化しなけりゃそれを防げねえほどにな。そんな環境下であのアーチャーはおそらく、本来お前ら生者が相手にするはずだった敵を相手に戦っていた。

 

俺たちサーヴァントは基本マスターから魔力を供給してもらわなけりゃ、存在もできねえ。アーチャーがあの戦いで相当の魔力を消費したのは言わずもがな、だ。

まあ、それでも、マスターの協力がありゃ、なんとか回復できるレベルのはずなんだが、なんでか知らねえが、あの野郎、あの体に『俺の前で戻ってみせた後』からずっとマスターからそこまで大量の魔力を供給していないらしい。

 

あれじゃぁ、回復するものもできねえ。」

 

ーーーーーーー

 

「なぜだ?アーチャー。」

 

セイバーが問う。

 

「なぜ、そこまでして、マスターを守ろうとする。いや、サーヴァントとして、それが義務なのはわかっている。だが、貴様のそれは一種異常と言っていい。

 

おそらく、マスターに事情の説明すらもしていないのでないか?そうでなければ、ここまで忌避する意味がない。

そのマスターがよほど争いに耐性がないのか、あるいは争いに耐性はあっても争いを許容できる人間性をしていないのかそのどちらかは知らないが、ここまで手がない以上、無断であれ、マスターから魔力を供給してもらわねば、

 

貴様の負けだぞ。」

 

最後の語気を強めに言い切る。セイバーを前にして、アーチャーは考える。

 

(いや、手がないわけではない。少なくとも、一つ手はある。あることにはあるんだが、正直この序盤ではあまり使いたくはない手だ。

 

しかし、『なぜ』…か…)

 

なぜ、自分はこんなになってまでマスターに何も伝えずに守ろうとしているのか?少なくとも、マスターに危機が迫っていることくらいは伝えるべきではないのか?そうすることがサーヴァントとして後々マスターを守ることにもつながるのではないのか?何も伝えずに、ただ見守る。それは許されざる傲慢なのではないのだろうか?そう考えた時期もあった。

 

だが、結局のところ、アーチャーはマスターである夏音に何も伝えないことを選んだ。その理由は…いまさらながら、少し疑問に思った。アーチャーは物思いに耽る。

 

なぜ、こうまで何も伝えずにマスターを守り切ろうとしているのか?ランサーとの問答で考えた『マスターが博愛主義者だから』というのも理由のうちには入るだろう。だが、それだけだろうか?もっと、根本的な…何か…大切な、いや、大切というよりも…

 

そこまで考えて、ある一つの記憶(・・)を思い出す。そして、その記憶を噛み締めながら、ふーっと息を吐く。

 

そして、今までとはまた一段と静かな殺気を視線に宿らせながら再びセイバーを睨む。

 

「…!」

 

その視線に応えるようにしてセイバーも剣を構える。

 

(そうだな…夏音。君を守ろうとした理由。それは何も難しいことではない。もっと単純なものだ。俺にとってそれだけでも十分に君は守るべき存在として写り、だからこそ、君には何も知らないでいてほしいと思ってしまうのだ。

 

この考えは間違っていて、セイバーの言う通り歪んだものなのかもしれない。いつか、君に全てを伝えなければならいときが来るのかもしれない。

 

だが、それは断じて今ではないはずだ。

 

ならば、多少の不利は抱えてでもこの男を討つ!確実に!!)

 

アーチャーはそう考えると同時に手を掲げる。瞬間、流星が絃神島を中心にアーチャーたちのいる無人島に向かって流れていく。無数のその輝きは、アーチャーの掌へと収まっていく。そして、やがてアーチャーの手に一つの掌ほどの大きさの塊ができていた。宝石に似ているが、それにしてはなんというか気持ちの悪い色だった。赤、黄色、青といった三原色をベースに、これでもか、と一緒くたに混ぜ合わされたような色合いをした、そんな石だった。

 

「なんだ?その石は?」

「さて、なんだろうな?」

 

言い終えると、アーチャーはその石をなんの躊躇もなく呑み込む。

静寂が辺りを包み込む。だが、そこからわずかな時間が経ち、セイバーは一つの異変を感じ取った。

その異変が段々と大きくなったことを感じ取った瞬間、それは起こった。

 

「ふぅぅぅぅぅっ……はあっ!!」

 

気合いの怒号、その一声とともにアーチャーの魔力が一気に周囲へと文字通り爆発した。

その膨大な魔力に驚愕の色を浮かべたセイバーだったが、やがてその異常事態を理解する。

 

「そうか。先ほどのアレは無数の概念礼装を一つに固めたものか。おそらく、その一つ一つに微々たるものながら魔力を少しずつ加え、蓄え続けたもの。

 

あらゆる場所、あらゆる条件に対応するためにそこかしこに様々な色、形を取らせて配置してきたものだったために、あのような不恰好な色と形になったということか。」

「一瞬でそこまで理解したか。全く恐れ入る。いや、ある意味(・・・・)当然か。では、語彙力がなくて申し訳ないが、先ほどの言葉をもう一度言わせてもらおう。

 

では、始めるか。セイバー。」

 

もちろん、この言葉は意図的なもの。セイバーにここからが真の戦いだと合図するための売り言葉だ。

ならば、こちらも買い言葉で答えるのみ!

 

「ああ、行くぞ!アーチャー!!」

 




今更ながら、バレバレだったとはいえ、セイバーの肌の色について言及することが非常に多く感じられ、質問させていただくのですが、やはりバーサーカークラス以外なので、黒ではなく肌色の方がいいんでしょうか?それとも見慣れている?からの方がいいんでしょうか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XVI

オリジナル要素をまた入れさせてもらった。
悔いはない。だって、なんかそのまんま入れるのおかしくないって思っちゃったんだもの!!


「「っ!!!」」

 

先ほどと同様にセイバーとアーチャーの剣と剣がぶつかり合う。衝撃が拡散する直前に彼らは離れ、今度は一斉にその氷原を駆けていく。それ故に彼ら二人の姿はすでに誰の目にも写らず、ただひたすらに何かが弾けるような衝撃音が繰り返されていくという不思議な感覚を引き起こす映像のみが絃神島の全ての映像機器には流れていた。

 

「よく走んなぁ、おい。俺のように槍兵でもねえってのによ。」

「島の左端に行ったかと思えば、右端に…かと思えば、前端に、後端に…と…全く目まぐるしいですね。ここまで場面が展開する戦いはサーヴァントでもそこまでないでしょう。」

「あ、また、うごいた。でもあのさきって……」

 

だが、人の認識と能力を超えたサーヴァントたちにとって、そのスピードは日常茶飯事と言ってもいい境地だ。 それ故、その人間離れした動きにも難なく目を走らせ、戦いの全容を図ることができる。

 

「どうした?アリス。」

 

南宮那月は、先ほどの歯切れの悪い答えに疑問を持ち、また、彼女自身も僅かながらにしか目で追えないこの戦いの全容を確かめるべく、己がサーヴァントらしい(・・・)少女に質問を投げかける。

 

「うん、ふたりのいきさきがえらくきゅうだったから……」

「急……とは?」

「そのままのいみ、あのふたりもしかすると、ううん、まちがいなくあのおっきなこおりのはしらにむかってるわ。」

 

ーーーーーーー

 

キャスターのその言葉通り、セイバーとアーチャーの二人はその真っ平らな氷原にある唯一のシンボルと言っていい巨大な氷柱へと向かっていた。言うまでもなく、柱と呼ばれるそれは地面と垂直に立っているからこその柱だ。

 

当然、駆け上がれるようにはできていない。だと言うのに、その二人はまるで階段でも上るかのように、その柱を駆け上がり、流星と見紛うような速度でぶつかり合って行く。

 

黒と赤の二つの流星はまるで、一昔前のレトロテニスゲームを彷彿とさせるように軌跡を描きながらぶつかり合う。

 

そして、それは何度目の衝突だったか、突如として両者が自らの剣をぶつけ、鍔迫り合う。

 

二人のサーヴァントが睨み合う。

 

だが、そんな睨み合う時間は僅かに時を流れた後に決壊する。両者の力の拮抗が一方の英雄に天秤が傾いた故に…

 

その一方とは…

 

「ふんっ!」

「ぐっ!?」

 

言うまでもなく、と言うべきかセイバーの方へと天秤は傾き、アーチャーは力負けし、氷の平原へと真っ逆さまに落ちていく。

 

その落ちていく勢いにブレーキをかけるようにして、莫耶を柱へと突き刺すことでなんとか体勢を立て直し、片手で体操の鉄棒の要領で回転しながら剣の持ち手へと足をつける。

 

セイバーはというと、ヒタリと足を柱に付けるや否や、そこからまんじりとも動かなくなった。そう。セイバーは足の握力だけで氷柱の上に立っているのだ。

 

氷とは脆く、溶けやすい側面を持つ。アーチャーとセイバーが立っている氷柱ほどの太さとなると、硬度は高まるが、それでも表面では先ほどいった氷の持つ独特の側面が確かにある。だから、セイバーはほんの僅かでも力加減を間違えてしまえば、その時点でセイバー自身もアーチャーと同じく氷原へと落ちてしまうのだ。だが、彼はその類稀なる身体能力とセンスによって、氷柱に立ち続けている。

 

それはアーチャーにはできないことだ。そのことに歯噛みしながらも、そんなセイバーの様子を見ながら、アーチャーは思考回路を急速に回転させ、巡らせる。

 

(さすがにそう簡単にはいかんか…やれやれ、この5年間溜め込んだ魔力を全て体に注ぎ込んでいると言うのに…しかし)

 

思い、考えながらアーチャーはセイバーの方を見据える。その腕を見ると、今まではそこには丸太のように太く黒い腕しか存在しなかったはずだと言うのに、そこには黒く地味な紋様が描かれた布地が巻かれていた。

 

アーチャーのその類稀なる解析能力はその布地の正体を詳細に理解できた。そう。あの布地は宝具なのだと…

 

(今、感じられた急激な膂力の上昇からして、アレは身体能力やその他諸々の自らの能力を跳ね上げる効果の宝具か……元々、俺とセイバーでは単純な身体能力において決定的な差が存在する。

そこに更に強化を加えてくるとは……厄介だな)

 

驚いたことに、セイバーは先ほどの戦闘開始の合図からすぐに自らの力の一端を解放してきた。

 

それでは、真名がバレる確率が増えようものだが、アーチャーはそれに対して何も疑問に思わなかった。

 

(当然だろうな。この戦いには最早、真名を伏せることなど何の意味もない(・・・・・・・)のだから)

 

そこまで考えて、一端思考をやめ、セイバーの方へと振り向く。そして、改めてセイバーの方へと突撃しようと考え、剣の上から飛び降り、掴み直し、氷の柱の上に立つ支えとした。そして、一気にその剣を抜きながら走り抜けていく。

セイバーは氷の上にヒビも立てずに立ち続けながら、その来訪者を出迎えるために今度は剣を両手で持ち、アーチャーのいる正面に刃先を向けるようにして構える。

 

アーチャーがセイバーへと激突する。だが、単純にぶつかっては先ほどの二の舞。ならばどうするか?

 

簡単なことだ。アーチャーはラインを変えればいい。

 

刃先がラインを描いている干将、莫耶はその刃先の性質上、攻撃を受け流すことに長けている。だから、アーチャーはセイバーと衝突するその瞬間に刃先の性質をうまく活かし、上から迫り来るセイバーの刃先を滑らせながら(・・・・・)その膂力に押し出されるような形で後ろに回る。

後ろに回ったアーチャーはそのまま、セイバーの首めがけて、干将を振るう。

 

「甘い。」

「っ!?」

 

だが、その攻撃は突如としてアーチャーは右横から襲ってくる脅威を感じ取り、その攻撃を防ぐことに集中したために止めざるを得なくなる。

見ると、そこには剣を片手に持ちながらいつの間にか自らの方へと視線を向けているセイバーの姿があった。

 

(片手のみで剣の軌道を縦から横に変えながら、氷柱の上を回転したのか!?あの足場でよくやる!)

 

セイバーの攻撃はなおも終わらない。再びアーチャーを下へと弾き飛ばしたセイバーはそこから一気に落下しながら、剣による乱撃を喰らわせていく。

その乱撃を干将、莫耶によって、もはや『受け止める』などということはできず、必死に(・・・)受け流していく。

そう、必死だ。僅かでも集中を切らして一寸でも力を受ける剣先の位置を変えてしまえば、そこからあの男の先ほどよりも更に圧倒的な膂力によって剣ごと一刀両断に叩き斬られてしまう。その確信にも近い予感を現実のモノにしないためにも受け流し続けるしかない。

 

(まずいな。このままでは…!?)

 

剣を伝って、その膂力が増していくのが感じられる。セイバーはただの馬鹿力のみの戦士ではない。ただ攻撃を単調に繰り返しているわけではなく、様々な状況を想定した多種多様な斬撃によって相手がそれに対し、どう対応するのか見切り、戦略を練っていることだろう。ならば、早くこの流れを打ち切らねば、勝機はない。

そう考えたアーチャーは賭けに出る。今まで受け流すことで精一杯だったその剣の上からの一撃を双剣を交差することで、防御しようとする。

当然、アーチャーの膂力ではその一撃を受け切ることなどできず、衝撃は一気に膝へと伝わり、膝を折らざるを得ず、ついにはその一撃により氷塊の砂塵が一気に舞い出し、辺りを白く包み込む。

 

ーーーーーーー

 

「っ!おい、今の…大丈夫か!?」

「まともに食らったわよ!?」

 

古城と紗矢華が声を上げる。だが、それに対するランサーは心底呆れたような口調でこう言った。

 

「はっ!自業自得だ。マスターのためなんだろうが、未だにあのセイバーを相手に力を隠し続けるから、こうなる。セイバーと同じ間隔でヤロウが力を解放してればこんなことにはならなかった。」

「えっ?」

 

意外そうな声を上げて来た古城の反応を聞いた後、これまた心底下らないとでも言うかのようにランサーは告げる。

 

「さっきも言ったろうが、アーチャーとセイバーの総合的な(・・・・)戦闘力は互角だってな。」

 

ーーーーーーー

 

氷柱へと叩きつけられたアーチャーは氷柱を背にめり込まされていた。そんなアーチャーに対し、セイバーはダメ押しするように柱から飛び上がり、アーチャーの方へと向き直る。

落下しながらも、その目はアーチャーの姿を確実に捉えている。そしてそのアーチャーに向けて、剣を振り被り

 

「ふん!」

 

一気に横一文字にその大剣を振るう。

距離は10メートル以上は離れているというのにその衝撃は空気を裂き、真っ直ぐにアーチャーの元へと向かっていく。

 

「っ!」

 

死をもたらすそのかまいたちに対し、アーチャーも対抗して双剣を振るう。それにより、なんとか防がれたセイバーの斬撃。だが、アーチャーは聞いた。自らの背後にてビシリという何かが割れるような、いや、この場合ならば『斬られた後のような』と言った方が正しいか。だが、少なくとも、アーチャーは氷の壊れる音を確かに聞いた。

 

その破壊音の方へと静かに首を振り向く。そこには…

 

半径40メートルは優に超えている氷柱が斬られ、自らに向かって倒れて来ている悪夢のような光景が広がっていた。

 

それを確認したセイバーは早い段階で落ちて来た空中にある氷の破片を足場にそこから離れていく。一方のアーチャーは離れようなどと考えなかった。否、考えられなかった(・・・・・・・・)。今、アーチャーに傾いて来ている氷柱はザッと見積もっても雲までは届いていた。確かに自分一人ならば、これぐらい避けるのは簡単だ。雲まではと言っても、島までは届いてはいないはずなので、アーチャーは避けることに対して、なんの憂いもなくやってのけられる。ただし、それは一人ならの話である。

 

生憎と、ここにはセイバーという二人目がいる。セイバーはすでに氷柱より離れている。とはいえ、あの男のことだ。アーチャーがもしも出ようとするならば、また、氷柱の元へ弾き返そうとするだろう。

 

氷柱がこちらに傾き始めている以上、1分1秒でもそういったタイムロスは無くしていきたい。である以上、この場で氷柱から離れるという手段は褒められたものではない。なんとかすれば、セイバーを突き崩して突破することもできなくはないが、それも一か八かである以上、アーチャーは離れられなかった。

 

だから、アーチャーも覚悟を決めた。自らの真の能力(・・・・)を解放する覚悟を…

 

ーーーーーーー

 

重々しくその衝撃が、その無人島と引いてはそこからの映像を見ている絃神島へと響いていった。氷柱の周りを白い霧が覆い、先端は海へと真っ直ぐに叩きつけられ、間欠泉を想起させるほどの勢いの水飛沫を上げる。

その後、静寂が続く。セイバーは氷柱の前に着地すると、少しの間、その様子を見た後、怒鳴るようにして声を上げる。

 

「どうした!?アーチャー!まさか、この程度で、終わりということはあるまい!」

 

その挑発に対して、僅かな沈黙が続いた後、突如として氷柱が下から爆発でもするかのように破砕する。

破砕した氷の欠片が舞い、あたりに降り注いで行く。と同時に、その白い霧に紛れるようにしてキラリと何かが光る。

その光った正体を正確に理解したセイバーは剣を握り直し、左手を盾に右手に剣を持ち、半身で構える。

 

先ほど光った物体が徐々にその影を浮かび上がらせる。

その光った物体の正体、それは優に100を超える剣の軍勢だった。

 

剣がセイバーの目の前にまで迫る。その剣の弾丸をセイバーはまず剣を使わずに左手に握られた拳を振ることで防いで行く。そして、その腕で防げなかった剣弾を剣で、剣で弾けない箇所を腕で正確に弾き、防いで行く。無論、それだけでは終わらない。

 

戦闘スタイルは違うもののアーチャーのクラスとしても呼ぶことができるこの男には相手が選び出すであろう狙撃ポイントを正確に読むことも可能だ。四方八方から来る剣の嵐を前にアーチャーがどこにいるのか白い霧の中で正確に感知しようと五感を極限まで鋭くする。

 

そして、霧の中のある一点に焦点を定めたセイバーはそこに振り向きながら剣を振るい、勢いよく大地へとその剣を叩きつける。瞬間、霧を晴らすようにして赤い火柱が地面から天へと湧き立ち上がる。

その火柱を中心に霧は一気に晴れ、嵐のような剣の雨はカランカランと音を立てながら一つ一つ落ちていった。

 

それを確認したセイバーは構えを解き、自然体に戻りながら言葉を告げる。

 

「失望させてくれるな。アーチャー。多少やる気にはなったみたいだが、それがただ剣を投げつけるだけで終わるとは…あれでは砂利でも投げつけたほうがまだマシだというものだぞ。」

 

セイバーが告げた言葉に対する返答はない。だが、代わりに今まで落ちていたはずの剣の全てが一気に宙に浮き上がる。そしてその剣群の背後にはまた更なる剣が延々と増え続けている。そして、約1秒も掛からないうちに一目で数千は超えただろうと分かるほどに数が増えきった瞬間、それらは一斉にセイバーへと向けて射出されていった。

先ほどと同様に防ぎ続けるセイバー。だが、今度はやたらとセイバーがイヤだと感じる方へと剣が当たる。例えば、顔に向かってきた剣を左腕で払うとそれに狙い澄ましたかのように、左半身を集中砲火させる。そして、これ以上ないというまでに剣を左半身に叩きつけられると、セイバーは慣れ始める。

だが、その慣れた一瞬を見計らい、アーチャーが召喚した剣は今度は右腕を攻めてくる。そうやって、一方を攻めてくることもあれば全体を攻めてくることさえある。見ているものにはただ、剣が弾のように叩きつけられているようにしか見えない。実際そうなので否定はできないが、見るものが見れば分かるだろう。その攻撃は全てが緻密に考えられた言わば、剣の網なのだと…

 

徐々に余裕が無くなってきたセイバーは無傷ながらも後退させられる羽目になる。だが、後退する足を何かが止める。見るとセイバーの踵に位置している氷の大地に剣が突き立ち、セイバーの後退を妨害していた。そんな彼に追い打ちをかけるように一気に剣たちが勢いを増し、豪雨のようにセイバーへむけてその刃を立てつけてきた。

 

そうして、しばらく経ってその場を見るとハリネズミのように数千を超える剣の柄が突き立った巨大な一つ塊が出来上がっていた。

 

収まっていく火柱の中から、アーチャーが無傷で抜け出してくる。

 

「先ほどの言葉、そのまま返させていただこう。ただ火の粉を撒き散らすだけが貴様の剣の最奥の一つだというのならば、水をかけた方がまだマシだというものだったぞ。セイバー。」

 

言い終えると同時にもうここには用がないとでも言うかのように背中を向ける。だが、三歩ほど歩いたところで立ち止まる。

 

「…しつこい男だ。」

 

アーチャーが言い終えると同時に先ほどの塊が勢いよく弾け飛ぶ。そしてその中から、マグマの柱と氷の大地の隆起が波状攻撃となって襲いかかってくる。

それをその場から飛ぶことで躱すアーチャー。その視線の先には、いるだろうと予想していたセイバーの姿があった。

だが、アーチャーはその姿を見て驚愕を露わにする。先ほども言った通り、アーチャーは跳んだ先にセイバーがいることを予測していた。だから、そのことに対しては別に驚きはない。問題はその姿だ。

アーチャーは先ほど『しつこい男』とは言ったものの、あの程度でセイバーがやられたとは思っていなかった。自分が生前から知っている(・・・・・・・・・)大英雄。最強の一角とも言っていいその男の実力の一端を見ていたアーチャーはそのことを文字通り骨身に染みて分かっていた。

だから、この驚愕は生きていたということに対するものではない。先ほども言ったが、問題はその姿だ。

 

(一つも傷が付いていない…だと?)

 

確かにセイバーの技量ならばあの中で生き残ることもできたかもしれない。だが、それを差し引いても体や衣服に何の傷跡もなく、生還などということがあり得るだろうか?否、あり得るわけがない。体はともかく、衣服の方には僅かでも傷が付いていなければさすがにおかしいのだ。だが、現実に有り得てる。となると考えられる理由は…

 

(宝具か。あの猛攻を無傷で防ぐとなると、相当、神秘のレベルが高い結界宝具か何かだろうな。あの男の伝説の中でそれに最も類する宝具があるとするならば…)

 

そこまで考えて、アーチャーは伏せていた口をおもむろに開ける。

 

「ネメアの獅子か…」

 

ーーーーーーー

 

「……え?」

 

呆然。それは一体誰のものだったのか。だが、アーチャーから聞いたその言葉は不思議と頭の奥深くに響き渡っていき、そして、その言葉を反芻していく内に人々はある男を思い浮かべる。

だが、そんな彼らの頭の中の反芻を置き去りにして映像の中にいる男二人は会話を続けていく。

 

『…やれやれ、その名を言われてはこちらとしては名を隠すも何もないのだがな。アーチャー』

『それは失礼したな。てっきり、この戦いではそんなものはもう何も意味しないと思っていたんだがね』

 

鋭い視線と共にそう返すアーチャー。対するセイバーはその鋭い視線に対して僅かな哀情の念を思わせるように目を伏せる。そして、少しすると、目を開けて男は開口する。

 

『そうだな。先ほどはあのように惚けてしまったが、アレ(・・)については申し訳なく思う。貴公と私の間ではタブーとも言っていいものだったからな。』

『…ソレを初めに破ったのは君だ。セイバー。いや…』

 

『待て。アーチャー。』

 

そこまで言ったところでセイバーがアーチャーの口を止める。そしてゆっくりと正面に両手で剣の切っ先をズンと地面に突き刺しながら、アーチャーの方を再度睨む。

 

『貴公も言った通り、この戦いは既に真名を隠すことなど何の意味も持たない。故に、名乗らせてもらおう。』

 

ーーーーーーー

 

「我が真名はヘラクレス。かつて、ギリシャ神話において十二の試練を踏破せしめた、試練という概念における求道者にして具現者である。

 

では、アーチャー。貴公の真名()を聞かせてもらおう。別に名乗らなくてもいい。その場合、ただの臆病者だったと言うだけの話だからな。」

(……はぁ、いつの間にか真名を言い合うことになっているな。)

 

このまま言わなければマスターを守れる確率が格段に増えるだろう。だが、今現在の魔術を使うものたちには合理的な思考よりも人間的な思考を持つものの方が圧倒的に多い。つまりこの世界は異能者たちも含め全員人間的な思考である確率が非常に高い。

 

故に、この場で真名を言わないということはそれはつまり、彼女のサーヴァント(・・・・・・・・・)たる自分は真名を言うことを怖れた臆病者と認知される。自分はともかく、自らのマスターが貶されることだけはアーチャーとしても許容できるものではなかった。

 

(仕方があるまい。俺の戦闘スタイルからして、戦闘方法を知られたところで別にそこまで問題ではない。真名を知られたところで対策を立てられるような弱点も存在せんからな。)

 

「いいだろう。ヘラクレス。心して聞くといい。」

 

スゥと息を吸い込み、そして、静かに男は呟く。

 

「我が真名は衛宮士郎。かつて、全てのものが幼少の頃に憧れ、そして諦めていく概念を究極まで極めた愚行者だ。」

 

ーーーーーーー

 

「ヘラ…クレス?」

 

姫柊雪菜はその名を聞いたことがある。いや、ないわけがない。ギリシャ神話において最も有名な武勇譚を残した男。その武勇は十二の試練は言わずもがな、ある時は天を衝く巨人にも、そしてある時にはオリュンポスの神々に対しても対等にその怪力と武を振るった。金剛無双という言葉が実によく当てはまる、名実共にギリシャ神話における最強の英雄の一角といってもいい男だ。

 

「衛宮……士郎…?」

 

暁古城はその名は聞いたことがある。いや、ないわけがない。かつて、その存在を世に知らしめ、世界を救ったが、最後の最後で人類全てに裏切られた男。別名、裏切られの大英雄。と呼ばれ、後年においてはその悲劇が小説となり、絵本になり、世界中に出回るほど知名度を誇っている。また、戦争で実際に一人対国という構図を作られておきながら、勝利し、目的を見事遂げた伝説はあまりに有名。名実ともに日本史上において最強の一角と言っていい男だ。

 

さて、そんな国の歴史において確実にトップに立っているその2人が向かい合っている。

 

「…え?」

 

そう。最早、おとぎ話のような存在である二人が龍虎の激突のように向かい合い、殺し合いを演じている。

 

「……え?」

 

その事実はジワジワと、そしてその言葉を完全に飲み込んだ瞬間…

 

「ええええええええ!?」

 

一気に驚愕となって彼らに襲いかかってきたのだった。

無論、その驚愕の波は絃神島の全ての人間を巻き込み、島中は現在、大混乱だった。

 

 

そう。この現実から分かる通り、不思議と先ほどの二人の発言を誰も妄言だと思うものはいなかった。誰も彼もがそれは本当のことだと考え、鵜呑みにしてしまったのだ。

 

なぜなら、それだけの事実を既にその目に焼きつかされていたのだから…

 

ーーーーーーー

 

目の前の男の名乗りに満足げに笑みを浮かべるヘラクレスと対照的に苦々しく目を伏せる衛宮士郎。しばらく沈黙が続いた後、やがて衛宮士郎が…いや、アーチャーが声を上げる。

 

「ここまで明け透けにしてしまうと、いっそ清々しいものだな。」

「何だ?今更、後悔しているのかね?」

「まさか…それにどうせ、君と戦うということが「こうなる」ということくらい理解はできていたことだ。」

「…ほう。その口振りだと、考えた末にまた、何か企んでいるな?アーチャー。」

「人聞きが悪いことを言うのは感心せんな。セイバー。それに企んでいるのはどちらかというと君たちだろう?…さて、」

 

言い終えると同時に、アーチャーはまっすぐに地面に平行に掲げる。

 

「ここまで来た以上最後まで付き合ってもらうぞ。セイバー。」

「…ほう。珍しいな。貴様の考え方からしてまず、何よりも、マスターの安全性を確保するために力を温存するかと思っていたのだが、特にこのような場面では、その確率の方が高いと踏んでいた。」

「さてな。(ち、見抜かれてるな。)」

 

アーチャーの思考が続く。

 

(正直な話その通りだ。俺としてはここまでの力を見せるつもりはなかった。だが、この聖杯戦争は何かおかしい。俺の読みが正しければ、

 

これは普通の規模の聖杯戦争ではない。)

 

I am the bone of my sword.(身体は剣で出来ている。)

 

尚も思考を続けながら、その呪文(・・・・)は紡がれた。

 

(どこぞのバカども(・・・・)が騒ぎ立てる確率は十分にある。だから、これは…警告だ(・・・)。)

 

Steel is my body,and fire is my blood.(血潮は鉄で、心は硝子。)

 

(どの道、俺の戦い方は知られたところで何のデメリットにもならん。ならば癪だが、こういった使い方もできるだろう。)

 

そう考えたところで思考を止め、純粋にその呪文へと意識を集中させる。

 

I have created over a thousand blades.(幾たびの戦場を越えて不敗。)

 

その呪文は、いや、詩は紡がれるたびにその声を聞いたものに何かどうしようもない哀愁の念を思わせる。

 

Unknown to death.(ただの一度も敗走はなく、)

 

それは男がその人生を歩んで来た故なのか…

 

Nor known to life.(ただの一度も理解されない。)

 

それとも、その男の目の前のセイバーと名乗る男を見つめる目が何処と無く儚げ(・・)に見えるからなのか、それはわからない。

 

 

Yet,have no pain to scar,(だが、彼の者に後悔はなく、) still create many weapons(ただ今は静かに剣を取る。)

 

 

それでも、その後僅かに浮かぶ嬉々とした感情がそんな彼の哀れみすらも打ち消し、塗りつぶしていく。

 

 

There is a Sword,(誓いをここに)my war and flame is burning up(我が願い、信念は未だ果てず)

 

 

そんな予感を感じながら、人々は食い入るようにその瞬間を瞬きもせずに見続ける。

 

 

So (その体は)ー」

 

 

締めくくるようにしてアーチャーが静かに言葉を告げる。その後一気に…

 

 

ーfinally I pray,unlimited blade works.(今も、剣でできている。)

 

その呪文が終わったその瞬間、褐色の肌と白い髪のその男を中心に一気に火が駆ける。そして…

 

ーーーーーーー

 

「何だよ…アレ?」

 

その光景は古城たちと人々にのとって掛け値無しの不意打ちだった。先ほどまで古城と人々が見ていた光景は氷に覆われた無人島だったはずだ。だが、衛宮士郎と呼ばれたあの男が呪文を終えると同時に火を召喚したその直後、それは現れた。

 

まず目に映ったのは空にある機械仕掛けの歯車だ。胸焼けしそうなほどに紅い空を果てしなく覆うその巨大な歯車は炎に常に焼かれているかのように赤く顕現していながら、疲れ果てているような印象を浮かばせるサビが所々に存在する。時には大地から伸び、時には、大地に平行に空に点在する歯車たち。

だが、それと対立するかのように異様さを放つ光景が地面に広がっている。その大地の正体、それは一言で言うと剣だ。哀愁を漂わせる退廃的な荒野がどこまでも続く中、その上にまるで墓標のように夥しく、そして果てしなく、突き立つ無限の剣。剣には所々サビのような汚れが存在し、なにかの疲労を訴えてるようだった。

 

だが、なぜだろうか?そんな胸焼けするほどの紅い空にも所々から光が漏れ出て、漏れ出た先には僅かな草原とサビもない綺麗な西洋剣が突き刺さっていた。

 

そんな文字通り清濁入り混じった映像を見せられた古城たちの感想は次のようなもののだった。

 

「なんだか、こんな感想を言うのも変だと思うけどよ…」

「綺麗…ですか?」

 

そう。まるで、油絵の具を水に垂らした後、浮き上がってくる絵の具の球同士をかき混ぜたような世界ではあったが、それ故だろうか芸術がわからない身である古城にも漠然とした美しさを感じた。

 

島にいるほとんどのものも同じような感想でその世界に圧倒され、見入っていたのだった。

 

ーーーーーーー

 

「ほう。固有結界か…」

 

一方をその世界を展開された者は関心を抱くように声をあげ、そして同時に挑発するように目の前の男に尋ねた。

 

「しかし、いいのかここまで来た以上、最後まで否が応でもやるしかないが…」

「最初に言ったろ。最後まで付き合ってもらう、と…それに問題ない。どうせ…」

 

そう言うと、アーチャーは何もない虚空を見つめる。そこには目には見えないが、キャスターの使い魔が確かに存在していた。見られたキャスターは僅かに動揺したがすぐに冷静さを取り戻す。だが…

 

「君以外に分かるわけもないだろう。今から君が体験するのは誰も経験したことがない世界。」

 

言い終えると同時にアーチャーの背後に突き刺さっていた剣が集合していき、順序よく整列していく。その刃先は全て真っ直ぐにセイバーへと集中している。

手を掲げ後方の部隊に下がらせるように誘導する軍の部隊長のような仕草をしながらアーチャーは剣たち同様に真っ直ぐにセイバーを見つめる。

 

「無限の剣戟。その極地の一端……なのだからな!」




はい。と言うことでアーチャーの新詠唱、どうでしたでしょうか?なるべく表現を上手くしよう、上手くしようと努力しました。

まあ、この辺りは本当に他の方々の感想にかかってるんですけど、理由としてはアレです。だってアヴァロン行った彼がそのまんま詠唱をしているって、なんか救われたという印象少なくね?と思ってにしまったんですもの!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XVII

長かった。いや、本当に長かった。お待たせして申し訳有りません。ではどうぞ。


掲げた手の指を鳴らす。瞬間、切っ先を向けた剣軍が一斉に射出される。その攻撃を今度はセイバーは避けもせずにただ待ち構えるだけだった。そして、その剣軍を真正面からまともに受ける。

 

先ほどまで避けていたはずのセイバーが受ける。それはその映像を観ているものたちに否応なく残酷な場面を想起させた。剣が突きつけられたことにより起こった不可解な爆煙。その爆煙が明けた後、人々は更に驚愕することになる。なんとまともに受けたはずのセイバーの肉体には一片の刺し傷もなく、それどころか相手のセイバーはただ退屈そうに肩に手を置き、ゴキリと首を鳴らしていた。

 

首を鳴らした後、セイバーは尋ねる。

 

「デモンストレーションは終わりか?アーチャー。」

「ああ。今更ではあるが、やっておかなければ、色々とまずいのでな。」

「そうか。確かにその通りだろうな。本来ならば、最初にすべきこと(・・・・・・・・)だが、やる意味(・・・・)はあるだろう。貴公も大変だな。」

 

セイバーは心底からアーチャーに同情するような視線を送る。そんなセイバーの顔を見たアーチャーは僅かに苦々しく目を細める。

 

「…その辺りを君に見抜かれて、諭されるように言われてはこちらとしては立場がないんだがね」

「そう言うな。私としても貴公の心が分からないでもない。故に乗っただけのこと、責を負うことはない。」

 

ーーーーーーー

 

「どういうことだよ?デモンストレーション?」

 

古城は疑問符を浮かべる。それに対し、そのサーヴァントであるライダーはこう返した。

 

「申し訳ありませんが、今この場で彼が行なった『デモンストレーション』については説明を省かせてください。このような屋外ではどこに目があるか分からない。」

「……分かった。」

 

納得はできないが、とりあえず理解はした古城は、その代わりとして新たな質問をする。

 

「なあ、ライダー。あんたはあの二人の内どっちが勝つと思う?」

「…難しいですね。どちらも一つの国の歴史における頂点と言っていい実力の持ち主です。その二人のぶつかり合いと言うのは言ってしまえば二つの世界(・・)がぶつかり合っているに等しい。

 

そこまでの規模の戦闘となると、さすがに予想がつきません。」

 

誇張でもなんでもなく事実として答えているのだと言うことは古城にも理解できた。それ故、ライダーの発言を聞いた古城は一気に血の気が引いていく。

 

そして、重ねるようにして…

 

「どうなっちまうんだ?この戦い…」

 

そう呟く他なかった。

 

ーーーーーーー

 

言い終えると同時にセイバーが突貫してくる。それに対し、アーチャーは荒野に突き立った剣を抜く。そして、抜くと同時に後方に突如として現れたセイバーに向けて剣を振るう。セイバーとアーチャーの剣がぶつかり合い、辺りに火花が散る。両者の顔が近づき、目と鼻の先ほどになった後、両者が同時に離れる。

そして、離れると同時にアーチャーは自らの隣に刺さっている剣たちを抜き、セイバーに向けて射出する。その剣の弾をセイバーはコトもなげに打ちはらう。その合間を縫うようにして、アーチャーがセイバーの背後に回る。

 

「はっ!」

 

剣を振るうアーチャー。その一撃をセイバーは僅かに跳ぶことで躱す。だが、それを待っていたと言わんばかりにアーチャーが手に持っていた剣を捨て、もう片方の手を掲げる。掲げた手の先、中空には夥しい数の剣が存在し、地面へ突き刺さろう時を今か今かと待ち続けていた。そして、剣が落ち、セイバーの背中に向けて射出されていく。

 

空を切る剣たちはセイバーの下の地面にも突き立ち、そして、剣がセイバーの背中に近づいていくと同時に辺りは砂埃に覆われる。

少しして、砂埃が段々と収まっていき、流れていく沈黙。だが、アーチャーは油断せず、丘から剣を抜く。そして、僅かに聞こえる風切り音を聞き、アーチャーはそこに向けて剣を構える。

するとその場所を狙っていたかのようにセイバーの大剣が横振りで迫り、アーチャーの剣と衝突し、激しい金属音を立てた。剣圧は大地を死の風で抉り、ギチギチと両者の鍔迫り合う音が辺りに響く。力負けすることを確信していたアーチャーはそこから流れるようにして上体を倒し、そこからバク転することで距離を取ろうとする。だが、そのアーチャーの動きを正確に予知したセイバーは剣を持たない左手をアーチャーへと向ける。そして、その指をクイッと手招きするように上げた。

 

「!!」

 

アーチャーはセイバーの方を振り向いてはいない。だが、彼は自らの背筋に冷たいものを感じ、その本能に基づき、バク転する自分の体の回転を速め、更に遠ざかっていく。

瞬間、彼の足が離れていく場所に次々と火柱が立ち上がっていく。火柱を避けていくアーチャーの足は止められない。だが、わずかにアーチャーの速度が火柱よりも上回ったときを見切り、剣を数本投影しながら大きく跳躍し、それらを自分が踏んでいたであろう場所へと投擲する。地面が赤く燃え、盛り上がり一気に吹き出そうになった瞬間にその剣は地面へと突き刺さり、その盛り上がりに対し、栓をするように突き立っていく。そして、剣が刺さったことにより抑えが効かなくなった地面の盛り上がりは破裂、爆発し、辺りを爆煙で覆ってしまう。

 

その爆煙を目くらましにアーチャーは弓を手に持ち、剣を投影し、捻れさせ、矢へと変貌させながら即座に弓へと番え、狙いを定める。

 

そして、射出する。射出されたその矢は煙を丸く抉り取り、視界を明瞭にしながら、セイバーの元へと迫る。

 

「ぬっ!?」

 

セイバーは持ち前の常人離れした聴覚により耳に届いた風切り音を聞き、警戒を露わにする。そして、爆煙が晴れるとほぼ同時に目の前まで迫ってくる矢に対して、彼は大剣の切っ先を合わせる。合わせられた両者の武器は示し合わせたかのように衝突する。爆音は鳴らず、ただ剣同士の衝突の時のみ起こりうる火花が辺りに散っていく。

 

(これは…強烈だ!)

 

セイバーの強化された筋力でさえ、その一撃は強力なものだと感じられるほどのものだった。それ故、セイバーは無理に受け切ろうとはせずに、その矢の一撃を後方に回すようにして受け流した。

その様子を意外そうに目を向きながら見つめるアーチャー。そんなアーチャーを見たセイバーは挑発するように言葉を告げる。

 

「…何を驚いている?アーチャー。受け流すのは何も貴公の専売特許というわけではない。武を極めるとは、すなわち己の力の在り方、位置を見極めることでもある。故に、力の流れを見極められずして武を極めたなどとは言えん。『力』に対し『力』で返すのも英雄。だが、『力』に対し『技』、そして『知略』で返すのもまた英雄というものだろう?アーチャー?」

 

そんなセイバーの言葉に対して、アーチャーは言葉を返す。

 

「なるほど、その通りだな。失敬したセイバー。だが、一つ訂正させてもらおうセイバー。俺が驚いたのは何も君が受け流したからというだけではない(・・・・・・・・・)。」

 

その言葉を聞き、怪訝そうに眉を顰めるセイバー。

 

「君なら気づくかと思ったんだがね。矢とは、射出された後、絶対に中空で動かすことはできない。それはどのような弓兵であれ、当然の帰結だ。

 

精々が、風と相手の動きの流れを読んで魔力か矢羽根に仕掛けをして、ホーミング弾のように曲がらせるしかない。」

 

ーーーーーーー

 

そんなこともなげに話しているアーチャーの言葉を聞いた紗矢香の反応は次のようなものだった。

 

「いや、それ、弓の絶技の最奥なんですけど!?」

 

普段から弓を使っている彼女だからこそ分かる。今、彼が言ったことがどれだけとんでもないことなのかということなのか、それ故、彼女にしては珍しくつい口に出して叫んでしまったのだった。

 

ーーーーーーー

 

そんな彼女の反応など、映像越しにいるアーチャーが気にするはずもなく、話を続けていく。

 

「だが、何事も例外はある…とだけ言っておきたかった。」

「…?何を?…っ!!」

 

悪寒が走る。そして、その感覚を頼りにセイバーは後方へと剣を振るう。

すると、そこには先ほど自分に向かってきた矢がこちらへ向かい自分の命にさし迫ろうとしていた。その矢とセイバーの剣が衝突する。

 

先ほどと同様に火花が散り、閃光と化すまでになり、一帯を白く覆う。

 

(くっ、これは…先ほどの矢か。自動追尾型…それでこれほどの威力の出せるのか。厄介な…)

 

セイバーは思考を早める。だが、そんなセイバーの様子など知った風ではないかのようにアーチャーは次の矢を違える。その様子を傍目で確認したセイバーは不相応にも口角を吊り上げる。

 

「私も一つ言っておこう。アーチャー。気づいていると思うが、私の剣は焔を操る。」

 

アーチャーが弓の弦を引き、魔力を溜める。その所作は彼の黒弓の宝具の能力をそんな光景を見ながらもセイバーは不敵に微笑みながらも、矢を弾く。

 

そして、不敵に微笑んだその顔からその言葉は出た。

 

「一つ聞くが、私の焔があの程度で前進を止めるとでも?」

「!!」

 

そこでアーチャーは気づいた。自分の立っている地面が先ほどよりもはるかに広範囲で赤く盛り上がっていることに…だが、アーチャーはそれに気付きながらもセイバーへ向けて矢を放つ。その真名は『赤原猟犬(フルンディング)』その矢を弓により二段階強化したものだ。これは先ほど放っていた矢と同じもの。それ故にセイバーに当たれば先ほどと同様の威力と効果が見込める。

だがその矢の行方を確認することはできない。アーチャーが矢を放った瞬間、天を突くほどの火柱がそこに顕現したからだ。

火柱は広がることなくただ一点に集中し、その高さを上げていく。

 

セイバーは火柱が上がっていく様子を確認すると同時に、自らに向かってくる二矢に対して大剣を構える。殺気が充満し、映像越しにいる絃神島の住人たちでさえ息が苦しくなるほどのオーラが放たれる。そして…

 

射殺す百頭(ナインライブズ)

 

セイバーがそう言うと同時に、剣を振るう。はたから見れば、それは一振りにしか見えない一撃。誰がどう見たところでセイバーがやったことはただ、剣をど真面目に一撃振るってるようにしか見えなかった。だが、その空中にて起きた現象が断じてそのようなものではないことを見ているもの達に暗黙の内に報せた。

先ほどまで、セイバーのところまで迫っていた、剣が捻れたような形をした矢。その矢二本が、まるで咀嚼されていく果物のように、粉々に砕かれているところを、島の住人たちは、まざまざと見せつけられたのだ。

 

ーーーーーーー

 

「何だ?今のは…?」

 

百戦錬磨と言っていい実力者である南宮那月でさえ、その光景には驚愕を隠せなかった。

 

意味がわからなかった。ただ地面へとまっすぐに振られていた大剣が一振り振られた瞬間、空中にあった矢が一瞬にして粉々に砕かれた。不可思議に過ぎる。

 

「…まあ、ありゃ英霊でも強者に分類されるヤツがようやく見える程度の攻撃だ。そこまでショックを受けることじゃねえよ。」

「!?…ランサー、あなたみえたの?」

 

那月と同じく今起きた現象について理解が追いつかなかったキャスターがランサーに問いかける。

 

「おう、オレは槍兵だからな。これでも全サーヴァント中最速を担う身。少なくとも速度という分野で出し抜かれやしねえよ。

 

ありゃぁな。九撃入れたんだよ。」

「入れた?…まさか…」

 

「ああもちろん、攻撃を(・・・)な。」

 

信じられないと言った表情で那月はランサーの顔を見る。

 

「まあ、俺の方も九撃入れたということが分かっただけで、正直な話、防ぎきれるかどうかは半々ってところだ。そんな気にするなよ。」

 

そう言うとランサーは再び、ビルに貼り付けられた巨大モニターへと目を向けた。

 

ーーーーーーー

 

天高くまで伸びきった火柱は段々とそのなりを納めていく。その様子をセイバーはジッと観察する間、不意に頭の中に声が響く。

 

『どう?セイバー。仕留めたかしら?』

 

それはマスターであるローリエスフィールの念話だった。彼女は余裕綽々といった様子の声で自らのサーヴァントであるセイバーに念話で尋ねる。

彼女は疑っていないのだ。自分のサーヴァントであるセイバーが負けることなどこれっぽっちも…

 

『すまないが、マスター。それは期待できんな。私は彼の英霊としての格はともかく、実力そのものは非常に高く評価している。

 

あの男のことをよく知っている(・・・・・・・)が故にな。

 

あの男は決して無茶な攻め(・・・・・)をするタイプの戦士ではない。』

 

すると、セイバーは顔を上げて目を細める。その視線の先には…

 

『…見るといい。マスター。』

『……?』

 

訝しみながら、彼女は視界のリンクをセイバーと繋げる。セイバーの超視力の影響で突如、望遠鏡を覗き込んだような奇妙な乗り物酔いのような現象が起きたが、そこは問題ではない。問題は…

 

その上空遥か20キロメートル先にて弓を構える戦士・アーチャーが服は焦げ付きながらも未だ体が無傷の状態でこちらを見つめ続けていることだ。

 

『なっ!?』

 

ローリエスフィールが絶句すると同時に彼女はアーチャーの弓から矢が放たれる瞬間を見た。それを確認したセイバーは視界のリンクを切り、その数秒後、自らの目の前にまで迫った矢を大剣で大地に弾き飛ばす。

 

「その距離から私を寸分たがわず狙ってくるか…面白い!」

 

猟奇的な笑みを浮かべ、セイバーは片手を大地にかざすように突き上げる。すると、彼の手に応対するように大地は盛り上がり、火柱が遥か上空にいるアーチャーに向けて放たれる。

 

「ちっ!」

 

上空で舌打ちをしながら、空中で翻ることでその火柱を躱す。だが、その先にまた火柱がアーチャーを仕留めようと、ふき上がり、近づいて来るのを見た。

 

(さすがはヘラクレスと言うべきか。弓の技量も他を抜きん出てる。俺の行く先を正確に予測し、火柱を矢に見立てて突き上げてくるとは…しかし、何が『焔』だ。そのようなチャチなものではあるまいに…)

 

火柱を確認すると共に矢を番え、昇ってくる火柱に向けて放つ。

 

放たれた矢は火柱を一気に突き抜け、地上へと下っていき、地面に衝突すると、爆風と砂塵を巻き上げながら強烈な爆発を起こす。

 

「ぬっ!」

 

視界を砂塵に覆われたセイバーは心の中で舌打ちをする。

 

しばらくして、砂塵が晴れると、セイバーは予想通りすぎる光景に思わずまたも舌打ちする。まるで道を開けるように開けた大地が申し分程度に遥か彼方まで設けてあり、その側面には死の壁とも言うべき、密集した剣の軍団が数万本と佇んでいた。

 

宙に浮いたその剣軍。それらを操るアーチャーは落下しながらも、両手をそれらを招くように掲げ、パンと掌同士を併せて叩く。

音が世界に響き渡り、剣は一斉にセイバーに向けてまるでギロチンのように規則正しく放たれる。その光景に島の者たちは思わず目を背ける。

誰もがこう考えたのだ。セイバーと呼ばれたあの巨漢は確実にその命脈を断たれたのだ、と…

だが、それを確認していたアーチャーはそんなことを信じず、剣軍が突き刺し会うことによって出来上がったその歪な壁に視線を向けていた。

彼はわずかに耳をピクリと動かす。他のものには聞こえなかったのかもしれないが、サーヴァントである彼にはその音(・・・)が聞こえたのだ。

 

「ようやく使ったか…」

 

アーチャーが地上にふわりと着陸する。すると、呟きに示し合わせるように壁が内側から破裂する。その光景は一度見てはいるもののまだ慣れないのか、アーチャーはわずかに顔をしかめる。しかめた顔の視線の先には相対していた巨漢が土煙を纏いながら出てくる。

だが、纏うものはそれだけではなかった。肩から腰にかけてタスキのようにかけられた布が纏われていたのだ。その布は紋様はないが、黒塗りされたその布をはみ出るようにして側面に毛皮が生え、言いようのない荒々しさ感じさせる装飾をしていた。

 

「それが…ネメアの獅子の毛皮か。よく加工されているな。」

 

解析を始めようとしたアーチャーだったが、解析はできなかった。どころか、その魔術を使った瞬間、電気ショックのような弾き返す衝撃がアーチャーを襲った。その様は彼が行う人の身の(・・・・)魔術を拒絶するかのようだった。

 

(なるほど、アレが否定しているのは『人理』。すなわち、人の身でしか起こせない事象をこそあの皮衣は否定する。)

(まあ、予想でしかないが、つまり人の要素が存在する限り、俺の攻撃は絶対に通じないと言うことだろう。)

 

だからと言って、彼は決して絶望などはしない。なぜなら、あの宝具が絶対に攻撃が通じず、斬りつけられもしないと言うのならば、まず、あの宝具の存在自体が矛盾を生む。

なぜなら、アレはすでに皮衣(・・)となっているからだ。生きている獣を持ち歩いているのではなく、皮衣も持ち歩いている。ということは、その過程でかの大英雄は加工するために何か特殊な刃物で(・・・)皮を剥いだにに決まっているのだ。そうでなくては、皮衣などができるはずがない。

 

(確か、ネメアの獅子を加工する際使われたものは『ネメアの獅子の爪』だったはず。

 

ネメアの獅子とはそもそも、怪物に変異した女神エキドナと全ての怪物の父とされている神テューポーンの子供と言われている。…最も、父の方は

テューポーンとエキドナの子供であるオルトロスという説もあるが……まあ、どちらでもいいか。

 

となると、神々に連なる何か、それかそれに近い概念に対してあの皮衣は弱い確率がある。さすがに、『獅子の爪しか効かない。』というのは無茶のある概念だ。歴史とは長いものだ。『獅子の爪』に似通った概念を持つものが必ずあるはずだ。その概念を見つけ出すことができれば優勢に運べるだろう。

 

最もその歴史そのものを否定するのがあの皮衣だと言われてしまえば、ぐうの音も出ないが…やるしかあるまい)

「来ないのか?アーチャー。ならば、今度もこちらから行かせてもらうだけだが…」

 

セイバーの挑発に対して、アーチャーは口の端を釣り上げながら告げる。

 

「いや、次はこちらから行かせてもらおう。」

 

背後に剣を召喚し、手にはよく馴染んだ双剣を手にアーチャーは地を駆ける。自らの勝機を探るために…

 

ーーーーーーー

 

「フフ、いやはや、これは痛快だネ。これほどの戦い、おそらくは真祖同士の激突と等しいかそれ以上と言えるだろう。」

 

心底愉しげな口調で喋る男の名はディミトリエ・ヴァトラー。彼は現在、高級ホテルをその階層ごと借りきり、その中の一室にてキャスターの傷を療養している真っ最中だった。最も彼自身の傷はすでに塞がっており、問題なく動けるまでになった。だから、彼は現在自分の身体の中に蓄積されている疲労感を回復させるために療養を行なっていると言える。

 

「しかし…ヴァトラー様」

 

と、ここで従者であるキラが声をかける。

 

「なんだい?キラ?」

 

機嫌がいいヴァトラーはその声に対し、嬉々として答える。その対応に内心安心したキラは質問する。

 

「先ほど彼らが言ってた言葉、アレは本当なのでしょうか?」

「言葉、とはどれのことかな?」

「彼らの名前のことです。」

 

それについてヴァトラーはああ、となんとなしに答える。そして、彼は言葉を続ける。

 

「アレは多分真実だろうネ。」

 

などと、特に間をおかずに言ってきたのでキラとそしてその隣にいるジャガンまでもが驚いた。

 

「失礼ですが、そのように簡単に信じてよろしいのですか?」

「信じるも、何も。君たちだって本当は分かっているんだろう?あの言葉はハッタリやごまかしなどでは断じてない、とネ。」

「っ…!」

 

そう言われたキラは押し黙ってしまう。ヴァトラーの言葉に対して歯噛みした訳ではない。ただ、彼は自分でも感じていたその確信に近い予感を信じきれずにヴァトラーに質問した己の愚劣さに憤ったのだ。

 

「なに、気にすることはない。こうは言ってるけど、僕とて未だに半信半疑なんだ。ただ僕たちは既に見てしまったからネ。あの男たちのあの苛烈なまでの戦いを……」

 

ヴァトラーの言葉は続く。

 

「あんな戦い方が出来る者たちが今まで無名だったとは考えにくい。…だけど、彼らがもうこの世にはいない死人だったと言うのならば話は別だ。

 

なぜなら、僕たちは見ていないからだ(・・・・・・・・)。彼らの戦い方も素性も…ネ。」

 

と、ここで一息置いたヴァトラーはクックッと喉を鳴らすように笑い始める。

 

「嬉しそうですね。ヴァトラー様。」

「それはそうだよ。ジャガン。彼らの戦いが放映されてしまった以上、世界の情勢は大きく変わる。それだけの影響力がある実力(チカラ)真名()が出されたんだからネ。となれば、思ったよりも早くに僕の望みに届くかもしれない。」

 

ヴァトラーの望み、それを側近であるキラとジャガンの二人はよく分かっている。なのでそのような分かりきったことは言わずに黙ってヴァトラーの後ろに立っていた。

 

「ふふ、さて、どんな風に変わるのかな?世界は」

 

再び沈黙が部屋を覆う中、彼はそう言って先ほどと同じように愉しそうに笑うのだった。だが、そんな彼の笑みは少しした後にわずかな翳りが見せる。自分たちが見ている戦いが思わぬ不完全燃焼を迎えてしまうために…

 

ーーーーーーー

 

「これで大分、君たちの望みに近づいただろう?マスター。」

「ええ。これが吉と出るか。凶と出るか。それは分からないけどね。」

 

キャスターとそのマスターはソファに座り、リラックスしながらも、会話を続ける。

 

「それでマスター。この放映の方はどこまで続ければいいのかな?正直な話、あんまり長い間放映し続けるのは愚策(・・)でしかないと思うんだけど…」

「そうね。だけど、これが一番最短の道筋のはずでしょ?危険は伴う。けれど私達が取り戻す(・・・・)ためにはそれくらいの危険は考慮しなければならない…でしょう?」

「まあ、そうだけどね。僕が言っているのはそのことだけじゃなくて……っ!?」

 

不意にキャスターが口を閉じる。それを訝しんだキャスターのマスターはソファにもたれながら質問する。

 

「どうしたの?キャスター?」

「……すごいね。彼女(・・)。僕は宝具まで使っているというのにそれをコンピュータと自らの技量のみでひっくり返そうとしてる。」

「…?何を言って!?」

 

言っている意味がわからず、首をかしげるキャスターのマスター。

それに対し、いとおかしと言った風にまるで他人事のように笑いながら、こう言った。

 

「いやぁ、あははは、実は最初からこの島のプログラミング任されているモノなのかもしれないんだけど、その子がこっちに対し猛攻撃しているんだよ。」

「なっ!?」

 

予想外のキャスターの受け答えに思わず声を跳ね上げる。

 

「なんとかならないの?キャスター!?」

「そうしたいのは山々なんだけどね。状況で言うのならばこっちが有利だけど、条件的に言うのならばあっちの方がはるかに有利なんだよね。これが…」

「条件?」

「もちろん、勝利条件のことだよ。マスター。」

 

今更になってとんでもなく重要なことをさらりと言ってのけるキャスターに目を剥きながらマスターである彼女は怒鳴る。

 

「ちょ、どう言うことよ!?それ」

「落ち着いて、マスター。いかなる時も優雅(・・)にだろう?」

 

未だに悠長な調子で会話を続けるキャスターにさらに頭の血が上りそうになるが、それでも懸命に優雅に徹しようと息を吐く。

 

「で、どういうことよ。勝利条件って」

「うぅん。マスターのことだからもうとっくに気がついてるのかと思ったんだけど、単純な話だよ。

僕はこの場にて任されているのは今この場にて、この島の全情報源の制圧だろう?

けどあっちは違う。あっちは制圧なんてしなくても勝利できるのさ。例えば……あ…」

 

言葉尻になって不意に小さく声を上げるキャスターに猛烈に嫌な予感がしたマスターは恐る恐ると言った調子で尋ねる。

 

「…どうしたのかしら?キャスター。まさか……」

「あぁぁはははは……ごめんマスター。勝たれちゃった(・・・・・・・)。早いところここ撤収した方がいいよ。やりたいこと(・・・・・・)があるなら早めに済ませてね。さすがに時間はそうないと思うから…」

「なっ!?」

 

ーーーーーーー

 

「ハァハァハァ…ハアァ…」

 

浅葱は最後に大きく息を吐いた後、全身から吹き出した汗を拭いもせずに椅子にもたれかかる。

 

『お疲れさん。嬢ちゃん。』

「ええ…正直、ハッカーとしてこんなに苦戦したのなんて初めてだったわ。」

『ああ、俺も驚いちまったぜ。まさか、こんな色気もクソもねえ所で、嬢ちゃんの艶姿が見れちまうなんてよ。』

「……モグワイ?」

 

疲労しながらも聞き捨てならないそのAIのセリフににっこりと極上の笑顔で返す浅葱。そんな彼女の姿を見ると、彩海学園の制服のベストは脱ぎ、シャツのボタンは胸元が見えるギリギリまで解き、その全身は汗にまみれており、シャツは半ば半透明の状態になり、肌が出ている部分からは汗の雫がポタポタと床に落ちている。充分に艶姿と言っていい風体をなしていた。

 

『あぁぁ、ゴホン。ま、良かったじゃねえの。無事に勝ててよ。』

「…それ、本気で言ってるの?モグワイ。」

 

殺気が出かねないほどの目付きで聞き返す浅葱に、それを受け流すようにモグワイは返す。

 

『おう。確かにまあ、勝利条件そのものは対等じゃなかったかもだが、それでも勝てたじゃねえか。』

「そりゃぁね。あっちは全情報源の制圧をし続けるのに対して、私達は居場所を報せる(・・・・・・・)だけでいいんだから、これで勝てなかったら、飛んだ二流ハッカーよ。」

 

彼女が行ったのは次のようなものだった。現在正体不明の敵は全情報源の制圧を行なっている。これをし続けなければまずもって、全映像機器の制圧など不可能。この敵はハッカーではないとはいえ、情報源の制圧を行うためにダミーの拠点を作るなど相当に頭が回る。だが、浅葱はそんなモノをものともせずに突き進んだ。だが、その間の壁があまりにも酷すぎた。

今一度いうが、敵は全情報源の権限を奪取したのだ。

要するに、その“壁”とは日常、島民が使うために非常に重要なプログラミングだったり、もしくは超がつくほどの機密情報だったりなどと非常に悪意に溢れていたのだ。もちろん彼女の腕ならばその復元など容易くこなせる。が、一度完璧に消去して突き進もうと思ったところ、そこからまた別の情報が溢れ出てきたり、別の情報が消えたりしたのだ。

 

権限を握っているにしては雑な扱いではあるが、元々敵にとって情報が消えようが奪い返されようが、どうでもいいということだろう。切り離せば痕跡そのものは残らないのだから…

 

それに加えても、どう考えてもプログラミングの領域を超えているが、この分だと島中の全情報を消去し尽くさなければならなくなる。漠然的にそんな予感を察知した浅葱はその壁一つ一つに対し、超高速でどこまで情報を消去できるかを考え、その法則性を握った後に専用ソフトを作り上げた。ここまでかかった時間は合計で1時間。

そして、今度はその情報ひとつひとつに対し、マーキングをすることで足跡をつけておく。これで位置情報を割り出せるという仕組みだ。

 

「相手はこっちから奪った情報っていうメリットがあったにしても、あんな悪質なプログラムもう二度と相手にしたくないんだけど…」

『けど、リベンジはするんだろう?』

 

ふん、と不遜に鼻を鳴らした浅葱はこう返す。

 

「当たり前よ。私自身が納得してないんだから」

『そうかい。ま、頑張れよ。嬢ちゃん。』

 

ーーーーーーー

 

ブツン、と電源が切れ、映像と電気機器の光が切れ、また島中が闇に覆われていった。

島民全員が騒ぐ。その様子をビル屋上で見ていた古城一行にとってもまた予想外のことだったため、彼らは次々に口を開く。

 

「な、なんだ!?」

「一体何が?」

「分からないわ。また敵。」

「その可能性も十分あると思うよ。気をつけて!」

 

口々に警戒の念を押すように口を開く古城、雪菜、紗矢華、優麻。だが、その中で最も幼い外見をした少女は何か察したように目を細めて言葉を返す。

 

「いや、これは違うな。おそらく、その逆だろう。」

「逆…とは?」

「分からんのか?つまり、敵を迎撃したと言うことだ。」

「ほう。それは大したものですね。我々、サーヴァントの宝具に対し迎撃をしてのけるとは…もしや、なんらかの能力持ちですか?」

 

ライダーにそう問われた那月は実になんでもない(・・・・・・)と言う風に…

 

「いや、ヤツにはそんな能力などは何一つ備わっていない。」

(見かけだけ見れば…な。)

 

と返したのだった。

 

ーーーーーーー

 

何合目の衝突か。音速などはるかに超えた領域で戦う両者には腕の軌跡などすでになく、ただ刃同士が衝突し合う金属音が響き渡るのみだった。

 

((強い。))

 

それが両者全力を出し合った際の感想だった。

 

(剣技そのものと膂力では私の方が確実に格上。だが…)

(剣を兵として動かす戦略、手数ではこちらが上。それ故に…)

 

((互角!!))

 

セイバーとアーチャーの戦闘は未だ膠着状態であり動く気配がまるでなかった。

だが、そんな膠着状態は思わぬところで決壊する。

 

不意にセイバーが目を見開き、攻め立ててくるアーチャーを剣で押し返しながら、地面に足を引きずらしながらブレーキをかける。

 

『どうした。マスター。』

『撤退よ。セイバー。どうやら、キャスターの方がしくじったみたい…』

『……了解した。今すぐ撤退する。』

 

名残惜しそうにアーチャーを見返したセイバーは静かに構えを解いた。

 

「残念だが、アーチャー。戦いはここで終わりとしよう。」

「…何?」

 

構えと警戒を解かずに怪訝そうに質問を返すアーチャー。

 

「マスターの命令でな。これ以上は戦えん。」

「勝手なことだ。俺がこのまま逃すとでも…」

「このままやり合えば、3日ほど経ってようやくどちらかが勝つといったところだろう。

 

……いや、言いたくはないが、そうなって仕舞えば、マスターの差が露骨に出てくる戦いとなってくるだろう。一つ聞きたいのだが、アーチャー。最初に溜め込んでいた魔力、アレはどれだけの貯蔵がある?精々が2日分、それ以上は溜め込めていないのではないか?」

 

その言葉にアーチャーは苦々しく目を細める。そう。そのことは誰よりもアーチャーがよく理解している。だからこそ、看破されたことに顔を歪ませたのだ。

 

「ならば、アーチャーよ。この戦いは一時休戦。後日、改めて勝負を申し出たい。むず痒いことを言うようだが、貴公とは正々堂々と勝負をつけることを望む。」

 

言葉を聞き、静かに目を閉じる。そして数秒が経つと、アーチャーは一気に力を抜いた。すると、今まであった退廃とした赤い空が一気に夜の闇に覆われ大地は荒野から氷の大地へと変わった。

 

「感謝する。アーチャー。」

「感謝など述べるな。セイバー。だが、もしも、感謝を示したいと言うのならば俺の質問に答えてもらおうか?バーサーカー(・・・・・・)?」

 

突如として変わった呼び名に対し、セイバーはさして驚きもせず、覚悟をしていたと言う風に顔をしかめた。

 

「その様子。どうやら、俺の勘は当たっていたと言うことでいいか?」

「……ああ。その通りだ。アーチャー。この身はセイバーであり、そしてバーサーカーだった(・・・)ものだ。」

「やはり…か。本来ならばサーヴァントは過去に起こった聖杯戦争の記憶など記憶してはいない。だが、記録(・・)には残る。この星で起きた事象として記録には…な。おそらくだが、セイバー。貴様はバーサーカーだった記録を持っているのだろう?

