混沌の中で選ばれし英雄 ~理不尽な世界を魔法と人型兵器で破壊してやる~ (氷炎の双剣)
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〈0章 設定資料集〉
0-1 設定資料集 人物紹介 ネタバレ含む 20181/8


これは設定資料集になります。
最新話までのネタバレを含んでいますので最新話まで読んでからこちらをお読み下さい。

本編は3話から始まります。


 ☆人物紹介☆

 

 ◆昔話◆

 

 ◇ヒース=ビショップ  男 (18)◇

 

 冴えない見た目、優しい、家族思い。

 

 〔来歴〕

 戦争に巻き込まれ、母親を失う。その時力を手に入れ、反乱組織に大打撃を与える。連合軍と和解し、戦争集結に至る。

 

 1ヶ月後、家族と共に豪邸に住むが連合軍の襲撃に会い自分以外は死亡

 

 ヒースは全力で戦うが相手は強く、怪我を負う。その後行方不明となる。連合国発表では死んだと発表されている。

 

 

 〔能力〕

 基本的には自然の力は何でも使える

 例:発火、凍らせる、竜巻、地割れ、堅い盾の精製、雷など

 

 

 

 

 ◆本編◆

 

 ◇ユーリ=エリクソン 男 (18)◇

 

 金髪 少し抜けている所がある。 特に上がると混乱する。

 

 成長し、立派になったがまだ子供な一面が見え隠れする。

 

 

 〔来歴〕

 地球生まれ、地球育ち。家族と共に火星に行く。その途中サラに出会う。火星に着き、両親を失う。サラと同じ部屋になる。本人は大喜び。

 

 作業場でサイオンとウィリーと出会う。サイオンの事を頼りにしている。

 

 サラが行方不明になり、慌てるがサイオンに落ち着かされ、サラを待つ。

 

 サラは帰って来たがすぐに連れていかれ、取り戻そうとするが失敗。サラを失う。

 

 火星独立作戦にてウィリーを失う事で覚醒し、作戦後リーダーとなる。

 

 《能力》??? 指揮官

 《趣味、特技》筋トレ 新しい事の観察、スポーツ(元々外で遊ぶ事が多かったから運動神経が良い)

 

 

 

 

 ◇サラ 女 (10)◇

 

 赤髪ショートヘアーの女の子。面倒見が良く、誰にも好かれる性格

 サバサバとしていて、男女共に人気があった。時たま、男たらしの時がある。なお、本人は気づいていない。親からの直伝らしい。

 相手が喜ぶというだけでするので、特に意図は無いらしい。

 

 〔来歴〕

 地球生まれ、地球育ち。

 家族と共に火星に来て、家族を失う。

 

 ユーリとは火星に行く途中のトラックで出会う。この時には全くユーリに対して好意はなかった。ただユーリと目があったので話しかけただけである。

 

 火星にてユーリと同室になる。一緒に暮らしていく間にユーリに好意を抱き始める。ユーリに対しては面倒のかかる弟みたいな感じだったが次第に好意を抱く。

 

 その内どちらも口にはしないがお互いの好意には気づいた。

 

 

 兵士に着いて行き、男に会ったのは少しでも物資が貰えればという意図があったが儚くも崩れ去る。

 

 被害にあったサラは部屋に戻され、ユーリに慰められ、精神は安定する。

 

 だが、すぐに男に呼び出され地球に向かおうとする。

 

 ユーリが助けに来るがユーリは押さえつけられる。

 サラはユーリを男から守り命を落とす。

 

 《能力》無し

 《趣味、特技》裁縫、料理、雑誌を読む事

 裁縫や料理は母親から幼い事から教わり、いつの間にか趣味に

 

 

 

 ◇サイオン 男 (40)◇

 

 長身、筋骨隆々で黒髪である。髪は背中まで長く、いわゆる黒髪ストレートである。顎には無精髭がある。目つきは鋭い。

 基本無口であり、表情は険しい。だが面倒見は良く、頼れる父さんみたい存在と慕われている。

 火星の中では比較的長く、リーダー的立ち位置である。

 妻と娘が居た。

 

 〔来歴〕

 後日、エピソードとして投稿します。

 

 《能力》??? 指揮官 

 《趣味、特技》筋トレ(未だ軍人の習慣が抜けてない) 孫子の兵法(戦いや外交について) 素振り

 

 

 

 ◇ウィリー 男 (12)◇

 

 元気な性格で黙っているのが苦痛になるらしい。おしゃべりでユーリも少し引くぐらいである。ユーリとは自称親友らしい。

 

 独立作戦で銃撃を受け死亡。

 

 

 ◇ベティ 女 (20)◇

 

 サラとは火星に来てすぐに仲良くなる。特に恋バナが好きなので、それでサラを良く弄る。

 サラいわく、少し自重すれば可愛いのに。

 彼女もボーイフレンドを募集中だが、あからさまな行動ばかりなので誰も好意を抱く事は無…や、止めろ!暴力は!バキッドカッ…あ、有るはず!

 

 良く雑誌の影響や噂の影響を受ける。だから雑誌の事を実践するからボーイフレンドが出来な…バキッドカッ…いい相手がいないんだよ。うん…

 

 作戦後はアンジェリカの元で医療を学ぶ。

 

 

 ◇ランス=アーネル 男(21)◇

 

 火星には家族でやって来た。しかし、両親は殺され1人になる。そして周りに弱さを見せなくなる。しかし、サイオンに勧誘されしぶしぶ入る。ユーリに会い、共に戦う事で信頼関係が生まれた。だがまだ素直では無い。

 

 成長後、もはやイケメンな青年になった。サイオンなどから格闘術や魔法を学び、5人の中で最も戦闘に長ける。

 

 

 《能力》 ??? 体術、魔法

 《趣味、特技》 野球 肩には自信があったらしい スポーツ、勉強は中の下

 

 

 

 

 ◇クリフ=アルマン 男(72)◇

 

 元大魔法師。魔法師の存在が公にはなっていなかった頃、上級士官の間で名を馳せた魔法師である。

 若い頃から才能が開花し、あらゆる魔法を使いこなした。この人を超える者は前にも後にもいないだろうと言われている。独自に魔法を製作していた。

 だが、製作された魔法はどれも強力過ぎて禁術扱いされている。弟子はいない。

 火星には年を取り、魔法力が衰えたので、要らなくなったので送られた。

 送られた当初では魔力はほとんどなかったが覚醒後元に戻る。

 

 覚醒後、歳を取っても対して変わらない現役レベル。

 現場でバリバリ働く元気なおじいちゃん。

 

 《能力》 ??? あらゆる魔法(既存魔法)

 《趣味、特技》 魔法製作 若者を眺める事

 

 

 

 

 ◇アンジェリカ=パーセル 女(17)◇

 

 火星には9歳の時、家族と共に行く。しかし、両親は殺され、1人になるが、サラやベティと仲良くなる。サラが殺された後、サイオンに勧誘され入る。

 

 両親は医者で有り、彼女も親から教わっている。簡単な事は出来るが複雑な事はまだ出来ない。

 

 両親は町医者で有り、ほとんど無償で治療していた。火星に皆が行くにあたり、医者も必要だろうと着いて行く。

 

 前、少女が兵士に蹴り飛ばされた時、間に入ったユーリに一目惚れする。

 しかし、サラからユーリとの関係を聞き、気持ちを抑える。(サラは付き合ってるとか直接では無いが話の内容を聞くとお互いに好きなんだなと察した)

 

 しかし、サラが死に、ユーリと会い、心のどこかでチャンスだという自分に嫌悪感を抱いている。

 

 独立作戦の時、ウィリーを助けられ無かった事を後悔し、猛勉強する。

 成長後には一流の医者となっており、回復魔法と医療技術でユーリを支える。

 

 成長後はもはや大和撫子である。

 クリフに言われた通り、純粋でいようと努め、美少女になった。

 料理は相変わらず。努力すれば良く成りそうだが手は付けてない。

 

 栗色のポニーテールは変わらない。腰まで届くぐらい伸びただろうか。

 

 胸? 乙女の秘密です(^x^)

 

 

 

 《能力》 ??? 医療

 《趣味、特技》 医療系の話、技 一般人よりかなり詳しい 料理本を読むこと(出来ない) 女性誌

 

 

 

 

 ◇博士…アイザック=グレンジャー 男(37)◇

 

 昔は地球で地球連合軍兵器開発部に所属していた。

 この当時、主力は戦闘機であり、これからもその予定だった。しかし、博士がHAWの理論を発表し、新たな兵器を開発しようと上層部に提案するが、拒否される。余りにもしつこいのでクビにされる。

 既存権益である。HAWが流通すると、戦闘機を作っていた会社は潰れる。だからそちらからの圧力である。有用性より、既存権益を優先したのである。

 

 地球で酒に明け暮れている時、反政府側から勧誘され、火星に行く。監獄では無く、地下に住んでいる。サイオンとはそこで知り合い、共感する。

 

 《能力》 研究者

 《趣味、特技》 兵器開発 設計から製作まで全て自分でこなす。最近では人の観察が楽しみ

 

 

 

 

 

 

 

 ◆本編 ルーカス編◆

 

 ▼地球連合軍サイド▼

 

 ◇ルーカス=フォンブライアン 男(30)◇

 

 18の時軍人学校に入学し、22の時主席で卒業。

 ライルとは学校で知り合い、以後親友として付き合う。

 

 ルーカスはそのまま本部に配属され、ライルは基地に配属される。

 

 ルーカスは嫌な上官にもポーカーフェイスと根回しで、気に入れられ、実績を積み重ね次々と階級を上げていく。

 ルーカスを部下に持った上官は皆「アイツは使えるし、気が利く。アイツは良い部下だ」と評価される。

 

 そして大佐まで登りつめ、本部では役員達以外ではトップになり、問題や雑務の仕事を役員達から任されるように

 

 しかし、ライルの左遷(退職)やら、不正の横行を目にしたルーカスは地球連合軍に失望し、この時から忠誠心を無くす。

 

 戦争勃発後クーデターを起こし、最高司令長官に就任する。

 

 《能力》 指揮官

 《趣味、特技》勉強(能力が無く、勉強で主席卒業出来るほど)

 事務作業 時たま筋トレ(アイリーンに無理やり) シュミレーション系

 

 

 

 

 ◇アイリーン=オズボーン 女(24)◇

 

 18歳の時に軍人学校に入学し、22歳で卒業。

 学校では戦闘能力、指揮官能力共に優秀な成績で卒業した。

 

 その後、本部の上層部にいる父親に本部付けにされる(本人は基地配属を希望したが、親バカな父親が圧力を掛ける)

 

 本部付けにされたアイリーンはその当時期待の新星だったルーカスの元に配属される。

 

 そこで初めてルーカスと知り合う。

 

 そしてルーカスと二年行動している内に好意を抱くようになる。

 

 《能力》剣術を使った魔法と基本魔法、指揮官

 《特技、趣味》素振り、コーヒー淹れ(ルーカスに注いでる間に趣味に) 裁縫(軍人なので新品は手に入らないと練習した)

 

 

 

 

 ◇ユルゲン=シュミットバウアー 男(31)

 

 現ヨーロッパ方面軍最高指揮官。

 成り上がり指揮官の一人。

 軍人学校出身。

 特にコネも才能も目立った者は無かったが、人望と慕われる人柄なので敵を作らず、人気になっていたらどんどん昇進していた。

 

 実際の所、方面軍は軍人気質が高くコネや不正は少なく、昇進は人望と能力が有れば出来るのだ。

 

 またユルゲンは無能では無く、特に切れ者では無いだけで、実力は方面軍最高指揮官に収まる器量は持ち合わせている。

 

 最高指揮官に就任しても部下と共に機械や武器の整備をしている。

 ルーカスとテレビ電話した時も事前まで整備していて、顔が少し汚れていた。

 

 《能力》指揮官

 《特技、趣味》 機械いじりや、土木作業等肉体労働。 暇さえ有れば現場に出て一緒に作業する。

 

 

 

 

 ◇ファビアン=ガンス 男(72)

 

 50年前の大戦を経験し、魔法の恐ろしさを目の前で見た兵士の一人だった。

 

 その後軍人を続け、軍人学校の先生になるがアフリカ方面が不安定で統治が難しかった為、呼び戻された。

 

 そして統治が上手くいき、中将に昇進した。

 軍人学校の頃の生徒が沢山おり、人脈はユルゲン以上である。

 ファビアンが実質的第二の政府と言ってもいい。

 だが、本人は地球連合軍に忠誠を誓っており成り代わるつもりは無かった。

 

 軍略については長年の勘と実力によってずば抜けている。

 

 

 ファビアンはユルゲンとルーカスを買っており、二人の将来を楽しみにしている。

 

 

 《能力》指揮官

 《特技、趣味》釣り(釣れなくても穏やかな時間が好き) 教育

 

 

 

 

 ◇ 朱 威 シュッ ウェイ 男(28)

 

 黒髪を七三分けにしている。

 アジア方面軍最高指揮官である。

 コネや謀略でのし上がって来た。

 野望が高く、戦果を挙げる為には協調などしない。

 

 ウランバートル攻防戦では独断専行し、敗北し、戦死した。

 地球侵攻の原因の一因である。

 

 

 

 

 ◇ マーティン=ネルソン 男(35)

 

 オセアニア方面軍最高指揮官。

 オーストラリアと大平洋の島を治める。

 

 義理固い男であり、ルーカスにも信頼されている。

 だからオセアニアを任されている。

 

 防戦が上手く、少ない兵力で撃退するのが得意。

 堅物に見えるが、意外と柔軟である。

 

 

 

 

 ◇ラーマン=マルティネス 男(33)

 

 インド方面軍最高指揮官。

 目が異様に細い為、寝ていると良く思われるが寝ていない。

 

 情報を分析、整理が得意。

 的確な判断が出来るが、咄嗟の判断は苦手。

 

 インド方面軍はオーストラリアに退却した。

 

 

 

 

 

 ▼火星独立軍サイド▼

 

 ◇ウォル=バレンタイン 男(32)

 

 火星独立軍兵士、グリフォン小隊長。

 

 最初の戦いから参加していた。

 

 元地球連合軍兵士。元上官のデビッド、サイモン、アレックスと共に地球連合軍で同じ戦闘機小隊だった。

 

 少尉として地球連合軍に入隊し、大尉の三人に揉まれ成長。

 

 だが、ある戦いで地球連合軍の偽情報によって死にかけ、地球連合軍を脱退し、火星独立軍に入ってバラバラとなる。

 

 その後、小隊長としてアルバとヨーネスの二人の世話をする。

 

 《能力》HAWのパイロット

 《特技、趣味》戦闘での戦場の把握(戦闘しながら全体を見ている)

 ランニング(体力はあるが筋肉は少ない) ルービックキューブ(暇潰しにやっていたら出来るようになった)

 

 

 

 

 ◇アルバ 男(17) ◇

 

 火星独立軍兵士。 

 グリフォン小隊の隊員。

 

 火星に送られた中の一人で、火星独立作戦の参加者で、HAWのパイロットに志願。

 

 最初の戦いから好成績を収めるが、多少性格が上官に対し敬意が足りないのが欠点。

 

 だがグリフォン隊に入り、ウォルと上手くいき、才能が発揮出来ている。

 

 《能力》HAWのパイロット

 《特技、趣味》ゲームが好きでセンスが有る。 その一方勉強は嫌い

 

 

 

 

 

 

 ◇ヨーネス 男(17) ◇

 

 火星独立軍兵士。

 地球生まれだが、火星に送られる。

 

 臆病な性格で何事にも悲観的な考え方をしてしまう。

 だがその情報は正確で、長所である。

 

 火星独立作戦に参加し、その後HAWのパイロットとしても参加。

 

 戦うのは嫌いだが、仲間を守りたい故戦っている。

 口を開けば泣き言だが、腕はそれなりに有る。

 

 《能力》HAWのパイロット

 《特技、趣味》HAWの練習(日々上手く成るため練習) あやとり 射撃(接近戦が苦手なので、練習し、かなりの腕)

 

 

 

 ◇デビッド  男(38)

 アレックス 男(37)

  サイモン  男(38) ◇

 

 

 火星独立軍兵士。

 元地球連合軍所属。

 サイモンとアレックスと共に戦闘機部隊で戦場を駆ける。

 入隊した新人ーーウォルを可愛がる。

 

 その後地球連合軍に失望し、火星独立軍に入隊する。

 

 火星独立軍でも三人は連携プレーで戦果を挙げる。

 

 ウランバートル攻防戦にてウォルの作戦を採用し、朱威を巻き込んで戦死した。

 

 デビッドはおちゃらけた性格だが三人のリーダーでまとめ役。

 サイモンは無類の女好きで次々と女を取り替える。

 アレックスは物静かで二人の止め役。酒にこだわっており、酒を飲んでも変化無し。

 

 

 

 

 

 ▼エルス国防軍サイド▼

 

 ◇ブライス=クロンプトン 男(43)◇

 

 エルス国代表。

 多少白髪の混じった黒髪。

 

 温厚そうな人だが、これは外交の時の顔。

 

 三代目の代表でエルス国と地球連合国を同盟締結した。ルーカスの事は買っており、地球連合国に協力を願い出ている。一方エルス国を第1に考え、内政にも力を発揮している。

 

 《能力》???

 《二つ名》神速の英傑

 《好きな物、趣味》チェス

 

 

 

 

 

 ◆本編 ライン編◆

 

 ◇ライン=グレス 男 (18)◇

 

 ライン編の主人公であり、本作の主人公でもある。

 

 身長は172cm。黒髪で顔はそこそこ整っており、人が良いので、学生時代、密かな女性ファンも居たがライン自身、自分を普通と思っているのでイケイケになることは無かった。

 

 また恋愛に関しては奥手であり、女性経験は無い。これがプロに掛かれば違う道も開けたかもしれない。

 

 家族の死によって軍人になると決めた。普段は忘れようとしているが、たまに思い出すので苦しんでいる。

 

 マナンとはいつの間にかに親友となっており、本人もビックリしている。

 

 グレンとは性格のベクトルが違う物の何故か一緒に居て楽しい友達である。

 

 ティナとはまるで男友達のように親しい仲だが、たまに女性としての部分が見えるので戸惑っている。

 

 動乱編時、20歳。ウェリントン基地攻防の時、臨時指揮官として戦場に出る。初めての戦場に戸惑い、多くの事を学ぶ。だがマヤを失い、本来の目的(復讐)を思い出す。

 それに気付いたブライスによって日本へ出向を命じられる。それはとある人物へ会わせるつもりだった。

 

 日本編時、20歳。

 日本にはユーラシア大陸から密輸船を使って侵入する。この頃、北京と日本は火星独立軍の支配地域であり、このルートの警備は手薄であった。

 

 地方に到着し、そこでアリサと柳生と出会う。そして柳生に惚れこみ、師弟関係となる。

 日本独立戦線と共に火星独立軍と戦うが、強敵に全力で挑む。だがその力はライン自身も狂わしていく力だった。

 

 《能力》無し→一般魔法師の実力以上→静の気発動時、Bランク以上の実力

 《趣味、特技》ゲームが好きで、オタクとは言えるほどではないが、かなり色んな種類に触れている。

 

 甘い物が好きでたまにチョコやパフェをティナとマナンと食べている。自分で作る女子力は無い。

 

 スポーツもそれなりに出来るが、どれも卓越した物が無かった為、学生時代、運動部には入らなかった。

 

 日本オタクな為、日本語が話せ、地理、歴史に詳しい。

 

 

 

 

 

 ◇マナン 男 (18)◇

 

 両親、兄弟は健在であるが、余り仲が良くないらしく、休日に家に戻らない。

 

 軍人には親から離れたかったという理由らしいが本当かどうか分からない。

 

 身長は160cmとやや低く、黒髪の長髪で、髪が目までかなり届く程長く、頑張れば目を隠せる。

 

 中性的な面立ちで、少し化粧と服を整えれば、女性に見えてしまう。内気な性格も要因の一つだ。

 

 ラインとは試験の時出会い、ラインを撃とうとした事が負い目だったがラインが気にして無いという素振りを見せ、マナンは感激する。

 

 女子力は女性以上?に高く、正に主夫でも生きて行けそうだ。

 部屋の掃除は2人でやっていたのだが、いつの間にかにマナンが1人で終わらすようになってしまった。どこかの姑が来ても大丈夫な程だ。

 

 動乱時、20歳。ラインとグレンが戦う意志を見せた時は反対したが、説得出来ないと分かると手伝う事に。作戦時、ラインのそばには居なくてラインとは反対側の部隊に参加していた。後衛部隊として活躍するが、ラインの危機に駆けつけられず、マヤを死なせてしまったことに嘆いている。

 

 日本編時、20歳。ラインの突然の出向に驚くが、それよりもラインの心配をするマナン。ラインが帰ってくるまで更に強くなろうと思っている。ラインが行ってから落ち着かない毎日を過ごしている。

 

 《能力》無し→魔法を使った狙撃手

 《趣味、特技》家事全般 読書 ゲーム

 

 

 

 ◇ティナ 女 (18)◇

 

 茶髪のショートカットの女の子。

 身長は162cmと平均身長。

 しかし胸囲は小4の妹に負けており、平原である。

 

 勝ち気な性格で鍛錬を欠かさない。サバサバとした性格なので男女共に友達は多い。

 

 女子力は家で喫茶店を手伝っていたのである程度はある。本格的な料理は出来ないが、お菓子や簡単な料理は出来てしまうが、そこまで興味は無く精進していない。

 

 女として見られない事も多かった為、たまに無防備な所もある。これがラインを困らせる。

 

 勉強は苦手で、馬鹿という程では無いがいつもヒーヒー言いながら赤点を回避していた。

 一方運動は大の得意で、部活動であっちこっち引っ張りダコだった。

 

 魔法は両親が魔法師であり、護身用に肉体強化魔法を教えた所、軍人になると言い出し、親の反対を押し切りアカデミーに入学。

 今では娘を応援している。

 

 両親は魔法師の軍事協力を拒否し、エルス国に亡命して、喫茶店を開いている。

 

 ラインに対しては仲の良い友達であり、恋愛感情はあまり無い。

 

 グレンに対しては女の敵と見ているが友達としては面白い奴なので、友達。恋愛感情は更々無い。

 

 動乱時、20歳。ラインとグレンの作戦にも直ぐに賛成し、チームをまとめる。隊長では無かったが、ティナが班の裏の隊長であった。

 作戦では前衛を務め、敵にも引けをとらない実力を発揮している。

 

 マヤと死に際に話した内容についてはティナの心に残り続けている。ラインへの気持ちがどういう物か分からなくなっている。

 

 日本編時、20歳。ラインが帰って来る頃には気持ちの整理をする予定。

 

 

 《能力》肉体強化魔法

 《趣味、特技》スポーツ ランニング 

 

 

 

 ◇グレン 男 (18)◇

 

 赤い髪をオールバックにした男。かなりのイケメン。カッコイイというのが的確だ。

 いつもヘラヘラしていて、面白い事には容赦なく楽しむ性格。見た目は怖いが、性格は味方には優しいが敵には厳しいという性格で、どんな奴にも親しげに話しかけるという性格で友達が多い。

 クラス1顔が広いぐらいだ。

 

 女が好きで、クラスメイトには誰にも手を出して居ないが、年上の女性との関係は噂が絶えない。

 軍や上級生にも居るとか……

 正にプレイボーイの象徴であり、3度の飯より女と言われてる程である。

 

 ウェリントンセントラルでは誰かと密会しており、また中学、高校の間に大きな闇も抱えているようだ。

 

 未だに謎が多く、多くの謎がラインを不審に思わせている。

 

 実力はかなりの物で、一部の軍人からは高評価を受けている。

 既に卒業してもいいレベルで、何故アカデミーに来たのか謎である。

 

 得意な武器はナイフで、無数のナイフを使って攻撃する戦い方である。また高難易度の「カマイタチ」を習得しており、すぐに実戦レベルだ。

 しかし、これらの技にはどれも我流で仕組みも誰も分からない?

 

 動乱編時、20歳。ラインと卒業試験では決着がつかず、また戦いたいと希望している。

 実力的にはアカデミー1の可能性大。そして何処の部隊かも分からない援軍を連れてきて、ライン達を助ける。更に何者か分からなくなる一方、大きな意志が見え隠れする。

 

 日本編時、20歳。日本に残っているが、ただ待っているかは不明

 

 《能力》??? 

 《特技、趣味》面白い事全般 女落とし 

 

 

 

 ◇エドウィン=へールズ 男 (18)◇

 

 金髪のサラサラヘアーのキザな男。大貴族へールズ家の三男で、家柄を鼻にかけ、他人を見下す。

 だがその実力はへールズ家では低く、兄達を見返す為にアカデミーに入学した。

 因みに兄達は軍上層部である。

 

 ファルクとトムを従え、今日も弱そうな奴をいびりに行く。

 

 ファルクは本物のヤンキー。

 トムは頭のいい太っちょ。

 

 もちろん2人とも性格は悪い。

 

 今ではラインを見直しており、減らず口は変わらないが、信頼してもいる。それ合宿での戦いの影響からだ。

 また実力では無く、作戦の立て方の才が卒業試験では見られた。

 

 

 

 

 ◇エマ先生 女 (25)◇

 

 小動物のような小柄な印象を受ける眼鏡をかけた女教師。童顔で優しそうな雰囲気から男女共に人気である。胸は大きく、正にロリ巨乳というのが的確だ。

 

 いつも笑顔だが、怒るとかなり怖く、グレンも連れてかれるぐらいだ。これ以降エマ先生に逆らう者は居ない。

 

 教師だが軍人でもあり、その実力はアカデミー内上位だったらしい。現在でもその実力はいつでも最前線は欲しがっており、また治療魔法が使えるのも大きな理由の一つだ。

 

 眼鏡取ると美人……という事では無く、掛けていても美人だ。

 

 あまり好戦的では無く、最初のライン達との闘いも通過儀礼だったらしい。

 

 マナンの異変にもいち早く気付いたのも彼女である。多くの生徒を見て異変に気付いた彼女の観察眼は侮れない。

 

 幼い顔をしているが切れ者で仲間思いの実力派の軍人。

 

 動乱編時、27歳。マヤの怪我を治せず、力不足を痛感する。だがこれは彼女以外にも無理である。

 だが生真面目な彼女は更なる実力向上に励む。

 

 《能力》掌底、治療魔法

 《特技、趣味》編み物、治す事

 

 

 

 ◇ゴリ 男 (30)◇

 

 ゴリーー名前の通り、ゴリラじゃないか思われる程筋肉馬鹿。

 ゴリラに失礼でしたね。

 

 身体を動かす授業には必ずいる教官。一方座学には全く出てこない。やっぱりゴリラだ。

 

 本人も理論は分からんから身体で覚えろと散々言っている。

 

 本人の強さはかなりの強さらしく、縦横無尽に戦場を駆け回ってたらしい。

 

 動乱編時、32歳。

 ゴリラのような顔だが、知性もあり、ライン達の作戦を吟味する事も出来る。

 前衛として猛威を振るい、敵を最も恐れさせた男。全盛期の実力は健在のようだ。

 

 

 《能力》肉体強化魔法

 《趣味、特技》筋トレ、人間の限界に挑み続ける事

 

 

 

 ▽マヤ 女(20)(連携実習編時)▽

 

 綺麗な黒髪を肩まで降ろしていて、眼鏡を掛けている。目つきはつり目で良く相手を睨んでいる。だが打ち明けると可愛らしい笑顔を見せる。

 容姿端麗、才色兼備な彼女は完璧なのだが指揮官科には入れなかった。その理由は他人を見下す態度が教官達にバレていたからであった。

 

 指揮官は部下を見下してはいけない。部下を家族のように思わなければ部下は力を発揮してはくれないだろう。

 

 新興貴族の一人娘に生まれ、父を亡くし、家の事を一身に受けた彼女は努力して誰からも認められようになったが、仲間を思う心を忘れていた。ラインと話しその事を思い出した彼女は他人に心を開くようになった。

 だが未だ完璧主義は抜けず、小うるさい母親みたいな存在になっている。

 ライン達には心を開いており、気を抜く事もたびたび。

 その時に彼女の新しい一面が見えるかもしれない。

 

 動乱編時、21歳。ラインと同じ部隊。ラインを庇って死ぬが、その死に顔は笑っていた。好きな人を助けられたからかもしれない。

 

 

 《能力》近中遠において全てが得意。これがなせるのも努力の結果である。

 《趣味、特技》花嫁修業により一通りの家事は出来るものの、最近全くやってない為忘れかけている。読書、勉強

 

 

 

 ▽ドリー 男(20)▽

 

 彼は不器用で何をしてもいまいちな結果を出して来て、自信を無くしていた。しかしライン達に自信を持てと勇気付けられ、やる気を出す。実際の所アカデミーを卒業出来る時点でそれなりの実力はついている。特化してないだけである。

 

 動乱編時、21歳。作戦ではラインとは別の部隊。ライン達と共に戦い、自信を持った彼は実力を十二分に発揮する。

 日本編時、21歳。自信を持った彼は更なる上達を目指して修行中。

 

 

 《能力》一通りの基本能力

 《趣味、特技》花を育てるのが好き

 

 

 

 ▽アーロン 男(20)▽

 

 銀髪を盛った髪型をしている目つきが鋭い男。見た目は正に不良であり、一匹狼で群れるのが好きでは無い。強さを求めるのは過去に何かがあったようだ。だが努力家であり、鍛錬を欠かさない。

 

 ライン達と出会い、自分の意見を押し付けてくる奴とは違い、好きにやって良いと言う。更にこちらの要望を聞いてくれると言う。そんな今までの奴らとは違うライン達に協力する気になった。

 

 一匹狼が好きなアーロンだが次第にライン達となら連んでも良いかと思い始めている。

 

 動乱編時、21歳。作戦時、ラインとは別部隊。前衛として戦い、追撃戦にも参加した。

 日本編時、21歳。ライン達と接したおかげで集団行動にも慣れ、部隊の1人として参加している。

 

 

 《能力》肉体強化魔法等。近接戦のセンス、パワーでは群を抜く

 《趣味、特技》鍛錬、一人で居ること、動物

 動物は価値観を押し付けて来ないから

 

 

 

 

 

 ▼火星独立軍サイド(連携実習編以降)▼

 

 ▽ノエ 男(21)▽

 

 長髪白髪の男で赤い目をしている。見た目と強さから“白い死神”と呼ばれる。

 笑顔はほとんど見せない。冷静沈着な男だが優しい男で部下の信頼は熱い。普段は面倒くさがりでほっつき歩いている。

 

 火星独立軍においてユーリ達を除き、最高地位に居る。しかし本人は権力や地位、名声には興味は無く、階級は特別佐官ーー特佐という地位に就く。

 

 階級では将官の方が上だが特佐に対する命令権を持たない。もちろん特佐も将官に対して持たないが、特佐という特別な地位にほとんどの者が従っている。

 

 余談、階級一覧

 

 元帥、大将、中将、少将、准将、大佐、中佐、少佐、大尉、中尉、少尉、曹長、軍曹、伍長、上等兵、一等兵、二等兵となっている。

 

 実際の軍隊はもう少し細かいが拙作はこの階級を使用する。

 

 ノエは特佐でこの中では属さない。特別階級にも特佐と特尉が存在する。特佐の方が階級が高く特尉に対しての命令権を持つ。

 

 特尉や特佐はユーリ達から直接任命される階級で軍の所属では無い。便宜上階級を付けているわけで彼らはユーリの直属部隊である。

 

 その筆頭のノエはユーリが直接懇願して火星独立軍に勧誘したと言われている。

 

 ノエは地球連合軍に対し、強い憎悪を示している。それは過去に何かがあったようだ(後日明らかに)

 

 光一族と呼んでいるのはノエは光一族の出身で、光一族は古来より権利者達から完全自治権を会得している一族でその一族だけで村を作っていた。

 

 光一族は全員が魔法師であり、光一族特有の魔法を使っていた。その強さは通常の魔法師より強く、その村だけで大軍並の強さを誇っていた。

 

 自治権の交換条件に何人かが地球連合軍に協力しており、地球連合軍とは友好関係ではあった。

 

 一族の得意魔法はプロテクト。まず自分の身を守れるようにと。

 

 ノエも一族と同じでプロテクトを得意魔法としている。

 

 ノエの実力はSランク、戦略的魔法師で火星独立軍の攻勢を支えている。彼以上の実力者は未だ誰も存在せず、彼に立ち向かう魔法師はことごとくやられている。

 

 ノエは常に世界について考えており、その思いが違う場合、ユーリにさえ刃を向ける覚悟である。

 

 日本編時、ノエは日本に滞在し、ラインと接触している。この時ノエは特にラインに対してアクションは起こしていない。

 

 

 《能力》プロテクト、転生雷光、他

 《趣味、特技》山に隠る。出身が山の中だったから自然

 

 

 

 

 

 ▼日本独立戦線側(日本編)▼

 

 ▽柳生 男(33)▽

 

 黒髪をキッチリと固め、険しい顔つきをしている。年以上貫禄を持っている。厳しい男だが、優しくお父さん的立ち位置。

 

 元日本陸軍少佐。柳生一族代々の気の力、技術を受け継ぐ。日本軍でも魔法師部隊に所属していた。

 

 そして第一次日本攻防戦時、地球連合軍と柳生の強さによって敵を撃退する。

 だが再度HAWで攻めてきた火星軍に対し、地球連合軍が撤退し、旧兵器と少数の兵力しか持たない日本軍にはもう戦う術を持たなかった。抵抗らしい抵抗もせず、日本は陥落する。

 

 生き残った軍人は各地に分散し、日本独立戦線として抵抗する。それに対して柳生は大きな犠牲を払う戦争に対して否定的だったが、火星軍の変わらない統治にとうとう立つ。

 

 日本最強と呼ばれた柳生は魔法、気の両方を備え、Sランクに匹敵するのでは無いかと言われている。

 だがSランクは“戦略魔法師”。柳生に戦略をひっくり返せる程の力は無いのでは? と予想されている。Aランクとしては既に認識されている。

 

 地方にて剣道道場を開いて居たがほとんどが戦争で親を亡くした子供達。衣食住を与え、心を剣道にて強くすることを目的としている。

 最初は怖がられたが、柳生の優しさに心を開いていく子供達。だがイタズラには凄い怒るので柳生にはしてない。

 

 

 《能力》動の気、静の気、魔法も使えるが、ほとんどが気の技

 《趣味、特技》剣道、瞑想、農作業。心穏やかな事が好き

 

 

 

 ▽下村 アリサ 女(18)▽

 

 茶髪を肩まで伸ばした今風の女の子。化粧や流行に敏感で、普通女の子と変わりは無い。

 気兼ねない性格と優しさ、明るさで町の人気者。多くの人に可愛がられている。

 そして食欲は旺盛で、ラインもびっくりするほど食べる。本人曰く

「その分動けば良いのよ」

 

 また力も見た目からは想像出来ない力持ちで並みの男には彼女は倒せないだろう。細い腕なのに力が強いのは気の使い方だろうか。

 

 アリサは他の子と同様、柳生に拾われ、最年長の彼女が子供達の世話をしている。多くの家事と修行をこなす彼女に柳生も感謝している。

 そしてアリサは柳生に対して好意を持っているが、柳生は鈍感で恋愛事に興味を持たない為、未だに気付いて貰っていない。彼女も半分諦め状態である。

 

 ラインとの修行にて、好きな人(柳生)に他の男と抱き合えと言われ、涙を流す。

 ラインの事が嫌いなのでは無く、柳生に好意を気付いて貰えない悲しさ、悔しさ、今その時ではないという我慢が混ざって出た涙である。 

 

 柳生の一番弟子である彼女の実力は戦闘向けでは無く、護身向けであるが、並みの魔法師には近接戦で勝てる。ティナやアーロンには勝てないがかなりの実力者ではある。

 

 

 《能力》動の気、静の気。基礎的な事しか教えられてない。

 《趣味、特技》剣道、子供達の相手、家事、雑誌を読むこと、買い物

 

 

 

 ▽山口 男(20)▽

 

 日本独立戦線所属の男。少し長めの黒髪と丸い眼鏡が印象的。

 目つきは鋭く、柳生とアリサの前だけは緩ませる。

 

 柳生への憧れから柳生の命令には絶対で何も考えず従う。

 一方アリサには好意を抱いており、奥手の彼はまだ何もアピール出来ていない。またアリサが柳生の事が好きなのも気付いていない。

 

 日本が地球連合軍の統治だった頃は普通の大学生だったが、戦争によって全てを失い、一兵士として戦っている時に柳生に助けられ、憧れる。柳生とまた一緒に戦えるのではと思い、日本独立戦線に在籍している。日本独立戦線ではそこそこの地位に居て、切れる頭脳を元に活躍している。

 

 ラインに対して強く当たるのは日本人のみによる統治を目指しているため。外国人は敵かもしれないという警戒心からラインに対して敵視している。

 

 

 《能力》銃と指揮能力

 《趣味、特技》勉強、チェスや将棋や囲碁

 

 

 

 

 

 ▼火星独立軍(日本編)▼

 

 ▽ウルス・ブラン 男(46)▽

 

 火星独立軍エースパイロット。白熊の異名を持つ。白髪混じりの髪と髭と機体のカラーからそう呼ばれる。ロシア生まれ。

 

 妻と子供を持ち、愛妻家と知られている。

 元地球連合軍所属だったが、ウランバートル攻防戦で敗れた地球連合軍は多くの兵士を見捨て、撤退した。その時、火星独立軍に加わった。

 戦闘機パイロットだったが、時代の流れはHAWだと感じ、新兵と一緒に訓練を受ける。

 

 持ち前の技量と多くの経験から直ぐに才覚を(あらわ)し、エースパイロットとなる。

 

 持ち機体はイル・アサルト。戦闘機のように機動性が手に馴染む機体が好きで乗っている。

 

 戦いにおいて美徳を大事にしていて、戦士として戦う。ただの殺し合いでは無く、何か意味を見いだしているのかもしれない。それゆえ、敵に時間を与えたりする事もある。

 だが彼の技量と経験は敵のどんな作戦ももろともせずに粉砕する所からエースパイロットとしての名が高い。

 

 

 《能力》HAWの機動性を活かした戦い、人間のような細かい動き

 《趣味、特技》読書、プロペラ機に乗ること スポーツ観戦

 



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0-2 設定資料集 魔法、兵器、世界情勢、Q&A ネタバレ含む 20181/8

こちらも設定資料集です。

全て読んでからお読み下さい。

最後に前に来た質問の答えを乗せています。
何か分からない事が有りましたら参考にして下さい。

それでも分からない場合は質問もどうぞ。


 

 ◆世界情勢◆

 

 -2050年-

 

 地球は地球連合国と反乱組織に二分され戦争を始める。

 その結果地球は荒れ果て、生活レベルはガタ落ちする。

 ヒースの活躍によって戦争終結する。

 

 そんな中、エルス国は建国し戦争特需や復興特需で大きく発展する。

 

 

 

 -2100年-

 

 地球連合国によって地球は復興し、生活レベルは以前より大きく発展していた。

 

 いくつかの独立国は地球連合国と合併する。

 

 そんな中、独立国ととして残っているのはエルス国以外数国である。

 

 そして最悪の年と呼ばれた所以が世界が襲う。

 世界は致命的な食糧難となる。

 

 政府は一部の人の火星への送還を実行する。

 

 その結果食糧難を脱する事が出来た。

 

 しかし、多くの餓死者を出してしまった。

 

 そしてこの事に不満を持った一部は反政府ゲリラとして身を委ねる者も出てくる事に成る。

 

 

 

 -2108年-

 

 火星が地球侵攻し、北京基地陥落を機に地球を進行する。

 地球連合軍の横流しの兵器やHAWを使い、地球連合軍を混乱に陥れる。

 

 開戦当時の様子↓

 

 手書きなので、線は正確ではありません。

 

<i190615|16318>

 

 その後ユーラシア大陸は全土支配し、アフリカ大陸にも手を伸ばしている。

 

 

 

 -2110年-

 

 ライン達がアカデミーに通っている間、地球連合軍、火星独立軍共に消極的で大きな勢力図の変更は無かった。

 

 両軍共、今までの戦闘で極度に疲弊しておりもはや攻勢に出られなかった。睨み合い、小競り合いは続いた。

 

 そしてお互いに治世に進む中、兵器開発やパイロット、魔法師の育成が進んでいる。

 

 

 

 

 

 -その他-

 

 2050年当時、魔法は世間に知られて無いが一部存在を知っている。

 反乱、連合軍共に所有しており切り札的存在

 しかし、ヒースにほとんど倒され壊滅状態

 

 

 

 2100年 魔法は公にされ、魔法師が軍人と成ることもある。魔法師は優遇される。

 

 また魔法教育機関も存在する。だが軍事利用のみである。

 

 地球連合軍、エルス国などほとんどの国が魔法師を所有している。

 

 

 

 

 

 

 ◆魔法一覧表◆

 

 

 ◇魔法師や能力者は能力の強さによってランク付けされる。

 

 S,A,B,Cに分かれている。

 同じランクでも幅広く能力の差はある。

 

 

 

 ▼Sランク 通称「戦略級魔法師」

 例 ヒース、ノエなど

 Sランクの魔法師が戦場にいる場合、相手側は戦術おろか、戦略まで変える必要がある。

 

 ※戦術=鶴翼の陣、伏兵など軍師が意見する戦場単位である。

 

 ※戦略=戦争全体である。相手との国力を比べたり、外交をしたり、同盟や和睦など最大単位である。

 

 数 もはや現存しないのではと言われる。

 

 

 

 ▼Aランク 通称「戦術級魔法師」

 

 Aランクが相手にいる場合、戦術が大きく狂う場合がある。圧倒的有利だったがいつの間のかに逆転されてる可能性がある。要注意。策や戦力差次第では覆せない場合有り。

 現存では最高レベルである。

 

 

 数 数えられるほど

 

 

 ▼Bランク 通称「軍団級魔法師」

 

 例 魔法師の中では上位に当たる。火星司令長官など

 

 Bランクは戦術において優秀なカードとなる。防衛に配置すればその陣地はとても堅くなる。策や戦力差をつける必要がある。圧倒的の必要は無く7:3ぐらいで互角である。

 2倍ぐらいの戦力差ならBランクが1人いればだいぶ持つ。

 

 数 魔法師の1割

 

 

 ▼Cランク 通称「集団級魔法師」

 

 例 名も無き魔法師達 

 

 Cランクは護衛や、集団で使われる事が多い。

 

 一人では同時に普通兵士4、5人相手出来る。だが、相手が猛者の場合苦戦する。しかし、そんな猛者はほとんど居ない。なので護衛に二人つければ相手が10人ぐらいならば撃退出来る。だから数を少なくする護衛では重宝される。

 

 集団では「集合魔法」を使い、相手の軍団の進行を止める事が可能。しかし、連続しては撃てない為普通の軍団との連携が必要。

 

 数 魔法師の9割を占める

 

 ランクは更に細かく存在しており、B+やらA-などが有る。

 

 強 S>A+>A>A->B+>B>B->C+>C>C- 弱

 

 

 参考程度に

 ヒース:S

 アイリーン:B+

 元火星長官:B+

 ライル:最低A-以上

 地球連合軍の本部門番:B

 

 ランク付けは両軍がそれぞれ行う。

 

 

 

 

 

 

 ▼肉体強化魔法▼

 

 身体に魔力を行き渡らせ、身体能力を上げる。

 

 強化魔法は魔法師ならばほとんどが使える。なので魔法師とは1対1で戦ってはならない。

 

 効果は魔力コントロール能力によって差は出るが、最低でも対人での殴り合いでは負けは無し。

 

 

 人によっては素手で戦車すら破壊するとか。

 また走る速度は新幹線並みの人がいるらしい。

 

 

 

 ▼ファイヤーボール▼

 

 初級魔法であり、基本的には魔法師誰もが使える。

 しかし、使えない魔法師も存在する。

 

 大きさは人の顔~ハンドルぐらいの火の玉である。

 魔力コントロールが異常なほど優れていると一面を焼き尽くす威力になる。

 

 使いやすく、しかし威力は人には十分過ぎる程なので一番良く使われる魔法である。

 

 

 

 ▼ウォールシールド▼

 

 中級魔法である。

 魔法教育機関では2年生で教えられる。

 難易度はそれなりに高い。

 

 ファイヤーボールは一時的に魔力を使用するだけだが、ウォールシールドは持続的に魔力を使用するので難しい。

 

 ウォールシールドが使えるとBランクになることが出来る。

 

 Cランクでも集団で使用する「Gウォールシールド」が存在する。

 集団で魔力を消費するので消費量は少なく、長時間使用出来る。

 また、こちらは複数人で詠唱を行うので、難易度は低い。

 性能は変わらない。

 人数や能力が揃えば、強力になる。

 

 性能は銃弾や砲撃、ミサイルなどから守る事が出来る。

 爆発物は全方位に張る事で防げる。

 高威力や連続に攻撃された場合ヒビが入り割れる可能性あり。

 もちろん魔法も防げる。

 

 使用頻度はファイヤーボールと同じぐらい高い。

 

 

 

 ▼一刀一閃▼

 

 アイリーンが使用した技である。

 剣術使いの中では基本的な技であるが、威力、使い勝手共に高水準なので使用者は多い。

 

 剣に魔力を込め、一振りして三日月状の斬撃を放つ。

 

 射程はそこまで長く無いが、高弾速で当てやすい。

 

 名前は一撃必殺の意味からだが、そこまでスゴイ必殺技の威力では無い。

 

 

 

 ▼居合い 一の太刀、二の太刀▼

 

 アイリーンだけが使う技である。

 剣を使う師匠から引き継ぎ、アイリーンが必殺技として使う連続技である。

 

 良くある高威力必殺技とは違い一撃一撃に高威力は無いが、じわじわと相手を追い詰め、がら空きの場所に一撃を入れる技である。

 

 技は二の太刀まででは無く、まだまだ続くがライル戦ではがら空きな所に打ち込んだ二の太刀を他の剣で防がれ、相手が二刀流という事が分かり呆然としたところをやられた。

 

 

 

 ▼カマイタチ▼

 

 グレンが使う高難易度技。魔方陣、仕組み等不明な点が多い。グレンの様子を見るにかなりの魔力を使う模様。

 

 妖怪カマイタチを召喚し、相手を何度も切りつける技。

 使用者以外にはカマイタチの姿が見えず、必中の技。

 

 

 

 ▼プロテクト▼

 

 自分の体の周りを半球状に光のバリアが包み込み、あらゆる攻撃を防ぐ、光一族の得意魔法。ノエも得意魔法でその防御性能は無敵と言われている。

 ノエが傷付いた事は無く、未だこの魔法を破った者は居ない。

 もちろん光一族しか使えず、ノエは天才だったのかその性能は桁違い。

 

 この鉄壁が彼の強さの基本である。

 彼は顔色一つ変えず使用している為、彼にとっては容易だと思える。

 

 ウォールシールドの完全上位互換。

 

 

 

 ▼転生雷光(てんせいらいこう)

 

 体に光の粒子を(まと)い、高速で移動する。これも光一族の魔法。この魔法を使える者は光一族の中ではあまり居なかった。しかしノエはプロテクトと同様、容易に使える。

 プロテクトと転生雷光がノエの強さの根幹を成している。

 

 その速さから使われた方は光の一筋にしか見えず、見えた時には死んでいるという速さだ。

 

 転生雷光自体は攻撃では無く、肉体強化魔法と似ている。しかしその速さは肉体強化魔法とは桁違いである。

 

 プロテクトと転生雷光。防御と速さを極めた男はどんな魔法も大軍すら捉えられない。

 

 

 

 ▼魔法剣▼

 

 ノエの攻撃力を支えるのは魔法剣。魔力によって生成された剣で形はレーザーブレードのように不安定だ。

 魔法剣は難易度は高いものの使い手は多い。アイリーンがライル戦の時に使用したのも魔法剣である。

 

 剣のような形にする者もいれば、槍、弓にする者も居る。ノエは腕自体に纏っている。

 

 

 

 ▼気▼

 

 誰にも存在する精神ーー気を使った能力。魔法との差は不確かでそもそもエネルギー元が同じ可能性すらある。だが特徴は大きく異なっている。

 

 魔法は詠唱し、術式に魔力を集める事によって発動させる。それに対して気は術式は存在せず、自在に使うことが出来る。ただその分、イメージやコントロールが難しい。

 

 ジュースで例えると、魔法は自動販売機でお金(魔力)を入れて、好きなボタン(術式)を押して、出てくる(発動)のような物だが、

 気は、材料はあるが自分で調合して作らないといけないような物だ。

 

 このように難易度をかなり難しい。

 

 だがその分性能は高い。肉体を鋼のようにも出来るし、気配を探知する事も出来る。

 

 また魔力と違い、少し経てば回復するのも大きい。魔力はエネルギーを使う。睡眠、食事等によって回復するが、気はその本人の精神力だ。

 

 まだ公開されてない能力ゆえ、謎も多い。

 

 

 

 ▼フリーズ▼

 

 初級魔法の1つ。体の一部を起点として、そこから円状に凍らせていく。足を凍らせて動きを封じるのに使うのが主である。また時間をかければ戦車なども凍らせられる。

 

 

 

 ▼ライトニング▼

 

 中級魔法の1つ。想像しやすい魔法の1つだが、その特性から扱いにくい。電撃を発するが、電気は金属に吸い寄せられる(避雷針の原理)特性があるので思った通りには行かない。それを魔力で誘導しなければならない。 

 

 難易度の高い魔法だが、威力、攻撃速度といい、高性能な魔法である。

 

 アカデミー生で使えるのはラインのみである。

 

 

 

 ▼エンチャント▼

 

 いわゆる魔法の付与である。魔鋼石で出来た武器に魔力を込めることである。付ける魔法によって能力が変わる。

 

 火であれば火炎弾、氷なら凍結弾、風なら貫通弾、雷ならスタン弾、土なら溶解弾

 

 これは銃や弓に使われる事が多い。近接武器だと敵と接する為、自身も巻き添えになる可能性がある。

 

 他にも様々な魔法が付与出来るらしい。

 

 

 

 ▼貫通魔法▼

 

 風のエンチャントと同じく、魔法にも貫通魔法というのが存在する。貫通魔法はウォールシールドやAMAを貫通する事が出来る魔法である。魔法師が凄く頼りにしているAMAを不意に貫く貫通魔法は脅威である。 

 

 だが様々なデメリットも存在している。まず大きな魔力を消費する事。そして時間が掛かること。また威力が低いことである。

 

 マヤも貫通魔法の“レーザー”にやられたのだが、あれは死んだふりによっての長い詠唱で発動出来たのだが、マヤ1人しか殺す事が出来なかった。また当たる場所が悪ければ怪我だけで済んでしまう。それほど広範囲には攻撃出来ない。

 

 例:ファイヤーボールは1人丸ごと、近くに居れば巻き添えにも。

 

 

 

 

 

 ◆兵器、武装、装備◆

 

 HAW: Humanoid Armored Weapons

 人型装甲兵器。

 

 地球連合軍、火星独立軍、エルス国防軍共に人型装甲兵器はHAWと総称される。

 火星独立軍だけでは無い。

 

 それぞれ国ごとに名前が付いている。

 

 

 

 ▼火星独立軍▼

 

 ◇イル(HAW)◇

 

 右手に弾倉式のマシンガン。

 口径は70ミリ。

(現在の戦闘機は30ミリ)

 銃の下部に弾倉が付いている。

 

 左手には盾が有り、戦艦の主砲は一発、ミサイルも一発防げる。

 身体の半分を隠せる。

 

 両肩にはファランクスバルカンーーイージス艦に付いているガトリング砲ーーが就いており、ミサイルの迎撃を行う(30ミリ)

 使用しない時は収納

 

 腰にレーザーソードを持つ。

 基本的に近接戦はしない為まだ使われてない。

 

 体長15m。電柱ぐらいの高さである。

 

 背中に二機のロケットエンジンが搭載されており、稼働範囲もなかなか広い。

 

 色は黒と灰色であり、専用機持ちでは色が変わる。

 

 地球連合軍とHAW同士の戦いを行ったが、基本性能が負けていて、1対1での戦いは負け越している。

 その為、数と練度による差で互角になっている。

 

 なお現在は地上専用機に変わっておりイルGとなっている。

 

 イルGはイルでは欠点であった航続距離を燃料タンクの増設により延長し、追加装甲によって燃料タンクの保護と防御力の増加、そして出力が上がり機動力の増加している。

 また地上での防塵対策もされてるそうだ。コストも対して増えて無いが欠点が無くなった。

 

 一方、全体的に見ると航続距離以外は余り伸びて無いので、新機体とは言えず、改良したという方がしっくり来る。

 

 火星独立軍のHAWの特徴はコストが安く、機動力が高い事。反面、防御力が他のHAWより低い。

 

 

 

 ◇イル・アサルト◇

 

 イルの派生機。イルの装甲を更に減らし、一つ一つ極限までに軽くした機体。コストはイル並みに安い。だがその貧弱な装甲と武装のバリエーションの少なさから人気は低い。

 だがその高い機動性はどの機体にも劣っておらず、エースパイロット達に好まれている。

 

 高性能機は火星独立軍側でも開発されているが、以前の劣悪な環境からコストの安い機体が多く開発される傾向が強い。それ故、多くのHAWを保有する。

 

 武装:50mmサブマシンガン

 左手、細い盾。

 両肩には30mmファランクス(内蔵)

 レーザーソード

 

 

 ◇アイギス◇

 

 日本編にて初登場。ラインがHAWモドキと言った奴。見た目は人が正座したような姿。某ロボ作品のガン◯ンク。

 

 足はキャタピラでブースターはついていない。HAWからしては的である。だがその装甲は固く、マシンガンでは効果的にダメージを与えられない。

 

 武装は両肩の大型キャノン砲、背部の上に向いた垂直発射型のミサイルランチャー、胸部の複数門のバルカン砲。

 

 名前の由来は守護者から

 

 

 

 ◇戦艦◇

 

 地球連合軍の戦艦と見た目は大して変わらないが、ハッチの大きさや、格納庫の大きさが違う。

 HAWの搭載数も6機である。

 

 またハッチや格納庫を大きくした為、火器の数が地球連合軍の戦艦より少なく、火力は劣る。

 

 武装:主砲(2連装上下左右に一基ずつ4基) 

 ミサイルランチャー(3×3のミサイルランチャーが左右に一基ずつ)

 ファランクス(30ミリ)20基

 

 

 

 ◇護衛艦

 

 戦艦比べサイズは小さく、火器も少なく搭載数も少ない。

 

 護衛艦と言っているが、基本的にはコストを下げ、量産出来るようにした船である。

 もちろん多少は護衛艦としての装備もある。

 

 戦艦に比べファランクスの数が多く、機動力が有るので盾となる。

 

 搭載数は4機。

 

 主砲単装8基

 ミサイルランチャー(2×3)2基

 ファランクス 24基

 

 

 

 

 

 ▼地球連合軍▼

 

 ◇戦艦◇

 

 艦橋は一つあり、360°カメラとレーダーによって隙は無い。

 

 地球連合軍の主力であり、象徴であったがHAWの前に的と化す。

 

 特別装備した船も有るが基本は同じである。

 

 主砲3連装16基

 ミサイルランチャー(3×3)4基

 ファランクス 48基

 

 

 

 ◇護衛艦◇

 

 こちらも戦艦のローコスト版であり、盾となる。 

 

 主砲2連装8基

 ミサイルランチャー(2×3)2基

 ファランクス32基

 

 

 

 ◇戦闘機◇

 

 宇宙と地上の戦闘機の種類は違い、宇宙の方が航続距離は長い。

 

 大きさは宇宙用の方がデカい。

 

 地球連合軍の主力部隊であり、宇宙でも地上でも主力なのは変わらない。

 

 制空権を重視してきた地球連合軍は常に開発に力を入れてきていたがHAWの前に敗れ、生産は少なくなっている。

 

 HAWが量産された現在でも火力支援や制空権確保に一役買っている。

 

 ミサイル(最大)8発

 機関砲30ミリ一門

 

 

 

 ◇セイバー(HAW)◇

 

 地球連合軍待望のHAW。既存兵器では火星独立軍のHAWには全く歯が立たず、HAWの開発を急いでいた。

 

 グレートブリテン島退却戦ではセイバーの初戦闘になり、その高性能を遺憾なく、火星独立軍に見せつけた。

 

 機体の色は地球連合国の象徴の青。機体の大きさは火星独立軍よりガタイが良く、エルス国より細い。

 

 セイバーは救世主という意味で、正に戦局を変えたセイバーは救世主と言えるだろう。

 

 地球連合軍のHAWは全般的に高性能で色んな要望に応える為汎用性が高くなってしまった為コストが高くなった。

 

 通常装備、右手には80mmマシンガン。

 左手には盾を装備する。

 レーザーソードを2本持つ。

 

 オプション装備:レールガン、キャノン砲等

 

 

 

 

 

 ▼エルス国防軍▼

 

 ◇エルピス(HAW)◇

 

 エルス国産のHAW。元々ゆっくりと開発していたHAWを国の予算を大幅に投入し、開発された。

 

 その性能は他国に比べ、見劣りする物は無く、むしろ上回っている。

 

 総合的には余り差は無いが、エルピスは特化しているので他国を圧倒している。

 犠牲にしたのは航続距離と機動力。

 エルス国は自国防衛のみの協力なので防衛に徹している。

 

 なので重装甲、高火力に割り振った為戦場では強い。ずんぐりとした見た目だ。

 また機動力は低めだが、そんなに大きな差は無い。

 

 そんなエルピスは戦闘において、火星独立軍側がかなり戦力を失うのに対して、エルス国側は被害が少ない。

 このような大差が付く結果だから未だにエルス国は防衛出来ている。

 

 右手にアサルトライフルを持つ。アサルトライフルはマシンガンに比べ、重量が重く、銃身が大きい分精密射撃、火力に優れる。

 

 左手には大きな盾を持ち半身が隠れる程だ。

 

 近接武器はレーザーサーベルを使用している。

 

 

 

 

 

 ▼日本独立戦線▼

 

 ◇雷鳴◇

 

 日本国産の初HAW。黒を基調とした機体色。見た目は武士のように鎧を着た感じである。

 

 雷鳴が出た時点では最高の性能を誇り、機動性、防御力共に最高峰である。

 火力に関してはマシンガンは対して他とは変わらず、レールガンの有無によって大きく変わる。

 

 レールガンを初搭載した機体で、これからの標準装備になる可能性が見せてくれた。

 これからは冷却性能や小型化が課題になりそうだ。

 

 武装:85mm十式機関砲

 半身を隠せる盾

 ファランクス両肩に2門

 レーザーサーベル(日本刀のように片刃)

 

 オプション:レールガン他

 

 

 

 

 

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 ◆Q&A◆

 

 ここは寄せられた質問をまとめた場所です。

 

 細かい設定等なので質問を貰ってから考えた設定も多々有ります(もちろん整合性を持たせてます)

 

 

 

 Q,何で火星に送ったの? 

 

 A,火星に人を送ったのは地球連合国に反乱を起こすかもしれないと恐れた役員達が無差別に人を左遷しようと考え、送った先が火星だった。またサイオンも地球連合国に左遷された一人。要するに火星は役員達等が嫌いな人を左遷する場所だった。

 

 

 

 

 Q,食料事情はどうなったの?

 

 A,食料に関しては地球は未曾有の危機と書いたが、困るのは貧民層の一部だけ。役員達は貧民達が食料が無く、反乱を起こすと恐れ火星に左遷した。火星で与えられた食料は生きる為のほんの最低限であり、貧民達がいつも食べている量よりかなり減らしたり、地球全体の贅沢を減らしたので食料は何とかなった。

 

 

 

 Q,なぜ火星に機械を導入せず、コストの悪い人間にやらせてるの?

 

 A,機械を導入した方が良いという事だが、そもそも上層部は火星自体興味が無く、開発する気は無い。なので開発という名目で人を自主的に集め、抵抗無く左遷させようとしていた。そして開発という名目の刑務作業みたいなのをさせている。

 要するに地球連合国は火星を開発させる気は無く、開発は二の次で左遷させるために送ったのである。

 

 

 

 Q,なぜユーリ達は火星の基地の兵士だけでは無く、地球連合国すら恨んでるの?

 

 A,地球連合国を恨むのは、確かに昔地球とは取れなかった状態だったが火星独立作戦後、連絡出来るようになって、その時地球にいる反地球連合国組織に火星に左遷された事を聞いた。

 また地球連合国がサラや女性達を売り物にしている事から敵と認定したのである。

 ユーリ達はもう地球連合国を信用してなく、自分達で自由な国を建国しようと考えている。

 



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〈1章 ユーリ 火星編〉
1-1 火星の生活は……


はじめまして、銀氷の魔女です。
稚拙な作品ですが最後まで書くつもりです。
よろしくお願いしますm(__)m

感想や批判、評価は大歓迎です。
もちろん質問も受け付けています。


 

 地球から遠く離れた星ーー火星。

 太陽系では地球の隣だが、最速でも1週間掛かる。

 もはや地球から目の届かない場所だった。

 

 

 

 

 

 

 

 -火星 採掘場-

 

 余り広くない採掘所に大きな声が響いた。

 

「ちんたらしてないでさっさと歩け!」

 

 大きな声を出した兵士は強い口調でイラつきを隠さずに言った。

 

 そんな中8歳ぐらいの少女が転んでしまう。

 

 兵士はそれを見て、

 

「ああん? 急げって言ってのに、何這いつくばってんだ!!」

 

 兵士は少女を蹴り飛ばす。

 少女は壁におもっいきり叩きつけられた。

 その衝撃で口から胃の中の物を吐き出してしまう。

 

 兵士がもう一度殴ろうとすると、間に少年が入ってきた。

 少年は手を左右に広げ、叫んだ。

 

「止めろ! 殴る必要は無いだろう!」

 

 兵士は少年を睨みながら言った。

 

「こちらは仕事なんだ。流れを潤滑にしようとしてるだけだが。ん? 何か文句が有るのか?」

「あんたは俺達を人扱いしてるのか!? あんたは俺達を物扱いしてるようにしか感じ無い!」

 

 兵士はふと周りを見渡す。

 周りには沢山の人が兵士を睨んでいた。

 

 兵士は今は分が悪いと思い、

 

「すみませんね、ちょっとやりすぎたかもしれませんね」

 

 と言って奥に引っ込んで行った。

 

 痛みが引いたのだろうか少女は少年にお礼を言った。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

 少年は照れ隠しで頭を掻きながら言った。

 

「別に良いってことよ。次は気をつけろよ」

 

 少女は花のような笑顔で頷き、手を振りながら列に戻って行った。

 

 その姿を見送る少年の目はどこか悲しそうだった。

 

 

 

 少年はふと見上げた。空は見えない。汚い天井が見えるだけだ。

 

 汚い天井を見て思った。

 俺達は何でこんな事になってしまったのだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 2100年……最悪の年と呼ばれている年の事である。

 

 さっきの少年の名前はユーリ=エリクソンという。

 三年前、ユーリは家族と共に火星に行く準備をしていた。

 最低限の荷物を自分のリュックに入れる。

 

「ねえ、父さん。火星ってどんな所?」

 

 と興味津々に聞くユーリ10歳であった。

 

 父さんはユーリの頭を撫でながら言う。

 

「ユーリ、火星は希望の楽園さ。食べ物も沢山あるし、キレイな場所さ。仕事はちょっと辛いかもしれないけど、父さん頑張るからな」

 

 それを聞いて、ユーリは頷く。

 

 ユーリ達は低収入層だった。だが、不幸だった訳では無い。毎日が楽しく幸せだった。

 

 だが、最悪の年によって全て狂った。

 真っ先に食料が尽き、今日のご飯にも苦しむ事になった。

 

 そんな中、[火星に行こう]キャンペーンを見つける事になる。

 もはや、生きる為には応募するしかない。

 

 父さんは必死に応募した。

 もちろん向こうは通す気満々なので、すぐに合格通知が来た。

 

 家族単位という話だったが、遠くに行くのに家族で行く事はあり、別に不思議ではなかった。

 

 また、家族にも食料が出るという好条件はもはやトドメだったに違い無い。

 

 ユーリ達は直ぐに準備を開始した。

 そして準備の出来たユーリ達は迎えに来たトラックに乗って、空港に向かって行った。

 

 そのトラックには自分と同じぐらいの女の子がいた。

 ユーリが女の子に向けた時、目が合った。

 目が大きく、可愛らしい少女だった。

 ショートの赤い髪が印象的だ。

 

 ユーリはしばらく無言のまま、見つめてしまった。

 すると、視線に気づいたのか赤い髪の少女は話掛けて来た。

 

「こんにちは。あなたも火星に行くの?」

 

 突然、話掛けられたユーリは固まっていると父さんがニヤニヤしながらユーリを小突いて来る。

 

「おーい、ユーリ。聞かれてるぞ?」

 

 ユーリは我に返り、慌てて答えた。

 

「ぼ、僕はユーリ=エリクソン10歳です! よろしくお願いします!」

 

 その声は大きくトラック中に響いた。

 

 いきなり大声で自己紹介された少女は一瞬キョトンとして、直ぐに笑い始めた。

 トラック中も少女と同じように笑いだす。

 

 ユーリはそれを見て、拗ねてしまった。

 少女はそれに気づき、ユーリに謝った。

 

「ユーリ君だっけ? 笑ってごめんね。ユーリ君が可笑しかったから」

 

 ユーリはさっきの慌ててように穴があったら隠れたいほど恥ずかしかった。

 

「あ、そういえば私の名前言ってなかったね。私の名前はサラだよ。よろしくね」

 

 サラは可愛らしい笑顔で自己紹介した。

 ユーリはまだ赤い顔のまま言った。

 

「ぼ、僕も火星に行くよ。サラも?」

 

 サラは頷いた。

 

「うん、家族で行くんだ♪ 宇宙楽しみ! 宇宙って無重力なんでしょ? それにお星様がいっぱい見れるんだよね?」

 

 サラはずいっとユーリの顔の前まで近づいた。

 サラの顔が目の前に来てユーリは頭が真っ白になった。

 

 ユーリは必死に頷く事しか出来なかった…

 

 

 

 -----

 

 -地球 宇宙空港-

 

 ユーリ達が空港に着いた時には空港内は人で埋め尽くされていた。人酔いしそうなぐらいである。

 だが、みなの顔は活き活きとしていた。

 そして宇宙船乗り込みの時、ユーリはサラに別れを告げていた。

 

「ユーリ君、一旦お別れだね」

「うん」

 

 ユーリはとても残念そうにしていた。

 それに気づいたサラは出来るだけ笑顔で言った。

 

「大丈夫♪ また会えるから♪」

 

 ユーリは力無く再び頷いた。

 

 サラは手を振って離れて行く……

 

「またね♪ ユーリ君♪」

 

 ユーリも手を振りながら、見送る。

 

「サラ、また会おうねー!」

 

 サラは宇宙船の中に消えて行った。

 

 

 サラを見送り終わったユーリはしょぼくれてると、頭を撫でられた。

 見上げると父さんだった。

 

「ユーリ、また会えるさ。心配するなって」

「うん!」

 

 ユーリ達も宇宙船に入って行った……

 

 

 

 

 

 ------

 

 -宇宙船内-

 

 宇宙船内はそんなに広くはなかった。一人分の座席はエコノミークラスぐらいだろうか。

 座席は全席満席だった。

 だが、これから毎日三食出るのであったから不満はない。

 

 

 ユーリ達は座席に着き、大人しくしていると放送が入った。

 

「当機はこれから火星に向かいます。予定は1週間を予定してます。お困りの際は近くの乗務員まで」

 

 近くには乗務員といえども、ガタイのいい男達しかいなかった。

 やはり、旅行では無いからスチュワーデスとかいないのだろうかとユーリは思った。

 

 もちろん、地球連合国としては監視の意味で兵士を潜入させているだけだが。

 

 

 

 多くの宇宙船が宇宙に上がった。

 周りを見ても宇宙船だらけ。数えきれないほどであった。

 一面が宇宙船で埋まる。

 

 ユーリはそれを見て、喜んだ。

 

「父さん! スゴいよ! まるで、宇宙人が攻めて来るみたいだよ!」

「ああ、スゴいな。これだけの宇宙船が一気に上がったのは初めてだろう」

 

 その時、下から上がって来る大きな船が見えた。

 多数の砲門を兼ね備え、大きさは宇宙船の比では無い。

 

「父さん! 大きい船だね! 地球連合軍の船かな?」

「そうみたいだな。軍が護衛してくれるらしい」

 

 地球連合軍は宇宙船の監視に戦艦3、護衛艦8を派遣していた。

 

 

 護衛にしては大規模過ぎる大艦隊であった。

 護衛の名目は海賊やテロ対策と言っていたが、こんな艦隊に刃向かう者などいるわけも無い。ゲリラならやりようがあるが、見晴らしのいい場所で挑むのは馬鹿らしい。

 

 という訳で宇宙船には大艦隊が護衛に着いたわけだが、連合軍の真意に気づく者はほんの一部だった。

 

 だが、ここで声を上げても誰も耳を貸してくれない。むしろ、追い出されるだけだろう。

 

 ユーリはもちろん気づくはずもなかった。

 

 ただユーリは宇宙船の無重力を、軍艦を、窓から見える星を楽しんでいた。

 

 

 

 

 ------

 

 -火星 宇宙空港-

 

 船内に放送が響いた。

 

「ご搭乗のお客様様にお知らせします。火星に到着いたしました」 

 

 ぞろぞろと宇宙船から人が降りて行く。

 もちろんユーリ達も含まれていた。

 あっという間に空港付近は人で埋め尽くされた。

 

 そして、降ろし終わると直ぐに宇宙船や艦隊は発進し始めた。

 ユーリは艦隊に向かって叫ぶ。

 

「守ってくれて、ありがとうー!」

 

 艦隊が見えなくなるまで手を振り続けた。

 しばらくするとトラックが沢山やって来た。

 迎えだろうか?

 

 人混みを包囲するように止まると、中から兵士がぞろぞろと降りてきた。

 

 そして、横一列に並ぶと

 

「構え!」

 

 の声と同時に銃をこちらに向けた。

 

 この瞬間ユーリ達は何が起こっているのか理解出来なかった。いや、理解出来る訳が無いだろう。

 

 今まで守ってくれた連合軍がこちらに銃を向けるという事を理解出来るだろうか? 国民である彼らに銃を向ける事は有り得ないだろう。

 

 彼らはむしろ、この現状を理解したくないかもしれない。

 理解してしまったら続いて想像してしまうのは地獄なのだから……

 

 異様な雰囲気のまま、拡声器を持った兵士が前に一歩出る。

 

「我々は今から貴様らを人としては扱わん。貴様らは家畜以下だ!

 従わない者は殺す!以上だ!」

 

 それを聞いて群集は騒ぎ出す。

 何が起こってるんだ!? 何故銃を向けるのだ!? 楽園はどうなる!? 等々悲鳴混じりで聞こえる。

 

 騒然としている中、勇気の有る者は前に出て叫ぶ。

 

「それは人権に反している。我々を人と見なさないならば我々は即刻立ち去り、裁判を起こす!」

 

 それを聞いた兵士達は馬鹿にしたように笑いだす。

 

 兵士達に笑われた者は怒り出す。

 

「何が可笑しい!?」

 

 兵士達は馬鹿にしたような顔をした。

 

「我々がわざわざ地球に送ると思うか? 地球に声が届かなければ意味がないぞ?」

 

 それを聞いた男は慌てて電話を取り出す。

 だが、もちろん圏外だ。

 

 火星に基地局など有るわけも無い。

 

 兵士達は笑いを噛みしめながら言った。 

 

「繋がるわけないだろ……ククク……一応衛星電話は繋がるが……渡すわけないだろ?」

 

 そう言われて、男は手からスルリと抜けるように電話を手から取り落とした。

 

 電話は地面を叩いて、虚しい音を出した。

 

 

 

 絶望な雰囲気が辺りに出て来た頃、一人の男が前に飛び出した。

 そして大きな声で叫んだ。

 

「ならば、奪えば良いだろう! 我々は誰にも屈しない! 我々で自由を勝ち取ろう! 俺達の人数は圧倒的だ! 俺に続け!」

 

 その言葉と同時に若者や男達が兵士に襲いかかり始めた。

 最初はあんまりいなかったが、一人、また一人と前に足が動き始めた。

 そして何時もの間にか、ものすごい数が襲いかかろうとしていた。

 

 その中にはユーリの父さんも含まれていた。

 父さんは踏み出す前にユーリに向かって言った。

 

「ユーリ。父さんも戦いに行く! 母さんの事は頼んだぞ!」

「父さん! 僕も!」

「ダメだ! ユーリ! もし俺に何かがあったら誰が母さんを守るんだ?」

 

 そう言われたユーリは返す言葉が見つからない。

 ユーリは覚悟を決め、父さんに言った。

 

「父さん。後は僕に任せて!」

 

 それを聞いた父さんは安心して頷き、走って兵士に向かって行った。

 

 

 

 -----

 

 目の前にはものすごい数の暴徒と化した大量の群集がいる。

 だが、兵士達は冷静だった。

 それはこの事態が想定内だからである。

 

 隊長らしき人が叫んだ。

 

「上からは殺してはいけないとは言われておらん! 家畜共に誰が飼い主か教えてやれ! 撃てー!!」

 

 掛け声と共に銃が一斉に火を噴いた。

 銃弾が群集に向かって行く……

 そして次々と倒れていく群集達……

 

 

 

 そしてガチンッという弾切れの音が聞こえた時には、死体の山が出来ていた。

 

 そして一面血の海である。ユーリの父親も血の海の中である。

 もはや、兵士に向かって行く人は誰も残っていなかった。

 いや、正確には兵士に向かって行く勇気を持った者が。

 思い知ったのである。このまま突撃しても死ぬだけだと。

 

 ユーリは呆然とした。さっきまでしゃべっていた父さんが死んだなんて……理解出来なかった。

 

 いや、したくなかった。

 

 その時、後ろから悲鳴が聞こえた。

 

 叫んだのは母さんだった。

 

「あなた……あなたー!!」

 

 母さんは叫びながら、父さんに向かって行った。

 

 

 だが兵士は見逃すはずも無く、引き金を引き、母さんは父さんにたどり着く前に一つの発砲音が聞こえた時既に崩れ落ちていた。

 

 ユーリはこの状景を見ても声はもちろん涙すら出なかった。

 

 もはや10歳の頭では許容量を超えていた。いや、大人ですら無理だろう。

 

 当たり前だろう。

 一分も経たない間に両親を目の前で殺されたのだから。

 

 この場には兵士達の装填音と遺族の悲鳴だけが響きわたった……

 

 

 

 この時、ユーリは立ちすくんでいた。

 何が起きたか分からないのと両親を失った絶望感を感じて呆然としていた。

 

 だがそんな事お構いなしに兵士は拡声器で叫ぶ。

 

「さあ、まだ主人に楯突くバカ犬はいるか?」

 

 兵士は見回すが、誰もが恐怖を顔に貼り付けて動けない。

 

 誰も動かないので満足したのか兵士は続けて拡声器で叫ぶ。

 

「なら、全員これから豚小屋を案内してやる」

 

 兵士達はユーリ達を急かした。

 ユーリ達は先導する兵士達に付いていく……

 

 

 

 

 -採掘所 住居スペース-

 

「お前はここだ!」

 

 ユーリは強く突き飛ばされ、部屋の中で転んでしまう。

 

 兵士は端末を見て、もう一人を探す。

 兵士の手が止まると同時に、続けてもう一人を呼ぶ。

 

「おい、お前だ! 来い!」

 

 兵士の手は少女に伸ばされ、手を掴み引き寄せて、ユーリの方に突き飛ばした。

 

「キャッ!」

 

 という小さな悲鳴と共にユーリに飛んでくる。

 

 ユーリは少女を受け止める。

 その子は少女はサラだった。

 

 お互いに目を合わせて驚いていると、兵士は扉を閉め、隣の部屋に向かって行った。

 

 足音が遠ざかって行く……

 

 

 

 ------

 

 

 ユーリは驚いていた。まさかトラックで会ったサラにまた会えるなんて。

 そして、あの中死なずに生きててくれるなんて……

 サラのぬくもりがユーリに現実だと認識させてくれる。

 

 最初は驚いていたが、次第に嬉しくて涙が出てきた。

 サラを見るとサラも泣いていた。

 

 ユーリは涙を拭くと、少し震えた声で言った。

 

「良かった……サラが生きててくれて……」

 

 サラはそれを聞いて頷く。

 

「私も……パパとママが死んじゃったから一人ぼっちになっちゃうと思ったけど、ユーリ君が生きてて……嬉しい」

 

 2人とも安心したら涙が出てきた。お互いに抱きしめあった。

 

 お互いに寂しさを埋める為、温もりを感じあっていた……

 

 

 

 

 -------

 

 しばらく抱きしめあっているとユーリはふと今の状況に気付いた。いや、気づいてしまった。

 

 好意を頂いている女の子と抱きしめあっている事に。

 

 サラはとてもいい匂いがする……

 何だろうか、何の匂いか分からないけどいい匂いだ。

 

 同時にユーリは混乱と恥ずかしさのダブルパンチを受けていた。内心はものすごい動揺していた。

 

 そしてとうとう耐えきれなくなって、ユーリは意識を飛ばした。

 

 

 

 

 -----

 

「うっ……う、うん……」

 

 ユーリはゆっくりと目が覚めた。

 

 頭に柔らかい感触が当たっていた。

 いつの間にかベッドに移動したのかなと思って、目を開けると目の前にはサラの顔がどアップだった。

 

「あ、起きた? いきなり倒れちゃうからビックリしちゃった……」

 

 ユーリはサラの言葉を聞いてなかった。今の状況を理解するのに必死だった。

 

 上にはサラの顔、下には柔らかい感触……まさか……

 

 ユーリは飛び上がってサラから離れた。

 

「うわぁぁぁぁぁーー!? 何で、何で!?」

 

「どうしたの? ユーリ君?」

 

「えっ? あ、え………その、何で膝枕してくれたの?」

 

 サラはキョトンとした顔をした。

 そしてクスクス笑いながら言った。

 

「寝ちゃたかなと思ってベッドまで持ってこうと思ったけど、持てなかったし、起こすの悪いかなと思って枕代わりにしたけど……ダメだった?」

 

 と不安そうに聞いてくる。

 

 ユーリは首を横にブンブンと振って必死に否定した。

 

「良かった……ママからこうすると喜ぶと教わったから、ユーリ君に喜んで欲しくて……」

 

 サラのお母さん、グッジョブ!!

 

 ユーリは内心見知らぬサラのお母さんにとても感謝した。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 しばらくすると放送が流れた。

 

「今いる場所がおまえ等の部屋だ。覚えとけ! 部屋の入れ替えは許さん。点呼した時に一人でもいなかったらその部屋は懲罰だ!」

 

 プツンと前触れも無く放送が途切れる。

 

 ユーリとサラはお互いに顔を見合わせる。

 そしてお互いに笑顔になった。

 

「よろしくね、ユーリ君」

 

「よろしく、サラ」

 

 同じ部屋になって良かった……とお互いに思った。

 

 

 

 ふとユーリは部屋を見渡した。周りにはベッドぐらいしかなく六畳も無いだろう。

 だが二人が生活して行くには十分だ。

 

 食事やトイレは食堂や共同トイレとなる。風呂は入れるか分からない。

 食堂は部屋を出たらすぐだ。

 

 一階には沢山の部屋と食堂、兵士の詰め所がある。

 

 二階以降は部屋だけだ。

 

 一階は子供達だけしかいない。それも年齢が幼いのが多い。

 なぜなら、簡単に人質に出来るからである。

 反乱が起きても子供達が人質だと手を出しにくいからである。

 

 また、男女分けるなど何もない。適当に決めているだけである。

 もし、間違えが起きたら子供は売り飛ばすだけである。

 

 この建物は殺風景な部屋とコンクリートの壁から監獄と呼ばれた。

 

 

 

 この日は何も無かった。

 いや、あっても誰もやる気など起きない。

 

 あんな事が起きた後だから…

 今夜はあちこちですすり泣く声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 ------

 

 翌朝、監獄はシーンと静まり返っていた。

 多少寝息は聞こえるがほとんど音はしない。

 やはり、みんな疲れているのだろう。

 

 起きている人はほとんどいない。

 ユーリ自身も夢でうなされていた。

 

 両親がどんどん遠くに行ってしまう夢だ。

 

 

 

 その時、チャイムが鳴った。

 サラとユーリは飛び起きた。

 

 ユーリはサラを見るとサラも目が赤い。

 

「おはよう、サラ」

 

「おはよう、ユーリ君」

 

 どちらも涙を隠すように起きた。

 

 

 その時、放送が流れた。

 

「全員今すぐに食堂に集合! 5分以内に来ないやつは処刑だ!」

 

 ユーリとサラはお互いに顔を見合わせる。

 そして、同時に頷いた。

 

 ユーリ達はすぐに部屋から飛び出した。

 すると、周りの子供達も同じように扉から出てきた。

 上の階も吹き抜けなので、上の階の扉からバタバタと出てくるのが分かる。

 

 -----

 

 5分後、食堂は人で埋め尽くされていた。

 皆、これから何が起きるか不安がっていた。

 

 兵士が拡声器で叫んだ。

 

「これから貴様らには、餌を与える。食え! それと出てこないやつは死刑だ」

 

 その言葉と共に兵士達は部屋を見回り始める。

 そして、見つかってしまう。

 

「嫌だ! もう何もしたくない! 帰らせてくれ!」

 

 男がイヤイヤと喚く。

 

 すると兵士は笑いながら

 

「良いだろう。今すぐ、帰らせてやろう」

 

 銃を男の頭に向ける……

 

「や、止めて! 死にたくない! お願いします! 何でもしますから!」

 

「ほう、何でもするか。では死ね!」

 

 一つの銃声が響いた。

 男は力無く倒れた。

 

 悲鳴が上がる。また、人が死んだ。こんなにも容易く……

 

 最初の銃声を皮きりにあっちこっちで悲鳴が上がる。そして、何発もの銃声が聞こえた。

 

 兵士はニヤリと笑うと

 

「貴様ら、分かったか? 逆らうと死んでもらう。お前らは蚊と同じぐらいの価値しかない。さあ、餌をさっさと食え!」

 

 殺された人達は見せしめに殺されたのであった。

 

 

 食事は一人当たりパンが一枚、野菜スープ一杯、干し肉一切れが配られた。

 もちろん、一人当たりには足りないがユーリ達が予想してたよりご飯が出た。

 

 ご飯が出ないのではと思われていたが、一応三食出るらしい。

 それも食べていけば、ギリギリ死なない程度の量である。

 

 やはり、あまり人を殺したく無いのだろう。

 貴重な労働力だからである。慈悲ではない。

 

 だから逆らうやつは役に立たないから殺すだろう。

 なので逆らわなければ殺されないで生き延びれると分かり、皆必死に食べる。

 

 ユーリ達も同じだった。

 

 

 

 ------

 

 30分後、

 

「食事は終了だ!」

 

 という声が響いた。

 その頃には皆すでに食べ終わっていた。

 

 こんなに長く食べる時間が与えられるとは思って無かったからである。急いで腹につめこんでいたのだ。

 

 続いて兵士は叫ぶ。

 

「これから作業に入れ。男はこっち、女はこっちだ」

 

 ここで一旦サラと別れる事になるみたいだ。

 

「サラ、また後でね」

「ユーリ君も……」

 

 サラも寂しそうに言った。

 

 

 -----

 

 ユーリと男達が兵士達に連れて行かれたのは採掘現場だった。

 既にそこでは沢山の人がツルハシで穴を掘っていた。

 

 ユーリ達はその様子に眺めていると兵士は叫ぶ。

 

「お前らはここで地面を掘って貰う。やり方はここのやつに聞け。以上」

 

 そう言って兵士はさっさと去っていった。

 

 何をすればいいのかわからずに立ちすくんで居ると、一人の労働者が近いて来た。その男は無精髭を生やし、目は鋭かった。

 

「……お前らが新入りか……全員ツルハシを持ってここを掘れ」

 

 だが誰も動かない。地面を掘る意味が分からないのだ。

 

 すると、その男が叫ぶ。

 

「お前等! 死にたくなければ、すぐにかかれ!」

 

 皆は慌てて穴を掘り始める。

 

 

 

 ------

 

 掘り始めてから1時間後、ユーリはボロボロだった。

 

「はあはあ……全く掘れない……」

 

 ユーリは一時間無心に掘った。

 だけど、1メートルも掘れて無かった。

 

 何だよこれ、こんなの無理だよと思っているとさっきの男が近づいてきた。

 

「……やはり、そんなものか」

 

 この言葉に皆がピキッと来た。

 

 一人が男に近づいて、胸ぐらを掴んだ。

 

「おい、何で機械を使わないだ! 無駄だろ!」

 

 至極当然の質問に労働者は冷静な顔で言った。

 

「機械? 機械なんてここには無い」

 

 この言葉に皆が驚いた。

 

 労働者は話を続ける。

 

「そんな物は無い。大人しく続けろ。やり方はこうだ」

 

 男はツルハシを持って掘り始めた。そしたらすぐに深くなった。

 

 皆、自分との余りの違いに驚く。

 

 労働者は手を止め、口を開いた。

 

「こうやれ。俺の名はサイオンだ。よろしく頼む」

 

 サイオンは去っていった。

 

 

 

 -------

 

 更に二時間後、やり方を真似してやったら二倍のスピードで掘れたのである。

 大した物である。

 だが代償は死ぬほど疲れるという最悪の贈り物である。

 

 まだ、サイオンには全く勝て無いけど。

 

 

 

 この時、休憩時間だった。

 

 たった30分だけだけど、この疲れにはありがたかった。

 

 

 ふと隣を見ると隣の少年もへこたれていた。

 身体を地面に投げ出していた。

 もはや体から魂が抜けそうである。

 

 ユーリは少年に話しかけた。

 

「大丈夫?」

 

 少年は力なき目で見た。

 

 その様子を見て、ユーリは言った。

 

「大丈夫じゃなさそうだね……」

 

「疲れた! 今日はもう体が動かん! 腕が震えてる!」

 

 少年はうんざりした顔でそう言った。

 

 ユーリは何か気付いた顔をした。

 

「あ、自己紹介して無かったね。僕はユーリだよ」

 

「おう、ユーリよろしく。俺はウィリーだ」

 

「ウィリーか。よろしく」

 

 2人が和気あいあいしようとしている時間はすぐ終わった。

 

 チャイムが鳴り、作業が開始された。

 

 

 

 

 -------

 

 チャイムが鳴り、今日の作業は終わった。

 

「死ねる……今ならすぐ死ねるわ……」

 

 人生が終わったような顔をしながら、ウィリーはトボトボと監獄に向かって歩いていた。

 

 隣をユーリも同じように歩いていた。

 

「僕ももう倒れたい……でもベッドでも寝たい……」

 

 と小さく呟く。

 

 ベッドで横になりたい一心でゆっくり監獄に入っていった。

 2人とも一階だったのですぐに部屋に戻れた。

 

 二階以降の人は大変だなーと思いながら……

 

 

 

 

 扉を開けると中にはサラが居た。

 

 ユーリに気づくと振り返り声をかけた。

 

「ユーリ君お疲れさま。大丈夫?」

 

「サラ……ただいま……大丈夫じゃない……」

 

 ユーリはフラフラとベッドに向かっていた時、ふと視界にサラの周りが目に入った。

 

 サラの周りは血まみれの包帯だらけだったのである。

 

 ユーリはフラフラの頭を覚醒させ、サラに詰め寄る。

 

「サラ! これはどうしたの!? 何かされたの!?」

 

 サラは苦笑いしながら答えた。

 

「実はね……苦手なの」

 

「何が!?」

 

 サラは一呼吸置いた。

 

 そんな間でもユーリは心配で頭がパンクしていた。

 

 もしサラが何かされてたら……怪我したら……

 

 ユーリはあたふたしていた。

 

 そんなユーリにサラはクスリと笑い、笑顔で答えた。

 

「ユーリ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ただ裁縫で失敗しただけだから」

 

「えっ?……裁縫? ……裁縫って何だっけ?」

 

 それを聞いたサラは腹を抱えて笑いだした。

 

「ユーリ……くくく……あははははははははは……ユーリ君落ち着いて? 裁縫は裁縫よ?」

 

 ユーリは自分が馬鹿な質問した事に気付いた顔をした後、心底恥ずかしそうな顔をした。

 

「今日はダメだ。もう寝よ……」

 

「ユーリ君ごめんって。笑い過ぎた……くくく」

 

「もうサラなんて知らない!」

 

 ユーリはふてくされて布団を深く被って寝てしまった。

 

 サラも布団に入り寝ようとしたが寝れなかった……

 今日の仕事の時のせいで……

 

 ユーリは深い睡眠のせいでサラの押し殺した泣き声を聞き逃した……

 

 

 



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1-2 サラに異変が……

 -火星 ユーリとサラの部屋-

 

 いつも通り、チャイムで2人とも飛び出すように起きた。最初は耳障りなチャイムだったが、最近は慣れて来た。学校のチャイムの目覚まし版と言えば分かりやすいだろうか。

 

 そしていつも通りご飯を食べ、作業をし、布団で寝た。

 

 たまに服の交換や風呂に入れた。入れた日は幸せである。

 

 小さな幸せを噛みしめながら毎日を過ごしていた。

 

 しかし少しずつ、幸せは崩れて行く……

 

 

 

 

 

 ------

 

 1ヶ月ぐらい経ち、作業にも慣れた頃だった。

 

 ユーリは作業を終え、部屋に帰って来て、ベッドでゴロゴロしているとサラが遅れて入って来た。

 

 いつもサラの方が早いのに今日は遅かったのである。

 

 ユーリは心配になり、サラに尋ねた。

 

「サラ、今日はどうしたの? 遅かったね」

「うん……友達と話してたの」

 

 サラはそう言い、ベッドに近づくと躓いて転んでしまった。

 

 ユーリは慌てて、サラに駆け寄る。

 

「サラ、大丈夫!?」

 

 サラの足を見ると怪我をしていた。

 

 その痛々しい様子にユーリは不安になり、サラに尋ねた。

 

 サラは苦笑いして、答える。

 

「私、階段で踏み外して転んだの……バカみたい」

「そうだったのか……手を貸すよ」

 

 ユーリはサラに手を差し出した。

 

 サラはありがとうと言って、手を取ってベッドに腰掛けた。

 

 ユーリは救急箱取って来ると言って、部屋を飛び出た。

 

 ユーリは確か救急箱は備品室にあったような……と逸る気持ちを抑え、出来るだけ早く備品室に走った。

 

 

 

 

 

 ------

 

 ユーリが戻った時、サラはすやすやと寝ていた。

 

 サラは怪我したのに良く寝れるな……

 

 と思ったが頭を切り替える。

 

 ふと、怪我を見るとアザに成っていた。

 

 やっぱり疲れてるのかな……今度マッサージでもしてあげようかな……

 

 特にマッサージが得意とかでは無いがその優しさはサラに届くだろう。

 

 ユーリも布団に入ったらすぐに寝てしまった。

 慣れて来たと言えども重労働に変わりない。

 いつも通り深い眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 -------

 

 いつも通り朝に放送が流れる。

 

 そしていつも通りに飛び起きて、食堂に向かうはずだった。

 

 ユーリは飛び起きたがサラが起きて来ないのであった。

 

(サラが起きてない……まだ痛むのかな?)

 

 ユーリはサラに近づいた。

 そして気づいてしまった。

 

 サラがうずくまって泣いていることに。

 

「サラ! 怪我が痛むの?」

「う、うん。怪我が痛くて泣いちゃった」

 

 ユーリは考えた。食堂に早く行かなければこのままではサラは処刑されてしまう。

 

 必死なユーリの頭の中にふとひらめく。

 

 サラの事を話せば、ゆっくり行くのを認めてくれるのでは……と。

 

 ユーリは部屋を飛び出して、兵士に駆け寄った。

 

「すみません、ルームメイトが足を怪我をしているのでゆっくり行って良いですか?」

「……ルームメイトを見せろ」

 

 ユーリは兵士を部屋へ案内した。

 

 兵士はサラに近づき、怪我を見ると無線で一言二言伝えるとユーリを追い払う。

 

「お前は食堂に行ってろ。話は付けた」

「で、でもサラは?」

「俺が連れて行く。さっさと行け!!」

 

 余りの兵士の気迫にユーリは仕方なく一目サラを見て、走り去って行った。

 

 兵士の不敵な笑みを残して。

 

 その事にユーリは気付かなかった。

 

 

 

 -------

 

 ユーリは食堂に戻ると食事は始まっていた。

 だが、誰もユーリを咎める者も居なかった。

 

 ユーリは席に着くと食事を始めた。

 

 だが上の空である。

 

(サラ大丈夫かな? 後で食事貰えるよね? 治療して貰えるよね?)

 

 頭の中はサラの事でいっぱいだった。

 

 だが、食事の手は止めなかった。習慣付いているからである。

 

 逸る気持ちを抑え、食べる手を止めなかった。

 

 そしてユーリは時間になると作業に向かって行った。

 

 

 

 

 

 ------

 

 作業が終わると走って部屋に戻った。

 

 軽く息切れをしながら部屋を見たがサラは居なかった。

 

(まだ治療中なのかな……今日は戻って来ないかもしれないな)

 

 ユーリは不安を抑え布団に潜った。

 

 就寝時間まで待ったがサラは戻って来なかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 だが次の日もサラは帰って来なかった。

 

 

 

 ------

 

 次の日も……

 

 

 

 ------

 

 次の日も……

 

 

 

 

 ------

 

 さすがにサラが帰って来ない日が長いのでユーリは兵士に聞いてみた。

 

「すみません、ルームメイトのサラが帰って来ないのですが知りませんか?」

「まだ入院中だ。会わせる訳には行かん」

「何でですか!? 足の怪我ですよ!? 面会謝絶ってどういう事ですか!?」

「俺に言われても知らん。上の命令だ」

「会わせて下さいよ!」

 

 ユーリは兵士に掴みかかった。

 

 だが、相手は腐っても大人である。

 

「この!! クソガキが!!」

 

 兵士はユーリの腰を掴み投げ飛ばす。

 

 壁に思いっきり叩きつけられる。

 

(くっ、何でサラが帰って来ないんだ! サラは何もしてないのに!)

 

 しかし痛みを堪えながら問う問題に誰も答えてくれなかった……

 

 

 

 

 -----

 

 壁に打ちつけられたら痛みを堪えながら、ユーリは部屋に戻って考えていた。

 

(何でサラは捕まっているんだ? 怪我を治せば、また働けるのに……)

 

 だが、考えても考えても答えは出て来なかった。

 

 そして答えが出ないまま、睡魔が襲って来る。肉体的にも精神的にも疲れているユーリに抗うすべは無い。

 

 ユーリは考えている内に睡魔に落ちて行った。

 

 

 

 

 -----

 

 次の日ユーリはサイオンに聞いていた。

 

「サイオンさん。怪我人は戻って来ますよね?」

 

 初め、サイオンはその質問の意味が分からなかった。

 

「坊主、怪我人は治療が終わったら作業に戻されるのは当たり前だ」

 

 ユーリは少し考えてサイオンに尋ねた。

 

「じゃあ、なぜ僕のルームメイトは帰って来ないんですか?」

 

 サイオンは驚いたのと同時に頭の中に一つの可能性が過ぎる。

 

「坊主……まさかお前のルームメイトは女か?」

 

 ユーリはこくりと頷いた。

 

 サイオンは顎に手を置き、うーむと唸るとユーリに尋ねた。

 

「その子は痣が無かったか? 身体のどこかに」

 

 ユーリは再び頷いた。

 

 するとサイオンはため息をついた。

 ユーリはその様子を見て、不安そうに詰め寄る。

 

「サイオンさん! 何か知っているのなら教えてください!」

 

 サイオンは少し考えた後、口を開いた。

 

「実はな……」

 

 

 ------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -サラサイド-

 

 時間は少し遡る。

 

 サラも作業に慣れはじめ、少し余裕が出て来た時、ある噂が耳に入る。

 

 今は作業が終わり、ベティの部屋で女子会をしようとする所である。

 

「おはよーサラ。ねえ、知ってるあの噂?」

「おはよーベティ。噂? 知らないわ。教えてー」

「最近ね、人が居なくなっているのよ」

「えっ? 脱走?」

「分からないわ。でも、愛の逃避行かもしれないわ!」

 

 そう言いながらベティは目を輝かせる。

 

「それが噂なの?」

「ええ、愛の逃避行……じゃなくて脱走の事よ」

「誰か見た人はいるの?」

「それが居ないのよ。確かに広めたらバレてしまうかもしれないからかもね」

 

 サラは考えた。

 

 もし、逃げ道が有るなら逃げたい。

 

 ユーリと一緒に……ユーリと一緒なら貧しくたっていい。

 

「ちょっと、サラ。聞いてるの?」

 

 サラはベティの呼びかけにはっとした。

 

 それを見たベティはニヤニヤし始める。

 

「サラ~? あなたには愛の逃避行する相手が居るのね? あっ、ルームメイトのユーリ君ね! いつも私に話すもんね~」

「えっ、あ、い、……そうよ」

「良いわね~青春して。私もボーイフレンド見つけようかしら」

「……いつかあなたにもでも出来るわよ」

「ちょっと! 最初の間は何!?」

 

 2人は楽しくイチャイチャしていた。

 

 だが非情にも魔の手はすぐ側まで来ていた。

 

 

 

 

 -----

 

(そろそろ帰ろうかしら……)

 

 サラはベティと話し終わって散策していた。

 

 散策と行っても、監獄内である。ベティの部屋から戻る途中であった。

 

 特に目的は無かったけど、何か新しい発見が見つかったら嬉しいぐらいの気持ちである。

 

 だが、今日はしなかった方が良かった。

 

 

 サラは廊下を歩いていると、兵士に声をかけられた。

 

「おい、お前は115236だな?」

 

 サラは少し怯えながら答えた。

 

「そうです」

「なら着いて来い。日頃の行いが良いから褒美をやろう」

 

 サラは少し不思議に思ったが、ユーリも喜んでくれれば良いかなと思って着いて行った。事実、行いが良いと物をくれる時がある。

 

 着いて行くとそこは兵士の詰め所だった。

 

 詰め所の奥に入ると兵士は床を触り、開けた。

 

(えっ? こんな所に地下の入り口が……)

 

「ほら、入れ」

 

 サラは兵士に連れられ入って行った。

 

 通路は2人がギリギリ横に並べるぐらいの横幅だった。

 

 奥に進むと門番が居た。

 

 兵士は門番と一言二言話すと扉を開けて貰った。

 

「この中にある。着いて来い」

 

 サラは兵士に着いて行くとそこには丸々と太った男が居た。

 

 太った男はニヤニヤしながらサラを上から下までじっくり見ると口を開いた。

 

「うむ! なかなかの上玉だ! 買おう!」

 

 男は懐から一枚の紙を出すと兵士に渡した。

 

「ありがとうございます。まさかこのぐらいの年齢が売れるなんてあなた様だけでございます。今後もご贔屓にお願いします。ではあちらの部屋をお使い下さい」

 

 と言いながら兵士は頭を下げた。

 

(えっ? 何が起きてるの? 誰なのこの男は?)

 

 サラは混乱していた。

 

 サラは太った男に恐る恐る質問した。

 

「あの……良いものが貰えるが貰えると思って来たのですが……」

 

 すると男はニヤニヤしながらサラに答えた。

 

「うむ! 極上のプレゼントをしてやろう! とても良いものだぞ!」

 

 と言いながら、サラの肩を抱いて奥に消えて行った……







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1-3 ユーリの決意

別作品を読まなくてこちらを読んでも大丈夫です。

もし分からない事があれば質問して下さい。


 

 何日か経った後、ユーリが部屋に戻るとサラが部屋にいた。

 サラは魂が抜けたような様子でベッドに腰かけていた。

 

 サラが消えて無くなるような感覚をユーリは感じてしまう。

 

 ユーリは驚き、喜び、怒りの混じった複雑な思いでサラを抱きしめた。

 

「サラ! サラ! 良かった! 戻って来ないと思ってた!」

「……」

 

 ユーリはサラを抱きしめたが、身体は元々華奢だったのが更に華奢になったような気がした。今なら強く抱きしめたら折れてしまいそうなぐらい弱々しかった。

 

 ユーリは力を緩め、サラを見た。

 そしてサラが反応しない事に気づく。

 

 サラの目線は虚空をさまよっていた。心はここにあらずという感じだ。

 

 ユーリは不安な顔でサラに声をかける。

 

「サラ、どうしたの? どこか痛むの?」 

 

 サラは力の無い目でゆっくりとユーリを見て口を開いた。

 

「……ここはどこ? あなたは誰?」

 

 ユーリの頭の中に衝撃が走った。

 

(サラは記憶喪失してしまったのか!? ……なら僕は必死に呼びかけるだけだ!)

 

 ユーリはサラを強く抱きしめながら耳元で必死に呼びかける。

 

「サラ! 僕はユーリだよ! ユーリ=エリクソンだよ! トラックで恥かいたバカだよ! 膝枕もして貰って嬉しかった。だから僕はサラが大好きだよーー!!」

 

 僅かな希望に賭ける……

 すると突然の告白にサラはピクリと反応する。

 

「ユーリ……ユーリ=エリクソン……ユーリ君?」

 

 サラの目は次第に光を取り戻しつつあった。

 

「そうだよ! 僕はユーリ! ただサラが好きな10歳だ! お願いだサラ! 思い出してくれ!」

 

 サラの目は完全に光を取り戻すかと思えた。

 しかし、彼女の闇は簡単には消えなかった。

 

 

 突然、サラが震え出す……

 

「ユーリ君……私は……私は……ああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 突然、サラは叫び始めた。そしてサラはユーリから離れようとして暴れ始める。

 

「どうしたんだ! サラ! 落ちついて! 僕だよ! ユーリだよ!」

 

 ユーリはサラを抑えようとするが、サラはユーリを無理矢理振りほどく。

 

「ユーリ君……私、ユーリ君の為に頑張ったよ?」

 

 サラの目には涙がにじむ。

 

 サラの言葉を聞いた瞬間ユーリの頭は真っ白になり、次第に怒りの混じった顔で壁に向かって叫んだ。

 

「誰がサラをこんな目に!! 許さない! 僕は許さない! 絶対に殺してやる!」

 

 ユーリは飛びだすように部屋を出ようとする。

 

 しかし服の裾をサラに掴まれ、ユーリは止まる。その力は今のサラのどこから出てるのか分からないほど強かった。

 

「ダメ! ……お願い……行かないで。私はユーリ君を守る為に頑張ったの……だからユーリ君が行ったら……私は……私はなんの為に……」

 

 サラは目元からポロポロと涙をこぼしながらユーリに懇願する。

 

 ユーリはその様子を見て熱が冷め、サラを抱きしめた。

 

「サラ……分かった。僕はどこにも行かない。だから泣き止んで?」

 

 サラはしきりに頷き、しばらくユーリにしがみついていた。

 

 ユーリの温もりに安心したのかユーリに抱きついたまま寝てしまった。

 

 ユーリはサラが落ち着いたのを確認してからベッドに運び、布団を掛けた。

 

 その時のユーリは拳を強く握りしめ、顔は怒りに満ちていた……

 

 

 

 

 

 -----

 

 話は少しさかのぼる。

 サラがいない間、ユーリがサイオンに問い詰めた時の事であった。

 

 ユーリはサイオンから話を聞いていた。

 

「実はな……」

 

 ユーリはサイオンに詰め寄った。

 

「何ですか!? サラはどうなるんですか!? サラは帰って来るんですか!? 早く、早く教えて下さい!!」

「とりあえず落ち付けユーリ! このままじゃ話せん」

 

 ユーリはハッと気づいた。

 

 ユーリは無意識の内にサイオンに詰め寄って身体を激しく揺らしていたのであった。

 

「ごめんなさい」

「……いや、仕方ないだろう。俺も同じ目にあったから分かる」

「えっ?」

 

 その事はユーリにも衝撃的だった。

 

 また尚更サラがどうなるか知りたくなった。

 

 今すぐに詰め寄りたくなる衝動を抑えて、サイオンに尋ねた。

 

「その……どうなるのですか?」

 

 サイオンは拳を強く握りしめながら、苦しみに満ちた顔で答えた。

 

「俺の妻と娘も……売られた」

「売られた!?」

「ああ……金と引き換えに人間として使われない……物として使われた。金は兵士の懐だがな!!」

「それじゃ……奥さんと娘さんは……」

「さんざん弄ばれて、人体実験か臓器売買だろうな」

「そんな……じゃあサラも……」

「分からん。帰って来る奴もいる。だが、心の傷は深い」

「それでもいい! 僕はサラに帰って来て欲しい!」

「……そうだな。だが、これだけは覚えとけ」

 

 サイオンの目は真剣だった。ユーリはゴクリと喉を鳴らした。

 

 

「目を離すな」

 

 

 

 

 

 -----

 

 ユーリはサイオンに言われた通り、サラの近くにずっといた。

 

 サラの寝顔は悪夢にうなされているのだろうか、苦しそうな顔だった。

 

 ユーリはサラを安心させる為にサラの手を握った。

 

 サラはユーリの手を強く握りしめ、ユーリが呻き声を上げそうなぐらい強く握りしめられた。

 

 ユーリは必死に耐えた。

 

(サラが今苦しんでるのなら、僕も半分背負う)

 

 その思いが通じたのか、次第に力が弱まって行った。

 サラの顔は穏やかになり、落ち着いてきたみたいだ。

 

 ユーリも安心したのか、サラの手を握ったまますぐに睡魔に落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 朝チャイムが鳴り、いつもの習慣で飛び起きると目の前のベッドが空っぽである。

 

(何で居ないんだ!? まさか連れ去れたのか!?)

 

 ユーリは焦りで頭がいっぱいだった。

 

 だが焦った時こそ、落ちつけという教訓を思い出し、ユーリは大きく深呼吸すると次第に落ち着いて来た。

 

(とりあえず、隠れなきゃ! 自由に動けなくなる!)

 

 そう思うと静かに部屋を飛び出した。

 

 そして裏口から出て、採掘所の倉庫に隠れた。

 

 食事の時間が終わり、手薄になる作業の時間まで待つつもりだった。

 

 

 

 

 

 ------

 

 30分近く経っただろうか。

 実際にはユーリには時間が分からないが、ユーリの貧乏揺すりが激しくなって来た頃、倉庫の扉が開いた。

 

 そこにはサイオンが居た。

 サイオンは道具を探しに来ていた。

 

 ユーリは飛び出してサイオンに詰め寄った。

 

「サイオンさん! サラが……サラが!」

 

 ユーリの胃はキリキリとストレスで痛んだ。

 

 サイオンは顔色を変え、ユーリの胸倉を掴み壁に叩きつけた。

 その衝撃は強く、一瞬息が出来なくなるほどだった。

 

 何で……? と脳裏を過ぎるがサイオンの目を見て、思考が停止する。

 

 サイオンの目は怒りに満ちていた。

 

「ユーリ!! お前は……お前は何で目を離した!」

 

 ユーリはハッとすると同時に顔を歪めた。

 

「僕は……僕は……」

 

 ユーリの目から涙がこぼれた。

 

「あれだけ、目を離すなと言っただろう! クソッ! ……まだ間に合うかも知れねえ! ユーリ急げ! 空港だ!」

 

 サイオンはユーリを突き放し、扉を指で示す。サイオンの目は行けよと言わんばかりだ。

 

 ユーリは痛みより使命感が勝った。扉から勢い良く飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 -火星 宇宙空港-

 

 空港には宇宙船が到着していた。その周りには10人ぐらいの兵士が立っていた。

 その中に2人だけ兵士では無い人がいた。

 1人は少女、1人は太った男である。

 

 2人は宇宙船に乗り込もうとしていた。地球行きである。

 

 その内、男の方は踊り出しそうな様子だった。

 

「サラー! とうとう僕たちの家に帰れるよ! サラも嬉しいだろ?」

「……はい」

 

 男と対照的にサラの答える声は沈んでいた。

 

 サラは絶望していた。この世界に。ユーリ君は希望をくれた。だけど、現実はそう甘くなかった。

 

 男はまたもや脅迫して来たのである。

 

 ーー僕と来れば、ユーリには手を出さないよ。いや必要が無いからねーーと。

 

 サラに拒否権は無かった。あったとしてもユーリの為に地球に行くだろう。

 それほどユーリが大好きだったのだから。

 

 

 

 2人が宇宙船に乗り込もうとした時、1人の少年が搭乗口目掛け、速い速度で駆けて来た。

 

 その少年はユーリだ。

 

 ユーリは持てる力を全て出して全力で駆けた。

 

 ユーリの身体は悲鳴を上げる。体力は採掘所で鍛えた分、結構あるが選手でも何でも無い。次第に息は上がり、胸は苦しくなり、足も痛み出していた。

 

 だが、ユーリの足は速度を落とす事は無かった。サラを助けたいと思う気持ちだけが身体を動かしていた。

 

 

 

 兵士達は捕まえようとしたがユーリの速さには追いつかなかった。

 

 そして、サラの元にたどり着く……

 

「サラ! 助けに来たよ! 今助けるから!」

 

 ユーリは足を踏み出すーー

 

 ーーがサラの言葉に足を止める。

 

「ユーリ君! 来ないで! ユーリ君戻って!」

 

 ユーリはその言葉を聞いて、再度足に力を入れる。

 

「嫌だ! 僕はサラといる! 一緒に居たいんだ! ……サラが大好きだから!」

 

 この言葉を聞いたサラは喜びの表情を浮かべるが、直ぐに悲しい顔に変わる。

 

 すると、男からイラついた声が2人の合間に入る。

 

「さっきからB級映画みたいなシーン出しやがって! サラは僕の物だ! おい! さっさと捕まえろ!」

 

 男は兵士達にわめき散らす。

 

 兵士達は必死に捕まえようとするがすばしっこいユーリは捕まらなかった。

 

 

 だが突然、頭頂部に衝撃を受け、地面に叩きつけられる。

 

(何だ!? 何で捕まった? 全く気配を感じなかった……)

 

 ユーリを押さえつけたのは太った男のボディガードだった。

 

 サラが悲鳴を上げる。

 

「いやぁーー!! ユーリ君逃げてー! お願いします! ユーリ君は関係ないし、私はアナタの物ですから……お願い……します」

 

 サラは男にすがりつき、必死に懇願する。

 

 だが男はサラを押しのける。

 

「もう許さん。ここまで邪魔するのは殺さなくては腹の虫が収まらんわ」

 

 男は懐から銃を取り出し、ユーリに向ける。

 

(クソッ! 僕はサラも助けられず、死ぬのか……嫌だ! 僕はサラと生きる!)

 

 ユーリは必死にもがく。

 

 だがボディガードの押さえつけには全くビクともしなかった。

 

 男の指が引き金を引くーーパンッと発砲音が空港内に響き渡る。

 

 ユーリは走馬灯が見えた。

 

 家族で過ごした幼少期、サラと出会ったトラック、サラの笑顔、サラの匂い、サラの暖かさ……

 

 思い出すのはサラの事ばかりだった。

 

 ユーリは目をつぶる。もう死を覚悟した。

 

 

 

 

 

 だがいつまでも死は訪れなかった。

 

 恐る恐る目を開けると目の前には血の海が広がっていた。

 

 そこに横たわっているのは少女ーーサラだった。

 

 ユーリはその状況を見て理解出来なかった。いやしたく無かった。

 

(大好きなサラが死んだなんて……嘘だ嘘だ! これは夢なんだ。全てが夢なんだ。僕は今寝てるんだ。家族と一緒に!)

 

 ユーリは現実逃避していた。だが現実はそれを許さなかった。

 

「ああ、なんと言う事だ! まさかサラが庇うなんて……あんなガキをかばって死ぬなんて……バカな事をしたもんだ……」

 

 男は嘆いていた。それをユーリは見て、怒りが湧いて来た。腸が煮えくり返っていた。

 

(誰がサラを殺したんだ!? お前だろうぅぅぅ!! 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いーーー!!!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!)

 

 もはや殺意しかユーリを支配してなかった。

 

 ユーリは野獣のように吠える。

 

「ウオォォォォォォォーーーーー!!!」

 

 ユーリは身体中の力を使いもがくが全くビクともしない。

 

 それを見て、男は嘲笑った。

 

「ククク……不様だなユーリ。さすがに高い金を払った甲斐があったよ。さすがだな魔法師は」

 

 ユーリの身体はコンクリートで固められたように全く動かなかった。

 

(クソがっ!! 何で動かないんだよ! 動けよ僕の身体! 今動かないとサラが! アイツが!)

 

 だが無情にもユーリの身体は全く動かなかった。

 

 その間に男はサラの遺体には興味は無いのか、のそのそと宇宙船に入っていく。

 

 ボディガードもユーリから離れ、宇宙船に向かって行く。

 

 ユーリからボディガードが離れるとユーリの身体は今までとは全然違い、軽くなった。

 

 ユーリは叫びながらボディーガードに向かって駆ける。

 

「お前が邪魔しなかったら! お前さえ居なかったらサラは!」

 

 拳を振り上げ、殴りかかる。

 

 だが拳は空を切る。その直後、腹に膝蹴りが入り、ユーリはうずくまるように倒れた。

 

 痛みで頭が真っ白になる。

 

「ぐはっ……ゴホッゴホッ……」

 

 ユーリは何度も咳き込む。

 

 そんなユーリをよそにボディガードは宇宙船に入って行った。

 

 宇宙船のハッチが閉まり、発進する。

 

「待てよ……サラを返せ……サラを助けろよーーー!!」

 

 ユーリの叫びは空港内を虚しく木霊した。

 

 その時、ユーリの耳にサラの声が聞こえた。

 

 ユーリは振り返り、サラを見る。

 

 するとサラがこちらを見返していた。

 

 ユーリは急いでサラの元に向かう。

 

「サラ! サラ! 良かった! 生きてて……」

 

 そんなユーリの様子に対してサラの声は弱々しかった。

 

「ユーリ君……ごめんね……もう一緒に居られないみたい……ゴホッゴプッ」

 

 サラは激しく咳込み、口から大量血を吐く。

 

 ユーリは首を横に激しく振り、否定する。

 

「嫌だ! サラが死んだら、僕は独りぼっちになってしまう! 置いてかないで!」

 

 サラは悲しそうな顔をすると、ごめんねと返した。

 

 その言葉を最後にサラの身体から力が抜け、目を永遠に閉ざしてしまった。

 

「え? サラ? 嘘だよね? 寝たふりだよね? ……嫌だ、嫌だーーーー!」

 

 ユーリは必死にサラを揺すり、何回も問いかけるが、サラは返事をしなかった。

 

 だがサラの身体はまだ暖かい。寝ているだけではないかと思ってしまう。

 

 しかし抱きしめた時に感じるはずの心臓の鼓動が無い事が非情にもユーリに現実だと認識させるのには十分だった……

 

 



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1-4 火星の裏側

 -火星 宇宙空港-

 

 ユーリはサラを抱えながら、静かにゆっくりと監獄に向かって歩いていく。落ち込んでいるように見えるが、心の中は憎悪で埋め尽くされていた。

 

 一方、ユーリに対して兵士達は距離を取って見ているだけだった。

 

 それがなせたのはユーリの目を見たからだろう。

 それほどユーリの目は殺意に満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 ------

 

 ユーリが監獄に戻るとサイオンが駆け寄って来た。サイオンは部屋に戻るよう促す。

 

 サイオンはサラを一目見て、ユーリの目を見ると、無言のまま拳を振り上げ、壁を思いっきり殴った。

 壁は壊れる事はなかったが、ドスンと振動が伝わるぐらいの拳の威力であった。

 

 サイオンも怒っていた。サラが死んだ事で娘の事を思い出してしまった。

 娘と妻が私の名前を呼びながら連れて行かれるあの情景を。俺は2人の顔を見れなかった。自分の無力さの余り、見れなかった。

 

 このやりきれない気持ちはどこにぶつけるべきなのか……

 

 

 

 二人が落ち込んでいると兵士が入って来た。

 

 二人は兵士を殺意の籠もった目で見る。

 

 兵士は一瞬たじろいだが、我に返り用件を伝える。

 

「……ユーリ=エリクソン。これから出頭しろ。拒否権は無い」

 

 ユーリはチラッとサイオンを見る。サイオンは力強く頷いた。

 

 行ってこいとサイオンの目は語っていた。

 

 ユーリは兵士に連れられ、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 兵士に連れられ、たどり着いたのは監獄から離れた地球連合軍、火星支部であった。

 

 ここが火星とは思えないほど、外見は豪華だった。もはや支部と言うより豪邸と言った方がいいのではないかというぐらい豪華過ぎた。

 

 正面からでは無く裏口から入って行く。

 

 裏口から入ると中は思いの他、静かだった。

 

 正面にはあれだけ人がいるのに、裏口は全く人気が無い。不気味なぐらいに。

 

 結局誰とも会わずに、エレベーターに乗る。エレベーターは音も無くスーっと上昇し、5階で止まる。

 

 扉が開くと正面に両開きの扉があった。

 

 兵士は開ける前にノックし、叫んだ。

 

「失礼します! ユーリ=エリクソンをお連れしました!」

 

 するとドアの向こうから声が返って来た。

 

「入れ」

 

 兵士は扉を開ける。

 

 ユーリの目にはまず最初に、眩しいほどのきらびやかな装飾したシャンデリア、高価そうな壺など沢山入る。

 

 まあ、ユーリには価値など一つも分かりそうに無い。

 だがこれだけ物が有っても全く窮屈さを感じ無い。

 

 すると扉が閉まると大きな音が鳴り、ユーリは我に返った。

 

 正面を見ると男が座っていた。ガタイのいい男が座っていた。

 目は鋭く、ユーリをジッと見つめていた。

 

 兵士は靴を鳴らし、敬礼する。

 

「失礼しました」

 

 兵士は扉から出て行く。

 

 兵士が居なくなるとユーリと男の2人の間に、居心地の悪い静寂な時間が流れる……

 

 すると男が口を開いた。

 

「ユーリ=エリクソン……まだ10歳だな。良くあそこまでやるもんだ」

 

 ユーリは無言で男を睨み付ける。

 

 すると男は苦笑いしながらユーリに近づく。

 

 ユーリは身構えながら近づく男を睨み付ける。

 

 だがその身構えも無意味のように、男はユーリの胸倉を掴み投げ飛ばした。

 

 ユーリは思いっきり壁に叩きつけられる。

 その威力はユーリが口の中が切れ、軽い脳震盪を起こすぐらいだった。

 

 男はクラクラしているユーリの顔を両手で抑えると、目の前で吠える。

 

「お前のせいで計画が台無しだろうが!!」

 

 その声は耳がキーンとするぐらい大きかった。

 

「俺の計画が……お得意様だったのに……台無しにしやがって!」

 

 男は苛立ちを露わにしていた。

 

「たくさん売って一儲けしようと思っていたが貴様のせいで……計画変更だ! 貴様に罰を与えたいが貴重な労働力だからな……まあどうあがこうがここで一生過ごすから罰は必要ないか」

 

 男はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべ不適に笑う。

 

 そう火星から逃げる事は出来ない。此処に来るのは全てが軍関係。兵士は必ず詰めている。

 

 男は歯を食いしばっているユーリに上から見下す。

 

「ああ、そうだ、その服は変えろ。後、風呂に入れ。そんな汚らしいのが目の前にいるとうざったい」

 

 確かにユーリの身体はサラの血で血まみれになり、とても汚れていた。

 だがそんな言葉にもユーリは男を睨んで動かない。

 

 そんな様子を見た男はバカにしたように微笑む。

 

「別に入らなくても結構だが、せっかくサラのおかげで服も変えられ、風呂に入れるのだぞ? 無駄にするのか?」

 

 その言葉にユーリはハッとする。

 

 確かにユーリ達は基本風呂なんかに入れない。ましても服を新しくするなんてボロボロにならない限り有り得ない。なので、風呂に入れ、服を交換するのはとても貴重だった。

 

 ユーリは悔しさに歯を噛みしめながら、兵士に着いて行く。

 

 兵士用の浴場に着いた。もちろん、豪華では無いがユーリ達がたまに入る浴場よりはかなり豪華だった。隙間風の無い普通の風呂であった。だが今のユーリにとっては十分すぎるほど豪華と言えるだろう。

 

 ユーリは洗い場で身体を洗い、浴槽に浸かる。熱くも無く、冷たくも無くちょうどいい温度だった。

 

 その暖かさはユーリをサラの事を思い出させるには十分だった。浴場にはユーリのすすり泣く声が響いた……

 

 

 

 

 

 -----

 

 ユーリが風呂を出ると新しい服が置いてあった。ユーリはそれを着て脱衣所を出ると、兵士に連れられ、監獄に連れていかれた。

 監獄に着くと兵士はさっさと去っていった。

 

 兵士が離れたのを見たサイオンとウィリーが近寄って来た。

 

「おい、ユーリ大丈夫か?」

 

 ウィリーは心配そうにユーリを覗き込む。

 

 ユーリは無言で頷いた。

 

 ウィリーはホッとしたように安堵した顔をした。

 

 だがサイオンは難しい顔をしていた。

 

 ユーリはサイオンの表情に気づく。

 

 するとサイオンは口を開いた。

 

「……ウィリー、部屋に戻れ」

 

 ウィリーはサイオンの顔を見て、素直に戻っていった。

 

 サイオンはその後ろ姿が消えたのを確認してからユーリに振り返った。そして消えそうな声で呟いた。

 

「ユーリ、付いて来い」

 

 サイオンはユーリに背中を向けて歩きだした。

 ユーリは遅れないように小走りで付いて行く。

 

 サイオンが足を止めるとそこにはサラが横たわっていた。

 ユーリはサラに駆け寄って手を触ると、冷たかった。非情にもサラの死を理解するには十分だった。

 

 ユーリはまた泣き出す。

 

 サイオンは後ろからユーリを強く抱きしめる。

 

「ユーリ、辛かったな……悔しいよなぁ?」

「……うん。……うん」

「耐えろ! ……今は耐えろ! まだ足りない……力が足りないんだ!」

「……くっ」

 

 ユーリは悔しくて歯をかみしめる。サイオンはユーリを離すと肩をつかみ優しく言う。

 

「ユーリ、今はサラを弔ってあげよう。穴を掘るんだ」

 

 ユーリは頷き、2人は無言で穴を掘り始める。

 

 少しすると十分な深さが出来た。

 

 ユーリはサラの手を握りしめた。

 

「サラ……僕は強くなる……僕はもう失う物なんて無い。だから僕は全てを賭けて復讐してやる! 地球連合国に!」

 

 と小さな声だったがその声は力強かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 2人はサラを埋めた後、冥福を祈った。

 

 祈りが終わるとサイオンはユーリに向き直り、一言だけ言った。

 

「付いて来い」

 

 今度はゆっくりだった。いやむしろ周りに気をつけてるような感じだった。

 ユーリはそれを感じ、静かに着いて行った。

 

 着いたのは採掘場の倉庫だった。

 

 サイオンはユーリと中に入ると、扉を閉めた。

 そして地面を弄くると地下への階段が現れた。

 サイオンはユーリに手招きしてユーリを入れ、扉を閉めた。

 

 中は薄暗く、ポツポツと小さな光が有るだけで不気味な雰囲気だった。正にこれぞ地下通路という所だ。

 

 薄暗い中、サイオンは慣れたように歩いて行く。

 ユーリはサイオンに捕まりながら着いて行った。

 

 地下は迷路になっていて、右曲がったり、左曲がったりしてユーリも覚えきれなくなっていた。

 

 混乱しているユーリに疲れが見えて来た頃、角を曲がったら、目の前に明るい場所からの光が見えた。

 

 サイオンは着いたぞと言い、ユーリを励ます。

 

 ユーリは次第に足取りが軽くなるのを感じた。早歩きで光へ向かう。

 

 そこまで行くと大きく開けた場所に出た。

 

 サッカー場よりでかい地下基地だった。

 上を見上げると、もはや地下と思えないほど天井が高い。

 

 そして目の前にはデカい金属で出来たロボットが居たのであった。

 高さは15mぐらいだろうか。分かりやすく言えば電柱ぐらいの高さである。

 

 ユーリは呆気に取られていた。初めて見る巨大なロボット……その大きさ、重厚感に圧倒されていた。

 

 するとサイオンがユーリの隣に立ち、説明する。

 

「ユーリ、これは〔humanoid armored weapons〕。略称〔HAW〕。和訳すると人型機甲兵器だ」

「HAWと言うんだ……スゴイ……まるで想像の世界みたいだ。でもコレは何の為に?」

「コイツは俺達の希望だ! コイツが完成したら連合国なんて倒せる!」

「!? 勝てるの!? 僕達が連合に!?」

「ああ、勝てる! もし博士の言う事がホントなら圧勝だ」

 

 ユーリは震える。もちろん泣いている訳では無い。嬉しさのあまりだ。

 拳を強く握りしめる。

 

(サラ。僕に可能性が出来たよ。僕はサラを奪った連合国を許さない。絶対復讐してやる!!)

 

 その時、ユーリは足音で我に返った。

 

 むこうから白衣を着た若者が歩いて来る。

 丸いメガネをかけた彼は如何にも頭が良さそうだ。

 

 白衣の男はサイオンに手を上げて話しかけ来た。

 

「やあ、サイオン。この子がユーリかい?」

「ああ、コイツがユーリだ。前、話していた通り、計画に加える」

 

 サイオンは話しながらユーリの頭に手を乗せる。

 

 頭に手を乗せられる行為はユーリの父が良くやっていた。ユーリはお父さんを思い出して、少し寂しくなった。

 

 その表情をチラッっと見た男は腰を落とし、ユーリと目線を合わせる。

 その目はユーリの瞳をじっと見つめていた。

 

 ユーリは全て見透かされてるような気分になり、目を逸らした。特に悪い事はしてない。でも何故か目を逸らしてしまうのだ。

 

 男はニヤリとして立ち上がり、サイオンに振り返った。

 

「なるほど、いい目をしている。純粋な目だ。どこぞの馬鹿共みたいに汚れていない」

「ああ、ユーリは伸びる。間違い無く伸びる。だがこの世界がその可能性すら与えない。今の世界は腐った世界なんだ」

 

 サイオンは遠い目をしながら、歯を強く噛み締める。そして手を動かし、ユーリの髪をわしゃわしゃとかき回す。

 

 ユーリは恥ずかしくて、サイオンから逃げる。

 

 それを微笑ましく見ていた男はユーリに振り返って話しかけた。

 

「やあ、はじめましてユーリ。僕は博士と呼ばれる者だ。まあ確かに格好は博士みたいだけど」

 

 男は自分の白衣をわざとらしく広げ、苦笑いする。

 

「そして名前はアイザック=グレンジャー。僕を呼ぶときは博士でいいよ。博士は僕しか居ないし」

 

 そこにサイオンが付け加える。

 

「博士はHAWの第一人者だ。俺達に力を貸してくれる。主に兵器部門だけだがな」

「実際それ以外興味無いし……あらゆる兵器は僕の頭の中に有るからいつでも聞いてくれよ。……そういえば、最近興味有るのは人かな」

 

 その言葉にユーリとサイオンは博士から後ずさる。身の危険を感じるからだ。

 

「おいおい! 僕はそっちじゃないよ! ……最近人がやっと信じられるようになって来たから……興味湧いて来たんだ」

 

 博士は頭を掻きながら恥ずかしそうに答える。

 

「さて、作業再開するかな」

 

 面白い物が見れたと喜ぶ博士は意気揚々とユーリ達に背中を向けて歩いて行った。

 

 サイオンはユーリに振り返り、念を押す。

 

「ユーリ、ここの事は秘密だ。親しい者にも教えてはならん。計画が成功してから皆に教えるつもりだ。少しでも漏れる可能性を減らさなければならん。ユーリ頼むぞ」

 

 ユーリは頷いた。

 

 しかし同時にたくさんの疑問が浮かんだ。

 

「そういえば、どうやってここの維持してるの? 僕は何すればいいの?」

「実はな、連合軍側に協力者が居るんだ。そいつが物資などを供給してくれてるんだ。だからここまで出来た。感謝しなければな。

 ユーリ、お前は何もしなくてもいい。いつも通り行動してくれ。あえて言えば、筋トレを頼む」

「筋トレ? あ、作戦に備えて?」

「ああ。体力や力は有るだけ助かるからな」

 

 ユーリは力強く頷いた。

 

 我々の目標が決まった。やることをやるだけだ!

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 あれから一年が経った。

 

 ユーリはいつも通り、放送で起きる。いや正確には放送直前だろうか。放送の時間が身体に習慣付いたのだろう。鳴る前に起きてしまう。皮肉な物だ。

 

 ユーリは起きてチラッっと隣のベッドを見る。

 

(あれから一年経つのか……)

 

 サラが死んでからもうすぐ一年である。隣のベッドには誰も居ない。だがそのベッドは綺麗だった。ユーリは毎日掃除を欠かしていないのであった。

 

(サラ。僕は今日も頑張るよ)

 

 その時、放送が鳴る。ユーリは部屋を出て行くのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 いつも通り作業が終わり、日課になった筋トレをしているとウィリーに呼ばれる。

 

 あの事件以降、筋トレをしているユーリは逞しくなった。前はややヒョロだったが、今はなかなかマッチョになったか。栄養が十分だったらスポーツ選手並みだろうか。

 

 それはさておき、ウィリーと共に地下基地に行くとサイオンと博士が居た。

 

 そういえば、ウィリーはサイオンに誘われ入ったらしい。本人はやる気十分だ。空回りしなければいいが。

 

 ウィリーとユーリが来た事にサイオン達が気付くと近づいてきた。

 

「来たか、二人共。今日はな発表が有る。それは「完成したんだよ! HAWが!! コレで計画が成る!!」

 

 サイオンは話を被せた博士を無言で睨む。

 

 博士はそれに気が付いていない。

 

 ユーリは苦笑いするが、ウィリーは喜んで踊っている。

 

 サイオンはんんと咳払いをして、二人を落ち着かせると話を続ける。

 

「まあ、博士の言うとおりHAWは完成した。だから計画を実行に移す! この後皆集めるからここに居ろ」

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 一時間後……

 

 地下基地の格納庫には沢山の人が集まっていた。

 100人ぐらいだろうか。だがその構成は誰もが驚くような物だった。老人もいるし、少女すらいる。そして、主力は少年達である。

 ほとんどが10~15歳ぐらいで構成されていた。

 

 なぜ大人は居ないのかという問いにお答えしよう。

 

 もちろんサイオンみたいな少数の大人を除いて、他の大人は最初に殺されたというのが事実である。地球連合軍に抵抗したので殺されたのである。あの行動には多くの大人が参加していたがほとんど殺されてしまった。そして生き延びた大人は尻込みしている。

 なので、この構成になっているのであった。

 

 皆がざわついているとサイオンが声を上げた。すると皆すぐに静まった。

 

「皆、集まってくれて感謝する。集まって貰ったのは報告したい事が有るからだ。それは後ろを見てくれ」

 

 皆が後ろに振り返る。そこにあったのは完成したHAWである。

 皆、歓喜の声を上げる。

 

 続けてサイオンは声を上げる。

 

「皆、明日作戦を決行する! 今日はゆっくり明日に備えて早めに休んでくれ!」

 

 皆は明日に備えバラバラに散って行く。

 

 ユーリも帰ろうとしたがサイオンに呼び止められる。

 

「ユーリ、後で会議室に集合だ」

 

 サイオンはそれだけ言うと他の人の元に向かって行った。

 

 ユーリは会議室に向かう。その足取りは希望に満ち溢れていた……

 

 



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1-5 反抗開始!

7/27 改稿


 -火星 地下基地 会議室-

 

 ユーリが会議室に入るともう既に中には数人居た。

 そのメンバーは少女、老人、ユーリより年上の少年、博士、他何人かだった。

 何とも奇抜な構成だろうか。

 

 確かに博士や少年、他何人かは戦力になりそうだが少女、老人は戦力になりそうには見えない。

 

 ユーリはそんな事を疑問に思いながらいると、サイオンが入って来ると皆の視線がサイオンに集まる。

 

「皆、集まってくれてありがとう。それでだ。ここにいるメンバーで特別部隊を編成する」

 

 その言葉に皆が驚く。もちろんユーリもだった。

 

 そして気になる事を聞こうとしてユーリが手を挙げようとした時、ユーリより先に声が上げる。

 

「なあ、サイオン。2人ほど戦力外がいるけどどうなんだ?」

 

 発言したのはユーリより年上の少年だった。14歳ぐらいだろうか。少し生意気そうな目つきの悪い少年だった。

 

 サイオンはうんうんと頷き、納得したように答える。

 

「確かに見た目では頼り無さそうに見えるが、お前より強いぞ?」

「何!?」

 

 それを聞いた少年は睨むように2人を見つめる。

 

「まず、ご老人から紹介しよう。こちらはクリフ=アルマン。魔法師だ。最強の魔法師と呼ばれている」

 

 皆は驚いてクリフと呼ばれた老人を見る。

 

 クリフは高笑いしながら答えた。

 

「かっかっかっ! それは元じゃ。今は大して使えん! ただの老人じゃ」

「何だよ。使えねえなら邪魔じゃないか?」

 

 少年の素直な意見にクリフは鋭い目で少年を睨んで、低い声で威圧する。

 

「こわっぱ! まだガキには負けんぞ!!」

「俺はこわっぱじゃねえ! ランス=アーネルという名前がある!」

 

 2人がにらみ合っているとサイオンが間に入る。

 

「2人共、止めて貰いたい。我々はチームなんだ。今の我々の目的は何だ?」

 

 それを聞いた2人はしぶしぶ大人しくなる。

 

 続いてサイオンは少女を紹介する。

 

「コイツはアンジェリカだ。簡単な手当を担当する」

 

 紹介された少女は律儀に栗色の頭を下げる。同時に彼女の長いポニーテールも尻尾のように揺れる。

 

「アンジェリカ=パーセルです! 皆さんの手当をします! よ、よろしくお願いします!」

 

 少女の柔らかい雰囲気で皆の作戦前の緊張がほぐされたのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 サイオンが再び口を開く。

 

「さて、我々の目標は本丸だ」

 

 この言葉に皆がざわめく。

 

「正直、我々が全力を持っても此処の守備隊には勝てない。ならば、本丸を討てばいい。だから、本隊は囮。我々が本命だ」

 

 皆は納得したように頷く。

 

「質問はあるか? ……無いなら解散だ」

 

 それぞれ思い思いに部屋を出て行く。

 ユーリも出て行こうかと思った矢先、アンジェリカに呼び止められる。

 

「あ、あの、エリクソンさん!」

「……確かアンジェリカさんだっけ? どうかしたの?」

「わ、私……エリクソンさんより年下で10歳なので、アンジェリカで大丈夫です!」

「分かった。アンジェリカ、僕もユーリが良い」

「分かりました。ユーリさん、明日頑張りましょうね!」

「えっ!? ……う、うん」

 

 彼女は小走りで去って行く。

 

 ユーリは彼女の謎なテンションの高さに付いていけなかったのであった……

 

 

 

 

 

 ------

 

 翌日、作業していると昨日説明した作戦開始合図の昼休みのチャイムが近づいていた。皆、作業に熱が籠もる。

 

 ーー3、2、1、0!!

 

 そしてチャイムが鳴った瞬間、爆発音が聞こえた。守備隊武器庫の方角だ。

 

 兵士達が慌てふためいてる間に、倉庫に有る武器を皆に配り始めた。

 

 そして周りの兵士を一掃する。

 

 サイオンは指示を出す。

 

「各班ごとに集合! 各班の目標を達成しろ! 自由の為に!」

「「「自由の為に!」」」

 

 皆駆け出して行く。残ったのは会議室にいたメンバーだ。

 

「皆、準備は良いな? ……行くぞ!」

 

 サイオンを先頭に駆け出して行く……

 

 

 

 

 

 ------

 

 あちらこちらで銃声や爆発音がする。怒号や悲鳴もだ。

 

 そんな中、静かに、気付かれないように進む集団がいた。ユーリ達だ。

 ユーリ達は8人である。

 

 ユーリ達は火星支部にたどり着くと、裏口から入った。

 階段を登り、最上階に着いて、真っ直ぐ広い通路に出る。

 火星支部は静かだった。兵士達は駆り出されているのだろうか。

 

 そんな甘い期待に心を寄せていた時、大量の兵士に見つかってしまった。いや、最初から此処に居たという方が正しいだろう。

 

 20名ぐらいだろうか。全員がアサルトライフル、グレネード装備と、完全武装していた。

 

 こちらを見つけた瞬間、発砲してきた。ユーリ達は慌てて隠れるが一人が銃弾を受けてしまう。

 サイオン達は急いで回収するがすでに事切れていた。

 

「クソっ! 何故ここに配備されてるんだ! まだ陽動が足りなかったのか!?」

 

 サイオンは自分の計画に悪態をつくが実際の所、計画は大成功していた。

 

 守備隊はあちらこちらで混乱していて、火星支部に救援要請を送ったが火星支部の兵力は正確に派遣されてなかったのである。

 

 余りにも混乱していたので一部の兵力を我が身の可愛さゆえ、火星支部防衛に回したのである。

 

 成功し過ぎて裏目に出てしまったのである。

 そんな事はサイオン達には知るよしも無い。

 

 サイオン達は選択に迫られていた。

 

 退却か、突撃か。

 相手は大戦力。こちらは7人。

 明らかに勝敗は見えていた。

 

 悩むサイオンにクリフとランスは迫る。

 

「「任せ(ろ)るんだ」」

 

 サイオンはそれに縋るしかなかった。

 

「我々は退くわけには行かない! 自由の為に!」

「「「自由の為に!」」」

 

 サイオン達は銃を強く握りしめ、飛び出して行く……

 

 相手は部屋の前に土嚢を積み重ね、要塞化していた。

 グレネードを投げ込みたいがその距離まで近づけない。

 

 だが、秘策はあった。

 

 クリフは銃火の前に出て魔法を唱えた。

 

「防御魔法、ウォールシールド!」

 

 するとクリフの前に半透明の壁が出来た。

 その大きさは縦、大人2人分、横は3人分もあった。

 その壁は銃火を物ともしなかった。

 ウォールシールドはクリフと共に前進していく。

 

 

 クリフとランスはゆっくりと相手に近づいて行く。グレネードの投合距離まで近づくつもりだ。

 

 しかし投合距離可能距離まで10メートルを越えたあたりの時、突然クリフが咳き込んだ。

 

 すると壁が薄くなり、範囲も小さくなってしまった。

 更に壁にもヒビが入り始めた。

 

 それを見た咄嗟にサイオンは叫んぶ。

 

「クソっ、クリフは魔力切れか……全員、クリフをカバーするぞ! 左右に展開して援護!」

 

 サイオン達は左右の凸凹の壁に隠れて銃撃を始めた。

 

 だが相手は土嚢に隠れながら戦う。その防御は堅く、なかなか倒せなかった。

 

 その間にこちらも被害を出し始めた。

 

 また仲間の悲鳴が響き渡る。

 

 サイオンは舌打ちする。

 

「くっ……またやられたか……」

 

 サイオンが後悔している間にもまた悲鳴が上がった。その悲鳴はユーリだった。

 

 サイオンは咄嗟に振り向く。

 

 ーーまさかユーリがやられたのか!?

 

 だがそうではなかった。撃たれたのはウィリーだった。

 ユーリがウィリーを介抱しているのが見えた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -ユーリサイド-

 

 目の前がゆっくり見えた。ウィリーが撃たれて地面に崩れるように倒れる様子が。

 

 ウィリーは力が抜けたように身体を投げ出すように倒れた。

 

 ユーリは慌ててウィリーを柱の影に運んで、射線から外した。

 

 ウィリーは腹から血を出し、ぐったりしている。目は虚ろになり、意識がはっきりしない。

 

「ウィリー! 大丈夫だ! 今、助けるから!」

 

 ユーリはウィリーの被弾した箇所を手で抑えながら、振り返り、アンジェリカに助けを求めた。

 

「アンジェリカ、頼む! ウィリーを助けてくれ!」

 

 だがアンジェリカは悲しそうに首を横に振り、重たい口を開いた。

 

「ユーリさん、ごめんなさい。私には無理です。銃弾を取り出す技術は私には有りません。それに今、此処では……ごめんなさい」

 

 アンジェリカはただ謝る事しか出来なかった。自分の無力さを噛みしめながら。

 

 ユーリはクリフを頼ろうかと思ったが、クリフは掠れるウォールシールドの維持で精一杯。

 

 ユーリは思い出していた。これはサラと同じだ。自分には何も出来ない。また目の前の命を救えないのかと。

 

 そんなユーリの思いとは裏腹にウィリーは事切れた。

 

 その瞬間、ユーリの頭で何かがはじけた。頭の中を何かが駆け巡り、全身を走った。

 そうすると頭は鮮明になり、世界が変わって見える。

 

 そして、頭の中に言葉が聞こえる。

 

「『さて、始めようか。復讐を』」

 

 ユーリと脳内の2人の言葉がハモる。

 

 気付いた時には、足が踏み出していた。

 そして遮蔽物から出る。

 

 その様子に皆が驚く中、サイオンはユーリを呼び止める。

 

「ユーリ! 前に出るな! 死にたいのか!」

 

 ユーリは振り返り、笑顔で言った。

 

「大丈夫。すぐ終わるから」

 

 サイオンはユーリの目を見て、恐怖した。まるでライオンに合ったような錯覚を覚えた。

 その目は笑っていなかった。

 

 ユーリは前に飛び出す。もちろん相手はユーリに射線を集中させる。

 ユーリの死は確実だった。アサルトライフルを身体中に受けたららもはや、見るのも耐えないぐらいのミンチになるだろう。

 

 だがそれは現実にならない。

 ユーリの前に半透明の壁が出来たからである。

 そうウォールシールドだ。

 

 皆は驚いてクリフを見る。

 だが、クリフすら驚いていた。

 じゃあ誰がウォールシールドを……と。

 

 

 

 

 

 -----

 

 自分自身でも驚いていた。

 だが同時にそんなに驚いていない自分もいた。

 そう、どこかで確信している自分がいた事を否定出来ない。

 

 なんとなく今の自分なら見よう見まねで出来るのではと。

 

 通常、魔法は魔力を持った者しか出来ない。

 

 また魔力コントロールなど素人には不可能だ。

 

 それにウォールシールド……中級レベルの魔法である。見よう見まねで出来る物では無い。魔法教育機関でも卒業近くの生徒しか出来ないのだ。

 

 それを見よう見まねで出来るユーリは魔法師としては奇才である。

 

 自分の目の前に展開された半透明の壁、それを前に押し出すイメージを抱くと、壁は前に動き始めた。 

 

 ユーリはゆっくりとだが確実に近づいて行く。兵士達に向かって。

 

 ある程度まで近づいた。だがそこまでにユーリに傷を負わせた者は誰もいない。

 

 ユーリには次にやるべき事が自然と分かる。

 

 右手をかざして、唱える。

 

「ファイヤーボール」

 

 その瞬間、手のひらから大きな火球が相手に向かい、相手を燃やし尽くした。

 

 火がついた兵士は火を消そうと地面に転がるが、もう既に身体中が燃え、消す前に事切れた。

 

 全ての兵士が死んだと確認したユーリは笑顔で振り返る。

 

「ほらもう終わったでしょ? さあ、本丸に行こう?」

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 -サイオンサイド-

 

 ユーリは俺達に偽物の笑顔を浮かべ、飛び出し、魔法を使い、敵を殲滅した。

 ユーリは魔法に目覚めたのだろうか。それにしても異常だ。スムーズに使えすぎている。

 魔法の事は詳しく無いが、魔法は教育機関が存在するほど難解だ。

 なぜいきなりユーリが覚醒したのか……

 

 とりあえず、今は本丸に行くべきだ。

 

 犠牲を無駄にしない為に!

 

 

 

 

 

 -----

 

 とりあえず、本丸前の戦闘は終わり、こちらの突入準備に入る。

 

「皆、大丈夫か? 各員、今の状況を教えてくれ」

 

 最初にアンジェリカが声を上げる。

 

「死亡者が2名……後、意識不明が1名です」

「クリフか……」

「はい。クリフさんは魔法の使いすぎで意識朦朧としています。命の危険は有りませんが、もう戦えません」

「分かった。アンジェリカもここで待機してくれ。後もう一人護衛に置いて行く」

「って事は俺とサイオンとガキか……」

「ランス! お前もガキだ!」

「イタッ!」

 

 ランスはサイオンにゲンコツをくらい、頭を痛そうに押さえる。

 

「さあ行くぞ!」

 

 3人で扉を勢いよく蹴り開けると、中にはガタイの良い男が豪華な椅子にゆったりと座って居た。左右に2人の兵士を控えさせながら。

 

 男はユーリ達を見ると立ち上がり、拍手する。

 

「ようこそ、反逆者達。良く此処まで来れたもんだなあ。いったいどこからこんなに武器が集まったのか……お前らを殺したら、しっかり屋根裏も掃除しなければなあ」

 

 男はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる。

 負けじとユーリは言い返す。

 

「お前らに勝ち目は無い! 僕は……僕達はお前らに虐げられていた! その復讐を受ける覚悟出来たか!?」

「虐げる? それは人が人に対してだろうが? お前らは人でも無い家畜だから問題無いだろうが!」

「なん……だと?」

 

 ユーリの腹は怒りで煮えくり返った。身体中の穴という穴から火が出そうな感じだ。

 

「なら今から消し炭にしてやるよ!」

 

 ユーリはファイヤーボールを唱える。

 だが、男に届く前に半透明の壁に防がれてしまう。

 そう、ウォールシールドだ。

 

 左右に控えていた兵士が男を守るように前に出る。

 

 それを見て、苦しげにサイオンが呟く。

 

「クソっ、魔法師か。まさかこんなに戦力を保有してるとは……」

 

 そんな呟きに男は高らかに笑う。

 明らかにユーリ達を馬鹿にしている。

 

「ハッハッハッ……火星だろうが、一応司令長官なんでねえ。護衛には魔法師が付くんだよなあ。ハッハッハッ」

「クソっ、ユーリお前しかやれない頼む!」

「分かった」

 

 ユーリは相手に向かって駆け出す。

 

 魔法の撃ち合いだとサイオン達に当たるかもしれない。

 だからユーリは近接戦に持ち込むつもりだ。

 

 相手に向かって走り込み、渾身の右ストレートーー

 

 ーー相手は両手を交差して防ぐ。

 

 ユーリは何発も蹴りやパンチを叩き込んだが全くびくともしなかった。

 

 ユーリは一旦距離を取る。

 

 どうすればいいか悩んでいると後ろから苦しそうな声が聞こえた。

 

「ゴホッ、ユーリ、相手は肉体……ゴホッゴホッ、肉体強化魔法を使っておる……ゴホッ、お主も使え……ゴホッゴホッ」

「ちょっとクリフさん! 無理をしないで下さい! 安静に!」

 

 立つのもやっとなクリフを介抱しているアンジェリカが見えた。

 

 アンジェリカに支えられ、離れて行く。

 

(クリフさん、ありがとう。だから、あの時も勝てなかったのか……)

 

 ふとサラの時を思い出す。全くびくともしなかった理由がやっと分かった。

 

 ユーリは強化魔法を使い、走り出す。そのスピードはさっきとは比にならない。

 

 ユーリはまた右ストレートを繰り出すーー

 

 ーーそれを見た兵士はまた腕を交差させ防ごうとした。

 

 だが、いつまで攻撃は訪れない。

 

 すると背後に気配を感じ、振り返るが、もう蹴りを受け吹き飛んだ後だった。

 壁に激突し、壁が凹む。

 兵士はピクリとも動かない。

 

 もう一人の兵士は戦力差を感じ、司令長官を脱出させようとして入口にいるサイオン達に駆けるが、ユーリが腹に右ストレートをぶち込む。

 

 兵士は声にならない声を出し、床に崩れるように倒れこむ。

 

 ユーリは獲物を狩るような目で司令長官を見る。

 だが、司令長官は冷静な顔をしていた。

 

「ほう、魔法師を倒すとはお前も魔法師だったのか……Bランクぐらいか? なあ、部下にならないか? コイツらの給料ともう一人分付けて、魔法師3人分でどうだ? なんなら、ここの副司令にしてやっても良いぞ。女1人や2人、好きにしていいぞ?」

 

(コイツ!! 馬鹿にしてるのか!?)

 

 ユーリは更に睨みつける。

 

 だが、司令長官は冗談を言っているようには言ってなかった。ヤツは本気でユーリを誘っている。

 

 ヤツの提案は馬鹿らしかった。呆れるほどに。何の為に戦って来たのか……権力が目的ではない。むしろ権力が敵だった。

 

 ユーリ達は自由の為に戦う。

 ならばこの提案はーー

 

 否! 否! 否!

 

 更にユーリの怒りを増長させるには十分だった。むしろ、百分と言ってもいいだろう。

 

 そんなユーリの様子に気付いた司令長官はため息を付く。

 

「はぁ……全く。だから馬鹿は嫌なんだよ。今お前は勝てると思ってるから強気になっているんだよ。

 ここまで譲歩してやったのにまだ求めるのは自分が有利な状況だけだ。

 伊達にここの……火星の司令長官やってないんだよぉ!!」

 

 司令長官はそう叫ぶと突っ込んで来た。そのスピードはユーリの比では無い。

 ユーリは避ける暇も無く、もろに直撃を受ける。

 

 ユーリは扉を突き破り、廊下まで吹き飛び、地面を転がる。そしてピクリとも動かない。

 

 その様子に皆が悲鳴を上げる。

 

「ユーリ!」

「ユーリさん!」

「チィ! クソっ!」

 

 ランスは飛びかかるが司令長官に軽く振り払われ、壁に強く激突する。

 

(クソっ……腕が上がらねえ……)

 

 ランスの右腕は壁に叩きつけられた衝撃で骨折していた。

 

(クソっ……動けよぉぉぉぉぉぉーーー!!!)

 

 

 

 

 

 サイオンは動けなかった。だが、心の中では激しく葛藤していた。

 

(動け! 俺の身体! また目の前で大切な人を失うのか! 妻と娘と同じように! ……くっ、俺にもっと力があれば……救えるのに!)

 

 

 

 

 

 アンジェリカもまた動けなかった一人だ。

 

(私にユーリさんを治療する技術があれば……ウィリーさんも救えたかもしれないのに! ……私……私……強くなりたい!)

 

 

 

 

 

 魔力が尽き、揺らぐ意識の中でクリフはユーリがやられたのが見えた。

 

(フフフ……また若い者が死に、年寄りが生き残るか……世の中は理不尽じゃのう……ワシはここで散る覚悟を決めたんじゃ。最後ぐらい、力を貸さんか、この馬鹿神が!)

 

 

 

 皆が力を欲す。

 すると、皆の頭の中に声が聞こえた。

 

『そう、皆が欲するのは力! 力が無い者は弱者! お主らよ、力が欲しいのか! ならばくれてやろう! 理不尽な仕打ちを受けた者達よ!』

 

 すると皆の身体に光がまとう。

 そして皆、ゆらりと立ち上がる。

 

 司令長官は馬鹿にした顔であざ笑う。

 

「なんだ? 捨て身か? 魔法師に捨て身して、傷一つでも付けられればいいがな」

 

 そう司令長官があざ笑った瞬間に皆が動き出す。

 

 司令長官がまばたきをする暇も無く、身体中に攻撃を受け、絶命した。

 

 その死体は無惨にも身体は四散し、人間の形を残していなかった。

 

 

 ここに火星独立作戦はユーリ達の勝利に終わる。

 



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1-6 ユーリ達の行く末

7/27 改


(ん……う、うん?)

 

 ユーリは目をこすりながら目が覚めた。目を開けると寝ぼけた意識の中、周りの異常さに気付いた。

 そう、世界が白いのだ。周りにはただ一面の白。どちらが上か下か分からない。

 

(え? 僕は……確か……)

 

 ユーリを記憶をたどる。

 

 僕は確か、奴に吹き飛ばされて……どうなったんだ?

 ここはどこなんだ!?

 

 と考えていると後ろから声が聞こえた。

 振り返ると人の形をした黒い影みたいのが存在していた。

 

「……何なんだ? 人……なのか?」

 

 影はユーリの質問に答えた。

 

「ククク……ある意味、人では無いかな。まあどうでもいい。ユーリ、どうだ? 力は?」

 

 ユーリは自分の拳を握りしめる。

 

「……アナタが力をくれたのですか?」

「ああ。絶望に抗う力だよ。好きに使うがいい」

 

 ユーリは頭を下げる。

 

「それはありがとう。でももっと力が欲しい!!」

「……それは何の為だ?」

 

 ユーリは拳を強く握りしめ、影を真っ直ぐ見据えた。

 

「皆を守りたい!! ……そしてサラを奪った地球連合軍をぶっ壊す!! もうこんな世界は嫌だ! 大切な人を奪う世界は!!」

 

 その言葉を受けた影は揺らめく。

 相変わらず表情は見られないが、その影の揺らぎが感情を表しているように思える。

 

「……見事だ。やはり見込んだだけはあるな。ならば皆を導く力をやろう」

 

 影が手をユーリに (かざ)す とユーリの身体を光が (まと) う。

 

「さあ行くが良い。お前の望む未来を掴み取れ……」

 

 影が薄れていく……いや自分の意識が遠のいて行った……

 

 

 

 

 

 -----

 

 目が覚めると目の前には白い天井が見える。余り綺麗では無いが、やはり白は清潔感を感じさせる。

 

(僕は助かったのか……)

 

 助かった事に安堵し、しばらく呆けていると、ユーリが目が覚めたのに気づいてアンジェリカが飛んで来る。

 

「ユーリさん! 大丈夫ですか!?」

「え? ……う、うん」

 

 ユーリはアンジェリカのあまりの剣幕に気押された。

 

「ど、どうしたの? そんなに慌てて」

「当たり前ですよ! 異常は無いのに、全然起きなかったんですよ! 心配するに決まってますよ!!」

「あ、そうか。ごめんね」

「そうですよ! ……ユーリさんが起きなかったら私……」

 

 アンジェリカは俯き、自分の拳をギュッと握りしめる。

 

「え? 何だって?」

「え? ……い、いや、何でも無いです!! あ、皆さんに伝えて来ますね!」

 

 アンジェリカは赤面して、慌てて部屋を出て行った。

 

(アンジェリカは心配性だな……)

 

 ユーリは苦笑いしながらアンジェリカが無事な事に安堵した。

 

 

 

 

 

 -----

 

(私……何言ってるだろ……)

 

 アンジェリカは走りながら、悩んでいた。

 

(ユーリさんには……サラさんがいるんだ……まだ。それを振り向かせようなんて……)

 

 と前を見ずに考えていると、人にぶつかった。

 

「キャッ!!」

「うおっ」

 

 アンジェリカは倒れてしまう。

 

 ぶつかった男はアンジェリカに近寄り、手を貸す。

 

 アンジェリカが見上げて顔を見るとサイオンだった。

 

「アンジェリカじゃないか。大丈夫か? でもよそ見はいかんぞ」

「ご、ごめんなさい!」

 

 アンジェリカは深く頭を下げる。

 そしてふと思い出したかのような顔をする。

 

「あ、そういえばユーリさんが……ユーリさんが!」

「何!? ユーリがどうしたんだ!?」

「目が覚めました!」

「ーー!?」

 

 サイオンは直ぐに駆け出す。

 その前にアンジェリカに伝える。

 

「皆に医務室に来るよう伝えておけ!」

「はいっ!!」

 

 2人共別々に走り出す。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ガラガラッという音と共に扉は開けられた。

 

 ユーリはそちらに目を向ける。

 

「ユーリ! 大丈夫か!?」

 

 ものすごい勢いで詰め寄って来たのはサイオンだった。

 

「うん。力が前よりも充実している。万全だよ」

 

 ユーリは手をグー、パーと開いたり閉じたりする。問題は無く、むしろ、力に満ちている。

 

 その様子を見たサイオンは安堵するが疑問が沸き起こる。

 

「前よりも? ……どういう事だ? まだ力が戻るには早いだろう?」

「普通はね。ある人が力をくれたんだよ。前より強い力を」

「そうか……万全ならいい。なら……」

 

 サイオンが次の言葉を言いかけた時、扉が大きく開いた。

 

「アイツが死んだってホントか!?」

 

 入って来たのは多少息切れしたランスだった。

 ユーリとサイオンは疑問の目でランスを見る。

 

 ランスは元気なユーリを見ると、大きなため息をついた。

 

「はぁぁぁ……アンジェリカの奴ちゃんと伝えろよ!」

 

 すると後ろからクリフとアンジェリカもやって来た。

 

「ランスさん! ランスさんがちゃんと聞かずに走って行ったからじゃないですか!」

「お前が早く言わねえからだろ!」

「それは走り疲れて、頭が回らなかったから……」

「そこまでじゃ二人共」

 

 クリフが間に入る。クリフは2人に注意する。

 

「アンジェリカは簡潔に、まとめなければな」

「はい……」

 

 アンジェリカは反省して、俯く。

 まるでリスのようだ。

 

 続けてランスを注意する。

 

「ランスはユーリを心配して気持ちが焦ったんじゃな」

「別に心配した訳じゃねえ……ただ知り合いが死んだら嫌な気持ちになるから確認しただけだ」

 

 ランスは恥ずかしそうにそっぽを向く。そのまま様子にクリフとアンジェリカはニヤニヤし始める。

 

「フォフォフォ……全く素直じゃないのう」

「ふふ……ランスさんは良い人ですね」

 

 ランスは恥ずかしくなり、居たたまれなくなったのか病室から出て行く。

 

「逃げたな」

「逃げましたね」

 

 クリフとアンジェリカは2人でニヤニヤしていた。

 

 そんな様子をユーリとサイオンは驚いた顔で見ていた。

 

「あの2人、いつの間かに仲良くなったんだか」

「うん、見事な連携だよね」

 

 そんな様子で火星は平和な時が流れて行く。

 

 

 

 

 

 -----

 

 2、3日後、主なメンバーが会議室に集まっていた。

 サイオン、ユーリ、アンジェリカ、ランス、クリフ、他何人かである。

 この会議で戦争の後処理を決めるのである。

 

 サイオンが前に立つ。

 

「皆、集まってくれてありがとう。そして協力してくれた同志達に感謝する。我々は勝ったのだ! 火星は俺達の国だ!」

 

 皆がおう! と賛同する。

 

「だが、その為に多くの犠牲者を出してしまった……だから明日、黙祷及び、火葬をするつもりだ」

 

 皆は小さく頷く。

 

 そして、サイオンの解散の声で皆部屋から出て行く。

 だが、特別部隊のメンバーだけは残された。

 

 ランスはサイオンに問いかけた。

 

「なあ、サイオン。なんで俺達だけ残したんだ?」

「それはだな。明日発表する事を皆に聞きたくてな」

 

 ランスは頭を捻るが全く出てこない。

 

「……なんかあったか?」 

「うむ。……リーダーをユーリにするつもりだ」

 

 この言葉に皆が驚く。

 今までのリーダーはサイオンであり、これからもサイオンではないかという予想を裏切ったからである。

 

 そして一番に声を上げたのはユーリだった。

 

「え? ……ええぇぇぇぇーーーー!?

 なんで僕がリーダーに!?」

「ユーリ、落ち着け。今説明する」

 

 サイオンは慌てるユーリを肩を掴んで落ち着かせる。

 

「まず、なぜユーリをリーダーに推したかだが、それは前の戦いに理由がある。我々が本丸を抑え、勝利したのは誰もが知っているだろう?」

 

 ユーリ達が活躍したように聞こえるが事実、本丸を抑えなかったら作戦は失敗していた。やはり装備、連度、数が違った。普通に戦えば負けるのは明らかだった。だから陽動し、本丸を叩くつもりだったが、作戦は失敗した。思いの他戦力があったのである。

 

 せいぜい、想定されてたのは見回りの兵士ぐらいであった。

 それが完全武装の兵士達と魔法師。備え過ぎも良いところである。

 

 そんな中ユーリ達は打ち破り、司令長官を倒し、指揮が混乱した所を打ち破ったのであった。

 

 もはやユーリ達がいなかったら負けてたのは明らかである。

 

「そこでユーリは覚醒した。そのおかげで我々は倒せた」

「でも……僕が気を失ったのは司令長官にやられたからだったような……」

「確かにお前は意識を失った。それから我々が覚醒して倒した」

「え? え? ……えっ?」

 

 ユーリは皆が覚醒した事に信じられないみたいだ。明らかに困惑した表情を浮かべる。

 

「皆、覚醒したの?」

 

 皆頷く。

 

「全員がユーリみたいな力を出せた。それで倒した」

「でもそれじゃ僕がリーダーになる理由にはならないよね?」

「そうだな。だが覚醒したのには共通点がある。それはーー

 

 

 

 

 

ーーお前を救いたいという気持ちだ」

 

 ユーリは衝撃を受けた。

 

 こんなに思ってくれる人が沢山いる……

 

 困惑してるユーリの目に一筋の涙が零れ落ちる。

 

 泣き出したユーリにランスが呆れる。

 

「はあ、ユーリは泣き虫だなぁ」

 

 やれやれとランスは首を振るが、そこにアンジェリカが乱入する。

 

「あれ? ランスさんもユーリさんが意識無い時、泣いていませんでした? ですよね、クリフさん?」

「うむうむ」

 

 2人共ニヤニヤとランスを見る。

 いきなり矛先が変わった事にランスは困惑する。

 

「なっ! あ、あれは怪我が痛かっただけだ!」

「そうですか。そういう事にしときましょうか」

「素直じゃないのう」

「けっ! やりにくいなぁ」

 

 微笑ましいやりとりが終わると、全員の視線はサイオンに向き直る。

 

「ユーリ、お前は俺達の希望だ。お前には何かある気がする」

 

 皆もうんうんと頷く。

 

「俺達はそれに賭けたい」

 

 皆そんな意見だった。

 

 挑むのは地球連合軍。相手は強大過ぎる。相手は地球全土、いや月もか。それに比べ火星の国力は地方の1都市にも及ばない。

 そんな中、喧嘩をふっかけようとしているのだ。

 もはや希望が無ければやって行けないだろう。

 だから未知の可能性を秘めているユーリに託すのであった。

 

 ユーリはまだ不安そうだ。

 

「でも……僕は何も知らないし、皆に指示する事も出来ない。それでも良いの?」

「大丈夫。俺達が教えるさ。ここには大魔法師のクリフ先生もいるし、俺も、みんなが支える。なに、お前には難しい事を要求するつもりは無い。希望の旗に成るだけで良い。難しい事は分担しよう」

 

 ユーリはサイオンの目を見る。その目は力強い目であった。

 

 そこまで強く思うなら僕は応えるだけだ。

 

「……分かった。僕は皆の希望となる。皆を導く!! そのために力を貸してくれ!!」

 

 ユーリの呼びかけに皆が立ち上がる。

 

「さあ、始めようか。自由の為に!!」

 




そういえば、皆さんはアンジェリカがユーリに好意を抱いている事はお気づきでしょうか?

もし気づいていらっしゃらなかったら表現を改善したいと思います。


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1-7 自由な国を作る為には……

 -火星 元監獄-

 

 あの戦闘からまだ4、5日しか経っていない。まだ至る所に戦闘の痕跡が残っている。

 

 壁に残る弾痕、地面にこびりつく血痕。

 

 まだ戦闘の事から完全に離れられるのは時間がかかりそうだ。

 

 その頃、ユーリは監獄と呼ばれていた建物の中の廊下を歩いていた。そこには沢山の人々が思い思いに遊んでいた。今まで与えられなかった自由を満喫しているのだ。

 

 監獄には大人は少数派である。なのでほとんどが子供である。今まで自由に遊ぶ事が出来なかった子供達が思いっきり遊んでいる。あちらこちらに子供が駆け回っている。

 

 そんな様子を見ながら、ユーリは微笑んでると、子供がぶつかって来る。

 

「あっ……ご、ごめんなさい! 痛いのは許して!」

 

 子供は急に怯え出し、恐怖に滲んだ瞳をユーリに向ける。地球連合軍が居た頃を思い出してたのだろう。

 

 ユーリは子供の頭を優しく抱きしめながら、優しく声を掛ける。

 

「大丈夫。もう怖い人は居ないよ。君を傷付ける人はもう居ないんだ」

 

 最初は身体に力が入り、怯えていた子供だったが、次第に力が抜けていき抱きしめ返してくる。

 

 ユーリは身体を離すと、もう子供は笑顔だった。

 

「お兄ちゃん、ありがとう」

 

 そう言うと子供はさっきと同じようーーいや、さっきより元気に他の子供に混じって行った。

 

 ユーリはそれを眺めながら思った。

 

(まだ、皆の心の傷は癒えて無い……少しずつ癒やして行くしか無い)

 

 ユーリは一気に解決出来ない歯がゆさに歯を食いしばりながら、元地球連合軍支部に向かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -火星 元地球連合軍支部-

 

 長官室に入ると中にはアンジェリカが椅子に座り、 何かを夢中になって読んでいるみたいだ。

 

 入って来たユーリには気付かない。

 

 ユーリは近付いて後ろから声を掛けるとアンジェリカは飛び上がった。

 

「え!? ユーリさん!? ……な、何でここに!?」

 

 アンジェリカは慌てて、読んでいた物を背中に隠した。

 

 ユーリは疑問に思った。

 

(何で隠したんだろう……ちらっと女の人の写真があったような……)

 

 ユーリは疑問に思いながら、答える。

 

「サイオンに話が有るんだけど……ここに居ないのか……」

 

 サイオンに会いに来た事をアンジェリカに伝えるとアンジェリカは安堵する。

 

「あ、そ、そうなんですね! ……さ、サイオンさんは博士の所へ行きましたよ」

「うん、ありがとう。じゃあ博士の所行こうかな」

「あ、あの!」

 

 ユーリが踵を返し、行こうとすると、アンジェリカが引き止める。

 

「あのユーリさんは……胸が大きい人が好きですか? 小さい人が好きですか?」

 

 その質問にユーリは混乱する。

 

「え? どういう事?」

「そのままの意味です!」

 

 ますますユーリは混乱した。

 

(何でそんな事を聞いて来るんだ!? これは罠なのかな?)

 

 とユーリは周りを見渡すが、人もカメラらしき物も見当たらない。

 

 それにアンジェリカの表情は真剣その物だ。

 

 ユーリは仕方ないと思い、思ったままを答える。

 

「僕はどちらでも良いかな。胸の大きさで人の良し悪しが変わる訳じゃ無いと思うよ?」

 

 すると、アンジェリカは喜んだように話す。

 

「そうですか! ご意見ありがとうございます!」

「う、うん」

 

 アンジェリカはユーリの回答に満足したのか、鼻歌混じりに急に掃除を始める。

 

 ユーリはすっきりしないまま部屋を出て行った。

 

 廊下には盗み聞きをしていたクリフが居た。だがユーリは気付かない。

 

(ふぉふぉふぉ。若いとは良いのう。

 ユーリの答えは最良だが、アンジェリカの質問が悪いのう。ユーリ達はまだ、成長期に入ってすらおらん。だから、ユーリの周りにいる女の子はまだ発育しておらんから、胸が大きい小さいなど変わりは無いわ。

 質問するなら成長して差が出て来てからじゃな。ユーリの趣向も変わるかもしれんしのう)

 

 と一人で盗み聞きして楽しんでいるクリフは他の人からは変な目で見られている事には気付いていない。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ユーリは地下基地の格納庫に着くと、博士と話しているサイオンを見つけた。

 近づくと話声が聞こえる。

 

「どうだ? 量産のメドは立ちそうか?」

「うーん。直ぐには厳しいかな。やはり、世間には未知の領域だしね。普通の人にとって人型装甲兵器は夢の存在だから理解するのは時間かかるし、これからコイツを主力に、って事はコストも抑えないと」

「頼む。火星は手に入れても、地球連合軍を倒すには先ずは宇宙の制宙権を取らんと話しにならん」

「分かってる。問題は向こうの技術力の進歩とコストだ。もちろん僕も向こうへ行くよ」

 

 二人共顔を上げ、HAWを見上げる。

 すると、博士はユーリに気付いたのか手を挙げる。

 

「やあ、ユーリ。作戦はお疲れ様。大変だったみたいだね」

「うん。……そういえばあの時、博士は何してたの?」

「僕は此処に居たよ。コイツを改良してたのさ」

「え? じゃあ作戦には参加しなかったの!?」

「そうだね。僕は肉体労働はとんとダメでね。居たら足でまといになるからサイオンに外された」

 

 サイオンはニヤリと笑う。

 

「間違って無いだろう? 博士は子供にも負ける」

「ここの子供は例外だ! 地球の子供ではこんなに動かない!」

 

 博士の苦しい言い訳に二人で笑う。

 すると、サイオンが思い出したようにユーリに聞く。

 

「なあ、ユーリ。ここに来たのは用件があったんじゃないか?」

「あ! そうだった。あのさ、作戦で死んだ人達の葬式しない?」

「ほう……なるほど。ならば今日やるか。皆呼んで来い」

「うん!」

 

 ユーリは早速、人を集めに駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 一時間後、火星にいる全員が採掘所に集まっていた。

 

 目の前にはブルーシートで隠された沢山の死体があった。

 作戦で死んだ者達だった。

 作戦中、身に付けていたのは銃だけ。防具など無い。

 

 一方、敵兵士は防具を付けてたり、盾を持っていたりしたがこちらは服一枚。

 銃弾が当たっただけで死ぬのである。

 そんな中、この者達は勇敢に立ち向かって行ったのである。

 死体の中には友達や兄弟もいるだろう。

 

 悲しみに暮れてる中、サイオンが前に立つ。

 

「皆、集まってくれてありがとう。ユーリから聞いてた通り今から葬式を行う。死体は腐敗が進んでいるから見る事は出来ない。今ここで別れを告げてくれ」

 

 その言葉を聞いた途端に、嗚咽を漏らしたり、泣き声を上げたり、人それぞれの反応を示した。

 

 ユーリもその中の一人だ。

 ユーリはただ、拳を強く握りしめ、目を閉じ、ウィリーの冥福と復讐を誓った。

 

「ウィリー……君の未来を奪った地球連合軍を許さない。僕は必ず復讐してやる」

 

 

 

 

 

 -----

 

 しばらくすると泣いていた者も周りの人達に慰められ、立ち直る事が出来たみたいだ。泣き声も次第に聞こえなくなる。

 

 サイオンはそれを期に話し始める。

 

「皆、良くこらえた! 死んだ者も皆が元気になった事を喜ぶだろう! 

 死者の願いは生者に元気で居て欲しいと思う。そして我々の願いは地球連合軍打倒だ! 我々と亡くなった者達を貶めたのは地球連合軍だ! 

 そして今も我々の同朋を貶めている。同朋を救わなければならん! そのためにはどうするか? 強くなるしか無い! そのためには我々には希望の旗が必要だ。ユーリ! 来い!」

 

 呼ばれたユーリは前に出る。皆の視線はユーリに集まる。

 

「皆も知っている通り、ユーリは力を覚醒し、我々を勝利に導いた。ならば、これからも我々の希望の旗となって貰おうではないか!」

 

 皆が「おぉー!!」と賛同する。

 

「ユーリには我々のリーダーとなってもらう。ユーリ、いいな?」

 

 ユーリは頷き、皆に視線を配る。

 

「皆! 僕に力を貸して欲しい! 地球連合軍打倒の為に!」

 

 ユーリの呼びかけに再び歓声が上がる。

 

「さあ、皆自分の出来る事をやって欲しい」

 

 その言葉にそれぞれ皆散って行く。

 

 ユーリは再度決意する。

 

 必ず地球連合軍打倒してやると。

 



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1-A ユーリ達の日常(閑話)

今話は作者が執筆中に思い付いたコメディーです。
苦手な方は飛ばしても結構です。
本編には影響ありません。

裏話とか日常を書いて行く予定です。

8/16改稿


 ◆葬式の惨劇◆

 

 作戦で死んだ人達を弔う葬式での出来事……

 

 サイオンが前に立つ。

 

「皆、集まってくれてありがとう。ユーリから聞いてた通り、今から葬式を行う。

 死体は腐敗が進んでいるから見る事は出来ない。今、ここで別れを告げてくれ」

 

 その言葉を聞いた途端に、嗚咽を漏らしたり、泣き声を上げたり、人それぞれの反応を示した。

 

 ユーリもその中の一人だ。

 ユーリも思い出すウィリーとの思い出を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれ?

 

 確かにウィリーとは友達だけど思ったより思い出無くね?

 アイツ、親友とか言ってたけどあまり一緒にいなかったなあ。

 

 むしろ、最近知り合ったアンジェリカ達との思い出ばかりだ。

 

 頭の中を角から角まで思い出を探すが、なかなか思い出せないユーリだった……

 

 

 ◆葬式の惨劇 完◆

 

 ユーリ……ヒドいだろ……

 有ってはいけないNGシーンでした。

 

 意外と思い出が無い友人っていますよね。

 

 ※本編ではちゃんと思い出しています。

 

 

 

 

 

 

 ◆地球連合軍の緊急事態◆

 

 -地球連合国 本部-

 

 地球連合国の役員達、10人が会議を行っている。

 その中の一人の男が、足を揺すりながら口を開いた。

 

「マズいですな、皆の不満が募ってきてますぞ」

「何かいい対策が無いか……そういえば、誰かが貯めていると噂が有りますが」

 

 男は会議室にいる役員達を一瞥する。

 

 すると50代ぐらいの女性は不満顔で答えた。 

 

「いやよ。あんなおいしい物が毎日食べれないなんて……食べれないなら死んだ方がマシよ!」

「ははっそうですな。老人にとって唯一の楽しみですからなあ」

 

 会議室中に笑い声が響く。

 すると一人の老人が自慢げな顔で口を開いた。

 

「いい考えあるのじゃが、火星から取り寄せたらどうじゃ?」

 

 その提案に女性が食いつく。

 

「え? 火星に有るのですか?」

「え? 無いのか?」

「有るわけ無いでしょう」

 

 すると、女性はヒステリックに叫びだす。

 

「あれが無いと死んでしまう! 軍を出動させなさい!」

「はっ!!」

 

 部下に指令を出す。

 

 地球連合軍は大量の兵士を動員し、目標地点に向かう。

 そして包囲した。

 

「こちらは地球連合軍! 直ちに降伏しろ! 抵抗するなら手段を問わない」

 

 だが、反応は無い。

 ついに突入する。

 

 兵士は入り口から一斉に入り、中に居た人に銃を向ける。

 中に居た人は手を上げ降伏する。

 

「こちら、アルファ、目標を確認奪取した」

「こちらもだ。ブラボー、目標を手に入れた」

 

 どちらも手に入れたのは白い液体だった。

 ドロドロした粘り気たっぷりの液体である。

 こんな物良くそのまま飲めるなと兵士達は呻くのであった。

 

 一時間後、白い液体が女性の元に到着する。

 

「お主、良く飲めるな。ワシには気持ち悪くなるわ。普通はかけるもんだぞ」

「私にはコレが無くては生きて行けませんわ」

 

 女性は直接口を付け、ゴクゴクと飲んで行く……

 

 周りの人達はあまりの熱中さに呆れるのであった……

 

 

 

 ◆地球連合軍の緊急事態! 完◆

 

 皆さん女性が欲しがって居た物、何か分かりますか?

 メッセージを送ってくだされば、答え合わせします(*´ω`*)

 

 いつでも応対しますので、気になる方はどうぞ( ・∀・)つ

 

 

 

 

 

 

 ◆もし、サラが話しかけて来なかったら……◆

 

 

 そのトラックには自分と同じぐらいの女の子がいた。

 ユーリが女の子に向けた時、目が合った。

 ショートヘアーの赤い髪が印象的で目が大きく、可愛らしい少女だった。

 

 ユーリはしばらく無言のまま、見つめてしまった。

 だが少女は目線をすぐ逸らし、どこか上の空だった。

 ユーリがどれだけ見つめていても、少女は気づかない。

 

 ユーリはどうしても話したい。この子とお話したいという気持ちでガン見する……

 しかし、少女は全くユーリには気づかない。

 

 その様子を見かねたユーリの父がユーリに話しかける。

 

「ユーリ、あの子が気になるのか? 話しかけてみれば良いじゃないか」

「ええ!? ……僕には出来ないよぅ」

「このままじゃ見るだけになるぞ? 良いのか?」

「でも……うーん……だけど……」

 

 ユーリのそんな様子にため息を付き、父は呆れたのか、力を貸す事にした。

 

 ユーリ父はサラ父に話しかける。

 

「こんにちは。アナタも家族で火星に?」

「こんにちは。ええ、家族で火星に行きますよ」

「家族連れとは嬉しいですよね。一人では寂しいですからね」

「そうですね。私も一人では……」

 

 2人共苦笑いする。やはり単身赴任は父親としては寂しいのだろう。

 

 続いてユーリ父が話す。

 

「家族は奥さんと娘さんで3人ですか?」

「ええ。2人共来てくれてホッとしてます。地球に残りたいとか言われたらどうしようかと思ってました」

「大変ですねぇ。ウチはすんなりとも来てくれて助かりました」

「私はウチの中で権力弱くて、女2人、男1人ですからいつも負けてます……」

 

 サラ父は苦笑いするがそんなに困ってないようだ。なんだかんだ上手く行ってるらしい。

 

「お互い頑張りましょう。ああ、失礼。自己紹介してなかったですね。私はユーリ父です。この子は息子のユーリです」

「あ、どうも。私はサラ父です。ウチの娘のサラです」

 

 サラの父はサラを呼ぶが、サラは上の空である。

 サラの父はサラの肩を叩く。

 

「サラ! 挨拶しないか!」

「えっ? な、何?」

 

 サラはハッとして慌てて返事する。そんなサラを急かす父。

 

「ほら挨拶しなさい」

「は、はじめまして。サラです」

 

 サラは明らかに動揺していて、目線が定まらない。

 

 ユーリの父は、慌てているユーリを小突く。

 

「ほら挨拶しろ。これで話せるだろ?」

「う、うん。父さんありがとう」

 

 そしてサラに向かい、口を開く。

 

「ぼ、僕はユーリ=エリクソン10歳です! よろしくお願いします!」

 

 

 ◆もし、サラが話しかけて来なかったら……完◆

 

 お父さんイケメン(#^_^#)

 結局本編に収束させました。2人が出会うのは運命なのだ……

 

 もうお父さん達はお役御免です。安らかにお眠り下さいナム

 

 

 

 

 

 

 

 ◆アンジェリカとクリフ◆

 

 火星独立作戦前に(さかのぼ)る 。

 

 サイオンから呼び出しを受け、アンジェリカは会議室に入る。

 サイオンからはようやく時が来たとしか聞いていない。

 だが、何かが始まるのだという事は理解出来た。

 

 アンジェリカが会議室に入ると中には老人だけだった。

 その老人は椅子に座り、微動だにしない。

 

 しばらく椅子に座り、ぼーっとするが、老人をチラッと見る。

 

 老人は入って来た時からまだ微動だにしない。

 

 アンジェリカはまさか……と不安になり声をかける。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 だが、反応は無い。

 アンジェリカは更に不安になり肩を揺する。

 

 すると、老人はゆっくり椅子から倒れるように落ちた。

 

「えっ!? あの! 大丈夫ですか?」

 

 アンジェリカは慌てて脈を取る。

 だが、すでに脈打ってはなかった。

 

「えっ? まさか心筋梗塞!? ……それとも……」

 

 アンジェリカは必死に考えるがどれもアンジェリカには今からは何も出来ない。

 

 せいぜい、心肺圧迫か人工呼吸しか出来ない。

 

 とりあえず、アンジェリカは誰か呼ぶ為に会議室を出ようとするーー

 

 

 ーーその肩に誰かの手が置かれる。

 

 アンジェリカは恐る恐る振り返るとそこには先程の老人が居た。

 

「……お嬢ちゃん、どこ行くんだい?」

 

 その老人の顔は死にかけてるゾンビみたいな顔であった。

 

 その言葉にアンジェリカはーー

 

 ーー悲鳴を上げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 アンジェリカが落ち着いて来た頃、顔が腫れたクリフが居た。

 

 アンジェリカは嬉しいような、怒っているような形相でクリフに怒る。

 

「ヒドいじゃないですか!! 何ですか、死んだふりって! そんなの普通の人には出来ませんよ! ホントに死んでますし!」

「ワシだけの特技じゃ。少しやりすぎたかもしれんのう」

 

 だが全くクリフに反省の色は見えない。

 

「あんな特技要りませんよ! ……やり過ぎです!」

「老人の楽しみじゃ。

 ……ところでお主も叩き過ぎじゃないかのう。これ老人をいたわりなさい」

「騙す人にはこれぐらいしなきゃダメです!

 ……ところで自己紹介してませんでしたね。私はアンジェリカです」

 

 アンジェリカはペコリと頭を下げる。

 

「クリフじゃ」

 

 そう言いながら自慢の白髭を弄る。その長さは胸まで届きそうだ。

 

 アンジェリカは少し長い髭をチラッと見てからクリフを見る。

 

「クリフさんですか。よろしくお願いします」

「うむ。……ん? お主悩み事あるな?」

 

 クリフは目を細め、不敵に微笑む。

 

「えっ? 分かるんですか?」

「ワシぐらいになると分かるのよ」

 

 クリフはフッフッフッとドヤ顔をする。答えを急かすアンジェリカにもったいぶりながらゆっくり答える。

 

「それはじゃな。……ズバリ……恋じゃな?」

「え? ええっっーー!? 何で分かるのですか!?」

 

 アンジェリカは目を見開き、口を抑える。当てられた事が信じれないみたいだ。

 

 クリフは慌てているアンジェリカには分からないようにニヤリとする。

 

(このぐらいの年頃の悩みは恋が定番じゃからな)

 

 不敵に微笑むクリフには気づかないアンジェリカは更に質問する。

 

「私、どうすればいいのでしょうか?」

 

 もう既にアンジェリカは信じ込んでいるみたいだ。

 

「ふむ。まずは相手を知らずには攻略出来ん。相手を知るのじゃ」

「相手を知る……確かにあまり知らないですね」

 

 アンジェリカはうんうんと頷き、納得している。

 

「ならばじゃ。まずは顔見知りになる事じゃ」

「分かりました! アドバイスありがとうございます、クリフさん」

 

 これからどうしようかと考えて、楽しそうなアンジェリカを尻目にクリフはにやける。

 

(楽しくなってきたわい)

 

 

 

 

 

 ◆クリフとアンジェリカ 完◆

 

 実は2人はここで仲良くなっていたのでした。

 

 アンジェリカは真剣ですがクリフは楽しんでそうです。

 まあ2人共win-winなら良いんじゃないでしょうか。

 

 さてお次はあの方の復活回です。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆血のバレンタイン◆

 

 作者の時期からもやや遅いが気にしない。

 作者も関係なかったのも気にしない。

 だが、一部の人には大イベントである。

 

 わ•た•しには関係ないが火星では一大イベントだ。

 

 ※誰も死んで無い設定で、火星独立作戦後です。

 

 火星にバレンタインがやって来る!

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 2月14日ーー地球だけでは無く、火星にも例外なくバレンタインデーはやって来る。

 

 その日の前日。

 

 火星の女の子達もやる気まんまんだ。

 

 そして多くの戦う乙女達が厨房に集まっていた。

 

 

 

 

 

 -火星 厨房-

 

 2月13日

 

 地球連合の施設には大きな厨房が有る。ユーリ達が使っていた食堂の厨房だ。

 ユーリ達に出す物は単純な物だったが、兵士達に出す物はそれなりの物であったから厨房はそれなりに広く、設備も揃っていた。

 

 そんな立派な設備の中、みんな試行錯誤しながらチョコを作っていたが、まだ座って動かない3人がいた。

 

 サラ、アンジェリカ、ベティである。

 

 なぜ3人が動かないかというと雑誌とにらめっこしていたからである。

 

 雑誌の内容は

 

『オリジナルチョコで他の人を圧倒しよう』

 

 という記事であった。

 

 記事にはその人の特徴が分かる材料を入れていて、食べた瞬間、誰のチョコか分かるという事が書いてあった。

 

 たくさんあるチョコの中でどれが誰のか分からなくなる物だ。

 そんな中明らか印象強いチョコは記憶に残り、上手く行くと書いてある。

 

 しかし、3人の女の子は自分らしさに悪戦苦闘していた。

 

 自分のらしさとは何か?

