meet again (海砂)
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meet again
起床


「見知らぬ、天井だ……」

 

 眼前の木天井を見てそう呟きながら、俺はゆっくりと起き上がった。最近の若い生徒には、この台詞の元ネタわかんねーだろな、などと考えながら。

 まだ少し寝ぼけている頭を振ると、俺はここがどんな場所かとりあえず把握しようと努めることにした。少なくとも、俺の部屋じゃない事だけは確かだ。

 小さなロッジだかログハウスだか、そんな建物の中。殺風景な部屋の中には日用品らしきものはほとんど無く、俺の横たわっていたベッドのほかに、二台のベッドが置かれていた。……ベッドというにもお粗末な、木製の木箱と毛布だけなのだが。

 二台のベッドではそれぞれ、十歳ほどの少年と少女が寝息を立てていた。少女はキャミソールのようなものを着ている。俺がロリコンだったら速攻いただく程度には可愛い。だがそんな趣味は無い。断じて、無い。

 少年は……毛布が邪魔で良くわからないが、これは野球か何かのユニフォームか? キャップをかぶり、木製のバットを大事そうに抱えて眠っている。

 室内にこれといって目立つものは他に無かったので、窓の外を見た。視力が悪いので目を細めながら見たそこは、少なくとも日本ではなかった。見たことも無い鳥が飛び、見たことも無い木々が生い茂る。……ここは、森の中か。何故俺はこんなところにいる?

 

 子供達はまだ目を覚ます様子が無い。そっと一人で出て行って、状況だけでも把握しておくか……。

 

 俺は入り口のドアノブに手を伸ばす。そして、愕然とした。

 手が、小さい。

 慌てて全身を見た。腕も、足も、体も細くて小さい。ついでに言えばドアノブの位置も微妙に高い。これは……どう考えても、自分が縮んだか、あるいは若返ったか、だ。

 服装は、寝る前に着ていたTシャツと緩めのジーンズ……が、一緒に小さくなっている。やはり縮んだのか……?

 

 その時、外から肉食系のヤバ気な獣(想像)の咆哮が聞こえる。

 自慢じゃないが俺はチキンでヘタレで臆病者の小市民だ。

 あとの二人が目覚めるまで、とりあえず待つことにした。

 

 

「見知らぬ天井……」

 

 そう呟いて、少女がむくりと起き上がった。こいつは間違いなく同世代もしくはそれ以上、少なくとも話は通じるぜ!! つい無意味なガッツポーズをとる。そんな俺に向かって彼女は言った。

 

「坊や、ここはどこ?」

 

 ……落ち込んではいけない。今の俺は確かに『坊や』と呼ばれてもおかしくない。けれど見た目は子供、頭脳は大人! 少なくとも死亡フラグのような縁起の悪い呼び方だけはよしてくれアズナブル大尉っ!

 

「あれ、私も子供だ……夢? にしてはリアルだなぁ」

 

 俺が凹んでいる間に、彼女も現状を把握したらしい。……おや、彼女の頭から、何か蒸気のような細い煙のようなものが出ている。

 

「それ、何?」

 

 そう言って俺はその得体の知れないモノを指差した。少女は自分を振り返りながら、しきりに不思議がっている。

 

「別に何もないけど……?」

 

 どうやら俺にしか見えないらしい。もしくは、俺が幻でも見てるのか。目を細めてみると、自分の体にもその蒸気のようなものが少しだけ纏わり付いている。

 

 ……なんか、ものすごーく嫌な予感がした。気のせいだと思いたい。

 自分の右手を拳に握り、そこに全身の血を集めて送るようにイメージしてみる。すると、俺の体の周りにあった煙が薄くなり、拳の蒸気は明らかに増えている。イメージすることをやめたら、それは霧散して俺の体の周囲へと戻っていった。

 いや、まさか……な、そんなはずはない。

 

「何してんの?」

 

「いや、なんでもない」

 

 俺は不審な動きを慌てて適当にごまかした。

 

「それより君は、なんていう名前なんだ?」

 

「私? 私は……」

 

 沈黙、続いて『え』だの『そんな』だの小さな呟きが聞こえ、見る見るうちに彼女の顔が青ざめていく。

 

「どうした?」

 

「名前……覚えて、ない」

 

 それは……記憶喪失、か? だとすれば、一体どうして。

 

「ああ、じゃあ俺が先に名乗るよ。俺の名前は……」

 

 

 多分、今の俺は彼女に負けず劣らず顔面蒼白になっていることだろう。俺の名は……何だ?

 ちょっと待て、俺は記憶喪失なんかじゃないぞ? 二十五歳独身、高校の非常勤講師で何とか食いつないでいるヘタレセンセーだ。生徒におちょくられるのが日課だ! 試験の出題範囲を教える時に具体的に出す問題とその答えまで口を割らされたくらいヘタレだ! 非常勤で入った時、教師(の一部)がボーナスすら無い時給制のバイトみたいなもんだと知って絶望に打ちひしがれたのは三年前だ。今住んでるボロいワンルームの家賃が水道光熱費コミで六万と知って即決したのも三年前だ。内装に手が入って無くても問題ない。壁紙が破れてたって生活に支障は無いのだ。

 

「あの……」

 

 ……落ち着け、俺。ここは明らかに俺のワンルームじゃない。確かに木造モルタル二階建てだが壁まで木造ってことはなかったし、ここにはささやかなガスレンジも水道もない。ていうかそもそも俺の部屋にベッドを三台も置く余裕なんて無い。入れたら他のものが置けなくなるせつない六畳半だ。

 

「すんません……」

 

 ささやくような声は、テンパっている俺達の耳には届かない。

 

「何で!? 何で私名前わかんないのっ!? 今日起きたら今度こそ絶対告白するって決めてたのに! ここ何処!?」

 

 告白……ほほう、片思いか。俺は振られたばっかりなんだぜ……じゃなくて、ここは何処……

 

「オレも話に混ぜてほしいッス!」

 

 大声で叫ばれて、二人して同時にその方向を見る。どうやらもう一人も起きたようだった。

 

 

 

「まずは俺達の置かれた状況を整理しよう」

 

「はい」「はい」

 

 二人とも素直に頷く。いい子だ。俺の教え子もこんなのばっかならラクだったのにな……。

 

 まず最初に、全員が同じところ(というのも変な話だが、前の世界)からやってきたことを確認しあった。全員が日本に住んでいたらしい。ていうかその位、日本語が通じた時点で気付かなかった自分の浅はかさにちょっと凹む。……この世界の公用語って何だろう。

 

「じゃあ次は自己紹介だ。申し訳ないが覚えてる限りのことを話して欲しい。最初は、俺からしようか」

 

 自分の寝ていたベッドの枕元に黒縁の眼鏡が置いてあったので、それを着けてみた。度が合っているらしく、視界がクリアになる。少女はそれなりに可愛いし、少年は負けん気の強そうな顔をしている。自分の顔はわからない、鏡がないからな。

 

「名前は覚えてない。年齢、25歳。職業、高校教師」

 

「教師!?」

 

 二人が同時に声を上げた。なんだ、そんなに珍しい職業でもないだろう。

 

「何か問題でも?」

 

「あ、いや……ぐーぜんっつかなんつーか、オレ、高校生なんです」

 

「私も……」

 

 成程、俺だけが成人しているということか、中身が。つーか同世代じゃねーのかよ少女! そんな俺のorzな心境はおくびにも出さずに話を進めよう。

 

「えーと……続けていいか?」

 

「はい」

 

 二人の返事はシンクロ率100%。ああ、俺の教え子も(ry

 

 

 三人の結果をまとめるとこんな感じだ。

 最後に起きた少年が自分の名前を『蹴る人』と書いてシュートだと覚えている以外は、三人とも自分自身を含めてほぼ全ての人名を忘れている。歴史上の人物とか有名人ならわかるけど、自分の身近にいた家族や友人の名前や顔はまったく思い出せない。

 以前住んでいた所も、日本だということ以外はわからず(それも知ってる歴史人物とかから推測しただけだ)ここにきた理由もまったくもって不明。

 他にも、それぞれ欠落した記憶があるようだが、幸い意思の疎通に困るほどの記憶障害ではないようだ。

 服装は、俺の場合は就寝時の格好だったが二人は違う。理由はそれぞれのものだった。

 翌日に乙女の大イベント『告白』を控えていた少女は、その時に着る予定だったらしいピンクのふわふわしたワンピース。……この場の雰囲気には、ひじょーに不似合いだといわざるを得ない。一人だけ浮いている。

 そしてシュートも別の意味で浮いている。単純に、高校球児だったらしい。ユニフォームに帽子、バットと数個のボールを抱えていた。練習用なのか高校名などは書かれてないが、背中の数字『1』がどうにも気になるぞ。さてはエースか。つーかシュートなのに野球なのか、親が泣いてるぞ、きっと。

 

 

「……名前がいるな」

 

 何をするにしても、とりあえず味方を識別するのがまず先決だ。「おい」とか「お前」で通じるのは30年連れ添った夫婦くらいのもんで、初対面の俺らにゃ使えない。使えたら怖い。

 

「あー。オレ以外覚えてないっスもんね」

 

 その時、俺をじっと見つめていた少女が突然俺の顔を指差して一言、言った。

 

「ウイング。決定」

 

 何故。

 

「二人とも、HUNTER×HUNTERっていうマンガ、知らない?」

 

「知っているが、何故そうなる」

 

 本誌でしか読んでないからよく覚えてないが、そんなキャラ、いたか?

 

「オレは野球ばっかやってたんで、その辺はあんまり……名前くらいは聞いたことあるけど」

 

「えっとね、天空闘技場でゴン達に念を教えてくれた人。黒髪で寝癖ついててメガネかけてて……」

 

 言われてみればそんなキャラがいたような気もするが、なんせ冨樫なので記憶は曖昧だ。一体何年前の話だ。

 

「で、俺がそいつに似てる、と?」

 

「もーなんつーか、そのまんまちっちゃくした感じです」

 

 まあ、特に不便もないしそれでいいか……思った後、頭の片隅で何か不吉な予感がした。さっきと同じだ。何が一体引っかかったのか……『ハンター×ハンター』……

 

「ああっ!!」

 

 俺の声に二人が驚く。だが一番驚いてるのは多分俺だ、間違いない。

 

「ど、どうしたんスか?」

 

「俺は念が使える……っぽい」

 

 今度は少女が驚きの声を上げる。そりゃそうだ、オレだってビックリだ。

 

 あんまり覚えてないけど『練』を試してみる。こう、全身の毛が逆立つような感じっていうか、スーパーサイヤ人とかそんな感じのイメージで。ついでに二人をイヤミな学年主任だと思うことにしよう。おお、怒りがこみ上げてきたぞ。

 少し時間がかかったが、練ったそれをゆっくりと広げてゆき、俺の体から発している煙がじわりと二人の元へ届く。瞬間、シュートは後ろに飛びずさり、少女はガタガタと震えながら眉をひそめた。

 

「何なんスか、この嫌な感じ……」

 

「……10歳でもウイング……」

 

 力を抜く。どうやら俺のオーラ総量はあまりないようだ。全身にずっしりとした疲労感を覚える。……たったこれだけのことで。

 

「多分、二人はまだ念を覚えていないんだろう。ていうか、何で俺が使えるのかもよくわからん」

 

 シュートが微妙に俺を警戒しながら、元いた位置に戻る。少女はまだ震えていた。

 

「念が使えるってことは、ここはH×Hの世界なのかな……?」

 

 いや、そう考えるのは早計だ。これは念じゃないかもしれないし、TVでハンドなパワーを見せ付けられるたびに俺は奴らを念能力者じゃないかと疑ったりもした。つまり元の世界に念が存在する可能性もある。

 といったことをかいつまんで説明したら、二人同時に「ハンドパワーって何ですか?」と聞かれた。鬱だ。畜生、こいつがジェネレーションギャップって奴か。

 

「じゃあ、とりあえず外に出てここがどこか確かめるのが先決っスね!」

 

 そういって同時に立ち上がるシュートの襟首を少女ががっしと掴んだ。うわっ見事に絞まったぞアレ。死んだか?

 

「闇雲に外に出るのは危ないと思うの、日本でないのなら特に。どんな危険が潜んでるかわかったもんじゃないし」

 

 慎重論。さっきの獣の咆哮のコトとかもあるし、確かに今はまだここにいた方が安全かもしれない。

 

「だが、ずっとここにいても食料も水もないし、早いうちに出なきゃならんだろう。俺の念があればただの獣相手ならとりあえず大丈夫だろうしな」

 

 シュートが気絶している間にサクサクと話を進める。っつかマジで死んでないだろうなコイツ。

 

「……じゃあ、シュートの目が覚めたら出発するってことで、いいか?」

 

「その前に私の精孔を開いてください」

 

 は。何を言いやがりますかこのオジョーさんは。つか精孔ってなんだっけ……?

 

「私後ろ向くんで、私の背中に手をついて『練』をして、オーラを送り込んでください。それで開くはずですから」

 

 ……これって、確かものすごく危険なことじゃなかったか? 失敗したら死ぬとか、死ぬとか、死ぬとか。

 

「私は一刻も早く元の世界に帰りたいんです。そのためなら多少の危険なんてどうってことないです」

 

 いや、多少かコレ? 度胸があるのは認めるが、念を覚えたからって元の世界に帰れるとは限らないのではと言ったら殴られた。乙女の恋心は強化系よりタチが悪い。

 

「それに私には原作の知識があるから、そう簡単に死んだりぶっ倒れたりはしないと思います。ウイングさんが私を殺す気か、手加減ナシにオーラを送り込んでこない限りは」

 

 そういって無邪気に笑う。念じゃなかったらどうする気だとか、俺がミスったらどうするんだとか、言いたいことは沢山あるけど最終的に少女の健気さに心打たれた俺は精孔を開くことにした。うん、ごめん嘘。この子の目が怖かったんです。やらなきゃ殺られる、そんな感じでした。ボクまだ死にたくアリマセン。

 

「じゃあ……死んでも恨みっこナシってことで……」

 

 オーラを練る。膨れ上がる。少女の無防備な背中に手を当てる。……送り込む!

 

 すぐに纏をマスター出来なかった少女はオーラを出し尽くして倒れ、目覚めるまでに三日を要した。その間に俺とシュートは出来るだけ小屋から離れないように留意しつつ、とりあえずは二人で水と食料を確保する。

 

 シュートのピッチングコントロールはそれはもう見事なもので、その辺に落ちてる小石でウサギやら鳥やらを次々と気絶させていく。

 ……もしかして、三人の中では俺が一番いらない子? 泣いても、いいかなぁ。



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逃避

 拳大の石を木に向かって放る。悲鳴が聞こえ、ハトとキジを足したような変な鳥が落ちてくる。拾い上げてウイングさんに手渡す。次の獲物を探す。今日、これで何度目だろう。

 後ろから獲物を抱えてついてくるウイングさんが何かブツブツ言っているが聞こえない。表情がすごく暗い。何かあったんだろうか。

 

 目を覚ました時、オレは見知らぬ場所にいた。もちろん驚いたけど、それ以上に安心した。

 一緒にいたウイングさんと少女(名前は彼女が目覚めてからつけるらしい)と、覚えていることについてお互いに話したけど、オレには言っていないことがある。ただ、野球が好きで甲子園を目指している、とだけは言ったけれど。

 

 オレは、小さな頃から野球が好きだった。両親はサッカー選手にしたかったらしいが、駄々をこねて少年野球のチームに入った。

 すでに二人とも引退しているが父親がプロのサッカー選手、母親がバスケの実業団選手だったこともあり、体格や運動神経には恵まれた。四年生で、エースで四番。チームメイトに恵まれず大きな大会で勝ち進むことはできなかったが、スカウトの目には留まる。

 私立中学に特待で進学。一年の冬にはエースになっていた。二年の春には四番打者になっていた。

 そして高校一年の春、オレは甲子園常連の名門校に入学する。そこにもオレのライバルはいなかった。

 夏の大会の時にはすでにエースナンバーを背負い、盗塁も出来る四番打者としてそこそこ名をはせていた。そして、県大会の決勝。これに勝てば甲子園、という場面の9回裏。オレ一人、四死球ボークエラーの連発でサヨナラ負けを喫した。

 周囲の視線が冷たくなる。けれども人間一度くらい失敗すると、チームメイトは慰めてくれた。

 

 その後、春の選抜、二年の夏の大会、いずれもオレは県大会の決勝で同様の失策を犯して負けた。甲子園の常連校が二年連続で県大会落ち。しかもその責任の大半はオレ。……もう、オレを庇う者はいなくなっていた。

 オレ以上に優れた投手はチームにはおらず、『県大会決勝』以外では充分すぎるほどの活躍を見せていた。そのため、エースナンバーを剥奪されることもなく、学校をクビになることもなかった。けれど、毎日は針のむしろだった。まるで、野球の出来ないオレは虫けら以下だとでも言うように。

 それを振り切るために、自分に自信をつけるために、必死で日々の練習をこなしていった。そして三年、最後の夏。いつものように予選は快調に勝ち進み、明日が県大会の決勝。

 

 どうしようもなく怖かった。また、前と同じことを繰り返すんじゃないかと。そうしたら、今度こそ見捨てられる。両親とも約束していた。一度も甲子園に行くことが出来なかったら、野球をやめる、と。そんなことは耐えられない。野球はすでに、オレの生きがいであり、命そのものであったから。

 

 前日の夜、監督に早目に休むよう指示されていたけれど、オレは夜遅くまで、プロ野球中継の録画を見ていた。尊敬する選手達が、何万人という観衆の中でどうやって己を保ちプレイしているのかを、知りたかった。

 眠れないと思いつつも、ベッドに入る。9回の悪夢がまるで今現実に起こっているかのようにオレに襲い掛かってくる。

 

 オレが悪いんじゃない! オレがいなければ決勝に勝ち進むのも容易じゃなかったはずだ!

 

 けれど実際に自分でやらかした過去がオレを追い詰める。不安で、不安で、不安で、不安で、逃げ出したかった。

 無理に目を閉じて、何とか寝ようと試みる。眠れなくても寝なくちゃいけない。少なくとも監督は、8回まではオレに投げさせるだろう。少しでも、休息を……。

 

 

 そして、目覚めるとあの場所にいた。

 ああ、これでもう、決勝戦で投げなくてすむ……。

 

 

「おーい、もうそろそろいいと思うぞー」

 

 ウイングさんに声をかけられて、はっと我に返った。無我夢中で石を投げていたのか、ウイングさんは大量の獲物を抱えてフラフラしている。あわてて半分を受け取った。

 

「いやー、さすがエース。見事なピッチングだな。ほとんど百発百中じゃね? お前、元の世界に戻ってもこれで食っていけるよ。今のうちにサインもらっておくかなあ」

 

 ウイングさんが好意的に言ってくれているのはわかってる。けれど、その言葉にオレの胸は痛む。曖昧に笑って、最初に寝ていた小屋へと向かった。オレは今、ちゃんと笑えてただろうか。

 

 小屋に獲物を置いて、今度は水を汲みに出かける。川が近くにあったのと、小屋に桶がいくつか置いてあったのが幸いした。

 

「お前、体力もハンパないよなぁ。やっぱスポーツやってると違うんだろうな。俺も何かはじめるかな……って、その前に現状を何とかしなくちゃいけないけどな」

 

 ウイングさんが必死で桶ひとつを抱えている横で、オレは楽に二つを抱えている。体は小さくなったけど、身体能力はそのまま残っているみたいだ。

 

「念ってのを使ったら軽々と持てるんじゃないスか?」

 

「ばか言え、俺の容量なんて微々たるもんだ。小屋にたどり着く前にぶっ倒れちまうよ」

 

 オレにはオーラが見えないから、そういったことはよくわからない。でも、この世界で安全に生きていくためには念とかいうものを覚えたほうがよさそうだ。

 

「ウイングさん……小屋に戻ったら、あの子にやったのと同じこと、オレにもしてください」

 

 後ろから大きなため息が聞こえた。

 

「そうくるんじゃないかとは思ってたけどなぁ……お前は原作を知らないからアレだけど、命にかかわるくらいヤバいことなんだぞ?」

 

「わかってるッス、多分」

 

 彼女が危険を承知でそれをやったということは、きっと必要なことなんだろうと思う。それに、オレだけが何も知らない、見えない、というのも少し悔しい。

 

「わかってないと思うけどなぁ……ま、俺もなんとなくコツは掴んだし、死ぬことはないだろ。どうせあのお嬢ちゃんもしばらくは起きれないだろうしな」

 

 小屋に着く。彼女はまだ、死んでいるように眠ったままだ。そして入口を入ってすぐ脇の壁に寄りかかっているウイングさんも、何だかちょっと死にそうになっている。

 

「ちょ……俺が、息、整えてからな。コントロール、できなかったら、やばいし」

 

「はい」

 

 彼が休んでいる間、オレは日課の腕立て伏せ・腹筋・背筋・スクワット各千回をこなす。すっかり習慣になってしまって、やらないと落ち着かない。

 

「ええい、連邦軍の新型は化け物か!」

 

 ウイングさんがよくわからないことを言っているけど、とりあえず休息は終わったようだ。

 

「それじゃあ、よろしくお願いするっス」

 

 彼の言うとおりに、ユニフォームの上を脱いで背中を見せる。アンダーは着たままでもいいらしい。

 

「見せてもらおうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを」

 

 やっぱりウイングさんの言うことはよくわからない。けど、背中に押し当てられた熱は本物だ。……少し、気分が悪い。

 

 一気に何かがオレの中に流れ込んできた。そして体全体が熱くなって、全身から煙がほとばしる。

 

「ゆっくりでいい、その煙が自分の周囲にとどまるようにイメージしてみろ」

 

 それを聞いて、オレは目を閉じて両腕をだらりと下ろした。体から熱が出て行く感触が、少し薄まっていく。気分の悪さはいつの間にか消え去っていた。

 

「……おいおい、俺はお嬢ちゃんの台詞をそのまま伝えただけだぜ? あっさりクリアかよ」

 

 目を開けると、オレは薄い煙に包まれていた。そして、ウイングさんの周りにも同じようなものが見える。

 

「これが『オーラ』ですか」

 

「多分、な。その状態で普通に動けるまで、集中してやってろ。俺は表で火を起こしてくる」

 

 彼が出て行った後、軽く気を抜くとまた体から煙が吹き出した。慌てて集中して、オーラを体の回りに纏わせる。普通にこの状態を保てるウイングさんは、もしかしたらすごい人なのかもしれない。

 

 これをマスターすれば、少しはオレも使えるヤツになれるだろうか。……もう、みんなに見捨てられることもなくなるだろうか。




間違えて消しちゃったorz


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恋心

 私は、あの人が好きだ。高校に入ってすぐ……ほとんど一目惚れだった。

 彼の声が好きだ。趣味が合ったこともあって、会話は割りとよく弾んだ。

 告白は、何度かした。そのどれもが冗談交じりだったけど。もちろん、本気で受け止めてはもらえなかった。

 あの人には、彼女がいた。それを私は知っていた。彼の携帯の待ち受けには仲の良さそうな二人の写真があった。

 

 それでも私は諦めなかった。諦められなかった。

 

 彼の声を聞いているだけで幸せになる。彼が私の名前を呼ぶとどきどきする。

 高校三年生、最後の年。来年には、彼とは別の道に進む。これが最後のチャンスかもしれない。三年間へばりついていたおかげで、私は学校の他の誰よりも彼のそばにいるという自信があった。少なくとも、校内では。

 私はあまり女らしくない。胸も小さいし、髪もショートカット。ついでに一般的にはオタクと呼ばれる部類に入る。恋愛対象として好かれる自信はほとんどなかった。それでも、私が本気だということだけは伝えたかった。

 叶わなくても、これは本物の恋だったと、彼に知ってもらいたかった。

 

 似合わないかもしれないけど、ピンク色のシフォンのキャミソールワンピースを買った。肌の露出と、ふわふわの女の子らしい格好で、せめて女として見てもらいたかったから。

 慣れないながらも薄く化粧をして、ワンピースを着て、少しヒールの高い靴を履いて、私は彼を待つ。彼が待ち合わせの場所にやってくるのを、約束の時間よりずいぶん前から待っていた。

 

 彼がやってきた。少し、息を切らしながら、小走りで。制服姿ではない私を見て、少し驚いた顔をして、それでも笑顔で似合ってると言ってくれた。

 

 そして、私は自分の想いを伝えた。彼は困ったような顔をして、一言、言った。

 

『ごめん』

 

 

 目が覚めると、私は泣いていた。

 ここは、待ち合わせの場所でも、学校でもない。重い体を持ち上げると、非現実的な現実を否応無しに突きつけられる。

 彼の名前は覚えていない。彼の顔すらも忘れてしまっている。けれど、この強い感情だけは、忘れることが出来ない。私はもう一度、あの人に会いたい。まだ、何も伝えていない。

 だから、私は絶対に元の世界に帰ってみせる。それが、どんなに危険で大変なことであろうとも。

 

「どうした、具合が悪いのか?」

 

 ウイングさんが、私の頬に残った涙の跡を見て、顔を覗き込んでくる。

 

「いえ……ちょっと、悪い夢を見てしまって」

 

 シュートが水を持ってきてくれた。コップなんて気のきいたものはここにはなかったから、桶に手を入れて直接すくい取って口をつける。目が覚めて、悲しい夢の結末を、ほんの少しだけ忘れられた。

 

「本当に大丈夫か? まだ顔色が悪いぞ」

 

 私の精孔を無理に開いたせいで具合が悪いと思っているのか、ウイングさんは本当に心配してくれている。これがあの人だったらよかったのに……そう思ってしまったことを、私は心の中だけでウイングさんに詫びた。

 

 そして、シリアスな空気を打破するように、シュートが声をかけてきた。多分、意図的にだろう。

 

「三日も寝てたから腹もすいてるっしょ。焼き鳥、食わねぇ?」

 

「食う食う!」

 

 これ以上落ち込んでいても仕方ない。私には目標があるんだから。

 

 ベッドから出て気づいた。眠っている間に、体の方が纏を覚えてくれていたらしい。オーラが噴出することも無く、ふよふよと体の回りを漂っている。ついでに絶もできるようになっていた。多分、倒れたときにオーラがゼロになって、強制的に絶状態になった時に、こっちも体が覚えてくれたんだろう。これは思わぬ収穫だ。

 

 シュートが小屋の外から、枝に刺した鳥を持ってきてくれた。ほぼそのままの形での丸焼きなのでちょっとグロテスクだけど、すごく香ばしい。見た目以上においしくて、ついつい三羽も食べてしまった。

 

「そんだけ食欲がありゃ大丈夫だな。よし、お前さんの名前考えるか」

 

 ウイングさんも、何かの獣の丸焼きをかじりながら、小屋の床に腰を下ろす。続いてシュートも。

 

 私が気絶している間に、二人で食料と水を確保してくれていたらしい。申し訳なくて、でも、すごくありがたい。もし、私一人だけがこの世界に来てしまっていたらと思うと寒気がする。念も使えず、たいした体力も無く、知らないこの土地で速攻ゲームオーバーに違いない。精神的にも、仲間がいるというだけで、ずいぶん気が楽になっている。

 

「名前……うーん、誰か私に似てる人、H×Hにいたっけかなぁ」

 

 女性キャラを一人ひとり思い出してみる。ミトさん……は駄目だし、ポンズ……も、違うよねぇ。そもそも黒髪女キャラってのがあんまりいないよね、H×H。カルトちゃんは男の子だしなぁ。

 

「メガネしてりゃシズクに似てるかもな。旅団の」

 

 ウイングさんの言葉になんとなく納得する。でも残念ながら両目2.0なんだよなぁ。デメちゃんいないし。具現化系だったら出せるかな、デメちゃん。

 

「そもそも、その、H×Hのキャラの名前である必要があるんスか?」

 

 シュートの、根底から発想を覆す発言に、ウイングさんと私の拳が同時炸裂する。

 

「馬鹿野郎! オメーにゃ男のロマンってもんがねーのかよ!」

 

「憧れの世界らしき場所に入ったからには憧れのキャラを演じるのが夢ってもんでしょーが!」

 

 ウイングさんも私と同意見とは驚きだ。この人もオタクなんだろうか。せめて、ウイングじゃなくてノヴにしておくべきだったかしら、活躍頻度的に。

 

「しかしお前さんの場合、シズクよりフェイタンの方が身長的にも目つき的にもグボアッ!」

 

 ウイングの腹部に肘鉄一発。前言撤回、ウイングでももったいないわ。何かその辺のザコキャラの名前でもつけときゃよかった。トンパとか。

 

 頭と頬をさすりながら、シュートが涙目で尋ねてきた。

 

「でも、もしその、登場人物とばったり出くわした場合どうするんスか?」

 

「逃げる」

 

「バックレる」

 

 ここでもウイングさんと私の意見が一致した。主人公に関係するルートとは、一箇所でも重なるわけにはいかない。あの子らの周りでどんだけ人が死んでると思ってるんだ。多分ウイングさんも同じ理由だろう。

 

「とりあえず、ここがH×Hの世界だとしても、絶対にヨークシンやNGLや東ゴルトーには行かねぇぞ。絶対な」

 

 どうやらウイングさんとは気が合うらしい。……単に彼が臆病者だっていう可能性もあるけど。

 

 紆余曲折を経て、私の名前は『パーム』になった。別に外見が似てるわけでもないけど、色恋沙汰をモロに出してきた女キャラが彼女だけ、ということで。あと、私は納得いってないけど、キレたときの目つきが似てるらしい。もちろんそんなことを言った張本人は気絶するまで殴っておいた。硬で。私は多分強化系じゃないっぽいので死にはしないと思う。勘だけど。

 

 シュートはかなり怯えてた。失礼な、可憐でか弱い女子高生(今は10歳)に向かって。

 

  コンコン……

 

 私たちがそんな漫才を繰り広げている最中に、ドアがノックされた。私とシュートは慌てて戦闘体勢をとる。ウイングさんは無防備に気絶してるけど気にしない。気にしたら負けかなと思っている。

 

「入ってもいいですかー?」

 

 緊張感のない、多分少年の声だ。この小屋のドアに鍵は付いていないので、何も言わずに開けることも出来るだろう。それなのにわざわざ声をかけたのは、敵意がないのか、それとも……?

 

「どうぞ」

 

 あくまでも警戒しながら、ドアが開くのを待つ。相手によってはここで三人ともデッドエンドだ。

 念を覚えたての私たちでは、悪意ある念能力者に出会ったらひとたまりもない。そういった気配は感じないけれど、絶で隠している可能性もある。

 

 大きく軋みながら、扉が開いた。その向こう側にいたのは。

 

「ゴン!?」

 

 この世界で一番接したくない主人公だった!

 おもいきり死亡フラグが立ってしまったような、そんな気が、した。



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遭遇

 えーと、俺はパームに殴られた。本物のパームにちょっと目つきが似てるよねって言っただけなのに、フルボッコにされた。んで気を失った。

 ちゃんとベッドに寝ていたのは、多分シュートあたりが運んでくれたんだろうと思う。

 パームの名前を決めるより先に、危ないから主人公ルートに近付かないようにしようね、とみんなで話をした。

 OK、今度は記憶は飛んでない。俺は正常だ。

 

 で、なぜに、今ココで、パームとシュートと『ゴン』が一緒に盛り上がってるんディスカ?

 

「あ、目が覚めたっスか!」

 

 っスかじゃねーよ。まだ顔中がいてーよ。多分ヒソカにやられたレオリオよりひどいことになってるよ俺の顔面。

 

「うむ、腕以外は無事のようだな」

 

 パームも乗るんじゃねぇ。お前はクラピカか。頭部ばっかり殴りやがって、これ以上アホになったらどうしてくれる。腕はなんともねーよバーカバーカ! とは心の中でしか叫べない小心者の俺様ですが何か?

 

「初めましてウイングさん! オレ、ゴン=フリークスって言います!」

 

 うん、知ってるよ少年。俺が知っている君より少しまだ幼いか。

 

 問題は何故キミがここにいるかなんだけど、そいつを二人に問いただす前に人として挨拶はしておかないとな。

 

「はじめまして。俺はウイングだ。呼び捨てにしてくれて構わない。……お前らもな」

 

 ゴンだけではなく、二人にも、そう伝える。外見は同世代のお子様なのにさん付けで敬語使われるのはなんだか変な感じだ。というか前の世界ではデフォルトで生徒に呼び捨てにされてたからな。あと、ちゃん付けとか。

 

「ねえ、ウイングもよその世界から来たの?」

 

 純朴なゴンの質問に驚いて二人を見る。思いっきり目をそらされた。……こいつら、話しやがったな。

 

「ああ、まぁな。こんなナリしてるけど本当はお前さんよりミトさんの方が多分年が近い」

 

 ゴンは目を見開いて俺を見た。そりゃそうだろう。外見ちびっこで中身が大人だなんて……「なんでミトさんのこと知ってるの!?」

 

 あれ? なんか自分で墓穴、掘っちゃった? 二人が笑いをこらえてやがるよ畜生。

 

「この人はね、全部じゃないけど少しだけ未来が見える人なのよ。占い師みたいなものかな」

 

 パームがデタラメなことを口走る。顔が引きつってるぞこの野郎。野郎じゃないけど。

 

 それに対して、ゴンは羨望とか好奇心とか憧れとか、そういったキラキラした眼差しで俺を見つめる。やめろ、そんな目で俺を見るなぁッ!

 

「じゃあさ、オレの未来のこととかもわかるの!?」

 

「ああ、まぁ、多少ならな」

 

 余計なことばかり言いやがって……絶対、絶対こいつら面白がってる!

 

 シュートは笑いをこらえるのに必死っぽい。お前が代わりに予言者になれよコンニャロ。

 

「たとえば……ゴン、君はハンターになりたいと思っている。そして、そう遠くない未来に、それは叶えられる」

 

……うん、俺もちょっと調子に乗ってます。だってこんな尊敬の眼差しで見つめられたことなんてなかったんだもんよ、元教師なのに。

 

「ほかにも、ほかにもわかるの?」

 

 もう俺にひっつかんばかりにゴンが身を乗り出してたずねてくる。

 

「んー、たとえば、カイトはお前さんより先にジンを見つける、とか、ハンターになる時にかけがえのない仲間が出来る、とか……あんまり詳しいことはいえないんだけどな、未来を紡ぐって言うことは簡単に世界を救ったり、滅ぼしたりすることが出来るからね。安易に知るものじゃない。意味、わかるか?」

 

 俺の言葉に、いちいち真剣に頷く。そしてゴンは本当に俺のことを予言者だと信じてしまったようだ。……ちょっと心が痛いけど、パームほどあくどくはないだろう。ていうかこいつが諸悪の根源だこのアマ。お前平気で嘘つく変化系だな、きっと。

 

「ところで、お前さんがいるってことは、ここはくじら島か?」

 

「うん、そうだよ。知らなかったの?」

 

 知らんがな。

 えっなに、くじら島ってこんなジャングルみたいな森とかあったんだ。村っぽい印象しかねぇ。あと潮吹きっぽい煙。アレ活火山か? 地震が怖いよな。俺、ラノベに埋もれて死に掛けたことあるよ。ん? 地震より噴火のほうが怖いか。ま、どうでもいいけどな、その辺は。少なくとも原作でくじら島が壊滅したなんて話なかったし。

 

「ゴンくんは今何歳なの?」

 

 俺が非建設的な妄想に浸ってる間に、パームは現実を見ようとしている。偉いなあ、まだ10歳なのに。じゃなくて、女子高生か。

 

 女子高生! 響きはすばらしいがリアルな女子高生はろくなのがいないと悟った教師三年目。『まだドーテーっしょ?』とか普通に聞いてくるんじゃねぇよそんなに彼女いなさそうに見えるのかよ。いや、振られたけどさ。

 

「オレ? オレは10歳。パームさんたちは?」

 

「詳しくはわからないけど10歳ってことにしとくわ。ゴンくんと同じくらいの年に見えるでしょ?」

 

 一人だけ原作の知識が全くないシュートがどうも所在無さげにおろおろしている。ゴンが10歳ってことはまだ原作が始まる前だから、俺やパームの知識もあんまり当てにならないんだけどな。

 

「でも、パームさんやシュートさんは本当は17歳なんでしょ? その、別の世界では」

 

「そうだね、でも今は10歳。だから私やシュートのことも呼び捨てでいいよ。私もこれからゴンって呼び捨てにしていいかな」

 

「もちろん!」

 

 パームは順調にゴンを手懐けている。お前俺が気絶する前は絶対主人公に関わらないとか言ってなかったか? 女って怖ぇ。

 

「なぁなぁ、ゴン。この世界にも野球ってあるのか?」

 

 お、シュートが自己主張を始めたぞ。予想だがこいつは野球バカだ、間違いない。早くから朝練して授業中に寝るタイプだな。俺の生徒にもそんなのが何人かいた。ちなみにそういうヤツらは早弁もデフォルト装備だ。

 

「うん、テレビで見たことあるよ。この島には子供があんまりいないからそういう皆でやるゲームはできないんだけど。シュートは野球選手なの?」

 

「上手じゃないけどな。うん、一応、選手」

 

「コイツが投げる石はほとんど百発百中なんだぜ。動いてる鳥とかでも」

 

 おお、今度はシュートを尊敬の眼差しで見つめている。なんて純粋無垢なお子様なんだ、眩しすぎるぜ。

 

「俺たちはしばらくココに住むことになると思うから、シュートにボールの投げ方でも教わったらいいさ」

 

「それならウチにおいでよ!」

 

……ああ、そうだった。ゴンはこういう子だった。だが三人も押しかけちゃ彼はともかくミトさんが大変だろう。そう言ったが聞いちゃくれやしねぇ。ああもう、これだから強化系は頑固でよろしくない。

 

「私たち、食事や飲み物には困ってないんだけど、ココにはお風呂がないから、時々ゴンの家にお風呂借りに行ってもいいかな?」

 

 そうか……全然気にしちゃいなかったが、年頃の女の子が風呂に入れないのは嫌なんだろう。俺やシュートは川で水浴びすりゃすむけど、パームはそうはいかないだろうしな。

 

「だから、遠慮せずに皆でオレの家にくればいいのに」

 

「私たちは旅行で来てる人たちと違っていつまでいるのかわかんないから、そうずーっとお世話になるわけにはいかないのよ。お風呂を貸してもらえるだけでも充分ありがたいんだから。それを、ミトさんによろしくお願いしておいてもらえるかな?」

 

 パームの言葉にゴンもしぶしぶ頷く。……違うな、アレはきっと目が怖かったんだ。俺の時と同じで、言うこと聞かなきゃ頭からバリボリ食っちまうぞ的な目つきだったに違いない。女、マジ怖ぇ。

 

「じゃあさ、オレ、毎日ここに来てもいい? いろんな話聞きたいし、シュートに野球も教えてもらいたいし、オレの友達とかも紹介したいしさ!」

 

「もちろんそれは俺たちも大歓迎だよ。そのうちミトさんにもご挨拶に行きたいしな」

 

 何だかんだいって、ゴンは素直でいい子だ。だから俺が気絶してる間に、二人も彼を受け入れたんだろう。異世界から来たなんて言ったって普通は信じないしな。

 でもそんな簡単に他人を信じちゃ駄目だぞゴン。普通、何事もまずは疑ってかかって、拳を交えたりしながら紆余曲折を経てマブダチになるもんだ。……って、原作で誰か言ってたな、カメレオンの奴。あーでも俺とゴンが拳交えたら死ぬか、主に俺が。

 

 日が随分と傾いた頃、パームの目力のおかげでゴンは一人で帰っていった。また明日も来るよ、と告げて。

 

「予想外の展開だったけど、オレらが今いる場所がわかっただけでも収穫にはなるんだろ? きっと」

 

「っていうかそんなことよりウイングの予知能力者の真似がさー、もー超ウケる」

 

 思い出したのか二人してひとしきり大笑いしやがった。ああもう、最近のガキどもはこれだから嫌だ。好かれてんだかおちょくられてんだか、いつも俺の周りに無駄にわらわらと寄ってきてた生徒どもを思い出す。高校生の考えてることなんて全くわかりゃしない。ほんの10年くらい前までは俺も高校生だったはずなんだけどなぁ。

 

「あとは、今が原作より前だってことも重要な情報だ……っていつまで笑ってんだお前ら、しまいにゃ殴るぞコラ」

 

「ごめんっス……いや、でも……ぷフっ……」

 

 とりあえずシュートの頭を叩いておいた。誤解のないように言っておくがパームほどのマジ殴りじゃないからな。ツッコミ程度の軽い奴だ。

 

「ゴンが試験を受けたのが12歳になる直前だったから……実質原作より二年弱ほど前になるかな」

 

 原作ゴンの具体的な年齢まで覚えてるとは……この女、侮れねぇ! だからといってけして好意的になるなんてありえないけどな。殴られた恨みは意外と深いぜ、パーム。いや、まぁ、ぶっちゃけどうでもいいんだけど。

 

「私の考えなんだけど、帰る方法は三つある」

 

 え、俺ひとつしか思い浮かばなかった。パーム、意外に頭キレるな。

 

「ひとつは、念能力による帰還。この中の誰かが、異次元への扉を開く能力にすればいい」

 

「そう簡単にできるもんスか?」

 

「まず出来ないと思う、多分。そこで」

 

「グリードアイランド、だろ?」

 

 グリードアイランドの中にあるカード。クリア報酬として外に持ち出したカードを使って帰還する。あのゲームシステムには興味を持っていたから、GI編に関してはほとんどの内容を覚えている。

 

「あくまで予想だが、使えるカードは『磁力』(マグネティックフォース)『離脱』(リーブ)『同行』(アカンパニー)『再来』(リターン) あたりだろうな。それで帰れなきゃどうしようもないと俺は思ったんだが……もうひとつは?」

 

「神頼み。気まぐれでこの世界に飛ばされたんだから、神様の気まぐれで元の世界に突然戻ることもありえないわけじゃないでしょ。つか神とかホントにいるんなら私らをソッコーで元に戻せって感じだけど」

 

……ようするに、どれも信憑性が薄いってことだね。うん、そんな気はしてたよ、ここに来たときから。

 念も覚えたし、別に元の世界に戻れなくても俺は構わないような気がしている。定年はまだ遥か先だったけど、これから第二の人生を歩むと思えば別にこの世界もそんなに悪くない。多少危険ではあるけどな。

 あ、シュートが捨てられた子犬のような目をしてる。一人だけ話についてこれないのは辛いだろうな。

 

「現時点での肉体能力に関してはシュートがダントツだと思う。念に関しては系統や作る能力にもよるだろうが、現時点で一番オーラ量が少ないのが俺、多いのはパームだ。パームは覚醒させた時のオーラの放出量がハンパじゃなかったからな」

 

「えーと、じゃあ、まずはその、念ってヤツの能力を磨けばいいってことっスか?」

 

 ついてこれないなりに、理解しようと努めている。シュートも、どうやら頭はそこそこ切れるようだ。

 

「とりあえずはそうだけど、グリードアイランドに行くためには出来ればハンターライセンスをとっておきたいところなんだよね。だから最初は、シュートは念の修行、私とウイングは肉体能力の強化に努めるべきだと思う」

 

 うーん、俺ってやっぱりいらない子のような気がしてきたぞ。こいつらに唯一勝ってるのはほんの数年の人生経験だけだもんな。

 

「あとは、各自どんな念能力にするか……の前に、水見式、やっとくか」

 

 汲み置きの水を桶のギリギリ一杯まで入れて、コップの代わりにする。適当に外から葉っぱを一枚取ってきて浮かべる。ちょっとデカいけどこれでも問題ないだろう、多分。

 

「シュート、この桶の横に手を近づけて『練』……えーと、全身の煙を増やしながら桶に集めるような感じでやってみろ」

 

 言われたとおりに、シュートが手をかざす。多分、才能があるんだろう。こいつは知らないはずの四大行を簡単な説明だけでやってのける。

 桶の水がじわじわと濁る。……いや、色が変わっている? 少しすくい上げてみると蛍光色のような半透明の黄色い液体が指の隙間を通って桶に流れ落ちた。

 

「放出系かぁ。バットとか持ってるから強化系の方が使い勝手がよかったんだろうけど、こればっかりはしかたないか。次、私やっていい?」

 

 別の桶にまた新しく水を溜めて、パームが水見式を行う。やらなくてもわかるぜ、こいつは絶対変化形だ!

……と思ったら、また水が濁り始めた。こいつも放出系かと思ったが、すくい上げて見るとさっきとは違い、銀色の砂のようなものがざらざらと手に残る。えええ、変化形じゃないのか?

 

「具現化系か……強化系が理想だったのだが」

 

 はいはい、クラピカのモノマネはもういいから。こいつクラピカが好きなのか? リアルで出会ったらどうする気だろう。

 

 それはともかくとして、最後に俺が桶の水を集めて手をかざす。これで普通の水がなくなっちまったからまた汲みに行かなきゃなー、とか考えながら練を行っていると、三人の中では一番劇的な変化が起こった。

 

「……分裂?」

 

 浮かべていた葉の枚数が増えていた。大きさは元の葉よりも小さいが、5枚、6枚と、最初の葉からアメーバのようにどんどん分離して増えていく。

 

「特質系? うそぉ、ウイングにカリスマなんかこれっぽっちもないじゃない」

 

 うるさい、そんなの俺が一番よく知っている。けれど、水に浮かんだ大量の葉が、俺は特質だと雄弁に語っていた。

 最初に浮かべておいた葉と、増えた葉の一枚をとって見比べる。大きさ以外は寸分違わぬモノだ。葉脈の張り具合まで完璧にコピーされている。他のものも調べてみたが同様だった。……これに何か意味は、あるのか? そういや旅団にコピーする能力の奴がいたな。いや、あれは確か具現化系のはずだ。

 

「あとは、各自がどんな能力にするかを決めるだけだな。パーム、シュートへの能力開発方法の説明はお前に任せていいか?」

 

「いいけど、ウイングはどうするの?」

 

「体を鍛えがてら、水汲みにでも行ってくるさ」

 

 空の桶を抱えて小屋を出る。桶は全部で5つ。前はひとつで精一杯だったけれど、一人で軽く全部の重さを持てるくらいにはならないと、この世界で生き残るのは難しいかもしれない。うまくいけば、ハンター試験を受けてこの世界で豪遊するのも悪くないだろう。戻る気ならば、それ以上に鍛えなければ意味がない。いずれにしても鈍った体力を取り戻すために、俺は体を鍛える覚悟を決めた。

 

……あーあ、俺、インドア派だったのに、何でこうなっちまったかな。



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道具

 まずはパームから、念の定義と使用法、ヨンタイギョーとかいうものを教わった。これについては、マウンドで感情をコントロールしていた経験のおかげか、割と簡単に、数日でそこそこ見れるようにはなった。まだ実戦レベルには程遠いけれど。

 彼女が言うには『練』と呼ばれる、通常以上のオーラを体外に留める方法をずっと続ける(この状態を『堅』というらしい)と、オーラ=生命エネルギーを使い果たして、最初のパームのように倒れてしまう。けれどそれによってオーラの絶対量を増やすことが出来るらしい。そして、オレは顕在オーラ量が非常に高く、燃料切れさえ起こさなければ、かなり強力な技を使えると知った。

 能力については、オレは『放出系』という、簡単に言えばオーラを飛ばす能力に適性があるらしい。

 修行については『堅』の状態を出来るだけ長く続けることが最も近道だと教わった。ちなみにフルマラソンを完走できるだけの体力を持つオレでも、最初は1分でぶっ倒れた。これによって、念能力が体力とはまったく別の部類のものだと身にしみて実感した。

 

『放出系』についての説明を受けたとき、なんとなく頭に浮かんだものがあった。野球のボールだ。

 オーラをボールに見立てて放出することができれば、オレ自身が今まで培ってきたピッチングやバッティングの能力が役に立つんじゃないか、と思ったからだ。そしてパームは、自分に合う能力には、インスピレーションも大事だと言っていた。なので、堅の修練とともに、発……必殺技について考えていこうと思っている。具体的になるのは、もっと先のことになるだろうけど。

 

……とりあえず、頭がパンクしそうなので、まずは堅を維持することに全力を注ぐのが先決かもしれない。できれば、堅を維持しながらそういったことを考えられるようになればいいなぁと思う。纏ならともかく、堅に関しては今はまだ、全然無理だけど。でも、野球のトレーニングと同じで、やればやるだけ効果が実感できるのはちょっと楽しい。

 

「ねーねー、能力どんなのにするか決めたー?」

 

 ウイングさんは、オレが獲りすぎて余った獲物を港の方に売りに行っている。一応ここで生活および修行していくために、滞在できるだけのものをそろえたいそうだ。この間行った時には、オレたちに替えの洋服や、あとコップなんかも買ってきてくれた。この間やった水見式が、練のいい練習になるそうだ。

……なので、小屋にはパームとオレの二人だけ。そして、すでに堅をかなりの時間維持できるパームは暇なのかオレに色々と話しかけてくる。もちろん、堅や纏をしながら、だ。

 

「うーん、野球関連の能力にしようとは思ってるんだけど、これだ! っていうのはまだ決まってない。それより先に、普通に念が使えるようにならないといけないし」

 

「ひっひっひー、私もう能力決めちゃったもんねー」

 

 パームは、オレの遥か先を行っている。元々知識があるせいか、念に関しては修行もオレより効率的にやっているようだ。まだ腕立て伏せ10回はできないみたいだけど。

 

「へぇ。今見たいって言ったら見せてくれる?」

 

「ふっふっふっ……」

 

 不気味な笑みを浮かべながら、パームは自分の着ているTシャツの腹部を両手で隠す。

 

「サっプラーぁイズ♪」

 

 彼女が両手を離すと、そこにはなかったはずのポケットが出現していた。……そんだけ?

 

「あっ、今ちょっとバカにしたでしょ! このポケットの具現化は次のステップへの準備みたいなもんなんだから!」

 

 ばれた。そして頭はたかれた。痛くはないんだけど、こいつ、すぐに手を上げるよな。コミュニケーションが乱暴すぎると思わないでもないけど、言ったら怖いので言わないでおく。

 

「さてさて次のサプライズ」

 

 具現化したポケットの中に手を突っ込む。そして、ポケットよりもはるかに大きなものを取り出した。

 

 パッパカパッパッパーッパッパ~ン♪

 

……間抜けなファンファーレと共に。

 

「どこでもドアー♪」

 

……うん、わかったよ。ドラえもんなんだね君は。

 

「制約と誓約、覚えてる?」

 

「うん」

 

「私の能力、まずは四次元ポケット(ドラちゃんのポッケ)。これはポケットを具現化するだけだから、制約は『服を着ていること』だけ。裸にポケット出たら不気味だし」

 

 そういいながら、彼女は取り出したドアから手を離す。すると煙のようにドアが消えてしまった。

 

「こっちの具現化は相当メモリ使うから、制約は多め。未来の道具(ドラちゃんのひみつどうぐ)の制約は、前に具現化したポケットから取り出さなきゃいけないし、アイテムを出すときに定番のファンファーレが鳴るから、隠密行動なんかには向かない。道具の使用法及び形状を記憶していないといけないし、マンガやアニメでそのアイテムが使われた場面を覚えてなきゃいけない。具現化したアイテムは5分で消えるし、私から離れた時点でも消える。だから、みんなでタケコプター、とかいうわけにはいかないのね」

 

「便利なんだか不便なんだかよくわからない能力だな」

 

「何言ってんのよ! これでグルメテーブルかけを出したら、好きなもの食べ放題! フエルミラーにお金を映して偽造し放題! こんな素敵能力ないってば!」

 

 あ、それは確かに便利かもしれない。オレ、この世界にきてから実はカツ丼食いたくてたまんないし。

 

「んで、同じ道具は一日に一回しか出せないし、一日最大5回しか道具を出すことはできない」

 

「最大?」

 

「うん。一回はタダ。二回目以降は、ドラ焼きを食べた分だけ出すことができる。最大4コ食べて、五回ね。この世界にドラ焼きがあるのはゴンからリサーチ済みだし、グルメテーブルかけで出してもいいし。我ながらカンペキだわ!」

 

 オレ……この人についていける自信がありません。父さん、母さん、世の中にはこんな人もいるんですね。

 

「あ、でもさ、それってどこでもドアで、元の世界に帰れるんじゃねーの?」

 

 生き生きとした表情で能力を見せびらかしていたパームが、突然風船のようにしぼんでいく。

 

「試してみたんだけど、どこでもドアは地図をインプットしないとその場所に行けないみたい。確かにそういうシーンはあったしね」

 

……あるんだ、そんなシーン。知らなかった。やばいマジついていけない。オレもガキの頃ドラえもんはけっこう好きだったつもりなんだけど、こいつとは次元が違いすぎる。

 

「とにかく、できるだけ道具を思い出して、戻れるようなアイテムを探すから、シュートはできれば攻撃系の能力にしてくれると助かる」

 

「なんで?」

 

「だって、私の能力、帰る事前提に作ってるから、多分戦闘に関してはあんまり利用法ないんだ。空気砲やショックガンなんか念能力者に効くわけないし、桃太郎印のきび団子は食べさせる瞬間に手から離れて消えちゃうし。できればしばらく具現化したままにできればよかったんだけど、放出系とは相性悪いうえに制約が足りなかったから」

 

 確かに、ハッキリは覚えていないけど、ドラえもんの道具で、手から離さないままで攻撃できるような武器はなかったような気がする。オレもこいつも覚えてないだけで、何かあるのかもしれないけど。

 

「ウイングは特質だから、私よりも元の世界に戻る能力を作れる可能性が高いんだよね。でも、そうなると、悪意を持った殺人者が目前に現れたときに対応できずジ・エンド。だから、一人だけでも攻撃能力の高い人がいて欲しいの。……まぁ、無理にとは言わないけど」

 

 いや、むしろその方が好都合かもしれない。バットもボールも、個人的には嫌だけど、凶器として使うことができる。オレの方が確かに攻撃的な能力を作ることはきっと容易いはずだ。たとえば、単にボールに模した念のボールをぶつけるとか……。

 

「わかった。でもオレの具体的な能力を決めるのはもっと念のことを知って、修行してからにするから」

 

「うん。私も体力鍛えなきゃねー。目指せビスケ姐さん!」

 

 誰だ、ビスケ姐さん?

 

……とにかく、全員が鍛えないとどうしようもない。二人の会話から察することのできる原作情報だと、日本なんかよりはるかに治安が悪いみたいだし、念のような技もあるし。

 

 この世界で生き残れるのか?

 

 今、オレは自分で考えたことに愕然とした。

 

『元の世界に帰る』ではなく『この世界で生き抜く』ということを当たり前のように考えている。

……オレはもしかしたら、元の世界に戻りたくないのかもしれない。……9回の悪夢から逃れるために。



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偽造

 シュートに能力を見せびらかしてから数日。ほぼカンペキに能力を操れるようになった。

 なので、今度はウイングに自慢してみようと思う。

 

「……で?」

 

 早速話してみたけれど、反応は、薄かった。ものすごく薄かった。切ないくらい薄かった。

 

「もっとこう、スゲーな! とか、言ってくれてもいいじゃん!」

 

 ウイングは少し黙り、割と真剣な眼をして、言った。

 

「お前さん、本当の『制約と誓約』をまだ隠しているだろう?」

 

……あっさりとばれた。気付くわけがないと思っていたのに。

 

「実際問題、使えない道具が多すぎる。手から離れた時点で駄目なら、スモールライトやビッグライトも使えない。タイムマシンは元々ポケットから出す道具じゃないし、通り抜けフープは俺らが抜ける分にはともかくお前さん自身はその場所を離れられない」

 

「そうだね。そもそもどこでもドアで帰れる事を前提に作った能力だから」

 

「ポケットの数、持続時間は?」

 

 多分、かなりの部分を見透かされている。この人を少し甘く見ていたかもしれない。本編について、つまり念の能力についてはそれほど覚えていないように思っていたんだけど。

 

「ひとつだけ、自分の着ている服の任意の場所に作れる。持続時間は5分。その間に道具を出さなければ、二度とポケットを作ることはできない。破れた場合も同様。道具をひとつ出した時点でポケットは消失する」

 

 大きくため息をついて、そして、ウイングは笑った。

 

「確かに帰還にも戦闘にも向かない能力ではあるけど、生活する分には相当便利だな、ソレ」

 

 認めてもらえたのかと、少しだけホッとする。けれど、終わりではなかった。

 

「道具に対する制約と誓約を全部言え」

 

 口元は笑っていたけれど、目が全く笑っていなかった。一ヶ月ほど一緒に生活しているけど、こんなウイングは初めて見る。

 

「……同じ道具は、一日に一回しか使えない。取り出すときに、ファンファーレが鳴る。ドラ焼きをひとつ食べるごとに一個、道具を出せるようになる。限度は一日5回まで。それ以上は、いくらドラ焼きを食べてもポケットからは何も出てこないし、ポケットを出した時点で道具が取り出せないから、この能力は二度と使えなくなる。取り出すときに、脳裏に鮮明にその道具の形状を思い浮かべる。その前段階として、道具の効果と、その道具が使用された場面を覚えている必要がある」

 

「そんなことはとっくにシュートに聞いている。俺が聞いているのは『それ以外』の部分だ。道具の種類はほぼ無限だが、お前さんのオーラは有限だ。そんなちっぽけな制約でこんな能力を使えるわけがない」

 

……言わなきゃダメかなぁ。ダメだろうなぁ。メガネをかけていない彼の今の雰囲気は、蜘蛛の団長に少し似ているかもしれない。……正直怖い。助けを求めたい相手、シュートは狩りの真っ最中で、しばらくは戻ってこないだろう。

 

「道具を使用して他人を傷つけた場合、それが故意でも過失であっても、同等以上のダメージを受ける。それは、道具の効果から派生した結果でも同じ。だから、例えば石ころ帽子を使って誰かを殺せば、自分も死ぬ」

 

 石ころ帽子、メレオロンの『神の不在証明』(パーフェクトプラン)に効果が似てる。それなりに戦闘向きだったのかもしれないけれど、制約がまるで足りなかった。

 

「それから?」

 

「意思を持つ道具、たとえばミニドラのようなものは、出す事はできるけどこちらの意図通りには動いてくれない。ただし、彼らが出した道具その他は、私の手を離れてもそのまま利用できる」

 

「まだ、あるだろう?」

 

 有無を言わせない、逆らえない雰囲気。ああ、この人はやっぱり特質だ、妙なところでそう感じた。

 

「具現化した道具を傷付けられると、そのダメージが全て私にくる。壊された場合は最悪、死ぬ」

 

 あとは、もうひとつ。

 

「今、私が具現化できるのは、グルメテーブルかけとどこでもドア、フエルミラー、タイムベルトの四種類だけ。最高で10種類の道具を具現化できるように設定してあるけど、先のことを考えたら余地を残しておくべきだと思って、まだほかのは決めてない。……これで、全部。もう隠してもないし嘘もついてない」

 

 緊張している私の頭の上にウイングの手のひらが乗せられ、体がびくりと震える。だが、彼は明らかにほっとした表情で私を見て、そして、まるで子供相手にするようにくしゃくしゃと頭をなでた。……自分も子供の癖に。

 

「良かった。俺は、お前さんがそんな無茶な能力を作るために命や寿命をかけてるんじゃないかと心配だったんだ。具現化した道具は手を離せば消えるから、壊されることについてはそう問題ないだろう。数の制限は、悪くない。使えるアイテムを皆で考えていけばいいしな」

 

 ウイングが、そこまで私のことを心配してくれているなんて思わなかった。なんだか、うれしくて涙が出てきそうだ。こんなにも私のことを大事にしてくれる仲間がいて、私は幸せかもしれない。いや、間違いなく幸せだ。

 

「ところで他のはまだわかるんだが、何でまたフエルミラーなんだ? もっと他に使える道具があるだろうに」

 

 ふっふっふ。これが私のサプライズ。普通に食べ物や生活用品を増やすこともできるけど。

 

 ぽっぺけぺっぺっぱーっぱーっぱー!

 

「フエールミラー!」

 

 早速道具を取り出した。ウイングは呆れている。

 

「……せめてそのファンファーレは何とかならんのか、マヌケすぎる」

 

「えー、これがないとドラちゃんって感じがしないもーん。それに、立派な『制約』になるし」

 

 そう言って、ウイングに頼んで500ジェニー硬貨を一枚、ミラーに映してもらう。取り出したソレは、鏡に映したことで裏表が逆になったコインだ。そして、またその裏表逆のコインを映してもらい、取り出したコインは……普通のコイン。

 

「あー、さかさまになった奴をもう一度映して元通りにするってわけか」

 

「小学生のときに思ったんですよねー。こうすればいくらでもお金偽造できるのにのび太バカだなーって。で、紙幣だとナンバーなんかで偽造がバレるかもしれないから、こうやって地道にコインを増やしていけば、当座の生活費には困らないかなって思って」

 

 地味だけど地道にコツコツ大作戦。5分あれば、けっこうな枚数を偽造できると思う。

 

「……本当、生活のための道具だなぁ」

 

 笑いながらウイングは、私の抱える鏡を使ってせっせとコインを偽造している。これってやっぱり犯罪になるのかなぁ。でもバレないよね、多分。

 

「お前さん、本当は帰る気ないんじゃないか? こんな、こっちの世界で生きていくための道具ばっかり作りやがって」

 

……息をのんだ。今、ウイングに言われて初めて気付いた。そうだ。ドアだけに限らず、もっと元の世界に帰れそうな道具は探せばいくらでもあるはずだ。なのに私は今のところ、せいぜいドアくらいしか、そのための道具を使えるようにしていない。思いつかなかっただけ?思い出さないようにしている?

 

 嘘だ。私は帰りたい。早く帰りたい。そのために、戻るまでの間、この世界で暮らしていかなきゃいけないから……あれ?

 

「何をそんなに悩んでる? お前さんらしくないぞ。この能力を使ってこの世界で修行して、新たな念能力を生み出すなりグリードアイランドでカードを手に入れるなりして、お前さんの望む世界に戻ることができるじゃないか。伝えたいんだろう? お前さんの、三年間の恋心を」

 

 そうだ、伝えたい。これだけは譲れない強い想い。なのに私は……帰りたく、ない……?

 

 悲しい夢の結末は、きっと戻った後の現実世界。思いは叶わない。言葉にすれば、これまでの関係も崩れてしまう。怖い、辛い、嫌だ、好き、必要、失った未来、……帰らなければ、悲しい夢は夢のままで終わり、現実にはならない。第一、私はその相手の顔も名前も覚えていない。ならば、きっとこの想いもいつか風化して消えるだろう。この世界で暮らしていくうちに、やがて。

 

 違う、それじゃ駄目だ。あの夜、私は決断したじゃないか。今のままでは私は壊れる。この深すぎる想いに終止符を。そのために、帰らなきゃ。

 

 私は心に蓋をする。自分の心を偽って、本当の気持ちを上手に隠す。

 造られた望みは一刻も早く帰ること。私は目指す。これからも、ずっと、帰ることができるその日まで。

 

 

 

能力名『四次元ポケット』(ドラちゃんのポッケ)

 

・体中の衣服のどこか一箇所に、任意でポケットを作ることができる。

・素肌や、他人の服などに具現化することはできない。

・具現化したポケットの制限時間は5分。

・制限時間内に道具を取り出せなかった場合および、ポケットが破れてしまった場合、二度とこの能力は使えない。

・道具を一つ取り出すと、自動的にポケットは消える。

・ポケットの中に物を入れることはできない(能力者本人の手を除く)

 

能力名『未来の道具』(ドラちゃんのひみつどうぐ)

 

・ドラえもんに出てきた道具のうち、任意の10種類を具現化することができる。

・前提条件として、『四次元ポケット』(ドラちゃんのポッケ)を発動し、そこから取り出さねばならない。

・具現化したポケット一つにつき、道具はひとつしか取り出せない。

・同じ道具は、一日に一度しか出せない。

・道具の具現化されている時間は5分間。

・出した道具は、能力者から離れた時点で消える(体の一部と接触していれば問題ない)

・一つ目は自由に取り出せるが、一日に二つ目以降の道具を出す場合、一つにつき一個、ドラ焼きを食べなければならない。

・道具を出せる回数は、一日に5回だけである。

・道具を取り出す際に、その道具の形状および、原作あるいはアニメにて使用された場面を覚えていなければならない。

・道具を傷つけられた場合、能力者は同等のダメージを負う。

・道具を取り出す際に、定型のファンファーレが周囲に流れる(音量は、人が軽く大きな声を出す程度)

・自らが意思を持つ道具は、能力者の意図通りには動かない。ただし、それらが出した道具やその効果などは、能力者の手を離れてもそのまま利用できる。ただし、持続時間は出した道具と同様、5分間である。

・具現化した道具の能力で手に入れた物体に関しては、持続時間を越えても消えることはない。



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約束

 はああああああああー。

 

 この世界にきてから、もう数え切れないほどのため息をついた。今ので何度目だろう。昔誰かがため息ついた分だけ寿命が縮まるとか言ってたな、縁起でもない。でもつかずにゃいられないだろこの境遇。はああああ。

 

「何か、よくわかんないけど大変そうだね」

 

 ゴンに慰められた。さっき、キツネグマのコンを紹介してもらい、今は二人で釣りの真っ最中である。ちなみに釣果は、二人で釣っているにしてはかなりの量になった。

 

「あー……とりあえずなー……どうしたもんかと思ってなー……」

 

 ちなみに俺は円を前方に細長~く伸ばして川のあちこちを探り、魚の群れがいる所にルアーを放っている。それでようやくゴンと同等だ、情けない。

 

「オレでわかることなら、相談に乗るよ?」

 

 とても相談できることじゃないけれど、ゴンの気遣いに泣けてくる。つーか何10歳のガキに心配されてんだ俺。ヘタレにも程がある。

 

「あー、気持ちだけ取っとく……あいつらに比べて、お前さんはいい子だなぁ」

 

 もちろん、あいつらとは、あいつらだ。仲間で生意気なクソガキ共。

 パームは元々持っていた多量のオーラ総量を生かして、早々に念能力を作り上げてしまった。シュートはそこまでには至らないにしても、着実にオーラ量を高めつつ、持ち前の体力にさらに磨きをかけている。

 

 それに比べて俺ときたら。

……まぁ、パームは最近『自分がネズミになって、地球破壊爆弾を抱えたドラえもんに追いかけられる』という面白悪夢を連日見ているみたいだが。具現化系じゃなくて良かった、俺。

 

「あ、そうだ。明日、港に商船がくるんだ。この島じゃ売ってない珍しいものもあるから、一緒に見に行かない?」

 

「あ? ああ、そいつは楽しみだ。何か面白そうなもんが見つかるといいな」

 

 全く別の事を考えながら、虚ろな返事をした。売っている『モノ』なんかどうでもいい。

 

 体は、着実に強くなっていると思う。思いたい。俺なりに頑張ってるんだ。

 だけど、オーラが増えない。どんなに頑張っても一日踏ん張っても全身のオーラ搾り取っても、俺のオーラの総量はぴくりとも増えやしないのだ。これはある種の才能か? 才能なのか? 俺はそこまでヘタレの星の元に生まれていたのか?

 纏と絶に関してはまあ問題はない。だが、練が、これがもう、どーしょーもない。ぜんっぜん変化しないのだ。一ヶ月以上特訓してるのに。

 パームは水見式で、コップから銀の粉を溢れさせた。シュートは、完全に不透明な黄色の液体を作り上げた。

 俺は、いまだにちっちゃな葉っぱのクローンを5~6枚増やすだけだ、まるっきりここに来たときと変わってない。

 ンなもんだから、円をやったところで俺を中心に直径(半径じゃないぞ)30センチくらいしか広がらないし、硬で岩をぶん殴ってもヒビ入れるのがせいぜいだ(まだ念を知らないゴンには褒められたが、そんなの全然意味がない)

 能力の開発? こんな状態でできるわけがない。なので仕方なく、彼らの修行が少しでも進むように雑務を一手に引き受けている。筋力トレーニングをしながら。……といっても、両手両足に常時各4キロの重りをつけて生活してるだけなんだけどな。

 

「なあゴン……まさか20キロの重さの亀の甲羅とか売ってないよなぁ」

 

「ヘ?」

 

「40キロでもいいんだが」

 

「いや、オレは見たことないけど……」

 

 やっぱりか。いや、ギャグ半分で聞いただけなんだけどさ。ただの牛乳配達じゃ強くなりようもねーしなぁ。この世界のどっかに、ギャルのパンティーで修行つけてくれるスケベな武天老師様とかいねーかなぁ。ネテロ会長あたりがやってくれんだろーか。

 

 あー、そういえば、ドラゴンボールでは手で畑耕すとかやってたなぁ。アレやってみるかな、森で。それと、何か重りの代わりになるよーなもんでも探してみるか。

 

「ねえ、ウイングたちはやっぱり、元の世界に帰りたいの?」

 

「ん? ま、そりゃなぁ……俺は正直どっちでもいいんだが、あの二人は帰りたいんじゃないかな」

 

 多分、三人とも100%本気で帰れると思ってはいない。ただ、可能性があるからそこに向かっているだけだ。俺だけ微妙にから回ってるけど。

 

「そっか、せっかく友達になれたのになー」

 

「そばにいなくたって、友達は友達だろ? それともゴンは、会えないってだけでもう友達とは認めないのか?」

 

「そんなことないよっ! ウイングもパームもシュートも、オレの大事な友達だ!」

 

……ああ、可愛いなぁ。できるならこんな素直な子供たちを相手に教師、やってみたかったなぁ。

 

「だったら、会える方法を探すんだ。諦めたら、ほんの少し残っている希望も全部ゼロになる。どんなことでも、それは同じだ」

 

「……うん。そうだねっ」

 

 原作でキルアに会いに行ったゴンのことを思い出す。……こんなこと、言わなくてもきっと本人が一番わかってるんだろうな。というか、むしろゴンの性格上、命が危ない時とかは諦めた方がいいよ、とか教えたほうが良かったか?

 

「もし三人が遠いところにいても、オレたちは友達だよね!」

 

「ああ」

 

 ん? 今何かピンと引っかかったぞ。俺のカンは微妙に当たる。6割くらいは勘違いだけど。

 

 キルア、キルア、キルア・ゾルディック、ゾルディック家……。

 

「これだ!!!!!」

 

 はい、急に叫んだせいで魚が全部逃げてっちゃいました。釣りは静かにやりましょう。

 

「あーびっくりした。どうしたの? 急に」

 

「あー、すまん。お前さんと別れるの、ちょっと早くなるかもしれん」

 

「ええっ!?」

 

 ククルー・マウンテン。ゴン・レオリオ・クラピカがキルアを迎えに行った場所。

 あそこの守衛さんとこだったら何かむっちゃくちゃ重いスリッパとかあった気がする。扉開ける修行みたいなの、やってた気がする! ……多分。あとでパームに詳しく聞いてみよう。俺の記憶が正しければ、あそこが一番体を鍛えるのに適した場所だったはずだ。……天空闘技場とか、怖くてまだ行けねーし。

 

「別にまだ元の世界に帰るわけじゃない。この世界の、別の国に行くだけだ。会おうと思えばすぐに会える場所にな」

 

 行かないでよ! と顔に書いてあるゴンに、そう言って頭をなでる。

 

「それに、二人にも話してみないとわからないしな。あいつらがここにいるって言えば俺もそうするだろうし」

 

「じゃあ、島を出るとかそんな話? 船に乗ったら会いにいける、そんな場所?」

 

「ああ、そうだ。それと、これは約束する。俺たちが元の世界に帰れるようになっても、帰る前に必ずお前さんに会いに行くよ。パームとシュートもきっとそう言うはずだ」

 

 そう言って、小指を出した。ゴンは笑顔で自分の小指を俺の出した指に絡ませる。

 

「指きりげんまんウソついたら針千本のーますッ!」

 

 ん? ゴンが親指を出してきた? なんかよくわからんが俺も親指を出す。

 

「誓いのチュー!」

 

 げっ! そういえばそんなのがあった。男同士でもやるのか、誓いのチュー……恐るべし、くじら島。

 

「ゴン。お前さんの進む道は厳しい。それは、お前さんがハンターになると決めた時からすでに決定されたことだ。辛いことも、悲しいことも、目を逸らしたくなるような出来事もたくさんある。それでもお前さんは、お前さんの道を進め。諦めたら、可能性は0%だ。いいな?」

 

「うん!」

 

『諦めたらそこで試合終了ですよ』とか言ってみようと思ったがやめた。ゴンには絶対通じない。シュートのかーちゃんがバスケ選手だったっていうから、あいつには通じるかもな。でも野球馬鹿だから、マンガ知ってるかどうかが疑問だな。

 

 逃げた魚も戻ってこなさそうなので、俺たちは釣った魚を持ってそれぞれの家に帰ることにした。明日は、ゴンと一緒に商船の売り物を見に行こうと約束して別れる。

 で、多分そこで売っているだろうと思われる世界地図を手に入れて、……この島とは、一旦おさらばだ。

 あー、その前に二人に相談しなきゃなー。多分、俺の戯言に付き合ってくれるはずだ。力を手に入れたいのなら。

 しっかし、俺の念能力って一体どーなってんだか。特質すげーとか思いながらジャンプ読んでた頃が懐かしいよ。

 赤いコンタクト入れて『絶対時間』(エンペラータイム)とか、使えたら楽なのになぁ。



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球児

 うーん、この一ヶ月の修行で、オレもかなりそれらしくなってきた。あ、念の扱いが、ね。

 一分で倒れていた堅も、今では15分くらいならもつ。……あんま変わってないとか言わないでね。

 何にも知らないオレにしてはものすごい上達の早さだと思うよ。たぶん。

 

 時間はともかく、堅をしながら考え事ができるようになったのが、実は一番大きい。

 能力、しかも『攻撃的な』モノって奴を早く考えなくちゃいけないから。

 でも、正直候補がありすぎて困ってる。二人に相談してみよう。とりあえず、二つは勝手に作っちゃったけど。

 

「ねーねーパーム、ウイングまだ釣りしてんのかな」

 

「んー、多分。それかゴンに連れ回されてるかもね」

 

「そっか。ウイング、何気に子供ウケいいもんなー」

 

 くじら島自体に子供はそんなにいないけど、旅行・観光で来る子供は結構いる。大抵はゴンがその場にウイングを無理やり連れて行くんだけど、なぜかどんな子でもウイングには懐いてるんだよな。よじ登られたり、ズボン下ろされたり、髪の毛むしられたりもしてるけど。元気な子供・引っ込み思案な子供・その他諸々、必ず気に入られてる。そして、ウイングもそんな状態にまんざらでもなさそうだ。ちなみに、その『子供』の中にはもちろんゴンも含まれる。

 外見は同じ10歳なのにゴンは、オレたちには同類・仲間みたいな感じで接してくるのに対して、ウイングには明らかに甘えのような雰囲気が混じっている。ゴンには父親がいなかったというから、親父さんに構ってもらっているような気分なのかもしれない。

 

「高校教師っていうより保父さんの方が似合うよなきっと」

 

「あー、園児に引っ張りまわされるウイングの様子とか目に浮かぶわー」

 

 バン!

 

「魚、大量に獲ったどー!」

 

 噂をすればなんとやら、だ。保父さんはドアを足で蹴り開け、川魚を両腕に抱えたまま乱暴に足で閉めた。

 

「あのさー、パームとウイングに相談があるんだけど」

 

「ああ、俺もちょっと話があるんだ。別に急ぎじゃないからお前さんの方が先でいいぞ」

 

 譲ってもらったので、早速本題に入る。

 

「俺も、発……能力を決めようと思うんだけど、相談にのってもらおうと思って」

 

「前に、野球関連の能力にするって言ってたよねぇ。具体的に浮かばないとか?」

 

「その逆だよ。何か色々たくさん思いついちゃって、どのくらい使えるのかわかんないから聞いてみようと思ったんだ」

 

 二人がおお、と、ちょっと感心したような目でオレを見た。ふふん、オレだってただのんびりと堅の修行ばっかしてたわけじゃないんだぜ!

 

「んで、えーと、もう作ったというか、できちゃった能力があるんで、それを先に紹介するよ」

 

 オレは手のひらに意識を集中させる。そして、ピンポン玉くらいの念の球を作り出した。

 

「一応、堅してて。なんかあったらヤバいから」

 

 二人が堅状態になったのを確認してから、その球を、軽く放った。すると、それがまるで意思を持ったように、速度を保ったまま軌道を変えて、ウイングの肩にぶつかる。

 

「いってぇ!」

 

 あ、やっぱり堅してもらっといて良かった。あんな小さな球でも結構威力があるんだな。

 

「ごめんね、ウイング。これがオレの最初の能力『暴投王』(アラカキ) 念をボール状にして投げると、一定範囲内の、オレ以外の誰かに必ずぶつけることができる能力」

 

 肩を押さえながら、ウイングが尋ねてくる。マジで痛そうだ、ごめんなさい……。

 

「その、一定範囲ってのはどのくらいだ?」

 

「だいたい18mくらい。正確には18.44m。マウンドからホームベースまでの距離と一緒。それから、相手を視認してることも条件に入るから、実質オレの前方180度に半径18mくらいかな」

 

 パームは面白い制約だなーとか言いながら頷き、ウイングはちょっと考え込んでいる。

 

「誰か、ってことは味方に当たる可能性もあるわけだな」

 

「もちろん。敵だけに限定したら威力がガタ落ちしちゃうし」

 

 一応、制約と誓約の概念も頭に叩き込んだつもりだ。

 

「んで、もっと大きなボールにして……っていっても、野球のボールより大きくすることはできないけど……、それとオレが全力で投げた時の球速がストレートで大体140キロ前後だから、当てたら相当なダメージになると思う。あ、あとひとつ、誓約。一日に、同じ人間に四回ぶつけたら、そのダメージが倍返しでオレに返ってくる」

 

 デッドボールでの満塁押し出しサヨナラ負け。嫌な思い出だけど、こんな形で活きてくるなんて、あの時は夢にも思わなかったなあ。おかげでイメージもすごくしやすかったし、考えてる間に勝手に能力の方が制約誓約込みで完成されていった感じだった。実はこれ、初めて使ってみたんだったりする。通りがかりの人で試したら多分死んじゃうし。

 

「うん、野球のルールとシステムに合わせて、制約と誓約がうまくできてるじゃないか。けど、頼むからもう俺達が範囲内にいる時には使うなよ、マジで」

 

 ウィングが思いっきり真剣な眼で訴えてきた。そんなに痛かったのか……あんまり、球に力は込めてないつもりだったんだけど。気をつけないと、考えてるより強力なのかもしれないな。

 

「それからもうひとつ、作っちゃった能力があるんだけど……」

 

「もうひとつ!?」

 

「うん。能力名は『世界の王』(ワンチャン) 棒状のものを振ると、狙った敵に向かって球状のオーラが飛んでいく能力。使い慣れた道具がいいっていうんで、あっちの世界から持ってきた愛用のバットを使ったら効果は格段に上がったけど、一応普通の棒切れでも細めの木くらいならなぎ倒せた。王監督が現役時代にHRを量産した後楽園球場のセンターまでの距離、120.8m先まで狙うことができる遠距離用の能力にしたつもり。動く人とかが相手だと命中率がかなり下がる……んだけど、一本足でバットを振ったら割と当たるようになった」

 

ごく軽い制約だけど、言葉遊びとかそういう概念と一緒で、王監督のバッティングスタイルを制約にすることで、これよりも重い制約と同等の力を手に入れられた……んだと、思う。ついでに『一本足』打法には実際の王監督のスタイルの他に、現役時代の背番号の『1』、それにニックネームの『ワン』ちゃんをかけている。これも、効果に出てるのかな?

 

『暴投王』(アラカキ)ほどの攻撃力はさすがに得られなかったけど。

 

「……野球オタク」

 

「だな。しかも筋金入りだ。俺、後楽園球場の距離なんて初めて知ったぞ」

 

「別にいいじゃないっスかー」

 

 好きなことなら何でも覚えてるもんなんだよ! 特に、ガキの頃に好きだったものは!

 

「あと、あんま意味ないスけど、生卵ぶつけられたら威力倍増っス。で、今の王監督の背番号89とか、ホームラン記録868本とか、そういうの組み込めないかなーと思ったんスけど……」

 

「あーもういいもういい。現段階でじゅーっぶん使える能力だ、よくやった」

 

 えー、オレ的には全然納得いってないのに。

 

「で、それだけだろうな? 能力」

 

「実際に作ってるのはこの二つだけッス。でもまだアイデアとしては、バットを振って、確実に相手に当たるけど威力は小さいボールをぶつける『ノックの達人』(モリワキ)とか、オーラを飛ばして、その場所まで瞬間移動する『盗塁王』(ムネリン)とか、あとピンチになったら自動で発動して相手を燃え上がらせる『炎の中継ぎ』(マチャオ)とか、あと、マシンガンみたいに球を打ち出す『百打点カルテット』(ダイハード)とか、それと、本物のボールを使って超剛速球をぶつける『男投げ』(カズミ)とか、短くバットを持って包み込むように打つことで威力をアップさせる『代打の切り札』(オオミチ)とか、あと」

 

「まてまてまて、もういい。これ以上作ったらお前さんのオーラの限界値超えちまうだろうが。とりあえずお前さんの野球愛だけは痛いほど伝わった、つーか、イタい」

 

「私には全然全くこれっぽっちも介入できない世界だ……」

 

「俺だって、人名いくつかしかわからんよ」

 

 二人が完全に呆れている。……いいもん、オレには野球があるもん。球とバットだけーがー友達さ~♪

 

「とりあえずはその二つだけにしとけ? な? 悪いことは言わんから」

 

「あ、でも、さっき言ってた念を飛ばして瞬間移動、って言うのはあったら便利なんじゃないかな。基本的に近距離で戦う能力じゃないから、敵からの距離をとるのにいいかも」

 

 川崎選手な。あの人はオレの、盗塁の心の師匠だ。いつかはイチロー選手との合同キャンプにオレも混じりたい。

 

……よし、ベース間の距離を上限にすれば多分問題ないだろ。んで、実際は瞬間移動じゃなくて盗塁するわけだから、間に壁とかあったらそこでぶつかってダメージ受けるとかにすれば、かなり瞬間に近い速度で移動できるはず……! あっでもあの人関連の能力だったら『神の右手』とかもアリじゃね? あと車庫入れが下手だから、何かそれ関係のトリック仕込むとか……

 

「……なんか考え込んでやがるぞ」

 

「多分、その、名前忘れたけど何とかっていう選手のデータとか記録とか頭の中に呼び起こしてるんじゃない?」

 

「……俺、なんかこいつを見る目が変わりそうだわ……」

 

「私も……」

 

 

 二人の生暖かい視線とクールなアドバイスにより、オレは新たな能力、『盗塁王』(ムネリン)を手に入れた。

 

 前もって戦う場所に念を仕掛けておいて、トリッキーに動いたり攻撃される直前に避けることも可能だとか、そういう発想はオレには全然なかったから相談してホント良かったと思う。持つべきものは仲間だな。団体競技サイコー!

 

 制約は、オーラを飛ばせる及び移動できる距離の最大が、ベース間の距離27.431m(90フィート)。オーラを飛ばす時に障害物があると、そこにぼとっと落ちる。移動時に自分と移動先の間に障害物があると、それにぶつかって動きが止まり、結構なダメージを受ける。一旦設置したオーラは触れることではがせる。一回移動すると、その場所に設置してたオーラは消える。……うん、こんなとこかな。

 

 ためしに部屋の端から反対の壁際にオーラを飛ばしてみる。んで、移動! お、念じるだけでオッケーぽい。

 

「よし、ほぼ瞬間移動だ。だがシュート、飛ばすオーラは陰で隠しておけよ。下手したら敵に見破られる」

 

「了解ッス!」

 

 こうして、オレの能力はほぼ確定した。

 

 ほぼ、というのは、オレは他に思いついた能力を捨てる気がないぜ、って意味だ。もっと修行してオーラ量増やして、絶対他の能力も手に入れて見せる!

 

「……あー、野望を燃やすのは非常に結構なことなんだがな、能力として出せる数……メモリは基本的に一定値だから、修行でオーラ量増やしても能力を増やすことはできないと思うぞ」

 

 ウっソ! マジで? ……へ、へへ……燃え尽きちまったぜ……真っ白に、な……。

 

能力名『暴投王』(アラカキ)

・球状のオーラ(最大で野球のボール大)を投げることで、確実にターゲット一人にぶつけることができる。

・能力者が視認しており、かつ半径およそ18mの範囲内にいる人(あるいは能力者が認識している生物)全てがターゲットとなり、複数の場合はターゲットを選ぶことはできない。

・能力者自身はターゲットに含まれない。

・同じターゲット相手に一日四回以上ぶつけると、能力者はそれ以上のダメージを負う。

 

能力名『世界の王』(ワンチャン)

・棒状の何か(バット程度の長さがあれば、何でも構わない)を持ってスイングすると、任意で野球ボール大のオーラを飛ばすことができる。

・狙える範囲は、120.8m以内の、能力者から視認できるものに限る。

・必ず、一本足打法でスイングしなければならない。

 

能力名『盗塁王』(ムネリン)

・事前にオーラの塊を飛ばしておくことで、飛ばした先の任意の場所にほぼ瞬間移動できる。

・飛ばすオーラの塊の数については無制限だが、出すたびにオーラを使用することになる。

・出したオーラは触れることで任意に回収でき、それによって使用したオーラ分だけ回復することができる。

・実際には超高速で動いているので、間に障害物があるとそれに激突し能力者は大ダメージを受ける。

・オーラを飛ばせる範囲および移動できる範囲は、能力者を中心におよそ27m以内に限られる。

・オーラを飛ばす際に障害物があると、重力に従ってその場に落ちる(接着性などはない)

・一度移動をすると、設置されていた念の塊は消える。




最初にこのSS書いたのが5年以上前なので、シュートの知っている選手の範囲が年齢に対してちょっとおかしいのはご愛嬌。
今だったらまーくんとかマエケンが出てくるのかな?
ホークスだったらギータとか今宮とかか???


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別離

 私たちは今、ゴンの案内で、年に何度かやってくる商船の開く港市に来ている。

 規模の大きいバザー、といった雰囲気で、テントの下には食べ物から生活用品、何に使うんだかさっぱりわからない道具まで様々なものが並んでいる。

 フエルミラーのおかげで、とりあえず買えない様な金額のものはない。ので、集合時間だけ決めておいて、各自が自由に品物を見て回っている。

 

 私は、お風呂だけでなく度々夕食をごちそうになったミトさんへのお礼に、珊瑚玉のブレスレットと珍しい焼き菓子をいくつか購入した。多分、男どもはこういった気遣いはできないと思うから。っていうか絶対あの二人がそんなところまで気が回るわけがない。

 あとは、適当にブラブラしていると、刃物を専門に扱っている商人が、さまざまな商品を並べて呼び込みをしているのが目に付いた。

 包丁やサバイバルナイフのような小さな物から、斬るというより叩き割るために作られたような大型の両手剣まで、節操なく並べられている。うわ、十徳ナイフまであるよ。

 

「お嬢ちゃん、こんなのはどうだい?」

 

 薦められたのは皮むき機。ジャガイモとかの皮をむくのに便利なヤツだ。別にいらない、ナイフで充分事足りるし。

 無造作に並べられた刃物の中に、面白いものをひとつ見つけた。……これだから、原作の知識って、便利。

 鞘から抜くのに少し力が要り、引き抜いたそれは手入れを怠っていたのか、赤錆でボロボロになってしまっていた。

 

「おじさん、このナイフいくら?」

 

「ん? そいつはボロいしなかなか売れなかったしなー、鞘込みで200ジェニーにまけとくよ。しかしそんなもの何に使うんだい?」

 

 500ジェニーコインを渡して、おつりとナイフを受け取る。一足先に待ち合わせの場所へと向かい、適当に座った。さっきその辺で拾った小枝にオーラを纏わせて、二箇所の目釘をトントンと打ち抜く。刀身を柄から引き出す。日本刀に近い作りのそのナイフの隠れた場所には、銘ならぬシリアルナンバーが刻まれていた。

 

「ふふっ」

 

 意外なお宝を前に、私は目を細める。ほんの少しオーラの見えたこのナイフ、十中八九ベンズナイフだろう。攻撃能力がない以上、こういった武器は、私にとって身を守るためには必要不可欠。うれしくて、ついつい笑みもこぼれてしまうってもんだ。売り払って、もっと使い勝手のいい武器を買ってもいいしね。

 刀身を再び柄に押し込んで、目釘を刺して固定する。居合や剣道の素養がない私には、こういった小さなナイフの方が小回りが利いてきっと使いやすいはず。あとは、この赤錆をどうするか……そりゃもちろん、アレでしょう。

 

 ぽっぺけぺっぺっぱーっぱーっぱー♪

 

「タイムふろしーきー!」

 

 突然のファンファーレに道行く人たちが振り返ったけどキニシナイ。気にしたら負けかなと(ry

 ちなみに道具の名前を呼ぶのは別に制約ではない。そんなことしたらノドつぶされて一巻の終わりだもん。つまり、単なるシュミ。

 さっそく風呂敷でナイフを包み、待つこと数分。はい、新品のベンズナイフの完成♪きっと、日本人とやりあった後に作ったナイフなんだろうなー。ん? JAPPONだっけ、こっちでは。

 

 次に待ち合わせ場所に来たのはシュートだった。何も持っていないところをみると、特に買いたい物はなかったんだろう。

 

「なにそれ、ナイフ?」

 

「うん、護身用にね」

 

 ベンズナイフの説明はめんどいので省略。ナンバーが浅いから結構な高値で売れるかも。ナイフくらいの大きさで日本刀型ってのも珍しいだろうし。ヨークシンのオークションとかにかけたらいい値がつくかなー。特に毒とかは塗ってなさそうだけど、日本刀を模しただけあって切れ味は鋭そう。うん、ホントいいもの手に入れた♪

 時間つぶしに、適当におしゃべりしながら買った焼き菓子をいくつか二人でつまんでいたら、あとの二人が一緒にやってきた。ゴンは新しい釣竿を買ったのかな? ウイングは……ま、最初に買うって言ってた世界地図だけだろな。

 

「お前さんたちは、何か面白そうなもの手に入れたか?」

 

「なかった」

 

 シュートは口を尖らせて、にべもなくそう言った。さっき聞いた話だと、野球のバットとグローブとユニフォームとボールを捜し回ってたらしい。……ホント、野球バカ。

 

「私は欲しい物手に入ったよー」

 

 私の左手にはナイフ、右手にはミトさんへの貢物。

 

「さ、んじゃ、ミトさんに挨拶しに行って、それから出発しようね」

 

……二人が目を丸くして顔を見合わせている。あーあ、やっぱりミトさんにご挨拶するという発想がなかったんだなー。失礼なヤローどもだ。散々お世話になっておきながら。

 

「オレも一緒に行きたいなぁ」

 

 ゴンがポツリとつぶやく。もちろん、ついてこさせるわけにはいかないし、実際についてくるわけでもないだろう。ただ、ひと時の別れがさびしいだけ。それは私たちも同じだ。

 

「また絶対に会うしな。そん時は立派なハンターになったお前さんを見せてくれよ?」

 

 小さく頷くゴンの頭をなでているウイング。……ことあるごとに頭なでるよねこの人。ショタコン? 私もシュートも何回なでられた事か……両刀?

 

「……お前さん、なんか相当失礼なこと考えてやしないか?」

 

 ウイングに睨まれた。どうしてそういうところだけカンが冴えてるかな、オーラ少ないくせに。オーラ関係ないけど。

 

 感情の起伏が激しいミトさんは、さびしくなるわね、と、泣いていた。私も少し、もらい泣きしそうになった。

 彼女にプレゼントを渡し、今までのお礼を述べて、そして小屋へと戻る。小屋まではゴンも一緒についてきた。

 

「そういえば、ゴンはなんで最初、この小屋にこようって思ったの?」

 

「猟師さんがずっと昔に使ってた小屋で、今まで誰も住んでなかったのに急に人の気配がしたから変だなって思って」

 

 そっか。だから特に生活用品がなかったんだな、狩猟の時期に一時的に利用するだけの小屋だから。ベッドがあっただけでも良かったのかもしれない。硬かったけど。つかほとんど単なる板+毛布だったけど。

 

「ねえ、ホントにまた、会えるよね?」

 

 ゴンの問いかけに、私たちはそろって同時に頷く。もう『主人公ルートに近寄らない』なんて言わない。……危険な所は避けさせてもらうけど。

 

 ドラ焼きはすでに先ほどの市場で三個ほど食べた。体重がちょっと気になるけどキニシナイ。

 ポケットを具現化して、どこでもドアを出す。マヌケなファンファーレが、なんだかいつもよりいっそう笑えた。

 ゴンはウイングの予知能力(笑)を信じたくらいなので、何があっても興味を示しこそすれ、今さらそんなに驚いたりはしない。念を覚える頃には、私たちの能力に気付くかもしれないね。

 扉部分に地図を入力する。そして、ククルーマウンテンを意識しながらノブを握り、開く。ドアの向こうは、もう小屋ではない。そびえ立つ山が、遠くに見える。

 

「じゃあね、ゴン」

 

 サヨナラは言いたくない。永遠の別れに似てるから。だから私たちは互いに笑顔で「またね!」と手を振る。

 

 扉を閉めて手を離す。ドアが消える。

 

 こうして、私たちは一ヶ月強に及ぶくじら島での生活に終止符を打った。

 またね、ゴン。またね、くじら島。



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就職

 ドアを抜けた場所は、ゾルディック家のまさに真ん前、試しの門の前。実際に見るとマンガ以上に迫力があるな。つかでけぇ! やべぇこんなん開けられるわきゃねぇ!

……と思ったら、シュートが開けようとしている。バカかお前さんは! 開くわけが……

 

ズズ……

 

 動いたよ!1の扉の片方だけだけど、念無しでちょっぴり動かしちゃったよ!

 シュート、恐ろしい子……!

 

「ちょっと! 何やってるんだい君達!」

 

 ほら守衛さん来ちゃったじゃないか! そりゃそうだよな。天下のゾルディック家に不法侵入ぶちかまそうとしたんだもんな。人が通れるほど扉、開かなかったけど。

 

「ごめんなさい、ゼブロさん。この子、こういう力試しが大好きで、ついやってしまったんです。許してください」

 

 パームが代わりに謝っている。そうか守衛さんの名前はゼブロさんか。すっかり忘れてたよ。

 シュートはゼーゼー言いながら悔しそうな顔で門を見上げている。いや、お前さん充分凄いってば。

 

「君たちみたいな普通の子供が開けられる門じゃないですよ。全く、なんて無茶なことをする子だ」

 

「あのー……俺を、ミケのエサ係かなんかとして雇っていただくことって、できますか?」

 

 はい、三者三様にギョっとした目で見られました。予想はしてたけどそんなに見つめられたら俺照れちゃう★

 じゃなくて。いや真面目に。

 

「給料はいりません。三人分の食事と、寝る所さえ準備していただければ充分です。働くのは俺一人ですけど」

 

「はぁ……突然やってきてそんなことを言い出す人は君が初めてですよ。でもねぇ……門も開けられないようじゃとてもここの仕事は……」

 

 ゼブロさんが言い終わる前に、俺は門の扉を、片方だけ開けた。……念で強化した上に全力で押して、片方だけなんだけど。しかもなんかシュートよりゼーゼー言ってるけど。手を離して挟まれる前に即行で逃げてその場に座り込んだ俺ヘタレ。

 

「こりゃ驚いた。片方だけとはいえ、ここの坊ちゃん方やカナリアちゃん以外でこれを開ける事ができる子供だなんて……」

 

「と、とりあえず、条件は満たせ、た、でしょう、か……」

 

 パームが横でニヤニヤしている。いやがらせか? 殺すか? ……あーあー、どうせ、お前さんなら念を使えばもっと楽に開けられるんだろうよ。

 

「うーん、あたしの一存じゃ決められないからねぇ……とりあえず、こちらへどうぞ」

 

 ゼブロさんが門の脇にある守衛室に案内してくれて、お茶まで淹れてくれた。いい人だ。

 

「ツアーで来た訳でもなさそうだし、そこの扉には目もくれずに門を開けようとするし……君達、一体どうしてまたこんなところで働こうと思ったんだい?」

 

「ちょっと事情があって、三人とも体を鍛えたいんです。少なくとも、ここの1の扉を余裕で開けられるくらいには。……で、これは企業ヒミツなんで言えないんですけど、ここの事、門の事、ミケの事、そして何よりあなた方が日々暮らしている使用人の家の事を知りまして、こうしてお願いに来た次第です」

 

 ここの湯呑みは普通の湯呑みだ。ああ、お茶がおいしい。疲れた体に染み渡る。

 

「うーん……君と話していると、なんだか子供と話してる気がしないねぇ」

 

 中の人は25歳ですから、なんていっても信じてもらえないので黙っておく。シュートがキョロキョロしている。うだつの上がらないやつだ。

 

「ちょっと待ってて下さいね。聞いてみますから」

 

 席を離れ、ゼブロさんはどこかに電話をかけている。まさかここ(門の外)から屋敷には繋がらないだろうから、多分執事室にだろう。

 

「ねえ、ウイング。何で私たち三人とも雇ってくれって言わないのよ」

 

「オレたちだって少しは役に立つはずだぜ」

 

「なぁに、こういう仕事は年長者に任せときゃいいのさ。お前さんたちには体を鍛える事だけに集中してほしいからな」

 

 勿論、嘘だ。……正直、『大人』として、思春期の子供らに……この世界にいる以上、無理な事はわかっていても、できるだけヴァーチャルな世界以外での『死』『殺人』を見せたくない、慣れさせたくない。それが、本当の理由。

 

 納得いかないといった顔でシュートがさらに口を開こうとした時、ゼブロさんが戻ってきた。

 

「OKがでましたよ。お給料は出ませんが、代わりに三人分の食事や宿は提供いたします。ご存知のようですが仕事の内容は、ミケの世話と後始末、それにこの周辺の掃除だとかそんな感じですね。しかし本当にお給料もらわなくていいんですかい?」

 

「はい、構いません。ご尽力くださってありがとうございます」

 

 ゼブロさんにむけて、頭を下げる。

 

「いやいや、あたしはただ上に聞いただけですから、何もしちゃいませんよ。どのくらいの期間ここにおられるのかは知りませんが、よろしくおねがいしますね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 互いに笑顔で手を差し出し、握手をする。顔には出さないよ、出さないけど……痛ってぇ! やっべーギュってなったよミシってなったよメリって音したよ! ひどいよゼブロさん!

 

「ところで皆さんは観光ビザでお越しですか?」

 

「いえ、不法入国です。……ナイショにしといてくださいね」

 

 ニヤリと笑って、パームが人差し指を立てて唇に当てる。……やっぱ俺さ、お前さん変化系だと思うんだけど、そこんとこどうなのよ?