 

おそらく、令呪(・・)によって持たされている(・・・・・・・)。そうでなければ…」

 

そこで一際殺気を強め、拳を握り、視線を鋭くする。

 

あの名(・・・)は絶対に言わなかったはずだ。」

「……。」

 

今度はひたすら沈黙で返すセイバーに対し、立て続けに言葉を重ねるように述べていく。

 

「随分と…奇特なマスターだな。セイバー。たかが、そんなことだけのために令呪を使うとは……」

「………。」

「無駄を嫌う魔術師らしくもない。それとも、そうしなければならない(・・・・・・・・・・・)理由でもあったのか。その辺りはどちらかとは思うがね。」

「…………。」

「…なんとか言ったらどうかな?今更、沈黙することになんの意味がある?」

「…ローリエスフィール」

「なに?」

「それが我がマスターの名だ。アーチャー。」

 

沈黙を貫き続けたセイバーはそう言うとアーチャーに背を向ける。

いきなりマスターの名を言われて訝しんだアーチャーだが、その姿を見て、これ以上行っても仕方ないことを察し、口を噤んだ。

 

「ではな。アーチャー。貴公の討伐は我がマスターにとっても重要なことだ。それ故、この戦争がどのような結末になったとしても、貴公とは必ず決着をつけることをココに約束しよう。」

「それは最初の方に言っていた八つ当たり(・・・・・)に関係があるのかね?」

「さてな、その辺りは自分で考えるといい。」

 

そう言うと、セイバーは霊体化し、自らの体を魔力の霧へと変えてその場から姿を消し去った。

 

アーチャーは誰もいない氷が広がった孤島に尻をつけて座り込む。その時に思い出すのは。あの粉塵にまみれた工場での一戦での一言だった。

 

ーーーーーーー

 

『イリヤスフィール・フォン・アインツベルン』

 

 

ーーーーーーー

 

紛れも無い最強の大英雄から漏らされたその言葉がアーチャーの頭の中で木霊するのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

観測者たちの宴 XIIX

長かった観測者たちの宴編。正直、これだけの長さになるとは自分も予想外でした。では、どうぞ。


戦いが思わぬ形で終わってしまい、島民たちにはアレから映像の中の方はどうなってしまったのか、という不満が高まっていた。絃神島の管理者たちは流石にアレをただの実験だと済ませるわけにもいかず、対策案を練りつつ、とりあえず島の元々あったイベントを執り行って少しでも住民の気を紛らわせようと考えた。無論、そのようなことをしたところで焼け石に水だと理解はしているのだが、今は何も対策が思い浮かばない以上、仕方がないとの判断だった。

よって、すでに夜の闇が深まってきた深夜であるにもかかわらず、当初の予定通りフィナーレの花火が闇を照らしている真っ最中だった。

 

花火が次々とその夜空に大輪の花を咲かせている時、ソレに見向きもせずにただ先ほどまで戦いが流れ、現在は別の映像が流れている映像機器を眺めている少女がいた。叶瀬夏音。彼女は知らぬことだが、彼女は先ほどまで映像に流れていたアーチャーのマスターである。

 

「………」

 

静かに見つめるその瞳はわずかに揺らいでいた。ソレが迷いなのか、それとも恐れなのか、それは自分自身にも分からなかった。だが、なんで、そんな感情が自分の中に沸き起こるのかは分かった。それは戦っていたもう一方のアーチャーと呼ばれていた男に原因がある。

 

(…似て…いました……)

 

自分がある時から兄と慕っていたある男によく似ている。それが理由となっていることは分かった。そう。まるで、彼本人(・・・)だと見紛うほどに…だが、そのギリギリの部分で彼女自身が違うだろうと頭の中で否定してしまう。何故か?彼女が見たのは自分が兄と慕っている男よりも大人びた口調と声色を持っていたことも理由に挙げられるが、何よりも彼女自身が信じたくなかったのだ。自分が兄と慕っていた男があのような危険な場で自分に何も言わずにとんでもない戦いを繰り広げていたことが…もし、彼が本当にそう(・・)だとするならば、どうしようもない寂寥感が自分の中にひしめいてしまう。

頭の中はそんなことで埋め尽くされていた中、不意に後ろから袖を引かれた。見ると、その袖を引いた主はアスタルテというホムンクルスだった。

 

「ミス・叶瀬。少し、人混みに動きが出てきました。そろそろ帰りましょう。」

「は、はい。そう…でした。」

 

心ここにあらずといった様子で返事を返した夏音は、少し迷ったものの、やがて考え事は今の自分の家ですればいいと考え、歩き出したのだった。

 

ーーーーーーー

 

人の気配のないビル群の屋上、そこには二人の学生服姿の少年と少女がいた。少年・矢瀬 基樹はビル屋根の端に座り込み、少女閑 古詠はその隣で静かに立っていた。

 

「……。」

「……。」

 

その場を覆うのは只管に沈黙のみだった。誰も黙れとも言わず、また喋れともいっていない。ただ、呆気に取られていたのだ。先ほど流れていた映像に映された事実の数々に…

彼ら二人はともにある組織において重要な立ち位置にある。矢瀬は絃神島公社の長の息子。閑は獅子王機関の三聖という獅子王機関の中でもトップ3の立場にあるものだ。それ故に、今、この場で起こったことに対しての報告は彼らにとって何よりも重要なものとなっているのだ。

しばらく動けずにいた両者だったが、やがて閑の方はゆっくりと方向を変えて、歩き出そうとする。

 

「なあ、緋稲さん(・・・・)、これから一体どうする気だ?」

 

矢瀬は顔をその少女のほうには向けずに質問する。迂闊にも少女の名を彼が呼んでしまったのは、彼がそれだけ衝撃を受けたことの証左でもある。

少女もまた振り向いた顔を戻しもせずに質問に答える。

 

「…とりあえず、私は獅子王機関に戻ります。おそらく、本部は今混乱状態に陥っているでしょうから」

 

そして、名前について窘めもせずに質問に返していることから、彼女もそれだけ動転しているのだろうと矢瀬は感覚的に理解した。

 

「…まあ、そうとしか言いようがねえよな。こればっかりは…」

「ええ。では…」

 

と返事したことに対して、矢瀬は振り向く。すると、もう、そこには先ほどまでいたはずの少女の姿はなく、ただ、寂しく風の音が流れるのが聞こえるだけだった。

 

「懸命に隠そうとしてたけど、ありゃ、相当動揺してたな…」

 

確認するまでもないことではあったが、矢瀬は少女の様子に対してそのように感想を漏らした。

 

「さて、俺もそろそろ戻った方がいいかね!」

 

そう呟くと同時に彼はトボトボと屋上入り口へと歩き、その場を後にするのだった。

 

ーーーーーーー

 

一方こちらはまた別のビルの屋上だった。屋上には古城たち一行が一人の男を待っていた。そんな彼らの姿を確認したその待ち人は彼らの背後へと上空から静かに着地した。

 

「こんばんは。アーチャー。」

 

彼の気配に気づき、声をかけるライダー。キャスターとランサーはわずかにこちらに視線を向けるだけで完全に振り向きはせず、古城たちはライダーの言葉でようやくその存在を認識し、振り返る。

少しの間、沈黙が空間を覆ったが、やがて意を決したように古城が話しかける。

 

「えーと…」

「一つ言っておくが、俺を呼ぶときはアーチャーか今まで通りシェロと呼ぶように…まあ、もはや、俺には何の意味もないのだろうが、流石に自分の真名を他人に言い続けられるというのはどうにも据わりが悪い。

それはそれで変な感覚ではあるのだが…」

「それじゃあ、えっと、シェロ。その…」

 

と言ったまま古城は黙り込んでしまった。すでに深夜だが、そんな夜空を明るく照らす打ち上げ花火その爆発音が余計にこの沈黙を煽ってしまい、話しづらい空間が続いてしまった。

何か言いたかったのは事実だが、それが何なのかまでは自分の中ではっきりできなかった。そんな彼の心情を見抜いたシェロ(・・・)はわずかに視線を意地悪く細めた上で言葉をかける。

 

「なんだ?告白しかけの恋愛少女というわけでもあるまい。言いたいことがあるなら、はっきりいうといい。」

「な、何ですか!?その差別にも取られかねない発言は!?」

 

あまりにもあんまりなシェロの言い草に雪菜が反応する。それに対し、シェロは半目で見返し、言い返す。

 

「いや、何。すでに何度か見てはいなくても、容易に想像できる光景だったのでな。間違っているというのならば謝るが?」

「な、なんでそこで僕たちを見回すのかな!?」

 

今度は雪菜、優麻、紗矢華を順々に見た彼の態度に対して、優麻が反応する。

 

「ふむ、違うのか?」

「違うわよ!!」

 

今度は紗矢華が声を荒げて反応する。

そんな彼女たちの様子を涼やかに受け流した後、シェロは改めて古城に質問する。

 

「それで?一体君は何が言いたかったのかな?」

「よくそんなスルーできるな…はぁ…まあ、なんか言いたいことはたくさんあった気がするけどいまはこれだけでいいや。なぁシェロ。これからどうするんだ?」

 

古城の質問に対して、わずかに目を細めたシェロは少し考え込んで答える。

 

「そうだな。こうなってしまった以上、今までよりもさらに警戒を強めなければならないだろう。まあ、あちらがまた大きく動くとしたら、ここから相当時間を置かなければ不可能だと思うしな。焦る必要はない。」

「いや、そうじゃなくて、その…」

 

古城がやけに自分の顔を見上げるような仕草を強調したことから、アーチャーも何が言いたいのか察せられた。

 

「ああ、なるほど。君が聞きたいのはその体で(・・・・)これからの学校をどうするのかということか?」

「あ、ああ。」

 

そう答えた古城を見て、わずかにシェロは苦笑する。そんなシェロの反応を見て、古城は訝しんだ。それに気づいたシェロはフォローするように言葉を付け加える。

 

「いや、失礼した。何、俺たちサーヴァントのマスターというのはたいていの場合、そのようなことで我々の心配などしないのでな。少しばかり新鮮だったから笑ってしまっただけだ。君が気にすることではない。それで問題のこの体格についてだが…」

 

アーチャーは言いながら、自分の手を確認するように見つめる。しばらく見つめた後、何かに納得したように頷き、古城の方へと向き直る。

 

「まあ、大丈夫だろう。時間はかかるだろうが、俺の場合は他のサーヴァント達と違って最近に召喚されたわけではなく、5年前に召喚されているからな。だから、いい加減にあの体の時も慣れてきた。俺の魔術の特性を応用すれば、霊基をある程度までコントロールすることも可能だろう。…で、君の聞きたいことはそれで全てか?そうならば、俺はこれで帰らせてもらうが」

「ちょっと待て、アーチャー。5年前だと?てめえそんなに前から召喚されてやがったのか!?」

 

ランサーの噛み付かんばかりの体勢からの質問をアーチャーは軽く受け流すように肩を竦めながらその質問に答える。

 

「そうだが…そういえば、言っていなかったか。」

「5年前…つまり、5年間聖杯戦争には全く動きがなかったと言うことですか。それはおかしいですね。」

「…悪いんだけどよ。ライダー。俺たちその聖杯戦争っていうのについてはまったく無知なんだ。だから、何がおかしいのかそこんところ詳しく教えてくれないか?」

 

ライダーが訝しんでいる様子に対して、異を唱えるようにして古城が質問する。すると、慈しむような瞳を向けながら、ライダーが質問に答える。

 

「いいですか。古城。今の魔術師の概念がどのようなものかは知りませんが、基本的に私たちの知る魔術師という生き物は無駄を嫌うもの達の集まりでした。」

「無駄を嫌う?」

「ええ。難しくいうと合理的、単純に言い表せば非情。とにかく、私たちの知る魔術師という生き物は近道をするためならば、そこにどれだけの屍が転がろうとも気にはせず、ただ、己が目的を遂行することを目的としていました。」

「目的?目的ってなんだよ?」

 

古城にそう問われたライダーはわずかに目を見開いた後、盛大に溜息を吐いた。そこには侮蔑の色はない。ただ、単純に自分のことを非難しているようなそんな溜息だった。

 

「そうでした。あなた方はそこから語らなければならないのでしたね。そうですね……ひどく陳腐な物言いになってしまいますが、簡単にいうと、神様になるために彼らは魔術を極めているのです。」

「はっ?」

 

間の抜けた声を出したのは何も古城に限った話ではなかった。今の今までの会話に飛ぶに飛んで神様ときたのだ。意味がわからなくなるのも無理はない。

 

「本当に陳腐だが、その通りだな。それを俺たちは『根源を目指す』と言っている。」

「根源?」

「ああ、だが、この辺りについてはそこまで考えなくてもいい。先ほどライダーが言った通り、『神様になるために魔術を極めているんだ』と言った方が君たちには分かりやすいだろう。とにかく、そう言った目的のために魔術を極めているのが俺たちの知る魔術師という生き物だった。そのために必要なことならなんだってする。例えば、100人の人間を殺して根源に到達…つまり神様になれると言えば、迷いなくそれを実行するほどにな。」

「なっ!?」

 

そのあまりにも非倫理的な言動に思わず絶句する古城達。

 

「…なるほど、それほど非情に徹することができるもの達が貴様が召喚されてからの五年間、何もしなかったのはおかしい…というわけか。」

「その辺りについては、俺もすぐに思い至ったのだが、何分、ここは俺が…いや、俺たちが知らないことが多すぎる。何より5年前ではどう言った事態で俺が召喚されているのか、そのことも不明瞭だったのだな。」

「…?まるで、聖杯戦争以外にもあなた方を召喚する方法があるような物言いですね。」

 

切り返すようにして鋭くラ・フォリアが質問する。

 

「ああ、最もその場合の『マスター』は世界ということになるが、世界によって呼ばれ召喚される場合も時たまではあるが可能性としてある。…そうだな。この際だ。とりあえず、聖杯戦争について知り得るすべての情報の公開をしよう。」

 

そこから、シェロはツラツラと語っていた。聖杯戦争におけるサーヴァントの詳細。宝具における対人、対軍などの種別。英霊が持つ複数のサーヴァント適正など、以前、豪華客船の甲板にて語ってくれた部分も含めて詳細に語った。

 

気がつくと花火は終わりに近づき、辺りが再び闇夜に沈もうとしていた。

 

話を終えたシェロは講義を終えた教師のようにふぅと溜息をつく。

 

「さて、では、何か質問はあるか?

「え、あ、ちょっ…」

「なぜ、今になってそのようなことを話し出す?」

 

呼び止めようとする古城の言葉を遮るようにして那月が質問する。シェロはわずかに鬱陶しげではあったものの、仕方がない、といった調子で鼻を鳴らし、首だけを那月の方へと向ける。

 

「何かね?答えられる範疇であるならば答えよう。」

「なぜ、お前はこのタイミングで聖杯戦争についてそこまで詳細に教える気になったのだ?」

 

那月のその質問に対してシェロはわずかに悩むように目を細めたが、少しして口を開く。

 

「理由は簡単だ。この聖杯戦争は思った以上に大規模になる可能性がある。それこそ、世界を巻き込んだものとなる可能性が…な。そのことがよく理解できるものがこの世界にすでに存在しているだろう?」

「え?なんのことだよ?」

「聖域条約のことだ。」

 

聖域条約。その昔、真祖の一人である第一真祖がけしかけた戦争によって成り立った今の魔族と人間の関係を作り出した条約だ。

 

「そうか。アレは元々、良くも悪くも、三大真祖の戦力によって成り立っていたもの。今回のことでサーヴァントという未知の存在が加わり、しかも、期せずして、先ほどの映像が流れ、戦闘力が真祖達にも迫るものがあったことを証明した。であるならば、聖域条約そのものに大きな亀裂を産みかねないということか。」

「ああ、本来ならば、このようなことをしたところで、ヤツらにメリットはないと思うんだがね。何せ、こうなってしまえば、真祖達とて黙ってはいられないだろう。聖杯戦争に大きな支障が出てくるのは間違いない。どうやら、随分派手好きなようだ。こうなってしまえば、後々世界に影響を及ぼす確率は十分にある。そうなれば……ん?」

 

そこで話を止めたシェロはあることに気がつき、口を止める。

 

「………。」

 

それはどこか上の空にも似た心境でどこか遠くを見て、呆然としている古城の姿だった。

 

「古城。おい、古城!!」

「……っ!あ、ああ、何だ?」

「……ハァ、今日は話はここまでにしよう。いずれにせよ、遠からぬうちに結果として起こることだろうしな。」

「えっ?」

 

いきなりのことに戸惑いを隠せない古城を他所にスタスタとシェロは歩き始め、建物端に移動した。

 

「では、また学校で会おう。」

「え、ちょ、おいっ!」

 

突如として話を切り上げたシェロはそこから自らの脚力だけで跳び上がり軽く20メートル先のビルにまで移動し、そこから転々とビルからビルへと移動していくのだった。

 

「……何だか、急だったね。古城。」

「ああ、何だったんだ?一体…」

 

流れるように隣にやってきた幼馴染の優麻の姿を確認した古城。その何処と無く、空虚さを感じる返事に不満そうな顔を示す優麻だが、少しして人の悪い笑みを浮かべると…

 

「ねえ、古城。」

 

呼びかける優麻の声に反応した古城はゆっくりと、優麻のいる方へと首を向ける。

 

「ん?何……」

 

だよ、と言おうとしたところで言葉を止められる。唇を優麻の唇によって塞がれたために…

 

「「なっ!?」」

「ヒューッ!」

「まぁ!」

「ん?」

「「はあ…」」

 

古城のその様子に紗矢華と雪菜は絶句し、ランサーは口笛を鳴らし、ラ・フォリアは感心したように声を上げ、キャスターは何が何だか理解できてないかのように首を傾げ、那月とライダーは呆れた様子でため息を漏らした。

優麻が唇を離していく。

 

「さて…と、それじゃあ、南宮先生そろそろ行きましょうか?」

 

その言葉に重々しく那月が首を縦に振る。

 

「…それもそうだな。そろそろ、連行せねば、あちらも業を煮やしていることだろう。」

「!…そうか。」

 

古城は決してバカではない。たとえ、それまでの行いが母親に利用されたものであったとしても、優麻の犯した罪は重い。であるならば、連行されるのもまた仕方のないことなのだと理解できた。

 

「そんなに悲しそうな顔しないでよ。古城。多分、すぐにまた会うことになるからさ。」

「!…本当か!那月ちゃん。」

「ああ、重要参考人であるのには違いないが、不幸中の幸いというべきか、死者は出ていない。とは言っても、長い間監禁されることは間違いないだろうがな。」

「いや、それでもよかったよ。」

 

綻ぶように笑顔を出す古城を見ながら、不遜に鼻を鳴らして那月は今度は一人の少女の方へと顔を向ける。

 

「では、行くぞ。キャスター。」

「うん。」

 

少女はトテトテと駆けながら、那月の方へと向かう。それと同時に優麻も那月の方へと近づいて行く。

そして、二人がつくと同時に那月は魔法陣を展開する。紫色の光を顔に浴びながら、振り向き、優麻は快活に笑いながら、去り際にこう言った。

 

「じゃ、またね。古城。」

 

彼女がそういうと同時に3人の人影が消え去っていった。

 

「イヤー、中々、おもしれえものを見た。この時代にもあんなアプローチをかけてくる女がいるもんなんだなぁ。さて、んじゃ、俺らもボチボチ行くかね。嬢ちゃん。」

「…そうですね。では、古城、私たちはこれで…」

 

ラ・フォリアの方はというと、意外なほどアッサリと、その場を後にする。その様子を古城たちは黙って見過ごす。

 

ランサーは少し歩いたところでわずかに首を古城たちの方へと向ける。

 

(いいのかね。ありゃ、後々問題になると思うが…)

 

そんな若干何かを心配するかのような目をしたのちランサーはラ・フォリアから5メートル以上も距離を取りながらついて行く。こう言うのもなんだが、何だか、息が詰まりそうな空気だ、と古城は漠然的に感じた。

 

そして、ラ・フォリアが扉に手をかけ、ランサーが霊体化すると、そこで古城はあることに気がつく。

 

「あれ、ってかさ、煌坂。」

「…何よ?」

 

凄まじい殺気に似た気配を感じさせながら、紗矢華は古城の質問に答える。その紗矢華の態度に一瞬、体を引かせてしまう古城だったが、質問する口を休めない。

 

「お前って、確か、ラ・フォリアの護衛が任務だっんじゃ…」

「あっ!」

 

すでにビルから姿を消したラ・フォリアを追うために紗矢華は準備を急ぎ、そして準備が整った後、古城に顔を向けた後、こう言った。

 

「灰になれ!この変態吸血鬼!!」

 

吐き捨てると、彼女はその場を後にするのだった。

 

そうして、ようやく、その場は落ち着いてきた。

 

「んじゃ、俺らも帰るか。姫柊……姫柊?」

「先輩。何か、言うことは?」

 

にっこりと極上の笑みを浮かべながら、雪菜は詰め寄ってくる。

 

「あ、いや、けど、アレは仕方ないだろう!」

「ええ、そうかもしれませんね。ですが、先輩は前々から思ってたことですが、隙がありすぎじゃありませんか!?もう少し、周りを警戒すべきです。全く危なっかしくて仕方ない。こうなったら監視を強化しなければ、ですね。」

「ええ……それって長く続くのか?」

「これからも、ずっとです。」

 

若干のプロポーズとも取れなくもない発言に古城は動揺し、言った後雪菜も顔を真っ赤に染める。

だが、彼らは忘れていた。

 

「ゴッホン!あぁー…すみません。今ここにはわたしもいるのですが…」

「「あっ…」」

 

気まずい沈黙が流れる中、それを打ち消すように古城は一際明るい声を出す。

 

「そ、そんじゃ、俺らも帰るか!」

「は、はい!先輩!」

 

そのあまりにもギクシャクした雰囲気にライダーは思わずこう思った。

 

(私は、一人で帰るべきだったのかもしれまんね。)

 

ーーーーーーー

 

帰り道、シェロはビルとビルを飛びながら、セイバーとの戦いでのある言葉を思い返す。

 

「約定……決闘か。」

 

その言葉で思い出すのはかつての親友であり、最後の最後で自らの前に立ち塞がった最大の難敵だった。

 

『この決闘はある意味、約定だったのかもしれないね。君が英雄になるための…』

「お前がこの場にいたのならば何と言うのだろうな。これもまた俺が英雄であることを思い返すための約定だとでも言うのか、果たして……」

 

今更、理解はできないとわかっていても、だが、そう思わずにはいられなかった。「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」彼にとってその名はそれほどまでに影響があるのだ。

 

だが、考えても仕方がないことを理解すると、シェロはもう一つのことに対して頭を巡らす。

 

『いや、言いたくはないが、そうなって仕舞えば、マスターの差が露骨に出てくる戦いとなってくるだろう。』

 

意図的ではなかったが、その言葉はアーチャーのマスターへの対応についての一言でもあるように、アーチャーには感じられた。

 

マスター(夏音)

 

その言葉を思い返し、静かに自らの主人の名を呼ぶと、彼はまたしずかに闇にとけていくのだった。




最近、気になること、トリスタンの最終再臨の絵の背後にいる白髪、褐色肌の男について、何かな?アレはギャラハッドなのかな?と考えることがある。髪の毛と肌の色からすぐにエミヤを想像しましたけど、さすがに時代がちがいすぎるからな。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サーヴァント詳細設定一覧
サーヴァント詳細設定一覧


今回は二話投稿です。もっとも、一方は話ではないんですが


ライダー

真名:ゲオルギウス

身長 180cm

体重 95kg

属性 秩序・善

 

本来ならば、絶対に呼ばれることがない聖人系のサーヴァント。そのため、ライダー自身にも多少の戸惑いはあるものの、後に自らのマスターである古城を見て、自分がなぜ召喚されたのかその答えを見出し、今に至る。現在は、アーチャーなどの他のサーヴァントと戦うことは得策とは考えておらず、一時休戦状態でアーチャーと同じく場の様子を見ている。

 

ステータス

 

筋力 D

耐久 A+

敏捷 C++

魔力 D

幸運 A+

宝具 C

 

スキル

 

対魔力A

 

魔術に対する抵抗力。一定ランクまでの魔術は無効化し、それ以上のランクのものは効果を削減する。サーヴァント自身の意思で弱め、有益な魔術を受けることも可能。Aランク以下の魔術を完全に無効化する。

 

騎乗B

 

乗り物を乗りこなす能力。「乗り物」という概念に対して発揮されるスキルであるため、生物・非生物を問わない。また、英霊の生前には存在しなかった乗り物すらも直感によって乗りこなすことが可能。ゲオルギウスはクラスの恩恵でこのランクになっているが、実状は彼ではなく愛馬・ベイヤードが優秀だと言える。

 

戦闘続行A

 

名称通り戦闘を続行する為の能力。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。

 

守護騎士A+

 

他者を守る時、一時的に防御力を上昇させる。数多くの国や地域の守護者であるゲオルギウスは常に「守ってくれること」を期待される。そしてその期待が、彼に無限の守護の力を与える。

 

殉教者の魂B+

 

精神面への干渉を無効化する精神防御。ゲオルギウスは幾度となく棄教を迫られ、数え切れないほどの拷問を受けながら、一度としてその責めに屈しなかった。ゲオルギウスは、極めて強靭なる信仰の持ち主である。

 

神性C

 

聖人として世界全土で崇敬されており、小宗教や古代の神の一部などを凌駕する信仰を誇る。また、ゲオルギウスの由来は中東における豊穣神バールにまで遡る。

 

直感C

 

戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を「感じ取る」能力。Aランクの第六感はもはや未来予知に近い。また、視覚・聴覚への妨害を半減させる効果を持つ。ゲオルギウスの直感は防御のためにしか働かず、"相手が戦うべき敵か否か"を即座に判断するために使用する。

 

宝具

力屠る祝福の剣(アスカロン)

種別:対人宝具

ランク:C

レンジ:1

最大補足:一人

 

あらゆる悪意、敵意から担い手を遠ざける役割を持った聖剣。この聖剣をライダーが装備している限り、ライダーを傷つけることは難しい。また、持ち前の直感スキルによって感度も高く、相手の攻撃の起こりも察知することができるため、防御という意味合いでいうのならばまさに無敵と言える。

この剣の防御に回している力を反転させることでそれはあらゆる鎧を貫く剣と化させることができる。

 

汝は竜なり(アヴィスス・ドラコーニス)

種別:対軍宝具

ランク:C

レンジ:1〜99

最大補足:1000人

 

見た目はライダーが纏うサーコートであり、これを真名開放と共に発動し、光らせることにより、光を浴びた対象全てを一時的に竜属性にすることが可能。この用途から光を遮る密閉空間などとは相性が悪いが、見事、敵を竜属性に変えることができた場合、ライダーのドラゴンスレイヤーとしての能力も相まって、非常に戦いを有利に進めることができる。また、この宝具の効果はライダー本人の許可がなければ決して解けることはなく、残り続ける。

これを解くには、ライダーからの許可を得るか、この宝具を壊すか、彼自身を殺す他ない。

 

竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)

種別:対人宝具

ランク:C

レンジ:1〜10

最大補足:一人

 

アスカロンの力と、ゲオルギウスの竜殺しの力を複合して発動させる対人宝具。竜種に対して大ダメージを与える。

近距離では剣の姿で、遠距離では剣の弾いた光が投げ槍の姿を取って敵を討ち貫く。

 

幻影戦馬(ベイヤード)

種別:対人宝具

ランク:C

レンジ:ー

最大補足:一人

 

ゲオルギウスに恋した魔女が彼に贈った魔法の白馬。

跨った者を無敵にし、致命傷となる攻撃を受けても一度だけ無効化することができる。

 

キャスター

真名:ナーサリーライム(アリス)

身長、体重:共に南宮那月と全く同じ

属性:中立・善

 

元々は事故的に呼ばれたはぐれサーヴァントであり、自らが存在し続けるために魂食いを行なっており、東欧にて『魂を食う絵本』という別名を得ていた。そのあまりの惨状に第一真祖が見るに見かねて、捕らえようと考え、激しい戦闘の末に第一真祖の勝利となり、その後、監獄結界へと投獄されることとなった。那月本人が夢を見ることで自らの今をさしだすことで発動する監獄結界の特性上、マスターの夢を形作ることで、自らの姿となすキャスターにとって非常に馴染みやすい空間となっており、実は投獄されている間は密かに監獄結界を作り出す魔力源へと自らをつなげることによって、現界を保てていた。

この事実には那月自身も気づくことはなく、そのことからも、キャスターと那月の魔術の相性の良さが伺える。そして、この事実から分かる通り、この時点で既に疑似的ではあるが、マスターとしての契約を結んでいた。

 

那月がこのことを知れば怒鳴りそうなものだが、キャスター自身はマスターを害そうなどという気持ちは全くなく、むしろ、自らに名前という形を与えてくれた那月に感謝すらしているほどである。そのため、基本、那月の命令ならば聞くくらいの忠誠は確かに存在する。

 

筋力 D〜E

耐久 D〜E

敏捷 D〜E

魔力 D〜E

幸運 D〜E

宝具 EX

 

陣地作成(A)

『小さな扉、くるくるお茶会、白黒マス目の虹色草原、お喋り双子の禅問答。でもでも、お気に入りはやっぱり一つ。全てを忘れる、名無しの森にご招待!』

 

自己改造(A)

 

『自身の肉体にまったく別の肉体を付属・融合させる適性。このランクが上がれば上るほど正純の英雄から遠ざかっ、カカ、かかか関係ない関係ないそんなのまったく関係ない! 何であろうときっかけ貴方の注文通り!』

 

変化(A+)

『変身するわ、変身するの。私は貴方、貴方は私。変身するぞ、変身したぞ。俺はおまえで、おまえは俺だ。』

 

一方その頃(A)

『頼れる仲間と船に乗り、旅は始まり前途は多難。先に待つのは希望の出会いか悪意の罠か。それはともかくあちらの事情は興味津々。他人の秘密は蜜の味。それでは、世界の裏側へご招待!』

 

 

宝具

誰かのための物語(ナーサリーライム)

 

ランク:EX

種別:対人宝具

レンジ:0

最大捕捉:1人

 

ナーサリーライムは童歌。トミーサムの可愛い絵本。マザーグースのさいしょのカタチ。

寂しいアナタに悲しいワタシ。最期の望みを、叶えましょう

 

ナーサリーライムのスキルや宝具説明は全て童話の一説のようになっているため分かりにくいが、前述の通り、このサーヴァントそのものが「マスターの心を投影したサーヴァントとなる」という性質を持った固有結界である。

結界の内容は、那月自身が愛読したわけではないが、元々の召喚の触媒として『鏡の国のアリス』が使われたこと、那月がなんとなしにつけた『アリス』という名前を皮切りに那月自身が思い描いた『アリスといえば…』という連想ゲームに近い形で「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」の影響を強く受けている。

 

ジャバウォック

 

キャスターが従える使い魔。その戦闘能力は苛烈の一言であり、全てのステータスがEXという破格のモノ。更に、キャスター自身が健在ならばそこから魔力を受けることにより、自らの傷を修復することも可能。つまり、疑似的な不死状態となっている。ただし、このジャバウォックを倒したとされるヴォーパルの剣を前にした場合、その力は一気に弱まり、並のサーヴァントに倒される程度の力しか発揮できなくなる。

 

永久機関・少女帝国(クイーンズグラスゲーム)

ランク:C

種別:対己・対界宝具

レンジ:0

最大捕捉:1人

 

物語は永遠に続く。か細い指を一頁目に戻すようにあるいは二巻目を手に取るように。

その読み手が、現実を拒み続ける限り

 

自身や創造物の時間を巻き戻す。ゲーム内では、こちらにダメージを与えさらに自身のHPを完全回復するという強力なもの。早い話が「明日を拒絶し、同じ今日を永遠に繰り返す」力。

ただし、絵本の内容が何度読んでも同じであるように、彼女の行動パターンもまた完全に固定されている。

 

その他能力

トランプ兵

 

不思議の国のアリスのトランプ兵を召喚することができる。一人一人の戦闘能力はそこまでではないもののジャバウォック同様、疑似的な不死を取得しているため、敵に回すと非常に厄介。

 

名無しの森

 

スキル「陣地作成」によって作られた自身に有利な陣地「工房」(もしくは「神殿」)でもある固有結界。

この固有結界に囚われた者は、自らの名前を皮切りに徐々に記憶を失い、それと共に存在が消滅していく。現在、南宮那月は彼女のマスターということもあり、この固有結界についても認知しているが、余りにもエゲツないその能力から滅多なことでは使用しないように言いつけられている。

 

ランサー

真名:クーフーリン

身長:185cm

体重:72kg

属性:秩序・中庸

 

本来の召喚主は絃神島を襲った魔女メイヤー姉妹だが、彼女たちが持つ令呪に興味を抱いたラ・フォリアが強制的に自らの右手に移植したため、形だけとはいえ現在はラ・フォリアがマスターということになっている。このことから、ランサーは現在のマスターを認めておらず、ランサーは本当に自分のマスターとしてラ・フォリアは相応しいのかどうか判断している真っ最中である。ちなみに本人的に言わせてもらうと、ラ・フォリアの人格は生前『相手にもしなかった女王』と『懇意にしていた女王』の人格を50:50でミックスしたような人格とのことで、そのこともあり、マスターとして認めるかどうかは現在進行形で悩み中である。

 

筋力 A

耐久 B

敏捷 A+

魔力 B

幸運 D

宝具 A++

 

スキル

 

対魔力(C)

 

魔術への耐性。二節以下の詠唱による魔術は無効化できるが、大魔術・儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

 

戦闘続行(A)

 

所謂「往生際の悪さ」。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。

 

仕切り直し(C)

 

戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を初期状態へと戻す。

 

ルーン(B)

 

北欧の魔術刻印・ルーンを所持し、キャスターのクラスにも適合できるほどの知識と腕前を持つ。

 

矢よけの加護(B)

 

飛び道具に対する対応力。使い手を視界に捉えた状態であればいかなる遠距離攻撃も避ける事ができる。ただし超遠距離からの直接攻撃、および広範囲の全体攻撃は対象外。

 

神性(B)

 

神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされ、クーフーリンは太陽神のルーの子とされているため非常に高い神霊適正を持つ。

 

不眠の加護(B)

 

スカサハが施した眠り薬が効かなかったことを起因となり、付与されたスキル。このスキルが存在する限り、クーフーリンは如何なる催眠、幻覚をも無効化することができ、また、眠り薬だったこともあり、毒物に対する耐性もある程度存在する。ただし、幻覚の類は自らに干渉するものならばほぼ確実に無効化できるが、世界に干渉するほどの強大なものに対しては無効化することができない。

 

宝具

 

陽光纏いし猛犬の車輪(クー・ロスフェイル)

種別 対軍宝具

ランク A〜A++

レンジ 40〜1000

最大補足 500人

 

クーフーリンが持つ宝具の中でも最大最強の攻撃力を持つ宝具。アルスター王が授けた戦車と彼が影の国に行く際に道を阻んだ底なし沼を一瞬で蒸発させたとされるルーの光輪を装備した姿をしており、常にその車輪は焔を纏い、通っていった跡に焔の轍道を作り出す。この轍道はクーフーリンが存在させ続けようと思えば、その焔は一生燃え続け、残り続ける。作り出した轍道の焔だけでもサーヴァントが傷を負うほどの熱量が存在する。

本来ならば、レーグが御者として引き、その上にクーフーリンが乗るという寸法の宝具ではあるものの、今回、レーグは存在しない。召喚させようと思えばできるのだが、クーフーリン曰く、『自分が無茶をした時の小言がうるさい』ため、クーフーリンはわざと召喚しなかった。そのため、クーフーリンはレーグの騎乗スキルを借り受ける形でこの戦車を操作している。

太陽神ルーの力が込められた車輪の威力は伊達ではなく、その気になれば、核シェルターの壁にさえ易々と孔を開け、鉄骨入りの高層ビル群を一瞬にして5軒あっという間に倒しきることができる。ただ、この威力のために魔力消費は激しいため連発はできず、また周りへの被害もバカにはできないので、操縦はランサーがやるのでともかく、扱い自体は非常に難しい宝具である。

 

刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)

種別 対人宝具

ランク B

レンジ 2〜4

最大補足 一人

 

ランサーが編み出した対人用の刺突技。槍の持つ因果逆転の呪いによる必殺必中の一撃。

「心臓に槍が命中した」という結果をつくってから「槍を放つ」という原因を作る。

回避には因果操作を回避出来る幸運の高さ、ランサー自身が放つ神速の槍さばきを躱す技量の二つが必要であり防ぐには槍の魔力を上回る防壁を用意するしかない。

仮に心臓を穿てなくとも当たれば負傷と回復阻害の呪いを残し魔力消費の少なさにより連発も可能で対人効率が良い。

自分の能力が上げられた影響か、わずかに運値が上がっているため、当たりやすくなっている(かも)。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)

種別 対軍宝具

ランク B+

レンジ 5〜40

最大補足 50人

 

魔槍ゲイボルクの本来の使い方。因果逆転の呪いを持つ投擲宝具。魔槍の呪いを最大限開放して渾身の力で投擲する。

「刺し穿つ死棘の槍」とは違い心臓に命中させるのではなく、一撃の破壊力を重視している。生前より更にその威力は増していて、相手に向かって無数に分裂していき一発で一部隊を吹き飛ばす。

一度ロックオンすれば「幾たび躱されようと相手を貫く」という性質を持つため標的が存在する限りそこが例え地球の裏側だろうと飛んでいくだろうと推測されている。

戦車を宝具として召喚できているため、太陽の加護やその他魔術を行使することで大幅に威力を補助することも可能。

 

???

種別 ?

ランク ?

レンジ ?

最大補足 ?

 

彼が生前所有していた城の壁を模した防御型宝具。現在のところ、詳細については不明。

 

セイバー

真名 ヘラクレス

身長 253cm

体重 311kg

属性 混沌・中庸

 

自他共に認めるギリシャ神話最高の大英雄。自らの目的のためならば、略奪も辞さない考えの持ち主ではあるものの、三騎士のクラスで召喚された影響で非常に誇り高い人格をしている。巌のような大男。その召喚には秘密が隠されており、召喚のおり実は、バーサーカーとしての記録を取り入れられており、今聖杯戦争の中でアーチャー以外で唯一、第5次聖杯戦争の記憶を正確に所持している。ただし、これはあくまでバーサーカーであった時の記憶ということもあり、セイバー自身にとって「自分ではない自分の記憶」でしかないとのこと。だが、彼にとってその記録はかけがえのないものとなっているため、アインツベルンの娘であるローリエスフィールはそのこともあり非常に大切に思っている

 

筋力 A

耐久 A

敏捷 A

魔力 B

幸運 A

宝具 A++

 

スキル

 

対魔力(A)

 

魔術に対する抵抗力。Aランク以下の魔術を完全に無効化する。

 

戦闘続行(A+)

 

瀕死の重傷を負っても戦闘を可能にする。ランサーのものが「往生際の悪さ」なのに対し、こちらは「生還能力」。

 

心眼(偽)(B)

 

数々の冒険で磨かれた直感・第六感による危機回避能力。視覚妨害による補正への耐性も併せ持つ。

 

勇猛(A+)

 

威圧、混乱、幻惑といった精神干渉を無効化する。また、敵に与える格闘ダメージを向上させる。

 

神性(A)

 

高位の神霊の息子であるため、最大級のランクを持つ。

 

宝具

 

十二の試練(ゴッド・ハンド)

種別 対人宝具

ランク B

レンジ ー

最大補足 1人

 

ヘラクレスが生前成した十二の偉業の具現化。ランクB以下の攻撃をシャットアウトし、11の代替生命がある。さらに一度受けた殺害方法にある程度の耐性を身につけて、心眼によりその方法を見切ることができるため、事実上、二度と同じ方法は受け付けない。

また、今回はヘラクレスの武技も健在であるため、彼の武技を掻い潜りながら、攻撃を叩き込むしかない。

 

射殺す百頭(ナイン・ライブズ)

種別 不明

ランク C〜A+

レンジ 臨機応変

最大補足 不明

 

手にした武具、あるいは徒手空拳により様々な武を行使する。言わば『流派:射殺す百頭』という技能そのものが宝具化したもの。武具の力を最大限に引き出し、対人から対軍、城攻めに至るまで状況に合わせて様々な形を見せる。

 

戦神の軍帯(ゴッデス・オブ・ウォー)

種別 対人〜対城宝具

ランク A

レンジ ー

 

軍神アレスの分体である軍章旗を帯の形に直したもの。二の腕にリストバンド状に巻き付けて装備したり、腰布として着用したりなど、様々な着用をする。

使用者の神性と筋力、耐久、敏捷、魔力の値を大きく引き上げる。今回の聖杯戦争では、マナの純度が非常に高いため、一定以上の引き上げが可能。

 

ネメアの獅子の毛皮

(自分でやってもいいのですが、名前は公式で出てるまで控えさせてもらいます。)

種別 対人宝具

ランク 不明

レンジ 1

最大補足 一人

 

人類の文明、すなわち人理を否定する神獣の皮を加工した裘は人が生み出すあらゆる道具を無効化する特性を持ち、アーチャーの作り出した贋作宝具の雨を受けても無傷で防ぎきった。

 

業火轟かす創世大剣(マルミドアース)

種別 対人宝具

ランク A

レンジ 1〜10

最大補足 5人

 

ヘラクレスが所有する大剣。鍛治の神ヘーファイストスが作り出した神造兵装であり、全長は3メートルを超え、セイバーの身長を超えている。剣の柄は西洋剣を模しているが、これはこの剣がアーサー王にまで渡って行ったという概念の顕れ。剣側面は俗に言うバスターソードと同比率で伸び、刃は諸刃、刃先は両刃共に反れ、ある程度まで反れたら、刃先は集約するように中心へと伸びるような作りになっている。剣というよりも棍棒といった方が近い形をしている。また、剣の側面には火を模したような彫刻が彫られている。

種別としては確かに対人宝具なのだが、ヘラクレス本人のあまりに規格外の膂力が最大補足やレンジそのものを大幅に釣り上げてしまっている。

セイバー曰く、『焔』を扱うということになっているが、アーチャー曰く『そのようなチャチなものではない』とのことで、まだまだ隠された能力がある模様。

 

???

種別 ???

ランク A++

レンジ ???

最大補足 ???

 

???



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還
錬金術師の帰還I


この前のサーヴァント詳細設定についてもよろしくお願いいたします!ではどうぞ!


その日、その夢を見た。

 

それはいつか自分が夢に見た光景だった。火が木材という木材を舐め、絶望という絶望を被せるようなそんな光景。その光景を忘れない。たとえ、それは一時にしか起こりえない幻の類であったとしても、それこそが自らの悔恨と過ちの発露なのだから…

 

そうして夢を見たら立ち上がる。何も語らず、ただ、空を見上げ、そして、静かに願うように目を閉じ、その場を離れていくのだった。

 

ーーーーーー

 

まだ日が昇り切らない時、学生服を着込んだ褐色肌と白髪の少年シェロ・アーチャーは何もない海岸の果てを見ていた。

 

「ふぅ…。」

 

周りに一般人がいないことを確認する。すると、静かに息を漏らしたシェロは手に持つ弓を前に突き出し、それに矢を番える。ギリギリと弓の弦を引き、何もない海岸の果ての果てへとその視線を向ける。そして、その矢を手放すことで一気に解き放つ。放たれた矢は魔力を帯び、そのままどことも知れない世界の果てへと一直線に向かっていく。

 

それを確認したシェロは僅かに目を顰めるようにして細める。

 

 

「やはり…か。」

 

シェロは確認したいことを確認し終えると、スタスタとその場を後にする。

 

「何がだ?シェロ・アーチャー。」

 

すると、何もない虚空から一人の少女がいきなりシェロの前に姿を現わす。シェロはそのことに対して驚きは見せない。なぜなら、彼は一般人がいるかどうかを判断しただけであり、誰もいないことを確認したわけではなかったからだ。彼は僅かに案じるように目を見開いた。

 

「このような時間に起きてくるとは、まだ、日が昇りきっていないだろうに……いや、失言だった。君にはそもそも睡眠は必要なかったのだったな。浅慮な発言をしてしまったことを謝罪する。」

 

現在の目の前にいる南宮那月は本体が見ている夢が形取ったものに過ぎない。本体が眠り続けている以上、彼女は朝眠らないといけないといったような当たり前の行動をしなくても済むようになるという寸法だ。だが、それはつまり、人間からかけ離れていることを意味する。立場は違えどその人間離れすると言うのはいったいどのような物なのか理解できるシェロは己の発言を恥じ、心からの謝罪をしたのだ。

 

「別に気にはせん。それよりも、今貴様が言っていたことの説明の方を先にして欲しいのだが……」

「そうだな。君は俺の生前の時代のことを知っているか?」

 

突然問われた那月は訝しむように眉尻を上げ、僅かに考え込んだ後、答える。

 

「たしか、今からそう離れていない200年ほど前だったか。その様子だと、その時代は今の我々の時代とは大きく異なっている部分が存在していたとでもいうつもりか?」

 

半信半疑の口調であった那月の受け答え。それは目の前の男信用していないわけではない。ただ、純粋にこの男が質問したその意図が不明だったのだ。

 

「ふむ。どうやら、俺の時代の状況までは君も知らないと見えるな。」

「状況…だと?」

 

聞き返す那月に対して、ああ、と答えるとシェロは人差し指を立て説明を始める。

 

「例えば、君たちは魔術を使うときマナとオド……いや、体外の魔力と体内の魔力一体どちらを重要視する?」

「…?…そうだな。小さな事象の改変という意味合いで言うのならば、体内の魔力を使った方がやりやすいが、強大な事象改変を行うためにはやはり体外の魔力を重要視するな。」

「そうだろうな。それはつまり、強大な力を使うためにはそれだけ世界に魔力が溢れてなければならないと言うことだ。これは暁古城の眷獣とて同じであり、召喚自体は自らの強大すぎる魔力を使っているからと言って、その眷獣が力を行使するときはやはり確実に周囲の魔力を食い破るように利用しなければならない。」

 

魔女である南宮那月にとってそれは常識だ。だから、今更そのような説明をされたところで苛立ちはすれ、感心などはしない。それ故に、彼女は急かすように次の言葉を聞き出そうと、言葉を吐こうとするが、それをシェロは片手を突き出すことで制する。

 

「焦るな。問題はこれからだ。では、一つ、質問をしよう。南宮那月。もしも、世界に漂う魔力が枯渇してしまった場合、魔術はどのように変化すると思う?」

「…?そうだな。まず、そうなって仕舞えば、強大な魔術を行使しようとも、魔力そのものが枯渇しているわけだから、意味をなさない。となると、自分の中の魔力だけが頼りになり……そうか。まさか…」

 

ようやく質問の意図が理解できた那月は口を軽く手で覆う。それに対して、シェロは静かに頷く。

 

「そうだ。君の想像している通り、俺たちが生きている時代が正にその魔力が枯渇した状態だった。それ故に俺のような例外などのよほど強大な魔力を持つものでなければ、まずもって世界の魔力に干渉することなど不可能だった。…まあ、俺の場合は少しばかりイカサマを使って強大な魔力を手にしたわけだが……そこはいい。つまり、何が言いたいかと言うと……」

「貴様らの時代の魔術師は総じてそこまで強くはなかった、と言うことか?」

 

言葉を遮るようにして答えた那月の返答に満足そうに頷いたアーチャーは言葉を続ける。

 

「だが、此度は違う。俺の時代とは違い、世界に魔力が溢れ、魔術師の能力は総じて飛躍的に上がっている。恐らく、神代レベルまでな。」

「そうなると、具体的にはどうなる?」

「そうだな。まず、神秘のレベルが上がるということ、魔術一つ一つを小さな火薬とするならば、それが俺たちの時代と比べると爆弾と言えるほどまでに強大なものとなる。」

「…なに?」

 

心中穏やかではないといった様子で那月が眉を吊り上げる様子を見たシェロはふぅ、と息を吐き、諭すように言葉を重ねる。

 

「落ち着け。あくまで指標として言っただけだ。実際はどの程度のものなのかはあのセイバーを使役している魔術師たちを見てからでしか分からない。」

「そうか。では別の質問だ。…なぜ、今になってそのようなことを気づいたのだ?貴様ならばもっと早くの段階で気づいてしかるべきことだろう?」

 

このサーヴァントが他の者たちとは違い、五年前から召喚されていることを那月は知っている。であるからこそ、先ほどの確認するような一矢は逆に違和感を感じざるを得なかった。

 

「…そうだな。たしかに気づいていたかどうかはともかく、違和感には魔力を多大に使うようになった時、その最初から気づいていた。以前から妙に調子がいいのでな。」

 

この男は以前、黒死皇派のテロリズムを止めるためにその秘密兵器ナラクヴェーラに対して、牽制の意味も込めた一矢を放った。その際、この男はあくまで叩き落とすだけが目的であったのに対し、彼の一矢は予想以上の破壊力でもって、人工の地盤すら叩き壊し、落としてしまったのだ。この時はもしかしたら、自分の師のうっかりでも移ったのかと思ったのだが、後々になって自分の妙な調子の良さを考慮するに、どうやらそれは浅薄な見立てと言わざるを得なかったようだ。

例えば、この五年間、アーチャーとしてではなく、あくまでシェロとして、この男は活動していた。この男の魔術特性は真実は投影にはなくとも、投影そのものを意識することで魔力を粘土のように扱うことができる。それを差し引いても自らの肉体を戻しもしない不安定な状態で現界を維持するなどということが可能なのだろうか、現在、シェロは今までと同じような高校生ほどの肉体へと立ち戻っている。この状態に戻って始めて感じたことだが、これは穴あきのの浴槽にお湯を垂れ流し続けているような状態に近い。つまり、いつ穴が広がって現界が厳しくなったとしてもおかしくない状態にあったのだ。そんな状態で現界が可能であり続けた理由、それはおそらく先ほどの一矢同様に世界に魔力が満たされ続けているからなのではないのだろうかと考えている。

先日の戦いにおいてもランサー、セイバーとの超規模戦闘もよくよく考えてみれば魔力の調子が良く感じられ、投影などの負担はかなり軽くなったと言える。なんせ、生前にほど近いとはいえ、所詮はサーヴァント。千本やら二千本やらの刀剣を固有結界なしで投影した場合、その負担は結構なものになるはずだと踏んでいたのだが、そこまでの疲労は感じられず、戦闘を続けられたのだ。

 

「それでは、なぜ…」

「簡単な話だ。この聖杯戦争では俺にとってはそこまで何が変わるわけでもなく、また、君たちにとってもそれは同様だと感じたからだ。」

「なに?」

 

訝しむ那月の様子を傍目で確認した後、シェロは口を開く。

 

「先も言った通り、俺の生前の状況と現代は大きく異なっている。本来、このようなことが未来で起こり得る(・・・・・)わけがないと思うのだが、現在は生前よりも遥かに魔力や異能が使いやすい環境となった。」

「そうだな。貴様からはそのように聞いている。」

「では、聞くが、君たちはそれを聞いたところで何か変わるのか?」

「…?なんだ?いきなり…」

「現代の魔術師は俺の時代と比べて遥かに強い。ということは、恐らくではあるが、南宮那月や古城たちが戦ってきた敵のレベルとそう大差がない進化しか俺の知る魔術師はしないのではないかと考えている。俺が見る限り、君たちが戦っている敵の最弱のレベルは俺の時代の時の最弱と大幅に異なる。ならば、変に不安を誘うよりも黙っていた方が効果的だと思った。実践慣れしている君はともかく、古城の方はそれで過剰に警戒してしまう恐れがあるだろうしな。それで本来の実力を出せずに倒されるなどと言う事態はなるべくならば避けたい。」

「ふむ、なるほどな。だが、魔術師の戦闘能力が貴様の時代より総じて高くなったということは、貴様の戦闘力は生前の状況と比べると生前に届かないまでも、ある程度上がったということだろう?

 

それは喜ばしいこと…ではないな。」

 

開きかけた口を閉じるようにして苦悶の声を漏らすように那月が呟くのを見て、わずかに頷くシェロはそのまま言葉を続ける。

 

「…ああ、その通りだ。どころか、こればっかりは喜ばしいどころか最悪だ。」

「ふむ…」

「サーヴァントである俺が調子がいいということは、他のサーヴァントたちとてその恩恵を確実に受けていることの証左でもある。たとえば、俺が生前の時代に召喚されていた場合よりも2倍強くなったとして、他のサーヴァントまで2倍強くなられては結局のところプラマイゼロ。そこまで変わりはないということだ。」

「……」

「むしろ、より生前に近い状態へとなったということは、一つ一つの能力が大幅に底上げされているということ。今の俺の状態ではサーヴァント体であったとしても本土ならばともかく、この脆い島を沈ませることなど容易に可能だろう。となると、今まで以上に、自らの能力に制限をかけねば、危険なことこの上ない。要するに、メリットに対してデメリットがあまりに多すぎるということだ。」

「…なるほどな。確かにそれは最悪だ。」

 

那月は沈痛な面持ちで顔を沈める。重い空気が流れる中、そのことを良くないと思ったシェロは不意に口を開く。

 

「そういえば、君は一体何をしにここに来たんだ?」

「ん?」

「君のことだ。何の用もなく、俺のいる場所に来るなどということはないはずだ。何か、俺に用でもあるのかと思っていたのだが?」

「…ふむ。そうだな。そろそろ、貴様にも話すべきだろうと思って来た。」

 

その後、那月から綴られていく言葉を聞き、シェロはわずかに眉潜め、苦悶するように目にしわを寄せる。そして、話を聞き終えたシェロはわずかにその身のうちにある魔力を高め、静かに優しい波音を立てる海の彼方を見つめながら、彼は静かに呟いた。

 

「そうか。ようやく来たか…」

 

と…

 

ーーーーーー

 

隔離された一室。ここは監獄ではない。だが、この場には絃神島にて重大な犯罪を犯したものがその能力を買われ、今も働き続けている。叶瀬賢生。かつて自らの娘の幸福を考えるあまり、空回りし、模造天使(エンジェル・フォウ)という外法に手を染めてしまった男である。男のその一室の周りは監視と護衛の両方の観点から武装された部隊が取り囲まれていた(・・)。そう、先ほどまでは…

 

部屋の扉が爆発でもしたかのように勢いよく飛ばされる。賢生は驚きもせずに淡々とした調子で、ゆっくりと今まで作業をしていた椅子から腰を上げる。

 

「やれやれ、ノックもせずに入って来るとは行儀がなっていないようだな。」

「やあ、叶瀬賢生。僕の名前は天塚汞と言うんだ。よろしくね。」

 

ふざけた調子で頭に被ったシルクハットを取りながら、気持ち悪いほど丁寧なお辞儀をするスーツ姿の男を見て、賢生はその男から警戒を解かずに、ゆっくりと今、男が入ってきたドアの後方部分に目を向ける。

見た瞬間、賢生は嫌悪感を露わにして目を細める。

 

そこには金属作りの見事な彫像があった。その姿は今まで自分の部屋の周りを監視していた特殊部隊を見事に形どったような…否、アレはそんな生易しいものではない。賢生はそれを見た瞬間に理解した。彫像には今はもうわずかだが、生命の波動が流す魔力を微量ながらに感じた。つまり、その彫像はわずかだが、生きていた(・・・・・)のだ。

その金属の活け造りとも言えるような悪趣味な彫像を見て、賢生は相手が一体どのような力を使うのか理解した。

 

「錬金術か…なるほど、確か大錬金術師ニーナ・アデラードの元には天塚汞と言う弟子がいたと言う話だったな。」

「さすが、叶瀬賢生だね。そこまで知っていると言うことは僕が何のために来たのかも分かっているだろう?さっさとアレ(・・)を渡してくれないかな?」

「…何のことだ?」

「惚けなくていいよ。だって…」

 

惚けた調子はなく、ただ、淡々と自らの不明を告げる賢生を前に、男は心底愉しげに笑いながら言葉を返す。そして、笑いながら、腕をみるみるうちに銀色の特大のかぎ針のような形に変えていく。その様子を確認した賢生もわずかに半歩下がる。

 

あの場面(・・・・)で師匠がアレ(・・)を誰かに託すとしたら、あなたしかいないんだから!」

 

男が襲いかかり、賢生もそれに対して魔術を発動する。時間にしてわずか10秒ほどそのわずかな衝突を経て、ひとりの勝者が血を流しながらもゆっくりと立ち上がる。その勝者とは、天塚汞だった。天塚はノロノロと歩きながら、目的のものを見つけたと同時に高笑いする。

 

「はは…はーはっは!ようやく手に入れたぞ。これで…これでようやく僕は…」

 

賢生が聞いた言葉はそこまで血に塗れた口や床を拭うこともできず、その視界にはゆっくりと闇が訪れる。

 

闇を見始めた賢生が最後に思い浮かべたこと。それは…

 

(夏音…。)

 

自らが何よりも愛する愛娘の顔だった。

 

ーーーーーー

 

時刻は5時。彩海学園も放課後に差し掛かり、暁古城は友人であるシェロ・アーチャーと共に妹とその友達の買い物に付き合っていた。ショッピングモールを買い物袋を両手に歩き、嬉しそうに駆ける妹の姿を視界に納めながら、ところどころ見かける電気用品店の展示用のテレビに映し出されているニュースを目で追っていた。どのテレビでも必ずと言っていいほどあの戦い(・・・・)のことを話題にしていた。

あの戦いとは以前、仙都木阿夜が行ったテロの直後に起こった二人の超人たちによる決闘のことを指している。アレから1ヶ月以上経っても未だに収まることを知らずに、むしろ、最初報道されていた時よりヒートアップさえしているような気がする。通常の決闘ならば、ここまでの盛り上がりは見せなかっただろうが、問題は彼ら二人が言った名前だ。セイバーと名乗った男はヘラクレスと、アーチャーと自らを呼称していた男は衛宮士郎と名乗った。両者とも世界において知らないと言われる方が珍しいほどの知名度を誇る。ただ、それ故にもしも、こんな発言を聞いたら、妄言の類だと切って捨てられるに決まっている。実際に現在でもその発言が強力であり、約3割はこの発言で埋め尽くされているのだという。だが、残りの約7割はこれを妄言だと判断するのは早計だと判断した。

あるところでは新手の降霊技術の産物、あるところでは未だ知られていない実力者にその英雄の魂が転生した者なのではないかなどなど、色々な可能性が示唆され、検討されている。

 

そんな風に検討に検討を重ねられている話題の人物のうちの一人、アーチャー。それは今、古城の隣にいる白髪、褐色肌と赤縁のメガネをかけた学生服の少年シェロ・アーチャーのことを指していたりする。

古城はジッとその後ろ姿を観察する。シェロは気づいた様子もなくただ凪沙が今日一緒に友人として連れている叶瀬夏音のことを目で追いながら、静かに歩いていた。

 

(正直な話、やっぱ、詳しい話聞いた今でも完全には信じられねえよな。こいつがあの『衛宮士郎』だなんて…)

 

古城はそこまで魔術に詳しいわけではないが、少なくとも、死者の蘇生というものがとんでもない外法だということは分かっている。目の前の男は厳密には蘇生というわけではなく、英雄のその影法師が一時的に仮初めの肉体を持っているだけのものだと言うが、それでも外法に限りなく近いということは確かだろう。別に外法だからいけないというわけではない。そういう意味合いで言うのならば3人しかいないはずの真祖に紛れ込んだ自分とてある意味で十分に外法な存在だ。だからそこまで気にはしない。ただ、やはり、一時的とはいえ、その外法に限りなく近いものだとはいえ、過去の人間が今この場の現在にいると言うことはとても信じがたいことだ。

それがもしも、自分の国の著名人の一人だと言うのならば尚更だ。

 

衛宮士郎。アレから少し気になって携帯などでわずかに調べたが、そのわずかだけでも彼の人生は壮絶そのものと言えるものだった。具体的に言おうとすると自分の口は本能的にソレを拒否するほどに…

 

それ故に、古城にはある一つの疑問があった。この男は世界に対して何の恨みも持っていないのだろうか?と…

 

「……。」

 

タブーであることは理解しているが、人間とは一度気になり始めると、どうしてもそのことが頭から切り離せなくなる。古城はジッとシェロの背中を見つめていた。

 

「…ハァ…。なんだ?何か聞きたいことでもあるのかね?」

「えっ?」

「さっきから視線がずっと突き刺さっているのだ。いい加減に見て見ぬ振りも限界だ。」

 

気づかない、というのはどうやら勘違いだったようだ。シェロは気づいていたが、それを気づいていない振りをしたというだけだったようだ。

慌てた調子で何か別の質問をしようと頭を回転させる古城。流石に今のこの状況で『恨みはないのか?』などと聞けるはずもない。外だし、何より夏音が近くにいるのだ。露骨に嫌がるのは目に見えている。

そのため、懸命に頭を回転させる。すると、先ほどのものとは違う新たな疑問が頭によぎった。

 

「なぁ、シェロ。」

「なんだ?」

「なんで、お前、あの時(・・・)あんなに怒ってたんだ?」

 

その言葉を聞いた瞬間、シェロはピタリと歩みを止める。突然のことに驚き、つられて古城の方もその後方で足を止める。

 

「あの時…とは?」

「え!?そ、その…セイバーってヤツが俺たちに襲いかかってきた後、すぐに助太刀しにきてくれて、お前とセイバーが戦うことになった直後のこと…なんだけど…」

 

 

自信なさげに語尾を弱めてしまったのは、先ほどとはまるで違う雰囲気を漏らしているシェロに内心圧倒されてしまっていたためだ。

怖いとは行かずとも、その空気はこれ以上何も聞くな、と言外に物語っていた。だが、なまじ、下手に戦い慣れしたせいか、古城はその空気に対して言葉を濁しながらも、話した。

その様子にわずかに目を苦々しく細めた後、やがて静かに嘆息した。

 

「…まったく、君はもう少し場の空気を読むということに集中した方がいいな。だが、まあいい。その鈍感とも言える『図太さ』に免じて、話してやろう。」

「…褒められてんのか?それは…」

「さて、どうだろうな。で、だ。俺が怒っていたことについて…だったな。それについては単純だ。俺はセイバーのある言葉に怒り覚えたから、だ。」

「ある言葉?」

 

古城としては正直な話、意外だと考えた。侮辱するわけではないが、この男が言葉程度のことで怒るというのが想像つかなかったのである。常に冷静沈着で、自分たちにアドバイスをくれる立場にある言わば教師のような立場、古城のシェロに対する現在の立ち位置はそのようなものだった。

 

「そこまで意外そうにいうことはあるまい?俺とて怒ることくらいは自然にある。」

「あ、ああ、まあ、そうだな。」

「あの時、俺はある一つの名前を聞かされたんだ。」

「名前?」

「アインツベルン…それが俺の聞いた名前だ。」

「アインツベルン……」

 

話しながら二人はどちらともなく、再び歩き始め、雪菜たちを追いかける。

 

「何だよ?その、アインツベルンって…」

「アインツベルン。この名前はな、この聖杯戦争という稀に見る儀式を作り上げた家の名前だ。」

「え?」

 

驚愕とともに再び足を止める古城。そのことを確認したシェロは足を止めて古城の方へと向き直る。

 

「作ったって、このトンデモねえ儀式をか!?」

「ああ、もっとも、そのあたりの話をすると長くなるから、要点だけまとめて言うとだな。アインツベルンによって作られたこの儀式だが、俺の時代、あの儀式は確かに消滅したはずだったんだ。我が師とそのまた師によってな。だが、今回、どう言うわけだか、聖杯戦争はまた起き始めている。決定するのは早計だろうが(・・・・・・)、俺が死んだ後のこの未来(・・)でな。」

