オーバーロード  ハイドアンドシーク (Gonざれす)
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プロローグ
オープニング


穏やかな天気

青く晴れた空

鬱蒼と生い茂る草原の中の一本道を

1台の大きな黒い馬車が走る

 

一見すると武骨で近寄りがたい外装には

よく見ると至るところに

様々なきらびやかな装飾が施されており

所有者の身分の高さを感じさせるような雰囲気を

醸し出していた。

 

馬車の側面にはどこかの国の紋章と思われる

印が刻み込まれており

扉の上部にある窓の内側には

上質な絹でできていると思われる

綺麗なカーテンが掛かっており

馬車の中は完全に見えないようになっていた。

 

ガタンガタンッ

 

時おり強く揺れるその車内

そこには黒いフード付きのマントを着た

1人の男が豪華なソファーの上に座り

うつむきながら何か考え事に耽っているようだった。

 

「よりにもよってアインズ・ウール・ゴウンかぁ…」

 

そんな呟きを何度しただろう…

 

男は何度も思考を繰り返し

そしてその度に何度も問題にぶち当たる

その最たる原因が『アインズ・ウール・ゴウン』

なのである。

 

彼の言う『アインズ・ウール・ゴウン』とは

これから向かう『カルネ村』という小さな村に

1週間ほど前に突然現れた魔法詠唱者(マジックキャスター)であり

なんでも村を襲い村人を虐殺していた

帝国の騎士数十人を

当時村の救援に駆けつけた

王国兵士長ガゼフ・ストロノーフ共に

撃退したらしいという噂を

町の商人達が話題にしていたのを覚えている。

 

 

だが彼が元々知っている

『アインズ・ウール・ゴウン』は

魔法詠唱者(マジックキャスター)などではなかった。

 

正確に言うと魔法詠唱者(マジックキャスター)という1人の人物としてではなく、

一つの組織の存在であると彼は認識していた。

 

 

そしてその組織『アインズ・ウール・ゴウン』とは彼は少なからず過去に因縁があり

その因縁が頭を悩ませる原因の1つでもあった。

 

「はあ~~~~………」

 

大きな溜め息をつき

男は天井を見上げる。

 

天井の一点を見つめるその男の素顔は

一言で表すなら『美男子』である。

 

整った顔立ち

肩まで伸びた金色に輝く長く滑らかな艶のある髪

蒼く透き通るような瞳

 

その端正なマスクは

良く言えばおとぎ話に出てくるような

容姿端麗な王子様とでもいうべきか

逆に悪く言えばマネキンなどの作り物のような

不自然ささえ伺わせるような顔立ちであった。

 

男の名前はエリック・トレイ・フォアード

 

彼はある目的を果たす為、馬車を走らせる

『アインズ・ウール・ゴウン』に会うべく…

 

 

───かつて一世を風靡したオンラインゲーム

『ユグドラシル』

その中て極悪非道のPKK ギルドという

悪名を誇った『アインズ・ウール・ゴウン』

そしてその居城であり難攻不落の要塞

『ナザリック地下大墳墓』に

過去1500人という大軍勢で侵攻し

全滅した者達がいた。

 

その中に彼の姿はあった。

 

 

 




とりあえずオープニング終了

たったこれだけの文章書くのに
何日もかかってしまう(汗)

みんなすごいね(笑)


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序章 最後の夜
ユグドラシル


DMMORPG 『ユグドラシル<Yggdrasil>』は

2126年にとある日本のメーカーが発売した体感型無料MMOである。

 

専用コンソールを利用して、外装に五感を投入し、

仮想の世界で現実にいるかのように遊べるゲーム

それが『ユグドラシル』なのである。

 

『ユグドラシル』の他にも似たようなゲームは存在していたが

当時『ユグドラシル』は他のゲームとは明らかに格が違っていた。

 

 

まずプレイヤーの自由度が異様なほど高く

そのプレイヤーを待ち構えている広大なマップ。

 

アースガルズ、アルフヘイム、ヴァナヘイム、

ニダヴェリール、ミズガルズ、

ヨトゥンヘイム、ニヴルヘイム、

ヘルヘイム、ムスペルヘイムといった

9つのフィールドがあり

そろぞれ特徴のある世界の1つ1つは

現実世界の東京2つ3つほどの大きさがあるほどである。

 

そしてプレイヤーはまず自分の分身となるキャラクターを作る。

その際にも人間以外の種族、亜人種や

モンスター種を選ぶことができる。

更には合計2000を超える職業。

6000種類以上の魔法やスキル。

別売りのクリエイトツールを使用することにより

製造できるオリジナルの装備品や住居。

 

そういったプレイヤーのクリエイティブ魂に

火を付ける要素の数々は

多くの人々を魅了していったのだった。

 

 

しかしそれも昔の話である。

 

 

『ユグドラシル』が始まってから12年

遂にその終わりの日が近づいていた……。

 

 

広大な世界の1つ

ミズガルズの辺境のとある森の中に

ギルド『ハイドアンドシーク』の本拠地

『コボルトの洞窟』があった。

 

『ユグドラシル』のギルドには拠点を持つ権利が与えられ、その拠点の大きさに応じて

拠点NPCの作成など

様々なメリットを得ることができた。

 

かなり小さい部類には入るが

この『コボルトの洞窟』もその拠点の1つであり

そこにエリック・トレイ・フォアードはいた。

 

 

『コボルトの洞窟』の地下3階

そこには石造りの広い部屋があった。

部屋の両側には壁に沿うようにアイテムボックスがびっしりと並べられていて

その前にはところ狭しと

鎧兜の装備品が飾られており

学校の体育館1つと同じ程の広さを持つと思われるその部屋のスペースの半分以上占領していた。

 

部屋を動ける場所はちょうど真ん中の部分だけであり、一番奥まで続く一本道のようになっていた。

 

その奥には不自然に開けたスペースがあり

そこには大きなテーブルが1つと

その周りにいくつかの椅子が置いてあった。

 

その椅子の1つに腰掛ける1人の人物、

ギルド『ハイドアンドシーク』の

ギルド長・エリックだった。

 

その姿は黒いフード付きのマントを羽織り

胴体や手足には光沢のある黒い金属でできた

胸当てとガントレットやブーツなど付け

それ以外の部分は身軽に動けるような

軽装で固めた格好をしていた。

 

「今日でこの『ユグドラシル』も最後か……。」

エリックは呟いた。

 

エリックが『ユグドラシル』を始めたのは

およそ10年くらい前、まだ彼が高校生の頃だ。

学校で友人らと一緒にオンラインゲームで遊ぼうという話題になり、当時既にテレビのCMなどで

有名になっていた『ユグドラシル』を皆でやろうということになったのが事の始まりであった。

 

 

当時のエリックは『ユグドラシル』をプレイするための専用コンソールを持っていなかったため

親に頼み込んで、「許可なく課金しないこと」を条件にコンソールを買ってもらったのは良い思い出だ。

 

その後は友達らと共に『ユグドラシル』の世界に繰り出し様々な場所を巡り、

冒険に没頭していった。

 

その後高校を卒業し大学へ進学した後も

エリックは『ユグドラシル』を続けていた。

進学した際に離ればなれになった友達との連絡や会話の手段としても

『ユグドラシル』は大いに活用できたが、

その頃にはバイトで稼いだ金で

別売りのクリエイトツールを買い、オリジナル装備を作ることにハマっていた。

ギルド『ハイドアンドシーク』に飾られている装備品の多くは

その頃に作った名残の一部であった。

 

そして大学を卒業し社会人となった後も

エリックは『ユグドラシル』を続けていた。

その頃には徐々にプレイヤーの数も減り始め

当時の仲間もほとんど引退していた。

 

因みにギルド『ハイドアンドシーク』にエリックが入ったのもこの頃である。

 

元々『ハイドアンドシーク』には

『桜田ファミリア』という名の別のギルド長がいた。

後に『桜田ファミリア』が引退する時に、当時

ギルド内で唯一活動していたと言っても過言ではない

エリックにギルドマスターを引き継いでほしいと頼んだのである。

 

そして社会人になってから数年

遂に『ユグドラシル』に終わりの日が来た。

 

エリックは迷っていた。

 

残された時間はおよそ4時間

それが過ぎれば、もうこの世界には来れない

その間に何をするか……。

 

最後の最後に貯まったアイテムを使い派手に何かをするか……

それとも街で過去に会った知り合いなどを探してみるか……

はたまたまだ見ぬ世界を時間制限いっぱいまで探してみるか……

 

 

少し考えた後に

「とりあえず街に行って最後の祭りでも見に行ってみるか」

そう言ってエリックは動き出した。

 

その後この判断が彼の運命を大きく左右することになるとは知らずに………。




相変わらず遅筆ですが
とりあえず2話目(汗)


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最終日

『ユグドラシル』終了まで残り4時間。

 

 

エリックは街に出るべく行動を開始した。

 

とりあえず椅子から立ち上がると石造りの部屋を歩き始めた。

床には綺麗な黒い大理石でできたタイルが

敷き詰められており、真ん中の歩く

スペースの部分には申し訳程度の

薄い赤い絨毯が敷かれていた。

 

部屋の入り口まで行くと、そこには鉄製の

大きな門のような扉があった。

エリックがその前まで行くと、扉はまるで

自動ドアのようにゆっくりと開く

扉の隙間から光が差し込み

一瞬目の前が白一色になる。

 

部屋の外に出るとそこは辺り一面

のどかな田園風景であった。

雀の鳴き声でも聞こえてきそうなこの風景は

洞窟の地下3階のはずのこの場所には、

あまりに不自然な光景である。

 

しかも天井があるはずの場所には空が広がり

太陽の光が燦々と降り注いでいるのである。

 

これらは全てクリエイトツールを用いて作った

エフェクトである。

エフェクトと言っても実際に太陽光の効果があり

畑では様々な作物や薬草が採れる。

 

エリックが来る以前からあったので、

どうやって作ったかまではわからないが

前ギルド長『桜田ファミリア』が苦労して作った

賜物だと自慢気に語っていたのを思い出す。

 

エリックは再び歩みを進める。

扉からは一本の道が真っ直ぐに通っていて

その左右のほとんどの敷地は畑になっており

時折NPCのドワーフが畑の中で作業している以外は少し殺風景な雰囲気を醸し出していた。

 

周りの風景を見渡しながらエリックは考える。

 

今日まで毎日の日課のようにログインし

ここの作物を収穫して調合や料理をして

アイテムを増やしたりしていた。

別にそのなかに特別必要な物が

あったというわけではないのだが、

エリック個人は基本貧乏性であるため、

なんとなくやらずに放置するのは勿体ないと感じてしまったのだ。

 

─ここを通るのも今日で最後か……

結局大量に保存してあるアイテムも無駄になってしまったな。

今更使用する気も毛頭ないが……。

 

そんなことを思いながら畑の中をしばらく進むと階段が見えてきた。

田園風景の道の真ん中、明らかに不自然な場所に置かれている、その階段は

上へと続いているようだった。

階段の前まで行き上を見上げると

空の空間の真ん中、階段の一番上の位置に

四角い蓋のような物があった。

エリックはそのまま階段を登りその蓋を開いた。

下から見たその状態は空間の真ん中に四角い穴が開いた何とも不思議な光景になっていた

 

穴の先には広い部屋があった。

エリックが開けた蓋はいわゆる仕掛け扉であり

上側からは見えづらいように床にカモフラージュされていた。

 

開いた蓋から登り、体半分を出し周りを見渡すと

部屋の隅々には様々なアイテムを製造するための作業場があり、部屋というより

工房と呼んだ方が正解なのだろう。

 

まるでテレビスタジオのように区画ごとに

分けられた作業場には担当と思われる

NPCドワーフ達が配置されており、それぞれ

鍛冶屋、服飾、調合、料理場、加工場、

スクロール作成場など多岐にわたる行動を

可能にしていた。

 

ここは地下2階にある

ギルド・ハイドアンドシークの

アイテム製造工場である。

ユグドラシルにおいて本拠地にこういった

アイテム製造施設を設置するのは一般的である。

いちいち街などに行き施設を利用する手間も

コストも掛からないため、わざわざ製造施設を

造るためだけにギルドを立ち上げ拠点を作る者だっているほどだ。

(別にギルドである必要はないのだが……。)

 

施設を作るプレイヤーの中には、

ただ制作工場を設置するだけでは飽きたらず、

巨大なショッピングモールや

銭湯、酒場、病院、教会など

更にはジェットコースターまでも造り出す強者までいる。

それに比べればハイドアンドシークの施設は

最低限だと言っても過言ではない。

 

