喰霊-廻- (しなー)
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第1章 魂流転-たましいのるてん-
第1話


喰霊-零-二次創作 喰霊-廻-(がれい-めぐり-)

 

 

 

「喰霊-零-」、という物語をご存知であろうか?

 

 2008年ごろに放送されたアニメであり、人の世に死の穢れを撒く存在を退治する使命を背負った、2人の退魔師姉妹を描いた作品である。

 

 見た目麗しい退魔師姉妹が怨霊を日本刀を用いて軽快に切り裂いていく退魔アクションアニメであるのだが、その内容の深さや重さ、そして公式サイトまで使った大々的なドッキリなどで一時期かなりの注目を集めた。

 

 特に皆が主人公だと思っており、尚且つ公式サイトでも主人公として紹介されていた「防衛省特殊災害対策室第四課」のメンバーが1話で全員お陀仏したのは非常に話題となった。たぶん視聴していた人達は皆閉口してしまったのではないだろうか。何が起きたのか全く分からずじまいで1話が終わってしまい、視聴をやめてしまった人が多いと聞く。そんな皆が閉口してどうすればいいかわからなくなっている最中に公式サイトが切り替わり、1話終了時点では現在のホームページとなっていたという話題性たっぷりの演出がなされた。

 

 また時折「百合アニメ」として名前が挙がることがある作品でもある。確かに姉妹でポッキーゲームをしたり、入浴しているシーンがあるためそういわれているのだと推測されるが、実は全く百合アニメではなくむしろ鬱アニメに分類されるアニメであるので、もし百合を期待してこれから視聴する方はご注意願いたい。

 

 「喰霊-零-」は原作である「喰霊」の二年前を描いた作品で、この物語の続きは原作を読めば知ることができる。ただ、珍しくアニメ化が成功した作品であり、尚且つアニメが原作を超えたとまで言われる作品であるため、世界観や登場人物も同じ地続きの作品であるとはいえどもアニメの続きを得るために原作を読むと「拍子抜けした」となる人が多い。

 

 クオリティと話題性とは裏腹にあまり知名度があるわけではなく、アニメ好きを豪語する輩にこの物語の存在を尋ねたとしても知っている人はあまりいないだろう。あまり知名度のないまさに知る人ぞ知るアニメといった作品だが、その所謂「知っている」人の中ではかなりの高評価を得ている作品である。

 

 バイアスの掛かった視点から言わせてもらうならば実際に名作と言える出来であることは疑いようがない。神作といって過言ではない作品である。しかし残念ながら知名度はあまりない。まことに残念である。遺憾の念を禁じ得ない。

 

 さて、この物語の特徴だが、まず救いようのない「悲劇」であるということが挙げられる。

 

 この物語において「救い」は一切ない(・・・・)

 

 過言ではない。本当に一切ないのだ。

 

 序盤では不幸ではありながらも幸せに満ち足りた日常の風景、各々が各々の過去を抱えながらも乗り越えながら前に進む希望ともいうべき風景が描写される。

 

 主人公である諌山黄泉は怨霊に両親を殺されながらも諌山家に養女として迎え入れられ、そこで神童とも言うべき才覚を発揮して養子でありながら諌山家を任されるほどの人物となり、もう一人の主人公である土宮神楽は母を小学生にして失いながらも諌山黄泉や周囲の存在に支えられて普通の少女として、そして退魔師としても成長していく。

 

 そんな二人とその周囲を序盤は映し出している。非常に暖かく、そこに悲劇の影は存在しない。

 

 

 しかし中盤以降、序盤であった明るい雰囲気やおふざけは一切無くなっていく。黄泉が養子でありながら諌山の名を継ぐことから綻びが始まり、諌山が諌山を殺しさらに別の諌山が諌山を殺し……といったように負の連鎖が続いていき、最後にはすべてが崩壊する。

 

 ここでそれらを語りつくすことは不可能であるので避けるが、この物語においては本当に混じりけのない純粋な愛情すら人の心を壊すのに作用する。

 

 紆余曲折あってようやく掴んだ婚約者との甘いひと時が養父を殺す。

 その死が黄泉から「諌山」と婚約者を奪う。

「信じてる」、その一言が壊れかけの心への止めとなる。

 

 序盤の明るい展開はほぼ全てが絶望への非常に優秀な水先案内人となるのだ。

 

 原作である「喰霊」にてある程度皆救われるとはいえ、あまりに残酷で辛すぎる展開である。

 

 あまりに酷くて、あまりに惨い。

 

 辛辣で、絶望的だ。

 

 皮肉にも、だからこそこの作品は面白い。

 

 悲劇であるが故に姉妹の愛が光輝きこの作品の魅力を駆り立てる。

 

 悲惨であることがこの作品を名作足らしめているのである。

 

 

―――だけど。

 

 その悲劇を喜劇に変えたいと思うのは作品を汚すことになるのだろうか。

 

 その結末を誰もが認めるハッピーエンドに塗り替えたいと思うのは作品に対する侮辱なのだろうか。

 

 きっと。それは侮辱なのだろう。

 

 完成された物語に手を加えたいという気持ち、それは受け取り側の恣意的な願望であり、つまりは自分勝手な我儘なのだから。

 

 だが、それがどうした。

 

 たとえ原作(喰霊)で一通りの完結を見せていたとしても。

 

 たとえその完結が納得のいくものであったとしても。

 

―――俺は、それ以上を求めてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、そんな悲劇の世界に二度目の生を受けた(オリ主)の物語。






 

 喰霊-廻-をご覧いただき、ありがとうございます。
 後半に行くにつれて文字数が加速度的に増えていくのでご注意ください。


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第2話

 (オリ主)の話をするとしよう。

 

 俺は生まれ変わりってやつを経験した人間、いわゆる転生者ってやつだ。

 

 前世では大学生をしていた。

 

 些か以上には名前の知れた大学に通い、日々を惰性を貪りながらのんべんだらりと過ごしてしていたのだが、ある日を境にそれが一変。突如として悪性の腫瘍にやられて涅槃へと旅立つこととなってしまった。

 

 末期癌だった。

 

 痛みも何もなく、だるいからという理由で病院で検査を受けたら白血球の数がおかしいとのことであれよあれよという間に精密検査へと連れていかれ。

 

 思考が追い付かぬままにさんざん検査された挙句、そこで下された結論は「余命三か月」の宣告だった。

 

 訳がわからなかった。

 

 末期癌なんてそこらの知らない奴らがかかってる病気だったし、ましてやそれで自分が死ぬなんて想像もつかなかったから理解が全く追いついていなかったのだ。

 

 死ぬ直前までこれは何かの冗談だって本気で思ってしまっていたぐらいに俺は錯乱していた。

 

 22だった。たった22で俺はこの世を去ったのだ。

 

 親に大した孝行もできず、ろくでなしの金食い虫の息子のまま俺は他界した。

 

 悔しかった。俺は家族になんの恩も返せていなかったし、なんの貢献もできていなかったのだ。

 

 ただ無作為に勉強して、普通に遊んで、それで死んだ。

 

 人生に意味がなかったなんて言わない。だらだら過ごしていたとしても少なくとも俺は俺の生き様に絶対的な誇りと自信を持っていた。惰性を貪っていたといえどもそれは人並み以上に努力はした上での物だ。後悔なんて一切していなかった。

 

―――でも、それでも。

 

 俺は明確に誰かの為になるような人生を送りたかった。自分の為だけじゃなく、誰かを救ってあげられるようなそんな力を持った格好いい人間になることを俺は望んでた。

 

 だから俺は死ぬ間際にこう願った。

 

―――あわよくば、次は誰かの為になる人生を。

 

 

 

 果たして、それは叶ってしまった。

 

 俺は世界に二度目の生を受けたのだ。それも、生前かなり愛好していた喰霊-零-の世界にである。

 

 それに気づいたのは3歳あたりの頃。

 

 前世の記憶持ちなおかげで幼少のころから大人に匹敵する程度の知識を有していた俺は、暇さえあれば父親の書庫で本を読み漁ることで有り余る退屈を消費していた。

 

 俺が生まれ変わった先は俺がいた時代よりも20年以上逆行している世界で、携帯、いわゆるガラパゴス携帯すらろくに発達しておらず、娯楽がそれよりほかに無かったのである。

 

 鈍器みたいな携帯を皆が持ち歩いている時代だったから携帯ゲーム機があるかどうかも怪しかったし。もしかするとカラーじゃないゲーム小僧はあったのかもしれないけど、どのみちこの家には存在しなかった。

 

 それに古風なお家柄のせいで家にある電化製品はテレビと白物家電が限界っていうレベルだからゲームが存在しても買わせてもらえないだろう。

 

 テレビを見ていても怒られるんだよな、この家。

 

 だから俺の娯楽は外で運動をするかそれとも活字の世界に浸るしかなかった。

 

 

 幸いにして書籍はかなりあった。両親、特に親父が読書家だったのだ。

 

 だが、そんな硬派な父親がライトノベルや漫画などの俺が好むジャンルの本などを所有している筈も無く。

 

 書庫に並ぶ蔵書は殆どが何かしらの専門書だったりバリバリの純文学。

 

 しかしそれしかこのとてつもない暇を潰す手段は無い。

 

 そういう訳で俺はわずか3歳にして漢字たっぷり専門用語たっぷりな本などに没頭する奇抜な子供になってしまった。

 

 本当に暇だったのだ。それをしていないと蟻が行列を成して巣に向かっていくのを眺めているぐらいしかやることが無かった。

 

 一応両親が幼児向けの教育本を買ってきてくれていたが、そんなの一回読んだら飽きる。

 

 最初はもの珍しさに母親と一緒に読んだりもしたものだが、飽きるのに2日とかからなかった。寧ろ1日読み続けてた俺がどうかしてる。 

 

 今世で本を読む事しかやることが無かったから仕方なくそれで我慢しているというだけで、前世の環境にいた頃の俺なら本しか読めないなんて状況に陥ったら絶対に発狂してる。

 

 考えても見てほしい。ゲームもスマホもタブレットも何もかもある状態でやることは読書。

 

 そんなの耐えられる訳がない。

 

 本は好きだが、代替物がある状況においてそれを優先するかと言われると首を傾げざるを得ない。

 

 そんなこんなで俺としてはただ退屈をつぶす為にやっていただけなのだが、それを見た周囲から「天才児」だの「あの子は神童だ」などと的外れなことを言われるようになってしまった。

 

 中身は元大学生なのだから当たり前ではあるのだが、確かに俺も外見が3歳のガキが経済学とか法学の理解を必要とする文章に向かい合っていたら天才とか鬼才とかの評価を下すに違いない。

 

 正直気持ち悪いと思うレベルだ。

 

 それはさておき、この家の書庫にはたまーにだが出版社を通して世の中に流通しているような本ではなさげな論述本があったりする。いわゆる私家版という奴だろうか?どこを見ても出版会社が書いていないのだ。

 

 そして大抵その手の本は怨霊だのなんだのと訳が分からないことが延々連ねられていて、そしてその中にこんなことが書いてある物があった。

 

―――土宮家は代々最強の霊獣喰霊白叡をその身に宿す家系であり―――

 

 

 土宮、霊獣、喰霊、白叡。

 

 

 非常に耳に覚えがある言葉たちだ。

 

 それにそのフレーズは何度も聞いた覚えがある。

 

 あまり書物内では言及されていなかったが、この後には「白叡を押さえつける為に封印加工された殺生石を用いており、また白叡を使役して危険な戦地に赴くことが多い為に、土宮家の人間は短命になりがちである」などの言葉が続くのであろう。

 

 最初見たときは喰霊-零-という作品のある別世界を疑った。

 

 実は両親か家政婦の方々が俺の同志で、酒を酌み交わしながら二晩くらいは語れそうな方々なのかと一瞬期待もしたものだ。

 同志がいるかもっていう反応は阿呆の極みだが、アニメに来たなんて考えないのは当然の反応だと思う。

 

 まさか自分が輪廻転生してアニメの世界に生まれ変わるなど信じられないだろう。

 

 瞬間的にその可能性を思いついただけでも随分ライトな文学に思考が染まっている証拠になる。

 

 

 

 最初は認められず、なんども推敲を重ねてそれを検討しなおした。

 

 だが、その度に「わざわざ(・・・・)作られたアカデミカルな文章にアニメの内容をそんなにこと細かく書くことがあるだろうか」という疑問が沸いてくる。

 

 それを専門にしている大学生の卒論とかならまだしも、俺が読んだそれはある程度の権威らしき人物が書いた、しかも一般公開向けではない専門書なのである。

 

 例えるならそこらによく売っている「わかりやすい経済学」とかそんな感じの本だ。

 

 経済学の部分が魑魅魍魎とかに変わったと考えてくれれば問題ない。

 

 

 

 だが用心深い性格な俺はそんな疑問を抱きながらもまだそれを根拠に断定することはしなかった。

 

 

 俺が喰霊-零-の世界に生まれ変わったと確証を持ったのは、父親から自分の家についての説明を受けたときだった。

 

 どうやら俺の一族は退魔士(・・・)の家系であり、土宮の分家(・・・・・)らしい事を父親は俺に語って聞かせた。そして俺の一族である小野寺の一族は土宮と同じく帝家の分家である諌山(・・)などの分家と共に代々土宮をサポートしているのだと。そして土宮には神楽(・・)という俺よりも2つ小さい女の子が居るのだということを俺に聞かせた。

 

 さすがにこれを聞いて喰霊-零-に関係がある世界であることを疑うことはできなかった。

 

 俺は喰霊-零-の世界に生まれ変わったのだと、そこでようやく思い知った。

 

 普通ならこんな話は3歳の赤子になんぞしないそうだ。だが俺の知能がどうやら高いらしいと当たりをつけていたうちの両親は試しに聞かせてみたらしいのだ。

 

 確かにこんな話、3歳児にする話じゃない。

 

 アンパ〇マンだの妖怪ウォ○チだのを見せて喜ばせているような年齢だろうが、神童とか呼ばれていたせいで退魔のエリート教育に親を走らせてしまったようだ。

 

 その話を聞かされた次の週からはさっそく鍛錬が始まった。

 

 

 3歳なんて普通なら遊びたい盛りで修行なんてくそくらえな年齢だろうが、

 

 

 

 

 

―――好都合だ。

 

 

 幼いうちに努力しておく価値を俺は知っている。三つ子の魂百までじゃないが、この時期の子供のポテンシャルが異常なことを俺は知っている。

 

 ここが喰霊の世界なのだとしたら、そこに生まれ落ちる悲劇を俺が変えてやる。全てとは言わずとも、俺が可能な限りで喜劇に変えてやる。

 

 死ぬ直前に臨んだ、誰かの為になるような格好いい人生を、この世界で送ってやる。

 

 その為の努力を怪しまれないだけの環境ができた。

 

 なら、俺はその意思を貫き通す。

 

 

 

 

 3歳の春、小野寺凜(オレ)はそう誓ったのだった。

 

 










実はこれ作品自体まだ投稿する予定なかったんですが、設定のミスで投稿しちゃってました。
お気に入りに登録されて初めてそれに気づく体たらく。
とりあえずいったん公開しちゃったのでこのまま投稿しようかとは思います。
中の人最近多忙なので不定期な可能性高いですけど。
そしてお気に入りありがとうございます。
狂喜乱舞する程度にはうれしいです。

評価とかいただけると励みになりますので、よろしければ評価いただけると幸いです。


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第3話

 怨霊退治の修行とやらはむやみやたらに厳しかった。

 

 

 父親曰く、「霊力はある程度血筋によって決まってしまうからお前は武術を極めろ」とのことで、学校のない日は朝起きて寝るまで一日中柔術だの合気道だの剣術だのをやらされ続けたり、「知識とは重荷にならぬ武器である。よって頭が割れるほどに勉学に励め」と言われて離れに閉じ込められて勉強させられたりもした。

 

 平日は帰ってきたら母の監視付きで宿題を速攻終わらせて、父が帰ってくるまでかなり高度なお勉強をさせられて、父が帰ってくるなり道場に連れていかれて文字通り吐くまでしごかれる。

 

 休日は父親の予定が空いていれば山籠もりをさせられ、サバイバルや山での戦い方の指導をみっちり叩き込まれる。

 

 父も母もいない時には知らないおっさんが指導しに来たりもした。

 

 

 

 

 ……えっと。ちょっとパパンとママンや、スパルタ過ぎないですかね?

 

 

 

 前世の記憶持ちである俺としてはパパンの言いたいこともわかるし、こんな家系に生まれてしまった以上これより苦しいことなんかたくさんあるのだから幼き頃から苦労をして強くなりなさいというママンのいうことも十分に理解できる。

 

 2人からある程度優秀な息子に対する超絶な期待と、それだからこそ尚更早死にしてほしくないっていう心配が降りかかってるのは非常に納得できるんだ。

 

 納得はできるんだよ。確かに。

 

 でもさ、普通に考えてみてよ。

 

 パパン、ママン。僕まだ10歳にすらなってないんですよ?

 

 teenなageにすら達してないんですよあなた方の息子さん?

 

 遊ぶことが仕事とまで言われる年代の子供に彼らはいったい何をやらせているんだと常々思ってしまうのも仕方がない。

 

 前世の目標を達成するために自ずから志願してはいるものの、正直毎日修行から逃げ出したくてたまらない、どうも小野寺です。

 

 これ多分この体に宿ってる人格が俺じゃなくて普通の子供だったなら虐待として逮捕されてもおかしくないと思うな俺。

 

 離れに閉じ込めて勉強させるとか普通に監禁ですわよママン。

 

 この前親父のいい蹴りがみぞおちに入って本気で立てなくなってるっていうのに「この程度で倒れるとは何事だ!立てぃ!」とか言われて無理やり立たせられたときは「あぁこいつマジでぶっ殺すぞ」とか思ってしまったわよパパン。

 

 4倍とか体重差あるやつのけりがまともに入って「この程度」ってなんだよ。

 

 紀ちゃんだって黄泉の拳がまともに入ったときはうずくまってたんだぞ。

 

 

 

 

―――まあ、それでも本当に俺に「死んでほしくない」って思ってる気持ちがひしひしと伝わってくるからこんな厳しい修行も悪くないかなーなんて思ってはいるんだけどね。

 

 

 でも神楽はよくこんな厳しい修行に耐えてたよな。さすがにここまで基地外ではないとは思うけど、それでも大概だろう。退魔士一族ブラックすぎワロタ。

 

 

 

 

 ちなみに原作キャラとの絡みは今のところ殆どない。

 

 黄泉とか冥姉さんとかとの絡みはなく、分家会議とやらで親父に付いていった時に雅楽さんと神楽ちゃんと一言二言をしただけである。

 

 この頃はまだ神楽ちゃんのお母さんが死んでいないから、雅楽さんが分家を纏めているためちょっと喋ることができたのだ。

 

 とはいえ分家の中でも結構低い地位にいるらしい小野寺家と、分家どころか総本山たる土宮に婿入りした雅楽さんとではあまり話す時間が取れず、残念ながら交流を深めることはできなかった。

 

 ただどうやら俺は少々有名らしく、雅楽さんに名前を知ってもらえていたので今後関わることができるかもしれない。

 

 まだ親父から許可が出ていないので、怨霊を退治したことはまだ殆ど無いのになぜ知られていたのかは謎であるが。

 

 ……個人的には幼少時は冥と関わる機会が最も多いのではないかと想像していたのだが、当てが外れたようだ。

 

 諌山冥と話すのを楽しみにしていた節があるので残念である。

 

 もう少ししたら分家会議にも出てくるのだろうか?

 

 諌山奈落が分家の取りまとめ役になったときは諌山幽の後ろにいたはずだし、俺よりも2つ年上のはずだからそろそろ出てきてもおかしくはないだろう。

 

 とはいえ親父は「分家会議になど出ている暇があったら鍛錬をせよ」っていう脳筋な考えの持ち主なので出てきても会えない可能性が高いのだが。

 

 

 

 はてさて。そんなこんなで光陰矢の如しとはよく言ったもので(別に無作為に過ごしてはいないが)、流れるようなスピードで月日は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 そして俺が中学1年生になったころの事だ。

 

 

―――駄々をこねてようやく連れて行ってもらえた分家会議で、面白い話を耳にした。

 

 




次話で原作キャラとの絡み入ります。
凛が中1⇔神楽小5⇔黄泉中2⇔喰霊-零-の3年前。
さて、そこで聞く面白い話ねえ。


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第4話

「殺生石ねぇ……」

 

 

 分家会議が終了した後。池にあった座りやすそうな石でくつろぎながら俺は呟いた。

 

 殺生石。

 

 この喰霊-零-という物語を作り上げ、そして破壊した存在。

 

 「九尾の狐の魂の欠片」であるそれは、作中に全部で10個存在する。

 

 この中で喰霊-零-に登場するのはたったの2個(正確には白叡の中にあるもの、三途河が分裂させて与えたものも含めて4個)である。

 

 殺生石は使えば非常に強大な霊力を得られる代物であり、体の成長を一時的に抑制したり、日常生活を送ることすら困難なほどの怪我を完治したり、切断された腕を再生させたりなどの異常なまでの恩恵を受けることができるが、当然ながらその力を得るためには大きなデメリットがあり、その力を使うと心の闇の部分が増幅され、負の感情に魂が蝕まれてしまい、最終的には精神も肉体も崩壊した自分の負の感情のみに基づいて行動する悪霊となってしまうという欠点がある。

 

 自分の負の感情。つまりは醜い嫉妬や欲望などが増幅され続け、しかもその願望などを遂行するための理性のタガをこの石は消し去ってしまうのだ。

 

 自分の欲望のためならばどのような手段をとることも全く厭わなくなる。

 

 それこそ、殺人でさえもこの石は正当化してしまう。

 

 この石の力は本当に絶大であり、そのうちのたった1個。たった1個の存在のせいでこの物語は崩壊へと歩を進めさせられてしまった。

 

 まあ、ざっくばらんにこの石を解説するならば某作品でいう四魂の玉をマイナス方面に強化した存在と言えるだろう。

 

 そんなかわいいものではないというのが俺の本音ではあるが。

 

 

 

 

 ともあれ俺がこの世に生を受けてから13年。随分と時間がたったものだ。

 

 最近ようやくクラウドだのスマホだのがない生活にも慣れて、固定電話で連絡を取り合うのが自分の中の常識になってきた。

 

 そのせいと毎日が忙しすぎるせいで忘れかけていたが、俺が中1になっているということは土宮神楽は今小学校5年生、諌山黄泉は中学2年生になっているということなのだ。

 

 つまりこの時間軸は原作(喰霊)が始まる5年前となってしまっているのである。

 

 原作の五年前、それは喰霊-零-3話時点(・・・・・・・・・)と時期がぴったり重なる。

 

 

 

 要するに、悪霊との戦いで土宮 舞(神楽の母)が死ぬのが今年なのだ。

 

 

 

 気づけたからよかったものの、うっかりしていた。

 

 影が薄かったためにおぼろげな人も多いかとは思うが、喰霊-零-の三年前の時点で土宮神楽の母親は死んでいるのだ。

 

 むしろそれがあの物語のスタートである。

 

 

「問題は、それがいつなのかだな」 

 

 投げられた石がぽちゃんと静かな音を立てて池に沈んでいく。

 

 この時間軸のことについてはほとんど喰霊-零-内でも原作内でも言及されていない。

 

 いつ起こるのかについては本当にこの時間軸であるという情報しかない。

 

 それに加えて敵の規模はどうなのかとか、あのメンバーがそろっていてなぜ土宮舞は死んだのかとか、そこら辺も全く語られていないのだ。

 

 白叡を持った土宮舞に体術で諌山黄泉を圧倒した土宮雅楽、そして今この段階でも神童と呼ばれて一目置かれている諌山黄泉が居て、それでもなおかつ土宮舞は死んでいる。あまり考えていなかったが、これは少々まずい。

 

 諌山黄泉は後から駆け付けた可能性が高いし、敵も予測出来てはいる。

 

 喰霊-零-ファン共通の敵である三途河だろう。

 

 たとえ殺生石があってもあいつさえ死んでいればあの悲劇は起きなかった。原作で九尾を利用して蘇らせた自分の母親に刺されて死んだときは、申し訳ないがガッツポーズをしてしまった程にはあいつが嫌いだ。

 

 あのマザコンが嫌いという意見に共感してくれる人は多いのではないだろうか。

 

 それはさておき、三途河は少なくとも土宮神楽の両親を退けている。

 

 恐らくは退魔士の中でもトップクラスに入ると推測される二人を、だ。

 

 それになんの対策もなしに向かっていくのは愚の骨頂である。

 

 そのため久々に開かれた分家会議で何か情報を得られないかと思って、親父と大喧嘩してまで参加したのだ。

 

 文字通り骨が折れる戦いだった。親父の。

 

 

 残念ながら親父の骨を折ってまで参加した分家会議であったが、三途河に直接的に繋がる情報は得ることができなかった。まあ当然ではあるが。

 

 ただ「殺生石」という名詞と、最近霊力場が不安定だという情報は手に入れた。

 

 この二つは面白い情報だ。

 

 一見大したことがないように感じるこの「霊力場が不安定」という言葉は、ニアリーイコールで「殺生石が関係している」と解釈できるため、間接的にではあるが三途河に繋がる情報として推理することができるのだ。

 

 もしかすると、悲劇の開始が近いのかもしれない。

 

 この情報を得ることができただけでも親父の肋骨を折ってしまった分の代価は受け取ることができたといって過言ではない。

 

 

「ただなあ」

 

 いくら三途河に繋がるかもしれない情報を手に入れたとしても、俺が一人参戦した程度では戦況が変わらない可能性がある。多分だが、今の俺では三途河には敵わない。

 

 17歳時点の諌山黄泉と18歳時点の諌山冥を楽々処理している相手だ。その時点の3年前と言えども、今の俺じゃ勝てないだろう。使いたい技術があっても、行いたい動きがあっても未成熟な今の俺の体では残念ながら自分が思い描くパフォーマンスにははるか遠く及ばない。

 

 喰霊-零-時点の諌山勢を今の俺が退けられるかと問われたら正直結構厳しい。逃げ切れば勝ちという条件付きの撤退戦でならば何とかなるか、といった感じだろうか。3年後とかなら三途河を含めて話は全く別になると思うんだが……。

 

 どうしたものか。

 

 一応13年間三途河を倒すためだけに戦術とか練ってきたし、そのための動きも練習はしてきてはいるのだが。

 

 ぽちゃん、ぽちゃんと次々に投げ入れられる石。

 

 せめて、協力者が居れば―――

 

 

 

 「―――小野寺凛さんですね」

 

 

 池に石を投げ入れていると、後ろから凜とした声がかけられた。

 

 ダジャレとかそんなものではなく、本当に優雅な声。

 

 その声につられて思わず振り向く。

 

 白銀の長髪に、透き通るように白い肌、そしてルビーを思わせる赤い瞳。桜の着物を纏い、背中に一本芯でも入っているかのような美しい姿勢で俺の後ろに立っている少女。

 

 喰霊-零-では殺生石に一番最初に取り憑かれ、そして諌山を崩壊させた張本人。黄泉に家督を奪われ、その恨みから怨霊となってしまったある意味悲劇の人。

 

 

 「諌山、冥?」

 

 

 

 諌山冥がそこには立っていた。

 

 








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絡みとも言えないなこれ。
1話あたりの文字数を二倍くらいにしようか悩み中です。
私執筆速度遅くて。
ぽちっと評価してくれたりすると更新早くなります←


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第5話

 

 

 

 

 

 諌山冥。喰霊-零-における敵キャラの一人。

 

 現諌山の党首である諌山奈落(黄泉の父親)の弟、諌山幽の娘。

 

 諌山奈落には実子がいないため、諌山の血を継ぐ実質的な継承権1位の跡継ぎであるはずなのに、諫山奈落の気まぐれのせいで養女(・・)である諌山黄泉に家督を奪われた人である。

 

 正常な状態では家督の件について「黄泉さんが死ねば家督は私のもの。この業界で家督を継ぐことは早いか遅いかでしかないのです」と発言している。

 

 つまり退魔士は死亡率が高く、黄泉もそのうちさっさと死ぬのだから、自分が家督を継ぐのは時間の問題。自分が家督を継いだようなものなのだから気にする必要はないと言っているのだ。

 

 もしかすると自分が黄泉を殺すから、といった意味なのかもしれないと解釈は出来るが、時折正気に戻った際の発言から推測するとこんな意味だと思われる。

 

 一見それ(家督)に大した拘りはないかの如く見えた。

 

 だが殺生石を体に埋め込まれてからはその主張が一変。

 

 諌山奈落をその手にかけて殺すと遺書を書き換えて家督を自分のものに変更。諌山家に代々伝わる宝刀である獅子王を黄泉から無理やり奪い取る。

 

 それだけに留まらず黄泉が住んでいた部屋をも自分のものとして奪い取り、黄泉から徹底的に「諫山」と居場所を奪い去ってしまうのだ。

 

 諫山黄泉の命の恩人たる諫山奈落。黄泉の親が怨霊に殺された際に救ってくれたのが奈落で、その後の面倒すら見てくれて、そして実の子ではない黄泉に「諫山」と諫山の象徴とも言える宝刀「獅子王」を託したという。

 

 

 そんな奈落も、獅子王も。

 

 黄泉の諫山における全てと言っても過言ではないそれらを冥は奪い去った。

 

 そして最後にはその胸に秘めた思いを爆発させて黄泉を殺そうとするが、殺生石との相性の悪さなどの要因が重なって返り討ちに遭い、二度と帰らぬ人となる。

 

 この人の説明をするとすればそんなところだろうか。

 

 黄泉をダークサイドに落とした原因となった最も大きなファクターたる存在である。

 

 この人が殺生石を得ることがなかったならば、あの世界はあそこまで崩れなかった。

 

 ただ、石を得てから時々正気に戻った際に、「私は一体何をしているんだ」と後悔どころか自分の行為に理解不能さを示していたため、もし石を得ていなければあんな事態にはならなかったのではないだろうか。

 石を得ずともどこかで爆発していたかもしれないが、それでも石と、何より最悪なのが三途河の野郎である。

 

 この人に殺生石を渡したのも、黄泉に殺生石を渡したのも、あのマザコンであって、 この人もまた被害者の1人だと俺は考えている。

 

 やった行為は許されるべきことではないが、まず最初に憎まれるべきは三途河であって、その次にこの人だ。

 

 多分視聴者もこの人に嫌悪を抱く人は少ないのではないだろうか。

 

 

 

 

 俺は目の前に立つ諌山冥を見据える。

 

 その美しいふるまいと立ち姿からは気品と確かな知性が感じられ、そんな愚行を犯すような人には決して見えない。ただ想定してたより息をのむような美人であるだけである。

 

 だが、この人の内面には自分が思っている以上の黄泉に対する嫉妬と妬みの感情が渦巻いていて、放っておけばそれを爆発させてしまう。

 

 この人を止めなければ、この物語に救済はないのだ。

 

「直接お会いするのは初めてですね。初めまして、諌山冥と申します」

 

 綺麗にお辞儀をする諌山冥。

 

「こちらこそ初めまして。小野寺凜と申します」

 

 年上に名乗られた上にお辞儀までされて黙っているわけにはいかないので俺は慌てて立ち上がりお辞儀を返す。10歳そこらのガキとは思えぬほど固くなってしまったが、とりあえず名乗り返す。

 

 いつか会いたいと思っていた人ではあるが、まさか向こうから接触してくるとは。機会を窺っていたのだが、機会がほとんどなかったために今日の接触は諦めていたので少々面喰ってしまったのが正直なところである。

 

「噂はかねがねお聞きしています。一度お話ししたいと思っておりました」

 

 クスッと15とは思えない妖艶な笑みを冥は浮かべる。前世の頃からしてみると15なんてまだまだ子供といった感想を抱いたものだが、13の現在からしてみると非常に大人に見えて仕方がない。

 

 子供のころは女性のほうが成長が早いと聞くし、このころの2歳差というのものはかなり大きい差だ。

 

 ぶっちゃけこの二言三言だけで自分が押されているのが否めない。

 

 鍛錬とかを積んでいても性根がヘタレなのはあまり変わっていなかったりする。

 

「色々伺っております。なんでも一人でカテゴリBを2体相手に立ち回ったとか、退魔士歴代でも類を見ないような鬼才の持ち主であるとか。小野寺の期待の星なんて呼ばれてたりもしましたね」

 

「……そんな噂をされてるんですか、俺?なんていうか、それは買い被りが過ぎますよ。そんな大層なもんじゃないですよ」

 

「ご存じないのですね。退魔士の中では有名な話です。あの黄泉ですら凌ぐ神童なのではないか、と」

 

 そんな噂をされていたのか俺。フリーで退魔士やってたし、あんまりこっちの業界の人と絡む機会がなかったからそんなことを噂されているとは全く知らなかった。

 

 ちょっと嬉しい反面、面と向かってそういうことを言われるとなんて反応すればいいかわかんなくて背中がむず痒い。

 

 そんな俺の反応を見て悠然と微笑んでるし。余計むずがゆい。くそう。

 

「……親父のスパルタ教育のおかげですよ」

 

 つい少々ぶっきらぼうに返してしまう。年上の美人なお姉さんにからかわれて格好つけようとする背伸びをした中学生かよ俺は。

 

 ……寸分違わずその通りだった。少なくとも見た目上は。精神も肉体に引っ張られでもしてんのかね?

 

「……挨拶まわりとかもう大丈夫なんですか?さっきまで諌山さんと色々回ってたみたいですけど」

 

「ええ。もう大抵は済みましたので。後は特に何をするでもないのでお父様に預けてしまおうかと。それに、それを言うなら凛さんこそでしょう?お父上に付いて回っているようには見えませんでしたが」

 

「……おっしゃる通りで」

 

 よく見てらっしゃる。実はこういった場で大切な日本の儀式である「挨拶回り」を今日俺は一切やってないのだ。

 

 中学1年生だからで許されることではあると思うが、それでも親の後ろにくっ付いて自己紹介ぐらいはするのが普通な光景だろうなーとは思っているのだが。

 

「貴方は今この業界において時の人。見られていないことの方が難しいでしょう。珍しく"小野寺凛"が来たということで分家一同楽しみにしておられたのに、お話が出来ないとの事で皆様残念そうにしていらっしゃいました」

 

 クスッというよりはフッといった擬音がつきそうな微笑。ほんとにこの人の笑みは掴みどころがないな。

 

 ……それにしても皆に注目なんてされてないだろうと思ってここに来たのに、なんでこの人に見つかったと思ったらそういう事か。

 

 どうやら結構注目されているようだ。やるじゃないか俺。

 

 が、男として武力で皆の感心を得ることが出来たのは嬉しい反面、それのせいで三途河に注目されてしまいそうで多少怖い。

 

 黄泉とか完全にあいつに目をつけられていたし、原作の主人公の名前ですら覚えてるような奴だ。

 

 皆を殺生石から救おうとして動いてるうちに俺が殺生石にやられてしまっては元も子もない。

 

 ミイラ取りがミイラにならないように警戒はしておこう。

 

 

 それはそうとして、そんな一躍時の人として世間様に名前が躍り出ているらしい俺氏こと小野寺凛が何故挨拶回りをしていないのか。

 

その理由を話すと多少長くなるのだが、一言でその原因をまとめるとするなら

 

 

「いやぁ、皆さんには悪いんですけど、俺今親父と喧嘩してまして」

 

 

こうである。俺氏、だだいまパパンと絶賛喧嘩中なのである。

 

 

「分家会議に出たいってごねたら少々怒られてしまいまして。ヒートアップした俺も『親父から1本取ったら分家会議に出させろ』なんて事を言い始めてしまって……」

 

 それに更に激高した父親がその申し出をまさかの快諾。母親が監督を努める中、恐らく過去最大級の親子喧嘩が勃発したのである。

 

「あぁ、それで小野寺殿の立ち振る舞いに違和感があったのですね。肋骨を傷めている人間の動きでしたので、どうされたのかとは思っていました」

 

「……随分と目敏いですね。ええ、ちょっと白熱し過ぎて思わぬラッキーパンチを父親の肋骨にぶち込んでしまいましてね。分家会議の2日前だというのに我が父は心臓側の肋骨を3本折る重症ですよ」

 

 実際はちょっと違うのだが、いいのをぶち込んでしまって父親を重体に追いやってしまったのは事実である。

 

「その結果顔を合わせ難くなってしまってて。なんとか要求は呑ませてここには来れたんですけど、一緒に挨拶回りをする気にはちょっとなれなくて1人で黄昏てた訳です」

 

 行きの車とか終始無言だった。

 一応昨日謝ったんだけど、それでもやっぱお互いに気まずいものだ。

 

 まさかの親父が客として来店してきたキャバ嬢でももっとしゃべるんじゃないの?っていうぐらいにはシュールな空間だった。

 

 その割を食った運転手さん、まじでごめんなさい。

 

「……なるほど。小野寺殿がけがを負うとは相当に白熱したのでしょう」

 

「正直かなり。俺、何回か死を覚悟しましたもの」

 

「それはそれは。小野寺殿も大人げないのですね」

 

「ええ。そうなんですよね。ガキ相手にあそこまでムキになるとは思ってもみませんでしたよ」

 

 顔面に後ろ回し蹴りとか飛んできたときは鳥肌が立ったものだ。

 

 膝蹴りが顔をかすめた時なんかは走馬燈が見えるかと思った。

 

 俺がそう付け足すと、今度こそ本当に可笑しそうに(・・・・・・)、それでいていつものように妖艶に、目の前の彼女は笑った。

 

 

 「でも、貴方は無傷(・・・・・)

 

 

 そうぽつりと漏らすと、諌山冥は優雅にそして唐突に一礼をして踵を返した。

 

 

 「それでは(わたくし)はこれで。またお会いしましょう、小野寺凛さん」

 

 こちらを振り向かずにそうつぶやくと、華麗な足取りで諌山冥は歩き出した。

 

 その視線の先には諌山幽。

 

 後ろを一回も振り向いていないのにその存在を把握する技量には感服するしかない。

 

 本当に掴めない人だ。何を考えているんだかがよくわからない。

 

 

 

 「―――」

 

 「―――え?」

 

 

 ふと、諌山冥は顔を半分だけ向けて、何かを小さくつぶやいた。

 

 歪な笑みを、口元に残しながら。

 

  

 

 

 

 

 ……なんと言ったか全く聞き取ることができなかった。

 

 だから、これは俺の聞き違いなのかもしれない。

 

 でも、去り際に彼女は

 

 

 

 ―――期待しています。

 

 

 黒い笑みの下で、そう呟いた気がした。

 




私結構ミスが多くて、更新されたてだと文章がややぐだってるときあるかもです。今回もちょい大幅に改稿しました。一応時間たってから読み直しを着て書き直ししてたりするので、何か明らかに変なのとかあったら連絡頂けると助かります。


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第6話

 諌山冥との接触から2週間程たったころのことだ。

 

 

 

 事態が大きく動き始めた。 

 

 

 恐らく、この特異点の異常さに気が付けたのは、そしてこれからも気が付くのは俺だけだろう。

 

 この表現だと少々正確ではないな。正確に言うなら、この特異点の異常な観測が三途河(・・・)によるものだと気が付くことができたのは俺だけだろう。

 

 原作知識を持っているからこそ気づけた観測点の異常。

 

 カテゴリーAに匹敵する怨霊が、カテゴリーBの怨霊の群れとはかなり離れた場所に1体出現し、そして精鋭部隊がそこに到着した時にそこにいたのはカテゴリーAではなく、カテゴリーDの軍団であったという事件がつい最近に起きたのだ。

 

 カテゴリーDを精鋭班が全滅させたときにはカテゴリーAの反応が完全に消失したため、観測班が何らかの原因のせいで霊力分布の把握を間違えてしまったのだろうと結論付けられたその事件。

 

 何故か上層部ですら勘違いとの結論で納得してしまったらしいのだが、俺はそれを見た瞬間に衝撃が走った。

 

 これは、喰霊-零-で三途河が実際に一度使った手段に酷似しているのだ。

 

 自らを囮として使用し周囲の注目を一気に集めさせることで戦力を攪乱させ、増援を目標に近づけないようにしてから何らかの目的を達成する。

 

 今回のやり方は、その方法と手口がかなり似通っている気がするのだ。

 

 観測班の間違いとか言い始めている輩がいるようだが、カテゴリDが全部倒された瞬間に三途河が消えればそれで簡単にこの前の状況は満たすことができる。

 

 恐らく向かった精鋭たちはそこにカテゴリーDに紛れてカテゴリーAが居た事に気づいていないのだろう。

 

 そのため(多分だけど)そいつらが観測班のせいにしているんじゃないだろうか。ちょっと精鋭で腕に覚えなんかがあったりするから三途河が居た事に気づいていない事に気づいていないのだろう。そして精鋭として派遣されてる輩だし、上の覚えもいいだろうから上もホイホイ信じてしまったんじゃないのか?