 

シェロは傍目で夏音たちが曲がり角を曲がろうとしているのを確認すると、それを追うようにして再び先ほどと同じように歩き始める。古城は、それを遅ればせながら、早歩きで追いかけていく。

 

「俺は、そのことが許せなかった。我が師を侮辱されているようでな。だから、怒った。それだけのことだ。」

「なぁ、そのアインツベルンっていうのは名字でいいんだよな?」

「ああ、そうだが」

「だったら、今の(・・)アインツベルンっていうのは一体誰なんだ?」

 

そこで、シェロはまたも反応したが、今度は立ち止まったりせず、そのまま歩き続けた。だが…

 

(なかなか、鋭い質問をする。決して侮っていたわけではないが、論理的な思考能力は人以上にあるようだな。だが、これ以上、話を続けられても面倒だな。)

「ローリエスフィール・フォン・アインツベルン。と名乗っていた。」

「ローリエスフィール……。」

「随分と皮肉なほどピッタリな名前だと思うよ。まったく」

「え?何でだ?」

 

訝しむように質問してくるシェロは占めたと思いながら、言葉を続ける。

 

「ローリエというのは珍しい花でな。」

「珍しい花?」

 

ローリエというのは古城も知っている花の名前だ。よく台所に立つ古城はその花がスパイスとして使われることをよく知っているのだ。だから、別段、珍しいとは思わなかった。

 

「ああ、別段、ローリエという種はそこまで特殊ではない。だが、アレの花言葉だけは他とは違い、随分と特殊なんだ。」

「え、どう特殊なんだ?」

「全般的にいうのならば、花言葉は『勝利、栄光、栄誉』だ。だが、これを花と葉に分けると、まったく別の花言葉になる。」

「どんな花言葉になるんだ?」

 

興味深そうに古城は質問を続けら。それに対し、わずかに間を置いたシェロはゆっくりと呟くように答える。

 

「花は『裏切り』、葉は『私は死ぬまで変わりません。』だ。どうだ?おおよそ、勝利、栄光などという言葉からは離れた代物になるだろう?もっとも、葉についてはこれは愛の常套句らしいから、そういう意味でいうのならば、離れているとは言えないが…」

(もっとも、俺からしてみれば、その三つとも見事に合致しているとしか思えないが…)

「……へぇ。」

 

古城は感嘆とともにそれを聞いていた。

 

「人間というのは面白いものだ。たった一つの花にさまざまな『意味』を込める。それ自体に意味があるわけでもないのにな。例えば…」

 

その後、古城はシェロの話を聞き続けていた。いつのまにか、自分の話が花の話(・・・)にすり替えられていることにも気付かずに……

 

ーーーーーー

 

「♪〜」

 

所変わって、絃神島の市街地にて鼻唄混じりに街中を歩いている少年がいた。透き通るような白髪をたなびかせ、年齢には似合わないほど立派なスーツを紳士さながらに着こなし、買い物袋を持って街中を歩いているその姿はお遣いにはしゃぐ子供そのものだった。

 

「ん?」

 

少年はそこでそこであるものを見た。それは身持ちの女性が若い少年の肩にぶつかり、倒れていた。見ると、その少年のガラは相当に悪い。耳や鼻にピアスをつけ、頭は稲妻のような形に剃り込みが入れられている。ぶつかってきたのは少年の方だというのに、女性に対してひどく怒鳴り散らしていた。

 

「……。」

 

それを冷ややかに見た少年は、人差し指をデコピンのような仕草で親指に置く。そしてピンと、人差し指を弾く。

 

「ぺげっ!?」

 

次の瞬間、ガラの悪い少年ははるか彼方に10m先まで吹き飛ばされる。女性や先ほどのイザコザを観察していた人々は何が起こったのかわからずその場で固まっていた。その様子を確認した少年はそそくさとその場を後にする。すると、少年の頭の中で一つの声が響き渡る。

 

『キャスター!あなた一体、どこにいるの!?』

 

その声は彼の主人のものだった。キャスターと呼ばれた少年は、いきなり響き渡った声に驚いたりもせずに淡々と話しかける。

 

「あ、マスターかい?いや、ちょっとね。僕としてもあの事件から随分経って、流石に暇になってきてさ。スーパーまで買い物をと思ってね。」

『買い物って、何買ってきたの?あなた?』

「ん?りんご。」

『りんご!?』

 

マスターと頭の中で喋りながら、彼は買ってきたりんごを皮ごとシャリっとかじる。

 

「いや、やっぱり糖分がないと、頭が働かないんだよね。僕としては…」

『あなたたちサーヴァントには食べ物なんて必要ないでしょう。なんで、そんなこと…』

「んー、確かにそれは合理的だ。全くもって非の打ち所がないほどにね。でもね、マスター。僕を扱う気でいるなら、覚えとくといいよ。僕はそういう合理的な思考っていうのが大嫌い(・・・)なんだよ。まあ、敬意は払ってる(・・・・・・・)けどね。」

『はぁ?』

 

言っている意味が分からなかった。嫌いだというのに敬意を払う。最初召喚されてきたときに言われたこともそうだが、このサーヴァントは矛盾にすぎる。平等的な思考を持っていると言いながらも、気まぐれすぎる行動がそのことを実に表していると言えるだろう。

以前、そのことをキャスターに伝えると…

 

『あはは、まあ、そうだろうね。でも、マスター。人間なんていうのは何かしら矛盾を抱えてるものだよ。人間ならば矛盾を抱えてる、というのならば、矛盾を抱えてこその人間とも言えるだろう?たとえ、それがどんなに大きな矛盾だろうと…ね。』

 

と、最早開き直りに近いことを言われてしまった。よって、マスターはこのキャスターに一つの判定をつけた。『このキャスターの言うことは信用してはならない。』と…

 

『はぁ、とにかく、キャスター。早く帰って来て!情報ではそろそろ場面が大きく変わってくる。私たちがやるべきことの期限についても近づいて来ているわ。』

「はーい。」

 

子供のような間延びした口調で答えた後、キャスターはまたリンゴをかじり始め、鼻唄を唄い始めるのだった。




キャスタープロフィール①
嫌いなもの

合理的な思考

合理的な思考そのものを否定はしない。だが、彼は過去のある出来事が起因で合理的な思考というものを嫌っている。
キャスターにしては非常に珍しいタイプ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還II

お久しぶりです。いや、結末まで自分の頭の中で浮かんでいても、時間がないというのはどうしようもないことがわかりました。はい。ではどうぞ。


買い物がだいぶ進み、最後はランジェリーショップに入ると言うこともあり、古城とシェロは二人揃って外で待つこととなった。なったのだが…

 

 

「……。」

「……。」

 

外の日傘が立つ席、その空間は今、ただひたすらに沈黙に包まれていた。気まずい。別に焦るようなことはもう何もしていないし、話についてもいつのまにか華やかなお花の話にすり替わっていたので、何も気にする必要はないはずだ。だが、気まずい。

自分自身がタブーに少しでも触れようとした気持ちが原因なのだろうということは分かっていた。だからこその責任感などを感じてしまい、口を動かさずにいたのだ。手に汗が滲み、その手を開閉することで、落ち着け、落ち着けと心の中で命じ続ける。

そして、心の中で命じながら、先ほど買ってきた缶コーヒーをゆっくりと口に含もうとする。すると…

 

『マスター』

「っ!?ごほっ、ごほっ!!」

 

突如として、頭の中で響き渡る声に慌てて、口の中に含もうとしたコーヒーをわずかながら地面に戻してしまう。それを不審がったシェロだが、古城は、大丈夫だと言って、制して、頭の中での声に応対する。

 

『……なんだ。ライダーか。びっくりさせないでくれ。』

 

その相手は自分の使い魔(サーヴァント)ということになっているライダーという男だった。突然、頭の中で声が鳴り響くものだから、慌ててしまったが、すぐに落ち着きを取り戻し、フードに付いているポケットに手を突っ込みながら、平常を保って会話を続けていく。

 

『何だよ、いきなり?こっちの状況を見れないわけじゃないだろ?』

 

責めるような口調で古城は、頭の中に響くライダーの声に対して語りかける。それに対して、ライダーはわずかに申し訳なさそうに言葉を詰まらせながら、言葉を続けて行く。

 

『申し訳ありません。ですがマスター、一度、そちらへと向かってもよろしいでしょうか?』

『はっ?なんでだよ?』

 

突然の提案に思わずと行った調子で古城は尋ね返す。それはそうだろう。今までの様子からして、とてもではないが、人が話せる空間でないということはライダーとて分かっている筈だ。

以前まで古城はライダーに護衛については止めるよう頼んだが、現在は、距離を取りながらもライダーの護衛が付いている。理由は、先ほどテレビでもやっていたあの戦いにある。アレは自分とサーヴァントとの間に明確な差があることを十二分に理解させてくれた。それはもちろん、雪菜の方も感じていたことだった。

 

そのため、事件が終わってしばらく経った後に、雪菜からこんな声をかけられてきたのだ。

 

ーーーーーー

 

『先輩。今、ライダーさんはここにいますか?』

『?いや、いないが…』

『そうですか…では、これからは必ずライダーさんをそばに置いてください。』

 

突然の雪菜の言葉に古城は驚いて目を剥く。だが、古城のそんな顔を横目で確認しながらも、雪菜は無表情を貫いたまま、言葉を続ける。

 

『先輩も見ていたでしょう?これから、聖杯戦争が激化していくにあたり、先輩の命が狙われる可能性は格段に高くなっていきます。』

『そ、そりゃ、それくらいのことは予想がついてたけど、いきなり、なんで……』

『とにかく!これからはライダーさんをそばに置いておくように!分かりましたね。先輩。』

『あ、ああ。分かった。』

 

前のめりになりながら、有無を言わさぬ口調でこちらをじっと見てくる雪菜の様子に、古城は少し上体を反らしながら、思わず頷いてしまった。その半ば強引とも言える雪菜の様子に圧倒されてしまったのだ。雪菜はその古城の様子を確認した後に、スタスタと先に進み、古城は、その後を追うように慌てて駆け足で歩き出し、帰路へとついた。

 

そして、古城はライダーに事情を説明し、ライダーはその経緯からの古城の申し出に半ば安堵しながら了承した。

 

ーーーーーー

 

と、こういった事情から現在、古城はライダーを連れ歩いてるのだった。

当時の様子を思い浮かべながら、古城は今疑問に思ったことを念話の中で口にした。

 

『姫柊の様子に圧倒されちまったけど。なんだか、あの時の姫柊、随分機嫌が悪かったような…俺、なんか悪いことしたかな?』

『…いえ、彼女が苛立っていたのはそう言った理由からではないと思いますよ。』

『え?』

『ああ、なんでもありません。』

(彼女は、今まで自分が暁古城を守っていくと考え続けていたはず…そこに、サーヴァント(我々)のような存在を見せられ、そして、同時に、自分の無力さを痛感する。それは耐え難いほど苦痛だったことでしょう。だから、彼女は苛立っていた。なによりも自分自身に対して…)

 

その感情を正しく理解しているライダーは雪菜に対して同情の念が禁じ得なかった。いくら、今は強力な力を振るえる英霊だからと言って、ライダーとて元は人の子。無力感に苛まれることがなかったわけではない。

 

(いえ、今はそれよりも……)

『マスター。先ほどの話の続きですが……』

『ん?あ、ああ。そうだった。なんだってこっちに来たがるんだよ?ライダー。』

『それは…』

 

戸惑うように語尾を弱めるライダーにますます不審に思い、眉を顰める古城。だが、少しすると、決心した様子もなく、ただ理路整然と…

 

『今のうちに、そこにいるアーチャーと話しておきたいことがあるのです。』

 

と答えた。その言葉に対して古城は驚く。理路整然に述べられたこともそうだが、アーチャーと話しておきたいというのにも驚いた。いや、別に何もおかしいことはないのだが、現在、古城たちはショッピングモールを歩いている。そんな場でライダーが隣の男であるアーチャーと話したがるとは思えなかったのだ。なにせ、以前、アーチャーとセイバーの戦いが終わった後…

 

『ん?そういえば…』

『?』

 

なにかを思い出したようにポンと掌を叩く古城。

 

『いやさ、そういや、前のあの戦いの時にあんた言ってただろう?あの戦いが終わった後に、シェロがやった行動(・・・・・・・・・)の意味を教えてくれるって…』

 

行動、とは、シェロがセイバーと再度衝突しようとした時、シェロはなぜか、今までセイバーが避け続けるような攻撃ではなく、受け切っても特に問題がないような攻撃を仕掛けた。いや、まあ、そもそも剣を体で受け切って、なおも無傷な体というのがすでに異常なのだが、だが、それでも避け続けていたということは少なくとも、セイバーはそこまでの攻撃に脅威を感じていたということだ。つまり、そもそもとしてシェロがあのような行動をすることに意味などないのだ。と考えていたのだが…

 

『ああ、そのことについてですか。もう、随分時間も経っていますし、念話をジャミングしようなどというモノもいないのでしょうが……』

 

思い止まるように段々と語尾を弱くしてしまうライダー。その様子に対し、古城は覚悟を決めるようにスッと背筋を伸ばし、次に来る言葉を待つ。

やがて、ライダーが静かに重々しく、その言の葉を紡ぎ出した。

 

『そうですね。今話そうとしてることとも無関係ではありませんし、時間が経ってしまっている以上、もはや、アーチャーの語った言葉もそこまでの効力は持っていないでしょうから、言わせていただきますと…アレ(・・)は少しでも、聖杯戦争の参加者を減らそうという努力の現れだったのです。』

「はっ?」

 

予想外の言葉に古城は思わず声を上げてしまった。当然、隣の席にいるシェロがその言葉を聞き逃さないはずもなく…

 

「どうした?何かあったのかな?」

「い、いや、何でもねえ」

『どういうことだよ。ライダー、なんでアレが努力の現れってことに……』

『マスター。あなたはあの時のセイバーを見てどう思いましたか?』

『は?あの時って、どの時だよ…』

 

唐突に質問を切り出された古城は、その質問に驚く。それに対して、ライダーは補足するように言葉を重ねる。

 

『セイバーが私の剣やアーチャーの剣をその体で受け切り、そして、なお、無傷であったあの時です。』

『あ、ああ。あの体に次から次へと刃が突き刺さっていたはずなのに、煙が上がってみれば、身体中傷だらけどころか、全くの無傷で現れたあの時か…』

 

そこでようやく、どの時のことを問われているのか理解した古城は口元に人差し指と親指を顔に添えるようにしておきながら考える。

 

『そうだな。やっぱ、化け物かよって思ったわ。あんだけ剣が突き刺さって無傷で立っていることが…』

『そう。まさにその感情です。』

『え?』

 

唐突に発言を止められるようにして、答えられて、古城が戸惑ってしまう。だが、ライダーは構わずに話を続ける。

 

『どうあれ、あの戦いが放映された以上、遠からず聖杯戦争の存在は浮き彫りにされることでしょう。であるならば、聖杯戦争を知った者たちはこう考えるはずです。自分たちもあの力を得られるのではないのだろうか、とね…』

『あ、あぁ』

『となると、一気に戦争は激化。被害は圧倒的なものになる可能性も当然あるわけです。そんな時に、アーチャーが見せた光景を思い出した場合、彼らは一体なんと考えるでしょう。』

『そりゃ、なんで傷つかなかったんだろう、かな?だって、それが分からなきゃアイツには傷一つつかないってことだし…あっ』

 

そこで何かに気がついたように口を手で覆う。

 

『そうです。聖杯戦争に参加する以上は必ずどこかであの二人とぶつかることとなる。であるならば、そんな不明点は致命的な隙になる。ならば、彼らの大半はこう考えるはずです。

 

負ける勝負したくはない。悔しいが、これは諦めるしかない。

 

と…そのような考えになれば、安易に我々の力に頼ろうとする者たちはいなくなる。そう考えたからこそ、アーチャーはあのような意味のない(・・・・・)攻撃をしたのです。』

『……。』

 

アーチャーの考えていたことに深い感嘆を示さざるを得なかった古城は声も出せずにただただ呆気に取られていた。もし、自分だったらそこまで考えられただろうか?目の前の敵に対して、刃を突きつける覚悟はある。これでもそれなりに戦場は経験した方だ。だが、その後のことまで考えて、自分は果たして行動できるのか。多分できないだろう。自分の力とは災厄という一言に尽きる。嵐のような暴威を振るい、それをなんとか使いこなそう、使いこなそうと必死になっている自分には敵対している者ならばともかく、未来のことを考える余地など残されていないのだから

 

『ですが…』

『ん?』

『これはあくまで予防策にすぎません。現実としては、あの攻撃以外は、アーチャーの攻撃をセイバーは確実に避けていた。つまり、当たっていれば効いていた(・・・・・・・・・・・・)のです。このことに気づかない者もまたいないでしょう。アーチャーのとった手段とはあの場では確かに最適と言っていい。ですが、これは一種の賭けに近い。アーチャー自身も理解していると思いますが、アーチャーの考えた予防策(・・・)を知って尚、聖杯戦争に挑むものがあるとすれば、それは余程の愚か者か、あるいは余程の…』

『実力者か、キレモノしかいねえってことか。』

『ええ、まぁ、ですが、そこまで考えた者はまた更に、他にも感づいた実力者とキレモノがいるはずだと勘づき、考え始める。結果として、聖杯戦争に参加するべきではないと考える者もまたいるかもしれませんが…』

『確証はないってことか……』

『はい。その通りです。』

 

脂の濃い食べ物を一気にを喉に流し込んだような気味の悪い痛みが腹の中でかけずり回った。それは恐怖からくるものではない。ただ、単純に目眩がしたのだ。あの戦いの中に秘められた権謀術数の奥深さに…

 

『ええ。ですから…』

「アーチャー、あなたは一体、いつまでそうしているつもりですか?」

 

責めるような口調で古城の背後隣に現れるライダー。古城は驚愕を露わにしながら、背後に首を向け、そして、声をかけられた当の本人であるアーチャーは静かにそして冷ややかな猛禽のように鋭い瞳で相手を見つめていた。

 

ーーーーーー

 

一方、ショッピングをランジェリーショップで楽しんでいた雪菜たち一行は修学旅行にはどんな下着を着けたらいいかと迷いながら、そこかしこを歩いていた。雪菜は初めての学校行事ということもあってか、淀みのない爛々とした光を瞳に含ませながら歩き、凪沙は無意識ながらも二人を盛り上げようと持ち前のマシンガントークを駆使して、一行を盛り上げていき、そして、夏音は……

 

そんな中にあって唯一を無理をしたような笑いを顔に浮かばせながら、一緒に歩いていた。凪沙も雪菜もその表情から夏音の精神状態を察することはできたが、敢えてなにかをいうことはしなかった。彼女たちとて伊達に友達歴が長いわけではない。友達の方から話そうとしないことを無理に聞き出そうとするほど野暮ではなかったのだ。だが、そんな彼女たちでも……

 

「っ……!」

「「夏音ちゃん(さん)!?」」

 

目の前で顔を真っ青にしながら、倒れていく友達を見て見ぬふりができるほど非情ではなかった。

 

「大丈夫ですか!?今日、というよりも先程ランジェリーショップに入ってから、急に顔色が悪くなったのでどうしたのかと思ってましたが…」

「あの、変なことを聞くようだけど、夏音ちゃんって、こういう派手派手とした空気って苦手?」

 

夏音は先ほどランジェリーショップに入るまでは顔色が悪いわけではなかったのだが、ショップに入った直後、急に顔色が真っ青になった。夏音は大人の女性から見てもかなりおとなしい性格をしていた。そんな彼女にとって、派手派手とした空気を放つランジェリーショップは慣れない空気なのかと考えてしまったのだ。

 

「い、いえ…大丈夫でした。ただ、今日、あまり夢見が良くなくて…」

(夢……)

 

ーーーーーー

 

それは、学校から帰ってからのこと、ライダーが古城の家で生活し始めてからしばらく経った頃のことだった。流石に、ライダーを鎧姿のままにさせておくわけにはいかないと思った古城は、もはやほとんど使ってない父の部屋に服を借りようと赴いたのだった。雪菜もそれに同行し、しかし、いざ、部屋に入って、服を物色し始めようとした時、ライダーが突如として口を開きだしたのだ。

 

「そういえば、古城、あなたは、最近、自分が見るとは思えない夢を見た記憶はありますか?」

「?いや、ないけど…」

「そうですか…」

 

わずかに不安そうに語尾を弱めたライダーを不審に思った雪菜と古城はライダー一度作業を中止して、ライダーの方へと首を向ける。ライダーはというと、流石に自分のマスターの父親の部屋を勝手に荒らしては行かないと思っているのか、静かに佇むだけだった。

 

「何だよ?なんか、俺の夢が問題なのか?」

「いえ、なにも見ていないのなら、いいのです。私としてもそちらの方がありがたい。ただ、ここまで言って、問い質した理由も言わないというのはひどいですね。潔く理由を説明いたしましょう。」

 

そう言うと、意を決したように深呼吸したライダーは人差し指を立てながら、説明をはじめ出す。

 

「サーヴァントとマスターの絆が深まった場合、信頼関係を築かれる以上の変化が現れるのです。それは眠った場合の夢にて起こることなのですが、稀にですが、マスターはかつてサーヴァントが英雄として駆け抜けた時代の光景を夢にて見ることが可能なのです。」

「え、それって、つまり……」

「先輩は夢の中で昔、ライダーさんがゲオルギウスとして経験した記憶を共有する場合があると言うことですか?」

「そういうことです。……ん?」

 

話をしている途中で、ライダーがある一点で目を止める。それに吊られるように目をライダーが見る方へと向けると、そこには他のスーツとは違い、赤胴色を基調としたスーツが無造作に床に落ちていた。一度着られたようではあるが、見るに、どうやら、その後一度も着られていないのか他のスーツとはわずかに埃の被りが妙に厚い。

 

「なんだ?あの親父、あんなモン着たことあんのかよ。」

 

似合わないと、古城は内心で毒づいた。だが、ライダーの方はそのスーツが自分の鎧と同じだからなのか、気に入ったようで…

 

「古城、よければそのスーツを貸していただけないでしょうか?」

 

と言ったのだった。

 

ーーーーーー

 

そう言った経緯から私服として、赤銅色のスーツを着込んで現在ライダーはマスターのそばにいる。

とここで、話が食い違ってしまったが、問題は夏音が見た夢についてだ。

 

「夏音さん。その夢、どんなものでしたか?」

「……。」

 

夏音は少し迷ったが、やがて自分を心配してくれている友達のためにも悪いと考え、顔を上げて質問に答えた。

 

「火事の夢でした。見覚えがあるとは思ったんですけど、その夢、何というかどこか自分(・・)のものじゃないような気がして…へ、変でしたよね。自分の夢なのに、自分のものじゃない…なんて…」

 

そういう夏音の言葉に確信を抱いた雪菜は手元にあるスマートフォンで即座に衛宮士郎についての情報を漁った。すると、火事という部分で目が止まり、その項目をタッチする。開かれたページには『冬木の大火災』という文字が大々的に書かれており、当時の状況などが鮮明に文字で表現されており、雪菜は眉を顰める。

 

(このことが本当なら夏音さんは多分、全部(・・)は話していない。なるべくなら、話を最後まで聞いて聞き出して、確信をより深めたいところですが…)

 

雪菜は横目でチラリと夏音の方を見る。夏音ひどく衰弱してるのか、顔色が真っ白で唇は紫に染まっていた。そんな状態の彼女にこれ以上質問するのは酷というものだろう。そう考え直した雪菜は夏音に肩を貸して立ち上がろうとした。だが、その行く手を遮るようにして、一人の影が雪菜たちの前に現れた。

 

「きゃっ…」

 

雪菜が小さな悲鳴と共に尻餅をつき、一体なんの影なのかと腹立たしげに視線を上げると…

 

「……。」

 

そこには、苦虫を噛み潰したような顔で佇むシェロ・アーチャーの姿がそこにあった。

 

ーーーーーー

 

「行っちまった。いいのか?あれだけの質問で?」

 

顔色を険しくしたシェロがランジェリーショップに豪速球で向かう、というなんともシュールな事態を目撃した古城は、傍にいるいるライダーに質問する。

 

「ええ、彼とて一体何を問われたのかぐらい理解できているでしょう。彼とて英雄なのですから…」

「そこ、英雄理論いるか?」

「ええ、なにせ、英霊(私たち)にとってそれこそが存在意義ですから…」

 

古城とライダーはその後も話を続けていく。それはまるで、旧年からの知り合いのようでもあり、また、どこか教師と生徒を思わせるような微笑ましい空間だった。そんな他愛のない会話を続けている様子を一人の男が殺気を沈めながら、観察していた。

その男の名は天塚汞。彼は今か、今かとその殺気を刃物のように研ぎ澄ましながら、古城たちを観察していた。

 

「ようやく二人か…少し面倒だけど、まとめて始末するか。」

 

天塚は静かに舌舐めずりをするように、顔を歪め、歪めた顔に同調するように手が金属に流動しながら変形する。

いざ、戦闘に赴かんと姿勢を低くした瞬間、

 

「やめときなよ。君じゃ、彼らに勝てないよ。」

 

その場の空気には果てしなく似合わない子供の声が響き渡った。天塚はその声に反応した瞬間勢いよく顔を回しながら、その子どもの命を奪おうと流動した金属の手を瞬間的に槍に変えて放った。だが…

 

その槍は子供に触れようとした瞬間、まるで固まった紙粘土が、水を含まされて崩れるようにボロリと音もなく壊れた。

 

「なっ!?」

 

呆然と天塚は自らの手先を見る。それを見た少年…キャスターは手元のりんごに歯を立てながら、心底くだらないと行った表情で諭すように語り出す。

 

「ほら、こんな風に全力も出せない状態の僕ですら君の力を無効化することは簡単なんだ。ま、僕の場合、少しばかり錬金術にも心得があるからというのもあるけどね。」

「なんだい。君は…?」

 

警戒しながら、ゆっくりと尋ねる。そんな天塚の様子を今度は少し悩むように頭に手を押しながら答えた。

 

「うーん……ま、とりあえず、君の敵ではないよ。名前は確か天塚汞だったよね?」

「そうだけど……」

 

警戒心を解かずに天塚はキャスターが接近してくる様子を静かに受け止める。そうして目と鼻の先ほどまでにキャスターが近づいた瞬間、耳に心臓でもあるかのように脈の鼓動が激しくなる音を天塚は聞いた。そこで、理解した。自分の本能が感じているのだ。この少年には絶対に敵わないのだと…

 

少年が手を突き出す。瞬間、敵わないながらも、自らの手を槍にして突き出そうとして…

 

「初めまして、君に協力しに来たものだ。名前は…そうだな。イサクとでも呼んでほしいな。」

「……はっ?」

 

その手をすんでのところで止めたのだった。




キャスタープロフィール②

錬金術に関心がある。

ここまででわかる人っているのかな?果たして…
あ、いた場合はなるべく間接的な表現で答えてください。例えば、アキレウスなら足速いやつ、とか、カルナならスーパーインド人…みたいな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 III

長い。自分の書きたい部分まで加工と思ってたら、異様に長くなった。
とりあえず、このゴールデンウィーク中にある程度書いちゃおうかなと思います。


「……」

「……」

 

雪菜とシェロは互いに向き合いながら、無言で視線を交わす。

少しして、シェロが重々しくその口を開きだした。

 

「すまない。姫柊。夏音を介抱してくれたことに礼を言う。後は、こちらでやっておくので、君たちは買い物を続けてくれて結構だ。」

 

そう言いながら、シェロは片膝を着いて、夏音の肩へと手を伸ばそうとする。だが、その手を避けるようにして、雪菜が夏音の肩を抱き寄せたことにより、その手は空を切る。その雪菜の様子にフゥと、わずかにため息を漏らす。当然といえば当然の反応にシェロは納得したからだ。

だが、ここには凪沙もある配慮からわずかに惚けた問いかけで雪菜に質問を投げかける。

 

「…何か、聞きたいことでも?」

「…いえ、特には、それよりも…」

 

言いながら、雪菜は辺りを見回す。それに合わせてシェロも辺りを見回すと、失敗したというふうに頭を抱え出す。

 

そう。現在、雪菜たちがいる場所はランジェリーショップなのである。ランジェリーショップとは説明するまでもなく女の下着の店である。さて、そんなところに男がとてつもない速さで突入し、今、少女の肩を抱こうとしている。そのような状態は否応なく悪目立ちする。結果、シェロは今、現在、周りにいる全ての女性たちから不快感にも似た視線を一身に浴びているのだった。

 

その空気に堪らなくなったシェロははぁ、と嘆息した後、やがてそそくさと片膝を上げた。

 

「すまないが、姫柊。店を出る間は、君が夏音を抱えてくれないか?流石にこれ以上目立つわけにもいかんからな。」

「…はい。了解しました。」

 

雪菜の返事を確認したシェロは、立ち上がりながら、今まで自分たちのことを見続けていた凪沙の方へと目を向ける。

 

「すまないな。凪沙。君にも悪いとは思うのだが、これ以上は買い物を続けられないようなんでな。」

「ううん。いいよ。私も夏音ちゃんがこんな状態の中で一人だけ買い物を続けようなんて思わないもの。」

 

そう言うと凪沙は雪菜に抱えられた夏音に付き添うように近づいていく。

その様子を見ながら、シェロはわずかに目を閉じ、て、何か決意めいたものを胸に秘めるように胸の前で拳を作ると、ゆっくりと歩き出すのだった。

 

ーーーーーー

 

「…ん。」

 

ベッドの上で目を覚ました叶瀬夏音は、住んだ月日は短いが、見慣れた天井を見て、すぐにここが南宮那月の自宅であり、現在の自分の部屋でもあることに気がついた。

 

「気がついたか?」

 

ふと声がした方向を見ると、笑みを浮かべて傍らに座り続けているシェロ・アーチャーがいた。義理ではあるものの彼女自身実の兄のように慕っている男であり、その顔を見て少しだけ安心したようにため息を吐く。

 

「急に倒れたそうだ。何かあったのか?」

 

本当は何があったのかなんて知っている。だが、敢えて聞いた。弱っていた(・・・・・)ランジェリーショップにいた時ではなく、今この時、精神が落ち着いている(・・・・・・・)状態で彼女がなんと答えるのかそれをシェロは確認したかったのだ。

少し、悩むように目を伏せた後、彼女は無理矢理作ったような笑みを浮かべながらこう答えた。

 

「…いえ、ただちょっと立ち眩み(・・・・)がしたみたい…でした。」

 

その笑みを見たシェロはわずかに唇をへの字にしたもののすぐに気を取り直して、蒼天のような爽やかな笑みを浮かべてその返答に対してこう答えた。

 

「そうか。体を大事にしろよ。」

 

クシャリと、夏音の優しく頭を撫でると、背を向けた後、そそくさとその場を後にする。その時夏音に決して見せなかった表情は先程と比べ、泥でも被ったような苦悶の表情だった。

 

部屋を出るとそこには南宮那月が待っており、腕を組みながらこちらを睨め付けていた。

 

「どうやら、お前には真実を話さなかったようだな。シェロ・アーチャー。」

「ああ。彼女らしいといえば、彼女らしい。模造天使(エンジェル・フォウ)のことも話さなかったくらいだからな。俺に対してはよほど心配をかけたくないと思っているのか…」

「どうするつもりだ?」

 

その質問にライダーを重ねたシェロは先程の会話を思い出す。

 

ーーーーーー

 

「いつまでそうしている…とはどう言う意味かな?ライダー。」

「言葉通りの意味です。あなたはいつまで彼女…叶瀬夏音を除け者にするつもりですか?」

 

そのライダーの言葉を受け、シェロは大きく眉根を吊り上げる。

 

「除け者…か。」

「除け者以外の何だと言うのです。本来ならば、聖杯戦争のマスターだと言う時点でたとえ一般人とはいえ、説明もなしにいることはマスターに死にに行けといってるようなものです。それはあなたとて理解していることでしょう。」

「……。」

 

そのライダーの言葉に対して、シェロは反応しない。ただ、少し厳しそうに目を細めていることは古城も確認できた。

 

「あなたの言い分も理解できます。叶瀬夏音。彼女はお世辞にも戦闘が向いているとは思えない。本来ならば、英雄(我々)が真っ先に庇護すべき存在であり、彼女のような部類は何も知らない方が返って周囲に良い影響を及ぼすこともある。ですが…」

「そうだな。その通りだ。ことここまで至ってしまった以上、黙っていることの方が不忠に当たる。君に言われずともその程度分かってはいる。だが…」

 

そこでシェロは気づいた。自らと繋がっている夏音との魔力のリンクが余りにも不安定になっていることに…気がついたシェロの行動は早かった。即座に立ち上がると、流石に人目がある事もあり、軽く陸上競技世界記録をギリギリ越さないレベルのスピードで夏音がいるランジェリーショップの方へと走り抜けたのだった。

 

ーーーーーー

 

シェロはベッドで横になりながら、義兄に心配させまいとして懸命に振舞っていた彼女の姿を思い出しながら、静かに思い耽る。そして、先程ライダーに言おうとした言葉をこの場で言う。

 

「彼女には話さない方がいいように思える。たとえ、戦闘能力(・・・・)に対して天才とも言えるほどの才能を持っていたとしても、彼女は戦闘(・・)に向いているわけではない。戦場にあるのは殺意と熱狂のみ、それ故に時に人が計算しきれない能力以上の何かがある。君とてそのことは同意しているだろう。」

 

そんな中で今現在、倒れそうになっている夏音が果たして正気でいられるだろうか?そして、耐えられたとしてそのダメージを溜め込んだりしないだろうか?正直な話、以前のエンゼルフォールのような例もある。彼女には精神的な面で戦場に向いているように思えなかったのだ。

 

「それでも…」

「…?」

 

だが、静かに呟くと、シェロはこう言葉を続けた。

 

「それでも、もしも彼女が戦う覚悟を決めたのならば、その時は、俺は全てを話そうと思う。当然、そうなると、古城のことも話さなければならなくなるが…」

「そうか…」

 

彼女にとっては不利なことだろうに、彼女は黙って聞き流し、話し終えた那月はその場をスタスタと立ち去る。

考えながら、部屋から見える窓の方を見て、視線を遠くの空に向ける。空は自らの鬱屈とした悩みなど吹き飛ばすように晴れやかな青空だった。

そんな青空を前にシェロはわずかに顔を歪めたのだった。

そんな彼の顔を覗き込むようにして見つめる那月が少しして口を開く。

 

「ところで、アーチャー(・・・・・)、一つ頼みごとがあるのだが…」

「…?」

 

唐突に切り替わった話題にわずかに戸惑いながらも、シェロはアーチャーと呼ばれたことから、その話題の重要性を悟り、那月の要望に耳を傾ける。

その要望とは…

 

ーーーーーー

 

翌日になり、午前の授業が終わった後、夏音のその後が気になった古城は教室に着くとシェロの元へと行く。だが…

 

「あれ?」

 

何故だかシェロはすでに教室にいなかった。先程まではいたはずなのだが…いや、まあ、ある意味あの男は学校にいない方が好都合とのことだったので、いつ消えてもおかしくなかった。そうだとしても、こんなにいきなり変えるのは不自然すぎる。

 

「どうしたの?古城」

「ああ、浅葱か。シェロのやつ知らねえか?」

「シェロ?」

 

うーん、としばらく頭を傾げた後、浅葱は顔を上げる。

 

「知らないわ。昼休みだし、お昼なんじゃないかしら。」

「そうか…」

 

古城は思い耽るように唇に指を添える。

 

(確か、叶瀬は今、那月ちゃんの預かりになってたはず…那月ちゃんならなんか知ってるか?となると、職員室か、それかシェロのヤツは叶瀬に所縁のある場所に行ってる確率だってある。)

「……じょう。ちょ…」

(いずれにせよ。那月ちゃんを探さなきゃ無理ってことかよ。まあ、そこまで急がなくてもいいかもしれないけど…)

 

それでもやはり気になるものは気になる。何もないとは言え、シェロから以前、彼女の過去を聞かされた身としてはどうしても彼女の身の安全を確認したかった。

 

「ちょっと!古城!!聞いてるの!?」

「!?あ、ああ、なんだ?」

「まったく…そ、それでさ、あとちょっとで中等部の修学旅行じゃない。そうなるとあの子もしばらくの間、いない…わけじゃん。だからその間…」

 

とそこで古城はあることに気がついた。

すでに昼休みに入ってから結構な時間をシェロの捜索に費やした。なので、もう昼休みが終わりそうなのである。となると、那月の元へと尋ねる時間も当然ない。だが、こちらとしてはこの件をこのままにすることの方がよほど気持ちが悪い。なので…

 

「悪い。浅葱。午後の授業耽るから、連絡頼むわ。」

「はぁ?あ、ちょっとふざけんな!!」

 

浅葱にそう言うと、古城は浅葱のことに構わず歩いて行った。そして、当然そんなことで納得などできない浅葱は古城に着いていくのだった。

 

ーーーーーー

 

「……。」

 

アデラード修道院の最奥にシェロ・アーチャーは立っていた。シェロは奥にある金属でできた彫刻の絵に手を添えて、静かに目を閉じていた。

その様子を傍目で確認した現場のアイランド・ガードたちは不審がって彼を連れてきた那月に質問する。

 

「あの、先生。彼は?見たところ、彩海学園の生徒のようですが…」

「ああ、協力を頼んでな。ヤツの場合は特例で学業を放棄してもいい、とそう伝えた。」

「…!」

 

その答えを聞いたアイランド・ガードは驚愕を露わにした。南宮那月は尊大な態度をこそとるが、その実、非常に面倒見がよく、だからこそ自他に対して必要以上と言ってもいいほど厳しいことで有名だった。その彼女が特例とはいえ、生徒に対して『学業を放棄してもいい』などということは正直ありえないことなのだ。

 

「無論、このようなことは今後一切許さないつもりだ。生徒への示しがつかんからな。だから…」

 

そこで言葉を止めるのと眉をひそめながらシェロが顔を上げるのはほぼ同時のことだった。

シェロは目だけで那月に合図を送ると、那月はそれに対して、面白くないように舌打ちをして、修道院に背を向ける。

 

「あ、南宮教官どちらに…」

「今言った『特例』を許していない馬鹿どもに説教をしに行く。少しの間、ここを頼んだぞ。」

「え?」

 

そういうと、那月はスタスタと去っていく。こちらへと近づいてくるあの馬鹿で怠惰な第四真祖の元へと…

 

ーーーーーー

 

那月がスタスタと歩き去って行った先、そこでは現在、古城が浅葱を草の上に押し倒していた。そんな姿に対して、那月が侮蔑の表情を向けないわけもなく…

 

「で、貴様らは一体何をしにここまで来たんだ?」

 

虫ケラを見るような目付きで古城を一瞥する那月。

那月の個別職員室に向かった古城だったが、そこには那月はおらず、代わりに那月のメイドと化しているアスタルテと呼ばれる少女がそこにはいた。その彼女から那月はここにいると聞いたので古城はアデラード修道院に向かおうとしたのだ。

 

「いや、ちょっと気になることがあってさ。那月ちゃ…いって!」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな。どうやらまた痛い目にあいたいようだな?」

 

古城の失礼な態度に対して、手持ちの扇子で小突く那月。また、というのは先程、古城たちがこちらに近づいて来ている時のことだった。無防備に近づく古城に対して、透明な空気弾のような一撃が襲いかかって来たのだ。古城にはその攻撃の正体が分からなかったが、どうやら、那月の口調から察するに、アレは那月の仕業だったらしい…

 

「…で、聞きたいこととは何だ?一応、聞くだけ、聞いてやる。」

「あ、ああ、確か叶瀬って、今あんたの所に預かりになってたよな?アレからどうしてるかな?って思ってさ。」

 

叶瀬?と眉をひそめる浅葱を横目に質問する古城に対して、予想していたのか、わずかに嘆息しながら、その質問に答える。

 

「叶瀬夏音は、現在、療養中だ。本人的には大丈夫だという話だったが、まだ顔色が優れているとは言い難かったからな。修学旅行前ということもあるし、休ませることとした。」

「そうか…でさ、那月ちゃんたちは一体ここで何してんだ?」

「…はぁ」

 

その質問もやはり予期していたのか。那月は嘆息する。

 

「ただの副業だ。」

「副業って、国家攻魔官だよな…」

「ああ、アデラード修道院の方で調査の方をな。叶瀬賢生を覚えてるか?」

「叶瀬の親父さんか?」

「そうだ。ヤツが襲われたという報告があってな。一命は取り留めたが、そのヤツが報告するにアデラード修道院の方に襲撃犯は目的があると見られている。だから、アデラード修道院を調査している。それだけだ。」

 

それだけ言うと、那月はその場を離れようとする。古城はそれに対して、慌てた様子で質問を返そうとする。

 

「え、ちょっと待ってくれよ。那月ちゃん。なんか俺に手伝えることねえか?手伝うぜ。」

「そうか。ならば是非とも、手伝って欲しいものがある。」

 

その言葉に期待を込めた古城はわずかに笑みを浮かべる。そして、それに対して、那月は不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと振り返ると…

 

「午後の授業をサボった分、補修を受けてもらおう。」

「な、何だそりゃ!?」

 

驚愕に目を剥く古城を横目に、浅葱は当然だと言わんばかりに嘆息した。まったくもってその通りだ。だって、自分たちは所詮学生、学生の本分は勉学なのだから那月の返答は至極当然と言えた。

 

ーーーーーー

 

戻ってきた那月は彫刻の前に立つシェロに話しかけた。

 

「…それで、どうだった。その彫刻は」

「どうやら当たりだ。この彫刻、傍目にはただの彫刻にしか見えんが、本来の用途は別の何か。おそらくこれが、叶瀬賢生が言っていた賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)で間違いないだろう。」

 

目の前の彫刻を一瞥しながら、那月は感心したようにシェロのことを見る。

 

「さすがは、『衛宮士郎』と言ったところか。『あらゆる造形物の本質を見抜く解析眼』というのは伊達ではないな。私ですら、この彫刻はただの彫刻にしか見えんというのに」

「茶化すな。これしか能がないだけだ。実際の話、これはよくできている。芸術性もそうだが、何より、一流の魔女である君ですら誤魔化しきれるほどの擬態能力。俺でさえ、見た瞬間にわずかな違和感しか感じなかったほどだ。」

 

そういうと、今度はシェロの方が那月を見つめる。

 

「それで、どうするのかな?これを搬送でもするのか?」

「その予定だったが、何か突っ掛かる言い方だな。」

「少しだけ違和感があってな。今この場でこれを動かすのはまずいように思う。まあ、ただの勘だが…」

「ほう。何故だ?」

「勘と言っただろう?ただ、少し根拠として加えさせてもらうならば、この前、夏音たちとのショッピングモールに行く最中、わずかだが、戦場に近い匂いを感じた。ライダーもそのことを感じ取ったんだろう。出る必要もないのに古城に近づいて、ワザワザ(・・・・)実体化した。」

 

だが、結局何も起こらなかった。そのことが逆にシェロの不安を際立たせた。

 

「俺たちの危険度を察知したというのならば、それはそれで厄介だが、問題は自分自身で危険度を察知していなかった場合だ。」

「ほう。」

「察知していなかったということは、誰かに『俺たちの危険度』を教えてもらう必要がある。」

 

つまり、と言葉を繋げながらシェロは結論を出す。

 

「サーヴァントが助言を行った可能性がある。そして、残念ながら俺の予想ではこちらの方が有力な説だ。あんなズボラな殺気を垂れ流し、戦場を意識させるようなヤツがいきなりその殺気を封じ込める、なんてこと、誰かから忠告されなければまず実行できない。」

 

まあ、と一拍置いた後、那月の顔を覗き込むように視線を向けたシェロは…

 

「誰に対する殺気なのか、そもそも、襲撃犯本人の殺気なのかというところは曖昧だし決まりきってはいない。確率としても現在は精々が30%いくか、いかないかだ。だが…ここまで時期が合致していると…な」

「……。」

「だから、この場からこの彫刻を動かすとなると、それなりの覚悟が必要だ。元々すぐには出来ないのだろう?その間に考えておくべきだ。」

 

そういうと、シェロはアデラード修道院を後にした。時刻は授業が始まって幾許かもたっていないが、彼はその足を学校に向けることはなく、ゆっくりと帰路に着きながら、静かに彫刻を見つめ直す。

 

(まあ、俺が犯人の立場ならば、そのわずかな期間内に確実に目的を遂行しようとするだろう…とはいえ、この場にずっといる訳にもいかない。夏音の護衛もあるしな。)

 

そう考えながらも足を止めることはなく、シェロはその場を去っていくのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 IV

なんとか書けた。誰か、時間を…時間をくれええええ!!


いつも通りのその夢(・・・)。ソレを見た後、彼はいつも通り、朝食を済ませて、外を出る。基本的に無趣味だから、何をしたらいいのか分からないが、とにかく家にいるよりはマシだろうと思ったから外に出た。

 

さて何をしようかと思った後、『ああ、またか。』と後ろを振り向いた。

 

そこには、一人の少女が立っていた。

 

少女は、何かけたたましく自分に対して、吼えている様子を生返事で聴き流す少年。

正直、この少女との関係に、少しだけ辟易してたりもしていた。

 

だから、このとき、少年には知る由もなかった。その少女こそが、少年にとって、1つの願いの発露といってもいい存在となる事を…

 

いや、なってしまうことを(・・・・・・・・・)

 

ーーーーーー

 

勝手に叶瀬のことを聞こうと、那月の元に行ったことで、雪菜に大目玉を食らった古城は、ショボくれていた。そんな古城の様子に、わずかに満足したのか、鼻息を荒らしながらも、雪菜は尋ねる。

 

「それで、叶瀬さんはもう大丈夫なんですか?」

「ああ。那月ちゃんの話を参考にすると、本人は大丈夫だって言ってるが、念のために休ませるって話だ。」

「何とかなるだろう、ですか。それはどうでしょうか?」

「?どういうことだよ?ライダー。」

 

背中越しに、重くのしかかるような疑問の声を上げるライダーに対して、古城は首をかしげる。

 

「『我々の過去』とはそれぞれによりますが、ほとんどの場合は栄枯盛衰。ましてや、錬鉄の英雄『衛宮士郎』といえば、ジャンヌダルクと並んで、『全ての人間に復讐する権利がある』と言われるほど、怨嗟に囲まれた過去を、所持している英雄です。そんな過去(モノ)が、彼女のような一般人に、果たして耐えられるのだろうかと、思いましてね。」

「「……。」」

 

そのライダーの疑問は、正しいものだろうと古城も感じ取った。

叶瀬夏音は、一種、神秘染みた美貌を持つ美少女だ。その神秘的な部分とは、彼女が持つ儚げで、どのような生物にも、優しく言葉を掛けられる聖女のような博愛精神から来るモノと、その他に、彼女自身に、並ではない霊能力の才能があることにもある。彼女はその才能のせいで、『天使』などというものに、なりかけたこともあったのだ。

 

そのような精神性や経緯に対して、衛宮士郎の過去は壮絶そのもの。あらゆる人間を救い続け、戦い続け、犯罪者の脅威として、君臨し続けた。彼の生前の時代では、世界での犯罪率は、一割ほど下がったと言われるほどの大英雄。だが、そんな彼に対して、人間(自分たち)がしたことは、『裏切り』ただその一色に染まっていた。彼がどれだけ救い続け、人として正しくあろうとも、ただただ返されたのは、『裏切り』だけだ。

 

もし、自分の立場だったら、即座にそんな過去(ゆめ)からは飛び起きるだろう。厠に直行し、胃の中のモノを、全て吐いていただろう。いや、胃だけで済めば幸運かもしれない。

 

「……それはどうでしょうか?」

「「……ん?」」

 

だが、そんな古城の思考を他所に、雪菜は、ライダーに対して異を唱えた。

 

「なんでしょうか?姫柊嬢。何か引っかかることでも?」

「いえ、特に根拠などはないのですが、ただ…」

「ただ?」

 

言葉を続けるながら、古城たちの方へと向き直ると、彼女は少しだけ困ったように笑いながら、彼女は答えた。

 

「彼女はそこまで弱いようには思えないんです。」

 

そう答えた雪菜は再び背を向ける。それと同時にライダーは古城に声をかける。

 

「それでは古城、私はしばらく離れています。大丈夫です。常に注意は払いますが、見はしません(・・・・・・)。」

「は?何を…言っ…て…」

 

意味がわからず、問い返す古城は、辺りを見渡して気づいた。そこはいわゆる歓楽街、より直接的な表現をするならばラブホテル街の中心に古城たちに立っていたのだ。今まで話に夢中で気づかなかった。

 

「ちょっ、姫柊!?」

 

慌てて、呼び止めようとする古城だが、そんな古城の呼びかけを無視して、雪菜はズイズイと進んでいってしまう。すでにライダーの姿はない。というか、今思い出したが、あの男は聖人だという話だ。だったら、こんな典型的な不純異性交遊に対して、なんの忠告もなしに、送り出すというのはどうなのだろうか?

時代錯誤から性に関する理解が、いくらか開放的にでもなっているのだろうか?

 

「いや、そんなことは考えてる場合じゃねえ。おい、姫…」

「先輩。目を閉じてください。」

「え?あ、はい…」

 

有無を言わさぬ雪菜の口調に、圧倒された古城は、そのまま黙って目を閉じてしまう。これから何が起こるのか、若干の期待感を持っている自分に嫌悪感を抱きながら、静かに目を閉じている。しばらくして、雪菜がこちらに声をかける。

 

「もういいですよ。目を開けてください。」

 

そうして目を開けて、見た先には歓楽街の入り口…ではなく、場違いなほど、静まり返った骨董品店が姿を現していた。

 

「は?」

 

しばらく意味がわからず、固まっていた古城。その間に、いつのまにか霊体化を解いたライダーが雪菜に質問する。

 

「姫柊嬢。ここは一体。途中で何かおかしいことには気付きましたが…」

「ここは獅子王機関の支部です。先程は結界で見た目を騙していたんです。」

 

ああ、なるほどと、相槌を打ったライダーと古城。そして、いかがわしい想像をしていた自分たちを嫌悪しながら、その支部とやらに入るのだった。

 

ーーーーーー

 

場所はアデラード修道院に戻る。そこにはアイランドガードの死体が転がり、殺伐とした空気が溢れかえっていた。その殺伐としている原因である二人は、アデラード修道院のもうわずかしかない屋根の上で、会話をしていた。

 

少年と青年の声が響く。もはや、修道院の面影はなく、人間が訪れることなどない修道院にて響く声は、非常に珍しいと言っていい。きっと、近くに人がいれば怪しまれることだろう。だが、男たちはそんなことなど気にせず、会話を続ける。

 

「さて、しかし本当にいいのかい?先程の男、君の恩人と師匠みたいなものだったのだろう?」

 

少年キャスターの問いにシルクハットの青年『天塚汞』は実に愉快そうに答える。

 

「ああ、良いんだよ。僕にとって目的のための駒に過ぎないんだからね。それに専務も、ある意味、自分の望みを叶えたと言えるんだ。まんざらでもないと思うよ。」

 

ーーーーーー

 

つい先ほどのことだった。天塚たちは、修道院跡地の中へと進み、壁画に天塚は、叶瀬賢生から奪ったモノである『錬核(コア)』を翳した。赤い宝石に似た形のソレが近づくと、見る見るうちに壁画は同じような赤さを持つスライム状のものへと変わり、壁画からずり落ちるようにして、崩れ落ちる。バスタブ10杯分ほどの大きさのなんの形もない赤いスライムとなって、天塚たちの前に降り立ったソレは、近くにいる天塚たちに反応することもなく、その場に留まり、うようよと蠢くのみだった。

その様子を見て専務は呟く。

 

「おお、これが…」

「そう。師匠が最後に遺した錬金術の究極『賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)』だよ。」

 

賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)と呼ばれた赤いスライム状のソレを、目の前にした専務は、上半身のスーツとシャツを脱ぎ捨て、前に出る。彼の体には、いくつかの霞んだ鉱石のような石のかけらが埋め込まれていた。

 

「しかし、本当にいいのか?天塚。私に賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を譲って…」

「あんたには恩があるからね。この偽錬核(ダミーコア)がなければ僕は今頃ここにはいなかった。」

 

そう言いながら、天塚は胸元をはだけさせる。そこには、専務と同じような霞んだ鉱石のような球が、胸に嵌められ、それを中心に、ウィルスのように鋼に侵食された体が見えた。この中心の鋼の玉こそ、偽錬核(ダミーコア)。その名の通り、錬核(コア)偽物(レプリカ)である。

 

「ふっ、殊勝な態度だ。いいだろう。その忠義が、私に向けられている限り、悪いようにはせんぞ。」

 

口元をわずかに歪ませながら、天塚は恭しく一礼をする。専務は、全く嫌疑を浮かべることなく、ゆっくりと賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)近づいていく。

 

専務が近づいてくるのに反応した賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は、まるで迎え入れでもするかのように、ゆっくりと専務を包み込む。その後少しすると、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は一人の女性のような形を取り出した。

 

女性的な膨らみや丸みがより明確な形となると、何が起こっているのか分からず、専務は不安になり、事態の説明を天塚に求めた。

 

「天塚…これは…」

「ああ、その人が俺の師匠、ニーナ・アデラード。倒さない限り、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の支配は出来ないよ。」

 

その天塚の答えに今度は、安堵を取り戻した専務は、ニマリと嫌な笑みを浮かべ、その女性の形をした賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)に向き合った。

 

「そのための偽錬核(ダミーコア)だ。さぁ、私に従え!ニーナ・アデラード!!」

 

専務の体に付けられた偽錬核(ダミーコア)が鈍く光り出す。偽練核(ダミーコア)により、身体を包んだ賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)支配の上書きを行おうとしているのだ。だが、その光はすぐに何かに遮られるように収まり出す。

その光の収まりが、専務を露骨に焦らせ、そして、体が部分的に溶かされるような痛みを感じた瞬間、焦りは恐怖へと明確に切り替わった。

 

「な、何だ。これは…喰われる。くそ、なんとかしろ!天塚!!」

 

専務の恐怖した口調を相手にもせず、天塚は、三日月のように張り裂けた笑みを浮かべながら、ニーナへと語りかける。

 

「ようやくだよ。師匠!!あんたから賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を奪うこの瞬間をずっと待ち続けた。だが、覚醒したあんたは不死だ。通常なら、あんたから賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を奪うことなど、不可能だろう。なら、あんたが覚醒しきっていないこの瞬間に内部から攻撃すればいい。そうすれば、あんたはそのダメージに耐えきれずに、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の制御は不可能となる!」

 

瞬間、専務の体に取り付けられた偽錬核(ダミーコア)が四散し、後の流れは、実にシンプルなものだった。専務は、天塚に怨念の雄叫びを漏らしながら、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)に喰われていき、事態の異常に気が付いたボディーガードは、天塚に殺された。そして、偽練核(ダミーコア)の暴走により、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の支配権を失ったニーナ・アデラードは、その姿をまるで溶けていく飴のように崩していった。

 

ーーーーーー

 

実に都合よく事態が進んでくれた。

認めたくはないが、この横にいる少年のおかげ(・・・)でもある。そう考えながら、少年を見つめる。だが、そんな視線に対し、少年は

 

「ふーん」

 

興味のなさそうに、だが、わずかに眉をひそめながら、天塚の先程の返答を聞き、背を預けていた壁から背中を離す。

 

「じゃ、すぐ離れようよ。ここに人が来られでもしたら、面倒だ。」

「ああ。…それじゃあ、また後でね」

 

天塚が目を向けるその先には赤いひたすらに赤い液体とも固体ともつかず、また生物とも非生物ともつかないモノであり、体長が優に教会を覆わんばかりのソレは、天塚に向かって襲いかかる。

賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)が完全に制御下には置けず、暴走しているのだ。

だがこれでいい、と天塚は考える。元から完全に制御下に置こうとは思っていない。ただ、ニーナの制御下から離せさえすればそれで良かったのだ。

先程の専務の意識がわずかに残っており、その憎しみが天塚に向いたため、ソレは真っ直ぐに天塚へ向けて、突進していった。だが、所詮は暴走状態のソレに、天塚を殺すことは敵わず、いつのまにか目の前から姿を消した天塚を、もはや存在しないはずの目を手繰らせるように暴れまわりながら探す。

 

その様子を木陰で確認した天塚は静かに三日月形に口を歪めて、喜びのあまりにこう宣言する。

 

「さあ、存分に暴れまわってくれ!この僕の願いを叶えるために!」

 

その宣言に呼応するように赤いソレは足もないのに走り出す。これから起こる絶望と悲劇を孕みながら。

 

ーーーーーー

 

古城たちが入った骨董屋。そこは平凡な骨董屋だ。古城は骨董屋に入る機会はないものの、それでも、骨董屋とはこういうものなのだろうと、イメージすることはできる。そして、今いるこの場はそのイメージ通りの骨董屋というものを凝縮したようなごくごく平凡な骨董屋だった。侘しい品々が、昔を漂わせる木の棚に並び、その先には、玄関の土間を繋ぐように添えられた木造りの椅子があり、黒猫が座り込んでいた。ここにお爺さんか、お婆さんでもいれば完璧だな、などと思いつつ、古城は前に進む。

 

まだ人は来ていないのか、玄関には黒猫一匹しか見えない。その黒猫が一匹しかいない空間というのが、この骨董屋の元々平凡で、和やかな空気をさらに強める。

 

「やぁ、あんたが第四真祖の小僧、そしてライダーでよかったかい?」

「え?」

「…。」

 

だが、そんな骨董屋からふと妙齢の女性の声が響く。周りを見回すがやはり、人などは見当たらない。

 

「こっちだよ。第四真祖。」

 

ふと、声がする方向に目を向ける。そして、ゆっくりと視線を落とすと、そこには、『人間の言葉を喋る黒猫』という不思議な光景が広がっていた。

 

「師家様。お久しぶりでございます。」

「うむ。久しぶりだね。雪菜。」

 

猫に恭しく一礼した雪菜は古城たちに向き直ると、手を猫に差し出しながら、紹介をする。

 

「紹介します。こちら、私の師家様。つまり、獅子王機関にて戦闘の指南役をしてくださった縁堂縁です。」

 

自分の監視役である少女が、猫に対し、ずいぶんと礼儀正しく接しているという不思議な光景に、古城は頭を傾げたが、どうやら、この猫こそが雪菜の目当ての人物?ということで間違いないらしい…

と、雪菜の目的を再確認したところで妙なものを見つける。骨董屋には、似つかわしくないゴスロリメイド服の少女が、部屋の脇に立っていたのである。しかも、それだけならまだいいのだが、顔を見ると…

 

「…はっ?煌坂?」

 

そう。その顔は、獅子王機関の舞威媛である煌坂紗矢香に瓜二つだったのだ。そんな紗矢香だが、名前を呼ばれたことに対し、特に反応もせず、去って行く。紗矢香の形をしたそれは、ゆっくり縁を抱いて、膝の上に乗せ、土間の椅子に座った。

 

そして、古城の疑問を浮かべている様子に、不敵に笑った?縁は悠々と膝の上で鼻息をふんと鳴らし、胸を張りながら、古城の疑問に対して、答えを出す。

 

「獅子王機関の戦略兵器の一つを無断で使った部下への罰だよ。」

「式神…か?」

「正解だよ。さて、雪菜、例の物を」

「はい。」

 

猫に言われるがまま、雪菜は雪霞狼を渡す。猫は雪霞狼を見つめ、しばらくした後、ため息を漏らす。

 

「…雪霞狼には認められたようだね。だが、まだ、動きに無駄がある。目に頼りすぎている証拠だ。」

「…はい。」

 

粛々とした態度で、しょんぼりと肩を落とす雪菜。いつも自分に対して、若干、母親のような叱咤を繰り出してくる少女の、その珍しい様子を、古城は意外そうにに見守る。

そんな彼らの様子を他所に、縁はもう一度、槍の様子に目を配らせた後、やがて納得したように頷いた。

 

「ふむ。確かに預かった。修学旅行、楽しんできな。たまには、ふつうのガキとしての人生を謳歌しな。」

「…それなんですが、師家様。どうか、監視役の続行をお願いしたいのですが!」

「は、はあっ!!」

 

雪菜の発言に、驚いて目を剥いた古城は、今まで背中を預けていた壁からずり落ちそうになるも、なんとか体制を整えた後、雪菜の方へと向かった。

 

「ひ、姫柊、お前、何言ってんだ!?」

「先輩は黙っててください!」

 

わいのわいのと雪菜と古城が騒いでいる中、その様子を微笑ましいモノを見つめるかのように、口元に笑みを浮かべながら、縁は眺める。

 

「ふふ、堅物の雪菜がここまで誑し込まれるなんて、あんた結構やり手じゃないか?第四真祖」

「た、誑し込まれてなんていません!」

「この駄猫…」

 

悪態をつきながら、睨む古城を涼し気にかわす縁。そして、縁はそこでついに、目を細めて、一点を見つめる。そこには、先ほどから目を閉じて、壁の花に徹し続けている男に声をかけた。

 

「あんたは何かしゃべらないのかい?ライダー、いや、ゲオルギウス卿の方がよかったかな?」

 

わずかに冗談めかした口調で、ライダーに話を振る縁だった。が、ライダーの方はというと真名を言われた影響でわずかに閉じていた目を開きかけたもののそれだけであり、再び目を閉じて黙したまま壁際に立ち続けた。

 

「ライダー?」

 

いつもの聖人君主のような、柔らかな空気とは違い、剣呑な雰囲気をまとわせたライダーに、違和感を覚えた古城は、ライダーのその心情を伺い知るために口を開こうとする。と、その時…

 

ピリリと、携帯の着信音が辺りに響き渡った。

 

ーーーーーー

 

「あれ?どこに行ったの?ここら辺にあるはずなんだけど…」

 

浅葱は、ひたすら昼間アデラード修道院を行く道の途中で、草原に身をかがませて、あるものを探していた。

あるもの、とは浅葱がいつも耳に付けているピアスのことだ。ただの安物のピアスだが、浅葱にとって、問題なのはそこではない。問題はそのピアスが古城から渡されたピアスだと言うことだ。浅葱色(ターコイズブルー)のそのピアスを、浅葱はいつも肌身離さず付けていた。

そのピアスが昼休みあたりからなくなったことに気がついた浅葱は焦った。当然だ。だって、アレは古城が自分にくれた数少ないプレゼント。だから、彼女は今こうして心当たりのある場所を順々に巡っているのだ。

 

「あ、そうだ。古城にも聞いとくべきよね。」

 

そう言うと、携帯で古城に連絡を取ることから、先ほどの着信音へと経緯が移るのである。

 

『浅葱か?なんだよ?』

「ごめん。古城。ちょっと聞きたいんだけどさ。私のピアス。どこで落ちたか知らない。ターコイズブルーのやつ」

『はあ?いや、知らねえけど、どうしたんだよ?』

 

古城の問いに対して、わずかにためらいながらも浅葱は答える。

 

「…うん。実は、昼間どこかに落としたみたいでさ。今そこらを探して回ってるの。」

『そうだったのか…って、待てよ。昼間?まさか、今、アデラード修道院にいたりしねえよな?』

「え?そうだけど…」

 

浅葱のその返答を聞いた瞬間、古城の息をのむ音が電話越しから聞こえてきた。

 

『馬鹿野郎!!今すぐそこから離れろ』

「ッ!!ったいわね!怒鳴らなくてもいいでしょ!?」

 

いきなり怒鳴り声をあげられた事で痛めた耳を抑えながら反論する。

 

『いいから!言うことを聞いてくれ!ピアスなんてどうでもいいだろ!!』

「どうでもよくなんかないわよ!あれはたった一つの…その…」

 

わずかに口ごもった浅葱に対し、畳みかけるようにして古城は言葉を続けていく。

 

『ピアスなら、後で好きなだけ買ってやるから、お願いだから早くそこを離れてくれ!』

「え!本当!!じゃ、じゃあピアス以外…そう、指輪なんかでもいい?」

『指輪でもなんでも後で好きなモノを買ってやるから!!』

 

「なんだ?そこにいたのか?」

 

すると、若い男の声がいやにクリアに聞こえてきた。浅葱はゆっくりとその声がする方向へと首を向けた。

そこにはシルクハットとスーツ姿の男が不敵な笑みを浮かべながら修道院の廃墟の上に立っていた。

 

「おや、お客さんかい?ここに来られちゃった以上、残念だけど、消えてもらうしかないね。」

 

いうや否や、銀色の鞭が浅葱に襲い掛かる。

そして、次の瞬間、反応すらできなかった浅葱の胸から噴水のように血が噴き出す。

 

「う…そ‥」

 

力なく、倒れていく浅葱。そんな浅葱の状態を電話越しからなんとなしに理解した古城は声を荒げた。

 

『浅葱?おい、浅葱ーーー!!』

「ご‥めん。古城。ちょっと、これダメかも…」

 

最後に古城の声が聞けた事にわずかに安堵したような笑みを浮かべた浅葱の意識は、その言葉を皮切りに完全に暗闇へと沈んで行くのだった。

 

ーーーーーー

 

慌てた様子で骨董屋を出ていく古城とその後ろを追う雪菜その後ろから、ライダーは手を差し伸べる。

 

「つかまってください!!」

 

言われるがままにライダーの手をつかむ古城と雪菜。

その手を、しっかりとキャッチしたライダーはすぐさま、その二人を自分の愛馬の背中に乗せる。

 

「時間も押していますので、最高速度に近い速度で走ります。辛かったら、言ってください!」

「「はい」」

 

ーーーーーー

 

現場に到着した後、古城は力なく膝をついた。修道院の外側、その原っぱの上にて広がる惨状に絶望したために…

 

「ふざけん…なよ。お前…こんなところで死ぬようなタマじゃなかったろうが!!」

 

赤が広がっていた。まるでぼろぼろになった絨毯が広げられたかのような赤いシミが少女を中心に広がっていたのだ。

その赤ぎ何なのか?言われずとも理解できる。そして、その赤を見た後、居たたまれなさでライダーと姫柊は視線をそらし、逆に古城は自らの内にあるドス黒い何かをぶつけるように凝視し続けていた。

 

「おれ…のせいだ。俺が…不用意にこんなところに連れ出さなけりゃ、浅葱は!!」

 

頰に滴る熱が彼の感情への導火線となり、ポタリとそれが地面に落ち、火花のように炸裂した瞬間……

 

世界が悲鳴を上げた。

 

「うぅううわああああ!!」

「きゃっ」

「姫柊嬢!私の後ろに!!」

 

絶叫が雷を帯びて、島中に轟く。それだけでアイランドガード本部はその超自然現象に対して対応を追われた。島を島たらしめ楔にも浸透した雷は一気にこの島を揺らす遠因となった。

 

(まずい。このままでは…!)