エリックは階段を登りきり仕掛け扉を閉めると

出口の方に向かって歩き出した。

仕掛け扉のある位置は部屋の一番奥の方にあたる。

つまり出口とは正反対の場所になる。

部屋の中を進む途中、作業場にいるドワーフ達の視線が自身に集中するが、元々そういうNPCの

仕様なので気にも止めず歩みを進める。

 

部屋の真ん中まで行くと、そこには

『エクスチェンジ・ボックス』という

物資を入れると即座に換金してくれる便利アイテムが置かれていた。

『エクスチェンジ・ボックス』は

普段いらないアイテムやエリックのスキルや魔法で作り出した素材などを入れて金貨を手に得れるのに使われている。

そのエクスチェンジ・ボックスの横を通り抜け

エリックは出口付近まで歩く。

 

そこには扉があった。

なんの変哲もない木製の扉である。

エリックは扉を開けた。

 

扉の先には人が1人入れるだけの鉄でできた狭い一室があり、目の前の壁には梯子が掛かっていた。

梯子は上に向かって伸びており、一番上の方は

暗がりで見えなくなっていた。

 

エリックは梯子を掴むと上へと登り始めた。

 

狭い空間を黙々と登る途中、背後に

大きな丸い横穴の空いた部分があった。

人1人以上余裕で通れるその穴は、

地下1階の入り口である。

 

その横穴を無視してエリックは梯子を登り続ける。

 

更に上に登ると一番上まで来たのか、

天井らしき場所があり行き止まりになっていた。

そこには再び取っ手のついた四角い蓋があり、

地下の終わりを示していた。

 

エリックは取っ手を掴むと蓋を上に開けた。

 

その先にはほの暗い洞窟の一室があった。

エリックは洞窟の中に上がりきると

蓋を閉め再び歩みを進め始める。

 

洞窟の中を歩くと

獣の唸り声や息づく音のようなものが

あちらこちらから聞こえ、冒険者を迎え撃つ

ダンジョンの雰囲気を醸し出していた。

 

RPGなどによく出てくる

土や岩でできたスタンダードな洞窟

そんな感想が一番似合うのが

ここ『コボルトの洞窟』である。

 

その名の通り自動スポーンされるモンスターの

大半はコボルト系であり、ユグドラシルの中でも

事実上最低ランクのダンジョンである。

 

洞窟内の構造はほとんどいじられてないが、

地下1階以降は人為的に作られており、

洞窟の役割は大体にして

そのカモフラージュである。

 

 

エリックが洞窟内を歩き続けると

ようやく出口が見えてきた。

外の景色が見えるその場所まで歩く。

 

突然、バサバサッという羽音と共に

『何かが』目の前に現れた。

 

「なんだお前か、ゲイル」

エリックがそう言うと『ゲイル』と呼ばれた

それはエリックの前で静止していた。

 

エリックの前に居たのは1羽の大きな鳥であった。

体長は鷲と同じくらいだろうか

緑を基調とした極彩色の羽毛を持ち

体のあちこちには鳥系専用の装備をしている

赤い宝石のような眼をしたモンスターだ。

 

『ゲイル』はエリックが造り出した

唯一のNPCである。

 

「お前と会うのも今日で最後か……。

なら、最後にもう一度、一緒に行こうか」

エリックはゲイルに向かって語りかける。

 

ゲイルは何も言わず、じっとこちらを見ている。

そもそもNPCには言葉を発する機能はないから

その反応は当然なのだが。

 

エリックはゲイルを指差しながら命令を下した。

 

「付き従え」

 

するとゲイルは羽を広げ空へ舞い上がった。

そしてエリックの頭上へ旋回しながら

ゆっくりとエリックの側まで降下してくる。

ある一定の高さまでくると、そこで

ホバリングするように漂っていた。

 

「よし、それじゃあ行くか!」

エリックはそう言うと空を見上げ呪文を唱える

 

《フライ/飛行》

するとエリックの体が浮き上がり空へ向かって

どんどん上昇していった。

そして、目的地の方角へ目掛けその名の通り

飛行を開始した。

その後ろからはゲイルが羽根を羽ばたかせながら同じスピードで着いてくる。

 

「さて、最後の空の散歩をしようか」




ようやく投稿。

いやはや、とにかく時間がかかる


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終わりの日の再会

久方ぶりの投稿
自分自身の語彙の乏しさと文章力の無さに辟易しながらもとりあえず上げてみました。





エリックが街に着いたは既に22時半を過ぎた頃だった。

 

(しまった。予定よりも少し遅くなってしまった。)

エリックはそう思いながら足早に街の中心部を目指し綺麗に並んだ石造りのタイルの街道を歩く。

 

最終日の仕様で敵モンスターが襲ってこないのをいいことに最後の光景を目に焼き付けようと色々な場所へ飛び回り、思い出の場所巡りなどしてしまったせいで思いの外時間が掛かってしまった。

少しばかり自責の念に駆られながらもエリックは歩を進めた。

 

街では既に最終日のパレードが行われていた。

最後ということもあり街には沢山のプレイヤーの姿があり、至るところで花火が上がっており、最終日の報告と今までの感謝を告げるアナウンスが繰り返し流されていた。

 

そんななかエリックが街の中心にある広場へ向かい街道の真ん中を歩いていると、ふと遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「おーい、エリックさーん!」

 

自分を呼ぶ声に反応し声のする方向へ目をやると、広い街道の端から、こちらに向かい手を振る見覚えのある巨大な全身鎧を着用したプレイヤーがいた。

 

「あれ?もしかしてFスピさんですか!?」

エリックが尋ねると『Fスピ』と呼ばれたプレイヤーは小走りで向かってきた。

 

「やっぱりエリックさんだったか!いや~お久しぶり!」

そう言いながらFスピは巨体を揺らしながら

エリックの方へ近づいてくる。

ゆっくりと、しかし着実に進んで来る

その姿はさながら重戦車のようであり独特の威圧感がある。

 

Fスピが近くまで寄ってくると、その身長2メートル強はあろうかという巨躯を見上げながらエリックは挨拶をする

 

「いやー本当にお久しぶりですね!Fスピさんも来てらっしゃってたんですね」

と、エリックが嬉しそうな声で言うと

Fスピもまた再会を喜んでいるようで笑いながら答える。

 

「ハハハ、最終日ですからね!そりゃ来ますよ!これでもユグドラシルのプレーヤーですからね!」

 

Fスピはそう言うと笑顔のマークの付いたアイコンを出しながら、久しぶりに会った嬉しさからなのか多少大袈裟なジェスチャーを交えてFスピは喜びを表す。

 

「いやはや、本当に久しぶりですね!まさか最後の最後にエリックさんに会えるなんて!おっ、ちゃんとゲイルもいるんですね」

 

そう言いながらFスピがエリックの顔の横にむかい視線を向ける。

エリックがその視線の先を見るといつの間にか左肩にゲイルがとまっていた。

エリックが一定時間その場にとどまっていたので自動的にそうなるようにAIが設定されていたためである。

 

「ええ、今日で最後なんでコイツも一緒に過ごさせてやろうと思いまして」

 

いつもやっていることのように、肩にとまるゲイルの羽をさりげなく撫でながらエリックはそう答える。

そんな様子を見ながらFスピは腕を組みながら言った。

 

「いや~いいですね~、最終日に今更言うのもなんですが俺もNPCの1体でも作っときゃ良かったな~」

「ハハハ、そういえばFスピさんは生粋のタイマンプレイヤーでしたもんね」

そうエリックに言われると、Fスピはじゃれたような声で答えた。

 

「いやいや、別にタイマンを好きでやってたわけじゃないんですよ~。ただNPCを作るのが面倒くさかっただけで、それに基本的に俺は他のプレイヤーと組んで行動することが多かったからNPCの必要性が無かったし、ソコんところはエリックさんもよーく知ってるじゃあないですか~」

 

「いやまあ、それもそうなんですけどね」

久々に会った旧知の仲にありがちな何気ない会話が続く

 

Fスピこと『ファイティングスピリット・オールマックス完全燃焼!』とエリックは、その昔頻繁にパーティーを組む仲の良いプレイヤー同士だった。

元々はエリック、Fスピ、そしてもう一人『桜田ファミリア』加えた3人でよく探索や素材集めに勤しんだのも今となっては良い思い出だ。

 

この3人のパーティーの特徴は一言で言ってしまえば、シンプルかつスタンダードな構成である。

端的に言うと『ユグドラシルで冒険・探索するならこれくらいの能力を持ったメンツは最低限欲しいよね』的なグループ構成だった。

 

Fスピの種族は『ミノタウロス』でありステータスも見た目通りの完全脳筋パワータイプである。

ほとんどの能力やスキルを近接ごり押しのものばかりで固めていて、エリックのチームの絶対的前衛アタッカーとして活躍していた。

 

桜田ファミリアは隠密タイプのキャラメイクをしており更に種族が『コボルト』であったため、その種族特性である嗅覚を生かしたスキルや能力で先行偵察の役目を担っていた。

 

エリックはというと完全な回復補助要員であった。

回復、状態治療にバフ、デバフなどの戦闘補助はもちろんのこと

道中の各種アイテムなどの調合や合成、武器防具の修復や改造、その他料理やスクロール製作など多岐にわたることをどこでも行えたためダンジョン探索や補給のしづらい長距離の移動を伴う冒険の際には大いに役立っていた。

 

しかし、それだけのことができる一方でエリック自身はほとんど攻撃魔法やスキルは修めてないと言ってもいい状態であったので、攻撃面に関しては同レベルプレイヤーの中では最底辺ランクと言っても過言ではない。

 

亜人種である他の2人と違い、エリックは人間種であったため種族レベルというものが無く、その全ての職業レベルを補助や製造・加工に特化した構成にしていた。

 

『ユグドラシル』で補助型プレイヤーというのは少ない方とはいえエリックほど非攻撃型に偏った構成は珍しいタイプであった。

 

ソロプレイなどをするにあたって最低限の攻撃の手段が無ければ相当レベルの低い敵が出てくる地域で無ければロクに進めないは当然だからだ。

隠密系の職業を修めていれば、ある程度の戦闘回避もできるがそれにも限界はある。

 

ではなぜエリックがそういった職業構成になったのか。

理由はごく簡単である。

 

エリックは単純に戦闘が下手だったからである。

 

故に基本的には他のプレイヤーにくっついて行き

戦闘中は援護や補助に徹して敵を倒してもらうという通称【小判鮫戦法】をとり、今までこの『ユグドラシル』の世界で活動していた。

 

元々『ユグドラシル』を始めたエリックの最初の職業は『シーフ』。つまり盗賊であった。

理由は同じく始めたばかりの他の仲間の職業が戦士や魔法使いなどRPGにありがちな職業は全て取られてしまっていたためである。

特に職業が被ってはいけないという決め事は無かったのだが、自分自身他の皆とは違うオリジナルなキャラが欲しかったということと

それに金を手に入れるのに苦労が無さそうという安易な理由で選んだのだ。

 

だが、それはあまり良い選択ではなかった。

『シーフ』はスピードこそあれどパワーも耐久力も低く初期に選ぶ職業としては少し難易度が高かった。

 

それにプラスして『ユグドラシル』は基本自由度の高いゲームである。

その概念は戦闘に置いても変わらなかった。

戦士職ならばただ敵に向かい前進攻撃あるのみなので行動を躊躇をする必要がないが『シーフ』であるエリックはそうもいかない。

 

『シーフ』の闘い方は基本的にはヒット&アウェイである。

隙をみて攻撃をし反撃をくらう前に退くという臨機応変な闘い方を前提にしていた。

エリックはこれがどうも苦手だった。

 

攻撃のタイミングを間違えて逆に攻撃されたり、逃げる方向を間違えて敵の挟み撃ちにあったり、タイミングを見計らってるうちに戦闘が終了したりなど

そういったことがしょっちゅうだった。

ぶっちゃけ当時のエリックは完全な足手まといだった。

 

そんなこんなでエリックが足を引っ張っているうちに仲間に助けをもらいながらも、なんとかレベルを上げ他の職に就ける段階にこぎつけた。

そして次にエリックが選んだ職業は『プリースト』だった。

『プリースト』は回復や治療のエキスパートの職業である。

 

これを選択した理由は単純にパーティーの回復役が足りなかったからだ。

エリック自身、前線で無駄にあくせく動き回るよりかは仲間の援護にまわったほうが役立つと思い迷い無く選んだ職業だった。

 

その効果はてきめんで治療魔法を覚えたエリックはパーティーのお荷物から貴重な回復要員に一気にステップアップしたのだった。

 

これに味をしめたエリックが次になった職業は『ファーマシスト』だった。

 