 

 なんてことはともかく、ゼブロさんに扉を開けてもらって、俺たちは使用人の家に案内された。途中でミケを見た。べ、別に怖くなんかないんだからねッ! 俺チビッ子だから、ほんのちょっと、ゼブロさんの影に隠れちゃっただけなんだからッ!

 

「シークアント! 交代の時間だよ!」

 

 家から出てきた胡散臭そうなおっちゃんにも、一応頭を下げる。……確か元プロハンターだ……ったはず。シークアントって名前なのか。駄目だ俺、ネフェルピトーとかネテロ爺さんとか、最近出てきたキャラの名前しか覚えてねーや。

 

「ん、客か? 珍しいな」

 

「いえ、今日から一緒にこちらで働かせていただくウイングと申します。よろしくお願いします」

 

 なんかさ、そろそろ慣れてきた。ヒトじゃないものを見るような眼差し。でも、この人の視線からは、何か怯えみたいなものを感じる。……ちっさい執事の女の子に子分ごとボッコボコにされたんだっけ? トラウマになるには充分だよな。そこで雇われるのもどうかと思うし雇う方もどうかと思うけど。

 

「いや、俺も割と最近入ったばっかりだからな、まあよろしくやろうぜ。あとの二人は何だい?」

 

「あ、俺のオンナとパシリでぐはぁ!」

 

 問答無用で同時に殴られた。すいませんごめんなさい調子に乗りすぎました。痛いです頭は勘弁してください。

 

「三人で体鍛えるためにここに来たんだそうだ」

 

「へぇー、正気か? ゾルディック家で修行とは、随分突飛なことを考えつく小僧だな」

 

 ぐりぐりと頭をなでられた。痛い痛い、俺が地面にめり込んじゃうよ! ここの人ら感覚おかしくなってるよ! でも、そのくらいにならないといけないんだろうな、俺らも。

 

 家の扉は俺の筋力でも、念無しで開ける事ができた。……ギリギリ片方だけ。俺ヘタレ。マジで鍛えないとな。

 念をうまく使ってスリッパでてくてくと歩くパームと、筋力のみで無理やりずりずりと歩くシュート。なんか「ふんぬらば!」とか言ってるけど気にしない。俺? 最初から履いてない。だ、だって足の指折れそうなんだもんよ! もうちょっと鍛えてからにするよ!

 んで、家の中で再びお茶を淹れてもらいつつ、互いに自己紹介をした。ちなみに最初にいただいたお茶の感覚で湯呑み持とうとして重さに耐え切れずプルプルしてひっくり返したのはナイショだ。また笑われた。やっぱり俺ヘタレ。

 

どこまでやれるか、どのくらいの期間でどのくらい強くなれるのか想像もつかないけど、やるしかない。やろう。やれるかな。やれるといいな。

 とりあえずゼブロさんに借りた上下50キロの服を着てみた今はちょっぴり後悔している。

 結局どこまでいっても俺ヘタレ。



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友情

 ウイングが働いている間、オレとパームは修行に励んでいる。

 オレの場合、筋力に関しては今まで積み重ねたものがあったので、最初から150キロの服を着て生活している。パームは念を使わずに、あの家の中で筋力トレーニングをしているようだ。まだ、何とか湯呑みを片手で持てる程度。

 オレは念の修行もだけど野球の練習も怠りたくなかったので、一本の大きな木に的をナイフで削って、持ってきたボールで的当てなんかをやっている。あと、素振りとか。服を着たままだと結構しんどいけど、きっとこれ自体がイコール筋力トレーニングになっているはず。それのほかに、家の中で一日一時間ほど、堅の練習。纏に関してはもう、そのまま普通に生活できる。

 

 というわけで、今日も的に向かってボールを投げている。……面白くない。

 ふと、パームに教わった『周』を思い出した。道具にも念を纏わせて使用する、アレ。

 ボールに、オーラを移動させる。オレは『流』が苦手で少し時間がかかったけど、やがてボールも煙を纏う。

 そして、的に向かって投げてみた。

 

 高校生の時、オレの公式MAXスピードは145キロだった。たぶん、それを遥かに超越したスピードで球は木の幹を突き抜け、どこかに飛んでいってしまった。……探しに行こう、貴重なボールだし。

 

「すっげー」

 

 上から声がした。……上?

 

 見上げると今のオレと同じくらいの年頃の少年が、逆さまになって木にぶら下がっていた。

 そして、スケボーを片手にくるりと一回転しながら着地する。……身軽だなあ。

 

「お前、初めて見る顔だな。新しい使用人か?」

 

「使用人の、ツレ。オレ自身は働いているわけじゃない」

 

 オレを上から下までジロジロと見て、それから、彼は言った。

 

「オレ、キルア。お前は?」

 

「……シュート」

 

 シュート、シュートか、と小声で繰り返し何度か頷くと、彼はにっ、と、歯を見せて笑った。

 

「お前自身が使用人じゃないならさ、オレと友達になってよ」

 

 初対面の少年に「友達になってくれ」……これはどういう状況なんだ? っていうかコイツ誰?

 微妙にテンパっているオレに、気にせず彼は言葉を続ける。

 

「お前、野球やるのな。さっきの球、マジですごかった。あんなん受けるのはさすがに無理かもしんないけどさ、オレと今度キャッチボールしようぜ」

 

……父さん、母さん、オレ、この世界で初めて『キャッチボール』なんて単語を聞きました。

 やっべーうれしい、顔がにやける。一人での練習に嫌気が差していたので、マジでうれしい。

 

「オレさ、今から仕事だから、帰ってきたらキャッチボールな。忘れんなよ!」

 

「あ、でもグローブないけど……」

 

 この世界に来たとき、オレが持っていたのはバットとボールだけだった。グローブは、持ってきていない。

 

「じゃあついでに買ってきてやるよ。フツーの、野手用のヤツでいいんだろ?」

 

 驚きつつも、頷く。やべーコイツ、マジで話が通じる!

 

「仕事のついでって、その年で仕事してんのかよ。何やってんだ?」

 

「暗殺」

 

 つまらなさそうに、彼はぼそっと言った。……聞き間違いか? 今、暗殺って言わなかったか?

 

「……もしかして、ゾルディック家の人?」

 

「ああ、フルネームはキルア・ゾルディック」

 

 えーと、ここはゾルディック家の敷地で、ゼブロさんやウイングが使用人で、……ってことは、コイツが雇い主?

 

「えっと、オレ、友達とか……いいのかな。ゾルディックの家の人と」

 

「オレがいいっつってんだからいーんだよ!」

 

 そうか、いいのか……。いいんだな、よし!

 

「じゃ、今からオレら友達な! よろしく、キルア!」

 

 そう言うと、キルアはものすごく嬉しそうに笑った。とても暗殺者には見えない。年相応の笑顔だ。

 

「オレさ、こっちの世界に来てから野球のこと話せる相手がいなくてすげー寂しかったんだ。キルアに会えてマジうれしいよ」

 

「……オレなんか、お前が初めての友達だぜ?」

 

 やっぱり暗殺業なんかやってると、同年代の友達とかできないんだろうか。そもそも義務教育とかないのかな、この国。

 でも、そんな事よりオレは、単に、キャッチボールの相手ができた事が嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。ウイングはめんどくさがって相手してくれないし、パームは興味すらなさげだし、ゴンと真似事みたいなのはやったけど、主にオレは教える側で、対等にキャッチボールって感じじゃなかったし。

 

「ん? 『こっちの世界』って何だ?」

 

「あ、ああ、この国、って事」

 

 説明するのが面倒だし、オレがもし年上だと知ったら多分、また、ゴンの時のように微妙な線を引かれてしまうだろう。だから、黙っていた。嘘はついてない。

 

「そっかー。んじゃ、さっさと仕事終わらせて帰ってくるからさ、それまでにボール探しとけよ、シュート!」

 

 スケボーに乗って、キルアは門の方へと去っていった。

 彼の『友達』になるってことがどういうことなのか、この時のオレには全くわかってなくて、ただ純粋に野球のことを話せる新しい友の存在に喜んでいた。

 

 足取りも軽く、木を貫いたボールを探しに行く。変化球を投げていたら探すのに手間取ったかもしれないけど、幸いただのストレートだったので、まっすぐボールの飛んでいった痕跡を辿ったら森を抜けたあたりですぐに見つかった。……たぶん、距離にすると30キロくらいはスキップしてたと思う。服の重さも全然気にならなかった。

 帰りも勿論スキップで。家に着くとウイングもちょうど仕事から帰ってきてた。

 早速オレは、パームとウイングにも新しい友達のことを話す。ハイテンションのオレは、二人の顔色が真っ青になった事にしばらく気がつくことができなかった。



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猟犬

 ウイングは、自分が仕事をすると言い、正門には近付くなと言った。

 ゴネた。ひたすらゴネた。だって、ミケたんに会いたいんだもん。動物大好きですが何か?

 徹底的にゴネまくった後、オーラを纏わせた湯呑みで殴ろうとしたら、快く許可してくれた。

 ただし、ウイングが門の外にいる時&彼からの合図があったらすぐに家に戻る事。この二つが条件だった。ウイングは私たちに人が死ぬのを見せたくないらしい。そりゃ、私だって見たくない。

 

 そして、今日も家を抜け出してミケに会いに行く。まだ扉を自力で開ける事はできないので、念を使って。

 名前を呼んだら、すぐに出てきてくれた。ああん、可愛い♪

 どうして原作でゴンがコミュニケーションとろうとしなかったのか不思議でならない。

 戦うのはマジでゴメンだけど。

 

「ミケー、ブラッシングしてあげるからちょっと座ってー」

 

 言われたとおりに腰を下ろして、私がのぼりやすいように頭を下げてくれる。正直かなりデカいので、よじ登るのも一苦労だ。

 ブラッシングといっても、そもそもブラシがないので手ぐし。それでも、耳の後ろや鼻の頭は気持ちいいのか、おとなしくされるがままになっている。

 

 ちなみに、この子にとっては主の命令が絶対なので、命令の邪魔だけはしないように心がけている。すなわち、ウイングからの合図(=侵入者)がきたらすぐに飛び降りて、邪魔にならないように逃げる。

 それ以外では、感情がないとか原作で言われてたけど決してそんな事はない。きっちりと訓練されて感情を抑える事ができるだけで、人の言葉も理解するとても賢い子だ。

 

 ちなみに、ミケの食事は一回分で牛2頭らしい。それプラス、侵入者。

 ヒト食べてたら太ってブサイクになっちゃうよ? と私が言った次の日、ウイングから聞いた話だけど、いつもは綺麗に骨だけで出てくる死体が頭だけ食いちぎられた状態で出てきたらしい。その日一日限りだったらしいけど。おいしいのかな、ヒト。

 

 ちょうどオデコのあたりをガシガシしていると、門の外からホイッスルの音が聞こえた。これがウイングの合図だ。私は急いでミケの頭から飛び降りる。

 

「じゃあミケ、また明日ねー」

 

 声だけをかけて、振り返らずにダッシュする。ミケの仕事の邪魔をしたら、私まで食い殺される可能性もあるし、人を食い殺すときのミケを見たくないっていうのもある。私の中のミケは、恐ろしい外見だけど普段は優しい獣だから。俗に言うツンデレってやつだ。ツンが行き過ぎて、最初はモロに警戒されてたけど、最近じゃ呼ばなくても出てきて自分から頭を下げて『べ、別にアンタがのぼりやすいようにしてやってるわけじゃないんだからねッ!』って感じだ。ああん、可愛い。コンを紹介してもらった時も思ったけど、この世界の獣って賢い子が多いなぁ。

 

 小屋に戻り、そっと扉を開ける。夜番のシークアントさんは今が睡眠時間だから、お邪魔するのもどうかと思う。もっとも彼曰く『危険を察知したとき以外はどんな場所でもぐっすりと休めるのがプロハンターってもんだ』らしいが。私たちもそこまで鍛えなきゃ試験に合格できないのかなぁ。

 

 まぁ、前の世界では枕が変わると眠れなかった私が、今ではどこでも寝れる様になったし。我ながら、人間の適応能力ってすごいものがあると思う。ちょっと練習したら私たちもそういう風になれるのかもしれない。……原作でビスケが二人にやってた特訓、やってみようかなあ。頭の上に石固定して寝るヤツ。

 ひとまず寝る時間ではないので、私はスリッパを使って筋トレを開始。50キロ着たまま腕立て伏せ100回ができるようになったので、今度は背中にスリッパを乗せて腕立て伏せ。腕立て伏せは豊胸効果もあるらしいけど10歳の平らなムネにゃ関係ないわさ。……タイムふろしきかぶって元の年齢に戻ろうかとも思ったけど、成長期の方が訓練の効果が出やすいからとウイングに止められた。

 

 スリッパ片方で100回、両方乗せて100回、それから腹筋背筋あたりを適当に鍛え終えたところでウイングが帰ってきて、交代でゼブロさんが出て行った。

 

「あー、今日はしんどかったー」

 

「お疲れさまー。今日は何かおもろいの来た?」

 

「あー、プロハンターが来たからハンターライセンスパクっといた。これ売って金にしようぜ」

 

 なんというか、セコい。フエルミラーで出したお金も銀行に預けてあるだけで1000万ジェニー位にはなってるのに。

 

「セコくて悪かったな」

 

 あ、声に出てた。ごめんごめん。全然悪いと思ってないけど。

 

「グリードアイランドをバッテラから強奪するのに金はいくらあっても足りないだろが。あー、やっぱ給料ちょっとでいいからくれって言っとくべきだったな」

 

 私たちの知識では、ヨークシンの競売に参加するかツェズゲラの審査に合格しない限り、GIに入るすべを持たない。可能性を増やすためには、確かにお金は必要だ。……旅団みたいに奪うって手もあるけど。

 

「あーあと、今日は珍しく、イルミとキルアが別々に出てった。結構時間ずれてたから、多分別の仕事やるんじゃねーかな。つか、あいつらも出入りするのにあの門使うのな。俺、隠れるのにマジ必死だったよ。うっかり目でもつけられたらやべーなんてもんじゃないし」

 

「それで今日しんどかったんだね。いつもはしんどいとか言わないし」

 

「ま、な。テキトーに殴られてカギ渡しゃいいだけだから楽っちゃ楽な仕事だ」

 

 最初は親切にもぶん殴って退散していただいてたらしいけど、最近は面倒になったのかミケにまかせっきりらしい。……だからミケが太るんだってばー。

 

「雑魚相手にしてる暇があったら体鍛えときたいしな」

 

 ウイングはもう、100キロの服を着ている。そんでもって、仕事の時は枕持ってってバーベル代わりにしてるらしい。ちなみに枕は50キロ。布団は上下、各100キロ。この世界に慣れちゃったのか、そんな数字が変だとも思わなくなった今日この頃。元の世界に戻ったら、重量挙げの世界チャンピオンくらいにはなれそうだ。

 

 マッチョな17歳の自分を想像して鬱になったところで、シュートも帰ってきた。

 

「おう、お帰り。遅かったな。今日も野球の練習か?」

 

 声をかけながらウイングはフライパンで夕食の炒め物をしている。フライパンは100キロ。菜箸は一本5キロ。あーもうホント面白いよこの家。

 

「うん。ボール投げるときに『周』を試してみたら、森吹っ飛ばして崖にめり込んでた」

 

「崖……って、こっから50キロくらい離れてない!? バカじゃないのあんた!」

 

「えー、そんなに距離なかったと思うけどなー。っていうか、それより聞いてよ! オレさ、こっちでの野球友達ができたんだ!」

 

 友達。うん、いい言葉だね。友達100人作るのは実にいいことだ。……でも、ここはゾルディック家の敷地内だから人はあんまりいないはずなんだけど、カナリアちゃんとでも仲良くなったのかな? 意外にゴトーさんだったりして。

 

「友達かー。誰だ? ソイツ」

 

「キルアって言ってた」

 

 私とウイングの時が凍りついた。これはあれかスタンドか? DIO様がどこかに隠れてるのか?

 

……なんてあほな事考えてる場合じゃない。なんちゅーことやらかしてくれてんだこの野球バカ!

 

 ウイングの炒め物が焦げる匂いがした。



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開花

……沈黙が、痛い。

 トラブルの元凶は、疲れたと言って焦げた野菜炒めを高速で食べ終えると、さっさと寝てしまった。

 軽く殺意を覚える。けどパームが本当に殺そうとしたので止めておいた。

 

 そして、焦げ野菜を前にして、俺たちは今後の事を話し合っていた。っつか二人して難しい顔して黙り込んでいる。

 

「……ドラえもんの道具にさ、記憶を消すやつとかあったっけ?」

 

 ぽつりとパームがたずねてきた。お前さんが覚えてないのに俺が覚えてるわけないだろjk。それにお前さん自身がストーリーを覚えてなきゃ具現化できないんだろうが。

 あれかタイムベルトでちょっと未来の俺らを見に行ってもらうか? いや、それだと死亡EDが確定してたら回避できなさそうで怖い。

 唯一の救いは、今この敷地内にイルミがいない事だけだ。ミルキは気にしないだろうし、シルバもちょっと怖いけどまあ大丈夫……だといいな。キキョウとカルトも怖いが屋敷に近付かなきゃまぁ大丈夫だろう。カエルみたいなジジーとキルアのいっこ下の兄弟、俺の予想が当たってれば名前はアルカ(兄弟の名前がシリトリ&三文字&中央がルになってると最近気付いた)、そいつらの性格はよくわからん。ゼノじーさんに相談しに行ってみるか? NO! 恐ろしくて行けるかよチキンなこの俺が。ダメ、絶対!

 

 回避できる未来……あーあの娘、ネオンの占いの能力があれば危機回避できるんだがマフィアに会いに行くのも怖いぞ。

 こうさ、手にペン持ってくるくるって……。

 

 ん?

 

 へ?

 

 はぁ?

 

「おいパーム、ちょっとこいつを見てくれ……どう思う?」

 

「すごく……小さいです」

 

 えーと、俺の右手の甲に変なんがくっついてます。野球の球よりちっちゃいです。そして、なんか見覚えありますコレ。

 

「……『天使の自動筆記』(ラブリーゴーストライター)……? なんでウイングが出してんのよ、しかもちっさいし!」

 

「とりあえずペンくれ。あと、お前さんの生年月日と血液型と名前……多分『パーム』で大丈夫だろうから、それ紙に書け」

 

 言われたとおりにパームが紙とペンを手渡す。俺の右手は勝手に動き出した。……速度はかなり遅い。小さい体で頑張って動かしてる不気味な天使が気持ち悪い。

 そして、自動筆記はひとつの四行詩を書き終えた時点で消えた。

 

「……四つじゃないの?」

 

「知らん。小さいと能力もショボいんだろ。とりあえず読んでみろ」

 

 パームがざっと紙を黙視し、黙って俺に手渡す。それには、こう書かれていた。

 

  白銀の子猫に餌を与えよう

  懐いた子猫は犬を伴い貴方に恩を返しにくる

  銀色の虎に決して近付いてはならない

  黒髪の死神が貴方をずっと呼んでいるから

 

「ちょっとシュート叩き起こしてあいつにも書かせろ」

 

 黙ってパームは言われたとおりに動く。何かすごい音が聞こえたが気にしない。あいつにはいい薬になるだろ。

 そしてパームが血糊の付いた紙を持ってきた。……生きてるかな、シュート……。

 

  ふいに子猫が現れて珠玉の友となるだろう

  一度離した手は二度と繋がることがない

  穿たれた針穴の隙間から零れ落ちるように

  陽炎となって消えてゆくだろう

 

「……多分、今日を含めて一週間分の占い、だろう」

 

 シュートの『珠玉の友』が現れたのは今日だからな。珠玉=ボールを通じた仲とも、とれないこともない。こじつけか。

 

「ちっちゃいから一週間分しか予言できないのかなあ」

 

「わからん。だがとりあえず、お前さんは絶対に本邸には近付くな」

 

 おそらく、白銀の子猫がキルア、犬は……ミケか、もしかしたらゴン。銀色の虎はシルバ、黒髪の死神は間違いなくイルミだろうな。あ、カーチャンの方かもしれん。

 

「穿たれた針穴ってのは、多分イルミの能力のことと掛けてるよね……キルアの頭に埋まってる……アレのせいだって」

 

「多分な。だからって針の存在を教える事はできない。これ以上原作と乖離すると先の予測が立てられなくなる」

 

 俺たちにとって、原作を知っているという事は大きなアドバンテージだ。極力主役格に影響を与えたくはない。……まぁゴンとは仲良くなったけど念とか先のことはほとんど話してないしな。キルアとも同様に接してればいいってことか?

 

「餌……ってのは、シュートのことかな?」

 

「……ま、そうだろう。あーもう、解読がめんどくせーな」

 

 っていうか俺の念能力ってまさかこれ? ネオンとまったく同じでしかも1/4の能力? ……そんなアホな……。

 絶望に打ちひしがれている俺にパームが追い討ちをかける。

 

「微妙に不便な上にショボいね、ウイングの能力……」

 

 はい、立ち直れないほどダメージ受けました。俺オワタ。泣くぞコラ。

 

「あのさ、クラピカの『束縛する中指の鎖』(チェーンジェイル)、思い出せる?」

 

 いきなりパームがわけのわからないことを言い出した。そりゃ原作であんだけ派手にやらかしてたから覚えてる。一時期ぶっちぎりで主役格だったなクラピカ。

 

「想像してみて……自分の中指から、鎖が出てくるように」

 

 意味不明だ。出るわきゃねー。何考えてんだ。……とりあえずシュートの二の舞は避けたいので言われたとおりにやってみた。

……は?

 何で出てくんのさ鎖。しかもなんかちょっと細くね?

 

「それで私を縛ってみてよ」

 

 自分の思い通りに動かせたので、パームに鎖を巻きつける。なんかヤバいプレイみたいだ。いやいやそんなんじゃない、何だもうわけわからん。脳みその許容量はとっくにリミットオーバーだ針が振り切れてる。あれでもコレ旅団専用の能力じゃなかったっけ? でも俺生きてるな。

 パームは纏の状態を解いて、鎖を引きちぎろうとしたが、とりあえずびくともしない。そして、練の状態でもう一度試してみると、今度はあっさりとぶち切れた。……ショボっ!

 

「ウイングの能力……多分だけど、見て知っている能力を自分のオーラの範囲内で再現できる……んじゃ、ないかな」

 

「マジか! それ俺チョー便利じゃね?」

 

 チキンでヘタレな俺にも徐々に希望の光が見えてきたぞ!

 

「で、多分誓約は外れるみたい。本当は占う時に本人か写真がいるんだけど、それがなくてもウイングはシュートのことを占えたから。だからクラピカの能力で試してもらったんだけど、それで確実みたいね」

 

 おまっ気軽に俺の命賭けて試しやがったのか!

 だがまあいい。今日の俺様はすこぶる機嫌がいい! さっそく他の能力も試してみよう。

 

……浅はかでした。すいません調子乗ってました。

 ためしにコルトピの能力を使ってコピーしたら、円の役割は果たさない上に一時間で消えた。パクノダのを真似してみたらパームに『バーカバーカバカウイング』とか言われた。思っていることしか読めないらしいうえに『記憶弾』(メモリーボム)は具現不可だった。キルアの能力試したら静電気が出たし、フランクリンの真似したら指先が増えて飛んでった。何か指詰めたみたいでヤな感じだし、攻撃力ほぼゼロ。ヒソカの『伸縮自在の愛』(バンジーガム)を真似したら本物のガムくらいの強度と粘着力しかなかったし、『薄っぺらな嘘』(ドッキリテクスチャー)はかろうじて色だけ変えられるものの質感、手触りまでは再現できない。ノヴの『四次元マンション』(ハイドアンドシーク)にいたっては発動すらしなかった。……系統がわからないとダメなのか?

 

「……や、そんなに落ち込まなくてもほら、修行すればオーラ増えるし役に立つ能力もあるかも知んないし!」

 

 俺オーラ増えないしこんなショボくて役に立つ能力なんてせいぜいビミョーな占いくらいだし俺マジでとことんヘタレでしたね能力さえも。

 

「と、とりあえず、キルアと仲良くしとけって感じの占いがどっちにも出てたから、引き続きここで筋トレさせてもらおうよ、ね? 肉体強化すれば、強化系の能力ならもちっと強くなると思うし」

 

 パームの慰めに余計凹む。俺足手まといじゃね? もういっそ自分でカギでドア開けてミケに食い殺されようかな……鬱だ死のう……。

 

「もう……ほっといてくれ……」

 

 その日、俺はシークアントが隠し持っていたウイスキーをボトルのままガブ呑みした。翌朝仕事帰りのシークアントに二日酔いの状態でめっちゃ怒られて、吐いた。

 

 

能力名『間抜けな猿真似』(モンキーマジック)

・原作で読んで覚えているor彼の目で実際に見た念能力を、系統を問わずに真似することができる。

・真似できる範囲は彼のオーラ上限内に限られる。足りない場合、威力などが格段に落ちる。

・威力が落ちる場合、その内容(破壊力・精度・耐久性など)は選ぶことができない。

・能力を使用する際、能力の属性を知り、理解していなければならない。

・各能力に課せられた制約と誓約は全てなくなる。

・発動するだけで彼のオーラ量を明らかに超える能力は真似できない。



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撒餌

 目覚めると、布団が血まみれだった。体中が痛い。特に重点的に頭が痛い。

 鏡を見て思い出した。そうだ昨晩オレはパームにリンチくらったんだった。

 よく覚えてないけど『名前と生年月日と血液型と住所と電話番号とあて先をここに明記しなさい!』とか言ってた気がする。……なんか懸賞にでも応募したのかな。それにしてもこれはひどい虐待だ。しかるべきところに訴えたい。

 幸い、オレの貴重な右腕はアザ程度で済んでいた。これ壊されてたら本気でやりかえしてたなオレ。

 

 ちょっとしんどいもののとりあえず普通に起き上がって歩けたので居間に向かう。

 居間ではウイングが床に正座してシークアントに説教食らっていた。なぜかどちらも半泣きになっている。

 怨念のこもった目でパームにナイフを借りに行く。昨日壊した的の代わりを作らなきゃいけないから。

 キルアが帰ってくるまでは、今までどおり的当てしようと思う。パームは快くナイフを貸してくれたが昨晩の事に関してはしらばっくれた。この恨み、いつかはらさでオクベキカ。

 

 表に出て、適当な大きさの木を見つけ、ガリガリと的を書き込んでいく。

 ちなみにダーツの的みたいなんじゃなくて、9マスの四角い的だ。

 それを刻んでいる途中でキルアが帰ってきた。

 

「待たせたな。ほらよ、お前用のグローブ」

 

 左手でそれを受け取る。久しぶりの革の匂いがなんだか懐かしい。大事にしなきゃな、友達のくれたグローブ。

 

「……なにやってんだ?」

 

「コントロールの練習用に的作ってんだよ」

 

 とりあえず的を作り終えるまではキルアに待っててもらうことにした。オレの手元をじっと見ていたキルアは、どうやらナイフの方に興味があるようだ。

 

「それさ、ちょっと見せてよ」

 

 鞘に戻して、キルアに渡す。出したりしまったり角度を変えて眺めたり……。

 

「……すげー、いいナイフだな。これ、ちょっと貸してくれよ」

 

「あ、それはオレのじゃないから貸せないよ、ゴメン」

 

 キルアは少し残念そうな顔をして、オレにナイフを返しながら言った。

 

「じゃあさ、持ち主って、お前の言ってた使用人になったツレ?」

 

「いや、もう一人別のヤツがいて、そいつの買ったナイフなんだ」

 

「ふーん……なぁ、そいつ紹介してくれよ」

 

 断る理由もないので、オレはキルアとともに家へと戻った。

 居間に入ると、ぐったりしたウイングが何か紙とペンを握り締めてぶっ倒れてる。

 

「ウイング? だいじょうぶ?」

 

「あ、あー、頭痛いだけだ……って、き、キキキ、キルア……様!?」

 

 は? なんでウイングが様付けで呼んでるんだ? ……あ、そっか。ウイングは使用人だからか。

 

「アンタがシュートのツレの使用人?」

 

 慌ててウイングが起き上がる。

 

「はい、ウイングと申しますキルア様」

 

 キルアはオレと出会ったときのようにウイングをジロジロ見て、同じ言葉を口にした。

 

「オレと友達になってよ」

 

「申し訳ございませんキルア様。私は使用人で、あなたは雇い主ですから」

 

 ウイングはひたすら頭を下げている。……やっぱ、オレも友達になったらまずかったかな……。

 

「別にオレが雇ったわけじゃないのになー……まいっか。シュート、もう一人のツレんとこ連れてけよ」

 

 キルアを連れてパームの部屋へと向かう。ノックをすると『どーぞー』と気楽な返事が返ってきた。

 

「パーム、キルアが会いたいって言うから連れてきた」

 

 一瞬顔をこわばらせたように見えたパームは、すぐに笑顔を見せた。

 

「初めまして、私はパーム。あなたのことはシュートから聞いてるよ」

 

「ふーん。じゃあ、オレが何て言うか当ててみてよ」

 

……同じ言葉なんだろうな、きっと。

 

「『オレと友達になってよ』……でしょ」

 

 パームとキルアがにやりと笑みを交わす。……なぜか怖いぞ、この空気。

 

「……正解。アンタは友達になってくれんの?」

 

「いいよ。ただ、私はここに体を鍛えに来たんだから、あんまり遊んでる余裕はないと思うけど」

 

 なんか怖い。パームが怖い。一瞬オレを見た目に殺意がこもってた。……もしかして、キルア連れてきたのマジでやばかったのかな?

 

「あのさ、さっきシュートに見せてもらったんだけど、あのナイフ、ベンズナイフだろ?」

 

 キルアの言葉でその存在を思い出したオレは、ナイフをパームに返す。ちらりとそれを見て、パームも答える。

 

「当たり。見る目あるねキルア」

 

「初版で絶版になったけど、ベンニー=ドロン本人が書いたシリアルごとのデザイン画集が出てるんだよ。288種類、全部。シリアルがどこに入ってるかは知らないけど、そのナイフ、No.13だろ? 形が珍しいから覚えてたんだ」

 

 パームが口笛を吹いた。当たっているらしい。オレにはさっぱりわからない。

 

「形だけ真似たニセモノかもしれないよ。どうして本物だと思う?」

 

「親父がシュミで集めてるからさ、その辺のナイフとの違いくらいはオレにだってわかる」

 

 パームがまたにやりと笑って、机から細いペンを取り出してナイフを解体した。……そんな簡単に解体できるものなんだ。

 

「はい、ここにシリアルが入ってるんだよ。これはJAPPONっていう国独特の製法で作られた『カタナ』をモチーフにしたナイフ。切れ味は保証付き」

 

 キルアがまじまじとそれを見ている。好奇心でうずうずしている感じだ。

 

「パーム。これさ、オレに貸してよ」

 

「何で?」

 

「珍しいから。構造とか知りたいんだ。仕事とかには使わないって約束する」

 

 しばらくパームは考え込んで、あっさりとOKを出した。

 

「ただし条件がある。私達がここを出て行くときかキミがここを出て行くとき……仕事じゃなくてね。その時は私にコレを返すこと。それと、私達という友達ができた事とそのナイフのことは、他の誰にも漏らさないこと。もちろん、家族にも」

 

 突然、パームが自分の親指の皮を食いちぎった! な、なんで……

 

「誓える? キルア・ゾルディック」

 

 パームは笑顔で親指を差し出す。キルアも、にっ、と笑って、同じように食いちぎり、親指同士を合わせた。

 

「誓う。ゾルディックの名に懸けて」

 

 そうしてパームは、簡単な構造を教えるからといってキルアをオレから奪っていった。

 

 キルアの方も、オレとのキャッチボールの約束なんかすっかり忘れて完全にナイフの方に興味がいってしまっている。

 

 いーよ。今日は一人で的当てするから。別にさびしくなんかないし!

 

 ムカつきながらついつい本気で投げた球は、またもや的を吹っ飛ばしてどこかへ行ってしまった。

……あーあ、貴重なボールを一個なくしちゃった。ちくしょー、キルアにたかってやる!



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出立

 それから二年弱が過ぎた。

 私達はそれぞれに体を鍛え上げ、私は1の門、ウイングは2の門、シュートは3の門を念無しで開けられるようになっていた。そして多分それが私達の、肉体的な限界値。そこにたどり着くまでには一年かからなかったけど、それ以上強くなる事はなかった。まあ、念を使えばそのバランスはあっという間に崩れるんだろうけど。

 

 時にキルアやシュートと一緒に命がけの鬼ごっこをしてみたり、ウイングをおちょくってみたり、ミケとひなたぼっこを楽しんだりと、日々はそれほど苦もなく過ぎ去っていった。

 

 そして唐突に、その日は訪れる。

 

「……パーム……」

 

 私はその時、部屋で堅に集中していて、扉の開く音に気付かなかった。あるいは、彼が音や気配を消していたのかもしれない。

 消え入りそうな声をかろうじて聞き取った私は扉の方を向く。そこには、私が貸したナイフを手にした血まみれのキルアが空ろな目をしたまま立っていた。

 

「……どうしたの、キルア?」

 

 おそらく今日が、原作の『あの日』 彼の限界がついに訪れたのだろう。

 

「ごめん、誓い、守れなかった……おふくろと兄貴にコレ見つかって、……使った」

 

 ナイフを私に差し出す。受け取って鞘から抜くと、それもまた血に染まっていた。

 パチンとナイフを鞘に戻し、キルアの目を見つめる。彼は目を合わせようとはしない。

 

「キルア」

 

 返事はない。彼は拳を握り締めて、それでもなお視線が絡む事はない。

 

「キルア、キミは誓いを破っていない」

 

 驚いたキルアは顔を上げた。ようやく、目と目が合う。

 

「今日は、キミが出て行く日。だから、これを私に返しに来た。ただそれだけ。私は使うなとは言ってない。そして、返しにくると決めた後に、母親とお兄さんにバレた。それは予定調和。どこにも問題はない。確かに返してもらったよ、キルア」

 

 キルアは一瞬だけ泣きそうな顔をして、けれどすぐに普段の表情に戻る。

 

「私達も潮時かな。多分、近々ここを出ると思う。今度は『外』でいつか会おう、キルア、私の大切な友達」

 

 ウイング達とそれとなく話し合っていた。ここでやれる事はもう限界に近いから、そろそろ次のステップに移ろうと。ただ、きっかけがなく今までここにいたけれど、きっとこの出来事がきっかけになる。原作に沿った、物語の始まり。

 

 友達と呼ばれたキルアは、少しだけクスリと笑い、そして何も言わずに出て行った。

 

 さあ、ウイングが仕事から帰ってきたら出発しようか。

 ああ。その前に『何処へ向かうか』を話し合わなければ。それと、ウイングを雇ってくれた執事室(最初は知らなかったが、門番の雇用を決定するのは執事室の長、つまりゴトーさんらしい)に挨拶をして、ゼブロさんとシークアントさんにもお礼を言って。

 

 そして私達は、改めて帰還への一歩を踏み出そうとしている。



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実戦

 試していない事がある。

 試してみたい事がある。

 

……下手をすれば、時空の狭間にでも飛ばされるかもしれない。

 けれど、これができるかできないかでは大違いなのだ。

 そして、多分それは、年長者である俺の務め。シュートにそんな危険なマネをさせるわけにはいかない。

 

「パーム、ちょっとタイムベルトを出してくれ」

 

 ファンファーレとともに出したタイムベルトを、彼女の手に触れたままでオレに装着してもらう。

 ベルトのメモリを一分後に設定する。そして……スイッチを入れる。

 

 パームの手を離れたベルトは消えて、俺は無事に一分後の世界に到着する事ができた。

 

「結局何だったんスか? 今の」

 

「タイムベルトを使った時点でパームの体から離れるだろう? それでも俺ら、パーム以外の人間がタイムベルトを使えるかどうかを確かめておきたかったんだ」

 

 パームはなるほどと頷き、シュートはまだよくわからないといった感じで首をかしげている。

 

「つまり、未来あるいは過去に飛ぶ前にベルトが消えてしまうんじゃないかと危惧していたんだ。飛べないだけならまだいい。うっかり異空間にでも迷い込んだら一大事だからな」

 

「誓約より先にアイテムを決めてたから、そこまで考えが至らなかった……ごめんウイング、命がけで試してくれたんだよね、私の能力」

 

「気にすんな。これで方向性が決まった」

 

 同じ道具は一日一回という制限があるので多少のズレはあるだろうが、とにかくこれで俺達は全員が過去にも未来にも行けることがわかった。これは、非常に重要な事実だ。

 

「これから、どうするの? キルアの後をつけてハンター試験を受けるのかと思ってたけど」

 

「いや。天空闘技場へ行く」

 

 パームは驚いて、シュートは首をかしげる。……なんか定番になってきたなこの状態。

 

「俺らの筋力・肉体的な修行はほぼ終わったといっていい出来だと思う。だから今度は闘技場に行って、グリードアイランドを手に入れるための金を稼ぎつつ、実戦の練習をつむ。ハンター試験はその後だ」

 

「でも、多分現状でも私らハンター試験通ると思うよ?」

 

 ここ、ククルーマウンテンにいる間、俺は週に一回全員の占いをやってきた。

 

 俺の占いは毎回毎回『立場をわきまえよ』だの『主に逆らうな』だの、基本的にはどう考えても使用人ですありがとうございました的な内容ばかりだったが、全員に一度は出た共通の占い結果がある。

 

  子猫に餌を与えよう

  子猫は恩を返すだろう

 

 この、一節。

 

 パームはナイフを貸し、シュートは共に遊び、俺はひたすら徹底的にゴマをすりまくった(だってそう占いに書いてあったんだからしゃーない。ぶっちゃけキルアにはちょっぴりウザがられた。俺が本気で凹んだのはここだけの秘密)

 

 そして子猫は恩を返す……それはきっと、今回じゃない。その、次の試験。……楽観的な俺の予想だけどな。

 

「今ならテスト受けに行っててヒソカが闘技場にいないだろうが。俺は絶対に何があろうと一生アイツとだけは関わりたくはないぞ」

 

 どう考えてもお目にかかりたくないキャラNo.1だ。アレにやられるくらいならメルエムとかネフェルピトーに撫でられる方がまだましだ、俺の精神衛生上。そしてショボいオーラな俺はともかくこいつらは絶対目をつけられる、それだけのオーラをすでに身につけている上に、俺の目が確かならまだまだ伸びる。

 

「ヒソカってそんなにヤバい奴なの?」

 

「あーもうヤバいなんてもんじゃない。お前さんらペロリと喰われるよ、いろんな意味で」

 

 パームが青くなった。何か色々想像したらしい。おお、見事なチキン肌。まぁ、知ってりゃ普通はそういう反応だろうな……。

 

「ということで、だ。ひとまずは天空闘技場の200階未満で金を荒稼ぎして、余裕があれば、その上での念の戦いも経験しておきたい。ヒソカあるいはゴン・キルアが会場に現れたらソッコーでバックレる。目標金額は三人合計で300億、できれば1000億ジェニー。異論はないな?」

 

 シュートがそんなに稼げる自信が無いと言ったが黙らせた。問題は無い、190階前後で適当に上にあがらない程度に負けておけば、相当の額が手に入るだろうし、三人いればなんとかそれくらいの金額はいけるだろ、多分。グリードアイランドは三人まとめて一台手に入れられればいいわけだしな。

 

「OK。私は異論ナシ」

 

「……オレはよくわかんないけど、二人がそうすべきだって言うなら、そうした方がいいと思う」

 

 よし、じゃあパームにどこでもドアを……って言う前に出して扉開いてナチュラルに手招きしてやがる。早ッ!

 

 さようならククルーマウンテン、こんにちは天空闘技場。

 今の俺らなら、少なくとも200階未満でリアルに負けるようなことはないだろう。ないといいな。……ないよね?

 そして門をくぐり、登録用紙に必要事項を記入する。……ここで初めてわかった新事実。パームは普通にハンター文字を読めるそうだ。本人曰く、ひらがなと一緒だから簡単だよー、とかいってたがありゃどう見ても暗号だ。というわけで俺とシュートは教えてもらいながら何とか記入を終えた。もちろん格闘技経験は全員10年ですが何か問題でも?

 

 そしてファーストステージ。

 冷静に考えると25年と2年弱生きてきて『人』と戦うのは初めてだ。二人はどうだか知らんが、少なくとも俺は暴力とは縁遠い世界に生きてきた。うまく世間の流れに乗りつつコバンザメのように他人の意見に流されるがまま、ごくたまーに全力でバックレながら生きてきた。……そんな俺が、うまく戦えるんだろうか。しかも何か目の前のおっちゃん、気合入れたときのゼブロさんよりええガタイしてはるんですけど……。

 

「ぐああああああぁああああぁあ!!」

 

 なんか咆えてますよ。あれ、ヒトですか? 汎用ヒト型決戦兵器人造人間とかじゃないですよねぇ? 拘束具とかつけなくて大丈夫なんですか? 活動限界超えてますよね! 絶対暴走してるよ逃げたいよやばいよーおがーぢゃーん!

 

……開始の合図と同時に、無意識に頭を抱えた。なんかぶつかった、と思ったらむこうさんが体当たりかましてきて勝手に吹っ飛んだ……みたいだ、と、思う。ごめん、目つぶってたから自分でもよくわからん。

 

「勝者、ウイング!」

 

 あれー。何もしてないのに勝っちゃったよ。……もしかして俺、強くなってる? ヘタレじゃないかも! うん、常識的な(念とか除いた)世界では俺ってば最強かもしんない!

 

 そしてシュート、パーム共に軽々と初戦を突破、三人そろっていきなり50階に飛ばされたので、缶コーヒーと缶コッコーラと缶ウケアリエス(なんなんだこの名前は……)で乾杯した後、のんびりとエレベーターで50階ロビーへと向かった。

 

 うん、これなら200階以下は余裕だね!

 

……そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

「ウイング選手・パーム選手、55階C闘技場までお越しください!」

 

――俺は、これでもそこそこ腕は立つ。修羅場もいくつかぬけてきた。そういうものにだけ働く勘がある。その勘が言ってる。

 

  俺 は

 

  こ こ で

 

  死 ぬ 。

 

 パームの笑顔が見えた。ああ、死神が笑いながら手招きしているんですが僕どうすればいいんでしょうか神様。



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石化

 まさかこんな事になるとは思ってもみなかったけど、可能性としてあったのは間違いない。

 トーナメントではないから絶対とはいえないが、でも実際に、パームとウイングがぶつかった。もちろん、オレが二人とあたる可能性だってあるだろう。

 でも、正直この二人の戦いは、見ものだ。

 筋力的にはややパームが劣っているものの、四大行だけを使用すれば(武器の類は持ち込み禁止なので、具現化のパームは能力を使えない)パームの方が圧倒的に勝る。でも、ウイングはオレの知らない能力を他にも知っているかもしれない。

 

 賭けの倍率は、10.15対2で圧倒的にウイング優勢。やっぱり女の子だからかな。

 そしてオレたちのような子供同士の対戦、しかも(黙って立ってれば)美少女が出るとあって、観客席はものすごい勢いでヒートアップしている。歓声でほかの音が聞き取れないくらいだ。

 

 パームは面白がっているけど、ウイングは真っ青だ。念のためにさっき「もし速攻で負けを認めたり全力を出さなかったりしたら、オレの『『暴投王』(アラカキ)を全力投球で10球ほど受けてもらいますねっ」と釘を刺したら、ドナドナを歌いながら(聞こえないけど纏っている雰囲気がなんかそんな感じで)とぼとぼとリングに歩いていった。あーやっぱり戦わずに負ける気満々だったんだな、ウイング。

 

「シュート、60階のロビーで待ち合わせねー」

 

 審判のマイクに向かってそう言って朗らかにリングへ上るパームとはマジで対照的だ。自分の力を試すために、全力を出すと言っていた。……ゴメンなウイング、だってオレも見たいんだもん二人の対決。

 

「それでは3分3ラウンド、ポイント&KO制、ウイング選手対パーム選手……始め!」

 

 合図と同時にウイングは全速力で(多分足にもオーラを割り振ってる)パームへ近付き、速攻で硬で固めた手刀をパームの鳩尾にヒットさせる。そうだ、ウイングは俺らの中で一番、絶と流に長けていた。この程度の攻防力移動は朝飯前だろう。パームは凝や堅をする間もなく吹っ飛ばされる。

 

「クリーンヒット&ダウン!」

 

 ウイングが先制点を取った。えーっと、クリーンヒットとダウンで2点先制……かな? あれ? 3点か?

 

 悩んでいるうちに電光掲示板のウイングに2という数字が点灯した。よし、クリティカルが2点でクリーンが1点……と。今度こそ覚えたぞ。何度も間違えたけど。

 

「さすがね」

 

 ゆるりとパームが起き上がる。声はオレの想像。だってうるさくて全然聞こえない。

 最低限の纏だけは試合前からやっていたんだろう。パームもオレと一緒で流があまり得意ではない。

 体に付いた土埃を払う彼女と、それを見つめる彼。瞬時、足に全オーラを集中させたパームがウイングへと突撃し勢いのままミドルキックを連打する。けれどウイングは凝でそれぞれを軽く左手だけで受け流す。

 互いの攻撃のたびに会場から歓声が上がり、俺の鼓動も跳ね上がる。……こんなに凄いのか、念能力者同士の闘い。

 身震いがする。能力を一切使っていない状態でこれなら、きっと何でもありの200階以上のバトルはこんなものより遥かに凄まじいものに違いない。……なんだろう、強打者とあたった時の様な、この高揚感。一瞬たりとも二人から目が離せない。

 

 ふいに、蹴りを入れ続けていたはずのパームがびくんと跳ね上がった。何だ? 能力を使ったのか?

 その隙にウイングが軽く、ほとんどオーラを纏っていない右手刀を、同じくほとんどオーラを纏っていないパームの首筋に叩き込んだ! そしてひらりと闘技場の端へと足を運び距離をとった。

 

「クリティカルヒット&ダウン!!」

 

 これでえーと、ウイングのポイントが5ポイント……だよな? 確認のために電光掲示板を見る。うん、5。

 

 審判が倒れているパームに近寄り意識・続行の意思を確認する。何故か審判が不思議そうな顔をしているがきっと気のせいだろう。

 

「やめておけ、パーム。同じことを繰り返すだけだ。仲間同士でダメージを与え合うのは得策じゃない」

 

 勿論これも想像だけど、多分そんな感じのことを言っているように見える。不便だな、周りがうるさいと。

 

 パームは立ち上がったが、先ほどの手刀がかなり効いているらしく少しふらついている。

 

「100階に先に行って待っている。万が一お前がそこに今日中に間に合わなかったとしても、手続きをすれば一緒に個室を利用する事もできると確認した。……40階からやり直せ」

 

 軽くボクシングのようなステップを踏みながらパームへと徐々に近付いていくウイングに対し、彼女はふん……と、鼻で笑ったような気がした。刹那、今度はウイングの動きが止まる……え、いや、石になってる!?

 

「……サプライズ」

 

 会場内がざわめく。ウイングの下半身は、完全に石と化していた。審判も困惑しているのか、ポイントを与える事もできず状況を見守っている。

 

「同じ台詞を返すね、ウイング。降参しなければ、全身を石に変える。そうすれば戦えないよね、どう考えても」

 

 ふらつきが無くなり、パームは不思議な体勢をとっている。右手で左手を庇うような……いや、それにしては位置が少しずれている気がする。

 

「さあ、どうするウイング。残りの時間は少ないよ」

 

 じわりじわりと石化がウイングの上半身を侵食する。首の所まで石化が進んだ時点で、ウイングは試合続行不能と審判に告げた。

 

「勝者、パーム!」

 

 審判による勝者宣言が為され、闘技場はものすごい歓声の渦に包まれた。オレのいる位置から実況の声は聞こえないが、きっと物凄い事になっているだろう。何せ、敵を石に変えたんだから。

 

 パームとオレと、二人がかりでウイングを運び出す。看護役とか何とか言って、闘技場への入場は許可してもらった(試合が終わってからだけど)そしてしばらくすると、ウイングは元通り普通の体へと戻った。

 これは……一体、どんなトリックなんだ?

 オレの試合ももうすぐなので、落ち着いたら二人に尋ねてみよう。この、短かったけれど不可思議で壮大な闘いの原理を。



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珍客

 さっきまでしかめっ面をしていたウイングに、人気のない場所へ呼び出された。予感は、している。絶対怒られる。

 

「馬鹿かお前は! あんな下の方の階で、観衆の面前でモロバレな念能力を使いやがって! 変なのに目をつけられたらどうするんだヒソカとかヒソカとか旅団とか!」

 

「だって本気で戦ってみたかったし……ウイングだって私に気合入った手刀食らわせたじゃん。ついカッとなってやった。今は反省している」

 

「反省のかけらも見当たらん!」

 

 だって反省してないもん。確かに最初のクリーンヒットの時に透明マントだけは具現化しておいたけど、使う余裕なんてなかった。私だって出来るだけ発はナシでやりたかったんだ。

……でも、ウイングが先に能力を使った。多分キルアのように、私の足が接触した瞬間に電気を発生させたんだと思う。冬場にドアノブ触ったときと同じ感覚がした。そこを突っ込むと多少しどろもどろになりながらも「俺の能力は底は浅いが幅広いからいいの! お前のはダメ!」とか逆ギレされた。

 

 手刀を食らった直後にポケットを具現化して、ゴルゴンの首を取り出し透明マントで隠した。幸い取り出す瞬間は見られなかったものの、ファンファーレは審判にバレてしまった。さぞかし悩んだ事だろう、あの場に不似合いなあんなファンファーレ聞かされて。マイクに音を拾われなくて良かった。さすがにあれが聞こえてたらその場でウイングにばれてただろうし。

 それと、試してみたかったというのもある。私の出した『独自の意思を持つ道具』が与えた石化も攻撃と認識され、私も石化してしまうのか、それとも無事にすむのか。幸い後者だった。こんなのウイング以外を相手に確かめるわけにもいかない。そう言ったら試合中にする必要はないと一刀両断。だから、ついカッとなっちゃったんだってばー。

 

 ひとしきり説教かましてくれたのち、私は解放された。説教の間にシュートは無事勝利をおさめ、私と共に100階へと上る事が決定している。

 

「……まぁ、ゴルゴンの首は便利な道具だな。具現した元のゴルゴンを消しても石化が継続するというのがいい。万が一原作のゴルゴンみたいに脱走してもその瞬間に消えるしな。ただ、念能力者相手の実戦の時は躊躇せずに一瞬で石化させろ。ウボォーギンの例もあるし、一部を石化させたところで反撃を食らう可能性もある」

 

 わかってるって、そんな事。全身石化させてばっくれるんでしょ? 壊したら多分私も壊れるし、逃げることにしか使えない。全く持って難儀な能力だなぁ。自分で作っておいてなんだけど。

 

 そして今日の試合は全て終了し、私とシュートには個室が与えられた。ウイングはシュートの部屋に泊まるという。……一応、私がオンナだからという事で。

 

 コンコン……

 

 部屋でくつろぎながら雑誌を読んでいた私の元へ、誰かが訪ねてきた。といっても私の知人なんてたかが知れているので、十中八九、ウイングかシュートだろう。

 だが、私の予想は見事に裏切られた。……いや、ある意味当たっていたというべきか?

 

「初めまして、パームくん。私はウイングといいます。今日君が戦った相手と同じ名前ですが関係はありません」

 

 中の人が来ちゃったよー! 本物の、原作のウイングさんだ。何で今この闘技場にこの人がいるんだ!?

 

「あ、初めまして、パームです」

 

 一応、お辞儀して言葉を返す。

 

「……ふむ、見た目は本当に普通の女の子ですね。かなり体も鍛えてあるようですが」

 

 何しにきたんだろう、この人。わざわざ私のところへ。

 立ち話もなんなので部屋に入ってもらい、お茶など出しながら観察する。……やっぱシャツと寝癖は変わってないんだな。慌てて「お構いなく」とか言いながら立ち上がりかけて膝をテーブルにしたたかぶつけている。ああ、なんか、リアルウイングさんだなぁ、とか思った。突然の訪問に緊張していた心が少し緩む。

 

「それで、私に何の御用でしょうか」

 

「ええ、二つ、お尋ねしたい事があって」

 

 前置きをした上で、ウイングさんは言葉を続けた。

 

「まずひとつ。君の試合を録画で拝見しました。君は何処であの力を手に入れたのですか? その力の意味は知っていますか?」

 

「修行で、です。意味は知っています、念については半ば独学ですが勉強しました」

 

 まさか能力者に無理やり精孔こじ開けさせたなんて言えない、バレてるような気もするけど。修行だけでこの年で念を覚えてるなんて多分普通ありえないだろうしな。

 ウイングさんは大きく息を吐く。

 

「……すばらしい能力でした。どういった原理なのかまではわかりませんが。私の弟子にも非常に才能のある子がいますが、まさか彼と同じくらいの年齢で四大行を修め且つ発まで完成されているなんて……本当に先が恐ろしいくらいです」

 

 ナニ? 私を褒めにきたの? そんだけ?

 

「ありがとうございます」

 

 丁寧に頭を下げる。褒められて悪い気はしないし、仮にも師範代のウイングさんが私の力を、能力を認めてくれたのだ。嬉しくないわけがない。

 

「もう一つ……こちらが本題です。試合終了後の様子から見て、君と、ウイングくん……私と同じ名前の対戦者、あの子は知人ですね?」

 

「ええ、一応仲間です。今日、私と一緒に100階に上がったシュートという名の子と、三人」

 

 すこしウイングさんは考え込むような素振りを見せる。全く意図がわからない私には、その、ほんのわずかな時間が永遠くれェ長げェ! いやそれは言い過ぎだけど。

 

「彼……ウイングくんを紹介してもらえませんか? 少し気になることがありまして」

 

 お茶を一息で飲み干して、私はウイングさんと共に部屋を出た。無論行く先はシュートの部屋。ウイングさんとの接触が、今後の私達に不利に働くとはどうしても思えなかったからだ。

 

 同じフロアにあるが三つほど部屋が離れている彼らの部屋のドアをノックし、シュートがそれに応じてドアを開けてくれた。そして、私の後ろについてきた人を見て首をかしげ、ウイングを呼ぶ。横になっているベッドの上から視線を上げた彼の表情は、そのまま凍りついた。

 

「初めまして、ウイングくん、シュートくん。私は……ああ、いえ、私も、ウイングと申します」

 

 シュートは驚いてウイングさんとウイングと私の顔を何度も交互に見る。彼がウイングのモデルだということがシュートにもわかったんだろう。ウイングは未だ微動だにしない。

 

「紹介してって言われたから、連れてきた。……部屋に、入ってもいい?」

 

 それぞれにテンパっていた彼ら二人の時間が動き出す。シュートは慌てて私達を中に招き入れ、ウイングは……あ、まだ固まってる。

 椅子が足りないので、ウイングとシュートはベッドに腰掛け、私とウイングさんが椅子に座らせてもらった。……あああああ、名前が同じってことでこんなに頭の中ややこしくなるとは思わなかった。安易に名前付けるんじゃなかったな。

 

 それにしてもウイングさんの『気になること』って、一体なんなのだろうか。私もさっきから気になって仕方がない。



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理由

 あーくそ、パームのバカタレが。

 念能力を使ったのが原因で変なのがわんさか沸いて出たらどうする気だ!

 ヒソカは多分いないだろうからともかくとして、クロロあたりに興味もたれた日にゃ俺は一人で全力で逃げるぞ。盗まれようが殺されようか知ったことか!!

 

 なーんてな、出来る性分だったらこんなに苦労はしてないさ。何だかんだいって、やはりあのガキどもを放ってはおけない。貴重な仲間だし。なので小一時間の説教に留めておいたありがたく思えコンニャロ。

 

 今日はもう日も暮れるような時間帯で、なおかつ石化した俺に次の試合が組まれる事はなかった。あー、明日から40階か。めんどくせー。とっとと180階くらいには行っときたかったんだが。ま、シュートの脅しさえなければ、トンパばりの土下座で速攻負ける気だったけどな。

……ん? そういやあいつの『暴投王』(アラカキ)、10回もぶつけたら本人が死ぬんじゃね? あれ、もしかして俺だまされた? チクショーどいつもこいつも!

 ムカついたので、100階に向かう途中でシュートをピリピリと(けしてビリビリではない)痺れさせてやった。案外便利だなこの能力。イヤガラセに最適だ。

 

 そして部屋に到着するやいなや俺はバタンキュー。今日は何かもう色々な意味で疲れた。シュートにゃ悪いが俺はベッドで寝かせてもらう。決定。問答無用。文句言ったらミミズサイズの『牙突』(ドラゴンランス)かましたる。

 

 そしてウトウトしかけた頃、誰かが来た。知らん、シュートお前さんが出ろ。どうせパームが暇だとか言って遊びに来たんだろ相手してやれ。

 

「え……っ、う、ウイング!」

 

 俺を呼ぶな。知るか。ウゼー。

 

「ウイングってば!」

 

 シュートがあまりにもうるさいので仕方なく顔を上げる。

……変なの沸いて出たー!!

 

「初めまして、ウイングくん、シュートくん。私は……ああ、いえ、私も、ウイングと申します」

 

 その後のことは覚えていない。気付いたら俺はベッドの上に正座していた。あああああなんか変な展開になってきた。

 パームのバカタレウンコタレ、とか脳内で罵っていると、ウイングさんが話し始めた。

 

「今日のお二人の戦いを見せていただきました。先ほどパームくんから聞いたように、おそらく君たちも何らかの念能力者なのでしょう。それだけでも吃驚に値しますが、ひとまずそれはあまり関係がありません」

 

 何が言いたいんですか。なんかさっきから俺ばっか見てませんか。うっかりウイングさんもヒソカと似たような性癖の持ち主だったりしたら俺舌噛み切って死にますよ?

 

「ウイングに話したいことがあるって言うから、連れてきたの。……私の独断で。ごめん、でも、きっとかなり重要な事だと思って」

 

 はいはいお前さんのカンはあよく当たりますねー俺ほどじゃないがな。けど、もうこれ以上原作キャラに関わりたくねーよ俺……。

 

「君が念能力を使用した瞬間も見せていただきました。随分と、オーラの総量が少ないですが、それには気付いていますか」

 

 アンタわざわざ俺を凹ませる為に来たんかい! はいはいどうせ俺はオーラないですヘタレですー。もうしっかり自覚もしていますー。なんてチキンな俺様には絶対言えないので、無言で頷いた。

 

「では、その理由は、自覚していますか?」

 

……なんかね、今、耳がウサギさんになったよ? 俺のオーラが増えないのは生まれつきじゃないのか? ちょっとまじめに話を聞こう。俺は改めて、ベッドに座りなおした。

 

「俺は、気付いたら念を覚えていました。自分の知らない間にです。そして、その時以来、どんなに修行を積んでもオーラ総量は増えませんでした。理由は全くわからないので、生まれつきのものだと思っていました」

 

 ウイングさんが、やはりといった面持ちで俺の目をじっと見た。後の二人は固唾を呑んで見守っている。

 

「君は、これはあくまでも私の予想なんですが、無意識下で何らかの強大な念能力を使用しています」

 

 ナ、ナンダッテー!?

 

「そして、その念能力の誓約として『オーラ総量が増えない』というものが組み込んであるものと思われます」

 

 知らんよ。俺知らんがな! そんな覚え全くナッシング!

 

「直にこの目で見たわけではないので、その能力がどういったものかまでは私にはわかりません。……念能力者は、実際に念を使用していると、ごく微量ですがオーラの総量が増えていきます。現にパームくんには戦闘中、その傾向が見られました。ところが、君は全く増えていない。これは、通常では絶対にありえないことです」

 

 さらに、ウイングさんは言葉を続ける。俺はもう完全にダンボな耳で彼の話に聞き入っていた。王様の耳はロバの耳ー! (特に意味は無い)

 

「現在いる辺りでの戦いでは問題はないでしょう。しかし、200階以上に行けば能力者はウヨウヨいます。そして、総量が増えない以上、君はおそらく、そこでまともに戦うこともできずに負け、下手をすれば死ぬかもしれません」

 

 ああ、ウイングさんは多分、俺たちが最上階を目指しているものだと思っているんだろう。まあ、天空闘技場にいる大抵の奴らは実際目指してるだろうしな。興味も無い事もないし……な。怖いから絶対行かないけど。

 

「みすみす子供を、しかも才能ある子供達を危険には晒したくないと考えたのです」

 

 ウイングさん、あんたええ人や……ヒソカなんかと同列扱いして本当すんませんでした。

 

「ウイングさんは、その能力を解除する方法はご存知ですか?」

 

 期待のこもった眼差しで見つめる。だが、答えは無情にもNOだった。

 

「今現在発動している様子はうかがえません。実際に発動しているときであれば可能かもしれませんが……再度尋ねますが、自分ではそういった能力の心当たりはないのですね?」

 

 頷く。俺の特質能力も偶然出来たものとはいえ、それ以前からオーラ総量は増えなかった。つまり、『間抜けな猿真似』(モンキーマジック)のせいではないと、そこは断言できる。

 

「では、それを自分で、何らかの方法で理解できるようになるまでは、200階以上に進むのはやめた方がいいでしょう。出来れば、四大行のような基本的なもの以外の念能力自体をあまり使用しない事をお勧めします。興味を持って近付いてくる輩もいますからね」

 

 えーと、つまり? 現状じゃ俺は200階でフルボッコにされるから、なんでオーラ総量が増えないのかを先に調べようねってことかな? たぶん。んで、下手に能力使うとクロロみたいなんが盗みにくるから使わない方がいいよってこと?

 

「話は、それだけです。本当に、おせっかいだったら申し訳なかったのですが、どうしても放っておけない性分なもので……同じ名前の、よしみもありますしね」

 

 そういって、ウイングさんは笑う。笑顔は本当に幼い人だなぁ、と、全然関係ないことを考えてしまった。

 

「いえ、本当に助かりました。自分の才能の無さだと諦めていたんですが、これで少し未来が明るくなったような気がします。さすが、心源流拳法の師範代だけのことはありますね」

 

「ふふ、それも君の能力ですか? 私は名乗ってしかいないのに、どうやらそれ以上のことを知っているようだ」

 

 やべっまたやらかしたか? と思ったが、割と好意的にそれは取ってもらえたらしい。

 

「どうしても理由がわからない時、或いは心源流拳法を学びたいと思った時には、いつでも訪ねてきてください。君たちなら歓迎しますよ」

 

 自分のホームコードを残して、ウイングさんは去っていった。あ、何でここにいたのか聞いておけばよかったな。別に、知る必要のないことではあるけど。

 

「ウイングの念能力が増えない理由……ちゃんとあったんだね。てっきり才能がまるで全然ないものだとばかり……」

 

 シュートもそれに頷いている。チクショーそういう風に見られてたってことか! いや自分でもそう思ってたけどさ。

 

「でもさ、元々200階未満で金貯めようって話だったんだから、それに関してはそのまま続行でいいんじゃね?」

 

「ああ、そうだな……」

 

 オーラを失った理由、それほどの誓約がなければ発動しない能力……俺の中の何かがカチリと音を立てて外れた気がした。

 

 ありがとう、ウイングさん。これは、必ず何かの足掛かりになる。

 俺は、そう確信した。




ウイングさんはズシの修行場所として天空闘技場を前もって視察に来たというどうでもいい裏設定。


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慢心

 ウイング・パームの指令の元、190階前後を200階まで上がらない程度にうろうろしていた。

 三人の合計貯金額はすでに(あれから毎日コツコツとフエールミラーで増やした分も含めて)300億を突破している。無傷なときは(ほとんどがそうだが)一日に何試合か組まされる事も多く、割と早く目標を達成したオレらは、それでもギリギリまで稼いでおこうと、この方法をずっと続けていた。

 

 ここに来てからどのくらい経った頃だろうか、オレはロビーで名前が呼ばれるのを待つ。すっかりこの生活にも慣れてしまった。

 

 そして、オレの名前が呼ばれた。

 闘技場に向かおうとすると、何処からともなく現れたパームに襟首を引っつかまれた。危うく死ぬところだった。何故かデジャブ。

 

「最初に言ったでしょ! 速攻でウイング探してバックレるわよ! 今頃向こうも私達探してるよ!」

 

 パームは対戦を放棄して逃げろと言う。ウイングも確か、それにほぼ同意していた。

 嫌だ! もっと戦ってみたい! 力を試したい! 相手が強いのならば余計に、念能力者ならさらに倍率アップだ!!

 

 最終手段、通帳(オレが最後に残高確認をしにいってそのまま持っていた)をチラつかせて「駄目ならこれ全部野球グッズに充ててやる! つーかドーム球場ぶっ建ててやる!」と脅した。

 

 パームは青いを通り越した白い顔で「絶対念能力出すな!」だの「とっととやられろ」だの「速攻で土下座して降参しろ」だの言ってくる。そういえば最初に聞いた覚えがあるな、対戦者の名前。よく覚えてないけどオラワクワクしてきたぞ!

 ところで仮にも仲間に向かって「いろんな意味でヤられて死ね!」はないと思うんだ、パーム……。いろんなってどういう意味だろ?

 

 案内された場所へ到着すると、すでに彼はそこに居た。髪を逆立てて顔にペイントを施した、変な格好の道化師。うん、ピエロって言葉がピッタリな兄さん。

 

「……やれやれ、面倒だなぁ♠ ボクはさっさと200階より上に行きたいのに弱い奴らばかりで、本当嫌になるよ♣」

 

 コイツ、わざとオレに聞こえるように言ったのか。その言葉にカチンときた。オレは弱っちくなんてない! パームの助言は、カッとなったオレの頭から綺麗に消え去っていた。

 

「おや、念をきちんと使えるようになったのかい♦ 少しは楽しめそうだ……♥」

 

 観客席から二人が何か叫んでいるけどキニシナイ、というかアーアーキコエナーイ。今日はいつにもまして観客の入りが多いせいで、本当に声が全然届かない。どうやら目の前のこの男は、以前にもここで上の方のフロアまで上った事があり結構な有名人らしい。オッズは20対1.5で相手の圧倒的有利。これにも少しムカついた。

 纏と凝で全身を覆い目を強化する。絶対に、負けてなんかやらないからな!

 

「それでは3分3ラウンド、ポイント&KO制、ヒソカ選手対シュート選手……始め!」

 

オレの能力は先手必勝、速攻!

 

後方に飛びながらオーラの塊を手のひらに出し、思い切り投げた。

 

『暴投王』(アラカキ)!!」

 

 見事に、そしてオレにとっては運のよい事に、それはヒソカの後頭部にヒットした。一般人なら死んでるだろうし、いくら念能力者でも結構なダメージを食らっているはずだ。……はずだった。

 

「?! く、クリーンヒット!」

 

「……痛いなァ♥」

 

 無傷? 馬鹿な! オレは続けざまに2球、『暴投王』(アラカキ)を投げた。全力で、だ。それぞれ彼の右肘と右膝に激突し、倒れる。さすがにこれは効くはずだ。人間は関節を鍛えられない。オレにとってのラッキーピッチが三連続で続く。

 

「クリティカルヒット&ダウン!」

 

 気付かない間に、オレは軽く右手の拳を握っていた。今度こそ勝ったと思ったのだ。だが、その拳は天高く突き出されることなく終わる。

 

「それが、キミの能力? 他には無いのかい?」

 

 悠然と、ヒソカは立ち上がった。その表情には余裕すら見える。……二人の言葉を思い出した。彼らは異口同音にこう言った。

 

「奴はバケモノだ」と。

 

『暴投王』(アラカキ)を使い果たしたオレは、試合開始前に数箇所に投げておいたオーラの一つを目指し、『盗塁王』(ムネリン)を発動する。目的地は彼の右側、オレから見て左側。おそらくは多くの人間と同じであろう彼の右少し後方……死角。

 

 発動したその能力は、わずかに動かされた彼の手によって遮られる。ルートを正確に読んだ上での、『盗塁王』(ムネリン)の軌道上に置かれた手。オレの、胸に、激突。

 

 オレは弾き飛ばされて吹っ飛んだ。制約のせいもありダメージは膨れ上がる。だめだ、起き上がれない……。

 

「クリティカルヒット&ダウン!」

 

「落ちているオーラはなんに使うのかと思ってたけど、こういうことか♦ ダメだよ、ちゃんと隠しておかなくちゃ♥」

 

 近付いてくる。オレの慢心が招いた結果だ。隠すらも怠っていた。オレが強くなったんじゃない、今までの奴らが弱すぎただけなんだ……ああ、たぶん、殺されるかな。冷静に、そんな事を考えていた。

 

「まだあるんだろう? キミの、能力♦ それに、あとの二人の能力も知りたいなぁ♥」

 

「残念ながら、ルール上、ここでは使えない……今はどうひっくりゲホッ、返っても見せられないよ、ゴメン」

 

 二人は変態だとか言っていたけど、オレは別にコイツにそういった嫌悪感は感じない。ただ、圧倒的な、力。

 オレがまだ手に入れることが出来ない、或いは一生手に入れられないかもしれない、力。

 単純に、本当に、凄いと思った。

 

「……♥ それは是非見てみたいね♦」

 

 ヒソカに数秒遅れ、審判がオレのところにやってくる。まだ戦うか、闘えるかと問われた……答えは、NOだ。

 現時点では絶対にコイツに敵わない。世界の広さと、オレの視野の狭さを嫌というほど思い知らされた。

 

「勝者、ヒソカ選手!」

 

 高らかに宣言が下される。オレを、殺すつもりじゃなかったのかな……アイツ。

 

「また会おう♦」

 

 目の前がブラックアウトしてゆく中、そう言われたような気がした。

 

 

 意識が戻った時、オレは病院にいた。そして、意識が戻った途端にウイングとパームにぶん殴られて、もっかい気絶した。ひでぇ。でも何も言い返せない。だって、全面的に悪いのはオレだから。

 確かにアイツはバケモノだった。けど、オレは自分の実力を知ることが出来たから、後悔はしていない。

 怪我は、肋骨を数本折っただけですんだ。ヒソカがあの時、念能力は纏のみで、攻撃するつもりで腕を出したわけじゃなかったからだろう。つまり、これはほぼオレの制約だけの結果。その制約のレベルを窺い知ることもできた。今まで試した事は無かったからな。

 

 ウイングが一番最近オレを占った時に『優位から劣位へ、けれどそれが貴方の糧となる』という一文があった。これはきっと、あのヒソカとの試合の事を指していたんだろう。

 ウイングは、どうせなら奇術師とかピエロとか変態とか言ってくれりゃはっきりわかってもっと早くバックレたのにと悔しそうだ。パームはもう、何も言わない。呆れているんだろう、そうだろうな……オレは馬鹿だから。

 

  ぞくり。

 

  悪寒が走る。

 

  マ タ 見 限 ラ レ ル ?

 

 無意識に震えていたオレの頭をパームが軽く小突いた。

 

「これでわかったでしょ? 少しは私らの言う事ちゃんと聞いてもらわないとね」

 

 ああ。この二人は、きっと何があってもオレを見捨てたりはしない。

 

「……ありがとう」

 

 お礼の言葉は聞こえないように。オレは滲んだ涙をこっそりとぬぐった。



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方針

 馬鹿シュートのせいで、ヒソカに存在がばれてしまった。しかもどうもシュートに興味を抱いているようだあの変態。気のせいか試合終了の時、こっちに向かって投げキッスしてたような。いやいや、気のせいだ。絶対見間違いだ。思い出すだけでキモい。つか妊娠する。見なかったことにしておこう。

 

 ひとまず怪我をしたシュートを放っておくこともできないので、私達は天空闘技場を後にして、一般の病院へと移った。

 完全看護だが付き添い宿泊もOKの病院なので、彼の治療費以外の宿代は不要。最初の小屋に比べれば布団も用意してくれるらしいし、遥かに楽だ。

 シュートもこの世界の凶悪さはある程度理解したようなので、強化系寄りの方法ではあるけれど怪我の回復方法(まあ、単に『絶』を常時展開させるだけなんだけど)、それに、順番が逆になったけど『点』を教えた。それからは大人しくその二つに集中しているようだ。

 私は、毎日何試合も組まされる戦闘に必死で日付を確認するのを怠っていた。本当に迂闊だったと思う。シュートだけを責められない。もしきちんと計算していれば、彼らがここへ来る時期も予想できたのに!

 悔しくて、怒りに任せて壁にぶつけようとした手をウイングに止められた。

 

「お前さんだけじゃない、俺の責任でもある」

 

 どうやら同じような事を考えていたようだ。シュートは絶状態のまま眠りについている。起こさぬようそっと、私達は病室を出た。

 

「どうする? 今後」

 

 缶ジュースの蓋を開ける。プシュっと心地よい音がして、炭酸の香りが少しだけ私の心の内の靄を晴らしてくれた。

 

「そうだな……競売までまだ期間がある。金に関しては問題ないだろうが……オークションまで、できるだけ使いたくはないな。かといって、現状のままタイムベルトで9・1に飛ぶのも危険だ。買ってGIの中に入るにせよ、ツェズゲラに審査されるにせよ、まだ俺達は実力が足りないと思う。目の前でヒソカを見て、力不足を再認識した」

 

 私とほぼ同じ感想をウイングは淡々と述べて、お茶をすする。GIを買うのはあくまで通過点、真の目的はそのクリアにある。あと、ヨークシンで旅団とかち合う危険性もあるし。……まぁ、そっちはウイングの能力でうまく回避できるかもしれないけど。

 

「とりあえず、考えが二つほどあるんだけど」

 

「聞かせろ」

 

「まず一つ、ウイングさんと連絡を取って鍛えてもらう。こっちは個人的にはやめておきたい。あまり無茶な方法をとらないウイングさんの下で出来る事はたかが知れてる気がするし、ウイングさんよりも出来ればビスケさんに教わりたいけど……まず無理だと思う。もう一つは、タイムベルトで少し過去に戻って、ハンター試験を受ける」

 

「……試験はできればキルアが取得したときに一緒に取りたかったんだがな。恩返し、ソレだろ」

 

 キルアが一人で合格した年の試験。確かにその可能性は高いし楽な方法でもあるだろう、でも。

 

「今の私達は(ライセンス)よりも強さを手に入れなきゃいけない。そのためには最初の試験がうってつけだと思う。実戦も兼ねてるし、念があれば命にまでは関わらないだろうし……ね」

 

 それに、今から未来に行ってハンター証を手に入れたとしても、それからまた過去に戻ったらその(ライセンス)は使えない。……本来存在しないはずのものだから。

 

 どうせなら前の試験で取得しておけば、ヨークシンまで三人合わせてもほとんどお金を使わずに過ごせるだろう。一石二鳥だ。

 

 その試験自体も、イルミとヒソカにさえ目をつけられなければ、まあ間違いなく合格できるだろうと思う。最悪、一人でも取れれば充分だし。

 

「確かに一理ある。よし、それじゃあシュートが退院次第、焼肉定食を食いに行くか」

 

「ステーキ定食。……一応、シュートの意見も聞かなくていいの?」

 

 全て飲み干して、残った缶をゴミ箱に投げる。カロンといい音がして見事にあるべき場所に収まった。……別に能力とか使ってないよ? これでもバスケやってた時期もあるんだから。ミニバスケだけど。スラムダンクの影響で。私の身長じゃダンクも片手レイアップもできないからすぐにやめたけど。今なら出来るかもしれないなぁ。安西先生、バスケがしたいです……。

 

 この世界にもあるのかな、バスケ。あった気がするな、GIのレイザーんとこで。  

 

「大丈夫だ。アイツは今回のヒソカとの一戦でかなり自覚を持っている。反対なんかしないさ」

 

 ウイングも私の真似をして空き缶を投げる。的を外した缶がコロコロと転がった。拾いに行って、改めて捨てる。

 

……相変わらず、うだつの上がらないやつだ。カッコ悪www

 

「じゃ、シュートが元気になるまでは私らものんびりさせてもらいますか」

 

「同感」

 

 連れ立って病室へと戻る。付き添いが二人という事で、お金が余計にかかったけど個室を用意してもらった。シュートのベッドとは別に、私達用の簡易ベッドが二つ。スプリングは天空闘技場の個室の方が格段に良かったけど、別に問題はない。

 

 私達は、つかの間の休息を存分に享受しよう。病院特有の青いほどの白に囲まれた、ほんのわずかな平和。薬臭いのだけが難点だけど。

 

 ウイングが親指に鎖を具現化する。『癒す親指の鎖』(ホーリーチェーン)だろう。それをシュートの胸に当てる。……ちっさいな、十字架。でもないよりはマシかな。

 

 ベッドに転がり見知らぬ天井を見上げながら、ふと、天空闘技場での事を思い出した。

 

 ああ、そういえば私達も、ゴン達みたいに変な二つ名をつけられたなあ。

 

『暴走機関車シュート』に『サプライズパームマジック』に『(ある意味)鉄壁のウイング』。

 

 思い出してくくっと笑う。ヒソカ戦以外では念を全く使っていなかったシュートは、とにかく相手を体当たりで吹っ飛ばしていってたし、私はゴルゴンの首を使ったウイングとの一戦以来、サプライズガールと呼ばれるようになった。……手品にはパームマジックという種類のものもあるのだと、ロビーでの待機時に知らない人が教えてくれた。未だにどんなものがそれに当てはまるのかは知らないけど。

 

 鉄壁はマジ笑える。というのも、ウイングはほとんどの対戦で、相手にビビって頭抱えてた。それに敵が攻撃を仕掛けてきて、そして跳ね返されて自滅していく……そんな戦い方ばかりだったからだ。まあ、勝てればいいんだけど……それにしても情けなさ過ぎる。

 

 結構面白かったな、天空闘技場。また、機会があれば行ってみたい。今度は、200階よりも上に。

 

 そんな事を思いながら、私は心地よい感覚のまま睡魔に身をゆだねた。



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試験

 俺たちは今、例の定食屋の前にいる。タイムベルトだと場所の移動までは出来ないので、ひとまずは三人でここに来たってわけだ。

 そして、パームにタイムベルトを出してもらう。そろそろ周囲の人たちの、奇異なもの(ファンファーレ)を見る目にも慣れてきた。

 

「じゃあ、最初は俺が行く。明日がシュート、明後日にパームが来い。日付・時刻はわかってるな?」

 

「うん」

 

「大丈夫」

 

 タイムベルトを使い、試験前へとジャンプする。ちょっと移動のときに気分悪くなるんだよな。船酔いみたいなもんか?

 

 俺の場合は時期は試験より一ヶ月ほど前に飛ぶ。先に行って試験の申し込みしておかないとな、ってことでネカフェで勝手に三人分の試験の申し込み用紙をプリントアウトして必要事項を記入する。(パームに日本語⇔ハンター文字変換表をあらかじめ作ってもらっておいた)

 親権者の印鑑? その辺で買って来ましたが何か? 世の中には大人しか知らないいろいろなカラクリがあるのだよチミ。一切身寄りのない(と思われる)クラピカや家出したキルアが参加できてるところから見ても、必要なのは認印! 印鑑証明なんて必要ないんだぜベイベー!

……いや、そんなん存在するかどうかすら知らんけど。テキトーに名前ゆったらその場で彫ってくれた。一本で三人分。俺らの親権者はサザエ・イソノさんですが何か問題でも? 基本的に登録自体はそれほど重要視されてないみたいだしな、ギタラクルなんて仮名があっさり通用したところから見て。

 そして陽気に愉快に試験を通過できるはずだ! 俺の生まれた頃からTVで活躍しているサザエさんならきっと! 多分! ……だといいな。

 

 適当に一ヶ月を過ごす。宿代分はちゃんと計算して持ってきたから問題ない。例の定食屋で先に焼肉定食を食ったりもした、うまかった。

 そして三人で落ち合う予定の時刻。定食屋やその周辺の雰囲気は、跳んでくる前とも、跳んできた後ともそれほど変わらない。

 ソレっぽい人たちを見送り、ゴン達が来たので慌てて隠れ、やがてシュートとパームが現れた。

 

「一日に何度でも出せたら便利なのにな、ソレ」

 

「仕方ないでしょ、制約なんだから」

 

 あーぜんっぜん変わってないなこいつら……って当たり前か、こいつらはあれから一日二日しか経ってないんだからな。

 

 とりあえず店に入る前に三人分、占いを済ませておこう。タイムベルト使って長時間移動したせいでわかった新事実。タイムベルトに影響される事なく占いはその当人が体感する七日間分の内容だってコトだ。ここ重要な、試験に出すぞ?

 過去に戻ったのに、前に占った予言が見事的中したんだよ。

『小さな子犬を侮るべからず。右に歩けば貴方は弱り、左に歩けば貴方は眠る』とか言われてて、跳んだ直後に正面から子犬連れのねーちゃんがやってきて、慌てて右に避けたら足に思いっきり噛み付かれた。左に避けてたらのど笛にでも食らいついてきたんだろうか。チワワみてーなチビ犬のクセに。謝る位ならしっかり躾けとけよな、飼い主も。

 まあ、おかげで焼肉定食オゴってもらえたからいいんだけどさ。

 

 話は戻って、三人分の占い。中でもう一~二度は占わないと、試験は一週間以上あるもんな、多分。

 

 まず俺。

 

  四角い花には近付くな、会話は最低限にしよう

  香りに誘われ蜜を吸えば、貴方は地獄を見ることになる

  最初に決めた事に必ずしも従う必要はない

  何事にも絶対はありえないのだから

 

 前半はなんか予想付くな。やーな感じの予想だけどな。花じゃねーだろ間違いなく雑草だろ。後半はワカンネ。

 

 次、シュート。

 

  塒を前に先走れ、迷いたくないのであれば

  けれど年長者の助言には従っておくといい

  彼の言葉通り、急ぐのならば別の道を行こう

  さもなくば思わぬ遠回りとなる

 

 聞いとけよお前さんしーっかり聞いとけよー年長者は敬うんだぞシュートー。

 

 そして、ラストにパーム。

 

  掟は破るためにある

  必要であれば、二度なら神にも許される

  けれど三度はいただけない

  神の鉄槌が下るから

 

……二回はパームに念能力使わせる事になるかな……多分。んで少なくとも片方は、あそこで使うんだろう間違いなく。俺の占いの後半部分はこいつか。

 

 無事に準備(占い)を終え、二人を伴い店へと入る。勿論、注文はアレしかない。

 

「焼肉定しょ……」

 

 言い終える前に、パームに殴られた。

 

「おいちゃん、ステーキ定食を弱火でじっくり、三人前お願いしまーす!」

 

 あれー? 絶対焼肉定食だと思ったんだが俺の記憶違いだったのか、俺たちは別室に案内される。案内してくれたのはおばちゃんだった。あれ、原作ではきゃわゆいオネーチャンだった気がするのだが……。

 

 部屋では網焼きのステーキが弱火でじっくりことこと焼かれている。俺が記憶違いしてた原因はコイツか!

 

 ガコリと音がして、エレベーターが降下する。

 

 その間、長いようで短い時間、俺たちは左に茶碗、右手に箸を構えて肉バトルを繰り広げていた。結果はシュートの圧勝。くそ、さすがに運動神経バツグンだなコイツ。俺二切れしか食えんかった。ビールが欲しい。

 

 それと、確認をしておいた。絶対に念能力は使用しない。基本的には垂れ流しのノーマルモードで進み、どうしても命に関わるような場合のみ、纏・凝・周・円のみ許可する。能力は死んでも使わない……占いに出たピンポイントの二箇所を除いて。ヒソカやイルミがいるから出来れば念全般を使わずに勝利したい。多分……大丈夫かな? 一応鍛えたし、現時点でのゴンやレオリオ・クラピカよりは強いはずだ。

 

 ゴトン、エレベーターが大きく揺れて、無事に到着する。扉が開いた。……空気が変わる。

 本試験会場。……えーと、ヒソカとギタラクルはどこだ? 逃げるぞ。

 

「よう、お前さんらもルーキーだな。今年は随分新人の多い年だ。ま、オレに何でも聞いてくれよ」

 

 オッサンが気軽に声を掛けてきた。はいはい新人潰しで四角い鼻のトンパさんコンニチワ。

 

「俺たちで何人目か、それとヒソカと、あとギタラクル……カタカタいってる目のイったヤツの居場所を知りたいんだが。あいつらには極力近付きたくない」

 

 はい、トンパが俺を見る目ちょっと変わりました。あいつらを知ってるからか?

 

「は、はは……もしかしてルーキーじゃなかったか? 一応オレは全部の受験者を把握してるつもりだったんだけどなぁ。お前らで408人目、カタカタ野郎はあれ。で、ヒソカはあそこだ」

 

 いえいえルーキーですよと適当に返事をしながら、彼の指差した先に佇む変人と変態を発見……よし、この二人とは極力距離をとるぞ。番号札を受け取りながら、警戒は怠らない。番号は、俺が406番、シュートが407番、パームが408番だ。さあポッケにしまおう三次試験があるからな、いや四次だったっけ?

 

「確かにアイツは相当ヤバいからな。前回の試験でも試験官を半殺しにして不合格になりやがった。今もひでえ有様だぜ。もう片方はもう何かやばすぎて近付けなかったんだが、お前知ってるのか?」

 

 ヒソカの真上、天井に人の腕が張り付いている。バンジーガムで飛ばしたんだろう。……なるほど、ゴン達よりも後に来たというわけか。あっ、キルアがここにくるかもしれん、トンパは華麗にスルー……

 

「ところで、コイツはお近づきの」ジリリリリリリリリリリ!

 

 ベルが鳴った。試験開始の合図だろう、どこからともなくサトツさんが現れる。良かった、新聞勧誘すら断れないヘタレな俺だと、強引に勧められたらわかってても下剤ジュース飲むところだった。リアル世界では新聞三つとってますが何か問題でも? その分洗剤やらゴミ袋やら、スポーツ観戦チケットやら強奪しまくったけどな。とってんのは朝刊だけだし。

 

 そういやキルアの五本一気フラグは俺らが来たことで消滅したんだろうか? 今後に影響なければいいけど、多分影響ないだろこのくらいなら。ないよなあ。……ないといいなあ。

 

「ただ今をもって、受付け時間を終了いたします」

 

 うーん、やはり見事なあのダリ髭、何かワックスとかで固めてるんだろーか。他の部分の髭は剃ってんのかな。

 

 多分、俺は受験者の中で一番気楽でアホなことを考えていた。

 

 以下中略。

 

「ただ私について来ていただきます」

 

 はい、マラソン開始。まぁ、俺ら三人はここは余裕だろう。伊達にククルーマウンテンで鍛えてたわけじゃない。

 

「……パーム?」

 

 スケボーから降りて走っているキルアに声をかけられた。しまった、もう見つかっちまったか。

 

「あ、ウイング! 何? キルアとも知り合いなの?」

 

 ゴン達三人にも見つかった。予想外だがまぁいいだろう。ヒソカに見つかるのに比べたら可愛いものだ。

 

「久しぶりだな、ゴン。キルア様とは……それほど時間は経っていないでしょうか、お別れしてから」

 

「ああ。あの時は……ごめんパーム」

 

 走りながら、気楽に会話を続ける。

 

「気にしてないって。それよりゴン、後ろの二人は誰? 紹介してよ」

 

「あ、金髪の方がクラピカでメガネの方はレオリオ。どっちもオレの仲間だよ!」

 

 クラピカが軽く会釈する。

 

「初めましてウイング、話はゴンに聞いている。大層な予言者だというじゃないか。是非私の未来予想図も聞かせていただきたいものだな」

 

……えーと、本人も忘れてた設定をほじくり返さないでいただけますか? しゃーない、占うわけにもいかないし、そのうちテキトーなこと言っとくか。ノストラード組に入れば目的の一部を達成できるとか何とか。それかあれか9月のヨークシンオークションに蜘蛛が現れるとか。……逆に旅団じゃないかとか思われたらヤダな、そっちはやめとこう。

 

「初めまして、オレはシュート。野球好きでゴンやキルアの友達!」

 

 各々の自己紹介が終わったあたりで、さらにスピードが増した。

 俺らやゴン・キルアは平気そうだけどあとの二人は少し苦しそうだ、特にレオリオ。俺も会話はやめにして、走るのに集中する。念のために、だ。あまり不必要に体力は消耗したくない。ゴン達も他の受験者も、徐々にばらけだした。

 

 やがて階段へ到着する。スピードがさらに増す。レオリオは既に上半身マッパだ。アイツ、本当に限界近くなったらフリチンになるんだろうか。

 

「おい、階段上がりきる前に、前の方、出来れば先頭に出るぞ」

 

 シュートの占いを根拠にして俺は二人にそう促し、俺たちは揃ってスピードを上げる。試験官が2段とばしなら俺らは4~5段とばしで行ってやる。その程度の余力は充分にある。俺にあるくらいだからパームやシュートも余裕だろう。

 ほどなくして、俺らは先頭に踊り出る。ゴンやキルアと一緒に。

 

「やっぱアンタらすごいな。後方集団からここまで追いついて息も切らしてねーのかよ」

 

「余裕ですよ、キルア様。これでもゾルディック家にお仕えした身、そうそうヘバってなどいられません」

 

……すっかりクセになっちまったな、キルアへの敬語。予言に出てないからもう召使いぶる必要もないんだが……あああキルアがウザそーな目で俺を見てるううう。

 顔で笑って、心で泣いて。家出たんだからいい加減に敬語やめろというキルアの命令の元、階段を抜けきる頃までには、何とかゴンとかと同じように呼び、話すことが出来るようになった。俺超頑張った。こんな可愛いニャンコにこれ以上嫌われたくない。

 

 そして、詐欺師の塒へと到着する。まだまだ体力的には余裕だがここでは騙される可能性が多分にあるからな、サトツさんにピッタリくっついていく事にしようそうしよう。ヒソカに関わりたくないので試験官ごっこはパス。原作どおり、レオリオが殴られる程度で済むだろ、多分。

 

 やはり未だ俺はヘタレ。ライセンス取り終わる頃までには俺の隠された念能力ってのを知ることができたらいいなぁ。



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料理

 ゴンが途中でいなくなるというハプニングを除いて、オレたち(キルア含む)は無事二次試験会場へとたどり着いた。ヒソカがレオリオを担いで現れたときは驚いたけど、ゴンやクラピカもあとから到着した。全員そろって一次予選通過できたんだな。良かった。

 ところで、さっきから何か変な音がする。二次試験がどうとか書かれているらしい建物の中からだ。ぐごごごごごーとかぎるるるるーとかがるるるるーとか。ミケみたいなでっかい猛獣でもいるんだろか。アレと闘うのはちょっとヤダな。念能力ナシだと即行で食い殺されそうだ。

 ミケといえば、ゴンはレオリオの匂いを嗅いでここまでたどり着いたそうだ。犬だ。警察犬だ! 麻薬とかも見分けられそうだな。いや、嗅ぎ分けるのか。

 

 正午。建物の扉がゆっくりと開く。中にいたのはミケでもなければ怪獣でもなく、大男と美人。よかった、人間相手ならまだ何とか……。

 

「二次試験は料理よ!!」

 

 父さん、母さん、オレ、おにぎりを三角形に握ることすら出来ません。どうすればいいんでしょうか。

 ウイングとパームはなんか余裕そうだ。そっか、試験の内容全部知ってるんだろうな、きっと。

 

 最初の試験は豚の丸焼き。よかった、それならオレでも作れそう。

 

「シュート、二人で豚取りに行くぞ」

 

「あれ、パームは?」

 

「俺らで三人分ゲットして作る。あいつには、全員が豚に集中している隙に、二つ目の料理の方を任せるからな」

 

 やっぱり試験の内容知ってるんだ。前もって教えてくれてもいいのに。それに、ゴンやキルアたちにも教えてあげればもっと楽にクリア……

 頭はたかれた。原作には出来るだけ介入しないようにと釘を刺された。知らねーよそんなの、オレらただの友達だもん。

 ウイングが、だからお前さんには先の内容教えないんだよとかブツブツ言っている。

 

「あいつらは自力でクリアできるから放っておいても大丈夫だ。それよりも先に、まずは自分の事を考えろ。ヒソカと闘った時に嫌というほど思い知っただろう?」

 

 そうだった。オレが勝手にルールを破って飛び出せばそれは即、死につながる。あの時は、死ぬのはオレだけですんだかもしれないけど、今は仲間全員が危険に晒される可能性もある。出来る限り忠告には従おう。占いにも言われたしな、助言は聞いとけ、って。

 

 森に生息する豚は一種類、ツノみたいな頑丈な鼻を向けて突進してくるグレイトスタンプという種類だという事と、弱点が額だという事。それだけわかっていれば、能力を使わずともオレたちなら余裕で捕まえられる。

……で、オレが三匹捕まえてこいって言われたわけですが何故に? ウイングは火を熾しとくとか言ってたけどなーんかずるくね?

 とりあえず、突進してくる豚をジャンプして避け、そのまま足で額を蹴る。そして忘れずに絞め殺す。前に、くじら島の小屋に置いてた鳥が、寝てる時に復活して大騒ぎになったもんな。きっちり絞めとかないと。

 

 ウイングのところへいくと、既にいい感じにキャンプファイヤーが完成していた。調理はウイングに任せてとっとと次を狩りに行く。

 あっという間に二匹を狩ってまとめて持っていくと、ウイングはもう二つ、太い枝を組んだ見事なキャンプファイヤーを完成させていた。すげぇ。

 

「センコーやってた頃、毎回生徒にやらされてたからな。林間学校やら合同キャンプやらの時」

 

 先生、そこは自慢するとこじゃないと思います。ヘタレです。

 ノドまで出かかった言葉を飲み込んで、豚を焼くのを手伝う。丸焼きだから、丸焼き。……や、つまり、捌いたり味付けたり、細かいコトしなくてもいいってことで、オレにはぴったりだ。多分、もう片方の美人ねーちゃんが出す問題に比べれば、はるかに料理らしくない料理なんだと思う。だからパームを置いてきたんだな、きっと。

 

 ウイングが一頭、オレが二頭、担いで最初の倉庫みたいな建物に戻る。他の受験者達も、ほぼ同時に担いで走っている。……すげー、予備知識ナシでこれだけとは。もしかしたら念能力、ないとヤバい時が来るかもしれない。

 一次試験は無事終了。一頭あきらかに生焼けのヤツがあったけど気にせずに食べてくれた。よ、良かった。

 

 そして二次試験のお題は『ニギリズシ』……寿司?

 

 そんなん女のパームでも普通出来ないんじゃないかと思ったら、すでにきっちり三人前用意してくれていた。

 

「私達ツレなんで、三人分まとめてになりますけどよろしいですか?」

 

「おっ、早いねー。いいよ、ちゃんとニギリスシになってれば。さ、出して」

 

 パームが蓋を開ける。中には、……なんかちっさい白い魚が何匹か乗った寿司が6コ。……何寿司だ、これは。

 

「煮白魚の握り寿司です。調味にはみりんと醤油、隠し味に天然塩を使っています。そのままでお試しになって、後はお好みで醤油を、添えてあるガリで塗ってからお召し上がりください。そのまま醤油につけると、ネタが崩れてしまうと思われますので」

 

「へぇぇ~、きっちり知ってるじゃない。スシとしては平凡とはいえ、ネタも選んでくるとは感心感心。つかあの川からよく見つけてきたわね、白魚。……ガス台はここに用意してないはずだけど?」

 

「先ほどの試験で使用した火を利用しました。軽く煮ただけなので、時間自体はそれほど掛かりません。ボウルがありましたので、失礼ながらそれを鍋代わりに使わせていただきました」

 

 メンチさんが箸をテーブルに置き、細い指で一つ目をつまみ、口の中に放り込む。うわ、一口で食べたよこの人。

 

「うーん、個人的にはもう少し味が濃い方が好きだけど……ガリと醤油っていう解決策も提示してあるし、いいわ、合格!」

 

 すごい、一撃合格! まさかパームにそんな才能があるとは夢にも思わなかった。口より先に手が出る、ただの乱暴なヤツだと思ってた!

 けど実は、受験生達が豚を捕まえにいった反対方向で、こっそりグルメテーブルかけを出して『川魚の握り寿司』と注文したんだそうだ。最初はズルイと思った。けど、自分で食べて味を判断して、なおかつ様々なツッコミにも耐えられるよう、原材料・使用調味料・調理法を念入りにチェックしたんだそうだ。自分の舌だけで。しかもここには同じ調味料でも数種類用意してあったんだとか(精製塩と天然塩、米酢とりんご酢とワインビネガーとか)

……うん、それならあんまりズルくない。オレには真似できないや。軍艦とかに、ガリを刷毛代わりにして醤油を塗るのは寿司の基本なんだってさ。初めて知った。

 父さん、母さん、もしもう一度会えたら、今度は回らないお寿司屋さんにも連れてってください……。

 

 速攻でクリアしたオレたちは、のんびりと試験が終わるのを待っていた。パームは他の受験生が来るまでの間メンチさんと、上がりは知ってても出花を知ってるヤツは少ないとか、ナレもクセはあるけどハマるとか、さっぱり訳のわからない話をしていた。ウイングもついていけてないところを見ると、原作で出てきたことではないんだと思う。

 

 こっそりニギリズシの特徴をゴン達に教えに行こうと思ったら、なんかハゲの人が先に作り方をバラしてしまった。なので結局ウイングと一緒にぼけーっと待つ。試験終了に間に合わなかった受験生が持ってきた、ブハラさん用の丸焼きをちょっぴりご馳走になったりもした。……今までオレが食べたどんな豚よりもうまい!

 

「強暴だから捕まえるの面倒だけど、そのまま焼くには世界一おいしい豚なんだよー。ハムとかだとまた別の種類の豚でいいのがいるんだけどねー」

 

 ただの大食いの人かと思ってたけど、さすが美食ハンター。最低限の事は考えた上での試験内容だったんだな。それにしてもおいしい。オレでも一頭くらいならペロリと食べられそうだ。けどウイングに腹八分目で止められた。このまま順調に行けば、もう一つおいしいものを食べられるらしい。……あれ? オレたち、ここに何しにきたんだっけ。 シュートの愉快なグルメ旅?