 

 少々無理はあるかもしれないがそこそこには納得できる推論だろう。

 

 ちなみにカテゴリーとは文字通り分類である。この業界においては怨霊を4つの区分に分類して呼称している。

 

 カテゴリーDは人間を基とする怨霊、つまりはゾンビのようなものを指す。

 カテゴリーCは比較的脅威とならないレベルの低級怨霊を指す。

 カテゴリーBは脅威となるレベルの怨霊を指す。

 カテゴリーAはかなりの脅威となるレベルの上級怨霊を指す。

 

 カテゴリーBレベルで霊感無しのそれなりに鍛えている軍隊を壊滅させられるレベルと考えてもらって差し支えない。霊感がないとはいえ、それを補うゴーグルと特殊武装が支給されている軍隊がである。

 

 だがそれでもカテゴリーBの中でも上位のほうになってくるとそのレベルの軍隊ではほぼ間違いなく太刀打ちできなくなってくる。ここから先は霊感持ちで特殊な訓練などを受けた部隊などでなければ対応ができなくなってくるのだ。ちなみに土宮神楽は(上位のものかどうかはわからないが)カテゴリーBを居合抜きで一刀両断していた。あれは今の俺からしても素直に称賛できるレベルだ。あんなの中学2年の女子がやっていいレベルの技じゃない。

 

 さらにカテゴリーAなんかになってしまうと上位のカテゴリーBを討伐した部隊を、1分かからないなんてレベルではなく殲滅してしまうほどの実力を持つ。諌山黄泉が怨霊化したとき、カテゴリーAに分類されたのだが、彼女はカテゴリーBとの戦闘中に軽口を叩き始める余裕を持っているほどなので、カテゴリーAの実力はお察しというやつだろう。

 

 

 

 

 ともあれ、その霊力分布図に異常があるとの報告を受けた時には俺も速攻で動こうとしたのだが、その戦いにおいては大した障害が発生しなかったらしく、俺が駆けつけるまでもなく除霊は完了してしまっていた。

 

 今回は何事もなかったからよかったものの、これが喰霊-零-で神楽の母親が亡くなるその瞬間だったと考えると、ぞっとする。例え俺が三途河を倒せるだけの力を持っているとの仮定したとしても、地理的な条件のせいでその現場まで急行できなければ何の意味もないのだ。誰も救えない。ただの力の持ち腐れである。

 

 

 

 あの襲撃の際のヒントは二つ。

 

 

 時間は夜であるということ。これは喰霊-零-で神楽の両親が家を出た時の描写からも、神楽の母がやられて雅楽の腕に抱かれているシーンからも推測が可能だ。

 

 また、神楽に「すぐに帰ってくるからね」と声をかけた際に神楽の服装が寝間着ではなかったため、恐らくは22時よりは前であるとも推測される。

 

 そして、土宮家の党首とその伴侶が直々に動いていることからその案件はかなり巨大なもの。

 少なくとも、カテゴリーBでもかなり巨大なものを投入してくると考えられる。しかも複数。またはカテゴリーBを各地に配置して戦力を分散し、土宮の二人を誘い込める状況を作り出してから三途河が登場するなどの可能性も考慮に入れる必要がある。

 

 さまざまなことを考慮に入れて迅速にかつ緻密にそして大胆に動かなければならない。

 

 

 色々と意識しているつもりであったが、それでも尚甘かった。紙の霊力分布図なんかで情報を逐一調べてるなんて悠長なことを言っていられる状況ではなかったのだ。

 

 

 そう考えた俺は、

 

 

「―――という訳で携帯が欲しいんだ」

 

 

 親におねだりをすることにした。

 

 

 喰霊-零-の知識は当然伏せて話した。

 正直スマホに比べちゃうと断然性能が劣るガラケーにほとんど魅力を感じてはいないのだが、それでも携帯があれば懸念がいくつか解消されるので親に熱弁中である。

 

 金銭的にはお勤めの稼ぎがあるので問題はないはずだが、何よりこの時代で中学生が携帯電話を持つなんてことはほとんどないのに加えて、そもそも親世代があまり携帯なんて持っている時代じゃないというのが大きい。一応普及はしているのだが、古風な親だと見向きもしないのだ。あと数年もしたら必ず一人一台持つようになるというのに。

 

 

「さっきお父さんが子供にはまだ早いって言ったけど、そもそもこの業界で大人も子供もないと思うんだよね。俺なんか中学生だけどそこらの大人よりか前線に立って切り込んでるし、周りの中学生に比べて寝る時間も圧倒的に遅いし。俺の生活のレベルってどちらかといえば大人よりでしょ?それに倫理的問題で俺がそれを持つのが早いって主張はさ、たぶんだけど俺の安全面とかを気にしての話だよね?それなら尚の事持つべきだと思うんだよ」

 

 

 案の定お前にはまだ早いと切り返してきた父にはこう返し、

 

 

「あんまお母さんにはなじみがないかもしれないんだけどさ、携帯電話ってすごい便利なんだよ。さっき話した霊力分布図の最新版がすぐに手に入るってメリットだけじゃなくてもしかして任務中に何かしらの問題が起きた時にもすぐに連絡が取りあえるし、なによりすぐに安否の確認ができるんだ。これがあればお母さんが俺が任務から無事に帰るのを確認するまで眠らないなんてことはなくて済むんだよね」

 

 

 メリットがわかってなかった母親にはこう返す。なんてかわいくないガキなんだって指摘は無しで頼む。自覚しかないから。こんな子供やだわ。

 

 ちなみに携帯とは関係がないけど、肋骨の件で親父とはすぐ仲直りしました。結構あっさり解決してたり。

 むしろ問題は母親のほうで、愛しのパパンを思い切り怪我させた息子さんにしばらくご立腹のご様子でした。いや、正当な試合でのケガなんだから俺に責任はないだろって思ったりもしたんだけどさ。どうやら察するに最近俺も安定した収入源になってきたから2人目を計画していたらしく、それが潰されちゃったので少々虫の居所が悪かったみたいです。

 

 今はむしろ昼間もべたべたできるから機嫌いいんですよママン。うちの母親は美人だけど結構アホの子要素たっぷりだったりする。

 

 

 そんなこんなで

 

 

「凛。利便性はよく理解したが、それでもやはり有害なものがあると聞くからそれが心配だ」

 

 

 との親父の心配には

 

「フィルタリング機能っていうのがあって、お父さんが許したものしか見れないように設定できるみたいだよ」

 

 フィルタリングをあたかも知らないかのように推奨し、

 

「そうねぇ。知れば知るほどいいものそうねぇ。いっそ私たちも買ってしまおうかしら」

 

 と某斜塔なんて目じゃないくらいには購入に傾いてる母親には

 

「家族で入ると家族割りでやすくなるんだ!」

 

 とお前どこの営業マンだと突っ込みたくなるような口説き文句をぶつけておいた。

 

 ダメ押しで

 

「お母さんがおなか痛くなって動けなくなったとしても、携帯があればすぐに救急車を呼べたりするかもしれない!」

 

 と何かを連想させるワードも押し込み、親の快諾を勝ち取った。快諾とは言えないかもだけど。

 

 

 結果として翌日俺は携帯を手に入れることに成功した。久々のガラケーで、しかも下手をすると開閉式じゃなかったかもしれないという年代の携帯には何やら不思議な感動があった。

 

 ちなみにフィルタリングはがっつりかけられました。親父ェ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そしてその2週間後。

 

 

 カテゴリーAの誤報なんてみんなが頭の片隅に置いて忘却してしまっていたころ。

 

 

 その時は、やってきた。

 

 













話ほとんど進んでないのに長くなったな。
私学生なので平日の更新は不定期になりますね。
土日は定期的に更新(予定)です←


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第7話

※かなりの自己解釈を含みますのでご注意ください。


 「―――来たか」

 

 

 携帯を買ってからおよそ二週間後。

 

 ついにその時がやってきた。

 

 

 カテゴリーBの同時大量出現。

 

 俺が想定していたほぼ最悪と言って過言ではない状況の爆誕である。

 

 今俺の手元に来た霊力図を見る限り、少なくとも4か所にカテゴリーBが出現している。そして恐らくその付近には大量のカテゴリーCとかDも存在しているだろう。

 

 上位に属する怨霊は下位に属する怨霊を呼び覚ます。これはかなりのでかい戦争になることは間違いない。

 

 

 一人でも多くの戦力に参戦してもらいたかったため、出来れば親父にも出てほしかったのだが、流石に一か月とかそこらじゃ骨は治癒しなかった。

 

 自分の行動が自分の足を引っ張る最悪の形だ。

 

 もっと手加減をちゃんとして戦っておけばよかった。

 

 

 

 だが、もはや後悔している暇はない。

 ここから先はたとえ一分たりとも無駄には出来ないのだ。その一分が誰かを殺す。

 固形の栄養食を液状の栄養食で流し込み、戦闘用の服に着替えると母親と父親にこの戦場に参戦することを伝えた。

 

 親父たちも俺が行くであろうことは何となく察してくれていたらしく、予想に反してあっさりと参戦の許可を貰うことが出来た。ここで多少ごねるだろうと思っていたので嬉しい誤算だ。

 

 いつもお役目に行く際に使う車を一台借り受けると、屋敷内の使用人に運転者を依頼してそれに乗り込む。

 

 こういう時に自分がハンドルを握れないのは非常に不便だ。運転手をまさかお役目のど真ん中に連れていくわけにはいかないし、法定速度をガン無視した速度で走らせることもさせられる訳がない。行く場所も逐一指示しなければならないし、とっさの判断で道を変更するなどの小回りが利かなくなる。

 

 年齢の壁は非常に面倒臭いものだ。

 

 心の中で舌打ちを一つぶちかましながらも、俺は車を走らせるべき場所を思考する。

 

 

 カテゴリーBが現れたのは少なくとも4か所。観測班が間違えたことを俺は見たことがないので4つで間違いはないだろう。今のところは(・・・・・)

 

 その4つにも大小が存在する。北東に存在する特異点が一番大きく、南西に存在する特異点がその次に大きい。北西、南東に存在する特異点事態はその二つに比べて相対的に小さくなっている。絶対的な視点から見ればそれでも異常な大きさではあるが。

 

 その中で俺が行くべき場所はどこか。これは簡単だ。

 

 

「北東の特異点に向かってください」

 

 一番デカい所に決まっている。

 

 一番強大なところに腕のある退魔士は投入される。土宮家が投入される戦場は間違いなく北東の特異点だ。戦力バランスを考えた上で諌山黄泉は恐らく南西に投入されるだろう。

 

「え?坊ちゃん、確か坊ちゃんは南東の特異点が担当じゃあ……」

 

「その指示は無視します。確かに南東を担当するように指示は来てますが、俺はフリーですから自分の意思で判断して動きます。出してください」

 

「いやしかし、北東は異常なほどの特異点ですし、土宮殿が担当されるとの話も聞いています。そこにわざわざ坊ちゃんが出向かなくても大丈夫なのでは?」

 

「かもしれません。ですが、俺は北東に向かいます。金田さん、車を出してください」

 

「いや、しかし―――」

 

「―――出せ(・・)

 

 

 年上に対して命令をするなど言語道断だ。でも、金田さんには悪いがこんな下らん問答で貴重な時間を消費している余裕なんてない。お願いが聞き入れられないのならば命令をするまでだ。

 

「……は、はい」

 

 普段使用人に対して横暴な態度などとったことの無い俺がいきなり命令口調を使ったから驚いたのか、慌ててアクセルを踏む金田さん。うちの車はなかなか速度が出るので、加速の勢いでシートに押し付けられる。普段は絶対こんな運転をしない人だが、焦ったのだろう。

 

「特異点までできる限り飛ばしてください。有料道路を使った方がいい場合は当然小野寺で全額持ちますので迷わずに使ってください。お願いします」

 

 その指示に金田さんがうなずいたのを確認すると俺は携帯を手に取る。

 

 電話帳など参照しなくとも緊急事態に備えて電話番号の暗記は既に終わらせた。

 

 迷うことなくとある電話番号をダイヤルする。

 

 1コール、2コール。3コール目でお目当ての人物は電話に出た。

 

『―――はい』

 

「こんばんは諌山冥(・・・)さん。小野寺です。今お電話よろしいですか?」

 

 

 

 俺は、諌山冥に電話を掛けた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

『小野寺凛?何故この番号を?』

 

 さも不思議そうに諌山冥は訪ねてくる。それも当たり前だろう。彼女は俺に連絡先を教えていない(・・・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 

「そのことについてはお詫びします。勝手にプライベートな情報を得てしまい申し訳ございません。ただ、緊急で相談したいことがあるので今は不問に付してくれると助かります」

 

 この時代は携帯があまり広く浸透しておらず、中高生で持っているなどほんの一握りの時代だ。しかもまだ連絡網に電話番号を載せることが普通な、個人情報保護の概念があまり浸透していない時分なのだ。

 

 特に、あまりメディアに詳しくない世代の人間は特にその管理が甘い。そして個人情報の取り扱いは身内内のみしか閲覧しないような状況においてその甘さは極まる。

 

 だから分家会議の資料(・・・・・・・)に個人の連絡先を載せてしまったりするのだ。現代からすれば誰でも目を通せる所に置いてある出席者名簿に住所、電話番号、携帯電話番号を書いているなど言語道断であるが、ここら辺がやはり古き時代なのだろう。管理がゆるゆるだった。

 

 諌山冥の電話番号もそれで普通に手に入ってしまった。ちなみに諌山黄泉の連絡先もあったりする。

 

 分家会議にはそのためもあって参加したのだが、あっさり手に入りすぎて拍子抜けした。この方法が不可能だった場合直接諌山冥の固定電話にダイヤルして聞き出そうかとしていたのだが、そんな恥ずかしいことをせずに終わらせることが出来て助かった。ちなみに挨拶周りをしなかったのは電話番号を入手するためでもあったりする。親父との喧嘩で唯一得をした部分だ。

 

 

『……わかりました。今は問わないでおきましょう。それで、緊急の要件とは?』

 

「ご理解ありがとうございます。冥さん、今回の招集には応じますか?」

  

『ええ。北西の特異点を担当しろとの命ですのでそれに従おうと思います』

 

「そうですか。――-冥さん。無理を言っているのはわかっていますが、それ無視して北東に来てもらえないですか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 これが、今回俺が考えた策の一つ。

 

 

 ―――諌山冥を、俺の戦力として駆り出す。

 

 

『……北東には土宮殿と他にも優秀な方々が参加なさると聞いています。我々が新たに参加する必要はないかと思いますが、理由をお聞かせ願えますか?』

 

 諌山冥のいう通りだ。正直、北東は誰が行かずとも問題ない。なぜならそこには土宮(・・)が居るからだ。俺が参加したら流石に強大な特異点といえど確実にオーバーキル。それなのに俺は諌山冥までも駆り出そうとしている。

 

 それはなぜか。それは、

 

「恐らく、北東付近にカテゴリーAが出現します」

 

 

 今回のこの異常事態。ほぼ間違いなく三途河が起こしたものと見て問題はない。あいつがカテゴリーBを呼び起こしたのだ。

 

 それじゃあこんな事をわざわざするその意図は何か。

 

 あいつの最大の行動動機は九尾を復活させて母親を蘇らせること、この一点に尽きる。そのためには九尾の力を引き継ぐ後継者の存在が不可欠であり、その後継者を探し出すために殺生石を皆にばらまいているのだ。

 

 つまりは今回の襲撃もその為だと考えられる。そしてその標的になるのが土宮舞、神楽の母親だ。神楽の母親を九尾の後継者候補として殺生石を与えようと目論んでいるのである。 

 

 そのためにはどうするか。簡単だ。土宮と1体1に近い状況で戦い、敗北させればいいのだ。諌山黄泉や諌山冥のように。

 

 戦場に、土宮なら確実に負けることはないが、それ以外の退魔士だと除霊が難しいレベルの怨霊を配置し、戦わせる。そしてある程度片付いた段階でその付近に三途河自ら登場すればいい。そうなれば土宮はすぐにでもそちらに急行しなければならないだろう。ほかの戦場にAクラスが乱入すれば壊滅待ったなしであるからだ。

 

 土宮がカテゴリーAの討伐に向かうとどうなるか。その戦場にはカテゴリーAには対応できないが、その戦場ならば食い止めることができるレベルの退魔士が残ることとなる。つまりは土宮だけをおびき寄せることができる。

 

「はっきり言って、冥さんを納得させられるような決定的な証拠はありません。ただ、信じてくれと言うしか」

 

 問題は諌山冥を納得させるような情報が存在しないこと。三途河が主犯だと俺が知っているのは何故かという話だし、そもそもそれをばらしても納得してくれるとは思えない。

 

 残念ながら、俺にはこの人を確実に動かす手段はないのだ。

 

 

『俄かには信じがたい話ですね。確かに私はフリーであり北西を担当しなければならない義務はありません。しかしながら貴方の推論は担当を依頼された北西を投げ出してまで北東に向かう理由にはなりません』 

 

「……そうですよね。無理を言ってるのは俺もわかってます」

 

 奥歯を噛み締める。こんなふざけたお願いで動いてくれるのは、それこそ絶対的な信頼をおいているような相手だけだろう。特に、理知的な相手であればあるほどそれは顕著だ。 

 

 ……分の悪い賭けだとわかってはいたがやはり動いてはくれないか。

 

 確実性は低くなるが、北東には俺一人で―――

 

 

 

 

 

『ただ、その仮説は北東に向かわない理由にも成り得ません』

 

 

「―――え?」

 

 

『残念ながらその仮説を全面的に信用をする訳にも行きませんが、北西部を片付け次第そちらへ向かう動機づけくらいにはなります。手早くこちらを片付けてそちらに向かいましょう』

 

 呆けている俺の耳に、相変わらず老成した、年の割には大人びた声がスピーカーを通して伝わってくる。

 

『なぜ貴方がその情報を知っているのかはわかりません。ですが、貴方の事は信じましょう。―――それでは。ご武運を』

 

 

 

 

 

 ツーツーと無機質な電子音が鳴り響く。

 

 諌山冥の協力を得て、思わず俺はガッツポーズを決めていた。諌山冥の協力を得れたのは大きい。可能性はかなり低いのではないかと予測していたが、これまたいい意味で予測が外れてくれた。

 

 これでまた、救済に近づいた。

 

 

「金田さん、もっと飛ばしてください」

 

 指示通りに踏み込まれるアクセル。

 

 さっき法定速度を無視して走らせることなどとかなんとか俺が言っていた気がするが気のせいだ。あまり対策室に借りは作りたくないのでやりたくはないが、いざとなれば環境省を通して警察に口を利いてもらえば済む。権力とは使うためにあるものだ。

 

 法定速度は余裕で超過しているため、風景がかなりの速度で流れていく。

 

―――条件は整った。

 

 あとは、俺が実行するだけだ。

 

 初めてのお勤めでもなかったほどに緊張しているのがわかる。

 

 焦るな、ビビるな。

 

 俺なら出来る。

 

 

 

―――やってやるさ。

 

 

 流れていく風景を見つめながら、俺はそう呟いた。

 

 




あまり話がすすまんなあw
あとまともに絡んでるのが冥だけな件について。
よろしければ評価とかいただけると幸いです。


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第8話

※まあ当然ながら自己解釈多数ですよね。ここのシーン、原作で詳細に述べてくれないかね。そーしたら書きやすいのに。


 

 

 

 

 諌山冥との電話の後、しばらく車を走らせて北東のスポットへと到着した俺は、直接戦線には参戦せずに裏方に回って怨霊と戦いを繰り広げていた。

 

 カテゴリーBと戦闘を繰り広げる本隊をサポートすべく、低級の怨霊の息の根を刈り取っていたのだ。

 

 俺がこの戦場で意識すべきポイントは3つ。

 

 あまり消耗しないこと、三途河に見つからないこと、土宮さん達の危機に間に合うこと。

 

 消耗してしまって結局俺も殺されましたーなんて事態になったら本末転倒なんてレベルじゃない。俺の目的はこの戦場を支えるなんて些細な(・・・)事ではないのだ。

 

 土宮さん達の危機に間に合わないなんて事態も決して起こしてはならない。部隊の補助なんて微細な事に囚われて結局土宮舞を助けられませんでした、なんて結末を辿るのならここに俺がいる意味がない。そんな恥ずべき事態を生じさせるくらいならば何もせずに家で寝てたほうがましだ。

 

 また、三途河に目をつけられてしまっては俺の想定が崩れる。俺の実力を加味した上で土宮舞に殺生石を与える計画を立てられては困るのだ。

 

 正直これに関しては俺が「神童」なんて呼ばれている時点でちょっと不味いかもしれない。

 

 一般に強者と呼ばれる部類の人間はリサーチを決して怠らない。だからこそ強者であり、強者は強者たるのである。その調査の段階で俺の名前が引っかからないなんてことは無いだろう。

 

 俺が望むのは、俺の存在を考慮に入れてはいるが、それでも特別な対策を打ち出そうとするほどではないと三途河が考えている状況。

 

 まぁ正直特別目をつけられていたとしても戦略はフレキシブルに変えられる。俺に注目されるのはかなり不味いが、そうなったらそうなったで腹を括るしかない。

 

 だが、やはりそれでも俺の存在が三途河に意識されない事に越したことはないのだ。

 

 なので極力目立たないように、しかし確実に仲間への被害は出さないように気を配りながら怨霊を駆逐し、本隊の行動を支援する必要がある。

 

 見つかると持ち場を指示されたりとかで面倒なので、本隊にすら存在をばれないように森の中をうまく立ち回り、比較的面倒そうな雑魚を選んで除霊して回っていた。

 

 最初の方は全く問題なかった。 

 

 少数の敵を最小限の存在感と的確なタイミングで駆除するなんて、森での動きに慣れている俺にとっては容易い作業だったからだ。

 

 だが、

 

 

 

―――数が多くなってきた。

 

 

 

 目の前に現れたカテゴリーCを一刀両断しながら俺は思う。

 

 新たに目の前に登場する蛇のようなカテゴリーCを地面と垂直に振り下ろした刀で切り裂くと、返す刀で俺の右に存在した怨霊2体をまとめて薙ぎ払う。

 

 更に左手の刃でカテゴリーDの頭を跳ね飛ばすと、足に巻き付こうとしていたC級を踏み潰した。

 

 ここの一連の流れまで2秒も経っていない。その僅かな時間で4体以上の怨霊を屠っている。そして俺は先ほどからそれを結構長く、しかも連続で行っている。流石にちょくちょく休憩を挟んで退治しているとはいえ、俺が退治している数は結構なもんだ。それだというのに怨霊はちょろちょろと湧いてきて、本陣のほうに向かおうとしたり俺に襲い掛かってきたりする。

 

 内心で舌打ちをしつつも、カテゴリーD、つまりはゾンビの群れに突っ込むと霊力で両手に作り出した刃で回転しながらそいつらを切り裂いていく。ゾンビどもから漏れる断末魔のような声に気味の悪さを感じながらもその中心に近い地点で無双する。

 

 

「ああ、面倒くせぇ!」

 

 手に纏わせた霊力の刃で雑魚共の体を切り裂く。

 

 北東に合流して陰から怨霊を退治し初めて大体30分かそこら辺りから、次第に怨霊の数がおかしくなり始めた。

 

 現に今も俺がばれない様にかつ的確なフォローをしてやろうなんて甘っちょろい考えで処理しきれる量を軽く超えている。

 

 1匹たりとも逃がすものかとの心構えでフォローしているつもりだが、それでも実は結構な数殺し損ねて前線に送り出してしまっている始末。

 

 そろそろ俺1人の力では限界が近づいてきた。

 

 

 認めたくはないが、俺には特別な才能がない。

 

 才能に加えて、土宮神楽のように最強の霊獣を持っているわけでも、諌山黄泉のように霊獣が宿った宝刀を持っているわけでもない。

 

 転生したはいいものの俺にチート能力など全く付加されず、幼児期を効率的に使えるという事(これはこれで結構チートなのかもしれないが)ぐらいしか特典と呼べるものは存在しなかった。ちょっとは俺TUEEEEE!出来るような力があってもいいんじゃないかとは思ったのだが、現実とは残酷だ。前世でわかってたけどさ。

 

 だけど、俺にも唯一許された異能の力がある。

 

 それは小野寺に伝わる、霊力を物質化して使用する異能。

 

 俺はこれをもっぱら手に刃の形で纏わせることで使用している。応用が利くのがこの異能のメリットで、足に纏わせれば硬いものも蹴ることが出来るし、悪路で戦わなければならない時もこれを上手く使用すれば最高の足場を作り出して戦えたりするので、非常に便利な能力である。

 

 結構チート臭く感じるやも知れないが、俺はこれ以外に霊術を(才能的な問題で)使えないのと、いかんせんこの能力、乱紅蓮や白叡のような多対一で映える火力にはならないのだ。

 

 恐らくだが、零距離であるなら一撃で乱紅蓮だって沈められる火力はあるし、相手にもよるが、少数対一の接近戦なら応用の仕方ではイニシアチブを握ることも容易い。

 

 だが、今の状況のように雑魚多数VS俺一人みたいな状況では広範囲を一気にカバーできる能力ではないため、かなり苦戦せざるを得なくなる。小野寺のこの能力は近距離かつ少数を相手するのに最も適した能力なのである。

 

 広範囲での火力が俺にはない。だから、いくら雑魚で屠るのに一秒かからないような奴らでも数が増加されると対処しきれない。

 

 ちなみに親父の肋骨を壊したのはこの能力だ。コーティングした拳で殴ったらあっさり折れてしまった。

 

 

 

 ともあれ、四方八方を取り囲む雑魚共のせいで思ったような行動が出来なくなってしまってきていた。

 

 隠密かつ的確なフォローなんて楽観的過ぎる考えは10分以上前には塵と化している。

 

 まだ大丈夫だが、これ以上増加されると土宮舞を救出するのに手間取る可能性が高くなる。

 

 さっきも言ったが、俺には多対一の戦闘における殲滅力は殆どないのだ。白叡とかなら一瞬なんだろうが、俺だとかなり時間を要してしまう。

 

 

(これはもう、撤退すべきだな)

 

 

 正直。俺がこいつらを倒しつくさなければならない義理は無い。別にこいつらを逃したとしても現在カテゴリーBと戦闘を行っているのはそこそこの選りすぐりのメンバーたちだ。この程度のイレギュラーにはすぐ対応してくるだろう。

 

 カテゴリーCに属する雑魚共とはいえども、カテゴリーBと対峙している方々にこいつらを押し付けるのは心苦しいが……

 

 

―――多分、そろそろだ。

 

 

 また、カテゴリーCが増加してきた。確かにさっきまでも相当数存在したが、間違いなく増加している。

 

 広範囲の殲滅能力を持っていないとはいえ、こいつらの相手をしているのは一応神童だとかなんとかと噂されているガキだ。そして今襲い掛かってきているのはそんなガキが全く処理しきれなくなるほどの大群である。

 

 自分の力に自惚れているだけかもしれないし、俺の想定が甘いのかもしれない。

 

 それでも、これ以上の大群がお出ましになるとはとてもじゃないが考えにくい。この大群を俺と土宮が抜けた北東のメンバーが退治しきるのに一体どれだけかかるんだよって量だ。下手したら夜が明ける。

 

 

 

 目の前の一体をぶった切ると、俺に追いすがろうとする雑魚共は無視して森を駆け抜ける。

 

 喰霊-零-でも、特に大規模な被害が出たとは述べられていなかった。

 

 つまりそれはこの大群を俺抜きですべて壊滅させたということになる。

 

 もしかすると三途河が俺の存在込みで量を調節している可能性も否定しきれないが、カテゴリーC程度に後れを取るほど甘い部隊ではないだろう。

 

 

 それならもうこいつらを全部無視して、土宮さんがいる近くに合流した方が―――

 

 

 その時、ブルルルと携帯が軽快に震え始めた。

 

―――来た!

 

 俺の携帯は、携帯のバイブレーションの違いによって誰からメールが来たのかを把握するように設定を行っている。この携帯の震え方はパターン2、つまり霊力分布図の緊急的な配信だ。

 

 そこに映されていたのは俺の想定した通りの情報。

 

 カテゴリーAが、北東地域の更に北東(・・・・)に姿を現した。

 

「ビンゴだ!」 

 

 

 走る速度を上げる。目標地点へ向けて、全速力を出して駆けていく。

 

 俺は車が入れる限界の都合上、北東ブロックの南部分で雑魚を狩っていた。徐々に北上してはいたのだが、それでも雑魚に足を取られて思った通りに北上できていなかったのだ。

 

 だが、もう雑魚などどうでもいい。

 

 霊力を用いて足場を作り出し、俺が最適に走れるよう自分でアシストしながら爆走する。

 

 

「負傷者はいったん退け!」

 

「土宮殿が戻るまでここを死守するぞ!」

 

「カテゴリーCの大群が押し寄せてくるぞ!さっき指示した通りのフォーメーションに切り替えろ!」

 

 

 南部分から突っ切る都合上、どうしても途中で激戦区を通り過ぎなければならない。

 

 遠く前方の橋に見えるのは火車の後ろ姿。カテゴリーBの代表格とも言える怨霊にかなり苦戦しているようで、怪我人もちらほら見受けられる。

 

 普通なら回り道をして速度を優先するべきだが、生憎大河川に掛かるこの橋こそが最大の近道であり、ここを通るのが最短の道筋。

 

 それを橋の向こうのに渡らせまいと退魔士のメンバーが足止めしているようだ。聞こえた声からすると対岸より先に土宮さん達がいるということは確実だ。

 

 

 

 

「―――邪魔だ」

 

 

 火車に後ろから近づくと、その後ろ足をすれ違いざまに切り飛ばす。

 

 驚いたように声をあげ、倒れこむ火車と、何が起こったかわからず呆然としている部隊の脇を瞬速とも言える速度で走り抜ける。

 

「小野寺の息子!?」

 

「今あのチビ、火車をやったのか!?おい待て、どこへ行く!」

 

 

 後ろからかかる静止の声もシカトする。

 

 

―――こんな些末なことに時間を掛けてられない。

 

 

 走る。駆ける(はしる)翔ける(はしる)

 

 

 

 戦場は、目の前だ。

 

 

 

 




今回短めです。
たぶん次の話がかなり長くなりますね。
VS三途河、お楽しみに。

ぐたった文になってたので改稿しました。
友達が来る前の数時間で書き起こしたのでクオリティがさがってましたね。多少は良くなったかと。


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第9話

 腹の底から、何かが上がってくる。

 

 恐らく、これは「不快」という感情なのだろう。

 

 

 

 土宮両親が居るであろう所まで走り続けていると、唐突に気分が悪くなり始めた。

 

 高熱が出ただとか、頭痛がするとかなどの行動に支障をきたすようなタイプの気分の悪さではなく、精神的な、ムカムカするなどといったような気分の悪さだ。

 

 胸糞悪いとでもいうのだろうか。

 

 それが、唐突に湧き上がってきたのだ。

 

 過去類を見ないほどには気色の悪いこの感情。とめどなく溢れながらも、しかし粘ついて俺から離れていかない。

 

 悪感情のゲルに心を浸されたかのような、そんな感覚。

 

 

 

 気持ち悪い。

 

 耐えられないほどでは当然ないが、吐く気なら、今すぐにでも吐けそうだ。

 

 酒を飲んだわけでも、ノロウイルスにやられているわけでもないのに、只々感情の良し悪しだけでここまでの吐き気が催されるのは初めてだ。

 

 これはなんだ?俺が三途河を恐れているという事なのだろうか?そんなに俺はあいつにビビッているということなのか?

 

 

 

 こみ上げる嘔吐感を堪えながら尚走る。

 

 本当になんなんだこの異物感は。

 

 正体不明の気持ち悪さってのが、一番気味が悪い。恐らくだが、この原因がわかればこの不快感は取り除かれる。

 

 

 

 ただ、精神的には不快ではあるのだが、さっきから殆ど敵がいないので肉体面では非常に快適だ。

 

 ついちょっと前の雑魚退治が嘘であるかのように敵がいない。先ほどまでの雑魚は俺が見ていた夢なのかと考えてしまうほどだ。 

 

 閑散としていて、物音もなくて、とても静かな空間が広がっている。

 

 あれだけのカテゴリーCをあっち側に配置したせいで、ここには配置しきれなかったということだろうか?

 

 まぁ流石にあれだけの怨霊をあっちに置いたのだ。こっち側は手薄になるのも仕方がないだろう。流石にあの雑魚も打ち止めになって―――

 

 

―――いや、ちょっと待て。

 

 

 あまりに思考が楽観的になりすぎている。

 

 楽観的どころの話ではない。もはやご都合主義のレベルだ。日和見主義と言っても過言ではない。

 

 自分が望む状況に、自分の仮説にとって有利な方向に、自分の思考を誘導してしまっている。

 

 こんな静寂、話をするのにピッタリじゃないか。

 

 

……俺が殺していたカテゴリーCはどんな奴らが多かった?

 

 俺の周りに、俺を狙って存在していたカテゴリーCはどんなのがいた?

 

 確か。いや、そんな曖昧な言葉を使わずとも鮮明に覚えている。

 

 

 それは、俺が殺していたカテゴリーCは、

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そんなに急いで何処に行くんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い蝶が舞う。

 

 美しい青と黒のコントラスト。

 

 喰霊-零-の絶望の象徴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――蟲が殆どだったはずだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたよ。まさか僕の蟲があそこまで簡単に倒されちゃうなんてさ。結構な数を配置したつもりだったんだけど、流石は神童ってところかい?」

 

 

 目の前の少年は不敵に笑う。

 

 男にしては長い白髪に、ワイシャツの上に羽織った赤いベスト。そして、その周りを舞う青と黒のコントラストが美しい大量の蝶。

 

 喰霊-零-最大の敵であり、ある意味ではこの物語の生みの親。

 

 三途河カズヒロ。

 

 あのすべての悲劇のトリガーたる存在。神楽の母を殺し、諌山冥を魔道に導き、諌山黄泉をカテゴリーAへと堕とした張本人にして全ての元凶。

 

 

 思わず息を飲む。

 

 土宮さん達ではなく、真っ先に俺を狙ってくるとは。

 

 

 

 

 見た目だけはぞっとするほどに美しい蝶を侍らせながら、不敵に木の幹に座ってこちらを見下ろす三途河。

 

 その光景だけならば夜の木々から漏れる月の光に照らされた幻想的な光景に、美少年が佇んで居るだけ。俺の目に移っているのは絵になる程の、ただただ美しい情景だろう。

 

 だが、俺を蝕む不快感は止まらない。むしろ、さっきよりも断然強くなっている。

 

 まるで悪感情という概念をヘドロにして俺の心にへばり付かせているみたいだ。

 

 動かない、いや動けないでいる俺を見下ろして、こいつ(三途河)は何を思っているのだろうか。

 

 

 一応、このパターンは考えてあった。俺とこいつが、一対一で向かい会うというシチュエーション。それを考えないほど、俺は愚かではないつもりだ。

 

 そして一応ここからの行動も考えてはある。

 

 だが、何故こいつはここに、俺の元に現れた?

 

 俺が邪魔だったから?俺の戦力が、土宮舞に殺生石を与えようとする行為の妨げになると考えたから?

 

 それなら次にこいつがやる行動は決まってる。俺を行動不能にしようと自らでかかってくるか、先ほどみたいに物量攻めを仕掛けてくるかのどちらかだ。

 

 情けない話ではあるが、前者なら逃げ回っていればいい。森での動きには自信があるから別動隊がこちらに駆けつけるまで逃げ切ってやる自信はある。それに多分そのうち諌山冥も合流するし、守ろうとしている相手を当てにするのも馬鹿げた話ではあるが、土宮の二人が合流すれば間違いなく形勢は逆転する。

 

 土宮舞を守りながらと言えども、三途河の能力を知っている人間が一人と、それ以外にも実力者が二人も居る状況では流石の三途河も撤退せざるを得ないだろう。

 

 それに後者だったとするならさっさと全部駆除するなりして土宮の二人に合流すればいい。出される量によっては辛いところがあるが、それでも何とかなる。

 

 

「そこまでやるなんて想像もつかなかったよ。もう少し配置しておけばよかったかな。―――いや、君にはどのみち無意味かな」

 

 とん、という軽い音を立てて地面に降り立ってくる三途河。

 

―――だが、俺の目の前に現れた理由がそれではなかったとしたら?

 

 俺の目の前に現れた理由が、俺が邪魔だからではないとしたら?

 

 

 

 俺と同じくらいの背丈に、俺と同じくらいの外見年齢。確か、13歳という設定だったはずだ。しかし殺生石による霊力補助と、原作を読んでもよく分かっていない巫蠱術と、黄泉を串刺しにした棒手裏剣のスキルは確かなものであり、その力は外見年齢と決して比例するわけではない。

 

 全くもって油断ができない相手だ。こいつと戦ってどうなるのか全く分からない。

 

 棒手裏剣はどうでもいいにせよ、巫蠱術と呼ばれる蟲を使う術式に関しては全くもって情報がない。

 

「―――それにしてもあっちを無視してこちら側に走ってくるなんて、もしかしてこの騒ぎの元凶である(カテゴリーA)を探しにきてくれたのかい?それとも―――」

 

 すっと片目にかかっていた髪を上げる。

 

 鈍いルビーのような。しかしそれよりも禍々しい色をしたそれ。

 

 殺生石。九尾の狐の魂の欠片。純粋な妖力の塊。

 

 三途河の目の代わりに埋め込まれているそれは、想像していたよりも遥かに恐ろしくて、何よりも不快で仕方がなかった(・・・・・・・・・・)

 

「―――この石(殺生石)をお探しなのかい?」

 

 それを見た瞬間、俺のこの得体のしれない気持ち悪さは頂点を極めた。

 

 これだ(・・・)この石だ(・・・・)

 

 さっきから俺に不快な思いをさせてくれていたのは、この石だ。三途河の目に埋まっている、その存在が俺をどうしようもなく不安にさせる。

 

 

 

「おや、驚かないのかい?もしかして元凶がこれで、僕がこれを持ってるって知ってたのかな?」

 

 

 

―――ああ。知ってるさ。知っているに決まっている。多分、一生忘れることなんてないだろうさ。

 

 それこそ例え、死んだとしても(・・・・・・・)

 

 

「僕はね、探しているんだ。この石を持つのにふさわしい存在を」

 

 

 三途河、なぜお前はここに現れた?

 

 俺が邪魔なら、単に雑魚で足止めでもするなり、不意打ちで攻撃を仕掛けてくるなり方法はいくらでもあったはずだ。

 

 それなのに、なぜ俺の目の前に現れた?

 

―――そんなの決まってる。

 

 こいつ自身も言ったように、こいつの行動原理は殺生石にふさわしい人間を探し出すことだ。 

 

 それを利用して、母親を生き返らせることだ。

 

 その為には殺生石を使うに値する憎悪と、欲望を持った人間を選ぶ必要がある。そして、それは正直誰でもいいのだ。

 

 そこから導き出される結論は一つ。彼女たちが候補者として確定していると思って、正直考えてもいなかったが、

 

 

「小野寺凛。果たして君はこれを持つにふさわしい存在かな?」

 

 

 

 

 

 

―――俺が、その担い手候補になったってことだ。

 

 










前回、「今回は長くなります」っていったな。
あれは嘘だ。
てかそもそも前回短くないし。むしろ長い分類だし。

まじめな話、多分次回が長いです。
話の長さも、更新までも←


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第10話

遅くなりました。
PC復活したので投稿です。


 迫りくる蟲を切り伏せ、バックステップで大きく後退する。

 

 巫蠱術。それは蟲を操る秘術。

 

 

 目の前のガキ―とはいえ一応俺と同年代なのだが―はそれの使い手である。

 

 喰霊-零-においてはあまりそれを示す表現が成されておらず、原作を読むことでようやくこの少年が蟲使いである事を知る事ができる。

 

 蝶がその能力から来ている事を知っている人は恐らく少ないだろう。

 

 とはいえその事を知っていたからといって詳細な事が理解できるわけでもない。せいぜいこいつが蝶使いじゃなくて蟲使いなのだということがわかる程度だ。

 

 その中には三途河を乗せて空を飛べる蟲がいることや、切ると毒を放出する蟲がいることが描写されてはいるが、その他にどれだけいるのかとか、どんな能力があるかなどは窺い知ることが出来ない。

 

 要するに、三途河の実力が垣間見える程度で、それの詳細を把握できないのである。

 

 諌山黄泉の婚約者である飯綱紀之によると、かなり上位の霊力者であるとのことだが、喰霊-零-のころとは打って変わって言動に信憑性の持てない喰霊時代の彼の言であるため、信じていいのかどうか正直怪しい。ただ彼も彼でかなりの能力者であるはずなため、やはり三途河は上位に食い込む存在なのではないだろうか。

 

 飛んでくる棒手裏剣を何個か掴み取り、投げ返してから円を描くように移動する。

 

 今の良く掴み取れたな俺、なんて少々場違いな感情を抱きながらも、目線を決して三途河からは外さない。

 

 俺が投げた手裏剣を颯爽と避ける三途河。

 

 喰霊-零-において諫山黄泉や諫山冥を倒した実力は定かなのだろう。俺が評価するのもなんだが、的確に嫌なところに攻撃を配置してくる厭らしさはとても13歳とは思えない程だ。

 

 関係ないけど、黄泉の身体を殺生石で愛撫したのは忘れてないからな俺。

 

 殺生石をわざわざ口に咥えて黄泉の身体をなぞる必要はあったの?ないよね?