『ファーマシスト』は薬師であり非戦闘職のひとつである。

戦闘に関してはからっきしだが職業特性でアイテムを調合できるようになるので、ダンジョンなどでの回復アイテムの補充や攻撃支援アイテムの作成ができたため

エリックのパーティー内でのポジションは更に上がりチームの要とまで言われるようになっていた。

 

最早この頃のエリックには自分で戦うという意思は既に無く、いかに仲間の援護をするかに重きを置いていた。

 

それが自分にできる最良の選択であると思っていたし、同時にそれ以外自身がパーティーの中で役立つビジョンが想像出来なかったのである。

 

そうしていくうちにエリックの職業は周りが求めているものに合わせてどんどん変わっていき

レベルがカンストする頃には職業レベルのほとんどを補助非戦闘型の職が占めてしまい

ロールプレイなどの制約を全くしていないにも関わらず、ただの『便利なザコキャラ』が出来上がってしまったのである。

 

ちなみにエリックが修めている職業のその大半が下級職と呼ばれるものであり、本来『ユグドラシル』においてレベルの全てを下級職で埋めるのは悪手とされていることである。

 

PVPを前提とした『ユグドラシル』においてレベルアップ時のステータス上昇値が高い上級職を修めるなどして最低限の戦力を持っておかないと他プレイヤーに一方的に攻撃を受け貴重な装備品やアイテムなどを奪われる危険性が高まるからである。

 

エリック自身、今までPVPをけしかけられて勝てた記憶は無い

あわよくば戦わず逃げれれば御の字だった。

PVPで得をすることはまず無い

 

だがエリックはそれでも自身のキャラメイクに後悔は無かった。

 

エリックには好きな言葉があった。

「適材適所」という言葉である。

自分自身の活躍する場はあくまで補助役である

 

確かに自分はザコキャラではあるがそれで終わるつもりはない

自分は『便利な』ザコキャラなのだ。

 

よくわからないプライドがそこにはあった。




頭の中の話を文章化するのは本当に難しい。

他の方の作品も拝見させていただくと、すごいものばかりで勉強になります。

あとちょっとずつ修正などもしていきますw


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史上最大の敗北

とりあえず上げ





「それにしてもすごい人数ですね"あのとき"を思い出しますよ。」

「あのとき?」

 

久しぶりに会い、再会の挨拶を終え二人で広場に向かう途中で周りを見ながらFスピが口にした言葉にエリックは疑問で返した。

 

確かにこれだけの人が集まるのは最近ではほとんど無かったことだが

過去の『ユグドラシル』においては期間限定イベントなどが行われてる時などにはそれなりの数のプレイヤーが集まるのは珍しいことではなかったので、エリックにはFスピの言う"あのとき"というのがいつのことを指すのかイマイチわからなかった。

 

「ほら、あのときですよ、あのとき!皆で『ナザリック地下大墳墓』に攻めいった時のことですよ~」

 

「ああ、あのときですか!」

 

ようやく合点がいったとばかりにエリックは手をポンと叩いた。

 

Fスピの言った"あのとき"

それはギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の

本拠地『ナザリック地下大墳墓』へ大勢のプレイヤーが攻め込んだという時のことだ。

 

 

当時『ユグドラシル』の世界の中で最も悪名を

轟かせていたギルド

それが『アインズ・ウール・ゴウン』である。

 

『アインズ・ウール・ゴウン』は異形種プレイヤーのみを集めて作られたギルドであり、メンバーの人数は41人と決して多い方ではなかったのだが、最盛期には数千以上あった全ギルドランキングでもベスト10に入るほどの強力なギルドだった。

 

しかし異形種以外のプレイヤー狩りや鉱山の独占など様々な悪質な行為を繰り返すことで有名な迷惑ギルドでもあった。

 

そんな傍若無人な行為の数々にしびれを切らしたプレイヤー達が結集し、『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地『ナザリック地下大墳墓』へ

大規模な討伐隊を組み、8ギルド合同その他傭兵プレイヤーNPC合わせて総勢1500体以上という『ユグドラシル』史上最大数の攻城人数で攻めいったのである。

 

実のところエリックとFスピも傭兵プレイヤーとして、その1500人の討伐隊の中におり、桜田ファミリアを含めた3人パーティーで『ナザリック地下大墳墓』侵攻部隊の一員として参加していた。

 

とは言っても当時のエリック達は侵攻部隊の主力部隊の一角というわけでは決してなく、はっきり言ってしまえばその他大勢の数合わせ的な存在といっても過言ではなかった。

当時エリック自身も特に『アインズ・ウール・ゴウン』に対して直接的な恨みがあったとかいうわけでもなかったので

どちらかというと大勢のプレイヤーで巨大なダンジョンを攻略するというようなお祭り気分のイベント感覚で気楽な気持ちで参加していた。

 

 

 

「懐かしいですね~。あのときは本当にユグドラシルが一番楽しかった時期だったなぁ~」

遠い昔のことを回顧するようにFスピは言った。

 

「そうですね、思い返してみれば僕もあの頃が一番楽しかったかもしれません…」

Fスピの言葉に同意するようにエリックは答える。

そして続けてこう言った。

 

「でも、まさかあのときは"あんなこと"になるなんて思ってもいなかったんですけどね」

 

「ハハハハハ!それはあのとき参加していた誰もがそう思ったと思いますよ」

 

エリックの発した"あんなこと"という言葉にFスピは思わず笑いを堪えられないといった様子で答えた。

 

 

エリックの言った"あんなこと"

それはすなわち"敗北"である。

 

エリック達がいた総勢1500という大軍勢は『アインズ・ウール・ゴウン』の前に物の見事に敗北したのである。

 

それもただの敗北ではなく"全滅"である。

 

1500人がまさかの"全滅"である。

 

 

エリック達を含め討伐隊の大半が『ナザリック地下大墳墓』の最下層と伝えられてる地下第8階層にて待ち構えていた『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー達に殲滅されたのである。

 

「いやはや、あのときは本当に驚きましたよ。1500人が全滅ですよ、全滅!普通あり得ませんよ!それに、まさか最下層にあんな仕掛けまで用意されてたなんて思ってもいなかったですからね~」

 

そう言ったFスピの口調には熱がこもっていた。

 

ありえないという意見にはエリックも概ね同意だった。

あの当時、一体誰が討伐隊側が負けると予想してただろうか?

おそらく誰もが、いや、少なくともあの場にいた討伐隊の誰しもが自分達が敗北するなどという

未来を全く予想してなかったはずだ。

 

確かに討伐隊の中にはランキング上位に入るようなギルドのメンバーは参加してはいなかったが、それでもカンストレベル100のプレイヤーはもちろんのこと、戦闘用ガチビルドをしていたプレイヤーだって沢山いたはずだ

それに『ユグドラシル』の中でも最高峰のレアアイテムとされる『ワールドアイテム』を持っていたギルドだってあった。

自らのことを全く戦力として見てないエリックですら、あの時はこれだけの大軍勢に本拠地を攻められる『アインズ・ウール・ゴウン』に対し、むしろ申し訳ない気持ちさえ感じていたくらいだった。

 

 

しかし討伐隊は全滅した。

これぞ世紀の大どんでん返しというやつである。

 

 

そしてFスピの言った"仕掛け"

『ナザリック地下大墳墓』に攻め込んだ1500体を全滅に追い込んだ地下第8階層の"それら"は

当時、ナザリック侵攻の様子をネットにアップされた動画を見たユグドラシルプレイヤー達に大きな衝撃を与え

後に"チートまがい"と呼ばれるまでの存在になり、これ以降『ナザリック地下大墳墓』に攻めいるアホなプレイヤーはいなくなったのである。

 

 

まさにこれこそ『アインズ・ウール・ゴウン』が『ユグドラシル』に残した正真正銘の伝説である。

 

 

「とは言っても僕ら3人に関しては仕掛けうんぬん関係なしに複数に重なった敵の『超位魔法(オーバーマジック)』に巻き込まれて普通にやられたんですけどね」

 

「それは言いっこなしですよー!エリックさ~ん」

エリックの冷静な言動に対しFスピは咄嗟にツッコんだ。

 

だが実際のところはエリックの言った通り

エリック達3人は第8階層に入るなり、突然何かの効果によって動きを封じられ、複数の敵プレイヤーが発動した幾重にも連なった超位魔法やスキルによって、ほぼ瞬殺されたのである。

 

ちなみにエリックがナザリックにて最後に見た光景は、山羊のような頭をした魔法使いが自分らに対して何か仰々しい詠唱をして放ったとんでもない魔法の光が目の前を真っ白に変えた景色だった。

 

 

「あのときはFスピさんがハリキリまくって突っ込んじゃったから、僕ら巻き添えくらったのとか覚えてます?」

 

「もちろん覚えてますよ!いや~あのときに関しては本当に申し訳なかった!本来なら桜田さんに先行してもらうべきでしたよね。反省、反省」

 

「まぁ、いずれにしろ僕らじゃあ多分どう転んでも全滅してたと思いますし、全然気にしなくてもいいですよ。」

 

「うーん、でも最後にせめて一太刀くらい浴びせてやりたかったんですがね~」

 

「そうですねー。でもまあ相手が悪かったですよね」

 

 

そんな昔話をしているうちに二人は広場に着いた。

 

広場にもプレイヤーが大勢いて凄い賑わいを見せており、ところ狭しと黒山の人だかりができていて、一言で言えばすし詰めに近い状態になっていた。

 

「うひゃー、ここも凄い人だかり!全盛期さながらですね~」

 

「本当ですね。ユグドラシルでも、まだこんなにプレイヤーが集まるのか…」

 

まるでスーパーアイドルのライブ会場のような人の数に呆気にとられているエリックにFスピが質問を投げかけた

 

「そういえば桜田さんは来てないんですか?」

「え?」

 

突然の質問にエリックは思わず聞き直してしまった。

 

「えーと…ああ、桜田さんですか?そういえばギルドの方には来てなかったですしログインも……していないみたいですね。」

 

咄嗟に答ようとして、多少しどろもどろになりながらもギルドメンバーリストを開きながらエリックは答えた。

メンバーリストの中の桜田ファミリアの名前は非ログインしている印に黒く表示されていた。

 

「そっかー来てなかったかー。最後に会いたかったけどなー…残念だけど仕方ないか…」

そう言ってFスピは残念そうにうつむいた。

 

そんなFスピを見ながらエリックは少し複雑な気持ちになった。

エリック自身も桜田ファミリアが最後にログインしてくるんじゃないかと多少期待はしていた。

 

Fスピと同様に桜田ファミリアは自分にとっては『ユグドラシル』内での良き仲間であり色々とお世話になった恩人でもあったからだ。

もしも彼らがいなければエリックは今日という最後の日まで『ユグドラシル』をおそらく続けてなかっただろう。

 

だからこそ最後にお礼くらいは言いたかった。

そんな風にエリックは思っていた。

 

「まあ、桜田さんに会えなかったのは残念だけどエリックさんには会えたんで良かったですよ」

 

「僕も最後にFスピさんに会えて良かったです。なんというか、今までの感謝の気持ちとかも伝えたくて」

 

「やだなぁ、なんか俺死ぬみたいな言い草じゃないですかー。やめてくださいよ~!ハハハ!」

 

そう言ってFスピはいつもの明るさで笑いながら答えた。

こんな底抜けに明るいのがFスピだ。

出会ってから一度もその印象は変わらなかった。

 

 

「ところでエリックさんはこの後どうするんですか?」

「はい?」

 

不意に飛んできた質問に再び疑問で返してしまうが、

そんなことも気に留めずFスピは続けて言う

 

「実のところですね、この後に俺、昔の仲間と落ち合う約束してて…もし良かったらエリックさんも一緒にどうかなと」

 

「昔の仲間って、もしかして『わいるどふぁんぐ』のですか?」

 

「そうなんですよ!実はこの前久しぶりにアイツらから連絡が来まして最後に皆で会わないか?って誘われちゃいまして」

 

『わいるどふぁんぐ』というのはFスピと桜田ファミリアが昔在籍していたギルドの名前だ。

亜人限定ギルドでありメンバーの全てがオークやゴブリンなどの亜人種で構成されたギルドであった。

 

後にとある事情から解散してしまったらしいが

Fスピが『ユグドラシル』を始めてから唯一所属していたギルドであり、オフ会などにも足しげく通っていたそうで、Fスピの知り合いといえば大抵はこのギルドの出身者であった。

そのためエリックには昔の仲間というのが何となく予想できていた。

 

 

「うーん、申し訳ないですが僕は遠慮しときます」

少し考えてからエリックはそう答えた。

 

「ありゃ、そうですか……そりゃ残念。」

 