 

 3人は長い間、考えたが自分達で結論を出すには難しいという結論に至った。

 

 そこで他の人に聞くのはどうだろうかと思いつく。

 

 3人は思い思いに厨房から散って行った。

 

 

 

 

 

 

 -サラ サイド-

 

 まず真っ先に向かったのはユーリの所である。

 

 ユーリは部屋で筋トレをしていた。

 

 サラが近付くとユーリは気づき、筋トレを止め、サラの方へ向く。

 

 逞しくなった身体に汗が滴り落ちる。

 

「あれ? サラ戻って来たの? 早いね」

「違うよ。ねえユーリ君に質問有るんだけどいい?」

 

 ユーリは驚いて自分を指差す。

 

「え? 僕、頭良く無いけど大丈夫?」

「ふふふ。勉強じゃないわよ。あのね、私の特徴って何?」

「特徴? ……うーん」

 

 ユーリは首を捻って考える。サラの行動や雰囲気を振り返る。

 

 しばらく考えるとユーリは思いついた。

 

「サラは太陽かな」

「太陽?」

 

 サラの疑問にユーリは自分で確かめながら話す。

 

「うん。サラは僕を明るく照らしてくれる。サラがいなかったら僕は生きてなかったかも」

 

 その感謝の言葉に、サラは頬を緩ませる。

 

「ふふ、ユーリ君は大袈裟だね。……ありがとう。私もユーリ君に助けられたから今こうして生きてるんだよ」

「じゃあお互い様だね」

「うん。ユーリ君ありがとうね」

 

 サラはユーリにお礼を言い、部屋を出て行く。

 その足取りは軽やかでイメージが固まったみたいだ。その足先は厨房だ。

 

 

 

 

 

 -アンジェリカ サイド-

 

 アンジェリカは悩んでいた。誰に聞くかである。

 本心ではユーリに聞きたいがサラが向かったはずである。

 

 私がユーリさんの所に向かったら……

 

 と心の中で攻防していると、クリフがやって来る。

 面白い物を見つけた子供のような笑顔だ。  

 

「お悩みですかな、お嬢ちゃん?」

「あ、クリフさん!」

 

 クリフの顔を見たアンジェリカは笑顔になる。

 そこですかさず、クリフは助け舟を出してあげる。

 

「明日の事かね?」

「ふふ。さすがですねクリフさん。その通りです!」

 

 アンジェリカは多少驚くが、もうクリフがお見通しな事には慣れてきたようだ。

 

「で、何かな?」

「あの、私の特徴って何ですか?」

 

 クリフはアンジェリカを頭の天辺から足の爪先まで見る。

 クリフにアンジェリカは見透かされてるような感じになり恥ずかしくなり、身体を少しモゾモゾとさせる。

 

 顎の白髭を弄ったクリフは少し考えた後、答えを出した。

 

「ふむ。清廉じゃな」

「清廉ですか?」

 

 クリフはうんうんと頷きながら続ける。

 

「お主は清廉じゃ。何色にも染まらない白色のような心が綺麗じゃ」

「ありがとうございます」

「このまま清廉で居るんじゃぞ」

「はい! ありがとうございます!」

 

 アンジェリカもチョコのイメージが固まったのか、厨房に向かう。

 

 その途中、ユーリと遭遇する。

 ユーリは汗を流す為、浴場に向かう途中だ。

 

「お、アンジェリカじゃないか。みんな何してるんだ?」

「ユーリさん……こんにちは。それは秘密です♪」

 

 誤魔化すアンジェリカにユーリは少し拗ねる。

 

「えー教えて欲しいなあ。

 ……そういえば、サラが変な事聞いて来たな」

「私の特徴って何ですか? とかですか?」

 

 その的確な答えにユーリは驚きながら、疑問に思う。

 

「そうそう! ーーって、何でアンジェリカが知ってるの?」

「あ、私も聞いてみたくて……ダメですか?」

 

 そのキラキラとした視線にユーリは諦める。

 

「ダメじゃないけど……うーん、アンジェリカは健気かな」

「健気……」

 

 アンジェリカは健気という言葉を思い浮かべる。

 

「うん。アンジェリカはスゴいようには見えないけど、アンジェリカは必死にみんなの為に頑張っている姿が印象的だなあ」

 

 しみじみとユーリはアンジェリカが頑張る姿を思い出し、頬を綻ばせる。

 

 そんなユーリを見たアンジェリカも笑顔になる。

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 アンジェリカの感謝の言葉に、ユーリは悩みながら聞く。

 

「こんなんで良いのかな?」

「いえ、助かります」

「良かった。じゃあまた後で」

 

 ユーリはそのまま、浴場に歩いていく。

 そのユーリの背中を見つめているアンジェリカの顔は少し哀しげだった。

 

 

 

 

 

 -ベティ サイド-

 

「どうしようかしら……」

 

 と溜め息付くベティの心は晴れなかった。

 

 何故かと言うと、ベティにはあまり男友達は多くない。

 誰に聞こうか悩んでいる所にウィリーが通りがかる。

 

「お嬢さん、悩み事かい?」

 

 と自称イケメンスマイルで話しかけてくるウィリー。

 

 ベティは無視しようと思ったが、ついでだから聞くかという軽い気持ち聞いてみる。

 

「ねえ、私の事どうおもう?」

 

 その質問にウィリーはキョトンとする。

 しばらくするとウィリーは慌てて出す。

 

「い、いきなり、ドストレートな質問だなあ! 俺的にはなかなか可愛いと思うけど……まだ知り合ってから日が経ってないし……もう少し知り合ってから答えても良いかな? 最初は友達からで良い?」

 

 その答えを聞いたベティはみるみる赤面し、大きな声で否定する。

 

「ちょっと! そういう意味じゃないわよ! 私の特徴って何? って聞きたかったのよ! ウィリーのバカ!」

「え? 痛っ! 痛いって! ごめん、勘違いしたんだよ! 許してー!」

 

 ベティはウィリーをボコスカ殴る。

 少し殴って気が済んだのか、早くと答えを催促する。

 

 ウィリーは咄嗟に出てきた考えを口にする。

 

「え、えーと。……女王様?」

 

 ベティは無言で拳を振り上げる。

 

「冗談です! アメリカンジョーク! 真面目にやるから! ……えーと。センニチコウとかどうかな?」

「センニチコウ? 何それ?」

 

 センニチコウ……ベティには聞いた事の無い言葉だった。

 

 頭にクエッションマークを出しているベティにウィリーは得意げに説明する。

 

「センニチコウは花の一つで花言葉に強い意志とか有るらしいよ」

 

 強い意志ーーそれはベティにぴったりだった。

 

「良いわね。私にはピッタリだわ。

 ……ところでウィリーが花言葉に詳しいとはびっくりしたわ」

「俺は博学だからな!」

 

 と言うウィリーは鼻を高くして、ふんぞり返る。

 

 だが、ベティは冷たい目線を向ける。 

 

「……そうね。そういう事にしとくわ」

 

 冷たい視線に気づいたウィリーは居たたまれなくなる。

 

「ど、どうも」

「ありがとう。参考にするわ」

 

 だがベティも感謝はする。ウィリー、最初はふざけていたが最後には正直に言ってくれたのだ。

 

 ベティの気持ちも決まったのか、厨房に向かって行った。

 

 そして3人は思い思いのチョコを作り始める……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 2月14日 バレンタイン当日

 

 ユーリは朝から筋トレしていると、ウィリーがやって来た。

 

「よお、ユーリ。朝から精が出るな」

「おはようウィリー。少しでも強くならないと……」

 

 とウィリーに返事をしながら腕立てを行う。

 ウィリーは感心しながら腕立てをしている様子を眺める。

 

「やるなあ。てかお前今より強く必要あるのか?」

「ある。地球には魔法師は沢山いるから……まだ僕はどの位強いか分からないから精進しないと」

 

 火星独立作戦ではユーリは、火星司令長官に敗北している。だからまだ上を目指す必要が有るのだろう。

 

「なるほどなあ。

 ……そういえば、今日、何の日か分かるか?」

 

 ウィリーはニヤニヤしながらユーリに聞く。

 だがユーリには分からないようだ。

 

「え? 何の日だろう。なんかの記念日?」

 

 ユーリの分からないという顔を見たウィリーは呆れる。

 

「ハァ。お前……まあユーリなら納得するわ。今日はバレンタインだよ」

 

 ユーリに今日がバレンタインだと教えると納得した顔になる。

 

「あ、バレンタインは今日なんだ。なんかチョコが貰える日でしょ?」

「……それは勝ち組。お前は俺の仲間だよなあ?」

「仲間? そういえば、この時期に良くチョコ貰ってたなあ。バレンタイン、今日だったのか」

「ーーこの裏切り者ーー!!」

 

 ウィリーは泣きながら走り去って行く。

 ユーリには結局なんでウィリーが泣いてるか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ユーリが筋トレから戻って部屋に戻ると、既にサラが部屋にいた。

 だが、少し様子が変だ。何故かモジモジしている。

 

「ただいま。ん? サラ、トイレはあっちだよ?」

 

 そう言うとサラは赤面し、怒り出す。

 

「ユーリ君のバカ! トイレじゃないよ! あの、これ!」

 

 と少しプンプンと怒りながら、サラは何かを差し出して来た。

 良く見るとチョコである。

 

「サラ、ありがとう! 嬉しい!」

 

 そんなユーリの様子を見てサラは安堵した。

 

「良かった~ユーリ君喜んでくれて」

「サラから貰えて嬉しいよ。あ、もうすぐご飯だからその後でもいい?」

「うん。今渡さなくても良かったね。感想楽しみにしてるね」

 

 感想か……難しいなあ。

 

「感想かあ。僕、評論家じゃないから上手く出来ないかも」

「素直な感想で良いんだよ」

 

 そう言ってくれるとユーリの気持ちは少し軽くなる。

 

「さあ、ご飯行こうか」

 

 二人で食堂に向かう。

 

 食堂には既にみんなが居た。

 

「ほれ、二人でいちゃついて無いで席に着かんか」

「クリフさん、別にいちゃついて無いよ!」

「今日は辞めといた方がいいぞ、ユーリ」

 

 サイオンが指差す方向には血走った目をしたウィリーが居た。

 

(これはヤバそう……大人しくしよう)

 

 と大人しく席に付くユーリであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 食べ終わって食器を洗っていると、トトトとアンジェリカが近づいて来る。

 

 近づいて、気持ちを固めたのか話しかけて来る。

 

「あの、ユーリさん」

「ん? アンジェリカどうした?」

「良かったらこれ!」

 

 アンジェリカが両手で差し出したのはチョコだった。

 

「アンジェリカもかい? ありがとう」

「あ、サラさんも渡してましたか。いつもユーリさんにはお世話になっているのでどうぞ」

「僕の方こそお世話になってるよ。いつもありがとうね」

「いえ。それではまた後で」

 

 アンジェリカは急いで小走りで去って行った。

 

 

 

 

 

 -----

 

「はあはあはあ……」

 

 ユーリから走って逃げたアンジェリカは息を落ち着かせて居た。

 

(私……何で言い出せなかったのよ!!)

 

 とアンジェリカは自分を責める。

 

 本命チョコを義理チョコとして渡すという女性は誰しも経験してるので無いだろうか? 

 アンジェリカもそれに苦しむ1人の乙女だ。

 

 するとそこにクリフがやって来る。

 

「アンジェリカ……渡せたかのう?」

「渡せました……でも義理チョコとしてです……」

 

 そう言うアンジェリカは俯く。

 だが、クリフは悲観していない。

 

「ふむ。アンジェリカはどうしたいのじゃ?」

「ユーリさんと! ……でもサラさんを困らせたく無いです……」

 

 アンジェリカは一度強い意志でクリフを見つめるが、現実に見て、目線を伏せてしまう。

 

「ならばじゃ。正々堂々サラに話してみたらどうじゃ? お互いに隠し事無しで競ってみたらどうじゃ?」

「でも……」

「恋は戦争じゃ。だが、正々堂々やらんと反感買うんじゃ。だから正々堂々正面から行くのじゃ!」

「……分かりました。ありがとうございます!」

 

 恋は戦争ーーこれはあながち間違いでは無いと思う。どんな手段を使おうとも相手の心を手に入れたら勝利である。

 勝てば官軍。

 

 そんな非情な戦いだが、お互い仲間、恨み合いたく無い。

 

 だからお互いに納得行く経過を経て、白黒はっきり着けたかった。

 

 アンジェリカは決心したのか駆け出して行った。

 

 だが、しばらくするとアンジェリカが戻ってきた。

 

「あ、クリフさん! クリフさんにも、どうぞ!」

「お、ワシにもくれるのか!」

 

 そう言うクリフはとても嬉しそうだ。

 

「はい! いつもお世話になってますから!」

「ふっふっふっ。ワシにも春が来たかのう」

「もちろん、義理チョコですけど!」

「グフッ……」

 

 当然な義理チョコにダメージを貰うクリフ。

 

 今度こそアンジェリカは走って行った。

 

 

 その背中をクリフは暖かい目で見送る。

 

 

 

 

 

 -----

 

 アンジェリカはサラの元に着く。

 

「サラさん!」

「アンジェリカじゃないの。どうしたの?」

 

 アンジェリカは一度深呼吸する。

 気持ちを固め、サラと目を合わせる。

 

「私は……ユーリさんが……ユーリさんが大好きです!」

 

 決死の告白をサラにぶつける。素直な気持ちを述べたまでだ。

 

 その告白にサラは特に驚いた様子ではなかった。

 

「知ってるわ」

 

 その言葉にアンジェリカは頭が真っ白になる。

 

「え?」

「なんとなくアンジェリカの目がユーリ君の事好きって言ってるような気がしたから」

 

 アンジェリカは目を隠す。また見透かされてような気がしたからだ。

 

「ふふ。今じゃないのよ。たまにそんな感じがするのよ」

 

 アンジェリカが偶にチラッと見せるユーリを見つめる乙女の視線。

 それをサラは見抜いていた。

 

 もはや隠し事はしないと決めたアンジェリカは提案する。

 

「そうですか……サラさん。是非私とユーリさんをかけて競いませんか?」

 

 頭を下げ、懇願する。

 

 しかし、その答えは否定だった。

 

「ダメ」

「え?」 

 

 アンジェリカは落胆した。

 

(ダメだよね……そりゃあ横取りしようとしてるだもんね)

 

 否定される事を納得している自分もどこかに居た。

 

 俯いて、サラから離れようとした時、サラが近づいて来る。

 

 次にサラの口から出た言葉は衝撃だった。

 

「競うんじゃなく、共有しない?」

「共有ですか!? い、良いんですか?」

 

 サラの言葉は信じらんないのは当然だ。

 

 自分が独占出来るというのに、わざわざ半分こしようと言うのだ。

 

 こんな素晴らしい彼女は世界中、探しても居ないのでは無いだろうか?

 

「アンジェリカなら私は良いのよ。どちらかが悲しむのは嫌だしね」

 

 サラはウインクする。

 サラは本気みたいだ。

 

 その強い意志を感じたアンジェリカは深々と頭を下げる。

 

「サラさん……ありがとうございます!」

 

 サラはアンジェリカの顔を上げさせる。

 

 そして笑顔で提案する。

 

「じゃあ、お互いにユーリ君が好き者同士、ユーリ君について話さない?」

「良いですね!」

 

 ここにユーリ大好き同盟が結成された。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -ベティ編-

 

「ふう。作ったけど誰に渡せば良いかしら」

 

 完成したチョコを目の前にため息を付いていた。

 

 勢いで作ったベティは作ったが誰に渡すか全く決めていなかった。

 

 捨てるにはもったいないので自分で食べようとしていた所にウィリーがやって来る。

 

 ベティの手元を覗き込み、チョコを見ると、質問してくる。

 

「なあなあ、それ誰かに渡さ無いの?」

「ええ、とりあえず作ってみた感じだわ……無駄にしたわ」

 

 ベティは額にシワを寄せ、勢いで作った自分を反省する。

 

 困っているベティにウィリーは提案する。

 

「余ってるなら、俺にくれないか?」

 

 その提案に感謝しようとするが、直ぐに察する。

 

「……なるほどね。哀れなウィリー君にあげるわよ」

「え! 良いんっすか! ベティの姉御!」

「その呼び方止めて! 可愛いく無いじゃないの」

 

 ウィリーはベティを姉御と拝みながら、大事そうにチョコを貰う。

 

 ベティからチョコを受け取ると卑しい人みたいにチョコを懐に抱え込み、絶対に渡さない態勢を取る。

 

「もう返してって言っても返さないからな!」

「そんなに固執しなくても……」

 

 ベティは髪を弄くりつつ、呆れながら、言う。

 

「そんなに欲しいなら……来年もあげるわよ」

「マジで! あざっす!」

 

 こうして来年のバレンタインもウィリーのチョコは一つ確保されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -エピローグ-

 

 それぞれがチョコを想いの人? に渡した後の事である。

 

 ユーリはサラとアンジェリカのチョコを。

 クリフはアンジェリカのチョコを。

 ウィリーはベティのチョコを。

 

 それぞれ食べようとしていた。

 

 泣いて居たウィリーはどこへやらの円満の笑みだ。

 

「なあなあ、ユーリはいくつ貰ったんだ? 俺は一つ」

「2つだね」

「チクシュウ! サラだけじゃないのか!」

 

 ウィリーは机を叩く。そんなウィリーにクリフからの追撃が入る。

 

「ワシもじゃよ」

 

 チョコを片手に嬉しそうなクリフがやって来た。

 

「クリフさんもアンジェリカに?」

「うむ。さて食べようじゃないか」

 

 2人がチョコを取り出すのを見て、ウィリーも渋々、席に着く。

 

 サラのは見た目は普通のチョコで有ったが、臭いが普通とは違った。

 サラのはオレンジの臭いであった。

 

 

 

 そしてアンジェリカはホワイトチョコ。

 

 ベティはストロベリーのチョコであった。

 

「「「おおー!!」」」

 

 3人共、驚く。予想以上に見事な見た目である事に。

 

 ユーリはサラの。

 クリフはアンジェリカの。

 ウィリーはベティの。

 

 チョコを食べる。

 

 一口目……パクッ……

 

 ユーリはオレンジの香り。

 クリフは甘ーいチョコの香り。

 ウィリーはストロベリーも香りを

 

 

 

 

 

 感じるハズだったーー

 

 

「「「しょっぺえーーー!!」」」

 

 3人は咄嗟にチョコを吐き出す。

 

 口の中をしょっぱい……を通り越し、塩辛くなっていた。

 

 なんとチョコには砂糖では無く塩が使われていたのであった。

 作った3人は余りにも自分らしさを表現するのに必死なあまり、材料の確認をしていなかったのだ。

 

 

「何だこのしょぱさは!? あいつら、俺達を高血圧で殺す気か!!」

 

 ユーリはクリフの歪めた表情を見て、手元にある未開封のアンジェリカのチョコに恐怖を感じる。

 

「まさかアンジェリカのチョコも……」

「ダメじゃぞ、ユーリ……」

 

 クリフは絶え絶えにユーリに忠告し、倒れる。

 

「「クリフさーん!!」」

 

 

 ここに血のバレンタインが起こった……

 

 

 ◆血のバレンタイン 完◆

 

 バレンタインは恐ろしい((((;゜Д゜))))

 私には無くって良かった(涙目)

 




とりあえず、閑話は今話でお終いです。

次話でユーリ編は最後です。

また思いつき次第閑話投稿しますね。


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1-8 開戦……我々の願いは一つ

こんにちは。こんばんは。

今回がユーリ編最後となります。
(まあ、この後も出てくるけどボソッ)

これからの視点は新キャラ中心となって行きます。

9/3改稿


 

 あれから何年経っただろうか……

 6……いや、7年だ。

 7年掛けて力を貯めて来た。

 

 そして僕ももう18だ。

 まだまだ若輩者だが、皆の助けを借りてここまで来れた。

 

 上を見上げると沢山のHAWが開戦を待って鎮座していた。

 その周りを兵士達がーーいや、仲間達が走りまわっている。たまに怒号も聞こえる。

 

「おーい、こちらにも部品を回せ!」

 

 皆はもうすぐ来る開戦に備えて大急ぎで最終点検を行っている。

 青年は踵を返すと、仲間達が声を掛けて来る。

 

「リーダー! 頑張って下さいね!」

 

 リーダーは背中を向けたまま手を上げ、応える。

 その背中は闘志に満ちていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 司令部に戻り、長官室に入ると全員揃っていた。

 

 逞しくなり、大人になったがまだ少し幼さが抜けていない、男。

 

 成長したがまだ、少女と女性の中間のような可愛いらしさと美しさを兼ね備えてる年頃の女の子。

 

 少し、年を取ったがまだまだ全盛期の力が出せそうな身体と鋭い目つき。だが、皆は知っている。誰よりも優しい男だと。

 

 そして、もう何歳なのだろか……全然衰える様子の無い好々爺。

 

 全員が勢揃いしていた。

 読者の方もご存知な仲間達である。

 上からランス、アンジェリカ、サイオン、クリフである。

 そして入って来たのはユーリである。

 

「ユーリさ……ではなくリーダー。物資の確認終了しました」

 

 アンジェリカはユーリに向かって敬礼する。敬礼したは良いがアンジェリカの可愛さで締まりが無い。

 するとサイオンに優しく咎められる。

 

「アンジェリカ、今は俺達だけだ。コイツの事はユーリで良い」

「あっ、そうでしたね」

 

 アンジェリカはやってしまったという苦虫をかみつぶしたような顔をする。

 

「まったく、アンジェリカは抜けてんな。こんな奴に後方支援務まんのか?」

 

 ランスが溜息をつきながら不安そうにする。

 

 そこにクリフがフォローに入る。

 

「大丈夫じゃよ。アンジェリカは優秀じゃ。もはや医療、事務なら一流じゃ。かなう奴はほとんどおらんわ」

「なるほどな。……ユーリがいるからか」

「……ふふ、そうじゃな」

 

 2人がニヤニヤしながらユーリとアンジェリカを見る。

 ユーリには良く分からなかったがアンジェリカは赤面して、2人をポカポカと可愛らしく抗議していた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 少し経って、アンジェリカが落ち着くとサイオンが口を開く。

 

「さて、最終確認をしよう。まず食料、医療、問題無いか? アンジェリカ」

「はい! 準備万全です!」

「では弾薬、燃料、整備問題無いか、博士」

「ふふふ、楽しみだねえ、開戦が」

 

 博士は興奮を必死に抑えて話していた。

 自分の作ったHAWが披露される時が来たのである。

 

 今まで、戦闘機以下という評価を受けたHAWが戦闘機と戦い、世間に知らしめる事が出来るのだ。

 

 サイオンは目線をクリフに移す。

 

「魔法はどうですか? 先生」

 

 先生とはクリフの事である。

 7年の間、ユーリ達が魔法を習っていたから、クリフを先生と呼んでいる。

 

「うむ、量はいないが質ならそこら辺の奴には負けん」

 

 7年の間、ユーリ達にも魔法を教えつつ、見込みの有るものに魔法を教えていた。

 

「では、兵士の訓練はどうだ? ランス」

「ああ、なかなか良くなった。皆、良い顔してる」

 

 うんうんとランスは満足そうに頷く。

 

 サイオンが元軍人であり、ランスがスポーツが得意な事を生かし、皆に体力や筋力をつけさせていた。そして、歩兵等を育成していた。

 

「最後にユーリ、行くか?」

「ああ」

 

 ユーリはゆっくりと力強く頷く。

 

「では、始めよう。俺達の復讐を!!」

「「「おう!!」」」

 

 ユーリの掛け声と共に皆が声を挙げる。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -火星付近宇宙 地球連合軍戦艦-

 

 火星付近の宇宙では戦艦1 護衛艦2がパトロールしていた。

 

 ふあーーあという間抜けな欠伸が戦艦のブリッジに響きわたる。

 

 だが、誰も注意しない。皆一様に暇なのだ。

 

 そんな中、暇を持て余した2人の兵士が歓談し始める。

 

「暇だなあ。最近ここらへんも静かだしなあ」

「そうだな。宇宙海賊もいないしなあ。もう根絶やしにしちまったか?」

「それはもったいないなあ。アイツらの財宝奪えるのがボーナスなのに……こりゃあカミさんにど突かれそうだな」

 

 ガックリと肩を落とす同僚に同意する。

 

「まったくだよ。最近暇で死にそうなのに、家に帰れば、カミさんに怒られる? ……もう、キャバクラでも行きたいわ」

 

 そんな提案に同僚は飛びつく。

 

「お、良いな!! じゃあ帰りに行くか!」

「あんまり高く無い奴な。財布に響く」

 

 軍人らしくない会話をよそにアラートは鳴り始める。

 いきなり大きな音に2人は椅子から落ちそうになるが。

 

 流石に軍人である。緩んだ顔を引き締め、画面に向かう。

 

 艦長から指示を受ける。

 

「おい、何だ!?」

 

 という艦長からの報告しろという命令に慌てつつも冷静に状況を伝える。

 

「所属不明艦が一隻近づいて来ます。……データと照合。該当無し」

「ん? 海賊にしては新型か? そんな資金どこに有るんだか」

 

 艦長は首を捻る。

 

 海賊は通常旧式の船を使う。そして数が罠を使って攻撃してくるがその様子も無い。

 

 再度、首を捻る艦長にオペレーターが笑顔で話す。

 

「新型みたいですね。なら大物ですね」

「確かに。俺達はツイてるな!! 財宝たっぷりだ!」

 

 船内が湧き上がる。新型ならば、拿捕すれば大金が手に入るからだろう。

 

「さてさて、戦闘機隊を発進させろ。護衛機と戦闘力を奪ってやれ!」

 

 そう艦長の指示通り、ハッチから戦闘機が次々と出撃していく。

 

 もちろん宇宙でも戦闘機が主力である。

 

 むしろ、戦力になるのは固定砲座や戦闘艦を除いたら戦闘機のみである。

 

 主力である戦闘機を最先端技術で作り、大量に所有している連合軍は今まで負けなしであった。

 

 また戦艦は普通の船よりはるかに巨大で多数のミサイル発射管、対空機銃、大砲を兼ね備えていた。もちろんどれも全自動である。

 

 そして船内には戦闘機を20機搭載していた。

 

 また護衛艦は戦艦を半分より小さくしており、小型、小回りがきく、速さ、コストの安さなどを売りにしている。

 そして戦闘機の搭載数は4である。

 

 この艦隊の合計28機で迎え撃つ。

 

 それに対し、海賊側は4機である。

 

 それを見た兵士達は笑い出す。

 

「何だあれは。作業用ロボットで相手しようというのか……馬鹿らしい」

 

 モニターに映るのは人型ロボットだった。この当時にも人型ロボットは建築現場等で活躍していたが軍事転用はされず、戦闘機が主流だった。

 

 その時、通信が入る。敵艦からの通信だ。

 

「何だ? 命乞いか? まあ、良いだろう、回線開け」

 

 オペレーターが回線を開くと、正面のモニターに映し出された。

 そこには青年が2人、少女が1人、老人1人、大人1人という奇妙な組み合わせがいた。

 

 そんな組み合わせを見た兵士達は思わず失笑する。海賊らしいみすぼらしい船員達だ。

 

 だが、笑われているユーリ達は気にせずに向こうから話掛けて来る。

 

「こちらは火星解放軍。地球連合軍上層部に繋げて頂きたい」

 

 予想外の言葉に思わず吹き出す者まで続出する。艦長も笑いを堪えようと顔を隠している。

 

 少し経って艦長は落ち付き、返答する。

 

「ククク……奴らは馬鹿なのか? ……クク、海賊なんぞと話す上層部がいると思うか? ……命乞いすれば命だけは助けてやろう」

 

 こうして兵士達と話している間にも可笑しく、笑いがこみ上げて来る。

 

 だが、予想に反して奴らは強気に来る。

 

「では、交渉決裂だ。宣戦布告する」

 

 自信満々なユーリ達に対し、艦長は頭に来る。

 

「おお、来いよ! 皆殺しだ!」

 

 艦長はユーリ達の言葉に激高し、攻撃命令を出す。

 

 戦闘機達は攻撃体制に入る。

 

 

 

 

 -----

 

 -戦闘機隊 パイロット視点-

 

 全く奴らは死にたいのか? と疑問が湧くが気にせずにトリガーに指を掛け、引く。

 

 ミサイルは戦闘機から離れ、ロックオンしたHAWに向かう。

 

 命中し、木っ端みじんだ! と思ったのも、つかの間HAWはミサイルに対し垂直に移動する。

 

 ミサイルは急に目標を失い、迷走する。

 

「何だと!?」

 

 パイロットいや、見ていた者が全員驚く。

 

 何なんだ奴らは……そんな機動をするのか!? と最初は驚いたが、ならばとバルカンに切り替える。

 

 再度攻撃体制に入り、トリガーを引く。

 機体下部から轟音を発し、機関砲から銃弾を撃ち出す。

 

 銃弾の雨がHAWに命中する。

 ガガガガガッと金属同士が擦れる音が響き渡る。

 

 だが、物ともせずHAWは反撃する。

 右手に持つマシンガンを戦闘機に向けるーーバルカンの銃口が光ると共に、戦闘機が火の玉になる。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍 戦艦ブリッジ-

 

 全員が呆然としていた。

 ミサイルが当たらない機動、バルカンでは物ともしない装甲、戦闘機を一瞬で落とす火力。

 

 誰もが現実を受け止められなかった。

 そんな間にも戦闘機は次々と落ちていく……

 そんな時、戦闘機から通信が入る。

 

「何なんだアイツは!? ミサイルは当たらねえし、バルカンは効かねえ、隊長もやられちまった! どうすれば良いんだ!? ーーなっ、うわあああぁぁぁ」

 

 戦闘機隊からの通信が途切れる。

 そのパイロットの悲鳴でブリッジの皆が我に返る。

 

「総員、しっかりしろ! 奴らにミサイルを雨のように降らし、避けれなくしろ!」

 

 全員がすぐに取りかかる。

 少し経つと準備出来たと声が挙がる。

 

「よぉし、ミサイル全門発射!」

 

 戦艦と護衛艦から多数のミサイルが発射される。

 無数のミサイルが向かって行くのは圧巻である。

 これだけのミサイルが向かえばやれるだろうと艦長は微笑む。

 

 このミサイルに対してHAWは左右に散開する。

 それに釣られミサイルも左右に散開しようとするがミサイル毎に目標がバラバラなので、ミサイル同士が衝突し爆発する。そして誘爆が起き、ミサイルはほとんど落ちる。

 

 残ったミサイルはHAWに付いているファランクスで迎撃する。

 

 ※ファランクス=現存する兵器の一つ、イージス艦などでミサイル迎撃の際に使用するガトリング砲。近接防御火器とも呼ばれる。

 

 これで全てのミサイルは迎撃された。

 HAWは平然とこちらに真っ直ぐ向かって来る。

 

 艦長以下誰もが、当たる事を祈っていた。

 だが、現実は非情にも真逆だった。

 

 誰もが不安になる。戦闘艦の弱点は近接である。

 更に相手の射程に入ろうとしているのだ。

 不安なるのは仕方ないだろう。

 

 艦長は勇気を振り絞って声を荒げる。

 

「総員、対空戦闘用意! ファランクス起動! 主砲オートで迎撃開始! 総員衝撃の備えろ!」

 

 HAWの射程に入る……

 

 それと同時にこちらの近接火器の射程でもあった。

 轟音を鳴らし、多数のファランクスと主砲が撃ち始める。

 

 だがファランクスはHAWの装甲に弾かれ、物ともしなかったが、主砲は命中すると撃破出来たのである。

 

 おおーーと歓声が挙がる。

 

 主砲が致命傷になる事を知ったHAW達は回避行動を始める。

 

 長期戦になると不利だと判断したHAWは2方向から同時に攻撃する。

 

 片方の迎撃に気を取られ、もう一方の迎撃が手薄になる。

 そしてとうとう艦橋の目の前に入られ、銃口を向けられる。

 

 その銃口から放たれた銃弾は艦橋を破壊し、船が轟沈し、抵抗らしい抵抗も出来ず艦隊は壊滅する。

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍本部 ???サイド-

 

「何? 火星のパトロール艦隊と連絡が取れないだと?」

 

 報告を受けている男は詳細を部下に求める。

 

「はい、火星付近をパトロールしていた艦隊、戦艦1、護衛艦2と連絡が取れません」

「一時的な物では無くて?」

「はい、ジャミング及び故障では無く、ロストしました」

「何だ? 海賊にしては戦力が有りすぎる……とりあえず、艦隊を回せ。逐次報告せよ」

「はっ!」

 

 部下は敬礼して下がって行く。

 

 1人になるとさっきの事を再考する。

 

(やはり、何かが起きている気がするな……まあ何にしろ報告を待たなければならんな)

 

 男は窓から空を見上げる。

 見上げた空はいつもと変わらない空だったが、今夜は星が一つも見えなかった。

 



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〈2章 ルーカス 革命編〉
2-1 宣戦布告


こんにちは。こんばんは。

ここからは新キャラの視点が多くなって行きます。

9/3改稿



 -地球連合軍 本部-

 

 机に手を置き、報告書を難しい顔で読んでいる男が居た。

 

(またもや艦隊がやられたか……もはや無視出来ない戦力が存在している事になる。これは俺1人の手に負える問題では無い)

 

 そう男は判断すると立ち上がり、コートを着て部屋を出た。

 向かう先は地球連合軍上層部だ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ちょうどこの日、定例会が開かれる日であった。

 定例会は地球連合軍本部で開かれる。

 

 会場に向かう廊下はこれでもかというぐらい豪華絢爛である。

 下にはフサフサの絨毯が引かれ、上にはシャンデリア。

 男自身はもったいないと思っているが必要らしい。

 権力を投影させる意味だとか。

 全く男にはその意味が分からない。

 

 そんな事を思いながら歩いていると定例会を行う部屋に着いてしまう。

 

 入り口には門番が居て、男を見るなり敬礼し扉を開ける。

 

 2人とも凄腕の魔法師である。

 この部屋に地球連合国上層部が集まるのだから至極当然だが。

 

 部屋に入ると誰も居なかった。

 

 男は自分の腕時計を見るが、まだ開始まで時間が有る。

 焦る気持ちをおさえて時間を待つ。

 

 時間になるとぞろぞろと上層部の役員達が入って来る。

 役員達は歓談しながら席に着いていく。

 

 入り口から一番奥の正面が地球連合軍最高司令官。

 左右に入り口に向かって、役員達が並ぶ。

 左右に4人ずつ合計9人である。

 

 男には席は無い。定例会のメンバーでは無く、参考人である。

 発言権も、決定権も存在しない。

 情報や状況を説明するのに呼ばれただけであった。

 

 

 

 

 最高司令官のしゃがれた声によって定例会が始まる。

 

 最初は予算の配分やら福祉やら経済の話が始まる。

 だが、どれも共通して言えるのは自分達が不利益を被らないように決めているのだ。

 

 もはや金儲けの会議である。

 福祉に関しても、マスコミ対策であり人気取りである。

 

 男は内心呆れながら終わるのを待っていると、定例会は終わりに近づく。

 

 最高司令官が終わりを告げようするのを男が遮る。

 皆が顔をしかめるが、最高司令官はしぶしぶ発言を許す。

 

「……ルーカス=フォンブライアン大佐、発言権を与える」

「はっ! ありがとうございます!」

 

 ルーカスは敬礼し、状況を説明する。

 

「最近、火星付近に派遣した艦隊からの通信が途絶えました」

「通信障害じゃないのか?」

 

 ルーカスは首を横に振り否定する。

 

「いえ、反応がロストしています。全滅したと思われます」

 

 その答えに役員の一人が立ち上がり声を荒らげる。

 

「全滅!? ……バカな。宇宙一最強な地球連合軍艦隊だぞ! 今まで苦戦したこと無いんだぞ! ありえん!!」

 

 こんな大声に対してもルーカスは冷静に努める。

 

「……これは事実です。すでに戦艦3、護衛艦8、戦闘機多数失って居ます」

「まさかこんな事が有るのか……」

「いやはや信じられん……」

 

 役員達は互いに信じられんと呟く。

 

 そんな役員達の呟きをよそにルーカスは本題に入る。

 

「私の範囲内で調査しましたが全く相手の全容が分かりません。なのでどなたかのお力添えを承りたくお願いしに参りました。どなたかお願い致します」

 

 ルーカスはこんな奴らに頭を下げたく無いが、力を借りなければ勝てない事は明白だった。

 もはや自分の動かせる戦力はほとんど無い。

 だから頭を下げてまでも戦力が必要なのであった。

 プライドを必死に抑え、頭を下げ続ける。

 

 だが役員達はお互いに押しつけあうだけであった。

 

「アナタが行けばいいでしょう」

「いやいや、私の部隊は再編したばかりでまだ戦いには……アナタが適任だと思いますが」

「私の部隊は旧式ばかりで……」

 

 もはや誰もが行きたくなかった。

 ルーカスが諦めたそうになった時ーー

 

 1人の男が名乗り出た。貫禄が有り、その目は自信満々だ。

 

 この名乗り出に皆すぐに賛同し始める。

 

「おお、エドモンド中将殿か。これは最適ですな」

「ええ、エドモンド中将殿ならば無敵ですな」

 

 賞賛されたエドモンド中将は自信満々に声を高々と宣言する。

 

「皆さん、賛同ありがとう。私の艦隊は無敵無敗を誇る艦隊であり、最大の艦隊である。もはや地球連合軍最高の艦隊である。

 そんな私が全力を持って徹底的に潰そう! もはや地球連合軍に正面切って戦うのと同じ!! 我々の勝利は揺るがない!! 皆さんはごゆるりと休まれよ」

 

 会場に称賛の拍手が響き渡る。

 

 拍手が鳴り終わると同時に閉会される。

 役人達はぞろぞろと出て行った。

 

 そんな中、ルーカスはエドモンドに感謝の意を申し上げようと近づいた。

 

「エドモンド中将閣下、ありがとうございます」

 

 ルーカスは深々と頭を下げる。

 だがエドモンドの反応は冷たい物だった。

 

「別にお前の為にやるわけでは無い。これは我が艦隊だけでやる。お前は地球で見ていろ」

 

 頭を下げているルーカスをよそにエドモンドはルーカスを鋭い目で一瞥し、去って行った。

 

 エドモンドが部屋を出て行くとルーカスはゆっくりと顔を上げる。

 

(奴の動機も功績を上げる為だろうが、これは最良の事態だ。地球連合軍最高の艦隊が戦うのだ。上手く行けば、相手を殲滅。どんなに悪くても相手の戦力が分かる)

 

 顔を上げたルーカスの顔はしたり顔だった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -火星付近 エドモンド艦隊-

 

 エドモンド艦隊は一死乱れない陣形で進んでいた。

 編成は輸形陣。

 旗艦を中心に円を描いていた。

 

 戦力は戦艦7、護衛艦10の大艦隊であった。

 どの艦も最新鋭の装備を付け、兵士達も自信満々であった。

 

 そんな中、一際大きい艦があった。

 旗艦のプロビデンス。

 設計段階から旗艦用に作られ、他の戦艦より多数の防衛火器、多数の戦闘機を搭載可能だった。遠くからも一目で分かるぐらい分かりやすい旗艦であった。

 

 もちろん狙われ易いが、装甲、火力、航続距離共に最高レベルである。むしろ相手を返り討ちにしていた。

 

 更にプロビデンスには特殊装備が搭載されていた。

 レールガンである。

 レールガンは電位差のある二本の電気伝導体製のレールの間に、電流を通す電気伝導体を弾体として挟み、この弾体上の電流とレールの電流に発生する磁場の相互作用によって、弾体を加速して発射するものである。

 

 要するに、既存の兵器より高威力、高弾速であるという事だ。

 

 これを装備したプロビデンスは最強の戦艦と言えるだろう。

 そんな戦艦に乗っているエドモンドは上機嫌だった。

 

「早く出てこないか。我々の艦隊が直ぐに捻り潰してやるのに」

 

 だんだんイライラして来たのか、肘掛けを人差し指で何度も叩く、エドモンドに朗報が来る。

 

「閣下! 正面に所属不明艦隊発見! 戦艦3、護衛艦3を確認!」

「ほう、なかなか戦力があるじゃないか。だが我々の勝利は全く揺るがん! 殲滅してやれ」

 

 部下に指示を出すエドモンドに通信が入る。

 

「所属不明艦隊から通信です!」

「何!? ……そうか怖じ気づいたか」

 

 にやけるエドモンドの目の前のモニターに映し出される。

 ユーリ達だ。

 

「我々は火星独立軍。地球連合軍上層部に繋いで頂きたい」

「火星独立軍? ……いつの間にか独立してるんだか……俺はエドモンド中将。俺が上層部だと言っても過言では無い」

「では、アナタに伝えよう。我々、火星独立軍は地球連合軍に宣戦布告する」

 

 それを聞いたエドモンドは笑い出す。

 しばらく笑い、落ち着いたエドモンドは返答する。

 

「全く、その程度で宣戦布告とは……良いだろう宣戦布告を受けてやろう。だが今から全滅するのだ。圧倒的にな」

 

 エドモンドは自信満々にユーリ達に問いかける。

 だがユーリ達は淡々と返答する。

 

「では、遠慮無くやらせて貰おう」

 

 この言葉を最後に通信が途絶える。

 多少不機嫌なエドモンドは部下に指示を出す。

 

「全機発艦させろ! 一瞬で方を付けてやる!」

 

 その指示通り、艦隊全ての戦闘機が発艦する。

 合計180機だ。

 この数の戦闘機が飛ぶのは圧巻だろう。

 

 そんな中、副官が許可を求めて来る。

 

「閣下。奴らの宣戦布告を上層部に報告してもよろしいでしょうか?」

「好きにしろ」

 

 副官の問い掛けには興味は無く、戦闘機の発艦の様子に夢中なエドモンドであった。

 副官は上層部に報告する。

 

 戦闘機が180機に対しHAWは30機で対抗する。

 

 6:1である。もはや勝敗は見えてるように見えた。

 地球連合軍だけには。

 

 しかし現実は真逆だった。

 前回の戦闘を踏まえ、HAWは左手に盾を装備していた。

 盾を構え、戦闘機を次々と落として行く。

 

 それをモニターで見ていたエドモンドは呆然とする。

 

「な……何なんだこれは……俺の戦闘機が……次々と落とされて行く……」

 

 5分も経たない内に戦闘機部隊は全滅する。

 HAWは次なる獲物……艦隊に向けて進行してくる。

 

 しばらく呆然としていたが副官の呼びかけで我に返る。

 

「はっ!? ……全艦対空戦闘用意! 一機もうち漏らすな!」

 

 全艦が対空戦闘を準備し始める。

 ファランクスを四方八方に向け、主砲も旋回し始める。

 

 エドモンドが手に汗握っていると、HAWが射程内に入る。

 それと同時に全艦が一斉に火を吹く。ドンドンという振動は更にエドモンドを不安にさせる。

 

 だが現実はその苛烈な火線で次々とHAWを撃破していった。

 

「良し! 流石我が艦隊だ! このまま殲滅してやれ!」

 

 火を噴いて落ちていくHAW。

 だが味方がやられている隙にドンドン迫っていった。

 

 そしてとうとう喰らいつかれる。

 

「護衛艦サイン大破!」

「護衛艦アルバ沈没!」

「戦艦ナタリー航行不能! 総員退官します!」

 

 次々と味方艦の損害が報告される。

 その部下の声は悲鳴のように報告する。

 

「護衛艦ラガーから救援要請! ……ラガー沈没!」

「戦艦タフィー艦橋に被弾! 戦闘不能!」

 

 エドモンドが次々と舞い込んで来る被害報告に呆然している間にも次々とやられていく。

 

 そして、プロビデンスにもHAWがやって来る。

 

「敵、3機接近! 迎撃開始します!」

 

 プロビデンスの対空火器が全力で唸る。

 

 ジグザグとHAW達は回避行動を始める。

 プロビデンスが放ったレールガンが盾ごと貫通し、一機撃破する。

 

 艦内が少し湧き上がる。

 

 だがHAWのマシンガンが火を吹く。

 ファランクスや主砲に命中し、爆発する。

 

「5番、9番砲塔被弾! ファランクス11、13、14、17、22、25、番使用不可!」

 

 そして敵の接近を許してしまう。

 

 艦橋の目の前に立ちふさがるHAW、銃口を向けられる。

 艦橋に居た全員が死を覚悟したーー

 

 

 

 

 

 だが目の前のHAWがいきなり爆散した。

 隣の戦艦のフローラの援護である。

 

「おお! フローラよ! 良くやってくれた!」

 

 エドモンドはフローラを絶賛する。

 しかしその直後フローラは爆散した。

 

 その爆風からHAWが5機も出て来た。

 

「なっ……」

 

 エドモンドが驚いている間に集中放火を受け、プロビデンスは爆発した。

 

 

 

 

 

 ------

 

 -戦艦 マルケス-

 

 目の前でプロビデンスが爆散した。

 もはや戦況は一方的だ。

 

 味方艦がこれだけやられたが相手の損失は7、8機。

 まだ火星側の戦力は十分だ。

 

 もはや勝ち目は無かった。

 マルケスの艦長は決断する。

 

「全艦に告ぐ。もはや我々に勝ち目は無い。全艦全速力で退却せよ! 本艦が殿(しんがり)を努める!」

 

 殿とは敵の注意を一手に引き受け、味方が退却するまで最後まで残る事である。

 もちろん危険な役目である。

 

 艦長以下マルケスは殿を志願した。

 各艦から感謝の通信が入る。

 

 マルケスを除いた艦は全速力で戦線を離脱する。

 

 もちろんHAWは撤退する艦隊を追撃しようとするが、マルケスはちょっかいを出し、注意を引く。

 

 HAWが回避行動に移る間に各艦は戦線を離脱する。

 

 追撃を諦めたHAWはマルケスに集中放火を浴びせる。

 マルケスは一瞬で爆散した。

 

 

 

 この戦いで地球連合軍は戦艦7→3 護衛艦10→5という大損害を受ける。

 戦闘では部隊の1/3を失うと惨敗という目安が有る。

 地球連合軍は戦闘機全滅、艦隊の50%以上の損害とエドモンド戦死という壊滅的損害を受けた。

 

 それに対し火星独立軍はHAW30機中8機損失、10機大破という損害を受けたが艦隊は全く無傷だった。

 

 

 

 ここに火星独立軍の大勝利に終わる。

 

 



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2-2 この結果に地球連合軍は……

9/10 改稿


 -地球 地球連合軍本部-

 

 地球連合軍本部の会議室は人がこれだけ居るのに音一つしなかった。

 居る人は誰もがモニターに釘付けになり、誰もが声が出なかった。今起きている事に。火星付近で敵艦隊に遭遇し、宣戦布告を受け、戦闘になり大敗北した事に。

 

 最初は良かった。宣戦布告を受けた時は会議室の誰もが自信満々に火星独立軍を一瞬で壊滅出来るだろうと意気込んでいた。

 

 そんな中、ルーカスだけは冷静にユーリ達の言葉を考えていた。

 

(奴らは何を考えている……バックに何か付いているのか? ……いや、この情勢で奴らに付いて地球連合軍とやり合おうと思う戦力は無いだろう。

 では一体何が奴らを『宣戦布告』までさせて戦えると思わせているのだろうか……)

 

 宣戦布告するという事は地球連合軍を相手取り、戦争するという事だ。宣戦布告しないなら地球連合軍は大規模に動く事も無いだろう。討伐隊を出すが、ちまちまと出すだろう。

 しかし、宣戦布告するのなら地球連合軍は負けるわけには行かない。負けるという事は地球連合国の崩壊に繋がる。全力を持って潰しに来るだろう。

 

 ルーカスは答えを期待してモニターを見続ける。

 すると答えはすぐに分かる。

 画面の中では人型の兵器が地球連合軍を圧倒していた。

 

 ルーカスはこの光景に驚愕する。

 

(なっ!? 何なんだこの兵器は!? 機動性、装甲、火力……全てにおいてわが軍より相手が上回っている……)

 

 しばらく驚愕していたが、次第に納得し始める。

 

(なるほど。この兵器が有れば,我が軍に勝つ事も可能かもしれない……だから奴らは『宣戦布告』したのか)

 

 そう考えている間にこちらの艦隊は壊滅し、独立軍の勝利の終わっていた。

 

 皆が絶望している時、ルーカスは決意し、発言する。

 

「皆様お聞きいただきたい」

 

 ルーカスの声にゆっくりと役員達の視線が集まる。

 

「皆様、今エドモンド艦隊が奮戦しましたが敗れました。そして奴らはまだ戦力を持っています。次に狙うのは……」

「地球だな」

 

 司令長官が口を挟む。

 次に地球が狙われる事に役員達はざわめき始める。

 

 ルーカスは更に続ける。

 

「エドモンド艦隊の活躍によって奴らは少なからずダメージは受けています。ここで我らが全力を持って攻撃をすれば、勝てるかもしれません。どうかご助力を!!」

 

 ルーカスは頭を下げる。もはやプライドで地球連合国の危機を救えるなら安い物だとルーカスは考える。

 

 だが誰も答えない。

 むしろ、役員達はルーカスに押し付け始めた。

 

「博打なんぞ出来るか!! 好機を待つ!!」

「私も勝てるか分からない戦いに戦力を費やすのは……もちろん戦いますわよ、好機に……」

「私は対策を練っておこう。その間は任せたぞ」

「大佐が言いだしたんだから何かいい策が有るのでしょ? 大佐がやりなさい」

 

 そしてルーカスに白羽の矢が立つ。

 ルーカスは少し想定していたが、余りのコイツらのクズさに怒りがこみ上げて来て、歯ぎしりしそうになった。

 怒りを抑え、提案をする。

 

「では、私が抑えましょう。その間に対策を練り、好機を待つという事で宜しいでしょうか? ……後一つお願いが有ります」

「ふむ。コレでいいだろう。何だ言ってみろ」

「残存するエドモンド艦隊を私の艦隊に合流させたいのですが」

「そんな事か。良かろう」

 

 ルーカスの提案はすんなり通り、会議は解散となる。

 

 ルーカスは部屋に戻り、椅子の背もたれに思いっきり寄り掛かる。

 

 最低限の戦力は揃えたが……厳しい戦いになるな……

 

 とルーカスは頭を抱えているとそこに副官が入って来る。

 

「ルーカス大佐。会議お疲れ様でした」

「ああ……」

「これだけの戦力でやれるのでしょうか」

「やれるじゃない。やるんだよ」

「心中お察しします」

 

 ルーカスは窓から空を見る。

 いつも通りの空だったが、ルーカスには憎たらしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 一週間後、地球連合軍本部にてルーカスは残存部隊と会合していた。

 

「奮戦ご苦労だった、サンダー大佐」

 

 ルーカスは艦隊を率いる事になり、少将に昇進した。

 もちろん大佐でも艦隊は率いれるが艦長は大佐ばかりなので少将の方がやりやすい。

 

 その中の一人、サンダー大佐と会合していた。

 

 サンダー大佐はルーカスに敬礼した。

 ルーカスは敬礼を返すと席に座るよう促し、口を開く。

 

「エドモンド中将は残念だったな……」

「……本当にそうお思いで?」

 

 そう言ったサンダー大佐は怪しく微笑む。

 ルーカスは一瞬呆気に取られるが直ぐに微笑んだ。

 

「そうか……サンダー大佐もこっち側か」

「はい。エドモンド中将は役員の中ではいい方でしたが上に立つ者としては承認出来ませんでした」

「確かにな。だが、エドモンド中将にはもう少し頑張って欲しかったが……奴らから助力が来ない以上我々だけでやるしか無い」

「我らは少将に忠誠を誓います!」

 

 サンダーは立ち上がり、敬礼をする。

 その敬礼はさっきより力強かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球付近-

 

 旗艦アルファードにルーカスは搭乗していた。

 エドモンドが乗っていたプロビデンスと違い、この艦は通常戦艦である。

 

 合計戦艦6、護衛艦8で編成された艦隊をルーカスは指揮していた。

 このままではエドモンド艦隊より劣る戦力で戦う事になるのだ。

 もちろんルーカスには策があった。

 策を信じ、進んで行く艦隊だった。

 

 

 

 

 

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 -火星付近 火星独立軍-

 

 ユーリ達は戦艦に乗っていた。

 

「すごいな。これが戦艦かあ」

 

 ユーリはしきりにキョロキョロして船内を見ている。

 そこをサイオンに叱られる。

 

「ユーリ! 少しはリーダーらしくしないか!」

 

 サイオンは怒り半分、微笑み半分で怒る。

 だからユーリも大人しくする。

 もうユーリも18歳になるがまだまだ子供である。

 そんなユーリを暖かい眼差しで見つめる。

 

 ユーリはブリッジに戻り、席に着く。

 そこは艦長席とは違い、リーダーの席である。

 艦長席にはサイオンが座っている。

 サイオンは元軍人であるから艦長もこなせる。

 

 先のエドモンド艦隊との戦闘はサイオンが指揮し、勝利した。

 次はユーリにもやらせるのだ。

 リーダーたるもの指揮も出来なくては。

 7年の間に出来るだけ指揮能力を叩きこんだが実戦はまだである。

 この戦いが初めてとなる。

 

 そんなユーリにレーダー網に引っかかった事が伝わる。

 

「報告します! 敵艦隊発見! 戦艦6、護衛艦8です!」

「来たな」

「ああ。数は前回よりも少ない。どうするユーリ?」

 

 そう問うサイオンは教官の目だ。

 

「HAWを出す。2/3だ」

「2/3か。って事は20機か」

 

 サイオンは少し考えこむ。

 しばらくすると口を開く。

 

「前回の戦いから見るとキツいな。全機出しても良いかもしれん」

「全機か。防衛に回さなくて良いのか?」

「攻撃が最大の防御とも言うしな。前回を見れば相手に余裕は無い。だからHAWに全力で攻撃してくるだろう」

「なるほど……良し全機発艦!」

 

 ユーリの指示を受け、全機敵艦隊に向かって行く。

 

 その時、レーダーに反応が有るのであった。

 

「報告します! 我が艦隊の左右に輸送船を発見! 3隻づつです」

「何!?」

「輸送船か……ふむ」

 

 ユーリはやられたと思うがサイオンは冷静だ。そんなサイオンに気付いたユーリはサイオンに意見を求める。

 

「サイオンどう見る?」

「普通ならば、中に戦闘機を入れ、我々が無防備になった時を攻撃してくるだろう」

「じゃあ10機ぐらい返す?」

 

 直援機が無い艦隊ほど弱い物は無い。ユーリの答えは至極当然の物だった。

 だが、サイオンは違う答えを出す。

 

「いや……これは相手の策では無いか?」

「策?」

「ああ。我々が護衛を残し、少ない戦力で行かせ、相手は全力で殲滅するという偽兵の計だろう」

 

 偽兵の計とは孔明が使ったと言われる策の一つで兵がいると見せかけ、兵を割いたり、敵を混乱させる為に使われたらしい。

 

「だから我々は相手の策には乗らん。全力で敵艦隊を撃滅する」

「……分かった。全力でやろう」

 

 艦隊の護衛を残さず全て攻撃に回す。

 そしてサイオンはしきりに輸送船の動きを確認する。

 

「どうだ? 輸送船に動きは無いか?」

「いえ。有りません。変わらず遅い速度でこちらに向かって来ます」

「そうか。ご苦労」

 

 サイオンは一安心したのか艦長席に戻る。

 

 そろそろHAWの攻撃が始まる頃だった。

 

 

 

 

 

 

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 -地球連合軍 ルーカス サイド-

 

「敵が30機向かってきます!」

 

 部下が少し慌てた様子で報告してくる。

 

(なるほど。そう来たか。プランBだな)

 

 ルーカスは冷静に部下に迎撃命令を下す。

 

「戦闘機隊、全機発艦! 艦隊護衛に着け!」

 

 艦隊護衛とは艦隊に近づいて来る敵を討つ作戦である。

 ルーカスは艦隊と戦闘機の2方面作戦によって迎撃するつもりである。

 艦隊の射程をギリギリまで使い、近付かれたら、戦闘機で迎撃するというお互いの弱点を補う作戦である。

 

 しかし、いくつかの問題も発生する。

 総合して言うとどちらも全力で戦えない。

 

 これは戦闘機が艦隊の間をぬって戦うので、機動力をフルに使えない。

 

 また、艦隊も誤射が怖くて迎撃出来ない事。

 

 だが、これは同種戦の場合である。

 そもそも機動力ではHAWに勝てない。

 ならばHAWも少し動きにくい、艦隊の中で戦闘すればどうだろうか。

 

 更に艦隊の近接防御ではほとんど役に立たないなど艦隊は無用の産物と化していた。

 もちろん主砲は有るが高速で動き回るHAWに当てるのは至難の技であり、弾幕によって当てた物である。

 1艦の主砲では命中率は1割にも満たない。

 ファランクスは豆鉄砲と化していた。

 もちろん、ずっと当てれば倒せるが。

 

 

 今までの常識からは考えられない作戦を始めようとしていた。

 

「全艦射撃用意! ーーってぇぇぇ!!!」

 

 ルーカスの叫び声と共に全艦がミサイルを発射する。

 ミサイルは雨のように敵に向かって行く。

 

 それを見たHAW達は散開し、各個回避行動を始める。

 ファランクスが起動し、バリバリと轟音を鳴らしながら迎撃を始める。

 

 そして爆発と共に無音となり、爆風から続々とHAWが出てくる。

 30機中5機くらいしか戦闘不能に出来てない。

 

 ルーカスは軽く歯を噛み締めてミサイルの無力さを感じた。

 

(予想していたがここまで効果が薄いとは……)

 

 普通ならばこれで戦闘機達はかなり撃墜、大破する。

 しかし、HAWは予想以上の回避性能、迎撃力を保有していると認めざるを得なかった。

 

 だがまだルーカスは諦めてなかった。

 

「次、主砲の弾幕開始! 戦闘機部隊は温存しろ!」

 

 ルーカスの指示に従い、主砲を発射し始める。

 一面は主砲の火線で埋まる。

 

 HAW達はランダム運動を開始しながら着実に近づいてくる。

 途中何機かは墜ちるが、全く勢いを失わずに近づいて来る。

 

 ドンドン近づいて来る様子に恐怖のあまり、腰を抜かす者も出てきた。

 これだけの弾幕にも関わらず、全く勢いが衰えないHAW達。

 ルーカスも焦りが出てくるがリーダーたるもの動揺は顔に出さない。

 必死に焦りを抑え、一機でも多く墜ちるよう心の中で祈る。

 

 そんな様子を見た部下は自分も頑張らなくては……と恐怖を抑え、奮戦する。

 

 そしてとうとうHAWの射程に入る。

 ルーカスは立ち上がり、部下に指示を出す。

 

「作戦開始だ! 全員奮戦せよ! 此処からが正念場だ!」

 

 

 

 

 

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 -戦艦内 ユーリサイド-

 

 何かが違和感があった。

 このまま奴らは前回の二の舞になるのか……

 またもや大敗北するのか……

 そうは思えなかった。

 奴らは前回、今回より多い戦力で負けたのに、今回も負けに来たのだろうか。

 そうは思えない。奴らはこちらとやり合う気で来ている感じがする。

 

 ユーリはそう考えていると部下から報告が入る。

 

「HAWの射程に入ります!」

「良し、攻撃開始!」

 

 サイオンの号令の元、HAWが攻撃開始する。

 だが突然のアラームにビックリする。

 

「何だ!? 何事だ!?」

 

 サイオンの催促に部下が慌てて確認する。

 

「ちょっと待って下さい…… っ!? 敵輸送船から戦闘機多数確認!!」

 

 この報告にサイオンは肘置きを拳で思いっきりドンッと叩く。

 

「クソッ!! まさか搭載してるとは!! 裏を掻き過ぎたのか!?」

 

 ユーリは冷静に努めて、サイオンに提案する。

 

「どうするサイオン? さすがに戻さないと厳しいと思う」

 

 ユーリの落ち着いた声を聞いて、サイオン自身も落ち着きを取り戻す。

 

「……ああ、戻す。全機だ」

「全機!? 向こうに攻撃出来なくなるよ?」

「少し戻したらこちらの護衛は出来るが戦力が分断され、攻めた部隊がやられる」

「なるほど。じゃあ一旦退却だね」

「ああ」

 

 サイオンは悔しがりながら、指示を素早く出して行く。

 

 

 

 

 

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 -旗艦内 ルーカスサイド-

 

(ほう。良い判断だ。相手の指揮官はなかなか優秀だ。最初は読み間違えたが、最良の手を打ってくる)

 

 HAW達が引き上げて行くのを見ながら、ルーカスはまだ見ぬ相手の指揮官を素直に誉める。

 

「だが、この手は読んでたかな?」

 

 ルーカスはしたり顔で指示を出す。

 

「全艦突撃!!」

 



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2-3 秘策とは?

こんにちは。こんばんは。

Twitter始めたのでどうぞ。
投稿予定やらお知らせします。

氷炎の双剣 (@ginmajo)さんをチェックしよう https://twitter.com/ginmajo?s=09

9/10改稿


 -旗艦 ルーカスサイド-

 

 最初ルーカスの言葉を聞いた者は耳を疑った。ルーカスの言葉が信じられない内容だったからだ。

 

 戦闘機ーー航空戦力がこの世に出現して以来、艦隊決戦を行うのは昔話の中だけと言われている。航空戦力を持たなければ、一方的にやられ、艦隊決戦が始まる前にボロボロになるのである。それに相手が素直に艦隊決戦を行う訳では無い。逃げ回り、弱るのを待つのである。

 

 だからルーカスの作戦は誰もが耳を疑うのであった。

 

「ルーカス少将。艦隊決戦はもはや昔の話です。今では艦隊決戦はあり得ません」

 

 副官はルーカスにさも当たり前のように話す。

 だがルーカスは凝り固まっている考えに呆れるように微笑する。

 

「ふう……もう少し頭を柔らかくした方が良いぞ」

 

 ルーカスのトゲのある言葉に副官は少しムッとする。

 

「艦隊決戦は確かに普通に考えれば無理だが、無理な理由は知っているか?」

 

 ルーカスは副官に教師のように問う。

 これに対して副官は反撃するかのように喋り出す。

 

「それは近代戦では艦隊が近づく事は無く、戦闘機によって戦闘が決着するからです。戦闘機が勝てば勝利し、戦闘機が負ければ敗北です。また、艦隊で追いかけても相手の艦隊に追いつけないからです」

 

 副官は自信満々に答える。

 だがルーカスはダメ出しする。

 

「何で追いつけないと思うんだ?」

「こちらと相手に通常ならば速度の差はほとんど有りません。なので距離を詰めるには余りにも時間が掛かるかと」

「確かにな。相手が速度は出せる状況ならば、追いつけないだろう。だが今から我々の相手は回避行動を取るだろう?」

「ーーっ!? そうか! 回避行動ならば艦隊はほとんど動かない。ならば距離を詰められるかもしれません!」

 

 副官は納得したのかしきりに頷き、どんどんテンションが上がって行く。

 

 そんな副官を優しい笑顔で眺め、ルーカスは再度指示を出す。

 

「全艦最大戦速!! 奴らに砲弾をぶち込むぞ!!」

 

 今度は全員が納得してすぐに取り掛かる。ルーカス艦隊は速度を上げ、真っ直ぐ向かって行く……

 

 

 

 

 

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 -戦艦内 ユーリサイド-

 

 指示を出した通りHAWはこちらに護衛の為戻って来るが、それよりも早く敵戦闘機はやってくる。

 

 艦隊だけで耐えなければならない。しかし地球連合軍と違い、火星側の艦隊は戦闘向けには作られておらず、ミサイルはおろか近接火器も余りなかったのである。敵を迎撃というよりも、ミサイルを迎撃ぐらいしか出来ないだろう。

 

 船内では予備のHAWを出そうとしていた。

 

「急げ! 敵はもうすぐ来るぞ!! 装甲はいい! マシンガンだけ持たせろ!」

 

 整備している班長らしき人が班員を急かす。

 

「良し、準備が出来た奴から出撃だ」

 

 一機ずつバラバラとハッチから出て行く。

 不安定なHAWもどきはロープで船の上に固定される。装甲が無い分、重心が安定しないのだ。

 

 そんなこんなしている間に戦闘機がやって来る。

 

 艦隊の近接火器は火を吹き始める。HAWもどきもマシンガンを懸命に打ち続ける。その甲斐があってか、戦闘機が何機か落ちる。

 だが、まだ沢山いるのだ。

 

「2時から4機、8時から2機来ます!」

 

 部下の報告にサイオンは冷静に指示を出す。

 

「2時にHAWを向けさせろ。一機も通すな!」

 

 命令を受けたHAWは2時に向き、マシンガンを撃つ。

 戦闘機にマシンガンが当たり、火を噴くがミサイルを撃って来る。ファランクスは自動でミサイルを追尾し、砲身を回頭させながら迎撃する。

 

 ミサイルはファランクスによって迎撃され、HAWとファランクスは次なる目標に銃口を向ける。

 

 だがその時にはすでに他の戦闘機からはミサイルが沢山撃たれていた。ファランクスとHAWは必死に迎撃するが、如何せん数が多い。

 

 ミサイルは弾幕をかいくぐりド真ん中に命中する。大きな音と共に火を噴く。

 

「ミサイル、中心部に被弾。火災発生。被弾ブロックを封鎖します。迎撃システム、及び航行には問題無し」

「そうか、命中したが重要な場所ではなかったか」

 

 サイオンとユーリはホッとするが、危機はまだ過ぎてなかった。

 部下が悲鳴を上げる。

 

「護衛艦メルバ、ラクトン、オルタ、被弾!! 戦闘不能!! 他の艦も被弾し、戦闘能力低下しています」

 

 次々と被害報告が入って来る。迎撃能力の低い艦隊ではボロクソにやられるのは当たり前である。

 

 サイオンとユーリがモニターで他の艦が火を噴いているのを見る。船からは次々と救命ボートで脱出しているのが見える。

 

「ああ、そんな……こんな事に成るなんて……」

 

 この状況を見て呆けているユーリにサイオンが叱咤激励する。

 

「ユーリ!! 被害を見て落ち込むのは戦闘が終わってからにしろ!!」

 

 その言葉にハッとしてユーリは我に返る。

 

「今はとりあえず、HAWが来るまで耐えるのだ!!」

 

 ユーリは必死に部下を激励する。部下は激励され、奮戦するが現実は非情にも死の宣告を突きつける。

 

「本艦に近づいて来る敵多数……全部の迎撃は不可能……」

 

 部下は悔しさを噛み締めながら報告してくる。全力を持ってしても全ての迎撃は不可能で命中弾が多数存在するだろう。

 

 ユーリ達は死を覚悟した。

 

 だが死をもたらす衝撃はいつになっても訪れない。

 目を恐る恐る開けると目の前には一方的展開が始まっていた。そう、味方ーーHAWが戻って来たのである。

 

 HAWは機体性能を存分に発揮し、戦闘機を次々と落としていった。

 

 だが一方、全く動けないHAWも存在していた。被弾してやっとここまで来れたHAWである。

 

 逆転された戦闘機達は動きを変え、動けないHAWに殺到する。

 狙われたHAWのパイロットは急いで脱出する。

 

「クソッ!! 動けないHAWを狙うなんて卑怯だ!!」

「奴らも必死なのだ。機体は捨てろ!! パイロットの生存を第一に!」

 

 戦闘機達は動けないHAWに攻撃すると思えたが、違った。戦闘機からケーブルが出て、動けないHAWにくっ付く。そして戦闘機達はHAWを次々と牽引し始めていた。

 

「何!? まさか奴らは……奴らの目的はHAWか!!」

「直ちに、HAWを破壊しろ!」

 

 

 ユーリとサイオンは戦闘機の意図に気付く。

 

 HAWは破壊しようとするが、戦闘機達が必死に妨害する。

 

「させるかぁぁぁぁぁーーー!! この作戦は我らの故郷を守るために必要なんだ!! うおぉぉぉぉぉぉーーー!!」

 

 戦闘機達は必死に邪魔するHAWに食らいつ。もはや圧倒的な性能差だが、少しでも時間を稼ぐ為に妨害する。その勢いにHAW達は恐れをなし始めた。

 

「コイツら、全く引かない!? 何機も落としたのに全く恐れる事無いのか!?」

 

 必死な戦闘機のパイロット達の奮戦に戦線は一時的に持ちこたえる。

 

 そしてその間にHAWを捕獲した戦闘機は離脱する。

 

 それを確認したパイロット達は安堵し、敵に向かって行く。

 

「作戦は成った。もはや、思い残す事は無い。……地球を頼みます少将閣下」

 

 最後に敬礼し、HAWの集中砲火を受け爆散した。

 

 

 

 

 

 

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 -地球連合軍 ルーカスサイド-

 

 作戦は成功し、戦闘は終了した。多大な損害を受けた敵は火星に降りていった。

 

 結果は痛み分けが良いところだろう。地球連合軍は多数の戦闘機を失い、船も何隻か失った。

 

 それに対し、火星独立軍は船が全艦被害を受け何隻か沈没し、HAWもそこそこ被害を受けていた。

 

 数字を見ると地球連合軍の敗北だが、火星独立軍の全戦力はそう多くない。そうなると痛み分けが良いところだろう。

 

 しかし、多くの犠牲を払ってしまった。これからも我々は多くの犠牲を払うだろう。

 

 母なる地球を守るため。大切な人を守るため。各々の立場は違うが地球を守りたい気持ちは変わらない。

 

 そんな思いで散った勇士達にルーカスは心の中で敬礼した。

 

 

 

 

 

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 ルーカスは艦隊を引き連れ、地球に帰還する。

 待っていたのは昇進という名の左遷であった。

 

 この戦いは地球連合軍全軍に伝わっていた。不利な状況の中、敵を打ち破る勝利を収めたルーカスの人気はうなぎ登りだった。

 それを恐れた役員達は会議に参加させる訳では無く、一基地司令官として左遷した。それは南米大陸の基地であった。

 

 

 

 

 

 

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 -南米大陸地球連合軍基地 ルーカスサイド-

 

 飛行機で到着したルーカスを沢山の兵士が出迎えた。歓声が上がっている。それを見たルーカスは苦笑する。

 

「やれやれ、ここもお祭り騒ぎか」

 

 とルーカスの呟きに副官が答える。

 

「それはそうですよ。ルーカス少将は英雄ですからね。私も誇りに思いますよ」

 

 そう言う副官の笑顔に少しドキッとしたルーカスであった。

 

 

 

 

 

 

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「ふう、一段落ついたな」

 

 ルーカスと副官は引っ越し作業をしていたが一段落付き、コーヒーで一服していた。

 

「お疲れ様です。今日はこのぐらいにしておきましょう。これから歓迎パーティーが有るらしいですよ」

「またか……」

 

 ルーカスはまたパーティーに出る事に飽き飽きしていた。

 その一方、副官はワクワクしていた。

 

「そんなに落ち込まないで下さい。今日のパーティーは気軽な兵士達のパーティーですから」

「……そうだな。そういえばお前も出るんだったな」

「ええ!! 久しぶりのパーティーですからテンションが上がってきました!!」

「まだ早いぞ。……もう上がれ。準備に時間掛かるだろう?」

「ありがとうございます。では失礼します」

 

 副官は顔を緩ませながら敬礼し、部屋を出て行く。

 

 そんな副官を見送りながら、引っ越し作業を再開する。

 

 

 

 

 

 

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 -パーティー会場-

 

 外は静まった夜。この時開かれた歓迎パーティーだが、企業やら、有力者が集まっているパーティーであった。

 服装は男性はタキシード。女性はドレスだった。しかし、兵士達のパーティーでも有るので無礼講。服装はしっかりしてても内容は宴会の様だった。あちらこちらで歌や一発芸、酔っ払って潰れる者も多々。

 またルーカスも絡まれていた。主に女性に。

 

「ルーカス閣下。先日の戦いの勝利おめでとうございます」

「○○企業の代表取締役の娘の●●です。いつも私達の兵器を使っていただきありがとうございます。良かったらこの後空いてますでしょうか。2人きりで密談と行きたいのですが」

「英雄様ー!! お話を聞かせて頂けませんか?」

 

 ルーカスの周りは様々な女性に囲まれていた。どこかの人妻やら、ビジネスと見せかけての夜のお誘いやら、単純にアイドルに会う気分の人やら、千差万別の様子を呈していた。

 

 だがルーカスは内心、手の平を返したようなこの女性達……いや、有力者にも、呆れていた。

 今まではルーカスには女性の付き合いはほとんど無かった。

 だが、今はどうだろうか。手柄を立て昇進したとたんこれほどの女性が熱狂的に集まって来たのである。

 

 女性達が熱狂的な一方、ルーカスの心はむしろ冷めていた。この女性達を全く信用していない。だが表には出さず、笑顔で接していた。

 

 しばらくしてルーカスはそろそろ抜けたいなと思って抜けようとしたが、女性達に回り込まれてしまう。内心罵倒を浴びせたいが、相手は有力者の関係者。蔑ろには出来ない。

 

 まだ話すのか……と絶望していた時、一人の女性がルーカスを連れ出す。その女性は他の女性には軍の急務と言って女性達をはがしていく。

 

 外に出て、その女性はーー普段、シュシュでサイドテールにしている金髪をストレートのロングにしている。流れるような金髪は月に照らされ、輝いている。服装は胸元の大きく開いた黒のドレス。長身でモデルのような凛々しい彼女には似合っているーー副官のアイリーンである。

 

「ルーカス少将、大丈夫ですか?」

「ああ……助かったよ」

 

 この時は本当にアイリーンが天使に見えた。

 

「本当にずっと美人囲まれてましたもんね。まさにハーレムでしたよね」

「やめて欲しい……それに本当の好意じゃないしな」

「それでも英雄色を好むですし、本当は嬉しかったんじゃないですか?」

「だからーー」

 

 そこまで言いかけて口を噤む。

 ルーカスは気づいた。アイリーンが不機嫌な事を。そして今までの言葉で察する。

 

「そうか。アイリーン、すまなかったな」

「……何がですか?」

「構ってやれなかった事だ」

 

 アイリーンは一瞬驚いた顔をするが、直ぐに不機嫌に戻る。

 

「別に構って欲しいなんて言っていません」

「確かにな。……ところでその服似合ってるな。わざわざ新調したのか?」

 

 誉められたアイリーンは一瞬喜ぶが、不機嫌に戻す。だがにやけ顔は隠せて無い。

 

「前に買いましたが着る機会が無かったのでこれが初ですね。……後、お世辞でも嬉しいです」

「別にお世辞では無いが。さっきの女性達より綺麗だと思うぞ?」

「……ありがとうございます」

 

 アイリーンは後ろを向いてしまい、顔を見せない。その後しばらくはこちらに顔を向けなかった。

 

 だが明るい満月だけはアイリーンの喜ぶ顔を見逃さなかった。

 



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2-4 未来の為に……

9/17改稿


 

 -地球連合軍南米基地 ルーカスサイド-

 

 ルーカスは机に向かって足を投げ出し、ふんぞり返って座っていた。そんな情けない様子はもはや座っていると言えるのだろうか。

 

 そんなぐうたらなルーカスの右手には報告書を持っている。先の戦いの報告書である。先の戦いは辛くも勝利したが戦況は未だ好転しない。

 

 先の戦い以降、地球連合軍と火星独立軍の戦いは膠着すると思われたが、火星独立軍にはまだ戦力があったらしくこちらに攻め寄せて来ている。

 

 そしてこちらが策や戦術を駆使して勝利を収めたがそう何度も上手く行かない。対策を練って来るし、更なる大軍を率いて来た。

 

 それに俺の戦力はもう……そして頼りにすべき戦力はーーどいつもこいつも動かない。約束では俺が抑えている間に準備を整えるはずなのだが。

 

 ルーカスは悔しさに歯を強く噛み締めた。だがどこかで役員達が動かない事を予想していた自分も居た事に気付く。そんな自分に苦笑いして、頭を切り替える。

 

 ルーカスは対策を練る……だがどうやってもこのままでは敗北は目に見えていた。今のままでは勝ち目は全く無い。

 

 だがふと戦力を全て結集すればーー

 

 という考えに至る。

 全ての戦力ーールーカス自身だけでは無く、地球連合軍全てである。もちろん、そんな簡単にはいかない。役員達が断るのは目に見えているのだ。

 

 だからルーカスは強硬手段に出るしか無い。いや、ルーカスは自分の意思で強硬手段を選択した。

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 ルーカスが決意した時から少し後の事である。

 地球連合軍はもはや宇宙での抵抗力を失っていた。いや、正確には戦う気のある戦力だろうか。

 

 唯一の戦力であるルーカスの部隊は先の戦いで半壊し、もはや先の戦いの半分程度であった。そして火星独立軍は先の戦力より増大しもはやルーカスだけの部隊では対抗出来なかった。もちろんルーカス以外にも地球を守ろうとする者も居るがどれも小規模であり、集めてもルーカスの艦隊には匹敵しない。

 

 やはり、役員達の艦隊ーー全体の7割近くの戦力が動かなければ勝ち目は無い。

 だからこそ新たな戦力を手に入れる為に下準備が必要なのであった。

 

 そしてその準備出来るまで戦力を温存しようと考えたのである。ルーカスは残存艦隊を月に待機させたのであった。

 

 

 

 

 

 

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 -地球直上 ユーリサイド-

 

「地球……俺達の故郷だ。そして憎き奴らが居る場所……」

 

 誰もが窓から地球を見下ろしていた。それぞれ様々な思いを胸に含めながら見ていた。

 ユーリもその中の一人だ。まるで素晴らしい作品の様な地球。青い海、時たま見える白い雲と陸地はいつまでも見ても飽きさせないほど神々しい。だが今はそれを晴れた気持ちでは見れない。

 

 地球直上には火星独立軍の戦艦や護衛艦、輸送船が多数存在していた。だがどこにも本来存在すべき地球連合軍がいない。

 

 ーーどこに行ったのか?

 

 というと宇宙の役員達の残存艦隊は月で待機していた。正面から戦うのは勝てないから挟み撃ちにするという名目で月に逃げたのである。 

 

 それを見た火星独立軍は意気揚々と地球直上に布陣していた。

 

「地球連合軍は腰抜けばかりだ。あの一戦……あの一戦だけ死を覚悟した。でも今はもう……」

 

 ユーリ達はあの一戦の後、地球連合軍の指揮官を調べた。そしてあの一戦を指揮したのはルーカスと判明した。

 ユーリ達はルーカスを警戒したが、あの一戦以降戦場には出て来ていない。ルーカスの動向を調べると左遷されたみたいである。地球連合軍の腐敗を切実に感じた。

 

「あれだけ優秀な指揮官を前線から外すとは……何を考えているのだ地球連合軍は」

 

 ユーリにはさっぱり地球連合軍の上層部の意向が分からなかった。

 だが、ある意味ユーリ達にとって好機である。

 ルーカスが居なければ、地球に侵攻出来るかもしれないとユーリは判断する。

 

「良し、全軍、地球解放作戦を開始する!!」

 

 ユーリの指揮の元、火星独立軍は動き出す。

 

 

 

 

 

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 -地球連合軍南米基地 ルーカスサイド-

 

 火星独立軍が作戦を開始する秒読み段階の中、ルーカスは根回しをしていた。

 

「ふう……アイリーン、次は?」

 

 ルーカスは一息つきながら、アイリーンに尋ねる。

 アイリーンは手元をチラッと確認して、問いに答える。

 

「次はヨーロッパ方面軍最高指揮官、ユルゲン少将です」

「ほう、ユルゲン少将か。これは確実に仲間にしなくてはな」

 

 ルーカスはモニターでテレビ電話を掛ける。

 二回ぐらい呼び出し音が聞こえると向こうの秘書らしき人が電話に出る。

 

「はい、こちらはユルゲン少将の電話でございます」

「私はルーカス少将だ。ユルゲン少将に繋いで貰いたい」

「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 

 そう秘書が返すと、一旦画面が落ちる。

 1分ぐらい待つと画面が明るくなる。そこにはダークブラウンの髪をオールバックにし、少し汚れた顔をした、いかにも親しみそうな逞しい男が居た。

 

「おう、初めましてだな。こんな恰好で済まない、英雄様?」

「初めまして、ですね。さっきまで何を? ……後英雄は恥ずかしいのでやめて貰いたい」

「おっと済まなかったな。さっきまでは機械弄ってた」

 

 ユルゲンは手に付いた油汚れを首に巻いたタオルで拭き取る。少将になっても自ら機械を弄るのは彼だけだ。

 

 汚れを拭き取るとこちらを向き、ニヤリとする。

 

「ん? 何だ用件があるんだろ?」

「ええ。……単刀直入に言います。私と共に地球を守りませんか?」

 

 ルーカスの問いにユルゲンは顔をしかめる。

 

「おいおい、単刀直入に言うんじゃないのか? これじゃあ色んな意味に取れるぞ。お前が警戒してるのは分かるが……それじゃ伝わらんぞ? ……要するに連合軍を裏切れと言いたいんだろ?」

 

 ユルゲンの真意を突く言葉にルーカスは驚いた。

 

 まさか……見抜かれるとはな。流石、方面軍最高司令官の中で1、2を争うユルゲン少将だな……

 

 ルーカスは驚いた顔を戻し、頭を下げる。

 

「申し訳ない。ユルゲン少将を試させて頂いた。まさかお気づきだったか?」

「ふっ、左遷されたお前があちらこちらでネズミのように走り回っていると聞いている。それに1対1だ。ーーって事はヘッドハンティングしかない」

 

 全ての行動が筒抜けらしい。

 ルーカスの頬を冷や汗が垂れる。

 

「ユルゲン少将は耳が宜しいようで……ではお返事を頂けるだろうか?」

 

 もはや懇願だ。もしユルゲンがノーと言えばここまでばれているルーカスの計画は台無しだ。

 

 だがユルゲンの口調は変わらない。

 

「言うまでも無い。今の上層部に忠誠心は無い。もちろん協力しよう」

「ありがとう。助かる」

 

 ルーカスは再度頭を下げる。心の中で安堵していた。

 

 それを見たユルゲンはポリポリと頭を掻く。

 

「なあ、頭とか下げるの止めてくれ。俺達は仲間だ。仲間を助けるのは当たり前だ」

「ーーっ!? ……そうだな、ありがとう。……もうすぐ火星独立軍がやって来る。だから迎撃準備をして貰いたい」

「もう出来てるよ。どこにでも来いって事よ」

「頼もしい。ならば安心して他に取りかかれる」

「おう、他の奴にも手を回しておこう」

 

 ユルゲンは胸をドンっと叩き、ドヤ顔をする。

 ルーカスは安心して通信を切る。

 

 安心して背もたれに寄りかかっているルーカスにアイリーンがコーヒーを持ってくる。

 

「お疲れ様でした。やりましたね」

「ありがとう。何とかやれたよ……それにしてもユルゲン少将は噂以上の男だった」

「ふふ、ルーカス少将タジタジでしたね」

「……まあ、結果オーライだ」

 

 アイリーンはクスクス笑い出す。

 ルーカスは照れた顔を隠すように次の人物に連絡を取る。

 

「こちらはルーカス少将だ。ファビアン中将に繋いで貰いたい」

 

 そしてしばらくすると繋がる。

 モニターには少し髭を生やした白髪の老人が居た。

 だが眼光は鋭く、少しドキッとしたルーカスであった。

 

「お初にお目にかかります。ルーカス少将と申します」

「ふむ、お主が若き英雄か。なかなかいい目をしている」

 

 そう言うファビアンの眼光は鋭い。

 

「ありがとうございます。まだまだ若輩者で……」

「謙遜するか……それにお主、仮面を被っているな。わしには意味ない。正直に申せ」

 

 ファビアンに見透かされ、ルーカスは笑顔の仮面を取る。

 

「……流石ですね。砂漠の死の案内人と呼ばれる事だけは有りますね」

 

 するといきなりファビアンは笑い出した。

 

「ワッハッハ……ワシはお主の二倍は生きておる。まだまだお主は小僧じゃ。だがお主はいい目をしておる」

「そう……ですか?」

「どす黒く汚れた役員共とは天地の差じゃ。お主なら何かやりそうじゃな」

 

 ルーカスはふと用件を思い出した。

 

「ところで、ファビアン中将にお願いが有るのですが」

「ふむ。協力するぞ」

 

 即答するファビアンにルーカスはまさかと思う。

 

「え? まさかお気づきで?」

「あのバカ者から連絡来たわい。別にあやつの推薦で決めた訳では無いが」

「あやつ?」

 

 あやつと聞いて誰だろうと考えるが思いつかない……

 

 ふとユルゲンの言葉を思い出す。

 

「……まさかユルゲン少将ですか?」

「そうじゃ。バカ者じゃ」

 

 ユルゲン少将をバカ者扱いするファビアンに苦笑いするルーカスであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 地球の軍隊は7つの方面軍で構成されている。一番上に役員達。その下に方面軍がある。アメリカ方面軍は役員達の直属部隊である。

 

 交渉の結果、アメリカ方面軍以外の方面軍最高指揮官全員に協力を得られた。役員達への不満も有るが一番はユルゲン少将の根回しが効いたのであろう。

 

 そして、ファビアン中将がこちらに付いたのが決め手となる。

 ファビアン中将は昔から軍に所属しており、人脈は数知れず。多くの元部下が要職に就いているのであった。流石に最高指揮官には部下は居なかったがどの最高指揮官の部下にも元部下は居るぐらいではあった。

 

 ルーカスはこの結果に満足した。ルーカスがもしクーデターを起こしても他の軍が従わなかったらただの反乱軍として鎮圧されてしまうだろう。

 

 そしてもうそこまで決行の日は近付いていた。

 だがルーカスの予想を裏切る事が起きてしまった。

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 -地球連合軍基地 北京郊外-

 

 北京ーーかつて……いや今も多数の人口を保有し、大都市となっているーーの近くに地球連合軍基地は存在していた。だがもちろん、近くと言っても100km近く離れているが。

 そこに大部隊が待機していた。

 

 ふむ……これならば火星の奴らを一網打尽にしてやれる……

 

 と黒髪をギッチリと七三分けした男ーーアジア方面軍最高指揮官、朱威ーーが自慢の部隊を見ながら満足していた。

 

 これはフラグに見えるがそうでも無い。まず朱威はHAWを細かく分析していた。

 HAWは宇宙では機動力が良いみたいだが地上では同様には動けない。なぜならば地上には重力が有るからである。

 

 宇宙では重力が無いので進みたい分燃料を使えば良いが、地上では上に飛び続けるのに燃料を使い、横に動くのにずっと使う。

 このように地上では燃費が悪い。

 

 なので宇宙のように機動力を生かす事も出来ないだろうと朱威は予想していた。

 

 更に戦力の事もあった。宇宙では戦闘機と艦隊と戦ったが、地上では戦車、要塞、罠、戦闘機ーー空から一方的に攻撃出来るーーなどある。

 

 もはや地上と宇宙では勝手が違う。もはや今から始まる物扱いである。

 

 ククク……それに地上軍は宇宙とは違い、数も、質も違うぞ。

 

 と朱威は思っているが正にその通りだった。

 

 宇宙は役員の艦隊が7割も占めるが地上では1割しか無い。もはや7倍の数と多くの優秀な指揮官が火星独立軍を迎え撃つのであった。

 

 

 今ここに地上での戦いの火蓋は落とされるのであった。

 



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2-5 事態は猶予無し


9/17改稿



 -地球連合軍南米基地 ルーカスサイド-

 

 ルーカスの部屋ーー長官室では7人がテーブルに置かれた地図を見ていた。

 地図とは地球連合軍本部内部の見取り図であった。

 

「では我が隊は援軍の抑えと?」

 

 迷彩服では無く、身体中に分厚い装甲をまとった男が質問する。

 

 魔法が当たり前になった今、銃の意義は魔法が無かった頃に比べて薄くなったが普通の人に取っては最強の武器だ。

 

 しかし、魔法師に取っては銃は脅威では無い。脅威なのは自分と同じ魔法師だ。

 

 魔法師の攻撃を生身で受けたら身体が一瞬で灰になる。しかし、この鎧を着ていたら一撃では死なない程度の防御力を保有するのだ。

 理屈は追々説明しよう。

 

 

 

 さて他の人はどうだろうか?

 

 ルーカスは魔法師では無い。なので、迷彩服色の軍服だ。戦場に出る以上指揮官も戦いに備えなければならない。迷彩柄のヘルメットも被っている。

 

 隣に居るのはアイリーンだ。アイリーンは魔法師なので鎧を着ている。しかし普通の鎧と違って、スマートな鎧で女性のラインが多少出てしまう物で、これは女性用の鎧である。

 

 女性用の鎧は部分的な装甲を胸、腰、背中、足、手に付けた物で他は黒いタイツである。因みに頭は額当てである。

 男性用と比べ防御力は落ちるが、明らかこちらの方が動きやすい。もちろんこの鎧は男性でも付けられるがほとんどが女性である。

 体力では男性に勝てないので機動力で戦うのである。もちろん例外はいるが。

 

 そして腰には剣を付けている。特に装飾の無いシンプルなロングソードである。髪はいつものサイドテール。

 

 

 

 他の人達は迷彩服である。魔法師と魔法師では無い人の割合は2:5である。

 

 魔法師が隊長の場合、部下も魔法師で魔法師は魔法師で固めると戦いやすいのである。

 

 ちなみに魔法師で無い部隊にも1人か2人魔法師は配置される。

 ウォールシールドや、治療魔法の為に。

 

 ルーカスは部下の質問に答える。

 

「そうだ。お前には敵の援軍が来た場合、お前の隊だけで防いで貰う」

「はっ!! 命に換えましても一兵も通しません」

 

 大きな鎧を男はビシッと敬礼をする。

 その見事な敬礼を見てルーカスは安心し、他の隊に指示を出す。

 

「他の隊は突入だ。アイリーンは俺と来い。突破口は頼むぞ?」

「はい。お任せ下さい」

 

 アイリーンは静かに敬礼する。

 

 

 

 

 

 -----

 

 作戦会議が終わったルーカス達は輸送機に乗り込む。

 輸送機は轟音を発しながら地上を離れて行く。

 

 その窓からルーカスは夕日を不安そうな目で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 -------

 

 -地球連合軍基地北京 朱威サイド-

 

 朱威は爪を何度も噛んでいた。ルーカスの指示を思い出しイライラする度である。

 

 ルーカスはクーデターの賛同を得る時に指示ーー提案をしていたのであった。

 

 まず、火星独立軍がどこに降下して来ようが近くの部隊は防衛に徹する事。

 そして降下して来てない地点の全軍集まり次第、全力で殲滅するという作戦だった。各個撃破を恐れていた。

 

 朱威はそこまで待つと敵が体制を整えてしまうのでマズい、と考えていた。朱威は速攻作戦を行うつもりであった。

 

 朱威がまだかまだか、待っていると部下が駆け足で報告してくる。

 

「報告します! レーダーに火星独立軍を確認。落下予想地点はモンゴル地区ウランバートル付近です!」

「ウランバートルか……いきなり降下攻撃は避けたか……ウランバートルならば間に合うな?」

「はっ。我が軍の機動力を生かせば間に合います」

「よし、全軍出撃。ハエを叩き落とせ。一人たりとも地面を踏ませるな」

 

 部下は敬礼し、駆け足で戻って行く。

 

 ウランバートルと北京基地との距離は約400km。大気圏突入から着陸までは40分ぐらいかかる。400kmは戦闘機や輸送機にかかれば、30分もかからない。万全の体制で迎え撃つのであった。

 

 

 

 

 

 ------

 

 -地球連合軍ヨーロッパ基地 ユルゲンサイド-

 

「何ぃぃぃーー!!!??? 朱威が動いただと!?」

 

 部下の報告を受け、怒りの余り思い切り机を殴るユルゲン。

 その大きな音に部下はビクリと身体を震わす。

 

「は、はい。敵はウランバートルに降下する予定で朱威少将は降下予定地点に部隊を展開。迎撃すると思われます」

「アイツゥゥゥーー!!」

 

 ユルゲンは強く歯ぎしりしながら右手に持っていたコーヒーの入っていたコップを握り壊す。

 入っていたコーヒーはユルゲンのズボンにかかる。

 

「アチィィィ……あ、やっちまった……」

 

 ユルゲンは熱さで我に返り、コップを割った事を後悔していた。

 ハンカチでズボンを拭きながら部下に指示を出す。

 

「全軍出撃!! 急ぎ朱威部隊を援護するぞ!!」

 

 ここも慌ただしく全軍出撃する。 

 他の方面軍も直ちに出撃させるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 -地球連合軍本部 ルーカスサイド-

 

 輸送機は本部近くの滑走路に着陸する。逆噴射の反動で少し頬を引きつりながら。だが理由はそれだけでは無いだろう。先ほど入った情報ーー朱威の出撃の事もある。だがそれを顔に出さないのは流石だろう。指揮官の表情は部下の士気に関わる。

 

 輸送機が止まり、昇降口から降りると少し階級の高そうな兵士が慌ててやって来る。

 

「少将閣下。いきなりの訪問どうなされました?」

 

 ルーカスは風で飛ばされそうなヘルメットを抑えながら答える。

 

「部下からの連絡で、本部近くにネズミが入って本部を襲撃する予定らしい」

「ネズミ……スパイの事ですね。それならばご心配無く。我々の防備は完璧です」

「残念だが、相当な戦力らしい。だから我々が守りに来た。本部には報告してある」

「……そんな連絡は来てませんが」

「要するにお前には関係無いという事だ」

 

 ルーカス達は踵を返し、本部に向かって行く。

 その様子をあんぐり口を開けて見送る兵士だった。

 

 

 

 本部に正面から堂々と入る。堂々としていれば誰も止めて来ないのであった。誰もが立ち止まり、敬礼する。

 

 そしてエレベーターに乗り地下に行く。このエレベーターは27名等易々と乗れるほどのエレベーターである。もはや部屋ごと降りているような感覚だった。

 

 エレベーターの扉が開き、降りると長い廊下の正面に無駄に大きな扉が見える。

 その前には門番が二人居る。相手が少将だろうと流石にこの人数を見ると、睨みつけて来る。

 

 ルーカスは部隊に待機指示を出し、ルーカスとアイリーンだけがゆっくりと近づいて行く。

 

 目の前に行くと門番達は警戒感を隠さずに話しかけて来る。

 

「……ルーカス少将ですね。説明していただきたい」

「ネズミが来るらしい。我らは役員達の警護に」

 

 ルーカスはそう言い、ドアノブに手をかける……がルーカスは直ぐに手を引っ込めた。扉には電気が走っていたのだ。

 

「……魔法を解除しろ」

「出来ません。その装備ではお通し出来ません。武装解除して下さい」

 

 ルーカスはゆっくりと頭を門番に向ける。そして睨みつける。

 

「……どうやら、警護では無いようですね」

 

 その言葉と同時にアイリーンと門番は飛び出す。

 

 そして剣による火花を散らす。

 

「ルーカス少将お下がり下さい!! 此処は私が斬り開きます!!」

 

 アイリーンは剣戟からルーカスを守る。

 

 近距離では魔法より剣の方が早い。もちろん強化魔法はどちらも使っている。

 もはやルーカスには大量の線にしか見えない。剣同士の弾きあう音も連続して聞こえる。

 

 ルーカスは下がり、指示を出す。

 

「左右の廊下から5班以外2班ずつ分かれて、先回りして退路を塞げ!」

 

 部下は指示通り、小走りで分かれて行く。

 残ったのは5班の5人とルーカスの護衛の4人である。

 

 

 アイリーンは二人と戦っていたが苦戦している。

 ルーカスは護衛を援護に行かせる。

 

 

 

 

 

 ------

 

 -地球連合軍本部地下 アイリーンサイド-

 

 無数に繰り出される剣戟を丁寧に裁いて行く。その間にルーカス少将は逃がせた。

 

 だが、防戦するだけで精一杯である。流石に門番達ーーBランクーーである。

 ちなみにアイリーンもBランクであったが剣術には自信が有った。

 

 だから二人から剣戟を受けても耐えれるのである。

 だが時には隙が生まれる。

 

 鋭い突きを剣でいなすが、もう1人が姿勢を低くし、踏み込んで切りかかって来るーー

 

 ーー下段の突きーー

 

 ーーとっさに身体を捻ってかわそうとするが、相手の方が早いーー

 

 ーーが相手は突きを引っ込め、アイリーンから距離を取る。

 

 なぜ? と思った瞬間、火球が横を通り過ぎる。

 

 通り過ぎた火球は壁に当たり四散する。

 

 後ろを見ると、ルーカスの護衛達が援護してくれるみたいだ。これならやれる。

 

 アイリーンは剣を強く握りしめると駆け出す。

 

 相手は援護させない為にウォールシールドが1人、剣が1人で戦うつもりだ。

 

 ウォールシールドは剣を使う魔法師にとっては壁では無い。魔力を中和させ通り抜ける。

 そして剣を持ってる門番に切りかかる。

 

 二人は数十合剣戟するが、とうとう決着が着く。

 アイリーンが相手の攻撃が緩んだ隙に一撃を叩き込む。

 門番は即死する。

 

 もう1人は勝てないと踏んで逃げ出すがアイリーンに追いつかれ、背中から一撃を貰い死に至る。

 

 アイリーンは剣を納め、ルーカスの元に向かう。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍本部地下 ルーカスサイド-

 

 アイリーンが一進一退の攻防をしているのをハラハラしながら見ていた。確かに早いが攻防ぐらいは分かる。

 

 そして決着が付きアイリーンが戻って来る。

 

「アイリーン大丈夫か!?」

 

 少し慌てているルーカスにアイリーンは微笑みを向ける。

 

「フフフ……ルーカス少将、大丈夫ですよ。怪我は有りません」

「そうか……」

 

 自分を心配してくれるルーカスが少し可愛く見え、微笑みがこぼれてしまう。

 安心したルーカスをアイリーンは急かす。

 

「ルーカス少将、先を急ぎましょう」

「ああ」

 

 アイリーンが扉を蹴る。バンッという扉が開いた音と共に護衛が突入する。

 アイリーンと共にルーカスも続いて突入するが、中はもぬけの空であった。

 

「やはり、もう脱出した後か……となると向かうのは隠し滑走路だな」

 

 ルーカスを先頭に隠し滑走路に向かう。

 

 そこには部隊を配置したから食い止めてると良いが……

 隠し滑走路へ行くには一般の通路を通る。そこに部隊を配置している。

 

 だがルーカスが着いた頃には、通路は部下の遺体で埋まっていた。

 

「……やはり無理だったか。すまない……」

 

 ルーカスは自分の作戦ミスを今は亡き部下に謝罪した。

 だが時間稼ぎになったのだろう。そう信じルーカスは前に進む。

 

 そしてルーカス達は隠し滑走路に到着する。

 アイリーンが扉を蹴破る。

 

 開いた扉の先には飛行機が飛び立とうとしていた。

 飛行機は轟音を鳴らしながら徐々にスピードを上げ、滑走路から離陸しようしていた。

 

 ルーカスは手に持っていたハンドガンで飛行機を撃つ。

 しかし、飛行機にはウォールシールドが張られていた。

 

「クソっ!! 後少しなのに……アイリーン頼む!!」

「お任せを!!」

 

 アイリーンは剣を抜き力を貯め、一撃を放つ。

 

「一刀一閃!!」

 

 そう叫び放たれた一撃は三日月の形を保ちながら飛行機に向かって行く。

 そしてウォールシールドとぶつかる。

 魔力はせめぎ合い、決着が付く。

 

 アイリーンの技はウォールシールドにかき消された。

 

「そんな!? あのウォールシールドは……中に凄腕がいるのね」

 

 アイリーンは自分の不甲斐なさに悔しさを噛み締めた。

 それを見たルーカスも悔しさの余り、壁を強く殴る。

 

 飛行機は二人をあざ笑うかのようにゆっくり地上から離れるーーつもりだった。

 

 突然飛行機が爆発し、破片が、炎が四散する。

 燃料も巻き込んでの爆発は余りにも大きい。

 

 その強い爆風はルーカス達にも届いて手で顔を覆う。

 

「く……な、何が起きたんだ……事故か? それとも……」

 

 ルーカスの脳裏には内部の裏切りが浮かんだ。

 

 だが一方アイリーンは気づいていた。

 

 爆発する直前に大きな魔力の波動を感じた……魔力を火薬とした爆弾?

 

 と考えるアイリーンだが結果は予想の斜め上を行く結果だった。

 

 

 

 しばらくすると爆風に寄る粉塵が収まって視界が開けて来る。

 その中にゆらり人影が見えて来るーー

 

 ーールーカス達は生き残りが居たのかと構える。

 

 しかし、聞こえて来たのは敵意の無い朗らかな声だった。

 

「おう、久しぶりだな。ルーカス」

 

 粉塵から出て来たのは短い金茶髪を左右に分け、額を出した、優男というより男もカッコイイと思う男が居た。

 

 ルーカスはその男を見て次第に驚愕で目を開いて行く。

 

「お、お前……ライル、ライルなのか!?」

 

 ルーカスはライルに向かって走り出す。

 しかし、その間にアイリーンが割って入る。

 

「ルーカス少将、お知り合いかもしれませんがこの男は私が突破出来なかったウォールシールドを、一撃で突破する力の持ち主です。それにまだ目的も分かりません」

 

 それを聞いたルーカスは冷静に考える。

 

「確かに。ライルが何故ここに居るのか分からんし、もし敵だったらマズいがーー」

 

 ルーカスは話を途中で止め、ライルの方へ歩きライルと握手する。

 

「ーーライルが敵ならば、俺は誰も信じられない」

 

 そう言ったルーカスはライルと嬉しそうにハグする。

 

 それを見たアイリーンはライルという男への興味が湧くと同時に自分よりライルの方が信頼されている事への寂しさを感じていた。

 



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2-6 変革の始まり

9/20改稿


 -地球連合軍本部 ルーカスサイド-

 

 地球連合軍本部は北米大陸、ニューヨーク郊外にある。

 敷地のほとんどが埋め立て地である。そこにはたくさんの建物や滑走路。もはや、そこには大きな島が存在していた。

 

 本部から少し離れた陸地。

 秘密の抜け道ーー隠し滑走路があるという場所があった。

 

 そこから飛び立とうとする飛行機を落とした男ーーライル。

 ルーカスはライルを見た時、嬉しさのあまり身体が震えた。

 

 ルーカスとライルはおもっいきりハグする。優しいハグでは無く2人共力強くである。

 

 だが先に音を上げるのはルーカスだった。

 

「ぐ……あ……タンマ……」

 

 ルーカスはギブアップとバンバンとライルの背中を叩く。

 ライルはニヤニヤとしながら身体を離す。

 

「また、最近なまってるなぁ?」

「いててて……最近は事務仕事ばかりで運動してない。そういうお前はパトロールか?」

「ああ、世界中をパトロールして来たぜ。全く騒がしいと思ったら戦争とクーデターかよ。だからあんなに治安が悪くなって来ているのか」

「そうか……このまま戦争が続くとあちらこちらで反乱が起きるかもしれんな」

 

 ふとルーカスがアイリーンを見ると、アイリーンはまだ警戒を解いてなかった。いや、アイリーンだけでは無くルーカス以外の全員が。

 

 ルーカスは慌てて全員に説明する。

 

「皆、紹介する。俺の軍人学校同期のライルだ。ライルは信頼出来る。卒業後不正をしてた上官を殴り、退職して、世界中を回って悪人達を懲らしめていたんだ」

 

 その説明に全員は納得ーーいや、アイリーンだけはまだ警戒していた。

 

「確かに信頼出来そうな方ですが、敵の敵が味方だという証拠が有りません。それに生き残りの可能性も否定出来ません」

「アイリーン!!」

 

 アイリーンに怒ろうとするルーカスをライルは遮る。

 

「いや、確かに嬢ちゃんの言う通りだ。確かに俺がルーカスの味方だとという証拠は無い。俺が生き残りなら危険だろう。なら証明しようじゃないか。軍人なら拳でな?」

「嬢ちゃんじゃ有りません!! 私はアイリーン。良いでしょう、拳で分かりあいましょう!!」

 

 2人は剣を抜く。

 ルーカスは止めようとするが、ライルに睨まれて諦める。

 

 先に動いたのはアイリーンだ。

 

「一刀一閃!!」

 

 叫びながら、剣を振り切る。

 先ほど撃った技である。三日月の形をして、高速で飛んで行く。

 

 それを見たライルは魔力を込めた剣で受け止める。

 そして、左に弾く。

 弾かれた技は壁に当たり、大きな穴を空ける。

 

 技をいなしたライルは微笑む。

 

「へえ、アイリーンだっけ? やるじゃないか。流石はルーカスの嫁」

 

 ルーカスの嫁という言葉を聞いたアイリーンは茹でダコのように真っ赤になり、必死に否定する。

 

「よ、嫁!? ーー嫁じゃないです!! 私は副官です!! それ以上でもそれ以下でも有りません!!」

 

 それを聞いたルーカスはわざとらしく落ち込む。

 

「マジかぁ……結構仲良いと思ってたんだけどなあ……ただの上司と部下かあ」

 

 ルーカスはため息を付く。

 それを見たアイリーンは慌てフォローする。

 

「あっ……別に仲悪いとかでは無くてですね、特別な関係では無いと言いたかっただけで、あのっーー」

 

 そんなよそ見をしているアイリーンにライルは攻撃を仕掛ける。

 

「おいおい、よそ見してて大丈夫かぁ? 余裕なら良いんだけど?」

 

 次々と剣によるラッシュを掛ける。

 アイリーンは我に返り、防戦する。

 

 アイリーンの方が不利になる。

 それは不意打ちのせい……では無く、力量の差であった。

 アイリーンも剣を交えている間にだんだん察し始めていく。

 

 この男はまだ本気を出していない……なのにこの力量……勝てない……でも!!

 

 アイリーンは大きく跳び去り、距離を取る。

 ライルはあえて追撃しない。

 

「来いよ。お前の思いをぶちまけろ!!」

 

 ライルは左手で手招きする。

 そんな余裕な様子に少しイラッと来るアイリーンだったが、チャンスを与えてくれたライルに感謝する。

 

「ならば、全力で参る!!」

 

 もはやこの時点まででアイリーンには分かっていた。

 ライルが敵では無い事を。

 

 敵で有るならば、わざわざ待ちはしない。

 それにこれだけの技量があれば、全員を同時に相手しても勝てるだろう。

 

 もはやライルが味方なのは明白だ。

 ならば、と。アイリーンはこの戦いを楽しむ事に決めた。

 

 アイリーンは剣を納める。

 そして腰を落とし、居合いの構えをする。

 

 2人の間には少しの静寂が訪れる……

 

 昔から強者同士の戦いは『静』と『動』がはっきりしていると言われている。『静』の間に敵の動きを予想し、『動』の一瞬で勝負が決まると言われている。

 

 この2人も強者同士だ。一撃必殺を2人共狙っている。

 

 

 

 そして2人は『静』から『動』へ移るーー

 

 ーーアイリーンは叫びながら、一撃を放つ。

 

「居合い、一の太刀!!」

 

 アイリーンの懐から放たれた一撃ーー1の太刀は鋭く、ライルの首を狙うーー

 

 ライルは剣で防ぐーーがアイリーンには予想内であった。

 

 防がれた剣は動かさず、左手で魔力で作った剣で切り裂く。

 

「居合い、二の太刀!!」

 

 左から袈裟切りする。

 魔力で作った剣はそのまま、ライルに届ーーかなかった。

 

 ライルも防いだ剣を動かさずに、左手で新しい剣ーー青い剣で防いだ。

 

 アイリーンは眼を驚愕で大きく見開く。

 ライルは力の抜けたアイリーンの剣を軽く飛ばす。

 飛んでいった剣は地面に当たり、乾いた音を立て、地面に転がる。

 

 勝敗は決した。

 アイリーンの敗北である

 。

 だがアイリーンの表情は晴れていた。

 久しぶりに全力で戦い、敗れたのである。

 悔しさより、清々しさで満ちていた。

 

 心地よさに浸っていると、目の前に自分の剣が差し出される。

 顔を上げると、笑顔のライルが居た。

 

「やるじゃねえか、アイリーン。まさか俺に二本目を抜かせるとは……おめぇは強いよ。これならルーカスを預けられる」

 

 ライルはアイリーンの肩に手を置き、離れて行く。その足先は外だ。

 その様子にルーカスは呼び止める。

 

「ーーっ!? ライル? どこに行く!?」

「ん?」

 

 ライルは首だけ後ろ向き、 

 

「これから始まるんだろ? お前の戦いがよぉ。なら早速行こうじゃないか」

 

 ブラブラと行くライルを追いかけるルーカス達だった。

 



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〈3章 ルーカス 地球攻防編〉
3-1 地球侵攻開始!!


戦場は地球に移ったのでここから新章に入ります。
ここからは地球がメインになるので新章を作っただけです。


ところで次週から週2更新にしようと予定してます。
金曜日は固定として、月曜日か火曜日に投稿していこうかと考えています(あくまで予定)

9/21 改稿


 -地球連合軍ウランバートル 朱威サイド-

 

 火星独立軍が地球に突入している間に既に朱威の部隊は迎撃体制を整えていた。

 無数の砲門やミサイルが空からやってくる敵に対し、牙を向けていた。

 空も同様である。無数の戦闘機が空を支配していた。今か今かとトリガーを握る兵士は手に力を入れる。

 

 そしてとうとうその時が来る。

 レーダーを凝視していた兵士はレーダーから目を外し、上官に告げる。

 

「レーダーに感有り!! もうすぐで視認出来ます!!」

「良し、展開も出来た。直ぐに攻撃を打診しよう」

 

 上官は朱威に報告する。

 

「報告します!! 我が軍の展開完了。攻撃指示が有れば直ぐに攻撃出来ます!! ご命令を!!」

「うむ、全軍攻撃開始!! 地球に奴らの居場所は無い事を教えてやれ!!」

 

 直ぐに攻撃命令は各部隊に伝達される。

 

「了解。これより攻撃を開始する」

 

 トリガーを兵士達は押す。砲門からは轟音と砲煙を放ちながら砲弾は目標を目掛けて飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 ------

 

 -火星独立軍ウランバートル上空 ウォルサイド-

 

 目の前の機器……いや自分も含めて、機体、降下ポット全てがガタガタと小刻みに、たまにドンッという強い衝撃がウォルを襲う。

 

 ふとモニターに目を移すとモニターの端に移る画面の隊員のヨーネスは震えていた。

 

「小隊ちょ~~うぅぅぅ……ち、地球は地球連合軍が沢山居ると聞きました。だ、大丈夫ですよね? また勝てますよね?」

 

 肝試しにでも行くようにガタガタと震えるヨーネスを見て、ウォルにいたずら心が芽生える。

 

「……さあな。激しい戦いになるから流れ弾に当たるかもしれんな」

「そんなぁーーー!!」

 

 本当に泣き出しそうなヨーネスにもう1人の隊員アルバは叱咤する。

 

「オイ、ヨーネス!! そんな様子じゃ勝てねえぞ!! 宇宙と同じようにぶっ潰せばいい!!」

「で、でも、地球じゃずっと空に飛べる訳じゃないし……」

「なら、一瞬で方をつければ良い!!」

「で、でも敵はいっぱい居るし……」

「そこまでだ。二人とも」

 

 ウォルは話す二人を止める。

 そろそろ降下ポットから降下する時間である。

 

「そろそろ、降下だ。俺の合図で降下ボタンを押せ。そして戦場では俺から離れるなよ」

 

 ウォルはHAWの操縦経験では2人と同じだが、元軍人。戦場経験もある。冷静な判断を下せるウォルが小隊長になるのは適任だった。

 

 そしてロックオンされたアラートが鳴り響く。降下ポットにミサイルが飛んで来るのは直ぐだ。

 

「降下まで……3……2……1……降下!!」

 

 ウォルがボタンを押すのと同時に二人も押す。

 するとHAWの目の前の壁はパージされ、彼方に飛んで行くと同時にウォル達は降下ポットから離れ、大空に舞う。

 

 見下ろす地面には無数の車両。全てがこちらを向いていた。

 そして横からは戦闘機達。

 

 状況は絶望的だがウォル達は諦めていない。

 

「グリフォン小隊行くぞ!!」

 

 小隊長の言葉に隊員達は頷き、必死にはぐれないよう食らいついて行く…… 

 

 

 

 

 

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 -地球連合軍ウランバートル 朱威サイド-

 

 空から降って来る沢山の円柱状のポットから次々とHAWが湧き出て来ていた。

 そしていつの間にかに空は無数のHAWに埋め尽くされていた。

 

 だが地球連合軍の猛烈なる攻撃に確実に少しずつだが次々と数は減って行く。

 やはり、地上では勝手が違うみたいだ。

 

「ふむ。やはり地上では運動性能が劣るみたいだな。機敏さが無い」

 

 顎に手を置きながら眺める朱威。

 

 HAW達は『重力』に慣れていなかった。

 宇宙では動いたらその慣性のまま動くが地球では速度は徐々に落ち、落下し始める。

 この勝手の違いに苦戦するHAW達である。

 次々と攻撃を避けれずに墜ちていく。  

 

「ククク……やはり地上ではHAWは使えんだろう。この戦いは朱威が頂こう」

 

 朱威は高笑いを始めるが戦況は動き始める。

 

 次第に重力に慣れ始めたのか動きが変わって来たのだ。

 これはやはり若い力だろうか。

 

 HAW達は宇宙と同じとはいかないまでもかなりの動きをし始め、攻撃を避け始める。

 

 最初に戦闘機達が餌食になる。

 次々とHAW達の攻撃を受け、火を噴いて墜ちていく。

 

「何なんだこれは……有り得ない……有り得ないぞ!!」

 

 この様子に朱威は理解が追いつかない。

 

 昔からの言葉がある。

『戦場とは生き物だ』という言葉である。

 戦場は生き物のようにどうなるか予想出来ないという意味だ。

 だから指揮官には臨機応変に対処出来なくてはならない。

 

 しかし、朱威は思考停止していた。

 まさか戦闘で修正出来るとは思ってなかったのである。

 

 戦況は朱威をよそに移り変わって行く。

 

 

 

 

 

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 -火星独立軍ウランバートル上空 ウォルサイド-

 

 最初は皆地球に慣れず次々と戦友達が落とされるのを歯を噛みしめながら見てるだけだったが、次第に慣れてきたのか動きが変わって来る。

 

「クソォォォォ!! よくもバルトを!! 許さねぇぇぇ!!」

 

 アルバは早い段階で重力に慣れ初めていた。

 次々と戦闘機を落としていく。

 

「アルバ待ってよ~~」

 

 と泣き言を言いながらしっかり付いて行くヨーネス。

 

 2人共将来が楽しみだな

 

 と思いながらウォルは2人を狙う敵を落としていく。

 

 しばらくすると戦闘機は片付いたのかもう来ない。

 だが自分の燃料を見るともう心許無い。

 燃料が無いならば、地上で動いて止まってを繰り返し、燃料を節約するしか無い。

 

「こちらグリフォン小隊、もう燃料が心許無い。これより、地上戦に入る」

 

 ウォルは他の小隊に無線で連絡を取る。

 

「了解した。こちらも心許無い。援護する」

 

 他の小隊もグリフォン小隊に続いて地上戦に移行していく……

 

 

 

 

 

 

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 -地球連合軍ウランバートル 朱威サイド-

 

 呆けてる朱威に次々と戦況報告が入って来る。どれも被害報告ばかりだ。

 

 まさか……まさか……俺は敗れるというのか……HAWの性能低下を予想し、有利な着地迎撃をしているのに……我が軍は敗北するというのか……

 

 とブツブツ言っている朱威に部下は報告する。

 

「朱威閣下!! 敵は地上戦に移行するもようです。地上戦ならば相手は機動力は低下します!!」

 

 部下のその言葉に朱威は我に返る。

 

「ーーっ!? HAWが地上に降りたとな。やはり燃料が問題か!! 良し、戦車で蹴散らせ!!」

 

 朱威はさっきまでボーッとしていたが、今は若返ったようにやる気満々である。

 次々と指示を出して行く……

 

 

 

 

 

 

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 -火星独立軍ウランバートル上空 ウォルサイド-

 

 HAW達は次々と高度を下げ、着地する前にブーストを吹かしゆっくり着地する。

 

 しかし、着地するのを待ってましたと言わんばかりに戦車砲で集中放火で次々とHAWを落としていく。

 着地しないと燃料は尽き、そのまま落下したら着地の衝撃で機体は木っ端みじんだろう。

 

 ウォル達はもはやもう避けられない危険な着地を迫られていた。

 

「クソッ、こんな集中放火されてる所に着地出来るか!!」

「倒して倒しても、沢山いるよぉぉ~~」

「……やりようは有るが……しかし……」

 

 ウォルの小さな呟きをアルバは聞き漏らさない。

 

「小隊長!! 何か作戦が有るのですか!? このままじゃ死を待つだけです!! 教えて下さい!!」

 

 迫るアルバに躊躇うウォル。

 話すか躊躇うウォルに通信が入る。

 

「よお、ウォル。それは俺達がやるぜ」

 

 モニターに映るのはウォルの元上官だった男だ。

 

「全く、ヒヨッコにやらせる仕事は無いってね」

「お前らより俺達の方が適任だな」

 

 更に増える元上官達。地球連合軍に所属していた頃に散々しごかれた事をふと思い出す。

 

 3人の元上官は小隊を組み、地球連合軍でも、火星独立軍でも宇宙戦で活躍していた。

 もはや3人の連携プレーはお見事と言うしかない。

 

 そこではお荷物だったウォルだったが、3人はウォルを買っていた。

 3人が連携し、敵を攪乱している間にウォルは敵の死角から攻撃していたのである。

 ウォルの戦場把握能力は3人も認めていたが、操縦技術が追いついていなかった。なので、いつも撃墜されそうになっていた。

 そんなウォルを3人は可愛がっていた。

 

「お前の考えは分かってるよ。それにコレが最良って事もな」

「でも……もはやこれは作戦では無いです!! 作戦はどのように生きる残るかであってーー」

 

 ウォルの言葉を遮る3人。

 3人の覚悟は決まっていた。

 それに気付いたウォルは歯を噛み締めるながら無言で敬礼する。

 3人はそれを見て、満足したのか離れて行った。

 

 

 

 

 

 

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 -火星独立軍ウランバートル上空 デビッドサイド-

 

 ウォル達と別れ、敵陣に突っ込むデビッド達。

 もはや後ろは振り向かない。

 

「さあサイモン、アレックス。思い残す事はねえなあ?」

 

 長らく一緒に戦ってきた戦友と最後の会話を楽しむ。

 

 最初に話し始めたのはサイモンだ。

 

「あーこんな事なら、あの子に告れば良かったなあ」

「サイモン、また女変えたのかよ。前の女はどうした?」

「俺が軍人って言ったら振られちまったわ」

 

 そうサイモンは言いながら頭を掻くが、特に悔しそうに見えない。

 いつもふざけていたサイモンも何だかんだ、覚悟は出来ていた。

 

「そりゃあ運がなかったなあ。アレックスは?」

「俺は強いて言えば、テキサスの酒が飲みたいなあ」

 

 アレックスはいつも変わらずクールだ。だが微かに変わる表情からは今から死ぬことに不満は無さそうだ。

 

「良いなあそれ!! 生きていたら行こうか」

 

 3人は理解していた。必ず死ぬことに。

 まず敵陣に突入すれば集中放火を受け、死ぬこと。

 万が一生きていても、機体の燃料が尽き、不時着しバラバラになること。

 

 だが3人は一矢報いる事に決めた。もはや迷いは無い。

 

 敵陣に突入する3人に火線は集中する。

 

「うほーーー!! すげえ弾幕だぜ。死と隣合わせのスリルはやべえなぁ!!」

 

 と騒ぐデビッド。

 

「これが可愛い子のアピールなら歓迎だな」

 

 と残念がるサイモン。

 

「不思議と恐れは無いな」

 

 少し面白そうなアレックス。

 

 3人は弾幕をかいくぐりながら、本陣に近づいて行く。

 

 

 

 

 

 3人のおかげで他のHAW達は次々と着地に成功する。

 

「スゴい……なんだあの動きは……」

 

 いつもうるさいアルバも静かに3人の実力を認めていた。

 

 どうか……ご無事で……

 

 とウォルはただ祈るだけだった。

 

 

 

 本陣に近づくほど厚くなる弾幕。

 絶妙な動きでかわして行く3人。

 だが、いつか別れは唐突に訪れる。

 

 ドンッという音と共に足を撃たれ、煙を噴いて速度が落ちていき不時着するアレックス。

 

「アレッーーークス!! ちくしょう!! 待ってろ、今行くぞ!!」 

 

 足を止めたくなる衝動を抑え、前に進む。

 

 そしてまた凶弾が襲う。

 

 サイモンのコクピットに直撃し、爆散する。

 

「サイモン!! お前も先に行くのかよ!? 全く酒のツケは俺が払えってかよ!?」

 

 死んだ戦友に軽口を叩くが返ってくるのは敵の弾だけ。

 

 残ったデビッドは舌打ちをしながら敵に突入すると火線が集中する。

 もはや避けれる数では無く、必死に致命傷を避けるだけだ。

 

「グオオォォォォーーー!! 一矢報いるんだよぉぉぉぉーーー!!」

 

 もはやHAWは原形を留めてなく、あちらこちらから煙を噴かせ、モニター越しでは無く、直接外が見えるようになっていた。

 ボロボロのHAWはもはや武装は無く、身一つだった。

 

 薄れゆく意識の中、地球連合軍本陣が見える。

 デビッドはうっすら笑い、目を閉じた。

 

 ああ……悪くねえ気分だ……これでツケは返したよな? 俺はしっかり仕事したぞ、お前ら?

 

 デビッドのHAWは地球連合軍の本陣に突っ込んでいった……

 

 そこから上がる煙ははまるで天への道筋だった。

 



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3-2 予想外の報告


9/22改稿




 -地球連合軍本部 ルーカスサイド-

 

 バンッという大きな音に兵士は身体をビクリッと震わせる。

 大きな音を出したのは怒りに満ちたルーカスだった。

 

「……それは本当なのか?」

 

 ルーカスの低く唸るような声に兵士は冷や汗をかく。

 

「は、はい。報告によれば、ウランバートルにて朱威閣下は戦死され、部隊は敗走し、北京も陥落したと。通信は途絶え、偵察機も撃墜されてる事から確かかと」

 

 ルーカスは報告が間違いない事を知り、力が抜け椅子にもたれかかり、うーんと唸りながら頭を抱える。

 

 朱威が攻撃に出ず、北京に籠もればまだ我々の戦力の方が優勢だったが……朱威は死に、北京は占領される……最悪の事態だ。

 

 ルーカスは現状に頭を抱える。

 

 北京は要塞化された基地として有名だった。山に基地を作り、山その物が基地であった。なので攻撃は通りにくく、堅固であった。その防御力は1、2を争う程である。

 

 だが、ほとんどの部隊が朱威と共に壊滅し、更に指揮官の朱威が戦死したことによって指揮系統は混乱し、まともな戦闘は出来ないまま陥落したのである。

 

 北京を火星独立軍が占拠したとなると攻めるのは難しく、勝てたとしても多大な被害を被るのは目に見えていた。

 

「どうするか……このまま時を待っていても奴らは防備を固めるだけだ。やはり攻めるべきか?」

 

 隣にいるアイリーンに問う。

 答えるアイリーンの顔は苦渋に満ちていた。

 

「……そうですね。我が軍の戦力はこれ以上待っても増えはしませんが、敵の戦力は増大していきます。なのでーー」

 

 アイリーンが次の言葉を言おうとした時、兵士が焦りながら入って来る。

 

「ほ、報告します!!」

「どうした?」

「各地で……世界各地で反乱が起きています!!」

「何!?」

 

 ルーカスは驚きの余り立ち上がろうとして、おもっいきり足を机にぶつける。

 

「ぐあ……おぅ……ああ……続け……ろ」

 

 ルーカスは痛みの余り、うずくまりながら報告を促す。

 兵士は心配しながら報告を続ける。

 

「はい。各方面軍はほとんどの部隊を北京に向け移動でありますので、守備隊をほとんど残っておらず、そこで反乱が起き、基地や警察署などが占領されています」

「……」

「ククク……」

 

 呆れて言葉も出ないアイリーンに対して、笑い出すルーカス。

 怪訝な目でルーカスに注目が集まる。

 

「ルーカス少将、笑うところじゃないですよ?」

 

 アイリーンはルーカスをたしなめる。

 だがルーカスは笑いが止まらない。

 

「ククク……いやぁ、今の現状……反乱が各地で起きてる地球。これが今までの地球連合軍の統治の結果だと思うと……馬鹿らしくなってくるな」

 

 この言葉に誰もが目を伏せる。

 

 今まで誰もが目を伏せて来た問題なのだ。

 安定した政権の裏は闇にまみれ、不正、左遷などばかりだった。

 そしてルーカス本人も被害者である。

 そして多くの反乱軍も被害者である。

 それが戦争の原因だと言ってもいい。

 

 ルーカスは言葉を続ける。

 

「確かに火星独立軍の正義は正しいが、負けるわけにはいかない。俺が新しき地球連合軍を設立する。優秀な人達は地球連合軍にも沢山存在する。地球連合軍は上層部が腐ったせいで全てが腐った。ならば頭を変えればいい。だから俺は地球連合軍最高長官に就任しようと思う」

 

 ある意味クーデターと言える言葉に誰も反対はしない。

 アイリーンも賛同する。

 

 そして各方面軍の委任状も有り、反対する勢力は先の戦いで壊滅。就任は易々となったのであった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍アスタナ基地 ユルゲンサイド-

 

 ユルゲン達はアスタナ基地ーーカザフスタンの首都近くの基地ーーに居た。

 アスタナ基地は今まで挙げて来た基地の中では小さいが、大軍が集まる基地としては十分な広さを持っていた。

 アスタナ基地にはヨーロッパ方面軍、アフリカ方面軍、インド方面軍が集結していた。

 そして、ここにも報告は届く。

 

 兵士が駆け足で部屋に入り、報告する。

 

「報告します!! ウランバートルにてアジア方面軍は敗退。朱威少将は戦死なされました。そして北京も陥落!!」

 

 この報告に3人は三者三様の反応をする。

 ユルゲンは立ち上がり、地団駄を踏み始める。

 

「あのーー馬鹿野郎が!! 独断先行して、戦死!? 更には北京までタダで献上しやがって!! あの世で会ったらまず一発ぶちかます!!」

 

 終いには指をポキポキ鳴らし始めるユルゲン。

 

 それに対し、他の二人は目をつぶっていた。

 決して寝てる訳ではない。

 二人はこれからを模索していた。

 

 二人の冷静な態度にユルゲンは熱が冷めたのかドカッと椅子に座る。

 

「ハア……で、俺達はどうする?」

 

 ユルゲンはため息をつきながら二人に尋ねる。 

 先に口を開いたのはインド方面軍最高指揮官ラーマン少将だった。

 

「まず、現状をまとめましょう。敵の正確な戦力は不明。北京、ウランバートル付近は占領しているかと。ですがまだ香港や上海、日本までは手は伸ばして無いと思われます」

 

 ラーマンの冷静な分析にユルゲンとファビアンは賛同する。

 ラーマンは話を続ける。

 

「しかし、それも時間の問題かと。やはり指揮官不在ではアジア方面は陥落すると思われます。なので、今から各方面軍を集結して再度攻撃する必要が有るかと」

 

 ラーマンの提案に異存はなかった。

 これが最良の案で有ると思える。

 だが次の報告で根本から覆されることを誰も予想出来なかった。

 

 兵士が慌てて駆け込んで来る。

 息も絶え絶えである。

 

「……報告します!! 各方面で……反乱が……反乱が起きました!!」

 

 この報告に3人は目を大きく見開く。

 最初に反応したのはユルゲンだった。

 

「反乱!? それも各方面だと!? 一体どうなってんだ!?」

 

 ユルゲンは声を荒げる。

 それを遮るようにファビアンが発言する。

 

「ふむ。敵も見事じゃな。これは北京には攻撃出来ないのう。我々も自分の所に戻るしか無い」

 

 反乱を放置したままにすると、住民は困る。経済活動は止まり、このままでは地球連合軍の統治から独立するかもしれない。

 だから統治を任されたユルゲン達は治安出動する必要があった。

 また報告によれば、反乱軍は戦車、戦闘機等保有するらしい。

 もはや部隊を戻さなければならないだろう。

 

 ユルゲン達は立ち上がり部屋を出て行く。

 治安出動の為に……

 

 

 

 

 

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 -火星独立軍北京基地 ユーリサイド-

 

 ズシンと着陸した振動を受け、ユーリ達も少し上下に揺れる。

 少し滑走路を走った後、飛行機はやがて止まりステップを降ろす。

 そこからはユーリ達、五人が降りてくる。

 

 ユーリは地面に立ち、重力と太陽の日差しを感じ、地球を懐かしく感じる。

 

 不毛の大地ーー火星ーーでは心地良くはならない。

 宇宙服が無ければ、外には出れないし、開発しなければ人は住めない。

 だが7年前とは違い人口も増え、地球の一都市ぐらいには匹敵するだろう。

だが地球の環境に比べればあまり良くない。

 

 ユーリは景色をボーッと見ていると肩を叩かれる。

 振り返ると、アンジェリカが笑顔で居た。

 

「ユー……リーダー、行きましょう」

 

 アンジェリカは最初間違えたが言い直し、行こうと促してくる。

 ユーリは自分が行かなければ皆動けない事に気づく。

 

「すまん。ボーッとしていたよ。さあ行こうか」

 

 ユーリ達は歩き出す。

 北京基地の最奥へ。

 

 

 

 

 

 

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 長官室にはユーリ達の他、多数の人が座って居た。

 これからの指針を考える為である。

 ユーリは口を開く。

 

「皆、ご苦労様。作戦は見事成功した。これも皆の健闘のおかげだ。要塞北京基地を手に入れたのは大きい。犠牲になった者には感謝仕切れない。必ずや地球連合軍を打ち破ろう」

「「「おう!!」」」

 

 大勢の兵士が一斉に立ち上がり、賛同する。

 その様子に満足したのか、ユーリは続きを話し始める。

 

「皆座ってくれ。では次はどう行くべきか、意見を出してくれ」

 

 まず最初に発言したのはサイオンであった。

 

「リーダー、敵の戦力はまだ我が軍を上回っており、北京に籠城しても勝ち目は薄いかと。しかし、各地の同朋が後ろから揺さぶっており、敵は合流出来ないかと。なので我々は一気に攻めるべきです」

 

 この意見に賛同する者が多数おり、意見はそのまま通ると思われた。

 しかし、クリフの言葉で滞る事になる。

 

「ふむ。作戦はいいが、肝心のHAWの数は足りてるのかな?」

 

 この言葉に皆凍りつく。

 先の戦いで予想以上に損害を受け、戦力は減っていた。

 

 だが反論を繰り出す男が居た。

 博士だ。

 

「クリフ大先生。その点は抜かり無いです。我々が地球に降りた事により、各地の我々の同朋と連携が更に緻密になりHAWもパイロットも増大します」

 

 この言葉に皆はおおーと感嘆の声を上げ、クリフも満足そうに頷く。

 そしてこれ以降は反論では無く、配置や指示を与えるだけとなり会議は終了する。

 

 

 

 

 

 

 そして残ったのはユーリを含め六人である。

 最初にアンジェリカが口を開く。

 

「お疲れさまです、皆さん。ユーリさんリーダーかっこよかったです!!」

「そうかな? 少しは様になって来た?」

「ふふ。もうユーリさんもすっかりリーダーですね」

「そういうアンジェリカも白衣の天使に見えて来たよ」

「て、天使ですか!? そんな天使だなんて……」

 

 アンジェリカは恥ずかしながらイヤイヤと身体を振っているが、ユーリ以外は内心ツッコミを入れていた。

 

 何で天使ってとこだけ抜き取るんだ……と。

 

 もちろんアンジェリカは白衣は着ていないが医療のスペシャリストなので白衣の天使と呼んだだけだ。

 だがアンジェリカは一人だけ勘違いをしていた。

 

 照れてるアンジェリカは置いといて、サイオンは確認する。

 

「俺は軍事顧問、ランスは訓練顧問、クリフ大先生は魔法顧問、アンジェリカは治療顧問、博士は兵器顧問で問題無いな?」

 

 ユーリは頷く。

 普通ならばユーリ達は各分野ではまだまだ未熟だ。

 しかし、顧問は能力では無く意志が高い者を配置していた。

 特にこの五分野に力を入れて行く予定だ。

 

 戦術と戦略を理解する指揮官の育成する軍事部門。

 猛烈なる武勇と冷静な兵士を育成する訓練部門。

 戦場を左右する魔法を扱いし冷静な魔法師を育成する魔法部門。

 戦場を影から支える医療と戦場の天使となる回復魔法を扱う者を育成する治療部門。

 新兵器を開発し、パイロットを育成する兵器部門。

 

 これらの五部門が火星独立軍の根幹を成していく……

 



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3-3 地獄の退却戦

9/22 改稿


 -地球連合軍 モスクワ基地 ユルゲンサイド-

 

 モスクワ基地……ヨーロッパ方面軍の東部では最大の基地である。

 ここも例外に漏れず、反乱は起きていた。

 

「チクショウ!! 撃っても撃っても湧いて来やがる!!」

「主力が戻るまでの辛抱だ!! ーーマズい、戦車だ!! 伏せろ!!」 

 

 砲弾は兵士の上すれすれを通り、後ろに着弾する。

 爆音と熱風が兵士を襲う。

 後ろからは悲鳴と怒号が入り混じる。

 

 なんとか助かった二人だが、敵は好機!! と見たのか、戦車と共に突撃を掛ける。

 

 もはやこちらには対戦車火器や残弾は残って居ない。

 諦めようとしていた時ーーー

 

 ーーー戦車は突如爆発する。

 

 その後空から戦闘機が発する爆音が聞こえて来る。

 友軍機だ。

 

「おお、ユルゲン少将が戻って来たのか!!」

 

 兵士達はうおおぉぉぉーー!! と歓喜し、戦闘機達に手を振る。

 

 戦闘機達は次なる獲物を求めて速度を上げていく。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次々と各地の戦況報告が手元に集まって来る。

 ヨーロッパ東部は我らが間に合い、戦況が好転したがヨーロッパ西部はもう既に連絡は途絶えていた。

 もう占領されたと言ってもいいだろう。

 

 そんな状況に更に悲報が続く。

 

「報告します。我が軍の弾薬、燃料があんまり芳しく有りません」

 

 ユルゲンはどこかこの事態に予想がついていた。

 元々、燃料や残弾は最低限しか持たず北京に向かっており、戻ると各基地は燃料、弾薬庫が集中的に破壊されており満足に戦う事は出来なかった。

 今はまだ戦えるがこのまま続くと兵器はタダの鉄クズになるだけだろう。

 

 ユルゲンは一途の望みを託し、ルーカスに連絡を取る。

 何回かの呼び出し音の後、画面に映るのは金髪の女性ーーアイリーンだ。

 

「初にお目にかかります、アイリーンです。ユルゲン少将とお会いでき、光栄です。ーー用件を伺います」

 

 長ったらしく話続けると思ったが、ユルゲンの表情で察したのか直ぐに自分の話を打ち切る。

 ユルゲンは一瞬アイリーンの優秀さに感心したが、用件を思い出し切り出す。

 

「すまない。ルーカスと変わって欲しい」

 

 アイリーンは了解しました。とルーカスに画面を渡す。

 ルーカスが画面に出る。

 

「ユルゲンか、どうした?」

「ああ、実は後少しで弾薬や燃料が切れそうなんだ。北米、南米に有る弾薬と燃料を送ってくれないか?」

 

 その言葉にルーカスは黙り込む。

 少し経った後口を開く。

 

「すまない……実は本部を占領した後、北米の各基地を調べたら燃料、弾薬共に無かった」

「何だと!? どういう事だ!?」

 

 ユルゲンは激高し、ルーカスに説明を求める。

 

「責任者に問いただしたら、反乱軍に売っていたらしい。戦車も戦闘機も弾薬も燃料も。どれも役員達が関与していたらしい」

「あのゴミどもが!? 死んでもなお、邪魔するか!!」

 

 ユルゲンは憤慨するが、既に役員達は死んでいる。

 

「って事は支援は無理だな」

「すまない。南米方面軍はアフリカ方面軍の支援で手一杯だ」

「分かっている。とりあえず俺はロンドンまで下がる」

「ロンドンか。なるほど、グレートブリテン島の水際で防衛するのか」

 

 元イギリスと呼ばれる国があったグレートブリテン島。

 ユルゲンはそこまで退却し、ドーバー海峡に有る橋を落とし海岸で睨みあうつもりだ。

 

「時間を稼いで欲しい」

 

 ルーカスはユルゲンに頼む。

 

「時間? 時間で解決するのか?」

「ああ、燃料や弾薬を急ピッチで生産している。それに……」

「それに?」

「捕獲した敵兵器からデータと構造を解析し、我が軍も人型兵器を開発するつもりだ」

「ほう……それは頑張らなくてはな」

 

 ユルゲンは不適な笑みを浮かべる。

 ルーカスも同様だ。

 

「では頼むぞ。火星独立軍が各地に攻撃を仕掛けるつもりだ……決して死ぬな。這いつくばっても生きて帰って来い」

「その前に支援が来る事を祈るわ」

 

 通話が切れる。

 だが切れた後でも、ユルゲンは微動だにしない。

 

「……」

 

 これからの壮絶な退却戦を考えると気が重くなるのであった。

 だが事態は猶予を許さない。

 

 ユルゲンは立ち上がり、部下を呼び指示を出して行くのであった。

 

 

 

 

 -----

 

 ユルゲンが撤退を指示してから一週間。

 戦況は大きく変わっていた。

 

 ヨーロッパ方面では残存する守備隊や引き連れた部隊がカレー(フランス)に向かって集結中であった。

 カレーはヨーロッパ大陸とグレートブリテンを繋ぐ場所の近くである。

 

 

 

 アフリカ方面ではファビアン中将の部隊とルーカスの部隊が合流し、鎮圧に向かっていると言う事。

 イランの首都テヘランで軍備を再編中。

 だが、損耗は激しく余力は無かった。

 

 

 

 インド方面はラーマン少将率いる部隊はインド、ニューデリーに集結していた。

 ラーマン少将も不足する弾薬と燃料に悩まされていた。

 インド方面の各地で反乱を鎮圧していたがモグラ叩きのようにきりがない。

 もはやニューデリーだけを維持するので精一杯であった。

 

 

 

 アジア方面では日本以外は占領されていた。

 日本は元々治安が良く、国民性にも大人しいほうなので大規模な反乱にはならなかった。だがここにも火星独立軍はもうすぐやって来る。

 

 

 

 一方オーストラリア方面では援軍は無かったが弾薬と燃料はルーカスから支援を受けていた。

 

 なぜルーカスが他の所に回さずにオーストラリア方面軍を支援したのか? 

 

 というのはニュージーランドのエルス国の存在を危険視していたからであった。

 

 この時代もエルス国は地球連合軍と火星独立軍の次に軍事力を保有する国だからだ。

 戦争勃発以前は友好的で、同盟関係が続いていたが今は不気味に沈黙を保ったままである。

 

 もちろん地球連合軍や火星独立軍に比べ戦力は十分の一にも満たないが、中立国であるエルス国が敵になると士気が落ち、企業や国民の協力は非協力的に少し傾いてしまうだろう。

 

 また戦力も十分の一にも満たないと言ったが、連度や装備の質、能力は地球連合軍と火星独立軍の中で一、二位を争うぐらいである。

 独立国の中で唯一、国産の兵器を使っている国だ。

 

 そんなエルス国が意志表明しない今、エルス国にも警戒しなければならない。

 だからオーストラリア方面は鎮圧しつつ警戒状態のままである。

 

 

 

 北米方面はアラスカに順次退却していた。

 北京が陥落した今、一番近いのは北米方面軍だ。

 このままでは各個撃破されると恐れ、アラスカに退却する。

 

 北米方面は地球連合軍の方面でも一番豊かである。

 なぜなら、役員達の恩恵をモロに受けていたからである。

 だから反乱はほとんど起きず、北米方面軍はアラスカに待機する事となる。

 

 まだ指揮官は居ないのでルーカスが兼任する。

 

 

 

 

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 -地球連合軍 カレー ユルゲンサイド-

 

 爆発による振動と鳴り止まない銃声。

 ずっと続く戦闘に皆、眠れない夜が何日も続き、限界に達していた。

 

 目の下に隈があるユルゲンは直ぐに倒れそうなぐらいフラフラだが、眼光は鋭かった。

 眠る暇も与えずに、戦況は目まぐるしく動いて行く。

 

「報告します!! 敵はもうそこまで迫っています!! ユルゲン少将、早くグレートブリテン島へ!!」

 

 部下は指揮官の早急な後退を提案する。指揮官が討たれてしまったらヨーロッパ方面軍は壊滅するだろう。

 だがユルゲンは横に首を振る。

 

「俺は全軍が退却するまでここにいる。民間人もまだ多数残っている!!」

「ですが!!」

「お前が先に行け」

 

 部下は俯く。

 そんな間にも砲弾が直ぐ近くにも落ちる。

 悲鳴と怒号が飛び交う。

 

 部下は決断する。

 兵士を呼び、ユルゲンを連れて行く。

 

「なっ!? お前ら、何をする!? お前ら離さんか!! 命令だ!!」

 

 ユルゲンは命令するが兵士達は命令を無視し、ユルゲンを離さない。

 

「ユルゲン少将は今錯乱状態だ。私が指揮官代理を務める。連れて行け」

 

 ユルゲンはわめき散らすが寝不足や過労で力は出ない。

 容易に指揮所から連れて出される。

 

 アナタは地球連合軍に必要な方です。ここでは死んでは困ります……

 

 と部下はその背中に敬礼し、死が前提の戦場に戻って行く……

 



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3-4 エルス国の対応

9/23改稿


 -地球連合軍 ロンドン ユルゲンサイド-

 

 不規則な振動が身体を揺さぶる。だが、緩やかな振動で不快には感じない。しかし、一旦意識が戻ってから覚醒するには十分だ。

 

 目を開くと周りには沢山の兵士が居た。

 どうやらここはトラックの中らしい。

 

 ユルゲンが目覚めたのに気付いたのか、兵士が話しかけて来る。

 

「ユルゲン少将、お目覚めですか? 先程は申し訳ありません」

 

 その言葉と共に差し出された水で乾いた喉を潤す。

 気づいたらカラカラの喉が次第に潤って来る。

 

 そして一息ついたユルゲンはその兵士の顔を見て、意識を失う前の事を思い出す。

 燃え盛る炎に立ち向かう様に送りだした部下が脳裏を過ぎる。

 

「ーーっ!? オイ、アイツは!?」

 

 ユルゲンは強く問い詰める。

 その問いに兵士は俯きながら答える。

 

殿(しんがり)を務めると。橋は爆破しました」

 

 その言葉を聞いた途端、ユルゲンは慌てて兵士を押しのけ、トラックの入り口まで行く。

 砂煙と生暖かい風がユルゲンの顔に吹き付ける。そこから見えるのは爆破された橋と海を隔てた向こうに見える火の手が上がるカレーの街。

 

 燃え盛る街はまるで世紀末を思い起こさせる。

 ユルゲンはボロボロと涙をこぼし、声にならない声をあげる。

 

「アイツには妻と腹の中の子供が居るんだぞ!! 何で、何でアイツは死を選んだんだよ!! 俺には妻子は居ない!! なら生き残るのはアイツだろ!!」

 

 ユルゲンは何故だ、何故だと悔やむ。

 そんなユルゲンに兵士は答える。

 

「我々は軍人です。ならば考える事は損得勘定です。アイツが死に、ユルゲン少将が生きる事が最良と判断したのでしょう……無論我らも同じ考えです」

 

 改めて決意する兵士にユルゲンは目を見開く。兵士達の目から死への恐怖が入り混じっていたが、それを家族の為、国の為にという使命感で押し殺しているのが見えた。

 

 その様子を見たユルゲンはそしてけじめが着いたのか立ち上がる。

 

「……皆ありがとう。俺は皆に期待され、守られて来た指揮官だ。ならば期待に答えなければならない。必ずや勝利してやる!! 俺はお前らの命を預かる!!」

 

 兵士達はおう!! と応える。

 

 戦いを経て、更に団結力が増したユルゲン達だった。

 

 

 

 

 

 ------

 

 ロンドンに到着すると基地は怪我人や避難民でごった返して居た。

 怪我人は廊下が埋まるほどいて、民間の病院にも送るがまだまだ足りない。

 

 避難民にはテントや宿舎、民間の施設を使ってギリギリだ。

 

 こんな状態にロンドンが混乱しない訳は無い。

 しかしユルゲンはルーカスの協力も有り、何とか混乱を鎮める。

 

 俺はもう迷わん。俺に命を預ける奴がいる限り、俺は常に最良を選択し続けよう。散った者の為に……

 

 ユルゲンは火の手上がるカレーの方向を見て強く誓った。

 

 

 

 

 

 ------

 

 戦況はヨーロッパ以外でも大きく動く。

 

 アフリカ方面では反乱軍は鎮圧されたが火星独立軍と交戦中。

 地球連合軍劣勢と情報が入る。

 

 インド方面ではニューデリーが陥落し、ラーマン少将はオーストラリアに退却。

 

 オーストラリア方面ではエルス国に動きは無く、未だ沈黙。

 反乱軍は鎮圧。

 

 アジア方面は日本で交戦中。日本の陥落は時間の問題である。

 

 北米方面はユーラシア大陸から撤退。アラスカにて防衛陣地を構築中。反乱軍は鎮圧。

 

 

 各方面で火星独立軍が前線に到着し、次々と劣勢の報告が入ってくる。

 この報告にルーカスは頭を抱える。

 

 やはりか……既にHAWは量産体制に入っている。これだけ各方面に展開出来るのもそれが理由だろう。

 と判断するのと同時に更なる情勢も判断出来てしまう。 

 

 反乱軍だけではHAWの量産は出来ない。設計図が有ったとしても時間がかかるーーって事は大きな企業も付いてるな。

 

 とルーカスは判断する。

 

 大きな企業には研究者が沢山いるのでメカニズムは理解され、量産に至ったという事だろう。

 また今まで隠れて作っていたが、今は敵対するとなると全力生産するだろう。もはや今の戦力以上になられたらこちらは一瞬で終わってしまうだろう。

 

 こちらもHAWを作りたいのだが、人型兵器の研究者はこぞって火星独立軍に行ってしまい、ほとんど残って居ない。

 これも今までの統治の結果だ。

 

 ルーカスはハア……と大きくため息をつく。

 落ち込むルーカスをアイリーンは慰める。

 

「これも地球連合軍の統治の結果ですよね……どこかの国が技術提供をしてくれないですかね~」

 

 どこかの国か……地球には地球連合国以外の国はエルス国ーー

 

 そのアイリーンの言葉に反応して突如立ち上がるルーカス。

 

「ーーっ!? そうか!! 技術提供か!!」

 

 ルーカスはコートを取り、走って部屋を出て行く。

 

「えっ? ルーカス長官!? どこに行くのですか!?」

 

 アイリーンも慌ててルーカスに続いて部屋を出て行く。

 

 

 

 

 

 -----

 

 通信機に通信が入る。

 

「こちらはエルス国防衛軍。貴機はエルス国の領空に侵入している。直ちに進路を変えるか、意図を明らかにせよ」

 

 ぴったりと後ろに付く戦闘機からロックオンされる。

 

 そうここはエルス国領空。

 ルーカスは飛行機で領空侵犯していた。

 

 ルーカスは通信を返す。

 

「こちらは地球連合軍最高司令長官ルーカスだ。そちらの代表と話がしたい」

 

 との返信に戦闘機のパイロットは困惑する。

 

「まさか……こんな所に地球連合軍最高司令官が? ……司令部に報告する。そちらはこのまま状態を維持せよ」

 

 戦闘機のパイロットは司令部に伝える。

 

 この間に流れる緊張は計り知れない。一触即発の状態なのだ。

 

 しばらく経ち、通信が入る。

 

「貴機の入国は認められない。直ちに進路を変更し、領空内から退去せよ。退去しない場合は撃墜命令も出ている。繰り返す直ちに退去せよ」

 

 予想外の反応に機内は騒然とする。

 

「まさか、エルス国が断るとは!? 今まで友好国だったのに!!」

「いや、当然だろう。我らは今劣勢。そして同盟を締結したのは前政権。我らとは疎遠(そえん)だ」

 

 ルーカスの冷静な分析ーー確かにルーカスが立ち上げた地球連合国はもはや別物と言ってもいい。またエルス国は中立で居たいのだろうーーに機内は静まり返る。

 

 アイリーンはルーカスに尋ねる。

 

「どういたしますか? ルーカス長官」

 

 機内の視線はルーカスに集まる。

 悩んでいたルーカスは何か思いついたのか突如立ち上がり、機長に尋ねる。

 

「機長、エンジンを切って航行し、着陸出来るか?」

 

 その突拍子な言葉に機長は間抜けな声を出してしまう。

 

「はぁ!? ……失礼しました。エンジンを切って着陸する事は理論上は可能ですが完全に安全とは言えません」

 

 と安全が保障出来ないと言っている機長だが、これはかなり危険な事である。

 だがルーカスはゴーサインを出す。

 

「よし、ならやってくれ。我らはこれが上手く行かなければ死ぬとも同然だ」

 

 ルーカスは機長の肩に手を置き、実行させる。

 機長は1つのエンジンを切る。

 エンジンが止まったのを確認したルーカスは戦闘機に向け通信をする。

 

「こちらは退去するつもりだが、エンジンに異常が感知された。緊急着陸を要請する」

 

 ルーカスは後ろに張り付く戦闘機にチラッと目を向ける。これが故意と気づかなければ作戦は成る。

 

「こちらからもエンジンが停止したのを確認した。司令部に報告する」

 返事が返って来るまで短い時間だったが緊張のあまり、とても長く感じる。

 

 しばらくすると、管制塔から通信が入る。

 

「貴機の緊急着陸要請を受諾した。直ちに近くの空港に着陸せよ」

 

 この通信の後、直ぐに後ろに付いていた戦闘機達が離れていく。

 

 ルーカス達はそれを見て安堵し、指示に従い近くの空港に着陸する。

 

 着陸すると飛行機の周りを装甲車や兵士が取り囲む。

 銃は向けられて無いが、雰囲気はピリピリとしている。正に一触即発の雰囲気だ。

 

「全員抵抗はするな。我らは戦いに来た訳じゃない」

 

 ルーカスは部下に指示を出す。

 護衛達もルーカスに従い武装解除する。

 

 そして飛行機から両手を上げ抵抗する気は無いと意思を示し、降りていく。

 

 目の前には大量の兵士と装甲車。

 そして指揮官らしき人が前に出てくる。だが迷彩服では無く、緑色の軍服だ。

 

 ルーカスの前に立つと敬礼する。

 

「お初にお目にかかります、ルーカス長官。リーダーがお待ちです」

 

 指揮官はルーカス達を何台もの高級車のような黒塗りの車に分けて、乗車させる。

 

 ルーカスはアイリーンと一緒に後部座席に乗る。

 座るとバックミラー越しに運転手と目が合い、軽く会釈される。

 

 指揮官は助手席に乗り、扉が閉まると車はゆっくりと動き始める。

 先頭を装甲車が走り先導していく。

 

 街中を走る事もあったが様々な人種がいたが誰もが笑顔で過ごしている。戦争によって荒廃した都市と比べて、同じ地球上とは思えない様子だ。

 

 今地球連合国では不穏な雰囲気が漂っており、どこも彼処(かしこ)も軍隊が警戒態勢である。

 鎮圧された所も有るが、今は息を潜めてるだけだ。

 

 そんな事を考えていると車が止まる。

 ふと外を見ると、後部座席の扉が開かれる。

 どうやら到着したみたいだ。

 

 車から降りると快晴の日差しが照りつける。

 思わず手で遮ると目の前には白塗りの大きな建物が現れる。

 まるでホワイトハウスだ。

 

 ルーカス達は兵士達と共に屋内を進んで行く。

 さも見学ツアーのようだった。

 

 そして奥の扉で兵士達が止まる。

 それに釣られ、ルーカス達も止まる。

 

「護衛の方はここまでです。これ以降は最低限のみでお願いします」

 

 指揮官が頭を下げ、頼んで来る。

 客人であるルーカス達に断る意義は無い。

 

 アイリーンだけを連れ、中に入って行く。

 

 中はこじんまりとした小さな部屋だった。

 いや、小さいは語弊がある。

 部屋はそれなりにデカいが、一国の代表が使うには小さいだろう。まあ、ルーカスの基準だが。

 

 扉を開けた音で気づいたのだろう、40歳ぐらいの男だろうか優しそうな男が近づいて来る。

 ルーカスの前まで来ると手を差し出して来る。

 

「初めまして、ルーカス長官。ようこそエルス国へ」

 

 ルーカスは差し出された手を握り、握手する。

 

「初めまして、ブライス代表。歓迎感謝します」

 

 するとブライスは笑い出す。

 

「歓迎ですか……歓迎はしてません。我が国は中立を貫き通すつもりです。侵入を拒んだつもりでしたが、まさかあのような手を使うとは見事ですな」

 

 作戦を見透かされたルーカスは冷や汗をかく。そんなルーカスに追撃を入れるブライス。

 

「どの国だろうと救難信号を出した飛行機は救助しなければいけません。救助しなければ国の信用に関わりますから。それを利用したのはもはや拒みようがなかった……ですが一国の代表がやる策では有りませんよ?」

 

 ブライスは呆れと驚嘆の混じったため息をつく。

 内心、心が痛い話だがルーカスはめげずに口を開く。

 

「確かに一国の代表がする事では無いですが、代表である私がこのような事をしてまでエルス国に来ました。私としてはそれほどまでもエルス国を買ってるつもりです」

 

 思いを込めた眼差しでブライスを見つめる。

 するとブライスはふう……とため息をつき、ルーカスに座るよう促す。二人は対面で座る。

 

「ルーカス長官、……いや、ルーカス殿。さっきまでは国の代表として話をして来ましたが、私は貴方個人の話を聞きたい」

「……分かった。今からは個人の発言をしよう。単刀直入に言う。

 エルス国と地球連合国で正式に同盟を組みたい」

 

 この話に予想していたのか顔色一つ変えないブライス。

 

「同盟ですか……私はこの先どうなるのか予想出来ない。予言者でも超能力者でも無い私は未来が見えない。だが、未来を作る事は出来る。ルーカス殿、貴方の描く未来はどんな世界だ?」

 

 スケールの大きな質問にルーカスは驚く。

 

 この人は今では無く、戦後まで見通している。流石、エルス国の代表なだけは有る。

 

 と感嘆もする。

 

 ルーカスは姿勢を正し、質問を真摯(しんし)に受け止める。

 

「私の描く未来はーー」

 

 ルーカスは一旦目を伏せ、目を上げた時瞳に強い意志を宿したのが分かる。

 

「ーー戦争無き世界だ」

 



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3-5 エルス国の選択


9/23改稿




 -エルス国本部ウェリントン ブライスサイド-

 

 エルス国本部ウェリントンの中心、白い建物の中で非公式の代表会談が行われていた。

 この事を知っているのは近臣の一部の者だけだ。

 

 そう広く無い部屋で二人の男はテーブルを挟んで向かいあって座っていた。

 優しそうな40代ぐらいの男、エルス国代表ブライスと誠実そうな若い男、地球連合国代表ルーカスである。

 どちらも笑顔だが漂う雰囲気は張りつめていた。

 

 優しそうな男は一息置いた後、口を開く。

 

「戦争無き世界、ですか……見事です。いい未来でしょう。ですが貴方に実現出来ますか?」

 

 ブライスはにこやかな笑顔だが、目は鋭くルーカスを見定めている。

 この危機的で地球連合国と同盟を組むリスクはかなり高い。だからこの命運を分けるこの談話に力を入れるのは当然だ。

 

 ルーカスはその視線に負けじと答える。

 

「私は優れた仲間と部下を持っている。この誰もが悪しき地球連合軍の統治によって埋もれて来た人材だ。更にこれからも人材を発掘するつもりだ。今までの地球連合軍とは我らは違う!! 

 そして火星独立軍を倒さなければ、地球に安静など訪れん!! また奴らは一枚岩では無い。今は地球連合国という敵が存在するから大人しいが地球連合軍が負けた時、本性を表すだろう。そんな奴らに人類の行く末を任せる訳には行かん!!」

 

 ルーカスは想いの全てをブライスにぶつけた。

 

 地球連合軍には優秀な人材が居る。

 そして火星独立軍は一枚岩では無い。もし地球連合国が敗れ、火星独立軍が地球を支配した時、仲間割れを始めるだろうと予想出来る。

 そんな火星独立軍に未来が託せるか不安。

 

 という意見である。

 

 これは確かに的を射ていた。

 火星独立軍のほとんどは身元不明ばかりで、地球連合軍からの裏切り者も多い。また、混乱に動じて犯罪を起こす(やから)も少なくない。

 上層部や指揮官は意志が届くが、末端までは意志は行き届かない。

 そして、急激に大きくなった組織をまとめれずにいた火星独立軍。

 

 それに比べ、地球連合軍は統率が取れていた。

 もちろん方面軍ごとの意志の差は有るにしろ、兵士まで軍人としての意志が有るのは明らかだ。

 

 違うのは役員の恩恵を受けていた者ばかりだった。

 恩恵を受けれなくなった奴らは再起を図るため火星独立軍にも多く流れている。

 

 火星独立軍も把握しきれて居ないほど、急激に大きくなりすぎたし、戦力を頼らず負えない面もある。

 

 この差はブライスが判断する材料となる。

 

 確かに……地球連合軍は元々軍隊としては上出来だ。怠けてる部分があったが、今は戦争状態。軍人である彼らは否が応でも戦地に行くのだ。皆、必死に訓練に取り組んでいるだろう。

 正直、火星独立軍は勢いが有る内は皆が一丸となって前を見るが、劣勢となると……どうなるか。

 

 とブライスは冷静に分析する。

 この分析した結果とルーカスの描く未来を材料として最終判断を出す。

 

 

 

 

 

 

 

 ブライスは立ち上がり、ルーカスに手を差し出す。

 

「ルーカス殿、よろしく頼む」

 

 その言葉にルーカスは目を大きく見開き、力強く握手する。

 

「ああ!! よろしく頼む、盟友!!」

 

 ここにエルス国と地球連合国の同盟が成る。

 後日、内外に向けて正式に同盟が締結された事を発表した。

 

 同盟の内容は

 

 1、エルス国が攻撃を受けた場合、地球連合軍は援軍を差し向ける。エルス国からは地球連合軍に対し、援軍を送る必要は無い(エルス国は自衛で精一杯)

 

 2、技術を共有する(全てを出す義務は無いが、戦争に勝つため最大限提供するだろう)

 

 3、地球連合国はエルス国に対し、資源や資金援助を一定量提供する(エルス国は資金、特に資源が乏しく戦争状態になるには厳しい為)

 

 4、エルス国は地球連合軍に対し、人的提供をする(兵士では無く、魔法師や優秀な人材を貸し出す形で提供する)

 

 

 以上の点が同盟の主な締結内容だ。

 

 一見、エルス国側有利に見えるが、同盟締結と技術提供が地球連合軍には飛んで喜ぶぐらい嬉しい事だ。

 同盟締結により、オーストラリアと南米大陸は後ろに敵は居なくなり、一方方向に戦力を集中させられる。

 

 また技術提供は今、地球連合軍に全く無い人型兵器の技術、知識が入って来るのである。

 エルス国は以前から人型兵器には一目置いていて、ちまちまと開発を進めていたが、戦争状態になると分かり、猛ピッチで開発が進んでいる。

 直に国産のHAWを開発するだろう。

 

 それに対し、エルス国は最近安定しない資源、資金を安定して手には入る。国として助かる。

 また、地球上にいる限りいつか戦争に巻き込まれるのだ。

 なら早く決断しなければ攻められる可能性すらあっただろう。

 

 もう既にいくつかの独立国も陣営を明らかにしている。

 まだ決めてなかったのはエルス国以外、片手で数えられるしか無い。

 

 なのでこの時期の同盟はどちらもwin-winの同盟となったのだ。

 

 もしエルス国が火星独立軍側に付いた場合、地球連合軍は厳しい状況になるのは間違い無かった。

 オーストラリアとは分断され、南米大陸には常に敵と接するので、アフリカに派遣していた南米方面軍は戻すしかなくなり、アフリカは厳しい状況になる。

 またHAWの技術も手に入らないのでもはや詰みになっていただろう。

 

 だがエルス国がこちらに付いたので希望は見えて来たのだ。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -火星独立軍北京基地 ユーリサイド-

 

 地球連合軍とエルス国が同盟を組んだ事は既に報告を受けていた。

 会議室には重い雰囲気が漂っていた。

 

 最初に重い口を開いたのはサイオンだった。

 

「……まさか中立を貫くと思っていたエルス国が向こうに付くとはな……」

 

 この言葉に皆が頷く。

 誰もが中立かこちらに付くと思っていたから衝撃はすごかった。

 今まで多くの人がこちらに(なび)いて来ているのだ。

 情勢はこちらに傾いてると判断していたが認識を改める必要が有るだろう。

 

 次にユーリが重い雰囲気を打ち消すように発言する。

 

「皆、エルス国は敵に回ったが戦力としては大した事は無い。また我らに今流れは有る。このまま地球連合軍をひねりつぶそう!!」

 

 おう!! と皆が答える。

 更に侵攻を進める為、指示を出していく……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍本部 ルーカスサイド-

 

 ここはお祭り騒ぎだった。

 同盟締結がなった日、本部はとても騒がしかった。

 

 ルーカスもあまり騒がしい事は好きでは無いが、この日はルーカスも参加していた。

 むしろルーカスが一番喜んでいたかもしれない。

 

 同盟締結し、本部に戻って来たルーカスは今まで抑えてた気持ちを爆発させる。

 

「やっっっっっったぞぉぉぉぉーーーーー!! アイリーン!! 何とかなるかもしれん!! いやこれから俺らの反撃だ!!」

 

 ルーカスはアイリーンの手を握って、ピョンピョン跳ねながら踊る。

 

「はい!! ルーカス長官おめでとうございます!! やっと反撃が出来ますね!!」

 

 アイリーンもルーカスに合わしてピョンピョン跳ねて踊る。

 

 

 だがそんな時、ドアがガチャと開く。

 入って来たのは報告に来た兵士。

 

 踊っていた二人の動きが止まり、三人の視線が交差する。

 間に流れる気まずい沈黙。

 

 それを打ち破ったのは兵士だ。

 

「……忙しい所、お邪魔しました。報告書はこちらに置いておきます」

 

 それだけを言い報告書を置いて直ぐに扉を閉め、バタンという音だけが響く。

 

 残された二人は視線を交差させ、今の現状に気づいたのか慌てて離れる。

 

「す、すまん。我を忘れてはしゃいでしまった」

「い、いえ、私も失礼しました」

 

 二人は恥ずかしさのあまりしばらくの間、目線すら合わせなかったという……

 



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3-6 Savior

 

 -地球連合軍 ドーバー ユルゲンサイド-

 

 

 地獄の退却戦から1ヶ月……あれから今まで火星独立軍には大きな動きは無かった。異様な程の静けさだ。今まで破竹の勢いで進撃して来た火星独立軍が全く攻撃を仕掛けて来ないのだ。ドーバー海峡を挟んでのにらみ合いだ。

 

 ドーバー海峡が広いからでは無い。たった34kmしかない。

 500km/sで飛んだとしても5分もかからない。

 そう、性能的には全く問題ないのだ。それにもかかわらず、動きが無く不気味だ。

 

 

 

 元イギリス領のグレートブリテン島のフランスとの連絡口--ドーバー--には地球連合軍の多数の部隊が詰めていた。

 

 幸いにもドーバーには広い敷地が沢山有るので、展開には困らなかった。     

 

 こちらは相手がいつ仕掛けて来るかと構えて気が気でない。

 だがもちろん半分ずつの交代で警戒している。持久戦で不利に成ることは無い。

 HAWの開発の時間稼ぎが出来る分こちらに取ってありがたい。 

 

 兵士が空を見上げる。

 今日も戦争状態とは思えないほどの清々しい朝だ。鳥のさえずりが少し疲れた心を癒やしてくれる。

 目を閉じれば自然が織りなす音や風が心地良く感じる。たまに香る磯の匂いがアクセントになる。

 余りの心地よさに欠伸(あくび) も誘われる。

 大きく口を開け、新鮮な空気を肺に充満させる。心無しか、表情も緩む。目の前に広がる青い広々とした海。これが非番で夏ならば駆け出していただろう。

 

 海を細い目で眺めていると遠くに豆粒のような物が海の少し上にポツポツと見える。鳥かな? と思って見ていると突如鳴る警報に身体をビクリと震わせる。

 

「全軍、第一種戦闘配備!! 敵HAWが接近中!! 迎撃しろ!!」

 

 スピーカーからこれを聞いた途端、兵士の身体は動いていた。今までの訓練の賜物だろう。

 

 ハッチを開け、戦車に乗り込む。

 昔とは違い既に戦車のシステムは電子化されており、タッチパネルで簡単だと言いたい所だが空を飛んでいる相手には撃つように想定されてない。

 

 もう勘で撃つしかない。

 後は味方の対空兵器に任せるしかない。

 

 次々と砲煙が舞い、轟音が鳴り響き敵を倒す為に撃ち続ける。

 

 だが、その努力も虚しくHAWにはほとんど当たらない。

 むしろ以前よりHAWの動きが機敏になっていた。

 

「クソッ!! ちょこまかと!!」

 

 口からは自然と愚痴が零れる。

 何発も撃っているが全く当たらない自分が情けなくなる。

 

 だが、それをあざ笑うかのようにHAWは攻撃を始める。

 

 HAWの右手のマシンガンからは次々と 薬莢(やっきょう)が弾き出され、弾を撃ち出して行く。

 

 HAWのマシンガンの口径は70mm。それに対し戦車の装甲は70mmの攻撃を耐えられるようには設計されていない。そもそも上部装甲は戦車の脆さの代表例だ。

 

 そして動き回っても対して機動力の無い戦車。もちろん70km/sぐらい出すが軽く500km/s出すHAWに取っては止まっているように見える。

 勝負は火を見るよりも明らかだ。一方的な蹂躙でこの戦いに終止符が打たれる。

 

 部隊が全滅した事が直ぐにユルゲン達に伝わる。

 

 

 

 

 

 -----

 

 拳を固く握りしめているユルゲン。

 既にロンドンにも侵攻の知らせは伝わっていた。

 

「……この動きを見るに奴らは改良を重ねてるという事だな」

 

 ユルゲンは報告にあったHAWの映像を見ていた。

 

 既知のHAWより、機動力、航続距離、追加装甲。

 明らかに改良されていた。

 

 欠点であった航続距離を燃料タンクの増設により延長し、追加装甲によって燃料タンクの保護と防御力の増加、そして出力が上がり機動力の増加。

 また地上用に何点か改良を積み重ねてるそうだ。

 

 もはやウランバートル戦のような失態は無いだろう。

 もう既存兵器では太刀打ち出来ないとユルゲンも判断する。

 

「ルーカス長官に通達。これより我が軍はグレートブリテン島を破棄する。迅速に新型兵器の援護を頼むと伝えろ」

「はっ!!」

 

 兵士は駆け足で部屋を出て行く。

 それを見届けたユルゲンはゆっくり立ち上がる。

 

「さて、地獄の退却戦partⅡと行こうかね」

 

 口調は気楽だが、内心これからの犠牲の多さを考えると心が潰されそうであった。

 

 

 

 

 

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 -地球連合軍カーディフ基地 ユルゲンサイド-

 

 グレートブリテン島の西部の湾岸基地である。

 グレートブリテン島の中ではそこそこ大きな方である。

 ここで集結し、退却を進めていた。

 

「まずは民間人からだ。劣勢な我らに付いて来てくれる貴重な人材だ。最優先で北米まで連れて行け」

 

 ユルゲンは先に次々と民間人を船に乗せて行く。そして満載になったら出発させる。

 

 ユルゲンが乗るのは最後の船だ。

 

 急いで乗せているが、いかんせん数が多く、それに対し船の入り口は狭い。

 まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 砲声や爆発音が次第に近づいて来る。

 

「く、ルーカスまだか……」

 

 ユルゲンは手に汗を握りながら低く唸る。頼みの援軍が早く来るのを必死に祈る。

 

 その時、ロンドン方面から火星独立軍のHAWが一機、低空で飛んで来る。

 近くまで来ると出航する船に気付いたのか船にマシンガンの照準を合わせるーー

 ーー銃口がゆっくりと民間人の乗っている船に向けられるーー

 

 ユルゲン達は近くの武器を取り、必死に注意を向けさせようとしたが内心では分かっていた。

 

 我らは無力で民間人すらを守れないのか……と。

 

 だが、奇跡……いや、希望はあった。

 突然、HAWの腹から青い光が出て動かなくなったのである。

 

 

 

 

 HAWが停止し、落下すると後ろに青色のHAWが居たのである。

 右手にレーザーブレードを持ち、左手に盾を持つ青色のHAWだった。

 火星独立軍は黒に対し、このHAWは青で形も違う。

 

 ユルゲン達が呆然と眺めていると周りに何機もの青色のHAWが集まって来る。

 

 その中の一機がユルゲンの前に膝を付き、腹にあるハッチを開け、中からパイロットが出てくる。ユルゲンに対し話掛けて来る。

 

「上から失礼します。このような形でのご無礼をお許し下さい」

 

 確かに階級が上である者に対し上から見下ろすというのは無礼である。

 だが、そんな事気にするユルゲンでは無い。

 

「いいや、戦闘中だ。気にする事では無い。それよりもまさかこれは……?」

「はい、地球連合軍のHAWです。名称は saviourです」

「セイバー……救世主か。ふっ、いい名前だな。まさに俺達のとって救世主だ」

 

 再度見上げると名前の影響か負ける気がしなくなる。それほど味方のHAWは頼もしく見える。

 

「ですが、現在展開しているのは6機。敵を撃退するには全く足りません。我々の任務はユルゲン少将の安全な撤退を支援する事です。なので撤退して頂いて宜しいでしょうか」

 

 少し不安そうな兵士の声にユルゲンは笑って答える。

 

「ふっ、もう俺が此処にいても無駄だろう? もう、既存兵器の時代は終わった。俺に出来る事は無い」

 

 自虐的なユルゲンにパイロットはフォローしようとするがユルゲンに遮られる。

 

「そんな事はいい。撤退したいのだがまだ時間はかかる。全軍には味方だからと通達しとくからおもっいきりやって来い。これは命令だからな?」

 

 にやけるユルゲンにパイロットは頭を下げ、機体を立たせ編隊を組んで飛び立つ……

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍 セイバー -

 

 さっきユルゲンに頭を下げた男はモニターで戦況をチェックしていた。

 

「ロンドンはほとんど陥落しているが、まだ微かな抵抗が見られるな。ロンドンには主力が居るかも知れんな。流石に主力とやり合う戦力は無い。我々の任務は時間稼ぎ。ならばーー」

 

 パイロットはモニターから目を離し、

 

「ーー攪乱するだけだ」

 




そういえば、ドーバー海峡に橋がある記述をしていましたが調べた所無いみたいです(-ω-;)
なので、作られたという事にします。

後、今回のように既存兵器の性能が出て来ますが、私はそこまで詳しく無く、詳しい方から見たら間違えているかもしれませんσ(^_^; 
なので、詳しい方がいらっしゃいましたら是非、Twitterか活動報告にてお教え願いませんでしょうか?

例えば、戦車に対し70mmは効かないよ等有りましたらお願いします。


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3-7 終わらない戦い

今回でルーカス編は最後となります。もちろん最終話では有りません。

次話は閑話。
次々話から新章に入って行こうと思います。

新章は既存のキャラが主人公に成るのですが分かる人いるかな?
居たら、特に何も有りませんが賞賛を贈ります。

さあよーく読み返して下さいねー( ´艸`)

9/24改稿


 

 

 -火星独立軍 カーデェフ付近-

 

 グレートブリテン島の戦況は大きく傾いていた。改良された火星独立軍のHAWにもはや地球連合軍は一方的にやられていた。

 

 ロンドンは陥落し、カーディフにも迫りつつあった。

 途中、僅かな地球連合軍の反撃が有るが被害もほとんど出ず、カーデェフに向かっていた。

 このまま順調に行けるだろうと思われていたが、予想は裏切られる。

 

 突如、鳴り響くアラートに冷静に対処する。

 

 3時の方向から対空ミサイルである。

 両肩のファランクスで誰もミサイルを受ける事無く、全弾迎撃する。

 

 ミサイルの数から大体の戦力は把握出来る。

 3機が3時の方向に向かう。

 

 他のHAWは合流するまで着陸して待機する。各個撃破を恐れているからだ。

 素直に味方からの撃破通信を待つ。

 

 

 

 

 

 

 だが、いつになっても通信は来ない。

 隊長はアイツ等何やってんだか……と悪態をつきながらこちらから通信をする。

 だが、返ってくるのは砂嵐の音ばかり。

 

 隊長が通信を諦めて、飛び立とうとした時突如攻撃を受け、爆散する。

 

 何だ!? と混乱している間に地球連合軍のHAWが周りに次々と現れる。

 

「ーーっ!? コイツらは……HAWだと!? 噂は本当だったのか!?」

 

 まだまだ開発も出来てない地球連合軍のHAWが出来たという良くある誰かが誇張した噂だと思っていた。

 

 戦場において様々な噂は広がる物だ。相手の全てが分かっている訳ではない。だから憶測で出来た噂が広まるのも仕方ない。

 だが、今回は当たってしまった。

 

 動揺している間に敵に何機か撃破されるがまだまだこちらの方が数が多いと判断し、反撃する。

 

「総員、落ち着け!! 相手は6機、こちらは12機!! 一人を二人でかかればやれる!!」

 

 その言葉に動揺も収まる。

 優位と分かれば落ち着くのは人間の(さが) だ。

 

 自然に一機に対し、二機が付く感じになる。

 だが、そう甘くは無かった。

 

 射撃を行う火星独立軍に対し、地球連合軍は攻撃を盾と機動力で避けつつ、格闘を挑んでくる。

 

 近づかれたHAW達も慌ててレーザーブレードを構えるが地球連合軍の方が上手。

 一合も合わず、切り捨て行く。

 

 また格闘では無く、射撃で戦うセイバーもいる。

 両手で構えるのは長い砲身を持ったキャノン砲。

 火星独立軍がちょこまかと動き回るが冷静に動きを先読みし放つ。

 咄嗟に盾を構えるが易々と貫通し、爆散。

 

 もはや一方的であった。

 

 次々と減らされる味方に焦るが、焦るほど単調になる動き。

 もうこの流れは変わらなかった。

 

 

 

 

 残ったのは残骸が 累々(るいるい) としていた。

 そこに静かに佇む青色の六機のセイバー達。

 

 奇襲とはいえ、損害無しで六機が十五機を倒したのである。

 これは性能差というよりも単純に腕の差である。

 

 通信が来た事を知らせるアラートが鳴り、隊長はそれを取る。

 

「こちらはセイバー小隊。……了解しました。直ちに撤収します」

 

 通信を切り、手で味方に指示を出し編隊を組みカーデェフから既に出ている空母に着艦する。

 

 空母の中には入らないが、上には乗る。贅沢な運用の仕方だが、専用の船は今の技術では用意出来ていない。

 

 ユルゲン達とセイバー小隊は沈みゆく夕日を背にグレートブリテン島を、ヨーロッパ方面を去って行く……

 

 

 

 

 この戦いを機に地球連合軍と火星独立軍の戦いは長い膠着状態に入って行く……

 

 

 

 

 



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3-A 有ったかもしれない休日 前編(閑話)

今回は閑話です。
ホントは今回で終わらせるつもりでしたが長くなってしまったので次話も閑話になります。


久しぶりの閑話です。今まで真面目だったのでお疲れでしょう。
なので今回と次回でニヤニヤして下さい(#^_^#)

今回はサービスシーン用意しましたニヤリ

9/25 改稿





 

 肌に突き刺さる強い日差し。

 目の前に広がる青い宝石のような海。

 鼻に付く磯の香り。

 黄金色(こがねいろ)の砂浜は見る者を圧倒させる。

 

 そう、ルーカス達は海に来ていた。

 

 久しぶりの非番で方面軍最高指揮官全員で来ていたのである。

 またライルとアイリーンも来ている。

 

 ハワイの海を堪能しようと集まったのである。

 

 合計で8人で、海を眺める……はずも無く、ライルが真っ先に走り出す。

 

「うおぉぉぉぉぉぉーーーー海だーーー!!」

 

 ライルが叫びながら海に向かって走って行く。

 それに釣られ、ユルゲンも走り出す。

 

「久しぶりの非番だ!! 堪能しねぇとなあ!!」

 

 二人だけが他を置いて海にバシャバシャと入って行く。

 他のメンツは元気な二人を遠い目で見るが、ルーカスの音頭で砂浜に入って行く。

 

 残りの6人でビーチパラソルとシートを引いて、各自サンオイルを塗っているとルーカスにアイリーンが話しかけて来る。

 

「あの……ルーカス長官」

 

 いつもハキハキしてるアイリーンがオドオドしながら話しかけて来る。何故か両手の指を絡めてクルクル回している。

 呼び方に気が付いたルーカスはたしなめる。

 

「アイリーン、今は非番で俺らはお忍びで来てる。だからルーカスで良い」

 

 アイリーンは頷き、だがまだオドオドしている。

 

「あの……ルーカス長……ルーカスさん、出来ればサンオイルを塗って頂けませんか?」

 

 そう言い切ったアイリーンは日差しのせいか顔が赤い。

 

 ルーカスは困って周りを見るが、他のメンツは何故かそさくさ離れて行く。

 まるで逃げるようにだ。

 

 それを見たルーカスは諦めてアイリーンに背中を向けるように言う。

 

「アイリーン、背中を向けて来れ」

 

 アイリーンは素直に従い、白いパーカーを脱ぐと黒いビキニが現れる。

 

 普段の軍服からもある程度察していたがものすごく大きい訳でも無く、小さい訳でも無く程よい大きさの胸。谷間に流れる汗が (きら)めく。

 

 やはり鍛えているのかくびれた腰。しかし、見た所腹筋が割れている訳でもない。 

 

 そしてお尻。鍛えているので固いかと思ったら張りの有りそうな尻。やはり魔法師だからムキムキになる必要は無いのだろうか。

 

 そんなアイリーンにルーカスは一瞬見とれてしまう。

 だが、そんなルーカスには気づかずアイリーンは寝転ぶ。

 

「ルーカスさん、お願いします」

 

 その声にルーカスは我に返る。

 目の前には無防備で寝転ぶアイリーン。またルーカスは意識が飛びそうになるが軍人としての誇りで堪える。

 

 堪えろ……俺は軍人……これも精神を鍛えるのに必要な修行だ。

 

 と勝手に自己完結しているルーカス。

 

 アイリーンの横に膝を立て、サンオイルからオイルを取り出そうとする。

 だが、アイリーンに遮られる。

 

「あの、その前に紐を外して下さいませんか?」

 

 その言葉を聞いて、背中を見ると黒い紐が結ばれていた。

 

 ルーカスは震える手でゆっくりと紐を解く。ほどいた紐は邪魔にならないよう左右のシートに下ろす。

 

 すると目に飛び込んでくるのは一面の雪のような白い肌とシートと身体で潰され、はみ出す僅かに見える胸。

 

 流石にルーカスも耐えられず、目線を逸らす。

 

 何だこれは……俺への精神攻撃か!?

 

 とブツブツ言っているルーカスになかなかサンオイルが来ないのでアイリーンが疑問に思う。

 

「ルーカスさん、どうしたんですか?」

 

 ルーカスは悟られないように慌てる気持ちを抑え、震える手でサンオイルを背中に付ける。

 

「んっ……」

 

 サンオイルが冷たかったのか色っぽい声を漏らすアイリーン。

 その一方、ルーカスは余りの色っぽさに憤慨していた。

 

 アイリーン!! 色っぽ過ぎるだろ!! 何だこれは罰ゲームなのか!? これはアイリーンに後で叱りつけないとな!! 

 

 とルーカスは心の中で責める。

 

 さてさて、ルーカスは苦行? を続ける。

 

 背中にあるサンオイルを薄く伸ばす。その時に触れる度に感じるきめの細かい肌触りとくすぐったいのかそれを我慢している声がルーカスの心をタコ殴りにする。

 

「んっ……あっ……んんっ……くうっ」

 

 アイリーンの背中を撫でるたびに聞こえてくる声にルーカスは悟りを開いていた。

 もはや無心でサンオイルを塗りたくっていた。一刻も早く終わらせる為にスピーディーに丁寧に素早く、迅速に。

 

 しばらく塗ると背中全体にサンオイルを塗り終わる。

 

 だが、終わった…… と一息付いてるルーカスに追撃を入れるアイリーン。

 

「あの、足もお願い出来ますか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ルーカスは逃げ出した……

 

 そこには一人ポツンと残されたアイリーンだけだった。

 その頬は丸く膨れていた。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ルーカスとアイリーンがイチャイチャしてる中、他のメンツは海で思い思い堪能していた。

 

 ユルゲンとライルは泳ぎで競い合い、ファビアンは釣りを楽しみ、ラーマンとマーティンは海に静かに浮いていた。朱威は砂浜でパラソルの下で読書をしていた。

 

 アイリーンから逃げてきたルーカスが海に入るとユルゲンとライルが絡んで来る。

 

「よおよお、ルーカスさんよお。一人だけ楽しんでたんだって?」

 

 と煽って来るライル。

 

「何? そんな楽しい事やってたのか?」

 

 とイマイチ状況が掴めないユルゲン。

 

「まあな、コイツがアイリーン嬢とイチャイチャとしていた訳よ」

「なるほど。青春してるなあ」

 

 更にニヤニヤするライルと何度も背中を叩いてくるユルゲン。

 

 そんな二人にルーカスは否定する。

 

「そんな事無いぞ……あれは苦行だった……」

 

 落ち込むルーカスにライルとユルゲンははやし立てる。

 

「んんーー? あんな美人の身体触って苦行ぉ? 贅沢もんかあ?」

「普通ならば肌など触らせないだろうなあ。無防備な状態で」

 

 だがルーカスは首を横に振る。

 

「あれは……アイリーンの声と肌の手触りがヤバい……俺の心を破壊する」

 

 だが二人はまだおちょくる。

 

「そんな事してるのはルーカスを誘ってんだよ。ほれほれ、ガバッと行け!!」

「うんうん、もうこれは行くしか無いな」

 

 そんな気楽な二人にルーカスは断然否定する。

 

「そんな事したら俺、生きて帰れんだろ!! アイツは魔法師、俺はーー」

 

 そんなルーカスに二人は内心、意外と行けるんだよなあと思っていたのは此処だけの秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 それぞれが思い思い楽しんだ後、集まってやるのは定番のビーチバレーだ。

 

 海の家で借りてきたネットをセットし、ボールーー何故かバレー用のボールだ。

 

「おい、何でビーチ用じゃ無いんだ!!」

 

 すかさずルーカスはツッコミを入れる。

 その疑問にはライルが答える。

 

「チッチッチッ、甘いなルーカス。これは特別性だ。俺にも耐えられる」

 

 その言葉に全員が察する。

 

 魔法師が肉体強化魔法を使用して普通のボールにアタックした場合、余りの力にボールは破裂する。だから魔法師同士のバレーに使われるボールを持って来たらしい。ちなみにビーチバレー用はまだ無い。

 

 疑問が解消した所で、チーム分けがされる。

 だが、ここで問題が生じる。

 ルーカス達は8人。二人一組でやる競技だ。だが、朱威がやる気が無いらしい。

 すると7人……一人余る。

 

 皆が悩んでいるとアイリーンが手を挙げる。

 

「あの私が抜けますので、皆さんでどうぞ」

 

 アイリーンが自主的に抜けようとする。

 

 だが

 

「「「「ダメだ」」」」

 

 ルーカス以外の全員が反対する。

 

 もちろん彼らの魂胆は見え見えだ。アイリーンとルーカスを組ませるつもりだ。

 

 アイリーンの提案は皆の 強い(・・) 否定で却下される。

 

 

 再び悩んでいるとライルが思い付いたのか駆け出す。

 

 

 

 戻って来るのを静かに待っているとライルが戻って来る。

 

「ハアハア……やったぜ……他の奴らと合同でやろう」

 

 息絶え絶えのライルが持って来た提案に皆、最初は渋るが既に決まった事なので諦める。

 

 

 

 

 

 

 各自が準備運動をして待っていると合同でやる7人がやってくる。

 

 そのメンツは多種多様だった。

 可愛らしい小柄の少女。

 いかにも親しみ易そうな少女。

 見た目の割にはがっしりしている老人。

 カッコいいダンディな大人の男。

 少しめんどくさそうな青年。

 女の子二人に挟まれて楽しそうな青年。

 海にも関わらず白衣を来ているひ弱そうな男。

 

 これは家族旅行だろうか。

 

 姉と弟と妹と兄。

 お父さんと叔父さん、お爺ちゃんの組み合わせかと思ったが皆、髪や目の色がバラバラだ。

 

 家族旅行では無いならこの人達は何の共通点が有るんだ? とルーカスが疑問に思っているとライルの声に遮られる。

 

「皆さん来て下さってありがとうごさいます。これからビーチバレーやりますが大丈夫ですよね?」

 

 ライルの質問にカッコいいダンディ男が答える。

 

「はい。お誘いありがとうごさいます。我々も人数が足りなくてどうしようか迷ってました」

 

 お互いに自分達の状況に笑い合う。

 そしてそれと無く近づき握手を交わすーーその瞬間お互いの実力を理解する。

 

 二人は握手したまま不適にニヤリと笑い合う。

 その様子に全員が感づく。

 

 一瞬、不穏な雰囲気が漂うがライルが払い去る。

 

「今日は我々は 遊び(・・)に来ました。そちらもそうでしょう?」

「ええ、我々も 遊び(・・)に来ました。ですから楽しくやりましょう」

 

 手を離し、お互いに健闘を祈る。

 

 戦闘にならなくて良かった……

 

 とホッとするルーカスだった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 さてさて、この時点でお気付きの方も多いでしょうが、ライルが連れて来た7人はユーリ達だ。

 ユーリ、サラ、アンジェリカ、ランス、クリフ、サイオン、博士の7人。

 

 二人一組に成ってチームを組む。

 

 クリフとファビアンは大丈夫だろうか?

 試合中に腰を痛めて貰っても困る。

 

 そんな事をルーカスは気にしながら試合は始まる。

 

 

 

 

 一回戦はランスとサイオンvsラーマンとマーティンだ。

 

 まさかの魔法師二人と軍人二人の対決だ。

 勝負は明らかでは無いか?

 

 そうライルがつまらなくなりそうだなあと思っているとランスが提案してくる。

 

「俺らは魔法を使わない。普通にやろう」

 

 この提案に皆は驚きで目を見開いたがサイオンはウンウンと頷いていた。

 

「そちらが良いのであれば、良いのですが。後悔しても知りませんよ?」

 

 ハンデを貰った事に少し不機嫌なラーマン。売り言葉である。

 普段温厚な彼が重い気迫を (かも)し出す。

 

 だがランスは重い気迫にケロッとしている。むしろ買い言葉を口にしていた。

 

「これで、負けた理由が魔法師だからという言い訳が無くなったが大丈夫か?」

 

 売り言葉に買い言葉。二人の間に火花が生じる。もう既に二人の間にはやる気が満ちあふれていた。

 

 

 

 にらみ合う二人を遮るように試合開始のホイッスルが鳴る。

 

 コートの広さは 16×8m

 ネットの高さは 2.43m

 

 端から見ると、隙が無いように見えるが体感はかなり広い。

 

 試合は10ポイント先取。

 

 

 最初のサーブはランスだ。

 ボールを高く上げーー打つ!!

 上空から速いボールがラーマン側に向かうーー

 

 ーーがネットに引っかかる。

 

 ラーマン側に1ポイント。

 

「ランス、力み過ぎだ。落ち着いて行け」

 

 サイオンがランスにアドバイスする。

 ランスは悔しさで顔をしかめるが相手のサーブに備える。

 

 

 

 マーティンがサーブを構える。その構えを見て皆が驚愕する。

 その構えとはアンダーハンドサーブーーいわゆる下打ちだ。

 良く初心者等が使う。

 

 だが、マーティンは屈強な軍人。とても初心者には見えない。

 

 そんな事を考えている内にマーティンがサーブを打つ。

 

 下からフワリと浮いたボールは放物線を描いてランスの直上にゆっくり落ちてくる。

 

 ランスの目にも当たり前だが、ゆっくりと落ちてくるボールは見えていた。

 ボールが近づいて来るほどランスの腹は煮えくり返る。

 

 奴らは俺達を舐めているのか? と。

 

 ランスはサイオンを制し、そのまま来たボールを思い切り打ち返す。

 

「舐めやがってぇぇぇぇぇ!!」

 

 打ち返されたボールはものすごい速さでネットを越え、ラーマン側に向かう。

 

 しかし、そのまま速度を落とさないまま場外に行ってしまう。

 

 ラーマン側 2ポイント

 ランス側 0ポイント

 

 

「クソがぁ!!」

 

 ランスは悔しさの余り、足元の砂を蹴り飛ばす。

 砂は虚しく空に散って行く。

 

 一方、サイオンは冷静に考えていた。

 ラーマン達が本当に初心者なのだろうかと。

 初心者ならばこちらがミスしなければ勝てるが、相手は方面軍最高指揮官達。簡単には行かないのが当たり前。

 

 だが今は強く見えない。

 ふとこれが挑発する作戦だとしたら……と思い付く。

 

 サイオンは声を張り上げる。

 

「ランス!! これは奴らの作戦だ!! 落ち着け!!」

 

 サイオンに叱咤され、ランスは気づく。

 

「そうか……コレが奴らの作戦か……やるな。だがここからは反撃だ」

 

 ランスの目に強い意志が宿る。

 

 

 

 

 試合はここからどちらも譲らない状況となる。

 お互いに点数を入れ合い、8-8になる。

 

 サーブはラーマン側。

 サイオンが受け、ランスが落ちてきた所を打つ!!