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視線

 三人も合格者が出て、原作に影響が出ないかとヒヤヒヤしていたけど、メンチさんの試験自体を無効にするということで、何とか無事にネテロ爺さん登場までこぎつけた。

 

 私達は今、飛行機(飛行船?)に乗ってマフタツ山へと向かっている。私達も再度試験を受けるようにと言われ、メンチさんにものすごい勢いで謝られた。別にいいのに。

 そんなことより世界中の食材について話を聞きたいといったら、目を輝かせて色々教えてくれた。参考になるし何より面白い。これだけ変な生物がワサワサいる世界でも、やっぱり基本的な食材や料理は私達がいた世界と変わらないみたい。でも、どんなに美味しくても、サソリトカゲモドキムカデなんていう想像するだにキモい生物の幼虫を踊り食いなんて、絶対私には真似できないな……。

 

 そしてすぐに山へと到着。メンチさんの実技ののち、私達も飛び降りてクモワシの卵をとってくる。ウイングに口にくわえて二個とってこいとか言われたけどそんなの無視した。一個でいいもん、別に。

 けれど食べて後悔した。あああ、どうして二個取ってこなかったんだ、私のバカバカバカ。とか自分を責めている間にシュートがもっかい飛び降りて、服を袋状にして詰めて山ほどとってきてくれた。そしてメンチさんに殴られて、涙目で元に戻しに行く。なんでも、クモワシの卵は孵化率が低いので乱獲は許さないんだそうだ。……そんなものを試験内容に選んじゃ駄目だよメンチさん……。

 

 そして無事、再び飛行機の中で、夜を迎える。ウイングの方針の下、原作の方々には出来るだけ関わらないようにして、私達は眠りについた。……ちょっと興味はあったんだけどな、ボール遊び。でもあんなのシュートが見たら喜んで参加して、余計な事を色々とやらかしてくれそうだから黙っておく。

 

 そして塔へと到着した。原作どおり。

 

 ウイングが寝転がった。やる気まったくゼロ。なるほど、そういうことか。

 シュートがオロオロしているのを見ながら、私も適当に座る。……受験生が全員いなくなるまで。

 

「ウイング! パーム! ここ、床に隠し扉が……」

 

 瞬時に二人してシュートを殴る。それを聞いたほかの受験生が慌てて隠し扉を探し入っていく。もちろんシュートには行かせない。

 

「ねえ、三人とも」

 

 ゴンが声を掛けてきた。扉を見つけたな。

 

 予想通り、5つの隠し扉を見つけたので私達にも来ないかと誘ってきた。だが、枠が残り一つしかないという事と、私達三人は別れずに行動したいと告げて、丁重にお断りする。

 

 扉をくぐるまでこちらをチラチラと見て、ギリギリまで私達のことを案じながら飛び降りていった。……やっぱりいい子だな、ゴンは。自分が罠に掛かるかもしれないというのに。

 

 それからさらに5時間ほど経っただろうか、シュートのおかげか、割と早く全員が仕掛けを見つけることが出来、この最上階に人は一人も居なくなった。

 

「さ、行こーか」

 

 ポケットを具現化してどこでもドアを取り出す。目的地は塔の真下、雲の切れ間から見えてるから多分問題ない。

 

 扉を開くと向こうは森。迷いなく、くぐる。二人も後に続く。扉を閉めてドアを消す。

 

「これで私の能力は打ち止め、ね。神様に怒られたくないし」

 

「問題ないだろ。次の試験はいずれにせよ誰かと闘わにゃならんからな、お前さんの能力はほぼ無意味だ……ってしまったー!!」

 

「ゴルゴンの首、あったんだけどね」

 

 ウイングが予想以上にorzしている。想定内の出来事だと思ってたんだけどなー。あはは、シュートに慰められてら。いつもと立場が逆転してるね、ウイングw

 

「人を石にしたら、バッジも石になって取れなくなっちゃうから、これでいいと思うよ?」

 

「シュート……お前さんってばいいヤツだなぁ……よし、こんなときは笑えばいいと思うよ!」

 

 鼻水たらしてダダ泣きのお前が言うな! つかここは、どっちかっていうと『こんな時どんな顔をすれば良いのか分からないの』でしょ!!

 

 ウイングをずるずると引きずって、塔の門を開ける。一番のりか……他に誰もいない。

 

……ヤなトコに気付いちゃった。もしかしてこのまま実力的に言えばヒソカとイルミが私達の後にワンツーフィニッシュ決めるんじゃなかとですか? ていうかヒソカは合格者第一号だったはず、原作では。

 

『408番パーム、406番ウイング、407番シュート、三次試験通過第一号、二号、三号! 所要時間5時間52分!』

 

 やや音の割れた放送が響き渡る。試験官の人だろう。名前は……なんだっけ、顔は思い出せるのにな、えーっと、つか名前出てたっけ、刑務所長の人。スネオとのび太を足して二で割って目つき悪くしたような……えーと、リッパー? だったっけ? 確かそんな名前だったようなでも自信ねー!!

 

「あの、試験終了時刻までには戻ってきますので、少し外にいてもよろしいでしょうか」

 

『今後、最終試験終了まで、二度と君の移動能力を使わないこと。そして、時間内に戻ること。以上を満たせなければ即失格とみなす。それでも良いのならば構わない』

 

「ありがとうございます」

 

 三人して、入ってきた門を再び出て行く。これで、無駄にヒソカやイルミと接触する機会は減るだろう。っつーか、あの二人と一緒の部屋に5人でいるのとか絶対死んでも嫌だ。ヒソカだけでも無理。

 

「出てきたのはいいけど、どうやって時間潰すの?」

 

「修行でもしてればいいんじゃない、堅とかの。あと二晩はあるはずだから最終日に体調ばっちりにしとけば問題ないよ」

 

「うん、わかった」

 

 私は堅を続ける。ウイングは原作に出てきた念能力を色々と試しているみたい。シュートはバットをぶんぶん振り回している。素振りかな。やがてウイングは凹みながら腕立て伏せを始めた。成果が上がらなかったんだろうな、あの様子じゃ。

 

 ぞくり。

 

 舐める様な視線に私達はそろって門の方角を見る。

 

「キミ達が最初の合格者? ボクが一番だと思ったのに♣」

 

 やばい、失念してた。二人は垂れ流しモードだけど、私は念を使用してる。念能力を使ったら隠していない限りオーラでバレる。ヒソカほどの使い手ならなおさらだろう。円でもされた日にはモロバレだ。迂闊だった、せめて塔からもう少し距離をとっていれば……!

 

「そんなに怯えないでよ♠ どんなヤツらなのか見に来ただけなんだから♥」

 

 私の様子を見て、奇術師は言う。体が動かない。ヘビに睨まれたカエル……後の二人も似たような感じだろう。

 

 まさに舐めるようなとしか言いようがない視線。

 

 

  やつから逃げる前に言っておくッ!

 おれは今やつの視線をほんのちょっぴりだが体験した

 い……いや……体験したというよりはまったく理解を超えていたのだが……

  あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

 

 『おれは森の中で堅の修行をしていたと

 

  思ったらいつのまにかヒソカが見ていた』

 

 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが

 おれも何をされたのかわからなかった

   頭がどうにかなりそうだった……

  ノゾキだとか露出狂だとか

  そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

   もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

 

 

 へ、へへへ、変態さんだ、真性の! リアルで間近に見るとマジ怖い!

 

「驚いたな、こんな子供達がボクより先にゴールしただなんて♦ しかもキミは既に念も習得してるようだ、世界って広いねえ♥ キミの能力を使って最初に到着したのかい?」

 

「ち、違います……私は、まだ……発は学んでいなくて……でも練ができたら、簡単に待ち受けてた試練官を倒せたので……それで……」

 

 声が震える。ヤバイ。私のカンがそう言っている。何でこんな大事な事が占いに出てきてないのよ!!

 

「そっか、じゃあこれ以上怯えられたくもないんでボクは戻るよ♣ 試験の続き、キミ達も頑張ってね♦」

 

 最後にひと舐め、されて、私達は食べられることなく無事に解放された。……こ、腰が、抜けた。

 

「ヒ、ヒソカ、来ると思わなかったな……」

 

「あのキモい視線、前に闘ったときと全然違うよ? ……アレ同一人物……?」

 

 二人も完全にビビっている。

 

 ああ、なんか合点がいった。闘技場でのヒソカの様子。あれは気のせいじゃなかったんだ、あの投げキッス。

 

……あああああキモいキモいキモいキモいキーモーイー!!

 

 よっぽどゴルゴンで石にしてやろうかと思ったけど、能力使わなくて良かった。三度目の能力使わなくて本当に良かった。神様ありがとう! マジありがとう! あとついでに占いにもありがとう!! けして今のは危機ではなかったんだね、わかってたんだねさすが占い!

 

 私は後で気付くことになる。安全なのは『七日間』だけだってことに……。



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作戦

 俺たちは今、四次試験についての説明を受けている。クジ引きの箱を前にして。

 三次試験の合格者は俺たちのプラス分を入れて、きっかり28人(うち一人死亡)このことがクジ引きにどう影響するか……。

 ヒソカとかギタラクルとか、あと身内三人の番号さえ引かなければ勝算は充分にある。出来れば主人公組の番号も引きたくない。

 神様お願いします、今この瞬間だけで構いません、ラッキーとか幸せとかツキとか幸福とか主人公補整とか……いや俺ら主役じゃねーよな、じゃあトリッパー補整とか、そういった類のものをまとめて俺らにください!!

 

 俺が念じる間にパームがクジを引く。続いて俺と、シュート。

 俺が198番、シュートが362番、パームが80番。神様ありがとう!!

 既に俺たちのバッジは一次試験が始まる前に隠しておいたので、俺らの番号を知っているのはまぁ、せいぜいトンパくらいだろう。問題ない。

 パームはここに残っている全員のナンバーを覚えていると言った。……ハンター文字を読んだ時にも思ったが間違いない、コイツはガチンコのオタクだ!! 俺より重症だ!

 そのパームいわく、俺とシュートの番号札はいずれもハンゾーがクリア時に所持していたものらしい。これだけ俺らにとって都合のいい番号が集まったという事は、他のメインキャラたちのターゲットはおそらく原作どおり。……なんだろうけど、一応、ゴンとかキルアに札を見せてもらおう。それで多分、確信が持てる。まぁ、場合によっては絶望するかもしれんが。

 80番はヒソカがクリア時に持っていたっつーのはとりあえず聞こえなかった事にしておく。耳に蓋だ。パタリとね。必殺ギョーザ耳ー。

 

 そして、ゼビル島に向かう船の中、俺はタイミングを見計らっていた。声を掛けるのは、ゴンとキルアが札を見せ合った後で、なおかつキルアがゴンの元を離れる前。……今だ!

 

「ゴン、キルア」

 

「あ、ウイング」

 

 声をかけた直後、先にパームが話を切り出した。俺の出番奪わないでくれ……。

 

「あのね、お願いがあるんだけど、二人のターゲット、教えてくれないかな? もちろん、私達のターゲットも番号も教えるし、なんなら先に札を見せてもいい」

 

 キルアが眉を寄せる。けれど、言うとおり、二人とも札を見せてくれた。……よっしゃ、二人のターゲットも原作どおり!

 しかし予想外だったな、ゴンはともかくキルアがこうもあっさり札を見せてくれるとは。

 

「キルア、よかったの?」

 

 俺の疑問をゴンが代弁してくれた。

 

「ん……ウイングはともかく、シュートとパームはダチだからな。特にパームには借りがあったし」

 

 なるほど『猫は子犬を伴い恩返し』はこれを指していたのか。納得できた。占いカンペキ。

 

 そしてキルアは俺たちから離れ、俺たちもゴンに別れを告げて、今後の作戦を練ることにする。

 

「まず、三人そろったら、全員が絶でキルアが出てくるのを待つ。出発したら、尾行開始だ。二人は絶状態のまま、俺だけが円を使って周囲の警戒をする。シュートはキルアを見失わないように、パームは周囲の気配や音に気をつけていてくれ。アモリ三兄弟に関しては、それで充分だろう」

 

 シュートが手を上げた。

 

「先生、さっぱり意味がわかりません」

 

「アンタはとりあえず私達のいうとおりにしてくれればいいよ、深く考える必要は無いから」

 

 それでシュートが納得したので、話を続ける。

 

「三兄弟とキルアが接触してからがキモだ。キルアが三兄弟を圧倒して不要なプレートを二枚投げるから、全員が円を展開しつつ二手に分かれてバッジを追う。シュートはパームと一緒に行け。ハンゾーの気配を感じたら速攻で逃げろ。そうでなければ確実にバッジを手に入れろ。その後は引き続き円状態のまま、キルア達のいた場所で落ち合おう」

 

「OK、把握した」

 

 パームの返事と同時に、シュートも無言で頷く。

 

「その後は、キルアのときと同じ要領でハンゾーを探し、発見次第、尾行する。多分他の受験生を探して躍起になってるだろうから、尾行はより慎重にな。彼が三枚ゲットした時点で、交換を申し出る」

 

 問題は、ハンゾーが無事取引に応じてくれるかどうかなんだが……。難しい顔をしていると、パームが俺の肩を軽くポンと叩いた。

 

「大丈夫。ハンゾーにとっても複数のバッジを持っているよりは狙われる危険度が低くなるわけだし。万が一それで納得行かないようだったら、以降の試験で私達三人が彼と敵対するような事があれば無条件降伏する、とでも言っておけば、彼の性格上問題ないよ。……ヒソカについては……うん、大丈夫……かな?」

 

 おいおい、最後がすげー曖昧だぞ? 不安だ、不安すぎる。

 

「いざとなったら私はリタイアして、ウイングが泊まってたっていうザバン市のホテルで二人が戻るまで待ってるよ。ウイングのことだから、通帳は最寄の銀行の貸金庫にでも預けてあるんでしょ?」

 

 実際は定食屋の横の路地、角からきっかり3mのところに埋めてあるんだけどな。世の中世知辛いもんで、貸金庫使うにも少しとはいえ金が要るんだよ。二人には一応通帳のありかを伝えておく。万が一、という事もあるからな……で、セコイと笑われた。畜生地獄へ落ちろこンのクソ餓鬼ども!!

 

 そして俺達を乗せた船は、島へ到着した。

 最初に出るのはもちろん、俺ら三人。合流して絶状態を保つ。練とかとちがってラクなんだよなー絶。

 キルアが来るまで、ただひたすら待つ。多分最後の方だっただろうから、少し時間がかかるかな。

 

……そして、キルアが出てくる。俺達は最初の手はずどおりに、彼の尾行をはじめた。



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名言

 ウイングはすごいと思う。

 オレたちは絶で追いかけるだけだけど、ウイングは円を糸のように伸ばして、まるでレーダーのように周囲を探っている。しかも、キルアにばれないように、見事にそこだけは避けて、しかもかなりの高速回転だ。

 オレだったら……そもそも、あんなに円を細くすることすら出来ないだろうな。やっぱり、念の扱いに一番長けているのはウイングだと思う。前にそう言ったら「俺はお前さんらと違って念の総量が少ねーからだよ」とか言ってたけど。

 どうでもいいけどウイングのは既に円形じゃなくなってるし、これも一つの念能力のような気がする。ただの応用? 練習したらオレにもできるかな。

 

 そして割と早く、翌日の朝にキルアと三兄弟が接触した。そしてあっという間に三人を圧倒する。さすが、すげーなキルア……。

 バッジを三枚ゲットしたキルアは、まず一枚目を投げた。それを、ウイングが追う。

 そして二枚目!

 

 オレとパームは円で警戒しながら全速力でバッジを追う。

 うん、一応オレ、あっちの世界の、去年の県大会で盗塁王とったこと忘れてました、綺麗さっぱり。ついでにクラスで一番足が速かった、陸上部のヤツよりも。

 つまりその……急ぎすぎてパームとはぐれちゃったよー!

 とりあえず人の気配はしないのでジャンプしてバッジを手に入れる。しばらくすると、パームも追いついた。バッジの軌跡を追いかけてきたんだろう。

 

「アンタさ、女の子一人置いてけぼりにするってどうなのよソレ?」

 

「ゴメン、バッジを無事にゲットできたってことで見逃して」

 

 そして再び円を展開し、今度はのんびりと二人で合流地点へ向かう。すでにキルアも三兄弟もその場にはおらず、ウイングもまだ……と思ったら、絶状態で木陰から出てきた。相変わらずウイングの絶は絶品だ。いやシャレじゃなくて。

 

「遅いぞお前ら」

 

「そっちにいたんだね、ハットリ君」

 

「おうよ、もう全力でバックレてきたぜ」

 

……あれ? ハンゾーって名前じゃなかったっけ。ハットリ君?

 まあいいや、最初の予定通りだ。後は、また最初の状態に戻って今度はハンゾーだかハットリだかを探すだけだ。

 

 それから二晩、オレたちはまだ忍者を見つけられずにいる。そしてウイングが、ハンゾーを見つける前に占いをしておこうといってきたので、持ってきた紙とペンで占いを開始した。その間は、オレとパームが交代で円を使う。

 

 オレは最初に占ってもらって、ざっと読んだ後に二人にも見せた。

 

  労せず島を出る貴方と、苦しみながら島を出る友

  鈍鼠色の友が狂っても、けして後を追ってはいけない

  追えば寝床に釘付けになり、追わねば札が手に入る

  いずれにせよ別れが貴方を待っているだろう

 

……島は無事に出られるってことか。でも、この一文目の後半の『友』っていうのは誰だろう? あと二行目の方の『友』もよくわかんないな……鈍鼠色?

 

「シュート、次の試験でキルアが狂う。けど、ちゃんと無事に帰ってくるから、絶対に追うな。何があってもだ。あとついでに言っとくがゴンが次の試験の最初に拷問を受ける。それでもちゃんと合格するから絶対手を出すな」

 

「鈍鼠色の友ってキルアのことなの? じゃあその前の『友』は?」

 

「わからん。キルアでないことは確かだが、ゴンたちを指すのか俺らを指すのかまでは……あとの占い次第だな。この場合の『札』は、今の試験のプレートじゃなくてライセンスのことだろう」

 

 キルアが狂う? 想像したくない。もしそんな場面に遭遇して……友達がそんな状態になってて、いくら無事に帰ってくるっていわれても冷静でいられる自信は……ちょっと、無い。

 

 ウイングは次にパームを占い始めた。書き上げた紙をパームに手渡す。……一瞬で、パームの顔色が真っ青になった。

 占いの結果を見せてもらう。

 

  道は二つあるだろう、選ぶのは貴方自身

  取引を持ちかけるか、或いは一人で逃げ出すか

  己を相手に差し出せば、札は必ず手に入る

  逃げれば貴方の夢は一生、叶うことなく終わるだろう

 

「お前は今すぐザバンに戻れ、パーム」

 

 ウイングが即座に帰還を促す。この占いの意味くらい、オレにだってわかる。

 もしヒソカに取引を持ちかけたら……きっと、パームが……。

 けれどパームは、首を横に振った。

 

「馬鹿! ライセンスなんかよりお前さんの方がはるかに大事だろうが!」

 

「そんなのわかってる! 札が手に入らないっていうだけだったら、私はとっくにどこでもドアを出してるよ。でも、もし『夢が一生叶わない』ってのが『一生、元の世界に帰れない』っていう意味を指してるんだとしたら!?」

 

 オレもウイングも、驚いた。今が試験中だったせいか、その可能性にまで考えが至らなかった。たぶんウイングも同じだろう。

 

「それでも、俺はお前さんをヒソカに差し出すわけにはいかない」

 

「オレだってそうだよ! だってパーム、好きな奴いるんだろ!?」

 

 オレは余計なことを言ってしまった、と、後悔した。パームが、今まで見たことも無い、泣きそうな、さびしそうな顔をして……なのに笑ったんだ。

 

「正直……どうせ帰れないかもしれないんなら、つーかまあ、帰れなくてもいいや。顔もなんにも覚えてないような人より、今回のことでヒソカのオンナになるって手もアリかなって思ってるんだ。ほら、一応フツーにすればまあまあ美形だし、何しろ強いし……さぁ」

 

 だったら、だったら何でそんな顔するんだよ……ッ! オレは無意識に、パームの頬を引っ叩いていた。

 

「嘘だってすぐわかるようなウソつくな! まだ好きなんだろ? ヒソカなんか嫌なんだろ!? 綺麗なままで元の世界に帰りたいんだろ!!」

 

 パームはすこしの間、頬を押さえたまま放心してオレを見て……それから、表情はそのままに、ボロボロと泣き出した。……しまった、つい殴ってしまった。ただでさえ余計なこと言ったのに、さらに泣かせてどうするよ、オレ!

 

「……な……」

 

 パームが小さな声でつぶやく。

 

「……殴ったね、親父にもぶたれたことないのに!」

 

……え? パーム今なんつった?

 意味がわからないままボーゼンとしていると、ウイングがこらえ切れないといった感じに吹き出して、すごい勢いで大笑いし始めた。

 

「お前さん、案外余裕があるな。さ、ブライトさんにぶたれたついでに正直なところ全部吐いちまえ、楽になるぞ」

 

 パームも、まだ涙は止まっていないけど一緒に大笑いしている。……なんか、オレ一人取り残されてる気分。

 

「ヒソカは嫌だ。まだ、あの人が好き。でも、帰れなくていいっていうのは……ちょっと本気だった。ゴメン、帰るのが怖かった。だって、帰ったら絶対振られるし……だったらこのまま三人で楽しくやっていくのもアリかもな……とは、思ってた。でも、なんかシュートにぶたれていろいろ吹っ切れた。うん、私やっぱりあの人のこと、顔も名前も覚えてないけど、それでも好き。好きだってちゃんと伝えたい。綺麗なままで、でもきちんと帰りたい!」

 

 今度はきっと、嘘はついていない。これがパームの本音で、すべての気持ちの吐露なんだと思う。

 

 カチリ。

 

 あれ? 今、何か音がした。前にも聞き覚えがある気がする。何の音だろう。

 

「今、何か音、したよね?」

 

「そう?」

 

「……空耳じゃないか?」

 

 空耳だったのかな……まあいいや。パームはもう泣き止んでいる。涙の跡は残っているけど、それでも笑ってる。

 ウイングも、そしてオレも笑う。今は、それでいい。ヒソカのことは後で考えよう。

 

 さあ、とりあえず試験の続きだ。まずは、ハットリ君を探すところからだ。あれ? ハンゾー君だったっけ?



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恋人

 発見後、割とすぐに三枚のプレートを集めたハンゾーとの交渉は、何事もなく終了した。

 

「いやー3ポイント×2の方がなんとなく審査員ウケよさそうだしなー」

 

……ハンゾーが単純な人でよかった。余計な条件をつけずに済んだから、次でぶつかったとしても手加減なしに戦える。勝てるかどうかはともかくとして。

 そうして、私たちは三枚のプレートを手に入れることができた。

 

 私は、反対されることを重々承知の上で、それでも二人にこう言った。

 

「一人でヒソカに会いに行く」

 

 予想通りの反応が返ってくる。行くなだの一緒に行くだの、もう一回殴っちゃるだの。でも、これは私が考えて、選んだ道だ。二人の説得では、頑固な私の考えを変えることはできない。……二人だけでも、無事クリアできる可能性があるのだから、余計な戦闘が起こるかもしれないこの道をともに歩くのは嫌だ。私一人だけでいい。

 

「……わかった。俺たちはスタート地点付近で待っている。お前さんは、こいつを連れて行け」

 

 ウイングは手のひらから、小さなトンボを一匹生成する……『衛星蜻蛉』(サテライトンボ)かな、たぶん。

 

「俺の力じゃ一匹が限界だが、お前さんの動向くらいならわかる。状況によっては、お前さんがどう思おうが即座に加勢しに行く。俺が譲れるのはここまでだ。うまくプレートを手に入れることができたら、こいつで俺たちのいる場所まで誘導しよう」

 

「OK、でもできるだけ邪魔はしないでほしいな」

 

 トンボを肩に乗せ、89番の札を受け取って、私は全開の『円』を発動する。全オーラを円に割り振るのは初めてだけど……たぶん、集中して、ウイングみたいに形を扇状にでもして、薄く浅く長く踏ん張れば300mはいけるはず……!

 

 幸か不幸か、範囲内でヒソカの位置を把握する。間違いなく向こうも私に気づいただろう。

 

「じゃ、後で必ず」

 

「絶対戻ってこいよ! 無事でだぞ!!」

 

 二人と別れ、ヒソカの方向へと足を向ける。およそ中間地点で、彼と相対した。

 

「……円をこれだけ広げられるなんて、キミ、やっぱりいいね♥」

 

 足は、震えている。それはおそらくヒソカにも伝わっている。

 

「どうしてそんなに怯えるのさ♣ 別にとって食ったりはしないよ? もう、プレートも6点分手に入れたしね♦」

 

 いや、お前はとって食うだろが! なんて心の中で突っ込むくらいの余裕はある。塔の時と違って不意打ちではないからね。……あのネットリとした視線は相変わらずだけど。ナチュラルに見るだけでセクハラできるなんて、相変わらずの見事な変態っぷりだ。

 

「お願いがあります」

 

「なんだい?」

 

「あなたの持っている……80番の札を、私の持っている89番の札と交換してください。あなたにとって、それらの札は等価値のはずです」

 

 私の全てを晒されるような視線に耐え、私も彼の目を見つめる。たとえ体が震えていても。

 

「確かに……けど、何故そのことをキミが知っている? やはり何らかの能力を持っているんだろう?」

 

「違います。しいて言うなら、私はこの世界のほんのわずかな未来を、念能力無しで知っているということです。たとえば、今は寝ているあなたの相棒ギタラクル氏の正体。たとえば、蜘蛛の4番の秘密。たとえば、あなたがこの試験で見つけた『青い果実』」

 

 ヒソカは大きく目を見開き……そして、くつりと笑った。にたりの方が近いかな。

 

「なるほどなるほど……でも、それは念能力ではない、と♦」

 

「そう。そもそも、そんな仔細まで知ることのできる未来予知能力を私が使えると思いますか?」

 

「それは確かに無理だね、将来はともかく♥」

 

 私にそれだけの器があると思っているのなら、買いかぶりもいいところだ。けれどこれは賭け、ギャンブルだ。怯えが伝わっていたとしても虚勢を張る必要がある。

 

  水は100度で水蒸気に 液体から気体へその形容を変える。

  そんな変わり目を 私は今自分の身の内に感じていた。

  そう……思えば思い返せば、

  私には無かったのだ。今までの人生で「何者か」に変わる瞬間など。

  ゆえにこれほど強くこれほど真っ直ぐに、感じたこともまたなかった……

  己が存在の現実感(リアリティ)……つまり……

  生を……!

  今確かに生きているという感触。その震えを……!!

 

 私がカイジに脳内侵食されてる隙に、ヒソカがちらりとトンボを見た。特に隠しているわけではないので、これが念能力であることは100%ばれているだろう。ウイングの物だとばれているかどうかまではわからないけど。

 

「で、私の交換条件は呑んでもらえるのでしょうか」

 

「いいよ、ただし条件がひとつある♠」

 

 来た! この条件、その内容によって私は道を再び選ぶ。逃げても彼は私を追ったり殺したりはしないだろう、占い通り。そして、内容によっては……受ける。

 

  信じるべきは、オレの力…………!

  勇気を出せ……!

  二度三度なんて言わねぇ………

  ここ一度だけ……

  勇気を…………!

  生き残るための勇気……

 

「……そちらの条件は、何ですか?」

 

 勇気を振り絞って訊ねた答えは、予想外にあっさりしたものだった。

 

「ボクの彼女になってよ♥」

 

 真顔。一瞬、私の脳はフリーズし、即座に何でやねん! って、つい思わずヒソカの胸にツッコミ入れてしまった。こう、右手でビシィっと!

 

「ヒソカ、ロリコン!?」

 

「ボクはキミが見た目と同じ年齢だとは思っていないよ? 念を覚えるとあまり年をとらなくなるしね……実際は18、9歳ってとこかな? 少なくとも、思考レベルや精神年齢は♦」

 

 やばいな……ズバリ当たってる。いや、そういう問題じゃなくて!

 

「あなたの言う『恋人同士』ってどういう関係ですか?」

 

「そりゃ、一緒に手をつないで……バトルオリンピアでデートなんか楽しいかもしれないね♥ 二人でディナーを食べたり、もちろんキミが望むのならそれ以上の関係だって……」

 

「何でやねん!」

 

 ごめんなさい。相手はヒソカだってのに、今度は側頭部にバチコーンとツッコミいれてしまいました。このままだとハリセン具現化してしまいそうです。っていうか何故避けないヒソカ!

 

「あの、私は仲間と、基本的には三人で行動してるんですけど」

 

「もちろん、彼らも一緒でいいさ♦ メガネの坊やは面白そうなカンジだし、バットの子もおいしそうだしね♥ 最終的には育ちきったキミ達とアットホームな修羅の家を作るのが目標かな♥」

 

 はいはい変態乙変態乙。なんか段々怖くなくなってきたな。強い変態じゃなくてキモい変態に見える。ハートマーク乱舞するなキモい。

 

「そう、キミは怯える必要なんか無いんだよ? 必要であれば守ってあげるし、目的があるのなら協力しよう♥」

 

「守られるだけの女に興味なんかないでしょ」

 

  退路なんか、もうねえんだよっ……!

 

「フフ、よくわかってるね♦ これだからキミが気になって仕方が無いのさ♥」

 

「これ以上ハート出したらその頭かち割ります」

 

 何も怖くないのはたぶん、そういう雰囲気にヒソカが持っていってるんだろう。悔しいけど、間違いなくからかわれている。

 

「……怖いなァ♣ それで、条件は呑んでもらえるのかな? できればキミたちと一緒に行動したいんだけど、勝手に壊れないでいてくれるなら離れていても問題は無いよ? 時々会って、お茶でもしよう♦」

 

……ヒソカの言う恋人に深い意味なんてない、深い意味なんてない……よし! ……人生初カレがヒソカっちゅーのがなんともビミョーだけど命と貞操さえ守れるならこの際目を瞑ろう!

 

「交渉成立ですね。……ただ、私たちが天空闘技場の200階未満にいる時だけは、声をかけずそっとしておいてもらいたいんですけど」

 

「理由はわからないけど、そのくらいなら構わないよ♦ そのうち、じっくりと、キミの秘密を聞かせてもらうことにしようかな……♥」

 

 手渡しで、89番と80番のプレートを交換する。そのついでに、手の甲をとられキスされた。あとでしっかり消毒しておこうキモイキモイキーモーイー! どうせテメーは変化系だろがすぐに飽きてポイ捨てするんだろが今すぐ捨てやがれ! いや、でも飽きたらカストロみたいにあっさり殺されるのか? それは困る、さすがに。

 

「じゃあね、この試験での健闘を祈るよマイハニー♥」

 

 ウインクをオマケにつけて、私に頭をかち割られる前にヒソカは姿を消した。

 

 ある意味無事に、ある意味自爆しつつ、私は何とか交渉を終えた。肩からするりとトンボが飛び立って、二人の居場所へといざなう。……あー、戻ったらきっと、盛大におちょくられるんだろうな……そしたらヒソカと間接キスさせてやろうそうしよう。

 



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面接

 無事? に、ヒソカの彼女になったパームを温かく迎えてあげたら、無理やりヒソカと間接キスさせられたorzorzorz

 

 これで俺たちは、四次試験終了まで他人に警戒さえしていれば、無事合格になるだろう。

 尾行していた時のように俺だけが円で周囲を探り、あとの二人は絶状態。俺も円以外のオーラは全て消しているから、よほど運が悪くない限り見つかることは無いだろう。

 パームたちのやり取りを見た感じ、ヒソカは俺たちに危害を加えたりはしないだろうし、ギタラクル……イルミにさえ気をつけておけば他に念能力者はいないだろう。何かを感じることはあっても、その発信源を特定するのは無理……だといいな。

 

 つーか監視員がウゼェ! さっきから、っつーか最初っから、俺の円の中に三人もいるんですけど! 全員念能力者だからギタラクルと間違えそうで怖いんだよ!! ……だんだん区別できるようになってきたけど、それでもウザいのに変わりは無い。

 

 

『ただ今をもちまして第4次試験は終了となります』

 

 船の汽笛とともに、島中にアナウンスが流れる。俺たちは念を解いて垂れ流しノーマルモードに戻した後、スタート地点へと出た。すでに数人はそこに居る。すぐに残りの数人もやってきて、最後にやってきたのがギタラクルだった。寝過ごしちまえばよかったのにな。っていうかそのまま冬眠しちまえ、永遠に。

 

 迎えに来るのは乗ってきた船だと思っていたが、二次試験のときに乗った飛行船に乗り込むことになった。

 ヒソカと目が合う。笑顔で手を振られた。スルーした。間接キスを思い出した。鬱になった。

 

 そして、ジジイとの面談。最終試験の結末を知っている俺たちは、余計なことは言わずに本音で全員が面談を受けることにした。

 

「失礼します」

 

 そういや、こういう面談みたいなのを受けるのは、教員募集の試験の時以来だな。最初は微妙に緊張したが、エロジジイがアホ面ぶら下げてるのですぐに解けた。

 

「お前さん、何か失礼なこと考えてやせんか?」

 

「いえいえ、ハンター協会の長たるネテロ会長と一対一でお話を伺えるなんて光栄の至り」

 

 でございますのことよ、と続けたら呆れられた。やべ、おちょくってるのバレたか?

 

「……フン、まあいいわい。まず最初の質問じゃ。お前さん、何故ハンターを目指す?」

 

「大切な人たちを守るために、あると便利だから」

 

 嘘ではない。大マジだ。俺自身は別に帰れなくても構わないが、二人が帰りたいというのなら応援するし、必要なら俺が盾になってでも守るつもりでいる。

 

「では、お主以外の11人の内、一番注目しているのは誰じゃ?」

 

「44番ヒソカと、301番ギタラクル。それに、潜在能力でいえば405番ゴン」

 

 質問には、全て素で回答している。余計なことを言えば、原作と乖離してしまう恐れがあるからな。島でのプレート番号のこともあるし、俺たちは所詮イレギュラーな部外者。適当に答えていた方が、原作の流れから微妙にずれた位置においてくれるだろう。

 

「ふーむ……では一番戦いたくない者は?」

 

「407番シュート、408番パーム。今までの俺らの行動見ればわかると思うが、大事なツレだからな。さらに追加していいなら44番と301番」

 

「よし。わかった。もうええぞい」

 

 最後に、一番気になる疑問をぶつけてみた。キメラアント編で聞くにはちょっと状況がアレだし、そもそもそれまで俺たちがこの世界にいるかどうか、ぶっちゃけそこまで生きてられるかどうかもわからんからな。

 

「二次試験の試験官……メンチのバストサイズ、ズバリ何カップだと思う?」

 

 俺は細めのバスト90と見たが。

 

「そりゃもちろん、Eの65じゃろ」

 

「……同感だ。さすが伊達に年を食っているわけじゃないんだな。それだけだ」

 

 こんな会話、パームに聞かれたら殴られそうだな。でも二次試験の時からずっと気になってたんだよおぉおお!! あのデカチチが。

 このムッツリスケベが、と罵る言葉を背に、部屋を出た。

 

 二人に聞くと、質問に対してはほぼ同じ内容を答えていたらしい。注目しているのはヒソカとギタラクル、戦いたくないのは俺らの他二人。ついでにパームはスリーサイズも聞かれたらしい。ずいぶんとオープンスケベだなあのジジイ。しかもパーム、最近突っ込むことがあまりにも多すぎるため、ついにハリセンを具現化してしまったらしい。無駄にメモリ消費しやがって、これでもうあいつの能力は打ち止めだろうな(まだひみつ道具はいくつか残ってるけど)

 相手は一応会長なんだがな。「このセクハラ爺が!」とか叫びながら出てきたから何事かと思ったぞ。つかロリもいけるのかあのジジイ、侮れん。100歳以上の年齢差を物ともしないとは……。

 

 そしてホテルに到着する。最終試験会場、トーナメントの発表だ。さすがに緊張する。いや、万が一ヤバいことになっても、俺にはトンパ直伝(嘘)のスーパー土下座がある! キルアが出て行くまで土下座フィールドを展開しつつ、もし俺が暴走したキルアに狙われそうだったら全力で逃げる! ちなみに俺様は暴走しないぞ。安全圏という名のアンビリカルケーブルが断線しない限り、な。

 

 トーナメント表に被せられた布が取り払われる。……番号だとわかりにくいな、えーと俺が406だから……99? あれ? 99ってまさか……。

 

「手加減はしてやるからな、ウイング」

 

 キルア様キチャッター!!!!!

 

 やべー想定外だったどうしよう。ここで勝っても負けてもストーリーに介入どころか俺イルミに消される!! やばいやばいやばいやばいやばい。チョーやばい!!

 

 テンパっている俺を尻目に、二人はそれぞれの相手を確認している。

 

「うん、私は問題ないかな。シュートも、ノーマルで普通に戦っていいよ、怪我させない程度にね」

 

「わかった」

 

 パームの相手はポックル、シュートの相手はレオリオだった。うらやましいうらやましいうらやましいいぃいいい!! しかもパームは念解禁済みだ。練を浴びせるだけで相手は降参するだろう。……まてよ? その手があったか。俺が能力者だとバレるけど、ここが最後だ! 試験のあと、イルミと鉢合わせないようにすればいいだけだ問題ない!! たぶん。ヒソカにはすでにばれていると考えたほうがよさそうだしな。トンボで。

 

「ウイング、がんばってね♪」

 

 パームがニラニラしながら俺を見ている。嫌がらせか? 殺すか?

 

 

能力名『漫才用具』(ハリセン)

 

・パームが突っ込みたい、はたきたいと思った時に、自動的に右手に具現化する。

・大きさはおよそ40センチ×6センチ(たたんだ状態で)

・手から離れると消える。

・強度はダンボール程度。

・壊れても別に問題なく、消した後、新たに出すこともできる。

・シパーンといい音がする。



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決別

 第一試合、ゴンVSハンゾー。

 

 二人は、拷問の途中でオレが止めさせないか警戒していたみたいだけど、何とか自力でこらえることができた。でも、まさか骨まで折られるなんて……なんで二人は俺に話してくれなかったんだ。

 

 第二試合、パーム対ポックル。

 

 練を相手に浴びせかけて、あっさりと勝利する。これでパームのライセンス取得が確定した。

 

 そして第三試合……ウイングVSキルア。

 

「キルア、ウイングに勝たせてやってよ」

 

「んー、お前やパームなら考えたかも知んないけど、ウイングだしなー」

 

 どうしよっかなー、とか言いながら、キルアが審判の前に立つ。ウイングはまだ、オレの隣で子羊のようにガクガクブルブルしている。とりあえず先に進まないとどうしようもないので、パームと二人でウイングを前に突き出した。

 

「第三試合、キルアVSウイング、始め!!」

 

「まいった、降参」

 

……!? 開始と同時にキルアが降参した。

 

「ウイング相手になんかやったってつまんないじゃん。明らかに格下だしさぁ?」

 

「ありがとうございます、キルア様……」

 

「お前、次に様付けしやがったら殺す」

 

「さ、サンキュー、キルア!」

 

 これで、ウイングのハンター試験も合格だ。……キルア、オレからも礼を言うよ、本当にありがとう。

 

 第四試合、ヒソカ対クラピカ。

 

 ヒソカがクラピカに何かささやいて、そして自分から降参した。何を話したんだろう。脅し……じゃないよな。自分が降参したわけだし。

 

 第五試合……オレの試合だ。

 

「終わったらちゃんと治療してやるからな。だから……早めに降参しろよ」

 

そう言いながら、レオリオはナイフを出した。悪いけど、見るからに弱そうだ。スキだらけだし、動きも遅い。多分、天空闘技場でいうと50階あたりまで行ければいい方だろう。

 

「開始!」

 

 合図と同時にオレはレオリオの背後へと回る。能力は使うまでもない。

 

「なっ……!?」

 

「実力差、わかった? それとも、まだやる?」

 

 避けるようにオレから離れて、レオリオは再びナイフを構えた。

 オレは、今度は彼の真正面まで走り、軽く手首を叩く。音を立ててナイフが落ちた。

 

「……ッ!」

 

「無理しないほうがいいよ。その様子じゃ、痺れて利き腕はしばらく使えないだろ? 少なくともこの試合では」

 

 次は、あのサングラスでも奪い取ってみるかな。そんなことを考えていると、レオリオは潔く負けを認めた。……思ったより早かったな。

 

「チャンスはまだあと2回ある。……お前ら、バケモノか? まさかお前もゾルディック家の人間だっつーオチじゃねーだろうな」

 

「ゾルディックの家で遊んだことはあるよ。キルアと知り合いだったんだから、それだけでも十分実力差がわかりそうなもんだと思ったんだけどなぁ」

 

 オレはパームとシュートのところへ戻る。これで無事、三人ともクリアだ。レオリオは悔しそうにクラピカやキルアの所へ向かい、キルアに諭されていた。

 

「オレん家、ハンパじゃなくキツイからさ、住んでるだけでもそれなりに鍛えられるんだ。それにアイツは、まだあれでも全然本気出してないぜ?」

 

……たぶん、キルアは一回だけだけど、最初にオレの念を見てたからな。森を突き破ったボール。それのことを指してるんだろうと思う。

 けど、解せない。こんなに普通なキルアが何故狂ったりする? ……だが、ウイングの占いは絶対だ。

 

 六回戦、ハンゾー対ポックル。ゴンの時と同じように拷問を仕掛けようとして、ポックルが負けを認める。

 

 七回戦、ギタラクル対キルア。変化はそこで訪れた。

 ギタラクルがキルアに声をかける。

 

「久しぶりだね、キル」

 

「!?」

 

 ギタラクルが、顔に刺さっている棒を一本抜いた。すると、奇妙な動きをしながら、顔が変形していく……。

 

「……兄……貴!!」

 

「や」

 

 キルアが、震えている。ゾルディックでキルアの兄ならば、それだけで相当な使い手だっていうことは間違いない。その上、ヒソカと同レベルで二人はこのギタラクルを警戒していた……たぶん、念もすでに使える。

 

「母さんとミルキを刺したんだって?」

 

 キルアが、ちらりとパームを見た。パームもウイングも、無言で二人の様子を窺っている。

 

「まぁね」

 

「母さん泣いてたよ。感激してた。『あの子が立派に成長してくれててうれしい』ってさ」

 

 ギタラクルは、とつとつとキルアに語りかける。キルアは、段々汗をかき、震えが大きくなり、そして呼吸も荒くなっていった。

 

 そして、キルアはゴンと友達になりたいと言い、レオリオがとっくに友達同士だと言い……ギタラクルが、言った。

 

「じゃあ、ゴンを殺そう」

 

 ギタラクルは試験官の一人に針を刺し、ゴンの居場所を聞き出す。……無意識にオレの足は、ドアの前までオレを運んでいた。クラピカ、レオリオ、ハンゾーがともに並び、そして試験官のグラサン達もそれに続く。ウイングとパームは動かないままで、じっとキルアとギタラクルを注視していた。

 ギタラクルはオレたちを殺せないことに気付き、試合へと戻る。……キルアに、残酷な言葉を語り続けながら。

 

そして……キルアは、降参した。

 

「キルア!」

 

 オレは急いでキルアの元へと駆け寄る。まるで、抜け殻みたいだ……オレの言葉も、クラピカやレオリオの言葉も、彼には届かない……ただ、虚ろな目をしていた。これが……狂ったキルア?

 オレたちのことは放置されたまま、試験は続く。

 

 八回戦、ボドロVSヒソカ。強さで圧倒したヒソカが一方的にボドロを叩き、最後に彼のそばでつぶやいた。そしてボドロが降参する。……たぶん、今度は間違いなく脅したんだろう。『次は殺す』と。

 

 九回戦ボドロ対レオリオ。

 

 レオリオがボドロの怪我と連戦を理由に延期を願い出たが、次のポックルVSキルア戦もキルアの状況から似たようなものだと判断され、そのまま試合が開始される。

 

 そして……見た。

 

 キルアが凄い速さでボドロの心臓を貫くのを。

 

 止める余裕すら……なかった。あっという間だった。

 

 そして、キルアは無言で会場を出て行く。もちろんオレは追いかけようとしたが、パームとウイングに止められた。

 ああ、『友が狂う』っていうのは、この状況を指していたのか……。

 

 悔しかった。キルアに言葉を伝えられない自分が。

 

 悔しかった。キルアを止められなかった自分が。

 

 悔しかった。キルアの後を追えない自分が。

 

 悔しかった。キルアが見もしない自分が。

 

……友達、なのに。

 

 その怒りの矛先は、オレを羽交い絞めにしている二人に向かう。

 

「何で止めるんだ! キルアがあんなことになって、どうして止めるんだよ!!」

 

 オレは悔しかった。そして、気付いてしまったんだ……キルアにとってオレは、ゴン以上の存在になれないってことに。

 

 気付くと、オレはホテルの別室にいた。取り乱していたオレは二人に気絶させられたらしい。二人にとって『余計な事』を口走られる前に。

 

「……何で、ああなることを知ってて、二人は黙ってたんだ?」

 

 ウイングがオレの体を調べている。オレを気絶させる際に少々手荒な真似をしたらしい。起き上がると、軽い頭痛、そして首筋と腹部に鈍い痛みが走った。

 

「キルアが帰ってくることを知っていたから? キルアが無事に戻ってくることを知ってたから? 知ってたからって、あんな状態のキルアを見殺しにしたのかよッ!」

 

 ウイングの手を振り払う。

 

「オレはもう、あんた達を信用できない。ゴンたちと一緒に行く。さよなら、ウイング、パーム」

 

 何か言っている、彼らの言葉はオレの耳に入らない。扉を開けて、閉める。オレは、二人と決別した。

 扉の前にいたサングラスに、ゴンの居場所を聞く。まだ眠りから覚めていないという。……きっとゴンなら、一緒に行ってくれるだろう、キルアを取り戻すためにあの場所へ。



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予言

 シュートが出て行った。

 扉を閉められたとき、もう戻ってこない気がした。

 

 止めようとはしたけど、シュートの言葉には……何も言い返せなかった。ゴンやキルアを、わかってて見殺しにしたのは事実だから。

 説明会のときにもう一度顔をあわせることになるけど、きっと何を言っても通じないだろう。

 ちらりとウイングを見る。

 

「このままキルアを追わせてもいいの?」

 

「しばらく好きにさせとけ」

 

「その間に危険が迫ったらどうするのよ! 占いはないし、ゴンたちと一緒に行動するって言ってんのよ!? 危険すぎるよ!!」

 

「わかってるじゃねーか、じゃあつべこべ言わず黙ってろ。いつか必ず戻ってくる……あいつらと、一緒にいるんならな」

 

 ウイングには、何か確信のようなものがあるらしい。……それにしても。

 

「そのしゃべり方、シルバの真似でしょ」

 

「あ、バレた?」

 

「それってさ、シュートは戻ってこないよフラグ立てたようなもんじゃないの? 少なくとも、私らが向こうにいた頃のH×Hの時点、つまり、キメラアント編までは」

 

「し、しまったぁあああああ! 確かに!!」

 

……相変わらず愉快なヒトだ。自分で言っておきながら、自分でorzしている。冗談だったのになぁ。

 

「ゴホン、とりあえずそれはさておきだがな。試してみたいことがある。お前さん、シュートの生年月日とか覚えてるか?」

 

「? そりゃ何度も見たし、覚えてるよ」

 

 ウイングは部屋に備え付けのメモ帳とペンを私に手渡した。

 

「それに書いてくれ。それとついでに、ゴンのヤツもだ」

 

 なんとなく、ピンときた。ウイングのモノマネに、制約は存在しない。……オーラの範囲内であれば。

 

 一枚目にシュートの名前、生年月日、血液型を書いて渡す。私がもう一枚を書く間に、ウイングはミニマム『天使の自動筆記』(ラブリーゴーストライター)を発動する。

 

  これまでの、己の足跡を辿るといい

  まずは貴方の力の始まりの場所

  仲間とともに、己を振り返るといいだろう

  貴方たちは、失った人を見つけ出せる

 

「……問題ないな。書いた人間が本人じゃなくても占えるし、内容も原作どおりだろう。『試合中に追わなければライセンスが手に入る』って言うのは占いどおりだし、今から追う分には問題なさそうだ。パーム、ついでにクロロの分も書いてくれ」

 

 ウイングは、今度はゴンを占い始める。私はクロロ……団長のプロフィールをメモ帳に書き込んだ。

 

  無茶は控えたほうがいい、犬が皆を眠らせる

  手段は他にもあるだろう、それを男が提示する

  役立つ力をまとったのちに、友と再会するといい

  それらは必ず、全員の力となるだろう

 

「これも問題ないな。ククルーマウンテンの予言だ。パーム、次、クロロ」

 

 三枚目、クロロ=ルシルフルの紙を渡す。……今度は先ほどまでと違い、ウイングの右手は全く動こうとしなかった。

 

「……ここが俺の活動限界か。会ったことのない人間は、たとえ顔を知っていても占うことができない」

 

 なるほど、本で読んで存在を知っていても、直接会わないと占えないわけか。それにしても便利だ、この占い。離れていてもシュートの動向を知ることができる。そういう意味では、シュートがゴンたち主人公組と行動しているのは確かにベストだ。ウイングの余裕も納得できた。

 

「毎週シュートを占って、危険が迫ったら助けに行こう。それでいいな、パーム?」

 

「うん。……で、私たちはこれからどうするの?」

 

 天空闘技場……には、まだ『私たち』がいるから行けない。ククルーマウンテンに行けばシュートに余計な刺激を与えることになるだろう。……他には……NGL? 私入れないや、奥歯に銀歯入ってるから。

 

「そういえばさ、クロロの『盗賊の極意』(スキルハンター)を真似したらどうなるの? 制約なくなるから盗み放題なんじゃない?」

 

「いやー、試してみたが本具現化するだけだった。……悪かったな、ヘタレで!」

 

 誰もそんなこと言ってないって。どうも最近、ウイングは自虐的だ。そうやってヘタレヘタレ言ってたら自己暗示でますますヘタレになっちゃうよ。

 

 それはいいとして、今後どうするかだ……。

 

「ヨークシン、行ってみるか」

 

「9・1の?」

 

「いや、普通にだ。事前に電車のルートやビルの位置を目と足で確認しておきたい。さすがのお前さんでも、そこまでは覚えてないだろ?」

 

 んー、大まかな地図と旅団がバラけてる時の位置くらいならわかるけど……電車まではさすがにわからないなぁ。

 

「よし、決まりだ。ついでに商業都市らしいとこを見たり、ライセンスで電脳ネットつないでネットオークションとかしまくろうぜ」

 

ん、とりあえず解決策もないし、それでいいかな。

 

 ほぼ原作どおりの流れで説明会が進み、シュートは私たちと目すら合わせてくれなかった。怪我しているゴンがこちらを心配そうに見ているが……シュートをたのんだよ、ゴン。

 

 そして説明会が終わる。

 

「さ、行こうか♥」

 

 説明会を終えた私たちに、声をかけてきた忌まわしい人物。即座に私はハリセンでぶん殴った。

 

「突然背後に現れないで、うっかり殺しちゃいますよ? つーか離れててもいいんじゃなかったですっけ」

 

「んー、とりあえずこれからヒマだし♣ 一緒に遊ばない?」

 

「遊びません。消えて下さい。とっととイルミんとこ行ってゴンを殺さないように注意でもしてきたらいいんじゃないですか? あの人絶対消すつもりだと思いますよ」

 

 ウイングが、おかーさんのような表情でオロオロと私を見ている。ヒソカ相手にこんな態度とって大丈夫なのアンタ? みたいな。そんな心配しなくても、今のヒソカは警戒するに値しないってばよ。

 

「冷たいなぁ♠ でもそこがキミのいいトコロ♥」

 

「いいからテメーは天空闘技場にでも行っとけ。一ヶ月位したら『青い果実達』がそっち行くから」

 

 ピクリとヒソカが反応を返す。そして、くっくっくっと不気味に笑った。

 

「了解♦ 次に会ったら、今度はゆっくり話をしてほしいな、キミのコト……♥」

 

「とっとと行け!」

 

 口を尖らせながらヒソカが去る。あー、スッキリした。アイツがいると肩が凝る。……ん? 私がここでこんなこと言っちゃったせいでヒソカとシュートが戦う羽目になったのか? まあいいや、無事だったんだし。投げキッスは見てないし。

 

「……お前さん、強くなったな……」

 

 とりあえず、ヒソカと同じものを見るような目で見ないでほしい。あいつが私をからかっているのはウイングだって承知の上だろうに。

 

「さすがヒソカのカノジひでぶ!?」

 

 ハリセンはまだ具現化したままですよウイングさん。次はこのハリセンを念でさらに強化しますからね?



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接近

 俺たちはまず、ザバンの定食屋まで行って通帳を掘り出したあと、近所のネカフェで電脳ページをめくる。念のために現在地とヨークシンの位置を確認した(パームは最初から寸分違わず知っていた。恐るべし、本物のオタク)

 そして、ヨークシン行きの飛行船を予約する。ちなみにビザは不要で食費以外は乗船費もタダ、しかも一等客室。ビバ、ハンターライセンス!

 船の旅はのんびりと。こんなことでパームにドアを使わせたくないしな、時間はたっぷりあることだし。

 

「修行しててもいいよね?」

 

 特に危険な予言もなかったので、パームは練の修行をしている。俺はひたすら筋力増強。あーくそ、俺の隠れた能力っていったい何なんだ? とっとと知りたいが手がかりすら掴めねぇ。

……ウイングさんに連絡、取ってみるかな? 拳法を覚えれば少しは役立つかもしれない。少なくともオーラの全然増えない俺にとっては。

 

 数日後、船は無事にヨークシンシティ外れにあるリンゴーン空港へと到着した。……あー、ここでパクノダと交渉するんだったよな、確か。まだまだ先のことなので、今は平和にリーマンや観光客でにぎわっている。

 

「じゃとりあえず、市街地まで行ってみるか」

 

 電車で市街地まで出る。もちろん電車賃も無料だ。ビバ・ハンターry

 途中で小悪党がスろうとしたけど問題ない。小悪党に奪われるようじゃハンターになんかなれない。旅団は別な? あれは大悪党。チョー悪党。

 リパ駅で降り、サロマデパート方面口へと向かう。ここがベーチタクルホテル最寄駅のはずだ……パームが言うんだからまず間違いないだろう。

 彼女の案内と、駅の案内板を見て、無事ベーチタクルホテルに到着する。ついでなのでチェックインしようとしたが、金を取られるそうなので止めた。その辺の人に尋ねたら、ハンター協会が所有してるホテルが近くにあるらしいので、そっちでチェックインする。ビバry

 

 ざっとこの街を見てわかったこと。9・1でなくとも常設競売市が、小規模ではあるが点在している。好都合だ、これでまた金を少々貯められるだろう。そしてパームには持っているベンズナイフをフエールミラーでコピーさせて、それをオークションハウスの公式鑑定にまわさせた。うまく鑑定書が出れば、競売で大もうけだ。出ないか間に合わなきゃ業者市にでも出すとしよう。状態がいいから相当な高値で売れるはずだ。ニセモノとも知らず。

 

「本物は絶対に手放さないからね!!」

 

 了解。まぁ、護身用に武器の一つ二つは持っておいたほうがいいだろう。つーか、俺も何か買っておくかな、いいのがあれば。

 

 翌日、俺たちはレンタカーを借りて原作に出てきた場所(セメタリービルとか、郊外の岩場とか)を確認しつつ、いくつかの市場を訪ねて回った。ハンターライセンスはこんなところでも意外に役立つ。こっちの世界では俺免許持ってないけどOKらしい(ただし事故ったら損害賠償請求されるらしいが)

 競売市でオーラの見える品を安く買い叩いては、公式鑑定に回すことを繰り返す。9・1には間に合わないかもしれないが、それでも良いならということで、鑑定を頼んでいる。間に合わなかったら全部抱えて骨董商のところに行くだけだ。そっちでも、まあまあの値段で捌けるだろう。

 

 そんなことを繰り返していたある時、路上で黒いマントを羽織ったとある人物とすれ違った。

 

「……!!」

 

「!?」

 

 振り返ることすらできなかったが、間違いない……間違えるはずもない。

 

「パーム、今のは……」

 

「間違いないね、クロロだ」

 

 彼もヨークシンの下見に来ていたのだろうか。団員はいない、一人のようだった。もちろん、隠れている可能性もあるが。……けど、現時点で俺達が何もされてない以上、気付かれている可能性は低い。クロロ本人にも。

 あるいは気づいてて、けれどどうでもいいと放置されているか。いずれにせよ危険はないだろう、と、思う。

 

「OK、今はスルーしよう。これで旅団の動きもある程度把握できる」

 

「……そっか、占い……!」

 

 俺は確かに顔を見た。クロロ=ルシルフル。これで彼を占う条件は整った。……まさか、こんな使い方ができるなんて思いもしなかったな。俺の『間抜けな猿真似』(モンキーマジック)も存外捨てたもんじゃないらしい。

 

 そして俺は自分用にオーラの見えた懐刀を購入する。そんなもん使ったことはないが、練習すれば何とかなるだろう。ついでに宿に戻った後、俺のささやかな念も込めておいた。『ぶった切れぶった切れぶった切れぶった切れ……!!』とか念じながら。ないよりはマシだろう、たぶん。

 

 しばらく、それを続ける。二人で相談して、ゴンたちが天空闘技場に行くまでの間、これを繰り返すことにした。大きな金額になると期待したいところだ。

 

 天空闘技場では彼らより先に200階以上を目指す。前の記録があるから180階まではスキップさせてもらえるだろう。ついでにウイングさんにも会って、いろいろ教わることにしようかな。……まあ、予定は未定だ。他にいい修行法か金儲けの方法が見つかれば、そっちに飛びつくことになるだろう。臨機応変といってくれ。行き当たりばったりじゃないぞ。

 

 そうそう、二人ともホームコードを持ち、ケータイを購入したことを付け加えておく。俺はカブトムシ形のビートル07型、パームは半魚人の形を模した非常にキモい形状の、シングルフィッシュ限定版。……キモカワイイらしい。ちなみに触感は微妙にブニブニしていて、プッシュ音は『ゲギョギョッ』

 

 どうにもパームの趣味はわからない。永遠に理解できそうもない。っていうかしたくない。




お年玉更新その1

ウイングが買ったケータイはゴンやキルアが買ったヤツ。
では、パームが買ったケータイは誰が使っていたケータイでしょう?
(シングルフィッシュ限定版という名前はこちらでつけましたが、使っているキャラは原作内に存在します)


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乱入

 オレはゴンやクラピカ、レオリオとともに、ゾルディック家に向かうことにした。国の名前とかは覚えてないけど、ゼブロさんとシークアントさんなら多分オレの顔も覚えていてくれるだろう。そう悪いことにはならないはずだ。

 観光ビザを取り、飛行船に乗っておよそ三日、パドキア共和国に到着した。

 観光バスに乗ってククルーマウンテンを目指す。何か信じらんねーな、つい最近まであそこにいたなんて。パームのドア使ったせいなのか、いまいち実感がわかない。まあ、あの門の前まで行けば思い出すだろうけど。

 

 移動している間に、念能力のことを三人に教えた。特にクラピカは強い興味を示し、オレに精孔を開けとまで詰め寄ってきたけど、それはさすがに断る。きっとこのままでも三人とも念能力をいずれ学ぶ事になるだろうし、正直、オレがやって無事ですむとは思えない。ゴンとレオリオは割とすぐに納得してくれたけど、クラピカは「死ぬのは怖くない」とか何とかいいながら全然人の話を聞いてくれなかった。けど、二人が何とか抑え込んでくれた。……オレは、その時クラピカの紅い瞳を初めて見たんだけど……なんていうか、本人には言えないんだけど……綺麗だった。

 ウイングが言っていたこと……きちんと師匠を持って時間をかければ、精孔は安全に開くことができる。とりあえずオレは、そう伝える程度にとどめておいた。

 

 無事に正門まで到着。……バスガイドさんのカンチガイな説明のせいで、ずいぶんたくさんの人間があのカギ付きドアから入って、死んでいったんだろうな。ちょっと真実を教えてあげたい気もするけど、ゼブロさんの立場とかもあるだろうし止めておいた。オレはゴンたちとも離れて、バレないように身を潜める。バスの人たちがいなくなるまで。

 

 そして、なんか胡散臭そうで弱そうなのがゼブロさんからカギを奪い取って、骸骨になって出てきた。ゼブロさんも自分で半殺しにしてやれば彼らが死ぬこともなかっただろうにな。そういえばウイングが『数が多すぎて、いちいち半殺しにしてらんねー』とか言ってたのを思い出す。……大変なんだな、門番の仕事ってのも。

 

 オレたち四人は、そのままこの場に残った。

 

「ゼブロさん、お久しぶりッスー!」

 

 手を振るオレに、ゼブロさんも気付いて笑顔で手を振り返してくれた。

 

「おや? あとの二人はどうしたんですかい?」

 

「んー、事情があって別れた。今はこいつらと一緒に旅してるんだ」

 

 三人をゼブロさんに紹介する。ゼブロさんは快く受け入れてくれた。

 

 そして、三人に門の仕組みを教える。レオリオが挑戦してみたがビクともしない。ゼブロさんの『せっかくだから』というよくわからない理由で、オレが門を開けることになった。

 念無しで、2の扉まで開く……駄目だな、やっぱ随時鍛えてないと、筋力鈍るや。

……三人がバケモノを見る目でオレを見る。ひでぇなぁ。ゼブロさんが丁寧に解説してくれた。ここに留まって筋トレしたこととか、ウイングが働いてたこととか。

 

「オレは侵入者でいいよ」

 

 おいおーい、ゴン、ゼブロさんの説明聞いてなかったの? オレでさえミケと正面切って戦いたくはないんだよー?

 

「ゴン、ゼブロさんの言うとおりだ。絶対ミケに殺されるよ」

 

「それでも納得いかないよ、友達を試すだなんて。絶対そんな門からは入らない!」

 

……これは、実物のミケを見せたほうが早いかな? そう思っていたら、執事室とやり取りをしたあと、ゼブロさんがゴンを説得してくれた。

 

「ゴンくん、今度は正面からミケを見てください」

 

 そしてちらりとオレの方を見る。……はいはい、オレが開けるんですね。了解ッス。

 全員で中に入って、ゼブロさんがミケを呼ぶ。

 

「久しぶり、ミケ」

 

 ミケは無表情のまま、初めて見る三人をじっと眺めている。ゼブロさんが、ミケのコトを三人、特にゴンに説明していた。

 

「絶対戦いたくない」

 

 ゴンでもやっぱそう思うよな? アレを手なづけようとしたパームはある意味勇者だ。

 

 ゼブロさんは、オレも前に泊まっていた使用人の家に案内してくれた。シークアントさんに会うのも久々だな。

 

「おっ? お前また戻ってきたのか。後の二人はどうした?」

 

 シークアントさんにもゼブロさんにしたのと同じようなことを説明してる間に、ゼブロさんは三人を室内に招きいれていた。三人ともスリッパに手こずっている。あー、オレも最初あんな感じだったなぁ。

 

「オレでも一年かからずに3の扉まで開けられるようになったんだから、三人ならもっと早く開けられると思うよ」

 

 オレとゼブロさんの言葉に納得したのか、三人はここで世話になることを決めた。ついでにオレももう一度鍛えなおそう。もう一度3の扉を開けられるように。

 

 20日後。オレは3、レオリオは2、あとの二人は1の門を開けられるようになった。

 

 ゼブロさんたちに見送られて、オレたちは道なりに進む。……ここから先は、オレもどうなっているのか全く知らない。

 

 しばらく進むと、柵に囲まれた庭園のような、きちんと人の手入れが入った区画に出た。屋敷が近いのかな……と思っていると、入り口に誰かが立っている。オレらと同じくらいの年齢の……女の子だ。

 

「出て行きなさい」

 

 ゴンが彼女と会話をする。……殴られた! 即座にオレとレオリオ、クラピカが戦闘体勢に入る。

 

「シュート! レオリオ! クラピカ!」

 

 ゴンが呼び止める。手を出すなと、釘を刺された。

 少し下がって、二人の様子を見守る。近づいては殴られ、近づいては殴られ……ゴンは、戦う気はないみたいだ。

 

……そんな二人とは対照的な、敵意を持った視線をどこからか感じる。発信源は意図的に隠しているのか具体的にはわからないけど、大体の方向ならわかる。三人(彼女を含めると、四人)とも、その視線には気付いていないみたいだ。

 

「もう……やめてよ……」

 

 少女が殴り続けたせいで、ゴンの顔面はひどい事になっている。レオリオとクラピカは、黙ってゴンを見守り続けていた。オレは、視線に気付いていなければ二人の間に割って入ったかもしれないけど……そんな余裕は、無かった。

 

 ゴンと、少女が、会話をする。ゴンの足はすでに線を越えて踏み込んでいた。……敵意が膨れ上がる!!

 

「キルア様を助けてあげて……」

 

 悪意がはじけ飛んで、その矛先が少女に向かう。オレは左手に硬をまとい、即座にその弾丸のようなものを受け止めた。キャッチングならお手の物だ。

 

「!!」

 

「全く……使用人が何を言っているのかしら」

 

 茂みから出てきたのは、顔中を包帯でぐるぐる巻きにした女の人と、着物を着た女の子。敵意は少しおさまったものの、まだ感じられる、ビリビリと。

 女の人は、キルアからのメッセージをオレたちに伝える。話の内容からすると、ゾルディックの家の人みたいだ。

 自己紹介を聞いて確信した。キルアのお母さんと、多分、妹かな? カルト。執事の女の子はオレの後ろで震えている。

 キルアは自らの意志で独房に入ったらしい。……本当だろうか。

 突然キルアのお母さんが何事かを叫び始め、急用ができたとかでこの場を去った。残った妹は、オレたちに更なる敵意を浴びせかけて、母のあとを追う……オレは追いかけようかと思ったが、ゴンが執事の女の子を思いやって、全員この場に留まることになった。

 

 ふと、受け止めた弾丸を見る。オレの手のひらに残っていたのは弾丸でもなんでもない、小さな紙切れだった。




お年玉更新その2
まだまだ続くよ!


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副業

  ギョッ、ギョッ、ギョギョギョのギョ~♪ 朝~は岩場でグゥグゥグゥ♪

 

「鳴らすな、気持ち悪いから」

 

 何故だろう。ウイングにはこのケータイの魅力が全く伝わらないらしい。可哀想な人だ。

 ちなみに冒頭のは自作したゲゲゲの鬼太郎シングルフィッシュ限定バージョン着うただ。ケータイネットと電脳ネットで同時配信してみたら思いのほか好評となった。特に同じ機種を使ってる人たちの間ではひそかなブームになっているらしい。

 

 金? もちろんとってますが何か? 大特価、サビメロのみなら一曲50ジェニーでダウンロードできますよ。ちなみにフルバージョンだと一曲250ジェニー~300ジェニー。両方取り放題で月額800ジェニー。他にも前の世界のアニソンとかJ-POPとか、適当に暇なときや移動時間に作ってはUPしている。歌はボーカロイドみたいなのがこっちにもあったので、それで。あと歌手がカヴァーしてくれたりもしてる。

 最初はちょっとした小銭稼ぎの副業のつもりだった。それが今では『ジャンルを問わない天才作詞作曲家、彗星のように現る! しかし、その正体はいまだ不明』とか言われている。電脳ネットで、実は5歳の天才少年だとか、実は100歳過ぎたババアだとか、実はプロライセンスを持つミュージンクハンターだとか、さまざまな噂が流れているのが見てて面白い。最後のはちょっぴり近いかな? 別にミュージックハンターではないけど。

 

 私について流れている情報は『ヨークシン在住』『シングルフィッシュ限定版を愛用している』ということだけ。もともと戸籍もないし、ハンターライセンスのおかげでかなり厳重に機密保持されるのでとっても便利。ジンほどじゃないけど。

 ごめんなさい全部前の世界のパクリなんです。

 

「ジ○ス○ックが知ったら絶望するだろうなー」

 

 そういうウイングは、ケータイで手軽に出来るゲームを開発してこれまた話題になっている。本人曰く、前の世界のFLASHゲームみたいなものを軽く応用しただけのソフトウェアらしいが、その特許料のおかげで、私の副業なんかより随分潤ってるの知ってるよ? しかもプログラミング言語は全部英語だから(ハンター文字に比べればだけど)ウイングでも簡単に構築できる。で、ゲームもいくつか作ってた。パック○ンとかテ○リスとか。モロパクじゃねーか。ウイングはそういったものを、ヨークシンの小さなゲーム会社に企画書と現物ごと持っていって一大企業に仕立て上げたというわけだ。ゲーム製作ソフトの販売と企業株価の急上昇、それに実績による報奨金とでもう動かなくてもお金が入ってくる状態。

 

 そんな二人の副業とフエールミラー、それにここに着てから続けている競売市荒らしのおかげで、トータル金額は800億を突破した。意外と儲かるんだな、ケータイのゲームと着うたの開発。元の世界に戻れたらそっち方面目指してみようかな。ヒットするかどうかが問題だけど。作曲の才能はないからなぁ、さすがに。

 

 私達は小さな2Kのマンションを借りて、そこを拠点にして生活している。ライセンスのおかげで敷金礼金が取られなかった上に家賃も月6万ジェニーと、多少……いやかなりボロいものの、都心部にしては相当格安だ。ちなみにセメタリービルまでおよそ300メートル。検問が敷かれるはずだけど関係ないよね自宅が中にあるんだから。つーか並みのマフィアには負ける気しないし。敵に回す気もないけど。

 

 そうそう、ベンズナイフの鑑定書が無事に出たことも大きな収穫だろう。公式に本物認定されたニセモノナイフが競売最低落札価格10億ジェニーで、9・2のオークションに出品される。本当は公式鑑定に半年以上かかるらしいけど、ハンターライセンスをチラつかせつつそこをゴネて、何とか間に合うようにしたって訳だ。モノ自体が状態良、かつデザイン画が存在する有名な品だということもあって、スピード鑑定にこぎつけたというのもある。ちなみに落札された金は、3日には銀行振り込みで受け取れるようにと条件をつけた。最初のGI競売日が9・6だったはずだから、そこまでにちゃんと間に合うことも確認した。

 

 ナイフ以外のガラクタはどうひっくり返っても間に合わないって言われたんで全部引き取って、その辺のショップでバラけて売った。こっちはトータルで500万ジェニーくらい。……まぁ、そんなもんかな、小さな市場ばかりだったし。

 

 そうしてのんびり(練の修行は欠かさず)9・1を待っていた。占いによると、団長の号令の下、団員が着実にここヨークシンへと集結しつつあり、ゴンたち主人公組も特に大きな危険なく、今は天空闘技場でウイングさんと出逢い、再会している頃だろう。次に会うときにはもしかしたら拳法の基礎くらい学んでるかな、シュート?

 

「浮かれてる場合でもないぞ。旅団がこの街にすでに数人はいるってことだからな。うっかり目をつけられでもしたら……」

 

「わかってるって。でもさ、纏の方が垂れ流しにするより楽なんだよね。具現オーラ量の微調整もしなきゃいけないしさー」

 

 潜在オーラ量は見破ることが出来ないからともかくとして、もれ出るオーラは意識して量を加減しないと、普通の人よりも大量に出てしまうことになる。なので私は外出する際ほとんど絶でウロウロしている。そっちの方が加減を考えなくていい分楽だから。そして人と接触する時(買い物とか)だけ量を調節して垂れ流す。……その点ウイングはいいよね、元々オーラが少ないうえに増えないんだから、ラクで。

 

「……なんか失礼なこと考えなかったか? 今」

 

 いいえ考えてませんからあんたはその今作ってるバ○オハザ○ドもどきをさっさと完成させてください。携帯を振りかざしてガンコン代わりにするって、一体どういう発想なんだか。まぁ、スマホ技術はこっちの方が遅れてるけどテクノロジーに関してはどっこいどっこいだから、ゲームの前にその企画書だけで一儲けするつもりだろう。動きに反応するスマホの企画特許とかで。銃の型のスマホが、そう遠くないうちに発売されるかもなー。銃型スマホに似せた本物の銃とか密輸されたり? ああもうわけわからん。

 

 そんなこんなで、私達はすっかり戦いとは縁遠い毎日を平和に過ごしていた。時々ウイングが「納期が~!」とうなされているのを除けばの話だけど。




お年玉更新、終わり。


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納期

 まさかこの世界でそんなものに悩まされるとは……。先生家業でテスト作って採点してた時の方がなんぼかラクだったぞ。俺が作ったソフトウェアのせいか、俺が一番適任だと誤解されたらしい。企画だけ出してゆったりするつもりだったのに、何故か開発まで任されているこの現状。そろそろ死ねる。冨○先生もこんな気分だったんだろうか。

 

 とりあえず、ヨークシンオークションまでは金稼ぐことを念頭においているし、俺自身は修行の成果がほとんど出ないので、そっちはパームに任せてある(あと勝手な希望ながらシュートにも)

 

 ちなみに仕事の納期、8月までのしか受けてない。っていうかそれ以降は一切業務に携わらないと会社の方にもよーく言ってある。どんなに金を積まれようがそこは譲れないのだ。○樫先生もこんなry。

 

「バカだねー」

 

 そんなパームの言葉もキニシナイ! 俺は自分が出来ることに集中するのだ。だからお前さんは着メロなんぞ作ってないで修行して俺を守ってください。せめてリミッターが解除されるまで。

 

 そんな最中に電話がなる。誰からだ……あああああ、ゲンガーからだよ。

 

「すみません、次の作品の下絵が出来上がったんですけど……」

 

「俺はもうそっちにゃ関わってないから会社に送っとけ以上!」

 

 即切り。つーかさ、企画だけ出して丸投げしたゲームのことなのに、何でわざわざ俺んとこに電話するんだよ。番号教えるんじゃなかった。ちょっと俺好みの絵を書く奴だったので油断した。ちなみに俺はソイツに神認定を受けている。っていうかリアルに二人称で神とか呼ばれてる。ヤメロ俺はキラ様じゃない。パッケージイラスト依頼した時の、初顔合わせのときに『あなたが神か!』なんてリアルに言われた時はコーヒー吹き出しちゃったぞ。パームに話したらコーラ吹き出されちゃったぞ。

 

「ウイングが神? 神!? いやあはははっははは! ありえない! ありえなさ過ぎるー!!」

 

 相変わらず失礼なヤツだ。っていうか俺には人間運が無いのか。素敵な出会いは常時募集中だがろくなのに出会えてない気がする、特にこの世界に来てからは。

 

 あーでもゲーム会社のやつらは基本的に俺に対して敬意を払ってくれるから嫌じゃない。まあ、身内同士で株分け合ってやってた小さな会社を、一株万単位の一部上場企業にまでのし上げたのは俺の企画あってのことだからな。おかげで関係者以外には俺の存在は知られていないのだ。……いや、いなかったんだけど、さっきの原画野郎がブログでうっかり俺の存在をばらしちゃったもんだから、すっかりネットの世界では神扱いだ。主にゲームオタク野郎どもに。

 

 どうでもいいがゾルディック家の次男に媚でも売っておこうと思い、一切市場には出回っていない非売品の等身大艦これ島風フィギュア(発売記念に会社が製造したもので、レプリカは販売されているものの本物は全部で三個しかない。残りは社長と副社長がそれぞれ家に飾っている。等身大っつっても戦艦の方じゃねーぞ)を送ってあげたら、また神扱いされた。そして今ではすっかりメル友だ。……これでゾルディックとうっかりハチあわせあぼーんは避けられると信じたい。少なくともミルキルに関しては大丈夫だろう。

 

 FLASHもどきゲーでは、さすがに東方や月姫、Fateまでは再現できなかったが、企画として大雑把なシステムとシナリオを他の部署(据え置き機・PCゲー部門)に丸投げしておいたので何とかしてくれると思う。そして俺は原作兼エグゼクティブプロデューサーとしてその名を永久にこの世界に刻み付けるのだ。偽名だけどな。ちなみに偽名は”ホリー・ユージ”だ。

 

 なんか今まで俺が出した作品並べたら、本人に殺されそうだけど……キニシナイ! ばれないばれないwww

 

 

 そんなことはどうでもいいんだ。とりあえず今はこのガンシューもどきを完成させねば……つーかとっととプログラマ雇えよ。いくら新言語とはいえ基本はFLASHなんだから覚えるの簡単だろ? 何で俺が一人で作んなきゃいけないの? ……それはこれ一本作るだけで10億くれるって向こうが言うからです。所詮世の中金なんですー。あー! もういっそのこと誰もクリアできないような難易度に仕立て上げてやろうかチクショー!

 

 怒りを作業に変換して、がしがしとプログラムを組み立てていく。命中率の微調整も忘れずに。そしてコンプリート好きなユーザーのために武器は100種用意したぞコンニャロ。そして美人の相方も忘れずにな。しかも金髪お姉様系と黒髪メガネっ子ロリ系の二種類から選べるのだ!

 

……色んな要素詰め込みすぎたせいで、ストーリーはほとんど無きに等しい、ホントにただのガンシューになっちまったけど、それがまたオタクどもの妄想意欲を掻き立てるのだフハハハハ! 中の人は余計なこと言わずに萌えキャラだけを提供すればいいのだ!

 

 これの納期が8月初旬。それでとりあえず全てが終わる。いまは7月下旬……割と、キビシイ。

 

パームとミルキにテストユーザーになってもらい、今はほぼバグ潰しに走ってるわけだが……それこそバグ潰す要員くらい確保しといてくれ馬鹿会社! もうこれ以上俺は作らないからな! ホントに企画だけ丸投げするからな!!

 

 そして8月に入ったら俺は行方をくらますのだ! ケータイも解約して新しいのに変えて、全てのコト(パーム含む)から一ヶ月くらい逃げるのだ!

 

「はいはいそうねー逃避願望はいいからちゃっちゃと手を動かしましょうねー。あ、そうだ、3章の頭の選択肢で一番下のやつ選んだらゲーム止まっちゃったよ?」

 

 先にそれを言え馬鹿パーム!! あああああまたチェックしなおしだぁぁぁぁあ嗚呼もう嫌だゲームなんか作るもんじゃない、もう元の世界に戻っても絶対FLASHは起動しねーぞ……orzorzorz



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追想

 思い返すとこの数ヶ月、長い様ですごく短かった。

 

 ククルーマウンテンで、結局クラピカにだけは押し負けて、彼の精孔を無理やりこじ開けることになった。ゆっくり力を送り込む、流の要領で何とか成功する。体の力を抜いてとか軽くアドバイスをするだけで、纏まではできるように教えた。後は我流で磨くなり師匠につくなりして自分で勉強してくれ、というかオレにはそれ以上教えられることもなかったのでそう言ったが、クラピカには非常に感謝された。……復讐の為の力、か……。できればそんなことに使わないで欲しいけど……あの紅い瞳を見ていると、何も言えなくなってしまう。それだけ重いものを彼は背負っているんだろう。

 ちなみにキルアを含む、後の三人には点を教えておいた。集中力を養う修行にはなるし、悪いことではないはずだから。

 

 各々が目的を持ったクラピカとレオリオとはそこで別れ、オレはゴンとキルアとともに天空闘技場へと向かった。

 そこではウイングさんと再会し、ゴン達が念を覚える間にオレは心源流の手ほどきを受けた。とはいっても、期間が期間なので基礎中の基礎だけなんだけど。それでも格闘技経験の無いオレにはとても勉強になったし、この心構えというか精神があれば、少々のピンチ(たとえばノーアウト満塁とか?)くらいは切り抜けられそうな気がする。

 ウイングさんに、正式に自分の弟子にならないかと聞かれたけれど、丁重にお断りした。そっちにも興味はあるけど、やっぱりゴンとキルアと一緒に行くのがオレにとって一番楽しい道だからだ。

 

 200階より上には初めて行ったけど、それはそれで楽しい経験だった。うっかりアラカキを審判にぶつけてしまったり、リングの端からフルスイングしたワンチャンがギドの足へし折って、もちろん俺の勝ちだし、その後に試合が組まれていたゴンも不戦勝になっちゃったり。ゴンの仇はオレがうってやったのだ、えっへん。

 オレはそこでやめておいたけど、ゴンはヒソカに挑戦して、ボコられていた。やっぱりアイツは格が違うよな。

 

 二人には内緒だけど、200階に登録してすぐの頃、ヒソカがオレ一人の時に接触して来た。

 

「あとの二人は?」

 

「別行動。別にオレら三人でセットなわけじゃないんで」

 

「そっかぁ、残念……♦ あ、ゴンはボクと戦いたいみたいだけど、キミはどうする? またやるかい?」

 

 やらねーよ! オレは負ける試合はやらない主義なんだ! ……アタマに血さえ上らなければ。

 

「……残念♣ それじゃ、またそのうち会おう♥」

 

……そんなこんなで、もう天空闘技場も後にして、今はくじら島でミトさんに怒られている。

 

 何故だ。何故オレだけが正座で怒られているんだろう。風呂入る前につまみ食いしたのはオレだけじゃないのに。納得いかない。

 

「反省したならはい! コレもってさっさと二人のところへ行く!」

 

 ミトさんからバスケットを受け取った。中身はサンドイッチとかなんか色々、手軽につまめそうなお弁当。オレは道がわからないので結局ミトさんと一緒に行くことにした。

 

 段々と見覚えのある場所に出てくる。あ、この先は多分、コンを紹介してもらった川だ。

 二人の話し声が聞こえて、オレはミトさんに、木陰に引きずり込まれた。ちょうど、二人がミトさんの話題で盛り上がってたからだ。

 

 ミトさんは、ちょっと口うるさいけどいい母親。概ね、同意だ。うちの母さんにも系統が似ている。母親ってのは皆そんな感じになっちゃうんだろうか。

 

 ミトさんはオレにバスケットを渡して、さっさと家に帰ってしまった。暗くてわからなかったけど、多分照れてたんだと思う。オレはそれを持って、二人のところへ向かう。すでに、この先どうするかなどと、話題は別のものに移っていた。

 

「そういえばさ、オレ達は九月の一日に約束したけど、シュートはどうするの?」

 

「ん、別に用事ないし、オレも一緒にヨークシンに行くつもりだけど」

 

「お前にはさ、ゴンみたいな目的とかってねーの? あ、野球選手とかはナシでな」

 

 先にキルアに釘を刺されてしまった。うーん、この世界で野球選手目指すのもアリかなとか思ってたんだけど。

 

「シュート達はさ、別の世界から来たって言ってたよね。帰りたくならないの?」

 

 帰りたくない……けど、両親やチームメイトや、監督や友達や、たくさんの人に会えないのは辛い。まぁ、今のところ帰れるっていう選択肢はないに等しいから、あまり考えたことはなかった。

 

「……長くなるけどさ、オレの話も聞いてもらってもいいかな」

 

 二人は、オレの話を黙って聞いてくれた。多分、普通なら信じられないようなことも含まれてるんだけど。

 

 野球の大事な試合で、いつも決勝戦で負けていたこと。全部、自分のせいだってこと。……この世界に来る前、次の日が一生来なければいいと思ってたこと。目が覚めたら、この世界にいたこと。全部。

 

「……ってわけでさ、帰りたいか帰りたくないかってたずねられると非常にビミョーなわけなんだ」

 

「今のお前だったらさ……力とかじゃなくてだぜ? 元の世界に戻ってもちゃんと最後までやり遂げられると思うけどな」

 

「オレもそう思う!」

 

 二人の言葉はありがたい。けどまだ自信は無いし、何より帰れるかどうかすらあやふやだ。

 

「じゃあさ、オレは親父探し、キルアはやりたいこと探し、シュートは帰れる方法探しってのどう? 実際に帰るかどうかはひとまず置いといて!」

 

 確かに、それが一番いいのかもしれない。何より、この二人と一緒にいられることが、今のオレにとっては一番大切で、幸せな時間だ。……恥ずかしくて言えないけどさ。

 

 オレ達は三人で家に帰り、そのままベッドで寝てしまった。

 

 ゴンは、ミトさんからジンの事を色々聞いたらしい。そして、ジンの置き土産。

 

 彼の言葉はオレの心に強く印象づいた。

 

『オレがオレであること』

 

 今も変わらないであろうそれは、多分ゴンもキルアも、誰であっても同じだろう。時間がたっても変わらない本質。

 オレの本質はなんだろう。変わらない何か……きっと、野球が好きだってこと。

 そしてそれは、念を知ってしまった今じゃ、この世界だと純粋にそれを楽しむことは出来ないと思う。

 

 思い切り野球をやる為に、オレは、あの日に帰りたいかもしれない。

 この世界にやってきて数年、オレは初めて、そう思った。

 

カチリ。

 

 音がする。

 前にも聴いたことがある音。確か、パームが本音をぶちまけた日。

 

……オレの本音は『あの日に帰って、もう一度勝負を挑みたい』つまりはそういうことなんだろうか。

 

 二人が目の前のテープやROMカードに四苦八苦してる間、オレは一人ずっと、そんなことを考えていた。



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衝突

「……わかった」

 

「何が?」

 

 ようやく最後のゲームを作り終えて半月ほど放心状態になっていたウイングが、突然わけのわからないことを言い出した。ついに狂ったか?

 

「わかったんだよ」

 

「だから何が?」

 

「俺の、能力」

 

 モノマネじゃなくて?

 

「念総量と引き換えに得た能力。……隠されてた、能力」

 

 それが何なのかは、まだ言おうとしない。聞いても答えない。

 

「悪い、ちょっと考えたいんだ。……理解できたら、お前らにもちゃんと言うから」

 

『お前ら』と、複数形になってるのがウイングらしい。ここにいなくても、ちゃんとシュートのことを考えて、仲間として扱っている。

 

 それ以降、ウイングは部屋から出てこなくなった。食べ物は毎食ドアの前に置いといたら無くなっていたので、生きてはいるだろう。

 思い出した能力のことと何か関係があるのか……、それは、今の私にはわかりようもない。

 なので、私は引き続き9・1に向けてちまちま金を稼ぎながら情報を集めるだけだ。ウイングの占いが出来ない(というか声をかけても返事もないし鍵をかけられてるのでどうしようもない)のだけが心配だけど、下手打たなきゃ少なくとも今月いっぱいは大丈夫だろう。

 

 念のため、の、朝食ドラ焼き5コが、自分で決めておいてなんだけどそろそろ嫌になってきた八月三十一日、返事の無い、まるで一人でいるかのような生活に慣れ始めた頃。明日になればさすがにウイングも出てくるだろう。

 私は一人で買い物に出かけていた。いつもどおり、絶状態で。

 こちらが気をつければ、誰にも知られること無く動ける。前に人ごみで絶で歩いてて踏まれたので、それ以降は人ごみでは垂れ流すようにしてるけど、ぶつからずにいれば本当にラクだ。

 

 ラクだった。

 

「きみ、何者?」

 

 まずは、気をつけていたはずなのに、意図せず誰かにぶつかった。そして相手から声をかけられたんだが、最初、その言葉が誰に向けられた物かわからなかった。絶を使っているときの私に話しかける人なんていなかったから。

 言葉の次に、何かを持った手で殴られそうになった。かろうじて避けると、相手の顔を見る。

 

「シャルナーク!?」

 

 思わず叫んでしまった。しまった……!

 

「あれ? 僕のこと知ってるんだ。やっぱり、旅団が目的なのかな」

 

 たったこれだけの会話の間に、相当の攻撃を加えてくる。とはいえ、彼の目的はおそらく私にアンテナを刺すこと。私は隙を見てポケットとひらりマントを具現化し、アンテナだけを警戒し全力で避けている。ひとまずこれで問題は無い……が、力量に差がありすぎる、このままだと間違いなく操作されなくても殺られる!

 

「割と強いね。何で僕らのこと狙ってるのかな」

 

「狙う? 勘違いもはなはだしい! 私は単に絶で街を歩いていただけです!」

 

 攻撃がやむ。……かわしていただけなのに、体中のあちこちが傷だらけになり、服もところどころ破れてしまった。

 

「じゃあ偶然、絶で歩いているところでこっちも絶を使っていた僕にぶつかったって言うんだ?」

 

「事実そうなんだから仕方ないでしょう! あなたに何かしたわけでもないですし!」

 

 応酬の間に、すでに互いのオーラは纏状態を保っていた。……同じ纏なのにこの差、本当、絶望的になるな。

 

「うーん……でもきみ、僕の名前知ってたよね」

 

「旅団は有名ですし。一応私プロハンターですし、それに……」

 

 言いたくない、言いたくないが背に腹は変えられない。このままだと名前知ってるってだけで殺される。

 

「それに?」

 

「私の恋人が旅団のナンバー4。名前はヒソカ。知ってますよね?」

 

……大爆笑された後、ヒソカは節操ナシ軟派ピエロリ呼ばわりされていた。そこには激しく同意する。

 

「なるほど、それなら僕らの名前や顔を知っててもおかしくないし、念能力が使えるのも納得だな。ヒソカも来てると思うけど、一緒にアジトに来る? 他の仲間も紹介してあげるよ?」

 

 良かった、どうやら身内認定されたようだ。道端で旅団とぶつかってあぼーんなんてそんな情けないバッドエンド絶対嫌だ、ウイングじゃあるまいし。

 

「いや、やめておきます。これも聞いた話ですが、旅団全員集合してなにやら狙っているらしいじゃないですか。そんなところに私が入っても邪魔になるだけですし」

 

「うーん、確かに場合によっちゃ危ないかもね。わかった。ヒソカにきみのことは伝えておくよ。居場所とかも教えた方がいい?」

 

「……いや……ああ、そうだ、スマホ買い換えたんで、この番号だけ伝えておいてくれると助かります」

 

 シャルナークも携帯を取り出したので、番号とアドレスを交換する。

 

「あはは、タメ口でいいよ。それじゃあね、えーと、名前は……」

 

「パームです。それじゃあ、すみませんがよろしくお願いします」

 

 笑顔で手を振って別れる。つい数分前まで(少なくとも私にとっては)死闘を繰り広げた相手なのに、だ。

 

…………死ななくて、良かった。本当に良かった。

 

 帰宅した私は、とりあえずウイングの部屋の扉をカギごとぶち破って、ヒキコモリを叩き起こして無理やり占いをさせた。それにはさも当然であるかのように、こう書かれていた。

 

  街を歩く時には気をつけよう、蜘蛛にぶつからないように

  蜘蛛に刺されることがあれば、貴方はすぐに壊される

  万一衝突したのなら、恋人の名を出せば良い

  偽りの蜘蛛の名が彼らを信用させるから

 

 先に言えや、ボケ! そこのヒキコモリも泣くな!!

 占いに憤慨していると、突然、メールの着信が入った。電話はたまにかかってくるけどウイング以外からのメールは初めてだ。嫌な予感がする。

 

『ヒソカにちゃんと伝えておいたよ。ヨークシンにいるんだって喜んでた』

 

『シャルに食べられなくて良かったね、マイスイートハニー♥』

 

……ああもうどいつもこいつも! カッとなってやったとか言って通り魔やる人間の気持ちをうっかり理解してしまいそうになった。とりあえずヒキコモリに八つ当たりして鬱憤を晴らしておいた。

 

 ふー、こんな時、仲間っていいよね!



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天啓

「悪い、ちょっと考えたいんだ。……理解できたら、お前らにもちゃんと言うから」

 

 本当に唐突だった。

 納期を終えてひたすらグータラしていたある日の昼。

 

『現実逃避』(パラレルトリップ)という能力名とともに、様々な制約や誓約、効果が頭の中にあふれ出した。

 

・能力者が現実から逃げたいと強く念じながら就寝すると、その時一番記憶に残っている異世界へと飛ばされる。

・半径2キロ以内に、強い逃避願望を抱えたまま就寝した、能力者の関係者(顔見知り程度の関係も含む)も巻き込まれて一緒に飛ばされる。

・その際、時空のねじれの影響で年齢が逆行、あるいは先行することがある。

・跳んだ先では以前の記憶はおぼろげにしか残っていない。同行者がいる場合も同様。

・制約として、今後のオーラ総量の増加を一切ストップする。

 

 以上が、俺の能力のおおよそ全貌だ。そして、解除条件もわかっている。

 

・念能力の存在を能力者本人が自覚し、なおかつ本人を除く同行者全員が『帰りたい』と心から願った時に、この能力の存在が明らかになり、能力者の記憶が全てよみがえる。

・能力者本人を含め、全員が心から『帰りたい』と願えば、元の世界に戻ることが出来る。ただし、その場合、同行者を含めた全員が何らかの形で(手をつなぐなど)接触し、かつその状態で能力者本人が能力を発動する必要がある。

・元の世界では一秒も経っておらず、身体状態などは全て時空跳躍する前のままである。

・ただし、移動した前の世界の記憶は全て残っているし、同行者の失った記憶もこの時に全て戻る。

 

……俺の名前は、成瀬拓、ナルセ、タク。私立高校で社会科の非常勤講師をやっていた。

 

 生徒には『ナルセ』あるいは『タクちゃん』と呼ばれ、親しまれていたといえば聞こえはいいが、ぶっちゃけナメられていた。

 周りに合わせて適当に進学し、周りが取っといたがいいって言うから何となく教員免許を取り、たまたま高校時代の先生に誘われたから非常勤講師で日銭を稼ぎ、毎日を実に適当に、大して何も考えずに生きてきた。

 

 逃避前日。俺は街で、大学の頃から付き合ってる彼女とデートしていた。そこを偶然、懐かれていた女子高生数人に目撃され、いつものようにからかわれる。

 この時は『タクちゃんてば、ちゃんと彼女さんがいるのに私達にも手を出してたんですかぁ?』などと、彼女の前でありもしない出来事をさも真実であるかのように並べ立てられてベタベタとまとわりつかれ、それで怒った彼女が帰宅してしまい、夜に電話で別れを切り出された。

 

『今日のこともあるけど、いい加減、まともに就職していない人と付き合うのは時間の無駄に思える』

 

 その言葉がショックだった。電話が来るまで読みかけていたジャンプを放り捨てて、泣いた。

 正式に就職できない現実、生徒にすらおちょくられる現実、彼女にすら見下されていた現実、何もかもが嫌になった。

 俺は泣きながら眠りにつき……そして、この世界へと飛ばされた。

 

 二人のことも思い出した。

 パームの名前は桂木、カツラギ。下の名前までは覚えてないが、休み時間なんかにちょくちょく雑談を交わす仲ではあった。

 シュートの本名は高木蹴人、タカギシュート。いつも赤点を取っては、監督と一緒に俺のところに謝りに来ていた。野球で有名な俺の勤めていた学校、その野球部のエースとも言える存在で、学校の成績こそ悪かったものの将来を嘱望されていた。教師でありながら、才能なんてかけらも無い俺とは別世界の人間だと思っていた。

 

……二人の記憶は戻っているんだろうか。パーム……桂木と話した限りでは、記憶が戻ったのは俺だけのようだ。

 

 パームの恋の相手……情報から推測すると、自惚れではなく多分俺のことだろう。彼女には申し訳ないが、そういう目で桂木を見たことは一度もないし、今後も有り得ない。

 失恋が確定しているのに、この記憶を戻してしまってもいいのか? それとも何も覚えていないふりをしてこの世界に留まり続けた方がいいのか?

 シュートの現実逃避の原因はわからない。野球に関してはいつも強気で根性もあった高木に、逃避願望があったなどとはとても思えない。しいて言うならば、彼が入部してからというもの、我が校は甲子園に出場していない。けれどそれだって、野球というチームでやるスポーツである以上、彼だけのせいじゃないはずだ。そんな彼にも逃げ出したいと思うほどの出来事があったのだろうか。たとえば、俺の失恋のような。……赤点か? まさかな。

 

 何より一番重要なのは、俺がこれだけのことを思い出している時点で、パームとシュートの二人は心から『帰りたい』と思っている、ということだ。

 二人がそれを願う以上、そして俺がこの現状を作り出した張本人である以上、俺は彼らを元の世界に連れて行くべきなんじゃないのか? それが俺の目的ではあったはずだ。だが、色々なことを思い出してしまった今……この世界に留まった方が二人のためになるんじゃないか、とも思える。

 

 相談できる相手はいない。真っ先に俺が相談すべき相手がみな関係者である以上……俺が自分で判断するしかない。

 けれど、帰るには『俺も』心から帰りたいと思わなければならない。果たして俺にそれができるのか?

 

……少なくとも、迷っている現状ではNOだろう。

 

 どうすればいい? どうしたらいい? どうすべきか?