「すいません。終わる前にちょっと行きたい場所があって…」

 

「え?あーいやいや全然気にしないでいいですよ!エリックさんの都合も考えずにこっちが誘っただけなんで」

 

実際にFスピの誘いを断ってまで行きたい場所などというのは厳密に言うと無い

 

ただ、Fスピが旧友と再会するのに水を差したくなかったというのが主な理由だ。

エリック自身『わいるどふぁんぐ』の中に知り合いと呼べるのがFスピと桜田ファミリアしかいなかったため、残り一時間ほどのあいだで面識の無い自分が行って変な空気にしないかと不安に思ったのだ。

 

もちろん最終日の今更そんなことを考えるのは杞憂というものだが、エリックはコミュニケーションに自信があるほうではなく、どちらかというと人見知りをしてしまうタイプだ。

そんな自分が共に行ってイマイチな反応などをしてその場を微妙な空気にし、最後の最後にFスピに迷惑をかけるくらいなら多少寂しい思いをしても行かないほうがマシだ。

 

少しひねくれた考えかもしれないが、それがエリックにできる最善の手だと判断した。

 

 

「とりあえずそんなわけで、ここでお別れですね」

 

「そうなっちゃいますね~エリックさんとも会えなくなっちゃうのか~」

最後の別れを惜しむようにFスピは言った

 

「あっ!もし、このあと気が変わって合流したくなったら、いつでも来てくれていいですからね!歓迎しますからね!」

「はい、ありがとうございます。」

 

Fスピの気遣いに感謝しつつエリックは最後の挨拶を切り出す

 

「その、なんというか…Fスピさん、今まで本当にありがとうございました!Fスピさんのおかげで楽しめたことが沢山あったんで本当に感謝してます」

 

「こちらこそ、エリックさんと一緒にこの『ユグドラシル』で冒険できて すげー楽しかったですよ!もしも他のゲームとかでも会うことがあったら、その時はまたよろしくお願いしますね!」

 

「そうですね、出来ればまたパーティー組みたいですね」

 

「ハハハ!期待してますよ!それじゃ"また会いましょう"!」

 

「ええ、ではまた!」

 

最後の挨拶を終えエリックとFスピは別々の方向へ歩きだした。

 

 

━━━━━━"また会いましょう"か……。

 

最後にFスピの言った言葉に対しエリックは正直あまり期待を持てなかった。

1つの繋がる要素が消えれば二度と会わなくなるネットなんてそんなものだ。

それを証拠にエリックとFスピだって今日が最終日ということで無ければ会うことはなかったではないか。

 

何となく物寂しさを感じながらエリックは新たな目的地へ歩いて行った。




転移まであと1話ほど使う予定です


読んでいただけると嬉しいです


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ワールドアイテム

なんとか年越し前に投稿。

1日で軽く五千、六千文字書ける方々が本当にすごいと思います。

そんなわけで本編始まります~





かつて一世を風靡した体感型オンラインRPG

『ユグドラシル』の終了まで、

あと1時間を切っていた。

 

 

相変わらず街にはゲーム終了の報告と

今までの感謝を伝えるアナウンスが

繰り返し流れており、

大勢のプレイヤー達がかつての仲間や

友人達と再会や別れの挨拶などをして賑わっていた。

 

 

そして、そんな賑わいとは別にエリックは

とある場所に来ていた。

その場所は広場とは違い、プレイヤーの姿は無く閑散とした雰囲気を醸し出していた。

 

エリックが向かった先、

そこはバザー会場だった。

 

そこには出店のような店構えの

無人の店舗が複数並んでいた。

 

この場所は『ユグドラシル』のプレイヤー同士がアイテムや装備品の売買をするため、9つの世界の全ての街に設置されているわけだが、

最終日のこの日に売買などするプレイヤーなどいるはずもなく、辺りには街全体に流れるアナウンスが聞こえてくるだけで、どことなく哀愁が漂っていた。

 

エリックが店舗の1つの前に立つと、

“ブンッ" という機械音と共に、

取り引き用の画面がエリックの前に展開される。

エリックは空中に展開された

その画面に入力を始める。

 

「取り引き内容、金貨での購入…と」

独り言を呟きながら慣れた手付きで

ポンポンと入力を進めていく。

 

入力を終えたエリックの前の画面には

ズラリと並ぶアイテムや装備品の名前が

表示されていた。

 

「金貨枚数1000以下の商品…

まとめて購入…選択完了…決定と。」

再び独り言と共に次々と入力をする。

 

 

エリックが行っているのは

他プレイヤーからの商品購入である。

 

こんな姿を他のプレイヤーが見たら、

大抵こう思うだろう。

 

 

意味がない、と。

 

 

実際のところ意味なんてものは無いのだ。

どれだけアイテムや装備品を集めたところで、

あと1時間で全て消える。

それは絶対に変えられない事実であり結末だ。

 

まさかゲームが終了した後も、今のままの状態で引き続きプレイができる『ユグドラシル2』なるものができるのを期待して、せっせとアイテム収集してるわけではない。

そんなおめでたい考えをもつ者が全くいないとは限らないが、エリックはそういった類いの思考はしてはいない。

 

ならば、なぜエリックは『ユグドラシル』の最終日にこのようなことをしているのか?

 

実のところ、エリックがバザーに来るのは

今日だけではない。

 

『ユグドラシル』が終了するとわかった日から、

ほぼ毎日といってもいい割合でバザーに寄り商品を購入していた。

 

その理由は単純である。

 

終わると決まったなら、貴重なアイテムとかでも安値で手放すプレイヤーが多くなるんじゃないか?

 

そんな風に思ったからである。

 

 

エリックは今まで能力の低い底辺プレイヤーとして『ユグドラシル』で活動してきた。

そのため高位のレアなアイテムや素材などを手に入れる機会がなかなか無く、今更ではあるが、

“どうせ終わるならその前に少しでも未知のアイテムや強力な装備品を手に入れたい”と思ったのである。

 

今まで堅実に生きてきたサラリーマンが、

定年後に昔出来なかったやりたかったことをやるような感覚に似ていると思う。

 

『ユグドラシル』が終了して、手に入れたアイテムが全て無駄になろうが別に構わないのである。

今まで弱く、Fスピや桜田ファミリアのような仲間がいてくれなければ、まともに冒険すら出来なかった。

そんな自分なんかが手が届かなかったような超レアアイテムを入手できるチャンス到来の時、

それが今なのである。

 

実際にエリックの狙い通り、安価でアイテムを売り出すプレイヤーは多くなっており、今日という日までハイエナ精神でせっせと購入を続けた結果、エリックの保管してるアイテムや装備品の数は購入前に比べて倍近い量になっており、質の良いものも飛躍的に増えたのである。

 

今までろくに課金もせずに、大したこともしてこなかった自分だが、最後くらいは少しは見栄えの良い状態にしておきたいと…。

 

 

…なんてことは思いつつも、まさか最終日の今日までこの場所に来るとは実際思ってなかった。

 

本音を言うと、今日くらいは

普通のユグドラシルプレイヤーとして最後の瞬間をむかえるつもりだったのだ。

あわよくば昔の知り合いなどと再会して、一緒に終えることができれば御の字であるのだが、

その最大のチャンスであった、Fスピとの再会をちょっと前にふいにしてしまったばかりだ。

 

今ごろになって、なんであの誘いを断ったんだという後悔の念がエリックの心に広がっていく。

 

Fスピにああいったことを言ってしまった手前、今更「実はもう暇になったんで来ちゃいました」なんてことはエリックの口からはとても言えない。

 

いや、Fスピのことだ、エリックが行けば喜んで受け入れてくれるだろう。

むしろ今からでも行きたいくらいだ。

 

しかし、なんというかイマイチばつが悪い感じは、どうしても否めない。

 

何か思わず会いに行くほどの話のネタ的なものがあればいいのだが…。

 

 

そんなことを思ってるうちに購入が終わった。

 

少しばかり気落ちしながらも、

エリックが終了の項目をタッチすると目の前には購入したアイテムの確認画面が表示される。

 

(ほうほう、流石最終日といった感じだな。結構なレアアイテムがちらほらあるぞ…。

神器級(ゴッズ)アイテムまであるじゃないか!)

 

神器級(ゴッズ)とは装備品の中のレア度を示す意味のものだ。

ちなみに神器級というのは、プレイヤーが作成できるアイテムの中では一番レア度が高く、最も作るのが難しいとされているものだ。

 

その他にも主に伝説級(レジェンド)聖遺物級(レリック)遺産級(レガシー)などが存在する。

 

そのなかでも神器級アイテムは、カンストプレイヤーなら誰しも1つくらいは持っておきたいと思う代物なのだが、実際には持ってないプレイヤーも珍しくはない。

 

生産方法が難しいというのもあるが、稀少な金属を使用しなければ作れないという前提条件から入手できるプレイヤーが限られるというのが大きな要因だ。

 

かく言うエリックも、自力で製造した神器級アイテムは1つしかない。

いや、エリック程度のプレイヤーが1つ作れただけで結果としては充分と言うべきなのだろう。

 

そんなエリックが唯一持つ神器級の武器

その名も『完全なる復讐者(フル・リベンジャー)』。

 

基本的に自らが攻撃を仕掛けることの少ないエリックのためにカスタマイズされた武器で、文字どおり全ての攻撃に対してカウンターで攻撃してきた相手に反撃をする。

 

当時、Fスピと桜田ファミリアに

「エリックさんも神器級アイテムの1つくらい持っておいたほうが良いですよ!」と勧められ、

今までに手に入れたログインボーナスやバザーで購入したデータクリスタルや、トレードやおすそ分けなどでもらったレアな金属などを総動員して(足りない分はFスピと桜田ファミリアに工面してもらった)作った逸品だ。

 

これを作った時には二人から

「これがあればソロプレイも心置きなくできますね!」などと言われたりしたのだが、

正直な話、エリック自身は装備品をロストするのが怖くて、ソロの活動時にはほとんど持ち歩いてはいなかった。

 

 

そんな神器級アイテムまでもが

あっさり手に入るあたり

さすが最終日といったところだろうか。

なんとなくだが、寂しささえも感じる気がする。

 

(このアイテム1つ作るのにも、相当苦労したんじゃないのか?それとも、他のプレイヤーから奪ったものとかなのか?)

 

そんなことを思いながらも、エリックは別のことを考え始めていた。

 

(でも、もしかしてこれ、Fスピさんとの話の種にできるんじゃないか?)

ネタ探しに手をこまねいていたエリックの心に一瞬光明が差しこむ。

 

(神器級アイテムをゲットして思わず見せたくなって戻ってきちゃったとか。よし!それでいこう!)

 

思わぬかたちで、なし崩し的に話の種を手に入れたエリックは、Fスピのいる広場に戻るべく、残りの購入したアイテムのチェックも急いで行う。

 

(やっぱり最後くらい誰かと一緒にワイワイ楽しく過ごしたいしな。終わる前に良い話のネタが見つかってよかった。)

 

つい先程までFスピを気づかって、わざわざ身を引いた者とは思えない切り替えの早さで意気揚々とチェックを進めるエリックの目に、とあるアイテムが止まった。

 

(ん?なんだこれは…。世界級(ワールド)アイテム…?)

 

そこにはレア度の項目に[世界級]と

表示されたアイテムがあった。

 

「え?嘘だろ?まさかのワールドアイテム?んな、バカな!」

 

突然の出来事に目を疑い、

思わず大声を出してしまう。

 

もし他のプレイヤーが見られていたら完全に不審者に見えていただろう。

 

世界級(ワールド)アイテム』とは『ユグドラシル』の中でも神器級を超える最高位のレア度とされているアイテムだ。

 

その他アイテムなどと違って、

プレイヤーが作成することが一切できず、その数も200個と固定されている。

 

その効果の程は凄まじく、まさにそれ1つで世界を変えるほどの効果を持つものもあるという、ほとんど反則に近いアイテムだ。

 

上位のギルドであっても入手することが困難で、ギルドに1つあるかないかで、ギルドランキングが大きく変動されるほどである。

 

ちなみに、最も多くの

『ワールドアイテム』を持つギルド

 

それは過去にエリック達を殲滅した、

あの『アインズ・ウール・ゴウン』である。

 

その数は、なんと驚きの11個だという。

 

 

エリックは急いで確認画面を終了させると、自分のアイテムボックスから先ほどの購入した『ワールドアイテム』を取り出す。

 

その形は何のへんてつもない、

ただの紙切れのような物体に見えた。

 

 

エリック自身、『ワールドアイテム』を

手にしたことなどない。

 

『ハイドアンドシーク』に入る前に在籍していたギルドに『グライアイ』という世界級アイテムがあったのを目にしたことがあるだけだ。

 

 

以前ネットで、どこかのギルドが作った世界級アイテムのリストが載ったwikiを見かけたことはあるが、どんなアイテムがあったかなどは

いまひとつ覚えてはいなかった。

 

なので、その紙切れが本当に

『ワールドアイテム』なのか疑わずにはいられなかった。

 

過去に、ふざけ半分で自分で作った下級のクソアイテムにワールドアイテムなどと名付けてバザーに売り出す輩も少なくなかったためである。

 

(誰かのイタズラか?魔法で擬装でもしてるのか?)