 

島が沈んでしまう。そう考えた雪菜はライダーの後ろにいながらも雷の爆音に負けじと声を張り上げた。

 

「先輩。このままでは島が沈んでしまいます。怒りを抑えてください!先輩!!」

 

だが、古城には聞こえない。どころか怒りと悲しみの叫喚は、ますます雷光の輝きが増していく。

だが、雪菜は諦めなかった。

 

「先輩!このまま、島が沈んでしまえば、凪渚ちゃんも一緒に沈んでしまいますよ!!」

「っ!?凪渚…」

 

古城の叫喚はその名を聞いた瞬間止まった。そして、止まると同時に雷光は徐々にその暴威と輝きを失っていき、そして完全に収まると雪菜はライダーの背後から抜け出し、古城の元に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!?先輩!」

「ああ…姫柊、悪かった…」

 

放心したように呟く古城に、今にも泣きそうな顔になりながら、雪菜は叫ぶ。

 

「私は、ここにいます。ここにいますから!どうか、落ち着いてください!先輩!じゃないと、浅葱先輩があまりにも報われなさすぎます!」

「ああ、ありがとう…」

「…申し訳ありません。古城。酷なようですが、戦闘準備を。敵が…来ます。」

 

その言葉を聞いた瞬間、身の内から熱が蘇る。それはこの場にやってくる敵に対する怒りの感情だ。

なぜ、そう考えたのか分からない。だが、理解できた。今、この場にやってくるのは、おそらく…いや、絶対に浅葱の仇だと…

そんな古城の傍ら、ライダーはこう考えた。

 

(妙ですね。これは…サーヴァント?いや、人間であることは確か…ですが、単体でやってくるこの気配…これは…)

 

「なんだ。そんなところにいたのか。」

 

ライダーの思考を余所に、この場にあまりに似つかわしくないほど明るい声が響き渡った。

その声に誘われるように顔を上げると、そこには、赤と肌色のボードゲームの盤面のような派手な柄のシルクハットとネクタイが特徴的なスーツを着た青年が、嗤いながら電柱の上を立っていた。

 

「誰だ。てめえ!!」

 

怒りをあらわに吠えながら古城は名を尋ねる。それに対し、青年はまるで今、そちらに気づいたようにわずかに驚きながらも、その後、すぐに笑みを浮かべた。

 

「ああ、そういえば、初対面だったね。…そうだね。いずれ、知られるだろうし、名乗っておくよ。僕の名前は天塚汞。そこのアデラード修道院の開設者。ニーナ・アデラードの弟子だよ。第四真祖。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還V

お久しぶりです。いや、長かった就職活動も終わりを迎え、そして、いざ、小説を書こうと思えば、今度は学業に追われ、となんだか大変でしたが、なんとか書けました。よろしくお願いします。


「天塚汞…」

「ああ、よろしく!」

 

まるで、友人にでも交わすかのような気軽さで、挨拶をしてくる天塚のその態度に、ますます怒りを露わにする

古城がつぶやく横で、ライダーは、小言で頭の中に浮かべていた疑問を吐き出した。

 

「古城。よろしいですか?」

「…?なんだよ。ライダー。」

「先程から感じているのですが、あの男、若干、サーヴァントと似た雰囲気を漂わせています。」

「っ!?」

 

振り向きそうになる首を必死で制止させながら、ライダーの言葉に古城は耳を傾けながら、答える。

 

「どういうことだよ?」

「私にも詳しいことは…ただ、あの男、先程から常人ならざる気配に満ち溢れているというか…」

「何を、ごにょごにょと喋っているんだい?」

 

と、天塚から声が出た瞬間に、古城は先程の怒りがぶり返し、再び鋭い目つきとなって、天塚を睨む。

 

「一応、聞いとくけどよ。浅葱をやったのは、てめえか?」

「…浅葱っていうのは、そこにいる少女のことかい?…ふむ。別に僕に聞かなくても、すぐにわかるんじゃないのかな?何せ、

 

君たちはすぐに彼女に会えるんだからね!」

 

腕を金属に変え、その金属をアイスピック状の形態にして、古城たちに向けて差し向ける。その攻撃を雪菜が瞬間的に雪霞狼を突き出して、その攻撃を防ぐ。

 

攻撃を雪菜が防ぐと同時に、古城は、右手首を掲げる。すると、そこからは血の霧が吹き出し、血は見る見るうちに黄色く輝く雷光となる。雷光が獅子の姿を取った瞬間、雷光の獅子が突進する。だが、それを大きく横飛びをする事で躱しながら、天塚は銀の鞭を古城に向けて振るう。

だが、古城に意識を向けたその瞬間を見逃すライダーではない。ライダーは天塚は鞭を振るう瞬間、後ろに回り、天塚の首に向けて剣を払おうとする。

 

殺った(とった)!!)

 

勝利を確信したライダーは一切速度を緩める事なく、剣を振るおうとする。だが…

 

ギン、と鈍い音がする。その音はライダー、そして天塚(・・)にとって予想外のモノだった。

 

「なっ!?」

 

なんと、天塚は背中から冷やした銀の棘によりライダーの攻撃を防いだのだ。後方に下がり、様子を見ながら、ライダーは確信していた。先程の攻撃は天塚では絶対に避けられない攻撃だと、だが、天塚は反応した。まるで、自動的に反応する『自らの聖剣(アスカロン)』と同じように…

 

しかも、それだけではなく、その変化に対して何より天塚自身が驚いている。つまり、彼にとってもこの事態は予想外の出来事だったのだ。

 

「アイツめ、性能を良くしたとは言ってたが、こんな化け物じみた姿など頼んだ覚えがないぞ!」

 

それも驚きの中にかなりの怒りを抱えている。妙だと考えたライダーは直球で(・・・)質問した。

 

「…一つ聞きます。天塚汞。貴方は最近、誰か奇妙な力を持つ者と接触しましたか?」

「……!」

 

答えはせずともその質問に天塚は大きく反応してしまった。そして、それだけで、彼は直感し、理解した。

 

「なるほど…古城!どうやら、彼はサーヴァントと接触した確率が高い。このまま倒すのは私とあなた方がいれば、簡単でしょうが、なるべくならば、生け捕りに……!離れて!!」

「えっ…」

「っ!?」

 

ライダーの言葉に素早く反応した雪菜は、古城袖を引っ張る事でその場から離脱させる。

 

バキンという何かが折れ、砕けるような音が響き渡る。その音の正体は理解できずとも、それが何か危険な前触れだという事は理解させられた。

 

「あ…ああああぁあ!!」

 

音が響き渡ると同時に、悲鳴が上がる。軋むような音ともに天塚の体が見る見るうちに金属色に変形し、銀色の流体と化していく。そして、天塚の体が完全に人間の体をなくし、スライムのような一個の塊と化していた。

 

「何だ?こいつは…」

 

絶句している古城に向けて銀の物体であるそれが触手を伸ばすようにして、銀の鞭を差し向ける。銀の鞭を後ろに飛ぶことで躱した古城は考える。

 

(どうする?こんなんじゃ、手加減なんてできやしない。)

 

第四真祖の力などという傍迷惑な力を受け継いだときから、ある程度の覚悟はできていた。あれだけの大破壊を巻き起こせるアレらを持つ以上、少しでも巻き込まれてしまった場合、死んでしまう人間もいるのではないのかと想定し、これまで戦ってきた。だから、いつかはそういう(・・・・)事態が起こってしまうのだろうと覚悟してきた。でも、いざその自体に直面してしまうと…やはり、覚悟がぐらついてしまう。

 

「先輩!?」「マスター!?」

 

その迷いを察した二人から言葉を投げかけられ、言葉を発すると同時にこちらに駆け寄ってくる。先ほどの怪物が、狙いを澄ました銀の触手を鋭利な棘へと変貌させ、突き出してくるのが見えた。古城の胸にソレが触れようとした瞬間、姫柊は前に出て槍を構える。だが、古城は姫柊が前に出た瞬間、今までの迷いを消し去り、手を怪物へと突き出す。

咄嗟のことだった。このままでは姫柊が危ないと思ったこと、そして、浅葱を殺したことに対する憎悪と殺意が混ざり合い、古城は咄嗟に手を突き出した。

 

突き出された手から一気に血の霧が溢れ出し、そして、彼は叫ぶ。

 

疾く在れ(きやがれ)!!龍蛇の水銀(アルメイサ・メルクーリ)!!」

 

言葉とともに、銀色の双頭の龍が姿を現わす。銀色の龍蛇はその底がない口を大きく開け、同じく銀色の化け物に対して、突進していく。勝負になどならなかった。この龍蛇の能力、それは次元喰い(ディメンジョン イーター)あらゆる物質、概念を次元ごと食うことにより絶対的破壊を巻き起こす。故に、龍蛇に牙を立てられた水銀の化け物は一瞬にして、その姿を虚空へと消した。

 

後になって、急激な脱力感を感じた古城はその場で片膝をつく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…」

 

それは肉体的な疲労ではない。人の形をしたものを消し去ったという事実に対する精神的な疲労だった。今までこの男は人が死なないように細心の注意を払いながら戦い続けてきた。だが、ついにやってしまった。その感覚が古城に押し寄せ、疲労感を生み出していた。

 

「大丈夫ですか?先輩…」

 

ずっとその目で古城のことを見てきた雪菜は、そっと駆け寄り、言葉をかける。それを聞いた古城はゆっくりと立ち上がりながら、こう答えた。

 

「ああ、大丈夫だ。」

「…古城、あまり無理をなさらない方がよろしい。殺すという事実は中々に耐えがたいものがあります。たとえ、それがどのような悪人であろうと…」

 

この場で誰よりもその痛みを理解しているライダーは心配げな眼差しとともに古城に言葉をかける。

 

「いや、本当に大丈夫だ。正直、ある程度の覚悟はしてたからな。」

「そうですか。ですが…ん?」

 

とここで、先ほどの雷やらなんやらの爆音で耳が機能しなかったライダーの耳にある音が聞こえ始める。

 

「っ!?…これは!?古城、どうやらそう悪いことばかりでもなさそうです。」

「えっ?」

 

先程から、言葉らしい言葉が一切出てこない古城を置いて、ライダーはそちらへと顔を向ける。そちらとは、浅葱が血を流しながら倒れている大地の方向だった。

 

「ん…んん…」

「あ、浅葱!!」

 

その呻き声を聞いた瞬間、飛び上がるようにして浅葱の方へと向かった古城は駆け寄り、少し離れたところで立ち止まる。

 

「お、お前、大丈夫なのか?」

「はぁ?大丈夫って、一体、何のこ…って、うわ、何この血!?」

 

起き上がった浅葱は、今更ながら、その自らの惨状に目を剥く。一方の古城はともすれば能天気にも見える浅葱の反応にホッと一息をつき、

 

「はは、何だ?これ…」

 

震えた声でそう口にするのだった。その様子を後ろから見ていた雪菜とライダーはわずかに口元を綻ばせ、浅葱は訳も分からず、ただ呆然とするのだった。

 

ーーーーーー

 

「とりあえず、その服、どうにかしないとな。いくらなんでも、その格好で帰るのはまずいし…」

「そ、そうね。」

 

傷をつけられた部分は腰から胸にかけてバッサリと刃物でやられたような傷が広がっていた。つまり、そこに着ていた服もバッサリと行かれている。今は、古城のパーカーを上から羽織ることでなんとか対処してはいるものの、流石に、このままで帰らせるというのは抵抗がある。何より、先程襲われたばかりなのだ。こう言っては何だが、浅葱の家よりも古城の家の方がまだ安全が確保できるだろうと古城は考えている。

 

「それにしても…あの、聞いてもいい?」

 

すると、浅葱は少し小声になりながら、古城の方へと肩を寄せる。

 

「何だよ?」

「いや、さっきさ。なんか、余りにも場違いな鎧姿の男があんたたちの後ろにいなかった?」

 

その問いかけにビクッと肩を揺らす古城と雪菜。

 

「さ、さあ?気のせいじゃないか?きっと、なあ、姫柊?」

「ええ。あの場には私と先輩と藍羽先輩しかいなかったはずですし…」

「えぇ…そうだったかしら?」

 

今更ではあるが、サーヴァントは本来ならば、一般人の目に触れていい代物ではない。いや、まあ、だったら、何であんなに大々的にアーチャーとセイバーは戦ったのか?と突っ込まれるだろうが、あれの方が本来異常事態なのだ。

ライダーは未だ姿を大々的には晒していないという都合上、余程の事件の関係者でなければ、彼は姿を露わにしないようにしている。だが、ほんの一瞬、古城がほっとしたことに対し、胸をなでおろした瞬間が隙となり先程誤って、浅葱の目に写ってしまい、慌てて浅葱の視線が外れた瞬間を狙って姿を消した。現在は霊体化して古城の二メートル後ろを歩いているのだが、そのことに浅葱は気づかない。

 

「まあ、いいわ。とりあえず、着替えをどうにかしないと…というわけで、悪いんだけど、よろしくね。古城。」

「ああ、分かった。」

 

ーーーーーー

 

古城たちの住まいに入った浅葱は、まずシャワーを借り、体に付いている地を洗い流そうと考えた。

 

「〜♪」

 

鼻唄混じりにシャワーを前進へと浴びせる浅葱。すると、胸の中心あたりにどうしても取れない汚れが付いているのが見えた。

 

「?何、これ?」

 

いや、汚れではない。よく見ると、それはルビーのように赤く輝き楕円状に丸みを帯びた宝石だ。宝石が自分の体の中に埋まっているから、取れないのだ。

 

「…って、あれ?」

 

そのことを理解してすぐ、彼女は自分の重心が失われていくのを感じた。そして、彼女の意識はそこで完全に途絶するのだった。

 

場面は変わり、そのシャワー室がある住居の台所にて、古城はコーヒーを啜っていた。現在、ライダーはこの部屋で霊体となって古城の身の回りを見てくれていた。その彼から、先程、浅葱が寝た後に話し合いをするように提案を出された。雪菜がいない間、どのようにして古城を護衛するかについてだ。

雪菜を交えずにその議案が出されたのは、彼自身が聖人であるからこその願いからだった。

彼は聖人だからこそ、人々の日常というものがなによりも尊いのだと理解している。だからこそ、今度雪菜が行くと言っている修学旅行を邪魔するのはどうも気が引けたのだ。

 

(とりあえず、浅葱を寝かせてからライダーと今後の方針を決めなきゃな。)

 

考えながら、周囲を見渡すように目を配らせ、台所の出入り口に目を向ける。そこには

 

全身真っ裸のまま風呂から出てきた浅葱の姿があった。

 

「ぶふっ!!」

 

思わず、口の中にあったコーヒーをぶちまけながら、吠えるようにして言葉を投げかける。

 

「なっ、何してんだ!?お前はっ!?」

「ん?その魔力…吸血鬼、いや真祖か。すまぬが、ここがどこなのか説明してくれぬか?」

「はあ?何言ってんだ。お前?風呂に入りすぎてのぼせでもしたか?」

 

彼女が気を失っていたのは、あの血だらけだったとき以外になく、この部屋に入ってきた時はすでに彼女の意識は覚醒していた。それも今さっきのことだ。ボケでもしなければ、覚えていないはずがないのだ。

 

だが、目の前の彼女は至極真剣な表情でこちらにここがどこなのかを聞いてきた。タイムスリップにあった戦国の武将が一体どこに来てしまったのかを尋ねるような表情で彼女は聞いてきたのだ。

そのことに違和感を感じた古城は、改めてその目の前にいる浅葱の姿と声をした少女に問いかけようとした。

 

「お前、一体どうしち…」

 

すると、そこで言葉が切れた。突如として、ライダーが古城の前で霊体化を解除して、目の前に出現し、庇うようにして立ち塞がったからだ。

 

「お下がりください。古城。あなたは一体誰なのですか?」

 

いきなり人間が登場したことと、直球すぎる質問がきたことで、浅葱の形をした少女は多少、面食らった。だが、すぐに落ち着きを取り戻すと、目の前に現れた存在に対して、冷静に分析し始めた。

 

「先程から妙な気配があったと思ったが、この気配、天使、いや悪魔?いずれにせよそれと同等の霊基を持った存在か。驚いたな。あのような存在が現世に現れ、こうして言葉を交わしてくるとは…とその前に自己紹介だったな。」

 

そこで一呼吸置いた少女はすうっと息を吸い、胸を張りながら宣言した。

 

「我が名はニーナ・アデラード。錬金術にて不死を会得した唯一にして無二の錬金術師だ。よろしくお願いする。真祖の少年に精霊に近しき神秘なる存在よ。」

 

ーーーーーー

 

「つまり、あんたが浅葱を助けてくれたってことか?」

「そうだ。天塚にやられた傷は存外に深くてな。私の錬金術でも即座に治癒するには私自身の意識をこちらに投影させ、なおかつ、この娘に賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を寄生させる形で傷口を補填しなければとても間に合わなかった。お陰で、娘が天塚に狙われる理由が二重に出来上がってしまったわけだが…」

「いや、そもそも、あんたがいなければ、浅葱はここにいることさえできなかった。改めて礼を言わせてくれ。と、そうだ。あんた、ニーナ=アデラードって言うんだよな?」

「そうだが?」

 

その名に古城は聞き覚えがあった。確か、天塚汞の師匠が同じ名前をしていた筈だ。そのことを理解した古城は即座に頭を下げる。

 

「その、すまなかった。」

「ん?」

「いや、その…告白しちまうと、俺、天塚を殺しちまったんだ。確かあんたの弟子だったんだろう?」

「?何を勘違いしているか知らないが、ヤツはまだ生きているぞ。」

「え?」

「やはり、そうでしたか…」

 

呆然とする古城と納得した表情を浮かべるライダー。そのライダーの反応を訝しんだ古城は尋ねる。

 

「ライダー。あんた気づいてたのか?」

「確証はありませんでしたが、あの時の彼の気配は人間から離れすぎていましたから、系統で言うのならばサーヴァントに近い。いや、彼の反応からして、恐らくはサーヴァントに改造された(・・・・・)のだと思われます。」

「改造…?」

 

不穏なその言葉の響きに古城は眉を曇らせる。

 

「ええ。おそらく、彼はその身を実験台として、サーヴァントが内包する能力を一部手に入れたのでしょう。結果、彼は能力が強化されたのでしょうが、なぜか、彼はそれを望んでいなさそうでしたね。」

「その…サーヴァント?と言うものが如何様なものかは知らぬが、その力には何か問題でもあったのではないのか?」

「問題?」

「例えば、そうだな。とても『人間の肉体とは』思えなかった。とかな」

「そういえば…」

 

その時、古城とライダーは天塚汞の激憤した瞬間を思い出した。

 

『アイツめ、性能を良くしたとは言ってたが、こんな化け物じみた姿など頼んだ覚えがないぞ!』

 

その時はちょうどライダーの攻撃を見もせずに体の内側から、水銀の大棘を無数に伸ばして防いだ瞬間だった。

まるで、ハリネズミのようだったその姿は確かにニーナの言うように人間離れしていたかもしれない。だが、正直な話、腕を水銀の鞭にするのと一体何が違うのかわからなかった。

とここで、古城たちの反応を見たニーナは自分の指摘が正しいものだったことを理解し、言葉を続ける。

 

「…どうやら、心当たりがあるようだな。だとするのならば、奴の憤慨は当然だろう。あの天塚汞という男は錬金術を使う際でも、取り分け人間の肉体というものに激しい執着を見せていたからな。」

 

ーーーーーー

 

とある高級マンションの地下一階駐車場。人の気配が一つとしてないその場所だった。だが、そんな沈黙に包まれた空間の中で、ゴポリという水から何かが這い出るような音が響き渡った。決して大きくはない音だったが、周りの静けさがその音を際立たせていった。音はやがて、ゴポゴポと湯が煮えるような音へと変わっていく。音の発生源は排気口からだった。排気口からドクドクと銀色の液体が零れ落ちてくる音がその発生源だった。

やがて音が鳴り止み、完全に液体が駐車場地面へと落ちきると、その液体は今度は人型のそれへと変わっていき、粘土細工のように次々と形を整え、10秒も経たぬうちにその銀の『液体』は人間の『肉体』へと様変わりしていた。

 

「ふむ、ここか」

 

液体から肉体に姿を変えた男、天塚汞は、そう呟くと同時に動き出す。

足を前に進ませようとしたその時…

 

「っ!?」

 

突如として、地面から魔法陣とともに出現してきた鎖によってその歩みは止められる。

 

「私の住処に手を出してくるとは、いい度胸だな。天塚汞。」

 

誰もいなかったはずの駐車場で声が響く。どこか舌足らずな声色なのに、その声には王者たる風格を感じさせるものを感じた。

その声に反応した天塚はぐるぐると周囲を見回す。するとちょうど、自分が後ろに首を向け、前に向き直った後、そこにその声の主がいた。

幼い外見にゴシックドレスを身に纏い、ゴシックドレス同様のフリルをふんだんに使った日傘を日が差してないのにも関わらず、持ち歩くその少女の正体を天塚は知っていた。

 

「空隙の魔女。南宮那月か。」

「自己紹介は必要なさそうだな。では、こちらの質問に答えろ。貴様がここに来た理由は叶瀬夏音か?親はともかく、なぜ、あの娘を狙う。」

 

彼女とて、夏音の霊的資質が並々ならないものだということは理解している。だが、それをいうのならば、剣巫の姫柊雪菜の方が戦略的に邪魔だろう。ならば、こんなところにわざわざくる意味はない。つまり、夏音と天塚には何かしらの因縁がある。そう当たりをつけた那月は、その情報の探りを入れるために質問したのだ。

すると、天塚は三日月型に唇を歪め、ねっとりと立場は逆だというのに、まるでカエルを睨む蛇のような表情で、余裕を持って質問に答えた。

 

「なに、ちょっとした保険さ。彼女がいきていては困る連中は世の中にはたくさんいるからね!」

 

言い終えると同時に、バキンというガラスが砕けるような音が響き渡る。

すると見る見る内に、天塚の体は膨張し、5秒と経たぬ内に、水銀のスライム状の怪物が目の前に現れた。

 

『早く彼女の元に行ったほうがいいんじゃないかい?ぼくはなにも一人(・・)でここに来たと入ってないんだからねー!』

「なんだと?」

 

その言葉を最後に天塚は意思なき怪物と化した。人の声帯では発することはできないほどの奇声を聞いた瞬間、もはや、天塚の分身に意思がないのだと理解した那月は、後ろに控えさせていたもう一人の少女に命令する。

 

「やれ!アスタルテ。遠慮はいらん。」

命令承認(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドタクテュロス)

 

機械的な口調で声を発したその少女に銀の鞭が襲いかかる。だが、その槍のように突き出された銀の鞭が少女の身を貫くことはなかった。それよりも早く、その銀の怪物がひしゃげ、潰れていったからだ。

アスタルテの命令を聞いた彼女の内なる眷獣が出現する。虹色の体を持った美しい巨人は敵に対し、拳を振り上げ、その拳を銀の鞭よりも早く鋭く突き込む。銀の怪物は自分よりも早く鋭い一撃になすすべも無く、負かされ、コンクリートの壁へ吹き飛ばされていった。

それで戦闘は終わった。先程まで瑞々しさを内包したようにうねうねと動き続けていた怪物はその一撃を喰らっただけで、ひしゃげたアルミ箔のようになってしまい、完全に停止した。

その様子を確認した那月は余裕綽々と後ろに向き直った。そして、思い出したかのように、もう声は聞こえないだろうその銀の怪物だった物に対し、声をかけた。

 

「私を囮に、叶瀬夏音を仕留めようとしていたのならば、無駄なことだ。なにせ、あそこには今、

 

呆れるほど過保護な英雄がいるからな。」

 

そういうと、那月は余裕はその顔から絶やさずにその場を離れていくのだった。

 

ーーーーーー

 

時同じくして、那月の住まいにある一室。そこでは、スヤスヤと夏音が眠っていた。その寝顔が月光に濡らされ、一種神秘的ですらあり、見るものを虜にさせる魅力が否応なく発せられていた。そんな眠り姫の一室へと近づく一つ足音があった。ひたり、ひたり、静かにだが速やかに、立てられる軽やかな足音。そして、足音の正体はドアの前は近づくと、決して音を立てぬようにゆっくりとドアを開けていく。

わずかに人一人が入れる程度の隙間を作ると、また、軽やかな足音が立てられていく。そして、足音の正体であるそのものは目標である夏音のすぐ横までたどり着く。腕を振り上げ、手刀を作る。そして、その手を一気にその少女の胸へと突き入れ

 

瞬間、強烈な殺気が彼の背中を襲う。その殺気の正体を瞬時に理解し、一気にその場から離れる。魔術による強化によって強化された脚力で無理矢理行った脱出。自分の髪をわずかに散らす鋭い一閃。それを目の前で目にしながらも、脱出は無事に成功することができ、自分の身体が月夜の光の元へと押し出された。

脱出は成功しただが、気を緩めなかった。なぜなら、殺気は未だ、自分の顔面を叩き続けているのだから、自分の目の前で足音が響き渡る。コツコツと自分の時とはうって変わったように響き渡る足音に眉を潜める。

 

そして、その男もまた月光に晒されると、男は声を発した。

 

「こんばんは。お初にお目にかかる。名も知らぬサーヴァントよ。知っているとは思うが、俺はサーヴァントアーチャーだ。

 

戦う前に一つ忠告させてもらうが、慣れないことはするものではないな。君は間違ってもアサシンではあるまい?」

 

褐色の肌と自分と同様の白い髪がトレードマークのその男は不敵に笑いながら、挑発するように言ってきた。それに対し、少しムッとして、肩まで伸ばした白い長髪をかき上げながら、答える。

 

「こんばんは。そして、その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ。アーチャー。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 VI

こんにちは。今回でいよいよ、戦闘が始まります。さて、彼は一体誰なんでしょう?ではどうぞ!


ただ待った。

 

こちらに近づいてくる気配に察知したわけでもなく、ただ、その時、その瞬間を闇の中から息を殺して待ち続けた。

それこそが自らの使命ゆえに、運命ゆえに…

 

そして、その瞬間は訪れた。闇の中を歩き、一歩一歩、自らのマスターへと近づいていく足音。それを聞いた瞬間、自身の鷹の双眸を細める。足音から察するに、身長は140〜150cm程度の体重50kg単位の人間だろう。ほんの少年か少女ほどの身長。だが、その事実を受け止めたとて、剣を握っている手は緩めなかった。むしろ、より一層その剣を握る手が自然と強くなった。

なぜなら感じたからだ。自分が持つ英霊特有の霊基の気配を。その英霊は足を潜めながら、ゆっくりと夏音に近づく。極度の緊張感。もしも常人ならば、その隙を狙うための一瞬を見やるために、とっくに息を切らしていただろう。だが、そんなヘマはしない。その英霊が最も隙を晒す瞬間を上空から獲物を狙う鷹のように待ち続けた。

そして、その英霊が立ち止まる。手を貫手にし、一気にその柔らかい布と毛布に包まれた胸に突き入れようとする。

爆発した。自分の中にここまで熱い感情が残っていたのかと自分でも戸惑うほどに、殺意がとめどなく溢れ、殺気が部屋の中を充満する。

それは暗殺を行う際ならば、致命的なまでの失敗。殺気に気づかれ、当然のごとく避けられる。その失敗に対し、苦虫を噛み潰した表情をしていることは鏡を見ずとも分かった。ヘマをした。先程はあれほど暗殺に自信があったというのに…だが、心はその事実に対して、どこか安心しているような心地よさを抱いていた。そして、自分の剣を避けたサーヴァントに目を向ける。

 

ウェーブを描く白髪に大きな切れ目、年齢はまだほんの少年ほどだろうことを伺わせる丸みを帯びた頰にそれにつられるように描かれた形の良い程よく尖った顎。世間的に見て、美少年と言われても文句は言えない顔つきだった。そんな美少年は白いYシャツと黒いベストを上につけそのベストにスカーフを納めるようにして首に巻き、パンツはチェック柄のハーフパンツとストッキングを着用し、先程貫手のために細めた手はよく見れば、手袋が取り付けられている。

言葉にするとおかしいが、『少年紳士』という言葉が似合うようなそのサーヴァントに向かって言葉をかける。

 

「こんばんは。お初にお目にかかる。名も知らぬサーヴァントよ。知っているとは思うが、俺はサーヴァントアーチャーだ。

 

戦う前に一つ忠告させてもらうが、慣れないことはするものではないな。君は間違ってもアサシンではあるまい?」

 

適当に、だが確かな確信も覗かせながら言葉を告げる。それに対して、向かい合うサーヴァントは

 

「こんばんは。そして、その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ。アーチャー。」

 

と、噛みつかんばかりの表情で言い返してきた。

 

ーーーーーー

 

「はぁ、可能性としてなくはないとは思っていたけれど、やはり(・・・)この少女が君のマスターだったわけか。アーチャー。」

「やはり、か。その言葉を聞く限り、俺を一度は見たことがあるのか?それとも、以前セイバーに協力していたサーヴァントというのは君ということで正解なのかな?」

「…さあ?どうだろうね。」

 

アーチャーのその質問に対して、警戒を強めながら惚ける。このアーチャーの前で迂闊には言葉を発してはいけないと直感したからだ。

一刻も早く、この場を撤退しなければならない。戦って勝てないこともないが、それはこの場一体を更地にすることを条件とするので、却下だ。

 

(とはいえ、こうして見つかってしまった以上、ただでは帰してはくれないだろうな。しょうがない。)

 

心の中で諦観と同時に腹をくくる。そして、

 

音もなく、アーチャーの目前にまで迫った。

 

「っ!?」

 

瞠目するアーチャー。だが、驚きと同時に反射的に自分の手に持った双剣のうち干将を上へと振り上げる。

その一撃には構いもせずに、拳を突き込む仮称『少年サーヴァント』の行動に瞠目する。

 

(なっ!?腕が飛ばされるぞ。この男、そんなことまるで気にしないかのように…)

 

一瞬、その腕の振り上げを緩めてしまう。通常ではありえない少年サーヴァントの選択に対する驚愕がアーチャーの腕を緩めてしまう原因の一つとなってしまったのだ。

だが、驚愕はそこでは終わらない。突き込まれた拳は音速を超えているとはいえ、その一撃はサーヴァントたちの一撃としては決して早すぎる一撃などではなかった。そう。その一撃こそが罠なのだとは梅雨知らずに…

 

瞬間、その拳は

 

加速した。

 

目では追えたものの、その明らかに常軌を逸した加速度に驚愕する。そして、拳はアーチャーの剣がその腕にたどり着くより先に、アーチャーのプレートアーマーを正確に狙い撃ち、鳩尾を貫く。

 

(っ!?重っ!)

 

その重く速い一撃に自分の足が宙に浮くのを感じた。宙に浮くと同時にまるで後ろから引っ張られるかのように体が吹っ飛び、壁へと叩きつけられる。

 

「がはっ!?」

 

瓦礫とともに崩れていく体。それを確認した少年サーヴァントはゆっくりと構えを解き、改めて後ろの少女が横になっているベッドへと振り向く。

 

「さて、じゃあ、仕事を完了させよう。悪く思うなとは言わない。悪く思うにせよ、思わないにせよ、君を殺すという結果に変わりはない。それに対して、まだ何か要求するというのは贅沢というものだ。」

 

そして、歩を進めようとした足を止める。

 

「驚いたな。仕留めきれてはいないと思ったけれど少なくとも霊核を確実に狙った一撃だと思ったんだけど」

 

改めて振り向く。そこには剣を握り締めながら、口元の血をぬぐい、相貌を眇めてこちらを見てくるアーチャーの姿があった。

アーチャーは思う。

 

(ちっ、油断…ではないな。5年以上も学生として生活していたことがここで仇になったか。やれやれ、初めてライダーに遭遇したとき、すでに己の甘さは払拭できたと思っていたが、どうやらそうではないらしい)

 

5年も学生として生活していれば、当然、その分、子供達との距離は近くなる。目の前の少年がサーヴァントであり、生前は妙齢をいっていたかもしれないことを考慮に加えても、どうしても少年であるということが自分の中で引っかかった。それも先程の行動の緩みの原因の一つだ。

 

「だが、不幸中の幸い…か。」

「?」

「今のでようやく真の意味で思い出したようだ。

 

自分が戦士だということを」

 

言い終えると同時に、アーチャーの体が横にブレる。

 

(!?しまった。見失った!)

 

急いで周囲を確認する。だが、アーチャーの姿を確認できなかった少年サーヴァントはどこが一番狙われるかを予測する(・・・・)

その結果から最も狙われるであろう首を守るように腕を振り上げる。ギャリン、と鈍い音が響き渡る。それは少なくとも腕と剣が衝突したときに起こるような音では決してなかった。

そう。まるで金属同士がぶつかり合ったような…

少年サーヴァントの後方わずかに距離を取った位置に立つアーチャーは己の剣の刃元を見ながら、キャスターの方へと振り向く。

 

「やはり、先程の攻撃の重さはあの速さだけから来るものではなかったか。その腕、金属か?となると錬金術…錬金術と強化の魔術を組み合わせることによって、凄まじい強度を生み出しているというところか。でなければ、俺の剣がお前の腕を断ってるはずだしな。」

「随分と、自分の剣に自信があるようだね。」

「まあ、人並みに…な。」

 

再びアーチャーの姿がブレる。猛烈な冷や汗を感じた少年サーヴァントはその部屋からの脱出を図る。狙うは外へと繋がる窓。そこから逃げれば、逃亡と戦闘、どちらの手段も広がってくる。

 

最も、アーチャーがそれを許すほどの隙を作ってくれたならばの話だが…

 

恐怖が冷や汗とともに最大になった瞬間、感じた。自分の死の予感を

 

「っ!?」

 

拳を地面に叩きつける。瓦礫が宙を舞い、壁が形成される。

そこからさらに繋ぐ。瓦礫を鋼鉄に変え、腰につけられたベルトがわりのポーチから試験管を一つ取り出し、その中の液体を瞬時にかける。すると鋼鉄はところどころが溶け出し、くっつき出す。そのくっついた金属を今度は強化の魔術で硬度を高める。この間、実に0.08秒。即席の防護壁が出来上がった。

 

鈍い音が…今度は響き渡らなかった。何故か?今度は、その即席の防護壁を間断なくアーチャーが切り裂いたからだ。

 

「ぐっ!」

 

防護壁を両断され、迫ってくる双剣をかろうじて認識できた少年サーヴァントはその双剣の前に両腕の肘と手をつけながら、防御する。腕に刃が食い込むのを感じながら、少年サーヴァントは吹き飛ばされる。だが、それが少年サーヴァントの狙いだ。

少年サーヴァントは自らの後方にある窓に向かって、逃げるためにそのアーチャーの衝撃を使ったのだ。

 

「ちっ!」

 

アーチャーも遅れて気づいたが、遅い。元々、無駄な衝撃を与えることなく切り裂こうと考えていたのにも関わらず、防御され、結果無駄な衝撃が生み出されてしまったことも災いし、まんまと少年サーヴァントに行動を誘導される。窓は破れ、少年サーヴァントは、ビルの屋上から外へと投げ出されていく。

追撃を加えるために走るアーチャー。迷うことなく屋上から飛び出る。予想していた気持ちの悪い浮遊感を防ぐために、足元にナイフを投影し、空間を一部凍結しながらの投影により、空を立つ。一方、敵の少年サーヴァントは向かい側のビルの屋上からこちらを見下ろしている。

 

「……。」

「……。」

 

互いに無言。何も口にすることなく睨めつけ合う。

 

少しの沈黙の後、お互いが同時に動く。アーチャーは弓に矢を番え、少年サーヴァントはアーチャーに向かって手をかざす。

 

「水よ。」

 

詠唱すると、水流が手から飛び出す。コンクリートを両断するまでに圧縮された水流が鉄砲さながらに飛んでくる。それに対し、アーチャーは水流の向こうにいる少年サーヴァントに狙いを誤ることなく、矢を引き絞り、射ち放つ。衝突した水流をまるで意に介さず、矢はまっすぐに少年サーヴァントの元まで行く。それを予見していた少年サーヴァントは焦らずに右へと駆け、その攻撃を避ける。

 

「っ!?」

 

だが、即座に立ち止まる。目の前にまで高速移動をしたアーチャーは干将を少年に向けて振り上げてきたためだ。それに対し、はたくように手を振る少年サーヴァント。その手の動きに合わせるように横から突如出現した土の壁が蠅たたきのように迫ってくる。

 

「ふっ!」

 

その地面を、剣を使わずに足でけり砕く。そして、地面をけり砕いた足をそのままに鎌で刈るように首めがけて振る。鈍い音が響き渡る。だが、それは、少年サーヴァントの首が折れる音ではなく、少年サーヴァントが鋼鉄に変化させた腕でアーチャーの蹴りを防いだ音だった。

 

「ぐっ!」

 

防いだはずだというのに、腕からくる衝撃が頭にまで渡り、言葉そのままに頭を苛んでくる。その一撃から理解できる自分と目の前の男のステータスの違いに歯を軋ませ、口の中に苦いものを感じるが、そこで動きは止めずに拳を突き出す。

 

「ふん!」

 

アーチャーはその拳をもう片方の足の膝で受け止めると体を空中で回転させ、少年サーヴァントと同じビルの上に立つ。

 

(妙なやつだな…。)

 

ひざを折り、猛獣のような態勢を維持しながら、目の前のサーヴァントに対し、アーチャーはそう評価を下す。

 

(今までの俺の移動と攻撃、ヤツの攻撃と同程度のスピードだったはずだ。だというのに、ヤツは俺の姿を確認できていないときと確認できているときがある。まったく同じはずなのに(・・・・・・・・・・・)…)

 

自分の動きが確認できるというのなら、最初から圧倒的に自分の戦闘を優位に進められるはずなのに、あの男は途中、演技などではなく、本当に慌てていた。

こう言っては何だが、非常にヘンテコな戦闘の流れだ。

 

(魔術による身体の強化…いや、それだけでどうにかなっているならば、先ほどの蹴りだって、そこまで苦ではなかったはず…)

 

先ほどの戦闘における相手の顔色を含めて現状を考察する。つまり、魔術以外の何かが働き、目の前のサーヴァントを補佐している。ということは…

 

(宝具か。スキルか…)

 

おそらく、最初の不意打ちでは使っていたが、その後、能力の詳細はつかませないために、封印した。だが、その一連の戦闘の流れで俺には宝具なしでは到底太刀打ちできないと判断したために、続く戦闘では使うように決心したのだろう。だから、こんなヘンテコな戦闘の流れになってしまったのだとアーチャーは当たりをつけた。だが、実はそんな複雑なものではなかった。理由は、もっとシンプル。

少年サーヴァントの頭の中は『その理由」で非常に騒がしいこととなっていた。

 

(いやぁ、失敗したなぁ。やっぱりどう考えても、さっき能力を封印したのは悪手だったよね。そう思うんだけれど、どうかな?)

(どうかな?じゃないでしょ!!私だけの所為ではなく、あなただって、最初の不意打ちで『少なくとも立てないくらいのダメージを負っている。』と言ってたわ。そう聞いたから、私はこれ以上魔力を無駄にしないためにも、いったん宝具を解除するように命令したのではなくて?)

(あはは、ま、そうだね。確かに、彼の耐久から考えるにあの一撃ならばしばらく動けないと思ったんだけどね。英雄の底力ってやつかな?)

 

要するに、単純に魔力消費のことを考えての行動だったのだ。まあ、その中には、確かに能力の詳細をつかませないという狙いも少なからずあったが、大元がそれではなんとも格好のつかない話だ。

 

(それにしても、まさか、アーチャーと当たるとはね。こんなことだったら、『あの錬金術師』の信用なんて無視して、とっとと行方をくらませるべきだったかしら)

(そういうわけにはいかないでしょ。それに『ここに僕がいる』っていうのはある意味、後のことを考えれば、かなりいい状況に誘導できるかもしれない。)

(…それは、あなたの目の前にいる男の裏を完全に欠いてこそできることじゃなくて?)

 

先ほどの不意打ちも力づくとは言え、破られたお前にそんなことができるのか。と聞く自分のマスターに対し、不適に笑みを浮かべながら、少年サーヴァントは宣言するのだった。

 

(任せてよ。この世界にて最も強大な力の『流れ』を解き明かした存在(モノ)。それが僕だ。この程度の『不確定な流れ』、容易く変えて、君に証明して見せよう。

 

あらゆる自然、概念、思想の『流れ』は僕の手の内に存在するのだと)

 

有無を言わさず、傲慢にも王のように大いなる自然に相対するように宣言する。その一言を聞き、瞠目するが、すぐに口元に笑みを浮かべ、マスターは命令する。

 

(いいわ。信じましょう。あなたの力、ここで見せて)

 

その言葉を聞き終わると、少年サーヴァントはニイッと三日月状に唇を歪める。そして、まるで、場を引き締める日本で言うところの一本締めをするようにパンと掌と掌を合わせる。

その様子を観察していたアーチャーは目を細め、静かに相手の動きを観察する。

だが、その観察の目は即座に瞑られ、アーチャーはその場からの撤退のために思い切り屋上から跳躍する。その瞬間、アーチャーが踏みしめていた大地は変形し、巨大な歯が出現する。人間と同じような、相対する歯の刃が平行な形を保ったその歯はガブリとアーチャーがいた大地を噛み付く。

 

「!なに?」

 

それを躱して終わりではない。歯が展開されている前方に目を奪われている隙に後ろから自分に影が指す。その正体はシルエットを見て、すぐに察しがついた。

 

「!?腕、だと!?」

 

それは巨人の腕だ。掌だけで自分の体を優に包み込めるその腕が自分の方へと迫ってくる。迫り来る腕をアーチャー双剣により断つ。それにより腕の素材が何なのか理解した。

 

「やはり、ビルと同じコンクリートか。」

 

そこから、少年サーヴァントの能力をさらに解析しようと考えたが、彼がそんな思考をする隙さえ、少年サーヴァントは与えなかった。

断たれ、自分の舞い散る瓦礫それらは突如として、黒く変色する。変色したそれらの正体を解析眼は即座に理解する。

 

「磁石か!」

 

グッと少年サーヴァントが拳を握ると同時に、瓦礫だった磁石がアーチャーの元へ吸い寄せられる。それに対し、剣群を周囲に投影し展開することで粉々に砕く。

磁石たちを砂つぶほどに砕いた後、今度はその剣群を少年サーヴァントに放つ。

 

「そう来ると思ったよ!」

 

一つが一つが宝具であるそれらに対して、少年サーヴァントは慌てもせずに片手を宙に掲げる。すると瓦礫で作られた巨人の胴体が彼の体に覆い被さることで攻撃を防いだ。

 

その様子を見たアーチャーは内心、ひどく混乱していた。

 

(何だ?こいつの能力は?)

 

加速に、巨人、果てはコンクリートの磁石化まで…

三つ目はまだ錬金術のこともあるので理解ができるが、この男の能力、あまりにも一貫性がない。自分は千を超える種類の宝具を無限に投影することができるが、それにだって、自分が武器の本質を理解することにより、それらの武器を投影することができるという条件が一貫して存在する。だが、この男の能力にはそういった一貫したルールが見受けられない。

 

(俺が知る錬金術では、『万物の流転』こそが錬金術の奥義であり、基本。それを考えれば、万物に精通するというのはあながち間違いではないのかもしれない。だが…)

 

いくらなんでも万能が過ぎる。あれでは万物どころか万象にさえ干渉している。そのおかげで、通常ならば力を出せば出すほど、絞れるはずの真名が絞れずにいた。

自分を混乱させるこの万能は、何かトリックがなければ決してなし得ない。最もあったところで一つだけ確信していることがある。それは

 

(この男の英雄としての知名度とクラス。知名度についてはもはや、『知らない方が非常識』とされるレベルの英霊でなければおかしい。)

 

この男がどのようなトリックで万象に干渉しているのかは未だ分からない。だが、彼の服装、雰囲気からして、神代の英雄というのは考えにくかった。神代の英雄でないにも関わらず、万象に干渉し得るほどの能力を行使する。これほどの能力を神代でないにも関わらず扱えるということは、この男の偉業はそれほどまでに凄烈で、偉大だということだ。であれば、万人が知らなければおかしい。

 

(今のところ分かっている範囲だと、錬金術のみだ。それ以外は分からん。)

 

だが、それで十分。ここから更に情報を取り出していけばいい。

 

(そして、『クラス』…これは最早、確認するまでもないが、)

「君のクラスはキャスターだろう?」

 

唐突に尋ねる。

この言葉には、根拠がある。まず、最初、この男は暗殺者(アサシン)としては、あまりにもズボラだった。よってアサシンではない。では、召喚されていない残りのクラスのバーサーカーなのかというと、それも違う。会話からして狂気何も感じない。完全な理性によって会話が成り立っているためだ。

となると、残りはどうあってもすでに召喚が確認されているライダー、キャスター、セイバー、ランサー、アーチャーだ。

まず、三騎士は除外しても構わないだろう。となると、最後はライダーかキャスターになるわけだが、あれだけの魔術を使いこなせる上に、乗り物に騎乗している姿も見受けられない。となると、キャスターである確率が非常に高い。まあ、先程からチラチラと教会由来の拳法を当たり前のように使いこなして、接近戦をこなしているように見えるが、そのことを差し引いても、キャスターである確率が非常に高いと踏んだのだ。

 

そんなアーチャーの言葉に対し、少年サーヴァント迷うそぶりも、惚けるそぶりも見せずに

 

「ああ、そうだよ。」

 

と不気味なほど自然な微笑みを浮かべながら答えた。

 

(即答か。ちっ!)

 

勘繰りすぎてしまうのは自分の悪い癖なのかもしれないが、目の前のキャスターの対応に舌を打つ。

幾分か迷ってくれればよかったものの、即答するということは、大したダメージのない情報だったか、ダメージがあってもあちらが上手く隠しているということだ。自分の自慢の鷹の目でも判別できないところを見ると、嘘じゃないように感じられるが、確実な保証はない。

 

「僕からも、一つ聞いていいかな?」

「何だ?」

「何で、君はマスターを変えないんだい?アーチャー。」

 

その発言に目を鋭くする。

 

「どういう意味だ?」

「言葉そのままの意味さ。君の真名は衛宮士郎なんだろう?君のマスター、少し見たが、才能は惜しいほどのものを感じるが、所詮は一般人。とても、我らの争いに耐えられるような人間じゃないはずだ。」

「それで?」

「君にとってはあの子を巻き込まないことこそが最優先なのだろう?こうやって戦闘をしていれば、すぐに分かる。

 

なら、当然マスターを変えることこそが、君にとって最も優先すべきことなんじゃないかな?」

「確かに、そうも考えられる。」

 

今度は、アーチャーの方が惚ける素振りもなく、返答する。

その迷いのない返答振りに流石のキャスターも面を食らう。

 

「随分、即座に答えてくるんだね。」

「実際、俺も考えていたことだ。お前の発言はある意味で正しい。俺がこの場にいることで、彼女の身を君から守れていることを考えても、そんなものは礼装か何かで代用すれば事足りる。そうだ。確かに、君のいう通り、俺がこの場にいない方がいいとも考えられだろう。だが…」

 

そこで一呼吸置き、静かに男は宣言する。

 

「それで99.9%の安全が作り出されたとしても、0.1%の危険が、不安が存在する。ならば、俺はあの子の側にあり続ける。たとえ、その結果、彼女から99.9%の安全を取り除く結果になろうとも、俺が確実に彼女を守りきる。」

 

それは、かつての英雄として衛宮士郎であれば、選択し得ないものだった。

たった一人の個人のためだけに与える奉仕、施し、それが今のこの男全てだと、その昔、世界を救うためとはいえ、多くの人間を見殺してきてしまった男は宣言したのだ。

その言葉は…

 

「人間だなぁ…」

 

呟いたその言葉に反応し、眇めた目で相手の顔を見る。

その顔はなんとも表現し難いものだった。

 

憎たらしいほど(・・・・・・・)目を背けたくなるほど(・・・・・・・・・・)、人間だな。お前は…」

「……」

 

憎むような、尊ぶような相反する二つの感情を目に携え、キャスターは呟いた。

 

「英雄のくせに、人間なんだな。お前。いやぁ、どうしたんだろう?()。どうにも、

 

ムカつくなぁ。」

 

その言葉を皮切りに一気に膨れ上がる殺気。

そして、キャスターはその殺気を呪いのように纏いながら、呟く。

 

「決めたよ。」

「何を…っ!?」

 

言葉を紡ぐ前に自分が見えない何かに突き飛ばされるのを感じた。

足が宙に浮き、そのまま体が夏音のいた高級マンションの異なる一室へと体が吹き飛ばされる。

 

「ぐあっ!!」

 

意味不明な衝撃に頭を混乱させながらも、アーチャーは目の前のキャスターから決して目を逸らさなかった。

キャスターはこちらをまるで、仇敵を見るかのような目で見ていた。

 

「お前は、()の敵だ。アーチャー。」




感想お待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 VII

やっほー!!
うん、スッキリ!


愛している。

 

2人の女性(・・・・・)に言われたその言葉を今も熱烈に、正確に覚えている。全く同じ言葉。だが、全く違う光景で放たれた言葉が自分の頭の中を這いずり回っている。ズルズルとまるで寄生虫のような、それでいて、人を恍悦とさせる媚薬のようなその苦く、甘い言葉を思い出すたびに吐き気が止まらない。

 

何故かって、

 

ソレは、俺が…

 

ーーーーーー

 

「ふっ!」

「ちっ!」

 

場所はビルの屋上の更に上の上空。そこでその激突は生じた。

鉄拳がアーチャーの頰をかすめる。鋭い一撃だ。とても、キャスタークラスの者が使えるような代物とは思えないほどに、一つ一つの格闘戦の技術が神域とまではいかないが、優れている。

そして、この動きにはアーチャーも覚えがあった。

 

(やはり、これは、教会が使う護身術。時代違えど、代行者の使う武術に関して、そのほとんどが中国の拳法に強い影響を受けていると埋葬機関のアイツ(・・・)も言っていたからな。)

 

と考えたところで、その頭の中に浮かんだ人物の顔を思い浮かべる。

 

(……いや、アイツのことは今いい。考えるべきことではあるかもしれないが、今考えている場合ではない。)

 

思考を切り替えながら、キャスターを見返す。キャスターは、先程から親の仇のように目に怒りを浮かべながら、こちらを睨みつけてくる。

まるで静かに燃える大火のようなその目は、キャスター自身をその怒りで染めかねないほど強烈なものだった。

正直な話、今までの話のどこに怒りを覚えさせる要素があったのか問うてみたいところだが、今はそんな場合ではない。

 

周囲から空気が乾き、帯を浴びるように続く破裂音が響き渡る。キャスターの周囲を紫電の壁が覆い始めている音だ。

紫電は、コイルのようにキャスターへ巻きつく。さながら蛇使いのようにそれらを自由自在に手で触れただけで、コントロールをしてみせるキャスター。

 

(今度は電撃、さっきは不可視の衝撃…この男一体どんなトリックを使っている?錬金術と言うのならば当然、賢者の石が思い浮かべられる。確か、あの領域の錬金術ならば、自らの魔力を取り込んでそれらを擬似的な真エーテルに加工することが可能だったと昔文献で読んだことがある。)

 

だが、それはどのような状態であろうと同じ魔力(・・)だからこそできたことだ。自らの魔力を何かしらの力に変換しているという単純なものだけで、あれほどの万能が作り出せると言うのならば、そもそも、錬金術師は平均的な意味で、もっと魔術師として能力が高くなければ説明がつかない。

 

つまり、これは魔力を変換しているわけではない。何かもっと別の自然に密接した(・・・・・・・)力を変換しているのだ。

 

考えているうちに、紫電の蛇を鉄拳に纏わせたキャスターが突っ込み、崩拳を突き込んでくる。単純な攻撃だ。だが、紫電を帯びている以上、受ける訳には行かず、突き出された崩拳を躱し、続けざまに放たれてくる連続の拳群も躱していく。

 

(こういう時、素直に羨ましいと思うな。不死の特性を持った英雄が…まあ、今の俺にも、一応、それに近い宝具を持っていることには持っているが…)

 

キャスターからわずかに視線を逸らし、向かいのビルの窓ガラスが割れた部屋をジッと見つめる。すると、

 

「余裕だな。戦闘中によそ見とは!」

 

突き込まれる拳。だが、それをよそ見をしながら跳躍することで、身をかわす。ちょうど、足の位置がキャスターの顔に来るところまで跳躍した後、囁くように、言葉を返す。

 

「余裕?当たり前だろう?」

 

サッカーボールを蹴るように顔面に突き込まれる蹴り。それを受けたキャスターはトラックにでも引かれたかのような勢いで吹き飛ばされ、壁へと激突した。

 

「いい加減、貴様の動きも読めた。その不可解な万能を解いてから、始末をしようと思っていたところだが、ヤメだ。それで、危険が増すというのならば、本末転倒だ。」

 

言い終えると、アーチャーの背後に千は下らないほどの剣軍が整列するように空間に突き立てられていく。

 

「来い。貴様の万能、俺の無限が叩き伏せる。」

 

蹴られた顔をさすりながら、アーチャーのその生意気とも取れる物言いに腹を立て、皮膚に血管を浮かべたキャスターは壁から這い出ながら、咆哮する。

 

「そうか。じゃあ、

 

やってみろ!」

 

風を切り、突っ込んでいくキャスター。アーチャーは、それに対し、整列させた剣軍を放つ。流星群のようにキャスターの方へと次々と落ちていく宝剣、聖剣、神剣の数々。

その凄烈に過ぎる流星群を紙一重でまるでその全ての剣の流れを予測しているかのように避けていくキャスター。それはまるでふわふわと宙を舞う紙のよう、だが、突撃する様はまるで獲物を仕留めにいく鷹のようであった。キャスターが掌を礫にすると同時にその背後で礫がまるで意思を持つように集合していく。集合した礫が巨大な右腕の形をとると、その動きはキャスターの右腕の動きに帰属し、拳をアーチャーに向けて突き込んで来た。

対して、アーチャーは背後にまだある剣軍を集合させ、一つの巨大な剣とし、対抗する。

 

「っらぁ!」

「ふっ!」

 

激突。巨大な一撃同士は、爆発を産み、アーチャーとキャスターの双方を吹き飛ばす。空中周囲に、爆煙が舞い、辺りが見えなくなる。

 

「はあっ!」

 

アーチャーはそんな中いち早く動き出し、キャスターの背後から迷いなく、間断なく斬撃を放つ。

 

が、

 

「やっぱり、そこか。」

 

その動きを予知していたかのように仰向けになるようにして、アーチャーの一撃を避ける。そして、

 

「お返しだ!」

 

仰向けから体を回転させ、キャスターはアーチャーの顔面に向けて蹴りを放つ。だが、その攻撃を顔を僅かに仰け反らして躱す。

そして、その目と鼻の先の至近距離で弓を構える。

 

「何度も言わせるな。お前の動きは…ぐっ!」

 

アーチャーがキャスターに言おうとした言葉はしかし、最後まで続かなかった。後頭部を不可解な衝撃が襲ったからだ。

後頭部に衝撃を加えられたアーチャーは飛ばされ、空中から再びビルの屋上へと、

 

「動きは見切れても、まだ能力の全容は解き明かせてないようだな。」

 

勝ち誇るように、宣言するキャスター。だが、アーチャーは、

 

「いや、大体分かってきた。今のは悪手(・・)だ。キャスター。」

「……」

 

アーチャーの返答に対し、キャスターは無言だった。だが、ひどく不快そうに眉を顰めている事は遠目からでも分かった。

魔力の電流が全身を包み込み、地面を駆け巡る。駆け巡られた大地は天に引き寄せられるように浮き始める。それらに号令を上げるようにゆっくりと手を前へと翳し…

 

(待ちなさい。キャスター。)

 

いよいよ、戦いがヒートアップしようという直前でキャスターは頭に響くマスターの声に立ち止まる。

 

(なんだ?マスター。手身近に頼む。)

(今すぐ退きなさい。あの錬金術師が動いたわ。もうそこに用はないわ。)

「用…か。用ならあるさ。」

「!」

 

頭ではなく、声に出して、反論を口に出した事で、アーチャーもその言葉に反応する。

 

「この男は今ここで潰しておく。それが用事だ。」

(落ち着きなさい。あなたもあの男もまだ本気を出していない…いやあなたに限って言うのなら出せない(・・・・)状態でしょう?それでもかなりの被害が街に出ようとしている。これ以上は、この島の警備網を更に張り巡らせる結果になりかねないわ。)

「だから?今こいつを見逃した方がいいって言うのか?悪いが、そうは思えない。こいつはここで潰しておかなきゃならない。今すぐにだ。」

(ちょっと、何をそんなにイラついてるのよ!)

 

普段の飄々とした態度とは真逆のキャスターの態度に戸惑い、焦りながらも反論を投げかける。

 

「あの錬金術師に協力するのだって利害が一致しているからだ。俺は、自分の目的に対して遠回りをしてまで、ヤツに協力する気は無い。アーチャーはここで潰す。」

(…それで、アンタは答え(・・)を得られるって言うの?)

 

と、そこでキャスターはピタリと立ち止まる。そして、そこでようやく、口を止める。

 

(マスター。お前…)

(私はアンタのマスターよ?アンタなら、塞き止める形で私にアンタの記憶が流れ込むの止められたんでしょうけど、その辺りの小細工はしてなかったようね。少しばかり、覗かせてもらったわ。)

 

そこで、一拍置いて改めて言葉を投げかける。

 

(アンタのソレは八つ当たりよ。キャスター。いえ、八つ当たりというよりも嫉妬(・・)かしら?だからこそ、私はあなたにその意味でも退けと言ってるの。)

(……。)

(嫉妬からくる羨望は、理解する行為から最も離れたものよ。羨望とはソレ抱く人間の理想であり、幻想。これは光と同じよ。光は距離が離れていれば、その輝きが神々しく見えるものだけれど、近づけばただ眩しいだけ…目が痛くなるほどの輝きからは目を背けなきゃ、目が潰れてしまう。)

 

我ながら陳腐なセリフだと思いながらもキャスターのマスターは言葉を続けるわ

 

(アンタの嫉妬はソレと同じ。今のアンタじゃ、どんな視点から近づこうとも、結局あんたは最後に目を背ける(・・・・・)。自分が得たい答えじゃないとか、そんなことを考えながらね。だから、

 

退きなさい。)

 

重みのある言葉だった。鷲の鉤爪に突然掴まれたような不安と重厚な掛け布団に覆われたかのような強制力と安心がその言葉にはあった。

そして、そんな言葉だからこそ、キャスターは怒りを収めることができた。

 

(分かったよ。マスター。)

「悪いね。アーチャー。この場は引かせてもらうことにするよ。」

 

その口調から先程の怒りから一転し、元のキャスターに戻ったことを確認したアーチャーは、目元を険しくする。

 

「ソレを俺が許すと思うのか?」

「許さないだろうね。だから、無理矢理押し通らせてもらう!」

 

宣言すると同時に、人差し指拳銃のように突き出す。すると、その先から銃弾のような速度で放たれる水の弾。先程の水流を刃とするのならば、これは矢だ。

 

「今更こんなものを、攻撃として使うとはな。」

 

だが、いくら速く、鋭かろうが、水であることは変わらない。言わば、これは柔らかい銃弾である。柔らかい銃弾など、本物の銃弾の嵐の中を走り続けていた男からしてみれば児戯に等しい。

難なく、その弾を弾く。

 

「まだまだ」

 

だが、その一発では終わらない。今度は両手を突き出し、その先から水弾をマシンガンのように連発する。百や二百では足りない横殴りの豪雨がアーチャーに襲いかかろうとする。

 

「無駄だ。」

 

ソレを全て確実に避け、弾いていくアーチャー。

 

(…いやー…全く怖いなぁ。)

 

もう完全にいつもの調子を取り戻していたキャスターはこの様子を見て、若干の恐怖を感じていた。何故ならば、これだけの鋭すぎる豪雨の中に晒されながら、アーチャーは一度として、自分から視線をずらしていないからである。自分が逃げようというその一瞬を確実に見極める。そう目で言っている。

 

(だが、言っただろう。無理矢理押し通らせてもらう、と。)

 

豪雨を陰に、自らの体を加速させることで、アーチャーの元、頭上まで移動する。

 

「貴様馬鹿か?何度も同じ手を」

「いいや、この攻撃は小細工とか抜きで受けた方がいいよ?アーチャー。」

 

それは忠告だ。嘘偽りのない心からの忠告。その言葉を聞き、キャスターの姿を見た瞬間に瞠目した。

 

(なんだ?アレは、林檎?)

 

キャスターは口元に林檎を運び、シャリっと囓る。たったそれだけの動作だ。別に林檎を齧った時に嫌に犬歯が光ったとか、そんなんじゃない。なのに、異様に目を引いた。その理由が直後の異変によって理解できた。

 

ブワッとまるでサウナに入った時のような熱波が浴びせられたように感じた。いや、熱波じゃない。これは魔力だ。キャスターが林檎を齧った瞬間、その身の内から膨大な魔力が溢れて、自分の頬を叩いたのだ。

その様子にゾクリと寒気が走る。

 

(これは…まずい!)

熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!」

巨人の鉄槌(ギガンタム・ウメリス)!!」

 

七つの紅い花弁がアーチャーを覆い、守る。

その後に来たものは重圧。いや、そんな言葉では生温いほどの透明な爆発の柱(・・・・)だ。ただ、縦方向に爆発が走り、アーチャーに襲いかかる。まるで、神話の時代、神に対抗するほどの力を持った巨人が拳を振るうかのような衝撃だ。いや、実際はそれ以上かもしれない。そうとまで思えるほどの途方も無い重圧。

 

(くっ、避けた方がいいのだろうが、この下はビル。万が一住人がいた場合取り返しがつかない問題になる。)

 

ビシリ、と何かに亀裂が入る音が立つ。それは重なった音だ。ビルの屋上のコンクリートと盾が同時にひび割れた音。それが鳴り響いた音が聞こえてきたのだ。

 

「くっ、うおおおおおおおおぉお!」

 

咆哮する。最小限の魔力で無力化するのではなく、最大の魔力でこの攻撃を無効化する。そうしなければならない。

英雄としての義務感がアーチャーを奮い立たせる。

 

その方向の間に、花弁は割れていく。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚と割れていき、ついに残り一枚にまで迫ってきた。

 

「ちっ!仕方ない。贋者を覆う黒者(フェイカー・ブラック)!!」

 

手に自らの伝説を由来とする宝具を出す。そして、残り一枚の花弁に弓の楕円に反った部分を沿わせるように合わせて唱える。

 

熾天覆う七つの円環・二段強化(ロー・アイアス・ツヴァイ)

 

唱えると、紅い花弁はもともと纏っていた紅い閃光を更に紅くなっていく。例えるなら、鮮血のような、薔薇のような何者にも染まらないほどに紅。最早、盾越しにアーチャーの姿は確認できないほどにその紅は盾を染めていく。側から見れば禍々しい物だと誰かは言うかもしれない。黒が混じるというのはそういうこと。どんな時でも、黒は人々に都合の悪いモノを連想させる。だが、実際に見ればソレは美しかった。ビルの屋上に咲く一輪の巨大な花が夜空を照らす。黒に近いからこそ、夜の闇に映える黒混じりの紅。花弁はすでに一枚だろうとも、美しく、雄々しく、ビルを民をを守るために咲き誇る。

 

「おおぉおああああ!!」

 

繋げて上げられる咆哮。天を穿つようなその声を皮切りに重圧は消え去った。

 

屋上は散々たるものだった。巨大すぎる亀裂が稲妻のように走り、最早、いつどのような衝撃で、崩れてしまっても不思議では無いほどに…だが、それは下までは行ってはいなかった。アーチャーは守り切ったのだ。爆風のない不可視の爆発から、このビルを。

 

「しかし、投擲具ではなかったとは言え、熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)が破られそうになるとは、あのまま、やったとしても防ぎきれたかもしれないが」

 

辺りを見回す。すでに敵の姿は見えない。逃げられたのだ。

 

「ちっ」

 

忌々しげに舌打ちをした後、アーチャーはその場を後にし、跳躍することで、夏音の部屋へと戻る。

 

あれほどの戦いがあり、音もしたはずなのだが、どうやらスヤスヤと眠っている。そう、スヤスヤと…

 

「……。」

 

その寝姿をわずかの間、凝視する。そして、その後、仕方がないという風に、ため息を一つ漏らす。

 

「しかし、まあ、何だな。この島の住民は図太いというか、危機感がないというかそうでもなければこの島には住めないということなのかもしれないが」

 

と言いながら、部屋を出ていくのだった。

その部屋を出た瞬間、夏音の目が開いた瞬間を、目では確認せずに。




技名、結構気に入っている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還VIII

すんません。長くなったのにそんなに進んでなくてすんません。
次はもっと早くに出そうと思います。


朝、屋上の一室ではこの部屋での騒動など、感じさせないほど静かな朝食の時間が訪れていた。トーストとコーヒー、ハムにサラダといった一般的な朝食に囲まれた夏音は、ちびちびとその朝食をつまんでいた。

 

「叶瀬夏音。早く食べろ。修学旅行とはいえ、学校の大切な行事。遅れて行くことは許さん。」

 

すると、テーブルを間をとって、向かい側に座っている南宮那月にその様子を咎められた。

那月に言われ、何とか口の中に食べ物を運ぼうと運ぶ手を早める。何とか、食べ終えると修学旅行への用意を済ませ、玄関で靴を履く準備をする。ノロノロとした動きで迷いがある。とても効率がいいとは言えない動きだったが、何とか履き終えると、そのままドアに手をかけ、

 

「それでは、行ってきます。」

 

そう言って、後ろにいた那月とアスタルテに声をかけるのだった。その様子を見つめていた那月はふと呟く。

 

「馬鹿者が…寝たふりならば、もう少しうまくやるがいい。」

 

そう言い終えると、部屋の奥に消えるのだった。

 

 

ーーーーーー

 

待ち合わせの場所である港に着いた夏音の顔は浮かなかった。なぜなら、迷っているからだ。本当にこのまま、絃神島から離れていいものなのか、どうかを…

 

(私はまだ、答えを出せずにいる。)

 

ぼーっとした印象の強い夏音だが、決して能天気で頭がお花畑というわけではない。むしろ、自らの霊能力の巨大さから、時に周りを驚かせ、気づかなかったことを指摘できるほどの鋭さを持つ。いや、そんな鋭さなどなくとも、昨夜の自分の部屋で起こった激闘。アレが、自分に密接に関係していることは理解できた。

 

(ずっと私を守ってくれていたあの人は…)

 

声色は違ったが、分かる。あの声は、自分のよく知る人物の物だということを…

 

(どうしよう。どうすればいいんだろう?)

 

いっそのこと、誰かにこの悩みを明かして、楽になりたかった。昨日出来たばかりの悩みではあるものの、そんな感想を抱くのは、5年間一緒に過ごしながらも、自分は彼のことを何も知らなかったのだという自責の念が大きい。

もっと早くに知っていれば、自分の悩みは小さいままで済んだ。

いや、それでも、悩みがあることには変わらなく、下手をすれば、自分のその悩みを今日この日まで溜め込み、結局、同じような流れで悩み始めてしまうこともあり得たが…それでも、もっと早くに知りたかった。

情け無い。何より情けなかった。自分が何も知らなかったという事実が…

 

(今ここで、私があの人と一緒に戦うと言うのは簡単…でした。)

 

きっと、あの人は、口元に柔らかい微笑を浮かべながらも真剣に聞き、私の望みを叶えるために手を取ってくれることだろう。彼はそういう優しい人だ。

だが、それでいいのだろうか?今まで何度も伝える機会はあったはず、なのに、伝えてこなかったということは、彼は、なによりも夏音にこの情報を、事態を、伝えたくなかったはずなのだ。そんなすでにわかってる彼の願いに対して、『自分も戦う』という選択肢はなによりも残酷で、侮辱する願いなのではないのかと夏音は考えている。

 

(私は…)

「何を顔を曇らせているんだ?」

 

心臓が飛び出そうだった。噂をすれば何とやら、というのは本当らしい…

おおらかという言葉を形にしたような夏音にしては珍しく、少し不満げに顔を曇らせて、その声に応じた。

 

「いつからそこに?」

「ついさっきだ。何か考え込んでいるようなので、いつ話しかけようか迷っていたのだが、そろそろ、出発の時間だからな。失礼だとは思ったが、声をかけさせてもらった。」

 

実に真摯並べられた言葉は昨日とは違い、五年前から聞き慣れた声だ。変わりないその声に安堵を感じ、ほんの少し、心に余裕が出来上がる。

冷静に今の状況のことを考えた夏音は、今の状況にえもいえぬ気まずさを感じ、また、心に余裕がなくなり始める。

 

「そ、それじゃ、そろそろ船の方に行きます。行ってきます。シェロさん。」

 

自分の悩みを懸命に見せないように明るく振る舞い、その場を離れようとする。昨日も会ったのに、なんだか、久しぶりに名前を呼んだ気がする…とそんな感慨を得ながら、ゆっくりとその歩を進めようとしたその時…

 

「迷うな…とは言わない。」

 

すると、そこで、彼は言葉を発し始めた。

 

「だが、自分の心に素直になることだ。もっとも、人間、それが一番難しいわけだが…」

 

振り返らずとも分かる。その顔は暖かな微笑に満ちていることを…

 

「感情が邪魔するだろう。思考が邪魔するだろう。なにより、それらを支えてる自分の理念が邪魔をするだろう。だが、それらを乗り越えてなお、自分の気持ちに素直になれたものにはそこに一遍の迷いもなくなる。だから、素直になることだ。さっきも言った通り、難しいことだがな。」

 

くるりと踵を返したのだろう。カツッと音が響き渡った。周りに誰もいなかったせいなのか、それとも自分が無言だったせいなのかその音は、なによりも大きく聞こえてきた。

 

「ではな、夏音。俺が言いたいのはそれだけだ。修学旅行、楽しんでくるといい。」

 

そう言って、彼は去って行ったのだった。

それだけだった。悩みは消えたわけではない。だが、確かに与えた(・・・)。自分の中に何かしらの変化を与えた。そして、彼女はほんの少しの笑みを浮かべながら、その場を去っていくのだった。

 

ーーーーーー

 

時同じくして、絃神島の港では戦闘態勢がアイランドガードによって敷かれていた。

 

「こちら、覗き屋(ヘイムダル)。アイランドガードの皆さん分かってるとは思いますが…」

『承知している。我々アイランドガードは君に従おう。覗き屋(ヘイムダル)。』

 

ベテランを思わせる重い声を聞き、矢瀬は仕方がないという風にため息を吐く。スピーカーの奥で聞こえてくる声から隠しきれない怒りを感じたからだ。すでにかなりの数の犠牲がアイランドガード側にも出ており、そのことから仇を取りたいと思っていることや、自分のような小僧如きの小間使いなどはしたくないなどのさまざまな感情が入り乱れた結果なのだろうが、これでは作戦に影響が出ないか心配するレベルである。

 

(なるべくなら、死んで欲しくないっていうのは、本心なんだけどな。)

 

そう思うと同時に、別のことも矢瀬の頭によぎる。

 

(それに、那月ちゃんの報告も考えると、天塚はサーヴァントに密接な関係にあると考えられる。しかも、シロウのヤツと途中まで互角の立ち回りをしてみせたって話だ。本気は出してないってことだったが、それでも、アイツとやり合えるのは並みのサーヴァントでは不可能らしいってことを考えると。)

 

まず、下手な立ち回りなどをしてしまえば、即座にそれが死に繋がる。それも十分に先ほどのアイランドガードの者に伝えたはずなのだが、結果はご覧の有様ときた。

 

「参ったね。どうにも…!」

 

そう呟いた直後、彼の耳が異変を捉えた。水分と固体の中間。その位置にあるようなスライムのような音がこちらに近づいて来ているのだ。

 

「来た!」

 

アイランドガードにその異変を即座に伝える。

異変を聞きつけたアイランドガードは緊張感とともに集中力を張り詰めさせる。恨み、正義感、様々な感情を抱えながらも立つ彼らには迷いはなく、皆それぞれに目の前に現れるであろう敵に最大の集中を傾けた。

その数分後、港のコンテナが爆発とともに吹き飛び、ソレ(・・)は現れた。

そう。天塚が復活させた賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)がその赤いスライム状の身体を流動させながら目の前に現れたのだ。

 

「アアアァアア!!」

 

人の雄叫びのようなモノを発しながらも口らしきものはどこにもないその不気味さに独特の嫌悪感を感じる。それも相まって、彼らアイランドガードは感情とともに一斉に手に持ったその銃口を向ける。

そして、そのタイミングを狙ったかのようにテクテクとチェック柄シルクハットとスーツという派手な格好を身にまとった男がその怪物の前に出てくる。銃口がすでに向けられているにも関わらず、その銃口を無視するようにだ。

 

「ご機嫌麗しゅう、専務!自ら望んだ怪物になった感想はどうかな?」

 

嘲笑うように投げかけられる言葉。それは、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)と一体化した1人の男の意識を呼び覚ますには十分すぎるほどの呼び水となった。

 

「あま…つかーーー!!」

 

男の声が上げられる。今まで何者でもなかったはずの怪物に何者かの感情が宿った確かな声が、

 

そして、それは確かに殺意を帯びていた。

 

「っ!撃てーーー!!」

 

なによりも殺意に敏感なアイランドガードがその殺意に反応して攻撃を開始する。ズガガガガとマシンガンから放たれる退魔、抗魔の弾丸。かすかな概念を含んだその弾丸は相手の殺意にカウンターのようにぶつけられる殺意の雨だ。金銀といった退魔の能力が備わった弾丸は正確にスライム状の怪物の中に叩き込まれる。

そして、その間、何かアクションを起こすかと思ったそのスライムは

 

なにも起こさなかった。

妙だと思った矢瀬は思考を巡らす。

 

(なんだ?何で、あいつはさっきから弾丸を受けっぱなしで呆けている。あそこからならいくらでも反撃の余地はあるはずだ。

なにを狙ってやがる(・・・・・・・・・)。)

 

思考を巡らせること、約10秒その間も銃撃は続けられていた。

 

(まてよ。しまった!そういうことか!)

「待て!アイランドガード!今すぐ攻撃を止めろ!奴の狙いは弾丸(・・)だ!」

 

そう。弾丸は金属で出来上がっている。その当たり前の事実を矢瀬は失念していた。人の肉体は亜鉛、鉄分といった様々な金属で出来上がっているそうでなくとも、あの賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は元々が金属の肉体で出来上がっている。それらを取り込めば、密度を高めることもまた可能。特に金は魔に対して非常に強い耐性と相性の良さが存在する。それを今バカスカと取り込んでいる…ということはどうなるのか?

 

『な、なんだ?』

 

通信越しから聞こえてくる焦りの声、それを聞き、察した。遅きに過ぎた。と

 

瞬間、密度が高められたスライムが爆発、四散した。

 

『うわぁああ!!』

『ぎゃああぁぁあ!!』

 

通信機から聞こえてくる悲鳴、悲鳴、悲鳴。その悲鳴を聴きながら自分の無力さに苛立ちを覚え、矢瀬を下唇を噛みしめるのだった。

 

ーーーーーー

 

「っ!なんだよ。これ…」

 

その光景を見たとき、古城は呟いた。見渡す限り、赤かった。港にあるコンテナやアイランドガードの防護服。果ては、コンクリートの破片までも炎が舐め続けて、血が広がっていた。生存者はいない。いるはずがない。人骨さえも残っていない状態だが、それだけは分かる。

 

「ニーナ。さっき、あんたは言ったよな。賢者の霊血(ワイズマンズブラッド)は『完全なる人間』になることこそが目的だって…」

 

古城が振り向く先には見知った顔である藍羽浅葱の顔があった。ただ、本物の浅葱と違うのはチョコレート色の褐色の肌が全身を覆っている点と黒髪を長く流している点だけだ。そんな彼女は古城の方に決して自分の顔を見せないように振り向かずに答えた。

 

「ああ、そうだな。」

「これのどこに『完全なる人間』なんてものがあるんだよ!」

 

怒鳴った。だが、そんな古城には目もくれずに、ニーナは真っ直ぐにある一点の箇所を目にして、進み出す。

苛立ちを覚える古城を手で制し、ライダーはニーナの視線の先のものを見て、傍にいたライダーは尋ねる。

 

「それは?」

「先にも言うたであろう。賢者の霊血(ワイズマンズブラッド)はその昔、目覚めたことがある。ワシが開いていたアデラード修道院の中で…な。」

「!では、それは…」

「ああ、修道院にいたシスターや子供達の骨じゃ。」

 

その言葉に衝撃を覚えた古城は急くようにして前のめる。

 

「っ!」

 

そして、それを見た瞬間、目を眇めながら呻いていた。

人骨と思われるそれらは、焼き焦げたかのように所々、消化されたかのように溶け出していた。

 

「惨いことを…まだほんの四、五歳のものまでいるではないですか。」

 

ライダーは呟きながら、腕を十字に動かすことで、死者のために祈りを捧げる。

 

「感謝する。ライダー。…何故だか貴様にそのように祈りを捧げられると無性に有難い気分になるな。」

「そのような大げさなものではありません。私はしがない使い魔であり、ほんの少し(・・・・・)宗教にも縁があるというだけのことですので」

 

ライダーは謙遜するように言った後に古城の背後を見つめる。

 

「来ましたか…」

「え?」

「貴様、何故こんなところにいる。暁古城。それと、そいつはなんだ。」

 

露骨に嫌悪を隠そうとしない口調の少女の声が耳に引っかかってきた。

その声の主は即座に思いついた。

 

「那月ちゃん!いて!」

「担任教師をちゃん付けで呼ぶな。それで、そこの藍羽にそっくりな顔立ちをした女は何だ。」

「あ、ああ、ニーナアデラードって言って、古の錬金術師らしい…」

「ほう、その古の錬金術師様がどうして偽乳を盛りながら、こんな場所にいる。」

 

今度は嫌悪というよりも、疑いの眼差しを向けながら、こちらを見つめてきた。その視線に対し、バツが悪くなった古城は、「あー…」と視線を只管に泳がせていた。

 

「まあ、ちょうどいい。貴様ら私と一緒に来い。例の腹黒王女が貴様に用があるそうだ。」

「ん?腹黒王女って…まさか」

 

ーーーーーー

 

「やっぱり、ラ・フォリアのことだったのか。」

「あら、古城。やっぱりとはどういうことでしょうか?」

「い、いや、何でもねえ。」

 

古城が着いた先は飛行場。その飛行場にある飛空挺のバルーン部分がスクリーンとなり、そこにラ・フォリアは映し出されていた。

疑問を浮かべながら、古城に尋ねるラ・ファリアは、怪訝そうな顔をすぐに全てを見透かしたような笑みに変え、話を続けた。

 

「そうですか。では、改めまして、お久しぶりですね。古城。早速ですが、事態は急を要しています。すでにお聞きしていますよね?」

「ああ、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)が凪沙たちの船に向かってるんだろう?」

「こちらが後手に回っている以上、早急に追いつく必要がございます。そこで、こちらも追いつくための手段を講じてきました。ユスティナ。」

「はっ」

 

ラ・フォリアの命令に従い、軍服を着た銀髪の美女が前に出る。

 

「すでに準備は出来ております。忍!」

「そうですか。ではよろしくお願いします。ユスティナ。」

「承知致しました。忍忍!」

 

そう言うと、不思議そうな古城の目に気づいたその女性は、得心を得たように頷いた後に自己紹介を始めた。

 

「申し遅れました。私、夏音お嬢様の護衛役を任じられております。ユスティナ・カタヤと申します。お会いできて光栄でございます。第四真祖。忍。」

「いや、うん。それはいいんだけど、あんたそのしゃべり方…」

 

そう問い出した瞬間、ユスティナはたちまち目を輝かせながら力説し始めた。

 

「はい!私、ラ・フォリア殿下から影ながら主人を護る忍者という職が日本には存在すると言われ、強い憧れを感じまして、ラ・フォリア殿下から教えて頂きましたところ、忍者は語尾に『忍』と付けるのだということから、このようなしゃべり方をしております。忍!」

 

なるほどと思うと同時に、古城はゆっくりと映像に写っているラ・フォリアを見る。すると、思った通り、必死に笑いを堪えているラ・フォリアが映し出されていた。

 

「だから、腹黒王女って呼ばれんだよ。(ボソッ)」

「何か言いましたか?古城。」

「いや、別に…」

 

こうやってる時間も惜しいと考えた古城は即座に思考を切り替え、話しを続ける。

 

「それで、ここになら、賢者の霊血(ワイズマンズブラッド)に追いつく手段があるってことだったけど、飛行場だし、ジェット機でも使うのか?」

「いいえ、違います。今回はもっと速い乗り物(・・・)に乗っていただきます。」

 

そう言われて、古城は猛烈な嫌な予感がしてゆっくりとユスティナが去っていた方向に目を向ける。

そこにはとてつもなく大きな潜水艦ほどの体躯をした金属塊があった。

翼が両側に着き、後付けされたであろうコックピットが申し訳程度につけられる

 

「これは…」

「ふむ…」

 

絶句するライダーと時代錯誤からの知識のズレで不思議そうな顔をしているニーナを尻目に古城は呟く。

 

「なあ、俺の目の錯覚でなければ、俺の目の前に巡航ミサイルが見えるんだが…乗り物なんかじゃなく」

「いいえ、それは乗り物ですよ。ほら、上部をみてください。。コックピットがあるでしょう?」

「明らかにアレ後付けだろう!ミサイルだろう!紛うことなきミサイルに俺たちを乗せようとしてるだろう!あんた!」

「いいえ、違います。アレはじゅんこ…いえ、アレは紛うことなき飛行機です。古城。ほら翼が付いてるでしょう?」

「今、『じゅんこ…』って言って、言葉に詰まっただろうが!その後に続く言葉が『艦』ならそのまま言えばいいのに、言わないってことはアレ、巡航艦じゃなくて、ミサイルだろう!だよな!!」

 

まくし立てた。それはもうこれ以上ないというほどに…だってこの自称飛行機、というかミサイル、たしかにスピードは出るだろうが、もしも着地を失敗しようものならば、一瞬にしてペシャンコだ。妹を助けに行って自分が死んでしまったではシャレにならない。というか、もしも、妹が乗っている船にぶつかりでもしたら、とんでもない。

 

「そうは言っても第四真祖。ワシはまだ当世の知識にそこまで詳しくないが、この『じゅんこうミサイル』とやらが一番早く夏音や引いてはお主の妹の元に着く手段なのではないか?」

「ぬぐっ!」

 

そう言われては若干弱る。確かに事態は急を要する。早く着けば、着くほど事態の解決につながる以上、ここで話していてラチがあかない。

 

「致し方ありません。古城。こうしてる時間も惜しい。早く参りましょう。」

「なっ!?ライダー!」

「あなたの銀霧の甲殻(ナトラ・シネレウス)ならば当たる直前でミサイルを霧化することも可能でしょう。こうしてる今も、妹君は危険にさらされ続けている。待っているだけではどの道、道はありません。たとえ、姫柊嬢がいたとしても、です。」

「ぐっ」

 

言われて、手元にある銀の槍に目をやる。先程、姫柊の師と言っていた黒猫に渡されたものだ。ギラリと輝く刃。その輝きはいつも見慣れているはずなのに、今は何故だか不安を煽る種にしかならない。

 

「…分かった。それじゃぁ行こう。」

 

降参したように溜息を吐き、目を鋭くして巡航ミサイルを見た。すると、そこで彼は何かに気づいたように振り向く。

 

「そういえば、あいつは…シェロはここにはいないのか?」

 

その言葉に対して、ニーナとライダーを除いた誰もがその言葉にハッとした。だが、周囲にはそれらしき姿は写っておらず、だだっ広い滑走路が広がるのみだった。

 

「彼ならば来ないでしょう。」

 

とそこで、沈黙を和らげるように声が響き渡ってきた。

 

「はっ?なんでだよ?」

「行きたくないわけではないのでしょう。事実、彼は今も、叶瀬夏音を思い続けている。証拠にこちらに微かな視線を感じます。」

 

そこで、だが、だからこそと言葉を続けながら確信を持って彼は言った。

 

「彼は待っている(・・・・・)のでしょう。」

「待っている?」

 

ーーーーーー

 

もう五年も前の話だ。一つの病院の一室。そこに褐色の肌をした男が近づいていく。

年齢は12歳前後。子供と言えるその外見目の端に写した病院の患者や医者、または親族たちは妙な違和感を覚えた。ただの子供にしか見えないその少年の歩き姿。それが年齢に不相応過ぎたが故に…

歩き姿とは為人を見る。まるで軍人のような、体が無駄に浮かせずに、ただ前に歩くことのみに専念した統一されすぎた無駄のない足並みを子供がやっているとなれば、気になるのはある意味当然だろう。

 

それほどに無駄なく歩いていた少年はその部屋の前に着くと、コンコンとその部屋をノックする。

 

『!はい…』

 

ハッとしたように声を上げた少女の声が上がり、自分がいるドアの前で足音が止まる気配がした。

少し緊張した。色々な修羅場をくぐってきた生前とはまた別種の緊張が自分を包む。ガラガラとドアが開いた瞬間、少年は意を決して、前を見つめる。

 

「……。」

「……。」

 

お互い無言だった。初めて会ったからということもあるが、何より、心の準備が夏音にはできていなかったことが大きい。少年は一目で看破した彼女の心情から即座に言葉を放つようにした。

 

「こんにちは。はじめまして、すでに聞いてはいると思うが、俺がシェロ・アーチャーだ。」

 

その名を聞いてようやくハッとした夏音は身体を躱し、部屋に入るように促しながら、言葉を返す。

 

「は、はじめまして、でした。私は叶瀬夏音。お父さんからはすでに話は聞いていました。どうぞ。」

 

促され、部屋に入っていくシェロその後はこの時彼女と面会を行ったことを公開した。なぜなら、その時に口から出てきた夏音の言葉。その言葉が現在に至るまで彼女に聖杯戦争のことを語らないと自分の中で決定したものだったからだ。

 

部屋に促されたシェロは近くの椅子に座り、夏音はベッドで座った。すでに大方検討はついているものの、聞かずにはいられなかったことは質問する。

 

「そういえば、君は体の方は大丈夫か?」

 

その言葉を聞いた夏音は少し弱々しい声音で返答をした。

 

「はい。その…よくは分からないのですが、私が想定以上の巨大な魔力を使ってしまったため、体が弱ってしまったらしくて…」

「……。」

 

やはり、というふうに得心がいったように心の中で首を縦に振った。

彼女ほどの才能があれば、少なくとも自分を召喚するという行為それだけで、倒れるというのはおかしい。

だが、それでも得心がいったのは自分を召喚したあの時、自分を召喚する際とはまた別の魔力を感じたのだ。つまり、あの時彼女は別の何か違う魔術を使っており、すでに限界まで来ていたことが原因で倒れていたということだ。

自らの才能、資質、能力以上の行い。それは事故的なものだ。自ら狙ったわけではない。だが、彼女はその限界を超えて自分を召喚するという偉業を成し遂げた。

かつてのあの時(・・・)のような事故。かつての自分の偉業(・・)に重なる行い。ああ、だから、それは純粋な興味だった。

 

「一つ聞きたい。叶瀬夏音。」

「何ですか?」

 

一つ呼吸を置いて、ゆっくりと言の葉を紡ぐ。

 

「もしも、君が自分の身に余るほどの力を取得してしまったら、君はどうする?」

 

余りにも急な質問だった。体調を気にした後に続く言葉とは思えないほど、急すぎる質問。そのことに多少面を食らった夏音だが、すぐに目の前にいる少年が真剣に聞いているのだということに気づき、思い直しながら、質問に答える。

 

「そうですね。私だったら、多分それを人のために使い続けるんだと思います。」

 

予想通りと言えば、予想通りな答えに僅かな失望を抱いてしまったシェロ・アーチャー。別に彼女が何か悪いことをしたわけでもないのに身勝手な失望を抱えながら、質問を続ける。

 

「それが、世界をひっくり返すほどの力だったとしても…か?」

「そうですね。そうだと思います。」

 

そう答えられてもうこの質問はやめにしようと考え、話を聖杯戦争について切り替えようとした。

 

「でも、多分私は、その時、世界を(・・・)見ていないんだと思います。」

 

と、そこで思いがけない言葉を聞いた。まだ小学生とは思えないような悟ったような口調に面を食らう。

 

「どういう…意味かな?」

「私はシスターに憧れて…ました。」

 

「いつも身近にいて、子供達を笑顔にしてくれるシスターに、植物を育てながら近所に笑顔を振りまいて、周りを幸せにしてくれるシスターに、いつも美味しいご飯を作ってくれるシスターに、私は憧れて…ました。」

「……。」

「だから、世界に目を向けるシスター。というのは何か違うと思うんです。私が憧れているシスターというのは、世界を幸せにするんじゃなくて、身の回りの人たちを幸せにしてくれる人なんだ、と思いました。」

(ああ、そうか。)

 

理解した。

 

(聖遺物が関係してる場合もあるのかもしれないが、この子が俺を呼んだ理由が分かった気がする。この子は、俺の可能性だ。)

 

目を優しく細めながら静かに思う。

 

(世界のためではなく、ただ一つの自分の身の回りという社会を維持し、守り続けていく。俺がなれなかった可能性。今俺が憧れている一つの目標。)

 

そのことを理解したシェロは静かに決意した。この子の夢を汚さないためにも聖杯戦争という世界が混濁した欲望まみれの争いに彼女を巻き込むべきでない、と…

 

「そうか。なら、一つ言っておこう。」

「?」

 

髪を梳きながら、笑みを浮かべ、シェロは言う。

 

「君には、重要な決断が迫られる瞬間があるだろう。いつかは分からない。だが、俺がここに…いや、生きている以上は大なり小なりそういった決断が必要な時が来る。その時もまた、自分の身の回りを、守りたいと思いながら、世界に対抗できるほどの力が欲しいと思ったときは、強く願え。

 

その時、俺は、文字通り君の元まで飛んでいく。」

「…?」

 

ともすれば、大きく矛盾している少年の言葉に目を白黒させている夏音は分からないなりに理解して、その言葉に頷くのだった。

 

ーーーーーー

 

「あれから、五年か。長いようで短かったな。」

 

発射しようとしている巡航ミサイル惜しいと思いながらも、見過ごす。

 

「君が覚えているかは分からない。だが、あの時、俺が言っていた言葉覚えていなくても、おそらく君は自覚するはずだ。今が決断の時だと…

はぁ、セイバーのマスターのことは言えんな。俺も相当、奇天烈なサーヴァントだ。これで彼女を守る術が一つなくなるも同然だというのに…」

 

だが、それでも夏音にとってはこの瞬間こそが全てなのだと考えた。

 

「だから、俺はここで、君を待とう。どう決断するかは君の自由だ。夏音。」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 IX

ここからは完全にオリジナルになっていく。何がって、それは後でのお楽しみ!


旅行用のクルーザーの上から海を眺める。イルカが飛び跳ねているその姿は普段ならば元気を出させてくれる光景だが、なんの励みにもならなかった。

 

「あの話があってから、五年…」

 

覚えていた。彼女には忘れられなかった。

あの話の内容が一体何のことなのか、それはずっと分からなかったが、だが、確かにあの時の会話は記憶の片隅に残り続けていた。

まあ、初めての出会いの上に、体の調子を聞いたすぐ後に、至極シリアスにいきなりあんな話をされたのでは記憶に残るのも当然というものだが…

 

「五年…。長かったはずなのに、何だか」

 

すごく短く感じた。

別にそこに至るまで何か激動の歴史が存在したから慌ただしかったとか、そんなんじゃない。ただ、普通に過ごした5年間だった。普通に、会う時は話をして、普通にご飯を一緒に食べる。血は繋がっていないが、兄弟のように思っていた彼との生活は、それが普通だった。

なのに、短く感じるということは、それはつまり、この前の戦いがそれほどまでに鮮烈で、輝いていたからかもしれない。輝きが強いほど、それより過去の衝撃や輝きは否応なく霞んでしまう。

 

「やっぱり、気づかれてた…んですよね。アレは…」

 

自分が悩んでいる真っ最中にあんな優しく真摯な言葉を投げかけてたということは、自分があの戦いの最中に起きてたことを知ってたということ。そう思うと、なんだか、恥ずかしくなってきた。懸命に隠してた秘密事をふとした調子で暴かれてしまったような、矛盾した言葉のようだが、ほのぼのとした嫌な感じがした。

 

「素直…ですか…」

 

自分の気持ちを素直に吐露しろ。彼はそう言っていた。でも、その素直な気持ちというのが自分自身分からない。自分を守って、兄がわりのあの人が傷ついているなら、自分も一緒になって戦いたい。でも、自分を戦いに巻き込みたくないという彼の願いも無視したくない。相反するその感情が、彼女の中の博愛精神と相まって、悩みをさらに増大させていた。

 

「はぁ…」

 

何度目とも知れない溜息を漏らす。

 

「珍しいね。カノちゃんが溜息を漏らすなんて…」

 

すると、自分とよく一緒にいる友人の声が聞こえてきた。暁凪沙。ある事件で自分を助けてくれた男性の妹で、いつも自分に声をかけてくれる優しい友達。その子は少しだけ暗い目をしていた自分の目を見て何を思ったのか…

 

「あ、ごめんね。別に、悩むこと自体ないんじゃないかな?とか能天気とかそういうふうに思ったんじゃないの。ただ、なんていうか、カノちゃんってなんだか、私と同じで、悩みを溜め込みやすいタイプって言うのかな?なんか、1人で無茶しちゃう感じがしたから、だから…」

「い、いえ、大丈夫…でした。すみませんでした。心配をかけさせてしまったみたいで…」

「あ、ううん、別にいいの!それで、その、みんなでトランプでもやらないかって話になったんだけど、どうかな?カノちゃん」

「あ、私は…」

 

結構です。と言おうとして、一瞬言葉に悩む。凪沙の性格はよく知っている。この程度で自分のことに対して、嫌悪を抱くような人物ではないが、代わりに、余計心配させてしまうのではないかと考えたのだ。

 

それに加えて、現在は頭が煮詰まっている状態だ。となると、気分転換も少しはいいのではと考えた。

 

「…そうです…ね。それじゃ、お言葉に甘えて…」

「いいの!それじゃ、中に入ろう!みんなが待ってるよ!」

 

底抜けに明るい声が夏音の背中を押す。その緩やかな勢い強さが今の夏音には少し心地よかった。

 

ーーーーーー

 

「驚き…ました。」

 

まさか、女同士でポッキーゲームなるものをすることをになるとは…嫌悪感はないが、正直、自分が罰ゲームを受けるとどうなるのかということを考えると、本当にハラハラした。

 

「でも…悩みを紛らわすにはちょうど良かった…でした。」

 

自分の心の中の悩みが少しだけ紛らわすことができた。そのことを考えると、このゲームを受けて本当に良かったと思った。

そう思いながら、彼女はフェリーの鉄に囲まれた廊下を歩いていく。

 

「あ、そうでした。雪菜ちゃんを探さないと」

 

元々の目的は、ゲームから離れてお手洗いに行って、中々戻ってこない雪菜を探すためだった。少し駆け足になりながら、辺りを見回す。

すると…

 

「っ!?」

 

ゾワっと、突然自分の背筋を撫でる殺気を感じた。本来ならば、そこで助けを求めるためにここから離れるべきなのだろう。だが、夏音はその殺気の奔流に対して、挑むように歩を進める。

不思議と恐怖を感じない。なぜなのか分からないが、自分はこの殺気に立ち向かわなければならない。そんな漠然とした予感があった。

 

ちょうど、大広間のように広がった駐車スペースに出たところでその光景を見た。

 

「はっ!」

「ほぅら!」

 

それは2人の人間が戦闘している光景だった。1人は、自分の友人である雪菜、もう1人はチェック柄のシルクハットとスーツを着た男だった。

男の方がまるで弄ぶように自分の腕から伸びた銀色の触手をまるで鞭のようにしならせ、飛ばすように振り、それを雪菜へ手元にある小さなナイフで防いでいるという図だった。

 

「やれやれ、厄介だね。そのナイフ、小さいが、君の持っていた槍と同じ魔力無効化機能を持たせているのか。だが!」

「うっ!」

 

銀色の鞭が横殴りに振られ、その一撃を雪菜はナイフで受ける。だが、受けきれずに、その場から後退させられてしまう。

 

「いくら機能が同じでも、規模と能力の大小も違う。ジリ貧だと思うし、ここで諦めた方がいいと思うな。そうは思わないかな?叶瀬夏音。」

 

その言葉にハッとし、雪菜は自分の後方を見た。そこに確かに夏音はいた。この状況から鑑みれば、一種異様とも思えるほどの冷静な空気を纏わせながら、自分同様に目の前の男、天塚汞を見つめていた。

 

「叶瀬さん。どうしてここに!?」

「すみません。雪菜ちゃんが中々帰ってこないので、ちょっと心配で来てしまいました。」

「はは、それでこんなところまで来てしまうなんてね。全く、とんでもなく愚かなお姫様だ!」

 

銀の鞭をしならせ振る。その一撃を雪菜は霊視により感知し、ナイフによって防ぐ。

 

「逃げてください。叶瀬さん!ここは危険です。」

「……。」

 

だが、応答はない。ただ、彼女は静かに佇み、男を見つめていた。

 

そして、呟く。

 

「ああ、そうでした。」

 

まるで、清水に落ちる水滴のように、その音の波紋は染み渡った。

静けさの中に絶対的なものを感じる。その予感が、雪菜や天塚の手を止めた。

 

「ようやく…思い出しました。」

 

そう言うと、彼女は困ったような笑みを浮かべながら、雪菜の方を振り向く。

 

「ごめんなさい。雪菜ちゃん。彼の狙いは私のようです。なら、私がこの場を離れさえ(・・・・)すれば、この船にいるみんなは狙われなくて済む。ですから、私、行きます!」

 

駆けていく。その姿には一片の恐怖もなく、ただ守るために逃げていく。その様子に一瞬唖然とした雪菜だが、すぐに意識を取り戻す。耳で聞いたからだ。自分の敵だった男がすでにこの場から離れ、今、正に夏音の元へと迫ろうとしている音を…

 

「待って、待ってください!叶瀬さん!…夏音(カノ)ちゃん!」

 

距離を置くように、今まで口から出ることのなかった彼女のアダ名を口に出す。だが、彼女は止まらない。

守る。その純粋な博愛が彼女を前へと突き出すが故に…

 

ーーーーーーー

 

気づけば、そこは船の甲板だった。

遠くへ、学校の皆からなるべく遠くへ、そう思考した結果、船の甲板に出てきたのだ。

 

「随分と逃げたものだね。」

 

自分が甲板についてから、モノの数秒も経たずに怖気が走るような殺気を振りまく声が聞こえる。

振り向く。すると、目の前から金属の塊が甲板の床から噴き出てくる。まるで、銀色の間欠泉のように噴き出てきたそれは、段々と人の形を取り出し、それが色を帯び始める頃には完全な人となった。

 

「ようやく…ようやくだよ。叶瀬夏音!これでようやく、僕は…人間になれ…」

 

と、そこで言葉を止めた。

夏音の顔を見た瞬間、天塚は自然と言葉を阻まれてしまったからだ。

彼女の顔は恐怖、焦燥それらからを前にした大抵のものが浮かべていた表情とは別種のものだった。彼女の顔はただひたすら、哀れむように目尻を歪め、眉を潜めていた。

 

「まだ、分からないのですか?」

 

先ほどと同様に静寂の中で沈められた言葉。

その言葉には強制力があった。カラカラに乾いた砂漠に垂らされた一雫の恵みの水。そんな印象をもたらす言葉だった。

 

「何を…言っている?」

「以前会ったときもそうでした。あなたは人に戻りたいから、ここにいるのだと…」

 

聞かなければ、聞きたくない、聞こう、聞かない。

形を変えながら、その言葉は自分を責めていく。

そんな中で彼女の言葉は彼の意思に反して、従って、続いていく。

 

「でも、そもそも、あなたは憶えているのですか?自分が人だったときのことを?」

 

決定的だった。その言葉が脆く、崩れやすい砂だらけの砂漠のダムのような頭の中を決壊させる言葉だった。

 

「はぁ、何を言っている。そんなの当たり…前…」

 

崩れていく。崩れていく。今まで持っていたはずの目的が砂のように流れ、崩れていく。

そして、理解する。理解してしまう。その砂つぶには一つとして、水のように映し出された記憶の映像がないことに…

 

「それが答えです。天塚汞。」

 

そう言うと、彼女はなんと先ほどまで自分の命を取ろうとした相手から目をそらし、空を見始めた。

 

「私たちは少し似ていますね。」

「私もそうでした。記憶を失い、あの時に必死に封をした。」

 

思い出すように目を細め、静かに言葉を紡いでいく。

 

「あの地獄を経験し、私は、もう誰にもあんな地獄を経験して欲しくないと思いました。」

 

思い起こすのは一つの記憶。瓦礫と化した教会を赤々とした化粧が埋め尽くす悪夢の光景。

 

ーーーーーー

 

絃神島の港近くで褐色の肌をした男は示し合わせたかのように、言う。

 

「ああ、そうだ。俺はいつもあの(地獄)を見ていた。その度に思った。この地獄を変えて欲しいと、変えたいと」

 

思い起こすのは一つの記憶。街ごと飲み込み、全てを喰らうように上がる炎の牙、残響する悲鳴それらが集合した地獄。

 

ーーーーーー

 

少女は言う。

 

「力なんていらない。でも、力でなければなし得ないことがあった。だから、私には私が出来る範囲で、私のような思いをする人を少なくしたかった。」

 

ーーーーーー

 

男は言う。

 

「力なんていらない。だが、力を欲しなければ、俺には決してなし得ないことがあった。俺はその力で自分を犠牲にしてでも、俺のような思いをする人がいなくなることを願った。」

 

ーーーーーー

 

「「だから」」

 

手を掲げる。その先にあるはずのない救いの糸に手を伸ばすように…

 

「私は選びました。」

 

手を掲げる。掌の先にある太陽に挑むように、迎えるように、掴むように…

 

「もしも選ぶなら、誓おう。」

 

「私は…」

「俺は…」

 

「「共に戦うと」」

 

その言葉が一つの呪文を解き放つ。令呪。マスターにのみ許されたただ三つの赤い紋様。絶対命令権が光り輝く。

その光に誘われるように一筋の光が絃神島から放たれていく。

 

誘われた赤い流星。飛行の準備を整え、今、正に発進しようとした瞬間、古城たちはそれを目で捉えた。

 

「アレは?」

「行きましたか…」

 

古城とライダーはその光景を捉えていた。

 

一瞬ライダーの言葉を理解できなかった古城だが、先ほどライダーが言っていた言葉を思い出し、すぐに理解した。

 

「ああ、そうか。」

 

少しだけ、悲しそうな、だが、嬉しそうに眉を曲げながら、その流星を追うようにして、巡航ミサイ…もとい、飛行機に乗るのだった。

 

ーーーーーー

 

「な、なんだ!?」

 

赤い閃光が輝きを強める。

その様子が先ほどのパニックを越すほどの焦燥を天塚に想起させる。

 

「くっ!死ね!」

 

銀の鞭を突き出しながらの単純明瞭な言葉。その単純な思考が自分の中を支配するその感覚だけは今のこのパニックを鎮めてくれ、殺意というこの上ない単純な感情を生み出した。

殺意に覆われた銀の鞭が夏音に襲いかかる。

だが…

 

「なっ!?」

 

ガキーンという鈍い音とともにその水銀の鞭が弾かれる。そのことが天塚のパニックをまた再発させた。

 

だが、注意をしている暇はない。気づけば、目の前にあった閃光が収束を見せていた。

 

「さて、本当に色々と周りを騒がせてしまった。まあ、全面的に俺が悪いわけなんだが…」

 

煙幕が晴れる。そこには夏音と、もう1人褐色の肌の男が立っていた。赤い外套をたなびかせ、こちらに鷹のような鋭い双眸を向けてきている。

向けながら、男は後ろにいる少女に言葉を投げかけていた。

 

「これで、本当にいいんだな。夏音?」

 

その問いに少しだけ瞼を閉じ、覚悟を決めたように開くと少女は答えた。

 

「はい。私は戦うと誓いました!」

「そうか。ならば、俺も応えよう。」

 

そう言うと目の前にいる敵に対し、今までとは違った視線を向ける。スゥッと瞼が細められ、眉がシワと共に顰められる。そして、言葉を放つ。

 

「サーヴァントアーチャー、招聘に応じ、参上した。これより目の前の敵を…

 

討つ!」

 

ーーーーーー

 

(一体、なんだったんだ?今のは)

 

目の前の敵に集中しながら、天塚は頭の隅に置いた疑問を思い浮かべる。その疑問はアーチャーと自分のことを称した男が、いきなり現れたから出てきた疑問ではない。

 

(今、僕はたしかにあの赤い流星が衝突する前に(・・・・・・)、攻撃した。

なのに、僕の攻撃は弾かれた(・・・・)。)

 

おかしい。あの少女の霊能力、そして才能は大したものだ。だが、防御の術があると言うのなら、そもそも、甲板に来るまでの間にだって、その防御の術を発動することだってできたはず、だが、出さなかった。そっちの方がよっぽど安全に甲板にたどり着けると言うのに、出さなかったのだ。

 

(なんだ?あの娘、一体、何を抱えている(・・・・・・・)?)

 

だが、そんな天塚の疑問を他所に、バン、と目の前の甲板の床が沈む。沈み、凹んだ床。そこにはもはや、誰もいなかった。

移動したのだ。移動したスピードがあまりにも速すぎて、あまりも強烈すぎて、視線で追えず、床も耐えられなかったのだと、気づいた時には遅かった。

天塚の首筋に冷たい感触が波打つ。斬られる。その瞬間さえ、天塚は感じることができず、首を飛ばされるはずだった。だが…

 

「っ!おっと」

 

その刃は防がれた。天塚の体から出てきた銀の触手によって、弾かれたのだ。

だが、アーチャーはその触手に対し、特に警戒する様子もなく、少し距離を置くだけに留まりながら、敵を見る。

 

「ふむ。それがライダーの言っていた自動防御機能(オートディフェンサー)か…」

 

そう呟いた後、アーチャーは訝しげに眉を顰める。

 

「やはり妙だな。君は錬金術師…なのだろう?」

「なんだ?いきなりを何を当然のことを…」

「ならば、なぜ…」

 

言葉を続けようとしたところで、止める。船の横っ腹から向こう側に位置する海原からジェット音が聞こえてきたためだ。

 

「ようやく来たか…」

「なっ!?巡航ミサイルだと!?」

 

天塚は焦燥し、衝撃に備えようとしたが、すぐにそんな気は起きなくなった。

船の腹に衝突するミサイル。だが、その衝撃音はいつまで経っても響かず、代わりに少年の声が響いてきた。

 

「ぶはっ!死ぬ!マジで死ぬ!!もう、金輪際、あの王女様のことは頼らないわ。」

「私は未来視があるわけではないのですが、それは難しいと思いますよ。古城。」

「ふむ。私もそう思うな。アレは獲物を噛んだら離さない蛇のような性根を持ってると見た。」

 

少年の声にもう1人煙幕の向こう側から男の影が出てきて、返答を返し、それに自分が聞き覚えのある女性の声が同意する。

 

「うわぁ、実際、その通りな気がするから、反論できねぇ。」

 

心底嫌がるようにその2人の返答に聞いて、少年は沈むような調子で声を響かせる。

 

「先…輩?」

 

と、ここでその声と気配にいち早く気がついた少女が駆け寄っていった。

古城も少女の気配に気がつき、少し気まずそうに、目を向けながら、声を出す。

 

「よ、よう。姫柊、無事でよかっ…」

「一体、何をしているんですか!?巡航ミサイルに乗って、突撃してくるなんてまた無茶をして!」

「いや、アレは一応飛行機らしいぞ。王女さんが言うには。」

「こんな時まで意味不明な言い訳をしないでください!」

 

と、なぜかここで痴話喧嘩が始まった。ポカポカと少年の胸のあたりを少女が叩いている動作には緊張感のかけらもない。

事態が目まぐるしく変わっていく。

 

「……。」

 

もはや置いてけぼりにされた天塚汞。

何が起こっているのか分からない。先ほどまで緊張の糸が周囲を張り詰めさせていたと言うのに、これでは団欒か何かだ。呆れが一転して、驚愕しか出てこなかった。

 

だが、そんな男の驚愕を先ほどから前にいた男が塗り替える。

 

「さて、先ほどの質問の続きはさせてもらおう。」

 

そこでアーチャーは一拍言葉を置いた。

 

「君はなぜ、自分の体の改造などを他人にさせた(・・・・・・)?」

「はっ?改造。何のことだ?」

「とぼけなくていい。君は一度、ライダーと遭遇し、戦っていた。その時、君は自分の体のことだと言うのに、自動防御機能(オートディフェンサー)を見たとき、まるで初めてその機能を知ったかのように驚いたと言っていた。だが…」

 

訝しげに眉を顰める。

 

それはおかしい(・・・・・・・)。錬金術師の目的は知っている。曰く、完璧な人間になることこそが君の、いや、正確にはそこの金の杖に隠された賢者(ワイズマン)の目的なのだろう?」

 

突如として、黒幕の正体が挙げられ、周りが驚愕する中、天塚はゆっくりと己を半身にしながら、杖を隠すように動く。

 

「そんな研究者肌の君たちが、わざわざ会って間もない誰かに自分の研究成果を見せる?あり得ないことだ。利己的であればあるほど、そんな可能性はあり得ない。」

「だから、聞きたい。君はなぜ改造などさせた。その辺りがどうにも違和感になっていてな。聞き出さん限り、しっくり来ない。」

「だから、さっきから貴様は何を言っている?僕は改造などされてない(・・・・・・・・・・・)、と言っているだろうが?」

「だから…いや、待て…」

 

おかしい。先ほどからこの男、余りにも話の要領が得られなさすぎる。最初は嘘でも吐いているのかと思っていたが、どうやらそうではない。

 

あの男は本当に自分が改造などされていないと思っている。

 

つまり…

 

「ふん、どうやら、天は僕に味方したらしい…君たちには見えないのだろうな?先ほどから、僕の援護をしてくれている(・・・・・・・・・・)

 

キャスターという少年の存在が」

 

勝ち誇ったような笑みを浮かべながら、天塚は挑発するように宣言した。

そして、それが決定的な違和感だった。

 

「キャスター…だと?」

 

そういえば、あの少年の姿をしたサーヴァントの姿を見ていない。

姿を隠しているのかと思ったが、ここに来て、はっきりと分かる。この船のどこにもキャスターはいない。

 

「まさか…」

 

キャスターがいないという事実。それが自分の中で不安となって、動悸と共に膨れ上がっていくのをアーチャーは感じた。

 

「まさか!」

 

ーーーーーー

 

場所は絃神島の港付近。南宮那月はそこで飛空船に乗り込み、先に行った古城たちの後を追おうとした。だが…

 

「っ!なんだ!?」

 

突如として自分の体から急激な脱力感を感じる。体から力が抜けていく。いや、抜けていくというより、体から無理矢理力を引き出されたような脱力感。それが意味することは何なのかを理解しようとし、そしてすぐにその答えは見つかった。

 

「馬鹿な!あり得ん!これはっ!?」

 

ーーーーーー

 

「ふう。成功したみたいだよ。マスター。」

「そう。」

「『そう』って、あのね、マスター。気楽に言ってくれるけど、マーキングを付けていたとしても正直成功できるかどうかは五分五分だったんだよ。もっと僕を褒めて欲しいな。まったく…」

 

外見年齢と同じ年頃のような口の利き方をするキャスターにマスターである女性。遠坂恵莉(めぐり)はわずかに嘆息した後に労いの言葉をかける。

 

「悪かったわね。よくやったわ。キャスター。貴方のおかげでとりあえず、当初の目的は果たせそうだわ。」

「当初の目的…か。そもそも、その目的だって僕が彼女を見てて、良さそう(・・・・)と思っただけであって、初めからあった目的じゃないだろう?本当に首を縦に振ると思う?恵莉」

 

少し不安そうに尋ねるキャスターに対し、恵莉は優雅に笑みを浮かべながら、キャスターに返答する。

 

「してみせなきゃ、ね。私たちに今最も足りていないのは、人員よ。少なくとも七騎、こちら側にサーヴァントを取り込んでおかなきゃならないわ。これからこの聖杯戦争はさらに激化するのだから」

「ま、そうだね。」

 

答えるとキャスターは恵莉に続いてある場所へと歩を進める。

そのある場所とは…

 

監獄結界

 

「さて、では始めましょうか。一世一代の勧誘(スカウト)を!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還X

もう、随分前の話、ロードエルメロイコラボイベントの時に地味に困った出来事。
グレイが宝具を開放するとき、ラッドが『擬似人格停止』と言った瞬間、ソレが『hey.Siri』に聞こえるようでその度に何度も宝具を止めさせられた。
一度、このヘイシリは違うモノに変えようかと思った作者であった。
今からでも変えようかな?アレ?変えられたよね?


「へぇ、なかなか趣があるじゃない。さすがは監獄結界、ということかしら?」

「いや、趣っていうか、これは…」

 

監獄結界。その名の通り、監獄の役割を果たし、魔導犯罪者を収監している闇色の収容施設。この監獄では今でも、囚人たちの怨嗟の声が響き渡り、周りには意味深に置かれている拷問用具が掛け並んでいる。

怨嗟と闇色だけで十分に鬱屈した空間となっているのに、そこに拷問具である。趣とかそういうのを意識せず、完全に趣味丸出しなことが、キャスターには伺えた。

 

「あら、そこがいいんじゃない。自分の趣味を臆面もなく出すなんて、人間中々できることじゃないわ。」

「…まあ、魔術道具よりもトレーニング器具を地下に大量に配備しているマスターなら、そういった視点で見られるかもね。女性らしさのじの字もないけ…ど!!」

 

最後の言葉だけは語調を強める。

マスターからガンドの魔術を受け、それを避けるために首を振ったのだ。

 

「危ないなぁ。いきなり撃ってこないでよ。」

「あんたが余計なことを言うからでしょ?それよりも、分かったの(・・・・・)?」

 

その問いに対して、言葉で答えることはせず、目を閉じて応じる。少しして、キャスターは、ゆっくり目を開ける。

 

「んー。ダメだね。やっぱり空間を操ってるだけはある。僕の能力でも、もの探しは困難らしい…だから、まあ、マスター。残念だけど…

 

後ろにいる古臭い絵本との戦いは避けられそうにないよ。」

 

キャスターが振り返る。すると、そこにはこんな陰鬱とした空間には相応しくない可憐な容貌をした少女が佇んでいた。

現れ方はまるでホラーの少女霊そのもので、ほんの少しの恐怖を感じるものだったが、それでもどこかしらで、それを見たことに対する安心感が心中に浸透する。

 

恐怖と安心という真逆の感情を浮かべさせられるその少女の口がゆっくりと開く。

 

「ねぇ…」

 

ゆっくりと紡がれる言の葉が毒のように、美酒のように、自分たちの心に染み渡ることが伝わってくる。

そして…

 

「あなたはだぁれ?」

 

彼女はそう言葉を締めくくった。

 

キャスターvsキャスター聖杯戦争でも特に異端な決戦が今始まる。

 

ーーーーーー

 

「やられたな。完全に…」

 

アーチャーが苦い顔をしながら、絃神島がある方向を見る。

 

「キャスターはこの時を待ってたんだ。俺か、ライダーがあの島から離れるこの瞬間を…」

「な、何?」

 

古城が聞き返すようにして問うと、アーチャーは答え出す。

 

「おそらく、最初からこれが狙いだったんだろう。俺たちは何回かこの天塚と会うことで一つのある刷り込みが行われた。

 

すなわち、『キャスターは天塚と行動を共にしている』という刷り込みだ。

 

これにより、俺たちは一つの目的にシフトチェンジされたと言っていい。」

「一つの目的?」

 

古城の疑問をライダーが言葉を引き継ぐ形で、答え出す。

 

「なるほど、私たちはキャスターを追うことも目的としていましたが、知らず知らずの内に、『キャスターを追うならば、天塚を追った方がまだやりやすい』と考えるようになり…」

「ああ、目的は『キャスターを追うこと』ではなく、『天塚を追うこと』となっていた。と言うわけだ。さて。どうしたものか?」

 

すでにアーチャーたちの頭の中では、目の前にいる天塚のことなど頭にはなかった。そして、そのことは、現在、自分を見失っている天塚を沸騰させるのに十分な要因となった。

 

「君たち、隙だらけだけどもいいのかい!?なんならその背中、今すぐに貫いてあげてもいいんだよ!?」

 

荒げられた声を聞き、つまらなそうに目を細め、アーチャー :衛宮士郎は言葉を返す。

 

「なんだ?まだ、気付いていないのか?もうすでに君との(・・・)…いや、君たちとの(・・・・・)勝負は着いているということに…」

「なに?」

 

疑問を頭に浮かべる天塚。そして、君たちと言ったことにより、誰を指されているかも理解した賢者(ワイズマン)の本体であるステッキがカタリと一人でに動いた。

 

「何を…言っている?」

「お前も気付いているんじゃないか?作られる以後の、自分で憶えている記憶に大きな誤差が生まれていることに…」

「そうだな。さきほどのそこの褐色男がいうことが間違い無いのであれば、今の貴様はおかしい。」

 

ニーナ・アデラードが言葉を引き継ぐようにして。天塚の方を向きながら話しかける。

元とはいえ、自分の師匠が放った言葉に無視を決め込めず、天塚はその言葉に対して、イラつきながらも返答する。

 

「何がおかしいというのかな?」

「貴様は、私の元で錬金術を学ぶ際、目的は明かしはしなかったが、一つ執着していたものがある。それが何か、もう忘れたか?」

「何を…」

「貴様はな、誰よりも人間としての形に拘っていたのだ。故に、体が変形する類の錬金術は便利であろうとも嫌悪していた、だろう?」

「……!?」

「だが、今の貴様は、違う。合理性を優先し、自分の形が何か違うものに変ろうともお構いなしだ。分かるか?貴様は今、貴様自身の手で自分の目的を潰しているのだ(・・・・・・・)。」

「……。」

 

その言葉により、完全に天塚の頭の中は真っ白になった。

先ほどとは違う。過去を否定されたのではなく、現在の目的までも自分の元師匠に否定されたのだ。それは計り知れないダメージとなって、襲いかかってくる。

その様子に堪えていた物が堰をきったのか、天塚の持つ杖、その柄に取り付けられている金の髑髏が震えだし、喋り始める。

 

『クク…カカカ。不完全ナルモノヨ。滑稽ナリ!我ガ作品トハ言エ、所詮ハ、不完全ナルモノタチノ紛イ物ソコガ限界…』

「ようやく、意味もない変装を解いたようだが、さっきの話を聞いていなかったのか?貴様もだぞ。賢者(ワイズマン)。」

 

だが、アーチャー はその先の言葉を封じるようにして、言葉を重ねる。

理解ができなかった賢者(ワイズマン)は不思議そうに尋ねる。

 

『…?ナニヲ…?』

「だから、貴様も操られていると言っているのだ。

 

まさか、貴様、目の前にいた天塚がこれだけ自分の計画に干渉しうる改造をされておいて、自分だけは無事だとでも思ってるのか?

 

それは都合が良すぎるという物だ。」

『ナ…ナナ』

「止めようと思ったことがあったはずだ。たとえ、便利であろうとも、自分の錬金術を改造するなどということをしでかされたら、たまったものではない。何せ、そんな勝手を許せば、認めることになる(・・・・・・・・)

 

自分よりもキャスターの方が錬金術師として上だということを…な。

 

だが、貴様は許した。いや、許すことを強要された(・・・・・)。」

 

その言葉を聞いた瞬間、古城達は呆気にとられるように目を丸くし、賢者(ワイズマン)は、発狂した。

 

『フザケルナ。私ガ不完全ナルモノに改造サレテイルダト!アリエナイ!ソンナコトハアッテハナラナイ!』

「ならば、聞こう。貴様はなぜ会って間もないその男を信用した。自分の計画に支障が出ない範囲で改造するなどとその男が言ったとしても、そんなモノは信用できないはずだ。」

『信用ダト!フザケルナ!アノ不完全ナルモノハ私ノ命令ヲ聞イタダケニ過ギン!ナゼナラ、アノ男ハ…』

 

その後に続く言葉はなかった。弱みがあると思った。理由があると思った。だが、なかった。幾ら探しても、そんな都合の良いモノ(・・・・・・・)はなかったのだ。その事実に気がつき、目に見えるほど賢者(ワイズマン)は狼狽出す。

 

『馬鹿ナ!アリエナイ!我ハ錬金術ノ最奥。賢者(ワイズマン)。我ヲ操ルコトナド、ダレニモ…』

「それこそ単純な話だ。貴様の言葉を借りて言うなら、単に

 

貴様がその男よりも不完全だった。

 

ただ、それだけの話だろう?」

『ア…アアア…』

 

それが最後だった。賢者(ワイズマン)は、自己を留めておく術を完全に失くし、そして、決壊した。

 

『アアアアアエアアア!!!』

 

悲鳴が響き渡る。その様子を見て、古城や姫柊は目を背け、夏音は目を瞑り、アーチャー は僅かに顔を顰める。

哀れだった。ただひたすらに、敵であることさえ忘れさせるほどに、自分の目的を叶える一歩手前まで行った錬金術の最奥たる賢者(ワイズマン)。その究極の人の悲鳴はどこまでも響き渡る。その様子はすでに賢者(ワイズマン)から離れ、ただいたずらに喚き立てる愚者のようであった。

そして、その賢者(ワイズマン)に縁深いニーナはもはや、長年溜め込んでいた怒気も失せ、言葉を締めくくる。

 

「哀れだな。これがあの賢者(ワイズマン)とは…呆気ない。」

『そうかな?僕にはそう思えないな。こんなモノ(・・・・・)を錬金術の最奥として置き、多くを犠牲にして、行き着いた畜生にはこれは似合いの結末だと思うな。』

 

突如として、ニーナには聞き覚えのない少年の声が響いた。

どこから響いたものか分からず、辺りを見回すが、少年らしき姿はどこにもなく、ニーナたちは、狼狽た。

そんな様子を気にもせず、少年の言葉は続けられる。

 

『ふむ。このプログラムが浮き出てきたってことは、もしかして、この人は、精神が崩壊でもしたかな?何かしら決定的なダメージがあった場合、僕の錬金術(プログラム)は発動する仕組みだったからね。』

 

だが、二度目の声でそれがどこから響いたものか感知した。賢者(ワイズマン)だ。先ほど賢者(ワイズマン)だった杖からその声は発せられている。

 

『だが、まあ、精神が崩壊したのはむしろ僥倖か。ほとんどの魔力と能力が失われずに済んでいる。これなら、十分に…

 

再現できる。』

「…なに?」

 

アーチャーは少年の言葉を不審に思うが、そんなアーチャーの態度をよそに、言葉がが終わると同時に、杖が一気に変形する。そこかしこに金が弾け、飛び散り、それらはある一つの物質に付着すると同時に一気に膨張し始める。

その一つの物質とは海。海の中から何かを吸い出すようにして膨張し、その金色の流動体は見る見るうちに、船体を超す巨体となり、人の胴と腕のようなものを型取り始める。いや、それだけではない。金色だった肉体が土気色を帯び始め、遂には完全な土となった。左肩には木が生え出し、右肩は赤、茶色、水色、緑、白の五色の鉱石が複雑に絡み合いながら、肩まで伸び、腕を形作っている。

大地が彫られて作り出されたその顔は剥き出しの歯が見え、角が象られていることから、鬼のように見える顔をしていた。

 

「…なんだ?こりゃぁ…」

 

その姿を見て、絶句する古城に同調するように目を見開く一同。もはや金などすでに足元にしかなく、それだけでもすでに賢者(ワイズマン)と呼ばれていたモノがそこにはどこにも残っていないことが伺えた。

 

『どうだい。僕のこの『万能の巨人・偽(ジャイアント・ヴェルメストII)』の威容。急ごしらえとはいえ、なかなか気に入っているんだよ。これには…』

万能の巨人・偽(ジャイアント・ヴェルメストII)…だと」

『ああ、これは本来僕がライダーになった時にしか扱えない宝具でね。キャスター時には絶対に持てない宝具だったんだ。作ろうにも、とてつもなくお金がかかる上に設備が足りないと来ていて、正直諦めていたんだけど…』

 

ライダーは後方にマスターたちを据えながら、言葉を続ける。

 

「なるほど、そんな時にちょうどいい素体を見つけた、と…」

『ああ、そうだ。ま、この愚者は今まで散々、何かしら、他の命を犠牲にして、錬金術の極地とやらに到達してるわけだし…最期に自分が利用されたとしても(・・・・・・・・・・・・・・・)文句は言えないだろうな。』

 

自分に都合のいい身勝手な発言だ。その発言を聞いた時、目を眇めるでもなく、歯を食いしばるのでもなく、ただ眉を潜めながら淡々と呟く者がいた。

 

「哀れだな。」

「…なに?」

 

憐みの目を向けながら、その男アーチャーは呟く。

 

「|If I have seen further it is by standing on the shoulders of Giants.《私がかなたを見渡せたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。 》

 

確か、これは、お前が源流ではないが、お前が最も有名にした言葉だったな。

どうだ?その巨人の肩…いや、巨人そのものになったその視線は、彼方を見渡せているのか?」

「……。」

「お前がなぜ、あの時怒りを口にしたのか。オレにはそれがいまだによく分からん。だが、少なくとも、アレは、嫉妬かなにかの類だということは分かった。

 

何に嫉妬していたのかは分からない。だが、嫉妬というのはえてして、自分が欲しがるもの(・・・・・・・・・)をその人物が持っているときにするものだ。」

「…っ!」

「今、オレが持っているモノを手に入れたいというのなら、少なくとも今のお前には永久に無理だ。

 

アイザック・ニュートン。」

「え?はぁ!?」

 

古城が驚きの声を上げる。勉強があまりできない自分だが、それでも、その名はよく知っている。何しろ、高校になれば、いやでも単位N(ニュートン)として、その名が耳に入ってくる。

 

「天塚汞を利用し、賢者(ワイズマン)をも自らの道具として改造して、己が計画に組み込む。その手腕は見事としか言いようがない。だがな、それは少なくとも、今の(・・)オレが最も持ちたくない思いだ。」

「…れ…」

「勝利のためなら、なんだって利用する。自分の立場も、他人も、何もかもを…ああ、実に合理的で、やり易い方法だ。

オレもそれは覚えがあるからな。」

「…まれ!」

だからこそ(・・・・・)、もう一度、言ってやる。今のお前では、絶対にお前の望む答えは見つからない(・・・・・・・・・・・)。これは決定事項だ。アイザック・ニュートン。」

「黙れーーー!!