 

 俺は、自分の心を落ち着ける意味も含めて、ラブリーゴーストライターを呼び出した。今はこの醜い天使を見ているだけでも少し動揺が収まる。

 

  動く時期はまだ先にある、今しばらくは静観せよ

  蹴るのに蹴らない人からの便りがやがて彼女の元に届く

  ほんの短いその間、貴方はそれを待ち続けよう

  ただ一点、蜘蛛の存在にのみ留意すればよい

 

……方針は決まった。

 

 ひとまずは、何もなかったかのように装い、シュート達と合流しよう。後のことはそれから考える。

 あいつもゴン達が合流するといえば納得するだろうし、一人でどこかへ行ってしまうことはない……と思いたい。

 今までどおり、グリードアイランドを手に入れるべく行動して、そして蜘蛛……旅団に気をつける。

 パームにはこまめにメールチェックをするように言っておこう。多分、シュートからの便りは公式サイトへのメールだろうから。

 OK、問題ない。ただ、全てを黙っている間、俺の良心が痛むだけだ。二人には知らせない。

 

 悩んでいる間に数日が過ぎていた。パームにはずいぶん心配をかけただろう。食事だけを用意してそっとしてくれている彼女には感謝してもし足りない。

 とりあえず、部屋から出てパームに謝ろう……そう思ったときだった。

 

 轟音とともに、鍵をかけていたはずの扉ごと、ぶち抜かれる。目を丸くしていると、無理やりパームに占いをさせられた。その間、十発ほどハリセンで殴られた。ハリセンとはいえ念の塊だ、結構痛い。

 

 そして占いの結果を見た彼女はケータイのメールを読みながら、さらに数十発のハリセン打撃を俺に食らわせる。

 俺は、詫びる間もなく気絶した。……一体どこまで続くのか俺のヘタレ人生。



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再会

 オレ達はジョイステからグリード・アイランドというゲームのことを知り、さらにそれについての情報を集めるために、まずヨークシンへと向かった。

 ヨークシンのネットカフェでハンター専用サイトに入り、情報をさらに集める。……そのゲームは定価自体が馬鹿みたいに高額で、しかもオークションということでさらに値段は跳ね上がるだろう。

 ひとまずオレ達は、天空闘技場で稼いだ金を元手にできるだけ増やそうとした。そして、惨敗したorz

 ゴンとキルアがなんかケンカ始めたので、オレは無視してテキトーにどっちかについてくことにした。コイントスで表が出たらゴン、裏が出たらキルア……んで、結局キルアと一緒に行くことにした。

 

「あのさ、キルア……」

 

「ん?」

 

 競馬場(みたいなところ)で、キルアは全額一点買いを繰り返していた。もう二億を突破している。無難な所に賭けているとはいえ凄いな。

 

「グリード・アイランドってゲームさ……ウイング達が狙ってるのと同じゲームなんだ」

 

「マジか!?」

 

 なんか聞き覚えのある名前だと思ってはいたんだけど、ヨークシンにきてから思い出した。そのために最初、天空闘技場で金を稼いでたんだ、確か。

 

「んで、オレが抜けた時点で、二人はもう300億ジェニーは稼いでる」

 

「は!? それじゃライバルが増えることになるじゃんかよ!! しかも金持ちが!」

 

 そう……オレが意地を張っていたら、確実にライバルが増える。しかも現状、オレ達の持ち金は最低落札価格にすら遥かに及ばない。

 

「……あのさ、ウイング達と合流して、一緒にG・Iを買う訳には行かないかな?」

 

 オレが仲直りさえすれば、多分二人が金儲けに走らなくてもG・I一台はゲットできるだろう。

 

「悪ぃ。それ無理だわ」

 

 割と早く、返された。

 

「ゴンがそんな、人の力借りて納得するとは思えないし、もし片方だけ空いた台だったらマルチタップ使っても空きは4コだから、一人入れない計算になる」

 

「確かに、そうだね」

 

「しかもオレらはあいつらの居場所も連絡先も知らない。お手上げだ」

 

「……いや、それなら心当たりがある。うまくいけば多分合流できると思う。だから、お金のことは二人に任せて、オレはウイング達と合流できるように動いてもいいかな?」

 

 少しでも、対立する火種は消したい。多分大丈夫だとは思うんだけど、それでも二人はウイング達と敵対することは避けたいだろう……と、思う。一応友達だし。

 

「ん……じゃとりあえずさ、明日の朝、店が開いたらお前、ケータイ買えよ。そしたらいつでも連絡とれるだろ? それに、一応その話ゴンにもしとけよな。オレは別にいいと思うぜ」

 

「そっか、じゃあ」

 

 オレの言葉の続きは、キルアの絶叫にかき消された。

 

「あ゛ー! ムームーダンスがぁ!!」

 

 一点買いしていた馬が、コケた。うわ、これでキルアは所持金ゼロだ。……ますます、ウイング達と合流した方がいいような気がした。

 

 ひとまず翌日、オレ達はケータイを買いに行った。ゴンの分と、オレの分。

 そこで色んな機種を眺めていると、レオリオと再会した。到着早いな、予定より。

 そしてレオリオのオススメ機種を三台購入。キルアも買い換えたかったらしいので。……レオリオとは他人のフリをしていた、価格交渉の間中。は、恥ずかしい、大阪のおばちゃんより厚かましいぞこのグラサン野郎。

 

 そして、番号を交換し終わって、オレは三人と別れた。

 

……この街に来て気づいた事。オレの知っている曲があふれている。

 前の世界の音楽だ。オレはエグザイルの曲が好きだったのですぐにわかったし、なんか聞き覚えのあるだけの曲も多かった。

 

 一人でネカフェに向かう。ライセンスを見せたら無料で一時間ほど貸してくれた。

 

 音楽好きな電脳ネットユーザーの間では有名な、とあるサイト。オレの知っているこれらの曲は全て、このサイトの持ち主が一人で作詞作曲しているらしい。ほぼ間違いなく、ウイングかパームのどちらかだろう。

 そのサイトを開き、連絡先にメールを打つ。オレ自身の持っているケータイから。

 きっとたくさんのメールが毎日届いているんだろうけど、二人なら気づいてくれると信じて。

 

『連絡モトム。シュート』

 

 これだけの、メール。件名だけで内容はナシ。添付もナシ。これも賭けだけど、闇雲に探すよりは可能性が高いはず。

 

 そしてメールを送ってから一時間くらいで、返信がきた。早すぎる。……ああ、もしかしたらウイングの占いにでも出てたのかな、このこと。

 

『本日12時、セメタリービル前にて待つ』

 

 すぐにネカフェを出る。有名なビルなのか、セメタリービルの場所はネカフェの店員さんが知っていた。電車を乗りついで急いで向かう。

……待ち合わせ時間より二時間も前なのに、その場所にはすでに二人が立っていた。

 

「お帰り、シュート」

 

「お前さん、ずいぶん強くなったみたいだな。頼もしいぞ」

 

 ああ、前と同じだ。二人は、ケンカを売って別れたオレを、何事もなかったかのように迎え入れてくれた。……やばい、涙でにじんで、二人の顔がよく見えない。自分勝手で馬鹿だったのはオレの方なのに、この二人は絶対見捨てたりしないで、ただ、好きにさせてくれたんだ。……生まれて初めて、人前で、ぼろぼろと泣いてしまった。

 ありがとう、ウイング、パーム。オレ、絶対この恩は返すよ、例え何があったとしても。



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原因

 シュートを連れて、私達はいったん家に帰った。

 聞いた感じ、ゴン達はほぼ原作どおりに動いているようだ。

 シュートには、二人のことは心配しなくていい、お金が集まらなくても彼らはG・Iをプレイすることができる、そう言うと、彼も安堵したようだった。

 

 シュートには悪いけど、旅団のことは伝えない。私達が旅団に関わらない方がいいと、ウイングの占いに書いてあったからだ。……ぶっちゃけすでに私が接触しちゃってるんだけどさ。まぁ、地下競売に関わらなければ大丈夫だろうと思う、多分。

 

「あと一つ、気になることがあるんだけど」

 

「ん?」

 

 シュートが、また余計なことを聞いてくる。

 

「クラピカの仇……幻影旅団ってのがこの街に来るんだろ? そいつらが、クラピカがどうなるか。二人は知ってるの?」

 

……話すべきか、話さざるべきか。私達の元に戻って来た時、シュートの心はまた一段階成長した。そう信じたいけど、コイツのことだから自分から旅団に首を突っ込みかねない。

 

「シュート、お前さん、俺が何を言っても言うとおりにすると、今度こそ約束してくれるか? もちろん、ゴンやキルア、クラピカ、レオリオの最終的な安全は絶対条件での話だ」

 

 シュートは深く頷く。その目はハンター試験の時の、嫌々ながら従っていたシュートの目とは明らかに違っていた。

 

「まずクラピカ。アイツはノストラードファミリーというヤクザの組に所属している。目的は彼女の娘……人体収集家のネオン・ノストラードが狙っている緋の眼。そして、その子の念能力が、俺の占いだ。もっと規模はデカいがな」

 

 ウイングは紙にペンを走らせる。話しながら、さっき、シュートが書いたプロフィールの上に、予言を重ねて書いている。

 

「そして、オークションの存在はお前さんも知っているだろう? その地下競売のお宝が、幻影旅団の目的だ」

 

 シュートは真剣に相槌を打っていた。私は口を挟まないことにして、二人をじっと見守る。

 

「一度目、今日の夜行われる地下競売に旅団が襲撃をかける。だが、宝は盗めないまま撤退し、旅団を追うマフィアの追っ手の中にクラピカも含まれてる」

 

「襲撃した旅団は全員?」

 

「いや……パーム、何人だったっけ?」

 

 こっちに振るな! せっかくカッコつけて傍観決め込んでたのに!

 

「……フェイタン・フランクリン・シズク……それからウボォーギンにシャルナーク・マチ・ノブナガ。全部で7人。残りはアジトで待機してる。……ああ、ついでだから言っとくけど、旅団の4番が……贋物なんだけど、ヒソカで、クラピカと情報交換しあってる。ヒソカは旅団の団長とサシで戦いたいみたいだから。そいで私は、ヒソカとシャルとメル友」

 

 さらっと言ったおかげで、大事なところはスルーしてくれた……と思ったら、食いつかれた。主にウイングに。

 

「ちょっおまっ、いまっ、ヒソカはともかく何でシャルとメル友なんだよ!?」

 

「えーと、成り行き?」

 

 誰かさんが引きこもっていたせいでこっちは死ぬ目にあってたんですけど。あーなんか殴りたい。ウイングが引きこもらずに占ってくれてればあんな痛い目にあわずに済んだのにー。

 

「大丈夫だよ。ヒソカの名前出したらとりあえず身内認定されたから」

 

「ごめんウイング、それも重要なことなのかもしれないけど、とりあえず続きを聞いてもいいかな」

 

 シュート、ナイス話題逸らし! てゆーか元に戻すだけなんだけど。テンパっていたウイングもその言葉で正気に返る。

 

「あ、ああ……後で話聞かせろよパーム! ……えーと、追いかけた先でクラピカがウボォーギンって強化系の奴を拉致するのに成功するんだが、結局そいつには逃げられる。ついでに今夜の件で旅団の7人には明日、莫大な懸賞金がかけられて、ソレを一発狙ってゴン達も旅団を狙う。いったん旅団に攫われるけど、まぁそっちに危険はなくて、うまく逃げられるからほっといて大丈夫だ。んで明日の夜、クラピカがガチンコ勝負でウボォーギンを殺る。クラピカとゴン達が合流するのはその後だ。俺たちが合流するのも、クラピカが一緒になった後の方がいいだろうな」

 

 できれば旅団関係のゴタゴタが全部終わった後に接触したい……ウイングは多分そう考えてるんだろう。

 

あ、ウイングの自動書記が終わった。

 

  仲間とともに盗まれよう、二人より五人の方がいい

  ただし貴方が怒ってはならない、勝機は必ず彼らの元にも下りるから

  緋の人のことは一度忘れよう、連れが蜘蛛を虜にする

  静まり返るその時が、仲間の眼を持ち逃げる時

 

……え、これもしかして、ゴン達と一緒に攫われろってこと? 五人だから私らも? ……ああ、マジカンベンorz

 

「予定変更だ、シュート。明後日の朝、ゴン達と合流する。連絡先は知ってるんだろ?」

 

「うん。この予言はどういう意味?」

 

 シュートは気味が悪いほど素直に従う。いや、これでいいのだ……成長したんだ。シュートの内面が。

 

「さっきも言ったが、ゴンとキルアが旅団を尾行して捕まる。多分、それに乗じて俺たちも一緒に捕まれって言うことだろう、一行目が。」

 

「怒っちゃいけないっていうのは?」

 

「ゴンが拷問にあいかける。ただ、大して傷付けられることはないので放っておいて大丈夫だ。……お前さんが、キルアの時みたいに暴走しなければ、な」

 

 シュートが複雑な顔をして、頷いた。傷付けられないということで納得したんだろう。いや、今の彼なら少々は平気かもしれない。ハンゾーの拷問の時も一応自分を抑えられてたし、ね。

 

「緋の人……ってのは、多分クラピカのことだよね。連れが蜘蛛を虜にする……?」

 

「知ってるかもしれんが、蜘蛛ってのは旅団の俗称だ。連れは……うーん、微妙だがゴンかパームだろう」

 

 は!? 何でそこで私の名前が出てくるの!?

 

「いやだって、ヒソカの恋人でシャルのメル友なんだろ? 一番可能性高いだろうが」

 

 言わないで。シャルはともかくヒソカのことはこれ以上言わないで。そうしないと、今度は私が単独で逃げ出すよ……。

 

「仲間の眼ってのは……緋の眼?」

 

「多分な。旅団が盗んできたお宝の中に緋の眼があるから、それを持って逃げろって事だろう」

 

 そんなうまくいくのかな、あの旅団相手に。……っていうか、ウイングの占いに『蜘蛛に気をつけろ』って出てなかったっけ?

 

「逆に考えろ。気をつけてさえいれば大丈夫だってことだ。俺たちの目的が緋の眼にあると旅団に気付かせなければ問題ない……といいな、うん」

 

 返事がビミョーだ!! 相変わらずウイングはヘタレのままなんだなぁ、隠された能力ってのが分かっても。

 

「そうだ! ウイング、隠された能力っての、結局なんだったの? ……話したくないならいいけど」

 

 少し考え込んでから、でもウイングはちゃんと私達に説明してくれた。

 

「能力名は『現実逃避』(パラレルトリップ)。……この名前で大体、想像がつくだろう? 俺の念能力が、お前さんらを巻き込んで、この世界に来たってわけだ。年齢がズレたのも、記憶がなくなってるのも、その影響っつーか制約。もちろん、俺のオーラの量が増えないってのもな」

 

……そっか、ウイングのせいでこの世界に来ちゃったのか。とりあえず、ハリセンで一発ぶん殴っておいた。

 

「これでチャラね。シュートも殴っといたら?」

 

「え? いやオレはいいよ」

 

 ウイングが半泣きだ。人類最強なので気にしない。シュートは混乱しているようだが人類最強なので無視。

 

 だって旅団のうち二人も私のツレみたいなもんなんだし、これはある意味確かに人類最強。えーと、こういうの、トラぬタヌキの皮算用って言うんだっけ? 違う、トラの威を借るキツネだ。それでも人類最強なので問題ない。

 

「……許してくれるのか?」

 

 半泣きになりながらもウイングがたずねてくる。だからチャラだってさっき言ったじゃん。

 

「オレも気にしないよ。むしろこの世界に来て良かったって思ってるくらいだし」

 

「そんなことより、それ解除する方法は? オーラの量増えるようになるんじゃないの? うまくすれば元の世界に戻れるんじゃない?」

 

 無情にも、ウイングは首を横に振った。半泣きのままで。あ、鼻水たれてる。

 

「わからない。ウイングさんが言ってたけど、多分発動している状態じゃないと除念はできないだろうし、発動している気配もない、つまり、跳んできた時にだけ発動してたってことだろう。それに、発動の仕方もわからない。名前からして、俺が現実逃避すればいいのかと思って引きこもってみたが駄目だった」

 

……ああ、それで引きこもってたのか。おかげで私はシャルと死闘を繰り広げる羽目になって……もう一発殴っておいた。半泣きが本泣き寸前だ。ハリセンにウイングの鼻水がついたので消しておく。

 

「わかった、ウイングの能力についてはとりあえず無かったことにしよう。解除できないんならあいかわらずオーラ量増えないんでしょ?」

 

 はい、ウイングがマジ泣きになりました。目とか鼻とか口とかからいろんな液体が流れ出している。ええい、寄るな汚い!

 

「で……二人と一緒に捕まるのは、最初の尾行と二度目の尾行、どっち? ……まぁ、最初の方を選ぶんだろうけど」

 

「当たり前だ! わざわざ危険な橋渡ってたまるか!」

 

 結論。

 

 今夜、九月一日のアングラオークションに旅団が殴りこむ。……スルー。

 

 明日、九月二日の朝……もしかしたら今夜のうちかも? 旅団の7人に懸賞金がかけられる。……スルー。

 

 明日の夜、クラピカがウボォーギンを殺す。……スルー。

 

 あさって、九月三日……多分、朝、三人がサザンピースにカタログを買いに来るから、そこで待ち合わせればいいかな。私達もカタログ買っておかなきゃだし。で、蜘蛛を追うのに協力すると言おう。そしたらマチとノブナガを見つけた時点で連絡をくれるだろうし。

 

 ゼパイルさんとかとのやり取りは……スルーでもいいし、一緒に行ってもいいかな。私達もまた少々稼げるかもしれないし。……別行動で市を見回った方がいいかもだけど。ああそうだ、ニセモノナイフのお金もチェックしておかなくちゃ。

 

 とりあえずはこんなところかな。ウイングとシュートにも話して、了承を得た。

 不確定要素が多すぎて、これ以上細かな作戦は立てられない。……なーんてまたクラピカを気取ってみたり。そういや私、クラピカ大好きだったはずなんだけど、現物見ても別に何も感じなかったなぁ。

 二次萌えと三次萌えは別物ってことか。

 

「ところでせっかくまた三人そろったんだし、記念に写真とろうよ!」

 

 二人が呆れ顔で私を見た。ヒドイ、私の仲間を愛する気持ちが二人には伝わらないのね。仕方がない、ハリセンを具現化しよう。

 

「はい集まってー、変顔してー、撮るよ!」

 

 ギョギョゲッ! はい、撮影完了。自分撮りだから顔がちょっと切れちゃった……ま、いいか!

 

 画面の中の二人はものすごーく嫌そうな顔してる。何がそんなに嫌なのか小一時間問い詰めたい。



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目録

……ふぅ。二人は俺の能力について、何とか納得してくれた。キルアやビスケがうらやましい。必要な時に必要な嘘を吐けるその性格。骨の髄までヘタレな俺の胃はキリキリしっぱなしだ。けど、俺の能力がやらかしたことを考えたら、ささやか過ぎるほどの報いだろう。パームにはたかれた痛みと、胸の痛みと胃の痛み。

 

 ひとまずシュートは寝袋で部屋に転がしておくとして、明後日までどうするか……。えーっと、明日は街中じゃドンパチやらかさないよな? よし、いつも通りにすごそう。……一応、外には出ない。二人にもよく言って聞かせよう。

 べ、別に怖いわけじゃないからねッ! マフィアが検問中はココ、治外法権地帯なんだからッ!

 

 シュートにメールか電話をしておくように頼む。相手はもちろんゴン達だ。三日午前9時に、サザンピースで待ち合わせ。あー……カタログは……銀行振り込みできたよな、確か。

 パームに確認を取る。銀行振り込みOKで、ちなみに5人まで入れるらしい。……いつも思うんだが、こっちにきてもう数年経つってのに、コイツの記憶力はハンパないんだよな。成績はあまりよろしくなかった気もするんだが。

 

 そして、原作ではとてつもなく長い九月一日と二日を俺達は主に寝て過ごし(シュートは俺の企画したパ○プロもどきで、オリジナルチーム(ソ○トバンクホ○クス+自分)を作って遊んでいた)三日の朝を無事に、三人そろって迎えることができた。

 

「ウイングすげー! こんなん作る才能あるなんて知らなかった!」

 

「あー、いや、企画丸投げだから、俺は開発には携わってないぞ」

 

「でもこんだけの物、まとめたんだろ? クレジットにも名前入ってるし」

 

 丸パクの企画いくつか出しただけで1億Jもらえたぞ。とはこの際言わないでおく。ゴン達の分もカタログ買ってとか言い出しかねない。ちなみにスペ○ンカーとか風雲た○し城とかミ○シッピー殺人事件とか時空の○人とかシャドウ○イトとかも企画で丸投げして作ってもらった。W○iはまだ、赤外線機能がそこまで複雑化できてなくて駄目だったらしい(簡単なデータのやり取りならできるらしいので、ま、時間の問題だろう)……よくわかんねーな、この世界の科学文明。ドラえもんの世界並みによくわからん。

 

「ほら、チンタラしてないでさっさとサザンピースに行くよ!」

 

「あー、あとちょっとでペナント優勝できるのにー!」

 

 ちゃんとデータはセーブできるようにしてるだろが。つかコイツ、本当にゲームとかせずに野球漬けで育ったんだな。こんなチャチなゲームにここまでハマるとは。ひとまず俺のメモリーカードを貸してやることにする。あっ馬鹿、俺の高城麗子様データに触れるんじゃない!

 

 ふー、危うく卒業とプリメとランスのデータまとめて消されるとこだったぜ……あ、この世界にはCEROなんつーもんが存在しないので、普通にエロゲも出せるんですよ。いい世界ですね、うん、実にいい。

 

……パームが鬼のような形相でこっちを見ているのであわてて準備をし、家を出る。うん、朝方の空気ってすがすがしいね! ここがドンパチ最前線になるだなんて、まるでブラウン管の向こう側の出来事のようだよ。っていうかまぁブラウン管の向こう側の出来事だったんだけどな、こっちに来るまでは。俺の家のTVは液晶なんて立派なもんじゃなかったですが何か問題でも? ……言ってて自分で惨めになってきたな。これ以上はやめとこう。

 

 サザンピースに向かう前に、タキシードとドレスのレンタル予約をしておく。スーツじゃ駄目かなって言ったらパームに正装しとけって怒鳴られた。スーツは男の正装だぞ! ……俺まだ外見年齢12歳だけどな。

 

 そして無事サザンピースへと到着した。ゴン達はすでにカタログを買い終えていたようだ。

 

「よう、久しぶりだな!」

 

「久しぶり! パーム、ウイング!」

 

 ゴンの尻にパタパタと振られている尻尾が見える。これは新手の念使いの仕業か? キルアはそっぽを向いているが耳だけがこっちに向いているような気がする、猫耳で。これは新手の(ry

 

「いんやー、お前らの正体知った時にゃブッたまげたぜ。まさかあの『DEATH NOTE』の原作者がウイングでアニメや映画の主題歌作ったのがパームだとはなぁ」

 

……話したな、シュート。まぁ別にいいけど。何かレオリオが擦り寄ってきてるけど気にしない。『随分こっちの方も潤ってるんだろ?』とか言いながら、親指と人差し指でOKマーク作ってるけど気にしない。OKにしては手のひらが上向いてるけど気にしない。気にしたら負けかなと思っている。

 

 俺とシュートが三人の相手をしている間に、パームがカタログを買って来た。名義は……何で俺の名前?

 

「べ、別に年上だからとかそんなんじゃなくて、ただ通帳の名義がウイングになってただけなんだからね! 意味なんか無いんだから!」

 

 いや、どうでもいいけどさそんなの。それより本題に入らないと。

 

「ゴン、キルア。俺達も蜘蛛を追っている、……というか、探してる」

 

 キルアが警戒心をあらわにした。懸賞金狙いだと思ったんだろうか。

 

「勘違いするな、懸賞金狙いじゃない。ただ、内容は言えないが目的があるだけなんだ。お前さん達やクラピカの邪魔はしないから、よければ一緒に探さないか? 基本は情報交換だ。俺達とお前さんらのどっちかが蜘蛛を見つけたら連絡して、時と場合によって攻撃するなり尾行するなり……どうだ?」

 

「いいんじゃないの? 人手はあった方がいいし」

 

 ゴンはあっさり承諾したが、キルアはまだ、疑いの眼差しで俺の目をじっと見ている。……嘘はついてないぞ。

 

「……OK、協力しよう。でもホントにお前ら懸賞金狙いじゃないんだろうな?」

 

「つーかさ、シュートから聞いて知ってるんじゃないの? ぶっちゃけウチらにとって、懸賞金なんてはした金よ。必要ないわ。……まぁ、全員とっ捕まえられるなら話は別だけど、そう簡単にはいかないだろうしね」

 

 パームの言葉を聞いて、ゴンは何かを決意したような顔、キルアは不承不承といった面持ち、レオリオは……目が完全に¥マークになっているけどどうすればいいんでしょうこの人。

 

「ウイング達って今いくらくらい持ってるの?」

 

 なんかゴンがワクワクした目で俺を見つめているんですがドウスレバイイデスカ? ……別に言ってもいいか。

 

「三人合わせてだいたい900億。それプラス、昨日の競売に出したナイフが69億で売れて、そのお金は今日中に私たちの口座に振り込まれる」

 

 ゴンは驚愕、キルアは本気でヤバいと思っている様子、レオリオは以下略。

 

「はー、やっぱウイング達ってすごいね! オレ達もがんばらないと!」

 

「お前はお気楽でいいよな……」

 

 俺はキルアの意見にほぼ同意する。今からどんなに頑張ったところで、普通の手段でこれだけの額を稼ぐのは到底無理な話だ。俺達がこれだけ稼げたのも前の世界の知識があってこその話……ライバルが増えたとか思わないんだろうか、こいつは。

 

「オレも手伝えることあるならやるからさ、頑張って稼ごうぜ!」

 

 シュートはゴン達と一緒に行くか? まあそれでもいい。どうせノブナガとマチを発見したら合流することになるんだ。

 

「うん、ひとまずさ、やっぱり別々に探した方が効率がいいと思うんだ。どういう風に別れる?」

 

「オレはウイング達と一緒に行くよ。オレら三人とお前ら三人、でいいんじゃね?」

 

 意外、シュートは俺達と一緒にくるらしい。……本当に、いなかった間に随分変わったみたいだな、シュート。

 結局三人ずつで別行動し、どちらかが旅団メンバーを見つけ次第、相手のケータイに連絡する。そういうことで、俺達はゴン達と別れた。さて、これからどうするかな……。



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信頼

 オレはもう間違えない。

 オレを一番必要としてくれて、なおかつオレにとって最も重要で大切なのはこの二人だ。

 

「これから、どうするんだ?」

 

 二人に尋ねる。間違いなく結果は知っているんだろう。あとは、話で聞いたように……ゴンやキルアと一緒に、旅団に捕まる。クラピカの話だと幻影旅団は相当な極悪人集団みたいだけど……パームがメル友になってるくらいだから、案外そうでない奴もいるのかも。

 ヒソカは……あれはいろんな意味で例外。ニセモノ旅団メンバーって言ってたしな。

 

「とりあえず、茶ーしばきにいくか」

 

「賛成~♪」

 

 意気込んでたオレは一気に脱力した。……父さん、母さん、オレ本当にこの人たちについてっていいんでしょうか……。

 

 そして今、オレ達はオープンカフェのそばにあるビルのレストランにいる。うまくいけばゴン達に余計な金を使わせずにすむ、ということで納得した。二人が言うんなら間違いないだろう。カフェの場所はパームが前もって調べておいてくれたらしい。ここに旅団が……来る。

 

「シュート、気ぃ抜け。そんなにバリバリ警戒してたら明らかにおかしいぞ」

 

 言われて深呼吸する。よし、今はピンチだけど、あとひとつストライクをとれば県大会優勝だと思おう……。やべっ、逆効果になった!!

 

「シュート、スマイル。別に危険でもなんでもないから。ひとまず落ち着いて。ところでここの金玉みるく絶品~★」

 

 パームが食べているのは、かき氷の金時ミルクかけ、白玉入り。そういう略し方はどうかと思う。ウイングも呆れてる。

 

 けど何かそれで少し肩の力が抜けた。……もしかしてわざと? だとしたらパーム、オレを操る天才かもしんない。

 

「シュート、そろそろあいつらに電話かメールしろ。できればレオリオがいいな。男女二人連れの旅団発見、って。メールの方がいいか」

 

 まだそんな人影は見えないけど、きっと既に紛れ込んでるか、それかもうすぐここに来るんだろう。オレ達の現在地とウイングのメッセージをレオリオにメールで送る。返事はすぐに来た。

 

『そのままそこにいて、相手が移動したら連絡くれ。今すぐそっちに向かう』

 

 これで1500万ジェニーも浮くらしいんだから、お金が必要なゴン達にとっても悪いことではないと思う。

 

 しばらくすると三人がやってきた。オレ達は窓際の広いテーブル席に移動する。

 

「できるだけ視線は向けるなよ、ここからだったらチラっと見るくらいなら大丈夫だと思うが……。手前から三番目のテーブル、一番外側。黒髪ロングのヒゲ野郎とピンクの髪のジャージ女。間違いないな?」

 

 ウイングの言葉に、三人はちらりとその方向を見て、頷いた。

 

「少なくとも、俺だったらあいつらには手を出さない。それはパームとシュートも同じ見解だ。それにお前さんら三人が加わったところで勝てる相手とも思えない、それだけの実力者だ、二人ともな」

 

 キルアは青い顔をしている。あの二人の実力を見て取ったんだろう。レオリオは難しい顔をして考え込み、ゴンは……あー、オレが言うのもなんだけど、あんま何も考えてないな。つーかワクワクしてるような気さえする。……最初の天空闘技場の頃のオレって、ウイング達から見たらこんな感じだったんだろうなー、きっと。

 

「……あいつらなぜ、こんなとこにいると思う?」

 

「蜘蛛だから、でしょ」

 

 キルアとパームの会話についていけない意味がわからない。レオリオとゴンも似たような感じだ。ウイングは……わかってるっぽいかな?

 

「つまり、奴らは巣を張って見つかるのを待ってる。マフィアとかオレ達みたいな獲物がかかるのをさ、待ってるんだよ」

 

 なるほど……つまり、自らを囮にしてるってことか? でも、あの強さなら納得できる……って、実際に戦ったわけじゃないけど、今のオレはそのくらいならわかる。ヒソカと戦って良かった唯一の点かな。あれを基準に強さを測ることができるようになった。

 

「!?」

 

 雰囲気が変わった! こんなに離れていても殺気がビリビリと伝わってくる、気付かれたのか!?

 

「落ち着け、気付かれちゃいない。けどこのままだと時間の問題だろうな。そろそろ奴らも動くだろう、どうする? お前さん達の意見を聞きたい」

 

 ビビる自分を懸命に押さえて、ゴン達を見る。

 

「……何とかするさ。しなきゃなんねーんだろ?」

 

「うん、黙って帰るわけにはいかないもんね」

 

 二人の会話を聞いて、キルアが軽くため息をつく。

 

「……オーケイ。オレ達は奴らを尾行する。ウイング達はどうする?」

 

「付き合うさ、これでも尾行は得意だ。四次試験の時に三人でお前さんを尾行してたの、気付いてたか?」

 

「……!!」

 

 キルアの表情が強張る。……気付いてなかったんだな。まあ、気付かれてちゃ尾行の意味ないんだけど。

 

「三人は文句なしだな。あと、尾行はオレとゴンがやる。レオリオはゼパイルと連絡を取って競売を担当してくれ。ただ、こっから先は絶対に姿を見られちゃいけないから……」

 

「絶を使う、ね。ちなみにキルアを尾行してた時も使ってたのよ、絶」

 

「それでか。普通の尾行だったらオレが気付かないはずないもんな」

 

 そういえば、キルアはタモリ三兄弟……だっけ? あいつの尾行にはあっさり気付いてたよな。……改めてゾルディック家、恐るべし。

 

「悪いがゴン、キルア、俺達はお前さんらとは別行動で奴らを尾行する。……失礼な言い方かもしれないが、お前さんらの尾行の腕を信用しきれないし、万が一ということもある」

 

「ああ、オレの尾行がやばいなんてことはまずないけど、別れて行動するってのはアリかもな。もし奴らを捕まえられたらオレらに引き渡してくれるんだろ?」

 

「もちろんだ。……まぁ、そんなことできないとは思うがな……。よし、今から別行動だ。じゃあ、また」

 

「また後でな、ゴン、キルア」

 

「おいおい、オレはスルーかよ」

 

 レオリオにアタマはたかれた。笑いあって……そしてこれから、戦場に向かう。ウイングはオレとパームを連れて先にレストランを出た。

 

「二重尾行をする。全員が絶を使ってゴンとキルアを尾行する。あ、前と同じで俺だけが円を使う。俺とシュートがキルア、パームがゴンを担当しろ。何かあったらケータイメールで随時連絡を取るから、ちゃんとバイブにしておけ。……多分、俺は先に旅団に捕まることになると思うが、その時はゴン達か、自分から旅団……パクノダかフィンクスを探して、状況を見てどちらかと接触しろ。いいな?」

 

 オレもパームも頷く。そして人ごみにまぎれ、彼らが出てくるのを待った。



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接触

「シュート、旅団も二重尾行をしている。ターゲット以外に二人。ウイングは円を使うから即捕まるだろうけど、私達は発見されないように気をつけて。もし見つかったら素直に降参して捕まって。あと、くれぐれも私たち三人の念能力のことは絶対ばらさないようにね。死活問題だから」

 

 シュートは頷いて、私たちは二手に別れた。私は一人でゴンを追う。できる限り周囲に気を配りながら。ウイングとシュートも別々にキルアを尾行している。それでいい。

 

 私はケータイを取り出してメールを打つ。相手はシャルとヒソカ。念のための、保険だ。

 

『今からそっちに会いに行きます。ただ、面白そうなんで一緒になって尾行ごっこしてるんで、フィンクスとパクノダにその旨伝えておいてくれますか? 事情は把握してます。こっちは三人。私らの顔画像添付します』

 

 しばらくして、シャルからOKのメールが届いた。これでウイングが捕まっても拷問にあったりはしないだろう。できればパクにも触れて欲しくない。多分大丈夫だとは思うけど。パクが旅団メンバーの記憶を読むことはなかったはずだから。……ヒソカはスルーしやがったあの野郎。仮にも彼女の危機だぞこの野郎。会ったら目一杯ハリセンでぶん殴っちゃる。

 

 ゴンとキルアがウイングの存在に気付いたみたいだ。今回は彼らを円の対象内においてるからだろうけど、あの二人でもわかるということは間違いなく旅団なら発信源まで容易に把握できるだろう。ウイングが捕まるのは時間の問題か。

 

 再び携帯が震える。

 

『ウイングがノッポのジャージ男に拉致られた。尾行は続行中』……早すぎだろオイ。

 

 じわじわと人気のない所へ誘われていく。私はパクノダを発見した。接触するか? ゴンと合流するか? 

 

……二択ギャンブル!

 

「パクノダさん」

 

 声をかけられたパクノダは驚いて私の方を見る。それでも気配は完全に消している……さすがだ。

 

「ああ……ヒソカのお人形さんね。何の用?」

 

「私たちもご一緒してよろしいですか? 何をしてるかは把握してますし、お邪魔はしません」

 

 お互いに気配を消したままゴンを追い、会話を続ける。

 

「ええ、問題ないわ。あなたのことはシャルナークから聞いているし、それだけの絶ができるならバレる心配もない。……フィンクスが捕まえたのは、あなたのお友達で間違いないわね?」

 

「はい。もう一人、金髪を追っている子がいるので、そっちも一緒に適当に捕獲してもらえると助かります」

 

 ノブナガとマチは廃ビル群の中へと入っていった。……そろそろ、ゴン達が捕まる時か。

 

「OK、フィンクスに伝えておくわ」

 

 パクはケータイでメールを送信する。フィンクス宛にだろう。やがて私のケータイが鳴る。

 

『オレも捕まった。無抵抗だったんで二人とも無事だ シュート』

 

 よし。後は傍観するだけ……。

 

「私はあの子達を捕まえるのを手伝わなきゃいけないから、悪いけどフィンクスのところに行ってお友達と合流してもらえるかしら。……邪魔するなら、手加減はしないけど」

 

「とんでもないです。フィンクスさんの居場所を教えてもらえますか?」

 

 無言でパクノダは、向かいの廃ビルを指差す。……凝を使ってようやく、大まかな彼らの位置を特定できた。屋上に三人がいる。

 

「じゃあ、私はあちらへ向かいます。後でアジトまで案内してくださいね」

 

 そういって、私はパクノダから離れてフィンクス達の方へ向かう。もちろん、ゴンとキルア、ノブナガ達には気付かれないよう迂回して。

 

「ヒュウ♪ アンタがヒソカの溺愛彼女か。大変だな、あんな変態に気に入られるってのも」

 

 第一声がそれですか、カンベンしてくださいフィンクスさん返事に困ります。

 

「俺たちは邪魔にならないようこの場所で待機しています。二人を捕まえたら合流してもいいですか?」

 

「ああ、どうせその場で殺っちまうかアジトに連れて行くことになるだろうから、その後一緒についてくればいいさ。……ちっとでも邪魔する気なら、覚悟しとけよ」

 

 どうしてみんな同じこと言うかな。そんなに邪魔しそうに見えるんだろーか私ら。そんな怖ろしい真似できないってばさ。

 

「じゃ、後でな」

 

 フィンクスは電話をかけながらキルアの方へと去っていった。……捕獲するために。

 

「はぁ~……」

 

 ウイングが長く重いため息を吐いた。……仕方ないだろう、一番長く旅団メンバーと接触していたんだから。命の保障すらない状態で。

 

「お疲れ。でもとりあえずこれで流れには乗れた感じかな」

 

「そうだな。ところでパーム、ナイスフォローだったぞ。ギリギリでフィンクスに殺られるところだった」

 

 多分シャルへのメールのことを言ってるんだろう。顔写真撮っといてよかった。単なる記念撮影のつもりだったんだけど、こんなところで役立つとは。

 

 邪魔にならないように、私達は引き続き絶のまま待機している。ノブナガ達やゴン達にもその存在がバレないように。

 

「私もパクに探られることはなかったし、現状としてはかなりいいポジションだと思うよ。まぁ、問題はこれからだって説もあるけど」

 

「ヤメロせめて今くらい無事を満喫させてくれ」

 

「ねえ、二人は放っておいて大丈夫なの?」

 

 シュートはゴンとキルアのことを言っているんだろう。やはり何だかんだいって心配なのに違いない。

 

「キルアが少し怪我するけど、大きな問題はなく捕まるよ。あの子達も力量差がわからないほどバカじゃないし」

 

 怪我、という言葉のところで軽く眉をひそめたけど、とりあえずは納得したようだ。

 

 三人でその場に座る。じかにコンクリに座ると冷たくて気持ち悪いが贅沢はいえない。それよりも埃まみれになってしまいそうだ。旅団のアジトにシャワー……あるわけないか。

 

 ノブナガのケータイが鳴って、この場全体の雰囲気が変わる。私達は、引き続き目立たないようにするだけだ。無事に、ゴンとキルアが捕まるまで。

 

 私のケータイに再びメールが届いた。誰からだ?

 

『変な顔♥』

 

 いっぺん殺すかあのピエロ。



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拠点

「おい、出てこいよ。行くぞ」

 

 フィンクスに呼ばれ、俺達は彼らの元に向かった。

 

「何で!?」

 

 ゴンが俺達の顔を見て驚愕する……馬鹿ゴン。うまくすればもうちょっとフォローしてやれたのに。

 

「何、知り合い?」

 

 マチさんがこっち睨んでます怖いですボクシリマセーン!

 

「……ハンター試験の時の知り合い。先に断っておくけど、私達は旅団の仲間でもこの二人の仲間でも何でもないから」

 

 ゴンとキルアがムッとしてますよー怖いよー。そりゃダチに何でもないって言われりゃ腹立つだろうけどさ、この状況考えてくれよ。……キルアは理解したのかすぐに表情を消して、ゴンは……あちゃーかなりムカムカきてるぞこりゃ。

 

「旅団メンバーの一部もコイツらも俺達の知人。つまりはそういうことだ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ヘッ、団員のオンナが混じってるくせによく言うぜ」

 

 フィンクスの言葉を聞いて、ゴンとキルア、ノブナガとマチが一斉にパームを見た。……あ、パームがどこか遠くを見つめている。おーいパーム帰ってこーい。

 

「とりあえずオレらは車で移動するが、お前らはどーするんだ?」

 

「徒歩で追いかけます。……あんまスピード出さないでくださいね?」

 

 ちょっパーム! 俺は同乗する気マンマンだったのに何てことを!! ……あ、乗れねーか、人数的に。それに下手に乗ったらパクに記憶盗まれる可能性もあるしな。ま、高速走るようなスピードじゃなけりゃ徒歩でも十分追いつけるだろ。

 

「へいへい、んじゃ行くか」

 

 

 俺達がさっきまでいた所から少し離れた、また別の廃墟群。ここが蜘蛛の仮宿なんだろう。

 

 車より先に、俺達がアジトに着く。場所はパームがシャルに聞いた。どうやらゴン達に質問するためか場所を欺くためか、車の方は迂回してアジトに向かっているようだ。

 

「おじゃましまーす」

 

 のんきな声で、パームが扉を開く。……団長はいない。ヒソカ、シズク、ボノレノフ、コルトピ、フランクリン、フェイタン、シャルナーク。車に乗ってたのがノブナガ、マチ、フィンクス、パクノダだから、団長と死んだウボォーギン以外の全員とご対面したことになる。……いや、団長はいっぺん接触してるか。

 

「久しぶり、パーム♥」

 

「その子がヒソカのお気に入りか?」

 

 主にパームが全員の視線を独り占めしている。全然うらやましくない。むしろ俺は空気になりたい。

 

「ま、ね♥ あとの二人もそれなりに気に入ってるよ♦」

 

「初めまして、皆さん。一応ヒソカの恋人の、パームと申します。こっちがウイングで、こっちがシュート。二人とも私のツレです」

 

 馬鹿、紹介すんな! 俺は空気でいいんだってば! 空気嫁!

 

「とりあえず座りなよ。パームもうちのメンバー全員を把握してるわけじゃないんだろ?」

 

 シャルの勧めで、適当な瓦礫の上に座る。……俺の所だけ底が抜けて崩れ落ちた。全員に大爆笑された。ヒドス。

 

 ひとまずはシャルがこの場にいる全員をざっと紹介してくれて、俺達はそれぞれに挨拶する。フェイタンがちょっと怖いけど、それ以外は概ね好意的に俺達を迎え入れてくれたようだ。

 

「今の強さは中の下って所だけど、それぞれ面白い子達だよ♦ 皆も気に入ってくれるとうれしいんだけど♥」

 

 ヒソカがそう評した俺たちを怪しむように、じろりとフェイタンが睨んでくる。

 

「そもそもヒソカ自体が信用ならないね」

 

「あ、彼女の私が言うのもなんですが、全力でそう思います。っていうかコイツは全面的に信用できません。しちゃダメです」

 

 フェイタンの辛らつな言葉に何故かパームが思いっきり同意している。……お前さん、本当にいろんな意味で強くなったな……。俺には真似できないよ。

 

「酷いなぁ♣」

 

 わざとらしくいじけるヒソカのアタマを、シズクがよしよししている。いいな、俺もされたい。いや待てよ、腕相撲のアレから言うと俺が頭撫でられたら首が複雑骨折するか……怖ッ!

 

「ハハ、面白い子供ね」

 

 今のパームの返事がどうやらフェイタンのツボにハマったらしく、彼もパームを気に入ったようだ。……着実に旅団を手懐けてないかコイツ。マジで人類最強かもしれん。ミケの時といい今回といい。

 

「今、中の下ってヒソカは言ったが、一人絶望的に弱い奴が混じってないか?」

 

 ふ、フランクリンさん、それはボクのことでしょうか……?

 

「ああ、この子ね、生まれつき念能力持ってて、どうもその制約が『オーラ総量が増えない』らしいんですよ。しかもその能力、どんだけすごいのかと思えば発動方法すらわからないらしいんです。何しろ生まれつきだから」

 

「そりゃまた不遇だな」

 

 ええ、不遇なんです、ヘタレなんです、俺なんぞがこの場所にいること自体間違ってるんです……うああああん居心地悪いよう。

 

「団長が盗んだら発動方法わかるんじゃない?」

 

 ちょっシズクおまっ何てことを! 盗まれたら俺ら元の世界に帰れない、つーか、下手したら元の世界に旅団が全員集合!!

 

「馬鹿、そんなことしたら本人に能力を返せないだろうが」

 

「あ、そっか」

 

……よし、フランクリンGJ! 危機回避!! つーかココ心臓に悪いよ早く出て行きたいよ……。

 

「代わりといっちゃなんですが、使えないですけど面白い能力持ってるんでお見せしますよ。どなたか俺に念能力見せてもらえませんか?」

 

 俺の言葉に、コルトピが目の前にある瓦礫をコピーする。俺はそれを目に焼き付ける(そんなことしなくてもできるけど)……そして、俺も同じように『神の左手悪魔の右手』(ギャラリーフェイク)を発動する。……瓦礫を、コピーした。

 

「このとおり……自分が見た能力をショボく改変して真似できるんですよ。『間抜けな猿真似』(モンキーマジック)って言うんですけど、能力名。……あれ、見た目ショボくないなぁ。でも俺の能力、絶対改悪するんでどこかがショボいはずです」

 

 とか言いながら瓦礫をコンコンしたら粉砕されてしまった。うん、予想通り全員が呆れているね! シズクが面白がってデメちゃんを出してくれたので、俺も張り切ってデメちゃん具現化……見た目はデメちゃんの、吸引レベルは単なる掃除機が出てきた。大爆笑された。軽く鬱になった。

 

「おもしろーい! ねえねえ、どんな能力でもマネできるの?」

 

「ええ、大体は。ただ、どういう風にショボくなるかまでは俺が決めることはできないんですけど。ほとんどは見てのとおり、使えない能力ばっかりです」

 

「ていうか三人ともさぁ、いい加減敬語やめない? 団員じゃないけど、とりあえずオレたちは……少なくともここにいる奴らは三人のこと認めてるんだからさ。年とかは関係ないし」

 

 シャルはそう言うし、ほかのメンバーも頷いたりしてるけど……俺ヘタレなので無理! 絶対無理!!

 

「じゃあ私もみんなのこと呼び捨てタメ語でしゃべるねー。よかったー堅苦しかったんだ、こういうの」

 

「オレもフツーにしゃべるね!」

 

……つまり敬語は俺だけという事になるわけですね。チクショー二人の裏切り者! ……いや、この場合は俺が裏切り者、って言うか一人置いてきぼりって奴ですか?

 

さらに鬱になった。



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留守

 意外にも、旅団の奴らは気さくな感じの人ばかりだった。……見た目はアレな人も多いけど。

 こんな人たちが……クラピカの仲間を壊滅させたり、そんな残虐なことを平気でやってのけるんだろうか。でもきっと、そうなんだろう。ウイングやパームの、ここに来る前の警戒の仕方から見ても。

 パームもウイングも、なんだかんだでこの中に溶け込んでいる。それが作戦なんだろうけど、この状態をゴンやキルアが見たらどう思うだろうか……ましてや、クラピカが見たら。想像するだけでゾッとする。

 そんなことを考えていると、車で来た連中が到着したようだ。

 

 オレ達は三人固まって、無言で入り口の方を見る。心なしか他の旅団員も少し警戒しているようだ。

 ギィ……扉が開いて、パクノダに続いて他のメンバーやゴンとキルアも入ってくる。オレ達はただ、彼らを見つめる。何も言わない余計なことはしない。今回オレは自分にそう課した。けして二人の邪魔にならないように……何があっても。

 

「あっ」

 

 ゴンがヒソカを見て声を出す。……ゴン、学習しようよ……ウイングの時も同じことやってたよな。

 

「あのときの女!」

 

 キルアがフォローに入る。あのときってのは多分、オレと別れた後のことだろう。オレにはわからないけど、シズクに見覚えがあるみたいだ。フェイタンとフランクリンが思い出したように話を進める。……シズクはすっかり忘れてるみたいだけど。

 流れでノブナガとゴンの腕相撲が始まった。一方的にノブナガが勝って、ゴンの腕から血が出ている。……大丈夫、無事に終わると二人は言っていた。落ち着けオレ。

 

 鎖野郎? という奴が旅団にケンカ吹っかけてるってコトと、そいつにウボォーギンって奴がやられたらしいこと。……多分、ウイングに聞いた話と総合すると、その鎖野郎ってのはクラピカのことだろう。そんな話をしながら、腕相撲を続けていた。

 

「ほんの少しだけでいいからお前らが殺した人達に……なんで分けてやれなかったんだ!!!」

 

 ゴンがノブナガに勝った。その瞬間、フェイタンがゴンの背後に立ち拘束し、動こうしたキルアをヒソカがとめる。……オレ達は何もせず、ただその状態を傍観していた。オレは心中必死で、自分に大丈夫だと言い聞かせながら。無意識に、左手が右手を押さえていた。

 

 ノブナガとフェイタンがコイントスで優先順位を決めて……ノブナガの言うとおり、ゴンは解放される。旅団にマジギレ禁止なんていうルールがあることを初めて知った。まぁ、こんだけの力を持つ団員同士がマジギレして本気でケンカしたら地球吹っ飛ぶかもしれないしな。……あれ、ココも地球って呼んでいいのかな? あとでパームにでも聞いてみよう。

 

 その後、どうやらゴンを気に入ったノブナガが二人を監禁する為別の場所に移り、シャルたち他の団員は狩りに出かけるらしい。

 

「俺もリストもらってもいいですか? 手伝いとまではいかないけど、見かけたら連絡するくらいのことはしますよ」

 

 そう言って、ウイングもノストラード組のリストを手にした。一緒に捜しに行くつもりなのかな?

 

「私はここに……アジトに残っててもいい? なんだったら連絡の中継役してもいいし」

 

 パームの意見に団員達も承諾し、ここにいない団長とノブナガ以外の全員がパームと番号・アドレスを交換する。……何この人、着々と裏旅団長の地位を築いてるような気がするのはオレだけか?

 

 そうして、他の旅団員達もアジトを出て行って、残ったのはオレ達三人だけになった。パームに指示されて、凝で念及び盗聴器、カメラの類がないかどうか探しておく。まさに『念』のため。

 

「OK、無さそうだ。まぁ、アジトにそんなもの仕掛ける意味もねーけどな」

 

 ウイングがまず中央にドカっと座り、パームとオレも続く。

 

「ひとまずここまでの作戦は問題無しだね」

 

「っていうかパームの馴染みっぷりに俺は驚いたがな。お前さん、下手したらヒソカが消えたりパクが死んだ後、旅団に誘われるんじゃねーのか?」

 

 オレもそう思う。……その場合、パームもクラピカの敵にあたるのかなぁ。

 

「それは団長が決めることだし、入りたくないってのを入れるような人たちでもないと思うし、私の実力じゃまず入るのは無理。って言うかヒソカのことはこれ以上言わないで」

 

 無意識だろうけど、パームがハリセンを具現化している。殴られたくないのでお口にチャックだ。ホチキスでもいい。いや痛そうだ、やっぱりチャック。

 

「さてこれから……どうする? 緋の眼を盗むにしても、今はまだその時じゃない。無いしな、モノが」

 

「オレの占いでは『静まり返る時』って出てたよね。そんな時が、今以降でも訪れるの?」

 

 ウイングが腕を組んでうなっている。

 

「今夜帰ってきて、お宝もゲットしてウハウハパーティーだろ? ……チャンスがあるとしたらその後か。パーティーが終わった後か、でなければ明日の、団長達がクラピカ達と対峙しているとき……数人はアジトに残ったままだが、全員がいる時よりはチャンスはあるかもしれない」

 

「こればっかりはその時になってみないとわかんないね。……もし団長が戻ってきて私たちの分まで占いをしたがるようなことになっても、あくまで生年月日を知らない、で通そう。下手な占い結果が出ても厄介だし」

 

「そうだな……シュート、それでいいか?」

 

 もちろん。経過や結末を知らないオレは、無条件に二人に従うつもりだ。できるだけ出しゃばらずに、二人が持っていく方向へとオレも向かう。頷いたオレを見てから、ウイングは懐から紙とペンを取り出した。

 

「何か変化が現れてるかもしれない。ここでもう一度三人の占いをしておこう」

 

 最初はパーム。前の占いでは旅団に接触する時は偽の蜘蛛の名前……ヒソカの名前を出して信用させろと出たらしい。そしてそれはもう終わっている。今日から一週間、パームの占いはどう出るんだろうか。

 

  虜にした蜘蛛の子を散らすように、言葉巧みに誘導しよう

 

  残された道化師と同盟を組めば、容易くそれらは実行できる

 

  道化師に渡すのは、貴方の持つ知識のごく一部だけ

 

  紅の仲間と蜘蛛の頭の動向が最も喜ばれるだろう

 

「やっぱ蜘蛛を虜にしたのはゴンじゃなくてパームなのな」

 

 ウイングがはたかれた。どうしてこう、ウイングはパームに関していつも余計なことばかり言うんだろう。……M?

 

「お前さん、その速攻で手を出す癖何とかしろよ……。とりあえず、お前さんからクラピカと団長の動向、多分パクがホテルを出て行った後、フランクリンとボノレノフだけが一緒に残っている時に、自分が知っているその先の予言とでも言って、リンゴーン空港に二人がいることを告げればいいんだろう」

 

「ヒソカには未来を知っているってこと、試験の時に言ったしね」

 

 今度はオレを占う。

 

  貴方の力は絶対に使ってはならない、何故なら即座に奪われる

  逆十字の男が盗むのはそれだけではないだろう

  貴方の力が盗まれれば、仲間もともに盗まれる

  それらが終わるその時が、貴方達の終焉の時

 

「よしシュート、お前さんは絶対に念能力を使うな。四大行ならOKだが、必要以上には使うな。……とりあえずそこにだけ注意してくれ。お前さんが盗まれたら、俺たち全員がデッドエンドだ。逆十字の男ってのは、旅団の団長。他人の念能力を盗む能力を持っている」

 

「わかった」

 

 最後にウイングは自身を占う。……ウイングの能力が出てきてから、この占いはすっかり必須になってしまった感じだ。実際便利すぎる。

 

  次男を選ぶといいだろう、無償で貴方を助けてくれるから

  動くには道化の入れ替わりの瞬間を狙うといい

  長男は道化のために動き、次男は貴方達の為に動く

  それが最初で最後の好機となるだろう

 

「……ミルキ? まあ確かにヨークシンにはいるけど……ホントに無償で動いてくれるかなぁ。ゾルディックでしょ?」

 

「まかせろ。俺は何と言っても奴の神だからな」

 

 ウイングの言っている意味がわからない。ミルキってのは確か、キルアの兄貴の名前だったような気がする。キルアがグリードアイランドのことで連絡とってた相手。長男は……試験の時の、ギタラクルだよな。道化は多分、ヒソカ。

 

「ウイングって、ミルキの神様なの?」

 

「まぁ色々あって、それなりに仲が良いし、恩も売ってある。連絡先もわかるから、助けてもらうにはちょうど良いだろう。タイミングは俺が計るから、お前さんはいつでも脱出できるようにだけしていればいい。……ヒソカ以外の旅団員にはばれないようにな」

 

 オレは頷く。一緒にいない間に、ウイングはミルキと何らかの接触をしていたんだろうと思う。……もしこの時のためにそうしていたんだとしたら、ウイングはやっぱり……すごい人だ。

 

「よっしゃ、とりあえずの方向性が見えたな。旅団メンバーが戻ってくるまではぐだぐだしてようぜー」

 

 そういうと、ウイングはその辺に転がって寝始めた。……強いんだかヘタレなんだか、図太いのか繊細なのか。この人のことはいまだに良くわからない。

 

「シュートも休息とっておくといいよ。この先いつ取れるかわからないからね」

 

「うん、そうする」

 

 オレもその場に転がった。どこでも雑魚寝できるのはオレの長所だ。前の世界で合宿の時、部屋に入りきれないからって廊下に転がされた一年の時の屈辱、忘れてないぞコンチクショウ。

 

 すぐに睡魔がオレの元へと舞い降りる。今日は……色々と疲れたから……かな……。



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宴会

 目覚めるとそこに道化がいた。鬱になった。

 

「おはようマイハニー♥」

 

「一回といわず二、三回死んできて」

 

 起き上がると、旅団全員が戻ってきていた。……ウイングとシュートはまだ寝ている。とりあえずハリセンで叩き起こした。

 

「無事成功?」

 

「まあね♦」

 

 団員達がワイワイやっている中に入り込む。団長と目が合った。

 

「起きたか。ヒソカ、こいつがお前の恋人か?」

 

「そう♥」「違います!」

 

 お互い同時に正反対の発言をする。

 

「照れちゃってるから♠」

 

「あんたみたいな変態と付き合うシュミは無い。この際だからここで別れようか? ……って、えーと、初めまして、ですよね。一応仮に何となくヒソカのツレな様な気がしないでもないパームと申します」

 

 出来る限り隠してはいるけど、さすがに団長を目の前にすると少し緊張する。占いによれば危険はないんだから……今は信じるしかない。

 

「初めまして。もう知ってると思うけど、オレはクロロ=ルシルフル。旅団の団長」

 

「パームもなんか飲むー?」

 

 シャルが絡んできたうわ酒くさっ! これはもう完全に出来上がってる感じだな。

 

「俺ビール飲みたいんだけどあるー?」

 

 後ろからウイングが乗り出してきた。

 

「あるある! パームとシュートは?」

 

「オレ、なんか炭酸のヤツがいい」

 

「私とシュートはお酒遠慮しときます、弱いんで」

 

 つーか未成年だっつーの。ウイングは遠慮ナシにガバガバ飲んでいる。……本当に、図太いんだかチキンなんだか。

 

「シズクー! パームとシュートにコッコーラー!!」

 

 シズクが投げて渡してくるのを受け取り、片方をシュートに渡す。ウイングはシャルの案内でビールが山積みされているところへ向かった。

 

「お酒じゃないですけど……おめでとうございます、無事獲物はGETしたみたいですね?」

 

 形だけの、乾杯。団長もそれに応じてくれた。

 絡んでくるシャルはスルーして団長と会話する。少しでも……できるならば味方につけておきたい。旅団と、団長。

 

「うん、おかげさまで大成功。留守番してくれてたんだって?」

 

「あはは、途中で寝ちゃいましたけど」

 

 あ、ウイングがノブナガに絡んでいる。殺されても知らないよ。

 

「いや、うちのメンバー、クセのある奴らが多いだろ? そいつらが気に入ったって言うから、話すのを楽しみにしてたんだ」

 

「ヒソカにだけは心底気に入られたくないんですけどね」

 

 絡んでくるヒソカはスルーして団長と会話する。少しでも……ギャー!!!!

 

「ひどいなぁ♠ ほんのちょっと抱きついただけなのに♣」

 

 ハリセン連打! 連打! 高橋名人もビックリするくらい一秒間に二十連打!!!!

 

「寄るな触るな真性の変態が! 変態菌がうつったらどうしてくれる!」

 

 私たちのやり取りを見て、団長と、その後ろのフェイタンが大爆笑している。……爆笑するんだ、フェイタンでも。

 

「ん? ワタシの顔に何かついてるか?」

 

「いえ……あの……この変態どっかやってください……マトモに会話出来ないです……」

 

「ヒソカ」

 

 団長に促され、しぶしぶ離れていくヒソカ。あーよかった。いやどうなんだろう?

 

「何でアレと付き合ってるんだ?」

 

「成り行きで仕方なく、です。彼女にならないなら死ねって脅されて」

 

「えー、じゃああんなのやめてオレにしようよー少なくとも変態ではないと思うよー?」

 

 酔っ払いの戯言は華麗にスルーする。つかお前もロリコンかシャル。

 

「旅団ってのはロリコンの巣窟ですか?」

 

「そんなつもりは毛頭なかったんだが、気がついたらそうなってたのかもしれないな」

 

 シャルがひどいひどいーとすねている。酔っ払いはry

 

「相変わらず面白い子ね」

 

「フェイタンがそこまで気に入るとは珍しいな」

 

 私もそう思います。っていうかこの人原作とキャラ変わってませんか? 爆笑とかしてるし。

 

「弱いのにヒソカにツコミ入れられるだけでも大した子供よ。潜在能力もあるね」

 

「確かにな……もう少し強くなったら、旅団に入らないか?」

 

 入団フラグキター!? いやいやいやいやいや全力でお断りせねば!!

 

「無理です。少なくとも現状では足手まといにしかならないですしね。そのくらいは自覚してます」

 

「……ああ、だから先での話だ。別にオレも今すぐ入れとは言わないさ。枠は一つしかないしな」

 

 そういって、クロロはウイングとシュートの方を見た。ウイングはノブナガの刀を真剣白羽取りしている。シュートはコルトピとサシで何か語り合ってるみたいだ。……ほっとこう。

 

「そうですね……考えておきます。面白そうだとは思いますしね、今やってることより」

 

「今? 何をやってるんだ?」

 

「シュミで作詞作曲やってます。『sing song sunrize』の”パール”わかりますか?」

 

 私が副業でやっていたサイトと偽名。フェイタンが驚いた様子で目を見開く(けど細い)

 

「『Dani California』作たのパームか!」

 

「ついでに言うと、あの映画の原作者の小場すずめ、あれあそこでノブナガに殺されかけてる人ですよ」

 

 フェイタンがあわててノブナガを止めに行った。そうか、デスノのファンなのか、フェイタン……。

 

「驚いたな、そんな才能があるとは」

 

「まぐれ当たりしただけですよ。数打てば当たる……そんなもんでしょう?」

 

「確かにな」

 

 クロロが向けた視線の先では、フランクリンとマチとパクノダが空き缶並べて射撃を競っていた。……いやフランクリン、そこでダブルマシンガンは反則だと思うよ……。

 

 フェイタンに引きずられてきた半死半生のウイングは、さらにワインボトルを片手にまだ飲む気でいるらしい。

 

「いやー、こんなに飲んだの何年ぶりだ? あ、団長さんチッス! 自分、パームのツレのウイングであります!」

 

 コルトピとシュートの議論は白熱しているようだ。そこにさらにフィンクスも加わっている。……いったい何を話してるんだろう。

 

「初めましてウイング。DEATH NOTE、あれは非常に興味深い物語だった。もしかしたらあんなノートを具現化できる能力でも持っているのか?」

 

 やばい、団長の目が少し据わっている。狙ってるのかデスノート! ……無いけどそんなん。

 

「いや、とんでもないであります! 自分、出来ることといえばシズクのモノマネくらいですから!」

 

 そう言ってウイングはデメちゃん(偽)を具現化した。

 

「えーと、団長吸い込めー!」

 

……しーん。なんかデメちゃんだけはゴゴゴゴ言ってるけど吸い込む気配は全く無い。

 

「シズクの能力は生物は吸い込めないんじゃなかったか?」

 

「あっそっか、じゃあ団長のマント吸い込めー!!」

 

 ずずー。フツーに掃除機がマント吸い込んでる感じで引っ張ってる。……それだけ。団長を吸い込むほどの力が無かっただけか、さっきのは。

 

「以上であります!」

 

「なるほど、他人の能力を盗めるのか……」

 

「ちゃいますちゃいます、モノマネするだけですって、しーかーもーヘタレに!!」

 

 自分で言ってぷふーっとかって吹き出してヘタレヘタレ連呼してる。……ああ殴りたいこの酔っ払い。

 

「痛ってぇ!」

 

……気付いたらハリセンで思いっきりぶん殴っていた。あはは、やらかした。

 

「それがパームの能力か?」

 

「はい、今のところ……ツッコミ用のハリセン、具現化するだけです」

 

 団長が顔を伏せた。なんか私ヤバいこと言ったか? ……と思ったら吹き出された。

 

「本当に、面白い奴らだな。お前らが気に入るのもわかる気がするよ」

 

「だからそう言たね。でも最初シャルナークが呼んできた時はどうしようか思たよ」

 

 あはは……旅団のアジトにショボいお子様三人連れですからねぇ……、そりゃフツーにどうかと思うでしょう。

 

「パームは具現化系なんだな。他に具現できるものはあるのか?」

 

「いえ、今はまだ……これだけです、あまりにもツッコミたい奴が周囲にたくさんいるもので、気がついたら具現化できるようになっちゃってました。もっと便利なモノを具現できるよう修行中の身です」

 

 今度はそろそろと近寄ってきていたヒソカの顔面をぶん殴る。シャルはゲラゲラ笑いながら床で転がっている。何だこのカオス。飲み会って前の世界でもこんな感じなのかなぁ? ……高校生の私には知りようもない世界だけど、今少しだけ知った気がする。別に知りたくはなかった。

 

 向こうではフィンクスとシュートとコルトピが大中小と肩組み合って乾杯している。……ホントに何話してんだろうあいつら。

 

 フランクリンとボノレノフは先に寝ているようだし、ノブナガは一人で自棄酒をかっくらっている。マチ・パクノダ・シズクは女同士で語り合っている。私もあっちに行きたい。ココ嫌だ。

 

 そんなカオスな飲み会は、飲んでいる全員が静かになるまで続けられた……。もうほとんど、夜明けまで。

 

 ウイングは早々に沈没し、シュートは疲れ果てたのか途中で眠り、私は一応、全員が眠るまで起きていた。何かあったら大変だから。……ものすごく、無意味な無理をした気がする。私も寝よう。



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正気

 曇り空の隙間から差し込む太陽の光が目に痛い。さらに非常に頭が痛いそしてキモチワルイ。これはあれですね久しぶりの二日酔いというヤツですね間違いない。

 

「あ~……」

 

 アクビをしながら周囲を見渡す。最初に目覚めたのは俺のようだ。他は皆死んでる。俺も半分以上死んでるけど、主に脳。

 

「……昨日……」

 

 はっちゃけすぎたか? 半分くらい覚えてないがノブナガに殺されかけた様な気がする。とりあえずチョンマゲをみつあみにしておこう。爆睡してるからばれないだろ。

 記憶を失っている間に余計なこと口走ってないかだけが心配だが……素面のパームが突っ込んで止めてくれていると信じよう。そういや後頭部も痛いぞ? 触ってみたらコブになっていた。パームめ。

 

「目が覚めたか?」

 

 突然に声をかけられてビックリして振り返る。団長が、普通に座って俺を見つめていた。いつの間に。

 

「オハヨウゴザイマス キノウハ オタノシミデシタネ」

 

「ああ……お前とはサシで話してみたいと思っていたよ、DEATH NOTEの原作者」

 

 ナゼ ソレヲ シッテルデスカ? オンドゥルルラギッタンディスカー!?

 

「先に言っときますけど、俺ノート具現化したり出来ませんよ? あんな能力、どんだけ制約があったって作れるもんじゃないですから」

 

「ああ、それは昨日聞いた……。やっぱり昨晩のことは覚えてなかったんだな。素面のお前と話してみたかったんだ」

 

 シラフノボクニ ナンノヨウデスカ? ……うおおおお今すぐ全力で逃げ出してぇぇぇぇ!

 

「死神の存在、死者の行き着く所……今のオレには興味のあることばかりだ。あの話はお前の持論か? 死者は無に還るという」

 

「まぁ、天国とか地獄は所詮人間が想像した物にすぎませんから。どういう結末が待っているのかは、死んだことの無い俺にはわかりません。ただ、神という存在が勝手に創造した『正義』というルールに従って死後に信賞必罰があるのだとしたら、俺には納得いかない……それは事実です」

 

 とりあえずデスノの話に沿って、ついでに俺の持論を展開しておいた。別に今、危機じゃないよね? 俺のラブリーゴーストライターちゃん信じるよ?

 

「……ふ、やはり面白い。独特の考え方を持っているようだな。持っている能力……お前の隠された能力、不要ならばオレが盗んでやるがどうする? そうすれば少なくとも、オーラが増えないというお前の制約は外れるだろう」

 

「いや、お断りします。俺自身、その能力に興味がありますし、俺が生まれ持っていたものだとしたら、それに何か意味があるのかもしれない……無いかもしれないですけどね。それを見つけ出すのも俺に与えられた天命だと思って生きていきますよ」

 

 盗まれてたまるかってんだよ! 前の世界に旅団行っちゃっても俺知らね。つーか冷静に考えたら逃避願望なんて持たないだろうこの人。……というか、俺が能力発動しないと盗めないんじゃなかったっけ? モノマネとカンチガイされてる? あれー?

 

「わかった。お前がそう考えるのならオレは何も言わない。唯一つ……」

 

 ナ、ナンディスカ? これ以上俺の少ない容量に負荷かけんでください、そろそろオーバーヒートでフリーズします。

 

「DEATH NOTE……もう、続きは書かないのか?」

 

……えーと、もしかして団長さんもデスノのファンですか? ……恐るべしDEATH NOTEの威力。蜘蛛を虜にするのは俺らじゃなくてデスノートだったのか。

 

「続き、という意味でなら書くつもりは無いですが……」

 

 と前置きした上で、映画の『L change the world』のストーリーをかいつまんで話す。団長は興味深そうに頷いて、俺のつたない話に聞き入ってくれた。

 

「……なるほど、Lという一見無情に思える存在の人間性を……側面を描くというわけか。しかも死が決定した後、たった数日間の短くて長いストーリー……お前には物語を紡ぐ才能があるんだろうな。うらやましいよ。オレはいつも読む側の立場だったからな」

 

……一応クロロに礼はいうけれど、その賛辞が俺に向けられたものでないことは重々承知している。俺だって読む側の人間だ。クロロの気持ちが、今だけはよく分かる。

 

「面白いね。団長、この才能だけでもこの子供、生かしておく価値がある思うよ」

 

 いつの間にかフェイタンが傍にたたずんでいた。気付かなかった。……俺ってば、本当にヘタレなのね。

 

「ああ、オレもそう思う。ウイング、何か危険が迫るようなことがあればオレ達に連絡を取れ。無条件で助けに行こう」

 

「……ありがとうございます。まぁ、自分の力量は自覚しているんで、そんな危険なところに足を突っ込む気はないですけどね」

 

「ふふ、パームと同じようなことを言うんだな。オレ達に関わっている時点で危険だとは思わないのか? A級首の集団を目の前にして」

 

 だって危険な橋渡らないとダメだってオレのラブリー天使が言ってるんですよー! とは言えないので。

 

「俺もそれなりに人を見る目はあるつもりです。あなた達は、人を殺すことに何のためらいも持たないけれど、目的も理由もメリットもなしに虐殺を楽しむ人たちじゃない……まあ、タイマンのケンカとかは別ですけど、俺達みたいなヘボにケンカ売るほど皆さん弱くないですし。俺も、自分に関わりのない人間の死に関してそれほど感傷的になる方ではないので、気持ちは良くわかります。ただ、あとの二人は……多分、常識的な範囲で、人の死を忌む傾向がありますから……もし万が一奴らと旅団が敵対するようなことになれば、俺はあらゆる手段を持って二人を守ります。それこそどんな手を使ってでも、ね」

 

 やべっ、言い過ぎたか? 二人が黙っちゃったぞ。

 

「……本当に、その独自の考えと冷静な観察眼……うちに欲しいくらいだ、なあフェイタン」

 

「戦闘では役に立たないけど戦略家としてなら十分意味あるね。情報分析力もかなりのものよ」

 

 いーやーだー! そんな能力ないですないです俺は小市民なんだってば、ほっといてようわああああああん!

 

「悲しいけど、これ戦争なのよね。明らかに弱い私達がメンバーに加わるメリット、少なくとも私達の方にはまだ感じられません……今は、まだ。特に、鎖野郎のことがよく分かっていない現状では」

 

 俺は今日ほどパームが神様に見えた日はないよ!! うわぁん一人で怖かったヨー!

 

「……そうだな。最低限の力を身につけたら……その時はまた、誘うかもしれん」

 

「私も、その時はまた考えますよ。でも、そこまで私たちのことを買って下さってありがとうございます。それは、素直に嬉しいです」

 

「いつか、仲間になれるといいね」

 

 シャルとマチが起き出してきた。多分、そろそろ全員が目覚める頃だろう。

 

「オレ達は今日の競売の宝を奪ったら本拠地に帰る予定だが……別にお前たちはメンバーではないし、変なモノさえ連れてこなければ好きにここに出入りしてくれて構わない。いくらなんでもそのくらいの力はあるだろう? もしホームに来たいのなら歓迎しよう」

 

 行かないもん! ……あ、でもこれで、いつここを抜け出しても別に追われたり咎められたりはしないってことか、よし! ……問題は、緋の眼をどうやって盗みだすか……まぁいいや、パームとシュートが何とかしてくれるだろ。俺もうシラネ。あとでミルキに連絡とって、それで俺の役目はオシマイ! 強制終了!

 

「ボクがいるんだから、そんなにすぐにいなくなったりはしないよね♥」

 

……コイツの存在を忘れてた……。まあいい。コイツもパームが何とかしてくれるだろう……って俺が考える前にすでにハリセンで殴っていた。

 

 自然に、パームとアイコンタクトをとる。

 

 流石だよな俺ら。



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狩猟

 昨日は実に充実した夜だった。コルトピとフィンクスは、まだ故郷にいた幼い頃に、野球で(人数が少ないことが多く、主に三角ベースだったらしいが)よく遊んでいたらしい。特にコルトピは球技としての野球に興味があるらしく、この世界にあるいくつかの国のプロ野球機構のことについて教えてくれた。基本的なルールは前の世界と変わらないみたいだ。

 そういえばこの世界に来てから、こんなに野球のことを話したのは初めてだ。キルアも自分でプレイしたことがあったわけじゃないし、ゴンにいたっては問題外。

 この世界には変化球があまり無いらしいので、オレは持ち前の知識で握り方を教え、実際に投げて見せた。コルトピは手が小さいから無理だったけど、フィンクスは割りとすぐに覚えて、オレよりもスピードのあるフォークをあっさりと投げていた。……お、オレの方が落差はあるもん! 負けてないもん!! 落差ありすぎで捕れるキャッチャーいなかったんだけどな、チームに。

 

「おはよう、シュート。よく眠れた?」

 

 パームが声をかけてくる。……ウイングが向こうで一人ガクブルしているのは何故だろう。まあ、いつものことなのでほうっておこう。

 

「うん、気分いい。こんなに気分よく目が覚めたのって、久しぶりだ」

 

 外は曇り空だがオレの心は青天のヘキヘキ。……あれ、意味違うっけ? 本日は晴天なりー!

 

「そりゃ良かった。今後について団長達と話するから一緒においで。……くれぐれも余計なことは言わないようにね」

 

 後半は小さな声でこっそりと。確か、団長が本家の占いを披露するんだったよな。……了解!

 

『逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ……』とかつぶやいているウイングを二人で引きずって、オレたちも旅団の輪の中に入る。ちょうど、ノブナガを占い終えたところらしい。

 さらにシズクを占っている。どうやら、旅団の半分が死ぬらしい……、そして、その一人がシズク。

 団長は、予言を回避する為に本拠地に戻ろうと、ノブナガを説得している。オレ達は、ただ黙ってそのやり取りを聞いていた。

 

……外から雨音がする。どうやら降り出したらしい。

 

「これから残りのメンバーも占う」

 

 フェイタン・フィンクス・コルトピは生年月日が分からないので占えない。団長はその後オレ達にも話を持ちかけてきたが、三人ともに生年月日を知らない、で通した。そもそも、この世界に来る前の生年月日だから……オレやパームはギリギリセーフに見えるとしても、ウイングは明らかにアウトだ。年齢詐称もはなはだしい。そこからウイングの能力がばれる恐れもある。……二人はきっとそんなところまで事前に考えてるんだろうな、やっぱり。

 

 ヒソカの占いをパクが見て、全員に回す。……内容は、ヒソカの裏切りを示唆するものだった。

 

 ノブナガがキレてヒソカに斬りかかろうとするのを、……多分、団長が止めた。

 

「少し黙れ」

 

 そして、ヒソカに質問をする。そのほとんどは『言えない』というだけの回答だったけど……それで、団長は何か考えこんでいるようだ。

 

「団長、少しいいですか?」

 

 沈黙が場を支配する中、パームが言葉を発した。

 

「何だ?」

 

「ヒソカの予言に気になる点があります。……物々交換とあるにもかかわらず、赤目の客は秘密を攫って行った……この文章だけで読むと交換が成立していません。これは何らかの暗示じゃないでしょうか」

 

「……」

 

 パームの言葉を受け、団長は予言の解読内容を示し始める。その間、パームがヒソカの方を見てニヤリと笑った。……やっぱこの二人怖い。ある意味お似合いかもしれない。

 

 鎖野郎……クラピカについてと、今後どうするかについて。ヒソカの予言の中にあった懐郷病……ホームシックという言葉が旅団の行く先を決定付けた。

 

「残ろう」

 

 来週の行動を共にする班分けをする。メンバーでないオレ達はもちろん、それからは除外されている。

 

「オレ達はここに残っていてもいいですか?」

 

 この方向で、間違いない……はず。少し不安になってウイングとパームを見た。頷いている。良かった、間違ってないみたいだ。

 

「ああ、構わない……ただ、ここに残る三人と行動はともにして、出て行く時は誰かに伝えてから出て行ってくれ。念のため、な」

 

 マチが眉をひそめてオレを見ている。……何かしくじったか? いや、ミスはしてない……はず!

 

「団長、気になることが二つあるんだけど」

 

 ひとつは、ゴンとキルアのこと。クラピカとの接点があるかもしれない、と。もう一つは……このアジトについて、嫌な予感がする、と。良かった、オレに対して向けられた疑念ではなかったようだ。

 その言葉を受けて、コルトピがアジトのダミーを増やす。かなり密集したビル群になった。……すげー能力だな。ウイングのモノマネとは大違いだ。しかも円の役割まで果たすなんて。

 

 そして、鎖野郎……クラピカを狩りに行くようだ。コルトピが、本物の緋の眼を触ればニセモノの場所が分かるらしいので、お宝の山の中から探すのを一緒に手伝い、ウイングがそれを見つけ出してコルトピに渡す。

 

「ホテル・ベーチタクル……!」

 

 クラピカは大丈夫なんだろうか。……いや、ウイングとパームは全員無事だと言っていた。大丈夫だ、オレは二人を信じる!

 

 ボノレノフ、フランクリン、ヒソカ以外の全員が出て行った。多分、今が緋の眼を盗んで逃げ出すチャンスなんだろう。けれど、オレにできることは正直、何もない。二人を信じて、いつでも脱出できるよう体力を蓄えておくだけだ。……もし、こいつらが追ってきても、逃げられるだけの体力を。



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逃走

 ぽっぺけぺっぺっぱっぱっぱー。

 

 今日ほどこんなアホな制約を作るんじゃなかったと思ったことはないよ。

 

「今の音、どこから聞こえた?」

 

「わからん、多分外じゃないか? お前たちはここにいろ。何かあったらすぐに知らせてくれ」

 

 ボノレノフとフランクリンがいぶかしんで周囲を探索に行く。

 

 私は具現化したとうめいマントを、彼らの目が届かない間に緋の眼にかぶせた。そして、ウイングが緋の眼をコピーする。これで一時間程度は二人をだませる。……その間、ヒソカは面白そうに私達を眺めていた。

 

「ヒソカ」

 

 ピエロを呼ぶ。忌々しいが私たちの無事脱出にはコイツの助力が不可欠だ。

 

「なんだい♦」

 

「協力して欲しい。私達はこれを持ってここから抜け出す。その礼に、私の知っている団長とクラピカの動向を教える。団長と戦うためにも知っていて損はない情報よ」

 

 ニィっと気持ち悪く笑う。ああ、出来るだけコイツとは関わりたくないのに……けど、占いに背くわけにはいかない。

 

「……例の、念能力じゃない予知能力ってヤツだね? 実際の能力はそれ……物体を見えなくする布か何かの具現化、かな?」

 

 ウイングが私の気持ちを汲み取ってくれたのか、代わりに交渉に入ってくれた。これ以上話を続けたら変態がうつる。

 

「悪いけど早速本題に入らせてもらう。気付いてると思うが、お前さんの占いの結果も目的も俺達は知っている。そして、もうすぐ……クラピカが団長を捕獲するのに成功する。旅団全員がここに戻り、その監視を人質となったゴンとキルアがする。けど、お前さんが団長と戦うにはすでにその時点で抜け出していることがベストだ。だが、バレれば団長は殺される。イルミに助力を求めてくれ。うまく抜け出すのを手伝ってくれるだろう、彼の能力からしても。抜け出した後はリンゴーン空港に向かうといい。そこに団長達が居る」

 

 少し考えて、ヒソカは本当に面白そうに、不気味に、楽しそうに、笑った。

 

「予知……キミのモノマネだね? どうやったかは知らないけど、キミも占いか、それに類する能力をモノマネ出来る……そうだろ?」

 

「半分正解、半分不正解だ。これ以上は言えない。俺の知人、イルミの弟がヨークシンにいるから、ボノレノフ達の意識を逸らすのに手伝ってもらう。お前さんと一緒に、俺たちも脱出するつもりだ。タイミングはノブナガ達からフランクリンかボノレノフに連絡が入った後、皆がアジトに戻る前。俺の計算が正しければ、連絡はあと5分以内には入るだろう……どうだ、手伝ってもらえるか?」

 

「勿論勿論♥ それだけの情報をもらえればボクとしても動きやすい♦」

 

 これでヒソカとの共同戦線を張ることは出来た。すぐに、フランクリンたちが戻ってくる。

 

「何か見つかった?」

 

「いや、何も。……何だったんだろうな、あの間抜けな音は」

 

……自分でそう思っていても、他人にマヌケ言われるとなんだか腹が立つ。……いやいくらなんでも、だからってハリセン出して二人を殴ったりしないよ? いくら私でもさ、そこまで馬鹿じゃない。

 

 私が緋の眼を抱え、ウイングはミルキにメールを送る。ヒソカはイルミにメールを送っている様子だ。シュートは……問題ない、そう言うように頷いた。

 

 フランクリンのケータイが鳴る。……きた! 千載一遇のチャンス!

 

「頭のいいヤロウだ」

 

「手ごわいな」

 

……私達は、その会話を何事もないように聞き流す。イルミとミルキが到着するまで。

 

「私達はメンバーではないから、ここに残る必要は無いですよね?」

 

 用心のために聞いておこう。あとで探されても困るしね。

 

「ああ、問題ないだろう。だが、人質が来てからだと出て行くのは難しいかもしれないぞ」

 

「そうですね……じゃあ、その前に」

 

 私の言葉を遮る様に、外から激しい破壊音が響いた。

 

「!?」

 

 続いて反対方向から、カタンと何かの倒れるような音。

 

「……誰かいるな」

 

「別れて調べましょう、手伝います。私たちは小さな音のほうへ向かいます。申し訳ないですが、轟音の方を旅団の人にお任せしていいですか?」

 

「ああ。……ヒソカ、念の為にお前はそいつらと一緒に行け」

 

「了解♦」

 

 そうして私達はうまく二手に別れる。音のした方に向かうと、そこにはイルミが立っていた。

 

「や、久しぶり」

 

「お久しぶりです……といいたいところですが時間がありません、さっさと入れ替わってください」

 

 イルミはヒソカに針を刺して、その姿を変える……末弟の、カルトに。そして自分はヒソカの姿へと変貌する。相変わらず惚れ惚れするほどの能力だな。

 

「じゃあ、私達は行きます。協力ありがとうございます」

 

「いいよ、代金はヒソカからもらっておくから。じゃ」

 

 まず私たちが抜け出して、最後にヒソカが抜ける。ヒソカの姿は見られても問題がない。私達は外に出てその場に隠れて絶でやり過ごし、ヒソカだけが飛び出して逃げる……窓から、フランクリンとボノレノフが覗いていた。原作どおりなら、追いはしないはず……!

 

 やがて、二人は窓から離れた。元の部屋に戻ったんだろう。私たちも動き出そう。気配を消したまま……アジトから、離れる。

 

 幸いなことに、雨が気配をより消してくれたのだろう。自宅に到着するまで、絶を使いながら周囲の警戒は怠らず……そして無事に着くことができた。

 

「はぁ~……」

 

 全員で思いっきりため息をつく。ひとまず、命がけの緋の眼奪取作戦は成功といえるだろう。とうめいマントはすでに消え、私の手の中では緋の眼が赤く鈍い輝きを放っている。

 

「ところでさ……コレ、どうすんの?」

 

「知らん」

 

「とりあえず寝たい」

 

 緋の眼を放り出して、私は自室へと戻った。昨日今日と、本当に疲れた……。

 

 ウイングじゃないけど、今はとりあえず無事だったという嬉しい事実を噛みしめてぐっすり眠りたい。

 

 なんだか随分久しぶりの様な気がするベッドの感触に、私はあっという間に眠りについてしまった。よほど疲れていたのだろう……主に、精神的に。



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競売

 目覚めた。体が重い。

 うっかり元の世界に戻ったりは……していない。PC二台並べた俺の、ヨークシンの、部屋だ。

 床にシュートが転がっている。寝袋を使えといったのに、どうやらそのまま寝てしまったようだ。

 

……ちょっと待て。俺もコイツも、多分パームも寝てた……今日、何日だ!?

 

 あわててPCを起動して日付を確認する。確か俺たちが抜け出したのは四日、そしてその夜にクラピカが鎖を刺して、……パクが死ぬ。G・Iの最初のオークションは六日、今日は……六日!!

 急いでシュートとパームを叩き起こす。

 

「うーん、かち氷おかわり……」

 

「バカタレ! とっとと起きろ!」

 

 パームはすぐに起き出して来た。

 

「今……何日? 何時?」

 

「六日の朝10時、12時からオークションだ、急いで準備しないと!」

 

「弁当も食べる……」

 

 パームは無言でハリセンを具現化する。後のことは……言わずもがな、だろう。

 

 俺達はまずレンタルショップに向かい、タキシードとドレスを借りる。ついでにパームはヘア・メイクもしてもらった。シュートのタキシードが予想より小さかったので、一回り大きいサイズに変更してもらう。……やべっ時間間に合うか?

 正装した俺達は急いでタクシーを拾い、サザンピースオークション会場へと向かう。

 Bホール入り口、時刻は11時半を過ぎていた。……セーフ! 俺らの番号は298番。肉屋だ。801番だったりしたら全力で逃げるところだった。……いや、そんな人数いるわきゃないけどさ。番号札は、パームに渡す。

 

「よう」

 

 席を探している俺達に声をかけてきたのはフィンクスだった。……スルー、しちゃ駄目かなやっぱり。

 

「こんにちは。今日は奪うんじゃなくてオークションに参加、ですか?」

 

「ああ。まぁお前らが出て行ってから色々あってな……」

 

……詳しくは聞かない。というかこれ以上旅団に関わりたくない。

 

「そういえばパーム、お前ヒソカが旅団メンバーじゃないこと知ってたか?」

 

「は!? いや、全然……」

 

「ワタシ達もすかり騙されたよ」

 

 パーム、ナイス迫真の演技。とりあえず俺も目を丸くしておこう。おっと、もう競売が始まるか?

 

「ウイング、パーム、あっちの席あいてたよ」

 

「よし、じゃあフェイタン、フィンクス、また機会があったら」

 

「おう」

 

 二人と別れ、三席連続であいていた場所に移動する。シュートがキープした席は後方少し右より。まあ、品物は見えるし問題ない。ゴン達はどこかなーっと、多すぎて全然わかんねーや。

 

「パーム、最終確認だ。俺達の最高予算は982億ジェニー。バッテラがどこまで食いついてくるかはわからんが、全額を注ぎ込む勢いで落とすぞ。7本のG・I全部にその予算つっこみゃ、一台くらいはゲットできるだろう。三人入れればいいから、スロット片方空いた台でも両方空いた台でも構わないしな。オークションはお前さんに任せる。俺覚えてないしな、アップコール」

 

「オレは?」

 

「見てろ。くれぐれも絶対に指の仕草をマネするなよ。下手打ったら実刑だからな。知りたかったらオークション終わってからパームに聞け」

 

「了解」

 

 俺も、とりあえずは見ているだけだ。デオドロザウルスの糞の化石……いらんがな、そんなもん。

 

 数品が競り落とされた後、俺達の目的の品が出てきた。……グリード・アイランド……!!

 ムキマッチョハゲが大金槌で殴ってもびくともしない。轟音とともに置かれた台は粉々になったにも関わらず、ジョイステはそのまま、普通に起動している。……電力どこから持ってくるんだろう。ゲーム作った奴の中に電気具現化か変化させられる奴がいるのかな。……つーか普通にドライバーで分解できるのかどうかとか、試してみたい。もったいないし怖いからやらないけど。多分できねーけど。

 

「201番、さらに倍、240億です!」

 

 お、ゴンのミスが出たw

 

「298番、290億!」

 

 パームが動き始める。ここからは多分、バッテラとの一騎打ちになるだろう。ミルキは……ああ、今のコールで諦めたっぽいな。

 

「16番、340億でました!」

 

 会場は、ほとんどがパームとバッテラに注目している。特にパーム……俺らはガキだからな、随分目立っているようだ。

 

「298番、倍の680億!!」

 

 バッテラが少しためらう。……スロット一つしかない台にこれ以上出す気があるか……? いや、彼なら出すかもしれない。

 

「16番、700億!」

 

「298番、800億入りました!」

 

「16番、810億!」

 

「298番、860億! 他にありませんか?」

 

 おーおー、バッテラさんの頭から湯気が立ち上ってるみたいだ。……どこまで続くんだろうまさか900億まで出すか? 原作ではいくらまで出してたっけな、この人。

 

「16番、880億です!」

 

「298番、930億出ました!」

 

 どうやら、900億を突破した時点で諦めたようだ。……彼の財産も有限ということか。あと6本のG・Iを落札しなきゃいけないし、クリア報酬も払わなきゃいけないしな……いくらだったっけ、報酬。何百億ジェニーだったとは思うが。

 

「グリードアイランド、298番、930億で落札!! ありがとうございます!」

 

 よし、無事G・Iゲット! とすればもうこのホールに用はない。俺達はさっさとホールを後にする……。

 

「待ちたまえ」

 

 呼び止める聞き覚えのない声に振り向くと……バ、バババッテラさんとツェズゲラさん!! まさかここで奪われるとかねーよな!! ……あれ、何か忘れてるような……奪われる?

 

「……キミ達には負けたよ。まさか初日でこれだけ競ってくる人間がいるとは思わなかった。しかも、こんな子供とはね」

 

「一応、私達全員プロハンターですから」

 

 おおっ、パーム負けてない! よしここは俺は引っ込んでおこう。口では負ける自信があるぞ!

 

「ふむ……君達は何故、グリードアイランドを求めたのだ? それだけの大金を投じてまで」

 

「ゲームのクリア報酬……が、目的です。ですから、あなたと相容れることはありません、バッテラさん」

 

 バッテラさんは軽く眉をひそめる。

 

「だが、君達だけでクリアできるかな?」

 

「わかりませんが、必要があるのでやるまでです。……もうよろしいですか? 受け取りに行かなければならないので」

 

 ツェズゲラさんは何も言わず、俺達を品定めするように交互に見ている……どうせオレは一人だけダントツでヘタレだなとか思ってるんだろうなチクショー。

 

「……ということは、今後のオークションに参加することはないんだね?」

 

「はい。今回の一台があれば充分ですから」

 

 バッテラさんの顔に浮かんでいた冷や汗が、すうっと消えた様な気がする。……いやいやいや、俺達全部落札しようなんてそんな大それたこと思ってませんから!

 

「それを聞いて安心したよ。残りの6本でも同じように競ってこられたらと思うと、寒気がするからね」

 

「こちらも、一台手に入れることが出来て一安心です。残り6台、落札できると良いですね。それと……ご病気も、お大事に」

 

 パーム! 余計なこと言うんじゃありません!! ほら、バッテラさんが目を丸くしてるじゃないのっ!

 

「……君達の幸運を祈るよ。それじゃあ」

 

……意外だったな。てっきり交渉してくるものだとばかり思っていたんだが。パームの目力がバッテラさんをも怯えさせたということか。恐るべし、パーム。

 

「さ、受け取りに行こう♪」

 

 笑顔のパームが、俺は心底恐ろしいよ。こいつが仲間で良かったと思うべきか。

 

 小切手と引き換えに、GIを受け取る。軽く梱包されたその中身を確認し、自宅へ戻ろうとタクシーを捜していた……その時。

 

「ヘイ」

 

……なーんか嫌な予感がします。ものすごーく嫌な予感がします。振り返りたくないです。このまま全力で逃げ出したいです、多分追いつかれるけど。

 

「ワタシ達盗賊。欲しい物は……盗み出すね」

 

 パームとシュートも真っ青になっている。そういえば、最初のG・Iはこいつらが強奪するんだった! パームも忘れてたらしい。そこは俺も忘れてたんで責められないが……ヤバい!!

 

 覚悟を決めて振り返る。……見覚えのある盗賊が、二匹。

 

「……私達も、これがどうしても必要なんだけど。今後競売に出てくるモノの方を奪うわけにはいかないの?」

 

「さぁな、オレ達が欲しいのは今で、目の前にソレがある……お前らから奪わない理由がどこにある?」

 

……ピーンチ! 最大のピンチ!! あああ寝坊さえしてなければ占いでこの状況を切り抜けられたかもしれないのに俺のバカバカバカー!!!

 

「無理矢理奪い取るつもりないよ。だから、さっさと手渡すね。怪我しないうちに」

 

 パームとアイコンタクトをとる。

 

 流石だよな俺ら。

 

 じゃなくて!!

 

「……俺達が入ったあと、残り1枠、だけじゃ駄目ですか?」

 

「一人しか入れないんだろ? 駄目に決まってるだろーが」

 

……うううこいつら相手に交渉は無理ぽ駄目ぽもう駄目ぽ。

 

「……もしこれ奪われたら、俺二度と小説書かないしゲームも作らない!」

 

「!!」

 

 ん、フェイタンに少し反応があったか? 神頼み半分で言ってみただけなんだが。

 

「私ももう、作曲をやめる。一生」

 

「!!」

 

 おお、今度はフィンクスが固まった。……好きだったんだな、パームの書いた(パクリの)曲が。

 

「それくらい、大事なものなの。……見逃しては、もらえない?」

 

「オレ、フィンクスにフォークとカーブの投げ方、教えたよね」

 

 さらにシュートが畳み掛ける。いいぞもっとやれ!

 

「……そうか……お前らそんなに命いらねーのか」

 

 やべっ逆効果になった、フィンクスがマジギレ寸前だ!! ……俺はパームからG・Iを奪い取り、丁重に二人に差し出した。

 

「カンベンしてくださいッ!!」

 

……そう、俺は二人を守るためならどんな手段も厭わないのだ!

 

「わかればいいね。ワタシ達も別に争いたい訳違うから良かたよ。……ウイング、今後の活躍も楽しみにしてるね」

 

「パームもな」

 

……直角に頭下げて差し出した手の上が軽くなる。顔を上げた時、すでに二人はいなかった。アジトに行けば会えるんだろうけど……。

 

 うう、パームとシュートがなんか俺に冷たい視線を投げかけてくる。だってコレ仕方ないじゃんよ!! あの二人と俺らと、どっちの実力が上かなんて一目瞭然じゃんよー!!

 

「で、これからどうするの? お金はもう無いよ?」

 

 大きくため息をついたパームが、呆れたような声音で言う。ううう、南極か北極にいるかのように寒いです、パームさん……。

 

「……二人ならツェズゲラさんの審査にも受かるとオモイマス……でもどう考えてもボク無理デス……」

 

「それじゃ意味ないよね。オレら二人だけプレイしても駄目だし、その場合クリア報酬はあのオジサンの方にいっちゃうんだろ?」

 

 クリア報酬は大丈夫だけど……返す言葉もございません……。イヤホント、すんません、先走りました。でもああしなきゃ三人ともお陀仏だったと思ウンデスヨボク……。

 

「とりあえず、家帰ろっか。ここで立ち話ってのもなんだし、ねぇウイング?」

 

……ボク殺されるかもシレマセン……。



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帰還

 借りてたタキシードとかを返してから、俺達は家に戻った。

 

 パームがウイングを正座させて説教している。……よかった、ウイングが先にやったってだけで、本当はオレも同じことしようとしてたんだよなー、実は。

 

「まぁ、もうこうなっちゃった以上はどうしようもないよね。……さて、本当にどうする? ツェヅゲラさんの試験、駄目もとで受けてみる?」

 

「……俺は絶対に受からない自信があるけどな」

 

 ウイングはまた余計なことを言ってパームに叩かれている。試験か……そんなに大変なことなのかな。

 

「ねえ、ウイング、パーム」

 

「ん?」

 

「またさ……ウイングの占い、やってみようよ。今後の指針が何かしら出るかもしれないし」

 

 そうね、と頷きながらパームはハリセンでバシバシとウイングを殴っている。可哀想だけど助けない。だって下手にかばったらオレも殴られるもん絶対。なので、無視して紙と鉛筆を持ってきた。

 

「ウイング、よろしく」

 

「かしこまりましたでおじゃる……」

 

 ウイング、なんか壊れかけてない?

 

 最初に占ってもらったのはパーム。

 

  貴方の武器はその手の内にある

  それで翼を殴るといい

  糸口は翼が持っているだろう

  それを引き出す為に

 

……翼?

 

「ウイング」

 

 パームの声が妙に優しい。……これはやばいかもしれない。あ、ウイング……翼!

 轟音とともにパームがウイングを吹っ飛ばした主にハリセンで。

 

「ちょっと待ってパーム、オレとウイングの占いも見てみないと!」

 

 何とかパームをなだめて、オレも占ってもらう。

 

  貴方の武器はその手の内にある

  それを翼にぶつけるといい

  糸口は翼が持っているだろう

  それを引き出す為に

 

……あれ、パームと大して変わらない占いがでてきた。……どっちのことかな、武器。とりあえずバットを握り締めた。

 

「ウイング、ちゃんと硬しといてねー殺す気でいくから」

 

「ちょっと待てお前ら、俺の分も占わせてくれせめて!」

 

 とりあえず、ウイングの占いが終わるまでは待つことになった。

 

  今こそ貴方の秘密を話す時

  覚悟を決めて現実へ還るその時が来る

  怪我をする前に全てを打ち明けよう

  さもなくば、二人が貴方を永遠に眠らせる

 

「……どーゆーこと、ウイング」

 

 こ、怖くてパームの顔見れませんオレ。多分般若より怖い。オーラでわかる。

 

「眠らされる前に話します、全部話しますっ!」

 

 ウイングは、以前に教えてくれた『現実逃避』(パラレルトリップ)について、具体的に細かく教えてくれた。……ウイングの記憶が戻っていること、帰る方法がわかっていたこと、オレたちのことを考えて、まだそれを秘密にしておいたこと……。

 

「うごぁっ!」

 

 納得いかないから、『世界の王』(ワンチャン)をウイングにぶつけた。……だって、それじゃあオレ達が今までやってきたことって、何だったんだ? パームもハリセン連打している。気持ちはわかるのでもう止めない。

 

「ちょっ、まっ、おまっ、ちょっ!」

 

 反論させる暇も無く、オレ達はウイングをひたすらボコる。

 

「俺が死んだらお前さんら多分一生元の世界に戻れないぞ!!」

 

 二人の手が止まる。……死者の念は強まる……そういうことか?

 

「ウイング、何で黙ってたのさ……オレ達が帰りたいのはわかってたんだろ?」

 

「とりあえず、暴力はナシにしてくれ。……俺は以前のパームのこともシュートのことも知っている。パームに関しては多分本人もわかってるだろうが、戻ったら失恋が確定的だ。シュートは……お前さんは、俺の知る限り、現実逃避するような人間じゃない。それがこうして今ここにいるということは、それだけ辛い思いをしてきたんだろう。そんな過去を忘れてこの世界にいられるんだとしたら……その方がいいのかもしれないと俺が勝手に思っただけだ。相談しなかったことは謝る」

 

 そっか……そういえばウイング達には話していなかったっけ、オレが逃避願望を抱えていた理由。

 

「ウイング、オレの逃避願望はもう解消されてるよ。オレは、もう一度前の、あの世界に戻って野球がしたい」

 

「私も、覚悟は決めてる。失恋なんて誰もが一回は経験することだし、そんなに深く考えなくていいよ」

 

……パームとオレの声が重なった。

 

「ウイング自身はどうしたいの?」

 

 ウイングは少し黙り……言った。

 

「俺は、どちらでもいいと思っていた。今の世界は確かに前の世界より俺にとっては楽しいけれど、それだけのリスク、危険を伴っている。お前さん達が本当に覚悟を決めているのを見て、納得できたら……その時は、ちゃんと帰してやるつもりだった。これは嘘じゃない。それが、今なんだろうな……」

 

 ウイングはオレとパームの手をとった。

 

「もう、この世界には戻れない……逃避は出来ないぞ? いいんだな?」

 

「待って、最後にゴンとキルアに会いたい」

 

 ウイングは手を離した。

 

「……そうだな。あいつらにはちゃんと別れの挨拶をしないといけないしな。それに……クラピカへのプレゼントもあることだし」

 

 部屋の片隅においてある緋の眼を見る。変わらずにそれは、鈍く紅く光っていた。

 

 ゴンと連絡を取り、彼らの元へ向かう。

 

 ちょうどその時、クラピカもそこを訪れていた。

 

「ゴン、キルア、……お別れだ」

 

「私たちは、元の世界に戻るよ」

 

 三人は驚愕のまなざしで……でも、嬉しさ半分寂しさ半分、といった感じで、俺達を見ていた。

 

「帰る方法見つかったんだね!」

 

「じゃあ、もうお前たちとは会えなくなるんだな……」

 

 オレは、首を振った。ウイングが前に言っていたこと。

 

「諦めたら可能性はゼロだけど、諦めなければ可能性は無限大! 誰かの同じような能力で、また会えるかもしれないしね!!」

 

 クラピカとキルアが、ゴンとウイングが、目を合わせて、笑った。そう、可能性は0じゃない。

 

「オレ達が友達ってことにかわりねーしな」

 

……パームが、マントで隠し持っていたものをクラピカの目の前に出す。

 

「これが、私たちからの餞別。……ん? 餞別って出て行く人にあげるものだっけ? あ、置き土産、置き土産だ」

 

 マントを取り去る。……そこには、間違いなく本物の、緋の眼。

 

「これは……」

 

「俺らが旅団から取り返してきた、正真正銘の緋の眼だ。これで一つ、お前さんの目的が叶ったな」

 

 呆然としているクラピカに、ゴンが良かったねと声をかける。パームは半ば無理矢理、クラピカにそれを渡した。

 

「……すまない、お前たちには感謝してもしきれないよ……。この恩は必ず返す、また、いずれ会う時に」

 

 クラピカは、泣いていた。……それだけ大切なものだったんだな……。

 

「ゴンとキルアにはコレだ。暗証番号は1192」

 

 ウイングが自分の通帳を手渡す。まだ50億ほどは残っている。こいつらが金に頓着するような性格じゃないのは重々承知しているが、あって困るようなもんでもないだろ。

 

「ありがとう、ウイング!」

 

「キルア、全部お菓子にして食っちまったら承知しないからな!」

 

 ウイングの冗談に全員が笑う。……そう、オレ達はこれでお別れなんかじゃない。だから、湿っぽい別れなんていらない。

 

「じゃあ、……また会おうね、みんな!」

 

「またね!」

 

 

 

 皆と別れ、もう一度自宅に戻る。

 

「覚悟、……決めたか?」

 

 オレ達は、それぞれの目を見て、深く頷く。ウイングは、オレとパームの手を握りしめた。

 

「……また、な。パーム、シュート」

 

 ウイングの胸元辺りが発光する。……だんだんとそれは輝きを増して、俺達全員を包み込む。

 

『現実逃避』(パラレルトリップ)発動!!」

 

 一瞬で、オレ達の意識は暗黒に落ちた。



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後日

 朝。目覚めた私は、全てを思い出していた。

 

 私の名は、桂木裕美(かつらぎゆみ)。17歳。

 成瀬先生に片思いしてて……振られるのが怖くて、逃げ出した。

 でも、もう逃げないよ……ウイング!