 

そう思い、エリックはその『ワールドアイテム』に対し魔法を発動させる。

 

《アプレーザル・マジックアイテム/道具鑑定》

 

 

鑑定結果は…

 

 

それは間違いなく『ワールドアイテム』であった。

 

レア度の欄には世界級の表示がされており、

説明文もきっちり書き込まれている。

情報阻害魔法の形跡もない。

 

どんな魔法を使っても、

ここまでの擬装は不可能だ。

 

しかし、その結果を見てもまだ納得のいかないエリックは次にシステムコマンドから、ギルドランキングの一覧を表示し、自らのギルドの順位を確認する。

 

(順位が上がってる…200位以上も…。)

 

エリックの所属するギルド『ハイドアンドシーク』のランキング順位が飛躍的に上昇していた。

 

(マジか…!本当にこれ、ワールドアイテムなのか?最終日とはいえ、普通売るか!?ワールドアイテムだぞ!?て言うか、ワールドアイテムってバザーで売れるのかよ!)

 

あまりの出来事に頭が混乱し息が荒くなる。

 

(おいおい、落ち着けよ!今更ワールドアイテムを手に入れたからって、うろたえすぎだろ俺!)

 

つくづく希少アイテムに対する耐性の無い自分を情けないと思いつつ、なんとか気持ちを落ち着かせようとエリックは今後のことを思案する。

 

(どうする?やっぱり、Fスピさんに見せに行くのが普通の選択か?しかし、いきなりワールドアイテムなんて言っても信じてもらえなさそうだし…。)

 

そんなことを考えながらも、エリックの脳裏にとある予感がよぎる。

 

(あれ?でも、このままで大丈夫なんだろうか?もしかして俺、このあと狙われたりするんじゃ…。)

 

余計な心配だと思いながらも、エリックの心のなかに沸々と恐怖と焦燥の感情が湧き出す。

 

「いや、落ち着け!今更ワールドアイテム持っていようがいまいが、襲うやつなんていないに決まってるだろ!最終日だぞ!最終日!」

 

自分に言い聞かせるようにエリックは地面に向かって言葉をぶつける。

 

最終日、しかも残された時間はあと1時間も無いのに、争い事などしようとする奴などいないであろうことはわかっている。

わかってはいるが、僅かでも可能性があると思ってしまうと、どうしても周りを疑ってしまう。

 

貧乏人が宝くじなどで、いきなり大金を手にしたらこんな風に思ってしまうのだろうか?

 

エリックは疑心暗鬼になりつつあった。

 

(まずい…色々まずいぞ…。Fスピに会いに行く予定だったのに、どうしよう…)

 

 

迷った末にエリックが導きだした答え、それは…。

 

 

「ゲイル!《ワームホール》を展開しろ!」

 

エリックがそう命令すると、今までエリックの肩に留まっていたゲイルが空中に飛び立ち、エリックの前方に移動すると、自らの頭上に何やら光の粒子を集めだした。

 

そして、集まった光の塊を地面に叩きつけるように降り下ろす。

次の瞬間、一瞬辺りを光が覆ったかと思うと、エリックの前には次元を歪めた空間が現れた。

エリックはその空間の歪みの中にゆっくりと入ってゆく。

 

 

エリックが下した決断、それは一旦本拠地に帰還することであった。

 

ゲイルの使用した《ワームホール》は記憶した別々の場所のポイントを繋ぎ、一瞬で移動できるスキルである。

記憶できるポイントの数には上限があり、上限を超えて新たなポイントを記憶するためには他に記憶したポイントを消さなければならず、1日に使用できる回数も制限があるという、少し不便さが目立つスキルでもある。

 

そんななか、当然エリックの向かう場所は

ギルド『ハイドアンドシーク』の本拠地、

『コボルトの洞窟』である。

 

 

───『ワールドアイテム』を手にしたことによって、エリックの運命は少しずつ変わっていった。




次でやっと転移します。


他の方の作品を拝見させていただくと高スペックな主人公が多めな気がします。

やはり、そのほうが書きやすいのだろうか?


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終わる世界

短めの文章での投稿。

もう少しポンポン文章を考えたい
今日この頃





『ユグドラシル』終了まで

既に残り10分を切っていた。

 

 

本拠地に戻ったエリックは、

今まで集めたアイテムの整理をしていた。

 

 

あのあと万が一他のプレイヤーが攻めて来ても

大丈夫なように入口付近にゲイルを配置し

エリック自身も迎え撃つ準備をしていたのだが、

いつまで経っても誰も来る気配はなく、

完全な取り越し苦労に終わったようだった。

 

(まっ、当然と言えば当然だよな。

今更ギルドランク気にする人なんていないだろうし、仮に気が付いたとしても、わざわざここまで来る奴なんていないよな。最終日だし。)

 

そんなことを思いながら、

やることもなく始めたアイテムの仕分けを進める。

 

(こんなことなら真っ直ぐにFスピさんの

ところへ行けばよかった…。

なんでビビっちゃったのかなぁ、俺…。)

 

 

こういうときの判断は

いつも裏目に出る気がする。

もはや意味の無いアイテムの整理を

しながらエリックはそう思った。

 

いや、いつもというのは大袈裟かもしれないが、

人というのは悪い出来事のほうが

よく覚えてるものだ。

それはエリックも例外ではない。

 

自分自身の勘の悪さに辟易する。

 

(もしこれがFスピさんだったら、

ワールドアイテムだろうが真っ先に見せに

来てくれてるんだろうな…。)

 

 

いつも明るく、どんな時でも気持ちを

ぶれさせずに『ユグドラシル』を

楽しんでプレイしてたFスピとは対照的に、

たかがゲームの中のアイテム1つで

動揺してしまう自身に自己嫌悪しつつも、

残り少ない時間何をするかということに

脳味噌をフル回転させて考える。

 

 

しかし、どう考えても今更できることなど

ほとんど無いという答えに行き着く。

 

 

今から全速力で本拠地の入口に行けば、

ゲイルの《ワームホール》で

バザー会場まで移動し、広場に直行して

Fスピと合流できるかもしれないが、

 

あれだけの大勢のプレイヤーの中から

広場のどこにいるかもわからないFスピを

残り数分で探し出すというのは、

現実的に考えて不可能に近い。

 

Fスピのアバターは巨体なので

普通なら目立ちがちなのだが、

正直、あのくらいの大きさのプレイヤーは

『ユグドラシル』では珍しくなく、

背格好で探すのはあまり良策ではない。

 

《メッセージ/伝言》を使って呼び出すという

手もあるが、あんな形で別れておきながら

今更Fスピに動いてもらうのも忍びない。

 

(そもそも、Fスピさんだって残り僅かな

貴重な時間で仲間達と存分に楽しみたいと

思ってるんじゃないか?)

 

ネガティブな思案ばかりが心を埋めていく。

 

そんな思考の堂々巡りを繰り返すうちに

『ユグドラシル』の残り時間が遂に5分を切る。

 

 

時刻を確認したエリックは今までしていた

思考を放棄し、全てを諦めた。

 

 

──結局最後は一人か…。

そう思いながら、椅子に座り

一つ溜め息を吐く。

 

 

いや、実際はなんとなく覚悟してた最後だ。

 

だからなのか、エリックはとても落ち着いた

気分になっていた。

 

(別にいいじゃないか。Fスピさんとも

会えたし、こんな底辺プレイヤーが

最後の最後にワールドアイテムなんていう

御宝まで手に入れた。

よくよく考えれば、自分にとっちゃ

上出来な終わりじゃないか。)

 

そして、目を閉じ今までの『ユグドラシル』の

記憶を思い起こす。

 

 

色々なことがあった…。

 

友達と遊び回ってた時期、

Fスピや桜田と冒険した時期、

他のプレイヤーから逃げ隠れしてた時期、

そして、ギルドに引きこもってた時期。

 

今となっては、その全てが懐かしく感じる。

 

思えば、今日という最後の日まで

『ユグドラシル』続けてこれた最大の理由

 

それは、やっぱり楽しかったからだろう。

 

 

「そう、楽しかったんだよな…。」

エリックはそう小さく独り言を呟く。

 

そして目を開き、周りの空間を見渡すように

ゆっくりと頭と視線を動かす。

 

 

(結局、ここも誰にも見つからず仕舞いだったな

『ハイドアンドシーク』とはよく言ったもんだ。)

 

 

ギルド『ハイドアンドシーク』

 

前ギルド長・桜田ファミリアが発見するまで

人目に触れることの無かったダンジョン

『コボルトの洞窟』を本拠地としたギルド。

 

秘密基地をコンセプトとし、

その名の通り【かくれんぼ】をし続けた

そのギルドは、遂にギルドメンバー以外の

誰にも見つかることはなく

その役目を終えようとしていた。

 

 

エリックは『ハイドアンドシーク』に

入った頃のことを思い出す。

 

最初に桜田から連絡があった時は驚いたものだ。

 

「自分にぴったりな本拠地を見つけたから

エリックさんも入りましょ。」

と言われ、半ば強制的にメンバーに

入れてもらった記憶がある。

 

 

「桜田さんは自分にぴったりとか言ってたけど

どちらかというと、他のプレイヤーから

逃げ隠れしまくってる

俺にぴったりなギルドだよな。」

 

そんな自分が、さっきまで誰かと一緒に

過ごそうと躍起になってたなんて…。

 

エリックはそんな皮肉に笑う。

 

 

底辺の本拠地に、底辺のギルドマスター。

おまけに他に活動してるメンバーもなし。

 

 

「お似合いの最後か…。」

 

石造りの天井を見上げながらポツリと呟く。

 

 

残り時間はもう僅かだ。

あと20秒くらいだろうか?

 

(『ユグドラシル』も終わりか…。

次はどうしようか、Fスピさんの言うように

新しいネトゲでも始めてみるか?

なんか、良いゲームあったかなぁ?)

 

そんなことを思っているうちに

残り時間はあと5秒となる。

 

 

5………

 

4………

 

3………

 

2………

 

1………

 

 

 

視界がブラックアウトし

エリックの過ごした『ユグドラシル』は

終了する………。

 

 

 

……………………はずだった。

 

 

 

「ん?あれ?」

 

エリックは目を開ける。

 

 

そこにあったのは、見慣れた自分の部屋

………ではなく

 

見慣れた自らのギルド

『ハイドアンドシーク』の

石造りの部屋だった。

 

「なんだ?どうなってるんだ?」

エリックは思わず、椅子から立ち上がり

ぐるりと周りを見渡す。

 

やはり、ここは『コボルトの洞窟』

地下3階のブリーフィングルーム

兼アイテム格納庫だ。

 

「サービス終了したん…じゃないのか?」

 

 

『ユグドラシル』は終わらなかった。






とりあえず『ユグドラシル』編は
やっとのことで終了。

次からは遂に『異世界』編に入ります。

まだまだ様々な箇所に疎い部分があると思うので
指摘や誤字報告などもしていただけると
作者としては非常に助かります。


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第1章 新たな世界
『ユグドラシル』の先


記念すべき『異世界』編第1話

始まります~。






 

 

 

エリック・トレイ・フォアードは困惑していた。

 

彼がプレイしていたはずの

体感型無料RPG『ユグドラシル』は

本日午前0時をもって終了したはずだった。

 

最後の夜、街に繰り出した彼は

かつての仲間である『Fスピ』と再会し、

当時の思い出などを語らった後に別れ、

ほんの出来心で寄ったバザー会場で

『ワールドアイテム』を手に入れ、

その後本拠地に戻り、

最後の瞬間を迎えたのである。

 

 

だが、今彼の眼前にある光景は

石造りでできた体育館ほどある大部屋の中

 

そこは今までプレイしていた

『ユグドラシル』の中の世界に存在する、

自らがギルドマスターを務める

ギルド『ハイドアンドシーク』の

本拠地『コボルトの洞窟』地下3階にある

ブリーフィングルーム兼アイテム格納庫である。

 

 

本来であれば既にゲームは終了し、

ここには2度と来れないと思っていた。

 

しかし、ゲームは終了せず

自分はまだここにいる。

 

一体何故なのか?