 勢い良く飛んだボールは正確にコートの端を狙う。

 

 だが読んでいたラーマンは待ち構える。

 

 したりと思ったラーマンだがランスはニヤリと笑う。

 

 視界に入って来るのはサイオン。

 サイオンがネットを越える前のボールに触れ、軌道を変えたのだ。

 

 ラーマンの要る場所とは真逆の位置にボールが落ちる。

 

 ランス側 9ポイント

 ラーマン側 8ポイント

 

 ランス側にリーチがかかる。

 

 サーブはランス側。

 

 ボールがラーマンに迫り、レシーブして、マーティンが打つ。

 

 サイオンがブロックしようとするが、まだ届かない。

 

 ボールはサイオンを越えるが、背後から現れたランスが打ち返す。

 サイオンを踏み台にしていたのだ。

 

 不意を突かれたラーマン達は地面にボールを着かせてしまう。

 

 同時に試合終了のホイッスルが鳴り響く。

 

 ランス側 10ポイント

 ラーマン側 8ポイント

 

 ランス側の勝利だ。

 

 試合の熱さにいつの間にか集まっていた観衆からも拍手を受ける両チームであった。

 



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3-B 有ったかもしれない休日 後編(閑話)


次話から新章に移る予定です。


9/26改稿



 

 一回戦Aブロックはランス側の勝利に終わり、一回戦Bブロックが始まる。

 ユーリとサラvsファビアンとクリフである。

 これは老人対若者だろうか?

 

 特に味気ない海パンを履いたユーリとピンク色のビキニを付けたサラが緊張しながらコートに入る。

 

 それに対し、老人ズはやる気満々でコートに入る。

 

「ふぉふぉふぉ。最初からユーリ達と当たるとはのう」

「ワシらも元気が出るわい」

 

 いや、元々元気そうですけどねと心の中で突っ込むユーリ。

 

 

 

 

 試合開始のホイッスルが鳴る。

 

 最初のサーブはユーリ側だ。

 

 サラがサーブを打つ。

 そこそこの速さで飛んで行くボールはネットを越え、コート端に飛ぶ。

 

「いいね!! サラ!!」

「ありがとー!!」

 

 コート端に飛んだボールは地面に落ちるーーと思われたが、クリフにレシーブされる。

 

「なっ!?」

 

 真ん中からいきなり端に移動したクリフの速さに驚くが、クリフは魔法師。直ぐに納得する。

 

 高く上げられたボールはファビアンがスマッシュする。

 

 その先にはユーリの顔。

 

「え?」

 

 ととぼけた声を出し、顔面に直撃する。頭が強く揺さぶられ、そのまま倒れるように砂浜に倒れ込むユーリ。

 

 悲鳴を上げてサラが走って来る。

 

「ユーリ君!? 大丈夫!? ちょっと酷いんじゃないの?」

 

 サラはユーリを抱き起こしながら二人に抗議する。

 

 だが二人は悪そびれた様子も無く、むしろ不思議そうにしている。

 

「もしワシらがユーリを狙わなければ、サラ、お主を狙うのじゃぞ? ユーリは怒るじゃろ? それにユーリは男じゃ。このぐらい大丈夫じゃ」

 

 そうクリフが反論する。それを聞いてサラは更に反論しようとしたが、下から伸びる手に遮られる。

 

「サラ。二人の言うとおりだよ。僕がサラを守るんだ」

 

 そう言いながらサラの手を借りながら立ち上がる。

 

「ユーリ君……」

 

 サラはまだ何か言い出そうだったが飲み込み、ゆっくり立ち上がる。

 

 

 

 

 試合再開のホイッスルと共にクリフ側からサーブが打たれる。

 流石に宣言した通り、サラは狙わずにユーリを狙って来る。

 ユーリは肉体強化魔法を使い、レシーブする。

 

「サラ、今だ!!」

 

 そのかけ声と共にサラがスマッシュを打つ。

 ファビアンを狙ったコースだ。

 

 ファビアンは魔法師では無いので、行けると思ったようだった。

 

 しかし、ファビアンは老いても現役軍人。

 魔法師では無くても、現役軍人。

 サラ程度の球を返すのは事など、朝飯前だ。

 

 ファビアンはレシーブをして、クリフに渡す。

 クリフはスマッシュを打つーーが姿勢が崩れ、そのボールはサラに向かってしまう。

 

 サラの目には走馬灯のように見えていた。

 もちろん死にはしないだろうが、かなり痛い。

 だが逃げようとするが身体は動かない。

 

 いつか来る痛みに備えて必死に腕で庇うーーが、その痛みはいつまで待っても来ない。

 

 恐る恐る目を開けると、目の前には慣れ親しんだ背中がある。

 ユーリの背中だ。

 

 ユーリはゆっくり振り返るとサラに弱々しい笑顔で微笑む。

 

「サラ……怪我……無い?」

 

 サラは必死に首を縦に何度も振る。

 

「良かった……」

 

 と言ってユーリは砂浜に倒れ込む。

 

「ユーリ君!?」

 

 サラが慌てて起こすが、ユーリは疲れて寝てしまっていた。

 

 そんな様子に皆が安心する。

 

 ユーリが棄権で、クリフ側の勝利……となる訳だが、クリフ達は首を横に振る。

 

「ワシらの負けじゃ。サラは狙わんと言ったのにサラに行ってしまい、ユーリが身体を張って守り、ユーリは一言もわしらに文句を言わん。もはや心意気が負けたわ」

 

 クリフ達はユーリに暖かい視線を向け、ゆっくりコートを離れて行った……

 

 クリフ達の棄権により、ユーリ側の勝利に終わる。

 

 

 

 

 

 -----

 

 一回戦Cブロック

 

 ライル&アンジェリカvsルーカス&アイリーン

 

 ルーカス、アイリーンは説明するまでも無いが、面識の無いライルとアンジェリカが組むチームには誰もが興味深々だった。

 

 そもそも何故こういう組み合わせなのだろうか?

 

 それはライルがけしかけたからである。

 アンジェリカがユーリに好意を寄せている事に気づいたライルはアンジェリカに耳打ちする。

 

 勝てばユーリとデート出来るぞと。

 

 そしてこの二人が組むことになった。老人ズは老人の息が合ったのだろう。

 

 ライルはアンジェリカを騙している訳だが悪意は無く、どうなるか楽しんでいるだけである。

 

 

 

 

 さてさて、サーブ権はルーカス側だ。

 

 サーブはアイリーンが打つ。

 もちろん魔法を使ってだ。

 

 しなやかな肢体を使ってサーブを打つ。

 ものすごいスピードで飛んで行ったボールはライルに軽々と捌かれる。

 

「嬢ちゃん!!」

「はい!!」

 

 ライルがトスを上げ、アンジェリカが打ち込む。

 その小柄な身体には似つかわしくない程の速さのボールを打ち出す。

 

 見事な連携プレーのボールは易々とルーカス達を抜いて行く。

 

 ライル、アンジェリカ 1ポイント

 ルーカス、アイリーン 0ポイント

 

 状況は不利だった。

 只でさえルーカスが足手まといなのに、ライルとアンジェリカが連携している。

 もはやこのままでは勝ち目は無かった。

 

 そこでルーカスは一計を (あん)じる。

 

「アイリーン、そう言えば知ってるか?」

 

 突然のルーカスからの問いに首を傾げるアイリーン。

 

「今回、優勝したら何でも一つ出来るらしいぞ」

 

 アイリーンはその言葉を聞くとルーカスに素早く詰め寄る。

 

「ホントですか!? な、何でも!?」

「あ、ああ」

 

 キラキラと目を輝かせるアイリーンの勢いに若干驚いたルーカスだが、同時に納得もする。

 

 まあ、アイリーンも女性だから宝石とか指輪欲しいよな……とルーカスは思い付く。

 

 だがルーカスの想像は大きく外れる。アイリーンは女性だが、軍人気質。宝石や指輪等にそこまで興味は無い。ファッションの一部ぐらいらしい。

 

 そんなアイリーンが欲しいのは……ルーカスーーでは無く、ルーカスと1日デート権だった。

 思考は何て乙女なのだろうか。

 

 

 

 

 さてさて、ルーカスの思惑通り? には行ったらしく、アイリーンのやる気は頂点。

 腕をしきりに回しており、素振りまでし出す始末。

 

 試合開始のホイッスルと共に、ライルからサーブが放たれる。

 相変わらず早いボールはアイリーンの手元に。アイリーンは全力でレシーブして、ルーカスに繋げトスを上げさせる。そこにアイリーンが全力で思いをぶち込む。

 

 ものすごいスピードで飛んで行ったボールはライルを直撃、まさかの気絶させる程の威力だった。

 

「ハア、ハア、ハア……」

 

 肩で息しているアイリーンは心の中で謝る。

 

 私の優勝の為にごめんなさいと。

 

 ライルの続行不可能によりルーカス側の勝利に終わる。

 

 

 

 

 

 -----

 

 二回戦ーーというより準決勝だろうか。

 

 ランス&サイオンvsユーリ&サラである。

 これはランス側が有利か?

 

 試合開始のホイッスルと共にユーリ側からサーブが放たれる。

 サーブはユーリだ。

 ユーリが放つボールは容赦ないスピードでランス達に襲いかかる。

 やはり気心の知れた仲間とは全力でやりたい物だ。

 

 全力で放たれたボールはランスによってレシーブされ、サイオンがトスをして、ランスが打ち込む。

 

 それをユーリがレシーブを受け、サラがトスをして、ユーリが打ち込む。

 

 これが無限に続くと思えたーーがランス側はランスとサイオン。

 ユーリ側はユーリしかレシーブ出来ない。ユーリが限界になるのは直ぐだ。

 

 ドンドン目に見えて、ユーリの動きが鈍くなって行く……

 

 そんなユーリも見て、ランスとサイオンは視線を交わす。

 そして同時にお腹を抑え、苦しみ出す。

 

「イタタタタタタ……」

「ヤバい……腹が痛い」

 

 二人は痛みで地面をのた打ち回る。腹痛にしてはオーバーリアクションである。

 

 試合は中断され、アンジェリカが二人を診察するーーが一瞬で仮病と察する。

 

 クスッと小さく笑い、皆に二人の状態を知らせる。

 

「皆さん、ランスさんとサイオンさんはただの腹痛で問題有りませんが試合は出来ないです」

 

 それを聞いた博士は試合終了を宣言する。

 

 ユーリ側の勝利だ。

 

 

 

 

 

 -----

 

「さあ、待ちに待った決勝戦。この一戦で優勝チームが決まる。そんな戦いを実況するのは私、作者の銀氷の魔女だ!!

 

 さてさて優勝景品は何でも券だ。

 金や宝石、もちろんあんな事やこんな事。何でもござれだ。

 優勝した二人に一枚ずつ配られる!!」

 

 まあ何でも出来ると言ったが、もちろん常識の範囲内だ。

 

 

 最初にユーリ側を説明する。

 

「さてさて、それを巡る2つチームを紹介しよう。

 火星独立軍チーム、ユーリ&サラ!!

 若い身体が生み出す俊敏性と熱いカップルが繰り出す愛の連携!!

 そして、今まで挫けなかった強い思い!!

 この3つがユーリ達の力だ!!」

 

 続いてルーカス側を説明する。

 

「それに対し地球連合軍チーム、ルーカス&アイリーンが対抗する!!

 二人は軍人。それにアイリーンは屈指の肉体派魔法師!! まだまだ若い魅力的な肢体から繰り出されるボールは凄まじいの一言!! ライルを一撃で倒した実力もある。

 これは面白い戦いになりそうだ!!」

 

 熱の入った実況に観衆が沸き上がる。

 火星独立軍側、地球連合軍側どちらも一番見たかった組み合わせだ。

 

「さあ、両チームの選手が配置に着く。サーブ権はルーカス側。打つのはアイリーン。ライルを一撃で倒した力を見せてくれるかーー?」

 

 実況が終わると同時にホイッスルが鳴り、試合が始まる。

 アイリーンがボールを高く上げ、落ちてきた所を打ち込む。

 

 ボールは今まで以上の強さで打たれ、ものすごいスピードでユーリに飛んで行くーーがユーリは反応する。

 

 ユーリがレシーブをして、サラがトスをして、ユーリが打ち込む。

 そのボールは端に決まる。

 

 ユーリ側 1ポイント

 ルーカス側 0ポイント

 

「決まったーー!! ユーリのボールはキレイに端に入る。これはアイリーンも反応出来ない!! さてさて、最初はユーリ側が得点したがルーカス側は巻き返せるのか!?」

 

 熱い実況を横にユーリがサーブを行う。

 

 安全なサーブを選択して来たユーリにルーカスがレシーブする。

 真上に上がったボールは正にトスだ。そのボールをアイリーンが打ち込む。

 

 真上から打たれたような急角度のボールはユーリも反応出来ない。

 

「お、ルーカス側が得点したーー!! これは分からない。分からないぞぉぉぉぉぉ」

 

 ユーリ側 1ポイント

 ルーカス側 1ポイント

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後、両チームは一歩も譲らず、9対9となる。

 

「さあー、両チームリーチ。どちらがいれても優勝だ!! これは最後まで見逃せない!!」

 

 マイクを持った手に力が篭もる。

 

 ホイッスルが鳴り、サーブが放たれる。サーブはユーリ側だ。

 今日一番のサーブはど真ん中だ。

 

 直ぐにアイリーンが対処するーーがボールが真上に上がらず、斜め横に飛んでしまう。

 

 あっ!? というアイリーンの声と同時にルーカスは反応していた。

 変な所に飛んだボールはゆっくりと放物線を描いて、コート外に落ちようとしていた。

 

 ルーカスは思いっきり飛び込む。

 

「届けえぇぇぇぇぇーー!!」

 

 右手に全力を賭け、伸ばすーー

 

 

 

 ポンッという音と共にボールは舞い上がる。

 だがボールはアイリーンまで届かない。

 

「ルーカスさん!! ありがとうごさいます!! 後は私が!!」

 

 ボールは低いがアイリーンはアンダーで打ち返す。

 とりあえずは危機を脱したみたいだ。

 

 だが、そんなチャンスを見逃すはずも無いユーリだった。

 

 

 高く上がったボールをそのまま打ち込む。

 

 体勢の崩れているルーカス達には反応出来ないーーがルーカスは諦めない。

 

「俺はアイリーンが喜ぶ所を見て見たいんだよぉぉぉぉぉーーー!!」

 

 ルーカスは飛び上がり身体でブロックする。

 

 ボールは見事に顔面に当たり、ブベッという情けないルーカスの声と共に勢いを失い地面に落ちる。

 

 ボールが落ちた瞬間、時が止まったような気がした。

 誰もがボールの行方を探す。

 

 

 

 

 

 

 ボールは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーリ側に落ちていた。

 

 その瞬間、観衆がこの日一番沸き上がる。

 うおぉぉぉぉぉぉーという歓声で埋め尽くされる。

 

「ボールはユーリ側……要するにルーカスのブロックが成功し、ユーリ側のコートに落ちたという事だーー!! という事はルーカス側が10ポイント、優勝だあぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」

 

 またもや歓声が上がり、奮戦した両チームを褒め称える。

 

 ユーリは気絶しているルーカスに黙礼し、コートから出る。

 その隣をサラが歩く。

 

「……惜しかったね、ユーリ君」

 

 慰めの言葉にユーリは黙って頷く。内心ユーリはとても悔しがっていた。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ん? ……何か柔らかいな。砂浜はこんなに柔らかかったのか……

 とぼんやりとした意識の中、頭に感じる柔らかさを堪能していた。磯の香りと日差しの温かさと頭の心地よい感触はルーカスを極楽へと誘うーー

 

「ーーって、おい!! 砂じゃなくお前か!?」

 

 素早く飛び起きたルーカスはアイリーンから離れる。

 

 ルーカスが非難? したのはアイリーンだった。

 

「さすがにルーカスさんを砂浜に寝かせる訳にはいきませんので膝枕しましたが、……私の足堅かったでしょうか?」

 

 少し不安そうに聞いてくるアイリーンにルーカスは言葉に詰まる。

 

「い、いや、皆でそこまで運んでくれれば良かったのだが……」

 

 だがアイリーンは横に首を振る。

 

「皆様はそこらへんに置いとけと言って、遊びに行ってしまいました」

 

 アイツら……と微かに怒りを覚えたルーカスだった。

 

 砂浜を赤く照らす夕日が休日の終わりを告げていた……

 

 



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〈4章 ライン 戦争編〉
4-1 復讐


今話から新章になります。
新しい主人公、予想と合ってましたか?

今回からはラインが中心、エルス国のお話となります。

ラインという一般人の一人の視点からこの世界を見て行きたいと思います。今までは大まかでしたが、これからはより深くこの世界に入って行きます。

この話から読む方はそういう状況なんだなと流して頂けたら読みやすいかと思います。

9/26改稿


 -エルス国 ???サイド-

 

 地球連合軍と火星独立軍が地球の各地で戦っている中、エルス国は地球連合軍と同盟を締結し、火星独立軍に宣戦布告した。

 もちろん宣戦布告するという事は戦争するという事だ。

 エルス国も国産のHAWを配備し始めていた。

 

 そんな中、エルス国初めての戦闘が勃発する。

 

 

 

 

 

 -----

 

「くっ……これが戦争……」

 

 燃え盛る街の中、家族と共に逃げている青年は空からやって来る黒い人型兵器ーーHAWを忌々しく睨みつけていた。

 

「ライン!! 突っ立って無いで逃げるわよ!!」

 

 一緒に逃げている母親から急かされる。

 ラインは頷き、後を追う。

 

 ラインの背中の上空では激戦が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -エルス国 オークランド基地-

 

 エルス国は北のノースアイランドと南のサウスアイランドを領有していて、オークランド基地はノースアイランドの先端付近にある、ノースアイランド内、最大規模を誇る基地だった。

 いや正確にはエルス国最大と言っても良いだろう。

 そして一番、火星独立軍の領土に近く、上陸してくるのは明らかだった。

 

 

 

 今回の戦闘ではエルス国のオークランド基地に火星独立軍が降下して来たのであった。

 

 空から降って来る火星独立軍のHAWに対し、エルス国産の緑色のHAWが地上から見上げて、右手に持つアサルトライフルで攻撃する。

 そして左手に持った身体がすっぽり隠れるほどの大きな盾で防御する。

 

 この鉄壁のような防御体制に火星独立軍は苦戦する。

 

 戦況はエルス国優勢になるが、経済的にも人口的にも発展してるオークランドの民間居住区に流れ弾が当たってしまう……

 

 

 

 

 

 -----

 

「ハアハア……」

 

 ライン達は戦闘とは反対側に逃げていた。

 だが逃げても逃げても歩いて移動出来る距離など、一瞬でその距離を動き回るHAWとの戦闘から逃げる事は出来ない。

 

 ライン達の真上をHAWが轟音と突風を撒き散らしながら、通過していき、その後をミサイルが追いかけて行く。 

 火星独立軍のHAWがミサイルを迎撃しようとするが迎撃しきれなくてミサイルが直撃する。

 

 ミサイルがコクピットに直撃したHAWはグラッと姿勢を崩し、落下し始める。ライン達の元に。

 

 上から大きなーー大きな物が落ちて来るーーそれは易々と俺達を簡単に肉塊にしてしまうだろう。

 

 ーー落下してくる速度は速いはずなのに、スローモーションのように見えるーー

 

 だがラインの身体は固まってしまったように動かない。

 

 ーー動けよ!! 動けよ俺の足!! このままじゃ……死ぬ!!

 

 しかし現実は非常にも自分の足では無いかのようにビクともしない。

 

 もう諦めるしかーー。そうラインが思った時ーー

 

 ーー突然爆発し、吹き飛ばされ地面に叩きつけられる。

 

 

 一体……何が起こったんだ? 

 

 とラインは痛い身体に鞭打ちながら、粉塵に覆われた元居た場所を探す。

 

 風が吹き、粉塵が晴れると上から緑色のーーエルス国のHAWが降りてくる。

 

 それをぼーっと見ているとふと

 家族の事を思い出す。

 

 そうだ!! 家族はーー母さんは!? 

 

 ラインは駆け出す。

 

 そして、家族が居たらしき場所にたどり着く。

 

 息を少し切らしながら足を止める。その目線の先には残骸が散乱していた。

 

 小さく残る炎、HAWの部品、建物の残骸……そしてーー

 

 ーー母さんと父さんのだろうか。HAWの残骸の下から足がはみ出ていた。

 

「あっ……ああ、あああああああああーー!!」

 

 もう頭の中は感情で溢れかえっていた。寂しさ、怒り、悲しみ、恨み。もう数え切れないほどの感情で満ちていた。

 

 嫌だ!! 嘘だ!! 何でーー何故僕らなんだ……何でなんだよぉぉぉぉーー!!

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ラインが悲しみにくれている時、後ろにパイロットスーツを着た男が立つ。

 

 だがラインは気づかない。

 

 男はしゃがみ、ラインを背中から抱きしめる。そして耳元で囁く。

 

 すまない……と。

 

 ラインは一瞬、男に怒りを覚えたがこの人は自分を救ってくれたのだと思い出し、八つ当たりしようとしていた自分を抑え、静かに泣き出す。

 

 男も静かにラインを抱きしめていた。

 

 

 

 

 -----

 

 しばらくすると泣き止んだのかラインがすっと立ち上がる。そして、男に頭を下げる。

 

「ありがとうございました。おかげで助かりました。感謝しています。本当にありがとうございました」

 

 ラインはそれだけ言うと、港に向けてフラフラと歩き出す。

 

 男は呆気に取られ、呆けていたが直ぐにラインを追いかける。

 

 男にはどうしても、これからラインが生きるようには見えず、死にに行くように見えたのである。

 

 追いつき、肩を掴み、振り向かせる。

 

「オイ!! ちょっと待て!!」

 

 ラインの表情からは感情が読み取れなかった。

 

「何ですか? ……ああ、家族の死亡届けですか? すみません、戦闘が終わってから出します」

 

 もはや家族の死を物のように扱っているラインに怒りが沸き、殴る。

 

 もはや身体に力が入って無いラインは容易に吹っ飛ぶ。

 

「……何をするのですか? 私はアナタに無礼を働いた記憶は無いのですが」

 

 ラインは殴られた頬を抑え、ゆっくり立ち上がる。その目には邪魔をされた苛立ちが見える。

 

 男はまた拳を振り上げるが、ラインのさっきの言葉を思い出し、拳を下ろす。

 

「今回は事故という事にしますので、失礼します」

 

 とラインは去ろうとするが男は止める。

 するとラインは男を睨み付ける。

 

「いい加減にして下さい!!」

 

 振りほどこうとするが、男は離さない。少し攻防が続くと男の口から言葉が零れる。

 

「なあ……お前……死ぬ気だろ?」

 

 その言葉を聞いた途端、ラインの動きはピタッと止まる。

 それを確認した男は続ける。

 

「お前は……火星独立軍に、復讐したいんだろ?」

 

 ラインは拳を握りしめ、歯を噛み締めながら振り返る。

 

「復讐なんて無駄だから止めろって言うん……ですか?」

 

 そう言うラインの目は涙に溢れていた。

 

 男は頷く。

 

「俺達は戦争をやっている……今直ぐに分かれとは言わん。敵を恨んでも無駄だ。こちらが恨めば恨むほど敵が増える。復讐したら復讐され……もうこれは止まらないスパイラルだ。だからお前はーー」

 

 男は一旦言葉を止め、ラインの目をしっかり見据えて話す。

 

「ーー戦争自体を恨め」

 

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ラインは男に連れられ、避難所に来ていた。そこにはたくさんの戦争の被害者が居た。誰もが戦争の恐怖を体験し、縮こまっていた。

 

 そんな様子を見て、ラインは少し落ち着いていた。

 

 辛いのは俺だけじゃない……皆が戦争の被害者なんだ……

 

 と感じたラインは兵士達を手伝おうとする。

 

 荷物を運んでいる兵士に話しかける。

 

「あの、私に出来る事は有りませんか?」

 

 兵士は一瞬驚いた表情を見せたが、直ぐに顔を引き締め、答える。

 

「いえ、皆さんを守るのが私達、軍人の役目です。休んで待っていて下さい」

 

 やんわりと断られるが、ラインはしつこくお願いする。

 

「……分かりました。ですが、無理しないで下さいね?」

 

 パアッとラインの顔が笑顔になる。早速ラインは荷物を運び始める。

 

 決して軽く無い、辛い作業だったが頭の中をからっぽに出来るのでラインにはむしろ嬉しかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 しばらく作業をしていると次第に戦闘音が止む。

 

 その事に気づいた人々はざわめき始める。

 

 兵士達も慌ただしくなって来る。

 

 ラインは作業を止め、隙間に座り込む。

 

 しばらくすると優しそうな顔をした男が部下を連れ、避難所に居る人々に声を掛けて行く。ゆっくりと丁寧に。

 

 そしてラインの所にもやって来る。

 

 男はラインと同じ目線までしゃがみこみ、声を掛けてくる。

 

「大丈夫かい? 怪我は無いかい?」

 

 その声と顔を見てラインは思い出す。

 

「まさか……アナタはエルス国代表、ブライス代表……ですか?」

 

 男は静かに頷く。

 

 ラインはブライスがここまで来て、戦争の被害者に話しかけている事に感動したが、直ぐに自分の気持ちを思い出す。

 

「わざわざありがとうごさいます。兵士の皆さんには本当に助けられています。……あの一つお願いが有るのですが……」

 

 その言葉に部下が断ろうとするがブライスが遮る。

 

「……何かな? 私に出来る事なら出来るだけしよう」

 

 ラインはゆっくりと口を開ける。

 

「私を……軍人にしてください」

 



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4-2 意味不明な試験


批判やご指摘、大歓迎です。
遠慮無くどうぞ( ・∀・)つ 

9/28改稿



「軍人になりたい……と?」

 

 ブライスは再度ラインに問う。

 

「はい」

 

 ラインは即答するが、ブライスは難しい顔をしていた。

 

 少し悩んだ後、ラインに質問する。

 

「君は軍人になるという意味が分かっているかね?」

「はい」

 

 即答するラインに再度質問する。

 

「軍人になるという事は人を辞めるという事だ。軍人は戦争において、一つの駒でしかない。捨て駒にされるかもしれん。そして、死ねと命令されるかもしれん。それでも君は軍人になりたいのかね?」

 

 ブライスはラインの真意を図るように目を見つめる。

 

 だがラインの心は揺るがなかった。

 

「私は……この戦争で両親を失いました。両親を奪った火星独立軍を恨んでいた時、ある人に『敵を恨むのでは無く、戦争を恨め』と言われました。その言葉はまだ私には分かりません。ですが、なんとなくですが間違って無いような気がするのです」

 

 そう話すラインの目には強い意志が垣間見えた。

 

 ブライスはそうか……とだけ言い、部下に指示を出す。

 

 そしてラインに視線を戻し、話しかける。

 

「君の思いは分かった。私も敵では無く、戦争自体を恨んでいる。だから君の力を借りたい。戦争を一刻も早く終わらせる為に」

 

 ブライスはラインに手を伸ばす。ラインは手を取り、一緒に立ち上がる。

 

「よろしくお願いします!!」

 

 そう頭を下げたラインの心は少し晴れていた……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後、ラインは部下に連れられ外に出る。

 

 外に出たら焦げ臭いが鼻に付く。

 そこにはまだ炎が燃え盛る街と戦闘の痕跡……悲惨な街の様子が目に飛び込んで来た。

 

 もちろん戦闘は軍事施設を狙って行われるが、流れ弾、建物を盾にしたりして被害が出てしまうのであった。

 

「ヒドい……これが戦争なんだ……」

 

 そうポツリと漏らすと部下の背中を少し駆け足で追いかけて行く。

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後、ラインが着いたのはノースランドの南端、ウェリントンだ。

 

 ウェリントンはエルス国の首都であり、司令部が有るところでもある。海沿いに発展しており、大きな海軍基地も存在している。

 

 オークランドも発展していたがウェリントンも負けずに立派だ。

 

 そんな感想を抱きながらラインは車に乗せられ、ウェリントン基地にゲートを通り、入って行く。

 

 

 

 基地に入ると中はとても広く、野球や、どんなスポーツをしても足りないくらい広大な広さだった。基地の果ては豆粒にしか見えない。

 どこまでも続く滑走路、巨大な格納庫、荷物を運んでいるHAW。それらがラインの目に付いた。

 

 スゴイ……これが基地の中なのか……

 

 とラインは興奮しながら心の中で呟く。

 ひたすらキョロキョロと首を動かしている間に車は止まる。

 

 降りるよう促され、降りるとそこには沢山の同年代ぐらいの男女でごった返していた。

 

 部下はラインが降りたのを確認して、走り去ってしまった。

 

 残されたラインはとりあえず話誰かに聞いてみる。

 

「あの、此処は何の会場ですか?」

 

 ラインが話しかけたのは三人組の青年達だった。

 

 右から茶髪のツンツン頭。

 真ん中は金髪のサラサラ頭。

 左はふくよかな金髪頭。

 

 話しかけられた3人はラインを睨んで来る。

 

 それに少し気圧されたラインだったが、勇気を振り絞り再度質問する。

 

「あの、此処は「聞こえてるよ!!」」

 

 ふくよかな青年が突然、大きな声を出す。

 

 聞こえてるなら答えろよ……

 

 とラインは不機嫌に思うが返事を待つ。

 

 すると真ん中の金髪サラサラ頭が口を開く。

 

「はあ!? お前は此処がどこか分からず来たのか? コレだから田舎もんは!! ほれ、迷子はあちらだ」

 

 そいつが指を指す方向は北の海だ。ラインの故郷はオークランド。あながち間違ってもいない。

 

 だがそれは彼らにはツボだったのか大きな声で笑い始める。

 

「ちょっとそれは……くくく……海が故郷てか? くくく……」

「流石、一流IT企業の御曹司!! 笑いのネタも一流だな!!」

 

 と身内で爆笑し始める。

 

 聞く相手を間違えたか……

 

 とラインは意気消沈していると突然の大きな声に4人は肩を震わせる。

 

 声が聞こえた方向を見ると、ゴリラのような身体付きの軍人が大声で拡声器を使わずに説明をしようとしていた。

 

 俺らじゃなかった……

 

 とホッとしている彼らはラインを睨みながら去っていく。

 

 開始早々、全く変な奴に絡まれたな……

 

 と頭をポリポリと掻きながら、ゴリラのような軍人の説明を聞きに行く。

 

 

 

 

 

 -----

 

「此処はアカデミーの入学試験会場だ。試験費用、資格は要らん。普通科はここでは無い。普通科の奴は手を挙げろ」

 

 だが誰も手を挙げない。

 軍人は辺りを見回して誰も手を挙げてない事を確認して、頷く。

 

「よおし、貴様ら全員アカデミー入学希望者だな? これより試験を始める!! まずはこの紙に名前を書いて、中に進め」

 

 ぞろぞろと紙を受け取り、建物の中に入って行く。

 

 中には沢山の部屋が存在していた。紙に書いてある番号の部屋に入ると、中にはオドオドしている黒髪の青年が居た。

 

 ラインと同じ黒髪。ラインは青年に少し親近感が湧いた。

 

「こんにちは。同じ部屋みたいですね」

「えっ? ……ああ、そうみたいですね」

 

 青年は声を掛けられるとは思って無かったのかビックリしていた。だが、すぐに目を伏せてしまう。

 

「俺はラインです。よろしく」

「あ、ぼ、僕はマナンです。よろしく」

 

 軽い挨拶が終わり、ラインが辺りを見回すと何にも無い白い壁の部屋だった。広さは20×20mだろうか。

 

 唯一あるのはモニターだけだ。

 そこには何も映されていない。

 

 ラインは一息付くと、ガチャという音が聞こえた。

 

 音が聞こえた方向を見ると、入って来た扉が閉まっていた。

 

 なっ!? 

 

 とラインが驚いてドアを調べるとカギがかかり、ドアはビクともしなかった。ドアには鍵穴が無く、電子錠だ。

 

「カギを閉める? ……どういう事だ!? それにこの部屋に2人だけしか……」

 

 2人が慌てているとモニターが点灯し、さっきの軍人が現れる。

 

『これより、試験を開始する。試験内容は単純。番号の書いてある箱の中身を確認しろ』

 

 ライン達それぞれは部屋の真ん中から対称の位置の床から出てきた箱をそれぞれ開封する。お互いの距離は20m。

 

 中身を見たラインは驚愕する。

 触ってみるとずっしりとした重み、微かに香る焦げ臭い匂い。

 

 

 こ、これはハンドガン!? この重厚感……本物なの……か?

 

 とラインは混乱しているとモニターから追加情報が足される。

 

『そのハンドガンを使ってこれより殺し合いをしてもらう』

 

 その言葉は更にラインに対し、混乱を拍車を掛けていく。

 

 モニターが消え、異様な静まりの中、カチャというという音が聞こえる。

 

 ラインはとっさに銃を手に取り、振り返るーー

 

 ーーそこには銃をラインに定めたマナンが居た。

 

 お互いに銃を向け合う形になる。

 

 お互いの目線を交差させ、極度の緊張が2人を襲う。

 

 異様に喉が渇き、身体が酸素を欲する。

 

 次第にお互いに肩で息をし始める。

 

 呼吸音だけがこの場の音を支配していたーー

 

 ーーが突如音が鳴ったモニターに2人共、身体をビクリと震わせる。2人共、目線をモニターに目を向ける。

 

 モニターには制限時間が表示されていた。制限時間は10分。

 

 デジタル表示の時間が秒単位で減って行く……

 

 ハッと2人は思い出したように銃を構え合うが、もう既に緊張は解けてやる気にはならなかった。

 

 2人共は嘲笑い笑いながら銃を下ろす。

 

 お互いにやり合いたくないのだ。ならばこのまま時間が過ぎれば良いのではないだろうかという空気がお互いの間に流れる。

 

 するとモニターには他の部屋の様子が映し出されていた。

 

 そこにはお互いに撃ち合い死んだ部屋、一方的に殺した部屋、自殺した部屋が沢山映し出されていた。

 

「こ、これは……」

 

 2人共、声にならない声を出す。

 

 暗い雰囲気になった時、またモニターに軍人が映る。

 

『さて、そろそろ終わった部屋も多くなって来たな。だが終わらない部屋も有るみたいだが、「時間切れ、帰ります」は無いぞ? 時間切れは両方とも死だ』

 

「「なっ!?」」

 

 2人共驚き、モニターを良く見るがルールは変わらない。

 

 既に残り5分を切っていた。

 

 二人は頑張って出口を探すが、見つからない。

 

 

 

 

 

 -----

 

 そして、時間は一分を切ろうとしていた。

 

 ラインは諦めて、床に座る。

 

「はあ……何だこの試験は!? 人を殺したら合格!? 馬鹿らしい!! なら死ぬ方がマシだ!! ……だろ? マナン?」

 

 ラインは気だるそうに振り返るーー

 

 

 

 ーーそこには黒い銃口をライン向けたマナンが居た。

 

「ごめん、僕はどうしても魔法師に成りたいんだ。だから……ごめんーー」

 

 マナンの指が引き金を引くーー

 



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4-3 試験の結果


9/27 改稿


 マナンの指は引き金を引こうとしていたーー

 

 ーーが、ラインの声によって動きが止まる。

 

「マナン!! お前は良いのか!? この試験のーー言いなりになってもよぉ!!」

 

「試験の言いなり!?」

 

 マナンは動きを完全に止め、ラインの次の言葉を待つ。

 

 ラインはチラッとマナンの動きを確認して、続きを話す。

 

「まず、この試験の合格条件が可笑しいと思わないか?」

「……確かに」

 

 試験とはもちろん選別する為に行う物だが、問題の内容が可笑しかったりすると問題になるのは良くある事だ。

 

「いくら非公式の試験だと言っても、殺人をしろ。それにもし今までこのような試験をして死人が出て来なかったのは可笑しいだろう」

 

 仮に政府が情報統制しても人の口には戸が立てられない。そんな中こんなに多くの人が受験しているのだ。

 

「だから俺はこの試験ーー」

 

 そこまで言いかけた時、ブザーが鳴り、試験終了を知らせる。

 

 二人の間を何とも言えない雰囲気が漂う。

 

 そして二人共、力尽きたように膝を付く。

 

「ああ……僕はもう死ぬんだ……」

 

 マナンは顔を手で覆い、泣き出す。

 

 ラインのマナンの様子を見て少し不安になるが、自分の考えを信じ、待つ。

 

 俺の考えは正しいはずだ……必ずこれが正解なはずだ!!

 

 

 

 

 

 -----

 

 しばらくするとドアが開き、兵士が二人に部屋を出るように促す。

 二人は大人しく着いて行く。

 

 そして広いホールに到着する。そこには沢山の人が不安な顔で待機していた。最初は何百人も居たが、此処にいるのは百人ぐらいだろうか。

 

 空いている所を見つけ、二人は座る。

 ライン達が最後の方だったのか、ライン達が座るとゴリラのような軍人が話し始める。

 

「試験は終了した。此処にいるお前達は合格条件に反し、制限時間越えた者、試験中に銃を機材やドアに向け乱射した者達だ。もはや試験は破棄したと見なしてもいいな?」

 

 その質問に誰もが俯き、無言で答える。

 

「ふむ、無言は肯定と受け取ろう。ならばーー」

 

 軍人は手を挙げ、兵士に指示を出す。

 

 皆は目を瞑り、死が訪れるのを待つーー

 

 ーーが何時までも待っても死は訪れない。

 

 恐る恐る目を開けるとそこには紙を持った兵士達が居た。

 

 そんなビクビクとした様子に軍人は笑い出す。

 

「ククク……お前らは死ぬと思ったのか? まさかのその逆だ。お前らが合格だ」

 

 その言葉に誰もが目を見開く。もちろんラインもそうだ。

 

 まさか死ぬ事が無いではなく、合格とはな……まったく軍人さんも(いき) な事するな……

 

 とラインはクスリと笑う。

 

 笑ったのと同時にふといろいろ疑問が出てくる。その疑問には軍人が答えてくれた。

 

「さて、いろいろ疑問が有るだろう。一つずつ解説してやろう。

 

 一つ目、ドアに鍵を掛けた事。

 これは二人だけ、相手の出方次第という極限状態を作る為。

 

 二つ目、銃は本物だが中身は空砲。撃った時点で失格。壁やモニターなどに撃った者は合格。

 

 三つ目、モニターで流れた残酷な映像は合成。実際には誰も傷付いて無いし、死んでもいない。傷付けようとした者は逮捕。

 

 以上が今回の試験の概要だ。

 要するに此処に残ってるのは理不尽な命令には従わない連中ばかりという事だ」

 

 最初、皆はポカンとしていたが理解出来たのか次第にざわついて来る。

 

 ラインはしてやられたなあ……と苦笑いしていたが、マナンは喜びの余り泣き出す。

 

「良かったよぉぉ~~!!」

 

 顔を伏せて泣き出すが、ふと顔を上げ、顔をしかめる。

 

「ん? どうした?」

 

 とラインが尋ねるとマナンが謝って来た。

 

「ごめんなさい!! 僕は未遂だとしても君を殺そうしたんだ……」

 

 マナンは申しわけなさすぎてラインの顔が見れなかった。

 

 そんなマナンに対し、ラインはあっけらかんとしていた。

 

「ああ、その事か。あれは正直仕方のない事だしね。この試験を出すエルス国が悪い」

 

 ラインは少し大袈裟に頬を膨らませて怒ってみる。

 

 するとそれが変だったのかマナンは笑いだす。

 

「ククク……ライン可笑しいよ……ふふ、ラインありがとう」

 

 何とも穏やかな笑顔だった。

 

 それを見てラインは

 

 コイツ、笑えば良い顔するじゃねえか……

 

 と思った。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 説明が終わり、入学手続き書類を記入したライン達は寮に向かっていた。

 

 アカデミーは全寮制で外から通う事は許されてない。アカデミー生はエルス国の技術、魔法、戦闘術を一身に受ける身であるから、休日に外出するぐらいしか許されてない。

 

 基本は二人一部屋。ルームメイトは試験の時の二人。上手く男女ペアにならないようになっていた。

 

 寮に向かう道は木で少し薄暗い。

 そこをライン達が歩いていると目の前にどっかで見た三人が現れる。

 

「うん? どこかであったかな?」

 

 ラインはすっとぼけて、スルーしようとする。

 マナンは怯えて、ラインの後ろに隠れる始末だ。

 

 すると茶髪の頭ツンツンがラインの胸ぐらを掴む。

 

「お前……馬鹿にしてんのか?」

 

 茶髪の頭ツンツンは無視されて苛ついているようだ。

 ラインはキッと睨むが、間に金髪のサラサラ頭が入る。

 

「止せ。コイツは田舎もんで頭が悪いんだ。覚えてる訳ないだろ」

 

 フフンと金髪野郎が上から目線で見下してくる。

 

 流石にこれには頭に来たライン。

 

 胸ぐらでも掴もうとしたラインだったがーー

 

「何をやってる?」

 

 という声に思いとどまる。

 

 五人がそちらを向くと、そこには凛々しい、まさに美男子が居た。

 

 オレンジ色の短い髪を少し流したイケメンにはキラキラと星が付くのでは無いかと疑うぐらいだ。

 

 ふと服装に目が行くと軍服を着ていて胸には三年生ーー最上級生の校章があった。

 

 ラインは慌てて頭を下げるが、他の四人はポカンとラインを見る。

 

 するとイケメンは笑ってラインに頭を上げるよう促す。

 

「ふふ……まだ君たちはアカデミー生では無いから、僕はまだ先輩では無いよ。だから畏まる必要は無いよ。

 それにしても君は僕がアカデミー三年生と良く分かったね。まだ初日なのに」

 

 イケメンは面白そうにラインに尋ねる。

 

 ラインははっきりと答える。

 

「さっき貰ったパンフレットに書いて有りました。まだチラッとしか読んでませんが」

 

 するとイケメンは大きく笑いだす。

 

「アッハッハッハッハッ……これはこれは……まさかあの人の説明中に読んでいたとは……度胸有るなあ」

 

 ラインにとってはあの人というのは分からない。だが褒められているみたいなので悪い気はしない。

 

「さてさて、もう落ち着いたかな? 寮に行きたまえ」

 

 寮に入るように手をフリフリと振り促す。

 

 三人はライン達に舌打ちしながら、寮に入って行く。

 

 それを見送るとイケメンはライン達に振り返る。

 

「災難だったね。手伝いたいところだけど、これは当事者で解決しなければ遺恨が残ってしまう。じゃ、頑張って」

 

 イケメンはラインの肩に手を置き、去って行く。

 

「あの、お名前をお教え頂けませんか?」

 

 するとイケメンは振り返らず、

 

「エレット」

 

 とだけ言い去って行く。

 

 エレットを見送った二人はポツリと感想を呟く。

 

「イケメンだったね」

「ああ。アイドルでもやってたんじゃねえか?」

 

 二人に差し込む夕日が、激動の1日の終わりを告げていた。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 寮に入ると、直ぐ目の前に食堂。

 食堂を左に行くと大浴場やトイレ。右は階段があり、二階に長い廊下と左右に部屋が沢山ある。

 

 貰った部屋の鍵と部屋番号を見比べながら歩く。

 

「203……204……えっと209はもう少し先か」

 

 ライン達は少し駆け足で209に向かう。

 

「あった209だ」

 

 鍵を使い、中に入る。

 

 すると中からテレビの音が聞こえる。

 

 マナンと顔を見合わせる。

 

 あれ? 鍵が掛かってるのに何でテレビが点いてるんだ?

 

 恐る恐る覗くとテレビの前の机の上のせんべいを食べながら、テレビを見て爆笑している男ーー赤い髪をオールバックにしたーーがライン達に気づいたのか顔をチラッと向けたが、テレビに視線を戻す。

 

 ラインは最初、驚きと困惑が入り混じっていたが今は怒りに満ちていた。

 

 ラインは男に向かい飛び出す。

 渾身の力を込め、横面に右ストレートを繰り出す。

 

 だが男は見もせず後ろに飛び退いて避ける。

 

 ラインはよけられるとは思ってなく、急な転回は出来ない。

 

「へえ、良いパンチじゃん。まともに当たったら痛いだろうなあー」

 

 と男はヘラヘラとちゃらけながらラインを誉める。

 

 だがラインは皮肉にしか聞こえない。

 

「クソッ!!」

 

 なんとか体勢を整えたラインは回し蹴りを放つが男に容易に止められる。

 

「無駄無駄。……ん? どこかでこの回し蹴り見たこと有るような……」

 

 男はまじまじとラインの顔を覗く。ラインは抵抗するが足はガッチリとホールドされ動かない。

 

 男はハッとして尋ねてくる。

 

「……その黒髪、回し蹴り……まさかお前ライン……か?」

 

 何故……俺の名前を!?

 

 とラインの驚いた顔を見て不敵に笑う男だった。

 



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4-4 入学式


9/28改稿




 ラインとマナンの部屋にいる赤髪のオールバックの男。

 

 そいつはせんべいをボロボロとこぼしながら、テレビを見て爆笑していた。

 

 それをラインが右ストレートを繰り出すも見ずに避けられる。

 

 続いて、ラインが回し蹴りを繰り出すも容易に受け止められてしまう。

 

 つばぜり合いのような状態になった時、男はラインを驚愕させる事を口にしたのだ。

 

 お前はラインなのか? と。

 

 そう言われ、知り合いなのか? とラインは過去を振り返る。

 高、中、小……

 

 赤髪の男などそうそう居ない。

 

 ふと小学校の頃に赤い髪をした少年を思い出す。

 

 赤い髪……高い身体能力……まさか!?

 

 ラインは目を見開き、赤髪の男に目線を戻す。

 

「お前は……グレン……な、のか?」

 

 すると赤髪の男はニヤリとして足をホールドしていた手を離す。

 

「おう、俺はグレン=アルベールビル。お前とは小学校以来だな」

 

「グレンか!!」

 

 ラインは喜んで、グレンをハグする。グレンも応じる。

 

 そんな中、一人ポツンと残されたマナンが恐る恐る発言する。

 

「……ライン? この人とは……どんな関係な、の?」

「ああ、コイツとは小学校の友人だ。中学は別になってしまったがな。

 ……そういえばグレン、お前は中学はどこ行ったんだ? いきなりその直前転校するからよ」

 

 目線をマナンからグレンに戻し尋ねる。

 

 グレンは一瞬、遠い目をしたが笑顔で答える。その一瞬は余りにも一瞬でラインは気付かない。

 

「俺? 俺は……外国行ってたんだよ」

 

「外国か!? どこ行ってたんだ!?」

 

 ラインは子供のように目を輝かせて質問する。

 

「うーんあっちこっち行ったからなあ。日本とかイギリス、アルゼンチンも行ったな」

「すげえな!!」

 

 まだまだ質問しそうなラインを落ち着かせる。

 

 するとラインは本題に戻る。

 

「……そういえば、お前は何で此処に居るんだ? そして何でこんな様子なんだ?」

 

 するとグレンは頭をポリポリと掻きながら答える。

 

「いや~、此処誰も居なかったし、なかなか人来なかったから誰も来ないと思ってくつろいでたわ」

「……そうか」

 

 ラインは俯き、表情は伺えない。

 

 ふとグレンは思いだしたかのように口を開く。

 

「……そういえば、あのせんべいはうまかったぞー。二枚は残してるから食べ「あーー!?」」

 

 グレンの声をマナンの悲鳴が遮る。

 

 二人がそちらを向くとテーブルのせんべいには合格祝いと書いてあったのだ。それも高いやつだ。

 それが無惨にも10枚中2枚しか残っていなかった。

 

「そうそう、合格祝いのやつだ。俺にもあったけど足りなかったから拝借し「グレン?」」

 

 グレンの声はラインの低い声によって遮られる。

 

「えっ?」

 

 グレンのとぼけた声にラインは怒りを爆発させる。

 

「お前はっ、他人の食べ物を勝手に食べてその言葉か!?」

「やべ!?」

 

 逃げ出すグレンの顔にに先ほどより強い右ストレートが炸裂する。窓ガラスを割り、落ちていくグレン。

 

 この後、部屋の後片付けをしたのはグレンだったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 寮への引っ越しが終わった次の日、ライン達は入学式を行っていた。流石に軍人学校に親の参加は無い。

 

 先ほどのホールで誰もが軍服を着ていて、ビシッと整列していた。

 

 しかしまだまだ軍服を着こなせていない者ばかり。もちろんラインもだ。

 

 う~ん。なんか変な感じだな……

 

 とラインは体をゴソゴソと動かしながら、入学式の始まりを待つ。

 

 すると壇上に先ほどのゴリラのような軍人が立つ。目の前にあるマイクを使わず、地声で話すみたいだ。

 

「お前ら……いや、諸君らは見事アカデミーに合格した。これから現場で指導するゴリだ。よろしく頼む!!」

 

 最後の「よろしく頼む!!」の大きな声は耳を塞ぐほどであった。これマイク使ってたら……

 

 ブルッと身体を震わせるラインだった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 次に学園長のお話。まあ、良くあるながーいお話。

 

 ある意味、このおかげで緊張がほぐれたのは幸いだろう。

 

 学園長の話が終わり、終わりかな? と思ったがゴリが再度壇上に立つ。

 

「今日、特別ゲストを呼んでいる。きょうつけぇぇ!! 礼!!」

 

 ゴリの大きな号令と共に頭を下げる。

 

 頭を下げるという事はかなりのお偉いさんか……

 

 頭をゆっくりあげると壇上にはーー

 

 

 

 

 ーーブライス=クロンプトンーーエルス国代表、エルス国最高指揮官が壇上に居た。

 

 流石にこれには入学式といえども騒然とする。軍人学校の卒業式に来るのなら分かるが、入学式に来るのは異例だ。

 

 しかし、教員達は平然としている。これは普通なのだろうか?

 

 まだざわついている中、ブライスは話し始める。

 

「いきなり私が現れた事で驚いているだろうが、話を聞いて欲しい」

 

 この一言で、騒然としていた会場はぱったりと音が止む。

 

 ブライスは静まったのを確認して話を続ける。

 

「皆、ありがとう。では話を続けよう。今日、君達はアカデミーに入学する。入学おめでとう」

 

 ライン達は礼をする事で返事する。

 

「さて、このアカデミーは軍人学校。魔法師、パイロット等のスペシャリストを育成する場所だ。君達も卒業と共に各部署で活躍してもらいたい」

 

 ブライスは一面を見渡し、話を続ける。

 

「君達は入学試験を合格したが、何故合格したか分かるか?」

 

 この言葉に誰も答えられない。余りにも試験合格基準が分かりにくく、未だ彼らも合格した実感が無いのだ。

 

「ふむ。まずは試験の意義を説明しよう。あの試験の意義はーー」

 

 ブライスは一旦言葉を止め、一度目線を伏せ、再度目線を上げる。

 

「ーー命令に従わない事」

 

 この言葉で再度騒然とする。もちろんラインにも意味が分からない。ほとんどの生徒が頭にハテナマークが付いているだろう。

 軍人は命令厳守なのが当たり前と思っていたのだ。

 

 そんな中、ブライスは話を続ける。

 

「もちろん、常に命令に従わないのでは軍隊として成りたたなくなってしまう。これは君達が一流の軍人になった話だ。普通の軍人では命令厳守するのが精一杯だ。しかし、戦場では常に送られて来る命令が正しいとは限らない」

 

 もう既に会場は静まり返り、ブライスの話を食い入るように聞いていた。

 

「 君達は卒業後、重要な立場に着くことも多い。だから君達には命令厳守では無く、各自で判断する力を付けて欲しい」

 

 皆、この言葉に頷く。

 

「そしてあの試験はその素質を見極めていたのだ。そう君達は試験によって選ばれたのだ。だから誇りを持って精進してほしい」

 

 ラインは試験を思い出す。

 

 なるほど。『相手を殺せ』が命令。人を殺すという事を拒む良心vs命令&受かりたい欲望だった訳か……

 

 ラインは自分の行いが合ってた事に安堵して、フフッと笑みを零す。

 

 まだブライスの話は続く。

 

「そしてもう一つ、肝に銘じて欲しい事がある。それは……『君達は選ばれたが、ただの人だ』ということを。君達はこれから、普通の人より強い力を手に入れるだろう。だが決して驕ってはいけない。別に君達が特別優れてる訳じゃない。力には責任が付いて来る事を決して忘れるな」

 

 この重い言葉に自分達の浮かれていた心を戒める。

 

 この言葉を最後にブライスは壇上を離れる。

 

 離れるブライスに大きな拍手が贈られた。

 

 そして入学式はこれにて閉式した。

 



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4-5 初めての授業

9/29改稿


 -アカデミー内 一年生の教室-

 

 入学式の翌々日から早くも授業が始まっていた。

 

 入学式の翌日は授業の準備と部屋に整理の為の日であった。

 

 そして今日から授業が始まる。既に大きな教室には一年生全員の100人が座って待っていた。

 

 ラインの隣にはマナンだけ。グレンは既に友達と楽しく談笑していた。男女様々な人とである。持ち前の誰とでもお構いなしに話しかける性格が発揮されたのだろう。

 

 ラインがぼーっとその様子を遠い目で見ていると少し不安混じった声で話しかけられる。

 

「ねえ、隣いい?」

 

 ラインが声がするほうを見ると肩までの茶髪の少女が居た。

 

 身長は160cmぐらいだろうか。女性としては平均身長ぐらいの彼女が隣の席を座りたいと言ってきたのだ。

 

 ラインはさぞ当たり前のように、大学のようなながーい椅子の中にいるマナンに、奥行くように言って自分の席を譲る。

 

 すると彼女は

 

「ありがと」

 

 と言ってラインの隣に座る。

 

 隣に彼女が座ると微かなグリーンティーの香水のさっぱりとした匂いがラインの鼻腔に付く。

 

 彼女の横顔をチラッと見ると、メイクはしてないらしいが、整ってた顔が目に入る。まあメイクは軍人だからしても無駄なので。

 

 その目線に気付いたのか彼女もチラッとラインを見て、目線が合ってしまう。

 

 すると彼女は話しかけて来た。

 

「そういえばアナタもクラスメートなのよね? 私はティナ。よろしくね」

「そうだな。よろしくティナ。俺はライン。コイツはマナンだ」

 

 ラインは後ろにいるマナンを指差す。

 

 マナンは初対面なので緊張しているのか小さく手を上げる。

 

それを見たティナは笑顔で返す。

 

「よろしくね、ライン、マナン」

 

 

 

 

 

 

 軽い自己紹介が終わった所で担任が扉を開けて入って来る。

 

 担任はニコニコと笑顔で居た。

 

 ほっと優しそうな先生で良かった……

 

 という空気が教室に流れている中、担任はニコニコしながら教壇に立ち、とんでもない発言をした。

 

「はじめまして、皆さん。私はエマと申します。では早速授業を始めましょうか。ではかかって来て下さいね」

 

 ……はぁ?

 

 という言葉が誰からも出たのは言うまでもない。

 

 いきなり『かかってこいやーー!!』なんて言われるとは喧嘩じゃ有るまいし、可笑しいのは明確だ。

 

 だが次の一言で教室の雰囲気がガラリと変わる。

 

「あれ? 皆さん消極的ですねー。ダメですよー。あ、私が女性だから舐めているんですね? 初対面の人を見た目で判断してはいけませんよ? あ、そういえば私を倒したら卒業で構いませんよ」

 

 卒業……という言葉に反応する生徒達。

 

 相手は身長150cmぐらいの小柄な女性。胸が軍服の上からも分かるぐらい大きく、眼鏡をかけていて、顔は童顔。正に小動物のようだ。

 

 ちなみに隣のティナを見ると……あまり失礼な事を考えているとエマに向けている気迫がこちらに向きそうだ。

 

 まず最初に仕掛けたのはあの3人組のヤンキー枠、茶髪ツンツン頭だった。

 

 机の上に乗り、ジャンプして通路に着地し、教壇に上がる。

 

 喧嘩慣れしているのか速い。

 

「最初はファルク君ですか」

 

 ファルク君と呼ばれたヤンキーは右から上段に蹴りを放つーー

 

 ーーが左手で軽く止められてしまう。

 

「いい蹴りですがまだまだですね」

 

 エマはファルクを褒めるが、ファルクは赤子を捻るぐらい容易くあしらわれていた。

 

 もちろん空いている左手で顔面を狙って殴りかかるが、逆に 掌底 (しょうてい)ーー掌の手首に近い部分で相手を叩く技ーーを腹に受けてしまう。

 

 普通ならばよろめくぐらいだが、エマの掌底は教壇から落ち、机に激突するぐらいだった。

 

「頭は打って無いですね。一応回復させときますね。ヒール!!」

 

 エマは床に転がっているファルクに対し、両手を突き出し、青い光がファルクをまとっていく。

 

 苦しげな顔をしていたファルクは次第に穏やかな顔に変わって行く。

 

 治療が終わったエマは立ち上がり、教室を見回す。

 

「他には卒業したい人いますか?」

 

 エマはニコニコしながら生徒達を見ていく。

 

 この様子を見て、生徒間には

 

 卒業するって、怪我で退学の間違えじゃ……

 

 という雰囲気が漂っていた。

 

 最初のファルクを行かせた3人の中のリーダー、エドウィンは歯を食いしばり顔を歪めていた。

 

 またラインは冷静に分析していた。一方、マナンは実力差を感じて小さく縮こまっていた。

 

 また隣のティナは逆に拳を反対の手にぶつけ、やる気満々だった。

 

 ……やはりエマは魔法師。今のも全て肉体強化魔法だろう。それに治療魔法が使えるとは……かなりの魔法師だな。

 

 とラインは客観的に自分との実力差を理解する。

 

 なかなか誰も行かないのでティナが飛び出す。

 

「次は……ティナさんですか。確かーー」

 

 エマがしゃべっている間にティナが近づき、右ストレートを放つーー

 

 ーーが身体を軽く捻られ避けられる。

 

 通り過ぎたティナは後ろ蹴りを放つ。

 

 エマはとっさに腕をクロスにして防ぐが、威力を殺しきれず教壇から落ちてしまう。

 

 この間、2秒。

 

「……そうそう、ティナさんは魔法師で得意分野は格闘術」

 

 エマがこう呟いた時には既に、ティナが魔法師という事は明らかだった。

 

 渾身の後ろ蹴りを笑顔で防がれたティナは悔しさで顔を歪めていた。

 

 一方エマは笑顔でティナを評価していた。

 

「ティナさんはこれが限界みたいね……卒業は無理だけど、格闘術は高評価付けーー」

 

 ーーエマは言葉を途中で切り、横に素早く飛ぶ。

 

 エマがもともといた地点には赤髪の青年ーーグレンがいた。

 

 グレンは舌打ちして、エマを睨む。

 

 こんな態度に対してもエマは笑顔だ。

 

「グレン君、後ろからなんて卑怯ですよ~それに先生に向かって舌打ちとはお仕置きが必要ですか?」

 

 ずっとニコニコしているが後半は目が笑っていない。

 

 そんなエマに対し、グレンは鼻で笑う。

 

「フンッ、戦場じゃ1対1じゃ有るまいし、お前も禁止してないだろ?」

「ーーお前?」

 

 今までニコニコしていたエマは表情を曇らせ、ワナワナ震え始める。

 

 あっ、やべっ

 

 という声がグレンの口から漏れたのと同時に本気を出したエマにおもっいきり吹き飛ばされ、気絶してそのまま連れてかれてしまった。

 

 エマの怒った気迫に教室は静まり返った。

 

 そして、今後誰もエマに逆らわなかったという。

 



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4-6 アカデミーの意義


9/29 改稿



 

 グレンがエマ先生に引きずられながら連れていかれた後、教室では概論をやっていた。

 

 概論とは大まかな内容の説明するのだ。

 

 まず最初に説明されたのはアカデミーの意義。

 

「まずアカデミーの方針を説明しよう。アカデミーとはエルス国の魔法師、軍人のスペシャリシストを育成する所である」

 

 入学に関して年齢は問われない。だが必然的にある程度若くなるのは仕方ない。

 

「ここで全員が魔法師になる必要は無い。もちろん魔法師の適性が無い者や他の適性が高い者も居るだろう。皆を適材適所に配置するのがアカデミーの意義だ」

 

 入学した者は皆優れている訳では無い。むしろ劣っている者も居るかもしれない。しかし、エルス国が求めるのは心の強さだった。

 

「だから君達には多くの事を学んで貰う。その中で自分の得意分野を見つけて欲しい。我々は全力で長所を伸ばすのを支援するつもりだ」

 

 アカデミーは三年間ある。

 

 一年目は基礎を鍛える。

 基礎とは体力の増強、戦術の勉強。剣、魔法、銃などの戦闘術の座学と訓練等である。

 基本的には全ての事に浅く学んで行く。

 

 二年目は得意分野を伸ばす。

 一年目で習った分野の中で得意分野が有ればそれを伸ばして行く。

 基本的には得意分野のみの訓練になり、希望や適性が有れば他の分野も訓練する事が出来る。

 

 また指揮能力適性者には指揮部門に入り、育成する。

 

 三年目は他の生徒との連携。

 一年目までは同じ事を学び、連携も取りやすかったが、二年目で一人一人個性が出て、連携の難易度は遥かに難しくなる。

 

 例えば、剣士一人に、銃士が三人としよう。もちろん銃士が多いので遠距離中心になるが剣士は何をすれば良いのだろうか? またどういう配置するべきだろうか? 等々、それぞれ戦い方の違う特殊性の高い部隊を率いる指揮能力を試しているのだ。

 

 この訓練は主に指揮部門の練習である。しかし、指揮される方も一人では戦えない。味方と連携を取り、相手との相性を見ながら柔軟な戦い方を問われるのだ。

 

 戦場では予想した相手と戦えるとは限らない。また奇抜な戦術かもしれない。そんな中、柔軟な考え方を出来る軍人が求められている。

 

 このように三年間を終え、卒業すると指揮能力が高い者や魔法師、ずば抜けた能力を持つ者は代表直属部隊に配置される。また普通の者でも普通科魔法師部隊や、普通科小隊長等に着く。

 

 普通科とは一般兵士の事で特に特殊な技量を持たない兵士達の部隊である。

 その中に魔法師部隊は組み込まれており、主にウォールシールドや回復魔法等の支援を行う。

 

 代表直属部隊は尖ってる者ばかりの部隊で上手く連携が取れないと各個撃破されてしまうだろう。

 

 だから連携能力を上げる為に三年目では小隊を組み、戦う訓練を行う。

 

 

 

 そう一年目では広く浅く、色んな事を学ぶのである。

 

 今回の講義はこれだけ伝えられ終了する。そのまま昼休みだ。

 

 机に広げてる物を片付け、カバンに詰め込み、席を立つ。

 

 するとマナンが話しかけて来る。

 

「ラインはお昼どうするの?」

 

 その問いにライン腕を組んで悩む。

 

「弁当は持って来てない(自炊してない)……食堂か、購買でパンのどちらかな」

 

 自炊してないというよりは寮では必要無いからである。

 

 ラインがマナンはどうするんだ?

 と聞こうとした瞬間、マナンは目の前に重箱を取り出す。

 

「はぁ!?」

 

 思わずラインの口から驚きの余り言葉が漏れる。

 

 重箱!? ……何で持って来てんだ? そもそも重箱って学校に持って来る物か!? ピクニックとかだろ!? そして誰が作ったんや!?

 

 頭が様々な疑問で混乱する余り、関西弁になるライン。ちなみにラインは特に関西には関係ない。

 

 そんなラインの頭の中を見透かしたように答えるマナン。

 

「これは僕が作ったんだよ。一人で全部。……あ、信じてないね?」

 

 問われたラインは首を大袈裟に横に振る。

 

 それをみたマナンはフフッと微かに笑いを零し、ラインを食事に誘う。

 

「良かったら食べない? 入学最初の日だからなんか作りたくなっちゃって……」

 

 マナンさん!? 思いつきでこんなスゴいの作るの!?

 

 ただラインは驚きとツッコミで心の中を埋めていた。

 

 特に断る理由も無いので席に戻る。

 

「じゃあどうぞ」

 

 と言われ、ラインは蓋を開ける。

 

 するとラインの目には様々な芸術が入って来る。

 

 黄金に輝く、玉子焼。

 可愛いタコさんウインナー。

 やはり定番の唐揚げ。

 

 などなど色とりどりの食べ物がラインを待ちかまえていた。

 

 おおー と感嘆の声を漏らしてしまう。

 

 そんなラインにマナンから箸が渡される。

 

 もうラインの心はマナンの重箱に釘付けだった。

 

 箸を手にした瞬間、ラインはかき込んでいた。

 

 旨い!! 旨い!! このほんのりと甘い玉子焼。そして意外としっかり作り込んでいるウインナー。そして冷えても美味しい唐揚げ!! 

 

 一人前にしては多いだろうと思える料理。ラインは入学初めての授業でお腹が空いてしまったのか、一人で食べてしまった。

 

 食べ終わった後に気づく。

 

「あ……全部食べちまった……」

 

 ライブは恐る恐るマナンに振り向くが、マナンは予想に反してスゴく機嫌良さそうにニコニコしていた。

 

「まさか全部食べてしまうなんて……そんなに美味しかった?」

 

 ラインは拍子抜けしたように頷く。

 

 まさかのマナンは怒る以前に喜んでいるよ……

 

 いまいちなぜマナンが上機嫌だったのか、分からないラインだったがマナンに尋ねる。

 

「そういえば、マナンお前の飯はどうするんだ?」

 

 するとマナンは横に首を振る。

 

「ラインが美味しそうに食べているのみたら僕までお腹いっぱいになったよ」

 

「……そうか」

 

 いまいち納得出来ないが本人がそう言ってるのでラインは気にしない事にしたーーとしたい所だったがラインは気になって仕方ない。

 

 しかし、思い至った頃には食堂も購買も終わっているのでどうしようもない。

 

 またアカデミーの外へ外出するのには色々面倒な申請しなくてはならないので論外。

 

 

 

 

 

 困ったラインはアカデミー内を歩きながら考えていた。

 

 うーん、やはり誰かに頼むのが良いのかな……

 

 と考えが決まりつつあるとランニングしているティナに遭遇する。

 

「あれ? ラインでしょ? どうしたの?」

 

 汗をタオルで拭きながら近づいて来る。

 不思議とそんなに汗臭くない。

 

「ああ、ティナか。いや何となく散歩してる感じだ」

 

 へぇ~と相づちを打ちながらカバンからおにぎりを取り出す。

 

 それを見たラインはティナに詰め寄る。

 

「ティナ!! それはどこで手に入れたんだ!?」

 

 詰め寄るラインに驚いて、ティナは少しどもりながら答える。

 

「え、ええ。これは食堂の人にお願いして握らせて貰った物よ。……食べる?」

 

 ティナは海苔の無いおにぎりを一つ差し出して来るが、ラインは断り、食堂に向かって走り出す。

 

 その背中を少し不機嫌になったティナが見送る。

 

 食堂ではオバチャン達が片付けをしていた。

 

 その一人に話しかける。

 

「あの、此処でおにぎりが作れると聞いたのですが……」

 

 するとオバチャンは無言で指し示す。その先には精米された米と炊飯器があった。

 

「ありがとうございます」

 

 ラインはお礼を言って、米を炊飯器で炊く。

 

 そして炊けた米をおにぎりにする。

 周りに有るのは塩だけなので塩握りは確定だ。

 

 やらせて貰ってる身としては文句は言えない。

 

 出来たおにぎりを貰ったラップに包んで持って行く。

 

 マナンは既に部屋だ。

 

 部屋に戻るとマナンが出迎えてくれる。

 

「おかえり、ライン」

「ただいま」

 

 部屋の机で勉強していたマナンは顔を上げて、言ってくれる。

 

 ふと家族の事が脳裏を過ぎるが振り払っておにぎりを渡す。

 

「マナン、昼食べてないだろ? 良かったら食べないか?」

 

 するとマナンな目を輝かせて聞いて来る。

 

「え? これはラインが握ってくれたの? 食べていいの?」

 

「お前に作って来たんだから食べてくれないと……困る」

 

 頬をポリポリとかきながら、答えるライン。

 

 おにぎりをがっつくように食べるマナン。

 口の周りにはたくさんの米粒が付いてしまう。

 

 やれやれと思いながら口の周りの米粒を取って行くライン。

 

 その様子を赤い髪の男が二階の外の壁に張り付いて見ていた。

 

「まさかの……これは……面白くなってるなあ」

 

 と小さく呟いたのは誰にも聞こえないのであった。

 



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4-7 ライン×マナン!?


9/29 改稿


 翌日、ラインとマナンが教室に入ると無数の視線を感じる。身体中が全方位から見られているという感覚ーー気持ちいい物ではない。

 

(……何だ? この異様な雰囲気は?)

 

 ラインが異様な雰囲気を感じるのと同時にマナンも感じ取っていた。

 

 2人は小さな声で囁き合う。

 

「……どういう事だろうね?」

「……分からん」

 

 2人は何故教室がこんな雰囲気なのか分からないがとりあえず、席に着く。

 

 席には既にティナが来ていた。

 

 ラインはティナにいつも通りに挨拶する。

 

「ティナ、おはよう」

 

 するとティナは身体をビクリと震わせ、顔をひきつらせて返事をする。

 

 今にもギギギという機械が回転するような音を出しそうな感じで首をこちらに向ける。

 

「え、ええ……おはよう」

 

 それだけ言うとプイッとそっぽを向いてしまう。

 

 そしてライン達に聞こえないぐらい小さく呟く。

 

「まさか……この2人がねぇ……まあ男の友情延長線上だし、可笑しくないよね?」

 

 ラインからはブツブツと呟くティナはとても変に見える。

 

 顔を赤面させ、チラチラとこちらを見てくるのだ。

 

 ラインは訳が分からず、ほっとくしかなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 授業が終わり、昼休み。

 

 ラインは一息ついて、マナンに顔を向ける。

 

「ふう。さて、今日はどうするか」

 

 するとマナンはカバンからゴソゴソと物を取り出す。

 

 出て来たのはあの『重箱』。

 

「良かったらまた食べない?」

 

 マナンはニコニコと重箱を差し出してくる。

 

 ーーもちろんこれは食べるしかないだろ。

 

 早速重箱を手に取り、食べようとするがラインは更に無数の視線を感じ、手を止めてしまう。

 

 周りを見ると、皆がチラチラと2人を見てくるのだ。

 

 ーー今日は一体何だ? 弁当が羨ましいのか?

 

 と思うラインだったが、突如目の前に来た赤髪の男ーーグレンに引っ張られ、教室を出る。

 

 何だよグレンーー

 

 とまで口に出るがグレンの真剣な目を見て、口を閉じる。

 

「なあ、ライン。別にお前の趣味はともかく言わんが、こんな場所でイチャイチャされても困るのだが」

「はぁ?」

 

 イチャイチャ? 誰と誰が? 全く分からん。

 

 それがラインの顔に出ていたのかグレンはため息をつく。

 

「お前なあ……あれがイチャイチャしてなければ何なんだよ?」

 

 そう言いながら指差したのはマナンだ。

 

 ーーマナンと俺? 同じ弁当を食ってただけじゃないか。

 

 まだ分かりきって無いラインにグレンは近づき、耳打ちする。

 

「お前らって付き合って無い訳?」

「付き合う? 誰と誰が?」

 

 ティナとは仲はそれなりだろうが、精々友達以上恋人未満だろう。これはかなり甘い見積もりだ。

 

 グレンは溜め息をつき、回りくどいのが嫌になったのかストレートに切り出す。

 

「だから、お前とマナンは付き合ってるのか? 別に隠さなくてもバレバレなんだけどな」

「……はぁ!? 俺とマナンは男同士。同性だ。もちろん同性のとやかくを否定する訳では無いが、俺達は違うぞ!?」

 

 面白いぐらいに慌てふためくライン。

 この焦りは今年一番だろう。

 

 だがグレンは手をフリフリと振り、ラインをフォローする。

 

「別に良いんだぞ? 俺はお前がそんな趣味でも友達で居てやるし」

「グレン……」

 

 とてもグレンが良い奴に見えて来た……

 

「ーーって違うわ!? 俺は普通に異性が好きだぞ!?」

「分かった、分かった」

 

 そう言うグレンはもう既にラインの事を見ていない。

 

 ラインの肩に手を置き、席に戻って行く。

 

 ラインは頭を抱え、席に戻る。そこにはニコニコとしたマナンが居る。

 

「用事は済んだ?」

 

 マナンの無邪気な笑顔が眩しい。

 

 ラインは苦悶な表情を浮かべながら頷く。

 

 まあ……マナンに罪は無いしな……

 

 勝手な想像をしたグレンを心の中で恨む。

 

 ーーん?

 

 ここでラインはふと思いつく。

 

 まさか皆が勘違いをしていて、俺達が付き合ってると思っているのでは? と。

 

 ラインはチラッと周りを見る。

 

 すると周りの人の視線は好奇心いっぱいの視線だった。

 

 その1人と目線が合った気がして咄嗟に目を伏せる。

 

 何とも言えん気持ちだ……

 

 そして隣に戻って来たティナの方を振り向く。

 

 するとティナはラインと目線が合ってしまい、慌てて逸らす。落ち着かないのか、そわそわしている。

 

 ラインは恐る恐るティナに尋ねる。

 

「なあ、ティナ」

「な、なに?」

 

 ティナはもじもじとし始める。不覚にも一瞬可愛いと思った思考を振り払い、質問する。

 

「俺とマナンはどう見える?」

 

 ど真ん中ストレートにも取れるし、曖昧にも取れる発言だ。

 

 ティナは困惑した顔をして、うんうん悩む。

 

 そして小さく呟いた。

 

「……お似合いだと思うよ?」

 

 ビンゴ。

 

 ティナは迷った挙げ句、本音をぶつけて来た。これはもう皆が勘違いしてるという事だ。

 

 難しい顔をしているラインにティナは不安げに聞いて来る。

 

「えっ? 不味い事言ったかな?」

 

 いつも元気なティナからは考えられないほどオドオドしていた。

 

 流石にこんなに答え難い質問を真面目に考えているティナが可哀想になってきたので、助かったとだけ言い、ティナを解放する。

 

 するとティナは『助かった』という言葉を必死に考え始め、1つの考えにたどり着く。

 

「そっか、2人共、自信無かったのかな」

 

 と勝手に結論付けてしまう。

 

 これはラインの耳にも届いたが、否定しても照れ隠しと思われるのでスルーする事にする。

 

 昼休みが終わり、授業が始まる。

 

 授業内容など頭の中に入って来ない。そりゃあ、あられもない疑いをかけられているのだから。

 

 

 

 

 

 -----

 

 授業が終わり、自由時間となる。

 アカデミーは軍人育成する所だが、あくまでも教育機関である。

 

 無理矢理詰め込んでも自分で考える力を手にすることはない。

 

 なので各々、自由時間を謳歌(おうか) していた。

 

 その一方、ラインはグレンを探していた。

 

 誤解を解く為だ。

 

 何故グレンの誤解を解く事を優先するかというとグレンは顔が広いからである。

 

 だが校舎内を探し回って見ても、グレンの姿は見当たらない。

 

 ……あいつ、どこ行ってるんだ?

 

 ラインは少し歩き疲れ、近くのベンチに腰を下ろす。

 

 はあーという大きな溜め息をつきながら、ふんぞり返って空を見上げる。

 

 雲が空の3割ぐらいを占めていた。

 天気としては晴れ。

 しかし、その雲の大きさはまるでHAWのようだった。

 

 ラインは家族を失った時の事を思い出し、顔をしかめる。

 

 チクショウ……まだ俺は引きずってるのか……

 

 頭をブンブンと振り、勢い良く立ち上がる。

 

「よし、再開するか」

 

 自分に言い聞かせるように言ったラインの足取りは軽いようでさっきより重かった。



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4-8 誤解?

9/29改稿


 

 -校舎裏-

 

 校舎内を探し回ったラインはもう諦めの境地だ。

 

(ったく、寮に戻ってんのか、アイツは……)

 

 ラインは何度も溜め息を付きながら、念のために確認しとくかという感じで、校舎裏を探す。

 

 この角を曲がれば校舎裏ーーという所まで行くと、何か音が聞こえる。

 

 ピチャピチャ……クチャピチャ

 

 という水の音が辺りに響く。

 

(ん? 何の音だ?)

 

 と疑問に思いながらラインは角から顔を出す。

 

 ーーすると目の前にはグレンと女性が扇状的なキスをしていた。

 

 最初は啄むようなキスを繰り返し、やがて、ゆっくりと舌を入れた。半開きになった女性の唇の隙間から、女性の口内を蹂躙する。

 

 正に大人の男女が醸し出す熱い雰囲気にラインは目的を忘れて、唾を飲み込み、見入ってしまう。

 

 続けてグレンは女性の首筋を攻めて行くーー

 

 ーーが女性の首の先にいるラインを見つけてしまう。

 

 グレンは女性の首筋から口を離して、女性の正面に戻る。

 

 女性は物足りないのか、目でグレンに求めるがグレンは苦笑する。

 

「大人のお勉強かい? ライン」

 

 その言葉に女性とラインが身体を震わすのは同時だった。

 

(なっ!? バレていたのか!?)

 

 ラインは慌てて隠れるが無駄である。

 

 その一方、女性はとろけてる顔を引き締め、少し乱れている服を直し、そさくさと立ち去ってしまう。

 

 その背中をヒラヒラと手を振って見送ったグレンは角に向かい、ラインを捕まえる。

 

「どうだったかい、大人のお勉強は」

 

 グレンはニヤニヤとラインを問い詰める。

 

 ラインはさっきの情景を思い出してしまい、赤面しながら反論する。

 

「お、おいグレン、ここではああいう事は禁止だぞ」

 

 そう言うラインだが、声は震え、説得力は無い。もちろんラインも男なのでああいう知識や映像は知っているが、自分の目で見るのは初めてだ。

 

 声は 上擦り(うわずり)、心臓はバクバクと早く鼓動していた。

 

 だがさも当然のように、グレンはラインに話す。

 

「全くお前が邪魔しなければ楽しめたのに……まあまた機会あるし」

 

 またグレンはラインを見てにやつく。

 

 ラインはムッとするが、不満を抑え、本題に入る。

 

「別に覗きに来たんじゃない、グレンにお願いがあって来たんだ」

「お願いか、例の件だろ?」

「ああ、お前の人脈を使って誤解を解いて欲しいーー」

「分かった」

「ーーえ!?」

 

 余りにも即答されたのでラインは驚いてしまう。

 

 だがグレンはふざけた様子も無く、真面目な顔だ。

 

「あの件はやりすぎたかもな……」

「……やりすぎ……た?」

 

 グレンを睨むラインの目は次第に鋭くなっていく。

 だがグレンは平然としている。

 

「部屋でお前らがイチャイチャしているのを誰かに話したら広がっちまって……まさかこんなになるとはなあ」

 

 グレンは『てへぺろ』として来るがラインの怒りは収まらない。

 

「お前かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 その後ラインとグレンの鬼ごっこが一時間ほど続いたらしい……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 鬼ごっこの翌日、疲れきって机に突っ伏しているラインにティナが近づく。

 

 控え目にラインの肩をツンツンとする。

 

「ん?」

 

 ラインは上体を起こさず、首だけ動かしティナを見る。

 

 ティナは手を前でせわしなく動かし、顔は少し上気していた。

 

「あ、あの!! この前は……誤解してごめんなさい!!」

 

 ぺこりと素直に頭を下げるティナにラインは少し感心する。

 

(へえ、ティナは素直に謝れるのか。謝れない方と思っていたが……感心するなあ)

 

 この心の中がラインの表情に出ていたのか、ティナはラインの顔を見て、安堵する。

 

「良かった~。私はラインと友達でいたいから良かったよ」

 

 安心したように、はにかむティナ。

 

 だがそれを遮る声がーー

 

「それは誤解じゃないよ」

 

 2人が驚いて振り返るとそこにはマナンが居た。

 

 混乱している2人にマナンは追撃をかける。

 

「僕とラインは付き合ってるよね?」

 

 真面目な顔でラインの腕にひっついて来るマナンにラインは困惑を隠せない。

 

「え? ま、マナン? 冗談だよな? 俺は男には興味無いぞ?」

 

 冷や汗がドハドバでるラインを見て、突然マナンは爆笑し始めた。

 

「アッハハハハハハ!! 何言ってるの、ライン。冗談に決まってるよ」

 

 マナンはハアハアと上がった息を抑えながら、笑いすぎて出た涙を手で拭き取る。

 

「だよなあ~良かったぜ。これで俺達は晴れて友達だ!!」

「そうね、仲のいい友達ね」

 

 2人が『友達』と言ったのを聞いてマナンも応える。

 

「うん、僕とラインは友達だね」

 

 そう言ったマナンの目が少し寂しげだった事は誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 HRが始まるとエマ先生が入って来る。

 

 教壇に立つと、話し始める。

 

「おはようございます」

「「「おはようございます」」」

 

 皆も挨拶を返す。

 元気な声を聞いて満足したのかエマは本題に入る。

 

「では、皆さんにお知らせが有ります。今日から3日間、掛けて能力テストをします」

 

 この言葉にクラスがざわめく。

 それも当然、やることは事前に教えられてないのだ。

 

 エマは話しを続ける。

 

「テスト内容は6つ。

 1つ目は体力テスト。

 2つ目、魔力量の計測。

 3つ目、格闘術。

 4つ目、武芸。

 5つ目、射撃。

 6つ目、HAWの操縦。

 以上です」

 

 どれもこれも習った事、触った事の無い物ばかりだ。誰もが困惑していた。

 当然、質問も出る。

 

「質問良いですか?」

「はい、どうぞ」

 

 手を上げた生徒は立ち上がる。

 

「どれもこれも習った事や触った事無いのですが……」

 

 その発言に皆頷く。もちろんラインもだ。

 

 エマもさもその質問は当たり前かのように頷く。

 

「その通りです。このテストは能力テストというより、現状の能力の有無を調べています。何人か能力者も居ますし」

 

 エマは何人かに目線を向ける。その視線はグレンにも向けられていた。

 

 ラインはそれに気付く。

 

(まさか、グレンも能力者だったとは……だから避けられたのか)

 

 部屋で繰り出したパンチを軽々と避けるグレン。あれは常人では有り得ない。

 

(俺の知らない間に何があったんだグレン……)

 

 そう思ったラインの目線の先には不敵な笑みを浮かべるグレンの姿が有った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ライン達のクラスは100人程度。

 これだけの人数が多くの試験を行うのだ。3日間掛かるのも仕方ないだろう。

 

 一日目、体力テストだ。

 

 あのゴリラーーゴリが教官だ。

 

「ほれほれ、サボるじゃないぞ~。俺は人間の限界を知っているから、怠けたら分かるぞ?」

 

 ガッハハハと笑うゴリ。

 

(走っているこちらの身にもなれって言うんだよ……)

 

 とラインは最初、内心愚痴をこぼすが、次第に頭も身体も朦朧としてくる。

 

 そして愚痴をこぼす余力すら奪われていく。

 

 目の前が地震が起きているように揺れ、足はフラフラと気力だけで動かす。

 

 そして気づいたら地面に倒れていた。

 

(あれ? ……何で地面に寝てんだ?)

 

 疑問に思ったのが最後、意識を失ってしまう。

 

 

 

 

 

 -----

 

「う、うん?」

 

 目の前に白い天井、周りにはカーテン。

 

 ラインはベッドに寝かされていた。

 

 ラインが起きたのに気付いたのか、カーテンが開く。

 

「ライン君だよね? 気分はどう?」

 

 そこにはエマ先生が居た。

 そして同時にエマ先生が治療魔法を使えるのを思い出す。

 

(ああ、そうか、俺は倒れてエマ先生に……)

 

 素直に先生にありがとうございますと頭を下げる。

 

「ふふ、治すのが私の仕事だしね」

 

 エマ先生はお礼を言われ、少し嬉しいのか笑顔になる。

 

 思考力が戻って来たラインはテストがどうなったのか気になる。

 

「そういえばエマ先生、テストはどうなりましたか?」

「気になる? じゃあカーテンを開けてみたら?」

 

 そう言われ、ラインはカーテンを開ける。

 

 そしてラインの目の前に現れたのは多くのクラスメイト達が寝ている光景だった。

 



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〈5章 ライン 試験編〉
5-1 魔力量測定器



9/29改稿



 

 -エルス国 アカデミー内医務室-

 

 ラインの目の前にはまだ目覚めてないのかクラスメート達がすやすやと穏やかに寝ている。

 

 あの3人組も寝ている姿からはいつものウザさは想像出来ない。

 

 黙ってればいいのに。

 

 

 

 ふと隣のベッドを見るとマナンが寝ていた。ヨダレまで出てる情けない姿だ。

 

「ムニャムニャ……まだ食べるの? ライン……」

 

 と寝言を言ってる始末だ。

 

 夢の中の俺はどんな大食漢なんだよと心の中で突っ込みを入れておく。

 

 ふと思い当たり、ティナを探すがどこにも居ない。

 そういえば、グレンも居ない。

 

 ーーっ!? まさか!?

 

 ラインはあの時のグレンと女性が濃厚な密会をしていた校舎裏を思い出してしまう。

 

 頭を振って頭から煩悩を振り払う。

 

 エマ先生に聞いてみるか。

 

「エマ先生、ティナとグレンはどうしたんですか?」

 

 するとエマ先生は腕を組んで悩む。

 

「うーん、多分此処に来てないという事はまだ走ってるじゃないのかな?」

「……はぁ!?」

 

 間抜け声が出てしまうがエマ先生はニコニコしていて気にして無いようだ。

 

 先生に対してこんな返事してしまったが大丈夫みたいだ。

 

 

 

 

 

 窓からグラウンドを見るとグレンとティナが抜いたり、抜かれたりと競い合っているのが見える。

 お互いに先を譲らない。

 

 あの2人がまだ走っている事に驚きだ。

 

 ライン達が走り終わるというか倒れ始めたのは走り始めてから1時間後。

 でラインが目覚めたのは倒れてから4時間後。

 計5時間ずっと走っているのだ。

 

 途中水分と塩分は補給しているものの、2人の体力は化け物だろうか。もちろんグダグダ走っていれば5時間走っていても大丈夫だろうが、ゴリがそんなこと許すはずが無い。

 

 2人はマラソンとは思えない速度で走り抜けていく。

 

 流石のゴリも2人が倒れるのを諦めたのか、終わりにする。

 

 さっきエマ先生に聞いたのだが、このテスト、全員ぶっ倒れるまでやる予定だったらしい。

 

 じゃあ早めにぶっ倒れて正解だったのか。

 

 これは毎年行われる儀式みたいな物らしい。

 

 そして今日は体力テストだけで終了だ。元々ぶっ倒すつもりだったのか。

 

 ぶっ倒れているのにテスト再開はキツいからな。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 翌日、2つめのテストーー魔力量の測定。

 

 一体何をやるのだろうか。

 

 昨日のマラソンでまだ疲れのとれてない身体を少しでも休ませる為に、皆机に突っ伏している。

 

 そんな頃にエマ先生がやって来る。

 

 手には何も持っていない。

 その様子に気付いた生徒が質問する。

 

「すみません、今日は魔力量の測定ですよね?」

「ええ、そうよ」

「あの魔力量測定器は?」

 

 そう魔力量は魔力量測定器で測るのが常識だーーという概念がある。

 

 しかしエマ先生はニコニコと笑顔だ。

 

「そうね、確かに魔力量測定器が必要と思うよね」

 

 この言葉に皆頷く。

 だが、エマの答えは逆だった。

 

「あれはね、嘘なの」

「「「えっ!?」」」

 

 嘘!? どの話も魔力量測定器が出てくるのに!?

 

 ラインのどの話とはマンガやドラマに出てくる魔法師が出てくる話の事である。

 色々な話に魔法師は出てくるほど魔法師の存在は馴染み深い。

 魔法師が出てくる話の中で、魔法師が魔力量測定するのに使うのが魔力量測定器なのであった。

 既に常識と言われてるぐらい、広く浸透していたのであった。

 

 驚いて開いた口が塞がらない生徒達にエマ先生は説明を始める。

 

「これから私がどうやって測定するかというと手を私に出すだけです」

 

 ふとこの言葉にラインはエマ先生に躾られている想像をしてしまった。

 

 エマ先生の前にお座りするライン。

 

 ーーライン、お手。

 ーーワン!

 

 ーー馬鹿らしい!!

 

 ラインは自分でボケて、自分で突っ込むという馬鹿らしい邪念を頭を思いっきり横に振って振り払う。

 

 いきなり変な行動をしたラインをマナンは心配する。

 

「ライン、大丈夫?」

 

 本気で心配するマナンの目線が痛い。

 

「ああ、大丈夫だ。少し眠かっただけだ」

 

 と誤魔化し、事なきを得る。

 

 

 

 エマ先生の説明は続く。

 

「人間には誰しも魔力が存在します。これは精神力と言っても過言では有りません。人間は精神力によって自我を保ち、理性を保てます」

 

 魔力=精神力なので基本的には誰しも魔法は使えるという事なのだが、それ以前魔法には謎が多い。

 

 科学技術がこれだけ発展したが魔法の理論は以前、不確かだ。

 

 また魔法が公になってからまだ短い。やっと軍事利用が確立してきた所なのだ。

 

 そして魔力が高いほど幻術などの精神攻撃に対しての対抗力が強いと言われている。(必ずしもそうとは限らない)

 

「そして魔力が多いほど対精神攻撃が強いと言われているので、私が魔力を流し、その対抗力を測ります」

 

 精神攻撃は魔力を相手に流し込み、狂わせるという仕組みだ。

 

 この仕組みと同じように魔力を流すのだ。もちろん幻術はかけない。

 

「では、1人ずつ来て下さい」

 

 エマの呼びかけに生徒達は半信半疑で測定していく。測定を受けた生徒達はなぜか顔が赤い。

 

 そしてラインの番が来る。

 

 エマ先生の前に立ち、手を差し出す。この時ふと、あの邪念が脳内を過ぎりラインは苦笑する。

 

 ラインの手をそっと手のひらに乗せるエマ先生の手は雪のように白く、きめ細かく、柔らかかった。

 

 なるほど。これは心地良いな。

 

 とラインは男子生徒達が顔を赤らめて席に戻っていくのに納得する。

 

「では目をつぶって下さい」

 

 というエマ先生の声と共に目を閉じる。

 

 すると身体の中に何かが入ってくるような感じがする。

 

 気持ち悪いような、心地良いようなむず痒い感じに襲われる。

 まるで落ち着かない子供のようだ。

 

 これがしばらく続くと、ピタッと止まる。

 

 目をゆっくり開けるとエマ先生は手を離し、メモをしていく。

 

 メモを取り終わると

 

「はい、お疲れ様でした」

 

 とラインを労う。

 

 ラインはありがとうございますと言って席に戻る。

 

 

 

 測定結果は全て終わってから発表されるらしい。この測定した魔力量によって魔法師になれるか決まると言っても過言では無い。

 

 もちろん一年の間は全員魔法について学ぶが、二年以降は魔法師以外の道を進むしか無いだろう。

 

 

 

 

 

 測定が終わった生徒達は測定が全員終わるまで暇である。

 

 ラインも暇を持て余していた。

 机に突っ伏して測定をぼーっと眺めていた。

 

 するとマナンが戻って来る。何か気分が悪そうだ。

 

「マナン、大丈夫か?」

 

 ラインが心配するとマナンは弱々しく答える。

 

「う、うん何とか。この身体中に得体の知れない物が駆け巡る感覚は気持ち悪いね」

 

 ーー身体中?

 

 ラインはお腹辺りと胸らへんがムカムカするような感覚でマナンとは違った。

 

(まあ、個人差は有るしな)

 

 しかし、席に着いたマナンの顔は以前青ざめたままだった。

 



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5-2 格闘術試験


9/29改稿


 

 魔力量測定の後、全員、迷彩服に着替えてアリーナに向かう。

 次のテストーー格闘術だ。

 

 格闘術と言っても、空手などの武芸とは違う。

 武芸は主に型や、心構えが中心とるが、格闘術は人を殺す為に見つけるのだ。

 

 勿論、基本的な型や技は有るが、結局の所は個人の自由だ。自分がしっくり来るやり方をすれば良い。

 しかし、型にも長年の経験と合理性が有るのも忘れてはいけない。

 これを踏まえた上で自分の型を決めれば良い。

 

 

 

 さて、アリーナの中で整列して待っていると教官ーーゴリが入って来る。

 

「敬礼!!」の声と共にゴリに対し、敬礼する。

 

 これに対し、ゴリもビシィッという音が聞こえるのではというぐらい敬礼が決まっていた。

 

「ふむ、敬礼も様になって来たな。まあ、俺には適わんがな、ガハッハッハッ」

 

 大声で自画自賛してくるゴリ。

 

(まだ入って来たばかりだから出来ないの当たり前だろ……)

 

 と隠れながら苦笑いするラインだった。

 

 

 

 

 試験内容は2人で格闘戦を行う事。

 急所を狙うのは禁止。

 急所以外ならば治療魔法で大体1日で回復する。

 

 

 開始のホイッスルの共に戦いが始まる。

 

 余りにも一方的、危険な行為があった場合、ゴリが止めに入り、エマが治療する。そのため試合は2人毎に行われる。

 

 そして、試合が始まるがどちらも素人同士。子供の喧嘩のような試合ばかりだ。

 

 大した怪我も無く、試合が消化されていく……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 そんな中、注目の試合が始まる。

 

 グレンvsティナの試合だ。

 

 今までの様子で二人が常人では無い事は薄明だ。

 

 しかし、二人が魔法師で有るかも定かでは無い。

 

 魔法師という定義は魔法ーー教育機関によって教えられるーーを習得している者を指す。

 

 しかし、現実にはなぜか力を手にした者や一族の血筋によって力を手にする者も存在する。また魔法とは思えない力を使う者さえ存在する。

 

 そう、ティナは魔法師であると言えるが、グレン……グレンが魔法師とは言えないのだ。

 なぜか、グレンからは魔法の痕跡が感じられ無いのだ。

 

 普通、魔法使う時には魔力を使い術式を起動させ、魔法を発動させるのだが、グレンはその予備動作、魔力の流れが読めないのだ。

 

 まあ流れ等を感じているのは教師陣のエマやゴリだが。

 

 ライン達には、ティナがスイッチを入れるような感じで戦うのが分かるのだがグレンはいつ魔法を発動させているのか分からない。

 

 魔法というのは魔力を使う手段の一つで主に体系化された物で、他の人に教える事は理論上可能である(難易度やセンスがあるので誰でもとは……)

 

 しかし、この世界には知られてない魔力の使い方があり、それを使える者を超能力者や超人と呼ぶ(意味不明な能力等)

 

 そう、正しくティナが魔法師、グレンが魔法師以外と言った方が良いだろう。

 

 魔法師以外には超能力者や超人と呼ばれたりする。

 

 

 

 

 

 ホイッスルが鳴り、試合が始まる。

 

 全員が固唾をのんで見守っている中、最初に動き出したのはティナ。

 

 走り出す瞬間、スイッチを入れたような感じが見て分かる。

 

 そこからはものすごい高速でグレンに一直線に突撃するーー

 

 ーーだがグレンは身体を半身逸らして避けるーー

 

 ーーがティナは自分の攻撃避けられるのが分かっていたのか、自分の先に魔力の壁を張り、蹴って方向転換する。

 

 これを見たエマとゴリは感心する。

 

 魔法師として習う事は教科書通りで応用力が少ない。

 だから柔軟な考え方が出来る生徒が求められている中、ティナは自分で誰からも教えられずに発想の転換をしたのだ。

 

 この変則的な動きに堪らず、グレンは両腕を交差させ防ぐが勢いを殺せず吹き飛ばされる。

 

 飛ばされたグレンは両手を地面に付け、クルッと一回転。

 

 地面に体操選手のように見事に着地。

 

「……ふう、見事な一発だわ。腕が折れたら女も抱けねえ」

 

 攻撃をクロスして防御した両腕をプラプラとさせておどけるグレン。

 

 その反応に

 

「それは惜しい事したわね。もう少し力を入れるべきだったかしら?」

 

 と拳をパキパキと鳴らすティナ。

 

 2人はやってる事はスゴイが、とても楽しそうだ。

 

 さっきは余裕な発言をしたが、ティナは内心、焦っていた。

 

(コイツ、精一杯の一撃を食らっても腕すら折れないなんて……)

 

 とグレンの実力の程度を測れずにいた。

 

 グレンの口では『腕が折れそう』等と言っているが、見事な着地をする程の余裕さが有るように見える。

 

 ーーこの程度では訳が無いのかもしれないーー

 

 という考えがティナの頭の中を過ぎる。

 

 そんなティナをよそにグレンはにやけた顔のままティナを手でクイクイと挑発してくる。

 

(ーーコイツ!!)

 

 ティナはグレンの挑発に乗ってしまう。

 

(どんな手品か分からないけど、次は防御させない!!)

 

 そんな強い思いで更なる攻撃を仕掛ける。高速で突撃し、外れたら、魔力の壁を蹴りまた突撃する。これを繰り返す。

 

 正にライン達から見たら、グレンがかまいたちを受けているような感じだ。

 

 しかし、グレンは身体を少し動かすだけで避けていた。もはやもてあそばれていたのである。

 

 しばらく経つと飽きてきたのか、グレンは動き出す。

 

 

 

 

(くっ……当たらない……コイツ、後ろにも目が付いているとでも言うの!? さっきは正面だから防御されたけど、今回は死角からも攻撃してるのに掠りもしないなんて……)

 

 少し焦りが出て来たティナに対し、グレンがチラッとこちらを見る。

 

(ーーっ!? こっちを見た!?)

 

 そう思った瞬間、目の前にグレンが居た。

 

 ーーえっ!?

 

 と思った時には既に腹に掌底を打ち込まれていて、

 

 ーーガハッ

 

 という声にならない声がティナの口から漏れていた。

 

 よろめいたティナは力を失ったように崩れ落ちる。

 

 その瞬間試合終了のホイッスルが鳴り、エマが飛んで来るように素早くティナの診察と治療を始める。

 

(……掌底。掌底は外側より内側にダメージを与える技。普通の人には使えない技のはず。でもグレン君は見事な掌底だった)

 

 エマも掌底が使えるが、熟練してる訳でも、スゴイ師匠が居た訳では無い。

 

 それなのにグレンは18歳で、エマを超える見事な掌底を魅せたのであった。

 

(一体グレン君は何者なの?)

 

 と治療しながら考えていると、ティナが少し呻いて意識を取り戻す。

 

(ーー嘘でしょ!? もう意識を取り戻すなんて!!)

 

 掌底は内側にダメージを与える技。だから内臓が逝ってる可能性もあったのだ。

 

 エマは一瞬頭を真っ白にさせるが、軍人であり、教師。頭を直ぐに切り替え診察する。

 

 するとティナの身体は全くの正常だったのだ。

 

(まさか……グレン君の放った掌底は上手く脳振盪だけ起こしたというの!?)

 

 信じられない事だが、ティナには不死身とか超回復とかの超能力は無いのでグレンの力量なのだろう。

 

 そんな技量を何処で身に付けたのか、グレンの中学、高校時代が不明な点。

 

 それしか無いとエマは自分に言い聞かせているのであった。

 



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5-3 武芸の試験

9/29改稿


 

 グレンvs.ティナがグレンの勝利に終わった後、次の試験に移る。

 

 次の試験は武芸。

 

 武芸とは軍の兵士などが戦場で戦うために訓練した技芸のことで、魔法が世の中に広まる以前は銃火器、近代兵器の為、武芸は衰退したが魔法が白兵戦を支配した今、魔法師の間では当たり前の技能となっている。

 

 また武芸と言えば、剣、弓、槍等だが今は銃も加わっている。

 

 銃が入った事により、銃が圧倒的有利では? と思われたが魔法は魔法を掛ける対象の大きさにより効果が変わるので、一概に銃が優位とは言えない現状だ。

 

 銃は弓より、威力が低いが連射が利き、射程も長いという立ち位置となった。

 

 また威力ではやはり近接武器の剣や槍等に大きく劣る。

 なので一概にどれが強いともいえない。

 

 

 

 

 ところで魔法師向けの武器や鎧に使われる金属は魔鉱石から作られる。魔鉱石で作られる武器や鎧は普通の金属で作られた物に比べ、多量の魔力を保有出来たり、伝達量が高くなる。

 

 魔鉱石は魔法が世に広まってから見つかった物だが、金やダイヤモンドぐらい貴重では無い。

 だが鉄等と比べて高価な物には変わりは無い。

 なので魔鉱石から作られる魔鋼でHAWを作るにはコストがかかり過ぎるし、魔力を込めるには燃費が悪すぎるのである。

 だからあまり数が少なくても大幅な戦力上昇出来る魔法師向けの鎧や武器に使われているのが現状である。

 

 

 

 

 

 

 さてこの試験も担当はゴリとエマだ。

 

 得物は自由。もちろん得物は刃潰ししてある。銃と弓はペイント弾を使う。

 

 また魔鋼鎧があるので基本的には怪我をしないはずだ。危険になったら自動的に防御してくれる。

 

 今回の試合は防御が発動したら負けである。

 

 そして注目の試合はグレンvs.ティナとなりそうだ。この二人以外まともに使える者がいないーーと思われたが一人、意外な人物が名乗りを上げた。

 

 金髪のサラサラヘアーの三人組のリーダー、 エドウィン=ヘールズ。

 

 エドウィンは大貴族へールズ家の三男だ。

 この時代、貴族といっても大地主のような大金持ちであり、血筋を重んじる一族である。

 血筋とは魔法師の血筋であり、多くの優秀な魔法師を輩出している。

 もちろん全体の割合としては少ないが貴族と呼ばれる一族達からは安定した魔法師を供給して貰える為、この現代にも残っていた。

 

 そしてへールズ家以外にもいくつか存在する。

 

 その三男、エドウィンが剣を使い、ここまで勝ち上がって来たのである。

 

 途中ティナはエドウィンに敗退し、決勝はグレンvs.エドウィンとなった。

 

 

 

 

 

 

 エドウィンが扱うのは細身の剣。レイピアに近い物だ。

 

 それに対し、グレンが持つ物は小型のナイフ。

 

 明らかにエドウィンの武器の方がリーチが長く、有利である。

 

「そんなちっぽけなナイフで良いのか? 格闘術では活躍したようだがこれはそうはいかない」

 

 そうせせり笑うエドウィンにグレンは困ったように頭を掻く。

 

「あー、そういうの良いから早く掛かってくれば?」

 

 グレンの面倒臭そうな視線と態度にエドウィンは挑発に乗る。

 

「なら、さっさと終わらせてやる!!」

 

 エドウィンは魔法師の卵だが、肉体強化魔法は使えるみたいだ。

 

 だがティナのような速さは無くそこそこの速さでしかない。

 

 エドウィンは剣で突きをものすごい速さで繰り出すが、グレンはナイフで逸らし、最小限の動きで防御する。

 

 次第に疲れでエドウィンの動きが鈍くなる。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

 とエドウィンの息は上がる。

 

 だがグレンは全く息が切れてなくやれやれと呆れ顔だ。

 

「まだだ。まだ本気を出していない!!」

 

 とエドウィンは粋がるが、グレンは大きくため息を付く。

 

「はあ~。……お前さ、戦場では最初から本気出してないと死ぬぞ? 死んだら『本気出してない』と言い訳出来ないだろうが」

 

 グレンは冷たい視線をエドウィンに送る。

 

 ぐ……とエドウィンは反論出来なくて歯を噛み締める。

 

「さて、そろそろこちらのターンだな」

 

 と言い、グレンは走り出す。

 

 エドウィンは身構える。

 

(さっきはアイツが防御に徹したから、傷つけられなかったが今度はカウンターを狙えばーー)

 

 とエドウィンはニタリと微笑む。

 

 その意図を読んだのか、グレンはどこからか出した三本のナイフ投擲(とうてき)する。

 

 ーーなっ!?

 

 エドウィンはいきなり三本飛んでくるナイフに驚くが、躱し、剣で弾く。

 

 防いだエドウィンはゴリに抗議する。

 

「おい!! アイツ、ナイフ何本も持ってんぞ!!」

 

 だがゴリは静かに答える。

 

「誰が得物が1本だけと言った? 俺は得物は自由としか言っておらん」

 

 ゴリの正論に反論出来ないエドウィン。

 抗議は無駄だと分かったのか再度構える。

 

「まあ良い!! 俺はこの1本で十分だ」

 

 抗議の間も冷ややかな視線を送っていたグレンはエドウィンが構えたのを見て動き出すーー

 

 グレンは懐からナイフを三本取り出し、投擲する。

 

 エドウィンは訳もなく防ぐ。

 

 再度、グレンは三本投擲する。

 

 これも訳なく防ぐ。

 

 エドウィンは次第にある結論にたどり着く。

 

(コイツは……性懲り(しょうこ)もなく飛び道具でしか攻撃して来ない……まさか俺のカウンターが怖いのか……)

 

 そう思うとグレンの動きが可愛く見えて来る。

 

 必死に何度も無駄だと分かっている投擲を繰り返し、体力の消耗でも狙っているのだろうか。

 

 そう思うと自然に笑みが零れてしまう。

 

 それに気付いたグレンは聞いて来る。

 

「……何がおかしい?」

 

 少し焦りが見えるグレンにエドウィンはいつもの上から目線が復活する。

 

「いやいや、ご苦労様かなと」

 

 そう言うエドウィンの頬は緩み放しだ。その顔を見たグレンは投擲を止める。

 

「……そうだな。もう終わりにしするか」

 

 グレンは踵を返し、エドウィンに背中を向ける。

 

(ふん……決め手が無くて降参か、コイツも俺には及ばんなーー)

 

 と顔を上げた瞬間、目の前ーーいや、自分の周りには沢山のナイフがこちらに矛先を向け、浮遊していた。

 

 ーーえっ?

 

 と自分の状況を理解しようとした瞬間、ナイフが四方八方から襲う。

 

 もちろん刃潰しし、鎧の自動防御があるので傷つく事は無いが、刃物が自分にめがけて無数に飛んでくるのは平常心では居られない。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー」

 

 というエドウィンの恐怖に震える悲鳴がアリーナに響き渡る。

 

 これを見ていたライン達にもあれが我が身だったら……と身体をブルッと震わせる。

 

 またこれを見ていた教官達は考察する。

 

「なるほど、あのナイフ投擲は無差別では無く、エドウィンの周り、四方八方にばらまく為か」

「そうみたいですね。でもナイフ自体には魔力は掛かって無い……どういう事でしょうか」

「……ナイフでも無ければ、空間に影響させたという事か?」

 

 憶測でしかない考察を出すしかない教官達。

 

 見ていた教官達にも謎めいていたグレンだった。

 



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5-4 射撃試験


9/29改稿


 

 武芸を使った試験の後、あの三人組のリーダー格ーーエドウィンはグレンとの試合が原因で医務室に運ばれて行った。

 

 なんと哀れな……

 

 という風に皆の気持ちは同じだった。

 

 

 

 さすがに運動試験がこれだけあると疲労も溜まって来る。だから今日はもう終わりらしい。

 

 明日は射撃とHAWの操縦だ。今日に比べれば楽な感じはするが、どうなのだろうか。

 

 そんな事を思いながら寮に向かっていると、ティナとばったり出会う。

 ティナはラインより一足先に寮に戻っていて、既にシャワーを浴びたティナは上にはTシャツ1枚、下にはショートパンツというラフな格好だ。

 

 まあ、もう今日は飯と風呂と寝るだけだからな……

 

 とラインはどうでも良い事を考えていると、ティナはラインに目の前まで近づいて肩を掴み強く揺すって来る。

 

「ちょっと、ライン!! 一体グレンは何者なのよ!? あの身体捌きやナイフ捌き!! あれで魔法の痕跡が見えないなんておかしいわよ!!」

 

 肩を掴まれ、グワングワンと頭を揺らされるライン。詰め寄るティナの目は少し血走っていた。

 

 そんなティナにラインはもはや聞いておらず、ボーッとしてティナを眺めているとふとティナの胸元が目に入る。

 汗かシャワーの水か分からないが、その水滴が胸元に入って行くーーこのエロさにラインは目を奪われる。

 

 だが、直ぐにティナの声によって幸せから現実に呼び戻される。

 

「ちょっと、ライン聞いてるの?」

 

 そう言うティナはラインの目を覗き込む。

 ハッとしてラインは思考を取り戻す。

 

「ああ、すまない。疲れて、少しボーッとしていた。……グレンが強い理由は俺にも分からないんだ……」

 

 目を伏せて言うラインにティナは察したのかそれ以上は聞いて来なかった。

 

「そう。……まあ、これから明らかにしてやるわ。ライン、お休み」

 

 ティナは手をフリフリしながら部屋に戻っていく。

 

 その姿を見送りながら、

 

(グレン……俺の知らない間にお前に何があったんだ?)

 

 と思考を巡らすラインだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次の日、次の試験ーー射撃試験が行われる。

 

 室内の射撃場に集合する。

 

 入って直ぐに左右仕切り付きの台がズラリと並び、その台から離れた所に人の形をした的がある。

 

 射撃場の中はかなり広く、射撃台の数も多い。

 

 ここは基本的に上級生も自主練習で使うので、人気は高い。だが今はライン達の試験の為、貸切となっている。

 

 ライン達がキョロキョロと射撃場を興味深く見回していると、射撃試験の教官が入って来る。

 

 それに気づいたライン達は引き締め敬礼をする。

 教官も同じく返しながら、前に立つ。

 

「初めまして。射撃教官のジェームズだ。これからここを利用するのは数え切れない程になるだろう。魔法が存在している今だが、未だ銃火器は主戦力だ」

 

 全体の割合で見ると魔法が使える者は1%にも遠く及ばない。

 

 地球連合国でも魔法師は3000人程度。エルス国は600人程度だ。

 

 国力を比べるとエルス国の魔法師の割合はとても多い。100倍以上の国力を持つ地球連合国に比べ、魔法師の差は6倍でしか無い。

 どれだけエルス国が魔法師の育成に掛けているかが一目瞭然だ。

 

 だがそんなエルス国でも魔法師の割合はほんの少しである。毎年60人近くが魔法師となっているが、依然、ほとんどの兵士が銃火器を使用する時代だ。

 

 また魔法には無い、銃のメリットが存在する。それは複数に渡るが、まずは発射速度。

 

 発射速度、魔法は魔力を術式に組み込み、変換するまでのタイムラグが発生する。

 だが銃はもはやコンマレベルのラグで撃てる。もちろん魔法も練習をこなせば早くなるが、銃のようになる日ははるか遠い。

 

 次に弾速だ。弾速は銃は音速を超える物ばかりだが、魔法はほとんどが精々野球の時速150kmぐらいだろうか。もちろん魔法に寄ってこれ以上の速さも実現出来るが、良く使われる魔法はこの程度だ。

 

 そして互換性。いやリロードと言うべきか。魔法は魔力が尽きたら終わりに対し、銃は弾の大きささえ合っていればリロードは無限大だ。

 

 まだまだ銃のメリットはあるがとりあえずこんな物だろう。

 

 こう並べると

 

 あれ? 魔法って弱くない?

 

 となるが魔法のメリットも少し挙げて行く。

 

 まず威力。もちろん人を殺すには銃で十分だが、魔法は範囲攻撃。また壁や建物を貫通する事すら可能だ。そして威力は簡単に戦車砲並みの威力を出せる。

 

 次に携帯性の良さ。銃火器とは違い、火力を出すにはその分重い物を持たなければならない事は無い。魔法師その身体一つあれば良い。魔力さえ尽きなければ、その火力は戦車大隊にも匹敵するだろう。

 

 そして汎用性の高さ。魔法師がいると火力から回復、防御、索敵等何でもこなせる。

 戦車砲以上の火力を保有し、戦車砲も防げる防御力を持ち、隠れても分かるレーダーを持ち、死んで無ければ治療出来る回復力。

 このように魔法師が居るだけで戦力はかなり変わってしまう。

 

 ざっとこの程度上げたが、魔法師がどれだけチートかお解り頂けたろうか。

 もちろんこの全てが出来る魔法師はそう居ない。

 

 このように魔法師は居るだけ居れば戦力の向上に繋がるのだが、各国未だ少数の育成しか出来て居ないのである。

 

 そして魔法師に銃を教えるのは魔法のデメリットを補う為である。銃と魔法を両方使いこなすと、かなり弱点が少なくなって来るのだ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ジェームズ教官は話を続ける。

 

「だから君達には銃を扱いを身に付けて貰う。今日は実弾は使わず、ペイント弾を使う。さあドンドン始めろ」

 

 空いている台に次々と生徒が入って行き、説明された通りに射撃を行う。事前に説明されたのは使い方と注意点、簡単なコツだけだ。

 

 弾は5発。20m離れた的にハンドガンで撃ち込む。

 

 そしてもちろん的に当たる生徒はほとんど居ない。たまに当たるのはマグレだ。

 

 そしてラインの番が来る。

 

 置いて有るハンドガンを手にするとその重みはかなりずっしりと手に来る。その重みはこれが本物なのかと実感させる物だった。

 

 銃を構え、的の中心を狙って引き金を引くーー

 

 バアァァァン

 

 という雷が落ちたような音と身体にタックルされたような衝撃を受ける。

 

 そして弾はーー天井に当たっていた。

 

 銃口は見事に反動で上を向いてしまい、その先は天井だ。

 

 ラインは呆然とするが、まだ試験の途中、次を撃つ。

 

 また雷が落ちたような音と強い衝撃がラインを襲うが、1回経験した分対処出来たがーー

 

 弾は的から遠く離れた所に弾着する。

 

 その後二発撃つが、同じように的には当たらない。

 

 そして最後の一発。ラインは集中して狙うーー

 

 バアァァァン

 

 と音を発して放たれた銃弾は

 

 ーー隣の的の中心に当たっていた。

 

 この結果に何とも言えない気持ちになったラインは呆然としながらトボトボと戻る。

 

 戻るとティナが顔を隠して肩を震わしていた。あれは絶対笑っている。

 

 ラインはムッとしたが、結果は見事な程ダメ。あきらめ半分だ。

 

 その後ティナも撃つが、これも見事な程全て天井。

 

 これにはラインも顔を隠して笑うしか無かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 そして、注目のグレン。

 

 今まで全ての試験に置いて、1位を取って来た優等生。もちろん態度は優等生に遠く及ばない。

 

 台に置いてあるハンドガンを手に取ると右手だけで持ち、的に右手を突き出して5連射する。

 

 長い轟音が終わった後、皆が的に注目する。

 

 的にはーー

 

 ーー1発も当たっていなかった。

 

 さすがに天井では無かったが、的には一発も当たって居らず皆呆然としていた。

 

 え? どういう事? 

 

 という雰囲気が流れる中、グレンは

 

「やっぱり映画通り行かないよなぁ」

 

 と落胆する。

 

 その言葉にジェームズ教官は反応する。

 

「君は遊んでいたのか!? 片手がダメなら両手で撃ちなさい」

 

 ジェームズ教官はグレンにもう一度やるよう催促するが、グレンは横に首を振る。

 

「俺は銃はダメだ。だからやる意味は無い」

 

 結局この後、グレンはやらされるのだが、両手でも全く当たらなかった。

 

 この時、皆は理解する。

 

 グレンでも出来ない物は有るんだなと。

 

 



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5-5 HAWの試験


9/29改稿


 

 試験最終日。射撃試験が終わり、最後の試験となった。

 最後の試験はHAWの操縦。

 

 もちろん操縦すると言ってもいきなり本物のHAWを動かせと言われたら、暴走して街が破壊されてしまうだろう。

 

 なので今回使うのはシュミレーターだ。

 これは精度の良いシミュレーターで実際のHAWのコクピットと同じ構造で実戦に近い戦闘訓練が出来る物だ。

 

 今回のシュミレーターの相手は火星独立軍。

 こちらは全員が同時に共同出撃する。

 単純に考えて、火星独立軍vs新米100機。

 こんなこと実戦ではあり得ないがシュミレーターならではの編成である。

 

 ラインも小さなポットに入る。

 中は薄暗く、人一人入ったらもうスペースに余裕は無い。

 

 目の前には大型モニターと左右と上に小さなモニターがある。サブカメラで左右と後ろを映し出すらしい。

 

 座席に座り、位置を調整する。シートベルトを着用し、開始を待つ。このシュミレーターは揺れさえも表現する。もちろん逆さになったりはしないが揺れ、衝撃をある程度表現する。

 

 こんなリアルなシュミレーターなので、もちろん吐いてしまう人も出るのでフルヘルメットを装着し、機械に掛からないようにしている。ヘルメットの前面は透明だ。

 

 開始のブザーと共にコクピットの中にあった薄暗い照明は無くなり、モニターの光だけが辺りを照らす。

 

 ヘルメットから通信が入ると共にモニターが映る。

 どこかの市街地みたいだ。多くの高いビルが建て並び、市街地の全容は分からない。

 ヘルメットからは機械声が聞こえる。

 

「これより、シュミレーションを開始します。場所は市街地。敵戦力は不明。勝利条件は敵の全ての撃破です」

 

 感情の篭もってない声でシュミレーターの内容が知らされる。

 

(それにしても敵の戦力が不明ってどういう事だよ……)

 

 とラインは愚痴るが、誰も応えてくれない。

 

 そんなラインが周りを見渡しているとアラートが鳴り、正面モニターの下にあるレーダーが敵の感知を知らせる。

 

 レーダーを見ると広域レーダーとなっており、今回の戦場の全容が見えて来た。

 

 ここはどこかの海に接した発展都市。そして、赤い点で表示される敵は内陸から来るようだ。速度はかなり遅い。速度から見ると戦車だろうか。

 

 ふと他の所を見るとあちらこちらに青い点が表示されている。ほとんどが動いて居ないが、何機か敵に高速で向かっている。

 

 レーダーモニターに触れると青い点の詳細が表示される。

 

 速度、大きさ、敵味方識別コード、またデータベースから機体が割り出される。

 

 今回はエルス国のHAWーーエルピスだ。緑色の色をしたHAWだ。

 左手には大きな盾と右手には銃身の長いアサルトライフル。

 

 このように各国のHAWには特徴が出ている。

 エルス国ーーエルピスは高い防御力と長い射程と高い火力。

 

 地球連合国ーーセイバーは高性能な機体性能と多種多様な武装を取り付けられる汎用性。

 

 火星独立国ーーイルは高い機動力とコストパフォーマンスの良さ。

 

 という風に各国の特徴が表れている。これを見ると各国の求める物が分かる。

 

 エルス国は基本的には自国の防衛に徹しているので機動力は捨て、重装備化している。

 

 地球連合国は様々な戦場、パイロットの要望に応える為汎用性の高い機体にしようしている。

 

 火星独立国は資源が余り多く無く、その中で作って来た技術を生かしコストパフォーマンスの良い機体と高い機動力によって既存の兵器に対抗している。

 

 もちろんこれからも機体開発は進んで行くがこの特徴は変わらないだろう。

 

 

 

 

 

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 さて、そんな重装備なエルピスたが、ある意味初心者向けの機体とも言えるだろう。

 

 高機動過ぎると制御出来ず暴走し、武装が多すぎると混乱するわけで、基本的な性能のエルピスは使い易い部類だろう。

 だが最初は慣れるのに苦労するだろう。

 

 

 

 隣の味方の機体の詳細を見るとマナンだった。通信の欄をタッチする。

 

「こちら、ラインだ。マナンだよな?」

 

 ラインの問いかけに向こうからゴソゴソと慌てる音が聞こえる。

 暫くするとやり方が分かったのか繋がる。

 

「うん、マナンだよ。ライン、会えて良かった……」

 

 まるで今生の別れからの再会みたいな感動をしているマナンに呆れるライン。

 

「別に、少し違う所に来ただけだろう……」

 

 と呆れるラインだったがさっきまで周りには誰も居なかったので少し寂しかった事は秘密だ。

 

「さて、目標に向かうか」

 

 ラインに追いつこうと頑張るマナンに見かねて、マナンに手を差し伸べる。

 

「ほら、急ぐぞ」

「ありがとう、ライン」

 

 二人はレーダーにあった赤い点に向かう。

 

 

 

 

 

 

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 大きなビル群は抜け、HAWがギリギリ隠れるぐらいの住宅街に入る。

 赤い点の近くに来ると広域レーダーは通常に戻り、範囲は狭くなる。

 

 目視は出来ないが、目標は直ぐ近くだ。

 

「目標は戦車。住宅の影に隠れるてる為、視認は出来ない。マナン、挟み撃ちするぞ?」

「分かった」

 

 マナンはラインと反対方向に向かう。左右から同時攻撃だ。

 因みに左右から攻撃と言っても180度では無い。180度に別れてしまうと誤射の可能性が出てしまうから130度ぐらいだろうか。

 

 赤い点が直ぐ近くに来る。

 住宅街の角を曲がると戦車が見えたと同時にこちらに気付いたのか、発砲してくる。

 

 咄嗟に盾で防ぐが衝撃がラインを襲う。

 

(ぐっ……まだこのぐらいなら余裕はある)

 

 盾の右側からアサルトライフルを出し、狙って引き金を引く。

 

 薬莢と轟音を出しながら、銃弾は戦車に命中する。

 戦車は穴だらけになり爆発する。

 

「ふう……何とか1台」

「ライン、お見事!!」

 

 マナンの仕事は無かったが、これで1台仕留められたのを見ると滑り出しは順調だ。

 

 広域レーダーにするともう赤い点は近くには残って居なかった。

 ライン達は少しの安息を得る。

 

 暫くすると通信が入る。

 また機械声だ。

 

「第1フェーズクリア。第2フェーズに入ります」

 

 その声が途絶えると共に広域レーダーに自動的に変わり、海からの赤い点が表示される。

 

「海から高速で接近する機体……戦闘機にしてはデカイーーHAWか」

 

 ラインは詳細からHAWと判断する。

 

「良し、マナン。マナン行くぞ」

 

 マナンを連れビル群に戻る。

 

 

 

 

 

 

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 ビル群に到着すると敵のHAWはゆっくりと歩行していた。こちらの位置はバレて無いみたいだ。

 

「良し、今回も挟み撃ちするぞ」

 

 敵は十字路で辺りを見渡していた。死角からやれる。

 

 ビルの角から銃口だけを出して狙う。

 狙う先はコクピットだ。

 狙いを定め引き金を引くーー

 

 ーー直前、視界から敵が消える。

 

「なっ!? どこ行った!? マナン見えるか?」

「ダメ!! ロストした!!」

 

 頼みのマナンも敵をロストしていた。悔しさに余り舌打ちをする。

 

(どういう事だ? レーダーにも映ってない……可笑しいーー)

 

 と頭を捻っているとマナンの悲鳴が聞こえる。

 

「うあぁぁぁぁーー!! 来るな来るな!!」

 

 という声と共に多数の発砲音が聞こえる。

 

「ーーマナン!?」

 

 ラインがマナンの元に駆けつけると、マナンの機体の中央からは青い光の筋が出ていた。

 

「なっ!?」

 

 ラインはこの光景に開いた口が塞がらない。

 敵はラインを見つけるとマナンを離す。

 

 そして敵の全容が見える。

 右手には青い光の筋ーーレーザーブレード。機体は青い色。

 

(ーーっ!? これはセイバー!?)

 

 そうセイバー、地球連合軍の機体だ。

 

(敵は火星独立軍じゃなかったのかよ!!)

 

 とラインは愚痴るが敵は止まらない。

 

 ラインは引き金を引いてアサルトライフルを撃ちまくるが全く掠りもしない。相手はランダムに左右に動き、近づいて来る。

 

(何だこの動き!? 全く当たらない……なら接近戦で!!)

 

 ラインもレーザーブレードを抜いて敵に斬りかかるーー

 

 ーーが視界から敵が消える。

 

 ラインが敵が消えた事に驚いているとうるさく鳴るアラートがラインを現実に戻す。

 ラインはアラートの原因を探ると左腕が切断されていた。

 

 ラインが左腕が動かない事に気付くと同時に左腕が地面に落ち、ドスンと落下音を鳴らす。

 

 咄嗟に振り向くが敵は目の前。

 抵抗も出来ず、コクピットをやられる。

 

 画面が暗転し、GAMEOVERの文字が敗北を知らせてくれる。

 

 コクピットからヨロヨロと出ると目の前にはほとんどの人が待っていた。

 

(どういう事だ? まさか皆やられたのか?)

 

 と誰かに聞こうとした時、ガンッというコクピットのドアを蹴って出て来たティナに遮られる。

 

「もう!! 何なのよアイツ!!」

 

 ティナは相当ご立腹のようだ。

 

 ラインは原因を聞いてみる。

 

「なあ、どうしたんだ?」

 

 するとティナはキッと鋭い目を送って来る。スゴい不機嫌だ。

 

 暫くラインに鋭い視線を送るが、ため息を付いて止める。

 

「ごめんなさいね、ライン。八つ当たりしてしまったわね。……相手が強すぎて一方的だったわ」

 

 ティナが話すにはティナも何人かでチームを組んだらしいのだが、ビル群で狙撃に会い、為す術無くやられたらしい。

 

「そうか……俺も惨敗だ」

 

 ラインも負けた事を知って少し落ち着いたのかティナは戻って行く。

 

(それにしてもどういう事だ? 俺の相手とティナの相手は違った)

 

 その事から導き出されるのは相手が地球連合軍に強い部隊だったのでは? としか予想出来ない。

 

 答えを待って座っていると最後の一人が出てくる。

 

 グレンだ。

 

 こちらに顔を伏せてやってくる。

 相当ショックだったのだろうか。

 

 ラインの目の前まで来ると、顔を上げ笑顔になる。

 

「いやー、相手強いな。一太刀しか入れられ無かったわ」

 

 と悔しさ半分の笑顔になる。

 

 は? あの敵に一太刀入れたのか? 

 

 と皆が信じられない顔になった時、エマがやって来る。

 

「皆さん、お疲れさまでした。これで試験は終わりです」

 

 とエマは笑顔だが、生徒達からは不満が上がる。

 

 あの敵は何だったのか? と。

 

 それに笑顔で答えるエマ。

 

「あれは地球連合軍、セイバー小隊です」

 

 セイバー小隊!? 

 

 と驚愕するのは仕方ない。

 最初のセイバーの小隊。

 そして最強の小隊だったからだ。

 

 皆、負けた事に納得し始める。

 

(何で最強の奴らとやらせるんだよ)

 

 と内心ツッコミをいれたラインは呆れ顔だ。

 

 

 

 

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 その後、解散を言い渡されたラインは足取りが軽い。

 

 明日は一日中休みなのだ!!

 



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〈6章 ライン 銀行編〉
6-1 初めての休日


皆さんお久しぶりです。長い間お休みを頂き無事に全話改稿、応募に至りました。ご協力ありがとうございました。

長い間更新しなかったにもかかわらず、ブックマークが減らないという固定ファンが出来たのでは無いかという感動に震えてます。
全話改稿という試練を乗り越え、付いた実力を発揮していきますのでこれからもよろしくお願いします<m(__)m>



 

 HAWの試験の翌日、ライン達にとっては入学後初めての休日だ。

 

 もちろん何日か休みがあったが、外出許可が出た休日は今日が初めてである。

 軍服から私服に着がえる。

 

 ラインとマナンが外出しようとする頃にはもう寮の中はすっからかんだった。

 

 基地のゲートをくぐって、街には兵士に車で送って貰う。

 

 車の窓から1週間ぶりの街の光景を眺める。たった1週間見ないだけでも何故か街の活気はライン達にとって眩しく見える。

 ライン達が眺めていると運転手の50代ぐらいの兵士が話しかけて来る。

 

「二人共、アカデミー生だよね?」

 

 バックミラー越しに見える目は優しい目だった。

 

「はい。初めての休日で、楽しみです」

 

 すると優しそうな兵士は微笑む。

 

「ふふ、君達みたいな反応は当たり前だよ。皆楽しみにしてたさ」

 

 そう言いながらどこか遠い目をする優しそうな兵士。

 

 その反応にラインは目の前にいる兵士にどこか親しみを覚える。

 

「長くアカデミー生と接してこられたのですね」

「ああ……そういえば私はアルバロだ。これから君達アカデミー生の運転手をする者だ」

 

 運転手……基地に戻るには徒歩では大変だ。かといってバスが有るわけでは無い。

 だから運転手が居るのも頷ける。

 

「よろしくお願いします、アルバロさん」

「おう、行きたい所どこでも連れて行くぞ! だがあまり羽目を外すなよ?」

 

 アルバロは笑って言ってるが、実際の所初めての休日で羽目を外し過ぎて、例年問題を起こす輩が出る。

 

「はい。大人しく楽しみます」

 

 ラインも苦笑いしながら返事を返したのであった。

 

 

 

 

 

 

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 ライン達が到着したのは街の中心部ーーウェリントンセントラルーーには様々なビルが建ち並んでいる。

 女性用の日用品雑貨から娯楽まで。また男性用のファッションからゲームまで、ここのビル群だけで全てを網羅してしまうまでスゴいのである。

 

 そんな場所に初めて来たライン達は唯々上を見上げる。

 まるで田舎から来た人みたいだ。

 

 ウェリントンセントラルには5つのビルが五角形の形に並んでおり、ビルの間を連絡通路が通っている。

 ビルは高層ビルで様々な店が入り、5つのビル群でショッピングから遊びまで全て満たせてしまう。

 

 そこにライン達は入って行く。

 

 両開きの自動ドアを通って中に入ると目の前には受付と微笑む受付嬢。

 ふと目が合うと微笑んで来る。

 ラインは恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。

 

 辺りをみると受付の上は吹き抜けで上の階まで全て一体化になっていた。

 

 おお……スゴい……

 というラインの口から感嘆の声が漏れてしまう。

 

 オークランドにはスーパーやデパートはあったが、このような施設は初めてだ。

 

 頻りに見上げていると首が痛くなって来る。痛みを感じる前に見上げるのを止めておく。

 

「とりあえず二階に上がってみる?」

 

 とマナンを誘う。

 

 1階は全て出入口とエレベーターとエスカレーターで占められている。

 

 マナンは頷き、ラインと一緒にエスカレーターで二階に上がる。

 

 2階に上がると郵便局や銀行。見て楽しむ物としては厳しい。

 

 3階に上がると目の前にはゲームセンターやゲームショップ、マンガやアニメを揃える店がずらりと並ぶ。

 これにはライン達も見るしかない。

 

 新作の作品から、未だ人気の旧作までほとんどが揃っている。少し悲しいとすれば、マニア向けは流石に無いことだろうか。

 ちなみにマニア向けは郊外の小さな店なら扱っているだろう。

 

 新しいゲームが出たかもしれないのでチェックする。

 

「うーん、今回面白そうなゲームは無いかな」

 

 とラインは少し落ち込む。

 ラインはゲーマーという程では無いが、気になったゲームをやるぐらいである。年に2、3本ぐらいだろうか。

 

 ちなみにマナンはゲーマーである。両手にゲームソフトを持ってどれにしようか迷っている。既にカゴの中には何本か入っていた。

 

 それを見てラインは苦笑いする。

 

「なあマナン、寮でそんなに出来ないぞ? 自由時間はそんなに無いからな」

 

 朝早く起き、軽く運動し、朝食からの授業。昼食を取って授業を受け自主練からの風呂、飯。その後が自由時間な訳だが……まあ疲れて寝るよな。

 精々やれるとしたら休日だろうか。貴重な休みを寮の中で過ごすというのは……うーん。

 

 とラインは考えるが、結局はマナンの自由だ。

 

 マナンはラインがそんな事考えているとも知らずに結局買うと決めたのか片方を入れ、レジに向かう。

 

 買い物が終わり、店を出ると見知った顔がライン達の目の前を横切る。

 赤髪をオールバックにした男ーーグレンだ。

 

 グレンはライン達に気付かず、通り過ぎて3階に上がって行く。

 

「グレーー」

 

 ラインはグレンを呼び止めようとするがグレンは知らない男と共にエスカレーターに乗ってしまう。

 その男が醸し出す重い雰囲気とグレンの険しい表情がラインを思いとどませる。

 

 グレン達はライン達から離れ、3階の喫茶店に入る。ラインとマナンは目線を交わし、無言で頷く。

 

 これは付いて行くしかないーー

 

 2人とも考えは同じだった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 喫茶店に入ると店員が何名ですかと聞いて来る。

 二名と答え、好きな席に座る。

 

 もちろん座る席はグレン達の隣だ。仕切り一本隣ならライン達の姿は見えず、会話が聞こえるだろう。

 

 耳を澄まし、会話を盗み聞きしようとした時ーー

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 という声にライン達は身体をビクリと震わせる。

 顔を上げるとそこには注文を聞きに来た店員がニコニコとしていた。

 慌ててメニューを開き、若干上ずった声で注文する。

 

「あ、アイスコーヒー1つ」

「ぼ、僕も」

 

 ラインがアイスコーヒーを頼んだのに便乗するマナン。

 

 店員はかしこまりましたと頭を下げ、離れて行く。

 店員が離れたのを見てホッとする。

 

 再度耳を澄まして会話を盗み聞きする。

 次第に会話が途切れ途切れ聞こえて来る。

 

「首尾はどうだ?」

「問題無い。無事……に潜り込めた」

「まずは第一歩だな」

「ああ」

「そういえば今日……」

「……分かった。情報助かる」

「また火星……だろう」

「……ければいいがな」

 

 この会話にライン達は驚愕する。

 

 ーー火星!? グレンは火星独立軍に関係してるのか!? 

 

 更に詳細を聞こうと集中するが、グレン達は席を立つ。

 

 ーーっ!? 気づかれたのか!?

 

 ライン達は慌てて普通に装う。

 

 だが2人は何事も無く、ライン達の横を通り過ぎて行く。

 

 バレなかった……

 

 ホッとしたのもつかの間、慌ててグレン達を追っていく。あんぐり口を開けた店員を残して……

 

 

 

 

 

 

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 店を出るとそこには群衆。

 もうグレンの姿を見失ってしまった。

 

 クソッ!! この中から探すのは無理だ……

 

 内心諦めつつ、群衆の中をさまよう。

 だが見えるのは人、人、人!!

 

 グレンの欠片すら見つけられ無い。

 

 ライン達は一旦、群衆から出て端で休む。

 

 人混みは疲れるなあ……

 

 と息を整えているとーー

 

 ーー突如、首に腕を回されホールドされる。そのまま首を絞められる。

 

 誰だ!? コイツ!? 

 

 見えない後ろの奴に心の中で罵倒する。そして目の前には困惑するマナン。

 

 抵抗するが首が絞められているため、大した抵抗も出来ない。

 

 ーーマズイ……意識が……

 

 何とかマナンを逃がすため、アイコンタクトを送るがマナンは慌てて気づかない。

 

 ……チクショウ……

 

 マナンを逃がしたかったが襲いかかる酸素不足にラインは抗えない……

 

 ラインの目の前が暗転しそうになった時、首をホールドしていた腕が離れる。

 

 腕が離れた瞬間ラインは腕を地面に付け、必死に酸素を求め呼吸する。

 

 ハアッ……ハアッ……ハアッ……

 

 呼吸をするにつれ、意識がはっきりとしてくるーー

 

 ーーっ!? マナンは!?

 

 急いで振り返ると怒るマナンと話す赤髪の男ーーグレンが居た。

 

「ちょっとグレン!! どういう事なの!?」

 

 マナンさんはとてもお怒りだ。その剣幕にも全く動じず、あっけらかんとしているグレン。

 

「ああ、偶然ラインを見かけて余りにも無防備だったのでイタズラしちゃった」

 

 言葉の最後には星が付きそうなウインクするグレンにラインは吠える。

 

「馬鹿野郎!! これが死ぬ事なのかという境地まで達したぞ!? 俺を殺す気か!?」

 

 そんなラインの非難も軽く躱される。

 

「すまん、すまん」

 

 グレンはさっきのあれが遊びのつもりだったのだろうか。

 ラインは顔を歪めながら首をさする。

 

 そしてふとグレンの言葉の違和感を感じる。

 

「なあ、グレン。さっきの偶然(・・)とはどういう事だ?」

 

 その言葉にグレンは首をかしげる。

 

「どういう事も何も、俺は偶然ここでラインを見かけて、イタズラしちゃっただけだが」

 

 そう言うグレンに動揺は感じられない。これがさっきの尾行してなかったら信じていただろう。

 

 あくまでもすっとぼけるグレンにラインは追求する。

 

「実はな……さっきまで尾行していたんだ。喫茶店で話した男は誰なんだ? そしてお前は何者なんだ?」

 

 そう問われたグレンは今までのあっけらかんとしていた雰囲気がスッと消え、目は鋭くラインを見つめる。その雰囲気はライン達を飲み込んでいた。

 

(何だこの雰囲気は……まるで蛇に睨まれた兎だ……)

 

 体全体から変な汗が噴き出し、身体は震え、落ち着かなくなる。

 初めての威圧を感じ、戸惑うライン達。

 マナンは既に座り込んでしまっている。

 

 しばらくラインが威圧に耐えているとグレンはフッと威圧を解除する。疲れの余り、ラインも座り込んでしまう。

 

(こんなの常人が出せる物じゃない!! グレン、お前はいったい……)

 

 頭が混乱しているラインにグレンは子供に諭すように言う。

 

「ライン。お前は今まで光の中で生きてきたんだろう? ならこれからも光の中で生きて行くべきだ。だから俺に余り首を突っ込まないでくれ」

 

 そう言うグレンはどこか寂しげに呟くのであった。

 




火曜日に次話投稿する予定です。


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6-2 異変

 俺に関わるなーーそう言ったグレンはどこか寂しげだった。

 

「グレーー」

 

 そうラインは言いかけるがさっきの表情を思い出し、口を閉ざす。

 

 本当に知られたらマズイ事ならば、ずっと威圧するべきだったが、最後の言葉の表情……まるで俺を巻き込みたく無いじゃないか? と感じる。

 

 だから俺はグレンが話してくれるまで待とうと思う。

 アイツがもし敵だったならば……俺はーー

 

 ラインは決意を胸に拳を強く握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 しばらくの沈黙の後、グレンは立ち去ろうする。

 ライン達は黙って見送ろうとした時ーー

 

 ーー突如鳴り響いた銃声と爆発音にライン達は身体を小さくする。

 音は2階の方から聞こえた。

 

(なっ!? 何だ!? 銃声と爆発音!? 何でこんな所で!?)

 

 ウェリントンセントラルの中心であるペンタゴンタワーには沢山の人が来る。なのでテロ対策に多くの兵士が配置されてるはずなのだ。

 しかし周りには兵士一人も見当たらない。

 

(クソッ!! 俺達がやるしかない!!)

 

 ラインが駆け出したのを見て、マナンも追いかける。

 

 

 

 

 

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 ペンタゴンタワー2階

 

 ライン達が2階に降りると既に銀行の中に犯人らしき人達が人質と共に立て籠もっているのが見える。

 

 その周りを兵士達が包囲しているが人質が居るため、手が出せないみたいだ。

 指揮官らしき人も頭を抱えて困っている。

 

 ラインが手伝おうと思い、足を踏み出した時左手の袖を掴まれよろめいてしまう。

 振り返るとマナンが悩ましげな顔でラインの袖を握りしめていた。

 

「マナン、どうした?」

「ダメ!! ライン、ダメだよ!! 僕らは何の力も持たないんだ。危険だよ!!」

 

 そう言うマナンの顔は悲壮感に溢れていた。

 

 悔しいがマナンの言うとおり俺達は兵士達にも及ばない。

 だがーー

 

 顔を上げたラインの目はまだ諦めて無かった。

 

「俺達は軍人だ! 軍人は能力が有ろうが無かろうが、人々を守らないと行けないんだ!!」

 

 ラインの曲げない意思を見せるとマナンはため息をつく。

 

「ふぅ……ほんと、ラインはこうと決めたら曲げないよね……でもそのおかげで入学出来たんだ……」

 

 マナンは遠い目をする。

 しばらくすると覚悟を決めたのか、ラインの袖を離す。

 

「じゃあ、軍人の意思を見せようか!!」

「おう!!」

 

 マナンが目の前に置いた拳に拳を合わせるライン。

 

 覚悟は決めた。後は指揮官らしき人に協力するだけだ。

 

 ゆっくり近付くと、いきなり目の前にグレンが現れる。

 今まで何処にいたのか分からないが突如消え、突如現れるグレン……まるで忍者だ。

 

 グレンはライン達をまるで指揮官らしき人に会わせないようにしてるかのように立ち塞がる。

 

「退いてくれ、グレン」

 

 ラインの目には敵意は無い。しかしその目には明らかな不信感が見えた。

 

 グレンは頭を掻き、ライン達を腕で囲う。

 

「アイツらは無能だ。この状況では何も出来ん」

 

 そう言うグレンの目線を追うと銀行の前で防弾盾から銀行を悔しげに覗く兵士達が目に映る。

 

 ラインは目線を戻すと、グレンを睨む。

 

「ならお前には、名案が有るのだな?」

 

 と問うとグレンはにやける。

 

「ああ、とびっきりの名案さ」

 

 

 

 

 

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 -犯人サイド-

 

 銀行に立て籠もってから30分経った。その間に金は大部分集め、後は機密書類の金庫だ。金は使えるが機密書類はもっとだ。何の機密書類かと言うと言えないヤバイ裏金の話だ。

 ここは銀行はもちろんの事、国すら入れないから宝の山だ。

 

 しかし、高度なセキュリティによって保護されてるから開けるのは時間が掛かる。

 

 まあ、外の奴らは間抜けばかりだから余裕だがな……

 

 と仲間とにやついているとトイレの方から爆発音が聞こえた。

 

「何だ!? サツか!?」

 

 と仲間で騒ぐが俺の一括で鎮める。

 

「てめえら!! 騒ぐな!! 誰か見てこい。おめえら、戦闘態勢だ!!」

 

 一人を見に行かせ、他の奴らを人質を盾にしつつ、攻撃態勢を取る。

 

 しばらくすると見に行かせた仲間が、若いカップルを連れて来る。

 

「おら、さっさと歩け!!」

 

 仲間が若いカップルを急かせる。

 

 男は十代後半だろうか。黒い髪になかなかのイケメンだ。モデルのような近寄り難いものでは無く、顔の良い男だ。体付きは少しガッチリしてるな。

 

 一方女の方は十代後半だろうか。身長はちょっと高めか。165cmぐらいか。長い黒髪は顔と肩まで届くぐらい長い。

 髪のせいで顔は分からないがすらっとした体付きでこちらもスカウトがされないギリギリぐらい美人だろう。髪を上げれば良いのに。

 

 少し勿体ないと思い、女の前に立つ。すると男が間に入る。その目つきは正に自分の女を守ろうとしている目つきだ。

 

 俺は鼻で笑い、男をどかし、女の髪を掻き上げる。

 そこには中性的な童顔と強ばった表情があった。これからのヒドい事をされるかもしれないという恐怖と泣かないという理性が戦ってるのが見て取れる。

 

 そして男の方は何かしたら飛びかかるぞと言わんばかりの目つきだ。

 

 ふむ、勿体ないなあと思いながら手を引っ込める。

 

「お前は髪を上げた方が良いぞ」

 

 と離れながら言う。

 すると女は照れ隠しなのか俯き、男は驚きで目を見開く。

 

 別に取ったりしねぇよ。今そんな状況じゃねえからな

 

 と心の中で呟く。

 

 そしてそのカップルも人質の溜まり場に入れる。

 

 ああ……早く終わらねえかな。一杯やりたいねえ……

 

 と男はタバコを吹かしながら、まだ終わらない戦いにため息を着く。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 若いカップルは目線を伏せながら、犯人の位置と人数を確認していた。

 

 そう、男はライン。女はなんとマナンであった。

 

 グレンの名案とはマナンを女装させ、良くあるカップルに仕立て上げ、潜入させる作戦だった。

 

 作戦は見事成功し、潜入出来た。

 壁に大きな穴を開けて。

 

 ラインとマナンは犯人の位置とグレンの言って来た位置が合っている事を確認する。

 

(これが魔法師の強さか……位置もバレバレなんだな)

 

 改めて魔法の認知魔法の強さを感じる。まあ、グレンは魔法師では無いが。

 似たような能力が使えるらしい。

 

 だが欠点も存在する。それは相手が優秀な魔法師の場合、認知出来ないという事だ。

 

 だからライン達は潜入し、魔法師の有無を調べ突入してくるグレンに情報を知らせるという事だ。

 

 そして肝心の伝達方法は魔力で知らせる。

 もちろんテレパシーという魔法も存在するらしいが、珍しい魔法であり、学生のライン達には不可能だ。

 で、魔力で知らせるというのは2人の違う魔力がぶつかると大きな波動となる。一般人には分からないが魔法を扱う者にはすぐに探知出来るらしい。

 

 だから2人は手を繋ぎ、いつでも魔法師を見つけたら信号を送れるよう準備万端だ。

 傍から見ても怖がっている女を慰めてる男……という情景に見える。

 まあ実際にはお互いに安心させる為という意味も有るのだが……これは2人は断固否定するだろう。

 

 ライン達が魔法師の存在を探していると近くのドアが開く。

 

 そこから出て来たのは30代ぐらいの女だ。少し眠たそうにしてるのは今まで寝てたからだろうか。よだれが口から垂れていた。

 

「……何があったんだい?」

 

 と袖でよだれを拭きながら犯人達に尋ねる。

 

 すると犯人達の一人が答える。

 

「ああ。トイレの壁が爆発してた。そこにこいつらが居たんだ」

 

 男は顎でライン達を指し示す。

 それに釣られ、女の視線もライン達に移る。

 

 その時ラインは女と視線が合ってしまい、慌てて視線を逸らす。

 

「ふーん。壁が爆発、ね……」

 

 女はそう言いながらラインの顎を持ち上げ、ラインの目をジッと覗き込む。

 

 まるで全てを見通されてる感覚がラインを襲う。

 短いような長いような時間の感覚が混乱し始める。

 

 そんな時左手に感じる温もりがラインを落ち着かせる。マナンの体温がラインに落ち着きを与えてくれる。

 

 ラインが落ち着いたのを見て、女はニヤッと笑い、手を顎から離す。

 

「へえ、良い男じゃん。あたしがもう少し若くて、あんたが彼女持ちじゃなかったら狙ってたんだけどなぁ」

 

 そう言いながら、女はマナンをチラリと見る。

 マナンはビクッと体を震わせ、ラインの後ろに隠れる。

 

 それを見た女は爆笑する。

 

「アッハッハッハッハッ……別に今は何ともしないよ。今はね……」

 

 そう言いながら妖しく微笑む女にマナンは完全に怯えてしまった。

 

 

 

 



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6-3 禁じられた薬






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 女が増えた所で、敵は7人。

 銀行の入り口に4人の銃火器を持った男達と女一人。重要な金庫を解錠している奴が2人。

 

 後は魔法師が分かれば全て判明するのだが……

 

 ーーん? そういえば犯人が近くの部屋に居るとはグレンから聞いて無いぞ? もちろん爆発で配置が変わった可能性はあるがあの女は寝ていたのなら感知出来るはずーー

 

 ーーそうか!! あの女が魔法師なのか!! 確かに銃火器は見えない……一応送るか。

 

 マナンにアイコンタクトで魔力を籠めるよう指示を送る。

 

 マナンと繋ぐ左手に力を籠める……魔力が左手に集まるようにイメージするんだ。

 

 

 

 

 

 

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 -銀行付近 グレンサイド-

 

 ライン達が入って30分近くになる。一時間の間に連絡が無いと、魔法師は居ないと判断して突入する手筈だ。

 まだかまだかと伝達を待っているとライン達からの魔力を感じる。

 

 ーー良し、突入だ!!

 

 グレンは腰を上げ、駆ける。

 

 

 

 

 

 

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 -ライン サイド-

 

 上手く伝達出来ただろうか……

 

 とラインの脳裏を不安が過ぎるが分からないライン達には判別しようが無い。

 

 グレンが気付く事を祈っていると突如、女に肩を強く掴まれる。

 

「抵抗しても無駄だぞ、坊や?」

 

 ラインが振り返ると妖しく微笑む女が居た。

 

 ーーやはり、魔力感知出来るという事はコイツが魔法師だ。

 

 とラインは確信する。

 

「魔力を籠める事しか出来ない坊やが抵抗しても無駄さ。あたしは強いぞ?」

 

 と言うがラインには絶対勝てる相手では無い事は明らかだ。

 

 落ち着いているラインに女は不信に思う。

 

 ……やけに落ち着いてるな……抵抗の兆しを見破られたのに何だこの余裕は……本命はコイツじゃないのか? 隣の女は違うーーっ外か!?

 

「ーーお前ら、戦闘態勢!!」

 

 と女が叫ぶと同時に壁が壊れ、グレンが侵入してくる。

 

 男達は慌てて銃を構えるが、グレンのナイフによって地に倒れる。

 

 残ったのは女だけだ。

 

「……あんたやるねぇ、一瞬で4人も」

「ふんっ、正確には5人にしたかったのだが……あーあ抵抗しちゃって」

 

 お互いに妖しく微笑み合うが目は笑っておらず、戦いの目をしていた。

 

「……で、お前が魔法師という事だよな?」

 

 グレンは女を指差す。

 女は頷く。

 

「ええ、そうよ。私がラスボスの魔法師となるのよ」

 

 グレンのあの動きを見ても全く動じない女。相当な手練なのだろうか。

 

「じゃ、お前を倒して帰ろうか、お二人さん?」

 

 ウィンクするグレンの目線の先にはラインとマナン。

 それを見て女は納得する。

 

「なるほどね。やはりあの2人が……で、呼ばれて出て来たのがあなたね」

「そうそう」

 

 まるでこれから戦闘するとは思えない会話だ。

 だが確実に雰囲気が重々しくなっているのがラインにも分かる。

 

 そして会話はピタリと止む。

 既に2人とも戦闘態勢だ。

 

 最初に動いたのはグレンだ。

 何処から出したのか分からないナイフを3本投擲する。

 

 それに対し女はウォールシールドで防ぐ。

 

「ウォールシールドか……」

「基本中の基本よ。覚えておきなさい坊や達」

 

 坊や達という言葉にラインとマナンは体をビクッと震わせる。

 女は最初からマナンが男と気づいていたのか……

 

 そして疑問に思うのは何故そのままにしたか、だ。

 

「何故、お前はこの2人をスルーした? 処理しても構わないはずだ」

 

 処理(・・)という言葉は何故か使い慣れてる感じがするグレン。

 更にラインの不信を煽ってしまう。

 

(一体お前は何者何だ?)

 

 そんな事を考えている合間に女は答える。

 

「もちろんそうでもよかったんだけど、まあ人質殺したらマズイでしょ? 人質を殺す犯人に警察は交渉しないかもしれないし」

 

 確かに人質に危害が加わらない限り、交渉で済まそうとするからな。

 

 女は話を続ける。

 

「それにこの2人からは魔力を多少しか感じ無かったし。大方アカデミー新入生でしょ?」

 

 正にビンゴな指摘にグレンは大袈裟に肩をすくめる。

 

「あらら、バレちゃった」

 

 そんなふざけた行動に女は目を細める。

 

「で、あなたがアカデミー新入生の異端児と」

「異端児というより、問題児かな?」

 

 一人笑っているグレンに女は苦笑いする。

 

「なるほどね。先生には手が負えない実力者だが、こうして誤魔化していると」

 

 この言葉にグレンの笑いが止まる。続けて女は口を開く。

 

「あなたは本来の自分を隠している……そう、大きな闇を抱えた自分を」

 

 その言葉にグレンの雰囲気がガラリと変わる。あの時グレンと知らない男とあった時の雰囲気だ。

 

 鋭い視線は直接見られていないライン達にも威圧感を与えるほどだ。

 

「……お前に何が分かる!? 両親が殺され、見知らぬ土地で毎日生きるのが必死だった俺の気持ちがよぉ!!」

 

 グレンは吠えるように声を荒ら上げる。言葉の震える語尾に抑えきれない感情が溢れ出ていた。

 

 まさか……そんな事があったなんて……

 

 ラインはグレンの事を見誤って居た自分を責める。ちゃらけた奴と思って居た自分が恥ずかしい。

 

 グレンの話を聞いた女は目を伏せる。

 

「そう……あなたも大変だったのね。なら私の気持ちも分かるわね?」

 

 女はグレンを仲間を見つけたような寂しそうな目線を送る。

 

「私は……地球連合軍の魔法師の妻だった。魔法師は優遇されたわ。でも……」

 

 女は悔しくて歯を噛み締める。

 

「魔法を失った夫は……」

 

 彼女の夫は魔法師の人体実験により、魔力を失ったらしい。そして魔力を失った魔法師は捨て駒のように捨てられたという事だった。

 

 その悲惨な内容に言葉を失うライン達。だが、グレンだけは違った。

 

「そうか……お前も惨劇の一人なのか」

 

 この言葉に女は頷く。

 

「ええ。……そしてこの魔法は夫が教えてくれた物……この力で私は世界を変えるわ」

 

 彼女は胸を手を置き、亡き夫に誓う。

 

「だからここは退いてくれないかしら? あの金庫にある物が必要なのよ。

 あなたたちはアカデミー新入生でしょ? なら逃げても誰にも責められないわ」

 

 後ろにある金庫室にある機密書類は地球連合国やエルス国の裏金や秘密も沢山有るだろう。困るのは未だ地位にしがみついている者だけだ。

 

 戦争勃発以来、かなり粛清されたが未だしぶとく残っている者も居る。それを粛清出来る切り札なのだ。

 しかし、銀行という立場上勝手に開けるとはいかない。持ち主の許可が必要だがもちろん拒否するだろう。

 

 そして金庫を開けようとする魔法師を妨げる事の出来ないアカデミー新入生は誰にも責められないだろう。アカデミー新入生は魔法師の卵だが、今は一般人と変わらないのだから。

 

 だがこの妥協案ともいえる提案をグレンははね除ける。

 

「残念だが、その提案には乗れん。俺はお前を倒さなければいけないだ」

 

 グレンの瞳には強い意志が感じられる。犯罪を見逃す訳にはいかないという意志以外の強い意志が感じられる。

 

 それを察した女はため息を付く。

 

「そう。貴方には正義感だけでは無く他の大きな目的があるのね……なら交渉は決裂ね」

 

 女はそう言い、少し残念がるが余り動揺はしていない。どこかこうなる事を感づいていたのだろうか。

 

 お互いの間にまたピリピリとした緊張感が走る。

 

 だが女はすぐに笑いながら構えを解く。

 

 グレンが不審に思うと、女は懐から何かを出す。ビンらしき物に液体が入っている。

 

「ふふ、やはりこのままじゃ勝てないのよね。貴方の殺気が物語ってるわ」

 

 女はそう言いながら液体を口にして、一気に飲み干す。空いた容器はそのままどこかにほっぽる。

 

(奴は一体何を飲んだんだ!? 戦闘に使う物としてはモルヒネとかか? 一時的に痛みを感じなくなるというが……)

 

 彼女の反応を待っていると急に苦しみ出し、膝を付く。

 

「あっあああっ!? ……ふふふ……夫を死にやった産物を私が……ゴホッゴホッ……使うなんて……笑えないわね」

 

 息も絶え絶えに言葉を途切れさながら話す女。

 

「でもここで……貴方を倒さなければ私は……夫に顔が向けられないわ」

 

 辛い表情で微かに微笑む彼女。だが既に薬の効果は彼女の理性に襲い掛かっていた。

 

「ああああぁぁぁぁぁああ!!」

 

 彼女の悲鳴は人では正に野獣のような声に変わろうとしていた。

 

「くっ、まさか魔力強化の禁薬が開発されていたとは……」

 

 グレンは人の愚かしさに歯ぎしりする。

 魔力強化の為に人体実験を繰り返し、そして結局は採算が合わず開発を辞めるという人の価値を物として見ている奴らに憎しみを向ける。

 

 そうグレンが思っていると突如後ろから声が掛かる。

 

「なんと愚かしい事だろうな」

 

 グレンが驚いて後ろを振り向くと、鎧を着た男達がグレンの周りに居たのだ。

 その鎧にはエルス国防軍のマークがある。味方だ。

 

 グレンが警戒していると隊長らしき人がグレンをなだめる。

 

「まあ待て。我らはエルス国代表直属部隊魔法小隊だ。君たちは何者かな?」

 

 この問いに一瞬、一触即発の雰囲気が漂うがラインが慌ててアカデミー新入生だと伝えると張り詰めた空気が穏やかになる。

 

「そうか。アカデミー新入生か。軍人としての行動見事だ。しかし、君達は一般人と同じ程度の実力しかない。だから余り無理をするなよ」

 

 と隊長らしき人はラインの肩に手を置いて苦労を労う。

 

「ああ、私の名前はエルビン。ここからは我らに任せていい」

 

 とライン達を下がらせるーー

 

 ーーがグレンだけは下がらなかった。

 

 下がらないグレンにエルビンは目線を向ける。

 

「君も下がっても大丈夫だ。君達はもう疲れただろう?」

 

 エルビンは笑顔で言うがグレンの顔は厳しいままだ。

 

「……下がれるなら下がりますが、この状況一人でも戦力が必要ですよね?」

 

 エルビンの心を見透かすような眼差しを向けるグレン。

 鋭い指摘に苦笑いするエルビン。

 

「ふっ……君はただ者じゃないね? あの魔力を感じ取って、それでもなお協力を願い出るとは。名前を聞いても良いかな?」

「……グレン=アルベールビル」

 

 思い当たる有名な名前を並べるがアルベールビルという苗字に心当たりは無い。

 

 という事はこの青年は有名な一族では無く、独学でこれだけの力を身につけたというのだろうか。

 

 まだこの青年の力を見てないが、実力が付くほど相手を知ることが出来る魔法の世界では彼が強いという事を示していた。

 

「ふむ、グレン君か。覚えておこう。ではグレン君。君の実力はどのぐらいかな? 自己判断でいい」

 

 チラッと視線をグレンに向けるとグレンは真剣に考えていた。

 しばらく経つと顔を上げ、答える。

 

「甘く見積もってB……悪くてB-はあるかと思います」

 

 この発言に他の魔法師は騒然とする。

「おいおい、マジかよ」

「まさかねぇ、甘く見積もりすぎじゃない?」

 

 そんな中でもグレンの表情は真剣なままだ。

 グレンの真剣な表情を見てエルビンは質問する。

 

「グレン君、知ってると思うが魔法師はランク付けされる。その中でも上位のBランクで良いんだね?」

 

 魔法師のランクはS~C-ランクまで存在している。その中でもB、B-ランクは魔法師の中でも上位だ。

 

 この魔法社会の中でBランクと言えば魔法小隊の隊長に即刻なるレベルだ。現にエルビンがBランクだ。

 

 この世にはSランクは存在しないと扱われているのでA+が最高ランクの中、Bランクはエリートと言ってもいい。Aランクは数えられる程度しか存在しないので切り札的存在なのだ。だから現場で戦う魔法師の中で一番はBランクの魔法師達であった。

 

 そんなエリートを自称しているのだ、グレンは。

 

「ええ。私はBランクの実力を有してます」

 

 グレンには全く動揺が見られない。

 彼に自称でもある程度の実力は有るだろうと推測し、この状況では協力して貰うしかないだろうとエルビンは判断する。

 

「分かった。君にも協力して貰おう」

 

 エルビンは目線を女に移す。

 彼女は断末魔のように声を荒らげ、目は血走り、理性を感じられない。

 

 エルビンは息を呑む。

 

 ーーこれから大変な戦いになるな

 

 とこれからの過酷な戦いに心を痛めるのであった。

 



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6-4 グレンの実力





 

 禁薬を飲んだ彼女はもう既に会話は出来ないだろう。あの薬にはそういう効果があると聞いた事がある。

 

 まるで野獣のような咆哮を上げる彼女からは凄まじい魔力の波動を感じる。咆哮の度に固まる身体に鞭を打ってなんとか正気を保つ。

 

 その魔力の波動から彼女の強さが否が応でも理解させられる。

 

 厳しい顔をしたグレンがポツリと呟く。

 

「……これはAランクありそうですね」

 

 そう分析するグレンの頬に冷や汗が滴る。

 

 エルビンはグレンの若干動揺している姿を見て、自分を引き締める。

 

「ああ、A-はありそうだ」

 

 彼らはAランクと軽々しく言っているが、その意味する所は最強である。

 Aランクは戦術級魔法師と呼ばれていて、この魔法師一人で戦場が変わると言われているのだ。

 要するにもはやAランクが居るだけで将棋で言うーー飛車、角落ちとなっているようなものだ。

 

 それだけ不利な状況になるぐらいAランクは強い。

 彼女だった野獣はA-。もちろんAランクなのだが一段落下がる実力だ。だがその力は絶大だ。

 ここにいるメンバーが全力で戦っても勝てるか分からないーー

 

 という雰囲気が彼らの間に漂う。

 

 そこに突如大きな声が響き渡る。

 

 皆が振り返るとそこには決意を固めたラインが居た。

 

「私は実力が無く、彼女の力は分かりません。ですが私でも強大だという事は分かります。それでも、私達は戦わないと行けないんじゃないんですか!? まだ一般人の避難も終わって無く、私達がここで諦めたら街に被害が出てしまいます!! 何か出来るが有るなら私にも手伝わして下さい!!」

 

 そう言うラインだったが体は震えていた。彼は勇気を振り絞ってここまで来たのだ。

 

 力を持たないラインが踏み出すのを見て、エルビン達は震える自分を恥じる。

 

「……そうだ。彼の言うとおりだ。今戦えるのは我らだけだ。最低でも民間人が避難するまで食い止めてみせようじゃないか」

 

 エルビンの言葉に顔付きを変えていく魔法師達。

 グレンも苦笑いする。

 

「まったく、お子ちゃまに諭されるなんてな」

「誰がお子ちゃま、だ!?」

 

 グレンが校舎裏の出来事でラインを弄る。

 

 初心で悪かったな!!

 

 拗ねるラインを見て、場は和やかになる。

 これが気分転換になったのか、全員が戦いに集中する。

 

 未だ彼女は理性と戦っているみたいだ。だが理性が負けるのも時間の問題だ。

 

 今のうちに作戦を練る。

 

 我々の戦力は魔法小隊で4人、グレン、ラインだ。

 

 ラインはこの際戦力には数えられない。銃すら扱えない一般人なのだから。

 

 魔法師は5人。全員がBランクの実力を持つが、彼女には正面からぶつかっても勝ち目は無い。

 だから作戦を立てるのだ。

 

 戦いには兵法が役に立つ。兵法は軍団での戦いにしか役に立たないと思われがちだが、少数の戦いにも使えるのだ。

 

 1vs複数人が戦う場合、2人なら背後を取れ、それ以上なら囲めという兵法だが今回はそう上手くいかない。

 

 相手がもの凄い強い場合は、戦力を分散しては各個撃破される恐れがある。

 

 今回はT字の陣形が最適だろう。4人をTの形に配置する。蜂矢の陣に近い。前に3人を横に並ばせ、後ろにエルビンを置く。

 

 本来、蜂矢(ほうし)の陣は少ない兵力で突破する際使われる陣形だが今回はこの攻撃力が最大のキーポイントだ。

 

 一般的にこちらの方が兵力が多い場合、鶴翼(かくよく)の陣を敷く事が多い。しかし、今回こちらは兵力は多いが戦力は負けているのだ。

 だから鶴翼の陣を引いても突破されてしまうだろう。

 

 一方、T字の陣は正面に戦力を集中した陣だ。残念なのが側面から攻撃されると弱いのが欠点だが、相手は理性を失っているので真正面から来るのでは無いかとエルビンは踏んでいる。

 

 そしてもう1人グレンだ。

 グレンは遊撃手に務めて貰う。気配を消し、T字の陣にぶつかっている時に後ろから攻撃するという算段だ。

 危険な仕事だが彼ならばやれる気がする。もちろん根拠は無い。

 

 配置が完了すると待ってかのように彼女だった野獣は動き出す。その速さは我々の想像を遥かに超えていた。

 

 考えずに、咄嗟に反射神経だけでフィジカルシールドーー瞬間的に防ぐ魔法ーーを張るがガキンッという音を鳴らして容易く割られてしまう。

 

 4人で次々と魔法を発動し、自分達の前にフィジカルシールドを張っていく。それに対し向こうは連続攻撃を仕掛け、割っていく。

 わんこ蕎麦のようだ。

 

 フィジカルシールドはウォールシールドの万能版であらゆる攻撃から使用者を守る事が出来るが、効果時間が短く、魔力の使用量が多い。

 防御力はそこそこ有るのだが、彼女には容易いようだ。

 

 防戦一方になるエルビン達。

 

 そこにグレンが援護に入る。

 

 後ろから無数のナイフを飛ばす。そのナイフは空中に浮かんでいた。

 

 ナイフは雨のように野獣に襲いかかるが、野獣は一喝だけでナイフを叩き落とす。

 

「……ちっ、やはりか」

 

 グレンは攻撃が失敗した事をあんまり驚かず、舌打ちする。

 

 内心この程度でやれるとは思っていないのだ。

 

 あんまり見せたくない技だが……

 

 グレンは魔方陣を展開し始める。

 

 それを見たエルビン達は見たことも無い魔方陣に驚愕するが、直ぐに目の前の敵に集中する。

 

 わんこ蕎麦のように蕎麦が切れたらお終いのように彼らの命もフィジカルシールドが切れたらお終いなのだ。

 必死にグレンの技が完成するのを待つ。

 

 そしてグレンの技が発動する。

 

「ーーカマイタチ」

 

 その言葉と共に、魔方陣は光を放ち瞬時に消える。

 

 だが何も起こらない。

 

 失敗したのか?

 

 という雰囲気がエルビン達に流れ始めた頃、魔法は効力を発した。

 

 野獣が慌てふためき始めたのである。エルビン達には見えない何かが野獣を襲っているのだ。幾つもの切り傷を野獣に与えているのだ。

 

 エルビン達の目は驚きで大きく見開いたままだ。

 

「何だこれは……」

「どうなってるんだ?」

「風の攻撃魔法にしては不規則で連続的だ……」

 

 エルビン達の口から考察がポツポツ零れる。

 

 グレンを見ると立ち止まり、野獣を見る目は未だ厳しい。

 

「ダメだ……致命傷には至ってない……」

 

 “カマイタチ”の攻撃は確実に野獣の体力を削っているが、このままでは先にグレンの魔力が尽きかねない。

 

 突如グレンはよろめき、膝を地面に着いてしまう。魔力切れだ。

 

 意識が朦朧(もうろう)とし、体に力が入らない……

 

 グレンは力を振り絞って野獣を睨みつける。

 

(奴を倒すにはまだやらなくてはならん)

 

 だが戦いたい心に反して、体は休むよう要求する。

 

(チクショウ……)

 

 そう愚痴を吐きながら、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -エルビンサイド-

 

 視界の端に意識を手放したグレンを確認出来た。あれだけの魔法を使えば、仕方あるまい。

 

 今回の相手は魔力肉体強化型。魔力の全てを使って肉体を強化しているのだ。それもA-の力で。

 攻撃力、防御力、機動力どれも凄まじいが理性が無いのが幸いだ。

 だからわんこ蕎麦のような芸当にも付き合ってくれるのだ。

 

 グレンが退場した今、我々だけでは攻めに転じる事は出来ない。防戦ですらギリギリなのだ。誰かが気を抜いた瞬間、我々は全滅するだろう。

 

 後は時間稼ぎーー

 

 周りを見ると、もう民間人の声は聞こえなかった。避難は完了したのだろうか。

 

 なら後は援軍が来るまで少しでも時間を稼ぐだけだ。

 

 ああ、勝利は絶望的だが気分は悪くない。軍人としての使命ーー民間人の避難が出来たからだろうか。

 

 他に敵が居ない為か、野獣の攻撃速度は上昇する。こちらの魔法の展開スピードが間に合わないーー

 

 もう直ぐ傍まで野獣の攻撃は来ていた。次第に距離を詰めて来る野獣。我々の誰か一人が攻撃を食らえば、展開スピードはもう間に合わなくなり、全滅するだろう。

 

 前衛の目の前に野獣の凶刃が迫るーー

 

 ーーすると目の前が爆発し、野獣が距離を離す。

 

 邪魔されたのが怒りに油を注いだのか、野獣は咆哮する。その怒りに満ちた視線はエルビン達の前の粉塵に注がれていた。

 

 

 

 ーー何が起きたんだ?

 

 という疑問が、ふらつくエルビン達に湧き起こる。

 目の前には粉塵。見えなくなる視界。これは相手が絶好のチャンスだ。いつ来るか分からない攻撃に構えるがーー来ない。

 

 頭にハテナが浮かぶが、休憩するチャンスには違いない。呼吸を整え、少しでも体を回復させる。

 

 次第に粉塵が消えていく。遠くにいる野獣が見える。

 

 何故こんなに距離を取って威嚇してるんだ?

 

 と疲れたエルビン達は思うが、答えは粉塵の中だった。

 

 粉塵が全て消えた時に見えたのは一人の男が現れた。

 

 その男はーー

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 -ラインサイド-

 

 あの激励からラインはマナンと共に物陰に隠れていた。無力なライン達にはもうする事は無い。避難するにもマナンが腰を抜かし、運ぶには辛すぎる。

 

 だから物陰から勝利を祈るしかなかった。

 

 だがグレンの技は敗れ、エルビン達にも危機が迫る。

 

 それを見ていたラインは自分の無力さに手を強く握り締める。

 

(俺は!? 俺はまた目の前で人を死なせるのか!?)

 

 家族が死んだ時の無力感を思い出し、怒りに震えるが、何も出来ない自分が不甲斐なく感じる。

 

 すると突如、野獣が距離を取る。野獣が居た位置に何か攻撃がされる。

 

 その粉塵から現れた男はーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルス国代表、ブライスだった。

 

「ブライス代表!?」

 

 ラインは驚きのあまり、声を上げてしまうが野獣の視線はブライスに向けたままだ。

 

 ラインに気づいたブライスは笑顔を向ける。

 

「確か君は……ラインだったね。ここまで耐えてくれてありがとう。後は私に任せてくれていい」

 

 その言葉にラインの身体の力が抜け、座り込んでしまう。

 ブライスの安心させる口調に緊張が解けてしまったのである。

 

 そしてブライスはエルビン達にも労う。

 

「君たちもご苦労だった。軍人としての戦いぶり、見事だった。後は上司に任せなさい」

 

 ブライスは胸を叩き、胸を張る。

 ブライスのお茶目な行動にエルビン達の緊張は解ける。

 

「ふふ……では部下の不祥事は上司の責任ですからよろしくお願いします」

「こりゃあ幾ら失敗しても良いかもな」

 

 とエルビン達は軽口をたたき合う。

 そしてそのまま意識を手放すのだった。

 

 安らかな顔で眠るエルビン達を同時に4人、離れた場所に置いたブライスは野獣に振り返る。

 その表情は静かな怒りに満ちていた。

 

「まあ、良くも私の部下を傷つけてくれましたね?」

 

 その声色は低く、いつもの笑顔のブライスとは思えなかった。

 

 野獣はそれに対し、唸り声を発する事はしか出来ない。野獣は本能的に感じているのだ。ブライスが強者であることを。

 

「さて、お見せしよう。“神速の英傑”の力を」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ラインの意識が戻った時には既に戦いは終わっていた。ライン自身、軍用ヘリで軍病院に送られて途中に意識が戻ったのだ。

 

 近くに居た人に聞いた所、ブライス代表が倒したとの事だ。流石ブライス代表。

 

 ラインが入院している間に様々な事があった。

 

 ティナがお見舞いに来たり、グレンが病院から姿を消すし、エマ先生がお見舞いに来た事もあったなあ。

 

 エマ先生は少し怒っていたが、ラインが軍人として戦った事を知っているのか、うるさく言わず、公欠扱いになるとか。ありがたい。

 

 後は戦後処理されたとの事。銀行の金庫はわざと破り、中の書類が流失してしまい、関係者が粛清されたのとの事。これで少しはエルス国も綺麗になるだろう。

 

 そんな中、一番驚いたのはティナだ。まあ見舞いに来る事自体は特に驚かないのだが、ティナがリンゴをウサギの形に剥いていたのだ。

 まあ見事なウサギだった。ここは定番のぐちゃぐちゃのリンゴであると思っていたのだが、手慣れた手つきでリンゴをウサギにしてしまった。

 

 驚いた顔をしているとティナが睨みつけて来る。

 

「何? そんなに意外な事だったかしら?」

 

 その目線はラインに突き刺さる。

 

「いや、ティナも女の子だもんな。意外というか感心かな」

 

 冷や汗を掻きながらフォローするがーー

 

「ーー何? 今まで何だと思っていたのかしら?」

 

 フォローになってない……

 

 と頭を抱えるラインにティナは笑い出す。

 

「ふふ、冗談よ。少しからかい過ぎたわ」

 

 ニヤリと笑うティナにラインはため息を漏らす。

 

「はあ……こちとら病人なんだぞ? 少しは労って欲しいもんだ」

「……じゃあウチに来る?」

「へ?」

 

 ラインは聞こえなかったのでは無い。ティナの話の内容が意味不明なのだ。

 

 ティナは聞こえなかったのだと思ったのかもう一度言う。

 

「だから退院したらウチに来なさいよ!!」

 

 そう言うティナの顔は真っ赤だ。

 それに対しラインは

 

「ふぇ?」

 

 と情けない声が思わず出てしまう。

 

 何で俺はティナの実家に行かないと行けないんだ?

 

 と疑問に思うラインを置いて行くティナだった。

 



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6-A とある休日(閑話)前編

前回散々大口を叩いていましたが、今思うとハードル上げすぎでした。
今回は閑話です。ちょっとラインが暴走している気がしますが、作者の趣味が多少?出ているので、流して下さい。

これがラインの趣味とか決めてないのでよろしくお願いします。

それで今回もいつもの後編があります。やっぱり一回で書ききれる量じゃない……

次話の為秋葉原で勉強してきます(*ゝω・*)ノ

これからの閑話ですが、何かやって欲しい事や見たい、知りたい事が有りましたら感想か、メッセージ、活動報告の読者意見板にお書き下さい。



 

 外に出ると暖かな日差しがラインを照らす。まるで退院したラインを祝福してるかのようだ。

 

 精密検査やら、何やらを受けさせられたライン。あの時、魔力も使用してないし、攻撃も受けてないのだが一応らしい。これで3日間も入院していた。

 

 ふとラインはティナの言ってた事を思い出す。

 

 ーー私の家に来いーー

 

 この言葉はラインの中に渦巻いていた。ラインも男だ。もしや……と甘い考えが浮かんでしまうのも仕方ない。

 

 悶々とする気持ちの中、寮に足を向ける。

 

 

 

 

 

 -----

 

 寮に戻るとマナンがものすごい速さで飛んで来る。

 その様子は主人の帰りを待っていた犬のようだ。

 

「ライン、お帰り!! 3日間も帰って来ないからどうしたのかと思っちゃったよ!!」

 

 と心配するマナンも1日入院していたらしいが問題は無さそうなのですぐ帰らされたらしい。

 

「マナン、ただいま。お前こそ大丈夫か?」

 

 ラインはむしろマナンが大丈夫か心配する。

 

「うん、大丈夫。……特に何もしてないからね……」

 

 マナンの表情に影を落とし、俯くマナン。

 彼は自分の無力感に(さいな)まれているのだろう。

 

「そうか? 俺と一緒に潜入するし、敵に襲われそうになるし、かなり危険な目にあっただろ?」

 

 この言葉にマナンは顔を上げ、喜ぶ。

 

「……そうかな? 僕でも少しは約に立てたかな?」

「ああ。マナンが居なければあの作戦は成り立たなかったぞ」

 

 するとマナンはすっかり上機嫌だ。

 そのまま一緒に部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次の日、授業に向かうとグレンが既に居た。もうあの事件が無かったようにいつも通り多くの人に囲まれていた。

 

 ラインと目が合うと手を挙げて、挨拶してくる。ラインも手を挙げて挨拶を返す。

 

 そしていつもの席に着くと、後ろから声が掛かる。

 振り向くとあの3人組だった。

 

「よお、雑魚は仮病で入院かぁ?」

「まだ入院してても良いんだぞぉ?」

「力無き者は黙って見てれば良い物を」

 

 3人は散々ラインを罵る。

 退院早々嫌な気分だ。

 

 ラインが反撃とばかりに睨みつけていると、3人組の後ろから声が聞こえる。

 

「ちょっと、どいてくれないかしら?」

 

 3人組とラインが視線がそちらに向く。そこにはティナが薄い胸の前で腕を組んでいた。その眼光は鋭く、ここに居た全員が冷や汗を掻いてしまうほどだ。

 

 ティナは3人組に視線を移す。

 すると3人組はビクリと肩を震わせ、捨て台詞を吐きながら去っていく。

 

 ティナはため息をついて、ラインの隣のいつもの席に座る。

 

 ラインはティナにお礼を言う。

 

「ティナ、ありがとう」

 

 するとティナはそっぽ向いて答える。

 

「別に良いのよ。あいつらが邪魔で座れなかっただけだし」

 

 と感謝は要らないという素っ気ない態度を示すティナ。

 

 その後、あの時についての会話は次の休日まで無かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次の休日、ティナから指定された店に一人で行く。

 マナンは用事があるらしく、別行動だ。

 久しぶりに一人で少し寂しく感じる自分に苦笑いする。

 

 いつの間にか、マナンが隣にいるのが当たり前になってたな……

 

 後ろをチョコチョコ付いて来るマナンを懐かしく感じる。

 

 それを振り払うように足を早める。

 

 そして指定された時間5分前に着いてしまった。早く歩き過ぎた。

 5分前とはいえども、向こうも準備が有るだろう。時間まで店先で待たせて貰おうかな。

 

 店先で道行く人を眺める。

 ウェリントンセントラルの郊外といえども、休日だ。ここら辺は懐かしい商店街が立ち並んでいる。

 活気に溢れ、郊外とは思えない。

 

 そして、道行く人々の笑顔。自分が守った笑顔なのだと思うと心が震えて来る。

 

 破顔しそうな所を堪えてる時、いきなり後ろから何かが当たり、衝撃で前のめりになるがそこは鍛えた体で何とか堪える。

 

「一体……何なんだ?」

 

 後ろを振り向くと、130cmぐらいだろうか栗色のツインテールをしたメイドの少女が居た。

 

「……」

 

 ラインが目をパチクリしていると少女はあどけない笑顔でラインに飛びつく。

 

「お兄ちゃんはお姉ちゃんのお友達でしょ? なら私のお友達!!」

 

 次は正面だったから簡単に受け止められる。この小ささは子供だろう。

 そして少女の言葉で理解する。

 

「お姉ちゃん? 君はティナの妹かい?」

「うん!!」

 

 いっぱいの笑顔で頷く少女。

 

 なるほど。こんな可愛い妹が居るとはティナも見習う必要があるな。

 

 少女を連れられ、店に入ると客は誰もいない。そして目の前にはお姉様が居ました。

 ええ、妖しい微笑みの。

 

「あら、ラインはロリコンだったのね。でもウチのピナはやらないわよ?」

 

 そうそれは笑顔だけど、目は笑ってなかった。

 

「こ、これはピナちゃんが飛びついて来て……だから俺は……」

 

 慌ててフォローするがティナは聞く耳を持たない。

 

「こら、ピナ。勝手に飛びついたらダメでしょ。変な人だったらどうするの?」

 

 そう言いながら冷たい視線はラインに注がれる。

 

「俺は普通な……は……ず」

 

 俺は断じてロリコンでは無いと言いたい所だが、ピナちゃんは天使だった……はっ!?

 

 気付いたらティナとの距離はかなり離れていた。シッシッと追い払う仕草にラインは苦笑いする。

 

 ーーこれはティナを褒め落とす作戦しか無い!!

 

 手を揉み揉みしながら近づいて行く。まるでゴマすりの商人だ。

 

 えーと、ティナのどこを褒めれば良いのかな?

 

 頭の中で選択肢を並べる。

 

 1.平たい胸

 2.まな板

 3.更地

 

 ーーってどれ選んでも殺されるわ!!

 

 頭をブンブン振ってクソ選択肢を振り払う。

 

 見事な程、平坦な胸はピナちゃんにすら負けてるのだ。ちなみにピナちゃんは小学生らしい。

 

 頭を切り替え、服装を褒める事にする。

 

 ティナに目線を向けると、今更気付く。ティナもメイド服着ている事に。引き締まった肉体を包み込むフリフリの服。フリル付きの短いスカートからは健康的な足が惜しげも無く出ている。

 そして白いニーソックスと短いスカートは絶対領域を醸し出していた。あの見えそうで見えない……残された太ももが貴重だ……

 

 絶対領域最高!!

 

 ーーはっ!? 

 

 自分の顔が凄く緩んでいることに気付いて、慌てて顔を引き締めるがもう既に遅い。

 既にティナは自分の体を抱いて、距離を開けていた。

 

「人の体をなめ回すように見る変態はお帰り下さい」

 

 凄い棒読みで言われた台詞がラインの心に突き刺さる。

 

 グフッ……

 

 ラインがやっちまったと頭を悩ませている所に誰かからのフォローが入る。

 

「その子はティナの体を見てたんじゃない。メイド服を見ていたんだ」

 

 振り返るとカウンターの向こう側に居たマスターぽい人がフォローしてくれたのだろうか。

 このお店は分かってるな。

 

 するとティナが不機嫌になる。

 

「それでも不快だわ。こんなヒラヒラな服は私には似合わないわよ、お父さん」

 

 ーーお父さん!? 

 

 ラインは驚愕で目を見開く。

 

 するとお父さんと言われたマスターはニッコリ笑う。

 

「ふむ、それにしても我が娘ながら見事なメイドさんだ。これは良い……」

 

 と次第に鼻の下が伸びてくるお父さん。

 

 そこに賛同する者が現れる。

 

「良いもんだなあ、メイド服も。彼女にメイドさん一人ぐらい居ても良いかもな。ティナ、どう?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くとそこにはふかふかの座席にどっかり座り込んでいるグレンと行儀良くちょこんと座っているマナンが居た。

 

 ーーグレンとマナンが何故ここに!?

 

 とラインが驚いているとティナが怒り出す。

 

「変態!! バカ、死ね!!」

 

 と怒って奥に引っ込んでしまった。

 

「あらら、誉めたつもりなんだが」

 

 とグレンは言うが絶対にからかってる。証拠に笑いが漏れて来てる。

 

 ラインはグレン達のいる、まだ余裕のあるソファに座る。

 座ろうと思えば、対面で3人ずつ座れそうだな。

 

 そこにムスッとしたティナがやって来る。

 

「……ご注文は?」

 

 明らかに不機嫌だ。

 でもそこはメイド。注文を聞いて来る。

 グレンとマナンには既に飲み物が来ているのでラインだけだ。

 

「ああ、えーと、ゴー「スマイル下さい」」

 

 滅多に飲めない炭酸飲料ゴーラを頼もうとしたらグレンのふざけた声に遮られてしまう。

 

 恐る恐るティナを見ると、ニコニコしていた。しかし目は笑っていない。

 

「これで宜しいでしょうか、ごゆるりと」

 

 とだけ言って奥に引っ込んでしまった。ちょっと俺のゴーラ……

 

 10分後、さっさとティナがやって来てやっとゴーラをテーブルに置いて行く。

 何で10分も掛かってるんだ? と疑問に思いながら一口飲むと……炭酸が抜けていた。

 

 ティナ、思い切り振ったな?

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後炭酸の抜けたゴーラと共に、グレンとマナンとの会話になる。

 

「何で2人はここに?」

 

 と質問するとグレンがコーヒーをスプーンを使って物凄いスピードでかき混ぜながら答える。

 何でそんなにかき混ぜるんだ。コーヒーで遊んでいるのか。

 

「そりゃあ、ティナに呼ばれたからだよ」

 

 え? 呼ばれた? 俺だけかと思ってた。

 

 マナンも同様に頷いている。

 

 マナンもか。

 

 やっと2人が居た理由に納得したラインはお腹が空いてる事に気付く。

 

「そういえば、2人は昼飯食ったか? 俺まだなんだよ」

 

 するとグレンとマナンはにやつく。

 なんか嫌な予感がするぞ……

 

 グレンは手を挙げ、注文する。

 

「ティナ、あれを頼むわ」

 

 その言葉を聞いたティナは顔を青ざめる。動かないティナにグレンは急かす。

 

「ティナさーん。ご注文が入りましたよー?」

 

 とグレンは煽る。

 ティナはプルプル震えながら奥に戻って行く。

 

「おい、一体何を頼んだんだ?」

 

 ラインは小声でグレンに尋ねる。

 

 するとグレンは楽しい事だよとだけ言ってコーヒーを飲む。

 



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6-B とある休日(閑話)後編





 

 

 これも10分後、ティナがやって来る。目の前に置かれたのはオムライス。ケチャップライスの上にふんわりした卵が乗っている。

 

 だが、肝心のケチャップが無い。もちろんケチャップが無くても良いのだが、有ると更に美味しいのだが。

 

 ケチャップはどこ? という視線をティナに向けるとティナの手にはケチャップが握られていた。

 

 ケチャップはここで掛けるのか?

 

 と不思議に思っていると、ティナが引きつった笑顔で聞いて来る。

 

「お客様、何とお描きしましょうか?」

 

 ーーああ、そういう事か

 

 ゲームの中にあったメイド喫茶のイベントの一つ、オムライスにケチャップで書いてくれるやつか。

 まさかティナがやってくれるとはな。

 

 これから起こる事が分かったラインはにやける。

 

 その怪しい微笑みを見て、ティナは青ざめる。

 

(コイツ、内容を理解して更なる無茶振りをしてくるな!?)

 

 悔しさで拳を握りしめながら、ケチャップを差し出す。

 

 あくまでもお客様と店員の立場を守ったティナに注文する。

 

「猫かなぁ……」

 

 とラインが言った瞬間、ティナの顔が微笑みに変わる。

 しかし、ラインは鬼畜であった。

 

「やっぱりハートは必要だよな」

 

 この言葉にティナの顔は再度凍る。

 

 ……この後もこのやり取りを続け、結局はハート付きの猫とラインの名前を入れる事になってしまった。その時のティナの顔は悔しさに溢れてたという。

 

 

 

 

 

 -----

 

 普通に美味しいオムライスを食べお腹もいっぱいになった頃、グレンがくつろぎながら提案する。

 

「なあ、何かゲームでもやらないか?」

 

 ゲームか……

 

 ゲームは主に二つに分類される。電源が必要な本体を使ったデジタルゲーム。電源が必要ないアナログゲーム。

 例えばサッカーはアナログゲーム。そして画面を使うテレビゲームはデジタルゲームだ。

 

 グレンは一体どちらを指しているのだろうか?

 

 するとグレンの提案にティナのお父さんが意見する。

 

「じゃあ、野球拳はどうかな?」

「「「野球拳?」」」

 

 グレン以外の3人が頭を傾げる。

 その疑問にはお父さんが答える。

 

「野球拳はジャンケンをして負けたら服を脱ぐというゲームで脱ぐ物が無くなったら負けだ」

 

 ーー服を脱ぐだと!?

 この場でか!?

 

 ラインは男だが、この場で脱げと言われたら嫌だろう。家でも更衣室でも無いのだから。

 

 ふと疑問が思い浮かぶ。

 

 ーーあれ、ティナはどうすんだ?

 

 視線を向けると案の定、ティナは固まっていた。当たり前だ。女性に脱げというのは過酷だ。

 

 ーーてかお父さん、娘が脱がされても良いんですか!?