 

 そんなことを考えていると、顔面すれすれを飛んでいく棒手裏剣。

 

 っと、危ない。思考が変な方向にずれてしまっている。こんなことを考えてる状況じゃないんだった。

 

 お返しとばかりに霊力で練り上げた小刀を投擲する。三途河はさらっと木の陰に隠れてそれをやり過ごすと、お返しとばかりに死角から蛇のようなムカデのような蟲を放ってくる。

 

―――上手いな。

 

 右手に作り出した刀でそれを貫くと、刀身はそいつの身体に残したまま俺の手から刃を切り離し、再度新しいものを作成する。

 

 これは蟲を切った際に毒ガスが出てくるのを防ぐためにやっている行動だ。飯綱紀之は三途河戦において、蟲を切断した時の体液を身体に浴びて目をやられている。

 

 三途河との距離は3m弱。通常接近戦しかしない俺としては異例の戦法で、中距離以上のレンジが苦手な俺としてはこの距離を保ちながら戦うのはあまり得策ではない。相手にイニシアチブをとられてしまう可能性が高いからだ。

 

 だが、それでも俺はこの距離を保たざるを得ないのだ。

 

「へぇ、随分用心深いんだね。噂で聞くよりも随分大人しい戦法をとっているみたいだ。もっと勇猛果敢に攻めてくる印象だったんだけど、そんな及び腰でいいのかい?」

 

「……うるさいな。そんなに口を開いている暇があったら俺に有効打の一発でも入れてみたらどうだ、変態義眼野郎?」

 

 再度飛んでくる棒手裏剣を俺も木を盾にしながら回避する。こいつと戦うのが森の中という障害物の多い地点で非常に助かった。遠距離攻撃は天然の盾が楽に防いでくれる。敵の接近に気が付きにくいという難点もあるが、森に慣れている俺にとってはメリットの方が遥かに大きい。事実、本気をだしてはいないのだろうが、それでも三途河が若干攻めあぐねているのがわかる。

 

 それに、俺はある理由から極力こいつには触れたくないのだ。だから接近戦に持ち込むのなら手数を少なく、一撃一撃を致命的なものに絞りたい。

 

「おや、初めて口を開いてくれたと思ったら安い挑発かい?逃げ回って挑発なんて芸がないよ、小野寺凛」

 

「蟲使ってこそこそやってる野郎に言われたくはないね。そんな気持ち悪いもの使ってないで男なら正々堂々と自分の肉体を使って勝負挑んで来たらどうだ?」

 

「それこそ君が言えた義理じゃないんじゃないかな?こそこそ逃げながら戦ってるのはどっちだい?」

 

「黙れ国木田。お前は良家の令嬢を追いかけて北高にでも入学しやがれ」

 

 国木田?と不思議な顔でつぶやきながら首を傾げる三途河を尻目に俺は木々の間に紛れる。あいつがどうやって俺を補足しているのかは知らない。たぶん蟲とか使って俺を補足しているんだろうし、それなら正直撒きようがないが、もし視覚情報に頼って俺を補足しているのならば今ので俺を見失ったはずだ。

 

 木に足場を作って上へ駆け上がる。

 

 親父にハワイで、ではないが、親父に森での動き方や戦い方は嫌というほどに教わった。訓練はマジで大変だった。文字通り骨が折れるような訓練をしたことだってある。

 

 いかに三途河が強かろうが、地の利という点では負けるつもりはない。

 

  

「鬼ごっこの次はかくれんぼかい?テンプレート過ぎて本当に芸がないよ。君は―――」

 

 余裕の表情で俺を探していた三途河は、はっとした顔で後ろを振り向く。

 

 恐らく、その目に映るのは右手の刀を左腰の辺りで居合のように構えている俺の姿。俺の目に映るのは単純に驚愕している三途河の表情。

 

 これをできるのは一度きり。だから、ここで決める。

 

 居合抜き。俺は土宮神楽や諌山黄泉のような純粋な日本刀を使用している訳ではないため、鞘走りを利用した一撃をお見舞いできるわけではないのだが、それに近しいことは出来る。

 

 流石の反応速度というべきか、三途河は両手をもってしてガードに移ろうとする。

 

 俺の行動に気がついてから、その防御までの反応は賞賛すべきものだ。

 

 だが、遅い。

 

 殺す気で繰り出した一閃が三途河の顔面を切り裂く。

 

 カテゴリーBの足ですら両断する威力をもった斬撃よりも力を込めた一撃が、三途河の顔面へと降り注いだ。

 

 

 舞い散る血飛沫。

 

 気の弱い一般人がこれをみたら確実に気を失うであろう量のそれ。

 

 普通ならば致命傷クラスのその一撃。

 

 だが、

 

 

 

「―――糞が!」

 

 俺は急いでその場から飛び退いた。

 

 それの一瞬後にその場所を襲う攻撃力の高そうな多量の蟲。

 

 そして一瞬遅れて飛んでくる。棒手裏剣。蟲は躱せても棒手裏剣を回避するのは困難だった。

 

 左手の二の腕に突き刺さり、右の脇腹をそれは掠めていった。

 

 

 

 

 

 

 外した。見事に外してしまった。

 

 思わず感情を表に出してしまう。完全に失敗した。

 

 

「これは一本取られたな。見事だよ小野寺凛。何度も言った言葉かもしれないけど、まさかここまでだとは想像もしてなかった」

 

 顔面を抑えながらそう呟く三途河。

 

 普通なら顔面を抑えている手からはとめどなく血が溢れている筈だ。当然だ。俺の今の一撃は確実に骨まで断ち切ったのだから。

 

 だが、そんなことは微塵もない。

 

 それどころか、飛び散ったはずの血すらどこかに消えている。

 

―――糞が。

 

 再度、同じ言葉を今度は胸中で呟く。

 

 ふざけている。あの野郎、あのタイミングで躱しやがった。

 

 先ほどの俺の一撃は、あいつの顔面の殺生石を狙ったもの。

 

 それどころか殺生石ごと三途河の頭をぶった切るつもりだった。

 

 だが、躱された。

 

 せめて殺生石に当たって、それが砕けるか俺が回収できさえすればそれはそれでよかった。あとはそれを俺が持って逃げて、こいつを土宮さん達とフルボッコにすればいいのだから。

 

 だが、当たらなかった。直前でやつが首をひねったのだ。

 

 その結果俺の刃は三途河の左の頬骨と多少の前髪を切り落としただけに終わってしまった。

 

 普通なら、それは致命的な一撃といっていいのかもしれない。顔面の頬骨を切断されるような一撃を受けて平然としていられる奴なんかいるわけないし、そこから流れる血は膨大だ。必ず行動に支障が出る。

 

 だけど、こいつらは別なのだ。殺生石持ちは、普通の人間と同類として考えてはならない。

 

「もしかして今の一撃は殺生石を狙ったのかい?惜しかったね、あと一歩足りなかったみたいだ」

 

 そういいながら顔面から手を外す。そこにあったのは元の端正な顔立ち。そこには一切血の跡などなく、切ったはずの髪までもが修復されている。 

 

「君はこれのいい担い手になりそうだ。さっきは芸がないなんていったけど、その人を傷つける事に迷いのない精神に、その実力。これを扱うに十分だ」

 

 そういって三途河は不敵に笑う。嗤う。

 

「だけど、まだこれを扱うには早いみたいだ。君には憎悪が足りない。今ので分かったけど、君にはこの石に対する嫌悪はあっても、この世の何かに対する憎悪や明確な欲望がない。やっぱりまだ子供だからなのかな、これを扱うに値する技量はあってもそれを扱うエネルギーが足りない」

 

 

 青い蝶が舞う。 

 

「だから残念だけどまだこれは君には渡せない。君がもっと自分の欲望を育てて、本当の憎しみに気が付いたとき、僕はこれを君に渡そう」

 

 ひらひらと三途河に撒き付いていく青い蝶。

 

 蝶は喰霊-零-において絶望の象徴だった。それが現れるときは必ず誰かが不幸になる。必ずそこには三途河が現れる。

 

 つまり、今こいつは、

 

「てめぇ、逃げんのか!」

 

「逃げるなんて心外だな。ただ僕と君は今会うべき時ではなかった、それだけのことだよ」

 

「訳わかんねえ臭いセリフ吐いてんじゃねえよ!」

 

 二の腕に突き刺さった棒手裏剣を投げつける。青い蝶の出現と共にこいつは現れて消えていく。

 

 つまりこいつは今この場から離れるつもりだ。

 

 逃がすわけにはいかない。

 

 棒手裏剣は蟲で防がれた。痛みを主張する脇腹や二の腕を精神力で諫め、俺は全力で走り出す。

 

 先ほどの後退でかなり距離をとってしまった。10m以上は離れてしまっただろう。

 

「君が憎しみをその身に背負ったとき、また僕は来ることにするよ。どんなことをすれば君は憎しみを背負ってくれるかな?」

 

 迫りくる蟲をなぎ倒す。返り血に毒を含む蟲がいるかもしれないので、刃をつぶした刀で殴打しながら三途河への距離を縮める。

 

 5m、4m、3m。距離が縮まっていく。

 

「この戦場にいる人間にこれを渡してみようか。君は何もできずに、その人間はこの石(殺生石)に呑まれる」

 

「―――三途河ァァァァァ!!!!!」

 

 

 

 

 左の刃で三途河を切り裂く。

 

 だが、返ってきた手ごたえは空気の抵抗と、数匹の羽虫が切れる感覚だけ。

 

 そこに居たはずの三途河はいつの間にか消え去り、残ったのは人型の蝶の群れだけだった。

 

 

 

「君は守れなかった。君ならば守れたはずなのに、さっき僕を殺せなかったせいで誰かが犠牲になってしまった。こんなシナリオはどうだろう?君はどんな感情に染まってくれるかな」

 

 サラウンド的に、どこからか声が響く。

 

 幻想的に蝶が空へと上がって行く。それはつまり、俺は三途河に逃げられたということ。

 

「待てよ!まだてめぇを殺してねえぞ!」

 

「殺すと言われて待つ人間も珍しいんじゃないかい?それにさっき言っただろう、僕は逃げるんじゃないさ」

 

 どこから音が響いているのか。

 

 そして、あいつはどうやって蝶に化けて逃げたのか。

 

 喰霊-零-でも土宮雅楽に独鈷を投げられたときに同じ逃げ方をしていた。あの時も今回も、そんな時間はなかったはずなのに。

 

「――さっきの一撃は貸しにしておくよ。いつか利子をつけて返して貰おうかな。その時を楽しみにしているよ」

 

 

 そう残して、三途河は完全にこの付近から姿を消した。

 

 間違いない。少なくともこの場からは消失した。

 

 なぜわかるか。それは、戦闘中もずっと付随していたあの感覚がさっぱり消え去ったから。原因がわかったために多少すっきりしてはいたが、それでもやはり不気味だったそれが完全に消え去ったのだ。

 

「ちっくしょう!!」

 

 思い切り木を殴りつける。

 

 殺す気はあった。いや、むしろ防戦に出るつもりは正直あまり無かった。

 

 あそこでとるべきだったベストの戦略は土宮家、もしくは諌山黄泉の合流を待つまで耐えきることではあるが、俺が狙われていた以上、攻めに出てもあまり問題はなかった。

 

 結局は俺が殺されなければいいわけであるし、攻めに出ていれば俺にだけ意識を割いてくれる。俺を狙っているというのならば尚更だ。ほかの存在に気をとられる理由が薄くなる。

 

 だが、攻めに出るのなら極力攻撃を受けずに、一太刀で決めなければならなかった。

 

 諌山冥戦で、あいつは他人の欲望を見透かす能力を持っていた。

 

 多分その条件は蝶に触れるか、あいつに直接触れられること。だから極力接近はしたくなかった。

 

 もしかして俺がそれに適切じゃないとか言われたら、援軍が来る前に殺される可能性があると踏んだからである。

 

―――殺そうとしてくれた方が、どれだけマシだったことか。

 

 ガサリと、木の葉に何かが触れる音がする。

 

 それは蟲が俺を包囲する音。

 

「……最悪だ。攻撃をもらった上に逃げられて、尚且つここから動けないだって?」

 

―――最低だ。最低の結果だ。

 

 今なら、三途河も俺に殺生石がまだ早いなんて言わないのではないのだろうか。

 

 そこに見えるのは先ほど戦ったよりも少ないが、それでも異常な量の蟲たち。

 

 恐らく三途河の蟲もいるだろうが、殺生石に惹かれて野生の怨霊も混ざってきたのだろう。

 

 30分。いや、もっとか?

 

 これを処理しきるのに俺の力でかかる時間。早めに見積もってこんなもんだろう。

 

 

 ifにはなんの意味もないが、もし俺に与えられた特典が喰霊白叡だったのなら。

 

 こんな雑魚共、片付けるのに数分とかからなかったのに。

 

 歴史にも、現実世界にもifは存在しないが、もし俺に広域殲滅型の能力が与えられていたのなら。

 

 この状況を覆すのに、なんの障害も無かったのに。

 

 

 俺は失敗した。脇腹の傷はあまり深くないが、二の腕の傷は決して浅くない。

 

 それに体力もかなり消耗している。

 

 これでは三途河と戦りあう前のようなパフォーマンスは出来そうにない。

 

 ただでさえ頭で思う動きに身体がついてきていないのだ。それに加えてケガをしている?

 

 馬鹿か。不可能に決まっている。

 

 

 きっと。ガキが調子に乗った結果なのだろう。

 

 自分が持つ物以上の幸福を望んで、自分がしてきた努力以上のことを望んで。

 

 何が「君には憎悪がない」だよ。

 

 何が「君には明確な欲望がない」だよ。

 

 

―――あるじゃないか。こんなに明確な欲望が。喰霊-零-を壊した、お前(三途河)に対する憎しみが。

 

 

 空を舞うタイプのカテゴリーCが俺にタックルをかましてきた。

 

 なんてことのないその攻撃だが、俺は躱しきれずに尻餅をついてしまった。

 

「しまっ!!」

 

 木の幹に強かに打ち付けられる。

 

 肺の空気が逆流し、一瞬息ができなくなってしまう。

 

  

 身構えていなかったためになかなかダメージが通ってしまった。

 

 一瞬ぼやける視界。

 

 そして、戦場において一瞬とは無限に等しい。

 

 逆説的な話だが、その一瞬を制したものが、相手の隙という一瞬の無限を得る。

 

 その瞬間は確かに刹那ではあるが、その刹那を求めて、その一瞬のために技を繰り出す戦場においてはその一瞬の長さは無限と同義なのだ。

 

 その間はなんの抵抗すらなくこちらには無数の行動の選択肢がある。

 

 それに対して相手には殆どなんの選択肢もない。とれるとしても苦し紛れの回避か、なけなしの行動だけだ。

 

 

 今この瞬間、その相手(・・)というのは俺だった。

 

 

 カテゴリーCは好機とばかりにその鋭利な牙を俺に晒しながら飛びついてくる。

 

 そしてその相手(・・)に出来るのは些細な抵抗のみ。

 

 

 その刹那の間に、俺は何とか刃を構える。

 

 だが引き伸ばされたその一瞬の中で俺は悟る。遅い。遅すぎる。

 

 この一撃では、こいつ(カテゴリーC)の一撃を完璧に防げない。

 

 

 

 

―――戦場における一瞬とは悠久だ。

 

 

 

 

 その中で俺たちは自分の敗北と勝利を確信し、その瞬間を予見し、経験する。

 

―――畜生。

 

 俺は自分の敗北を確信する。

 

 俺はこんな何でもないようなカテゴリーCに殺されて死ぬのだ。 

 

 そして予見する。

 

 あの大したことのない牙で、この一生を噛み砕かれるのだ。

 

 そして経験する。

 

 その一撃を、俺の生が儚く消えゆくその瞬間を―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――遅くなりました」

 

 

 サンッと不思議な音を立ててカテゴリーCは斬り裂かれる。

 

 圧倒的に鋭利な刃物で、流れるような華麗さで一瞬にして切り裂かれる。

 

 

 

 

 

 

―――戦場における一瞬とは永遠だ。

 

 

 

 俺は生涯その光景を忘れることは無いだろう。

 

 桜色の着物に、紺の袴。

 

 そして、暗闇に映える、輝く銀の髪。

 

 美麗な銀が、周りの魑魅魍魎を薙ぎ払っていく。

 

 美しかった。ただただ美麗で、優雅だった。

 

 

 

 

 

「これは貸しにしておきます。さあ、お立ちなさい小野寺凛。貴方はこのような所で倒れるような男ではないでしょう?」

 

 そういって手を差し出してくる。

 

 担当箇所の殲滅は終わったのだろうか。

 

 

「……ええ。でっかくツケといてください。倍なんてもんじゃないくらいにしてお返ししますよ」

 

 今日はよく借りを作ってしまう日だ。一日で2人に借りを作ってしまった。

 

 俺は差し出された手を取って立ち上がる。

 

「ありがとうございます。ここに来てくれたことも含めれば借り2つですかね?」

 

「ええ。それを倍にして返してくれるのでしょう?」

 

「それ以上で、お返ししますよ」

 

 

 暗闇にも映える銀の髪を持つ美少女。

 

 仕込み傘ともなっている薙刀を自由自在に操るフリーの退魔士。

 

 

 

 

 

「―――諌山冥さん」

 

 

 

 諌山冥が、そこにはいた。

 

 

 

 



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第11話

 凄い。そんな幼稚な感想しか出てこない程度に、俺は感動していた。

 

 斬撃が舞うのに合わせて、カテゴリーCが次々に切り刻まれていく。

 

 舞う銀。それにつられる様にして舞う俺の刃。

 

 俺の刃が舞踏を終えると、出来た隙をカバーするように冥がその薙刀を空へと奔らせる。

 

 凄い。

 

小学生並の感想で申し訳ないが、再度思う。

 

俺の語彙力ではこの状況を表す単語がこれ以外に見つからないのだ。

 

 

 

 立ち回りの最中に冥と視線が交差する。

 

その目が何を主張しているのかは分かりかねるが、その目線と手に持つ獲物の角度から判断して首を倒す。

 

 するとそこに寸分の狂いもなく薙刀が突き出され、俺の背後にいたカテゴリーCを討伐していく。

 

 俺も最小の動きで冥の後ろへと回り込むと、その背後を狙っていたカテゴリーCを薙ぎ払い、冥と背中合わせの形となる。

 

これの繰り返しだ。

 

 この連携には寸分の隙も無い。

 

 一旦両者共に背中合わせの形となると、同じタイミングでそこから飛び出し、群れを切り払いはじめ、どちらかが囲まれたタイミングでどちらかが駆けつけて再び背中合わせの形となる。

 

 2人いることにより出来る、180度の壁を克服した戦法。

 

 人間の限界である180度を超えた、半円型ではない円型の殺傷範囲。

 

 

 

 まさか、実力のある人間との共闘が、ここまで効率のいいものだったとは。

 

 背後のカバーを完全に任せることが出来る人間がいることで、自分が気を配らなければならない範囲がかなり削減され、殆ど前方のみに意識を傾けることが出来るようになるのだ。

 

 そのため、今まで出来なかった攻め方が可能となり、攻めの効率が格段に上昇する。

 

 2倍ではなく、その効率は2乗。

 

 乗数的な伸び方ではなく、その効率は指数関数的に爆発していく。

 

 

 これならば、こいつらを片付けるのに10分とかからないのではないかとまで思う。

 

いや、実際10分かかる事は無いだろう。このペースならもっと早く片付く可能性が高い。

 

 

 こうやって1度連携を体験してみると、今まで他人との共闘を避けてきたことが勿体ないことだったのかもしれないと思えてくる。

 

 流石に冥程の実力者とはいかずとも、それなりに出来る人間数人と俺で組んでいれば、もっと効率よく狩れた怨霊もいたのかもしれない。

 

 後ろを任せることが出来る。

 

 流石に冥クラスの存在に後ろを任せる機会はそうそう無いが、それがどれだけ効率の良くて、安心できるものなのか。それを今日初めて知った。

 

「まだまだ粗削りですが、流石ですね。私に合わせられることも含めてとても中学1年生の動きとは思えません」

 

「ありがとうございます。でもこっちのセリフですよ、それ。まさか俺に初見から合わせられる人が居るなんて思ってもいなかった」

 

 再び背中合わせの形となりながら軽口の応酬を行う。

 

 ちなみにこれは本心だ。俺の動きは多分かなりトリッキーなのでこうまで俺が動きやすいようにフォローしてくれるとは思ってもみなかった。

 

 それに正直息が切れてきた俺としては度々こうやって小休憩を挟んでくれるのはありがたい。

 

 三途河戦は俺が思っていた以上に精神と身体に負担がかかっていたようで、想定よりも遥かに消耗が激しかったのだ。

 

自分がここまで疲弊しているとは気づいていなかった。

 

これでは奴を倒す前に自分の意識外で体力切れを起こすことも有り得そうで怖い。

 

 

「確かにその小回りが良く利く身体に特化した体術に合わせるのは少々骨が折れますね」

 

「ちょ、それ遠回しにチビって言ってますよね?」

 

 確かに俺、貴女より身長10cm以上低いけれども。140cmプラスアルファしかまだないけれども。確かに同年代に比べていささか以上に小さいかもだけどまだ中1だし、伸び幅なんて無限に存在している筈だ。

 

 

 くすっと笑う冥。

 

 ……この微笑とか、この連携の気の利き方とかを見ていると、とてもダークサイドに堕ちた人間には見えないんだけどな。

 

 ほんと、ただ魅力的な人なだけである。

 

「それでは参りましょうか。思ったよりも効率よく狩れているので、狩りきるまでそれほど時間はかからないでしょう」

 

「そうですね。こいつらさっさと枯らしてあのバカ殺しに行かないと」

 

「あのバカ?……先ほどまでここで戦っていた特異点らしき妖力のことですか?」

 

「ええ。殺生石もってやがりますので間違っても埋め込まれたりしないでくださいね。俺、貴女を殺したくはないので」

 

 そう言って俺は駆け出す。 

 

 殺生石、と驚いた様子で呟く冥。だが今はそれに気を配っている場合ではないと判断したのか、それについて俺に疑問を投げかけることなく、敵の殲滅に向かった。

 

 

 

 その後、5分ほどかけて殆どのカテゴリーCを討伐した。

 

 何体討伐したかなど覚えていない。

 

 どちらかというと冥との共闘を如何に効率よくするかずっと思考しながら討伐をしており、敵を切るというより冥に合わせることをメインに戦っていたので、数など意識していなかった。

 

 ただただとんでもない数を討伐していることだけは覚えている。

 

 周りに築かれるのはカテゴリーCの死体の山。

 

 

 これを一言で表すのならば死屍累々という四字熟語が最も適切なのだろう。

 

 息切れを隠せず、膝に手をついて呼吸を整えてしまう。

 

 流石にそろそろ体力が辛い。スタート地点の討伐から始まって、そのあとのマラソンに三途河戦、そしてこれだ。

 

 これで息切れ一つせずに立っていられるような奴は化物だ。

 

相対的に見ればこの年でこの体力量は異常かもしれないが、少なくとも絶対的に見て化物ではない。

 

 近くで残党がいないかを確認している冥は息切れなどしていないように見える。

 

多分俺とは純粋な運動量が違うからだろう。

 

もし俺と同じ運動量に、この出血を加えたなら話はかなり変わってくるだろう。多分。

 

「終わったようですね。お怪我は?」

 

確認をし終え、諫山冥が近づいてくる。

 

その言葉を聞いて、改めて自分を見返す。戦闘中はアドレナリンが出ていて気づけないことが多々あるが、終わってみると存外酷い怪我をしていたなんて事象は案外あるものだ。

 

痛みを訴える箇所は2つ。

 

左腕と右の脇腹だ。つまり三途河にやられた傷だけ。それ以外にはそれといった傷は見当たらない。

 

「見ての通りカテゴリーAにやられたケガだけですよ。まだ消毒とかはしてないですけど、止血は済んでます」

 

 小野寺の能力を使えば止血も出来るのだ。患部に直接霊力を巻き付けて止血することで直接圧迫が可能になる。

 

 こういった応用力を見ても非常に優れた能力であり、なかなかチート臭いところはあるのだが、残念ながらそうは問屋が卸さないのがこの世の中である。

 

 この能力、霊力を固体として外界に放出することが出来るのだが、選べるのはその形状だけであり、硬度は選ぶことが出来ない。

 

 この能力の熟練度により硬度を変化させるなどの応用が利くには利くのだが、硬度を鉄からダイアモンドレベルに変化させるとかその程度の柔軟性しか持っていないため、何かやわらかい物質が必要な場合はまったく不要の産物となる。

 

 止血で使うものといえばガーゼに包帯辺りが鉄則ではあるが、そんな便利なものこの能力では作り出せない。

 

 止血をするときは、鉄の硬度を持つ不思議な物体で身体を巻き付けるようにして押さえつけるくらいしかできないのだ。

 

 霊力を巻き付ける形で二の腕の止血を行っているが、ぶっちゃけこれは腕にフィットした鋼鉄の輪っかを無理やり外部からつけるようなものであるので、非常に痛い。

 

 キツキツの鉄の輪っかをつけた状態で動き回るとどうなるかご存知だろうか?下手をしたら皮がずりむける。

 

 流石に純粋なそれではないのでそこまでではないが、これだけの運動量を重ねるとやはり止血のためのそれが痛みを訴える要因となるのは避けられない。

 

 とはいえこの痛みを我慢せずに出血の多さで動きが鈍ってしまい結果殺されました、なんてことにならないように一応止血はしてる。けっこー痛いけど。

 

「止血……その黄色い腕輪が……。包帯はお持ちではないんですか?」

 

「そんな高尚なもの持ち合わせてないですね、残念ながら。正直いつも”一撃も貰わない”つもりでここ(戦場)に来てるので持ち歩かないことにしてるんですよ。それにこの能力もありますし」

 

 こんこん、と二度輪っかをたたく。

 

「さて。ゆっくりしている時間はあんまないですし、そろそろ行きますか。カテゴリーAが本隊なんかと合流されたら厄介なことになりますし。できれば冥さんには―――」

 

「お待ちください。その傷、消毒はまだなのですね?」

 

 そろそろ土宮舞と三途河が合流していてもおかしくはない時間である。急がないと危ないのだが、なぜか冥さんに行動を止められた。

 

「その止血を解いていただけますか?そんな応急処置では出せる力も出せません」

 

 ?となりながらも言われるがままに止血を解く俺。

 

 すると失礼、と前置きしつつ華麗に薙刀を振るう冥さん。サン、という軽快な斬撃音が響いて薙刀が振るわれる。ちょ、姉さま?

 

突然薙刀をふるわれたので、正直結構ビビってしまった。

 

 反射的に避けようとするが、流石にここでいきなり害を加えてくるとは考えにくいのでその一閃を見送る。

 

流石に「止血です」とか言って腕を切り落とされるなんてことは無いだろう。

 

つかその場合寧ろ出血増えるし。

 

 すると見事にパサリと切れる俺の二の腕部分の服。彼女は俺の服だけを薙刀で切り裂いたらしい。

 

 文章にすると簡単に聞こえるが、実際にこれをやろうとしたら意味が分からないほどの技術が必要となる。

 

 包丁を考えてみるといい。あんな短い刃物で、あんなに対象との距離が近い刃物であっても我々は頻繁に手を切る。それを薙刀なんて対象との距離が掴みにくい得物で皮膚を切らずに服だけを切り裂くのだ。それがどれだけの難易度かなんて想像に難くないだろう。感心する技術力だ。

 

 

 俺の袖が切れたのを確認すると、冥さんはその切れた部分に両手をかけて俺の袖部分を引きちぎった。

 

「!?」

 

 思わず驚愕の表情を浮かべる俺。

 

さっきから驚きっぱなしだが、仕方無いだろう。

 

ちょ、大胆ですねお姉さま。

 

 治療の為とはわかっていながらも、ぶっちゃけ少々ドキドキしてしまう。

 

 こんな俺を批判する奴は恐らく、いや、絶対にいないと断言する。多分いるとしたらそれは女だけだ。

 

 こんな美人にこんなにも大胆な治療をされて喜ばない男などいるものか、いや、いない(反語)

 

 

 

 

 だがまじめな話、俺はかなり今驚いていた。

 

 連携の件もそうだが、この人がこれほど他人に気を使える人間だと想像もしていなかったからだ。

 

 ますますこの人が堕ちることが現実味を欠いてきた。この人を、あの糞石(・・・・)は堕とすのか。

 

 

 

「……腱は外れているようですが、なかなか酷い傷ですね。痛みます。我慢してください」

 

 驚いている俺を尻目に、ガーゼに消毒液を含ませ、それを傷口に当てる冥さん。

 

 とんでもない激痛が傷口を襲う。

 

 棒手裏剣でぶっ刺された時はアドレナリンが大量放出されていたし、綺麗に刺さったからか激痛ではあったものの耐えられないほどの痛みを感じたという訳ではなかった。

 

 だが今は気分が沈静化している。それに加えてここ一年は殆どケガなどする機会に恵まれず、痛みに対する耐性など消え去ってしまっていたために思わず悲鳴を上げそうになる。

 

 痛い。単純にかなり痛い。

 

 腕の治療を驚くべき速度で終えた冥さんが、俺の服を捲って脇腹の治療もしてくれているという普通なら俺得な状況であるにも関わらず、そんなことを意識することが出来ない程度には激痛だった。

 

「……こういうのも失礼かもしれませんが、安心しました。貴方でも年相応の顔をなさるのですね」

 

 俺の苦痛にゆがむ顔を見ながら、膝立ちで俺にそういう冥さん。腹に関しても俺が激痛に耐えている間に殆ど終わりかけている。本日何回目の驚きか知らないが、またしても驚くべき技術だ。

 

「貴方と話していると自分と同年代以上の人と話している感覚に囚われてしまう時があります。なので、安心しました。……さて、終了しました」

 

 いや、年相応の顔って。むしろ俺の場合は年不相応の顔の方が年相応の顔なわけであって、むしろ年相応の顔してたらそれは年不相応の顔っていうか……。

 

 なんとも気恥ずかしい。薄まってきた激痛を、今度は気恥ずかしさが上回ってきた。

 

「……年相応って、貴女もまだ中学生じゃないですか。それはともあれありがとうございます、さっきよりも大分動きやすいです」

 

 なんとなく一発お返ししておく。

 

 ……年相応とか言われてしまった理由が自分で分かってしまったかもしれない。

 

「それはよかったです。これからの行動に支障があってはなりませんから。このことに注意して次回からは応急処置の道具くらいは持ち歩くよう心掛けるとよろしいかと」

 

 俺の手当てを終えた冥さんは薙刀を手に取ると、黄泉に戦い方の批判をした時と同じような口調でそう言う。

 

 ……確かにいままで一発も親父とか以外からは貰ったことがなかったが、これからは必要になるかもしれない。

 

 先人の言うことは聞いておこう。人生的には俺が先輩だが、退魔士としてのキャリアはあっちが遥かに上なのだから。

 

 次回から簡易の緊急セットくらいは持ち歩いておこう。そんなことを思っていると、さらに声がかかった。 

 

「あと、私は中学生ではありませんよ」

 

「へ?」

 

 思わず耳を疑う。

 

 あれ?公式設定ではこの人は喰霊-零-時点で18歳だったはずだ。

 

 つまり今は15。

 

 ちょうど中学3年生の筈だが……。

 

 そこで一つの可能性に思い至る。それは、

 

「私は早生まれなのです」

 

 早生まれで18歳。

 

 喰霊-零-時点でフリー。なるほど、そーゆーことか。

 

 つまりはもうあの時点で彼女は高校を卒業していたということか。道理で公式サイトにもJKの表記がなかったわけだ。もうあの時点でアルバイトのようなものではなく退魔士として活動していたということか。

 

「……なるほど。結構年離れてたんですね俺ら」

 

 実際の年齢と、学校の年齢とは実は乖離が激しい。

 

 単純な年齢差は2歳ではあるが、実質の年齢差は3歳。子供の1年とは大人の一年と比べ物にならない程度にはでかいものである。

 

 意外な事実に驚きつつも、俺は思考を切り替えていく。

 

 さて、おふざけの時間はここまでだ。

 

 

「冥さん。至れり尽くせりで色々して貰っておいて申し訳ないんですが、更に2つお願いがあります」

 

 先ほどとは打って変わって真剣な表情をして冥に向き直る。

 

 この人が来てくれたのは非常にありがたい。

 

 正直途中から来ることを計算に入れ忘れていたほどだ。

 

 だが、それでもやはり懸念事項とは存在するものである。

 

 絶対なんてことはこの世の中になかなか存在しない。今回においても、この戦力で失敗することなど往々にしてあるのだ。

 

「一つはカテゴリーAを追って欲しいこと。俺にけがを負わせたそいつが今回のこの事件の主犯です。そいつを片付ければ今回のこの騒動は解決します」

 

 それどころかもし三途河を討伐することに成功した場合、あの悲劇が起こらなくなる可能性が高い。玉藻御前、つまりは一代前の九尾の使い手の影響により、思わぬところで綻びが出てしまう可能性も存在するが、それでもあの悲劇だけは起こらない。

 

「そしてもう1つは、カテゴリーAと出くわしたとしても決して戦わないでください(・・・・・・・・・・・・)。撤退して俺に即座に連絡を入れて貰えると助かります」

 

 この人が来てくれたことは非常に嬉しい。だが、既にこの人の内面にはドス黒い憎悪の波が渦巻いているだろう。

 

 それを、あのバカ(三途河)に付け狙われてはたまったもんではない。

 

 それこそ予期せぬ原作崩壊が起こってしまう。

 

 

「これだけして貰って更にお願いするのが無粋なのは分かっています。それでも尚お願いしたい。どうか、俺の指示に従って貰えないでしょうか?」

 

 根拠もないお願いを聞いてもらって、命を救ってもらって、手当てまでして貰って尚お願いをしようというのだ。恩知らずと言われても仕方がない程だ。

 

 でも、これがこの人を救う方法でもあるのだ。

 

 俺が居れば守れる。自惚れではなく、あいつの戦法を一番知っているのが俺だからだ。

 

 その赤い瞳でじっと俺を見返す冥さん。

 

 何を思考しているのだろうか。もしかしたら俺が間者の可能性も考慮に入れているのかもしれない。俺だったらそうするかもしれない。自分をこいつはおびき寄せ、何かに利用するつもりだと。

 

 だが、そんなつもりは毛頭ない。

 

 気圧されてしまいそうなその眼光に真正面から向き合う。

 

 原作知識を知っているからなんてより馬鹿げた事を言うことなど出来やしない。一番確度のある情報が、一番確度の無い情報になるとはなんて皮肉だろうか。

 

 ただ、俺は彼女に信じてもらうしかないのだ。

 

 

「……わかりました。1度貴方を信用してこちらまでやってきたのですから、最後まで信用いたしましょう」

 

 そう言って冥さんは踵を返す。

 

 恐らく彼女なりの何かしらの推論があったのだろう。

 

 その結果俺が信じて貰えたのか、それとも信じたと言っているだけなのかは分からない。

 

 だが不思議にも俺には確証があった。この人はプライド的にそんな嘘はつかないだろうと。

 

「本当に、何から何までありがとうございます。奴は棒手裏剣と巫蠱術の使い手です。殺生石にも気を配ってくださいね。この借りは、必ず」

 

「ええ、楽しみにしております。それではご武運を」

 

  

 それだけ残すと、高校生女子が出すとは思えない速度で森へ冥さんは消えていく。

 

 

 

―――本当に、堕としたくないな。

 

 

 正直、黄泉と神楽を救うことが第一であり、この人の救済は二の次に考えていた所がある。

 

 この人が救済されることではなく、あの姉妹が救済されることが俺の望みだったからだ。

 

 だが、一つまた願望が加わってしまった。

 

 この人も救いたい。

 

 この身に余る、大きすぎる願いなのかもしれない。

 

 大きすぎる欲望はその身を亡ぼすとはよく言われることである。

 

 全てを望むなど、ガキのやることだ。

 

 大人は現実との軋轢を考えて選択をせざるを得ない。

 

 でも、今の俺はガキだ。

 

 とある作品ではガキには無限の可能性が宿っていると述べられていたこともある。

 

 

「よかったな三途河。俺はどうやら殺生石にふさわしいらしいぞ」

 

 

 矮小な自分の無限の可能性とやらに掛け金を全部懸けて最高のリターンを得る。

 

 そんな馬鹿げた欲望を抱く卑小な人間こそ、古来悪魔が食い物にしてきた典型的な存在だろう。

 

 

 しかし、ガキにはそれがあるのも事実だ。

 

 

 今どこに土宮がいるのかは分からない。三途河と戦っている最中になかなか移動したため、自分の場所を一時的に見失っている状況だ。

 

 そんな中で、三途河を再度探し出すのは非常に困難だ。

 

―――だが、恐らく殺生石が場所を教えてくれるだろう。

 

 あのへばりつくような、ヘドロのような感覚。殺生石同士の共振のようなものかもしれない。

 

 

 

 もし俺がチートとやらを与えられたのだとしたら、あの感覚こそがそれだろう。

 

 

 諌山冥が走り出した方向とは逆の方向に走り出す。

 

 

 

 

 必ず、負の連鎖の1チェーン目を、断ち切る。





冥の誕生日と、学校の存在は勝手に設定しました。年齢は公式サイトより引用です。
あと気づいた方がいるかもしれませんが、主人公の年齢を一つ上げました。
これは黄泉と1つ違いにしようと考えてたので、「黄泉が高1。んじゃあ中3だな」って考えて年齢を逆算したのですが、そもそも黄泉が高1じゃなかったって言う。
高2でしたね。しくった……。喰霊-零-好きとしてありえぬミスをしておりました……。
一応修正したつもりではありますが、直ってない所があったらお知らせください。

神楽 11歳 小学五年生
りん 13歳 中学1年生
黄泉 14歳 中学2年生

に今の時系列だとなります。


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第12話

 

 

「貴様がこの騒動の原因か?」

 

 

 威厳のある声が、静寂の支配する森の中に響く。

 

 土宮雅楽。喰霊-零-における土宮家27代目当主。

 

 土宮神楽の3倍では済まない程の胸板に2倍はある肩幅。

 

 現時点では妻の土宮舞が26代目当主を務めているために分家の長として分家を取りまとめているが、舞が死んで白叡をついでからの風格はまさに当主と呼ぶに相応しいものであった。

 

「ええ、その通りです。僕がこの騒動の中心ですよ。思わぬトラブルがあったせいで会いに来るのが遅れてしまい申し訳ございません」

 

 森の奥から中性的な、蠱惑的な響きを持った声が響く。

 

 三途河カズヒロ。先ほどまで凜と戦闘を行っていた少年。

 

 殺生石の研究を行っていた三途河教授の息子であり、バチカンで殺生石の騒動に巻き込まれて死んだと思われていた存在である。

 

 死んだと目されていたが、その実殺生石を集める戦いの幹事役に任命されており、各地に争いをまき散らす災害となっている少年。

 

 その姿を見て、その言を聞いて雅楽は眉を顰める。

 

「遅れただと?我々に会いに来るのが目的だったとでもいうのか」

 

「その通りですよ土宮雅楽さん。貴方と奥様に会うために僕はわざわざこんなところまで足を運んだのです」

 

 その背に美しい蝶を侍らせながらそう返す三途河。

 

「怨霊風情が私たちに何の用だ」

 

「怨霊とは酷いなあ。僕はまだ人間だっていうのに」

 

「御託はいい。もう一度聞く、私たちに何の用だ」

 

 有無を言わさぬ声とはこのような声を言うのだろう。

 

 迫力に満ち、受けた側が思わず委縮してしまいそうな重みのある声。

 

 流石は土宮の伴侶に選ばれるだけの人間なのだろう。

 

 そんじょそこらの退魔士とは纏っているオーラの質が違う。

 

 だが、それを受けて尚、三途河はその態度を崩さない。

 

 いつも通りの飄々とした、人を取って食ったような態度を維持したままである。

 

「随分とせっかちだ。もう少し余裕をもってもよろしいのでは?……僕は相応しい人間を探しているんですよ。この石を扱うに値する、そんな存在を」

 

 その長い髪を手で払い退ける三途河。

 

 殺生石。九尾の狐の魂のかけら。

 

 その中でも特殊な、封印加工のされていない文字通り原石。

 

 雅楽にはその石に見覚えがあった。

 

 

「殺生石だと?なぜ貴様がそんな物を」

 

 殺生石、それは喰霊白叡を使用するのにも使われる。

 

 莫大な力を持つ霊獣である白叡を使役するためには個人の持つ霊力だけでは足りず、殺生石による霊力のブーストが必要なのである。

 

 よって代々土宮は喰霊白叡の継承とともに殺生石も受け継いできた。

 

 今は雅楽の妻である土宮舞がそれを所有している。

 

 

「入手した過程なんてどうでもいいでしょう?あなた方の務めは死をもたらす存在である僕を狩ることであって、真実の究明ではないのだから」

 

 そういって三途河は不敵な笑みを浮かべる。

 

 確かにその通りだ、と雅楽は思う。

 

 そして、それは自分の妻も同じだったようだ。

 

「そうね。貴方が誰だろうが、どうやってその石を入手したかなんてどうでもいい。人の世に死の穢れを撒くものを退治するのが私たちの使命なんだから」

 

 そういって、前に躍り出る。

 

 一目で高級とわかる桜色の着物を着た女性。

 

 土宮神楽が成長して髪を伸ばせばこのような風貌になるのだろうか。

 

 背中まで伸びた黒髪に、左耳に光る赤い石。

 

 土宮神楽の母にして、土宮家現26代目当主。

 

「―――喰霊開放」

 

 両手で印を組む。土宮雅楽も、土宮神楽も行っていた、白叡を呼び出すための儀式。

 

 最強の霊獣たる白叡を、自らの魂から解放するための形式。

 

 

 

「白叡!!!」

 

  

 土宮舞。

 

 喰霊-零-においてはこの戦いで命を落とす存在。

 

 小野寺凜の救済対象。

 

 その存在が、今、三途河との闘いに挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 喰霊白叡は最強の霊獣である。

 

 これは喰霊-零-、喰霊を通して延々と語られてきた話である。

 

 その膨大過ぎる霊力を押さえつけるために土宮の人間は自分の魂と白叡の魂を一体化し、殺生石による霊力ブーストを使用して使役する。

 

 だが、アニメを見たり原作を見た限りだと、多分このような印象を抱く方が多いのではないだろうか。

 

 ぶっちゃけ白叡弱くない?と。

 

 原作では鎌鼬に攻撃をガンガン避けられていたし、印が組めなくなると白叡を呼び出せなくなるなどの弊害が色々あった。

 

 それになにより白叡と魂がリンクしているため、白叡の食らったダメージはそのまま術者に跳ね返るのだ。

 

 アニメ版だとそれで土宮雅楽は黄泉に決定打を打つ機会を与える隙を作ることとなってしまった。

 

 しかもそれを持っているせいで危険なお役目にはガンガン駆り出されるなど危険度がかなり高い。

 

 どちらかというとそれを持つメリットよりもデメリットの方が大きい気がする。

 

 俺もつい最近まではそう思っていた。

 

 転生してからはや13年。ずっとそう思ってきたのだが、まさに今日その意識が変わった。

 

 

 

 圧巻だった。

 

 新幹線が目の前を通過した時のような音を立てて、喰霊白叡が通過する。

 

 風をうならせるほどの速度で、その長い体躯を空間へと滑らせ、そのままカテゴリーCへと喰らいついていく喰霊白叡。

 

 一瞬でそこに存在していたカテゴリーCを排除すると、驚異的な速度で三途河に迫り、喰らいつくそうとその口を開く。

 

 

 その行動の一つ一つが豪快で、その一つ一つが美しい。

 

 とある作品で、とある地上最強の生物がこのように述べていた。

 

百聞は一見に如かず。そして百見は一触に如かず。

 

こうして白叡の雄々しさに触れていると、その言葉の意味がしみ込んでくるようだ。

 

 

 自惚れのようではあるが、俺をしてそこまで言わしめる喰霊白叡。

 

 だが、それをもってしても戦況は良いものだとは言い難かった。

 

 

「くっ……!!」

 

 喰らいつかせた白叡を躱され、しかも追い打ちとばかりに白叡に攻撃を受ける土宮舞。

 

 首の下のあたりだろうか?そこを棒手裏剣が掠めている。

 

 何度か述べたが、白叡のダメージは土宮舞にそのまま跳ね返る。土宮舞を攻撃せずとも白叡にダメージを与えれば、間接的であるはずなのに直接的に攻撃したのと同じことになるのだ、

 

 

「フンッ!」

 

 気合いの入った掛け声と共に雅楽から三途河に投げつけられる独鈷。メジャーリーガーも真っ青な速度で投げつけられたそれだが、三途河には通用しない。

 

 あっさりとそれを避け、俺の時のように新たな蟲を繰り出してくる。

 

 どれだけあいつには引き出しがあるのだろうか。

 

 同年代だとは思えない技の数。元々才覚がかなりあることは窺い知れるが、それでもその事実だけでは説明がつかない程の技量。

 

 高々13やそこらのガキがこの2人を相手にして対等以上に立ち回るなど意味不明の領域だ。

 

 俺がここに着いたのは数十秒前。正直あの感覚を頼りにここにたどり着けるか不安であったため、辿り着けない可能性も考えて諌山冥と別れたのだが、杞憂だったようだ。寧ろ一緒に来たほうが良かったかもしれない。

 

 俺がたどり着くまでにどんなやり取りがあって、どんな攻防が繰り広げられていたのかは全く分からないが、それでもこの2人が追い詰められていて、このままでは喰霊-零-と同じ状況になることは予想に難くない。

 

―――毒にやられているのか?