その答えを彼は考え、ある結論を出す。

 

 

──運営がやらかした?

 

何らかの不具合がありイベント開始や

メンテナンス時間が前後するというのは、

よくある話だ。

 

おそらく、これもそういった

運営側の作業ミスか何かだろう。

 

辺りを見渡しながら

エリックはそう考えていた。

 

 

(まったく、どうして最後の最後に

やらかすかなあ…。

こっちはもう覚悟を決めて、

終わったつもりでいたのに………。)

 

エリックはそう思いながらも、

運営側に不具合を報せるべく

GMコールを試みる。

 

しかし、誰にも繋がらない。

 

(不具合の問い合わせの対応に

 追われてるのか?)

 

今度は何かしらの伝言メッセージが

来てないかを確認するため、

普段やっている動作でシステムコマンドを

起動させようとする。

 

 

「あれ?システムコマンドが出ない?」

 

普段なら出るはずのコマンドメニューが

どうやっても出せない。

 

幾度となく動作を繰り返してみるも

指が空を切るだけである。

強制終了コマンドなども試してみるが

結果は同じである。

 

「おいおい、完全にシステムが

ダウンしてるじゃないか…。」

 

エリックは落胆した。

 

 

困った話である。

ゲーム自体は続いているのに、

システム自体が利用できないんじゃ

どうやって自分がゲーム内に

取り残されてるのかを伝えればいいのか?

 

ふと気付けば、いつもなら画面端にあるはずの

アイコンやHP、MPバーも消えている。

完全にゲームシステムから

断絶されてしまったようだ。

 

 

仕方がないので、エリックは運営から

連絡が来るまでしばらく待つことにした。

 

 

しかし、なかなか連絡が来ない。

 

 

10分………。

 

 

20分………。

 

 

待てど暮らせど運営からの連絡は来ない。

 

「何やってんだよ~。こっちは明日も

仕事なんだぞー!何かしらのアクションくらい

してくれないと困るだろうに…。」

 

椅子に座り、貧乏ゆすりをしながら

エリックは苛立ちを露にする。

 

しかし、待っても待っても連絡は来ない。

 

このままでは埒が明かないと判断した

エリックは、自ら動く決心をし

椅子から立ち上がり、行動を開始する。

 

(おそらく街まで行けば他のプレイヤーも

いるはずだ。そこで情報を集めよう。

もしかしたら、Fスピさんも

まだいるかもしれない。)

 

そんなことを思いながら、

部屋の出口へと向かおうとする。

 

『コボルトの洞窟』の入口まで行けば

自身のNPCである『ゲイル』がいるはずだ。

街まではゲイルの《ワームホール》で

すぐに移動できるはず。

 

そう算段をするエリックの脳裏に

とある疑問が浮かぶ。

 

(待てよ、よく考えてみれば

魔法やスキルが、ちゃんと発動する

保証はどこにもないじゃないか)

 

一抹の不安を感じたエリックは

試しにその場で魔法を発動してみる。

 

《グレーター・クリエイト・マテリアル/

上位素材生成》

 

すると、エリックの手のひらの上に

光の粒が集まりだすと、何かの物体の形を

形成し始める。

 

光の粒子が物体を作り終えると、

エリックの手の上には

何かの金属らしき物が乗っていた。

 

──どうやら魔法は問題なく発動するみたいだ。

 

エリックは発動を確認すると、

今度は魔法を解除してみる。

すると金属は再び光の粒子に変わり、

粉々に砕け辺りに霧散するように消えた。

 

(よし、魔法が普通に使えるってことは

スキルもちゃんと発動するはずだ。)

 

そう確信したエリックは、

もうひとつ魔法を発動する。

 

《メッセージ/伝言》

 

対象者は街にいるであろうFスピだ。

もし、まだ街にいてくれてれば

先に互いの状況確認をして再び合流など

できれば、これ幸いと考えたからだ。

 

 

しかし、応答はない。

 

どうやら既に『ユグドラシル』内にはいないか、

通信自体が機能してない可能性もある。

 

街であればプレイヤーが多く集まるため

運営が最初に不具合の対処を行う

場所である確率が高い。

Fスピも既にログアウト対応をされた可能性が

高いと見て良いだろう。

 

こうしてはいられないと、

エリックも急いで街へと向かうべく、

出口へ歩み始める。

 

すると…

 

──いつもと感覚が違う?

 

体の動作に違和感を感じながらも

出口へ続く赤い絨毯の上を歩き続ける。

 

──なんだか、いつもより移動が

速くなってる気がする…。

 

おそらく画面アイコンなどが無くなったせいで

視界がスッキリして、普段と

変わって見えるのだろう。

 

ドラマやアニメのオープニングで

スタッフロールが消えたら、普段と違って

見えるのと同じような感じだ。

 

それに、既に『ユグドラシル』は

ゲームとしての機能を失っている。

移動速度が多少変化しててもおかしくはない。

 

エリックはそう思うことで自己解決する。

 

そして、あっという間に出口へたどり着く。

 

エリックが出口まで進むと、

鉄製の大きな扉がいつものように

自動的にゆっくりと開き出す。

 

(よかった。こういうギミックは

まだちゃんと作動してくれるんだな。)

 

エリックは安堵し、扉が開くのを待つ。

 

扉がゆっくりと開き、外の光が差し込み

エリックの目の前を白く染める。

ここまでもいつも通りだ。

 

しかし、エリックは気付く。

いつもと決定的に違うことが起こっているのを

 

 

──なんだ?これは……土の香り?

 

扉が開き、唐突に光と共に入ってきた

"匂い“にエリックは困惑する。

 

(え?なんで土の匂いがするんだ?

どうなってんだ、これ?)

 

体感型RPG『ユグドラシル』に

元々匂いを感じる機能はない。

 

多少の触感と痛覚はあれど、嗅覚に関しては

全く感じないのが普通なのだ。

 

確かに種族によっては『嗅覚センサー』などの

特殊能力をもつユニットも存在するが、

実際に匂いを感じる訳ではなく、

画面に直接索敵結果などを表示する仕組みに

なっていたはずなのだ。

 

しかし、今エリックは完全に匂いというものを

認識している。

現実世界では、ほとんど感じることのできない

畑の黒土の香りが鼻腔を通じて入ってくるのを

はっきりと感じるのだ。

 

「一体、何が………。」

 

開ききった扉の前で呆然と立ち尽くす。

 

目の前で巻き起こっている

明らかな異常事態にエリックは混乱する。

 

(何が起こった?何らかのバグか?

それとも新たな機能が追加された?

しかし、匂いなんてものをゲーム内で再現できる

なんて聞いたことないぞ?いや、そもそも

電脳法によって嗅覚や味覚を感じさせるのは

禁止されてるはず…。

まさか、犯罪めいた何かの計画とかに

巻き込まれたのか!?)

 

様々な疑念や仮説が頭の中を駆けめぐり、

目の前がグルグルと回転しだす。

情報を処理しきれないエリックは気分が悪くなり

思わずその場に片膝をついて座り込む。

 

(落ち着け!とにかく落ち着んだ!

状況を整理しろ!落ち着いて考えろ!)

 

心のなかで自分に言い聞かし、

必死に心を落ち着かせる。

 

そして頭をフル回転させ、

自信の現状の把握を試みる。

 

 

──考えられる要因はいくつかある。

 

まずは先程考えた通り、何かしらの犯罪に

巻き込まれた恐れがあることだ。

だが、これは可能性としては低いだろう。

 

なぜなら、『ユグドラシル』を造り出した

制作会社は世界的にもかなり巨大な会社であり、

犯罪などというリスキーな手口を使わずとも

余りある利益を出し、その気になれば

世界経済を牛耳ることもできるからである。

 

だとすると、考えられるもうひとつの理由は、

何かしらの軍事関係の実験プログラムに

誤って転送された可能性だ。

 

理由は単純であり、基本的に今回のような

今までできなかった新しい技術などは

一番最初に軍事または医療に使用されるからだ。

それに法改正さえすれば、それに追従して

いくらでも感覚機能の実装は可能だ。

それに先駆けたテストプレイだとすれば、

理由としてはもっとも納得ができる。

 

今のところ、この理由が考えられる

可能性としては一番濃厚だろう。

 

 

それと、もう1つの考えられる理由…

 

はっきり言って、これはあまりに

突拍子もない馬鹿げた話だ。

 

それは……。

 

 

自分の今までいた場所とは全く違う

『異世界』に飛ばされてしまった。

というものである。

 

可能性としては低いとかというよりも、

完全にファンタジーであり、

面倒事に巻き込まれたくないという思いからくる

現実逃避と言ってしまったほうが早い。

 

選択肢として頭の片隅に置くのも

恥ずかしいほどのことだ。

これは間違いなく、あり得ないと

言っていいだろう。

 

というか、普通に考えれば

あったら一番困る現象だ。

 

 

とにもかくにも、自分がここにいるべき

存在ではないことは確かだ。

 

なんとか、運営に気付いてもらい

この世界から脱出させてもらわないことには

自分の立場がどんどん悪くなるばかりだろう。

 

ともかく、当初の予定通り街に行こう。

街に行けば、何かしらの連絡手段はあるはずだ。

自分以外にも他に取り残された

プレイヤーもいるかもしれない。

 

エリックはそうやって頭の中を整理すると、

立ち上がり再び行動を開始した。

 

そして田園の一本道を突っ切るように

勢いよく走りだす。

 

 

──なんだこれは……?

凄まじいスピードだ。

 

両足があり得ない速度で動く。

 

燦々と太陽が照らす田園地帯を

まるで風になったかのように駆け抜ける

自身の有り様に驚きながらも、

速度を緩めず出口階段まで進む。

 

階段間近まで行くとエリックは勢いそのままに

階段をかけ上がり、2階へと続く蓋を

おもいっきり小突くように開ける。

 

バンッ!

 

という衝撃音とともに勢いよく蓋は開き

エリックは飛び出すような形で

地下2階の総合作業場に到着する。

 

例のごとく区画分けされた作業場の

NPCドワーフ達の視線が集中する

──いつもと違ってどよめきが

聞こえたような気がする──が、

それを無視して今度は部屋の

出口扉を目指し走り出す。

 

部屋のちょうど中心に置いてある

『エクスチェンジ・ボックス』の隣を

勢いよく横切り、出口である木製の扉まで

真っ直ぐに走り抜ける。

 

そして扉を開き、中にある上へと続く梯子を

掴み、今度は上に向かってできるだけ速く

登り始めようと腕に力を込め、

おもいっきり体を引っ張り上げる

 

すると…

 

「うおあっ!」

 

ピンポン玉が弾かれるが如く

エリックの体は上に向かって飛び上がり、

あまりの勢いに思わず声を漏らす。

 

一気に地下1階付近まで上昇し、その直後

再び体に戻った重力により、

一瞬下に転落しそうになりながらも

間一髪で梯子を掴み、冷や汗をかきながら

エリックはその場にぶら下がっていた。

 

(なんだ?体の制御が効かないぞ?)

 

まるで超人にでもなったかのような自身の

身体能力に困惑しながらも、エリックは

梯子を掴み再び上を目指し登りだす。

 

──明らかにおかしいことが山ほどあるが

今はそれどころじゃない。とっとと街に行って、

この不具合の正体を突き止めなきゃいけない。

 

街にさえ行けば全てが解決するはずだ、という

暗示にも似た決意を胸にどんどんと梯子を登り、

一気に最上部まで登りきる。

 

そして、天井に着いている取っ手を持つと、

地上への境目にある蓋を開け放つ。

 

「うわ!くせっ!なんだこの臭い!?」

 

蓋を開けた途端、鼻をつくキツい刺激臭に

エリックは思わず顔をしかめる。

 

──この臭いには覚えがある。

 

昔飼っていた犬の風呂に入れてない時期の

体臭を何倍にもしたような獣臭だ。

 

そう、ここはエリックのギルド

『ハイドアンドシーク』の拠点

『コボルトの洞窟』地上1階

つまり、元々は獣人コボルトのアジトである。

臭いの正体は彼らの生活臭ともいうべきものだ。

 

(こんなもん再現する意味あるのか?

はっきり言って迷惑以外の

なにものでもないじゃないか!)

 

心のなかで運営に対する恨み節を言いつつ、

地上に出たエリックは、鼻を押さえながら

出口へ向かう。

 

 

しかし、その行く手を阻むかのように

複数の影が通路に並んでいた。

 

「え?なんでお前らがここに……?」

 

思わず立ち尽くすエリックの前にいたもの

 

それは数十匹のコボルトの群れだった。

 

全員がこちらの方を向き、暗闇で目を光らせて

じっとエリックのことを見つめている。

 

──どうなっている?