 

 困惑の視線をお父さんに向けるとお父さんは指を立て、どや顔だ。

 

 いや、自分の娘でしょ!?

 

 ラインは困惑するが、グレンは乗り気だ。

 

「面白いなあ。これは皆スッポンポンで帰るかぁ?」

 

 この言葉にティナが吠える。

 

「ばっかじゃないの!? 女性に脱げなんて可笑しいわよ!! お父さんも!!」

 

 その表情は怒りに満ちていた。それは当然だ。

 

 だがグレンの一言で覆る事になる。

 

「別にやらなくても良いが、敵前逃亡になるぜ?」

 

 敵前逃亡という言葉で顔色が変わる。曲がった事が嫌いなティナには凄い効果てきめんだ。

 

 ティナは体をプルプル震わせ、顔を引きつらせながら答える。

 

「え、ええ。や、やってやるわよ。負けなければ問題無いからね」

 

 頑張って威勢を張っているティナにグレンはにやつく。

 

「さあ、始めようか。野球拳を」

 

 

 

 

 

 -----

 

 参加者は4人。ライン、グレン、マナン、ティナが参加する。

 

 何故か全員席を立ち、腕まくりするぐらいやる気満々だ。

 まあ脱ぎたくないからな。

 

 さて、いつでも大丈夫なように心構えは出来たが……

 

 グレンのかけ声で始まる。

 

「「「「最初はグー、ジャンケンーー」」」」

「ーーゴッドハンド!!」

「「「ポン!!」」」

 

 グレンがパー、俺らがグー。

 グレンの一人勝ちだ。

 

「やったぜ」

 

 どや顔するグレンに俺らは突っ込む。

 

「何がゴッドハンドだ!?」

「何もしてないじゃないの!?」

「これはやられたね……」

 

 ゴッドハンドというたいそうな名前を言ったが特に何かするわけでは無かった。あれは俺達の心を揺さぶる為か……

 案の定これに引っかかり、グーを出してしまった。

 

 ジャンケンは心理戦という訳か。これはやる気が出るね。

 

 最後の一人になるまでジャンケンを繰り返す。

 結果負けたのはマナンだ。

 マナンが上着を脱ぐ。

 

 ここは空調の整った店内だ。上着を脱いでも問題ない。

 

 

 

 

 

 -----

 

 さて、第二ラウンドだ。

 グレンを入れ、再開する。

 

 次は何が来るのだうか……ん? 今度はこちらから仕掛けるか。

 

「「「「最初はグー、ジャンケンーー」」」」

「ーーフィニッシュフィンガー!!」

「「「ポン」」」

 

 ラインがチョキ。他グー。

 

 ……一人負けじゃないか。

 

「何がフィニッシュフィンガーだよ」

 

 グレンが腹を抱えて笑う。可笑しい過ぎて地面を転がってる。

 

「フィニッシュフィンガー……終わりの指ね……くくっ」

 

 ティナも堪えているが所々吹き出している。

 

「ホントに終わったね」

 

 と言うマナンも背を向けているが肩を震わせ、笑いが隠せてない。

 

 今、自分の顔が茹でタコみたいに赤いのだろう。穴があったら入りたいというのはこの事だ。

 

 ああ、恥ずかしい……

 

 恥ずかしさを誤魔化すように乱暴に上着を脱ぎ捨て、第三ラウンドの音頭を取る。

 

「さあ、始めるぞ」

 

 3人も笑いを落ち着かせ、次の戦いに備える。

 

 さて次はどうしようか。さっきと同じ手は通用しないだろう。失敗したばかりだし。恥ずかしい。とりあえず様子を見るか。

 

「「「「最初はグー、ジャンケンーー」」」」

「「「「ポン」」」」

 

 あいこだ。今回は誰も何もして来なかった。どういう事だ?

 

「「「「最初はグー、ジャンケンーー」」」」

「「「「ポン」」」」

 

 またあいこだ。まあ偏りが無く、ジャンケンをしていたらこうなるよな。

 そろそろ動き出す頃か?

 

 するとグレンがいきなり宣言する。

 

「俺は次グーで行くわ」

 

 出た!! 宣言!!

 

 これは考えるとスパイラルに陥る。グーに勝つのはパーだがそれを読んでいるかもしれない。チョキが来るのを読んで、グーを出すがここまで読んで、パーかもしれない。それにチョキを出すと最初に宣言されたグーで負けるかもしれない。

 

 という結局はどの手も安全は無いという結論に至るのだ。

 ならばもう掛けるしか無い。

 

 グレンが俺のグーを狙ってると想定して、俺はチョキで行こう。

 

「「「「最初はグー、ジャンケンーー」」」」

「「「「ポン」」」」

 

 俺はチョキ、他はグーというまた一人負け。

 

 やられた……

 

「俺、グー宣言したんだがなぁ?」

「信頼出来ないだろ!!」

「そうか……ラインは俺の事……よよよ……」

 

 まるでどこかの平安貴族のように泣く振りをしやがる。

 憎たらっしい演技だ。

 

 一方マナンとティナは

 

「僕らはあいこでも良いグーだよね?」

「そうね。グレンは信頼出来ないから。でも一応来たら困るからあいこ狙いよ」

 

 ねーと仲良くティナとマナンが喜ぶ。

 お前らもグレン信頼してないんじゃないか。

 

 ますます落ち込むグレン。

 そりゃいつもの態度がねぇ?

 

 しかしすぐに立ち直るグレン。

 

「まあ、負けたのはラインだし。ほら脱げよ」

 

 グレンに催促され、ズボンはマズいから上を脱ぐ。黒地のアンダーシャツ一枚になる。寒くは無いのだが、少し落ち着かない気分になる。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 さて第四ラウンドの開始だ。

 

 この時点で、ライン二枚、マナン一枚のグレン、ティナ無敗だ。

 次は何が何でも脱がしたい。

 

 次はどうするべきか……

 

 と悩んでいる間にジャンケンは始まってしまう。

 

「「「「最初はグー、ジャンケンーー」」」」

「「「「ポン」」」」

 

 目の前に差し出された手を見ていく。

 俺らはチョキ、ティナがパーだ。

 

 久しぶりの一勝だ……

 

 と感動しているとティナがエプロンを脱ぐ。

 そこにグレンが文句を言う。

 

「エプロン別なのかよ……ズルいなあ」

「ズルいも何もそういう構造なのよ」

 

 ティナも仕方ないと首を振る。

 その様子にグレンも納得したようだ。

 

「まぁ、次はな……」

 

 とニヤリと笑うグレンにティナは呆れる。

 

「……あんたも欲望に正直ね」

 

 この言葉にグレンは自分の持論を主張する。

 

「そりゃあ、可愛い子の下着姿が見れたら良いよなぁ、ライン?」

 

 いきなりこっちに振るか。

 

 一応同じ意見だから頷く。

 

「まあ、見れたら儲けもんだしな」

 

 2人のこの様子にティナはそっぽ向く。

 

「……可愛いと褒めても何も出さないわよ」

 

 そう言うティナの耳は赤い。

 これはチョロイン(おだてればすぐに調子に乗るヒロインの事)ですわ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後ティナが負け続け、ニーソを脱ぐのが一枚という暴挙にグレンとティナのお父さんが抗議した後の事である。

 

 連敗したティナはニーソすら失い、脱ぐ物に責められていた。

 

「私が連敗するなんて……」

 

 悔しさに顔を歪めたティナの表情にはこれから起きる事への羞恥心も混じっていた。

 

 後脱げる物は上下の服と下着ぐらいしか無い。

 上下の服を脱いだら下着姿になってしまうのであった。

 

 勿論野球拳始めた時点で、こうなる事は想定出来たはずだが、ここまで連敗するとは思わなかったのだろう。

 

 ティナが答えを出せずに困っているとグレンが提案をしてくる。

 

「なあ、下着が見られるの嫌だったら、今下着脱げば良いんじゃない? 今はそれで凌げるぞ」

 

 確かにグレンの言う通りだ。一枚脱げば良いのだから、下着を脱いでも一枚だ。まあ、また負けたら裸となるのだが。

 

 この発想にティナは顔を青くしたり、赤くなったり忙しかったが、これからの希望に掛け、提案に乗るようだ。

 

 スカートの中に手を入れ、下着に手を掛け、下に下ろすーー

 

 ーーが、そこは女性の嗜み。下着を誰にも見せずに隠す。

 

 だがグレンは見逃さなかった。

 

「く、黒はいかんでしょ、お父さん!!」

 

 少し演技がかった感じだが、そこに乗るお父さん。

 

「な、何と破廉恥な下着だ!! お父さん悲しいぞ!!」

 

 と喚くがティナに睨まれ、すぐに黙る。

 

 黒か……ふむ、扇情的だな。

 

 ティナが黒い下着を着けている姿を想像したら、少し笑えて来た。

 

 ギロッとティナに睨まれ、黙る。

 

 その時、冷たい声がこの場に響き渡る。

 

 聞こえた声の方向はお父さんの後ろだ。

 

 お父さんは錆び付いた機械のようにギギギと振り返るーー

 

 ーーそこには鬼が居た。

 

 鬼ーーティナのお母さんは般若の形相をして、睨みつけている……俺達を。

 

 実力者のグレンですら蛇に飲まれたカエルの状態だ。

 

 お母さんが般若のまま口を開く。

 

「あなたたちは何をしてるのかしら?」

 

 この言葉に全員、体をビクリと震わせる。

 

 何をしてるかって? 野球拳だよなんて言えない……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ティナのお母さんに野球拳をしていた事がばれた後、この場にいる全員は正座させられていた。

 

 お母さんは呆れながら話す。

 

「あなたたちはもう少し他の遊びを考えられなかったの?」

 

 はい、ごもっともです。

 私達が浅はかでした。

 

「すみませんでした」

 

 と3人で頭を下げる。

 

 お母さんは視線をティナに向ける。

 

「ティナ、あなたは女として自覚が足りない!! もちろん男ばかりの軍人だけど女という事を忘れないように!!」

「はい……」

 

 しょんぼりするティナ。

 いつもの活発な様子からは想像出来ない姿だ。

 

「まあ、今回は少し羽目を外したという事にするわ」

 

 この言葉を聞いた瞬間、ティナの表情が明るくなるが、お母さんの厳しい表情を見て、顔を引き締める。

 

 そして最後の人に視線が移される。

 

 身体を縮こませ、ガクブル震えるお父さんの前に鬼が立つ。

 

「アナタは一体何してたの? ねぇ?」

 

 その言葉に更に身体を震わせるお父さん。

 

「アナタはこの子達と一緒にやってたと聞いたけどどうなのかしら?」

 

 弁解の機会とばかりにしゃべり出すお父さん。

 

「わ、私は止めようとしたんだけど若い情熱に負けて……」

 

 と話すが、お母さんの表情は変わらない。

 

「へぇ? アナタはこの子達がお願いすれば何でも許すのね?」

「そ、それは……」

 

 困ってこちらに助けを目で求める始末だ。

 

 いや、お父さんも共犯ですから。

 

 般若はお父さんを引きずり、奥に連れて行く。お父さんの断末魔と共に。

 

 ああ、お父さんさようなら。

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後、俺らは服を来て帰り支度をする。

 ティナも後片付けしながら談笑する。

 

「今日は楽しかったよ」

「私も楽しかったわ。ちょっと恥ずかしかったけど」

 

 頬を少し赤くして、言うティナ。

 

「ああ、また明日な」

「ええ、じゃあね」

 

 外に出たライン達を照らすのは沈みゆく夕日だった。

 

 

 

 

 

 



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〈7章 ライン マナン編〉
7-1 マナンの異変


 

 楽しかった休日の次の日、ライン達新入生は教室に集まっていた。

 

 1限は無しでHR(ホームルーム)らしい。

 

 何をやるのかと教室がざわついている中、エマ先生が入って来る。

 その手には大きな段ボールが抱えられていた。

 

 オイショッと言う声と共に教卓に置かれる。

 教卓に置かれた段ボールはドシンッという音を立てる。

 

 教卓に段ボールを置いたエマ先生は挨拶する。

 

「皆さん、おはようございます」

「「「おはようございます」」」

 

 皆の元気な声に満足したのか可愛らしい笑顔を見せるエマ先生。

 

「皆さん元気でよかった。じゃあ今日呼んだ意図を教えるね」

 

 段ボールの中を漁り、紙を取り出す。

 その紙を見せながら、話し出す。

 

「これは前やった試験の結果。結果出たから返すね」

 

 この言葉に教室のざわめきが頂点に達する。それはそうだ。この試験で素質が無いと、その道に進むのが難しいと判断材料になってしまうのだから。

 自分の人生が描かれた紙がそこに在るのだから。

 

 エマ先生はこのざわめきを気にする事無く、結果を返し始める。

 

 ラインの番になり、結果を受け取る。

 

 その結果を見ると、6つの欄が存在していた。

 

 上から、

 体力

 魔力

 格闘

 武芸

 射撃

 HAW

 と分かれていた。

 

 その隣にはアルファベットが書いて在る。

 合わせると、

 

 体力C

 魔力C

 格闘C

 武芸B

 射撃C

 HAWB

 

 と書いてある。

(この結果、これだけ見ても高いのか低いのか分からないぞ……)

 

 ランクが上限がいくつで底辺がいくつなのか分からないと判断しようが無い。

 

 そんな思いで顔を上げると周りのクラスメイトも困惑していた。

 自分の結果に評価付けようが無いのだ。

 

 そう困惑しているとティナが戻って来る。

 

「……これ、良く分からないわね」

 

 と眉間にしわを寄せた所でラインは話しかける。

 

「俺も分からないから見比べないか?」

 

 するとティナは頷き見せて来る。

 

 ティナの成績はこうだった。

 

 体力A

 魔力C

 格闘B

 武芸D

 射撃E

 HAWD

 

 と言う内容だった。

 

 体力Aは俺より高いティナだから上がA?

 そして射撃Eと有るから下はEなのか?

 

 と考えているとティナが文句を言ってくる。

 

「ちょっと、わたしが射撃EなのにラインがCなのよ!! 同じく全然当たらなかったじゃないの!!」

 

 確かにティナの言う通り隣の的に当てる自分と全弾天井のティナとの差が分からない。

 隣に当たったのが点数になったのかしら?

 

 と自虐しながら苦笑いしてるとエマ先生が声を挙げる。

 

「皆、成績返って来た? じゃあ説明するね」

 

 成績は6つの欄に分かれていて、それぞれ体力、魔力、格闘、武芸、射撃、HAWとなっている。

 

 最高ランクはAで、最低ランクはEらしい。

 

 ーーあれ? ティナ射撃Eじゃなかったけ?

 

 チラッとティナを見ると体をプルプル震わせていた。

 

 うん、ティナに射撃は無理だな。

 

 ラインの視線に気付いたのか、睨むティナ。

 やべっ、全く、勘鋭いな。

 

 エマ先生は話を続ける。

 

「ランクはあくまでも、適性です。ランクが高い種目は腕がすぐに上がりやすい、伸びしろが期待出来るというだけです。現状の君たちの力ではありません」

 

 このランクは適性らしい。となると俺のランクはーー

 

 ーー全部微妙じゃねぇか!!

 

 Bは良い方だが、Aのような極めるのでは無いしなあ……

 

 続けて、エマ先生は話す。

 

「そして下位ランクは適性が低いというだけで出来ないという事では有りません。ただ、かなりの努力が必要という事です」

 

 平均程度の実力を付けるには努力すればどうにかなるらしいが、それ以上は適性が無いと厳しいらしい。

 

 なるほど、確かに人生が決まると言っても過言では無いかもしれないな。

 

「今年1年はどんなランクでも同じように勉強して貰います。この成績が間違っているという可能性や、埋もれた才能が有るかもしれないので適性がEでも授業は受けて貰います」

 

 埋もれた才能か……まああの少しの試験だけで分かるとは思えないしなあ。

 俺も何か特徴が欲しいなあ……

 

 と溜め息を付いていると授業が始まる。

 

 ふと見たマナンの落ち込んだ表情が気になったが、授業中なので声をかけれなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 授業が終わり、昼休み。

 さっきの落ち込みを聞こうとしたらマナンは授業が終わった後すぐに教室を出て行ってしまった。

 何か用事だろうか?

 

 食堂で1人でフィッシュ&チップスを食べる。

 

 フィッシュ&チップスはかなり昔からあった食べ物で、白身魚を揚げた衣付きの魚とポテトフライが入っている。エルス国でも定番のファーストフードだが、カロリーが高いので週1だけしか食べれない。

 

 そんなご馳走を食べていると高い声で声をかけられる。

 振り返るとエマ先生がサンドイッチを皿に乗せて立っていた。

 

「ライン君、相席良い?」

 

 昼休みでは人気な食堂は混んでいるので相席は仕方ない。それに来るなら知り合いが良い。

 

「はい、誰も来ないので大丈夫です」

 

 その言葉にエマ先生は笑顔になる。座席に座るとチビチビとサンドイッチを食べ始める。小動物みたいだ。

 

 その視線に気付いたのかエマ先生は頬を膨らませる。

 

「こら、あんまり女性の食べる所を凝視しないの」

 

 と言いながら、あんまり怒ってないエマ先生。

 俺へのアドバイスだろうか。

 

「すみません、エマ先生と食べるの初めてですから」

 

 その言葉に目を見開く。

 

「あ、そういえば、そうだね。なんかライン君とは何回も会ってるからそんな気がしなくて……」

 

 確かに病院やら色々やらかしてるからな……

 

 苦笑いしていると、エマ先生がサンドイッチを飲み込んで、何かに気づく。

 

「あっ、そういえばマナン君は今日どうしたの? 昼休みも一緒じゃないし……」

 

 と不安げに聞いて来る。

 だが俺にも分からない。

 

「すみません、自分も分からないんです」

 

 その言葉にエマ先生は目を伏せる。だがその間は一瞬で笑顔になる。

 

「そっか……成績が悪くて落ち込む子がこの時期多いからフォローしてあげてね?」

「はい」

 

 ラインが頷くのを見て、満足したのか席を立つエマ先生。

 手に持つ皿にはまだサンドイッチが残っている。

 

 エマ先生はサンドイッチを持ったままどこかに行ってしまった。

 

 わざわざこの事を言いに来てくれたのか……エマ先生、良い先生だ。

 

 時間もあまり無いので、残ったフィッシュ&チップスを急いで食べる。

 

 だがポテトはパサパサしているのでむせる。

 水はどこだ……

 

 

 

 

 

 -----

 

 昼休みが終わり、座席に戻るとマナンが居なかった。エマ先生によると体調崩したらしい。

 成績返ってくるまでは元気だったのに……そんなに悪かったのか?

 

 逸る気持ちを抑え、授業に集中する。

 

 

 

 

 

 -----

 

 授業が終わり、クタクタになりながら部屋に戻る。

 本格的に始まった授業。これから1、2限は基礎体力訓練。3、4限は昼休み後なので座学。5、6限は武芸、格闘、射撃、魔法等の実技訓練だ。

 

 授業時間は一つ、1時間。10時から始まり、5時に全て終わる感じだ。

 

 意外と自由時間は多いが、基本的には自主練するのが当たり前だ。

 

 もちろんしなくても良いが、努力しなければ魔法師には成れない。

 

 人気なのは朝は素振りや、シャドーボクシング等の運動系。夜はHAWや射撃の精密系の練習。

 座学も夜だ。覚える事が多く頭がパンクしそうだ。

 

 溜め息を付きながら、部屋の扉を開けると中は真っ暗だった。

 廊下の明かりを頼りに照明を点けるとーー

 

 ーーベッドに顔を伏せ、泣いてるマナンを見つける。

 

 照明が付いた事でラインに気付いたのか、マナンは顔を上げる。

 その顔は涙と鼻水でグシャグシャだった。

 

 マナンは震える声でラインに告げる。

 

「もう……ラインとはお別れだね」

 

 悲しそうな笑みを浮かべるマナンにラインは戸惑うしか無かった。

 



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7-2 マナンの事情

 

 お別れーーその意味はもちろん理解出来る。しかし、突然告白されたお別れにラインの開いた口が塞がらない。

 

 お別れ? 何でお別れしないといけないんだ?

 

 そんな心の中の言葉がラインの中に渦巻く。

 

「……どういう事、なんだ?」

 

 やっと出て来た言葉は震え、声も小さい。

 だがマナンは聞き取れたようだ。

 

「……今日、試験の結果出たよね?」

「ああ」

 

 やはり、エマ先生の言う通り試験結果が悪かったのか……でもお別れとは?

 

 腑に落ちた事もあったが更に疑問が湧いた。

 

 次のマナンの言葉を待つ。

 

「……その結果が悪くて……僕はもう魔法師には成れないんだ」

「ーーそんな事「違う!!」」

 

 いつも小さい声で喋るマナンが突然大声を張り上げた事にラインは驚く。

 

 呆けるラインにマナンは無言で指を差す。

 その先にはテーブルに置かれた紙ーー試験結果が在った。

 

 ラインは無言で見開く。

 

 体力E

 魔力D

 格闘E

 武芸E

 射撃C

 HAWD

 

 この結果にラインは頭を抱える。

 

 思ったより悪い結果だ……魔力Dか。才能が無い事は無いが……魔法師、には向かないだろうな。

 

 と眉間にしわを寄せているとマナンはまた泣き出す。

 

「だからもう僕はここには居られない……居られないんだぁぁぁーー!!」

 

 再度顔を伏せて泣き出すマナンにラインは肩を抱いて慰める。

 

 しばらくすると落ち着いて来たのかポツポツと語りだす。

 

「……僕の家庭はいわゆる上流階級で……その長男である僕は両親の期待を一身に受けて育った。でも……」

 

 そこで言葉を切り、歯を噛み締めるマナン。

 決意したのか、また話始める。

 

「……弟が生まれ、仲の良い兄弟だったんだけど、次第に僕より出来が良くなっていったんだ。そして気付いた頃にはもう僕は両親から期待されて無かった」

 

 遠い目をしながら語るマナンはどこか他人事だった。

 

「それで僕は弟を見返す為に魔法師になれるアカデミーに入学したんだ」

 

 ……だからマナンはあの時あんなに必死だったのか……

 

 今なら分かる。あの時引き金を引くマナンの気持ちが。

 良心と自分の夢を天秤に掛け、あらゆる思考を全て引き出した結果、自分は大変な事を選択してしまおうという罪悪感に苛まれたのだろう。

 

「でも、僕はっ!!」

 

 自分の無力感に身体を震わすマナン。

 

 次に上げた顔は苦笑いだった。

 

「……僕は何をやってもダメだ。親の期待にも応えられない、必要とされる事の無い人間なんだ……」

 

 そう自虐するマナンの頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

 ラインは自虐するマナンを更に強く抱きしめ、自虐する声を覆い隠すかのように声を張り上げる。

 

「それは違う!! マナンは必要だ。俺達には必要なんだ!!」

 

 大きな声にマナンは目を見開いてラインの顔を見る。

 

「俺達を見ろ!! 誰がいつお前に力を求めた!? 俺達がお前といるのは力が理由じゃない!! 一緒に居たいからなんだ!!」

 

 そう言うラインの瞳には少しの怒りが見えた。今までの関係がギブアンドテイクでは嫌なのだろう。

 

「別に俺達は何かして貰いたくて、友達になったんじゃない。一緒に時間を過ごせる事が幸せなんだ!!」

 

 この言葉にマナンはまたもや泣き出す。だがもうラインとマナンの間には溝は無かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 泣き止んだマナンは疲れたのかそのまま寝てしまった。

 安心した寝顔は元々童顔な為、とても幼く見える。

 しがみついて離さない手はラインを苦笑いさせる。

 

 こりゃあ、朝まで離さないな。

 座って寝るようだ。

 

 ラインにしがみついて寝るマナンはまるで弟がいるような錯覚をさせる。

 

(弟が居たらこんな感じなのかな……)

 

 何とも言えない心地良さから生まれる睡魔にラインも(いざ)なわれるのだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次の日の朝、ふと目が覚める。

 座ったまま寝てしまったらしい。

 おかげで身体がバッキバキだ。

 

 腕を見ると未だにマナンに張り付かれている。

 

 時計を見ると6時指し示している。

 もうそろそろ朝練の時間だぞ。

 

 マナンの身体を揺すって起こす。

 

「……んー? もう朝ー?」

 

 寝ぼけているマナンはまだ目を見開かない。

 

 10秒ぐらい動かなくなった後、飛び起きる。

 

「きき、昨日はごめんなさい!!」

 

 そう言いながらジャンピング土下座を素早く見せた。

 

 初めて見た。ジャンピング土下座。

 

 とラインが驚いていると、マナンはラインの顔色を伺うように目線をチラッと向ける。

 

 不安そうなマナンに微笑みかける。

 

「別に良いって事よ。俺達は友達だからな」

 

 この言葉にヒマワリのような笑顔を見せるマナン。

 

 

 

 

 

 -----

 

 今日は朝練を取り止め、マナンの両親への対策を考える。

 

「さて、マナンの両親は魔法師に成れなければ戻って来いと?」

 

 マナンは頷く。

 

「うん……でも僕はアカデミーに居たい。魔法師以外でも良い。僕は皆と一緒に居たいんだ」

 

 そう言うマナンの瞳には強い意志が感じられる。

 それを見て、ラインは満足そうに微笑む。

 

「そうだな。……マナンの唯一Cの射撃はどうだろうか?」

 

 ジェームズ先生の試験では一発だけ、ど真ん中に当てていたマナン。それでもCなのか……

 

 いまいち、成績の基準が分からないライン達。ジェームズ先生に聞きに行く事にした。

 

 朝早くだが、既に射撃場には多くの人が居た。ほとんどは上級生だが1年生もちらほら見かける。

 

 そしてジェームズ先生も生徒に指導していた。

 

 指導が終わるのを待っていると声をかけられる。

 

 振り返るとイケメン上級生のエレットが汗を拭きながら、爽やかな笑顔を見せていた。キラーンという効果音が聞こえるよ。

 

「やあ、君達も朝練かい? 射撃場に来るとはお目が高いね。新入生でここに来るのは少ないから」

 

 確かに新入生のほとんどがランニングや筋トレに行ってる。ランニングや筋トレは今までの知識や経験で一人で出来るが、射撃や格闘等の専門分野は新入生にとって一人では出来ないので敬遠されがちだ。

 

「そんな君達に僕が教えてあげるよ」

 

 と強引に連れて行かれる。

 ああ、ジェームズ先生に聞きたかった。

 

 

 ハンドガンを持ったエレットはどこかのティータイムの貴族だ。ハンドガンがティーカップに見えて仕方ない。エレット先輩は絶対貴族出身だろう。

 

 ハンドガンを構えたエレット先輩は様になっている。撃つときは真剣な顔付きに変わっていた。

 

 ドンッドンッドンッドンッドンッ

 

 一定のリズムで撃ち出された弾丸は真っ直ぐ的に向かって行き、人型の的の頭を5発中5発撃ち抜いていた。

 

 思わず、おおーという感嘆の声がライン達から零れてしまう。

 

 それに気を良くしたエレット先輩は笑顔になる。

 

「さあ、君達もやってみてよ。アドバイスするから」

 

 屈託の無い笑顔をライン達に向けるがこの後やれというのは過酷だ。

 

 マナンはハンドガンを腫れ物を触るように持ち、構える。

 

 轟音を鳴らして放たれた銃弾はどれも的には当たらなかった。

 

 何とも言えない空気が一瞬流れるが、エレット先輩は振り払うようにアドバイスする。

 

「ふむふむ。なるほど。ええっと君は……「マナンです」そうか、マナン君は緊張に弱いタイプかい?」

 

 マナンをチラッと見ると頷く。

 

「追い詰められるとミスをしやすいかい?」

 

 更なる質問にマナンは頷く。

 

 エレット先輩は少し考えた後、ジェームズ先生の所に行ってしまった。

 

 ラインとマナンは顔を見合わせる。

 

「今ので分かったのか?」

「5発しか撃ってないのにね」

 

 頭の上にハテナを浮かべているとエレット先輩が戻って来る。

 

「やあ、お待たせ。良い所に招待するからおいで」

 

 そのままエレット先輩に連れられ、外に出る。

 向かった先は野外射撃場だ。

 

 ここにあるのは屋内射撃場と同じだが、違う点は的との距離だ。

 

 屋内は20m~50mに対して野外は100m以上の的ばかりだ。

 

 ここでやってもむしろ届かないのでは?

 

 と疑問に思ってるとエレット先輩は倉庫から長い銃身を持つスナイパーライフルを持ってくる。

 

 これを撃てと?

 

 ラインが苦笑いしているとエレット先輩は本気らしく、マナンに渡す。

 

 マナンはよろめきながら受け取る。

 

 マナンはスナイパーライフルを地面に置き、ハイポッドーーカメラの三脚みたいな物ーーで固定し、地面に寝そべる。

 まるで地面と一体になったような感じだ。

 

 マナンはスコープを覗き込む。

 指はいつでも引けるよう引き金に置く。

 

「好きなタイミングで撃って良い」

 

 エレット先輩の声が聞こえたはずなのに微動だにしないマナン。

 

 ラインは失礼だと思って、マナンに注意しようとするが、エレット先輩に止められる。

 エレット先輩は無言で横に振る。

 

 本人がそういうなら仕方ないが。

 

 その時マナンが引き金を引いて、轟音を響き渡らせる。

 

 双眼鏡で的を見るが、当たってない。

 

 再度マナンが引き金を引く。

 轟音を鳴らし、放たれた銃弾は的の腕を擦る。

 

 おおーとラインは感嘆するが、エレット先輩は冷静だ。

 ボソッと言葉を発する。

 

「……次は当てるな」

「ーーえっ!?」

 

 ラインが驚いたのと同時にマナンは引き金を引く。

 放たれた弾丸はーー

 

 ーー胴体に当たる。

 

 スゴイ……としか言えないラインにエレットはマナンに手を貸し、立ち上がらせる。その仕草は優雅で手慣れた物だ。

 

「やはり、見込んだ通りだ。君には才能がある」

 

 才能という言葉に反応するマナン。次第に顔がにやけ始める。

 

「良いかい? 人には様々なパターンがある。それを全て判明する試験をこなすには時間がかかり過ぎる。だから一個の成績が悪いからと言って、その人が無能な訳じゃない。隠れた才能はどんな人にも有るんだ。だから諦めないで頑張って欲しい」

 

 少し説教ぽかったかな? と苦笑いするエレット先輩にマナンは感動したらしい。

 目を輝かせて見ている。

 

 これで自信が付いて良かったと胸をなで下ろすラインだった。

 



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7-3 マナンの実家

 

 エレット先輩から狙撃を教わり、自信を持ったマナンは常に上機嫌だった。

 

 マナンは時たま頬を緩ませ、えへへと何度も笑うのでラインは呆れ、ため息を漏らす。

 

「……いいかげんに、そのアホ面を辞めないか。見てるこっちが恥ずかしくなるぞ」

「分かったよ。大丈夫」

 

 とマナンは言うが、改善される兆しは無い。再び頬を緩ませ、にやける。

 

 はぁ……と諦めのため息を付くラインだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 アカデミー生は月曜日から金曜日まで授業があり、土曜日は休みだが外出許可は出ていない。要するに自主鍛錬の日である。苦手な分野の勉強や平日には忙しい先輩に師事して貰う等出来る日だ。一日丸ごと使えるのは素晴らしい。

 

 土曜日になるとマナンは朝早くから部屋を飛び出し、屋外射撃場でエレット先輩の師事を受け、狙撃している。

 

 その成果はみるみる成長していた。

 この結果にエレット先輩も満足げだ。

 

「うんうん、凄い成長だね。まだ1週間も経ってないのにここまで来るとは……」

 

 この様子を見ていたジェームズ先生も驚いていた。

 

「……これは凄い。……マナン君済まない。我々の試験では君の才能を見抜く事が出来なかったよ」

 

 深々と頭を下げるジェームズ先生にマナンは慌てる。

 

「そ、そんな!? ジェームズ先生は悪く無いですよ!! あの試験は一般大衆向けですから……僕のような落ちこぼれしか困らないですから」

 

 と苦笑いするマナンにラインは無言で背中を肘で小突く。

 

 小突かれたマナンはハッとし、すみませんと頭を下げる。

 すぐ自虐するのはマナンの悪い癖だ。

 

 相当マナンを試験が傷つけた事に気付いたジェームズ先生は苦虫をかみつぶしたような表情になる。

 

「……済まない、マナン君。私としては出来る限りのサポートをするつもりだ。だからいつでも頼ってくれ」

 

 異例な申し入れにマナン達は驚く。

 国の資産であるジェームズ先生が個人的協力を申し出たのだ。

 アカデミーの教官は選りすぐりの魔法師や腕利きばかりで、その師事を受けたい生徒や魔法師は沢山居るのにマナンを優先すると言ったのだ。

 

 もちろん教官達の個人的協力は余り良く思われておらず、この事はジェームズ先生の立場を追い込む事になってしまうかもしれない。

 だがジェームズ先生はそれすら覚悟の上で個人的協力を申し出たのだ。

 

 マナンは最初拒否したが、ジェームズ先生の強い意志によって賛同させられてしまった。

 

 この後、毎日深夜にジェームズ先生とのマンツーマンを受け続ける事になる。

 

 

 

 

 

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 次の日。日曜日である。1週間の内唯一外出許可が出る休日だ。この日はアカデミーからも休めとのお達しだ。

 

 毎週出掛ける訳では無いが、塞ぎがちなアカデミー生のほとんどはブラリと外出する。

 

 金は軍人候補生なので多少なり出る。その金額は社会人より少ないが、バイトするよりも高い。

 

 それに1ヶ月に4回しか無い金を使う機会だから金の羽振りも良くなるようだ。

 だが借金がばれた時点で即刻退学だ。

 

 基本的には親とは金銭的に繋がりを切られてる為、親に借金が有ろうが子供にはその支払う義務は無い。また支払うのも禁止されている。

 

 常に教えられるのは軍人で有る者は金に執着してはならないという教えだ。もし金に苦しい軍人に相手から金の誘惑があった場合、まともに戦えなくなるどころか裏切る可能性すら有る。

 そんな事にならない為本人達には厳しく、親との金銭的関係を断ち切るのだ。

 

 だがどうしても親を見捨てられないと言う状況になった場合、国の援助が入る仕組みだ。もちろんわざと借金を作った場合等は許可されない。また援助された家族は最低限以外の借金は認められず、お金の流れの監視が就くことになる。

 

 

 

 

 

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 この貴重な日曜日にラインとマナンは厳しい戦いに挑もうとしていた。

 

 目の前に建つのは高層マンション。

 首都ウェリントンの近くという超都会のど真ん中に立っているマンションだ。

 ウェリントンに軍事基地が有るので超高層マンションは認められず、その次の60mの高さのマンションだ。

 

 マナンから話を聞くに最上階らしい。

 

 綺麗に内装されたエレベーターで最上階まで登るとそこは異質な程、綺麗な廊下だった。一般的な家庭のラインにはどこか居心地の悪い廊下だ。

 光が床で反射して眩しいぐらいだ。それぐらいピカピカである。

 

 だが、これは共用の廊下らしい。

 訳分からない。

 

 両開きのドアの前に立つと、マナンはインターホンを押す。

 

 ピンポーン、ピンポーンと音が鳴ってから少し待つと女性の声が聞こえる。

 

「あら、マナンじゃないの。お帰りなさい。ーーえっ!? お友達も一緒なのね!! ほら早く案内なさい!!」

 

 インターホンが切れるのと同時にガチャガチャとという音と共にドアのロックが解除される。

 

 左側のドアを開いて中に入る。中に入ったライン達を照らすのは廊下を超えたリビングからの太陽光だった。

 その暖かさが緊張していた2人の気持ちを落ち着かせる。

 

 靴を脱いで廊下に上がると、スリッパを擦る音と共にマナンの母親が早足で向かって来る。

 

「いらっしゃい、まさかマナンのお友達がねぇ」

 

 驚いた顔をするマナンの母親。

 マナンは照れたのか、さっさとラインを連れて部屋に連れ込む。

 

 2週間ぶりのはずなのだが、部屋は綺麗だ。マナンの母親が手入れしていてくれたのだろうか。

 

 マナンの部屋はゲーム機やゲームソフトで溢れており、物は山積みだ。だが元の部屋の広さが広い為か全く狭く感じない。

 

 マナンは部屋にある冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに入れ、ラインに差し出す。

 

 ありがとうと言って、差し出された麦茶を飲み干す。

 ちょうど喉が渇いていたのだ。

 

 すぐにまた麦茶が差し出されるが、さすがに続けては要らない。

 

 部屋の中央に有るテーブルを挟むように対面に座る。

 

 2人とも一息付いた後、マナンが切り出す。

 

「母さん、変わって無かったなあ……」

 

 そうポツリと漏らした言葉にラインは質問する。

 

「まさか、お前、飛び出して来たのか?」

 

 この言葉にマナンは頷く。

 

 魔法師になると書き残しをして家を飛び出したらしい。

 

 この事実にラインは頭を抱える。

 それで魔法師には成れませんけど、射撃出来ますよで許されるものかな……

 

 母親は行けそうだけど、話を聞くに父親がヤバイとか。

 

 2人でどうやって説得するか考えているとコンコンとノックされる。

 申し訳なさそうに入って来たのはお母さんだった。

 

「お話中ごめんなさいね。マナン、お父さんが話有るって」

 

 ーー来た!! 宣戦布告!!

 

 この言葉にマナンは諦めたようにヨロヨロと立ち上がる。フラフラと部屋を出て行くマナンをラインは呼び止める。

 

「待て、マナン。……俺も行く」

 

 この言葉にマナンは向日葵のような笑顔を見せた。ラインの参戦がよほど嬉しいらしい。

 

 散々悩んだが、何も出て来なかった…… なら、もう気持ちをぶつけるしか無い。

 

 と覚悟を決め、マナンと共にリビングに向かう。

 

 リビングに出ると太陽の光がこれでもかと差し込む。さすが最上階。ガラス張りから太陽が丸見えだ。

 

 広いリビングには右にはソファーとテレビ。左にテーブルとイスと分かれていた。マナンが来たのを気配で察したのか、テレビを消し、ソファーからこちらを向く。

 

 そのガタイの良さと強面の顔からはどうやっても医者には見えない。サングラスかけたらヤの付く人だ。

 

 ギロリとでも表現出来るぐらい鋭い視線に一瞬で2人は呑まれる。

 

 その鋭い視線は最初、マナンを見ていたがラインに移る。

 

「お前はマナンの何だ?」

 

 いきなりの質問に驚くが、ここは堪え、質問に答える。

 

「私は……マナンの友達です」

 

 その答えを聞いた父親は更にに視線を鋭くさせる。まるでラインは蛇に睨まれたカエルのように体が動かない。

 

 何でこんなに鋭い視線が医者に出来るんだ?

 

 と言う疑問が浮かぶが、これは今関係無い。

 

 震えるラインに父親は興味を無くす。

 

「……友達ふぜいが他人の家庭に口を出すな」

 

 射貫くような視線にラインは目を逸らーー

 

 

 ーーさ無かった。

 

 むしろ射かえすように視線を向ける。

 

「友達だからダメ? 友達の人生が掛かってるんですよ!? そんな事見過ごす事出来ません!!」

「友達ふぜいが何を言うか!! コイツの何が分かる!? 一ヶ月も友達になってないガキが何をほざくか!?」

 

 マナンの父親は目は血走り、今にもラインに掴みかかりそうだ。

 だがラインも負けじと言い返す。

 

「関係っていうのは時間が問題じゃないですよ!! お父さんにはマナンが何を思って飛び出したか分かりますか!?」

「どうせ、夢でも追いかけたのだろう?」

 

 鼻で笑い、マナンを馬鹿にする父親にラインはキレる。

 

「アンタはマナンの何を見てたんだ!? どうせ結果だけだろう?」

 

 この言葉に父親は笑いを堪えなくなり、吹き出す。

 

「くはっはっはっはっ。小僧、甘い目論見だな?」

「ーー何!?」

 

 混乱するラインにマナンの父親は不適な笑みを浮かべるのだった。

 



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7-4 マナンの未来

 

 ーー甘い。

 

 この言葉は完全に追いつめたと思っていたラインにとって衝撃だった。

 

 ダメな親を批判し、論破することでマナンのアカデミーの継続を認めさせる作戦だったが、父親の甘いという言葉によってラインの作戦は崩れた。

 

 呆然とするラインに父親は鼻で笑う。

 

「お前はまだ甘いな。この問題の全容が見えていない」

 

 目を細める父親。その瞳にはラインへの呆れも含まれていた。

 

「俺は父親だ。息子であるマナンは長く見てきたつもりだ。そう、お前よりは」

 

 鋭い視線にラインは悔しさで歯を噛み締める。

 

「……マナンは出来る子だった」

 

 遠い目をした父親は懐かしそうに語る。

 

 

 

 

 

 -----

 

 マナンは長男として生まれ、期待を一身に受け、英才教育を施されたマナンは期待に応える。

 医者の息子として期待されてる通りに頑張ったマナンはそのまま医者になれると誰もが予想していた。

 

 そんな時、3歳年下の弟が生まれる。

 

 生まれてからマナンと同じように英才教育を施した結果、マナンを上回る結果を叩きだしたのだ。

 

 そう、急に医者の卵として期待されてたのに弟が優秀と分かると周りは弟に関心が移ったのだ。

 

 マナンはその後頑張って勉強したが、弟に全く及ばなかったのだ。

 

 そして偶然、悪い結果を出してしまい、怒られると思ったマナンは父親の前でビクビクしていたーー

 

 ーーが父親は特に表情も変えずに

 

「次は頑張りなさい」

 

 と父親から何の言葉も無かったマナンは脱力する。

 

 ーー僕はもう期待されて無いんだ……

 

 と言う考えが脳裏に過ぎるが考え過ぎだとこの時は振り払った。

 

 その後医者の道を諦めたマナンは色んな道を模索するがどれも長続きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

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 マナンの父親はマナンに視線を戻す。

 

「コイツは色々な物に手を出して、全て長続きしなかった。コイツはそういう奴なんだ」

 

 父親は複雑な心情が隠った視線でマナンを見つめる。

 マナンは視線に耐えられなくなったのか目線を逸らす。

 

 だがラインは視線を逸らさない。

 

「……この前のテストでマナンは魔法師としては厳しいという判定を受けました」

「ーーライン!?」

 

 マナンの悲鳴のような声が上がる。

 成績をバラした事への非難だろう。だが結局いつか分かる事だ。

 

「ですがマナンは狙撃という才能を開花させました。だから!! このままアカデミーを続けさせて下さい!! お願いします!!」

 

 頭を深々と下げ、祈る気持ちで心はいっぱいだ。

 

 アカデミーでは親との金銭的関係は無くなったとはいえ、親の同意が無ければ来られないのだ。

 もちろん親がまともな人に限り、同意が必要だ。

 だからマナンの父親の同意が無ければアカデミーは続けられないのだ。

 

 父親は深く頭を下げるラインを一瞥した後、マナンを見つめる。

 その後厳しい顔を崩し、優しい声でラインの顔を上げさせる。

 

「ライン君、もう君の気持ちは分かった。十分だ。顔を上げてくれ」

 

 いきなり別人に変わった父親にラインは目を丸くする。

 驚いて口が塞がらないラインに父親は苦笑いする。

 

「色々済まないね。あれは君を試していたんだ。……君は本当にマナンの事を考えてくれているんだね。他人の為に頭を下げる事はなかなか出来る事じゃない」

 

 父親はラインに微笑みかける。

 その優しい微笑みにラインはやっと我に返る。

 

「え? じゃあお父さんはマナンの事を疎ましく思っていたとかは……」

「いいや、むしろ心配していた。今まであちらこちらにフラフラしていた事を怒っているのは事実だが」

 

 ギロッと鋭い視線にマナンはまた視線を逸らす。

 

「だけど君という友達と狙撃という目標が出来たなら言うことは無い。マナン、アカデミーを続けなさい」

 

 この言葉にマナンは向日葵のように笑顔になる。

 

 だが、また父親の表情は厳しくなる。

 

「……戦争に参加する事は何も言わない。自分で決めた事だ。文句は無い。だから絶対に生きて帰って来る事。いいね?」

 

 頷く2人に父親は満足そうに微笑む。

 

「さあ、今日はマナンの友達が来た記念日だ。母さん、豪勢に頼む」

 

 その後豪華な夕食に与ったラインはマナンの家に泊まる事になった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ああ、こんな物がこの世にあったとは……

 

 と大きな腹をさするラインにマナンは苦笑いする。

 

「いくら食べた事の無い物ばかりだからって食べ過ぎだよ」

「いや、だって、三大珍味とか今まで食った事無いぞ? そんな貴重な物を食べ無い訳にはいかんだろ」

 

 正論にマナンは口を閉ざす。でも内心では食べ過ぎだろと突っ込む。

 

 お腹いっぱいになったラインはすぐに横になって寝てしまった。

 その可愛らしい寝顔からはさっきの論戦を繰り広げた人物には見えない。

 

 たまに出るもう食べれないと呻く寝言にマナンは優しく微笑む。

 そして寝相でズレた布団をかけ直す。

 

 ラインには本当に感謝してるよ……試験の時も助けてくれた。

 あの時ラインが居なかったら僕は落ちていたよ。

 

 ありがとう……

 

 とマナンが言った時、寝ているラインが微笑んだのは偶然だったのだろうか……

 



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〈8章 ルーカス 訪問編〉
8-1 エルス国訪問


特別閑話楽しんで頂き、こちらも嬉しいです。書いたかいも有りました。
次回は予定では二周年記念にやります。次は沢山の方に参加して頂き、皆さんに特別閑話を公開出来ると嬉しいです。

今回は久しぶりのルーカスとアイリーンの登場です。また魔法とロボットのコラボが実現!?

そういえば、設定資料集や外伝を見てない方は是非見て下さい。


 

 -地球連合軍本部 アイリーン サイド-

 

 書類とにらめっこしながら頭を抱えている男ーールーカスが居た。

 山積みにされている書類をもの凄い早さでサインしていくが、城のように築かれた書類は未だ難攻不落だ。

 

 ルーカスがサインした書類を担当部署ごとに分けているアイリーンだが、この量に頭を抱える。

 

(はぁ……毎日やることと言ったら書類とにらめっこ。偶には外に出たいわね……)

 

 とため息を吐きながら、窓から見える青空が憎ましく見えて来る。

 

 再度ため息を吐いていると扉がノックされる。

 

 ルーカス長官は書類に必死でノックには気づいていない。

 気が付いた私が代わりに返事をする。

 

「はい、どうぞ」

 

 返事したのを確認して兵士は失礼しますと入って来る。

 その手には新しい書類が握られていた。

 

 ルーカス長官は忙しいので、私が代わりに受け取る。

 用件が終わった兵士にご苦労様と声を掛け、退出させる。

 声を掛けないと用があると思って出て行かないからだ。

 

 手元の新しい書類をため息を付きながら見る。

 

 ーーっ!?

 

 ガタンッと大きな音を鳴らして立ち上がったアイリーンにルーカスは顔を上げる。

 

「どうした?」

 

 との声にアイリーンは必死に落ち着こうと気持ちを抑えながら、報告する。だが、上がった口角は抑えきれなかった。

 

「報告します。エルス国から新型HAWについて話し合いたいとの事です」

「ーー何!?」

 

 これはルーカスも堪らず、大声で叫んでしまった。

 興奮を隠す事も無く、ルーカスはアイリーンから書類を引ったくる。

 

 書類に目を通したルーカスは書類を置いて、部屋を飛び出す。

 

 アイリーンは童心なルーカスに多少呆れながら、後を追うのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次の日の朝、ニューヨークにある地球連合軍本部からエルス国、ウェリントンに行く飛行機に乗るルーカスの姿があった。隣にはアイリーンも居た。

 

 もちろん専用機で飛んで行く。飛ぶ飛行ルートは戦線から離れているが一応護衛機を付けて行く。

 航路はニューヨーク→ハワイ→空中給油→エルス国だ。

 安全な航路だが、敵戦闘機が来ないとは言えない。

 表舞台から姿を消したといえども地上では偵察、奇襲、火力支援等1番使われてるのだ。

 

 そして二つの距離は14000kmにも及ぶ。さすがに途中で何度も給油して進む。

 

 到着したのは24時間後。ニューヨークに比べ、ウェリントンは16時間進んでいるので日時としては39時間進んだ事になる。

 

 だから朝出発してもどうやっても夜に到着してしまう。

 

 さすがに夜中に会談は失礼なので、朝まで待つこととする。

 

 

 

 

 

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 次の日の朝、興奮を抑えきれなかったルーカスは一睡もしてない。

 遠足に行く子供だろうか。

 まあ、飛行機の中で沢山寝たから大丈夫なのだが。

 

 朝10時ぐらいから会談が始まる。

 待合室でワクワクしながら待っているとブライス代表が入室してくる。

 

 立ち上がり、握手する。

 

「お元気なようで、ブライス代表」

「まだまだ現役ですよ。この戦争が終わるまではやり続けますよ」

 

 お互いに微笑み合う。

 二人の気持ちは同じ。

 一刻も早く戦争を終わらせたい意思の元、今日も生きているのだ。

 

「今日はいきなり来て、申し訳ない。どうしても早く、新兵器を見たくて……」

 

 恥ずかしそうに苦笑いするルーカスにブライスは首を振る。

 

「いえいえ、ここまで早く来て下さる事に感心しました」

 

 一国の代表けしからぬ行動力に賞賛を贈る。

 

「さて、早速見せて頂こうか。新兵器の実力とやらを」

 

 そう言ってイタズラっ子のように微笑むルーカスはもう子供だった。

 

 

 

 

 

 

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 -ウェリントン基地-

 

 ウェリントン基地はエルス国の本部であり、エルス国最大の基地だ。軍事力という点では北にあるオークランド基地の方が巨大だが、それ以外の点はウェリントン基地に有る。

 新兵器開発や、アカデミー、資材等あらゆる軍事関係の物がここに集結してるのだ。

 オークランド基地はあくまでも最前線のとても大きな基地に過ぎない。

 

 そんな中、ウェリントン基地のHAW開発部門に訪れる。

 

 外から見たらただの格納庫であるが、中には多くの組み立て中のHAWが存在する。骨格だけのHAWや腕のみ足のみ等があちらこちらに散乱していた。

 

 なかなか現場に行けないルーカスにとっては物珍しい光景だ。もう子供のようにキョロキョロしている。

 アイリーンが肘で小突いて注意するもルーカスはもう夢中だ。

 

 ブライス代表もアイリーンに目配せをして、大丈夫と伝える。

 アイリーンは無言で会釈し、ルーカスの代わりに謝罪する。

 

 こちらに気づいたのか少し汚れた白衣を着て無精ひげを生やし、丸い眼鏡を掛けた60代ぐらいの男が近付いてくる。

 

「あれ? ブライス代表じゃないですか? 今日は美人さんも連れて何の用ですかい?」

 

 チラッとアイリーンに視線を向ける男にアイリーンは会釈する。

 

 その疑問にはブライスが答える。

 

「こちらは地球連合国司令長官、ルーカス殿だ。そしてこちらが秘書兼護衛のアイリーン嬢だ」

 

 二人がお偉いさんという事実に男は全く動じなかった。

 さっきと変わらない様子で話しかける。

 

「ほう、ワシはゲオルク。2人ともよろしくな」

 

 とぶっきらぼうに言う。

 

 そんなゲオルクをブライスは嗜める。

 

「全く……ゲオルクさんはいつもこんな感じですから。……連絡したでしょう。今度来るときまでに綺麗にしときなさいと」

 

 やれやれとため息を付くブライスにチラッと顔を向けるが、直ぐに手元に目線を戻してしまう。

 

「ワシは出世には興味ない。だからへつらうつもりも無い」

 

 と言って無言になる。

 

 その対応にルーカスは感心する。

 

「その心意気、感服しました。その心意気がある者が欲しいです。地球連合軍には未だ、へつらう奴も多く居ます……ですが取り払うには現状の戦況では……」

 

 顔を伏せ、拳を握り締めるルーカスにゲオルクはほう……と感嘆の声を漏らす。

 

「あの地球連合軍にこのような人物がトップに立つとは長生きするもんだのう。……そんなに見たいか新兵器」

 

 この言葉に一瞬で目を輝かせるルーカス。

 

 ゲオルクは部下に指示を出し、1機の前まで案内する。

 

 その機体は特に普通のエルピスと変わらない見た目だ。いつも通りずんぐりしている。

 

 ルーカスとアイリーンは何度も見上げるが特に変わった点は見られない。

 2人が首を傾げているとブライスがふと呟く。

 

「……まさかこの機体、あの装置を搭載してますか?」

「「ーーあの装置?」」

 

 ルーカスとアイリーンの疑問の声が重なる。

 

 ゲオルクは顔を上げ、得意気に話す。

 

「うむ。あの装置というのは魔力増幅装置じゃ」

「ーー増幅!?」

 

 ルーカスは思わず声を上げてしまう。

 

 魔力の増幅はかつてからずっと研究されてきた事だ。しかし有効な方法は無く、人間を薬で底上げすることでしか方法は無く、昨今禁止にしたばかりだ。

 その増幅が可能になれば魔法師の優位性で戦況がひっくり返るかも

 しれない。

 

 ルーカスはゲオルクに詰め寄る。

 

「どうかこの技術を地球連合軍に!!」

 

 必死なルーカスにゲオルクは申し訳なさそうに断る。

 

「……済まない。これはまだ実用レベルでは無いのじゃ。これは魔力を増幅するのだが、操縦者のみじゃ」

「そんな……で、でも大きな魔力を使えるならば戦況を変えられるのでは?」

「確かにそうじゃが他にも色々と問題がある」

 

 ゲオルクが言うにはまず、この装置はとてもデカく、燃料タンクが余計に増えたような物であると。その為、エンジンの出力を上げたが次は燃費が悪くなり本来の性能を引き出せない。

 

 またフレームには魔鋼石を使用していて、特注の為コストが高くなる。

 

 更にパイロットの面も問題がある。パイロットには強力な魔法師では無いと魔力増幅装置は起動すら出来ないらしい。

 HAWで魔法を使うために全身魔鋼石で作る→魔鋼石が多い為かなりの魔力が必要→優秀な魔法師が必要となるのだ。

 

 優秀な魔法師を乗せたとする。だが本体はHAWとしての性能は期待出来ない→護衛を置く→多大な準備が必要。

 

 という風に自衛すら出来ないのに前線に居ないと運営出来ず、もし撃破された場合、多大なコストと優秀な魔法師を失うのだ。割に合わない。

 

 そんな膨大な問題にルーカスは頭を抱える。

 

「クソッ……これが逆転の一手かと思ってたのに……」

 

 落胆して膝を付くルーカスにブライスは冷静に諭す。

 

「ルーカス長官。まだこの技術は実用レベルでは無いにしろ、いつか技術の進歩次第では実用化のメドが立つかもしれません。諦めず希望を持ちましょう」

 

 この言葉にルーカスは自分の考えを恥じる。地球連合軍のトップである自分が諦めたらそこで敗北を意味するのだ。

 だから諦めず、現状でどうにかする策を思い付くしかない。

 

 ルーカスは立ち上がり、ブライスと握手する。

 

「……ブライス代表、目が覚めました。これからも良き同盟国としてよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 2人の同盟が更に確かな物になったと同時にルーカスはブライス代表に尊敬の念を抱いていた。

 

(これが神速の英傑か……英傑に恥じない意思の強さだ)

 

 と思いながらアイリーンの方をチラッと見るとどこか遠い目をしていた。

 それを見て、ルーカスは思い出す。

 

(そういえば、アイリーンはHAWに興味無かったな。ふむ、じゃあーー)

 

 ルーカスはブライスに何かをお願いする。アイリーンには小さくて聞こえない。

 

 お願いを聞いたブライスはアイリーンに優しく微笑む。

 

「ええ、ルーカス長官のご要望にお応えしましょう」

 



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8-2 ルーカスのお願い

 

 ルーカスからお願いを聞いたブライスはゲオルクと別れ、次の場所へ案内する。

 

 ブライスが部下と相談している間にアイリーンはルーカスに質問する。

 

「ルーカス長官、さっきは何を要望されてたのですか?」

 

 首を傾げるアイリーンにルーカスはニヤリと笑う。

 

「さあ、何処だろうな。まあ今度は楽しいだろうさ」

 

 とはぐらかすルーカスにアイリーンはリスのように頬を膨らませるのだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 格納庫から出ると黒い車が2台ある。片方の車に乗ったルーカス達は基地内を移動する。

 移動している間に見えたのは整備兵達に整備されてるエルピスとランニングしている兵士達だ。

 そういえば誰もサボっている様子は無い。

 これがエルス国の実力の由縁なのだろうか。

 

 何が地球連合国と違うのだろうかと言われれば根本から違うとしか言えない。

 国の制度、国の広さ等色々な理由が有るが一番はトップたるブライス代表が大きいのではないだろうか?

 

 部下とも気さくに話すコミュニケーション能力、前線に出る戦闘能力、そしていざという時に守ってくれる頼りになる……

 

 どれもルーカスには無い力だ。

 

 だがルーカスが非力な訳では無い。大国をまとめる力はブライスには無い。大国な以上、大将は本陣に篭もってなければならない。大将が討たれれば各地の戦闘が混乱するからだ。

 だから求められる能力が違うという方が正しい。

 

 ブライスが現場監督に対し、ルーカスは会社の社長なのだ。

 これだけ規模が違えば、必要な能力も違うのだ。

 

 この事はとうの本人は知るよしも無い。これで落ち込むルーカスでは無いので大丈夫そうだ。

 

 ルーカスが物思いにふけていると車がゆっくりと止まる。

 

 顔を上げたルーカスの目の前には大きな校舎と生徒達が訓練する様子を見つめるアイリーンがあった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 喧噪な教室に、ここにも興奮を抑えきれない生徒ーーラインが居た。

 

「グレン!! ブライス代表とルーカス長官が来てるというのは本当か!?」

 

 まるでオモチャが貰えると分かった子供のように興奮止まないライン。

 一方興味無さそうなグレン。

 

「ん? ああ、来てるぞ。……今はアカデミーの入り口付近だな」

 

 と欠伸をしながら指を差し示すグレン。

 

 何で場所が分かるんだ? ここからは見えないのに……と疑問に思ったラインだったが、エマ先生が来たので席に戻る。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 目の前に大きくそびえ立つ校舎と訓練する生徒達を見てアイリーンは興奮を隠す事が出来なかった。

 

「これは……軍学校じゃないですか!! 懐かしいなあ……学生時代を思い出しますね」

 

 ーーはっ!? 私は何てことを……

 

 と恥じるアイリーンにアイリーン以外の全員は暖かい目で見守るーーがアイリーンは恥ずかしがり、ルーカスの背中に隠れてしまう。

 

 だがルーカスはそれを許さない。

 

「ほら、お前の為にお願いしたんだから精一杯楽しめ!!」

 

 と後ろにアイリーンを前に押し出す。

 

 若干涙目のアイリーンをよそに奥に入っていく。

 

 涙目のアイリーンも入ると直ぐに目つきが変わる。

 戦闘状態の目だ。

 

 それに気づいたルーカスは尋ねる。

 

「アイリーン、どうした?」

 

 アイリーンは目を細めながら返事をする。

 

「……これは何人かの人に見られてますね」

 

 見られてる? 

 

 ルーカスは周りを見渡すが、誰も居ない。更に遠くかと思って目を細めて見渡しているとブライスに笑って教えられる。

 

「はは……そういえばルーカス長官は普通の方でしたね。今、アイリーンさんには何人かの魔法師の視線が集中しています」

「魔法師……の?」

 

 再び見渡すが、誰も居ない。

 ブライスは頭をかきながら説明する。

 

「えーと、魔法師には魔力感知という能力が有ります」

 

 魔力感知は優れた魔法師には簡単に出来るものだ。

 個人差は有るが魔法師には認知出来るテリトリーが存在する。実力を行使出来るテリトリーとも言える。その中に入って来た魔法師の位置はバレバレだ。

 もちろん意図的に潜める事は出来る。

 また魔力感知は優れた魔法師同士でしか出来ず、普通の魔法師では不可能だ。

 

 そんな好奇の視線に晒されたアイリーンはいい気はしないものだ。

 

「……ええ、何人かに見られてますね。私の実力が知りたいのでしょう」

 

 アイリーンが少し不機嫌になるのを見て、ブライスが苦笑いする。

 

「すみませんね。これは軍人の性ですから」

「……確かに実力者がテリトリーに入って来ると見たくなりますよね」

 

 うんうんと納得するアイリーンにルーカスは心配する。

 

「アイリーン、大丈夫なのか?」

「はい、パーティーに上から入ってくるようなもんです」

「……これはキツい」

 

 アイリーンなりの冗談にルーカスはニヤリと笑う。

 

 アイリーンはふと気になる視線を見つける。

 

「ブライス代表、1階の教室は何年生ですか?」

 

 アイリーンが指差した方をブライスも見る。

 

「……1年生ですね。1年生に何か?」

「ええ、1年生の中に不思議な魔力を感じます」

「不思議な魔力?」

 

 ブライス代表が再度探知する。

 ルーカスも頑張って目をこらすが見れるはずもない。

 

 細めていた目を戻すとブライスは頷く。

 

「……ああ、グレン君かな。あの子は特殊みたいだからね」

「グレン君ですか……聞いた事有りませんね」

 

 アカデミー卒業前でも強い魔法師は有名になったりする。

 だがグレンという名は聞いた事無かった。しかしアイリーンの勘はグレンが強いと警告を鳴らしているのだ。

 

「突然出て来た能力者ですか……」

 

 ふと火星独立軍の幹部達を思い出す。あの人達も噂ではいきなり覚醒したと言われてる……一体この世界に何が起きてるでしょうか……

 

 アイリーンが物思いにふけているとブライスが提案する。

 

「良ければ見学していきますか?」

「えっ? 良いんですか?」

 

 驚きが隠せないアイリーン。

 

 同盟国とはいえ、他国に魔法技術を晒すのだ。もし敵に回った場合、不利になることは間違いない。

 だがブライスはそれすら許容して見せようとしているのだ。

 

「ええ、私はお二人を信頼してますから」

 

 表裏無い笑みに二人は気を引き締める。

 

「そこまで信頼されてるとは……期待に応えなくてはな」

「はい」

 

 強く頷くアイリーン。

 その様子を見たブライスは満足げに微笑み、1年生の教室に案内する。

 

 

 

 

 

 -----

 

 授業が始まって教室は静かになるが生徒達の関心は地球連合国の来客達だった。授業の事は右から左に流しているようなものだ。

 

 ラインも同じだった。いや、ラインは人一倍興味を持っていた。

 地球連合国に対しクーデターを起こし、成功した男なのだ。

 

 地球連合国にクーデターを起こしたのは何度もある。しかし、どれも強大な力を持つ地球連合国には歯がたたかなかった。今回成功出来たのは方面軍の協力と本部内部からのクーデターの要因が大きい。

 どちらも事前に準備出来た手腕をラインは高く評価してたのだ。

 

(会いたい!! どんな人なのか見てみたい!!)

 

 と気持ちは逸るが今は授業中。

 悶々としながらノートを取っていると教室の自動ドアが開く。

 

 その瞬間、時が止まったような感覚に陥る。いやラインだけじゃない。この教室が一瞬止まったように静かになる。

 

 その直後もの凄い喧噪となる。

 

 入って来た人物ーーブライス代表と若い男女が入って来たのだ。

 ブライス代表といることを考えるとルーカス長官に間違えないだろう。

 

 教室がざわめいてるのをブライス代表は瞬時に鎮める。

 

「皆、突然済まない。紹介しよう。地球連合国最高司令長官ルーカス長官と護衛のアイリーン嬢だ」

 

 手で示された先には30代の男と20代の女が見える。

 男の方は金髪の長身と女性で有ればお近づきになりたいと思うほど王子だ。

 女の方は金髪のサイドテールとモデルのような体型と美人に教室の男子の視線は否応無しに集まる。

 ラインもその中の一人だ。

 

 アイリーンに見とれていたラインを何故かマナンがタイミング良く足を踏んでしまう。痛みで我に返るラインにマナンは小さな声で謝る。

 

 そんなライン達をよそにブライスは話を続ける。

 

「お二人は授業を見学したいとの事で我々の事は気にしないで欲しい」

 

(気にしないで欲しいって無理だ……)

 

 後ろに居られてもあの存在感ではチラチラ見てしまうだろう。

 

 ラインが溜息を付いているとブライスに代わりルーカスが前に立つ。

 

「紹介に与ったルーカスだ。突然訪問したこと申し訳なく思う。長居する気は無い。……グレン君、アイリーンと手合わせ願えないだろうか」

 

 教室の視線がグレンに集まる。

 ふんぞり返って外を眺めていたグレンははぁ? と間抜けな声を漏らす。

 

「いきなりで済まないが君の実力を知りたいのだ」

 

 頼まれたグレンはブライスとエマを一瞥して、席を立つ。

 

「これ、断ると外交的問題になりそうですからお受けしますよ」

 

 やれやれという雰囲気満載のグレンだが、どこか楽しそうだ。

 

 グレンとアイリーンーー交差する視線は既に実力の探り合いを始めていた。

 



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8-3 異例の試合

 

 既にやる気満々なグレンとアイリーンは多くのギャラリーを連れて、アリーナに行く。この異例な試合にアカデミーは休講になったので上級生や教員が集まり、アリーナは既に満席だ。

 

 ライン達も座席に座り、応援する。

 

「グレン、頑張れー!!」

「いつも通りに女落とせー!!」

「グレン君、買ったらパーティーよ!!」

 

 と観客のグレンへの応援は熱い。

 

 グレンは手を挙げて応える一方、アイリーンへの応援は無い。

 正確にはルーカスの応援がものすごく効果的なのである。

 

 ルーカスはアイリーンの肩に優しく手を置き、言葉を掛ける。

 

「アイリーン、お前ならやれる。俺の自慢の護衛だ。勝ったら焼肉でも奢ってやる」

 

 とルーカスは微笑むが、当の本人は微妙な表情だ。

 

「ルーカス長官……女性に焼肉を奢ってもそんなに喜びませんよ。むしろデザート系の方が喜ばれますよ?」

「ううむ。確かに今まで焼肉で喜んでたのは男連中だからな……デザート系にするか?」

 

 顎に手を当て、悩むルーカスはアイリーンの提案に乗る。

 だがアイリーンは横に首を振る。

 

「私は別に構いませんよ。焼肉なんて暫く行ってませんから」

 

 と微笑むアイリーンにルーカスは笑顔になる。

 

「そうか、じゃあ焼肉にしよう」

 

 そう言ったルーカスはアリーナを出て行く。

 

 その背中を見送ったアイリーンは心の中で思う。

 

(ルーカス長官と2人で行けるならどこでも嬉しいですけどね)

 

 ニヤッと笑ってしまう顔を慌てて隠すが、グレンはそれを見て、イタズラっ子のように微笑む。

 

「ほぉ……そういう関係か。さっさと言わないと貴方の彼はモテるから大変だぞ?」

 

 全く真剣さの無い忠告にアイリーンは目を鋭くさせる。

 

「貴方に忠告に従う義務はありません。全てが終わるまで待ちます」

 

 アイリーンの答えにグレンはせせ笑う。

 

「ふんっ、戦争中に何を言ってるんだ? 明日死ぬかもしれないんだぞ? 片思いのままで良いのか?」

 

 更なる忠告にアイリーンは自分の考えを述べる。

 

「片思いのままで死ぬ方がマシです。相手を傷つけなくて済みますから。だから言うなら、全てが終わった後に……」

 

 会場の何処かに居るルーカスに思いを馳せながら、頭を切り替えて剣に手を掛ける。

 

「そうか、それがお前の決めた答えなら何も言わん」

 

 グレンもどこからかナイフを取り出す。

 

 お互いに構えた時、ブザーが鳴り試合開始を知らせる。

 

 だがお互いに様子を伺って動かない。お互いに実力が計り知れないのだ。

 

(グレン君の能力は不明。実力も私と同等ぐらい。これは近接戦は危険ね)

 

 能力が分からない以上、一瞬の対応ミスが命取りに繫がる近接戦は避けるのが懸命だ。

 

 アイリーンは掌をグレンの方に向ける。

 

「ファイヤーボール!!」

 

 手の前に描かれた魔方陣からは灼熱の炎の玉が撃ち出される。真っ直ぐグレンに向かうーー

 

 ーーが直前で火の玉がグレンを避けるように何処かに飛んで行ってしまう。

 因みに観客席との間には透明なウォールシールドによって仕切られているので安全だ。

 

 ファイヤーボールがグレンを避けているような光景に会場は騒然とする。

 

「一体どういう事だ!?」

「避けたようには見えなかったが……」

 

 そうグレンはピクリとも動いていないのだ。涼しい顔をアイリーンを見つめている。

 

 会場が騒然となる一方、アイリーンは冷静だった。

 

(ファイヤーボールの進路が変わった? 動かされたのか? 阻まれたのか、どういう原理だろうか……)

 

 ファイヤーボールの進路が変わったのは二つの原因が考えられる。

 

 1、魔力の操作によってファイヤーボールを制御し、ファイヤーボールが自ら進路を変えた。

 

 2、ファイヤーボールの進路先に何かが有り、逸れた。

 

 この二つがぱっと思い付く理由だ。前者は聞いた事は無いが後者ならウォールシールド等あり得る。

 だがウォールシールドの形跡は見られず、そのような高等魔法が使えればそもそもアカデミーに来る意味は無いだろう。

 

(という事はやはり彼は独自の魔法で、それもここまで性能の高い魔法を……)

 

 尊敬の念を少し抱くが、今は敵同士。相手を崩す事を考えなければならない。

 

(ここは魔力操作の可能性を考えてーー高速な魔法で!!)

 

「ーーライトニング!!」

 

 掌の魔方陣から稲光が放たれる。

 光速の雷撃がグレンに向かっていく。その速度は光と同じで、もはや反応すらままならない。

 

 ーーがグレンの目の前で何かに当たって消滅してしまう。

 

「ーーっ!? まさかライトニングが防がれるとは……これは驚きましたね」

 

 アイリーンは驚きを隠せない。

 魔法界最速と呼ばれる魔法に反応出来る魔法師は存在しないと言われている。勿論ウォールシールドを事前に用意していたら別だが、何のアクションも表さないグレンにますます謎が深まる。

 

(予備動作も無しで防御魔法を使うなんて聞いた事が無い!!)

 

 カラクリが分からないままだが、得意な接近戦を挑むしかないアイリーン。

 

 不敵に微笑むグレンに会場は様々な議論が飛び交う。ブライスもその一人だ。

 

(不思議な魔法だな……あの魔法は常時発動系なのか? それとも無詠唱なのか?)

 

 常時発動系ならばその消費魔力は激しく、長時間使える物では無い。確かにグレンには魔力の多さは有るものの、常時発動の防御魔法は燃費が悪すぎる車のようだ。すぐにガソリン切れしてしまうだろう。

 一方無詠唱の場合は必然的に効果が激減すると言われている。例えばファイヤーボールではアイリーンでもライターの火ぐらいしか出せない。

 どちらもアイリーンの魔法を防ぐには非現実過ぎるのだ。

 

(……何だ? 一体どうやって攻撃を防いでるんだ?)

 

 ブライスすらも分からない問題にアイリーンが分かるはずも無い。

 

(……どんなトリックか分からないけど接近戦でなら!!)

 

 身体を低く沈ませ、溜めた力で一瞬でグレンとの距離を詰める。

 目の前のグレンは驚いた顔をするがどこか余裕が見える。

 余裕を見えるグレンにアイリーンは警戒するが、アイリーンは全力を叩き込むしかない。

 

「一刀一閃!!」

 

 右袈裟斬りを近距離で飛ばす。

 高速で飛ぶ斬激にグレンはこの距離では躱せない。

 

 当たる瞬間ーーグレンが不敵に笑う。

 

「ーーこれは見事だ」

 

 その直後グレンが右袈裟に真っ二つに切れて、地面を赤く染め、地面に転がる。

 その様子に会場は誰もが口を開けて、呆然としている。

 カラーンというアイリーンの剣が手から滑り落ちた音で観客が我に返り騒然とする。

 

「どういう事だ!? なぜAMA(アンチ-マジック-アーマー)が発動していない!?」

「おい、治療魔法が使える奴はすぐに治療しろ!!」

「……真っ二つか、これは治療は無理だ」

 

 と様々な怒号と悲鳴が上がる中、アイリーンは力が抜けて座り込んでしまう。

 

「えっ……嘘でしょ? 何で発動してないの? 私は……この手で……」

 

 顔を手で覆い、泣き出すアイリーンにルーカスは飛んで来て無言で肩を抱く。

 

 AMAーーアンチマジックアーマーは訓練、実戦で使われる戦闘用の鎧でその防御力は並外れた物では無い。もちろん発動には本人の魔力が必要だがその消費は少なく、長時間使えるという素晴らしい物だ。

 確かにアイリーンの一刀一閃は凄い威力だが、AMAは一度ぐらいなら防げるはずで、この自動防御が発動した時点で負けになる予定であった。

 だが現実は発動すらせず、威力を殺し切れなかった一撃は易々とグレンの身体を切り裂いた。

 

「私は……私は!!」

 

 罪悪感に苛まれるアイリーンを只々、抱きしめる事しか出来ないルーカスだった。

 




次回、グレン死す!? デュ◯ルスタンバイ!!


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8-4 グレン死す!?





アリーナの中央に咲いた赤い花は地面を赤く染め、会場を騒然とさせていた。

 

軍人で、もう何人も殺した経験の有るアイリーンだったが想定外のグレンの死に、腕で自分を抱き、震えていた。

 

「私は殺す気なんて無かったのに……何で発動しないのっ!?」

 

悲鳴のような非難を上げるアイリーンにルーカスは何も言えなかった。

 

ーー何で発動しなかったんだ? 試合前にも入念にチェックされるはずだ。発動しないのは誰かの陰謀か? それとも……

グレンがわざと発動させないよう弄ったのではないかという考えが浮かんだが、それでは意図が分からない。

 

ルーカスがアイリーンを抱きながら考えていると、ブライスが隣に立つ。

 

「……申し訳ない。我々の不手際で不快な思いをさせてしまいました」

 

ブライスは神妙な面持ちで頭を下げる。

ルーカスは首を横に振る。

 

「いえ、アイリーンも軍人です。これぐらいの事すぐに立ち直るでしょう」

 

下げているブライスの頭を上げさせる。

 

「ご配慮感謝します。とりあえず休憩所へ案内致しまーー」

 

言葉を言い切ろうとしたブライスは瞬時に言葉を切って、顔付きを険しい物に変える。

 

それに気付いたルーカスは身構えるが何も起こらない。

 

ルーカスの頭の中にハテナが浮かんだ時ーーブライスが突如消える。

そしてルーカスの背後に現れ、何かを地面に抑えつける。

 

突如起こった事態に会場の視線が集まる。

 

ルーカスとアイリーンもブライスの手元に視線を移すーー

 

ーーっ!?

 

アイリーンが声にならない小さな悲鳴を上げる。

 

悲鳴を上げたアイリーンの目線の先にはーーブライスに押さえつけられた黒装束を全身に着たグレンが居た。

 

アイリーンは慌てて死体を見るが、そこには人形が真っ二つになっていた。

 

「え? ……じゃあ、あれは偽物で……グレン君は生きているのね?」

 

安堵したアイリーンは再び体の力が抜け、地面に座り込んでしまった。

 

それを見たルーカスはほっとする。

アイリーンが悩み苦しまなくて済んだからだ。

 

アイリーンと同様に人形を見たルーカスはふと疑問に思う。

何故あの人形を我々はグレンと見間違えたのだろうか? と。

 

確かに血と内蔵らしきものが中から出て来たのだ。

 

答えが知りたくなってグレンに視線を送るとブライスが察したのか、グレンを促す。

 

「分かりました、答えますからそろそろこの拘束を解いて頂けませんかね?」

 

顔色を伺いながら、自分の上に乗っているブライスにお願いする。

ブライスはため息を付きながらグレンの拘束を解く。

 

拘束を解かれたグレンは服に付いた汚れを叩きながら起き上がる。

その表情はいつものヘラヘラとした物だ。

身体の骨をボキボキ鳴らしながら、質問に答える。

 

「流石は神速の英傑様ですわ。えーと、あれは只の人形で、血糊と豚の内蔵です。もちろんそれだけでは歴戦の皆様には通用しないと思いましたので、えーと、幻影を使ってました」

「ほう、幻影ですか……確かにこの人数に幻術を掛けるのは不可能に近い」

 

グレンとブライスは会場を見渡して笑う。

だがすぐにブライスはグレンに視線を戻す。

 

「で、理論は分かったがさっきの行動の理由は?」

 

さっきの行動とはグレンが隠形(おんぎょう)ーー姿を隠して近づく事だ。ステルスとも言えるだろうか。

 

ブライスの鋭い視線を受け、冷や汗を掻くグレン。

 

「えーとあれは何と言いますか……」

 

と歯切れの悪い物言いをするグレンにブライスは背後に回る。

 

「はっきり言え」

「は、はい!」

 

グレンは身体を震わせ、答え始める。

 

「ルーカス長官を狙ったのは面白ろ半分で……も、もちろん傷つけるつもりは全く有りませんでしたよ!?」

 

グレンの言い分にブライスは盛大なため息を付く。

 

「はぁぁぁぁぁ~~………もう良い。おい、誰かコイツを連れて行きなさい」

 

屈強な兵士に囲まれ、為す術も無く連れて行かれるグレン。

さて、グレンは明日の朝日が見れるだろうか。

 

 

 

 

 

-----

 

「とんだご無礼を致しました」

 

再びルーカスに頭を下げるブライス。

申し訳なさそうにしているブライスにルーカスは苦労を察する。

 

「我々は大丈夫ですよ。それに本人も攻撃するつもりは無かったようですし」

 

屈強な兵士達に連れて行かれているグレンを遠目で見ながら微笑む。

この事は問題にしないと言う配慮にブライスは感謝する。

 

「ご配慮感謝します、ルーカス長官。アイリーン嬢、楽しめましたかな?」

 

チラッとアイリーンの顔色を伺うブライス。

アイリーンは精一杯の笑顔で応える。

 

「はい、とても有意義(・・・)な時間でした。このような場を設けて頂き、ありがとう御座いました」

 

天使のような笑顔のアイリーンにブライスは安堵する。

 

「そうでしたか。楽しんで頂いたみたいで良かったです。さて、そろそろ遅めの昼食に参りましょうか」

 

ブライスに促され、アイリーンは着替えに。ルーカスとブライスはアイリーンが帰って来るまで歓談に花を咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

-----

 

帰りの飛行機の中、ルーカスはアイリーンと話をしていた。

 

「アイリーン、作り笑い見事だった」

 

微笑むルーカスにアイリーンは安堵する。

 

「良かったです。何とか誤魔化せたみたいですね。……流石はルーカス長官、良く私の表情を見ておいでで」

 

ブライスの前では不問にしたが、本人達はやはり不快だった。それと同時にアイリーンは護衛としての自分の実力不足も感じていた。

 

また天使のような笑顔を見せるアイリーンにルーカスはうんざりした顔をする。

 

「その微笑み、お前には合わないから俺の前では辞めろ。どうにも、違和感しか感じない」

 

普段は仏頂面のアイリーンが天使のような笑顔なんて、あり得ない。もちろん、表情は変化するが他人と会うときはほとんどが仏頂面だ。俺と話す時は表情をころころと変える奴だが、気を許してるのだろうか。

 

ルーカスの表情がしかめっ面になっているとアイリーンが微笑む。

やはりその笑みは自然だ。

 

「じゃあ今度から怒った時には微笑みますね?」

「辞めろ、恐怖しか感じない」

「なら効果てきめんじゃないですか」

 

お互いの噴き出すような笑い声は一時の休息を2人に与えていた。

 



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8-A 平和なクリスマス(閑話)


さて今回はクリスマス閑話です。
敵対関係は無視して、集まったらどうなるかと書いてあみました。
こんな平和なクリスマスがいつか来ると良いですね。


ふと見上げると漆黒の空から白い塊が無数に降ってきている。その白い塊は掌に落ちると体温を奪い、改めて冬だと実感させるのだった。

微かに積もった白い塊ーー雪は足元を気を付けさせる程、溶けて凍っていた。

 

そんな中、3人の男ーー青年2人と大人1人は目の前が隠れて見えないぐらいの紙袋を抱えて歩いていた。もちろん足元は見えないので、転ばないようゆっくりとだ。

 

町中に見える、明かりで装飾されたクリスマスツリーに金髪の青年の視線は目移りしてしまう。

疎かになった足元は当然不安定になり、足を取られてしまう。

 

「うわっ」

 

と言う悲鳴と共に金髪の青年の体勢は崩れ、後ろに倒れるーー

 

「おっと、余所見はいかんぞ」

 

完全に体勢が崩れる直前、隣に居た長身の金髪の大人は金髪の青年の背中に腕を回し、支える。

 

何とか堪えた青年は大人にお礼を言う。

 

「ありがとうございます、ルーカスさん」

 

ルーカスと呼ばれた男はニヤリと笑う。

 

「いいか、ユーリ。余所見はアンジェリカの前ではしちゃいけないぞ?」

 

まるで親子のような会話に黒髪の青年はフフッと笑ってしまう。

 

「これじゃ親子みたいですね。差し詰め、私はユーリの友達でしょうか?」

 

皮肉交じりの微笑みにルーカスはわざとらしく肩をすくめる。

 

「おや、ラインも私の子供では無いのか? ……そうか、お父さんは悲しいなあ」

「いつから私のお父さんに成ったんですか」

 

とラインの冷静なツッコミに3人は楽しく笑う。

 

次は足元に気を付けながら歩き続けると家が見えて来る。だがその家前には沢山の丸い雪の塊ーー雪だるまが存在していた。家を出る時には無かったはずだ。

雪だるまの軍団の影には犯人の3人が未だ作業していた。

堪らず、ラインが声を張り上げる。

 

「グレン!! これはどういう事だ!?」

 

グレンと呼ばれた赤髪の青年はビクリと体を震わせ、雪だるまの影からラインの様子を伺う。

 

「お、ライン帰って来たのか。いや、これは遊びでな……」

「遊びにも限度が有るだろうが!!」

 

家の目の前には50体以上の雪だるまが所狭しと並んでいる。いきなり夜にこの状況に出会ったら恐怖を覚えるのは仕方ない事だろう。

 

溜息を付くルーカスとユーリに金髪の男と藍色の髪の青年は弁明する。

 

「ルーカス、これは筋トレの一環で……」

「ライル、お前が唯一の大人なんだから止めなきゃならんだろうが……」

 

正論に肩を落とすライル。

 

「ユーリ、これは遊んでたんじゃなくてな。えーと……」

「はいはい、遊んでたんでしょ、 ランス?」

 

最早隠しようの無い事実に言葉を失うランス。

 

3人が反省していると玄関が空いて

、中から黒髪を左右に分けた男ーーサイオンが出てくる。

 

「お、3人共帰って来たか。……ほれ、遊んでた奴ら、手伝え」

 

サイオンの鋭い視線に遊んでた3人はとぼとぼと家に入って行く。サイオンには素直に従う様子にライン達3人は肩を竦める。

 

家の中に入ると中は暖かく、むしろ熱いぐらいだ。

コートを脱ごうとするとドタバタと人が正面からやって来る。

先にやってきたのはアンジェリカ。その後ろにはアイリーンが。

 

「ユーリさん、荷物受け取りますね!!」

「ルーカスさん、コート受け取りますよ」

 

とそれぞれ出迎えてくれる人が居ることにラインは妬む。

 

(チクショウ、こいつらはリア充か……)

 

改めて格の違いに女々しく泣いているとティナが飛んでくる。

 

(ーーっ!? とうとう俺にも!?)

 

と感動していると、ティナが目の前で止まる。

 

「た、ただいま」

「お、待ってたのよ。じゃあ貰うわよ」

 

と手元の荷物をひったくられ、さっさと台所に戻るティナ。

 

必要な物があったから来たという事実にラインは膝を付いて、四つん這いになる。

 

「チクショウ……」

 

と呟いたのはユーリ達の歓談に消えるのであった。

 

 

 

 

 

-----

 

リビングに戻るとサイオンに飾り付けの為にこき使われているライル、グレン、ランスが居た。

一方クリフは優雅に暖かい紅茶で休んで居た。

 

飾り付けは白い綿とテープによる壁への装飾とクリスマスツリーを豆電球での飾り付けした物の準備をしていた。

 

「へえ……本格的じゃないか」

 

と思わず感嘆の声が漏れてしまう。

後はサンタだけだなと思っているとガラガラと台車を引く音が後ろから聞こえる。

 

後ろを振り返ると台車を引いたマナンがやって来る。その台車の上には沢山の料理があった。

 

「ご飯出来たよ。ライン、ありがとね。買い出し助かったよ」

 

と微笑むマナンにラインは感動する。

 

(くぅーーマナンはほんと良い奴だよ!!)

 

マナンの感謝の言葉に癒やされたラインは料理の配膳を手伝う。

台車の上の料理の皿に触れた時、誰かの手と重なる。

 

「あ、すまん」

 

謝罪し、見上げるとユーリだった。

 

「いやいや、遅れてごめんな」

 

申し訳なさそうな表情で手伝い始めるユーリ。更にその後やって来たルーカスも加わる。

 

配膳が終わった頃にユーリはふと疑問に思った事を口にした。

 

「なあ、これってマナンが作ったのか?」

 

料理を指さしてマナンに視線を向けるユーリ。

するとマナンは頷く。

 

「うん、これは僕とティナで作ったよ。ティナは盛り付けのみだけど」

 

苦笑いするマナンに一同は苦笑いするしかない。

男……いや、この家の中では最高の女子力を発揮するマナンに。

頑張れ女子!!

 

と内心応援しているとクリスマスソングがどこからか聞こえて来る。

一同がキョロキョロと探しているとーー

 

「メリークリスマス♪」

 

 

目の前にサンタ服を着た女性陣が現れる。

白い袋を肩に背負ったミニスカサンタだ。

 

アンジェリカのまだ幼い肢体から伸びる白い脚は張りのある健康的な脚だった。まだ成長過程の彼女の将来が楽しみだ。

 

一方アイリーンはやはり完成されたモデル体型の長い脚は程よい筋肉によって引き締まり、大人の魅力は一同の視線を釘付けにさせていた。

 

そしてティナの意外な事に余り日焼けしてない脚はそこそこの筋肉に包まれ、何とも健康的な脚だった。蹴られたらひとたまりも無い。

 

三者三様のミニスカサンタだったが勝敗は明らかに見えていた。

大人の女性強し。

他の2人が哀れだが、まあ相手が悪すぎた。

 

一向に自分の事を見てくれないユーリとラインにそれぞれ抗議に行く。

 

そんな中、上手く行った2人はイチャイチャしていた。

 

「ルーカスさん、これおばさんにはきついですかね?」

 

自分の事をおばさん扱いするアイリーンにルーカスはツッコミを入れる。

 

「おい、お前がおばさんなら俺はジジイだぞ。まだ若いんだからな!!」

 

否定してくれた事に頬を緩ませるアイリーン。

確かに十代から見た二十代はおばさn……ゲフンゲフン

価値観何ぞ、その人の置かれた状況で変わるから何とも言えないのだ。

 

脚を踏まれて抗議されるラインと涙目でしがみつかれるユーリの必死な様子にルーカスとアイリーンはお互いに微笑み合うのだった。

 

 

 



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8-B 平和な元旦(閑話)

皆さんお久しぶりです。そして明けましておめでとう御座います。新年もよろしくお願いします。

次話は1/20です。
通常に戻ろうと思います。


 

「「「ハツモウデ?」」」

 

 ここに居るライン以外のーーユーリ、アンジェリカ、クリフ、ランス、サイオン、ルーカス、アイリーン、ライル、グレン、ティナ、マナンの頭の上にハテナマークを浮かべる。

 

 そんな彼らにラインは得意げに語る。

 

「ええ、初詣です。初詣は日本の正月に行う行事でーー」

 

 元々は「年籠り(としこもり)」と言い、家長が祈願のために大晦日の夜から元日の朝にかけて氏神の社に籠る習慣であった。やがて年籠りは、大晦日の夜の「除夜詣」と元日の朝の「元日詣」との2つに分かれ、元日詣が今日の初詣の原形となったらしい。

 現在は主に三が日までに行くのが「初詣」という事らしい。

 

「ーーという事らしいですよ」

 

 と自慢気に日本通を見せびらかすラインに他の面々は素直に感心する。

 

「へえ、ラインがここまで日本に詳しいとは思わなかったぜ」

 

 とグレン。

 

「日本か……私も行きたいです」

 

 とルーカスの横顔に物欲しそうな視線を送るアイリーン。

 

 冷や汗を掻いたルーカスは決断する。

 

「良し、次の休みに行こうじゃないか、日本へ!!」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 1月1日元旦、ライン達は明治神宮に来ていた。

 

「スゴい人だかりね……」

 

 目の前の群衆に圧倒されたティナの呟きに面々は頷く。

 昇ったばかりの朝日に照らされた境内はどこもかしこも人であった。

 その中をカランカランと乾いた足音を鳴らしながら歩く女性陣。草履と石畳が当たる音だ。

 

 黒の下地に梅の花柄が刺繍された着物を着ているアイリーン。長い金髪はトップをゆるく編み込みサイドでシニヨンに。最後にトップの毛をふんわり引き出す。何とも大人の色気に満ちた雰囲気を醸し出しており、周りの人もチラチラと男女共に目線を送ってしまうのだ。

 

 その横を歩くルーカスには男から妬みの視線を送られる。視線に敏感なルーカスは苦笑いする。

 

「……ここもアイリーンの人気者だな。俺なんかでは釣り合わないな」

 

 するとアイリーンはルーカスを睨む。ルーカスは一瞬たじろぐが何故彼女がこちらを睨むのか分からない。

 ルーカスが察するのを諦めたアイリーンはため息を付いて、

 

「……もう!!」

 

 と強引に自身の腕とルーカスの腕を絡ませる。

 

 驚いたルーカスは離れようとするが、アイリーンの力には敵わない。

 

「ど、どうしたんだ、アイリーン?」

 

 戸惑うルーカスにアイリーンは下を向きながら答える。

 

「……人が一杯いますからはぐれないようにです!!」

 

 何だがまた不機嫌になったアイリーンにルーカスは女心は分からん……と呟きながらアイリーンの歩く速度に合わせて歩いて行く。

 

 

 

 

 

 ----- 

 

 その様子を眺めていた他の面々はニヤニヤと頬を緩ませていた。

 

「いやー青春してるねぇ」

 

 とライルとグレン。

 

「やっぱり大人はカッコイイですよね」

 

 とティナとアンジェリカは頷く。その視線はユーリに向く。

 

 何故か視線を感じるユーリはキョロキョロと探す。

 

 ティナはアンジェリカの背中を叩いて応援する。

 

「アンジェリカ、あなたも頑張りなさい!!」

「はい!!」

 

 背中を押されたアンジェリカはユーリの元に草履を鳴らしながら行く。

 長い栗色の髪は低めのアップスタイルのシンプルシニヨンでうなじも見えている。

 薄いオレンジ色の下地に色とりどりの花柄が刺繍された着物を着たアンジェリカは可愛いらしい。

 

「ユーリさん、私達も行きましょう!!」

 

 と言ってユーリの手を取るアンジェリカ。引っ込み思案の彼女にとっては手を握る事すら恥ずかしいはずだ。

 アンジェリカは顔を真っ赤にしながらユーリを引っ張って行く。

 

 

 

 

 

 -----

 

 若い青春に年老いた者達は微笑ましく感じる。

 

「うむうむ。初々しいのう」

 

 と満足そうに頷くクリフにサイオンも頷く。

 

「ええ、彼らは幸せになって欲しいです」

 

 幸せそうなユーリ達を見てグレンは何かを思いつく。

 クルッとティナの方に向く。

 そのいやらしい表情にティナは身じろぐ。

 

「なあ、ティナさん、俺と腕組まねぇ?」

「嫌よ」

 

 即答かよっ!?

 即答で断られたグレンは何だが面白そうだ。分かってやってたか。

 

 2人のコントにマナンは笑う。

 

「ふふっ、こういう雰囲気が来年も続いたら良いね」

「ああ、今年(・・)も俺達は友達さ」

「あっ……」

 

 既に年が変わっている事を思い出したマナンは恥ずかしそうに笑う。

 

 暖かな陽射しの太陽はとても輝いて見えた。

 



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〈9章 ライン 合宿編〉
9-1 合宿という名の息抜き


 照りつける日差し、黄金の砂浜、宝石のように青く綺麗な海。

 来たぞ、夏だ!! 海だ!! 水着だ!!

 

 と言ってもほとんどは野郎共ばかりで目の保養にはならないのが現実だ。

 

 ビーチパラソルの下にシートを引いて遠い目をしながら休んでいたラインは溜息を付く。

 

 ライン達、1年生は夏に、合宿という名の息抜きでクック諸島に来ていた。

 クック諸島はウェリントンから2000km右上に行った位置にある。飛行機で2時間ぐらいだろうか。

 クック諸島には住民が住んでおり、リゾート地として密かに有名だ。やはりグアムやハワイが人気だが知る人ぞ知る秘境だ。

 そこにライン達は貸切で息抜きに来ていた。

 

 だが現実は筋肉ムキムキの海パン共がはしゃいでいて、息抜きどころか暑苦しい。それから逃げるように宝石のように輝く美しい海を眺める。

 

 潮風が熱い砂浜では涼しげに感じる。

 その時、頬に急に冷たさを感じてヘンな声を出してしまう。

 振り向くとそこにはラインの頬に缶ジュースを当てているティナがニヤリとしていた。

 

「ふふっ、驚いたでしょ?」

 

 イタズラが成功して楽しそうにしているティナにラインは非難の視線を向ける。

 

「普通に渡せよ!! びっくりしただろうが」

 

 と言いつつ、ジュースを受け取るライン。やはり冷たいジュースには勝てない。

 

 大人しくなったラインにティナは棒読みでごめんなさいねーと反省の色が全く見えないまま、ラインの隣に座る。

 だがその距離はかなり近い。

 

「ちょ、近いわ!!」

 

 とラインが抗議するが、ティナはむしろラインを睨みつける。

 その視線を辿るとシートだった。

 あっ、そういう事ね。

 

 ラインは横にずれる。

 空いたシートの広さにティナは満足する。熱い砂浜に座るのが嫌だったらしい。

 

 遅れてクーラーボックスを抱えたマナンが戻ると、ギリギリふたり入ったシートには海パンのラインとパーカーとショートパンツを穿いたティナが座っていた。

 マナンの座る場所が無い。

 

「ちょっと、僕の座る場所が無いじゃないか!!」

 

 と抗議するが、ラインとティナは意気投合して死守の構えだ。

 

「此処は渡さん」

「此処は占領したのよ!!」

 

 ラインとティナが腕を組んで姿勢にマナンは頬を膨らませる。

 そして2人の間に突撃する。

 2人はマナンを止めようとするが飛び込んで来たマナンを跳ね返せず、揉みくちゃになる。

 

「ちくしょう、そこまで此処が欲しいか!!」

「ちょっと!! どこ触ってるのよ!!」

 

 ティナのビンタの乾いた音が辺りに鳴り響き、その音によってこの戦いは終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ラインとマナンが正座してティナから説教を受けていると、後ろから笑い声が聞こえる。

 

 振り向くとグレンが手を口に当てて、笑いを堪えている。

 

「お前ら、馬鹿やってんな」

 

 と言うグレンも体中海水を浴びて、肩が上下し、髪が乱れている。

 

「そういうお前も相当馬鹿やってんな」

 

 肩に付いている砂を見て、ラインもニヤリと笑う。

 

「ふふっ、お前も投げてやろうか?」

 

 笑うグレンの背中の向こうではまた誰か担がれて海に投げられていた。悲鳴が上がるのと同時に歓声も上がる。

 

 あれには関わりたくない……

 

 という感情が顔に出てたのか、グレンは後ろに振り返る。

 

「おーい、こっちにも投げて欲しい奴が居るぞー」

「おっ……まえ!!」

 

 グレンをボコしてやりたい所だが、今は逃げる!!

 

 正座からクラウチングスタートの体勢に移行ーー地面を蹴って追っ手から逃げる、逃げる、逃げる!!

 

 熱い砂浜を走って足が焼けるように痛いが、ここで死ぬわけには!!

 

 その時目の前の何かに勢いそのまま衝突する。

 

「いってぇぇぇぇぇ!! 何だこの見えない壁はーー」

 

 ーーはっ!? まさか魔力の壁か!?

 

「ティナぁぁーー!!」

 

 魔力の壁を生成した犯人に抗議の声を上げるラインだが、既に彼は追っ手に担ぎ出されていたのであった。

 

 その様子を見つめる人物には誰一人気づく事は無かった。

 

 



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9-2 まさかの日本人





 結局、海に投げられ疲れ果てたラインはホテルベッドの上に身を投げ出していた。

 

「あーもうダメ。散々投げられて疲れた」

 

 一回投げられて吹っ切れたラインは野郎達の集いに参加して、投げたり、投げられたりを繰り返していた。

 そして現在、疲れ果て、ベッドに寄生しているのであった。

 

「あーフカフカのベッドが気持ちなあー」

 

 もう離れたくないオーラを醸し出すラインにマナンはため息を付く。

 

「後半は自業自得でしょ? ……そろそろ食事だから移動しよ?」

 

 そんなマナンの言葉にラインは全く動く気配が無い。ピクリとも動かない。

 

「もう!!」

 

 マナンはティナを呼んで、ラインを引きづって貰うのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 流石に床が平らでも引きづられるのは痛いし、恥ずかしいのでラインは立ち上がっていた。

 そして目の前の現状に開いた口が塞がらなかった。

 そう目の前にはまるでキャバクラのような光景が広がっていたのである。高く積み上げられたシャンパンタワー、光り輝くシャンデリア、やや煩いアップテンポな音楽、L字のソファーに黒塗りの大きなテーブル。それらが沢山あった。

 

 ライン達が何回も瞬きをしていると背後から酒臭い誰かがもたれ掛かって来る。

 振り返るともう既に酔っ払いのグレンだった。

 

「よお……ラインじゃねぇか……」

 

 ラインに寄り掛かるグレンの目は虚ろで、意識が朦朧としていた。

 

「ちょっ、お前酒臭え!! 大丈夫か? 飲み過ぎじゃないのか?」

 

 もう18歳で成人したとはいえ、節度を持った飲み方をして欲しいものだ。

 

「だいじょうぶぅ、だいじょうぶぅ」

 

 と言うが既に呂律(ろれつ)が回っていない。

 終いには寄りかかって寝てしまった。揺すっても起きる様子は全くない。

 困り果てたライン達に声が掛かる。

 振り返るとタキシードを着た男がにこやかな笑顔で居た。

 

「あの、宜しければ私どもでグレン様をお部屋までお運びしましょうか?」

 

 その願ってもない提案にライン達は頷く。

 

「はい、よろしくお願いします」

「分かりました。グレン様はお部屋までこちらでお運び致します」

 

 すると男は同僚を呼び、運んでいく。

 それを見送ったライン達は現状を再確認する。

 酒臭い店内、潰れているクラスメイト達。次々と男達によって運ばれていく。

 

 ちょうど全員潰れて片づけられた席に案内される。

 

 広いソファーに3人で座るのは何だか落ち着かない。

 するとメニューが運ばれて来る。

 それを広げてみると、どれも聞いた事の無い酒ばかりだ。そして値段も学生のライン達にはとても払えないものばかりだ。

 

 ライン達がうんうん唸っていると男の店員はにこやかな笑顔でおすすめしてくる。

 

「ドメーヌ・ルイ・ジャドはいかがでしょうか? こちらは初心者の方でも美味しく頂けるものとなっております。もちろんお代は頂きませんのでご安心下さい」

 

 その言葉に少し安心する。お金どころか財布すら持ってきてないのだから。

 そして初めてのワインによく分からないのでお勧めの奴を頼むことにする。

 

「かしこまりました。今お持ちします」

 

 綺麗に一礼して丁寧な足運びで離れて行く様子をぼんやり眺めるライン達。

 

「……尚更、場違いだな。」

 

 ポツリとこぼした呟きにマナンとティナは頷く。

 

 酒が来るまで暇なのでキョロキョロと周りを見渡してみるとあちらこちらでバカ騒ぎしているクラスメイト達の席と教員陣の席がある。

 教員陣と言っても、ゴリとエマ先生とジェームズ先生の3人だけだが。適度に酒が入ってて楽しそうだ。やはり大人は違う。

 

 そんな事思っている時に放送が流れる。

 

「お楽しみのお客様に更なるサービスをご提供致します」

 

 との放送が流れた直後、入口からぞろぞろと胸元が大きく開いた美女達が沢山入って来る。その人種は様々でより取り見取りだった。

 

 ここに居る全員が呆けている間に美女達はそれぞれのテーブルに一対一で付いて行く。

 

 ラインの隣に来た子はアジア人だった。綺麗な黒髪のロングストレートが印象的な子だった。身長はアジア人らしくやや低い。

 

「こんにちは。私はリエです」

「リエ? ……まさか君は、日本人じゃないか?」

 

 ラインの指摘にリエは目を見開く。

 

「え? そうです、日本人です。でもどうして日本人だと……」

 

 ラインはニヤリと笑う。

 

「俺は日本通でね、その黒髪とリエと言う名前、そして特徴的な英語なまり。もう日本人しかないね」

 

 そう得意気に語るラインにふと疑問が生じる。

 現在の日本は火星独立国の統治下にある。何故彼女がここに居るのだろうか?

 

「もしや君は難民組か?」

 

 とのラインの推察にリエは頷く。

 

「はい……私は戦争が怖くて……家族とここまでやって来ました」

 

 俯く彼女にラインは話を変える。

 

「ええっと、そういえば自己紹介してなかったね。俺はライン」

「ライン様ですか。何故そんなに日本について詳しいのですか?」

 

 様付けか。まあ客である自分達に付けるのは当たり前だけど、仲良く成りたいから、様は辞めて貰おう。

 

「あの様付けは辞めて貰えないだろうか? 気軽に話したい」

「分かりました」

 

 素直に頷くリエ。

 

「ええっと、何故俺が日本について詳しいかと言うと、俺は日本オタクなんだ」

「日本オタク? 日本について詳しいという事ですか?」

 

 ラインは横に首を振る。

 

「正確にはゲーム、アニメオタクかな。俺は日本のゲームとか好きでその中に登場する場所や習慣を知ってるだけだよ。ああ、日本語はまだダメだ」

「えっ!?」

 

 いきなり驚いた顔をするリエ。

 あれ? ……まさかアニメとかに偏見のある子なのか?

 

 冷や汗を掻くラインだったが予想とは真逆だった。

 

「私もオタクなんですよ!! まさか外国来て、アニメの話が出来るとは思いませんでした!!」

 

 ラインの手を取り、喜ぶリエ。

 だからって手を握らないでくれ!!

 

 ラインが恥ずかしそうにしているとリエが現状に気づく。

 

「ああっ、ごめんなさい!!」

 

 と言って、手を離す。

 ふむ、オタクにしてはしっかりした手だったな。

 

 とどうでも良いことを考えてしまうラインにリエは覗き込む。

 

「あの、気を悪くされませんでしたか?」

 

 不安そうな彼女にラインは我に返る。

 

「ん? ……いや、そんな事無いよ!! そういえば、日本の習慣や地名について知りたいな」

「はい!!」

 

 

 

 

 

 -----

 

 いつの間にかに来たワインをチョビチョビ飲みながら、リエと話しているとリエは呼ばれて席を離れていった。

 

 ふと周りをみると、このテーブルではマナンとティナは部屋に戻ったらしい。俺だけが話し込んでいたのか。

 

 他のテーブルを見るともう残っている生徒は居ない。教員陣も潰れていて、男達に運ばれている。

 あれ? エマ先生が居ないぞ?

 既に部屋に戻ったのだろうか。

 

 他のテーブルを見ていると、リエが戻って来る。

 

「お待たせしました。さて、再開しましょうか」

 

 戻って来たリエはラインの直ぐ隣に座る。いやこんなに広いのに近いから。

 

 ラインが少し離れるとリエは直ぐにくっついてくる。

 これを何回か繰り返すと耐えきれなくなる。

 

「ちょっと、何でくっついてくるんだよ!!」

「私、ラインさんが好きになってしまいました。懐かしい日本の話も出来ましたし、ラインさん優しいし……今だけでも彼女になってはいけませんか?」

 

 と言いながら、上目遣いで体をくっつけて来る。

 彼女の顔を凝視出来ないので、視線を下げると控えめな谷間が見えてしまう。日本人なので控えめだが、大きく胸元が開いたドレスによって否応なしに視線が行ってしまう。

 

 ちょっ!? ここも危険!!

 

 慌てて正面に顔を向けて、視線をずらすが彼女は正面に移動する。

 そしてラインに抱きついて来る。

 

 ぐおぉぉぉぉぉ、彼女の胸が、胸が!! 

 

 世界的に見て小ぶりな訳で決して小さくない彼女の胸と彼女から匂う香水の甘い匂いがラインの理性を攻撃していた。

 

 だが、ラインは女性未経験。思わず逃走していた。それを寂しげに送る彼女の表情にラインは気づかなかった。

 




さてそろそろ前兆が見えた来た頃です。
ちなみにライン達は成長して魔法が使えるようになってます


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9-3 ライン達の初任務

 ラインが酒で火照った顔をしながらホテルの廊下を歩く。廊下の静かな雰囲気はラインにさっきの出来事を思い出させる。

 

 初めて女の人に抱き締められた。それも好意を持って。いや実は好意では無かったかもしれない。あれは接客の一つだったのかもしれないと彼女を信じられない自分が嫌になる。

 頭を振り払うラインに鼻腔に付く微かに残る彼女の香りがさっきの事は夢では無いと再認識させる。

 

 次会ったら謝ろう……と心に決めたラインは自分の部屋のドアを開ける。そこからは薄暗い中、テレビの明かりだけが照らしていた。

 

「マナン? 居るのか?」

 

 とのラインの呼びかけにマナンは布団からモゾモゾと顔だけを出して、答える。

 

「……ああ、お帰り、ライン」

 

 明らかに体調の悪そうなマナンに心配になる。

 

「どうしたんだ? 体調崩したのか? 薬貰ってこようか?」

 

 心配するラインにマナンは首を横に振る。

 

「いや……いいよ。正直寝不足で飲んだからだと思う。凄く眠くて……ふぁぁぁあ……お休み……」

 

 その言葉の直後、静かな寝息を立て始めたマナンにラインは安心する。

 

「何だ、寝不足かよ……心配させやがって」

 

 穏やかな顔で寝るマナンに怒る気にはなれない。

 

 自分も布団に入って、テレビを消そうとすると控え目にノックされる。

 

 こんな時間に誰だ? もう誰も起きてないはずなのに……

 

 若干来ていた眠気を飛ばして、ドアスコープから覗き込む。

 そこには黒のタンクトップと水色のショートパンツを穿いたティナが不安そうな顔で居た。

 

 ドアを開けると少し安心した表情になるティナ。

 

「どうしたんだ? こんな夜更けに」

「……とりあえず中に入れて貰えるかしら?」

 

 真剣な表情のティナに断れる雰囲気では無かった。

 

 中に入ったティナとラインはベットに腰掛ける。

 

「それで、どうしたんだ?」

 

 とのラインの問いかけにティナは話し出す。

 

「実は同じ部屋の子がどこにも居なくて……」

 

 ふう、何だ部屋の子の話か。真剣な顔してたからもっと重い話かと思ってた……

 

「トイレとか、お風呂に居ないなら、俺達みたいに誰かと逢い引きしてるかもよ?」

 

 ニヤリと笑うラインにティナは呆れて溜息を付く。

 

「……はあ、全く、男はすぐ恋愛に持って行く……それだったら良いんだけど……」

 

 含みを持たせる言い方にラインは頭を切り替える。

 

「……どういう事だ? そんなに見つからないのなら先生にーー」

 

 立ち上がったラインをティナは引き止める。

 

「待って!! ……おかしいの」

「何が?」

「……私達以外に誰も居ないの!!」

 

 衝撃の言葉にラインは開いた口が塞がらない。

 

 誰も居ない? グレンもエマ先生も? まさか従業員すら!? 

 

 まさかという視線を送るが、ティナは無言で頷く。

 

「本当に誰も居ないわ。廊下歩いてる時に不思議に思わなかった?」

 

 ーーっ!? 確かに廊下歩いた時に野郎共のうるさいいびきが一つも聞こえなかった。おかしい、部屋にいれば聞こえるはずなのに……

 

「……なあ、確か従業員は『部屋にお運び致します』と言ってたよな?」

「ええ。部屋に運んでいたはずーーっ!? でも私達は部屋に運んだのを確認していない……」

 

 まさかの答えにたどり着くライン達。いやまさか従業員達が何かを企んでいるのか?

 

 疑心暗鬼になるライン達にドタバタと足音と声が聞こえる。

 

「おい、ここら辺でテレビが付いてたらしい。まだ捕まえて無い奴が居るぞ」

「ああ、まあもう寝てると思うが一応構えて行けよ」

 

 次第に近づいて来る足音にライン達は動き出す。

 寝ているマナンを起こし、慌ててクローゼットの中に3人で入る。キツいが少しの辛抱だ。

 

 クローゼットの中に入ったと同時にドアが開いて、銃と迷彩服の完全武装の男が中に入って来る。

 

 電気を点けて、中を確認し始める。ベットの下や隅を覗き込む男に3人の心臓は激しく高鳴り、鳴り止まない。

 

 またラインは他の事も心臓の鼓動を早くしていた。密着しているティナから柔らかと風呂出たばかりなのかシャンプーの香りが香ってくる。その事が更にさっきリエとの事すら思い出させる。

 

 俺のバカ野郎!! こんな時に変な事考えるな!!

 

 などと脳内で攻防している間に男はテレビを消して部屋を出て行く。

 

 3人は崩れるようにクローゼットから出る。

 

「はぁぁ……怖かったぁ」

 

 胸に手を置くティナにマナンは詰め寄る。

 

「ねぇ!? これはどういう事なの!!」

 

 口調は激しいが、音量はかなり小さい。やはり雰囲気から何かを察しているのだろう。

 

「ちょっと、落ち着いて!! えーと、まだ確定では無いけど、グレン達が捕まっている可能性があるわ」

 

 その言葉に更に詰め寄るマナン。

 

「相手は? 戦力は? どこに?」

 

 矢継ぎ早に飛ばされる質問に頭を回すティナ。俺がフォローに入るか。

 

「マナン、正直な所、敵対勢力が複数人いて完全武装している事しか分からん。そして誰が敵かも分からない」

 

 悩むラインにマナンは落ち着きを取り戻す。

 

「分かった。……ラインはこれからどうするつもりなの?」

 

 もう動く前提でいるマナンにラインは満足気に微笑む。

 

「流石はマナンだな。話が早い。とりあえず、基本から行こう」

 

 ライン達は状況を整理し始める。

 

「まずは目的だ。何が勝利で、何が敗北なのか見極めなければならない。

 じゃあ俺達の勝利は?」

 

 2人を視線を向けるとポツリポツリと答える。

 

「敵の全滅?」

 

 ハテナマークが付くマナンにラインは付け加える。

 

「うん、もちろん敵の全滅が最高だが別にそうでも無くて良いだろう。最も低い条件で良い」

 

 首を捻るマナンに対して、ティナがはっと気付く。

 

「そっか!! グレン達の解放ね!!」

 

 100点満足の答えにラインは頷く。

 

「そうだ。最低グレン達が解放されればこちらは勝利だ。では敗北条件は?」

 

 次はマナンがすぐに答える。

 

「グレン達が殺される事かな」

「そう、グレン達に危害が及べば負けだ。そして俺達も誰も死んではならない」

 

 強い語尾に2人は頷く。

 もう誰も死なせたくは無い。

 

「良し、次は戦力の把握だ。こちらの戦力は?」

「僕達だけかな?」

 

 不安そうなマナンにティナがフォローする。

 

「いいえ、もしかしたら私達同様に隠れてる可能性が有るかもしれない」

 

 希望的観測だが、こちらの戦力を少しでも増やしたい今はこれが正解なはずだ。

 

「じゃあ、各部屋を当たって仲間を増やして行く感じ?」

「ああ、どこぞのゲームみたいだな」

 

 ふふっと笑うマナンとラインにティナが話を元に戻す。

 

「次に敵の戦力よね。これは分からないと言った方がいいわね」

 

 ティナの言葉に賛同する。

 

「ああ、人数も武装も魔法師の有無すらも分からない。こんな中、正面から仕掛けるのは愚行だ」

 

 敵がどこに居るかも分からないのに待ち伏せでもされていたら3秒も経たずに蜂の巣にされる俺達が容易に想像出来る。

 

「……とりあえず分かる事はこのくらいか。後は武器と偵察だな」

 

 頷くラインにマナンがちょっと待っててと声をかける。

 

 カバンを漁るマナンに一息付くライン達。

 

 ようやくカバンの中から出て来たのは黒塗りのハンドガン。

 

「は? 何で持ってきてんの?」

 

 驚くラインにマナンはどや顔で答える。

 

「どんな時も有事に備えとけってね」

 

 いやいや、まさかこんな事になるとは思って無かったでしょマナンさん。

 

 思い出したかのように銃を取り出したマナンにツッコミを入れるのは止めて、マナンに注意する。

 

「……ありがたいけど、今回は隠密作戦だ。だから銃よりは格闘の方が……」

 

 この言葉にマナンは落ち込み、ティナはガッツポーズする。

 はあ、まるで遊びの前じゃないか。

 

 緊張感の無い彼らにラインは自分の緊張が解けていくのを感じた。

 

 やっぱりこいつらとはやりやすいな。

 

 仲間のありがたみを再認識したラインは号令をかける。

 

「さて、行きましょうかね、俺達の初任務へ!!」

 



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9-4 動き出した事態

 ライン達は息を殺しながら部屋を出る。人気の無い廊下を忍び足でライン、ティナ、マナンの順番で歩く。たまに聞こえる自分の足音が異常に大きく聞こえる。

 

 そして長いような短いような時間を掛け、階段に到着する。

 

 この下の1階にさっきの宴会場が在る。

 

 そこにリエも居るのだろうか。

 

 楽しく大好きな日本の話を出来たリエはラインの中で大きな存在になっていた。これを恋心なのか分からないがラインがリエを助け出す理由には十分だった。

 

(リエ、君は関係無いよな?)

 

 不安で胸が押し潰されそうになるが押し殺して、階段の淵の隙間から中を覗く。

 

 扉は開かれており、中ではグレンやゴリやクラスメイト達が床に寝かされていた。そこには完全武装の男達が金属の拘束具をグレン達の腕と足に填めていた。あれでは目が覚めても抵抗が出来ない。

 拘束具の中央で赤いランプが点滅している。あれは何だろうか。

 

 ラインが疑問に思っていると同じ気持ちの敵の兵士が同僚に質問する。

 

「なあ、これで本当に大丈夫なのか?」

「ああ、これは魔力を感知すると爆発するシステムだ。だからこいつらはただの筋肉のみに成り下がる。銃を持った俺達には敵わない」

 

 ニヤリと笑う同僚に安心したのか作業を再開する。

 

 ーーなるほど。あれは魔法師専用の拘束具か。という事は今突入してグレン達を助けないと戦力差が開いてしまう。だが、ウォールシールドの使えない俺達3人が突入しても蜂の巣になる未来しか見えない。

 悔しいがここは堪えるしか無い。

 

 作業が終わるとリーダーらしき者が集合をかける。宴会場にバラバラに兵士達が集まる。ざっと20人ぐらいか。中には魔法師らしい者も居るな。

 

「良し、作業は終わったな? これから搬送を行う。北の潜水艦に運び、撤退する」

 

 頷く男達にふと思いついたリーダーは質問する。

 

「そういえば、残ったガキ共はどうした?」

「すみません、見失いました」

「まあ良い。半人前の魔法師に何が出来る。23時半には撤退するぞ」

 

 男達はクラスメイト達を背負い運び始める。

 

 とりあえず足音に気をつけて俺達の部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 部屋に戻って状況を整理する。

 

 ・敵は北の方の潜水艦で23時半に撤退する。

 ・敵は20人ぐらい。魔法師も何人か居る。

 ・援軍は来ない。端末を確認したがジャミングされ使用不可だ。0時に行う定時連絡が無い事に気付いた軍が動いた頃には既に敵はおさらばだ。

 

 絶望的な状況に3人の表情は真っ青だ。

 だが俺達しか救出出来ないのだから、ここで退くわけには行かない。

 

 まだ行ってない3階へ隠れている仲間を求め、捜索を開始する。

 

 ここも物音一つしない静かな廊下だ。人気の無い廊下に緊張がライン達の間に走る。

 

 その時グーという間抜けな音が耳に入る。思わず噴き出しそうになったが、堪えて後ろを振り向く。

 だが二人も同様に笑いを堪えてるようだ。俺じゃないぞ。

 

 3人とも違うので他の誰かだ。

 一つ一つ部屋を見て行く。

 部屋を見て行く中で気付いた事がある。部屋には2種類の部屋がある。綺麗な部屋と散らかっている部屋だ。綺麗な部屋はどちらかが整理整頓が好きなのだろう。そして散らかっている部屋はどちらも散らかす人達だ。

 散らかす×散らかす=散らかる

 散らかる×整理整頓=整理整頓

 整理整頓×整理整頓=整理整頓

 という法則が見えて来た。

 そんな事考えている中、ある散らかっている部屋で女性用の下着を見つけてしまった。その瞬間後ろからティナに蹴られる。何故だ。

 

 そして最後の部屋にたどり着く。

 部屋の中は相変わらず暗い。廊下の明かりと月の明かりでぼんやりとは見えるが、輪郭しか見えない。明かりは点けられない。外からバレてしまう。

 

 手探りで進む中、突然目の前に人影が現れる。その人影は蹴りをラインに放って来る。

 

 ーー避けたいが、ここは室内。それに後ろはティナ達がーー

 

 腕をクロスさせ前で構える。

 蹴りは腕に直撃し、歯を噛み締めて堪える。

 

 異変に気付いたティナが反撃して蹴りをお見舞いし、地面に押さえ込む。廊下からの光が顔を照らす。

 

 ーーファルク!?

 

 あの3人組のヤンキーのファルクだ。何故襲い掛かってーー

 

 ラインが驚いてると同時にクローゼットから飛び出して来る。いや崩れ落ちてくると言った方が正しいか。

 

 崩れ落ちて来たのはエドウィンとトムだ。青ざめて土下座して命乞いをしてくる。ファルクが敗れて敵わないと思ったのだろうか。早過ぎる判断だ。

 

「不様だな、エドウィン」

 

 震えて顔を伏せていたエドウィンは聞いた事がある声に屈辱で顔を徐々に真っ赤にさせ、ラインに飛びかかろうとする。

 それを抑えて、状況を説明する。

 

 

 

 

 

 -----

 

「なるほど。それで僕達の協力が必要なのか。でも協力しろなんて頭を下げるべきではないか? それに僕らは関係無い」

 

 いつも通りのウザイ調子になってきたエドウィンに少し苛つく。こんな時にもその調子か。

 

「じゃあ敵にここの場所を教えてくる」

 

 立ち上がったラインに慌てて引き止めるエドウィン。

 

「ちょ、ちょっと待て!! 分かったから協力するから、止めてくれ!!」

 

 良し分かったか。協力してくれるなら有難い。

 立ち上がったが、また座る。

 

 座ったラインにホッするエドウィン。だが状況は悪いままだ。

 

 エドウィン達も戦力的にはそこそこだが如何せん、銃装備には分が悪い。お得意のレイピアも無いしな。

 さてもう一手欲しい所だが……

 

 するとふとティナが思い出したように発言する。

 

「ねえ、そういえば誰かエマ先生見た?」

 

 その問いに誰もが横に首を振る。あの捕まっている中には見当たらなかったのだ。

 

「……そういえば、エマ先生途中でどこか行ったよね?」

 

 ぼんやりと思い出したマナンがティナが聞く。

 

「ええ。美人達来た頃に出て行ったわ」

 

 じゃあまさかあの中に居ないかもしれない!! 

 

「でもどこにいるのかしら?」

 

 首を傾げて悩むティナを見てラインは思いつく。

 行ってない所で隠れているとは思わない所……

 

「ーー女子トイレだ!!」

 

 

 



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9-5 未知の領域?

 

 女子トイレーー男子たる諸兄達には未知なる場所であろう。我々が小学生の頃には既に女子トイレは未知なる領域と化していた。そう入っただけで同性の男子達からは「あー」と指を指され、女子達からはヒソヒソ話で噂されてものだ。

 それぐらい早くから男子達にとっては腫れ物扱いされた場所を挙げたラインに白い目線が集まる。

 

「いや、お前ら待てよ。真面目な話だぞ」

 

 ラインが言うには、やはり男達には女子トイレに入るのは心地悪さがあるから中は探しては無いのではないかだろうかという事だ。

 

 その意見に男子達は沈黙で答える。一方、唯一の女子であるティナは未だに白い目線がラインに向けられている。

 

「エマ先生がそんなところに隠れるかしら? ……ただラインが入りたいだけじゃ?」

「ちょっ、お前は俺を何だと思ってるんだ!!」

「変態」

 

 即答されるのは堪えるなあ。確かに喫茶店の時はどうかしてました。ごめんなさい。

 

 ショボンとした表情を見せたラインにティナは満足したのか話を進める。

 

「なら私が行けば問題無いわね。あんた達は待機」

 

 まあ無難な選択に一応全員が納得する。

 しかしラインは少し不安になる。

 

「ちょっと待て。一応俺も行こう」

 

 するとティナが再度白い目線を送ってくる。

 

「……そんなに入りたいのかしら? この戦いが終わったらたっぷり入れてあげましょうか?」

「い、いえ。結構です」

 

 これは入れられた後ボコられるパターンだ。そんな事してまで入りたくない。

 

「一人よりは二人で向かった方がもし敵に遭遇しても倒せる」

 

 ラインの正論に少し考えた後、頷く。

 

「……そうね。でも女子トイレの外で待ってなさいよ?」

 

 どんだけ俺への信頼ないんだよ。俺そんなに変態じゃないし。

 

 作戦が決まったラインとティナは立ち上がる。

 

 さて行きますか、女子トイレへ!!

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 人気の無い廊下を通り、階段を降りて、宴会場の外にある女子トイレに向かう。

 敵の兵士達はグレン達を担いで北に向かっているので今は誰も居ない。また少しすれば戻って来るだろう。

 

 今がチャンスと思い、グレン達を解放しようと思うが、思い留まる。

 

 待て、何でこれだけ人が居るのに誰も起きたりしないし、担いでも起きないんだ?

 

 試しに一人を揺すったり声を掛けたが全く反応が無い。穏やかな眠りについている。

 

 これは薬か、魔法のどちらかで眠らされているのか。どちらにしろ治療魔法の使えるエマ先生しか治せない。

 

 仕方なく宴会場を出て、トイレに向かう。

 トイレは宴会場を出て左に少し行った後、また左に曲がった所にある。

 

 するとトイレから水の流れる音が聞こえる。そして誰かがこちらに向かって来る。

 今から慌てて隠れようにも近場には間に合わないし、隠れる場所も無い。

 

「ティナ……やるぞ」

 

 ラインの呼びかけにティナも頷く。二人とも戦う覚悟を決める。

 戦うなら先手を取る!!

 

 体に強化魔法を使い、廊下を駆ける。出て来た所に一撃を入れる!!

 

 ラインが角に到達したのと同時に敵の兵士が目の前に出てくる。

 

 その表情は驚愕に満ちていたが、そこは訓練された兵士。すぐに肩に掛けたアサルトライフルでは無く、腰に付けたハンドガンを構え、発砲しようとしてくる。

 

 だがもちろんそんな事、させるはずもない。発砲させた時点でライン達の負けなのだから。

 発砲音で他の兵士に伝わり、ライン達を殲滅か、素早い撤退されるとライン達の負けだ。

 だからここは一瞬で倒す!!

 

 魔法で強化された右ストレートを兵士の鳩尾に叩き込む。

 鳩尾を殴られると横隔膜が瞬間的に止まる事があり、呼吸困難になる。

 だから兵士からの口から出たのはくぐもった声だけだ。

 

 くぐもった声を出した兵士は跪き、四つん這いになる。

 そこに魔法の壁を使って、空中から飛んできたティナがかかと落としを頭に命中させる。

 その威力は兵士の全身を地面に叩きつけ、即死させるには十分過ぎる物だった。

 

「ふう……」

 

 目の前に血を出して死んでいる兵士を見ながら二人とも一息付く。

 初めて人を殺した二人は特に衝撃を受け無かった。

 

 今までその為に訓練していたし、いつかこの日は必ず来ると分かっていたのだから。もちろん罪悪感はある。そして心地良い物では無いし、これからもこの日の事は忘れる事は無いだろう。

 人を殺したという罪悪感よりも殺さなければ殺される、これは仕方ない事だ、という気持ちでラインとティナの心は埋め尽くされていた。また極限状態で分泌されるアドレナリンでの異様な高揚感も二人を動かしている要因だ。

 

 だから戦場ではアドレナリンが分泌されすぎて、痛みを感じなかったり、発狂する者も現れる。

 初めての戦場でもちろん全員が発狂する訳では無いが、発狂する者が居ても可笑しく無いのでこの二人が発狂しないのは僥倖だ。

 

 死体を見て、不快感で顔を歪めた二人は早く立ち去りたい所だが、ここは戦力増強の為兵士の武装を剥ぎ取る。

 

 腫れ物を触るように兵士の武器を取っていく。やはり罪悪感が二人を苦しめているのだ。

 

 ハンドガン、アサルトライフル、ナイフ、グレネードを回収した二人は逃げるように女子トイレに向かう。

 

 そして女子トイレの目の前まで行って、今思い出したかのようにラインは中に入らないに足を止める。

 

 その様子を一目見たティナは何も言わず、中に入って行く。

 いつもは覚えてたのね? 等と茶化して来るティナだったが、さっきの事を引きずっているのか茶化さなかった。

 何となく女子トイレに対して回れ右をして背中を向けたラインは廊下を見つめるのだが、見ているようで見てなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 女子トイレに入ったティナは大きなため息を漏らす。

 やはり女子トイレは女子にとっては落ち着ける場所であり、気合を入れ直す場所である。

 

 さっきは堪えていたがここで少し落ち着いたので罪悪感が襲ってくる。鏡の中の自分は何だか疲れた顔をしていた。それを振り払うように冷たい水で顔を洗って気を引き締める。

 

 個室へ向かうと全て扉が空いていた。一応、中を見るが特に異変は無い。

 ハズレかと思ってまたため息付いたティナは扉に足を向けるーーその足を空中で止めた。

 この時のティナの頭の中ではまだ探して居ない場所を閃いていたのだ。

 そう、掃除道具入れだ。

 

 回れ右をして掃除道具入れの前に立つ。扉を開くーー顔の前に拳が見え、咄嗟に腕をクロスするが威力を殺しきれず、飛び退く。

 もちろん強化魔法で強化した身体能力だったが、相手も魔法師らしく強力な一撃だった。

 

「やるわね。でも残念。不意打ちは失敗ね」

 

 ティナは皮肉を言いながら、顔を上げる。痛んだ腕を相手に悟らせないように。

 

 顔を上げたティナは相手を見て、驚愕する。

 

「え? ホントにここに居たのね」

 

 そう、相手はエマ先生だった。

 殴った相手がティナと気づいたエマ先生も驚愕していた。

 

「……ティナさん? あ、ごめんなさい、敵と思って」

 

 お互いに味方だと分かった二人は警戒を解く。エマ先生は謝りながらティナの体に触る。

 

「本当にごめんなさい。敵が強力だから隠密で一人ずつ倒そうと思って潜んでいたのだけど、なかなか来なくて、やっと来たらまさか味方だとは……先生失格ね」

 

 ティナの腕を治療しながら目を伏せたエマ先生にティナは首を横に振る。

 

「いえ、私も声を出すべきでした。余りにも警戒し過ぎてたのかもしれません」

 

 お互いにフォローしあった二人は笑顔になる。そんな所にラインが飛び込んで来る。

 

「おっ、やっぱりいたか。エマ先生どうーー」

 

 もう治っていた腕でラインを殴るティナ。やっぱり女子トイレは入るべきでは無かったようだ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 エマ先生を連れ、部屋に戻る。

 もちろんエマ先生という強力な助っ人に残っていたメンバーは目を輝かせる。

 

「これで勝てるね!!」

 

 と興奮気味のマナンにエマ先生は目を伏せる。

 

「ごめんなさい、それはまだ分からないです。正直厳しいと思います。敵の魔法師の実力は不明。それに敵には銃火器はあるから……」

 

 もちろんエマ先生はウォールシールドは使えるし、実力もある。

 だが相手は魔法師複数人。いくら優勝な魔法師のエマ先生でも複数人はどうなるか分からない。そして問題の銃火器はエマ先生にしか対処出来ない。

 強化魔法はもちろんものすごい速さで駆けるが、音速で動くわけでも目に見えない訳でも無い。単純に少し早く、硬くなっているだけだ。

 もちろん優秀な魔法師は化け物のような速さと威力を持つが、ライン達は覚えたての新米魔法師。

 銃を乱射されれば避けられない。

 

 かと言って銃火器の相手をエマ先生にやらして、魔法師とライン達が闘おうとしても使える魔法師は強化魔法とファイヤーボールしかないライン達はすぐにやられてしまうのは目に見えてる。

 

 だから真正面から戦うのは馬鹿らしく、何かしら作戦を立てる必要がある。

 それにこれ以上時間も無く、仲間も居なさそうなので戦力を増強することは出来ないだろう。

 

「……エマ先生にはやはり魔法師の相手をして貰うのが一番だ」

 

 魔法師はやはり強く、万能で欠点が少ない。ならまだ銃火器を持った兵士の方がやりやすい。

 

 さっき回収した銃火器を場に出す。マナンはアサルトライフルを手に取る。やはりハンドガンよりも長身の銃の方が良さそうだ。

 

「僕はこれ使うね。……やっぱり遠くじゃないと怖いや」

 

 戦力を最大に生かすならマナンは狙撃に就かせるべきだろう。アサルトライフルでも単発で撃てばある程度狙撃は可能だ。そんな長距離では無いが。

 

 残った武器に3人組は首を横に振る。確かにエドウィンはレイピア使い。ファルクは格闘。トムは機械いじり。これらの武器は俺が使った方が良いな。

 

 ハンドガンとナイフを腰に挿し、ポケットにグレネードを入れる。

 

 エマ先生にも何か必要か聞いたが必要ないとか。流石魔法師。

 

 後は肝心な作戦だが、そう簡単に考え付く物では無い。初めての実戦で緊張気味のライン達には余裕は無いかもしれない。

 

 沈黙がこの場を支配する中、ふとマナンが質問する。

 

「そういえばラインが回収した装備はあれで全部?」

 

 装備? そんな事作戦に関係あるのか? 

 

 とりあえず質問には答えとく。

 

「いや、防弾ベストと迷彩服、後は暗視ゴーグルがあったな」

 

 その答えにマナンが目を見開く。

 

「そっか、やっぱり完全装備だね!!」

 

 防弾ベストに迷彩服、暗視ゴーグルとか弱点無しだよなあ。隠れたら見えにくいし、暗闇でも暗視ゴーグルで昼間のように明るいし。

 こちらだけ見え放題だよ。

 

 考えれば考える程、絶望的な状況に頭を抱えるラインにマナンはニコニコ微笑む。

 

「何で、笑顔……何だ?」

「うん、それはねーー」

 

 マナンはラインの目を覗き込む。

 その目はむしろ自信に満ちていた。

 

「ーー弱点を見つけちゃった」

 

 

 その言葉はこの重い雰囲気を一変させるには十分だった。



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9-6 マナンの作戦

何とかまとまった……追い込みをかけて今回で何とか終わらせました。じゃないと次回事後報告のみになってしまいますので……

ちょっと長めですがどうぞ


 何かを思いついたらしいマナン。

 正直な所、完全装備の相手に死角は無い。

 暗闇にしても暗視ゴーグルがあるし。毒ガスでも使うのか? ーーまあこちらには毒ガスもガスマスクも無いけど。

 

 思いつかないので後はマナンの答えを待つだけだ。皆も同様でマナンの答えを興味深そうに視線を向けている。

 

「えっとね、相手は暗視ゴーグル付けてるでしょ?」

 

 その言葉に皆が頷く。それは分かりきった事だ。

 

「それにね、弱点が有るんだよ」

 

 弱点? 良くある暗視ゴーグルを付けた敵に強い光を当てると失明や壊れる等があるがあれはフィクションだ。

 確かに旧世代の暗視ゴーグルはそうだった。しかし最近の暗視ゴーグルは自動的に光量を抑え、失明どころか丸見えだ。

 

「なあマナン、知ってると思うが今の世代はーー」

「うん、そうだね。光じゃダメだよね。僕が言っているのは光じゃなくて熱だよ」

 

 熱ーー最近の暗視ゴーグルは赤外線で敵を発見する。サーモグラフィーに似ている。熱の温度によって色がつけられるのだ。冷たい所は黒いが熱が有るところは白く浮き上がるのだ。だから隠された砲台や隠れた人を見つけるのは容易である。

 

 熱と言った時点でラインはマナンの良いたい事に気づく。

 

「そうか、そういうことか。任意で炎を作り出せば良い、そうーー」

「「「ーーファイヤーボール!!」」」

 

 分かった面々が同時に声を上げ、ハモる。

 

 ファイヤーボールはここにいるマナン以外の全員が使える。まあマナンは狙撃して貰うから使える必要はない。

 

「良し、じゃあエマ先生は魔法師の相手。俺達はファイヤーボールでの撹乱だな。あ、電気を落とすのはトム、頼む」

 

 ふとっちょのトムは機械系に強く、任せられる。またこの中で一番戦力にならないというのも理由の一つではあるが。

 

「ではこれで良いですか、エマ先生」

 

 いきなり話を振られたエマ先生は慌てて頷く。まさかここで振られるとは思っていなかった。

 

 普通の生徒であれば、もはや先生であり上官の命令を聞いていれば良いという生徒がもっぱらだが、ライン君は自分に聞くまでも無く、作戦を立てたのだ。

 もちろん勝手な行動だが、ここまで立派な作戦にエマ先生は文句一つ無く、むしろ賞賛し、黙って従っているのに違和感は無かった。

 

(お見事ね。ライン君。まさかここまでのカリスマ性を兼ね備えているなんて……やっぱり試験だけじゃ分からないわね)

 

 他の面々と更に細かく作戦を立ている真剣なラインの横顔を見て、これからの成長が楽しみだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ライン達が宴会場の外側の階段から中の様子を覗き込む。敵の兵士達はクラスメイト達を担いで運ぼうとしている。

 数はもう20人にも満たない。これが最後の運搬になるだろう。

 

「……良し、最後の運搬に間に合ったな。後はトム待ちだ」

 

 既に運ばれたクラスメイト達は合流地点の所の直前に並べられているのを確認している。

 潜水艦が浮上するのは最小限の時間で済むようにしているのだろう。レーダーに映らない為だ。

 

 後はトムがブレーカーを落とすだけだ。

 

 その時が来るのが異様に長く感じる。一刻も早く助けたい気持ちが逸らせるがこんな中突然しても話にならない。

 また逸らせる気持ちと同時に早く突然しないと覚悟が鈍る気がするのだ。

 作戦を考えたが失敗する可能性も有る。もはや無防備に近い状態で敵に突っ込むのだ。そう失敗したら死。その恐怖が時間と共にライン達に迫り来るのだ。

 

 人間は時間に余裕が出来る程考えてしまう。そうそれも悪い方向に。いろいろ考えた末、気付いたら体は恐怖で動かないというのもざらにある。

 

 ライン達が内なる敵と戦っている時、ふと目の前が真っ暗になる。

 上を向くと照明が落とされている。

 そして宴会の中もだ。

 

 照明を落とすのは自分達の作戦だが、暗闇になった時少し驚いたのはそれぞれの秘密だ。

 

 そして敵の兵士達も騒然としたのである。

 

「何だ!? 落雷でも落ちたか!?」

「いや落ちてない。これは意図的だ!! 全員暗視ゴーグル装備!!」

 

 その掛け声で暗視ゴーグルを装着する兵士達。暗視ゴーグルを付けたら完全に隠れた訳では無いライン達は白く浮かび上がり、すぐに見つかってしまう。

 猶予は無い、今だ!!

 

「良し、行くぞ!!」

「「「ファイヤーボール!!」」」

 

 宴会場の外から放たれた火の玉は中のソファや壁、兵士に当たり、まさに火事だ。

 

「ちくしょう!! こんな中じゃどこに居るかなんてーー」

 

 ゴーグルを外した兵士の目の前にはライン。兵士の驚愕した顔が横からの火の明かりに照らされてぼんやり見える。

 

 魔法で強化したアッパーを顎にお見舞いする。死ななくても脳振盪で戦えないはずだ。

 

 もろに入ったアッパーは兵士にぐぇっという蛙のような声を出させて床に沈ませる。

 

 他を見ると敵の対応がまちまちだ。未だに暗視ゴーグルを付けて狙いを定めようとしている者。外して反撃しようとする者。隠れようとしている者。

 

 反撃しようとしている者はマナンが3点バーストで次々と撃ち抜いていく。

 これはマナンがMVPだな。

 

 このように混乱した様子を見て、何人かの兵士達がこちらに駆けて来る。それももの凄い速さだ。

 くっ、魔法師かーー

 

 ラインが身構えた瞬間、先頭の魔法師が横に吹き飛んで壁にめり込む。

 魔法師が飛んだ地点には掌底を放ったエマ先生が居た。

 

「ここからは行かせませんよ」

 

 ライン達と魔法師の間に立ち塞がるように仁王立ちしたエマ先生……格好いい。

 

 敵の魔法師達は舌打ちをして距離を取ってにらみ合いが始まる。

 敵の魔法師達はエマ先生の魔力とさっきの格闘術を見て実力差を悟ったのかなかなか仕掛けて来ない。

 エマ先生、そんなに強いのか。

 

 そんな映画みたいなシーンだが今は戦場、自分の仕事をしなくては!!

 

 隠れた兵士を狙いに駆け出す。

 

 敵は炎があるが暗闇の中ではどれが敵か味方か判別は難しい。だから無闇に撃って来ない。こちらにとっては助かる。

 乱戦になってしまえば、敵は誤射を恐れて撃てない。そしてマナンは離れた兵士を撃つ。

 既に戦いの流れはこっちが掴んでいた。

 

 やはりティナは優秀な格闘術で敵に次々と噛み付いていた。また魔力の壁を使った変則的な動きに翻弄されてもいた。

 

 そしてファルクも持ち前のパワーとスピードと雄叫びで恐怖を煽っていた。まさにケンカ慣れしている者だ。

 

 そして優秀なエドウィン君は自分が見られて居ない奴に攻撃していた。やっぱり度胸が無い。

 

 彼らの活躍によって大多数の敵は排除したが、未だに何人か残っている。今残っているのは猛者達だろう。簡単には行かないか。

 

 ティナと戦っている兵士の後ろから蹴りをお見舞いするとすかさずティナが蹴りをぶち込む。さすがに直撃を受けた敵は床に倒れ込

 む。

 

 ティナは次への獲物を求めて走り出す。

 

 俺も新たな敵を探そうと辺りを見渡すと裏口の方へと逃げる人影が見えた。逃がさない。

 

 裏口から出て、外に出ると正面に背中を向けて走る人影がいる。

 ハンドガンで狙い撃つ。

 

 火薬が爆発した音が静かな夜の丘に鳴り響く。

 銃弾は足を掠めたらしく人影が倒れ込む。

 俺の照準もまだまだだ。

 

 銃を構えて近づくと月に照らされ、顔が見えて来る。

 

「えっ、嘘だろ……リエ、なのか?」

 

 月に照らされた人影の顔は怒りに満ちたリエの顔だった。

 

「……どういうことだ……なぜリエがあんな所に? まさか巻き添えを食らったのか? なら済まない。エマ先生に治して貰えれば治るからーー」

 

 差し出した手を何かが切り裂く。直後痛烈なら痛みが手を襲い、慌てて右手を手元に寄せる。

 掌から鋭利な物で斬られたように血が溢れ出していた。

 

 斬られたーーと気づいたラインは顔を上げる。

 そこにはナイフを構え、睨みつけるリエが居た。

 

「私はお前を殺さなければならない」

 

 きつく閉じられた口から放たれた言葉は残酷だった。親しくなったと思っていた相手からの敵対宣言。それも死のやりとりをしようと。だがそんなのは信じられなかった。

 

「……なあ、あの時語った事は嘘だったのか?」

 

 縋るような思いでリエを見詰める。だが彼女は冷たい表情のままだ。

 

「嘘では無い。あそこで語った事は本当の事だ」

「ーーだったら君は何でこんな事を!!」

 

 リエは悔しそうに顔を歪ませると視線を落とす。

 

「……まだ全部言って無いだけだ。結局私の家族は日本に居る」

 

 日本に居るーーその言葉だけで理解出来た。彼女は家族の為に戦っているのだ。家族が殺されない為に。

 

 現在戦争によって地域ごとに敵味方分かれている。親戚同士で戦う事も有る。自分の居た地域の勢力が自分の勢力だ。もちろんイヤだと難民になる人達もいるが、ほとんどがそこに財産を置いていくのが嫌で動かないのだ。むしろ勢力を選ぶ人の方が珍しい。

 それぐらい地球連合国と火星独立国の統治は大差ない。

 

 説得しても戦う理由が有る彼女は揺るがないだろう。もしこちらに寝返ったとしてもいつか家族と戦場で敵同士になるかもしれない。そんな事は嫌に決まってる。

 

「そうか……じゃあやるしか無いな」

 

 無事な左手でナイフを持つ。利き手では無いが魔法で強化すればいけるだろう。左手を前に出して構える。

 

 にらみ合うラインとリエ。

 やるしか無いと言ったラインだったが、攻撃する事にためらっていた。

 

 やっぱりダメだ……彼女を攻撃することなんて出来ない!!

 

 ラインの心の戸惑いを感じたのか仕掛けて来るリエ。その動きは軽くラインを凌駕していた。

 

 瞬時に距離を詰めわラインの左手に持つナイフを弾き飛ばし、後ろから膝に蹴りを入れ、姿勢を崩させ、後ろからナイフを首に当てた。

 

 一瞬で決着が着いた事に頭が真っ白になる。ナイフが少しでも深く入れば頸動脈を斬られるだろう。僅かに切れた痛みがラインを冷静にさせていた。

 

「……お見事だ。まさかリエが魔法師とは思わなかったよ」

 

 苦笑いしてリエを見上げるラインにリエは顔を曇らせる。

 

「……潔い(いさぎよい)のね。命乞いでもしないの?」

 

 命乞いという言葉に自虐するように笑うライン。

 

「……何だ、命乞いすれば助けてくれるのか?」

「……それもそうね」

 

 自分でした馬鹿な質問をあざ笑うリエ。それにこんな状況なのに笑わせてくるラインに疑問を感じる。

 

「……あなたは怖くないの、死ぬことが」

「いいや、怖いさ。死にたくないよ。でもお前を殺すより殺される方がマシかもしれない……と思った俺はバカかもしれない。それに実力差がこんなに有るしな」

 

 敵同士なのにな、と付け加えたラインにリエはナイフに力を込める。

 更に深く入ったナイフに黙るライン。まだ表面しか切れてないが痛みを感じて顔をしかめる。

 

 何でラインはこんなにも抵抗しないの……私達は敵同士だよ!? 銃を向け合って殺し合うのが普通何だよ!! それに私はラインを騙した。彼は私を殺しに来るのは当たり前なのに彼は迷いを生じた。戦場では命取りなのよ!!

 

 リエの心の悲痛な叫びにラインはただ無言で答えるだけだった。

 

 また力を込めたナイフにとうとう殺されるのかと覚悟したラインに突如リエはナイフを離し、立ち上がる。

 

「……殺す気が失せたわ。次会うときは戦場ね」

 

 と言って駆けて立ち去るリエに呆然としているラインに誰かが駆けて来る足音が聞こえる。振り返るとティナ達だった。

 

「大丈夫!? 酷い傷……エマ先生お願いします!!」

 

 ティナの悲痛な叫びにエマ先生が駆けつけて来る。すぐに治療魔法で処置を開始する。

 初めて受ける治療魔法は優しく暖かく穏やかな気持ちにさせてくれる物だった。

 またエマ先生の穏やかな表情にこちらが落ち着く。なるほど、これは天使にしか見えないな。

 

 

 

 

 

 -----

 

 しばらく治療を受けると傷は塞がり、血が止まった。傷跡はまだ残っているがまた治療魔法を受ければ無くなるとの事。素晴らしいな治療魔法。

 

 心配そうに見守るティナとマナンに心配無いと笑顔で返す。

 少し安心した二人を横目にエマ先生に謝る。

 

「治療ありがとうございます。でも私を治療したせいで敵を逃してしまって……」

 

 自分の不甲斐なさで逃がしてしまった事を悔いるラインにエマ先生は横に首を振る。

 

「うんん、私達も疲弊してるし、敵は北とは違う方向に逃げたわ。新手の可能性が有るわね。だから追撃はするつもりは無かった」

 

 確かによくよく考えるとリエの動きは宴会場に居た者達とは違った。他の部隊の可能性も有る。

 

「そうですか……」

 

 それだけ呟くと空を見上げる。星が沢山輝く星空だったが、その無数の輝きはこれからの果てしない戦いの数に思えた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 結局、グレン達はエマ先生が治療するまでぐっすり寝ていた。

 エマ先生によると薬による深い眠りだったらしい。

 まさかリエが呼ばれたのはラインに薬を早く入れろとの催促だったのだろうか。でもリエは入れるのを躊躇っていた。やっぱりリエは戦いたくは無かったのかもしれない。

 

 そう思いたいのだ。最後もトドメを刺しても逃げる余裕はあった。それでも彼女はトドメを刺さないで逃げたのだ。彼女も戦争という理不尽なシステムに巻き込まれた一人なのだ。

 

 

 

 ところで、起きたグレンはどうかというと夢の中でも美女に囲まれて居たらしい。現実でこんなにされたのに懲りないな。

 

 そして解決したライン達にはブライス代表から勲章が授与された。生徒で敵と戦闘し、味方を救出し、敵を撃退したのは史上初らしい。ブライス代表からも感謝の言葉を貰った。まあ確かに魔法師の卵の流失を防いだからな。

 

 さすがに勲章だけじゃ可哀想と思ったのか、食堂の無料提供カードと現金10万ぐらいを貰った。

 現金10万とかどう使えば良いんだよ。

 もともと食堂はそんなに高く無いが、豪華に食事したら1000円は軽く飛ぶ。

 食堂無料提供は有難い。ひたすらデザートを付けてやるぜ。

 

 

 そういえば今回の事件を調べた結果、敵は火星独立軍の特殊部隊と判明した。特殊部隊と言っても下の部隊だったらしく、戦闘能力も低くかった。だがリエは別の部隊らしく、あの美女達が全員そうだったらしい。俗に言うハニートラップ部隊だ。今回美女部隊がさっさと撤退したのが助かった。

 

 またどこかでリエと再会するのがそう遠くないと思うラインだった。

 



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〈10章 ルーカス 暗殺者編〉
10-1 役員達の負の遺産


新章になります。この新章はかなりメインストーリーに関わって来る章です。


 ライン達が合宿で戦っている時、地球連合国でもある男が戦っていた。

 

 その男の髪は少し長めの金髪で精悍な顔付きだったが目の下に(くま)が出来ていた。

 その隣に立つ長い綺麗な金髪をサイドテールにした女は内心疲れで溜息どころか突っ伏したいところだったが、今敵に向かっている男の気持ちを折らせないように気合で疲れを心の内にしまう。

 

 そう男は攻城戦をしていた。通常なら攻城戦は正面からぶつかるのは愚策と言われているが、この紙の城にはこの男以外戦える者は居ない。いやこの様子はむしろ自業自得なのだが。

 

 大きな溜息を付く男に次々と書類を突きつける女。

 

「次はこちらです。……誰がここを飛び出したんですか?」

 

 その正論にぐぅの音も出ない男。

 

「いや……でも、あそこでアイリーンが止めてくれなかったし」

「いきなり飛び出したルーカス長官をどうやって止めるのでしょうか?」

 

 肉体的に? と聞いて来るアイリーンにそっぽ向くルーカス。

 

 そうルーカスとアイリーンはエルス国視察の代償としてこの紙の城と対峙していた。もちろん視察の間だけじゃこんなにならないがエルス国から帰って来た直後、ルーカスは一から資料を見直し始めたのである。それは役員達が決めた予算の使い道の隅々までである。

 未だ予算は多くの使途不明金が有り、明らかにせよと通達したがどれも曖昧な答えだった。そうまともな答えでボロが出なかったのである。

 

 予算には研究費等と書いてあるがその詳細は書かれていない。だから一から予算について資料を出すように各所に通告したのである。

 

 その結果紙は城となり、手元の書類を次々と目を通して行くがわんこそばのように目の前に置かれる。もう限界だ……

 

 と椅子にもたれ掛かろうとした時、目の端に映った書類がとても興味を引かれた。

 

 椅子にもたれ掛かってその一枚を見る。一番上には魔法研究と有るが軍人学校とは違う部署で、また国立魔法研究所とは違う部署で聞いた事の無い部署だった。

 そんな無名の部署だったが、その費用は無視するには多すぎる額だった。

 

 魔法研究は国立魔法研究所と軍人学校に任せているがこの部署は何だ? 

 気になり詳細を求めるがデータは出てこない。むしろデータが存在しないのだ。出て来るのは場所と費用だけ。肝心の中身が出て来ないのだ。

 

 紙もデータも無いのはそれほど流出を恐れたから? という憶測が浮かぶ。

 

 大きな謎をほっとく事が出来るほどルーカスはプラス思考では無かった。

 

 アイリーンと護衛を連れ、その場所に向かう。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ニューヨークの本部から飛行機でカナダの首都オタワに向かい、そこからヘリで北に向かう。1時間ぐらい行ったドルヴァル=ロッジュに有るらしい。

 

 その近くにヘリを行かせると突如レーザー照射を受けた警報が鳴り響く。レーザー照射は攻撃をする直前にロックオンする際に相手に撃つ物だ。後はトリガーを引くだけでミサイルは誘導して目標に当たってしまう。

 

 そんな喉元にナイフを突きつけられた状態に機内はパニックに陥る。

 

「おい、どういう事だ!! ここは地球連合国領内だぞ!!」

「分からん!! ゲリラかもしれん。ECMを発動させろ!!」

 

 機長と副機長が大声を上げて、回避運動をする中、二機の護衛の攻撃ヘリも同様にレーザー照射を受けていた。こちらにピタリと寸分違わず、レーザー誘導を照射し続けている。

 レーザー誘導から何故逃げようとしているかと言うと、レーザー本体には威力は全くない。しかしレーザーの照射先にミサイルが飛んだ場合、目の付いたミサイルのように寸分違わず命中するのだ。要するにレーザー誘導はもうチェックメイトと同じだ。

 

 護衛機も同様にECMを発動させ、回避運動に移る。

 

 ECMとは敵がレーダーによってこちらを探知するのを阻害する兵器である。しかし今回の場合、レーザー誘導なので直接効果は無いにしろ、こちらの場所を掴ませない事には成功する。

 

 レーザー誘導がこちらの位置を見失い、停止する。

 

 停止したのを見るに手動では無く、レーダー連動なのだろう。

 手動ならば確かにここまで正確に誘導は出来ないし、今も誘導しているはずだ。

 

 レーダーに映らないように地面すれすれを飛ぶ。出ているレーザーからレーザーの出る場所を特定する。

 暗視装置によるとレーザー誘導装置とレーダーしか見当たらない。ミサイル発射する場所はどこだ?

 

 仕方なくその近くに着陸する。

 空に上がれない以上、地面を歩くしかない。

 

 軍服のルーカスと鎧姿のアイリーンを魔法師と兵士の護衛が円陣を組みながら進む。

 

 レーザー誘導装置の付近に着くと、レーザー誘導装置は少し錆び付き、周りを草が生い茂っていた。しばらく手入れをしていないのだろうか。

 

 レーザー誘導装置を調べると地球連合軍のマークがある。味方をレーザー誘導する地球連合軍兵器?

 味方に銃を向けるようなもんだ。

 

 その時、ガサッと言う、草をかき分ける音が鳴り、銃や剣をそちらに全員向ける。咄嗟にルーカスも腰に刺した銃を向ける。

 護衛達もすぐに銃や魔法を撃てるようにしている。

 

 その茂みから出て来たのは白衣を来た初老の男だった。白髪が多く混じったかなり疲れた様子だった。

 

 ルーカスを瞳に映すとゆっくりと頭を下げる。

 

「ようやく会えましたな、ルーカス長官」

 

 そう言ってから上げた顔には何とも言えない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 初老の男に先導してもらいながら茂みを進むルーカス達。

 持ち物を検査した結果、武器になるような物は持っておらず、地球連合国所属との身分証を発見した。だがデータベースには載っておらず、未だ完璧には信頼出来ない。なので初老の男を先頭に円陣を組んでいた。

 

 しばらく進むと洞窟に隠れたようにある白い建物を目の前に現れる。特に装飾も見られないシンプルなコンクリート製の建物だ。

 

 初老の男が扉を開けると下への階段になっていた。一人ずつしか入れない幅なので

 初老、護衛×3、アイリーン、ルーカス、護衛×3という順番で入って行った。

 

 長い階段を下りると少し開けた場所に出る。目の前にはエレベーターだ。全員入るスペースがあった。さっきの幅にしてはかなり大きなエレベーターだ。

 

 一分ぐらい乗っていただろうか。それだけ下に降りたのだろう。

 かなり深そうだ。

 

 エレベーターを降りると目の前には頑丈そうな扉が現れる。まるで核シェルターのようだ。初老の男の指紋認証と虹彩認証を経て、やっとカードキーにたどり着く。

 カードキーにカードを通すと赤いランプが緑のランプに変わり、扉がゆっくりと開き始める。

 

 完全に開いた後、初老の男は歩き始める。その後を付いて行くルーカス達。

 

 中も装飾の無い白いコンクリートでまさに研究所らしい場所だった。秘密基地のような迷路では無く、メインのこの通りから枝分かれしている構造だった。

 

 初老の男は真っ直ぐメインの通りを進んで行き、行き止まりまで進む。またそこでカードキーを通し、中に入る。

 

 そこに入ると目の前には沢山のパソコンが並んでいた。どれも稼働しており、数値が変動している。

 

 そして正面を見るとガラス張りになっていて、その向こうには無数の試験管があった。目の前の大きな試験管の水の中に人が入っていた。

 裸の男だ。

 

 その光景にここに居た初老以外の者は目を見開く。

 中の男に意識は無く、口に酸素マスクを付け、様々なチューブに繋がれていた。

 男は何も身につけていないので一瞬アイリーンが目を逸らすが再度視線を男に戻す。真剣な表情だ。

 

 男はもはや生きているのか分からなかった。そのチューブが無ければ生きていけないのだろうか?

 

 その疑問を胸に初老の男に目を向けると男は話し始める。

 

「先ほどのレーザー照射は失礼しました。あれはここの位置を教える物でした」

  

 なるほど。ミサイル誘導の為では無く、場所を知らせる物か。

 

「さて全てお話しましょう。ここは魔法研究とうたっていますが、少し補足します。ここは人体実験を行っている魔法研究施設です」

「ーー人体実験!?」

 

 アイリーンが悲鳴のような声を上げるがルーカスも声を上げたい気持ちを抑え、視線を男に送って続きを促す。

 

「これまでの魔法研究も人体実験が必要だったとはご存じで?」

 

 男の問いに首を横に振るルーカス達。

 

「ファイヤーボール等は的が有れば十分ですが、治癒魔法はモルモットの実験から始め、最後は人体実験によって完成に至ったのです」

 

 確かにモルモットが治ったとしても人間に効くか分からないし、そして副作用も有るかもしれない。

 我々が使っている魔法は先祖の犠牲の元で成り立っているのか。

 

 男は一通り納得したルーカス達の顔を見て、話を続ける。

 

「そして、とうとう人類は人間を治すのでは無く、人間を強化する為に魔法を使い始めました」

 

 肉体強化魔法も最近出来た魔法だ。ーーまさかこの研究からか?

 

 目の前に佇む試験管の中の男がとてつもなく大きな存在に見えて来る。

 

「後察しの通り、肉体強化魔法です。普通肉体強化魔法は魔力によって、肉体を強化する物ですが体が壊れないようリミッターが掛けてあります。しかしこの研究ではそのリミッターを解除して使用する研究が進められていました」

「リミッターを解除したら体が持たないのでは?」

「もちろんそうです。破壊力が防御力を上回り自滅しますが、薬の作用によって痛みを感じません。また脅威の再生能力も兼ね備えています」

 

 驚愕で目を見開いて試験管の中の男を見つめるルーカス達に男は丁寧に頭を下げる。

 

「どうか、この男のーープロトワンの死に場所をお与え下さい」

 



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10-2 最高の相手

題名変更しました。まだ試験的なのでまた変更するかもしれません。


 

「死に場所……だと?」

 

 何故死にたがるのか分からない。誰もが死にたく無い為に戦っている訳で、一部例外の狂人は違うが。

 

「はい、プロトワンは死にたくても死ねません。もちろん今、エネルギー供給を絶てば死にますが、プロトワンには名誉ある戦死を望んでいます」

 

 そう言ってプロトワンを見つめる男の瞳には(うれ)いた感情が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 時は5年ほど遡る(さかのぼ)

 

 その頃はまだ役員達が上層部に居た頃。ここは人体実験の本部だった。様々な薬品や禁術を開発する為、非合法の事は日常茶飯事だった。主に人体実験の被験者は死刑囚だったが、ある程度まで完成したら試すのは現役の魔法師。

 

 確実に成功するとは限らない禁薬を注入される魔法師。

 注射器の針を腕の血管に刺して、薬を注入する。

 

 薬を注入された魔法師は最初は何とも無いが次第に魔力が溢れて行く……

 

 そして最後には口から泡を吹いて、全身を痙攣させながら血を吐いて心肺停止状態となる。

 遺族には殉職と伝えられるが納得しない遺族も居る。そんな遺族には多額の慰労金を払わないとちらつかせればすぐに黙る。

 たまに断る遺族も居た。その殺意は今でも忘れられない。彼女はエルス国に飛んだとか。

 

 こんな事を何度も繰り返して、禁薬は完成する。

 

 完成した薬品を最初に使用したのはアルバート=バレンシア。

 彼は優秀な魔法師で国への忠義が厚かった。役員達が上層部にいる時はあまり忠義者が得をする時代では無く、むしろずる賢い奴が得をして正直者は馬鹿を見ていた。

 

 そんな中、正直者で忠義者のアルバートは更に国に尽くしたいと自分からこの実験に申し出た。

 

 その申し出は単純に忠義者とも言えるだろうが、今なら焦っていたのかもしれない。力だけでは生き残れない地位を守りたい故この申し出を受けたのかもしれない。

 

 彼は元からBランクあった。エリートだった。しかし35歳を過ぎた今も魔法小隊隊長止まり。それは正直者だったからだった。更なる力を手に入れる為、彼は実験を受けた。

 

 実験を開始する。

 彼の腕に注射器の針を刺し、薬品を注入する。

 

 するとまた魔力が溢れ出し、体が痙攣しはじめる。実験失敗と慌てて周りが動き始めるが、体を震わせながら彼は言った。

 

「や、止めないで……大丈夫、大丈夫だからぁ……あぁぁぁぁ!!」

 

 今度は白目を向いて泡を吹き始めるが、すぐに意識を戻す。これを何度も続けているうちに魔力が安定し痙攣も止まった。

 しかし意識は戻らず昏睡状態となった。

 

 一応成功となった実験に役員達は喜び、何としても意識を回復させろとの命令が下った。

 

 一ヶ月安静状態で様子を見たが、意識は戻らなかった。焦った研究者達は脳内に制御チップを埋め込み、意識を覚醒させた。

 しかし彼はただの人形になってしまったのだ。

 

 そうしてプロトワンは造られ、次々と実験するが彼以外は完成しなかった。そしてルーカスの革命が起き、研究者達は自分の罪を恐れて逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 

 -----

 

「……というのが今に至る話です」

 

 この話をして改めて自分がしてしまった事に罪悪感を感じている男にルーカスは長らく閉じていた口を開く。

 

「そうか。何とも愚かな事をしていたのだな」

「……はい」

 

 ルーカスの低い声に男は黙って自分への沙汰を待つ。そうでもしないと罪悪感から自分が解放されないのだ。

 

 目を細めてプロトワンを見詰めていたルーカスは男に向き合う。

 

「お前もこの計画に参加していた罪はある。だがこれは国の為と思っていたのだろう? なら後は後始末をする事が罪滅ぼしになるだろう」

 

 贖罪の機会を与えてくれたルーカスに男は頭を下げながら心の中で感謝する。ルーカスへの感謝の気持ちで胸が熱くなるのを感じる。

 

「私もこれは罪を背負う。このような非人道的な戦力を使った事は後々追求されるだろう。だがアルバートも人間だ。ならその望みを、軍人として最高の死に場所を用意しよう」

 

 ルーカスは手元にある端末で火星独立軍のリストを出す。そして一人の男のページで手が止まった。

 

「……この男を暗殺してくれ」

 

 差し出された端末を見ると白髪の若い男が映っていた。

 

「……光一族、ノエ。最高の相手です」

 

 顔を上げた男の表情は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 光一族、ノエーー彼は突如現れた能力者だった。突如火星独立軍として現れ、地球連合軍を恐怖に陥れた。その能力はどんな魔法も兵器も効かず、大軍すら一瞬で殲滅する力の持ち主だった。彼に殺された魔法師は数知れない。

 常に無傷で勝利する彼は『化け物』と呼ばれ、両軍唯一のSランク魔法師ーー戦略級魔法師だった。

 この存在により、地球連合軍が魔法師の数で優勢だった地上戦は火星独立軍有利となっていった。

 

 一通りのデータを見た男は無言で端末をルーカスに返す。

 

「……まさかSランクと戦えるとは思わなかったです。強い相手だが、アルバートならやれる」

 

 その瞳に秘める強い自信にルーカスは満足そうに頷く。

 

 

 

 

 

 -----

 

 白髪が目まで掛かっている青年ーーノエはフカフカの背もたれに寄りかかって寛いでいた。

 火星独立軍から当たられた特佐という階級はあらゆる階級を凌駕した特別な階級であった。

 ユーリ達にはかなわないものの、他の者から彼に命令権は無かった。要するに上からナンバー6という事だ。

 

 ユーリ達は基本的には火星やウランバートルーー地球侵攻本部に居るが、ユーリ達他にも多数の指揮官達が居る。ユーリ達が引き抜いた元地球連合軍指揮官や役員達の部下、権力者等。全員が優秀では無いにしろある程度の指揮能力は持っていた。

 未だ一枚岩では無いユーリ達には仕方ない措置だった。

 そんな指揮官達にもノエに対する命令権は持ち合わせていない。彼は指揮官では無い、高官だった。

 

 そういう事で立派な部屋と机と椅子があるが、山積みの書類等無い。これを見たらユーリやルーカスが羨むこと間違いなし。

 

 手持ち無沙汰なノエはただ暇をもてあましていた。暇なら戦えと言いたいところだが、強い力はそれだけチャージに時間がかかるのだった。だからこうして暇をこいていた。

 

 一応ここも前線ではあるが、優勢な火星独立軍の基地ーーエグベキノトには砲弾一つ飛んで来なかった。

 

 この頃アラスカ方面での戦闘は地球連合軍の水際迎撃作戦が失敗し、アラスカに火星独立軍が上陸していた。地球連合軍は何とか追い払おうと攻勢に出たが、火星独立軍との戦力差に手も足も出なかった。

 

 そうして火星独立軍のアラスカでの前線拠点を構築を指を加えて見ているしか無かった。

 そして現在、前線拠点とアラスカ方面本部ーーアンカレジとの間で攻防が続いていた。

 

 一方エグベキノトはロシア領内なので直接敵は来ることが無い補給拠点として使われていた。前線拠点は奇襲や攻撃にたまにさらされる為、こちらにパイロットの居ないHAW等がパイロットを待つかのように鎮座していた。前線で機体が壊れたら送られる。

 

 そんな様子を散歩しながら見ていたノエは一言、散歩してくると言って基地外に出る。護衛を連れていないがノエなら必要無い。むしろ足手まといになりそうだ。

 

 基地で車を借りて、郊外の森まで出る。

 外は一面の白景色で雪深い場所だ。

 こんな所は人気が有るはずもない。

 車を止め、外に出る。

 

 鳥のさえずりがここは人の入ってない事を教えてくれる。

 美しい景色を堪能したいところだが、先に片づける用が有る。

 

「ここの方がやりやすいだろ? 暗殺者君?」

 

 突如独り言を言ったノエに森は何も答えない。

 

 しかし茂みから黒い装束を全身に纏った男が出て来る。その眼光はノエへの殺意しか無い。

 

 その男から発する闘気にノエが驚く。

 

「ほう、これはいつもの雑魚では

 無いな」

 

 地球連合軍への脅威になっているノエには何度も暗殺者が放たれていた。しかし毎回失敗し、何事も無かったように戦場に現れる。

 

「少しは楽しめそうだな」

 

 いつも自分に全く歯が立たず、恐怖を顔に張り付かせて死んでいく敵に呆れていたノエは少し楽しそうだった。

 もちろん殺し合いが好きなノエでは無かったが圧倒的な力量差に最近、虐殺のように感じて来たノエだった。

 

 そんな中、この男に会えて少しはまともに戦えると分かったノエは手でこまねいて挑発する。

 

「先手は撃たせてやる。来い」

 

 男はこの挑発に表情を変えず、無言で攻撃を始める。

 

 腰にあるハンドガンを連射する。

 弾倉が空になるまでフルオートだ。

 ハンドガンから放たれた弾丸は音速を超えたスピードでノエに向かって行く。

 だがそれを見てノエは表情を変え無い所か、むしろ呆れていた。

 動かないノエに弾丸が直撃するかと思えたが、目の前で何かに当たり弾かれて行く。

 

「そんなものでやれると思ってたのか?」

 

 無駄な行動に大きくため息を付くノエ。

 

 この武器は有効では無いと分かったのかリロードしていたハンドガンを捨てる。

 

 素手になった男は手をノエに突き出す。

 

「何だ? 魔法でも使うのか?」

 

 ファイヤーボールでも飛ばすのか? と思ったノエはせせり笑う。

 だが男は掌から高速の小さなエネルギー弾を飛ばして来た。

 

 ノエは目を見開いて慌てて体を逸らして躱す。

 ノエの隣を一瞬で通り過ぎたエネルギー弾は轟音と共にノエの後ろの木々を次々となぎ倒し、まるでトンネルのような形に変えられていた。

 

 木片と雪がパラパラとノエ達に降りかかる。

 その凄まじい威力を知ったノエは振り返って口角を上げる。

 

「……これは楽しそうな相手を持ってきたな。なら俺も出し惜しみはしない」

 

 目つきが鋭くなったノエには余裕の表情が消えていた。



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10-3 凄まじい戦い

すみません、良く良く思ったらルーカス達がヘリでこっちに来た時のレーザー照射について触れていませんでした。
レーザー照射はミサイル誘導では無く、場所を伝える為でした。近づいた飛行物体に自動でレーザー照射していて、この場所を知っている者だけ近くという事でした。

ここを基本民間機は通りません。また低空で無いとレーザー照射しないです。だからこの付近と見切りをつけた者で無いとレーザー照射されないということです。

これは後で改稿しますので気になった方だけご覧下さい。



 周りには人気の無い雪積もる針葉樹林。用が無い限り誰もここを訪れる事は無いだろう。

 そんな場所で二人の男が対峙していた。白髪の青年ーーノエと黒衣の装束の男ーープロトワンだった。

 ノエは鋭い目つきに対して、プロトワンの瞳からは感情が見えなかった。まるでロボットのように見える。

 そう、戦いながら思ったノエだった。

 

「手加減は不要みたいだな!!」

 

 手から光を発して、手の先から光の魔力剣を作る。魔力剣は武器が無くても剣と同じように扱える。その形状、長さは使用者次第だ。

 しかしデメリットがあり、常に魔力を消費する。魔力量に自信が有る者しか使わない。

 そんなデメリットを軽視するほどのメリットが有る。武器も要らず、威力は武器に勝り、そして瞬時に形状を変化させる事が出来る。リーチが分からないのだ。

 また一応、二刀流という芸当も出来る。

 

 そんな優秀な魔力剣だが、常に多量の魔力を消費し続け、放出系なので難易度が高い為使える者は多く居ない。ほとんどが緊急時、必殺という使用頻度だが、ノエは普通のように使う。これを見ればノエが只者では無い事を理解するのは容易だろう。

 

 魔力剣を使ったノエに対して、プロトワンは素手で立ち向かう。

 

 素手で無力と思うかもしれないが彼には先ほどの高威力のエネルギー弾が有る。楽観視は出来ない。

 

 プロトワンは次々とエネルギー弾で攻撃してくる。その威力は先ほど変わらず、ノエの後ろは上から見ても禿げてしまっているだろう。

 

 プロトワンの攻撃の連射速度はそうでも無い。一つ一つ攻撃の軌道が読めるぐらい余裕が有る攻撃間隔だ。

 

 威力は凄いが、当たらなければ無駄だと少し余裕を見せた瞬間ーー

 

 突然更に高出力のエネルギー弾を放ってきた。咄嗟の事に反応出来なかったノエは仕方なく発動させる。

 

「ーープロテクト」

 

 そう言ったノエの目の前に光の壁ができ、高出力のエネルギー弾は弾かれる。弾かれたエネルギー弾は逸れて、針葉樹林に当たり、轟音と粉塵と共に隕石が落ちたかのような大きなクレーターを作りだした。

 

 その地形変化を傍目で見てノエは呆れる。

 

「……こんなんじゃ、自然保護団体に怒られるぞ?」

 

 ノエなりの冗談を言ったがプロトワンは相変わらず無表情だ。

 

 なるほどね、これは異常だ。

 

 プロトワンの無表情に異変に気付くノエ。

 

 無表情の暗殺者は当たり前だが、それは感情を押し殺していているだけだ。戦闘中にもかかわらず、冗談を言ってくる相手には誰もイラッとするだろう。それすらしない感情が感じられない表情にノエは違和感を感じたのだ。

 

「アンタ……何かやってるな? 薬か? 洗脳か? ……両方か?」

 

 (かま)をかけたが相変わらず無表情だ。こちらの動きだけを見ている。

 

「……地球連合軍も末期だな。また一つ、潰す理由が出来た」

 

 憎しみを込めた視線でプロトワンを睨む。そんなノエに構わずプロトワンは攻撃を再開する。

 

 再び放たれる弾幕にノエは業を煮やして攻撃に転じる。

 

「同じ手は喰らわんぞ!! こちらから仕掛けるーー転生雷光(てんせいらいこう)!!」

 

 ノエの体は光り出し、そして一瞬でプロトワンの右隣を通り過ぎる。

 咄嗟に身体を引いたプロトワンの右腕は宙に浮いていた。

 

 右腕を失った事に気づいたプロトワンは右腕を抑えると共に後ろに振り返る。

 そこには光の剣を放出している右腕を下げて、背中を向けているノエがいた。

 

 ゆっくり振り返るノエにプロトワンは身構えるが、また転生雷光と共に光の一条(ひとすじ)が見え、左腕も宙に浮く。

 

 痛みは感じないプロトワンだったが腕の再生が間に合わない。さすがにそこまでの再生能力は持ち合わせて無かった。

 しかしプロトワンはまだ諦めてはいなかった。

 

「……魔力精製完了、構想完了、構築開始」

 

 そう言うとプロトワンの肩から伸び始めた。正確には生身では無く、魔力の腕だが。

 魔力で腕を作ったプロトワンは腕の実感を確かめるかのように手を開いたり、閉じたりしている。

 

「……全く、腕を魔力で作りあげるとは化け物かよ? いや化け物は俺もか」

 

 苦笑いするノエにプロトワンは何も答えない。

 魔力で腕を作る事は繊細な魔力コントロールが必要だ。これは薬や魔力量ではどうにもならず、その者の力量でしかない。

 

「なるほど。相当な力量者だった訳か。それに痛みを感じないとかやはり首を飛ばすしかないな」

 

 ノエは右手を前に構える。

 狙うのは首一つ、相手が一応人間である以上首を飛ばされて生きては居ないだろう。

 

 踏み込んで一気にプロトワンに向かって駆ける。そう一条の光となって。

 

 転生雷光ーーその速さは光の如く、もの凄い速さで駆け抜けるという技で相手からしたら一条の光にしか見えない。光が見えたと思った瞬間には死んでいるのがほとんどだ。目は辛うじて追えてるのかもしれないが、身体は追いつくはずも無かった。

 プロトワンもその一人だった。

 

 しかし彼の腕は違った。彼の反応速度は追いついていないのに腕は反応したのだ。

 

 予想だにしない動きに慌ててプロテクトを使う。プロテクトに弾かれ、腕は元に戻る。

 

「……これは驚いたな。自分の意思を持つ腕か?」

 

 ノエは面白うに問うがプロトワンは相変わらず無表情だ。

 

「やれやれ、独り言にもそろそろ飽きて来たな。終わらせて貰おう」

 

 そう言うとノエは空に手を掲げる。

 しばらく手を掲げたノエは手を降ろし、膝をついて肩で息をし始める。

 

 これを好機と捉えたプロトワンは攻めに転じーー

 

 

 

 

 ーーれなかった。身体が動かず、喉が異常に乾く。喉が乾くという感情を感じた事を驚いた途端、身体に激痛が走る。

 

「グアァァァァァァーー!!」

 

 余りの激痛にただ叫ぶ事しか出来ない。皮膚が身体が燃えているような感覚だ。しばらく痛みを感じていると意識が遠くなっていく。

 

「まさか、俺にこの技を使わせるとはな……一人に使うのは初めてだ……一人には……な」

 

 薄れゆく意識の中、悲しげに呟くノエの表情に同情する気持ちを感じたのが最後、プロトワンーーアルバートは戦死した。

 

 事切れたプロトワンを見てノエはプロトワンに近づき、手を触れる。

 

「済まない。こんな辛い死に方はさせたく無かった。この技しか決め手が無かったぐらいお前は強かったよ」

 

 そう言うノエのさわり方はどこか優しさを感じられる物だった。

 

 触っていた手を離し、拳を強く握り締める立ち上がる。

 

「……こんな非人道的な事をする地球連合軍には虫唾が走る」

 

 忌々しく呟いたノエの瞳には強い憎しみの炎が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 後日、ルーカスの元には一枚の報告書が来ていた。

 その紙には『暗殺失敗』と書かれていた。

 つまりプロトワンが死んだ事になる。

 

 報告書を研究所の所長に転送すると背もたれに寄りかかる。

 

 アルバート……死んだか。お前程の者でも倒せない光一族、ノエ。

 データにあったSランクというのは本当のようだ。

 お前の死は無駄にしない。

 アルバート、君が打倒ノエへの最初の一歩だったと言えるように我々は全力を尽くそう!!

 

 そう決意を固めると添付されている資料を見る。予想通り、ノエのデータが取れた。

 十分な戦果にルーカスはゆっくりと目を閉じた。

 

 



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10-A エイプリルフール(閑話)

もしこの時がエイプリルフールだったらという妄想を元に作っております。

また閑話の中身も募集しております。
このキャラとこのキャラの絡みが見たい等ありましたらお知らせ下さい。出来る限り考えてみます。


 

【サラが撃たれた……】

 

「クソッ、離せ!!」

 

 ユーリが手足をばたつかせ、抵抗するがボディガードによって体は地面に吸い付いたように動かない。

 

「ユーリ君!! 逃げて!!」

 

 サラが悲鳴を上げて逃げるよう言うが、ユーリの体はびくともしない。

 

「ええぃ、黙れ!! このガキは始末しないと気が済まんわ!!」

 

 悲鳴を上げるサラを押しのけ、銃口をユーリに向ける。

 

 そしてパンッという音と共にユーリには走馬灯が見えた。

 笑顔のサラ。怒ったサラ。泣いているサラ。たわいのない事を楽しむサラ。どれもユーリにとっては大切なものだった。

 死にたくないと思うがこの事態に諦めた。

 

 そしていつか訪れる死へ目を閉じてその時を待った。

 

 だがその時はいつまでも来なかった。

 恐る恐る目を開くとそこにはさっきと変わらぬ光景がーーいや、目の前にサラが倒れていた。

 

「えっ?」

 

 と状況が理解出来ないユーリに男は吠える。

 

「ハンッ、馬鹿な奴だ。庇いやがって。僕と来れば地球では良い暮らしが出来るのに」

 

 死んだ物には仕方ないとやれやれと興味を無くし、宇宙船に入って行く男とボディガード。

 

 ユーリは絶望で、ただ呆けるしかなかった。

 

 はっと気がついたかようにサラの元に走る。

 

「サラっ!!」

 

 腕にサラを抱えるとずっしりとした重さがユーリに伝わる。この体温と重さはもうすぐ死ぬとは思えない。

 しかし体から流れる多量の血は死を意味していた。

 

「……ユ……ーリ君?」 

 

 薄ら目を開けてユーリを見つめるサラの瞳はどこか虚ろだった。

 

「ああ、僕はここに居るから!!」

 

 サラの手を強く握り返し、ここに居ることを伝える。

 

 すると安心したのか

 

「ユーリ君……ごめんね……」

 

 とサラは微かな笑みを浮かべ、眠るように目を閉じた。

 

「え? 嘘だ……イヤだ、サラ起きて!! 僕を、独りにしないでぇぇーー!!」

 

 泣き叫ぶユーリにサラは何も答えなかった……

 

 と思ったがサラの目はパチリと開いてむくっと起きあがる。

 

 目を丸くして口がだらしなく開いているユーリにサラが一言。

 

「ドッキリでした♪」

「サラの……バカァァァァァ!!」

 

 

 

 

 

 -----

 

 いかがでした? 

 サラが死んでないというエイプリルフールでした。ちなみに胸には防弾チョッキと血糊を仕込んでありました。

 

 このシーンを簡潔に書き直してみました。昔とどっちがいいのか悩む所です。

 

 

 

 

 

 

【アイリーンの正体?】

 

 書類の山で埋もれそうな地球連合国本部の執務室。

 

 相変わらず書類に向かうルーカスを盗み見るアイリーン。

 ルーカスが必死でやってる様子はカッコイイと思う。

 真剣な表情に胸が高鳴る。

 また戦闘での無力感を悔しがるルーカスも力を貸してあげたくなってしまう。

 

 気付いたらルーカスの事を全肯定している自分に呆れる。ダメだわ。調子に乗らせてしまうから少し厳しくしないと。

 

 はあ……でも実際には素直になれないのよね。

 

 ルーカスの事が大好きなアイリーンは色んなアプローチを掛けているが本人にはあまり届いていないようだ。

 だからたまに意地悪したくなるのだ。

 

 再度ため息付くアイリーン。

 

 このまま悠長な事を言ってられない恋愛戦争。

 地球連合軍トップでイケメンで、人当たりも良いルーカスは知らぬ所で沢山のファンが居る。

 

 隙あらば付け入ろうとする者ばかりだ。この前も外出先で既成事実を作ろうと寝室に忍び込んで来た者すら居た。もちろん私が未然に防いだけど。

 私がそこ居たのは護衛だから当たり前です。

 

 と自分の世界に入ってしまったアイリーンにルーカスは首を傾げる。

 

「あれ、アイリーン? 寝てしまったか? おーい」

 

 一向に反応が無いのでアイリーンの顔を覗き込む。

 

 覗き込まれて我に返るアイリーン。

 

 みるみる赤面して行くアイリーン。

 

「ど、どう、どうしたんですか?」  

 

 明らかに動揺しているアイリーン。寝てたな。

 

「さては寝てただろ? 図星だろ?」

 

 どや顔するルーカスにアイリーンは一気に熱が冷めてくる。

 

「……寝てないですよ。少し考えごとしてただけです」

 

 いきなりの変化に驚くルーカス。これ以上追求の余地が無いので諦めて席に戻る。

 

 また書類に向かうルーカスにアイリーンはため息を付く。

 全く鈍感なんだから……

 

 モヤモヤしているアイリーンはカレンダーをふと見る。

 

 今日は4月1日。そういえば、ライン君から日本にはエイプリルフールという物があると聞いた事がある。やってみようかしら。

 もちろん仕掛けるのはルーカス。

 

 ルーカスにイタズラをしようと思うと自然とアイリーンの口角は上がってしまう。

 

「あの、ルーカス長官」

「ん?」

 

 無邪気な表情でこちらを向いてくるルーカス。心が痛い。

 それでもアピールの為には頑張らなくては。

 

「あの、その……ですね……」

「どうした? 珍しく歯切れが悪いじゃないか?」

 

 心配するルーカスに思い切って告白する。

 

「私、男なんです!!」

 

 その言葉を聞いたルーカスは固まる。そして何回も瞬きしてはぁ?と間抜けな声を出す。

 

「ーーちょ、ちょっと待った。言ってる意味が分からん。男ってその性別的な意味の男?」

「……そうです」

 

 アイリーンは消えるような声で言う。どうやら本気みたいだ。

 

「えーと、でもアイリーンはとても女性らしいし、美人なのにか?」

「……ええ」

 

 ルーカスの褒め言葉にキュンと来るがここは押し通す!!

 

 混乱して頭を抱えてしまったルーカスに近づいて手を取る。

 

「胸もパッドなんです、ほら……」

 

 とルーカスの手を自分の胸に近づけるーー

 

「ーーな、何してるんだ!!」

 

 慌てて離れたルーカスにアイリーンは残念がる。

 

「いや、胸を触って確かめて貰おうかと思いまして」

 

 と此処でにやついてネタばらしをする。

 

「ーーお、お前はな、何をやらせる気だったんだ!! こんなことーー」

 

 慌てるルーカスにアイリーンは無言で抱きつく。

 

「……私は他の人にはこんなことさせませんよ」

「ーーっ」

 

 赤面するルーカスにアイリーンはクスリと笑う。

 

「それにしても、まさかこんな手に掛かるとは……今日に感謝です」

「今日?」

 

 カレンダーを見て、全てを察するルーカス。

 

「……アイリーン。なるほどそういう事か。だが上司に嘘をついて良い日なんぞ無い!! 給料カットしてやる!!」

「そんな!! 軽い冗談ですよ!!」

「どこかだ!! 自分の目を疑ったぞ!!」

 

 と4月1日の執務室は騒がしいのだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 こちらはアイリーンとルーカスでした。

 アイリーンも当初出す予定が無く、名もなき副官で男でした。その時の自分の思いつきによって生まれたキャラですね。こんなにも出番があるとは……今のところ一番近いカップルですね。

 

 注意、アイリーンは女性です。今回はネタにしただけです。

 

 

 

 

 

【グレンはスゴい?】

 

 アカデミーの校舎裏。ここは基本人通りは無い。通る必要の無い場所なのである。たまにゴミ箱のゴミをまとめて捨てに行く事はあるが。

 

 今日もある男女の密会が行われていた。

 男の方は赤い髪をオールバックにした男で情熱的な瞳が印象的だ。長身で引き締まった体は理想形だ。胸板も厚く、たよりになりそうだ。だが筋肉隆々という感じもしない。

 そして今日も甘い声で女に囁く。

 

 女はうっとりした目で男を見つめる。もう完全に墜ちている。

 

 そんな所にゴミ袋を持ったラインが通り掛かる。

 

「ん? あれはグレン?」

 

 また新たな女を引っかけているのか? でも不思議とグレンは修羅場にならないんだよなあ。そんなに上手いのか。

 

 ふとグレンから極意を学びたくなったが、首を振って考えを飛ばす。

 

 そんな隠して無い気配を感じたのか、グレンは女から体を離して帰らせる。

 

 何が今日はここまでだよ。焦らしもテクニックの一つってか?

 

 女を帰らせたグレンはまっすぐこっちに向かって来る。

 やべっ、ばれたか。

 

 早く立ち去ろうとするラインだったが、いつの間にかに壁に押し付けられている状態に。

 いわゆる壁ドンという状態だ。

 

「また盗み見かな? ライン君」

「……別に見たくて来た訳じゃ……」

 

 顔を逸らして答えるラインにグレンは頬を板挟みにしてこちらを向かせる。

 

 目の前のグレンの顔のドアップに思わず顔を逸らしたくなる。

 

「なーに、恥ずかしがってるの? まるで初心な女だな」

 

 女扱いされてムッとなったラインらグレンを睨みつける。

 

「ムキになったラインも可愛いなあ。……そういえば俺、男もいけるぞ?」

 

 甘い声で囁くグレンに体中に鳥肌が立つ。身の危険を感じる!!

 

 慌てて身を引いたラインにグレンは逃がさない。

 

「逃がさないぞ、子猫ちゃん」

 

 誰が子猫ちゃんだ!! と心の中で叫んだが、自分の貞操の危機に逃げるが優先だ。

 

 何とか腕の中から抜けたラインにグレンは突然腹を抱えて笑い出す。

 

「くくく……まさかこんな手に引っかかるとはラインもまだまだだな」

 

 どういう事だ? 状況が読めて来ないぞ。

 

 納得していないラインにグレンは笑いながらネタばらしをする。

 

「ふふっ……今日は、くく……エイプリルフールだぞ?」

「あっ……」

 

 全てを察したラインを見て更にグレンは笑いだす。

 

 そして怒ったラインがグレンを追いかけ回す。

 

 そんな様子を影から見ていたマナンはボソリ。

 

「その手があったか……」

 

 

 

 

 

 -----

 

 グレンとラインのお話でした。グレンがもし男もいけるぞという事を思いついたので書きました。

 いや、グレンは女好きだから男には興味無いはず。うん。

 さてラインが初心な反応をしますが、いや男でもこんな事されたらこうなっちゃいますよね!!