 

 戦場に飛び出して行く前に戦況を観察する。

 

 嫌に動きが鈍い。

 

 喰霊-零-において神童と呼ばれており、殺生石の補助を受けているはずの黄泉をほぼ体術のみで圧倒するほどの腕の持ち主である土宮雅楽。それなのに、その動きは別人と言っていいほどに鈍ってしまっている。

 

 今の動きだと、諌山黄泉を圧倒するどころか圧倒されそうだ。

 

 三途河の技量に加えて、これが原因かもしれない。零においても殆ど傷がないように見える2人が瀕死(片方は実際に死亡)の状態だったことから、もしかすると内部からの破壊によってこの二人はやられてしまったという線も考えられる。

 

 三途河が巫蠱術使いであるなんて情報が彼らには欠如している。

 

 それが無ければあの不意打ちの毒に対応など出来やしまい。

 

 だがそれより何より酷いのは土宮舞だ。

 

 先ほどまで気丈にも白叡を操っていた彼女ではあるが、その操り方はとても優雅とは言い難い。

 

 喰霊白叡を扱っているものの、地面に座り込みながらようやっと操っているという状態だ。

 

 出血があまりに酷すぎる。腕が切断されているとか、風穴が空いているとかそんな目立った外傷はないが、地面に滴った血を見る限り、相当な出血をしている。

 

 白叡を介しての裂傷が直にフィードバックされてしまっているのだろう。恐らく、あの着物の下はズタボロになっている。

 

 出血は体力と体温をどんどん奪っていく。血液量の低下は生命力の低下とほぼ同義だ。一気に血を失った時に限られた事ではあるが、下手をしたらショック死だってしかねない。

 

 

 

 

「最強の霊獣を従える最強の家系とやらも大したことはないんですね。どうしたんです?人の世に死の穢れをまくものを退治するのがあなた方の使命なんでしょう?」

 

「そうだな。そして俺の使命でもある」

 

 丁度奇襲をかけやすい位置にやってきてくれた三途河に後ろから切りかかる。

 

 こいつの真後ろに位置する繁みから飛び出しての一撃。

 

 本当ならもっと機を狙って仕掛けたかったものだが、もはやそんな悠長なことを言ってられない。

 

 またしても頭を狙った一閃を繰り出す。

 

 左耳から右耳にかけて切断してやろうと思い刃を振るったのだが、どうやら予め予測していたようで、俺の攻撃は簡単に避けられてしまった。

 

 俺の一撃はようやくこいつの髪にかする程度。 ……なんとなくわかってはいたが、やっぱり気づいてやがったか。

 

 即席にしては上手い奇襲だとは思ったのだが、残念ながらそれは目の前の男には通用せずに奇襲は失敗に終わる。

 

 そのまま肉薄してあわよくばミンチにしてやろうと連撃を繰り出すが、悉く躱され、尚且つ反撃に棒手裏剣を投擲されてしまい、その数の多さにいったん後退を選ぶこととなった。

 

 ちなみにこの棒手裏剣はあいつの妖力だか霊力で作り出されたものだ。弾切れを狙うなんてことは殺生石がある以上不可能だろう。

 

 

 

「早かったじゃないか小野寺凜。あの蟲たちはどうしたんだい?」

 

 やはり予期していたのか、一ミリの焦りもなくそう聞いてくる三途河。

 

 多分蟲を使ったんだろう。それか俺の隠密がまだまだか、そのどっちかか、その両方だ。

 

「一匹残らず駆除してやったよ。この世に死の穢れをまく存在を退治するのが俺の使命なんでね」

 

 小指で耳をほじりながらそう答える。

 

小学生レベルの幼稚な挑発。

 

 だが、こいつが挑発に乗ってくれれば御の字である。先ほど冥さんに連絡は済ませておいた。

 

 恐らくそう時間がかからずにこっちに到着するだろう。流石の三途河も俺たち四人を相手に戦い抜くことは困難なはずだ。

 

時間を稼ぐのと俺の勝利の確率が上がるのはほぼ同値。

 

必要十分条件はそれにより満たされる。

 

「君は挑発が好きだね。もしかして何か時間稼ぎでもしたい理由があるのかい?」

 

「んなもんあるか。お前なんぞ円周率を諳んじる片手間で遊んでやれるさ」

 

 ふぅーと指先に息を吹きかける。自分がやられたら地味にイラつく行動を的確にとっていく。

 

 ちょっと図星をつかれて動揺した心を隠すためにやった行動でもあったりする。

 

「……小野寺凜、か?」

 

 目の前の存在を見据えていると、後ろから声がかかった。

 

 荒い息を吐く雅楽さんに、片腕を抑えながら地面に蹲る土宮舞さん。

 

「お久しぶりです、雅楽さん。それに土宮さんはお会いするのは初めてですね」

 

 半身になって二人に挨拶をする。

 

 土宮雅楽。神楽の父で、27代目当主。

 

 分家会議では話ができなかったため、話すのはかなり久しぶりとなる。

 

 そして土宮舞。

 

 土宮神楽の母親。現土宮家当主。

 

 俺が、今回救いたい人。

 

 実は今まで会話をする機会がなかったため、顔合わせは実質初めてとなる。

 

「助太刀しますよ。不要かもしれないですけど、戦力は多いに越したことはないでしょう?」  

 

 有無を言わせぬように自信たっぷりにそう告げる。

 

 こういった時に大事なのは無駄な自信だ。遠慮があったとかで相手が悩んでいる場合でも、無駄に自信に溢れた物言いをすれば相手も頼みやすい。

 

「……感謝します。神童の実力、頼らせて貰いますよ」

 

 左手を抑えながらそう呟く土宮舞さん。

 

 ……左手も負傷しているのか。あの感じだと、折れてはいなくても罅くらいは入っているかもしれない。

 

 改めて三途河を見据える。

 

 そこにあるのは余裕の笑み。勝利を確信している絶対者の表情だ。

 

 手負いなら、俺ら三人を相手にしても勝てるという自信があるのだろうか。

 

「お二人は下がっていてください。こいつは俺が相手します」

 

 この二人は俺以上に傷が深い。

 

 俺が、やるしかないだろう。

 

「待たせたな三途河。死ぬ前の準備運動は済ませたか?」

 

「その挑発は面白いよ小野寺凛。君こそ絶望する準備は出来たかい?」

 

 再び対峙しあう俺と三途河。

 

 コンディションは正直良くない。冥さんに治療をして貰ったといえどもそれで傷が完治するわけでもなければ痛みが消えるわけでもない。

 

 それに対して奴はかなり涼しい顔だ。まだまだ余裕がある証拠だろう。俺と土宮家との三連戦だというのに随分タフなことだ。

 

「行くぞ糞野郎」

 

「来なよ神童」

 

 

 そう言葉を交わして、俺たちは再度衝突した。

 

 

 




本当ならここで黄泉を出す予定だったんだけど、出そうとすると軽く一万字超えるので分割。喜べ黄泉好きの諸君。
次回黄泉お姉ちゃん回です。


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第13話

「どうしたんだい、今回はやけに積極的だね。噂に違わぬ勇猛果敢ぶりだ。それが本来の君なのかな?」

 

「随分余裕ぶってるけど、無駄口叩いてる暇あるのか?あんま喋ると強がりに聞こえて情けないぞ?」

 

「それを言うなら君もだろう?さっき森で戦ってる時よりも随分口数が多いみたいだ。それはつまりそういうことなんだろう?」

 

 

 軽口を叩き合いながら交戦を続ける俺と三途河。

 

 

 俺は三途河に一瞬も休む暇なく攻撃を叩き込み続ける。

 

 時間を稼げば援軍が来る可能性が高いと考えて、時間稼ぎのためにしつこくしつこく粘り強く攻撃し続けているのだ。

 

 迫りくる蟲は刃を潰した刀で叩き潰し、飛んでくる棒手裏剣は身体を反らすことで回避する。

 

 どんな仕組みかはわからないが、こいつは時間を与えると直ぐに蝶となって消え去る術を使い始める。

 

 時間稼ぎをしなければならないのに加えて、あの瞬間移動の仕組みがどうなっているのかわからない以上、俺は連撃を続けざるを得ない。あれを発動する時間すら与えないように連撃を与え続けるしかないのだ。

 

 後ろに休ませなければいけない人間がいる状況であるため、さっきのような戦法もとることができない事がそれに拍車をかける。

 

 だが―――

 

 俺は脇目で土宮舞を見る。

 

 出血の量が本当に酷い。

 

 正直、時間稼ぎなんて、悠長な事を言ってられる状況じゃないかもしれない。

 

 

 

「しつこい男だね君は。あんまりしつこいと嫌われ―――」

 

「喋ってる暇あんのか!?」

 

 だから俺は、勝負に出た。

 

 再度飛んできた棒手裏剣を、避けずに受け止める(・・・・・・・・・)

 

 流石に驚愕の表情を示す三途河。

 

 牽制として放ったのは分かっている。だからそれが当たっても大したダメージにはならない事も分かっている。

 

 この機会を狙って、事前に小野寺の霊力で身体の要所をコーティングしておいたのだ。多少動きは鈍くなるが一発なら棒手裏剣を受け止めることができる筈だ。

 

 それでも当然ながら、攻撃をかなりの近距離で受けているため、100%ダメージをカットなど出来る訳がない。

 

 装甲を貫通して体に刃物が突き刺さる感覚。鋭い痛みが身体を駆け巡る。

 

 だが、浅い。その悉くが俺の骨まで届くことなく筋肉で全て遮断される。

 

 その痛みを噛み殺し、即座に装甲を解除する。これで、動きやすくなった。

 

―――ここだ。

 

 意を決して、三途河の顔面へ掌底をぶち込む。

 

 手のひらに伝わる鈍い感触。弾けるように揺さぶられる三途河の頭。

 

 入った(・・・)

 

 そのまま顔面に蹴りをぶち込む。再度ヒット。恐らく、この時点で俺は三途河に与えたダメージという観点で喰霊世界の全ての人間を超えたのではないだろうか?

 

 後退して逃げようとする三途河の顎に後ろ回し蹴りを叩き込む。

 

 鈍いながら鋭い音を立ててまたしてもヒットする左足。左足に固いものの芯を捉えた時特有の感覚が跳ね返ってくる。

 

 内心ガッツポーズをとる。綺麗に入った。

 

 人間には様々な急所がある。

 

 目玉、心臓、男なら金的。上げ出したらきりがない。

 

 だが、その中でも特に弱い部分と言ったら一つしかない。

 

 脳みそだ。そこだけはどうやっても鍛えられないし、そこを攻撃されれば確実に死に至る。流石の殺生石といえどもそこの修復には時間がかかるだろう。

 

 だから俺は脳震盪を狙っていた。

 

 顎を強く打撃されると頭蓋の中で脳がシェイクされ、一定時間ではあるが脳機能を麻痺させることが出来るのだ。

 

 その結果、足に来る。

 

 カクンと三途河の膝が落ちる。

 

 運動機能が低下するので普通に立っていることすら不可能になるのだ。

 

 

 絶好のチャンス。

 

 俺は攻撃の体制を整えており、三途河がその膝を地につけている。

 

 俺は足に刃を纏わせ、三途河を殺すべく蹴りを繰り出そうとする。

 

 だがやはりと言うべきか、そうは問屋が卸さなかった。

 

 

 致命の一撃をかまそうとする直前、俺が見たのは三途河が握る何か(・・)

 

 それ(・・)が何かは分からない。いや、その形をした物全体の総称は分かっているのだ先ほどまで、コイツが頻繁に使っていた物だから。

 

もしかしたらそれは無視してもいいような、むしろ無視すべきで俺の行動の阻害になどならないような些細な抵抗だったのかもしれない。

 

 だが、それ(・・)を見た俺は転がるように緊急回避を行った。

 

 これまた何故かはわからないが、それに俺は言いしれない恐怖を感じてしまったのである。

 

 それと同時に破裂する(・・・・)その何か。

 

 赤黒い液体が大量に噴出し、辺りを赤黒く染めた。

 

紅と言うにはあまりにも醜く、暗く黒すぎる液体。

 

その爆発源を中心として、それは辺り1面にばらまかれた。

 

「この糞野郎!自爆テロかよ!どこぞの過激派かてめえは!!」

 

俺の目の前の地面が音を立てて溶けていく。まるで某宇宙人の体液のようにそれは地面を溶かして地中へと進んでいく。

 

もし。あと5cm、ほんの5cmでも身体が前にあったのならば。俺の身体は今頃見るも無残に溶け爛れていた事だろう。

 

 叫ばずにはいられない。こんなの本当に自爆テロだ。

 

 

 その赤黒い液体が触れた所はたちまち溶け出し、三途河もろとも溶かしていく。

 

地面を溶かすほどの強酸だ。こんな物が自然界にあるとは思えないという程にその酸は強力であった。

 

 当然、その中心にいた奴はその被害の影響を一番に受けている。描写するのも避けられる惨状。その光景に俺は少々吐き気を催してしまう。 

 

 俺から逃げるために、自分の肉体を犠牲にした。

 

 酸性の血液を持つ蟲を爆発させて、自分ごと被弾させて俺から逃れた。

 

 ……なんつう奴だ。

 

 その気化した空気にすら効果があるのか、上空の木々も枯れ始める。

 

「……この蟲は使いたくなかったんだけどな。使わされるなんて今日一番の驚きだよ」

 

 だが、殺生石の回復力はその酸の威力すら上回る。

 

 普通の人間である俺が近づけないのをいいことに、見るも無残な姿となっていた三途河の傷はみるみる間に修復していく。

 

 残った酸でまだやられているものの、それすら回復していき、ほとんど布きれ同然になった服以外は30秒もしないうちに再生してしまう。

 

 ……チート過ぎる。こんなのもう回復なんて呼べるレベルじゃない。

 

 復元とかそのレベルだ。

 

「服もボロボロだ。お気に入りの一着だったのにどうしてくれるんだい?」

 

「着付けが逆の着物で良ければ俺がプレゼントしてやるよ!」

 

 

 三途河に遠距離で攻撃を仕掛けようと短剣を作り出す。

 

 ここで、1つ勘違いをされてしまっては困るので、念のために述べておこう。

 

 俺がここまで三途河に対して先手を打って行けているのはこの13年間、俺がこいつを倒すためだけにといっても過言ではない鍛錬を積み、戦略を練ってきたからである。

 

 だから俺はこいつに対して優位に立てる。

 

 もし土宮雅楽や諌山黄泉などが俺と同レベルのこいつに対する知識を保有していて、尚且つそれに対する策を練ってきたのならば俺以上に上手く立ち回れる可能性が高い。

 

 俺が彼女らに対して持っているアドバンテージはただ一つ。こいつの事を知っているというだけなのだ。

 

 ならその知識を伝えればいいのではないかと思うだろうが、それをやって信じてくれる人が何人いるかという話だ。

 

 諌山冥ならば信じてくれるかもしれないが、多分彼女だけだろうし、それにその知識の確度が不確かな状態における戦闘など、知識を持っていないのに等しい。

 

 だから極力こいつとは一対一ではなく、誰かとこいつが戦っているときに乱入したいのだ。

 

 その場ならば持てる知識を発揮しても疑われることなどない。なぜなら三途河がそれを行使しているから。それを見た推論を述べていると解釈され、そしてある程度実力の知れた味方の推論を疑う愚か者はなかなかいない。

 

 つまり事前に半信半疑以下の確度の低い情報を流した状態で戦わせるより、戦闘中に確度の高い情報を流して戦わせるほうが勝率が高くなるのだ。俺が戦うと想定している人間のなかで即席の情報に対応できずに死ぬような力不足の存在はいないし、そっちのほうが確実である。

 

 グループを組んで戦う時も、戦力の高さと勝率は、俺を抜きにしては恐らく相関しない。

 

 俺という三途河専門の存在がいて初めて戦闘の領域に乗れるのである。

 

 極端にいってしまうと、三途河に対する知識が無い状態の「土宮舞、土宮雅楽、土宮神楽(中2時点と仮定する)の3人」で戦うよりも現時点の「小野寺凛、諌山黄泉、諌山冥」で戦うほうが勝率が高いのだ。戦力としては圧倒的に前者が勝っているのにも関わらず、である。

 

 流石に前の3人でも切ったら毒を噴き出す蟲がいるだとか、腹に薙刀を突き刺しても死なないだとかの知識無く戦うことは困難だろう。

 

 だが逆に俺と同等の知識を全員が有している、またはそのグループにいる誰か一人でも有している場合、俺の存在は不要となる。戦術によっては組み込んで貰えるかもしれないが、俺に要求されるのはあくまで「三途河に対する絶対的な知識」であり、必ずしも「俺の戦力」ではないのである。

 

 

 

 何度も言うが、俺にはそこまでの才能はない。

 

 せいぜいあったとしても努力が人並みに反映されるという人並みの才能ぐらいだ。

 

 だから、この圧倒は別にズルをしているとか、俺が強すぎるから出来ているという訳ではないのだ。

 

 ただ俺の13年間の努力が正確に反映されていて、それが実際に三途河に届いているというだけである。

 

 

 

 

 

―――だから、想定外のことをやられると俺は弱い。

 

 

 

 

「―――いいのかい、そんなに僕ばかりに気を取られていて?」

 

「はぁ?」

 

 

 

 

 

「ぁあああああ゛あ゛あ゛!!!」

 

「ぐうっ!!」

 

 

 

 突然の悲鳴に思わず後ろを振り向く。

 

 そこにあったのは衝撃の光景。

 

 土宮舞は苦悶の表情を浮かべ、苦悶の声を上げながら地面に倒れ込んでいた。

 

 先ほどまで妻を守るようにしてその前に威風堂々と構えていた土宮雅楽は、額に脂汗を滲ませながら片膝を地面につけて胸を抑えていた。

 

 両者ともに共通するのはその出血。

 

 雅楽はともかく、土宮舞に関しては先ほどよりも酷い量の血液を垂れ流していた。傍目でもあれでは生命の危機があるレベルの出血なのが見て取れる。

 

―――何が起きてやがる!?

 

 先程まで何ともなかった2人が、急に苦しみだし、悶えている。

 

 確かに傷は酷かったし、放置していいレベルではなかった。

 

 だからといっていきなり苦しみ出すほどの物じゃ―――

 

 そこまで考えてある思考にたどり着く。

 

 遅効性の毒。

 

 こいつが、あの2人を苦しめていたであろう要因は毒じゃなかったか―――

 

「よそ見をしたね、小野寺凛」

 

 その声にはっとなり、俺は前を向く。

 

 しまった。いくら謎の悲鳴に気を取られたからとはいえ、戦闘中に後ろを振り向いてしまった。

 

 三途河の手に握られた棒手裏剣。

 

 戦闘における一瞬とは無限に等しいと俺は前に述べた。その一瞬を巡って俺達は技術を身に着け、戦略を学ぶ。

 

 だが、その一瞬を俺は自ら提供してしまった。(おの)ずからではなく、(みずか)ら進んでその永遠を与えてしまった。

 

 よりによって、こいつに。

 

 

「っくぁぁぁ!!」 

 

 俺の左の二の腕に深く突き刺さる棒手裏剣。どうやら反射的に身体をずらしたようで骨に突き刺さることは無かったようだが、それは俺の上腕二頭筋を外側から斜めに貫いた。

 

 丁度先ほどつけられた傷と交差するかのようにそれは俺に突き刺さる。

 

 諌山冥に治療をして貰っていたときとも比べ物にならないほどの激痛。ポーカーフェイスなど保っていられず、顔が歪む。

 

「ふう、やっと一撃が入ったね。苦労させてくれるよ」 

 

 そのまま三途河は俺の顎目掛けて掌底を繰り出す。

 

 当然こんな状況下においてそれを避けきることなどできるはずもない。モロに入るその一撃。

 

 脳震盪。

 

 それは頭蓋骨の中で脳が揺さぶられることによっておこる現象。

 

 綺麗に顎を打撃されたときに、それは頻繁に起こる。先ほど俺が三途河に対して使った戦法だ。

 

 それを、綺麗にやり返された。

 

 足に全くと言っていいほど力が入らなくなり、思わず地面にへたり込む。

 

 ……ふざけんな。遅効性の毒なんて誰がこの状況で思いつくんだよ。

 

 揺れる視界の中、奥歯が割れるほどに強く歯を噛みしめる。

 

「守るべき対象がいるというのは辛いものだね、小野寺凛。守るべきものがある人間は強いっていうけど、それは精神面での話だ。現実世界において戦闘中に守らなければならない人間がいる場合、その人間の行動、思考はかなり制限される。戦闘中でも常に気を配らなければならないのは守るべき対象であり、戦う相手ではないのだから」

 

 生まれたての小鹿のように足を震わせ、立ち上がれなくなっている俺の横を悠然と、堂々と素通りしていく。

 

「……ま、待て」

 

 視界がグラグラ揺れているせいで言葉もままならない。一気に形勢が逆転した。

 

 脳震盪は何も相手の足を崩すだけの技ではない。

 

 脳を揺さぶるわけであるから、首の鍛え方によっては意識を失う、下手すれば一発で廃人になる可能性だってあるのだ。

 

 そんな視界に映るのは三途河が土宮舞に向けて歩いていく後ろ姿。

 

―――やめろ。

 

 何をする気かなんてすぐに分かってしまう。

 

―――やめてくれ。

 

 先ほどまでとは打って変わって、無様に、みっともなく、芋虫のように地面を這いずり回る。

 

 奴の歩く速度など大したものでは無い筈なのに、全く追いつけない。

 

「君はそこで見ているといい。さぁ、これが君の力が及ば無かった結果だ。君の無力が招いた結末だ」  

 

 倒れこんでいる土宮舞のそばに行ってしゃがみ込むと、その髪をつかんで持ち上げる。

 

 女性の命である髪をぞんざいに扱う行為自体に憤りを感じるが、それ以上に土宮舞の容体が気になった。

 

 どうやら息はしているようだが、髪を掴まれても少し痛そうにするだけで殆ど反応がない。

 

「随分弱っているみたいだ。すぐにでも病院につれて行かないと死んでしまうかもしれないね。―――生きたいかい、土宮舞?」

 

 弱弱しい反応を返す土宮舞にそう問いかける。

 

 死にかけだが、まだ生きるという欲望はあるか、と。

 

 ここで死ぬことに未練はないか、と。

 

「貴女には確か娘がいたはずだ。まだ小学生の可愛い娘が。そんな娘を残して貴女は死ぬのかい?そんな娘をおいて貴女は居なくなってしまうのかい?」

 

 蠱惑的にそう囁く。

 

 神楽を残して死ぬことに心残りはないかと。

 

 娘を一人にして本当にいいのかと。

 

「―――でもね、この石なら叶えてあげられる。この石なら貴女の想いを受け止めてくれる。まだ貴女は生きられるんだ」

 

 赤い光が森の闇を照らす。絶望の光。だが、物語(喰霊-零-)の始まりの光。

 

 殺生石、それが三途河の手には握られていた。

 

 三途河と息も絶え絶えの土宮舞の視線が交差する。

 

 一見土宮舞は気丈に振る舞っているように見える。

 

 死に体な状態でも三途河を睨み付けているし、少なくともその瞳には強い意志が感じられるようには見えた。

 

 だが、その目に映る意思を三途河はどう解釈したのだろうか。

 

 その瞳を見ると三途河は薄い笑みを浮かべ、その手に掴んでいる髪を離した。

 

「小野寺凛、君はどう思う?」

 

 ゆっくりと立ち上がり、彼女の上に手をかざす。

 

 そこから漏れるのは赤い光。始まりと終わりである混沌の光。

 

―――やめろ。頼むからやめてくれ。

 

 本当にふざけるな。こんなにも簡単に形勢が逆転してたまるものか。

 

 さっきまで俺はあいつを追い詰めていたのに。

 

 あと一歩で俺はあいつを殺せていたのに。

 

 これだけ努力して、死ぬ気で鍛錬して、ここまで来たのに。

 

 今の俺には、地面をもがいて滑稽に這うことしかできなかった。

 

 

「彼女はこの石の担い手になってくれるかな?」

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

 

 ゆっくりとその手を開いていく。

 

 嫌にゆっくりと、俺を嬲るかの如く。

 

 

 

 

 赤い石が光を増し、存在感をあらわにする。

 

 

 

 その手はついに開き切られ、土宮舞へとその石が落ち―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乱紅蓮!咆哮波!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の光が視界を埋め尽くす。

 

 それは、彼女の代名詞とも言える攻撃。

 

 画面越しに何度も見た金色の閃光が、土宮舞の上空を奔っていく。

 

 

 咆哮波。諌山家に伝わる宝刀「獅子王」に宿りし霊獣である”(乱紅蓮)”が放つ技。

 

 

 

 

 

「これはこれは。もう一人の神童まで登場するなんて流石に予想外だよ」

 

「この騒動の原因はお前だな、怨霊」

 

 

 柄の異常に長い、黒い刀身の日本刀を構える黒髪の美少女。

 

 どうやったかは知らないが、咆哮波を避けて森の奥に退避している三途河。

 

 その三途河に鋭い眼光と切っ先を向けている黒い制服の少女。

 

 

 

 俺が、何を賭してでも、それこそ命を賭してでも救いたいと本気で願った悲劇のヒロイン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――諌山黄泉に俺は危機を救われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土宮殿に、小野寺凛?貴様がこれをやったのか、怨霊」

 

「そうだよ。ちょっと手こずったけど、ご覧の通りさ」

 

 両手を広げて、まるで自分の作品を自慢するかのようにこの現状を作ったのは自分だとアピールする三途河。

 

 それに警戒した様子を見せる黄泉。

 

 当然だろう。土宮家二人に俺まで倒れているのだ。警戒しないほうが不自然というものである。

 

 油断なく辺りを見渡す黄泉。その視線は土宮舞で一旦止まる。

 

 恐らくは黄泉も土宮舞の出血量が危ない領域にあることを看破したのだろう。

 

「乱紅蓮!」

 

 小手先調べとばかりに黄泉は鵺を三途河に向かわせる。

 

 鵺の恐ろしいところは白叡と違い基本的に自立的な行動が可能で、術者と離れた場所であっても戦闘が可能であることだ。

 

 しかもその戦闘力は相当高く、一応エリートである筈の環境省超自然災害対策室の3人と互角以上に戦い、そのうちの一人は死亡している程だ。

 

 しかも鵺が攻撃を受けても術者にダメージがフィードバックされることはなく、ただ鵺がダメージを追うだけであってなんの害もない。

 

 正直、白叡の力を見た後であっても、俺なら鵺を選ぶ。

 

 喰霊-零-において冥が執着したのが手に取るように分かるほどだ。

 

 三途河のようなカテゴリーAを相手にしたり、土宮神楽のような規格外な存在を相手にすると見劣りすると推測されるが、それでも十分チートなレベル。

 

 もしこの世界でチートを選べたのならば鵺を俺は選択していたかもしれない。

 

 

 

 だがやはり、それだけの力を持っていても三途河相手だと攻めあぐねるらしい。

 

 

「はあぁぁぁぁ!」

 

 宝刀獅子王が一閃し、3体のカテゴリーCを斬り伏せる。黄泉はそのまま乱紅蓮と共に三途河に接近しようとするが、三途河は土宮さん達にその矛先を合わせることでそれを回避する。

 

 蟲をばらまかれ、土宮の二人を狙われては黄泉、乱紅蓮ともに積極的に攻めに出られず、防戦に回らざるを得ない。

 

 攻めに出れば土宮さん達を狙われ、守りに出れば当然攻められない。

 

 そんな膠着状態が続いていた。

 

「ちょっと消耗してきたし、この状況で2対1はちょっと不利かな?」

 

 言葉とは裏腹に今だ余裕の表情でそう呟く三途河。

 

 俺の時とはあいつの戦闘スタイルが違う。余裕そうであっても言葉通り乱紅蓮と黄泉の2対1の状況は望ましくないということだろうか。

 

 だが、撤退をしないということはまだ土宮は狙われているということだ。

 

 どうにかして乱紅蓮と黄泉を排除する方法を考えているのだろう。

 

―――これは好機だ。

 

 なんども千載一遇と呼べるはずのチャンスを逃している俺が言っても説得力がないかもしれない。

 

 でも、もうこれしか後がないんだ。

 

 多分喰霊-零-では三途河と諌山黄泉はこの時点で顔を合わせていない。奴が残した残党を駆けつけた諌山黄泉が片付けただけの筈だ。

 

 このまま戦っては諌山黄泉が負ける可能性がある。

 

 もう欲張らない。撤退させればそれでいい。

 

 

 もしかすると撤退させることすら欲張っているのかもしれない。

 

 

 

 けど、あの少女(土宮神楽)のためにも、俺はやるしかない。 

 

 

「3対1だよ、三途河。神童2人に宝刀の霊獣1匹だ」 

 

 生まれたての小鹿の方がましなんじゃないかってレベルで足を震わせながら立ち上がる。

 

 視界が揺れる、吐き気がする。今すぐ地面にぶっ倒れたい。

 

 まだほんの少ししか脳震盪の影響は抜けきっていない。

 

 誰もが今の俺の姿を見たらパンチドランカー状態になっていることを一目で看破するだろう。

 

 それこそ中学生(三途河)にだって一目でばれる。

 

「それは面白いジョークだね。今際の際にユーモアのセンスが上がったのかい?」

 

「誰が臨終しかけだって?あれがジョークに聞こえるなんてお前こそさっきの酸で耳が溶けたまんまなんじゃねえの?」

 

 相変わらずの軽口。だが、今回に至っては三途河の言が完全に正しい。

 

「無理をするな小野寺凛!ここは私が引き受ける、休んでいろ!」

 

 諌山黄泉からも声がかけられる。

 

 そりゃそうだ。こんなフラフラな状態の奴に参戦されても困るだけだ。守るべき三人目が出来てしまい、さっきの俺よりも酷い状況になる。

 

「舐めないでくださいよ諌山黄泉さん。俺だって神童だのなんだのって呼ばれてるんですよ?このくらいなんともありませんって」

 

 なんとも無いわけが無いが、虚勢を張る。

 

 座っていようが動いていようが回復速度の変化なんて微々たるもんだろう。

 

 話しているうちに本当に僅かながら体調も戻りつつあるし、あと2分くらい稼げれば土宮さん達の盾ぐらいにはなれる筈だ。

 

 だが、そんな俺の様子は三途河にとって非常に愉快なものに映るらしい。

 

 ”笑っている”と完全に分かる薄笑を浮かべながら俺を見ている。

 

 本当に憎たらしいくらいに飄々としていやがる。

 

 普通の人間が相手なら既に二回は俺の勝利で勝負がついているというのに、悉くその勝負を振り出しに戻されている。

 

 今回は振り出しに戻されたどころか一回チェックまでかけられた始末。

 

 今もまだチェックがかかっている状態だ。そして、あいつの言う通り現状は実質2対1だ。その上2対1ならば退ける実力があるのは土宮戦で実証済みだ。

 

 それを分かっているからこそあいつはあれだけの余裕を持っている。

 

 

 

「諌山黄泉の言う通りだ。君はもはや戦力には成り得ないことを自覚するといい。それに戦況が例え2対1から変化したとしたって何も変わらないさ」

 

 本気でそう思っているのか、自信に満ち溢れた物言いである。

 

 その雰囲気に黄泉が警戒を高めているのがわかる。

 

 油断なく、それでいて恐れることなくカテゴリーAに相対するその姿は、とてもじゃないが中学生には見えない。だが、それでもこいつを前にすると役者不足の感が否めないのだ。

 

 ……殺生石とはここまで強力なものだったのか。

 

 今日発見する新たな真実だ。こいつの厄介さと相乗効果を発揮してとんでもない代物になっている。

 

 歯がみする。―――頼むから、早く治ってくれ。

 

 

 

投了(リザイン)するといい、小野寺凛。3対1であろうとこの状況は覆らな―――」 

 

 

 

「では4対1ならどうでしょう」

 

 

 三途河が喋っている最中に、空から銀が煌めく。

 

 三途河がいたところに振り下ろされる一閃。

 

 それを生み出したのは先ほどまで一緒に戦っていて見慣れた薙刀。

 

 

 

「冥さん!」

 

「冥姉さん!?」

 

 なぜ貴女がここに?といった様子で驚いた声を上げる黄泉。こんな状況でいうのも非常に馬鹿な話ではあるが、ドッキリを仕掛けられた人間のような顔をしていて正直面白かった。

 

 多分、俺も黄泉の立場だったら同じような顔で、同じような驚き方をする自信がある。

 

 ……それよりも、来てくれた。その事実に安堵する。

 

 戦場において、戦力となる人間が1人いるのといないのでは状況が全く別だ。

 

 三途河は2対1でも3対1でも変わらないと言っていたが、そんなことはない。

 

 さっき経験したばかりだが、戦いとは指数のようなものだ。

 

 雑魚ならいざ知らず、強敵を相手にするとき、その厄介さは数の増加に伴って指数関数的に増えていくと考えて差し支えない。

  

「初めましてですねカテゴリーA。ここまでの惨劇を作るとは流石、といったところでしょうか」

 

 静かな、しかし通る声でそう三途河に話しかける冥さん。

 

 黄泉もそうだったが、不思議と迫力のある声だ。

 

 諌山の女の度胸はどうなっているのだろう。冥も黄泉もカテゴリーAを前にして一歩も引いていない。

 

 

「……これはこれは。諌山の令嬢まで出てくるなんて。もしかして今日の一連の妨害は君の策略なのかい、小野寺凛?」 

 

 俺は答えない。策略とかじゃなくて偶然が重なっている部分がかなり多いからだ。

 

 だけど俺は泰然としてにやりと笑みを浮かべる。

 

 そう取ってくれるならそう取って貰いたい。勘違いしてくれるなら御の字だからだ。

 

 

「さて、こっちは揃った訳だが、お前はどうだ?ずっと一人みたいだけど仲間とか呼んでもいいんだぞ?」

 

「……君の言う通り僕の耳は酸でやられていたみたいだね。やっぱり君の減らず口は全然おもしろくないよ」

 

 そう言って身に蝶を纏い始める三途河。

 

「目的が果たせず残念だけど、今日は帰ることにするよ。流石に諌山冥まで参戦されると勝ち目はないからね」

 

 あまり残念そうではなく三途河はそう告げる。

 

 ……本当に担い手候補が俺に移ったということだろうか。

 

 土宮舞はただの実験体であり、俺の憎悪とやらを増幅させるためのものだったと言うことなのだろうか。

 

「逃がすと思っているのですか?」

 

 逃げようとしている三途河に、一歩詰め寄る諌山冥。

 

 普通ならばそれに続いて切りかかろうとするところではあるが、俺は冥さんを手で制した。

 

 多分、俺が回復してこの二人に続いて参戦できれば、簡単とはいかないが間違いなく片付くだろう。

 

 俺一人でもある程度まで詰められる相手だ。いわんや俺たちをや、である。

 

 だけど、多分もうタイムアウトだ。

 

 あと5分早く合流できていれば一緒に戦っていたかもしれないが、これ以上は土宮舞が持たない。

 

 正直かなり、いや、自分を自分で切り裂いてやりたい程度には悔しいが、逃げてくれるというのなら逃がしたほうがいい。戦うのはこの場においては得策じゃない。

 

「それじゃあ今回はサヨナラだ。君がこの石に選ばれた時にまた会いに来るよ」

 

「そのまま蒸発してくれると俺としては嬉しいんだけどな」 

 

 

 

 俺の声が届いたかどうかは分からない。

 

 だが、少なくともその願いは聞き入れられることはないだろう。

 

 

 青い蝶が空へと昇っていく。

 

 まるで魂が浄化され、天に召されるが如く。

 

 そんな上等で高尚なものなんかじゃないのに、その光景は恐ろしく綺麗だ。

 

 

 その場から殺生石の気配が完全に消え去る。それは三途河が完全にこの場から去ったことを意味する。

 

 カクンと膝が折れる。

 

 脳震盪のダメージとはそんなに簡単に抜けるものではない。軽いものならすぐ抜けるかもしれないが、今回のは三途河に狙って起こされたものだ。そんなすぐ抜けるような軽いものではない。

 

 気を張っていたから耐えられていたが、気が抜けるともう無理だ。立っていられない。

 

「小野寺凛!?」

 

 急に崩れ落ちた俺を見て黄泉が駆け寄ってくる。

 

 冥さんもこっちに向かってきているのが見受けられた。

 

 しかし、俺は二人を手で制すと、土宮さん達の方を指し示した。

 

「大丈夫、軽い脳震盪ですから。それよりも土宮さんをお願いします」

 

 

 本当なら俺がやるべき仕事なんだろうが、俺はもう動けない。

 

 申し訳ないが頼るしかないだろう。

 

「土宮殿、土宮殿!」 

 

 土宮舞を気つけする諌山黄泉と、雅楽を介抱する諌山冥。

 

 血まみれで息も絶え絶えの土宮舞。

 

 僅かながらも胸が上下している所を見ると、どうやら生きてはいるようである。

 

 雅楽は冥の問いかけに答えるだけの力はあるようだ。

 

 喰霊-零-のように、諌山黄泉が現場に着いた瞬間には雅楽に白叡の譲渡を終えていたなんて状況にはならなかったらしい。

 

 つまりは、俺は土宮舞を救えたのだろう。

 

 

―――だが、こんなのが本当に救ったと言えるのだろうか。

 

 命があるとは言えあの出血量だ。

 

 障害が残る可能性が極めて高い。

 

 

 仲がよろしくない筈の義従姉妹(黄泉と冥)が協力して土宮舞の出血を抑えるために止血を始めている。

 

 

 偉そうなことをさんざん言っておいて、俺は何も出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

 そう思いながら、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 









驚異的に長くなったな。
これにて1章は終了でございます。ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます。
キャラ同士の絡みのssやろうかとおもって活動報告で投票やってるので、是非ご覧ください。




舞の容態については二章に入ってから詳しく述べますが、生きております。ご安心ください。

ただ、凜が述べた通り出血が多すぎるので色々あります。
多分、「あれ?救済ってそーゆーのでも救済って定義しちゃう?」
みたいな感じになるかと。

まあでもちょっとシリアスチックになってもこの物語はアレなんで最終的にはアレなんですよ(指示語を使いまくる現代人の鏡)。まあ救済なんでお察しですよね。

……そして三途河強くしすぎた感が。
でも多分喰霊-零-でもこのぐらいの強さはある気がします。

そして黄泉の口調ムズカC。
あのひと戦闘中だと口調変わるじゃないですか。
声も変わりますし。


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第2章 想零-おもいこぼれ-
第1話


「―――君がやったことは所詮独りよがりの偽善。君以外のだれ一人として救われることのない、無意味な唯の自己満足に過ぎない」

 

 

 

 

 暗い世界で、少年が言う。

 

 

 

 

「―――どうだい?これがこれが願いを成就できないということだ。君の行為が、無意味に終わったということだ」

 

 

 

 

 自分と周りとの境界線が曖昧な世界で、何が他人で何が自分なのかわからない世界で、唯一はっきりと形づけられた存在が、白い少年が俺に問いかける。

 

 

 

 その身に蝶を宿して。

 

 

 

 赤い石の瞳をのぞかせながら、俺に問い続ける。

 

 

 

 

「―――君の13年間はこのために存在したというのに、今日の為に努力をしてきたというのに、それは全部意味のないこと、つまり君の生は無駄だったんだ」

 

 

 

 

 無駄だったのだと、俺は何も出来なかったと、そう告げてくる。

 

 俺がやったことなど何もない。お前に出来たことなど何もなかったのだと。

 

 

 

「わかるかい、小野寺凛?君は何かできると勝手に思い込んで、君なら何かを果たせると思い込んで、あの場を無意味にかき回しただけに過ぎない」

 

 

 

 

 頼むから、言わないでくれと思うことを。

 

 

 自分の存在を揺らがすようなことを。

 

 

 その存在は容赦なくえぐり取ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

――――君は彼女(土宮舞)を救えなかった。

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 揺さぶられるような感覚とともに、俺は目を覚ました。

 

 暗い海に沈んでいたような感覚から一気に浮上し、境界線が溶けて何もかも曖昧だった世界から俺の意識は覚醒していく。 

 

 目に映る低い天井に、背中から伝わる連続的な振動。

 

 エンジンが駆動する、よく耳に慣れた音。

 

―――車、か?

 

 どうやら俺は車に乗せられているらしい。

 

 仰向けの状態で、俺は寝かされていた。

 

 ……一体どうなっているのだろう。

 

 覚醒はしたものの、今だはっきりとはしない俺の思考。

 

 諌山冥が駆けつけてくれたところまでははっきりと覚えている。そして諌山の義姉妹が土宮舞を治療していたのも。だが、そこ辺りから記憶が曖昧だ。恐らく、そこいらで気絶でもしたのだろう。

 

 車特有の振動が俺を揺さぶる。

 

 体に伝わる揺れが心地よい。なかなかよさげなサスペンションを使っているのだろう、などと変なところに思考が行ってしまう。

 

 だがシートの感触とか、足を曲げて居るとはいえ横になれるくらいなのだから、どうやら俺の家の車ではないようだ。一体俺はなぜこんな所に居るのだろうか。

 

 ぼうっとしたまま、揺れに身を任せる。

 

「目が覚めた?」

 

 心地よい揺れに、もう一度眠りについてしまおうかとしていると、俺の上から声がかけられた。

 

 三途河との戦闘中に何度か聞いた声。だが、戦闘中のように荒々しくなく、非常に柔らかで母性に満ちた温かい声。

 

「諌山黄泉、さん?」

 

 諌山奈落の義理の娘であり、諌山冥の義理の妹。

 

 現在宝刀獅子王を任され、喰霊-零-時点では家督の継承権ナンバー1.