 

本来スポーンモンスターであるはずの彼らは

敵が来ない限り通路上には発生しないはず、

しかも、もし敵が来ていたとしたら

全員出口に向かって迎撃しに行ってるはずなのに

何故ここにいるんだ?

 

まさか、もしかして………

 

「俺を敵と認識してる?」

 

そう感じたエリックはコボルト達を

少し警戒しながら考える。

 

もし、『ユグドラシル』がゲームとしての

機能を失っているとすれば、もはや自分には

ギルドマスターとしての権限ならびに

メンバーとしての権利が無くなってる

可能性がある。

つまり、今の自身は“侵入者”としてコボルト達に

認識されてる危険性がある。

 

正直、レベル10前後のコボルトに脅威を

感じるほどエリックも弱くははない。

ただ、今のメチャクチャな身体能力で

満足に戦えるかと言われると不安は大きい。

 

──こっちはとっとと出口に行きたいのに

 

一刻も早く先に進みたいエリックは

コボルトを無視して強行突破を

することを決める。

 

コボルトからの攻撃は受けるだろうが、

エリックには『上位物理回避Ⅲ』という

一定レベル以下のユニットからの攻撃を

自動で回避してくれるパッシブスキルを

所持してるため、おそらくコボルトから

ダメージを受ける危険性は低い。

それに、仮に攻撃が命中したところで

ダメージの数値はたかが知れているほどであろう

今はそんなことよりも急いで街に行かなくては

 

エリックはそう思い、真っ直ぐコボルトの

群れの中を突っ切ろうと歩みを進める。

しかし、コボルト達は攻撃してくるどころか

その場を微動だにせず、ただこちらを

見つめてくるばかりである。

 

意外な反応に動揺するエリックだが

そのまま止まるわけにもいかず、

仕方がないのでソロリとコボルト達の間を

分け入るように進入しようと試みる。

 

「ちょ、ちょっとどいてくれるかな?」

 

エリックがそう言いながら体を縦にして

コボルト達の群れの中に踏み入ろうとすると

突然コボルト達が一斉に動きだす。

 

「うわ!やっぱりくるのか!?」

 

エリックは急いで後退りし身構える。

 

ところが、エリックの目に飛び込んできたのは

思いもよらない光景だった。

 

「あれ?」

 

エリックは思わず呆気にとられる。

 

先程まで通路を塞いでいたコボルト達が

まるで軍隊のように洞窟の両サイドに

整列していたのだ。

 

(なんだ?どうなってるんだ?

なんで急に道を空けたんだ?)

 

綺麗に並ぶコボルトのラインの真ん中を

おそるおそる歩きだす。

 

(もしかして……俺がどいてくれ

、て言ったから?)

 

エリックの知っている『ユグドラシル』との

あまりに解離した出来事に再びエリックの

頭は混乱してくる。

 

(落ち着け落ち着け!とにかく街だ!

今は先に進むことだけ考えろ!)

 

エリックは自分に言い聞かせながら

コボルト達の間を早足で進んでく

 

少し歩くと出口の光が見えてきた。

 

(あともう少しだ!あと少しで街に行ける!

ゲイルを呼ばなくては…)

 

「ゲイル!ゲイルいるか!?

早くこっちに来てくれ!」

 

次々と自身に巻き起こる答えの見えない

厄介事の数々に対する苛立ちからか、

だいぶ強めに声が出てしまった。

 

システムコマンドが使えないので、

ゲイルの現在地はわからないが、

出口付近にいることを信じて

エリックは呼び掛け続ける。

 

「来てくれゲイル!おーい!いないのか!?」

 

なかなか姿を現さないゲイルに

焦れったくなったエリックは思わず

出口の光に向かって走り出す。

 

「おーい!ゲイルー!頼むから来てくれー!」

 

そう呼び掛けながら走り続けるエリックは、

遂に洞窟の出口から外に飛び出した。

 

「え………?」

 

目の前に広がる光景に思わず唖然とする。

 

暗闇から抜け出たエリックの前には

見たこともない原生林が鬱蒼と生い茂っていた。

 

「ど、どこだここ?一体どうして、

こんなとこに…。」

 

元々の『コボルトの洞窟』の周りには

確かに森林はあったのだが、

今目の前にある木々は、明らかに

エリックの知っている本拠地地帯の

森の木ではなかった。

 

(どこか別のワールドに飛ばされた?

だとすればどこに…?いや、今はそんなことより…)

 

エリックは思い出したかのように叫ぶ。

 

「ゲイルー!いないのかー!ゲイルー!」

 

しかし、ゲイルの姿は見当たらない。

 

(困った。ゲイルがいないと

移動のしようがない。

正直、ここがどこかというよりも

今はゲイルの居所が大事なのに……。

まさか、飛ばされた際に離ればなれに

なったとか!?)

 

エリックの心の中に不安と焦燥が入り交じる。

 

その時だった。

 

「エリック様、如何なされました?」

「え!?」

 

突如自分のことを背後から呼ぶ声に、

エリックは驚きを隠せず振り向く

 

しかし、エリックの向いた方向には誰もいない。

 

「え?だ、誰だ!?今俺を呼んだのは!?」

 

キョロキョロと辺りを見渡すが

どこにも誰の姿も見えない。

 

──もしかして、運営との通信が回復したのか?

今の声は運営側からの呼び掛けかな?

 

そう思い、再びGMコールを試してみる。

しかし、結果は同じで相変わらず繋がらない。

 

(なんだよ、全然繋がらないないじゃないか。

一体どうなって…)

 

「エリック様、どうかなされましたか?」

「うぉあい!!!」

 

再び背後から掛けられる声に

思わず飛び上がって叫ぶ。

 

「だ、誰だ!!」

 

身を翻して声の方向を睨み付ける。

 

しかし、そこにいたのは

地面に佇む緑の極彩色の羽毛をもつ

赤い瞳をした鳥・ゲイルだった。

 

「ゲ、ゲイル、お前、いつの間に

そんなところに……いや、今はそれより

俺を呼んだ声の主はどこに…?」

 

「エリック様も異変にお気付きになられて

ここまでお越しになっていただけたのですか?」

 

「え!?」

 

三度呼び掛けられたその声は

ゲイルの方向から聞こえてくるのに

エリックは気付く。

 

「エリック様、大変失礼ながらお顔の色が

芳しく見えませんが、どうかなさいましたか?」

 

「うえ!?喋ってる!?」

 

エリックに語りかけるその声の主

それはゲイルだった。

 

「エリック様、大丈夫でございますか?」

 

「ゲ、ゲイル!お前、喋れるのか!?」

 

「?、エリック様、大変申し訳ありませんが

それは一体どういう意味なのか、不出来な私に

教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

驚愕するエリックをよそに、

ゲイルは淡々とエリックに語りかける。

 

 

──どうなっているんだ……?

 

最早考える力さえ無くなってきた

エリックの頭の中が真っ白になっていく。

 

元来『ユグドラシル』にNPCが喋るという

機能はない。しかし、エリックの前にいる

ゲイルはちゃんと声を出して喋っている。

 

それが意味すること……。

 

エリックの頭の中の隅の隅にあった

1つの可能性が脳内にどんどんと広がっていく。

 

──まさか、そんなことは……。

 

 

エリック・トレイ・フォアードは

『異世界』に飛ばされた。

 

 







やっと転移まで書けました。

ここまで長かった。



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登場人物紹介
登場キャラクター解説


いっちょまえに登場人物紹介を作ってみました 笑

一応、本家オーバーロードの巻末キャラ紹介にできるだけ近づけてみたのですが…。
どうだろうか?



 

 

 

登場人物の設定

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

character No.?

 

エリック・トレイ・フォアード| 人間種

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

eric trey forward

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

稀代の敗北者

 

 

 

役職── ギルド『ハイドアンドシーク』

     2代目ギルドマスター。

 

住居── コボルトの洞窟。

 

属性(アライメント)── 中立──〔カルマ値:-50〕

 

種族レベル─ 人間種のため、種族レベルなし。

 

職業(クラス)レベル─シーフ───────────10Lv

      プリースト─────────10Lv

        ファーマシスト───────10 Lv

      冠絶者(ハイ・グレーダー)──────────5Lv

      永劫なる敗北者(エターナルルーザー)───────5Lv

      ほか

 

      〇職業レベル100

      取得合計100レベル

 

 

能力表〔最大値を100とした場合の割合〕

status

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

HP〔ヒットポイント〕  |60

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

MP〔マジックポイント〕 |55

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

物理攻撃        |40

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

物理防御        |50

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

素早さ         |70

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

魔法攻撃        |45

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

魔法防御        |55

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

総合耐性        |65

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

特殊          |60

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

ギルド『ハイドアンドシーク』の

現ギルドマスター。

基本的に戦うことが苦手なため、他のプレイヤーにくっついて行動する通称〔小判鮫戦法〕を用い

『ユグドラシル』で活動する。

ちなみに名前の由来は『ユグドラシル』開始当初高校生だった頃のエリックが好きだった

歌手、NBA選手、お笑いコンビの名前から

取ったものである。

 

 

クラス説明

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

冠絶者《ハイ・グレーダー》

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

エリックが修めている職業の中で唯一と

言っても過言ではない上級職。

人間種のみがなれるクラスであり、5つ以上の非戦闘職を全てレベル10以上にし、とあるレイドボスから手に入る転職アイテムを使うことでクラスチェンジできる。

全てのパラメーターの成長が他の上級職と遜色ない程の伸びを見せるうえ、上級の非戦闘職の魔法やスキルも覚えられるため、職人系のプレイヤーが目指す職業の1つである。

成長率はすこぶる良いが、上限レベルが最大5までしかないうえに非戦闘職を合計レベル50分も使ってしまうので、このクラスを修めたからといって戦闘専門職のステータスに勝ることはまずない。

存在の意味合いとしては非戦闘職のドン底のステータスを底上げするための、いわゆる『救済職』の1つである。

エリックはこのクラスを取得するためにFスピと桜田ファミリアに協力してもらい、おんぶにだっこ状態でレイドボスと戦い見事転職アイテムを手にいれた。

 

 

 

永劫なる敗北者《エターナルルーザー》

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

その名の通り、負け続けた者だけがなれる

選ばれし者(?)のクラスである。

取得条件は、PVPの敗北回数が100回以上

かつギルド戦 の敗北回数5回以上。

それに加えて、PVP勝利回数が敗北回数の

10分の1以下という厳しい(笑)選定条件を

クリアしなければ取得出来ない、文字通り敗北者の中の敗北者に与えられるクラスである。

クラス特性としては防御系の魔法やスキルを修得でき、ステータスも物理防御や魔法防御などがよく伸びる。

ちなみに取得条件がもっと簡単な『ルーザー』や『家無き子』などがあるが前提職というわけではないので修める必要はない。

仰々しい名前ではあるが上級職というわけではなく、どちらかというと特殊職の意味合いが強い。

ちなみに、過去にこの職業を取得したプレイヤーはエリックを含めて5人しかいない。

 

 

装備品の説明

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

完全なる復讐者《フル・リベンジャー》

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

エリックの持つ、唯一の

神器級アイテムの装備品。

鎖鎌の形をした武器であり、その名の通り全ての攻撃に対して自動でカウンター攻撃を仕掛けることができる。

これを装備することによって、エリックはひたすら逃げ回るだけで相手への反撃が可能になる。

ただし、自分以外をターゲッティングした範囲攻撃などに装備者が巻き込まれた場合には反撃は発動しない。

神器級の武器ではあるが、作成する際に使用するデータクリスタルの大半をカウンター機能を持たせることや攻撃範囲拡大、更に必中効果を付属することに使ってしまい、武器の威力そのものは下手をすると伝説級以下という状態になってしまっている。

 

 

 

魔法・スキルの説明

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

《グレーター・クリエイト・マテリアル/

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

上位素材生成》

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

その名の通り武器や防具やアイテム生成に

使用するための素材を産み出す魔法。

そのレア度に応じて消費MPが変動するが

『アダマンタイト』くらいまでのレアリティの

素材までなら生成可能。

造り出した素材はそのままだと時間経過で

消えてしまい『エクスチェンジ・ボックス』

などによる換金もできないが、クラフトマン系の

職業スキルなどで加工・合成などすることにより

装備や換金が可能になる。

『ユグドラシル』時代末期のエリックは

この魔法を用いてギルドの運用資金を稼いでいた。




武器の項目追加しました。
魔法・スキルの項目追加しました。

今後も追加、修正もしていくつもりです。


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外伝
ナザリック侵攻大作戦 その1


本編がなかなか進まなくてすいません。

今回は本編と同時進行で書いていた話です。

自分としても描いておきたい部分だったので、読んでいただけると幸いです。





体感型RPG『ユグドラシル』。

 

 

その中の世界の1つ『ヘルヘイム』にある

広大な沼地『グレンベラ沼地』。

 

元々はツヴェークと呼ばれるカエルの姿に酷似した高レベルモンスター達が根城にしていた領域であり、『ユグドラシル』の中でも難所の1つとされる場所であった。

 

 

そして、その中央にある

『ナザリック地下大墳墓』。

 

ここは現在、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の本拠地であり、『ユグドラシル』の世界でも数少ない最上位級の拠点地域でもある。

 

 

 

そこから少し離れた森の中の一角に

大勢のプレイヤーの姿があった。

 

 

それぞれが種族も性別も様々な面々が集まり、

仲間同士談笑する者達や念入りに装備品の確認をする者達、ある者達は互いに記念写真を撮りあっていたり、あるいはネットに生放送して上げてるのか実況中継をする者の姿まであった。

 

ガヤガヤと賑わいを見せるそのなかに、

とある3人の姿があった。

 

 

「いや~、ついにきましたね、この時が!」

 

「ずいぶん張り切ってますね、Fスピさん。」

 

「当たり前じゃないですか!あの『アインズ・ウール・ゴウン』をぶっ潰す時がきたんですよ!」

 

『Fスピ』と呼ばれた巨大な銀色のフルプレート姿のプレイヤーは、腕を振り大袈裟なリアクションをしながら意気込んで答える。

 

 

「エリックさんはワクワクしないんですか?