 というイケメンは恐ろしいと言いたかっただけです(謎)

 

 



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〈11章 ライン 最終学年編〉
11-1 最終学年


ちょっと時間進みます。


 あの合宿から1年ちょっと経っていた。

 1年だったライン達ももう最終学年になる。

 

 2年生は学科が分かれており、各々違う道を選択したのだ。

 各々の得意分野に進むことになる。

 

 ラインとグレンは指揮官科。

 指揮官科は自分で選択出来る科では無く、先生達が選ぶのだ。また100人居る中での20人しか入れない。

 

 やることは魔法師としての修練ももちろんだが、戦術、戦略、またHAWや銃も扱う。広くやる学科で成績上位者が取られる傾向にある。

 

 上の下程度の何故ラインが入れたのかというとラインは合宿での事件の指揮能力が認められたのである。またエマ先生の推薦もある。

 

 一方グレンは高い能力とカリスマ性を認められたらしい。

 

 そしてティナは魔法師科だ。魔法師科はその名の通り魔法師になるための学科だ。更なる魔法、武術等を修練して行く。もちろん銃も扱う。ただし、魔法師に特化するためHAW等については学ばないらしい。

 

 またマナンは普通科に行ったらしい。魔力適正の無いマナンは普通科ーー一般兵士と同じ訓練所に行ったらしい。また一般兵士と同じなので銃を主に、HAWや戦車、戦闘機を学ぶらしい。まあ銃が得意だから銃だろう。

 

 そしてあの3人組は魔法師科らしい。指揮官科に来なくて良かった。来ていたら無能指揮官になっていただろう。

 

 そんな感じでバラバラで学んだ俺達は3年生になり、またアカデミーの教室に集まっていた。

 

 早く来て、ほとんど人が居ない教室でふうっと一息ついて、いつもの席で待っていると目の前に人影が映る。顔を上げると日に焼けたマナンの笑顔がそこにあった。

 

「ライン、久しぶり!!」

 

 と言ってラインに抱きついて来る。

 久しぶりだから寂しかったのだろう。

 というラインもマナンが普通科に行った為、宿舎が移ったので少し寂しさを感じていた。

 

「ああ、久しぶりだな!! 見ない内に筋肉もついて逞しくなったな」

 

 マナンの肩を叩いて確かめる。

 まあでも華奢なのは変わらんな。

 

 そんなラインに痛がりながら嬉しそうなマナンは背中を思いっきり叩かれ悲鳴を上げる。

 

「いったぁぁ!! ちょっと何だよ!!」

 

 涙目でマナンが振り返るとニヤニヤと嬉しそうににやけるティナが居た。

 ティナは魔法師科で見た目は対して変わって無い。いや実は殺人級に筋肉ムキムキかもしれん。

 

 と失礼な事を考えているとティナが睨みつけて来る。

 

「……今、失礼な事考えて無かった?」

「……そんなことないですよ」

 

 なぜか敬語になるラインにティナは追撃はしてこなかった。

 

「久しぶりね、二人とも」

 

 2年生で教室や授業が違う為、余り会わなかったのだ。特に2年生は忙しい。2年生の時が主に自分を鍛えられる時期なのだ。

 もちろん3年生の間も鍛えられるが3年生ともなると連携や模擬戦中心となる。

 

「それにしても少し逞しくなったわね……」

 

 と言ってマナンの体を弄くり回すティナにマナンは涙目になった所でエマ先生が入って来る。

 

「皆さんお久しぶりです。ふふ、見ない内に頼もしくなりましたね」

 

 エマ先生の言葉に釣られて周りを見渡す。

 確かに1年時の浮かれた感じは消えている。垢が抜けたのだろう。

 厳しい訓練に耐えた者だけがここに居る。

 

 そういえば2年時はエマ先生担当では無い。1年生がほとんどで3年生がちょっとという感じだ。

 エマ先生も相変わらず小動物で可愛いなあ。

 

「皆さんがここに戻って来たという事は皆さんの技量はほとんど完成しているでしょう。しかしその技量はあくまでも個人技量です。戦場では個人技量では無く、連携が求められます」

 

 その為に俺は学んで来たんだ。この1年を。

 

「これから1年は集団戦闘を学んで貰います。指揮官科の20名、各一人ずつに分かれ、五人、20チーム作って貰います」

 

 なるほど。小隊単位に分かれ練習するという事か。

 

「そしてメンバーですが、こちらで決めました。出来るだけ力量は均等にしたはずです。変更は認めません」

 

 仲良しチームは無しか。まあ力量にばらつきが出るからな。

 

 配られたデータを端末で確認する。自分のチームの部屋番号が書いてある。

 

「ではこれから自分のチームの部屋に行って下さい」

 

 エマ先生の掛け声と共に動き出す生徒たち。

 

「さて、俺達も行こうか。……敵同士になっても恨みっこ無し、だからな?」

「ええ、もちろん」

「うん、全力で闘おう」

 

 3人は拳同士をぶつけ、離れて行く。笑顔を共に。

 

 

 

 

 

 -----

 

 アカデミーのメイン校舎から離れた所に有るチームが集まる校舎に移動する。中には小部屋が沢山あり、これからチームの拠点として使う。

 

 ラインは自分のチームの部屋の前に立ってドアを開ける。

 

 すると中には一人の女子生徒しか居なかった。まだ集合時間には少し早い。

 

 その女子生徒は肩までの黒髪で眼鏡を掛けて、教科書を読んでいるーーいや、ぎっしりと文字が書かれたノートも一緒だ。

 

 そんなラインの視線に気付いたのか、視線をチラッと向けるがすぐに手元に戻す。

 

 邪魔してはいけなさそうだから大人しく待っているか。

 

 端末でゲームでもしていると勢い良く扉が開いて入って来る男子生徒が一人。

 ハアハアと息切れしている程だ。

 

「す、すみません!! 遅れました!!」

 

 いきなり謝って来る男子生徒にラインは頭を捻る。

 

「いや、まだ集合時間には余裕が有るぞ」

「えっ!?」

 

 慌てて手元の時計を見た男子生徒は顔を赤面させる。

 

「また時間見間違えた……はあ……」

 

 ものすごく落ち込む男子生徒にラインはフォローする。

 

「遅刻よりはマシだ。まあ座れよ」

「そうですね……」

 

 ラインの対面に座った男子生徒は恥ずかしそうに自己紹介を始める。

 

「改めて、初めまして。私はドリーです」

「こちらこそ初めまして。俺はライン。よろしくなドリー」

 

 手を差し出して握手する。その後雑談をしていると後ろ声が掛かる。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 振り向くとさっきの女子生徒がこちらを睨んでいる。なんか悪い事したか?

 

「あなた達はやること無いの? これから連携実習よ? 暇なら少しでも勉強したらどう?」

 

 上から目線の言葉に怒りがこみ上げるライン。ここは抑えて、反論しなくては。

 

「勉強? ああ、そういえば君は学年トップだったね。なら分かるだろう? 勉強だけが連携実習への勉強では無く、話す事も必要だと」

 

 ラインの言葉に悔しそうに顔を歪める。

 

「……好きになさい」

 

 そう言って手元に視線を戻す女子生徒。

 

 ああ思い出した。学年トップの成績だったが指揮官科に選ばれず、魔法師科に行った女子生徒が居たとティナに聞いたな。

 

 するとドリーは申し訳なさそうにする。

 

「ごめんなさい、私のせいでこんな目に」

「いや、お前は悪くない」

 

 まあ、また小言言われるのも嫌だから黙っていようか。

 

 手元の端末を見ると集合時間が迫っていた。後二人も来ないぞ。

 

 するとまた扉が勢い良く開く。

 そこには息切れしているマナンが居た。

 

「何とか間に合ったぁぁ!! えっ? ライン?」

「……マナン?」

 

 思わぬ再会に抱き合う二人。

 

「ラインと同じとは思わなかった!!」

「俺もだ!!」

 

 踊り出しそうな雰囲気にドリーは思った事を言う。

 

「……二人は付き合ってるの?」

「「違う」」

 

 息の合った答えにイマイチ納得してないドリー。

 

 そんなこんなしている内にチャイムが鳴ってしまう。連携実習への移動の時間を知らせるチャイムだ。

 

「え? 一人足りないのだが……」

 

 ラインの呟きは静かな部屋に響いたのだった。

 

 

 

 



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11-2 連携実習

 

「一人足りないのだが……」

 

 と呟いたラインに誰も答えなかった。

 

 だがここで立ち止まる事は出来ない。すぐに連携実習のアリーナに向かわなければならないのだ。

 

「……仕方ない行こうか」

 

 ラインが先導してアリーナに向かうがその足取りは重かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 アリーナには多くの生徒達が班ごとに分かれ、縦列で並んでいた。

 

 ライン達は遅い方だった。ほとんどの班はあらかじめ早く移動していたらしい。

 

 駆け足で所定の場所に並ぼうとしたが、そこには既に男が一人佇んでいた。

 その男は185cmぐらいの長身でがっちりした体格はかなり強そうだ。銀髪の髪を額を出して、つむじ付近で盛っている。如何にも不良だ。

 余り話しかけたく無いが、ここは俺らの班の場所だ。

 

「あの……ここはライン班の場所なのなんだが……」

 

 内心は恐る恐る聞いたラインに男は首だけ振り返る。

 

「ーーあぁ?」

「ひぃ!?」

 

 余りの鋭い眼力にマナンが小さな悲鳴を上げる。その目は実戦を経験したラインすら躊躇わせる物だった。

 恐怖を堪え、ここは押し切らないと。

 

「あの、貴方は何班なのですか?」

 

 恐怖のせいで敬語で再度聞くラインに男は何か気付く。

 

「ん? ああ、そうかてめぇがラインか」

 

 ん? 俺はこの人にすら知られているの?

 

「ならてめぇがこの班の頭だな? 最初に言っとく」

 

 男はそこで言葉を着ると、俺達を見渡しながら言う。

 

「てめぇらと協力するつもりは無ぇ」

「「「へ?」」」

 

 間抜けな声で返事をしたライン達にゴリが号令をかける。

 とりあえずこの話は中断するしか無い。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 そして一通り話が終わった後、早速実習に入る。相手は卒業生達の班。実力は大差ないが連携力が違うらしい。

 

 その前の作戦会議。

 

「なあ、協力しないとはどういう事だ?」

 

 同じ班と分かったラインが男に話しかける。

 

 男は面倒臭そうに頭を掻きながら答える。

 

「へらへらと笑いながら連んでる奴とは協力しても無駄だ。俺は一人でやれる」

 

 それだけ言うと瞑想に入ってしまう男。

 もう何を言っても聞かないか……

 

 残った4人で作戦会議を行う。

 

「ちょっと!! 貴方が班長でしょう!! どうにかしなさいよ!!」

「……確かに俺に力が足りないからだな……」

 

 目を伏せるラインにマナンがフォローする。

 

「ラインは悪くないよ!! アイツが非協力的だけだよ!!」

 

 確かにあの男が協力的ならば楽なのだが、人はそれぞれだ。信頼出来ない他人に背中は任せられないだろう。

 

 フォローしてくれたマナンにありがとうと言いつつ、簡易な作戦を立てる為に行動する。

 

「そうだな。まずは一人一人の簡単な自己紹介と行こうか。得意距離も頼む。

 ーーじゃあ俺から。

 俺はライン。指揮官科卒業。一応班長だが、どんどん意見を言ってくれ。1年間よろしく。得意距離は近中だ」

「僕はマ、マナン。あの、えっと、一般科卒業。と、得意距離は遠距離です!!」

 

 緊張して嚙み嚙みなマナンに皆どことなく笑顔になる。緊張しているのは全員なのだ。

 

「私はドリーです。魔法師科卒業です。得意距離……特に無いです」

「……私はマヤよ。魔法師科卒業。得意距離は全部よ」

 

 全部!! 全部と来たか。相当自信があるのか。

 

 いつの間にか、俺は彼女に疑うような視線を送っていたのか、睨まれ返される。

 

「全部か。なら遊撃手をお願いしたい」

 

 遊撃手とは状況に応じて動く人で特定のポジションを持たない。その判断能力と適応能力の高さが問われる。

 

「任せなさい。勝つわよ」

 

 彼女の言葉に皆頷く。

 

「マナンは遠距離で狙撃。遠距離魔法師を頼む」

「うん、分かった」

 

 高威力魔法や範囲魔法を使うには高台から撃たなくてはいけない。乱戦地帯では集中等出来ない。

 

「よし、後はドリーと俺だが、アイツだがアイツは前衛だと思う。突撃するタイプだと予想するからドリーはそれを支援。俺はマナンを護衛する」

 

 一応決まった作戦の通りに配置する。今回は開けたアリーナでの戦いだがその内、旧市街地やら森林での戦いになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 開始のアラーム音と共に銀髪の男が相手に向かって駆け出す。

 そのスピードはとても速い。

 

 試合にはAMA(アンチマジックアーマー)が使われる。自動防御が発動した時点でその者は退場となる。

 

 銀髪の男は後衛を狙おうとしているが、その間にすぐに護衛が間に入る。

 銀髪の男のラッシュに護衛は防戦一方になるがサイドから援護射撃が入り、銀髪の男は一旦離れるしかない。

 

 見事な連携だ……と言うしかない。ここまでの連携が何も言わずに行われている。

 

 こちらの勢いが止まったのを見て向こうが攻勢を仕掛けて来る。

 

 前衛が左右に展開し、銀髪の男を無視してこちらに向かって来る。

 

「マヤ!! 右を頼む!!」

「言われずとも分かってるわよ!!」

 

 分かれ、対峙しようとするが銀髪の男が横から介入しようとする。

 

「俺を無視するんじゃねぇ!!」

 

 その叫びと共に殴りかかるがーーフリーズ!!

 

 という声と共に銀髪の足は凍りつく。

 

「ちくしょう!! 邪魔しやがって!!」

 

 忌ま忌ましく睨みつけるが凍りついた足はなかなか動かない。

 

 そしてーーファイヤーボール!!

 という声が聞こえ、大きな火球が銀髪の男に向かって行く。

 

 動けない銀髪の男に変わって、詠唱する。

 

「クソッ!! ウォールシールーーぐぁ!?」

 

 詠唱しようとしていた所に対峙していた前衛が邪魔に入る。

 

 くっ、しまった……

 

 ラインが詠唱を止められた事によって無防備の銀髪の男にファイヤーボールが直撃する。自動防御機能が発動し、銀髪の男は退場が決まる。

 

 そしてラインの体勢が崩れた事によって、前衛の後衛への侵入を許してしまう。

 

 ドリーが間に入るが前衛の勢いは凄まじい。前衛適性でも無いドリーは簡単に吹き飛ばれる。

 

 そしてマナンに近寄り、直撃をぶち込む。マナンも自動防御機能が発動し、退場となる。

 

 残り3人のライン達は戦闘能力が無いと判断され、敗北した。

 

 

 

 

 

 -----

 

 控室でのライン達の間は重い沈黙がこの場を支配していた。誰もがはっきり分かるほどの惨敗。

 

 連携がどれだけ大事かはっきりさせるものだった。

 そして個人個人が己の役割をしっかり理解し、仲間との連携によって動くという、仲間を信頼してないと出来ない物だった。

 物事を一つ一つ冷静に対処され、綻び(ほころ)を突いていく戦い方だった。

 

 そして今のラインでもはっきり分かる事がある。そう後衛が恐ろしいという事だ。

 後衛を野放しにしておくと立て続けに来る魔法で一気に崩されるという事だ。

 

 そうならない為に連携しないといけないんだなと実感しているとマヤが突然怒り出す。

 

「ちょっと、何勝手な事をやってるのよ!! ねぇアナタはそれでも軍人なの!?」

 

 マヤは銀髪の男につかみかかる。その手を銀髪の男は強く握る。

 痛い!! という悲鳴と共に手を離すマヤ。

 

「なあ、てめぇらは4人で3人すら抑えられないのか? てめぇらが少しの間でも3人を抑えたなら俺が潰せたのによぉ!!」

 

 怒りに満ちた瞳でこちらを睨みつけて来る。それはそうだが……

 

「貴方が一人で突っ走るからでしょう!! そんな非協力的な人はこの班に要らないわ!! 出て来なさい!!」

「ーーっ!? ……ああ、出てくよ。俺一人の方がやりやすいしな!!」

 

 控室にあるベンチを蹴り、控室を出て行く銀髪の男。

 

 気付いたらこんな事態になってしまっていた。制度上、班替えは出来ないのだが。

 

「ねぇ……マズくないの? こんな事になって」

 

 不安そうに呟くマナンにマヤは鼻で笑う。

 

「フンッ、あんな奴居なくても良いのよ!! ……さぁ、班替えの要請書を出しましょう」

 

 こちらを見つめるマヤに対して横に首を振る。

 

「確かに俺達には連携のれの字も無かった。だが、この編成は教官達が組んだ物だ。ならこういう事も試練の1つでは無いだろうか?」

 

 ラインの仮定に黙って考えるマヤ。

 しばらくすると口を開く。

 

「……好きになさい。でも提出期限は1週間後までよ。だから6日間あげるわ」

 

 どこまで上目線なんだよ……とツッコミたくなったがまあいいや。

 全く最初から前途多難だなぁとため息を付くラインだった。

 



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11-3 バラバラのライン達

 

 連携実習の翌日。連携実習は週1なのでそれまでは自由時間だ。自主練でも連携確認でも作戦会議でも構わない。

 

 早速、好機とばかりにゲームをやり始めようとするマナンを部屋から引きずり出す。

 

「この時間は休みじゃない。それに昼間からやるんじゃ無い」

「えー、たまりに溜まってるんだよ、やってないゲームがぁ~~」

 

 駄々っ子のように抵抗するマナンを部屋から連れ出すと諦めたのか静かになる。

 

「……それでどうするの?」

 

 少し不満げなマナンにこれからの動向を教える。

 

「とりあえず、全員の関係を一定以上にしないと集団行動すら不可能だ。だから一人一人、仲を深めるしかない」

「なるほど、まるでギャルゲーだね!!」

「その例えは辞めろ……女が一人で他は男しか居ないギャルゲーはやりたくない……」

 

 ヒドイ物を想像してしまって苦笑いするラインはとりあえず班の部屋に向かう。

 

 

 

 

 

 -----

 

 班の部屋に入ると中にはドリーだけだった。

 

「こんにちは、ライン」

「こんにちは、ドリー」

 

 椅子に座りながら笑顔で挨拶するドリーの目の前には沢山の本があった。

 

「ここで何をやってるんだ?」

 

 沢山ある本の1つを手に取って見ると、その題名は『仲良くなる方法100』だった。

 なんだ、ドリーも同じ気持ちだったんだな。

 

 恥ずかしそうに慌てて隠すドリーに微笑みかける。

 

「別に隠さなくても……俺も同じ気持ちだ。皆と仲良くなりたい。これから一緒に戦う仲間なのだから」

「……そうですね、どうせやるなら仲良くしたいですね」

 

 2人して遠い目をしているのに蚊帳の外のマナンがそっと声を掛ける。

 

「あのー僕も入れて欲しいなあ……」

 

 不安そうなマナンに俺とドリーは目を合わせて頬を緩ませる。そして答える。

 

「「もちろん」」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 その後、3人でマヤが居そうな場所に向かう。勉強熱心な彼女がいる場所には見当がつく。

 

 その場所の入り口にはICカードが無いと開かない扉と警備員として2名の魔法師が立っている。どちらも完全装備でこちらに睨みを効かせている。どちらもベテランなのは一目瞭然だ。

 

 その他に完全装備の兵士が居て、その兵士の受付を済ませ、中に入る。

 

 中は凄く広く、天井に届くまで何階あるのか分からないほど高い。上を見上げると気が遠くなるほどだ。そして奥行きはこれも端が遠くて気が遠くなる。

 

 そんな広大な場所は紙が擦れる音と人の息遣いが聞こえるほど静寂だ。自分達の足音がやけに響いて申し訳なく感じる。

 もちろんライン達の足音がうるさい訳では無く、ここが静寂過ぎるのだ。

 

 人気(ひとけ)のないこの場所ーーエルス国最高図書館は一般向けに開放されていない。ここは世界のあらゆる書物が集まって来ている。歴史書や古文書はもちろん、魔法書が沢山存在するのだ。何故これらがあるのかというと、以前大戦があった際中立を保ったエルス国は戦火に巻き込まれず、あらゆる書物がこちらに避難されたという事だ。

 世界最大級の貴重な書物を保管する場所なのだ。

 もちろん禁書もあるが更に地下にあるらしいので代表ですらなかなか入れないらしい。

 

 そんな場所に踏み入ったライン達はお目当ての人物を発見する。

 

 黒髪で真面目に本に取り組んでいる女子生徒ーーマヤ。大きなテーブルを一人で使っているが誰も何とも言わない。そもそもここには人は来ないし、持ち出し不可なのでここで写しているのだろう。

 

 マヤが何を読んでいるのか気になるが邪魔をしてはいけないと思い、少し離れた場所で待つ。

 

 一分ぐらい経つとマヤは大きなため息を吐き、本を閉じて椅子から立ち上がる。

 そしてこちらに近付いてくる。

 

 目の前に立つと目線を向けてくる。その視線はいつものキツい物では無く、普通だった。

 

「……わざわざこんな所まで来て、すぐに話しかけて来るかと思えば律儀に待つのね。それにこんな所では離れても気配がバレバレよ」

 

 だよなあ。まあ気配を隠す気も無かったが。

 

「邪魔して悪いな。少し話がしたくてな」

 

 真剣な表情のラインに嫌みの1つでも言おうと思っていたマヤは止める。

 

 ライン達は外に出て、4人が向かい合うテーブル付きのベンチに座る。

 最初に切り出したのはマヤだ。

 

「それで、何しに来たの? もう諦めたのかしら?」

 

 やっぱり嫌みを言ったマヤにラインは横に首を振る。

 

「いいや、俺は諦めてない。このメンバーであることには意味があるのだと俺は思う」

 

 ラインの言葉にマヤは激高する。

 

「ふざけないで!! こんなチーム可笑しいわ!! あんな問題児に、頼り無い班長、それに約に立たない班員ーーぐっ!?」

 

 突如襟元を掴まれ言葉が止まったマヤ。襟元を掴んだ手はラインの手であった。

 マヤを見つめるラインの瞳は怒りに満ちていた。

 

「マヤ……俺を罵るのは構わない。確かに俺は優秀でも無いのに指揮官科に行った。コネでも使った等と馬鹿にしてくれても構わない。

 だが、俺の友人を罵るのは許せない!! 彼らは必死にやってるんだ!! 彼らがいつ怠けた? 自分の欠点と向き合っているのに何故認めようとしない? 何故、人のせいにしてお前は努力しないんだ? 仲間は理想の人形じゃない!! 一人一人、個性のある人間なんだ!!」

 

 ラインの気迫のこもった言葉にマヤは無言で顔を伏せた。

 そしてゆっくり口を開いた。

 

「……ごめんなさい、言い過ぎたわ。でも私は更に上を目指さないといけないの。こんな所で立ち止まるわけにはいかないの」

 

 顔を上げたマヤの瞳には強い意志が宿っていた。

 その強い意志が見えたラインは1回目線を逸らして少し考えて口を開く。

 

「……良ければ理由を聞いても?」

 

 控え目に聞いてくるラインを一目を見た後、空を見上げる。

 空は快晴で今日の太陽はやけに高く見えた。

 

「……そうね。ここまで話したのなら全部話しても良いのかもしれないわね」

 

 そう言った彼女の瞳は揺れていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 彼女の家は家柄が良く、魔法師としても優れていた。その長女である彼女は親の期待に答える為頑張っていた。

 そしてあるとき彼女の父親が戦死したのだ。母親は既に出産の時死に、親は父親だけだったのだ。

 

 父親が死んで後継者が彼女になったので彼女がその後を継いだが、しかし彼女にとって右も左も分からない事だらけで、周りからは失望の視線をその身に注がれていたのだ。

 

 親の、彼女の家の名声をこれ以上落とさない為、彼女は常にトップを走り続けなければいけなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

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 そんな彼女の事情を知った彼らは目を伏せる。そういう理由で彼女が常にトップに居たことを知ったライン達が目を伏せたのは感じる同情からだった。

 しかし彼女は同情して貰いたいわけでは無い。むしろ哀れみの目で見られるのは不快だろう。

 

「……そうか。そんな理由があったのだな。だが君は本当にトップを目指したいのか?」

 

 そのラインの言葉にまたマヤは激高する。

 

「今、私が理由を話したでしょう!! 私はどうしてもトップを目指さないといけないの!!」

 

 今度は怒りに満ちた視線を向けたのはマヤだった。

 だがラインは特に表情を変えなかった。

 

「なら君はこれからはトップは取れない」

 

 挑発とも取れるラインの言葉に掴みかかろうとするマヤ。何とかマナンとドリーが抑えているがそれすら振り切りそうな勢いだ。

 

「どういう事よ!! アナタが私に代わってトップでも取る気!?」

 

 今までで一番鋭い視線を向けるマヤにマナンとドリーは不安そうにラインに視線を向ける。

 

「いや俺が取るわけじゃない。君が取れなくなるんだ」

 

 その言葉に驚愕して体の動きをピタリと止めるマヤ。落ち着いたマヤはラインの次の言葉を待っていた。

 

「何故トップが取れなくなるのかと言うと……これからはチーム戦だからだ」

 

 今までは個人競技で本人次第で結果が決まっていた。なので人一倍努力した彼女がトップになることも可能であった。

 しかしこれからはチームでの結果が成績に繫がる。そう彼女が一人奮戦しても無駄なのだ。

 

 その意味を理解した彼女は一度顔を伏せるがまた顔を上げ、声を荒上げる。

 

「なら尚更、チーム変更を要望するわ!! 努力した私が報われないのは可笑しい!!」

 

 また最初の結論に戻ってしまったマヤにラインは顔に憂愁(ゆうしゅう)の影が差す。

 何とも悲しいのだ彼女の視野の狭さに。

 

「……なあマヤ、軍人心得言えるか?」

 

 突然のラインの問いに驚くが、簡単な問いに馬鹿にしたような目線になる。

 

「……馬鹿にしてるの? そんなの簡単よ。

 1つ、我らは国の剣や盾では無く、衣服と成れ。

 2つ、我らは血が無くなるまで這いつくばれ。

 3つ、我らは隣の仲間と……背中、合わせ……だ……」

 

 3つ目の心得を言った途端、歯切れが悪くなり、その直後乾いた笑い声を上げながら涙を流すマヤ。

 

 しばらく無言で泣いて、次に顔を上げた時は自分を自虐した笑みだった。

 

「……ふふ……私は、私はお父様に言われた言葉を忘れていたわ。いつもこれだけは忘れてはいけないと言われてたのに、私は忘れていたわ……我らは隣の仲間と背中合わせだという言葉を。

 そう私は仲間を助けるという事を忘れていたのね」

 

 流石は聡明な彼女だ。もう全てを理解したのだろう。

 

 すると彼女は頭を深く下げる。

 

「ごめんなさい!! 私は貴方達を散々けなし、更に私自身を棚上げしていた。こんなこと許されないと思う。……だからけじめをつけるわ」

 

 そう言った彼女は歩み始める。

 

「ちょっと待った!! どこに行く!?」

 

 慌ててラインが引き留めると彼女目には涙が溜まっていた。

 

「……わ、私はこのチームを抜けるわ。こんな奴とは組みたく無いでしょう?」

 

 震える声で言う彼女をラインは抱きしめる。

 最初は驚きで体が強ばっていた彼女だったが次第に抱きしめ返してくる。

 

「……私を許してくれるの?」

 

 不安そうに訪ねてくるマヤ。

 ラインは半笑いして答える。

 

「ああ、マヤ、君はチームに必要だ。その聡明さ、抜け目の無い能力、そして勝ちへの強い意志。どれもこのチームには必要不可欠だ。だから俺達を助けてくれないか?」

 

 あんだけ罵ったライン達が自分を必要としてくれる事に心が喜んでいることに気づくマヤ。久しぶりの喜びの感情に思わず、頬を緩ませてしまう。

 またそんな感情を思い出させたのはラインに抱きしめられて思い出した父親の姿だったのかもしれない。

 

 涙を拭きつつマヤはライン達に指を差す。

 

「じゃあ、これからは厳しく行くわよ!!」

 

 そう言った彼女の表情は快晴の空のような良い笑顔だった。

 

 



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11-4 銀髪の男


すみません、またデータを飛ばしてしまい、今回の話を書き直しました。
私の場合、大まかなプロットは決めるのですが、細かい所は書きながら想像して思いつきで書くので、前と同じとはなりませんでした。

また急ぎでやったので短めですがご了承下さい。






 

 マヤも攻略し、ハーレムを作り上げるライン。だがその構成は異性1人という冗談みたいな話だ。

 

 さて次の攻略相手は最難関のヒロインとなりそうだ。

 

 もちろん最難関のヒロインとは銀髪の男を示している。

 

 マヤも入れて銀髪の男と話そうと思うのだが、肝心の銀髪の男についての情報が全く無い。

 教師達に聞けば名前ぐらい分かりそうだが、それ以外の情報は教えてくれないだろう。

 名前が分かっても今いる場所が分からなければ会うことすら出来ない。

 

 皆が頭を抱えて悩む中、ふとマナンが何かを思い付く。

 

「ねぇ、もしかしたらグレンが知ってるかもよ?」

 

 

 

 

 

 

 -----

 

「……それで、ここに来たわけと?」

 

 呆れ顔でこちらを見詰めるグレ

 ン。大きなため息は色んな意味を持ってそうだ。

 

「全く……俺が何でも知っている訳じゃないぞ?」

 

 また再度ため息を付く。

 

 だが次の一言でライン達は身を乗り出すことになる。

 

「……まあ、お前らが探している男の居場所は知っているがーー」

「「「ーー本当!?」」」

 

 いきなり周りを囲まれたグレンは近いとばかりに一人一人押しのける。

 

「近い近い……そんなんで良いのか? エマ先生やティナのスリーサイズとか知りたくないか?」

「「「知りたーー」」」

 

 知りたいと言いかけた所で後ろからの殺気に我に返る男達。く……後で教えてもらうか。

 

「冗談は置いといて、その場所を教えてくれ」

 

 後ろからの殺気に冷や汗を掻きながら今優先すべき事を優先する。

 

「へぇ、良いのか本当にこっちで?」

「後でたの「早くしなさい」」

 

 マヤの催促が迫ってる為、本題に行こう。

 

「ああ、頼む」

 

 はいよと答えたグレンから銀髪の男の場所を教えて貰う。

 その場所はアカデミー内の野外演習場だった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 野外演習場は一面が森林で、ここは主に連携実習での森林戦練習に使われる。市街地戦と違い、環境が変わりやすいのが森林戦だ。

 ここは小規模で、大規模な奴は郊外の演習場でやる。

 

 そんな人気の無い所で1人鍛錬していて、森林の合間にある小さな草原で格闘や素振りをしていた。

 

 ふと手を止めると、木々の方を睨みつける。

 

「なあ、用があるなら早く出て来いよ」

 

 少し不機嫌そうに低い声で言った男に対して、木々の合間からライン達が出て来る。

 

「邪魔しては悪いかなと」

 

 すると男は鼻で笑う。

 

「ふん、視線の方が邪魔だ。で、用件は?」

 

 下らない事言ったらこちらに攻撃が飛んで来そうだ。

 だからいきなり本題に入る。

 

「俺、俺達は勝ちに行きたいんだ。まずは君の名前を知りたい。俺はライン、こっちからマナン、マヤ、ドリー」

「俺はアーロン。先に言っとくがお前らとつるむつもりはねぇ」

 

 再度目つきを鋭くさせるアーロン。

 だがラインはそう言うと予想していた。

 

「分かってる。必要以上に俺達は干渉するつもりは無い。だがそれぞれの最高のパフォーマンスを発揮する事が出来る連携をするつもりだ。その事だけ頼む」

「へぇ、ソイツみてぇな協力的になるつもりは無いぞ」

 

 指差した先はマヤ。マヤはムッとするが落ち着けとアイコンタクトを送る。

 

「構わない。俺らはチームであって、友達でも家族でも無い。だから変に気にする必要は無い」

 

 いつもゴミ共は協力を強要してくる者ばかりで、非協力的な俺を非難ばかりしてくる。

 しかしこいつは普通とは違うかもしれない。

 

「まずは君の要望を教えて欲しい」

 

 そう言ったラインにアーロンは即答する。

 

「俺は強い奴と戦いだけだ。それだけやらしてくれるならお前らとやっても良い」

「それならお安い御用だ」

 

 ニヤッと笑ったアーロンとラインはお互いの目的が一致したみたいなので握手をする。

 

 

 

 

 

 -----

 

 全員の目的が一致した所でチームの部屋に戻り、反省会を始める。

 

 部屋に付属されているコーヒーをカップに入れて椅子に座りながらやる。気楽な気持ちでやる方が良い意見が出る。

 

「さて、昨日の戦いの反省会を始めよう」

 

 そう言いながら手に持ったコーヒーを一口飲む。

 インスタントでありながら、そこそこの味を出すコーヒーを用意しているアカデミーの気配りに感心する。

 

「まずは、アーロンの突出だな」

 

 自分が呼ばれた事に非難の視線を向けるアーロン。大丈夫、非難するつもりは無いぞ。

 

「最初にアーロンが突出した時、アーロンは1人で5人と戦っていた。俺達はその時後衛を潰したり、サポートをするべきだった。だが俺達は全く動けなかった」

 

 優れた前衛能力を持つだろうアーロンをサポート出来ず、後衛を崩せなかったのが敗因の一つだ。

 戦場でもほとんどが後衛の高威力、広範囲魔法によって戦局が動く事が多々である。

 

 またお互いに後衛を持つ場合、どれほど後衛を守り切れたのかによって勝敗が分かれる。そう、妨害する前衛にも力量が問われる。

 

 またこういう考え方もある。後衛をアタッカーとすると前衛はディフェンダーである。ディフェンダーというと護衛のイメージであるが、攻撃こそ最大の防御という言葉もある。攻撃が強いと人は守りに入るのだ。そうなるとこちらの後衛が自由になるのだ。

 

 そして勝手に突出したアーロンも悪いが、それに対して連携出来なかった俺達にも問題があった。

 

 他人のせいにするのは簡単だが、そこからは成長は出来ない。

 まだ自分に不十分は無いのかと考え、出来る事からやっていくのが成長に繋がるではないだろうか。

 

 まさか彼らが自分への非難では無く、反省をする為に使うとは思わなかったアーロン。

 普通では無い彼らに興味を湧かせられる。

 

「へぇ、まさか俺を褒めて協力的にさせる気か?」

 

 イヤミがすぐに口から出てしまう。

 昔から力を持つ彼は疎まれて来た。しかし、取り込もうと考える輩も居たのだ。だからイヤミが反射的に出てしまう。

 

 だがラインは含みを持った笑顔で答える。

 

「いや、別に褒めては居ない。アーロンにも反省して貰わないと」

 

 正直なラインの言葉にアーロンは鼻で笑う。

 

「ふんっ、面白くねぇ」

 

 不満げな彼の目つきは決して鋭く無かった。

 

 




途中作者の意見が入りましたが、作者は社会にも出てない学生です。そんな狭い見識の意見ですのでご了承下さい。


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11-5 同級生との試合

お久しぶりです。
活動報告にも書いた通り、しばらく週1、金曜日更新となります。

改稿に関しては改稿というよりもゼロから書き直している状態です。なので既存の1話とは全く違う物です。まだ投稿はしていませんがある程度、終われば投稿したいと思います。

にしても改稿よりも最新話書く方が筆が進むとは……
なので週1は投稿します。




 

 最初のアーロンの突出の問題が解決した所でマナンのお腹がグーと鳴る。

 

 時間を見るとちょうど昼休みの時間。見事な腹時計だ。

 

「それじゃあ、飯でも行くか。……アーロンも来るか?」

 

 アーロンに視線を向けるとアーロンは顔をしかめて首を横に振る。

 

「……言っただろ? 馴れ合いは好きじゃないと」

 

 やはり断られたが断り方は以前と違い、柔らかい表情だった。

 

 

 

 

 

 ------

 

 飯を食いに行くと言っても食堂である。毎日、食堂では飽きるかと思ったら日替わりメニューがある。その内容は一ヶ月間ほとんど被らないという豊富なバリエーションだ。

 

 栄養バランスと味が保証された日替わり定食を食べながら、親睦を深める。

 

 日本好きなラインは和食でご飯を片手に話す。

 

「そういえば、マヤは料理出来るのか?」

 

 優雅な手つきでナイフとフォークを使ってパンケーキを切るマヤはビクリと体を震わせ、その手を止める。

 

「……ええ、もちろん出来るわよ」

 

 そう言って再度動かした手はどこかぎこちなかった。

 

「もちろん? 確かに昔、女性は料理が出来なきゃダメだという風潮があったけど……」

 

「そうね。もうその考え方は古いわ。でもね、花嫁修業には必要なの」

 

「花嫁修業!?」

 

 男女共に多くの者が仕事に着く昨今、結婚の為に幼少から花嫁修業をする者はほとんど居ない。

 もちろん家事が出来る女性が好きな男性は一定数いる為、大人になってから花嫁修業をする者も少なくない。

 

 そんな中でなぜ幼少から花嫁修業をしたのだろうか。

 

「昨日も話したけど、私は一応貴族なのよ? 貴族で女だったら花嫁修業は当たり前よ」

 

 貴族と言えば、家事等しないというのがイメージなのだが、彼女の家は違うのか。

 

「私の家はそんなに位が高くないのよ。父の代で築いたし、私は政略結婚というよりも恋愛結婚で良いと言われてたから」

 

 なるほど。彼女は貴族という貴族では無いみたいだな。

 

「……はぁ……まさか私が継ぐとは思わなかったわ。少しは興味あったけど、その内、適当な人と結婚してのんびり過ごせると思ったのに……」

 

 何だか本音が聞こえて来た気がする。まあ彼女が本音を話してくれるのは打ち解けてきたからではないだろうか。

 

 するとチラチラ視線をこちらに向けて来るマヤ。

 

「……何だよ」

 

「いやぁ、どこかに私と結婚してくれるいい人は居ないかなーと」

 

 マヤの明らかさまな視線に呆れる。

 

「俺は嫌だ。そんな面倒ごとは勘弁だね」

 

 取り付く島もないように手を振る。

 するとマヤはわざとらしく上目遣いしてくる。

 

「こんな美人で、料理も出来る逆玉よ?」

 

 キラキラと目に補正がかかりそうな勢いだ。

 

「ならマナンの方がマシだ」

 

 と言ってマナンを見るとマナンは目を見開いて、サンドイッチを咥えて停止していた。

 

「えっ?」

 

 口からポロリとサンドイッチを落とすマナン。

 

 マナンが呆けて否定しないせいでこの場が変な雰囲気になってしまう。

 

 するとドリーとマヤがそさくさと食べ物を口に詰め込み、俺とマナンを置いていく。

 

 ちょっと!! マナン、否定しろよ!!

 

 

 

 

 

 -----

 

 昼食後、チームの部屋に戻ると全員が揃っていた。

 心配だったアーロンも椅子に足を組んで座っていた。

 

「じゃあ次回の試験に向けて連携強化しようか」

 

 ラインの言葉に頷く面々。

 

「まずはフォーメーションを決めようか。

 アーロン=前衛

 マヤ=遊撃手

 ドリー=護衛

 マナン=後衛

 俺=前衛

 で行こうと思うけど」

 

 するとマヤが手を挙げる。

 

「ねぇ、この場合ラインが指揮官だからあなたが護衛か遊撃手になるべきでは?」

 

 マヤの正論に悩むライン。

 だがラインにも考えはあった。

 

「もちろんそうなんだけど、マヤのオールレンジは捨てがたい。だから遊撃手。そしてドリーが護衛なのは前衛では力が発揮出来ないと思ったから」

 

 前衛は1対1になるとは限らないポジションだ。1対多数が基本の前衛をドリーには荷が重い気がする。

 

「ふーん。意外と考えているのね」

 

 面白く無さそうに手元の本に視線を戻すマヤ。

 

 だから俺は一応指揮官科卒業だって!!

 

 心の内の叫びは聞こえるはずもなく、話は続く。

 

「これで良いみたいだな」

 

 誰も反論が無い為、これで決まる。

 

 一ヶ月後の試験に備えて練習に向かうとするか。

 

 

 

 

 

 -----

 

 一ヶ月間後、連携を強化したライン達は自信満々に試験に向かっていた。

 対戦相手は同級生。

 ライン達と同じように5人で一ヶ月間練習したチームだ。

 

 ライン達はあれからシミュレーションを何回もこなし、タイミングや動きを慣れさせて来た。

 

 そして今日この日の為に仕上げて来たのだ。

 

「……いよいよね」

 

 自信ありげな笑みを浮かべるマヤにラインも同調する。

 

「ああ、やってやろうじゃないか」

 

 いつも自信無いマナンも今日は少し頼もしく見える。

 

 演習場所は市街地。

 演習場所としては1番大きい。

 

 中央にあるU字型のマンションを囲むように住宅地が建っている。

 U字型のマンションは5階建てとそんなに高くない。

 この演習場所は破棄された市街地を想定していて、電気は使えない。

 

 破棄された市街地というだけあってところどころ草は生い茂り、鉄骨は剥きだし、家には穴が空いている。

 家に穴が空いてるのは今までの演習の結果だろう。

 

 使用可能武器は刃潰しされた武器やゴム弾となっている。

 そして魔法だ。

 もちろんAMA(アンチマジックアーマー)を着ける事が義務付けられている。

 

 魔法の攻撃は加減が出来ない為、AMAが発動したら負けという決まりとなっている。

 もちろん足止めの魔法には発動しない。アーロンが以前食らったのはそれだ。

 またAMAには自動射撃防御が有るため、ゴム弾といえども発動する。

 

 試合開始位置はマンションを挟んだ住宅内。有利不利が無いように対照の場所が開始位置となっている。

 

 そしてマンションに入るにはUの先の二つの入り口から入るしか無い。しかしこの際直線となるため危険ではある。

 

 だがマンションは唯一の高台。屋上に布陣すれば相手の位置が丸見えになるのだ。また高所から狙撃、広範囲魔法等やりたい放題である。

 そんな重要拠点を奪い合いになるのは必然と言えた。

 

 開始のブザーと共に真っ直ぐ住宅地を抜け、マンション両翼の入り口に向かう。

 

 入り口は道路の方に向いていて、その道路に出ると、向こうも入り口に入ろうとしていた。

 

 直線距離にして100m。近接戦闘には遠いが、銃や魔法ならば有効射程だ。

 

 お互いに目線を合わせた瞬間、同じ行動を取っていた。

 

「マナン、撃て!!」

 

 ラインの言葉と同時にマナンは長身の銃ーーアサルトライフルを撃っていた。

 

 もちろん向こうも同じ行動をしていた。

 

 一瞬でお互いの間には無数の弾丸が行き交うようになる。

 

 そして両チームともさっさとそれぞれの入り口に避難する。

 

 最初の遭遇戦でお互いに被害は無い。そしてお互いの兵科が一人判明したのである。

 

「一人は銃か……」

 

 ラインの呟きにマヤが答える。

 

「そうね。それも向こうも遠距離向きね」

 

 マヤも不安そうに呟く。

 

 遠距離向きの銃同士が対峙した場合、ライン達には出来ることがないのだ。マナンと敵のタイマンである。

 

 もちろんマナンの実力を疑う訳では無いが、何も手助け出来ないという無力感がライン達に溜息を付かせていた。

 

 だが当事者のマナンは笑顔だった。

 

「大丈夫。これは僕の唯一の取り柄だから。負けたらジェームズ先生に顔向け出来ないよ」

 

 そう言ったマナンの表情は自信に満ちあふれていた。

 

「……分かった、任せる」

 

 むしろこれ以上心配しても信頼してないという事になってしまう。

 

 だから後は俺達のやることをやるだけだ。

 

「よし、俺達も屋上の制圧を進めるぞ」

 

 目の前にある階段を使って最上階に行く。

 だが問題なのは相手も同じ事を考えているだろうという事。

 

 お互いに階段を登り始めたら、どこでその最中に攻撃されるか分からない。隠れる所も無い階段は危険である。

 

 だが最短ルートで屋上に行くには仕方ない事だった。

 

 アーロンを先頭に、ドリー、ライン、マナン、マヤと続く。

 

 駆け足で駆け上がる事、3階。3階に上がった時点で敵の襲撃を受ける。

 

 3人が渡り廊下を走ってこちらに向かってくる。

 

「来たぞ!! アーロン、マヤ行くぞ!! ドリーは護衛を!!」

 

「やっと来たかぁ!!」

 

「ええ!!」

 

「了解!!」

 

 アーロンは歓喜の声を、マヤは力強く応え、ドリーの了解が聞こえ、これなら安心して戦える!!

 

 敵は一人一人個別に戦うらしく、分散して来る。

 

 俺は目の前の素手の女子生徒と剣で鍔迫り合いをする。

 素手に一瞬驚いたが、硬化魔法か。

 

 鍔迫り合いしている肩までの茶髪の女子生徒が顔を上げる。その顔は見慣れた顔であった。

 

「こうして戦うのは初めてかしら?」

 

 ニヤッと笑う表情に自然とこちらも笑顔になる。

 

「そうだな。格闘が得意とは知ってたけど、まさか、ティナが硬化魔法を使えるとはね……」

 

 大袈裟に驚いたラインにティナは鼻で笑う。

 

「ふふっ、色々と成長したのよ、この1年間で」

 

 更なる力で押してくるティナに皮肉を言ってやる。

 

「ほぅ……ん? 変わりはないけど……」

 

 ティナはあくまでも認めないラインの視線をたどると、自分の胸にたどり着く。

 

「ーーっ!? ぶっ殺す!!」

 

 顔を真っ赤にして馬鹿力を発揮するティナ。

 

 流石に力比べはティナの方に軍配が上がる為、力を逸らして鍔迫り合いを抜ける。

 

「ライン!! アンタは触れてはいけない事に触れたぁぁ!!」

 

 殺人を犯しそうな勢いで突っ込んでくるティナにさすがに恐怖を感じる。

 やり過ぎたかも……

 

 そんなラインの目の前に大きな背中が現れる。銀髪の男ーーアーロンだ。

 

「へぇ、こっち面白そうだな。コイツは貰う」

 

 楽しそうに笑うアーロンにティナは不快感を露わにしてラインを指差す。

 

「どきなさいよ!! 私はアイツを殴らなきゃ気が済まないのよ!!」

 

 フゥーフゥーと息荒くしているティナと戦うのは自業自得だが、ごめんだ。

 

「アーロン、任せた」

 

 俺はアーロンと元々対峙していた相手と対峙する。

 もちろんティナが隙あらばこちらに襲いかかろうとしていたが、アーロンの実力に気付いたのか、落ち着くティナ。

 

 そして両チームとも本格的な戦闘に突入する。

 

 アーロン、マヤ、ラインの3人は敵前衛と対峙。

 マナン、ドリーは屋上に向かわせる。

 

 俺の対峙している男はどこか知的に見える男だった。さっきの事に顔色一つ変えなかった。

 そしてこちらは剣を抜いているのに彼は未だ剣、いや刀を刺したままだった。

 

 微動しない男だったが、視線はこちらの挙動一つ見落とさないように見つめていた。

 

 



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11-6 指揮官の能力

 

 俺が対峙しているのは冷静沈着にこちらの挙動を注視している男。

 その腰には一振りの刀。俺が握っている真っ直ぐに伸びている剣ーー直刀ではなく、僅かに曲がっている剣ーー曲刀である。

 

 片方にしか刃が付いていない。反対側に()りが付いているのは切断力を増すためとか。

 

 そんなどうでも良いことが頭の片隅を()ぎっている間も相手は動かなかった。

 

 どういうことだ? あくまでもカウンター狙いなのか?

 

 相手の意図が読めない。こうしている間にもアーロンとティナの戦況は動きつつある。

 

 優れた格闘センスと肉体硬化魔法によって実力向上したティナだったが、アーロンの実力には押されっぱなしだった。

 

「ーーっく、やるわね」

 

「へっ、まだまだぁ!!」

 

 苦渋の表情を浮かべるティナと楽しそうな表情を浮かべるアーロン。

 

 見事な格闘戦を繰り広げる2人に見入ってしまいそうになるがここは堪えて、こちらも仕掛けよう。

 

 じりじりと間合いを詰めるライン。

 

 もう少しで自身の間合いに入る距離になったとき、第六感が危険だと告げる。

 

 何か、嫌な予感がするっ!? 

 

 足を止めたラインの鼻先を刀が(かす)める。

 

 刃を潰したとはいえ、細い金属の塊。掠った鼻先からは血が出ていた。

 

 危なかった……あの距離はもう相手の間合いだったか。

 一瞬で攻撃を仕掛けて、鞘に戻した事を見ると、居合の心得が有るみたいだな。

 

 流石に真っ正面から仕掛けるのは不利だと悟る。

 魔法や小技で動かしてから間合いに入る。

 

 そう決意したラインに耳のイヤホンから悲鳴が聞こえる。ドリーのだ。

 

「しまった!! ーーアーロン、マヤ、ここは頼む!!」

 

 戦っている2人にここは任せ、階段を駆け登る。

 屋上にいるドリー達が危ない!!

 

 屋上に着くと既にAMAの自動防御が発動したドリーが腰を抜かして座り込んでいた。

 

 そしてマナンは壁に追い込まれていた。

 

 こちらに気付いたマナンが悲鳴に近い声を上げる。

 

「ーーライン!! 助けて!!」

 

「今、行く!!」

 

 一直線でマナンを追い詰めている奴に向かう。やらせない!!

 

 だがその間にフリーの相手が入る。

 

「退けっ!! 邪魔だ!!」

 

 剣に力を込めるが、押し込むどころか逆に押し込められる。

 

 何だこの力は!? こいつは護衛のハズじゃ……

 

 護衛は後衛の盾になって時間を稼ぐのが得意で、力はそんなに必要とされない。

 だがこの敵はどうだろうか。つばぜり合いしているのにこちらが押されているではないか。

 

 くっ……このままでは……

 

 苦渋の表情で相手の肩越しに向こうを見るがマナンはアサルトライフルの先に付けた銃剣で戦っている。

 そして相手も銃剣。

 

 銃剣戦だ。

 

 接近されたスナイパーは銃剣によって敵を追い払う。近接は弱そうなスナイパーだが、銃剣を付けた銃を槍のように扱う者もいて、侮れない。優れたスナイパーほど銃剣も強い。

 

 そんな重要な銃剣戦だが、マナンは苦手としている。みるみる追い詰められていく。

 

 思わず口から言葉を発してしまう。

 

「マナンっ!?」

 

「……ごめん、ライン」

 

 そう言ったマナンの防御を貫通して相手の銃剣はマナンに届く。

 自動防御が発動したマナンはそのまま床に崩れ落ちる。

 

「ちくしょう!! 近接寄りのチームだったか!! 分散したのが敗因だったか……」

 

 そう悟ったラインの背後には相手が……

 

 

 

 

 

 -----

 

 マナンが脱落した時点で五対三。

 既に結果は見えていた。

 決してラインやアーロン、マヤが弱い訳では無い。

 だが三対一をしていき、一人一人潰して行くティナ達に俺達は為す術は無かった。

 

 試合終了のアラームと共に俺達は膝を付いていた。

 

「ちくしょう!! まだまだ行けたのによぉ!!」

 

 悔しくて叫んで地面を殴るアーロン。優勢だったアーロンには負ける雰囲気を感じ無かったのだろう。

 

 ラインは呆けた表情で空を見上げていた。空は青く、さっきより雲があった。意識は遠くに飛んでいた。

 

 そんなラインはアーロンの怒号で我に返る。

 

「てめぇらは何をしてたんだ!! あぁ!?」

 

 マナンとドリーに摑みかかるアーロン。マナンとドリーの顔には恐怖が見えた。

 

「待ちなさいよ!! 何も、この2人だけが悪いわけじゃないでしょ!!」

 

 3人の間に仲裁に入るマヤ。だがアーロンを止めるには至らなかった。

 

「うるせぇ!! 何だぁ? 俺が全員ぶっ殺さなかったのが悪いのかぁ!?」

 

 もうアーロンもやけくそだ。そりゃあ自分がちゃんと仕事していたのにいちゃもん付けられるのは心外だろう。

 

「待ってくれ」

 

 俺の言葉に全員の動きが止まる。こちらを全員が注視する。

 

「俺が悪かった……指示が悪かったんだ」

 

 頭を下げるラインにマナンがフォローに入る。

 

「そんな……ラインは悪くないよ。僕が……自衛出来ていれば……「違う!!」」

 

 いきなりラインが大声で叫んだのでびっくりするマナン。

 

 顔を上げて自分の間違えを一つ一つ話して行く。

 

「マナンのせいじゃない。まず指揮官である俺が屋上に固執(こしつ)する余り、チームを分けた事。

 更に敵の戦力を勝手に判断していた事。これは相手に前衛はいなくて、ドリー達でも行けたと判断したのが間違いだった。そう敵の戦力を決めつけてしまったんだ」

 

 戦場で決めつけてはいけない。戦場でイレギュラーは当たり前であり、決めつけては安心が生まれてしまうのだ。そこを敵につけ込まれたら敗北は必至だ。

 

 戦場に予想通りなどあり得ない。一手違うだけで戦況は変わるのだ。そこに大勢の意志が有るならばもはや予想は不可能だ。

 

 だから指揮官は無数の対策を練るのだ。そしていつもその対策は無駄になり、臨機応変が求められる。

 その能力をアカデミー卒業の指揮官は求められる。これから未来の戦場を動かすのは彼らなのだから。

 

 自分の失敗を客観的に話したラインに彼らは静まる。

 自分の非を認めるという事は簡単じゃない。それを自分から言いだしたラインに彼らは言うことは無かった。

 

「……そうね。指揮官であるあなたのミスね」

 

「……ふんっ、分かってるなら良い」

 

「ちょっと!!」

 

 怒るマナンをラインは遮る。

 

「いやマナン、その通りだ」

 

 アーロンとマヤはラインを責めているような口調だが、表情は全く怒りに満ちていない。むしろ早く片がついて安心しているようだ。

 

 その事に気付いたマナンも口をつぐむ。

 

 だがまだ一人、心の整理が出来ていない者が居た。

 涙をポロポロとこぼすドリーだった。

 



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11-7 前へ

こんにちは。

Twitterにて新しいアカウントを作りました。
こちらでは寸劇や小話、裏話をツイートします。


氷炎の双剣@なろうとハーメルン(本垢) (@soken0324)さんをチェックしよう https://twitter.com/soken0324?s=09




 

 他の面々がこれから前を向こうとしてる中、ドリーは下を向いていた。

 涙が頬を伝って地面に落ちる。

 

 いきなり泣き始めたドリーにライン達は動揺する。

 

「ど、どうしたんだ?」

「どこか痛いの?」

 

 心配して詰め寄るラインとマナン。

 

 するとドリーはポツポツと語り始める。

 

「……さっき試合が、ラインのせいだと言うけどっ……僕がそもそも護衛出来てないのが悪いんだ!!」

 

 涙でぐしゃぐしゃの顔で自分の非を訴えるドリー。

 

 確かに護衛が出来ていれば何も問題ないのだが、現状は力不足だ。

 だがそんなのは問題では無い。そんなこと挙げていたらきりが無くなる。

 マナンが近接戦出来れば護衛なんか要らないし、ラインが最強だったならば全員相手出来る。

 

 もしを挙げたら幾らでも挙げられる。今大事なのは現状で最高の実力を発揮することだ。

 

 ラインは自身を責めるドリーに優しく微笑みかける。

 

「なあ、ドリー。俺達は恵まれてるとは思わないか?」

 

 いきなり抽象的な話題に混乱するドリー。

 

「……訳が分からないよ。僕は皆と違って得意な事が無いんだ。だから僕は、恵まれてると感じた事なんか無いよ!!」

 

 ドリーの心からの叫びは部屋中に響き渡った。

 腐抜けた野郎だ!! と業を煮やしたアーロンがドリーに摑みかかろうとするのを抑えて、ラインは語りかける。

 

「なあ、少し身の上話して良いか?」

 

 ドリーは小さく頷いた。

 

「俺は2年前、オークランドで楽しく暮らしていた。学校にも行けてたし、日々の生活に不安は無かった。

 だけど、あの日から俺の人生は大きく変わったんだ」

 

 そう言ったラインの視線は虚空を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 今でも思い出す事の出来る火の臭い。火には臭いは無いが、様々な物が焼けた臭いが鼻腔に付く。

 

 家族が焼けた臭い、家が焼けた臭い、平和な生活が焼けた臭い。

 

 どれも大事にしていた物だった。

 

 だが一瞬で奪って行った。戦争が。

 

 そして何も無くなったラインに手を差し伸べてくれたエルス国の兵士。

 全てを失って絶望してた俺に見せてくれたのは大きな目標。

 その時、生きる意味を失っていた俺には救いだった。

 

 そして俺はこうして目標に向けて取り組めている。取り組んでいられる環境を作って貰っている。

 

 世界には今日のご飯すらままならない子もいるのに俺達はこうして衣食住、そして選択する自由は与えられてるではないか?

 

 俺達はこの時代では恵まれているのでは無いだろうか。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 ラインの話を聞いてこの場に居た面々はそれぞれの反応を示す。

 

 アーロンは

 

 へえ、なかなかキツいの経験したな。

 

 マヤは

 

 ……そう。色々失礼したわね。

 

 マナンは感動して泣いている。

 

 そしてドリーは口をつぐみ、顔を伏せる。ラインの話を自分を恥じているのだろうか。

 

 再度顔を上げた時はまた涙が溢れ出していた。

 

「僕は、ラインみたいに辛い過去や優れた力は持ってないんだ!!」

 

 頭を抱えて泣くドリーにラインはしゃがみ込む。

 

「そうだな。俺とお前は違う。ならそれでいいじゃないか。何も俺に成れとは言ってないぞ」

 

 悪戯っ子のように笑うラインにドリーもつられて笑ってしまう。

 

 良い雰囲気になった2人に他の面々も自然と笑顔になる。

 

 そんな彼らはここから再スタートするのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 年月は過ぎ、とうとうアカデミー卒業試験となった。

 卒業試験はチームでの模擬戦によるトーナメント戦。

 

 もちろん優勝に近いほど成績が良くなるが、一概にそうではない。負けても活躍してたり、良い作戦を立てていたら評価される。

 

 そう、卒業試験は評価する場所なのだ。この場には各部署の隊長格が来ている。そして気に入った生徒を要望するという制度である。

 

 人気な部署は代表直属部隊。

 主にエルス国代表や重要人物の護衛や特殊任務をこなす。

 その指揮権はエルス国代表にしかない。正に代表直属部隊である。

 

 人数はそう多くなく、少数精鋭部隊である。ここに入るには優勝かそれに近い活躍をした者が例年入る。

 

 会場は市街地、ジャングル、軍事施設と3種類のマップで多くの固定カメラによって観客に見せる。

 観客は軍事関係のみでまた兵士達の楽しみにもなっている。

 賭けもやっているとか。

 

 そんな卒業試験に挑むライン達。

 

 最初の相手はティナのチーム。

 場所も市街地で正にリベンジとなる。

 

「リベンジか。負けられないな」

 

 と気合を入れるライン。このチームと戦うのはあの時以来だ。

 

「ええ、必ず勝つわよ」

 

 と腕を前で交錯させるマヤ。こちらもやる気は十分だ。

 

「楽しくなってきたなぁ!!」

 

 笑いが止まらないアーロン。勝ち進めれば、強者と戦うのは必然だ。

 

「僕の上がった実力を見せてやる!!」

 

 と意気込むマナン。もう銃の腕前はプロ級だろう。

 

「僕は自分の出来る事をやるだけだ」

 

 比較的落ち着いている表情のドリーだが、足は細かく動いており興奮している事を隠せてない。

 

 観客の居る場所は市街地から100mぐらい離れており、そこから双眼鏡か、手持ちの端末で見ることとなる。

 もちろん出場者には端末の持ち込みは禁じられている。

 端末を見たらどこに居るのかまるわかりだからである。

 

 例年通り盛り上がる会場。設置された席は満席で立ち見席も埋まりそうだ。

 

 もの凄い人だかりにライン達の間にも緊張が走る。

 

「凄い人だな……」

 

「こんなんじゃミス出来ないね」

 

 感嘆するラインの耳にマナンの独り言が耳に入る。

 するとラインはマナンを嗜める。

 

「マナン、ミスはしても良いんだ。そのミスを如何にフォローするかだ」

 

 マナンの肩に手を置いて、安心させる。

 緊張で実力を発揮できないのはマズい。

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 試合開始時間になり、開始を知らせるアラームが鳴り響く。

 それと共に動き出す両チーム。

 

 ライン達が目指すのは前と同じでマンションの屋上だ。同じ手で二の舞になるかと思えるがライン達には秘策があった。

 

「良しっ、行くぞ!!」

 

 ラインの気合を入れる為に叫んだ声は観衆の声にかき消されていった。

 

 そして前回と同じようにマンションの入り口で両チームは遭遇する。

 

「マナン!! 頼む!!」

 

 ラインの呼びかけにマナンはアサルトを連射する。前回はそのままだったが、今回は魔法弾を放つ。

 

 風の魔法を受けた銃弾は速度と正確性を増して敵のチームに襲いかかる。

 だがもちろんウォールシールドに阻まれる。

 

 だけどこれも想定内。あくまでも牽制だからである。

 

 そして両チームは中に入っていく。階段を駆け登り、屋上を目指す。

 

 だが俺らはここでマナンによる妨害を行う!!

 

「マナン、頼んだ!!」

 

「了解!!」

 

 マナンは背中のバックパックから取り出したグレネードランチャーーー爆発物を相手に飛ばすーーを向こうの階段に向ける。

 

「撃てっ!!」

 

 ラインの掛け声と共に弾を撃ちだす。

 

 放物線を描いて飛んで行った弾は階段付近の壁に直撃し、爆炎と轟音を立てて壁を破壊する。

 

 一部が剥き出しになった階段では敵チームが戸惑っているのが見える。

 

「マナン、引き続き砲撃支援を!! アーロン頼んだ!!」

 

「おう!!」

 

 力強く応えたアーロンに安心しながら他の面々は屋上に進む。

 

 ラインが考えた秘策とは普通屋上に連れて行くスナイパーを1階に置く事。そしてその護衛に近接最強のアーロンを置くという事。

 

 敵が寄ってこない限りヒマな護衛をアーロンに任せたられたのは理由がある。

 

 最初、護衛と聞いて強敵と戦えないと怒ったアーロンに対してラインはこう言った。

 

 マナンというエサがあるから強敵は来ると。

 

 確かにチームで守られるべき存在の後衛が1人で下にいるのである。そこに行くには飛び降りれば一瞬である。だから基本的には後衛は高い所に置いて、妨害が来る方向を制限する。

 

 しかし今回は無防備に見える後衛。そう当然ながら1人が飛び降りた。

 

 マナンは前衛が来ると、逃げるように中に引っ込む。そして相手もそれを追うように入っていく……

 

 そしてその3秒後、マナンを倒したかと思えた前衛が壁ぶち抜いて外に吹き飛ばされる。

 

 その前衛は地面をゴロゴロと転がり、力が抜けた状態で仰向けになる。

 自動防御機能が発動し、離脱。

 

 一瞬で動いた戦況に会場は興奮で盛り上がる。

 

 そして壊れた壁からティナ達を見上げるアーロン。

 その表情は口角を大きく上げ、挑発している笑みだった。

 

 

 



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11-8 リベンジ

最新話が早く書き上がってしまい、迷った結果設定資料集を更新しました。

今回最新話のきりが良く短めだったからかもしれません。

かと言って火曜日にはまだ完成してはいなかったので余った時間が微妙でした。

またツイッターに寸劇を投稿しましたので良かったらご覧下さい




 

 轟音と共に壊れた壁から飛んで出て来たのはチームメンバーの一人。地面を勢い良く転がり、受け身は取れない。そして仰向けで止まったチームメンバーは自動防御機能発動により、棄権となった。

 

 ティナ達はチームメンバーが出て来た穴を見る。そこにはこっちを愉悦に浸っている笑みで見つめるアーロンが居た。

 

 こちらと目が合うと、更に大きな笑みを浮かべる。

 

「ーーっ!? てめぇ!!」

 

 チームメンバーの一人がアーロンの態度に我慢出来なくなったのか壁に足を掛けて、飛び降りようとする。

 だがこれは明らかな挑発だ。

 

「ダメっ!! 待って、あれは挑発よ!! 乗ったら駄目」

 

 憤るチームメンバーを押し止め、眼下にいるアーロンに睨みつける。

 

 するとアーロンは

 

「おおっ怖っ」

 

 とでも言いそうな大袈裟な態度を取る。

 そんな態度だったが、矛盾してアーロンは中庭に座り込んでリラックスしている。

 

 まるで、お前らは相手にもならんとでも言ってるようだ。

 

 さすがに露骨な挑発にティナの額にも青筋が立ったが、ここは冷静にならなくてはいけない。

 

 ヒクつく頬を抑えながらメンバーへ活を入れる。

 

「アーロンは無視して屋上を抑えるわよ!! 良いっ!?」

 

 一応隊長である指揮官に確認を取る。

 指揮官は頷き、ティナの提案は通る。

 

「行くわよ!!」

 

 ティナを先頭に屋上に向かっていった。

 

 

 

 

 

 ----

 

 アーロンが壁ごと敵を撃ち抜いて一人棄権させた時、ライン達は

 その光景を屋上から見ていた。

 

「……やっぱりスゴいわね、アーロン」

 

 感嘆の声を漏らすマヤにラインも頷く。

 

「やっぱりこれで正解だったな。タイマンの強さでアーロンに敵う奴は居ない」

 

 自分の思惑通りに進む戦況に微笑むライン。

 前回はチームメンバーをフルに活用出来なかった自分が成長した事が嬉しそうだ。

 

 そしてドリーも更にテンションを上げていく。

 

「よおっし、僕もやるぞ!!」

 

 張り切っているドリーだが元気で空回りするのは辞めて欲しい。

 

「さて、挑発に乗らなかったティナ達はこっちに来るだろう。4対3だが、地の利、天の利はこちらにある」

 

 自分達が来た階段とは反対方向にある階段を見つめながらラインは太陽を背に作戦を思い描いていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 階段を後少しで登り切る所でティナ達は一旦止まる。扉を開けたら待ち伏せされてる事だろう。

 

「この扉を開けたら、相手は待ち伏せしてるはず。相手はどの方向に居るかも分からないけどこちらは扉から。不利ね」

 

 不安そうに呟くティナにチームメンバーは横に首を振る。

 

「ティナ、心配することは無い。相手にはアーロンは居ない。なら前衛の数で押し切れる」

 

 自信満々なチームメンバーに他の面々も頷く。

 

 満場一致の意見にティナも不安を頭の片隅にやる。

 

 ……ラインはそんなに甘くない奴だからなぁ……まあ出来ることをやるしかないわ。

 

 気持ちを引き締め、一斉に扉を開けて飛び出して行く。扉から出たらすぐ散開だ。

 

 扉を勢い良く開けると日の光がティナ達の視界を遮る。いや、遮る程度では無かった。もはや真っ白で何も見えないぐらいだ。

 

 咄嗟に目を手で覆って光が目に入らないのように下向いた時に、視界の片隅に見えたのは大量の鏡。それがティナ達を囲むように向いているではないか。

 

 ーーっ!? これは罠か!?

 

 そうティナ達が思った時には既に遅かった。

 

 鏡の外から魔法が連射される。

 

 下しか見えない中、ひたすら逃げ回って回避するが味方とぶつかったり、魔法を受けて自動防御機能発動するチームメンバーも出る。

 

「くっ、見事ね……皆!! 中に戻って!!」

 

 悔しげに口を歪めながら、何とか扉からマンションの中に戻るティナ達。

 

 もうティナと隊長しか残って無かった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 と2人が肩で息をしていると下から気配がする。

 慌てて振り向くと、マナンを片手で脇に担いで、友人を見かけたように手を上げるアーロンが居た。

 

「よぉ、まだ残ってて良かった……まだ物足りないからなぁ……」

 

 次第に獲物を見つけたように獰猛(どうもう)な笑みを浮かべるアーロン。

 

 それに対照的な困った笑みを浮かべるマナン。確かにこんな恰好で運ばれるのも恥ずかしいだろう。マナンが降ろせと抵抗している間にティナと隊長は壁をぶち抜き、宙に舞う。

 上と下が取られた今、逃げ道は横しか無かった。

 

 5階から飛び降りれば鍛えてる人でも死ぬが、風の魔法を使って着地をゆっくりすれば無事に着地出来る。

 

 そういえば飛行魔法も存在するが、常に魔法の細かな制御と魔力を放出させる為、難易度はものすごく高い。

 現に未だ飛行魔法の使い手は居ない。

 

 そしてティナは空中で遠い目で観客を見ながら、これからどうするか考える。

 

 だがどう考えても勝てる道筋が見えない。

 人数的にも不利。地の利はライン達に。

 もはや勝ち目は無かった。

 

 地上に降りたティナ達は近くの住宅に逃げ込む。

 

 だが住宅はマナンの射程内だった。

 

 屋上から住宅に入ったティナ達に向けて、グレネードランチャーを撃ち込む。それに対してティナ達はウォールシールドで防ぐしかない。

 

 このまま行っても、ティナ達の魔力切れによる敗北は避けられなかった。

 

 この状況になってから一分後、勝敗は決まったと判断し、試合終了のホイッスルが鳴り、ライン達の勝利となる。

 

 ティナ達に起死回生の動きが見られなかった為、試合終了となった。

 

 初めての勝利にライン達は湧き上がる。

 

「よしっ、勝ったぞ!!」

 

 ガッツポーズするライン。

 

「ライン、見事な作戦だったわ」

 

 満足そうに頷くマヤ。

 

「まさか試験で鏡を集めるとは思わなかったよ」

 

 未だに奇抜な作戦に驚くドリー。

 

「なんか、あっけねぇな」

 

 思いっきり戦えず、不満げなアーロン。だが初勝利に目は喜んでいる。

 

「あれ? ホントに勝ったの?」

 

 イマイチ勝利に納得がいかないマナン。

 まあ確かにマナンは最初の戦闘以外、グレネードランチャーを撃っただけだからな。それも建物に。

 戦闘した気にはならないだろう。

 

 そんな何とも間の抜けたチームに観客はざわめく。

 

「まだ余裕だと言うのか……これは楽しみだ」

 

「にしても今回は作戦勝ちですな。

 見事に敵を釣り出して前衛が得意な人を配置し撃破、人の和。

 そして相手の動きを止め、その間に屋上という占拠、地の利。

 そして日の光を使い敵を撹乱、天の利。

 何とも教科書を実演した戦いですな」

 

 余りの見事な展開に笑いがこぼれる。

 

 軍人の教科書である孫子の兵法を理解し、実行しているラインは軍人の鏡だろう。

 

 すると隣に居た同僚が更に唸る。

 

「教科書通りに事を運ぶとは……相手は人だぞ。思い通りにいくものか……これをやり遂げるとはラインって子は優秀だな」

 

 2人して目を細くして見つめる先は楽しく仲間と笑っているラインだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 暗い部屋の中で端末の光が唯一の光で男の顔を照らしていた。

 ライン達の戦い振りを端末で見ていた。その見事な戦い振りにほぉ……と感嘆の声を漏らす。

 軍人の理想像である孫子の兵法を誰もが頭の中に入れているが、いざ実行出来る軍人は多くない。

 

 そんなラインを見た男は不敵な笑みを浮かべる。

 

「やるじゃないか、ライン。これなら決勝もあり得るな。決勝で待って居るぞ」

 

 満足気に独り言を言った男は端末を閉じ、ベッドに放り投げる。

 

 男は窓を開けてそこから身を投げだした。

 

 そして誰も居なくなった部屋のカーテンは風で微かに揺れていた。

 



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11-9 戦略的撤退!!

逆に今週は遅れるという……書き溜めするべきでした。

Twitterにて裏話公開中です。この作品は行き当たりばったりだった!?


 

 チームの部屋には俺とマヤだけが居た。アーロンはどこかへ。マナンとドリーは買い出しだ。

 これから祝勝会をやるらしい。

 

 最強の女子力を持つマナンと何か手伝いたいドリーが料理を作るのだ。

 因みに唯一の女性であるマヤは……

 

「……何よ?」

 

 いつの間にかにマヤを見つめていたのかマヤが不機嫌そうにしていた。マヤが不機嫌なのはマナンに手伝うのを断られたのもあるかもしれない。

 

 こちらが横に首を振るとマヤは手元の本に視線を戻す。

 

 

 

 さて、俺達の最初の試合は俺達の勝利で終わった。

 よくよく、トーナメント表を見ると俺達はシードになるブロックみたいだ。3戦勝てば優勝らしい。

 これは幸運と見るべきか、不運と見るべきか。

 

 アピールタイムは減るが、優勝が近い。

 

 一戦目はティナとの試合。そして二戦目はエドウィン達とだ。さっき向こうも試合が終わり、圧勝だったらしい。そしてあの3人組でそろってチームに居る。本当に抽選しているのか?

 

 いくら喚いてもチームメンバーは変わらない。ここは冷静に対処しなくては。

 

 エドウィン達、3人組。

 奴らは性格は悪いが力量は確かだ。

 エドウィンはこの中のリーダー的存在。前は俺が仕切ったが、あいつも指揮官科。更にあいつは家の帝王学と共に戦術も学んだと聞く。

 

 帝王学ーーリーダーシップ論や幅広い知識を教え込まれるという物。俺はこんな物は学んで無い。

 

 ふと紅茶を優雅に飲んでいるマヤと目が合う。マヤは帝王学を学んでいるのか?

 

「なあ、マヤ。お前は帝王学を学んだのか?」

 

 マヤはソーサー(紅茶やコーヒーの下に置く皿)にゆっくりカップを戻して髪を掻き上げて質問に答える。

 

「帝王学? ……私は教えられたというより独学で学んだわ。まあ、付け焼き刃だけど」

 

 独学で帝王学を学ぼうと思い至ったマヤは凄い。帝王学は幼少から家庭教師と共に時間を掛けて学ぶ物なのに、独りで短い時間で覚えたという事だろうか。

 

 付け焼き刃と言ってるが、マヤの付け焼き刃は当てにならない。

 

「凄いな!! 帝王学を学ぶのは時間が掛かるはずだろ?」

 

 するとマヤは少し口角を上げて答える。

 

「そうね。本来なら10年ぐらい掛けて覚えるべきだわ。私が覚えたのは大まかな思想だけよ。リーダーとはこう在りなさいーーという感じよ」

 

 要点だけをマヤは覚えたのだろうか? それでもあの量を前にやる気など起きない。

 

「なるほど。ならエドウィン達は一枚岩であると考えた方がいいな」

 

 もちろん帝王学を学べばチームをまとめられるという訳ではないが知っていると知らないのでは違う。

 

「そうね。それなりのリーダーシップを発揮すれば普通は付いてくるわ」

 

 人は集団になればリーダーシップを取ろうとする人がいれば付いていくのは普通だ。俺達のチームが個性的過ぎるだけだ。

 

 溜息を漏らすラインにマヤは可笑しいのか笑う。

 

「ふふっ、こんな個性的なチームの指揮官は、私は嫌よ」

 

 楽しそうに笑うマヤにラインは再度溜息を付く。

 

「ほんっとに大変だよ。分かってるなら最初から協力してくれればいいのに」

 

 マヤに視線を送るとマヤは含みを持った笑顔で応える。

 

「あなたの実力が頼りないのは事実よ? でもそれが今回は正解だったのよね……」

 

 ふうんと嘗め回すような視線を向けてくるマヤ。鑑賞物では無いからやめて欲しい。

 

 嫌がるラインに満足したのか手元の本に視線を戻すマヤ。女性の気持ちが分かった気がする。

 

 

 

 

 

 -----

 

 マナンとドリーが山盛りの食材と戦闘し始めた頃、アーロンが戻ってくる。

 

 一汗掻いたアーロンは頭をタオルで拭きながら部屋に入ってくる。

 

 そして山盛りの食材を見るとギョッとした表情になる。

 

「おい、何だそれは……」

 

 強ばった表情のアーロンにマナンはにこやかに答える。

 

「これから祝勝会をしようと思ったから、調理するんだよ。アーロンもゆっくりしてて」

 

 まるで主婦のようにテキパキ調理をし始めるマナンにアーロンは開いた口が塞がらない。

 

「何だコイツ、そんな特技があったとは……」

 

 信じられないような表情をしながら椅子に座るアーロン。知ってるのは俺だけだからな。

 

 そして同様にマヤも手元の本よりもマナンの調理が気になって仕方ないようだ。チラチラとチラ見している。

 

「マヤ、後学の為に見たらどうだ?」

 

 突然話し掛けられてビクリと体を震わすマヤ。

 

「えっ!? え、ええ。そうね、後学の為に必要よね」

 

 やはり女として男には料理を譲れない物が有るのだろう、また花嫁修業した自信がマヤをマナンに対抗させる。

 マナンの技を盗みに近寄る。

 そしてマナンと一緒にやり始めた。感嘆の声を何度も聞こえてくる。

 

 微笑ましい光景を眺めているとアーロンがその様子を見ている事が視界の端に入る。

 

「珍しいなアーロン。こういうのは苦手では無かったか?」

 

 すると少しばつの悪そうな表情をしながら答える。

 

「ああ、苦手だ。だけど腹は減ったし、そろそろ学食も飽きてきた頃だしな。量も多そうだから手伝ってやる」

 

 と言いつつも早くも戻ってきた事のは何かしらやると予想して戻ってきたのだろう。アーロンもこのチームに馴染んで来た事が嬉しい。

 

 そんな思いが顔に出ていたのかアーロンが怒りだす。

 

「てめぇ、俺を馬鹿にしてるなぁ!!」

 

 勢いよく立ち上がったアーロンを宥めるがなかなか収まらない。

 

 その時、アーロンの目の前にスープが横から置かれる。

 

 薄い茶色のスープの上には湯気が立っている。

 野菜をじっくり煮込んだスープは見た者の食欲をそそらせる。

 

 この場に居た誰もが唾を飲み込む。

 

 怒りも何処かへ行き、目の前のスープに釘付けのアーロン。

 

 そんなアーロンにマナンが食べたように勧める。

 

「良かったら味見してくれないかな? まだ未完成だけど1回チェックしときたいからさ」

 

 そう言われたアーロンは渋々と席について、スープを黙々と飲み始める。

 

 スープを調理したマナンを見るとこちらにウィンクしている。GJ、マナン。

 

 

 

 

 

 -----

 

 アーロンが魔法のスープで落ち着き、マナンの調理が終わった頃、

 祝勝会が始まる。

 

 酒を片手にマナンの料理に舌鼓を打つ。

 

 たわいもない事で盛り上げるのが学生だ。アーロンも一緒に盛り上げる事は無いがここに居るので少しは楽しそうだ。

 

 そうして祝勝会も落ち着いて来た頃、酔っぱらいが続出する。

 俺はあんまり酔わない体質で、程よい心地良さだ。

 

 最初に絡んできたのはマヤだった。明らかに酔っぱらいで暑いのか胸元を開けてる。青色の下着が見えてるぞ!!

 本人は酔っぱらっているのか気付かない。いや自分で開けたのか。

 

 腕にしだれて来る。

 

「……ねぇ、私って魅力無いかな?」

 

 甘ったるい声で上目づかいで俺を攻撃してくる。

 

「い、いや、そんな事無いと思うぞ」

 

 とりあえず当たり障りの無い答えで誤魔化す。

 

 するとマヤは大きな溜息を付く。

 

「はぁ……やっぱりこんな毒舌家の嫌な女はお呼ばれじゃないわね……」

 

 今度は女々しく泣き出しそうになる。コロコロと感情が動くな。

 

「まあ毒舌家なのは確かだが、それは心配する思いからだろう? その強い言い方を辞めれば良いと思うぞ」

 

 アドバイスで何とかフォローしたら笑顔になり、マヤがこちらを見つめて来る。

 

「……フォローありがとう。こんな女にも優しいのね。……ねぇ、良かったらキスしてあげようか?」

 

 突然爆弾発言をしたマヤに酒を口から噴き出す。マヤが変な事言ったから肺に入ったぞ!!

 

「ゴホッ……ゴホッ……な、何を言い出すんだ!!」

 

 マヤの瞳を見ると視線はやや虚ろだ。酔って思考も飛んでいるな。これは素面になったマヤに恥ずかしさで殺されるぞ。

 

 戸惑っているとマヤから動いて来る。強い力で首を押さつけられてるから動けない。

 

 ドンドン迫る艶めかしいマヤの顔に思考が停止するーー

 

「ーーダメぇーー!!」

 

 大きな声を上げて間に入って来たのはマナン。助かった!!

 

 突然入ってきたマナンに頬を膨らませて不機嫌になるマヤ。

 

「別に良いでしょ。減るもんじゃないし」

 

 いや、減りますよ私の精神が。そして明日の命が。

 

「こ、こんな所でそんな事して良いと思ってるの!!」

 

 マナンの追撃にマヤは整然と反撃する。

 

「あら、じゃあここじゃければ良いのかしら?」

 

 マナンの反論に的確に攻撃するマヤ。このままじゃマズいですよマナンさん!!

 

「とにかく、駄目な物はダメェ!!」

 

 と理論も無茶苦茶な意見にマヤは勝ちを確信して笑みを浮かべる。

 

 これはもう無理だっ!!わが軍の敗北だ!!

 

 起死回生の一計を案じるしかない。

 

 そしてラインは指揮官科で学んだ一計をここで使う。

 

 ラインはマヤに背を向けてーー逃げ出した!!

 

 これが指揮官科で学んだ、戦略的撤退だ!!

 

 扉から出たラインをさすがに追ってくる者はいなかった。

 

 



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11-10 苦戦

またまたギリギリの投稿。出来たてホヤホヤの最新話です。
最近小説関係の時間が取れず申し訳ない。

そういえば、前回の最新話が異常に伸びてましたがどなたか何回も見たのですかね?


 ラインが逃げた祝勝会の3日後、次の試合の日となる。

 

 この3日の間に怪我を治療したり、英気を養うのだ。

 また演習場の修理もこの間に行われる。

 

 季節は冬。良く晴れた空がライン達を出迎える。強い日差しだが動かないと寒い。まあこれから激しい運動するから汗掻くだろう。

 

 試合会場は軍事基地。市街地と比べて2倍以上大きい。

 中央に滑走路が有り、その左右に格納庫が存在する。

 

 スタート位置が滑走路を挟んで対照でまた滑走路が平坦な為、滑走路を挟んでの遠距離戦が予想される。

 

 もちろんウォールシールドによる移動も可能だが、隠れる場所も無く、滑走路の横幅が長い為集中放火を受けるのは目に見えている。

 ちなみに幅は60mぐらいだがライン達が肉体強化魔法を使うと、5秒ぐらいで移動出来る。

 

 たったの5秒だが狙う側としてはその間に集中放火が出来る。ウォールシールドをもってしても魔法師達の集中放火は防ぎよう無い。

 それを上回るスピードと魔力量があれば話は別だが彼らの魔力量は大して変わらない。

 

 そして相手のチームはエドウィン達3人組を含め5人。

 詳細は不明だが、ファルク、エドウィンと実力者が揃っている。

 トムは戦闘向きでは無いが今回どう出るか気になる所だ。

 

 強い日差しで少し汗ばみ始めた頃スタートのブザーが鳴る。

 目の前には格納庫群。戦闘機やHAWを収納する倉庫だ。ちなみに壊すのは勿体ない為、中は空だ。

 

 とりあえず格納庫の中に入って窓から滑走路の方向を覗く。

 

 相手はまだ見えない。向こうもこちらを探しているのだろう。

 

 バックパックから双眼鏡を出して、索敵(さくてき)する。

 

 その時、ライン達の上空を1機のドローンが通過する。

 撮影用にしてはやけに高度が低いな。

 

 すると遠くからボンッボンッと小さな音が聞こえる。

 それから3秒後、風を切る音がライン達の上空から聞こえる。

 

「ーーっ!? 皆、ウォールシールドを!!」

 

 突然のマナンの悲痛な叫びに慌ててウォールシールドを張ると、その直後、屋根が爆発して破片がウォールシールドに降りかかる。

 

「何だ!? 何処からの攻撃だ!?」

 

 慌てて戦闘態勢になって外を見るが相手の影も形も無い。

 

 混乱するライン達にマナンが落ち着くよう言う。

 

「皆、落ち着いて!! これは多分迫撃砲。超遠距離からの攻撃だよ」

 

「そうか!! 迫撃砲か!!」

 

 確かに迫撃砲ならば上から降ってきたのも頷ける。

 

 迫撃砲(はくげきほう)ーー古来から存在する支援用砲撃火器。

 大きさは人が担げる物からヘリから吊り下げて運ぶような物もある。筒状の砲身から発射され放物線を描いて飛来する砲弾は人吹っ飛ばすには十分な威力だ。

 そして最終試験では人が運搬可能な重量までの火器の持ち込み可となっている。

 

「これは厄介だな……迫撃砲は隠れた敵をあぶり出す為には効果的だ。だが何故位置が特定されたんだ?」

 

 迫撃砲に関わらず、支援火器は前線から砲撃観測して位置を修正する物だ。そもそも遭遇してもいないのに無差別でいきなり当てて来れるか? 

 砲音が聞こえ、爆発したのはこれが初めて。

 初弾から当ててくるのはまぐれとは思えない。

 

「何かでこちらの位置を特定しているはず……」

 

 ふと大空を見上げるとそこには無数のドローン。特に可笑しい所は無いがどこか違和感を感じる。

 

 すると同じく空を見上げていたドリーが大声を上げる。

 

「あーー!! あの一体にはマークが付いてないよ!!」

 

 ドローンの群れに一体だけエルス国のマークが付いていないドローンが紛れ込んでいた。

 こちらがそれに気付くと向こうも察したのか慌てて逃げていく。

 

 あれで俺達の位置を特定していたのか。

 

 そのドローンは向こう側の格納庫に収納されて行った。

 

「なるほど、ドローンでの砲撃観測か。やるねぇ……」

 

 まさか卒業試験で砲撃してくるとは想定していなかった。

 

 だがドローンを止めた以上、今はこちらの動きは把握出来てないはず。

 

「今のうちに滑走路を渡るぞ!!」

 

 壊れた格納庫の壁の穴から外に出る。

 

 目の前の滑走路を魔法で強化した脚力で駆ける。

 風を切って進むのは気持ちがいい。

 そんな感覚を楽しむ暇も余り無く、相手の魔法攻撃をウォールシールドで受ける。

 だが軍事基地が幅広い為、集中放火には至らないみたいだ。

 

 ウォールシールドを酷使してギリギリたどり着いた格納庫に飛び込む。

 中は相変わらずの殺風景。でも穴が空いているさっきの場所よりは落ち着けた。

 

 だがここに入る所を見られている以上いつ砲弾が飛んできても可笑しくない。

 

 ライン達が乱れた息を整えていると走行音が耳に入る。

 そして入口に現れたのは軍用多目的ロボットーーバッグポットだ。キャタピラで移動するバッグポッドは本来、爆弾処理や危険な所での作業を行う遠隔操作ロボットだ。

 だがこのバッグポットはキャタピラでは無く、タイヤ。そして上部には軽機関銃が搭載されていた。

 

 そして入口に4台も現れたバッグポット達はライン達に銃口を向けると容赦なく発砲を始める。

 雨あられと降り注ぐ銃弾に堪らずウォールシールドを張る。

 

 迫撃砲といい、バッグポットといい、遠距離からしか攻撃してこないぞ!!

 

 焦燥感が募るライン達に跳弾した音が嘲笑っているかのように思えた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 一方その頃、画面を見つめてコントローラーを手にしている男とそれを見守っている男が居た。

 

「良いぞ、トム。こいつらは見事に俺の掌で踊っているぞ」

 

 高笑いし始めたのはエドウィン。自分の策が上手く行き過ぎて笑いが止まらないようだ。

 

 それに対してトムはコントローラーを操作するのに必死で、応える余裕も無い。

 モニターを見ながらコントローラーで操作するのはさながらゲームのようだ。

 

「ククク……このまま消耗戦を続けさせ、弱った所を倒すというのは兵法の基本。さあ、じっくり見させて貰おうか」

 

 椅子に優雅に座ってせせら笑うエドウィンだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

「ちくしょう!! ちょこまか逃げやがって!!」

 

 吠えるように言ったアーロンは魔法で攻撃していたがバッグポットは機動力が高く、ちょこまかと動き攻撃を躱していた。

 

「面倒くせぇ!! 近接でぶっ壊す!!」

 

 イライラが頂点に達したアーロンは自分にウォールシールドを張りながら炎を片手に突っ込む。

 

 そして目の前まで来ると遠慮無くぶっ放す。

 

 炎の直撃を受けたバッグポットは機能停止をするが、機能停止したバッグポットは突如大きな爆発を起こす。

 その爆風は離れたライン達にも届くほどだった。

 

「アーロンぉぉぉぉぉーー!!」

 

 爆発に巻き込まれたアーロンの姿は粉塵で見えない。

 

 嘘だろ……? まさかアーロンが? こんな大きな爆発は爆弾でも付けてないとあり得ない。くっ、近接で破壊することも読んでいたというのか!?

 

 悔しさで歯を噛み締めるラインに粉塵の壁は次第に落ち着いてくる。

 

 そこには膝を地面に付けたアーロンが居た。だが満身創痍で今にも倒れそうだ。

 そして既に自動防御は発動していた。

 

「アーロン!!」

 

 銃弾の雨の中、アーロンに近づいて何とか物陰に救出する。

 

「やっちまった……済まねぇ……」

 

 息も絶え絶えに言うアーロンにラインは首を横に振る。

 

「いいや、アーロンは良くやったよ……後は俺達に任せてくれ」

 

 するとアーロンは薄く笑うとそのまま意識を手放した。

 

 相変わらずけたたましい音を放つバッグポットを睨みつける。

 

「俺達は必ず勝つ。それまでゆっくり休んでいてくれ」

 

 目の前で眠るアーロンに反撃を誓った。

 



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11-11 因縁の間柄

お待たせしました。ツイートした通り、区切りが良いところまで書けました。

Twitterでは作者の本性が出ているので自由な事を呟きます。何かお題を下されば語りますので知りたい事があればお知らせ下さい(現状、作品の歴史。作品の成り立ちについてツイートしました)

ちなみにこのアカウントはリツイ垢ではないので静かです。安心してフォローして下さい。

氷炎の双剣@なろうとハーメルン(本垢) (@soken0324)さんをチェックしよう https://twitter.com/soken0324?s=09


 

 死んだように深く眠るアーロンを横目にバッグポット達を撃破する方法を考える。

 残念ながらアーロンは自動防御機能の発動によって棄権だ。幸いな事に命に危険は無さそうだ。

 

 尽きない弾幕を張るバッグポットにこのままではジリ貧を強いられる。あの機動力をどうにか出来れば……

 

 粒汗が額に浮かぶラインにマヤが叫ぶ。

 

「機動力を落とすには足!! 足が無理なら地面よ!!」

 

「ーーっ!? そうか!! よしっ、フリーズを地面に!!」

 

 魔法が使えないマナン以外がフリーズーー地面を凍りつかせる。広範囲を一瞬で凍りつかせたライン達は動きの止まったバッグポットを置かれた的のように破壊していく。

 

「マヤ、見事な思いつきだ!!」

 

「これも兵法の基本よ。いったい指揮官科のあなたは何をしてるのかしら?」

 

 軽口を叩くマヤだったが本心は作戦が上手く決まって嬉しそうだ。

 おちょくったマヤに対して軽い返事で返しておく。こんな事は俺達にとってはお遊びだ。

 

 全部のバッグポットを破壊したライン達は呼吸を整えてから次の段階へ進む。

 

「さて、妨害もこんなもんだろ。次からはいつもの戦いになるはずだ。アーロンを失った今、俺達はフルに実力を発揮しなきゃ勝てない」

 

 実力者達のエドウィン達には万全な状態で挑みたかったがアーロンを失い、消耗したライン達は厳しい戦いを覚悟で挑むしかない。

 

 厳しい状況だったが不思議と負ける気がしなかった。同じ気持ちのようでマヤ達も顔を上げていた。

 

「不思議よね。こんな状況だけど負ける気がしないわ!! 今までで最高の実力が発揮出来そうだわ!!」

 

 仮定だが、この嫌らしい戦術とアーロンが敗れた事によって怒りが心の中に渦巻いているのかもしれない。しかしその感情は今は高揚感として現れているのだろう。

 

 マナンやドリーも鼻息荒く、いきこんでいる。これだけ皆がやる気になったのはいつ頃以来だろうか。それほどちまちまとした戦術に苛立ちを覚えていた。

 

「良しっ!! 俺達は絶対に勝つ!! 負ける訳には行かない!! やるぞ!!」

 

 おう!! との掛け声と共に倉庫から目的も無く駆け出していく。エドウィン達が居るのはこの倉庫群の何処かなのだから。

 

「どこだっ!! 出て来い、エドウィン!!」

 

 怒号を上げて、一個一個しらみつぶしに倉庫を見ていく。

 

 そして最後に1個となる。大きく開けられた扉の正面から入っていく。

 日向から日陰に入って、一瞬目が眩む。そして次第に鮮明になっていく視界に優雅に座るエドウィンが映る。

 

「やあ、ライン。ここまでご苦労。もっと減らせると思ったのだが思ったより残ったな。運が良かったようだな」

 

 せせり笑うエドウィンはライン達を目の前にしても優雅に紅茶を飲んでいる。

 

 余りの露骨な挑発に額に青筋が立つ。瞳孔は大きく開いていて今にも飛び掛かりたいぐらいだ。

 

 しかしこれはどう見ても挑発。以前の俺だったらすかさず飛び掛かっていただろう。しかしここで隊長である俺が落ち着かないと部隊は全滅する。

 

 激しく揺れ動く気持ちを抑えながら答える。

 

「エドウィン、やっと、会えたな(・・・・)

 

 とても嬉しそうに言うラインだったが、低い声で答えた事に長い付き合いのマナンは気付く。

 ラインが物凄く怒っている事に。

 

 そんなことには気づかないエドウィンは更に調子尽く。

 

「そうか!! 俺もお前と一騎打ちしてみたかったんだ。さて、これで俺の完全勝利だ」

 

 エドウィンが手を挙げると、俺達の左右に二人ずつ二階の通路に現れる。一人がアサルトライフル、一人が魔法という組み合わせだ。

 

 まさに包囲された状況だったがラインはあくまでもエドウィンを見ていた。

 

「俺はエドウィンとやる。マヤ、後は任せた」

 

 さっきまでと違って物静かになったラインに一瞬戸惑ったがすぐに頷く。

 

「ええ。後は任せなさい」

 

 これで安心して戦える。エドウィン、お前は俺が倒す!!

 

 もちろんラインは分かっていた。エドウィンの戦い方が正しい事を。兵法の通り、敵が疲労した所を叩くという戦い方。でもエドウィンとは正面から戦いたかった。

 卒業したら戦場に旅立つ彼らはこれが最後の戦いになるかもしれないからだ。

 

 だがエドウィンはそれを選択しなかった。確かにこれはラインの我が儘だ。でもこんな戦いをされたら誰でも苛つくのは仕方ないだろう。

 

 サッカーで言えば、ずっと守りを固めてロングシュートでゴールを狙われるようなものだ。それも凄まじいスピードで。

 

 そんな嫌らしい戦い方にライン達が怒るのも仕方ないだろう。

 

 そんなことも知るよしもないエドウィンは悠々とレイピアを取り出してラインに向ける。

 

「さあ、一騎打ちと行こうじゃないか。これで勝てば実力も作戦も勝ちだな」

 

「ああ。これで終わらせる」

 

 ラインも剣を抜いて構える。

 

 2人が剣を抜いた事でマナン達もそれぞれの得物を構える。

 

 張り詰めた緊張状態がこの場を支配する。引き金を引けばあっという間に解ける緊張状態はコップに入った水の表面張力のようにギリギリを保っていた。

 

 いつ飛び出すか。お互いに相手の挙動を見逃さまいと気を張っていた時、風が窓を叩く。

 

 その音で2人は動き出し、それに釣られ他の面々も戦い始める。

 

 お互いに得物を構え、接近戦に挑む。剣とレイピア。武器の異種の戦いがここで始まろうとしていた。

 

 レイピアーーその武器は突きに特化した武器である。他の武器に比べ重量が小さい分、威力には欠けるがそのスピード、手数は他に追従を許さない。

 そして威力は魔法で強化でき、スピード、貫通力を増している。

 

 なので手数の多いエドウィンが攻めに回るのは必然的だった。

 

 凄まじい速度で突きを繰り出すエドウィンにラインは防戦一方となっていた。

 

 くっ……なんて早い突きだ……

 これじゃあ反撃どころじゃない!!

 

 エドウィンの一撃でも入ったら致命傷なので自動防御機能は発動する。本人の意思に関係なく。

 

 真っ直ぐ自分に向かってくる剣先を自分の剣を当て、軌道を逸らす。

 最少の動作で躱さなくては、手数で劣るラインは戦いようが無い。

 

 攻撃を続けていると次第にエドウィンの息が上がる。

 短いような長いような怒号の攻めが止むと一旦距離を取る。

 

 怒号の攻めを切り傷程度で済んだのはラインの実力と言えるだろう。

 

「はぁはぁはぁ……」

 

 肩で息をするエドウィンと同じくラインも息が上がっていた。

 

 そしてお互いにこのままでは決着が付かない事を理解していた。

 

「ふんっ……なかなかやるではないか。まあこのぐらいないと詰まらんからな。さて本気を出してやるか」

 

 虚勢で笑うエドウィン。本人はバレてないと思っているのか。

 

「さあ、我がへールズ家の実力を見せてやろう!!」

 

 ーーへールズの名の下に、ここに集結せよ!! 我が忠実なる僕。勇敢なる兵士よ。具現化せよ!!

 

 そうエドウィンが唱えると、目の前の地面が光を発して、そこから全身をゴツい鎧で纏った兵士が出てくる。出て来たのは2体。鎧の隙間から見えるのは土で出来た体。

 魔力で生成した兵士か。

 

「ふはっはっはっ。来たか我が優秀なる兵士達よ。さあわが軍を勝利に導いてくれ!!」

 

 エドウィンが命令すると土の兵士は動き出す。その動きは図体の割には早いが普通の人程度だ。

 

 手に持った槍を突き出してくる。

 攻撃は早くは無いが、2人揃うと単純に2倍の速度で繰り出してくる。

 

「くそっ、うっとしいな……」

 

 疲れを知らない土兵士は変わりなく攻撃を続ける。一方ラインは人間であるので動いているだけでも疲れは溜まる。

 

 そんなラインの様子にエドウィンは笑いが止まらない。

 

「くくく……我が軍略に敵うはずもないのだ」

 

 何が軍略だ!! 他人に戦わせるだけだろうが!!

 

 そう言いたくなったのを堪えて、目の前の敵を打ち払う事に集中する。

 

 このままではジリ貧だ。一撃で粉砕する!!

 

 一旦距離を取って魔力を溜める。

 

 もちろん土兵士は構わず追撃する。

 

 そして射程内に入った土兵士に対してラインは発動する。

 

「天罰を与えよ!! ライトニング!!」

 

 ラインの手から放たれた青白い高出力の電撃は狂い無く土兵士の鎧に直撃し、黒焦げにする。

 

 黒焦げになった土兵士は膝をついてバラバラになり消滅する。

 

「ライトニングだと!? そんな魔法が使えるのか!?」

 

 狼狽えるエドウィンに容赦なく攻め込むライン。慌てて構えるが動揺したエドウィンは攻勢に出れない。

 

 そしてそのままの勢いで攻め込み、レイピアを遠くへ飛ばし、エドウィンの首に剣先を突きつける。

 

「何故だ……何故、俺はおまえに負けたんだ……」

 

 信じられないとでも言いたげな表情のエドウィン。そんなエドウィンに剣先を突きつけたまま答える。

 

「そうだな……この軍略は正しい兵法だった。しかし敗因はお前が俺達を怒らせた事だ。怒りに満ちた軍勢は勢いが凄い。それと正面から戦うのでは無く、上手くかわすべきだったな」

 

 士気の高い軍勢とは戦ってはいけないと兵法書にも書いてある。そういう軍勢とは罠にハメるなど正面からぶつかってはいけないのだ。

 

 敗因を理解したエドウィンは崩れ落ちるように膝を付く。

 そしてこのチームで確固たるリーダーのエドウィンが降伏した為、ファルク達も降伏する。

 

 この試合を見ていた観衆はそれぞれを褒め讃える。

 

「いやはや最初の作戦は見事でしたね。ドローンによる砲撃観測。そしてバックポットによる消耗。最後は負けましたがこの戦場を制したのは彼でしょう」

 

「そうだな。エドウィンの作戦は見事だった。しかし最後は驕り(おごり)によって負けた。そこは指揮官として致命的だ。治せれば有能な指揮官になるだろう。

 それに対してライン達は最後の最後まで諦めず、良く戦い抜いた。また怒りに身を任せなかったのは良いな」

 

 優秀な人材が育ちつつあることに男の口元に自然と笑みが浮かぶ。

 

「にしても最後のライトニング。まさかあの技を使えるとは思わなかったです」

 

 同僚の呟きに頷く。

 

「ああ、基本属性魔法だが雷は性質上どうしても金属に引き寄せられる為、自爆し易い。それを魔力で抑えるのだがそれをこなす学生はなかなか居ない。雷が得意な学生か……」

 

 感心しつつ、これからのラインの戦いが楽しみな男だった。

 

 

 



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11-12 ライバル

そろそろアカデミー編も終了です。
ライン達はこの戦争にどう立ち向かうのか。


 

 エドウィン達との試合はライン達の勝利に終わり、アーロンは病院に搬送される。

 穏やかな表情で眠るアーロンは普段から想像出来ない。常に鋭い視線を周りに向けるのでこんな表情はあの飲み会以来だ。

 

 アーロンが搬送されてるのを見送りながら、後でお見舞いに行こうと思った時、後ろから肩を叩かれる。

 振り返ると何とも言えない表情のマヤが立っていた。

 

「ん? どうしたんだ?」

 

 そう聞くとマヤは髪を弄くりながらボソボソと呟く。

 

「……ねぇ……昨日の事は忘れた?」

 

 昨日の事? ーーああ、あの酔っぱらいね。

 

 苦虫をかみつぶしたような表情をしていると俺の左腕を握り潰そうとしてくる。

 

「……思い出してしまったようね。それは忘れなさい!!」

 

「痛たたたぁぁ!! 分かった、分かったから!! 忘れた、忘れたぞ!!」

 

 俺の必死な様子にどうやら納得したのか手を離してくれる。

 いたた……アザになったらどうするんだ。

 左腕をプラプラと動かして、異常は無いか調べる。うん、どうやら大丈夫だ。

 

 そんな俺の様子を見てやりすぎたと思ったのか

 

「動くなら良かったわ。次の試合に使えなかったら困るしね」

 

 そっぽを向いて言っているマヤ。こっちを向いて言え。

 

 そして俺達はそのまま部屋に戻るとすぐに寝てしまった。激しい戦闘で疲れが溜まっていたようだ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 次の日アーロンの見舞いに全員で行く。

 

 軍病院の個室にアーロンは居た。最近は激しい戦闘が無いため、個室が空いていたからだとか。

 

 アーロンを看ていたのはエマ先生だった。学生の間はエマ先生がほとんどの生徒を看ている。

 

 当の本人のアーロンは起きて筋トレを始めていた。もう元気だな。

 

「エマ先生、こんにちは。アーロンはもう大丈夫なのですか?」

 

 リンゴを剥いていたエマ先生は笑顔で頷く。

 

「こんにちは、ライン君。アーロン君はもう大丈夫よ。そもそも命には別条は無かったから。一気に魔力を消費した疲れで寝てしまっただけみたい」

 

 良かった……確かにこの試験の自動防御機能はかなり魔力するように作られている。その分防御力は優れているが、魔力消費は激しい。

 重傷となる攻撃を魔力消費だけで済ましてるのだから素晴らしい性能だ。

 

 一安心しているとエマ先生からウサギの形のリンゴを貰う。ティナのに比べて可愛らしい。エマ先生の方が女子力は上らしい。

 

 わんこそばのリンゴを貰っているとアーロンの分のリンゴが心配になるが、既にアーロンには皿一杯のリンゴがあった。

 なるほど。アーロン、逃げたな。

 

 仕方なく口いっぱいにリンゴを食べているとやっとリンゴが無くなる。

 ふう、これなら昼食は要らないな。

 

 水分でたぷんたぷんの腹を擦っているとエマ先生は近くの手洗い場で手を洗いながら感謝してくる。

 

「ライン君、ありがとね。ついつい、可愛いウサギ作りたくって夢中で作っちゃった」

 

 そう可愛いらしく言っているがその目の下には隈が出来ていた。アーロンを付きっきりで看病していのだろうか。命には別状が無いとはいえ、万が一に備えたのかもしれない。

 

 そして眠気を紛わらす為にリンゴを切っていたのか。生徒一人に付きっきりは軍人としてはマズい。

 軍人としては失格だが、先生、人間としては尊敬出来る。

 

「美味しかったです。ですがこんな量は困ります。……もう私が居ますから先生は帰って下さって大丈夫ですよ」

 

 そう言うとエマ先生は申し訳なさそうな笑顔になる。

 

「あらら、ライン君に隠せない程に疲れが溜まってたかぁ。じゃあお願いしても良い?」

 

 もちろん、と頷くとエマ先生はありがとう、と手を振りながら帰って行く。

 お疲れさまでした。

 

 さて床で筋トレしているアーロンにリンゴを食わせよう。

 リンゴを目の前に差し出すとしかめっ面になる。

 

「俺は要らん」

 

 アーロンはそのまま筋トレを続ける。そうは言ってもこのリンゴどうすれば……

 

 皿一杯のリンゴの処理に困っているとドアが控え目にノックされる。

 アーロンは筋トレに夢中というか興味無いため、俺が代わりに答える。

 

「はい、どうぞ」

 

 許可が出るとゆっくりとドアが開かれる。そこにはフルーツバスケットを持ったマナンとマヤが。

 

「お邪魔します。あれ? 被っちゃった?」

 

 大量のリンゴを見て苦笑いするマナン。これは持って帰ろう。

 

 

 

 

 

 -----

 

 結局マナンとマヤがリンゴを食べて片づけたのだが、その頃にはアーロンも筋トレが終わっていた。

 それを見て話を切り出す。

 

「まあ、何とも無いようで安心したよ」

 

 俺が爆発の直撃を受けたらと考えただけで寒気がする。でもそんな事はアーロンは気にして無さそうだ。

 

「ふんっ、俺があの程度で死ぬものか。明後日が決勝なんだから死んでられねぇよ」

 

 アーロンは馬鹿らしい、と鼻で笑う。

 そうだ。明後日は決勝なのだ。

 

 まだ対戦相手は決まってはいないが十中八九、グレンのチームだろう。

 確か今日試合だった気がする。

 

 軍事関係者だけにライブ中継されているチャンネルを端末に繋げる。

 

 そこには市街地戦で正に無双しているグレンが居た。

 

 中央のマンションの屋上で飛んでくる魔法や銃弾を軽く躱しつつ、ゆっくりと相手のチームに近づいって行ってるのだ。

 グレンのチームメンバーは誰も手出しはしてない。

 

 よくよく見るとやはりグレンは全てを躱してるのでは無く、銃弾や魔法が自ら逸れているのだ。

 大規模な魔法は躱して、小さな魔法は逸らす。そのように見えるのだ。

 

 俺の端末を覗き込んで見るマヤがポツリと呟く。

 

「……どういう仕組みかしら……こんなのと戦うというの?」

 

 不安で顔をしかめるマヤ。

 もはやこのシーンだけ見たら、『化け物』ノエのようだ。火星独立軍最強の戦士ーーノエ。その強さはこんな風に真正面から歩いてくるらしい。まあノエと違い、グレンは躱しているけど。

 

 実力の差を見せつけるグレンに会場もざわめいているようだ。

 

 その実力はあの銀行の時よりも格段に上がっていた。ライン達もあの時に比べて大幅に実力を付けたが初心者が実力を付けるのと、実力者が実力を付けるのでは伸びしろが全然違う。

 

 あの時のグレンはBランクだったが今はAランクに届くかもしれない。もちろんAランクの実力を知らない為憶測でしかないが。

 Aランクと言えばブライス代表だが確かにまだお互いに本気は出してない感じがする。

 

「グレンは強い。間違いなく俺よりも強い。だけどタダで負ける訳にはいかない。一矢報いてやろうぜ」

 

 そんなポジティブな発言に面々は強く頷く。

 

「ふんっ、ガレンかバレンか知らんが、強い奴なら俺に回せ。ようやく面白い奴に会えそうだ」

 

 武者震いなのか、体を震わせるアーロン。あんな実力差を見せつけられても楽しみに考えられるのはアーロンの長所かもしれない。

 

 だがグレンは俺と戦いたいだろう。何故かそう思える。

 

「もちろん強い奴はアーロンに渡すが、グレンとは俺が戦わないといけない気がする。いいや、戦いたい」

 

 そんな俺の強気な言葉にアーロンは目を大きく見開く。そして小さく笑う。

 

「じゃあお前が負けたら渡せよ? それまでに周りを片付けといてやる」

 

 素直に勝負を譲ってくれたアーロンに感謝する。ありがとな。

 

 さあグレン、お前は一体何者なんだ?

 

 そう見つめた空模様はさっきまでの晴れ模様では無く、薄暗い曇りになっていた。

 



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11-13 グレンという謎

ライン「え?今回は思いつきが暴走?作者はまとめられるのか?」
作者「……頑張ります」


 

 アーロンのお見舞いの二日後、卒業試験の決勝が始まろうとしていた。

 

 決勝はアリーナで行われる。やはり観客も間近で見たいのだろう。もちろん誤射を防ぐ為、ウォールシールドが張られている。この試合の為にいったい何人の非番の魔法師を使うのだろうか。

 

 試合開始前から盛り上がりは最高潮。割れんばかりの歓声が上がる。やけに大声の奴もいる。

 そういえばこの試合が掛けの対象に成ってるとか。だから応援にも熱が入るのか。

 

 そうでなくてもやはりこのような魔法師同士の非殺生の戦いは中々観られない物。戦場でも見られるが、その時は容赦なく殺しに来る。

 ある意味スポーツ的な感覚なのだろう。剣道と剣術は紙一重、みたいに。そんな卒業試験が楽しみで来る観客は多い。もちろん軍関係者に限られるが。

 

 そして熱い歓声の中、両チームはチーム毎に集まって最後のミーティングを行っていた。

 

「さて、いよいよ決勝だな。相手はグレン。敵に不足無し」

 

 再度気持ちを引き締める。全力を出すだけだ。

 

「まさかこのチームでここまで来れるとは思ってなかったわ。2回戦は負けるかと思ったわ……」

 

 信じられないという表情のマヤ。

 そうだな。確かにこのチームはちくはぐだ。

 

「ふんっ、どいつもこいつも雑魚ばかり。勝つのは当たり前だ」

 

 鼻を笑うアーロン。最初に退場したのはお前だろ?

 

「いやそれをまとめたのはラインだよ!! 流石だね!!」

 

 上目遣いでベタ褒めしてくるマナン。良し、勝ったら何か奢ってやろう。

 

「とうとう決勝かぁ……まさか決勝に出れるとはなぁ……」

 

 ボーとしているドリー。まぐれじゃない。俺達は勝って来たんだ。

 

「俺はこのチームじゃなきゃ決勝まで行けなかった。個人それぞれの実力はばらつきが有るが、この連携は誰にも負けないと思う。改めて感謝させてくれ」

 

 頭を下げる俺にアーロンは居心地悪かったのかモゾモゾと体を動かし始める。

 

「けっ、お前に感謝されたくてやった訳じゃない。利害が一致しただけだ」

 

 その言葉にマヤも頷く。

 

「そうね。このチームは勝つ為のチーム。そうでしょ?」

 

 ーーそうだ。二人の言うとおりだ。馴れ合いして負けましたという言い訳なんて戦場では通用しない。負けたら死。それを忘れてはいけない。

 

「そうだったな。俺達が目指すのは優勝ただ一つ。これが最後の戦いになるわけだが……最後にこれだけ言わせてくれーー」

 

「ーーありがとう」

 

 

 

 

 

 -----

 

 -マヤ サイド-

 

 ラインはありがとう、とだけ言ってこの場を離れた。

 

 ありがとう、ね。こちらこそ感謝したいわね。父の引き継ぎ作業に追われ、疲れ果てた私のモノクロな世界に色を入れたのはライン、貴方よ。

 

 本当はあの祝賀会の時、少し酔っていたけどあの思いは本物。まあ彼女?に邪魔されたけど。あの時のラインの焦り顔は面白かったなぁ。

 

 ふふっ、と思い出し笑いをした自分に気付く。

 

 笑顔を取り戻せたのはラインのおかげね。

 祝賀会の時はダメだったけどまだチャンスは有るわね。

 でも今は戦いに集中しないと。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -ライン サイド-

 

 両チームがアリーナの中央に集まる。アリーナ内には人工的に設置物を配置している。体が隠せるコンクリートブロックや土嚢、ドラム缶が置かれている。観客が直接見るため、構造物は無い。ほとんどの場所が開けたフィールドだ。

 

 そして少し開けた中央に両チームが揃うと歓声が上がる。そういえば今日の試合はブライス代表も中継を見ているとか。緊張するなぁ。

 

「両チーム握手を!!」

 

 その放送と共に目の前のグレンと握手する。その力は強く、痛くなるほどだ。こちらも魔法で強化した握力で握り返すとニヤッと笑うグレン。

 

「待ってたよ、ライン。お前なら決勝に来れると思ってた」

 

 端からこの言葉を聞くと褒めているようにきこえるがこれはからかっている。

 

「ん? 俺はお前と当たりたくは無かったぞ」

 

 素っ気ない態度で返すとグレンはやられたー、とでも言いたげな表情になる。

 

「あちゃーー、片思いだったわけか!! これはこれは、寂しいなぁ」

 

 大げさに悲しむグレンだが、その本心はまるで悲しんでない。いやまあ俺もお前と戦いたい。

 

 シクシクと女々しく泣いているグレンだったが直ぐに戦う顔に戻す。そのギャップで女性を落としたんだな。男の俺でもカッコイイと思うぞ。

 

「ライン君も反抗期かな? ……まあお前も俺と同じ気持ちのはずだ。そうだろう?」

 

「……ああ。俺はお前と戦いたい。お前だからこそ戦いたいのかもしれない」

 

 お互いにニヤッと満足そうに笑うと手を離す。

 

 他の面々も握手を済ますとそれぞれのチームは対極の所定位置に移動する。

 

 ここからは設置物で相手の動きが見えない。それは相手も同じ。

 最初の動きが見えないのがこの戦いのポイントだ。

 だからそこでお互いに作戦を実行するのだ。

 

 グレン達はグレンが主力のチーム。他の面々の実力は不明だがグレンを活かした戦い方のようだ。前回の戦いがグレンのみで戦うように、グレンが絶対的リーダーのようだ。

 

 そして地形が単純なのでほとんど作戦は無い。初動だけだ。

 

「さあ、最後の戦いだ。全て出し切れ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 その声と共に試合開始のブザーがアリーナ内を鳴り響く。

 大きな歓声と共にお互いは動き出す。

 

 しかし直ぐに俺達の足は止まった。

 そう、グレンが空中を浮遊して設置物を乗り越えてこっちに向かって来るのだ。

 その大胆さにも驚いたがそれ以上に宙に浮いている事が衝撃だった。自分の目を何回も疑い、そして脳は正常なのかとすら疑い始めるぐらいだ。

 

 そしてその証明は会場のざわめきで出来た。

 

 宙に浮くーーその方法は確かに存在する。大量の上昇気流を受けて飛ぶか、ワイヤーでぶら下がるか、透明な板の上を歩くか。

 だがどれも違うようだ。大量の上昇気流何ぞ感じないし、ワイヤー、透明な板など設置出来ない。

 

 そして考えられる最後の方法はーー

 

 ーー飛行魔法。

 

 しかし飛行魔法は理論上は可能だが、実現は難しいと言われている。

 何故なら多方面放出系魔法だからである。

 多方面放出系魔法ーーその名の通り、幾つもの方向にそれぞれ魔力を放出し続ける魔法だ。

 もちろん魔力の消費も大きいが、それに比べものにならないほどの難易度の制御が待ち受けている。

 

 人間はバランス感覚が優れているゆえ、立つことが出来る。そして倒れない。

 しかし足場の無い場所に立ち、バランスを取る事は想定していない。

 そんな不安定な状態を魔力によって支える。だがそれは不規則な魔法発動となる。

 

 飛行魔法はウォールシールドのような安定した放出では無く、状態によって多方面に放出する魔力を変える必要があるのだ。

 考えただけで頭が痛くなる。

 

 そんな魔法をグレンは涼しい顔で使っているのだ。当然会場も大騒ぎとなる。

 

「まさか、あれは飛行魔法だというのか!?」

 

「あり得ない……我々でも不可能なのにアカデミー生が出来たというのか……」

 

 と観客はもはや試合そっちのけな状態となっているがグレンはやる気満々だ。

 

「さあライン、俺と一対一でやろうじゃないか」

 

 ふわりと正面に着地するグレンに俺は冷や汗を掻く。

 

 飛行魔法も使えるとなるとグレンの行動範囲は3次元。普通ならば空中は弱点となるのだがグレンは地上にいるのと変わりは無いだろう。

 

「ははっ、まさか飛行魔法まで使えるなんてお前は規格外だな。手加減でもしてくるか?」

 

 苦笑いしながら冗談半分で言うとグレンはさも当然のように頷く。

 

「それはそうだろ。一方的な試合展開は面白くない。お前の全力が見れるまで手加減してやるよ」

 

 ニヤッと笑うグレン。

 

 まさかそこまで舐められるとはな。まあそれほどの実力差かもしれない。だが俺はその差を埋めてやるよ!!

 

「手加減? それは負けた時の言い訳か? 直ぐに手加減など辞めたくなるようしてやる!!」

 

 剣を抜き、構える。

 

 思わぬ威勢の良さにグレンは目を丸くしたが、更に楽しみな表情になる。

 

「そうだ!! それこそラインだ!! どんな状況でも諦めない、前を見ている……変わって無くて安心した。行くぞ!!」

 

 グレンの手元から次々とナイフが投合される。その連射速度は余裕で対処出来るほど遅い。まだ遊んでいるのだろう。

 

 そして何十本ものナイフが地面に転がるとグレンの手は止まる。ここからが本番だ。

 

「さて、ここからが本番だ。息は上がってないな?」

 

「もちろん」

 

 ここまではまるで練習のような雰囲気だが、ここからが本当の戦いだ。

 



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11-14 グレンとの戦い

こんにちは。いよいよアカデミー編終了です。
長かったような短かったような。予定よりは短くしたつもりですが、話数を見ると書いたなあと思います。  

次回からは新章に入ります。
思い付いたら閑話入れるかもしれません。

ご要望があれば感想かTwitterなどでお知らせください。


 

 空調が効いていて程よい涼しさのアリーナの中、俺とグレンは無言で対峙していた。そして俺達の周りにはナイフが散乱していた。

 

 やる気スイッチが入ったグレンは目つきを鋭くさせながら手をこちらにかざすと、ナイフは刃をこちらに向けながら宙に浮く。

 

「さて、まずはお手並み拝見と行こうか」

 

 ニヤッと楽しそうに笑うグレンに釣られて自分も笑ってしまっていることに気づく。

 

「来いっ!!」

 

 剣を強く握りしめてナイフの動きを注視する。

 

 グレンが手を動かすとその動きと同じようにナイフも移動する。

 両手でナイフを操作する様は指揮者のようだ。さしずめ演奏者はナイフか。

 

 ナイフが鳥の群れのように群を成して向かって来る。

 

 さすがにあの数は迎え打つ事が出来ないので横に飛び退いて避ける。

 もちろんそのぐらい読んでいたらしく、一部を分離させ襲いかからせるが、少数だったので剣で弾く。

 

 それを何度も繰り返すが千日手(せんにちて)だったのでグレンはナイフの動きを止める。

 

「ふう、なかなかやるじゃないか。とりあえずは楽しめそうだ。じゃあこれはどうだ?」

 

 グレンは手を横に一閃すると、ナイフは俺を包囲するように大きく広がる。

 

「これは……エドウィンを倒したやつだな」

 

 予想が当たっていたからなのかグレンは嬉しそうに頷く。

 

「そうそう。さあこれを躱せたらエドウィン以上だぞ?」

 

 ……あれからエドウィンも成長しているし、一概にこれを躱せたらエドウィンとは言えない。

 まあこれが凌げない程度ではグレンとは戦うのは話にならないだろう。

 

 対策を考えていると、グレンは何かを思いついたらしく、あっ、と声を上げる。

 

「そういえばもうウォールシールドが有るんだったな。確かにウォールシールドを使えば防げそうだ。それじゃ面白くないから対策させて貰うわーーエンチャント、風」

 

 ナイフに風の魔法を付与(エンチャント)する。これによってウォールシールドを貫通してこちらまで来る。厄介な事に気付きやがって。

 

「さて、もう良いか? いや、答えを聞く必要は無かったな。戦いは待ってはくれない」

 

 一瞬哀しい目をするが直ぐにナイフを全方位から俺に向けて行かせる。

 

 全方位から迫り来る無数のナイフ。流石グレン。通り抜けられる隙間なんて無い。通るには複数のナイフを弾く必要があるがその間に他のナイフが体に突き刺さるだろう。

 

 肝心のウォールシールドもダメ。防ぐ方法は無く、逃げる方法も無い。

 ならーー弾くしかないようだ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -グレン サイド-

 

 無数のナイフに囲まれたライン。その包囲からは逃げ場は無い。肝心のウォールシールドは風のエンチャントによって貫通し、ナイフは威力、速度も上昇する。

 エドウィンのとは比べものにならないほど難しい。

 俺ですらどう凌ぐか悩む所だ。

 少しやり過ぎたか。

 

 そしてラインは無数のナイフが迫るとウォールシールドを張りやがった。

 

 何故だ!? ウォールシールドは無駄だと言ったし、理解してるはず。まさか俺が付与したナイフが貫通しないと踏んでいるのか、祈っているのか!?

 馬鹿らしい。俺の風のエンチャントしたナイフは薄いコンクリートなら易々と貫くぞ。

 

 ライン、お前は一体何を!?

 

 

 

 

 

 -----

 

 ウォールシールドを張った時、グレンは何とも間抜けな顔をしていた。

 まあそれはそうだろう。忠告を受けたのにもかかわらず、その行動をしているのだから。

 

 自分の極周囲だけ球状に張ったウォールシールドを確認して

 、次の魔法を発動させる。

 

「さて、ショータイムだ!!」

 

 地面に向けて魔法を発動させる。

 

「ーーバースト!!」

 

 そう言った瞬間、目の前が真っ白になった。そして遅れて爆風と爆音がウォールシールドを叩く。分かっていた事だけど怖さのあまり目を閉じてしまった。

 

 少し経って落ち着くと周りを見渡す。思った通りナイフは近くには無く、吹き飛ばされていた。

 自爆覚悟の技がなんとか通じたな。

 

 グレンの顔を見ると信じられないという顔をしていた。

 俺の視線に気付くと大きく笑い出す。

 

「ハッハッハッ……そうか、あのウォールシールドは自爆をしない為か。安全な自爆という訳か!! いやいや、これは俺も思いつかなんだ。見事だよ!!」

 

 拍手をしてくれるグレン。俺も賭けだった訳だが上手くいってよかった。だが流石に至近距離で思いっ切りぶっ放したから、体にダメージが……

 

 遅れてくる痛みに顔を歪めてるとグレンは微笑を浮かべる。

 

「流石にダメージは来るよなあ。あんだけの威力を至近距離で受けたもんなぁ。普通なら少しでも遠ざかろうとするから威力はそのまま入らないが自爆だもんなぁ」

 

 そうこの方法は最善手では無い。正確には俺に出来る最善手だろうか。

 強者ならば全てを弾き返すか、ナイフごと消滅させるか出来そうだが。

 

「さて、ここで問題です。この攻撃を何回も繰り返したらどうなるでしょうか?」

 

 グレンは微笑を浮かべながら手を差し出し、再度ナイフを宙に浮かせ俺を包囲する。

 

「……さあ、どうする?」

 

 グレンの言う通り、この手は何回も使える訳じゃない。後2回も出来るかも分からないが一方グレンは全く辛そうには見えない。

 

 悔しいが既にチェックメイトだ。

 俺が敗れればアーロンだが、人数が減ったこちらに勝ち目は薄い。

 ならば一騎討ちを辞めるしかないのか……

 

 俺が苦悶の表情を浮かべていると、突如グレンは首を横に振る。

 

「ああ、やめやめ!! こんなんじゃ観客を楽しませれない!! こんな面白くない勝ちは却下!!」

 

 と一人で納得して、ナイフの包囲を解く。

 

「……良いのか? あのまま続ければ余裕で勝てるというのに」

 

 するとグレンは肩をすくめる。

 

「決まった勝利など面白くないし、俺も観客も望んでない。こういう戦いは一進一退が面白いんだぜ?」

 

 コイツは俺の事を舐め腐っているが残念ながらそれほどの実力差が有る。

 まあ油断したところを頂くとするか。

 

「……分かった。お互いに良い試合をしよう」

 

 相手の気まぐれで助かるのはしゃくだが、まだチャンスが有る方が嬉しい。

 

 グレンも近接戦で決着を付けたいらしく、ナイフを地に落とす。沢山の渇いた金属音が周囲から聞こえる。

 その音と共に両者は動き出す。

 

 グレンはナイフを片手に、俺は片手剣を構える。

 そしてお互いに剣捌きを披露していく。剣捌きは重点的に鍛えた技だ。実力差が有るのも技量の差で何とか埋められそうだ。

 

 お互いに肉体強化魔法を掛けた状態での打ち合いは凄まじい速さで金属音を鳴り響かせる。

 

 拮抗した戦いにお互いに思わず笑みが零れる。

 

「ははっ、やるじゃないか、ライン」

 

「いや、まだまだぁ!!」

 

 お互いに汗を振りまきながら戦う様子に観客も盛り上がる。目が離せない状況にボルテージも最高潮だ。

 

 もう何も考えずにお互いの動きを見て攻防を繰り返すぐらいに高度な戦いになっている。もはや反射の域だ。

 

「はぁ……はぁ……そろそろ終わらせるか?」

 

 グレンと同様に俺も肩で息している。

 グレンはわざわざこの実力まで下がって来ている。勝ったとしても勝ちとは言えないが、本人が楽しんでるなら文句は無い。

 俺も楽しい。

 

「ああ……これで勝ったら本気だせよ? お前の本気を見たい」

 

 好奇心からの素直な言葉だった。

 

 だがグレンは一瞬目を伏せるが、直ぐに目線を合わせる。

 

「……ああ、約束しよう」

 

 お互いに剣を構え、力を溜める。そして刹那にお互いの顔が触れ合いそうな所まで来ていたーー

 

 しかしその直後、会場内に鳴り響いたサイレンにお互いの動きはピタリと止まった。

 

 そしてサイレン後に続く放送に会場の雰囲気は凍りついた。

 

「敵軍が接近中。繰り返す、敵軍が接近中。直ちに戦闘員は戦闘態勢に移行せよ。再度通達するーー」

 

 その放送内容に試合中の両チームは固まるが、観客達は冷静に素早く会場を出て行く。

 

 固まる両チームに審判が降りて来て説明する。

 

「済まないが、我が軍はこれから戦闘態勢に入る。もちろんこの試合は中止となる。君達はアカデミーで待機と命令が下された。直ぐに準備したまえ」

 

 それだけ言って審判も急いでこの会場から出て行く。

 

 戦闘態勢ーーそうか。火星独立軍が攻めて来たのか。この忌々しいサイレンは未だ俺を苦しめる。家族を失った時も聞こえた音だ。

 

 歯を噛み締めているとグレンが俺の肩に手を置く。

 

「まあ落ち着けって。まだ敵が来たわけじゃない。待機命令だ」

 

 その通りだ。俺は今は軍人だ。

 戦う時には戦えないといけないのだ。

 

 じんわり暑くなってきたアリーナ内は空調が切られた事を意味していた。

 



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〈12章 ライン 動乱編〉
12-1 軍人とは


すみません、投稿忘れてました。今回は閑話を辞めて、本編を進める事にしました。

まあ閑話が本編に関わる内容だったので……
そのうち途中に閑話?を入れます。


 

 アカデミーでの待機命令が出た俺達は地下に避難していた。一緒に避難している不安げな様子の1年生達を宥めるのも最高学年の義務だ。

 そういえば、入学式の後に出会った先輩ーーエレット先輩はこんな気持ちだったのだろうか。確かに1年生達はか弱く感じる。

 

 また三年生達も初めての戦闘態勢に表情が強ばっている。

 今まで何度か来襲はあったがどれも小規模でオークランド基地だけの戦闘であった。ここウェリントンまで戦闘態勢が引かれたのはあの時以来だ。

 そして未だに鳴り響く空襲警報が自分を動揺させている。今日は良く自分の鼓動が聞こえる。

 

 ウェリントンで空襲警報が鳴るという事は相当大規模な戦闘になる可能性がある。近くの住民も避難命令が出ているだろう。地下や屋内へ避難しているはずだ。

 

 そしてアカデミーの地下に避難している俺達の中でも点呼が取られる。

 だが一人足りなかった。それはグレンだった。

 

「アイツはこんな時にどこほっつき歩いてるんだぁ!!」

 

 引率の先生のゴリが吠える。

 

 またグレンか……アイツはほんと自由気ままで良く居ない。何処かしらで女漁りでもしてるのだろうか。

 

 だが探しに行く訳には行かない。攻撃に巻き込まれる可能性がある。

 

 そしてゴリもここを守るという仕事を放棄するわけにはいかない。一人の為に皆を危険にさらしてはならないのだ。

 

 まあグレンなら大丈夫だろうと皆は口にしないが心の中で思っていた。またあの強さは並の魔法師では太刀打ち出来ない。

 

 そして遠くからの爆発音や地響きがここまで伝わってくる。ウェリントン基地も戦闘になったか。

 

 ウェリントン基地からそう離れてないアカデミーにも攻撃が来る可能性もある。そんな可能性に唇を噛み締める。

 

 戦闘音で皆不安そうな顔で俯く。力の無い俺達はただ通り過ぎるのを待つしか無い。

 

 そんな中、地下の入り口が開かれる。ゴリやエマ先生教員陣が咄嗟に入り口に動く。

 

 殺気の集中放火を受けた男ーーグレンはたはは……と頭を掻いて困惑していた。

 

「馬鹿野郎!! こんな時にほっつき歩くとは死にたいのか!!」

 

 ゴリや教員陣に包囲され、説教を受けたグレンはとても小さくなっていた。自業自得だ。

 

 やっと解放されたグレンは忍び足でこちらに向かってくる。その間も教員陣の誰かがずっと監視していた。

 

「よぉ……すげぇ剣幕だったぜ……」

 

「お前が悪い」

 

 キッパリと断言した俺にグレンは耳打ちした。

 

 

「なぁ、良いこと教えてやろうか?」

 

「……何だ?」

 

 どうせ女絡みだろう。まあ面白そうなので聞いておく。

 

 だがグレンはにやけた顔を瞬時に引き締めた。そして爆弾を投下する。

 

「ウェリントン基地、後方に敵魔法師部隊を確認した。人数は50人ぐらいか。もしこの人数が無防備な後方から攻撃したらーー分かるな?」

 

「ーーそれは、不味すぎる!!」

 

 突然大声を上げた俺に怪訝な視線が集まる。やっちまった。

 

 軍隊という物は戦闘集団がほとんどだが、かなりの数、後方支援部隊も存在する。もちろん軍人なので武器や訓練は受けているが、最前線で戦う者に比べればその実力差は一目瞭然だ。

 

 また魔法師の後方支援部隊が少ないのもマズイ原因だ。現状魔法師は最前線以外での活躍の場は少ない。エマ先生のような治療魔法が使える人ような居れば良いが、戦える治療魔法師は最前線の衛生兵として出て行ってしまう。

 

 要するに魔法師として後方支援部隊にいるのは戦闘出来ない魔法師だけなのだ。

 魔法の使えない整備兵や衛生兵も多く居るだろうが、戦力としては約に立たないだろう。

 

 実際戦力として換算出来るのは上層部だけか。ブライス代表とヨシフ副代表とその護衛だろうか。多分代表直属部隊は出払っているはすだ。オークランド基地や他の基地も攻撃を受けているのだから。

 最悪ブライス代表か副代表のどちらか居ないかもしれない。一人はオークランド基地防衛に行ってそうだ。

 

 にしてもどうやってグレンはこの情報を?

 

 俺が視線を戻すのも見計らっていたのか口を開く。

 

「まあそれは追々話す。それよりもこれをどうするかだ」

 

 どうするかだって? 俺達で倒せと? この前の合宿とは訳が違う。合宿の時は魔法師はエマ先生が抑えてくれたし、弱かった。

 

 だが今回は違う。戦争で後ろから奇襲するような任を与えられた魔法師は相当な強さの魔法師だ。

 

 後ろから奇襲するという事はもし前線を崩せなかった場合、袋のネズミという事になる。そう成功して生きるか失敗して死ぬかの二択になるのだ。

 そしてこの一撃が戦闘の命運を分けるとなるのならこの部隊はエリート部隊だ。

 重要な任務に下っ端を当てるようなミスはしないだろう。

 

「どうする、とはどういう意味だ? まさか俺達でやろうと言うのではないだろうな?」

 

 まさかとは思うが一応牽制しとく。そんな特攻まがいはしたくない。

 

 するとグレンはニンマリと笑う。

 

「そうだ、と言ったら?」

 

「無理だ!! いくらお前が強いって言ったって相手は50人だぞ!!」

 

 またしても大声で注目を集めてしまう。さすがに見かねたエマ先生がやってくる。

 

「ライン君大丈夫? ここには来ないから大丈夫よ」

 

 そう言いながら背中をさすってくれるエマ先生。少し落ち着かないと。

 大きく深呼吸して心を落ち着かせる。落ち着いたのを確認したエマ先生は入り口に戻っていく。

 

「済まない……俺も苛立っていたようだ。何回も体験してるはずなんだがな……」

 

「いや、俺も端折(はしょ)り過ぎたな。俺は、いや俺達は奇襲をかける」

 

「俺達? 仮に教員陣と三年生が動いたとしても勝てるか分からんぞ? それは理解してるのか?」

 

 グレンはもちろん、と頷く。

 

「当たり前だ。俺も軽くみてはいない。だから強力な援軍を用意した」

 

「ーー援軍?」

 

 まさか代表でも動かすとでも言うのだろうか。

 

 グレンはニヤリと面白そうに笑う。

 

「まあそれは見てからのお楽しみ」

 

 

 

 

 

 -----

 

 結局、周りから説得していく事となった。まあ2人で声を上げても通らない気がする。

 

 最初は自分のチームからだ。

 

「カクカクシカジカ」

 

「なるほど……って全然訳分からないわよ!!」

 

 すぐにボケにツッコミを入れてくれるマヤ。いやぁ落ち着く。

 

 ツッコミを入れたマヤも呆れ顔でこちらが話すのを待っている。

 

「……で、面白い話を持ってきたんだろうな?」

 

 笑顔一つ見せないアーロン。戦いたいのに戦えないのは不満そうだ。

 

「……何をするの? 僕に出来ることあれば手伝うよ」

 

 ドリー、ありがたい。

 

「こういうときのラインは重大な発言するんだよね」

 

 もう察しているマナン。流石だな。

 

「面白い……まあアーロンには面白いかもしれないな。実はウェリントン基地後方から敵が奇襲しようとしている」

 

 この言葉だけでマヤとアーロンは大体察したようだ。

 

「なるほどね。薄い後方を守るために私達で行くって訳ね。でも私達だけで行けるかしら?」

 

「ふんっ、出番がやってきたわけか。面白そうじゃねえか」

 

 2人は笑顔で頷くが他の2人は不安そうだ。

 

「いやいや、いきなり敵部隊と戦うの!? 僕らはアカデミー待機でしょ!!」

 

「敵は強大かもしれないけどラインとならやれそうな気がするよ。僕は行く」

 

 ドリーは反対のようだが、マナンは来てくれそうだ。

 

「ドリー、俺達はアカデミー待機命令だがその存在が代表が知ったら、攻撃命令が出るだろう。今動ける部隊は俺達しかいない」

 

 俺の言葉にドリーも悩んだ末、頷く。

 

 さて次はティナ達だな。

 

「カクカクシカジカ」

 

「……それさっきも言ってたよね?」

 

 聞かれていたか。

 

「それで何よ? さっきからちょこまかと動いているから来ると思ってたけど。さっさと言いなさい」

 

「ああ、これから外に出て戦うから協力して欲しい」

 

「結構省いたわね!? ……まあ理由も聞く必要は無いわね。ラインのチームが賛同してるなら文句ないわ。皆も良いわね?」

 

 ティナのチームも賛同を得られた。次はエドウィン達だ。行きたくない。

 

「ウマシカウマシカ」

 

「何だそれは。馬鹿にしてるのか?」

 

 正解!! と心の中で拍手を送る。

 

「それでだ、代表から出撃命令が出た。へールズ家の威信に賭けて勝利を手に入れて欲しいと」

 

 出任せの嘘だったが、名声を気にするエドウィンは大喜びする。

 

「お任せを!! 必ずや勝利をエルス国に献上致しましょう!!」

 

 うーん、付いてもいい嘘もあるよね。

 

 とりあえず、戦果を手にグレンのところに戻る。

 

「おう、ラインどうだった?」

 

 既にくつろいでいるグレンに戦果を報告する。

 

「3チームの協力は取り付けた。後17チームだが何処までいけた?」

 

「全部終わった」

 

「は?」

 

 2度も言わせるなと言わんばかりの目線を送ってくるグレン。

 

「だから教員陣以外は終わったって」

 

 ……嘘だろ? さすがに早すぎないか? これが人脈の差だというのか……

 

 あんぐり口を開けていると口に飴玉が突っ込まれる。グレープフルーツは嫌いだ。

 

 最後の砦、教員陣に2人で向かう。

 

 散々騒いだ2人なので教員陣も怪訝な表情だ。

 

「何だ? トイレなら向こうだぞ?」

 

 向こうも何かを察しているらしく、トイレなどと適当な事を投げかけてくる。2人の男が一緒にトイレに行く訳が無い。

 

「いいえ、違います」

 

 首を横に振って否定する。グレンはお前が説明しろと目線を送ってくる。

 

「実はウェリントン基地後方に敵魔法師部隊を確認したという情報が」

 

「ーー何!?」

 

 流石教員陣。その重大性に気づいていらっしゃる。

 

「その情報は確かなのか?」

 

 この質問はグレンが答えるしかない。

 

「ええ、この目で見ました。敵は50人前後。どれもBランク相当の部隊です」

 

 Bランク……改めて聞くと相手は強い。銀行で出会ったエルビン隊長もBランクだ。

 

 衝撃的な報告に教員陣もざわめく。そんな中ジェームズ先生は冷静に判断していた。

 

「なるほど。仮にグレン君が本当の事を言っていたとしたらそれは観光客にでも混じっていたのでしょう。魔法師ならばなおさら。持ち物検査では防ぎようは無い」

 

 そうか。スパイのような者か。

 それが有事の時に行動を起こすというのか……恐ろしい。

 

「うむむ……」

 

 珍しくゴリが弱気だ。やはりBランクは強いのだろうか。実際に戦ったことが無いから分からん。

 

「ライン君、Bランクというのは強いよ。私自身Bランクだから私と戦うようなものだよ」

 

 エマ先生が分かりやすく教えてくれる。エマ先生と同じ!? 強い……全力で戦っても勝てるだろうか。

 

 教員陣がうなり声を上げてる中、グレンに背中を小突かれる。

 分かってる。

 

「先生方、そこで我々3年生も出撃します。教員陣と力を合わせれば「戦いを舐めるな!!」」

 

 ゴリが額に青筋を立てて怒鳴る。

 

「戦いは数じゃない!! もちろん数が大幅に開いていれば違うかもしれんが、今回はたった2倍だ!! 

 それもヒヨッコ共がほとんどだ。我々も自身を守るのに精一杯で守り切れん。仮に勝てたとしても被害は甚大。そんな作戦なんぞ承認出来るか!!」

 

 相手は50人、こちらは100人を超えるが実力差は明らか。

 勝てるとは思えない戦力差だった。

 

 だがグレンは諦めてなかった。

 

「宜しいですか、先生方。戦力差は大きく、不利な状況ですが援軍を要請してあります。

 それに敵はこちらが気づいた事に気づいていない。そう、奇襲する者が奇襲されるとは誰もが思いません。普通気づいたならば防衛態勢を取るはずです。その方が被害が少ないからです。しかし今回は防衛体制を取った所で戦力が足りず、守り切れないのは明らか。ならば肉を切らせて骨を断ちましょう」

 

 見事なまでの説得力のある言葉だったが、一つだけ怪訝な部分があった。そう、援軍だ。

 

「待て、援軍だと? 援軍が送れる状況ならば最初か防衛態勢を引けば良いではないか」

 

 至極全うな意見に皆が頷く。そうなんだよ。俺もそうすれば良いのにと思ってたんだが……

 

 また怪訝な視線で見つめられるグレン。

 だがグレンは首を横に振る。

 

「そうですね……今はまだ明かせません。いわゆる義勇兵とでも言いましょうか」

 

 義勇兵ーー有志による兵隊だ。だがそれはエルス国が公でやってることであり、有志は既に出払っているだろ。しかし何故義勇兵と偽るのだろうか。

 

 曖昧な答えに教員陣は当然納得しない。味方か分からない、戦力が不明な部隊を援軍として期待出来るはずもない。

 

 詳細な説明を求める教員陣にグレンは鋭い視線を向ける。そしてさっきまでの丁寧な態度を一変させる。

 

「なぁ、俺は別にエルス国を助ける義理は無ぇ。だがこうして助けてやろうか提案してるのに、味方か分からない、戦力が不安だ? お前らは戦争を舐めてんのか!! 犠牲なんぞ恐れては戦争なんか出来ねぇ!! 俺ら軍人が考えるのはどうやって国を守るかじゃないのか!? 

 いつの間にかによ、犠牲を少なくしないといけないという風潮が有るけどよ。その前に国を守るのが俺達の最重要目標じゃないのか!! それを思い出せ!! 国を守るのに必要最小限の犠牲を恐れるな!! お前らは軍人だろう!!」

 

 生徒から教師へあるまじき発言。部下から上官への発言としてもマズイものだ。だがこの非常事態に叱るという思考に至らなかった教員陣が誇らしい。

 

「グワッハッハッ、グレン、お前も良いこと言うのだな!!」

 

「目が覚めました。グレン君ありがとう」

 

「まさか君に諭されるなんてね……そうだこれは戦争なんだ」

 

 それぞれグレンに感謝を述べる。

 そしてグレンも嬉しそうだ。

 

「良かったぜ。ここの教員陣が無能じゃなくて。これならやれそうだ」

 

 だがこれから待っているのは厳しい戦いだ。どうしても犠牲は出るだろう。それが親しい者だとしても俺は前に進めるのだろか。

 

 未だに続く爆発音と地響きが戦争だと再認識させる。

 

 



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12-2 指揮官任命

そろそろ待望の戦闘パートです。書いてる本人が敵を強くしすぎではと感じて来た頃です。敵が強大な程倒した時、達成感得られるとは思いませんか?

そういえば皆さんは何を見にこの作品を見てるのでしょうか。教えて下さると重点的に書けるので助かります。


 犠牲を覚悟して戦うと決めた教員陣。早速三年生を収集する。

 

 直ぐに集まった三年生に対して告知する。

 

「君たちも聞いているように敵は既にウェリントン基地後方に集結していると知っているだろう。その規模は50人ほど。それも全てがエリート魔法師だ。

 だから最初に言っておきたい。正確には君達はまだ学生で軍人では無い。更に言えばまだこれは上層部から受けた命令でも無いのでこの戦いは強制では無い!! 参加したい者だけが参加してくれ」

 

 だが誰もこの場から立ち去らなかった。それはこの戦いが自分の命を懸けるのに相応(ふさわ)しいと思ったからであった。

 エルス国の本拠地、ウェリントン基地を守る事はエルス国を守る事に繋がると誰もが信じていた。

 そしてエルス国を守る事は家族、友達を守る事になると感じていたからであった。

 

 誰もが力強い視線をゴリに返す様子に自分の心が熱くなるのを感じる。

 皆も守りたいんだ。家族を、友達を。

 大切な人に襲いかかる魔の手を振り払いたいとどれだけ思っただろうか。病気と同じだ。どれだけ目の前で弱っていく大切な人を無力感に苛まされながら見ていただろうか。その無力感をまた味わいたく無くって医者になった者もいるだろう。

 俺はそれと同じで軍人になった。

 もう誰も失いたくは無い。

 

 

 

 

 

 -----

 

 結局誰もこの場から立ち去らなかったのを見て、ゴリは複雑な表情で笑う。

 

「馬鹿共が……死に急ぎたいのか……」

 

 嬉しい反面、生徒達を守れないかもしれない自分の実力不足に怒りを覚えていた。

 彼は死なせたくない故に生徒達に厳しく接して来た。

 

 だがこの現状で全員生きて帰すのは無理だった。それがどんなに無念なのかラインには知りようもない。

 

「そうか、分かった。死に急ぎ野郎共には死に場所を与えてやる!! 

 我々はこれより、奇襲をする奴らに奇襲(・・)をしてやる!! まさか奇襲をする自分達が奇襲するとは思わないだろう。それにグレンの援軍もある。勝機はある!! お前ら、隣の仲間が倒れても戦うと誓えるか!?」

 

「「「おう!!」」」

 

 腹の底から声を出して恐怖と戦う自分を鼓舞する。そしてお互いの大きな声がお互いに鼓舞し合うのだ。

 死に対する恐怖を高揚感と使命感で塗りつぶす。その紙一重な状態に生徒達はなっていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 これが俺にとって3回目の実戦だが、今回は前の二つとは比べ物にならないほどの恐怖に襲われていた。

 銀行や合宿の時は確かに死と隣り合わせだったが、不思議と生き残る自身があった。

 しかし今回、敵は猛者達。こちらが奇襲出来るとはいえ、全員を一瞬で殺せるわけでは無い。必ず態勢を整えて反撃してくる。そうなるともう魔法師の総力戦だ。技量と実戦経験がものを言う。

 

 となるともはやお互いに潰し合いの生臭い戦いになる。そんな戦いは初めてだ。

 

 底知れない恐怖に何度も襲われる。さっきまで談笑していた仲間が友達が、次の瞬間には肉塊になっているかもしれない。それに自分も死ぬかもしれない。考えれば考えるほど深い暗闇に落ちていくような感覚に吐き気が催してくる。

 

 そんな様子に気づいたエマ先生が治療魔法を掛けてくれる。

 

「ライン君は考えすぎだよ。確かにライン君の思っている通りになるかもしれない。でもそれは戦いに行く以上避けられない事だよ。……今からでも辞めても良いんだよ?」

 

 エマ先生の提案を首を横に振って否定する。

 

「魔法ありがとうございます。戦争は嫌いです。でも私は逃げたくありません。逃げて逃げて誰も居ない所に隠れても、仲間や友達を見捨てた罪悪感、いや自分への怒りに耐えきれなくなるでしょう。

 だから私は自分の力で皆を守りたい。もし死んだとしても長い間苦しめられるよりは……マシかな。……やっぱり死ぬのも嫌です」

 

 率直な言葉にエマ先生はふふっと笑うが次第に顔を曇らせる。

 

「立派だね、ライン君は。……私の友達も最前線で戦っていたんだ。でもね、皆いつも再会する時は冷たくなってるの……でもライン君は死んじゃダメだよ?」

 

 エマ先生の頑張って繕った笑顔に胸が締め付けられる。

 

「はい、死にたい訳では有りませんから這いつくばってでも生きます!!」

 

 その言葉にエマ先生は満足に笑う。

 

「あ、腕や脚が飛ばされたらちゃんと持ってきてね? 原形さえ残ってれば繋げられるから」

 

 冗談のような事を真顔で言うエマ先生。だが本当にそうなのかもしれない。でも治せるとしても腕を吹き飛ばされるのはまっぴらごめんだ。

 

 その後教員陣に呼ばれ、グレンと二人で向かう。

 真摯な面持ちでしている議論に参加する。

 

「お話の所失礼します。ラインとグレンです」

 

「おお、来たか。で、お前らに話があるんだが……」

 

「何でしょうか?」

 

 ゴリが俺達にまだ話が有るとは……伝える事は伝えたはずだが。

 

 ゴリは複雑な表情を浮かべながら目線が泳いでいる。話すか迷っているようだ。しばらく待っているとようやく話を切り出す。

 

「実はな、今回の作戦の指揮官をお前らに任せようと思っているんだ」

 

「ーーえっ!?」

 

 思わず口から声が出てしまう。頭が話についていけない。どういう事なのか。

 

「……どういう事でしょうか?」

 

 動揺している俺に対してグレンは目を細めて困惑していたが、あくまでも冷静に聞き返している。

 

「……今回はな、激しい戦いとなる。それに戦力差が大きい今、我々教員陣はもはや最前線で戦わないといかん。一人でも多くの敵と対峙する必要がある。だから指揮官には向かん。

 そこでだ。優勝チーム候補のリーダー二人のどちらかにやって貰いたい。大丈夫だ、お前らは十分に実力がある。我々全員が命を預けられるほどな」

 

 てっきりゴリが指揮を取るのかと思っていたが、確かに主力の教員陣は最前線に出るだろう。全体を見渡すには厳しい立ち位置だ。

 だから俺達にお鉢が回ってきたのか。

 

 グレンは顎に手を置いてうんうんと頷く。

 

「そういう事でしたか。……なら俺はラインを推薦します」

 

 意味ありげな視線を送ってくるグレン。

 えっ!?お前の方が適任だろう!!

 

「ちょっ、ちょっと待って下さい!! 私よりはグレンの方が適任だと思います!! この作戦の立案者はグレンですし……戦闘能力だってグレンの方がーー」

 

 そこまで言うとグレンが俺の口を手で遮る。黙れというのか。

 

「確かに俺はラインよりも実力は上です。ですが指揮官の能力ならば彼の方が上です。あのチームをまとめ上げたのですから」

 

 自信たっぷりにこちらを見つめてくるグレン。くっ……反論出来ない。

 

 黙りこく俺に更にグレンは追撃を入れる。

 

「また俺は援軍と協調するため、指揮官にはなれません。なのでラインが適任です」

 

 決まった……俺が指揮官か……

 

 教員陣もうんうんと頷き、満場一致のようだ。

 

「ではライン君。指揮官の件引き受けてくれるかな?」

 

「……お引き受けします。至らぬ事もありますでしょうがよろしくお願いします」

 

 暖かい拍手が送られるが俺の心は不安で押し潰されそうだった……

 

 

 

 

 

 

 -----

 

 後少し行くだけでウェリントン基地にたどり着く。

 主力は出払っており、我々が後方から強襲すれば瞬く間にエルス軍は崩壊するだろう。

 

 今のところは我々の存在はバレては居ない。

 

 建物の窓から外を眺める。

 人気の無い道路には車が放置されていて、鳴り響く盗難防止のブザー音が不気味に感じる。突然人がこの世から消えたかのようだ。

 

 一瞬弱気になった自分に一喝して、気を引き締める。

 

 そんな時後ろから肩を叩かれる。

 

「よぉ、大丈夫か?」

 

 目つきは悪いが面倒見の良い先輩が自分を心配してくれている。

 

「ええ、大丈夫です」

 

 特に調子悪い訳では無い。初めての実戦でも無いし、怖いわけでも無い。ただ、これから大きな作戦が始まると思うと落ち着かないのだ。色々と無駄な事を考えてしまう。

 

 大丈夫だと踊ってアピールすると苦笑して離れていく。そろそろ俺も戦闘準備をしなくては……

 

 奥の部屋でAMAを着る衣擦れの音を聞きながら外を眺めていると目の前をエルス軍のジープが通る。

 そして目の前で止まる。

 運転席と助手席から2人の兵士が降りてこちらに向かって来る。その足取りは特に急いではいなかった。

 

 まさかバレたのか!? いやでもこの2人以外には居ないし、ライフルも無い。腰に挿している拳銃のみだ。それに拳銃すらも抜いていない。

 

 異変に気づいた先輩が目線で指示する。誤魔化せと。

 

 正面のガラス張りの扉を開け、中に入ってくる。その動作は普通に扉を開けるものだ。

 

 扉を開けて2人が中に入るとこちらに気付いたのか近付いてくる。

 

「観光客の方ですか?」

 

 優しい笑顔で聞いてくる兵士。兵士とは感じさせない物腰の柔らかさだ。

 

「ええ、いきなり戦闘が始まってしまい、こちらに避難してきたのです」

 

 出来る限りの笑顔で答える。だが内心はヒヤヒヤしている。

 

 すると兵士はバツの悪そうな表情になる。

 

「せっかくの観光なのに戦闘に巻き込んでしまって申し訳ありません。まあこれも独立軍が攻めてきたのが悪いんですけどね」

 

 兵士達は可笑しそうに笑い始める。怪しまれないように苦笑いしておく。

 

 しばらくして笑いが収まると兵士達は用件を切り出す。

 

「実はさっきここを通りがかった時あなたが見えたので、立ち寄りました。ここは戦闘地域と近い。だから我々が安全な場所までお連れしますよ」

 

 自信満々に胸を張る兵士。これは罠では無く、純粋に観光客を安全な所まで運ぼうとしているのだろう。だがそれは困る。

 

「それはそれは。ですが寝たきりの母が居ましてここを動く訳には行かないのですよ」

 

 残念だけど動けないという演技をしておく。だが1人の兵士がドヤ顔で提案してくる。

 

「私は医療に精通しているので看ましょうか?」

 

 これも好意から言われたものだろう。だが寝たきりの母など居ない。奥に行かれては困る。

 

「いえいえ、そんなお手数をお掛けするわけには……」

 

 やんわり断ろうとするが向こうも好意の押し付けをしようと奥に入ろうとする。

 もう、ダメだ!! 申し訳ありません!!

 

 兵士が奥への扉を開けるとそこで兵士は立ち止まる。

 

 同僚がどうした? と近づくと地面に崩れ落ちるように倒れた。

 その胸には真っ赤な血の染みが出来ていた。

 

 唖然とする兵士だったが訓練の賜物か、腰の拳銃を抜く。

 だがそれを構える前に首が宙に飛ぶ。

 血が噴水のように飛び出しながら残った体は倒れ込む。

 

 奥の扉の方を見ると先輩が返り血を浴びた状態で佇んでいた。

 

「申し訳ありません!! 私の技量不足で……」

 

「いや、もうそろそろ仕掛けようと思っていた頃だ。お前も着がえろ」

 

 そう言った先輩の表情は既に戦闘モードに入っていて、少し恐怖を覚えながら奥に入っていった。

 



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12-3 予期せぬ遭遇

今さらですがこの作品のテーマはご存じでしょうか?
この作品のテーマは「何のために戦うのか」

この世界では戦争がしたくてしている人は居ません(一部を除く)
彼らは何のために戦い、何を思って散るのか。そして幸せとは何か。そこについて考えながら書いて行きます。

固い話になりましたが、その世界をより身近に感じて貰う為、キャラクターの日常を描きます(閑話)
閑話に関してはほとんど本編に関係無いため、アイディアを募集しています。見たいキャラクターがいればお知らせ下さい




 

 外に出るとそこは異世界に来たようだった。見慣れている光景のはずなのだが、人が1人も居ない街は異常に感じる。これだけの避難を直ぐに行った軍と民間人に対して感心する。

 

 それはあの戦いーー第一次オークランド基地防衛戦の教訓からだった。あの戦いにおいて、後手に後手でエルス国は多くの民間人犠牲者を出した。俺の家族もその中に含まれる。

 初の戦争という事でいまいち避難が間に合わなかったのである。

 そして今日、戦争状態になって3年。エルス国の避難計画は大幅な改善がされていた。

 

 それが功を奏して今、人気の無い大通りを行軍している状況となっている。やけに大きく聞こえる靴音とAMAの金属音が不気味に感じる。

 そして地下に居た時よりも大きな爆発音と地響きが聞こえ、戦争をしているんだと再認識させる。

 

 小隊毎に固まり、行軍する俺らにグレンが手を上げて待てと指示する。

 

「ここから先は敵の索敵に入る。さて指示をくれ、指揮官さん」

 

 微笑を浮かべるグレンは俺の指示を待つ。

 

「ああ、まずはもう一度敵の状況を教えてくれ」

 

「分かった。……現在、敵はAMAを装備、建物内に潜伏している。そろそろ出てくる。敵の配置、装備が完全に分からない以上、敵が外に出て来た所を叩くのが最適だと思うが」

 

 グレンからの提案を考えてみる。

 確かに敵の大まかな戦力は判明したものの細かい戦力は把握出来ていない。例えば装備。AMAは確認したが銃火器はどうだろうか。

 

 そして次に建物内での戦闘は狭く、数の理を活かせない。なので個人技量が問われる。

 また待ち伏せされる可能性も考えなくてはいけない。

 これでは技量の劣るこちらが不利だ。

 それに対して外での戦闘は数の有利を活かせる。そして集団戦闘が出来る為、実力差は数で埋められるだろう。

 

 そう考えると外で戦うという提案は最適だと思える。

 

「そうだな。グレンの案が最適だ。敵が外に出て来た所を包囲して攻撃する。グレン、援軍には向こう側の包囲を頼めるか?」

 

 援軍がエルス軍では無い以上、命令では無く、お願いという形しかない。機嫌を損ねるのはマズイ。

 

 するとグレンは俺の考えを知ってか、俺の肩を叩いて安心させようとする。

 

「大丈夫、大丈夫。援軍は裏切ったりやしない。俺が保証するって」

 

 グレンの保証が信頼出来た試しがない。その証拠にグレンが保証すると言った瞬間、全員の視線がグレンに冷たく注がれていたのだ。

 ……まあグレンはこういう時には真面目になる。今もそのはず、だ。

 

 そもそもエルス軍では無い軍とは何者だろうか。傭兵部隊だろうか。金や物、女を報酬に動く兵士達だ。

 もちろん国際法で地球連合軍、火星独立軍、エルス軍等々、国に所属する軍ならば規律がしっかりしているが、傭兵部隊は何処にも所属しておらず無法者ばかりだ。

 しかしその戦力は侮れないものである。拮抗している戦場では決め手となることもある。

 

 また軍と違い、安価なのも消えない理由だ。軍では死亡したら手続きや遺族への支払い等手が掛かる。しかし傭兵部隊には前金だけしかかからない。もちろん成功後には後金を払うが、その総額は軍の半分以下だ。

 また物や女を報酬として貰う為、更に安上がりとなる。

 

 エルス軍は傭兵を雇わず、自国の軍のみで戦っている。傭兵への報酬の女を払うには防衛戦のみなので自国民の女となってしまう。そんなのは許されるはずもなく、傭兵部隊は雇われる事は無い。

 地球連合軍や火星独立軍は戦力の保持の為、黙認という事で見過ごしているのが現状だ。また止めようにも監視仕切れないというのも一因のようだ。

 

 もし援軍が傭兵部隊ならそれは止めないといけない。力は借りるが報酬は限定するしかない。もし断るなら俺はグレンと……

 

 必死に信じて貰おうと弁解しているグレンを横目に見ながら、少し曇ってきた空を見上げていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 前線に居る味方から攻撃要請が来たようだ。今、我々が後方から攻撃すれば戦前は直ぐに崩れ落ちるだろう。

 

 最前線は今総力戦となっていて、お互いに一進一退の状況となっているらしい。後ろに気を配る余裕等有りもしないだろう。いや有っても回す戦力は無い。精々、護衛部隊と代表、副代表だろうか。

 

 代表と副代表がかなりの強者と聞くが、我々50人を相手出来るほど強くはないだろう。そう、かの昔の英雄かノエ特佐でも無い限り。

 と思うと、ノエ特佐は化け物だなと身内の自分でも思う。相手をしている地球連合軍が可哀想だなと少し思う。

 

 そんな事を考えていると先輩に背中を思いっきり叩かれる。AMAのプレート部分だったので痛くは無いが、その衝撃はよろめくほどだ。

 

「おい、ボサッとするな!! まさかチビった訳じゃ無いだろうな?」

 

 ガハハと朗らかに笑う先輩に溜息を付きながら返事をする。

 

「まさか……初めての戦闘でもないんですから……ここでは新人かもしれませんが他ではそこそこやってたのですからね」

 

 先輩は機嫌を損ねたと思ったのか悪い悪い、と肩を叩いて来る。それ誤魔化してるつもりですか……

 

 全員が外に出ると、もはや隠れているとは言えない。火星独立軍の階級証を付けているのが一目で分かる。

 

「もう隠れる必要は無い!! ここからはひとっ走りで行くぞ!! 我らの火星に自由を!!」

 

「「「我らの火星に自由を!!」」」

 

 掛け声と共に次々と肉体強化魔法で瞬時に最高速度に達して走り出していく仲間達。消えると言った方が正しく、直ぐに見えなくなっていく。

 

 

 

 

 

 -----

 

「ちょっと待った!!」

 

 魔力を消して、隠密移動中の俺らを止めるには十分な大声だった。

 

「どうした、グレン?」

 

 隠密移動中には相応しくない大声に怪訝に思う。

 

 次第に青ざめていくグレンの顔色に早く説明をしろと迫る。

 

「……報告によると、ターゲットがこちらに向かってくるらしい……」

 

「ーー何!?」

 

 気づかれたのか? いや俺らの居る道はウェリントン基地への道でもある。逆に待ち伏せが出来るな。

 

 だがグレンは顔色は悪いままだった。

 

「待ち伏せ出来るし、むしろこっち有利になるのでは?」

 

 推測を言ってみるが、グレンは首を横に振る。

 

「確かに待ち伏せ出来る分有利だが、そもそも援軍と共に包囲するのが前提だろう?」

 

「あっ……」

 

 そういえばそうだ。援軍が到着するまでの時間が伸びるという事か……クソッ、どのくらいだ?

 

「どのくらいで到着出来る?」

 

「……今から5分掛かる」

 

 5分か……ん!? マズイ!!

 

「ーーという事はその間に会敵(かいてき)するんだろ!?」

 

「……そうだ。後1分後だ」

 

 小さく頷くグレンを見ると事の重大性が分かる。

 直ぐに戦闘態勢を整えないと!!

 

「全員、戦闘配置!! 1分後に来るぞ!!」

 

 開けた大通りから建物に入って待ち伏せする。横っ腹から挟み撃ちだ。

 

 剣を抜いて柄を強く握りしめる。ここからは人と人の殺し合いだ。プライドも無い、生きるか死ぬかの戦い。俺達は明日を生きるために戦う。

 

 

 

 

 

 -----

 

 肉体強化魔法で走るのは爽快感がある。車や自転車でしか味わえない速度を自分の脚で出しているのだ。だがもちろん早い速度なので躓いただけで大怪我になる。AMAが発動するものの、そんな事で使っていたら戦闘ではヘトヘトだ。

 最新の注意を払って進む。

 

 まあ先輩方が先行しているので安全な道をなぞるだけだが。

 

 だが爽快感を楽しめたのは束の間、直ぐに先行している先輩が脚を止めた。

 

「全員、止まれ。……まさかバレているとはな……それに洒落てる物を置きやがって……」

 

 先輩は苛つきを隠さずに舌打ちする。他の先輩方も大通りを見て次々と溜息や舌打ちをしていく。

 

「何があったのですか?」

 

 状況の飲み込めない自分は先輩に質問する。すると先輩は腰からタバコを一つ取って遠くに投げる。

 

 するとタバコは綺麗に2つに切断されて地面に落ちる。

 

「……これは……」

 

 タバコの草が何かに付いて姿が見えてくる。見えて来たのは半透明のワイヤー。それも軽く触れただけで切れるワイヤーだ。

 

「ふう、全く敵もようやるよな。さて、来るぞ」

 

 先輩はタバコにライターで火を付けると口から煙を吐き出す。そして煙はワイヤーを避けながら空に霧散する。煙によって輪郭が露わになった無数にあるワイヤーの巣を見ると楽しそうに微笑んだ。

 

 

 



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12-4 実力差

すみません、忙しくなってきたので短めです。
来週はお休みします。

再来週からは週2更新の予定です。



 俺達が一分の間に作った罠の前で停止した魔法師群。

 一分しか無かったので無造作に極細のワイヤーを張ったが、そのまま突っ切ったら最後、体はバラバラになるはずだった。

 だがそう簡単にいかず、一人の犠牲者も出さずに罠を看破した敵。オマケにこちらの作戦まで筒抜けみたいだ。

 

 左右から罠にはまって止まった敵を叩くつもりだったがこれでは奇襲どころか、総力戦になるだけだ。

 

「敵もやるな。流石エリート部隊。こんなチンケな罠じゃダメかぁ」

 

 面白くなってきたとばかりに笑うグレン。だがその笑顔はどこか固かった。その笑顔は俺達を勇気づける為の虚勢を張っているのだろう。

 本来なら指揮官である俺が明るくならないといけないのに……

 

 この絶望的な状況に頭脳をフル回転させる。少しでも最善策を講じないと……

 

 だがなかなか最善策は思いつかない。その焦りから髪を掻きむしってボサボサになってしまった。

 

 そんな様子を見かねたゴリが肩を優しく叩く。

 

「……ライン。お前は良くやったよ。指揮官は最善策を練るのが仕事だが、時には犠牲に堪える時がある。その時が今だ。だが1つだけ指揮官であるお前には頼みたい事がある」

 

「……何ですか?」

 

 自分の情け無さに打ちしがれた俺はゆっくりとゴリの目を見る。ゴリの目は絶望してなかった。むしろこちらを心配してくれている。

 

「いいか、上に立つ者はいつでも希望を忘れてはいけない。上に立つ者が迷い、落ち込み始めたらそれは下の者にとって、行く先が暗い闇という事だ。そんな状況で勝利など転がり込んでは来ない。

 さあ、攻撃命令を出せ。このままでは各個撃破されるぞ」

 

 左右に分かれた俺達が動かないと敵が踏んだなら片方に集中放火を浴びせ、こちらは瞬時に壊滅させられるだろう。

 もはや策が無い以上、一刻も早く攻撃するしか無い。時間が経つ度こちらが不利になる。

 

 泣き崩れて逃げ出したい気持ちを心の底に押し込んで、自分を奮い立たせる。

 

「皆!! ここからは総力戦だ。もはや策など不要!! 俺達の3年間の血のにじんだ努力を見せてやれ!!」

 

 少し声が震えながら言ったがその事には気が付かないのか、気にしないのか変わらず大きな声で応えてくれる皆。

 出来る限りは尽くしたはずだ。反省など生きていればする。死ぬ前に反省などしても無駄だ。

 

「皆、死ぬなよ!!」

 

 その言葉には手を挙げて応えたグレン達は建物を飛び出し敵に向かっていく……

 

 

 

 

 

 -----

 

 罠を看破した俺らは左右からの攻撃に備える。奇襲でも無い攻撃何ぞすぐにひねり潰してやろう。

 

 敵の詳細は不明だが、このようなこしゃくな罠、奇襲を狙う辺りまともな戦力ではないだろう。戦力が充実しているなら正面からぶつかってくるはずだ。わざわざ策を弄するぐらいの戦力差が有るのだろう。

 

 吸っていたタバコを地面に足で擦りつけて火を消すと、建物から大きな声が上がる。ふん、諦めて総力戦で来るか。

 

「全軍、来るぞ。これは勝利への前哨戦。余りにもヒマな俺らに仕事をくれたぞ」

 

 軽い冗談に同僚達が可笑しそうに笑う。俺らは死ぬことなんぞ考えてない。死んだらそこまで。死が隣り合わせだった俺らは死んだ奴の事は忘れている。生きている奴が勝ちで死んだ奴は負けだ。今日、明日を楽しむ事を考えれば良い。

 

 そして左右から飛び出して来たガキ共を見て顔を愉悦で歪める。

 

 ガキ共が相手か。俺達を探知した腕前と立ち向かう勇気には賞賛を送るが、戦争はヒーローごっこじゃない。奇跡なんぞ起きん。兵法通り逃げるのか、怯えて隠れるのが正解だ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 左右からの攻撃に準備万全な敵はGウォールシールドを張ってこちらの攻撃を易々と受け流す。

 

「ダメだ。Gウォールシールドには集団魔法しか効かん!!」

 

 複数の魔法師によるGウォールシールドの鉄壁の守りにはチンケで乱雑な俺達の攻撃では傷1つ付かない。あの障壁を突破するには集団魔法での大規模攻撃が必要だ。

 

「集団魔法を使うぞ!! ……属性は火」

 

 属性を決めた瞬間に魔法が出来る全員が呪文の斉唱を始める。

 

 もちろんそれを邪魔すべく、魔法が撃たれるが教員陣がそうはさせない。ウォールシールドを展開して集団魔法が発動するまでの時間を稼ぐ。

 

「良いか、守りは俺ら教員陣がやる。お前らは攻撃を頼むぞ!!」

 

 様々な魔法から守ってくれる教員陣が今日ほど、頼りになると思ったことは無い。その大きな背中からは俺達を守ろうとする強い意志が感じられる。

 

「良し、行くぞ!!」

 

 詠唱が終わった俺達は敵のGウォールシールドに向けて完成した魔法を放つ。

 

「「「ーーファイヤープリズン!!」」」

 

 その名の通り、相手を囲むように炎の壁を作る。その中は灼熱地獄と化す。

 もちろんGウォールシールドがあるが、次第に燃やし尽くされるだろう。

 

 だが、一息付いて居る暇も無く炎の監獄は一瞬にして消え去ったのだ。

 

 そしてその中央に居る敵がにやついて立っている。

 

「詠唱時間が長いし、バレバレだ。こちらはすぐに対策出来たぞ」

 

 呆れの溜息と哀れみの視線を向けて来る。悔しいが実力差はここまで大きいのか。

 

 突きつけられた現実に誰もが顔を歪ませるが諦めてはいけない。

 

「ここで1秒でも時間を稼げれば我々の勝利は近づく!! 効かなくても良い。ここで少しでも食い止めるぞ!!」

 

「「「おう!!」」」

 

 士気を取り戻した皆の顔付きは一矢報いようと真剣だ。

 勝たなくて良い。時間を稼げれば援軍が来る。

 

 余裕だった敵の表情からは笑顔が消える。軍人としての任務を思い出したのだろうか。

 

「……そうだよな。ガキ共にしては良い作戦だったよ。だが俺らが本気を出したら一瞬だということを見せてやらないとなぁ」

 

 殺気を放ち始める敵にこちらの上がった士気も急降下し始める。蛇に睨まれたウサギのように体が竦み、足が震えている。

 こんな殺気に当てられた事なんて初めてだ。何人も腰が抜けている。唯一グレンと教員陣だけが正気を保てている。

 

 クソッ、こんな状況じゃ話にならない。戦場を甘く見過ぎていたか……

 

 震える体を何とか奮い立たせようとするがその前に敵が攻撃しようと構える。

 

 済まない、皆……

 

 と諦めが入った時、心待ちにした言葉が聞こえた。

 

「やっとか……ヒーローは遅れて到着するもんだよな」

 

 グレンの嬉しそうな声にここに居る全員がグレンを見つめる。

 そしてグレンに釣られ、見上げると建物の上から無数の黒装束の者達がこちらを見下ろしていた。

 



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12-5 不気味な援軍

お待たせしました。週2更新です。思ったより時間が取れなく短めですが、金曜日にも投稿しますのでお許し下さい。

評価、ブクマして下さった方ありがとうございます。作品を作る活力になっています。

追記、季節を調整しました。前の話も描写変更しました。


 

 見上げると照りつける日差し。冬なので気温は低いが重装備で動く俺達にとって、直射日光はじんわり暑くなってくる物だ。いや原因は直射日光だけでは無い。高ぶる気持ちが身体を熱くさせているのだろう。

 

 眩しい日差しを手で遮って、見えたのは全身黒装束の者達。前見たグレンと同じ格好だ。そう、言うなればーー“忍者“と言われている姿に近い。

 

 だが世間一般や俺がイメージしていた忍者では無い。忍者と言えば身体は黒い布で固め、目元だけ見える頭巾を装備した人を想像する。

 しかし目の前に展開する黒装束の者達は身体には同じく黒ずくめの服だが、身体の要所に真っ黒なプロテクターが見える。まさかAMAだろうか。

 AMA自体の入手はそう難しく無いがこのような付け方は初めて見る。

 面積が小さく軽い分、防御力には不安が残りそうだ。

 

 そして目元には黒いゴーグル。閃光弾対策だろうか。もはや表情を伺う事は出来ない。

 

 一人一人の違いを見分けるには体付きしかない。それにしても様々な体格の人が居るようだ。細身で小柄な人も居れば、ガタイが良い人も居る。それに女性も居るみたいだ。そんな多種多様な組み合わせに少し不安になる。

 

 俺と同じ気持ちだったのか敵が笑い出す。

 

「何だあれは? どんな奴らが来るかと思ったら家族連れでピクニックでも来たのかぁ? ほれ、避難するまで待ってやるぞ?」

 

 あからさまな挑発に敵の仲間達は面白おかしく笑い出す。

 

 だが馬鹿にされた“忍者“達は微動だにしない。だだ風に服を靡かせてこちらを見下ろすだけだった。

 

 挑発に乗ると踏んでいた敵は全く動じない忍者達にピタリと笑い声を止める。そうあの忍者達の異常さに気付いたのだ。

 

 俺も今気付いたのだが微動だにせず、こちらを見つめる様子に刃物のように鋭い何かを感じたのだ。

 

 みるみる敵の表情が先程までの真剣な物に戻っていく。

 

「……ほう。流石は“ヒーロー“と称したぐらいはあるようだ。だが俺らに負けるつもりは更々無いな」

 

 自信ありげに不敵に笑う敵達に俺の額から冷や汗が垂れる。

 

 こんな状況でも勝ちを信じて疑わない強い精神力に敵だけど賞賛を送りたい。そんな指揮官だからこそ部下から誰も悲壮感なんぞ感じない。

 俺もこんな指揮官に……

 

 自分の顔を再度引き締めるとグレンが手を上から振り下ろす。

 

「さあ、戦闘開始だ」

 

 その声と共に忍者達は建物から飛び降りたのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 いきなり現れた敵の援軍に仲間の間に動揺が走る。それも不気味な装備をした奴らが現れたのだ。

 誰かが笑い飛ばして緊張を飛ばそうとするが不安が心の奥に残る。

 

 だが先輩の負ける気は無い、という言葉で部隊の不安は解消された。流石は精鋭隠密部隊だ。入ったばかりの自分でも引き込まれるカリスマ性だ。

 

 それに比べ、学生指揮官はまだまだだな。発想や機転は良さそうだが、如何せん場数が足りない。

 動揺が隠し切れてないし、部隊へのサポートも満足に出来ていない。これでは部隊は満足に戦えないだろう。

 

 だが、あの赤髪の男。あの男は謎だ。学生のはずなのだが、あの場慣れた雰囲気と余裕は何処から湧いてくる? そして何故あの男が指揮官では無いのだ? そして黒装束の指揮官らしいがどういう繋がりなんだ?

 

 尽きない疑問に我を忘れてしまいそうになっていたのに気が付いて、頭から追いやる。

 

 まあ良い。すぐに終わらせる。

 

 先輩の大きな背中を見て安堵しながら手に持つ剣を握りしめた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 建物の上から飛び降りた黒装束達は軽やかな着地後、散開し素早さを活かして乱戦に持ち込んでいこうとしていた。

 誤射が怖かったがグレンが首を横に振って攻撃を続けるよう言ってくる。

 

「気にしなくて良い。誤射に当たるほど俺の仲間は(やわ)じゃない」

 

 仲間を見つめるグレンを瞳には自信が見えた。なら俺は仲間であるグレンの言うことを信じるだけだ。

 

「全軍、そのまま攻撃を続行!! 敵の防御の手を緩ませるな!!」

 

 敵のウォールシールドに次々とこちらの魔法がぶつかって炸裂していく。その間に黒装束達はウォールシールドを中和して中に入っていく。

 そして乱戦になり始める。

 

 ウォールシールドで守りながらの撃ち合いから次第にこちらへの攻撃の手が収まっていく。

 敵の隊列の中を駆け回り、一人また一人とウォールシールドで手が離せない敵にナイフを突き刺して始末していく。

 

 敵は隊列組んでるが故、誤射を恐れて魔法を黒装束達に撃てない。手持ちの得物で対抗するが黒装束達に軽くあしらわれている。近接戦ではエリート部隊を上回ると言うのか。

 いや、黒装束達はまともに戦っていない。応戦しようとする敵から逃げ、ひたすらウォールシールドを張る魔法師を攻撃している。

 ネズミのようにちょこまかと逃げ、嫌な部分を攻撃する。正に忍者だ。

 

 そして迎撃出来ていない事を知った敵魔法師は次々と自分の身を守ろうとウォールシールドを解除して得物を抜いていってしまう。

 そうして手薄となったウォールシールドを見て勝敗を決する為に号令をかける。

 

「これを狙っていたのか!! よし、全軍突撃!!」

 

 近接戦が得意な部隊と遠距離戦が得意な部隊に分かれ、攻撃を始める。誤射が怖いがこれが最大限活かせる配置だ。遠距離部隊には敵が固まっている所や、離れようとしている奴に攻撃するよう伝える。敵に陣形を立て直す時間は与えない!!

 

 敵に雪崩れ込んだこちらの部隊を見て何人かの黒装束達は乱戦から離れ、建物の上に戻る。そして取り出したのは小型のクロスボウ。

 

 クロスボウとは弓の一種で同じく矢を飛ばす武器である。弓は人の手によって飛ばす物がほとんどだが、クロスボウは機械仕掛けで飛ばす。

 弓の方が魔力伝導率が高いがクロスボウは射程、速度、連射速度、命中精度で上回る。

 弓は魔法とセットが前提で、クロスボウは通常でも使いやすいと言った所か。

 

 クロスボウで次々と矢を放っていく黒装束達。もちろん魔法によって強化されており、敵のAMAを易々と貫いていく。

 

 脅威に気づいた敵が行こうとするが、乱戦していた黒装束達が間に入ってそちらには行かせない。この乱戦で見事な連携だ。

 

 その後はこちらが優勢で事が進む。実力は相手の方が上だが、数で押し込み、連携を取らせない。

 また黒装束達の撹乱で浮き足立っているのも大きい。

 

 このまま行けるのでは? と思った瞬間、敵の指揮官が咆哮を上げた。

 その咆哮はこの場に居る全ての者の意識を向けさせ、この場の雰囲気を一変させるには十分だった。

 



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12-6 3度目の初陣

8月6、9、15日。戦争物を書く自分としては忘れてはいけない日です。あの悲劇から72年。あの日から人類の戦争は変わってしまった。自分すら滅ぼす核持ってしまったから。核の無い世界を祈って……

さてさて週2更新何とか出来ました。もう少し書ければ良いなぁと思いながら。
そういえばUA10000ありがとうございます!!

大きな目標だった10000ですが今ではまだまだと感じます。次は100000と行きたい所です。
これからもゆっくりですがよろしくお願いします<m(__)m>







 敵の響き渡る咆哮は敵を鼓舞し、こちらの足を竦ませた。その咆哮は理性を失った物では無く、気迫のこもった咆哮だった。

 

「お前らぁぁ!! 小便臭いガキのような惨めな戦いをしてんじゃねぇ!! 俺達はプロ、そうだろう!?」

 

「「「おう!!」」」

 

 バラバラだった敵の動きが一つの塊となって動き始める。先程までの動きとは全く違う。最初の時のような気迫を感じる。

 

 これがエリート部隊か。流れを変えるために声が通る咆哮をして、再度心をまとめる。この荒くれ者達をまとめられる指揮能力の高さに素直に尊敬する。

 だがそう感心してもいられない。敵がまとまったならピンチになるのはこちらだ。

 

「てめぇら!! 目指すのはただ一つ!! 頭の首だけだ!! 行くぞ!!」

 

 一丸となってこちらに向かってくる。どうやら俺の首がご所望らしい。

 

「前衛、隊列を組み直せ!! 突破させるなよ!! 後衛、斉射用意!! ……撃てぇぇぇ!!」

 

 銃火器や弓、魔法が無数に敵に襲い掛かる。ウォールシールドで防がれるが幾つかは敵に命中して地面に突っ伏させる。

 だがその突撃速度は変わらず前衛と衝突する。

 

 こうなるともはや後衛は手が出せない。いや集団戦すら危うい乱戦となる。先程の乱戦とは違い、敵は息を吹き返している。優勢どころか劣勢だ。

 

「……これよりは白兵戦となる。全員、着剣!!」

 

 銃火器を扱う者は銃の先に銃剣を付け、弓、魔法の者はショートソードを抜く。

 俺もロングソードを抜いて、構える。

 

「行くぞ!! 味方を救うぞ!!」

 

 戦っている前衛を援護しに後衛部隊で駆けつける。後は奮戦するのみだ。

 

 部隊が分かれてる為、挟み撃ちの形となっているが今回は裏目に出た。指揮官である俺の部隊は50人。そして敵も50人。

 

 後ろと横から味方が攻撃しているが、それでも敵の勢いは止まらない。後衛が前衛と合流するも既に押し込まれてきている。

 まだこの首とはお別れしたくないな……

 

 決死の覚悟で突っ込んで来る敵にこちらは完全に及び腰だった。

 みるみるうちに戦列の中央に穴が空く。

 そして先頭を走る敵と目が合ってしまう。

 血走った瞳でこちらを睨み、更に速度を上げる。余りの勢いに戦列が分かれ、俺への道が開けてしまう。

 

 慌てて剣を構えるがもはや気持ちは負けていた。敵の凄まじい気迫に、決死の覚悟に。

 戦争は何時死ぬか分からない。俺達はそれを承知で戦っている訳だが、本当に死んでもいいという人は居ない。それも今まで死とは無縁だった学生達だ。死ぬ覚悟で突っ込んで来る敵に道を譲るのが精一杯だろう。

 

 目をつぶりたい。恐怖の余り逃げ出したい。だがそれは負けな気がした。小さな抵抗だが最後まで敵に剣を向けよう。

 

 震える手に力を込めて敵に剣先を向ける。最後まで目を見開いて敵の目を見てやる。

 

 目の前まで迫った敵に剣を振るが易々と防がれ、返した刃が迫るーードスッ……

 

 ……ん? 痛くも痒くも無い。

 

 自分の体に傷一つどころか、血すら流れてない。

 

 そう目の前で敵が止まっていた。時が止まったように敵が固まっている。まさか時間でも止まったのかと周りを見るが、相変わらず戦場にいる。

 混乱していると敵がそのまま地面に突っ伏す。その身体の後ろから現れたのは赤髪の男ーーグレンだった。

 

「いやぁ間一髪だったな、ライン」

 

 苦笑いするグレンに安心して腰を抜かしてしまう。

 

「ぐ、グレンかぁ……助かった……」

 

 地面に座り込んでしまった俺に手を伸ばして立ち上がらせるグレン。

 

「すまん。まさか突破されるとは思ってなかった。それにしても良く最後まで目をつぶらなかったな」

 

「……何にも出来なかったよ。俺は3年間一体何をして来たんだぁ!!」

 

 心底無力な自分に嫌気が差す。アカデミーではそれなりの実力を付けたはずだ。だが初めての実戦では恐怖の余り、まるで実力を発揮出来ず、軍人である自分は一般人のように死の刃が振り降ろされるのを見てるだけだった。

 

「あの時の無力な自分を変えたくて軍人になったのに俺は、俺はぁ!!」

 

 家族を失ったあの時にまるで動かなかった身体。もしあの時身体が動いていれば家族を助けられたかもしれない。もう無力感を感じたくなくて力を付けたのにこのザマだよ。

 

 自虐的に微笑む俺を見てグレンは俺の額にデコピンをする。

 

「痛っ!? ……何だよ」

 

 結構痛かったので睨みつけてしまう。だがグレンの表情を見て心臓に寒気がした。冷たく、悲しそうな表情だった。

 

「ライン、お前はまだ生きてる。そんな泣き言は死んでからしろ。いいか、ここは戦場だ。下を向いた奴から死んでいく。前を見てないと次は死ぬぞ」

 

 同じ年齢にしてこの表情と言葉。グレンは一体どんな生活を過ごして来たのだろうか。もはやこのような場が“慣れている“と言っても良いだろう。その過去にまだ触れてはいけない気がして、出かけた言葉を飲み込む。

 

「……そうだな、俺はまだ生きてる。生きる為に前を向かないと」

 

 精気を取り戻した俺の事を見て、グレンは満足そうに微笑む。

 

「しっかりやれよ、指揮官さんよぉ」

 

 乱戦となっている戦場にまた舞い戻るグレン。その背中は強い意志を背負っていた気がした。

 

 

 

 

 

 -----

 

 凄まじい気迫と勢いで押し込んでいた我々は正面の敵の戦列を一度開いたが敵の後ろや横の猛烈な攻撃によって次第に勢いを失っていた。

 

 また一人、また一人と同僚が倒れていく。同僚が倒れた事に動揺してない訳では無いが、そんな暇があるなら一度でも多く剣を振る。

 

 そんな努力も虚しく、3倍近くの敵に囲まれ攻撃されているのに良く耐えたと思う。

 

「先輩……」

 

 これからどうするかと視線を送って指示を仰ぐ。

 

 背中を向けてまま剣を振るって暫く答えない。そして振り返った先輩は決断する。

 

「作戦は失敗だ。これほどの数と強い援軍を突破して敵本陣を叩くのは不可能。そして奇襲でも無くなった。被害と戦果が見合わない。

 全軍、退却する!! 各個散開しろ!! 回収地点は未だ機能してるはずだ。散開!!」

 

 ワイヤーの巣になっている所から我々は逃走を開始する。ワイヤーは魔法か剣で容易く切れる。

 

 もちろん敵も追撃を始めるが、その速度は遅い。

 

 まさか負けるとは思っていなかったこの戦いに背中を向けて逃げるのは悔しいが引く時には引くのが戦場の鉄則だ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 敵は逃走を開始した。だがそれは戦意喪失で逃げるのでは無く、統率が取れた退却であった。

 迂闊に追撃出来ない陣容にこちらも速度が落ちる。

 

「ライン、追撃は我々に任せろ。ここからは俺達の本領発揮が発揮出来る」

 

 ニヤリと笑うグレン。まだ本気出してないのかよ。

 

 頷いて承諾するとグレンは忍者達と教員陣を率いて追撃戦に移る。

 

 ここに残ったのは俺達アカデミー生とエマ先生。

 

 もう何人ものクラスメイトが地面に倒れている。エマ先生や医療技術のある生徒が治療を施している。

 そして誰もがあちこちに傷を負っていた。満身創痍じゃない人は居なかった。それだけこの戦いは厳しかった物だと分かる。

 俺もグレンの助けが無かったら今頃……

 

 顔に服が掛けられているクラスメイトも居る。それはもう助けられなかったクラスメイトだ。

 エマ先生一人では手が回らないのが現状だ。エマ先生以外の治療魔法が無い現状では止血が精々だ。

 

 エマ先生は重傷の子から治療魔法を掛けている。額には大粒の汗がたくさん浮かんでいる。小柄な身体に俺達の全てを託しているのは何とも無力感に襲われる。

 ウェリントン基地に回収要請を送ったが前線も手一杯なので時間は掛かるだろう。

 

 すっかり景観が瓦礫まみれになってしまったこの場の瓦礫の上に座り込む。

 そして異様な疲れが襲いかかる。肉体的では無い。精神的な物だろう。

 そんな疲れてる時に隣に人の気配を感じて、顔を上げるとマヤが居た。

 

「……お疲れさま」

 

 それだけ言うと隣に座る。

 最初の間には様々な思いが篭もっているのだろう。疲れた今はお疲れさま、だけが有り難かった。

 

「こちらこそ、お疲れさま」

 

 気の利いた事でも言いたかったが、これが最適で最短な気がした。

 

 マヤは疲れた微笑むでこちらを見ると目線が合う。もう言葉を吐かずとも分かる。お互いに疲れ切ったのだ。この何も考えなくて良い時間がこれほど幸せに感じるのは不思議だ。

 

 そんな無言で不思議な雰囲気のこの場にまた動乱が迫ろうとしていた。

 

 



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12-7 憎悪

お久しぶりです。長い間時間を頂きありがとうございます。おかげ様で長考出来ました。色々これからの展開を吟味した結果、最初から決めていた展開にしました。

次話は閑話という名の本編です。


 

 敵味方双方の多くの死体が視界に入る。もちろん心地良い物では無く、早々とここを立ち去りたいがそれをさせてくれない程の精神的疲労と肉体的疲労に襲われていた。

 唯々呼吸をしているだけで、空に魂が抜けていくかのようだ。

 

 隣に座るマヤも同じでさっきの会話以降話していない。別に無理に話さなさなくてもいい関係だった。

 

 日差しのほんわかとした暖かさと溜まった疲労がちょうど睡魔となって襲いかかる。また自分達の戦いは終わったんだという安心感が緊張感を無くし、睡魔を巨大化させる。もはや睡魔に抗うのに必死だ。

 

 そんな時に横から強い衝撃を受けて瓦礫から転げ落ちそうになるがその瞬間意識が覚醒し、距離を取って体勢を立て直す。

 マヤがタックルしたのか!? 何をする!?