 

 そして環境省超自然対策室の現エース。

 

 そんな彼女がここに居るということは、ここはもしかして……。

 

 ズキン、と鋭い痛みが俺の左腕に突き刺さる。

 

 三途河にやられた腕。二回の人生において、筋肉を何らかの物質が貫通していく経験をするのは初めての体験だった。

 

 熱とともに激しい痛みを訴える左腕。包帯が新しくなっている。恐らく、諌山黄泉か誰かがやってくれたのだろう。

 

 痛みを無視して俺は起き上がる。この内装は見覚えがある。確かアニメの3話とか4話で、お勤めに行くときに黄泉と神楽が乗っていたはずだ。

 

「おう、目が覚めたか。病院まであと少しだ。痛むだろうがあと少しで着くからもうちょい我慢してくれ」

 

「環境省……」

 

 運転席からも声がかかる。

 

 ハンドルを握るスーツ姿の筋骨隆々のモヒカン男。

 

 岩端晃司。環境省超自然対策室のレギュラーメンバーであり、喰霊-零-、喰霊ともに出演している存在。

 

 海外で傭兵をやっていたようなので戦闘能力は折り紙付きなのだろうが、霊力があまり高くないらしく除霊に関してはそこまで活躍している描写はないが、何か交渉事や問題が起きた際には前面に立って処理をしている対策室の代表的な立ち位置にいる男である。

 

 これで確証を持った。なぜだかは知らないが。俺はどうやら環境省超自然対策室の所有している車に乗っているらしい。

 

 軍用といって差し支えのないあのバカでかいジープ。細い道なんか通ったら横をこすってしまいそうな程。これで脇道とか通れるのだろうかと思っていたのを覚えている。

 

 

「お、噂の天才少年とやらがお目覚めか?」

 

 その助手席からも声が響く。

 

「俺の名前は桜庭一樹。環境省の退治屋だ。よろしく頼むぜ、小野寺の息子さん」

 

 こちらを振り返って人のよさそうな笑みを浮かべるスーツの男。

 

 桜庭一樹。諌山黄泉の許婚である飯綱紀之の親友。

 

 確か原作時点で18歳であり、この人も対策室のエージェントとして環境省で勤務している。ただ、この人は岩端晃司とは全く異なり、原作には登場しない、喰霊-零-オリジナルキャラクターである。

 

 喰霊-零-においては対策室のムードメーカーとして周りの関係を調和させるのに一役買っていたが、最終局面あたりで怨霊化した黄泉によって心臓を一突きされ、二度と帰らぬ人となってしまうという悲惨な運命をたどることとなる。

 

 そういや、この人も死ぬんだった。ラジオとか聞いてると毎週出てくるから何となく生きているような錯覚に陥るのだが、その実結構悲惨な死を遂げていたりするのだ。

 

 まあ、でも黄泉を救えばそのままこの人も救われるからあまりこの人については考えなくてもいいのではないかと思って少々軽視しているのは否めない。

 

 軽視というと誤解が生じるか。軽視している訳じゃなくて三途河なり冥さんなりの事の発端となる出来事を潰せばば芋蔓式に問題が解決できるので特に深くは考えていないということだ。

 

 

「……助けていただいたということでよろしいでしょうか?すみません、ありがとうございます。助かりました」

 

 礼を言っておく。なんで救急車とかじゃなくてこれで運ばれていたのかはよくわからないが、どのみちあの後は救急車なりなんなりを使わなければ移動など不可能で会っただろうから助かった。

 

「どういたしまして。君、あの戦いの後すぐに気絶しちゃったのよ。本当なら救急車を呼ぶつもりだったんだけど、重傷者から先に運ばれていったから数が足りなかったみたいでね。動ける環境省(うち)が今運んでるってわけ」

 

 そう諌山黄泉は説明する。

 

 なるほど、あれだけの大規模な戦いだった訳だし、事情を知っていてうちら(退魔士)を受け入れられる病院なんて数が知れてるだろうから比較的軽症な俺は普通の車で運ばれているという訳か。

 

 普通ならかなりの重症なんだけどね、これ。

 

「改めまして、諌山黄泉よ。知っててくれたみたいだけど一応ちゃんと話すのはこれが初めてだしね。よろしくね、小野寺凛君」

 

「よろしくおねがいします。改めまして皆さん、俺は小野寺凛です。助けてもらってありがとうございます」

 

 自己紹介をしてきた諌山黄泉と、対策室のメンバーにそう返す。

 

 なんというか、感動である。アニメでずっと見ていたこのメンバー達とこうして会話をできるとは。

 

 少しジーンと来ていると、俺の頭に一つの疑問が発生した。

 

 ……あれ、メンバーって確か。

 

「ナブーも初めまして」

 

「ナブーも初めましてにょんにょん」

 

「うおぉ!?」

 

 後ろから響いたバスボイスに思わず飛び上がる。

 

 ノリとかお約束とかなんかを意識したわけじゃなくて、結構本気でビビって飛び上がってしまった。

 

 ナブー兄弟。

 

 この二人も対策室のエージェントだ。

 

 原作には一人だけナブーが存在していたのだが、アニメにて実はナブーは双子の兄弟であるという設定がねじ込まれ、まさかのナブーが二人登場しているという状況になる。

 

 某喋り方が特徴的な声優が2人の中の人をやっており、しかもアドリブを入れまくるためネタキャラとして非常に目立っていた二人である。

 

 大口径の銃を難なくぶっぱなしながら敵を殲滅していくのだが、残念ながら最終話の直前辺りでその片方が乱紅蓮にやられて致命傷を負い、これまた死んでしまう。

 

 原作から入った人だとナブーと桜庭一樹に関してはその結末を予期できてしまった人が居るのではないだろうか。

 

 

 

 ……それにしてもかなりビビった。

 

 この二人の存在を忘却してしまっていたのに加え、今が夜なのと意識がまだあんまはっきりしていないせいもあって後ろに二人も座っていたことに全く気が付かなかったのだ。

 

 

「驚かせたみたいで悪いな。そいつらはナブー。どっちかが兄のナブーで、どっちかが弟のナブーだ。どこぞのシャーマンの生まれらしくてな、一緒の名前を付ける習慣があるらしい」 

 

「「ナブー」」   

 

 ほぼアニメままの会話がなされる。確か土宮神楽が初めてこの二人に会った時もこのような会話がなされていたはずだ。

 

「は、初めまして。小野寺凛です」

 

 挨拶を返すものの少々ぎこちなくなってしまう。

 

 そんな俺をみて桜庭一樹が笑っており、諌山黄泉は微笑んでいる。

 

 ……またしてもむずがゆい。くそう。気恥ずかしさで首の後ろがチリチリする。 

 

 

「んんっ。それで早速質問で申し訳ないんですが、土宮殿はどうなったのかご存じですか?あの出血量だとかなり危ない状況だったのではないかと思うのですが」

 

 話題とこの空気を変えるためにも俺はそう質問する。

 

 それに、意識が覚醒してからずっと気になっていたことであるのだ。

 

 あの後、三途河に逃走を許した後、俺はすぐに気を失ってしまったらしい。

 

 あの後、一体どうなったのだろうか。俺が命をかけて救いたかったあの人物は、一体今どうなっているのだろうか。

 

 そのため諌山の義従姉妹(しまい)が手当てをしていたということ以外は何も情報を持っていない。

 

 土宮舞はどうなっているのか。今病院に運ばれているのだろうか。

 

 

 

「ああ、土宮の当主なら一命はとりとめているらしい。だが状況はかなり深刻らしい。うちの飯綱が同伴しているんだが、意識レベル300で今は外界の刺激に対して全く反応しなくなっているらしい。脳に与えられたダメージが大きいらしく、正直目を覚ますかどうか怪しいレベルだそうだ」

 

「土宮雅楽さんは問題はないみたい。私たちも詳しい状況を確認しに向かっているところだからあまり詳細には知らないんだけどね」     

 

 そう岩端さんと黄泉は答える。

 

 生きている。それは非常に嬉しいことだ。

 

 だが、やはりそうなってしまったか。

 

 奥歯を噛みしめる。

 

 人間の身体において、血液がなぜ重要なのか朧気ながらでもいいからご存知だろうか。

 

 医者では無いし、医学を嗜んでいる訳でもなかったから所詮は書物で読んだお遊びレベルの知識しかない。

 

 それでも血液の大事さぐらいは知っている。

 

 血液は酸素を体中に運ぶ役割を担っている。我々が呼吸をして得られた酸素は肺を通して血液で運搬され、体中に運ばれていくのは皆常識として知る所だ。

 

 だから酸素があっても血液が流れなければ体には酸素が行き渡らない。

 

 そして、体の中で最も酸素を使う部位をご存じだろうか。

 

 それは頭、つまりは脳みそである。

 

 つまり出血が多量になってくると頭に血液が回ることがなくなる可能性が高くなってくる。正確には回ったとしてもその量が足りなくなる。

 

 我々が人工呼吸をして酸素を送り込み、心臓マッサージでその酸素を身体に運ぶことで延命措置をとるのは脳死を防ぐためであり、酸素を含んだ血液が身体を回ることを維持する為にやるのだ。

 

 当然これ以外にも意味はあるのだが、一番優先されることは脳が死ぬのを防ぐこと。

 

 脳は5分以上血液が循環しない場合、徐々に死に始める。たかだか5分やそこら血液を流さなかった程度で脳とは容易く死んでしまぅものなのだ。

 

 そして、多量の出血はそれと同じで脳にダメージを与える。血液の供給量が低下するということは脳への酸素供給量も低下するということであるから、脳にダメージを与える可能性が高まるのだ。

 

「意識不明、ですか」

 

 意識不明の重体。予測はしていたことだ。

 

 あれだけの出血量。こうなるんじゃないかとは思っていた。予想は出来ていたんだ。

 

 だけど、

 

―――これは、辛いな。

 

 助けることができたという事実は嬉しい。俺の意志が、喰霊-零-(あの世界)に罅を入れたということだから。

 

 俺が彼女を助けることが出来て、その命を救った。

 

 ……だが同時に、俺は彼女に生き地獄を味わわせることとなるかもしれないということだ。

 

 

「ああ。救急車に乗った辺りから意識が無かったらしい。ともあれもう病院までは目と鼻の先だ。今回の場合誰が悪いってわけじゃないんだ、あんまり気を落とさないでとりあえず詳しくはお医者様に聞いてみようぜ」

 

「そうね。小野寺君もそんなに気負わないで。貴方のせいじゃないんだから」

 

 一転して暗くなった俺を見て、二人は俺の心境を察したのだろう。

 

 桜庭一樹は俺に諭すようにして声を掛け、諌山黄泉は泣いている子供あやすかのようにして肩に手を置いてそう声をかけてくる。

 

 誰が悪いって訳じゃない、貴方のせいじゃない、か。

 

 確かにその通りなんだろう。

 

 土宮雅楽が負傷したのも、土宮舞が意識不明の重体なのも、正直俺のせいじゃない。

 

 むしろ俺は彼女らを救う大きな一因となっていたのだ。常識的に考えるのならば俺は褒められこそすれ責められる筋合いなど全くない。手放しで称賛されてしかるべきだ。

 

 そう。普通に考えれば(・・・・・・・・)

 

 だが残念ながら俺は全く普通ではない。

 

 普通じゃ、ないのだ。

 

「……ありがとうございます。そうですね、とりあえずは病院で詳しく話を聞きましょうか」

 

 笑顔を浮かべたつもりだが、表情は取り繕えていただろうか。

 

 確かに俺のせいではない。

 

 それに命は救った。

 

 死ぬべきだった命を救ったのだ。

 

 

 

―――だが、こんなのが本当に救いと言えるのか?

 

 岩端晃司は多少ぼかして発言していたが、それでもこう言った。

 

 意識を取り戻すか怪しいと。

 

 つまりそれはどういうことだ?

 

 それは何を意味する?

 

 つまりそれは土宮舞は意識が無いままに生きながらえることになるということだ。

 

 喰霊-零-の知識を持っていて、その未来を変えるために13年間遊ぶことなど殆ど放棄して鍛錬に没頭してきた。

 

 こっちに来てから得た知識と、前から持っていた知識を磨き続け、この世界を救うための戦略を頭の中でずっと練り続けた。

 

 13年間、この日の為にと言っても過言では無い程に努力に打ち込んできたのだ。

 

―――それで、このざまか。

 

 

「着いたぞ。飯綱からの情報だと土宮舞はICUに運ばれているらしい」

 

 小さなブレーキ音を立てて車が停止する。

 

 昔から、病院はあまり好きではなかった。

 

 あの消毒液の匂いが何故か俺に死を連想させてきて嫌だったからだ。

 

 でも、今日を境にはっきりと嫌いな場所になってしまいそうだ。

 

「小野寺のご子息、君はどうする?君の傷もかなり酷い。ICUに来る前に治療を受けてくることをお勧めするが」

 

「いえ、大丈夫です。これでも俺治癒能力はかなり高いので」

 

 普通なら治療を真っ先に受けるべきであるというのに、わざわざこんなことを聞いてきたということは岩端さんは俺が治療なんてそっちのけでICUに行くと言い出すことを予想していたのだろう。

 

 傷は痛むし、正直、行くことに気が引ける。

 

 でも、それでも俺はこの現実と真っ先に向き合わなければならないと、そう感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

――――君は彼女(土宮舞)を救えなかった。

 

 

 

 

 

 痛みと眠気と疲労で朦朧としているせいなのか。

 

 病院に向かう道中。

 

 車に乗りながらも歩きながらも。

 

 

 夢で見た三途河の声が延々リフレインしていた。

 

 

 

 

 

 



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第2話

 

 

 

 

 

 植物状態、という言葉をご存じだろうか。

 

 正式名称は遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)と言うらしい。

 

 俺もあまり詳しくはないのだが、これは世界中で報告されている症例であり、大脳の広範囲が壊死または損傷することにより発症するという。

 

 生命活動に必要な臓器、脳の器官は生き残っているが、大脳が作動していないために意識は無く人としての通常の活動を行うことが出来ない状態にある。

 

 つまりは生きてはいるが意識不明のかなり重い状態ということである。

 

 生きてはいるのだが、自発的な呼吸などの生命維持活動以外は何一つすることが出来ず、意思疎通をすることは勿論、排泄なども他力でしか行うことが出来ない。

 

 これになってしまった場合そのまま意識を回復せずに他界してしまうことも珍しくはないという。

 

 

 

 そして、土宮舞がなったのもこれだった。

 

 

 

 正確にはまだ植物状態であると定義をすることは出来ない。

 

 あまりよく話を聞いていなかったためにおぼろげであるのだが、どうやら植物状態であると認定するのには一定の条件下で三か月の経過を待つ必要があるらしいからだ。

 

 

 だが、医者の見立てだと土宮舞が今後3か月以内に目を覚ます可能性は限りなく低いらしい。

 

 それどころか、今後一切目を覚まさない可能性すらあるらしい。

 

 つまりは事実上の植物状態。

 

 ほぼ間違いなくこのまま半永久的に眠ったままの状態となってしまうだろうとのことだ。

 

 

「土宮舞さんはもう目を覚まさないということでしょうか」

 

「残念ながら。彼女が今後目を覚ます可能性はかなり低いと言わざるを得ません。先ほども申し上げましたが、一般に言う”植物状態”であるととっていただいて構わないかと」

 

 静かに、目の前の医者はそう告げる。

 

「それに何故か奇跡的に喰霊白叡が暴走をしておらず一命をとりとめていますが、恐らくはかなり危うい均衡の上に白叡の暴走は抑えられています。現状不思議にも安定してはいますが、今後何らかの弾みで白叡が暴走し土宮さんの命を奪う可能性が往々にしてございます。非常に酷なことを申し上げるようですが、お別れの覚悟をしておいたほうがよろしいかと」

 

 残酷で、しかしそれが真実なのだろうと分かってしまうようなそんな内容を、滔々と、淡々と告げてくる。

 

 ……意外だった。普通医者はこんなに断定した物言いをしてこないものだと思っていたので、ここまでハッキリと土宮舞の容体についての予測をしてくるとは思いもしなかった。

 

「……成程。この件、土宮雅楽殿にはお伝え済みですか?」

 

「はい。旦那さんは意識もはっきりとしておられ、また本人も容態について聞くことを希望したので既にお伝えしてあります」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

 そう言って、俺は席を立った。

 

 はっきりと事実を述べてくれる医者でよかった。おかげで、現状をしっかり割り切ることが出来た。

 

 同席していた、諌山黄泉と岩端晃司が俺を振り向く。

 

 気は済んだのか?とそう聞いている目だった。

 

 それに微笑み返して俺は病室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小野寺凛君」

 

 病室を出て少し歩いていると、後ろから唐突に声が掛けられた。

 

 威厳を感じさせる野太い声。

 

 それは先ほど戦場でも多少ながら聞いた声だ。

 

「お久しぶり、というのは正しくは無さそうですね。先ほどぶりです雅楽さん」

 

 土宮雅楽。喰霊-零-における土宮家27代目当主であり、土宮神楽の父親。土宮舞の夫。

 

 先ほど三途河との戦闘で毒に苦しめられて臥せっていた人だ。

 

 直接話すのは2回目か3回目だったような気がする。分家会議にはあまり連れて行ってもらえてないし、そこでも話す機会なんてほとんど無かったし。 

 

 思考を新たにして雅楽さんに目を向ける。

 

 平然とした様子で佇んでいるが、先ほどの光景がフラッシュバックして思わず身体を見渡してしまった。

 

 ……怪我は大丈夫なのだろうか。

 

 あの時見た限りではかなりの出血量だったように思えたのだが。

 

 喰霊-零-でも土宮舞から継承した白叡を支配下に置くための儀式とやらを行っていた記憶があるが、それも戦いからそこまで期間が空いていなかった筈だ。

 

 仮に今無理をして超然とした様子を振る舞っているのだとしても既に出歩くことが出来るのは見た目通りというべきか相当にタフである。

 

「怪我なら心配せずとも大丈夫だ。もともとそこまで酷い怪我ではない故、止血と輸血を済ませれば行動にそこまでの支障はない」

 

「それならよかったです。でもくれぐれもご自愛くださいね」

 

 無理をしていないなら良いが、あの傷は酷くないなどとは決して言うことの出来ないような物だった。

 

 是非ともお大事にして欲しいものだ。

 

 正直俺が同じ傷を負ったらこんなに早く出歩けるようになる気がしない。

 

 出歩けるようになるまで少なくともあと2、3日はかかるのではないかと思う。

 

 ……鍛え方が違うのだろうか。

 

「うむ。ところで、家内の件なのだが」

 

 家内の件。思わず身構える。

 

 土宮舞の話。

 

 俺を訪れた用事は当然これだろうと予測していたが、それでもやはり身構えてしまうものだ。

 

 だが、何を言われるのかと反射的に身構えた俺に対して土宮雅楽がとった行動は”礼”だった。

 

 土宮の当主代理とも言える存在が、100年を優に超える歴史を持つ家の現当主とも言える存在が、わざわざ俺を訪ねてきて深々と頭を下げた。

 

 齢15にも満たないようなガキに、その3倍は生きているであろう大の男が、腰を90度に曲げて頭を下げたのである。

 

「君のおかげで家内は一命を取り留めた。心より礼を言う」

 

 見事と言わざるを得ない頭の下げ方だった。

 

 これ程までに美しく、そして誠意のこもった礼というものを俺は経験したことが無いかもしれない。

 

「……頭を上げてください。俺は大したことはしていませんよ。むしろ、俺は貴方の奥方を救えなかった」

 

「それは違う。君が居てくれなければ家内は、下手をすれば私も死んでいた。我々が、私の妻が助かったのは偏に君の力があったからだ。本当に礼を言う」

 

 ハッキリと言ってしまうと、この人からはお礼を言われるのではないかと予測はしていた。

 

 俺が本当に望む形ではないとはいえ、俺はこの人の配偶者を救う一助となった男なのだから。

 

―――だけど、ここまで誠意の籠った、感謝しか感じられない礼をされるとは。

 

 不意に目頭が熱くなる。

 

 この一瞬で、たったこの一言だけで。

 

 俺の行為が、俺の決意が。

 

 俺の生が、俺の努力が。

 

 それら全てが、報われた気がした。 

 

「ありがとうございます、そう言っていただけると俺も報われますよ。……そろそろ夜も明けます。いくらお身体が丈夫とはいえこれ以上は流石にお身体に障ります。そろそろお休みください」

 

「うむ、そうしよう。……それにしても、君は幼い頃から年に合わない言動をするな。土宮の使命を継ぐ存在が、あの子ではなく君のような男の子であったならば……。いや、そんなことを言っても詮無きことか」 

   

 その言葉に、喰霊-零-のこの人が死ぬシーンを思い出す。

 

 土宮神楽に対するこの人の接し方はかなり厳しかったらしい。いや、現に今もこの人は土宮神楽に対して厳格な父親として接しているのだろう。

 

 10歳にも満たないような幼い頃から修行漬けの日々を強要し、修行以外ではほとんど口を利かないという、父と娘というよりかは教官と幼子のような関係。

 

 それがこの人が自分の娘(土宮神楽)との間に築いている関係である。

 

 しかしそれは神楽を愛していなかったからという訳では決してない。むしろその逆で、愛していたからこそ厳しくなってしまった。

 

 愛していたからこそ愛娘に死んで欲しくなくて幼い頃から辛い鍛錬を課していたそうだ。

 

 この事実が発覚し、神楽と仲直りするのは喰霊-零-11話時点。この人が命を落とす間際のことである。

 

 

 

「小野寺殿もこのような立派な息子を持ってさぞお喜びであろう。……両親の期待に恥じることなく精進せよ」 

 

「はい。お休みなさい」

 

 そう言い残すと、俺の脇を通って去っていく。

 

 ……ガタイも相まってか、威圧感のある人だ。

 

 俺は前世の記憶があるからいいものの、もし記憶なしの俺の親があの人で、幼い頃から修行漬けにして来たらと考えると少々耐え難い。いや、正直少々どころか普通に耐えられないと思う。

 

 

―――何はともあれ、雅楽さんのおかげで結構吹っ切れた。

 

 俺は一旦後悔し始めるとかなり尾を引くタイプの人間なのだが、以外にもすんなりと自分の心情に決着をつけることが出来たみたいだ。

 

 当然それでも心に残る物はある。多分これからしばらくはそれが残り続けるだろう。

 

「でも、あれだけ感謝されたらな」

 

 当然心残りや後悔の念はいくらでもある。

 

 でも、そんな俺の負の感情をあらかた取っ払ってくれるほどには感謝の念が伝わる礼だった。

 

 俺のやったことは無駄では無かった。

 

 あれだけの礼をされてくよくよしていたらそれは雅楽さんに()礼というものだ。

 

「さて、俺も帰るか」

 

 もうほとんど夜明け前とかそこらの時間帯じゃないだろうか。随分と遅くなってしまった。

 

 こんな時間だが、金田さんはまだ迎えに来てくれるだろうか。

 

 多分心配性なママンが俺の帰りまで誰かしら使用人の方を寝かせてない筈だから多分大丈夫だとは思うんだが。

 

 もしかしたら対策室から連絡が行ってるかもしれないが、俺からは連絡も入れてないし、多分すっげー心配してるだろう。

 

 玄関の前でオロオロしてて親父と使用人の人達が母親を寝かしつかそうとして四苦八苦している姿がありありと目に浮かんでくる。

 

 連絡しないとなんて思いながら携帯を取り出そうとすると、俺の左腕にとてつもない痛みが走った。

 

「ふひっ―――――」

 

「どこ行こうとしてるのよ君。ていうか何その声」

 

 左腕に突如として走る衝撃的な痛みに、患部を抑えて蹲る俺。

 

 声にならない声をあげながらその痛みの元凶となったであろうものをちらりと見る。

 

 俺の目に映るのはそんな俺の反応を見てケラケラ笑う黒髪長髪の制服美少女。

 

「何しやがるんですか……!!」

 

 俺は涙声になりながら、愉快そうにしている中2女子に非難の声を浴びせる。

 

 無邪気な笑みで俺のリアクションを笑う諌山黄泉。

 

 その笑みは確かに可憐でとてつもなく可愛らしい。

 

 思わず「飯綱から俺に乗り換えちゃいなよhey you」といって口説いてしまいたくなる程度には可愛い。

 

 だが、そんなに可愛くてもやっていいことと悪いことがある。

 

 こ、このアマ、今裏拳で人が怪我してる所小突きやがった……!!

 

「あっはははは!そのリアクション最高、100点!……いやね、あの後君がいなくなったから追いかけてきたのよ。そしたら土宮殿と会話してたから終わるまで待ってたんだけど、治療もせずに帰ろうとしてるから声を掛けたってわけ」

 

 蹲る俺の脇にしゃがみ込んで追撃の突っつき攻撃を繰り出してくる諌山黄泉。

 

 声を掛けるだけじゃなくて同時に物理的攻撃も仕掛けてきてやがる。

 

 ま、待て。マジで待てお前。それ、ほ、本当に洒落にならんダメージなんだって。

 

「ここか、ここがいいのか」

 

「ば、おま、マジでやめろ!洒落にならんですって!ほんとにやめて!」

 

 ほーれほれとか言いながら連撃を繰り出してくる。

 

 この業界に居る以上、この少女もある程度の怪我はしたことがある筈だ。

 

 それすなわち熱を持った状態の患部の痛みを知っているということ。

 

 ちょっと指を切ってしまって熱を持ってしまった状態くらいは誰しもが経験したことがあるだろう。

 

 だが、この業界で体験するような痛みはそんなちゃっちい傷の痛みの比じゃない。

 

 それなのにこの少女はその部分を徹底的に攻撃してきやがるのだ。笑みを浮かべながら。

 

 こ、こいつ、生粋のサディストか!?

 

「こんな怪我放置してどこ行こうっていうのよ君は。どうしようもないくらい土宮殿の様子を見に行きたそうだったから特別にあの時は見逃したけど、当然君も入院に決まってるでしょ」

 

 そういいながらも突っつくのはやめない隣の悪魔。

 

 そんな怪我をしてる奴にこんなことをしているこの女がよく言うものだ。

 

 攻撃される度に思わず声が漏れてしまう。

 

 この少女と艶っぽい声を出せるようなことが出来るのならば大歓迎なのだが、こんな死にかけのカエルのような醜い声を一方的に俺のみが出している状況など断固としてお断りだ。

 

 誰得だよ。いや、少なくとも隣のデーモンは楽しんでやがるのか。

 

 ひと突き毎に身体がびくびくと跳ね上がる。痛みのあまりろくな抵抗もできない。

 

 ……この時俺は心に決めた。こいつ、いつか絶対に泣かすと。

 

 確かに原作(喰霊-零-)とかでもお茶目な印象はそこかしこに散らばっていたが、お茶目で済まされんぞこれは……!

 

 のたうち回る俺を見てひとしきり笑い終えたのか、諌山黄泉は立ち上がって俺に手を差し出してくる。

 

「消毒とか止血とかはしっかりしたからもう血は流れてないだろうけど、もしかしたら縫合とかするんだから帰れる訳ないじゃない。さ、行こ。うち(対策室)で病室は抑えてあるから」

 

「く、くう」

 

 

 確かにその通りなので何も言い返せない俺氏。

 

 なんで俺は帰ろうとしてたのか。自分も母親に負けず劣らずのアホの子気質があることは自覚していたが、これはもはやあほの子とかで説明がつくレベルではないぞ。

 

 得た多少の満足感で自分の怪我忘れるとか今更ながら凄い恥ずかしくなってきた。

 

 これもきっと三途河のせいだ。あいつの掌底で一時的におかしくなってしまっているのだ。そう思うことにしよう。

 

 

 病室確保しといてくれたとかこうやってわざわざ迎えに来てくれたとかは凄いありがたいんだがわざわざダメージを与える必要はあったのだろうか、という切に主張したい思いは押しとどめて、差し伸べられた手をとって立ち上がる。

 

 

「……うん、表情もよくなった。土宮殿と話す前まで死にそうな顔してたからちょっと不安だったんだけど、もう大丈夫そうね。それじゃあ行きましょ」 

 

 そのまま俺を引っ張っていく諌山黄泉。

 

 お年頃の女子だというのに男子と手を繋ぐのに抵抗がないとは大したものである。

 

 一方手をつながれているお年頃の男の子である俺こと小野寺凛も、普通なら気恥ずかしさを感じるのだろう。

 

 だが、その手を握って思う。

 

―――剣だこだ。

 

 俺が握っている手は女子中学生らしく滑々としていて若々しい手とは対照的なそれだった。

 

 剣をどれだけ振るってきたかが一瞬で分かるほどに固くそしてしなやかな手。

 

 それは、年頃の乙女がしていい手では決してなかった。

 

 

 

 

 

 あの諌山黄泉と手を繋げているという感動よりも、その手から伝わる生々しい程の努力の量に、俺は想いを馳せてしまったのだった。

 



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第3話

※今回も後で改稿入ると思います。






 

 表情(・・)のない少女だ。

 

 それが、俺が初めて土宮神楽を見たときの感想だった。

 

 

 

 

 

「……母を助けて頂き、ありがとうございました」

 

 俺が彼女を初めて見たのは分家会議で土宮邸に向かった時だ。

 

 話したのは二言三言だし、僅かな時間ではあったが、雅楽さんの隣に付き添っている土宮神楽の表情を見ることが出来たのである。

 

 表情(かお)の無い少女だ。

 

 何となく、そう思った。

 

 恐らく俺の言う”表情の無い”と一般に言う”表情の無い”は意味合いが異なるのだろう。

  

 彼女は笑顔も見せたし緊張しているような表情も見せていた。

 

 だから、普通の人が見たらただのシャイな少女ぐらいにしか思わないはずだ。

 

 だけど、俺には目が笑っていないように見えた。

 

 俺が知っている彼女など、言い方は悪いが所詮は人間が描いたニセモノのヒトだ。

 

 逆説的ではあるが所詮は二次元世界に存在するだけの存在しない(・・・・・)人間だ。

 

 だから俺のその直感など役に立たないガラクタ以下の価値しかないのかもしれない。

 

 だが、それでも俺はこの子には”表情が無い”と思ってしまったのだ。

 

 確かに一縷の信憑性も無いような、そんな直感なのかもしれない。

 

 でも、目が笑っていないような気がしたのだ。

 

 母親が生きているというのに、喰霊-零-の彼女とはそれが違った。

 

 その表情があまりに喰霊-零-と食い違っていたように感じたのだ。

 

 でも、さっきも言った通りこれは俺の頼りない直感に頼った判断であるのだから、俺も深くは考えなかったのだが……。

 

 

「父上が言っておりました。貴方が居なければ自分も母も死んでいたと」 

 

 

 でも今彼女の表情を見てそれは確証に変わりつつあった。

 

 俺のベッドの横で俺に礼をいう土宮神楽。

 

 綺麗な表情で、綺麗な声で、綺麗なふるまいをして俺に礼を言う。

 

 だが、その顔に浮かぶ表情は全くない。

 

 本当に無色だ。瞳に()が全く存在しない。

 

 

 

 人の目には様々な()が浮かぶものだ。

 

 例えば、三途河戦に向かう前の俺の目には決意の色が浮かんでいただろう。

 

 昨日の諌山黄泉の瞳には喜色の色と邪悪な色が浮かんでいたように見えた。

 

 だが、この子にはそれが無い。

 

 いや、正確にはこの発言は正しくない。

 

 あるとしたらそれは諦めの色。諦めというよりは達観と言い換えたほうが適切だろうか。

 

 そんな色が浮かんでいるのだ。

 

 気持ちが追いついていないだけなのかもしれないが、現時点では悲しみの色ですら浮かんでいないように感じる。

 

 ただ単に親に言われたことを淡々とやっているだけの、そんなプログラムを実行するだけの機械のような印象。

 

 それがこの子から伝わるイメージだ。

 

「そういってくれて凄い嬉しいんだけど、俺は殆ど何もしてないよ。大したことなんかしてないからさ。……そうだ、諌山黄泉っていう変なお姉ちゃんにはあった?あと諌山冥っていう綺麗なお姉ちゃん。あの二人が俺も含めて助けてくれた人達だからさ、後でちょっとお話してきなよ」 

 

 出来る限り優しい笑顔でそう語り掛ける。

 

 表情が無いとは言ったが、それはあくまでも現時点での印象に過ぎない。

 

 別にこの子は感情が無いわけじゃなくて、自分の境遇と現状に思考が追いついていないだけだと俺は思うのだ。

 

 だから驚いたことには驚いたが、別にそれ自体はそこまで気にすることではない。

 

 零では諌山黄泉との絡みでこの子の感情というものは段々と形成されていくのだから。

 

「……冥さんとはまだです。先に貴方にご挨拶しろと黄泉さんが」

 

「ドSな方とはもう話したのか。雅楽さんの病室行く的な発言してたしその時にでも話したのかな。冥さんには機会がある時にでも一言お礼言っておくといいかもね」

 

「……わかりました。申し訳ありませんが、これより鍛錬がありますので失礼します」

 

 ぺこりと頭を下げる土宮神楽。

 

 ……丁寧なのはいいんだけど、諌山黄泉にはこの子最初の方からタメ語じゃなかったっけ?

 

 俺警戒されてんのかなとか思いつつ笑顔で送り出す。

 

 物凄くよそよそしい反応にほんの少し傷ついたのは内緒である。

 

 黄泉の時もよそよそしかったのはよそよそしかったが、それ以上によそよそしかった気がする。

 

 なんていうか謝る理由が無いのに謝らざるを得ない状況のあんまり優秀ではないサラリーマン的な。

 

 うん、例えが分かり辛い。

 

「っていうかこれから鍛錬?」

 

 土宮神楽の姿が見えなくなってからポロリと呟く。

 

 聞き逃すところだったけど、確かに今神楽ちゃんは「鍛錬をするので失礼」みたいなことを言った筈だ。

 

 お母さんが倒れてるようなこんな状態で鍛錬?

 

 こんな状況でか?

 

 普通ならずっと付き添いで病院に居るのが普通な気がするんだが……。

 

 お母さんが意識不明の重体になっている状態で小学校6年生の女の子が鍛錬に集中できるわけが無いだろう。

 

 というよりさせる意味が分からない。

 

 うちの母親なんて対策室から連絡が入った瞬間にすっ飛んできて今は宿泊用具を取りに戻っているというのに。おかげであんまり寝れてない。

 

 下手をすれば親父も朝までお泊りコースだ。

 

 過剰なんじゃなくてこんな年齢のガキ共に対する反応としてはこっちが普通だ。

 

 こんな時に鍛錬をさせる親なんて常識的に考えて間違っている。

 

 ……雅楽さんの指示なんだろうが、雅楽さんはちょっとどころか大いに土宮神楽(自分の娘)の愛し方を間違えてしまってるみたいだ。

 

 確かに喰霊-零-3話時点の神楽ちゃんも生まれてしまいますよそりゃ。

 

 表情が無いって直感も当たりなのかもしれない。少なくとも俺なら表情はなくなると思う。もしかすると感情もなくなるやもしれない。

 

 

 俺の親父は結構キチガイな程に厳しいが、それは俺が親父が出す程度の試練ならば易々とこなしてしまうということを何回か初期のころにやってしまったために段々ハードルが上がっていってしまった為なのだ。

 

 決して最初から阿呆みたいなレベルを要求された訳ではないのである。

 

 階段を2段飛ばしとかで昇って行った結果、要求される水準が訳の分からないものになっていたというだけである。

 

 予想外に優秀な息子が生まれて有頂天になってしまったのだ。

 

 俺が出来ない子供であるとか、弱音を吐いたりしたらここまでの水準になどなってはいなかった筈だ。

 

 恐らく一般的な小野寺のレベルの教育に乗っ取って俺は育成されただろう。

 

 いや、最終的に小野寺蓮司(俺の親父)がキチガイなのには変わらないんだけどね。

 

 いくら期待以上だったからって普通の大人が音を上げる訓練をやらせてリバースしてる息子を叱るような奴はまともじゃないと思う。

 

 訓練中はずっと「こいついつかぶっ飛ばす」と思ってました。先日予期せずしてそれが叶ってしまったのは記憶に新しい。

 

 

 それに対して土宮さんの娘は俺のようなイレギュラーではない。あくまであの人の娘はその年齢しか生きていない可憐な少女であって、俺のように年齢の三倍近く精神年齢が発達した人間ではないのだ。その点を考慮するとあまりにも厳しすぎる。

 

 確かに土宮神楽のスペックは俺なんかより遥かに優れたものがあることは欠片も疑いようがないが、それでもあんなに小さな女の子が役に立つのかもよくわからない鍛錬なんぞを好き好んでやるとは思えない。

 

 教育とは洗脳に等しいとはよく言われることであるが、”退魔士の代表的な名前を持つ家系なのだから強くあれ”と教え続けることもそれに近しいものがあると思う。

 

 事実諌山黄泉にその思考を偏屈であるとバッサリと否定されていた。

 

 とりあえず重要だと刷り込ませるだけ刷り込ませて自分の意思を持たせずに鍛錬に打ち込ませる。

 

 流石にここまで酷い教育や訓練の仕方では無いとは思いたいが、かなり近しい所まで近似出来ているのではないだろうか。

 

 そんな教育をされて親に逆らおうなんて気持ちが起きるわけないしな。

 

 逆らえる環境にいるのならば人間はストレスを感じにくいものだ。

 

 いくら練習がきついからって父親のお茶に下剤仕込んで復讐するなんて俺みたいなことを彼女が出来る訳がないし、そもそもそんなことをやって自分の親父をからかうなんて考えが起こらないだろう。

 

 それこそ諌山黄泉にその考え方をぶっ壊されるまでは。

 

 まあ退魔士なんだしそのくらいのことは皆やってるかもしれないけど、それでもちょっといき過ぎな気がするんだよな俺としては。

 

 

「やっほー。お見舞いきったよーん」

 

 そんなことを思っているといきなり響いた声。

 

 ズコンと鈍い音を立てて病室の扉が開かれる。

 

 ……なんだお前その威力は。

 

 とてもお見舞いに来た人間がやるような力加減の扉の開け方では無かった。

 

「何しに来たの君……?」

 

「お見舞いって言ったじゃない。それとも何かしら、凜は私のお見舞いじゃ不満?」

 

 多分この時点で誰が来たかを理解できない人間はいないだろうが、そこに現れたのは諌山黄泉。

 

 宝刀獅子王を携え無遠慮に病室へと乗り込んでくる。

 

 昨日散々俺の傷口を抉ってくれた糞アマである。

 

「不満っていうか昨日散々話したのになんでまた来るのさ。俺としてはしばらく会わなくていいんだけど。それに学校は?」

 

「うわー棘あるー。可愛くないなー凜は。学校って今何時だと思ってるのよ、もうとっくに終わってる時間」

 

「え?……あーもうそんな時間か。親の対応とか見舞客の対応で忙しかったからわかんなかった」

 

 自分が思ってた以上に客が来たので結構びっくりした。

 

 変な知らないおっさんとかに俺の活躍がいかに凄かったかみたいなことを延々語られたりとか、したり顔で俺のことを自慢し始めるおっさんを白い目で見つめるのとか、果てには縁談を進めてきた馬鹿の対応とかが大変だった。

 

 てめえら何俺の行動を自分の手柄のように思い込んでるんだとか、そもそも見舞いに来たくせになんで俺に負担掛けてんだよとか、どうして知らないおっさんから勧められた縁談を速攻で断ったら不満げな顔をしやがるんだよとか結構イライラしてしまったのは内緒である。

 

 大人の汚さというかなんというか裏側みたいなのを垣間見た瞬間でした。

 

 対して寝てないのに本当に疲れたよ。今日は眠りこけることにする。

 

 

 

 ……だけど、本当に面倒だったのは親への対応だった。

 

 親父はすげえ優しくてしっかりしてたんだけど、問題は天才的アホの子、小野寺千景(我が母親)(ちかげ)である。

 

 本当に大変だった。俺と親父を疲労困憊にさせるほどには大変だった。

 

 親父のファインプレーでとりあえず今は家に帰らせているが、帰ってなかったら今頃俺は病院で暴れていたかもしれない。

 

 

 号泣しながらポカポカ攻撃を繰り出して来たのとかはどうでもいいんだ。

 

 一撃一撃が俺にとっては致命傷なので一撃ごとに命が削られていく感覚を味わってしまったがそれは別にいいのだ。

 

 

 問題なのは「もう危ないことはさせません!」とか言ってほかの見舞客が来ているにも関わらず俺にべったりだったことだ。

 

 どこにそんな力があるのか分からないほどの力で俺にしがみついており、全く外せないし、親父とか俺が離れろと言っても全く聞かないのである。

 

 恐らく結構偉いであろう人が来てるのに俺に抱き着いたままお話をするわ、縁談の話の時とかその縁談相手の女の子を獣のような声で威嚇し始めるなど親父の胃が心配になることを次々にやり始めたのだ。

 

 お判りだろうか。自分の上司らしき人間が息子を見舞いに来たのにも関わらず、自分の妻が挨拶もせずに息子に抱き着いているのだ。しかも縁談にはうなり声をあげて威嚇し始める始末。

 

 心の底から親父を気の毒に思ってしまった。正直俺もかなり冷や汗が流れてた。

 

 息子の俺がまさかのフォローに回るというね。

 

 見舞いとかいう名目で俺に唾付けに来た奴らを俺が無下に出来なかったのはこれが理由である。

 

 普通ならもっとドライに対応するところなのだが、結構丁寧に対応せざるを得なかった。

 

 縁談だけは一瞬で断ったけど。可愛い子だったけど今はそんな暇ないのです。

 

 

 

 ……ちなみにだが、実は「小野寺」なのは母の家系であり(・・・・・・・)親父の家系ではない(・・・・・・・・・)のである。

 

 つまり親父は婿養子であって本来なら当主ではない筈なのだが、子が千景(俺の母)しかいなかった俺の祖父母は我が子のあまりの天然さに小野寺存続の危険を認識。

 

 俺の母と仲が良く、尚且つ有望株であった俺の父をくっつけさせて小野寺当主に仕立て上げたのである。

 

 その目論見は大成功と言える。しかもこんな息子も生まれちゃった訳だし。

 

 うちの母は努力家で退魔士訓練もかなり頑張っていたのだが、残念ながら結果はお察し。

 

 でもその性格とその雰囲気の為に祖父母からも退魔士の方々から蔑視されるどころかとても温かい目で微笑ましく見守られるというある意味伝説の存在なのだ。 

 

 なのでそのエピソードとか母の性格を知る人は笑って済ませてくれてはいた。

 

 キレた爺も一人いたが、それが今回の唯一の救いだったかもしれない。

 

 

「というより自分で言っておいてなんなんだけど学校行ったの?あの後に?」

 

「勿論。対策室の車でちょっと仮眠をとってそのまま向かったの。授業は寝ちゃったけどね」

 

 カラカラ笑う黄泉。

 

 ちなみにタメ語なのは昨日それでいいと言われたからである。名前も呼び捨てだ。

 

「随分タフだな……。こんな所に来てないで家帰って寝たほうがいいんじゃないの?」

 

「大丈夫、私は昨日君みたいに動いてないからね。そこまで疲れてないのよ」

 

 はいっとペットボトルのお茶を投げてくる黄泉。

 

 お見舞い品のつもりらしい。

 

「凜は……疲れてるみたいね。お母さんの件、噂には聞いてたけどまさかあそこまでとは思わなかったわ」

 

「……噂になってんのかようちの母親」

 

「最近は君のせいで特にね。君が注目されるとその親にも当然目が行くから。うちのお義父さん(諌山奈落)も噂してたもの」

 

「そうだったのか……。今回ので更にそれを広めちゃったかもな……」

 

「いいじゃない面白いお母さんで」

 

 ケラケラ笑う黄泉。

 

 ……そういえばこの子には両親が居ないんだったな。

 

「んで、対策室のエース様がわざわざ俺の所にお越しになった理由は?本当に俺のことを見舞いに来てくれただけなわけ?」 

 

 話題を変える為に尋ねる。

 

 昨日「日を改めてまた来る」的なことを言っていたし、もしかするとそれなのだろうかと考えたというのもある。

 

 ぶっちゃけ昨日昨日とさっきから言っているが実際は今日の朝のことだから日も改まってないし、改まっていたとしても翌日に来るのはどうかとは思うが。

 

「そうね。君も疲れてるだろうしサクッと来た理由を言っちゃいましょうか。……実はね、ちょっと君とお話をしたいって人が居るのよ。あんな出来事の次の日だから遠慮しましょうってその人は言ってたんだけど、丁度いいしと思って連れてきたのよ」

 

 俺に会いたい人?