 

「成瀬先生、少しお時間よろしいですか?」

 

 授業が終わって放課後、私は成瀬先生の元へ足を運んだ。

 

 職員室を離れ、二人になれる場所に移動する。

 

「先生……私は、ずっとあなたのことが好きでした。大好きでした。……ありがとう、ウイング」

 

 先生は、満面の笑みで私の頭を撫でてくれた。

 これは失恋なんかじゃない。新しい始まり。そして、変わらずウイングとシュートは私の大切な友達で、仲間。

 

「ありがとな、桂木。俺も、お前さん達のことが大切だよ。それは今も変わらない」

 

 その言葉だけで、私は天にも昇るほど幸せだった。

 

―――――

 

 桂木の告白を受けて、実は少しショックだった。

 

『好きだった』って過去形かよ! みたいな。いや別に現在形でもそれはそれで困ったんだけども。

 けど、アイツは笑顔だった。これでいい。良かったんだ。

 

 ちなみに念能力は戻ってきてからどんなに踏ん張っても発動することは無かった(残念!)

 

 俺はもう一度自分の足で踏み出すために、学校を辞めた。あ、もちろん年度が終了してからだけど。

 

 覚悟を決めて、別の学校の、今度は正職員になるために。

……のはずが、うっかり大学の頃のゼミの教授に誘われて、なぜか今は大学で講師として教鞭を振るっている。

 

 人生どんな風に転ぶかわかんねーもんだな。けど、これはこれで悪くない。

 高校で教えた経験のせいか、授業がわかりやすいと学生には評判がいいらしい。

 

 大学に進学した桂木とプロ野球選手になった高木とは、今でも親交がある。

 高木の方が稼いでるのに、薄給の俺がいつも奢らされるのは何故だろう。年上だからか、そうなのか?

 

 二人はどんどん成長している。俺も……少しは成長できているだろうか。

 

 わからないけど、そう信じて前に進むしかない。

 

 とりあえずは目の前にあるこの論文をやっつけてしまえば、うまくいけば准教授に出世できる。

 

……ゲーム作ってた頃に比べりゃなんてこと無いさ。なんてったって日本語だからな!

 

―――――

 

「シュート、負けたらハリセンでぶん殴るからね!!」

 

試合前のパームの言葉。……想像するのも恐ろしい。こいつはマジでやる。ていうか殺る。ハリセン持参してやがる。

 

 9回裏、ツーアウト。

 

 ここからだ。ここから、オレの人生が始まる。

 観客席ではウイングとパーム……じゃなかった、成瀬先生と桂木も見てくれている。

 ここで踏ん張れなくてどうするよ、オレ!

 

 一球、高目から落ちるスライダー。見逃しでワンストライク。

 

 二球、ストライクゾーンからほんの少し外したインコースのストレート。

 

……以前のオレだったらここでぶつけていただろう。でも今のオレは違う!

 

 バットが空を切る。ツーストライク!

 

 ボールを受け取って、後ろを見る。オレには仲間がいる。

 前を向いた。そこにも、仲間がいる。

 右を見ても左を見ても、オレの仲間がそこにいてくれる!

 

 三球目。渾身のストレートはど真ん中を突き抜けて、ミットにおさまった。

 

「ゲームセット!!」

 

 オレはキャッチャーに抱きついた。大柄な彼はオレを軽々と抱き上げる。

 

 オレのフォークは捕れないけど、彼がいると安心して球を投げることが出来た。

 

 次々と仲間がマウンドに駆け寄ってくる。オレには仲間がいる!

 

 人は、たかが県大会でって笑うかもしれない。けど、オレにとってはこれが大きな一歩なんだ!!

 

 

―――――

 

……そして。

 

 

 今日の俺は講義が無いから夕方から出勤なのだ。さて、そろそろ行くかな。

 

 TVのリモコンを手にとって……ん? 画面が乱れた?

 

『番組の途中ですが、ICPOからの全世界同時特別生中継を行います』

 

 関係ないな。俺は電源を消し、そのまま大学へと向かった。

 

 

to be continued...?




次話オマケ


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『special thanks & the others』

ウイング

 

現実世界でのモデル……Y高校でハンドボール部の顧問?監督?をしていらっしゃるN先生。恩師であり友人だと一方的に思っています。別にヘタレではないです。どっちかっつーと熱血系?

 

HH世界でのモデル……自分orz ヘタレさを前面に出した中の人、こんな感じですorzorzorz

 

大人、だからこそもつ臆病さを抱えた、それでも二人の前では教師たろうとする人を描いたつもりです。

 

話の中ではチキンでヘタレで保身に走りまくった彼ですが、私と違って、心の底ではとても強い人だと思っています。

 

家族はいますが既に独立しているので、縁は薄いです。

 

ちなみに初期にはドライアイのせいで凝が出来ない、なんてヘタレな設定もありましたw

 

 

パーム

 

現実世界でのモデル……無し。

 

HH世界でのモデル……無し。

 

とにかく気の強い女の子、そしてHH世界を網羅し主人公組を誘導・牽引できる情報の持ち主として描きました。

 

ともすればっていうかモロにウザい女ですが、それでも愛すべきキャラに……なれてたらいいな。

 

最終的には殴ってばかりの乱暴者になってしまったのがちょっぴり心残りですw

 

出す機会無かったですが、実は結構良家のお嬢様(『料理』参照。寿司にも詳しい)

 

 

シュート

 

名前のモデル……Sさんとこの息子さん5ちゃい。

 

中身のモデル……無し。

 

とにかく野球一筋に生きてきた熱血野郎として描きました。気が強いゆえに脆さも併せ持つ少年。

 

あとの二人が基本的にオタなので、野球の能力はともかく、色んな意味で『普通』な少年イメージがモデルです。

 

彼の成長を描く、ということも(途中からですが)念頭において書きました。

 

SBホークスが好きなのは単に私の影響ですwが、別に九州の高校生ではありません。関東です。

 

両親ともに引退して解説などで食いつないでいるため、あまり裕福ではありません。

 

(『料理』参照。回るお寿司しか食べたこと無いのです)

 

一番最初のプロットは、三人の大まかな設定(能力とか名前とか)と

 

『三人に「にげちゃだめだにげちゃだめだにげちゃだめだ!」を教え込んで帰す』の一文。

 

これだけだったのですw それがここまでの作品といえるものになったのは、

 

本当に皆様の応援とか感想のおかげです。旅団と絡める気なんて毛頭無かったのにwww

 

最後に、このつたない文章を最後まで読んでくださった皆様に、心から感謝いたします。

 

皆様、本当にありがとうございました。

 

 

~以下オマケ~

 

「パーム達はもういない?」

 

 一坪の海岸線を手に入れたゴン達とともに居るヒソカ。その彼に、情報はいともあっさり渡された。

 

 誤算があるとすれば、ゴン達に口止めをしておかなかったこと。

 

「うん、自分達の世界に帰るって。だからもう、この世界にはいないと思う」

 

「ふぅん……ま、とりあえずはいいけど♠」

 

 彼の目下の目標は幻影旅団の団長である。とりあえずは彼の意識から、その情報は消えた。

 

 だがやがて思い出すことになる。そうして、能力者を探す。

 

 除念師を探すのと同様に、彼女達の世界へと跳ぶことのできる能力者を。

 

 彼には時間があった。そして、目的を達成するためには手段を選ばなかった。

 

『青い果実』はゴン達だけではない。……彼は、興味を持ったものに対する執着心も持っていた。

 

 時間の、問題である。

 

-----

 

「キミも美味そうだ……♥」

 

 カルトと出会ったヒソカは、交渉成功を条件にとある能力の持ち主を探すことを依頼する。

 

『異世界跳躍』

 

 その先にパーム達が居るのかどうか、定かではない。だが、可能性はある。

 

 跳べることと、戻れること。この条件を満たした能力者の探索を、彼はカルトに依頼した。

 

「異世界に、ボクの恋人達がいるから♥」

 

 理由を、彼はそう表現した。無論、カルトを除く全員がその意味を知る。

 

「本気だったのか、あの時の台詞……」

 

 フィンクスの呟きに、シャルとマチが気付いた。

 

「どういうこと?」

 

 マジギレ禁止の旅団内にて、大抗争が勃発しようとしていた。

 

 止めたのはシズク。問答無用の背後からの一撃で、フィンクスとフェイタンは気絶した。

 

 それにて、旅団内の騒動は幕を閉じる。一先ずは、団長を取り戻すことが蜘蛛の最優先であったためである。

 

「……♦」

 

 ヒソカはただそれを、楽しそうに眺めていた。

 

-----

 

 彼女の名は桂木裕美。高校生のときに出会った先生の影響で、日本史を専攻しているただの大学一年生である。

 

 大学での授業を終えてひと時、学食でぼうっと眺めていたテレビに異変は起きた。

 

『番組の途中ですが、ICPOからの全世界同時特別生中継を行います』

 

 周囲も突然の番組変更にざわめいてはいたが、彼女の驚愕と動揺は際立っていた。

 

 リンド・L・テイラー。聞き覚えのある名前の男が、TVの画面越しに殺される。

 

 その光景を、彼女は知っていた。

 

 慌てて携帯電話を取り出し、電話をかける。けれど大事な時につながらない。

 

 舌打ちをして、心の内で相手を罵りながら、家に向かって走った。自宅は大学の最寄である。

 

 自室に着いた彼女は、息つく間もなく本棚を荒らし始める。

 

 持っているはずの単行本13冊。それは綺麗に、彼女の部屋から消え去っていた。

 

-----

 

 気楽に大学へ自転車で向かっている男は成瀬拓、26歳。

 

 うっかり論文を認められ、恩師の恩師である東応大学の某教授に目をかけられて、現在は日本一と呼ばれるその東応大学にて教鞭を振るっている。

 

 人生七転び八起き。何が起こるかわからないものである。その言葉を彼は十二分に理解していた。

 

「っていうか俺より優秀なんじゃねーかあの学生ども……」

 

 凡才を自覚していた彼は天才肌の教え子達に嫉妬しつつ、教養科目のみを教える講師として、それなりに日々を過ごしていた。そして今も、授業こそ無いもののまだ溜めていた仕事を片付けるために、大学へと向かっているのだ、チャリで。

 

 コンクリートの道は凹凸が激しく、荷物も彼も揺さぶられる。その状態で桂木からの電話に気付くことがなかった彼は、のちにそのことを激しく後悔するだろう。

 

-----

 

「もしもしー。あ、桂木?」

 

「あ、じゃないよ馬鹿! 一大事なんだけどウイングと連絡が取れないのアンタ行方知らない!?」

 

 初めての桂木からの電話は、馬鹿呼ばわりで幕をあけた。正直ショックを受けていた彼を尻目に、電話の相手はひたすらまくし立てる。

 

「あのバカの能力、変な方向に向かった! 別のマンガの中に入っちゃったのよ!」

 

 彼は意味がわからなかった。なぜならば、彼にとって今いる場所は前にいた場所と同じであり、そこには日本があり、ソフトバンクホークスがあり、両親も友人もおり、そして彼は今、尊敬する選手達のチームメイトとして、福岡にいるのだ。

 

「えーと、……ウイングって成瀬先生? 成瀬先生は今、東応大学でセンセーやってるんだろ? 桂木の方が近いじゃん」

 

「ああっもう使えないわねこの馬鹿! もういいわアンタは一人で野球やってなさい!」

 

 一方的な電話は、一方的に切られる。

 

 高木蹴人19歳と数ヶ月。ドラフト一位指名3チーム、1シーズン目を好調な成績で終えたプロ野球ファン注目の右腕は未だシーズンオフの現在、寮の一室で非常に凹んでいた。オープン戦が、もうすぐ始まるというにも関わらず。

 

 

 to be continued...?

 

 



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meet once again
人生最大の危機


デスノ編開始


 桂木裕美20歳。

 

 高校生の時、ちょっとフツーと違う経験をした20歳。

 

 でもまぁ、とりあえず今はフツーの女子大生。

 

 そんな彼女は今、人生最大の危機を迎えていた。

 

 

「よし落ち着こう私」

 

 一人で満員の個室に座っている私は、両手で頬を叩いた。

 

「まず現状把握。友達に誘われて、駅前の居酒屋でコンパ。OK?」

 

 必死で自分に向かって言い聞かせているが、はたから見ると不気味なことこの上ないだろう。幸いなことに今このトイレに人はいないが、誰かが入ってきたら即座に退散するかその場でゲロを吐くだろう。きっとそのくらい、コワい。

 

「人数合わせの合コンだと知らされたのは道中。彼氏いるけどキニスンナって言ったのが友達のマリ。……よしOK、まだ酔いは回ってない」

 

 まだ乾杯のビール一杯だけしか飲んでいないし、私自身、それほど酒に弱いわけじゃない。

 

「で、相手は天下の東大生。ここまでは問題ナシ。……問題は」

 

 大きく息を吸って、吐いて。いつまでもこの一つしかない便器を占領しているわけにもいかない。私は、覚悟を決めてトイレから出る。

 

「……大丈夫かい?」

 

 心臓が止まるかと思ったその元凶がトイレの前で待ち伏せてたー!!

 

「ええと……桂木さんだっけ。友達も心配してるよ」

 

 座席の方を見ると、……確かに友人たちは心配しているようだ、別の意味で。ものすごく別の意味で。

 

「い、いえ……大丈夫。それより夜神くんの方こそいいの? みんな待ってるんじゃない?」

 

「いや、実はこういう場所は余り好きじゃなくてね。今日も無理矢理連れてこられたんだ。だから実は、桂木さんの様子を見てくると言って逃げてきたんだよ」

 

 こっち見んな! と大声で叫びたいのを何とかしてこらえ、無理矢理みんなの下へと引き返す。勿論、目の前の元凶も一緒にだ。その彼は、目の前の女の苦悩など知る由も無いだろう。

 

 友人たちは一様に、その元凶の彼を狙っているようだ。ここへ連れてきたマリも、どうやら夜神くん狙いらしい。

 

「ちょっと、何話してたのよ二人で!!」

 

「気分悪くなったんじゃないかって心配して見に来てくれただけ! 知ってると思うけど私彼氏いるから別に狙ってないから!」

 

 小声で話した後、1オクターブは違う声音で、マリは夜神くんに話しかけていた。今は恨むよマリ、よりにもよってこんな人物と引き合わせるなんて……!

 

 

 高校生の時、私はひょんなことからマンガの世界に飛ばされた。今こうして現在の日本に戻ってこられたのは私の努力の賜物であり、ちょっとヘタレな先生と、ちょっと野球バカな彼氏の努力の賜物でもある。

 

 しかしとある日、私は気付いてしまったのだ。ここが『現実』ではないということに。

 

 その発端は一年生の冬、大学でTVを見ていた時だった。

 

『番組の途中ですが、ICPOからの全世界同時特別生中継を行います』

 

 たった一本のニュースが、私の視界を反転させたような気がした。

 

「DEATH NOTE!?」

 

 私はまず、以前マンガの世界に飛ばされた原因、元高校教師の成瀬拓の下へ電話をかける。だが、それは相手の都合でつながることは無かった。次に、一緒に飛ばされた仲間であり、現在は恋人でもある高木蹴人へと電話をかけるが、これも徒労に終わる。高木はアニメやマンガ、ゲームなどに興味の無い野球一筋の野球バカで、実力も伴っていたため地方の球団において寮生活をしている。そんな彼が何かのプラスになると、私には到底思えなかった。そして実際、役には立たず、バカと叫んで電話を切った。

 

 そして私は自宅へと戻る。本来ならば持っていた筈の『DEATH NOTE』の単行本、そして映画版『DEATH NOTE』のパンフレット、さらにはDVDが数本。……それらは全て、まるで最初から無かったかのように消し去られていた。

 

「……間違いない……!」

 

 TVをつけると、先ほどの生中継中に殺されたリンド・L・テイラーについての詳細が流されていた。……要人暗殺の実行犯として暗躍していた男で、アメリカにて逮捕され、死刑になる予定だった男……。私はそこまでのことは知らなかったが、重要なのは、その聞き覚えのある名前と殺されたという事実。これは明らかに、DEATH NOTE初期に描かれていた状況と酷似……いや、そのものである。

 

「裕美、どうしたの!?」

 

「なんでもない!」

 

 どうすればいい、どうすればいい、ドウスレバイイ?

 

 もしも自分の知っているマンガのとおりに世界が動くのだとしたら、ここから、何人もの無実の人間が死んでいく。例えばFBI捜査官、例えば警察官、例えばヨツバのライバル会社関係者……。

 

 救うべきか、守るべきか、逆らうべきか、従うべきか、様々な感情が私の中を錯綜していた。

 

 その時、携帯電話が鳴る。表示されている名前は……成瀬先生。

 

「拓ちゃん!」

 

 飛びつくようにして私は携帯電話に出た。

 

「おー、久しぶりだな。どうした? 急に」

 

 彼は状況の切実さをわかっていないのか、のほほんとした感じで返事をする。私の中のナニカがキレた。

 

「こンの馬鹿ヤロウ!! テメーのせいで大事になってんじゃねーかこの馬鹿、チョー馬鹿!!」

 

 電話の相手はしばらく耳を押さえた後、文句を愚痴愚痴言ってきたのでもう一度キレたら、素直に話を聞いてくれるようになった。そして私は、一部始終を話す。

 

「……桂木。関わるな」

 

 全てを聞いた彼は、一言、そう口にした。

 

「たとえこの世界がデスノートの世界だとしても、だ。お前さんや俺達にもわからなかったように、これまでの現実となんら変わらない、普通の日常だ。そこにキラが介入してきたとしても、少なくとも犯罪を犯さなければ殺されることは無い。もう一つ……キラを、追わなければ、だ。FBIが死のうが警察官が死のうが、お前さんには関係ない、遠い世界の出来事か、でなければ映画の中の出来事だと思え。下手に関われば、日常がなくなる。……もう、俺の能力も使えなくなった今、本当の現実に戻ることは不可能だろう……。悪いが、俺にはどうしてやることも出来ない」

 

……納得がいかなかった。けれど彼の言うとおりだった。何のコネもカネもないただの一般人が、キラに関わったらどうなるか……いや、それどころかキラの目にすら入ることも難しいだろう。それこそ重犯罪でも犯さない限り。

 

「いいか。お前さんにできることは何もない。数年すれば、キラはいなくなるんだ。そして元通り、だ。見なかったことにしろ、そしてこれからも見てみぬ振りをするんだ」

 

 無言で、私は電話を切った。

 

 それから数日間、何をしたかよく覚えていないが、両親が何も言わないところを見ると多分、普通に大学に通っていたんだろう。

 

 意識してみれば、キラの情報はネットやニュースから普通の番組にまで幅広くどこにでも転がっている。今まで気付かなかったことの方がおかしいくらいだ。何処にでも転がっているが、核心に触れる部分は何一つ落ちてない。

 

 裕美は、世界に関わることをやめた。

 

 

 やめた。

 

 やめたのに。

 

 何で隣で夜神月がメシ食ってるんでしょーか神様、教えてください……。

 

 あれ、もしかしたらこの場にリュークもいるってことだよね、多分。……面白っ……くねぇ!



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普通じゃない女

クックックックックックックックック……。

 

(クが多いぞ、リューク)

 

 僕は今、非常にくだらない飲み会につき合わされている。

 

 同級生に土下座までして頼まれて、馬鹿な女子大生とのいわゆる合コンという奴だ。

 

 確かに僕が居れば、そこに女性が集まるというのはわかる。けれど、入学早々どうしてこんなくだらないことで時間を潰さねばならないのか……最初は、そう思っていた。

 

 桂木。下の名前は誰が聞いても教えようとはしなかった。

 

 彼女は、そんな馬鹿な女子大生の中で、一人だけ異彩を放っていた。それは時事問題でもあるキラ事件に話題が変わった時。他の女どもは『週刊誌にLとキラは同一人物だって書いてあった』だの『人が死ぬの初めて見た』だの非常にくだらないことしか言わなかった。それだけで、程度が知れるというものだ。

 

 だが彼女は違った。一人、キラとLは別人物であると自分の考えを述べた上で、キラが殺しをするために必要なもの……顔と名前、それを見事に言い当てて見せたのだ。途中で笑ってごまかしていたが、おそらく独自にキラ事件を追っているか、でなければ僕と同じように警察関係者が身内にでもいるのか……ともかく、大学名で人間は計れないと、ひとついい勉強にはなった。

 

「夜神くん、この後二人で抜け出さない?」

 

 馬鹿な女がしきりに誘ってくる。

 

「ごめん、ウチ門限厳しいから……ええと」

 

「マリ。マリって呼んでもいいよ」

 

「ごめんね、マリちゃん。この埋め合わせは必ずするから……ええと、そうだ。携帯の番号とアドレスを交換しよう」

 

 桂木、あの女は異常にガードが固い。住んでいるところも携帯の番号も一切自分の情報をもらそうとしない。何故こんな場所にいるのかが不思議なくらいだ。このマリとかいう女曰く、すでに恋人もちゃんといるらしい。

 

 仕方がない、この女が連れてきたということで、何かこの女から情報がつかめるかもしれない。少々うざいが仕方ないだろう。

 

……そこまで考えて、僕は不思議に思った。何故僕は彼女をここまで警戒している? 所詮ただの合コンで会った今後出会うことも無い人間じゃないか。何か、嫌な予感がする。

 

『ライト』

 

「外では話しかけるなといっただろう、リューク」

 

 小声で死神の言葉に返事をする。幸い店の中は雑然としていて、誰も僕の言葉に気付く様子はない。

 

『随分とあの女にご執心のようだな。桂木って言ったか?』

 

「……」

 

 先ほど、さりげなく彼女の隣に座って色々と話しかけてみたのだが、一般的な話題や学術的なことについては普通に返してくるのだが、自分のことについては妙にはぐらかす。そもそも、こういう席でフルネームを名乗らないというのもおかしい。『どうしても名前呼びたいならパームって呼んでね、意味はヒミツ★』とか言っていたから、もしかしたら日本人ではないのかもしれない。いや、顔立ちは日本人だが……。

 

『こんな奴、人間界に来て初めて見た』

 

!! リューク、それはどういう意味だ?

 

『ちょっと待って……ええと、別に言ってもいいかな。あの女、名前も寿命も見えない。そんな前例は聞いたことないぞ。もしかしたら人間に化けた死神とか? あっそれじゃ他の人間に見えないか』

 

 死神の眼をもってしても名前と寿命を見ることが出来ない女……? 決まりだ、コイツは普通じゃない!

 

 それがプラスと出るかマイナスとなるかは判らないが、少なくとも僕の今後に影響を及ぼす可能性がある。……流河のいない時にこの女と接触できたことを幸運に思うべきか……。

 

「マリちゃん」

 

「なぁに?」

 

 場は解散の方向へ流れようとしている。桂木はそそくさと帰る準備を始めていた。

 

……ひとまず、この女から聞けるだけの事を聞きだそう。友人というからには、もしかしたら名前や他にも色々と知っているかもしれない。

 

「……さっきはああ言ったけど、この後、よかったら少しお茶でもしないかい?」

 

 馬鹿な女ほど釣るのは容易い。願わくば、僕の読みが外れていないといいのだが……。こういう女は、いや、女全般が、どうも好きになれない。

 

その後、彼女が歴史学科に在籍し、二人は同じゼミの友人だということ、彼女の家は大学のすぐそばにあるのだということ、下の名前はゼミの中の誰も知らないということを聞き出した。……家に行ってみるか? 家族はさすがに下の名前で彼女を呼ぶだろう。うまくそれを聞けるとは限らないが。しかし突然家に行くというのもおかしいかもしれない。もう少しこのマリとかいう女と親しくなって、できれば僕も友達の枠の中には入れればあるいは……。

 

『人間って、面白!』

 

「少し黙れ、リューク」



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教師生活6年目

 俺の人生波乱万丈。高校教師→10歳→某三流大学講師→東大講師なんて経歴はこの世に俺くらいしかいないだろう。ほかにワサワサいても困る。知らないだけでいるのかな?

 というか何で東応大に呼ばれたのかが判らん。そんなに俺の論文、出来が良かったのか?

……出身大学ではない大学で教鞭をとるのは、実は結構複雑だ。周りの教授たちが認めてくれているわけでなし、俺を認めてくれているナニガシ教授がいなくなったら俺は追い出されるだろう。

 だったらとことん、東大講師というポジションを楽しんでやろうではないか!

 

……一応、俺の専攻は日本幕末史。受け持っている講義は日本史。けど天下の東大生だ、基本的な日本史なんぞ俺より知ってるに違いない。

 だから俺は自分の得意分野だけにしぼって、マイナーかつウケのよさそうな面白歴史について語るのだ! テストは俺の授業の中のどれかの説について感想でも書かせればいいや。

 

……俺より造詣の深い生徒がいたら、泣くかも知れんなぁ……。

 

 そんなわけで、最初の講義(3クラス目)に、俺は思いっきり遅刻した。すいません、深夜のさくらTV見すぎました。だってあんなキワどいTVが地上波で見れるなんて思わなかったんだもんよ! Eカップがポロポロ転がってるんだぜ!? 男としてこれは見なきゃいかんだろう!

 

「遅れてごめん!」

 

……学生が冷ややかーな目で俺を見ている。ううう、世間って冷たい……。

 

「えー、まず自己紹介な。俺の名前は成瀬拓。ちょっと前まで高校の教師やってたんだが、何でだかこうしてみんなの前に立っている。これも何かの縁だと思って一つ、よろしく頼む。この授業は日本史と銘打ってあるが、ぶっちゃけ全体的な日本史についてはみんなの方がよく把握してると思う。なので、主に近代史、幕末を中心に有名な話から愉快な裏話まで、色々と話していこうと思う。えー、出席はとらないので、休もうが寝てようが自由だ。ただし、最後の試験では授業で出した話のうちのどれかについて、感想なり意見なりをまとめて書いてもらうので、一回は真面目に出席すること」

 

 思ったより人数少ないな……100人もいないだろうこれは。

 

「最後に、質問なり討論なりしたい奴はかかってこい、俺は全力で逃げるからな! はい、では最初の授業終了! あ、いきなり寝坊してスマンカッタ。じゃ!」

 

 唖然とする学生どもを尻目に、俺は颯爽と教室を後にした。

 

ちなみに黒板……ここはホワイトボードだな。それは使わないのが俺のポリシーだ。教科書に書いてあることを丸写しにしたところで覚えられる分量は限られてる。それよりも、もっと記憶に残る面白い授業をしたいのだ俺は! そして突っ込まれたら逃げるのだ。

 

「成瀬先生」

 

……おお、もう追っかけてきた学生がいるのか、感心感心。だが俺は逃げるぞ。

 

「待ってください、成瀬先生」

 

 今日び根性のある奴じゃねーか。しゃーない、顔だけは見てやるか……ってLキター!!

 

「先生の講義、ちょっと面白そうです。……とりあえず、それだけなのですが。ちなみに私は榎本武揚が好きです。では」

 

……良かった。ホントに先生として見てただけみたいだ。俺は慌てて名簿をチェックする。……よ、よかった。夜神月はこの授業とってない。二人勢ぞろいされたら俺マジで逃げるぞ。一人でも逃げたいがキラ事件と関係なさげにしてりゃいいや。

 

 俺の教師生活、こんなに出来のいい生徒を持つのは初めてかもしれん。せいぜいがっかりされないように俺も予習しとくか!

 

「成瀬さん、ナニガシ教授がお呼びでしたよ」

 

「あ、はい」

 

……どうせ俺はナニガシ教授のパシリだもんな。あーあー、今度はコーヒー牛乳かな、それとも週刊誌かなーっと。

 まぁ、絶版になった本探すのに比べりゃラクなもんだけどな。そゆのは何故か命じられない。……実は俺の正体知ってんじゃねーかあの狸爺。どうせこんなとこで教えるような才覚の持ち主じゃないですよーだ。

 

 

「……ワタリ、あの成瀬拓とか言う講師のことを、過去まで徹底的に洗ってください。夜神月が何故か東応大学講師陣の中で唯一、気にかけている存在です……」

 

「了解しました、L」

 

 

 事態は、成瀬の知らないところで徐々に、しかし確実に、彼にとって見れば悪化の一途を辿っていた。



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二度目の講義中

……十人ほど、ですか。結局、出席をとらない講義の出席率など、こんなところなのでしょう。

 

「流河、僕に見せたいものって、成瀬先生の講義だったのか?」

 

「はい。面白そうなので是非よければ夜神君も一緒にと思いまして。すでに成瀬先生の講義をとっているとは計算外でしたが」

 

 私と夜神月を目の前にして、成瀬拓がどう反応するか……。先週声をかけたとき、彼は私を見て必要以上に動揺していたふしもある。まさか、すでに夜神月から成瀬へ情報が漏れているとは思いがたいが……。

 

「おーっす、おはよー。……あーこのクラスも人の集まり悪いなー。よーしお前さんら前来い前。プチゼミ形式でおしゃべりしようや。寝ててもいいぞ。別に採点下げたりはせん」

 

 教卓前に、次々と生徒が集まる。そこにつどった私と夜神月の姿を見て、成瀬先生は……盛大に、むせた。

 

「グェホッ、お前ら、俺を殺す気か! ゲホゲホッ、あーびっくりした。俺の授業は東大主席が勢ぞろいするほどクオリティ高くねーぞっ。そもそも夜神はおとといの講義受けただろーがっ!」

 

「すみません。しかし成瀬先生の講義はとてもユニークですし、是非流河と一緒に受けたら、さらに深いところまで掘り下げられるかと思いまして……」

 

……成瀬は既に夜神と接触した……この形式の講義ならば、既にそれなりの仲になっているのは間違いないだろう。しかし最初の接触は、先週の私の接触よりも前か? 後か?

 

「……いよーし、こうなったら毒を食らわばテーブルまで食っちゃる、まとめてかかってこいや! でもあんまり無茶苦茶な質問とかはやめてね、俺の知識、底が浅いから。えーと、流河、立木、大石、溝上、上村、田中、毛利、畑、牛島、それに夜神か。OK、じゃあ始めようか。あ、座り方自由、飲食物の持ち込み自由な。とりあえず最初にちゃんと講義に出てきたお前さんらに俺様から棒キャンディを進呈しよう」

 

 このおどけた様子はフリか? 地か? ……それに顔だけで、学生の名前をともに把握させている。それなりの記憶力はあるということか……あるいはもしや、『キラとして動くために』顔と名前を常に一致させるよう習慣付けているのか。

 

 ワタリの報告によれば、成瀬拓はおととしまで、高校で日本史を教えている。それが去年突然辞めて出身大学の講師となり、今年からはこの東応大学の講師になっている。……少し変わった経歴ではあるが、それほど不審な点はない。同居家族はなし、遠方に両親は健在で、兄弟はなし……。見た感じでは、キラとして動くには少し頭が足りない気がするが、それも演技かもしれない。注意深く様子を観察する必要があるだろう。

 

「えー、お前さんら、幕末っつったら何をイメージする? 黒船か? 新選組か? 坂本竜馬か?」

 

「私は榎本武揚が好きです」

 

「あーお前さんはそう言ってたな。だが榎本の活躍は幕末でも終期、それから明治五年以降だ。なのでお預け! 今後の講義に持ち越しとする。……まー別にやってもいいんだが。えー、黒船の襲来以降日本は上を下への大騒ぎになっていた。これは幕府・朝廷クラスから民衆まで、ほぼ全ての階層に渡ってだ。そして、日本を守るため・日本を救うためと称して江戸三百年の治世を終わらせる未曾有の内乱が勃発することになる。簡単にいやー倒幕派と佐幕派だが、事はそんな簡単じゃねぇ。それぞれの人間が未来を憂いて、誰に率いられるでもなく日本のためにと立ち上がった、近年まれに見る自意識過剰な奴らの集まりだ。……まぁ、中には俺みたいに金や地位や、自分のために立ち上がった奴も少なくはないだろうがな!」

 

 言っていること、講義内容はいたって平凡なものだ。まぁ、他の講師に比べれば若者がとっつきやすいように工夫してあるといえなくもない。

 

「先生、『日本のために』と言っていますが、実際は内乱状態になった……何故彼らは同じ方向へと道を束ねることが出来なかったのでしょう?」

 

「俺に対する嫌がらせか夜神、いい度胸だ。えー、人間考え方は千差万別だ。戦前の日本みたいに天皇バンザイって奴もいれば、徳川バンザイって奴もいる。外国と手を結んで強くするべきだという声もあれば、怖いから全部追っ払え、って意見もあった。中でも尊王攘夷思想は時の大老井伊直弼に逆らう形になるということもあって、安政の大獄へとつながる。ちなみに安政の大獄のキッカケは、井伊直弼が天皇の許可なしに日米修好通商条約を結んだのに腹を立てた孝明天皇が水戸藩に勅書を下賜したところから始まっている。この勅書の内容は、簡単にいやー許可なしに条約結んだ井伊直弼にコラーって言いつつ、攘夷を進めろーってところだ。それが幕府を通さず臣下である水戸藩に渡ったことが、幕府を蔑ろにしていると判断され、尊王攘夷運動を取り締まるキッカケになった。ついでに裏話だが、このとき既に井伊直弼の暗殺計画は持ち上がっていて、それが安政の大獄をより厳しいものにした。それから、この安政の大獄で捕まった水戸の天狗党の中に、後の新撰組筆頭局長、芹沢鴨も含まれている」

 

……夜神月からの質問の回答にはなっていない……微妙に話を逸らして、うまく講義の形へともっていく。講師としてはそれなりの実力を持っているということか。

 

「様々な思想が入り乱れ、けれどそれぞれが己の信念を正義と信じ戦った、そんな時代だ。例えば新選組、彼らは今でこそヒーロー扱いで大河ドラマの主役にも抜擢されるような存在だが、ごく最近、昭和初期くらいまでは悪役として認識されていた。それを覆したのは子母澤寛や司馬遼太郎といった偉大な作家達の創作だといっていいだろう。その辺は読んだこと位あるだろ? ま、そのせいで沖田総司は美形なんていう間違った妄想も広がってしまったわけだが……それは司馬本人が、『みんなが俺の創作をパクりやがる』とか笑い話で言ってたくらいだがな。……あー、まあ、正義なんてそんなもんだ。時代によって変わるもんだし、俺は個人的には正義のために、って言葉があんまり好きじゃない。その旗印の下に何でもやっていいって輩も多いからな。中世欧州の十字軍しかり、二次大戦の軍国主義しかり。彼らはいたって真面目に『正義』のために虐殺だのなんだのやらかしてる。枯葉剤やクラスター弾だって同様だ」

 

「……そして、現代におけるキラも同様……ですか」

 

 私の言葉に、成瀬拓は硬直した。そしてこの発言を皮切りに、ここにいる人間達の間でキラとLに対する討論が始まってしまい、成瀬は一切それに関与しようとしなかった。自由に討論をさせていると見るべきか、自分がその話題に関わるのを恐れているととるべきか……。

 

 この討論で、夜神月がキラとよく似た思想を持っていると分かったのは僥倖だった。そして、成瀬も私の推測では、キラと似通った視点を持っている。悪は裁かれるべきであり、その罪を死刑を持って断ずるもやむなし、というところが。

 

 とりあえず、今日の講義は『正義と悪の判断は非常に難しい』ということで決着を迎える。これは、早晩結論が出るような問題でもない、そう成瀬は締めくくった。

 

「先生、今日の講義は非常にためになりました」

 

「僕もそう思います」

 

「ん、あー、そっか? お前さんらにそういってもらえると教師冥利に尽きるってもんだ!」

 

 そう適当にはぐらかして、成瀬は私達の前からそそくさと去ってしまった。

 

「流河、キミともいい討論を出来たと思っているよ」

 

「ええ、私もそう思います」

 

……夜神と成瀬を繋ぐ線はやはりキラ。だが、一体そこにどんな関係があるというのか……今の私には、想像することしかできない。



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傷心の野球選手

 久しぶりに電話がかかってきたと思ったら、訳がわからないうちにバカと言われ一方的に切られた。

 

 オレ……もしかして桂木に嫌われた?

 

 そんなさなか、オレに単独インタビューの話が来た。深夜で実質10分程度のものらしいけど、新人二年目にしては珍しいらしい。……そんなんどーでもいいです……桂木……。

 

 撮影は、遠征地の近く、大阪のスタジオで撮影されることになり、先発いきなり四死球でガタイのいい外国人選手に殴られて退場になったオレは、うまく傷を隠して大阪まで車で拉致された。

 

「おはようございまーす、今日はよろしくお願いしますねっ!」

 

 インタビュアーはアナウンサーでもなんでもない、ただのアイドル志望の女の子らしい。一体どんなこと話せばいいのやら。

 

「よろしくお願いするッス……」

 

「あれ? 何か元気ないですね? ミサ、高木選手とお話できるの、楽しみにしてたんですよ?」

 

「光栄ッス……」

 

 元気なミサとかいう女の子は、一生懸命オレのテンションをあげるべく色々と話しかけてくれる。けどそんなのでオレの心は晴れやしないのだ……。

 

「そういえば、高木選手って、地元にカノジョさんいらっしゃるんですよね?」

 

 トドメの一撃。オレのテンションはどん底まで一直線に下っていった。よりによってその話題振るなよ……野球のことだけ聞いてくれよ。

 

「今日の撮影、深夜ですけど全国で流れるらしいんですよ。ミサ全国放送初めてだから緊張しちゃって。高木選手のカノジョさんもきっと見てくれますよねっ!」

 

……全国? オレの耳がピクリと動いた。

 

「オレのカノジョの話って、有名なの?」

 

「え? そりゃもう、学生時代から一途に恋し続けてるって、女の子の憧れのマトですよ? あんなふうに男の子から好きになってもらいたいって」

 

 そっか、周りにはそういう風に見えてるのか。

 

「でもさ、正直オレの愛情とかって、女の子にとっては重たくね?」

 

「そんなことないですよー! 彼女がいるって公言しつつ、その相手に迷惑かけないように名前伏せるとかマスコミ対応するとか、よっぽど好きじゃなきゃ出来ないし、それだけ好きになってもらえたら女冥利に尽きるってもんですよ!」

 

……ソウカナ。

 

「でもさ、オレの彼女、遠距離恋愛になってから一回しか電話くれてないんだよね……メールとかは、たまにやり取りするんだけど」

 

「それはー! 大事な人の邪魔になりたくないっていう乙女のコイゴコロですよ! 高木選手わかってないなぁ」

 

……チョット自信回復。そっかな、オレ自信もってもいいのかな。

 

「それに、遠征で関東の方に行った時はラブラブなんでしょ? 何の問題もないじゃないですか!」

 

「ちょっと待って、何でそんなにオレのこと知ってるの?」

 

 彼女は胸を張って答える。

 

「ミサ、インタビューの相手のことはきちんと調べてからお話しするのが礼儀だと思ってるんです! っていっても、情報源はワイドショーとか週刊誌なんですけど……」

 

 きちんと、自分の仕事に誇りとかやる気を持って取り組んでるんだな……。オレも見習わなきゃ! せっかく好きなことやって、好きな球団に入って、しかも一軍で使ってもらえてるんだから! ……そりゃ失敗もするけど。

 

「ミサ、このお仕事が終わったら東京に引越しする予定なんですよ。なんだったら、カノジョさんと仲良くなって、情報流しましょーか!」

 

「いや、そこまではしてもらわなくても……」

 

「いーんですっ! ミサも恋する乙女だから、高木選手の力になりたいんです」

 

……いい子、だよな? ちょっと人の話聞かないフシがあるけど。

 

「それにミサ、高木選手と同じ年だから、カノジョさんともきっと仲良くなれると思います!」

 

 え。同じ年? ……もっと年下かと思った。高校生くらいかと。

 

「弥さん、高木選手、スタンバイの方よろしくお願いします!!」

 

「はーい! そうだ、台本にはないですけどミサ、カノジョさんのこと振りますから、何かカノジョさんにメッセージとか言っちゃったらいいんじゃないですか? せっかくの全国放送だし!!」

 

 多分、嫌とかいっても聞いてくれないくらいやる気マンマンだ。……TVでそんなこと言っていいのかどうか不安だけど、多分オレより経験豊富な彼女がいいって言ってるんだから問題ないのかな。よし、せっかくのチャンスだし、電話かけれない分、何か伝えることが出来たらいいな!! オレも彼女を見習って、前向きに元気にならなきゃ。今のオレ見たら桂木だってハリセン持ち出すに決まってる。

 

……ミサちゃんが引っ越したら、関東の方で試合をする時にチケット送ってあげよう。社交辞令かもしれないけど、この子ならホントに桂木と仲良くなっちゃうかもしれない。

 

 そういや、試合はちゃんと見に来てくれるよな、桂木……よし、オレ嫌われてないかもしれない!

 

 オレは両手で頬を思いっきり叩いた。……殴られたの、忘れてました……。父さん、母さん、左頬が痛いです……。



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ミサの恋愛指導

 高木蹴人選手。前はTVで見ててちょっといいなーって思ってた程度なんだけど。

 

『ミサ、どういうつもりだ?』

 

「ん、せっかくだからお近づきになっておこうかなって思って♪」

 

 レムが教えてくれた、名前も寿命も見えない人物。どんな人なのか、興味があったから。でも名前はわかってるから、デスノートで殺せるよね、きっと。殺さないけどっ!

 

『……あまり係わり合いにならない方がいいと思うがね……』

 

「だってミサ、高木選手のファンだもん。野球見はじめたのだって高木選手の影響だし」

 

 初めて見たのはまだレムに出会う前。高校生の頃。甲子園で大活躍してる高木選手を見て一気にファンになっちゃった。で、優勝インタビューの時にあっさり「オレをずっと支えてくれた監督と恩師、それに彼女にこの喜びを伝えたいです!」なんて言っちゃって、それで女の子のファンは減っちゃったらしいけど、ミサの中では逆に好感度アップしたんだよね。ああ、この人本当に彼女さんのこと大事にしてるんだろうなぁって。

 

 それからは、球場に行くまでには至らなかったけど、TVで中継がある時で暇があれば、できるだけ高木選手の活躍を見るようにしてた。何でピッチャーって毎日投げないんだろ? 出番減っちゃうのもったいないよね。打つ方にも出ないしさ。

 

 だから、ミサは本気で高木選手の恋に協力したいんだよ? 何か落ち込んでたけど、ミサは高木選手のキューピッドになるの!

 

『……キラになったり、キューピッドになったり、忙しい子だね』

 

「楽しいからOK!」

 

 

 インタビューではさすがに伏せたけど、高木選手の彼女さんの名前もきっちり聞いちゃった。これって、ミサのこと信用してくれたってことだよね。いよーしっ、東京に行ったらミサ色々と頑張らなきゃね!

 

「あ、弥さん……」

 

「やだもう、ミサでいいですってば。何ですか?」

 

 帰り際、ほぼ同時にスタジオを出た高木選手が、私に声をかけてきた。

 

「あ、えーと、ミサちゃん……えっと、これオレのメアド。引っ越し終わって落ち着いたら連絡ちょうだい。チケット、送るから」

 

「あっ、早速彼女さんと接触させる気ですね! ミサ頑張って立派にスパイの仕事こなしてみせまーす!」

 

「いや、あ、そういうつもりじゃないんだけど……でも、うん、多分仲良くなれると思うよ。ちょっとミサちゃんに似てるかもしんない。その日、たぶん隣の席に行くと思うから」

 

 慌ててる高木選手もカワイイ! インタビュー中に野球のことを話してる時はすごく熱心だったのに、彼女さんのことになるとすぐに赤くなったりテンパったりして、そこがまたポイント高いよね。

 

 カツラギ、ユミさん。……どんな人かなぁ。仲良くなれるといいなぁ。

 

「ありがとうございます。帰ったらさっそくメールしますね! だから高木選手も、ちゃんと帰ったら桂木サンに連絡するんですよ、ミサとの約束!」

 

 高木選手のアドレスが書かれた紙を受け取る。……思ったより字綺麗だなあ。スポーツ選手ってもっと汚い字だと思ってた。

 

「あー、うん……約束する。ミサちゃんのことも話しておくよ。かわいいアイドルの子と仲良くなったって」

 

 いやそんなこと言っちゃ駄目でしょ……彼女さん、ヤキモチ焼いちゃうよ?

 

「可愛いって言ってくれてありがとうございます! でも彼女さんには他の女の子のことカワイイなんて言ったりしちゃ駄目ですよっ」

 

「え、そうなの!? ありがと、ヤバいとこだった。オレこういうの今の彼女が初めてだからさ……ミサちゃん、恋の先輩として色々ご指導よろしくお願いするっス!」

 

「いえいえこちらこそ!」

 

『やれやれ……ミサに恋の指導なんて出来るのかね……』

 

 そりゃ恋愛なんてここ最近ご無沙汰だけどいいのっ! 経験ないわけじゃないし今のミサにはキラがいるんだから!

 

 ああ、早く東京に行きたいなぁ。キラに会うのも、高木選手の彼女さんに会うのも、とっても楽しみ!!



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久しぶりの電話

「もしもし……シュート? 久しぶり」

 

 久しぶりに電話が来たと思ったら、彼にしては珍しく、夜遅くだった。

 身体が資本な職業上、できるだけ規則正しい生活を心がけているらしい。私には真似できないな。

 

『久しぶり……寝てた?』

 

「いや、起きてたよ。アンタじゃあるまいし」

 

『そっか』

 

 余りに久しぶりすぎて、なんだか会話がぎこちない様な気がする……ああ、そっか。そういえば私が夜神月のことで電話かけて以来だから、もう半月以上も声聞いてなかったんだ。こんなに話しなかったのって初めてじゃないかな、多分。

 

「どしたの? こんな夜遅くに珍しいね」

 

『いや……ちょっと、声聞きたくなって』

 

……昨日の試合で、シュートは外人選手にデッドボールぶつけてぶん殴られて退場になった。それは今朝のニュースでも言ってたからよく知ってる。二人とも退場処分になったとか何とか。……それも、珍しい。最近のシュートはH×H世界での頃と違って人にぶつけるようなことはなかったから。

 

「声くらい、いつでも聞けるでしょ? 気にしないで電話してきていいのに」

 

『……うん。何かちょっと、色々考えちゃってて』

 

 最後の会話を思い出す。……やば、私馬鹿呼ばわりして切らなかったっけ、電話。

 

「もしかして最後の電話のこと気にしてた? ごめん、あの時ちょっとテンパってて」

 

『ううん、もう気にしてない。それよりさ、来月の中ごろに、このまま怪我とかしなければそっちでまた試合があるんだけど……良かったら、また見に来てくれる?』

 

 野球には興味ないけど、シュートが投げるのには興味がある、断る理由もない。

 

「うん、喜んで。またチケットくれるんでしょ?」

 

『うん。でさ、今日、大阪でTVの収録があったんだけど、そこで仲良くなった子が東京に引っ越すっていうから、その子も招待しようと思うんだ。隣の席になると思うけど、いいかな?』

 

「いいけど、女の子?」

 

『うん。アイドル志望で、雑誌とかでモデルもやってるみたい。オレたちとおない年だってさ』

 

 同じ年の、雑誌モデルで、アイドル志望……あれ? 何か嫌な予感がするぞ。

 

『エイティーンっていう雑誌の専属モデルだったらしいんだけど』

 

 エイティーン。どっかで聞いたことあるぞ(雑誌的な意味じゃなくて)

 

『……弥海砂って子なんだけど』

 

……………………………………もっぺんゆって、名前。

 

『アマネ、ミサちゃん』

 

……………………………………。

 

『もしもし? 桂木?』

 

……………………………………。

 

『もしもし? つながってる? もしもし!?』

 

……………………………………こンの。

 

「馬鹿シュートがぁあああッ!!!!」

 

 しまった。勢いで電話切っちゃった。……この場合、シュートは別に悪くない……よね。でもこれでミサミサに私の存在がばれた……っつーかミサミサがシュートに接触した? 私には月が接触してきた……これは偶然? ……ウイングに電話をかけてみた。つながらない。大事な時に使えないなホントにこの馬鹿教師……。

 

 じゃなくて。ええと。接触っつったってとりあえずは合コンの時に会ったっきりだし、でもマリが夜神くん狙ってるから協力してとか言ってるし……ええと、シュートとミサミサが仲良くなったのは何で? あ、TV収録って言ってたから……こっちは偶然かな。

 

 電話が鳴る。シュートかと思ったが、知らない番号からだった。誰だろう?

 

「もしもし?」

 

『もしもし……久しぶりです。夜神月という者ですが、覚えていらっしゃいますか? 桂木、裕美さんですよね』

 

 絶望って多分、こういうことを言うんだと思う……目の前が真っ暗になった感じがした。

 

『……突然ごめん。どうしてももう一度話がしたくて……マリちゃんに電話番号を聞いたんだ。今、大丈夫かな?』

 

「えっと……ごめんなさい、もう寝るところだから」

 

『ああ、そうか……ごめんね、こんな夜遅くに。改めてかけなおすよ。本当に、ごめん』

 

 電話は、それで切れた。……あああああちょっと待って頭の中が破裂しそう……。

 

 マリが電話番号教えた? そこまではまだわかる。でも今、夜神くんは『桂木裕美』ってフルネームで呼んだよね? 私は、ここがデスノートの世界だとわかった時から、出来る限り自分のフルネームを隠して行動してきた。2年生になってから知り合ったマリは、私の下の名前を知らないはず……なんで? 何で知ってるの? この世界の夜神月は死神の眼を持ってるの? でもそれじゃつじつまが合わなくない? でもどうして? それ以外に考えられない?

 

……もしかして、夜神月は私のことを調べた? フルネームくらい、学校に問い合わせればわかるかもしれない。一年の時の同級生なら知ってる。家族に聞かれたら一発だ……けど、そんな話は聞いてないから多分それは違う……何で? どうして?

 

 もう夜も遅かったけれど、私はその後一睡も出来なかった。そして、散々悩んだ答えは『わからない』ただそれだけだった。



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見えない可能性

『ライト、どういうつもりだ?』

 

 どうやら、リュークには僕の考えが理解できないらしい。……常々思っていたが、死神は頭が悪いのか?

 

「名前も見えない、寿命も見えない……可能性は、色々ある。例えば人間じゃない、例えば特殊な力を持っている。……そして、一番厄介なのが、デスノートが一切通用しない場合だ」

 

『そりゃ、デスノートが効かない人間なんていたら、それだけでオレにとっちゃバケモノだな』

 

 名前は容易に知ることが出来た。だが、その名前すら偽名である可能性もあるし、確かめる術もない。もし本名だったとしても、死神の眼を持ってすら見ることが出来ない相手の寿命……まさか、不死なんてことはないだろうが……。

 

 それに、気になることもある。あの合コンの日に初めて会ったはずだが、彼女は僕の顔を見て驚いていた。すぐに、そんな気配は消して初対面のフリをしていたけれど。

 

「得体の知れないヤツは、とりあえず味方にしておくに限る。いつでも殺せる、なんて考えは捨てておいた方がいい」

 

『ホントに殺れるかどうか試してみりゃいいのに』

 

「そうしたいのは山々だが、既に僕が彼女の情報を探っていることにLも感づいている。今殺せば僕への疑いがより深まるだけだろう」

 

 初対面のあの時に試しておけばよかったのだが、あの時は予想外の出来事にそこまで頭が回らなかった。僕としたことが迂闊だった。

 

「まぁ、少なくとも僕をキラだと知っているとか、そういうわけじゃなさそうだし、少しずつ近づいて、彼女が持っている何らかの秘密を知ってからでも、試すのは遅くないさ」

 

 今日の分の裁きを終えた僕は、机から立ち上がってベッドへと横になる。睡眠不足は大敵だ。思考が損なわれるし、何より僕の健康のことを考えて。僕が倒れてしまっては元も子もない。少しでも早く、新世界の創世をこの目で見るためには。

 

「あとは、成瀬か……」

 

 知識は確かに講師レベルだが、それほど頭の回るヤツとも思えない。だが、Lとともに接触している現状、様子は窺っておかねばならないだろう。そしてこちらも殺すわけにはいかない……全く、なんて厄介な存在がいたものだ、この世には。

 

「リューク、本当に名前や寿命が見えない人間の前例はないのか?」

 

『だから何度も言っただろうが。少なくともオレは知らないし聞いたこともない。ジジイなら何か知ってるかもしれんが、オレはお前に憑いてるんだから、聞きにいくわけにもいかない』

 

……本当に、使えない。まぁ、リュークの役目は僕にデスノートを届けること。既にその役目は果たされている。それだけで充分だと思うべきか。

 

 眠くなってきたな。明日は成瀬の授業だ。そろそろ、またキラの話題を振ってみてもいいかもしれない。ヤツもまるで僕やLのことを知っているようだった。考えすぎか? 単に首席が二人いた、だってことだけかもしれない。確かに東大首席が二人揃う講義など、普通はあまり持ちたくないだろう、特に成瀬のような若くて気も弱そうな奴は。

 

 自分より劣る人間どもに煩わされるのは不愉快だが、無駄に足掻いても仕方がない。いずれ何らかの情報が入ってくるだろう。それさえ逃さなければいい。

 

 ああ、そういえば桂木の同級生のマリとかいう女……あいつと付き合ってみるのも手かもしれないな。……そうすれば……自然に……近づけ……る……。



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死亡フラグ乱立

 あの日以来、夜神月と流河旱樹は連れ立ってそれぞれの授業の時に来るようになった。つまり一週間で2コマ。時間にして180分。……耐えられん、もうそろそろ限界だ(主に精神的な意味で)

 

 三週目、初日は駄々をこねた流河の意向により榎本武揚の生涯を追った。二日目は箱館府の意義について討論させた。

 

 四週目、初日は勝海舟に着目して意見を交換させた。二日目は他の学生の希望で坂本竜馬の暗殺について色々推理させてみた。

 

 五週目、つまり今日。……俺は教師になって初めて、仮病でサボった。

 

「これ以上あいつらとツラつきあわせてたら胃に穴が開く……」

 

 多分、本当に病気じゃないかってくらい、俺はげっそりしていると思う。メシ作るのもだるくて、朝からベッドでゴロゴロしていた。学校には電話入れといたから、休講の貼り紙なりなんなりしてくれてるだろ。もうシラネ。俺シラネ。

 

 これで講師クビになっても本望だ、あいつらと顔合わせなくてすむんなら。

 

 少しうたた寝していたらしい。玄関のチャイムの音で目が覚めた。今何時だ? ……昼過ぎか。

 

「……宅配かなんかか?」

 

 家に訪ねてくるような人間に心当たりはない。そういやダチと飲みに行ったりすることもなくなったな……みんな、忙しいしな。……ピンポン連打しやがって、電池もったいないだろうが。これでいたずらだったりしたら殺す、絶対殺す。

 

 ドアを開けると、そこには死神が居た。

 

「こんにちは、成瀬先生」

 

 目の下にクマのある死神がこっちを見ている……。

 

( ゚д゚)

 

(゚д゚ )

 

( ゚д゚ )

 

「何でお前さんがここにいるんだ流河……」

 

「何って、お見舞いです。もうすぐ夜神くんも来ます」

 

 夜神もくるのかよ! ……俺は即座にドアを閉めようとしたが、それはすばやくドアとの隙間にはさまれた流河の足にさえぎられた。何だコイツ押し売りかよ。

 

「なんてことするんですか。可愛い教え子がお見舞いにきたんです、お茶菓子のひとつでも出すのが筋というものでしょう」

 

 

 はて、何故俺は流河に茶など出しているのだろう……

 

「お菓子はないんですか?」

 

「スティックシュガーならあるが食うか?」

 

「はい、是非」

 

 食うのかよ。スティックシュガーを数本手渡すと、さっそく一本開封してざらざらと口の中に流し込んでいる。見てるだけで気持ちが悪い。

 

「で、見舞いなんて口実だろう? 何しにきた」

 

「さすが成瀬先生、お見通しですか。実は、先生に重要なことをお話しようと思って」

 

 大事なこと? ……まさか、自分がLだとか言い出すんじゃないだろうな……。

 

「私は、大学を休学することにしました。それで、お世話になった成瀬先生にはそのことをちゃんとお伝えしようと思いまして……」

 

 流河は手に持っていたスティックシュガーを出したティーバッグ紅茶の中にガンガン入れている。うわっ5本目……。

 

「休学するのか? ……残念だな。お前さん達の討論を見ることが出来なくなるのか」

 

 あれ飲んだらジャリジャリしてそうだな……って普通に飲んでるし。やっぱコイツおかしい。絶対オカシイ。

 

「いえ、成瀬先生にはこれからも私達の討論を見ていただくことになります」

 

「!?」

 

 なんだって? ど、どういう意味だ? ……嫌な予感はこういうときほど当たる。まさか……。

 

「私はLです。そして、成瀬先生は私がキラだと目星をつけている人物に狙われています。なので、保護を兼ねてこちらの捜査本部に来ていただこうと思いました。ちなみにその捜査本部には夜神くんもいます」

 

……マジか……かんべんしてくれ……一般小市民な俺をこれ以上巻き込まんでくれ……。ん? 今キラに狙われているって言ったか?

 

「俺がキラに狙われているのか?」

 

「狙われているという言い方は不適切かもしれません。正確にはまだ、注目している……その程度です。ですがいつ殺されるかわかりません。成瀬先生は、顔も名前も知られています。……ああ、もしかしたらご存じないかもしれませんが、キラはその人物の名前と顔がわかれば殺すことが出来る、と考えています」

 

 注目……そういや夜神も妙に俺に声をかけてきていたな……えっ、いつの間に目付けられてたの俺、ヤバくね!?

 

「大学は辞めていただきます。申し訳ないですが、おそらくこのまま講師を続けていれば、命の方が危うい筈です」

 

「……その話が本当なら、そうかもしれないな」

 

 殺されるくらいなら大学の講師なんかコッチから願い下げだ。持ち出し禁止の貴重な文献や蔵書を見ることが出来なくなるのは痛いが、そんなん命あっての物種だ。

 

「……おかしいですね」

 

 ?

 

「成瀬先生は、妙に落ち着き払っています。まるで、私がLであり、キラが自分の身近にいることを知っていたかのようです。……そうではありませんか?」

 

 何を言い出すんだこんガキャ……いや、あれ、流河って何歳だっけ。俺よりは下? だよな? 多分。

 

「いや……動揺して言葉が出ないだけだ。だが、お前さんがLだというのは……信じられる気がするよ。俺の生徒にしておくにはもったいないくらい、お前さんには知識も洞察力も推理力もある。歴史なんぞ探偵の推理とやってることは大差ないからな」

 

「そのとおりです。歴史も事件も、残されたものを手がかりにして真実を探し出す……成瀬先生、実は私はあなたに捜査の協力をしてもらいたいとも考えています」

 

 その時、再び玄関のチャイムが鳴った。先ほどとは違い、今度は一回だけ。

 

「夜神くんが来たようです。成瀬先生を捜査本部にお呼びすることはこれから夜神くんにも話しますが、それ以上のこと……私が話すこと以外は彼には内密でお願いします。先に言っておきますが、私がキラでないかと疑っているのは、彼です」

 

……ジーザス、どうやら俺に選択権はないようだ。とりあえず、Lの傍にいることが身の安全につながる様だな……OK、働かずにいい所に住ませてもらってメシ食わせてもらえると考えよう。余計なことをしゃべらなければ、キラもLも、まさか俺が全て知っているだなんて気付かないだろう。……ん? すでに気付かれてるのか? 目を付けられてるってのはそういうことか? でもそんな素振りは見えないし、何より俺が知っていることがわかってるならキラは俺を殺すだろうし、Lだったら拷問でもしてキラのことや能力を聞き出すだろう。……どこまでバレてるんだ?

 

「わかった。とりあえず俺は玄関に出るぞ。夜神も呼んで茶を振舞うから、彼に話してもいいことは今この場で話してしまってくれ。それ以上のことは言わない」

 

「ご協力ありがとうございます……」

 

 俺が玄関に出ると、夜神が小さな果物カゴを持って立っていた。

 

「突然押しかけてすみません。具合が悪いとお聞きしまして……流河が先に来ていますよね? 見舞いの品を持っていくべきだと言ったんですが聞いてくれなくて……あ、これよろしかったら召し上がってください。できるだけ手軽に食べられるものばかりを選んできたつもりです」

 

 みかん、バナナ、パインの缶詰に……リンゴは彩りか。今頃こいつの後ろではリュークが食いたがってるんだろうなー。

 

「ありがとう。流河もいるから、よかったらお前さんもあがっていけ。茶くらいなら出すぞ。風邪とかじゃないからうつる心配もない、単なる寝不足だ」

 

 さてさて、ここからどうなるか……できればLが殺される前に逃げ出しておきたいな……いや逃げてもキラに殺されるだけか……えっ俺もしかしてカンペキに死亡フラグ立っちゃった? うわー助けて神様。

 

「夜神くん、先にお邪魔しています。成瀬先生には先に重要なことについてお話しました。夜神くんも、よろしければどうぞ」

 

 何でお前がどうぞとか言うんだよ……あああ、何とかしてこの檻から出なきゃ俺死ぬ……いや単に逃げるだけでも死ぬか……俺どうすればいい? どうしたら助かる!? どうするよ俺!!



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ニセ預言者再び

 流河……いや、竜崎は、キラが俺に注目している、ということ以外の全てを夜神にも話した。

 つまり、俺が捜査本部に入ること、夜神をキラとして疑っていること、病気入院ということにしてそのまま俺は東応大講師を辞めること、などを話した。

 

……どうでもいいが俺の六畳半にキラとLが揃い踏みなんて予想だにしなかったぞ畜生。すんげー居心地悪いんですがここ本当に俺の部屋? 必要以上にくつろいでる竜崎が小憎らしい。いや憎らしい。

 

 一通りのことを話した後、竜崎は帰っていった。夜神も帰ろうとしていたが俺が引きとめた、話があるといって。

 

……攻撃は最大の防御。俺一世一代の大芝居をやることにした。無謀とか言うな。だってこのままだといずれにせよ俺の死亡フラグ立ちっぱなしだもんよ!

 

 俺は見舞いカゴのなかから果物を一つ取り出した。

 

「リューク、これ、やるから食っていいぞ」

 

 適当に、リンゴを宙に放り投げる。……予想通りそれは、空中で止まった。夜神が驚愕と怒りの眼差しで俺を見ている。

 

「リュークに怒るんじゃないぞ。怒るならその存在を知っている俺に対してだ」

 

「……どういうことですか」

 

 搾り出すように、夜神はその言葉を発した。今頃こいつの頭の中は高速で回転しているんだろうな。

 

「どうもこうも、そういうことだ。俺は死神の存在もデスノートの存在も、お前さんがキラだということも知っている……まぁ、お前さんのデスノートに触ったわけじゃないからリュークの姿は見えないがな」

 

 ふよふよと浮いていたリンゴがじゃくじゃくと削られていく。おーおーむさぼり食ってんなリューク。

 

「成瀬先生、あなたは一体……」

 

「なに、お前さんも知ってのとおり、ただの一講師だ。まぁ、今で言うところのキリストみたいな存在とでも言っておこうか。俺は神の子、けれど俺は人間、だから磔にすりゃ死ぬし、けれど俺は全てを知っている」

 

……おー、悩んでる悩んでる。

 

「もしよければ、お前さんのデスノートに触らせてもらえないか? リュークに挨拶がしたい」

 

 夜神は諦めたのか、俺にデスノートの切れ端を触らせてくれた。まさか俺が今更奪い取るとかそういうことはしないと、コイツもわかっていたんだろう。

 

「初めまして、リューク」

 

『くく、はじめまして、成瀬拓』

 

 リュークは想像よりデカかった。そして想像より手や足が長かった。……デッサン狂ってるぞコイツ。

 

「……それで、僕をどうするつもりですか……」

 

「何、どうもしないさ。俺は今までどおり、お前さんとL、竜崎の討論を生で見物させてもらうだけだ。俺の立場はリュークとほぼ同じ。キラの味方でもLの味方でもない」

 

 ひそめている眉はピクリとも動かない。今殺すべきだと思っているのか、それとも俺を利用しようと考えているのか。

 

「全てを知っている……そう言いましたね。ということは、僕がこの先どうするかもご存知ですか?」

 

「ああ、知っている。けどそれを言うつもりはない。それはLに対しても同様だ。……だが、そうだな。お前さんを信用させるために二つほど教えてやろう。一つはLの本名。フルネームはさすがに教えられないが、あいつは本名も『エル』だ」

 

「!!」

 

 おー、また別方向に脳みそ回転させ始めたな。さあどうする、どう出る?

 

「俺がやることはお前さんの真似だ。適当に捜査本部に協力するフリをして、キラを追っているように見せかける。だから場合によってはLに協力しているように見えるかもしれない。だがその場にある物をもって推理できる範囲内にとどめ、それ以上のことは口走らない。監禁されようが拷問されようが、それは変わらない」

 

 実際に拷問されたらあっさり口走りそうな気もするけどな。……たぶんLはそんなことしないだろ、俺に対しては。

 

「……Lにも僕にも協力しない……その言葉、信じていいんですね」

 

「信じるかどうかはお前さんの自由だ。これまで俺が話したことと総合して、お前さん自身が考えるといい。俺を殺すべきか、生かすべきか。利用したってかまわない、出来るものならな。ちなみに俺もデスノートを持っている。俺が殺されそうだと思ったら、俺は即座にお前の名前をそこに書き込むだろう。俺の持っているノートはお前さんらのと違って、偽名でも顔さえわかれば殺すことが出来る。まあ、お前さんの場合は本名もわかってるがな」

 

 そんなんもちろん持ってません。けど、ミサとレムの時のことを思い返して、その程度の抑止力は持っておくべきだと思った……ハッタリだけどな。

 

『くくっ、なるほど。名前も寿命も見えなかったのはそういうわけか』

 

……え? 今何つった? 名前も寿命も見えない……俺の? だよな。

 

 成程俺に注目してたのは知っているからじゃなくて、実際にそういう弊害が出てたってことか。俺が異邦人だからか? ……それくらいしか他に理由が思い浮かばんぞコノヤロウ。ってことは桂木と高木も名前見えないってことか?

 

「……わかりました。あなたの言葉を信じます。何より、見せていないリュークの存在とデスノートのことを知っているだけで、あなたが普通でないことは理解できます」

 

「よーし、物分りのいい生徒は好きだぞ。それに免じてもう一つ、いいことを教えてやる。もうすぐ……いや、既にだな。死神がもう一匹、デスノートを携えてこの世界に舞い降りる。それが誰かまでは言うつもりもないがな」

 

「!! ……貴重な情報、ありがとうございます。……それでは、また、捜査本部でお会いしましょう」

 

「ああ、またな。夜神、リューク」

 

 夜神は部屋を出て行った。その途端、俺の気力は風船がしぼむかのようにふしゅるーと抜けていったぞコンニャロ。あはは膝がガクガク震えてますぜ。

 

「しっかし、名前も寿命も見えないッつーのは意外だったな」

 

……しかし、てことは桂木はともかくTV中継とかで高木もすぐにバレるんじゃね? ……一応連絡して注意しといたがいいかな。けどTVに映るななんてムチャだしな……いいや、何か動きがあるまでほっとこ。

 

 そして俺はいそいそと、捜査本部に移るための準備を始めた。いや必要最低限の荷物をまとめるだけなんだけどな。ゲーム持ってってもいいかなぁ。あとで竜崎に聞いてみよう。



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怒る新世界の神

「くそっ……この僕があんな雑魚にいいようにされるなんて……何が神の子だ!」

 

 ライト、どーやらLの時よりもますますガンギレしてるみたいだ。まぁ、俺から見ても成瀬拓はライトより明らかに格下だしな。Lは同レベルか?

 

『さっさと殺せばいいのに』

 

「馬鹿を言うな。奴は僕が殺さないということを理解している。だからあんな事を言ってきたんだ。そして僕に合わせてノートと言っていたが、名前が必要ない……わざわざノートに書くという手間すら必要なく僕を殺せる可能性がある。僕に対して強気で出たのもおそらくその為だろう。明らかに僕の方が殺傷能力で劣っている。しかも相手は未来まで知っているんだぞ?」

 

……うーん、余計な事考えずにすぱっと殺しちゃえばいいと思うのは、俺が死神だからだろうか。人間にはどうやら死神には思いもつかない苦悩や思考が存在するようだ。……面白!

 

「……まあいい。幸い奴は僕とL、どちらの味方をする気もないようだ。この件を僕に対してだけ明かしてきた事から考えても、どちらかというとキラ寄りなのは間違いないだろう。もっとも、Lに話せばそれでキラが一巻の終わりだってこともあるが……。何とかして、奴の知っている未来の情報を引き出し、出来るならばその能力、何かしらの形をしているのならそれを奪い取る方法を考えるんだ……」

 

 無謀だと思うけどな。だって死神の俺にも寿命が見えないような奴だぞ。馬鹿っぽく見せかけてるだけじゃないか?

 

「新世界の神に向かって神の子などとくだらない妄言を吐いた事……絶対に後悔させてやる……」

 

 あながち妄言でもないと思うけどなー。でも今のライトに何か言ったら逆ギレされるだけだから黙っとこ。

 

 

 

 

「はい、代わりました竜崎です……え? ゲーム? どうぞご自由に。ただし通信関係はこちらでシャットアウトさせていただきますのでそのつもりで……。はい、そちらの家はこちらで借りてそのままにしておきます。……はい? あと二人? ……それは、ちょっと……え、桂木裕美? グッドタイミングです成瀬先生。ちょうど私も彼女にコンタクトをとろうとしていたところです。はい、彼女ならばかまいません。もう一人……高木蹴人、ってあのプロ野球選手のですか? はぁ……了解しました、こちらで手を打っておきましょう。まさかあなたから桂木裕美の名前が出てくるとは思いませんでしたが……おそらくそれならば、高木蹴人もなんらかの関係があるのでしょうね、わかりました。それではお二人を捜査本部にお連れするのは先生にお任せしてもよろしいですか? はい、ワタリに連絡を取っていただいて、現在地をお知らせする形になると思います。お手を煩わせてしまってすみません……では」



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女の名はパーム

 うふふふふ……先生って素晴らしい人よ。クールで知的で冷静で……あ、冷静はクールと同じ意味ね、やだわ。あ、でも尊敬してるだけよ、恋愛感情なんか……。

 

 ってそんなわけあるかい!!

 

 拓ちゃんから電話を受けた私は夜なべをしてハリセン折っていた。うふふふふふあらやだ、気がつかない間に顔が笑っているわ、いけないいけない駄目ね私ったら。

 

 明日の朝、拓ちゃんが私を迎えに来る……捜査本部に連れて行くために。先生ったら私を必要としてくれてるのか、うっかりLに存在をばらしてしまったらしいのうふふふふあらやだry

 

 そのついでに夜神くんにも自分が未来を知ってるだのキラの正体知ってるだのあることない事吹き込んじゃったらしいのよこれはもう私も同列に扱われるに違いないわよね私がキラの正体知ってる事もばれてるって考えておいたほうがいいわよねもう先生ったらお茶目さんなんだからうふふふふry

 

 余計な事ばっかしやがってあの馬鹿ー!! けど、私が夜神くんに目を付けられていた理由もこれでわかった。寿命も名前も見えない存在。そりゃキラにとってみれば脅威よね。実際に書かれて死ぬかどうかはわからないけど、要は書かせなければいい。拓ちゃんがそれだけのホラを吹いたのなら、私も話を合わせて策を練っておく必要がある。彼のようにデスノートを持っているフリをするか、あくまで知らないフリをするか……ああ、そうだ、シュートに電話……しなきゃ。

 

『もしもし……』

 

 うっ、何かシュートの声がどす黒い。

 

「な、何かあったの……?」

 

『明日、関東に帰る。オレ二軍に落ちた……休養とれって……』

 

 いや、それだけにしては黒すぎるよ……あ、前回の電話。

 

「前の時、また馬鹿呼ばわりしてごめん……まだミサミサとは連絡取ってるの?」

 

『……とってない……そんな余裕ない……つかとる必要ないし……』

 

 いやあああこんな暗いのシュートじゃないいいいー。

 

「あ、あのね、キラって知ってる? 事情があって、拓ちゃんがその捜査本部に行くことになったんだけど、私達もそこについて来いって。こっちに帰ってくるんだったらちょうどいいね」

 

『………………』

 

 黙らないで何か返事してくださいぃぃぃー

 

「飛行機? 新幹線? 二人で迎えに行くよ。何時頃こっちに来る?」

 

『………………まだ、成瀬先生の事好きなの?』

 

「は!? そんなわけあるかい!! 今の私の彼氏が誰だか、わかってるんでしょ!!」

 

『………………朝9時半着の飛行機……羽田……』

 

「うんわかった、迎えにいくからね! ついたら電話してね! じゃあまた明日!!」

 

 これ以上耐えられなくなって私は電話を切った。何アレ。去年一時期二軍に落ちたときはあそこまで黒くなってはなかったよ、そりゃ多少は落ち込んでたけどさ。しかも拓ちゃんとの仲を疑ってる……? これどう考えても私のせいだよね……うわー、まさか二軍落ちしたのも私のせいとか? そういや最近『馬鹿』しか言ってない気がする。でもそのくらいでそんなどん底まで落ち込まなくてもねぇ? ……いやシュートならありえるか。私が初カノとか言ってたしな。私の初カレは……思い出したくない。

 

 とりあえず、拓ちゃんをぶん殴るためのハリセンを折ろう……そして、シュートはなでなでしてあげよう。シュート自身に非はないんだから、ホント悪い事しちゃったな。……でもさ。こっちだって命かかってるわけだし……でも、ちゃんと謝ろう。考えようによっては、先にミサミサとコンタクトを取れたのはラッキーかもしれないし。



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かりそめの終幕

 結局、持っていきやすい3DSだけをカバンに詰めた俺は、他に特に持っていくものはない(本当は持っていきたいんだけどね、漫画とかゲームとか)ので、とりあえず今夜は眠る事にした。

 

 さっき桂木からメールが届いて、明日の朝に高木がこっちに戻ってくるらしいので、迎えにいく……というか問答無用で拉致しようと思っている。うーん、デスノートのこと、アイツには話すべきか話さざるべきか……何も知らない方がいいってこともこの世にはあるからなぁ……。

 

「へっくしょい!」

 

 うう。何かさっきから寒気がするんだが風邪でもひいたのか俺。もう一度掛け布団を出さないと、毛布だけじゃ凍死するかな……って関係ないか、どうせここに住むのはとりあえず今日までだ。

 

 エアコン? そんな便利な文明の利器はうちにありませんが何か問題でも? そんなん買う金があったらPCのメモリ増設するわい。

 

 しかし寒い。最近急激に冷え込んできたな……中の人も微妙に風邪気味らしいぞってそんなことが頭に浮かんだんだが……いや季節はずれだろう。誰だよ中の人。

 

 風邪は万病の元と言うからな、用心するに越した事はないんだがってさっきから俺何考えてるんだ? とりあえずこの寒気を何とかしないとと思い、俺はのろのろと起き上がって、押入れからしまいこんだ布団を引っ張り出した。うっ埃くさい! 俺の数少ないささやかな持病の喘息とぎっくり腰が再発するだろうがっ!

 

 寝ぼけながらも何とか掛け布団をベッドに敷き詰めた俺は、改めて眠りの体勢に入る。……布団かぶっても寒気がするって、これはアレかやはり風邪ですか? 薬の買い置きとかあったかな……。

 

 毛布と布団に包まってベッドの上でゴロゴロしている俺の脳裏に、イヤンな予感が走る。

 

「まさか……これは死亡フラグの予兆?」

 

 しかし死亡フラグなんてそんな簡単に立つもんじゃないぞって。え、すでに立ってるだって? ノート死亡フラグに……桂木からのリンチフラグ? だがそんなものに負ける俺様ではないのだ! なんてったって夜神のエロ本の隠し場所まで知ってる神の子だからな俺は!

 

……キリストって、風邪とかペストとかで死んだりしなかったのかな。そもそもあの時代にペストはあるのか? 神様が伝染病で死んだらシャレにならんよな……。

 

 そう俺はいまや神の子(自称)、風邪なんぞで倒れるわけにはゆかんのだよチミ。だからって心臓麻痺ならいいかって言うとそういうわけじゃ……

 

 どくん

 

 あれ?

 

 ナンダコレ胸イタイゾ。

 

 どくん。

 

 うそん。

 

 まさか。

 

 

 どくん!

 

 

「う……」

 

 そんな……馬鹿……な……。

 

 

 4月16日午前0時32分。成瀬拓心臓麻痺、同時刻桂木裕美心臓麻痺、ともに死亡。



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前途多難な合流

 っは!

 

「……え?」

 

 手を見た。足を見た。起きた。立ち上がった。鏡を見た。俺だ。

 

……って夢オチかよ!! 最近確かに夢見は良くなかったが、だからといってこれはないだろう!

 底辺SSでだって今どき使わねーぞこんなネタ!!

 全身が冷や汗でびっしょりだ。そりゃそうだ、いくらなんでも最悪すぎるそんな展開。

 夢なのに心臓麻痺で死ねるぞコノヤロウ。嫌だそんな死に方!

 

 ピンポーンと、無機質なチャイムが鳴り響いた……やべっ、今何時だ!?

 時計を見ると、無情に8時をさしている。朝の8時に迎えをもらうように、Lにオネガイしていた。

 パームからのメールの後、車出してくれーってワガママこいて、一緒に高木を迎えにいこうと思ったのだ。

 

「おはようございます、捜査本部の松井と申します。成瀬さんですね?」

 

「はい、すんません寝坊したんで5分待ってください!」

 

 松井さんと名乗る松田さんにカルピスソーダ飲ませながら10分待たせつつ、俺は慌てて準備を終えた。まずは、桂木の家に向かってもらう。それから高木だ。正直どうやって福岡から連れてこようかと悩んでいたので、アイツがこっちに向かっているというのは俺にとって朗報だった。

 

 車の中ではあまり会話をしなかった。……もしかしたら、俺にキラの疑いがあるとでも言っているんだろうか…まぁ、そうじゃなきゃ捜査本部に一般人が入れるなんておかしいもんな。

 

 そして桂木と久々の対面。

 

 背中に何かを隠し持っている。

 

 嫌な予感がする。

 

 一歩退く。

 

 桂木は笑顔で近寄ってくる。

 

 さらに一歩退く。

 

 桂木は高速で俺に駆け寄ってきた!

 

 俺、全力で逃げた! しかし回りこまれてしまった!

 

 結局、ダンボールとプラスチックで出来たハリセンでフルボッコにされた俺は、痛む頬を押さえながら、こうして羽田に向かって(松田さんが)車を走らせている。桂木が助手席で、俺は後ろの座席だ。

 ちくしょうハリセンを縦にしてカドで殴るなんて反則だろう……。

 

「お前さん、親に何つって出てきた?」

 

「そのまんま。キラを追う捜査本部に抜擢されたからしばらく帰らないって。大丈夫、うちの親超放任だから」

 

 いいのか、親御さん……命ヤバいんだぞお宅のお嬢さん。

 

「まぁ……それで納得してるんなら構わないが……」

 

「それよりマッツー、9時半に間に合いそう?」

 

「ええ。この時間なら十分間に合いますよ。っていうかマッツーって……」

 

 相変わらず馴染むのが早いな桂木。ほらマッツーもビビってるじゃないか……って、俺もマッツー呼び定着しちまいそうだな。

 

「えーだって、松井だからマッツー。可愛いじゃん。それより急いで下さいね。待たせるわけにいかないから」

 

 松田さんはブツブツ言いながらひたすら車を走らせている……。この人は高木と気が合うかもしれないなぁ。何かそんな気がする。いや、むしろ俺と気が合うか?

 

 そして空港に到着し、三人揃って到着ロビーで高木を待つ。やがて、カートを引いている彼が姿を現した。

 

「シュート久しぶり!!」

 

 おおっ、桂木が抱きついた! それをベリベリと高木が引き剥がしている……色んな意味で成長したな、二人とも。うんうん、先生家業で一番嬉しい瞬間だぞ、こーゆーの。

 

「えっ、高木さんって、パリーグ新人王の高木投手だったんですか!?」

 

 マッツーが興奮している。そういやこの人ミーハーだった。忘れてた。高木は背の高さもあいまって、かなり周囲の注目を浴びている。……随分と有名になったんだな、お前さん。

 

「はっ、初めまして! 僕は捜査本部のマツダと申します! うわー光栄です、高木選手とこんな間近で会えるなんて。去年のジャイアンツとの日本シリーズ2戦目、見ましたよ! 結局負けちゃったけど高木選手の7回完封、もう興奮して見てました!!」

 

 おいおい、本名名乗っちゃってるよマッツー。いいのかよ。

 

「……捜査本部……?」

 

 ヤバイ! 高木が疑問に思う前に車に乗せてしまわねば!!

 

「さぁ、とりあえず車にいきましょう。話は車の中でも出来ますし! あ、高木、荷物持つぞ」

 

「……アザッス」

 

 なんか高木、根暗になってないか? ……こんなキャラだったっけ?

 

 そして運転席にマッツー。俺が助手席に乗ろうとしたが高木に固辞されて桂木が助手席、後ろの席に俺と高木が乗り込んだ……ナンダコレ。空気重いぞ。重たくてどんよりとしてて相当暗いぞ! 高木のキャラ完全に変わってやがる。

 

「あっあのね、拓ちゃんと私がね、推理力をLに見込まれて捜査本部に呼ばれたんだけど……私がワガママゆってシュートも一緒じゃなきゃやだってゆったの! だから、一緒にキラ対策本部に行ってもらってるんだけど……怒ってる?」

 

「別に……そっか、そういや桂木は成瀬先生の事ずっと拓ちゃんって呼んでるよな……」

 

 何だよこいつら痴話喧嘩中かよ! しかも何か俺ビミョーに当事者? 俺この世界に帰ってきた直後にとっくに桂木にフラれてるよ? おまっ卒業式にわざわざ彼女いない俺にラブラブっぷりを見せ付けやがったの忘れたか!

 あああああ、桂木に殴られた傷が痛いです……高木もさ、ほら『その傷どうしたんスか?』くらい聞いてくれたっていいじゃんよ! 俺の主に顔がフルボッコにされてるんだぞ? 黙ってると痛みに集中しちまうんだよ気持ちが! あああ、俺のハートもフルボッコ……。

 

 そして沈黙のまま、車はホテルウイング東京へと到着した。……これは何かの偶然か? だよな?

 

「竜崎、お連れしました。成瀬さんと桂木さん、それに高木選手です」

 

 椅子の上にあの座り方でPC画面を見ていたLがくるりとこちらを向いた。

 

「桂木さん、高木選手、初めまして。私がLです。竜崎と呼んでください、もちろん偽名ですが」

 

 促されて、ソファに座らせてもらう。うわっこのソファ俺のベッドよりふかふかだ! いいなこんだけふかふかだったら安眠できそうだな。……今朝の夢を思い出してちょっと鬱になった。あんな結末だけは断じて阻止せねば!

 

「竜崎、俺達も偽名を使わせてもらう。不自然と思うかもしれないが、俺はウイング、桂木はパーム、高木のことはシュートと呼んでくれ」

 

「……高木選手、偽名になってませんよ?」

 

 いいんだよコイツの場合は既に全国に顔も名前も知れ渡ってるからな! そう言うと妙に納得された。Lにあっさり引き下がられるとそれはそれで不安だな……。

 

「初めまして。握手してもらってもいいですか? できれば高木投手にはセリーグに行ってもらいたいと思っていました。あのバッティングセンスを使わないのはもったいなさ過ぎます」

 

「……どうも」

 

 そういやシュートは十日間の休養だと言ってたな。このまま捜査本部においといて大丈夫なのか? シュートとLの顔を見比べていた俺の意思が伝わったのか、Lが色々と教えてくれた。

 

「まずウイングさんですが、入院したと言う事にして既に大学講師の地位を抹消してあります。パームさんについては大学を休学という事で……すでに手続きをしてくださったそうで、ありがとうございます」

 

「いえ、キラを捕まえるために微力ながら何かできればと思います」

 

……パームはL寄りか? 正直俺はキラ寄りなんだよな。自分が殺されるのはゴメンだけど、キラの創る世界は小心者の俺には住みよさそうだから。……だからって、無実のFBIやLを殺していいってことじゃないが。

 

「そしてシュートさんについてですが、肩の故障で渡米したという事にしてあります。すでに球団とプロ野球機構の方に手を回しておきました。なので、出来るだけ外出は控えていただけると助かります」

 

「オレはなぜここに来たのか知らされていない。事情を説明してくれないか?」

 

「もっともな質問です。まずウイングさんは私の大学の先生にあたるのですが、その知能と推理力を見込んで、この捜査本部に入ってもらう事にしました。元は警察組織ですが現在は協力してくれる人で有能な人であれば手伝ってもらいたいと考えています。そして、あなたとパームさんは、ウイングさんの推薦で来て頂く事になりました。調べたところ、お二人ともウイングさんの教え子と言う事で、信用しました」

 

……ホントかよ。どうせキラの疑いがある三人、とかとでもいったんだろ。夜神父と相沢がさっきから俺をすさまじい形相で見てるぞ特に父。俺がキラだったら月の潔白が証明されるもんな。

 

「捜査本部というが、ここがキラ対策本部だというのは聞いた。オレは世情に疎いから余り協力できないと思う。それなのに野球をやめさせてまでここに呼んだのか?」

 

……なんか、シュート怒ってる? まぁ半ば無理矢理拉致したようなもんだしな。それにこの野球バカから野球を奪うってそりゃ大変な事だしなぁ……でもほっとくのも危険だと思ったんだよ俺は。

 

「はい、そうです。高木選手は名前も顔も知られていて有名です。そしてこれは極秘ですが、キラの疑いがある者があなた方三名を狙っているという情報もあります。保護を兼ねてこちらにおいでいただくということにしました。もちろん、事件が解決次第すぐにチームに合流できるようにしてあります。申し訳ないのですが、ご自分の命を守るためと考えて、ご協力いただければ幸いです」

 

「………………」

 

 うわーんシュートが鬼の形相で俺を睨んでますよー怖いよー今の俺だったら余裕でシュートに殺されますよマジで。……気付いたのかな、俺の能力が変な方向いっちゃったってコトに。

 

「ひとまず、お三方のために部屋を取ってありますので、数日の間はゆっくりなさってください。何か動きがあれば随時ご報告いたします。ワタリ」

 

「はい、竜崎」

 

 ワタリが俺たち三人にそれぞれ鍵を渡してくれた。同じフロアに三部屋。……ホントリッチだよな、L。俺に車の一台でも買ってくれんだろーか。中古車でいいぞ。

 鍵を受け取り、俺達はそれぞれの部屋に向かう……途中でパームに引っ張られた。

 

「事情説明するから来て」

 

 見ると反対の手でシュートの襟首を掴んでいる。……なんかデジャブ。

 

 まあいい、三人で今後について話し合っておく事も必要だろう。俺達は三人で、パームの部屋へと集まった。



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すれ違った恋心

 桂木……パームが前に電話でウイングの能力がどうこう言ってたのを思い出す。……こういうことだったのか。

 

 部屋に入るなり、ウイングが盗聴器やカメラを探し始めた。……そして、十数個のカメラを見つけ出す。……盗撮? オレも手伝って全てのカメラを外し終えた後、オレたちは向かい合って座った。

 

「それで、この世界はどんな世界なんだ? オレにも予備知識をくれ」

 

 何だかんだいって、前の世界では二人の知識のおかげで無事に生還する事ができた。とすれば、今回も同様だろう。一体何の世界に来たんだか知らないが、少なくともオレの知っている日本とは少し……違うようだ。

 

 キラについてはニュースとかで少し聞いた程度……前に脱税疑惑をかけられた先輩が間違いで殺されるんじゃないかと怯えていたのを思い出す。けれどオレの知識はその程度だ。

 

「ウイング、どーする? 何処まで話す?」

 

「今のコイツなら全部話して大丈夫だろう。ちょっと小難しい事も多いが覚えてもらうぞ」

 

 そう前置きして、ウイングが説明を始めた。

 

 死神。デスノート。キラの正体。L。捜査本部の実態。死神の眼。それでさえ見る事ができないオレたちの名前と寿命。夜神月を騙したウイングの策。

 

「……簡単じゃないか。その夜神月とかいうのを殺せば全部カタがつくだろ」

 

 オレの台詞に、二人が凍りついた。何か問題でもあるのか? そんな凶悪殺人犯、普通は死刑だろ。

 

「いや、事態はそういうわけにもいかないんだ……第一、俺らが殺したらそれこそ殺人犯で捕まっちまう」

 

「てゆーかシュート……どしたの? 何か全然違う……」

 

 違うとしたらそれはパームのせいだ。……言わないけど。オレはまだ、この二人の仲を疑っている。そういえば、前の世界にいた時も、この二人は仲がよさそうだったし、オレと離れて一緒にいた時期もあった。……まぁ、あの時はオレが飛び出したんだけど……。それでも、12歳というあの時の年齢を考えても、二人で一緒に暮らしていた事は間違いない。そしてウイングはパームの片思いの相手……過去形になったとは言いがたい。

 

……自己嫌悪に陥る。パームを疑っている自分。ウイングを信じられない自分。何より、自分勝手で自己中心的な自分。でもその意識は考えれば考えるほど、どす黒くオレの脳裏を覆っていく。今は、とりあえずそんなことは置いといて自分達の命を守る事が先決だとわかっているけど……わかってるけど、どうしようもない気持ちだってある。

 

「Lに協力する、それはわかった。けど、実際に協力して夜神月がキラだということを証明するのか? それともその、漫画のとおり殺されていくのを黙って見過ごすのか?」

 

「そこは……私は、出来ればLを助けたいと思うんだけど……」

 

「俺は出来るなら関わらずに最後……キラが死ぬまで放っておくのが一番だと思っていた。けど俺達の名前と寿命が見えないと言う事、それにこれだけLとキラに注目されてしまっている今じゃ、Lが死んでキラの新世界になってしまった時点で俺たちは用済みと判断して殺される可能性も高い。……うまくLを誘導して、キラを逮捕させるのが現時点ではベストだと思っているが、どうだ?」

 

 天才L、天才夜神月、そんな奴らを出し抜く? 誘導? ……駄目だ、オレにそんなことができるとは到底思えない。けど、オレが関わらなかったらまた、ウイングとパームは二人でこの事態に挑むだろう……そんなことになったら……。考えたくも、無い。

 

「わかった。でもオレはあまり役に立てると思えないから、そっち方面は二人に任せるよ」

 

 実際に詳細な知識のないオレには動きようがない。そう言うと二人も納得した。一応、キラ事件に協力しているように意見などは述べるように……それだけが、オレに課せられた使命。……あとでLに、建築中のビルに筋トレ施設と投球練習場を造ってもらえるように頼んでおこう。長期間投げ込めないのはオレの野球生命に関わる。

 

 Lを救う。とりあえず決められるのはそんな所だった。ウイングは部屋から出て行き、オレは残る……パームと、話をしておきたかったから。

 

「パーム……」

 

 オレが話を切り出す前に、パームがオレに近付いてきた。ハリセンかと思って身構えたが、実際は……頭を、撫でられた、何度も何度も。

 

「ごめんね。事情がわからないのに何度もバカ呼ばわりしたりして。さっきウイングも言ってたけど、ここが違う世界だってコト、弥海砂が第二のキラだってコト、そりゃシュートが知るわけないもんね……本当に、ごめんなさい」

 

 そう言って、頭を下げられる。

 

「パーム……なんでオレに、電話とかしなかったの? いつもオレからかけてばかりで……メールもほとんどオレからばっかりで……」

 

 詰問するつもりだったのに、そんな気持ちは綺麗さっぱり消え去っていた。今の俺の感情はといえば、母さんに甘えるような、そんな心持ち。

 

「だって、野球はシュートの命でしょ? 邪魔できないよ! それに……野球選手になっちゃって……急になんか、遠い存在の様な気がして……」

 

……ああ。ミサちゃんの言うとおりだったんだね。パームがオレの頭を抱きしめる。椅子に座ったまま、オレはそのままじっとしていた。

 

「ウイングとのコトもなんか勘違いしてるみたいだけど、私の恋心は、H×Hの世界から帰ってきた時点で終わったことなのよ。そうウイングにも伝えた。だいたい、向こうの世界であれだけ馬鹿呼ばわりしてぶん殴りまくったウイングに、今更好きだって言えるわけないし、そんな気も起こらなかったよ」

 

 じっとしているオレの耳元で、何度もゴメンと呟くパーム。

 

「心配させてゴメン。何もわからないのに馬鹿呼ばわりしてゴメン。他にも……色々いっぱい、ゴメン」

 

……なんでオレはパームに謝らせてるんだろう。不安に思ってたのはオレだけじゃないだろ? お互いに、色々考えて、不安になって、思い悩んで。パームもそんな風に感じてたなんて微塵も考えてなかった、オレは何てガキだったんだろう。

 

「……もういいよ。オレの方こそごめん。パームのこと、信じられなかった自分に馬鹿って言ってやりたいよ、ホント。……愛想、尽きちゃった?」

 

「まさか」

 

 笑い泣きの様な表情で、パームは俺に向かって微笑む。……ああ、遠距離って、心もすれ違うくらいの距離なんだよな……もっと気遣ってあげればよかった。オレから電話すればよかった。もっと、話をすればよかった。

 

「パーム……オレ、パームの激励が必要だよ。オレが落ち込んでたら、パームのハリセンでぶん殴ってくれなきゃ、オレきっと復活できない」

 

「そだね。そのときは思いっきりコレでぶん殴ってあげる」

 

 手にしていたハリセンを見て笑う。オレは、立ち上がってパームを抱きしめた。まだ、間に合うよな。

 

 その晩、オレはパームの部屋で一夜をともに過ごした。時間はいくらあっても足りない。もっと話をしたい。もっと知りたい。全部。

 

 

★その頃のウイング

 

「あいつら……シティホテルの壁って実は結構薄いんだってコト、知ってんのか……? これは新手のイヤガラセか? ていうか俺ぼっちwwwwwワロスwwwwwwwwworz」

 

 隣の部屋で一人、悶々としていた。



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疑惑と疑問と嘘

 予想通りというか……成瀬拓はそれぞれの部屋に取り付けていたカメラと盗聴器を全て見つけ出して、丁寧に取り外した。これは間違いなく、私達に聞かれてはまずい内容の会話がなされていたとしか……だが、今更そんなわざわざ私に疑われるような真似をするか? まさか、プライベートだから、なんてことはないだろうし……いや、ありうるか、昨晩の高木蹴人と桂木裕美のことから見ても。

 三人に、捜査本部と言う名の私の部屋に来てもらった。心なしか成瀬拓は憔悴し、あとの二人はツヤッツヤのお肌をしている。どう見ても睡眠不足である、成瀬拓。

 

「ご足労ありがとうございます」

 

「いや、足労ってほどのもんじゃねぇし。それで竜崎、何の用だ? 数日間はほっといてくれるんじゃなかったのか?」

 

「はい、そのつもりでしたがいくつかお伺いしたいことがありまして」

 

 まずは、この三人の関係。確かに高校生の高木と桂木、その社会科教師であった成瀬、接点はある。だが、3年の夏頃を境にして、急速にこの三人の接触が増えた……何かがあったということか、この三人の間で。

 

「まず最初に、パームさんとシュートさんはクラスも違ったのに、どうやって知り合って、お付き合いを始めたのでしょう」

 

「私が甲子園出場したシュートに一目ぼれして、告白しました」

 

 言葉だけ聞けば筋は通る。

 

「しかし私が調べたところ、告白はシュートさんの方からだと伺っていますが」

 

「それ以前から、パームとは知り合いでした。告白はオレの方からです。甲子園に出場するっていう念願を果たせたら、告白しようと思って……一方的な片思いでした」

 

「ふむ、結局それは両思いで、現在こうしてお付き合いしているというわけですね。うらやましい限りです」

 

 成瀬拓は……やはり私が、夜神月ほどではないにせよ彼らを疑っていること、気付いているようですね。

 

「パーム、暴露するぞ。シュートの前にパームが片思いしていた相手が俺だ。だから、元々パームとはそれなりに仲が良かったし、それをきっかけにシュートとも仲良くなった。卒業してからはたまに電話したりメシ食いに行く程度で、そんなに付き合いはなかったが、この二人の実力は俺が保証する。二人ともそれなりに頭が切れるし、何よりキラと対峙するだけの根性と気概を持っている。……それともう一つ言っておく。俺たちは断じてキラじゃない。カメラや盗聴器、そういったものは今後一切ないようにしてもらいたい。疑われているのは自覚しているが、プライバシーの問題もある」

 

 自分から言い出した、か。確かに気付いていることを表に出せば、今後カメラなどは仕掛けにくくなる。もし仕掛けても、全て取り外されてしまうだろう。……夜神月に関しては、まだ触れない方が良いか。

 

「わかりました。もう疑ったりするような真似はしませんので、是非、ご協力よろしくお願いします。……ひとまず、聞きたかったのはそれだけです。ワタリ、朝日さん達にも入ってもらってください」

 

 日本捜査本部のメンバーが入ってきて、改めて紹介する。朝日、松井、相原、宇生村……模地さんはここにはいない。今後のことも考え、まだその存在は伏せていた方がいいだろう……。

 

「では始めましょう。まず南空ナオミの動向についてですが……ああ、彼女についてはまだ説明していませんでしたね」

 

 三人に南空ナオミとFBIのことを説明し、それから捜査状況……といっても、未だ南空ナオミの消息はつかめていないが……について、話し合う。

 

「竜崎!」

 

「どうした?」

 

 話をしている最中に、ワタリが部屋に入ってきた。よほどのことがなければ、あるいは私が呼ばなければ入ってこないように言ってある。何かが起こったのか。

 

「さくらTVを……大変なことに」

 

 ワタリがTVを付け、チャンネルをさくらTVに変える。そこでは、キラからのメッセージと題した番組が、放映されていた。



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異界からの訪問

……ここが、異世界、か。文明のある程度発達したこちらの世界の国と大して変わらないか?