 

 困惑しながらマヤを見るとちょうど仰向けに倒れている敵魔法師から発射された一筋の光がマヤを貫く所だった。

 そこから何秒経ったのか分からない。時が止まったような感覚に落ちていると、誰かの怒号によって我に返る。

 

「ちくしょう!! 悪あがきしやがって!!」

 

 まだ生きていた敵魔法師を誰かが殺しに行く。あれが最後の力らしく抵抗もせず殺された。

 

 その間ぼんやりと見て、我に返りマヤに駆けつけるとマヤは力無く地面に座り込んでいた。そして俺が身体に触れると倒れ込むように身体を預けて来る。

 

「マヤ!! マヤ!! 大丈夫か!? どこをやられた!?」

 

 するとマヤを目線で腹部をチラッと見ると力無く笑う。

 

「これは、痛いわね……何とも面倒な魔法を撃ちやがったわね……」

 

 腹部を見るとAMAは融解し、高熱によって体に穴が空いていた。見える部分は既に熱で出血してないが、医療知識の無い俺でもマヤはスゴイ深手を負った事が分かる。いや、どこかでもうマヤは助からないのではとも思っていた。そんな悲観的な考えを振り払うように大声でエマ先生を呼ぶ。

 

 さっきの戦闘を見ていたのか、すぐにエマ先生が飛んで来る。

 

「エマ先生!! 早く治療魔法を!!」

 

 自分でも錯乱していて失礼な言い方を言ったと分かっている。だがそれよりも一刻も早く治療魔法をマヤに掛けろとせがむ気持ちの方が上回った。

 

 だがエマ先生は動かない。呆けているのでは無い。その瞳からしっかり感情が見れた。顔は歪み、瞳は激しく揺れていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 ライン君が私の身体を激しく揺らす。分かっている、彼は私に早く彼女を治療しろと。

 

 だが衛生兵であり、治療魔法師でもある私は一瞬で彼女の容態を把握してしまった。そう彼女は既に助からないと。

 だが感情が諦めることを許さない。いつもなら淡々とこなすはずの治療判断が、彼の悲痛な叫びが私の心を大きく揺さぶる。

 

 やっと動いた体で再度診断するために彼女の腹部を見る。そこには貫通魔法によって開けられた大きな穴が空いており、その下にある血に濡れた彼の足が見える。そう、ここに有るはずの内臓が全て逝っていた。

 この怪我なら即死でもおかしくないのに彼女は生きているどころか意識すら有るのは奇跡だ。

 彼女は気力だけで生きている。

 

 人間の神秘的な一面に驚きながらもすぐに来る不可避な死に為す術も無く、心は更に落ち込む。

 

 治療は可能だが、この傷の大きさでは私1人では死ぬまでに間に合わない。死ぬまでに回復させるには大勢の熟練治療魔法師が必要だった。その為には国中から掻き集めなければならなかった。

 そんな事は無理でもはや手は無かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 マヤに施しようが無いと無言で答えるエマ先生に無力感からの憤りが生まれ、自分の心の中にぶつけるしか無かった。

 

 怖い顔をしてるだろう俺にマヤが呆れて軽口を叩く。

 

「ふふっ、こんなのが躱せないなんて……指揮官失格ね……」

 

 マヤは馬鹿にするように笑うが俺は軽口を軽口で返す余裕すら無かった。涙が次々と目からこぼれ落ちて、声にならない声しか上げられなかった。

 

「何で……何でお前は……俺をかばったんだよ……」

 

 やっとのことで絞り出した声で聞きたいことを聞く。

 するとマヤは遠くを見て不思議そうに笑う。

 

「何で、かしらね……貴方に、借りがあったから……返したかったのかもしれないわね……ゴホッゴホッ」

 

 口から真っ赤な血を吐き出すマヤ。それが次第に死が近付いている事を示しているようでマヤを抱く腕に力がこもる。

 

「馬鹿野郎……借りなんて他ので幾らでも返せるだろうがぁ……なぁ、花嫁修業した料理を食わせてくれよぉ……ダメ出ししてやるから……」

 

「ちょっと……女性にいきなりダメ出しとか……それじゃモテないわよ……」

 

 モテない俺を哀れんでるのか楽しそうに笑うマヤ。だが次第にマヤの口角が上がらなくなっている。

 

 するとマヤは視線を横に向ける。そこには泣きじゃくるティナが居た。いつも笑顔なティナだったがこの時は泣いている一人の女性だった。

 

「ティナ……」

 

「……なに?」

 

 マヤの手を握るティナだったがもうマヤは握り返してこなかった。虚ろな瞳でティナを見詰める。

 

「本当は、気付いてる……でしょ? それが、正解かどうかは……言った後で確かめれば良いのよ……」

 

 俺には何の話か分からない。だがティナだけには分かるようで1回だけ強く頷いた。

 

 満足そうに笑ったマヤはそのまま眠るように息を引き取った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 その30分後、救援部隊が到着した。救援部隊の治療で助かった人も居たが、マヤはもう手遅れだった。既に息は無く、鼓動も止まっていた。

 まだ残る温もりがさっきまでマヤが生きていたのだと教えてくれる。

 

 いつもなら舌打ちでもするアーロンは何も言わなかった。ただ近くに座ってこちらを見ていた。その表情はいつもどおり仏頂面だったがどこか悲しそうだった。

 

 そして背中から抱き締めてくれるマナン。震える身体から彼の方が泣きたいのを我慢して俺を励まそうとしてくれているのだ。その優しさは胸の中に渦巻く憎悪を少し和らげてくれる。

 

「ライン、泣いても良いんだよ? 僕も泣くから……」

 

 マナンが鼻声で背中を優しく擦ってくれるが、不思議と涙は出なかった。悲しみ以上に敵に対する憎悪が俺の心を埋め尽くしていた。

 

「……大丈夫だ、マナン。もう吹っ切れているから」

 

 そう言う自分の声は自分でも驚くほどいつも通りだった。さっきまでの泣きじゃくりはどこかへ行ってしまった。

 

 トラックに乗って身体が揺られながらウェリントン基地に向かう。そこで傷の手当てや報告をしなければならない。一応指揮官である俺は報告の義務がある。敵と戦闘した理由と援軍についてだ。

 

 アカデミー生である俺達は戦闘する義務は無い。そして命令も下されてない。俺達の独断による戦闘であった。また勝手に得体の知れない援軍を要請した事の説明。後々国に対して請求権が存在するためである。

 これらの事は軍規違反に当たる可能性は大だ。

 場合によっては軍を除隊させられるかもしれない。

 

 そんなのは嫌だ!! 俺はまだ何にもしてない!! 敵に復讐してやらないと死んでも死にきれない。

 

 三年ぶりに感じた憎悪を心に秘めながらウェリントン基地に向かうのであった。

 

 



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12-A 部屋への訪問者

本編で明かされなかった裏話です。


 

 

 ラインの部屋への訪問者

 

 ティナのチームとの卒業試験が終わった次の日、鼻歌交じりながら部屋を掃除するマナン。

 今日も彼は部屋の隅々まで掃除する。普通に綺麗だが毎日しないとゴミは溜まっていくものだ。

 

 マナンの趣味ともなっている掃除を俺が手伝おうとしたら、邪魔と追い出される始末だった。

 仕方なく部屋を出てどこかへぶらつく。

 

 そんなマナンだけの部屋に訪問者が訪れる。訪問者は開いているドアをノックして知らせる。

 

 振り向くとティナがドアに寄りかかっていた。

 

「あれ? マナンだけ? ラインは?」

 

 ラインはぶらついているだろうから正確な場所は分からない。

 

「ラインは今散歩だよ。1時間もしたら戻って来ると思うけど、待つ?」

 

 ティナにテーブルの近くに座るよう促す。

 

 ティナはありがとうと言ってテーブルの近くに横座りで座る。

 

 掃除したかったけど、来客では出来ない。

 

 ティナの前に紅茶を出すと目を見開くティナ。

 

「えっ!? こんなのが2人の部屋にあるの!?」

 

 ティナは驚いているけどそんなに驚くほどだろうか。

 

「うん、部屋に温かい飲み物が無いのも寂しいから」

 

「いやそうだけど……わざわざ用意するなんて……部屋に冷蔵庫あるから冷たい飲み物だけしか無いわ。女子力高いわね」

 

 誉められているのか、貶されているのか最近分からなくなってきた……

 

 そんなマッタリとした雰囲気の中、新たな来客だった。

 先程と同様にドアがノックされる。

 2人が振り返るとそこにはマヤがいた。

 

「あら、ティナがいるのね」

 

 少し意外そうにするマヤにティナは怪訝な表情になる。

 

「そう? 2人とは友達だから遊びに来たのは普通だと思うけど……まあ今日は昨日の復讐に来たのだけど……」

 

 指の関節を鳴らすティナの表情は修羅のようだ。

 

「昨日の復讐? ……そういえば試合中貴方キレてたけど、ラインに何か言われたのかしら?」

 

「えっそれは……その……む、胸の事を……」

 

 恥ずかしそうに呟くティナにマヤは一瞥して納得する。

 

「なるほどね……」

 

「何がなるほどなのよ!!」

 

 猫が威嚇するように毛を逆立てるティナ。とある部分の戦力差は明らかだ。

 わざとらしく腕組みをするマヤ。いやらしい挑発だ。

 でもそれは軽口という事は僕でも分かる。そう、マヤは見下す時は目線が冷たいからだ。

 だが今は楽しそうに笑っている。

 

 本気で言ってない事が分かったティナも本気で怒れないでいる。そうこれはコミュニケーションなのだ。

 

 ……暫くして落ち着いた頃、マヤが紅茶の入ったカップを置くと話を切り出して来る。

 

「……ねぇ、ティナ。少し付き合ってくれない?」

 

 そう言うマヤの顔に真剣さが滲む。

 

「ええ。良いわよ」

 

 即答したティナ。

 どうやら僕はお邪魔みたいだ。

 

「ねぇ、僕が外に行っても良いけど……」

 

 話すなら紅茶を飲みながらでも良いはずだ。

 でもマヤは横に首を振る。

 

「有難いけど、そろそろラインが散歩から帰って来るだろうし、掃除の邪魔になりそうだから……紅茶美味しかったわ」

 

 紅茶のお礼を言われ、立ち上がるマヤ。お礼を言われてはもう引き留められない。

 

「また、遊びに来てね」

 

 そう言って2人を見送った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 前をゆっくりと歩くマヤの背中にを見つめる。私より少し身長が高いはずなのだが何故か今日は少し大きく見えた。

 

 無言で後ろを付いて行く。別にケンカした訳じゃない。さっき真剣な表情を浮かべたので向こうが切り出すのを待っているだけだ。

 

 やっと足が止まった場所はアカデミーの屋上だった。昼間だからまだ暖かいが、たまに冷風が吹く。コートが無ければこんな所には来たくない。

 

 手すりまで行くとマヤをこちらに振り向く。

 

「こんな所まで着いてきてくれてありがとうね」

 

「……こんな所まで連れてきてまさか連れションとかないでしょうね?」

 

 さっきの胸の件のお返しとばかりに軽口を叩くが、マヤは微笑を浮かべた。

 

「そんな訳無いわ。誰にも聞かれたくない話なのよ」

 

 軽口に反応しないほど真剣な話だったのか。少し先程の自分を恥じた。

 

「ごめん。私で良かったら聞こうじゃないの」

 

 どんとこいと胸を張るがマヤの次の言葉で耳を疑うのであった。

 

「私ね、ラインに告白しようと思うの」

 

 ーーは? ラインに告白? 

 

「ーーって、ええええ!? な、何でラインにこ、告白するの?」

 

 混乱した頭で聞き返すが、口が思うように回らない。

 するとそれが可笑しいのかマヤはクスリと笑いながら答える。

 

「そんなに驚かなくても……そんなに意外だったかしら?」

 

 さも不思議そうに首をかしげるマヤ。いや、びっくりしてるよ。

 

「そりぁびっくりするわよ。だってあの冷徹の女王と呼ばれたあなたが人を好きになるなんて頭でも打ったの? と聞きたくなるわよ」

 

 だがマヤに特に可笑しい所は無い。いつも通り冷静であるが今日は若干頬が赤みを帯びている。それは寒さからなのか、照れているのか確かめようは無い。

 

「私は至って健康よ。薬もやってないし、寝てないわけでもない。私の本心からそう思っているのよ」

 

 そう言ったマヤの頬は更に赤みを増す。あ、これは照れてるのね。まさか冷徹の女王のデレる所が見られるとは思わなかった。

 

「そ、そう。でも何でラインなの? 他にいい男は沢山居るわよ」

 

 と言った私だけど、思い当たる男にいい男は少ない。グレンも出て来たが速攻、一蹴する。

 

 マヤも同じく首を傾げる。

 

「他に居たかしら……でも私の灰色な世界に色を付けてくれたのはラインなのよ。

 頭首としての責務と周りとの競争に明け暮れる日々。いつからかこの世界がつまらなくなったわ。唯一の楽しみの読書もプレッシャーに押し潰されてのめり込めなくなった。

 そんな時ラインが私に思い出させてくれた。お父様に貰った大切な言葉を。

 それから私は忘れていた仲間を思い出したわ。そしていつも脳裏に浮かぶのはラインの笑顔。

 いっぱい調べたけど出てくるのは恋。これが恋なのね……」

 

 いわゆる乙女の顔になっているマヤ。あの冷徹の女王をこんな顔にさせるなんてラインは媚薬でも盛ったのかしら?

 

 ますます謎めいてくるマヤの惚れっぷりに頭を抱えているとマヤはニコリと笑う。同性ながらもドキリとさせる笑顔は初めて見せた表情だった。恋する乙女は可愛くなる魔法が使えるのかしら。

 

「ねぇ、そういえばあなたはラインの事どう思っているの?」

 

「ーー変態」

 

 自分でもびっくりするほど即答した。マヤも同じくびっくりしている。

 

「変態!? ふふっ、まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったわ」

 

 マヤは信じられないといった顔をするが、ラインは妹にデレデレするし、ウチの喫茶で私を脱がせた事は絶対に忘れないわよ。それにしてもあの時の私はどうかしてたわね……

 

 蘇る黒歴史。あの時の事を口外するのはタブーである。

 

 その事を知らないマヤはラインは良い奴に見えるのだろうか。

 

「そうよ、アイツは変態だし、ロリコンだし、デリカシー無いし。それに日本オタクだし。語ると止まらないのよ、辞めて欲しいわ」

 

 思いついた悪いところを挙げていく。それを踏まえた上で判断して貰わないと。

 だがマヤの笑顔は変わらなかった。

 

「……いっぱい知ってるのね。私の知らない事ばかり。羨ましいわ」

 

「そりゃあもう2年の付き合いになるからね。羨ましい? そんなのないない」

 

 否定するがマヤの少し羨ましそうな表情は変わらない。恋する乙女は思考しているのだろうか。

 

「じゃあ私が先に告白しても良いのね?」

 

 マヤは何が言いたいのだろうか。

 

「何でそこで私に許可を取るのかしら? ラインとは友達だけよ?」

 

 あり得ないと馬鹿にするがマヤの鋭い眼光に笑うのを止める。

 

「……私は恋は正々堂々と戦うべきだと思う。卑怯なのは戦争だけで十分よ。ホントに良いのかしら?」

 

「……良いよ」

 

 何かが私の口が開くのを重くさせた。やっと出た言葉だったが、この言葉を言った瞬間、ずきりと心が痛んだ。

 何故心が痛んだのかこの時の私には分からなかった。

 

 




この話はラインが知るよしもありません。ティナだけが知る話です。


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12-8 処罰

そろそろ執筆開始から2周年です。
また今年も人気投票するので奮って参加して下さいね。
来月開始予定です。
参加者にはオリジナルエピソードをお送りする予定です(一人一人違うかも)


 

 トラックに揺られ、荷台から見える景色をぼんやりと眺める。ウェリントン基地に近づくほど、硝煙の匂いは強くなりトラックの揺れが激しくなる。

 ここは舗装された道路のはずだが、戦闘で瓦礫や穴ボコが空いている為あぜ道を走っているような感覚だ。

 だが乗っている者のほとんどがそんなこと気にせずに安心感から睡魔に身を任せている。

 

 そんな中で自分だけは眠気に襲われなかった。むしろ荷台から見える立ち上がる炎を見るたびに感情が高まり、眠気が遠ざかっていく。

 

 基地のゲートをくぐると道路以外の場所には野戦病院のテントがところ狭しと張り巡らされていた。

 中からは呻き声が聞こえる。負傷者の数に対して医療従事者は足りてない。走り回る医療従事者を見てエマ先生がトラックから飛び降りる。

 

「私はここで手伝います。マナン君、ライン君を頼みます」

 

 マナンに視線を向けるとマナンは頷く。エマ先生は心配そうにこちらを一瞥するがすぐに先生の戦場に向かっていく。

 

 結局ここで全員降ろされるのだが先に負傷者を野戦病院に搬送していく。

 

「ライン、お前は代表の所に行け。ここは俺がやる」

 

 アーロンが俺から担架をひったくって突き飛ばす。不器用なやり方だが助かる。

 

 報告の義務があるため作業を中断し、本部の白塗りの建物に入る。ここも多少の被害は受けているがほとんど損傷は無い。

 

 中も人でごった返していた。

 様々な怒号が飛び交う中、奥に進んで行くと人混みはすぐに途絶えていく。

 ここからは幹部か呼び出された者以外立ち入り禁止区域だからだ。

 俺は話が伝わってるらしくすぐに通してくれた。

 

 正面の扉の前に立つとインターホンを鳴らす。

 すると入れ、と言われ中に入る。

 

「失礼します。ライン・グレスです」

 

 自動ドアが開き、中に入って自己紹介をして見渡すと柔やかに笑うブライス代表が居た。

 

「さぁ、座って」

 

 ブライス代表の目の前に座るよう促される。

 

「いえ、私は立ったままで結構です!!」

 

 目の前に座るなんて対等の立場でなければ出来ない。何故代表は?

 

 困惑する俺にブライス代表は突然目の前から消える。そして次の瞬間には俺の膝は曲げられていた。バランスを崩した所をブライス代表が抱えて椅子に座らさせられる。

 

「君は疲れているんだよ。自覚しているかい?」

 

 そう言いながらコーヒーを入れる代表。それも2人分だった。

 

 結構です、と言いかけたがさっきと同じようになる気がして口を紡ぐ。

 

 目の前に置かれたコーヒーは香ばしい香りがして思わず手に取ってしまった。

 口を付けると温かさと苦味が心を落ち着かせてくれる。

 

 こちらが口を付けたのを見て、代表は話を始める。

 

「ライン君、話は聞いた。ありがとう、我々の背後を守ってくれて。おかげでこの戦いに勝利する事が出来た」

 

 深々と頭を下げる代表。慌てて否定する。

 

「そんな!? ……私は軍人として国を守る為に戦ったまでです……勝手な戦闘行為、また援軍使用に関しては私に非があります……」

 

 俺がやったことは越権行為だ。もしあれで一般人を巻き込んでもしたらエルス国防軍の評判は落ちる。

 

「そして私は多くのクラスメイトを死なせてしまった……マヤを守れなかった……俺に、俺に力が有ればぁ!!」

 

 強く握った為、爪が手に食い込んで血が流れる。

 敵の戦力に対して俺は最善の手を打ったのか、無駄に味方を死なせたのではないかと何度も考える。

 

 だが代表は首を横に振る。

 

「確かに君は軍属でもないし、命令権もない。間違いなく越権行為だ。だが同時に多くの我々の命を救ったのは事実だ。つらい決断をさせたね。ありがとう」

 

 ニコリと笑うブライス代表。責められると思っていたが、まさか感謝されるとは思っていなかった。

 

 少し浮かれたのもつかの間、代表は次第に表情を厳しくさせる。

 

「だがこれらの越権行為は処罰しなくてはならない」

 

 ……やっぱりか。もちろん無いとケジメが着かないだろう。

 

「ライン君、君を左遷処分とする」

 

 左遷処分か。そんな軽くて良いのだろうか……

 普通、越権行為は懲役、軍からの追放もあり得る。

 それなのにこの軽い処罰は多くの命を救ったことへの感謝だろうか。

 

「慎んでこの処罰を受けます。どのくらいの期間の左遷となりますでしょうか」

 

 具体的な数字が無い。どういう事だ?

 

「そうだな……無期限の左遷処分かな」

 

「無期限ですか………」

 

 無期限はいつ出れるか分からない。それでは俺は何の為にっ……

 

 俺の不満な表情に気付いたのかブライス代表は付け加える。

 

「とは言っても左遷ではなく、任務を任せたいのだがな……」

 

「ーーどういう事ですか!?」

 

 分からない。俺には代表の意図が分からない。

 

「ライン君、君には期待しているんだ。その若さで指揮官の素質を持ち、伸びしろもある。だがまだまだ見識が足りない。だから日本へ行って貰いたい」

 

 思わぬ言葉に頭が真っ白になる。

 何とか言葉に出来たのは日本についてだった。

 

「……何故日本なのですか?」

 

 日本は既に火星独立軍の統治下にある。何故そこに行かせようとしているのだろうか。

 

「それはだね。日本の警備が手薄というのも有るし、日本は占領されたばかりだ。火星独立軍に反発する者も多い。だから敵国である君でも動きやすいだろう。そして何より君が行きたがっていた所だろう?」

 

 ーーっ、代表は何処まで俺の事を知っているのだろうか。確かに日本への憧れは有る。だが中々行けなかった。今回行けるならば行きたい。

 

 代表は俺の目を見ると満足そうに頷く。

 

「……行くみたいだね。日本で君の闇が晴れる事を祈ってるよ」

 

 何もかもお見通しって事なのか。代表には一生勝てない気がするよ……

 

 

 

 

 

 -----

 

 俺の左遷が決まった翌日、降りしきる雨の中葬式が行われる。

 傘に雨が当たる音がやけに煩く聞こえる。

 参列者の多くが悲しみで涙を流す中、俺は自分への怒りで泣けなかった。

 

 そして追撃していたグレンも帰ってきていてマヤの事を知ったようだ。

 

「……済まねぇ、まさか生き残りが居たとはな。しっかり確認しとくべきだった」

 

 普段おちゃらけたグレンが落ち込んでいるのを見ると本当にマヤが死んだ事が実感させられる。

 こういう時に実は生きてるんだよなぁ、とかドッキリを少し期待していた。いつも不可思議で思いもよらない事をするグレンなら今回もどうにかしてくれる、と期待した自分が情けない。

 

 式が終わりに近づき、泣き声が大きくなる中、一人の少女に目が止まる。

 その少女はマヤにそっくりだった。いやマヤを柔らかくした感じの少女で思わず、声をかけてしまう。

 

「……マヤ?」

 

 すると少女は困惑した表情で振り向く。

 

「あの……お姉ちゃんの友達ですか?」

 

 まるで違う声。そしてマヤでは感じられなかったか弱い雰囲気。

 その瞬間マヤでは無いと理解してしまった。

 

「……そうだね。俺はライン。マヤの……妹かい?」

 

「はい、妹のマリです。生前お姉ちゃんがお世話になりました」

 

 律儀に頭をペコリと下げるマリ。彼女の幼い見た目以上にしっかりしていた。流石はマヤの妹だろうか。

 

「マリちゃんか。こちらこそマヤには凄く、お世話になったよ……」

 

 マヤが庇わなかったら俺は死んでいた。もはや命の恩人だが、もう返す事も出来ない。

 そう彼女は死んでいるのだから。  

 

「……お姉ちゃんは最近変わりました。今までは何かに追われているような、険しい表情ばかりでした。でも最近は良く笑うようになりました。……誰かが生き甲斐を与えてくれたんだと思います」

 

 マヤが命を落としてまで俺を守る意味はあったのだろうか。俺にそんな価値はあったのだろうか。俺にはもはや悲しむ身内も居ない。それに対してマヤは幼い妹を残して逝ってしまった。

 俺は、俺は……

 

 その時俺の手が小さな手に握られる。

 顔を上げるとそこには精一杯笑う彼女が居た。

 

「どうか泣かないで下さい。お姉ちゃんは命を掛けてまで守りたかったんだと思います。それだけ大切にしていた物をラインさん、どうか大事にしてくださいね」

 

 泣きたいのは彼女の方なのに、唯一の身内が死んでしまったのに、彼女は精一杯俺を励ましてくれる。何て強い子なんだ!! 

 

 彼女の優しさが俺の心に染みわたり、そしてマヤの思いが空いた心の隙間を埋めていく。

 

 マヤ、お前が命を掛けてまでまもってくれた俺の命、必ず大事にしてみせる。

 

 ふと見上げた空は雨雲が晴れ、日差しが見え始めていた。



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〈13章 ライン 日本編〉
13-1 憧れの日本


はい、予定に無かった日本へ……先週の作者は何やってるんだ!! アニメの影響受けすぎだろ!!


 

 左遷当日、ウェリントン空港には見知った顔が見送りに来ていた。

 

「ライン……僕も行きたいけど……」

 

 泣きじゃくるマナン。でも追いかけてくるんじゃないぞ。

 

「いいや、責任は俺が取らないと行けない。それにあの日本へ行けるんだぜ」

 

 慰める為に精一杯の笑顔を見せる。マナン、俺は大丈夫だ。

 

「う、うん……あ、ご飯に困ったら言ってね。送るから」

 

 お前は俺の母親か!! だがその優しさが嬉しい。

 

「……相変わらずの夫婦漫才ね。ライン……私は待ってるわよ」

 

 薄い胸を張るティナ。待っているか……戻る所があるというのは良いな。

 

 一瞬ティナの表情に陰りが見えたがティナでも寂しいと思うのかな。

 

「……元気でね、ライン」

 

 明らかに落ち込んでいるドリー。いや俺は死にに行くんではないぞ。確かに敵領内だが。

 

「ふんっ……何も言うことは無い」

 

 目を合わせてくれないアーロン。いや言わなくてもお前の気持ちは分かるぞ、多分。

 

「ライン君……」

 

 こちらも泣き出しそうな女性が居る。エマ先生だ。

 

「大丈夫ですよ。代表に危険な任務を与えられた訳ではありませんし、これは自分への試練だと思います」

 

 勝手な解釈だったが、それで納得したのかエマ先生も頷く。

 

「じゃあ、行きます。見送りありがとうございまーー」

 

「ーーおい!!」

 

 振り向くとそこにはあの3人組が。たのむから最後にイヤミで送らないでくれ。

 

「……お前、帰ってこいよ」

 

 は? 今なんて言った? お前死んでこいだよな?

 

 珍しく居心地が悪そうにモジモジしているエドウィン。

 俺が呆けていると大声で叫ぶ。

 

「だから!! お前が居ないと弄れないだろ!! 日本なんぞで死ぬなよ!!」

 

 大きく肩を上下するエドウィン。不器用な言葉だが気持ちは伝わった。

 

「ああ、次は俺がいじめる番だ」

 

 お互いに不敵に微笑むとそれを合図に飛行機への搭乗開始のお知らせが聞こえる。

 

「では、皆ありがとうな。いつになるか分からないが必ず帰ってくる!!」

 

 ギリギリまで手を振ってくれるマナン達と離れる事に寂しさを感じて足が重くなる。だが後ろから迫る乗客達が急かしていく。

 

 

 

 

 

 動き出した飛行機の窓側の席が取れた。大きなウェリントン空港の様子が見える。多くの飛行機が離発着をしている。世界でも有数な空港だから当たり前の事だが。

 

 飛行機を見るための展望台には多くの子供と親が来ている。飛行機マニアも居るみたいだ。

 だがそこに明らかに目立つ男が居た。赤髪の男、グレンだ。グレンもこちらに気付いてるらしく目線が交差する。

 

 たった1秒の交差だったがその間に手話によって交わした言葉で十分だった。

 

 アイツは言っていた。

 

 俺はここで待っていると。

 

 

 

 

 

 -----

 

 同じ地球だというのに季節が真逆な日本。こちらはまだ残暑が残っている。向こうはもうすぐ春だというのに。

 地球連合国へ飛行機で行き陸路で火星独立軍の領内に行き、海路でやってきた。それも見つからないようにだ。

 海岸線が多い日本には簡単に入れるがもし警察にでも捕まったら偽造パスポートはすぐにバレてしまう。まあ泊まったり、レンタルする分には問題ない。

 

 さてどうするか……

 

 とりあえず目の前の崖を登っていく。魔法で強化した肉体ならば楽々だ。少しの取っ手があれば上がれる。これが忍者の気分なのか。

 

 崖を上がると幸いな事に誰も居なかった。そもそもここは観光スポットでも無いしな。

 

 目の前に有るのは片道の舗装されてない道路。近くに民家は無いし、来た車に乗せて貰うしか無いな。

 

 暫くして日が暮れて来た頃、石を海に投げるのも飽きてきた。そんな頃に白塗りの軽トラックが目の前に止まる。

 

「こんな所でどうした?外人さんよ。何にも無いぜここには。あ、Do you speak Japanese?」

 

 たどたどしい英語で真っ黒に日焼けしたおじさんが声を掛けてくれる。

 

「こんにちは。実はサイクリングしてたら海に自転車が落ちてしまって……戻ろうにも駅が遠すぎて途方にくれてました」

 

 全て作り話だが、それよりも俺の日本語にびっくりしたようだ。

 

「え? 日本語喋れるのかい? なーんだ、頑張って損しちまったよ。それにしても流暢な日本語だね。留学生かい?」

 

 日本語が通じると知って上機嫌になるおじさん。これはいけそうだ。

 

「いえ、留学生では無いのですが、日本が大好きで独学で勉強しててとうとう来てしまいました。初めての日本ですが、親切な方ばかりで嬉しいです」

 

 わざと所々片言にしておく。勉強中の留学生の方が都合が良い。日本を良く見せたいと親切になるからだ。

 

「そりゃあよかったな。あ、でも海に自転車落としたのは災難だったな。そこからじゃもう海の藻屑だな」

 

 崖の高さを確認しながら自転車は諦めなと言うおじさん。さあここからが交渉の時間だ。

 

「あの、すみませんが、近くの駅まで送ってくださりませんか? こうなってしまった以上サイクリングは諦めて名所巡りでもしようかと思ってます」

 

 車を奪うという手もあったが、好きな日本にそんなことしたくないし、穏便で済むならそれが良かった。

 

「もちろん良いって事よ!! 良し、乗りな」

 

 助手席のゴミを中に入れるおじさん。そんな適当でいいのか。

 

 一応綺麗になった助手席を叩いておいでと言う。まあ乗れるなら文句は無い。

 

 そして道中、質問攻めにあった。

 何処から来たのか、日本語はどこで勉強したのか等々。

 

 一応、出身はヨーロッパの方と答えた。あそこらへんは火星独立軍の支配下だから可笑しくはないはずだ。

 

 するとおじさんは顔を曇らせて言う。

 

「ここだけの秘密な。俺は火星軍か地球軍かなんかどうでも良い。平和に暮らせればどっちでも良いもんだ」

 

 この意見は心からの言葉だと思う。

 戦争なんてオセロゲームと同じだ。白黒すぐに入れ替わり、支配者が変わるだけだ。それが良い支配者ならば文句は無い。悪い支配者ならば戦うだけだ。

 

 独立国出身の俺としてはこの考え方に違和感を感じる。自国への誇りはないのかと。自分達の手で国を動かせる方が良いではないか。

 

 だが長らく地球連合国に統治された日本はもう支配者は遠い存在なのだろう。

 

 戦争に関わらない人々も居ることを思い出させてくれた時間だった。

 

 

 

 

 

 -----

 

「じゃあ日本を堪能して行けよ」

 

 手を車内から振って走って行くおじさん。ありがとう。

 

 やっとのことでついた駅は寂れた駅だった。利用者はほとんどおらず、同じように待つのは学生か老人だった。外国人が珍しいのかチラチラと視線を送ってくる。

 

 確かにこのような場所には火星独立軍は来ない。また観光客も来ない。ならここは昔から変わらない日本なのだ。

 

 古き良き日本を堪能していると、車輪付きの車両がやって来る。

 何とここは一世代前なのか。

 

 エルス国にもあるが、あくまでも懐かしい乗り物として使われている。観光用だ。

 

 だがここでは未だ、実用されている。ほとんどの電車はモノレールと化している。

 

 一定間隔に感じる振動と音が飽きさせない。むしろ心地良く感じさせてくれる。

 速度は遅いがその分景色が良く見える。モノレールでは一瞬だから楽しめない。観光スポットの低速なら楽しめるが。

 

 トンネルを抜けると山々に色付いた紅葉が見える。一面に見える紅葉はなんと美しいのだろうか。

 興奮してしまい思わず、手に持つ端末で写真を撮ってしまう。

 

 大人気ない行動に周りの視線が集まるが気にしない。素晴らしい物に素晴らしいと言って何が悪いのだろうか。

 

 

 

 

 

 -----

 

 そして終点に着くと、大きな駅が鎮座していた。この地方では最大の駅らしい。

 流石に大きい駅なので外国人も多く、視線は感じなかった。

 そして所々に居る兵士を避けて通る。

 俺のかっこうは怪しく無いにしろ目につけられるのはあまり宜しくない。

 不自然にならないように距離を空けて通り過ぎる。

 

 するといきなり後ろから肩を掴まれる。

 振り返ると少しボサボサの髪とよれよれのコートを来た男が俺を睨んでいた。

 

「なぁ……ここに来た目的は?」

 

 誰だコイツ。目的?何の事を言っている。

 

 困惑した表情をしているとニヤリと笑う。

 

「ほう、これは当たりかな? じゃあ身分証を見せて貰おうかな」

 

 身分証!? なぜ見せないといけないのだ。

 

「あの、あなたはどちら様ですか?」

 

 すると男は内側のポケットから警察手帳を取り出す。それをつまんで垂らして俺に見せつける。

 

「俺はこういう者だから。分かる? ポリスだよ」

 

 クソッ、何故いきなりバレたのか……

 

 混乱した頭で打開策を練っているラインの後ろに迫る来る人が居た。

 

 

 




英語の間違いを指摘しようとした皆さん。
それあってるんですよ(本人もびっくり)
canではなくDoの方が丁寧らしいですよ。

間違えた英語話させるつもりが……


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13-2 刑事の勘

忙しくて短めです。

ラインの背後に迫る人物とは!?

キャラクター人気投票は来週から始めようかしら……
今のところ、2回目なのでお似合いのカップルを予定してますが、他にご希望があればお知らせ下さい


 

 厄介な事に日本の警察に目をつけられてしまった。……いやコイツ一人だろうか? 

 

 ボサボサの髪に無精髭。ヨレヨレのコートはかなり使い古しているようだ。だが鋭い眼光は歴戦の猛者を思い起こさせる。

 

「キミは留学生……かな? それにしては体もガッチリしてるねぇ」

 

 無精髭を撫でながら俺の全身を見渡す男。気が抜けたような声だが、男の体に隙は無い。荒事に慣れているようだ。

 

「ねぇ、そろそろ身分証出してくれない? おじさん、お腹空いちゃってさぁ……」

 

 お腹空いてるのは本当かもしれない。だがそれは隙をあえて見せている。俺がここで逃げ出せば、捕らえる理由を作れる。

 

 相手の意図は見えた。だがこのままでは……

 

 会話で話をずらそうと声を出そうとした瞬間、右腕に何かが密着する。

 

「もう駅前で待っててって言ったじゃん!!」

 

 右腕に密着してたのはTシャツ、ショートパンツの茶髪の女。活発そうな表情はティナを思い出させる。

 残暑が残る今、その恰好はラフで地元住民に見える。

 

「ダーリン、やっと会えたね!!」

 

 ダーリン? いきなり抱き付いてきた女は誰だ? 誰かと間違えているのか? 

 

 更に混乱している中、彼女は正面から俺に抱き付き、耳元で(ささや)く。

 

「……アナタ、火星独立軍じゃないでしょ?」

 

 ーーっ!? コイツ!? 何故分かったんだ!? いやそれよりも何故その事を俺にささやいたのだ?

 

 無言で答える俺に彼女は腕を更に力を込め、身体を密着させる。

 身長は俺と同じぐらいで高い。ヒールももちろん履いてない。細い身体だが、女性らしく柔らかい。

 

 そんな雑念が入ってきた頃に再度彼女は囁く。

 

「……なら、私に合わせなさい。ここから逃がしてあげる」

 

 目を見開いて彼女を見るとウインクしてくる。……ここは彼女を信じるしかないな。

 

「やぁ、ハニー。わざわざ日本までやってきたよ!! ハニーに会いたくてさ!!」

 

 精一杯の笑顔で彼女を抱きしめる。知らない女性を抱きしめるのは罪悪感が凄い。

 

「嬉しいわ、ダーリン!! ……で、こちらはどちら様?」

 

 彼女は今気づいたように男を見る。その表情は邪魔するなと言わんばかりだ。

 

「……二人は恋人関係で?」

 

 頭をボリボリ掻きながら彼女を観察する男。若干ながら焦りが見える。

 

「そうよ!! 悪い? もう良いでしょ。行こ!!」

 

 彼女は強引に俺の手を引っ張ってこの場から離れていく。目を細めてこちらを見送る男を残して。

 

 

 

 

 

 -----

 

 駅から十分に離れた裏路地。人気は無い。

 ここに入ってから彼女の雰囲気はがらりと変わる。

 

「ふぅ、危ない所だったわね。……それでアナタの名前は?」

 

 さっきのいちゃつくカップルの彼女ではなく、女刑事のように俺を観察している。

 助けてくれたのだから名前ぐらいなら教えても良いだろう。

 

「俺はラインだ。君の名前は?」

 

「私は下村アリサ。アリサで良いわ」

 

 屈託の無い笑みで笑う彼女に心を許したくなるが、ここは敵領内。失敗すればそのまま死に繋がる。

 

 俺が公人ならばやりようは有るかもしれないが、非公式、いや密入国している。

 エルス国は認めないし、交渉等しないだろう。

 

 ここは慎重に行くべきだ。

 

「それにしても俺が良く、火星独立軍じゃないと分かったな? なぜだ?」

 

 もし目立つのであれば改善しなければならない。

 するとアリサは少し自虐的に笑って俺の服装を指す。

 

「そうね……もし火星独立軍の兵士ならば小汚い軍服だろうし、火星独立軍の諜報員ならばさっさと連行されて隠れた場所で証明するだろうし。

 留学生を装って来る諜報員はおかしい、なら諜報ではなく、何かしらの大きな目的を持って来たのでしょう?」

 

 確かに普通なら諜報員は他国から来ました、なんてならないように日本に最初から居るように見せかけるし、日本人がほとんどの日本では日本人の諜報員の方が良い。

 明らかに外国人の俺は向かない。

 

 観光で潜入する工作員ならば外国人でも問題ないが、普通は観光ビザで来る。だがそれは元のデータベースの改ざんもする必要があるので国を上げての工作員だ。

 一方俺は今ただの浮浪者だ。国の支援は無く、データベースの改ざんも行われてないので見せかけの身分証明しかない。調べられたら一発アウトだ。

 

 的確な彼女の指摘に頷くしかなかった。

 

「そう……やっぱりね。この際、貴方が地球連合軍かエルス軍かはどうでも良い。でも火星独立軍に捕まるのはマズいでしょ?」

 

 確認するように俺の瞳を覗き込む。これは悔しいが向こうに主導権が握られている。俺の命は彼女の気分次第なのだ。

 そして弱みを握った者は握られた者に要求するのが普通だ。

 どんな要求をしようか楽しげに考えない者、切羽詰まっていて無理やり協力者に仕立てる者など様々だ。

 そして今回、彼女は後者だった。

 

「この事は誰にも言わない。だから協力して欲しいの」

 

「……協力?」

 

 どんな事を要求されるのだろうか? 強盗? テロ? それとも暗殺? 

 

 もはやどれも非常にヤバイ物だ。ふと脳裏に、コイツを消せば誰も俺の素性を知らないのでは? と黒い考えが浮かんだ時、彼女は頭を下げる。

 

「私と一緒に日本を解放して欲しい!!」

 

「ーー解放!?」

 

 火星独立軍に完全に占領されている日本を解放して欲しい、という彼女の要求は俺には訳が分からなかった。

 

 



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13-3 日本解放

遅くなりました。
これより第2回人気投票を始めます!!

好きなカップルに投票するだけで、特別オリジナル閑話を個人に送りたいと思います!!(かぶりは誰一人ありません)
あなただけの閑話をゲット!!

詳しくは活動報告にてお知らせします。
奮って参加を!!


 

 私と日本を解放して欲しい、と確かに俺にはそう聞こえた。

 だがその意味が分からない。

 俺の目の前に居るのはラフな格好の普通の若い女性一人。

 そして俺はただの軍の新人だ。

 

 もし頼まれたのが俺ではなくて、ブライス代表やグレンだったら何とか出来るかもしれない。だけど秀でた頭脳も能力も無い俺に彼女は頼んでいるのだ。

 たった一人の普通の魔法師と若い女性だけで火星独立軍と戦って、日本を解放しろというのだろうか。

 

 ますます彼女の言っている意味が分からなくなっていく。

 

 俺が悩んでいるのに気付いた彼女はハッと何かに気付き、苦笑いする。

 

「たはは……そうだよね。いきなり言われても困るよね……」

 

 説明不足と気付いたのだろうか。あまりにも突拍子も無い話で判断出来ない。

 

 アリサはごめん、と言ってから説明を始める。

 

「まず、私は日本独立戦線に所属しているの。日本独立戦線というのは火星独立軍から日本を独立させ、中立を宣言しようとしているのよ」

 

 彼女が言うには火星独立軍に抵抗する日本軍の残党らしい。

 

 戦争以前から地球連合軍の統治下にあったが、日本軍だけに留まらず、各地域には小さな軍が存在していた。

 戦争する為の軍では無く、テロや凶悪犯罪を押さえ込む為の軍であった。

 その規模はかなり小さく、地球連合軍に比べれば塵にも等しい。

 

 そんな日本軍だったが、火星独立軍来襲の際、寡兵(かへい)の地球連合軍と力を合わせ何度も撃退していた。

 火星独立軍が海に慣れてないのもあったが、日本軍の屈強な抵抗と戦術に火星独立軍は何度も撤退を余儀なくされた。

 結局は地球連合軍の勝手な撤退と火星独立軍側の物量で負けた日本軍だったが、残党は日本各地に潜伏して好機を伺っているらしい。

 

 だが中立を宣言するとはどういう事だ?

 まだ首を捻る俺にアリサは更に説明する。

 

「なぜ中立かって? それは日本人は元々戦争を望んで無い。過去の大戦で多くの人を亡くしたの。だから戦いたくは無いのよ」

 

「……だが、それを叶える為に戦う。矛盾しているとは思わないのか?」

 

 この矛盾は自分の中でも答えが出せてない。それを彼女にぶつけるのは酷だと思うが、どうしても彼女の意見を聞いて見たかった。

 

 彼女は目を伏せる。自分でも矛盾していると思っているのだろうか。だが、すぐに顔を上げる。そこには強い意志が見えた。

 

「そう、矛盾しているわね。でも願っているだけじゃ日本を解放出来ない。自分達で取り戻さないといけないんだ!! 日本を!!」

 

 人には待っている人が居る。自分では動かず、空から自分の欲しい物が降ってくるのを祈っている人が居る。

 だがそんなのはこんな厳しい世界では通用しない。

 厳しい世界だからこそ自分の手で掴み取らないといけないんだ。

 その間に多くの犠牲を払うかもしれないけれど。

 

 彼女はそう言っている気がした。

 

「……分かった。その覚悟、見事だよ。……俺に出来る事はあるだろうか?」

 

 すると彼女は花が咲いたような笑顔になる。

 

「ホント!? 手伝ってくれるのね!?」

 

 彼女は俺の手を取って踊っているが、そこまで俺に期待されてもな……

 

「なぁ、俺はただの魔法師だが構わないのか?」

 

「もちろん!! 一人でも仲間が欲しいし、魔法師は貴重よ!!」

 

 魔法師が貴重? 確かに全体数はそこまで多くは無いが、たった一人魔法師が増えても日本を解放出切るとは思えない。

 

「日本に魔法師を育成出来る力は無いわ。だから散々敵魔法師に苦汁を飲まされて来たわ。でもそれも今日でお終いね!!」

 

 あれ? いつの間にかにまた話が飛躍している。今彼女に何を言っても無駄かもしれない。

 

 テンションの高い彼女に手を引かれながら、街に紛れていった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 街は活気付いていた。だが、裏路地に入るとすぐにさびれている様子が見える。

 表向きは平和だが、その裏では未だ戦争の爪跡が見てとれる。

 

 そして人々の表情には格差があった。本当の笑顔の者、偽りの笑顔の者、精気を無くした者。

 

 本当の笑顔の者の割合はほんの少しだ。火星独立軍から受益している者だろう。

 ほとんどの人が前よりも暮らしが酷くなっているのだろう。

 

 そんな光景にアリサも表情を歪ませる。

 

「偽りの平和なんだよね。与えられた平和では笑顔になれるのは一部だけ。私はもっと多くの人を笑顔にしたい」

 

 アリサの複雑な表情はこれからの犠牲や厳しい戦いを憂う表情だった。

 

 そんな彼女に声を掛ける人が居た。

 

「アリサちゃん、コロッケ出来たてだよ!!」

 

 優しそうなおじさんが笑顔でこちらに手を振って来る。

 

「あ、おじさん、こんにちは!!」

 

 アリサも笑顔でおじさんへ手を振る。

 小走りで精肉店の前へ行く。

 

 少し小太りのおじさんはコロッケを俺達に差し出す。

 

「さぁ、お食べ」

 

 目の前に差し出されたコロッケは香ばしいパン粉の匂いと出来たての熱気でとても美味しそうに見える。

 

「いただきまーす!!」

 

 アリサは早速かぶりついたが、俺は戸惑ってしまう。

 

「あ、あの、これはいくらですか?」

 

 注文もしてないのに出て来る料理。確かこれが“お通し“だろうか。

 

 だがおじさんは目を丸くして、そして苦笑いする。

 

「ああ、留学生の方か。これはサービスだよ。タダ」

 

「本当に良いのですか?」

 

 先に食べさせといて後で法外な値段を請求すること等、こちらでは日常茶飯事だ。だからしっかり確認しないといけない。

 

 するともう食べ終わったアリサが教えてくれる。

 

「これは好意よ。日本ではよくあることなの。大丈夫よ、このおじさんは良い人だから」

 

 褒められて照れてるおじさんを見ながら思う。日本人は優しいな。

 

 おじさんにお礼を言って、コロッケを食べる。

 一口食べただけで、口に広がるジューシーな肉汁とジャガイモとタマネギの甘味。そしてサクサクな外側。これらを出来たてのアツアツが全てマッチさせる。

 

「……美味しい」

 

 思わず口に出てしまう。それを聞いたおじさんが更に上機嫌になる。

 

「まさかコロッケ一つでそんなリアクション取ってくれたのは初めてだよ。気に入ったなら持っていくかい?」

 

 奥から10個のコロッケを持ってきてくれる。それもタダだ。

 

 隣のアリサも目を輝かして早速コロッケに食らいつく。

 

 これが出来たてのコロッケか……と感動している間にアリサは次のコロッケに手が伸びていた。

 

 分かってるか? 一人5個だぞ!!

 

 

 

 

 

 -----

 

 結局3個しか食えず、7個アリサに食われたので不機嫌でいるとアリサがごめん、と言ってくるがどうも心はこもってない。

 味わって食いたかったのに……

 

 まあ本気で怒ってないのはアリサにもバレバレで、アリサも適当だ。

 

 そしてそのままアリサに連れられ、街の外れの大きな門の前までいく。

 木製の門は歴史を感じさせる。現代では芸術の域で趣向で作らせるが新しく、ここまで歴史を感じさせる古い門を見るのは初めてだ。

 

 中に入ると子供達の声が聞こえる。それも陽気な声ではなく、叫び声だ。悲鳴ではなく、掛け声だ。

 

 ちょっと横に回るとそこでは子供達と大人達が剣道をやっていた。

 ここは剣道場なのか。

 

「でも、何でこんな所に?」

 

 この中の誰かが協力者なのか?

 子供達や大人も楽しく剣道をやっている。兵士には見えない。

 

「それは柳生(やぎゅう)さんに会わせたかったから」

 

 柳生さん? 道場を見渡すと中で一人異質な雰囲気を放つ男が居た。

 道場の正面奥にその男だけ目を閉じて座禅を組んで動かない男が居た。寝ているのかと思うほどに微動だにしない。

 

 だがその男の顔を見た瞬間、目が開いて目が合う。

 一瞬の目線の交差だったが、この人だと確信出来た。

 

 柳生さんはゆっくりと立ち上がってこちらに向かって来る。何故か体が警戒しろと訴える。

 

 縁側まで来るとアリサに男は口を開く。

 

「アリサ、ご苦労だった。報告にあったのはこの男か?」

 

 さっきまで普通の女の子だったアリサも別人のような雰囲気になっている。

 

「はい。ラインは信頼出来る魔法師だと思います」

 

 今まで俺は試されていたのか……まさかあのコロッケをくれたおじさんすら? 

 

 どこまでが協力者で一般人なのか分からなくなる。それがここまで生き延びて来た日本独立戦線の実力だろう。

 

 目の前に居る白い胴着と黒い袴を着た男は俺よりも大きい。そして凄みを感じさせる雰囲気。これが日本軍の軍人なのか。

 

「君がライン君か。確かにうちに現れた時に感じとれたよ」

 

 出来るだけ魔力を抑えたつもりだったがそれを感知されたというのか? 

 

 その思考すら読まれていたのか、男は横に首を振る。

 

「俺が感知したのは魔力じゃない。気の流れだ」

 

 気の流れ? 魔力すらも科学的には不明なのに気だと? 日本独自なのだろうか。

 

「君の魔力は隠せているかもしれないが、気は隠せてない。そう君のは一際大きい」

 

 男は目を細めると低い声で言った。

 

「……大きな憎悪が大半を占めている気だよ」

 



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13-4 柳生

引き続き人気投票開催中です。
方法は簡単。感想、メッセージなどで好きなカップルを送るだけ。

それで投票して頂いたカップルで閑話を作ります。完成後、個人宛に送らせて頂きます。

これは読者サービスで日頃の感謝をお伝えするためです。

去年の送った閑話を少し紹介します↓

「え、ええ。次の質問に行きます。えーと、アイリーンさんはルーカスさんのどこに惹かれたのですか?」

するとアイリーンの顔はゆでだこのように真っ赤になり、いやいやと顔を振る。

「わ、私はルーカス長官とはまだそういう仲では有りませんし……」
「まだ?」
「ーーあっ」

と一部をご紹介しました。本来は最初から落ちまであるので2000文字ぐらいになります。

この閑話は公開するのは初めてですので、送った方のみ見ています。
世界に一つだけの閑話欲しくありませんか?

参加は感想、メッセージ、活動報告、Twitterから出来ます

https://twitter.com/ginmajo?s=09




 険しい表情で俺も見る男、柳生。

 その体付きは歴戦の猛者のように胴着の隙間から立派な筋肉が見える。

 この鋭くて重い雰囲気を醸し出す人を、俺は見たことがない。

 前の戦場で出会った敵魔法師達とは違う。この人は鋭い刃物のようだ。何処までも貫かれるような気がする。

 

 そして柳生という名前からも分かるように日本を代表する剣術を代々受け継ぐ一族だ。戦場での兵器が剣から銃に変わった時以降、表舞台から姿を消した。

 

 そんな剣術一族がこんな所で剣道を教えて居たとは……

 

 剣を学ぶ上では必ず挙がる名だ。普通有名人に会ったら心が躍るが、この男に完全に飲み込まれていた。

 

「お前は何故剣を取る? 別に戦う事が生きる道じゃない。お前は人を殺す事から逃げられる」

 

 何故? 何のために戦うのか? それは分からない。家族やマヤを奪った奴に復讐したいのだろうか。だがそれは無駄だと理性が訴える。

 

 最初、軍人になると決めたのは憎悪だった。そして今も憎悪で動いている。憎悪は人間の原動力の一つではないだろうか。

 

 2つの考えが頭の中で衝突し、ごちゃごちゃになる。そう答えは無言で返すしかない。

 

 すると柳生は小さく頷いて手に持っていた木刀を俺の前に投げる。

 木刀が地面に当たり、乾いた音が響く。

 

「……そうか。ならお前が積み重ねて来た全てを俺に見せてみろ」

 

 柳生はもう一つの木刀を片手で正眼に構える。

 

「……良いだろう。俺の全力を見せてやる!!」

 

 もはやヤケクソだった。さっきの言葉が挑発に取れて頭の中が真っ白になる。軽い挑発なのに乗ってしまうのは馬鹿だと自分でも分かっていた。だが戦ったら何が見えると、そう期待しての行動だった。

 

 落ちている木刀を拾って打ち込む。魔力は使ってないが、鍛えた肉体で繰り出す攻撃は遅くはない。

 だが柳生は木刀を使わずにすれすれで(かわ)していく。

 当たりそうで当たらない。何度も色んな方向、フェイントをかけて攻撃するが体を少し動かすだけで躱していく。

 

 俺の息が上がった所で柳生は目を細めて俺を見詰める。

 

「全力で来いと言ったはずだが……魔力を使わないで勝てると思ったのか?」

 

 本人は嫌味など言ってないのかもしれない。だが俺の腸が煮えくりかえるには十分だった。

 

「もう手加減はしないっ!! 魔法も全て使わせて貰う!! アリサ、もし危なくなったら止めてくれっ!!」

 

 アリサは一瞬驚いた表情をするが、すぐに強く頷く。

 これでもう何にも心配することは無い!!

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 足を魔力で強化し、一気に距離を詰める。そして魔法で強化した腕で木刀を振る。そのスピードはグレンにも匹敵するだ。

 

 柳生は下ろしていた木刀を使って防ぎ始める。何合も何十合も、もの凄い速さで打ち合う。

 

 だが防戦一方の柳生は涼しい顔を変えない。顔色一つ変えないのだ。

 更に俺の心の火に燃料が投下される。

 

「その涼しい顔もこれで最後だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 再度踏み込んで距離を詰める。木刀を右手に、左手で魔法を唱える。

 

「その動きを止めるにはっ!! フリーズ!!」

 

 俺の足元から氷の波が全方位に襲いかかる。

 そして予想通り柳生は上に跳躍する。

 

 空中はどんな猛者も動きが取れない!!

 

 得意な魔法のライトニングを詠唱する。威力は人を死に至らしめるには十分だ。

 

「全力で来いと言った!!

 だから俺は全力で行く!!」

 

 全力のライトニングを放つ。

 俺の手から放たれた電撃は青い稲妻となって、意志を持ったかのように柳生に向かっていく。

 

 すると柳生は木刀を地面に突き刺し、踏み台にして横に跳躍する。

 

 なっ!?

 

 驚いたのもつかの間、その間に柳生は電撃を避け、地面を足をつける。

 そして跳躍して木刀を回収する。

 

「一瞬でそんな戦い方を思いついたというのか……」

 

 思わず言葉が漏れてしまう。そして木刀を捨てたカバーも見事だ。

 

「これが柳生なのか……」

 

 実戦慣れしている……柳生家の長き戦いの経験と場数による経験が俺との圧倒的差をつけていた。

 

 だが諦める訳にはいかない。俺はどんな時でも諦めない。生きている限り希望は必ずある。

 

 木刀を更に強く握り締める。

 

 そして柳生に再度打ちかかるが、瞬時に木刀を俺の手から飛ばし、喉元に剣先を突き付けられる。

 

 何が起こったか理解出来なかった。先程まで俺が一方的に打ち込んでいたのに一撃で俺が負ける?

 

 だが目の前にあるのは柳生の手の先から伸びる木刀。その木刀は俺の喉元をぴったりと狙っている。

 

「ま、参った」

 

 素直に負けを認めるしかなかった。これがサムライなのか。

 

 すると柳生は木刀を下ろして、口を開く。

 

「これがお前の強さだ。その程度では思いも叶わず、ただ殺されるだけだ」

 

 俺は力が付いたと勝手に思っていた。だが世界は広かった。そうアカデミー内、3度だけの戦闘で世界の全てを知った気になっていたのだ。

 

「……俺はまだ未熟……これじゃ戦いに呑み込まれるだけだっ!!」

 

「その通りだ。強くなければただ目の前の戦いに必死になるだけ。その先なんぞ見えやしない。ましてや世界を変えるのはもってのほかだ」

 

 仲間を守りたい……仲間のいる平和な世界を守りたい……俺はこの世界が心底好きなんだ。復讐なんかより仲間を守りたいっ!! だから力が欲しい、力が欲しいっ!!

 

 目を上げると柳生は縁側に座って、満足そうに微笑んでいた。

 

「見つけたようだな。お前が剣を持つ理由を」

 

 無言で頷くと柳生は立ち上がって竹の水筒を投げてくる。慌ててキャッチすると柳生は裏手を指で示す。

 

「まずは水を汲んでこい、1

 00人分」

 

「は?」

 

 賑やかな子供達の声に俺の間抜けな声は消えていった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 腕の筋肉を軋ませる水の入った重い桶。昔ながらの井戸で桶を落として水を汲んで引き上げる。これを魔法使わずにやれと言うので何回も繰り返す。

 

 魔法が使えるようになってから余り重いと感じたことがない。

 小銃も鎧も剣も魔法を使えば手足のように使える。

 だがこの水の桶は何と重いのだろうか。滑車におかげで上げるのは楽だが、水を竹の水筒に移すのが辛い。重い物を長時間傾けなくてはいけない。

 これを子供や女性がやってたというのだから驚きだ。

 

 だから100本の水筒に水を入れるのは一苦労だ。

 半分終わって一息つくと、アリサが様子を見に来る。

 

「大丈夫? 手伝おうか?」

 

 彼女が心配してくれるのは嬉しいがこれは俺の為の修行だ。

 

「いや、大丈夫だ。後半分、直ぐに終わらせる」

 

 作業を再開するが、手が震え始めていた。先程の戦いが堪えているのか。

 

 そんな様子を見かねたアリサが手伝い始める。

 

「そのお水は道場生、皆のお水だから早くしないと……」

 

 アリサは手慣れた手つきで次々と水筒に水を入れていく。

 この作業は元々彼女の担当だったのだろうか。

 

 情けない。軍人で男の俺が力仕事で負けてるなんて!! 

 

 痛む腕を奮い立たせ、作業を手伝う。

 

「私は水を汲みあげて水筒に移すから、水筒取ってくれる?」

 

 彼女自ら重い方をやってくれる。この際、急がないといけないから手際の良い彼女に任せよう。

 

 彼女は次々と水を水筒に入れていく。そしてあっという間に終わってしまった。

 

「ふう、二人で入ると早いね」

 

 額に汗を滲ませた彼女が微笑む。

 ほんと助かったよ。

 

「お礼に何かさせてくれないか?」

 

 餞別として貰ったお金は十分にある。交流を深める意味でも何かしたい。

 

 すると彼女を首を傾げる。

 

「お礼? この程度にお礼なんて要らないよ。私達は日本を解放する仲間同士。……そんなにお礼したいなら……」

 

 うーん、喉を鳴らして、悩む彼女が捻り出したお礼の内容は

 

「じゃあ今晩のカツを頂くよ」

 

 ……カツ? カツって料理のカツか? そんなもので良いのか?

 

 だが彼女は俺が思っている以上に喜んでいた。

 

「今日はカツ食べ放題ね。やったわ♪」

 

 鼻歌混じりで中に戻っていくアリサ。

 そんなに嬉しいのか……

 

 水筒を抱えて彼女の後を追うのであった。

 



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13-5 魂の叫び

さて今日が最終投票日です。
今のところまだ定員に達していない為、送って下さった人には閑話をお送り出来ます。

ユーリ×アンジェリカ、ライン×マヤなど余り触れられてこなかったキャラの絡みなど読みたくありませんか?

人数が一定以上にならない場合、本編を進めていきます。

来週は閑話を書くためお休みします


 

 微かに鈴虫の声が聞こえてくる静かな夜。山から流れてくる涼しい風が心地良い。

 夜が涼しいのが秋を感じさせてくれる。

 

 縁側に座って、ふと空を見上げる。

 都市部のウェリントンやオークランドでは見れなかった星が無数に輝いている。これだけの多くの星を見たのは小さい時に家族で行った以来だ。

 ふと家族の事を思い出してしまい、寂しい気持ちになる。俺にはもう肉親は居ない。それも病気でゆっくりでは無く、戦争によって急にだ。

 あの時は……いや今もまだ両親の死に向き合えていない。

 

 時間が痛みを薄れさせてはくれた。だけど1番薄れさせてくれたのは仲間だった。マナン、ティナ、グレン、アーロン、ドリー。そしてマヤ。

 皆が居てくれたから俺は後ろを振り返らなくて済んだんだ。この世界で前に進む価値があると、復讐せんが為にがむしゃらに進んでいた俺を進む方向を示してくれた。

 

 俺は守りたい、この世界を。確かに理不尽な世界だ。だけどその事にはもう皆気が付いてる。だから皆でゆっくり変えよう。

 そして火星独立軍が推し進める急激な変化には犠牲がともなう。それを見ていないのか火星独立軍は。

 

 考えがまとまった所で声が掛かる。夕食の時間らしい。

 

 母屋(おもや)の大きなテーブルで沢山の子供と一緒と食べる。

 昼間に道場で稽古していた子達だ。

 

 話を聞いた所、この子らに親は居ない。先の戦いで親を失った子達だ。ここは孤児院としての役割も果たしていた。それは国から与えられた物では無く、自主的だ。

 

 柳生のご飯というと厳格なイメージが有ったが、それとは真逆の大騒ぎの夕食となっている。ご飯は楽しく食べるのがモットーらしい。

 そして俺の目の前にはご飯と味噌汁とキャベツしかない。他の子供らにはカツがある。

 別に苛められてる訳では無い。そう、先程の約束を果たしているだけなのだ。

 

 そして隣のアリサのカツは積み重ねてある。そう俺のカツだ。

 

 視線が合うとニヤッといたずらっ子の笑みをする。

 

「悪いわね。カツ貰って」

 

「……いや、約束したことだ」

 

 頬を引きつらせながら笑う。まさか主菜がキャベツのみになるとは……

 居候させてもらっている身だ。文句は言えない。

 

 後でコンビニでも行こうかと思ったが最寄りのコンビニは歩いて30分。魔法で強化して行きたい所だが、ここでは不味い。

 

 ご飯と味噌汁をメインにキャベツをたまに食べるというローテーションで食っていたら、訪問を知らせるチャイムが鳴る。

 

 アリサが口をモゴモゴさせながら出て行く。

 暫くすると青ざめた顔で戻ってきた。

 何があったのか……

 

「……警察が来たのよ……それも逮捕状を持って……」

 

 逮捕状!? まさか俺がバレたか!? 

 味噌汁でご飯を胃に押し込んで、逃げる準備を始めようとするが柳生に止められる。

 

「いや、君じゃないだろう。多分私だ」 

 

 柳生ーー師匠は日本刀を左手に持って、玄関に向かう。その後を俺とアリサが付いていく。

 

 玄関を開けると目の前にはいやらしい笑みを浮かべた偉そうな警官が屈強な部下を連れて立っていた。

 

「これはこれは柳生さん。こんばんは」

 

 頭を少し下げるが、全く敬意を感じられない。

 

「用件は?」

 

 そんな事気にせず、ゴミを見るかのような目で睨む師匠。

 

 すると偉そうな警官は懐から紙を1枚出す。そこには師匠を逮捕すると書いてあった。

 

「何!?」

 

 俺は目を疑って何度も見るが、どう見ても変わらない。

 

 師匠は予想していたのか全く動じてない。

 

「柳生さん、貴方を逮捕して頂きます。罪状は誘拐、監禁。子供達がここに居ますよね? それも許可を取らずに勝手に連れ込んで」

 

 確かにそれ自体は不味い事だ。

 だがそんな事に構っていたら子供達は死んでしまう。これは言いがかりだろう。

 

「……お前の言うとおりだ。俺はここに身寄りの無い子供達を集めている。こういうのは本来ならお前らの仕事だろ? だがお前らは子供達に何もしない。そこら中に身寄りの無い子供達が居るのに、何故見ないフリをする!? 何故自分達の権益だけ貪り、手を差し伸べようとしない!? そんなお前らには反吐が出る」

 

 視線だけで射殺せそうな師匠。それを感じたじろぐ警官だが、自分達の優勢を思い出し、声を張り上げる。

 

「更に公務執行妨害を追加する!! おい、コイツを捕らえろ!!」

 

 屈強な部下が師匠を両脇から抑える。だが師匠は抵抗しない。そのまま連れて行かれそうだ。

 

「何で、抵抗しないのですか!? 師匠!!」

 

 師匠の力ならば瞬殺出来るはずだ。相手が魔法師だろうと、俺を簡単に倒した師匠だ。行ける!!

 

「俺なら大丈夫だ。無駄に被害を増やす必要は無い。今は耐えるときだ」

 

 首を横に振って否定する師匠。何故だ!?

 

 心の中で葛藤している時、部下の一人が呻いて倒れる。

 

 そこには怒りの表情に満ちたアリサが居た。

 

「こんな事あってはいけません!! 正しい事してるはずなのに罪なんて可笑しいです!! そんなクソな国なんて変えてやる!!」

 

 アリサの言葉で葛藤が一瞬でなくなる。そうだ、可笑しい事には可笑しいと言えないなんて間違ってる!!

 

 魔法で強化して師匠の両脇の部下の頭を蹴り飛ばす。

 

「お、お前らも公務執行妨害になるぞ!? 良いのかぁ!?」

 

 震える声で指を差すが脅しになってない。

 俺達はそんな脅しにはもう屈しない。

 

「ええい、もう良い!! 皆殺しにしろ!!」

 

 警官の叫び声で何処からともなく現れる敵。この雰囲気は魔法師だ。それも10人は居る。初めからそういう魂胆か。

 

「……ふふっ、全く穏便に済ますつもりだったが、君らのせいで台無しだ。まあ良い、気に入らないのは私も同じだ」

 

 日本刀を抜く師匠。その表情は何とも爽やかな表情だった。

 

 師匠が構えたのを気に敵は動き出す。どいつもこいつも魔法で肉体を強化している。だが俺を軽くあしらった師匠には通用しない。

 

 師匠は敵が突っ込んで来た所を大して動かずに半身で躱して、一撃の元鎮めていく。

 

 2人ほど斬られた頃に敵も学習したのか間合いを取る。

 だが師匠にはその距離は一足一刀の距離だった。

 

 一歩踏み出すと、師匠は敵の後ろに居る。そして敵の血飛沫に掛からないように次の敵に向かう。そう一刀で仕留め、敵の返り血を浴びない速度で動いて行く。

 

 これが剣を極めた者の動き……同じく剣を扱っている者として分かる。師匠の剣は俺の遥か向こうの領域に行っている。長い歴史が積み重ねられた剣術の型とそれを手に入れる為、長い間の厳しい鍛錬が師匠を異次元の強さにしているのだろう。

 

 あっという間に半分まで数を減らされた敵はやっと攻撃魔法を使い始める。

 

 変哲も無い初級魔法に師匠は避けもせずに真っ直ぐ向かっていく。

 いくら師匠と言えども生身で魔法を受けたら、死んでしまう。

 

 だが師匠は日本刀を盾に突き進んでいく。そして日本刀に魔法が次々と当たるーーが、魔法は吸収されるように消えていく。

 

 何だ、あれは!? 刀が特殊なのか、それとも師匠の技なのか!?

 

 どちらも答えを出すには情報が少なすぎた。

 その間に師匠は魔法の嵐を突破して戦意喪失した敵を斬り伏せていく。

 

「ヒィィィィッッッ!! た、頼む殺さないでくれ!! 上から命令されたんだ!! 俺はやりたくなかったんだ!!」

 

 警官が情けない悲鳴を上げて、地面にへたり込む。苦しい言い訳に誰もが顔をしかめる。

 

「……そうか」

 

 師匠はそれだけ言って、刀に付いた血を敵の死体の服で拭ってから刀を納める。

 

「はぁぁぁ……」

 

 助かったと思い、気が抜けて安堵する警官を師匠は睨みつける。

 

「お前を助けたんじゃない。お前は刀の錆びにする価値すら無い」

 

 ゴミを見るかのような視線と殺気で警官は失神した。

 

 とりあえず敵は倒したがこの事が上に知られたらもはや軍団を率いて来るだろう。いくら師匠が強くても機甲兵器軍団、無数の魔法師には勝てない。

 

 だからもう此処には居られなくなる。師匠はもちろん、俺やアリサ、道場も閉鎖しないといけない。ここに居る子供達の居場所は無くなってしまう。

 

 どうするのかと師匠を見ると何事も心配してなかった。

 

「さて、子供達は隣の民家に預けよう。隣の夫婦には子供がおらず、沢山子供が欲しいと言っていた。ちょうど良かろう」

 

 子供達自体には手は伸びてこないだろう。あくまでも柳生、柳生の道場が狙われるだけである。

 

「アリサ、子供達を風呂に入れてくれ。明日隣の夫婦に話を付けてくる」

 

 アリサは頷いて中に戻っていく。

 

「さてライン君。私達は今から東京に向かおうか」

 

「え? アリサは置いていくのですか? それに子供達は……」

 

 いきなりの言葉に混乱する。さっき言ってた事とは違うからだ。

 

「ふむ。さっきのは嘘だ。夫婦には何かあったら引き取って欲しいと頼んでるし、アリサは女の子だ。それに此処での生活が相応しいだろう」

 

 確かに優しいアリサには戦いではなく、子供達と居ることが似合っている。子供達と楽しそうにしてたし、平和な生活でも生きていけるだろう。

 

「私達は男だ。戦いは男がやる物だ。彼女の夢も遠くから叶えよう」

 

 戦う以外にも選択肢がある彼女とはここでお別れだ。戦う事だけが生きる道じゃない。耐える事も隠れる事も生きる道だ。

 

 30分後に再集合する事を決めた俺と師匠は荷物の整理を始める。

 もちろんアリサにバレないようにだ。

 

 風呂場から子供達の楽しそうな声が聞こえる。こんな子供達を戦いには巻き込みたくない。

 ここに留まったらいつか子供達も狙われる。流れ弾もそうだし、人質にも使われる可能性も有る。

 

 そして30分後玄関外で待っていると後ろに気配を感じて振り返る。そこにはバスタオル1枚で涙を流して震えているアリサが居た。身体から上がる蒸気と濡れた髪が今風呂を出たばかりだと分かる。

 

「……アリサ」

 

「バカァ!! 何で私を置いていくの!! 私も一緒に行く!!」

 

 俺の服にしがみつく力は強い。そんな彼女の後ろに師匠が現れる。優しい口調でアリサを説得する。

 

「アリサ、分かってくれ。これは君の為にも良いんだ。何も戦うだけが君の生きる道では無い。……今までありがとう」

 

 師匠がアリサの手を握るとあんだけ力が入っていたのに、手が離れていく。

 手が離れた彼女だったが、その瞳は更に燃え上がっていた。

 

「確かに戦い以外の道もあります。でも私が選んだのはずっと柳生さんに付いていく……それは私を拾ってくれた時から全く変わりません!!」

 

 涙をボロボロと零しながらの魂の叫びは簡単には揺るがない。

 彼女の師匠に対して思いは恋なのか、尊敬なのか、依存なのか。

 そんな事はどうでも良かった。

 



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13-6 縁

皆さんお久しぶりです。投票して頂いた方は1週間振りですが。

お久しぶりになのにブクマが減ってない事に喜びつつ、投稿してます。

いやはやまさかライン×マナンが1位とはね……作者もびっくりですよ。

さてもう2周年ですが、これからもよろしくお願いします。

改稿して新作品にする予定で途中で打ち切るかもしれませんが最新話を追っていただいてる方々は新作品の最新話から読めば大丈夫な予定ですのでご心配なさらず。ストーリーや描写が変わっているので楽しみたい方は最初から。

新作品としての投稿予定は未定です。まだまだ先の事ですけどお知らせしときます。





 

 結局、アリサも付いてくる事になった。見つかってあれだけ言われた以上こっちは容認するしかなかった。あそこで騒がれても子供達に気付かれるし、彼女は何としても付いてくるだろう。

 

 東京行きのリニアモーターカーの窓から外を眺める。今は夜で景色は見えないがたまに見える街並みの光が人が生活していることを実感させる。

 

 ふと目の前に座るアリサの寝顔が目に入る。小さな寝息を立てて寝てる様子は普通の女の子だ。

 まあ戦闘があって、泣いたら疲れるのは当たり前だ。

 それにしても彼女があれほど強いとは……戦闘で大の男を倒していた。

 普通の女の子に見える彼女があれほどの力を手に入れてるのはやはり柳生の賜物だろうか。

 

 アリサの隣には寝ているのか、瞑想(めいそう)しているのか分からない師匠が座っている。布袋で刀と分からないようにして抱いて目を閉じている。

 すると突然師匠が目を開いて目が合う。

 

「お前は人の寝顔を見る趣味でもあるのか」

 

「い、いえ、そんなことは……」

 

 クソ、やっぱり起きていたのかよ!! 

 まあ気にならないと言えば嘘になるけど……

 

 頭を捻って必死に言い訳を考えていたが師匠はこれ以上追求もせず、また目を閉じた。

 

 助かったと安堵しながら、顔を照らす月を窓から見上げる。

 エルス国から見上げるのと同じ月なはずなのに、何故かとても愛おしく感じた。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 東京ーー昔の日本の首都であり、現在でも日本の中心である。

 聞いてた通り、人はものすごい多い。ここに1000万人も居るらしい。

 昔はほとんどが日本人だったらしいが今は所々に外国人が居る。だから俺が歩いても目立たない。

 もはや外国人は珍しくないらしい。地方に行けば珍しいが大都市圏は外国人だらけだ。

 

 師匠達とは駅で別れ、買い物に向かう。

 既にあのクソ警官が指名手配にしてそうだ。日本人で顔がバレている師匠達は指名手配されたらもはや外に出られない。

 だから名前も顔もバレてない俺がアリサのパシりとなったのだ。

 

 で、買う物は化粧品とかかよ。こんな時にも必要なのか……

 長らく供にいたティナは化粧をしなかった。だから化粧は必ず必要ではないのかと思っていた。

 だがこんな時にも必要になる化粧品はそれほど大事な物なのだろう。

 

 メモを元に地図や案内板を頼りに店を探す。アリサが店指定しなければこんなに探さなくて良いのに。

 

 ため息をついていると目の前の歩行者信号が赤になる。そして信号が青になり、車が行き交う。

 車の凄い数に驚かさせられる。エルス国のウェリントンでもこんな数は居ないぞ。人口が集中している東京の狭さを感じる。

 

 そして赤信号になり車が止まる。だが1台の車が信号を無視し、停止線を越えて行こうとする。ああいう輩は何処にもいる物だな。そこは日本もエルス国も変わらないようだ。

 

 マナーが悪いなと思うだけで済むかと思ったら、そこに子供が飛び出していた。それも向こう側の母親を目がけて走っていた。

 その子の母親が悲鳴を上げて、戻るように言うが子供には聞こえていない。また誰も助けようとはしないのだ。

 

 そして猛スピードで侵入してくる車の速度は変わらない。ちくしょう!! よそ見運転か!!

 

 咄嗟に足が出るが、理性が踏みとどめる。理論上魔法を使えばいろんな方法でも助けられる。車を方向転換させても良いし、止めても良い。そして子供を安全な場所に移動させても良い。そう魔法を使えば簡単な事なのだ。

 

 だが自分の立場が邪魔をする。外では珍しい魔法師が外で魔法を使う。そしてどの魔法師も詰問を受けるだろう。そのとき俺は証明する身分証明書がない。そう身分のない魔法師は捕まるのが関の山だ。

 

 子供を救う為に捕まる……目の前の命と自分の身を天秤に掛ける。

 

 そして一つの結論に至った。

 俺はどっちも諦めないと。

 

 再度足に力を込めてバネのように使って飛び込む。その速度は魔法を使っている時よりもかなり遅かった。そして子供を抱いた時には目の前に車が来ていた。

 

 目の前にいきなり現れた大きな物にびっくりして運転手はハンドルを切るが間に合わないーー

 

 ……痛みは不思議となかった。いや衝撃すら無かった。即死だったのだろうか。痛みすら感じる前に俺は逝ったのだろうか。

 そして子供は無事なのだろうか。咄嗟に車に対して背中を向けたが、衝撃を受け止められたのだろうか。

 

 次第にはっきりしていく意識の中何かに包まれている感覚がする。

 そして覚醒した意識で俺は人に抱かれていると理解した。

 

 目を開けるとそこには同じぐらいの年だろうか、珍しい白髪と赤い瞳をした細い体の大きい男が俺と子供を片腕で抱えていた。軽々と抱える様子に魔法師だと理解する。そしてもう交差点から抜けていた。

 

「大丈夫か? 怪我はないか?」

 

 心配してくる瞳に嘘は無かった。本当に心配していた。

 

「い、いえ。あの、ありがとうございます」

 

 何とか出て来た言葉は何ともたどたどしかった。

 

 すると男はゆっくりと降ろしてくれる。もう踏めないと思った地面を踏む感覚がとても新鮮に感じる。

 子供は地面に降ろさせると泣きながら母親に駆け出す。母親も泣きながら子供を抱きしめ、何度もお礼を言う。

 

 その様子を微笑ましく見ている男はこっちを向いてニヤリと笑う。

 

「それにしても、お前も良い度胸だよ。もし俺が通りかからなかったら死んでたぞ?」

 

 確かにその通りだった。速度も跳躍距離も足りなかった。一般人よりは早いかもしれないが、魔法を使った時に比べ、遥かに遅かった。

 魔法習得してから魔法が使えない時が無かったので自分の尺度がおかしいのだろう。

 

 今更だが、この人が居なかったら死んでたことを実感し、体が震える。飛び出した時は怖くなかったが今はものすごく怖い。

 

 震えだした俺の体を見て、男は目を丸めて驚く。

 

「今更怖くなったのか!? 面白い奴だな」

 

 くくく、とおかしくて笑う男に不思議と苛立ちは覚えなかった。助けてくれたのもあるが、何だろう、言い表せない何かがこの男との間に感じる。そう不快感じゃない。何か、何かがある。

 

 分からない何かを考えていると男の隣に軍服を着た俺よりも若い真面目そうな男が現れる。

 

「こんな所に居たのですか。探しましたよ……」

 

 大きなため息を吐く男に白髪の男はせせり笑う。

 

「ふっ、全く護衛はいらないと言ったろうが。俺に傷つけられる者が居たら会いたいな」

 

 自信満々にそう宣言する白髪の男に真面目そうな軍服の男は眼鏡をクイッと上げる。

 

「そうですか、外で飯を食べると言いながら財布を忘れる上司居るわけありませんよね? ノエ特佐(・・)?」

 

 ーーノエ!? まさかあの白い死神のーー

 

 確かに特徴的なアルビノ。それで魔法師はノエしか思い当たらなかった。

 

 ノエと呼ばれた男は頭を掻いて誤魔化す。

 

「そんな奴は知らないな。お、財布ここにあったか」

 

 と瞬時に財布をひったくるノエ。

 

 そしてそのまま逃げようとしていたノエは立ち止まり、振り返る。

 

「そういえば、お前の名前は?」

 

 目の前の男はノエーー敵である火星独立軍のNO.6である光一族ノエだ。正に敵の幹部。だが俺の素性はバレてないらしく、彼の表情は穏やかだ。

 名前ぐらいは大丈夫だろう。

 

「私の名前は……ラインです」

 

 すると男は背中を向けて手を挙げて去って行く。

 その後を追いかける真面目そうな男だった。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 魔法も使わず、無謀にも車に突っ込んだ男。俺が居なかったらアイツは死んでいた。それにもかかわらず、恐怖を感じたのはその後。

 何とも面白い奴だった。

 

 ライン。何故かこの男には縁がある気がする。そうまた遠くない内に会う気がするのだ。

 

 

 



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13-7 ためらい

 人でごった返す交差点。さっき事故未遂があったなどみじんも感じさせない。なんと希薄なんだろうか。他人に無関心なんだろう。

 

 これを一概に日本人の特徴とは言えない。やはり違う国の占領下という事が不安にさせているのだろう。

 地球連合国の統治は長く安定し、ほとんど日本政府の統治だったが、今は火星独立国の統治になり、混乱している。そしてまだ占領されてから余り日数は経っていない。

 

 だから良く銃を持った兵士を見かけるし、大きな広場にはHAWが鎮座している。

 

 よく見るとあれはHAWモドキだ。

 人型とは言えず、足はキャタピラ、体はずんぐりむっくり。

 両肩には長い砲身のキャノン砲。

 背部には垂直発射型ミサイルランチャー。そして胸部には無数のバルカン砲を備えている。手は作業用のアームだ。

 拠点防衛用のHAW、通称アイギスだ。

 

 アイギスーー盾という意味だが、防衛に関してはかなりの性能を発揮する。もちろん盾として使うのではなく、固定砲台としての火力がある。大型のキャノン砲、ミサイルランチャーとHAWには持てない凄まじい火力を有している。

 

 そして近接戦では胸部のバルカン砲が一斉に火を噴く。その火力は盾無しでは近づけないほどである。

 そして欠点は機動力の無さで、空中にいるHAWにとっては的で避けることなんて出来ない。あくまでも拠点防衛用だ。

 

 だが舐めてかかってシミュレーターでボコボコにやられた覚えがある。

 

 そんな因縁の敵を間近で見れるのは何とも言えない物がある。そして思うのがやっぱり敵にも人が乗っているのだと。

 

 戦争ーー俺もかつてはゲームのような物だと思っていた。何も思わず敵を殺し、殺した分だけ報酬や名声を得るのだと。

 だが現実は違った。相手も自分を殺そうとかかってくるし、その動きは予測できないのが多々だ。そして死にたくないという敵の表情を見ると躊躇ってしまう。だが殺さないと俺や仲間が殺されてしまう。

 

 殺す事に慣れたんじゃない。躊躇う事を辞めたんだ。

 

 アイギスの前で同僚と笑うパイロットを見て、躊躇いが再燃するが、その躊躇いが命取りになる事を再度自分に言い聞かせる。

 

 俺が軍人である限り、この躊躇いと一生付き合う事になるだろう。解放される時は死んだ時か、軍人を辞めた時、そして戦争が終わった時。

 一刻も早く戦争を終わらせたい。好き好んで戦っている奴なんて居ないはずだ。

 

 先程出会った白い死神ーーノエも同じような考えを持っている気がした。化け物と呼ばれる彼でも人の命を助け、人を慈しむ。だが彼も何かの信念の為に戦っているのだろう。そして己の手はもう血で真っ赤に染まっているのに。

 

 ノエの強い信念に心が震える。怖いんじゃない。そこまで貫ける心の強さに感嘆しているのだ。

 

 ノエが何を思って戦っているのかは分からない。だけどいつかは戦う時が来る。その時は全力で戦おう。実力差は大きいけど、背中を向けるのは間違っている。最後の最後まで剣を向け続ける。

 

 

 

 

 

 -----

 

 東京駅からまた違う路線に乗る。

 そして少し山が見えるような田舎に来るとそこで降りる。

 人はまばらで秘密基地を作るには最適かもしれない。

 

 人里を離れ、山に入ると人気は全く無くなる。

 そして森のざわめきがやけに煩く聞こえる。

 

 何かがおかしい、と思った時、周囲の草むらからいきなり人が立ち上がる。

 

 迷彩服と顔を緑色に塗り、小銃をこちらに向ける兵士達。

 何故撃ってこない? と疑問に思いながら、もしもに備え肉体強化とウォールシールドを展開する。

 

 すると目の前の草むらから1人の眼鏡の軍服の若い男が出てくる。その表情は警戒度Maxだ。

 

「アナタは何者ですか? それに何故ここに?」

 

 いわゆる警備兵に引っかかったという所だろうか。だが彼らの服装は火星軍とは違う。正に日本国防軍ではないだろうか。

 

「師匠……柳生さんに聞いてここに来たのだが……」

 

 話が伝わってないのか? それとも途中で2人に何かが……いや師匠がいれば安心だろう。

 

 柳生という言葉にこちらに指を指して、更に顔をしかめる男。

 

「そんな話は聞いてない!! まさか……柳生さんを尾行してきたスパイだな!! 全員構えっ!!」

 

 四方八方から銃口を向けられる。これでやられはしないと分かっているけど気分は良い物じゃない。

 仕方ない。とりあえず気絶してもらうか。

 

 体に力を込めて動き出そうとした時、待って!! という聞き覚えのある女性の声が聞こえた。

 

 草むらをガサガサとかき分けて出て来たのはアリサ。初めて見た軍服姿に見入ってしまう。うーん、なんか似合わないな。いかにも軍服に着られている感じだ。

 

 息も絶え絶えに待って、と続けるアリサに男は表情をコロリと変える。

 

「あ、アリサさん!? どうしてここに!? あっ、危ない、コイツは敵です!!」

 

 今思い出したかのように俺とアリサの間に両手を広げて入る男。

 

 男は顔を再度しかめるが、どうしても顔の緩みは隠せてない。

 なるほどなぁ。コイツはアリサにホの字か。

 

 分かりやすい表情に思わず笑ってしまうと何が可笑しい!? と男は激高する。

 

 再度向けられる銃口だが、もうそこに先程のような殺気はない。

 

「はあはあ……山口さん……彼は敵では、無いです」

 

 山口と呼ばれた男はその言葉に動揺する。彼女の言葉が信じられないのだろう。

 

「まさか……そんな……外国人を我々の仲間に?」

 

 銃口が震えている。もう戦意は喪失しているだろう。

 

「……はい。柳生さんが決めた事です」

 

 再度柳生という言葉に反応を示した彼は銃をしまう。

 

「……柳生さんが決めた事なら僕は、従いますよ」

 

 彼は納得していないようだが、銃をしまって去っていく。同じように周りの兵士達も森へと消えていく。

 

 そして残されたのは俺とアリサだけ。息を整えた彼女は笑顔を向ける。

 

「お帰り、ライン。いや、ようこそ日本独立戦線へ」

 

 そう言った彼女の背中を追いかけて森の中へ入っていく。

 



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13-8 日本独立戦線

そろそろ日本編も山に近づいてきたかな。

久しぶりに評価や感想をお願いします。作品を書く励みになりますのでお願いします。
評価ポチポチして下さるだけで皆さんの評価が分かるので直す点が分かります


 

 アリサに付いていきながら草の中をかき分けていく。もう道じゃない所を通っているのだが、道は分かっているのだろうか。迷ってないよな?

 

 そんな心配を他所にアリサはどんどんと進んでいく。昨日まで町に居た女の子とは思えない俊敏(しゅんびん)さだ。

 

 暫くするとやっと草むらから出る。そこまで行くとアリサにも余裕が出来たみたいで、俺の買った物をひったくる。

 

「ありがとね……あれ? 頼んだ物とは違うけど?」

 

 中身を見て、不満そうな目線を向けて来るアリサ。

 いや、人に買わせたのに文句言うな。

 

「……男の俺には口紅の色の違いが分からん」

 

 するとアリサが食いついて来る。

 

「ローズピンクとコーラルピンクは全然違うでしょ!! ローズピンクはーー」

 

 と唐突に語り始めるが、全く分からん。同じピンク色じゃないか。

 

 教えるのは無駄だと分かったのか諦めて口をつぐむアリサ。

 そして振り向いた時は苦い笑顔だった。

 

「いや、私が悪かったわ。買ってくれたのに文句言って……ラインが買ってくれなかったらそもそも無いのにね」

 

 ごめんなさい、と頭を下げるアリサ。

 

「いや、俺もしっかり確認するべきだった」

 

 店の品揃えが悪く何店舗も歩くはめになって、余り確認もせずに買った自分の不手際もある。

 

 アリサもここ最近の日本の変わりようにまだついて行けてないのだろう。ちょっと前までは何もかもあった時代だった。

 

 だが火星独立軍に占領され、混乱した日本。火星独立軍の統治が悪い訳ではない。戦争の影響が流通や生産に影響が出ているのだ。もう少し経てば落ち着くだろうが。

 

 化粧品もそうだ。戦争の影響で品揃えが悪い店が多くなっている。日本全体が品不足なのだ。

 

 これも日本独立戦線が大きくなった要因の一つだ。現状に不満に思った人達が支援している。

 

 その大きな抵抗勢力の本部にこれから向かうのだ。少し緊張してくるな。

 

 切り出した崖の下の空洞の中にライトを点けて入っていくとそのまま狭い道を通っていく。すれ違いがギリギリ出るかどうかの狭さだ。

 暫く行くと明らかに人工物であるコンクリート製の階段が現れる。下っていくと鉄製の扉が現れる。右上にある監視カメラがこちらを向いている。あれで判別しているのか。

 

 扉に近づくと自動で開く。不用心だと思ったが、後々聞いたら管制室の手動だったらしい。見て開くか決める仕組みだそうだ。

 

 中に入ると目の前には開けた広場。日の光は入ってこないのでやや薄暗い。そこには沢山の銃を持った兵士や整備員が集まっていた。

 何が始まるのか知らされてないようでざわついている。

 

 ちょうど始まるらしく、少し禿げたお偉いさんが壇上に立つ。その脇には師匠が仏頂面で立っていた。

 

「えー、オッホン。皆、集まってくれてありがとう。さて、皆に朗報が3つある。

 まず一つ目は、先の戦いで鬼神が如く活躍を見せた柳生殿が戻ってきてくれたのだ!!」

 

 大きな歓声を上げる人達。中には嬉しさの余り泣き出す人も。それほど師匠は有名人だったのか……

 

「柳生殿は我々を苦しめる魔法師達を掴んでは投げ、触れたら捻り潰しーー「ゴンッ!!」」

 

 床を叩いた大きな音が響き渡る。大きな音は師匠の日本刀が地面を叩いた音だ。

 

「……その話は後にしまして、次の話に進んだら如何でしょうか」

 

 自分が絶賛されているのに先を急かす師匠。恥ずかしいのでなく、話が脱線したから戻したのだろう。

 

「う、うむ。これで我々の戦力は大幅にアップした。そして2つ目だがーー」

 

 お偉いさんは指を指す。その先はこちらを向けていた。

 

「そこにいる男は魔法師だ。我々に協力してくれるらしい。柳生殿に比べればまだまだだが、強力な戦力だ!!」

 

 大きな歓声と拍手、そして羨望のまなざしが突き刺さる。いや、そこまで期待しないで下さい……師匠には俺が10人居ても勝てるかどうか……

 

 そんな心の中の否定も虚しく、凄い人認定されたようだ。そこの女性の方々、悲鳴を上げないで。

 

「オッホン。そして3つ目。とうとう我々の悲願が叶ったのだ!!」

 

 お偉いさんが手を広げると後ろの大きな布が取り外される。

 そこには白を基調としたHAWが寝かされて居た。

 その形はどの勢力のHAWとも違う。

 

「そう、これが我が国の技術力を結集して作った、国産のHAWだ!! 独立国では無い国産のHAWを作ったのは日本が初だ!! この雷鳴(らいめい)が出来た我々はようやく敵の軍と正面からぶつかれるのだ!!」

 

 今までHAWを持たなかった日本独立戦線はHAWが来れないゲリラ戦や素早く撤退するしか無かった。

 だがこの雷鳴によってこれからは思い切り戦えるのか!!

 

 歴史の変換点に立ち会ったかもしれないという事に心が躍る。

 

 雷鳴という日本製HAW。その数は決して多くない。火星独立軍に比べればほんの少しだ。だがこの時、雷鳴の存在感は何故か大きく感じた。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 お偉いさんの演説後、師匠と共に兵士や整備員に囲まれる。もみくちゃにされてヘトヘトになり用意されたVIP待遇の部屋のベットに体を投げ出す。

 

 あー布団がフカフカで気持ち良い……

 

 と早速VIP待遇を堪能していると扉が大きな音を立てて開かれる。

 

 安寧な時に何用か?

 

 首だけを向けるとアリサが仁王立ちしていた。

 俺何かやらかしましたかね?

 

 するとアリサが俺の首根っこを掴んで引きづろうとする。

 

「ちょっと待った!! なになに!? 俺の安寧の時を邪魔するとは、よほどの用なんだろうな!!」

 

 日本に来てからまともに休んでない。師匠の家で少しゆっくり出来たけど、激動の3日間だよ!!

 だから今は休みたいんだ!!

 

 そんな心の訴えも却下され、連れて来られたのは道場。ここにも道場があったのか。

 

 そこの中央で座禅を組んで居るのは師匠。ニワトリのように騒がしい俺と対照に波風立たない水面のように静かだ。

 

 精神統一しているのだろうか……今日来たばかりなのに最初からここに居るかのように同化している。

 

 その様子を見て俺の熱い心も急に冷えていく。

 

 俺が落ち着いたのを見計らって師匠は口を開く。

 

「座れ」

 

 急に呼び出された事に怒りを感じて事なんか忘れ、素直に従う。不思議と師匠の言葉はすんなり入ってくる。

 床に腰を下ろした俺達に向けて語り出す。

 

「1週間後、作戦は開始され、我々は東京に向けて侵攻する。何故1週間後なのかは敵側の都合だ。情報によれば1週間後に日本からハワイに向けて部隊が出撃するみたいだ。そして手薄な東京を我々が襲撃するという算段だ」

 

 地球連合軍の太平洋最重要拠点、ハワイ諸島を攻めるのか。地球連合軍の艦隊が集結している。お互いのHAWと艦隊の戦いがメインになりそうだな。

 

 最近火星独立軍側も海の艦隊が完成したと聞いている。とうとう火星独立軍も太平洋や大西洋に繰り出して行くのか。

 

 更に激化する戦争に心が痛む。

 このまま泥沼化するのは避けられないようだ。

 

「なるほど。……しかし1つ問題が有ります」

 

「何だ?」

 

 避けられないだろう戦いだ。先に心構えしとくだけでも違う。

 

「今日、東京にて、白い死神と出会いました」

 

 いつも仏頂面だった師匠の表情に動揺が走ったのが見て取れる。

 それほどなのだ白い死神という存在は。

 

「……そうか」

 

 短い言葉だったが、そこには様々な感情が感じられる。

 

 日本にて最強だろう柳生ですら白い死神ノエを恐れるのだ。

 だが恐怖だけでは無い気がする。そこには覚悟を決めた事も感じられた。

 

 これで終わるかと思えた会話だが、これから師匠は本題に入るみたいだ。

 

「後1週間しか無いだけだが、ライン、アリサ。お前らを1週間で鍛えあげる。この戦いで死なない為だ」

 

 1週間。その間にどれだけの事を詰め込まれるのだろうか。

 柳生の強さの秘密が見れる事に嬉しくもなったが休みは全く無くなる事に泣きたくもなった。



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13-9 気

先週から書いてて余裕だハッハッハッと言ってたけど、やっぱり当日書くことになってるよ……

そのかわり改稿は進んだんだから!! 
反映はさせてないけど

今回は説明回です。今やっと日本編の半ばに入った所かな。



 

 修業と言っても何も筋トレから始める訳じゃ無い。1週間では筋トレから初めては遅い。そして俺とアリサは基礎はそれなりに出来ている。

 だから今回の修業の内容は力を発揮する技、コツだ。

 

「ラインは初めてだから最初に教えるのは気の種類についてだ。アリサは心の中で答えながら聞いていろ」

 

 頷くアリサを見て、師匠は話を始める。

 

「“気”というのは君たち魔法師で言う魔力と似ている。だが魔法師とは違い、我々は魔術によって魔法を構築していない。だからある意味誰しも出来る事だ。だが高みに登る事は容易では無い。

 一方、魔法は万人向けに作られた物だ。多くの者が習得出来るように。だから学べばある程度まで出来るはずだ」

 

 確かに魔法は軍ごとに細かい違いはあるが大まかな部分は同じだ。そして個人の差は魔力の注入量と魔力コントロール、そして術式の展開の早さだ。

 

 魔法を色に例えるとみんな赤色でそこに1人1人光沢や濃い薄い等の違いが有るだけだ。赤という分類に含まれる事には変わり無い。

 そして魔法の習得は時間が掛かるものの大体習得出来る。

 難易度の高い魔法はまた話が違うが。

 

 師匠は話を続ける。

 

「魔法に対して、“気”は決まった形は無い。人それぞれ違う。だからこそ習得出来るかは運次第だ」

 

 魔法は術式の数だけあると言われているが、気は人の数だけあるのか!? 

 

 とてつもない物に挑戦しようとしている事に感動し、己の体が震える。

 

「ここまでは大体分かったか?」

 

 ここまでの話を理解出来たか聞いてくる師匠。

 大体分かった。気は魔法のように勉強すれば出来る物では無く、感覚で掴む物だと。まあ何とも曖昧な物だろうか。

 

 頷いた俺を見て、話は次の段階に入る。

 

「さて、さっき“気”に種類があると言ったな。大まかに分けて、2種類ある。それは“動気“と“静気”。まあ言うなれば、動気が肉体強化魔法や治療魔法、静気が探知魔法などだ」

 

 俺達魔法師は属性毎にしか分けていない。もちろん攻撃魔法と補助魔法には分けているが、俺達とは違う分け方なのだろうか。

 

「動気と静気の分け方は気の流れが能動的か受動的かで分けられている。

 ”動気“は全てが自分から気を練り、消費する物だ。もちろん消費は大きいが効果がはっきりする物が大きい。

 それに対して”静気”は自ら気を練らず、相手の気の流れを読む物だ。

 そして我ら柳生は”静気“を主としている」

 

 なるほど、気の流れる方向で分けているのか。柳生は戦闘向けでは無さそうな静気らしいがどういうことだ?

 

 その疑問はすぐ直後に解消された。

 

「だからと言って、静気だけを使う訳では無い。動気は肉体強化に必要だから基本だ。それを極めた物が、歴史に名を残してるだろう?」

 

 日本史だろうか? 余り詳しく無いからな……

 

「織田信長とかですか?」

 

 魔王と呼ばれた彼なら火炎魔法を使いそうだが……

 

 だが柳生は横に首を振る。

 

「信長は違う。彼はかなりの常識人であり、普通の者だったらしい。彼は魔法という存在を信じなかった。いや頼ろうとしなかった」

 

 まるで会ってきたかのような口ぶり。まさかその自体の人じゃないよね? 

 

 そんな心情が顔に出てたのか、アリサに笑われる。

 うるさい。

 

「で、動気を極めたのは“本多忠勝”だ。彼は徳川家康の部下として各地で何度の激戦したが傷を負ったことが無いという噂だ。

 だがこれは噂では無いと我々は考えている。そう、動気を極限までに高めるとその防御力は刃を通さず、そして攻撃力は一振りで人を何人もなぎ倒す。

 今のように高速な戦闘、魔法が知られてない、その当時は無双だったのだろう」

 

 鉄の鎧を全身に着て突っ込んで来るのか。それもこちらには剣や弓しかないのに。そして疲れない無尽蔵な体力。唯一早い鉄砲でも鉄は貫通出来ない。

 なんて恐ろしいんだ。

 

「もちろん彼よりも我々は強い。何故なら我々には歴史の重みがあるからだ」

 

 約500年の歳月を経て魔法も大衆化、簡略化、高性能化されている。そして気も同じく改良されているのだろう。

 その歴史の重みを受け止めなければ過去の人達に笑われてしまう。

 

「そして静気、これは心を水面のように静めて、敵の気配を感じるのが主だ。ライン、お前を察知したのもこれだ」

 

 探知魔法とは何が違うのだろうか。

 

「探知魔法とは感知出来る条件、範囲が違う。探知魔法は魔力を飛ばして、魔力がある者に反射して返ってきた物を察知する。いわゆるソナーだ。範囲は広いが、魔力を隠している者には不可能だ。そう実力者には効かない。

 だが、気はどんな者にも消すことは出来ない。戦場に居る者は殺気や生きたい願望が気配として出るのだ。まあ見つからないとしたら感情を持たないロボットとかだが……まあ良い。

 欠点は範囲が狭い、そしてこちらが落ち着いてないといけない事だ。水面に波風立ってたら石を投げ入れても分からないだろう?」

 

 探知魔法はこちらの状況関係なく使えるが、精度が悪い、また味方と判断が出来ない。

 そして気配探知は精度が高いが、範囲、条件が厳しいのか。

 ……お互いに欠点を埋めるように使えば良いのでは?

 

 顔を上げると、珍しく師匠は満足そうに微笑んでいた。

 

「そう、お前には気配探知を覚えて貰う。魔法と気、この2種類を手に入れた者はそうそう居ない」

 

 西洋と東洋の融合……それは新たなステップに進む為に今まで歴史の中でもしてきた事だ。それを俺がやるというのか……

 

「……そうだな。とりあえず、心の冷静さを保つ練習だな。ライン、アリサに抱きつけ」

 

「ーーは?」

 

 この人はーー師匠は何を言っているのだろうか。そんなことしたらボコボコにされるのは目に見える。俺にドMに成れと言っているのか?

 

 もちろん動揺してるのは俺だけでは無く、アリサも面白いぐらいに動揺していた。初めて会った時は余裕しゃくしゃくで抱きついてきたのに……

 

 俺がアリサに体ごと振り向き、膝行(しっこう)ーーひざがしらをついて移動する事ーーにて目の前まで行くとアリサは体をビクリと震わせる。

 

「えっ? ……ホントにやる気なの?」

 

 アリサは涙目で師匠にチラチラと視線を送るが、師匠は目をつぶってしまった。

 アリサの思いには鈍感なんだな。

 

 助けてくれない師匠に諦めがついたのか、覚悟を決めたアリサ。

 もう表情にはさっきの狼狽えは見えない。

 

「い、行くわよ?」

 

 お互いに震える腕を交差させながら次第に近づいていく……

 

 お互いの顔が吐息が掛かるぐらいになった時、大きな音で意識がそらされてしまう。

 

 そっちを見ると、眼鏡を掛けた山口が怒りで体を震わせながら、近づいてくる。

 そして俺の胸倉を掴んで立ち上がらせる。

 

「お前ぇ!! アリサさんに何をしてるんだ!!」

 

 何って、師匠に言われた修行だが……文句があるなら師匠に。

 

「いや、師匠に言われてやってるだけだが」

 

 するとなすりつけたか思ったのか更に激高する山口。

 

「柳生さんに……罪をなすり付けるとは……恥を知れ!! このよそ者が!!」

 

 流石に俺もカチンと来て、反撃しようかと思っていた所で師匠の仲裁が入る。

 

「山口、辞めろ。ラインは俺の指示通りやってるだけだ」

 

 師匠の低い声が道場内を響き渡る。

 すると山口は手をさっと離し、師匠に対して敬礼する。

 

「ーー失礼しました!! 柳生さんとの指示とは知らず……」

 

 言い訳がましいが、師匠の表情は変わらず、続きを促す。

 

「それで、用はなんだ?」

 

「はっ。作戦の細かい部分を話し合いたいと将軍が」

 

「……分かった。今行く」

 

 腰を上げて、立ち上がり山口と共に道場を後にする師匠。

 

 取り残された俺とアリサはお互いを意識してしまって何とも言えない雰囲気に困惑するだけだった。

 



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13-10 開戦

修行シーン少し省きました。やっぱりぐだってしまうので……


 

 アリサと二人、取り残されたわけだが真面目なアリサは監督者が居ないにも関わらず、俺とハグを続けようとしていた。

 

 その覚悟の強さは彼女の、師匠に対する感情からなのか。それとも強くなりたいという思いからだろうか。俺に分かるはずもない。

 

 だが彼女が本気だということだけは分かる。だから俺は彼女の期待に応えなければならない。

 

 再度お互いに腕を交差させて、目をつぶって抱きしめ合う。

 その時にクチナシの甘い香りがフワッと鼻につく。シャンプーかボディーソープか分からない良い匂いと、密着したから分かる彼女の女性らしいライン(・・・)が、今抱きしめているのは女性なんだと再認識させてしまう。

 

 これは修行、これは修行、と心の中で念仏のように唱えて何とか乗り切ろうとする。

 

 そして次第に慣れたのか余りアリサを意識しなくなっていく。

 感じるのは彼女の体温だけ。

 

 そうなった時、彼女の中に何かを感じる。何だろう、暖かい何かがある。それが俺に流れ込んでいる……

 

 それが俺に流れ込んでいて、次第に力が湧いてくるのが実感出来る。

 魔法で強化した時のような違和感では無く、体全体からやる気が出るような感覚だ。

 魔法だと何かに包まれているような感覚だが、これは体の中から湧き上がってくる。

 これが“気”なのだろうか……

 

「そうだ、それが“気”だ。補助があったにしても早いな」

 

 突如後ろから声が聞こえて、思わず体が震える。そしてそれまで感じとれていた気の流れも感じなくなってしまう。

 

「気配を消すの辞めて下さいよ!!」

 

 俺の後ろで微笑む師匠に抗議するが、全く反省の色は見えない。

 

「これが戦場なら死んでた訳だが……気なら感知出来た」

 

 ……師匠の言うとおりだ。俺が未熟なだけか……

 

 と思うかよ!! まだ気を感じたばかりなのに、気配を感じろなんてなんて無茶だよ!!

 

 俺の心の中の抗議も虚しく、師匠はアリサを(いたわ)っていた。

 

「アリサ、ラインとの修行ご苦労だった。お前のおかげでラインがここまで成長するのに一日も掛からないとはな……」

 

 アリサは複雑な表情を一瞬浮かべたが、すぐに笑顔で誤魔化すように頷く。

 

「いえ、私ではなく、彼の才能あってこそです。彼は冷静になると、驚くほどの集中力を見せ、気を感じ取りました」

 

 師匠はほう、と面白そうな笑みを浮かべると俺に向き返る。

 

「ライン、今回やったのはお前に“ゾーン”まで行かせたかったのだ」

 

「ゾーン?」

 

「ゾーンとは極限の集中状態の事で、スポーツ選手でもなることがあるのだが、時がゆっくりに感じる。これを自分で自由に出来るようになれば、気を習得したのも同然だ。

 今回はアリサと抱き合う事によって一気に興奮状態にしてそこから一気に落とすことによってなりやすいという事だったのだが、まさか一発で成功するとはな……興奮を一切抑えて、冷静になるのはなかなか難しい事なんだがな」

 

 なるほど、それでアリサと抱き合えとか言い出したのか。でもアリサの気持ちも考えて欲しいなぁ。

 

 アリサに視線を向けるとアリサは首を横に振る。この件には何も言うなと。

 

 彼女の思いも踏みにじまないためにも俺は必ず習得しないといけないな。

 

 そして師匠は次の修行を言い出す。

 

「さて、次は気を使って肉体強化、気配探知だ。ゾーンにも自由に入れる練習も同時に並行して修行していく」

 

 後、6日。俺は何処まで強くなれるのだろうか……

 

 

 

 

 

 -----

 

 そして作戦の日はとうとうやって来た。

 1週間師匠と修行した訳だが、正直な所、まだ自分の物にした感じではない。

 そして当日聞いたのだが、俺の所属はHAW部隊らしい。この1週間は何のためだったのだろうか。

 

 前演説していた将軍と呼ばれている男は言っていた。

 

「君は確かHAWの操縦が出来ると言ってたな。わが軍はHAWが初めての者が多い。だから経験者の君に先導して貰いたい」

 

 この軍のトップである将軍にお願いされては断れる訳も無い。確かに居ないよりはマシなのかもしれない。俺も実戦は初めてだが。

 

 初めて乗る雷鳴。HAWを動かすスイッチとかは英語だが、操縦するために必要なOSは日本語だ。乗る人が日本人だから配慮した結果こうなったのだろう。まあ大体読めるから問題ない。

 

 ほとんどは既存のHAWと同じだ。

 武装はマシンガンとレーザーソードと盾。とても基本装備過ぎる。

 もう少し何か欲しい所だが、抵抗勢力である日本独立戦線には欲張り過ぎか。

 

 そんなことを思いながらコクピットの中で待機していると、青年が下からこちらに大きく手を振っている。

 

 コクピットを開けて、降りると駆け寄ってくる。

 

「良かった、間に合いました……」

 

 黒髪坊主刈りの青年が息を整えて、紙を渡してくれる。

 それを見ると電磁投射砲ーーレールガンの取り扱い説明書だった。

 

「ーーっ!? これはレールガン!? これがもう既に実用レベルに?」

 

 レールガン自体は前からあるものの、そのサイズは大きく、戦艦サイズで無いと使えなかった。それがHAWが使えるほど小型されたというのか。

 

「はい。ただし、連射は不可能で、冷却時間が必要です」

 

 なるほど。やはりデメリットも有るわけで、冷却システムを犠牲にした訳か。それでもその火力はHAWの盾ごと撃ち抜く威力だ。

 

「ありがとう。これなら更に戦えそうだ」

 

 青年に感謝を伝えると青年は顔を輝かせる。俺はそんな有名人じゃないのだがな。

 

 再度コクピットに乗り込んで、出撃準備を整える。取り扱い説明書を読んどかないとな。

 

 先に歩兵として先発した師匠やアリサの事が気になったが、頭から振り払って目の前の事に集中した。

 

 

 

 そして作戦開始の時はやって来た。

 通信から入る情報が今が好機と言っている。

 

「敵ハワイ攻略艦隊は情報通り、昨日の内に出撃。日本にある戦力をあらかた持って行ったそうです。今残っているのは、非番組と最低限の守備隊です。その数は我々よりも少なく、更に奇襲を行える我らが優勢です」

 

 女性オペレーターが書いてある文章を読み上げているのだろうが、その節々に喜びが見て取れる。これだけの好条件が揃ってるんだ。

 

「先発した歩兵隊、東京郊外に到着。また各潜伏部隊も準備完了です」

 

 話し手が将軍に代わる。

 

「さぁ、今こそ我々日本人が日本を解放するとき!! 日本人の、日本人による、日本人の為、の国を今ここに復活させよう!!」

 

 アメリカ大統領リンカーンの言葉のアレンジか。ちょっとベターだが、俺達の思いは正にその通りだ。

 

「目標は火星独立軍、東京支部。全軍、攻撃開始!!」

 

 将軍の声と共に各軍が攻撃を始める。

 さて、HAW隊も行くか。

 

「全HAWに告げる。これより編隊を組んで東京に向かう!! ゲート開けっ!!」

 

 ゲート開け、の指示で今まで隠されていた基地の入り口が開く。山の中腹が開き、中から外が見える。

 

「ライン機、先行する!!」

 

 隊長である俺が最初に出る。久しぶりに感じる加速度が何だかとても懐かしかった。

 

 



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13-11 出撃

すみません遅れました。それでも待ってくれる皆さんに感謝です。

次からは最新話書いてからに改稿しようかしら


 室内から出撃するので、ブースターを使う訳もいかない。更にカタパルトも無いため、歩行での出撃となる。何とも躍動感の無い出撃だろうか。だが歩行するときに感じる重い振動は懐かしく感じる。

 

 歩いて外に出ると、開けた平原が正面に広がる。まるで自然の滑走路のように真っ直ぐに森が切れている。

 ここで加速するようだな。

 

 9機の後続が着いてきているのを確認して地上で加速し、一気に空に上がる。後続の連中も初めてのHAWのはずだが、良く着いてきている。 

 器用だな、日本人は。

 

 空に上がると次々と戦況報告が入ってくる。

 

「地上部隊、奇襲成功。柳生大佐、奮起し敵魔法師部隊を撃破」

 

 師匠は大佐だったのか……それにしても流石だな。一人で魔法師を蹴散らすのか。やっぱり師匠は最強だ。

 ちょっと自分の事のように嬉しくなる。更に敬意を払わなくては。

 

 思ったより地上部隊の侵攻が早い。敵もHAWをそろそろ出してくるはずだ。こちらも間に合わせないといけない。

 

「全機、速度を上げるぞ。地上部隊を援護する!!」

 

 更に轟音を鳴らしてスピードを上げる。それにもかかわらず、後続は着いてくる。相当練習したんだな。

 

 それにしてもこのHAWーー雷鳴はこれだけの速度を出しても、まだ余力を残している。それにこの安定性の高さが凄まじい。大して機体が揺れていない。

 エルス国のエルピスと比べてその機体はスリムで、機動性に長けている。かといって火星のイルのような装甲が薄い訳では無い。

 セイバーのような、いやそれ以上の高性能機だ。それにこの新装備、レールガンがある。未だどこも試作品程度だろう。もしかしたら世界で1番高性能機に乗ってるかもしれない。

 そう思ったらプレッシャーを感じてしまい自爆した気分だ。

 

 高性能機に感動していると東京が見えてくる。所々で火と煙が見える。いきなり始まった戦いに民間人はどれだけ巻き込まれているのだろうか。民間人を避難させていたら奇襲にならない。俺に出来る事は出来るだけ巻き込まない事だ。

 

 東京はビル群が多く、隠れるには最適な場所だ。

 ビル群に着地すると遠くからイルが飛んでくるのが見える。

 

「全機、射撃用意……撃て!!」

 

 ビルに半身を隠して、マシンガンを連射する。多くの火線が敵に襲いかかる。敵は慌てて回避行動を取るが、間に合わない者は落ちていく。

 やっと立て直した敵は降下してビル群に隠れる。睨み合いはこちらが不利だ。さっさと勝負を決めて援護に行かないとならない。

 

「敵は寡兵だ。一気に殲滅するぞ」

 

 部隊を半数に分け、片方は上空から、残りは地上から挟撃する。

 

 俺は半数を連れて上空に上がる。敵もそれを防ぐために火線を張るが、雷鳴の高い機動性と防御力のおかげで余裕がある。この2つを両立する雷鳴は高性能過ぎる。

 

 その時、轟音が鳴り響くと同時に背部から火を噴いて落ちる味方が目に映る。

 装甲の薄い背部から撃ち抜かれたとはいえ、一撃で落ちるとはなんて火力だ!!

 

 味方の背部の方向、そこにはHAWもどきーー拠点防衛用のアイギスが肩部の長い砲身から煙を出していた。

 

 続いて砲撃をするアイギスに俺らは混乱する。

 

「一撃なんて聞いてねぇよ!!」

 

「ちくしょう、山本ぉぉぉぉ」

 

 初めての実戦で味方がやられたら動揺するのは当然だ。だが戦場で動揺したら死ぬのはもう何度も聞かされ、見てきた。だから俺は迷わない。

 

 足のペダルを踏み込み、スロットルを全開にして操縦桿を変則的に動かす。この機体ならこの機動にも耐えられるはずだ。

 そして思った通り、機体は動いてくれて、敵の照準を合わせない。

 

 照準を合わせるのを敵は諦め、背中のミサイルランチャーで攻撃を始める。だがそれは精度の悪い対地用範囲攻撃。誘導ミサイルでは無い。

 難なくかわして近接戦に移るが、胸部のバルカン砲が火を噴く。

 

 余り近づいてここで機体を傷付けたくない。ふと脳裏にレールガンが過ぎる。

 

「いけるか? レールガン、射撃連動システムに接続……」

 

 自分の首の向きと共に動く腕の照準をレールガンと接続させる。これで俺の思うとおりに撃てる。

 

 視線をアイギスに合わせるとヘルメットのバイザーにアイギスが映る。中央に捉えて引き金を引くだけーー

 

 ーー引き金を引くと、銃口が光って低い音が鳴り響く。そしてその次の瞬間には敵を貫通して爆発させていた。

 

 立ち上がる炎と煙に呆然としてしまう。

 余りの威力に信じられないのだ。

 

「何だ、この威力……アイギスは装甲の塊で、キャノン砲すら一撃で仕留められないのに……レールガンは易々と貫くのか……」

 

 新装備の凄まじさに心が震える。これからの歴史の転換点に立ち会えた気がして、体の震えが止まらない。

 だがふと撃ったのは人だったことを思い出して、震えが止まる。

 俺は人を殺したんだ。喜びを覚えるのは可笑しい。

 自分の発想に恐怖を覚える。まるで自分がやっているのはゲームだと思っていたのだろうか。その油断がいつか大きな間違いを起こしそうで怖かった。

 

 その後は一方的だった。脅威のアイギスは1機だったらしく、後はイルだけだった。高性能機、雷鳴の前にイルは為す術は無かった。

 

 オペレーターに仕事が終わったことを知らせる。

 

「こちらHAW隊、敵の空中戦力の全排除を確認。これから地上部隊の援護に向かう」

 

「了解です。地上部隊は優勢です。6時方向に機甲部隊を確認しています。そこを叩いて下さい」

 

「了解した。行くぞ」

 

 と通信を切ろうとしたら、オペレーターが待って下さい、と大きな声を上げる。

 

「嘘でしょ……東京上空から……いや宇宙から突入してくる物体を複数確認……判明しました。火星軍、大気圏突入ポットです……」

 

 上を見上げると、10ぐらいだろうか、赤い閃光を引いてこちらに向かってくる大気圏突入ポットが見える。まさかの宇宙からの増援か……

 

 大気圏突入ポットの数は10。最大数搭載されていたらHAWの数は30。我々の3倍もの兵力で、それも援軍で送ってくる部隊だ。ここに居た予備兵や非番兵では無い。正規兵で、練度は十分な敵に数も実力も負けている我々は機体性能と作戦で勝たないといけない。

 

 宇宙から降ってくるポットに今の俺らが出来る事は無い。対空ミサイルも無い俺らには射程外だ。

 ただ敵が出てくるのを見守るしかなかった。

 

「オペレーター!! 援軍は無いのか!?」

 

 だが頼みの綱の援軍は無かった。むしろ北京からの援軍や行った部隊が引き返して来るだろう。

 

「……済まなかった」

 

 オペレーターを非難しても無駄だろう。これは分かっていた事なんだから。

 

「全機、ここからが正念場だ。俺達が負ければ地上部隊は危うくなる」

 

 地上部隊には師匠やアリサも居る。コイツらにも友達や家族が居るかもしれない。

 

「絶対負けられない戦いなんだ!! 良いか、お前らの命は皆の命だ。簡単に死ぬんじゃないぞ。お前らが1秒でも長く生きれば一人助かるかもしれないんだ」

 

 皆が息を飲むのを感じる。自分達の重要性を再認識したようだ。これで無謀に突っ込みまい。

 

 そして空から降ってくるポットの外側が外れる。そしてイルが3機ずつ降下を始める。合計30機。最悪の状況だ。更にその中に色違いが居る。あれは専用機の証だ……

 

 専用機は量産機をチューニングした機体だ。その性能は他の機体よりは高いがそこまで変わりは無い。むしろ問題なのはその腕。エースパイロットしか乗れない専用機に乗る腕はもはや天才と言っても良いだろう。

 

 幸いな事に機体性能は雷鳴の方が高い。それにレールガンもある。専用機だろうが、当たれば一撃だ。

 

 シミュレーターでやったセイバー部隊を思い出す。負けまくっていた。だが1度だけ勝ったことがある。それは正面から当たらずに周りから削っていった時だけだ。実力ではどうやっても勝てなかった。守りに徹して、その間に戦況を優勢にして最後に数で追い詰めれた。

 あの時と同じようにやれば勝てるはずだ。

 1度だけの奇跡をもう1度を!!

 

 とても厳しい戦況だったが不思議と勝てる気がした。

 それは根拠のない自信だった。負けられないという気持ちが生み出した虚像だったのかもしれない。

 

 

 



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13-12 降伏

祝100話目!! ハーメルンには設定資料集分進んでいるので100話です。

そこでいつもお世話になってる皆様にお礼がしたくささやかな物ですがどれかお選び下さい。

1、いつも通りの更新でいいよ
2、裏話とか小話の更新(Twitter)
3、閑話
4、設定資料集の更新

以上の4つの内のどれかです。
メッセージか感想かTwitterのアンケートにてお答え下さい。

氷炎の双剣@なろうとハーメルン(本垢) (@soken0324)さんをチェックしよう https://twitter.com/soken0324?s=09




 俺達より上空から降ってくるのは30機ものHAW。機体は我々雷鳴に比べれば旧式のイルだが、そのパイロット達はなかなかの腕前があるだろう。そしてあの白色の専用機はーー

 

 ーーイル・アサルト。イルの派生機で、様々なチューニングが施されている。名前の通り、強襲よりでスピード、出力共にイルにはるか勝り、地球連合軍のセイバーにも勝る。この雷鳴にすら匹敵するかもしれない。

 

 高い機動力を誇る一方、様々な欠点が存在する。

 まず第1に装甲。結局はイルの改修機であるイル・アサルトは装甲を犠牲にしたことで軽量化し、大きな機動力を手に入れた。だが、その装甲はキャノン砲で木っ端みじん。マシンガンですら多く喰らえば致命傷になる。

 第2に武装のレパートリーの少なさ。主力であるマシンガンは総弾数が少なく、射程も短い。サブマシンガンと言っても良いだろう。

 そしてマシンガン以外に武装の変更が出来ない。キャノン砲とかが積めないのだ。また防御の(かなめ)の盾も腕よりちょっと大きいぐらいの盾だ。それも薄い。他に武装はレーザーブレード1本だ。

 

 このように機動力に全振りした結果、もはや紙装甲の特攻機のような物になってしまった。

 それ故、使う者は居らず……では無かった。セイバーに機体性能で劣る火星軍のエースパイロット達はこぞってイル・アサルトを使い始めた。その結果、多大な戦果を上げている。

 そう、だからイル・アサルトはエースパイロットの証であるのだ。

 

「……厄介な奴が来たな……」

 

 ボソッと口に思わず出てしまう。

 

 白色のイル・アサルトと言えば……

 

 相手は強敵。相手に不足は無い。大きく離れた実力だが、それだけ闘争心が燃えるのだった。

 

 

 そしてとうとう敵が射程内に入る。お互いの射程は同じぐらいで、同時に発砲を開始するだろう。

 

 落下してくる敵を狙い撃つのは簡単だ。勢いが付いた機体は急に向きを変えられない。そして落下速度を落とす為に逆噴射を始めるはずだ。最初はこちらが優勢だ。

 

 それにこのレールガンで先制攻撃をしてやる。

 

 空にレールガンを向ける。狙いは白いイル・アサルト。“白熊”との異名を持つ男だが、ここで落とす!!

 射撃連動システムによって狙い撃つ!!

 

 高度な計算機能によって先読み出来る射撃連動システムは百発百中。それも弾速の早いレールガンではどうしようもあるまい。

 

 まばゆい光と共に轟音を発っするレールガン。

 狙い通りに撃てた。やったか!?

 

 だがモニターに映る“白熊”はやはりエースパイロットだった。白熊は手に持っているサブマシンガンを連射し、その反動とブースターを器用に使って、不安定な状態から上手く躱したのである。

 

「なっ!?」

 

 思わず口に出てしまう。俺には想像出来なかった躱し方だ。本来銃の反動で機体が体勢を崩さないようにプログラムされているが、それを解除して、反動をもろに受けた機体は空中という不安定な場所での射撃によって態勢を崩す。それを利用して最小限の動きで躱したというのか。

 

 これがエースパイロット……もはや曲芸の域だよ。

 

 呆れ半分、驚嘆半分の混じった溜息をつくと緩んだ気持ちを引き締める。

 

 でもレールガンを躱したのを見るとやはりレールガンは一撃必殺。これをいかに当てるかだな。再チャージまで180秒。たった3分でまた撃てるのかと最初思ったが、戦闘中の3分はとても長い。実力差がある者同士だと一合もせずに終わる。

 

 さてどうしようかとレールガンをしまいながら考えていると、オープンチャンネルの通知音がコクピット内に鳴り響く。

 

 オープンチャンネル? 誰だ?

 

 国際救難無線はかなり昔から存在していて、主に救難用だが、敵と使うこともある。

 

 オープンチャンネルに繋げると低いおっさんの声が聞こえる。

 

「レールガンを装備したパイロット、聞こえるか」

 

 俺を名指しに白熊からの無線とはな。光栄なこった。

 白熊とその部下達はマシンガンの射程外ギリギリで空中浮遊する。

 

「ああ……聞こえている。何の用だ?」

 

 降伏でもするのか、とでも挑発したかったが実際にそんな余裕は無かった。

 

 すると白熊は驚いた声を上げる。

 

「ほう、若いな。お前のような若造が最新鋭機の最新鋭装備。相当、日本独立戦線も人手不足のようだな」

 

 俺を笑うために通信をしてきたのか不快だな。

 

 黙って通信を切ろうとしたとき、白熊は話を続ける。

 

「だが、この奇襲のような戦術。そして1機の損失だけで基地の防衛戦力の排除。見事な実力だ」

 

 今度は褒めてきた。何を考えているんだ、分からない。

 

「若者よ。戦士たるものはお互いを讃えるのだ。そして倒した相手の名前を覚える。私は白熊ことウルス・ブランだ。お前の名は?」

 

 戦士として認めて貰えてるというのか。いや機体性能と装備の差だろう。だが名乗られた以上、名乗り返すのが礼儀だ。

 

「俺は……ライン・グレス。白熊と戦えるとは光栄だ」

 

「ライン・グレスか……お前は日本人でも無いのに何故日本の為に戦う?」

 

 その質問に多くの思いが込められている気がした。戦う理由を重視するのが戦士という者か。

 

「俺は日本が好きだ。多種多様な新しい考えを認め、それでもなお伝統という良き物を残す……そんな特別な国なんだ。火星独立軍のような一括統治を許したら日本の独自性を失ってしまう!! だから俺は日本を守る為に戦う!!」

 

 大した理由じゃないかもしれない。でも好きな物を守る為に戦うなら本望だ!!

 

 すると白熊はふふっと面白うに笑う。

 

「日本が好きか……なるほど、単純かつ明快な答えだ。若いからか、複雑なしがらみを背負ってないようだな。良い答えだ。戦うのに十分な理由だ」

 

 俺はお前がここから立ち去らない以上戦う気だがな。

 

 だが白熊は予想外の質問を飛ばしてきた。

 こちらの全機体に通信を飛ばしてきた。

 

「私の名はウルス・ブラン。白熊と呼ばれている。もしお前達がその機体と共にこちらに降るというのなら命は保証しよう。また私は日本支部とのコネを持っている。日本支部へ自治権を認めるよう進言しよう。白熊の名は伊達ではないぞ」

 

 ……まさか降れなんて言ってくるとは思わなかった。

 

 そして俺達が戦う理由を奪いに来ている。

 目の前に、かの有名なエースパイロットと30機のHAW。敵は優勢なのにこちらに有利な条件での講和をしようと言っているのだ。

 一見すれば譲歩しすぎな講和だが、その中身は多くの意図が含まれている。

 

 まず俺達の降伏によって最新鋭機、雷鳴が無傷で手に入る。これからの更なる技術発展と戦力大幅増強が望めるだろう。

 

 次に時間を稼ぐ事が出来る。今なら日本独立戦線と火星独立軍の差が少ない状況だ。時間が経てば敵は部隊を集め、その戦力差はとてつもなくなる。滅ぼすのは赤子の首を捻るかのように簡単だろう。

 

 そして敵は無傷で戦いを勝利で収められる。これは白熊の大手柄だろう。危機に陥った基地を無傷で救い、兵を失わずに反乱分子を殲滅出来るのだから。

 

 このように奥深くまで考えないといけないのだが、目の前に転がる餌に早くも動揺し始める味方のHAW達。

 

 この提案は怪しいが戦わずに、死なずに済んで平和が来るかもしれないという、涎が出そうな程の大きな美味しそうな肉を目の前に置かれているような物だ。分かっていても、もしかしたら、という考えが捨てきれないのだろう。

 

 だがこれは罠だ。まず、そもそも敵が約束を守る確証が無い。口約束であり、約束という物は立場が対等な者同士がする物だ。今は対等かもしれない。だが1週間後には確実に立場は一変する。立場が強い者が一方的に破っても、弱い立場の者は何も出来ないのだ。

 

 だから俺この話に乗ることは出来ない。それに話に乗ってもこのまま何も変わらない気がする。

 

「部隊を代表してお答えしよう」

 

 ざわついていた味方も俺の答えを聞くために静まる。

 

「我々は……降伏はしない」

 

 この答えに味方は賛否両論に別れる。そもそも断固戦う者。出来るなら戦いたくない者。旗色が悪くなったので逃げたい者。様々な者が部隊に居るようだ。

 

 こんなんじゃ勝ち目は無い……幾ら最新鋭機があってもパイロットの気持ちがバラバラでは実力も発揮されない。

 だがここで負ければ師匠達に被害が及ぶ。負けられない。

 

「我々は日本の未来の為に戦う。家族の為、子供の為、大切な人の為に。その意志は揺るがない」

 

 この言葉でざわついていた味方も覚悟を決めたのか息を呑むのが分かる。そう、戦う理由は1つだ。覚悟を決めろ。

 

 すると白熊はレーザーソードをゆっくりと抜く。

 

「若いのに見事な決断だ。その決断が正しいかは誰も分からない。だが最悪の結果を選ばなかったようだな。そう、何も選ばないという思考放棄だ。でもお前は選んだ。ならそれを貫いて正解にして見せろ!!」

 

 再度始まった戦いに俺は歯を食いしばって足のペダルを踏み込むのであった。

 



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13-13 底知れぬ恐怖

投稿忘れてました汗

そろそろ寒くなってきたので体調気を付けてくださいね。


 

 白熊は戦士らしく俺と1対1の戦いを望むらしい。なら俺は出来るだけ距離を離す。近づかれたら最後、近接戦は敵の独壇場(どくだんじょう)だ。

 だから俺は距離をとってレールガンの冷却を待つ。この雷鳴ならば行けるはずだ。

 

 俺へ突撃してきた白熊に対して背中を向けて逃げる。白熊は批難するかと思われたが、むしろ嬉しそうにしていた。

 

「良い判断だ。戦場では逃げるも戦略の1つだ。そして不要なプライドも勝った者だけが主張出来る特権だ。さあ逃げてみせろ。俺はお前だけを狙ってやる。味方の事は気にせず、お前の戦い方を全て見せろ!!」

 

 背中を向けて逃げる情けない姿の俺を、味方を攻撃せずに追いかけてくれる白熊。ああ、アナタが戦士で良かった。助かる。

 

 正直総力戦になったら負けるのは分かっていた。敵の練度、連携力は高く、エース白熊始動からの攻撃は我々には防げないだろう。

 だが白熊抜きの戦いなら敵の突破力は落ちる。そして連携することによって数の差は埋められる。だからこれが1番戦力差の無い戦いのはずだ。

 問題は俺なのだがな。いくら最新鋭機と最新鋭装備と言っても、イル・アサルトと白熊の組み合わせは雷鳴すら凌駕する。残る変動的要素は俺の技量だけだ。アカデミーではそれなりの成績を取ってきたが、現実の戦いは想定外ばかりだ。そして敵はいつも俺の予想より上回る。

 

 牽制の為に振り返って後進しながらマシンガンを撃つ。だが白熊は同じ人型と思えない程に全く読めない軽やかな動きでかわしていく。先読み出来るはずの射撃連動システムがもはや約に立たない。むしろ何度もあちこちに先読みするのでロックオンターゲットが目の前にチラついてうっとおしい!!

 

 ヘルメットに映る射撃連動システムを解除して、照準をマニュアルで行う。もちろん射撃反動吸収システムは入れたままだ。俺には反動すら計算に入れて狙い撃つ自信はない。

 

 白熊の動きを目で追って撃ち続けるが全く当たった手応えが無い。何発かは当たっているだろうが、致命傷に至ってはないようだ。その間にも相手の射程内に入ってしまった。

 敵のサブマシンガンが唸る。咄嗟に盾で防ぐと盾に銃弾が当たり、けたたましい音が鳴り響く。だがそれは盾で防げている事の証拠だ。音が鳴っている間は安全だが、ずっと防ぐ訳にはいかない。マズい、距離は離さなければ……やはり後進しながらではスピードが落ちる。

 

 仕方なく無防備な背中を晒すしかない。でないと近接戦に持ち込まれる。

 

 盾を横に戻し、背中を向ける。それと同時に背部に受けた攻撃で機体が激しく揺れる。

 そして目一杯ペダルを踏み込んで距離を開けていく。

 賭けだったがこの機体の防御力ならばなんとか耐えきれたな。

 

 背部というHAWの弱点。背部にはブースターや弾薬、また予備の武器がある。レールガンは前に抱えた為、大丈夫だったが燃料タンクが故障してしまった。爆発しなかったのが幸いだが、そう長く逃げれなくなったみたいだ。

 180秒逃げるつもりだったが無理そうだな。近接戦で挑むしか無い。

 

 状況は圧倒的不利だ。なら俺は冷静に1つ1つ使えるカードを分析しなきゃならない。

 機体はまだ余裕で、戦闘には問題ないようだ。レールガンも使える。

 次に戦場。味方の援護は期待出来ない。本部の援護を頼るには遠すぎる。地形は山岳地帯。距離が離れなければ見通しが良い。

 そしてパイロット。体調、士気共に問題ない。技量と経験が劣っている。後は……魔法師であること。

 

 だが残念ながら魔法師の有無はHAWには関係ない。まだエルス国の試験段階の魔法増幅機能が付いてればな……

 改めて確認するが雷鳴には魔法増幅機能なんて付いていない。そんな都合良くあるわけ無い。

 

 ふと師匠との修業を思い出す。師匠とは気の練習をしたな。確か気は動と静に分かれると。動の気を今やってもコクピット内でどうしろと言うのか。俺が早く力強く動けても意味が無い。動くのはHAWなのだ。

 そして静の気。静の気は心を静めて、敵の気配、気の流れを探知出来るーーん!? 気の流れ!?

 

 確か師匠は気の流れで先読み出来ると言っていた。相手の考えている事が読めるから最低限の動きで躱せるのだと。

 だがHAW越しで出来る物なのだろうか。でも試す価値はある。俺にはもう他に手がない。

 

「そろそろ決着を付けようじゃないか。動けなくなった所を倒すのは忍びない。戦士ならば全力で戦って散ろうじゃないか!!」

 

 白熊からの決闘のお誘いだ。

 

 やはり燃料タンクの異常に気付いてるか。思いっきり狙われていたからな。

 

 良いだろう。もうこれ以上逃げてもダメだ。覚悟を決めろ俺。

 

 逃げるのを辞め、止まって振り返る。白熊も一定の距離を保って静止した。

 

 覚悟を決めて、心を落ち着かせる。以前までの俺なら死ぬかもしれない状況で落ち着くのは到底無理だ。だが師匠、アリサとの修業で目をつぶって瞑想状態に入る。白熊は俺からの答えが無い限り攻撃しないはずだ。少しの時間、情けで与えて貰おう。

 

「ふむ。覚悟を決めたようだな。うん? 瞑想か? 良いだろう。万全の状態で掛かってこい」

 

 やはり瞑想を許してくれた。それが命取りになるかもしれないのに。俺が時間稼ぎをしている可能性すらあるのに白熊は待ってくれた。戦場で出会った事を悔やむよ。

 

 許可されて遠慮なく全力で瞑想に入る。さっきまで殺気立っていたのに静かだ。俺も相手も落ち着いているのだろうか。

 そして少し離れた所に大きな気を感じる。そこからは様々な感情が感じられる。楽しさや苦しみ、悲しみ、重荷。俺よりも多くの感情が複雑に絡み合っていた。これが白熊の心なのか。

 

 目を開ける。相変わらず見えるのはモニターや計器類だったが、見えないはずの白熊がぼやけて見える。いや感じ取れるといった方がしっくり来る。

 

「敵ながら、情けをかけてくれた事に感謝するウルス殿。今から俺の全身全霊によって戦う事を誓おう」

 

 画面越しに見える成熟した40代ぐらいの男に返答する。

 白熊は満足そうに微笑むと敬礼する。

 

「人間は散り際に1番本性が出る。死を覚悟した者の顔は一生で最も精悍な戦士の顔つきになる。そう戦士の顔は醜い戦場を少し彩る(いろど)のだ」

 

 喜んでいるように聞こえる言葉だが、その秘められた感情はとても悲しんでいた。

 

 俺も敬礼を返す。戦場という人の本性を現した醜い場所に、こうやって最後まで理性ある人間ーー戦士として戦えた奇跡に、そしてお互いに、敬意を持って敬礼をする。

 

 そしてその敬礼をもって通信は切られる。

 惜しい人だが、ここは戦場。お互いの複雑な立場が剣を取らせ、殺し合いをさせる。なんて戦場(ここ)は醜い場所なんだ。

 

 白熊のおかげでレールガンも冷却が完了し、撃てる。1発きりの必殺技をどう使うか。

 

 そしてお互いに武器を構えてからどちらかともなく、戦いを始める。

 

 お互いの銃の弾倉が無くなるまで打ち続ける。そして弾が切れた瞬間、近接戦に移る。不思議なことに長年のパートナーのように息が揃う。お互いに本当の意味で理解しあえたのかもしれない。だけど戦場(ここ)で、それは意味を成さない。どちらかが、それとも両方が、死ななければならないのだ。

 

 ここからでも白熊の様々な感情が読み取れる。動きだけではなく、思いも。

 先読み出来る分と機体性能差で白熊との技量差を埋めていた。

 

 最初はお互いの実力が拮抗し、完全に打ち消し合っていたが、次第にお互いに疲れが見え、防御が疎かになっていく。

 何合打ち合ったか分からない。もうお互いに精魂尽き果てていた。

 

 もはやモニターなんか要らなかった。空が見える剥き出しのコクピットから息の上がっている白熊の姿が見える。

 

 どちらとも機体はボロボロで、腕や脚を損失している。もう満足に戦闘することが出来ない。次の手は……とにらみ合っている間にお互いのレーザーソードのエネルギーが消失する。後は殴り合いでもするしかないのだが……

 

 機体の殴り合いで決着を付けても良いが、もう機体も保たないし、帰れなくなる恐れがある。それは白熊も同じように考えていたようでお互いに剣を収める。

 

「ライン・グレス。俺と互角に戦った戦士の名として覚えておこう。だが次は機体性能差も無くなっているだろう。その時がお前の死に場所だ」

 

 確かに機体性能差がこれほど離れていなければ俺は瞬殺されていたかもしれない。イル・アサルトと同じ機動力を持ちながら高い防御力、火力を保有する雷鳴の性能に助けられたようだ。

 

「……それまでには私は貴方を追い越します」

 

 俺から突きつけられた挑戦状に白熊は嬉しそうに笑う。

 

「言ってくれるな……次会うときが決着の時だ」

 

 そう言うと機体をよろめかせながら飛び去る白熊。

 その背中を見つめていると、ふともう1人の俺が俺に囁く。今ならレールガンで殺せると。何考えてんだと思ったのも束の間、腕が勝手に操縦桿を握り、レールガンを構える。

 その先には白熊が居た。このまま撃てば白熊に当たるーー敵を倒せるーー

 

 俺の心は反対する。だが俺の体は勝手に引き金を引いたーー

 

 だがレールガンはエネルギー切れで放たれなかった。もう機体にはエネルギーが残ってないのだから。

 

 撃たれなかった兇弾に俺は安心して体の力が抜ける。

 ははは……俺はなんて事を……

 

 俺の意識と違う意識が俺の中に居る気がして底知れぬ恐怖を感じた。

 

 



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13-14 抵抗

久しぶりに4000文字!!やったぁ。
でも改稿が出来なくなってる……

拳で抵抗するで?


 震える指先。それは紛れもなく俺の指のはずだ。だが俺の意思と反対にこの指は引き金を引いた。長年生まれてからずっと付き合ってきた身体(あいぼう)は初めて俺の意思とは別の行動をとった。無意識になら分かるが、明らかに意識が有るときに勝手に動いたんだ。

 

 分からない……今まで俺の意思以外で動いたことが無い体に誰かの意思が介入しているような気がして、恐怖を感じる。そしてその内、俺の意識すら奪われるのではないのか、と危惧(きぐ)してしまう。

 

 今は完全に俺の意思の支配下にある俺の体。だがいつまた勝手に動くか分からない。そしてその時に仲間を撃ってしまうかもしれない……

 

 最悪の事態を想像してしまい、思わず歯ぎしりをしてしまう。まだ原因は分からない。そしてトリガーも分からない……

 

 とりあえず師匠達と合流しなければならない。機体も戦闘は不可能で移動するのがやっとだ。これからは歩兵にて戦うか。

 

 味方が居るはずの所に戻るとそこには両軍のHAWの残骸が散乱していて、立っていたHAWは1体も居なく、全てのHAWが見るも無残な姿になっていた。

 全てが終わっていた戦場には異様な静けさだけ残った。

 

 どのHAWもコクピットがやられていたり、バラバラになっていた。生きている者は居ないかもしれない。それほどまでに殺し合った(・・・・・)のか。最後らしき2体のHAWはお互いにレーザーソードをコクピットを貫き合っていた。未だレーザーソードが出ている当たりから時間はそんな前じゃ無い。

 

 俺も白熊とタイマンでは無かったらこうなっていたかもしれない。総力戦だったら、相手が白熊で無かったら……様々な要因が重なって俺は生きている。

 

 これから基地に戻りたい所だが、もう機体も保たない。燃料タンクがいつ壊れても可笑しくない。途中で壊れて落下して死ぬのは惨めな死に方だ。

 ここで雷鳴とはおさらばだな。

 

 白熊との戦いでコイツが居なかったら俺は確実に負けていた。それだけコイツとイル・アサルトとの性能差があった。

 イル・アサルトと言えども、結局はイルのチェーン機なのだ。長年イルが活躍しているがそろそろ新機体が出て来る頃だろう。エルス国も新機体の開発に勤しんでいる。

 

 初めて乗ったのに俺の動きに応えてくれた雷鳴に感謝する。秋の空で冷たくなったボディを触りながらこれからの事を考える。

 

 とりあえず通信機で師匠と連絡をとる。

 

「……こちらライン、そちらは師匠ですか?」

 

 すると通信機から聞こえたのは良く聞き慣れた女の声だった。

 

「こちら、アリサよ。ライン、どうしたの?」

 

 師匠では無かったが、問題ない。アリサなら師匠と一緒に行動しているはずだ。

 

「ああ、HAW部隊は双方壊滅した。だから残るは陸戦力のみになる。だから合流したい」

 

「……そうね。場所は指示するわ。敵は居ないと思うけど注意してね」

 

 初めの沈黙の間は色々思うところが有ったのだろう。パイロットの中に見知った顔も居たのだろう。

 逆にここがエルス国だったら俺は耐えれただろうか。知り合いが次々と死んでいく戦いで、俺は冷静で居られただろうか。

 そんな中、取り乱さないアリサは強い心を持っているなと思う。

 

 敵を探知しながらの行軍だが、何故か静の気を使う気にもならず、探知魔法で感知しながらの行軍となった。

 

 そして何事も無く、指示された場所に着く。そこは戦場の真っ只中でここからじゃ敵味方分からない。

 だがそんな不安は次の瞬間、振り払われた。

 

 突如戦車が爆発する。その爆発は魔法や対戦車砲による物とは思えなかった。魔法や対戦車砲なら光が見えるはずだ。だが戦車は突如爆発した。

 対戦車地雷ならあり得るが、そんな綿密な作戦を立てているとも思えない。そしてここは市街地だ。昨日まで車が通っていたんだから準備していたら爆発してしまう。

 

 もう少し近づいて見ると1人の男が敵軍のど真ん中に突出していた。その男は日本刀を持っていてーー師匠だ!!

 

 師匠は日本刀で戦車の装甲を泥のように切り裂く。そして銃撃を剣で防ぐ。それは部分的なウォールシールドに似ていて、剣を前に構え、その前面だけ防いでいる。そしてたまに来る砲弾を高速で回避し、弾すら斬っている。

 

 もはや一方的だ。これが日本の最強“柳生”か。師匠の後ろには多くの味方が居るが、何もせずに見ているだけだ。なんだこれ、師匠一人で勝てるではないか。

 

 ふと探知魔法に誰かが引っかかる。それは味方にしては可笑しい立ち位置だった。

 

 敵か。なら師匠の手をわずらわせる必要も無い。俺が始末しよう。

 

 幸い大通りを通らない為、路地を右左するだけで済んだ。探知した場所に着くと、そこには2人の兵士が密談していた。

 

「ここから狙撃すれば行けるな」

 

「ああ、ここからならあの盾の範囲外だ」

 

 なるほど。違う方向からの攻撃か。でもそれで師匠を倒せるとは思えない。だからといって見過ごす訳にはいかない。

 

 陰から肉体強化魔法を使って、飛び出して一気に距離を詰める。隠密行動のため、手持ちのナイフで片を付けるーー

 

 ーー敵が二人とも突如振り返る。

 

 何故だ!? コイツら魔法師だとでも言うのか!?

 

 すると一人は伏せた射撃体勢から体をしならせて飛び起き、もう一人はハンドガンで応戦してくる。

 

 ウォールシールドを展開しながら突っ込むしかない。

 先に仕留めるのは体勢の悪い狙撃手からだ。ナイフで突くがギリギリの所で躱されてしまう。ヘルメットのあごひもが切れて、ヘルメットが地面に落ちる。

 ヘルメットが外れて、フワリと広がったのは黒い長髪。そう、目の前の敵は女だった。

 

 顔は整っていて綺麗な黒髪が似合っている。そんな感想を思っている間にも見事な身のこなしでバク転して距離を取る女兵士。

 

 魔法で強化した俺の攻撃を躱すとは只者じゃないなコイツ。

 

 そしてもう一人はウォールシールドを張っているので諦めたのかと思ったら、変な方向に弾を撃ち出す。

 何をしてるんだ? と思ったのも束の間、鼻先を銃弾が掠める。

 ーー跳弾か!?

 

 魔法を使っているとはどちらも思えない。魔法が使えるなら2人居るので正面からぶつかったら良いはずだ。

 ならばこの2人は常人にしてこの技術を?

 

 跳弾を受けないために慌てて距離を取りながら素直に感心する。

 

 だがこの高い技術の持ち主なら尚更退くわけにはいかない。何か師匠にダメージを与える手を持ってるかもしれない。

 

 とりあえず建物で射線を切って潜む。敵の位置は探知魔法によって把握出来る。敵は未だこちらに気を取られ、射撃体勢になっては居ないようだ。

 

 正面からやるか? だが片方は回避方法しか分かっていない。それにもう1人もまだ何か有るかもしれない。

 なら俺も出し惜しみしてる場合じゃない。

 出来れば使いたくなかったが静の気を使う。これが原因とは限らないが、これを使ったときにもう1人の俺が出て来たから嫌だった。

 

 目を閉じる。爆発音や銃声が鳴り響くが、俺の心はいったって平穏だ。もう発動させるのも慣れた。問題は時間が掛かり、無防備になることだが……

 

 そして再度目を開けた時には敵の正確な位置や心の声が聞こえる。あの2人はどちらも女兵士だったか。俺の対処と速やかな任務達成を天秤にかけているようだ。焦りが感じられる。

 

 何ともクリアに感じられるのだろうか。

 さっきまでは敵の未知なる実力に不安を感じていたが、今なら敵の実力も分かる。相手はこれ以上の手を持っていない。

 

 正面から突っ込み、跳弾女から倒せばもう脅威は存在しない。さっきまでとは違い、何の戸惑いも無く、サラッと作戦は決まる。

 

 ウォールシールドを展開して真っ直ぐ駆け抜ける。もちろん跳弾女は跳弾を狙うが、俺は壁を踏み台にしてジグザグに動く。慌てて跳弾女は連射するが、そんな当てずっぽうな射撃では当たるはずも無い。

 

 間に跳躍女がナイフを片手に入ってくるが、遅いーー腹を蹴り飛ばす。

 優に何メートルも飛んで、壁に激突する。気をやったようだ。

 

 相方がやられたと焦る跳弾女は俺に向かって連射するが、ウォールシールドには全く意味が無い。次々と弾丸がウォールシールドに当たっては地面に落ちていく。

 

 そして直ぐに弾が切れる。マガジンがもう無いらしく、ハンドガンを投げつけてくる。もちろんハンドガンはウォールシールドに阻まれ、地面に落ちて乾いた音を鳴らす。

 

 そして急に情けない声で泣き始める。

 

「いやぁ……殺さないでぇ……」

 

 何を言ってるんだコイツは? 戦場に出た以上、男女関係なく殺されるのは当たり前だろう?

 何とも醜い姿なのだろうか。こんな奴が兵士の火星軍も落ちぶれたな。

 

 それともこれはコイツの作戦か?女と油断したところで殺す算段か? まあどうでも良い。殺すだけだ。

 

 ナイフを振り上げると女はヒッ、と小さな悲鳴を上げて縮こまる。

 体は細かく震え、涙か鼻水か分からないくらいグシャグシャの顔になっていた。

 

 そしてナイフを振り下ろそうとした時、突如腕が動かなくなる。

 何故だ!? 俺は戸惑っているのか!? コイツは多くの仲間を殺してきたかもしれない。そしてこれからアリサを殺すかもしれないんだぞ!!

 

 もう1人の俺を必死に抑え込むが、どんどん感情が溢れてくる。

 そして涙が頬を勝手に(つた)う。

 

 力が抜け、ナイフが手からこぼれ落ちる。地面に当たり、鋭い金属音が鳴り響く。

 未だ抵抗するもう1人の俺を抑え込みつつ、視界を女に向ける。すると女は俺のコロコロと変わる顔芸に驚きながらもチャンスと落ちているナイフに手を伸ばす。

 

 馬鹿野郎!! 女はまだ戦う気があるぞ!!

 

 もう1人の俺に叱咤すると体の抵抗が無くなる。既に女はナイフを片手に向かってきていた。

 

 もはや躊躇は有るまいーー

 

 瞬時に出せるファイヤーボールで片を付けるーー

 

 魔法を詠唱しようとした時、突き出した腕に強い痛みを感じて、咄嗟に引っ込めて距離を取る。

 

 腕は折れてはいない。だが何が起きた!? 

 

 女が居る場所を見るとそこには師匠が女を肩に抱えて立っていた。

 

「師匠!? た、助けに来てくれたの……ですか?」

 

 本当に助けに来てくれたのだろうか? なら腕に走るこの痛みは一体……

 

 すると師匠は俺を睨みつけると苦々しく呟く。

 

「ライン、お前を拘束する」

 

 ーーっ!? どういう事だ? 師匠が裏切ったというのか!?

 

 困惑する俺に対して師匠は無言で日本刀を抜くのであった。

 



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13-15 師弟関係

昼忙しくて投稿出来ないので今投稿。

今年最後の投稿になりました。ありがとうございました。そして来年もどうぞよろしくお願いします。


 

 目の前に居るのは俺を敵視する師匠。どういう事だ?

 

 抜き身の日本刀を右手に、左手で気絶した跳弾女を抱えている。

 日本刀は多くの血を吸って、赤く不気味に光っている。

 

「師匠、説明して下さい。でなければ、敵対行動と見なして師匠と戦わないといけません」

 

 実力差は大きい。だが敵対するなら排除しなければならない。それが誰であっても。

 

 すると師匠は更に顔を歪ませる。今度は悔しそうに呟く。

 

「そうか……お前に教えたのは失敗だったかもしれん。いや、甘く見た俺のせいか」

 

 ……何を言ってるんだ、コイツ(・・・)は?

 

 敵対行動してから今度は懺悔? そんな得体の知れない奴が俺の師匠だったとは無念だ。

 

「仕方ありませんね。師匠……いや柳生、その首を貰って帰るとしよう」

 

 俺の言葉を聞いて今度は不敵に微笑む柳生。

 

「とうとう呼び方すら変わったか……もういい。見苦しい限りだ。お前と真剣での戦いはこれが初めてだな」

 

 馬鹿にしてるような目線で俺を見る柳生。逃げるにしても何処かしらで追撃を撃退しないと追いつかれる。なら今止めよう。

 

 俺の装備はナイフ1本とハンドガン。さっきは隠密行動の為ナイフのみで戦ったが、柳生相手では出し惜しみは出来ない。そして残念な事にどちらも魔鋼石では無い。

 

 本来はアリサ達と合流した時に魔鋼石で出来たAMA(オートマジックアーマー)とロングソードを受け取る予定だったのだが、ただのナイフで戦うしか有るまい。魔力伝導率が悪い為、エンチャントは出来ない。残る俺の武器はナイフ、ハンドガン、攻撃魔法、肉体強化魔法。

 

 ()もAMAは付けてないが日本最強の柳生。必要すらないのかもしれない。

 

 まともにぶつかったら勝てない。ならば手数で勝負して、一つ一つ(さば)きが甘くなった所の一瞬見せた隙に全力を叩き込む。

 

 弾は15発。奴を止めるにしては少なすぎる。使えるのは一度切り。まばらに撃っても無意味。ここぞという時にフルオートでぶっ放す。反動は魔法で強化した肉体で抑えられる。そして奴はその時守勢に回らざる負えない。

 

 だが問題なのが、そこからどう崩すかだ。一瞬守りに入った奴。その一瞬に踏み込んでも直ぐに体勢を立て直した奴に正面から戦う事になる。

 

 もう一手、体勢を崩すのが欲しい……

 

 いつもより冴えた頭で考える。普段とは比べ物にならないぐらい頭の回転が早く、発想が次々と浮かんでは吟味していく。

 この力……もっと早く手に入れていれば……

 

 家族やマヤの死んだときの情景が鮮明に頭の中を駆け巡る。

 

 何度も味わった無力だという現実。目の前で大切な人がどんどん遠ざかっていくのをただ見つめるだけという自分に怒りを覚えていた。だから力を手に入れた。この力が有れば俺は何でも乗り越えられるはずだ。

 

 柳生を睨みつけて吠える。

 

「そこをどけ!!」

 

「思い上がるなよ、小僧!!」

 

 柳生は心底怒っているようだ。表情は強ばり、青筋が立っている。さぁ師弟関係もこれで最後だ!!

 

 魔法を詠唱しながらナイフを右手に、突っ込む。気を会得したからこそ同時に出来る技だ。

 

 何かをしながらの詠唱は気が散って前の俺には出来ないが、今の俺なら出来る。

 

 ナイフと日本刀が切り結ぶ。甲高い音を発して、火花が散る。

 

 近接戦で魔法を叩き込んでやる!!

 

 左手を突き出してファイヤーボールをゼロ距離でぶっ放し、距離を取る。

 ファイヤーボールは柳生に当たり、炎が四散する。その熱風は俺にも来て、肌がチリチリと焼ける痛みは何度受けても慣れない。

 

 炎が柳生を包み込み、その中に消えた柳生。思ったよりも多く魔力も練れて、魔法の威力も上がるみたいだ。

 

 だが流石の柳生、炎の中を何とも思わず歩いて来た。そして全く服も汚れてない。

 

「……今のは完全に俺を殺す気で撃ったな」

 

 もはや視線だけで射殺せるのでは無いかというぐらいの怒りを俺に向ける柳生。だが今の俺には無駄だ。

 

「流石は柳生。この程度の魔法ではびくともしないか。動の気の防御力は素晴らしいな」

 

 ははは、と乾いた笑い声を上げるが依然、柳生は無言で俺を睨んだままだ。

 

「もはや俺もお前を殺す気で行く……」

 

 静かに柳生は刀を構える。その気迫は先程とは比べ物にならない。底知れぬ恐怖に思わず嬉しくて、口が緩んでしまう。

 

「まだ本気で無かったというのか……流石は柳生!!」

 

 楽しい。戦いがこれほど俺の心を躍らせてくれるとは思わなかった。敵が強大なほど、どう倒せば良いか悩める。そして勝ったときの何とも言えない喜びに包まれるのだ。白熊との戦いも楽しかったなぁ……

 

 そしてお互いに距離を詰めて、斬り結ぶ。再度火花が散るが、今度は柳生が本気だった。

 

 パキーンという乾いた音と共にナイフが壊れる。ナイフが有ったからこそ近接戦で均衡を保てていたのに無くなった今、俺に近接戦するメリットは無い。

 

 咄嗟に距離を取るが、柳生はそんなことを許してくれはしない。俺以上のスピードで距離を詰めてくる。……これは使うしか無いな。

 

 ナイフを失って、空いた右手でハンドガンをフルオートで連射する。一瞬の発砲音と共に無数の弾丸が飛び出る。

 だがそれでも柳生の勢いは止まらない。動の気の前には無駄なのか!? 仕方ない、グレンの時と同じように爆裂魔法で自爆するしか……

 威力の上がった爆裂魔法。俺の体も無事で居られるか……

 

 だがここでやらなきゃ殺される(・・・・)だけだ!!

 

 瞬足で飛んできた柳生の刃が目の前に迫る。俺は爆裂魔法を発動ーー

 

「2人とももう辞めて!!」 

 

 聞き慣れた声が柳生の後ろから聞こえる。そこにはアリサが目を赤くして泣いて、魔法の範囲内に入ってきて居た。  

 

 クソッ、魔法はもう止まらない……

 慌てて発射方向を逸らすが、魔法は近くに放たれる。

 

 大きな爆風と爆音がこの場に居た全員に襲いかかる。

 

 俺と柳生は至近距離では無いから気とウォールシールドでなんとか大丈夫だが、どちらも習得をしていないアリサは……

 

 土埃が晴れた頃、力無く横たわるアリサが目に映る。

 

 ーー重なる、マヤの弱った姿とアリサの姿が重なるーー

 

 ーードクンッ

 

 俺は何のために……俺は何のために力を手に入れたんだ? 仲間を傷つける為? 違う!! 仲間を守るためだろう?

 

 ーードクンッ

 

 冷たく、無機質に見えた世界に色が戻ってくる。そして忘れた感情が溢れてくる。俺は……俺は……

 

「アリサッ!!」

 

 柳生ーー師匠の慌てた声が響き渡る。いつも冷静な師匠からは信じられない慌てた声だ。

 

 師匠がアリサを抱き起こすとアリサは力無く笑う。

 

「……柳生さん……ご無事で良かった……ラインも元に戻ったみたいね……」

 

「もう良い、喋るな」

 

 師匠は歯を強く噛みしめて俺を睨む。

 その視線に俺は目を伏せる。

 

「……大丈夫だ。命に別状は無い。今はゆっくり寝ろ。後は俺に任せろ」

 

 師匠は鋭い目つきとは違い、優しい声色でアリサを安心させ寝かせる。

 

 アリサを地面に寝かせた師匠は立ち上がって俺に振り返る。

 

「……ライン!!」

 

 師匠は俺の首を掴んで、宙に浮かせる。苦しい……足が浮く……

 

「お前は、仲間を傷つけた!! それも己の手で!!」

 

 首を絞める力が更に強まる。ここまで師匠が怒りを露わにするのは初めてだ……

 酸素が頭に回らなくなって少しずつ意識が遠のいていく。

 

「もし、次暴走したら俺はお前をーー」

 

「ーー殺す」

 

 高く上がる炎を背景に、赤く照らされた師匠の表情と瞳から様々な覚悟が感じとられたのを境目に意識を手放した。

 



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13-16 一筋の光

新年あけましておめでとうございます。3年目となった今100話を越え、多くの人が見てくださり、作者としては感無量です。
設定資料集の方も更新しました。良かったらご覧下さい。

今年もよろしくお願いします


 微かな不規則な振動とエンジン音が聞こえる……

 それは戻った意識を覚醒させるには十分だった。

 

 目を開けると、上にホロが見える。どうやらトラックで寝かされてるらしい。

 横に顔を向けると、日本人らしき兵士の姿が見える。どの兵士も共通してるのは苦悶の表情を浮かべている事だ。よくよく見るとほとんどが何処かしらに包帯を巻いてる。なるほど、ここは負傷兵を運ぶトラックか。

 

 そういえば、頭が床に付いてるが振動は余りない。流石はトウキョウだ。しっかり道路の舗装がされてる。

 

 外を見ると、煙と炎が所々から上がっている。さっきまで俺はーー

 

 痛む頭で犯した罪を思い出す。

 俺は自分の手で仲間を殺すところだった。それを止めてくれた師匠には多大な感謝の念を抱く。それと同時に、あの時の自分の異常さに心が震える。

 

 何故、俺は次第に師匠が敵だとどんどん思っていったんだ? まさか師匠は女兵士を殺そうか悩んでる俺を止めようとしてくれたのではないか? という発想が何故浮かばなかったんだ? 

 あの時の俺は頭の回転が凄く早かった。だけど今思うと、とても思考が偏っていた。そう、師匠が敵だという方向に。

 

 異常な偏り方だ。まるで誰かに誘導されたかのように。

 

 見えない何かに操られてるような気がして、落ち着かないでソワソワして居ると急にトラックが止まる。

 

 何事かと外を見ると、師匠が目の前に来ていて目を細めて俺を見る。その視線は鋭く、まるで俺を殺すかのような視線だ。

 

「……起きたか、ライン」

 

 低い声でそう言う師匠。 

 

「……ご迷惑をお掛けしました」

 

 頭を下げて、これが最初で最後に言いたかった言葉。俺を信頼してた人を裏切った俺にはもはや居場所は無い。ここに置いて貰ってるのも“情け”だろう。

 

 身体はある程度動く。ならば直ぐにここから立ち去ろう。

 トラックから降りて、立ち去ろうとするが師匠に止められる。

 

「待て、何処に行くつもりだ」 

 

 エルス国に戻ろうかと思っている。直接行く方法は無いにしろ、間接的に方法はいくらでもあるはずだ。

 

「故郷に帰ろうかと思いまして……」

 

 帰ろうかと思ったのも束の間、師匠に力尽くで振り返らされる。

 師匠の表情には悲しみと怒りが見て取れた。

 

「なぁ、お前はそんな情けない奴だったか? 恐れて前に進めない奴だったか!?」

 

 ズキリ、と心が痛む。でも俺はここから去らないとまた傷つけてしまう、師匠やアリサを。

 

「もう……誰も仲間を傷つけたくないんです。俺の力は制御出来ない。せっかく手に入れたのに……申し訳ありません」

 

 再度深々と頭を下げる。もう戦いたくは無い。仲間を傷つけるくらいならいっそのこと……

 

 すると師匠は不敵に笑う。

 

「ふっ、そうか。もちろん弟子の失敗は師匠の責任だろう? なら、俺がここで腹を切ればよかろう」

 

 いきなり地面に座り込んで腹を出す師匠。まさかハラキリをするつもりじゃないよな!?

 師匠は小太刀を抜いて、自身の腹に向ける。そしてそのままーー

 

 ーーそんなことはさせない!!

 

 何とか刺さる前に手を全力で抑えて、勢いを殺せた。小太刀の先端が腹に当たり、血が少し流れる。気も使ってない。ホントに刺すつもりだったのか……

 

 激しく息を乱す俺に、師匠は満足そうに微笑む。

 

「お前なら止めてくれると思っていたよ」

 

 厚い信頼の視線を俺に向けてくれる師匠。何故なんだ……

 

「何で、何で師匠は俺をそこまで……」

 

 分からない。何故師匠は外国人で知り合ったばかりの俺にここまでしてくれるんだ?

 

「それは……お前は俺の弟子だからだ」

 

 弟子だからーーその言葉だけで俺の心は救われた。曇っていて、見えなかった空が一筋の光によって一気に晴れたようだ。嬉しくて胸がギュッと締め付けられる。それは苦しみではなく、喜びだった。

 

 そして涙が止まらずに出て来る。無限に出て来るような気がする。久しぶりに出た涙に全てが洗い流された気がした。

 

 

 

 

 

 ーーーーー

 

 敵の基地内に前線基地を作る日本独立戦線。そこまで戦線を押し込んでいるのだろうか。

 

 そして俺の涙がやっと止まった頃に師匠は椅子に座って話を始める。

 

「師匠で俺は、お前を一人前にしてやらないといけない。そして暴走を止めるのも俺だ。だから言っておく、あの力は俺が許可するまで使うな。良いな?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 嬉しくてニコニコしてしまう俺の顔を見て、師匠は苦笑いする。

 

「なんだ、いきなりニコニコして……気持ち悪いな」

 

 ぐ、師匠に気持ち悪いって言われた……

 

 明らかに気落ちした俺に戸惑う師匠に突然近づいてきた山口が驚く。

 

「柳生さん!? どうしたんですか!? ……お前かっ!?」

 

 また山口に敵意を向けられる。だが直ぐに師匠が止める。

 

「いや、何でも無い。それでどうした?」

 

 切り替えの早い師匠に、慌てて山口が答える。

 

「は、はい。既に敵の防衛戦力は壊滅状態。後少しで本丸にたどり着きます」

 

 戦況はかなり優勢みたいだ。あそこでHAWを全滅させたのが良かった……

 

 だがここまでで1点気になる事が……

 

「師匠」

 

 俺の問いかけに頷く師匠。同じ事を考えて居たみたいだ。

 

「ああ、多分本丸に奴がーー白い死神が居る」

 

 目の前に見える基地内に化け物が居ることに安全地帯に居ても心が全く休まらなかった。

 



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13-17 戦士の交渉

今日は余裕で間に合った。改稿が進まぬ……


 

 目の前に広がる東京本部。地球連合国の統治時代から存在していた建物を火星独立軍も使用している。その建物は主に統治用だが、構造は軍事用にも使えるようになっている。だが、こちらは日本人。過去に使っていた者もおり、敵以上に中の構造に詳しい。

 地下通路を使って、奇襲や寸断を行って優位に戦況を進めている。

 

 対魔法師に関しては、ハワイ攻略作戦の影響でほとんどが出払っている為、師匠の攻撃でほとんどを潰した。

 

 後は白い死神だけだ。だが白い死神が戦力のほとんどを占めていると言っても過言では無い。だからまだ敵の戦力は残っている。

 

 今の所、白い死神の発見報告は来ていない。

 

 師匠が席を立つ。その表情には強い覚悟が見られた。

 

「ライン、俺は白い死神と対峙する。お前も来てくれるか?」

 

 何か断る理由が有るだろうか。いや、ない。

 

「はい、お供させて頂きます」

 

 俺の変わった口調に師匠は頭を掻いて、困った顔をする。

 

「……言っとくが、その口調辞めろよ? 俺とお前は子弟関係である前に仲間なのだから」

 

「……はい」

 

 “仲間”と言ってくれた師匠の言葉にじーんと来る。今日は何だか涙もろいな。

 そして師匠が言うなら元の口調に戻そうか。

 

「山口、後の指揮は任せる。お前にならやれる」

 

「はい!!」

 

 山口の肩に手を置いてから、本丸に向かう師匠。山口は感動の余り、口を魚のようにパクパクさせていた。ふーん、山口も指揮官としてやれるのだな。

 

 戦場は今でも戦場特有の空気を醸し出していた。どの兵士も休んでは居るが目はギラつき、臨戦態勢を取っていた。流石は元日本国防軍。練度の高さは相変わらずだ。

 

 その一方、明らかに傭兵のような奴も存在する。柄は悪く、大声で下品な話をしている。戦力不足が否めない日本独立戦線には必要な戦力なのだろう。

 

 途中、1つの鎖に手錠が何個も付いている、一列で歩かされている敵兵士の集団にも遭遇した。集団で繋がっている為、逃げることが難しい。

 敵兵士の中にも多くの日本人が見られた。これは同族の戦いでもあったのか。

 だが同じ民族同士、負けと知るとあっさり降伏したのかもしれない。また捕虜の扱いもどこか気を使っている。

 

 そんな中、本丸付近で戦闘に遭遇する。

 手出しは不要、と現場の指揮官に言われ、上官である師匠も黙って従っている。見せ場を取るなと言いたいのかもしれない。

 

 黙って安全地帯から銃撃戦を見ていると、敵の1人の日本人兵士が叫んで突撃してくる。弾が切れたのか、精神が崩壊したのか、分からないが目は血走り、まともとは思えない。

 

「お前らも直ぐに知る!! この先には神がいらっしゃる!! その神に楯突いた自分達の愚かさを!!」

 

 変なことをわめいて更にこちらへ近づく敵兵士。だが冷静なこちらの部隊の射撃に、走ること1秒も叶わずに崩れ落ちた。

 

 神ーー白い死神、ノエの事を指しているのだろうか。確かにあれだけ無敵で、魔法を良く知らない者からしたら神に等しいのかもしれない。

 そしてこれは洗脳ではなく、勝手な妄信と言える。

 何故なら街中で出会ったノエは決して奢っている訳でもなく、宗教者でも無かった。むしろ彼は宗教なぞ信じないタイプだろう。

 

 そんな妄信者の戯言だが、ここに居る兵士には効果てきめんのようだった。死を恐れない兵士に士気はだだ下がり。

 

 そんな事態に師匠は現場指揮官に提案する。

 

「ここからは俺とラインだけで行く。お前らは一旦撤退しろ」

 

 だが……と、どもる指揮官に師匠は低い声で言う。

 

「足でまといだと言ってるんだ。分からなかったか?」

 

 強い殺気を放つ師匠に現場指揮官は体を震わせて、早々と部隊と共に引き上げる。

 今の俺なら分かる。師匠は戦力にならない者達を無駄に死なせたくなかったのだろう。全く不器用な人だ。これじゃあアリサも大変だろうな……

 

 二人きりになった本丸付近は意外にも静かだった。もう他の場所は片が付いてるのだろう。それか膠着状態になっているか。

 

 隣に立つ師匠は強面(こわおもて)で最初は怖かったものの今は様々な感情が見て取れる。今の感情は無駄な被害を防げた安堵と、これからの戦いへの覚悟だろうか。

 

 そういえば、さっき貰った魔鋼石で出来たAMAとロングソードを装備しているが、正直、ノエ相手には約に立たないだろう。奴の魔法剣は易々とAMAを貫くのは知っている。そして攻撃も俺には足りなすぎる。多分プロテクトにはまるで歯が立たないだろう。だが、注意を引くぐらいは……

 

 捨て石にもなる覚悟を決めていると師匠は俺の名を呼ぶ。

 

「ライン、この戦い、簡単にはいかないだろう。そうどちらが、いや両方とも死ぬ可能性がある。だがライン、お前は絶対に死ぬな。師匠よりも弟子が先に死ぬのは許さん。そしてお前には待っている人達が居るだろう?」

 

 師匠にもーーと言いかけたが、俺が言うのは間違っている。アリサ自身が思いを伝えるべきだ。

 そして俺は師匠に反抗する。

 

「その言葉には従えません。帰る時は師匠も一緒です」

 

 まだ日本すら解放出来ていないのに死ぬのはダメだ。この戦いに勝ってからが正念場だ。帰還するハワイ攻略部隊や集結する火星独立軍からどう守り抜くか考えないといけない。その時に師匠は必要だ。戦力としても人柄としても。

 

 揺るがない意志を師匠に見せつける。

 溜息を付いた師匠は微かに笑う。

 

「……そうだな。この戦いが終わったらいっぱいしごいてやるから覚悟しろよ?」

 

 うわっ、墓穴掘ったかも……

 だが決して死なないと言わなかった師匠に一抹(いちまつ)の不安を感じた。

 

 

 

 本丸の扉を開けると中はそこそこ広い執務室であった。中にはたった一人の男ーーノエだけであった。ノエは椅子に深く座って長らく待っていたようだ。

 

「ようやく来たか。待ちくたびれたよ」

 

 もの凄くリラックスしてカフェオレを飲んでいるノエ。師匠を前にしても全く動じていない。

 

「一杯どう?」

 

 友達を誘うかのように飲むか聞いてくるノエ。だが師匠は殺気を放つのは変わらない。

 

「拍子抜けだな、白い死神。今ここは戦場だ。敵の入れた物を飲むと思うか?」

 

 確かにその通りだ。毒が入ってかもしれない。だがノエがそんな事をするとは思えない。

 するとノエは表情を一変させる。鋭く、冷徹な表情に。

 

「柳生、確かにここは戦場だ。だが、それ以前にお前は人間だろう? なら話が出来るはずだ」

 

 煽りとも取れる言葉の言い合い。一触即発の空気に冷や汗が垂れる。

 

 だが師匠は刀を抜かず、応接用にあるソファに座る。俺もそれに続く。

 

 ノエは俺達の正面に座り、話を始める。

 

「……まさかお前と戦場で会うとはな、ライン」

 

 俺を見つめる瞳は悲しそうに揺れていた。

 

「はい、残念です……」

 

 だがこれは俺には分かっていた事だ。これから戦う事も。

 

「こうして隣に居るという事は魔法師か……それもそこそこの。ならあの時何故魔法を使わなかった? 使ったなら余裕で行けたはずだ」

 

「それは他の魔法師を警戒しての事です。それにこうして魔法を使わなかったおかげで捕まってないのですから」

 

 腕を組んで考えるノエ。だが怪訝な顔付きになる。

 

「なるほど。ならお前は他国の魔法師か。だが尚更分からない事がある。何故他国の人間が日本人を、命の危険を冒してまで助けた? 見過ごせば見つかる事も、命の危険も無かったぞ?」

 

「それは目の前に助けられる命が有ったからです。それに車ではねられたぐらいで死ぬ(やわ)な体はしてませんから」

 

 死にはしなくても相当重傷になるだろう。助けて貰って良かった……

 

 するとノエは大きな声で笑う。

 

「面白い奴だ……まさか2つの実を同時に拾おうとしてたのか……よし、気に入った。ライン、俺の部下にならないか? 地位、名声、女、何でも思いがままになるぞ?」

 

 なんと低俗な誘いなのだろうか。あのノエとは思えない。

 

「お断りします。そんな物の為に戦っているわけじゃない」

 

 キッパリ断る。そんな物は戦わなくても手に入れる方法はある。

 

 断ったことに怒ったり、呆れるかと思ったが、ノエはむしろ喜んでいた。

 

「見事だ!! 一方、このような低俗な誘いを断れなかった者がこの世界を破壊した。その根本が地球連合国だ。頭ーー上層部が変わったからと言って直ぐに体ーー組織が変わるわけじゃない。

 それに今の政権も戦争という大義名分の元に存在してるだけだ。戦争が終わったら、必要とされなくなるだろう。

 そう、またあの悲劇が繰り返される」

 

 悲しげに呟くノエの表情に陰が落ちる。

 あの悲劇とは最悪の年の事だろうか。彼も被害者の一人なのだろうか。

 

「……私には政治の事は分かりません。でも仲間が居るんです。だからそれを守りたい……それだけ何です」

 

 何とも小さい願いなんだろうかと自分でも思う。でもこの理不尽な世界はそれすらも容易に奪っていく。

 

 俺の事を黙って見つめていたノエは頷く。

 

「そうか……ここに仲間を連れてくる事は? 俺の権限内で保護しよう」

 

 横に首を振る。仲間を保護して貰ってもまた更にその家族や友人……とキリが無くなる。

 

「……お前の勇気、機転、意志の強さを俺は高く評価している。俺と共に火星独立軍で戦わないか? 俺は守りたい物を守れる世界にしたい……」

 

 ノエは俺と同じような気がする……だが、余りにも立場が違い過ぎた。俺は離れられないんだエルス国を。

 

「……魅力的な申し出ですが、断らせて頂きます」

 

 頭を下げて断る。

 ふと思ったがノエとは一緒に戦える気がする。逆にこちらに誘ってはどうだろうか。

 

「良ければ私達と共に戦いませんか? もしここで受け入れて下さるなら協力を惜しみません。またこれで戦いは終わります」

 

 誘われて誘い返すという失礼な振る舞いだが、もし上手く行けば火星独立軍の戦力を大幅に減らし、こちらを大幅に増強することが出来る。

 

「……あいにく、火星独立軍以外でやるつもりは無い。もし地球連合国に敵対するなら考えてやる」

 

 地球連合国に相当な恨みが有るのだろうか。エルス国を代表して答える事は出来ない。そして日本独立戦線としてもこれは容易には答えられない。

 

 元々の計画としては独立を地球連合国に認めて貰う、保護して貰うことによって独立しようという算段である。日本を緩衝地帯として地球連合軍と火星独立軍が睨み合うという状況にしようとしているのだ。

 

 地球連合国としては無傷でハワイから追い払え、日本という中継基地が手に入るのだ。独立したと言えども、地球連合国の庇護下は変わらない。

 

 だがノエの提案に乗ると、火星独立軍、地球連合軍、両軍を敵に回して戦うことになる。それはノエが居ても物量作戦の前には不可能だろう。

 お互いに睨み合う状況もあり得るが、最強の魔法師がフリーという状況は両軍にとって恐ろしい事態だ。取り込めなかったら排除しか無いだろう。

 

 地球連合国の排除を目標とするノエとはどうやっても手を取り合えないのか……

 

「……交渉は決裂だな。さてそろそろ決着を付けようか、柳生」

 

「ああ、残念だが戦うしか無いようだ。戦う前に1つ、お願いがある」

 

 珍しい。師匠がお願いを敵にするなんて……

 

「ここでの戦いは俺とお前だけにして欲しい。そしてどちらか片方が死んだ場合、負けた方は降伏して欲しい」

 

 ……これはもし師匠が死んだ場合の事を示しているのか。師匠が死んだら日本独立戦線は降伏。もうノエは誰も殺さないと誓ってほしいのか。

 

「……分かった。その条件を呑もう。もし俺が死んだ場合、火星独立軍は撤退し、日本を放棄する。そしてお前が死んだ場合は、日本独立戦線の降伏を認め、国際法に基づき、適正に捕虜として扱おう」

 

 口約束だが、お互いに名高い戦士。必ず約束を守るだろう。

 

 その時師匠はチラッと俺へと視線を向ける。約束を守れないかもしれない事への謝罪ともし負けたらエルス国に戻れと言っている気がした。

 

 無言で頷いて了解した、と返事をする。

 本当は頷くのは嫌だ。だが師匠を困らせたくも無い。

 

 そして二人はカップを静かに置いて、直ぐに殺気を放ち始めていた。



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13-18 理由

今週は忙しく手を付けられなくて……また戦闘シーンに入る前に終わってしまった……次回は戦闘シーンからスタートです!! 約束です!!


 

 狭い執務室の中で日本最強と世界最強の二人が殺気を放ち始めていた。

 やる気は満々。何がきっかけで戦闘が始まるか分からない。

 

 巻き込まれないように距離を取ろうとした時、ふとノエは殺気を引っ込める。

 

「そういえば、ここでやったら間違いなく建物崩壊するから外に出ないか?」

 

 ノエの提案に険しい顔を直ぐに引っ込める師匠。2人共再度コーヒーに口を付けて、飲み干すと2人は建物の中をゆっくりと歩いて外に向かう。その間に味方の兵士と遭遇するが、師匠の脅しが効いているのか素直に道を譲る。

 だがそのノエを見る視線は敵意に満ちた物だ。

 

 ノエと話した俺にはどうしてもノエを敵とは思えない。いや敵なんだけど、明確に悪意、敵意を向けてくる敵と違って、こうしてちゃんと話せた人と戦うのは躊躇いがある。白熊と同じように立場が、環境が戦いを避けさせてくれない。

 

 外に出ると強い陽射しが照りつける。歩いてる途中で指示を飛ばし、そこから既に味方を退去させていた。

 誰も居なくなった静かな広場で2人は対峙する。

 

 その時ふとノエが不敵に微笑む。

 

「……狙撃で俺を仕留めるつもりか? 無駄な事を……」

 

 狙撃? 

 

 辺りを見渡しても俺には分からない。でも師匠もノエと同じく気付いてるようだ。

 師匠は大きく溜息をつく。

 

「将軍殿も何とも小心者なのだろうか……これは部下を信頼していないと言ってるのと同然だ」

 

 愚痴のように言っている師匠にノエはニヤリと笑う。

 

「無能な上司を持つと苦労も絶えないだろう。もし望むなら俺の部下にならんか? お前の実力なら俺と同程度になることも出来そうだが?」

 

 寝返れとのお誘い。確かに師匠はあの将軍の元に居る理由も無いはずだ。師匠の実力とカリスマ性と人気の高さなら今直ぐにでもトップになれるはずだ。だが、何故従うのだろうか。

 

「……俺を評価してくれた魅力的なお誘いだが、断らさせて頂く。武士は二君には仕えないのでな」

 

「何故そこまで忠義を尽くす? 今は戦乱の時代。寝返りなんぞ当たり前だ。昨日の友は今日の敵。それぐらい普通の事だ。現に俺は火星独立軍なんぞに忠義は更々無い。地球連合国を倒す、その目的が同じだけだ」

 

 これがノエから感じられる強い意志なのか。何にも考えず、与えられた正義と共に敵と戦うだけの兵士では無く、自分なりの正義を持って選んで戦うノエ。だからこそ強い、自分の足で進む人は。

 

「そしてもし、火星独立軍が人道から外れるのならばーー」

 

「ーー俺は上層部を皆殺しにする」

 

 躊躇いの無い言葉。この発言は反逆罪と問われても可笑しくない。だが幸い誰も俺らの他には聴いていない。

 またこんな危険人物を重用する火星独立軍の上層部にも興味が湧く。

 全く得体の知れない火星独立軍上層部。聞くところによると俺と同じぐらいの若者が居るとの事だが、どのように軍を起こしたのだろうか。そして地球連合軍に対抗出来る大規模な軍隊を統率し、ユーラシア大陸丸々に及ぶ広い範囲に善政を敷く火星独立軍上層部。

 

 日本でもそれなりの善政だったらしい。統治されたばかりだからまだ行き渡って無いものの、時が経ったら……この作戦も成功しなかったかもしれない。

 考えれば考えるほど火星独立軍上層部に興味が湧く。もちろん俺も背負ってる物がある以上寝返るつもりは無い。

 

 ノエの問いに師匠は目線を落とし、一考してから答える。

 

「……確かに今の将軍殿は小物だ。だが日本攻防戦の際は見事な采配だった。だが地球連合国に見捨てられ、戦力差が絶望的になった時に壊れてしまった。守ろうとしている国を守る手段を突如奪われてしまったのだから。

 今は落ちぶれようとまたいつか陽が昇るかもしれない」

 

 信じているのだろう、あの将軍を。いつの日か、また共に戦える日を。

 

 ノエは師匠の言葉を聞いて、呆れ顔で笑う。

 

「ふぅ……ここまで来れば簡単には折れないな。そんなに俺も口が得意じゃねぇ。ならもう根元から行くしかねぇな」

 

 首を回し、体をブラつかせて体操を始めるノエ。師匠や狙撃を前にして何とも緊張感の抜ける行動だが、そこに隙は全くない。

 師匠はもちろん分かっていて、何にもアクションは起こさないが、狙撃はどうなんだろうか。将軍が有能なのか、狙撃手が有能なのか、どちらか分からないが現在、狙撃はされてない。

 

 だがノエの舌打ちと共に何かが弾かれた音が聞こえる。ノエを見るとプロテクトを発動させていた。

 

 そしてノエが忌々しく見つめるのは彼方。狙撃か。指示なのか、勝手な判断なのか分からないが、師匠はもの凄く怒っていた。

 手元の無線を掴んで、吠える。

 

「馬鹿野郎!! 何処のどいつだ!! 撃ったのは!?」

 

 誰も答えない。いや答えられないのかもしれない。師匠の余りの剣幕に。

 

 もう撃たないのではと感じたのだろうか師匠はそれ以上追求せず、無線を地面に放り投げる。

 無線は繋がったままで大きな不快音がイヤホンから俺の耳に入り、思わず耳から外してしまう。

 

 そして師匠はノエに対して頭を下げる。

 

「済まなかった。こちらの不手際で戦いを(けがし)てしまった」

 

 一方ノエはそんなに気にしてない様子だった。

 

「いや、指揮官としては至極当然、の事だ。だが俺には無駄だっただけだ。敵との力量差を測れない者なんて何処にでも居る」

 

 悲しげに呟くノエ。今まで降りかかる多くの火の粉を振り払ってきたのだろう。

 

「まあそんなことはどうでも良い。これでもう邪魔されないだろう」

 

 嬉しそうに笑うノエに師匠も微笑む。

 

「ああ……ライン、お前は絶対に手出しするな。足手まといだ」

 

 また“足手まとい”。これは師匠なりの優しさだ。実際、俺はノエに対して一撃の隙すら作れるだろうか。いや無理だろう。なら俺はこの戦いを見届けるのが使命だ。

 

「分かってます。必ず、生きて戻ってきて下さい」

 

 無言で頷いた師匠の背中は覚悟を決めた男の背中だった。

 

 



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13-19 約束

今回頑張りましたよ……(5000文字オーバー)
投稿してから私も一緒に読もっと(改稿)


 師匠の背中はいつもの冷静な雰囲気ではなく、覚悟を決めた男の背中だった。

 やはり師匠でも勝てるか分からないぐらい強いのかーー白い死神は。

 

 長い白髪を風になびかせ、鋭い赤い目で師匠を見つめるノエ。

 

 すると師匠は手を差し出してノエに握手を求める。

 

「人生で1番の強者と戦えることに感謝する。白い死神、敵に全く不足は無し」

 

 ノエも嬉しそうに頷く。

 

「俺もあの柳生と戦えるとは……剣士としての長い歴史、見せて貰うぞ」

 

 握手に応えるノエ。

 まるで今から試合でもするかの様だ。だがこれから始まるのは死合だ。お互いに命を奪い合い、どちらが命を落とすまで戦う。

 

 お互いに最後の挨拶を交わすと、距離を取って剣を抜く。

 師匠は日本刀を抜く。日の光で綺麗な銀色にきらめく。

 

 ノエは右手を開き、魔法剣を展開する。

 魔法剣、授業の参考映像で見た物よりも格段に出力がおかしい。あれだけの出力を保ちながらも、涼しい顔のノエは本当に別格だ。

 

 先程の笑顔も消え、お互いに殺気を放ち始める。

 邪魔する者が誰も居なくなった今、2人の高まりを止める者は居ない。俺は見守らないといけない、この結末を。

 

 そして今の俺なら分かる。師匠の刀には多くの気が集中している。あの高濃度の気でも大出力の魔法剣を止められるか……

 

 

 

 

 -----

 

 -柳生視点-

 

 先に動いたのはノエ。

 

 使う技はーー光弾だと!?