 

 ……疲れてはいるけどちょっと気になるな。

 

「どうかな?君が辛いようなら本当に日を改めるけど……」

 

「別に問題ないよ。もう来てるのその人」

 

「うん、それじゃあ呼ぶね。――大丈夫だそうです。お入りください」

 

 その声に合わせて開かれる病室の扉。

 

 その向こうに居た存在に「おふっ」と声を漏らしてしまう。

 

 ……そうだ、この人達を忘れてた。

 

「失礼します」

 

「あらあらごめんなさいね。怪我をしてて大変なのに。黄泉ちゃんがこの機会にお話しちゃったほうがタイミングがいいって言うから」

 

 キリっとした声を発するスーツ姿の短髪の女性に、車いすに座る妖艶な声をした長髪の女性。

 

 原作では死んではいないが両者ともに黄泉に徹底的にやられ、片や幼児退行をしてしまう、珍しく喰霊-零-オリジナルキャラクターなのに生き残ったほぼ唯一といっていい存在。

 

 二階堂桐に神宮司菖蒲。

 

 

 対策室室長補佐に、環境省超自然対策室の代表である室長。

 

 実質対策室のTOP2。

 

 

 

 それが、俺の病室に現れた。 

 



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第4話

 神宮司菖蒲。

 

 喰霊-零-における超自然対策室の室長であり、あの組織のあの支部のリーダー的存在である。

 

 つまりは喰霊-零-登場陣の上司たる女性だ。

 

 俺は対策室メンバーとは今の今まで絡みが無かったためにこの人との顔合わせは今回が初めてとなる。

 

「体調は大丈夫かしら?カテゴリーAに結構手酷くやられちゃったって聞いたけど?」

 

「お気遣いいただきありがとうございます。こう見えてそこまで酷い傷じゃないので問題ありませんよ」

 

「それは良かったわ。ご両親が悲しむような酷い怪我じゃなくて。カテゴリーAに相対してそれだけの怪我で済むなんて流石神童なのかしら?」

 

 右頬に手を当てながら妖艶に微笑む神宮司菖蒲。

 

 穏やかな大人の女性といった微笑み。

 

 この艶やかさは諌山黄泉や諌山冥ではまだ出せないだろうと思わせる笑みである。

 

 喰霊-零-時点の冥さんとかなら出しているのかもしれないけど。

 

 

 ……それにしても神童って言葉が少々鬱陶しくなってきた。

 

 初対面の人とか実力を見せた人とかが次に出すのは必ずこの言葉。

 

 先の戦いで俺の戦闘能力が知れ渡ってしまったためか、この言葉をかなりの回数聞くようになったのだ。

 

 縁談を持ちかけてきた相手も俺の機嫌を取るためにやっていたのかかなりの頻度で連発していたし、見舞客の九割がその言葉を持ち出していた。

 

 最初の方はむず痒いだけで実のところ嬉しかったのだが、もう言われ過ぎて対応するのが面倒臭いレベルになってしまっているのが実情である。

 

「ええ。もし後遺症が残る怪我をされたら退魔士業界にとって痛手になりますからその程度の怪我で済んだのは喜ばしいことです」

 

「ちょっと桐ちゃん」

 

 無表情で本音をサラッと漏らす二階堂桐を困った笑顔で神宮司菖蒲は諫める。

 

 どこぞの防衛省で見た光景だ。

 

 本当にこの人は言葉に飾りが無いな。

 

 知ってはいたつもりだったが、ここまでストレートな言葉を投げかけてくるとは思わなかった。

 

「ごめんなさいねー。決して悪気があるわけじゃないのよ」

 

「いえいえ、お気になさらず。俺としては寧ろ直球で言って貰ったほうが楽です」

 

 これは本音である。

 

 下心しかない人達に心にもない心配をされるほうが正直面倒だった。

 

 それなら心配の句を何分も述べるよりも入ってきた瞬間に本題を切り出してくれた方がこちらとしても何の後腐れも無くて楽だ。

 

 ……まあそんな訳にもいかないのが大人の世界だって分かってはいるんだけどさ。

 

「早速ですが、本題に入ってもよろしいでしょうか?我々としても貴方としても長い前口上など望んではいないでしょうから」

 

「桐ちゃん。……でもそうね。前置きが長くなりすぎても意味ないし、本題に入っちゃいましょうか」

 

 ポンと手を打つ環境省超自然対策室の室長様。

 

 そして俺を見舞う気なんて一切ないとはっきりわかってしまう二階堂桐。

 

 ……なんか俺二階堂桐とは気があいそうだなーなんてちょっと見当違いなことを思ってしまった。

 

 それにしても本題、か。

 

 予測は出来ている。

 

 この人は一体どこの組織の存在で、その立ち位置はどこで、そして日を改めてわざわざ俺を訪ねる予定だったのだ。

 

 ということはつまり―――

 

「小野寺凛君、貴方対策室(うち)に来ない?」

 

 勧誘しか、ないよなあ。

 

「貴方の戦力や置かれている状況などを総合的に考慮して判断しました。貴方ならば対策室でも十二分に即戦力になれるかと」 

 

対策室(うち)としては君みたいな将来ある有望な人材にはぜひ来てほしいのよね。最近霊力場も不安定だし、今回みたいにカテゴリーAが現れるケースがもう無いとは言い切れないでしょう?だから戦力を増強しておきたいのよね」

 

「小野寺蓮司殿には以前から打診していましたが断られてしまっていましたので。本人に直談判できないかと考えていた所、今回諌山黄泉が機会を作ってくれたので訪れたという訳です」

 

「そうなの。元々声は掛けよう掛けようとは思っていたんだけどご両親の反発が凄くて凄くて。話す機会が無かったから会ってくれて嬉しいわ。どうかしら?フリーでやるよりは安定して収入が入るし、今回みたいに色々とフォローしてあげることが出来るようになるけど……」

 

 対策室から打診が来ていたのは知っていた。

 

 親父からもその話は聞いていたし、入ったほうが色々と都合がいいのは分かっていたのだが、今回みたいに自由に動きやすいようにと入らないようにしていたのだ。

 

 それに理由はあまり良く知らないけどうちの母親が猛反発していたから親父も俺の対策室入りを進める気にはならなかったらしい。

 

 多分だけど一度そのお誘いを俺が断ったから対策室入りを嫌がっているものだと勘違いして親父に圧力をかけていたのだろう。

 

 うちの母親は教育を抜かせば俺に非常に甘く、そしてうちの親父は母親の言には逆らえないのである。

 

 尻に敷かれているとはちょっと違うのだが、親父は母親のお願いを断れないのだ。

 

 かなり優しい人で怒鳴り声など上げられた覚えがない程にホンワカとしているのだが、なんか知らないが嫌に押しが強い。

 

 なんと言えばいいのだろう、何でもない言葉で別にこっちが言うことを聞く必要は無いのだが妙に聞いてあげたくなってしまうというか……。流石は小野寺の正式な後継者と言った所……なのだろうか。

 

 なので俺の一家では俺がそこまで反対をしていないにも関わらず「対策室入りお断り」の風潮が芽生えてしまい勧誘は片っ端から拒否していたとのことだ。

 

 そのため俺に取り次がれる前に両親がすべてその依頼を断ってしまっていてよくは知らないが、実のところ東北だの九州だのの対策室からもスカウトが来ていたとかって話を昨日黄泉が言っていた気がする。

 

「……対策室入りですか。背中を任せられる存在が居るっていうのもかなり魅力的ですし、今回助けていただいた恩もありますし考えたい所なんですが……。それは今日すぐに答えを返さなければならない訳じゃないですよね?」

 

「ええ、勿論よ。今日はゆっくりしたいでしょうし、急がなくていいわ」

 

「ゆっくり考える必要があるかは疑問ですが。普通の退魔士なら対策室で働くことはメリットが多いですし断る理由はないかと」

 

「もう桐ちゃん」

  

 再度ズバッと物事を言う二階堂桐を諫める神宮司菖蒲。

 

 やはり物事をズバズバ言うところなんかは共感できるのだが、この人が仕事上の部下に居たりしたら胃が痛くなりそうだ。

 

 よくもまぁ神宮寺室長は平然とした顔をしていられるものだ。俺相手ならともかく防衛省のお偉いさん方相手に啖呵切っても平然と嗜めるだけだったからなこの人。

 

「でもそうねぇ。正直フリーでやるよりも対策室でやった方が警察への口利きとかで行動が楽になるし、メリットが大きくないかしら?もしかしてフリーにこだわる理由があるのかしら」

 

 二階堂桐を嗜める体をとりながらその実グイグイと攻め込んでくる神宮寺室長。

 

 ……もしかしてこれを狙って二階堂桐を助手に置いているのだろうかこの人。

 

「いえ、特にはありませんが……。俺はあまり縛られるのが好きじゃないのでフリーの方が楽なんですよね」

 

「そう。確かに機関に属していると今までみたいには自由には動けないものね。でもこれから先ずっとフリーでやっていくのは辛くないかしら?縄張り争いみたいな個人ではどうしようもない問題に遭遇することはあるでしょうし、今回みたいな高位の怨霊と戦うときに一人だと背中を預けられる相手が居ない場合命を落としちゃう可能性だってあるじゃない?」

 

「ええ、その点に関しては承知しているつもりですよ。現に今回もそちらの諌山黄泉さんに助けられていますし」

 

 それに協力者が居てくれると助かると考えて今回諌山冥に協力を依頼したのだ。

 

 俺は一人で何でも解決できてしまうような化物じみた能力を持っているわけではないし、協力者や組織の存在の大切さなどいくらでも知っているつもりだ。

 

「黄泉ちゃんも凜君の対策室入りを推薦してくれてるし、本当に考えてみてもらえないかしら?凜君他の地方の対策室からも引っ張られてるから東京支部(うち)で確保しておきたいっていうのも本音なんだけど」

 

「推薦……?」

 

 ちらりと黄泉を見る。

 

 昨日とは一転してふわりとしたお姉さん的な笑みを浮かべる黄泉。

 

 いつも俺が画面越しに見ていた笑み。神楽へと向けていたような優しい笑みであった。

 

 黄泉に実力を見せたことはまだ無い筈だが、何やら対策室に俺を推薦してくれたらしい。

 

 何故俺を推薦したのだろう。諌山黄泉に俺の実力を直に知られる機会なんてあっただろうか?

 

 ……イジる対象を増やそうとしたわけではないですよねお姉さま。

 

「内部からの推薦もあることですし是非ご検討を。……室長、そろそろ」

 

「そうね、ご両親が帰ってきたら大変ですし私達はそろそろお暇しようかしら」

 

 ポンと手を打つ室長。

 

 確かにうちの両親(特に母親)が帰ってくると俺の対策室入りが不可能になる確率が高いからな。

 

 多分もう少しで帰ってくるし、タイミング的にはドンピシャだ。

 

「もう少しお話ししたかったけど仕方ないわね。それじゃあ小野寺凛君また今度お会いしましょう。いい返事を期待してるわ」

 

「失礼します」 

 

「私もお暇するわ。まったねー。また来るわん」

 

 そう言い残してそそくさと去っていく三人。

 

 俺の病室に来てから帰るまで僅か2分やそこら滞在していたかどうかというレベルだ。

 

 ……嵐のような勢いだったな。

 

 弾丸のように人の病室に入ってきて弾丸のように去っていきやがった。

 

 勧誘はしたかったけれども俺の母親には会いたくなかったのだろう。

 

 

 打って変わって静かになる俺の病室。

 

 多分5分もすれば母親が帰ってくるので再度五月蠅くなるのだが、一時の静寂が俺の部屋を満たしていく。

 

 ……対策室入りか。

 

 来客対応の為に起き上がらせていた身体をベッドへと横たえる。

 

 対策室入りは考えていたことではあった。

 

 警察への手回しとか、そういった権力系統へのサポートが半端じゃないし、さっきも言った通り仲間が作れる。

 

 背中を任せられる相手というものは本当にいいものだ。

 

 しかも背中を任せるどころか俺がすっぽりと守られてしまうほどの実力者が二人もいるような組織が環境省超自然対策室である。

 

 神童諌山黄泉とその神童を作中で少なくとも三回は負かしている土宮神楽が属する機関だ。

 

 もはや戦力的に気持ち悪い。

 

 おぞましいと言い換えてもいいかもしれない。

 

 そういうのも考慮すると、正直入ったほうがメリットが大きいのだ。

 

 原作(喰霊)の時代も俺は生き抜く予定だし、フリーでいるよりも対策室に勤務して敵勢力と真っ向勝負したほうが戦いやすい。

 

 対策室も得ていないような情報を探り出して推理しながら先回りして行動するのって非常に面倒くさいのだ。

 

 今回はたまたま情報を得ることが出来たが、下手をすれば寝てる間に全部終わってましたーなんてことが起きかねない。

 

 というよりは俺の怠惰な性格的に普通にあり得る。

 

 ターミネーターじゃあるまいし人間が24時間常に気を張っているなど不可能だ。

 

 それに俺は神楽ちゃんたちが敵にやられるのを良しとしないし、そもそも土宮舞が現在死んでいない時点で多少ながら「喰霊-零-」からも「喰霊」からもこの世界はずれ始めている。

 

 今後の俺の行動次第では全く別の世界になる可能性が極めて高い。

 

 もし仮に俺が三途河のクソガキを殺せたとするなら、俺が知っている喰霊ワールドは完璧に消滅する。

 

 「諌山黄泉が生きて」いて「対策室メンバーが全員健在」で「九尾を蘇らせる幹事役」が存在しない喰霊の世界が誕生するのである。

 

 うん。全く先が予想できない。

 

 原作知識の一体何パーセントくらいが使えるんだろうねその世界で。

 

 正直俺の頭だとそんな状況でどう動けばいいかを一人で得られる情報で判断するのは難しいと思う。

 

 土宮舞のことを助けられたのは一応フリーで指令を無視できたからではあるが、同時に助けることが出来たのは対策室のおかげでもある。

 

 ……どうするべきか。

 

 フリーであるメリットは自由に動けるということだけではあるのだが、その自由に動けるということが何よりも大きい。

 

 だが今後フリーで動けることが絶対不可欠の条件として立ちはだかる場面があるかというと……。

 

 そんなことを考えていると、廊下からバタバタバタとはしたない音が響いてきた。

 

 病人が寝ている部屋に面する廊下をダッシュする音である。

 

 ……気が動転してんなぁ。

 

 いつもは礼儀正しくて落ち着いた人なのだが。

 

「凜!戻ってきたよ!」

 

 先ほどの黄泉が扉を開けた時以上の音を響かせて開かれる病室の扉。

 

 廊下から全速力でダッシュしてくる音が聞こえていたのでそんなに驚きはしなかったですがそれでも驚いてしまうものですよママン。

 

 外では看護婦に謝っている親父の声が聞こえてくる。

 

 苦労人だなパパン。肋骨はまだ完治していないというのに。

 

 これ、俺病室を追い出されたりしないだろうか。

 

「凜、寂しかったでしょう!今日は離れな……」

 

 持ってきた荷物を放り出して俺に抱き着こうとしてきた母親がぴたりと動きを停止する。

 

 自信満々で定期テストを受け取ったのに赤点だった時の俺の友人みたいな静止だった。

 

 一体どうしたというのか。

 

「……女の匂いがする」

 

 くるるると喉を鳴らして威嚇しながら病室を見渡し始める我が母。

 

 ……我が母親は犬か何かなのだろうか。

 

「凜、またお見合いの相談でも来たの!?誰!?どこの家!?それも三人か四人くらい来てるよね!?」

 

 人数まで当てやがった。

 

 和服に身を包んだ小柄な身体を機敏に揺らしながら病室内で警戒体制をとる母。

 

 156しかない小柄な身体も相まって小動物みたいである。

 

 まだうちの母は29歳だし結構美人なので見る人が見れば可愛らしいのかもしれないが、俺から見るとただ恥ずかしいだけなのでまじやめてほしい。

 

 ちなみに俺は母が16歳の時の子供だ。

 

 それを知ったとき現在44歳の親父を犯罪者を見るような目で見てしまった俺は悪くないだろう。

 

 だが祖父母と母は懐妊を知って大喜び。

 

 母は円満退社ならぬ円満退学で高校を中退したらしい。

 

 高校を卒業するよりも親父と添い遂げることを選ぶとは流石である。

 

 結婚式に同級生を呼んだらしいが、一部男子はうちの親父を親の敵を見るような目で見ていたとかなんとか。

 

「りーん。そういえば一つ言い忘れてたんだけど……」

 

 そんな中諌山黄泉が再度俺の病室に顔を出す。

 

 不思議そうな顔をして病室を見渡している。

 

 恐らく看護師に謝るうちの親父を見たのではないのだろうか。

 

 だが、いくらなんでもタイミングが悪すぎるぞお前。

 

 きゅっと母の目が諌山黄泉に向く。

 

 そして同時に黄泉の視線もうちの親へと向かい、しばし視線が交差する。

 

 ……まずい、母親のあれは敵を見つけた小動物の目だ。

 

「凜を狙ってるのはおまえかーーー!」 

 

「え、ちょっと、きゃ!!」

 

「やめろ馬鹿母!!」

 

 止める間もなく黄泉にタックルをかますうちの母親(アホの子)

 

 猫に突っ込んでいくネズミみたいなタックルだった。

 

「おまえかおまえなのかぁ!」

 

「ちょっと小野寺さん!?やめ、ちょっと!」

 

 いつもの母親とは思えない程の機敏さで黄泉からマウントを奪う。

 

 神童からマウントを取るとは恐るべき女だ。

 

 ……とかいってる場合じゃなかった。

 

「おいマジで恥ずかしいからやめろこの阿呆!」

 

「おみゃえなのかーー!」

 

「凜君!ちょっとこの人どうにかして!」

 

 マウントをとって攻撃を仕掛ける母親に顔面をわしづかみにして止める諌山黄泉。

 

 騒ぎを聞きつけて駆けつける親父と点滴を気にしながら母親を引き離す俺。

 

 なんとも非常にカオスな空間だった。

 

 

 

 

 事の顛末としては母が看護婦長に怒られ、黄泉に俺と親父で謝らせ、俺が母親を本気で怒ってしまいになった。

 

 ……本当にお恥ずかしい限りだ。

 

 看護婦長に怒られている間自分が怒られているかのような錯覚に陥ってしまったよ。

 

 とりあえず今日は親は泊まらずに帰ることになった。

 

 どうやら親父と看護婦長の配慮らしい。

 

 ……あんたデキ男だよ親父。

 

 この前犯罪者を見るかのような目で見てしまってごめんよ。

 

 

 

 

「ああ疲れた……」

 

 親も他の見舞客も帰りきり、ようやく寝れると思ってベッドに寝転がる。

 

 ひっじょーに疲れた。

 

 流石に反省したのか母親は借りてきた猫のように大人しくなったのは良かったのだが、そのせいか来客が激増した。

 

 どうやら親父が有望株だったというのは本当だったらしく、来客が半端じゃなかった。

 

 親戚回りが毎年面倒だなーとは思っていたがそれでも俺を連れて行っていたのは本当に仲が良い親戚だけだったらしく、遠い親戚とかも一気に来たので俺の時間の殆どが来客対応に回されてしまったのだ。

 

……まじで面倒くさかった。もうしばらくはおっさんおばさんの顔を見たくない。

 

 病院は消灯時間になり、すでに電源は落とされている。

 

 だからもう来客は来る筈がないと思っていたのだが……。

 

 

 こんこんと控えめなノックがされる。

 

 消灯時間はとっくに過ぎているのに一体誰だよ……。

 

「はい、どうぞ」

 

 こんな時間に来るくらいだから一緒に入院している誰かだろうと考えて入室を許可する。

 

 不用心かとも思ったが、流石に三途河とかが来るとは考え辛いし、もし何かしらの敵ならここまで来られた時点で負けだ。

 

 今更警戒したって遅い。

 

「―――失礼します」

 

 静かに扉が開かれる。

 

 そして静かに現れる美しい銀の髪を持つ桜の着物を着た女性。

 

―――諌山冥?

 

 そこに佇むは諌山冥。

 

 先日共闘をお願いした人。

 

 だから敵ではない。

 

 敵ではない、筈なのだが。

 

 

 その手に握られるのは先日見慣れた彼女の得物。

 

 喰霊-零-において彼女自身の命を奪った武器。

 

 薙刀。

 

 それが、彼女の手には握られていた。

 

 

 



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第5話

 ゆらりと薙刀が揺れる。

 

 その銀色は先の共闘において何度も見た。

 

 俺のように敵をぶった切るスタイルとは異なり、舞うような華麗さで敵を切り裂く鋭い太刀筋。

 

 舞踏と言って差し支えの無い動きから繰り出される銀の薙刀。

 

 その舞とも呼べる太刀筋はぞっとするほどに、つい嫉妬してしまう程に華麗で美麗だった。

 

 撫でるように、鞣すように、それでいて鎌鼬の如くその銀は敵を切り裂く。

 

 見とれるほどに美しいその舞踏。

 

 俺の命を救ってくれたあの剣戟。

 

 俺に共闘の素晴らしさを伝えてくれたその剣閃が、今俺に向こうとしていた。

 

「こんばんは、諌山冥さん。こんな夜更け近くにわざわざようこそ」

 

「こんばんは、小野寺凛。そんな夜更け近くに起きていてくれて感謝します」

 

「いえいえ。そんなことよりもこんな夜更け近くに随分物騒ですね」

 

「ご存知でしょうか。物騒なことをするのはそんな夜更けと相場が決まっているものです」

 

 銀が俺に向けられる。

 

 あの戦闘において何よりも頼りになったその薙刀が、一転して俺の喉笛を掻き切らんと喉仏の辺りに添えられる。

 

 抵抗する余裕など無かった。

 

 大して寝ていないことによる疲労と痛み止めなどの薬による何となくの身体の不調、それに加えてかなりの腕前を持つ退魔士による一瞬の踏み込み。

 

 この状況でそれを回避することが出来たのならばそれこそそいつは神童と呼べる存在だ。

 

 少なくとも俺には些細な抵抗をする気力を見せることぐらいしか出来なかった。

 

「確か貴方には貸しがあったはずですね。そのうちの一つをここで使わせて貰います。

……動かないでください。このような公の施設で血を流させたくはありません」

 

 空気も裂いてしまうのではないかと錯覚してしまうような刃先が首元に添えられる。

 

 諌山冥に借りていたそれは4つ程あったはずだ。

 

 命を救ってもらった際に借りたそれを、命を奪いかねない状況で返さなければいけないとは何たる皮肉だろうか。

 

 

「……私が聞きたいことの見当はついていますね?」

 

 静かにそう問われる。

 

 聞きたいこと。それの見当は粗方ついている。

 

 それについて質問されることや疑われることくらいは想定していたのだが、まさか薙刀を持ってこられるとは思いもしなかった。

 

「……俺のスリーサイズとかですかね。それならちょっと前の健康診断を見てもらえればすぐわかる……!!」

 

 先程までは押し付けられてはいなかった刃が、首の皮に押し付けられる。

 

 その刃を通して冷気が俺の肌へと浸透し始める。

 

 額に伝う一筋の汗。

 

 ……まずいな、これ脅しじゃない。いざとなればこの人、本気で俺の首落とすつもりだ。 

 

「小野寺凛。私がそういった冗談を好むタイプに見えますか?」

 

「……見えないですかね」

 

「ええ。その通りです。ならば貴方がするべきことはそのつまらない冗談を吐くことではないとも分かるでしょう?」

 

 更に強く刃が押し付けられる。

 

 触れているだけでとてつもなく鋭利だと分かるその刃先。

 

 首の皮が切れていないことが不思議だ。

 

 包丁とかならいざ知らず、ここまでの切れ味を持つ得物に触れていてその部分が切れていないなんて普通では考えられない。

 

 刃物は引かないと切れないとはよく言われるが、それは所詮二流の切れ味を持つ刃物の話だ。

 

 宝刀獅子王や舞蹴のような一流の退魔刀やそれに準ずるレベルの退魔刀ともなれば人の皮程度触れただけで切断するなど容易い。

 

 事実黄泉は桜庭一樹を殺すシーンにおいて獅子王を軽くなぞらせるだけで金属にすら傷を与えていた。

 

 それなのに俺の皮が切れていないということは。

 

 諌山冥が絶妙な手加減を加えて俺の皮を斬らないようにしているということに他ならない。

 

「……別に、俺はあの事件の黒幕と繋がってなんかいませんよ」

 

 弁解を始める。

 

 俺の状態が万全だったとして、いや十二全に戦える状態だったとして、それでもこの状態から抜け出すことは不可能だ。

 

 僅かに動けば首の皮が切れる状態とは即ち僅かに力を入れられれば首が切られる状態に他ならない。

 

「説得力がありませんね。それでは何故私にあのような指示を?北東に向かうように指示を出せたのです?」

 

「……以前にもカテゴリーAが出現したという報告があったのを覚えていらっしゃいますかね?それと発生状況が似ていたのでもしかするとと思ったんですよ。南西と北東以外の特異点に存在する奴らなんて雑魚ばっかりでしたし、外れても問題はないかなと判断しまして。それに仮に俺が内通者なのだとしたら敵の位置を教える意味がないと思いますが」

 

「確かに貴方の言うことは一理あります。ですが、私が向かった際に居たのは貴方と貴方なら対処しきれる量のカテゴリーCのみ。ピンチを演じる(・・・・・・・)にはふさわしい状況かと」

 

 諌山冥は無表情で佇む。

 

 諌山冥が浮かべている表情は決して仲間に向けて浮かべるタイプの表情ではない。

 

 あくまで俺を敵である疑いが濃厚な存在だと見て、ただただいつ処刑を断行するかを測りかねているといった、そんな表情だ。

 

 それに相対している俺は一体どんな表情になっているのだろう。

 

 ……まさか三途河の放ったカテゴリーCに襲われている状況がこんな形で自分を追い込むなんて誰が想像出来るというのか。

 

「……内通者である疑いを消すために自演したって言いたいんですか貴女は」

 

「ええ。あくまでも可能性の話ですが。カテゴリーAがあの場所に現れて次に土宮殿の所に向かったのも怪我を装う為の準備だったとも考えることが出来ます」

 

「……随分手の込んだ面倒くさいことを俺はやるんですね。そんなことをして俺にメリットが無い気がするんですけど」

 

 前に出そうになった俺を的確に刃を用いて押しとどめてくる諌山冥。

 

「最終的な目標が何であるかに依ります。もし貴方達の目的が土宮のお二人の打倒だとするならば確かにメリットはありません。それに貴方が彼女たちを身を挺して守る意味も確かにありません」

 

 だったらなんでと言おうとした俺を視線と刃で再度封じてくる。

 

 動いたら切ると言ったのを忘れたのかと言わんばかりの牽制であった。

 

「ですが今回のこの一連の事件が伏線であり、本格的な第二波(・・・・・・・)があるのだと考えれば殆ど全て辻褄が合います。……意味がお分かりですね?」

 

「……今回の戦いで功績を上げ尚且つ負傷した俺は内通者の疑いをまんまと免れ、そしてその功績から重要なポジションを任される可能性が高くなる。重要なポジションに居るということはその存在が作戦にとって要であるということ。その要が抜けたとき、作戦とは下手をすれば立て直しすら不可能なほどに瓦解していく」

 

 思考を回す。

 

 そう、ましてや―――

 

「―――そのポジションの人間が裏切者だった場合、一瞬で壊滅する恐れさえあります」

 

 ぐうの音も出ない。

 

 ハッキリ言ってしまうなら、この人が言っているのはあくまでも想像の範疇を超えない、根拠も何もないただの推測なのだ。

 

 俺を内通者だと断定する物的証拠も何もない推測から発展させたただの推理をもって俺と相対している状態であり、俺が内通者だと認めない限りは俺を裁くことなど出来やしない。

 

 俺の自白なしに俺を追い詰めることなど不可能なのだ。

 

 あくまでそう考えれば辻褄が合っているというだけのただの妄想の産物なのである。

 

 机上でただ状況証拠から尤もらしい推論を導き出しているにすぎない。

 

 だが、それでも俺はそれを完璧に否定することが出来ない。

 

 その妄想を否定するだけの物的証拠が何もないのである。

 

 あくまでこの推論はこの人が状況証拠から組み立てたものであり、物的証拠や確たる状況証拠から組み立てたものでは決してない。

 

 出発地点が物的証拠ならばその論理的矛盾を追及することは訳が無いのだが、始まりが状況証拠であるが故に否定をすることが難しい。

 

 ”ナイフから指紋が検出された”という前提から議論が出発したのならば「指紋が自分の物ではない」などの矛盾を突けばいい。だが”犯行が行われた時間帯に付近にいたから怪しい”という前提から議論が発展して、尚且つ本当にその時間帯にその場所に居た場合、否定のしようがないだろう。

 

 今回のケースは明らかに後者だ。

 

 俺は無実であるのにそれを証明してやることが出来ないのである。

 

 無意識のうちに歯噛みしてしまう。

 

 非常に面倒な事態になった。

 

 冷静な瞳でこちらを見据えてくる諌山冥に対してこちらも毅然とした態度で見据え返す。

 

 その瞳の奥ではどのような思考が回っているのだろうか。

 

 しばし視線が交差する。

 

 一瞬でも力が緩むかと思ったのだが、突きつけられた薙刀は的確に俺の動きを封じ続けていた。

 

 病院特有の夜の静けさがいつも以上に鮮明に感じられる。

 

 点滴の音ですら聞こえてくるのではないかと思うほどの静寂。

 

 刃物を押し付けられている緊張から流れる冷や汗。

 

 それを壊したのは諌山冥の方だった。

 

「……意外ですね。否定をしないのですか?」

 

 これは本心で聞いているのだろうと思わしき声が漏れる。

 

 刃物を押し付けられ内通者を疑われながらも弁解をされないのは流石に意外だったのだろう。

 

「……水掛け論って言葉をご存知ですか。意味は異なりますが焼け石に水って諺でもいいです」

 

「これ以上議論を交わしても無駄、と言いたいのでしょうか。私を納得させられるだけの根拠がないと」

 

「ええ。でもそれは貴女もでしょう?貴女の議論は相当に尤もらしい。だけどもし貴女の議論が正しかったとして、それを立証するためには俺の自白が必要不可欠だ。貴女の憶測では俺の有罪は決して立証できない」

 

 先に述べた通り、どうせ俺が何を言った所で俺の不利な状況は覆らない。

 

 それに尤もらしいことを何か考えて述べている最中に疑いを深めるようなことがあっては本末転倒だ。

 

 なら、俺がすべきことはもう殆ど無い。

 

 この人の言葉を否定してもよかったが、この人が期待しているのは醜く弁解する俺では無い筈だ。

 

 再び交差する視線。

 

 次はどんな問答が来るのかと身構えていた俺に諌山冥がとった行動はその薙刀を下ろすことだった。

 

「……え?」

 

 このタイミングで薙刀を下ろされるとは考えていなかった為に瞬間的に呆ける俺。

 

 一体どうしたのだろうかなどと考えた瞬間、俺の視界は回転した。

 

「……いっ!!!」

 

 怪我をしている左腕に走る衝撃。

 

 同時に胸囲にかけて感じる圧迫感。

 

 何が起こって―――

 

 ふと揺れていた視界が戻ると、そこにあったのは先ほどまで首筋に当てられていた銀色。

 

 文字通り目と鼻の先に諌山冥の握る薙刀が突きつけられていた。

 

 状況が全く掴めないながらも、恐怖に息を飲む。

 

 只でさえ刃物とは人間に恐怖を与えるものだ。

 

 殺傷を目的としていない日用品として使われる刃物でさえ人は恐怖心を覚える。

 

 それが向けられていると感じるだけでも人の精神は極度のストレスにさらされ、肉体的ダメージだけではなく耐えがたい精神的ダメージを受けることもある。

 

 訓練を積んでいる人間であってもいざ対峙してみると恐怖から十全の力を発揮できないなんてことは往々にしてあるものだ。

 

 だというのに気が付いたら目と鼻の先に殺傷を目的とする刃物が存在するというのは想像に絶する恐怖だ。

 

 しかも直前まで極度のストレスにさらされた状態からのこれとなると最早拷問に近い精神的ダメージである。

 

 思わず出そうになった声を飲み込む。

 

 目の前に突き出される刃。

 

 そしてそれを持って俺の上に跨る諌山冥。

 

―――押し倒されてるのか。

 

 ようやく状況の把握が完了した。

 

 喰霊-零-の8話で諌山冥が諌山黄泉にされたのと同じ状態、それを俺は諌山冥にされているのだ。

 

 脱出を試みようと本気で足掻くが、左腕の怪我の痛みのせいで力を発揮できずに振りほどくことが出来ない。

 

 足の力は腕の力の三倍あるという。

 

 その三倍の力で拘束されてしまってはいくら相手が女であろうと脱出は不可能だ。

 

 鋭い痛みを訴える左腕を無視して力を籠め続ける。が、足は一向に離れる気配がない。

 

 特殊な性癖の人間ならばこのシチュエーションに喜ぶのかもしれないが、冗談じゃない。

 

 いくら女性とはいえその全体重と脚力が肺を圧迫した息もまともに出来ないような状況で眼前には簡単に命など狩られてしまう程鋭利な刃物がぶら下げられているのだ。

 

 いざ実際にそのシチュエーションに遭遇すると焦りと恐怖と苦しみしか感じ取ることしか出来ない。

 

 正直に言って抜け出す気ならばいつでも抜け出すことは出来るのだ。

 

 俺の能力は対人戦においてはなかなかに規格外だ。チートとまではいかないがそれに近しいものはある。

 

 小野寺の霊力を物質化する異能は例外こそあれ基本的に体中のどこからでも発生させることが出来る。

 

 それは今俺と諌山冥が接触している部分からでも能力を使用できるということであり、零距離の筈なのに太腿をナイフで刺すといったようなことが出来るのである。

 

 つまるところ俺が殺す気なら寝技は基本的に通用しない。

 

 掴み技程度の接触だと能力を発動させる間もなくしてやられてしまうが、寝技のように接触時間が長い技は能力を発動させるのに必要な時間がたっぷりあるため俺には通用しない。

 

 だから失敗したら俺が死ぬという恐怖と、この人が確実に大怪我をするという事実を除けば脱出事態は可能である。

 

 だが、一応抵抗するなというお願いをされているというのにまさかそんなことが出来るわけが無い。

 

 恩を仇で返すのは俺のプライドが許さないのである。

 

「……再度問いましょう。貴方は内通者ですか」

 

 違う、と声を上げる。

 

 自分で聞いていても余裕のない声だと分かってしまうほどに切羽詰まった声。

 

 当然諌山冥にもそれは伝わっているだろう。

 

 だが、俺にかかる力は一切緩むことはない。

 

「では、我々退魔士の敵と呼べる存在ですか?」

 

 それも違う、と俺は答える。

 

 寧ろ俺は退魔士の悲劇を止めるために活動してきているのだ。

 

 だがそれを説明することなど不可能だし、したところで疑いが深まるのがオチだ。

 

 前世持ちというならばまだしもこの世界の結末を知っているなんて言った所で一笑に付されるに決まっている。

 

 かちゃりと薙刀が音をたてる。

 

「……正直私としては貴方が内通者であろうとそうでなかろうとどうでもいいのです。もしそうなら粛清をすれば済むだけのこと。別段騒ぎ立てることではありません」

 

 滔々と今までこの人が俺にした行為をすべて否定するかのような発言を述べる。

 

……どうでもいいだって?

 

 

 思考を回転させる。

 

 俺がもし内通者だった場合、確かに粛清をすれば済むことではある。だがそれは粛清が出来ればの話であり、万が一間に合わなかった場合取り返しのつかないことになる。

 

 だからこの人はここに現れてこうして俺を問い詰めているはずなのだ。

 

 だが、それはどうでもいいといった。

 

 堂々巡りになるが、もし俺が内通者ならば排除すればいいから、と。

 

 ……本当にそうだろうか。

 

 何となくだが、本当の理由が別にある気がする。

 

 そう、例えば

 

―――対策室が全滅をしたとしても、むしろそれはそれで不利益では無いとか。

 

 その思考に辿り着いて俺ははっとした。

 

 

 この人の行動原理はなんだ?

 

 喰霊-零-において、この人はなんの象徴として描かれていた?

 

 

 俺の顔を見て、俺が何かをひらめいたことを察したのだろうか。

 

 俺の目を意志の籠った目で見つめ返してくる。

 

 そうだ。この人は別に対策室が壊滅したとしても問題が無いと言えば無いのだ。

 

 なぜならばそこには諌山黄泉が居る(・・・・・・・)のだから。

 

 

 ……正直に言って、この人が諌山黄泉が簡単に殺されるような存在だと思っているとは考え難い。

 

 会話を交わしたのは本当に僅かな時間であるが、この人には確かな知性がある。

 

 知性的なこの人が俺と黄泉の実力を知った上でそれ(壊滅)を本気で狙っているとはどうしても思えない。

 

 だが、多分これもこの人の本音の一つだ。

 

 壊滅したとしてもその過程で黄泉が消えるならばそれはそれで好都合なのも恐らくだが事実なのだ。

 

 

「貴方は黄泉に並んでこの業界の期待の新星。誰もが貴方を注目し期待している。……そして、それは私も同じ」

 

 もしもの話ですが、と前置きをして諌山冥は続ける。

 

「―――もし私が誰が産んだ子よりも遥かに優秀な子供を産んだとしたら。もしその子が今後の退魔士業界を背負っていける程の人材であったとするならば。……世論とはどう動くのでしょうね」

 

 言っていることの意味が分からず再度呆けていると不意に外される薙刀。

 

 目の前にあった銀が俺の目の前から外され、諌山冥もそうとだけ言って静かに俺の上から降りていく。

 

 当然だが無くなる圧迫感と圧迫により生じる痛み。

 

 ……嫌にあっさり俺の上からどいたな。

 

 静かにベッドから降りていく諌山冥。

 

 その姿からは俺を警戒しているだとか、俺を驚異に思っているだとかの感情は見受けられない。

 

 一体今ので何がしたかったのか。

 

 わざわざ俺を押し倒して脅迫したにしてはあっけない幕切れだ。

 

 そんな疑問を持ちながらも久方ぶりに一息をつく。

 

 ようやく人心地が付いた感じがする。

 

 緊張から病室の出口に歩いていく諌山冥。

 

 内通者とやらの疑いを掛けた相手に対して堂々と背中を見せるとは随分無防備というかなんというか。

 

 あっさり俺の上からどいたことといい、もしかしてこの人は途中から俺が内通者では無いと確信に近いものを持っていたのかもしれない。

 

 俺が戦闘になったとして大した脅威ではないと判断された可能性も否定は出来ないが。

 

 

「……そういえばまだ貸しがありましたね。この際に使わせてもらいましょう。一つ、今日のことは他言無用でお願いします。それともう一つ、……もし今後対策室入りを打診される機会があればその申し出を受けてください」

 

 気持ちを整えている俺に、扉に手を掛けながら諌山冥はそう告げてくる。

 

 諌山冥がここを訪れたことは他言無用であり、尚且つ対策室の勧誘は受け入れろと。

 

 ……どういうことだ。

 

 病院に剣を引っ提げてやってきたわけだし他言無用は分かるのだが、対策室入りを引き受けろとは一体どんな意図があってのことなのだろうか。

 

 命を救ってもらった対価として提示された条件だ、いまいち理解は出来ないが飲まないわけにはいかないため首を縦に振る。

 

「……嘘は言わない殿方であると信じています。それでは、お大事に」

 

 何故かふっと微笑む。

 

 先程まで薙刀を突きつけていた人間に対して浮かべるような類の物ではないだろうそれはと思わせる表情だった。

 

 そのまま俺に一瞥くれると音もなく病室から出て行ってしまった。

 

 ……マジでなんだっていうんだ一体。

 

 どさりと音をたてる程の勢いでベッドへと倒れ込む。

 

 色々展開が急過ぎて脳みそが追いついていかない。

 

 つまりはどういうことなんだ?

 

 押し倒される前までの会話の流れは理解できたが、その直後辺りから会話についていけなくなってしまった。

 

 世論だの対策室入りだのには何の意味があるのだろうか。

 

 当然、予測ぐらいはついている。

 

 それも出来ないような馬鹿ではないとの自負はある。

 

 だが、本当にそうなのだろうか。

 

 その隠喩を、その隠喩通りに解釈すべきなのだろうか。

 

 根拠のないただの勘ではあるが、俺はそう思わない。

 

 あの人のことだ。その通りに取るのは無理がある――――

 

 ぐわんと視界が揺れる。先程諌山冥に押し倒された時のような物理的な揺れではなく、脳が回転しなくなった時に来るあれである。

 

 ダメだ、眠い。

 

 今の一連の意味合いを理解しようと頭を働かせるが、緊張から解放されたせいか突如として猛烈な眠気が襲ってきたのだった。

 

 徹夜明けでアルコールが入った状態並みの睡魔。

 

 今日はあまり寝れていなかったし、この睡魔に抗うことはかなり辛そうである。

 

―――明日考えればいいや。

 

 そっと瞳を閉じる。

 

 そもそも抗う必要などないのだ。怪我人は余計な事を考えずにさっさと眠る。それに限る。

 

 失敗する受験生のような、そんな考えを抱きながら俺はまどろみの中に落ちていくのだった。

 

 

 

 




 

 冥さんとの絡みって書くのに神経使うんですよね。
 凜と絡ませるのは実は三途河が一番楽だったりする。


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第6話

※ ちょっと諫山について癖があると取られかねない解釈があります。
 ご注意くださいませ。
※あと結構凛君は辛口なのでそれもご注意を


 さて、それでは昨日の状況をおさらいしようか。

 

 一夜明けた朝。

 

 病院で出されるクソ不味い食事と、意外と心配性であることが発覚したうちの親父の対応を終えた俺はベットの中で一人思考にふけっていた。

 

 自分が守ってやれる状況で俺が傷つくのならば問題が無いらしいのだが、自分の目が届く範囲外で俺が傷つくのはどうしても嫌なんだそうだ。

 

 直接的にそう話したわけではないが、父の言い分を要約するとそんな感じだった。

 

 ……本当にうちのお父さんは出来た人だ。

 

 心の中ですら思わず親父じゃなくてお父さんと呼んでしまう程だった。

 

 

 さて、脱線したが昨日の一連の出来事についてだ。

 

 諌山冥が俺を内通者であると疑っていたことはどうでもいい。

 

 いや、どうでもよくは無いのだが、こっちは理解が簡単なのでわざわざ再度確認するまでもない。

 

 俺が三途河の行動を先読みしたせいで俺が三途河の内通者だと疑われた、この一文で説明終了である。

 

 特段思考しなければならないことは特にない。

 

 強いて思考するならば、今後諌山冥が俺を操る手段としてこれを脅迫材料に使用してくる可能性があるということくらいだろか。

 

 いくら証拠が無いとは言え、対策室の中で阿呆な方々の心理状態を煽るくらいなら出来る仮説であるので軽々しく無視をすることは出来ない。

 

 が、再度言うとそれはどうでもいいのだ。

 

 問題は押し倒されてからの問答だ。

 

 まず押し倒されたことに関してだが、あれは俺に嘘を吐かせないためにやったと考えて間違いない。

 

 基本的に下に居るものは上に対して不利に働くし、上に何かが存在するということは非常に強い圧力となるのである。

 

 これは戦闘にも言えることであるし、上司や部下などの単語から推測できるように世間一般にも言えることだ。

 

 あの状況において諌山冥は俺の上に陣取っていたが、あれは俺に対してかなり強い精神的負荷をかける要因となっていた。

 

 少なくとも俺はあの状況下で嘘を吐けるような心理状態では無かったと言っていいだろう。

 

 ほぼ確実に諌山冥はそれを狙っていた。

 

 あの状況下で精神的苦痛を感じないのはよほどの馬鹿(ドM)か自分の命などどうでもいいと思っている自殺志願者くらいだろう。

 

 他にもそういった人種はいるかもしれないが、俺は決してそういった人種ではない。

 

 そしてこの人が言った、俺が内通者かどうかどうでもいいという言葉。

 

 これは語る必要はないだろう。

 

 俺が内通者なら諌山黄泉を殺す可能性があるから放置すれば家督が諌山冥の物となる確率が高く、内通者でないなら本当に問題はないのだ。

 

 

そして対策室入りの件だが、あれも簡単だろう。

 

多分あの人は対策室に自分の影響が及ぶ駒が欲しいのだ。

 

俺が有能に進化しようが、無能のまま成長してしまおうが、俺が対策室にいるのには変わらない。

 

つまり内部から多少操ることや、情報収集が可能になる。

 

 

 ここまでは正直どうでも良い。

 

大して深く考える必要なんぞないだろう。

 

疑問点はここからだ。

 

 諌山冥が俺に向かって言った、「期待している」と。

 

 そして子供の話に世論という言葉。

 

 ”―――もし私が誰が産んだ子よりも遥かに優秀な子供を産んだとしたら。もしその子が今後の退魔士業界を背負っていける程の人材であったとするならば。……世論とはどう動くのでしょうね”

 

 と諌山冥は言った。

 

 ”誰が産んだ子よりも優秀な子供”と言っているが、この比較対象は明らかだろう。

 

 つまりは諌山黄泉が産む子供よりも自分が産んだ子供の方が優秀だったとしたら、とそう言っているのである。

 

 そして次に言った世論という言葉。

 

 これは退魔士業界全体、業界の中でも特に諌山の家督について噂などをする人間達の意見を隠喩した言葉だと解釈して間違いない。

 

 要するに、「自分が諌山黄泉よりも優秀な子供を産んだ場合、世間の評価はどうなるだろうか。もしかするとその世間の評価とその圧力によっては自分の子供に家督が来るのではないか」と言いたいのだと解釈出来る。

 

 例え自分の物とならなくても自分の直系に継承権が来るのではないかと、そう暗喩しているのだ。

 

 それこそこの人が作中で言っていた「遅いか早いか」の問題になるのだ。

 

 子供に家督を継がせれば摂関政治のような実質自分がトップとなった状態で諌山を統べれるわけだし。

 

 ……面倒なことだ。

 

 殊に家督だの権力だのの継承といった、所謂「力」の問題は本当に面倒くさい。

 

 それは容易に人を狂わせそして追い込む。

 

 喰霊-零-においても家督問題に真の決着がついていたのならあそこまでの悲劇はなかった筈だ。

 

 少なくとも諌山冥が諌山奈落を殺す理由は無くなるし、諌山黄泉を恨む理由は無くなる。

 

 そこのしがらみと軋轢は家督が原因でしかないのだから。

 

 せめて諌山黄泉か諌山冥のどちらかが男だったらと思わざるを得ない。

 

 諌山冥が男だった場合黄泉のもとに婿として出せばいい訳だし、諌山黄泉が男だった場合も諌山冥を嫁に出せばいい。

 