 

巨人の怒号が津波を起こし、船体を揺らし、巻き込む。

その激しさが怒りのほどを良く知らせる。

 

「さっきから、聞いていれば、てめえ(・・・)、オレのことを分かったように!テメエにオレの何が分かる。利用したから悪いだと?合理的だから悪いだと?なら、それはオレがかつて見た『愛』を否定する言葉だ。

 

テメエだけは許さねえ!この場で八つ裂きにしてやる!」

 

「だそうだ。それでは、後は頼む。」

「おう…はい!?」

 

肩を叩かれながら、任せるようにアーチャーに言われた古城は驚きながらも、ツッコミを入れる。

 

「おい!待てぇシェロ!!散々、挑発しといて、自分だけ観戦する気か。テメエ!!」

「流石にそこまで人でなしではない。だが、状況が変わった。悪いが、こちらの戦線は離脱させてもらう。」

 

その言葉に対して、質問を返したのはライダーだ。

 

「まさか、今から絃神島に向かう気ですか?流石の貴方でも飛行系の宝具など持ってないと思うのですが…」

「いや、それも違う(・・・・・)。ことはもっと単純で複雑だ。」

「はっ?」

 

まるで、頓知のような解答にライダーが疑問符を浮かべているが、それを無視し、アーチャーは忌々しげに絃神島の方へと視線を向けながら、誰にも聞こえない肌の声で呟く。

 

「…あのバカめ。なんで、よりにもよってこのタイミングで召喚されるんだ(・・・・・・・)

 

ーーーーーー

 

絃神島。監獄結界。そこでは一つの戦闘が終演を迎えようとしていた。

 

「ぐっ…くぅ…」

「い…いた…い。」

 

横たわる少女たちの名は、南宮那月とそのサーヴァント:きゃすたー。その目の前には

 

二人のマスターと二人のサーヴァントが立っていた。




進んでなくてどうもすみません。ええ。本当に次はどうにか早くしたいと思います。少なくとも1、2ヶ月中に…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XI

一人の女がいた。女は極々平凡な生まれ。農家の男を夫に持ち、その夫との間に一人の息子を授かった。本当に平凡な人生を生きている人間だった。

 

ある日、女の夫が死んだ。女は悲しんだが、なによりも、優先すべき事項があることが頭の中に浮かんだために悲しみの涙を堪えて、すぐに前を向いた。

それは遺された息子のことだ。女の自分一人で果たしてどこまで養えるか?女には疑問であった。

 

遺された息子のことをどうにかして幸せにしてやりたい。そのためならば、なんでもする。

 

それが女の切なる願いであり、誓いであった。

 

よくある話だ。

 

…だが、思えば、それが起源だったのだろう。あの人のそんな願いが合理的な思考を否定させることを許さず(・・・)、あの人のそんな誓いが合理的な思考を嫌悪させる(・・・・・)に至ったのは…

 

ああ、我ながら随分と捻くれた生き方をしたものだ。

 

ーーーーーー

 

アーチャーが呟く15分ほど前、キャスター:アイザック・ニュートンとキャスター:ナーサリー・ライムの戦いのゴングは静かに鳴らされた。

そのゴングとは

 

「さて、では、始めようか。宝具発動。」

 

 

言葉と共にニュートンの身体が淡く光り始める。

そして、その光はニュートンが手を前にかざした瞬間、最大のものとなり

 

禁断の果実写す月の真理(プリンキピア・マテマティカ)。」

 

唱えた瞬間、ニュートンの周りでは

 

何も起こらなかった。

 

「……?」

 

予想外の事態に困惑を感じたナーサリー。だが、それも一瞬。次の瞬間、ニュートンの姿がかき消え、自分の腹に拳を突き込んでいたその瞬間までだった。

 

「ぐっ!?」

 

苦悶の声を漏らし、一気に壁へと吹き飛ばされていくナーサリー。

その様子を見て、ニュートンはわずかに疑問を浮かべた。

 

「妙だな。手応えがない…いや、あることにはあったけど…」

 

そう言いながら、手元を見つめると、納得したように声を出す。

 

「へぇ、手元が少し冷たい。氷の魔術で咄嗟に自分を防御したのか。大したものだ。僕がいうのもおかしいけど、キャスターにしては随分と接近戦に慣れている。普通はこういうとき、大体の魔術師は結界か何かで防御するものだけど…

いや、それよりも…」

 

瓦礫の向こうからナーサリーが歩いてきた。ナーサリーは腹の部分を打たれ、少なくない損傷を負っているはずだが、そのことを気にも留める様子もなく、人形のように感情のない瞳で目の前のニュートンを射貫く。

それは少なくとも、十代に近い少女が放つような眼光ではなかった。

 

「…全くこわいなぁ。絵本や童謡っていうのは、英国じゃ、結構な確率で残酷な描写を含んだりするけど、まさか、それが影響してたりしないよなぁ。あの眼。」

「ねぇ。ここにいるっていうことは、私の友達を傷つける気なの?あなた?」

「…いや、正直な話、君たちには今興味はない。僕たちは違う目的があってここまで来た。…と言ったとして、君はこちらに向けている殺気を収めてくれたりするのかな?」

「…そうね。もしも、そう言うなら、見逃してあげてもよかったわ。」

「へぇ?」

 

意外そうに眉を釣り上げながら、ニュートンは答えを返す。

その表情は、わずかに疑問に思ったのと、見た目通りの子供のような単純な思考をするのかと言う侮りから来るものであった。

だが、次の言葉が、少なくとも、その表情から侮りを消え失せさせた。

 

「もしも、監獄結界(ここ)が関係してなければ…だけど」

「…へぇ」

 

ナーサリーがすくった水を掲げるような手の仕草で手を挙げる。すると、その瞬間、地面から人間と同じほどの大きさのトランプが生えてきた。合計52枚よトランプは絵柄を残しながら、頭と手と足を生やし、槍を手に持って、ニュートンを囲むようにして、立つ。

 

「うお、これは、アレか?トランプ兵ってやつかな?」

「ええ、そうよ。不思議な国からやってきた不思議なトランプ。さあさあ、来て来て、兵隊さん。私の言うことを聞いてくださいな。夢の国を荒らすあの坊やにきついお仕置きをしてあげるの!」

 

言われた瞬間、トランプ兵たちは一斉に中心にいるニュートンに向けて槍を向ける。ニュートンはその槍群をジャンプすることで躱し、一体のトランプ兵に向けて蹴りを放つ。

すると、まるで本当の紙のように脆く破れていくようにその頭が砕けていく。

ニュートンはそれを見て、拍子抜けしたように目を見開く。が、

 

「なるほど、そう言うことか。」

 

なんと、蹴りを放たれ、頭を砕かれたはずのトランプ兵は、見る見るうちにその頭部を再生させ、何事もなかったかのように立ち上がってきたのだ。

 

「私たちは子供の夢。夢は誰にも砕かれない。壊されない。だから、私たちは誰にも殺せない。」

「子供の夢、ね。確かにそうだね。子供の夢は追うことができれば、未来の現実にもなり得る。まさに、無限の可能性。確かに誰にも砕かれず、壊されないものだ。

でもね、知ってるかい?人はいつか必ず現実をに直面するものなんだよ。そして、現実に直面した時、夢への道のりの果てしさから、大抵が自分から(・・・・)潰れてしまうものなんだ。

 

こんな風にね。」

 

ニュートンに槍が迫る。だが、それに対して、落ち着いた様子で、ニュートンは掌をまるで撫でるようにして、地面へと向ける。すると、その瞬間、ニュートンの周りにいたトランプ兵はまるでドミノ倒しのように一斉に崩れていく。

 

(!?なに、何が…っ!?)

 

考える余裕もなく、いつの間にか視界から消えていたニュートンに怖気が走り、360°全てに氷の壁を出現させようとする。だが…

 

「遅い!」

 

地面から生えてくる氷の壁よりも先に、拳が掻い潜るようにして突き込まれる。その拳は一気にナーサリーの顔面へと突かれる。ゴッという嫌な音が響き渡る。それは…

 

ニュートンがまるでパチンコ玉のように軽々と空へと弾き飛ばされた音だった。

 

「…やっぱ、そう簡単にはいかないか。」

 

着地し、ニュートンがナーサリーへと突き込んだはずの腕を見る。すると、その腕は攻撃のために拳を鋼にしたにもかかわらず、見事に折れていた。

自分の腕を見たその後、ナーサリーの方へと視線を送る。そこには腕が生えていた(・・・・・)

 

生えた腕は、それだけでも2メートルを優に超すほどの長さを誇り、雄大にさえ見えてくるその腕はゆっくりと、地面に掌をつける。

そして、掌を起点にゆっくりとそれに続いて体が引き揚げられていく。引き上げられた体は赤黒く、顔は口も鼻もないが、おどろおどろしい目をこちらに向き、頭には枝のような不規則な伸び方をした角が生えていた。

 

「…なるほど、アレが先に情報も挙がっていた怪物か。厄介な」

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」

 

その怪物の咆哮と共に戦いの第二幕が開かれる。

 

ーーーーーー

 

「さすがに『魂を食う絵本』か。第一真祖を苦戦させたというのは、伊達ではないようね。」

 

遠目からその戦いを観察していた少女。遠坂恵莉は一人呟きながら、戦いを見ていた。

 

「さて、それじゃ、まだ時間も掛かるみたいだし、こっちもこっちで仕事を始めましょうか。ねぇ?南宮那月。」

 

恵莉の声に対して、返答はない。だが、その代わりに、恵莉の足元の地中から勢いよく噴出された鎖がその返答の代理をなした。

その鎖を軽く後ろに飛ぶことで楽に躱し、辺りを見回す。すると、今度は空中を含めた360度全てから鎖が召喚されて、勢いよく襲いかかっていく。

360度、つまりどこにも逃げ場はないということだ。標的目掛けて放たれた鎖の弾丸は、恵莉の体を確実に捉えるはずだった…

 

鎖はするりと恵莉の体をすり抜けてしまったのだ。

 

「残像…か。」

 

南宮那月がそう呟くと、同時に自分の迫る拳を瞬間移動することによって避ける。

 

「いきなりね。少しは挨拶があってもいいんじゃない?」

 

それは、恵莉の声だった。その質問に対し、監獄結界の屋上部分に立ち、穴の空いている部分から那月は答える。

 

「私の空間に土足で入ってきた者たちが何を言う。むしろ、貴様が声をかけてくるまで待ってやっただけ、恩情があるだろう」

「まあ、確かにそれもそうかもしれないわね。」

 

軽口を叩き合いながら、両者の敵への分析が始まる。

 

(今のが空間魔術。実際に見るとなるほど、随分、便利なものね。この人がなるべく遠くにいる時に、ことを進めないと、色々と厄介そうだから、今のタイミングでことを進めたっていうのに、もうここまで来てしまっているし…)

(何の能力を持っているかは知らんが、体術のレベルから見るにあのバカ犬に匹敵はするものを持っている。)

(加えて、恐らく、増援も呼ばれてることでしょう。私たちを確実に捉えるために…そこから考えると私たちが取るべき選択肢は…)

(敵の能力が不明である以上、ここで全ての手の内を見せるのは愚策。そして、増援を呼んでいる以上、私が取るべき選択肢は…)

(短期決戦!!)

(長期決戦)

 

全く逆の選択肢が両者の頭で結論づけられ、その瞬間に両者の殺気が火花を散らす。

あたりの空気が張り詰め、緊張感が増していく。それが最高潮に達した瞬間、先に動き出したのは、恵莉だった。否、それを動き出したと言っていいのか。彼女の身体は何かに撃たれたように頭は高速でブラされたのだ。

そう。先に動いたのは恵莉だったが、先に攻撃を仕掛けたのは那月だったのだ。

扇を優雅に煽ぎながら、実に優雅に彼女は言葉を述べる。

 

「とは言っても、短期で済むのならば、そちらの方が何倍もいい。さっさと終わらせよう。」

 

ぐらりと体勢を崩され、体が傾いていく。だが、その身体が地面につくことはなかった。崩れかけたその身体を踏み込むようにして、足が支えたのだ。

予想していたのか那月はそれを驚くこともせずに観察する。

 

「……。」

「…意外ね。あなたも(・・・・)直前で選択肢を変えてくるなんて…」

「何?」

 

だが、放たれた言葉には驚愕を示した。彼女は先ほどの思考について、一切口を漏らしてはいない。そのことに驚愕したのもそうだが、何より、彼女の選択肢に驚かされたのだ。

 

(ヤツとしては、ここは短期決戦を狙うのが確実なはず…それを逆と言うことは、長期決戦の方がいいと思ったと言うことか?一体なぜ?)

 

彼女のその疑問は解かれることなく、彼女の目の前に黒い球が迫ってきた。

 

「っ!?」

 

黒球を首を横にそらすことで避ける。黒球はそのまま監獄結界の壁面に当たり、亀裂を作り出す。那月は、避けながら、今きた攻撃の解析を行う。

 

(今のが攻撃魔術。いや正確には呪詛の塊か。確か、ガンド(・・・)だったか?)

 

その言葉が一人の男の言葉を想起させる。

 

ーーーーーー

 

「アーチャー。」

「なんだ?」

「貴様は先ほど言っていたな。私たちの時代と貴様らの時代では魔術のレベルは大きく違う…と」

「ああ、確かにな。」

「それについて、貴様らの使っていた魔術を一つ挙げながら説明してほしい。情報は多ければ多いほどいいからな。」

「ふむ。」

 

少し考え込むようにして、顎に手を当てた後、また少しして手を離しながら、答える。

 

「例えば、ガンドという魔術がある。」

「ガンド?」

「ああ、そう珍しくもない。呪詛を含んだ魔術攻撃で、黒い弾となって相手を攻撃する。俺の時代では、普通ならば、その攻撃を受けた場合、呪詛によって腹が痛くなるなどの症状が発生するだけなのだが、これが上等な魔術師となると勝手が変わる。」

「ほう。どのようにだ?」

「コイツを上等な魔術師が放った場合、質量を持つ(・・・・・)。俺が知る中で天才とも言えた魔術師はこのガンドを放つだけで、厚さ50cmほどのコンクリートの壁を余裕で貫いた。だが、もしも…」

 

 

そこで一拍置いて、那月の方を向き直すと、話の続きを言い始める。

 

「もしも、この世界でその魔術師が同じ魔術を使ったのならば、厚さが全く同じの鉄板すら貫いただろう。」

「っ!」

「いや、それ以上のものすら破壊が可能かも知れん。だが、とにかく、それだけの破壊を生むということだけ、念頭に置いて欲しい。」

 

ーーーーーー

 

改めて、壁面を見る。彼の言葉を参考にするならば、ただの呪詛魔術。それが壁に達した瞬間、自分の監獄結界の一部を確実に削り取っていた。監獄結界はその特性上、魔術などの異能に対して一際強く対抗できるように作られている。その監獄結界に対して、ただの呪詛魔術程度で亀裂を作り出すことができる、ということは…

 

(なるほど、油断ならんな。この女。)

 

改めて、目の前の敵が強敵だということを認識し、警戒を強め、視線を鋭くするのだった。

 

ーーーーーー

 

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」

「おっと!!」

 

折れた腕を抑えながら、怪物の攻撃を避ける。そして、避けながら、現在の自分の状況を正確に把握する。

 

(腕の完全な治癒は…おそらく、この戦いの間中は無理だろうな。片腕のみじゃぁ、流石に僕の格闘能力をたかが知れてる。さて、どうしたものか…な!)

 

ダンと、地面を踏み込む。そのことに対して、ジャバウォックは不思議に思ったが、突進をやめず、突っ込んでくる。だが、怪物ジャバウォックは、その途中でバランスを崩したように足を止めた。

 

「っ!なにっ!?」

「ほぉ、並のサーヴァントなら、今のだけで転んで、二度と立ち上がらないものなんだけどね。バランスを崩すだけとは、いやはや…」

 

なまじ、膂力が強すぎる使い魔であるジャバウォックを前に出させて自分は後ろで待機しながら、戦闘に出ているため、状況の変化を察知しにくかったナーサリーライムは、驚く。だが、ジャバウォックが止めた足をわずかに前に進めたことにより、その状況を察知する。

 

(ほんの少し足を進めただけで、地面に亀裂が走ったわ!じゃあ、今ジャバウォックが動きを止めたのは…)

「重力操作系の宝具か、魔術!?」

「当たりだよ!そして、コイツを出させて…」

 

言葉を言いながら懐へと手を伸ばす。その手が何を意味するのか瞬時に理解したナーサリーライムは命令を出す。

 

「っ!?ジャバウォック、その手を止めて!!」

「残念。届かないよ!」

 

超重力下にも関わらず、まるで動きが衰えていないかのように動き続けるジャバウォック。だが、さきほどの一瞬の硬直が仇となり、ニュートンの懐に伸ばされた手は、即座に引き抜かれ、その手に持っているものを曝け出した。

 

瞬間、その手に持つものが輝き出す。

 

「っ!この光…あの手に持つものはまさか!」

「そうさ。もう一人のキャスター。その怪物、ジャバウォックくんが嫌いで嫌いで仕方ない概念(モノ)。ヴォーパルの剣だよ。僕も錬金術師の端くれ。これくらいのものは用意しろと言われれば、即座に用意できるくらいの腕はある。」

「◾️◾️◾️◾️◾️◾️!?」

 

光を浴びた瞬間、苦しそうに呻き出すジャバウォック。

その悲鳴を南宮那月は聞いていた。

 

ーーーーーー

 

「ヴォーパルの剣!キャスターから話は聞いていたが、まさか、もうその対処方法を出してくるとは!」

 

その事実を知り、那月は冷静に分析を始める。

 

(ジャバウォックは『ヴォーパルの剣』の前では、大きく弱体化すると言う。だが、なぜ、あの怪物がジャバウォックだと知っている(・・・・・)?)

 

すでに大きく情報として出回ってしまっているのは、ヘラクレスと衛宮士郎の両名のみ。それ以外のサーヴァントについては、絃神島の管理者側が箝口令を敷いたことと、聖域条約の観点から、知られてはいないはずだ。

なぜ、ここで聖域条約のことが出てくるかと言うと、あの条約は元々三人の真祖の強大な戦力(・・・・・・・・・・・)を危ぶんで作られた条約だからである。三人の真祖の力が唯一無二であり、完全無欠だからこそ戦争を回避するためにも聖域条約は結ばれた。そこにサーヴァントなどと言う存在が出ようものなら、一気に天秤が狂ってしまう。

 

だからこそ、サーヴァントの情報については確実な処置が行われたのだ。

 

(その上で知っていると言うことは、ヤツは、先刻の波朧院フェスタの戦いを直で(・・)見たか。或いは、あのヘラクレスとそのマスターに何らかの繋がりが出来上がっているかのか、あるいはその両方か…)

 

ヘラクレス と衛宮の前代未聞の激闘が放映されてしまったあのタイミングからして、通信環境を掌握していたモノがヘラクレスたちとなんらかの繋がりがあることは確実。となると、

 

「貴様らか…あの波朧院フェスタで通信環境を掌握し、全ての情報の統括などをやってのけたのは…」

「…さぁ?どうかしらね?」

 

答えるはずもなく、惚けられる。だが、そのことに対して追求したりもせずに真っ直ぐとその目を向ける。

 

「ふん。いいだろう。貴様らが一体何を狙ってこの聖杯戦争などと言うモノに参加しているのかはどのみち聞かなければならなかったことだ。先ほど言ったように、短期決戦で早々に終わらせてやろう。」

 

ーーーーーー

 

闇に囲まれた空間。そこには天井もなく、床もない。ただ、だだっ広い空間が自分を冷たく包み込んでいるだけだった。

 

その中に浸りながら、彼女は静かに時が経つのを待つ。そう。待つだけだ。騒いだりもせず、以前のように脱走を企てたりもせず、ただ待つだけ…

そんな彼女が不意にピクッと目線を上げる。

 

「こんな場所までわざわざご苦労なことだ。何の用だ?」

 

声を発すると共に、暗闇の中に渦が出来上がったような気がした。小さな渦はふよふよとクラゲのようにその女性に近づく。そして、顔が目と鼻の先ほどの距離になった時、そこから声が聞こえ始める。

 

『ふぅ、やっと見つけた。いやぁ、見つからなかった時はどうしようかと思ったよ。いや、ほんとに…さて、少し話をしようじゃないか?

 

仙都木阿夜』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XII

初のグランド・ロムルス=クイリヌスが当たった。
ために貯めた石と召喚符合計100ガチャ分さらば!
お金が掛からなかったのは良かった…


「話、だと?」

『そう。話さ。えーと、それじゃぁ、まず…』

「ならば、他を当たれ。私は、貴様と話すほど暇ではない。」

『そうそう。暇ではない…って、え!?』

 

そう言うなり、踵を返し(闇の中なので、何がどう返されたのかさえ分からないが)、また静かに時を経つのを待つのだった。

 

『い、いやいや、ちょっと待って!君としても是非とも聞いておきたい話だと思うよ。こんな機会は滅多に…』

「なんだ?はっきり言わねば分からぬか?失せろ、と言っているのだが…」

 

取りつく島もないとはこのことだ。声の主は理解した。彼女には最早、何もないのだ。すでに自分の力の象徴である悪魔をその身から引き剥がされ、目的も見失い、ただ泡沫の如く浮き漂うように目の前の現実を受け入れ始めている。

 

(まずは、彼女から興味を引き出すことから、か)

 

そう考えた声の主、ニュートンは、自らの肉体と同じ姿をとった思念体を作り出す。そして、改めて、仙都木阿夜に声をかける。

 

「ふむ。それじゃぁ、ここからは僕の独り言だ。反応するか、否かはそちらに任せるよ。」

「……。」

 

仙都木阿夜は最早何も話さない。すでに言うべきことは言ったと判断し、これ以上、話に付き合う必要はないと感じたからだ。

 

「全ての始まりは150年前、そこである一つの大きな戦いが起こった。一人は英雄と呼べる男であり、一人は怪物と呼ぶべき男だった。彼らの戦いは三日三晩にまで渡り、その3日後の夜ついに決着がついた。」

「……。」

「勝者は英雄。英雄は見事に怪物を叩き伏せ、その場を後にした。この話、君はよく知ってるんじゃないかな?今じゃ、日本人なら、誰でも話くらいは耳にするモノだからね。」

「……。」

 

仙都木阿夜は答えないが、たしかに覚えはある。子供の頃、何度か触れた童謡などできいたことがある話だ。ある一人の日本人(・・・)の話。

 

「物語の方じゃさ。ここで英雄の方はその戦いの後に、最期の戦いに赴いて、壮絶な死を遂げ、怪物の方はそのままひっそりと死ぬ。と言われてるわけだけど、実際はそうじゃない。この話には続きがあったのさ。どんな続きか気にならないかない?」

「……。」

 

独り言だと言っていたくせに話しかけてきたが、それに対して、仙都木阿夜は特に苛立ちもせずに静かに事の成り行きを見守るように立つだけだった。やはり、ここにきても、阿夜には興味はなかったのだ。

 

「英雄の方は、確かに物語通りの死を迎えた。だが、問題は、怪物の方だ。こちらはなんと…

 

今も生きている。」

 

「……。」

 

 

衝撃の事実という風に言葉を締めくくるその少年に対し、阿夜は眉間にシワを寄せる。話に興味が出てきたというよりも、一体、この少年は何を言いたいのかが分からない苛立ちによるものが大きかった。

 

「まあ、アレを生きていると言っていいのかは疑問なんだけど、と言うか僕だったら絶対ゴメンだね。あんな姿(・・・・)。…と、なんだい?ようやく、興味を持ってもらえたのかな?」

「……。」

 

苛立ちを抑えた殺気混じりの視線であるが、少なくとも、先ほどのようにそっぽは向かずに少年に向き合っていた。

 

「だが、ちょうどいい。ここからがクライマックスだからね。その怪物の生死、それこそが現在のこの世界の異常性(・・・)を示しているんだよ。」

「世界の…異常性だと?」

 

ここでようやく阿夜は声を出して、興味を示した。

 

「聞くけどさ。君、以前の絃神島での戦いの時に『闇誓書』と呼ばれる魔導書を使って、この島を全く別の異界に変えて、異能を無効化することができたそうだね?」

「それがどうした?」

「だっていうのに、おかしくないかい?君の目の前には一人、かなり制限された状態ではあったが、異能を使うことができているヤツ(・・・・・・・・・・・・・・・)がいただろう?」

「っ!?」

 

聞いて思い出すのは、一人の存在だ。褐色の肌と白い髪、赤い外套がトレードマークの男。あの男は、苦しんでいる様子ではあったが、確かに能力を使えていた。

そうだ。思えば、不思議だったのだ。自分は魔女だ。魔女とは知識を蓄えるモノ。叡智をその身に宿すモノ。たとえ、価値観が違おうとも魔女たちのその本質だけは変わらない。だというのに、あの時確認した異能は、そう。あの異能だけはどんな系統の能力にも当てはまらなかった。

過適応者(ハイパーアダプター)という人種がいる。彼らは、魔力も呪力もなんの触媒も使わずに異能を使える存在だというので、彼らならば、もしかしたら、その世界の法則にさえ逆らえるのではないかと思った。だが、それにしては、魔力のようなモノを感じなかったし、何より、魔女たる自分の直感が囀っている。アレは、そんなチンケな能力じゃない、と…

 

「…ふむ。君も薄々感づいていたようだね。彼の異能は君の知っている異能とは全く性質が違った、と…そう。その通りさ。君の考えている通り、彼の…いや、僕ら(・・)の使う異能は性質が全く異なる。まあ、とは言っても、僕らの異能は最早、かなりそちら側に(・・・・・)寄ってしまっているが…」

「……!!」

 

眉間にシワを寄せ、ニュートンを睨みつける。そこには最初抱いていた無関心などは最早なく、次の答えはその視線で求めていた。

 

「ようやく興味を持ってくれたか。では話そう。いったいこの世界で何が起ころうとしているのかを」

 

ーーーーーー

 

「っ!?」

 

ニュートンがヴォーパルの剣を掲げてからというモノ、戦闘はこれ以上ないくらい一方的に進んだ。

ニュートンが放つ攻撃をいっそ華々しいほどに受け続けたナーサリーは全身がボロボロだった。

 

「案外呆気なかったね。拍子抜けするほどだよ。」

「……っ!」

「そろそろ終わりにしよう。いつまでも見られる夢など存在はしない。夢は、もう覚める時間だ。」

 

(覚める…)

 

その言葉が彼女、ナーサリーライムの中で響き渡る。彼女の特性は自分の契約したマスターによって、その能力と外見、性格までも大きく変わることにある。

紆余曲折して、那月をマスターとし、彼でも彼女でもなかったモノは、彼女になった。那月の夢になったのだ。

ナーサリーは、いや、那月がつけた名に沿うならば、アリスは、彼女自身は何も自覚がないままだったが、その言動には以前と明確に差異がある。彼女は那月の夢だ。那月がもし、こうあれたのならばと願った夢。人並みの少女として青春を謳歌し、いつか大人になるというありふれた、だが、決して叶うことのない夢だ。

 

普通に成長したい(・・・・・)。何も、世界の闇も、血も知ることもなく、普通に生きたかった。そう胸の奥底で願う那月がマスターだからだろうか。サーヴァントは不変のはずだというのに、時間が経つごとに、言動はわずかに大人びていき、今は、ほんのわずがだが、身長も自分のマスターより伸び始めているのだ。

 

「それは、嫌だなぁ…まだ、おしまい(・・・・)にしたくない。」

 

物語はその結末を見せてこそ、その作品の真価を相手に見せることができる。物語自身そのモノであるナーサリーライム(アリス)にとってそれは許容しがたいモノだった。まだ完結もしてないうちに筆を置かれれば、読者からは悲しまれ、非難されつづけるしかない定めにあるのが物語というモノだ。

 

だから、まだ、おしまいにはしたくない。

 

「しょうがないな。ああ、しょうがない。すべてを出し尽くさないにしても今の私の能力をもう少し、出さないとあなたには勝てないみたい…」

「…?」

 

「それじゃあ、行くよ。」

 

その言葉とともに、アリスは闇に溶ける。

 

「なんだい?今更、霊体化なんて、そんな能力じゃ僕は倒せないよ。」

 

そっと、目を閉じて、辺りに意識を集中させる。そして、即座に目を開き、

 

「そこだ!」

 

キャスターが叫ぶと共に一つの魔術を放つ。

当たった。手応えを感じたキャスターは微笑を浮かべながら、近づいてくる。

 

「物理には干渉されない霊体化も魔術的に霊体に対応しているモノを使えば、この通り、攻撃できるというわけさ。最期がまさかこんな終わり方をするなんてなかなか情けないサーヴァントだね。」

 

スタスタとアリスに近づき、勝利を確信した笑みを浮かべる。そして、最期に自分が攻撃したものが敵であることを確認するために、顔を覗き込む。だが…

 

「なに?」

 

そこにいたのはアリスではなく、自分が先ほど相手をしたトランプ兵だった。

しかし、そのことに対して、思考をする時間は与えられなかった。次いで!即座に攻撃(・・)が来たからだ。

 

「!!?」

 

ドゴッという打撃音が響く。キャスターはそれに対して、防御が間に合わず、モロに衝撃を受けて仰け反ってしまう。

膝を着きながら、前を向く。そして、彼は今度こそ正真正銘の驚愕を胸に抱きながら、前を向く。

 

(馬鹿な!霊体化はあらゆる物理現象を無効化する代物だ。それは当然、自らの攻撃という物理現象も含めての話。だが、このサーヴァントは今、全く姿を見せない状態で攻撃を仕掛けてきた!)

 

それに類する宝具はあるのかもしれない。だが、もしも、このサーヴァントがその特性を持ってしまった場合、非常に厄介なモノになってしまう。だから、その予感は当たって欲しくなかった。

 

『ねぇ、耳から耳まで届く笑いって、どんなモノだと思う?』

 

ふと、そんな言葉が聞こえてくる。

 

『それは狂いからくるモノ?楽しみからくるモノ?侮蔑からくるモノ?それとも、余裕からくるモノなの?』

「なんだ?何を言って…」

『質問よ。質問なの。私はまだ子供だから、あのひとの夢である『普通の大人』にまだなれてない。だから、いっぱい勉強しなきゃいけないの。

ねぇ?キャスター、貴方を倒せば、私は果たしてその笑みが勝利からくるモノなのかどうなのか分かるんじゃないかしら?ええ、きっとそうよ。だから、

 

ここで私に倒されてね。キャスター。』

 

その発言を皮切りにニュートンは全身から冷や汗を滝のように流した。

即座に理解したからだ。自分の周囲に軽く40は超えるほどの殺気の波が立ち、だが、その殺気を流しているモノたち全てが不可視だということを理解したのだ。

 

ーーーーーー

 

「ふん。」

 

つまらなさそうな呟きとともに那月は空中に魔法陣を作り出し、その魔法陣から戒めの鎖(レージング)を放つ。

 

「はぁ!」

 

その鎖を持ち前の身体能力で紙一重で躱しながら、その都度、ガンドの攻撃を加える。その様子に那月は舌打ちする。

 

(先ほどからこれの繰り返しだ。あの女、私が鎖で攻撃しようとも避けてガンドを放つか、体術を使うかのどちらかのみ。決め手があまりにも欠けている。それは私の方も同じことではあるが)

 

不気味さからどうしても一歩退いたような攻めの仕方で戦闘を行っている那月。この流れを変えるには自ら打って出るしかないと分かってはいる。ただ、やはり、もうすこし、今の状態で敵の能力の分析を行いたいという欲が出てしまう。

 

(流石に我慢の限界だな。もう少し能力を使って…いや…)

 

と、ここで辺りを見回す。

 

(そういえば、そうだな。あまり戦闘として使ったことはないから失念していたが、使ってみるか。)

 

彼女はそう考えたと、またも魔法陣から鎖を召喚させる。その場所は、ちょうど恵莉の足元だ。それを跳躍することで、軽々と避ける恵莉。

だが、そこからさらに中空に魔法陣が召喚され、攻撃を開始する。身を捻ることでそれを避ける。そこから次々とただただ避け続けていた。

そして、十数回ほどその回避を繰り返したところで恵莉は思考をめぐらせる。

 

(戦闘のパターンに大きな変化はない。だけど、僅かに戦闘のリズムが変わってる。流石に焦れてきた?いや…)

 

それはない。見た目こそ、少女だが、目の前のこの魔女は歴戦の強者だという話だ。この程度で焦れては歴戦は名乗れまい。

 

(だとするなら、コレは…どこかに誘導されてる!?)

 

気づいた時には遅かった。背中に硬い感触を感じた。最早、見るまでもなく、それは壁だ。辺りを見回せばそこにも壁があり、唯一壁がない正面には鎖の蛇の大群が配置されていた。

三方に壁、前方には鎖の蛇の大群。それを認識した瞬間、鎖は一斉に自分の元まで突っ込んできた。

 

ズドドドと次々に突き刺さる鎖。その姿を見ながら、那月は言う。

 

「ここをどこだと思っている?私の術式、監獄結界の内部だぞ?貴様らよりも私の方が内部の事情に明るくて当たり前だろう?」

 

彼女はそう言うと、距離を詰めすぎないように遠目からそれを確認しようとする。

 

(仕留めたか?いや…)

Es ist gros,Es ist klein(軽量、重圧)…」

 

瞬間、傍らの壁から魔術の詠唱らしき声が聞こえてくる。その声が聞こえてからすぐに、その場を離れようとバックステップをしようとする。だが、遅い。彼女が次のアクションを起こす前に、目の前にはいつのまにか移動していた恵莉の姿があった。

姿を確認できた瞬間、腹部に衝撃が走る。恵莉の拳が那月の体を貫いているのだ。

 

「ぐっ!?」

 

血を食いしばった口から漏らし、2、3歩後退する。

その様子を見ていた恵莉は少し意外そうに目を見開き、その後すぐにどこか納得したように目を細める。

 

「その血。あなた南宮那月本体ね。そうよね。いくらなんでも早すぎた。あなたの空間魔術をフルで使ったところで空港からここまでは30分ほどかかっていたはず…それを五分たらずにするにはどうやってもそういう裏技が必要だものね。いえ、そもそも、この魔術の特性上、あなたは結界が現出した時点で起きなければならない(・・・・・・・・・・)のかしら?」

 

恵莉の問いを無視して、那月は先ほどまで恵莉が立っていた三方が壁に囲まれている場所を見つめた。

その床には、大きな穴が開けられていた。

 

(私の監獄結界に傷をつけたか…それ自体はそこまで不思議ではないが、だが、ヤツは…)

 

異能に対して非常に強い耐性を待つ監獄結界、傷をつけることとて、容易ではないはずだ。だというのに、監獄結界の穴はそのさらに下の床まで貫通し、結果、床を三枚ぶち抜くという事態を引き起こしている。

 

(やはり、私の予想は正しかった。この女、自分の能力を今まで隠しながら戦っていたわけか。)

 

目の前の敵の脅威を再評価し、だが、その上で、那月は勝てると断言できた。戦ってみると分かる。この女は確かに非常に強力な戦闘能力を持っているのだろう。おそらく、自分のよく知る格闘チャイナ教師にも単独で迫れるはずだ。

だが、絶対的に経験が足りない。おそらくは元々が学者肌なのか、表に出るタイプではなかったからなのか、経験の差は判断に差を招き、行動に起こすための判断力を僅かにかけさせている。だが、これは逆に言えば…

 

(経験さえ補うことができれば、この女は更に厄介な存在になる。指揮者的な意味でも、戦士的な意味でも…)

 

だからこそ、今この場で倒しておかなければと考え、手に持つ扇をスッと恵莉の方へと差し向けた。

 

「!」

 

その瞬間、那月の背後の虚空から、鎖が召喚され、真っ直ぐに恵莉へと向かっていった。それ自体は今までと何か変わるわけではない。だが、問題はその速さだ。

明らかに先ほどよりは倍は速い鎖群が一斉に自分の方へと向かってきた。

 

(っ!なーるほど、さっきまで本気を出してなかったのは私だけじゃなかったってわけね。)

 

鎖の群体に苦戦し、押され気味になる恵莉。だが、これはいい(・・・・・)と恵莉は考えた。

 

(ええ、さっきの『キャスター』の話を聞けば、これは良いと言える状況のはず!)

 

ーーーーーー

 

それは、那月と本格的な戦いを始める少し前のことだった。

 

(わざと苦戦する?)

(ああ、これから仙都木亜夜を勧誘するにあたっては、こちらに時間がないことをアピールするべきだろう?ならば、こちらがある程度苦戦しなければ、あちらとしても余裕があると判断するだろう。)

(そもそもの話、この監獄結界は異能を封印するものなんでしょう?絶賛、収監中の囚人がこちらの状況を把握できるとは思えないけど?)

(いーや、そうとも言い切れない。何せ、あの魔女さんは、一度この監獄結界を脱獄した身だ。まぁ、それを考えるなら、この監獄結界のもっと奥に彼女を収監しているはずだから、マスターの考えてる通り、こちらを把握できていない可能性の方が高いんだけど…)

(念には念を押しておくべきだと…)

 

ーーーーーー

 

その話を聞き、一理あると判断した恵莉は苦戦している状況を演出しようと考えたのだ。だが、今のこの状況は演技というよりも、素で苦戦しており、狙い通りの『苦戦』とは言い難かった。

 

(こっちも後のこと気にせず、本気を出せるなら、何も考えることなくいけるんだけど、ううぅ…)

 

彼女の家、遠坂家は宝石魔術の名門と言われていた。宝石魔術とは言うまでもなく、宝石を使った魔術だ。使用された宝石は当然の如く、それ以上使用することはできず、つまり、この宝石魔術、非常にお金がかかるのだ。

 

(アインツベルンと協力関係にある以上、いざとなったら、あそこから借り受けられるって、契約にはなってるけど、なんか嫌なのよね。あそこの宝石使うの…呪われそうな気がして、でも、ううぅ…)

 

故に彼女が本気を出すと言うことは、それ相応の覚悟をしなければならない。

命よりも先に自分の財産がパーになると言う覚悟を!

そして、そんな必死さは百戦錬磨の魔女にも伝わった。

 

(ふむ。本気を出そうとしても、今は出せないと言うところか。なるほどな。今はまだ、私に奥の手を見せようとは思っていないと…)

 

戦略的な思考だ。ただ、ことこの場において言うのならば、非常に正しい思考の仕方。もっとも、当の恵莉はというと、自分のお財布事情をただひたすらに頭の中で巡らせて、思考に図っているだけなのだが…

 

(ううぅ…どうするの!?どうすればいいの!?)

 

ーーーーーー

 

暗がりの中、その詠唱が響き渡る。

 

「素に銀と鉄。 礎そに石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。」

 

それは合図だ。この世界に対する反逆の合図だと、その詠唱主である仙都木は考える。

 

「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻ときを破却する。」

 

この結界にて永劫漂いながら、人生を終えるものと考えていた。だが、違った。あの子供の姿をした賢人に言われたことを聞き、自分はここで立ち尽くすべきではないと思った。

 

「――――告げる。

汝なんじの身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。」

 

そうだ。もし、事実(・・)ならば、このままいけば、この世界に後はない。

 

「誓いを此処ここに。

我は常世とこよ総すべての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷しく者。」

 

その呪文通りに自分はこの世界の善となろう。そして、総ての悪を敷いてみせよう。それこそがこの世界の真実。この世界をあるべき姿へと戻す第一歩。

 

「汝三大の言霊ことだまを纏七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

最後の詠唱を終えた瞬間、阿夜は思った。

 

(そのための一歩として…いいだろう!貴様らを利用してやる!英霊共!!)

 

ーーーーーー

 

暗がりの中でその詠唱が終わった瞬間、それは起こった

 

光が自分たちを包んだ。温かなそれでいて、無慈悲な光が自分たちを包んできたのだ。それが一体なんなのかと理解する間はなかった。ナーサリーは、光に照らされた瞬間、自分が召喚したはずの透明な群体とトランプ兵たちを焼き尽くされた。ジャバウォックを急いで召喚しようとしたが間に合わない。それは一瞬でナーサリーの体を包み込み、吹き飛ばした。

ついで那月もそれを見てその光に対して防御体制を取ろうとする。だが、無駄だった。衝撃を伴った光が那月を包み、そして、叩きのめされていた。

 

ーーーーーー

 

時は五分(・・)ほど後へと飛ぶ。

それは突然だった。那月は何が起きたかすら理解はできなかった。

 

戦況は優位だったはずだ。

心情的にも自分も、そして自分の使い魔たるサーヴァントも確実に優位な状況にいたはずだ。だというのにそれを一瞬にして塗りつぶされた。自分も自分のサーヴァントも地面に仰向けに倒れていた。自分はいくらか出鱈目な人物だというふうに裏の世界では名が通っているが、それを超す出鱈目ぶりだ。

 

「な、何が、あった?」

 

ゆっくりと仰向けになっている首を持ち上げて周りを確認する。ここ最近よく怪我をする。こんな生身の体でしか得られない経験、自分には最早縁のない代物のはずだったせいか、いささか以上に傷の痛みを激しく感じ、顔を顰める。

だが、それを我慢してなんとか顔を上げる。するとその視線の先の上空にそれを見た。

 

「ーーーー。」

 

美しかった。こんな状況だというのに、自分は上空にあるソレに思わず見惚れてしまった。例えるなら、エイとクラゲを合体させたようなUFOと言ったところだ。アレには明確な意思を感じる。なのに、UFOという例えは少し不適当なのかもしれないが、そう思ってしまった。

そんな彼女の傍から子供の声が聞こえてくる。先ほど、自分のサーヴァントを相手にした子供とは別の子供の声だった。

 

「ご苦労様。召喚されて早々申し訳ないけど、仕事を果たしてくれてありがとうね。」

 

その言葉から那月は察した。

その声の主こそが不意打ちとはいえ、自分たちをここまで追い詰めた怪物たちの主人なのだと…

 

「貴様、何者だ?」

 

その子供に睨みをきかせながら、なんとか体を起こして質問する。

その睨み顔に対し、毛ほども恐怖を感じることなく、その子供は言った。

 

「僕かい?僕の名前はね…」

 

ーーーーーー

 

そして現在、来客の気配を感じたアーチャーはほんの僅かに眉を釣り上げながら地平線の彼方を見つめる。その姿を怪訝そうな顔つきで見る古城たちを他所に、自分の背後にいる主人に対して声をかける。

 

「夏音、すでに察しているとは思うが…」

「先ほどからこちらに来ている少しおかしな気配のこと…でしたか?」

「ああ、流石だ夏音。」

 

最もアーチャーにとっては馴染みのある気配だ。その気配を感じた瞬間から、エミヤ(・・・)は今や遠い過去となった思い出を頭に巡らせる。

 

「…昔から、当たりたくないと思った予想ほど、よく当たるものだ。常に最悪を想定するのが戦の鉄則だが、これは流石に最悪にすぎるな。

 

全く、ムカつくことだ。」

 

それは自戒にも似た怒りの吐露だった。

 

一番最初におかしいと思ったのは、あの時だった。あの波朧院フェスタが開催されるその前日に自分は叱咤されるような殺気を感じ取っていた。

だが、ここがおかしかった。なぜ敵に対して叱咤を送る(・・・・・・・・・・・・)?敵とは必ず殺すべき存在。隙があるならば、そこを迷いなく攻めるべきだ。叱咤を送ってしまえば、かえって隙がなくなってしまう。最初はセイバーやランサーが腑抜けた自分に対して、送ったものかと思ったが、違った。二人の殺気を言い表すならば、一人は重岩を押しつけられたような殺気、一人は牙を突きつけるような殺気だった。

あの時感じた殺気は、なんと評すればいいのか…例えるならば、極上のステーキを目の前に出された瞬間に出す飢餓感にも似た殺気だった。

 

それでいてどこか懐かしくも感じた。

 

「ああ…そうだ。」

 

ランサーと戦った時もそうだった。ランサーはこの世界に対して、己が考えを自分に対して、言っていた。そんな中で、自分は最も可能性が低いと思っていた事項を真っ先に思いついて、それを頭から消し去ろうとした。

最も可能性が低いと言ったわけはその相手の体質にある。本来なら間違っても英霊になどはなり得ない存在だ。むしろ、その逆に位置する怪物。それがアイツだ。

 

「そんなことはあり得ない…と、そう思っていた。あり得てしまったら、俺はとんでもない間違いを犯したことになる。例え、それがどこぞの誰かが起こした過ちだったとしても、原因となったのは間違いなく俺たち(・・・)だからな。」

 

だが、否定する材料がないうちにどんどん確信だけが深まっていき、ついにはアイザックニュートンとの一対一の戦いの際にある組織のある人物に対して、こんなことを考えていた。

 

(……いや、アイツのことは今いい。考えるべきことではあるかもしれないが、今考えている場合ではない。)

「そうだ。あの時から、もうとっくに、答えを出ていた。」

「シェロ兄さん?」

「なぁ?そうだろう?」

 

飛来してきた怪物たちの姿を見る。まだ遠くにいるが、遠目でもよくわかる。

彼らとはよく戦いあったから(・・・・・・・)。あの冗談のようなメイド型ロボや、鯨のような外見とサイズをした犬。それらが急速に近づいてくる中でその名前を読んだ。

 

ーーーーーー

 

「僕かい。僕の名前はね。」

 

にっこりと笑いながらも、少し親しみを感じさせない殺気を流しながら、少年は名前を口にした。

 

「「メレム・ソロモン」」




全く予想してなかった。とか、ふざけんなとか思う人がいるだろう。でもこれからが本番だ。
これからさらにこの物語は混濁していくんです。
お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XIII

気づけば、13話目長いなぁ


那月に名を問われる前、召喚されたメレム・ソロモンはまず、ゆっくりと周りを睥睨した。少しして、何か得心がいったように頷くと

 

「なるほど、初めてではない(・・・・・・・)けれど、こうやって改めて見ると、なかなかどうして、面白い世界だね。あれかな?初めてネバーランドに行った時の子供たちの心境というのはこんなものなのかな?」

 

割とウキウキしながら、周りの観察に勤しむメレム。その後ろから、一人の女性が出てきた。脱獄した仙都木阿夜だ。

 

「ネバーランド…か。確かにあのサーヴァントの言葉を信じるのならば、貴様の場合、そう言った言葉は正しい表現と言えようが…そういえば、貴様のクラス名を聞き忘れていたな。クラスはなんだ?」

「クラスはアサシンだよ。まあ、僕の能力からして、暗殺なんて最も向いてい…ないこともないのか。まあ、多分、僕が人類の敵、殺人者としての側面があることからそこを抽出されたんだろうね。」

「なるほどな。つまり、とんでもないロクデナシということか。」

「あはは、その通りだけど、すごいストレートに言うんだね。君。」

 

特に気にした様子もなく、笑いがながらも睥睨していると、視線をある一点で止める。その一点とは遠坂恵莉とアイザック・ニュートンがいる地点だった。

 

メレムはそちらへと近づいていくと、

 

「はじめまして。僕はアサシン。あそこのマスターから召喚されたサーヴァントだ。」

 

満面の笑みで言葉を投げかけてくる様子を見て、人懐っこい人物なのだと誰もが思うだろう。只管に猟奇的なその瞳を見さえしなければ…

 

今にも自分を食らおうとするそんな怪物を目の前にしながら、恵莉はニュートンが止まるのを無視して、挑戦的な瞳をその怪物へと向ける。

 

「ええ、はじめまして。私があなたのマスターと協力関係にある遠坂恵莉よ。協力関係の証として、キャスターは…今はまだ敵もいるし、真名は明かせないわ。それで?あなたが仙都木阿夜のサーヴァント、私たちの狙い通りのサーヴァントということでいいわけ?」

 

少女のその態度に面食らったような表情を見せるが、すぐに笑みを見せる。今度は、猟奇的な瞳を覗かせることなく、満面の笑みだった。

 

「うん。いいね。君。僕の能力を知っている上で怖れながらも、懸命に前に立とうとする。健気さが強いが、確かな威厳を感じたよ。我が友(・・・)以外で、ここまで僕に対して言葉を投げかけられる人間は指で数えるほどしかいなかったからね。

 

しかし…」

 

だが、そこで声のトーンを一際低くし、困惑を顔に浮かべながら、話を連ねる。

 

「君たちなかなか挑戦的だねぇ?僕と君の協力関係にあるアインツベルンとはとんでもない因縁があることは調査済みだろうに…何かな?そこまでして…

 

死にたいのかな?」

 

最後の言葉だけは強めると同時に殺気を押し放った。周りの壁という壁が悲鳴を上げ、空気が軋む。だが、それらを受けながら、恵莉はサーヴァントを盾とせずに、なおも毅然と言葉を投げかけた。

 

「そうじゃないわ。単純にあなたなら、私たちの計画に賛同してくれると思ったからよ。かのガイアの化身の忠実な僕であるあなたならね。」

「…ふーん」

 

その恵莉の問いかけに対し、メレムは今まで以上の苛立ちを感じたが、それを表に出すことはなく、逆に少し感心した。

 

「なるほどね。僕が君たちの敵になりうることも分かっていると同時に、僕がこの場でどう動くかも想定してたわけか。ふむ…」

「……。」

 

ゴクリと生唾を飲みながら、恵莉は次の言葉を待つ。

 

「ふむ、それなら、まあ、いいかな。協力してあげよう。」

「……。」

 

その言葉を聞き、目線を下に下げ、ふーっと息を吐く恵莉。正直ギリギリだった。いくらキャスターがいるからと言って、先ほど不意打ちとは言え、南宮那月とそのサーヴァントを倒して退けた男である。最悪、自分たちは殺される可能性があった。

 

「あ、おーい!」

 

そんな恵莉の心情など知ったことではないように、アサシンはその場から離れて、声を張り上げていた。何事かと、目線を上げる。すると、そこには

 

「ーーーー。」

 

美しい何かがいた。水色の半透明な体を持ち、エイとクラゲを組み合わせたような姿をした生物?が空に浮遊していた。驚くのはそのフォルムだけではなく、その美しさだった。先ほど、エイとクラゲを掛け合わせたかのようと言ったが、そんなものではない。まるで、すべての生物の美しさだけを抽出したと言っても決して過言ではないその威容が視覚から五感を支配していった。

 

(これが伝説に聞く四大魔獣。)

 

その正体を恵莉は知っている。元々、この男だけは必ず召喚するべきだと考えていたため、調べてあったのだ。この男は人々の悪意を元に何度のように形取った悪魔四体を従えているという。それが右手、右足、左手、左足に対応して、文字通り、アサシンと一体となっている悪魔たちなのだ。彼らはそれぞれ能力を有しており、その中でも、最も強大な戦闘能力を有しているのが、目の前にいる

 

(左足の悪魔…)

「ご苦労様。召喚されて早々申し訳ないけど、仕事を果たしてくれてありがとうね。」

 

そう言いながら、メレムはその悪魔の頭を撫でた。目がどこにあるのかも分からない図体をしているので、どこが頭なのかは分からないが…

 

「何者だ。貴様」

 

すると、ここで少女の声が聞こえてきた。その問いに対して、特に答える必要などないのにアサシンは名乗り出す。

 

「僕かい。僕の名前はね。

 

メレム・ソロモン

 

っいうんだよ。」

 

と、そう名乗り出した。それに対し、恵莉は慌てる。

 

「ちょ、あなた!?」

「ん?ああ、僕らサーヴァントは安易に名前を名乗っちゃまずいんだっけ?けど、ここで名乗らなくても、名乗ってもそんなに変わらないと思うな。我が友が今回は召喚されてるんだろう?なら、遅かれ、早かれバレることになる。まあ、もっとも…」

 

そこで再び猟奇的な猛獣のような瞳をのぞかせながら、那月とそのサーヴァントを見つめながら、次の言葉を口にする。

 

「君たちに次なんかないわけだが」

「っ!」

 

一瞬で場が凍りつく殺気。那月は、それを受けて身体が強張ることを感じながら、それをなんとか解していく。

 

「っと、その前に…」

「?」

 

だが、メレムはそこから一気に殺気を弱めると、恵莉の方へと向き直る。

 

「ねぇ。我が友…シロウは一体どこにいるか分かるかな?」

「…?私たちの予測では、あなたはそれを知る能力(・・・・・・・)を今ならば持ってるんじゃないの?」

「ああ、うん。そりゃ、そうなんだけど、シロウのことだから、僕が見た(・・)瞬間、気付くと思うんだよね。それじゃぁ、サプライズとしては弱いだろう?だから、聞きたくてね。」

「何それ?」

 

恵莉は怪訝そうな顔を浮かべながらも、ここでもたついても仕方ないと判断し、自らのサーヴァント・ニュートンへと視線を向ける。マスターの意図を察知したニュートンはほんのわずかに目を閉じて、自らの魔力パスに神経を巡らせる。そして、数瞬したのちに、目を開け、メレムに目を向けながら、黙って明後日の方向へと指をさす。

その指を見て、満足そうに頷いたメレムは、指を鳴らす。その瞬間、彼の背後には二つの巨大な影が写され、何者かが召喚された。

一体はメイドのような形をした巨大ゴーレム型のロボ、一体は鯨のような外見とサイズ、威容を放ちながら、その巨大な手足を地につけ、犬のように侍る怪物だった。

 

「やあ、久しぶりだね。君たちも早速で悪いんだけど、少し行って欲しい場所があるんだ。まあ、どこなのかは分かるよね。」

 

ロボと怪物はそれに対して、応答はせずに、ニュートンの指先をじっと見つめた。

それに対するニュートンは冷や汗が出た。改めて、感じたからだ。目の前にいるこの怪物共は自分たちサーヴァントと同格の性能を秘めていることを理解し、そして、戦闘になれば、こちらの敗色が濃厚であることも察したのだ。

そんなニュートンの心内などお構いなしにロボと怪物はその瞳で縫い付ける。

だが、それも僅かな間、そのニュートンの指先のことを察し、理解した二体は対照的な動きを取り出す。方やいかにもロボという雰囲気で背中からジェット噴射して飛び出し、方や怪物らしく、ただきままにゆっくりとその場を後にし、ゆっくりと海の中へと消えていった。

 

「まあ、我が友ならば、僕の悪魔二体でも止めておくには限度がある。せいぜい、30分かよくて1時間というところだろう。というわけで…」

 

そこで改めて、那月の方へと顔を向ける。

 

「とっとと終わらせよう。我が友との感動の再会がこれから待っているのでね。」

「っ!」

 

ーーーーーー

 

ところ変わって、その五分後、メレムに友と呼ばれていた男は、その海原で地平線の彼方を見つめながら、目を眇める。

その眇められた眼に呼応する様に、来客たちは、攻撃は開始する。

メイド型のロボは手をガトリング銃へと変形させこちらに攻撃を仕掛けてきた。

 

「まずい!熾天覆う七つの円環(ローアイアス)!!」

 

一瞬早く、7枚の花弁からなる盾が発動する。その盾目掛けて、弾丸が着弾していく。横殴りの死の豪雨が花弁を叩き続ける。

 

「くっ」

「きゃぁ!?」

「な、なんなんだよ!?」

「いきなり、これとは…貴様の知り合いらしいが、随分な礼儀を持っているじゃないか!?」

 

ニーナの言葉に対し、何も言い返せず、少し微妙な心境を持っていたアーチャー ではあるが、感傷に浸る暇もなく、次にアーチャーは、船よりももっと下、海中より強烈な殺気を感じた。

 

「これは!アーチャー!?」

「分かっている!イガリマ!!」

 

ライダーの言葉を苛立ちながらも、受け入れ、言葉を発すると同時に自らの横に巨大な剣を召喚する。山さえも両断しするであろう巨大な剣は、召喚されると同時に振られることもなく、ただ置かれているだけであったため、周りの人間はなぜ、召喚されたのか理解ができなかったが、次の瞬間、それを理解できた。

 

海原から波音が弾かれると共に、巨大な影が船の両端から出てきた。その影の正体。それは鯨のように開けられていた何者かの顎門だった。

 

「なっ!?」

 

古城が絶句する間にも、その顎門は閉じられていたが、それは途中で止められていた。先ほど召喚した山のような大剣によって、その顎門が止められていたからだ。

何かは剣で己の顎門を止められていることを理解していながらも、その口の力を緩めようとはせずに、逆に強め、その剣ごと顎門を閉じ、噛み砕こうとする。

 

(ちっ!剣自体は壊れはしないだろうが、あれがこのまま閉じられれば、船がお陀仏だ。まだ、学生がこの船にはいる。閉じられるわけにはいかない!)