 

「どうやら念は使えなくなるみたいだね、それに心なしか腕力も落ちてる気がするよ♣」

 

 ヒソカは道端にとめてある車を軽く押しながら言った。普段の彼ならば容易く破壊することすらできるはずだ。成程、オレにとってはある意味で好都合な世界かもしれない。通りすがりの人間の会話を聞いている限り、言葉もオレ達の世界と変わらないようだ。

 

「ヒソカ、まずは格好をどうにかするぞ。この服じゃオレもお前も目立って仕方がない」

 

「了解♦」

 

 通りすがりの女性に、この国で宝石を売るにはどうすればいいかと尋ねる。この世界にも質屋があるらしいので、そこで持って来ていた宝石や金を売りさばき、この国の金(YEN)を手に入れる。それで適当にそのあたりの店に入り、オレとヒソカの分の服を見繕ってもらった。

 

 この世界のことはまだ良くわからない。奪うのは、またいずれ。

 

 

「それで、お前の恋人は何処にいるんだ?」

 

「そこのホテルかな? その中に居るよ♥」

 

 オレ達は、前の世界から、念能力者の能力によってこの世界へと跳ばされた。いや、跳ばさせた。目的は二つ。一つはオレ達の前から姿を消したお気に入りの玩具を見つけ出すため、もう一つは……単なる、暇つぶし。今のオレに前の世界でできることはない。ただ、待つことがオレにできる唯一の事。だからこそ、暇つぶしは必要だった。

 

「桂木裕美ってのが、一昨日からここに宿泊してると思うんだけど♦」

 

 カジュアルな服装のオレとヒソカ。どうやら、服飾文化もオレ達の世界とそう変わらないらしい。スーツを着たホテルマンが応対している。

 

「そのような方は、こちらにはご宿泊なさっておりませんが……」

 

「なら、ここに泊まる事にしよう。ツインを一部屋、お願いします」

 

「かしこまりました」

 

 適当に、ホテルのチェックインの用紙に文字を書き込む。……この文字が通用しないのは既に知れていることだが、外国人だということで押し通した。見た目からしてこの国の人間には見えなかったようだし、ビザなどの提示を求められなかったのは幸いだった。おそらく、海外の人間にも広く開けている国なのだろう。

 

「部屋とってどうするんだい?」

 

「ここで暴れるわけにもいかない。宿泊客になれば、ホテル内を自由に歩き回れる。まさか部屋に一日中閉じこもっているわけでもないだろう」

 

「成程♦」

 

 割と容易に、彼女達と出会うことは出来た。ヒソカ特有の嗅覚というか、勘というか。素振りは見せなかったが、少々驚いた……オレの知っている彼女達とは違う、成人した姿。フン、どうやらヒソカは既に知っていたようだ。あの能力者からこの世界を見せてもらっていたのだろう。

 

「なっ……あっ……」

 

「久しぶり♥ あとの二人は?」

 

「……っ、ウイング!!」

 

 全力疾走する彼女の後を追う。常人程度の身体能力は残っているようだ。だがこの世界に馴染むまでには、今しばらく時間がかかるかもしれない。

 

 ある部屋に入る彼女、飛び出してくる二人、見覚えがある三人組。いや、知っている彼らとは年齢が違う。同世代とは少し予想外だったかな。……向こうは、どうやら予想外の範疇をさらに大幅に超えている様子だ。

 

 オレとヒソカは、部屋の中へと引きずりこまれた。確かにオレ達は目立つ。

 

「何でお前さんらがここにいるんだよ!!」

 

「嫌だなぁ♥ 愛しのパームに会うために決まってるじゃないか♥♥♥」

 

「ハート乱舞するなキモイ次出したらぶん殴る」

 

「落ち着いてパーム。とりあえず丁重にこいつら追い出さなきゃ」

 

……見た目は成長しているが、中身は相変わらずのようだ。自然と笑みがこぼれる。……やはり、嫌いじゃない。こいつらのこと、纏っているこの空気。

 

「久しぶりだな、三人とも。……ウイングと似たような能力を持った奴が、オレ達の世界にいないとでも思ったか?」

 

 追跡能力と、そのターゲットの元へと飛ばすことの出来る能力者。それは、時空を超えていようが関係ない。稀有な能力ではあるが、無いと言えないのはウイングという存在を見て十二分にわかっていることだろう。

 

「だからってこっちくんな! そもそもこの世界にお前さんらはオーバースペックすぎるだろうが!!」

 

「残念だけど、この世界に合わせたスペックになっているようなんだよね♠ 団長はそもそも、念が使えないし♣」

 

 眉をひそめるウイング……その言葉が本当かどうか、測りかねているようだ。パームはハリセンを構えて仁王立ちしている……変わらないな、本当に。

 

「本当だ。といっても信じてもらう術は無いが。ヒソカは車を素手で動かすことすら出来なかった。これで、大体の能力は分かるだろう?」

 

 とりあえず、座らせてもらうことにした。椅子が足りないので、ヒソカがパームと一緒にベッドに座ろうとしたが断られた。というかハリセンで殴られていた。……まさかパームに逆らえないほど力が衰えているわけでもあるまいに、どうやらこの状況を楽しんでいるようだ、それなりに。

 

 オレは、前の世界から持ってきた木の実を五個、彼らの前のテーブルに広げる。

 

「向こうに戻るためのものだ。食べればすぐに、向こうへと引き戻される。お前達の分を合わせて五個だ。……戻ってくる気は無いか?」

 

「残念だが、あんな危ない世界、俺は二度とゴメンだ。たとえ死亡フラグが立っててもこっちの方が良いに決まってる」

 

 即答を返してくる。ビビリを装っているが、ここ一番の時には度胸のある奴だ。言っている意味は良くわからないが。

 

「オレも、この世界で野球をすることが一番大切だ。向こうに戻る気は無い」

 

「パームはボクのために戻ってきてくれるよね?」

 

「誰が戻るかボケが。クズが。カスが」

 

……ヒソカへのツッコミぶりも変わらないな。本当に……こいつらと居るのは、楽しい。笑っているのを不審に思われたのか、ウイングがこちらを窺っている。

 

「オレは今のところ、向こうの世界に戻っても仕方が無い。お前達に付き合ってもらうことにしよう。この世界でな」

 

 三人合わせてものすごく嫌そうな顔をされた。それはまだわかるが、何故お前まで嫌そうな顔をするんだ、ヒソカ。

 

「この世界は面白くないよ♣ ボクは向こうに戻って、一緒に暴れたいな……♦」

 

「一人で帰れバカピエロ」

 

「……そもそも、この世界に来た時点で念は使えなくなっている。その木の実を食ってお前さん達の、元の世界に帰れる保証が何処にある?」

 

……相変わらず、冷静だ。その知性を生み出すこの世界、非常に興味がある。たとえ、念が無くとも。

 

「そうだな、保証はない。……ヒソカ、お前がそれを食え。この世界に居る必要が無いのなら、一人で戻るんだ」

 

「お断りだね、せっかく愛しのパームに会えたのに♣」

 

「残念だけど私とあなたの縁は綺麗さっぱり切れたの。て言うか元からつながってないの。私にとってアンタは過去の人。それに念も持たず力も無い今の私に興味ないでしょう?」

 

「……まぁ、それは確かに♣ 団長、この三人に木の実をちゃんと、食べさせてくれるかい?」

 

「それは確実に約束しよう。殺してでも食べさせる」

 

 それが先のことであっても、ヒソカは待つだろう。オレはこの世界を楽しみたい。ヒソカは念を使える前の世界が性に合っている。……決まりだ。

 

「了解♦ じゃあボクは先に戻って、バトルオリンピアで遊んでおくよ……この世界に飽きたら、戻っておいでね♥」

 

 パームに投げキッスをかまして、殴られる前にヒソカは木の実を口に放り込んだ。刹那、ヒソカの姿が掻き消える。おそらく前の世界に戻ったのだろう。

 

「ついでに団長さんもお帰りになりませんか?」

 

「残念だが、オレは暇つぶしの方法を探していたんだ。お前らと一緒にいるのは飽きなさそうだし、念の使えない今はこの世界の方がオレに合っている。諦めて付き合ってもらおうか」

 

 帰る気は、さらさら無い。この世界に来る前にヒソカに聞かされた、この世界について……デスノートの世界。ここにはキラもLもいる。……面白いじゃないか。

 

「何だ、知ってたのか。だが残念ながら、お前さんの知っているデスノートの世界じゃない。あっちはあくまで俺の創作で、こっちは現実だ」

 

「だが、ここにはLもキラもいるのだろう?」

 

 力を使わず、念も使わず、知恵と知識のみで命を懸けて戦う世界……それもまた、面白い。

 

「ウイング、クロロに手伝ってもらうの、アリなんじゃない? 少なくともオレよりは頭キレると思うし」

 

 シュートの一言で、ウイングが悩んでいる……あと一押しといったところか。もっとも、こいつらの承諾が無くともオレは居座って関わる気でいるがな。

 

「ある程度のことは来る前に聞いてある。……お前達、Lとキラにそれぞれ目を付けられているんだろう? オレならそこから救い出すことも不可能ではないと思うが」

 

「……そうかもね。今は一人でも協力できる仲間が欲しいわけだし……クロロの頭がキレるのは確かだし」

 

 ウイングが頭をぐしゃぐしゃとかきむしる。……どうやら、観念したようだ。

 

「OKわかった。ただしお前さんはこの世界のことを知らな過ぎる。俺の指示に従ってもらうことと、他人を殺さない、傷付けないこと。これが最低限のルールだ。あと木の実は絶対に食わん」

 

「了解した。一先ずはお前に従うことにしよう」

 

……商談成立。この先どうなるのかは知らないが、随分と面白くなりそうだ……。

 

 オレは木の実を四つ、大切に懐へと仕舞い込んだ。



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最低最悪の対面

 まずは、現在がデスノのどの部分にあたるのか……第二のキラが登場した場面だということ、それにLが俺達を疑っていること、共に捜査本部の一員として捜査をするところまできていること、Lに協力してキラを捕まえるのが目的であることなどを、クロロに話した。彼は、黙って聞いていた。

 

 それから俺は、三人を伴って竜崎の元へと足を運ぶ。無論、クロロのことを紹介するためだ。死神の眼でこいつの名前や寿命が見えるかどうかまでは知らんが、どうせ弥海砂も動き出したんだ、本名でも別に問題ないだろう。

 

「竜崎、入るぞ」

 

 扉を開けた。俺の横を何かがすり抜けた。

 

 クロロが竜崎に襲い掛かった!?

 

 だが、クロロの手刀は紙一重で止められ、竜崎の足は的確にクロロの肝臓を捉えていた。

 

「……なんですか、この人は」

 

「クロロ!」

 

「L、お初にお目にかかる。オレはクロロ=ルシルフルという者だ。オレの上に立つ以上、最低でもオレより強くなくては困る……例えそれがLであろうとも例外ではない」

 

 三人がかりで無理矢理クロロを竜崎から引き剥がす。

 

「で、どういうことなのか、説明して貰えますか?」

 

……甘かった。やっぱりコイツを仲間に引き入れるべきじゃなかった……が、時既に遅し。

 

「俺のツレだ。キラ事件に深い興味を示し、俺よりも確実に頭が切れる。知識さえ与えれば的確な推理をしてくれるだろう……だから呼んだ。見てのとおり多少人格に問題はあるが、キラ事件に関しては役に立つはずだ」

 

「……どういうお知り合いですか?」

 

 Lはクロロに問いかける。俺に聞けよ! 余計なこと言うんじゃねえぞクロロ!!

 

「パームの恋人の元上司だ」

 

 竜崎がパームを見る。同時にパームがクロロを殴っていた。グーで。

 

「元カレの上司です。シュートとは関係ないです」

 

「……随分と元が多いですね。元カレの元上司ですか……」

 

……いくら能力がた落ちとはいえ、俺はクロロを殴れんぞ。コイツ勇気あるな相変わらず。

 

「それではお尋ねします。あなたはキラを逮捕するために力を貸してくださいますか?」

 

「手段を問わずにでもいいのなら、三日で殺して見せようか」

 

「それは困ります。あくまで、捕らえてその殺し方を知るだけです」

 

 あーもう、クロロ俺の言ったこと全ッ然聞いちゃいねぇよ!! ……聞くような奴じゃないか。

 

「……こいつらから聞いた話とオレの知っていることを総合してだが、現時点で最も怪しいのは夜神月。次に怪しいのはオレだろうな。その理由はお前が一番よく知っているだろう? そして、TVに出たのはキラじゃない。殺す方法こそ同じかもしれないが、少なくとも同一人物ではないだろう。おそらくキラならば、あのようにマスコミを動かすには時期尚早だと考える。それにTVの放映を邪魔したというだけで駆けつけた警察官、キラを追っているわけでもない無実の人間を殺すような奴じゃない。別人だ。さらに言うならTVのキラが殺した人間は罪が軽すぎる。その点もキラとは違う。……まだ他に証明が必要か?」

 

「いえ、充分です。素晴らしい人材のご紹介、ありがとうございます。第二のキラを追う上でも、非常に頼もしい方です。ですが私の命を狙うのはやめてください」

 

……命狙ってんのかよクロロ! 見ると、奴は愉快そうに顔を歪めていた。

 

「成程、知能だけでなくあらゆる面において、今のオレよりは秀でているようだ。最初に言っておくが、オレはキラに賛同している。というか、人を殺してはならないという意味がわからない。そんな人間でも、迎え入れる気がお前にはあるか?」

 

「キラを逮捕するために力をお貸し頂けるのであれば」

 

 しばらくの沈黙。竜崎もクロロも目を逸らそうとはしない。……これは、逸らした方が負けとか、そういう勝負なんだろうか。

 

 やがてクロロが視線を外し、今度は声を出して笑った。

 

「本当に面白い。いいだろう、キラを捕まえるために、オレも協力させてもらおうか」

 

……えーと、丸く収まったって事でイイノカナ? 俺ちょっとついていけない。竜崎も楽しそうに見えるけど見なかったことにしておこう。

 

「竜崎、クロロには戸籍も国籍も無い、この世界にはいないとされている人物だ。そして、お前さんと同様に世界中のあらゆる場所に足跡を残していない。その点でも、こいつを利用できる余地は色々とあるだろう」

 

「……なるほど。ワタリに調べさせようと思っていたんですが手間が省けました。これから、よろしくお願いします」

 

 Lとクロロが、がっちりと握手を交わす。……ある意味最強、いや最恐タッグだな。近付きたくないぞ。そういうわけにもいかないのが辛いところだ。俺全部放り出して逃げちゃダメかなぁ?

 

「それではさっそくクロロさんにも部屋を……」

 

「あ、クロロは俺の部屋に一緒に泊まって貰うからその必要は無い。キラ事件に関して話したいこともあるしな」

 

「……そうですか、わかりました。じゃあついでに、シュートさんとパームさんの部屋も一緒にしちゃってもいいでしょうか」

 

「それは困る!」

 

 隣の部屋で毎晩イチャイチャパラダイスされたら俺の精神衛生上非常によろしくないんだよ!! つーか発狂する。

 

「了解しました。それでは、相沢さん達が戻ってき次第、会議に加わってもらうことになります。……ああ、第二のキラは顔だけで人を殺せるようなので、ここでの偽名は止めにしました。皆さんも本名でお呼びしたほうがよろしいですか?」

 

「いや、このままで構わない。クロロを受け入れてくれたこと、感謝するよ、竜崎」

 

 竜崎はPC画面へと視線を戻し、俺たちは部屋を出た。……さて、ちょっとクロロに説教しようかな……怖いけど、ものすっごく怖いんだけどね!! でも言っとかなきゃこの人絶対途中で勝手に暴走しちゃうもん!!

 

 あああああもうやだこんな生活……フツーに高校教師してたあの頃に戻りたい、そんな昔じゃないはずなんだけどなぁ。俺何処で道間違えたんだろう……最初っからか。ああもう、あの時現実逃避さえしなければ。



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ウイングの願望

「なかなかの使い手だな、L。これほど強いとは予想外だった、一度正式に手合わせしてみたい……じゃねぇよ馬鹿!! あれほど他人を傷付けるなっつったろーが! その上なんだ? Lの命狙ってるっておまっ、殺気叩きつけやがったな!! 竜崎の前に俺が心臓麻痺で死んでまうわっ!!」

 

……小さな声です。ボソボソ言いました。でも聞いてたみたいですダンチョーの地獄耳ー!

 

「誰もそんなことは言ってないだろう。まぁ、一度殺り合ってみたいのは確かだが」

 

 ホラミロ!! 俺の予想通りじゃねぇかよコンニャロ! あああああもうどいつもこいつも自分勝手に動きやがって……俺も自分勝手に逃走するぞコンチクショーだがしかしLの元を離れたとバレたら速攻で心臓麻痺になるんだろうな俺……ううう、結局のところ死亡フラグは四方八方に立ちっぱなしなのね。

 

「Lが足技の使い手とは知らなかった。お前の書いたデスノートには無かった描写だ。書き忘れたのか?」

 

 いちいちそんなことまで覚えてる方がどうかしてると思うんですよねボク。そもそもあれ書いたの、向こうの世界に行ってから2年以上経った後だぞ。オチまで覚えてただけでも上出来だ、俺にしては。

 

……そういや、この世界やH×H世界は二次元の世界だってコト……言わない方が良さそうだな。言ったら冨○のところに殴りこみそうだコイツ。あれ、この世界にH×Hはあるのか? ないよな? え、あるの?

 

「ないよ」

 

 ぼそっと、パームが教えてくれた。そうか無いのか。ジャンプはあったけど連載ほとんどしてなかったから存在自体忘れてた。コンビニとかでコミックスが出た時に一緒に思い出すんだよな。……ってことは俺はH×Hの続きを一生読めないってコトか? ジーザス、何てこった。偉大なマンガを一つ失ってしまった。

 

「何をブツブツ言っている。キラの話をするんだろう、さっさとしろ」

 

 この尊大なダンチョーさんに鉄拳かましてやってくださいよパームさん。え? 俺? 出来ません怖くて。

 

「夜神局長……キラの親父さんが帰ってき次第、また第二のキラに関する会議が始まるだろう。おそらくそこで、夜神月を捜査本部に召集する。『第二のキラ』を捜査しつつ、『夜神月』を監視するために」

 

「今ふと思ったんだが、オレの名前は向こうの文字で書かないと殺せないのか?」

 

「知るか」

 

……そもそも名前も寿命も見えない可能性が……あ、そういやこのことはまだクロロに話してなかったな。一応話しておこう、何かの参考になるかもしれない。

 

「なるほど、お前とパームの名前が見えない……異邦人の名前が見えない可能性は充分考えられるな。なんだったら、オレが自分でデスノートに自分の名前を書き込んでやろうか? そうすれば死ぬかどうかもわかるだろう」

 

「いや、つかノート何処から調達するんだよ……」

 

「奪うに決まっている。夜神月なり、弥海砂からなり」

 

 駄目だ……コイツ……早く何とかしないと……。

 

「わずかでも死ぬ可能性がある以上その案は受け入れられない。それから、この世界のこの国は法治国家だ。奪う、傷つける、殺す。これらのことは絶対ご法度だ。いい加減俺の言うことも聞いてくれ」

 

「わかった。表向きはそうしておけばいいということだな」

 

……駄目だ……コイツry

 

「いくら能力が衰えたとはいえ、暗殺くらい出来ないわけじゃない。実際に夜神月と弥海砂を殺すのがお前達が助かるために一番確実な方法だと思うが?」

 

「駄目だよ。それじゃキラ以下だ」

 

 シュートの一言に、団長の目が濁る。空気が一変する。……うわっ怖い嫌だ逃げたいいぃ!

 

「聞き捨てならないな。どういう意味だ」

 

「そのままだよ。だって結局それはキラに頭で敵わないから暴力に訴えるってだけだろう? 力では確かにアンタの方が上かもしれないけど、それじゃアンタは一生夜神月を頭脳で超えることは出来ない」

 

 シュート……成長したのはいいけど気の強さにも磨きがかかったな。クロロのこの目を直視できるのはある意味すごい才能だと思うぞ……これが勝負師の強さか。俺にはない才能だ……。

 

「成程……ウイングよりシュートの方が俺の使い方をわかっているようだな」

 

 へ?

 

「それだけ煽られれば、オレは意地でもキラを暴力で屈服させることはない。それがウイングの目的だろう? ……Lと協力し、頭脳でキラを上回り、そして頭脳戦でキラを叩きのめす」

 

 クロロは立ち上がって……シュートの首に手をかける。その動作は素早く、止める間もなかった。

 

「だが勘違いするなよ。オレに命令できるのはオレだけだ。キラの命も、Lの命も、お前らの命も俺が握っているということを忘れるな」

 

 手が離される。シュートの首筋にはくっきりと、クロロの爪痕が残っていた。

 

「ゴホッ……わかってるよ、そんなこと。でもアンタの性格なら、全ての面でキラなりLなりの好敵手をねじ伏せたいと思うはずだ。間違ってないだろ? オレも、そうだから」

 

 シュート……いつの間にそんなに成長しちゃったの? ボク完全に置いていかれてますよ、あ、パームもだ。

 

「ストレートでも、カーブでも、フォークでも、オレは相手を三振に仕留める。それと同じことだよ、ウイング。わかってもらえないかもしれないけど」

 

……これは、もしかして、俺らの中でシュートが一番ヤバい性格だったってことか……? 向こうの世界にいた頃は気付かなかった……。つか俺まさか、ここでもいらない子? 泣くぞコラ。

 

「とりあえず、キラを捕らえる。それから、Lだ。……お前達の知っているデスノートの情報を俺に全部寄越せ。ヒソカとの約束があるからな、全てが終わったらお前達は殺してでも元の世界に連れて行く」

 

「約束って言えば、クロロ私達が危険になったら無条件で助けてくれるって言ってたよね?」

 

 パームナイス! そんな約束すっかり忘れてた。俺アレ以上関わりたくなかったからな旅団と。

 

「ああ。だからこうやってわざわざ助けに来ているだろう? 交わした約束は守る。オレの流儀だ」

 

「だったらシュートに傷を付けたこと、今すぐ謝って。そしてこれ以上私達には危害を加えないと約束して」

 

……パームも強い子デスネ……ボク一人ヘタレデスネ……。

 

「そうだな……つい、カッとなった。シュート、すまなかった。だが後者の約束は出来ない。先にヒソカと約束しているからな。オレはお前らに傷をつけてでも前の世界に送りつける」

 

「ちょっと待った。話がずれてないか? とりあえずはオレ達がどうこうよりキラをどうにかするのが先決だろう」

 

 ボクも少しは会話に加わらないと……忘れられてしまいそうデス……。

 

「デスノートの物語……俺とパームが詳細を知っている。出来る限りのことを今話そう。パーム、いいな?」

 

「OK。デスノートに色々な制約があることはクロロも知ってるよね? それについてまず話す。これは向こうでウイングが作った映画にも出ていない制約も沢山あるから……」

 

 そうして、俺とパームで出来うる限り、思い出せる限りのデスノートの掟を話したところで、竜崎から内線が入った。夜神父が警視庁から帰ってきたらしい。……さぁ、ここからはまず第二のキラ、弥海砂の確保だ。夜神月が捜査本部に関わってくる……ちょっと危ない橋を渡らなきゃいけないな。さーて、どうするかな……。

 

 結局この先の事に関して何一つ話せなかった気がする。とりあえず、シュートは怒らせたらヤバイということだけがわかった。

 

……やっぱ、俺だけ逃げたら駄目かなぁ? 逃げたいなぁ。能力発動しないかなぁ、『現実逃避(パラレルトリップ)』念じてみたけれど、とりあえず無駄だった。神様そんなに俺のこと嫌いですかそうですか。



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捜査本部の完成

 クロロ=ルシルフル……念の為にワタリに調べさせたところ、やはり地球上に存在した形跡はないようだった。自分で消したか元々無いのかまでは定かではない。

 ああ、これ以上捜査本部に部外者を入れないよう、三人にはきつく言っておかなければ……。

 それにしてもあの手刀、的確に頚椎を狙ってきた。黒髪ではあったけれどおそらく日本人ではないだろう。……軍人か傭兵か殺し屋か、向けられた殺気からしても、おそらくはそんな経歴の持ち主に違いない。平和ボケした日本ではまず見ないタイプの人間だ。

 しかしキラに関しては的確な推理をその場でやってのけた。……放っておくわけにもいかないだろう。このまま、捜査本部でともに監視すべきか。

 だが、彼がキラあるいはその関係者であった場合……この行動に何の得がある? 思想がキラに近い人間など山のようにいる。その中で私に接触し、なおかつ自分を怪しませる……キラであればそんなことは絶対にしないだろう。限りなく白に近いグレー。私の中で、彼はそう位置づけられた。

 

「局長、お疲れ様です」

 

 考え事をしている間に、夜神さんが警察庁から戻ってきた。さくらTVで放映されたキラの要求に対する返答……間違いなく、私を差し出すことになるでしょうけど。

 

「もしもし、ウイングさんですか? 三人を連れてこちらにいらしてください。キラについて会議を始めます」

 

 すぐに四人が姿を現す。これでこの捜査本部の人間は全てこの部屋に集まった。

 

 クロロを皆に紹介する。警察出身の三人は不審がっていたが、当のクロロ本人は平然としていた。色眼鏡で見られることに慣れているようだ。

 

「思っていた通りだ、竜崎……各国首脳が勝手に話し合い、L……本物のLをテレビに出演させろと言ってきた……」

 

……警察ではなく私がキラを挑発し捕まえると言っているのだから。夜神さんは納得がいかないようだが、これは当然の選択だ。

 

「まあ、まだ三日あります。私だって死にたくありません。……それに……キラに殺されるよりキラに便乗した者に殺されるのはより不愉快です」

 

 警察側に動揺が走る。クロロを含む四人は当然のような顔をしている。全員がそう思っているのか、それとも彼が先ほど立てた推理を信じているのか……いずれにせよ、動揺は見られない。

 

「クロロさん、先ほどの推理を皆さんにも紹介してもらえませんか? 私の考えも同じです」

 

 彼の推理に少しだけフォローを入れるが、根幹となる考えはほぼ同じ……第二の、キラ。

 

「竜崎……第二のキラという可能性は一体どのくらい……?」

 

「今回は70%以上です」

 

 頷くウイングとパーム、聞き入るシュート、さも当然といわんばかりのクロロ、そして動揺する警察出身の面々……能力的には、この四人の方が少し勝る……だろうか。

 

 説明を終えたあと、夜神さんに息子、夜神月の捜査協力を要請する。ただし、今回のキラが偽物である可能性を彼には伏せたままで……。夜神月ならば確実に捜査本部にやってくる。そして何も知らせずにビデオを見せて、第二のキラという推理をするかどうか……したところで現状維持、しなければ夜神月がキラの可能性が高まる。どちらに転んでもこちらには有利に動く。予想外の人物が現れたとはいえ、まだ現時点で最も疑わしいのは夜神月なのだから。

 

 夜神さんが電話をかけ、松田さんをロビーに向かわせる。やがて夜神月が姿を現した。ウイングのことは既に知っているだろうから今更紹介する必要も無いが、あとの三人は……。

 

「桂木さん!?」

 

……やはり桂木……パームと夜神月は既に接触していた。両方合わせてキラという可能性も……まだ完全には捨てられない。だが、それならば夜神月のこの反応は不可解だ。知らないフリをするか、あるいは普通に知人を装えばいい。つまり夜神月にとって、パームはここにいるはずのない人物……どちらが、キラだ? あるいは……。

 

「……久しぶり、夜神くん。私もこの捜査本部の一員なの。悪いけど、今後は私のことはパームと呼んで欲しい。偽名が必要な理由、夜神くんならわかってくれると思うけど」

 

「あ、ああ……」

 

「ありがとう、夜神くん」

 

「いや、キラを捕まえたい気持ちは皆一緒だよ」

 

 各人とその偽名を紹介する。夜神月は朝日月……だが正直、第二のキラ相手に偽名が何処まで通用するか……それは、まだわからない。

 夜神月に、キラに関する捜査資料を見せる。そして第二のキラのビデオ。夜神月、見ている今は何も言ってこない。見終わってから、どういった反応を示してくるか。

 

「どうですか月くん、何かわかりましたか?」

 

「わざとらしいな、竜崎……」

 

 クロロが呟く。……ええ、そりゃそうでしょう、わざとですから。これ以上余計なことを言いそうだったら出て行ってもらおうと考えていたけれど、彼はそれきり口をつぐんでしまった。

 

「キラの能力を持った人間は一人じゃないかもしれない」

 

 同じ、推理。夜神さんが心なしか嬉しそうな顔をしている。だが、夜神月の疑いが完全に晴れたわけではない。むしろ、推理が『適切すぎる』気がするのは、私の穿ち過ぎだろうか……。

 

「わかっていて僕を試したのか!?」

 

 その通りです……が、間違ってもそう言う訳にはいかない。

 

「試したのではありません」

 

 これで三人。私とクロロと夜神月。三人が同じ推理をした。ほぼ間違いなく、第二のキラは存在する!!

 

 第二のキラに対して……キラはひとまずおいておいて、何か対処を考えなければならない。まずはキラのフリをして第二のキラを止めること。キラのフリ……月くんにお願いすれば面白い結果が出そうな気がする……決まりだ。

 

 そして、今夜の7時台の各局の番組で、夜神月に作らせた偽キラの原稿を放映した。これに第二のキラがかかってくれればよいのだが……ひとまずは、反応を待つしかない。何らかの、反応を。



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竜崎の外出許可

 しばらくはすることが無い……待つだけなので、私達は解放された。といっても、ホテルの一室でぐだぐだしているだけなんだけれども。

 

 そして、ウイングに呼び出されて、私とシュートは彼らの部屋へ向かった。

 

……ほとんど、シュートは私の部屋にいるけど問題はない。強いて言うならウイングがジト目で私達を見るくらいだ。問題はない。問題はない。大事なことなので二回言いました。問題はない。三回目。

 

 

「クロロと今後のことについて話をして、方針が決まった。まずは夜神月より先に弥海砂と接触を図る。シュート、彼女のメールアドレスを知っているんだろう?」

 

「うん。でも呼び出して、来るかどうかはわからないよ?」

 

「私も行く。私とのことを相談してたんでしょう? 私に会わせたいって言えば、時間さえあれば会ってくれるんじゃないかな」

 

 けど、竜崎が外出の許可をくれるだろうか。それだけが問題だけど、いざとなればここにミサミサを呼び出せば……駄目だ、夜神月と接触する恐れがある。やっぱり外出許可をもらうしか。それかいっそこっそり抜け出すか……駄目だろうなぁ、出入り口に監視くらいつけててもおかしくない。

 

「わかった、竜崎の方は俺が絶対説得する。クロロもひとまずはこっちに付き合ってくれ。シュートとパームはミサと連絡を取って、会う。今のミサはすでに死神の眼を持っているはずだから、お前さんらの名前が見えないことに気付くはずだ。全てを知っている、そして味方だと思わせろ。そして夜神月との接触に協力するんだ。青山ノートブルーのことを教えるとか、可能な範囲で彼女に協力してもいい」

 

 ウイングが夜神月に言ったことと似たような事を彼女に話すか……神の子(笑)発言はともかく。いずれにせよ、キラ寄りだと思わせておかなければ殺されるのは間違いないだろう。あ、でも名前見えないんだったら私は殺されないのかな?

 

「ごめんパーム。オレが名前ばらしちゃった」

 

……持参したハリセンで三発ほど殴っておいた。これくらいで仲が壊れる私達ではないのだ、多分。

 

「とりあえずこの先どうするの? その、ミサミサと接触するのはわかったけど」

 

「夜神月と弥海砂、両方が記憶を失うまでは、キラ寄りの無関心で話を進めるつもりだ。ミサにはキラの味方だと思わせて、夜神月には無関係を装う。……つってもLにある程度の協力はするがな、出来る範囲で。Lに協力する範囲は、原作で夜神及びLが推測できた範囲内とする。ここ大事だぞ」

 

 クロロが少し反応した。『原作』の所で。……ウイングもシュートも自分達の言ったことに気付いていないようだ。おいおい、ここが二次世界だってバラさないんじゃなかったのか? まぁ、まさかクロロも、自分の世界がマンガの世界だなんて考えもしないだろうし、そのマンガ自体もここには存在しないけど。……ホント、この世界にH×Hがなくて良かった。

 

「おい、ウイング。この世界はお前が作った世界なのか?」

 

……ほらほらほら、クロロが釣れちゃったよー。ああ、映画の中に入る念能力者、とかアリかもしれないしなぁ。そんな感じに考えてるんだろうか。

 

「似た様なもんだが、一部が違う。例えば俺たちが何も関わらずに話が進めば、一旦Lが死んでキラの世界になる。向こうで作った映画にはそこまで盛り込めなかったからほぼ相打ちにしたけどな。だから、正確に映画の世界かと問われれば、答えはNOだ」

 

「だがデスノートの効力や死神、登場人物は実際に存在するというわけだな」

 

「ああ。そして、関わらなかったらといったが、現時点で既に俺たちがここまで関わっている以上、この先どうなるかは明確ではない。だからこそ、慎重に動く必要がある」

 

 慎重とか言いながら結構あちこちで無茶してると思います先生。神の子(笑)発言とか。この人、頭いいんだか悪いんだかよくわからない。馬鹿でもなれるのかな、東大講師。

 

「……全く、難儀な世界に迷い込んだものだな、お前達」

 

 ダンチョーさんもその一員ですけどスルーですかそうですか。そうねあなただったら最終手段、全員ぶっ殺してオシマイにしそうだもんね。やりかねないもんね。……でも心なしか、この世界にきてからのクロロは楽しそうだ。何だかんだ言ってデスノートの世界が好き……というか、面白がってるに違いない。

 

「じゃあ、とりあえずオレは部屋に戻ってミサちゃんにメールで連絡取るから、三人で竜崎を説得してきてもらっていいかな? 自由に外に出れる前提で話、進めとくよ」

 

「OK、駄目だって言われたら殴ってでも言うこと聞いてもらうから」

 

 鬼に金棒、パームさんにハリセン。

 

 何となくだけど、ハリセンを握っている時の自分は無敵の様な気がする。マリオで言う所のスター状態? さすがにデスノートを所持した夜神月に勝てる気はしないけどさ、竜崎くらいなら勝てそうな気がする。漫才効果恐るべし。

 

「よし、じゃあ行動開始だ。シュート、今夜か明日あたりに会えるよう連絡取ってくれ」

 

「了解」

 

 そして竜崎の所へ向かう。予想外にあっさり外出は許可された。……いっぺん殴ってみたかったのに、残念。ただし、これ以上捜査本部に余計な人間を連れてこないようにと念は押された。そし竜崎側の尾行に注意……クロロにもついて来てもらうかなぁ。尾行とかすぐに察知しそうだこの人。でもミサミサになんて説明するかが問題だよなぁ。……キラ信者とか? 嘘じゃないし。いいかもしんない。尾行にはホントに警戒しておかないと、今ミサミサと接触してることがばれたら、夜神月以上の要注意人物にされかねない。

 

 あ、でもシュートとミサミサはすでに知り合いだったわけだしなぁ……ああもう、よくわからなくなってきた。そもそも私みたいな凡人にキラとかLの思考を理解しろって言う方が間違ってるのよ前提条件として。しかもその裏をかかなきゃいけないし……もうさ、いっそのこと全部Lに洗いざらいブチまけるのってどうよ? 駄目?



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ミサの敵と味方

 デエト、デート、高木選手と待ちあわせっ♪

 

『ミサ、お前がデートするわけじゃないだろう。むしろお邪魔虫……』

 

「もー、レムは黙っててよ。ミサは二人のキューピッドなんだってば!!」

 

 そう、高木選手が何と直接彼女サンを紹介してくれるというので、私はうきうきと品川駅までやってきたのでした。何で品川かって? ミサの家と高木選手達が宿泊してるホテルのちょーど中間地点だからって。よく知らないけど。

 それにしても彼女サンと仲直りできたのかな。出来てなきゃ紹介とか出来ないよね? きっと仲直りしたんだねっ!

どうせ送ったビデオが放映されるまではヒマなんだし、仕事もオフだし問題ナシ!!

 

『忘れてるかもしれないが、あのタカギとかいう男は名前も寿命も見えないんだぞ』

 

 覚えてるよっ。そもそもレムは気にしすぎ! 見えないからって私が危険になるわけじゃないのに。

 

「ミサちゃん!!」

 

 駅の改札を入った所にあるカフェで、待ち合わせ。先に二人はきてたみたい。呼ばれた席に向かうと、高木選手と彼女さんが、同時に私に向かって頭を下げてきた。

 

「初めましてっ、弥海砂です! 高木選手にはいつもお世話してやってます!!」

 

 高木選手が苦笑する。

 

「ミサちゃん、こいつが話してた、オレの彼女」

 

「初めまして、桂木裕美です」

 

 想像より気が強そうだけど、想像通りの可愛いおねーさん、って感じ。まぁ、ミサほど可愛くはないけど。……そして、この人も名前と寿命が……見えない。

 

「さっそくだけど、移動しようか。他の人に話を聞かれないような所に移動したいんだけど……」

 

 駅を出てタクシーに乗って、個室のあるレストランに連れて行ってもらった。うわー、高そう。ミサあんまりお金持ってきてないのにー。

 

「あ、もちろんここはおごるから。ミサちゃんにはお世話になったしね!」

 

……見ちゃった。桂木サンが高木選手のフトモモをぎゅーってひねってるのを見てしまった。だからほら、彼女さんすねてるんじゃないですか? もう駄目だなぁ、相変わらず。

 

 そして落ち着いて適当に料理を注文した所で、高木選手が話を切り出した。それは、ミサにとってちょっと予想外の話だった。

 

「ええと、何処から話せばいいのか判らないんだけど……ミサちゃんには、オレの名前と寿命、見えてる?」

 

 いきなりの、核心に迫る質問。適当に言葉を濁していると、桂木サンが優しく、でもはっきりと言う。

 

「ミサミサがキラ……キラと同じ能力を持ってること、死神の眼を持ってること、……私達には見えないけどレムがそばにいること、私達は知ってるの」

 

 まさに予想外。どうしよう、ここまでバレてるんじゃ隠せないよね。でも一体どうして……。

 

「ミサちゃん、オレと彼女の仲直りに協力してくれたでしょ。だから今度は、オレ達がミサちゃんの恋に協力したいんだ」

 

 私の、恋?

 

「ミサミサがキラと会えるように、協力する。それと、私達の正体も……信じてくれるかどうかはわからないけど、話すよ」

 

 この人、ミサがキラに会いたがってること、知ってる。レムのことも、デスノートのことも知ってる。……信用していいのかどうかはまだわからないけど……。

 

「ミサちゃん、オレ達は、人間界とも死神界とも違う、別の世界から来たんだ」

 

……突拍子もない話。でも信じないわけじゃない。だってレムはここにいるし、死神の世界があることも知った今までは、他に世界があるって言われても別に不思議じゃない。……見た目はフツーの人間だけど、二人とも。……そっか、だから名前も寿命も見えないのかな。

 

「……ミサ……の、その、力のこと、知ってるの?」

 

「うん、大体は。そして、これは私達の世界の掟で言うことはできないんだけど、キラの正体も知ってる。だから、うまくミサミサがキラと会えるように手助けすることができるの……信じて、もらえるかな?」

 

 二人の目は真剣だ。そして、揃って私をじっと見つめてくる。

 私は、カバンからデスノートを取り出した。

 

『ミサ!』

 

「レムは黙ってて! ……お二人の話、信じます。これ、触ってください。レムの姿、見えた方が便利でしょう?」

 

 二人は交互にデスノートに触る。きちんと触ったことを確かめてから、私はノートをカバンにしまいこんだ。

 

「初めまして……レム。信じてもらえないかもしれないけど、私達はミサミサの味方。やってることについてどうこう言うつもりはないし、ミサミサの望む未来への手助けが出来たらと思ってる」

 

「オレ達の世界にも、色々掟があるんだ。だから、全面的に協力するってのはムリだけど、出来る限り協力したいとは思ってる。だってミサちゃんはオレ達の恩人みたいなもんだから」

 

 さっき、桂木サンは私に、キラのことを知ってるって言ってた。

 

「キラについて、何か教えてもらえますか?」

 

「ごめん、それは掟で教えることは出来ない。けど、ミサちゃんが今やっている方法で、キラにいずれ会うことが出来るよ」

 

 会える、キラに会える!! ……なんでそんな未来のことを知ってるのかはわからないけど、きっと二人の世界にある、デスノートのような変わった能力なんだろうと思う、多分。

 

「今やっている方法って……TVのことですよね?」

 

「そう。そして、もう一段階、踏み込んでキラを見つけ出す方法があるの。……ノートか何かに、去年の日記と称して、日付と日記のような文章を書いてTVで放映させるの。たとえば、4月30日、友達とご飯を食べに行った、とかね。その中にこういう一文を紛れ込ませたらどうなるか判る? ……『友達と青山でショッピング。ついでに授業のノートを見せ合う』」

 

……ノートを見せ合う。それは私達にしかわからないキラの能力の暗示。

 

「そして警察への対応として、それとは別の日付に『死神を確認した』……そう書けば、警察はそっちに食いつくに決まってる」

 

 その通りだ。何てすごいことを考え付くんだろうこの人達。ミサには思いもつかなかった。

 

「……オレは正直、何の罪もない人を殺すのは止めて欲しい。でも、キラの返事の通りにミサちゃんがするって信じてるから、それについてはこれ以上は何も言わない。どう? 日記帳のアイデア。悪くないと思うんだけど」

 

『これ以上ミサに行動させると、それだけで危険になる』

 

 それは確かにそうなんだけど、既にこれだけ動いてしまってる以上、日記の一枚送るのくらい……大して変わらない。

 

「もちろん文章はパソコンで打ち出して、指紋がつかないようにとか気をつけなきゃいけない。でもそれで、キラはきっとあなたがその日に会いたがってることに気付くはず。ついでに調べておいたんだけど、青山には『NOTE BLUE』っていうライブハウスがあるの。……ここで待ち合わせたら、ロマンティックだと思わない?」

 

……すごい。二人とも、本気でミサのためにわざわざ協力してくれるんだ。……多分、レムと同じで掟に逆らったら死ぬとかで、だから直接キラと引き合わせるわけにはいかないけど。でもその掟に抵触しない範囲内で、ちゃんとミサとキラが会えるように……色々考えてくれてる。

 

「……ありがとう、ございます。ミサ、二人を信じます」

 

「敬語は止めようよ。オレもタメ語でしゃべってるし、タメなんだしさ」

 

「私とも、よければフツーに仲良くして欲しいな」

 

 もちろん、その意見には大賛成。ミサも素敵なお友達が出来たと思う。ちょっと変わった、でもミサの味方。

 

『そのアイデアで行くのなら、地名はもう何箇所か出しておいた方がいい。具体的な場所が書いてあればそこを重点的に捜査してくるだろうしな』

 

「レムのいう通りね。それに、青山に行く時は変装しておいた方がいいと思う。まぁ、ミサちゃんの場合メイクをナチュラルにして服装とか髪型を変えればバレることはないと思うけど……」

 

『もしキラに会えても、まだ名乗り出るのは止めておいた方がいい。キラがミサの味方であるとは限らない』

 

 味方とか、敵とか、そんなのはどうでもいい。とにかくミサはキラに会いたい、会って話をしたい、……ただ、それだけ。

 

「わかってる。だからこうして協力してるんだ。また、何か思いついたら連絡するよ。電話番号も交換しておこう」

 

「あ、私とも番号とアドレス交換しようよ」

 

 二人とプロフィール交換をする。

 

「OK♪ これでミサと高木選手と桂木サン、お友達ね!!」

 

「あっ、私今偽名で生活してるから、ええと、パームって呼んでくれるかな? ……多分、しばらくしたら事情はわかってもらえると思うんだけど」

 

「オレはシュートでいいよ。高木選手とかなんかよそよそしいじゃん」

 

 ミサもちょうどそう思ってた所。二人とはなんだか気が合いそうな予感。

 

「わかった。シュートとパームね。これからもミサのためにごきょーりょく、お願いしますっ!」

 

「もちろん。よろしくね、ミサミサ……えーと、ミサちゃん」

 

「これからもよろしく、ミサちゃん」

 

 

 とりあえず夕飯をご馳走になって、そのまま二人とは別れた。さあ、家に帰ってから日記の文面をきっちり考えなきゃ! ミサまたこれから忙しくなるぞー!! あ、ついでに変装用のカツラ買って帰ろっと。ああ、キラに会える日が楽しみ……!



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青山散策の一日

……で、マッツーと一緒に俺もいとこの太郎さんになるわけだが、何か問題でも?

 

 これはイジメだと思う。彼女いない俺への遠回しなイヤガラセだと思う。イジメ、カコワルイ!

 

 しかし夜神月の友達だけあって可愛い子多いな。畜生、大学時代の俺の周りはこんなに女の子いなかったぞ。モトが違うとか言うな泣くから。ホントに泣くから。

 

 ちなみにマッツーが太郎さんで俺が一郎さんだ。夜神月、この命名もイヤガラセとしか思えないぞコンチクショウ。

 

そうして、タロさんと夜神とその友人達と一緒に青山散策をしているわけですが、俺の頭の上をリュークがふーよふーよと飛んでいます。人ごみが面白! だそうです。死神の感覚はよくわからんとです。

 

 確か原作ではミサミサはカフェかどっかにいたよな……。見つけ出してしまうのもアレだしつーか俺が見て判るかどうかも不明なので、とりあえず放置して俺は青山を楽しむことにした。マッツーも楽しんでいる。うんこの人仕事忘れてるんじゃないかなきっと。おーおーはしゃいでるはしゃいでる。何となく年下のようなイメージがあったんだが話してみたら年上だったらしい。刑事生活4年目だそうで、……あれ? おない歳? でもあれマッツー1978年生まれっつってたぞ。俺81年生まれ……あっそうか、タイムラグがあるのか。

 

「タロさんタロさん、今年何年だっけ?」

 

「え? 2004年でしょ」

 

 やはり。つーことは俺サバ読んだことになるのか年齢。……まぁいいか。竜崎が馬鹿にするくらいですむだろう。『たかが4歳サバ読んでどうするんですか?』とかいって。おーお目に浮かぶ。これもイジメだ間違いない。

 

 つかさ、竜崎の俺を見る視線が心なしか最近優しいんだよな。その分夜神父から厳しい視線を向けられている昨今なわけでありますが……。多分、初めて会った時以上に、夜神月への疑いが深まっているんだろう。……畜生女の子に囲まれて楽しそうにしやがって。靴に犬のウンコなすりつけてやろーか。

 

 お、マッツーは刑事らしく一応回りに気を配っているようだ。だが俺に課せられた本日の使命は夜神月を観察すること。何か変なそぶり見せたらそれを竜崎に報告することだ。それだけでいいのだ。後は普通に楽しむのだ。ついでに彼女も探すのだ。

 

 

「で、何か怪しい点はありましたか?」

 

 夜神は、夜は自宅に帰っている。ついでに今日は夜神父も自宅に帰っている。

 

「いえ、僕は何も気付きませんでしたけど……僕が刑事だとばれないように気を使って友達を呼んでくれたり、不自然な点はありませんでした」

 

「ウイングさんはいかがですか?」

 

 んー、怪しいってほどじゃないと思うが、一応報告しとくか。……それと、実は気にならなかったことなんだけど……竜崎の推理をとりあえずリードしとくか。

 

「尾行を気にする素振りを数回、それから監視カメラを気にする素振りが数回……まあそれは、お前さんの目を気にしてのことだろうが。存在知ってたらどうしても気になってしまうもんだしな。それにもう一つ。ライブ前で混雑しているクラブ『NOTE BLUE』だ。特に何をするわけでもなく、単に通りすがっただけかもしれないが。もちろん中に入ったりライブを見たりなんてことはないけど、日記の『ノートを見せ合う』って文面と関係があるかと思って……一応、な」

 

「すごいですね、僕全然気付かなかった……」

 

 ゴメン嘘なんだマッツー。ノートブルーがどの建物なのかすら知らん。だが原作の展開上夜神月がノートブルーを気にしていたのはガチだからな。ついでに竜崎にも俺を売り込んでおく必要がある。俺の意見を通りやすくするため……いずれ、キラについて信頼できる意見だと思ってもらうため。

 

「……グッジョブですウイングさん。早速監視カメラを調べてみたいと思います。意味があるかどうかまではわかりませんが。で、誰かと接触した形跡はないんですね?」

 

「それはないです。なあマッツー?」

 

「ええ。夜神くんの友人達以外に接触した人物はいません。すれ違うくらいならそりゃありましたけど」

 

「意思の疎通はしてないと見ていいですね。あとは私が監視カメラの映像をチェックするだけですので、今夜はもうお休みいただいてかまいません。今日はどうもお疲れ様でした」

 

 おし任務完了。部屋に戻ると、目をギラギラさせているからと連れて行ってもらえなかったクロロがスネていた。

 

「……青山は楽しかったか……?」

 

「そのうち連れてってやるよ。だから今日のことは忘れろって。そりゃお前さんみたいのがあの街をうろついてたら別の意味で周囲をおびえさせるからな。どうせ弥海砂を見つけ出してデスノート奪い取ろうとでも思ってたんだろうが」

 

「フン、ばれていたか」

 

 ダメ、絶対! すでにシュートとパームが接触してるんだから、青山でミサと接触したらあいつらが疑われるだろうが! ミサはともかくレムに疑われるとガチで速攻消されかねないから……あの二人は名前バレしてるしな。

 

「それで、あさっては渋谷に行くんだろう? ついでに俺の服を買ってきてもらえると助かる」

 

 そういいながら、クロロは懐から万札を数枚取り出す……ってこの金何処から調達してきたんだコイツ!!

 

「向こうから持ってきた金と宝石を売り払った。いくらオレでもこの世界に来てすぐ奪い取るような浅はかな真似はしないさ。だがこの世界の仕組みも随分わかってきた。戸籍がないオレなら、顔さえばれなければ少々大きな盗みをした所で捕まる可能性は限りなく低いだろう」

 

 ダメ、絶対ダメ!! ああもう盗賊の考え方ってついていけない。奪うとか殺すとかそんなんばっかり。この世界にクロロを楽しませるほど強い人間がいないのと、クロロ自体が弱くなっているのがせめてもの救いか……。ヒソカが帰ってくれて良かった。二匹統率するのはいくらなんでも無理だ。俺が過労と心労で死ねる。

 

 ええとー、とりあえず渋谷行ってー、それからミサミサからまたビデオが届いてー。んで警察が名乗り出ろってビデオ流してー、んでキラに会いに行ってー、んでキラの言うとおりにビデオ作ってー……ええと、そこは二人に確認させとこう、ちゃんと原作どおりに動いてるかどうか。

 

 何だ俺、しばらく特にすることねーじゃん。よしクロロ、歌舞伎町に連れて行ってやる。お前さんのオゴリでだ。……なんだよそんな冷たい目で見るなよ、可愛いおねーちゃん方が接待してくださるぞ? お前の金でだが。えっ興味ない? そうですか。……チッ。



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カニ鍋ディナー

 私は気付いていなかった。

 ズレは着実にこの世界を蝕んでいる。それは、私やウイング、シュート、クロロ……異邦人の存在。

 キラは私達を意識し、私達は殺されないように動き、その結果Lをも振り回す。

 それがどれだけの重大なズレを生むかなんて考えても見なかった。前の世界では、私達の存在はうまく修正されて原作どおりにことが運ばれていたから。そしてこの世界ではそううまくはいかない……やがてそれを知ることになる。

 

「ウイング、ミサミサからビデオ届いたよ」

 

 25日夕方、L達との会議に参加していた私達の元へ、ワタリから連絡が入る。原作どおり、ミサミサは『キラを見つけることが出来ました』といった内容のビデオをサクラTVに送りつけたようだ。

 

 すぐにその場にいなかったウイングとクロロにも連絡を取って、一緒に全員でそのビデオを見た。内容は、原作のまま。

 

「見付けたって、まずいぞ……」

 

「まだ大丈夫だと思うけどな。今までのビデオでは『会う』っつってたのにこのビデオでは『見付ける』っつってる。多分第二のキラは、キラが誰なのかを知ったというだけで接触まではしてないんじゃないだろうか」

 

「ウイングさんの言うとおりです。既に接触していれば、キラが『見付けた』などと言わせるとは思えない」

 

 あれ? 心無しか、Lのウイングに対する信頼感が増しているような……ああ、青山の件で何か吹き込んだんだな、きっと。

 

「申し訳ないんだけど、人と会う用事が入ってるので、私とシュートは外出してもかまわないでしょうか」

 

「……ええ、構いません。どちらに行くか、また帰ってくる時はワタリに連絡を入れるよう、いつもの通りお願いします」

 

 会議途中で抜け出すのは心苦しい、つーか疑われそうでコワイんだけど、夜のニュースをミサミサが見てしまう前に連絡を、できれば会っておきたい。

 

 私はシュートを連れてホテルを出た。道中で、ミサが警察からのメッセージを見て夜神月に会いに行くという原作での経緯をシュートに細かく説明する。

 

「とりあえずオレからミサちゃんに連絡してみる。……この場合、原作どおりに事を進めたほうがいいのかな?」

 

 本当はキラとミサを会わせたくないんだけど、それやっちゃうと原作と乖離しちゃうかもだからね……一応、会わせる方向で行こう。

 

「んじゃ、TVを見るように仕向けよう。一緒に見た方がいいかな?」

 

……どうだろう。一緒にいたら、一緒にキラの所へ行こうとか言い出しかねないしな……それはさすがに、ちょっと怖い。でも一緒に行けば原作と同じかどうかを目の前できっちり見ることが出来る。うーん……どうせ夜神月には色々疑われてるわけだしな。

 

「よし、ミサちゃん家に遊びに行こう」

 

 電話をする。今日も彼女はオフだって事は既に把握済み。多分出てくれるだろう。

 

「もしもし、今ヒマ? 近くに来たからさ、良かったら一緒に夕飯食べない? うん、シュートも一緒だけど、それでもよければ。え? いいの? わかった、じゃあテキトーに買い込んでいくね!」

 

 最初はTVのあるファミレスかどこかに呼び出すつもりだったんだけど、近くにいるんなら自宅へおいでよと誘われた。好都合だ、このまま一緒に夜のニュースまで行動しよう。もう少しうまい具合にミサに情報提供を出来るかも。

 

 

「いらっしゃーい! みんなで食べようと思ってお鍋の準備しといたんだ!」

 

 出迎えにでてきたミサはいつもと変わらない。ニュースの前に、何を話して、何を話さないでおくか。それはシュートとこの家に向かう途中に全て打ち合わせておいた。とりあえずは、友人として振舞うのが第一だ。何よりも彼女とレムの信頼を勝ち取らなければいけない。ライトには敵わないかもしれないけど、彼女の中でそれなりに重要な位置を占めていれば、殺されることはないだろう。

 

「はいこれ、お土産。鍋にするって言ってたからパームとカニ買ってきたんだ」

 

「うわっすごーい、やっぱり野球選手って儲かるの?」

 

 ミサは、私達が上着を脱いだりしている間に、カニの足をもいでぼちゃぼちゃと鍋に放り込んでいる。つか何故一人暮らしなのにこんな大きな鍋があるんだろう……そして、私達が来る前に、そのまま渋谷や原宿に行ってもおかしくないくらいしっかりがっつりメイクをしているんだろう……謎だ。

 

「んー、普通の高卒社会人よりはもらってる方なんじゃないかなぁ」

 

「そのくせ私にはあんまりおごってくれたりとかないよね。私よりミサちゃんの方が大切なんだ、へー、そー、ふーん」

 

 軽くシュートをおちょくってテンパらせるとミサはゲラゲラ笑ってる。この雰囲気……いける!

 

「いっただっきまーす。あ、ミサちゃん、TVつけてもいい?」

 

 時刻は8時過ぎ。原作であの放送が流されるのは確か9時ごろだったはず。それまでTVを適当に付けておこう。たまたまお笑い番組をやっていたので、チャンネルはそのままにしておいた。

 

「そういえばさ、ミサちゃんってアイドルの卵なんだよね。仕事オフが多いってやばくない?」

 

 カニ鍋ってのはいいね。殻をむくのに夢中になるから多少会話が唐突でも割と平気だし、無意識に色んな情報を植えつけることも出来る。

 

「パームひどーい、そんなミサが売れてないみたいに言わないでよー。引越し直後だから多めにお休みもらってるだけ! これでもバンバン舞い込んできてるんだから、お仕事!」

 

 シュートに狙っていたハサミをとられたので、軽く殴った。ミサはギャハハ笑いをしている。……女の子がその笑い方はどうかと思うんだけどミサちゃんがやると可愛いから得だよなぁ。私がやると男衆ドン引きに違いない。

 

「オレは肩の調子が悪くて調整中だけど、ミサちゃんも似たよーな感じって事かー」

 

「私は大学休学して、とりあえず暇人だしね」

 

「えっ何で休学? まさかシュートが故障しちゃったからケアしてあげようと思って?」

 

 まさか。んなわきゃねぇ。っつったらまた凹むだろうかコイツ。

 

「ちょっとやらなきゃいけないことがあってね。すぐにわかると思うよ。ミサちゃんがキラと会った後くらいに」

 

「えっ、じゃあスグにミサ、キラと会えるの?」

 

 さすがに、キラの話題には食いついてくるのが早い。うまく誘導して、こちらに有利になるように情報操作しなきゃ……。

 

「うん……実は、私達も一緒にキラに会いに行きたいなーとか思ってるんだけど……」

 

「別にいいけど、ミサまだキラが誰かわかんないよ?」

 

……は? カニの身ほじほじしながら今さらっと、とんでもないこといいませんでしたかミサさん。

 

「え、だってTVで見つかりましたっつってたじゃん!」

 

「うん、見つかったんだけどね、候補が二人いるの。どっちがキラかまではわかんなかったんだもん」

 

 何で!? 寿命の見えない夜神月がキラで決まりじゃないの!?

 

「ミサの死神の眼ね、知ってるかもしれないけど、ノートを持ってる人の寿命が見えないの。でも、あの日青山で寿命が見えない人、二人いたんだよね。どっちかがキラだとは思うんだけど」

 

……思い当たるフシが一つ。あの馬鹿の存在ですねわかります。

 

「あー、ソレ、オレらのツレだわ多分。寿命だけじゃなくて名前も見えないヤツだろ? そっちがツレ。名前見えてる方がキラで間違いないよ」

 

「そっか!! あー、二人ってホントに、ミサに協力してくれるんだね、嬉しい!! でも他にも名前も寿命も見えない人、いたんだー」

 

 名前のわかっている方……夜神月のことは既に調べていて、住所も大学も突き止めているらしい。良かった、そこからやり直しになってたら今夜のニュースに間に合わない所だった。ビミョーなズレ、修正完了かな? 後でウイングにきっつい一発をお見舞いしてやろうそうしよう。

 

「あと一人いるけどねー、そいつ殺人狂の変態だから、ミサちゃんは近付かない方がいいと思うよ」

 

「あはは、何ソレー」

 

 和やかに、カニ鍋ディナーは進んでゆく。ニュースの時刻まであと少し。私達は、出来る限りミサから情報を聞き出すように努めていた。他にも原作と違う部分があるかもしれない。注意深く、でも悟られないように。



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新たなるノート

 ピンポーン……。

 

「お兄ちゃーん、お友達が忘れたノート持って来てくれたよーっ」

 

 ニュースで警察が偽キラに呼びかけてすぐ、……ノートを持った人間がうちを訪れた。ま、まさか……。

 

 玄関に出る。家族にわからないように扉を閉める。そこに居たのは知らない女、それに……パームと、シュート?

 

「は……初めまして、弥海砂です。テレビ見てたら心配してるんじゃないかと思って、どうしても我慢できなくなって……このノートを触ってください」

 

 デスノートか? 彼女の差し出すノートに触れる。すると彼女の背後に、リュークとはまた別の死神の姿が見えた。間違いない、偽キラだ……だが、何故この子と共にこの二人がいる? 罠か?

 

「……夜神くん、話したいことがあるんだけど……私達も、ミサちゃんも」

 

 話したいこと……内容は間違いなくデスノートあるいはキラについてだろう。

 

「あがっていけよ」

 

「えっ、部屋に入れてくれるの? 嬉しい」

 

 三人を家に迎え入れる。……家族に会話を聞かれてはまずい、居間ではなく僕の部屋に通そう。

 

「母さん、わざわざ届けてくれたんだ、お茶か何か」

 

「えっ、あっ、そうね……いらっしゃい……」

 

 母さんと粧裕は、あまり普通ではない格好の弥に注目している。……彼女と僕が接触したことがLに知れたらまずい。

 

 階段を上がり、椅子がないので床に座ってもらう。掃除はしてあるので埃がつくこともないだろう。

 

 こいつが偽キラであること、僕がキラだとわかっていることは間違いない。警察の呼びかけはついさっき……取引をしてきたとも思えない。だが、この二人が警察側なら、僕を売り渡す可能性も……いや、だったらこんな回りくどいことをせずに、最初からLに僕のことを言えばいいじゃないか。何故いきなり家に……。とりあえず観察してみるしか……ない、か。

 

「何故わかった」

 

「あっ、やっぱり目の取引はしてないんですね。死神の眼を持つと人間の寿命と名前を見ることが出来る。でもノートを持ってる人間は寿命の方が見えないんです」

 

 リューク……まだ隠していたのか忘れていたのか……こんな、大事なことを。

 

『いや……そこまで詳しく知らなかったし俺……』

 

「……二人とキミはどういう関係だ?」

 

 この二人が何を考えているのかが、全く読めない。キラの敵なのか味方なのか。ウイングとの関連性は?

 

「友達……キラを見つけるために協力してくれた、大切な友達です」

 

「そうなのか、パーム」

 

 さあ、どう出る。

 

「ええ。私達はLの味方でもキラの味方でもない……ウイングから聞いていると思うけど。強いて言うなら、ミサちゃんの味方。ああ、神の子ってのはアイツの悪い冗談で、実際は死神界でも人間界からでもない、第三の世界から来たと言っておくわ。首を絞めれば死ぬけど、デスノートで私達は殺せないし、死神の眼で私達の名前や寿命を見ることも出来ない」

 

 リュークを見た。コクコクと頷いている。やはりこの二人の寿命と名前も見えないのか。しかし、デスノートが効かない存在……厄介だ。

 

『この娘の言ってる事は嘘じゃない。でなきゃ青山で擦れ違っただけでキラだとわかるはずがないだろう? それどころか私は「本名はキラに教えない方がいい」と止めたのに……どうも、おまえには嘘をつきたくないみたいだ』

 

…………。

 

「それはわかったが……君がもし警察に捕まっていたら、キラの秘密がバレていた……」

 

「……大丈夫……私にはパームやシュートがいたし、今、私は捕まってない。これからはあなたの言う通りに動けば捕まらない、そうでしょう? そして私がLの名前を見る。私はあなたの目になる。だから…………」

 

「? ……だから?」

 

「彼女にしてください」

 

 なんだって? 唐突な言葉にコンマ数秒、僕の思考はフリーズした。……こいつを下手に扱うと殺される可能性がある。しかし。

 

「無理だ。あの日の青山にはいつもの三倍の監視カメラが付いていた。あの日青山にいたのなら、必ず君はどこかに映っている。僕もだ。その二人がその後接近したら……今ここでこうしてる事すらまずいんだ。それくらいわかってくれ」

 

「そこは問題ないよ、夜神月。ミサちゃん、あの写真見せてあげて」

 

 シュートに促されて、二枚の写真を手渡される。そこにはセーラー服に眼鏡姿の真面目そうな女が映っていた。

 

「青山に行った日の私の写真です。化粧は全く違うしカツラも着けてます。監視カメラに映っていたとしても、この私から私は結び付けられない……」

 

…………。

 

『これなら確かにわからないな』

 

「じゃあ、指紋は? 君の指紋が警察に採られるような事があれば第二のキラと決定される」

 

「それも問題ない。オレ達が前もってミサの指紋とTV局に送られたものについていた指紋を照合して、違う人物のものだと確認している」

 

 シュート……パーム……僕、というかやはりこの女の味方なのか?

 

 TV局に送った物は大阪に住んでいた時の友人の指紋だということを、方法を含めて説明された。

 

「その友達は今、どうしている?」

 

「あなたが殺せというのなら、今すぐにでも殺します」

 

 弥はすぐに、自分のカバンから再びデスノートを取り出す。その友人の名でも書き込むのかと思ったが、開くことなく僕に差し出してきた。

 

「どうしても信じられないなら、このノート、あなたが預かってください」

 

 ノートを受け取る。けれど、これが全部とは限らない。僕のように財布や本に仕込んでいる可能性もある。

 

「預かるだけなら所有権は私にあるから目の能力は持続する。そうよね、レム?」

 

『……確かにそれならミサのノートの隠し場所が夜神月って事にしかならないが……』

 

「これなら私はあなたを殺せないし、あなたからしか警察はノートを奪えない。そして、私が不要になったら殺せばいい」

 

 なんでこいつ、ここまで……。

 

「ミサちゃんがデスノートの切れ端を他に所持していないことは、オレ達が保証する。尤も、オレ達も含めて信用してもらえたらの話だけどな。ちなみにオレもパームもデスノートは持ってない。レムは持ってんだろ?」

 

『ああ』

 

「私はあなたに利用されるだけでもいいの。信じて」

 

……何故こいつは、ここまで言えるんだ?

 

「私の両親はちょうど一年前、私の目の前で強盗に殺された。絶対に許せなかったし、殺したいとも考えた……でも、それはしてはいけない事。私はどうしたらいいのかわからなかった……裁判は長引き、そのうち冤罪の見方まで……そんな時、その犯人を裁いてくれたのがキラ。私にとって、キラは絶対的な存在……」

 

…………しかし。

 

「君は、罪のない警官達を殺した。それは君の両親を殺した人間と同じじゃないのか?」

 

 弥は涙を浮かべる。

 

「そんな事、あなたに言われたくない……。あなただって悪を裁いていくには犠牲は出る、そう考えてやってきたはず。私も同じ考え……」

 

……今までの無理なやり方は、キラに会いたいという一心ゆえ……。

 

「私には、ああするしか思いつかなかった。私の存在をあなたに知ってもらう方法……お礼をいう方法が……」

 

 一応、最低限の対策等はできている。思ったより馬鹿ではない……。それに、これからは僕に従うと言っている……それはすなわち、この二人を味方につけることにも繋がるかもしれない。

 

 僕は、二人と二匹の目を気にすることなく、彼女を抱きしめる。気にする必要はない、今はこの女の機嫌だけを取れればいい。

 

「わかった。彼氏にはなれないが、振りはしてあげられる。僕に会う為、僕の力になる為に残りの寿命を半分にした。君の目は武器になる」

 

「ありがとう……好きになってもらえるよう頑張る……」

 

 こいつにLの顔を見せ、Lの名前を知り、捜査本部もろとも消滅させる。こいつを殺すのは、そのあとだ……。そうとも、こいつはキラの正体を知ってしまった唯一の人間。長く生かしておくわけにはいかない。……できるならば、ここにいる二人、それにウイングとクロロも殺させてから……殺す。



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いのちだいじに

「……というわけで、ほぼ原作どおりに話は進んだわ」

 

……俺の神の子発言は撤回されたわけですかそうですか。しかしデスノートで殺せない、っつーコメントはグッジョブだ。まぁ確実ってわけじゃないが、あいつの性格上、実際に殺せるかどうか試すのは、殺してもいい状況にならないとやらないだろうしな。その状況に持っていかないようにするのが、俺らに出来るとりあえずのこと、だ。

 

「最後のビデオが届くのが今日の夕方。とりあえずそれまではダラダラしとくか」

 

「オレの見ている限り、ウイングはいつでもダラダラしているようだが」

 

 余計なこと言うな馬鹿! あーあ、ほら、二人が白い目で俺を見てるじゃねーか。仕方ないだろ、実際すること無いんだから。

 

「ただ、一個だけ問題が出てきたんだけど」

 

 ん? 問題っつっても大したことないだろ。言ってみ。

 

「夜神月は、LをTVに強行出演させるつもりだ」

 

 飲みかけていたカフェオレ吹いた。ちょっとそれ大問題じゃねーか!!

 

「ということは、今日届くビデオには……」

 

「今日中にLをTVで生出演させろ、と録画してあるはずだ」

 

 えっ何でそんなことに? お前さんら余計なこと言ったのか?

 

「特に原作に沿わないようなことは……私たちのことを除いては言ってないわ。でも、夜神月本人が言い出して、キラが望んでいることとしてLを表に引きずり出せ、と」

 

 何でそうなるんだよ! あっでも、Lのことだから誰か代理を立てるんだな、そうに違いない。そりゃそうだ、また死刑囚とか連れてきて座らせれば問題は無いよな、うん。

 

 一瞬あせったが何も問題は無いと思い直し、落ち着いたところでLからの呼び出しがかかった。

 

 

「第二のキラは、あくまでも私にTV出演しろと要請しています」

 

 うんうん、そうだろうね。で、身代わり立てるんでしょ?

 

「その通りです。ですが、私ではないとすぐにばれるような者を代理に立てるわけにはいきません」

 

 うんうん、じゃあLっぽい探偵っぽい死刑囚を連れてくるんだね、きっと。

 

「そこで、代理にはウイングさんになってもらうことにします」

 

……うんうん、ウイングさんがね……へ?

 

「ウイングさんでしたら、私並の推理力を見せて、第二のキラにLであると信じ込ませることができると思います」

 

 ちょっと待ってちょっと待って。その場合、俺が名前書かれて心臓麻痺になっちゃうんじゃないの?

 

「そうなりますね」

 

 そうなりますねじゃねーよ! 何でそこで俺なんだよ! もっと他に適任者がいるだろーが!!

 

「クロロさんから伺いました。キラの力で殺せない者が世界に四人存在すると。その内の一人はウイングさん、あなたですね」

 

 ちっげーよ! 何じゃそのデタラメな情報は! つーかクロロ、お前さん、いつの間に何吹き込んじゃってくれてるんだよ!

 

「お前が女の尻がどうこうと涎をたらしながら寝言言っている隙に、少しな」

 

「これからはその四人……ウイングさん、パームさん、シュートさん、クロロさんには大いに活躍してもらうことになると思います。そして手始めに、Lとして最も相応しい……というのはかなり言いすぎですが、四人の中ではウイングさんが適役であると判断しました」

 

 嫌だー!! 死なないって限らないじゃねーかよ! 俺逃げる絶対逃げる絶対出ない!!

 

「クロロさんは意地が悪いので、知っていることを全て話してはくれませんでした。ウイングさんは話してくれますか?」

 

 話していいのか!? いや駄目だ。大幅に原作が狂う。……あれ、でもここで夜神月と弥海砂の名前と、それにデスノートの存在をばらしちゃえば即タイーホで俺助かる? ……言っちゃおうかな。そう思った瞬間にシュートに殴られました痛いです。

 

「ミサちゃんを売るような真似したら、今度は本気で殴るよ」

 

 プロスポーツ選手に本気で殴られたらそれだけで俺死ねますよ。つーか何だよ! お前さん、それじゃ俺が死んでもいいっつーのか!!

 

「L、俺が死なない確証はない。それでも俺に出演させるのか?」

 

 悩め悩むがいい! 宇生田さんが死んだ時お前さんは大いに苦しんだはずだ、さあその慈悲の心を俺に対しても発揮するのだ!!

 

「はい」

 

 即答かよ!! クロロがフ……とか笑いながらこちらを眺めている。面白がってるなコイツ人の命だと思って!

 

「クロロさんの言葉によると、あなた方四人は殺せないわけではなく、少なくとも第二のキラには殺せない、ということでした。もちろん名前は出しません。つまりウイングさんが殺される可能性は低い。もし殺されたのなら、それは確実にウイングさんのことを知っている人物……私は、その時点で夜神月を黒と断定します」

 

 ちょっと待ってよ何で俺だけ命かけなきゃいかんとですか?

 

「この捜査本部に来た以上、命の覚悟は誰もがしている。ウイング、お前もそうではないのか?」

 

 そうじゃないよ死ぬ覚悟なんて出来てないし、まだクリアしてないエロゲあるしさぁ……ちょっと俺捜査本部抜けて……オウチカエルー!

 

「ウイングさんが捜査本部を抜ける場合、ご自宅にある大切な品は全て処分させて頂きます。もちろん、こちらに持ち込まれたものも」

 

 えーとコレ脅しですか? 俺に山本五十六とかマリア・タチバナとか保科智子とかを諦めろってわけですか!? 最近のゲームならともかく昔のヤツは今じゃ手に入りにくいとですよグッズとか!! 俺の命より大事な……いやこの場合本当に命がかかってるわけですが……ギャルゲや関連商品の数々を勝手に捨てると、お前さんはおっしゃるとですね!!

 

「私には価値のないものばかりですから」

 

 かーっ! コレだから最近の若者は!! 古きよきあの時代よもう一度! 同級生とかときメモでときめいた青春時代を送ったことのないお前さんらにあの希少価値がわかってたまるものか!!

 

「で、出演して頂けるのでしょうか?」

 

……『いのちだいじに』が、俺のポリシーだったわけなんですが。何故にどうしてこんなことになったの教えてママン……。

 

 はいはいわかりました。その代わり俺のコレクションの数々に絶対手は出さないで下さいね? お願いしますよ? ついでに金かけてしっかり保管しといてくださいね?

 

「それはお約束します。それに、今後はウイングさん一人だけにこんな危険なことはさせないと言う事も、あわせてお約束いたします」

 

 嘘付くなよ! 絶対だぞ!? 嘘付いたら本気でハリセンボン飲ませるからな!!

 

 こうして涙目の俺は、TV局に連れられてゆくとでした。悲しそうな瞳で見てやるぅッ!!

 

 

「クロロさん、第二のキラにウイングさんを殺せないというのは確実なんでしょうね?」

 

「ああ。不確実だったらこんな真似はしてないさ」

 

 命大事にしないクロロによって、俺は売られてゆくとでした……。

 

 次回、天国は本当にあった! 天使のおねいさんとラブラブララバイ編、お楽しみに!(嘘です嘘ですソンナノヤダヤダシニタクナイー!!)



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ウイングの暴走

 亜qwせdrftgyふじこlp;@:「

 

 

 

 ⊂二二二( ^ω^)二⊃ブーン

 

 

 

 

 アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

 

 

 

―――しばらくお待ちください―――

 

 

 結局、TV出演したウイングはマトモに話すことも出来ず、Lは世界中の重鎮達からフルボッコにされてしまっていた。

 

「ウイングの馬鹿……」

 

 まさか、あそこまで駄目な人だと思わなかった。……実は少し、すごい人かもしれないとひそかに尊敬していたのに。騙された。というかオレの見る目が無いのか。

 

 Lは三日ほど、その各国首脳やらなんやらの応対に追われ、ワタリも姿を見せるどころか(まあ夜神月が来てからは姿を見せなくなってはいたんだけど)PCにすら出てこなくなった。全部ウイングのせいだ。捜査は完全にストップしてしまっていた。

 

「……ここまで馬鹿だとは思わなかった」

 

「すんません……」

 

「つかさ、もう少しやりようが無かったわけ?」

 

「……命かかってると思ったらテンパってしまいました……」

 

 とりあえず関東地方だけのオンエアでよかったよね。全世界同時生中継だったりしたらウイングいい恥晒しだよ。

 

「充分恥晒してきますた……」

 

「でも殺されなくて良かったね」

 

「殺す価値もないと思ったんだろう、あれを見ては、な」

 

 クロロは厳しい。けど、オレはとりあえずどんな事情であれウイングが殺されなくて良かったとは思ってる。幻滅はしたけどね。

 

「本当すんませんでした……」

 

 ベルが鳴って、パームが電話の受話器をとる。

 

「その台詞は竜崎に言ってあげるといいよ。部屋に来いってさ、全員」

 

 

 

「馬鹿」

 

 部屋に入った途端に浴びせられたのは、竜崎からの罵声だった。オレにじゃないよ? ウイングにだよ。

 

「ほんっとスンマセンでした!」

 

「すみませんですんだら警察もキラもいらないじゃないですか」

 

 ウイングは土下座して竜崎にひたすら謝っている。竜崎はウイングに目もくれずにケーキを食べながら資料かなにかを読んでいる。シュールな光景だ。

 

「とりあえず、第二のキラからビデオが届きました。Lの偽者を出演させたことは万死に値するが、罪のない警察庁長官やTVに出た者の命を奪うことは、本物のキラの信念と相反すると考え、裁きはしない、だそうです。よかったですね、ウイングさん」

 

「ほんとよかったぁー」

 

 前にも見た事がある気がする、ダダ泣きのウイング。鼻水もオプションで付いている。竜崎がシッシッと追い払っている。……シュールな光景だ。

 

「その件はもう終わったことです。第二のキラから送られてきた封筒の分析結果が出ました。以前送られたものと違い、封筒の中から関東にしか生息しない花の花粉が検出されました。つまり、送られたのは関東からだと思われます。指紋などは以前と同じ物でした。ウイングさん、これについてどう思いますか?」

 

「ふぇ……? え、えーっと、第二のキラは送りつける場所を変えた……っていうのは消印見りゃわかるが、封筒の中身ってことは第二のキラの住んでる場所が関西から関東に移った……と考えていいだろうと、思……イマス……」

 

……ヘタレだ。ハンパなくヘタレだ。しかも卑屈だ。

 

「まぁ、正解です。そこで、一人の女性が浮かび上がってきました。この期間中に関西から関東に引っ越しており、キラ……と、疑っている夜神月と接触しており、しかも引越し前後に関東だけではなく全国各地に新幹線で特に目的もなく移動している……ここまで上がっています。あとは、彼女の部屋に入って証拠を押さえるだけです。封筒の中には洋服の繊維や、これは予測ですがぬいぐるみの繊維なども検出されました。同じ物があれば……その女性が、黒です」

 

 これは……竜崎はそこまでわかっていたのか……。このままじゃ、ミサちゃんが逮捕される? 何とか……何とか助ける方法はないんだろうか。

 

 オレの表情を見て察したのか、パームがそっと耳打ちをしてきた。

 

「大丈夫、助ける方法は先であるから今はスルーして」

 

「パームさん、何か?」

 

 竜崎に気付かれた。内容は聞かれて……ないよな?

 

「いえ、恐らくですが、私とシュートの友人がその女性ではないかと……別件で近付いて、捜査していました、独自でですが。弥海砂……違いますか?」

 

「その通りです。Lの代理にはパームさんを選ぶべきだったかもしれませんね」

 

「だが断る。私はああも明らかに命の危険に晒されるような真似はごめんです。無駄に命を捨てることにもなりかねないし。あれはウイングだから引き受けたようなものです」

 

 竜崎はケーキの最後のひとかけらを口の中に放り込み、そうですねと頷いた。

 

 ウイングの鼻水が顔にこびりついている。汚い。ウイングがこっち来た。こっちくんな。さりげなく避けた。あ、また泣き出した。

 

「お二人が弥海砂と友人であることは知っていましたが、捜査でしたか……。ということは、彼女を確保することになっても、問題はないですね?」

 

「証拠が出揃ったら、な」

 

 クロロは黙って話を聞きながらくっくっと笑っている。何がそんなに面白いんだろうか。笑い事ではないだろうに……ああ、でもコイツにとっては笑い話か、全部。命も余裕でかけてるし、自分の為に平気で仲間も売れる。というか、オレらが仲間と思われていない可能性が高いな。

 

「竜崎、オレはもう部屋に戻る。弥海砂の証拠が挙がったら連絡をくれ。それと、ウイングとは別の部屋を用意してもらいたい」

 

「了解しました。今後もご協力、お願いします」

 

 クロロは一人先に部屋を出て行った。本格的に、アイツを仲間だと思うのは危険かもしれない、と、オレはそう思い始めていた。



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疑問と嘘と真実

 オレの知っている話では、最初から第二のキラはそう名乗っていた。けれどビデオの中の第二のキラは、自分をキラだと名乗っている。既にオレの知っている物語とは乖離が始まっている。いや、最初からウイングの物語とは違っていた。そう考えた方がいいだろう。

 

 オレの情報はどこまで正確なのか、Lとウイングを使って確認しておく必要があるだろう。だがウイングと共に行動するのは……今日の様子を見て、少し悩んでしまった。切れ者だと思っていたんだが……買いかぶりか? 或いはL達に見せるための演技か。特に夜神月には有能さを見せれば殺される可能性もある。そこまで考えていたのだとすれば、さすがとしか言いようが無いが……多分、99%地だろうな。

 

 夜神月、弥海砂、同じ名前の人物が出ている以上、この二人がキラで間違いないだろう。

 

「ウイング、パームとシュートを集めてオレの部屋に来い」

 

 内線をかけて、すぐに三人が集まる。……そういえばオレが最初にとった部屋をまだチェックアウトしていなかったな。あとでワタリに頼んでおこう。

 

「お前達は、どうする事を望んでいるんだ? 自分達が死なないようにと考えているのは勿論わかっているが。キラの新世界にするのか、それとも捕らえるのか」

 

 ようやく正気を取り戻したウイングが、その問いに答えた。

 

「……Lにキラを捕らえさせる。この世界では、このまま進めば竜崎がキラに負ける。そうならないようにするのが、俺の目的だ」

 

 成程、ということは手段は色々ある。Lに情報を流す。キラと第二のキラ……この場合は第二のキラのほうが望ましいか、そちらを誘導して尻尾を出させる。できるならばオレとしてはキラの世界を見届けた後にノートを奪い取るのがベストなんだがな。ヒソカとの約束を破るわけにも行かないし、オレ自身が危険でもある。……フルネームを名乗るんじゃなかったな。夜神月にはまだ知れていないはずだが。

 

「向こうの世界で出た映画にも出したけど、夜神月と弥海砂は途中でキラとしての記憶を失う。出来ればそのまま記憶を無くした状態で終了にしてしまえれば、Lは納得いかないだろうが、平和に解決するだろう。その方向に持って行きたい。協力してくれるか?」

 

「だったらオレにもっと情報を寄越せ。これからどうなる?」

 

 話を聞き出す前に、シュートが余計な事を口挟んできた。

 

「オレは……クロロを信用できない。クロロは自分でデスノートを手に入れてこの世界を自由に弄ってやろうとか考えてるんじゃないか?」

 

 当たらずとも遠からず。けれどそれよりもオレはヒソカとの約束を優先する。それ位判らないのか、この餓鬼は。

 

「シュート、それは違う。クロロはノートなんて使わずに自分の手で殺人でも何でも成し遂げようとするはずだ。この世界をメチャメチャにする可能性は確かにあるが、デスノートに関しては味方と考えて間違いないだろう。そうだろう、クロロ?」

 

 やはりウイングの醜態は偽装か? コイツの方がオレの事をよく理解している。どうやら、パームも同意見の様で、シュートは渋々ながら引き下がった。

 

「……まずは今後だ。弥海砂がすでに第二のキラ候補として挙がっているのは判った。オレの知っている通り、彼女が確保されるのか?」

 

「ああ、すぐに確保されるだろう。その後で夜神月が自分から監禁して欲しいという所……そこまでは同じだ。けれど、ノートの所有権が移動する相手が違う。映画ではキャスターの高田清美だが、こちらの世界ではヨツバグループという企業の上層部の一人に渡される」

 

 ターゲットそのものが違うということか。それはかなりのズレだな、そこまで違うとは少し予想外だった。……そもそも、コイツらは何故、この世界の事をこんなにも忠実に知っているのか? 念能力での未来予知……違う、この世界では念を使えない。ウイングの映画の世界に入ってしまったにしては相違点が多すぎる。

 

「わかった。夜神月とLでそのヨツバの幹部にはたどり着くんだろう? そこまでは静観させてもらう。お前達のやりたいようにすればいい。何かオレにする事があれば協力しよう。それでいいか?」

 

「ああ。助かるよ、クロロ。今夜はもう遅い。明日改めて、この先の出来事に関しての詳細をお前さんにも話すとしよう。あとシュートにもな」

 

 ウイングとパームがアイコンタクトをとっている。二人はこの先の出来事を知っているということか。

 

「それならば、今夜は解散だな」

 

 三人が出て行って、部屋の中にはオレ一人が残る。……ウイングには、まだ隠してる事がある。それが何かまではわからないが、いずれ全て手に入れてみせる。奴らの握っている情報も、死神も、デスノートも、全て。



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デスノート盗賊

 翌日。パームの記憶も借りて、俺はシュートとクロロにヨツバ編の細部までを丁寧に説明していった。途中で『何故知っている』などと口を挟まれなかったのがありがたい。それを言っちゃあ話が進まなくなっちまうからな。

 

「ただし、今言った事が全て現実になるとは限らない。俺たちの介入によって、既にTVへのLの強行出演なんかの誤差が生じているからな」

 

 思い出して鬱になった。そもそもTVカメラ向けられただけでも緊張するってのに、あそこでペラペラと自分の推理を発表できるヤツがいるとしたらそれこそLくらいのものだろう。あ、あとライト。教壇に立つのとは全然違う緊張感と圧迫感を覚えたぞ。もう二度とゴメンだあんな役。

 

「今日は、竜崎も大学に行っている。つまり今日、竜崎は本名をミサに見られ、その直後にミサはこの捜査本部に拉致されるだろう」

 

「……なあ、話を聞いてたらミサちゃんが捕まるみたいだけど……結構ひどいことされるんだろ? 何とか助けてあげることは出来ないのかな」

 

 シュートは既に弥海砂に対して友人……或いはそれ以上の感情を持っているようだ。パームの前じゃ言えないけどな、恐ろしくて。

 

「そうだな、監禁の状態を見てもらえたら大体どういう扱いをされるのかがわかるだろうから、それに対してはいくらでも抗議して構わない。俺もするつもりだしな」

 

「オレはしない」

 

 クロロの性格上はしないほうが正しいと、俺も思うぞ。むしろミサを擁護なんかした日にゃ逆に怪しまれちまう。

 

「私も抗議する。だってあれはあんまりだもん」

 

 抗議したところで簡単にあの竜崎が考えを改めるとは思えないが、それでもやる価値はあるだろう。その場に夜神月がいないのが惜しいが、……それでもあれはやりすぎだと俺でも思う。俺ですらそう思うくらいだからこの二人はもっと激しく抗議するだろう。別にそれは構わない。問題はその先だ。

 

「数日後、……多分弥を監禁しはじめて三日くらいだろう。夜神月が捜査本部にやってきて、自分も監禁してくれと言い出す。この時点ではまだ夜神はキラとしての記憶を持っているから、特に反論はせずに、彼も拘束されるように仕向ける。そしてクロロ、ここをお前さんに頼みたいんだが……」

 

 頼みたい事。それは、監禁されるまでの間の、夜神月の尾行。彼が隠す……デスノートがどこに埋められたかを把握し、できれば横取りしておきたい。それだけで、夜神に記憶が戻る可能性が格段に落ちる。

 

「……オレでいいのか? そのままデスノートを持って逃走するとは考えないのか?」

 

「俺は今、お前さんを信用してる。そんな事をするヤツじゃない、とな。それに、お前さんはどっちかというとこの世界で使うわけじゃなく、……前の世界にデスノートを持って行きたいと考えているだろう。そしてヒソカとの約束も果たそうと思っている。つまり、デスノートを持って俺達の元に来るしか選択肢はないわけだ」

 

 左手にデスノート、右手にあの木の実。ううう、そんな場面想像するだけで鳥肌が立つけれど、この四人の中で最も身体能力に優れ且つ息を潜めて尾行を成功させられるのはコイツだろう。……念が使えるのなら、俺やシュートやパームでもいいんだけどな。

 

「わかった。それなら俺は今日から夜神家の監視・尾行に入る。連絡は……」

 

「私のケータイを持って行っていいよ。私達以外からメールや電話がかかってきても無視しておいていいから」

 

 パームがケータイを手渡す。クロロにショッキングピンクのスマホ、ぬいぐるみのストラップ付き。すごい組み合わせだな。……って見てる間にストラップ引きちぎりやがった!

 

「じゃまだ」

 

 何も言わないけどパーム怒ってる。すっごく怒ってる。念は使えないはずなのにオーラで判る。不思議。……何も言わずにハリセンでぶん殴った。キレてるキレてる。クロロは平気そうだ。嘘だあれ結構痛かったぞ!

 

「……かえして、それ」

 

 クロロは無言で引きちぎられたぬいぐるみをパームに手渡した。クマのぬいぐるみの首の部分がわずかに裂けている。大事なものだったのかな。……つかあれ? 見覚えあるぞアレ。確か……俺がまだ社会科教師だった頃に、生徒にもらったバレンタインチョコのお礼に、くれたヤツ全員に配ったぬいぐるみだ。……え? それまだ大事に持ってる? やべっシュートにばれたらまたややこしくなりそうなので見なかったことにしておこう。た、単にぬいぐるみ自体を気に入ってるだけかもしれないしねっ!

 

「ウイングかシュートへの連絡方法は……アドレスに入っているな。デスノートを回収したら一度連絡を入れる。それでいいか」

 

「ああ。他にも何か不審な動きがあったらメールでもしてくれ。使い方は判るか?」

 

「ケータイなんてどれも似たようなものだろう、弄っていればわかるさ」

 

 そういいながら、クロロは適当に色々とボタンを押してみている。

 

「ああ、ええと、ウイングの名前は『成瀬先生』で入ってるから。シュートはカタカナ。……読める?」

 

「この世界に来て少し勉強した。ひらがなとカタカナと、簡単な漢字なら読める」

 

 なら問題ないかな……ってもうひらがなとカタカナ覚えたのかよ早っ! 俺ハンター文字覚えるのに二年かかったぞ! しかも微妙に読み間違えてたぞ! クロロ……ガチで恐ろしい子……!!

 

「漢字も出来るだけ早く覚えたい。ウイング、お前の持っている小説本を1~2冊貸してもらえるか? 監視中に読みたいんでな」

 

 えーと、クロロさん。俺がこのホテルに持ち込んだ小説は『マリア様がみてる』だけなんですがそれでいいんでしょうか。いいんだな? いいのか? クロロとマリみて……駄目だ、想像するだけでへそが茶を沸かす。なんというむちゃくちゃな取り合わせ。でもとりあえず二冊、クロロに貸してやった。これを機会に貴様もヲタへの道を突き進むがいいさっ! そうすりゃ俺の人生も安泰だ。

 

 この世界に来た時に買ったと言っていた小さなトランクにショッキングピンクのスマホとマリみてを仕舞い込んで、クロロは出て行った。さすが仕事が早いですね。そのままヲタになって戻ってくればいいよ。アキバ案内してあげるよ? フィギュアの一個くらい買ってあげるよ? ガンプラもおまけにつけてあげるよ。ガチャガチャもしちゃえばいいと思うよ。

 

「俺たちはとりあえず、弥の監視と、竜崎へ苦情を申し立てるだけだ。あとはクロロの連絡待ち。弥が捕まってからはここから身動き取れなくなると思うから、何かしておきたい事があったら今のうちに……」

 

 俺の言葉は電子音に遮られた。ちくしょう、予想より早いぞ竜崎。

 

「もしもし」

 

「ウイングさん、弥海砂を確保しました。聴取にはあなたも同行してください」

 

「二人も連れて行くぞ。あ、クロロはさっき野暮用で出かけた」

 

「はい、玄関ですれ違いました。お二人もどうぞ一緒にお願いします」

 

 もう、拘束してしまってるんだろうか。あの状態には断固抗議するぞ! パームとシュートと意思を確認しあい、俺らは呼び出された部屋へと向かった。



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ある平穏な一日

 これは第二のキラからの返事待ちをしている、特に動く必要もなかったある一日の物語である。

 

「あー、体なまるー」

 

 オレはこれでもプロの選手だ。ずっと体を動かしてないと、復帰した時が怖い。

 かといって下手に筋トレをすると逆に動きが鈍くなったりするってことを、プロになって初めて、トレーナーさんに教えてもらった。もちろん、最低限の力とウェイトは必要なんだけど。

 

 それなのに現在、実質ホテルの一室に監禁状態だ。いや別に監禁されてるってわけじゃないんだけど、できるだけ外出しないようにと竜崎から言い含められているので……せめてプールでもあればよかったんだけど。

 室内でシャドーピッチングしていたら置物をぶっ壊して竜崎に怒られた。スイングのイメトレ(パリーグでは必要ないんだけど、王前監督に下半身を鍛えればホームランバッターも夢じゃないとそそのかされたので、そっちの練習もしている)してたら、窓ガラスにヒビを入れてまた竜崎に怒られた。

 

 というわけで、本当にすることがない。出来れば体を鍛えたいんだけど……って、さっきも言ったか。とにかく暇を持て余していたので、時間つぶしにみんなのところを訪ねて回ることにした。

 

「ウイングー、野球のゲーム持ってきてないのー?」

 

 ノックをするが返事がない。扉は開いていたので部屋に入ると、ベッドに転がったウイングが薄い本を読みながらニヤニヤしていた。

 

「はぁはぁ……しぶりん……ハァハァ」

 

 お取り込み中のようなので、オレは部屋を後にした。ヘッドフォンを使っているウイングは、オレに気付く様子もなかった。……なんか見てはいけない物を見てしまった様な気がする。

 

 気をとりなおして、パームの部屋に向かった。ノックをすると、中からなんだかすごい破壊音が聞こえて、その後すぐにパームは出てきた。

 

「シ、シュート、なに? なんか用?」

 

 部屋はそんなに広くないのに息が切れている。どうしたんだろう。部屋の中を覗き込もうとして、思いっきり殴られた。でもオレは見ちゃったんだ……特大ハリセンの先っぽに金属板をくっつけたモノを。まさかアレで人を殴るつもりかパーム。

 

「暇だから遊びに来たんだけど……忙しそうだね、じゃいいや」

 

 パームの凶行には見ないふりをして、扉を閉じる。……殺人が起こってもオレは知らない。何も見ていない……。オレが殴られそうだったら逃げよう、マジで。

 

『うふふ、これなら綺麗に広がりつつ相手に大ダメージを与えられる……』

 

 部屋の中から聞こえてきたマッドサイエンティストのような声にも聞こえないフリをした。

 

……仕方がない、竜崎のところでも覗いて見るか。

 

「竜崎ーいる?」

 

 竜崎の部屋には施錠はしていない。いつでも捜査本部の人間が出入りできるようにするためだ。勝手に入ったオレは、椅子に座っている竜崎に声をかける。

 

「竜崎?」

 

 肩に手を置いたオレはそのまま凍り付いてしまった。竜崎は体を弛緩させて、だらりと腕は横に下ろし、首もガクンと前後に揺れた。そして何より……白目むいてる竜崎怖すぎる! 本物の死神より怖い!!

 

「ZZZZZ」

 

 全力で逃げ出した。怖かった。とりあえず死んでないとは思うけど……あれ、もしかしてキラに……!? でももう一度戻る勇気はない。きっと疲れてうたた寝してたんだそうに違いない。もし異変があったらワタリが教えてくれるだろうしね! 決めた。知らんぷりしよう。

 

 今日は厄日だ……ホテルから出るわけにもいかないし、どうしよう。オレは、1Fロビーのあたりをウロウロしていた。お、玄関のすぐ外にクロロがいる。……このくらいなら出てもいいよな?

 

「クロロ、何してるの?」

 

「ああ、シュートか。野良の猫が居たんで餌をやっていた」

 

 クロロの足元には、みゃーみゃー鳴きながら擦り寄っている……多分、子猫がいた。白猫なんだろうけど、ところどころ灰色に汚れている感じ。

 

「捨て猫かな」

 

「だろうな。野良にしては人に懐きすぎている。こんな状態ではカラスにでもやられるのが関の山だ。……シュート、一緒に貰い手を探すのを手伝ってくれないか?」

 

 う、外に出ちゃいけないんだけど……子猫と目があった。めちゃくちゃ可愛いッ!