 家督で争っているとはいえ、諌山冥は伴侶が家督を継いでいる状態で文句を言うような女性(ひと)ではないだろう。

 

 違う可能性もあるが、少なくとも俺はそう考えている。

 

 ちなみに俺としては奈落さんが黄泉を諌山の跡取りとしたことに関しては異論を唱える立場の人間だ。

 

 賛否両論あるだろうが、俺は血筋を重んじる人間であるため、諌山黄泉に家督を継がせて「諌山の跡取りが諌山の直系ではない」という状況を作り出してしまうことに疑問を感じざるを得ないのだ。

 

 確かに子を成せなかった諌山奈落にとって諌山黄泉は本当に大切な存在だったのだろう。

 

 それこそ目に入れても痛くないような、本当の子供以上に大切な存在であったことは想像に難くない。

 

 そして諌山黄泉と飯綱紀之の子供が諌山を継いでいくわけだが、その子供もほぼ間違いなく優秀になるだろう。

 

 あの二人の子供がポンコツだなど、そっちのほうが想像するのが辛いというものだ。

 

 けれども、その子供は正確な意味において「諌山」ではない。

 

 飯綱と黄泉(・・)の子供であって、諌山(・・)の血を継ぐ存在ではないのだ。

 

 この意見には賛否があることが分かっている。

 

 そして俺がこれから救済においてやろうとしている行動も今述べた俺の考えとは反するものだ。

 

 だがそれでも俺は諌山奈落が諌山黄泉に家督を譲ると決意したことは理解が出来ない。

 

 正確に言うならば理解は出来るが納得が出来ないと言ったところだろうか。

 

 言いたいことは分かるが心で認めることが出来ないというジレンマ状態だ。

 

 

 まぁそれはいい。

 

 さっきまでの俺の主張とは異なるので混乱するかもしれないが、俺としても諫山黄泉に諫山は継いでもらう予定だ。

 

 諫山冥がどう抵抗しようが殺し合いだのなんだのに発展しない限りは俺が介入するつもりはないので、とりあえずこの議論は置いておこう。

 

 さて、最後に全てまとめて解釈をしてみよう。

 

 つまり諫山冥は「諫山黄泉よりも優秀な子を生んでその子に家督を継がせる」つもりなのではないかと解釈出来る。

 

 優秀な子を産めば世間がその子に諫山を継がせないことを良しとしないだろうと、世間の圧力もあってその子に家督が譲られるかもしれないと、そう言っているのだ。

 

 そして、その子を産む為の伴侶として俺に期待をしている、と。

 

 彼女の発言を繋げて考えればこうとしか取ることは出来ない筈だ。

 

 諫山黄泉を超える為に貴方の子を産みたいと、そういう意味に捉えるのが妥当だろう。

 

 つまりはプロポーズみたいなものだ。

 

 馬鹿正直に考えれば俺は諫山冥に求婚されたのである。

 

 だがこのセリフは良い感じの雰囲気になっている男女間でかわされたセリフではない。

 

 これを言ったのは諫山冥であることを考慮に入れた上で思考しなければならないことを忘れてはならない。

 

 それを考慮に入れた上でもそのように簡単に考えてしまうのは正直愚の骨頂だろう。

 

 1回それを期待してしまった俺が言うのもなんだが、それは可能性として排除すべき解釈だと考えている。

 

 なぜならば、はっきり言って諫山冥が俺に恋愛的な好意を抱いているとは考えられないからである。

 

 せいぜいあるとしてもそれは「人としての好意」程度の筈だ。下手をすると「戦力的価値」としてしか、つまりは日本刀などの武器よりは上ぐらいにしか俺の魅力を感じられてない可能性すらあるのだ。

 

 あの母と父の子供である俺はなかなかどうして悪くない面構えをしているつもりではあるが、だからといってあの人がそんな物程度に惹かれたと考えるのはそれこそ無理がある。

 

 あくまでも俺の感想なので外れている可能性もある訳だが、戦力と顔とを考慮してみたとしても数回しか合っていない年下のガキが攻略出来るような簡単な女性ではないように思える。

 

 つまりあれは単なるプロポーズではない。

 

 意味合いはこうの方が近い筈だ。

 

”私は家督を諦めていない。優秀な子を産めば世間の意見は変わってくる筈だが、お前はその子を成す遺伝子として期待出来る。さて、お前は私の子を成す資格があるかな”

 

 

 つまりは「優秀な貴方と子を成したいです」っていうわけではなく「私と子を成せるほど優秀な人材になれるといいね」と言った完全に上からのニュアンスである。

 

 一見同じ意味に見えるこの発言だが、実は意味合いが全く違う。後者の意味をよくよく考えると、もし俺が男として不能だとか、諫山冥が期待したような実力を手に入れられなかったとかいった場合、俺は諫山冥からバッサリ見限られるということである。

 

 その過程の下だと俺は優秀な人材では無くなってしまったということだからだ。多分だがその場合、俺は諌山冥に見向きもされなくなる。

 

 あくまでも現時点であの人が選ぶ優秀な遺伝子候補No.1に光り輝いているのが俺って訳だ。

 

 ……嬉しくねぇー。

 

 神宮司菖蒲に会いに行くために病院をうろついているのだが、うろつきながら切に思う。

 

 ……まじで嬉しくねぇー。

 

 諌山冥から本気で求婚をされているのならば正直嬉しいが、ほぼ間違いなく俺の解釈が正しい。

 

 俺の評価は気になる異性ではなく、現時点で最も使えそうな道具というだけのことだ。

 

 再度言おう、嬉しくない。

 

 美人と添い遂げられる可能性があるのに嬉しくないなんて不思議な感覚だ。

 

 

 

 ……まあぶっちゃけるとあの人が本気で子を利用して諌山を乗っ取ろうとしているとも考えにくいのでここまでの議論は怪しい所ではあるのだが。

 

 不自然な解釈ではあるが”期待している”と”子を成す”発言が全く別の文脈で発せられた言葉である可能性も僅かながら存在するし、実はそんなに深く考える必要なんてないお話だったのかもしれない。

 

 人の上に跨って脅迫してくるような状況で冗談をかましてくるとは俺は思ってないけどね。

 

 点滴の器具を左手で携えながら対策室の面々を探す。

 

 途中まではベッドの中で思考にふけっていたのだが、途中からじっとしているのが面倒になって院内を探索し始めたのだ。

 

  一応諫山冥と交わした約束の中で「対策室入りをする」というものがあったため、それを遂行するつもりなのである。

 

 もとより対策室入りは少々揺れていたためちょうどいい機会であったと思うことにしたのだ。

 

「あら凛じゃない。どうしたの?」

 

「お、丁度いいところに」

 

 廊下を歩いていると丁度良く自販機でジュースを買っている諫山黄泉と遭遇した。 

  

 現在の時間は午後4時半。

 

 中学生なら部活に勤しんでいるあたりの時間だろうからいても全くおかしくは無いか。

 

「ちょっと対策室の人達に用があってさ。出来れば室長に会いたかったんだけど黄泉に伝言を……って神楽ちゃん?」

 

 承諾の旨を伝えてもらおうと黄泉に話しかけると、その影に小柄な少女が佇んでいるのが目に入った。

 

 俺が言った通りその少女の名は土宮神楽。

 

 喰霊-零-では主役の1人であり、喰霊においてはヒロインである少女だ。

 

 昨日俺の部屋に来てくれたのは記憶に新しい。

 

「なんで2人が一緒にいるんだ?」

 

「あら?凛くんは私達が2人でいちゃいけないっていうのかしらん?」

 

「いやそういうわけじゃ無いんだけどさ」

 

 そういう訳では無いのだが、なんとなーく違和感がある。

 

 

 土宮神楽の言葉が正しいならば昨日のうちに諫山黄泉とは既に面識があった筈であり、諫山黄泉のコミュニケーション能力も鑑みれば特段不自然なことでもないだろう。

 

 史実通りに動いていたのならばこの2人が面識を持つのはもっと後、少なくとも土宮舞の葬式の日であり昨日今日では無い筈なので違和感が生じているのかもしれない。

 

「……まあそれは置いといて。神宮寺室長にさ、対策室入りの件お受けしますって伝えといてもらえる?俺と両親からもキチンと伝えるけど一応ね」

 

「お、対策室に入ってくれるのね。歓迎するぞー少年!それにしても随分決断が早いのね。もうちょっとかかるかなーなんて思ってたんだけど」

 

「もともと検討はしてたしいい機会かなーなんて思ってさ。自由に動けなくなるのは面倒だけど確かに神宮寺室長とかの言う通りだしさ」

 

 あとすげーきっかけもあったし。

 

「それはよかったわ。凛が入ってくれれば随分心強いし、私としても同年代の話し相手が増えて嬉しいしね。よろしくね、凛」

 

「うん、よろしく」

 

 すっと差し出される右手。

 

 それを俺は握り返す。

 

 病院の廊下で握手を交わす病服の男と竹刀袋をぶら下げた女子中学生、そしてそれを無機質な目で見つめる女子小学生。

 

 背中を任せられる新たな仲間が誕生した感動すべき瞬間だったのかもしれないが、残念ながら傍目から見たらシュールなんだろうなーこれなんて思ってしまっている俺だった。

 

「あ、そうだ。私も私で結局この前は凛のお母さんに邪魔されて言えなかったことあるのよね」

 

 ポンと手を打ち思いついたように話す諫山黄泉。

 

 そしてフラッシュバックする母親のあの姿。

 

 思わず顔を覆ってしまいたくなる。

 

「……本当にその節は失礼を」

 

「あのくらい別にいいわよ。面白かったし」

 

 カラカラと笑う諫山黄泉。

 

いつもは流石にあんなに阿呆なことはしない人なんだけどな……。

 

 「そう言ってもらえると助かるよ。……それで?話したいことって?」

 

 「わざわざ言う必要もないかなーとは思ったんだけど、土宮殿を助けた第一人者に声をかけないのもアレかなーと思ってね。……この子、ウチ(諫山)で預かることにしたの」

 

 左手で土宮神楽を指差す黄泉。

 

 そしてペコリと頭をさげる土宮神楽。

 

 預かる、つまりは諫山で土宮神楽を世話するということだ。

 

 即ちアニメ(喰霊-零-)と同じくこの2人が義姉妹になり、義姉妹として一緒に暮らすということである。

 

 おお、とうとうその話が出てきたか。

 

 だが先程の諫山黄泉の台詞ではないが、随分早いように思える。

 

 いつかは出てくると思っていたが、俺の推測ではこの話が出てくるのはもう少しあとだろうと思っていたのだ。

 

「お母さんがその、あんな状態だし、雅楽殿も今後のことでいろいろと大変だろうから私達でお世話を引き受けることになったの」

 

「……成る程ね。確かに神楽ちゃんの年で自分の面倒を全部見なきゃならないのは大変すぎるもんな」

 

 あたかも知らないを装ってそう返す。

 

 まさか昨日の今日で諫山黄泉が土宮神楽を預かることになろうとは。

 

 ほぼ間違いなく昨日2人が接触したことが原因だろう。

 

 姉御気質のある黄泉はあんな状態の神楽ちゃんを見て何もしないというわけにはいかなくなったのだろうな。

 

 俺の行動が逆にアニメ通りにシナリオを進めるとは皮肉なものである。

 

「私達これから神楽ちゃんの引越しの準備なのよ。土宮さん達が検査から戻って来たらここを発つつもり。凛はまだ当分入院かしら?」

 

「俺は後2日もすれば退院だよ。普通より経過が良いからかなり早まったってさ」

 

 腕をぶっ刺されて5日やそこらで退院するなんて普通ありえないだろうが、傷口が鋭利だったとか俺の回復力が高いだとか、俺が駄々をこねたとかで退院が結構早まったのだ。

 

「そ。なら前線復帰もすぐかしら。対策室で待ってるわよん。それじゃあねー……ほら神楽ちゃんも」

 

「……さようなら」

 

 手を振って去っていく義姉妹(ふたり)

 

 ふたりの後ろ姿に、いつもテレビ越しで見ていた2人の背中だぶる。

 

 強烈に感じる既視感。

 

 まだ2人は姉妹と言えるような仲ではなく、黄泉も神楽ちゃんに思いっきり気を使っている状態だ。

 

 神楽、ではなく神楽ちゃんと呼んでいるような状態だし、土宮神楽に至っては殆ど黄泉に心を開いてなどいない。

 

 だが、その2人の姿は俺が見ていたあの2人の姿と重なって見えたのである。

 

 ……次に会うのはいつになるかわからないけど、次に会う時にはあの仲睦まじい2人に変化していることだろう。

 

 そんな2人に会うのが非常に楽しみだ。

 

 用事は既に済んだので俺は踵を返す。

 

 これから先、不安事項はかなりの数存在する。

 

 三途河は勿論のこと呪禁道とかみたいな第三者の立場の敵勢力にも気をつけなければならないし、諫山冥に関する心配事も追加されてしまった。

 

 悲劇が起こるパターンを考え始めると俺の頭では考え尽くせない程度には存在してくる。

 

 だが、土宮神楽もこれから前に向かって歩き出すわけだし、俺がネガティブになっていても仕方がないだろう。

 

 

 とりあえずは俺が今できること、つまりは療養から始めようか。

 

 そう思い、病室へと歩を進めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 



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第7話

 板張りの床を踏み鳴らす音が響く。

 

 武道経験者ならば聞き覚えがあるであろうそれ。

 

 

 

 

 

 

 震脚が床を踏み鳴らすあの音。

 

 それが断続的ではなく連続的に鳴り響く。

 

「ぬんっ!!」

 

 恐るべき速度と威力で掌底が繰り出される。

 

 生半可な防御や回避などではあっさりと貫通されてしまう程のそれ。

 

 それを手で優しく触れて受け流すことで自分にダメージを負わされることを防ぐ。

 

 二流の存在であるならばこの回避で隙を見せていただろう。

 

 だが相手は超一流とも呼ぶべき存在。

 

 この程度では崩れるどころか焦ることすらなく次の一撃を放ってくる。

 

 攻撃を受ける側としては一撃一撃が必殺の威力であるというのに、それを恒久的とも思える長さで繰り出して来るのだ。

 

 いくら模擬戦とはいえども応えるものがある。

 

 そんな一瞬の隙をついたのか意識の外から非常に鋭い一撃が降り注いだ。

 

「……っ!!」

 

 ほぼまともに掌底が胸部に入る。

 

 それに伴い強制的に外へと吐き出される肺の空気。

 

 あまりの衝撃と出て行ってしまった空気のせいで一気に暗転しかける意識。

 

――――っざっけんな。

 

 一撃を喰らった程度でリザインすることになってたまるかと、飛ばしかけた意識をどうにか根性で保ってカウンターとばかりにフックを繰り出す。

 

 攻撃がヒットしたあとの硬直の為か一瞬といえども動けなくなっていた相手にそれは直撃する。

 

 肋骨と肋骨の狭間。そして腹筋の少々上。鳩尾、そこに打撃は完全に直撃した。

 

「ぐぅ……!」

 

 漏れる苦声。

 

 鳩尾は人体の急所の一つだ。

 

 腹筋を鍛えればある程度はカバーできるとはいえ、それでも苦痛を与える急所であることには変わりはない。

 

 そこを突かれては流石の化け物的な実力を持つ存在であろうとも苦悶の声を漏らさずにはいられないのであろう。

 

 だが、それでも与ダメージを考えるのであればこちらが圧倒的に不利だ。

 

 鳩尾に一撃入れたとはいえ、体格差が激しすぎる。体重で言えば当方と先方で2倍以上も違うのだ。

 

 いくら被弾部位が胸筋に守られた胸部であったとはいえ、そんな相手から与えられた一撃が重くない訳がない。

 

 弱点に一撃入れたことを考慮したとしてもそれを補ってなお余りある被ダメージ。

 

 一瞬たりとも気を抜くことが出来ない一進一退の攻防が続く。

 

 つくづく思う。

 

 あと体重がほんの10キロ重ければ、あと身長がほんの10cm高ければ、それだけで威力のある攻撃が生まれるというのに。

 

ーーー体格差って本当に不利だ。

 

その一撃以外、お互いに有効打を入れられずに訓練は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その歳でその実力。大したものだ」

 

 タオルで汗を拭く俺に、土宮雅楽がそう話しかけてくる。

 

 俺が今いるここは土宮家の修練場。

 

 退魔士最強一族と言われている土宮本家に俺はお邪魔しているのだ。

 

「いえ、俺なんか他の方々に比べればまだまだですよ。諫山黄泉や各支部の室長候補に選ばれるような人材には到底及びません」

 

 俺と結構な死闘を繰り広げていたと思うのだが、しれっとした顔をしてこちらを見つめる土宮雅楽。そこに先程までの激闘の疲労の痕跡は残っていないかのように見える。

 

 やはりこれが実力の差というやつなのだろうか。なかなかに良い試合をしていたように思えたのだが、実は結構手加減をされていたのかもしれない。

 

「謙遜することは無い。お主は神童の名に恥じぬ実力を持ち合わせている。このまま弛まず精進していけばいずれ大成するであろう」

 

「退魔士最強と言われているお方にそう言ってもらえると励みになりますね。みんなの期待に恥じぬよう実力をつけていくつもりですよ」

 

 雅楽さんから差し出されたお茶を礼を言って受け取り、腹を下すことも厭わずにそれを一気に流し込む。

 

 火照った身体に冷たいお茶が一気に下って行く感覚。

 

 あー美味い。このために俺は生きているのでは無いだろうかというほどには美味い。

 

 ……これが小麦色の、アルコールが入った炭酸飲料だったならばもっと心と身体に染み渡るのだろうなとあの液体に思いを馳せることを禁じ得ない。

 

 俺はまだ未成年なので残念ながら我慢するしかないのが辛すぎる。ぶっちゃけるとばれなきゃ犯罪じゃないので、つーか俺が飲んでも別に俺が罰せられるわけでもないので飲む気ならいくらでも飲めるのだが、俺の体の健やかなる成長を妨げるわけにはいかないとの一心で我慢している。

 

 某ゴールデンブリッジのハンバーガーだって、カップラーメンとか化学調味料が入った系統も基本的には食べないようにしてるのにまさか飲酒で健やかな成長を妨げるわけにはいくまい。

 

 軒先に隣り合って座る俺と土宮雅楽。

 

 普通なら中々ありえない組み合わせであり、あまり考えられない図であるのだが、今現在俺たちは奇跡のコラボレーションを成し遂げていた。

 

「時に凛。……対策室での神楽の様子はどうだ」 

 

 わざわざお代わりを注いでくれた雅楽さんがおずおずといった様子で俺に尋ねてくる。

 

 ……ははぁ。この人が手ずからお茶を注いでくれるなんてと驚いていたのだが、なるほど、これが聞きたかったのか。年上にこんなことを言うのは失礼だとは分かってはいるが、随分と可愛らしいことをするじゃないか。

 

「元気にやってるみたいですよ。俺は来週から正式配属で頻繁に顔を出せてないので直には見てないんですが、諫山黄泉から聞いてる限り楽しくやっているみたいです」

 

「……そうか」

 

 そう言って思案顔で黙り込む雅楽さん。

 

 その顔はいかにも我が子を心配する親って感じの顔で俺は思わずクスリとしてしまった。

 

 喰霊-零-11話にて和解した時、この人は土宮神楽に対して「お前を愛しているが故にどう接していいかわからなかった」と述べている。

 

 喰霊-零-を途中までしか見ていない人だと、この人のことを「刀の入った鞘で神楽を折檻したクソ野郎」ぐらいにしか思ってないみたいだが(俺の友達に至っては最終話まで観てもその反応だったので笑ってしまったが)、この人は実は神楽を深く愛しており、ただその愛を正直に伝えることが出来ない不器用な人であるだけなのだ。

 

「結構厳しく接していたみたいですけど、やっぱり神楽ちゃんが心配ですか?」

 

 性格が悪いのは重々承知だが、それでもやはり聞いてしまう。

 

 一度聞いておきたかったセリフでもあったため、いい機会だと思ったのだ。

 

 雅楽さんに分かったかどうかは知らないが、かなり意地悪な響きを持った言葉だったと自分でも思う程には性格の悪い言葉であった。

 

 諫山黄泉の性格が移ったのかもしれない。……こんなことを言うと諫山黄泉ファンに殺されそうではあるが。

 

「……うむ」

 

 そんな俺のからかいに雅楽さんが返した言葉は不器用ながらも本心の溢れた一言であった。

 

「……神楽には辛い思いをさせたとは思っている。幼い頃から鍛錬、鍛錬の日々。幼い少女にあの毎日はさぞかし苦行の日々であったことだろう」

 

 ポロリと零れる独白。

 

 ……この独白が聞くことが出来るのは喰霊-零-ではこの人が死にかけた時のこと。

 

 恐らくだが神楽本人には素直になれずとも、俺のような第三者にならば思いの丈を話しやすかったのだろう。

 

「お主の言う通りだ。私は神楽に厳しい父親として写っていただろう。だが、それ以外に愛し方を知らなかった。死んでほしくないからこそ、厳しく接することしか出来なかったのだ」

 

 厳しく接していたのはあくまでも愛していたから。

 

 そしてそうする以外に自分の愛を伝える方法を知らなかったのだと。

 

「……思う時がある。なぜあの子は私の元に生まれて来てしまったのかと。普通の、争いなど知らぬような世界になぜ生まれて来てくれなかったのかと。短命が運命づけられた、そんな一族に何故生まれて来てしまったのだろうと」

 

 そう土宮雅楽は言葉を漏らす。

 

 愛している。我が子を愛しているが故に、生まれて来て欲しくなかった。

 

 そんな二律背反。それをたまに抱いてしまうことがあるのだと告白する。分からなくはない。産まれて来ることは喜ばしいことだが、同時に産まれてきたからこそ退魔士の使命を背負わなければならないのだから。 卵が先か、鶏が先かと同じ議論。永遠に答えの出ない命題だ。

 

「あの子は幼い。この宿命を負うには早すぎる。……だが、土宮に生まれた以上そんな悠長なことは言っていられまい。否が応にもあの子は禍に巻き込まれる運命にある」

 

 土宮は実のところ裏の(・・)家系である。

 

 アニメでは最前線に立って神楽が切り込んで行っていたことからあまり意識はされていなかったかとは思うが、実は土宮は一般的な退魔士とも多少違う位置にいる。

 

 公の祭事には関わることなく、裏に回って荒事を担当する。

 

 その荒事に必須となる「力」である喰霊白叡を維持継承するために捧げられた人柱。

 

 それが土宮だ。

 

 故に土宮には必ず荒事が付きまとう。しかも表の最大の家系である「帝」家の裏ともなる家系だ。その荒事のレベルは並大抵のものではない。

 

 そしてそれを一番よく分かっているのは現土宮であるこの人と、今もまだ病院で眠り続けたままの純土宮である土宮舞だ。

 

 それを理解している人の口から発せられる言葉には、俺のような15年も生きていないような若輩者には無い重みがある。

 

「……あの子を頼む。妻が倒れている今、私はあやつの傍に居てやることが難しい」

 

 お役目に就く人間は多忙だ。それにも増してこの人は土宮であり、そして喰霊白叡を持つ現当主は今動けない状態にある。

 

 それこそ、わが娘を守ってやれないほどには。

 

「……任せてください。レディーの1人や2人の人生程度、俺が支えてみせましょう」 

 

 少々恰好をつけてそう答える。

 

 頼られたのは意外だった。遠回しに娘のことを聞いてくるかな程度に考えていたのだが、まさか俺相手に内心を吐露して、尚且つ頼むとまで言われるとは。

 

 元より、俺の目的はこの世界(喰霊-零-)を救済すること。  

 

 だから、その願いを聞き入れることに何の躊躇いも無い。

 

 むしろ、その程度のことは、言われずともやるつもりだったくらいだ。

 

「……頼む」

 

「任されました」

 

 お茶の入った茶碗を持ちながら、眼前に広がる池を眺めながら雅楽さんはそう返す。

 

 俺も同様に真正面を見据えて雅楽さんを見ないでそう答える。

 

 普通なら顔も見ずに会話を、しかもお願いをする会話で相手の目を見ないなど言語道断なのだろう。

 

 だけど、この場だけはこれが正しい。

 

 この会話の仕方で正解なのだ。 

 

 穏やかな風が流れる。

 

 もう夏は通り過ぎて秋どころか冬に差し掛かっている季節。

 

 それにしては温暖な、温もりのある風。

 

 あと二年と半分だ。

 

 穏やかな風を受けながら、俺はそう思う。

 

 早まる可能性も往々にしてあるが、喰霊-零-の開始まで二年半まで接近した。

 

 土宮神楽は無事諌山黄泉と義姉妹となり、普通の少女らしくなったということだ。

 

―――さて、俺も頑張りますかね。

 

 寝てしまいそうな程気持ちのいい風だが、せっかくの機会をふいにするわけにはいかない。

 

 立ち上がって伸びをする。

 

 実は今日俺がここにいるのは親父を通してこの人から呼び出されたためなのだ。

 

 元々手合わせをお願いしていたのだが、中々この人の都合が合わず、ずっと保留になっていた予定が今日ようやく施行されたといった感じなのである。

 

「さて、土宮殿。一服も済んだところでもう一戦お願いします」

 

 雅楽さんからすればこの話の方がメインで、俺との鍛錬はサブであったのかもしれないが、俺からすればこっちがメインだ。

 

 確かに結構へとへとだが、親父のしごきに耐え抜いてきた俺の体力は鍛えている大人にも引けをとらない自信がある。この程度で終わらせるつもりは毛頭ない。

 

 それに―――

 

「依頼料がまだなので、これで払っていただこうかなーなんて思いまして。来週から国家の狗に成り下がるとはいえ、いまはまだフリーなので依頼人から代金を徴収しないといけないんですよ」

 

 茶化してそう言う。

 

 我ながらふざけた発言であるとは思うが、シリアスは苦手なのだ。

 

 道化を演じて、笑いを取ってやろうじゃないか。

 

「……それも、そうだな」

 

 土宮雅楽はふっと薄く笑って立ち上がる。

 

 どうやら俺のジョークを解してくれたらしい。

 

 道場に向かって歩き始めた土宮雅楽に付き添って俺も道場へと向かう。

 

 言葉もなく向かい合うと、俺と土宮雅楽は組み手を再開するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに余談ではあるが、全く疲れを見せないかのように振る舞う土宮雅楽から、俺は一本も取ることが出来ずにぼこぼこにされてその日を終えたのであった。

 

 アーメン。

 

 

 




活動報告は締め切りました!
投票してくれた人ありがとうございます!


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間話1

 諌山黄泉は神童である。

 

 これは退魔士業界のどの一人を抽出して意見を聞いたとしても恐らくは揺るぐことはないであろう事実であり、誰もが認める真実であろう。

 

 両親が殺されているという悲劇的な状況にも負けずに必死に己を磨き続けてその実力で諌山の名を勝ち取った少女であり、普通の人間ならば心を閉ざし他人を拒絶してもおかしくないような境遇でも他人に思いやりを持つことの出来る精神的にも優れた少女だ。

 

 仮にこれを認める者がいないとすれば、自分の実力を過信した愚か者か、彼我の差を弁えることの出来ない阿呆に違いない。

 

 どのみち愚か者であることには変わりがなく、まともな思考を持った人間であるならばその事実を否定することなどできやしない程に諌山黄泉とは優れた存在であった。

 

 同年代で黄泉に敵う人物など存在せず、各支部の室長候補ですら黄泉に比べれば数段劣る。

 

 将来の最高戦力とまで言われている、室長候補に選ばれるような名の知れた家系の人間であっても諌山黄泉には及ばないのだ。一般の退魔士など話にならない。

 

 断っておくと、諌山黄泉には「各支部の室長クラスですら自分の相手にならない」といった高慢ちきな考えは存在しない。各支部の室長となど会ったことが無い訳だし、そもそもそんな己惚れた考えを抱くような少女でもない。

 

 ただ、冷静に戦績などを比較すると同年代で自分に並ぶような存在が居ないということを理性的に理解していただけである。実力としてもその通りである、という諌山黄泉では感知出来ない事実も存在するが。

 

 だが、そんな諌山黄泉にも気になるような戦力が一般の退魔士の家系から現れた。

 

 その気になる戦力の名は小野寺凜。若干13歳にしてカテゴリーB2体と大立ち回りを演じたという、常識的に考えれば相当にふざけた少年だ。

 

 小野寺とはそこまで有名な一家ではない。

 

 表の世界との繋がりが強いという話は聞いたことがある。地主としての活動や様々な事業を通して資金を稼いでおり、金銭面での退魔士業界への援助が強いことが一部で知られているが、土宮のように武で名前を馳せているわけでも帝家のように退魔士の代表の家系として知られているわけではない。

 

 霊力が特殊であり、通常の退魔士が使えるような霊術は殆ど使えないといったようなマイナスの面を聞くことが相対的に多いだけであって、特段目立った一家では無かった。

 

 しかし、小野寺凜が出て来てからはその評価と知名度が一変したと言っても過言ではない。

 

 今や霊術を使えない落ちこぼれの家系といったマイナスの評価はほとんど聞かない。退魔士の間でも諌山黄泉の次くらいには上がってくる好意的な話題であり、今ではもはや小野寺を知らない者のほうが珍しい程である。

 

 数年前から噂には聞こえていた。小野寺の息子が優秀らしいという話は諫山黄泉の話題の1/10くらいの頻度で上がっていたから自然と耳に入っていたのだ。

 

 しかしながらその程度の情報なら他支部の室長候補でも同じ、いや、東京に居ながら他支部の室長候補と同じ程度の情報量ということはハッキリ言って劣っているということ。

 

 なので正直あまり気にしていなかったのだが、ここ最近の噂の爆発をきっかけとして多少興味を持ち始めたのだ。

 

 けれど小野寺凛はあまり表舞台に出て来ず、またフリーで活動していた為に対策室のエージェントである黄泉とは殆ど絡む機会が無かった。

 

 初めて2人が接点を持ったのは先日の大規模招集の時。今現在、お互いに知らぬものはいない「時の人」でありながらも接触はそれが初めてのことであった。

 

 初めて小野寺凜と接触したとき、小野寺凜はボロボロの状態であった。

 

 黄泉が後から経緯を聞いてみると土宮舞、雅楽を追い詰めたカテゴリーA相当の怨霊に一人で大立ち回りを演じ、尚且つ相当なダメージまで与えたということだ。確かに小野寺凜もボロボロであったが、カテゴリーAの服装もボロボロであったことを黄泉は覚えている。

 

 黄泉に並ぶ神童と言われているだけはあるのだろう。あのカテゴリーAを相手にダメージを通したというのだから大したものだ。称賛に値する評価であろうと黄泉は思う。少なくとも、あの得体のしれない相手に自分は攻めきれなかった。

 

 戦ってみたら負けるかもしれない。負けるつもりはさらさら無いが、先日初対面を果たした際、それが可能性として考えられるくらいの実力があることに諌山黄泉は気が付いていた。

 

 

 そんな神童と呼ばれる背の小さな少年であるが、話してみるとその見た目の幼さとは裏腹に大人びていてしっかりとした印象を受けた。

 

 中学生男子とは思えない程に理性的な受け答えをするし、中学生特有の大人に目覚めてきて調子に乗り始めた感じが全くない。所謂「粋がった小僧」という印象が殆どしないのである。まるで、大人の男性と話をしているかのような錯覚に陥ることさえある。

 

 不思議な少年だった。強くて、大人びてはいるが、時折年相応の反応を見せる。年相応の反応をからかうと本気で落ち込むのが面白い。

 

 諌山黄泉にとって、小野寺凜は突如出てきたライバルというよりも「出来た弟」のような感覚の存在であった。

 

「―――あ、もしもし凜?今時間いい?」

 

 スリーコールで相手は電話に出る。

 

 その相手は小野寺凜。対策室には「この期間は俺が居ない方がいいんだよね」という謎の発言を残してまだ正式参入をしていないため、公には絡んでいないが、時折個人的に連絡を取っているのである。

 

「今この前一緒にご飯食べた子とまた一緒にいるんだけどさ、近くに居るなら凜もどう?……そうそう。凜も呼ぼうって言われちゃって」

 

 小野寺凜は異性になかなか人気がある。諌山黄泉としては弟みたいな存在といった評価から上がることはまず無いのだが、顔だちは悪くないし、運動神経もよく尚且つ紳士的な対応をするため女子受けが意外と悪くないのだ。

 

 とは言え実はそのモテるというのもマスコット的な人気であって、男性としての人気では無かったりする。「顔だちの整った可愛らしい男の子」であり、「恋愛対象」として人気がある訳では無い。凜本人もそれを自覚しており、黄泉が相談を受けたこともある。

 

 今回は以前に街で黄泉が凜を食事に誘った時に偶然一緒になった友達が、凜を誘えと言ってきたために電話を掛けたといった次第である。

 

「……土宮殿と稽古中?ああ、この前そう言えば言ってたわね。りょーかい、また今度誘うわ」

 

 残念なことに丁度土宮雅楽と稽古をしている最中であったらしい。普段なら無理をしてでも来いと言う黄泉であったが、流石に今回ばかりは無理難題を押し付けることはできなかった。

 

 来れないことを伝えると、一緒に居る友達からブーイングが上がる。

 

 恋愛にませてきてそちらの方面に興味津々なお年頃の少女だ。貴重なイケメン枠が埋まらなかったことがそこそこ本気で不満なのであろう。

 

 諌山黄泉は私のせいじゃないわよーなどと茶化しながらそれを巧みに躱す。 

 

 

 

 あの事件から6か月近くが経過した。

 

 その間に土宮舞の目は覚めることがなく、正式に植物状態であるとの結果が下されたが、あの戦いにおいて味方に死者は一人も出なかった。

 

 カテゴリーAに敗北を喫した退魔士業界の唯一の勝利点。

 

 それに甚だしく貢献した少年が、もうじき環境省に正式配置される。

 

 謎の空白期間や両親の抵抗などの紆余曲折はあったものの、正式に小野寺凜が対策室のメンバー入りをするのである。

 

 

 最近諌山黄泉には可愛い義妹(神楽)が出来た。

 

 最初は心を開いてくれなかったが、今やもう一緒に寝たりご飯を作ったりなど本当の姉妹のように仲良しだ。

 

 それに、今度はからかいがいのある弟みたいな存在が加わる。

 

 

 

―――ちょっと楽しみかも。

 

 3人で仲良く遊ぶ姿などを想像して、諌山黄泉は静かに微笑むのであった。

 

 

 

 

 

 




過去に要望があったので書いてみました。
ちなみにこれはアンケートした奴とは別物です。ご安心ください。あれはあれでまた書きます(2章終了後)
大人状態の冥姉さんとの絡みは諸事情により3章途中か終わった後ですね。


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第8話

 

 

 知られていないことではあるが、環境省超自然災害対策室の地下にはかなり巨大な修練場がある。

 

 さすがは国直轄の施設というべきであろうか。非常にしっかりとした環境が整っており、人目に触れてはならない俺たちの家業の修練を積むならば最適と言ってもいいかもしれない。

 

 原作の神楽がここを使った際には二頭の白叡を遠慮なくぶん回しても大丈夫であったほどだ。相当にこの修練場は広い。

 

 そんな立派で素晴らしい修練場の中で、武器を構えているのは俺と諫山黄泉のたった2人だけだった。

 

 その場を満たしているのは、動けば切れてしまいそうな程張り詰めた空気と僅かに響く息遣いだけ。

 

 先程まで鍛錬に打ち込んでいた環境省の人間も、俺たちに場所を譲って俺たちを見守っている。

 

 俺もそうだが、諫山黄泉も木刀を正眼に構えたまま微動だにすらしない。

 

 肌を通して伝わる相手(神童)の実力。こうやって正面に立って武器を構えているだけなのに、やはりその名は伊達じゃないのだとありありと伝わってくる。ただ対峙をしているだけなのに、俺の精神力は一刻一刻と削られていっている。

 

ーーー冗談だろ……。

 

 冷や汗が流れる。身体中の感覚器官が鋭敏になっている状態で、汗が背中を流れていくのがとてつもなく気持ちが悪い。

 

 諫山黄泉が強いなんてこと、そんなこと分かりきっていた。彼女が規格外の存在であることはきちんと把握できていたつもりだ。

 

 だが、知っているだけでは意味がない。知っていることと教えることは別物だという諺があるが、その通りだ。諺とは意味が多少異なるが、諫山黄泉の強さを知識で知っていることと、身体で体感していることとでは全くもって別物だ。とある最強生物も言っていたが、百聞は一見に如かず、百見は一触に如かず、なのだ。

 

「それじゃルールの確認ね。終了条件は一方がギブアップするか、若しくは戦闘不能と判断された時。審判である私の終了判定も終了条件に含みましょうか」

 

 ポンと手を打つ神宮寺菖蒲。どうやら、この人が審判を務めてくれるらしい。

 

 対策室のほとんどの人間が知らない事ではあるが、実はこの人は現役だ。下手な実力者にレフリーを任せるよりもよっぽど安心だろう。

 

「外部からの助っ人も何もなし。一対一のいわゆるタイマン、ってやつね。それじゃあ、準備はいいかしら?」

 

 その言葉に、俺たちは同時に頷く。

 

 準備なんてとっくにできているに決まっている。むしろ、お互いにいつ始められるのかうずうずしているほどだ。

 

 緊張が高まってくる。

 

 ーーー何故だろう。この前土宮雅楽とやりあった時よりも、カテゴリーBを二対相手に立ち回った時よりも、そして三途河とやりあった時よりも緊張している。緊張で心臓が張り裂けてしまいそうだ。

 

 諫山黄泉はどうなのだろうか。彼女も、俺と同様に緊張してくれているのだろうか。

 

 ーーーいや、多分してなどいないだろう。こんな張り詰めた緊張を持っているのは俺だけのはずだ。ずっとそんな風に在りたいと思い続けてきた、ずっと憧れていた女性(ひと)とこれから戦うのは俺だけなのだから。

 

「泣いても笑っても待った無しの一本勝負。噂に名高い神童と神童の対決なんて夢のカードね。……それじゃ、始めて」

 

 始めの号令がかかる。予想していたよりは呆気なく、さらりとした号令だった。

 

 だが、俺達は違った。ダムが決壊するかの如く、途方もないエネルギーを持った爆薬が炸裂するかの如く。

 

 俺たち(神童と神童)はぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神童vs神童。みんなは見てみたくない?」

 

 始まりは、諫山黄泉のそんな一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして小野寺凛です。不束者なため今後ご迷惑をおかけすることもあると存じますが、弛まず精進していく所存ですので何卒ご指導ご鞭撻の程よろしくお願い致します」

 

 社会人でもあんまりやらないんじゃないの?って位には無駄に丁寧な挨拶とともに頭を下げる。

 

 ここは環境省の超自然災害対策室。喰霊-零-並びに喰霊を見ていた人達ならば耳にタコが出来る程にはその名前を聞いたであろうお国直轄の秘密機関である。色々とやりたいことがあったりしたためスカウトを受けてから6ヶ月ほど加入を待ってもらっていたのだが、その6ヶ月がとうとう経過し、本日より正式に配属となった次第だ。

 

 それにしても堅っ苦しい挨拶になってしまった。俺としては「ご存知の通り小野寺凛です、これからよろしくお願いします」ぐらいで済ませようと思ってたのだが、親父に「子供とはいえ、お前はキチンとした挨拶が出来るのだから出来ることはやっておけ」と言われたので一応キチンとやってみたのだ。恥ずかしいけど。

 

 頭を上げるとそこに並んでいるのはアニメで見慣れた面々。諫山黄泉を始めとして、神宮寺菖蒲、二階堂桐、岩端晃司、ナブー兄弟など対策室のエージェントメンバーが全員集結していた。

 

 ……俺はこのメンバーの中に入ってこれから活動するのか。ちょっと感激する。画面越しに憧れながら観ていたメンバーたちと同等の立場でこれから活動する事ができるのだ。フリーの身分も捨てがたかったが、それ以上にこの人達と活動できるのは喜ばしいかもしれない。

 

「あらあら、ずいぶん丁寧な挨拶ね。その歳でそれだけの挨拶が出来るなんて凛ちゃんは偉いわね」

 

「そうですね。その歳でそれなりの言葉遣いができるのは将来性が見込めます。少々薄気味悪くもありますが」

 

「もう桐ちゃんったら」

 

 始まる恒例のコント。無礼を働き嗜めるという予定調和。

 

 ってか室長、さり気なくアンタも俺のこと馬鹿にしてません?偉いね偉いねされるような歳じゃあ流石にないんですけれども……。

 

「その歳でそんな言葉遣いが出来りゃ大したもんだ。改めて岩端晃司だ。よろしくな凛」

 

「同じく桜庭だ。改めてよろしくな」

 

 握手を求めて来た2人に俺も握手を返す。

 

 飯綱紀之とは黄泉に連行された際などにちょいちょい会っているが、この2人とはかなり久々だ。正式に対策室入りをするって表明しに来た時も会えなかったし、多分あの病院以来じゃ無いだろうか。

 

「よろしくお願いします。そしてナブーさんもお久しぶりですね」

 

「「ナブー」」

 

 ナブー兄弟とも握手を交わす。この人達も病院以来だ。つーかぶっちゃけこの人達と仕事以外で会うという発想が俺にはなかった。

 

「よ、凛。調子はどうだ?」

 

「どうも。最近成長痛が酷くて悩んでます」

 

 気さくに飯綱紀之が話しかけてくる。……ふむ。相変わらずイラつくくらいにはイケメンである。あの日、病院で会うことは叶わなかったが、先程も言った通りこの人とは何回か接触している。黄泉を抜かせばこの人と絡んでいる回数はナンバーワンだ。さっぱりとした性格だし、気さくなにーちゃんといった感じで絡み易いのだ。

 

 余談だが、2人で歩いているとまあまあな頻度で女の人が話しかけてきたりする。全部が全部飯綱紀之目的で、ですけれども。

 

「そろそろ伸びてきて身長越すんで待っててくださいよ。……それと、神楽ちゃんもお久しぶりだね」

 

「こんにちは」

 

 ペコリと頭を下げる神楽ちゃん。久々に話すからか少々こわばってはいるが、以前の病院のように全く表情が無いといったようなことは無く、先程から黄泉とじゃれ合っていたりなどしながら笑顔を見せていた。

 

 流石は諫山黄泉。アニメと同様に神楽ちゃんの心的な傷をしっかりと取っ払ってくれたようだ。それは俺には間違いなくできない行動で、それが出来る諫山黄泉には正直嫉妬する。ちなみに対策室入りを6ヶ月も待ってもらっていたのは俺が下手に介入して心的外傷が治らないみたいなふざけた現象を起こさないための配慮でもあったりする。女の子の心境を理解して慰めてあげるといった行動は俺には難しすぎます。

 

 まさか俺1人の介入でそんなこと起こりようも無いとは思うが、万が一を起こさないための俺の措置だ。それに本当にやりたいこともあったからちょうど良かったのだ。

 

  ……それにしても。

 

「神楽ちゃんも病院以来だよね。……えっと、その、大きくなったね」

 

 忘れもしない。俺とこの子があったのは6ヶ月前。妖艶さとかといった色では無く、表情を意味する色を全く浮かべていなかったこの子との出会いがファーストコンタクトである。

 

 その時俺はこの子よりも多少以上に背が高かった筈だ。ベッドで上半身のみ起き上がらせた状況であったとはいえ、身長には敏感な俺だ、見間違いようなどあるまい。

 

 だが、今は違う。目線の高さが俺より少し低いかな?というくらいまでに迫っているのだ。

 