 

「ライダー、古城、こちらは任せるぞ!オレはこいつらを相手する。その間、夏音を…」

「私も一緒にいます。いえ、いさせてください!」

「なっ!?夏音!?無茶だ!」

 

いつもは聡明なはずの夏音が珍しく強情に突っかかってきた。

その言葉に対し、アーチャーは反対を出すが、夏音の言葉を押す声が発せられてきた。

 

「それがよろしいかと思いますよ。アーチャー。」

 

それはこれまた意外なことにライダーからの言葉だった。

 

「何?」

「あなたは長い間、自らのマスターに何も説明せずにいた。あなた方には時間が必要だ。お互いのことを改めてちゃんと理解する時間が…その時間を今ここで失くして仕舞えば、次は一体いつ取るというのです?次の機会が巡ってきたとしても、また同じような理由をつけて、あなたが遠ざかることは必至でしょう。共に戦うということはそういうことではないはずだ。」

「……。」

「サーヴァントなら、いえ、英雄ならば、どんな事態にも対応してこそでしょう?マスターの一人守ることができず、何が英雄ですか?」

「痛いところを…随分と聖人らしくない言葉だな。戦いを囃したてるなど…だが、わかった。時間もない。一緒に行こう。夏音。」

 

決心がついたアーチャーは改めて夏音に向き直り、言葉を放つ。

それに対して、夏音は心底嬉しそうに笑みを浮かべながら、頷く。

その頷きを確認したアーチャーは詠唱を開始する。

 

I am the bone of my swords.(体は剣で出来ていた。)

 

全ての詠唱を終え、最後の一節を詠む。

 

So,finally I pray Unlimited Blade Works.(その体は、今も剣でできている。)

 

その瞬間、世界が一変した。海原が地平線まで続く荒野へと、青空が焼け付くような赤銅色に変わり、車輪が浮かぶ。荒野には、どこまで延々とまるで墓標のように剣が突き立っていく中、所々に刺さっている白を基調とした西洋剣のの場所にだけは、草が生い茂り、空からの一筋の光を浴びていた。

 

その場所にいきなり転移させられた怪物二体は、辺りを見回すが、特に驚いた様子はなく、すぐに目の前の敵であるアーチャーとその傍にいる夏音へと視線を向けた。

 

「懐かしいだろう?かつて、君たちとオレが最後の決闘を行ったときに使った能力だ。」

 

肩を竦めながら、怪物たちの顔を窺う。怪物たちの表情に変化はなかったが、その代わりとして、戦闘態勢を敷くように強烈な殺気を放ってきた。

 

「なるほど、そちらも準備は完了のようだな。では、こちらも本気で行こう。お前たちの主人も直にこちらに来るだろう。だから、

 

とっとと終わらせよう。」

 

奇しくも、その主人と同じ言葉で締め括られ、戦闘は開始された。

 

150年前、『現代の神話』とまで呼ばれた超絶無比な闘いが今始まる。

 

ーーーーーー

 

「ライダー。シェロたちは…」

「恐らくは、強制的にアーチャーの奥の手の中に引き摺り込まれていったんでしょう。これで先ほどの怪物二体からの攻撃を気にせずに済みます。もっとも、同時にアーチャーの援護も期待できないのですが…」

 

そういった後に、ライダーは今までずっと無口だった土塊の巨人の方へと向き直る。

巨人は、静かに先ほど怪物たちが来た方向を見つめていた。

そして、どこに口があるかも分からないデザインでありながら、その体からは声が発せられる。

 

『この状況。ふむ。どうやら、あちらはうまく行ったようだな。まあ、そのおかげで、クソ野郎(アーチャー)が俺の前からいなくなったというのは、若干、不満があるが…』

 

独りごちた後に今度は古城たちの方をゆっくりと向く。

 

『戦略的にはこちらの勝利ということだろう。では、始めるか?』

 

言うや否や、その豪腕を船へと叩きつけてきた。

その攻撃をライダーが聖剣で受ける。

 

「くっ!」

 

豪腕を叩きつけられたライダーは膝を屈しながらも、その衝撃を和らげるように攻撃を受ける。

筋力で負けているわけではない。ただ、この豪腕の一撃を外に衝撃を逃すようにして受ければ、確実に船体にダメージが入る。衝撃を外に逃がさないためにあえて、体に全ての衝撃を受けた結果によるものだ。

 

「であっ!」

 

豪腕の攻撃を弾き返し、巨人の体勢を崩そうとする。だが、その巨人は対して体勢も崩さずに反撃の姿勢を見せてきた。

右掌を突き出し、右手の五本指の一つ赤い鉱石でできた人差し指が鈍く光る。

 

「っ!雪霞狼!」

 

霊視によりわずか先の未来が見えた雪菜は、その攻撃に対処するために前に出る。同時に、炎熱を帯びたレーザーが巨人の掌から照射される。それを雪霞狼の結界により防御する。

 

「っ!?」

 

だが、その攻撃を受けた瞬間、雪菜の顔は驚愕に染まった。今までいろいろな攻撃を受けてきた。天使の術式、第四真祖の眷獣それらは確かに強力なモノだった。

それぞれ攻撃として種類こそ違えど、彼女はそれらの攻撃を確実に雪霞狼で無効化してきた。そんな異能にとって無敵とも言える能力を持っていた雪霞狼が今、一瞬だが、グラついた(・・・・・)

おかしな表現だと思うが、そうとしか言えなかった。

 

(攻撃は無効化している。でも、何か変です。)

 

作り出された結界が変にざわついていた。まるで意図とは違う動きをしている電子機器がオーバーヒートをしている様を見ているように、結界はざわめき、泡立ち、警告を使用主に発していた。

 

疾く在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!!」

 

そんな彼女の思考を他所に、古城は攻撃を再開する。

振動を纏ったエクエスが巨人の肩にその角を剥く。

一瞬で全てを風化させる超振動。その災厄が土塊でできた巨人に襲いかかる。巨大な衝撃音と共に、水飛沫が上がり、巨大な影が目を眩ませる。

普通ならば、その後に残るモノは何もないはずだった。だが…

 

「…そりゃ、今までだって、再生する敵を何度か目にしたけどよ。」

 

飛沫が収まり、もうもう立ち込めている霧も晴れていく。そして、その向こうには…

 

「流石に…水飛沫が立っている一瞬に再生して、無傷な姿を披露してくる敵なんていうのはいなかったな。」

 

無傷な巨人がその威容を見せてきた。

それだけではない。巨人の周りに星粒のように何かキラリと光るモノが宙に浮いていた。その答えは水の粒。先ほどの水飛沫とともに浮かされた水の塊がふわふわと浮いているのだ。その水の塊が一気に線となって辺りを走った。

 

「っ!まずい。」

 

線となった水が走った瞬間、その水の線が通り過ぎた船の甲板はバターのようにスライスされていく。その攻撃に危機感を感じたライダーはいち早くその攻撃を受けようと目の前に出る。何十、何百と群がった水の流星はあらゆる物質を貫いていく。その万物を貫通する無敵の矢をライダーはその剣で受けていく50までは受けれた。だが、そこまで、まだ何百とある流星には手が届かない。

 

船の中にいる一般人たちが危ない。

 

「雪霞狼!」

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

その流星群を一瞬反応が遅れた古城と雪菜が防ぎ切った。所々、船に傷は付いているモノのサーヴァントの優れた聴覚には悲鳴などは聞こえてこない。どうやら、大事には至ってないようである。

 

(しかし、まずい。実質、生徒を人質に取られているようなものだ。古城の火力があるならば、十分に防御は可能でしょうが、逆に言えば、防御に古城の火力を回さなければ、危険ということ)

 

古城はまだ経験が未成熟だ。それは、彼は戦闘を行う際、ライダーよりも一瞬反応が遅れていることからも如実に理解できる。だからこそ、このような状況下では、防御に力を回すしか選択肢がないと思っていた。だが、その考えはひょんな言葉から打ち砕かれた。

 

『ちっ、このままだと下のガキ共にまで被害が出る可能性がある、か。仕方がねぇ。』

 

そう呟くと同時に巨人は右側の海岸へ振り向き、そちらに指を挿す。

 

『おい。場所を移動するぞ。こっちに来い。まさか、断らねえよな?』

 

と巨人が提案してきたのだ。これにはライダーにも驚きを隠せず、思わず質問していた。

 

「意外ですね。キャスター。あなたが、そんな提案をしてくるとは…勝率で言うのならば、船の生徒を巻き込んだ方が遥かに合理的な勝ち筋でしょうに」

『…別に深い意味はねえよ。ただ、俺は生前(むかし)も今も、

 

何も知らねえガキどもを巻き込むと言うのが好きじゃねえってだけの話だ。』

「…。」

 

不思議なことを言う魔術師だとライダーは思った。先ほどまで、天塚汞などに対して、非道と呼ぶべき行いをしていたにも関わらず、今度は船の中の子供達を気にする。はっきり言って、矛盾している。どこからどこまでが本気なのか分からない。

 

「…ん。そういえば…」

 

今の考え事で思い出した。その天塚汞は現在、一体何をしているのだろうか?そう思い、辺りを見回すと、甲板の端の方にその天塚汞はいた。

 

「…違う。そんなはず…はない。僕は…人間で」

 

茫然自失といった表情で立ちながら、うわ言のように何かを呟き続けている。哀れではあるが、今までの行いなども考慮すると、今は相手にしている暇はないとライダーは考え、一旦、巨人に向き直り、先ほどの質問に対して答えを出す。

 

「いいでしょう。場所を移動しましょう。構わないですね?古城。」

「…ああ。俺もそっちの方が都合がいいと思うしな。」

 

二人の答えを聞いた巨人は海原の方へと視線を向けて、そちらの方へと顎をしゃくりながら、移動を始めた。

それに続こうとする古城たち。だが、そこである一つの簡単な事実が頭に過ぎった。

 

「…でも、どうするんですか?ここは海のど真ん中、立っていられ場所なんてないと思うのですが…

「あっ」

「……。」

 

思わず、ライダーも黙ってしまった。そういえばそうだ。自分たちは大海原のど真ん中にいる。となると、海原にも立てているあの巨人はこの戦いにおいて、どちらにせよ有利な状況となるではないか。

 

「心配するな。その足場の件ならば、私がなんとかしてやろう。」

「ニーナ…」

「これでも錬金術を修めた身。同じ錬金術師が海に立てる術式を展開している中で、私だけできないなどと言うことはない。最も、ヤツが海に立てているのは単なる術式の副作用によるものだが…」

 

そういうと、パチンと指を鳴らす。すると、古城たちの足裏に魔力が集中し始め、魔法陣が展開されていった。

 

「これは…」

「これでお前たちは、海の上を走れるだろう。だが、気をつけておけ。あくまでその術式が展開されているのは足裏まで、それ以外にも付けることはできるが、お前たちが攻撃する際に私の術式が邪魔になる可能性の方が高いからな。

だから、足裏以外が海に着けば、普通に沈む。そのことを念頭に戦闘をしろ。」

「十分です。ではいきましょう。皆さん。」

「いや、私は…」

 

ニーナが何か言いかけようとしたその時、横合から鋭い攻撃が放たれてきた。

 

「っ!危ない!」

 

その攻撃を感知し、雪菜は声を上げると同時に雪霞狼でその攻撃を弾いた。攻撃の正体は、銀色の鞭。その攻撃をさっきまで使っていたのは…

 

「天塚…汞…」

「ふー、ふー!」

 

まるで猛獣のような瞳と唸り声を上げながら、でコチラを見つめる天塚。その状態には先ほどまであった意気消沈ぶりなどどこへやら…

そんな彼の様子を見た雪菜は状況を正確に理解し、古城たちに進言した。

 

「先輩。ここは私に任せて行ってください。」

「なっ、姫柊!?」

「それが良い。私も残る。早く行け!第四真祖。あの巨人がいつまでも待ってくれるというのなら、話は別だが、そうではあるまい。」

「っ!?」

 

巨人と天塚の両方を見て、奥歯を噛み締める。そして、そこから数瞬した後に、決意を伴った瞳で言う。

 

「分かった!先に行く(・・・・)。行こう!ライダー。」

「承知いたしました。マスター。」

 

そう言って、古城たちは海原へと身を投げた。

それを見送りながら、ニーナは呟く。

 

「先に行く…か。随分迷いなく言ったものだ。信頼されているな。姫柊雪菜。」

「先輩はそう言う方ですから」

 

ニーナのその言葉に対して、微笑みながら、そう返し、そして、今度は前方の天塚に集中する。

 

「いきなり、攻撃を仕掛けてきましたね。」

「ああ、おそらく、気に食わなかったんだろうな。」

「気に食わなかった?」

「これでも、元師匠だ。奴の考えそうなことは分かる。」

 

ーーーーーー

 

自分の意思を踏みにじられ、自分の願望さえ嘲らわれた。何もない。正真正銘何もなくなってしまった。どうしてこうなった。自分の意思は何か誤りがあったのか。ただ、命令に従っていただけなのに…自分の願望は何か間違えていたのか。ただ、人間に戻りたかっただけなのに…

 

だが、そんな彼の胸中など知ったことではないように事態は進んでいってしまい、遂には、誰もが船の甲板から姿を消そうとしていた。

 

まるで、自分の存在など初めからなかったものと扱うように…

 

それだけは、ああ、それだけは、許せない。許してはいけない。例え、自分が元から人間では無かったとしても、自分が無かったものとして扱われることだけは我慢ならなかった。

 

気づけば、体は動き、腕は銀の鞭となって攻撃をしていた。

おそらく、その様子を一から十まで見ていた者ならば、こう評するだろう。

 

まるで駄々っ子のようだと…

 

ーーーーーー

 

「死ねー!」

 

天塚は叫びながら、雪菜とニーナの方へ向け、腕が変形した銀の鞭を振るう。

 

「ふっ!」

 

その攻撃を雪霞狼で防ぐ。その間にニーナは天塚へと言葉を投げかける。

 

「哀れだな。天塚。」

「……。」

「師として、お前のその運命には同情しよう。だが…

 

お前はその行いのために、修道院の子供達を皆殺しにし、それだけでは飽き足らず、今、唯一の生き残りである夏音の身を危機へと晒した。貴様のやってきたことは決して許されることではない。その報いは今ここで受けてもらおう。」

 

「…くっ!うおおおお!!」

 

絶叫と共に、身体からいくつもの銀の触手が伸びてくる。最早、人の形であることなど全く気にせずに、その触手全てが雪菜とニーナの元へと迫っていく。

 

「はっ!」

 

その触手全てを雪霞狼で弾き、雪菜は一気に距離を詰めていく。しかし…

 

「がぁっ!」

「くっ!?」

 

距離を詰めてきた雪菜を天塚はすかさず、弾かれた銀の鞭によって攻撃してみせた。その攻撃により、一旦距離を取る雪菜。

 

(今の攻撃、反応したと言うよりも、術式自体が自動的に感知したように感じられました。なるほど、あのような状態になっても、自動防御機能(オートディフェンサー)は引き続き、継続されていると言うことですか。)

「厄介ですね…」

「ふむ。あのような錬金術は私が教えた中にはなかった。賢者(ワイズマン)のモノとも考えにくいな。おそらくだが、アレはアイザック・ニュートンが改造した結果だろう。」

 

その情報を聞きながら、雪菜は決して目を逸らさずに前方の天塚を見据える。

生半可な攻めは通用しない。かと言って、防御にだけ気を置けば、絶対に勝てないだろう。霊視による未来視も検討に入れた上で、対抗策を考えるが、難しい。霊視は非常に便利だが、その特性上、視界に映ったモノの未来しか読み取れない。

 

例えば、背後から腹部へと攻撃され、その腹部から貫通した武器が全く視界に入らなかった場合、その攻撃は霊視により先読みすることはできない。

 

天塚の特性上、視界を掻い潜って、不意打ちを繰り出すなど、容易なことのはずだ。

 

(どうすれば…)

「悩む必要はない。雪菜。そのまま突撃しろ。ヤツの錬金術ならば、私が何とかしよう。」

「えっ…」

 

不意に横からそんな声が届いてきて、雪菜はニーナの方を振り向いた。一方のニーナは、彼女の視線に対し、視線は返さず、態度で示した。

 

「系統はだいぶ違っても、私は元々、ヤツの錬金術の師匠だ。私を信じてくれ。雪菜。」

 

力強いその言葉に押されて、雪菜は頷きを返す。そして、今度はまっすぐに天塚を見据えて…

 

「了解しました。よろしくお任せいたします。ニーナさん」

「ああ、任された。」

「…からない…」

 

不意に天塚が何かを呟くのを聞いた。

それを聞いた雪菜とニーナ耳をそば立てる。

 

「…からない、分からないんだよ!僕は一体何をすれば良い。僕は一体どうすればよかったんだ。」

 

まるで迷子の駄々のように響いたその悲鳴を聞いて、雪菜とニーナは眉間にシワを寄せる。

 

「ねぇ、剣巫、師匠。教えてくれよ!僕は一体どうすれば良いんだーー!?」

 

悲鳴を上げながら、腕や胴体から生えた銀の鞭が攻撃を繰り出してくる。

その鞭の大軍を前に雪菜は真っ向から突撃する。

 

「分かりません。」

「っ!?」

 

その言葉が耳朶を叩いた瞬間、銀の鞭に余計に力が篭り、加速していく。

そして、銀の鞭の先端が雪菜の目の前にまで迫ってきた。

 

「ですが…」

 

目と鼻の先まで近づいた銀の鞭。だが、それらが雪菜を貫くことはなかった。なぜなら…

 

「〜〜〜。」

「?」

 

何事か呪文を唱える声が響き、自分の耳に聞こえてくる。その呪文の声の主が自らの師であるニーナ・アデラードのものであると天塚が知った瞬間、全身から嫌な汗が湧き出してきた。

 

(まずい!)

 

その思考を数瞬先にやれていれば、この勝負は分からなかっただろう。だが、遅い。その思考がたどり着いた時にはすでにことは終わっていた。

雪菜に一斉に向かっていた銀の鞭、それら全てがニーナの発動した術式から放たれる荷電粒子砲によって射落とされていた。途端に無防備になる天塚。その懐に向けて、雪菜は突進を続ける。

 

「ですが、それが、生きるということなんだと思います!」

「っ!?」

 

何とか差し出した銀の腕で、防御をしようとする。だが、それも術式を無効化する雪霞狼の前では紙同然となり、天塚の胴体には一閃が走った。

 

「そう…か。」

 

自分の終わりが近づいていることを理解した天塚は独白する。静かにゆっくりとした言葉は続き、

 

「僕は、ただ何をすれば良いのか、それを考えながら生きていれば、ただ、それだけでよかったんだ。ただ、それだけ考えていれば、僕は…」

 

その言葉が最後まで続くことはなかった。

ピシ、ピシと体に走ったヒビが全身に回り、ついに天塚の全身がボロボロと崩れていったからだ。

その様子を最後まで自分の目に捉えていたニーナは呟く。

 

「大馬鹿モノが…気づくのが遅すぎる。」

 

師として最後の情を見せたその言葉は、船の上を通り過ぎる潮風にゆっくりと流されていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XIV

最近気づいた。このままだとXXまで行きそう。やべえよ。キリのいいところで切るってことを繰り返してたら、なんかやばくね。って思うくらい長くなってる。一応、頭の中に黒の剣巫篇まではどう言う話にするかまとまってるのに、全然時間が足りない。

すみませんでした。


「ニーナさん…」

 

物寂しげな女性の背中を見て、雪菜は思わず声をかけていた。

その声に少し困ったような笑みを見せながら、ニーナは答える。

 

「気にするな。どうあれ、ヤツは大罪人。私の修道院で多くの子供たちを殺し、生贄にした許されざるモノだ。ああなって当然。むしろ、ああならなければ、この船にいた他の子供たちがまたも犠牲になっていたことだろう。だが…」

 

そこで視線を青空に上げると、ニーナは言葉を締めくくった。

 

「やはり、師としてどうしても思ってしまう。もしも、子供たちを殺す前、本当に私の弟子だったときに、あの結論に達していたのならば、もう少し違う結末もあったのではないかと」

「……。」

 

問い返しようもない答えに対し、沈黙で返す雪菜。

静かに時が流れることを意識させたその空間は気まずいというわけでもなく、また、心地よいというわけでない微妙な空気だった。

安易に言葉を返せなくなってしまったその空間を敏感に察したニーナは、その空気を断ち切るように言い放つ。

 

「などと、感情に浸ってる場合ではないな。行くぞ。雪菜。次はあのデカブツが相手だ。」

「っ!はい!」

 

ーーーーーー

 

「くっ!」

「ちっ!」

 

そのデカブツ『真理の巨人(ジャイアント・ヴェルメスト)』の相手をしている古城とライダーは今現在、苦戦を強いられていた。

 

「デケエくせにえらく速えな。いや、これは…」

「ええ、アレは速いというよりも、動きが読まれているような感覚です。どうやら、あの方は私たちが次どう動くのか。それが正確に読めるらしい。あそこまでの域ですと、ほとんど未来視ですね。」

「マジかよ。」

 

攻撃体制としては、ライダーが前衛を担当して、防御と特攻を、古城が後衛を担当して、火力と支援を担当していた。最も、古城の能力からして、支援などからきしなのではあるが、ライダー曰く『そこにいるというだけでも、十分なプレッシャーですし、相手の集中を削ぐことができます。』などとえらい過大評価を受けてしまった以上、古城が担当するしかなかった。

 

そのようにして、巨人を攻略しようとしたのだが、先ほどから剣を振っても、当たらないわ。眷獣を召喚する前に、攻撃されて注意を逸らされるわ。どちらかを囮にしようとすれば、確実に二人が相手できるような位置を取るわで、こちらの策という策が封じられていた。

 

「さすがは物理学者の天才というところですか。ここまで正確に動きを読み、更にその意図さえも読んでみせるとは」

「感心してる場合じゃねえだろう。何か手を考えねえと…」

 

古城のその言葉が最後まで続くことはなかった。

巨人が古城たちに対し拳を突き出したためだ。

なんとか、その攻撃を避ける古城とライダーだったが、空中に避けたのがまずかった。

巨人の右手の緑色の鉱石でできた薬指が淡く光る。そして、巨人はその拳を空に叩きつけた。

 

「…?」

 

一瞬意味が分からず、疑問を浮かべた古城たちだったが、次の瞬間、変化は劇的だった。突き出された拳から先にある海がさざめきだし、一気に波を作り出す。その一瞬の光景から、ライダーはその攻撃がどのようなものかを理解した。

 

「まずい!古城は受け身を取れるよう体勢を整えてください!」

「っ!?」

 

古城も一瞬遅れて、攻撃の意図を理解し、腕をクロスさせ、防御体勢を取る。それに遅れじと、古城の前に回るようにして、ライダーは手に持つ聖剣を構える。

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)!!」

 

真名を解放し、剣に膨大な魔力がこめられる。それと同時に空に放たれた拳から攻撃が迫る。それは全てを押し潰す烈風の衝撃波。それが空を伝ってライダーの元まで迫る。

 

その一撃を魔力がこめられた聖剣により一気に両断する。そのおかげで、風の衝撃波による直接的なダメージは負わずに済んだが…

 

(っ!まずい!浮かされている途中ではうまく衝撃を逃せない!)

 

体が宙に浮いているため、本来ならばショックを吸収するために必要な足場がなくなっている。そんな状態では風の余波などかわしようもなく…

 

「ぬおっ!」

「っ!?」

 

無色の衝撃により一気に体を吹き飛ばされる古城とライダー。

その衝撃により一時は崩れかけた体勢をなんとか立て直す。

 

だが、そんな様子をボーッと眺めるほど、敵は悠長にはしてくれない。

 

『チェックメイトだ。』

「「っ!?」」

 

響き渡るその声に総毛立つ。その声の主である巨人は人間を易々と握り潰せるほどの大きさもある掌を目の前に突きつけていた。

掌に強大な魔力の塊が集まり出す。次の瞬間、その集約された魔力の塊は、一筋の破壊の光となり古城とライダーに降りかかった。

 

破壊の光が収まっていく。巨人はその手を収め、もう一度目の前の敵を睥睨する。

水蒸気が朦々と立ち込め、霧が生まれていたその光景を見ながら、巨人は呟く。

 

『流石にそう簡単にはいかねえか。』

 

巨人の面白くなさそうなつぶやきと共に霧が段々と晴れていく。

その視線の先には、人影が見えていた。しかも先ほどよりも人数が増えている。二人だったはずが四人に増え…いや、この場合は、戻ったというべきか。銀色の槍を構えた少女と褐色の肌をした美女がその場に合流していた。

 

『状況から察するに、お前がオレの攻撃を止めたのか?ガキ?』

 

ギロリと殺気と共に雪菜は睨みつける。

 

「っ!」

 

鬼のような面相から放たれるその巨人の睨みに思わず背筋が凍った雪菜は後退りしそうになる。

だが、それを古城は優しく受け止める。

 

「大丈夫だ。姫柊。」

「先輩。」

 

雪菜はその何の根拠もない言葉に安心感を得る。

いつもそうだ。こういう時、彼はいつも、自分を勇気づけてくれる。かけて欲しい時に最良の言葉を投げかけてくれる。だが…

 

(この気の回り方がもう少し別のところにも回っていただきたいのですが…)

 

心の奥底でそう落胆してみせながら、前を見つめる。

 

『へぇ…意外だな。お前、そんな言葉を投げかけられるのか。』

 

そんな様子を巨人に意外そうな声を上げる。その意外そうな声を聞き、ムッとした古城は、反発するように声を返す。

 

「なんだ?そりゃぁ、どういう意味だ?」

『うん?なんだ?自分じゃ気付いてない(・・・・・・・・・・)のか?』

「……。」

 

その様子をライダーは警戒するように横目で観察する。そんなことなど気にも留めずに、巨人は話を続ける。

 

『ああ、なるほど、あれか?お前、自分のことに対しては無頓着だけど、他人の変化には敏感なタイプの人間な訳か。いや、だとしたら…』

 

そこでようやくライダーを見つめる。そして、心底呆れたように声を呟く。

 

『気付いているな?』

「何にでしょうか?」

『主人を守るためとはいえ、こういう時に惚けない方がいい。いや、しかし、なるほど、気付いていて今の状態を放置しているわけか。聖人と言われる割に

 

意外と罪深いなぁ。()

 

先ほどのように怒りに流されたような言葉ではなく、明らかな呆れを交えた言葉。

その言葉が合図となった。

弾かれるようにして、水の上を跳躍し、一気に巨人に肉薄するライダー。

それを待っていたかのように腕を上げ、掌をライダーへと向ける巨人。

攻撃魔術を放とうとする巨人。

 

汝は龍なり(アヴィスス・ドラコーニス)!!」

 

だが、それよりも一瞬早くライダーの装備するサーコートが光り出した。

突然の光に巨人は視界を阻まれ、掌から発動する魔術をライダーから外してしまう。その先にライダーは巨人の腕を切り落とそうと腕を振り上げる。

その様子を見ていた巨人は落ち着いていた。

今までライダーの攻撃を受けてみて、分かっている。ライダーの攻撃は自分の腕を切り裂けるほどのものではないということを…だが…

 

『っ!?』

 

理由不明な怖気が全身に走る。その怖気に従い、腕を引っ込めようとするが、遅い。剣は既に腕へと到達し、その刃で一気に腕を切り落とした。

 

『何っ!?』

 

先ほどとは打って変わって焦った巨人は距離を取る。その様子をライダーは神妙な顔つきで見送った。

 

(なんだ?今のは攻撃力が急に上がった?いや、アレは上がったというよりも…)

 

自分の体が急激に脆くなっているように感じられた。

だが、防御力に何か変化があるわけではない。

 

(先ほどのあの宝具。アレはライダーの特性を引き出す何かがあったということか?)

 

ライダーの特性。既に真名はゲオルギウスと判明している以上、最も可能性のある特性は…

 

『…竜殺しか!?』

 

巨人は己の分析を口にする。

 

『なるほど。()が先ほど浴びた光。アレは、浴びたモノに強制的に竜属性を付与するモノか。君の特性を考えれば、なるほど厄介な代物だな。』

 

だが、と言葉を締めくくりながら、巨人は、すでに再生している右腕ではなく、左手で拳を握り、腕を突き出す。

 

『攻撃面では当てになるかもしれないが、別に防御面ではそこまで優れた代物ではないな。君が竜の攻撃に対しても耐性があるというなら、話は別…』

 

その言葉が最後まで続くことはなかった。

巨人の豪腕がはじき飛ばされ、巨人は一歩二歩と後退りをしたからだ。

 

『ぐおっ!?』

 

後退りをした巨人は、驚愕を顔に残しながら、目の前の敵を見つめる。

 

「舐められたモノですね。一回、二回ならばともかく何度も繰り出される拳をはじき飛ばせないと思われるほど、下に見られているとは…」

 

そうして、後ろにいる古城たちに目を向け、

 

「マスター、ミズ・姫柊、ミズ・ニーナ、少し退がっていてください。」

「え?」

 

その後、巨人に目を向けると、ライダーはその剣先を巨人の顔に向けながら宣言する。

 

「私のことを侮るのは構いませんが、その影響で今後、マスターが狙われやすくなるというのは頂けない。少し、教えて差し上げましょう。私という英雄(にんげん)を」

 

ーーーーーー

 

「……。」

 

その光景を見つめていた少女・叶瀬夏音はただひたすらに呆気に取られていた。

 

(すごい。)

 

戦いのことなどよく分からない。いや、そもそも、好ましいとさえ思っていない。ただ、そんな彼女から見ても、この目の前の光景は、間違いなく群を逸脱した光景だと確信できた。

無数の剣が飛び交い、巨獣の顎門から咆哮が放たれ、機械仕掛けの巨人の手足が兵器となり火を噴いている。

その光景は確かな神秘性と殺伐さを物語っており、見ているモノに対して、否応のない未知と恐怖を煽る光景だった。そんな光景の中で、彼女は確かな安心感をもってその光景を見ることができている。

 

なぜなら、自分を守ってくれている一人の男の背中に不安も焦りも感じられなかったから

 

その男と怪物たちの勝負だが、結果はすぐに出た。すなわち、男・アーチャー のほうの明らかな優勢。

 

「どうした?もう終わりか?」

 

余裕たっぷりの口調で、目の前の二体の怪物たちの様子を見る。

対する怪物たちは倒れ伏してこそいないが、全身を浅くない傷に覆われながら肩で息をしていた。

 

「せめて、『左足』も来ていれば勝負は分からなかっただろうが、悪いがお前たちだけでは役者不足だ。そもそもお前たちだけ来る意味もあまりない。まあ、俺に対するサプライズとしてお前たちを寄越したんだろうがな。」

 

その言葉を聞いた瞬間、明確に殺気が強くなった怪物たちは、一斉にアーチャー に攻撃を仕掛けてきた。怪物の一方、鯨犬の顎門が開き、攻撃を仕掛けてくる。

 

「ふん、怒ったか?人間如きに侮られたくない…と言ったところか。それか、単純に

 

俺なんかに主人を理解しているような口振りをされるのが不愉快か?」

 

余裕を持ってその顎門からの噛み付きを躱す。そこは更に足を鎌へと変形させたメイドロボットが追い討ちを掛けようとする。刃渡り5mに達する刃。その刃が振られる瞬間に、アーチャー はある一つの剣の名前を口にする。

 

「シュルシャガナ」

 

その言葉に応じるようにして、地面から山と見紛うような大剣が生え、鎌の斬撃を受け止めてみせた。

 

「安心しろ。俺も奴もお互いを友人などとは思ってない。むしろ、嫌いあっている。もっとも、やつは未だに俺のことを友だと言っているんだろうが」

「ふふっ…」

「っ!?」

 

一瞬の驚愕、そして、後方を見つめると、そこにはメレム・ソロモンその人が笑みを浮かべながら、自分の後ろに回り込んでいた。その瞬間が隙となる。

それを待っていた怪物たちは一斉に攻撃をする。巨獣の顎門には魔力が集まり、メイドロボの腕は巨大なミサイル発射管となる。

 

「ちっ!ロー…」

 

その攻撃を一瞬遅れて防御しようとする。だが、間に合わない。防御を展開する前に、すでに攻撃は発射され目の前へと迫ってきていた。

 

「っ!シェロ兄さん!」

 

今までとは違う明らかな危機的状況に夏音は思わず声を上げる。

その叫び声が上がった瞬間、爆発が起こる。いや爆発などという生易しいものではない。破壊が破壊を呼び、巨大な自然災厄の塊となったその衝撃は光の波となって、夏音も巻き込む。爆発の後にはキノコ雲のような破壊痕が残った。

 

爆発と煙が収まっていく。最初に出てきたのは、巨大な二つの物陰と一つの人影。二匹の悪魔とメレム・ソロモンだ。メレムソロモンは怪物たちの前に立ち、代弁するかのように声を上げる。

 

「…。」

 

その瞳には煙の中から出てくる二つの人影を写している。その人影の姿がだんだんとはっきりし出した。体には浅い傷が全身にあり、大怪我というレベルではないものの、見るものに痛々しさを感じさせる傷口。その背後にいる夏音には、傷一つ付いていない。その様子を確認したところで、メレムは再び攻撃を命令しようとして…

 

「不愉快だな。」

 

割り込むようにして声が響く。

 

「…?」

「貴様のその姿が不愉快だと言っているんだ。いつまで騙せる気でいる?左腕の悪魔」

 

その言葉を聞いた瞬間、メレムはいや、左腕の悪魔と呼ばれたソレの姿は心底愉快げに笑みを浮かべた。そして、次の瞬間、左腕の悪魔と呼ばれたソレの姿が煙に包まれる。次第に晴れてくると、煙の中から、王冠を頭に被った白いネズミがちょこんと荒野に立っていた。

 

「ネ、ネズミさん?」

「ああ、アレが奴の正体。だが、驚いたな。」

 

夏音に説明しながら、アーチャー は、言葉を続ける。

 

「わざわざ不意打ちのためだけにお前を寄越したのか?もしくは、お前に限っていうのなら、どちらについて行こうと構わないと、ヤツが最初から言っていたのか。まあ、どちらでもいい。

 

しかし、この力。やはり、お前たちの全盛期というのは、あの最期の戦い(・・・・・)の時のことを言っていたのだな。」

 

その言葉を聞いた時、あからさまに三体の顔が苦虫を噛み潰したような表情になる。その様子に気づいたアーチャーは煽るように言葉を続ける。

 

「なんだ?最期という表現が気に食わなかったか?俺が勝ったのが気に食わなかったか?それとも、

 

 

俺に対抗するためにあんな手段(・・・・・)を講じた自らの主人の所業が気に食わなかったのか?」

 

その言葉が引き金となり、三体のうちのメイドロボと鯨犬の二体が一斉に駆け出す。その様子を見たアーチャー は背後の夏音から距離を取るために駆け出す。

三者の突進が中央で激突した瞬間、ぶつかり合う音とはとても思えないような爆音が響き渡る。そのあまりの事態に夏音は一瞬、目を瞬かせ、背ける。そして、改めて目を向けた瞬間、先ほどと同様、いやそれ以上に苛烈で尋常ではない闘いが幕開けていた。

さまざまな現代兵器が火を噴き、鯨犬の巨体があたり踏み荒らし、噛み砕き、吹き飛ばしていく。そして、それらを向けられている赤い外套の弓兵は万の剣を従え、操りながら、攻撃を捌いていく。

この世の終わりのような想像を絶するその光景に夏音は絶句する。

 

だが、そんな光景を生み出した夏音は主と定めた弓兵は淡々としていた。日常の光景を見るような驚きのない若干退屈そうな目を向けて、戦闘を続けていく。

戦闘を続けていく中で、弓兵はふと呟いた。

 

「しかし、まあ、良かった(・・・・)

 

ーーーーーー

 

「はぁ、はぁ…ゴホッ」

 

少女の姿をした魔女・那月は、息を荒くし、血反吐を吐きながら、前を向く。

 

「化け物め…」

 

悪態をつきながらも、考えを巡らせる。

全身に少なくない裂傷。さらに貯蓄された魔力はほとんど失われている。つまり、決定的な詰みの状態。この状態で魔女の守護者たる悪魔を召喚したところで、制御しきれず自爆するのがオチだ。

 

(いや、召喚したところで、あの怪物に対抗できるのか?)

 

そう考えながら、頭上に存在する怪物を眩しげに見る。

エイとクラゲを融合させたような半透明な美しい怪物はメレム柄の翼を羽ばたかせながら、空中を浮遊している。その目には那月のことなど写ってさえいない。

彼にとって、那月はその程度の存在でしかない。

 

そのことに若干腹立たしさを感じた那月だが、すぐに思考を別のことへと切り替える。すなわち、現在の状況について…

 

(目の前には魔術師が二人に、サーヴァントが二騎。応援は既に呼んでいるが、未だに来る様子がない。これは何かあったと見るべきだな。十中八九、目の前のやつの仲間か、もしくは目の前の奴ら自身の仕業なのか。)

 

ーーーーーー

 

那月の読み通り、現在、応援に駆けつけていたアイランドガードたちは全員、監獄結界への道の途中、とある交差点の道中でにて釘付けにされていた。

 

「第一、第二部隊、応答を!」

「ダメです。隊長。既に全滅しています。」

「くっ!」

 

隊長と呼ばれたその男は目の前の光景を見る。悪夢のような光景だ。それが男のその光景に対する偽りなき感想だった。

魔族特区『絃神島』その治安を守るアイランドガードはさまざまな事件が発生することを想定し、常に最新式の装備を取り寄せていた。獣人のスピード、吸血鬼の破壊力、そして、魔女・魔術師の魔術。それらに対抗するだけの装備がここには揃っているはずなのだ。

 

だが、その装備は一人の圧倒的武力によって完全に制圧されていた。

 

「なんなんだ。アレは…」

 

男は目の前の光景に唖然としていた。

隊長という職についている以上、既に情報から聞かされていたサーヴァントなるものだということは分かった。

だが、英雄とはいえ、過去の遺物。常に最新を取り入れているはずの自分たちならば、対応できるはずだ。わずかでもそんなことを考えていた自分の頭を今すぐに殴り飛ばしたかった。

 

フードを被り、十字に分かれた槍を手にしているその人物は、その槍にて斬り伏せ、刺してきた人間たちの上で君臨していた。そうだ。槍だ。よりにもよって、そんな原始的な武器が自分たちを押しとどめているのだ。

 

君臨している人物は、静かに周りを一瞥し、ゆっくりと退屈そうに息を吐いた。

 

「分かっていたことだが、やはりつまらんな。これでは戦いではなく、ただの掃除だ。いや、マスターからそう言伝ってはいるから、間違ってはいないんだが…」

 

ようやく、出てきた声はくぐもってはいるが、男のものだった。

男は更に言葉を続ける。

 

「まあいい。さっさと終わらせよう。こちらとしても、これ以上続けるのは不本意極まりないのでな。」

 

そう言って、顔色も窺い知れない男は一歩前に出る。

 

瞬間、足元から突如として、赤黒い雷が昇る。

 

「あ?」

 

それが魔術による結界発動のサインだということに気づいた時にはもうすでに遅…

 

「遅えな。」

 

否、誰もが気づいた時には、その男の姿は結界が発動するはずだった場所から消えていた。

 

「うそ!?」

 

その様子をビルの上から覗いていた煌坂紗矢香は叫びにも似た驚愕の声を上げる。

当然だ。なぜなら、その結界は…

 

「師家様の発動した結界を発動した瞬間に躱した!」

 

その叫びに隣にいた黒猫の使い魔を通して縁堂縁が応じる。

 

「…流石に驚いたね。あんな芸当はペーパーノイズぐらいなら可能かもしれないが、それはあの娘の能力の特殊性故だ。今のフードの男は、そんな特殊能力など使わずに…」

 

「おう。ただ、発動する前にその場から走って避けただけだ。」

 

背後から聞こえてきたその声に肌が泡立つ。瞬間、その声から遠ざかるようにして一気に距離を取り、片膝を着きながら声がしてきた方向に弓を構える。

だが、視界には人影らしいものはなく、驚愕したのも束の間。突如、自分の頭横に槍が伸び、またも、背後から声がかけられる。

 

「女だてらに中々大した技量だ。まだ青いが、筋もいい。」

「っ!?」

(振り向くな!紗矢華)

 

頭の中にその声が届く。自分の肩に乗っている縁堂縁のものだ。

 

(振り向いたら、こいつは確実にお前を殺しに来る。フードを被っているとはいえ、顔が見えないとは限らん。今の状態で、情報を得た疑いをかけられれば、奴は確実にお前の命を消す。

 

それが簡単にできるヤツだ。)

 

「振り向かねえな。恐怖で縮こまってるのか、それとも、その肩に乗ってる猫もどきに念話を通してアドバイスを貰ってるのか。いずれにしても、正しい判断だと褒めておくぜ。そのままじっとしてろ。一歩も動くな。オレがこの戦場を離れるまでお前らは何もするな。そうすりゃ命は助けてやる。元々、いけすかない任務だったしな。これくらいは許してもらう。」

 

(『いけすかない任務』ということは、この惨事はコヤツの本意ではないということ、交渉の余地があればよいが…)

 

そう思考する縁堂だが、その思考を読み取ったかのように

 

「交渉の余地はないぜ。俺は誰より英雄らしく生きたいと思ってるだけ…戦い方だろうが、思想だろうが、なんだろうが、それが一番英雄らしいということをするだけだ。だから、『主人を裏切って、あんたらの交渉に乗る』なんていう一番英雄らしからぬ行動はしねえ」

 

フードの男はそう断言した。男は断言した後、ゆっくりと槍を引く。

行動を許したわけではない。ただ、自分の仕事のために、今は槍を引く必要があったというだけ、男は、ビルの下を一瞥した。すると、辺りを警戒し、その場を見回っていたアイランドガードたちが隊を固め始めた。このまま何もなければ、監獄結界に突入しようという算段を立てているのだろう。

 

「そうは問屋が下さねえってな。というわけで、これ以上何もするなよ。

 

次は、その命ないと思え。」

 

そういうと、フード男がまたも視界から消え失せた。少しして、またも下の方から悲鳴が聞こえてきた。男が蹂躙を再度始めたのだろう。

 

「っはぁ!!」

 

恐怖などとうに通り越し、息さえすることを禁じていた紗矢華はここで初めて息を吐いた。息苦しく、重々しい、あんな殺気の重圧は初めて感じた。

その様子に哀れみを感じた縁堂だったが、現状を鑑みて、心を鬼にし、言葉を告げる。

 

「紗矢華、この場を離れられそうか?」

「…いえ、無理そうです。視線を感じるわけではないですが、この場を動いた瞬間、あのフードの男が目の前に現れてくるような予感がします。」

(恐怖を刻まれたか。あるいは、本当に来ると予感しているのか。いずれにせよ、これ以上は、紗矢華に干渉すること自体もあまり良くないだろう)

「わかった。すまぬが、そのまま、ジッとしていてくれ。」

「申し訳ございません。師家様」

 

話を終えた後、紗矢華は肩の上にいる猫から呪力の気配が消えたことを感じとる。縁堂縁が使い魔の術式を解除したのだ。

その気配は感じ取った瞬間、ほうっとため息を吐くと同時に、一気に体が震えだした。

 

(やばい。やばい。やばい!)

 

その恐怖がなにに対するものなのかは理解している。それはこちらへと流してきた殺気。これで同種のものを直に受けるのは二度目(・・・)だ。だと言うのに、まるで慣れない。どころかあの巨人のモノとはまた別種の恐怖のように彼女は感じられた。

 

分かってはいた。それでも理解が未だに及ばない。

 

人の身でありながら、人ならざる力を獲得し、讃えられた者たち…

 

「英雄…」

 

誰もいないビルの屋上で彼女は呟く。

そのつぶやきは誰に聞かれることもなく、ただ、風にさらわれるのみだった。

 

ーーーーーー

 

ところ変わって、監獄結界内部。

 

「キャスターは…」

 

みずからのサーヴァントである少女を見つけるため!辺りを見回す。すると、キャスターがすでに立ち上がっている姿を確認できた。と同時に、そのキャスターを牽制するように前に立つ相手方のキャスターのサーヴァントも確認できた。

 

「ちっ!これは流石に…詰みか。」

 

絶望を少しでも払拭するために不適な笑みを浮かべる。そんな彼女の前にその絶望を叩きつけた張本人・メレムが牙を剥く。

 

「ああ、これで…終わりだよ。」

 

言うと同時にダッとその場を駆け出し、那月の元へと近寄っていく。

その姿を確認した那月は攻撃のための魔術を使うこともなく、静かに考えた。

 

(魔女となり、教師となり、28年生きてきた。正直、ろくでもないことばかり起きていたが…)

 

那月は最後に締めくくるようにして、笑顔で呟く。

 

「悪い人生ではなかったな。」

 

ーーーーーー

 

遠く離れた遠洋にて、古城はざわりと背中が泡立った。戦闘中だと言うのに、目の前の敵から目を背け、思わず呟いてしまう。

 

「那月ちゃん?」

 

 

ーーーーーー

 

静寂が場を支配する。ボタリボタリと粘り気のある水音が辺りに響き渡る。その中心にいる少年メレム・ソロモンは血に染まった手刀をそのままに、ほおを釣り上げながら、言葉を乗せる。

 

「愉しかったよ。南宮那月。」

 

 

少年が視線を向けた先には血溜まりがあり、その中心には首と胴が泣き別れしている少女・南宮那月の死体があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XV

お待たせしました。どうぞ。


「っ!?那月!?」

 

アリスが絶叫を上げながら、自らのマスターである那月の元へと駆け寄ろうとする。だが、その後ろ姿を確認したアイザックがそれを見過ごすはずもなく、手を手刀へと変化させ、アリスの背後へと迫る。

 

「よそ見とは余裕だね。まあ、マスターが死んでしまった以上、これ以上はやり過ぎな気もするが…」

「っ!?」

 

慌ててアリスは体を反転させようとする。だが、それよりも早く手刀は正確にアリスの背中を捉え、

 

ズサッという音と共に背後から胸部へとその手刀を貫通させ、刺し貫いた。

 

「あっ…」

 

事切れた。完全に確実に自分の命脈が絶たれたことを確信するアリス。だが、それでもなお、その掌は自らのマスターほど向けられる。

 

「な…つ…き」

 

それを最後にアリスはその場にドサリと倒れ込み、その体を静かに光粒へと変え、消えていった。後に残ったのは、一人の少女の死体と二人のマスターとサーヴァントのみだった。

 

「さて、それでは行こうか。マスター。」

「待て。まだ油断するな。」

 

自らのマスターである仙都木阿夜に声をかける。だが、その声を寸断するように阿夜は警戒をうながす。

一瞬、それに対して、疑問を持ったメレムだが、すぐにその警戒に対して答えを出した。

 

「ああ。前回(・・)は自分のバックアップを取って、どうにか自分の死を免れていたんだっけ?でも、大丈夫だよ。」

「っ!?」

 

その答えに対し、阿夜は驚きを隠せなかった。自分の思考のうちを読まれたからではない。この男がまるで、召喚される前…前回の戦いの一部始終(・・・・・・・・・・)を知っているかのように話したことに驚いたのだ。

 

(私はこの男に対して、一度もそんな話をした覚えがない。この男どうやって…)

「先に言っておくけど、僕は別に君の思考を読んだわけじゃないよ。ただ、今の僕は少しだけ、視界が広がっている(・・・・・・・・・)。だから、この島で以前起こったことも知っている。それだけの話なんだよ。」

「?どう言うことだ?」

「これ以上は敵地だから教えられないよ。で、さっきの答えだけど、彼女がバックアップを取る暇は万が一にもなかったよ。前回の戦いは彼女自身大きな力を使わずに済んでいた。結界を守ることを重視して、君の娘との戦闘にも自身の力を使わず、吸血鬼もどきのあの少年にすべてを一任していた。」

 

だが、と少年は締めくくりながら答える。

 

「今の彼女にそこまでの余裕はなかった。彼女は全身全霊で最後まで戦い続けるしかなかったし、何より、それ以外は僕が許さなかった(・・・・・・・・)。」

 

そう答えた後にメレムはパチンと指を鳴らした。その瞬間、自らの周囲を包み込む空気が軽くなったように感じられた。この感覚を阿夜は知っている。

 

「これは…結界!?いつの間に、いや、一体これほどの結界をどうやって那月や相手のキャスターに気づかせずに張り切ったのだ!?」

「一番最初、南宮那月とキャスターに不意打ちを喰らわせたときさ。攻撃を喰らった後じゃ、体の弱りから幾分か感覚が鈍るしね。かけるならその瞬間しかなかった。最も即興だったから、内部への妨害に特化させ、外部からの侵入に対する感知は若干甘いモノだけどね。」

 

その言葉を聞いて、阿夜は改めて確信した。この男が人外なる存在。サーヴァントであるということを…

 

「さてと、それじゃ、話も終わったし、行こうか。ねぇ、そっちのキャスターとそのマスターそれでいいだろう?」

「…ええ」

「はい。」

 

気軽な調子で声をかけるメレムの質問に対して、複雑な表情を浮かべながら、返答をする。

その様子に少し疑問を抱いたメレムだが、すぐに思考を切り替える。今はそんなことを考えている余裕がないと判断したためだ。

 

「さてと、あ、そういえばさ。君たちのこっちへの密航手段ってなんなのかな?」

「…ここでは言えないわ。誰が聞いているかわからないしね。」

「ああ、だよねぇ…うん。分かったよ。」

「というか、なんでいきなりそんな質問をするの?」

「ん。ああ、それは…ねぇ!」

 

メレムは空に向かいながら、声を張り上げる。すると、メレムの声に応じて『左足の悪魔』と呼ばれる怪物は応答する。

メレムは少しの間、怪物と何事かゴニョゴニョと話した後、改めて阿夜や恵莉たちの方へと視線を向けて言葉を放つ。

 

「話はついたよ。彼がこの島の脱出の手引きをしてくれるって」

「「「はっ?」」」

「いや、だから、彼の背中に乗って脱出しないって言う僕の提案なわけだけど、どうかな?」

「ああ、なるほど」

「「えっ!?」」

 

そこで阿夜は納得したように応答し、恵莉たちは信じられないものを見るかのような目を左足の悪魔へと向ける。

恵莉たちはすでに彼らの情報を得ている。確かに先ほどメレムからは協力を約束されたが、それだけだ。彼の、いや、彼ら(・・)の過去を知る限り、少なくとも人間に怒りを抱いていないわけがない。そう考えていた。なのに、そんな心中など覚えがないかのように、いや、いっそ、興味すらないように友誼を深める場を提供してきた。

 

(何というか、読めない上に、食えないわね。)

 

ここで断ったとしても、後々に影響が出ることはまずない。だが、一時的とはいえ、協力関係にある以上は万が一は避けたいところだ。

 

「…分かったわ。その提案に乗らせてもらう。」

「OK!それじゃ、頼むよ!」

 

メレムがそういうと、左足の悪魔と呼ばれるそれはゆっくりと首をもたげながら、地上に降下していく。そして、地面に当たらないギリギリのところでその体を停止させ、メレムたちの目の前に止まる。

 

「さ、それじゃ、乗ろうか」

 

ーーーーーー

 

「いざ、参る。」

 

剣の柄を両手で持ち、水面を弾き飛ばすようにして、宙へと飛ぶライダー。対して、偽・真理の巨人(ジャイアント・ヴェルメストII)は、右腕を宙へと向ける。

 

偽・真理の巨人(ジャイアント・ヴェルメストII)の特記すべき能力はその巨体から放たれるパワーではなく、両腕(・・)からはなたれる特異な魔術。その能力の多様性にこそある。

右手の指はそれぞれ五代元素を主軸として、ニュートン自身が当てはめた五色の鉱石が指の形をしており、これから放たれる魔術のその攻撃力、応用性は並の魔術師など優に超えている。

右手にある赤い鉱石が光り出し、巨人はその手をライダーはと向ける。

 

瞬間、放たれるのは熱線。白炎を纏ったその熱戦はライダーの目の前まで迫る。その熱戦が勢いよくライダーへと着弾し、そのまま、海にまでその熱戦が届くと海は蒸発し、あたりに蒸気が立ち込める。それを確認した巨人は目前の光景を鼻で笑った。

 

(なんだ。少し雰囲気が変わったと思ったけど、勘違いか。さて、後は…)

 

つぎに古城たちがいる方向へと狙いを定めようとした瞬間、先ほどできた蒸気から一つの影が勢いよく突き出てくる。

 

『なっ!?』

 

すでに古城たちの方へと狙いを定めようとしていた巨人はその光景に唖然としながらも、直撃を避けるためになんとか右腕を差し出す形で防御へと回す。

 

「遅い!!」

 

だが、すでにその腕を切り裂いてみせたライダーにとってそんなものは足止めにもなり得ない。左腕は瞬時に切り裂かれ、ライダーは巨人の目前にまで迫った。

もはや、巨人になす術はなく、誰もがその首を切り落とされる光景を想像した。だが…

 

『ちっ!』

 

巨人が舌打ちを鳴らした瞬間、右腕の残り一本の鉱石が光り輝き始める。残る鉱石は一つ。五代元素の中で『空』に対応した白い鉱石の小指が光ったその瞬間、巨人は目の前から消えた。

そして、その姿をライダーの背後に移し、右腕を振り上げて攻撃を仕掛けようとする。背後からの攻撃だ。さらに突進の途中下にあるライダーは方向を変えることも難しいはず…

 

ただし、それは、もしも、その動きを読まれていなければの話だが…

 

「甘い!」

 

瞬間、ライダーは背後へと振り返り、剣を光らせ始める。

ライダーは剣の伝説の他に投槍の伝説もある英雄だ。彼は前回、その正確無比な投擲術によって剣をアーチャーへと投げ渡した経緯があった。

つまり、その技術は未だなお、彼の中に息づいているわけだが、これを宝具として顕現させた場合、少し様相が変わってくる。

 

今なお光り続ける剣をライダーはそっと上空をなぞるように振るう。すると、その剣先から光が漏れ出るようにして一筋の線を生みだす。やがてそれは、一本の槍のような質量と形状を伴い、彼の剣先に追従する様に姿を現した。そう。これこそがライダー・ゲオルギウスのもう一つの宝具。

 

竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラーコーネース)!!」

 

時に剣の姿をとり、時に槍の姿をとるゲオルギウスの絶技。その絶技が巨人へと、いや、今や竜種の一体となったモノヘと牙を向ける。

 

『っ!くっ!?』

 

慌てたようすで迎撃の態勢を整えようとする巨人。だが、遅い。迎撃用の魔術を発動する一瞬前に、光輝く一閃の槍が顔面へと着弾する。

 

『ぐおっ!?』

 

着弾した瞬間、巨人の顔は爆発にのまれる。巨人は瞬時にその顔面を再生させようとするが

 

(っ!?再生が遅い。竜殺しとしての能力が回復を阻害しているのか!)

 

当然そんな遅くなった再生をわざわざ待っているほど、ライダーは間抜けではない。すかさず、今度は巨人の足元を狙う。

力屠る祝福の剣(アスカロン)の刃が光っていく。そう。先ほど言っていたように竜殺し(インテルフェクトゥム・ドラコーネス)が剣の姿として顕現しようとしているのだ。

 

(っ!まずい!?)

 

自らの顔面が再生し切っていないところから予想すると、足を狙われると言うのは非常にまずい。

偽・真理の巨人(ジャイアント・ヴェルメストII)賢者(ワイズマン)の力を主軸に置き、作られた擬似宝具だ。それ故に、その性能の根本はどうしても賢者(ワイズマン)に依存する。そして、賢者(ワイズマン)の能力の最も厄介な点はその不死性にある。足元から吸い上げた海水より検出される微量の金を自らの肉体とすることで海に金が存在し続ける限りは、賢者(ワイズマン)に死はなく、それ故に完璧であり無敵の人間(・・)とされてきていた。

 

だが、今、目の前にいる男はその人間としての性質を無理やり竜種へと変貌させてきた。つまり、今の自分は不死性を持った一匹の竜に過ぎない。

 

不死身の竜というのは竜としてはありふれたテンプレート。ならば、竜殺しの概念が竜の巨人の体を殺し尽くさないなどとは譲り受けた不死性を持ってしても、とても言えなかった。

 

「チッ!?」

 

退避するために先ほどと同様に空間転移を使おうとする。だが、その魔術が発動するよりも先に偽・真理の巨人(ジャイアント・ヴェルメストII)の足元へとライダーの剣が届く。

 

「ふん!」

 

あっさりと、まるでバターのように切り裂かれる巨人の足。巨人はバランスを崩し、体が海面へと落ちていく。ザパーンと体を海へと沈めていく巨人。

 

それを見たライダーは油断なく、その巨人の体を見つめる。

 

「終わりです。キャスター!」

 

再び剣が煌めく。その剣光は魔力の爆発的な高まりとともに光り輝いていき、そして…

 

「ぜあっ!!」

 

一息にその光の筋は巨人の肉体を両断した。バクンと縦に裂けていく巨人。

ズウウンという重々しい音を上げながら、海へと沈んでいくふた別れした巨人の身体。

しばらくして、再生しない様子を確認したライダーはその場を後にする。

 

「す、すげぇ」

「あの巨人をああまで一方的に」

「ああ、しかも、我々を守りながら…な。凄まじいものだ。」

 

その様子を遠目で眺めていた古城、雪菜、ニーナの三者三様の感想を述べた。

 

『ああ、大したものだ。咄嗟にこの術式(・・・・)の発動が遅れていれば、巨人としての僕の意識は完全にあそこで途絶えて(しんで)いただろう。』

 

「「「っ!?」」」

 

だがそこで、三人の後方からさっきまで聞き覚えのあった声が響いてきた。

背後を振り向き、海から上がるその巨大な右手を認識する暇はなかった。

その反応よりも前に破壊の熱線が三人へと降り注いだためだ。

 

その攻撃に誰よりもまず真っ先に反応したのはニーナだ。瞬間、ニーナは自らの不死の肉体を膜のように展開し、古城と雪菜を守るために防御の体勢を取る。

そして、ニーナの次に反応した雪菜は迷わず古城の前に出て、雪霞狼の術式を展開した。

 

最も緊張を覚えた瞬間的な攻撃に対し、ニーナと雪菜は即座に反応してみせた。それだけで手一杯だった。

 

だからこそ、両者はその時まで失念していた。そこまでの反応を見せることができた二人がなぜ、今の今まで巨人が背後まで近づいてくるまで、全く反応することができなかったのかという、簡単な懸念点を…

 

ギュルリと古城の足に何かが巻きついてきた。木の根が海中から這い出し、巻きついてきたのだ。

そして、木の根は一気に古城の体を海中へと引っ張っていく。

 

「なっ!?うおわ!?」

「っ!?先輩!?」

 

瞬間、古城が会場で見た光景は頭の中をゆっくりと流れていった。不思議なほどスローなその体験は、その場の状況を正確に見通せた。

 

今も続けられる攻撃から身を守るために、その場を見ることしか出来なかったニーナ。おそらく、巨人が突如として自分の背後に現れた時からこちらへと駆け寄っているライダー。そして、自分を助けるために慌てて手を差し伸ばそうとする雪菜。だが、それらの光景は無常にも自分の視界を通り過ぎ、その直後、自分の目の前に青一色の光景が広がった。海に沈められたのだ。

足元を見ると木の根はひたすら海の底へと向かっていた。明らかに自分を溺死させるつもりだ。たとえ不死の吸血鬼とて、溺れてしまえば、息ができなくなるし、当然苦しい。

 

(っ!?やばい!)

 

瞬間、そうかんがえた古城は眷獣を召喚しようと腕から血を噴き出そうとする。だが、そこで不意に思い至る。今、この魔力を暴走させたとして、自分は果たしてどこまで制御できるのか、と…

 

すでに意識の方は溺れかけ、混濁したこの意識の中で自分の魔力を暴走させてしまえば、海上にある姫柊や船の中にいるものたちまで巻き込んでしまう。自分の力は世界を破壊しうる第四真祖の力だ。ほんの少しつま先一つでも力加減を違えば、力の奔流はたちまち厄災となってしまう。

 

この状況下でそんなことが起こってしまえば、間違いなく大勢の命を犠牲にする。故に、古城は一瞬、逡巡してしまった。だが、その一瞬の逡巡が命取りだった。今も自分を海中へと引き摺り込んでいる木の根が掴んでいる足首あたりが、不意に妙に硬くなった。

 

怪訝に思った古城が足元を見る。すると、足首から先が鉄のような金属の膜に覆われていた。

 

「がっ!?(なっ!?)」

 

金属が覆われている箇所から徐々に魔力の操作が不安定になっている。しかも、速度が速い。足元が金属になったと思ったら、その数瞬後にはすでに顎のところまで金属の波が迫っていた。

 

(や、やばい!これは本当に…)

 

だが、その先の思考が続くことはなかった。その直後、全身を金属で覆われてしまった古城は物言わぬ鉄像と化したのだった。

その後は、ただ海中へと引き摺り込まれ、深い深い闇の底、深海へと堕とされていった。すると…

 

『全く、情けない。それでも第四真祖か。』

 

闇に飲み込まれていく中、不意にそんな声を聞いた気がした。

 

ーーーーーー

 

「いや、本当に良かった(・・・・)。」

 

その言葉を聞いた瞬間、文字通りメレムの手足となっている悪魔たちは、疑問を頭の上に浮かべた。

一体、何が良かったというのか?現在、戦局的に優勢な立ち位置にあるのは間違いなく我らが主の勢力だ。たとえ、自分たちがここで負けたとしても、それは特に戦局的に影響しない。あまり考えたくないが、消滅したとしても、メレムが無傷ならばまた復活が可能なのだ。そのことは、目の前の男とて知っているはず。なのに、何が良かったというのか。

 

そんな彼らの疑問に気付いたアーチャーは不適な笑みを浮かべてその疑問に答える。ちょうど良い時間稼ぎとなると考えたためだ。

 

「いやな。お前たちを地平線の彼方で目視した瞬間、俺は正直、この戦争はこのままでは敗北すると確信していた。我らが生き残れたとしても、戦局的には君たちに大幅に傾いた状態で終わってしまう。そのダメージは決定的だろう。

 

お前たちの主はそれができる力の持ち主だ。

 

俺はそれをよく知っている。」

 

その言葉に多少なりとも虚栄心を抱いた悪魔たちだったが、すぐにその考えは収まる。ならば、なぜこの男は『良かった』と言ったのかそれがますます疑問だったからだ。

 

「オレは気配感知などという上等なスキルは持っていない。気配を探れたとしても、こちらに殺気か視線を向けるか、もしくは自分が作った簡易的な結界内に限られる。」

 

以前、ランサーの気配を目視ではなく気配で感じ取ったのもそれが理由。周囲一帯に散りばめた宝石による簡易結界により、アーチャーは気配感知の感度を擬似的に上げることができたのだ。だが、ランサーの方からお返しとばかり殺気を流されたところから、簡易的にすぎる上に下手をすればキャスターなどには利用されかねないと判断したため、早々にセイバー戦の際に宝石内に結界用に貯蔵していた魔力を自分の中へと回収した。そのため、今では、あの島の中で結界など働かせていないのだが…

 

「そんなオレがだ。」

 

そこで言葉を区切りながら、苦々しい表情で次の言葉を続ける。

 

「お前たちを目視すると同時に気配(・・)を感じた。当然、ここにいる者たちを除いた、な。」

 

自分たちを除いたようなその言い方に悪魔たちは、一瞬、自らの主人の気配のことを言っているのかと思ったが、すぐにその考えを思い直す。目の前の男の言い方が明らかにそう言った意味を含んだ言い方でないことともう一つ、自らの主人がこう言っていたことは思い出した。

 

『ああ、うん。そりゃ、そうなんだけど、シロウのことだから、僕が見た(・・)瞬間、気付くと思うんだよね。それじゃぁ、サプライズとしては弱いだろう?だから、聞きたくてね。』

 

そうだ。確かに我らが主人はそう言っていた。つまりあの時、主人はこの目の前の男を見ていなかったということ。ということは誰だ?

 

「正直な話、戸惑っている。ヤツは本来なら絶対に召喚されないサーヴァント。いや、まあ、そのあたりは人のことを言えないんだが…ヤツが召喚されたということは十中八九この世界では厄介事が起こる。それもとんでもないレベル(・・・・・・・・・)のものがな。

 

あのバカは人でなしだが、人類のハッピーエンドをこそ好む。

 

逆にいえば自分も動かなければ、この世界はハッピーエンドにはなり得ない(・・・・・)と、そう考えたということだ。こんなめまぐるしい事態の真っ最中だというのにそんな悩みの種をボンと置かれてみろ。流石にボヤきたくなる。

 

だが…」

 

一体、この男を見ていたと言うモノは誰なのだ?三者が同時に抱いた疑問に対し、答えを与えるようにアーチャーは言葉を続ける。

 

「味方となれば、頼もしいヤツだ。気に食わないが、コレもとんでもないレベルでな。だから、ボヤキはしたが、『良かった』と言ったんだ。コレで少なくとも、こちらにも勝ちの目が浮かび上がる。」

 

ーーーーーー

 

メレムたちが悪魔の背に乗り、いよいよこの絃神島を出ようと思った瞬間、

 

突風が吹いた。

 

ただそれだけだったが、花の香りが鼻腔をくすぐったことでわずかな違和感を抱く。すると、そこで…

 

「いやぁ、それは困る。実に困るんだよね。実際…」

 

監獄結界の陰鬱な気配を吹き飛ばすような陽気な声が響いてきた。

その事態に対して、メレムたち四人は一斉に声が響いてきた場所へと視線を向ける。

 

すると、そこで一気に監獄結界に一輪もなかったはずの花の吹雪が舞った。目を覆わんばかりの花の舞。それらが舞い終わると、監獄結界は一面を美しい紫の花に覆われていた。その中心にその男は立っていた。

 

「君たちをこの場から離してしまうと、こちらとしても勝ちの目は薄くなってしまう。そういうわけで、君たちにはまだまだここにいてもらわなきゃ困る。」

 

 

男が杖の石突をコンと花畑に当てると、花畑の中から花に埋もれたその身を起こすように、先ほど首を断ち切ったはずの南宮那月と胸を貫かれたはずのキャスターが出現した。

 

「なっ!?」

「へぇ…」

「っ!?」

「わおっ!」

 

その光景に驚かされるメレムたち。そんなことを気にする様子もなく、男は、なおも笑みを浮かべて言葉を続けてきた。

 

「さぁ、ここから始めよう。君たち(・・・)の物語を」




終わりは近づいてる筈だ。だというのに、まだ終わらない。
だんだん「この続きはちゃんと考えているんです。」というのが嘘っぽくなってきた気がする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XVI

半年ぶりだ。本当に長らくお待たせして申し訳ございません。
でも、まだ続く。
何やってんだ俺は…


「どうやら、アレは(・・・)幻覚の類いではないようだね。あの南宮那月はたしかに生きている。」

 

メレムは目の前の光景に少なくない驚きを抱きながら、冷静に状況を分析する。

視線の先には南宮那月が花畑の中で座り込んでいる姿が映っている。那月の体の端々には少なくない傷があり、その一つ一つにたしかな見覚えがあった。

 

「一体、どこからどこまで(・・・・・・・・)が幻覚だったのか。全く気づかなかったな。間違いなく神代の魔術師なんだろうけど、それにしたって凄まじい。」 

 

その言葉に続くようにニュートンは感嘆の声を漏らす。彼らのつぶやきに対して、とても状況の整理などが追いついていないのが、恵莉と阿夜だった。自分たちより上の存在は確かに知覚はしていても、それをまざまざと見せられるというのはやはり違うものがあるものだ。

 

「まぁ、そう落ち込まないでよ。マスター。とりあえず、状況の整理のために彼のクラス名だけでも聞いておかないと…」

「え、ええ、そうね。」

「ああ、それには及ばないよ。僕はキャスター。君たちが上限として設定した(・・・・)3騎めのキャスターのサーヴァントだ。」

 

その言葉に恵莉は驚愕を露わにした。『この聖杯戦争では、同じクラスのサーヴァントが3騎まで召喚できる。』その情報はまだ同盟を結んだ(・・・・・・)魔術師にしか認知されていない情報のはず…それをなぜあの男が知っているのか…

 

「あいつ…一体何者?」

「さぁ、ただまぁ、とりあえず分かっていることが二つあるよ。」

「何、ソレは?」

「一つはあの男は僕たちが思うより数段階上の情報取得能力があること、もう一つはあちら側に立っている以上、僕たちの敵だってことだ。」

 

ーーーーーー

 

「貴様一体何者だ。」

 

同じような質問を那月は直接本人に尋ねていた。

 

「ん?ああ、とりあえずは味方だよ。その証拠を提示しろと言われると弱っちゃうけど、信じてくれないかい?じゃないと、君たち今度こそ死んじゃうよ?」

 

脅迫にも取られかねない発言だ。はっきり言って怪しさ爆発だ。一体どこからどうやって来たのか?それさえも分からないこの男を信用するというのは先程の発言から推移しても難しかった。

そのどこからどうやってと言う疑問を察知したのか、質問もしていないのにその白い男は話し始める。

 

「君たちとは近いうち出会う運命(・・・・・)にある。だから、その縁をちょちょいと手繰って、現在遠く離れた君たちにアプローチをかけたというわけさ。」

 

その発言に那月とアリスは驚愕する。簡単なように言ってはいるが、今の発言は神業の類だ。要するにこの男は未来の縁を依代に自らを空間転移に近い魔術で移動させたと言うことだ。空間魔術の使い手である那月でさえ、到底できないことをこの男は当然のように言った。

 

間違いなく理外の外にある魔術師だ。

 

その事実に那月は少なくとも敵に回すのは得策ではないと踏んだ。

 

「…了解した。ひとまず、貴様を信じてやる。」

「本当かい?ありがとう!」

 

晴れやかな笑みを浮かべながら、男は嬉しそうに声を上げた。

…はっきり言ってかなり胡散臭い。

 

「では、ここからまた君たちにも戦ってもらうわけだが、準備はいいかな?」

「…ああ、なんとかな。」

 

正直、ハッタリに近い。体の至る所に浅くはない傷ができ、体力は削られていく一方だ。その状況を見るに見かねたマーリンは、わずかに目を眇め、やがて、諦めたように目を背けると、

 

「仕方がない」

 

そう言って、パチンと指を鳴らした。

すると、那月とアリスは見る見るうちに淡い光に飲まれていった。そして、その光がだんだんと収まり始めると無傷な状態の両者が出てきた。

 

「「!?」」

「私の能力の一部を君たちに使った。とは言っても、それはあくまで副次効果のようなものだけどね。」

 

体を回復させている間に、目の前には先程の四人の魔術師が悪魔の背から降りてきた。

 

「さて、では改めて戦いをするわけなんだが、君たちはどちらを担当するのかな?」

「…私たちはあの悪魔の小僧とバカ魔女を相手にしよう。そちらの方がやり易そうだ。」

「ふむ。そうだね。たしかにその通りだ。私の方もあちらの少年少女の主従を相手にした方が良さそうだ。分かってるじゃないか。」

 

妙に鼻につく言い草に僅かな苛立ちを見せる那月だが、それを表情に出すことはなく、言葉を続ける。

 

「では、決まりだな。一応、言っておくが、奴らの能力は…」

「ああ、大丈夫。僕の方でもその辺りの能力は確かめているから、今は…

 

目の前の敵に集中した方がいい。」

 

言い終えると、それに合わせるようにして、目の前の敵が切迫してきた。それに対して、三人目のキャスターである男は、杖の先にある宝珠を輝かせた。すると、それと同時にまたも花吹雪が舞う。

 

「あっ!」

「くっ!?」

 

その状態に苦い顔をする恵莉とニュートン。花吹雪が終わると、彼らの目の前は花がドーム状に回転し、舞い、その中央で笑顔のままこちらを見つめる男が光景として写った。

 

「これは結界?」

「それほど頑丈なものではないけどね。僕がその気になれば、壊せる程度のものだ。ただ、認識を阻害されている。サーヴァントの感知がうまくできない。どうやら、分断されたみたいだ。できるなら、結界を壊したいところだけど…」

 

笑顔のままこちらに近づいてくる白い男を目にしながら、言葉を続ける。

 

「彼がそれを許してくれなさそうだ。」

 

白い男の方はニュートンたちの様子を見て、一息つく様に息を吐きながら、言葉を出す。

 

「さて、これでとりあえず、戦線の維持はできた。私としては、このまま、何事も起こらないことが何より望ましい。

 

なにせ、君たちが組んだ無理な術式のせいで、世界は現在進行形で飽和寸前だ。」

 

その言葉を聞き、恵莉は目をすがめる。

 

「やっぱり、あなた知ってるのね。この聖杯戦争のその有り様。」

「さあ、どう…かな!?」

 

言葉と同時に、三人目の白いキャスターは肉薄する。

その接近に対して、ニュートンは自らの腕を金属と化しながら、恵莉の前に割り込むようにして、白いキャスターの目の前に立つ。

白いキャスターは、目の前に立った少年に対して、その手に持った西洋剣を振りかざした。その剣戟に対して、腕を交差することで攻撃を防ぐニュートン。

 

「…キャスターなのに、剣を使うのかい?きみは?」

「そう言う君こそキャスターのくせに拳を使うじゃないか。お互い様だよ!」

 

ギャリという金属音と共に両者が切り返す。剣戟対拳撃キャスターらしからぬ戦いの火蓋が今、切って落とされた。

 

ーーーーーー

 

「へぇ、何者か知らないけど、これはまた、えらいキャスターが来たものだね。シュバイン翁に並ぶ…いや、ひょっとするとそれ以上か。まぁ、サーヴァントである以上、その程度は驚きの範疇にならないけど…」

 

言いながら、メレムは改めて自分たちに向き合っている南宮那月たちを見つめる。

 

南宮那月とアリスは傷が癒えたことを確認するように掌を見つめていた。

 

「ふむ。どうやら、傷の方は大方治癒されているようだ。細かい傷は僅かに残ってはいるが、通常戦闘には影響は出ぬ程度だな。貴様の方はどうだ?アリス。」

「ええ、私も問題はないわ。本当なら、私の能力で治した方がいいのかもと思ったけど…」

「やめておけ。アレは最終手段だ。他に手があるならば、そちらを使った方がいい。」

 

会話を終えると、那月は改めて、前を向く。その視線は先ほどまで自分を痛めつけていたメレムに対してではなく、その後ろにいる知己である仙都木阿夜に向けられていた。

その視線に気づいた阿夜は口の端を吊り上げながら応対する。

 

「改めて、久しいな。那月。フェスタの騒動以来か?」

「すぐにまた鎖を繋いでやる。貴様が捕まっていないと、こちらとしても色々と(・・・)面倒なのでな。」

「…ああ、我が愚娘のことか。貴様もうまくやるものだ。」

 

会話をしながら、那月は頭の中でアリスと念話を行っていた。

 

(アリス。そちらの悪魔使いについては任せたぞ。私は阿夜の方を叩く。)

(…ええ、分かったわ。気をつけてね。那月。)

(ああ、そちらもな。)

 

念話を終えると同時に、アリスはジャバウォックを召喚し、那月は背後に魔法陣を展開し、そこから鎖を射出する。阿夜の方へと真っ直ぐ向かうその鎖を阿夜はなんなく躱していく。だが、そんなことなどお構いなしに鎖を次々に射出させていく那月。その狙いを阿夜は正確に理解していた。

 

(サーヴァントとの分断を図る気か。)

 

その考えを理解しながらも、阿夜はどんどんと自身のサーヴァントであるメレムから離れていく。少し思い通りに行き過ぎている気がした那月は、その態度に不穏なものを感じ取る。

 

(この女。随分と余裕があるな。すでに力を取り戻しているのか?いや…)

 

それはないと那月は断言できた。以前、阿夜は魔女の力を取り戻すために仙都木優麻から守護者と呼ばれる魔女の力の根源を奪い取ることでそれを成していた。だが、それは結局、優麻から奪い返されていたはずだ。ならば、この場で力を取り戻すことは不可能なはず…では、この余裕は一体…

 

「不気味に思っているようだな。なぜ、我がここまで余裕なのか、と言うことが…」

「……。」

「何、すぐに分かる。なぜ我が余裕でいられるか、その理由はな」

 

直後、阿夜が身につける十二単が下から突き上げるような爆風でわずかに舞い上がる。それが魔力による爆風であることを瞬時に看破した那月は目を眇める。

 

「なあ、那月。知っておるか?」

「…?」

「この世界にはな。すでに力の法則が二つ以上ある(・・・・・・)ということを…」

「なに?」

 

疑問を浮かべる那月を無視して、阿夜は自分の言葉を続けていく。

 

「それは、この世界が元々持っている可能性。それから生み出された奇跡。そして、今やその奇跡は我らに深く結びつこうとしている。だったら…なあ?