 

「手伝う!」

 

 ホテルの人に許可をもらってクロロの部屋に連れて行く。

 

「この世界でも、子猫の貰い手を捜すときは貼り紙なんかを使うのか?」

 

「そうだね、あとネットとか……とにかく、連絡先をオレのケータイにして、この辺あちこちに貰い手募集の貼り紙をしよう。ああ、洗ってから写真も撮った方がいいかな」

 

 クロロは猫を連れてユニットバスへと向かう。オレはその間に、ネットの里親募集掲示板に書き込みをしつつ、ポスターのデザインを考えていた。

 

「クロロにこんな面があるなんて知らなかったよ」

 

「なに、オレの育った国も捨て猫や捨て犬、捨て子や捨てワニなんかも多くてな。放っておくわけにもいかないんでしょっちゅう飼い主探しをしていたんだ。ガキの頃の話だがな」

 

……クロロってもっと怖い人だと思ってたけど、実は結構優しい人なのかもしれない。少なくとも、ウイングやパームよりは……。

 

 それにしても捨てワニ? 一体どんな国なんだろう。

 

「よし、綺麗になったぞ。シュート、カメラは持っているか?」

 

「あ、ケータイに付いてるよ。クロロ、ちょっと押さえてて」

 

 写真を撮ってそのままPCに転送する。それを元にポスターも作成して近所で貼らせてもらえる場所に片っ端から貼りまくった。ネットの募集掲示板にも写真つきで書き込みまくった。

 

 元々が綺麗な白猫の上に美人(美少女?)だということもあって、貰い手はその日の夜には見付かった。ホテルまで取りに来てくれるというので、それまで保護すればいいだけだ。

 

「なあシュート、お前はもし自分が捨てられたらどうする?」

 

「えー? 考えたことないなぁ」

 

「……そういうことを考えない人間が、平気でこんな小さなモノを捨てるんだろうな。捨てられた側の気持ちは考えもせずに」

 

 クロロは眠っている子猫を見ながら、オレに言うというよりは何かを思い出して誰かに語りかけるような感じで、そう呟いた。

 

「だからこの世界には、キラが必要なのかもしれない……」

 

 あまりウロウロ出来ないオレの代わりに、クロロは外を駆け回っていた。それでくたびれたんだと思う。クロロは子猫と一緒にそのまま眠ってしまった。

 

「それでも、人間には優しさとか愛情とか、信頼とかもあるんだよ」

 

 彼の肩に毛布をかけて、オレはそっと部屋を出た。

 

 オレの一日はそんな風にして潰れたけど、それでも今日は、ものすごく有意義な日だったと思う。



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シュートの決断

 ミサちゃんの監禁は、想像以上に酷いものだった。

 

 私は今、竜崎の部屋にいる。このホテルのどこかの部屋で拘束されているであろうミサちゃんの映像を見た瞬間に吐き気がした。マンガで知っているものと現実を目の前に突きつけられるのは雲泥の差なのだと、今思い知った。

 

「……竜崎、確かに俺は弥海砂確保に同意した。だがこれはあんまりじゃないか?」

 

 私達だけでなく他の捜査本部の面々も、この竜崎の方法には不信感を抱いている。全員で詰め寄れば少しはマシな方法に変えることが……竜崎なら、無視するだろうなぁ。

 

「第二のキラだと確定できるだけの物証が次々と集まっています。あとは、殺し方を自供させるだけです。だったら自白させるにはこの方法が一番でしょう」

 

 竜崎はミサちゃんの頑固さ、我慢強さを知らない。一体ワタリにどんなことをさせるのかは知らないけど、それで自供は得られない……何とかして、それを知らせる方法は……駄目だ、このままミサちゃんを放っておく以外に解決策が見付からない。

 

「竜崎、オレとミサちゃんを一緒に監禁してくれ。ただし、あの拘束具は外して、自由に室内で動ける状態にして、だ」

 

 突然、シュートが自ら、何かとんでもないこと言い出した! 具体的な内容を知らないからと自由にさせたのがマイナスに働いたか?

 

「それで弥からの自白が取れるとでも?」

 

「オレは彼女の性格を知っている。こんな方法じゃ彼女がやつれて死ぬのを待つだけだ。だったらいっそ、友人と思わせているオレと彼女を一室に閉じ込めて会話を盗聴する方が話を聞きださせる可能性は高いと思う」

 

「ちょっと待って、だったら私が……」

 

「パームは必要ない。一緒に監禁されるのは一人で充分だ。……どうだろう、竜崎? オレは彼女から第二のキラであることとその殺し方をうまく誘導して聞き出す。もしそれで駄目だったら、改めて彼女だけを拘束すればいいだろう」

 

 周囲の人間は、それでも現状に比べればはるかにマシだと、シュートの意見を容認する方向で同意している。あとは竜崎がどう反応するか。

 

「……室内には死角のないように監視カメラと、盗聴器も大量に設置します。あなたが捜査の上で不利になるような情報を弥に渡した時点で今の状態に戻します。また、あなたの行動もその室内のみに制限させてもらいますし、カメラを外すことも許しません。……それでもいいですか?」

 

「もちろん」

 

 直接この物語を知らないシュートが、というところで不安はあるけれど、その方法でいくことに竜崎も同意した。あとはシュートがどう立ち回るか……それだけが、心配だ。

 

「竜崎、オレが捜査本部の一員であるということは話しても問題ないな?」

 

「はい、確保の時に第二のキラ容疑、ということは伝えてありますので、その点は問題ありません。ただしそれ以上の捜査本部に関する情報は一切漏らさないでください」

 

「わかった、じゃあ今すぐ部屋を準備してくれ」

 

 竜崎がPCの向こうのワタリに指示を出す。ミサちゃんの監視は映像を使ってここで行い、その間にワタリがカメラや盗聴器の設置をするんだろう。

 

 すぐに準備が終わり、シュートとミサちゃん(彼女はアイマスクを付けられたままだ)がその部屋へと移される。

 

『えっ……何でシュートがここにいるの?』

 

『ごめん、オレも捜査本部の一員だったんだ。でもミサちゃんがあんな風に監禁されてるのを見過ごせなかったから、Lに頼んでこういう風に一室での軟禁に代えてもらったんだ。……少しは、マシだろ?』

 

『そりゃ、今までに比べたら遥かにいいけど……第二のキラ容疑って言うの、本当だったんだ……』

 

 二人の会話も映像も、鮮明にこの捜査本部まで届く。この状態で余計なことは言えないだろう。

 

「……さすがですね」

 

 ぼそりと、竜崎が呟いた。

 

「どういうこと?」

 

「いえ……一切の黙秘を続けていた弥が、彼を目にした途端にしゃべり始めました。この手段、案外悪くないかもしれません」

 

……これで随分、話の流れが変わってしまった。ミサちゃんが所有権を放棄するまで……夜神月が監禁されるように、シュートはうまく話を進めていけるんだろうか。ああ、やっぱり私が代わるべきだった!

 

「今はシュートを信じるしかないさ」

 

 ウイングが気休めを言う。周りには『シュートが自白を取れるように信じる』という意味で聞こえているだろう。……本当に大丈夫だろうか。一つ歯車が狂えば全てがダメになる。シュート、信じて……いいの?

 

「竜崎、部屋に戻る。俺らの部屋のPCにもこの画像と音声を送っておいてくれ」

 

「了解しました」

 

 私は一人でこの状況を見守ることに耐え切れずに、ウイングの部屋に押しかけた。画面の中の二人は、他愛もない話を続けている。

 

「シュートに出来る限りの知識は渡しただろう? アイツも馬鹿じゃない。うまくやってくれると信じよう」

 

 あまりこの状況が長引けば、夜神月がミサちゃんを殺すかもしれない。時間がない事も、シュートはわかってるんだろうか。

 

『ミサちゃんはやっぱり、月くんのことが今でも好き?』

 

『あたりまえじゃん。一番は月だよ。もちろん、その後にシュートやパームも続くけどねっ』

 

 シュートが、ミサちゃんを抱きしめる。

 

『……オレじゃ、駄目かな?』

 

 何を言ってるんだと一瞬ピキっときたけれど、ミサちゃんを抱きしめて肩口に顔をうずめている今のシュートの体勢なら、監視カメラから口元を隠せる。……もしかして、これが目的で?

 

『あ、はは……何言ってんの? 冗談辞めてよ……』

 

『冗談なんかじゃない、オレ、ずっとミサちゃんのこと好きだったんだ』

 

 会話の合間に、少しだけの空白。その間にこちらには聞こえないように、きっとシュートは所有権を放棄するようにささやいているんだろう。でなかったら鉄板仕込んだハリセンで撲殺してやる。

 

 やがて、ミサちゃんは崩れ落ちるように倒れ、それをシュートがベッドまで運ぶ。そしてレムが出て行った。よし、うまくやった!!

 

『竜崎、聞いているんだろう? ミサちゃんが気を失ったんでオレも少し眠ることにする』

 

『あなたが弥を好きだというのは少し予想外でした。二股ですか?』

 

『何言ってんだよ、演技に決まってるだろ。じゃ、休ませてもらうからな、監視よろしく頼むぜ』

 

『了解です』

 

 竜崎とシュートの会話も終わり、シュートもベッドに潜る。

 

「成功。レムはミサちゃんから離れたよ」

 

「俺はお前さんが発狂して部屋に殴りこむんじゃないかとヒヤヒヤしてたぞ」

 

 一言多いウイングの口をハリセンで黙らせて、私も休むことにした。これで数日後、夜神月が監禁されにやってくるはずだ。……ミサちゃんとシュートが同じ部屋にいるってのが気に食わないけど、まあ監視されてる以上問題はないだろう。明日か、あさってか……夜神月がここに来てからまた、少し動かなければならないかもしれない。休息は取れるときに取っておく。前の世界で学んだことだ。



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計画通りの監禁

 歌おう、アヴェ・マリア。死神には届かない聖なる音色。マリアの抱く赤子は新世界の神となる。それはキラでもLでもない、新たなる神の存在。

 

 歌おう、アヴェ・マリア。死神には聞こえない聖なる音楽。神を称える民衆の声がほらそこまで迫っているのがわからない?

 

 君には聞こえるか? アヴェ・マリア。主はあなたを選び、あなたの子をも祝福されたのだ。

 

 罪深い人々の為に、死ぬ時まで祈り続ける聖なるマリア。

 

 

 

「キラの世界は狂っていると思いますか?」

 

「少なくとも正常じゃない。それは、キラが現れる以前の世界であっても同じ事だと思うよ」

 

「同感です……けれど私はそんな狂った世界を正常に近づけるためにささやかな努力をしているのですよ」

 

「Lはそう考えて行動してるのね」

 

「狂っているのは私の方かもしれません。それでも、私は私の信じる正義のために動く」

 

「私もそれに協力するよ。どれだけの力になれるかはわからないけど」

 

 

 何か竜崎とパームが語り合ってるとです。雰囲気が怖くて俺様近付けんとです。

 

 あの二人、なんだか意気投合しとるごたるです。変人同士馬が合ってるんだと思うとです。

 

 自分、変人じゃないので二人の会話についていけんとです。だから、こうやって部屋の外から盗み聞きしてるとです。

 

「そこにいるのはわかってるよ」

 

「入ってきてください、ウイングさん」

 

……全部バレとったとです。俺様超危機、神様助けてぇ!!

 

「何で聞き耳立てるのよ。ウイングだって捜査本部の一員でしょう?」

 

 俺はお前さんと違って神経がデリケートなんですっ! あんなおかしな雰囲気作られたら足が硬直してしまうとですっ! ……とは言ってやれないのが俺の小心者たる所以。ヘコヘコしながら部屋に入ったところで罰は当たるまい。

 

 中に入ると夜神父やマッツー、相沢さんもいた。さぞ居心地悪かっただろうなぁ。

 

「今のところ、弥から聞けたのは夜神月が彼氏だという事だけです。シュートさんも色々と会話に工夫してくださってるようですが、キラに関しての情報は出てきていません。まぁ、夜神月と接触が在ったということが聞けただけでも収穫といえば収穫ですが……」

 

「そろそろ夜神月を重要参考人として呼ぶの?」

 

「そうですね、それも視野に入れています」

 

……夜神月が召致されてしまったら、かなり筋書きが変わることになる。出来ればそれは阻止したいが……どうすればいいのん?

 

「もう少し弥から情報を仕入れてからの方がいいだろう。パーム、お前さんもそう思わないか?」

 

「そうね。現状だと弥の恋人っていうだけでしらを切られる恐れもある。やっぱり最低でも第二のキラであること、或いはその殺し方を知らなければ、夜神くんに対して白状させるだけの効果があると思えない」

 

「……本当に、お二人の話は参考になります……」

 

 嘘こけ。俺のようなチキン野郎の話なんか半分で聞いてるだろお前さん。勿論そんなことも言いませんがね。わざわざ言葉にする必要もなかとですよ。

 

『もういい加減にしてよっ!』

 

 おお、今度は画面の中のお姫様が暴れ始めた。いやリアルに暴れてるんだけど。シュートも災難だなぁ。俺の隣にいるお姫様とどっちが恐ろしいだろうか。両方だな。女って怖ぇ。

 

『ミサちゃん、落ち着いてっ……』

 

『大体なんで私がこんなところに閉じ込められなきゃならないの? しかも男の人と二人だなんて、ライトに誤解されたらどうするのよっ!!』

 

『そこは大丈夫だから、とりあえずその壷置いて! 投げないで!』

 

 マジで殺されるかもしれないなシュート。第二のキラじゃなくミサミサに。このままだとリアルな殺人現場見れそうだ。

 

『何が大丈夫よ!! パームって人がいながら私まで口説こうとするなんてもうシュートなんか信じられないっ! 女の敵!! キラに殺されちゃえばいいのよっ!』

 

 竜崎の目つきが変わる。キラという単語に反応したんだろう。画面の中では引き続きしっちゃかめっちゃかの大騒動が繰り広げられてるわけだが……。

 

「……松田さん、模木さんに電話」

 

「あっ……はい……」

 

 Lの後ろに立って画面を覗いていたマッツーが自分の携帯電話で模木さんに電話をかけて、竜崎に手渡す。

 

「弥海砂を確保する時『第二のキラ容疑で』と言いましたよね?」

 

 会話の内容は聞こえないけど、多分原作と似たような返事が返ってきているんだろうと思う。そう思いたい。……つーことはだ、もう少し時間を稼げば夜神月が自首してくる? よっしゃ時間稼ぎするぜー!

 

「全くの黙秘を続けていた弥からこれだけの情報を得ることが出来ただけでも、今はよしとするべきだろう。それよりも、このまま放っておいたらシュートの身が危険だ。一旦こちらに戻した方がいいと思うんだが」

 

「駄目です。……いや、二度とシュートさんと弥を接触させなければOK……ですかね」

 

 竜崎が悩んでいる間にもシュートはミサミサに色んな物を投げつけられている。こりゃ完全に嫌われたな。

 

「最初の状態に戻すということでしたら、シュートさんを引き上げさせてもいいかと思います。ですがそれは……皆さん、承知しないでしょう?」

 

 俺を含む全員が、はっきりと表情にNOと示している。

 

「しかしこのままでは本当にシュートさん殺されてしまいそうですね」

 

『いたいっ! ミサちゃん落ち着いて、せめてモノ投げるのやめて! あいたっ!!』

 

「シュートさんもやり返せばいいのに。百五十キロの速球投手が何やってんでしょうか」

 

 いや投げ返したら駄目だろ常考。あいつの投げる球は凶器だぞマジで。もちろんシュートがそんなことをするわけもなく、枕を盾にして必死にミサミサの猛攻から逃れ続けている。

 

「弥一人をあの部屋に現状のままおいておくわけにはいかないのか? 誰も見ていないと思って目の前で誰かを殺して見せるかもしれないぞ、それこそシュートとか」

 

「駄目だ、断じてそんなことは私が許さん」

 

 言われると思いました、夜神父……。でもね、このままほっといたら少なくとも傷害事件は起こると思うんですよボク。

 

 ここで、竜崎の電話が鳴った。よっしゃきた、自首コール!! ……だといいな。

 

「映像、音声オフに。……はい、私です……はい…………はい……」

 

 結構長い会話の後、夜神月がここに来ることになった。よし、計画通り! 計画通りだけど……夜神が来るまで耐えられるんだろうか、シュート……。



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想定外の侵入者

 予想以上に原作どおりに展開は進んだ。

 

 シュートが死にそうだったのでパームと入れ替え、夜神月の監禁も始まり、クロロはデスノートを持って戻ってきた(渡してくれない所がちょっと気にかかるけど触らせてはくれた)

 

 夜神父の監禁も始まり、息子の方は所有権を放棄して、リュークは現在クロロに憑いている。

 

 新たなキラも動き出し、夜神父一世一代の大芝居も無事成功し、竜崎の建設したビルへの引越しがさっき終わったところだ。

 

「あー、荷物とか運んだりしてないとはいえ、何か疲れたなー」

 

 俺、パーム、シュート、クロロ(リューク憑き)の四人にワンフロアをもらえたが、その上の階はシュートの為だけに設置された筋トレ施設とブルペンだ。……なんか納得いかないけど、それでも一部屋が俺の家より広いので文句は言えない。気に食わないけど。くそう、俺の薄給の何割占めてたと思ってんだ、あの家の家賃(格安)。……まあいい、俺は大人だ。小さなことに目くじらは立てるまい。

 

 ついでに俺の家からゲームとか小説も持ってきてもらった。クロロがマリみての続き読みたいって言うからな。スールというシステムが非常に興味深いらしい。元の世界に戻ったら旅団員にやらせてみようとか言い出した。やめてくれ姉妹ならともかく兄弟だとなんだか極道の世界みたいだ。ちっとも萌えやしない。いや、マチとシズクがスールだったりしたらそれはそれで萌える……か? いやそんなことはどうでもいい。

 

 そんなこんなで、原作どおり忠実に、俺たちは今竜崎ビル(仮称)の一室にいるわけなんだが。異常に部屋が狭く感じるのはリュークが一緒にいるせいか。あっそうそう、ちゃんと弥の監禁も解けたので、今ここには四人と一匹が揃っている。

 

「……疲れるようなこと何もしてないじゃん……」

 

 やかましい。若人のお前さんらと違って俺は年長者だからな。もっと労わって敬え。要するにトシなんですよ。

 

「それで、ここからどうするんだ。夜神と弥は記憶を失った。奴らの記憶を取り戻させないためにも、もう一冊のレムのノートをオレたちが先に確保しなければならないんだろう?」

 

 はい。そうなんですがぶっちゃけ何も考えてなかったとです……。

 

「とりあえず夜神の腕時計からデスノートの切れ端を奪っておかないとな。それ以外は……火口が死ぬ時にデスノートを持っているやつに所有権が移るんだから、夜神にその瞬間に持たせていなければいい。つかそもそも触らせるだけで夜神に持たせなければ火口が死ぬこともない。それくらいは多分できるだろう。つかそれ以外に俺にはいい方法が思いつかん」

 

「それでいいんじゃないかな。で、火口がキラでしたってことで終了にしてしまえば、キラ事件は解決だろ?」

 

 まぁ……あの竜崎のことだからなんかおかしいとか言い始めるだろうけど、再びキラが現れなければ、レムが竜崎達を殺すこともない。なんかしっくりこないけどランディングの位置としてはこれ以外考えられないだろう。だよね?

 

「うん、それしかないと思う。デスノートと死神をどうするかってのが問題だけど、……クロロ考えてるんでしょ?」

 

「まあな……」

 

 怖い。クロロが怖い。まさか俺の名前書いたりしませんよね? つかあれクロロってそもそも俺のフルネーム知ってるんだっけか? 知らないよな? よしそれなら向こうの世界にお持ち帰りしようが破いて捨てようが俺の知ったこっちゃない。俺が殺されなければいいのだ、うん。

 

『……お前ら、どこまで知ってるんだ?』

 

「多分、全部知ってると思うよ。これは夜神たちには絶対内緒だけどな」

 

『そりゃ、余計なことは言わないけど……その代わり、たまにはリンゴくれよ?』

 

「はいはい」

 

 これで一旦解散となり、シュートとパームはブルペンに、クロロは自分の部屋に戻っていった。クロロ、リュークに余計なこと吹き込んでないだろうな……もし前の世界のこととか話してたら『面白!』とか言って行っちゃいそうだぞリューク。それはやはりH×Hの一読者としては少々いただけない。でも俺の命が関係ないなら二の次だ。一番は俺の命、だからな!

 

 そんなことを考えていると、突然非常ベルみたいなのが鳴り出した。え? 火事? そんなん知らんよ?

 オロオロしていると竜崎の放送が入った。全館放送みたいなもんか? まさかまたカメラとかで監視してないだろうな……。

 

『侵入者です。今から確保に移りますので、皆さんはそのまま現在地から動かないようにしてください』

 

 それから数分、侵入者は無事確保され、俺たちはその確認に行った。でも誰も知ってる人がいない。単なる泥棒だとしたら相当運の悪い泥棒だよなぁ。

 弥のときと同じような拘束をしてるから顔は良くわからないが、若い女性のようだ。ウエディじゃないぞ。ニポンジンっぽい。

 

『何故このビルに侵入したんですか』

 

 竜崎が尋問している。キラに関係ないとわかれば不法侵入で警察に突き出すつもりなんだろう。関係あったらそれこそこのまま監禁するはずだしな。

 

『アタシを捜査本部に入れてください!!』

 

 想定外の返事が返ってきた。つか、ここが捜査本部だってバレてる? 何で?

 

『何のことですか? ここは企業のオフィスビルですよ』

 

『嘘! 知ってるんやから! キラの捜査本部なんやろ!? アタシ絶対にキラ捕まえたいんや! 頼むけ入れて!!』

 

 この子はどうやら嘘は言っていないようだ。竜崎も思案している。

 

『……何故そう思うのですか?』

 

『キラのこと調べてる人が頻繁にここ出入りしとんの、あと尾けて確認したんや! 松井っちゅー人おるやろ? その兄さんや!!』

 

……おお、捜査本部の空気が見事に凍りついたぞ。全員が『松田の馬鹿……』って感じでマッツーを見ている。俺も一応そんな感じで見ておこう。マッツーに恨みはないけど周囲には流されるのが俺のポリシーだ。

 

『どうしてあなたはキラの捜査本部に入りたいのですか?』

 

『兄貴の仇や。アタシの兄貴キラに殺されよってん。アタシ守るために正当防衛で人殺してんけど、それやのにキラに殺された。せやから、アタシ絶対にキラ許さへん。絶対にこの手で捕まえたるんや!』

 

 一旦、竜崎は彼女との回線を切った。

 

「……どうしましょうか。主に松田さんの意見を聞いてみたいです」

 

 竜崎……相変わらずのいじめっ子気質だな。

 

「えっと、僕は入れてあげてもいいと思います」

 

「オレも賛成だな。復讐という動機は非常に厄介だが、とてつもない力を持つこともある」

 

 クロロは賛成か……。俺正直どっちでもいい。他の元刑事の面々は反対っぽいな。……まてよ。この子が捜査本部に入ったらそれだけでものっそい原作とずれるんじゃね? そもそも原作にこんな描写なかったぞ。あ、そうか、大きな事件じゃないから描かれなかったんだな。つまりここは反対しておくべきか。

 

「俺は反対だ。彼女が秘密を守るという保証はないし、何よりキラ側のスパイだという可能性も考えられる」

 

「僕は……彼女の素性を調べた上でだが……言っている事がすべて本当ならば入れてもいいと思う。人手不足は深刻な問題だし、キラを捕まえるために力になってくれると思う」

 

 ちょっ夜神、余計な事を……! お前さんが賛成したら竜崎がそっちに傾いちゃうだろうが!!

 

「私も夜神くんと同意見です。彼女の身辺調査は既にワタリに頼んでいます。そもそも、松田さんに比べればどんな人でも役に立つでしょう」

 

「竜崎、ひどい……」

 

 やばい、やばいぞ。賛成の方向に話が流れていってる。断固阻止せねば! ……でもいいアイデア思い浮かびませんボスケテ。

 

「ひとまずはワタリの調査が終了次第、もう一度会議を開きます。それまでは自由に過ごしていてください。今夜には結果が出るでしょうから」

 

 そういって、とりあえず解散となった。……やっべー超やべー。何とかして彼女を排除する方向に持っていかないと!

 

「原作との乖離? それがどうした」

 

 クロロは俺の言うこと聞いてくれんとです……むしろ未来がわからないほうが面白いとか言いよるとです……。

 

「確かに未来が変わるのは困るけど、だからってどうしたらいいのかオレにはわかんないよ」

 

 シュートは役に立たんとです……お前さんは球投げ込んでいるといいよ。

 

「反対するだけの明確な意見が出ないよね……ワタリの調査で相違点が見付かりさえすればそこを突けるんだけど、元々竜崎は命がけでキラを追いかける人間であれば経歴能力問わずに受け入れる方向の人だし……」

 

 最後の頼みの綱のパームもいいアイデアが浮かばんらしいとです……。困った……実に困った……。

 

 

 うんうんうなっていた俺の努力もむなしく、桜木加奈子という彼女は無事捜査本部入りを果たしましたとさ、めでたしめでたし。……って全然めでたくねぇっ!!



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新人モヒカン女

 アタシの名前は桜木加奈子。皆はカナって呼んどる。

 

 関西に住んどったんやけど、高校生ん時に両親が事故で死んで、兄貴と一緒に関東の叔母さんとこ引き取られた。

 

 弥海砂てアイドルおるやん? あの子とちょっと境遇似とんのやけど、兄貴と二人で留守番してる時に強盗が家に来て、アタシ殺されそうになったん。したら兄貴がアタシ庇って相手のバタフライナイフ奪って、逆に刺し殺してしまってん……。これが、先々週の話や。

 

 で、兄貴は恐らく無罪になるやろうつーことで、センセーショナルに報道されよった。人殺しやけど妹の危機を救った正義の味方ーみたいな感じで。でもアタシは知っとる。兄貴が毎晩うなされてる事。自分のやったことが、たとえ正当防衛であっても許されることやないって、ずっと怯えてた。

 

 そして先週、兄貴は寝とる時に心臓麻痺で死んだ。マスコミはキラに裁かれた悲劇の英雄とか残された悲運の妹とかって、また余計なこと騒ぎ出した。アタシも昼夜問わず追いかけまわされよって、イラついたからボコにしたった記者も一人や二人やない。そんで今度は『兄妹そろって乱暴やから人殺す』みたいな感じで見事に手のひら返してバッシングされてん。まぁ、キラ捜査本部の人達はこんなワイドショーネタ、知らんやろな。キラに殺されたってトコ以外は。

 

「TVでみた印象と随分違いますね」

 

 叔母さんが娘欲しかったからって、メチャ可愛がってくれたからな。前はお嬢みたいな格好でおとなしく過ごしとった。親やないけど親不孝者やな、アタシ。ウチら兄妹引き取らんけりゃよかったって思っとるかもしれん。家出する時記者に追い回されんよう髪切ってコンタクトにして、ファッションも変えたんや。

 

「お嬢様からソフトモヒカンパンク少女ですか……これはまたすごい転身ですね」

 

 少女ゆうトシでもあらへん。もう二十歳超えてるからな。ええとこの短大通ってそこそこの企業に就職しとったけどこの騒ぎでドサクサにまぎれてクビにされたしな。もう怖いものあらへん。家にも兄貴のカタキとってくるつって手紙残してきた。むしろ厄介払いできてせいせいしとるんちゃうかな。

 

「それで、色々調べてこの捜査本部にたどり着いたんですか」

 

 最初は警視庁行ったけど、まるっきりとりおうてくれんでな。キラの調べやて取材受けた奴片っ端から調べて松井っつー兄さんにたどり着いたちゅーわけや。

 

「……ここにたどり着いただけでも、あなたの行動力と推理力には感嘆すべきところがあると思います」

 

 あんがと。でも褒められてもあんま嬉しくないわ。はよキラとっ捕まえんと、兄貴も成仏できんやろうし。

 

「その通りですね。それではカナさん、……名前は偽名でなくてよろしいですか?」

 

 ええやろ別に。週刊誌やら読む奴らはアタシの名前知ってるかもしらへんし、フルネームやなかったらキラも殺せんのやろ?

 

「はい。ではカナさんとお呼びさせていただきます。今から捜査本部のメンバーを紹介しますので」

 

 この、ずっとアタシと話しよったのが竜崎……L。んで手錠でくっついとんのが夜神月ちゅうてLとおんなじくらい頭いい人。アタシとおない年くらいかな? そしてそのお父さんの夜神総一郎さんとその愉快な仲間達。この人らは元刑事らしい。松井ちゅーのも夜神父の部下やったそうな。

 

 そして何や異色の四人組。アタシでも顔くらいは知っとる野球の高木選手……シュートさん。んでその彼女さんのパームさん、その先生? のウイングさんと国籍不明のクロロさん。何でこの人たち横文字名前なんやろーとは思ったけど、気にしないことにした。なんとなーくやけど、元刑事組と横文字組、二つに分かれてる雰囲気。別々に捜査しとるってわけでもないんやろうけど。

 

 それと、夜神月の彼女の弥海砂。うわっ雑誌とかで見るよりむっちゃ可愛いやん。何でこの人がここにおるのかは、後で二人のときに竜崎が説明してくれた。夜神月と弥海砂は前にキラやて疑われたことがあったんやと。せやから一緒におることで監視しとるんやて。でもアタシ的にはこの二人、全然怪しくないと思うんやけどなぁ。月は正統派イケメンやし、ミサミサはめっちゃ可愛いし、……って顔は関係ないんやけど、何つーか、雰囲気? みたいなんがとてもキラとは思えへん。何で疑われたんかまでは面倒やて説明してくれんかった。いけず。

 

 これで全部。なんか思ったより全然少ないけど、少数精鋭ちゅうことかな? アタシも力になれるようこれからバリバリ働いて、絶対にキラ捕まえたる。

 

 

「カナといったか?」

 

 クロロさんが近付いてきた。アタシこの人なんか苦手。捜査本部の中の誰かがキラやゆうたら絶対この人やと思う、怖い感じのする人や。

 

「そです。フツーにカナ呼んでくれてかまいまへんで、クロロさん」

 

「オレのこともクロロで構わない。キラはお前の兄の仇だといったな。もし目の前にキラがいたとしたら、どうする? その手で絞め殺すか?」

 

……何聞いてきとんのこの人。オレがキラやから絞め殺せって? まさかな。

 

「殺さんよ。それやらかしたらキラと同じになってまうやん。せやから、ふんじばって簀巻きにしてLに引き渡す。まあ、何発か殴ったりはするかも知れんけどな。クロロは何で捜査本部に入ったん?」

 

「面白そうだから……か。何より、竜崎の推理を目の前で見れる機会などそうそうないからな」

 

 確かに。Lは有名やけど、誰もその姿を見たことないってんで一部じゃ都市伝説にもなっとったくらいやからな。ぶっちゃけ今でもあの怪しい兄さんがLっちゅうのはまだ信じられひん。まあそのうち、推理してるとことか見たら信じるのかもしれんけど。

 

「これから……長くなるか短くなるかはわからないが、よろしく」

 

 クロロは笑顔で握手を求めてきた。あれ、この人笑うと結構可愛いな。怖い雰囲気まるでなくなった。

 

「よろしく、クロロ」

 

 手を握る。彼の手は死人かっちゅうくらい冷たかった。びっくりした。冷え性なんかな。

 

「あっ、俺らもよろしくな、カナちゃん」

 

 えーと、ウイングさんやったっけ? と、少し遅れてシュートさんとパームさんもアタシの傍によって来た。……このウイングさんちゅうんも気に食わん。なんやアタシのこと探ってくるような感じの目つきがやらしい。アタシが避けよったの気付いたんか、パームさんがアタシらの間に割り込んでくれた。

 

「女の子少なかったから嬉しいよ。よろしく、カナちゃん!」

 

「カナでええよ。アタシもパームて呼ぶし」

 

 後で知ったんやけど、パームシュートのバカップル、ウチより三個も下なんやて。それより下やっちゅう夜神月にも驚いたけどな。随分と若者の集う捜査本部なんやと、そんなところでも驚いた。まあ、そんなトコでなけりゃアタシ入れてくれんやったろうけど。

 

 これからこの人らと力合わせてキラ退治せなあかんねん。気合入れてくで、カナ!



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ヨツバの関係者

 パンツ姿の相沢さんが捜査本部に入ってきた。ここのセキュリティは異常なほど厳しいからな。まぁ、だからカナちゃんの事もすぐに発見できたわけだが……。基本俺はここにヒキコモリなのであまり問題はない。相沢さん以外はみんなここに寝泊りしてるみたいだしな。

 

「指紋に網膜照合、慣れないと入るだけでも大変ですね」

 

 多分日本で一番セキュリティに厳しい建物なんじゃないか、ここ。ちなみに俺様、郵便受付のお仕事なんかもやっている。そんな頻繁に来るわけじゃないけど主に俺様の注文した新刊とか新作ゲームとかが運ばれてくるので、竜崎直々に受け取り係として任命されたのだ。そん時なんか視線が痛かったけど気にしないことにした。

 

 クロロは順調にマリみてにはまりつつある。ちなみに祥子さまがスキらしい。意外だ。クロロ的には令さんとか志摩子さまあたりが順当だと思ったのだが……人の萌えポイントはよくわからない。俺様? 聖さまラブですがなにか? 彼女にならセクハラされてもいいですが問題でも? ああ、祐巳たんになりたいと何度思ったことか。

 

 話がそれた。そんな訳で郵便物の仕分けなんかもしている俺ですが、あるとき竜崎宛に一通の大きな封書が届いたとです。普通竜崎宛のものは全部ワタリを通すので不思議に思ったとですが、とりあえず爆弾とかじゃなさそうなので竜崎のところに持ってったとです。

 竜崎は無表情で封を開けたとです。中身は弥海砂セカンド写真集『あまねく★まねく』やったとです……。竜崎、案外マジでミサミサファンなのかもしれんとです。夜神と三角関係になったら面白いと思うとです。

 

 あれ、また話がそれてる。つまりセキュリティ厳しいとですよ、ここ。その結果相沢さんはスーツのズボンまで脱いで入って来たとです……入ってくる前にはきましょうよズボン。野郎のパンツ姿なんか見ても萌えんとです。

 

 ところで竜崎は今、夜神とミサミサのオジャマムシしとるとです。マッツーがカメラを作動させて、二人と一人の映像をこちらに回してくれたとです。

 竜崎、やる気がなくなっとるそうです。ん? これはあの原作にも出て来た殴り合いの場面じゃないか?

 想像通り、夜神と竜崎の大喧嘩が始まった。ミサちゃんは部屋の隅で縮こまってる。心なしか、クロロとカナがわくわくしているような気がするとです。

 

「一回は一回、か……」

 

 一発殴ってみる気だろうか、この人。俺は絶対関わりたくないので聞こえない振りをした。

 

「ウイング、どっちが勝つか賭けへん?」

 

 ギャンブルは宝くじしかしない俺はこの言葉にも聞こえない振りをした。このおねーちゃん、ホントに元お嬢様なのかね。甚だ疑問が残る。

 

 そしてマッツーの天然ボケにてこの場は収束した。マッツーの才能は侮れない。何せ物語の要所は全て彼に抑えられているといっても過言ではないからな。まぁ、カナの介入でどうなっちまうのかのか知らんけど。

 

「おめでとう、マッツー」

 

 とりあえず何故か親近感のわく彼に、俺一人だけ祝いの言葉を述べておいた。よかったねマッツー。頑張れよマッツー。お前さんはこの世界の要石なんだぜ。

 

 

 数ヶ月の間、何事もなく(時々夜神と竜崎が殴り合いをしたり、パームとカナが七ならべで金賭けて夜神父に怒られたりはしていたが)キラの世界が続いていた。逆に言えば、捜査は何も進展しなかったともいえる。竜崎の俺たちやカナに対する疑惑も、夜神への疑惑が一旦解けたことで共に薄れて行ったようだ。というか明らかにやる気ないよあの人。

 

 2004年10月のとある日。ようやく原作に沿った話の進展があった。夜神がヨツバに気付いたのだ。そこでやっと竜崎もやる気の片鱗を見せ始める。警察庁に行っている夜神父を除いた全員で会議が始まった。

 

「これを見る限り、キラは心臓麻痺以外でも人を殺せると考えて間違いないのか?」

 

「はい、少なくとも現在のキラはその通りです」

 

 出された資料には、ヨツバに悪い影響を持つ(ヨツバを含む)会社の幹部など13名の死亡状況と各人の詳細情報が書かれている。事故死、病死、心臓麻痺……死因は様々だし、これの人数を見る限りではヨツバの誰かが意図的に殺しているとしか考えられない。予定通りに事は進行している。

 

 相沢さんはヨツバの会社構成を調べ、夜神はメインコンピュータへの侵入、マッツーはオロオロすることになった。……俺も何かしてないとマッツーと同格に見られてしまうな。けどまだ8人の名前を出すのは早いだろう。うーん、ヨツバ幹部でも洗ってみるか……。

 

「アタシの叔父さんがヨツバのそこそこ偉い人なんやけど、そっちからなんか探ってみる?」

 

 !! ええいイレギュラーがまた余計な事を。なんじゃいそりゃ。頼むからキラ会議の関係者でないことを祈るしかないな……。

 

「誰ですか?」

 

「葉鳥新義ちゅうて、ヨツバ本社の宣伝戦略部の部長しよる。アタシのオトンの妹の旦那さんやから直接血は繋がってへんけど」

 

 はいキター!! 関係者ビンゴー。 あれ、葉鳥って確か……?

 

「おいパーム、葉鳥って確か途中で殺される人だったよな?」

 

「うん。……まさか親戚とは……」

 

 竜崎は少しだけ考えて、でもすぐに断った。

 

「先で色々お聞きするかもしれませんが、現状ではたった一人にお話を聞いたところで何かわかるとは思えません。今まで叔父さんから聞いた話の中で、キラに関わるようなものがあった場合のみ教えてください」

 

「わかった」

 

 カナも素直に頷く。……竜崎は、出来る限りこの子をこの捜査本部……自分の目の届くところにおいておきたいようだ。外出する時も誰か捜査員を一緒に同行させている。完全に疑いは晴れてないということか。ん? そういや俺らが外出する時は別に見張りとかは無いな。少しは信用されたってことか?

 

「ひとまず夜神さんが帰ってくるまでは各人がやれる事をやっておきましょう」

 

 そして解散となった。うん、カナの言うことは聞かなかったことにして最初に考えたとおりヨツバ幹部の素性を洗ってみよう……。シュートは筋トレしに逃げた。パームは月に付いてPCのことを色々学んでいるようで、今も一緒に画面に向かっている。クロロはニラニラしている。畜生俺がオロオロしてることがばれてるな。見なかったことにしよう精神的にその方が楽だ。

 

 うーん、カナの介入がじわじわと歴史を変えていってる様な気がするな……いや、それを言うなら俺らが、か? まさかキラが火口じゃないなんて事は無いとは思うが、一応あらゆるパターンを想定しておいた方が良さそうだな。あとで四人集めて話をしておこう。



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ある意味超展開

  あ……ありのまま 今 起こった事を話すぜ!

 

 『おれはマリみてを全巻読破していたと

 

  思ったらいつのまにか会議が始まっていた』

 

 な… 何を言ってるのか わからねーと思うが

 

 おれも何をされたのかわからなかった

 

   頭がどうにかなりそうだった……

 

  警察を辞めるだとか再就職だとか

 

  そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ

 

   もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……

 

 えーとですね、俺がマリみて読んでる間に事件がどんどん進んじゃってたわけですよ。気が付いたらね、竜崎の目の前のでかいモニターにどどーんとヨツバ会議の様子が映し出されてたとですよ。原作どこまで進んだのか……わ、わからない……。

 

「ウイング、次」

 

「あ、はい」

 

 クロロもマリみて隣で読んでいるとですよ。これはもうクロロのために俺の取って置きの同人誌も持ってくるしかないな……。

 

 で? えーと、原作のどこだ今。ヨツバを見つけて、そういやアイバーとウエディを紹介されたな。んでエラルドコイルって名前も聞いたぞ。つか既にヨツバに監視カメラ仕掛けてるってことだよな。あれ、ということはマッツーの大ボケは既に終わったということかしまった見逃した。つか何で俺呼ばれなかったんだ? いらない子ですかそうですか……

 

 ていうかあれ? 何で葉鳥がまだ生きてるんだ? 確かお葬式から見始めるんじゃなかったっけ? こっそりパームに確認してみると、やっぱり原作とは違っているらしい。こいつは……カナの影響か? カナの叔父さんだっけか。それにしちゃ若いよな、葉鳥。

 

「す……凄いですね。ガンガン自白してるって感じだ」

 

 画面の中では着々と会議が進められている。コイルの事、キラが誰か、前西とELFの殺しの依頼……お、夜神が電話かけ始めた。奈南川にだな。うん、間違いない。

 

 一体どこまで原作どおりで、どこまでが違っているのかわからない……。現時点で確定的なのが、俺ら四人の介入、カナの存在、それに、葉鳥が生きている事……。

 

「なあ、やっぱりアタシが叔父さんにもっぺん近付くのあかんかな?」

 

「駄目です。もしも葉鳥氏がキラであれば間違いなくあなたが殺されますし、そうでないのならば意味がありません。また、この捜査本部のことがばれる恐れもあります。戻るのは自由ですが、その場合はこの場所へ立ち入る事を禁じますし、秘密を漏らされるのも困ります。やはり、ここからあなたを出すわけにはいきません」

 

「でも叔父さんはキラちゃうと思うよ。どっちかっつーと気弱な感じやし、このメンバーの中でも発言権あんま無さそうやしな」

 

 食い下がるカナを、夜神もたしなめている。

 

「確かにそうかもしれないが、君の命を賭けてまでの情報が得られるとは到底思えない。ここは他の手段を考えるべきだろう」

 

 そして……やはり夜神がキラであったと考える竜崎に怒って、二人がまた殴りあう。こいつら意外にケンカっぱやいな。近付かないようにしておこう。そんなことよりキラだ。

 

「ウイング」

 

 シュートがこっそりと俺の袖を引っ張る。ここではまずい話のようなので、俺達は三人で部屋を出た。クロロは竜崎の部屋に残したままだ。もっとも、事件はガン無視してマリみてに夢中になっているようだが。

 

 

「何だ、どうした?」

 

 部屋を出て、他の人間が出てこない事を確認してから尋ねる。

 

「キラ……ヨツバキラは、火口じゃない」

 

……えーと、何でそんな事わかるんでしょうこの子。……あなたが神か? まさかな。

 

「馬鹿。私とシュートはミサちゃんと接触した時にレムとも接触してるのよ。だから、誰に憑いてるかが一目でわかるの」

 

 そうか、すっかり忘れていたが、こいつらにはレムも見えるんだった。

 

「それで、レムが憑いてるのは火口じゃない……葉鳥だ」

 

 ちょっと待て。ということはだ。カナの兄貴殺したのは葉鳥ってことか? 自分の甥を殺すか普通。

 

「夜神月は父親でさえも見殺しにしたよ。甥っ子くらい殺しても不思議は無いんじゃない?」

 

「だが葉鳥がそういうことをする人間とは思えないな」

 

 うわぁビックリした! クロロ、その気配を消して背後から近付く癖やめてください心臓に悪い! この人盗賊じゃなくて忍者だったんでしょうかもしかして。いや忍者はハンゾーか。元気かな、ハンゾー。前の世界でもらった名刺どうしたっけかな……。

 

「私もあの会議の映像を見る限り、葉鳥がこんな事をするような人とは思えない。所有権が今葉鳥にあるってだけで、裏で誰かが彼を動かしてるんじゃないのかな」

 

 しかし裏で動かすっつったって、誰がやるんだ? あの会議のメンバーだとしたらわざわざ葉鳥に持たせることなんてせずに自分で所有権も持つだろうし……。それ以外? それこそ考えられない。

 

「ひとまず、キラがあの中に居る、という事実は変わらない。推理するのは竜崎と夜神にまかせて俺達はしばらく傍観しよう」

 

「また小説に逃避するの?」

 

 うるさいよシュート。俺のような凡才ではここにいたって手持ち無沙汰なだけなんだよ。お前さんはいいよな、野球っていう逃げ道があって。

 

 竜崎の部屋に戻ると、一ヶ月の間にキラをどうやって追い詰めるか、という話に移行していた。

 

「竜崎、俺らはいつものように別行動をとらせてもらうぞ。何か人手がいるような事があれば言ってくれ、出来る限り協力する」

 

「はい、居場所だけは必ずわかるようにしておいてくださいね。皆さんは松田さんのようなドジは踏まないと信じていますが」

 

 マッツーがいじけている。気にするなマッツー、俺の中でお前さんは英雄だ。まだ大事な見せ場が残ってるだろうが。あれ、でもキラが火口じゃないなら緊急特番もなくなるのか? ……まあ、どうでもいいや。

 

 

「で、小説の世界に戻るの?」

 

 うるさいなパームまでそういうこと言うか、俺もすねるぞ。

 

「もし時間あるならさ、オレの球受けてよ。やっぱキャッチャーが入るだけでも随分違うし」

 

 馬鹿野郎、オレがプロの球受けられるわけないだろう常考。

 

「手加減するし、ミット構えててくれるだけでいいからさ。コントロールは任せてよ、一応これでメシ食ってるわけだし」

 

「ならオレがバッターボックスに立ってやろうか?」

 

 クロロまで余計な事を言い出す始末。

 

「うわ、それ凄く助かるかも。パームは球速測っててよ」

 

 俺を無視して話がどんどん進んでゆくとです。ちょっと待てよ俺はまだ受けるといってないのにミット手渡されたんですがどうすればいいんでしょうか。やるしかないですかそうですか……。

 

 

 そして俺様の黄金の右手は真っ赤に腫れ上がってしまって、お箸を持つのすらおぼつかんとです……。何で俺ばっかりこんな役目が回ってくるとでしょうか……。そりゃキラに殺されるのに比べればマシだけどさ……。ヒドスヒドス俺涙目。恨むぜ神。恨むぜ中の人。



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雀聖、降臨する

「夜神くん、前から思ってたけどいい時計してるよね。いつもしてるけどそれ大事なもの?」

 

「ああ、父から大学の入学祝に貰ったものなんだ」

 

 見せてくれと頼むと、夜神くんは迷いもせず手から外して私に見せてくれた。なんか、ちょっと騙しているようで心が痛むようなそうでもないような云々。彼の死角になるようにうまく隠してボタンを四回引き、中にあるデスノートの切れ端を無事に取り出した。そして何事も無かったかのように元に戻して彼に返す。

 

「ホントいい時計だね、大事にしなよー」

 

「言われなくてもそのつもりさ」

 

 雑談にまぎれて切れ端確保完了! この切れ端は私が持つには少し物騒なのでウイングに預けておく。するとウイングはクロロにそのまま手渡してしまった。そりゃ、既にデスノ持ってるクロロに渡すのも判るけどさ……多分自分で持ってたくないんだろうな。

 

「俺が持ってると私利私欲に使いかねんからな」

 

 そんな冗談をいいつつ、あっさりと自分からそれを手放す。馬鹿だなあ、本当にそう思っている人間はわざわざ言わないし、ウイングがそんな人間じゃないってことは百も承知だよ。

 

 

「さて……めずらしくシュートがみんなを集めてたけど何するつもりなんだろう?」

 

 シュートの部屋に向かうと既に三人が集まっていた。で、ええと……何? コレ。

 

「あ、きたきた。パーム、麻雀打てる?」

 

 ええと……えええ? そこにあるのは麻雀卓(しかも全自動)と、それを囲む三人……。

 

「この世界にも麻雀があるとは知らなかった」

 

 クロロ麻雀打てるのかよ!

 

「自慢じゃないが俺は東大の龍と呼ばれた男だぜ……?」

 

 おいおいウイングが珍しく背中に炎をしょってるよ。

 

「J島先輩とキャンプに行った時に教えてもらったんだ、釣りと麻雀。暇つぶしにちょうどいいし面子も揃ってるしさ、パーム出来るなら一緒に打とうよ」

 

 いや、何故ここに全自動卓が……。おのれ竜崎、こんな物まで仕込んでいたとは恐るべし……あの人本当に事件解決する気があるんだろうか。

 

「なんだ、パームは打てないのか? それなら誰かもう一人連れてこないとなー。カナなら打てるかな」

 

「誰が打てないって言った?」

 

 やってやろうじゃないの!! オーホホホあなた達には負けなくてよ!!

 

 こうして、麻雀戦争の幕は切って落とされたのだった……。

 

 

~以下、音声のみでお楽しみください(どれが誰かは自由にご想像ください)~

 

 

「ロン、ピンフのみ」

 

「うっわー、そんなしょぼい手で上がるなよお前さん」

 

「なんかいい手待ってたの?」

 

「いい手もいい手、四暗刻の単騎待ちだぜ? こんなんめったにお目にかかれないってのによ」

 

 

「ロン、タンヤオ、ドラ6」

 

「ドラ6!? お前さん悪魔か!」

 

「上がれば勝ちだ。文句は麻雀のルールを作った奴に言え」 

 

「無茶苦茶だな。だが正論だ」

 

 

「落ち目の人の逆をいけ……名言だよね。ロン、ハネ満」

 

「お前さん……麻雀強すぎだろ……素人じゃねえだろ……」

 

「裸になってもらうぜ、おっさん」

 

 

「……うー、中切りが妥当なセンか……?」

 

「玄人は一度引いたら終いだよ」

 

「ロン。字一色だ」

 

「あqwせdrftgyふじこp;@:」

 

 

「そろそろカンベンしてください……カン」

 

「オレ達は友達でもなんでもねぇ、玄人だぜ」

 

「あ、ウイング、それ当たり。三色・槍槓」

 

「…………」

 

 

「俺はいつもこうだ……ここってところで運がねぇ…………」

 

「フン、イカサマでもするか、ウイング?」

 

「……そんな……馬鹿な……し、信じられん……」

 

「?」

 

「積み込み失敗したのに……俺が積んだのに……こ、これ……アガッテル……」

 

「バ、バカな!」

 

「こ、こいつ、自力で天和引きやがった……」

 

 

「自重? それは美味しいんですか?」

 

「あの天和以降変わったな……」

 

「ツモ!!」

 

 

「赤坂にいいモツ鍋屋見つけときました。これ終わったら行きましょうや」

 

「モツ鍋か、悪くないな」

 

「さあ……勝負を続けようか。来なよ、ドサンピン」

 

「くっそっ……仕方ねェ、一旦回すか……」

 

「おっと、そいつはロンだ」

 

「何!!?」

 

「どこ見てんだい、高えほうだぜ」

 

「エ……緑一色(エメラルドグリーン)!?」

 

「……『幻日(バフィーリア)』か……」

 

 

「バクチの負けはバクチで返す!」

 

「……まるで、人が変わったみたいだ……」

 

「ツモ! 国士無双十三面(ライジングサン)!!」

 

「な、何ィ!!?」

 

「ダブル役満と割れ目で32000、64000。全員トビだ!! ……まだ続けるか?」

 

「ま、まいった……」

 

 

~麻雀終了~

 

 

……恐ろしい戦いだった……たった一人のバカヅキによって雌雄が決してしまうとは……ま、まさかこれが天運だというのか!? ふー、お金賭けてなくて良かった♪

 

「は!? 賭けてるだろjk!!」

 

「賭けるって一言も言ってないよね?」

 

「言ってないな」

 

「言ってない」

 

「……」

 

 約一名どん底まで落ちきっている。知ったこっちゃない。お金賭けてたら恐ろしい数字になるとこだった★ミ ゲームはゲームだよねっ☆ミ

 

 といった感じで、全てを竜崎と夜神に任せて私たちはこれでもかといわんばかりに遊び呆けていた……。だってやることなくてヒマなんだもん。

 

 ちなみにオイチョでもチンチロでも、金は賭けずに一人がバカ勝ちし、何事もなく終了した。勝った一人はやっぱり凹んでいた。



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スパイの可能性

 このビルの全ての場所に死角なきよう、随所に監視カメラを設置してある。そのカメラで彼らの生活をのぞき見た私は絶望した。

 

「……竜崎」

 

 夜神月に同情されている気がする。せつない。一体自分が何をしようとしているのか判らなくなってきた……。

 

「月くん、私も彼らに混じってきてよいでしょうか……」

 

「何を言っているんだ竜崎! 僕らがしっかりしないとキラ事件は進展しないだろう!!」

 

 そう、その通り。しかし私は、人間には休息も必要だと思い、遊戯室を用意していた。捜査員の憩いの場となればと思っての事だ。それが……何故こんな事に……。

 

 私が悩んでいる間に、夜神さんが全て解決してくれた。金品を賭けていないとはいえもっと真面目にやれと彼らの元へ単身で殴りこんでくれたのだ。これで私も一安心。すでに彼らがキラだという疑いは微塵もないが、すぐそばであのように遊び回られると非常に不愉快だ。

 

「あれ、模木さんは?」

 

 ようやくこの部屋に顔を出したウイングとそのほかの面々。シュートだけはトレーニングのため別行動……あの娯楽室は今のうちに撤去するようワタリに言っておくとしよう。

 

「弥海砂のマネージャーとして面接に同行しています」

 

「なるほど、ヨツバへの潜入まで行っている訳か。ということはアイバーもそっちだな」

 

 遊び呆けていたとはいえ、多少はこちらの動向も気にかけていた様だ。するりと話に混じって普通についてくる。これだけの頭脳集団を遊ばせておくのはもったいない。私や夜神月には敵わないまでも、大きな戦力となる。

 

「竜崎、ウエディは現在自由に動かせる状態にあるか?」

 

「はい、まぁ、今は大丈夫です」

 

「それならば彼女に頼んでヨツバメンバーの内、火口・尾々井・鷹橋・葉鳥の四名の自宅に監視カメラと盗聴器を付けさせろ。オレの推測ではこの四名の内の誰かがキラだ」

 

 クロロの推測……私の推理とほぼ一致する。何故この四人があんな風に遊んでいたのか理解できない。私と月くんだけでキラを捕まえられると思ってのことか、それとも他に理由があるのか……。別口の捜査をしていたとは、到底思えない。

 

「尾々井は違うと私は感じましたが、残りの三名については同意です。ウイングさんはどう思われますか?」

 

「俺が怪しいと思ったのは、その中から尾々井を除いたその三人と紙村だ。三堂・奈南川はキラの能力を持っていれば単独行動をとるだろうし、尾々井は小細工を弄する性格とは思えない。樹多はコイルとの接触の窓口になった事から違うと考えられる」

 

 という事は、特に怪しいと思えるのは推理が重なっている火口と鷹橋、葉鳥の三人。

 

「夜神くんはどう思ってるの? ちなみに私はウイングの推理とほぼ同じだけど、紙村はないと踏んでる」

 

「何故紙村を外して葉鳥を入れる? 僕はあの二人は同様の性格……キラに脅されていると見ているんだが」

 

 夜神月も私とほぼ同じ考えらしい。メンバーの中でも特に気の弱い二人……自分から率先してキラになるとは考えづらい。けれど、紙村と葉鳥は確かに違う。その点に気づいているのは私とパームだけのようだ。

 

「会議の様子をもう一度よく見てみたら? 紙村は消極的ながらも意見を述べているのに対して、葉鳥は全くといって良いほど己の意思を表に出してない」

 

……つくづく思ったのだが、パームは私と同じいぢめっこ気質のようだ。着眼点が全く同じ……気の弱い人間のどこに着目してどういたぶろうかと考える方法がまるで同じ。これは、夜神月やウイングにはない発想だ。

 

「脅されているにしては『言わなさ過ぎる』という事か……」

 

 彼女の言葉に、夜神月も納得したようだ。もちろん、私も同じ事を考えていた……。

 

「それではターゲットを火口・鷹橋・葉鳥の三名に絞ってカメラを設置しようと思います。聞いていましたね、ウエディ?」

 

 パソコンの中の一台の画面が切り替わって、彼女の映像が届く。

 

「わかったわ……ただ、火口の家は少々面倒なセキュリティーになっているから……その三人だけでいいのなら、そしてリアルタイムではなく仕掛けて後に回収するという方法でいいのなら三日で可能よ」

 

「はい。彼らの自宅と携帯、それに車の中にもお願いします」

 

 了解と言葉を残して、彼女はワタリと共に任に付いた。

 

「竜崎、葉鳥についてもう一つ気になる点がある」

 

「カナさんの事ですね」

 

 ウイングは私の返事に頷いた。捜査本部に押しかけてきた人間がキラ候補者の親族、普通ではありえない確率だ。けれど怪しすぎて逆に疑いたくなくなってもくる……。

 

「彼女には松田さんと一緒に裁かれた犯罪者のチェックを頼んでありますし、現在は外出も禁じてあります」

 

「彼女がスパイかもしれないということか……」

 

 その可能性はきわめて高い。ただ、演技にしては彼女の素振りは少々大げさすぎるし、何より兄が死んでいるというのは事実だ。けれど監視の目を外すわけにはいかない。夜神月と私を繋いでいるこの手錠のように。

 

 ひとまずは、これで出来る手を全て打った。あとは、ミサが戻ってくるのを待つだけだ……。



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ノートの行方は

『加奈はまだ見付からないのか!?』

 

 画面の中では、帰宅した葉鳥が嫁さんにカナのことを尋ねている。ちなみにこのカメラのことは、カナには知らされていない。

 

『私たちが……守ってあげられなかったから……』

 

「事件の事か、それとも追い回したマスコミのことかねぇ」

 

 葉鳥夫妻の話題はカナ兄妹の事と幼い息子の事に終始し、とてもキラ事件の参考になるような内容は出てこなかった。

 

「あのさぁ、ホントに葉鳥に憑いてんのか?」

 

「それは間違いないよ」

 

 お前さんはそう断言するけどよぉ、ここ数日の葉鳥見る限りじゃいいパパいい旦那の見本みたいな人だぜぇ? デスノートらしき物をいじくってる様子もないし、勿論レムと会話するでも無し。もっとも、あとの火口と鷹橋は人間として真似したくないけどな! 俺がもし金持ちになってもああはなりたくない、成金の権化みたいな奴らだ。何であんな奴らがヨツバの重役の椅子に座れるのか不思議でならんよ。

 

「私はウイングが東大講師の椅子に座ってたのも信じられないけどね」

 

 ひどいよね。俺は実力だっつーの! 主にパシリしかしてなかったけども。

 

「この三人の中では葉鳥が異色ですね……色んな意味で」

 

 自宅に堂々と愛人を連れ込む鷹橋、キャバだかクラブだかのおねえちゃんをはべらせる火口。うっ、うらやましくなんかないんだからっ畜生!

 

「けれどキラだという様子は微塵も感じられない。裁きをしている様子も無し……竜崎、考えるだけで人を殺せるような力は、今回のキラにはないんだろう?」

 

「はい、少なくとも名前と顔が必要なはずです。どうやって殺すのかまでは判明していませんが、少なくとも念じて殺せるような方法でないのは確かです」

 

 もっとも、見張り始めてから新たに報道された犯罪者が裁かれたという報告もないけれども。つーことはだ、葉鳥絶賛ノート放置プレイ中?

 

「誰かにノートだけが渡っている可能性も捨てきれないな」

 

 う、確かに。預けるだけで所有権移動さえしなければ問題はないもんな。ということは……うーん、奥さんとの接触が一番多いから奥さんの方もしっかり見張る必要があるか……って、おい、奥さん確か家計簿つけてなかったか? かわいらしいカバーつけた奴しかも二冊! あれちょうどデスノサイズじゃね? 俺なんか超冴えてね?

 

「次に出した時に、注目してみる必要がありそうだね」

 

 竜崎にはまだノートのことは伝えてない。ぶっちゃけさ、もうそろそろデスノートの存在に関しては暴露してもいいと思うんですよねボク。でもね、クロロが紙片片手に脅すとですよ。『キラを超えるまでそれは許さない。そんな事をしたらこの捜査本部の人間まとめて全員殺してやる』って。酷いと思いませんか皆さん。誰だ皆さん。

 

 マッツーはカナの監視中。俺は別にあの子怪しくないと思うけどなー。いや、様子が。少なくともキラじゃねーだろ、デスノート持ってねーし。スパイの方の可能性は無きにしも非ずだけど、それにしては昔のパームシュートを見ているようで先生なんだか懐かしいぞ? 年の割りに幼いというか、箱入りで育てられてたんだろうなきっと。関西弁の勢いはちょっと怖いけど。

 

……ちょっと待った。今日の俺やっぱ冴えてるかも知んない。夜神月と同じパターンだとしたら、どうだ? ノートを持って、記憶を失ったパターンならアリじゃないか? いやしかしそれだと行動の意味わかんねぇ……捜査本部に来る意味わかんねぇ……違うか。

 

「っていうか所有権を渡す意味ないよね、それだと。レムは欲深さんに渡すように指示されてたはずだし」

 

 デスネ。俺先走りすぎました。やっぱクロロの隙を見て竜崎にさらっとばらしちゃった方が早いかなこりゃ。あっそうだクロロで思い出した! お前さんの為に俺の秘蔵の同人誌大量に取ってきてやったぞ。安心しろ、全て健全本だ。クロロにエロ百合本渡す勇気は流石の俺にも無い。

 

 いつ取りに行ったのかって? ジェバンニが一晩でやってくれました。嘘です。でもクロロが同人誌に夢中になっているスキに竜崎たちに教えればいいと思うとです!

 

「そんな事をすれば後でどうなるかわかっているな、ウイング」

 

 ワカッテマス……スイマセンゴメンナサイ。団長さんはマジでやりかねないから怖いとです……。でも、ちゃっかり本は受け取る団長さんが、嫌いじゃないですボク。ていうか同志! 心の友よ! ここのサークルさんの本とか特にオススメだぜ! 装丁とか原作に近くしてあって秀逸だろ! 中身も秀逸だがな!!

 

「サイズの大きな本が多いのは何でだ?」

 

 何ででしょうね……。見栄えとか? 最近は文庫サイズ作ってくれる小説サークルさんも増えたけど、基本はマンガからだからじゃないかなぁ、やっぱり。作る人に聞いてみないとそこはわかんないや。A5B5が多いかな? ちなみにB5ってのがデスノートと同じサイズな、これ豆知識。

 

 葉鳥一家は寝てしまったので、おねーさんたちとイチャコラしてやがるあとの二人は竜崎と夜神に任せて俺も寝ようかな。シュートはとっくの昔に寝ている。あのお子様体質め、9時を回ると眠くなるらしいぞ。だからプロになってから完投勝利がないんだよお前さん。ナイターとか0時回ることだってあるだろ? おーいクロロ、読むのは明日の朝にして俺らも寝ようぜー。パームも眠ろうやー。

 

 部屋に戻った俺様は、秘蔵中の秘蔵、取って置きのエロ百合本でハァハァするとでした。うーむ、やはりカップリングは聖×祐巳に限りますね。



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女と団長と死神

 ウイングの言葉が妙に引っかかった。

 

『夜神月のように記憶を失った者だとしたら?』

 

 面白い、あいつらに黙ってでもやる価値は、あるかもしれない。違っていたところで彼女が何を言おうと信じてはもらえんだろうしな。

 

『お前、また何か企んでるだろ。そういうとこ、ライトに似てるな』

 

 そうか? オレがあんな小僧と一緒にされるとは心外だ。直接自分で手を下すこともできないような小物と。

 

「松田、竜崎が呼んでいる、オレと代われ」

 

「え? あ、は、はい」

 

 部屋を出て行き残されたのはオレとカナの二人だけ。竜崎がカメラで覗いているこの部屋。見られたところで支障はないし、さすがにその程度のことはこの女でも気づいているだろう。

 

「クロロさんと一緒に仕事すんの初めてやなー。よろしゅう」

 

 オレは偽りの笑顔を纏い、彼女と握手を交わす。カメラからは見えないように彼女に手渡したそれは、確実に彼女に変化をもたらした。

 

「……あ」

 

 叫び出すかとも思ったが、それはなかった。……どうやらウイングの推測は的を射ていたらしい。

 

「気分はどうだ、桜木加奈子」

 

「……むっちゃサイアクやわ。何でアンタがコレ、持っとんねん。死神は?」

 

「行きがかり上、偶然手に入れただけだ。お前には見えないだろうがここにいる」

 

 彼女は軽く空中に視線をめぐらせ、そして再びオレに戻す。

 

「同じもんが他にもあったちゅうことか」

 

「理解が早くて助かる」

 

 間違いなく、彼女はデスノートを持っていた。それにどんな意味があるのかはまだわからない。これから聞き出すことであって、今すぐに必要なことではない。これで、オレはLもキラも出し抜いた。軽く笑うと、彼女に紙片を握らせる。夜神月の時計から奪った、小さな紙切れ。

 

「お前が持っていた方がいいだろう。オレは別に持っているからな、それは必要ない」

 

「アタシも別にいらんのやけど」

 

 それならば捨てようが燃やそうが自由だ、そういうと彼女は押し黙ったまま、渡した紙片を握り締めた。小さく屑になった紙片、それでも意味はある。デスノートを所有したことのある人間にとっては。

 

「で、アンタ何がしたいん?」

 

「真相を知りたいだけだ、他意はない。無論、他の人間に教える気など毛頭ない」

 

 カメラで覗いている奴はいるかもしれんがな。それはオレの知ったことではない。

 

「さぁな……アタシにもわからへん。ただ、一人だけはアタシがやった。あの人の望むようにしてやっただけや」

 

 彼女の示す一人、それはオレの予想が正しければおそらく彼女の兄だろう。

 

「所有権は?」

 

「元々アタシのもんやった。それを叔父さんに渡して、必要な時はまた取り戻せるように。一度はその時、そしてもう少し後でまた受け取るつもりやってんけど……アンタのせいで予定が狂ってもうたやん」

 

「オレは知らんな。だがこれで少々面白いことになった。お前の目的が何かは知らないが、オレと手を組まないか?」

 

『クックック……面白!』

 

 三人の命を救う目的から、キラの世界をこの手で作り出す目的へと。三人が死ななければ、この世界がキラの物になろうと特に問題はないだろう?

 

「悪いけどお断りやわ。アタシにはアタシの目的があって動いとる。それに他人は邪魔なだけやねん」

 

 即答、か。一体何の目的があるのかは知らないが、それもまた面白い。

 

「つーわけで、コレはアンタに返す。もうアタシには触らせんといてね。その辺におる見えへん死神さんもサイナラ」

 

 ぐしゃぐしゃになった紙片をつきかえされ、その瞬間に彼女は元に戻った。……ノートのことを何も知らない頃へと。

 

「行くぞ」

 

 オレはリュークを連れて部屋を出た。

 

 これで情報を手に入れた。最初……というには語弊があるが、一番最初にデスノートを手にしたのはこのカナという女だったという事。この事がオレにとってどういう形のアドバンテージになるのか……今後が楽しみだ。

 

 

 

「二人のほかに……誰か、いた?」

 

「誰もいないぞ、竜崎」

 

 監視をしていた者の目には、カナとクロロしか映らない。二人の間であたかももう一人いるかのような、不思議な会話がなされていた。

 

「……死神……だ、と?」

 

 竜崎の目が、暗く光った。

 

「竜崎、お呼びですか!!」

 

 そこに空気を読めない男が飛び込んでくる。

 

「別に呼んでません。戻ってください」

 

 マッツーは凹んでいた。



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にらまれた団長

「ウイングさん……」

 

 昨日から竜崎が小難しい顔をしている。最近竜崎の表情が読めるようになって来たぞ俺。無表情だと思われがちだが案外冗談も言うお茶目さんだ。こないだはパームに惚れてもいいですかって尋ねてハリセンで殴られていた。

 

「何だ?」

 

「死神っていると思いますか?」

 

 飲んでいた紅茶噴いたよおもいっきり。し、ししし、死神ですと!? 何故に今それを俺に聞くとですか!?

 

「いるかもしれんし、いないかもしれん。が、何で急にそんな事を?」

 

「以前にもお話したと思います、『えるしっているか 死神は りんごしかたべない』という文章の事を」

 

 聞いたよ、つか知ってるよ。だから何でそれが今ここで俺に聞く事に繋がるのか小一時間問い詰めたい。いや駄目だ、竜崎を小一時間問い詰めたらこっちの精神力がもたない。俺の方が死ぬ。

 

「……昨晩、クロロさんがカナさんの部屋に行きまして、その場に死神がいるようなことを話してたんですよね……」

 

 クーローロー!! 俺の知らん間に何やらかしてくれとんじゃアイツ! つか死神がどうこう話してたってことはあの野郎、カナにデスノート触らせやがったな!! やっぱり早くに没収しておくんだった!!

 

「んー、少なくとも俺は見てないからなんともいえないがな……お前さんは見ててどう思った?」

 

 恐らく一緒にその映像を見ていたであろう夜神にも話を振ってみる。

 

「カナさんは『見えない死神』と言っていた。……まさか、殺しの手段の事か?」

 

 あーもう天才二人の見てるところで何やってんのクロロ弾幕薄すぎだよ!! せめて見てないところでやれよ! って、まあカナが監視されてる状況じゃそれも難しいかもしれんが……。余計な事スンナ!

 

「けど、ヨツバの人間とカナの接触はこの捜査本部に来てからは一切断たれている。この状態でヨツバ会議で挙がった者を殺す事はできないだろう」

 

「にしても、何らかのかかわりがあると見て良さそうですね……。クロロさんはシロだと思っていましたが、もしかしたらクロだったのかもしれません……」

 

 ほらみろ! 竜崎に睨まれちゃったぞおまいさん! もう俺シラネ! 何度も言ってるけど俺シラネ! 俺もう自分の保身の事しか考えないからな!! 後のことシラネ!!

 

「竜崎、どうしても一人呼び寄せて欲しい人間がいるんだが……知人ではないが、捜査の役には立つ」

 

「誰ですか?」

 

 一晩でやってくれるあの人です。

 

「多分FBIにいると思う……いないかもしれんがアメリカにはいるはずだ。本名ステファン・ラウド。身長180くらいの黒髪のイケメンだ。もしかしたら既に偽名でステファン・ジェバンニと名乗っているかもしれない」

 

「FBIならまぁ信頼が置けますしいいでしょう。もう少し具体的な情報をワタリに伝えておいてください。数日中に拉致します」

 

 何か今物騒な単語が聞こえた様な気がするけどキニシナイ!! 実際捜査の役には立つだろうしな、あの人。つーか疑問に思わないのな、竜崎。俺がお前さんだったら普通怪しむぞ。

 

「もうウイングさんは疑っていませんよ」

 

 顔に出てたらしい。これは喜ぶべきところかがっかりするべきところか。喜んでいいんだろうなやっぱり。

 

「ウイングさんがキラだということはありえません。今のキラと比較すればそれほどバカではないでしょうし、以前のキラと比較するとそこまで頭が回るとも思えません」

 

 今さらっと馬鹿にされたよね? 俺泣くぞコラ。マジで泣くぞ!

 

「ともかく、今はヨツバメンバーに加えてカナさんとクロロさんの監視も強化すべきだと私は思います。人手が足りないのでウイングさん達も手伝ってください」

 

「へいへい、んじゃシュートとパームにも伝えてきまっさ。あの二人も別に怪しくないだろ?」

 

「そうですね」

 

 俺は泣き叫びたくなるのをこらえてさっさと竜崎の部屋を後にした。これ以上話してたらマジで泣く。泣かされる。俺にだってプライドの欠片くらいはあるのだ。

 

 そしてシュートパームにも事情を話し、クロロの監視は俺ら三人が、カナの監視は引き続きマッツーが行う事になった。クロロ、何考えてるのか知らんがお前さんガチでやばいかもしれんぞ。



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手先の器用な人

「初めまして、ステファン・ジェバンニです」

 

 大学を出てFBIに入り様々な事件に携わってきたが、これほどの大きな事件に関わるのは初めてだ。

 

 通称「キラ事件」、そして、以前にもLの指揮下に入った事はあるけれど、直接Lの顔を見ることすらも初めて……。なぜ僕が突然この事件に呼ばれたのかはわからない。けれど、何かしら役に立てるからこそ呼ばれたはずだ。大学の頃に語学の勉強をしておいてよかった。英語以外にも、日本語・ドイツ語・イタリア語を話す事ができる。日本にキラが潜伏しているというのも、何かの縁なのかもしれない。

 

「初めまして、Lです。ここでは竜崎と呼んでください」

 

 Lに、ここにいる捜査本部のメンバーを紹介してもらい、ウイングと名乗る青年の下に付くよう指示された。少し下か、同じ歳くらいか……日本人は年齢がわかりにくい。

 

「日本語、話せますよね?」

 

「はい。日常会話でしたら大丈夫です」

 

 見たところは普通の青年だ。けれどLの例もある。見た目で人を判断するのはまずい。Lが信頼しているフシもあるし、この人もおそらく何らかのエキスパートなのだろう。

 

「ボトルシップとか、好きじゃね?」

 

「……は?」

 

「細かい手作業とか、大好きじゃね?」

 

「……はぁ」

 

 まさか僕の趣味を知っているわけでもあるまいに……いや、もしかしたら調べられているのかも……けれどそんな事が何か関係あるのか……?

 

「アナタを見込んでお願いがあるとです。Lを含めた俺以外のメンバー全員に内密で」

 

 内密の仕事、だがLにも内密というのはまずくないか? いや、もしかしたらそれも全て把握した上でこの人の下に付けといわれたのかもしれない。ここはいう通りにしておくべきだろう。

 

「わかりました」

 

「うんうん、口の堅さは信頼してるけど、作業してるのを絶対に他の人に見られないように注意してね。で、頼みたい事なんだけど……」

 

 

 

 この作業が、捜査の役に立つとは到底思えない……けれど、やらなければならない。幸い僕の得意分野だ、日数さえもらえれば出来るだろう。念のため、ウイングさんには十日と言っておいたが、出来る限り短い期間でやるようにとのことだ。

 言われた事をこなす。それだけでも人間の評価というものは上がる。理不尽な命令を受けることもままあるが、出来うる限りの事はすると、この職業に就いた時に決めたんだ。今は、この仕事に集中する事にしよう。

 

 

 それから五日間、ジェバンニの姿を見たものは誰もいない……。



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少し以前の物語

「苦しい……死にたい……イヤや、オレは裁かれるんか……? オレ生きてたらあかんのちゃうか……」

 

 一人部屋に篭りブツブツと呟く男と、隣の部屋で耳をふさぐ女。

 

 女はやがて耐え切れずに部屋を飛び出した。向かった先は叔父の書斎。気分を変えてくれるなら誰でもいい。叔父がいなくとも書斎には様々な本がある。一時でも兄の事を忘れられればそれで良かった。

 

 叔父しかいないはずの書斎から話し声が聞こえた。独り言にしては声が大きい。彼女は、扉の前で聞き耳を立てた。

 

「だが……僕にはそんな恐ろしい事はできない!」

 

 誰かいるのか? だがそのような気配も声も無い。叔父はただ一人芝居のように言葉を紡ぎ続けている。少しドアを開けて中の様子を見た。叔父は黒い表紙のノートを掲げて中空を見上げている。まさか叔父もおかしくなったのか?

 

「試してみろだって? 例え犯罪者でも僕が人を殺すのなんてごめんだ! それにこのルール……一度殺したら永遠に殺し続けなければ自分が死んでしまうじゃないか!」

 

 不自然に間が空く。まるで誰かが叔父に言葉を返しているかのように。広げたノートの中身も、ただのノートのようだった。

 

「大体……名前を書くだけで人が殺せるなんて事自体信じられないし……そりゃ、君のような死神がいるって時点で信じるべきなのかもしれないけど」

 

 死神!? 女には見えないが、叔父の前には死神がいるというのだろうか。俄かには信じがたいが、叔父が狂っている様には見えない。不可思議な行動をしているだけで、表情などはいたって正常だ。

 

 ということは、話から推測するに、叔父の持っているあのノートに名前を書けば、人を殺せる……。女の脳裏によぎったのは、兄の姿。死にたいと懇願する、自分で死のうとしても死にきれずに苦しんでいる、兄。

 

「……叔父さん……」

 

 女は部屋に入った。叔父は慌ててノートを隠そうとしたが、その前に女に奪い取られてしまった。

 

「!!」

 

 女にも、死神が見えた。明らかに人ではない醜いバケモノ。

 

『……これは予定外だな。どうする?』

 

「カナちゃんは関係ない! 記憶を消してくれ!!」

 

『それはできない。所有権を移してさらに所有権を手放さない限り、デスノートに関する記憶を消す事はできない』

 

 所有権……ノートの? デスノート? 人を殺せるノート? DEATH、死神。

 

「死神さん、その所有権ちゅうの、アタシに移す事って出来るん?」

 

「何を言い出すんだ!!」

 

 死神は無表情のまま、答えた。

 

『可能だ。現在はその男に所有権がある。それを放棄させ、その時にお前がノートを持っていれば、お前が次の所有者になれる』

 

 女は叔父の方に向き直った。

 

「叔父さん、所有権を放棄して。アタシ、死なせてやらなあかん人がおんねん。アタシがしてやらなあかんねん。……できるの、アタシだけやねん」

 

 叔父が言葉を失っていると、死神が話し始めた。本を持つ条件……犯罪者を裁く事、そしてノートにも書いてあるルール、13日以内に人を殺し続けなければ自分も死ぬという事。女はルールに一通り目を通し、改めて死神に問いかける。

 

「人を殺したあとに所有権を放棄したらどないなるん? 何も覚えとらんと死んでしまうんか?」

 

『それは無い。所有権を放棄した時点で全てを放棄した事になり、13日以上経っても死ぬ事はない』

 

 再び叔父に視線を向ける。叔父は何も言わず、黙っていた。

 

「叔父さん、後生や。所有権アタシに譲って。必要な事がすんだら、また叔父さんに所有権返すさかい、頼むわ。叔父さんに所有権返ったあとは叔母さんとでも相談して好きにしてくれてかまへんし、もし警察とかに捕まりそうやったら改めてアタシに所有権戻してもらってもかまへん」

 

 叔父は悩んだ。それは随分と長い時間のように、女には思えた。

 

「所有権を放棄する」

 

 叔父はその言葉を発したあと、全てを忘れたようだった。

 

「カナちゃん、本でも借りに来たのか?」

 

 笑顔を向ける叔父に対して適当に言葉を濁し、女は書斎を後にする。部屋に戻る時にまた、兄の呟きが聞こえた。

 

『誰を殺すのかは知らないが、ちゃんと契約は守ってもらわないと困る』

 

「わかっとる……アタシもまだ、殺せる自信あらへんし、試してみらなあかんし……しばらく、犯罪者だけ裁かしてもらうわ。それやったら問題ないやろ?」

 

『ああ』

 

 それから三日間、彼女は犯罪者を裁き続けた。ノートの力にもう疑う余地はない。本物のデスノート。人を殺せるノート。

 

 三日後の夜、彼女は覚悟を決めた。ノートに兄の名前を書く。少し悩んで、そのあとに『安楽死』と付け加えた。

 

 翌朝、叔母によって兄の遺体が発見される。自分がすべき事を為した彼女は、叔父の所へ行き、ノートを手渡した。それによって、叔父は記憶を取り戻す。

 

「あとはよろしく……叔父さん。レム、アタシは所有権を放棄する」

 

 そして彼女は記憶を失い、キラのせいで兄が死んだという事実だけを覚えている事になる……。



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絶望先生の陰謀

 絶望した! ジェバンニなら一晩でやってくれると信じてたのに五日もかかるなんて絶望した!! いや、まぁ、俺がそれでいいって言ったんだし、バレなかったからいいんだけどさ……。そこが最重要課題だったからな。

 

 ん? ジェバンニ? Lの所に戻しましたよ。だってコレ終わったら正直俺にとっては用済みだもん。そう! この為だけに俺はジェバンニを呼んだのだ!! ん? ソレが何かだって? そいつはあとのお楽しみさマイケル。

 

 冗談はほどほどにして俺もそろそろ捜査に戻ろう。コソコソやってたのはLにばれてるっぽいけど、俺もジェバンニも全身チェックした後に建物の外に出てたから、何やってたのかまでは把握できてないはずだ。それなら問題ない。シュートは野球に逃避しっぱなしだし、クロロとパームは捜査にかかりっきりだった。おk、問題ナシ!

 

 ちょいとパームを呼び出して、捜査の進展状況を聞きだそうとした。

 

「それがね……」

 

 俺がいない五日の間にどうやら葉鳥にターゲットが絞られたらしい。二冊書いてる家計簿がおかしいってLが言い出して、ズームで確認した所その片方に裁かれた人間の名前が書いてあったそうだ。うむ、俺様の推理ビンゴ。流石に殺し方まではまだわかってないっぽいけど、時々葉鳥が嫁さんに渡していた書類みたいなの、最初は関係ないと思われてたけど会議とのタイミング的に、会議で決定した人物のプロフィールが書いてあると夜神が推測して、これまたズームで見たらビンゴ、写真つきのプロフだったそうな。たった五日でここまで進めるとは、やっぱ恐ろしいぜ天才どものタッグは……。

 

 よしここで俺様の出番だ。TV特番のネタ披露すれば『なるほどー』となって俺様の株がまたアップ……。

 

「ダメです」

 

……せんかったとです。何で何で!? L即答かよ! すると夜神が具体的に説明してくれました。

 

「葉鳥の性格上、そんなに公にしてしまったら自殺しかねない。それだと殺し方は不明なままだ。あまり大々的に追い詰めるのはまずいだろう」

 

 なるほどね……アイツの場合、火口と違って進んで殺してるわけではないってことか。 ん? だとしたら何でこんな事やってるんだ?

 

「葉鳥、どうやら恐妻家みたいです」

 

 おk把握した。つまり嫁さんの策謀っつーわけですね? ……死神は葉鳥に憑いてるんだから、所有権は葉鳥が持ったまま、実際に裁きをしてるのは嫁さんつーことか。

 

「つまり追い詰めるべきターゲットは葉鳥ではなく、その妻であると考えた方がいいでしょう。もっとも、二人同時に追い詰めないと、葉鳥もそれを容認し、場合によっては殺し方も知っている、という事ですから……」

 

 ここでクロロが口を挟む。畜生美味しい所だけ持って行きやがって。呪ってやる!!

 

「今のキラ……まぁ、現状ではあの女だと断定していいだろう。彼女は顔だけでは殺せない……普通に家に押し入って確保するだけで問題は無いと思うんだが、どうだ? 二人だけなら、この捜査本部の人間だけでも大丈夫だろう」

 

「そうですね……一応他にも関係した人物がいないかどうか、二人の交友関係などを洗ってみて、無いようでしたらそれでいこうと思います」

 

「念のために全員ヘルメット等で顔を隠しておいた方がいいだろう。必要ないかもしれないが」

 

「はい、その夜神くんの案、採用」

 

 おk俺はお留守番! 暴力沙汰では負ける自信があるぞ!!

 

 というわけで俺とマッツーの美味しい所は全部シュートとクロロ(暴力沙汰が得意分野)に持っていかれそうなふいんき(何故かry)です。ちょっと泣きたくなったとです。俺にもいずれ活躍の場が出てくると信じてるとです……。



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深夜の大捕り物

 決行当日。

 

 僕はシュート、クロロとともに屋内への突入部隊の一員となった。日本警察の刑事出身者が家を取り囲み、少し離れた全貌を把握できる位置にて竜崎と夜神月が待機。カナとウイングは雑務処理のため捜査本部に残ることとなった。

 前もってウイングから聞いていなければ、今頃僕は絶叫しているだろう。あるいは狂ったと思われるだろうか。けして動揺する素振りを見せてはいけないと言われていたので、今こうして冷静さを保っていられる。

 

 クロロの頭上に浮かぶ異形の者。死神。

 

 正直この目で見るまではまさかと思っていた。そんなものが存在する事自体おかしいと。けれどウイングの説明は全て真実だったと、この死神を見ては言わざるを得ないだろう。

 

 デスノート。人を殺すことのできるノートの存在。

 

 それをこの世界に持ち込んだ、死神の存在。

 

 葉鳥の妻がノートに名前を書き込んでいるのを見て、思わず声が出そうになった。あれがデスノートに間違いない、と。そして先日僕が扱った物も、あれと同類であると。幸い、竜崎にもクロロにもばれはしなかった。

 

 最初は全てを疑った。今では全てを信じている。

 

 死神がいることも、デスノートのことも、ウイングが全てを見透かす存在であることも、それを竜崎達に直接伝える事ができないということも、葉鳥とクロロがデスノートの所有権を持っているということも、ウイングを含む彼ら4人が異世界から来たということも。

 

 あの死神を目の前にして、何を疑えというのだろう。

 

 クロロの様子を窺う。至って冷静に、彼は把握した家の間取りと突入経路を僕達に指示して、そして時を待っていた。突入は真夜中の一時。恐らく一家は眠っているだろう、既に明かりは全部消えている。彼はナイフ、僕は拳銃、シュートは野球のボール、そして全員が対象を確保するための手錠と縄を所持している。……シュートだけが場違いのようだが、彼の場合はそれが最も効果的な武器となるらしい。そして出来る限り武器は使用しないようにと、竜崎からの指示があった。基本的には、身に危険が及ぶ場合・或いは逃亡されてしまうような場合のみ使用を許可すると言う事だ。ここが日本という事を考えると、賢明な判断だといえるだろう。

 

 

 5.4.3.2.1.……GO!

 

 出来る限り音を立てずに、突入を開始する。シュートと僕は玄関から、クロロは居間側の庭から。すぐにシュートと別れた。僕は一階を進み、シュートは二階へと上がる。調べた限りでは、一階奥に夫妻の寝室、二階には子供の部屋があるはずだ。僕はその寝室へと一直線に向かう。クロロはデスノート(彼ははっきりそうだとは言わなかったが、恐らく間違いないだろう)を接収した後に僕と合流する。

 

 寝室の扉を慎重に開けた。FBIでの捜査の時と違い平和な日本の平凡な家庭。何の罠もなくあっさりと二人を確保する事ができた。すぐに、片手にノートを携えたクロロがやってくる。

 

「優秀だな。ここが日本でなければ勧誘したいところだ」

 

 僕が夫妻に目隠し・猿轡をかませている間、彼はただそれをずっと眺めていた。既に二人の自由は奪っていたので、手を出すまでもないと思ったのだろう。やがて、3歳くらいの子供を抱いたシュートも階段を下りてきた。ぐっすりと眠っている様子で、特に拘束はしていない。僕達と目が合うと、人差し指を静かに唇の前に立てた。僕は頷いて、二人を立たせ玄関から外へ連れ出す。

 

 車に乗っている最中に子供が起きて泣き出した以外には、特に問題もなく捜査本部に戻る事ができた。その子供もシュートの顔を知っていたらしく、すぐに泣き止んでサインをねだっていた。……有名人だったのか、シュート……。

 

 

「皆さんお疲れ様です。無事に葉鳥一家を確保できたのは皆さんのおかげです。ですがここからが勝負です。殺し方・そしてそれが本当に殺せるかどうかを検証しなければなりません」

 

 検証の所で、夜神月が眉をひそめ、それを止めさせようとした。ひとまずは殺し方がわからないとどうしようもないという事で結論は先延ばしとなった。

 

「葉鳥の猿轡を外してください」

 

 夫妻は別々に拘束し、子供はシュートが別室で面倒を見ている。普通に考えて、子供に関わりはないだろうと特に束縛はせず、室内で自由にさせている。子供と面識があるという事でカナも彼らと一緒だ。……葉鳥夫妻の様子を見せたくないという配慮もある。

 

 画面に映っている葉鳥にワタリが近付き、口に噛ませていた轡を取り外す。自殺の可能性もあると思われていたが、ひとまずその様子はなさそうだった。

 

「葉鳥さん、初めまして、Lです。何故ここに呼ばれたかはお分かりですね?」

 

「L……探偵の、あの、Lか」

 

「そうです、そのLです」

 

 葉鳥はしばらく黙った後、ある言葉を発した。それはウイングから聞いていたものだった。

 

「……所有権を、放棄する」

 

 そして葉鳥は気を失った。竜崎が叩き起こそうとしたのを、クロロが止める。

 

「ゲームオーバーだ。そろそろ話してもいい頃だろう。なぁ、ウイング?」

 

 ウイングとパームの表情が強張る。……デスノートのことを、話すのか?

 

「その前にお前さんから受け取ったこいつを竜崎に渡してからだ」

 

 ウイングは、クロロから受け取ったのであろうノートを竜崎に手渡す。僕には見えないが恐らく彼らには見えているのだろう。新たなる死神の姿が。

 

「……ウイングさん、そちらはどなたですか?」

 

「死神だ。今渡したそのノートに憑いている死神。葉鳥は記憶を全て失っている。殺し方は、そいつに聞けばいい」

 

 この場にいる全員が、順にノートを手にする。ある者は腰を抜かし、ある者は恐怖に顔を歪め、……けれど、皆に見えている死神は『一人』だけのようだった。

 

「死神さん初めまして、Lです」

 

『……レムだ』

 

 最後に手にした夜神月が強くノートを握り締めた。それを、ウイングが取り上げようとする。

 

「夜神、そいつを渡せ」

 

「…………………………はい」

 

 随分と、奇妙な間があった。夜神月は渡そうとして一旦手元に引き、躊躇って、それでもウイングに、ノートを手渡した。

 

「先に伺いたい事があります。ウイングさんやクロロさんは死神のことを知っていたのですか?」

 

「ああ」

 

「知っていた。……お前さんに言う事はできなかったし、言ったところで実物を見せないと信じなかっただろう?」

 

「そうですねそうかもしれません……いえ、以前のキラからのメッセージのこともありますし、信じていたかもしれません」

 

 ウイングは夜神月から取り上げたノートを再び竜崎に手渡す。

 

「どうだかな。お前さんはリアリストだ。目の前で事が起きなければ信じないだろう。まぁ、今まさに目の前で事が起きている訳だが。まずはそのノートに書いてあるルールを読んでくれ」

 

 竜崎はノートの表紙と裏表紙、それに中に書いてある名前をざっと読んでから、顔を上げる。

 

「死神」

 

『レムだ』

 

「このノートに書いてあるルールは本当ですか?」

 

『ああ、本当だ』

 

「もし他にノートがあるとして、それらのノートのルールもですか?」

 

『ああ、死神界にもノートはいくらでもあるが、ルールは全て同じだ。人間に持たせた場合もだ、それは間違いない』

 

 夜神月がそれを聞いてノートを覗き込み、そして再び自分の手の内に持った。……その仕草に少し違和感を覚える。ノートに触れようと思うのはこの捜査本部にいれば当然の事だろうが、彼は先程から『持ち続けよう』としてはいないだろうか。気のせいか?

 

 夜神が手に持っているノートを開いて他の人間にも見せる。そこには英語で使い方が書いてあった。

 

 

・このノートに名前を書かれた人間は、死ぬ

 

・書く人物の顔が頭に入っていないと効果はない。ゆえに同姓同名の人物に一遍に効果は得られない

 

・名前の後に人間界単位で40秒以内に死因を書くとその通りになる

 

・死因を書かなければ全て心臓麻痺となる

 

・死因を書くと、さらに6分40秒詳しい死の状況を記載する時間が与えられる

 

・このノートに名前を書き込んだ人間は、最も新しく名前を書いたときから13日以内に次の名前を書き込み、人を殺し続けなければ自分が死ぬ

 

・このノートを刻む焼く等して使えなくすると、それまでにノートに触れた全ての人間が死ぬ

 

 

「50日以上監禁され、今も監視下にある月くんや弥がキラや第二のキラなら生きているはずがない」

 

「うむ」

 

「監禁されてた時は二人とも名前どころか文字ひとつ書いてませんからね」

 

 疑われていたから、夜神月は竜崎と手錠で一つに繋がれ、弥海砂は一室に監視状態にあった。けれどルールによってその潔白が証明された事になる。竜崎も同意し、二人の監視は取りやめる事となった。

 

「それで……何故ウイングさん達はノートの存在、死神の存在を知っていながら今まで黙っていたんですか?」

 

「竜崎、それには僕が答える……。彼らは、この世界の人間じゃない。死神と同様、別の世界から来た存在だ」

 

 夜神月の発言に、ウイングが驚いている。このことは、夜神月には話していなかったのか?

 

「ちょっ……夜神おまっ……」

 

「僕には冗談で『神の子』なんて言っていたけれどね……だから、彼らをデスノートで殺すことは出来ないし、存在を知っていても僕たちに教える事もできない。そういうルールがあるんだろう?」

 

「どうしてそんなことがわかるの?」

 

 アワアワしているウイングの代わりにパームが疑問を投げかける。

 

「少し考えればわかるよ。クロロは以前ウイングにTV出演を勧めた際にこの四人が第二のキラに殺されないという事を言っていたと、竜崎から聞いている。それなら可能性は唯一つ。『四人は人間じゃない』」

 

「流石だな、正解だ。では夜神月、オレが今になってこのノートのことを公表した意味は? 言えるならもっと早くに言えば解決していたはずだ」

 

「クロロだけならばその性格上、面白がって傍観していたと考えるのが妥当だろう。けれどウイングや他の二人は言いたくても言えなかった、つまりそういった束縛、ルールがあったと考えられる。今になって話したのは……これは推測でしかないが、死神やデスノートの存在が僕達に明らかになったからだろう」

 

 違う……明らかになる前から、ウイングは僕にデスノートと死神の存在を話していた……。

 

「順序が逆だな。オレたちはノートをお前達に見せてからその存在を説明しただろう」

 

「それは葉鳥を通じていずれ僕たちにも明かされる事だ。ゲームオーバーというのはそういう意味だろう? 笑えない不謹慎な冗談だが」

 

 ずっと黙っていた竜崎が、突然口を挟む。

 

「ウイングさん、デスノートの存在を私たちに話せないというルールが存在したのですか?」

 

 ウイングは黙ったまま答えずに、代わりにパームが返事をした。

 

「……そうよ。けどその存在を完全に隠せっていうわけじゃない。だから、デスノートに近付いたこの時点で、あなた達にこのことを話した。言えなかった事は謝るけど、これが私たちの譲れる最低限のラインだったの」

 

「それではこのノートについて、もっと色々とお伺いしてもいいですか?」

 

 パームはレムという名の死神を指す。……僕に見えるもう一匹の死神は……何も話さずに、完全に傍観している。この死神が見えているのは、誰だ? 少なくとも僕とウイングには見えているはずだ。

 

「それはレムに聞いて。私達も死神ほど詳しく知っているわけじゃないし。夜神くん、ノート、貸してもらえる?」

 

「いや、僕はこのノートに書いてある人物名と犠牲者の照合をするよ……本当にこれが、人を殺せるノートなのかどうか、わからないからね」

 

「本物だ。なんならオレが今ここで誰かの名前を書き込んでやろうか。竜崎、このまま夜神月にノートを持たせたままでいいのか?」

 

「クロロさん、どういう意味ですか」

 

「お前と夜神月はこの場にいる誰よりも頭が回る。お前と夜神月、どちらかがデスノートを持ち続けるのは危険じゃないかと思い忠告したまでだ」

 

 疑われていた夜神月がノートを持つのは危険だという事か。しかしそれはルールによって間違いだと証明された。いや、そもそもウイング達に課せられたルール自体が間違っているということは、ノートに書かれたそれも偽物だという可能性も……。駄目だ、僕の頭では処理しきれない。

 

「夜神くん、ノートは相沢さんに渡してください。科学分析をしてもらう事にします。相沢さん、ワタリに渡してきてもらえますか?」

 

「あ、ああ……」

 

 竜崎に促され相沢が夜神からノートを受け取る。今度はすんなりと手放した。

 

 相沢が部屋を出る。しばらくの間、室内には気まずい沈黙が漂っていた。



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ウイングとレム

『それで、話というのは何だ?』

 

 俺はレムを連れて自室に戻った。つーか逃げた。竜崎と、それより何より夜神がコワイからとかじゃないんだからねっ!

 

「えーと、お前さんの目的も俺は知っている。それに協力する代わりにこちらにも協力してもらいたいんだが」

 

『同盟ということか。お前の目的は何だ?』

 

 死なない事! これが第一条件!! そのためには……。

 

「夜神月と弥海砂にデスノートを使用した過去を思い出させない、これ以上ノートを使わせない事。お前さんの目的は弥海砂を守る事だろう? 相反するような内容ではないと思う」

 

 弥が記憶を取り戻そうがそうでなかろうが、守れるのであれば彼女にとっては問題ないはずだ。……多分。だといいな。頼むよレム、ウンって言ってくれ。

 

『既に夜神月はノートを手にし、記憶を取り戻しているだろう』

 

「だが一時的なものだ。手から離せば記憶も消える。……中身を破いた可能性も無くはないが、少なくとも今の所有権は俺にある。そうだろう?」

 

『……さぁ、私にはわからない』

 

 何ですと? いや俺に所有権があるから俺に憑いてきたんだろうがよ。葉鳥が放棄した時、俺が持ってたしな。クロロに二冊持たせるのはあまりにもやばすぎるので仕方なく、だが。シュートやパームに持たせるのもアレだし。

 

『死神は、見えている寿命と名前にデスノートが特殊な影響を及ぼしているという点でノートの所有者を判別する。だがお前の場合は寿命も名前も見えないから、正確にお前が所有者だという確証はない……まぁ、おそらくお前に移っていると考えてついてきたわけだがね』

 

 むー、こんなところでも名前が見えない弊害が出てくるとは……ややこしいのう。まぁいいや、とりあえず俺が所有者だってことで話を進めてもいいよね?

 

『眼の取引をすればわかるかもしれないぞ』

 

 ダメ、ゼッタイ! ノーサンキュー! 寿命半分だなんて冗談じゃないっちゅーの、ただでさえ変な世界で右往左往してて寿命縮まってるんだから絶対!

 

「もーわかんなくていいよ。レムが俺を一応の所有者だと思ってくれているならそれでいい。で、俺の目的は、最終的には夜神が切れ端を持っているならそれも没収して、完全に記憶がない状態に持っていくことだ。もちろん二人とも疑われない状態を保持したままでな」

 

 できれば葉鳥夫妻も助けたいんだが……竜崎がいる以上、デッチアゲの犯人あげとかないとまずいだろうしなー……って、間違いでもないか、使ったのは確かなんだから。

 

『……夜神月の持っていたデスノートは?』

 

「リュークが黒髪の男に憑いてただろ? 彼が持っている。つまり夜神月の考えは全て俺にとっては『計 画 通 り』って奴だ。実際、あのノートを弥海砂に使わせてLを抹殺するつもりだったんだしな、アイツ」

 

『……!』

 

 フフン、計 画 通 り。ここまで言えば、夜神がミサミサにもう一度眼の契約をさせようと考えてたことまでわかるだろ。わかんなかったら説明するぞ懇切丁寧にな!

 

『…………いいだろう。お前は夜神月よりは信用できそうだ。私はどうすればいい?』

 

「なーに、基本的には夜神の言った通りにしてくれればいいさ。デスノートに関して、特に嘘ルールに関して余計な事は言わない。夜神がミサミサにノートを取りに行ったとしてもそれはすでに俺らの手の内。……あ、夜神がもしノートの切れ端持ってるようだったら隙を見て奪ってくれると非常に助かるが、別に無理しなくていいぞ。あとこれ大事。レムのノートで捜査本部の人間を殺さないでね? マジで」

 

 そこ大事! 特に俺とか俺とか俺の名前を書かれると非常に困る!!

 

『私が捜査本部の人間の名前を書いてどうするというんだ。今殺せば私が死ぬ事にも繋がりかねない』

 

「うん、一応ね。念押ししといただけ。そんな事しないってのはわかってるつもりだよ。ホント、マジ頼むッスよ」

 

『それはこちらの台詞だ。必ずミサを救い出せ。……まぁ、夜神月の付け足したルールでミサの疑いが晴れたという事はわかったが、竜崎という男はまだ怪しんでいるようだ』

 

 そだね……ホント、アレが一番のガンなんだよな……あのひと納得させられたら俺も安心して夜神月にあんなことやこんなことしちゃうのになー。おっと今のは秘密だぜ。

 

 そんなこんなで、俺はレムを仲間に引き入れた。……クロロが余計な事しなけりゃ、このまま計画通りに進むと思うんだけどなー。下手に余計な事言ったら逆に刺激しかねないから怖いよ。どうかおとなしくしててください団長様!