 

 ノエの後方から無数の光弾が発生し、早いスピードで向かってくる。

 

 横や後ろに跳躍してかわそうとするが、光弾は追尾して俺に向かってくる。これは防ぐしかないな。

 

 気を体の前に集中展開させて光弾を受ける。次々と餌に群がるような魚のように盾に当たり、その度に小さな爆発が起きる。俺の気の力でも威力を完全に抑える事が出来ないというのか……

 

 何とか全弾防ぎきれたが、疲れは決して小さい物ではなく、無視出来なく、肩で息をしなくてはいけなかった。

 

 ……このまま持久戦ではこっちが圧倒的に不利だ。俺は広範囲探知や気の察知など、戦闘向けではない。それに対して、白い死神は戦闘能力でのし上がってきた男だ。

 

 日本最強と呼ばれてる俺だが、白い死神には遠く及ばない。なら埋めるために後、切れるカードはーー俺の命だ。ラインには悪いが約束は守れそうに無い。

 とりあえず接近戦に持ち込むか。

 

 ノエが再度光弾を放つ。だがそのスピードは最速時の俺には追いつけない。全力を足に込めて、前に踏み出す。目を見開くノエの顔が見れただけでも十分だ。

 

 だが容易く剣を結ばれる。俺の気とノエの魔力が衝突し、高い音と火花が飛び散る。流石だな。白い死神と言えば、速度と防御力が最強を誇る。俺程度ではまだまだか。

 

「速い……まさか柳生がこれほどの速さだと思わなかったよ」

 

 にやりと笑うノエ。だがその笑みは余裕を残しているような笑みだ。

 

「ふっ、馬鹿を言え。お前はまだいけるだろう?」

 

「もちろんだ。世界最速と呼ばれた男の実力をお見せしよう」

 

 一旦お互いに距離を取る。世界最速と呼ばれた男の速さーー転生雷光。この速さの敵は今までに遭遇した事が無い。だが俺には秘策があった。そう、命だ。

 

 体のリミッターを解除するーー長年の歴史で積み上げられた技は長く生きる必要の無い戦国時代に発案された物だ。目の前の戦に全力を賭ける武士によって生み出されたリミッター解除。一時的に強く成れるが、体にもの凄い負担が掛かる。

 

 俺の命を賭ける戦いはこの戦いだ!!

 

「来い!! 白い死神、ノエ!!」

 

 ノエはニヤリと笑うと技を発動させる。

 

「お望み通りーー転生雷光!!」

 

 先程まで見えていたノエの体が光の粒子となって消えていく。そして一筋の光として向かってくる。見える。今の俺でも見えるが体が追いつかないーーリミッター解除!!

 

 固まっていた体が急にスムーズに動く。体感速度がもの凄く遅く感じる。この中でも動く腕で光の一筋を剣で斬りつける。

 

 手に何かが当たった感触が伝わる。確かに剣は当たった。

 

 斬った勢いのまま、振り返るとそこには歓喜と驚きの混じった表情を浮かべるノエが居た。

 

「まさか反応出来る奴が居るとは……今、急激に速くならなかったか!?」

 

 まるで友達のように聞いてくるノエ。そのノエの体を見るとプロテクトにまとわれていた。咄嗟に発動出来る最強の盾か……厄介過ぎる。

 

「まだまだ俺には秘策が残ってる。柳生を舐めるなよ?」

 

 向こうに合わせるように微笑んでやる。だが状況はこっちが圧倒的に不利だ。

 最強の盾と最強の速さ。これが同時に咄嗟に使えるノエは最強を名乗るのに相応しい。

 

 速さは何とかクリアした。だが火力が足りない……あの最強の盾ーープロテクトには傷すらつかない。

 負けるにしてもヒビぐらいは入れたい物だ。

 ふと悲観的な自分の考えに思わず苦笑いする。

 

 手段は有るにはあるがーー

 

 横で心配そうに見守るラインの顔を見る。ラインは俺に生きろと言った。

 だが今の一太刀でも体はかなり軋んだ。体中が筋肉痛のように悲鳴を上げている。

 そして新たな技を使えば十中八九死ぬ。……約束を破る事になるが、許してくれライン。

 

「次もお前の顔を驚かせてやる」

 

 挑発するようにノエに言う。乗ってこいノエ。

 

 分かっているのか、分かっていないのか分からないが、ノエはありがたい事に挑発に乗ってくれる。

 

「良いぞ。見せて貰おう」

 

 ノエは同じく転生雷光を使う。真っすぐ狙うのは俺の頭。頭を貫く突きに俺はーー

 

 リミッター解除し、剣を投げる。もちろんノエには容易くかわされ、そのまま突き進んでくる。

 

 素手の俺には何も出来ないのでは、という表情のノエを驚かせてやる。

 

 眼前に迫る魔法剣を気の(まと)った両手の掌で挟む。無刀取りーーいわゆる真剣白羽取りだ。

 

 もちろん今日1番のノエの驚いた顔が見れた。もはや予想も出来てなかったようだ。当たり前だ。そして俺自身も信じられない。

 

 だがノエはニヤリと不敵に微笑む。

 

「……人生で1番驚いたよ。剣を素手で掴む奴が居たとはな……これが有名な真剣白羽取り。流石は柳生。だが、2本目はどうかな?」

 

 ノエは左手を真っすぐ伸ばすと、右手と同じく魔法剣を発動させる。同時に2本発動させるとはなんて魔力量ーー化け物か!? 

 

 そして大出力の魔法剣は俺の腹にーー

 

 

 

 

 -----

 

 何とか目で追えている最強同士の高度な戦いに俺は固唾を呑んで見守る。

 

 師匠がやはり不利だ。でも師匠は強さというより柔軟さが売りだと聞いている。どちらの技も凄い性能なのに簡単にどちらも対策していく……

 

 そしてあの最強の技、転生雷光を一度目で対策する師匠。もう目で追えなかった。一筋の光に何かしら反応したようでプロテクトが発動している……流石師匠だ!!

 

 再度の転生雷光には無刀取りで対応する師匠。これが柳生か!!

 

 だが、2本目の魔法剣に師匠はーー

 

 ーー何も対策出来ずに腹を貫かれる。

 

「師匠ぉぉぉぉぉ!!」

 

 思わず叫んでしまう。師匠の背中に見えるのはノエの魔法剣。腹を易々と貫通し、血が辺りに飛び散る。大きな穴が空いた腹からは止めどなく血が流れ、師匠の口からも血が流れる。

 

「グフッ……2本目か……やっぱり世界最強は、伊達じゃないな……」

 

 師匠は苦しそうに力無く笑う。激痛に体を襲われているはずなのに意識を飛ばさない精神力。それに何故か瞳はまだ死んでいない。

 

 ノエも同じように気付いたらしく、顔を怪訝で歪める。

 

「一体何を考えている!? お前は良く戦った……もう良い。今、楽にしてやる」

 

 と介錯しようとするが、師匠はニヤリと笑う。

 

「まだ終わってないぞ……グフッ……むしろ、これは俺の想定内だ」

 

 想定内!? 一体何を!? 混乱する頭の一方、目はしっかり異変を捉えていた。師匠の血がーー周りに散った血液が振動し、動いていた。

 

 ノエも異変に気付いて、距離を離そうとするが、しっかり掴まれ、動けない。

 

「まさか……自爆覚悟のーー」

 

「武士道とは死ぬことと見つけたり!!」

 

 それだけ言うと師匠は技を発動させる。

 

「ーー我が血の桜よ、舞い散れ!! 千本桜ぁぁ!!」

 

 師匠の血は一瞬にして膨張し、無数の針山と化した。その中に師匠とノエは呑み込まれる。

 ノエが逃げた様子は無い。じゃあ2人ともーー

 

 近付きたくとも近づけない。無数の血の針には高濃度の気が込められ、易々と俺の体を貫通するだろう。

 だから周りを駆け回る事ぐらいしか出来ない。だが何処にも隙間は無く、中の様子を伺う事は出来ない。

 

 くそっ、どうなってるんだ中の様子は!?

 

 外で何も出来ずに慌てふためいて居ると、突如、血の針山は氷のように割れて崩れていく。

 

 そして小さな粒子として消えた血の針山の跡に膝を付いて、俯くノエと血まみれで倒れてる師匠を見つけた。

 

「師匠ぉぉぉ!! 大丈夫ですか!!」

 

 走って駈けよって師匠を抱き起こすが、もう虫の息だった。  

 

「……ライン。約束は……どうやら果たせそうに無いみたい……だな」  

 

 何故自爆覚悟の技を!! と問い詰めたかったが、師匠の申し訳ないと訴える瞳を見て、言葉を飲み込む。

 

「……喋らないで下さい。今、衛生兵を呼びます」

 

 急いで無線を取り出そうとするが、師匠は何処から出ているか謎な強い力で俺の手を握る。

 

「……良い。この傷と出血量ではどうせ助からん……それよりもノエと話をさせて……くれ」

 

 体はボロボロだが、瞳にはまだ力が残っていた。強い意志がまだ揺らめいていた。

 そして師匠の言うことは正しかった。なら師匠のやりたいことを優先させよう。

 

 ノエを見ると大きく肩を上下させ、未だ片膝を付いていた。さっきまでの最強のノエとは思えない。今のノエなら俺でもーー

 

 だが突如振り向いて俺へ殺気を放つノエ。その殺気の強さに膝が震える。

 

「……ライン、辞めた方が良い。今の俺でもお前ぐらい瞬殺出来る」

 

 殺気から解放されると冷や汗がどっと噴き出し、立って居られなくなる。これが実力差か……

 

 ノエはふらつきながら立ち上がり、師匠の元へ行く。

 そして目の前であぐらをかく。

 

「……俺をここまで追い込む奴は初めてだ。見事だったぞ柳生」

 

 疲れた表情で微笑むノエ。だが彼の体には傷一つない。師匠の自爆覚悟の攻撃でもダメなのか?

 

 その一方、師匠は困った顔を浮かべる。

 

「……まさか俺の自爆攻撃でも……傷一つ負わないとはな……お前は果たして人間なのか?」

 

 どういう意味だ? 

 俺には質問の意図が分からないが、ノエはピクリと眉をひそめる。

 

「……意味が分からないな。俺は赤い血の流れる人間だ。見せてやろうか?」

 

 魔法剣で自分の指の皮膚を少し切るノエ。俺らと同じく、赤い血が染みだし、垂れる。

 

 垂れた血を舐めながら、ニヤッと微笑む。

 

「ほらな。俺は人間だ。おっと、心臓でも見せようか、という流れには乗らないぞ?」

 

 茶化すノエに師匠は無言で答える。どういう事か知りたいが、師匠は話を続ける。

 

「まあ良い……それで最後の話だ……この戦いは私の負けだ。だから……皆の命を救って欲しい……」

 

 死にそうな師匠と立っているノエを比べると勝ち負けは明らかだ。悔しいが作戦は失敗。日本独立戦線は降伏する。降伏せずに戦ってもノエによって殲滅させられてしまうだろう。

 なら師匠の約束通り、我々は降伏しよう。

 

 確認するようにノエを見るが、ノエは頭を掻いて困った顔をする。

 

「あー、その話だが無かったことにするわ」

 

「ーーなっ!?」

 

 約束を破るというのか白い死神は!! ならば俺達は最後の一人になるまで戦う!! 

 

 魔力を込め始めた俺にノエは慌ててちょっと待ったと言う。言い訳でも言うのか?

 

「違う違う。勝者である俺は要求する権利がある。それは、

 1つ、日本領内では両軍は停戦する。

 2つ、火星独立軍の捕虜、残存者を全員解放し、食料、移動手段を十分に与える事。

 3つ、日本の統治は自治とする」

 

 ーーっ!? これは事実上の日本撤退宣言!?

 要求は安全で快適な撤退を支援する事。我々は戦いに負けて、思いで勝ったのか!!

 

 でも何故、ノエは撤退宣言を?

 

 ノエが居れば日本支部は陥落せず、援軍が到着次第、日本を奪還出来るのにしないんだ!?

 

 そんな疑問にノエは答える。

 

「当然、疑問感じるだろうが理由は一つ。こんな自爆覚悟の奴がゴロゴロしている日本を統治するのは難しい。ならさっさと撤退するさ」

 

 と言うが、何か違う気がする。もっと根本的な問題が有るはずだ。

 

 追求するようにノエを見つめると困った顔をする。

 

「……ホントの理由はお前達に魅せられたからだ。一歩も引かず、自分の命すら武器にするんだ。中々居ないぞ、そんな猛者は。そして俺はお前らには生きて欲しいと思うからだ」

 

 そう言うとノエは自分の指から師匠の口に血を垂らす。血を飲ませて何を!?

 

 すると師匠の顔が安らかな表情に変わり、傷が塞がっていく。

 

 何だ、何をした!?

 

「これは俺からの餞別(せんべつ)だ。ライン、次会うときは敵同士だ。容赦はしない」

 

 今度は俺の質問に答える事無く、立ち去っていった。

 



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13-20 虐殺

そろそろ日本編も終わりですかね……からの追加ストーリー

まだまだ続きそうです


 

 ノエが立ち去ったのを見計らって大勢の部下を連れて将軍がやって来る。その顔は緩みに緩み、今にも笑い出しそうだ。

 

「良くやってくれた柳生よ。後は我々に任せるが良い」

 

 まさか……追撃するとでも言うのか!? さっきの約束を反故(ほご)にするのか!? 

 

 将軍の前で頭を下げる。

 

「将軍!! 我々は先程、停戦を約束しました。だからどうか攻撃はおやめください!!」

 

 だが将軍は全く取り合わない。

 

「何を言っている? 戦争中の口約束なぞ当てに出来る物か。それに一旦態勢を整えたいのかもしれんぞ? まあそのぐらいお見通しなのだがな……おい、約束通り、捕虜を解放してやれ」

 

 ダメだ。周りの部下といい、本人も功を焦っている。それほど今回の戦いにおける師匠の功績は絶大だ。一騎打ちで多くの将兵を救い、勝利をもぎ取ったのだ。もちろん人気はうなぎ登りだ。

 それを危惧している愚かな奴らは敵が損耗している所を叩き、あわよくばノエを討ち取り、地球連合軍からの多大な謝礼を受け取るつもりだろうか。

 

 将軍の指示の下、捕虜達は食糧と車を与えられ、最低限の武装と共に北に向かっていった。ノエも、もちろん一緒だ。新潟にて火星独立軍の船が待っているらしい。

 

 日本独立軍は監視という名の下、遠くから包囲する。

 

 事態がだんだん悪くなっているが、唯一止められる師匠は昏睡状態だ。医者によれば命に別状は無いが、意識はいつ戻るか分からないらしい。

 アリサも同じく昏睡状態だ。

 

 他に頼れるのは一人だけ居るが……話を聞いてくれるかどうか……

 

 だが何もしないのも性に合わない。待機組の天幕を訪れる。

 

 士官達の好奇な視線が突き刺さるが、一人だけ違う視線を感じる。

 

 そこには渋い顔をしていた山口が居た。

 

 目線が合うと、山口は仕方ないと言わんばかりに口を開く。

 

「……何の用だ? 柳生さんの寄生虫様は?」

 

 言い方がヒドい。それほどまでに自分が一緒に行けなかったのが悔しいのだろうか。

 

「……お前にしか頼めない事がある」

 

 今回は俺が頼む方だ。突っかかる訳にはいかない。

 

 俺が反抗しないことに山口は顔を怪訝に歪める。

 だが山口は話を聞いてくれた。

 

「……話してみろ」

 

 不機嫌な態度は変わらないが、眼鏡の位置を直した山口の表情は真剣だった。

 

 そして話を一通り聞いた士官達は誰もが顔を青ざめていた。

 

「なんて馬鹿な事を……」

 

「そんなことをしたら我が軍の信頼は……」

 

 と口々に言い、頭を抱える具合だ。これは何とかなるかもしれないぞ。

 

 そんな中、山口が一番先に我に返り、机に地図を広げる。

 

「無線は封鎖されているが、いや、まだ間に合うかもしれない」

 

 コンパスと鉛筆で地図に線を引き、時間を計算し始める。それに釣られ、周りの士官も準備を始める。

 

 そして目処が立ったのか走って天幕を出て行く士官達の最後に山口が残る。

 

「……今回の事は礼を言う。柳生さんとアリサさんは任せる」

 

 山口は俺の返事を聞かないまま天幕を出て行く。その期待に応えてやろう。

 

 

 

 

 

 -----

 

 何時間経ったのだろうか。日も陰ってきて、暗くなってきた。寝ている師匠とアリサを見続けるのも飽きて来た頃だ。心配だが、やはりうんともすんとも言わない二人を見ているのも飽きる。

 

 開放された日本支部の医務室で2人は寝ている。

 またここでは先程まで戦っていた者同士が一緒に治療されている。多くの火星独立軍の捕虜がここに残った。その者の多くは日本人だ。

 そして内戦とも言えた戦いに終止符が打たれたことに誰もが喜んでいた。

 

 ちょっと涼しい風が窓から入ってきて、カーテンを優しく揺らす。

 

 まさかこんな戦いには巻き込まれるとは日本に来たときは全く思わなかった。そもそもこんな情勢すら知らなかった。無知な自分を恥じるばかりだ。

 

 その時、いきなり遠くが真昼のように明るくなる。一面じゃない。北の方角だけだ。そう将軍が向かった方角に極太の光の柱が空に向かって伸びていた。いや、空から地面に降り注いでいるのか。

 

 それと同時に封鎖された無線が動き始める。

 

「こちら、第114小隊!! 隊長が!! 光に呑まれーー」

 

「退却命令は!? まだ出ないのか!? このままでは我が軍はーー」

 

「俺達は手を出していけない物に手を出したんだーー」

 

 どの通信も悲痛な声を上げて途中で雑音に変わって行く物ばかり。

 

 通信内容から判断出来る状況はーー

 

 その時、慌ただしい足音がこちらに向かってくる。数は1。敵では無いようだ。事態が急変したか?

 

 俺が医務室から出ると目標を見つけたように近付いてくる。

 ん? 何処かで見かけた顔だな。

 

「お久しぶりです!! 整備班のコウです!!」

 

 ああ、レールガンの説明書を渡してくれた青年か!! 

 

 相変わらずの坊主頭が目立っている。

 

「久しぶりだな。あのレールガンは凄まじい性能だった。でも壊してしまった……申し訳ない。それで何か報告が有るのでは?」

 

 ああっ!? と失敗した顔をしてから用件を切り出す。

 

「申し訳有りません!! そうです大変なんです!! 将軍率いる部隊がーー全滅しました!!」

 

「やはりか……」

 

 今のは将軍配下の部隊か。そして敵は白い死神ノエ。ノエがSランクの理由は最強だけじゃ無い。そう戦略魔法師としての範囲殲滅攻撃を持つのだ。

 通称ヘブンズジャッジメント。そう天罰だ。あの大出力の魔法を展開出来る魔法師なんぞ他の誰にも存在しない。集団魔法でも一気に何人もの魔法師の魔力を使い果たしても可能かどうかだ。

 

 そしてヘブンズジャッジメントが放たれた地点は塵と化しているだろう。果たして将軍や山口はどうなっているだろうか。

 

 状況が分からない北の方角の夜空をただ見つめるしか無かった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -ノエ視点-

 

 時間は少し戻る。

 

 柳生との約束通り、我々は火星独立軍に戻りたがる兵士をまとめ上げ、与えられた車両を使って北上している。

 半数ぐらいだろうか、日本人も残っていた。彼らは日本に居場所が無いもの、火星独立軍に忠誠を誓う者、一旗揚げたい者と様々だろう。

 

 何とか全員乗せられた車両群はゆっくりと移動する。

 

 そして後ろには監視の為か車両が着いてきていたが、明らかに意図が不明な部隊も来ている事も感知していた。

 

 ……柳生が約束を(たが)えるとは思えない。ラインも居る。……柳生よりも上に居るウジ虫共が湧いてきたか。

 

 近くに居る兵士に声を掛ける。

 

「おい、戦闘態勢を取れ。あくまでも退却だ。無駄な戦闘は避けろ」

 

 突然の戦闘態勢命令に驚きもせず、準備を始める部下達。停戦協定があったのにも関わらず、すんなり命令を受け入れる部下が居ることに嬉しくなる。

 

 今までいきなり特別な立場になったことで不満に思う部下も少なくなかった。可笑しい事言ったらここぞとばかりに反論してくる者ばかりだった。

 日本に来たのは正解だったかもしれん。

 

 後ろから追撃しようしている奴らには天罰(・・)を与えよう。

 

「おい、俺が殿(しんがり)をやる。1両以外は先に行け」

 

 そして残ったのはいつも俺の傍を離れない眼鏡を掛けた真面目な男。そいつだけだった。

 

「私が責任を持って、部隊に合流させます」

 

 そいつは部隊の中で1番速いだろう装甲車の運転席でハンドルを握っていた。

 

「俺はここで死ぬ気は無い、頼むぞ、タチバナ」

 

 タチバナと呼ばれた部下は自信満々に頷く。

 

 さて殲滅の時間だ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -山口視点-

 

 気にくわない事だが、ラインからこの事を知らされてなかったら我々はただ見守るだけだった。もしかしたら我々が将軍を止められるかもしれない。

 

 逸る気持ちも抑えて、少数の部隊を連れて将軍の部隊を追いかける。無線は封鎖されてる為、繋がらない。足だけが頼りだ。

 更にアクセルを踏み込む。

 

 だが、もう少しという所で前面から眩い光が目を襲う。何とかブレーキで急停止する。

 

 対向車じゃない。森全体が光っていた。

 

 上から降り注ぐ光の極太の光の柱。魔法は分からないが、これは自分でももの凄い魔法だと理解出来た。離れたここまで地鳴りが感じられる。

 

 心が不安でざわめく。まさか間に合わなかったのではと。他のメンバーも同じようで、車を再発進させる。

 もう安全運転なんて気にせず、猛スピードで向かう。

 

 そして念願のたどり着いた場所は地獄絵図だった。開けた平原には無数の車両の残骸。人らしき焦げた存在もある。

 人が燃えた匂いはとても臭い。強烈な異臭に思わず鼻を抑え、涙が出る。

 

「何だこれは……」

 

 仲間の一人が思わず零す言葉に同感だ。

 

 どれも酷い死に方ばかりだ。ちょっとの熱量には耐えられるはずの鋼の戦車達も泥のように溶けている。

 どれだけの熱量が降り注いだというのか。

 

 考えただけでも恐ろしい。銃弾で死ぬのではなく、焼け死ぬ。それがどれだけ苦しいのか想像出来ない。

 

 その原因を振りまいただろう白い死神の恐ろしさで体が震える。

 何故こんなにも酷い殺し方を簡単にやれるのか。もはや虐殺では無いだろうか。

 

 その時、北の方角に向かって走る装甲車を見つけたが誰も追いかけようとはしなかった。

 

 



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13-21 交渉

後1話か2話で日本編終わるかと思いまする(予定)


 

 -ノエ視点-

 

 体が辛い……怠い、痛い。いつもこの技を使うとそうだ。体の節々が痛み、頭は朦朧(もうろう)とし、心拍数はもの凄く遅くなる。まるで体が冬眠に入るみたいだ。

 

 ちくしょう……この代償が無ければ、今すぐにも地球連合国を焼き払えるのに……

 

 忌々しい体のセーフティに愚痴を零す。これが無ければ死ぬかもしれない。だがそれ以上に地球連合国が憎かった。

 

 ガタガタと揺れる車内。ゆっくり走れば大して気にならない道路のデコボコだが、猛スピードで走る車内ではジェットコースターのようだ。

 だがそんなことも俺にはもうどうでも良くなってきた。もう意識が遠のくからだ……

 

 

 

 

 

 -----

 

 -タチバナ視点-

 

 バックミラーで後ろをを見ても追っ手は来ていない。こちらに気付いてるはずだが、更なる被害に恐れをなしたか。

 

 隣で突如静かになった白い死神。死んだかと思ったが、ちゃんと息はしていた。だが呼吸数はかなり少ない。まるで冬眠でもしてるのかように。

 

 今の自分の考え一つで白い死神の生死が変わるかもしれないと思うと心が怪しげに揺れる。

 引き返して日本独立戦線に引き渡せば生涯安泰。むしろ豪遊出来るだろう。

 

 だがそんな考え以上にこの男には恨みが有った。こんな所で死なせてたまるか。自分がこの男を殺さなければいけない。

 

 再度決意を決めると、更にアクセルを踏み込む。

 

 

 

 

 

 -----

 

 山口の部隊が基地に戻ってくる。将軍を止められたのかと期待して外に出るが、戻ってきた兵士達は誰もが暗い顔をしていた。

 

 装甲車に乗った山口を見つけると掛け寄って山口を引きずり出す。

 

「どうなっている? 止められたのか?」

 

 山口は目線を落とすと呟くように話し始める。

 

「……俺らが駆けつけた時には、既に将軍配下の部隊は壊滅していた。全て、全てがっ!!灰燼(かいじん)と化したんだ!! やはり柳生さんの言っていた事は正しかったんだ……」

 

 どれだけの惨劇か、現場に行ってない俺には分からない。だが山口の悲痛な叫びにとても酷い有様だったのだろうと想像出来る。

 

「全ては白い死神がやったのか?」

 

「発動した所を見てないから分からないが恐らくそうだ。敵は少数だった」

 

 自信無さそうに呟く山口。いつも自信ありげな態度を取っていた山口にしては珍しい。

 

 やはり白い死神はヘブンズジャッジメントを使ったに違いない。威力は散々使われている地球連合軍から提供された資料で知っている。あれを使われたら最後、そこにあるあらゆる物質が焼ける。因みにHAWも燃えたらしい。

 

 あれだけの魔法を使うには代償が必ず有るはずだ。大出力の魔法を使い、体の魔力を枯渇させると魔法が使えなくなる場合もあると報告されている。だがノエは変わらずこれまでに何発も打っている。

 

 魔力に余裕があるのか、それとも何かしら裏が有るのか……師匠が今、生きているのもノエの施しのおかげだ。あれがノエの魔法なのか、タネなのか分からない。

 

 もしタネなら納得出来る点もあるが、新たに疑問な点も出て来る。それは何故ノエにその能力があるかだ。

 ノエは光一族。プロテクトや光弾、転生雷光は光一族の伝統の技だが全部使える者は居らず、ましてヘブンズジャッジメントなんて技は無い。そうノエはポッと出の天才、いや奇才だ。

 そしてあの師匠を回復させた物。あれが光一族の特徴とは聞いてない。

 光一族の天才の延長として考えるには離れすぎているのだ。

 

 ーーおっと、学者でも無い俺1人が考えても答えが出ないだろうノエの秘密にハマる前に現実に戻ろう。

 

「……山口は良くやったよ。追撃しなかったのも正しい判断だと思う。白い死神には俺から謝罪しておく」

 

「……ふんっ、お前に言われるまでも無い。最善を尽くしただけだ。……後は頼む」

 

 下がっていた眼鏡を直し、再度車の中に戻る山口。後は任された。

 

 

 

 執務室にある相互連絡用として渡された無線機を使って、ノエに連絡を取る。だが出たのはトウキョウで会ったノエの部下の男だった。

 

「こちら日本解放戦線、ラインです」

 

「……良くもまあ、連絡出来るもんですね」

 

 明らかな苛立ちが無線機の向こうから感じ取れる。そりゃあこっちが一方的に約束を破ったのだから。

 

「こちらの不手際……いや明らかに我々の組織の(ゆが)みから出た(うみ)でした。既に信用を失ってしまったことは重々承知しています。そしてもうこちらが手を出す事は有りません」

 

 相手の男はせせり笑う。

 

「手を出さないだって? それはもう手を出したくないの間違いでは? 弱った獲物だと勘違いして、手を出したら噛まれた、という感じでは?」

 

 同じ立場なら俺でもそう思うだろう。だがここで食い下がっては信用は取り戻せない!!

 

「それが違うという事を証明するにはこちらも誠意を見せないといけないと思います。そちらに私1人で行きます」

 

「……その意味を分かっておいでか?」

 

 敵陣に単騎で行く事は死を意味している。それも交戦中だ。だがそれぐらいしなくてはこちらの誠意が見せられない。賭けだが、ノエは俺を殺さない。

 

「ええ、必ずやそちらに行きます。時間的に見ると柏崎港に空で直接向かいます」

 

 向こうからの返答は無い。切れたのではなく、向こうは考えているようだ。

 

「……了解した。必ず1人で来い。そしてもう我々は敵同士だということを忘れるな」

 

 いつでも殺せるぞ宣言をする男。だがここで折れるわけにはいかない。

 

「はい、今すぐ向かいます。無線機は持って行きますので連絡を密に行います」

 

 何とか約束は取り付けた。後は俺次第だ。

 

 通信が終わると体の力が一気に抜ける。日本解放戦線の全ての信用が俺に掛かっている。

 何故部外者の俺にと思うこともあったが、師匠が寝こみ、将軍は行方不明。山口は交渉向きでは無い。他の面々もだ。

 

 だから俺しか居ない。そもそもここまで関わっておいて部外者では無いだろう。HAWの指揮官すらやったんだぞ。

 と自分の正当性を確認した所に山口がすっ飛んでくる。

 

「おい!! 柳生さんが目覚めたぞ!!」

 

「何!?」

 

 師匠が目覚めた知らせは疲れも緊張も全て吹っ飛ばした。

 

 



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13-22 楔

何とか次の話で日本編は終わりそうかな


 

 師匠が起きたという知らせは俺の中の何もかも吹っ飛し、足は勝手に山口の後ろを追い掛ける。

 

 逸る気持ちを抑え、医務室まで早歩きで行く。病人の近くで走っては迷惑だろう。

 

 山口の後ろを付いて行かなくても師匠の場所は分かっていたが、わざわざ抜かすまでも無いだろう。

 

 山口が医務室のドアを開け、俺も続いて中に入ると、そこには陰鬱(いんうつ)な表情で師匠はベットに腰掛けていた。

 

「柳生さん、ラインが来ました」

 

 山口が知らせるものの、師匠は俯いたままだ。

 再度声を掛けると、やっと気付いたのか顔を上げる。

 その顔はやつれ、前の精悍(せいかん)さが感じられない。まるで死人のようだ。やはり技の後遺症だろうか。

 

「……ああ、ラインか。大事ないか?」

 

 まだ30代なのに一気に老けた顔で微笑む師匠。命は取り留めたが、以前の師匠ではなくて寂しさで心が揺れる。

 

「……はい、私は見てただけですから……」

 

 見てただけーーあの戦いに手が出せなかった自分の実力不足に歯がゆさを感じる。俺も強くなりたい。だけど、もう仲間を傷つけたくはない。あの力を制御しなくては……

 

 気の力ーー未だ俺には使いこなせてない。だからこそ師匠にはまだ現役で居てくれないと困る。何とも個人勝手な理由だが、日本にも必要な人だ。

 

「師匠、私は今から単身、敵陣に乗り込みます。どうか見てて下さい、不甲斐ない弟子の勇姿を」

 

 皆から尊敬され、白い死神と互角に戦い合う立派な師匠に対して、力の暴走から、手出しが何も出来かった不甲斐ない弟子だった。

 

 だから今回は俺に与えられた挽回のチャンスだ。

 

 しかし俺の言葉を聞いて師匠は突然体を震わせる。顔は歪み、それは恐れからだと理解出来た。

 

「……あの方にはいつか元に戻るかと期待していたが、そのまま死んでしまった……お前は死なないよな?」

 

 はい、とは言えなかった。もちろん死ぬ気は無い。

 

 だがそれにしてもなんて気弱な師匠になってしまったのだろうか……こんな師匠は見てられない。何とかして師匠を元に戻そうと思い、ここは死すらカードに使おうと思った。

 

「師匠、俺は今の師匠には会いたくないです。こんな師匠ならば死んだ方がマシです」

 

 俺に突き放された師匠は顔を絶望で歪め、手を伸ばすが足に力が入らず、地面に倒れてしまう。

 

 心が痛い。だけど突き放さないと師匠は戻ってこない。

 心身共に強いと思っていた師匠も人の子。俺には将軍と師匠の関係は知らない。だけどそこに強い繋がりが有ったんだろう。だからこそ師匠は壊れた。

 

 だがそのまま壊れたままで居ることは俺は許さない。貴方は休んで良い人じゃ無い。俺の理想の為、日本の為に身を粉にしてもらう。

 

「師匠、次会うときまでにはその弱さを捨てといて下さい」

 

 俺は既に大切な人を2回も失った。もう壊れる心は持っていない。

 それに対して師匠は死には慣れているが、大切な人を失うことには慣れていなかったのかもしれない。

 

 接し方が冷たいと自分でも思うが、静の気を通して感じたもう1人の俺がそこに居た。アカデミーの楽しい生活で忘れていた冷酷非情な自分が存在し、それは紛れもなく自分の一部だと。

 

 俺は仲間も守りたい。だけど復讐も俺の一部で、生きる意味なんだ。

 だから俺は共に生きていく、もう1人の自分と。

 

 そして山口が医務室を出る俺に襲いかかりそうな殺気を送っていたが、俺は気に留めなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 医務室から出て、広場に向かう。そこにはあらかじめ、ノエ達が居る柏崎港行きのヘリを用意していた。

 ヘリのローターが回り、風が起こって砂埃が目に入る。目を細めた所に、待っていたのはアリサだった。

 

 アリサは車椅子に乗っていた。俺が暴走したせいで起きた下半身不随なのか、一時的な物なのか今の俺には分からなかった。

 

 アリサは俺を見つけ、慣れない手つきで電動車椅子を操作する。今までは直ぐ来れる距離を方向と速度を操作しないと来れない不自由さをここから見て取れる。

 

 やっとの事で俺の前まで来られたアリサは苦笑いを俺に向ける。

 

「……はぁ。こんな少しの距離なのに不便ねぇ。まさか自分が乗るとは思わなかったけど……」

 

 その感想に俺は何も答えられない。俺のせいでこうなったのだ。これは一生付きまとう責任かもしれない。

 

 するとそんな様子を見たアリサが俺の腹を軽く殴る。

 

「……どうせあんたの事だから詰まらない事考えてるんでしょうけど、全部忘れなさい。あそこで巻き込まれたのは私の意志。そしてこの麻痺は一時的な物。時間は掛かるかもだけど完治するってお医者様が言ってたわ」

 

 俺の心を見透かしてたような答え。そう俺は彼女に許して欲しかったんだ。

 だが彼女の言ってることが本当か分からない。一生の下半身付随を誤魔化して嘘をついてるかもしれない。だけどそれは俺を思っての事。ならば俺は感謝を伝えるだけだ。

 

「……アリサには敵わないな。……でもありがとう」

 

 アリサも俺の笑顔見て満足そうに微笑む。

 

「だから……死ぬなんて言わないで。生きて帰ってくるとここで誓いなさい」

 

 その表情は真剣そのもの。

 俺も顔を引き締めて返事をする。

 

「ああ、必ず生きて帰ってくる」

 

 確証はない。だけどこれに応えるのがせめてものアリサへの償いだった。

 

 アリサを残し、ヘリは上昇する。

 

 髪を抑えながら上を見上げるアリサの表情はいつまでも笑顔だった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 柏崎港へは1時間程で着く。

 

 向こうへは事前に通告してるから落とされはしないだろうが、これも確証はない。こちらは約束を破ったのだから、向こうも守る必要はない。また部下には俺が来ることを通達されてない、勝手に動くという事もあり得る。

 全員に恨まれても仕方ないのだ。

 

 ヘリじゃ対空砲火の前に何もする術も無い。高度が低ければ、魔法で何とか降りれるかもしれないが、そんな賭けのような事もしたくも無い。

 

 そんな最悪の結果を予想しながらヘリは柏崎の町に到着する。

 もう近接対空砲火の射程圏だが、撃たれてない。統率が行き渡ってるのだろうか。

 

 そして無線からの誘導管制に従って、決められたスペースに着陸する。操縦士には悪いが俺が帰ってくるまでここで待機して貰おう。

 

 ヘリを降りると、そこには完全武装した兵士達がズラッと並んでいた。銃口は向けられてないものの、一様に殺気立っていた。

 

 予想通りの重い雰囲気で、俺の一挙一動に視線が集まる。少しでもおかしな事をしたら殺されるだろう。

 

 そして強面の兵士達に囲まれながら、天幕に入っていく。そこで待っていたのはノエでは無く、トウキョウで会った男だった。

 

 あの時は優しい笑みを浮かべていたが、今はその面影も無く、何とも冷たい視線を俺に向けている。

 

 そして簡易テーブルを挟んで対面に座らされる。

 

 向こうには男だけ、俺の方には兵士達が監視するというまるで囚人にでもなったみたいだ。

 

「……さて、敵陣に単騎で来るという約束を守ったことは評価しよう。だがまだ約束を破った事には釣り合わない」

 

 冷たさと怒りに満ちた態度。静かに怒る男は相当我々を信頼してたのだろう。

 

「大変申し訳ありませんでした。約束した柳生は昏睡状態で、その時の指揮権は他の人に有りました。またその人は柳生よりも上層部で我々には止める術がありませんでした」

 

 言い訳だが、これを言う言わないでは向こうの理解度が違う。

 

「……では、今回の攻撃はそちら全体の意志と考えて宜しいと? 上層部がそれならば軍隊はその方向に向かうのですから」

 

「いえ、その作戦中に柳生よりも上の指揮官はMIA(作戦中行方不明)になり、現在全軍の指揮権は柳生派にあります。これ以降攻撃することはあり得ません」

 

 何とか言いたい事は言えた。これでこちらの状況は伝えられた。

 

 だが男は半笑いを返してくる。

 

「なるほど。現在は柳生派が統率されているとの事ですが、MIAの上官が見つかる、残党が反撃に出るとか否定出来ないですよね?」

 

 意地悪な質問だが、確かにその通りだ。上官が見つかれば、指揮権は上官に移る。また残党が勝手に攻撃するかもしれない。

 

「……我々には柳生以上の上官は存在しません。失礼しました。先程申し上げたのはMIAではなく、KIA(戦死)でした。

 また我々、日本独立戦線では無い部隊がうろついているとの情報も入っています。もし見つけた際には迎撃、またはお知らせ頂ければ、こちらが排除します」

 

 俺の答えに男は笑い出す。だがそれは俺を馬鹿にした物では無く、満足感からの笑いだった。

 

「お見事です。従わない者は味方とは認めないという、英断。こちらはそちらの部隊では無いので、抗議も出来ません。全て、正体不明の部隊として片付ければ良いのですからね」

 

 満足そうに頷く男に俺の緊張は解ける。何とか上手く行ったみたいだ。

 

 だがノエが現れない事がまだ俺の心に楔を打ち込んでいた。

 



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13-23 解放

何とか日本編終わった……ちょっと小話は次話入りますけど……

来週は改稿とこれからの展開を詰める為、お休みさせて頂きます。
もし見たい閑話など有りましたら募集してます


 

 何とか誤解も解けたようで柔らかな雰囲気になる対談。目の前の男も手を差し出して来る。

 

「意地悪な質問をしてしまい申し訳ない。

 申し遅れました、私はタチバナです」

 

 手を握り返し、握手する。

 

「ご存じかと思いますけど、ラインです。

 いえ、何とか誤解が解けたようで良かったです」

 

 だがノエはこの場に現れない。それはどういう意図をなのだろうか。我々を許してはいない、それともこの場に来られないのだろうが。距離的になのか、体調的になのかは分からない。

 

 どちらにしろ聞かないと分からないようだ。

 

「あの、ノエ殿にもお話ししたいのですが……」

 

 “ノエ”という単語を聞いた一瞬、目つきが鋭くなった気がする。だが気のせいだったのか、柔らかな笑みのままだ。

 

「ノエ特佐は今回の件を報告する為に一足先に北京へ。会えなくて残念だと申しておりました」

「では通話とかはーー「ライン殿?」」

 

 今度は明らかに敵意をこちらに向けていた。柔らかな笑みは消え、冷たい視線が見つめている。

 

「確かに貴方の単身でここまで来た勇気と的確な対応にこちらは納得はしましたが、今回の事を許してはいません。そこの所をお間違い無きよう」

 

 ……そうだった。全てが許された訳では無い。ここは引き処だな。

 

「申し訳ありません。失礼が過ぎました。ではノエ殿にもよろしくお伝え下さい」

 

 この話が終わると、タチバナは柔らかな笑みに戻る。これは厄介な奴がノエの部下にいるもんだな。

 

 タチバナは納得しているものの、他の兵士ははい、そうですかと納得出来るはずも無い。

 外に出るとさっきと同じく明らかに敵意を向けてくる。

 

 無数の敵意の中、待たせていたヘリのパイロットにお礼を言う。

 そしてパイロットは愚痴をこぼしながら離陸する。

 

 また今回も攻撃される事無く、無事にトウキョウに戻ってきた。

 

 敵地から味方の領内に降り立つと急に疲れが襲ってくる。死と隣り合わせだった任務をこなしたんだ。

 

 そういえば天幕等の一時期的な物は片付けられていた。何故なら火星独立軍も使っていた宿舎等がある。まあそれも日本国防軍が建設した物だがそこを使うらしい。

 俺もそこを利用させて貰おう。

 

 宿舎に入ると、大勢の兵士でごった返していた。誰もが体中、土や血にまみれていて風呂待ちらしい。

 

 そもそも戦いが終わるまで風呂には中々入れないから今殺到するのも当たり前だろう。長期戦の場合は風呂とか娯楽も有るだろうが今回は短期戦だった。一日も経たずに終わってしまった。

 

 それもノエと師匠の英断のおかげだろう。もしお互いに徹底抗戦ならば、長期戦となり、トウキョウは壊滅的被害を受ける事になる。

 

 さて俺も風呂に入りたいと兵士達の列に並んでると、腕を引っ張られて列を抜けさせられる。

 

 誰かと思って見たら、コウだった。

 

「折角並んでたのに……一体何の用?」

 

 3分の1進んだ辺りで引っ張られたので俺も不満だ。

 するとコウは謝りつつもそんなに悪びれてない。

 

「済みません。でもラインさんにはこっちの風呂では無くて……」

 

 ん? 女風呂にでも入れと言ってるのか? 

 と心の中でボケていると

 

「いえ、ラインさん達高官用の風呂が有りまして……そっちをご利用下さい」

 

 へえ、そんな物が有るのか。

 

「だけど俺は高官でもないし、こっちでも構わんよ。こっち使い慣れてるし」

 

 アカデミーもそんなに贅沢な仕様では無い。メンテはしっかりされてるけどね。

 

 だがそれでは困るようでコウの必死な顔が面白い。

 

「ダメなんです!! 功績の有る人をもてなすのは当たり前です!! でないと日本独立戦線の品格が疑われます!!」

 

 まあ確かにそうだ。功績が大きい者を評価しないと優れた人材は離れていく。

 さて意地悪もここまでにして、従うとするか。

 

「悪い悪い。そっちに従うよ」

 

 俺が承諾すると花が満開のような笑顔を見せるコウ。そんなに嬉しいか。

 

「はい!! それと私が御世話役に任命されたので、何か有りましたらお申し付け下さい」

 

 御世話役なんて何処かの貴族じゃあるまいし……とりあえず風呂場への案内かな。

 

 そしてコウに案内されたのは火星独立軍東京支部の風呂場だった。今は日本独立戦線の本部か。いやもう日本国防軍なのか? まだ政府が無いからまだか?

 

 風呂場は大浴場で、暖房完備だった。寒くなってきた今、お湯に入るまでが寒いので助かる。

 

 やはり高官用の風呂場だからか、中には高そうな絵画が飾られており、無駄に広い。今は俺1人しか居ないから落ち着かない。

 

 体中が汚れているので先に体と頭を洗うこととしよう。

 床は大理石で確かに綺麗なのだが、滑りやすいから注意が必要だ。日本では余り見られないのだが、豪華さを追求した結果、採用したのだろう。

 

 そしてバスチェアはなんと木で出来ていた。これはヒノキだろうか。落ち着く匂いがするな。

 

 と驚きばかりの所に誰か入って来る。見るとコウが入ってきていた。

 バスタオル1枚姿だが、残念ながら男なのだ。

 

「どうしたんだ?」

 

 ここは高官用。俺が言うのもなんだが、誰かに見られるとマズいのでは?

 

 するとコウは苦笑いしながら近付いてくる。

 

「実は誰も居ないので、ラインさんの背中を流す(てい)で、私も入ろうかと」

 

 なるほど。誰か来たらそれで誤魔化して来なかったら楽しむという訳か。コウもやるなぁ

 

「お背中、流しいたします」

 

 檜の椅子を持ってきて、後ろに座るコウ。

 誰かに背中を流して貰うなんて、合宿の時のマナン以来か? あの時はグレンに冷水を掛けられたなぁ。

 

 思い出し笑いにコウが見てくるが、何でも無いと言って背中を向ける。

 

 先に頭をやり、次に石鹸で濡らしたタオルで背中を擦って貰うのは気持ちいい。細かい手つきは整備士のコウだからだろうか。

 

 そして気付いたら背中は終わって前にも来ていた。流石に前は自分でやるよ。

 

 全て洗い終わり、感謝を述べる。

 その時ふと面白い事を考えつく。

 

「そうだ。俺も洗ってやるよ」

 

 マナンで鍛えた(たった1回)腕前を見せてやるよ!!

 

 困惑して断ろうとするコウの背後に回り、問答無用で座らせる。力では俺には勝てない。

 

 諦めたのか力を抜いて身を任せるコウ。バスタオルを取ると、余り筋肉の無い細い体が見える。整備士だから当たり前だが、これではティナの方が有るな。

 

 背中に石鹸で濡らしたタオルで擦ると、変な声を出すコウ。辞めろ、俺がいけない事をしてるみたいじゃないか。

 

 まあ俺はそっちじゃないので構わないが、誰かに見られたらーーガラッ

 

 扉を開けた音がしてそちらを見ると、呆れた目でこちらを見ていた山口が居た。

 

「……邪魔したな」

 

 と言って扉を閉める山口。

 ちょっと待ってぇぇぇ!!

 

 

 

 

 

 -----

 

 誤解?も解け、その後山口の後ろに続いていた師匠も入れて4人で風呂に浸かっていた。この風呂は4人どころじゃなくて100人でも入れるのでは? 

 

 コウもさっきまでは逃げるように風呂場を出ようとしていたが、山口と師匠は構わないと言っていたので、俺が無理矢理入れた。

 

 俺の目の前に師匠、右前に山口、右にコウという配置だ。

 

 前にああ言った手前、気まずいのだが最初に話を始めたのは師匠だった。

 

「……ライン、済まなかった。俺は覚醒していたにもかかわらず、大事な事をお前にやらしてしまった」

 

 頭を下げる師匠。その様子だと正気に戻ったようですね。

 

「良かった……そのまま落ちぶれるのでは無く、戻ってこられたみたいですね。啖呵を切った甲斐が有りました」

 

 すると山口が憎まれ口を叩く。

 

「ふんっ、何であのような言い方をしたのか……素直に言えば良いじゃないか」

 

「あの時は師匠には生きる意味が見られなかった。ノエとの戦いで全て出し切り、その上将軍を失った。言っちゃ悪いですが、絞りカスでした。だから煽ることで火を付けたかった」

 

 大きく溜息を付く山口と笑う師匠。

 

「今なら分かる。あの時の意味と今のお前の状態が」

 

 山口とコウは頭にハテナが付くが、師匠の鋭い視線の意図を察する。

 

「……そうです。俺はもう1人の自分と折り合いをつけました。共に生きて行くと」

 

「その選択はとても厳しい道のりになるぞ? また暴走するかもしれない。そして自分を見失うかもしれん」

 

 暴走ーーこれが1番恐れる事だ。完全にもう1人の自分に制御を取られる事が恐ろしい。だがもう俺は渡すつもりは無い。存在は認めるつもりだ。紛れもなく俺だから。

 

「もう俺は負けません。強さを求めて、我を忘れるのは愚の骨頂だと理解しました」

 

 俺の目を見つめるじっと師匠。しばらくすると優しく微笑む。

 

「なら俺は師匠として見守ろう。静の気の力を制御出来るまで俺が傍に居てやる」

 

 師匠の優しさに思わず、涙が零れた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 トウキョウ解放作戦から1ヶ月後、俺は食客ーー軍事補佐官として師匠の傍に居た。補佐官と言っても役職では無く、居候(いそうろう)だ。主に師匠と気について修業していた。

 

 日本独立戦線は火星独立軍との停戦後、地球連合軍との同盟を締結。

 火星独立軍のハワイ攻略部隊は戻らざるおえなくなり、南シナ海を通って北京に戻った。

 そして地球連合国庇護下(ひごか)の元、日本は独立を宣言。そして同時に中立を宣言した。

 

 そして完全に日本人による日本政府が樹立され、師匠は日本国防軍最高指揮官となった。山口もそこそこの地位に就いたとか。戦力も増強されており、雷鳴が量産される予定だ。

 

 もちろん地球連合国の本音は味方陣営としての参戦を望んでいたが、各戦線が悲鳴を上げてる今、東アジアが安定するのは諸手を挙げて喜んでいるだろう。

 

 そしてもちろん日本は火星独立国とも同盟を締結。またエルス国とも同盟を締結していた。

 

 火星独立国としてはハワイ攻略の前線基地を失ったものの、北京への前線基地には使われない、緩衝地帯として使えるのでそこまで不満は無いようだ。

 元々ハワイ基地は地球連合軍の海軍の本部が有るところで多くの艦艇と兵士が詰めていた。そもそも地球上での海軍の強さは圧倒的に地球連合軍が勝っており、未だ地球連合軍が保たれている理由の1つだ。

 

 勢力図を見ると分かるが、陸続きのユーラシア大陸は全て火星独立軍の手に。アフリカ大陸はお互いにせめぎ合い、太平洋と大西洋によって、北米、南米、オーストラリア大陸は地球連合軍の支配下だった。

 

 海によって守られている地球連合軍。だがちょっとしかない海を越え、アラスカ方面から攻め込まれ苦戦していた。

 

 高性能HAW、セイバーを次々と投入し、大軍の火星独立軍から防衛していた地球連合軍。時間が経つ度に火星独立軍の損失は増えていき、地球連合軍優勢に傾きかけていた時、火星独立軍の打った一手は戦争全体に波紋を広げた。

 



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〈14章 ライン 新たな幕開け編〉
14-1 火星独立軍の一手


新章に入ります。ここからは大局が大きく動きますので世界情勢がちょこちょこ入ると思います。


 

 火星独立軍が打った次の手は最新鋭機の投入であった。

 

 地球連合軍よりもHAW開発で先駆けている火星独立軍は次々と新兵器を開発していたが、それらは工夫を凝らした派生機やHAWモドキであり、コストは抑えられていた。

 

 ユーラシア大陸を制する大きな勢力の火星独立軍が何故節約しているのかというと多くの軍事企業が非協力的だったからだ。皆HAWという新兵器のおかげで勝っていると考えているのだ。だが、地球連合軍がHAWを配備してからも地球連合軍の劣勢は変わらなかった。

 

 それを見たユーラシア大陸に存在する軍事企業は火星独立軍にこぞって媚を売り始めた。そう、次なる王はユーリだと判断したのだ。

 

 多くの軍事企業の協力や資金を集めた火星独立軍は高性能機セイバーに匹敵する高性能機を開発し始めた。コストを度外視して。その先行機がアラスカに投入された。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -アラスカ方面 本部-

 

 管制塔から眺める外も今日も相変わらず吹雪いていた。セイバーも雪コーティングされており、雪対策は万全だ。

 視界が雪のせいで悪く、レーダーだよりなのは辛いところで、レーダーが誤作動してたら一環の終わりだ。

 

 そんな時、突如閃光が走り、格納庫が火柱を立てる。

 そして爆音と共に重い振動が地面を走る。

 

「何だ!? 来襲か!?」

 

 そう言ったのも束の間、目の前に白銀のHAWが現れた。セイバーは白にコーティングされているーー

 そのまま男の意識は飛んでいった。

 

 そして奇襲された地球連合軍はスクランブルをかけ、迎撃する。

 

 目の前に白銀HAW。見たことも無い色と形の機体だ。

 

 その機動性はセイバーを凌駕していた。そして武装も大型の砲身を装備していた。

 

「何だ、あの砲身は……まさか」

 

 砲身が光ったと思った時には味方の機体が一撃でやられていた。

 推測だが、あれはレールガンだ。

 

 敵は10機ぐらいで侵入していて、こちらは50機以上で応戦していた。

 

 圧倒的数で殲滅出来るはずが、奇襲の混乱と敵の技量の高さによってじりじりと負けていた。

 

「まさか……アラスカ方面軍がたった10機の新型に負けるというのか……」

 

 そう呟いたのも束の間、炎が自分の身を包んだ。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -白熊 視点-

 

 アラスカ方面の本部を奇襲した新型の中に白熊が居た。

 日本での敗北の汚名返上の為、新型への搭乗を志願した。あの時負けたのは機体性能差だと思いたい。

 

 それを実証する為に、この新型ーーイルⅡに搭乗した。そして実際に戦闘してみると何という事だろうか。あれだけ高性能機だと思っていたセイバーが遅いと感じる。

 イル・アサルトも早かったが、セイバーには及ばなかった。だがイルⅡならば超えられる!!

 

 2本のレーザーソードを抜いて、向かってくるセイバーにはマシンガンで誘導し、肩のレールガンで撃ち抜く。

 これならラインが使っていたのと大して変わらん。

 一撃でHAWを落とせるとは時代も変わった物だ。ラインが使っていた物よりは大型化、固定武装となってしまっているが、それらの不便さも威力が全てをかき消している。

 

 新兵器、レールガンとイルⅡの性能と乗っているパイロットの技量で火星独立軍は押していた。

 

 そして何度も猛攻を耐え抜いたアラスカ方面本部だったが、たった10機で陥落しようとしていた。

 

 地上では逃げ惑う多くの兵士が見て取れる。ここは難攻不落と呼ばれた基地で、アラスカ方面への最後で唯一の基地が陥落するとは誰も考えてなかったのだろう。

 

 敵の兵士ではあるが、無抵抗。撃つには忍びないと思い、銃口を下げるが、そこを味方が躊躇わずに撃つ。

 断末魔がコクピットまで聞こえてくる。

 

 味方に怒りを覚えたが、ここは戦場。敵を撃つことで何故怒られるなくてはいけないのか。そう反論されては何も言えない。

 醜い戦いこそが戦争という物なのだ。

 

 呆気なく陥落するアラスカ方面本部を遠目で見ながら、強くラインとの再戦を望んでいた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 アラスカ本部が陥落したという報告は日本に居た俺にも届いていた。これから事態が大きく動き出すのは明白だ。

 

「師匠。これはマズいことになりましたね……」

 

 黙々と書類に目を通す師匠に話しかける。いかにも話しかけるなという表情をしているが、これは別に怒っているわけじゃない。慣れない事務作業に疲れているだけだ。

 

 その証拠に直ぐに返答が返ってくる。

 

「……そうだな。均衡していた各戦線が崩壊するのは間違いない。だが地球連合軍も黙って見ていた訳では無いだろう。……しかし我々もエルス国も身の振り方を決めるべきという事態になるかもしれんな」

 

 俺の方を一瞥した師匠。まさかエルス国ってバレてる?

 

「あの、私の出身とかについては聞かないのですか?」

 

 すると師匠は半笑いで返してくる。

 

「お前が何処の出身だろうと構わん。お前は俺達と共に戦ったんだ。それだけで十分だ」

 

 全面の信頼に目頭が熱くなる。ここを離れたくない。でも俺には向こうに待ってる人達が居るんだ。

 

「師匠、実は私はエルス国の出身です。だから戻らないといけません。これから更なる動乱へ向かう気がして……」

 

 師匠は手を止めて、俺の顔をまじまじと見る。

 

「なるほど……この感じはあの人のか。ようやく確信した。お前はブライス代表に言われてここに来たな?」

「何故それを!?」

 

 俺が脱走してきたという可能性もあるのに、見事に当てる師匠。流石だ。でもなぜ分かったのだろう。

 

「それはだな、わざわざスパイとして送り込むには間抜けで、目立つ外国人だからだ」

 

 間抜け……ヒドい……

 俺のしょぼくれた顔を見て笑う師匠。からかったのか!!

 

 師匠はニヤつきながら話を続ける。

 

「悪い悪い。でだ、スパイで無いなら脱走兵という可能性だが、我々に協力をするのは可笑しい。戦争が嫌なのに戦うか?」

 

 確かに戦いが嫌で逃げてきたのに戦うのは可笑しい。

 

「そして最後に思い付いたのはノープランだ。何にも考えずにここに来た。だから刑事に怪しまれるわけだしな」

 

 く、今日師匠ドSじゃないか?

 

「で、お前の格闘術、魔法とどちらもエルス国の物だ。これからは使う時には気を付けろ。そしてわざわざここに行かせたのはブライス代表の意向だろう。あの人には一度だけあったことある」

 

 ブライス代表と師匠が知り合いなんて意外な繋がりだ。だから日本に行かせたのか……

 

 俺が日本で学んだ事はもう1人の俺が存在すること。その俺は冷酷非情であるが、その戦闘スキルはかなり高い事。だがソイツに頼ったら最後。もう戻って来れないかもしれない。

 だから俺は自分でどうにかしないといけない。ソイツがいくら囁こうとも俺は頼らない。それをこの1か月修行したんだ。

 

 意志を固めていると師匠は話を続ける。

 

「ブライス代表は神速の英傑、と呼ばれていたな。今では衰えているが最盛期なら俺にも勝てるだろう」

 

 どんだけ強いのだろうか、ブライス代表は。

 

「それはさておき、お前はここに来た意味があったか?」

 

 先程とは違い、真剣な顔になる師匠。

 

「はい、師匠やアリサに会えて、俺は何のために戦っているのか再認識出来ました。また自分の実力はまだまだ足りないとーー」

 

 その言葉の途中で俺の肩に手を置いた師匠は満足そうに微笑む。

 

「それだけ分かれば十分だ。胸を張って帰国しろ」

 

 そう言って俺を執務室から追い出したのだった。

 

 

 

 その後帰国の途に付こうとしていた俺はアリサと面会する。

 

「帰国しようと思う。色々とありがとうな」

 

 まだ車椅子のアリサは寂しく笑う。

 

「……懐かしいね。ラインと会ったのがちょっと前なのに、凄く寂しく感じる。まさか本当にラインが救世主になるとは思わなかった」

 

 あの時、アリサが助けてくれなかったら俺は刑務所で日本を楽しむ事になってたかもしれない。運が悪ければ殺されてた可能性もある。

 

「いやいや、こちらこそありがとう。あの時、アリサに助けて貰わなかったら日本を満喫出来なかったよ」

 

 改めてお礼を返す。するとアリサは近付いてきて、俺にしゃがむよう要求してくる。何だ? と思いながらしゃがむとほっぺに暖かくて柔らかい感触を感じた。

 咄嗟に判断出来た。ほっぺにキスをされたと。

 

「ふふっ、救世主様に感謝の気持ちを伝えたの」

 

 小悪魔のように微笑むアリサはとても嬉しそうだった。

 

 

 

 さて山口とはちょっと話しただけで会話は終了し、コウはとても寂しがっていた。エルス国に来ないか?と誘ったが強くなってから行きます!!と言っていた。師匠のところに弟子入りでもするのだろうか。

 

 空港から国交が正常化したエルス国行きの便にやっと乗れる。隠れる事も無い!! 素晴らしいな!!

 

 と意気揚々と待合所で待っていると、肩を叩かれる。

 振り返り、その人の顔を見ると思わず、げっ、という言葉を出してしまった。

 

 そこに居たのはあの刑事、俺を怪しんだ刑事だ。相変わらずヨレヨレのコートとボサボサの髪だ。

 

「よお、ボウズ。やっぱり俺の勘は合ってたな」

 

 肩を何度も叩く嬉しそうに刑事。痛いんだけど……

 

「にしても俺が怪しんだ外国人が日本に革命を起こすなんてなぁ……おかげさまで俺の給料は暴落だ」

 

 火星独立国の支配下から抜けた事で日本の財政は一気に苦しくなった。地球連合国からの支援はあるものの、最盛期には及ばない。だからこそ、支出を抑えるため、公務員の賃金が下げられているのだろう。

 

 だがそう言う刑事も悲しい顔では無く、嬉しそうだ。

 

「……だがお前さんのおかげで日本人としての誇りは思い出せたよ。苦しくても日本としてやっていく。それが日本だよ」

 

 俺の肩をポンポンと軽く叩いて去って行く刑事。

 菓子パンのシールを俺に貼り付けなければ感動の別れになるのになぁ……

 



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14-2 手荒い歓迎

何とか少し書けました。4月になれば落ち着きますので……


 

 残念な刑事との別れをほんの少し惜しんだ後、エルス国行きの飛行機に乗る。行きとは違って、堂々と乗れる。むしろファーストクラスを手配して貰うぐらい好待遇だった。

 

 出発ロビーから微かに聞こえる日本語を尻目にファーストクラスに入ってからはもう日本語は聞こえなかった。時たま聞こえた日本語はCAの談笑だった。

 

 そして季節が真逆のエルス国に降り立つ。日本は冬に近づいてるのに、こちらは夏に近づいこうとさている。季節の急な変化に体が付いていかない。

 

 予想以上に疲れながら、ウェリントン基地の入口に着く。身分証は持って行ってない。もし前の日本で落としたらマズいからだ。だからもちろん入口で止められる。当然、身分証を持たない不審者を簡単には通さない。

 

 普通ならばここで時間を食うところだが、俺には秘密兵器がある。そう、日本の特別身分証である。日本政府の支援を受けることが出来るという特別な身分証だ。

 

 これには入口の兵士達も上に報告しなくてはならない。

 

 そして10分後、俺は入口の検問をクリアすることが出来た。更には車と運転手を用意してくれるだと。師匠様々だ。

 

 そしてもちろん向かうのは本部。ブライス代表と色々と話がしたい。本部に向かう間に見た基地の様子は少し騒がしかった気がした。

 

 

 

 

 

 車を降りて、中に入り、エレベーターを使って執務室に行く。ノックして中に入ると満面の笑みでこちらを見ているブライス代表と目が合う。

 

「よく戻ってきたね、ライン」

 

 俺が戻ってこないと思っていたのだろうか?

 

「何とか生きて帰ってきました……」

 

 代表は横に首を振る。

 

「違う。君が戦いで死ぬとは思ってない。帰る理由がここに有るのかという意味だ」

 

 何を根拠に俺が死なないと思ってるんだ? 

 

「それは、やはり生まれ故郷ですし、マナンやグレン、俺には仲間が待ってます。あの、私が何故死なないと思うのですか?」

 

 ニヤリと含みを持った笑みを浮かべる代表。

 

「それは、君の意志の強さだ。君の意志の強さは悪い方向にだが、とてつもなく強い。もし半身を失っても君は復讐を遂げようとするだろう。そんな人は死なない」

 

 代表は気付いたのか、俺の大きな深い復讐心に。それでもアカデミーに受け入れてくれた。

 

「君ならその復讐心を糧に更に大きくなると思う。もし心が闇に染まる時は、私が責任を持って止めよう」

 

 師匠といい、代表といい、良い上司に恵まれてるなぁ。

 

「……ありがとうございます。もし私が暴走して仲間を襲った時は、その時は、遠慮なく殺して下さい。私は仲間を殺してまで復讐をしたくない。もうこれ以上大切な人を失いたく無いです」

 

 代表は先ほどまでの笑顔を消し、鋭い眼光を俺に向ける。その眼力はエルス国を背負う代表としての覚悟と多くの戦場の経験からだろうか、師匠とは少し違う物だった。

 師匠は鋭い刀のような眼光だったが、代表は全てを知っているかのような眼光だった。

 

「……分かった。もし私がそこに居たなら、決して君の仲間を傷つけさせはしない。だが私が常に傍に居るとは限らない。その時はどうする?」

 

 制御出来なくなった俺を止められる人は他に居るのだろうか。自分で言うのなんだが、あの時の俺は中々強い。そして今は気の力も手に入れている。

 暴走する前提で話してるのはどんな事も想定しなければ成らないからだ。

 

「……その時はーー」

「俺がやる」

 

 突然後ろから声がしたから振り向くと、そこには赤髪の男ーーグレンが腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 

「……ここの警備をもう一度見直さなくてはいけんな……」

 

 困った顔で呻く代表。

 コイツは厳重な警備の中をくぐり抜けて来たのか!?

 

「ライン、お前の闇は知っている。そしてそれを止められるのは俺しか居ない。もちろん代表様とか柳生が傍に居るなら用なしだけどな」

 

 得意げな顔を向けるグレン。さっきまでの話を聞いていたのだろうか。

 

「……正直な所、私はラインの傍に居ることは出来ない。だからグレン、君に頼みたい」

 

 するとグレンは敬礼をして応える。

 

「お任せ下さい、ブライス代表!!」

 

 台詞は真面目そのものだが、表情は何とも締まりの無い顔だった。

 大丈夫か、これ?

 

 

 

 

 

 その後、アカデミーの卒業証書を貰って、グレンと共に寮に向かう。アカデミーは卒業したので、独身寮だ。

 グレンは自分の部屋に戻っていく。

 

 部屋は一人部屋で広さもアカデミーの時よりもかなり広い。1DKとなっていてキッチンも一応ある。まあほとんどの人が食堂を利用するらしいけど。そりゃあ食堂の方が楽だし、旨いし、メニューも豊富でバランスが取られてる、とエルス国の全力がそこに注がれている。

 

 マナンがいつも一緒に居たから思う。何と物足りない部屋なのだろうかと。おしゃべりでは無いマナンだが、誰かが居るというのは全然違う。

 

 その時、インターンホンが鳴らされる。モニターを確認するとそこには変な仮面を被った人達が楽しそうに笑っていた。

 驚くのと同時に部屋のドアを破られる。

 

 可笑しな格好の4人組はそのまま俺に襲いかかってきた。

 



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14-3 懐かしい敵

遅れて済みません。今週も忙しくて……来週は今の所空いてるので、間に合いそうです


 

 変な格好の侵入者は4人。それぞれ違う模様の仮面を被り、身体は紫色のコートで覆っている。

 体格はまばらだ。高身長のガタイのいい奴も居れば、小柄な奴も。それに女もいるみたいだ。コートで詳細な体格や得物は分からないが、それぞれ特徴が違う気がする。

 

 ドアを蹴破る時点で敵意があり、魔法師。ガタイのいい奴なら魔法を使わなくてもやれる可能性はあるが、蹴破ったのは目の前の普通の男。

 

 また今は昼間ゆえ、俺以外誰も寮には居ない。確実に俺を狙いに来ているという事だ。

 だが、狙われる理由が分からない。確かに何度も戦っているが、わざわざ敵国に乗り込んでまで、始末するほどなのだろうか? ここまで上手く行くのなら代表でも暗殺した方がエルス国には大打撃だろう? 

 

 まあ、そんなことに答えてくれるはずも無く、そのまま戦闘開始になる。

 

 敵は4人。戦闘タイプは分からないにしろ、数は不利で包囲されるのはマズい。狭い室内ではやりたくないが、ここでなら包囲されない。

 

 武器やAMAは無いが、誰か来るまで時間を稼ぐ。室内に居れないため、先手を取る。

 

 ドアを蹴破って男に右ストレートをお見舞いするが、半身で避けられる。だがそれは想定内。左手で男に向かって詠唱する。

 

「ファイヤーボール!!」

 

 敵に命中し、爆発音と爆炎が室内を駆け巡る。

 

 詠唱が早く、手早く火力が出せるファイヤーボール。対人には十分な威力だ。

 

 敵がAMAを付けていてもゼロ距離で撃ち込んだ魔法を受けたら流石にダメージは負うはずだ。俺も気で体を強化してなかったら痛手だった。

 

 炎が消えると、そこには無傷の男が何事も無かったように立っていた。

 

「馬鹿な……」

 

 思わず、口から言葉が漏れてしまう。

 初歩的な魔法のファイヤーボールだが、威力は中程度。AMAでも防ぎきれない。もちろん弾速が遅いなど短所もあるが、威力だけはそれなりにある。

 

 あり得るとしたら相当な高速詠唱かノエのようなプロテクト。もし俺のような肉体強化ならコートは燃えるはずだ。だがコートにはススすら付いてない。

 完全に俺の魔法は防がれたようだ。

 

 そんな完全な防御を見せた男だが、そこから動かない。逆にガタイのいい奴が飛び出してくる。

 

 得物は使わないようで、肉体強化らしい。

 ガタイは負けているが、俺には動の気がある。

 

 正面からぶつかっても負けない俺の体。それに気付いたらしく、戦い方を変える男。力だけでは無く、様々なフェイントや突如の足払いなど攻撃の種類に長けていた。

 俺は何とかすれすれの所で避けれたり、防げている。

 

 脳筋かと思えば、近接のスペシャリストだ。剛から柔もこなしている。これは避けるだけで精一杯だ。何とか距離を取らなくては……

 

 と思っていたら向こうから距離を取ってくれる。何故だ? 決め手が無いと思ったのか?

 

 そして次に前に出たのは女らしき人。これはまさか、タイマンを楽しんでいる?

 

 女も近接戦が得意らしく、猛スピードで接近してくる。そのまま突っ込んで来ると思いきや、突如、真横に跳躍する。あり得ない。真横に跳躍するにはスピードを一気に殺して、一気に加速だが、それを出来る人は見たことが無い。ノエや師匠でも不可能だ。

 

 予備動作の無い動きに俺は一瞬混乱するが、仲間に似たような奴が居た。だからこそ対処は出来そうだ。

 こういうタイプはかく乱するように動くが、最終的には直線の動き。だから最後だけに集中すれば良い。全てを一手に……

 

 全ての力を次の一撃に込める俺に女はかく乱を辞めて、距離を取る。コイツも様子見……

 

 そして残ったもう1人の小柄の男は懐からサブマシンガンを取り出す。

 今まで魔法師と来て、ここでただの銃撃だと味気ない。これも魔法のエンチャントによる銃撃だろう。

 

 あらかじめウォールシールドを展開しておく。これでただの銃撃なら防げる。

 

 そしてエンチャントの銃撃ならーー

 

 発砲音がけたたましく鳴り、銃弾が放たれる。

 

 そして案の定、ウォールシールドを貫通した銃弾を気の盾で防ぐ。

 風のエンチャントは魔法で出来てた物を貫通出来るが、気は魔法じゃない。

 俺の前でポトポトと銃弾が落ちる。万能な気の盾だが、かなり集中しないと出来ない。

 

 そう、今の(・・)俺なら出来る。

 もう1人の俺よ、力を貸せ。だけど、体は渡さんぞ。

 さっきまでの動揺が消えて、くっきりと情報が目から、鼻から、耳から入ってきて、多くの情報が頭で整理される。

 それと同時に闇が俺を襲うが、大したことない程度の闇だ。やはり今は激しい感情を持ってないからだろうか。

 

 弾を撃ちきると、それ以上攻撃してこない小柄な男。

 コイツも様子見……やはりコイツらはーー

 

「それ以上攻撃してこないのか? それともこれが本気か?」

 

 と挑発して見るが、大柄な男以外は大して変化は無い。

 大柄な男は苛立ちが少し感じられる。

 

 ……これで確信した。

 

 俺は拳を下ろし、全員に聞こえるように言う。

 

「仮装大会は気が済んだか? お前ら」

 

 最初に入ってきた男に微笑み掛ける。

 

 するとその男は仮面を取る。そこには見知った男ーーグレンが居た。

 

「ほう、何処で気付いた?」

 

 興味津々な目線を向けてくる。

 

「そりゃあ、それぞれの特性が似てんだよ。最初から順番に、グレン、アーロン、ティナ、マナン」

 

 名前を呼ばれるとそれぞれ仮面を外す。そこには満足げな表情を浮かべていた。

 

「流石だね!! ライン!!」

「お帰り。にしても強くなったわね……」 

「けっ、少しは強くなったみてぇだな」

 

 それぞれの反応を見せるマナン達。

 その中でも特にグレンは嬉しそうだ。

 

「いやあ、見間違えたわ。あの体制から咄嗟にゼロ距離で魔法からの、自爆はしないと。日本でかなり学んだみたいだな」

 

 師匠に教わった気は本当に凄い力だ。戦闘能力の底上げから、集中力、探知能力、と魔法と組み合わせると他の人より簡単に強くなれる。

 

 といっても簡単に習得出来る物では無いらしいが、俺は師匠のおかげで一カ月そこらで習得出来てしまった……恵まれた環境と運に感謝だ。俺が早く習得出来たのはもう1人の俺のおかげでもある。その代わり、前に出てくるようになったが……

 

「ああ、いい人に会ってな。その人に色々教わったんだ。代表には感謝だな」

 

 だが他の面々は首をかしげていた。

 

「代表に感謝とはどういう事かしら?」

「ラインは飛ばされたんじゃないの?」

 

 ティナとマナンが顔を見合わせる。

 

 ああ、そうか。公には左遷となってるのか。

 

「いや、左遷は建前で、俺は日本に遊びに行ってたんだが、そこで色々あって、日本独立戦線に参加して日本を独立させたんだ」

 

 そこまで話すとマナンが感嘆の声を上げる。

 

「凄い!! 独立はラインのおかげだったの!?」

 

 マナンはもっと聞かせてと言わんばかりだ。

 それに対してティナは疑いの目を向けている。

 

「流石に全部ラインがやったわけじゃないでしょ……でもそこにある日本政府の証明書が有るからにはそれなりの働きはしたみたいね」

 

 俺の部屋に入ってテーブルにある証明書を見て頷いてるティナ。

 

 一方、グレンはアーロンに尋ねていた。

 

「お前から見てどうだった? ラインの動きは」

「ふんっ、良い動きはしている。前とは別人のようだ」

「ほんと、別人(・・)のようだな」

 

 俺を見るグレンの視線は何処か含みが有るようだった。

 

 

 

 

 

「そういえばドリーは?」

 

 ドリーの代わりにグレンが居るから気付かなかったが、ドリーが居ないことに気付く。

 

 マナンは俺のキッチンで料理をしながら答える。

 

「ドリーはオークランドに行ってるみたいよ」

「で、何でお前らは休みなんだ?」

 

 それにはティナが答える。

 

「私はたまたま非番。マナンは無理矢理休んだみたい。アーロンは知らないけど、グレンはどうせサボりでしょ?」

「お、正解!!」

 

 ハハハと笑うグレンにティナがデコピンをお見舞いする。

 

 相変わらずだな、グレンは。

 

「わざわざありがとな。そういえば、俺が居ない間にアカデミーは卒業したんだろ? 皆、何処に配属になったんだ?」

 

 これにもティナが答える。

 

「まぁ大体予想通りよ。この馬鹿は代表直属。他は魔法科連隊よ」

 

 酒で良い気分となってるグレンが代表直属!? アホづらなのに……

 

「まぁ、アカデミーで成績上位だったから何となくは察したんだけど、この馬鹿を目の前にするとね……」

 

 忌々しくグレンを睨むティナ。グレンは怖い怖いと言いつつ、ニヤリと笑ってる。

 

「ああ、ライン。そういえば、お前にも来てたぞ~」

 

 ポケットからクシャクシャの紙を取り出す。綺麗に保存しろよと思いつつ、中を読むと思わず手から落としてしまう。

 

「どうしたの?」

 

 と心配するマナンは俺の落とした紙を読む。

 

「えー何々? ライン・グレスは以下の配属とする。……えっ!? 代表直属!? 凄い!! おめでとう!!」

「ええっ!? ラインが代表直属!? ちょっと見せて!!」

 

 ティナはマナンから紙をひったくると穴が空きそうなほど見つめる。そして目を離した時には落胆していた。

 

「嘘じゃない……ラインにも負けるなんて……」

 

 俺達とライバルのように競っていたから悔しさはあるのだろう。

 

「俺も何でかは分からん……」

 

 一応指揮官科には所属してたけど、必ず入れるとは限らないのが代表直属。

 代表直属部隊はその名の通り、代表直轄の部隊で、指揮権は代表、副代表にしか無い。そしてメンバーは100名ほどの少数精鋭。エルス国防軍から選りすぐりの戦士達が集まっている。その戦闘力は小国に匹敵するとかしないとか。

 

 そんな凄いところに配属されたという事は実力が認められたという事だ。

 

「同僚、よろしくな?」

 

 怪しい笑みを浮かべるグレン。嫌な予感しかしない。

 

 テーブルに置かれた紙をマナンが再度手に取ると、悲鳴を上げる。

 

「ら、ライン!! これ……これには今日18時に集まれって……」

「あ、そんなこと言ってたな……てへっ」

 

 時計を見ると時刻は既に18時を回っている。

 てへっ、じゃないよ!! これ、初日から遅刻だよ!!

 

 とりあえず一発グレンを殴ってから寮を飛び出す。

 



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14-4 代表直属部隊

新キャラの名前に時間が取られ、更なる謎を出して良いのかという悩みどころ満載の話でした


 

 グレンが持ってきた紙にはその日の18時に会議室に集合と書いてあって、時計を何度も見ても18時半を回っている。

 

 グレンに一発拳を入れたが、それで済む話ではない。とりあえずグレンを引きずって、会議室に向かう。肉体強化を使えば簡単に担げるが、あえて俺はしない。

 

 流石に引きずられるのは嫌なのか、自分で歩くグレン。

 

「大丈夫だって。俺らはアカデミーの上位勢だぜ?」

 

 呑気な様子なグレン。しまいには人生はゆっくりと楽しむもんだと言い始める始末。

 

「馬鹿野郎!! そもそも集合時間に遅れるというのは相手に無駄な時間を使わせるんだぞ!! 相手との関係が対等だったとしても同じ事だ!!」

 

 例え立場が向こうが下だとしてもそれは無駄な時間だ。待たせるならあらかじめ伝えるか、時間を変えるか。

 

「そう、カツカツするなって。戦闘以外でカツカツしても疲れるだけだぞ」

 

 大きなあくびをしながら答えるグレン。

 よくそこまで呑気で居られるな。

 

 グレンがここまで自由気ままで軍に所属してられるのはグレンの実力が高いからだ。試験でも見せた様々な謎の力。未だに解明されてない力で本人も明かすつもりは無さそうだ。

 

 またグレンが率いるの謎の軍団も理由の一つだ。我々と共闘したが、あれ以降戦場に出たという話は聞いていない。だが実力は確かだ。

 

 という風にグレンには余裕が有るが俺には無い。だから余裕しゃくしゃくになんかになれない。

 

 で駆ける俺に対してグレンは溜息を付いて俺を追い掛ける。

 

 

 

 

 

「申し訳ありません。遅れました」

 

 会議室のドアを開いて、第一声で謝りながら、入るとそこには重い雰囲気が漂っていた。

 

 顔を上げるとこちらを射殺すような視線で見つめる男や目をつぶってる者や眉間にしわを寄せてる者等、ほとんどが不快感を示していた。

 

「ほう、今年の新人は教育がなってねぇな?」

「何処の馬の骨か知らねぇ新人も居るようだな」

「日本で活躍したからって調子乗ってんのか?」

 

 と多くの愚痴が噴出する。

 

 そんな中、グレンは挑発的に睨み返す。

 

「新人だからと言って、ここまで言うか? ここの程度が知れるな」

 

 馬鹿にするかのように鼻を鳴らすグレンに怒り狂った者達は立ち上がる。

 

「お互いにそれまでにしろ!!」

 

 凛とした声で両者を止めたのは最前列に座っていた女。黙っていても凛々しさを感じられるたたずまい。ゆっくり立ち上がると両者を睨みつける。

 

「お前らも新人いびりもほどほどにしろ。……君も挑発的な言動は慎め」

 

 両者共にその女の言葉を聞いて静まる。グレンも素直に聞くとは不思議だ。

 

「……余興は終わりだな? 新人二人は空いてる席に座れ。会議を始める」

 

 空いてたの一番後ろの席。会議室は広めなので、100人居てもそこまで遠くない。

 

 俺達が座ったのを見て、女は話を始める。

 

「新人も入った事だし、先ずは自己紹介から行こう。私は代表直属部隊、代理指揮官、ソフィアだ。組織上の指揮官は代表と副代表だが、実際は私が指揮を取る事がほとんどだ。代表や副代表は全体の指揮を取られるからな」

 

 この女性がエルス国最強の部隊を率いているのか……これだけ多くの荒くれ者?達を率いれるのか?

 

 だが、それは杞憂に終わった。その後、ソフィアさんの的確な指示に素直に従う野郎達。黙って従うのは信頼してるのが取れる。

 盲目的に従っている可能性もあるが、それは面々の表情を見れば分かる。誰もが納得して動いている。

 

 そのままソフィアさんの一方的な指示で会議は終える。

 バラバラと解散する中、俺達に残れと言う。

 

 ソフィアさんは俺達を見比べると面白そうに笑う。

 

「今年の新人は見事に特徴的だな。アカデミー時代から話題に尽きない謎の男、グレン。日本独立作戦の立役者と噂のライン。そしてどちらも実戦慣れしているとアカデミー卒業生とは思えないな」

 

 ソフィアさんは俺達の体を舐め回すように見る。わざとだと分かるのだが、不快だ。

 

 長らく俺らを見て満足したのか、やっと離れるソフィアさん。だが表情は妖しげだ。

 

「ふむ……二人とも良い体してる。どうだ? 一戦やらないか?」

 

 わざとらしく妖しく言う。もちろん性的な意味は無いが、周りには無い大人の魅力に不覚にもドキリとする。

 

 一方、手慣れているグレンは同じように妖しい笑みを浮かべて答える。

 

「貴女様の気が済むまでお相手しましょう。何戦でも。夜は長いですから……」

 

 そう答えるとソフィアさんはおおきく笑い出す。

 

「アッハハハハハハ……グレン、完璧な返しだ。にしても二人は両極端な反応だな。そんなお前らは何故連んでる?」

 

 何故って俺にも分からない。腐れ縁だが、それだけじゃ理由にはならない。

 と戸惑っている内にグレンが答える。

 

「んー、コイツとは腐れ縁だけどそれだけじゃ無い。コイツと居ると面白くなりそうだからだ。俺の勘は良く当たるぜ?」

 

 へへっと無邪気に笑うグレン。

 面白い理由だな。だが悪くない。

 

「ライン、お前はどう思う?」

 

 グレンの答えだけじゃ満足しなくて、どうやら俺も答えなければいけないようだ。

 

「グレンは一見お調子者に見えますが、やるときには頼りになる男です。最も信頼出来ない男だけど、最も信頼出来る仲間です」

 

 最も、は言い過ぎな気がしたが、それだけグレンの事は信頼していた。謎が多い男だが、一度も裏切ったことは無い。卒業試験中の戦いで裏切れば大功を得れたの間違いない。それほど緊迫した戦いだった。

 

 俺の答えに両者ニヤつく。正直に答えた俺が恥ずかしいじゃないか。

 

「いやーそれほど、俺の事が好きだったとは……夜空いてるぜ?」

「ほう、それはそれは邪魔してはいけないな。二人でじっくり楽しむように」

 

 俺の事をチラチラ見て、キャーッとか言いやがって、男がやっても気持ち悪いぞ。

 

 面白そうな視線を向けてくるソフィアさん。いやそんなことにならないから。

 

 ソフィアさんが出て行くとグレンがおもむろに近付いてきて耳元でささやく。

 また悪ふざけかと思って、グレンに一発入れようかと思ったが、グレンの声は真剣そのものだった。

 

「お前が更なる高みを目指すというのなら俺は手を貸すぞ」

 

 ーー高み!? 

 

 どういう事だ!? と聞こうとしたが既にグレンは部屋を出ていた。

 



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14-5 前途多難

少し謎が明らかになりつつあるかな?


 

 更なる高みに上るなら手を貸す。

 その言葉の意味、俺には分からなかった。

 もちろん強くなりたいという気持ちはある。だけど、あの言い方。修業してくれるような感じでは無い。もっと何か、企んでるような気がした。

 

 その意図を聞こうと俺もドアを開けて外に出るが、既にグレンは居なかった。

 

 

 

 

 

 そして次の日も作戦会議は続けられた。前日はほとんど内容は無かったが、今日は世界情勢についてだ。

 

 ソフィアさんが戦況を説明してくれる。

 

「現在、地球連合軍は劣勢だ。新機体イルⅡによって長らく耐えてきたアラスカは陥落した。現在、カナダに要塞を築く予定と聞いている。もしそこが抜かれれば、地球連合軍の喉元に達する。もはや劣勢を覆せないという状況になるだろう」

 

 アメリカには現在の地球連合国を支える大都市や工場、そして本部がある。そこに敵の攻撃が迫るとなると供給機能を果たすのは難しい。

 

「またエルス国付近の戦況も好ましい訳では無い。今の所大規模な攻勢は見られず、小規模な戦闘での勝利は収めてるものの、戦局を打開するには遠い。

 そして日本が中立化を宣言したものの、中南アジアは既に敵の手に落ちている。いつでもエルス国領内に入ってこれる状態だ。もちろんエルス国に防備を引くが、代表から要請があり、我々はカナダにて地球連合軍に協力することになった。地球連合軍が倒れれば、我々も敗北する」

 

 まさかの出張に動揺するかと思ったが、誰もしなかった。してたのは俺だけだ。慣れているのだろうか。

 

「我々は主に魔法師だが、HAWが得意な者も居る。ライン、グレン、今回はそちらに参加しろ」

 

 この部隊での初の任務はHAWか。

 にしてもグレンの実力は如何に?

 

 グレンを見るとニヤリと笑い返される。

 

「お前が日本で戦っている間にこっちでも戦闘が有ったのよ。そこで俺も活躍したぜ」

 

 ほう、それは楽しみだな。

 

「HAW隊の隊長はユリエルに任せる。私とは別の指揮系統となる。また戦場では原則地球連合軍に従え。だが、可笑しいと思ったら各自行動しろ」

「隊長のユリエルだ。君らの話は聞いている。以前活躍したからといって、勝手な行動は慎め」

 

 完全に白髪の若い男。といっても30代ぐらいか。

 ユリエルに鋭い目線で睨まれる。どうやら歓迎されてないみたいだ。

 俺はHAWでの大規模戦闘は初めてで、ここはとりあえず大人しく従うのが得策だな。

 

「ユリエル。この二人はそこそこ優秀だ。お前なら上手く使えるはずだ」

「……必ずやご期待に応えましょう」

 

 チーム編成が終わり、解散となる。

 今日は各自準備し、明日出発になる。

 

 俺の部屋に戻ると、朝まで壊れていたドアは既に直っていて、中には自分の部屋のようにくつろいでいるマナン達が居た。

 

「何でお前らが居る? 今日は仕事じゃないのか?」

 

 いつもと同じように料理を作るマナン、アーロンとティナは室内で筋トレ勝負をしている。

 やけに暑いと思ったら、料理と筋トレが原因か。

 

 筋トレに夢中な二人は答えず、マナンが答える。

 

「前はバタバタと終わっちゃったでしょ? 今日はゆっくりやれるかなと思って」

 

 いや、だからどうやって仕事を休んだんだ。

 ひょっとして、コイツらの上司は聖人かなんか?

 

「……そうか。わざわざ休んでくれた所に済まないが、明日早くに出発なんだ。だから遅くまでは出来ない」

 

 済まないと謝ると、マナンが寂しげな表情を見せる。そういえば、一カ月ぶりなのにゆっくり出来てないな……

 

「……しょうがないね。流石ラインだね!! 来て早々、もう任務か!! ガンバってね!!」

 

 精一杯笑顔を見せるマナン。それが何とも愛おしく感じて、抱きしめる。

 

「えっ? ライン?」

 

 俺の腕の中で困惑した声を上げるマナン。

 

「……次帰って来たときは昇進祝いも頼むぜ? 今回も大功挙げてくるからよ」

 

 笑顔でマナンに言うと、俺を見上げて少し声を曇らせて笑う。

 

「……言ったね、ライン。もし昇進して無かったら奢りだよ?」

 

 今度は休み取って、ゆっくりすると心に決める。

 

「……あのー熱い展開の所、申し訳ないんだけど、シャワー借りて良いかしら?」

 

 その声でハッとしたマナンが俺から離れ、いそいそと料理に戻る。

 

 ふと声のした方を見ると、肩で息しながら、汗を額に浮かべたティナが困った顔でこちらを見ていた。

 

「邪魔して悪かったわね」

「いや……」

 

 ティナが邪魔したことに全く俺は怒りを覚えてない。にしても何故ティナの方が不機嫌な表情なんだ?

 

「ああ、シャワー使って良いぞ。でも最初から使う気満々だろうが?」

 

 茶化して反応を伺うが、さっきと変わらず、不機嫌なままだ。

 

「……そうね。最初からそのつもりだった」

 

 そのまま風呂場に入っていくティナ。酸素不足だっただけか?

 

 

 

 

 

 送別会の翌日、眠気と酒で冴えない頭を奮い立たせながら、酔い潰れてる面々を起こさないように部屋を出ようとするが、裾を誰かに掴まれる。

 振り返るとティナが目を擦りながら俺を睨んでいた。まだ不機嫌なの?

 

「……新人の頃が1番死ぬと言われてる。アンタが優秀なのは知ってるけど、それでも超人じゃない。だから無茶だけはしないで」

 

 不機嫌では無く、心配してくれていたから表情が暗かったのか。

 心配は有難いけど、俺は笑って出発したいんだ。ここは茶化そう。

 

「……まるで彼女のような言い草だな?」

 

 するとティナは顔を真っ赤にして、俺へ殴りかかって来る。

 

「ばっ、バカ!! 私の心配をっ、返せっ!!」

「おっと、俺、帰ってきたら結婚するんだお前と」

「バカ、死ねっ!!」

 

 こうしてふざけるのもこれが最後かもしれない。だけどそれは毎日その可能性がある。だからこそ、今日が最後のように振る舞いたくないんだ。これが明日以降も続くと信じて俺達は戦うんだ。

 

 

 

 

 

 集合場所に着くと、多くの輸送機と兵士、代表直属部隊が居り、ちゃんと時間通りにグレンが居た。珍しいこともあるもんだ。

 

「よぉ、グレン。昨日は何で来なかったんだ?」

 

 誘ったのだが、珍しく断られてしまった。

 するとグレンはニヤつきながら答える。

 

「女の所に行ってたーーと言いたい所だが、んー野暮用だ」

「へぇ、珍しい事も有るもんだな。お前が行くところは俺達の所か、女の所だろ? それも新しい」

「正解。そうそう、最近食べた女はーー」

「いや、結構」

 

 コイツの女話は長くなるし、聞いてるだけで自慢話に聞こえる。

 

 たわいない話もそこそこに指示通りに輸送機に乗り込む。

 次降りる時はカナダだろうか。

 

 

 

 

 

「すげぇ……」

 

 それしか言葉が出てこなかった。

 次に降り立った場所はカナダじゃ無くてハワイだった。綺麗な海もそうだが、特に驚いたのは地球連合軍の太平洋艦隊だった。

 

 地球連合軍の太平洋艦隊はHAWが出る前から有る艦隊で、その規模は他の地域とは比べ物に為らない。太平洋が広いのもあるが、HAWが出る以前は最も力を入れていたらしい。

 その戦力は方面軍ぐらいに相当し、第8方面軍と揶揄(やゆ)されるぐらいだ。

 

 多くの艦艇が駐留する光景に圧倒的される。小国エルス国では絶対に見ることの出来ない光景だ。

 

 だが逆に考えるとこれだけの戦力があって尚、攻勢に転じる事は出来ず、防衛してるだけなのだ。それは積極性に欠けてる訳では無く、これらの艦艇が時代遅れだということを示していた。

 

 時代は進んでいる……もう後戻り出来ない程に……これからはHAWと魔法が世界を動かすのだろう。

 

 そう思うと目の前の艦艇群はとても虚しく思えた。

 

 

 

 

 

 ハワイで給油を終え、カナダに向かう。地球連合軍の護衛の戦闘機が付いてくれる。時代遅れとはいえ、航続距離、速さはHAWに勝る。だから飛行機の護衛には最適だ。

 

 アラスカが取られたのでアメリカ西海岸付近も安全とは言えない。敵も戦闘機を保有しており、輸送機を狙われる事も多々。

 

 運悪く、今回もそれが起きてしまった……

 

 サイレンが鳴り、回避運動を取る事が知らされる。シートベルトをしてしがみついて居ないと、室内飛び回る事になる。

 

 今回は悔しながら、やることが無い。HAWも無ければ地上戦でもない。味方の戦闘機頼りだ。

 

 窓から見える。敵の戦闘機集団が。

 

 こちらの護衛戦闘機は精々10機。敵に比べたら半分も居ない。

 

 機体が大きく傾き、急旋回を始める。少しでも距離を取る為だ。

 そして時間を稼ぐため、護衛戦闘機は離れていく。一緒に戦うのでは無く、時間を稼ぐため、死ぬ覚悟で戦うつもりだ。

 

 敵の長距離ミサイルはチャフやフレアで回避する。だが近距離になれば躱せない。

 

 護衛戦闘機が敵の集団に突っ込んでいく。多勢に無勢。次々と囲まれ、落とされていく。

 

 そしてとうとうミサイルにロックされたアラートがけたたましく機内に響く。

 

 すると突如グレンが立ち上がり、コクピットに向かう。

 

「おい、後ろを開けろ!! 早く!!」

「何を言っている!! この高さで開けたら、吸い出されるし、窒息する!!」

 

 パイロットの言うとおりだ。低空ならまだしも、この高さじゃ空気が薄い。そして何をする気だ?

 

「黙って、開けろ!! 死にたいのか!!」

 

 グレンの余りの剣幕にパイロットは体を震わせ、指示に従う。

 

 重い音は鳴らしながら後ろの扉が開かれる。もちろん風は凄く、シートベルトしてないと今にも飛ばされそうだ。そして息が苦しい……

 

 そんな中、グレンは平然と歩き、突風が吹き荒れる後ろに近付いて空を見ると楽しそうに笑う。

 

「これならいける。……ライン、手伝え!!」

「こ、この状況で……何を? そもそも無理だ!!」

 

 言葉すら発するのが辛い。空気がどれだけ大事か分からせてくれる。

 

 するとグレンは指を鳴らす。そうすると、突風は止み、息が苦しくなくなる。

 何が起きたか分からなかった。とうとう酸素不足で意識が朦朧としてるのかと思ったが、自分の体は思い通りに動く。

 

 周りを見ると俺と同じように困惑してる者しか居なかった。

 

 ワープでもしたのかと思ったが、状況は変わらず、見えるのは空。

 さっきと同じ状況なのに、変わった環境。ますます分からない。

 

「おい、説明は後だ。こっちに来い」

 

 グレンが急かす。揺れで落ちないか不安だが、ここは何かしなければいけない。

 

 代表直属部隊の荒くれ者達の乗る輸送機だったが、この摩訶不思議な状況に誰もがグレンの動向を見守るだけだった。

 

「今からお前がこの機体を守るんだ」

「は?」

 

 何を言ってるのか分からない。ウォールシールドで守れと言ってるのだろうか? それならば、他に適任が、全員でやれば……

 

「ウォールシールドじゃダメだ。何発も耐えれるわけじゃない。根本的に解決するには敵を落とす。だろう?」

 

 確かに正論だが、理解不能だ。マッハで飛ぶ高速物体に魔法を当てろと言うのか?

 全く理解出来ない俺にグレンが質問する。

 

「戦闘機は何で出来ている?」

「……それは専門家じゃないから分からん」

「大まかに答えると?」

「……金属?」

「そう、金属だ。ならーー」

 

 ーーっ!? 確かに戦闘機は金属だ。だから有効かもしれないけど!! 飛んでる戦闘機に当てようと思った奴は過去に居ないだろうな。

 

「何とも奇抜な発想だな?」

「だろう?」

 

 怪しげに微笑む俺らに他の面々は置いてけぼりだった。

 



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14-6 人類初

最初面白いの思いついたと思って、色々調べたらミサイル早過ぎじゃね?と思う始末でした……


 

 高空で後ろのハッチを開けたままにしているが全く強風は吹いていない。飛ばされるどころか、髪すらなびかない。どんな理屈は分からないが、この好機は逃してはいけない。

 

 ハッチから見えるのは澄み渡る空。だが、すぐそこに敵は来ている。何も出来ないと思ったが、グレンの奇抜な発想で一途の可能性は見えた。

 

 楽しそうに笑うグレンに問いかける。

 

「なぁ? 流石にここからじゃ後ろ60°が限界だぞ?」

 

 ミサイルというのは絶対に機体の後ろに付くわけでは無い。飛行機の何倍もの速度で飛翔し、飛行機のルートを予測して交点が重なるように動いている。例えば鬼ごっこで走って逃げる人を車で先回りしたりして、捕まえようとしているのと同じだ。だから横から、前から来ることもあり得る。

 

 また戦闘機ですら軌道だけで避ける事は難しく、チャフやフレア、デコイ等ーーミサイルを撹乱する装備ーーを駆使してかわしている。

 だがこの輸送機は鈍足で、急旋回等出来ず、チャフやフレアの数もそう多くない。

 

 要するに守る手段も少なく、必ず後ろからミサイルが来るという保証もない。

 

 グレンはいたずらっ子のように微笑むと後ろに振り返る。

 

「それはここに居る先輩達がどうにかしてくれるさ」

 

 いきなり指名された代表直属部隊の面々。だが何人かは状況が掴めたようだ。

 

 座席から立ち上がり、こちらに歩いてくるソフィア。

 

「……グレン、よく考えたな。この作戦、見事だ。ただ見守るのは何とも歯がゆい。我々も参加する。我々はウォールシールドを張れば良いんだな?」

 

 ウォールシールド!! そうか、ミサイルに対しては何発か耐えられる。そう何発か。いつかは壊れてしまう。

 

 グレンは満足げに頷く。

 

「そうです。後ろのはラインが。それ以外は皆さんにお任せしたい。出来ますよね?」

 

 ソフィアでは無く、後ろの荒くれ共を一瞥する。その安い挑発に乗る代表直属部隊。

 

「新人に負けてられるか!! てめぇらやるぞ!!」

「俺らを誰だと思ってやがる!! エルス国最強の部隊だぞ!!」

 

 今にも外に投げ出されそうな勢いだが、これで士気は十分だ。

 やはり、グレンは人心把握術にも長けているのか……これほどの実力があるグレンは一体何を考えている?

 

 グレンは俺に向き直ると手を差し出す。

 

「ほれ、俺の魔力を使いな」

 

 使う魔法はライトニング。それも高出力にしないとミサイルや戦闘機は落とせない。俺一人では数発が限度だ。だが、グレンが魔力を分けてくれるなら10発以上は行くだろう。

 

 グレンの意外と綺麗な手を握る。本人曰く、女を愛撫する手は綺麗でなくてはならないだとさ。

 

 どうでもいいことを頭から払いつつ、手を握ると俺に膨大な魔力が流れ込んでくるのが分かる。その量は尋常では無かった。もはやスケールが違う。

 普通ならばシャワー程度だが、グレンは蛇口を全開で開いていた。それ自体は誰にも可能だが、直ぐにぶっ倒れる。だがグレンは顔色一つ変えず、不敵な笑みを浮かべたままだ。

 

 可笑しい、とても可笑しい魔力量だった。この場に居る誰しもこの量に及ぶ人は居ない。魔力は修行で増えていくが、それは微量。グレンは魔法師何人分、それ以上の魔力量かもしれない。もはや異常とも言える魔力量に俺は動揺を隠しきれない。

 

 グレンは口に人差し指を当てると秘密という意味のジェスチャー。

 確かに触ってるのは俺だけで、知っているのは俺だけだ。黙っていれば他の人には分からないかもしれない。

 

 そして俺が声高らかにグレンの秘密を叫ぶメリットも無い。叫んでグレンとの友情が壊れる方のが嫌だ。

 

 グレンの少し心配そうな表情に俺は微笑み掛けてやる。するとグレンは秘密を共有したいたずらっ子のように微笑む。

 

 そしてグレンはパイロットに指示を出す。

 

「出来るだけミサイルに対して背後を向けろ!! 俺のラインが撃ち落とす!!」

 

 いつからお前のになったんだ。まあ良い。さぁ、来い!!

 

 そして直ぐにミサイル接近のアラートが機内に鳴り響く。何度聞いても不快にさせる音だ。

 

「来るぞぉ!! 着弾まで10秒だ!!」

 

 パイロットの叫びと共に機体が旋回して、安定すると遥か彼方からミサイルが飛んでくるのが見える。最初は点のように見えるが、一瞬でその距離を詰められる。

 マッハ4以上で飛ぶミサイルは10秒で20kmを移動する。そう1秒で2kmだ。流石に射程内から撃っても間に合わない為、あらかじめ撃っておく。

 

「ライトニング!!」

 

 グレンから貰った魔力を込め、最大威力で放出する。余りの高い威力に手がチリチリと痛む。

 

 見たことも無い威力で放たれた電撃は空を切り裂き、その延長線上に入ってきたミサイルに命中し、爆発する。

 

 その大きな爆音と爆風は機体を激しく揺らすが、ハッチを開けていても中には入ってこない。思わず、誰しもが身構えてしまったのが無意味となる。

 

 そして静寂が戻ると喜びに機内は湧き上がる。だがそれも束の間、次弾の来襲を知らせるアラートが鳴り響く。

 

 それと同時に瞬時に切り替える人達。流石は猛者達だ。

 

「次も行ける!! 8秒だ!!」

 

 機体が旋回し、後部をミサイルに向ける。

 そしてライトニングを放ち、迎撃する。

 

 再度湧き上がる機内。

 

 だが確実に状況は悪化していた。敵の方が圧倒的に速く、距離を詰められ、ミサイルの到達時間が短くなり、機体の旋回が間に合わないとなるとウォールシールドを使うしか無い。そしてそれが何度も続くと破壊され、ゲームオーバーだ。

 

 あくまでもこれは時間稼ぎでしかない。敵と遭遇した時点で近くの基地に援軍要請しているだろう。

 それまでの辛抱だが……

 

 そして次弾を知らせるアラートが鳴り響く。

 

「次は、2方向!! 6秒!!」

 

 とうとう来たか、同時攻撃。

 二つは無理だ。角度的に不可能だ。

 

「もう一つは我々が防ぐ!! ライン、一つは頼んだぞ!!」

 

 ソフィアさんが号令を掛け、Gウォールシールドを展開の準備を始める。

 

 俺は任された仕事をこなす!!

 

「ライトニング!!」

 

 電撃が放たれたと同時に半透明の膜が機体を覆う。そして外での爆発と遅れて直撃した爆発が機体を襲う。直接被害は受けてないものの、機体の揺れは先程と比べ物にならず、ハッチから落ちないようにするのに必死だ。

 

 だが何とか機体は保っていた。ちゃんと飛べている。

 

「これはマズいな……」

 

 呻くように呟いたパイロットにグレンが問いかける。

 

「どうした!?」

「……既に我々以外の機体は落とされたようだ。残った敵全ての攻撃が次は来る。もはやこれまでだ……」

 

 敵は多数。一斉攻撃されたらもはやウォールシールドは保たないだろう。

 これまでか……

 

 そしてソフィアさんが悔しげに叫ぶ。

 

「皆、良くやった。我々に出来ることはこれまでだ。各自パラシュートにて落下せよ。必ず救援が来る。それまで耐えろ!!」

 

 誰もが顔を悔しさで歪ませる。空ではまだ魔法師の出番は少ないのだ。

 

 各自急いでパラシュートを付けていると、パイロットが悲鳴を上げる。

 

「来たのか!?」

 

 もはや猶予が無いのかと思い、ハッチに向かって走り出すーー

 

「来ました!! 味方です!!」

 

 勢い良く走り出した体を全力で止める。だが勢いは簡単に止まらず、落ちーーそうな所をグレンに捕まえて貰った。

 

 危ねぇ……早とちりするところだった……

 

 パイロットにグレンが情報を急かすと詳細が明らかになる。

 

「味方は3機です!!」

「3……え? たった3?」

 

 誰もが少なすぎる援軍に落胆どころか、困惑する。敵は15機以上。こっちは3機。急いで送ったにしろ、焼け石に水過ぎる……

 

 まだ去らない死の恐怖に喉がとても渇いた。

 



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14-7 空の覇者

今回ちょっと多めに書けました。区切りが難しくて時間が足りなくなることも……

今回も専門用語が多いですけど、説明を文章内に書くのは辞めた方が良いかなと思い、書いてません。もし気になるとかよく分からんとか有りましたらおっしゃって下さい。改稿いたします。

用語説明を一応、Twitterの方に乗せておきます。


 

 敵は15機以上。そして味方は0。孤立無援で絶望的な状況の我々に待望の援軍が到着した。IFF(敵味方識別装置)によって、地球連合軍だと分かる。だがたったの3機とはどういう事だろうか?

 

 レーダーを確認しても他には味方は居ない。

 敵も察知したらしくこっちへの攻撃を止め、迎撃態勢を取っていく。輸送機なぞ、人を車で追い掛けるのと同じだ。いつでもやれる。

 

 味方が先制攻撃する。ミサイルが複数放たれる。そのミサイルは敵群に真っ直ぐ向かっていく。

 

 もちろん敵も回避運動とチャフやフレア、ECM(電子対抗手段)を使って必死に躱そうとする。

 

 そしてミサイルは敵機を誤認識してハズレるが、そのミサイルは分離する。そして分離したミサイルからは小型のミサイルが四方に放たれる。

 

 突然の事に動揺した敵機は躱せずに撃墜されていく。

 

 なんだ、あれは……

 クラスター爆弾ならぬ、クラスターミサイル?

 

 クラスター爆弾とはミサイルの中には大量の爆弾が詰め込まれており、それを敵の上空で爆発させ、広範囲に散った爆弾は威力は低いものの、人を殺すには十分。最も効率的に多くの人を殺せる兵器だ。その残酷的な兵器はかなり昔に条約によって禁止され、現代の戦争にも使われていない。

 核兵器、弾道ミサイル、化学兵器と同様に禁止、非人道的兵器は禁止されている。

 

 戦争というものはどれだけ民衆からの支持を受けるのかが大事なポイントだ。国力戦である以上、協力が得られなければ負けは必死。だからそこまで手を出せないのだろう。

 

 初撃が終わり、敵が反撃に移ろうとしたとき、レーダーが突然ホワイトアウトする。ホワイトアウトとはECMなどでレーダーが一時的に真っ白になり、何も見えなくなる事だ。

 

 このタイミングでのECM、味方のか。

 

 もちろん敵味方全員、レーダーでは何も見えなくなる。頼りになるのは目視のみ。方向も高度も不明。それでは取るべき対処は一つ。ドッグファイトだ。

 

 ミサイルが発達した近代戦では遠くからのミサイル攻撃、遠距離戦でほとんどが済むのだが、このようにレーダーが使えない場合はドックファイト、近接戦になる場合もある。

 

 だがドックファイトではどうしても一対一が基本だ。対複数の場合は避けるべきである。挟まれたら負ける。そんな愚行をするというのか。

 

 敵が俺らから目視が出来る距離になる。敵は完全に包囲するつもりで大きく広がっている。このまま真っ直ぐ突っ込むものなら包囲され、後ろから撃たれる。

 

 我々が魔法で援護しようにも距離が離れていて無理だ。結局は無力だ。

 目の前に迫る危機に理解しててもする事が無いことに怒りがこみ上げる。HAWでもあれば、一瞬で片がつくというのに!!

 

 味方の戦闘機はそのままコースを変えずに鶴翼陣ーー鶴が羽を広げたようにVの字の陣形ーーに突っ込んでいく。

 

 まさか罠にそのまま突っ込むというのか!! 

 と困惑した所にパイロットが悲鳴を上げる。

 

「嘘だろ……速度が……マッハ1……1.5……2……2.5……3……3.5……4……まだまだ加速するぞ!?」

「馬鹿な!?」

「間違いじゃないのか!?」

 

 誰しも計器の故障かと思った。

 従来の戦闘機は最速でも3.5。だがそれは機体性能を無視し、速度のみを重視した機体だった。

 そしてミサイルの性能が大きく発達した今、速度は必要無くなっている。何故ならどれだけ速度を上げてもミサイルの速さは超えられないのだから。

 だが一瞬見えた戦闘機は尋常じゃない速さだった。

 

 その速度を目の当たりにした敵は慌てて包囲しようとするがもう既に通り過ぎている。そして味方は横のブースターを使用し、急転回をしてのける。それで完全に後ろを取った。

 

 こんな戦い方なんて誰も予想だにしていない。高速で突き抜ける事は出来るが、そこから普通に旋回しようとしても高速ゆえ、大回りになる。こちらが180°転回した頃には低速の敵はとっくに転回終えてるだろう。

 

 だが今回は違う。全員が敵に後ろを向けている状態。もはや射撃訓練だろうか。

 そしてその通りに次々と敵を落としていく味方。後ろを取られた戦闘機ほど弱いものは無い。

 

 そして3分も経たずに敵を殲滅した味方。その圧倒的な強さに誰もが口を開けていた。唯一グレンだけが、笑い転げていた。

 

「なんだ……あの強さ!! こんなの……化け物じゃねぇか!!」

 

 笑いながら言うグレンの言葉は我々の気持ちを代弁していた。

 

 規格外の戦闘機達。それを体験したのは味方陣営で良かったとも思った。

 

 

 

 

 

 その後、その3機はまたマッハ4ぐらいで我々から離れて行った。お礼ぐらい言いたかったが、向こうはさっさと離脱した。やはり特命を帯びてる部隊なのかもしれないな。

 

 そしてやっと普通の援軍が到着し、そこからは何事も無く、カナダへ到着した。

 

 多くの兵士や所狭しと、走り回っている。また重機もフル稼働だ。

 

 連なる山脈の中の一つの山を丸々要塞化したらしい。無数の砲台がアラスカ方面に向いている。

 

 そして我々が輸送機から降りて、案内されたのは絶壁ーーと思ったら、ゆっくりと横にスライドして開く。その扉の大きさはHAWが通れるぐらいだ。山の中に格納庫が有るのか。

 

 中に入ると天井は凄く高く、20mぐらいだろうか、山の中とは思えない広さで開放感に溢れている。日本独立戦線も同じような要塞はあったが、規模が違う。無数のHAWが鎮座していた。流石は天下の地球連合軍。

 

 更に奥に案内される途中に戦闘機の格納庫が有った。そこには先ほど見た3機の戦闘機が補給を受けていた。銀色を基調としており、機体の外側を囲むように赤い線が走っている。普通は有る、翼が無く、三角形に近い形だ。

 

 ちょっとの間、機体を眺めていると声を掛けられる。

 

「……エルス国……まさか君はさっきの輸送機に乗っていた?」

 

 そこには黒を基調とした、肩や横に赤いラインが入っている全身ピチピチのスーツを着ており、鳶色の髪をした落ち着いた雰囲気を醸し出す若い男が居た。

 

 その落ち着いた瞳からはその年で数多くの戦場を経験している事が伺える。

 

「はい、先程はお礼も申せず申し訳ありませんでした」

 

 すると男は横に首を振る。

 

「いや、あれはこちらが悪い。我々は特命を帯びてる部隊なのでな」

「……それでも助かりました。もし来て下さらなかったら我々は死んでました」

 

 感謝しきれない。偶然かどうか分からないが来てくれたのはホント助かった。

 

 その時、後ろからソフィアさんの声が掛かる。

 

「おい、ライン。寄り道はーーこれは先程助けてくれた方でありましたか。先程は助けて頂きありがとう御座いました」

 

 敬礼をするソフィアさん。そしていきなりソフィアさんが敬語になる。やはり階級が高いのか?

 それには小声で教えてくれる。

 

「この御方は少佐だ。いわゆる左官。この若さで少佐はエリートコースまっしぐらだな」

 

 俺達の話が聞こえていたのか、向こうも敬礼をする。

 

「こちらこそお会い出来て光栄です。灼熱のソフィア殿」

 

 灼熱のソフィア!? 二つ名を持っていたのか!?

 二つ名を与えられる、呼ばれるのはかなりの実力者では無いとあり得ない。俺が知ってるのでも代表や副代表、他数人しかしらない。

 

 そういえば前に戦ったノエも“神の使者”という二つ名を持っていた。まあ、化け物と呼ばれるのが一般的だが。

 

 二つ名を呼ばれたソフィアさんは恥ずかしそうに笑う。

 

「それはたまたま運が良く、活躍しただけですよ。私はそんなに強くありません」

 

 だが男は横に首を振る。

 

「ただの運が良い人に、代表直属部隊を率いられると思いますか? それにもし階級を当てはめるとしたらソフィアさんは大佐以上。もちろん私より階級は上です。そもそもそれ以上は将官。方面軍司令官の方々と同じような階級になりますよ?」

 

 エルス国でははっきりとした階級が無い。大体が与えられた役割、役職によって上下が決まる。だから外で階級は? と言われても曖昧な階級を答えるしか無いのだ。そもそもかなり自由なエルス国には上下関係が緩い。

 

 そしてソフィアさんが相当する大佐という階級は普通の部隊なら3000人を率いる隊長、艦艇の艦長など戦局を左右するほどの位だ。

 丸々作戦を任せられるなど、その上に立つのはお偉い方しかいない。

 

 ベタ褒めされたソフィアさんは苦笑いで返す。

 

「そこまで褒められては返す言葉が無いですよ。にしても貴方もこのような新型戦闘機のパイロットという事は中々のお名前では?」

 

 すると男は敬礼をして、自己紹介をする。

 

「申し遅れました。ロイとも申します。階級は少佐。……ソフィアさんなら大丈夫でしょう。

 私が所属してる戦闘機部隊は“エーススカイ”。最近作られた部隊で、各地の遊撃任務を担当しております。ちなみに今回の戦闘は偶然通りかかった時に近くで戦闘が行われてた為、参戦しました。幸いにも近くで良かったです」

 

 エーススカイ。何とも自信満々な名前だ。空の1番か。だがその名の通り、あれだけの力を持っている。一つ残念なのが、今はもうHAWが主力だということ。エーススカイでもHAW相手には分が悪そうだ。

 

 その時、我々の後ろから声が掛けられる。

 

「なんだぁ? ロイが美人を口説いてるとは珍しいなぁ?」

 

 後ろを振り返るとそこには短髪の金髪のグレンのようにちゃらけた雰囲気を出す男が居た。だがロイと同じピチピチのスーツだ。またグレンは赤髪で、この人は金髪だ。

 

 ソフィアさんの前に立つと片膝を付いて手を差し伸べる。

 

「麗しきレディよ。私はデレクと申します。以後お見知り置きを……」

 

 デレクの手はソフィアさんの手を掴もうとするが、第三者の手によって払われる。

 そこにはカールした栗色の長い髪の隙間からデレクを睨んでいる女が居た。同じくピチピチのスーツを着ていて、グラマーな体を隠しきれてない。

 

「アンタは初対面の相手に(さか)るの辞めなさい。失礼しました。ウチの馬鹿は後で“去勢”しときますのでどうか御容赦を……」

「はぁ!? 美人に挨拶しただけだろ!! 何でーーぐっ」

 

 反論しようとしたデレクを女は首を腕で絞める。

 彼女より大きいデレクは暴れるが、全くビクともしないまま落ちる。

 

 静かになったデレクを床に寝かせ、ソフィアさんに敬礼を返す。

 

「お騒がせしました。エレナ大尉です。この馬鹿とロイ隊長でエーススカイを組んでいます」

 

 ティナが成長して、グラマーに成ればこんな感じなのだろうか。いや大人の色気はティナには足りないな。クール系のソフィアさんとは違い、ワイルドそうだ。

 

 ソフィアさんは少し困った顔で笑うと敬礼を返す。

 

「この前は助かりました。エレナ大尉、ロイ少佐、そしてデレク……大尉でしょうか」

 

 エレナがデレクを睨みながら答える。

 

「一応大尉です」

「……そうですか。そういえばここに居るということは次の作戦に?」

 

 その質問にはロイが答える。

 

「はい。今回はここの指揮下に入ります。我々は特別部隊の為、バラバラに行動や完全に従うことは無いでしょうが、基本は従うつもりです。ソフィアさんも同様かと思います」

 

 ソフィアさんも同じ考えのようで縦に頷く。

 

「はい。我々も協力という形で参戦します。命令権限はエルス国代表しか有りません。やはりそちらも?」

「我々もルーカス長官のみです。階級上従う事は有りますが、異動権や編成権などは長官のみです」

 

 同じような境遇のエーススカイ。それが理由からか何だか親しみやすさを感じる。

 

 その時、ソフィアさんが思い付いたように俺に目線を向ける。

 

「ああ、そういえば、隣に居るのがラインです。ラインの魔法が無かったら間に合わなかった……」

 

 その事を聞いたエレナが目を丸くする。

 

「まさか……何度も放たれたミサイルが命中しても落ちなかったのはライン君が?」

「ええ、この子がミサイルを魔法で撃ち落としたんですよ」

「嘘でしょ……」

 

 何度も瞬きを繰り返すエレナ。ロイも余り動かさない表情を変化させる。

 

「……どうやら嘘でも無いようですね。これは人類初だ。おめでとう、ライン君」

 

 突然の褒め言葉に恐縮だが、俺だけの力じゃない。後ろを振り向いて、グレンを探すが何処にもいない。

 

 もう1人居ますと言いたかったが、本人が居ない為、言えなかった。

 



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14-8 新兵器と若い兵士

なろうには投稿してこちらを忘れるという……なんて失態を( ̄。 ̄;)

なろうの機能で文頭の一文字空けたりしてるので……


 

 エーススカイの方々との挨拶も終わり、引き続き基地の中を案内される。我々は100人の大所帯だが、それほど狭く感じない。それは基地の中が広いからで地球連合軍の財力、国力には驚かされる。

 

 入り口から順に格納庫、そして食堂、部屋と案内される。そこは流石に個室ではなく、二段ベッドがいくつも置かれてる大きな部屋であった。我々だけでこの部屋を使えるらしい。といっても二段ベッドとテレビ、机と椅子が数個あるだけで、他は何も無い。

 

 エルス国の時と比べると凄く窮屈に感じるが、外には入りきらない兵士が野営地を作って居るのに、他国である我々が戦場で安全な場所で寝れるというのは凄い贅沢だ。

 

 適当にそれぞれの寝床を決めた所でソフィアさんが俺とグレンを呼ぶ。椅子に座り、脚を組むソフィアさん。先程のエーススカイと会った時の柔らかい表情では無く、真剣な表情だ。

 

「ライン、グレン、お前らにはこの後の作戦会議に同行してもらう。新人には普通あり得ない事だが、見事な作戦を立てた功績だ。地球連合軍の会議を見て、色々学ぶと良い」

 

 それだけ言うと立って、付いてくるよう手招きする。

 ふとグレンを見ると、こみ上げる感情を押し殺したような表情をしていた。その感情は喜びなのか怒りなのか分からなかった。

 

 1番地下にある作戦会議室の入り口には門番が居た。どちらも屈強な肉体をしていて、鋭い視線をこちらに向けてくる。武器は剣1つ。魔法師で有ることは明らかで、それもかなり強い。

 

 ソフィアさんが身分証を見せると敬礼を返されるが、警戒は解かれてない。誰に対してもこの警戒度なら優秀だ。

 

 流石に要塞の中なので、豪華な物では無く、堅そうで、重そうな扉が左右にゆっくりと動く。

 

「この扉、魔鋼石で出来てるな」

 

 グレンが扉を触ってぽつりと呟く。

 するとソフィアさんが教えてくれる。

 

「ここは最後に逃げ込む所でこの要塞内の心臓部分。要人は全員ここに居る。この扉は魔法に感応性が高く、魔力によって強化出来る。最高の魔法師ならば、戦車砲をゼロ距離で撃ち込まれてもビクともしないよ」

 

 そんなスゲえ扉なんだな……と思いながら中に入ると、中には多くの軍人が席に座っていた。中央のテーブル席にはお偉いさん、端の席には現場指揮官ぐらいだろうかの階級が居る。

 

 俺達が最後だったらしい。視線が集まり、中には好意的では無い視線も感じる。多くの人に見られてるという状況に喉が異常に渇く。

 

 そんな中でもソフィアさんは平然としていてしっかりとした敬礼をする。

 

「エルス国、代表直属部隊代理指揮官、ソフィア=マーキス、只今到着しました」

 

 俺達も遅れて敬礼する。流石のグレンも動揺していた。絶対ヒドい敬礼だ。

 

 すると入口から正面の1番遠い、テーブル席で最も偉い人が座る上座の人が立ち上がってこちらに近付いてくる。

 いきなりなんだと、更に動揺する俺ら。

 

 だが予想に反し、その男は凄く嬉しそうにしていた。

 

「あの高名な灼熱のソフィア殿か!! こりゃあ百、いや千人力だなぁ!!」

 

 そしてまた柔らかな笑みを浮かべるソフィアさん。あ、これは猫を被っているのか。

 

「いえ、その二つ名は過大評価されたものです。私に二つ名なんて……」

 

 と謙遜するが、男は怪しい笑みを浮かべる。

 

「もしそれが過大評価だとしても、その二つ名だけで敵はおののき、味方は奮い立つ。利用出来る物は利用しようか」

 

 出来る……無能な指揮官では無いと感じた。何という名前だろうかこの人は。

 

「ああ、申し遅れた。俺はユルゲンだ。一応ここの最高指揮官だ。エルス国からの援軍。誠に感謝する」

 

 ユルゲン!? ユルゲンって元ヨーロッパ方面軍指揮官じゃないか!!

 火星独立軍が最優先にした圧倒的不利なヨーロッパ方面の戦線を徐々に後退させ、多くの味方を救出したという凄い人だ。

 そういやヨーロッパ方面は戦況が動かないからこっちに就任したのか……

 

 筋肉質の体に日焼けした肌。そして汚れた顔。現場に出ていることが分かる。

 ふと周りを見ると熱い視線を向ける者を多く、部下に慕われているのだろう。

 

 ユルゲンの名前を聞いたソフィアさんは鋼鉄の笑顔を揺らがせる。

 

「……ユルゲン閣下でしたか……お初にお目に掛かります。過分な言葉、恐悦至極で御座います」

 

 そして口調も凄い丁寧になる。確かにルーカス長官と近い権力を持つ人だ。

 だがユルゲンは顔をしかめる。

 

「おいおい、確かに階級は高いがその口調は辞めてくれよ。俺には気持ち悪いし、俺達は同じ戦う仲間だ。階級は気にするな?」

 

 階級を気にするなと言われてもはい、そうですかとは言えない。

 ソフィアさんも同じく複雑な表情を浮かべる。

 

「しかし……はい、分かりました、少し砕けさせて頂きます。ユルゲン閣下、ご期待に全力で応えます」

 

 色々考えた上で従わないのも失礼に当たると考え、少し砕いた口調になる。

 ユルゲンも満足そうに頷く。

 

「うんうん、それで良い。さて、席に着いてくれ」

 

 ソフィアさんは中央のテーブル席に座る。俺達は隅っこの机と椅子が一つになった席だ。

 

 俺達が席に着いたのを見て、作戦会議が始まる。

 

 それぞれの手元には小型モニターがあり、それに書記や進行役が書いていく。

 

「現在敵はアラスカを完全に制圧し、こちらに向かってきています。敵戦力は今までの中で最大級で、補給も万全の模様です」

 

 ユルゲンがHAWの研究員に質問する。

 

「報告のあった例の新型は?」

「はい、依然この中に組み込まれており、今回の戦いも参加する模様です。また性能やパイロットも明らかになったのでこちらをご覧下さい」

 

 新たに表示されたページをタッチして拡大する。そのページには新型ーーイルⅡについて書かれていた。

 

「性能はセイバーをほとんど面で凌駕しております。汎用性やコスト面ではセイバーの方が上回りますが、戦闘という点で見た場合、完全に敗北しております」

 

 ざわつく室内をユルゲンは静め、研究員に続きを促す。

 

「ここまではセイバーとイルⅡの差は数によって補えますが、次が問題です。メインのマシンガンは前と変わりませんが右肩部に装備しているレールガン、これがセイバーを一撃で盾ごと撃ち抜いています。先行開発していた日本国防軍のレールガンとは違い、これは連射が可能です。もちろん最大連射数はありますが、メインでは無く、トドメとして使う分には問題がありません。強いて言うなら、大型化しており、正面にしか撃てない事です」

 

 かなり明らかになったイルⅡ。地球連合軍の諜報員の凄さにも驚くが、イルⅡの性能の高さにはかなり衝撃を受けた。

 そして連射出来るレールガン。あの威力を連射されるのは間違いなくヤバイ。まだ量産されてないのが唯一の救いだが、じきにされよう。

 

 会議場も騒然となっていた。明らかになった新型の圧倒的な性能に誰もが焦燥を感じていた。

 

「ですが、我々もただ見てた訳ではありません。これから新型を投入する予定ですが、この戦いには間に合いません」

 

 再度ざわめく会場にユルゲンが声を上げる。

 

「皆、絶望するな。この要塞はただの固い基地じゃない。ちゃんと考えている。おい、新兵器の説明を」

 

 ユルゲンに急かされ、端末に新たなページを送ってくる。そこに書いてあるのはHAWでは無く、固定砲座のようだった。

 

「はい、HAWとは別に固定砲座用、艦艇搭載用に開発していた新兵器の試作品があります。まだ問題点も多いですが、ちゃんと撃てることは実証済みです。映像を出します」

 

 新たに送られてきた映像は広い、何も無い砂漠地帯での実験だった。向こうには建物や、古い戦車やHAW等が置かれていた。

 あれが攻撃目標か。

 

 そしてカウントダウンが始まる。その時間がゼロになった瞬間、目の前が眩い光に包まれ、轟音が鳴り響く。

 

 何か起きたのかと体が強ばったがそれは画面内の事で、安心した自分が居た。

 

 そして砂煙が晴れるとそこには跡形も無くなっていた。一瞬核兵器が脳裏を過ぎったが、条約違反だし、もっと違う状態になるはずだ。

 

 自然と視線が研究員に集まる。

 

「皆様、ご覧頂けたでしょうか? これが新兵器、レーザー砲です。従来からレーザーソードとしての技術、特定間での出力は実証出来てましたが、放出となると中々難しく……それはさておき、今回のは高出力のレーザー砲です。莫大な電力が掛かるため、一発しか撃てませんが、多くの敵を破壊出来ます」

 

 研究員の自信ありげに言う様子に会場は盛り上がる。確かに凄い威力の兵器だが、一発のみの切り札。敵を多く巻き込めないと意味が無いぞ。

 

 盛り上がった所に水を挿すような感じにユルゲンが呟く。

 

「これは……効率的に当てないと負けるな……」

 

 その言葉に皆、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。まだ綱渡りのような状態なのだ。

 

 結論の出ないまま、一旦休憩となる。その間に若い兵士が飲み物を持ってきてくれる。俺と同じぐらいか?

 

 そして一人の若い兵士がモニターを見て少し考えた後、ユルゲンに話しかける。

 

「ユルゲン閣下、これはレーザー砲でしょうか」

 

 それには周りの士官達が怒る。

 

「おい、給仕係はユルゲン閣下と話す必要は無い。仕事が終わったらさっさと帰れ」

 

 と追い出そうとするが、ユルゲンが止める。

 

「待て、今の一瞬で新兵器を判断したのか……少し話が聞きたい。お前ら、席に戻れ」

 

 ユルゲンに言われ、渋々と席に戻っていく士官達。地球連合軍では階級が絶対のようだな。

 

 若い兵士は感謝の気持ちを込めて、敬礼をする。

 

「ありがとうございます。私はレジス少尉です。以前からレーザー砲の開発をしていたのではと予測してました」

 

 予測したという言葉に(あざ)笑う士官達。

 それを気にせずに話を進めるレジス。

 

「ほう? 我が軍の最高機密を予測していたとは……どうやって?」

「はい、レーザーソードの開発から次に行き着くのは放出かと。ですが、放出するには高エネルギーでの状態では無いと空気中での減衰が起こり、威力が出ません。なので最初に作るとしたら大きなレーザー砲かと予測しました」

 

 まるでここの会議室に居たような正確な答えだ。これを持論でたどり着いたとしたら驚くべき推察力だ。

 さっきまで嘲笑っていた士官達は静かになり、目を丸くする。

 

 そしてレジスの話を聞いて、口角を上げるユルゲン。

 

「見事だ。だがそれだけの為にわざわざ話しかけたのとしたら、売名行為としか見えんな?」

 

 ユルゲンの表情は疎んでるのではなく、試しているように見える。この若い兵士が優秀なのか、どうなのか。

 

「……では、皆さんが今悩んでるのはこの兵器をどう効率的に使うかでしょうか。そしてその方法も私にはあります」

 

 自信ありげに言う様子に会場の視線はレジスに集中したのであった。

 



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14-9 地球連合軍の実態

結構書いたのでタイトルが……


 

 給仕係のレジス少尉の見た目は長めの青髪と眼鏡が印象的で、体は細い。知的なイメージが第一印象だ。

 階級はこの会議室内で最低だと思われるが、その瞳には物怖じしない力強さがあった。

 

 先程までいきなり何だと思っていた軍人達、今では固唾を呑んで次のレジスの言葉を待っていた。

 

「まず、この要塞はアラスカ方面に向かって配置されており、左右の高い山々が正面以外からの攻撃を防いでいます。なので敵が来るのは一方方向ですが、一方方向と言っても180度。この兵器では30度しかカバー出来ないでしょう。なので敵を一カ所に集める必要があります」

 

 理路整然としている説明に思わず聞き入る。

 今まで全員の考えが統一されてるとは限らなかったが、これで統一された。だから全員が話しに付いてこれるし、食い入るように見るのだ。

 

「そこで、私は鶴翼の陣を提案します」

 

 鶴翼の陣ーーV字型の陣形で敵を包囲する戦い方だ。確かにこれなら敵は真ん中に集まるだろう。

 だが普通なら敵は広く配置してくるだろう。我々よりも規模はデカく、攻める側としては広く陣を敷く。

 これを包囲するにはこちらは更に大きく広げなければならないが、それは兵力の分散を意味し、簡単に包囲を突破されてしまうだろう。

 

 理想的な形は鶴翼の陣だが、それに至る過程の説明が足りなかった。

 

 何人か気付いたようで、難しい表情を浮かべている。

 

「レジス少尉、どうやって鶴翼の陣に持ち込むつもりだ? このままでは絵空事だぞ」

 

 気付いた中の一人が声を挙げる。

 

 レジスは頷き、説明を続ける。

 

「その通りです。最終の形はこのようにしたいのですが、そこまでのプロセスが足りません。今から説明致します。

 この要塞の前に狭い横陣を引き、これを囮にします。敵はこれに集中するため、自然に集まってきます。そこをあらかじめ左右に伏せていた部隊と基地内の部隊で鶴翼の陣を引きます。そして動揺した敵を真ん中に押し込んだら、レーダー砲により、殲滅します」

 

 小さな唸り声がいくつも聞こえる。唸り声を挙げるほど、見事な作戦だった。

 ユルゲンも頷くかと思ったら、悩ましい表情を浮かべていて、隣のソフィアさんも同じような表情であった。

 ソフィアさんに小声で聞く。

 

「……どうしたんですか?」

 

 ソフィアさんは目をつぶって少し考えた後、俺に話す。

 

「この作戦は見事だよ。だが問題が一つある。それは囮部隊は壊滅的状態になることだ。多くの敵に集中放火を受け、鶴翼の陣によって敵はそこを中心に集まる。もはや一人も生きて帰ってはこれないだろう。合理的な作戦だが、いかんせん我々も人だ。死地に部下を行かせるのは心苦しいんだ……」

 

 一見、最高に見えた作戦も実際は犠牲を払う必要があった。軍人である我々はそれでも実行し無ければならないが、迷うのが人だ。

 

 ユルゲンも複雑な表情で悩んでいた。

 そして暫くするとレジスの方を向く。

 

「レジス少尉、この作戦における囮はどうなるか分かってるか?」

 

 するとレジスはユルゲンを見つめ、目を細める。

 

「それは……死地という意味ですか?」

「そうだ……見事な作戦だが……」

 

 悩むユルゲンにレジスはユルゲンの前に詰め寄る。

 

「お言葉ですが、これが最小で最大の戦果を挙げられます。もし死地が嫌だとおっしゃるのでしたら、通常の横陣での戦いを致しますか? 

 総力戦になり、勝てたとしてもこちらの被害は甚大です。この中の何人もの人が亡くなるでしょう。しかしこれならば指揮官は一人で済みます。命令は一つ。ここを死守しろという命令ですから」

 

 落ち着いた様子で言うレジスにユルゲンは勢いよく立ち上がって、レジスの胸倉を掴む。体格差のある二人は一方的にユルゲンがレジスを壁にぶつけた。

 

「お前にはっ……心という物が無いのかっ!! よくこんな作戦をぬけぬけと!!」

 

 壁に叩きつけられたレジスだったが、変わらず冷たい目をユルゲンに向けていた。

 

「……私を殴って気が済むならいくらでもお受けいたします。ですがユルゲン閣下、お考え下さい。ここは地球連合軍、最後の砦。ここを抜かれれば大都市に侵入され、多くの人が亡くなるでしょう。そして地球連合軍はお終いです。……ここを守れるのでしたら私は如何なる処罰を受けましょう」

 

 レジスは冷たい目だったが、その瞳にはここを守ろうとする強い意志が感じられた。

 彼は非情ではなく、合理的なだけかもしれない。

 

 ユルゲンは腕を振り上げるが、凛とした声に止められる。その声はソフィアさんだった。

 

「……ユルゲン閣下。レジス少尉の言うことは何も間違ってはおりません。ここを重要視していらっしゃるルーカス長官のご意志をお忘れ無きよう……」

 

 ソフィアさんも反対だったはずだ。だがレジスの決意表明を聞いて変わったのだろうか。

 

 ユルゲンはソフィアさんの話を聞いて、振り上げた腕を戻し、レジスを解放する。

 

 未だ不機嫌なユルゲンが席に戻るところに一人の軍人が声を挙げる。

 

「ユルゲン閣下、レジス少尉の言うことは最もです。重要視されてるこの場所をユルゲン閣下に任せたのは信頼されているからでしょう。その信頼を裏切らない為にもこの作戦を取るべきです。そして私に囮をお任せ下さい」

 

 頭を下げる軍人にユルゲンは困惑した表情を浮かべる。

 

「お前がやらなくても……当の本人、レジス少尉にやらせれば……」

 

 だがその提案は否定される。

 

「ユルゲン閣下、聡明な閣下はもうお分かりですよね? 長年戦場で生きてきた我々はその若者一人に及ばなかったこと。これから未来ある若者より、無能な指揮官が囮に最適です。それにレジス少尉じゃ階級が足りなくて、部隊も動かせないでしょう。なら私が適任かと」

 

 穏やかな表情で言う軍人にユルゲンは顔を伏せる。

 

「そうやって……グレートブリテン島でも死にに行った!! なんでそうやって簡単に死にに行けるんだ!!」

 

 手が震え、顔面蒼白となっているユルゲンは分からないと首を振る。

 

「それは、我々はユルゲン閣下に付いてきたのです。ここに居る面々はルーカス長官ではなく、ユルゲン閣下の為に戦っています。

 例えるならルーカス長官は革命家。多くの膿を出してる一方、切り捨てられる人も居ます。ですが、ユルゲン閣下はそんな後ろめたい人でも受け入れて下さった。敵に寝返るかの瀬戸際で悩んでいる人がどれだけ救われたか。だから我々はユルゲン閣下の為なら死ねます」

 

 ここに居るほとんどの軍人が立ち上がり、ユルゲンに向かって敬礼を行う。それぞれの熱い思いが傍から見ている俺にも伝わる。

 

 にしても連合軍内部もまだ一つとは行かないようだな……

 ルーカス長官とユルゲン閣下、もしこの二つの派閥に分かれる事になったら地球連合軍はおしいまいだ。ただでさえ戦力不足なのに、離反者はもうチェックメイトだ。

 

 と最悪の想定をしている間にユルゲンは立ち直ったみたいで、決意を固めた表情をしていた。

 

「お前達の思いは受け取った!! 絶対に死を無駄などにさせん!! 必ずやこの戦いの勝利を勝ち取ろうじゃないか!!」

 

 会場内は今日最大の盛り上がりを見せ、歓声を上げて、そのまま閉会となる。

 

 与えられた部屋に戻る際にソフィアさんに尋ねられる。

 

「ライン、お前はユルゲン閣下をどう見る?」

 

 その質問の意図は何だろう? 分からないから俺は素直に答えるしかない。

 

「はい、聡明かつ、慕われている方だと思います。ですが人一倍、部下の死に対する抵抗感が大きいのかと。軍人としては失格ですが、あの性格ゆえ、多くの部下が付いてくるのだと思います」

 

 かなり批判してしまってこれは怒られるかもと横目でソフィアさんを見るが、特に怒った様子もなく、俺の話を吟味していた。

 

「うん、私も同じ意見だ。優れた方だが、危うさも兼ね備えている。仮にこの要塞ごと裏切るとユルゲン閣下が言ったら全員従うだろうな……まぁ、要するに後ろから撃たれる覚悟もしておけと言うことだ」

 

 その後ソフィアさんとは大した会話も無く、部屋の目の前に着いた。

 

 そこには何処かで見かけた事のある黒髪の坊主頭が見えている。代表直属部隊にはそんな頭は居なかったような……

 

 中に入るとその坊主頭が振り返る。人懐っこい表情と輝く瞳を見て思い出す。

 

「まさか、コウか!?」

「ーーそうです!! 覚えて下さったのですね!!」

 

 日本の時には結構お世話になったからな……

 

「そりゃあもちろん。でも何でここに?」

 

 日本が参戦するという話は聞いていない。一人で家出でもしてきたのだろうか?

 

「はい、柳生さんに言われてラインさんの機体を持ってきました」

「え? 俺の機体?」

 

 俺の為に用意してくれた事に心が震える。個人用に持ってきたというのは中々無いことで、大体が共用だ。

 

 そんな所にグレンが何かを口に頬張りながらやって来る。

 

「お疲れちゃん。ん? この坊やは?」

 

 コウを指で指し示して、聞いてくる。人を指差すんじゃない。

 

「ああ、コウは日本に居たときに俺のお世話をしてくれたんだ。ほんといたせり尽くせりだったよ」

 

 そんな……と照れるコウをお菓子を食いながら見るグレン。

 

「ほう、で? ここに何で居るのかい?」

「それがな、俺の機体だってよ!!」

 

 俺の機体という言葉に1番反応を示す。お菓子を食べる手を止めるほどだ。

 

「え? お前専用機? いつの間にかそんなコネを……」

 

 俺をまじまじと見つめるグレン。そんな見つめるな恥ずかしい。

 

「もう届いてるので見に行きませんか? あの、良かったら一緒にーー」

「よっしゃっ、行こうぜ!!」

 

 俺の手を引いて、ドンドン部屋から離れていく。迷いない進みだが道は分かっているのか?

 

「なぁ、グレン。道は分かるのか?」

 

 俺の声が聞こえたはずだが、振り返らないグレン。暫くすると立ち止まり、振り返る。

 

「そもそも、お前の機体が何処に届いているのか知らなかったわ」

 

 苦笑いするグレンに俺達はずっこけた。

 

 

 

 

 

 結局コウの案内で格納庫に向かう。

 格納庫に着くと、そこには地球連合軍のHAWでは無く、エルス国のHAWが並んでいた。

 そしてその中で一際目立ったのが黒色のHAWに人だかりが出来ていた。よく見るとその機体は雷鳴で、その周りを技術者が囲んでおり、どの技術者達も目を輝かせながら雷鳴を見ていた。

 

「あんまり調べないで下さいよ!! これはラインさんに貸してるという状態で、エルス国に寄与した訳ではないですので!!」

 

 慌ててコウが技術者達の集まりを散らす。技術者としては他国の機体は気になるよなぁ……同盟関係とはいえ、エルス国と日本は他国。エルス国と地球連合軍も同じような関係だ。まあちょっと違う部分もあるが……

 

「だがこれは雷鳴だし、日本の参戦とは取られないか?」

 

 日本は中立と公言してる以上、技術提供、戦力貸与(たいよ)はマズいはずだ。

 

 そんな問いにコウは不敵に笑う。

 

「この機体は日本からエルス国に亡命した兵士が乗ってた物で、武装解除の際エルス国が鹵獲したという設定ですので大丈夫です」

 

 ……師匠が考えたのだろうか……なんともグレーな所を攻めたな。

 

 目の前の黒い機体を見上げる。これからエルス国の緑色に塗られるらしいが、それもなんか寂しい気がする。せっかくの俺の機体なのに。

 

「なぁ、この機体を好きにカラーリングしても良いのか?」

 

 キョトンとした表情のコウだったが、意味を理解したのか頷く。

 

「もちろん良いですけど……やはり敵味方分かりやすくするために緑を基調として下さいね?」

 

 よし、これで俺の専用機だ!!

 自分で好きに色を塗れるのはパイロットとしては凄い憧れで、共用ではない、自分の機体でないと不可能だからだ。

 

 そんな様子を見てたグレンは胸を張って俺の肩を叩く。

 

「ライン、数多の女を落とした俺に任せなさい」

 

 そう言うグレンの顔は今まで見た中で最高に悪巧みをしている顔だった。

 

「いや、させねぇよ?」

 

 そんな顔のグレンにさせるはずも無い。だがグレンは引き下がらない。

 

「なぁ、知ってるか? 機体に女の絵を描くと機体が落ちないっていう噂。かなり昔からあるんだよ」

「へぇ、そうなのか?」

 

 機体を触りながら急に真顔になって言うグレン。

 しかし振り返った顔はとても楽しそうな表情だった。

 

「まあ、今作ったんだけど」

「……」

 

 やっぱりコイツに任せられないなっ!!

 

 結局グレンに全てを任せる事はなく、コウやグレンの意見を取り入れながらカラーリングをしてみた。

 

 緑を基調として、元々の少し黒を残しつむ俺のイメージらしいところどころ稲妻を入れた。

 まあライトニングからだろうな……

 

 俺専用機という事で師匠から貰った新品の雷鳴を好きにカラーリングした達成感に浸った時、気付いた。コイツの武装はどうなっているのかと。

 コウに聞いてみる。

 

「なぁ、コイツには武装は付いてるのか? それとも俺らの武装を転用するのか?」

 

 コウはモニターで各部チェックを行いながら、答える。

 

「雷鳴既存の物が付いています。私意外にも技術者は派遣されてますし、弾薬も逐次日本から送られて来ますが……その内、武装面をエルス国仕様にしようかと考えてます。やっぱりいざという時に弾が無いと使えませんですし……」

 

 カタログを見せて貰うと、この前使ったレールガンも付いていた。

 そしてその他にも多くの武装が搭載されていた。

 

「えーと、左腕の盾を小型化し、ガトリングを装備しました。口径はマシンガンより小さいものの、連射性能は高いです」

 

 牽制用としては十分で、右手でレーザーサーベルを持てるから接近戦の布石になるな。

 

「そして、脚部ミサイルポット。両足、3連の6連式で撃ちきり武装ですが、威力は十分。HAWを木っ端微塵に出来ます。撃ちきったらパージして下さい」

 

 へぇ、脚に武装が付いてるのか。雷鳴だからこそ重量に余裕が有り、出来る芸当だ。

 

「後はこの前の機体と同じですね……レールガンとマシンガン、レーザーサーベルですね。OSはラインさん専用にチューニングするつもりです。後で感度とか調べますので……」

 

 機体を動かす為に必要なOSーープログラムみたいなものを俺に合わせるとかもうホントに専用機だな!!

 

 嬉しすぎて顔がニヤけてしまう。そこをグレンに蹴られる。

 

「ったく、何でお前だけに!!」

「痛っ、うるせぇ、お前にも部下みたいな奴らが居るだろ!!」

 

 前に一緒に戦ってくれた謎の軍団。あの人らはここにきてるのだろうか?

 

 しかしグレンは表情を曇らせる。

 

「……部下じゃないな。あれは家族だ」

 

 “家族”という言葉に俺の心は揺れる。心が痛み、負の感情が流れ込んでくる。それは怒りなのか、寂しさなのか分からない。

 

 ようやく心の痛みが治まると、グレンが申し訳なさそうにしていた。

 

「済まんな……家族の話をしたのは気が利かんかった。俺も家族を失ったんだ……」

 

 グレンから告げられた同じ境遇にまた心が揺らぐ。同類を見つけた気がして、そして同じ苦しみを感じているんだと思うとやるせなくなる。

 

「だがよ、家族と呼べる人達を見つけたんだ。お前もマナンやティナ達と仲良くなれただろう? それはもうかけがえのない“家族”だよ」

 

 珍しく優しい顔のグレン。時折みせる優しさに俺は思わず微笑んでいた。

 

 



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14-10 意味のある死

とうとう開戦!! かつて無い大きな戦いが幕を開ける。


 

  幾度もの作戦会議と自分の機体を調整しながら来たるべき時を迎えた。

 

 けたたましくサイレンが鳴り、戦闘態勢に移行する事を知らせる。このサイレンは敵が要塞の一定距離まで接近したら鳴る物だ。

 

「ようやく敵さんが来たか……そろそろ筋トレも飽きて頃だったわ」

 

 筋トレを辞めて、起き上がったグレンが嬉しそうに呟く。

 

 作戦が決まった翌日から囮以外の部隊は左右の森林に伏せていた。光学迷彩で敵の衛星からの察知を防いでおり、もちろん機体は動かせなかった。だからやることは筋トレぐらいしか無い。

 

 俺は雷鳴や新武器のカタログを読んでいるが、他の面々は長らく使っているエルピスで今から読み込む物も無い。

 

 各々ハッチを開いて、中に入り、機体の最終点検に入る。弾薬や燃料は既に要塞内から出すときに万全にされており、後はその最終チェックだ。これを疎かにすると直ぐに生死に直結する。一発のジャムーー弾詰まりが全てを決する時もある。

 

 細かい所を見る時間は無いため、モニターで確認する。油圧システム、燃料漏れも無い。照準システムも正常に動作している。

 

 そしてIFFもしっかり入っているか

 再度確認する。日本の機体故、エルス国では無かったから書き換えたのだ。しっかりエルス国の識別信号だ。

 

 その時、隊長のユリエルから通信が入る。

 

「各員、通信は聞こえるな? もう作戦概要は詳しくは話さない。これは短距離通信だが、傍受の可能性もある。そして作戦は変更なく行う。

 それから新人の二人は部隊後方で戦って貰う。二人は既に初陣じゃなく、戦果を挙げてるようだが、今までの温い戦場じゃない。我々の行くところは死地しかない」

 

 最初はいびりかと思った忠告だが、そこには過酷な戦場を経験した戦士の経験が入ってる気がした。

 

「はい……」

「了解」

 

 グレンもどうやら素直に聞くみたいだ。ほんとたまに真面目になるんだよな。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -火星独立軍 ウルス・ブラン視点-

 

 アラスカの重要地点を落としてから地球連合軍の反撃は無く、すんなりとここまでやって来られた。

 

 だが目の前に山のように置かれている写真は地球連合軍の要塞を衛星で撮った物だった。

 なるほど、小出しにしないで溜める事で戦力差を無くそうとしているのか。

 

 衛星写真から巨大な要塞や多くの兵器が存在することが分かる。

 

 だがーー

 

「どれもこれも旧型ですね。もう戦争はHAWの時代ですよ。これだから地球連合軍は……」

 

 そう、一人の指揮官が呆れながら呟く。

 

 ソイツが言うとおり、多くの衛星写真にはHAWがほとんど写ってなかった。戦車や戦闘機、ミサイル砲台や固定砲座など、HAWが戦争の主体になってからは微妙な役割しか無くなってしまった物らだ。

 

 それらが数多く配置されてる要塞は数では我々の何倍も多かった。これが10年も前だったら世界最強、最大の軍隊と誇るのも当たり前だ。

 

 だがもう時代は進んでいる。どれだけ古い物を数を揃えようとも最新の物には敵わない。それを重々承知してるはずの地球連合軍は今になって何故、これだけの数を配置したのだろうか。

 無能と呼ばれる地球連合軍だが、以前の上層部が無くなって以降、それなりの優れた対応をしてきている。

 やはり気になるなこれは……

 

 だが他の面々は気にせずに地球連合軍を罵っていた。

 

「ふんっ、あらかたもうHAWが無いのだろう。だから今まで仕掛けて来なかったのだ。そして残る戦力を結集した様がこれだ。もう我々の勝ちは揺るがん」

「もう既に数多くの地球連合軍側の有力者達がこちらになびいている。これは世間が我々が勝つと予想している」

 

 と既に勝った気でいるが戦場では何が起きるか分からない。仮にでも軍人だろうが、お前らは。

 

 俺は新機体を率いる隊長ではあるが、結局は一兵士。流れを変えられるほど偉くはない。だから精々俺の部隊配置だけは変えさせて貰う。

 

「先に報告しておきたい事があるのですが……」

 

 ここでの最高指揮官に伺いを立てる。上機嫌の上官は笑って許可する。

 

「なんだ? 手を出すなとでも言うのか? それは認められんな、ウハハハハハ」

 

 もはやコイツらは考える事すら辞めている。

 

「いえ、我々、イルⅡ部隊は今回待機させて下さい。わざわざ勝ち戦に出ることもないでしょうし、機体の調子が良くありません」

 

 これは嘘で、機体の調子は万全。当たり前だ。そんな不良な新型を前線に回すほど、火星独立軍は追い込まれていない。

 

 結局嘘に騙された上官はニヤリと笑う。

 

「確かにここで君たちが出る必要もないし、我々も働いとかないと何を言われるか分からんからな。分かった、待機しておけ」

「はっ」

 

 要求が通った事に安堵する。

 だがこの戦い、何かある。そう、俺の直感は警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 敵は想定していたより多かった。数多くのHAWとHAWモドキーーアイギスを空輸で投下してきた。またその後方には拠点制圧の為の戦車や歩兵が無数に居た。そして突破口が開かれたら歩兵が突撃してくるだろう。

 

 俺が予想しているよりも火星独立軍は勢いづいていた。もはや正面から戦うのは不可能な程に。

 

 その時、オープンチャンネルにて敵から通信が飛んでくる。

 

「聞こえるか、地球連合軍に告ぐ。既にこの要塞は包囲した。援軍は来ない。そして戦力差は圧倒的。今すぐ武装解除して降伏するというのなら命は助けよう。また我が軍に加わるというのならそれなりの待遇は保証しよう。だが抵抗するなら皆殺しだ。ロサンゼルスから見えるよう大きな花火を上げてな?」

 

 そう言って高笑いする男。

 

 癪に触る言い方だが、この戦力差を見て俺も少し心が揺れた。作戦が上手く行けば勝てるはずなんだと信じるしかない。

 そして俺よりも不安なのは囮の部隊だろう。これからの作戦を聞いて居ない囮部隊は今頃絶望しているだろう。

 このまま時間が経つと離反者が出るかもしれないーー

 

 そこに不安を振り払うように威厳のある声で答えるユルゲン閣下。

 

「……私がユルゲンだ。どれだけの戦力差があろうと我々は降伏しない。勇敢なる兵士諸君聞こえるか、君たちの強い思いは必ず勝利へ導くだろう。だから前に進め。隣の仲間が倒れようと我々は未来へ進まなくてはならないのだ!!」

 

 この通信を聞いた囮部隊は歓喜に湧き上がる。もはや死兵となるだろう。

 ある意味どれだけ兵士の士気を落とさないかが、指揮官に問われる素質である。士気が無くては命令には従わないし、勝てる物も勝てなくなる。

 

 ユルゲン閣下はその素質には長けている。だからこそ、このような劣勢な方面を任せたのかもしれない。

 

 湧き上がる囮部隊を見たのか、敵の指揮官は舌打ちをする。

 

「良いのか? ここで犬死にしても? 降伏すれば家族と会えるぞ?」

 

 再度甘い言葉で誘惑してくるが、もう死兵となった囮部隊には通用しなかった。

 囮部隊でブーイングが巻き起こる。

 

 どうやら交渉は決裂だな。さて敵はどうするか?

 

 そこにユルゲン閣下が追撃をする。

 

「どうやら猿の話は我々には分からなかったな。それともなんだ? 怖いから降伏させようとしたのか?」

 

 明らかな挑発だ。流石に敵は乗らんーー

 

「今すぐその口に石を詰めてやる!!」

 

 と怒鳴って、一方的に通信を切る。

 どうやら挑発が上手くいってしまったようだ。

 

 そして敵がこちらに動き出す。

 空をHAWが飛び、地上をゆっくりとアイギスや車両群が進む。

 

 始まった、俺にとって初の大きな戦闘が!!

 

 敵は左右の森林を避け、中央の平原を通って、要塞に向かう。その要塞の前には固定砲座やHAW達が陣取っており、陣形を組んでいる。

 

 そして射程内に入ると攻撃を開始した。無数のミサイルと砲撃をお互いに撃ち合い、回避行動に移るHAWや戦闘機。一方、動けない地上部隊は必死に迎撃するが、飽和攻撃に次々と命中していく。

 

 最初は両者とも互角のような損害だったが、次第に数の差、そして兵器の性能差が出始め、地球連合軍が一方的にどんどんやられていく。

 無数にある固定砲座も次々と砲身が曲がったり、砲撃が止まっていく。山の段々に配置した固定砲座もHAWによって簡単に破壊されていく。高いところにあると地上部隊からは狙いにくいが、空を自由に飛び回るHAWとってはただの的である。

 

 次々と上がる黒煙と聞こえる爆発音。もはや蹂躙されていた。俺が予想しているよりも早く壊滅しそうだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍 囮部隊-

 

 戦闘が始まり、最初から全力で撃ち合う。砲撃の振動がテーブルのコップをガタガタと揺らす。

 

 私自身見たことも無い程の一斉砲撃だ。その事に心が躍るが、戦果を見て顔をしかめる。

 

 空にいるHAWにほとんど当たらず、地上のHAWモドキが数台火を上げてるのといくらかの車両をやっただけだった。

 

 もはや全体から観ると損傷率は1%にも満たず、我々の攻撃は終了した。そこからは覚えていない。

 

 あちらこちらから上がる悲鳴と救援を求める通信が無数に入る。だが、それに答える余裕は無い。

 そして敵の攻撃の振動でテーブルにあったコップが地面に落ちて、割れる。

 それを見て、それが今の我々の状態だとふと思いつき苦笑してしまう。

 

 壁の隙間から見える我々の惨状に私はただただ、ユルゲン閣下のご活躍を祈るしかない。

 

 その時、ふと見えた敵のHAWがこちらにバズーカを向けているのが見えた。そのして発射された弾をゆっくり見ながら、迫り来る死を笑ってやった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -要塞内部 ユルゲン-

 

 小さな衝撃音が無数に響く。山の外殻が攻撃されてるだけで内部は全く無傷だ。だがこの衝撃で何人の命が奪われただろうか。

 

 そんな考えが頭の中を反芻(はんすう)する。

 

 そんな時、一人のオペレーターが顔面蒼白にして振り返る。

 

「囮部隊の指揮官が戦死しました……既に命令系統は混乱。もはや戦える状況ではありません」

 

 簡単に予想された事態だったが、胸が締め付けられる。ほんと軍人には向いてないのではと思うが、誰からも軍人が向いていると言われる。矛盾していると思う。だが求められている以上、その期待には応えたかった。そして守りたかった、この仲間達を。

 

 頭から心の痛みを振り払い、声を振り絞る。

 

「敵は既に外殻に取り付いている!! そして地上部隊も草原中腹。今が好機だ!! 全軍、第一段階開始!!」

 

 俺が宣言するとオペレーター達が次々と通信をして各部隊に伝達していく。

 

「作戦開始。作戦開始」

 

 その言葉で室内が埋まる。そして映し出されたモニターには次々と内部から出撃していくHAW隊。

 まず鶴翼の陣が決まらなければ負けに成るため、この作戦に全てが掛かっていた。

 

 俺は何も出来ない歯がゆさが顔に出ないようにするのに精一杯だった。



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14-11 希望の光

最新話を追って頂いてありがとう御座います。
最初の頃に比べ、私も成長したかと思います(多分)
更に成長する為に最初からここまで読んでお気づきの点、またストーリーなどを更に面白く、深く出来ますので、有りましたら是非、感想やメッセージにてお知らせ頂けると幸いです。
面白かったの一言だけでもとても喜びますのでお願いしますm(__)m

最初の方の文章は鋭意改稿中ですので、最近のでお願いします。




 

 既に始まっている戦闘。史上最大規模の両軍がひしめき合う戦場で俺はコクピット内で待機していた。

 まだ見つかってないものの、いつ見つかるか分からない。その時は我々の負けだ。

 

 そして味方が戦っているのはどれも旧世代の兵器ばかり。圧倒的な力で敵軍は要塞に取り付いていた。

 もう囮部隊は壊滅しており、僅かに残る砲火が抵抗していた。

 

 作戦開始はまだか、まだか、と手に汗を握る中、突如通信が入る。

 

「作戦開始。作戦開始」

 

 2回に通して言われた言葉はゴーサインだった。

 その言葉を聞いたユリエルが指示を出す。

 

「目標は敵地上部隊。陣形は先程言った通りだ。功を焦るなよ!! 全機、出撃!!」

 

 出撃の指示に俺は機体に掛かってる光学迷彩を外す。太陽が視界に入り、外部カメラの光量が自動で調整される。

 そして起き上がると周りの機体も起き上がっていた。

 

 そしてユリエル機を先頭に楔型ーー逆Vの字ーーの陣形で敵に突入する。俺とグレンは後方の真ん中。一番安全な場所だ。

 

 敵は不意を突かれ、砲身もこちらには向いていない。更に敵HAWは要塞に向かっており、ここにはアイギスと車両群しかいない。

 

「全機、攻撃開始。こんな所で落とされるなよ」

 

 上からアサルトライフルによって銃撃の雨を降らせる。抵抗出来る数少ないアイギスが反撃を試みるが、我々の集中砲火を受けて瞬時に沈黙する。

 

 そのターゲットの仕方は見事で、抵抗しようとしている奴から狙い、次々と戦意をそいでいき、危険を減らしていった。車両群はもはや的で逃げ回るだけ。ほとんどが輸送車や歩兵支援車両なのだから当たり前だ。

 

 それらに弾を使うのは勿体なく、本命まで取っておく。

 

 あらかた敵を片付けるとレーダーが知らせる。戻ってきた敵の大量のHAWを。

 

「全機、我々は陽動だ。まともに敵に当たるな。そして作戦エリア内には入るなよ」

 

 陣形を保ったまま、後退する。敵は我先と殺到し、物凄い数だ。

 確かに先程の戦闘では物足りないだろう。やっとHAW同士の戦闘になるのだから。

 

 だがこちらはまともにやるつもりは無い。守りを固くして、時間を稼ぐ。近接戦や乱戦にならなければそうそうやられるエルピスではない。

 

 味方に囲まれた安全地帯からレールガンをぶっ放す。その威力は相変わらずで、易々と敵を貫く。

 

 だが敵の数は全く減らず、ハエのように群がる敵。外側の味方が次々と火花を上げていく。

 

 早く、早く、作戦を次の段階にーー

 

 焦る心を抑えながらトリガーを引くのであった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍 ユルゲン-

 

 作戦は開始され、伏兵となっていたHAW隊が敵の左右から襲いかかる。それと同時に要塞のゲートが開き、温存していたHAW隊が出撃する。

 敵が不意を突かれたのもあるが、味方が無残にやられるのを指をくわえて見ていた憤りもあるだろう。

 凄い勢いで敵を撃破していく。

 

 自分自身が決行した作戦だが、複雑な感情が心の中を渦巻く。

 ホントにこれで良かったのだろうか、これよりも良い作戦が有ったのでは無いかと考えてしまう。

 

 味方を犠牲にする作戦。味方の勢いは凄く、効果はてきめんだが多くの部下を失った。それも犬死にという形で。

 もちろん無人機という手もあった。だが囮と思わせないように大量の兵士が必要で、一方、無人機では捨て駒だと思われるからだ。普通では考えられない、それほど非道な作戦だった。

 

 しかし既に作戦は決行され、多くの兵士が死んだ。もう時間は戻らない。ならば決行した自分は最後までやり遂げ無ければ、本当に彼らの死が犬死になるではないか。

 

 弱気の自分を奮い立たせて、前を向く。

 

 その時オペレーターが悲鳴を上げる。

 

「ーー左翼のHAW隊の外側に新たな敵HAW隊が出現!! 逆に我々が包囲されます!! ーー機体照合……新型、イルⅡです!! その数10!!」

 

 突如現れたイルⅡに左翼の包囲部隊はなすすべも無くやられていく。正面に多くの敵を抱えたまま、後ろに新型が出現。もはや一方的だった。

 

「どうにかならないのか!?」

「ダメです!! 敵の勢い止まりません!! このままでは包囲が失敗します……」

 

 優勢になるかと思ったがここに来て、新型かっ!! またもや新型に我々は負けるのか……

 グレートブリテン島でもHAWという新型に負けた。いつの世も技術が世界を支配するのか……

 

 だがその時、ふと思い出す。ルーカスが言っていた言葉を。

 

『いつの時代も新兵器が強いのは当たり前だ。戦争は相手との国力戦。だが技術力や工業力だけが国力とは言わない。人材も国力に含まれるのだ。もし指揮官が戦況を左右出来ないのだとしたら、我々は無用の長物になってしまうぞ』

 

 と最後にオチを付けて言っていたのを思い出し、笑ってしまう。

 

 そうだな。俺は無力じゃない。戦場を支配するのは俺だ。技術力なんぞに左右されてたまるか!!

 このままじゃ給料泥棒なんて呼ばれてしまう。

 さぁ、人の力を見せてやろう。

 

「直ぐに作戦を次の段階に進めろ。この好機を逃してはならん。もはやこれ以上は悪化の一途を辿る。この一撃を持って戦況を変えるぞ!!」

 

 その言葉にオペレーター達が慌ただしく動き始める。

 そして横に居たレジスが満足そうに頷く。

 

「ご英断です、ユルゲン閣下。私もそう提案しようとしてました」

 

 そう同調するレジスに周りの部下らが白い目を向ける。

 それを気にした様子もなく、レジスは言葉を続ける。

 

「砲撃後、敵のイルⅡ部隊にはエルス国部隊を当てましょう。実力は我が軍よりも高く、それに我々は部隊を失いません」

 

 同盟国を利用しようとする意見に俺のこめかみが動く。だがその提案は理路整然で何も反論出来ない。

 俺は死んだ者に対して顔向け出来るような成果を出さなくてはならない。この際は感情を捨てなければならない。

 

「……その通りだな。砲撃後、エルス国部隊に指示を送れ。勝つ為に俺は鬼にも悪魔にもなろう」

 

 そう言うと心が締まった気がした。

 

 そしてオペレーターが次々と状況を報告していく。

 

「レーザー砲、オールグリーン。山頂へのエレベーター、オールグリーン。山頂の開口部の障壁の展開を確認。砲身、外部に露出しました。付近に機影無し。エネルギーライン、接続。エネルギー、注入開始」

 

 カウントダウンが始まる。全てを賭けた一撃が放たれる。これが壊されたら終わりだ。

 

 30秒ぐらいのカウントダウンだがとても長く感じる。そして残り時間が減る度にどんどん心の中にある期待が大きくなっていく。

 

 早く、早く……と急かしたくなるが、残り時間は変わらない。

 

 残り時間が半分を切ったときレーダーに近付く機影が見える。

 

「敵機がレーザー砲に近付いてます!! 気付かれました!!」

 

 その情報に司令室内の空気が一変する。レーザー砲近くのモニターを見ると、レーザーソードを片手に猛スピードで斜面を駆け上がるイルが見える。

 

「マズい!! 誰か、止めろ!!」

 

 オペレーターが応援を呼ぶが、間に合うかどうか分からない。

 

 レーザー砲に付けてあるカメラから目の前まで迫り、腕を振り下ろす姿が見える。

 

 ーー誰もが心の中で叫んだ。こんなにも呆気なく俺達の博打は終わってしまうのかと。

 

 その時、モニターに黒い影が落ちて、直上をレーザーソードが通過する。

 

 外した!? 何で!? と思ったのも束の間、直ぐに理由が明らかになった。

 

 黒い影はセイバーで、イルとレーザー砲の間に機体を潜り込ませていた。そしてその機体を貫くレーザーソード。自ら盾となったのだ。

 

 その機体から通信が入る。

 

「……ご無事で……しょうか、我々の希望は……」

 

 息も絶え絶えに言う言葉に俺は強く頷く。

 

「ああ、無事だ。よくぞ来てくれた!!」

 

 俺の言葉に血を吐きながら、微かに笑うパイロット。

 この吐血はここからは見えない下半身に怪我を負っているのかもしれない。

 

「最後に……約に立てて……光栄です。絶対に……この刃は通さない……ので、どうか……撃ってください。死んだ者の……為に……」

 

 セイバーがイルの腕を掴み、それ以上下に振り下ろさせないようにしていた。朦朧とする意識の中、彼はずっと敵を離さなかった。

 

「……ユルゲン閣下。チャージ完了です」

 

 小さな声と共に振り返るオペレーター。その表情には撃て、という感情が見て取れる。

 ああ、死んで行った者達の為に撃つ!!

 

「この一撃をもって戦況を変えるぞ!! 見よ、死んで行った者達よ!! これがお前らが守った希望の光だ!!」

 

 発射ボタンの上に掛かっているカバーを上にずらし、ボタンに指を置く。そのボタンには多くの人の思いが込められている気がした。

 

 その思いに覚悟を決め、強くボタンを押す。

 

 するとレーザー砲から青白い光が放たれ、まず目の前に居た2機のHAWを光で包み、縦横に更に大きくなった大出力の光は多くの物を呑み込んで空に消えていった。

 

 



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14-12 戦士の戦場

 

 味方からの大規模危険エリアの指定が届いてから、直ぐに光は現れ、敵を丸ごと飲み込み、1機に留まらず、無数の敵を飲み込んでいった。それは無差別に敵を食らい、足掻くHAWを逃す事無く塵に変えていく。

 

 希望の光ーーそう言われていた新兵器の威力は俺や俺以外がおののくには十分で、誰もこの惨状に言葉が出なかった。

 レールガンだったら新兵器の威力に喜んでいたが、この圧倒的暴力とも言えるレーザー砲の凄まじい威力に恐怖を感じる。

 

 映像で見た威力と同じだが、それが無人の建物やHAWに撃たれたのとは違い、目の前で人が無残に死んだ。次第に燃え尽きるHAWが目について離れない。

 

 またそれが自分に向けられたとしたら……レールガンなら回避して当たらなければどうにかなる。だけどこの新兵器は回避しようがない。それほど広範囲を焼き尽くしたのだ。

 

 敵は光が見えてから何をしようと避けられない死に、何を思ったのだろうか。いや理解する前に機体が焼き尽くされてるかもしれない。

 

 そんなもはや虐殺と言えるような威力に戦場の時間が止まり、我々、地球連合軍はその威力におののき、敵は何が起こったのか分からず、唯々混乱するだけだった。

 

 だがそんな中、動く者が居た。

 

「全軍、今が好機です。残存部隊を殲滅して下さい」

 

 さっきまで聞こえていたオペレーターではなく、凛とした若い声でそれはレジス少尉だ。

 

「敵は今の攻撃で大半を失っています。また混乱している今、必ず勝てます」

 

 そうレジス少尉は言うが誰も動かない。いや動けなかった。

 レジス少尉が何故仕切っているのだ? という思いもあるが、それ以上のこの惨状を見たダメージがデカかったのだ。

 

 しかしその後にユルゲン閣下の声が続く。

 

「今のレジス少尉の意見は最もだ。我々何のために戦っていたのか? 敵に家族や故郷を踏みにじられない為だろう!! 我々は何としても勝たなければならない!!」

 

 その言葉に多くの者が動き始める。その一方、我々、代表直属部隊はソフィアさんの指示を待っていた。

 

「こちら、ユリエルです。ソフィア指揮官、どういたしますか?」

 

 少し困惑した声色を含ませてソフィアさんに問うユリエル隊長。

 

「……色々思うところも有ると思うが、ここは堪えて欲しい。ここで動かないのは下策。このまま地球連合軍に協力しろ」

「はっ……」

 

 参戦しろとソフィアさんが言い、それに従う。我々も動かないのは下策とは分かっていた。それにここで地球連合軍と勝手に決別する訳にもいかない。

 

「……全機、先程と同じように参戦する。陣形は崩すなよ」

 

 そして俺とグレンに重点的に注意する。

 別に先走りしたい訳じゃ……

 

 その時、オープンチャンネルを通して咆哮が聞こえる。野獣でも居るのかと思ったが、意志のある野獣だった。

 

「お前ら……戦場を汚しやがって……戦士と戦士が戦う場所が戦場なのだ!! それをこんな野蛮な兵器で汚しやがってぇぇ!!」

 

 ーー聞いたことある声だ。

 俺のHAWでの戦場経験は多くない。そして一際目立つ動きをしている機体ーーイルⅡだった。

 

「邪魔をするな!! どけぇ!!」

 

 そう言いながら一合もせずにセイバーを切り捨てるイルⅡ。

 その卓越した操縦技術には見覚えがあった。

 

 日本解放作戦を思い出すーー機体性能が全く違うにも関わらず、雷鳴と相打ちにした男ーー白熊だ。

 HAWとは思えない軽やかな動きで他を全く寄せ付けない。みるみる味方の数が減っていく。

 

「なんて奴だ……新型はそれほどの性能なのか……」

 

 部隊の誰かがそう呟くが、新型の性能はそれほど高くない。セイバーよりも雷鳴よりも高いが、大きな差は無く、十分渡り合える性能差だ。だがそれを忘れてしまうぐらい白熊の技量は卓越していた。

 

 白熊は粗方、周りのセイバーを片付けると、こちらに視線が向く。

 

 するとオープンチャンネルで声を掛けてくる。

 

「エルス国か……そこをどけ。邪魔しなければ見逃してやろう」

 

 少し落ち着きを見せた白熊。息を整えてるのもあるだろう。その瞳はまだ強い怒りを秘めていた。

 

 そして白熊の要求にユリエルは横に首を振る。

 

「我々も見ている訳にはいかないのでな。ここは戦場、我々全員でかからせて頂こう」

 

 1機に20機近くが襲いかかろうとしている。いくら白熊といえども……

 

 だがそうはならなかった。白熊の奮戦に我に戻った火星独立軍の攻撃が始まり、乱戦になり、ここに他のイルⅡが参戦したのであった。

 

「各機、2対1で対応しろ!! 我々の方が数が上だ!! ライン、グレン。お前らは別れて他の面々と組めーー」

 

 一筋のレールガンが空を裂く。

 

 その先にはいきなり笑い出した白熊の姿があった。

 

「会いたかった……もう一度戦いたいと思っていたところだ!! ライン!!」

 

 喜びの感情が溢れ出し、口角を上げた白熊は俺目がけて真っ直ぐに突っ込んでくる。ユリエル隊長が間に入るが、蹴り飛ばされる。

 

「どけっ!! お前には興味ない!!」

 

 空中で上手く体勢を取り戻すユリエル隊長だが、他のイルⅡに阻まれ俺の援護には来れなさそうだ。

 

「ライン、無理をするな!! 時間を稼ぐだけで良い!! その間に他を片づける!!」

 

 だが他の面々も苦戦しており、駆けつけるのはまだ先になりそうだ。

 その時、一人の暇人が援護してくれた。

 

「フリーな俺が援護してやんよ」

 

 白熊の進行方向にアサルトライフルをばらまくグレン。突然の攻撃に思わず、動きを止める白熊。

 先読みされた事に警戒度が上がったようだ。

 

「ほう、小僧……いいセンスしてるではないか」

 

 ニヤリと笑う白熊にグレンはわざとらしく照れる。

 

「いやーあの白熊さんに褒めて貰えるとか今日辺りに死ぬのかな?」

 

 と不吉な事を言い出すグレン。するとその態度に顔を曇らせた白熊がマシンガンを構える。

 

「そうだな。今ここで死なせてやろう」

 

 そう言った白熊に銃口を向ける。

 

「グレンをむざむざやらせるつもりはない。2対1だがルーキーだから許してくれよな」

 

 軽口と共に精一杯笑う。

 相手はセイバーを一瞬で倒すエースパイロット。俺らも一合かみ合えるか……

 

 俺の軽口に呆れて、溜息を付く白熊。

 

「ふぅ……私と互角に戦った奴が何を言うかな? 彼は十分に強い。そう、今の君とは別人みたいに」

 

 鋭い眼光で俺を見る。

 もう1人の俺を見てるような気がして、胸騒ぎがする。

 

「まるで言い訳に聞こえるな。俺がじゃ無かったとでも言いたいのか?」

 

 とわざと挑発する。はい、そうです、と素直に言うわけにもいかない。

 

 だが易々と挑発に乗る白熊では無かった。俺を細い目で見ると微かに笑う。

 

「まあ、良い。君らがルーキーだからといって手を抜くつもりは無い。戦場で兵士ならば女、子供だろうと、等しく死を与えられるべきだからな」

 

 そう言って動き始める白熊。その動きは以前と比べ物にならないほど速く、軽やかな動きだった。

 

「ライン!! コイツは強いが、こちらは2対1!! 連携を取ればやれるぞ!!」

 

 少し声が上擦っているグレン。やはりグレンでも緊張はするものか。

 

「ああ、どうする? 何か今回も奇抜な作戦は有るか?」

 

 俺の言葉にニヤリと笑うグレン。

 

「いいや、何も無い。だが方針はある。お前は自由に戦え。俺はそれに合わせる」

 

 思考を放り投げているのかどうなのか分からないが、打ち合わせの無い連携は極めて難易度が高い。

 

 かと言って他にすることは無いのでグレンを信頼するしかない。

 

「分かった。お前を気にすることなく戦うからな!!」

 

 迫り来る白熊に右手のアサルトライフルと左手のガトリング、脚のミサイルポッドで応戦する。最初から全力だ。

 

 その全力攻撃を白熊は難なく躱す。風で揺れる葉のように全く先が読めない。同じHAWのはずなのに、何故ここまで違うのか。

 

 前と同じく、射撃連動システムが全く約に立たない。マニュアルに切り替えてやるが、今度は体が着いていかない。そして白熊に全く当たる気配が無い。

 

 そこに横からグレンが介入する。その援護は適確で、避けようとする先に置いておくという物だ。普通ならばこれで詰みだが、白熊はまだ余力を残していた。

 

「良い連携だ。ルーキーとは思えん、熟練したチームのようだ。このまま成長すればエースパイロットになるかもしれんが……君らはここで死ぬ」

 

 満足そうな笑みから一変、軍人の殺意のこもった目つきになる。

 

 撃ちきったミサイルポッドをパージし、少し身軽になった機体で身構える。

 

「先ずはーー邪魔者から退場して貰おう」

 

 その言葉と同時にグレンに迫る猛スピードで白熊。

 援護射撃をしようとするが、白熊が俺とグレンとの一直線上に入り、誤射を恐れて撃てなくなった。

 

 グレンや俺も一直線上からどかそうと動き回るが、どう足掻いても抜け出せない。

 

 仕方なくレーザーサーベルを抜いて追うが、もう白熊はグレンに接近していた。

 

「やべっ……しくじったわ」

 

 そうグレンがぼやいたのが最後、白熊のレーザーソードはグレンの機体を貫いた。

 



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14-13 紅蓮の炎

最終回……とはなりませんでした


 

 青白い光はグレンの機体の背中まで突き抜けていた。通信が途絶えるのと同時にグレンの機体は力を失ったかのようにうな垂れる。

 

 白熊がレーザーソードを引き抜くと、ピクリとも動かなくなった機体はそのまま自由落下を始める。

 そして地面に叩きつけられると爆発を起こす。

 “紅蓮”に燃える炎と空に上がる煙に家族を失った時を思い出し、胸が軋むように痛む。それと同時に心にある感情が生まれてくる。

 そしてその感情がもう1人の“俺”を呼び起こす。

 

『よぉ、暫くだな。ここまで素直になったのもあれ以来か』

 

 心の中のもう1人の俺が心底楽しそうに微笑む。その笑顔は苛つく程の笑顔だったが、瞳は深い闇が見て取れた。そうだ、これが俺なんだ。

 

 それを自覚すると、心が闇に埋め尽くされていく。普段なら抵抗するはずなのに、今はそれもなく、むしろ心地良かった。心の矛盾が無くなっていくような……

 

 次に目を開けた時は世界が違って見えた。前よりもクリアに見えるし、何も無い計器類が何故か悲しく見える。

 だが心は痛くなかった。心を闇で覆い尽くせば、不思議と元気になる。

 

 目の前に佇む白熊は俺を見ると何も言わず、突っ込んでくる。

 今、仇を討ってやるぞグレン!!

 

 左右に高速で変則的に動く白熊だが、そこに規則性が見えてくる。やはり人間はどうやっても癖が出て来るものだ。先読みして当てる。

 

 そしてある感情ーー殺意がレールガンの引き金を躊躇なく引かせる。だが攻撃は白熊の機体を掠めた。

 外したんじゃ無い。先読みした事を読まれ、咄嗟に減速したのか……

 

 流石は白熊。だが……必ず殺す!!

 

 強く操縦桿を握りしめた時、白熊から通信が入る。

 

「これだよ、先程までは私の動きに撹乱されていたのに、今は先読み。

 戦場で成長することもあるが、それは多くの経験と鍛錬とセンスが生み出す奇跡だ。だが君はセンスは有るかもしれないが圧倒的に他が足りてない。だからあり得ないのだ。そう、別人が乗らない限り」

 

 その正確な推理に俺は無言で答える。答える気すら起きなかった。

 

 俺の態度に白熊は興味深そうに微笑む。

 

「ほう、無言は肯定となるが、その通りだな。その目つき、先程までの君とは違う。違い過ぎる。とても興味深いが、君はーー危険過ぎる。早々と退場して貰おうかーー」

 

 肩のレールガンを俺に向ける。

 今度は射撃戦か。接近戦は危険と思ったのか、良い判断だ。だがお前を殺す事には変わらんっ!!

 

 みるみるたぎる力が体を支配していく。今までで一番調子が良いかもしれない。今なら俺の思うように動くーー

 

 相手に照準を合わせないようにするためにひたすら両手で弾幕を張る。流石にアイツも回避運動の中で肩部固定のレールガンは撃てないようだ。

 

「絶対にっ、仇を撃つんだ……」

 

 無意識に口から言葉が零れる。

 仇を撃つ為なら心なんて……

 

 そのままじゃらちが明かないと思ったのか、近接戦に持ち込む敵。

 

 今度は意図的に回避運動をしていた。だがそれも結局は人の癖が介入する。だからこれで終わりだ。

 

 両手で弾幕を張り、徐々に追い詰める。

 そして取った!! と思った瞬間ーー白熊は盾を投げてきた。

 

 ーー盾だと!? 目でははっきり見えていた。もちろん頭でも分かっていた。

 だが遅い速度で飛んでくる盾に俺は混乱した。何故、盾を投げたのか、当たるはずも無い遅い速度で。

 

 その一瞬の硬直に白熊は動いた。その動きを慌てて追うが、白熊は視界から消えていた。レーダーを見ても、カメラで周りを見ても何処にも居なかった。

 

 まさか瞬間移動でもしたのか、という発想が浮かびながら、盾を躱そうと横にずれた時、その盾の後ろに白熊が居た。

 

 機体を地面と水平に倒し、正面から見える範囲を最小にしていた。まさか盾に隠れるとはーー

 

 盾が来るよりも白熊の方が早く来た。咄嗟に銃を構えるが、もう近距離で、間に合わない。

 

 連続でレーザーソードを振り回してくる。銃と盾でとりあえず防ぎ、何とか俺もレーザーブレードを抜く。

 

 向こうは盾が無い。盾が無ければ、俺の剣を受け止めることは出来ない。代わりに俺はマシンガンを失ったが、接近戦は問題ない。

 

 敵の攻撃を盾で防ぎながら、反撃する。敵は1つ1つ避けながらの攻撃で次第に攻撃が遅くなっていく。

 もう少しだ。もう少しでやれる!!

 

 そして好機は訪れた。俺の攻撃がすれすれだった故、体勢が大きく崩れた。左手のガトリング砲を向ける。

 これからの勝利に思わず、口角が上がる。

 

 だが白熊は空中で一回転すると、蹴りが飛び出す。咄嗟の事にもろに食らい、機体が吹き飛ぶ。大きな衝撃が身体を襲う。

 

 歪む景色の中、モニターを見ると肩のレールガンを俺に向けていたーー

 

「ーーさらばだ、ラインーー」

 

 放たれた弾丸は見えない。だが身体は勝手に動いた。

 

 右に全力で動き、盾を構えた。そして盾に当たり、爆発音と共に機体は吹き飛ばされる。

 

 地面に叩きつけられ、胃の内容物が口から零れる。何とか機体は生きていたが、左腕は盾ごと無くなっていた。

 

 クソッ……アイツを殺すまで死ねない……

 

 朦朧とする意識の中、何とか機体を立ち上がらせる。

 上空には俺を見下ろすアイツが居た。

 

「……まさか死なないとは……恐るべきだな。益々興味が湧いてきた」

 

 俺に銃口を向けながら、話を続ける。

 

「君の実力を過小評価していたよ。もはや機体が同じなら互角かもしれない。そして1、2年もすれば、君は私を追い越すだろう。

 だがそれは君が普段での実力がこれだったならの話だが。今の君は反応速度、予測に頼り過ぎている。そう、冷静さが足りてない。剥き出しの殺意に溢れている」

 

 哀しげに俺を見つめる。 

 

「黙れ!! 今殺してやる!!」

 

 レーザーブレードを右手に突っ込むが、冷静に足、腕、そして頭部と撃ち抜かれる。

 

 どこもかしこも動かなくなった機体。飛べはするが、何も出来ない。そしてカメラすら壊れて、モニターは真っ黒だ。思いっきりモニターを殴るが、変わらない。

 

「ちくしょう!!」

 

 通信モニターに映る白熊が大きく溜息をつく。

 

「君は戦士だと思っていたが……ただの野獣だ。もういい。退場してくれ」

 

 銃口から放たれた銃弾を感じながら、仇を撃てない自分の無力感を呪う。

 

 だがその間に誰かが入る。盾を使って銃弾を防ぐ。

 

 モニターにはユリエル隊長の心配そうな表情が映る。

 

「ライン、無事か!? とりあえず生きていれば良い……」

 

 安堵した声が聞こえるが俺は悔しかった。

 

「グレンが……グレンが……」  

 

 救えなかった事も、仇が撃てなかった事も、自分だけが助けられた事にも怒りと悔しさが入り混じる。

 

「……死に急ぐ奴はなんぞ我々の部隊には居らん。死にたければ死ね。未来の為に戦ってるんだ我々は」

 

 突き放す言葉。だがその言葉はグレンも言っていた。

 

『戦場には死にたい奴なんて居ない。どいつもこいつも生きたいと思ってんだ……まあ、俺も世界中の美人と会わないと死ねねぇな』

 

 そんなこと言っていたのにアイツは……

 

 いつもヘラヘラしてて、ふざけた奴だった。アイツと一緒に居ると何にも無いことが楽しくなる、馬鹿騒ぎしてた。

 その癖して困った時にはいつの間にか後ろに居るし、リーダーシップを発揮する頼もしい奴だった。

 そしてアイツが目指している目標は結局分からない。多くの謎を残したまま逝きやがった。馬鹿野郎!! ちゃんと片付けてから逝けよ……

 

 力無くモニターを叩く。だがグレンと同じく、モニターも何も反応を示さなかった。

 

 その間にも外からユリエル隊長の戦闘音が聞こえる。戦況は分からないが、音が聞こえている間は戦えているのだろう。

 

 そして戦闘は突如終わりを告げる。

 通信モニターに映ったのは白熊で、もうその瞳は冷たいままだった。

 

「生かしといてやる。君は戦いには向いてない。大人しく暮らすんだな」

 

 それだけ言うと通信が切られる。

 そして敵が撤退していくという情報が入る。どうやらこちらが優勢になったらしい。

 

 正直どうでも良かった。その後無音がコクピット内を暫く支配した……

 



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14-14 グレン

余り書けませんでしたが、内容はたっぷりです。


 

 敵は迅速に撤退していく。敵軍は壊滅した訳では無く、撤退なのでその引き際は白熊の元、見事だったーーとオペレーターからの通信から状況が入ってくる。

 

 白熊が生きているという事は俺は仇を討てなかったという事だ。

 

 その悔しさだけが心を埋め尽くす。

 胸が痛い、頭が痛い……

 

 もう1人の“俺”は既に引っ込んでいた。だが残った俺は元の俺だと言えるのだろうか。もう何もかもどうでもいいと思う俺は。

 

 その時、機体に何かが当たる音がする。砂塵かと思ったが、定期的に機体に当たっている。それもコクピットだ。

 

 何かに突き動かされて、歪んだ扉を魔法で身体を強化して無理矢理こじ開けると、眩しい光が目に入る。今の俺には眩しすぎる光だった。

 

 思わず目を細めて、下を向くとそこには赤髪の男ーーグレンが石を片手に笑っていた。

 

「よぉ……何だ? 100年振りに会ったような顔しやがってーー」

 

 思わず俺は駆け寄って抱きついていた。俺より身長は高く、引き締まった身体。

 そして何よりも暖かった。

 

「グレン……グレンっ……」

 

 感情が溢れて言葉にならない。唯々、良かったの言葉しか頭に浮かんで来ない。

 

 グレンは困った顔をしながらも俺を抱きしめてくれる。その手は逞しくも優しく、暖かい。

 

「全く……泣き虫だな、ラインは。俺が死ぬとでも思ってたのか? 言っただろ? 世界中の美女と会うまで死なないって」

「で、でも……あの爆発の中、どうやって……」

 

 嗚咽に引っ掛かりながらも何とか言葉に出来た。

 するとグレンは待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべる。

 

「白熊の攻撃はコクピットを狙った物だったけど、咄嗟の所で避けたのよ。でも操縦面がやられて、そのまま落ちた。で、俺は機体が落ちてる途中で抜けたのよ」

 

 いやー真横のレーザーは熱かったわーとぼやくグレン。

 

 いつも通りのグレンが見れて、また涙腺が崩壊する。

 

「ほんと、泣き虫だな。男の涙なんてこれっぽっちも欲しくないからそろそろ泣き止んでくれ」

 

 との冷たい言葉に思わず反論してしまう。

 

「お前の生き甲斐は女だけかよ……」

 

 呆れて言うとグレンは横に首を振る。先程とは違い、哀しげな表情に打って変わる。

 

「まあ女は良い物だが、俺にとって所詮は道楽だよ。この先、一人の女を愛する事は無い……」

 

 とても寂しげで、辛そうな表情だった。過去に思いの人が居たのだろうか……

 

 そして真剣な表情で俺を見る。

 

「そしてこれから俺は使命に生きる。それが俺に出来るせめてもの恩返しだ。

 またもしお前がこの世界の王になるというのなら俺は手伝うぞ」

 

 ーーこの世界の王!?