1ギルドの本拠地進攻に、これだけの人数が集まるのはそうそうあることじゃないですよ!」

 

「まあ、おっしゃる通りなんですけど、僕は特にそこまで張り切る理由も無いので…。」

 

『エリック』と呼ばれた黒いフード付きのマントを羽織った人型のプレイヤーは、Fスピとは対照的に少し緊張した様子が伺えた。

 

 

「なに言ってるんですか!ここでテンション上げてかないと、いざというときに尻込みしちゃいますよ!桜田さんを見てくださいよ!気合いでうち震えてますよ!」

 

Fスピはそう言って勢いよく指をさす。

その方向には赤いメタリックな鎧を着た──鎧というよりも全身に装着した装甲と呼んだ方が正しいと思われる──二足歩行の獣、すなわちコボルトの姿をした1人のプレイヤーが両手を握りしめ、うつむきながらブツブツと何かを呟いていた。

 

「あの、桜田さん。どうしたんですか?」

 

その異様な様子に不安を覚えたエリックが『桜田』と呼んだコボルトに話し掛けると、コボルトは急に声を上げた

 

「うおおおおおお!!!やぁあっってやるぜぇぇぇぇ!!!」

 

「うわ!びっくりした!」

 

あまりの勢いにエリックは後ろに飛び退くと、

その姿に気付いた桜田は照れくさそうに言った。

 

「あっ、エリックさん。すいません、ちょっと色々考えてて気合い入れたくなっちゃって」

 

「急にやめてくださいよー。心臓止まりかけたじゃないですかー」

 

「いや、本当にすいません。」

 

頭を下げて謝罪をする桜田にエリックは両手で、もう大丈夫とジェスチャーで答える。

 

 

「というか、なんでお二方ともそんなに気合い入ってるんですか?」

 

エリックは素朴な疑問を二人に投げかける。

 

「そりゃ~気合いも入りますよ。ねぇ、桜田さん?」

 

「ええ、ここは僕にとっての因縁の場所ですからね…。」

 

「因縁?」

 

エリックにとっては初耳の話だ。

桜田こと『桜田ファミリア』が『アインズ・ウール・ゴウン』と何かしらの関係があるなんて今まで聞いたこともなかった。

 

 

「桜田さんて、もしかして過去に『アインズ・ウール・ゴウン』に何かされたんですか?」

 

エリックは当然の疑問を桜田にぶつける。

すると桜田は少しうつむきながら語り始めた。

 

「いえ、僕が直接『アインズ・ウール・ゴウン』に何かされたわけでは無いんですよ。問題は彼らがこの『ナザリック地下大墳墓』を本拠地にしてる、てことなんですよ。」

 

「?」

 

イマイチ話の真意が掴めないエリックに対し、桜田は語り続ける。

 

 

「僕もね、実は昔ここの沼地のことを調べていた時期があるんですよ。まだ発見されてないダンジョンがあるんじゃないか、て」

 

「へえー、そうだったんですか。」

 

意外な事実にエリックは少し驚くが、桜田は構わず話を進める。

 

「もうちょっとだったのに…。あとちょっとで僕が『ナザリック地下墳墓』の所有者だったのに…。」

 

「え!?」

 

感傷的になっている様子の桜田とそれに対しウンウンと頷きながら同意するFスピ。それに対し驚きを隠せないエリックは思わず質問をしてしまう。

 

「え?桜田さんが『ナザリック地下大墳墓』の所有者ってどういうことですか?」

 

「見つけたんですよ、僕は!!あの時『ナザリック地下墳墓』を!!でも、あのカエルどものせいで!それ以上先に進むことができなかったんですよ!ちくしょー!!あのクソガエルどもめ!!次から次へと仲間を呼びやがって!」

 

 

当時のことを思い出し、感情を燃え立たせる桜田と先程と同じように頷くFスピに、疑問を感じたエリックは三たび質問をする。

 

「あの…それって桜田さんだけじゃなく、他のプレイヤーにも言えることじゃないですか?」

 

「え?」

 

エリックの至極冷静な意見に、思わず桜田が聞き返す。

 

 

「だって、当時からグレンベラ沼地には何かしらあるんじゃないかと噂になってましたよね?おそらく桜田だけじゃなく、他のプレイヤーもその前から調査はしていたと思う…」

 

「違いますよ!!絶対あの時は僕が一番あの場所に近付いてたんですよ!間違いなく!!ええ、間違いなく!!」

 

エリックの言葉を遮るように桜田は号砲のごとく言い放った。

 

「それなのに…僕が今度こそと、ナザリック攻略の準備を進めてる僅かな間に、奴らに奪われたんですよ!この悔しさがわかりますか!?」

 

「いや、なんていうか…すいません。」

 

すごい剣幕で言っているであろう──『ユグドラシル』には表情が変わる機能が無いのでおそらくだが──桜田の勢いに押され、エリックは思わず謝ってしまう。

 

桜田ファミリアという人物は、普段は温厚で人当たりの良い人柄なのだが、時としてこだわりの強いものに対してはこのように感情を昂らせることがあった。

 

こういう時に正論は禁物だ。

エリックはとりあえず桜田の話を聞くことに徹することに決めた。

 

桜田は少し声を落とし話を進める。

 

「いや、僕もエリックさんの言ってることはもっともだと思いますよ。僕だってわかってたんですよ、自分が見つけられたなら他に見つけられる奴だって必ずいる、ていうことを…。」

 

先程とは打って変わって、

やたらトーンダウンする桜田

しかし、それもつかの間であった。

 

「でもね!だからと言って全てに納得して諦められるわけないじゃないですか!目の前で獲物をかっ拐われて、悔しくないわけないじゃないですか!」

 

再びヒートアップした桜田を前に、エリックは余計なことは言うまいと黙って頷く。

 

「だからこそ、今日という日は僕にとっては特別な日なんですよ!奴らに、『アインズ・ウール・ゴウン』に復讐する為のね!!」

 

思いの丈をぶつける桜田に対し

なんて身勝手な意見だ、と心の中で思いながらもエリックは桜田に同調するようにウンウンと頷く。

 

すると横からFスピが桜田の方へ進んで行くと

桜田の肩に手を回しながら言った

 

「いや~桜田さん、いいっすね~!その勢いで頼みますよ~!俺らの力、『アインズ・ウール・ゴウン』の奴らに見せつけてやりましょう!」

 

「当たり前ですよ!僕はね『ナザリック地下大墳墓』に着いたら、こう言ってやるって決めてるんですよ! "ナザリックよ、私は帰ってきた!!“ 、てね!」

 

「もしかしてそれ、また大昔の何かのロボットアニメの台詞ですかぁ~?」

 

「ええ、そうですよ!これは僕の尊敬するとあるキャラの台詞で…」

 

そんな感じでFスピと桜田が会話に盛り上がってるのを横目に、エリックはやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。

 

Fスピも桜田もエリックよりひとまわり程歳上なのだが、こういった言動や行動から、あまり目上という感覚を感じたことがない。

時折、自分が一番まともなんじゃないかと思うこともあるくらいだ。

 

ただ、そんな彼らと一緒に行動することには全く抵抗がなく、むしろ楽しんでいる自分がいる。

 

(自分も将来、あんな大人になるんだろうか…。)

 

そんなことを思うと、エリックの背筋にゾワッとした感覚が走る。

 

その感覚を振り払うようにエリックは、桜田と一緒にはしゃぐFスピに質問を投げ掛ける。

 

「そういえば、桜田さんの張り切る理由はわかりましたけど、Fスピさんの理由ってなんなんですか?」

 

不意に質問を受けたFスピは一瞬止まりながら、エリックの方へ顔を向ける

 

「え?俺ですか?俺はというと…」

「はーーい、皆さーん!聞いてくださーい!」

 

Fスピがちょうど理由を言いかけた時に突如、その場にいる全員に聞こえるように誰かの声が響いた。

 

エリックはその声の方向へ目をやると、

1つの大きな岩の上に、拡声器のような──おそらくマジックアイテムの一種だろう──物を持った青い全身鎧を着たプレイヤーが立っていた。

わざわざ、ここにいる全員に呼びかけるということは、おそらく討伐部隊の主要メンバーの1人だろう。

 

 

「この度はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』討伐の為の集まりに参加して頂き、まことにありがとうございまーす!」

 

そう青い鎧のプレイヤーが挨拶すると、ところどころ周りからパチパチと拍手をする音や、「いいぞー」「待ってました!」といった歓声が聞こえる。

 

青い鎧のプレイヤーは会釈をしながら、それに答えると再び拡声器を口にあてる。

 

「これから皆さんには事前に説明したように、『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバーがいる『ナザリック地下大墳墓』に攻め込んでもらいまーす。作戦の程は、既に聞いていると思いますが…」

 

(えっ?作戦?)

 

思いがけない言葉に、エリックは耳を疑う。

 

(作戦ってなんだ?何も聞いてないぞ!?)

 

「え、あの、ちょ、ちょと…」

 

なんとか話を止めようとして、しどろもどろになるエリックの横からFスピが勢いよく手を挙げ叫ぶ

 

「ハイハイハーイ!!俺ら作戦とか全く聞いてないんですけどー!!」

 

その言葉に後から同調するように周りからも

「俺らも聞いてないぞー」

「こっちも聞いてなーい」

 

といった声があがった。

 

こういうときのFスピには、よく助けられる。

エリックは心からそう思った。

 

 

急に出た異論に対し青い鎧のプレイヤーは手で制しながらこう言う。

 

「作戦については伝えられてないプレイヤーの皆さんに関しては、ほぼ自由行動となります。つまり、やりたいようにやっていただいて結構ということでーす。」

 

 

なんだ、その雑な指令は。

 

そんなことを思いながらエリックは腕を組みながら再び聞く姿勢に戻る。

 

「えーと…少し中断してしまいましたが、説明の続きをしたいと思います。」

 

そう言って青い鎧のプレイヤーは再び話を進める。

 

 

そして……。

 

 

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

「あーあ、なーんか雑な扱いですねー、俺ら」

 

「仕方ないですよ。所詮傭兵プレイヤーの中でも余り者みたいな存在ですし、僕ら」

 

待遇の悪さに不満を見せるFスピに対し、エリックは諭すように答える。

 

青い鎧のプレイヤーの10分程度の簡単なブリーフィングが終わり、プレイヤー達は出撃に向け各々最終調整を行っていた。

 

 

エリック達も装備品やアイテムの確認、ならびに攻略ルートの選択をしていた。

 

すると向こうから再び青い鎧のプレイヤーの声が聞こえてきた。

 

「皆さーん、そろそろ先遣隊が出発しまーす!皆さんも、そのあとに続いてもらうので準備が終わってない方々はお急ぎ願いまーす。」

 

「おっ!ついに始まるみたいですね~!」

 

 

 

始まりの合図を待ち、張り切るFスピ。

いきり立つ桜田。

そして、少し不安げなエリック。

 

彼らを含めた総勢1500人以上の、

『ナザリック地下大墳墓』攻略作戦が始まる。




こちらは不定期更新になりそうです。




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