 

我が使えたとしても別に問題はあるまい?」

 

魔力の嵐が暴発し、周囲の砂塵を巻き上げていく。那月は目を眇め、手に持つ扇子で砂塵を払いながらその先を見つめる。すると…

 

「…なに?」

 

そこにソレはいた。

一見すると、ソレは西洋の騎士のような鎧を身につけていた。その黒い鎧のあらゆる部分には炎を象られた様な鎧よりもさらに黒い紋様が掘られ、元々あった禍々しさをさらに強烈なものへと変えていった。

 

「なんだ?あれは」

 

その存在の異常性に那月はすぐに気づいた。

 

異様だ。その装いというよりも、その気配があまりにも異様で異常だと那月は感じ取ったのだ。まるで世界中の悪意を詰め込まれた様なドロドロとした気配。自分の守護者も、強力な力を持ち、一線を画すものだが、アレは別の意味で一線を画している。

 

「貴様、何だソレは?どこでそんなモノを手に入れた?」

「ソレをお前にいう必要があるか。那月?」

 

魔女の守護者。それは人間が扱う使い魔の中では最上級の代物。弱いものでもその力は吸血鬼の眷獣と同格。強力なものだと古き世代の吸血鬼とも互角に張り合える力を持つものまで存在する。それゆえにそれらの契約には凄まじい代償と無比の才能が必要となる。

それは同じ魔女である那月が一番よく理解していた。それを脱獄してから、まだ数分ほどの者が契約を果たした。明らかな異常事態だ。

 

「まあいい。いずれにせよ、貴様をこの場で捕らえなければならないのは変わらないからな。」

 

そう言う那月の背後にはいつのまにか黄金の騎士が現れていた。那月の守護者『輪環王(ラインゴルト)』である。

両者の守護者が並び立ち、その空間には緊張が走る。

 

「「では…」」

 

そして、二人同時に声を出し、次の言葉もまた同時に突き出された。

 

「「行くぞ!!」」

 

その言葉が合図となり、両者の決戦の火蓋は切られたのだった。

 

ーーーーーー

 

「ふーん。君、面白い気配だね。元々人間じゃないのかな?いや、サーヴァントなんだから、当たり前だけどね。」

「そういうあなたもヒトらしくないわ。」

 

両者は目の前のものが自分と同じく、だが全く別の(・・・・)人外であると認識し、僅かに警戒を強めた。

そして、警戒を強めると同時に、自らの背後に最強の使い魔を召喚した。

 

「おいで」

「来て!ジャバウォック!」

 

空色とメレム柄が特徴のエイのような体の怪物は『左足の悪魔』と呼ばれる存在。

そして、何色もの絵の具をグチャ混ぜにした様な体色をした巨人は『ジャバウォックと呼ばれる怪物だ。

 

「さてと、時間も推している。さっさと片付けて、我が友に挨拶をしに行こうじゃないか?それでは行ってくれ!『左足』!!」

「那月の物語はこんなところでは終わらせない!行きなさい!ジャバウォック!」

 

「「◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!」」

 

二匹の怪物は主人の号令とともにその翼と拳を叩きつける。人外の怪物同士の戦いが今始まった。

 

ーーーーーー

 

巨人の巨大な熱戦攻撃により吹き飛ばされた雪菜。彼女は、なんとか体を起こそうと手をつき、立ち上がろうとした。ふと、違和感があった。それは自分が今、『立ち上がろうとした』という事実に対して起こった違和感。

ここは海。投げ出されるように吹き飛ばされたら、まず、身体は海へと沈む。なのに、自分の体にはベタつくような海水による濡れはなく、どちらかと言えば海についたはずの横半身は硬い壁に当たったかのように麻痺したような痛みと痙攣が残っている。

その違和感の正体を探るように雪菜は目を開けて、あたりを眺めた。すると…

 

「え?」

 

先ほどまで、雪菜はたしかに海面に立っていた。だが、その海面はいつのまにか凍りつき、氷の孤島と化していた。しかも、自分や周りのものたちの足を巻き込むことなくだ。

今までその場にずっといたはずの雪菜は、そのあまりの光景に絶句していた。

 

「まったく、誠に情けない。第四真祖の力を持ちながら、英霊と呼ばれるものたち本体ならともかく、その使い魔風情のような存在にここまで苦戦するとは…」

 

すると、自分の隣からよく聞き慣れた、ただし、全く別の威風を纏った声が聞こえてくる。

雪菜はそちらに恐る恐ると視線を向けた。

 

「な、凪沙ちゃん…」

 

そこには、暁古城の妹である暁凪沙が古城をその細腕に抱えながら立っていた。

 

「が、しかし、今のままの単純な破壊ではアレを壊せぬのも確かか。仕方がない」

 

そういうと、そっと自らの唇を古城のソレに近づけた。

 

「目覚めよ。水精(サダルメリク)。」

 

そう口にした後に、唇同士を合わせた。

瞬間、そこに顕れたのは暴風だ。全てを弾き飛ばし、吹き飛ばす魔力の暴風。ソレが表に出た瞬間、糸が切れた人形のように凪沙は倒れ込み、古城は、それに同調するように、咆哮を上げる。

 

「うおおおおおっ!?」

 

雪菜は凪沙の身体が氷の大地に着く前になんとか抱え上げ、目の前の古城の状態を見て驚愕する。

 

「これは…一体!?」

「あの娘め、随分無茶なことをする。第四真祖の中にいる眷獣を暴走させおった。急がねば、あやつの魔力が周囲一体を巻き込んで何もかもを吹き飛ばしてしまうぞ!」

 

霧の中、どこからともなく聞こえたニーナの声に雪菜は顔を青ざめさせる。

誰より古城の近くにいた彼女は彼の力の暴走が何をもたらすのかを瞬時に理解させたのだ。

 

「っ!?先輩!気をしっかり持ってください!先輩!!」

 

雪菜の懸命な叫びも魔力の嵐がかき消してしまい、古城なもとに届くことはなかった。

 

「っ!?どうすれば…」

 

古城の意識をもとに戻すためには、どうすればいいのか。『理性が効いてない』と言うことならば、おそらく古城の無意識下の『本能』に直接触れられるほどの刺激を与えなければならない。

 

「ですが、そんなこと一体どうやって…あっ!」

 

ふと、思いついた行為がある。その行為ならば、あるいは古城の意識を目覚めさせることをできるかもしれない。ただし、人前でやるには非常に勇気のいる手段だが…

 

「ああああ!!」

「っ!?」

 

古城の絶叫を聞き、雪菜は自らに残った羞恥を振り払う。そして、急いで手に持っている雪霞狼で掌を傷つけ、流れ出たその血を口の中に含む。

そのまま、一気に魔力の嵐の中を抜け、中心にいる古城の元へと一直線に駆け寄る。そして、口に含んだ血はそのままに古城の唇に自分の唇を接触させた。

 

「ぐむっ!」

「っ!?」

 

そして、口の中に含んだ血を舌を伝わらせて古城な口の中へと流し込む。

 

「っ!?」

 

その甘美な気配に吸血鬼の本能が問答無用で刺激される。次の瞬間、締め殺さんばかりの力で、古城な腕は雪菜の身体に抱きついていた。

そして、そのまま、唇同士をつけ合いながら、古城は雪菜の血を吸い出していった。

 

「あっ…」

 

一瞬の痛みからすぐ後に、官能的な刺激が一気に押し寄せてきたことで、雪菜の口からわずかに熱い吐息が漏れる。

血を吸い続け、そして、ようやく意識がはっきりし出したころ、あたりに氾濫していたはずの魔力の嵐は収まり、古城は理性を取り戻した。

 

「くあっ!?お、俺は…?」

 

意識を取り戻した古城はすぐさまあたりの様子を確認する。そして、目の前を見ると、何故か妙に扇情的に息を荒げている雪菜の姿があった。

 

「な、なんじゃ?こりゃぁあぁ!?」

 

その状況を見て古城は再び違う意味で絶叫するのだった

 

「まったく、こんな場所でよくもまあ見せつけてくれる。」

「ニ、ニーナ!一体これ…は…」

 

と、ここで古城はニーナの声が聞こえてきた方向を見る。すると、そこには観賞用フィギュアのような大きさになったニーナ・アデラードが立っていた。

 

「えっと…ニーナだよな?」

「他の誰に見える。お前たちをあの巨人の攻撃から守るために自らの体を使って防御膜を作ろうとしたのだがな。いかんせん、海を蒸発させるようなあの熱戦攻撃だ。防ぎ切れたものの、体を構築していたほとんどの賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は消しとばされた。」

「おいおい、大丈夫かよ。」

「要らぬ心配だ。元よりこの身は仮初。一つの命として根を下ろしているわけではなく、借り受けている状態だ。もっとも、返す気はないがな。」

 

最後の言葉を若干邪悪な感じの笑みを漏らしながら答えるニーナに、僅かに引く古城。その後、改めてあたりを見回す。すると、ライダーが先程の巨人を相手に激闘を繰り広げている様子が目に映った。

 

「はあっ!」

 

声を張り上げ、巨人へと斬りかかる。

ライダーの表情には先ほどの巨人との戦いで見せたような余裕はない。

先程の自分の油断によりマスターである古城を危機に陥らせたことが原因だ。すでに古城が無事に救出されたことは把握している。だが、それでも責任感の強い彼は自分を責めずにはいられない。

 

もしも、この場に姫柊やニーナがいなかった場合、自分が救出しようとしても、間に合わなかったかもしれない。そう考えれば、考えるほどに…

 

 

(不甲斐ない!何という無様さでしょうか。)

 

守護聖人などと呼ばれるこの身はいつのまに主人を守れないほど堕落したのか。こんなことでは自分の行いの答え(・・)にすら辿り着けず、自分は消えることだろう。

そんな言葉を頭の中で反芻させながら、振るう剣には一点の曇りもなく、巨人の攻撃をその刃で弾き、落とす。

そんな様子を滑稽に思ったのか嗤いながら、巨人は挑発する。

 

『惨めだね。ゲオルギウス。聖人ともあろうモノが人を守ることさえできないなんて』

「ええ、まったくです。一瞬であろうとも、あなたを倒せたと確信した自分が憎らしくて仕方がない。ですが、非常に良い機会ともなりました。」

『良い機会?』

「ええ、やはり、私は未だ至らぬ未熟者。聖人だなんだと持て囃され、一人の人間の人生を変えるなどということは許されざるべきことだったということを確信できたのですから」

『…それが君の聖杯戦争に参加する理由か。』

「…今の一言だけでそこまで気付きますか。流石というべきか…いえ、違いますね。ある意味、あなたも似た(・・)ような理由で聖杯戦争に参加しているから気付いたと言った所でしょうか?」

『…ふん!さて、どうだろうね!』

 

ライダーの質問を軽くあしらいながら、巨人はその手で正拳を繰り出す。それに対して、ライダーも剣を真っ直ぐに振るった。純粋な力と力のぶつかり合いにより、海面に小さな津波が起こる。

そして、両者は互いの力によって弾かれるようにして、距離を取る。

弾かれたライダーはすぐ後ろからなじみの魔力が近づいてきていることに気づき、声をかける。

 

「起きられましたか…」

「ああ、心配かけて悪かったな。」

「いえ、こちらの方こそ申し訳ございません。油断をし、主人である貴方を危険に晒してしまった。心より陳謝します。古城。」

「よしてくれよ。それを言うなら、俺も、あの時は油断して周りを気にしてなかったんだからな。」

 

そこでライダーは気づいた。古城の内側に内在する力の波動。それが先ほど、巨人の手によって海に沈められる前とはだいぶ異なっていた。

より強力に、そしてより禍々しくその波動は変わっている。

古城は、改めて巨人に向かって視線を向ける。その視線をライダーは止めはしなかった。

 

「アイザック・ニュートン…ね。学はそこまでない俺でも、あんたの名前は聞き覚えがあるよ。」

『へぇ、それは光栄だね。』

「けどよ、なんとなく分かったよ。なんで、シェロがあんたに対してあんなことを言ったのか」

『……へぇ。』

 

古城のその言葉を聞いた瞬間、巨人は分かりやすいほど声に翳りが落ちた。

 

『言ってくれるね。吸血鬼とは言え、まだ、たかだか16年ほどしか年月を経ていない小僧が』

「小僧だってことは認めるさ。けどな、そんな俺でも出来ることがある。今のあんたじゃ、決してできないことだ。」

『ほう、それは一体なんだい?』

「今からそれを教えてやる!行くぜ!ここから先は俺の聖戦(ケンカ)だ!」

 

咆哮と共に魔力を迸らせる。そして、その隣から、割り込むようにして雪菜が声を上げる。

 

「いいえ、先輩。私たちの(・・・・)聖戦(ケンカ)です!」

 

ーーーーーー

 

『それじゃあ、早速証明してもらおうか!』

 

巨人は言うと同時に、熱線を掌から射出する。それに合わせるようにして、古城も掌から血を噴き出す。そして、その血はみるみるうちに雷光へと姿を変えていき、雷光は獅子へと姿を変える。その獅子の名は…

 

「行け!獅子の雷光(レグルス・アウルム)!!」

 

雷光の獅子はその掛け声とともに、咆哮を上げ、熱線をその身に纏った雷光で相殺する。

 

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)

 

続けて古城が出した眷獣はその身に超振動を纏ったバイコーンだ。突撃してくるそのバイコーンに対し、巨人はその拳で空を叩く。叩かれたその空は凄まじい風の衝撃波を生み出して、バイコーンに衝突する。バイコーンはその衝撃に僅かにたじろぐが、すぐに体制を立て直し、その身にまとう超振動の破壊の嵐を叩きつけようと迫った。

 

『ふむ。やはり、君の眷獣の方が火力は上か。大した物だ。だが…』

 

言い終わると同時に巨人は目の前から姿を消した。そして、気づいた時には、古城のすぐ背後にその姿を現したのだ。

 

『まだまだ…青二才だ!』

 

そう言うと同時に、巨人は拳を突き出す。

 

「雪霞狼!!」

 

そこに雪菜が雪霞狼の槍の穂先を向けて、迎え撃つ。すると、槍の穂先を中心に結界が展開され、巨人の拳を見事に防ぎ切った。

 

『ちっ!厄介だな。拳さえも異能と判断されるか。まあ、この身じゃぁ、当たり前…か!!』

 

巨人は拳を防がれたことに身じろぎしつつも、体勢を立て直し、掌を海面につける。すると、海面から次々と水の玉が浮かび上がる。そして、次の瞬間、水の玉は一筋の線となり、古城たちに向かってきた。それは超高圧のウォーターカッターだ。まともに当たれば、首と胴体が泣き別れする。

 

その攻撃を確認した雪菜はさらにもう一度結界を展開し直そうとするが、それよりも早く、ライダーが動く。

 

そして、ライダーは、ウォーターカッターの散弾をその自らの剣で全て弾き落とした。

 

「たしかに彼らはまだ青いですが、それをフォローするために私がいるのですよ。キャスター。」

『へぇ…随分と偉そうな発言だ。さっきまでの様子がまるで嘘みたいだ…ね!!』

 

今度は海面から土の槍が突き出される。磔刑のように突き出され続けるそれらを古城は眷獣の力で霧化させることで無力化し、雪菜は霊視による未来視で対応し、ライダーはサーヴァント由来の身体能力でかわし続けていった。

 

(さて、どうするか?さっきみたいな不意打ちは二度と通じないだろう。しかも現状はライダーに加えて、そのマスターと付き人のようなモノまでついて来た。まあ、状況的に考えて、撤退するのが上策だろう。おそらく、不意打ちで使った奥の手(・・・)もライダーには正体がバレているだろうしな。)

 

キャスター・ニュートンが作り出したこの巨人による擬似宝具は二度とは再現できない完成度の域に達した代物だと、キャスターは自信を持って言える。

それゆえに、巨人の中にあるキャスターの人格を写した擬似人格は撤退し、さらなる力を蓄えることこそが上策だと冷静に判断した。だが…

 

(だが、気になるな(・・・・・)

 

先程自分に向かって放たれた古城な言葉が妙に自分の中で木霊していた。

彼はシェロが言っていたこと、おそらくは『今の自分では絶対に手に入らないモノが何なのか』を理解したと言っていた。

子供の戯言だ。そんなことに耳を貸していたら、心はいつまでもかき乱されてしまう。そう考える自分もいたが、一方で、もしかしたらと言う考えを少なからず抱いてしまっていた。

 

そう考えた時、一人の女性が自分に語りかけてきた言葉を思い出した。

 

『いいのよ。それで…迷って、惑って、自分にとって正しい答えを見つけていく。それが自分だけの人生(ストーリー)って言うモノ。過去の自分が正しいと思ったことが、現在と未来の自分にとって正しいとは限らないんだから』

 

(ストーリー…そんな風には僕は考えられなかった。過去の自分がいるから、今の自分がいる。そう、考え、きめているんだ。昔からね。だから、肝心なところで君に愛を囁けなかった。頑固なのやら、ヘタレなのやら…

 

だが、そうだな。正しい答え…か。)

 

わずかに逡巡した後、ニュートンと同じ思考を持ったその巨人は答えを決めた。

それは…

 

(うん。しょうがないな。ここは逃げよう(・・・・)。)

 

何より自分の中の感情がその答えを否定しているのが分かる。だが、それを差し引いても、彼はこの場で逃げることを選んだ。

生きてさえいればいい。最後に勝てさえすれば、自分は必ず答えに辿り着けると、考えたが故に…

 

(さて、そうと決まった以上は、こちらの手札はできる限り温存して逃げ切ってみせないとね。)

 

その言葉を聞いたライダーは静かに、そして厳かに目を細める。

 

「マスター。ご注意ください。」

「…さっきまでとは違うってことか?」

「ええ、私の勘ですが、どうやら、彼はこの場から離脱することを決めたように感じます。」

「離脱…ね。やっぱりか。」

「…?やっぱりとは?」

「いや、俺も多分そういうことをするだろうなって、なんとなく予想してたから…でも、そうだな。だったら、逃げ出す前に言いたいことは言っておかねえと」

 

策からくる言葉ではない。彼は自分の感情から感じた言葉を口に出そうとしただけだ。だが結果的にその言葉はそこに巨人を縫い止める決定的な楔となった。

 

「相変わらず、やろうとしてることがチグハグだな。アンタは」

『…?何?』

「さっき、俺は言ったな。『アンタがなんで答えに辿り着けないのかその答えを教えてやる』って、ライダーが逃げそうだって言うからな。今、この場で教えてやるよ。」

『ほう…』

 

場の空気が一瞬にして静まり返る。それは、巨人が古城に対して放つ冷たく刺すような殺気も多分に影響しているだろう。

だが、その殺気の波に飲まれることなく、古城は言葉を告げる。

 

「その前に質問なんだけどさ。アンタ、なんでこの海面に移動したんだ?」

『?なんだ?忘れたのかい。僕はこう言ったはずだよ。何も知らない餓鬼どもを巻き込むのが嫌だってね。』

「そうか。じゃあさ、アンタなんであのタイミングで不意打ちをしたんだ?」

 

その質問に巨人は益々意味がわからないと言うふうに首を傾げた。

 

『あのタイミング?なんだ?君は戦闘の基礎も知らないのかな?ライダーが必殺の一撃を僕に喰らわせ、僕はそれを躱した。それにより君たちに致命的な隙ができ…』

「そこを狙って、不意打ちをした。ああ、タイミング的にバッチリだ。俺も良く分かるけどさ。自分で言ってたろ。『咄嗟に(・・・)この能力を発動して逃れなきゃ危なかった。』って」

 

そこで言葉を一区切りして、静かに言葉を連ねる。

 

「なあ、アンタさ、あの咄嗟の時まで、不意打ちなんて全く考えてなかった(・・・・・・・・・)んじゃないのか?」

『ーーーーーー。』

 

静寂がまたも流れる。今度は今までとは別種のものだ。

まるで初めて見る景色に圧巻されるような感覚を伴った沈黙。

 

「その理由までは分からないけど、アンタあの咄嗟の時までは、馬鹿正直にこの決闘を受けようと思ってた。不意打ちなんて想定もせずに…そうじゃないのか?」

『……。』

「シェロが言ってたことを反芻するなら、アンタはあのとき合理的に(・・・・)考えた。『この場で勝つためには、俺を不意打ちした方が一番良い。』その想定は、まず最初に置いておかなきゃいけないのに、アンタは咄嗟に(・・・)考えた。」

 

『……。』

 

そこで古城は声を荒げた。

 

「なあ、もう一度聞くぞ!アンタはなんであのタイミングで不意打ちをしたんだ!!

おそらく、あの不意打ちをする前はアンタにとっての俺の認識は、たとえ攻撃をしようとも、

 

『聖杯戦争に巻き込まれたただの子供』と言う程度のものでしか無かったんじゃないのか!?」

『っ!?』

「そんな考えができる奴はそうそういない。俺はもうアンタに攻撃してたんだからな。とうの昔に、俺は敵として認定されてるのかと思ってた。

 

けど違った。他ならないアンタの言葉がその考えを否定したんだ!」

『…!!』

 

巨人の目が今までないほどの烈火のような激しい輝きを見せる。

分かる。アレは今までにないほどの瞋恚とそして同時に、強い興味からなる目の輝きだ。

 

「あべこべすぎる上に、チグハグすぎる。でも、ここまで来て、シェロの言葉を思い出して、分かったよ。アンタは迷ってる(・・・・)

 

自分の考えがどこに向かうべきなのか、自分の願いが何なのか?それが分からないんだ!!」

『…それで?』

 

底冷えするような声が巨人の口から響いてくる。

 

『その誇大な妄想が真実だったとして、君は僕をどうすると言うんだい!?』

 

怒りはあるはずだ。だと言うのに、この巨人の口調が変わらないのは、未だ、興味がつきないからだ。目の前の少年が自分に対して、どんな感想を、答えを提示してくるのかが知りたいからだ。

 

「どうもしたくねぇな。正直…」

『ほう…』

「アンタが迷ってて、こっちにこれ以上、攻撃もしないって言うんなら、俺は何もしたくねぇ。正直、人のことを言えるほどご立派な考えを持ってるわけじゃねぇからな。」

「なっ!?マスターそれは…」

 

ライダーは思わずといった様子で言葉を挟み込む。だが、構わず古城は言葉を続ける。

 

「けど、アンタはまた迷って(・・・)、その手を血に染めるんだろう?だったら、俺はそいつを止める。ぜってえに逃さねぇ!」

 

その答えに巨人はしばしの沈黙で答えた。

そして、頭の中で思考の渦を巡らせる。

 

(よくもまあ、あそこまで啖呵が切れる。僕が見るに、君だって似たような(・・・・・)状態だろうに…いや、だからか(・・・・)。だから、この少年は本能的に理解したんだろう。

 

あの目、僕に対して同情的な視線がほとんどだ。よくもあんな目ができる。自分を殺そうとした相手だぞ?)

 

もはや、巨人の頭の中に逃亡という選択肢はなかった。否、逃げらないと思ったのだ。目の前のこの少年から逃げてしまえば、自分の望み(・・・・・)は永遠に叶わない。そのことを巨人もまた、本能的に理解したが故に…

 

『…そうか。では、少年。いや、暁古城!!

 

止められるというなら、止めてみせるがいい!この僕を!』

 

この一戦にて自らの全霊を出し尽くす。そのための一声が響き渡った。

 

古城たちが構えたのをまるで見計らっていたかのように、巨人はその大きな顎門を歪めた。そして、告げる。

 

『魔力最大供給、最大放出!!この身は人々をあらゆる叡智へ誘う身!あらゆる偉人が、傑物が我が肩身に乗り同じ視点を持つことで真理を得た!ならば、この身も…万物の流転を望みし、この身もまた魔術の真奥に辿り着こう!!』

 

巨人が右手を空へと伸ばす。その瞬間、魔力の奔流が稲妻となり辺りを埋め尽くした。

 

『宝具・真理の巨人(ジャイアント・ヴェルメスト)…最大展開!!』

「来ます!!」

「「っ!??」」

 

『発動…固有結界「我が身は真理を踏破せしもの(ヴェルメスト・ラビリンス)」!!!』

 

瞬間、世界が光に包まれる。

そして。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錬金術師の帰還 XVII

ずいぶん長くお待たせしてしまいました。
いえ、書いてることには書いてたんですが、もっと書いたほうがいいだろう、もっと書いたほうがいいだろうと思ってる間に期間が伸びに伸び、サイトに触れることも少なくなっていました。
やっぱり短くてもいいから、小説はスパン短く出したほうが良さそうだなと、反省した次第です。
申し訳ございません。


自分は、よく知っている。

 

自分と愛を誓い合った女を知っている。自分に愛を貫くために身を粉にした女を知っている。無数の愛に包まれ、支えられながら、人は生きていることを…知っているのだ。

 

だが、理解はできなかった。

 

誓い合った(ソレ)と貫き通された(ソレ)が全く同じものだとは流石に思わなかった。

 

ただ、何なのだろうか?とにかく、受け入れ難かったのだ(・・・・・・・・・・)

 

1655年、当時13歳だったニュートンはその時が自分の最盛期だったと信じて疑わない。たとえ、頭脳的にはあまりに未熟で、幼かったとしても、あの瞬間こそ自分の人生における最大の分岐点(ターニングポイント)。そして、自分が今も抱き続けている迷い(・・)の原点。

 

それを今、ある少年に指摘された。不思議と不快感はなかった。それよりも逆に興味が湧いた。今、立ちはだかる自分という壁を前にして、少年は…暁古城は一体どんな答えを持ってくるのか…と

 

ーーーーーー

 

光が収まった瞬間、古城たちの目の前には先ほどまで、辺り一面の野原が広がっていた。

 

「なっ!?」

「えっ?」

「…!?」

 

古城と雪菜はその光景に唖然とし、ニーナの方は驚愕から沈黙しながらも目を剥きいた。だが、ただ一人ライダーだけは、この光景に目を眇めながら呟いた。

 

「これは…固有結界」

「「「固有結界?」」」

 

初めて聞く呼び名に古城たちは首を傾げた。

ライダーはそんな彼らに対し、説明を始めた。

 

「以前、アーチャーがかの孤島で戦った際にも使っていた魔術の真奥の一つです。自らの心象風景で現実を侵す大禁呪。これに至れるモノは魔術師の中でも一握りの者たち。このような域に至っていたという記述はあなたの伝説の中にあったとは思えませんが、ニュートン。」

 

そう言ってライダーは後ろを振り向く。すると、そこには平原の上にポツンと立っている10代前半ほどの少年がいた。

 

「え、あいつが、アイザック・ニュートンなのか?」

 

その姿を見て、古城は疑問を口にする。今までがずっと巨人の姿だったために、その正体が自分たちと変わらない少年の姿だったことに余計に違和感を抱く。

そんな古城に対し、少年はポンと手を合わせて納得したように呟いた。

 

「ああ、そういえば、君たちにこの姿を見せるのは初めてだったね。では、改めまして、キャスターのサーヴァント『アイザック・ニュートン』…の写し身といったところかな?だから、もしも今の僕を呼ぶとしたら、そうだな…『アイザック』の由来聖人イサクから取って、イサクなんてどうだろう?」

「っ!?」

 

少年の自己紹介が終わると、古城は改めて息を呑む。

その感情の大半が占めるのは『戸惑い』。あれほどの暴威を見せた巨人の正体が少年だったことに対する戸惑いだ。

子供の姿をしたサーヴァントを見たことはある。だが、ナーサリー(彼女)は本質的には人間ではなく、その姿も南宮那月の写し身を象ったモノだとのことだ。だが、目の前の少年は違う。少年は間違いなく、歴史上における傑物の一角であり、列記とした人間だ。

 

「…そこまで驚くことではないですよ。古城。」

「え?」

 

ライダーは言葉を続ける。

 

「説明しなかった私にも問題がありますが、サーヴァントとはそもそも、その英雄の全盛期…つまり、最も充実し、卓越した時期の自分が呼び出されます。

 

もし、死んだ瞬間の姿を切り取って召喚されたならば、老衰して死んだ英雄などは、老後の状態で召喚されかねません。そのため、自分、もしくは第三者が、『全盛期は子供の時である』と強く認識さえすれば、召喚される姿が子供でも、なんら不思議ではありません。」

 

そう聞いて、古城はなるほどと考えつつも、やはり居心地が悪くかんじるのか、少し顔を顰めたままだった。

その様子を見たイサクはしょうがないと言うふうに顔の頬を緩めた。

 

「本当に、君は子供(・・)だね。暁古城。だが、その心根の優しさは、目にかけるべきものが確かにある。君が多くのモノに救われたのも頷ける。だが…」

 

すっと、イサクは手を上へと掲げる。その姿を確認した古城たちは警戒するように半歩下がる。

 

「きみは僕が敵として認めたんだ。そんなことでは困る。さあ、君の答え(・・)を見せてくれ!」

 

言葉と共にイサクは指を鳴らす。パチンと言う乾いた音は、平原を埋め尽くす沈黙に一瞬で響き渡り、そして、次の瞬間…

 

極大の火柱が平原を埋め尽くした。

 

「っ!?皆さん私の元から決して離れないでください!もしも、離れてしまえば、確実に一人ずつ葬られます。」

「あ、ああ!」

「はい!」

「っ!?仕方ないのう!」

 

古城、雪菜、ニーナはそれぞれライダーの言葉に応答する。その様子を見ながら、目の前の少年『イサク』は笑みを深め、さらに右手を古城達に向けて突き出した。

 

その瞬間、今度はイサクの背後から数十の波紋が現れる。そして、その波紋の中心から次々と、レーザーのように何かが超高速で飛び出してきた。

 

「っ!?」

 

ライダーはその攻撃をアスカロンで全て弾いていく。そして、弾いていく中でライダーはその攻撃の正体を見極めた。

 

(これは、先程の巨人の時も使用していた超高圧水流!?剣から伝わる衝撃からして、明らかに先ほどまでよりも威力が上がっている。ですが…)

 

受けながら、ライダーは考える。確かに威力は上がっているが、果たして、これが固有結界にまで至ったモノの能力と言えるのか?アーチャーのような例もあるので、絶対とは言えないが、確信があった。

 

このイサクと呼ばれる少年の能力はこれで終わりではないと…

 

だが、そんな思考の最中、、自分の背後(・・・・・)から突如として声がかけられる。

 

「そんなに警戒しないでいいよ。ライダー。僕の基本的な能力は今までとさほど変わるものではないさ。」

 

「っ!?」

「はっ?」

「えっ!?」

「くっ!?」

 

その事態にライダーや古城達は既視感を抱いた。この感覚は先ほど、巨人が不意打ち(・・・・)をしてきた感覚に酷似している。

 

「風よ」

 

イサクが呟いたその言葉と共に、ライダー達の前で空気が引き込まれるように音を立て、炸裂しようとした、その瞬間、

 

イサクの首が落ちていた。

 

「「「っ!?」」」

 

古城達3人が同時に息を呑む中、ライダーは淡々と告げる。

 

「何度も同じ手に引っかかるほど、こちらも愚かではありません。もっともあまり意味をなさなかったようですが…」

 

言いながら、ライダーはあたりを見回す。

すると、そこには、いつの間に現れたのか十数人以上のイサク少年が古城達を中心にズラリと囲っていた。

 

「おいおい…」

「くっ!?」

 

古城と雪菜がその現状を見て、顔を歪ませる。

 

「さて、では、改めて始めようか。と言っても、ここから先はさほど面白くもない蹂躙になるだろうけどね。」

「さあ、それはどうでしょうかね!?」

 

言葉と共にライダーが不動の構えで待ち構える。その背後で古城の腕から暴力的な魔力の嵐が巻き起こる。そして、腕を掲げながら、古城は吠えた。

 

疾く在れ(きやがれ)!!獅子の黄金(レグルス・アウルム)!!」

 

雷光を纏った獅子が千里の野原を駆け、全て嵐のように巻き込みながら、食い散らかす。

牙は無数のイサク達を容易く喰らい尽くし、そこら中に肉片が撒き散らかされる。

 

「なっ!?」

 

それを見た瞬間、古城は絶句した。てっきり防御してくるのかと思っていたのだ。だが、イサクはそのようなことはせずに、破壊の嵐に容易く巻き込まれていった。

 

その異常で見るも凄惨な光景は、古城に一瞬の硬直を生んだ。

 

「っ!?危ない!」

「うおっ!?」

 

だが、その硬直を破るように雪菜は突進して古城を庇う。

直後、背後から古城の立つ場所へ熱線攻撃が浴びせられる。

 

「先輩!気持ちは分かりますが、集中してください!私たちはまだ敵の術中の只中にいるんですよ!?」

「あ、ああ、悪い姫柊!」

 

先程の自分の失態に舌打ちしながら、前へ出る。

その様子を横目で確認したライダーは目を細める。

 

(本物では無いとはいえ、幼い子供が自らの攻撃にさらされ、その肉が飛び散る光景は、マスターにとっては酷なはず…ましてや、マスターはそもそも、力を行使することに乗り気ではなかった…)

 

ここにきて、巨人ではなくなった(・・・・・・・・・)目の前の相手が古城にとっては相性が最悪であることを悟ったライダーは一度無理矢理にでも撤退をすることを視野に入れようと考える。

 

だが…

 

「っし!行くぞ!イサク!!!」

 

改めて、古城を見る。スポーツマンのように両頬を叩いて己を鼓舞しながら、古城は目の前の敵へと向かっていった。

 

その姿を見て、ライダーは思い直した。

 

(いや、杞憂だったか。たしかに私のマスターは、一般人寄りの精神を持つ方だ。だが、私は今までの戦いで見てきたはずだ。

 

あらゆる敵から無辜なるモノを守るため、震える足を押さえながら、立ち上がる姿を!

ふっ、アーチャーのことを言えませんね。過保護がすぎる。)

 

 

ライダーはそう考えを改め、地を蹴り駆ける。

 

(さて、とはいえ、この現状をどうにかしなければならないのも事実。)

 

あたりを見回すと、数十の白髪の少年が宙に浮きながら、自分たちの周囲を展開している。能力的に見るのならば、おそらくは巨人時と同等の能力を人間体の状態でも使用でき、しかも、それを複数人で乱用もできる。シンプルではあるが、強力な能力だ。

 

だが、ここで最初にも抱いた疑問が蘇る。

『果たして、それだけがこの固有結界の真の能力と言えるのだろうか?』と

 

(いや、ここまで、思い切った手段を出してきた以上、それ以上の何かがあるはず…だが、それは一体…)

「ぐっ!?」

 

と、そこでうめき声が聞こえてきた。

その呻き声の元まで目を向けると、ニーナ・アデラードというこの世界の錬金術師が苦しそうに俯いていた。

 

「ニーナ!?」

「ニーナさん!?」

 

古城と雪菜は一瞬、そちらに視線がいってしまう。すると、必然、守りが疎かになってしまう。だが、ライダーはそんな瞬間を見過ごさない。この程度のイレギュラーで守りが失われるようならば、自分は守護聖人などとは名乗れない。

 

「ふっ!」

 

即座に古城たちの前に出て、無数の『イサク』の攻撃から古城たちを守る。

剣で払い、手甲で迎撃し、胸の鎧で受ける。

 

「ライダー!」

「大丈夫です!それよりも、マスターは、ニーナ嬢の方へ!」

「っ!分かった!」

 

言われた古城はニーナの元へと駆け寄る。

すでに雪菜はニーナへと近づき、状態の検査を行っていた。

 

「ニーナ、大丈夫か!」

「ああ、すまんな。第四真祖。どうにもこの結界に囚われてから、私の術式が不調でな。錬金術が上手く発動できんのだ。ニーナ・アデラードとあろうものが情けない。これでは存在の維持も難しい…」

(錬金術が上手く発動できない?)

 

その言葉に聞いた雪菜は首を傾げる。

異能に何かしらの制限を加えるということだったら、自分たちにも多かれ少なかれ、影響がある。ニーナだけが影響を受けるということは考えづらいのだ。

 

(私の雪霞狼は元より、異能を無効化する術式を取り入れている。だから、特別、私には効かないとしても、何ら不思議じゃない。でも、先輩やライダーさんの異能に影響がないことへの説明はつかない。)

 

だとするならば、彼女が錬金術師(・・・・)だから、影響を受けていると考えた方がいい。

 

(錬金術の能力とは基礎的な部分で言うならば、物質を他の物質へと変換すること。例えばの話、この結界内で現在進行形で(・・・・・・)巨大な術式が回っており、それがニーナさんの術式を阻害した(・・・・)のだとすれば…)

「先輩!!」

「うおっ!なんだ!?」

 

意を決した雪菜は古城に声を上げる。

 

「試してみたいことがあります。手を貸してください!」

 

ーーーーーー

 

「うーん。」

 

イサクは唸っていた。自分の計画が上手く行っていないわけではない。むしろ、そちら(・・・)はこの上なく上手く行っている。

面白くないのは、目の前にいるこの聖人についてである。

 

「厄介だなぁ。対魔力っていうのは」

 

イサクは巨人時であろうと魔術でライダーを攻撃していた。その時からそうだったが、この聖人、どんな攻撃を受けようとも魔術の場合はその殆どの効果を無効化してきたのである。

故に、今のライダーの体に傷らしいものはつけられずにいる。

 

派手な演出が多いと自負している自分の魔術をああまで受けて、未だ傷らしいものはなし。正直に言えば、あまり面白い話だとは思えなかった。

 

(彼がダメージになると判断したのは今のところ、巨人時の拳か熱戦攻撃のみ。その時は、必ず防御するようにしていた。

となると、僕らも総力で接近戦を仕掛けない限り、負傷は見込めない。

もっとも、このまま待っていたとしても問題はないけど(・・・・・・・)…)

 

「はああああ!!雪霞狼!」

 

するとそこで勇ましい咆哮と共に、雪菜は数十のイサクの渦中へと雪霞狼をつきこんだ。

当然、そんな真っ直ぐな攻撃がイサクたちに当たるわけもなく、ひらりとかわし、イサクたちはその背中に向けて、魔術を発動させようとする。

風、炎、水、ありとあらゆる属性を纏ったソレらはただ、一点に向けて砲撃しようとする。

 

「っ!雪菜嬢!?」

 

自分から離れた場所での雪菜の突然の特攻に目を剥いたライダーは雪菜の元へと急ごうとする。だが…

 

「行かせないよ。君に、魔術はほとんど効かないと言っても、物理まではそうは行かない。物理を活かした群体は君にとっても厄介な代物だろう?」

「くっ!」

 

まだ幼さが残る少年の肉体が群がり、肉壁となってライダーの前へ立ち塞がる。これでは雪菜の元まで辿り着くことはできない。

焦りから来る、手の濡れ。それを明確に感じていたライダー。

だが、それとは対照的に、雪菜の瞳は…

 

「っ!!」

 

死なずに、むしろ歯とその眼を獰猛に剥き、輝かせながら、声を高らかに上げた。

 

「今です!先輩!!」

「「!?」」

 

その言葉に2人の使い魔は同時に驚愕し、その手を止めた。

そして、2人は見た。天高く打ち上げられ、その双角を地上にいる無数のイサクたちへと向ける深緋の幻馬を!!

 

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!!」

 

怒号とともに、幻馬のその身に纏った振動波は当たりに充満していき、円状になった振動波は主人の魔力を糧に強大になっていく。そして、その振動を伴った衝撃波が最大となった瞬間、幻馬は衝撃波を拡散させ、振動を纏った泡影十個ほど作り上げた。

 

「っ!これはマズイ!」

 

ライダーもその振動波と魔力の凄まじさを肌で感じたことで冷や汗を流して、急いでその場から離れる。十分に離れていたことを考慮しての古城の一撃だと言うことはライダーも理解していたが、それでもなお感じた肌の泡立つような戦慄。

だが、そこでふと思い出した自分などよりも遥かに危険な場所へと赴いている少女の姿を

 

「雪菜嬢!」

 

そうだ。雪菜は今、イサクたちがいる中心へと特攻を仕掛けていた。

あの位置ではどうあっても、雪菜は巻き添えを食らう。

 

一体何を考えているのかと、ライダーは古城と雪菜に問いたい衝動に駆られ、ライダーは彼らのいる方へと、目を向け、睨みつけようとする。

だが、その瞬間、ライダーは息を呑んだ。

 

古城は唇から血が出かねないほどのはの食いしばりを見せながら、そして、雪菜は懸命に恐怖に抗いながら、だがしかし、両者共にその眼光は真っ直ぐに決して自棄にならずに前を見ていた。

 

その光景に圧巻されたライダーは、一度撤くと共に古城に合流するために、足早に駆け出す。

そして、それと同時に深緋の幻馬は幻想の大地へと振動を纏った泡影を激突させる。

瞬間、巻き起こったのは連鎖的な爆音と振動を纏った爆風だ。大地は隆起し、揺れることで土色の大津波が巻き起こる。

 

その大津波が古城たちを巻き込もうとした瞬間、古城の元へと間に合ったライダーは、古城の前へと出て壁となる。

 

「っ!ライダー!!」

「無茶をしますね。下がっていてください!マスター!

 

はあっ!」

 

ライダーのスキル『守護騎士』が発動する。能力は自分の背後に守るべきモノが多ければ多いほど、比例して防御力が増す。

その数瞬後に、大津波はライダーたちを巻き込んだ。怒涛の反乱となった大地の大津波。その中にあってなお、ライダーの守りは失われず、むしろ、ライダーを中心とした強い光を発した結界は大津波の色も相まって、さながら暗闇を照らす閃光のように、輝いた。

 

数秒後、大津波は収まり、ライダーは防御を解除する。

草むらとなっていたはずの地面はあちらこちらにクレーターを作り上げていた。

その中でも特に巨大なクレーターの中心に雪菜は無傷で座り込んでいた。

 

雪菜の姿を確認した古城たちは急いで駆け寄る。

周囲を見回したが、どうやら遺作と呼ばれる少年の分身は姿が見えない。

一時的ではあるだろうが、あの爆発により、分身の生成スピードが落ちたのかもしれない。

 

「一体、どういうことですか!?あのような捨て身の攻めをして!?」

「…。」

 

責めるようなライダーの口調に対し、古城は答えない。無視しているわけではない。眉間に皺を寄せながら、歯を食いしばり、口を噤んだいるのだ。

 

「…悪い。ライダー勝手にこんなことして…」

 

そう答えながら、古城は先ほどの会話を思い出す。

 

ーーーーーー

 

「はぁ!?今、なんて言った!?」

 

目を剥きながら、怒気さえ感じさせる口調で古城は口を開く。

それに対し、雪菜の方は努めて冷静に声を小さくして囁く。

 

「今から、私が特攻を仕掛けますので、その中心に目掛けて先輩の眷獣を放ってください。と言ったんです。」

「ふざけんな!!そんなことできるわけな…」

 

今度は明確な怒りを込めて古城は叫ぼうとする。

すると、雪菜はその叫びを阻止するように人差し指を唇の前に置く。

 

「あまり大きな声を出さないでください。イサクさんに聞かれたらどうされるんですか?」

「っ!だが、それは…」

 

自分の眷獣の危険性はよく理解している。

世界で起きる天災、厄災それらがただ、獣の形をなしているだけの息を吐くだけで人を殺せるまさしく『歩く災害』。

 

それこそが古城が吸血鬼として所有する能力(ちから)の権化『眷獣』である。

 

それを雪霞狼という特殊な槍を持っているからと言って、まだ中学生ほどの少女に対して使うなど、古城にはとても受け入れられる話ではなかった。

 

だが、雪菜は譲らなかった。

 

「これしかありません。今、この場で彼、イサクさんに勝つためには私たちは早急にこの『固有結界』の能力を解明しなければなりません。そうしなければ、おそらく、私たちは

 

生き残れない(・・・・・・)!」

「?」

 

その言葉に僅かな違和感を抱く古城。生き残れないとはなんなのか?勝つためだとか、負けないためにと言った理由の方がまだシンプルで分かりやすい。

 

だが、生き残れないというと、まるで、この結界の中は

 

ただ、いるだけで命の危機に瀕するサバイバルエリアのようではないか。

 

「お願いします!!先輩!私を信じてください!」

 

決意のこもった瞳だ。だが、それは決死の決意というわけではなく、生きるため、足掻くための決意。そして、古城は自分がそう言った表情に弱い部類の人間だと分かっている。

 

「…わかった。必ず生きてくれ。姫柊」

「はい。先輩!」

 

ーーーーーー

 

そう言った経緯から古城は雪菜の方へと向けて攻撃を放った。

ライダーに対して、この経緯は話していない。

だが、ライダーも大方の予想はついたのかそれ以上は何も言わずに今度は雪菜がいた場所へと目を向ける。

 

振動の泡影は平原に月のようなクレーターを残し、完全に更地と化している。その中心。もっとも、大きな(・・・)クレーターの中に人影が見えた。そのクレーターは、奇妙だった最も大きなクレーターを残していながら、その部分だけは草原を残しており、無事なままだった。

その中心にいるのが、雪菜であることが確認できる前に古城は走り出す。

 

駆け寄った先に姫柊雪菜はいた。ただし、傷はないながら色濃く疲弊を残しながらである。

 

「姫柊!」

 

駆け寄る古城。

それを確認した雪菜は張り詰めていた緊張が和らいだかのように、バランスを崩す。

 

「おっと!」

「せん…ぱい…」

 

傷はない。ただし、世界最強の第四真祖の眷獣の一撃を真っ向から開けたのだ。神経がすり減らないわけがなく、彼女の身体は巻き上がった泥でついた汚れも相まって、満身創痍の様相を呈していた。

 

「っ!」

 

加減はした。だがそれでもなお、その破壊力は、世界最強の名にふさわしいものだ。疲労を見せる雪菜の体を古城は強く抱き寄せる。

 

すると、少しだけ、疲労が回復したのか雪菜は震える唇を開けながら話し始める。

 

「…先輩。周りの破壊の様子はどうでしたか?私の予想が正しければ、私を中心に発生したクレーターの方が大きいはずなんですが…」

「え?」

 

そう言われて、古城は改めて周囲を確認する。

すると、確かに雪菜を中心にしたクレーターのみが大きくなっている。

 

破壊力は全て同じ(・・)くらいだったはずなのにだ。

 

「ああ、確かにここのクレーターが一番大きい。」

「そうですか…では、やはり…先輩!」

「うおっ!なんだよ!?」

 

いきなり声を張り上げてくる雪菜に古城は驚愕する。だが、それに対して、遠慮することはなく、雪菜は言葉を続ける。

 

「今すぐにこの結界の発生源を特定してください!もう、時間がありません!」

「えっ!?」

「説明は後でさせていただきますが、もしも、発生源を特定できない場合、私たちは、おそらく…

 

消滅します。」

 

「なっ、はぁ!?」

 

衝撃的な発言に古城は問い正したい気持ちが出てくる。

だが、それをすぐに引っ込めた。

この状況で冗談を言うような人間でないことは誰あろう古城が一番知っていたからだ。

 

「分かった…ライダー、この固有結界の発生源っていうのはどこか分かるか?」

「…固有結界は基本的に1人の人間の精神を核として発動することのできる結界です。そのため、発動を解除する場合は、必ず術者を叩かなければなりません。」

「…逆に言えば、術者を叩きさえすれば、必ず解除されるってことか。」

「その通りではありますが…」

 

そう言って、ライダーは辺りを見回す。

すると、あれから時間が経った影響かチラホラと、白髪の少年が草原の中からまるでキノコのようにポコンポコンと次から次へと生えてくる。

そのユニークでオカルティックな光景にライダーは歯噛みをしながら古城に声をかける。

 

「問題はこの状況で、一体どこに本体があるか探さなければならないと言うことです。」

 

そう言われた古城は、現在の絶望的な状況を再確認し、ライダーと同じく歯噛みをする。

この場にいるイサク少年のどれかが本体かもしれないし、もしくは全く別の場所に本体があるのかもしれない。

となると、現状やるべきことは一つ。

 

「走りましょう!固有結界内である以上、あまり意味もありませんが、我々のこれからの作戦が聞かれるリスクはなるべく減らさなければなりません。」

「そうじゃな」

「ああ」

「承知いたしました。」

 

ライダーの提案に古城たちは頷き、その場を後にする。

 

だが、その時一人だけもうもうと立ち込める砂煙の中でその目に写った異常を捉えていた。

 

(なんだ?あれは…)

 

暁古城は立ち止まり、その光景を見つめていた。水の揺らぎのような光景が空中に浮かび上がり、その揺らぎの先に平原に囲まれた建物が写っていた。

その光景を目に写した古城はあたりを見回す。そして思った。

 

おかしい。

 

揺らぎができていることもそうだが、今、この場は振動の破壊の泡影によって見るも無惨な荒野と成り果てている。

なのに、あの、空間の波紋の先は平和そのものぼっかてきな風景が広がっていた。

その様子に違和感を抱いた古城は、その手の指先を波紋の方へと無意識に進めようとして…

 

「先輩!急いでください!でなければ、いつ攻撃画再開されるのか分かりません!」

「っ!分かった!」

 

無意識に出していた手を収め、古城は雪菜の背を追う。

その様子を無空の彼方から観察するモノがいた。

 

(へぇ、驚いたな。正直、ライダーと暁古城以外はただの腰巾着かと思っていたんだけど、そんなことはなかったようだ。)

 

その観察者には姿はない。故に当然ながら、目もない。だが、明確な意思と精神を宿し、その視線はライダーたちが走っている方向へと向いていた。

 

(とはいえ、ここまで僕のシナリオ通りでもある。

ならば、待とう。たとえ、どれだけ離れようとも、万物は引かれ合う。

それが縁あるものならばなおさらね。)

 

観察者はゆっくりとその時を待つのみだ。もとよりこの身は、答えを求める身。

彼らが自分の元へと来なければ、何も得られず、何も始まらない。

 

だが、もしも、答えを見つけられないようならば…

 

(その時は仕方がない。僕はこの力の全てを使い切り、君たちを消滅させる(・・・・・)。たどり着けないと言うのならば、結局、同じことなのだから…)

 

ーーーーーー

 

「それで、一体、どう言うことなんだ。俺たちが消滅するっていうのは…」

 

クレーター群から距離を置けた古城は改めて雪菜の顔を見る。

雪菜は目を眇めて、重苦しい表情をしていたが、やがて決心がついたのかゆっくりと口を開く。

 

「まず、その前に、私がこの考えに至った経緯からご説明します。

 

ニーナさん。先程、あなたは謎の原因により、錬金術の行使が覚束なかった時がございましたよね。」

「ああ、理由は不明だが、あの時、私は何らかの阻害にあい、私の術の行使は覚束なくなった。私がこのような体になったことが原因かと思ったが…」

 

言いながら、人形大となったニーナは自分の体を確認するように手のひらを見つめる。

だが、そんなニーナに対して、雪菜は首を振った。

 

「いえ、それはおそらく違います。失礼ながら、今のニーナさんの力は確かに以前よりも弱々しいモノだと感じてはおりますが、もしも、それが理由ならば、雪霞狼を持っていることを差し引いても、天塚コウとの交戦で傷を負っている私も僅かに影響を受けなければおかしいです。」

「ふむ。たしかに一理あるな。だとすると、私だけが引っ掛かったその理由は…」

 

雪菜の答えに一理見出したニーナはその明晰な頭脳を行使して、冷静に分析した。

そして、答えを見出した。

 

「なるほど、『錬金術』か」

「はい。おそらくはそうかと…」

「悪い。そこまで、錬金術に詳しいわけじゃねえから、詳しい説明を頼む。」

 

古城の質問に今度はニーナが答える。

 

「我ら錬金術師の基本的な能力は『物質の変換』だ。ここまでは分かるな?」

「ああ」

「彼奴、アイザック・ニュートンは超一流の錬金術師でも有名であり、ワシもその名を知るところだ。そして、見たところ、奴が構築した先程の巨人の術式、どうやら、この錬金術を活用することで構築されているようだ。

 

つまり、ワイズマンの存在自体を別のエネルギーへと変換することで、ワイズマンの術式もそのままに、かの巨人は存在している。」

 

ニーナはそこまで言うと、苦々しい表情になる。

悔恨と羨望が多く混じったその表情を地面へと晒した後に、古城たちの方へと向き直る。

 

「ムカつくことだが、ワイズマンとは我々、錬金術師がたどり着くべき頂点に位置している。すなわち『完璧な人間』だ。その『完璧な人間』がただの『エネルギー』へと変換されている。

 

そして、我々はおそらく今そのサイクルの只中にいる(・・・・・)。すると、どうなると思う?」

「まさか…」

「はい。私たちはおそらく今は気づいていないだけで、徐々に、少しずつ存在自体を『エネルギー』へと変換されているのだと思います。

先程のあのクレーター…私が雪華狼で作り出した結界の能力無効化は当然、先輩の眷獣(・・・・・)にも効いているはず…本来ならば、最も被害が小さくなければならない範囲が最も被害が大きかったのは、おそらく、

 

この固有結界が保有する私達の『魔力・霊力そのものもエネルギーへと変換する術式』が打ち消されたのだとすれば、説明が付きます。私としてはその無効化術式に対して先輩の攻撃で術者の何らかの動きも分かれば、御の字だったのですが、その甲斐はあまりなさそうです。」

「まじかよ…」

 

つまり、古城たちはこのまま待ち続けてしまった場合、あるいは当て所もなく暴れ続けた場合でも、何の抵抗も出来ずに消滅してしまうということ。

 

見渡す限りの平原。どこにも凹凸などは見当たらないその光景が、平穏さと裏腹の焦燥感を駆り立てる。凹凸がないと言うことは、どこにも隠れる場所がないと言うこと…つまりは、隠れようがない場所にも関わらず、自分達は未だに本体がどこにあるのか確かめられずにいる。

 

抱いたことのない絶望だ。だが、何もできなければ、死ぬだけである以上、考え、答えを見出さなければならない。

 

迷宮(ラビリンス)…ですか」

 

不意にライダーがゆっくりと口を開く。

その場にある視線が一斉にライダーに集中する。

 

「名前には意味がもたらされるもの。迷宮という名前をつけている以上、必ず出口がどこかにあるはず…いえ、なければ成立しません。

ですので、そう絶望することもない。」

「何か、手があるんですか?」

 

水を刺そうとしているわけでない。だが、この状況で空元気でモノを言われていた場合、別の心労がかかると考えた雪菜は、聞かざるを得なかった。

 

「いえ、今のところは何も…ですが、空元気というわけでもない。」

 

ライダーはそんな雪菜の心中を言い当てるようにして、言葉を積む。

 

「といいますと?」

「ええ、随分前に母から聞いた話ですが…」

 

ーーーーーー

 

「うん?魔術について教えてほしいの?」

 

私の母は魔女だった。現代でも想像しやすい黒い装束を身に纏い、とんがり帽子を被ったけど、原点通りにザルではなく、その時代では珍しい箒で飛ぶ魔女。

 

箒で飛ぶ理由は、確か、家の掃除が趣味だったからか…

 

とにかく、そんな変わった、でも何処にでもありふれた魔女が母の正体。

 

私が教えを説いて回る旅に行く前は彼女に多くのことを教えてもらった。

魔術もそのうちの一つだ。

 

「あらあら、私のことに興味を持ってくれてお母さんとっても嬉しいわ。そうねぇ。じゃあ、まずは…」

 

そう言うと、彼女は歌でも歌うかのようにツラツラと喋り始める。

今思えば、異常なことだ。子供であろうと、自分の魔術の秘奥までもを教えてくれる魔女など…

 

ただ、旅に出るといった私を泣きじゃくりながら止めて、結局止められないと察した瞬間、せめてという思いであらゆる攻撃を一度だけ確実に防御することのできるベイヤードを渡してくれた母の過保護ぶりを見ていると、魔女、母とはそのようなものなのだろうと納得してしまった。

 

そうして、魔術のことを学び始めたある日、私は、固有結界の話を聞いた。

 

「固有結界。自分の心象風景を具現化し、現実を侵す大禁呪。魔術の中でも最も魔法に近いと言われているものよぉ。

この結界の共通点はそうねぇ。どれも例に漏れず、強力と言うところかしら?攻撃面においても、神秘面で言っても…ね。」

 

弱点などはあるのか、と興味本位で聞いてみた。

すると、母はこう答えた。

 

「弱点…というほどのものはないけれど、この魔術には一つ特徴があるわぁ。

 

それは、言うまでもないことかもだけど、術者の心象を著しく反映すること。だからあなたがもしも、固有結界なんていうのものにかかったなら、その術者の過去…いえ、起源を考察なさぁい。それがきっと、攻略の道筋になってくれるから」

 

ーーーーーー

 

「起源…」

「ええ、この結界の発動主『イサク』…いえ、アイザックニュートンにはどのような起源があったのか?それを解き明かすことこそがこの地平の迷宮を解き明かす一助となります。

ですので、なんでもいい。ニュートンの起源となりうる過去を考えていだきたい。」

「起源、起源…か」

 

そう言われてもどうしたものか?

先程、ライダーが言っていた地平の迷宮という言葉は実に的を射ている。どこもかしこも平原、平原、平原でめぼしいものなど何一つ見当たらない。

ここから何を探せば起源など見つかるのかなど皆目見当もつかない。

そんな疑問をよそにニーナが口を出してきた。

 

「ニュートンというと、たしか、子供の頃は壮絶な過去を持っていたことで有名だな。」

「壮絶な過去?」

 

ニーナの言葉に疑問符を浮かべた古城はその先の言葉を促す。

 

「ああ、アイザック・ニュートンは幼少時に父親を亡くしている。

その後、養育費に困ったニュートンの母親は、ニュートンを親戚に預け、自分は神父と結婚することで神父に養育費を払ってもらおうとしたという話だ。」

「うわ…」

 

想像以上に重いというか、ドロドロとした感情が湧き上がる内容に古城は思わず顔をしかめる。

その表情の変化など気にもとめずにニーナは言葉を続ける。

 

「そして、ここが幼少期のニュートンにとって、もっとも凄まじいエピソードだが、ニュートンは自分を捨てたと思った母親のことを恨み、『いつか教会ごと焼き殺してやる!』と言っていたそうだ。」

「おいおい、マジか。」

「それは…」

 

おそらく世界でもっとも、有名な科学者の一人。

その人物の裏に秘めた激情を察し、古城と一緒に今度は雪菜も一緒に顔を引攣かせながら、引いてしまった。 

そんな中で、ニーナは話を続ける。

 

「最終的に母とは和解ができたと言われてはいるが、焼き殺してやるなんて言う言葉はたとえ子供の未熟さがあろうとも、早々出てくる言葉ではない。ニュートンの中で相当な愛憎の奔流が起こった示唆でもあるだろう。」

「「…。」」

 

ニーナの言葉に沈黙が誘われる。

彼女の言う通り、凄まじい過去だ。

親を殺す。その一言を幼少期の子供が絞り出すなど、傍から聞いただけでも尋常ではない。

だが、だからこそ、少年は、ふとした疑問が湧いた。

 

「教会…?」

 

その一言が妙に頭に張り付いた。

はて、何故だろうか?自分はここ最近で何故かそれらしきモノを見たような気がしてならない。

アレは…

 

「どうかしましたか?先輩」

「姫柊…」

 

彼の様子を怪訝に思い、雪菜は声をかける。

古城は、心配をかけまいとして、言葉を返そうと雪菜の方へと振り向こうとする。

だが、奇しくも起こったその状況が、彼の脳裏にある絵を起こさせる。

 

「そうだ!教会だ!!」

 

声を上げる古城。その様子に驚き、今度は近くにいる三人が同時に古城の方へと振り向いた。

 

「…なんだ?暁古城。教会がどうした?まさか、この場でありがたい説教でも受けたいのか?」

 

この状況で大声などを出されたことでニーナは嗜めるように言葉を投げかける。

その様子に気がついた古城は慌てて声を収めながら、言葉を続ける。

 

「いや、違えよ。悪かったとは思うけど、そうじゃねぇ。俺さっき見たんだよ!ここに来るまでに、その…教会みたいな場所を」 

「っ!?本当ですか?古城」

「先輩、一体その教会らしき場所はどこに!?」

「早く教えよ!」

「そうそう。興味あるよ!!」

 

「ま、待ってくれ!今思い出す…って!?」

 

ズザッと最後の声を聞いた瞬間、一斉に蜘蛛を散らすように全員がその声の元から距離を取る。

 

その声の先に少年イサクは、所謂体育座りで楽しそうに座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。