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団長と月の取引

 くそっ……! まさか時計に仕込んでいた切れ端を奪われてしまうとは……心当たりはあの時だけ、パームに時計を貸したあの時だ! あの女、知っていたのか?

 

 かろうじてノートを手放す前にほんの少しだけ破り取る事ができた。とはいえあれだけの人の中で、特に竜崎の目の前だったので、小指の先程度しか破れなかった。今記憶を失うわけにはいかない。

 

 現在の所有権は、ウイングにあるようだ。彼が退室する時にレムも一緒に出て行った。今は……ひとまずあのノートのことは忘れよう。幸い、監視は解かれることになった。ひとまずミサに伝言をしてノートを掘り返させて……そうすれば、問題はないはずだ!

 

……待てよ。時計に仕込んでいた切れ端の存在を知っているような奴が、ノート本体を放っておくか? 少なくとも僕なら……くそっ、こんなことになるなんて……。念のためにミサにはノートを探しに行くよう伝えるとして……もし無いとしたら、ノートはどこにある? こいつらが持っているのか? Lが知っている様子は無い。持っているとすればやはりウイングかパームか……あの四人のうちの誰か。

 

 数日後、しょんぼりしたミサがノートが無かったことを報告しに来た。やはり奪われていたか。Lに疑われていたあの状態で、他に切れ端を仕込む余裕はなかった。何とかして、もう一冊のノートを取り戻さなければ……。リュークさえ見えれば少しは有利になるんだが……どうする?

 

「おー夜神、やっと来たか。ちょっと付き合ってくれないか?」

 

 ウイングが何も知らないような顔をして僕に声をかける。コイツはとんだ食わせ物だ。もう少し警戒しておけばよかったが、神の子発言などから考えても竜崎ほどではない、と甘く見すぎていた。

 

「何の用ですか?」

 

 大学から直行で僕はいつもこの捜査本部に足を運んでいる。今日は竜崎のところへ行く前にウイングに捕まった。別室に連れて行かれる。そこには、クロロが待っていた。

 

「単刀直入に言おう。お前さん、持っているのか?」

 

 何を? ……愚問だな。デスノートの欠片を僕が持っていることも見通している。いったいどこまで知っているんだ、こいつらは……。

 

 左手に握りこんでいたノートの切れ端を見せる。人の名前を書く余裕も無いほどの、小さなカケラ。竜崎の目の前で切り取るのは、これが精一杯だった。

 

 

 

「……ということは覚えてるっつーことだな。よしよし、ちょうどいい。あ、この部屋の監視カメラは切ってあるから竜崎の目は気にしなくて大丈夫だぞ」

 

「夜神月、お前のデスノートはオレが持っている。もちろん、所有権もオレのものだ。お前には見えないだろうがここにリュークもいる」

 

 クロロが親指で虚空を指し示す。ここで嘘をつく意味も無い。本当にこいつがデスノートを所持し、そしてリュークもそこにいるのだろう。レムはすでにウイングの傍にいる。

 

「はっきり言う。お前さんに勝ち目は無い。その切れ端を渡して何もかも忘れろ。その方がお前さんにとっても周囲の人間にとっても幸せだ。俺はLがお前さんらを処断しない方向に持って行きたいと思っている。その切れ端を放棄するなら、お前さんの身の安全は保障しよう」

 

 馬鹿な。そんなことができるはずが無い。いや……ここは従ったように見せて何とかしてクロロの持つノートを奪う……くそっ、もう少し考える時間さえあれば……。

 

「お前に時間を与えると碌なことは無い。断るというなら俺は今すぐノートにお前の名を書く。これは取引ではなく警告だ。さあ答えろ。死か、服従か」

 

 ウイングはともかくコイツは……本気でやる。迷い無くノートに名前を書き込むことのできるタイプの人間だ。時間が無い。……何とか引き伸ばす方法を……。

 

「……どこまで知っているんですか」

 

「全部だよ、夜神月。お前さんが言ったとおり俺達は別の世界から来た。その世界には、この世界の未来についての預言書がある。最初に言っただろう? お前さんがどうするかもすべて知っている、とな。諦めろ。お前さんを死なせたくは無い、これは俺の本心だ」

 

 クロロがノートを取り出す。……タイムオーバーか……。

 

 彼がノートを開く前に、僕は切れ端をウイングに手渡した。これで……新世界も終わりか……。

 

 

「OK。じゃあ俺は捜査に戻る。夜神、いっしょに行くか?」

 

「オレがこいつに話がある。ウイングは先に行っていろ」

 

 ウイングとレムは出て行き、僕はクロロと二人きりになった。

 

「話って何ですか?」

 

「何、すぐに済む。お前にプレゼントがあってな……」

 

 そう言いながら、クロロは何かを僕に手渡してきた。くしゃくしゃになった紙片……デス、ノート!!

 

「本の方は渡せないがな。それだけならお前にくれてやろう」

 

「…………何故」

 

「オレはお前のことが嫌いじゃない。お前の考え方もな。だが本は譲れないし、今は記憶が戻ってないふりをしてもらう。そう遠くない未来、オレ達は自分達の世界に戻る。もう二度とこの世界にくることはないだろう、無論手出しもできない。……そのあとにお前がこの世界をどうするか、それは自由だ。だが言っておく。それでオレ達を殺そうとは思わないことだ。その時はどうなるか……わかっているな?」

 

 予想外……死神じゃない方の神はまだ、どうやら僕に味方しているらしい。クロロがこういった考え方を持っているのは、おそらくウイングにとって計算外だったのだろう。

 

 今はクロロの持つノートが奪えなくても構わない。いずれ奪う方法を考えるか、死神をうまく使う、あるいは殺せばいいだけだ。僕ならやれる、その自信がある!

 

「……感謝する」

 

「ならばお前の言う新世界とやらをここから実現して見せることだな。オレはそれを楽しみにしているよ」

 

 クロロは一瞥もせず部屋を出た。リュークもまた彼に憑いて、出て行ったのだろう。この切れ端はおそらく僕が時計に仕込んでいたものか。でなければ僕にもリュークが見えるはずだ。

 

「ク……ククク…………アハハハハハハ!」

 

 見せてやるよクロロ、新世界の創世をね。それを歯噛みしながら何処かの世界で眺めているといい。



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所有権の持ち主

 やっておかないかんことがあるとです。

 

 それをやらないと、……いや、やらなくても別に問題はないんだけど、主に竜崎の頭の中が困ったことになると思うので、わかりやすく整理するとです。

 

 

 

「竜崎、デスノート貸してくれ」

 

「何に使うのですか?」

 

「ナイショ。見てりゃわかる。あと葉鳥の奥さんの部屋に入るぞ。聞いててもいいから会話許可しろ。それから俺が『所有権を放棄した』っつったらマイクで俺に葉鳥嫁に持たせたデスノートを取り上げるように指示してくれ」

 

 ものすごい百面相の後に、竜崎は許可してくれました。あー、どうせ後で説明させられるんだろうなぁ、面倒だなぁ……。

 

 で、嫁さんの横に俺は今立っているとです。嫁さんが最後に名前書いてから明日で13日目。やらなくても問題はないとですが一応後々のためにやっとくとです。

 

 

 

「初めまして。名前は名乗らなくてすみません。奥さん、デスノートのルールはご存知ですよね?」

 

 軽く頷かれた。ああこれはもうなんかすべてを諦めた、って感じだな。まぁ普通はそうなるか。火口も原作で捕まった時そんな感じだったもんなぁ。

 

 

 

「あなたを13日ルールから救うためにきました。今からあなたにデスノートの所有権を渡します。その後で、また俺に所有権を返してください。ここにいる……ああ、見えないでしょうけど死神がここにいますので、床にノートを落とした後に彼女に向かって『所有権を放棄する』という旨を伝えていただければ問題ありません。一度でも書いたことのある人間が13日ルールから逃れる方法は二つ。一旦所有権を持ってそれを放棄しすべてを忘れるか、あるいは再び名前を書いて殺すか、です。ご理解いただけましたか?」

 

 頷くのをしっかり確認してから、後ろ手に縛られた彼女の手にノートを握らせる。

 

 

 

「レム、所有権を放棄する」

 

……あれ? 俺は確か犯罪者とっつかまえる手伝いをしに竜崎についてきたんだよな……? で、この目の前の人が犯人……だったよな。何で俺こんなところにいるんだ?

 

「所有権を放棄します」

 

『ウイングさん、彼女の足元のノートを拾ってください』

 

 ノート? ああこれか。……拾ったらすべて記憶を取り戻した。OK問題はない。

 

 

 

「じゃあすみません、意味わからないと思いますがもうしばらくガマンしててくださいね」

 

 そう言って部屋を後にする。何か喚かれたけど気にしない。何とか竜崎だまくらかして自由に出来るようがんばるから我慢してね。あ、だまくらかすって『騙す』て言う意味の方言です。出来るのかとか言うな。出来なくてもやらねばならん時が男にはあるとですよ! 今がそうじゃないと良いんだけど……。

 

 

 

「今の行為の意味はなんだったんですか? 説明してもらえますよねウイングさん」

 

 竜崎が納得してくれるまで延々と説明する羽目になったとです……。お前さんの頭脳ならとっくに気付いてるだろうがよ、葉鳥が言った「所有権を放棄する」って言葉とその後のアイツの様子から見てよぅ。

 

「つまり……ノートには『所有権』なるものがあって、それを失ったらノートに関する記憶はすべて消える、と……」

 

「そ。所有権持ってない人間でもノート使うことは可能だけどね」

 

 三十分ほど説明させられました。わからんことはわからん、知らんことは知らん! で通しました。わかってることも一部知らん振りしました。余計なことは言わないに限るとです。

 

 

 

「ということは今、所有権はウイングさんにあるんですね?」

 

「ああ。だから傍にレムもいるだろ? で、13日ルールを破らずに彼女を殺さないためには、この方法しかなかったということ……お前さんなら理解してくれるな? もう一度使わせるわけにもいかんし」

 

 竜崎ならもう一度死刑宣告受けた罪人で試してみようとか言い出しかねんが……横に白夜神もいるのでそれは大丈夫だろう。

 

「と、いうことは、夜神くんや弥が過去にデスノートを持ったけれど記憶を失っている可能性もある、ということになりますね……」

 

「ああ。でもそれじゃ立件できない。記憶をなくしたのか最初から知らないのか、俺達には区別のつけようがないからな」

 

「僕はこんなノートを持ったことはない」

 

 ほらね、綺麗さっぱり忘れちゃってる。だからね竜崎、どんなに疑わしくても真っ黒に近いグレーでも、クロと断定することは出来ないんだよ。

 

「ついでに言うなら葉鳥夫妻も今は記憶をすべて失っている。……やったことを一切覚えていなくて証拠もない以上、彼らを拘束しておくのもどうかと思うんだが」

 

「それについては問題ありません。ノートに残った文字を筆跡鑑定すればすむことです」

 

 あー、やっぱりなぁ……そうくると思ったよ。やっぱ俺の力じゃ夫妻を無罪にするまでは無理だったか。

 

 

 

「本人達は何で拘束されてるのかもわからないだろうし、意味のないことだと俺は思うけどな」

 

「……けれど、罪を犯したのは事実。ノートのことを公に出来ないとはいえ秘密裏に償いをさせることは必要でしょう、先生」

 

 夜神は未だに俺のことを先生って呼んでくれるのな。俺もう先生じゃないんだけど。竜崎は親指と人差し指でつまんだデスノートをじーっと見つめながら、椅子をくるくると回転させている。天才のやることはよくわからんとです。

 

 

 

「とりあえず、所有権については良くわかりました。ノート本体はひとまず私がお預かりしておきます。ところでウイングさん、帰らなくても良いのですか?」

 

 帰る? 家にか? お前さんがちゃんと家賃払ってくれてるんだろ。別に急ぎで帰る必要はないんだが。

 

 

 

「違います、ご自分の世界にです」

 

 自分の世界? ……ああ、帰れるものなら帰りたいよ、何も知らなかったあの頃に……。ホントもう、現実逃避なんてするもんじゃないな。つか帰れないだろ多分。俺この世界で生きていく気満々なんですけど。

 

 

 

「クロロさんがそろそろ連れて帰ると言ってましたよ。包丁研ぎながら」

 

 ナ、ナンダッテー!!(AA略)

 

 アイツの場合は連れて帰るじゃないだろ拉致だろ拉致! しかもなんだよ包丁とぎながらって怖ぇじゃねーか!! 事件もほぼ解決したことだし俺逃げるかマジで。今なら逃げても誰かに殺される心配はないはず! クロロからだけ逃げ切れば良し!!

 

 

「こちらはお前達がどこへ行こうがすぐに見つけ出すことの出来る能力者を連れている。無駄な足掻きはやめることだ」

 

 だ、そうです。シュートとパームを放っておけなくて探しにいったらクロロに見つかって問答無用でタイマン会議中です……クロロが包丁(しかも出刃)ちらつかせてますやめてください怖いです。

 

 

 

「まぁ、オレとしては別に殺してからでも一向に構わないが」

 

 駄目!! ゼッタイ駄目!! でもH×H世界へ戻るのも嫌!!

 

 

 

「まだ問題が解決してないのに帰るわけにはいかない!!」

 

「ほう? ほぼ解決したと言ったのはお前だが。葉鳥夫妻は捕まった。デスノートは回収できた。夜神と弥の記憶は封印したままで。どこがどう解決されてないのか説明してもらおうか」

 

 うう、こんなところでも説明義務発生……おかーちゃん、俺実家に帰りたい。

 

「あの、言いますから出刃包丁俺に向けないでください。カナちゃんのことです」

 

 兄貴の仇とりに来たっていうのに、デスノートのことも葉鳥夫妻のことも知らされずに、この竜崎ビル(仮称)の一室で葉鳥息子の面倒を見ている、彼女をあのまま放置しておくのはあまりにもかわいそうなんだよな。竜崎たちがまともに説明してあげると思えねーし。

 

 

 

「ああ、そういえば彼女もノートの所有者だったな」

 

 今さらっと爆弾発言しませんでしたかクロロさん。何それ聞いてないヨどういうこと!? あ、前に死神がどうこう話してたあの時のことか詳しく聞かせろやコラ!

 

 

 

……

 

…………

 

 つまり、兄貴を殺したのは彼女自身で、今はその記憶を失ってるってコトか。何でまたそんなこと?

 

 

 

「オレが知るわけがないだろう」

 

『ちなみにオレも知らないぞ。アレはレムのノートだからな』

 

 リュークには聞いてないよ。……レム知ってる?

 

『……あの子は人を殺してしまって苦しんでいる兄を見ていられなかったんだろうさ。それでデスノートを使って兄を殺した。……ここからは私の想像だが、自分を裁いてほしいんじゃないかな、キラなり法律なりに。自分が記憶を失ったら兄の仇をとる為になんでもする……それこそ、捜査本部に乗り込むくらいのことはするとわかった上で、所有権を手放した……。そこにいればいずれデスノートの事が知れて、自分の罪も明らかになる。海砂とはまた違った意味で純粋すぎたから、罪の呵責に耐え切れなかったんだろう。あるいはただ単に持っていることに耐えられなくて記憶を失った可能性もあるがね』

 

 うーん……俺には良くわからないなぁ。苦しんでるなら助けようとするのが普通じゃないのか? 助けられないからって殺さないだろ普通。……ああ、普通じゃなかったのか。たぶん。普通の状態でいられるはずがないよなぁ、両親殺されて、残された唯一の家族である兄貴が狂って。……俺兄弟いないからマジでよくわからないけど。

 

 

 

「よし、んじゃカナちゃんとこいって記憶戻して真相を直接聞くか。クロロ、こないだ渡したデスノートの切れ端、アレ寄越せ。アレじゃないと記憶は戻らないからな」

 

「もう不要だと思ったので処分した」

 

 何ですと? おまっそんなことしたらまた竜崎にデスノート借りに行かなくちゃならなくてそんでまた俺に説明義務が発生するだろうがっ! もう嫌だぞあいつに説明すんのは!

 

「ならすべてを放り出して元の世界へ帰ればいい。俺は正直、この世界にも飽きてきたしな……」

 

 それはダメ! 俺の能力じゃもうあっちの世界でゼッタイこの先生きのこれない!

 

……待てよ。向こうの世界に戻ったらまた念が使えるようになるよね? そしたら俺また『現実逃避』使って帰ればいいだけじゃね? やっべ俺天才?

 

「OKわかった全部放棄する。お前さんの言うとおり木の実を食って帰ろう。だがその前に二人を呼んできて納得させないとな。三人を連れ帰るのが目的だろう?」

 

 正直カナちゃんはもうどうでもいい。記憶失ってるんだから余計なことを思い出させる必要もない。むしろ放っておいた方が彼女にとっては幸せだろう。

 

 

 

 そして俺は、シュートとパームを呼んだ。あー、一旦帰るのかぁ、H×H世界。もっかい焼肉定食は食ってもいいかもなぁ。



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トゥルーエンド

 ウイングに呼ばれていったらクロロが出刃包丁を持っていた。

 うん、それだけ。じゃ、私は逃げ……

 

「待てやゴルァ」

 

 ウイングに捕まった。地獄に道連れにする気かテメェ!

 

 

「パームだけ逃げてもどうしようもないと思うよ。ウイングの言うとおりにしておこうよ」

 

 この惰弱な男どもめが! 私はもう現代日本以外の世界に行くのは嫌なんじゃー!!

 

 と、ひそひそとウイングが耳打ちをしてきた。

 

「……『現実逃避』(パラレルトリップ)」

 

 なるほど一旦向こうに行って、改めてトリップしようというのね。でもさ、それでこのデスノの世界に来たわけでしょうもしかしたらもっと危険な世界に跳んじゃうかもしれないでしょ絶対やだよ私、北斗の拳の世界とか。

 

 

 

「で、どちらにするか決まったか? 向こうに行ってから死ぬか、死んでから向こうに行くか」

 

 ちょっと待った団長、私らが死ぬのは絶対条件なわけですか?

 

「間違えた。ちょっと最近殺し足りなくてな」

 

 だからって私達を生贄にしないでください……だめだこいつ、このまま放っておいたら竜崎あたりを生贄にしそうだ……。

 

「木の実、食べます。ください」

 

 三人がそれぞれ、木の実を受け取った。ドングリがちょっと大きくなったような実。これ、噛めるんだろうか。硬そうだなぁ。

 

「せーので食うぞ」

 

「オレはお前たちが飛んだのを見届けてから戻ることにする」

 

 覚悟決めなきゃいかんとですか。ていうかこの世界は……ま、もう大丈夫かな?

 

 それでは……せーの!!

 

----------

 

 戻った世界はいつもと変わらない青い空。オレの故郷、薄汚れた大地。

 

 

「お帰り。念願のものは手に入れた?」

 

 バトルオリンピアで遊んでいるといっていたが……どうやら能力者の力を用いて俺達の様子を窺っていたようだ。ヒソカは戻ったオレの、すぐ傍に居た。

 

「ああ……尤も、死神は憑いてきていないようだし、この世界でも通用するかどうかはわからんがな……」

 

 そう、向こうの世界で念が通用しなかったように、この世界でノートが通用しない可能性は十分にある。まぁ、その時はその時か。

 

「さて、誰で試してみるか……」

 

 オレはノートを開いた。

 

『らめぇぇぇぇぇ!』

 

 ノートを閉じた。何だ今のは。もう一度ノートを開く。

 

『祐巳さん……』

 

 これは……マリア様がみてるの同人誌……何故。

 

「ボクは見てたんだけどね、クロロの持っていたデスノートを偽物にすりかえるウイング達を……それを伝えるすべがなかったのが残念だったな♥」

 

 ウイング……最後の最後でやってくれたな。転んでもただでは起きないということか。まったく、アイツらしい……。

 

 

 

「あの三人はどうした?」

 

「三人? また別の世界に跳んじゃったみたいだよ? アイツに聞いてみればわかるんじゃないかな♦ また追いかけるの? それとも今度はちゃんと、この世界に連れてくることのできる能力者を探す?」

 

 さて、どうするか。こちらに戻らないとは……まぁ、奴らの出身がこの世界でないことを考えれば、それもありか。

 

「また覗いてみて、興味をそそられるような世界だったら跳んでみるさ。その前に、オレは念を取り戻さないといけないしな……」

 

 覗き見る能力、跳ぶ能力。この能力も、手に入れられれば面白くなるだろう。能力者本人が跳ぶ事ができないのが難点だが……まぁ、ヒソカにでも行かせればいい。

 

「じゃあ、ひとまずは放置って言うことで♦ 除念能力者のところへ案内するよ、だからボクとの約束も忘れないでね♥」

 

 わかっている。

 

----------

 

 僕はウイングから大切な物を預かった。信頼できる人間に渡してくれ、と。それは……すり替えたデスノート。本物のデスノートだ。

 

 彼らが帰った後、所有権は僕に移ったようで、四六時中死神が憑いて回る。これはどうにかしたい。だが誰でも良いというわけではない。誰に渡すか……竜崎を真っ先に思い出したが、一人の人間がノートを独占するのはあまりにも危険ではないか。それに、竜崎は使ってみたいというようなことも言っていた。できれば別の人物で、同じくらい信頼できる人物……。

 

「それで、ジェバンニさんは僕を?」

 

「ええ。夜神くんなら竜崎と同じくらい信用できるし、このノートを悪用もしないと信じている。……ひとまずのキラ事件は終了したので、僕はアメリカに帰るつもりだ。竜崎と相談してくれても構わないし、君が責任を持って保管してくれるのならそれでも良い。無責任かもしれないが、頼めるか?」

 

「……はい、責任を持ってお預かりします」

 

----------

 

『結局お前の所に戻ってきちまったな』

 

 クク……運命さえも味方をする……つまりそれは、僕が神であるということの証だよ、リューク。

 

 ジェバンニは所有権を放棄し、このノートの所有権も僕の物となった。すべては元通り。所有権のことを竜崎に知られてしまったのは問題だったが、竜崎に僕を追い詰めるすべはない。あとはミサとレムを利用して、竜崎を殺させる……全て、計画通りだ!

 

----------

 

「と、言う訳だ……。カナ、君はキラに何を望む?」

 

 切れ端を与えて、話を聞いた。彼女とクロロの会話を聞いて、キラを捕らえる以外の何かの目的を彼女が持っているということは知っている。もしかしたらミサのように利用できるかもしれないと考えたからだ。

 

 彼女に渡したのは名前を書くスペースもないほど小さくちぎった欠片、対して僕はノートを開き、いつでも名前を書き込めるようにしてある。僕が殺される心配はない。

 

「……ウチを裁いて」

 

「何故?」

 

「ウチは、兄貴を殺した。苦しんでるのを見ていられないという理由で。……キラが裁くのにふさわしい罪人やろ? ホンマは竜崎に捕まりたかってんけど……まさか、叔父さんたちが捕まるとは思わんかったし、捕まりそうになったらアタシに所有権譲れってあれほど言っといたのに……」

 

 そんな余裕はなかったさ。それに君はこの捜査本部に居た。所有権の譲渡をできる状況が整っていない。……それくらいの想像もつかなかったのか?

 

「君を殺すことはしない」

 

「何でや!!」

 

 不必要だからだよ、桜木加奈子。

 

「キラは悔い改めようとしている罪人を裁くことはしない。それに、今渡した切れ端を返してもらえば、君の記憶は全て消える。もう苦しむこともなくなるだろう。それに……」

 

 葉鳥の息子。

 

「親族が誰もいない、両親を失ったあの子の面倒は誰が見る? 君と似た立場に立つであろうあの少年を導けるのは君だけじゃないのか?」

 

 カナはしばらく悩んでいた。何も言わず俯いて、ずいぶんと長い間考え込んでいた。

 

「……それが、ウチの罪滅ぼしになるんかなぁ……」

 

「少なくとも、あの子に罪はない」

 

「……わかった、ほなコレ、返すわ」

 

 桜木加奈子は僕に紙片を返却し、全ての記憶を……僕がキラだという記憶も失った。これで構わない。彼女から秘密がもれる心配はない。

 

----------

 

 そして、三人の行方は……。

 

----------

 

 っは!

 

 

 

「……え?」

 

 手を見た。足を見た。起きた。立ち上がった。鏡を見た。俺だ。

 

 ……って夢オチかよ!!

 

 部屋を見渡す、俺の部屋だ……が、何故だ? 買い換えたPCが捨てたはずのブラウン管に戻っている。どこいった俺の液晶デスクトップ!

 

 突然、電話が鳴った。出た。怒鳴られた。

 

『成瀬先生!! 今どこで何をしてるんですか!?』

 

 昔勤めていた高校の口うるさいイヤミな学年主任だ。ついにこいつ、ボケたか。

 

「僕はすでにそちらの学校を辞めているはずですが」

 

『何ボケたこといってるんですか!! とりあえず今日は有給扱いにしておきましたけど、月曜はちゃんと出てきてくださいよ!!』

 

 きられた。有給? は? え?

 

 PCをつけて日付を見た。七月? 2006年!?

 

 OK落ち着こう。PCが元に戻ってた。買ったはずのフィギュアが無い。あれだ一番最近買ったのはプーリップっていう人形の綾波レイバージョンだ。もちろんそれもない。検索してみたけど出てこない。発売すらされてない。

 

 電話が再びかかってきた。出ると、今度はパームからだった。

 

『拓ちゃん! 私ら元の世界に戻ってる!! つか私また高校生からやり直しになってる!!』

 

 どうやら部屋で目覚めたところ、家族に『高校行かんかゴルァ』と怒られたらしい。えーとつまり、俺らが一番最初に『跳ぶ』前に戻ったって事か?

 

「よし桂木、今日は土曜日だ、行くぞ」

 

『ってどこに?』

 

 決まってるだろ。

 

「シュートの甲子園出場を見に、な!」

 

 

true end.




一時間後に、また。


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アナザーエンド

----------

 

 あーびっくりした! 噛んだ瞬間視界が歪んだよ。瞬間移動ってこんな感じなのかな? 意識がはっきりするまで自分では数秒に感じられたけど、まぁ世界線超えちゃってるわけだから時間の概念はもはや通用しないんだろうな、うん。

 

 周囲を見渡してもパームとシュートはいない。俺の念能力で移動した時もそうだったけど、違う場所に跳ばされてしまったのかもしれない。あまり心配はしていないが……ここがはたしてどこの世界なのか、それが問題だ。

 俺は今は外にいる。多分、村……かなんかだよな。なんだかのんびりした感じの、穏やかな風景が広がっている。よかった、少なくとも北斗の拳の世界でないコトは確かだ。パームのバカが余計なこというから目覚めたらヒャッハーな世界に迷い込んだりするんじゃないかと思って俺ビビっちゃったぞ。

 でも……日本かどうかは微妙だな。少なくとも俺の知ってる街ではナイ。日本だとしたら相当な田舎町だ。日本じゃないとかだったらやだなー。つかもうさ、元の世界とか贅沢言わないから平和なところがいいなぁ……って、目の前のお店の看板、これ間違いなく日本語じゃありませんか!!

 いやまてわからんぞ、日本と見せかけてJAPPONだという可能性もある。

『こべ赤』 何屋だろう? いい匂いするから飯屋かな? つかここがどこかまず調べねば……誰か人に聞いてみるかなぁ。

 

「おろろー、何も無い所から突然現れるとは驚きでござる」

 

 何か聞こえた。聞こえないふりをしたい。おろろーって、なんだよ。非常に嫌な予感がする。

 

「格好も珍妙だな。洋装にしても何かヘンじゃねえ?」

 

 聞こえない、何も聞こえない……。

 

「二人とも失礼なこと言わないのっ! あの、すみません。悪気はないんで気を悪くなさらないでくださいね」

 

 ……そろそろ限界。俺はくりっと振り向いた。

 

 刀を差した、左ほほに十字傷のお侍さん。竹刀持ったガキ。ポニテにリボンの似合う着物のおねーさん。

 

 うんそうだね、ここ日本だね。一応日本だね。でもね俺、こう見えても21世紀を生きる若人だったはずなんだけどなあはははははははは……。

 

 パームもシュートもいないこの世界で、俺はどうやって生きていけばいいんだ……いやマジで。二人ともどこ行った!? 俺だけこの世界においてきぼりかぁぁあ嗚呼ありえねぇだろ畜生!!

 

----------

 

「ふむ、また面白い世界に迷い込んだようだなウイングは……。気が向いたら遊びに行ってやるか」

 

 

another end.




オマケが続くよ


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それぞれのメリークリスマス(番外)

注)コレは作品主要キャラが街に放逐されてクリスマスを楽しんだ場合のifストーリーです。本編とは何ら関係がありません。

 

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 今日はクリスマスイブだ。

 

 街中はネオンで煌びやかに飾られて、チキン屋とケーキ屋は大繁盛。

 

 そんな街を尻目に、俺はミスドに行って、一人分のケーキ(ドーナツとかパイもだけど)を買って帰った。あ、あとモスチキン。

 

「はいはいめりーくりすます……」

 

 一人暮らしには割と骨身にしみる時期だ。色々と切ない。けどあまり気にしないことにしている。世のリア充どもよせいぜい束の間の幸福を味わうがいいさ!

 

 いやぶっちゃけ、クリスマスが無いってのはマジありがたい。彼女がいた頃はやっぱしプレゼントとかディナーとかそれなりに金使ってたし。

 

 その分全部正月に回して、リッチに温泉旅行に行こうと思ったら両親もついてくる事になった。しかも全額俺持ち。これは何ですか新手の拷問ですか……。

 

 まあ、たまには親孝行もいいだろう。一人暮らしし始めてからめったに実家にも帰らなくなっていたしな。

 

 というわけで、俺のクリスマスはこれにて終了、さてネトゲでもすっかな。

 

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『もしもし、裕美? メリークリスマス』

 

 突然のシュートからの電話。今の時期は来季の年棒交渉に入ってるので、クリスマスのことなんかすっかり忘れてると思ってた。

 

『メリクリ。来季の給料はどんな感じですか?』

 

『へへ、まかせてよ。何てったって新人王だぜ?』

 

『暴投王も同時に襲名したくせに』

 

『うっ、まあそこはそれ……』

 

 シュートも私も相変わらず。誕生日もクリスマスもないし、それが当然だと思ってた。

 

『ところで今、暇?』

 

『そりゃ電話できるくらいだから、暇だけど』

 

 友達はみんな彼氏とデートか、独り身同士のパーティーに行ってしまった。中途半端な私はどちらにも混じれなかったのだ。だから、一人。

 

『とりあえず、部屋の窓の外見てよ』

 

 ……へ?

 

 窓の外をのぞくと、庭の向こう、塀の外側に見覚えのあるベンツの四駆が停まっていた。

 

『暇ならおいでよ』

 

 私は慌てて電話を切り服装を整えて、外に走る。車の運転席にはシュートが、居た。

 

「なんで……?」

 

「会いたかったから。それじゃダメ?」

 

 後部座席にはプレゼントらしき大きな包み。……いや、こんなのアリ?

 

「いたいいたいいたい!」

 

 信じられない私は、思わずシュートの頬をつねっていた。夢じゃない。

 

「……気に入らなかった? 来ない方がよかった?」

 

 だから、どうしてそんな捨てられた子犬みたいな目で私を見るのよう。

 

「……そんなわけないじゃん!」

 

 とりあえず、私は助手席に乗った。これからどうしようか? ドライブでもする?

 

 もう夜だけどね……。ああ、夜景の綺麗なとこにでも行こうか?

 

 少女マンガのような展開に私は全力で喜んでいた。本当に、ありがとう、シュート。

 

-----

 

「キリストの誕生を祝うのが、この国では恋人達の祭りになっているのか。面白いな」

 

 どうにも手持ち無沙汰なので、ウイングの家に遊びに来てやった。今日はクリスマスイブだというので、街中のあちこちでケーキやチキンを売っていたのをたっぷりと持ち込んで。

 

「俺はお前さんとクリスマスを過ごすなんて思ってもみなかったぞ……」

 

「まあいいだろう。ほら、シャンパンもある。折角だから粛々と聖誕祭を楽しむことにしよう」

 

 なんだかんだ言いながら、ウイングもそれなりに楽しそうだ。オレはオレで、これもありだと思っている。もう少し人数が居れば寂しくないのだが……シュートとパームも呼んでみるか?

 

 静止するウイングを振り切って電話をかける。

 

『もしもし? ウイング?』

 

「オレだ。暇ならウイングの家に来い。今ならローストチキンとシャンパンにケーキがお前達を待っているぞ」

 

『行く行く!!』

 

 シュートがこちらに来ていることは既に知っていたからな。そして多分パームと一緒にいるのだということも。電話を切ると、ウイングが複雑な表情でオレを見ていた。

 

「俺は今頃シュートが殴られてるんじゃないかと思うと不憫でならないよ……」

 

 何を言っている。パーティーは人数が多いほど楽しいだろう。それに、これだけの量を、オレとお前だけでは食いきれないだろう?

 

「ところでお前さん。まさかこのご馳走、盗ってきたんじゃないだろうな」

 

「…………」

 

 オレの本業は盗賊だが、それが何か問題でも? 念のため言っておくが、人を殺したり傷付けたりはしていないぞ。この国の法律に則って、こっそり正々堂々と奪い取ってきた。勿論見付かるようなへまはやらかさない。

 

 ウイングが大きなため息をついた。




まだまだ続くよ!


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それぞれのハッピーニューイヤー(番外)

「竜崎、きんとんつまみ食いしないで!」

 

 捜査本部にパームの大きな声が響き渡る。

 キラ対策捜査本部に暮れも正月もない……が、折角なので気分だけでもと、パームがおせち料理を作っているのだ。

 

「はーい、年越しそば出来たでー。食いたい奴から順に取りに来てやー。関東もんの口に合うかどうかわからへんけどな」

 

 カナも共に料理を手伝っている。ちなみにもう一人の女性はというと、TVを見ながら悔しがっていた。

 

「ああん、来年はミサも紅白に出る~」

 

 これまで主にグラビアなどで活躍していたミサは今年初めてファーストシングルを出したのだが売れ行きはそこまでよろしくなく、残念ながら紅白へのお呼びがかからなかったのだ。

 

「ミサミサ、来年はいけるよ! 順調にファンも増えてるし露出も増えてきてるし……ヨツバさんの広告も決まったしね! 来年はもっとたくさん曲も出して、盛り上げていけばきっと……」

 

 マッツーはそばを食べながらミサを慰めているが、一向に慰められる気配はない。彼女を慰められるのは愛するナイト様だけなのだから。

 

 

「月くんも、そばくらい食べませんか?」

 

「竜崎こそ食べた方がいいんじゃないのか?」

 

「私は栗きんとんがあればそれだけで年を越せます」

 

 栗きんとんを作るそばから竜崎に食べられてしまい、ついにパームがキレた。

 

「竜崎はお年玉無し!! ついでにおせちも年越しそばも無し!!」

 

 まるでどこかのほのぼの一家の肝っ玉母ちゃんである。お年玉がどこから出るのかは定かではない。

 

 

「JAPPON風の正月だが、中々に愉快だな」

 

「クリスマスに引き続きお前さんと年を越すとは思ってもみなかったよ……」

 

 クロロとウイングも共にそばをすすりながら紅白を見ている。

 

「なるほどこの世界にも小林幸子はいるのか……」

 

「向こうにもいるのかよ!!」

 

 

 シュートは野球で年を越すといって聞かず、一人でブルペンに篭っている。1000本ノックならぬ1000本ピッチングをするらしい。

 

「ごちそうさま。シュートくんにも蕎麦を持って行ってあげなさい、パームくん」

 

 夜神父は早々にそばを食べ終えると捜査へと戻る。今この時ですら、キラは犯罪者を裁いているのだ。捜査を止める訳にはいかない。模木もそれに倣って、黙々と仕事を続けていた。

 

「来年こそはキラが捕まればいいですよねっ!」

 

 そんな松田の言葉は、皆の本心だ。来年こそは、キラ事件が解決しますように……。

 

 そうして、それぞれの大晦日は過ぎてゆくのだった……。




これにてmeet once again終了です。お付き合いいただきありがとうございました。


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meet and part
働きたくないでござる!


 えーと。

 俺の名前は成瀬拓。から始めたらいいんでしょうか。

 シリーズ物の三作目ともなれば、誰が主人公かだなんて大体想像つくでしょうが、一応ね。

 では改めて。ゴホン。

 

 俺の名前は成瀬拓。しがない高校教師(非常勤)をやっていた。

 なぜ過去形かというと、とある彼女にふられた日、俺は現実逃避をした。

 そしたらびっくり、HUNTER×HUNTERの世界に飛ばされちゃったのである。

 右往左往しつつも何とか元の世界に戻った俺ちゃん。ダガシカシ。戻ったはずの世界には何故かデスノートのキラやら竜崎やらその他もろもろ一通りの人物(死神含む)がいたのでござる。

 んでそこでも右往左往して、何とか死ぬ事もなく、けれど再び別世界に飛ばされたのであった←今ここらへん

 

 で、だ。田舎街というかそんな感じの場所だったのでとぼとぼ歩いているとすごくイイニオイがした。

 ニオイに誘われて店に近付くと日本語で『こべ赤』と書いてあった。

 すると俺の服装(ジーンズにTシャツ)を珍妙だとぬかすガキとそのツレが背後から現れて、振り向いたら頬に傷のあるお侍さんと竹刀抱えたガキとポニテの着物ガールが立っていた←イマココ。

 

「あの……すみません、本当に。悪気はないので許してやってもらえませんか?」

 

 ポニテのお姉ちゃんが侍とガキの頭を押さえつけて無理矢理謝らせている。いえいえ気にしてませんのことよ、と返すと。俺はとりあえず自分の頬をつねってみた。痛い。ヤッパリユメジャナイ。

 

「つかぬ事をお聞きしますが、今ってもしかして明治十一年だったりします?」

 

「何だコイツ、変なのは見た目だけじゃねーのかよ」

 

 最後まで言い終えることなく、ガキは頭の位置を最下層つまり地べたにまで叩きつけられた。もちろん、頭を押さえつけていたお姉さんによってである。そして俺にはさっきと変わらない笑顔を向けてくれている……女、マジ怖ぇ。

 

「今日は明治十一年の五月一日よ」

 

 ああ、やっぱりね、もう間違いないね、この人たちはあのマンガの主人公一味でござるよちっくしょう。

 

「どうしたでござるか?」

 

 もうね、なんか色々言い訳したりするのめんどくさくなってきた。原作破壊? そんなん知ったこっちゃねぇ! 俺の生活が一番大事!

 

「あの、俺、未来からきたんです」

 

……たっぷり五秒間、その場にいた全員が凍った。そしてお侍さん……剣心は俺のデコに手をあてる。

 

「熱はないようでござるが……」

 

「もうほっとこうぜ、こんな訳わかんねーヤツ」

 

「えっと……お医者様はあっちの角を曲がってすぐのところにありますけど?」

 

 うん、やっぱり信用はしてもらえないよね。ソレだけ言ってもね。

 

「緋村抜刀斎」

 

 ヒィッ、この名前を口にしただけで剣心から殺気だか剣気だかよくわからないもの叩きつけられましたぁっ! おしっこちびりそう。

 

「……その名を、どこで」

 

 刺さりそうなほど刺々しい眼差しを向けられて、若干ビビッたりもするけど今更ここで止まれるもんかよ!

 

「芝居です。未来にはあなたを主役にした芝居があるんです」

 

 剣心は引き続き警戒を解こうとはしない。

 

「あなたが抜刀斎になる以前の事も書かれていますし……現在と、過去、未来、全てとは言いませんが描かれていました。例えば、飛天御剣流のこととか、あとは……」

 

 えーと、この時期にもう終わってる出来事って何だ? あ、そういや左之助がいないな。出会う前? 後? 弥彦がいるから後かな。

 

「……背のでかい喧嘩屋のこととか。あと、偽者の人斬り抜刀斎と、道場乗っ取り事件……んで、そこの子が東京士族の明神弥彦で、お姉さんが神谷活心流の薫さんかな。えーとごめん、今が芝居のどの辺りなのかわかんないから適当に言ってみたけど、もしかしたらもう少し後の事ももう終わってる?」

 

 薫さんと弥彦が見開いた目を合わせ、剣心は……まだ少し疑ってるかにゃあ。

 

「喧嘩屋の本名はわかるでござるか?」

 

「相良左之助、赤報隊の生き残り」

 

「それはもう数ヶ月前の出来事でござる。その後、左之と谷十三郎さんの護衛をしたりもしたのでござるが……」

 

「えーと、刃衛かな? 多分。ゴメン、苗字忘れた。でも『心の一方』の使い手だってことは覚えてる」

 

 剣心、最初からずっと刀に手をかけてたんですが、ここにきてようやくその手を下ろしてくれました。逆刃刀とはいえそれで殴られたら俺なら死ぬね。

 

「……どうやら、嘘はついていないようでござる。もっとも、拙者達のことを事細かに調べられていれば、この程度の事はわかるのやも知れぬが……」

 

「あの、聞かれる事には何でも答えます。未来の事も……全部はアレですし聞きたくもないかもしれませんけど、色々と役に立つ事知ってると思います、ですから……」

 

「……?」

 

 にゃるせたくちゃん、一世一代の土下座!

 

「俺をしばらく養ってください!!」

 

 頭上げるのが怖い。すごく怖い。つか上げらんない。多分だけど俺剣客じゃないからこの人達の傍にいても基本的に危険な事にはあんまり巻き込まれないと思うの。んでもって未来知識を総動員して

 

「俺は無難に人生を普通に生きてできればかわいい嫁さんもらって慎ましやかながらもささやかな幸せを手に入れつつ平凡な人生を歩みたいんです!!」

 

 やべっ。思ってることがまるっと台詞にだだもれた。そーっと顔を上げてみる。はい、全員が呆れ顔。デスヨネー。

 

「なんせ未来から来ちゃったんでお金も住むところも何もないんです! 人助けだと思って是非! あっ、メシ作れます! 頑張れば洗濯とか掃除とか、雑用なんでもやります! 仕事と住む場所見つかるまででもいいんです!どうかオナシャス!!」

 

すっかり完全にあきれられたけども、ひとまず俺も一緒に連れて帰ってもらえることになった、やったね!




なろうに同じ主人公(成瀬拓のみ)が土方歳三に憑依したSSおいてますので、ご興味あればそちらもどうぞ。『俺とお前と貴様と俺と』というSSです。
「俺たちの冒険はこれからだ」ENDで終わってますけどそれなりに文章量はあるかもしれない。


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雑用係でござる!

 神谷道場に帰ってからさらに小一時間問い詰められた。何しろ未来を知ってるなんて言ったもんだからさあ大変。

『オレの役者はもちろんイケメンだろうな!?』だの『神谷活心流に今後弟子は入るのか』だの、まあまあどうでもいいことばかり聞かれはしたものの、おおむね剣心が止めてくれた。

 

「先のことを知ることが良いことであるとは限らぬでござろう」 

 

 うむうむさすが剣心、俺の思っていることをそのままちゃんと言う前に伝えてくれたでござるよ。正直ろくなことないからねえ。知らぬが仏でござるよナムナム。てかたぶん剣心はどちらかというと過去のことを話されたくないんだろうなぁ、どうしても知られてしまう場合は仕方ないにせよ、俺みたいなのにあっけらかんと地獄の激動京都編をサクッと話されたら立場がない。居心地も悪い。知られたくないに決まってる。

 剣心と目が合った。ニカッと笑っておいた。困ったように笑い返された。まぁそういう扱いにもなりますよねえ。言いませんよ、よっぽどのことがない限り。

 

 

 ところでここは明治ですよね忘れてた。ガスコンロも掃除機もレンジもないですよ。料理も掃除もああ大変。現代人はもっとその文明の利器どもに感謝し崇め奉って然るべきだと俺は思うね。はい、ちょっと前までの俺自身に向けて言ってます。

 せめて、せめて炊飯器だけでもあればいいものを、まずはなにより薪を割るところからカコーンと! 今の俺に必要なのは何よりも体力! 俺も神谷活心流に入るべきだろうか。しかしそうすると弥彦レベルには剣心たちの物語に巻き込まれそうな予感がヒシヒシと。

 もうお世話になって数日になるけど喧嘩屋の人に紹介されたり喧嘩屋の人が襲撃されたりああ巻き込まれたくない巻き込まれたくない。

 でも食わせてもらってる以上少しは役に立たないとね。雑巾で道場を磨くくらいなら俺にだってできますよ腰にくるけど痛いけど!

 

「成瀬さん、それがすんだらお豆腐買ってきてください、二丁!」

 

 なるせさん、そう呼ばれるのもなれなくてくすぐったむずがゆい。前の世界では成瀬先生、その前の世界ではウイング、その前の世界では成瀬君だの拓坊だの、そういえば俺、成瀬さんって呼ばれた経験ほとんどないな。イマドキの小学生は男女問わず全員さん付けだって聞いたけどあれホント? マジか……時代は変わるもんじゃのう、俺ついていけない。

 いや今の時代は明治11年! せごどんは去年西南戦争でお亡くなりになられているようなそんな時代!

 明治維新とは言うものの、国はまだまだ混乱期。だからこそ今後も剣心の出番があったりもするんだけどね。

 あの世界が俺の世界の過去とほぼほぼイコールであるならば、今はまだ起きてない(確認した)大久保利通の暗殺とか、あと実は東京証券取引所が開設するのがこの年だったりするのでうっかりインサイダーどころの騒ぎじゃないがバレずに株で大儲けじゃー! 無理か、元手がない。

 あっお豆腐買いに行かなくちゃ。薫さん薫さん、他に買ってくるものない? あったらついでに買ってくるけどお味噌二樽とかは無理だからね持てないからね?

 

 そういや大久保卿の暗殺は剣心の世界でだとあれだよね志々雄の部下がやるんだったよね、名前なんだっけ沖田総司がモデルの子、宗次郎。多分だけどこれ忠告しといても無理っぽいし、ていうか暗殺に関してはすでに死ぬほど警戒してるだろうし、触らぬ神に祟りなし。剣心にだけは後で軽くにおわせておこうかな。

 そのあとどうなるんだっけ。ていうかその前になんかあったような。

 

「ただいま戻りやしたー!」

 

 結局買ってくるのはお豆腐だけだったのですぐに帰宅し、考え事中断。

 

「おかえりなさい、お客様がいらしてるからお茶をお出ししといてもらえる?」

 

 お茶を入れます。しっかり蒸らします。美味しいお茶は香りだけでも心を潤すね。

 そしてお客様にお茶を出しに行った俺にペコリと頭を下げるオールバックの剣客警官さん……なんかあると思ってたのコレダッターーーーーーーーーーーーーーーー!



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再会でござる!

 俺は思わず目を逸らした……うん、知らない人です。俺は何も見ていない。

 目が細くてオールバックでちょろっと前髪垂らしてて日本刀もって正座してる剣客警官さんなんて先生知りません。

 

「ありがとうございます」

 

 そう言ってまた頭を深く下げる剣客警官さん。

 ヒィィ、その人当たりのよさそうな笑顔にはだまされない!

 ビクビクしながらお茶を差し出すと耳元でささやかれた。

 

「貴様何を知っている」

 

 いやああああああああああああああああああああああああああああ、ばれてるううううううううううううううううううう!

 俺なんにも知らなあいいい! そそくさと部屋を出ていくしかなかった。あのまま居たら斬り殺されちゃう! ニポントウオソロシーネ!

 

「先生、赤末と緋村が接触しました」

 

 俺がここから出ていく前に、そう言いながら道場に入ってきた青年。と、俺と、顔を見合わせて互いに絶叫した。

 

「ウイング!」「シュート!!」

 

 何、え、何がどうなっているのかさっぱりですよね。俺もわからん。

 剣客警官さんは何事もなかったかのように茶をすすっている。

 

「高木君、きみはこの人と知り合いなのですか?」

 

 あっあの俺、もう一杯茶を淹れてきます! 考え事する時間が少しでも欲しいとです!

 そして俺は脱兎のごとく、その場から逃げ出した。

 

----------

 

 ここがどこかはわからない。

 ウイングもパームも周辺にはいない。

 町の雰囲気からすると多分大昔……というほどじゃない程度の、昔。そこにオレは放り出された。

 

「泥棒!」

 

 遠くで誰かの声がする。正面から風呂敷包みを抱えた人相の悪い男がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

 

「どけどけー!」

 

 周辺を歩いていた人たちは左右に道を開ける。

 オレはそのまま突っ立って、男が来るのを待ち構えた。

 

「どけてめえ! ぶっ殺すぞ!」

 

 男はオレに気付くとそう叫んで走ってきた勢いのまま体当たりをしてきた。

 オレはそれをひょいと避けて、そのまま男の背後に回り込んでその背中にケリを入れる。

 男は勢いあまって地面に叩きつけられる。周辺にいた人たちから「おおー」という感嘆の声が上がった。

 

「なっ……」

 

 さっきまで威勢よく叫んでいた男は、自分が地面に倒れたことに驚いたのか目を丸くしてこっちを見上げていた。

 暴力沙汰には不本意だけど慣れている。体もそれなりに鍛えている。

 男が起き上がる前にオレはその手を踏みつけた。

 男の顔が苦痛に歪む。

 周囲は静まり返っていた。誰もが息を殺して成り行きを見守っているようだった。

 別に殺さないし、できれば怪我だってさせないつもりだ。

 でもこのくらいやらないと相手は反省しないだろう。

 だから軽く力を込めて足を押し付ける。

 

「逃げるなら骨を折る。それ以上でも構わないけど、オジサンはどうする? 逃げる?」

 

「……畜生!」

 

 男は観念したようだ。よかった、余計な怪我はさせずに済んだ。

 誰かが通報してくれたのか、警察と思しき人たちが男を連行してくれた。

 オレもついてくるように(多分実況検分とかそういうの)言われたけど、オレにはこの世界にいた痕跡がない。戸籍も身分証も何もない。

 とまどっていると、警官隊の中の一人がオレに声をかけてきた。

 

「いい身体つきをしてますね……武道の心得は?」

 

「ないです。が、必要であれば学びたいとは思っています」

 

 嘘ではない。実戦経験はないに等しい。マンガの世界の実戦は現実とは別物だろう。

 今まで短い間とはいえ見た限り、ここは現実に近い世界のようだ。

 変な能力とか、魔法みたいなものは見当たらない。

 とはいえ、それをわざわざここで言う必要はないだろう。相手も混乱するだろうし。

 その人は少しだけ考えるような仕草を見せて、それから口を開いた。

 

「私の部下になる気はありませんか? 部下と言っても警官になるわけではなく、簡単な使い走りのようなものです。代わりに私が君に剣術を教えましょう。もっとも他人に教えたことなど数えるほどしかないので力になれるかどうかは甚だ微妙ですが」

 

 少し間をあけて、再びその警官は言葉を続けた。

 

「私の見る限り才はあると思います。時間をかければ一流にもなれるでしょう。ただし私の下に来るなら短期間でそれ相応に鍛え上げます、覚悟はしておいてください」

 

 そして、そいつの目つきが変わった。

 

「武道の心得がないと言ったが、人を殺した、あるいは目の前で殺戮を見聞きした経験はあるな。そしてそれに動じない程度の胆力は持っている。俺のいる場所は常に之戦場だ。覚悟がないならやめておけ」

 

 ぞっとした。さっきまでの柔和な警官とは全く別の顔。多分こっちが本性だ。

 

「……オレはこの国を知らない。戸籍もない。存在しない人間です」

 

「そんなことはどうでもいい。ただ俺について来るか、来ないかだ」

 

「家、金、知識、常識、それらも含めてオレに提示できるのであればオレに選択の余地はありません。あなたについていきます」

 

 警官は、先ほどまでの穏やかな笑みを浮かべて俺に手を差し伸べた。

 

「藤田五郎と言います、以後よろしくお願いしますね」

 

「……高木、蹴人です」

 

 オレの地獄はここから始まった。




よろしければアンケートにご協力お願いします。


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予想外でござる!

 台所に戻ってきた。これで少しは考える時間が出来た。

 お茶を淹れる。時間が出来ても考えはまとまらない。

 何故シュートが斎藤さんのそばにいる?

 アイツは斎藤さんのことを『先生』と呼んでいた。

 おそらくは俺と同時期にこちらに跳ばされたんだろう。

 俺は原作知識を持っている。

 アイツは? 答えはおそらくノーだ。

 あの野球馬鹿がるろうに剣心なんか読んでるはずがない(巨人の星やドカベンならあり得る)

 原作知識がないままに、斎藤さんに近づいた? あるいは逆。

 シュートの全身の筋肉はアスリートのそれだ。

 常人とはいいがたいそれに斎藤さんが目を付けた可能性はなくもない。

 おっとこれ以上茶を出すと苦くなる。

 俺は湯呑二つにそれぞれ茶を注いだ。

 

 おk、諦めて行くしかない。詳しいことはシュート本人に聞けばいい。

 斎藤さんのことは知らない。見てない。関わりたくない。

 関わらなければそっとしておいてもらえるといいな、無理かな、ダメかな。

 

「はいよ、茶ぁふたつ、お持ちしましたぁ!」

 

 変わらず正座をしている斎藤さんと、その横に控え立っているシュート。

 ほれほれ茶だ飲め飲めーい。なんならぶぶ漬けもお出ししてもよろしくってよ!

 

「どうかこれ以上はお気遣いなく。私はただこちらの都合で緋村抜刀斎さんを待たせていただいているだけですから。高木君、きみもいただきなさい」

 

「はい、先生」

 

 よし、シュートに事のあらましを聞いてみるとしよう。

 

「シュート、お前は斎藤さんと知り合いなのか?」

 

 にらまれたあああああああああああああああしまった今は藤田五郎さんだったああああああああ!!

 ダブルパンチでやらかしたあああああ!!!

 

 

----------

 

 藤田先生に鍛えられて一週間目。

 地獄の日々だった。

 剣術なんて微塵の素養もないオレだけど、それなりの素質はあると言ってもらえた。

 その上で、こう言われた。

 

『きみは刀よりも鈍器の方が向いているようだ』

 

 それは暗に剣術には向いていないと言われたに等しい。

 実際そうなんだろうと思う。自分の(マンガ含む)格闘経験と言えば素手かバットだ。

 

 このたった一週でオレは何度も死にかけたし、何度か本当に死んだと思った。

 それでも死ななかった。

 藤田先生が言うには、どうやらオレは持って生まれた最も優れた才能として、とにかくしぶとくて頑丈らしい。

 スタミナおばけ、よく前の世界でもそう呼ばれた。9回裏でも衰えない速球。整ったコントロール。

……現実世界じゃあれだったけどさ。

 刀剣の争いになったら武器破壊を狙えと、先生は頑丈な棍棒をプレゼントしてくれた。

 バットの形に似ているけどすごく粗削りな、まさに棍棒。

 ちなみに銃が相手だったらすぐに逃げるように、だそうだ。そりゃそうだ。

 

 そして今日。

 藤田先生は緋村抜刀斎と渋海の手下の一人である赤末をぶつけるために、手紙で緋村を呼び出した。

 先生の仕事は緋村の力量を見計ること。赤末では相手にならないと、先生は言っていた。

 見届ける必要もない、接触したのを確認した時点で神谷道場へと来るように。

 やがて緋村は赤末を倒し道場へ戻るだろうと、そう言った。

 その後おそらくは先生と緋村の一騎打ちになる。オレはそれを見届ける。

 少しでも取り込んで、己の糧へと昇華する。

 今はただ学ぶこと、それがオレの生き残るただ一つの道、そう思って。

 

「ウイング!」「シュート!!」

 

 まさか、ウイングがそこにいるなんて思っても見なかったけど。




アンケートご協力ありがとうございました。


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大事なのは信頼関係でござる!

 斎藤さんの前に正座させられています。

 刀は仕舞われてるんですが、一瞬で俺を一刀両断できる人です。

 なんてったって悪・即・斬の人ですから。

 俺、悪じゃないんですけど。聞いてもらえませんか? デスヨネー。

 

「藤田先生、この人はオレの学問の師で、悪い人ではないです」

 

「その学問の師とやらが、何故俺の事を知っている」

 

 シュートは斎藤さんの傍らに控えて立っている。

 出した茶は多分冷めてしまっただろうな……いいお茶なのに。

 

「俺は未来から来ました。史学を学んだので歴史を知っています。……賊軍となった幕府軍に含まれる新選組は悪としてずっと描かれていましたが、子母澤寛という偉大な作家によって義に準じた集団として再評価されました。そして司馬遼太郎などによって次々に新選組を題材とした物語や芝居が描かれ、その詳細が文学や歴史として百五十年後にも受け継がれています」

 

 ……黙ったまま聞かれるのもそれはそれで怖いものがあるけど、俺は言葉を続ける。

 

「播磨国に産まれた山口一さん……あなたのことも、詳細に後世に受け継がれています。維新後、松平容保公を仲人として時尾さんとご結婚されてその際に名を藤田五郎に改めたことも斗南藩士となったことも、数年前に東京で警視庁に入ったことも」

 

 あっ眉毛が一瞬ピクって動いた。奥さんの事つついたら面白いかな、殺されるな、やめとこう。

 

「信じてもらえるかはわかりませんが、俺はこの時点における過去、そして未来を知っています。これがあなたが斎藤一さんだと知っている理由の一つです。そして僭越ながら、俺は三番隊組長のファンでした」

 

 これは嘘じゃないよ。じゃなきゃさすがに歴史の先生だからってここまで詳細に調べないし知らないよ。

 まあ、あくまでも創作を基準とした三番隊組長ファンなんだけどもね。るろ剣含む。

 

「新選組は……組の汚名は濯がれたんだな」

 

「はい。俺自身は新政府軍と幕軍、大枠ではどちらが正義とも悪とも思わないんですが、なんなら新選組は正義の味方だと勘違いしてる人が多いんじゃないかってくらいには」

 

 目を閉じたまま微動だにしない斎藤さん。

 黙って聞いているシュート。

 さて、俺の知ってることは話した。どう出る?

 

「言うことはそれだけか」

 

 えっ? はい。未来から来たってことと、斎藤さんのこと知ってるってことは話しましたよね?

 

「貴様がここに居ることの説明がないようだが。何故神谷道場に……緋村のそばに居る」

 

「それは話したくないなあ。偶然拾われて土下座して頼み込んで置かせてもらってるだなんて恥ずかしくて言えないっすわ」

 

「ウイング、心の声がだだ洩れてる」

 

 しまったああああああああああ!(本日三回目)

 

「未来を知る人間が緋村の傍に居る……緋村はそのことを知っているのか」

 

 多分無意識だと思うんだけど斎藤さんの手が刀の鵐目(しとどめ)(柄の先っぽについてる金属)に触れてますがな怖いがな。

 るろ剣の斎藤さんは居合の人ではないにせよ、素養はあるだろうし小説によっては居合の達人だったりするし、恐怖以外の何物でもないですがな。

 

「緋村さんには未来を知っていることは話しましたが固く口止めされています。よってあの人は未来を知りません。ここに住んでる人たちも喧嘩屋の人もです」

 

「高木、貴様はどうなんだ」

 

「ウイング……成瀬先生とともに、未来から来ました。家や金を持っていなかったのはその為です。この時代のことは……勉強不足なので、ほとんど知りません」

 

 デスヨネー。まぁシュートは歴史の授業は睡眠タイムだったからな。なんも知らんだろう。

 

「高木の言う『すくわっと』や『自重とれ』など、確かに俺も知らんが理にかなった筋肉の鍛え方を知っていたことからも、その辺りは見て取れる。貴様らの言っていることは嘘ではないのだろう」

 

 第一関門、信じてもらうことはクリア。次は俺が危険人物だと思われない(あるいは有用な人物だと思わせる)にはどうしたらいいかしら。

 

「無意味に未来のことを言いふらすシュミは俺にはありません。必要があれば言います。聞かれれば答えます」

 

 その手を刀から離してくれませんかねぇ……コワイヨ。

 

「昨年の西郷翁の反乱はこの国を揺るがす事件だったと言っていいだろう。同等あるいはそれ以上の事件が近々に起きることは?」

 

「ん-……それ以上ってなると……これ言っていいのか微妙なんですけど、志々雄真実」

 

 あっ斎藤さんが刀から手を離してくれました。

 

「一週間……今から一週間の間に、それ以上とは言いませんが時代を変える大きな出来事が起こります。……俺が言えるのはそこまでです。それに志々雄が絡んでいます」

 

 それ以上言っちゃったら逆に俺が志々雄一派ナンジャネーノって怪しまれそうな予感がヒシヒシとするからね。余計なことは言わないに限る。

 

「……なるほど役立つ間諜以上の情報源になりそうだ。高木はこちらで引き続き預からせてもらう。抜刀斎との()()()()には手出し無用。そちらから何か俺に条件はあるか?」

 

 おk! 壬生の狼に味方認定されました! 俺よくやった! これで百人力! 百人乗っても大丈夫!

 

「特にないです。しいて言うなら争いに巻き込まないでほしい……そのくらいです」

 

 あっ笑われた。フッて笑われた。

 

「だとしたら抜刀斎の傍から離れることだな。奴は良きにせよ悪しにせよ騒乱を引き込む……まずは、これから」

 

 あっ知ってますやり合うんですよね俺は逃げさせてもらいます。裏でお茶入れときますんで出ていく前にでも飲んでいってください。

 

「シュート……高木はそれでいいのか?」

 

「オレは藤田先生に付いて行きます。成瀬先生、会えてうれしかったです」

 

 その言葉は嘘じゃないようだ。高木からしたらまるで知らない世界にぼっちで放り込まれた状態だっただろうからな。

 最初に拾ってくれた斎藤さんに付いて行くのも、俺に会えてうれしかったっていうのも、間違いなく本音だろう。

 

「ん、斎藤……藤田さんに付いて行くならそのうちまた会うこともあるかもな。それまで死ぬなよ」

 

「先生もね」

 

 そうなのよねえ。このご時世、ムキムキの高木より俺の方が先に逝っちゃいそうなのよねえ。

 何とかしてこの世界で幸せになって嫁さんもらってハッピーライフハッピーホームを築きあげなきゃだわ。



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見覚えがあるでござる!

 ところで皆の衆、吾輩はこの世界に来た時からイヤンな予感がしている。

 ……俺自身を含め、いろんな人たちから薄い蒸気が立ち上っているのだ。

 そして、その蒸気の量が爆発的に多いのが、今まで会った人だと剣心と斎藤さん、次いで左之助。

 

 斎藤さんと緋村抜刀斎のやり合いを見て確信した。

 

 

 あらやだこの世界にも念能力あるじゃないのやだー!!orz

 

 

 はっきりと、オーラが二人の体を覆っている、おそらくは(っていうか間違いなく)無意識の念能力者!

 多分だけど斎藤さんはガチ強化系。剣心は放出寄りの強化系、左之は……放出寄り強化かな? 強化寄り放出かな?

 やだもうこの世界脳筋ばっかりかよ。

 水見式したわけじゃないけど技の特性とか考えるとね、多分そう。

 牙突の直前の構えた斎藤さんの刀は確実にオーラを纏っていたし、剣心は俊足で動く時、足に攻防力移動していた。

 

 ……あれこれ、もしかして俺も念能力使えるんじゃね?

 そしてこの世界で念能力使えたら、俺も無双できるんじゃね?

 そう思っていた時期が僕にもありました。

 

 そうでした、俺のオーラしょぼいんでした。

現実逃避(パラレルトリップ)』が解除されたわけじゃないのでやっぱりしょぼいし多分増えもしない。

 占いは使えるのかな? 使えたら便利かな?(俺が)

 

 とりあえず、自分はともかく高木には伝えておこう。斎藤さんに付いて行くなら知っておくことは必須だ。

 

「高木高木」

 

 二人の戦いに集中してる高木を無理やり呼び寄せて、念能力のことを説明する。

 お庭に出て、高木が持ってた棍棒振り回して、そして確定した。

 この世界は、念能力を引き継いでる!

 

「ありがとう先生、これで少しでも、藤田先生の役に立てる!」

 

 なんのなんの。君が行く道は果てしなく遠いイバラの道だからね。武器が増えるのはいいことだ。

 

 問題は俺、なんだよなあ……。

 この戦いが終わったら剣心は一人で京都に行っちゃうけど、俺はそれにはついて行かない、ついてける気がしない。

 左之助ならついていけるかもだけど、安慈和尚との修行パートに巻き込まれる可能性が。

 ここは恵さんと、この道場を守っておくか!

 

 

 ……と思ったら、『女子供を二人っきりで長い旅路に立たせるつもりか』と恵さんに激おこされたでござる。

 なので薫さんと弥彦とともに船に乗る。

 

 あっちなみに筆でも占いは出来ました。

 

  

  士族の子が船床に伏す傍らで

  あなたは二択を迫られる

  都の翁に会いに行くか、陶の者に会いに行くか

  いずれも騒乱に巻き込まれる

 

 

 あーあーあーキコエナーイ。最後の一行キコエナーイ。

 どっちにしても巻き込まれるってそれなに地獄行き確定演出じゃねーのよいやあああああああああ!

 

 ところで陶の者って誰?



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新たな出会いでござる!

 私は目覚めると、山の中に一人座り込んでいた。

 ココハドコ、ワタシハダレ? ……なんてね。

 私は桂木裕美。たぶんハタチ。たぶん大学生。

 でもココハドコ? これは本当だ。見当がつかない何もない山の中。

 ただ木々が生い茂っているだけだ。

 道路は舗装されていないけど、私のいた世界だって山道は舗装されていないところも多い。

 つまり自分がどんな世界にいるのかがさっぱりわからない。

 ハンター世界なのか、デスノ世界なのか、現実なのか、それともさらに別の世界なのか。

 

 いつまでも座り込んでいても仕方ない。私は立ち上がった。

 

「よう、ねーちゃん。殺されたくなかったら有り金全部置いていきな」

 

 物騒なセリフが聞こえました。逃げられるかなー、無理かなー。

 あきらめて振り返るかなー、でもお金なんて一銭も持ってないしなー。

 そんなことを考えながら振り返ると、血の雨が降った。

 目の前にいた山賊(?)が一刀両断されて、その血が私に降り注いだのだ。

 

「……え」

 

 そして胸元から下だけになった元ヒトの向こう側にいたのは、その場に不似合いな一人の笑顔の青年。

 

「あ、ごめんなさい。汚すつもりはなかったんですけど、助けたのとおあいこってことで許してくださいね」

 

 ……OK把握した。ここはるろうに剣心の世界。そして目の前にいる青年は瀬田宗次郎。

 ということはあれか、ここは明治かその前後。

 

「あの、すみません、今日は何年の何月何日ですか?」

 

「え? えーと、明治十一年の五月十六日ですね」

 

 青年は笑顔を崩すことなくそう答える。五月十六日……ということは、大久保利通の暗殺は済んで、志々雄真実の元へと向かっている最中ってところか。

 

「あの、お願いがあるんですけど、私実は迷子でして、どこか近くに温泉にでも入れるような場所はないでしょうか。この格好で宿場町に入るわけにもいきませんし……」

 

 頭から服から足まで全身血まみれ。通報されるわこんなん。

 

「……じゃあ、僕と一緒に行きましょうか。僕の目的地には温泉も湧いてますし、僕と一緒ならその格好でもとりあえず大丈夫だと思いますよ。替えの着物も手に入ると思います……って、ずいぶん変わった服ですね、洋装ですか? それ」

 

「まあ、そんなところです。ご迷惑じゃなければ、よろしくお願いします」

 

「いえいえ、半分は僕のせいみたいなもんですし。じゃあ行きましょうか、僕は瀬田宗次郎って言います。あなたの名前は?」

 

 ……名乗るしか、ないよなあ。

 

「桂木裕美です」

 

「へぇ、僕の知り合いにも由美さんって人がいますよ、奇遇だなあ。そう遠くはないので短い間になりますが、よろしくお願いしますね」

 

 ……わざとそういう流れに仕向けたのは私だけど、時期的に原作の新月村の辺りになるのだろう。

 つまり私はこれから、志々雄真実の元へ向かうことになる。

 これは一つの賭け。

 女一人で明治の世を何の後ろ盾もなく生き抜くか、あるいは原作の物語に沿うか。

 

「言い忘れてましたが、助けてくださってありがとうございます」

 

「ただの気まぐれなんで、お礼なんていらないですよ」

 

 『歴史』は正直ほとんど覚えてないけど、『原作』ならある程度覚えている。

 さて、賽の目はどう出るかな?




感想、誤字脱字指摘、評価、いつもありがとうございます


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色気がないでござる!

「俺の横に侍らすにゃあちっと色気が足りねぇな」

 

 初対面でいきなりダメ出しを食らってしまった。

 私は宗次郎くんに連れられて、新月村という村を訪れていた。

 温泉に浸かって汚れを落とし、着物に着替え、そして志々雄真実との初対面。

 動きやすいように頼み込んで女性用の着物ではなく男性用の袴にしてもらった。

 

「別にそのために連れてきたわけじゃないですからね、そういわれても困りますよ。で、どうです?」

 

「……初めまして、志々雄真実さん。私は桂木裕美と言います」

 

 裕美、と名乗った所で隣にいた由美さんの表情がピクリと動いた。

 

「キャラ被りはちょっと困るわねぇ」

 

「そこのところは大丈夫です。なにせ私に色気はないようですからコン畜生」

 

 私の嫌味を物ともせず、華麗に無視して志々雄は話を続ける。

 

「俺に見せたいものがあるそうだな。それは何だ?」

 

 宗次郎くんには前もって見せておいた。だからこそ私はこうしてここに居る。

 私は何も言わず、この場で全力の『練』を見せた。

 全開のオーラが志々雄の元へも届く。

 

「ほう……!」

 

 宗次郎くんを見た時から気づいていた、この世界にも念能力がある。

 そして私自身も使うことができる。

 ドラえもんの道具はともかくとして、基礎の四大行だけでもある程度の一般人ならどうにかできるだろう。

 原作に出てきた操ちゃんのように逆追い剥ぎをするという手もあったかもしれない。

 けれどその前に私は宗次郎くんに助けられてしまった。

 ……恩は返す、私の流儀だ。

 

「少しなら、お役に立てるかと」

 

「びっくりしましたよ、ただの女の子だとばかり思ったのに。一度手合わせしてみたかったですね、もし彼女が刀を使えたなら」

 

 私は刀を使えない。真剣はもちろん剣道の素養もない。

 けれど一流の剣客が持つそれと同程度のオーラ(ナニカ)、それならば持ち合わせている。

 

「得物は何だ?」

 

「特に何も。学んだことがないだけで刀を振り回せと言われればやりますし、ステゴロでと言われればそれでも」

 

 くっくっくっと愉快そうに笑う志々雄。随分と機嫌がいいようだ。

 

「宗次郎、そっちの裕美はお前に任せる。しばらくここで休んだらともに東の『十本刀』を集めて来い。桂木裕美、お前は宗次郎の直下に付いて何事も宗次郎の命のままに行動しろ。なに、そう大変なことじゃねぇはずだ。宗次郎の気性はすでに知っているだろう?」

 

「はい……わかりました」

 

 私は、この道を選んだ。ただしけして志々雄の配下になるわけじゃない。

 彼の求める弱肉強食の世界は私にとって好ましくはない。

 内側から彼らを突き崩す……出来るかどうかはわからないけど、やってみようと思う。

 もちろん、宗次郎くんに恩を返してからになるけど。

 

「あらためて、よろしくおねがいしますね」

 

「こちらこそ」

 

 宗次郎くんと笑顔を交わす。

……いずれは裏切ることになるかもしれないけど、それでも彼は私の恩人だ。

 

 

----------

 

 

「先生、三島栄一郎からの連絡が途絶えました」

 

「……構わん、どうせ寄る道だ。このまま新月村へと向かう」

 

「わかりました、緋村の方はどうしますか?」

 

「放っておけ、あいつの足ならそろそろ京都に着いていてもおかしくはない。俺達が京に入ってから行方を捜す程度でいいだろう」

 

「はい」



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瞬速対決でござる!

 想像はしていたけど、私と宗次郎くんが滞在している間に原作のあの場面がやってきた。

 三島栄次と巻町操、そして緋村剣心と斎藤一。

 この四人が新月村を訪れたのだ。

 宗次郎くんと剣心の対決がここで行われたはずだから、必定巻き込まれることになる。

 その前に尖角にも会って話もしたけどありゃコッテコテの脳筋強化系だな。

 っていうかそもそも筋肉はともかくオーラが大したことなかった。

 速さで勝る剣心の敵じゃない。

 

「お主が……志々雄真実でござるか」

 

「"君"ぐらいつけろよ。無礼な先輩だな」

 

「気にするな、無礼はお互い様でござる」

 

 宗次郎くんが剣心と斎藤、二人を迎えに行った。連れてきたのは三人だった。

 

「シュート!?」

 

 まさかシュートがこの二人のそばに居たとは。向こうも驚いていたようだった。

 ……ウイングはどこにいるんだろう? まあそれは今考えても始まらない。

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「あの右端の青年だけは、知人です。()()()()()()()を持っています」

 

「なるほどな……」

 

「……なぜ、この村を狙った?」

 

 その後は原作通りの展開になった。志々雄が温泉だと答えて剣心がイラっとする。

 尖角と戦い、あっさり剣心が勝つ。

 

 そして、志々雄が宗次郎くんに刀を投げ渡す。

 

「宗次郎、俺のかわりに()()()やれ」

 

「いいんですか?」

 

 新しいおもちゃをもらった子供のような笑顔。

 実際、宗次郎くんにとっては似たようなものなんだろう。

 

「ああ、「龍翔閃」とやらの礼に、お前の「天剣」を見せてやれ」

 

「じゃあ、遠慮なく」

 

 二人が合い向かう。私はこの隙に、斎藤の隣へと移動する。

 

「裕美さん?」

 

「こちらは私が押さえるから、遠慮なくお二人でどーぞっ」

 

 おそらくシュートに伝えても伝わらない。彼では原作も歴史も知らないだろう。

 

 剣心の剣気やだわぁ怖いわぁ。でもそんな中でも平気で動ける程度には鍛えてるのよね、私たち。

 宗次郎くんと剣心が向かい合っている隙に、私は斎藤の手を取って彼の体に隠れた位置で手のひらに字を書く。

 

『大』

 

『阪』

 

『港』

 

『黒』

 

『船』

 

 宗次郎くんに気付かれたかどうかは不明だけど、少なくとも何を書いたかまではわからないだろう。

 果たしてどこまで伝わるか。

 京都大火に関して彼らはすぐに推測できていた。

 私の情報を役立てるのはそのあとの『煉獄』

 

 フッとだけ笑って、斎藤は手を引っ込める。

 

「シュート、あんたはどうしてここにいるの?」

 

「オレは藤田先生についてここまで来た。先生に剣術も教わっている。パーム……桂木は?」

 

「私? 私は志々雄の女だから」

 

 全員(剣心と宗次郎くんを含む)が一斉に私の方を見る。

 

「裕美さん、嘘はいけませんよ」

 

「なによう、志々雄の配下の女って意味なら間違ってないじゃなーい」

 

 二人の記念すべき初対決にいらんチャチャを入れてしまった。

 彼らは何事も無かったかのように仕切り直している、さすがだ。

 

「……てことは、桂木は、オレらの敵だってこと?」

 

「少なくとも今はね。今すぐ戦うわけじゃないけど、ひとまずは目の前のこの斬り合いの結果次第かな」

 

 雑談を交わしながら、私たちの視線は目の前の二人に釘付けになっている。

 神速の剣心と縮地の宗次郎くん……ここではまだ縮地は使わないけど。

 勝負は一瞬で決まる。まばたき厳禁。

 

 そして、一瞬で終わった。

 凝をしていた私とシュート、それに斎藤には見えていただろう。操ちゃんにはまだ無理かな。

 

「勝負あり――かな?」

 

 折れた剣心の刀を見ながら宗次郎くんがつぶやく。

 

「ああ」

 

 それにしっかり返事をする斎藤はきっと地獄耳に違いない。

 

「お互い戦闘不能で引き分けってトコだな」

 

 宗次郎くんの刀は傍目にもわかるほどボロボロに欠けていた。

 

「よっしゃ! さすが緋村!」

 

「へえ、こりゃ凄いや。これじゃ修復はもう無理だ。……ま、いいや、どーせ志々雄さんのだし」

 

 そして宗次郎くんが刀を鞘に納めてこちらを向いた。

 

「行きましょうか、裕美さん。余り遅れると志々雄さんに追いつけなくなってしまいます」

 

「リョーカイ」

 

 私は斎藤たちのそばを離れ宗次郎くんの元へ向かう。

 

「今日はこれで失敬しますけど、出来たらまた闘ってください。その時までに、新しい刀、用意しておいて下さいね」

 

 宗次郎くんとともに階段を降り、地下道を通って外へ出る。

 

「裕美さん、ちょっと急ぎますけど、付いてこれます?」

 

「馬みたいにアホなスピードじゃなければそれなりに。ってゆーか宗次郎くんは私の最速スピードとっくに知ってるでしょーが。あれで追いつける程度でよろしくねっ」

 

 彼はくすりと笑って、私を置き去りにするスピードで50mほど先まで移動した。

 

「リョーカイ、です」

 

 全ッ然、リョーカイしてないじゃないのコラー!!

 私はオーラを足に割り振って全力ダッシュで彼の後を追いかける。

 結局志々雄の下にたどり着くまで、私が彼に追いつくことはなかった、コン畜生。

 それでも手加減されてるっていう事実にまた腹が立つ!



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気にしないでござる!

「やっと……追いついた……」

 

 それは宗次郎くんが志々雄に追いついたということ。

 すなわち、私の負け。チクショウ。

 

 宗次郎くんはボロボロになった刀を志々雄に渡して謝っていた。

 

「僕が悪いんじゃないですよ、怒るなら緋村さんを怒って下さいね」

 

 前言撤回、別に謝ってはなかった。

 

「逆刃刀でまさか「長曾禰虎徹」をここまで壊すたあ、少し甘く見ていたか……」

 

 誰が打ったのかが重要ではない。どう働くかが重要だ……これ、本当に本物なんだろうか? ガチ剣客の志々雄が言ってるんだから本物なのかな?

 

「コテツ?」

 

 由美さんが虎徹を知らない宗次郎くんに説明してあげている。

 頭がパーとか言われてるけど学問をする余裕がなかっただけじゃないかな、宗次郎くんの場合は。

 

「宗次郎、一つ頼まれてくれねーか」

 

「弁償以外なら何なりと」

 

「……桂木裕美、お前もだ。東だけじゃなく「十本刀」を全員、ただちに京都に集結させろ」

 

 ……恐れおののく由美さんとは対照的に、志々雄はひどく楽しそうだ。

 

「力ずくでも「緋村剣心」の中に押し込められてる「人斬り抜刀斎」を引きずり出したくなった」

 

 ニッと笑う志々雄、包帯や火傷も相まって、怖い。

 

「わかりました『鳩』を勝手に使いますよ。僕らだけで全員集めてたら時間がかかりますからね」

 

「好きにしろ」

 

『鳩』? 暗喩なのか、それとも本物の鳩か、まあ宗次郎くんに付いて行けばわかるだろう。

 

「……ああ、『鳩』を使うんだったら俺自身が檄文を飛ばした方が効果的だろうな。よし、西はいい、やはりお前たちは東の十本刀を集結させろ」

 

「わかりました」

 

 結局『鳩』が何なのかはわからないままになりそうだけど、まあいいや。

 流れは原作通り、東の十本刀を集める方向になった。

 

「裕美さん、まず僕らは中山道に向かいます。下諏訪に一人、十本刀がいますからね」

 

 下諏訪……安慈さんか。

 

「了解。道中十本刀について詳しく教えてくださいね。さっきから何のことやらさっぱりなので」

 

「そういえば裕美さんには話してませんでしたねえ、まあ、おいおいと」

 

 知ってるけどね。原作には出ないもっと詳しい情報が聞ければ御の字だろう。

 

 

----------

 

 

「ぅおえェえええェ」

 

「大丈夫? 弥彦」

 

「大丈夫くない」

 

 士族の子が船床に伏している。

 俺は二択を迫られる。

 ……知らぬ。陶の者など知らぬ。

 翁はあれだ葵屋のジーサンだ間違いない。

 同時期に出た、京都で、陶……陶芸?

 ピコーン! 陶芸家! 新進気鋭の陶芸家!

 思い出した! 比古清十郎の本名だかペンネーム! 新津なんちゃら!(覚えてない)

 翁と比古清十郎、そりゃどっち選んでも騒乱に巻き込まれるわな。

 それ以外選んじゃダメ? ダメかな? ですよねー。占いオソロシイ。

 

 京都に着いたら、赤べこの妙さんのご実家を頼ることになっている。

 そこに確か尋ね人の張り紙をして、それを操ちゃんが見るんだったはずだ。

 そして二人が出会う。

 一緒に比古清十郎の元を訪れて……そこからルートが別れるのかな。

 比古清十郎と剣心とともにいるか、はたまた葵屋に向かうか。

 ……よし決まり。なんだかんだ言っても薫さんと弥彦をほっぽりだすのは性に合わない。

 『葵屋』ルートに決ーめた!

 色々と巻き込まれるけどまっ、しゃーない。これが俺の気性だ。

 ……比古清十郎の後ろに隠れてコソコソしてる方が命は助かりそうな気もするけどキニシナイ!



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考察でござる!

 俺は今、薫さんや弥彦、操ちゃんとともに、剣心に会うために比古清十郎の元へと向かっている。

 奥義を得ようとする剣心。ただ一つ引っかかっていることがある。

 

『緋村剣心はそもそも強化系ではないんじゃないか』

 

 飛天御剣流はどう考えても強化系万歳な流派だ。

 力と速度を限界まで強化している。

 比古清十郎もおそらく強化系だろう。

 ひるがえって剣心。かなり戦闘において身体に負担をかけている。

 原作でも、最終的にボロボロになっていた。

 あれは、本来の己の資質である何らかの系統と違う強化系を修めた結果なんじゃないだろうか、と。

 かといって止めるわけにもいかないし、違う流派を修める時間なんてない。

 そもそも違う系統の流派なんてあるかどうかすら知らない。

 わかっちゃいるんだけど……無理はあんまりさせたくないよなあ。

 

 志々雄真実と十本刀。張はもう捕まってるからいいとして、それ以外の人間について、俺は船の中でもそれ以降もずっと考察してた。

 まず志々雄。彼はおそらく業火に焼かれたことによってオーラを炎に変化するすべを身に付けた変化系寄りの強化系。

……剣心たちと戦ったアジトに残った相手はともかくとして、分析すべきは葵屋に来る奴らだ。

 オカマの鎌足は強化系かあるいはあの大鎌を自在に操る操作系、多分前者。

 蝙也はあえて脂肪と筋肉を削ぎ落として軽量化し、速度に特化した強化系。

 破軍の二人は本来ならば才槌老人が不二を操作するものと思われる、すなわち操作系。不二自身は強化系。

 夷腕坊……外印は操作系だろうけど今回は関係ないので除外。

 葵屋の面々は溢れ出るオーラ量こそ多いものの、翁以外は念能力者ではなかった。

 翁はバランスよく鍛え上げられた強化系。

 薫さんと操ちゃんは初心者の強化系(俺よりオーラ少ない)、弥彦は非能力者。

……ほんと強化系多いよなこの世界。武士の時代なんて脳筋馬鹿ばっかだろうしな。

 俺の取るべき道は、やっぱり弥彦か薫さんの助太刀だろう。

 俺は強化系とは相性が悪いからね、比古さんのところにお邪魔するのはいただけない。

 一緒に修行でもつけられた日にゃ必ず死ぬと書いて必死。

 同じ必死なら必死で葵屋と京の街を守った方がなんぼかカッコがつく。

 

 そうこうしている間に比古さんの庵へ到着した。

 

「やはり、お前に飛天御剣流を教えたのは間違いだったかもな」

 

 聞こえてきたその台詞にカチンときた弥彦と操ちゃんが扉を壊して殴り込む。

 

「「なんだなんだ、今の発言はいったいなんだ!」」

 

「……なんだ、お前たちは?」

 

 中には向かい合って座っている比古さんと剣心。

 

「操殿、弥彦……薫殿……」

 

 はい、俺は勘定に入りませんよッと、知ってたけどね。

 後ろからこっそり入る。比古清十郎に捕まった。

 

「面白そうな小僧だな、お前」

 

 面白くないです離してくださいいやんいやん。

 

「やれやれ、今日は千客万来だな。望んでもねーってのに。……剣心、お前一走り沢まで降りて水汲んでこい」

 

 ぶつくさ言いながら剣心が庵を出ていく。

 

「さて……色々と聞きたいことはあるが、その前にそこの小僧だ。お前、ちょっと剣気を見せてみろ」

 

 え、俺? 話進めましょうよ比古さんの年齢聞いて剣心の話しましょうよ。

……比古清十郎怖いです。俺はその場で練をして見せた。練でいいよね? 多分。

 

「なるほどな……」

 

 操ちゃんと弥彦が同時に比古さんに年齢を尋ねる。そうそうこの展開よ俺が望んでたのは。

 

「四十三だ、それがどーした」

 

 多分、多分だけど。念能力者は年を取りにくくなる。

 飛天御剣流は代々念能力を使ってぶん殴ることによって弟子の精孔を若いうちからこじ開けて、そんでもって年も取りにくくなるんだと思う。

 

 そして展開は原作そのままに、流浪人になってからの(出会ってからの)剣心について、弥彦や薫さんが比古さんに語ることになる。

 俺のさっきの練は何だったのかしらん。イヤンな予感しかしないわん。



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修羅でござる!

 安慈さん、蝙也さん、夷腕坊さんを連れて京都に戻り、四乃森蒼紫と接触して共にアジトへと戻る。

 原作の流れに何も変更点はない。

 

 そして盗み見る志々雄の一の秘剣「焔霊」、あれはおそらくオーラを炎に変化させた変化系の技。

 刀にこびりついた人の脂と斬った相手の脂を燃やしているのだろうが、()()()()()()()()()()()()()()

 つまりどこから火種を持ってくるのか? 答えは明白だ。

 H×Hのキルアは産まれた時から電気を浴びていたからオーラを電気に変えられた。

 同様に志々雄は己自身が燃やされたことによってオーラを炎に変えることができるようになったんだろう。

 

「そろって人の剣を盗み見てんじゃねェよ」

 

 とか言いつつも、そう機嫌は悪くなさそうな志々雄。

 東の十本刀にそれぞれ声をかけ、そして蒼紫と会話を始める。

 彼を客人として迎え入れ、宗くんと私に案内を命じる。

 宗くんは蒼紫に色々と声をかけていたが、彼はほとんどそれに応じることはなかった。

 

 葵屋に、危機が迫る。ただしそれはまだ序章に過ぎない。

 まずは梟爪衆。これは問題ない。葵屋の面々も素人ではない。

 問題はやはり鎌足以下十本刀の面々。

 大怪我を負う者もいる。

 自分は葵屋に向かって彼らを助けるべきか、それともこの場所に残るべきか。

 そもそも志々雄や宗くんは私をどうしようと考えているのだろうか。

 戦力とはカウントしていないだろう。信じてもらうには日が浅いしまだ実力も見せていない。

 具現化系の自分は強化系にはあまり向いていないのだが、何かしらの武器を使うことも考えねばなるまい。

 さすがにドラえもんの道具を頻繁に使うのはマズい。

 ひらりマントくらいならいけるかな?

 名刀電光丸を具現化するべく現在頑張っている最中なのだが、未だ具現化できてはいない。

 これが具現化できれば、いずれの地に行くにせよ、かなり役立つのだが……。

 

 翌朝、拷問を受けた梟爪衆の一人が戻った。

 その背中に刻まれた翁からの伝言。

 

『午の刻 阿の処にて待つ 一人で来たれし』

 

 伝わる人間にだけ伝わる内容。御庭番衆阿の処。

 翁さんは……死なないから、いいか。よくはないけど。

 蒼紫も行かせよう。ここで止める方が変な挙動になる。

 

 

 

「葵屋襲撃失敗か……」

 

「申し訳ありません、全て私の見識の甘さ故……」

 

 方治が志々雄に報告をしている。心なしか顔色が悪い。

 

「かくなる上はこの十本刀"百識"の方治自ら出張る所存……」

 

「その必要は無えよ。すでに四乃森蒼紫が呼び出されて向かったんだろ」

 

 失敗の報を受けた割には、志々雄の機嫌は悪くない。

 こうなることをあらかじめ予測していたのか。

 宗くんは由美さんと将棋を指しており、私はそのそばに控えている。

 

「由美さん、角、角道」

 

 ときどきこそっと由美さんに助太刀したりしながら、志々雄の一挙手一投足に目を光らせている。

 そして彼らはおそらくそれにも気付いている。そして見ぬふりをしている。

 

「しかし」

 

「あの男に余計な横槍は無用だぜ、己の命が惜しいならな」

 

 この言葉に、方治がびくりと震え上がる。

 志々雄が『覚悟が足りない』と感じたのは多分この辺なんだろうな。

 

 二人は地獄の存在を語り合い、志々雄の結論は『この現世(うつしよ)こそが地獄と呼ぶにふさわしい』

 

「方治、お前には洗礼が要るな……」

 

 手袋を外し、方治に近寄る志々雄。悲鳴を上げる方治。

 

「うるせえよ」

 

 その素手で、方治の額を掴む。

 

「十年前に負った全身火傷の時、俺の体の中の汗をかく組織はほぼ全滅しちまってな」

 

 気のせいか、方治の冷や汗が蒸発する音すら聞こえるように感じる。

 いくらなんでもそれほどの高温ではないと思うんだけど。

 

「以来、発汗による体温の調節が出来なくなり、俺の体は医者に言わせれば生きてるはずのない高熱を宿すようになった。言わば、地獄の業火の残り火だ」

 

 志々雄はそれ以上特に何をすることもなくその手を方治から離す。

 

「残り火は腕だけじゃない。足、腹、胸、俺の全身をくまなく焼き続けている。当然、(ここ)もな」

 

 己の脳を指さす。そして炎熱が声となって真実を志々雄に語りかけ始める。

 

『人の本性は修羅 そしてこの現世(うつしよ)こそ地獄』

 

「炎熱が脳で声を荒げる。『これでは駄目だ。修羅だけが生きる資格を有す強国、これこそ地獄にふさわしい』」

 

 方治は再び震えだす。恐怖の震えではなく、歓喜の震え。

 忠実な修羅がまた一人、志々雄のもとに集う。

 

「志々雄さん、私にもその腕で触れていただけますか?」

 

 意識の埒外に居た私からの突然の提案。

 

「いいぜ、来いよ」

 

 志々雄が私に向かって手袋のない手を差し出す。

 興味本位が半分。もう半分は……。

 彼が私の腕をつかむ。火傷するほどではないが、熱い風呂ほどの温度。

 確かに人が持つには不釣り合いなほどの高熱。

 

「これは、想像以上の熱ですね。志々雄さんは、もし今この火傷を全て治せるとしたら、治しますか?」

 

 H×H()の世界で具現化に成功していた、お医者さんカバン。

 絶対とは言えないが簡単な病気なら即座に治してしまう。

 火傷は軽重で言うなら重いものだがドラえもんの道具ならあるいは治してしまえるかもしれない。

 そして彼の炎の疼き自体を癒してしまえれば、あるいは修羅への道を閉ざすことができるかもしれない。

 

「いや、いらねえな。この痛みは俺にとって必要なものだった。今までの話を聞いてそうは思わなかったか? 桂木裕美」

 

「……はい、出過ぎたことを聞いて申し訳ありません」

 

「気にするな」

 

 想像はついていた。志々雄は今ではむしろこの火傷に誇りを持っている。

 火傷を負ったからこそ現在の己のアイデンティティが存在する。

 このとんでもない修羅を無くすためには、燃やし尽くすしか方法はない。

 それができるのは、やはり緋村剣心ただ一人を置いて他にはいないだろう。

 

「……桂木裕美」

 

 志々雄は由美さんと呼び分けるために私のことは基本フルネームで呼ぶ。

 

「はい」

 

「お前は宗次郎と共に在れ。必要なもの、不必要なもの、全てを見極めて吸収しろ。物であれば俺が与えることもできる。だがそうでないモノも存在する。宗次郎、お前もだ。桂木裕美から吸収できるナニカを学び取れ」

 

「えー、僕になにか裕美さんから学ぶこととかありますか?」

 

 不思議そうな宗くんも、そう言いながらも頷く。無論、私も。

 私が宗くんから吸収できる何か。宗くんが私から学び取れる何か。

 それが志々雄には見えているんだろうか。



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御頭でござる!

 翁の後を追う操ちゃんを、俺は追わなかった。

 俺だけじゃない、葵屋の面々を含め誰も止めようとはしなかった。

 結末がすでに予測出来ていたからである。

 翁はその頑強な体力から、一命はとりとめた。

 しかし全身を百三十八針も縫い、今も命は風前の灯火であった。

 

 一番愛する人が、一番親しい人を殺そうとする瞬間を目の当たりにした。

 操ちゃんは横になっている翁に向かって座り込み俯いたまま微動だにしない。

 翁が書き残した書置きも、未だ封を開かれることなくそばに置いたままだ。

 

「泣いてるのかな」

 

「うん、多分」

 

 俺も含め、みんなして部屋の外から様子をうかがっている。

 

「いーや、あいつはそんなヤワなタマじゃねェさ」

 

 まだ短い付き合いながらも、俺も弥彦も操ちゃんの芯の強さはよく知っている。

 だからこそ弥彦からこういう言葉も出てきたんだろう。

 

「いや泣いてる!! 操ちゃんはまだ16の女の子だぞ!!」

 

「そうよ、普段はガサツでも本当は繊細なんだから!!」

 

「だいたい女の子に向かって「タマ」とは何よタマとは!」

 

 ちょっと前から感じてたけど、翁含む葵屋の面々は操ちゃん溺愛だよなあ。

 前の御頭の一粒種だっけ? 子供のころから知ってるってのもでかいんだろうな。

 

「うるさい! 静かにしろ!!」

 

 今は放っておくしかない。

 翁の書置きを読んだ操ちゃんが御頭になるって言いだすことを俺は知ってるからな。

 確かにヤワなタマなんかじゃない。強い女の子だ。

 

 

 

 そしてすったもんだあり、剣心を待つ日常に戻る。

 俺もタダ飯食らいは気が引けるので、薫さんや弥彦と共に葵屋のお手伝いをするのだ。

 飯炊き、掃除、洗濯に買い物。何でもしちゃうよー。

 

「お増さーん、あと何すればいい?」

 

「洗濯終わった? じゃあ井戸から水汲んできてもらおうかな」

 

「りょうかーい!」

 

 平和な日常。終わるのは剣心の手紙でだっけ?

 剣心たちは煉獄を止めに行く。

 俺らは手紙で京都大火を知り、それを絶対阻止。

 つまり手紙が来るまでは、操ちゃんに「あたしは御頭!」と怒鳴られながら平凡な毎日を過ごすしかない。

 俺はお増さんの言いつけ通り、水を汲みに行く。

 桶二つくらいなら抱えられるようになったよ!

 まぁ念を使わないとめっちゃフラつくんだけどね!

 

 ……京都大火嫌でござる。戦いたくないでござる。

 雑魚相手ならともかく十本刀相手とか無謀にもほどがあるでござる。

 でもやるしかないんだよなあ……。

 

「ちんたら歩いてんじゃないわよ!」

 

「わぁ!?」

 

 井戸から戻る途中の中庭でいきなり後ろから押され、水がこぼれる。

 振り返ると予想通りの操ちゃんが腕組みをして仁王立ちしていた。

 

「何だよもう……水こぼれちゃったじゃん」

 

「何よその程度で、だらしがないわね。あたしたちはこの京都を守る御庭番衆なのよ!」

 

 俺は御庭番衆じゃないです。

 

「まあまあ、細かいことは気にしない。何ならあたしが稽古つけてあげようか?」

 

 薫さんより手厳しそうなので遠慮します。そもそも俺は戦闘に向いてないもの。

 

「そう? それなりに強そうに見えたけどな、筋肉はないけど」

 

 どうせ俺はヒョロガリですよ(´;ω;`)

 

「とはいえ本気で戦力アップはしときたいのよねー。回転式機関砲(ガトリングガン)も手に入らなさそうだしさあ」

 

 確かに、(俺が危険な目に合わないためにも)戦力アップできたらいいな。

 ……念能力、教えてみるか。駄目か。理解してもらえないか。

 でも操ちゃんは纏状態なんだよな、それすなわち念能力に目覚めてるということ。

 オーラを見ることはできないんだろうか。

 

「ねえねえ操ちゃ「御頭!」……御頭、人の周りに水蒸気みたいなのって見える?」

 

「何それ」

 

 見えてない。るろ剣の中でもそういう描写はなかった。

 つまり見えてるのは俺やシュートだけ、ということか。

 そいやパームはどこ行ったんだあいつ?

 うーむ。能力(発)を教えるのは無理だけど、まだ目覚めてないお増さんたち葵屋メンバーを叩き起こすのはありかもしれないな。

 でも俺、ウイングさんのデンジャー念能力開花方法しか知らないぞ。

 あれは危険だ。でも他に思いつかない間に合わない。

 

「御頭御頭、手のひらを胸の前で近づけてみて」

 

「ん? こう?」

 

 いただきますのポーズの、少し手のひらを離した状態。

 

「んー、もうちょい近づけて。それで、なんかあったかいもの感じない?」

 

 俺の目に見える操ちゃんのオーラの端の部分まで手のひらを近づけさせる。

 

「感じるような、感じないような……ねえ、これ何?」

 

「ほら、剣心の師匠のところに行った時に剣気を見せろって言われたでしょ俺。その剣気の、最初の一歩。それ感じられるようになったら、レベルアップすると思う」

 

 多分ね。知らんけど。

 オーラを把握できるようになれば修行もはかどるでしょ、知らんけど。

 

「……拓さんだっけ。アンタ、何者? 見た目は弱そうなのにタダモノじゃない雰囲気持ってるし、実際普通の人じゃないでしょ」

 

 普通のオッサンですがな。

 

「翁さんとか剣心やそのお師匠さんほどじゃないけど、それなりに力を持ってるっていえばいいのかな? 言っとくけど期待されても困るからね? そこまでの実力者ってわけでもないんだから」

 

 ハンター世界で鍛え上げた筋肉は見事に消えちゃったもんな、もう鍛える気もしないし。

 キツいの嫌でござる。ダラダラしてたいインドア派でござる。

 

「ふーん。でもここに居るってことはいざとなったら助太刀してくれるんでしょ?」

 

 そだね、そのくらいはするよ。あんまり力にはなれないかもだけど。

 

「あ、そうだ。この修行法、他のみんなにも教えていい?」

 

 もちろん、ていうか俺が教えようと思ってたくらいだし。

 京都大火や十本刀との決戦に間に合うかどうかは知らんけど。



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