 その意味はどういう意味だろうか。もしそのままの意味だとしたらどうやって王になると言うのだろうか。

 

「……どういう意味だ?」

 

 聞き返すと肩をすくめて、答える。

 

「何も、そのままの意味だ。……まあいずれ好機は来る」

 

 そう言ってグレンは空を見上げる。そこには戻ってきたユリエル隊長らが戻ってきていた。

 

 HAWのエンジンの噴射口からの風がグレンの髪を揺らし、その表情は伺えなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 HAWの手の上に乗せられ、移動する。時速数百kmに達するHAWの速度で外に露出していると普通は息が出来ない。だがグレンの技で普通に室内のような快適さだ。手のひらの上であぐらをかいて座っている俺ら。

 

 そして外の景色がみるみる変わっていく。初めて手のひらに乗ったかもしれない。普通なら不可能だから。

 

 俺らを手のひらに乗せるのはユリエル隊長。最初グレンを見た時は目を見開いていた。いつも怒っているような感じなのに珍しい表情が見れた。他の面々も嘘だろ……と漏らす始末だ。

 

 普通なら強風で声は通らないが、この快適な環境なら声が通るはずだ。

 グレンにさっきの事を聞く。

 

「なぁ、この世界の王になるのは何故俺なんだ? こうしてグレンより実力は低く、カリスマ性も無い」

 

 もしかしたら灼熱のソフィアさんに届くかもしれない実力を持ちながら、謎の部隊を率いる程のカリスマ性。そして名案を浮かぶ頭脳。どう見ても俺よりグレンのほうが優れていた。

 

 グレンは俺を横目で見てから身体毎向ける。

 

「確かにお前より、俺の方が出来ることは多い。だがそれが王の素質とは限らない。この荒れる世界を統治するにはお前のような強い意志が必要だ」

 

 強い、意志……? それならばグレンの使命感の方が……

 

 違うと訴える俺の目を見て、グレンは首を横に振る。

 

「俺はもう心が死んでいる。人を殺すのにも躊躇いは無く、後悔もしていない。そんな殺戮者に世界を統治する事は不可能だ。

 それに比べお前は色んな感情を持って戦えている。戦場には不必要な感情だが……それを持ちながら戦える強靱な精神力。俺には無理だ」

 

 肩をすくめて、やれやれと言うグレン。

 

 押し殺せない感情。それは殺意、恐怖、悲しみ、後悔。様々な感情を感じながら俺は戦っている。時に震える指で引き金を引くこともある。戦いの邪魔をする感情は要らなかった。

 だがこうして必要だと言われると複雑な気持ちになる。

 

 黙った俺の肩を軽く叩く。

 

「別に王に成れとは言ってない。もしなるのならばお前を手伝ってやるよと言ってるだけだ」

 

 ニヤリと笑ってこの話はお終い、と締めたグレンに俺は何も答えられなかった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 要塞内に歓声を浴びながら帰還する。それは個人に向けられた物ではなく、勝利への向けた物だ。

 

 その中で目立つ紫色の髪を見つける。向こうもこちらに気付いたようで、地面から手のひらに飛び乗る。その高さ10m近くある。

 

 心配した表情を浮かべているのはソフィアさんだ。

 

「大丈夫か!? 二人とも!! え? ほとんど傷を負ってないじゃないか……」

 

 目を丸くして交互に見る。

 

 グレンは間一髪。俺はコクピットが狙われなかっただけだ、白熊の温情で。

 

「心配お掛けしました……」

 

 ここまで心配して貰えるとは思って無かった。

 

「初戦で新人を全員失うなんて部隊の失態にもなる。なんにしろ、無事で良かった」

 

 柔らかな笑顔を見せるソフィアさん。

 

「後は地上での掃討戦だが、二人は休んでくれてて良い。今回は敵が撤退してる為、そう多くの敵は居ないはずだ」

 

 HAWでの戦闘が終わると、次は地上での歩兵戦となる。もちろんHAWから援護はあるものの、散開した敵、また森などの複雑な地形では役に立たない。結局は歩兵が必要だ。

 何処から攻撃されるか分からないゲリラ戦となるため、簡単にはいかない。だから休ませてくれたのだろう。

 

「ありがとうございます。休ませて頂きます」

 

 俺達が承諾すると満足そうに頷く。

 

「では、行ってくる」

 

 そう言ってまたこの高さから飛び降りる。確かに魔法で強化すれば大丈夫だが、やはり少しの恐怖は感じる物だ。

 

 歓声の最中、また次なる戦いが幕を開けようとしていた。

 

 



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14-15 続く脅威

ちょっと色々示唆したので後戻り出来ない状況です……


 

 ソフィアさん達、地上部隊を見送った後、HAW隊の我々には待機を命じられる。待機と言っても敵は来ないだろうし、我々の他に地球連合軍が居る。実質さっきの戦闘の疲れを取れという状況だ。

 

 基地内のあちらこちらにHAWのパイロットで溢れかえる。と言っても機体をしまうハンガー、そしてシャワールームが混んでいるだけで他は空いている。

 

 どのパイロットも汗だくで、それほど激しい戦いだったんだと再認識する。そしてそこにはエーススカイのロイさん達も居た。

 

「……無事だったか、二人とも」

 

 俺達を見詰めるロイさん。その表情はほとんど前と変わらない。感情が読めない人だ。

 

「はい、何とかギリギリで生き延びました……」

 

 本当にギリギリだった……

 

 するとエレナさんがデレクさんを蹴っ飛ばしてこっちに向かってくる。

 

「へぇ、ただ運がある坊やじゃなかったのね。良かったらこの馬鹿の代わりにウチに入らない?」

 

 地面に転がるデレクさんを指で差しながら聞いてくる。

 

「いや、私には力不足ですーー」

 

 そう言いかけた俺の頬を両手で挟むエレナさん。その際、ピッチリとしたスーツの大きくはだけた胸元から深い谷間が見えてしまい、慌てて目を逸らす。

 

 そんな動揺も面白そうに、俺の瞳を穴が空きそうなほど見詰める。

 

「……貴方は苦労するわね。今はゆっくり休みなさい」

 

 それだけ言うと手を離し、柔らかな笑みと共にシャワールームに向かっていった。

 

 ロイさんと俺達と床の一人が残される。そして突如床に寝ていたデレクさんは顔を上げて飛び起きる。

 

「全く見た目だけは良いのが罠だな。やっぱりあんなゴリラじゃ無くてクールなソフィアさんが良いな……」

 

 と呟いて何処かに消えるデレクさん。まるでグレンのようだ。

 隣のグレンを見ると、何回も頷いている。やっぱり同類か。

 

 それを特に表情を変えずに見送るロイさん。

 

「賑やかですね。お二方は……」

 

 するとロイさんはほんの少し口角を上げる。

 

「ああ……戦争で彼らとは巡り会ったが、戦争で別れるつもりはない。決っして誰も死なせない」

 

 そう言ったロイさんは目を細め、俺達の方へ向き、また何処かで……という言葉と共に去って行った。

 

 

 

 

 

 -----

 

 シャワーに入って一応身体はすっきりしたが、異様な精神的疲れは取れてなかった。部屋にグレンと戻り、ベッドに横になりながら考える。

 

 今日だけでグレンが死んだと思い、白熊と死闘を繰り広げ、死にかけた。

 これほどギリギリな戦いはウェリントン防衛戦以来だろうか。あの時も死にかけた所を仲間に救われたな……

 

 今でも俺を庇って攻撃を受けたマヤの表情を鮮明に思い出せる。そして最後の最後まで俺の事を思ってくれた彼女。

 もうあの時のような事を起こしたくない。でもまたグレンを失う所だった……

 

 その時掌に痛みを感じて、ふと見ると爪が食い込み、血が出ていた。無意識に俺は力を込めすぎていたのか……

 

 部屋に置いてある救急箱で治療していると、グレンが呟く。

 

「そんなに気を病む必要は無い。俺達は戦争やってんだ。お前は全員救えるとは思わない方が良い」

「だけどーー」

 

 顔を上げて見たグレンの表情はとても寂しげで、思わず言葉に詰まった。

 俺はグレンの過去を知らない。何故、中高とエルス国に居なかったのか。そしてそこで何があって強大な力を手に入れたのか。俺はグレンを知らなさすぎる。

 

 黙った俺を見て、言葉を続ける。

 

「……お前が言いたい事は分かる。だが人の掌は小さいんだ。そこに貯めておける水なんてほんの少しだ」

 

 グレンは掌にペットボトルの水を注ぐ。最初は零れなかったが直ぐに掌が溢れ、水が零れ出す。

 

「……分かってるさ。でも俺はこれ以上、目の前で大切な人が死ぬのを見たくない!!」

 

 駄々っ子のようかもしれない。でも家族やマヤのように目の前で逝くのは嫌なんだ。

 

 するとグレンは掌の水を空中に放り投げる。本来ならば水滴が床に落ちたりするが何故か霧のようになり、消えた。

 そして俺を鋭い視線でみつめる。

 

「ならば強くなるしかない。そう、誰にも負けないように」  

 

 単純明快な答えだった。だがそう簡単では無い。世界には俺よりも強い人はゴロゴロしている。目の前にさえ、居るのだから。

 

「そう、上手く行くのかよ……今から必死でやったとしても……」

 

 消えるような小さな声で呟き、その後沈黙が続く。

 

 いつもはうるさいグレンには珍しく暫くしても何も返してこない。

 

 ふと見るとグレンは難しい顔をしていた。

 

「どうした?」

 

 さっきまでの話ならばここまで難しい顔をしないはずだ。他に何がある。

 

 すると難しい顔のまま、俺に顔を向ける。

 

「嫌な風だ……戦いは終わってるはずなのに何かが、起きている」

 

 ソフィアさん達の事だろうか。確かに向こうでは戦闘はまだ続いている。だが制空権を取った今かなり優勢だと思うのだが……

 

「じゃあソフィアさん達に連絡取ってみるか?」

 

 すると首を横に振り、否定する。

 

「いや、そっちじゃない。この要塞内の話だ」

「要塞内? 敵は外ならともかく、ここは入り口が限られてるし、そこには当然厳重な警備が敷かれてる。そこを突破して、中に入ってきたというのか?」

 

 矛盾に気付いたグレンはまた黙り込む。

 仮に敵にノエのような強い奴が居たとして、入り口を突破したとしたら今ここは蜂の巣を突かれたように大騒ぎになってるはずだ。だが現に静かで、たまに来る巡回の兵士達も平穏だ。全く異変は起きていない。

 

 だがこういう勘という物は馬鹿にならない。特に生死の狭間に居る兵士達は感覚や思考が研ぎ澄まされていく。それにグレンが言うのなら可能性はあり得る。

 

「気のせいの可能性も有るからソフィアさんには連絡しないで俺達だけで見回らないか? ちょうど暇してた所だから散歩がてらに」

 

 手の治療も終わり、行く気は満々で腕を回す。

 

 そんな俺の様子にグレンは軽く微笑む。

 

「そうだな。散歩でもするか」

 

 そう言ったグレンの背中を少し嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 適当に要塞内を散歩する。出入り口やシャワールーム、食堂などは人が多いが少しでもそこから外れると人気がない。

 そういう所を重点的に見ているが特に異常は無い。

 

 グレンも注意深く見ているが特に何も発見はしていない。

 

 そして次の区間に行こうとしていると。行列が前からやって来る。

 

 先頭に兵士が歩き、後ろには鎖で繫がれた捕虜達が一列で行進していた。魔法もあるため、鎖では余り意味が無いが、こうして集団で繫がれていると中々動きにくい。

 抵抗しても、もたついている間に殺される。

 

 捕虜は10人ぐらいだろうか。兵士は前に1人、後ろに3人。全員が小銃を捕虜に構えている。捕虜の先頭が少し偉そうな階級の服を着ているのが見えた。

 これから情報でも聞き出すのだろうか。俺達とすれ違うようにさっき俺達が来た道を行く。

 

 その後、俺達は入り口に戻る。先ほどと変わらず多くの兵士が完全装備で見渡している。その中には魔法師も見られ、もし今から俺とグレンが暴れ出してもやられるのは見えている。

 兵士が固まっていればやりやすいのだが、高さや方向、バラバラに散っており、更に土嚢が積んである。攻めるとしても出来ればやりたくない守備の堅さだ。

 仮に突破出来ても援軍は無数に居る。

 

 と再度警備の厳重さを確認した所で部屋に戻る。

 

 グレンは頭を抱えて悩んでいる。

 

「まだ嫌な風は続いているか?」 

 

 落胆した様子で頷く。

 

「ああ、更に強くなった。これは間違いない」

 

 まさか勘違いかと思ったが、そう断言するならやっぱり何かがありそうだ。

 

 再度部屋の外に出ようしたが、巡回の兵士に呼び止められる。

 

「おい、何処に行く気だ?」

 

 2人組の兵士が訝しくこちらを見てくる。

 

「ちょっと散歩に行こうかと思いまして……」

 

 すると首を横に振られる。

 

「ダメだ。ここには機密も多い。同盟国とはいえ、見せられない物もある。不用意にここから出ないでくれ」

 

 と部屋の中に戻される。

 さっきは巡回に見つからなかったから大丈夫だった訳で、本来はダメだったのか……

 

 とりあえず部屋に戻り大人しくする。まあもちろん隙を見て抜け出すつもりだが……

 

 暫く外には兵士が居るみたいなので精神を落ち着かせて、俺も気で探してみるか。

 

 微かに聞こえる音が聞こえなくなっていく。

 

 まず隣に居るグレンの気、外に居る兵士の気、そしてシャワールームや食堂に居る無数の気を感じられる。要塞内まで広げると、最深部にユルゲン閣下やレジス少尉の気も感じられる。特に異常は無かった。

 そして元に戻ろうとした瞬間、微かに殺気を感じる。誰か、何処かは分からない。全然知らない人がユルゲン閣下達に殺気を向けているーー

 

 目を開けた時にはグレンが俺の顔を覗き込んでいた。手に持っているペンは置けよ。

 

「戻ったのか。どうだった?」

 

 残念そうに戻るグレンの背中を睨みながら答える。

 

「誰かがユルゲン閣下を狙っている。それも既に中に入っている。だが今何処に居るのかは分からない」

 

 曖昧な答えだがグレンにはそれで良かったようだ。

 

「やはりか……殺気かな、俺が感じたのは。俺が女以外にも分かるとは……」

 

 とどうでも良いことを腕を組んで考えているが、どうするんだ。

 

「もう入ってる事を聞いて気付いたのだが、誰か分かったわ」

「え?」

 

 驚いた俺の顔を見ながらニヤリと笑ったのだった。



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14-16 罠

皆さんにご報告したいことがあります。活動報告をご覧下さい


 

 楽しそうに笑うグレン。それは先に答えを知ったかのような人のようにニヤニヤと笑う。暇ならばもう少し考えても良いが、今は時間が無い。

 

「勿体ぶらなくて良いから早く教えろ」

 

 少し睨むと肩をすくめる。

 

「はいはい。じゃあ俺達が行った所で武装してたのは?」

「ん? それなら出入口と重要な場所と巡回か?」

 

 と思い当たる場所を挙げてみる。

 だがグレンは横に首を振る。

 

「まだ1つ忘れてる。すれ違っただろ?」

 

 まだ有ったか?

 頭を捻ってさっきまでの事を反芻し、ふと思い出す。

 

「あ、すれ違ったのは捕虜達と兵士か。でも鎖で繫がれてたし、兵士も完全武装だぞ」

 

 するとグレンは大きな溜息を付く。

 

「やれやれ、まだまだだな。いいか、HAWがメインになった近代戦だが未だスパイは居る。それは全員が人の顔なんて覚えてないし、頻繁に入れ替わるからだ。だから誰も気に留めない。また必要なIDカードは悲しいことに簡単に偽造出来る。要するにもし引率の兵士が全員スパイだったら?」

 

 引率の兵士がスパイーーそれはもはや見張りは居らず、自由に中を歩き回れる事と同じだ。

 

 顔が強ばった俺にグレンは続ける。

 

「ま、これは勘だけど、一応確証もある。俺達と反対に向かった奴らはーー俺達がその前に行った場所はどこだ?」

「あっーー」

 

 俺達、すれ違う前は人気の無い発電機や弾薬庫を見ていた。その方向に向かって行った捕虜である彼らが向かうべきーー牢屋など無い。方向は反対だ。寄り道する場所も無い。

 考えられるのは、1つ。人気の無い場所に向かい、そこからーー

 

 その時、重い地響きが伝わる。地震かと思ったが直ぐにサイレンが鳴る。

 

『弾薬庫及び、発電機室で火災発生。直ちに消火活動に移れ』

 

 消火活動が失敗して弾薬庫に火が回ったら大爆発を起こす。ユルゲン閣下の居る地下司令室までは届かないが大きな被害が出るのは間違いない。

 

 そして外の見張りも消火活動に向かったのかがら空きになる。そりゃあここまで届くからな。命が惜しいなら消火活動に向かうだろう。

 

 フリーになった俺達はお互いに顔を見合わせ、悪い顔で微笑む。

 

 

 

 

 

 -----

 

 -地球連合軍 ユルゲン-

 

 暗い室内を多くの小さな光が照らしていた。それはモニターであり、多くの人が釘付けになって見ている。面白いテレビ番組とかでは無い。全てが戦場の情報で、刻々と変わる戦場の情報を読み取り、報告してくる。

 そして一段高い場所に位置するここのモニターにはそれらがまとまって来る。

 

 我らの新兵器、レーザー砲によって敵のHAWは大損害を受けた。そこから戦況は一変し、守る側の我々が攻めに転じた。途中、敵の抵抗があったがエルス国の活躍もあり、敵は撤退し、地上戦に移行した。

 

 だが敵のHAWは撤退しており、居るのは逃げ遅れた歩兵達だ。制空権と圧倒的兵力で優る我々の勝利は揺るがないだろう。

 

 待ってた地上戦とばかりに多くの士官がここを出て行った。残ったのは僅かな士官とレジス少尉とオペレーター達と二人の護衛だ。

 

 一息つこうと戦闘指揮所から移動してコーヒーを入れる。部下が何度も私が入れます、と言うが、自分で入れたのは格別に美味しい。

 

 そんな時、地響きが身体を襲う。カップが落ちて割れるが、そんなことよりも身体は動き出していた。

 

 走って戦闘指揮所に戻ると、顔面蒼白の部下が詰め寄ってくる。

 

「申し上げます!! 要塞内の弾薬庫付近で火災発生。直ちに消火活動をさせています」  

 

 報告されたのは敵襲では無くて、火災だった。だが不自然な火災だった。火気厳禁な場所で火を使ったアホが居るだろうか? 弾薬に火が付いたら大きな損害が出る。

 

 これは調査のしがいがあるなと思っている時に、戦闘指揮所の入り口から通信が来る。

 

「失礼します。高官を捕らえたと捕虜を連れてきている者達が居るのですが、どう致しましょうか?」

 

 困惑した表情の門番。

 普通ならばここは立ち入り禁止で、捕虜は牢獄に入れて、取り調べをする物でここに連れてくるものではない。

 

 だが高官ならば直接話したいという気持ちもある。

 

 顔を見せるように門番に言うと、カメラに捕虜の高官を近づけさせる。

 

 その顔を見ると確かに高官であった。それもかなりの。

 それを見たレジス少尉が顎に手を当てて考える。

 

 とりあえず話が聞きたいな。

 

「よし、中に入れろ」

 

 と指示を出して入口の扉を開けさせる。それと同時にレジス少尉が叫ぶ。

 

「待ってください!! これは罠です!!」

 

 と言った瞬間、銃声が聞こえる。

 その方向を見ると入口の兵士が引率の兵士に撃たれて倒れていた。

 

 マズいと思って扉を閉めようと思ったが既に中に入られる。

 

 敵は小銃を持った兵士が4人。鎖に繫がれた奴らが10人。だか鎖に繫がれた奴らも解錠しようとしている。

 

 アサルトライフルをこちらに向け銃撃するが護衛が間に入り、ウォールシールドで防ぐ。

 

 慌ててオペレーター達も掴みかかるが、銃で武装した敵に為す術無く撃たれる。オペレーターも軍人だが銃は持ってない。

 

 士官達はハンドガンで応戦するが、相手はアサルトライフル。一発撃てば10発返ってくるような状況で一人、また一人と死んでいく。

 

 二人の護衛は俺を守ることに必死で他に構う余裕は無い。唯一俺の背中に居るレジス少尉は嘆いていた。

 

「申しわけありません……火災発生からこのタイミングでの不自然な捕虜面会。敵の策略と見抜くのが遅すぎました……」

 

 と拳を握り締める。

 

「いや、俺が容易に開けたのが悪かった。お前は気付いて止めてくれた。それだけで十分だ」

 

 肩を叩いてやると感謝を述べ、考え始める。次なる一手を頼むぞ、レジス。

 

 だがその間にも状況は更に悪化した。敵の捕虜達全員が魔法師だった。次々と魔法をウォールシールドに撃ち込む。

 

 護衛の二人は優秀でランクはB。護衛で無ければ出世コースに乗れたかもしれない。だが二人は出世コースを蹴り、護衛を続けている。

 恵まれた護衛だが、この戦力差はどうしようも無い。もし二人だけならば戦えただろう。だが俺を守りながら戦うには敵が多すぎた。

 

「済まない。俺が足手まといなせいで満足に戦えんだろう」

 

 すると前を向きながら答える護衛。

 

「何をおっしゃいますか。守るのは我々の使命、それをこなしながらどう戦うかが我々の腕の見せどころですよ……ですが今回は守るだけになりそうです……力不足で申し訳ありません」

 

 こちらからは見えない顔はどんな表情なのだろうか気になるが、見えない方が彼らに良い気がした。

 

 そして抵抗も虚しく、次々と上がるオペレーター達の悲鳴に心を痛めながら、頭をフル回転させる。

 そして思い付いた作戦をレジス少尉に伝えると止められる。

 

「何をおっしゃるですか!! 閣下を狙ってきた連中に閣下を差し出すなんて出来ません!! どうかお考え直し下さい!!」

 

 今回は取り乱すレジス少尉。だが俺は少しでも多くの命を拾う。

 

 立ち上がり、声を張り上げる。

 

「私がユルゲンである。私を殺しに来たのだろう?」

 

 高官に目線を飛ばすと高官は手を挙げて攻撃を止めさせる。

 その間に護衛はウォールシールドを解除して、上がった息を整える。

 

「その通りだ。ユルゲン閣下、お命を頂戴しに参った」

 

 その声を聞くと女性だと分かる。見た目は男装しているが女性の声の高さだ。

 

「まさか女性だとはしらなかった。我々のデータもまだまだだな」

 

 するとその高官はせせり笑う。

 

「火星独立軍では性別、血筋なぞ関係ない。能力がある者が上に上がるのだ。それに比べ、地球連合軍は相変わらず腐ってるな」

 

 冷たい目で辺りを見渡す。軍人という肉体的な職業上の理由も有るが、それでも女は少ない。やはり未だ古い慣習に囚われているのだ。

 

「……確かに地球連合軍はまだまだ改革しなければならない。だが君らのように知識も、覚悟も、意志すらない烏合の衆に言われる筋合いは無いな」

 

 明らかな挑発だが、それに青筋を立てる高官。

 

「ふんっ、負け犬の遠吠えは見苦しいな。お前はあくまでも地球連合軍方面指揮官として立派な最後を遂げたいだろう? なら自殺しろ」

 

 目の前に投げられたハンドガン。それを拾って、自分の頭に当てる。

 

 それを見た護衛が慌てる。

 

「それはどうかお考え直しを!! 我々の命より閣下の命の方がどれだけ大事か……」

「我々の使命をどうか果たさせて下さい……」

 

 今にも泣き出しそうな表情をする二人。

 

 俺は高官を睨むと声を挙げる。

 

「もし俺が自殺したならばこれ以上殺さないでくれ。ターゲットは俺だろう?」

 

 そう言うと高官は怪しく微笑む。

 

「分かった。約束しよう」

 

 だがレジス少尉は認めなかった。

 

「ユルゲン閣下、彼らは約束を守るつもりはありません!! 何故ならユルゲン閣下が死んだら我々、要塞内は死兵と化します。彼らが逃げることは不可能です。それを彼らも承知してるはず。なので彼らも死兵としてここにやって来ており、生き残るつもりなんて彼らには毛頭ありません。どうか必ず破られる約束をしないで下さい!!」

 

 大きな声で主張するレジス少尉。先程と違って、その瞳には強い意志が秘められていた。

 

 そう言われたら俺の心は動くしなかった。俺は銃口を頭から外し、敵に向ける。

 

「……残念だが、君の提案は飲めなくなった。最後まで抵抗させて貰うよ」

「その選択、仲間の悲鳴を聞く度に自分が愚かだったと思うが良い」

 

 再度始まる戦いに身構えた時、声がどこからか聞こえる。 

 

「その選択、正解っすよ」

 

 そして視線が集まった入口の先にはグレンとラインが剣を抜いて構えていた。

 



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14-17 鏡

お久しぶりです。長らくお休みを頂き、モチベが回復しました。また更新をして行きたいとおもいます。


 

 要塞内奥深くにある司令室。火災発生の混乱で司令室に向かう道には一人も警備兵も居らず、スムーズに入ることが出来た。

 

 入口まで来ると血まみれで倒れてる兵士達。そして中から、けたたましく銃声と悲鳴が鳴り響いている。

 どうやら既に戦闘は始まっているみたいだ。

 

 隣に居るグレンに目線を送ると頷く。

 

 途中の警備所から奪ってきたAMAと剣を装備して中に突っ込む。

 

 中はやや暗く、目が慣れるまでに時間が掛かる。だが飛び交う火線の光でどこに誰が居るか分かる。

 

 こちらの方に銃を突きつけてるのはユルゲン閣下。その瞳には強い抵抗の意志が見られる。そして固く閉ざされた唇が開き、決意が告げられる。

 

「……残念だが、君の提案は飲めなくなった。最後まで抵抗させて貰うよ」

「その選択、仲間の悲鳴を聞く度に自分が愚かだったと思うが良い」

 

 と相手が強気に返した所にグレンが介入する。

 

「その選択、正解っすよ」

 

 と言いながら怪しげに微笑むグレン。

 そうだな、俺らが来たからにはユルゲン閣下はやらせはしない。

 

 そして突然の来訪者に驚く敵。だが直ぐにあざけ笑う表情に変わる。

 

「なんだ、援軍が来たかと思ったらガキ2人か。地球連合軍も廃れたものだな。おい、コイツらを片づけろ」

 

 すると2人の魔法師がこちらにかかってくる。

 詠唱されたの初級魔法ーーファイヤーボール。

 何とも舐められたものだな。

 

 ウォールシールドで防ごうとするーーが途中でかき消える。

 

 横のグレンを見ると腕をファイヤーボールのあった所に向けていた。どうやらグレンが消したのか。

 

「さて、次はこちらの番だな」

 

 グレンの言葉と同時に敵に向かって俺らは敵に駆け出す。

 

 敵は捕虜だった為、魔法師としての装備はしていない。だから近接戦を避けるためにウォールシールドを張るが、俺らは難なく中和し、一太刀で斬り捨てる。

 

 仲間が一瞬でやられた事を悲鳴を聞いて理解した敵の指揮官はこちらを忌々しく睨む。

 

「生意気なガキ共が……良いだろう、私がひねり潰してやる」

 

 指揮官は帽子を捨てると、長い赤毛が明らかになる。よく見ると女だ。声も確かにやや高い。

 

 一方、グレンはうーんと頭を抱えていた。

 

「いやぁ、女かぁ……女をいたぶる趣味は無いんだがなぁ……」

 

 と個人的な事で悩んでいた。確かに少しは抵抗が有るが、そんなことは言ってられない。

 

 そんな俺らに女指揮官は憤慨する。

 

「これだから地球連合国は腐っているのだ!! 軍人に女性が居ても良いではないか!! 未だ男社会に拘るから落ちぶれるのだ!!」

 

 とさっきまでと違う様子を見て、グレンが頭を抱えるのを辞める。

 上げた顔には怒りの感情が見てとれる。

 

「……いいや、知ってるさ。自分の命をかえりみず、仲間の命を救う誇るべき女を」

 

 そして哀しげに俺を見るグレン。

 

 ああ、グレンが言ってるのは俺を救ってくれたマヤの事だ。彼女は躊躇いも無く、俺を救う為に命を投げ出した。そんな凄い勇気を持つ女性も居るんだ。

 

「その通りだ。確かに軍人は男社会だが、別に女を差別してるわけじゃ無い。皆が大切な仲間なんだ!!」

 

 意見が一致した俺らは目線を合わせ、頷き、再度敵に刃向ける。

 

 だが敵の女指揮官は未だに怒りが収まってない。

 

「お前らは何も分かってない!! 地球連合軍ではどれだけ卑下に扱われたか!! お前らには分からんだろう!!」

 

 彼女に何があったかは分からないが、地球連合軍への殺意は本物のようだ。

 そんな彼女にグレンは刃先を向ける。

 

「……俺は女を愛でるのが趣味でいたぶるのは範囲外だが、ここは戦場。お前が軍人として殺意を持って立つというのならば殺す事に躊躇はない。死ぬ覚悟は良いか?」

 

 殺気を放つグレンに応える女指揮官。

 

「おい、さっさとクソガキ共を血祭りに上げ、使命を果たすぞ!!」

 

 部下にユルゲン閣下への攻撃指示を出し、女指揮官は一人で俺らを向かい撃つようだ。

 

「ライン、俺に任せろ」

 

 覚悟を決めたグレンの意志は固く、グレンに任せて大丈夫だと確信する。

 そう言ったグレンは消え、一瞬で敵の懐に潜り込んでいた。敵は驚愕の表情を浮かべたまま、一刀の元に斬られる。

 

 半分に切断された身体はボトリと落ちるーーが敵だった身体は溶け出す。

 まるで氷のようにみるみる液体になってしまった。

 

「どうなっているっ!?」

 

 と混乱しながら叫んだグレンの周りを氷の槍が囲む。

 マズいっ!!

 

「ウォールシールド!!」

 

 俺がグレンの周りに張ったウォールシールドに当たって砕ける氷の槍。細かい氷の粒子がきらめく。

 

 敵は死んでないのかもしれない。そう思わせるほど、敵の一方的な攻撃が続く。そしてグレンだけでは無く、俺にも氷の槍が降り注ぐ。

 

 何とかウォールシールドに(こも)りながら、グレンとこれからどうするか協議する。

 

「どうする……このままじゃじり貧だし、ユルゲン閣下の方も保つか分からんぞ」

 

 気持ちは焦るが(こら)えて頭を回し、対策を考える。

 グレンも爪を噛みながら、顔を歪める。

 

「敵の位置が分からんなぁ……この部屋には居そうだが……」

 

 と言った矢先、正面に突如敵が現れる。

 

 直ぐにライトニングを放つーーが、直撃すると砕け散り、氷の粒子となる。

 

 それを見たグレンが更に苦い顔をして呟く。

 

「氷の鏡かぁ……これじゃあ目の前に現れても本物かは分からないな……面倒なこった」

 

 グレンの言ってる事はその通りで、氷の鏡は精度が高く、本物と区別が付かない。そして鏡なので反射した方向に居るかと思えば居ない。自分の姿を鏡に投射してるような物だろうか。

 

「厄介な敵だな……ここら辺吹き飛ばせば終わるが、味方も居る……こういう敵は苦手か?」

 

 とグレンに聞くと大きく溜息を付く。

 

「まあな。俺自身が色々やるのは面白いが、相手にされるのは嫌だわ……性格の悪い女だぜ」

 

 舌打ちをして降り注ぐ氷の槍を忌々しく見上げるグレン。

 

 どうにか敵の位置を掴めないものかと思案してると一つだけ思い付く。

 

 だがそれは今となってはもう禁断とも言える手であった。

 



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14-18 圧倒的実力

次回も毎週更新 次回で一区切りつくかな


 

 戦況はジリ貧で、ユルゲン閣下達は防戦一方。敵に近接武器を持った敵が居ないのが幸いで、ウォールシールドで防げているがそれも時間の問題だ。

 

 地球連合軍の援軍もその内来るだろうが、火災の消化と外の戦闘に必死で時間が掛かるかもしれない。援軍を待っている時間は残って無さそうだ。徐々にウォールシールドにヒビが入り始めている。

 

 そして俺達の前で立ち塞がるのはどうやら氷使いの女。

 目の前には居ないが何処かでこちらを見ているはずだ。ここには障害物が多く、隠れるには最適だ。

 

 俺らもウォールシールドに隠っても、このままではジリ貧となる。

 そんな時、打開策を一つだけ思い付くがそれは使いたく無かった……

 

 だがそんな事も言ってられず、死ぬよりはマシだ。

 

 隣で悩んでいるグレンの肩を叩いて振り向かせ、視線で意図を伝える。

 

 一瞬驚いた表情を浮かべ、直ぐに目を細め、俺の胸倉を掴むグレン。

 

「お前っ、分かっているのか!! その力はお前の力じゃないっ!! その力に頼れば頼るほど、お前はお前じゃ無くなるぞ!!」

 

 目前まで迫るグレンの怒った表情。それは心配から来ている怒りで嬉しかった。

 

「ああ……だがこの状況を妥協するにはこれしかない」

 

 俺の固い決意にグレンはたじろぎ、手を離す。だが一旦伏せた視線を再度上げた時にはグレンの瞳にも固い決意が浮かんでいた。

 

「……いいや、俺がやる。お前がそこまでするのに俺は迷っていた。任せとけ、俺が片づける」

 

 と勝手に前に出るグレン。ウォールシールドから全身を出す。

 

「一体何をーー」

 

 引き留めようとした時には既に無数の氷の槍がグレンに襲いかかるーーがグレンの気迫の波動で全ての氷の槍が弾き返される。

 

 その圧倒的防御力はまるでノエのようであり、師匠の気の波動のようだった。

 確かにグレンが強いことは知っていたが、なんだこの強さは……俺の知っているグレンじゃない。

 

 周りを見渡すグレンの額には光輝く何かが見えた。光が反射しているのでは無く、それ自体が発光していた。

 

「……なるほどな。そこか」

 

 何かを見つけたらしいグレンが手を振り下ろすと少し離れた所が大きな鎌で切り裂かれたようになる。

 

 そしてそこから出て来たのは驚愕の表情が張り付いた女だった。

 

「どうやって私のが場所が分かったというのだ!? それにあの防御魔法は!?」

 

 と信じられない困惑している女にグレンは妖しく微笑む。

 

「質問攻めされるのは良く有ることだが、それを教えるのは俺の女になってからだな」

 

 と茶化して答えるが女は

 

「ふざけるな!! そんな辱めを受けるなら死を選ぶ!!」

 

 と激怒し、完全拒否されたグレンは少し肩を落とす。本当に狙っていたのか。

 

「なら教える訳もない。天国で俺を待ってたら教えてやるかもよ?」

 

 更なる挑発に女は完全に理性が飛んだようだ。

 

「貴様は地獄に送ってやる!! もはや人間に転生したくないほどに痛みつけてからな!!」

 

 グレンを包囲するように配置された氷の鏡。だが一瞬で粉々にされるが微笑んだグレンの頭上には大きな塊が浮いていた。

 

 自由落下を始めた氷はその大きな重量を破壊力に変え、グレンを潰そうと襲いかかる。

 

 その氷の塊は壊れる事無く、地面に直撃する。衝突の際の氷の粒子が視界を遮り、グレンの生存が分からない。

 

「グレンっーー」

 

 と叫んだ時に視界が急に晴れ、氷の塊を感心しながら手で叩くグレンが居た。

 

「あの一瞬でこれだけの氷を精製するとはスゲえな。やっぱり俺の女にならない? ここで死ぬには惜しいわ」

 

 だが女は身体を震わせて怒りを露わにする。

 

「貴様のようなヘラヘラとした男は生理的に無理だ!!」

 

 するとグレンは膝と手を床につけて、凄く落ち込む。ナンパ失敗だな。

 

 暫くして立ち上がったグレンはさっきまでのヘラヘラとした表情を辞め、殺意を露わにしていた。

 

「どうやらどうしても降伏はしないようだな……なら軍人らしく華麗に散らしてやるか」

 

 更に魔力が膨れ上がり、離れた俺にも感じることの出来るほどの魔力量だった。これほどの魔力量ならはノエに匹敵するかもしれない。

 

「……なら一矢報いるのみ!!」

 

 と覚悟を決めた女は踵を返し、ユルゲン閣下の方へ駆け出す。

 

 俺も間に入ろうとして駆け出すが相手の方が近く、速い。

 

 そんな様子を佇み、見守るグレン。

 何故動かないーーそう思った瞬間、俺の視界から消える。そして瞬時の内にユルゲン閣下達の前に立ち塞がる。

 

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 回り込めないと思った女はそのまま右手を氷の槍としてグレンに突きかかる。

 だがその刃が届く前に、身体中が切り刻まれ、あちらこちらから血を噴き出し倒れる。

 

 グレンが何かしたようには見えなくて、寂しげな表情のまま女の顔を見詰めていた。

 

 そして指揮官が倒れた事によって崩壊すると思えた残りの魔法師と兵士達は降伏する事無く、グレンに襲いかかり散っていった。

 

 グレンの前に何人もの死体が積み重なる。それを哀しげに見下ろすグレン。

 

 そして全てが終わった頃に来る援軍。もちろん俺達も武装解除し、抵抗をしない。同盟国とはいえ、閣下の近くで武装した他国の人間はマズい。

 

 だがその取り調べもユルゲン閣下の一言で終わる。

 

「2人を解放しろ。彼らは俺の恩人だ」

「はっ!!」

 

 その言葉で俺達は直ぐに解放される。武器やAMAは地球連合軍の物なので返却したが。

 

「本当に君達のおかげだ。こうやって来てくれなかったら俺達は死んでいた。感謝しきれない」

 

 涙を目に浮かべながら俺達の手を取るユルゲン閣下。ほんと涙脆いなこの人は……

 

 そしてそれと同時に周りの視線も柔らかな物に変わっていくのに気づく。やはり最初はよそ者がという冷たい視線だったが、今は感謝の念を感じる。

 

「いえ、勝手に武装、そして戦闘を行った事を謝罪致します」

 

 グレンと共に頭を下げる。他人に家で虫が出たので殺すために荒らしましたのと同じでマズいことなのだ。

 

「いいや、そんな事ない!! そのおかげで我々は生きている。そうだろう?」

 

 護衛とレジス少尉に同意を促す視線を送るユルゲン閣下。

 3人は頷く。

 

「何か感謝の品を贈りたいものだが……君達は他国の軍人だから階級や給料は不可能だ。HAWや武器やAMAを贈っても良いが、エルス国の方が良い物は有るだろうし……」

 

 顎を撫でながら頭を捻るユルゲン閣下にグレンが提案する。

 

「閣下。私達は一つだけ頂ければ光栄で御座います」

「1つ? もっと要求しても良いのだぞ、仮にも方面軍最高指揮官なのだが」

 

 信じられないという表情のユルゲン閣下。

 とんでもない要求をするんじゃないんだろかグレンは。

 

「私達が欲しいのはユルゲン閣下の信頼です」

「信頼!?」

 

 頭にハテナを浮かべるユルゲン閣下。それを説明するようにレジス少尉が入ってくる。

 

「なるほど。恩を一括で返えさせず、我々に預けておいてその間、都合良く使おうという事か」

 

 こちらを睨むレジス少尉にグレンは不自然なほどの笑顔を浮かべる。

 

「いやいや、そんな悪い意味で言った訳では無いんですよ。また私達がユルゲン閣下の軍と共闘した時に助けて頂きたいんですよ」

 

 レジス少尉の言葉の後だからか頑張ってオブラートに包んだ言葉だったが、困ったときは助けろ、にしか聞こえない。もちろん周りの部下達も怪訝な表情を浮かべる。

 

 だがユルゲン閣下は身体の前で手を1回叩くと、頷く。

 

「よし、その願い聞き入れよう」

 

 え? という言葉が聞こえるほど、周りの部下の表情が困惑に満ちている。

 

「そりゃあ命の恩人の窮地を救うのは当たり前だ。もし近くに我が軍が居たらこれを見せてくれ」

 

 とIDカードをくれる。変哲も無いただのカードだが……

 

「それは俺のカードだ。唯一無二のカードだぞ? それを使えばあらゆる支援が受けれるようにしておく」

 

 地球連合軍の支援を受けられるカードか……それを聞いただけでこれが凄いカードに見えてくる。

 

 そしてやはり不満なレジス少尉が止めてくる。

 

「お待ち下さい。そのカードはユルゲン閣下のみ所持を許されてるカードです。他の人に譲渡なぞ前例が有りません」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情で止めるレジス少尉。

 だがユルゲン閣下はあっけらかんとしていた。

 

「前例が無い? なら地球連合軍がここまで追い詰められているのも前例は無いぞ」

 

 と屁理屈(へりくつ)を言うと、周りの部下達もこれ以上追求に困ったようだ。

 

 黙った部下達を一瞥してから俺らに向き直る。

 

「という事でそれは君達に差し上げよう。もちろんなんでも出来るわけじゃない。そして逐一こちらに報告は入るし、君達が悪用するなら我々の信頼関係は崩れ、そのカードは何の効力も無くなる」

 

 真面目な表情になってそういうユルゲン閣下。俺らは強く頷いた。

 

 するとユルゲン閣下は頭を掻きながら目が泳ぎ始める。

 

「あ、えー、さっきまでのグレン君の力。あれは素人の俺から見ても異常だった。どうやら公開しない方が良いかな?」

 

 俺らを交互に見て顔色を伺う。

 するとグレンが頷く。

 

「はい、我々はあくまでも援軍が到着するまで時間を稼いだという事にして下さい。私の力の事は秘密にして頂けないでしょうか」

 

 珍しく深刻そうな表情を見せるグレン。あの力は一体……

 

 そんな表情のグレンにユルゲン閣下は大きく胸を張る。

 

「もちろんだとも。命の恩人の頼みを断る訳にいくまい。安心してくれていい。私の部下は信頼が置ける」

 

 ユルゲン閣下は柔らかな笑みを浮かべる。周りの部下達もそう言われ、誇らしそうだ。信頼関係が生まれている良い部隊だな。

 

「さて、掃討戦部隊も帰ってくる頃だろう。そろそろ部屋に戻らないとこっちまでソフィア殿が来るぞ?」

 

 眉間にシワを寄せて、マズいという顔を見せるユルゲン閣下。

 確かにこんな惨事を見たら気づくかもしれんな。

 

 振り返れば、血の海となった床の上に体中切り刻まれた死体が積み重なるように倒れている。かなり不審な死に方だ。

 普通の魔法師相手にはこんな死に方はしない。ここはさっさと立ち去ろう。

 

「お気遣い感謝致します。ではお言葉に甘えて失礼致します」

「ああ、本当に君達には感謝しきれない。また会える時を楽しみにしている」

 

 ユルゲン閣下の柔らかな笑顔を後に俺とグレンは頭を下げて退出する。

 

 さて何てソフィアさんに説明しようかな……

 

 と頭で考えながら俺達の戦場からゆっくり離れていった。



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14-19 怪しい笑み

一区切りが付いたので、ひとまずお休み致します。

更新の仕方を変えまして、話の流れ毎のまとめて更新にしようかと思います。

次の更新はまとめて更新致しますのでお楽しみに。次回更新は何時になるかは分かりませんが


 -地球連合軍 ユルゲンサイド-

 

 緻密な作戦と巧妙な工作によって仕組まれた本丸への攻撃には俺も命を諦めかける。

 だがエルス国の若者2人によって、敵は撃退され、そして片方のグレン、彼の実力は魔法師ではない俺ですら異常に見え、魔法師である護衛達のあれほど驚いた表情は初めてで、そして恐怖すら混じっていた。

 

 彼は一体何者なのかーーそんな疑問と共に頭の中の魔法師の要注意人物を網羅しつつ、手は端末でグレンについて調べる。だが出て来るのはエルス国の魔法師である事しか公開されてなかった。

 もちろん同盟国とはいえ、戦力の全てを明かさないのは常識とはいえ、あれほどの実力を持つ者は噂で聞こえてくるはずだった。

 

 また情報部からは卒業試験の際に飛行魔法を見せるなど、相当な実力の魔法師とは書かれていたが、要注意人物とは書かれてはいない。あれは間違いなくAランク以上の戦術級魔法師ーー要注意人物であると断言出来る。地球連合軍で対抗出来る者は数えられるほどしか居ない。

 

 色んな可能性を探っていると、レジス少尉が目を細めて忠告してくる。

 

「良かったのですか、あの条件では我々が圧倒的に不利です」

 

 楽しげに話しつつ帰るラインとグレンを見送りながら、心配そうにしているレジス少尉の肩を叩く。

 

「信頼関係と言う物は一方通行じゃない。我々が彼らに恩を返している間は彼らは我々と敵対しないよ。そしてこれから大きくなる彼らへの投資だよ。そう、恩を仇で返す彼らじゃない」

 

 口角を上げて笑う俺にレジス少尉は頭を下げる。

 

「……浅慮失礼致しました」

 

 

 

 

 

 ユルゲン閣下を救出後、俺達は部屋への帰路についていた。

 通路は慌ただしく駆ける兵士が多く居て、本丸襲撃や火災への対処も有るだろうが、どうやら地上部隊が帰ってきてるようだ。

 

 泥で顔が汚れた兵士が多く、疲労で呆けている顔を浮かべながら壁に背を預けている者ばかりで、よくよく考える朝からずっと戦っている。

 

 長期戦にはならなかったとはいえ、今日はかつて無いほど激しい戦いだった。戦争が始まって以来、この日が最も戦闘で死んだ日かもしれない。

 

 レジス少尉の立てた作戦は上手く行き、敵に多くの損害を与えたがそれと共に多くの味方を失った。

 この中にも囮となった部隊に家族や友達が居たかもしれない。

 

 そんな光景を見ながら部屋に着き、扉を開けるとすさまじい怒りのこもった視線を俺らに向ける掃討戦から戻ったソフィアさん達が居た。

 

「……どこ行っていた?」

 

 ドスの効いた声を出すソフィアさんに俺らは震える。

 

「え、あ……地球連合軍の手伝いを……」

 

 何とか絞り出せた声で答えるが、更に鋭い視線を送られる。

 

「……誰が、いつ、手伝えと言ったか?」

 

 ソフィアさんは待機命令を無視した事に怒っているのだろう。返す言葉もない。

 

 そんな状況でもグレンは言い返す。

 

「確かに我々は命令違反をしましたが、それは地球連合軍側の要請がありまして、ユルゲン閣下にお問い合わせ頂ければ直ぐに分かるかと」

 

 と胸を張って言うグレン。誰もが訝しむがソフィアさんは冷静にユルゲン閣下に連絡を取る。

 

『……エルス国代表直属部隊指揮官代理、ソフィアです。大変申しわけありませんがそちらでライン、グレン両名が手伝ったという事は本当でしょうか?』

『ああ、それは本当だ。こちらから休憩中なのに要請してしまった。勝手にやった事、申し訳ない』

 

 とユルゲン閣下から直接聞いたソフィアさんは渋々と許してくれた。

 

「……何とも腑に落ちないが、ユルゲン閣下の面目を潰すわけにはいかない。今回は許そう。だが次から連絡しろ」

 

 言葉の最後に俺らを睨む。

 

「さて、戦闘も終わった。我々も引き上げよう。ユルゲン閣下に挨拶してくるからその間にシャワーや準備をしておけ」

 

 手を叩いて解散し、各々動き始める。でも俺らはーー

 

「お前らはここから動くな」

 

 とユリエル隊長が俺らを見張る。まるで捕虜じゃないか……

 抵抗しても仕方ないので大人しくしよう。

 

 

 

 

 

 俺ら代表直属部隊は帰路についていた。輸送機に乗り込み、行きと同じ航路で帰る。

 ふと行きの時に失った味方を思い出して気持ちが重くなる。

 

 その護衛には再び地球連合軍が担当するわけだが、今回はなんとエーススカイが護衛についてくれたのだ。

 我々の輸送機を三角形で囲むように飛んでいる。

 

『前回は我々の落ち度でそちらの多くの兵士を死なせてしまったとユルゲン閣下はおっしゃっていた。だからユルゲン閣下直々の命令で護衛させて頂く』

 

 と感情が見えない声で淡々と言うロイさん。

 

 その一方、ディレクさんは操縦席で足を伸ばして暇そうにしている。

 

『あー、目の前に美人、現れないかなぁ。全速力で突っ込むのに……』

 

 再度溜息つくディレクさんに背面飛行でコクピットをギリギリまで近づけるエレナさん。

 

『黙らないとケツにミサイルぶち込むわよ』

 

 と物騒な事を言って黙らせる。

 

 そんな楽しそうな様子にソフィアさんは少し笑う。

 

『わざわざ、エーススカイに護衛させるなんて恐縮です』

『いえ、あの後、敵が撤退せず戦うのだったら我々にも空中戦やる出番があったかもしれません。ですが今回我々には出番が有りませんでした……それに基地に居ても腕も鈍ってしまうのでこの任務受けさせて下さい』

 

 確かにわざわざ呼んだのに戦闘は俺らの時だけ。それでは可哀想だと思ったのか任務を与えたのか。

 

 と言っても前に襲撃してきた部隊は全滅させたし、元々地球連合軍の勢力内だ。ただゆっくりと飛行していただけになった。

 

 エルス国付近になるとエルス国の戦闘機が飛んでくる。それを見たエーススカイの面々は機首を戻して帰って行く。

 

『安全に航行出来たこと感謝致します』

『いえ、我々は今回も出番が有りませんでした。それよりも無事にここまで守れて幸いでした。またお会い出来る時を楽しみにしてます』

 

 その通信を最後に猛スピードで離れていく。

 

 

 

 

 

 輸送機はウェリントン基地に着陸する。歓声を聞きながら降りるーーという事は全くなく、誰も待って居ない。仕事の一環であるから当たり前だ。

 

 解散命令は出ていて、ソフィアさんは代表へ報告しに行った。俺とグレンは独身寮に向かう。バタバタしていたからか、何とも懐かしい感じがする。木々が生い茂り、涼しい風が頬を撫で、陽射しは暑く夏を感じる。

 

 その道すがら、俺はグレンに聞きたい事があった。

 

「グレン、お前の力は一体何処から、どうやって手に入れたんだ?」

 

 グレンはノエのような魔法師の血筋があるわけじゃない。それに血筋が有ってもノエのような規格違いは生まれない。

 それに何故力を隠そうとするのか、俺は知りたかった。もしグレンが実力を地球連合軍にでも売り込めば、大喜びして好待遇で迎えてくれるだろう。現状ノエに対抗する魔法師が居ない地球連合軍は苦戦している。

 

 グレンは風で髪をなびかせながら考えながら話し始める。

 

「……そうだな。先ずはあの事から話すべきか」

 

 着いてきてくれ、という言葉と共に背を向けて歩き始める。俺は言葉を飲み込み、後ろを歩く。

 

 そして着いたのはアカデミー内の図書館。ICカードと警備員に許可を求めてから入る。

 

 中は相変わらずの凄まじい広さで、本が無数に置かれている。俺らの他にも軍人やアカデミー生が勉強していて、静粛な雰囲気は変わらない。

 前に来たのはマヤと会った時か……

 

 と哀愁に浸っているとグレンに呼ばれる。

 

 グレンについていくと古文書が置いてある書庫に着く。どの本も古く、扱いは丁重でなくてはならない。

 山ほどある古文書の中から何かを探すのだろうか。

 

 するとグレンは突然魔力を発し始める。なっ、ここで魔法を使う気か!?

 

 火気厳禁はもちろん、魔法はどれも威力が高く、図書館では不必要である。

 

「おい、こんな所で魔法とか何を考えてんだ!? バレたらクビどころか、監獄だぞ!?」

 

 だがグレンは辞めず、本棚に手を置く。すると1つの本が本棚から飛び出て来る。

 もはや童話の世界のようで、開いた口が塞がらない。

 

 その本を手に取って振り返ったグレンの微笑みは今までで1番怪しかった。

 

 



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〈15章 ライン 世界の不思議編〉
15-1 世界の不思議


今日中に順次投稿します。
とうとうメインが……


 

 法律で決まっている、魔法を使用してはいけない図書館の中で魔法を使ったグレン。幸いな事に誰にも気付かれる事無く、俺の跳ね上がった心拍数とは裏腹に静寂が訪れる。

 

 グレンが手に取った本はかなり古びており、色あせている。

 ほとんどが電子化された今、余り必要のない紙の古文書だ。だが何故紙の本を?

 

 グレンは不敵な笑みを浮かべたまま、本を開く。中に書いてあるのは世界史の話だった。だが書いてあるのは変哲も無いことで特に可笑しいところはない。

 

「ま、見てろって」

 

 グレンが本に手をかざすと、本の文字の上に更に文字が浮かび上がっていく。重なるわけではなく、元々書いてあった文字が消えていく。なんだこの本は……

 

 その文字にはこう書いてある。

 

『この本を手にし、この文字を読めるということは選ばれし者である。これは他人には見せてはならない物で、決して公表してはならない。そしてこの力は危険な物である』

 

 選ばれし者? 他人には見せてはならないとあるぞ? そう書いてある物を俺に見せているグレン。罰でも当たるのでは?

 だが爆発も雷も起こる様子は無い。

 

 そんな俺の様子を気にした風も無く、更に読み進めていく。

 

『この本は選ばれし者についての本である。世界が混沌を極め、荒れに荒れた時に突如現れる能力者達の事を選ばれし者と呼ぶ。その能力は様々で、炎、風、水、土、雷、そして光と闇となっている』

 

 世界が混沌……正に今のような大戦。こういう時に現れると。

 そういえば過去にあった大戦にも英雄が現れた。あれも関係しているのだろうか。

 謎は深まるばかりで、先を読んでいくしかない。

 

『能力者の数は全てで7人。同じ能力者は同時代には決して現れない。また能力者はランダムで現れ、固まる可能性もある。仕組みは分かっていない』

 

 全部で7人か……まさかその1人はグレンだと言うのか……

 本を真面目に読むグレンの横顔は凛々しくいつものふざける態度とのギャップに目が惹かれる。憧れもある。だがそれ以上にグレンの過去が気になっていた。

 

『その能力が発現するとそれぞれの属性の特色が1つ現れ、身体能力、魔力が大幅に上昇する。普通の魔法師と比べると10倍近く魔力が違う』

 

 10倍!? 10倍もの魔力があるならば俺に魔力を分けても余裕なのは納得出来る……だがその力は強力過ぎる。

 10人を相手にすれば互角と一見思うが、それは違う。10倍もの魔力を持つならば敵の防御は軽く突破され、ファイヤーボールすら必殺級となる。魔力を節約しても威力は増大するのだ。並の魔法師ではファイヤーボールをウォールシールドで防ぐ事は出来ないだろう。

 

 そして文章は最後にこう書かれていた。

 

『もし選ばれし者が7人揃った時、世界は救済されるか、破滅の道を辿るだろう』

 

 破滅ーーその言葉は俺の中で大きく残った。

 救済と破滅、それは両極端な結果でそれは選ばれし者達がどうするかによって決まるのだろう。

 

 そんな強力な力をーー欲しいとふともう1人の俺が言った気がした。いやそれは俺だったかもしれない。

 

 そしてこれ以降のページには何も浮かばず、ただの歴史の本となっていた。

 本を静かに閉じたグレンは俺を見詰める。

 

「……どう思った?」

 

 その声は恐る恐る聞いたように小さい物だった。

 

「……この話が本当ならば、俺はその力が欲しい。そして多くの選ばれし者を集め、この戦争を終結させる」

 

 これ以上大切な仲間達を奪われたくない、その気持ちが更に強くなる。そしてそれと同時に心に大きな闇が蠢くのも感じる。

 

 俺の言葉を聞いたグレンは嬉しそうに微笑む。

 

「お前ならそう言うと思ってた。良いだろう、選ばれし者への試練を受けてみろ」

 

 本を普通にしまったグレンは着いてこい、と言い、図書館の出口に向かって歩き始める。

 

 その力は一体何処に眠っているのだろうか……

 そう考えながらグレンの背中を追っていった。

 

 

 

 

 

 -----

 

 俺らはエルス国本部に来ていた。

 

 代表への面接は人気で決められた短い時間に殺到しており、更に申請理由は持ち物検査など色々な手順が必要だ。代表は国家元首であるから当然ではあるが。

 

 そして多忙な身で有りながら多くの人と会うという代表の体力に感嘆するしかない。

 

 ふざけた申請理由では弾かれるのが普通だ。かといって特に理由もないが……

 

 するとグレンが申請理由を申請用の端末に打ち込んでいく。

 その理由とは

 

『ラインについて』

 

 そう書かれていた。

 え? 俺?

 

 そんな俺の驚きを気にした様子も無く、スラスラと打ち込み申請ボタンを押す。

 

 しばらくすると奥の部屋から何人かの兵士が現れ、端末を見ながら読み上げる。

 

「ライン、グレンの両名、面談申請が通った。今すぐとの事だ。着いてこい」

 

 前後左右挟まれるように兵士が周りにつき、代表が居る部屋に連れて行かれる。これも変なことしないように見張られているようだ。様々な人が来るから仕方ない。

 

 代表の執務室に着くと兵士がモニターに話し掛ける。

 

「失礼します、ライン、グレン両名。お連れしました」

「入ってよし」

 

 了承を受け取り、部屋に入っていく。

 

 中には部屋の隅に一人ずつ、4名の護衛と机を隔てた椅子に座る代表とその隣にも1名居た。

 俺らを中に入れると兵士は部屋を出て行く。

 

 自動扉が閉まった音と共に代表は話し始める。

 

「久しぶりだ、2人とも。初の大きな戦場、良く無事で帰ってきた。君たちを見込んだ甲斐があった」

 

 満足そうに頷く代表に俺らは頭を下げる。

 

「……さて、ラインについてと書いてある申請理由だが……何があった?」

 

 顔の前に手を組み、真剣な表情に変わった代表はこちらに答えを促す。

 

「はっ、その前に護衛の方々には退出を願いたいのですが……」

 

 四隅に不満そうな目を向けるグレンに護衛達は額に青筋を立てる。

 

「ふざけた事を……我々は代表の護衛だ。離れる訳にはいかん」

 

 殺気を放たれるが、代表が手を挙げる。

 

「待て、コイツらの言うことに従ってくれ。もしコイツらがスパイだとしても仮にも私はエルス国代表。まだまだ二つ名は健在だから大丈夫だ」

 

 代表が周りの護衛達に視線を送ると渋々と部屋を出て行き、ここには3人だけになる。

 何を言うのかグレンは。

 

「……ありがとう御座います。まあラインについてでは無いんですけどね……」

 

 と苦笑いするグレンに代表の鋭い視線が刺さる。

 

「……私を騙すとは良い度胸だね。まあ良い。仮に襲うなら無言だろうし、何か私に用件が有るんだろう?」

 

 騙したことを水に流してくれた代表は話を促す。

 

「流石、エルス国代表。話が早いです。……代表はご存じですか、選ばれし者の事を?」

 

 ストレートに言ったグレン。だが代表の顔は険しくなる。

 

「……選ばれし者? 聞いたこと無いな……何かのチームか?」

 

 アゴに手を置いて、端末で調べる代表。だが情報は出て来ず、頭を捻る代表にグレンは虚空を見ながら語り出す。

 

「……この世界には色んな不思議が存在します。魔法も科学も、まだまだ人間には理解しがたい物ばかり。そんな世界に1つの伝説が存在します」

 

 本に有ったフレーズを言い始める。

 

『世界が混沌に満ちた時、選ばれし者達、7人が現れる。世界を救うか、破滅の道へ至らしめるかは強大な力を持つ、その者らの心次第である』

 

 その言葉を聞いた代表は神妙な面持ちでグレンを見詰める。

 

「……もしその者らが存在したとしても、今は科学も発達している世界初。1人で無双出来る時代は終わっている。たった7人に世界の命運を委ねられない」

 

 指導者としての代表の意見に俺は感銘を受ける。立場が違えば意見が違うんだ。

 

 否定する代表にグレンは微笑む。

 

「確かに7人が世界を牛耳(ぎゅうじ)るのでしたら、面白くないでしょう。ですが、その強大な力を戦力として使えるとしたら、どうです?」

 

 怪しく微笑むグレンに代表は目を大きく見開いた。



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15-2 駆け引き

まだ続きます


 

 グレンは代表にゆっくり近付き、机越しに怪しく微笑む。

 

「今なら2人手に入るお得な期間となっております」

 

 ーー2人!? もう1人は誰だ!?

 

 懐疑的な視線を向けるがグレンは代表に視線を向けたままだ。

 

 そして代表は大きく見開いた瞳を怪訝で曇らせる。

 

「……君の口ぶりからはラインも選ばれし者だという感じに聞こえるが?」

 

 俺も代表と同じように聞こえる。しきりに頷き、グレンの言ってることを否定する。

 

 だがグレンは怪しい微笑みを崩さず、俺の隣に戻ってきて肩に手を回してくる。

 

「それは、これからコイツを選ばれし者にするんですよ」

 

 ーー俺を、選ばれし者に!?

 

 思わず隣のグレンの顔を凝視してしまう。俺の視線に気付いたグレンは優しく微笑む。

 

 そしてグレンの発言に更に眉をひそめた代表は質問をする。

 

「まさか……君には他の選ばれし者を選択、力を付与する事が出来るというのか?」

 

 もし代表の言った事が本当ならばグレンが世界の命運を握っているというのか……

 

 だがそんな俺の考えとは違い、肩をすくめるグレン。

 

「……少し、違いますね。俺が出来るのは試練を受ける者を個人的感情で選ぶだけで、案内役みたいなもんです。それもソイツが受かるかは分かりません」

 

 代表はその話を聞いて、顎を触りながらグレンの意図を読もうとしていた。

 

「……ならば、それを何故私に話した? 国の代表としては少しでも戦力を増やしたい。君の意向を無視して試練の有りかを聞き出し、選ばれし者を全てこちらの陣営で管理、戦力として使うのも可能だ。そんな危険性を考えなかった訳ではあるまい?」

 

 怪しく瞳を光らせる代表にグレンは楽しそうに笑う。

 

「流石、ブライス代表だ!! その常に国を思う心意気、お見それしました。ですが、私はブライス代表を信頼してます。そして選ばれし者はそんな(やわ)では有りません。もし7人が揃ったならば、国1つ、簡単に滅ぼせるでしょう。現に若輩者の私でさえ、代表に匹敵する力を持っています」

 

 代表とグレンの間に火花が散った気がしたが、直ぐに無くなる。

 代表が面白そうに微笑んでからだ。

 

「ふふ、言いおるなグレン。伝説の選ばれし者がどれだけ強いか知らんが、まだ君に負ける程年老いてはいない」

 

 手を顔の前に組んだ代表から瞬時に膨らんだ魔力と殺気に俺は悪寒を感じ、体が動かなくなる。

 そしてグレンは冷や汗を掻きながら、楽しそうに笑っていた。

 

「……流石は、神速の英傑。こりゃあ俺もまだまだだな……」

 

 さっきまで強気に出ていたグレンは苦笑いをして俺の隣まで代表に背を向けて戻ってくる。

 そして代表に頭を下げる。

 

「数々の無礼をお許し下さい。ですがこれで我々も安心して戻って来れます。我々は強制されて陣営には参加しません。自分で決めた道を進みます」

 

 グレンは俺の顔を自信ありげに見る。俺は頷き返し、代表に自分の気持ちを伝える。

 

「私も同じ気持ちです。もし強大な力を手に入れたとしたらそれは自分の気持ちに従って使いたい、信念を貫く為に使います」

 

 もしこの力を悪用しようとしたらそれは凄い被害を世界にもたらす事が可能だろう。だがそれは俺の目指す所じゃない。この戦争を一刻も早く、正しく終わらせる事に使うんだ。

 

 俺の瞳を覗く代表は最初に会った時のように深く、俺の事を見ていた。だが今ならば俺は胸を張って見られても大丈夫だ。

 

 すると代表は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「……大丈夫そうだな。何かしら理由があって、また暴走し、我々と敵対するというのなら私は全力で君達を迎え撃つ。そうならない事を切に願っているよ」

 

 そう言ってくれた代表は俺達に長期休暇をくれ、様々な縛りから解放してくれた。

 

 執務室を出たら端末に電話が入っていて、見るとマナンからであった。

 通路の端によって電話をマナンにかける。

 

 するとコール音が1、2回目鳴ったところでとられるが聞こえてくるのは銃声ばかり。

 え? 戦闘中じゃないだろうな。

 

 騒がしい音声の向こうから聞こえたマナンの声は嬉しそうだった。

 

「おかえり、ライン!! 怪我とかしてないよねっ?」

 

 まず俺の心配をしてくるが心配なのはそっちの状況だよ。

 

「いや、怪我はしてないが……そっちは戦闘中なのか!?」

「違うよ。今は演習中だよ」

 

 演習なら良かった……いや、訓練中に電話はマズいだろ!!

 

 そんな俺の考えに気付いた様子も無いマナンは話を続ける。

 

「これが終わったら帰るから、その後会える?」

 

 そう言いながら一際大きい銃声が聞こえてくる。マナンが撃ったのだろう。俺の鼓膜が逝きそうだ。

 

 隣のグレンを見ると会話が聞こえていたのか、ニヤつきながら背中を叩かれる。

 

「おうおう、行ってこい。これが最後の合瀬かもしれんからな」

 

 ったく、マナンとはそういう関係では無いというのに……

 そんな否定も無駄だと分かっているのでそのまま頷く。

 

 ーーというか最後って……

 

「え? 試練って死ぬの?」

 

 そう聞くとグレンは首を傾げる。

 

「あれ? 言ってなかったか?」

 

 忘れてたー、とふざけた顔で自分の頭を叩いてるグレン。

 

「まあ、世界を変える力だ。そのぐらいの防衛システムはあるさ。まあ肉体的ではなく、精神的な試練だ。って事で今日が最後の晩餐になるかもしれんなぁ」

 

 面白そうに言うグレンと対照的に俺は焦る。

 

「いきなり過ぎんだろ!! 明日死ぬよといわれて何をすれば良いんだよ!!」

 

 と抗議のように言うが、グレンはそれを聞いて真剣な表情に戻す。

 

「軍人はいつ死ぬか分からない。死ぬのは今日かもしれない、明日かもしれない、そう思って暮らさなければならない。それを忘れていないか?」

 

 そう言われて俺はハッとさせられる。俺は運が良くてここまで生きて、それを忘れてはいけないんだ。悔いの残らない人生を送らなければならない。

 

「分かったなら良い。さぁ、悔いの残らないように遊べ」

 

 笑ってそう言うと、消えるように立ち去るグレンだった。

 



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15-3 目前の死

最後です。一区切りつきました。

また書き溜めします


 日がまだ落ちない夕方、陽射しは強く俺の額に汗を掻かせる。

 

 独身寮へ続く道は左右が木々に覆われており、青々とした葉が熱い夏を知らせる。

 

 長い戦いでは無く、準備を含めても5日に満たない戦闘だったが凄く忙しい時間だった。自分やグレンの死に直面し、白熊や氷使いの女などの猛者達と戦った濃厚な戦闘で会ったと思う。

 だがどの戦いも自分の実力不足を実感せざるを得ない物だった。

 だから力が欲しい、と自分の心を再認識する。

 

 部屋に戻り、ベッドに身を投げ出す。フカフカなベッドは今までの疲れを急激に癒やしてくれる。少ししか離れてないのにとても懐かしく感じる。そしてそのまま深い眠りに落ちていていく……

 

 

 

 

 

「……ン……イン……ラインってば!!」

 

 突然聞こえた声に驚き、目が覚める。目の前に居たのは呆れ顔でこちらを見ていたティナはランニングするときのようなラフな格好で仁王立ちしていた。

 

「お疲れなのは分かるけど……来るって連絡してたでしょ? インターホン鳴らしても出て来ないから窓から入ったのよ……」

 

 ふと近くの窓を見ると開いていて、開けっ放しにしていた事を思い出す。

 

「死んだんかと思った……心配させないでよ……」

 

 大きく溜息をつくティナに済まない、と謝る。

 

 謝罪の言葉を聞いて満足そうに微笑んだティナは手を叩いて動き出す。

 

「さて、マナンも来ると思うから掃除しなきゃね? ……こんな状態で人を呼ぶのかしら?」

 

 周りを見渡すと何日か前の汚さに今回の荷物と散らかっていた。友人と言えどもこの状態で呼ぶのは流石にヤバい。

 

 何も言わず部屋の片付けを手伝ってくれるティナ。一人でやるより何倍もの速度で綺麗になっていく。

 

 そしてその途中でちょ……というティナの声が聞こえてきた。

 どうしたんだ? と聞いても答えない。

 

 気になって手を止めてそっちに行くとティナは固まっていた。

 

「何だ? 虫でも居たか?」

 

 ティナの視線に合わせると俺のパンツがーー

 

「うぉぉぉぉ、これは済まない。見苦しい物を見せたな」

 

 急いで下着を懐に入れ、収納スペースに入れておく。それを見守ったティナはスイッチの入ったロボットのように動き出す。

 

「いや、申し訳ない……でも野郎のパンツなんてそんなに見慣れないか?」

 

 軍隊は野郎共ばかりなのでパンツで走り回る馬鹿も結構居る。もちろんダメなのだが厳罰にされることはほとんど無い。

 

 するとティナは赤面しながら怒り出す。

 

「み、見慣れてるけど、見たいもんじゃないから!! 見てて恥ずかしくなってくるから!!」

 

 先程までの固まった様子ではなく、慌てだすティナ。忙しい奴だな……

 

 そんな掛け合いをしてるとインターホンが鳴る。モニターを見るとマナンが笑顔で待っていた。

 

 ドアを開けて待っていると手にいっぱいの買い物袋を持ったマナンが入って来る。

 

「何だ、その量は!?」

 

 思わず出た言葉にマナンは嬉しそうに笑う。

 

「だって、ライン初の大きな戦場だったでしょ? そこから無事帰還なんて凄いよ!!」

 

 結局の所、俺が撃破したのは部隊で編隊を組んでたときの1、2機。また白熊には完敗。そしてユルゲン閣下の事は伏せられてる為、個人的な戦果は0だ。

 

 苦笑いでありがとう、と返す。するとマナンが詰め寄ってきて俺の目前まで近付いてくる。

 

「ラインは分かってないけど、日本解放作戦から代表直属部隊に参加、そして第1次カナダ攻防戦に参加して生存は凄いんだよ!?」

 

 小さい体で精一杯手を広げて大きく表現するマナンに俺は思わず笑ってしまう。

 真面目な話だよ!? と怒るマナンだが俺は笑わずに居られなかった。マナンの優しさに触れて出てきそうな涙を見せたくなかった。

 

 もうっ、と怒るマナンはキッチンに向かい料理を始め、その代わりティナが呆れ顔でやって来る。

 

「……アンタも不器用ね」

 

 どうやら俺の真意がバレてるらしく、これはティナには敵わない。

 

「……その察し力をもっと戦略で活かせ」

 

 精一杯の嫌みで返すと足を蹴られる。怒ったティナだが、目は笑っていた。

 

 ちょうど今日は金曜日で明日は休日でマナンの美味しい手料理を肴に飲みまくった俺達は潰れていた。アーロンは用事があったらしく来られないらしい。

 

 ふと外の風が浴びたくなった俺は寝息を立てている2人の隙間を通って、ドアから外に出る。

 今日は晴れていて星がよく見え、無数の星は綺麗に輝いていて、神秘的な美しさを感じる。世界の不思議を知った今では何だがこの星も不思議に感じる。

 

 そんな時、後ろからドアが開く音が聞こえ、横に気配を感じ、そちらに振り向くとティナが同じく空を見上げていた。

 

「……綺麗ね」

 

 ポツリとそう呟くティナは何処か悲しそうに言う。

 ティナは俺のこれから起きることに気付いてるのかもしれない、ふとそう思った。

 

「……ああ」

 

 だが俺はその話題に触れられない。ここでそんな話をしたらこれが最後になる気がして。死ぬつもりはサラサラ無いが、嫌だった。

 

 それから結構経った時にティナから話し掛けてくる。

 

「……ねぇ、これから何処行くか知らないけど、1つだけ言わせて」

 

 その声は真剣味を帯びていて、俺の心は再び揺れた。俺はティナの顔を見れずに次の言葉を待つ。

 

 ティナははっきりと強い声で俺に言った。

 

「……必ず生きて帰ってきて。地を這いつくばっても良いから」

 

 前にも心配してくれたことが有ったが、それとは違って何か違和感を感じたが、俺の口からは軽口が出た。

 

「俺はミミズじゃないぞ」

 

 そう言ってティナの顔を見るとティナは辛そうな笑顔を浮かべた。

 

 それから会話は無く、ティナは部屋に戻って行った。横目でティナの顔を見たら、複雑そうな表情だった。

 最悪の気分だが、ここで心の内を吐露したら何だが会うのが最後な気がして行けなくなる。

 また帰ってきて謝ろう。目標が有れば生きて帰ってこれる気がした。

 



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15-4 ビジネス

2話投稿です。
急に寒くなったので体調にご注意を。
今思ったのですが、コイツらあちこち行ってるけど体調崩してない……


 

 マナン達との一時は最後の晩餐としては豪華な物で無かったが俺にとっては1番のご馳走で、美味しい物よりこうやって穏やかに一緒に笑える時間が何よりも幸せだった。

 

 本当はずっとこうしていたい。でもそれはもう1人の俺が否定する。

 

 ーーお前は目の前で大切な人が死ぬのをまた見てるだけなのか? 仮に大切な人を全員囲ったとする。でも外因はどうする? この世界に生きている以上、それは避けられない。ならば手に入れろ、圧倒的な力をーー

 

 大切な人を守りたいなら力を、手に入れるしかない。仮に命を落とそうともこの理不尽な世界から逃げたくなかった。

 

 マナン達が寝ている内に俺は部屋を出る。マナン達と話したらまた心が揺らぎそうだからだ。

 

 外ではグレンがタバコを吸いながら待っていた。こちらに気付くと満足そうに微笑む。

 

「このまま出て来ないと思ってたよ。だがお前は前に進んだ」

 

 タバコを口で吹いて消すグレン。そんな消し方初めてみたな。どうせ魔法だろうが。

 

「さあ行こうか」

 

 そう言って歩き出すグレンの背中を追う。何だかその一歩一歩がマナン達と離れていく気がして、足が重くなった。

 

 

 

 

 

 それから俺達はあちらこちらに動き回った。

 まずは飛行機で日本へ。そして師匠に貰った許可証で税関や入国審査をパスしてそのまま飛行機を乗り継ぎ、北京に入った。

 

 空港内は多くの言語が飛び交うが1番多いのは中国語。流石に中国語は勉強していないので分からないが英語も十分通じるので問題ない。

 

 ここから陸路で行くので外に出るとすぐ近くの北京市が見える。多くの人口を誇る北京は火星独立共和国の支配によって更に発展しており、地球侵攻時に1番最初に支配した大都市でまたその時の方面軍指揮官、朱威(シュッウェイ)が戦死した為、混乱した北京は大した抵抗なく火星独立軍の手に落ちた。それ故か、復興する必要なく平和な暮らしをしているようだ。

 

 またここが戦場になったことは1回も無く、そして地球侵攻本部のウランバートルの近くの大都市とあって、多くの兵士が見掛けられる。

 俺達は顔は割れてない為、大丈夫だろうが……

 

 俺達はメインストリートを抜け、夜の街に入っていく。夜の暗さと人混みとネオン街で人の顔はよく分からない。ふと見た隣の人は裕福そうな人も居る。わざと暗くしているのかもしれない。

 

 客引きや誘う若い女性達の声が聞こえる中、俺達は裏路地に入っていく。するとガラの悪い奴らがこちらを見てくる。その視線は値踏みするような目つきだ。

 

 グレンは気にした様子も無く、通り抜けようとすると立ち塞がる男達。

 

「おい、ここからは俺達の縄張りだ。通過料を払いな」

 

 提示された金額はどう見ても通過料とは言えず、気持ちよく払える金では無かった。

 

 グレンは額に青筋を立てて睨み返していて、これではどちらが不良か分からない。

 魔法はここは敵陣のど真ん中で使えず、仕方なく肉体強化による実力行使をしようとするとーー

 

「君たち、何やっている!?」

 

 大きな声が後ろから聞こえてきて、振り返ると若い男が剣を抜きこちらに向かってきている。

 

 格好を見るにそこそこ位の高い軍人だ。しかしその動きは魔法を使ったでもなく、猛者のような鋭い動きでもない。

 だが軍人が来たことにガラの悪い奴らは慌てて逃げ出す。

 

 戦闘もなく解決した揉め事に俺らは安堵する。

 

「ふぅ、君たち大丈夫か……い?」

 

 俺の顔を見た男は驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に距離を取る。

 

「何故、君がここに!? まさか日本からのスパイか!?」

 

 日本? 何故日本なんだ? ……って事は日本で会ったことがある人ーー

 

「まさか、タチバナ殿か!?」

 

 そう言うと男は頷く。だが剣はこちらに構えたままだ。

 

「久しぶりだな、ライン殿。今は敵同士。このまま見過ごすことは出来ない」

 

 当然明らかな敵意を向けてくる。敵が国内に入ってきて、それをそのままというのは確かに無理だ。

 

「おい、コイツは日本の時の敵か? ここで応援を呼ばれても面倒だ。さっさと片づけるぞ」

 

 グレンが痺れを切らして指をボキボキと鳴らしながら前に出る。

 知り合いとはいえ、敵同士。仕方ないのか……

 

 その時、俺らの間の地面に何が突き刺さる。それは光で出来た矢であった。

 

「まあ待てって」

 

 タチバナの後ろからゆっくり歩いてくる男の頭は少ない光にも反射してキラキラと輝く白い髪、そして瞳は暗闇でも見通すような気がするほど赤い。

 俺が知ってるそんな人はーー

 

「ーー光一族、ノエ」

「久しぶりだな、ライン」

 

 ノエという名前を聞いて横のグレンが大きく目を見開く。グレンが驚くのは珍しく、いつも驚かせる側であった。

 だが直ぐに嬉しそうに微笑むグレン。

 

「ほう、最強と呼ばれる白い死神と会えるとは強運だな」

 

 目を輝かせて笑うグレンだが、体は震えていた。本人は気付いているのだろうか。

 

 逆にノエはそんな様子のグレンに驚く。

 

「まさか俺に会って喜ぶ奴が居るとは……いつも死神だとか化け物とか呼ばれて絶望と恐怖のこもった瞳しか居なかった。これは期待して良いのか?」

 

 ノエは最後、笑顔になって殺気を放ち始める。

 正面から初めて受けたノエの殺気に俺は体が動かなくなる。ここまで成長してきた俺でもヘビに睨まれたカエルのように殺気に呑まれていた。

 隣のグレンも冷や汗が額を、頬を伝っていた。

 

 鋭い視線でグレンを値踏みするように見るノエ。そしてニッコリ笑う。

 

「うん、楽しめそうだ。……でもここじゃ戦えないな。街に甚大な被害が出てしまう」

 

 街の心配をし始めるノエはグレンの実力なんぞ気にしてないようだった。グレンは悔しそうに歯を噛みしめる。

 

「でも今回は辞めておこう。俺も本調子じゃないし、お前らも何かやるみたいだし」

 

 楽観的なノエにタチバナは驚く。

 

「ちょっとお待ちください!! このまま見逃すおつもりですか!? 敵を見逃したらどうなるか……」

 

 タチバナは息を荒げながらノエを説得しようとするが、全く聞こうとしないノエ。もはやそっぽ向いている。

 

「たかがガキ2人じゃねぇか……もし何か有れば俺がやるから、帰るぞ」

 

 しまいには背を向けて大通りに歩いてしまったノエをこちらを悔しげに見ながらタチバナはノエを追い掛ける。

 

 大変な上司を持ったなタチバナ。だがそのおかげで俺達は戦わずに済んだ。

 

 プレッシャーから解放され思わず地面に膝が着く。隣のグレンも全く動かず、表情も笑顔が固定されたままだ。

 

「……クソッ、俺は、まだ俺はこの力を手に入れても白い死神に届かないのかぁ!!」

 

 グレンは拳をコンクリートの壁にぶつけ、怒りを露わにする。

 世界を改変する力を持つ選ばれし者でもノエには勝てないのだろうか? 実際にはどうなるか分からないが、俺の体はノエと戦う事に拒否反応を示していた。

 

 グレンの大声に反応したのか、奥からさっきのガラの悪い奴らが出て来る。反射的に身構えるが、その表情は先程とは違い、申し訳なさそうにしていた。

 

「……あの、この先で姐さんがお待ちしております」

 

 いきなりペコペコとし始めるガラの悪い奴らに何だがむず痒く感じる。

 

「……分かった。案内しろ」

 

 グレンは息を整えて、鋭い視線で答える。その視線に小さく悲鳴をあげる彼ら。

 

 怯える彼らの後ろを付いていくと古びたビルに案内される。中も同じく古く、汚い場所で整理整頓されてないことが分かる。

 奥の部屋に通されると先程とは違い、そこは色んな美術品や物が所狭しと置かれていたがそれは意図的に置いてある感じだ。

 

 中央の椅子には老婆がタバコを片手にくつろいで座っていた。俺らに気付いても態度は変わらない。

 

 俺らが入ると軋む音を立てながら扉が閉められる。

 鍵は掛かってないようだから俺らをどうこうしよいとしてる訳では無いな。

 

 3人だけになり、無音が支配するかと思ったが、老婆が指を差す。

 

「ほれ、そこにさっさと座りな」

 

 老婆の対面に置かれた時代を感じる貴族が使っていたような赤い長椅子に俺らは座る。

 

 グレンは警戒を解かずに殺気を少し放っているが、老婆は気にした様子は全く無い。

 老婆はタバコを灰皿に擦りつけて消す。

 

「ワシらはお主達と戦うつもりも無い。そしてお主達が何処の誰で、どんな実力だろうが、どうでも良い。どんな相手でも対等に話すのがワシの流儀じゃ」

 

 鋭い眼光に一瞬たじろぐ。魔力は全く感じないが、この年齢になるまでどれだけの修羅場をくぐり抜けて来たのだろうか。

 

 一方グレンは細めてた目を柔らかな物に戻し、微笑む。

 

「これは失礼した。力でねじ伏せるという野蛮な事を考えておりました。お許し下さい」

 

 頭を下げるグレンに老婆はカッカッカッ、と笑い出す。

 

「頭の悪いくそガキかと思ったら礼節を知る若者だとは。若者も捨てたもんじゃないのぅ」

 

 優しそうな老婆のような表情に変わるが、直ぐに真剣な表情に変わる。

 

「さて、ビジネスの話と行こうか」

 

 両者の表情が妖しく笑うのを横目で見て、思わず喉が鳴った。

 



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15-5 託された面倒

また書き貯めしときます。週毎だと予定とかでめっちゃ短くなるときがあるんですよね……今回は今週2話書きました


 

 妖しく微笑む両者で先に啖呵を切ったのは老婆だった。

 

「まずお主達は何を求める?」

 

 それにグレンはすかさず答える。

 

「俺らが欲しいのは車で、それも破棄しても良い物だ。必要無くなったら燃やすつもり予定だ」

 

 燃やすという言葉を聞いて大きく口角を上げる老婆。

 

「これは相当ヤバい案件だねぇ。お尋ね者で追われてると言うわけか、それも身分証もないと」

 

 老婆は手元のタバコに火を付けて、一息つき少し考えた後、頷く。

 

「こちらも迷惑掛けたようだし、そもそもここに入ってくるって事はワシの事を知ってだろう? なら期待に応えないとのぅ。だがこちらにも条件がある」

 

 タバコの灰を灰皿の縁を叩いて捨てて、吸って吐いた煙が虚空に消えていく。

 

「条件とは何だ? こちらも難題は受けかねるぞ」

 

 グレンにも譲れないところはあると鋭い視線が物語っていた。

 

「難題じゃないわい。車を焼くなら後ろに積んで欲しい物がある。それの中身は確認せず、そのまま焼いてくれるのが条件じゃ」

 

 焼く? 焼く事をわざわざ俺らにやらせるのか……何か危ない気がするが……

 

「一体俺達に何をさせる気だ?」

 

 グレンも同じ事を思ったらしく、質問をする。

 だが老婆は横に首を振る。

 

「そこは聞かないのが常識じゃよ。

 そういえば今の時代どの車にもGPSが付いておる。だからお主達が車を盗んでも場所が分かるし、外している車も怪しまれて捕まる。だからこうやって持ち主から借りるのが一番じゃろ?」

 

 一般人に交渉しても良いが、それは信頼が置けない。金を貰って、通報することもあり得る。だからこそこういうある意味信頼が置けるここに話を持ちかけたのだ。

 色々悪さをやっているここは敵の敵は味方という理論で選んだ。

 

 もはやここ以上の好条件は無いかもしれない。承諾するしか無い。

 

「……分かった。グレン、この条件を飲もう」

 

 その言葉にグレンは目を見開いて俺を見詰める。

 

「お前がこれを選ぶなんて珍しいな……この条件は絶対面倒な事になるぞ? それでも良いのか?」

「ああ、これらも試練と考えれば……」

 

 俺の決意を聞いたグレンは微笑んで、俺の背中を一叩き。痛って……

 

「よっしゃ、受けるか。車も飛びっきりいい奴頼むぜ?」

 

 承諾の意志を見せると老婆はニッコリ笑う。

 

「商談成立じゃ。今すぐ車を用意させる。ちょっとまっとれ」

 

 老婆が出て行き、グレンと2人きりになる。

 静寂がここを支配した時、グレンがふと語り出す。

 

「なんかこうしてお前と居ると外国への旅行だと感じるわ」

 

 そう言ったグレンの表情は楽しそうではなく、複雑な思いを込めた物であった。何かを思い出しているのだろうか。

 

「次来るときは隠れてじゃなくて、堂々と行きたいな。……万里の長城とか見たいなぁ」

 

 咄嗟に思い付いたのは万里の長城で他にもいくつも浮かび上がる。今では中国は火星独立共和国の支配下にあるのでエルス国や地球連合国の人は入れない。現状入れるのは日本などの中立国や、支配下の国だ。

 

 と先の旅行話に花を咲かせていると老婆がやってくる。

 

「準備出来たの。さぁ頼むぞ」

 

 老婆の案内で行くとガレージには2人乗りの軽トラだった。後ろには怪しげな箱が鎖などで厳重に車にくくりつけられていた。

 

 そして何故かガラの悪い奴が外まで並んでいて道を作っている。

 

 運転はアカデミーで免許取ったし、むしろHAWに比べれば楽過ぎる。だがそれが油断で事故はシャレにならん。

 

 俺の運転で発進した車は男達に見送られて、街に消えていった。

 

 

 

 

 

 北京の街は栄えていて、多くの人口が北京に集中している為、街が何処までも続いていた。

 因みにエルス国では中心部を離れたら、畑が見える。

 

 多くの車が行き来していて、道も3車線が何処までも続いている。だがそれでも中々進まない。

 渋滞にハマり、前のボードに脚を乗っけてあくびをかいているグレン。行儀悪いぞ、なんて言い飽きたからもう言わないが。

 

 渋滞で止まっていると窓をノックされる。まさか追っ手か!? と思わず構えてしまうが、外に居たのは笑みを浮かべてる老人。

 

 中国語で言われて分からないが、手振りや持ってる物で大体分かる。暇なドライバーへの訪問販売だな。まとわりつかれても嫌だったので、売っていた月餅(げっぺい)というお菓子を買ってみる。

 

 食べてみると(あん)が入っており、甘い。若干眠気が混じっていた頭が糖分で起きる。これがジュースのように気軽に買える値段だからビックリだ。気に入った俺は10個買い、運転しながら頬張る。

 グレンはどうやら1個で満足し、それ以降手をつけてこない。日本のアリサと居た時とは違い、独り占め出来るな。

 

 渋滞から抜ける頃には全て平らげてしまって、お腹もいっぱいになる。そして眠気も最高になり、グレンに運転を代わって貰うがーー

 

「ウッヒォォーー」

 

 と叫びながら猛スピードで誰も居ない道路を駆け抜けるグレン。もちろんそんな中で寝れる訳がない。

 

「捕まらないと思うが、こんなスピードで寝れるかぁぁぁ」

 

 それにわざと左右に揺らすグレン

 は俺を寝かせる気が無いらしい。

 

「まあまあせっかくのドライブだから楽しもうぜ!! ーーおっとどうやらお客さんだ」

 

 グレンが指差した先には白塗りのバンが併走していた。俺らを抜かすにしてはスピードが遅すぎる。

 

 そしてスライドドアが開いて中からは銃火器を持った男が出て来る。

 

「ほんとだな……こりゃあ厄介な物を積んじまったようだ……」

 

 その銃口から轟音を鳴らして容赦なく弾丸を放たれる。

 

「まだ俺らの正体には気付いてないようだな」

 

 とグレンが涼しい顔をしながら雨のような銃撃から車を何かで覆う。それに当たり銃弾は落ちていく。

 

 銃火器が無駄だと気付いた敵は中に引っ込む。

 無駄だと分かったら帰ってくれないかな? 大事(おおごと)にはしたくない……

 

 だがその願いも虚しく、中からは対戦車ミサイルを持った男が出て来る。

 うっそだろ!? 軽トラに対戦車ミサイルを撃つ奴なんて居るのかよ!?

 

 白塗りのバンはスピードを落とし、俺らの後ろに付く。そして身を乗り出して構えた対戦車ミサイルが放たれる。

 

 弾着まで1秒も無いーーと思ったがミサイルはこちらに飛んでくる事無く、何故か上に逸れていく。そしてミサイルは一回転して元の白塗りのバンに向かっていき、直撃した白塗りのバンは木っ端みじんになる。

 

 高く上がった炎にグレンは喜ぶ。

 

「おおー花火だ!!」

 

 どうせさっきのミサイルの軌道はグレンの力だろう。近代兵器すら凌駕するグレンの実力に恐怖を覚えるが、それと同時にこれから手に入れる力に体が震える。

 

 それから暫く平和な時間が訪れる。また周りも木々に覆われ、山道に入ったようだ。人気は全く、たまにすれ違う車が居るだけだ。

 

 運転は俺に戻り、眠気はさっきの襲撃で吹き飛んだ。涼しい山道をドライブしていると爆音が近付いてくる。音的に飛行機では無いが、ヘリだろうか?

 

 凄く近くまで音は近付いてくる。何処に居るのだろうかと周りを見渡すが、見つからない。するとグレンが後ろを指差す。バックミラーで見る後ろに戦闘ヘリがくっついていた。

 

「そこの軽トラ。荷物を渡せ。助けてやる」

 

 と片言の英語で言ってくる。

 戦闘ヘリ持ってるとか軍隊かよ……

 

 さっきのバンとは違い、戦闘ヘリは本当に強い。小回りが効き、空を飛び回る戦車と言われている。火力は戦車すら破壊する対戦車ミサイル、そして歩兵なんて木っ端みじんで壁も貫通するバルカン砲

 。それを一方的に空から撃ってくる化け物だ。正直歩兵では携帯用対空ミサイルが無ければどうしようも無い。

 

 ーーが、こちらにはグレンが居る。

 横を見ると呆れ顔になるグレン。

 

「また俺かぁ? ほれほれ、これも試練だろう?」

 

 出番を譲られるが運転しながらどうしろと!!

 だがそんな心配もグレンは分かってらしく、大丈夫大丈夫、と言う。

 

 やけくそ気味にアクセルを放すが車のスピードは落ちず、曲がり道でもハンドルは動かず曲がる。どういう仕組みなのか気になるが、そこは今考えない。

 

 運転席の窓から外に出て、後ろの荷台に乗る。

 

「さて、戦闘開始だ」

 

 パイロット席に居る奴の顔を睨んでそう言った。



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15-6 自分への試練

本来投稿する予定は無かったのですが、皆さんに聞きたかったので投稿しました。後書きをご覧下さい


 

 轟音を鳴らしながら目の前で羽ばたく戦闘ヘリ。若干傷が汚れが目立つ為型落ちはしてそうだが、人一人やるには性能が十分過ぎる。

 

 だが俺は魔法師。そう簡単にはやらせはしない。

 

 ヘリのローターの爆音で声はどうせ届かないだろう。首を親指で横に切る仕草を見せつける。もちろん否定の意味だ。

 

 すると意図が分かったのか、こちらにガトリング砲を向けてくる。ただの軽トラにそんな物をぶっぱなしたら穴だらけになるだろう。またAMAを着ていない俺は肉片と化す。

 

 ガトリング砲が回転し始めるのと同時に無数の弾が吐き出される。ガトリング砲が人類史に現れて以降、普通の人が簡単に多くの人を殺せるようになった。そして延長線上である武器の銃口が俺に照準を定め、唸りを上げる。

 

「ウォールシールド!!」

 

 素早く敵と俺らとの間に壁を作り出す。ガトリング砲ぐらいではビクともしない。この魔法は魔法師の生命線だ。

 

 すると敵はガトリング砲の掃射を辞め、機体左右の対戦車ミサイルをぶっ放す。ウォールシールドに当たり、爆発音と振動がトラックを大きく揺らす。

 

 対戦車ミサイルとなるとウォールシールドもそう保たない。敵もそう多くは対戦車ミサイルを撃てないが、装備している分を撃たれたら俺では……

 

 このままでは死が待っているだけで未来など無い。だが俺は諦めない!! 

 すると心臓が大きく鳴る音が聞こえる。そして次の瞬間には思考がクリアになる。もう1人の俺が手を貸したのか。幸い全て俺の支配下で、奴は出てこない。

 

 戦闘ヘリは空を飛ぶ以上、雷に対して想定されている。ならばライトニングよりと同等の速度を持つ魔法ーーふと頭の中を一条の光が通り抜ける映像が出て来る。その光は俺の仲間を奪った光だった。マヤを撃ち抜いた貫通魔法、それを皮肉にも思いだす。

 

 その貫通魔法の術式は分からない。だがファイヤーボールを加工すれば出来る気がした。加工は平時に色々練習をして長年の研究で出来る物だ。ぶっつけ本番でやれると思えない難しさだが、今の集中力ならばやれる気がした。

 

 ウォールシールドを張りながら、ファイヤーボールの魔力量の調整やイメージを作り上げる。普段の俺にはウォールシールドの維持で精一杯だ。

 そういえばウォールシールドの維持力も上がっている。これが集中力のなす技か。敵が再度ミサイルを発射しようとしている所に出来た魔法を叩き込む。

 

「見よう見真似だがーー」

 

 俺の手から放たれた魔法は元のファイヤーボールとは違い、小さく鋭く、高速で敵に向かっていく。だがその速度はマヤを貫いた魔法には遠く及ばず、敵にも避けられてしまう。

 

「まだか……だが方向性は良いーー」

 

 再度魔力を練り上げる。だがその間にも敵の苛烈な攻撃は続き、ウォールシールドにヒビが入り始める。

 チャンスは後1度だけかっ!!

 

 魔法師は自分の魔力が繋がっている物ーーウォールシールドなどの持続的魔法が必要とされる物が外的要因で壊されると魔力が乱れ、立ちくらみやめまいなどが起きて戦闘が継続出来なくなる。あくまでも魔法師は現代戦で普通(・・)は補助的役割なのだ。

 

 かく言う俺もまだ普通の部類に入るから今が危機的な状況なのは変わらないが、グレンの力は借りたくなかった。グレンに言われたからではない。これから戦っていくには単純な力ではなく柔軟な発想が必要だとそう思ったからだ。

 

 だからこそ俺はここで成功させる。この忌々しい魔法を。

 

 何度もマヤの体を貫いた映像が頭の中を反芻(はんすう)する。

 ふつふつと黒い感情が埋め尽くされるのを感じながら、冷静な部分は魔法を完成させていく。

 

 出力を一瞬で放ち、細く、真っ直ぐにーー

 

 頭の中を一条の光が駆け抜けていく。その瞬間、魔法が出来たと確信出来た。

 

 敵もやれると思ったのか、全弾発射する。それと同時に俺も完成した魔法を放つ。そして攻撃はお互いに到達する。

 

 瞬時に敵に到達した魔法は敵を貫き、大きな穴を空け、そして火を噴き出して墜落していくのが見えるーー

 が、こちらにもミサイルが2、3発飛んでくるのが見える。

 

 恐ろしく精度の高いミサイルは迷い無く俺らに向かってくる。ライトニングで撃ち抜こうにも数が多すぎる。そして俺のウォールシールドでは耐えきれないーー

 

 目の前に迫るミサイルを悔しげに睨むと到着する前に爆発する。そしてその爆風はこちらまで届いているはずなのに全く熱くも痛くも無い。

 

 その光景は前にも見たことがあった。前の戦いの輸送機の時で、ミサイルをライトニングで撃ち落とした時だ。外気の影響を全く受けてない。

 

 後ろを振り返るとグレンがバックミラー越しに満足そうに微笑んでいた。

 

「流石は俺が見込んだ男だ。普通の魔法師では空を自由に飛び回る戦闘ヘリを撃ち落とすのは無理だね。普通なら防戦が良いところだがお前は撃ち落とした。良くやった、最後のはサービスだ」

 

 と言いながら運転席に早く戻れと言う。運転してくれないのかよ、俺は疲れたのに……

 

 結局どういう仕組みで運転してるのか分からないが、そんなこと聞く気も失せたまま運転に戻る。

 

 バックミラーから見えた煙が上がる光景は俺がやった成果だった。

 

 

 

 

 

 

 その後妨害も無く、ようやく着いた場所はほんとの山奥だった。道が険しく、車はこれ以上入れない。

 これからの行軍と今までの疲れで頭が痛くなる。

 

「済まん、少し休ませてくれ……」

 

 と心の叫びが思わず出る。するとグレンは申し訳無さそうに謝る。

 

「済まねぇ……この体になってから身体能力が飛躍的に上昇するから疲れとか感じにくいんだ。こうやって誰かと行動するのも久しぶりでな考えていなかった」

 

 その表情は寂しげで、グレンが遠く離れた存在に感じる。選ばれし者が疲れを感じにくい能力を常時発動しているなら、スポーツや登山などで疲れを楽しむ事は出来ないだろう。それはやはり普通の人間には戻れないという事だった。

 だが俺はそれでもグレンを化け物とでも呼ぶ気は無かった。

 

「……そうか。定期的に休みを取ると考えたらどうだ?」

 

 今の俺では誰でも出来る意見しか思い付かず、これしかない。するとグレンは自虐的な笑みを浮かべる。

 

「フフフ、それは講義で言ってたな。まともに聞こうとしてなかったからな俺は。あの頃はとりあえず目の前の事に必死だった」

 

 今度は遠い目をするグレンにずっと思っていた質問する。

 

「なぁ、少しぐらい俺に昔の事情を話してくれても良いんじゃないか?」

 

 今まで深いところは入らないでいた。だが俺は余りにもグレンについて知らなさすぎる。これからの信頼関係を作る上で俺は知りたかった。

 

 するとグレンは腕を組み、何かを考える。そして頭の中の決着がついたのか話し始める。

 

「……そうだな。これから世界の秘密について知るというのに俺の秘密を知らないというのも可笑しいか」

 

 と少し茶化してから語り始める。

 

「小学校を卒業してから、俺は海外に親の都合で付いていった。だがその途中で俺達は不幸に会ったんだ」

 

 そう言ったグレンの瞳は大きく揺れていた。だがその表情はこれから始まる序章に過ぎなかった。

 

 




現在次話からグレンの過去編を始めようとしているのですが、迷っています。
今書いてる途中のグレン過去編を続けるか、それは一回置いといてラインの試練編に行くか迷っています。

そこは作者の私が決める話なのですが……

グレン過去編は結構長くなりそうな感じです。グレンを主人公として描く予定ですので……


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16章 グレン 過去編
16-1 ヤバい場所


今日は2話投稿予定です。

ところで既にこの作品も3周年。やっと本題らしきものが見えてきました。そして今回もやっちゃいます、人気投票!!

参加した方にはオリジナルエピソードをプレゼント!! 個人宛に送るのでアナタだけのエピソードになります。参加方法は活動報告にて開催しますので是非参加して下さい。


 

 雨が降りしきる道路を走る父親が運転する車。助手席には父親と談笑する母親。

 

 窓の外は見たことのない景色ばかりで改めて外国に来たんだ、と再認識する。

 

 慣れたエルス国や友達と離れ、外国に行くと言い出した父親に俺は反対したが、母親は賛成した。

 俺を説得する為の長い話の中身は会社の高いポストを用意されて、裕福な生活が出来るというもので俺には正直裕福なんてどうでも良く、友達と遊んでいる日々が好きだった。

 

 だが親2人が行くと言ってるので、小学校を卒業したばかりの俺にはこれ以上抵抗出来なかった。

 

 心をエルス国に残したまま外を見詰めても楽しくなかった。呆けて外を見ていていると急ブレーキで我に返る。

 何が起きたんだ、と前を見るとそこには立ち塞がるように銃火器を持った男達がこちらを囲んでいた。突然起きた事態に俺は混乱していると父親が電話を掛けはじめる。警察だろうか、この場合掛けるのは。

 

 そして電話が繋がった瞬間、父親は顔を安堵で緩ませる。

 

「あの、テロリストに包囲されてしまって、今すぐ助けに来てくーー」

 

 ドンッ、という衝撃音と共に父親が揺れ、その直後に何かが車内に舞い散る。そして母親の悲鳴と共にやっと事態が呑み込めた。

 

 父親が死んだーーさっきまで笑っていた父親がーー

 

 頭が真っ白になる。父親が死んだという事実が示す意味を俺を現実逃避に向かわせる。

 

 次第にぼやけていく意識の中、母親の悲鳴が大きな轟音の後に止む。それで客観的に母親が死んだことを理解する俺が居た。

 

 そして俺に向けられた銃口を最後に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 再び目が覚めたのは体が左右に激しく揺られるからだ。重い頭で認識した景色は黒色の目出し帽を被った男達が何人も居る車内で、そして俺の体は縄で縛られていた。キツく締められてるのか痛く、全く解ける様子も無い。

 

 また男達が訛った英語で言ってるのは早く逃げろ、そこまで来てるぞ、等の怒鳴り声。そして後ろからはパトカーのサイレンが聞こえる。

 

 その目障りな音が俺の意識を覚醒させ、同時にさっき起きた出来事を思い出し俺の恐怖を更に増長させる。

 

「ウワァァァァァァーー」

 

 思わず声が出てしまい、それで俺の覚醒に気付いた男達が猿ぐつわを無理矢理俺の口に入れる。

 

「黙れ、このクソガキが!!」

 

 蹴りがお腹に入り、呼吸が出来なくなって叫びも消える。そして鈍い痛みが俺の意識を現実に引き戻す。

 

 暴れて拘束を解こうにもそれに気付いた男達から暴行を受ける。体中が痛くて感覚が無くなるがすぐ後ろに警察が来ているかと思ったらこのチャンスを逃すまいとやる気が湧き上がる。

 

 だが一向に警察が追いつく事は無く、次第に音は消えていった。

 

「おい、さっきまでの元気はどうした? やり過ぎたかぁ? まあこれだけの元気があれば高く売れるな」

 

 男達は興味を失ったかのように離れていく。俺も同様に元気を失っていた。

 もう助けは来ないんだ……

 そう思うと何もかもがどうでも良くなった。

 

 それから車が止まり、縛られたまま担がれ他の車に移される。そこからは目隠しをされ、長い時間が過ぎていった。

 

 それから昼か夜かも分からないまま、再び見ることが出来た景色は闇夜に浮かぶ月が照らす白く高い塀がずっと続いていた。周りを見渡しても門はここしか無く、この門も警備は厳重だ。またここは盆地になってるためか山しかみえず、他に建物は見当たらない。

 

 暫くぶりに自由になった体が気持ち良く、逃げだそうという気持ちが芽生えたが、こんなへんぴで何も無い所で逃げ出しても餓死するだろうとその考えを否定する。

 

 後ろからどつかれながら俺は門の目の前まで歩かされる。そしてこちらを歓迎するかのように開いた門は有刺鉄線が張り巡らされており、まるで監獄の入口のようだった。

 また門番も警備員ではなく、銃を持ったごろつきにしか見えない。タバコを吹かしながらこちらを見る目つきは期待に満ちた物だったが、俺を見ると舌打ちをして視線を彼方に向ける。

 

 そして連れて行かれたのは食堂。そこには同い年から少し上の年齢ぐらいの少年少女が銃を分解して掃除していた。手はスムーズに動いているが、どの子も瞳に生気が無い。

 異様な光景に俺は混乱するが、その間に後ろに居た男はそこに居た男と少し話をして出ていく。

 

 残った男は俺の尻をいきなり蹴飛ばす。いきなりの暴行になんで? と思うが、それがこの男の教育の仕方であった。

 

「いきなりてめえに銃を渡すわけにはいかねぇ。床でも掃除しとけ」

 

 渡されたのは使い込まれた雑巾1枚。乾いていたので濡らそうと水道を探すが、初めての場所で全く分からない。

 すると座っていた少女が指をさしてくれる。そこには物置で隠れたトイレがあった。

 

「ありがとう」

 

 と少女にお礼を言うが、少女はうんともすんとも言わず、小さく頷いて作業にさっさと戻ってしまう。

 無愛想なのか、喋れないのか。それは今は分からない。

 

 トイレに入って蛇口の水を捻るとお世辞でも綺麗とは言えない水だ。飲食用じゃ無いとはいえ、エルス国の時に比べて汚い。

 だがここの水しかないのだろう。

 

 雑巾を絞って床を拭き始めると少しもしない内にここを監督している男が怒鳴り始める。

 

「おい、汚れが取れてねぇじゃねぇか!!」

 

 男は変色した床のシミを指差す。

 水だけではどう見ても無理だ。

 

「それは、雑巾1枚じゃーー」

「ーー口答えしてんじゃねぇ!!」

 

 反論してる途中で蹴りが飛んできて、俺は吹っ飛ぶ。作業している机に当たり、部品が飛ぶが彼ら彼女らは何も言わず部品を拾って何事も無かったように作業を続ける。

 

 この出来事は味方してくれる人なんて誰も居ないということを再認識させてくれた。

 

「入ったばかりだから教育してやるよ」

 

 と指を鳴らしながら男が近付いてくるーー思わず目を閉じようとしたとき、誰かがここに入ってくる。

 

「おいっ、教育も程々にしろよ」

 

 低い声が響き渡り、男は手を止めて慌てて敬礼を返す。

 

「肝に銘じます!! リカディ様!!」

 

 リカディと呼ばれた男は筋肉隆々で左目のまぶたには大きな傷跡があった。(いか)つい顔つきをしてるが瞳は澄んでいた。さっき蹴ってきた男なんて凄く汚れている。

 

 俺を一瞥(いちべつ)すると大きな声で話し始める。

 

「いいかっ、銃は自分の相棒だ!! 死ぬまで離すな!! そして相棒をしっかりメンテした者が生きて帰ってこれる!! そして日々の鍛錬が生死を分けることを忘れるな!!」

 

 はいっ!! と揃った大きな返事がリカディに返されるがリカディはニコリともせず、ここを出ていく。

 

 そしてリカディが居なくなるとまた作業に戻る彼ら彼女ら。また男は興が削がれたのか俺に舌打ちだけで済ました。

 

 ここに居る奴らの異様な雰囲気に俺はこれからに不安で堪らなかった。

 



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16-2 か弱い少女

これで今回は終わりです。結局グレン編にしました


 

 金属音や布で拭く音、息づかいが聞こえる程、静粛な時間が暫く続いていた。

 俺も薄汚い雑巾で床を拭いていると男が時計をチラチラ見始める。そして21時になったとき終わり!! と宣言される。

 

 終わりと聞くと彼ら彼女らは銃を組み立て始め、完成したら身の回りを片付け始める。かれこれ2時間ぐらいずっと銃を分解し、磨いていた。

 これだけ長い時間、銃を弄くる必要があるのだろうか?

 

 俺も男に目線を送るとお前もだ、と手で払われる。なので雑巾を洗って傍に干しておく。

 

 それからどうしたものかと困っていたら先程の無口な少女に袖を引かれ、案内された場所は2段ベッドが何個か置かれ、さっき食堂にいた全員が収まりそうな部屋だった。

 所狭しと置かれているので通路は人一人が通るのがやっとで、入る順番が決まってるかのように並んで奥に進んでいく。そして空いた場所がどれかが俺の寝床らしい。まだいくつか空いている。

 

 特に決め手は無かったので、先程の少女に聞いてみる。

 

「なぁ、隣良いか?」

 

 少女の隣のベッドが空いていたので聞くと少女は頷く。そんな少女に近くにいた少年が(まく)したてる。

 

「お、なあなあラフィと結婚するのか!?」

 

 といきなりとんでもないことを言い始める少年。ラフィと呼ばれた少女は必死に首を振るが話は飛躍的に広まっていく。

 そして次々と捲したてられるラフィは顔を赤面させ俯いてしまう。

 

 今日初めて会った人と結婚とかアホじゃねぇの? と思ったが当時は皆子供、こういう話が好きな年頃で俺も同じで子供だった。

 

「何言ってんだ? 何でコイツと結婚しなきゃいけないんだよ」

 

 と思わず憎まれ口をたたいてしまう。普通結婚なんてするはずなんて無いのにこの頃は無駄に格好つけてしまう。そしてその言葉を少女は傷付けた。

 

 ラフィは唇を固く結ぶと、走って部屋を出て行く。ラフィの突然の行動に部屋は静寂と化したが直ぐに俺を責める雰囲気に変わる。

 

 俺は居たたまれなくなって彼女を追い掛けるように部屋を出る。勢いよく部屋を出たものの彼女が何処に行ったか分からない。今日初めて来たのだから。

 

 だが彼女は直ぐに見つかった。俺達が自由に行動出来る範囲は決まっているらしく、食堂の隅っこでうずくまっていた。早速見つけたが何て声を掛ければ良いか分からない。

 

 とりあえず横に座るが彼女から距離を離される。そこまで嫌われたか……

 

 彼女の顔を見ると泣いてはいないがその表情は暗く、俺の心は(きし)んだ。

 

「……ごめん、俺が悪かった」

 

 何が悪いか分からない。だけど悪い事をしたなら謝るのが当然だ。

 

 するとラフィは横に首を振る。俺は悪くないと否定しているのだろうか? でも表情は暗いままだ。やっぱり許してくれてないのだろうか。

 

「……どうしたら許してくれる?」

 

 そう尋ねると彼女はしゃがむよう手で指示してくるので俺は立ってからしゃがむ。すると彼女は近付いてきてーー後ろに回り、背中に急に重みを感じた。

 

 驚いて振り返ると彼女は俺の背中に乗っていた。手は首に回し、ぶら下がるように。そして立ち上がれと指示を出される。いわゆるおんぶ。それをして欲しいらしい。

 

「仕方ないな……」

 

 彼女の足に手を置いて、持ち上げると勢いよく立ち上がってしまう。

 彼女も驚いたらしく首に回した手に力が掛かる。苦しい……

 

 だがその時気付いた。重いと想定して力を入れて立ち上がったのが裏目に出たのだと。それほど彼女は軽く、身長は大して変わらないのにその軽さは異常だった……

 

 おんぶしたまま俺が帰ってきたので部屋の一同も落ち着いて自負の寝床に戻っていった。彼女を寝床の前で降ろすと彼女は俺の頬に触れたーーその柔らかい唇で。

 

 呆気にとられた俺を他所に寝床に入って、直ぐに小さな寝息を立てて寝てしまったラフィ。俺も寝床に入るが、初めての頬へのキスに寝付ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 そこに居る俺は肩をふるわせ泣いていた。燃えさかる炎が包む車を前にして地面にへたり込み泣いていた。それは家族の車で投げ出された腕や脚が見えている。

 

 そして女々しく泣いている俺が客観的に感じ、怒りすら込み上げてくる。

 

「何泣いてんだ!! 家族は死んだ!! 理解しろよ!!」

 

 そこにいる俺に怒鳴る。弱い自分を見てる気がして無性に苛つく。すると泣いていた俺はこちらを見るがその表情は黒いモザイクで覆われていた。それが異様で気持ち悪く慌てて逃げ出す。

 

 だが反対に走ってもまたそこには燃えさかる車と泣いている俺が居た。怖くて暫く見ていると突然泣き止んでこちらを向く。やはり顔は黒いモザイクで覆われていた。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 

 大声を出したら、目の前に見えたのはラフィの驚いた顔。彼女の長い髪が顔に触れて俺の体が震える。だがラフィの心配そうな表情が見えて、今のが夢だと理解する。

 

 周りを見ると俺以外は既に起きていて身支度を始めている。

 

 混乱した頭を元に戻そうとしていると昨日の捲したてた少年がこちらを見て言ってくる。

 

「朝から凄い声出すなぁ……ほら、早く身支度しなきゃ。朝練があるよ。ほらラフィも急げ」

 

 身支度と言っても昨日から着の身着のままなんだが……

 ふとベッドの端を見るとそこに迷彩服が掛かっていた。他の皆も迷彩服でこれを着ろって事か?

 

 と考えていると突然ラフィがここで着替え出す。

 

「えっ? ちょっと!?」

 

 小学校ですら更衣室は分けられていたのに……

 

 慌てる俺を他所にラフィは次々と脱いで下着だけになる。体の凹凸は少なく、上はキャミソール1枚。

 その光景に俺の頭は真っ白になりながら、目が離せなかった。

 

 俺の目線に気付いたラフィは首を傾げながら着替え進めていく。

 

 そしてラフィが着替え終わってから俺は我に戻るがその直後、笛が鳴る。すると慌てて駆け出す彼ら彼女らを見て俺も慌てて着替える。

 

 部屋を出て食堂を駆け抜け、外に出るとグラウンドが見える。そこには整列した彼ら彼女らが居て、その視線の先には俺を睨むリカディ。

 

 リカディは早歩きで俺の所まで来ると襟元を掴み、軽く俺の足下が浮く。

 

「お前は死にたいのか!!」

 

 その怒りは本物で怖かった。涙が自然と溢れ出し止まらない。

 

「いいか!! 戦場での遅刻は死に繋がる!! 死にたく無ければ今すぐ直せ!!」

 

 ……戦場? いきなりそう言われても全く実感が湧かない。だがこの怒りの表情で言われたらただ頷く事しか出来なかった。

 

 それを見たリカディは急に怒りを収め、俺に対して興味を失ったかのように先頭に戻っていく。

 

 リカディが離れたので重圧から解放され少し落ち着いてきた呼吸を整えながら、俺も隊列に入る。

 

 そして直ぐに始まった朝練は筋トレやストレッチ、ランニングと俺には相当辛い物だった。

 

「いいか!! 戦場で最も信頼出来るのは己の体だ!! これが最後の生命線であり、全ての源だ!!」

 

 と何だかリカディが言っているが、俺はそれを考える程の余力が無く、頭が空っぽのままただこなしていた。そんな俺に対して他の面々は軽々とそのトレーニングをこなしていた。か弱な少女だと思っていたラフィにすらランニングで抜かされていく。

 

 そして次に聞こえたのは終了の笛だった。時間を見ると2時間、朝練をしていたようだ。それまで何か話していたらしいリカディの話は全く聞こえていなかった。

 

 俺は倒れるように地面に突っ伏す。そんな俺にラフィが手を差し伸べる。そして指をさしたのは食堂で、どうやらやっと朝飯らしく早く行こうと急かされる。

 

 だが俺がやっと返せたのは苦笑だけだった。

 



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16-3 卒業試験

人気投票して頂いた方にオリジナルエピソードをお送りしていたので今回は1話のみになります


 

 ラフィに手を引かれ、食べた朝食はヒドいもので固いパンに味のしない野菜スープぐらいだった。食べたい盛りの俺には足りないが誰もが黙々と食べている。俺も黙って、押し込むように食べ続けた。

 

 そしてその次は座学。やってることはどのように敵地に潜入するかというボードゲームみたいな物だった。求められたのは柔軟な発想と学んだ事を活かしつつ、考えること。学校の勉強とは違い、直ぐに達成感が得られる物だった。

 

 なので結構他の子達も楽しそうにやっている。これは二人一組でやるらしく、俺はラフィと一緒にやっていた。

 

 ラフィがプレイヤーで俺がホストだ。ホストは敷地に駒ーー兵士を配置していく。プレイヤーは兵士達の隙をついて殺したり、暗殺、奪取などの任務をこなす。

 駒の視界などで判定があり、ターン毎に見つかる判定などをサイコロで行う。見つかったらアウトだ。

 

 そんな難しそうなゲームでラフィは俺の配置した駒を次々と倒していく。分からない、色んな行動の意味が。

 

「……どんな風に考えているんだ?」

 

 するとラフィがノートを見せてくれる。そのノートは凄く使い込まれており、学校に通っていた俺のノートより使い古していた。

 

 開くと簡単な言葉で感想のような物が書かれていた。教科書のように手順が書いてあるわけでもなく、分かりにくい……

 俺の苦い表情を見たのかプレイを辞めて、ゆっくり丁寧に教えてくれた。

 

 そして昼食後、眠くなる時間には銃やナイフの練習。危険な物を扱うので眠気なんて吹き飛ぶ。

 

「ここだ。急所を突けばお前らの力でも人は死ぬ。もちろん俺でも死ぬが、やってみるか?」

 

 自分の首を叩きながら俺の方を見て楽しそうにニヤつくリカディ。悔しいが今の実力では敵わない。いつか、俺の実力が付いたら……

 

 俺が無言なのに満足したのか、リカディは話を続ける。

 

「人を殺す時は躊躇うな。躊躇ったら死ぬのはお前らだ。生きたいなら殺せ。失敗したらここには戻って来られない。面が割れたらもう死ぬしかない」

 

 指名手配されたら逃げる事は難しい。それはちょっと前まで普通に暮らしていたから分かっていた。だからマークされない初犯が重要なのだとか。

 

「もし敵を殺したくないと思ったのなら、失うのは自分の命だ」

 

 リカディはいきなりナイフで目の前に居た少年を斬りつける。腕を斬りつけられた少年は声にならない声を上げる。

 

「今のは浅く斬っただけだ。皮膚を切り裂いた程度でこれだ。死ぬような痛みはどれくらい痛いんだろうなぁ?」

 

 下品な笑みを浮かべながら俺達を見回す。リカディの不気味な笑みと仲間の悲鳴が俺達の恐怖を駆り立てる。

 

 そして斬られた少年は芋虫のように地面でうねり、激痛で悶絶している。それを横目で見たリカディはあごで指す。

 

「そのうるさい奴をさっさと連れて行け」

 

 すると何人もが待ってましたとばかりに駆けよって運んでいく。

 その迅速さに手慣れている感が出ている。まさか日常化しているのか、こういう事が……

 

 更に俺の恐怖が加速していく。もはやここでは常識など通用せずリカディこそが神であり、法なのだ。

 

「さぁて、今機嫌が良いから俺を斬りつけられたらここから出してやっても良い」

 

 リカディがナイフを放り投げると地面と当たり、乾いた金属音が鳴り響き、それを機に何人もがナイフを求めて殺到する。

 

 運良く手に入れた少年がナイフを両手で強く握り、大きな叫びと共に駆け出していく。その叫びは恐怖に自分が潰されない為だ。同じ立場の今なら分かる。

 

 全力で迫ってくる少年にリカディは愉快な笑みを浮かべるのを辞めない。

 

 更に大きくなる叫びと共に放たれた渾身の突きはリカディのーー体を掠めもしない。体重移動し過ぎて躱されてよろめく少年にリカディは背後から思いっきり蹴り飛ばす。ナイフを残して吹っ飛んだ少年は地面を転がり、止まった時にはピクリともに動かない。

 慌てて参加しないだろう人達が駆けつけて運んでいく。

 

 その一方、参加する者達はまたナイフに飛び付く。

 

 次は少女が手にして、ナイフを逆手に構える。先ほどまでの力の入る突き重視の構えよりも斬りつけやすい型だ。さっきの少年の構えは一般的な構えでどれも対応している。それに対し少女の型は格闘術と合わせて使う物で、パンチと共にナイフが迫る。浅く斬ることになるがこの場合は正解だとラフィのノートには書いてあった。

 

 両手と格闘術の足回りをしっかり使いながら小刻みに攻めていく少女。リカディは全部を躱していくので少しずつ隙が出来ていく。反撃してこないとなると攻め手が有利だ。そして大きな隙に少女はナイフを持つ手を繰り出していく。

 

 躓いてよろめいたリカディにナイフが迫るーーがそのナイフを人指し指と中指で止めるリカディ。そして歓喜の顔に変わりつつあった少女の顔に拳がめり込む。

 

 顔面を血だらけにして、仰向けに倒れた少女にまた救護班が駆けつける。

 

 その様子を見てた物達はもう戦意を無くしていた。誰も来ないのを見てリカディは大きく溜息を付く。

 

「はぁ……骨のある奴はたった2人か。もうやめだ。後片付けをしとけ」

 

 やる気を失ったかのようにリカディはさっさと去って行く。終了時間にはなってないが、どうやら休みになったらしい。血に濡れたナイフを残して。

 誰かが隠し持つ事も可能だが、リカディには敵わない。それが分かった俺らにナイフを盗む勇気は無かった。

 

 

 

 

 

 誰もがここから完全な脱出を図りながら、結局誰も成功せずこの日から3年が経ち、また何人か逃げたそうとして見つかって殺された。

 

 俺は逃げなかった1人だ。自分の実力では逃げられない、そしてリカディをどうにか殺すことを考えている。ここに居れば居るほど両親の仇や仲間の仇、そして理不尽な暴力、それをリカディに返したかった。

 

 俺は15歳になり、ここを卒業することになり、また一緒に卒業する仲間の中にはラフィも居た。ラフィはまだ15歳に満たないが実力は十分。むしろ今までで最強と言われている。

 

 俺が卒業すると決まり、何故か今回卒業したいとラフィはねだったらしい。ラフィは今まで本気を出してこなかったらしく、その実力の高さに誰もが驚いた。

 

 卒業にあたり、最後に試験が課されるらしい。それは非公開、卒業生にしか知らされない。

 

 当日、迷彩服を着て集合させられる。今回の卒業生は8名。大体1年毎に卒業生が決められる為、今年を逃したら次は来年だ。とりあえずここを出たかった。そして軍に通報して皆を解放する。

 そう決意を決めて、目の前に居るリカディを睨みつけるとリカディは俺を見て面白そうにニヤける。

 

「さてこれからお前らには卒業試験を受けてもらう。合格者は4名以下。例外は認めん。そして今回はチーム戦だ。仲の良い奴と二人組を組め」

 

 仲の良い奴? 俺はラフィを迷い無く選ぶ。他にも仲が良い奴は居たが、ラフィは特別だ。

 隣に居るラフィに視線を向けるとラフィもこちらを見ていて頷く。

 

 二人組が4つできた所でリカディは始める。

 

「決まったか? よし、使う武器はナイフだけだ。お互いに向かい合え」

 

 最初に比べて、嬉しそうに笑うラフィと向かい合う。ラフィも成長し、少し女性らしさが出て来たか。だが栄養不足だからか身長や体重や体つきは細く、小さいままだ。だがその身軽さを使って素早い動きで敵を撹乱が得意だ。

 

 風に煽られ、ラフィの長い髪が揺れる。痛んでいるが絶対手入れをしたら綺麗になる。そしてオシャレをして大きくなったラフィは誰もが振り返る美人になるだろう。だが目の前に居るラフィは栄養不足の華奢な体は鈍く輝くナイフを持っている。環境が違えば彼女は絶対輝いた。これがなんて理不尽だと思わず居られない。

 

「今から卒業試験を発表する。……目の前の奴を殺せ。生き残った方を合格とする」

 

 そう言われた俺は頭が真っ白になって、思わずリカディを振り返るが繰り返すリカディの言葉は変わらなかった。

 



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16-4 優しい願い

今日は3話投稿する予定です……3話目は今日出来るかどうかですが


 

 さっきまで可愛らしい笑顔や困惑した顔でしていたラフィは今では嘘のように暗殺者のように冷たく鋭い殺気を俺に放っていて、そして繰り出す攻撃は完全に俺の急所を狙ってきている。

 

 練習から分かっている事だがラフィはずば抜けて強い。だが彼女が本気を出した所は見たことが無く、心優しき彼女は虫すら殺せない。いつも相手を気遣って手加減している、そう3年間一緒に暮らして気付いた。

 

 だが今、そんなラフィは消え去り、目の前には冷酷な暗殺者しか居ない。

 瞬時に迫るラフィの攻撃を何とか受け止め、鍔迫(つばぜ)り合いになったときに俺はラフィに語りかける。

 

「辞めてくれ!! 俺はラフィに刃を向けられない。俺とラフィ、そして残った者達で力を合わせれば逃げられるかもしれない!! お願いだ!! 聞いてくれ!!」

 

 するとラフィの氷のように固まった表情が一瞬だが、動揺を見せた。ここだ、畳みかけてラフィを正気に戻す!!

 

 だがその時、背中からリカディの苛ついた声が聞こえる。

 

「オイオイッ、ラフィ、何その雑魚に時間掛けてんだ? さっさとしないと俺が殺すぞ?」

 

 リカディの声にラフィの緩んだ表情が引き締まる。またその冷たい表情にーー

 

 鍔迫り合いは両手が塞がる程度で自由が利く足で蹴りを放ってきたラフィ。片足に力を込めて放った蹴りは俺の脇腹に直撃する。咄嗟に腹に力を込めて防ぐがその威力は細身と思えない程の威力で息が出来なくなる。

 

「ぐはっ……」

 

 脇腹から鈍い痛みが広がる。どうやら骨は折れてないがその痛みは俺の体勢を崩すには十分だった。

 

 頭では体勢を崩してはいけないと必死に警鐘を鳴らすが、体は痛みに支配される。体は勝手に両膝を地面につけ、息を整えようとしているとリカディの喜ぶ声が聞こえる。

 

「おおっ、決まったな!! トドメをさせ!! ラフィ!!」

 

 力を振り絞ってラフィの顔を見る。その表情は変わらず冷たい表情だった。俺への殺意を隠そうともせず、静かな殺意が突き刺さる。

 

 そして動き出した彼女に俺は全てを諦めてナイフを構える。

 ラフィ、お前とは戦いたくなかった。だが俺はここに死ぬわけにはいかない……俺はここを抜け出すんだ。両親を殺したコイツらに復讐せずに死ねない!!

 

「……ラフィぃぃぃぃぃ!!」

 

 俺の心から漏れた彼女を呼ぶ言葉は彼女への怒りだろうか、それとも懺悔だろうか、はたまた愛する人の名前を呼んだだけなのだろうか。それは俺にも分からず気付いたら叫んでいた。

 

 お互いに殺意を持って交差する凶器。容易く命を刈り取る鋭利な刃先は肉を突き破る感覚と共に赤い液体をまき散らす。

 

 頬からの微かな痛みよりも右手の感覚が俺の全てを支配していて、右手に持つナイフは深々と彼女の腹に突き刺さっていた。

 そして生暖かい赤い液体がナイフと傷口の隙間から零れ出し、赤く染まった右手が俺は人を刺したんだと実感させる。

 

 俺はなんてことをしたんだという罪悪感で胸が締め付けられる。そして急に吐き気がして胃の内容物が溢れ出る。

 吐いて少し落ち着いた俺はラフィの事が頭を過ぎり、顔を上げて見るとナイフが腹に刺さった彼女は膝から崩れ落ちて倒れる。

 

「ラフィーー!!」

 

 俺にはもう怒りや恐怖は無く、そこに居るのは弱ったラフィだった。

 

 抱き起こすと先ほどまでの冷たい表情は消え、いつもの優しいラフィが居た。

 俺が無事なのを見ると嬉しそうに微笑む。その微笑みに俺は1つの可能性にたどり着く。まさかラフィを俺を殺す気が無かった?

 

 すると彼女が弱々しい声で喋り始めた。

 

「……グレンお兄ちゃん、……無事で良かった……」

 

 初めて聞くラフィの声は彼女らしい可愛い声で今まで全く声を聞いたことが無かった。俺は彼女が喋れないものだと思っていたがそれは違った。彼女は何かしらの理由で声を出さないようにしていたのだろう。生まれつき喋れなかったにしては流暢過ぎる。

 

「教えてくれ。ラフィは俺を殺す気が無かったのだろう?」

 

 すると彼女は嬉しそうに微笑む。

 

「……流石……だね。危険な賭け……だったけど、ゴホッゴホッ……ちゃんと私を刺してくれた……」

 

 血を吐きながら俺を褒めてくれるラフィに俺は険しい顔で横に首を振る。

 

「俺は、ラフィを刺してから気付いた。そうまんまとラフィの掌で踊らされていたんだ。俺は知力も戦闘力もラフィには敵わない。だから俺よりもラフィが生き残った方が良いのになんでっ……」

 

 俺が話している間にも彼女の口からは血が吐き出され、腹からは止めどなく血が流れている。そして彼女の瞳も虚ろになってきていた。

 

「それはね……私が暗殺者としてしか……生きる道が無いから……」

 

 彼女はゆっくりと身の上話を語り始めた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 私は物心ついた時にはもうここに居た。周りに居るのは男の大人ばかり。特に何かを勉強する訳でもなくここの中で自由に遊んでいた。

 

 そしてある時からちょっと上ぐらいの子達と一緒に勉強するようになったの。それはもちろん今と同じ内容。でもその時の私は読み書きも難しい思考も出来なかった。他の子は学校行ってたらしく、みるみると上達して卒業していった。

 

 本来なら3年で卒業がほとんどなんだけど、私は歳も実力も足りなかった。

 

 更に5年も経った頃、グレンお兄ちゃんがやって来て、最初ね、ここのルールが分からなくて困惑するグレンお兄ちゃんは怒られていた。私は可哀想だと思って助けた。

 他の子も助けた事あるんだけど、私と話が合わない事が分かると急に態度が冷たくなるの。だから私は喋らなくなった。でもね、グレンお兄ちゃんは私が喋らなくても仲良くしてくれた。私は凄く嬉しいかったよ。

 

 そしてグレンお兄ちゃんよりも私は5年も長く勉強してるから出来るの。でもやっぱり3年で卒業するグレンお兄ちゃんは凄いや。

 

 ここでは凄いかもしれないけど、私はここ以外知らない。分からない。

 だからね、私よりもグレンお兄ちゃんが生き残った方が良いの……

 

 

 

 

 

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 そう話しきった彼女は貯めていたのか今までで1番多くの血を吐き出す。それは彼女の死期を早めてる気がして嫌だった。

 

 鮮血が俺の顔にかかり、それは俺の涙のように流れていく。

 

「……何言ってんだ。2人で外に出よう。美味しい店知ってるんだぜ。スイーツでもパンでも食べ放題なんだよ……だから目を開けてくれよ……」

 

 もうラフィは目を閉じて微かに笑うだけで、俺の問いかけに返してくれなかった。彼女の手も握り返してこず、彼女は俺の腕の中で最後まで笑いながら逝った。

 

 もう目を覚まさない事は分かっている。だが体は暖かく、彼女はただ寝ているだけにしかみえない。

 

 そんな彼女に吐き捨てるかのように苛立ちをぶつけるリカディ。

 

「俺らが手塩にかけて育ててやったのにまさかガキに恋だの愛だののくだらねぇ感情で負けやがって。幾らお前に賭けたと思ってんだ!!」

 

 そう言いながら近寄ってきて、ラフィの顔を蹴り飛ばすーーコフィの口からの血が俺にかかる。

 

 その瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

「ーー死んだ奴すらこの扱いか!! 俺達を何だと思ってんだ!!」

 

 溜まっていた怒りが爆発する。彼女ーー死者への冒涜(ぼうとく)に我慢出来なかった。

 

 するとリカディはこめかみに青筋を立てながら俺の胸倉を掴む。

 

「てめぇ、死にたいのか?」

 

 この3年間にされた恐怖が蘇り、体が震えるが気力だけで睨み返す。それが功を奏したのか、リカディは舌打ちをして胸倉を離す。

 

「……生意気なガキだが、今年はこれ以上卒業生を殺せねぇ。まあ良い、お前に会うことはもう無いのだからな」

 

 リカディはもう俺と関わらないつもりらしいが俺は溢れ出る感情が止まらなかった。だがラフィに言われた言葉を思い出すーー

 

 ーー生き残って……

 

 死を前にして残した最後の言葉は世界を呪う言葉でもリカディへの怒りでも自分の夢でもなく、俺の幸せを願う物だった。

 

 そう、命を懸けて言われた優しい願いは俺が壊れないように守ってくれたんだ。

 



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16-5 反逆の可能性

 

 卒業試験は終わった。卒業生は3人。それは俺達が3年間も一緒に過ごした仲間を殺した事を示していた。手が血で濡れているのではと錯覚が起きて冷や汗をかかせられる。

 

 生き残った俺らは車に乗せられ、長らく過ごしたここを離れる。最悪の場所だったが出来た仲間はかけがえのない物で、それを俺らは自分で殺したんだ。

 

 車の中で他の仲間の1人は嗚咽を堪え、1人はぶつぶつと何かを呟いている。俺は何とかラフィの優しい言葉のお掛けで正気を保ている。だがラフィを殺したという罪悪感は俺を一生責め続けるだろう。

 

 辛い、苦しい。今すぐ何も考えずに居たい。だがそれはラフィとの約束を破ることになり、ラフィの人生を奪った俺への責務で、それから逃げることは許されない。

 

 そして連れられた場所はアパートで、どうやら一人一人部屋が与えられるらしい。ここまで来れば1人前として扱う訳か。

 

 部屋の出入りは自由で逃げることも自由だ。逃げ出す者は居ないのかと思ったら逃げ出した瞬間、警察に殺人で指名手配されるらしい。それほど警察と癒着があるようだ。万が一逃げ切れても人を殺した罪悪感と共に生きていく。まともに生きられるとは思えない。

 

 そして警察に通報し、仲間を救出するという俺の唯一の望みは絶たれ、ラフィの生き残って、という言葉だけが微かな希望となって俺を屍として生かし続けた。

 

 

 

 

 

 -----

 

 端末のアラームが起床時間を知らせる。鳥が可愛らしく鳴く朝の時間ではなく、人が寝静まる夜だ。

 

 暗殺者として生きることになってから2年が経った。俺は17歳になり、ラフィの死から2年。

 

 最近は悪夢に悩まされる事も減り、少し気が楽になった。だが無意味に過ぎた時間はラフィの顔を(もや)を掛けていく。何とか思い出そうとするが写真もなく、ラフィの事を忘れつつある自分に怒りが込み上げる。忘れてはいけない人なのに忘れていく自分が腹ただしい。

 

 その時アラームではなく、鳴った着信音が俺の思考を打ち払う。

 

「……グレンです」

 

 電話に出るといつもの聞き慣れた声がさっさと集合しろと言っている。リカディのように厳しくは無いので焦ることは無い。

 

 黒ずくめの戦闘服を身につけ、黒く塗られたナイフや飛び道具を仕込んでいく。今回は警備が厳重らしくサイレンサーを付けた銃では音が大きい。音のしない飛び道具でいく。

 

 部屋を出て、下に降りると同じ格好をした同業者達が居た。何故か仲間意識はない。それはプロだからだろうか、それとも俺が仲間を作ろうとは思わないからだろうか。

 

 そして作戦も厳しい教育の賜物なのか、自分達を駒として立案していく。誰がどれだけ死のうが補充すれば良い、という考えの元に作戦は練られる。

 また今回の主犯者は俺に決まったようだ。

 

 

 

 

 

 月だけが俺を見ている夜。実行犯の俺達は古めかしい洋館の屋根に登っていた。中では権力者達が楽しくパーティーをしている。

 

 他の連中は見張りを、主犯の俺はターゲットの殺害。そして作戦が実行され、次々と見張りを仕留めていく味方。上空への警戒が解けたら俺らは屋根を自由に動き回れる。

 

「こちら、見張りは倒した。ターゲットを排除しろ」

 

 本命への排除命令が出て、俺は窓を割って中に侵入する。

 

 中には驚いた表情を顔に貼り付かせた男とその妻と2人の子供が居た。

 

 男は慌てて懐から銃を出すが、撃たせる前に腕に付けられてる小型のクロスボウで封じる。

 一方、妻は助けを呼びに外に出ようとするーーこれも飛び道具で抑える。

 

 痛みで転げ回る2人にトドメを刺して、残りを見ると子供達が恐怖で震えていた。

 ターゲットは既に殺した夫婦。子供達は関係ないーーが、目撃者は消さなければならない。

 殺人や子供を殺す事には慣れた。罪悪感は既にラフィを殺した時から感じなくなっていた。

 

「うわぁぁぁぁーー!!」

 

 叫んで俺に飛び付いて来る男の子。幼い彼は俺の足にしがみつく程度だ。だがその行動は妹だろうか、彼女を逃がす為だと直ぐに分かった。

 

 直ぐに男の子をナイフで黙らせ、女の子に向かうと恐怖で腰が抜けたらしく、地面にお尻を付けてしまっている。

 そして懇願の為か俺の顔を見るーー

 

 幼いながらもその顔つきはラフィにそっくりで、涙を流しながら泣く彼女に俺の殺意は完全に消え去った。そして同時に卒業試験の事が鮮明に脳内に浮かび上がる。

 そして何とも思わなかった殺人が突如湧いた罪悪感によって、とてつもなくヒドいことをしていると感じる。

 

 ふと自分の手を見るとナイフは血に塗れ、手からも血が滴り落ちていた。

 

「うわぁぁぁぁーー!!」

 

 気持ち悪くて思わずナイフを落としてしまう。

 大声に気付いた味方がどうしたんだ!? ターゲットは!? と状況を聞いてくるが俺に応える余裕は無かった。

 

 そんな時扉が勢いよく開き、銃を持った警備兵が突入してくる。その人数は多く、無力化する前に撃たれるーーと長年の訓練が勝手に体を、思考を支配する。

 

 煙幕を張り、窓から逃げ出す。だが外は蜂の巣が突つかれたように騒がしくなっていて、警備兵がわらわらと出て来る。

 

「おい、ターゲットは排除したか!?」

 

 目の前に味方の1人が現れ、聞いてくる。俺が頷くと、ソイツの目が笑う。

 

「良くやった。そして済まんな」

 

 謝るのと同時に立ち去るソイツは落とし物を残していく。それは筒状のーースタングレネード!!

 

 と思ったのも束の間、闇夜に慣れてきた目に強烈な閃光が襲う。そして辺りに爆音が鳴り響く。

 

 強い刺激は体に痛みとなって表れ、俺の悲痛な叫びもスタングレネードの爆音にかき消される。

 

 視界は真っ白で、耳はキーンという耳鳴りがずっと止まず、頭はぐらぐらとしていてまともな思考が出来ないが暫く時が経つと回復し始める。その五感で次に感じたのは俺を見つけ、騒いでいる光景だった。

 

 スタングレネードは辺り一面の警備兵を振り向かせ、強烈な閃光で照らす。それは俺を見てくれと言わんばかりだろう。

 

 注目されてる俺はここから降りても逃げられない。そしてその間に逃げる味方。

 とりあえず適当に中に入って、やり過ごすしかない。

 

 目に付いた窓のガラスを割って中に入るとそこには歯磨きをしている男が呆けてこちらを見ている。

 

 罪は無いが、済まないーー

 

 飛び道具で黙らせようと撃ち出すが動いた男に避けられる。身体能力が高いのだろうか。だがそれもまぐれ。高速で撃ち出す小型の矢を見てから躱すのは無理だ。

 

 今度は2本を連射し、横に並べて撃ち出し、どちらに避けても当たるような所に撃つがーーその男は咥えていた歯ブラシで弾道をずらした。

 

 あり得ない現実に頭の回転が追いつかない。一般人がプロ野球の剛速球を打てるだろうか? それは不可能だ。更にそれよりも難しい芸当を初見でこなした男は特に驚いた様子も無い。

 

 その瞬間、察する。コイツとは戦ってはいけないことに。

 

 急いでドアから出ようとするが先回りされ、立ち塞がれる。

 

「どけっ!! 素直に退けば危害は加えない!!」

 

 ナイフを構えて強気で言うが明らかに敵の方が立場は上。

 冷や汗が俺の頬を流れる。

 

 男は妖しく笑うと敵意は無さそうに手招きする。

 

「まぁまぁ、通報なんかしないから落ち着けって。ちょっと話でもしないか?」

 

 ……警備兵が来るのを待っているのだろうか? だがそんなことしなくてもこの男の実力ならば俺を容易く殺せるだろう。

 

 窓から逃げるというのも思い付いたがドアに先回りした速度から、また同じ風になるだろう。

 

 どうやら俺はここで終わるようだ……と諦めた時、ドアがノックされる。

 

「夜分、失礼致します。ライル様、不審者が侵入したという噂が広まっており、万全な警備態勢ですが一応確認の為に声を掛けさせて頂いています。何かお変わりは御座いますでしょうか?」

 

 外に警備兵がたくさん居るような気配が察知出来る。魔法師も居るだろう。部屋に入ってきたら最後、諦めるしかない。

 

 だがライルと呼ばれた男はドア越しに横に首を振る。

 

「いいや、特に変わりはない。警備ご苦労だった」

 

 御返答ありがとう御座います、という言葉を残してドアの前から気配を遠ざけていく警備兵達。

 

 コイツは俺を突き出さないのか……と驚いて顔を見ると楽しそうに笑う。

 

「俺も軍人なのだが、悪い事しちまった」

 

 落ち込んだ風体を取るが表情は全く反省していない。

 

「まあ、軍人と言っても元だから捕まえる義務はねぇしな」

 

 元軍人でも自分を殺そうとしてきた奴を見逃す理由にはならないのでは? と思ったが俺には得しかないので黙っておく。

 

「ほれほれ、座れ座れ」

 

 フカフカの厚いクッションがある豪華な椅子に座らさせられる。

 

 その対面の椅子に座ったライルは世間話でもするように切り出す。

 

「なぁ、なんで暗殺者なんてやってんだ?」

 

 部屋に備え付けてある菓子を食いながら質問内容では無かった。

 だが助けられたからには答えるべきだと思った。

 

「俺は……幼い頃に誘拐され、過酷な環境だったけど仲間も出来て、まだ良かった。だがラフィを奪ったリカディが絶対許せない」

 

 思い出すだけで怒りが込み上げてくる。歯ぎしりの音が自分の耳でも聞こえる。

 

 そんな俺に同情した様子も見せず、素っ気ない返事を返すライル。

 

「ふーん……リカディって奴を許せないというのにリカディの手下になってる自分をどう思う?」

 

 突き付けられた現実に激しく動揺する。リカディに反抗する訳でも無く、忠実な犬の自分の姿に吐き気がする。

 

「もちろん今すぐリカディを殺してやりたい!! でもリカディには俺じゃ敵わない。それに警察も軍もダメだった……」

 

 そう言うとライルは頭を掻きむしり、小さく唸り声を上げる。

 

「うーむ……またここも腐敗が進んでたか……そこは俺がやるが、リカディはお前が討て」

 

 リカディを討て? この人は話を聞いていたのだろうか? 俺一人じゃリカディ一人にすら勝てないのに。

 

 怪訝な顔を見せるとライルは妖しげに笑い、犬歯が見える。

 

「修行しろ。そしてお前が魔法師になれば可能性はあるぞ」

 

 魔法師ーーそれは将来が約束された職業であり、誰もがなりたいと望んでいた。魔法師になると国の保護下に入り、正に公務員と同じ扱いだ。

 現在ほとんどが軍事利用されているが平和な時が来たら様々な活躍を見せてくれるだろう。

 

 そして目の前に居るライルは魔法師の可能性が高い。矢を歯ブラシで防ぐような桁外れな人なのだから。

 

「どうかっ!! 俺を弟子にして下さい!! 雑用でも何でもやりますのでどうか……お願いします!!」

 

 床に正座して頭を下げる。地に頭をつけるぐらい安いプライドなんか捨てて頼んだ。

 

 するとライルはうむ、と答えたので俺は歓喜で顔を上げる。

 

「うむ、お断りだ」

 

 とどや顔で言ったライルがそこに居た。

 



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16-6 お断り

お待たせしました。何とか一区切り付きました


 

 お断りだーー目の前の短髪の金髪男はそう言ったのだろうか? 

 

 修行しろと言っておき、承諾の返事も聞こえた。それなのにこの男は断るというのだろうか。確かに立場は向こうが上でこちらがお願いする立場ではあるが、思わせぶりがヒドいのではないだろうか。

 

 俺が驚いて声が出ない代わりにライルが話し出す。

 

「うーん、言い方が悪かったな。俺は師匠弟子という関係で教える気はない。俺はあくまでも手伝うだけだ。強くなれるかはお前次第だ」

 

 話の先が読めない。対等という立場に何故拘る? 俺はもう人の下に付くのは慣れているのに。

 

 未だ困惑顔の俺にライルは俺に顔を近づけて話を続ける。

 

「ここだけの話だが、この世界には選ばれし者というおとぎ話のような力を持った者が居るらしい。そうだな、約50年ちょっと前に突然現れた英雄、ヒースもその一人だったかもしれん」

 

 小学校の歴史の授業でやったのを辛うじて覚えている。戦争を止め、世界を救った直後姿を消したんじゃなかったけ?

 

「その方、教科書で知ってます。あらゆる攻撃を防ぎ、様々な攻撃をしてくるとか。この頃から魔法が表に出て来たとか……」

 

 曖昧な記憶から引っ張りだして答えるがライルは妖しく笑う。

 

「そうだ。それ以前から存在はしているが表舞台に知れ渡ったのはこれが初めてだ。そして英雄ヒースは皆が知っている、姿を消したんじゃなくて地球連合国に消されたんだ」

 

 今まで信じていた話がひっくり返されて、この話を信じて良いのか分からない。

 

 そんな俺の表情を見て話を付け加えるライル。

 

「確かにヒースのおかげで平和になった。だがそのヒースが裏切ったらどうなる? たった一人で戦場をひっくり返す、基地を容易く殲滅する能力の持ち主だ。ヒースの気分次第で揺れ動く世界を恐れた者達はヒースを亡き者にする事にした。長らく魔法を秘匿し続けた異端審問会によってな」

 

 次々と明らかになる真実に俺は頭が混乱する。だがそれと同時に何故この話をするのかという疑問も湧く。

 

「あの、何故ヒースの話題を……」

 

 その質問にライルはしかめっ面をして答える。

 

「……これは力を手にしたものの末路だ。いつの世も力を永遠に持てる者は居ない。お前は世界から排除されても良いんだな? 普通の生活には戻れないぞ?」

 

 ライルは俺への心配からこの話をしてくれたのか。だがそれは要らない。俺はもう大切な物なんて全て奪われたから。

 

「……大丈夫です。もう失う物なんて有りませんから」

 

 そう答えるとライルは一瞬悲しげな表情をするがそれを振り払うように膝を叩き、立ち上がる。

 

「よしっ、じゃあ早速行くか」

 

 今から!? という俺の言葉を無視してライルはクローゼットを開け、色々な服を取りだしては放るを繰り返し、さっきまで塵一つ無かった綺麗な部屋は一瞬で散らかる。

 

 そしてやっと止まった時に手にしていたのはやや小さめのスーツ。それを俺には投げるとそれを着ろという。

 スーツなんか着たことが無いので手伝って貰いながら着る。

 

「おお……」

 

 鏡に映り込む俺は少しは様になっているだろうか。そのスーツの着心地の悪さは何だか元の世界に戻った気がして、目頭が熱くなる。

 ラフィにはドレス、一緒に着たかった……

 

 そんな俺の肩を強く叩くライル。

 

「弱い自分は捨てろ。お前はこれから強くなるんだ。強い意志を持て。後は黙って付いてこい」

 

 特に荷物は持たずに部屋を出て行くライル。廊下を歩いて行き、そのまま外に出るのかと思いきや、1つの部屋の前で止まる。

 

 インターホンを鳴らすと中から慌てた様子で女が出て来る。ライルさんの友人にしては対称的でかなり細く、軍人には見えない。

 

「ああ、ライルさんっ!! どうしたのでしょうか? 何か欲しい物が有ったら何でもおっしゃって下さい!!」

 

 そう言う女の目はライルを心酔しているようだった。それを気にした様子もなく、彼は横に首を振る。

 

「いや、ここまで色々して貰って感謝しきれない。俺はもうここを離れる。世話になった」

 

 すると女は悲しそうに俯く。

 

「まだあの時の暴漢から助けて下さったご恩を返しきれてません……ですが引き止めるのも……ああっ!! そうだ!!」

 

 女は突然大きな声を上げて大急ぎで部屋に戻ると何かを取るとまた走って戻ってくる。

 

「どうぞ!! これをどうかお使い下さい」

 

 差し出されたのは小切手カード。予め指定された金額まで無条件で使え、他の人に譲れるカードだ。

 

 金額を見ると目がくらむような桁数の金額が入っていた。俺がどうやっても手に入らない金額だ。

 

「済まないな。旅の足しに使わせて貰う」

 

 この金額だったら世界一周も宇宙旅行も不可能じゃない。どんな旅をしてるんだと思ったが胸にしまっておく。

 

「こんなことしか出来ませんが、またこちらに寄った際には是非来て下さい!!」

 

 と女は興奮冷め上がらぬまま、俺らを見送ってくれる。

 

 洋館を出ると警備兵が厳戒態勢で見張っていた。まだ主犯の俺が侵入したまま見つからないのだ。ピリピリした雰囲気がこちらまで伝わってくる。

 

 俺を見ると怪訝な表情を浮かべるが、隣に居るライルを見ると興味が薄れたように他に視線が移る。

 それだけ彼が信頼されてるのだろうか。

 

 結局呼び止められる事も無く、洋館から離れた場所まで行くことが出来た。真正面から行くことなんて初めてで今も心臓が鳴り止まない。

 

「ライルさんは信頼されてるんですね……」

 

 そう呟くとライルは後頭部を恥ずかしそうに掻く。

 

「いつの間にかにあんなことになっていた。ただ通りがかった時に襲われていた奴を助けたり、通り道にあった邪魔な荷物をどかしたりとか」

 

 ライルは変な人だが信頼出来るーーそう直感が言っていた。

 



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16-7 過去の記憶

明けましておめでとうございます。

年末年始のリアルは充実した日々を過ごさせて頂きました。なので今回は2話投稿となります。




 

 そこから俺らは車で移動し、何故か人気のない山奥に進んでいく。運転はもちろんライルだが。

 

 やたらと荒い運転で誰もいない道を自由気ままに進んでいく。普通車でドリフトとか初めて体験した……

 

 そしてライル製ジェットコースターが止まったのは道がそこで途切れていたからだ。車を降りると道なき道を踏み分けていくライル。デカイ図体してるのに案外早い。

 

 訓練で慣れた俺は付いていくとその先には遺跡のような古びた建物があった。人気はなくシダやツタが好き放題に生い茂り、誰かが管理している様子は全くない。

 

 未発見の遺跡なのだろうか?

 

 だがただの山奥にあるだけで今まで見つからないというのも可笑しい。そんな疑問を他所にライルはどんどん先に進んでいく。

 

 そして立ち止まったライルの目の前には大きな扉が立ち塞がっていた。その大きさは縦に5m、横に3mくらいだろうか。2階相当の扉の高さに圧巻させられる。

 扉を触ってみると金属で出来ていてひんやりと冷たく、何かの絵が彫られてるらしく凹凸を感じる。

 

 じっくり扉を見ているとふと違和感を感じ、よく見ると錆びが一切なかった。最近出来た物だろうか。だが周りの石組みで出来た柱は今では逆に難しい技術になり、最近作られた物ではないと証明している。

 

 それにしても扉は錆びが一切無い。もちろん錆び防止の加工は出来るが、かなり時間が経てば少しは錆びる部分も必ず出て来るはずだ。この扉だけが時間の流れを受けてない気がして、背筋を寒気が走る。

 

 そんな俺を優しく見守っていたライルがもう良いか? と聞いてきたので頷く。

 

 ライルが扉に触れると取っ手がないのに勝手に扉がこちらに開き出す。

 

 昼間なのにここは木漏れ日しかなく、扉の先は完全に闇であった。奥行きも床があるのかすら分からない。

 

「あの、この中を進むのですか?」

 

 と不安げに聞くとライルは笑って頷く。

 

「そうだ。それもここからは一人だ。俺は入ることは出来ない」

 

 入る事が出来ない? 何故だ?

 

 扉を開けることが出来たライルならばここから入ることも出来そうだが、頑なに同行することを拒んだ。

 

 仕方なく俺一人で行くことに。端末の画面の光を灯り代わりにすると床があるのが見える。

 

 恐る恐る足を踏み出すとしっかりとした固い石の感触が返ってくる。どうやら歩いても崩れるとかは無さそうだ。

 

 俺が外から完全に中に入ると扉は閉まりだす。思わずライルを見るが強く頷くので俺は信じて背中を向けた。

 

 扉が閉まると何故か端末が消え、完全に真っ暗になる。何度も電源ボタンを入れるが全く入る気配がない。何も音もせず、寸先の見えない暗闇に取り残された恐怖は俺の鼓動をものすごく早める。

 

 落ち着け、落ち着け……と思うが頭の片隅では怖い怖いと言っているもう1人の自分が居る。

 

 心の内で終わりの見えない激しい攻防が続く中、急に灯りが付いていく。それは電気ではなく壁につけられたロウソクの火の灯りだった。

 

 火が勝手に付くという摩訶不思議な仕掛けに驚いているといきなり低い声が響いて俺の心臓が飛び上がる。

 

「……愚かな人間よ。何しに来た」

 

 それは奥の開けた場所の中央にある祭壇のような場所から聞こえていた。独りだと思っていた所に聞こえた声は誰だろうと少し安心した。

 

 そして祭壇の前に進むと返事をする。

 

「……選ばれし者の力が手に入ると聞いた。俺に与えてくれ」

 

 すると複数の笑い声が狭い室内に響く。

 

「ワッハッハッハッ。それを言ったのはあのネジが外れた男だな?」

 

 ネジが外れた男が誰か分からないが、この事を教えてくれたのはライルだ。確かに不思議な人ではあるが。

 

 答えにくい質問に戸惑っていると次は女性らしき声が代わりに答える。

 

「……その顔だとやっぱりライルね。まあでも久しぶりの推薦訪問者ですし受け入れましょう」

 

 推薦? 推薦じゃないとどうなるのだろうか?

 

 そんな疑問を俺の表情から読み取ったのか今度は老人のようなしゃがれた声が答えてくれる。

 

「ふぉふぉふぉ、まずここを利用したことのある関係者じゃ無ければ門は開けれないのだ。無理矢理こじ開けてもお主のすぐ後ろにある奈落の底。まあ無理じゃ」

 

 と笑いながら言っているが一方、俺は一歩間違えれば死ぬかもしれなかった事実に背筋が凍る。

 

 そんな俺に更に追い打ちをかけるような内容を告げる。

 

「そしてお主も何かしら試練を受けて貰わなければならん。ここを知ったからには死ぬか、力を手に入れて出るかの2択じゃ」

 

 と笑いながら告げてくる。それは俺の命がどうでも良いという価値観を持った者しか笑うことは出来ない。

 嫌悪感を感じるがまた自分も同じだったと思い出し、嫌気が差す。

 

「さぁどうする? 今死ぬか、試練を受けるか。どちらじゃ?」

 

 どちらの選択肢にも強い意図は感じられない。やはり心底どうでも良いのだろう。

 だが俺の気持ちは固まっていた。

 

「試練を受ける。さっさと案内しろ」

 

 コイツらが何者かは知らない。だが尊敬に値する奴らではないと感じ、そして苛立ちが思わず言葉に出てしまったがコイツらが特に気にすることもないようで異変はない。

 

「受けるのじゃな。ならば目の前の石を見ろ」

 

 目の前に置いてある胸ぐらいの高さの綺麗に切り出された長方形の石が輝きだし、上の面に文字や図が浮かび上がる。

 

「それは簡単な模式図じゃ。選ばれし者の力は7種類。7つの属性に分かれておる」

 

 中心の円から7つの方向へ線が延びてその先に属性のエフェクトが宙に現れる。

 まるでここ最近出来た機器のようだ。だがどう見てもここは最近出来たようには感じない。目の前で起きている事象、これが魔法なのか。

 

 内心の驚きを隠しながら続く話に耳を傾ける。

 

「お主はこれのどれか、またライルのように神器を手に入れるかじゃな」

 

 神器は分からないが神の武器というのなら大層な力になるだろう。

 

「どうでもいい。さっさとよこせ」

 

 説明する流れに嫌気が刺してさっさと話を進める。

 

「……年長者の話は聞く物だぞ小僧。まあ良いわい。これから死ぬのだからな」

 

 すると光っていた石が突如輝きを無くし、その後ろに扉が現れる。その扉は壁に付いて居らず、後ろには何も無いのが見て取れる。正に扉だけだ。

 

 古びた木製の扉のドアノブを手に取ってこちらに引くと、中は一面の花畑だった。土や草木の匂いが温かい風に乗って俺の鼻腔をくすぐり、これは本物なのかと錯覚させる。

 

 扉の向こう側に世界が広がっているなんて想像出来るだろうか。これは作り出された物だと思いたいが何度見ても本物にしか見えない。

 

 理解が追いつかないーーそれが怖いという感情に繋がるが理性を持って無理矢理踏み出す。

 

 すると柔らかな感触を足の裏で感じる。さっきのような固い石の感触ではなく、確かに土の感触だ。

 もはやこれらは映像ではなく、ここにあるものだと確信する。これを現実と受け入れて進むしかない。

 

 扉から離れると扉は消え去り、退路は断たれたようだ。でモンスターでも襲ってくるかと思ったがそんなことはなく、穏やかな花畑だけが残っていた。

 

 ふと彼方を見るが、見えるのは何処までも広がる花畑。特に進む目印のような建物や遺跡もない。

 なので気のおもむくままに歩き出す。

 

 人を殺したり、武器を整備したりと血の気の多い日々を過ごしてきた俺が久しぶりに見た穏やかな世界はとても眩しかった。暖かな日の光が鬱陶しく感じる。

 

 そのまま歩いて行くと何にも無いところでいきなり景色が変わり、アスファルトの地面に変わる。

 白線が引かれてるからここは道路で、後ろ見ても歩いてきたはずの花畑は何処にも無かった。

 

 状況が読み込めずに居ると後ろからエンジン音が聞こえる。どうやら俺は車道のど真ん中に立っていたので横に逸れると、暫くして車が通り過ぎていく。

 

 その車を何気なく見詰めてしまうーー何処かで見た事がある車だ。

 

 何処で見たのか、分からない。だがどうしても追い掛けたくなった。車の速度にはどうやっても間に合わない。でも走り出さずにいられなかった。

 

 ちょっと走ると遠くでさっきの車が止まっていた。何故止まっているのか、という疑問は直ぐに解消された。

 

 その車の先には何台もの車が道を塞ぐように止まっており、何人も出て来て銃をその車に向けていた。

 

 その車には大人らしき二人と後部座席に子供が一人。慌てている様子から一般人だ。

 

 相手が一般人ーーそれは穢れた俺でも見て見ぬ振りは出来なかった。

 

 全力で駆け出すが、その前に銃声が鳴り響く。俺に対して撃たれた物ではなく、その車に向けられた物だった。

 

 そして車のガラスに飛び散る血飛沫。それは中の人が撃たれた事を示していた。

 

「ーー交渉も無しかよ!!」

 

 一方的な殺人に怒りが込み上げ、足に力が入るが次に上がった女性の悲鳴に俺の足は完全に止まった。

 

 その悲鳴に聞き覚えがある。薄れていた記憶が鮮明になっていくーー

 

 ーー今撃たれたのは父親で、次に撃たれるのは母親。そして後部座席には怯えた表情を浮かべる俺が居た。

 

 ーーそうだ。これは俺の過去。何故これをもう1度見せているのか分からない。そしてこの時の俺は無力だった。だが今は違う。車も運転出来る、銃も扱える。

 

 ふと手元を見るといつの間にか銃を握っていた。不思議には思うがここは俺の記憶の中。俺の意思が尊重されるのかもしれない。

 

 銃を敵に構えて叫ぶ。

 

「もう俺は弱い俺じゃない!!」

 



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16-8 幸せな世界

 

 引き金を引こうとした時、脳裏に誰かの声が聞こえる。

 

「いいのか? 夢の中で何しようと現実は変わらん。そんな無駄な事をする意味はあるのか?」

 

 それは俺なのか、さっきの奴らなのか分からない。でもその意見はスッと入ってくる。それは俺の中で葛藤していた気持ちだったからだ。

 

 確かにこの不思議な世界、夢だろう。過去に起きた事が今、目の前で起きてそして二人の俺が居る。銃はいつの間にかに持っているし、奴らは何故か撃ってこない。俺の行動を待っているかのように。

 

 これからの惨劇を止めたいーーという素直な気持ちが胸を埋めるが所詮夢の中で現実は何も変わらないんだ、という気持ちもある。

 

 無限の思考ループに入りそうな時ラフィの言葉が脳裏を過ぎる。

 

 ーー生き残って……

 

 その言葉の意味は地べたを這いつくばっても生き残れ、だったに違いない。この言葉は俺を生に縛り付けた。何度も何度も無意味な時間の流れに嫌気が差して死のうとした度この言葉が脳裏に過ぎった。

 

 ーー生き残って……

 

 それは彼女が命を懸けて託した願いでもあり、彼女の優しさでもあった。優しさは時に毒になる事もあるが、最後の最後に俺を踏みとどまりさせた。

 

 だけどずっとこの調子じゃラフィも浮かばれないだろう。だから俺は止まっていた時間を動かす。俺の時を止めたこの惨劇を今ーー

 

 ーー全て受け入れる!!

 

 持っていた銃を捨てて、この場に背を向ける。

 

 すると母親がこちらに、窓から手を出して助けを呼ぶ。

 

「助けて!! グレンなんでしょ!! 私は貴方ともう1度幸せな時を過ごしたいの!!」

 

 そう叫ぶ母親は正に俺の母親だった。だが俺の心には既に響かない

 

 そして後部座席の幼き俺はいつの間にかに居なくなっていて、目の前にはラフィが立っていた。

 

「グレンお兄ちゃん!! 会いたかった!!」

 

 そう言って抱きついてきたラフィは本物のように暖かく、生身の人間だった。最後に話した声のまま、可愛らしい笑顔で俺に話し掛けるーー

 

 

 

 

 気付いたら俺とラフィは街のカフェでティータイムを楽しんでいた。目の前のラフィはケーキを幸せな表情で頬張っている。1口1口幸せを噛みしめるように頬に手を当てて、恍惚な表情を浮かべる。

 

 ああ、そうだ。今日は前から行きたかったカフェに来ていたんだ。昨日も一昨日もラフィと一緒に居たじゃないか。

 

 ラフィが口いっぱいにケーキを頬張り、それを眺めている俺は幸せだった。

 この時間が永遠に続けば良いのに、そう思ったが突如頭に痛みが走り、景色が歪む。

 

 ーー生き残って……

 

 誰かの声が聞こえる。それはとても懐かしく、苦しい。

 

 心配そうに覗き込むラフィに大丈夫だ、と返すが、違和感が俺の中で膨れ上がっていく。

 

 しまいには脳裏をラフィの死に際が何度も過ぎる。

 

「ウワァァァァァ」

 

 突如頭の中に来た生々しい映像に俺は椅子から転げ落ちてしまう。

 

 周りの人が怪訝な表情で見てくるが、俺は恥ずかしいと思う余裕すら無かった。ラフィは俺の異変に気付いたのか、駆け寄ってくる。

 

「大丈夫!? 今日暗い表情が多かったから心配してたんだけど、体調悪いんじゃないの? 今日は帰ろうよ」

 

 と彼女は端末で会計を済ませ、俺を抱き起こしてくれる。俺より身長が20cmも小さい彼女だがしっかりと俺を抱き起こしてくれる。

 

 さっきから心配かけてばかりだな……俺は。

 

 さっきの悪夢もすっかり脳裏から消え、落ち着いてきた。

 

 俺は傍でずっと健気に介抱しててくれた彼女を抱きしめる。

 

「もう落ち着いた。ありがとな、ラフィ」

 

 胸元に埋もれてしまう小さな彼女は耳を真っ赤にしながら小さく呟く。

 

「グレンお兄ちゃん……ここ外だから、ね? もう、離してよ……」

 

 消え入りそうな程小さな彼女の声で周りの状況に気付く。

 こちらをチラチラ見る通行人、赤面しながらこちらを見るカップル、冷ややかな目で見てくる女性達。

 

 そんな注目された状況に俺は彼女の手を取って、早足で駆け抜けていった。

 

 彼女に連れられ、着いたのはマンション。内装は綺麗で顔認証のセキュリティドアもある。若い俺らには不相応だと思ったが当たり前のようにとある部屋の前に立ち、顔認証と鍵を使って入っていく。

 

 中は広々としていて一人で住むには広すぎる。よく見ると俺の物もあってーーああ、朝一緒に出たじゃないか。

 

 定位置のソファに座って足を投げ出して寛ぐ。この一時が良い。

 

 そんな時にラフィが温めの水を持ってきてくれる。

 

「とりあえず水飲んで」

 

 コップに入っている水を一気飲みする。すると落ち着いて、もっと飲みたくなった。

 

 立ち上がって冷蔵庫を開けるとそこにはラフィが作った手料理が冷えていた。今日の夜、出すだろう作りかけの料理だ。

 

 するとラフィが慌てて冷蔵庫の扉を閉める。

 

「もうっ、今日の夜の献立がバレたら面白くないじゃん!!」

 

 もちろん彼女は本気で怒ってる訳ではなく、頬を膨らませて拗ねてる状態だ。

 

 そんな彼女の頬を両手で挟んで、耳元で囁いてやる。

 

「献立が分かったら更に期待が高まるよ。今夜楽しみにしてる」

 

 そうすると彼女は俯いてキッチンに引き籠もってしまう。それは長年の付き合いから照れ隠しだと分かる。

 

 ーー長年?

 

 ふといつから一緒に居るのか、いつ出会ったのか頑張って思い出そうとするが思い出せない。それなのに長年? 理路整然としない自分の気持ちに違和感を覚える。

 

 そんな考えが胸中にある時、ラフィが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「大丈夫? 顔色悪いよ?」

 

 ……どうやらそんなにヒドい顔をしていたみたいだ。

 

「大丈夫だ。ちょっと顔洗ってくる」

 

 心配するラフィをなだめて、脱衣所にある洗面台で冷たい水で顔を洗う。さっぱりした頭で再度考えるがどうやっても思い出せない。

 

 濡れた顔をタオルで拭いて、鏡を見るとちょっとやつれた顔をしていた。

 変なことを考えていたからか。

 

 いつ出会ったのか分からないが、そんなことはどうでもいい。俺にとってラフィは大切な人だ。その思いは変わらない。

 

 再度気合を入れるために顔を冷たい水で洗っていると後ろから抱きつかれる。

 

「うおっ、ラフィ何だよ?」

 

 顔を上げてタオルは何処かと鏡をチラッと見た時、俺の背筋が凍った。

 

 背中に抱きついているはずのラフィの姿が見えないのだ。俺に隠れてるから見えないのではなく髪も服も手すら欠片も鏡に映らない。

 

 思わず振り返ると顔面蒼白のラフィが居た。

 



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16-9 大好き

 

 鏡に何故か映らない彼女ーーラフィの綺麗な白い肌は透き通ってしまうぐらい青ざめていた。

 

 そして俺から次第に距離を取り、踵を返して脱衣所から走って出て行く。

 

「待ってくれ、ラフィ!!」

 

 彼女が鏡に映らないのは不思議で堪らない。怖いという感情もあるが、それよりも彼女を心配する気持ちが上回った。

 

 走るにはちょっと狭い廊下を走って追い掛ける。彼女が向かったのはリビング。外に向かわなかった事に安心する。

 

 リビングのソファで俯く彼女は俺を見ると悲しげな表情を浮かべる。

 

「ごめんね……」

 

 その謝罪の言葉は何に対してか全く分からない。

 

「どういうことだ? 一体何に対して謝っているんだ?」

 

 そう聞き返すが彼女は泣きじゃくり、俺の問いには答えないので彼女の肩を掴んで揺する。

 

「ラフィ、教えてくれ!! 何が起きているんだ……さっきから違和感を感じるんだ……何が可笑しいと、誰かが囁くんだ」

 

 誰かが囁くーーという言葉に肩をビクリと震わせる彼女。

 

 そして再度上げた顔には決意した強い意志が感じられた。

 

「……そうだよね。私とグレンお兄ちゃんは一緒に居てはいけない」

 

 それは彼女からの拒否の言葉。突如の事態に俺の頭は混乱する。

 

「誰がっ、そんなことを言うんだ!! 俺とラフィが一緒に居るのは俺達の勝手だろ!!」

 

 だがラフィは首を横に振る。

 

「ダメなの!! だって……グレンお兄ちゃんは生きてて、私はもうーー」

 

 ーー死んでいるから

 

 彼女の言葉は一字一句聞こえている。だけど最後だけは聞こえていたが理解出来なかった。いやしたくなかったんだ。

 

「ハハッ、ラフィが死んでる? 何言ってんだ。ほら触れるじゃなーー」

 

 そう言いながら伸ばした手は虚空を切る。確かに彼女に触れたはずなのにまるで幽霊のように既に触れなくなっていた。

 

 思わず自分の手を見て、つねってみるーー痛い。次には距離感が可笑しいじゃないんかと何度も(まばた)きをするが何も変わらない。

 

 そんな俺の様子を悲しげに見詰める彼女の視線から目を背けたくなる。そう、彼女の表情は語っていた。これが真実だと。

 

「嘘……だろ?」

 

 しかし彼女は横に首を振る。

 その真剣な表情から嘘や冗談では無いのか……

 

 突如突き付けられた事実に頭が追いつかない。

 

「まさか……そんな……ああ……」

 

 この幸せな時間が終わるのだと思うと泣きたくなる。

 

「……こんな終わり方だけど、良いの。グレンお兄ちゃんとこうやってお出掛けやスイーツを食べたかったから。私は充分幸せだったよ?」

 

 今にも泣きそうな表情でそう言うが俺には諦めきれなかった。

 

「俺にはっ、どうしても思い出せない……ラフィが死んだことを……」

 

 さっきまで一緒に居たのにいきなり死んだと言われても実感が湧かない。

 

 すると俺の答えにラフィは頷く。

 

「うん……それは私がお願いしたこと。一時的に私が死んだ事を忘れて、何も考えずに楽しみたかったの。私のワガママで困らしちゃったね。そしてもうグレンお兄ちゃんは戻らないといけない、現実世界に」

 

 そう言った彼女は顔を伏せて、小さく呟く。

 

 ーー生き残って……

 

 その言葉を聞いた瞬間、脳内に多くの記憶が流入する。両親が殺され、傭兵施設でラフィと出会った時の事。そして卒業試験でラフィを殺したこと。両親が殺されてからここまで来たことまでの記憶が蘇る。

 

 ーーああ、そうか。これは試練なのか。

 

 試練だと思うとラフィとこうして話すことも可笑しくないような気がする。謎の多い場所だ。死者すら蘇るのだろう。

 

「……記憶が戻ったみたいだね。あ、どうやらもう時間が無いみたい。グレンお兄ちゃん、楽しい時間をありがとう。大好きーー」

 

 彼女は向日葵のような満面の笑みを浮かべると粒子になって消え始める。

 突然の事に俺は声が出ない。

 

 そして次に声を出せた時にはもう彼女は居なかった。

 

「俺も……俺もっ、大好きだぁぁーー!!」

 

 その咆哮に応える者は誰も居らず、叫び終わった時には景色が変わっていた。

 

 ここは石畳で出来た部屋だった。後ろを見ると金属の扉があり、それを開けると最初の広間に出ると老人の興味深そうな声が聞こえる。

 

「ほう、まさか帰ってくるとはのぅ……そのまま入り浸るかと思って2段も用意したのじゃが……」

 

 まるで俺を観察していたかのような言葉に怒りが込み上げる。

 

「……今のはお前らが、全て見せたのか?」

 

 すると次は女性の声が響く。

 

「そうよ。男は女に弱いと思ってわざわざ死者まで使ったのにまさか女が裏切るとは……分からないわね人間は。あのまま幸せな時間を過ごすのが1番じゃないの? そしたら永遠に一緒に居られるのよ?」

 

 ーー永遠に? という事はーー

 

「もしラフィが死んでいると告白しなくてお前らの思うとおり、あのまま過ごしていたら、俺は死んでいたな?」

 

 俺の推測に笑い出す奴ら。

 

「お見事じゃわい。最初の家族も恋人も全てが罠。あそこで家族を助けたり、恋人と過ごすのを選択していたらお前は無限の夢に囚われ、死んでいた。まさか魂を入れたら裏切るとは……人選を失敗したかのぅ」

 

 とつまらなそうに言う奴らに俺の堪忍袋の緒も切れる。

 

「ふざけるなっ!! ラフィや俺の家族はお前らのオモチャじゃないんだぞ!!」

 

 力を貰う立場であることは分かってるがこれだけは言わずに居られなかった。

 

 だがそんな言葉も奴らには届かない。

 

「まあ、そう怒らなくても。貴方は会えないはずの家族と恋人に会えたのよ? それに試練は合格。なら良かったじゃない?」

 

 と全く反省した様子が見えない。余りにも大きな価値観の違いに俺は奴らを心底軽蔑した。

 

 もはや奴らにとってはこれもゲームなのだろう。

 さっさとここを出たかった。

 

「おい、さっさと力を寄こせ」

 

 必死に怒りを抑え、冷静を装うがいつもより低い声が出てしまう。

 

 しかしそれにも気付かないのか、奴らはお喋りに夢中だ。

 

 それを見て俺はーー

 

 ーー装うのを辞めた。

 

「いい加減にしろ!! お前らが人の気持ちをこれっぽっちも理解出来ないのは分かった!! 俺はお前らが嫌いだ!! さっさとここから出せ!!」

 

 目の前の石を思いっきり蹴りまくる。壊れない事は百も承知で収まらない怒りをぶつけたいだけだった。いつからか足から血が出ていたが俺は蹴るのを辞めなかった。

 

 すると老人が呆れた声を出す。

 

「全く最近の若造は忍耐が足りないのぅ……カルシウムとやらは取っておるか?」

 

 そんな問いは無視して石を蹴り続けると大きな溜息をして話を続ける老人。

 

「分かったわい。お主には風の適性がある。それを与える。その力の注意点は世界の何処かにある本でも読め」

 

 その言葉の直後、俺の周りを光が包み込む。その光を触った途端分かる体中を駆け巡る力の奔流。

 

 今なら誰にも負けない気がする。

 

「ああ……分かる……これが選ばれし者の力か……」

 

 そして今すぐ使いたいという欲求に囚われる。奴らも憎いがここを幾ら壊しても無駄な気がする。

 

「この力、好きに使わせて貰うぜ」



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16-10 強大な力

 

 もうここには用は無い。踵を返し、扉から外に出る。

 

 外に出ると薄暗いが日差しはあり、まだ昼間って事が分かる。入ってからそれほど経っていないのか。だが俺にはとても長い時間だった。

 

 近くの岩場に腰掛けるライルは2対の剣を太陽に当てて見ていた。太陽光を反射する綺麗な刀身に吸い込まれそうになる程見とれてしまう。

 

 俺に気付いたライルは剣を消滅させる。剣を異空間にしまってるかのように。恐ろしいほどに綺麗な赤と青の剣だ。

 

 俺を見たライルは満足そうに頷く。

 

「どうやら力を手にしたみたいだな」

「……はい」

 

 貴方も俺と同じように試練があったのですか、そう聞きたかったが他人が勝手に踏み込んでいい領域ではない。

 

「それも俺のように武器じゃなかったんだな」

 

 意外そうにアゴを撫でながら俺をまじまじとみる。

 

「……ええ、風の適性があるとか何とか」

 

 風の適性があると言われたが全く身に覚えが無い。

 ずっと過去の振り返るが見つからず、首を傾げるしかない。

 

 そんな俺を興味深そうに凝視していたライルは石の上から立ち上がり、悟った風に笑う。

 

「適性は内面も関係するそうだ。確かに風のような奴だ、お前は」

「……どういうことですか?」

 

 褒められてるのか、けなされているのか、これでは分からない。自分には見えてない自分、それを知ることが出来るかもしれない。

 

 後頭部を掻きながら、答えるライル。

 

「そうだな。良い意味でも悪い意味でもお前は風のように熱されやすく、冷めやすい。そして風のようになびきやすく、確固たる信念がない。今のお前を突き動かすのは復讐心のみだ」

「……復讐心で生きることの何がダメなんです? 俺の人生なのだから問題ないと思いますが」

 

 強い力を手に入れたからかもしれない、俺の口から勝手に強気の言葉が出ていた。

 

 食い付いてきた、と言わんばかりの嬉しそうな笑顔で答えるライル。

 

「前のお前ならまだ自分一人の事を考えれば良かったかもしれん。だが今のお前は間違いなく、強大な力を持っている。大きな力を持った者は常に自分の身の振り方を考えなくてはいけないのだ」

 

 ーーそういえば、エルス国の授業で言っていた気がする。大きな影響力を持つタレントや歌手、著名人は迂闊なことは出来ないと。彼ら彼女らが右と言えば多くの人が右へ向くだろうと。

 

「ーー要するに、復讐するなと言いたいのですか?」

 

 俺は復讐の為、生きてきた。もしそれを奪われるなら、俺は何を目標に生きていけば良いんだろうか。俺から生きがいを奪うつもりか。

 

 目を細くしてライルを睨みつける。

 

「たとえ、ライルさんが止めても俺は……やりますよ」

 

 これだけは譲れなかった。今では俺の人生の意味はこれだけなのだから。

 

 すると額に手を当てて、大きな溜息を付くライル。

 

「止めても無駄なのは分かってる。むしろここで止めることは心が壊れる。俺が言いたいのは復讐した後どうするかだ。する事が無くなり、力を持て余す。そして誰かに使われるか、暴走するかだな」

 

 確かにその後の事は何にも考えてなかった。大切な人もしたいことも無い。多分死ぬしか無いのだろう。

 

「地球連合軍やエルス国の為に力を使えと言うことですか?」

 

 この人は元地球連合軍だ。自分の利益になる事を勧めるのは当然だ。

 

 だがライルは横に首を振り、笑顔を見せる。

 

「そんなことはその時に決めればいい。自分で身の振り方は決めろ。だが自分の欲望の為にその力を使うのなら俺はお前を許さない」

 

 最後は俺への殺気で満ちあふれていた。強大な力を手に入れた今でも敵わないかもしれないという事が体で分かる。

 

 震える体を抑えるのが精一杯だった。

 

「もし火星側についたとしてもそれはお前の正義だ。戦場で堂々と戦おう」

 

 この人は敵になっても構わないと言っている。それは自信の表れなのか、この人の信念なのか。

 

「……分かりました。復讐を終えたらじっくり考えます。もしかしたらこれが話すの最後になるかもしれないですね」

 

 ふと周りを見れば木々の葉から漏れる光が綺麗だ。さっきまでは落ち着いて見られなかったから気付かなかった。

 

 キラキラと輝く太陽を見て俺は思うーー

 

 ーーラフィ、ありがとう

 



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16-11 血塗られた手

思ったのですが、ライルって誰か覚えていたでしょうか?
新キャラではなく、前にも登場してます。ルーカス編の最後辺りにちょっと出てます。

この時はまだルーカスは革命を起こして居らず、ライルは放浪の旅の途中です。


 

 ライルに車で街まで送って貰った後はライルと別れた。次に会うときは敵になるかもしれないという一抹の不安を抱きながら俺はあの忌々しい施設に戻ってきていた。

 

 俺の顔を知っている門番は何も言わずに通してくれる。俺が任務失敗して死んだということはここに伝わってないか。駒が一人減っただけという認識で誰が死んだとは気にしないのだろう。

 

 中では相変わらず子供たちは、しごかれていて必死な声を上げて訓練をしていた。

 

 そしてその中央で子供達に暴力を振るっていたのはリカディ。その顔を見るとふつふつと怒りが込み上げる。次見るときは殺す、と決めていた。

 

 広いグラウンドで訪問者は直ぐに見つかるため、向こうもこちらに気付いたようだ。訓練を止めさせ、リカディは近付いてくる。

 

「あのガキももう1人前か。もう何人も殺した面してやがる。お前らもこうなるんだ」

 

 卑しい笑みを浮かべて子供達をしごくリカディ。俺はもう我慢ならなかった。

 

 ナイフを片手にリカディに突っかかる。こちらへ背を向けるリカディには完全な不意討ちーー暗殺者としての(つちか)った技量と強くなった身体能力で前より何倍も早い突きを放つ。

 

 空気を裂く音が聞こえるぐらい高速の突きはリカディの喉元に吸われるーー

 

 ーーキィッン。鋭い金属同士が当たる音が聞こえる。それは喉元とナイフの間に新たなナイフが有ったからだ。

 

 こちらを見ること無く防ぐリカディに恐怖を感じて距離を取る。

 

「久しぶりに会ったのに大層な挨拶じゃないか。えぇ!?」

 

 その大声に昔受けた訓練の恐怖が蘇るが、何度も今は違う、と自分に言い聞かせ、再び強くナイフを握ると勇気が湧き出る。

 

 俺の苦い表情に卑しい表情を浮かべるリカディ。

 

「確かに速くなったようだが、俺には到底及ばない。何故だか分かるか? それはお前にナイフの使い方を教えたのは俺だからだよ、フハハハハハーー!!」

 

 って事は俺の考えはリカディにバレバレなのか。そういえば定石の動きはリカディに全て教えて貰ったものだ。ならば定石以外ーーそれは意表をつくものだが長い歴史が作った格闘術は定石が最適だと示していて、オリジナルの動きはことごとくリカディに潰されていた。

 

 覆らない差にリカディの笑いが止まらない。

 

「さぁ? どうする? 今ならさっきの事は見逃してやってもいい。また暗殺者としてこき使ってやるがな!!」

 

 ナイフを舌なめずりしながら俺を見下すリカディに俺は吠える。

 

「ふざけるなっ!! 貴様はラフィの仇だ!! 俺は貴様を殺すことだけを考えてきた……相打ちになってもお前を殺す!!」

 

 激情が頭の中を埋め尽くすと何処からかともなく、手に入れた選ばれし者の力の情報が入ってくる。

 

 ーーああ、そうか。俺にはこの力がある。

 

 全く教わったことも見たこともない魔法の発動方法が頭の中に浮かび上がる。

 

「ーー俺はお前より速くなる」

 

 肉体強化魔法を体に付与して、一歩踏み出す。その速さは自分でも驚くほどで、リカディが遅い!!

 

 何気なく顔に向けて出したナイフの一振りを困惑した顔でギリギリ受け止めるリカディ。そして空いた胴体に蹴りを入れるとリカディは苦悶の表情でのけぞる。

 

 圧倒的な差に笑いが止まらない。

 

「クハハハハハ、リカディ、これをお前は俺達を殴って味わっていたのか。圧倒的な実力差の暴力を!!」

 

 最高に気分が良い!! 殺したいほど憎く、とても敵わない相手が今はどうか。腹を手で抑え、苦しそうな表情を浮かべてるではないか。笑わずにいられない。

 

 そして呆然としていた周りの子供達もリカディが不利と分かると沸き上がる。その割れるような歓声の大きさからどれだけ理不尽な事をされていたのか分かる。

 

 しかしその歓声を聞きつけたのか、傭兵達が集まってくる。

 

「何事ですか……リカディ様!?」

 

 リカディの苦虫をかみつぶしたような表情に気付いた傭兵達は対面に立っていた俺へと銃口を向ける。

 

「殺せぇ!!」

 

 そのリカディの一言で撃ちはじめる傭兵達。俺は無意識に風の盾を張る。すると面白いぐらいに銃弾が俺の体を逸れていく。

 

 ーーこれが選ばれし者の力!!

 

 風の盾を張ったまま敵陣に突っ込む。近くに居た奴に軽くパンチをお見舞いすると10メートルも飛んだ。

 

 しかしこちらの拳は全く痛くなく、本気も出していない。何て力だ……

 

 味方があり得ないほど飛ばされたので、傭兵達は動揺して銃声が止んだ。その隙に更に強力な拳や蹴りを叩き込む。

 

 俺の攻撃が当たった場所によっては骨が折れた音が聞こえた。その未知な感触に俺の気持ちは更に昂ぶっていく。

 

 そして一息ついた時には俺に銃口を向ける者は誰も居なかった。

 

 あちらこちらからの呻き声がこの場を支配し、俺の気持ちは晴れていく。これが圧倒的な力ーー力が無ければ主張すら事すら許されない世界なんだ、ここは。

 

 その時、子供達の悲鳴が聞こえ、振り返るとリカディが子供を人質に取っていた。鋭く光るナイフが子供の喉元を掠めていた。喉元から微かに滴る血に俺の怒りは更に増した。

 

「リカディィィィ!! それでも大人か!!」

 

 死ぬほど憎い。リカディへの思いは嫌悪に満ちてるが、それと同時に越えるべき壁だとも思っていた。しかし、リカディは越えるべき壁としては汚すぎた。

 

「ふんっ、大人はずる賢く生きるのが正解だ。ガキとは違うんだよ」

 

 卑しい笑みを浮かべて、じりじりと俺と距離を取り始めるリカディ。

 

 俺はそんな大人にはなりたくない。俺はーーライルのような大人になりたい!!

 

「俺はーー」

 

 ラフィの笑顔が頭の中に浮かぶ。

 そしてライルの言葉が反芻されるーー信念を持て。

 

「ーー誰も虐げられない国を作る!!」

 

 地面を蹴ると瞬時にリカディの背中に回りこみ、首をナイフで狙うーー

 

 振り返ったリカディの背中にはナイフが深く刺さっていた。狙いはズレたが驚愕の表情をしながら口から零れ出す血。その姿はラフィと重なり、リカディは敵なのに動揺してしまう。

 

 震える右手を左手で抑え、突き刺さったナイフを抜き取る。その傷口から鮮血が滝のように噴き出す。

 

 リカディの力が抜けたようで子供は拘束から逃げ出す。それを横目で見るが追う力は無いようだ。

 

 そして崩れるように倒れるリカディを俺は見下ろす。

 

「……無様だな、リカディ」

 

 哀れだ、という感情しか湧かない。あれほど目の敵にしてたのに今はただの死にかけた男にしか見えない。

 

 しかし俺を見上げるリカディの瞳には俺への怒りどころか嘲笑っていた。

 

「……ゴフッ……俺を殺してどうする? ……お前はここの主になりたかったのか?」

 

 ここの主ーーリカディと同じように子供達を虐げるという考えは全く無かった。むしろ俺はそれが嫌で力を手に入れたのだ。

 

 リカディの質問に俺は鼻で笑う。

 

「ふんっ、そんな物に興味はない。俺は子供達を解放する」

 

 俺の言葉にリカディは嘲笑う。

 

「……甘いなクソガキ。この世はガキだけで生きていけるほど甘い世界じゃない。だから俺はお前らに生きる術を教えてきた……まさか噛みつかれるとは思わなかったが……」

 

 コイツは俺らの為にやってきただと言うのか!?

 

「ふざけるな!! 何人死んだと思ってるんだ!? ラフィだって死ななくてもいいはずなのに!!」

 

 倒れているリカディの胸倉を掴み、勢いよく引き起こす。眼前にリカディの顔を持ってきて、睨みつける。

 

 それでも嘲笑うリカディに俺は我慢できなくなって、殴打を始める。みるみる腫れ上がる顔を見ても俺の怒りは収まらなかった。俺はリカディの垂れ下がった腕を掴み、思いっきり力を込める。すると簡単に骨が折れた音が聞こえ、リカディが獣の如く、唸り声を上げる。

 

 その悲痛な叫びに満足したのか俺の手は止まる。敵とはいえ、俺は何を……

 

 そんな俺を見て不気味な笑みを浮かべるリカディ。

 

「ククク、いい顔をしている。お前もっ、強大な力に囚われるのだ!! 人は力を振るいたいという欲望から逃れられん!!」

「違う!! 俺はお前とは違う!!」

 

 同じになりたくない。コイツとは絶対に同じになりたくない!!

 

「もうお前は俺と同じだ!! 手は真っ赤に染まり、力を振るう事に快感を覚える!! 何処が違うか!!」

 

 血を吐きながら俺を嘲笑うリカディに俺は反論出来なかった。そしてリカディは高笑いしながら逝きやがった。

 

 



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