 一般に、女の子の方が男よりも成長が早いと言われている。だから、小学生高学年や中学の前半だと男の方が身長が低いということは往々にしてあるのだが、年下の女の子に抜かされそうである。思わず心の中で唸らざるを得ない。下手したら今年度中に身長抜かされんぞ俺。

 

「凛はチビだからな。ほら神楽、笑ってやるといいぞ」

 

「平均よりも小さいよな凛って。クラスでも一番前とかじゃないのか?」

 

「……ふふ、意外と小っちゃいんだね凛ちゃんって。なんか可愛いかも」

 

「可愛いはやめろ可愛いは」

 

 飯綱紀之と桜庭一樹の煽りに乗じて俺を馬鹿にしてくる土宮神楽。

 

 まじでやめてくれ。女子に俺が言われたくない単語のトップクラスに位置するのがそれなんだ。

 

「何、気にすることはないさ。男は身長じゃねえよ。腕っ節と度胸がありゃ充分だ」

 

「それに小っちゃいと可愛くていいじゃない。私は好きよ」

 

 俺をかばうつもりがあったのかなかったのか。本人達にしてみればフォローになってたのかもしれないが、全くもってフォローになって無かった。

 

 180cmを優に超える大男に言われたくないし、そもそもその口調だとお前はチビって認めてんじゃねえかよっていうね。

 

 そして室長、可愛いはやめろと言ったばっかなんですが。あなたが好きかどうかは関係がないのですよお姉さん。 

 

「ねえねえ凛ちゃんって身長何センチ?」

 

 ずいっと近づきながらそう聞いてくる神楽ちゃん。

 

 病院の時の殊勝さはいずこへ行ってしまったのか、最早遠慮とか、気遣いとかが感じられない。悪戯な笑みを浮かべている。

 

 警戒を解いてくれたのなら別に万々歳なんだけどさ。俺のトークテクとかじゃなくて身長ネタで親密になると言うのは俺の心境的にあまりよろしくないなーとか思ってしまう。

 

「……ひゃ、150cmですけれども」

 

「ということは凛は146、7くらいかしらん?平均身長よりも結構小さいわね」

 

「あー!負けたー!」

 

 読んだサバは(諫山黄泉)にあっさり食われてしまったらしい。まさかの一瞬でばれた。

 

 いやまあ身長をごまかして言う人って大抵は2〜3cmサバを読んで報告するから推測するのは容易ではあるんだけどさ。

 

 それを皮切りにして身長の話で盛り上がり始める対策室の面々。

 

 俺は小さい頃から身体が大きくてな、とか今170超えてますだのといった人間の表面を数値化した憎むべき指標について其処彼処で会話が成される。

 

 ……今日って俺の就任祝いなはずだよな?祝われている気が全くしないのだけれども。

 

 むしろ貶されている気がするまである。遺憾の念を禁じ得ないぞこれは。

 

「凛ちゃんって前から何番目?」

 

「よし神楽。お説教してあげるからあっち行こうか」

 

 などといったようなおふざけたっぷりの会話の応酬で、俺の就任祝いとやらは一通り終了したのであった。

 

 

 

 

 諫山黄泉から例の一言が出たのはその後である。

 

 俺も大体みんなと話し終わったし、そろそろみんなも業務に戻ろうかとしていた時のことだ。

 

 諫山黄泉がレクリエーションがまだ残っていると言い始めたのである。

 

 最近成長痛らしき鈍痛が酷くて訓練もあまりしていないから俺は十分暇なのだが、流石にこれ以上公務員を拘束する訳にはいくまい。

 

 それに周りの面々を見る限り殆どがレクをやることを知らなかったみたいだし、どうせ大した企画じゃないんだろうと思い、そう実際に口にしようとした所、諫山黄泉と目が合った。

 

 その瞬間ゾクリと身体が震えた。

 

 その目は柔和だ。非常に優しく、何時ものように頼れるお姉さんのように一見見える。

 

 だが、その目の奥が笑っていなかった。敵を見据えたような、そんな目をしているのだ。

 

 ……なぜ俺をそんな目で見る。

 

 切にそう思う。まるで俺と今から事を構えるかのような剣呑な目をしてやがるじゃないか。

 

  どうしたものかと周りを見渡すと、周りの奴らは納得がいったという顔で諫山黄泉を見ていた。その場でついて行けてないのは多分俺くらいだったのだ。どうやらみんな黄泉の表情を見て黄泉の意図にすぐ気づいたらしい。流石はずっと黄泉と共に行動をしてきた面々なのだろう。

 

 ……どういうことだってばよ。

 

 俺はどう振る舞うのが正解なんだろう、是非とも説明が欲しいものだ。置いてけぼりっていうのはあまり精神衛生上よろしく無い。

 

 それに空気を読むのにはあまり自信は無いが、読もうとしない程に愚かであるつもりは無いのだ。

 

 さてどうしたものかともう一度黄泉の目を見て、そこで漸く俺もその意図に気がついた。

 

 なんてこった。こいつは俺と事を構えるかのような(・・・・・)目をしていたわけじゃなくて、本当に俺と事を構えるつもりの目をしているんだと。

 

 思わず「本気?」と聞いてしまった俺に対して、強い調子で「勿論」と返してくる黄泉。 

 

「一回戦ってみたかったし、確かめたいこともあるから丁度良いのよね」

 

「確かめたいこと?」

 

「そ、確かめたいこと」

 

 それって何、と聞こうとした俺に先んじて諫山黄泉は口を開く。

 

 別に割り込んで黙らせるような意図は無かったのだろうが、黄泉に黙らされたような形となる。

 

「レクリエーションとしては丁度良いでしょ。この時間なら地下の修練場も多分空いてるし、ただ何もせずに凛を返しちゃうのも悪いじゃない?」

 

 それに、と諫山黄泉は続ける。

 

「ーーー神童vs神童。みんなは見てみたくない?」

 

 その一言に、頷かない者など1人も居なかった。

 



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第9話

 喰霊白叡を操っても問題が無いほどに広い修練場の中で、主だった音を鳴らしているのはたったの2人。

 

 諫山黄泉と小野寺凛。一般に神童や天才と呼ばれている2人の少年少女である。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 諫山黄泉の鋭い気合いと共にそれ同様鋭い剣閃が小野寺凛へと降り注ぐ。

 

 常人なら反応すら出来ずに御陀仏してしまう程の一撃。だがそんな攻撃もこの2人の戦いにおいては小手調のための一撃に過ぎない。初撃以上に鋭い斬撃が次いで繰り出されるが、それらは全て相手を仕留めるためではなく実力を測るためのもの。繰り出す方は躱される前提で、繰り出される方は躱し切る前提でその一瞬を過ごす。

 

「あいつら本当に中学生かよ」

 

「ああ、なんだよあの動き。しんじらんねえ」

 

「バケモンだろ……」

 

 固体と固体が激しくぶつかり合う音が鳴り響く中、そんな声が其処彼処から聞こえてくる。

 

「どう思う?アレにお前勝てるか?」

 

「馬鹿言うな。勝てるわけがねえだろうが」 

 

 先程までこの訓練施設で鍛錬に勤しんでいた環境省の面々もその鍛錬を止めて2人の戦いに見入ってしまい、そんな声を思わず漏らしているのだ。

 

 仮にも特殊機関で戦闘要員として働いている人間をしてこう言わしめることからも2人の実力は推し量れよう。荒事を生業とする大人から見ても「神童」の戦いは格が違うのだ。

 

「それにしてもやっぱ諫山って凄いんだな」

 

「本当にその通りだな。小野寺のガキンチョも十分化け物だが、諫山はそれ以上だ」

 

「やっぱ神童っても諫山黄泉の方が上なのか?」

 

 ガキン、という木刀と霊力で出来た物質が奏でるとは思えないような音を立てて諫山黄泉と小野寺凛は鍔迫り合う。

 

 素人が見れば一見互角に見えるその戦いだが、実のところ優勢なのは諫山黄泉だ。どちらもまだ一度も攻撃を食らってはいないのだが、攻撃に出るか守りに出るかのイニシアチブを完全に諫山黄泉が握っており、小野寺凛は自らが望むような攻防を満足に繰り広げることが出来ていない。

 

 内心で舌打ちを1つ。勝っている瞬発力と筋力を用いて諫山黄泉を鍔迫り合いの状態から弾きとばし、一旦距離をとって仕切り直す。

 

―――流石だな。

 

 素直に感心する。舐めていたわけじゃ無いし、侮っていたわけでも当然無い。だが、頭の中でその実力が下方修正されていたのは事実なのだろう。流石にこれ程までに攻めきれないとは思わなかった。

 

 負け惜しみや言い訳では無く、凛は十全の力で戦っているとは言い難い。最近の身体の不調のせいで訓練を一週間近くしていなかったのは事実だし、それを抜かしてもフルスロットルと言うには程遠い力しか出していないからである。だが、それは諫山黄泉も同じ。彼女もまた凛と同じで全くもってその力の全貌を見せてはいない。

 

―――黄泉の本気に、果たして俺は勝てるのか。

 

 対峙し始めてから冷汗が止まらない。背中に張り付くシャツがたまらなく不快だ。だが、そんなことを気にしていられる余裕なんて存在しない。

 

 鍔迫り合いで押し勝って距離を離した次の瞬間には諌山黄泉は自分の眼前に迫っている。それをいなして距離を離したかと思えば再度目の前に現れる。

 

 取り付く島も、息をつく暇も無い。

 

 首を刈るべくして斜めに振り下ろされる刃を半歩下がって躱し、カウンターに回し蹴りをお見舞いするがそれもあっさり後退されて避けられてしまう。

 

 それどころかカウンターにカウンターを合わされて、木刀の柄の部分を用いた打撃を一撃貰ってしまった。

 

「っぐ……!」

 

 本日の初ヒット。それを諌山黄泉が奪っていった。

 

「どうした小野寺凛!お前の実力はその程度か!?」

 

 平常とは異なる猛々しい声で黄泉はそう発破を掛けると共に、諌山黄泉はその剣戟の速度を上げていく。

 

 2人が試合を始めておおよそ2分。軽々しく聞こえる2分という単語だが、案外2分とは長いものである。チャンバラを本気で2分間やってみるとわかるが、たった2分間であるのに体力の消耗は持久走を走る時以上だ。普通の人間ならば2分も木刀を合わせ続けていれば疲労困憊で立てなくなってしまうことは想像に難くない。

 

 だが、諌山黄泉にとってはここからが本番だった。小手先だけの試合から、本気の決闘に。自らに存在するギアを一気にトップまで持っていく。

 

 その急激な速度の上昇に小野寺凛の顔が驚きに染まる。多分、まだ自分が様子見の攻撃を繰り出すと予想していたのだろうなと黄泉は考える。

 

 驚いている間にみぞおちに掌底を一撃。木刀を使うと見せかけての一撃であったため綺麗に入ったという訳ではなかったが、それでも防御をされることなくその掌底は小野寺凛のみぞおちに吸い込まれた。

 

 くぐもった声が漏れる。なかなかに深い一撃。並みの退魔士ならこの一撃で沈むか決定的な隙を見せてくれるのだろうが、と黄泉は思う。だが、いくらこちらがイニシアチブを握っているとはいえど相手は並みでは無い。掌底を食らって前かがみになっていたことをいいことに、そのまま前転を行って黄泉の木刀での追撃からも視界から一瞬で逃れてしまった。

 

―――なんてアクロバティックな……!

 

 今の一撃で勝敗が決定されるとは思っていないが、まさかあのようなアクロバティックな動きで逃げられるとも思っていない。普段なら猿かお前はなどと突っ込みを入れていた所だろう。

 

 即座に後ろを振り向き、それと共に木刀を振り下ろす。

 

 それにドンピシャなタイミングで合わされる凛の刃。お互いがお互いに一瞬遅かったら相手の攻撃を受けてしまっていたであろうタイミングであった。

 

 正直な話、もっと楽に戦えると思っていたんだけどなあと黄泉は思う。過小評価していたわけでは無く、単にここまで自分に追い縋ってくる存在を想像できなかったのである。

 

 この試合で何度目かわからない鍔迫り合いが起こる。凛は距離をとって仕切り直しを図りたい様子であったが、黄泉は好機とばかりに接近戦に持ち込む。

 

 自身のトップスピードでの攻撃。捌き切ることの出来る存在は退魔士に何人居るだろうか。少なくとも一人居ることだけは分かったが、その数は両手の指で足りてしまうのではないかと黄泉は思う。

 

 小野寺凛の一撃は重い。そして速くその手数も多い。だからまともに打ち合えば諌山黄泉といえども力負けしてしまうことは必至だ。様子見で打ち合っていた時よりも全力を出し始めてからのほうがそれはより顕著になった。でも、

 

―――技量ならば、私が上だ。

 

 最小の力で、目の前の暴力をやり過ごす。柔よく剛を制すとはよく言ったものだ。凛の圧倒的攻撃力を攻撃の中心をずらすことで防ぎきると、僅かながら出来た隙に突きを叩き込む。

 

 突きは一見地味で大したことの無いように見える攻撃かもしれないが、実の所その威力は凶悪である。中学以下の剣道で使用が禁止されている点を鑑みれば理解がしやすいであろう。加えて、突きは点での攻撃である為、出が早く非常に避けづらいという長所を持つ。槍の方が剣より強いとよく言われるのは、リーチに加えてこの突きの要素が大きな要因である。

 

 完全に決まったかのように思えたその一撃だが、返ってきたのは鈍い手応え。コンクリートに突きを繰り出してしまったかのような、そんな感触が木刀を通して黄泉に伝わる。これは決して人体に当たった感触ではない。では何に、と思い目をやるとそこにあったのは戦闘中常に目にしていた鈍い金色の塊。それが突きを繰り出した小野寺凛の脇腹を覆うようにして存在していた。

 

 小野寺の「霊力を物質化する異能」で作られた壁。それを鎧みたいに脇腹に纏って黄泉の一撃を防いだのである。

 

 誘われた、と気がつくのに殆ど時間は必要なかった。

 

 弾かれたようにその場から飛び退く諫山黄泉。小野寺凛はあの攻防において自分が敗北することを予見して、それを逆手にとって反撃を繰り出すつもりなのだと一瞬で理解したのである。

 

 体勢を整えるために少しでも距離をと思いバックステップを行うが、何かにそれは阻害されてしまう。背中に触れていて、後退を阻止する壁のような何か。背後にある為に目視は出来ていないが、これも例の能力の応用だろう。本当に厄介な使い方をしてくる男だ。

 

 咄嗟に防御の構えを取る。木刀の峰に手を添えて衝撃に備える。果たして、次の瞬間に伝わる強大な衝撃。そのままダンプカーにはねられた人間の如く弾き飛ばされる。

 

「……っっっ!!」

 

 地面に激突しそうになったが、上手く受け身を使い衝撃を分散させることで体勢を立て直した。

 

 流石に3メートルも4メートルも飛ばされたなんてことはないが、それでも体勢が崩れていたとはいえあの身体でよくもまあ人間1人を弾き飛ばせるものだと感心してしまう。

 

 上手く受け身を取ることが出来た為か、回し蹴りを刀で受けた部分以外は大したダメージも無く再び木刀を構える。

 

「どうした黄泉?お前の実力はそんなものか?」

 

 先程自分が放った言葉を小野寺凛に返される。

 

「あら、こっちの防御を抜いたことなんてまだ無い癖にどの口が言うのかしら、それ?」

 

 軽口には軽口で応酬する。

 

「よく言うよ。地面で華麗にローリングしてた人の言葉とは思えないな」

 

「それこそ鳩尾に華麗な一撃を貰った人の言葉とは思えないわね」

 

 お互いに軽口を言い合いながらも相手から集中は一瞬たりとも外さない。外せば、外した方の負けはその時点で確定するからだ。

 

 小野寺凛はまだ理性的だ。実の所「今のをなんで防御出来るんだよ」などと内心で本気で愚痴を言ってはいるが、それでも目の前の男は冷静さを欠いてはいない。軽口を叩き合いながら黄泉はそう分析する。小野寺凛にまだ(・・)異常は見受けられない。 

 

 木刀を握る手に力を入れる。

 

 諫山黄泉には確かめたいことがあった。小野寺凛の父である蓮司が自分に話してくれたある1つの話。それを諫山黄泉は確かめたかった。

 

 いや、正確にはちょっと違う。

 

 本当は1度戦ってみたかったのだ。本気の小野寺凛と。

 

(出し惜しみなんて、させてあげると思ってる?)

 

 腰を落として剣を構える。自分(わたし)を相手に出し惜しみなんてしている余裕があるならやってみろ。そんな余裕、すぐに切り裂いてやる。

 

 こちとら伊達に神童なんて呼ばれてないのだ。

 

―――かかってらっしゃい小野寺凛。貴方の全力(・・)を潰してあげる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 身体の奥底からとある感情が湧き出てくる。長い間へばりついて落ちなかったヘドロがキレイに溶けて落ちていくかのような感覚。しかし一方で抑えきれない程に激しく、自らを内側から破りさってしまいそうな、そんな感覚。恐らくこれを人は歓喜と呼ぶのだろう。

 

 正直に言おう。俺は諫山黄泉よりもけっこー強い自信はあった。

 

 負けるかもとか何とか言っていたとは思うが、それでも俺が間違いなく優位に立てると思っていたし、乱紅蓮無しで追い込まれるとは正直思っていなかった。

 

 だが、この女は正真正銘の規格外(化け物)だった。

 

 なんだかんだ10回やったら9回位は勝てるだろうと思っていたのがおこがましいレベルだ。5回勝てれば十二分。認めたくはないが諫山黄泉は俺より格上だ。1週間まともに体を動かしていなかったなんて言い訳が通じない程には諫山黄泉の方が俺よりも強い。

 

 俺がまともに攻撃を与えられたのは先の防御の上から回し蹴りを叩き込んだ一撃ぐらいで、それ以外に俺からの有効打は存在しない。その一撃だって有効打には程遠いから実質有効打は無いに等しい。 

 

 先程の一撃からおおよそ5分が経過したがペースは完全に黄泉に握られっぱなしだ。加えて不意打ちで繰り出してくる体術を新たに数発ほど頂いてしまっている。鳩尾とか顎みたいな急所には攻撃を頂いていないが、片手の指は超える程度に肩や足などのちょっとした所に貰ってしまっている。

 

 事実ではあるが、周りから見たとしてもこの攻防は「終始諫山黄泉の優勢」に見えているであろう。

 

 そう。つまりは小野寺凛の劣勢。でも、だから。

 

 ―――だからこそ、この感情(歓喜)がどうしようもない。

 

 匂わせてすらいなかったかもしれないが、俺には戦闘狂の気がある。

 

 自分から志願したくせに思いのほか修練が辛すぎて投げ出したくなった時に「闘いとは楽しい物だ」と自分で自分に刷り込ませていたことが恐らくは全ての元凶であったのだと思う。 

 

 親父にその傾向を指摘されてからは協力して貰いながらそれを抑えるように努力していたのだが、それでもこれは自分に根付かせてしまった性質とも言える部分なので、忘れ去るだとか改善するなどということはやはり不可能だった。精々「隠す」という選択肢を取ることしか出来なかった。

 

 なのでこの病気とも言える症状は時折姿を現す。

 

 分家会議の時に親父と喧嘩したという話をしたのは覚えているだろうか?そして俺が親父の肋を数本お陀仏にしてしまったという話も。

 

 実はそれもこの病気が原因だ。親父も俺もヒートアップしていたのはしていたのだが、それでも親父ぐらいなら怪我を負わせずに完封程度楽勝だ。ちょっと苦戦するフリ(・・)なんかのオプションも一つオマケに付けてあげたっていい。

 

 だが分家会議にどうしても行きたかった俺は結構本気で親父に切れており、感情のコントロールが効かせられず手加減無用のボディーブローをぶち込んでしまったのだ。しかもご丁寧に霊力でしっかりコーティングした拳で、である。親父だったから良かったものの、あれがもし目の前の少女とか同年代の男子とかだったらやばかった。間違いなく内蔵にまで到達してる一撃だった。

 

 あれが一旦始まると本当に酷い。ギリギリの攻防がとんでもなく楽しくなるし、傷つくのも傷つけるのも何とも思わなくなる。

 

 闘っていると、どうしても「闘っている」という極限の実感が欲しくなる。生の実感に近しいかもしれないが、とにかくぎりぎりの攻防が本当に楽しくなってしまうのだ。

 

 それはともあれ、身に余る扱いきれない力など在るだけ無駄だ。そんな危険な制御できない力など使わない方がマシだと思い、隠して表に出さないようにしていたのだが―――

 

―――これは、駄目だ。

 

 こんなの抑え切れる訳が無い。一手間違えれば俺は敗北し、相手は当然勝利する。全力を出して相手したとしても勝つどころか負けないようにすることが精一杯。そんなぎりぎりの状況で自分を押さえることなんか出来やしない。

 

 それに先程から諌山黄泉の剣は非常に蠱惑的だ。俺に全力を出せと、受けきってやるから全部出し切ってみろと、そう言っているようにしか見えないのだ。

 

 戦闘開始から5分以上。本当は小手調べの時点から黄泉と自分の実力差には気が付いていた。多少打ち合えばその実力差など伺い知れるのだから。

 

 5分以上ずっとだ。これだけの天才(ビジョ)を相手に我慢し続けてきたのだ。

 

 13年間ずっとだ。目の前の神童(ビジョ)と戦う想像をしなかった日は無かったのだ。

 

 

 親父曰く、病気が発動すると「表情と目の色が変わる」んだそうだ。

 

 表情は物理的な意味で、目の色は比喩的な意味で。

 

 俺は今どんな顔をしているんだろうか。自分では見えないからわからないけど、多分(わら)ってるんだと思う。

 

 目の色はどうだろうか。多分、これも狂気に染まってるんじゃないだろうか。

 

 

 タガを外し(本気を出)ても諌山黄泉には届かないのだろうと思う。多分直ぐに対応されてしまうのだろう。それだけの才と実力が諌山黄泉にはある。

 

 でも、こいつには本気(狂気)でぶつかってみたい。俺の持てる全てをぶつけて、あわよくば地面に這いつくばらせたい。

 

 

 

 

 だから、もう我慢(遠慮)は終わりだ。

 

 これだけの才能(ゴチソウ)を前にして我慢(配慮)なんてしていられるか。

 

 

 戦いの前に以上に感じていた緊張は、全力を出せることに対しての緊張だったのだろうか。

 

 もはや何度目になるかわからない衝突。

 

 その衝突を、俺は初めて制した。

 

 

 

 




一人称いったり三人称いったりしてるのはご愛敬。雰囲気で察してください。

なげー。二分割だし。5000字くらいでバトル終わるのかと思ったしさ。びっくりだよ。
ちなみに引っ張ったんだし、次話で凛君俺TUEEEEE!!出来るの?とか思うかもしれないんですが、ぶっちゃけそこまでかっこいい活躍は出来ないです。つーかむしろ「ちょ、おま、ふざけんなよ」って感じの展開になる?かと。次話は凛君の評価下がるかも。お気をつけて。


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第10話

 黄泉が競り合いで負けた事は何度かあった。

 

 それはしかし当然の事であると言える。なにせ相手は黄泉よりも力のある相手だ。黄泉の方が背が高いといえどもそんなものは鍛えている男に対してあまりメリットにならない。

 

 だが、今のように駆け引きを含めた勝負で押し切られたのは初めてだった。

 

 あまりにも荒々しい一撃で木刀が弾かれた。黄泉を狙った攻撃では無く、木刀をたたき折らんとするかのような攻撃。後先を考えずにとりあえず全力で剣を振ってみましたとでも言い出しそうなそんな一撃。

 

 今までの凛の攻撃の組み立て方は「無骨ながらも論理立てて作られた」ものであったため、訳がわからない荒々しい攻撃に一瞬理解が飛んで競り合いを制されてしまったのである。

 

 とはいえそんな大雑把な一撃が戦況に大きく影響を与える訳も無く。何度か黄泉の刀を大きく弾いた程度で直ぐに仕切り直される。

 

(……やけくそにでもなった?それならちょっと拍子抜けかも)

 

 突然大雑把になった攻撃を黄泉はそう分析する。確かに無駄に力の籠った攻撃は当たらずともそれ自体が大きな脅威となるが、無駄に力の籠った攻撃なんて早々に当たるものじゃない。そんなものは戦い慣れしていない素人が怖がる類の攻撃であってプロが警戒するような攻撃では無いのだ。

 

(?)

 

 内心拍子抜けしている黄泉の目に映ったのは様子の変わった小野寺凛。外見上特に変わった様子は見受けられないが、今さっきほんのちょこっとだけ気持ちの悪い笑みを浮かべたような気がしたのだ。ギリギリの試合などが面白くて笑ってしまう人はたまにいると聞くが、少なくとも黄泉はお目にかかったことが無い。

 

 もしかしてこれが小野寺殿が言っていた凛の……などと思案していると、凛が動いた。

 

 重戦士のような重い攻撃を繰り出す割には相変わらず軽快なステップ。このスピードと攻撃の重みのアンバランスさが小野寺凛の何よりの武器かもしれないと黄泉は思う。軽快な身の動きに騙されて適当な防御を行ってしまえば凛の思うツボだ。ガードごとやられてお終いだろう。

 

 ただ攻撃のパターンは随分と単調だ。一度癖とそのアンバランスさに慣れてしまえば捌き切るのはそう難しいことでは無い。

 

 さて、次は何をしてくるのか。過去の行動パターンと組み合わせて小野寺凛の次の手を予測していると、彼のとった行動はシンプルだが今までに一度も取らなかった選択肢だった。

 

「っっっ!」

 

 苦悶の声を上げながらそれを間一髪のところで回避する。

 

 顔面を狙った一撃。下手をすれば死んでいたかもしれない程のそれが黄泉の顔の横すれすれを通過していく。

 

 模擬戦には暗黙の了解とも呼べるルールが存在する。それは模擬戦は模擬戦であって本番の殺し合いじゃないんだから相手が本当に死にそうな攻撃とか、例えば顔面みたいな所を本気で狙わないようにしようね、というものである。

 

 暗黙の了解であるため守る必要などは実はないのだが、非殺傷系の武器を使用するのもこれの一環であるし、これを守らずして模擬戦をやってなんかいたら直ぐに死傷者が発生してしまうだろう。

 

 だから基本狙うとしてもフェイントに含ませるとかその程度に止めるのだが、凛の攻撃はほぼ殺しにかかっていると解釈されておかしくない、というよりはそうとしか解釈しようのない一撃だった。

 

 それが続けて何撃も繰り出される。一撃一撃が下手をすれば致命の一撃に成り得る物を何度もである。

 

 これには流石の黄泉も防戦一方になってしまう。

 

 首、頭、顔、あとは意識が逸れがちになる爪先等の末端部分。そんな通常ならば配慮をして攻撃など行わない部分を積極的に狙ってくるのだ。

 

 正直な話、黄泉も先程から際どい所を狙ってはいた。小野寺凛が「黄泉の剣が蠱惑的だ」と思ったのは恐らくはそれが原因だろう。

 

 だが、小野寺凛の物は違う。黄泉のように極力弱めに攻撃するだとか極力避けやすいように配置するだとかの遠慮や配慮は一切ないのだ。「黄泉ならばこれでも死なないだろう」と、「自分の攻撃くらい軽く受け止めてくれるだろう」との、信頼に基づいた、実戦同様の相手を殺すための攻撃を全力で躊躇いなく繰り出してくる。

 

 非常にやりづらい相手だと黄泉は思う。恐らく自分が凛を殺す気で切りかかったとしても目の前の相手の厄介さの豹変ぶりには到底及ばないに違いない。

 

―――こいつの戦闘スタイルは徹底的に実戦向きなのか。

 

 自分や神楽は正統派(どこでもつよく)で、小野寺凛は比較的特化型(ときとばしょによる)なのだ。素の状態でも充分に強いが、多分真剣を持たせた戦場でならもっとこの厄介さと強さが跳ね上がる。無論、今よりも。

 

 再び黄泉の顔スレスレを凛の刃が通り過ぎていく。警戒の幅が広がっているため単純なフェイントですら脅威となっている時に再びの顔面狙いには肝を冷やさざるを得ない。今のは気を抜いていたら結構危なかった。

 

 危険を感じ凛との距離を離そうとする。一旦データがしっかり揃うまでは凛のペースに流されてしまっては危険であるとの判断からだ。だがそれは後頭部にかかる圧力によって阻止されてしまう。

 

(髪!?)

 

 髪を掴まれている。そう理解した瞬間には目の前に凛の膝が迫って来ていた。

 

 髪を掴んでの膝蹴り。後頭部をしっかりホールドされてしまっていることから避けるのは非常に困難だし、そして同様の理由で衝撃の逃がしようがない凶悪なそれ。倫理的に完全にアウトなことを除けば非常に効果的で決定力の高い技である。

 

 大抵はここで勝負が決まるのかもしれないが、そんな凶悪な一撃が目の前に迫っていても諌山黄泉は冷静だった。

 

 黄泉が選択したのはただ防御するでも回避するでもなく、凛の膝に木刀の柄を合わせて迎撃するという攻撃。頭を守るように腕で顔を覆いながらも的確に反撃を繰り出す。

 

 ゴンという木刀から伝わる鈍い響き。骨に木刀が食い込んだ感触。流石に衝撃を殺し切ることは不可能で腕と頭に多少鈍い痛みが走るが、それでもほぼ完璧に膝のダメージを抑えきった。どう考えても黄泉に不利すぎる状況だが、とっさの対応力でその窮地を無効化するどころか手酷い一撃を与えることにも成功する。

 

 

 間髪入れずに黄泉はタックルを繰り出す。膝への思わぬ反撃を貰い硬直していた凛はそれをモロにくらってしまい先程の黄泉以上の距離を吹き飛ばされてしまう。

 

 はっきりとは確認していないが木刀の柄が入ったのは小野寺凛の膝小僧部分。骨が壊れる系統の音はしなかったから骨折はしていないだろうが、それでもこの戦闘において左膝は死んだも同然だ。関節部分に衝撃を受けると関節の稼働時に耐えがたい痛みが走る。それを無視して戦闘を行うなど不可能に近い。そしてそんなダメージを与えたということは普通ならそれは黄泉の勝ちを意味している。

 

 だが目の前の男はそれでも立ち上がり、尚突撃してくる。普通なら生じている筈の痛みを完全に無視して、どこか楽し気な雰囲気を醸し出しながら切りかかってくる。

 

 それに周りの観客が凍り付くのがわかる。恐らく小野寺凛の様子が周りにも伝わったのであろうと黄泉は推測する。

 

―――小野寺殿が言ってたのはこれね。

 

 まるで怪我を負った獣が背水の陣で敵に向かうような、そんな一種の狂った状態に凛がなることがあると小野寺殿から聞いたことがある。最近は滅多に無くなったがそれでも時折その鱗片を見せることがあるのだという。

 

黄泉にとって凛は弟のような存在だが、その人格については常に飄々としていて冷静な奴といった、おおよそ年下にはあまり使わない評価を下している。大人っぽく常に落ち着いているため冷静さを欠いた彼を黄泉は見たことがなかった。

 

 だから、見てみたかったのだ。あの凛が本当にそんなになるのか。そしてそれが本当なら1度戦ってみたかった。あの小野寺殿をして手がつけられないと言わしめる彼と。

 

 

 鍔迫り合いの最中、凛の左脚に負担がかかるように力を調整する。右脚よりも少し後ろにある左脚に体重がかかるように少しだけ力を入れて刀を押し込む。

 

 すると面白いようにカクンと落ちる左の膝。狂犬の如く痛みを無視して突撃しているといえども身体の異常それ自体は無視することが出来ない。精神論で超越できるのは精々が痛みまでであり、欠陥を埋めることは出来やしないのだ。

 

 凛としては激痛に耐えて力を入れたことだろう。もしかすると痛みに耐えているなどという高等な感覚は失われているのかもしれないが、とにかく左足で踏ん張ろうとしたことだろう。でもそれを身体が許さなかった。脳から行く命令を膝が受け止めきれなかったのだ。

 

 崩れる膝に伴って胸のちょうど目の前辺りに落ちてきた凛の顔を掌底で殴り飛ばす。渾身の一撃とも言えるいい出来の掌底。膝を抜かせば今日の一番のヒット。周りからは大きな歓声が上がる。今日一番の盛り上がりを周りが見せるほどの強烈な一撃であったということだろう。

 

 決定打にふさわしい打撃だったが目の前の異常者にとってはただのチャンスに成り下がってしまったらしい。掌底を繰り出した後のほんの僅かな硬直時間に手首を掴まれ関節を極められる。

 

「いった……!」

 

 完全に極められている右手首の関節。今の凛ならば即座に折ってもおかしくはなかったのだが、凛のダメージが甚大であったことと体勢がかなり不安定であったことが影響しているのか極められただけに止まっている。

 

 右手首に走るあの特有の痛みに黄泉は顔を顰める。思わずその痛みに呻くが、決められただけでまだ折られていないことを冷静に分析すると、痛みを押し殺して空いている左手でもう一度凛に掌底を放った。

 

「っぶ!!」

 

 凛の丁度鼻っ柱にそれは直撃する。本日二度目の顔面へのクリーンヒット。加えてそれは振動を内部に伝えやすい掌底という形でどちらも直撃している。軽い脳震盪でも起こしているのだろう。黄泉の右手首にかかっていた圧力が軽くなる。

 

 それを振りほどくとさらに追撃を加えるべく黄泉は刀を構える。流石にやりすぎだと思うかもしれないが、狂犬相手にはオーバーキルこそふさわしい。やってやりすぎる位で丁度良いのだ。

 

 その証拠に目の前の男はまだ戦うつもりらしい。

 

 一歩前に出ようとした黄泉の目の前すれすれをかぎ爪状の何かが通過していく。明らかに眼球を狙った一撃。あと一歩前にいたら目玉を持っていかれていたかもしれないと黄泉は肝を冷やす。女の髪を掴んだり、骨を折ろうとしてみたり、更には眼球を平然と抉ろうとしたりなど何時もの彼からは想像がつかない所業だ。おおよそ躊躇いや遠慮といったものが欠如している。

 

……成程、確かにこれは手が付けられない。

 

 まだ容赦がないだとか卑怯だとかいうのなら対処のしようはいくらでもあるが、目の前の男はそれだけではなく非常に楽しそうにしているのだ。満面の笑みを浮かべているとか、へんな笑い声をあげている訳ではないが、目が笑っている。表情は殆ど変化がないのだが、今俺は楽しんでいますと目が雄弁に主張しているのである。傷つけて傷つけられてを愉悦として享受している。

 

 そういった精神崩壊者を打倒するのは非常に面倒臭い。こういった手合いは気絶か殺害などの戦闘不能状態でしか止めることができないからだ。

 

―――なら、こっちもいっそ。

 

 一歩引いて腰を落とす。もはや遠慮なく戦闘不能にさせてもらおう。

 

 繰り出すのは全力の突き。狙うのは鳩尾。刀の扱いに熟練した玄人が本気で鳩尾に突きを入れるなど危険すぎて言語道断ではあるが、黄泉は躊躇わずにそう決断した。

 

 用意する突きは二発。フェイントの一突きと本命の一突き。一発目をわざと外して次で決める。

 

 まず一突きを体制を立て直している凛の身体の中心から少しずれた所に置く。おおよそ心臓の辺りに配置されたそれは黄泉の狙い通り躱されて空を切るようにする。次いで一突き。こちらが本命だ。躱された刃を直ぐに巻き戻し、即座に一撃目以上の突きを鳩尾に配置し戦闘不能にさせる。

 

 実戦(宝刀獅子王)を想定しているのか小野寺凛は木刀の刃による攻撃を一撃たりとも貰ってはいない。相当に木刀での攻撃を警戒している。そのためもしかすると今回も普通に避けられるかもしれないが、その時はその時だ。とにかく小野寺凛を沈めてやる。

 

 黄泉の雰囲気が張り詰める。模擬戦を開始してからずっと張り詰めた空気を放ってはいたが、今纏っている雰囲気はそれの比ではない。試合ではなく殺し合いで纏うようなそんな雰囲気。少なくとも模擬戦でやりあう時の雰囲気ではなくなっていた。

 

 周囲が固唾を飲んで見守る中。黄泉が一歩踏み出して―――

 

 

 

「そこまで!!両者、武器を収めなさい!!」

 

 

 

 神宮司菖蒲(審判)の号令が響き渡る。

 

 平常とは異った迫力のある声。穏やかな何時もの声からは想像もつかないその迫力に、諌山黄泉だけではなく会場も小野寺凛ですら動きを止めた。

 

 シン、と響き渡る静寂。2人が戦う音がうるさいくらいに響いていた修練場は打って変わってしじまに支配される。

 

「試合はそこまでです。これ以上は取り返しのつかない状況が起こる可能性があると判断しました」

 

「2人とも、特に凛ちゃんはやりすぎよ。これは殺し合いじゃなくて模擬戦なのわかってる?」

 

 優しく、しかし嗜める雰囲気を持つ声。それに凛はすみませんと言いながら頭を下げる。

 

「あら、凛。正気に戻ったの?」

 

「……ええいうるさい。俺は何時でも正気だよ」

 

「黄泉ちゃんもよ。年下がオイタをしないように注意するのが年上の役目よ」

 

 すいませんと黄泉も室長に謝罪をする。

 

「それでは皆さんはこれより通常業務に移行してください。それと小野寺凛と諌山黄泉の二名は医務室へ」

 

「後で黄泉ちゃんは私の所にまで顔をだしてちょうだい。はいそれじゃ皆解散解散」

 

 諌山黄泉と飯綱紀之の喧嘩を一瞬で止めた女は伊達じゃないなと凛は思う。その場に居なければ理解できない類のものではあるが、流石は20代で室長を務めているだけはあると感じさせる仕切り能力。

 

 パンパンと二つ手を打つと野次馬をしていた環境省の面々は黄泉と凛に一言掛けると散り散りになって訓練に戻っていく。

 

―――これは引き分けになるのかしら?

 

 そう内心で独り言ちる。多分あのまま続けていたら黄泉が勝利していただろう。それに自分は凛の実力も見れたし、確かめたいことも確かめられため満足と言えば満足なのだが、周りはどうなのだろうか。

 

 少々険悪な雰囲気を纏った桜庭一樹と飯綱紀之に医務室に運ばれる凛を見ながら黄泉はそう思ったのであった。

 

 

 

 皆が固唾をのんで見守っていた神童VS神童の戦い。

 

 暫く環境省の一部の中で話のネタに上がることとなるこの一戦は、審判の試合中止の一言で中断されるというなんとも中途半端な形で終了した。 




※あとがきが長いとクレームが来たので見直した所、確かに長かった。弁護人が仕事を辞めるレベル。大事なあとがき以外は活動報告に移行しましたので、補完したい方はどうぞそちらをご覧ください。
でも残念ながら今回もあとがき長いというwさーせんw

型月用語で言うなら凛はどちらかというと普通のセイバータイプ以上に戦える異常な「アサシン」って感じで、黄泉神楽は最優であるクラスの中でも更に最優の「セイバー」タイプって感じです。凜は普通の所で戦ってもえげつなく強いですが(今回負けてるんでそう思えないかもですが)、樹海とかみたいな普通の人が戦いにくいような所で戦うとなかなかえげつなくなります。
とはいえ彼女らも樹海でかなりの応用力を見せていたのでどっこいどっこいかもしれませんがw。


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第11話

※ちょいと暗い話です。でも、誰もが一度感じる葛藤を描いてみました。また、今回は結構うじうじしていますが、凜はこういったのでメンタルが壊れる精神弱い系主人公ではないと断言だけしておきます。それを踏まえた上でお読みください。

また、活動報告にて重要なお知らせをしておりますので参照ください。


 黄泉との手合わせから3ヶ月近くが経過した。

 

 既に季節は冬へと移行し、街中の空気は3ヶ月前とは異なり凍てつくような冷たさとなっている。

 

 あの戦いの後俺は飯綱紀之と桜庭一樹に付き添われて医務室へと向かったのだが、2人の雰囲気はお世辞にも良いものとは言えず、「ああこれ何か言われるなー」と思っていると案の定医務室にて「お前は何をやっているんだ」と2人がかりで説教をされてしまった。2人とも結構冷静にお説教をしているつもりだったのだろうが、案外目はマジで切れている様子でぶっちゃけちょっと怖かった。特に飯綱紀之。殴られるんじゃないかとヒヤヒヤしたものだ。

 

 そしてそのお説教している2人を遅れて医務室にやってきた諫山黄泉がお説教するというなんともよくわからないカオスな状況が生じた。諫山黄泉曰く「私達の戦いになんで貴方が口を出すのか。お互いの了解の上でやったのだから問題ないだろう」とのことで、飯綱紀之曰く「了解しているのとこれとは話が違う。いくらなんでもあれ程の危険を見過ごすことは出来ない」とのこと。凄まじく平行線の議論が2人の間で成された。

 

 そのまま2人はヒートアップ。アニメの5話みたいな調子で口論が始まってしまったのをまさかの(全ての元凶)が仲裁に入るというこれまたカオス過ぎる状況。最終的に俺が皆に謝罪をして何とか和解。俺の評価は下がったかもしれないが決定的な溝は作らずに何とかその場は収まったので落とし所としては悪く無いだろう。

 

 俺は病院でレントゲンやCTなどの検査を受ける為に搬送され、黄泉は対して攻撃をもらっていない為にそのまま医務室での治療で通常任務へと戻っていった。因みに俺は何処も怪我してませんでした。同伴してくれた桜庭一樹と見知らぬお姉さんから「どんな身体してんだよお前(意訳)」との喜んで良いものなのかどうか分かり辛いお言葉を頂きました。ありがとうございます。

 

 身体には異常が無いとのことだったので、一応安静にしておけという医者の言葉は無視して次の日もお勤めに向かい、皆に化物を見るかのような目で見られたのは言うまでも無い。多分岩端晃司とかが俺の立場だったならそんなことは言われないのだろうが、俺みたいな150cmも無いチビが黄泉にあそこまでやられて次の日にピンピンしているのが信じられなかったのだろう。実際にそんな感じの言葉も言われたし。

 

 そんな事を思い返しながら俺は教室の机で頬杖をつく。

 

 対策室に正式に加入して3ヶ月経ったわけだが、あの黄泉との手合わせが評価されたのか俺は最初から実戦投入されている。神楽は喰霊-零-の初期の時点では殆ど前線で活躍はしていなかった訳だが、俺の場合は最初から黄泉と並んで前線投入だ。神楽はあまり良い顔をしていなかったが、多分実力と、あと何より年齢を考慮してのことだろうなーと俺は納得している。流石にその歳にしてはかなり腕が立つといえども小学生を実戦投入は憚られるのもあるのだろう。実力も今の神楽だと正直物足りないし。

 

「いいか、関係代名詞というのは簡単に言えば先行詞を説明する為の物でーーー」 

 

 その言葉ではっと我に帰る。いっけね、思いっきり惚けてたわ。

 

 今は午前11時頃。学校での授業の真っ最中だ。

 

 それにしても関係代名詞か。確かあれって中学3年とかで初めて出る分野じゃなかったっけ?などと授業を半分聞き流しながらそう考える。

 

 俺が居るのは結構レベルがお高めの私立の特進クラス。他の中学よりも進歩が早くてもなんらおかしくはないのだがそれにしても進みすぎだろうと思ってしまう。まあそれでもこのクラスの大半がこの授業に軽くついて行っているのだからこのクラスのレベルの高さはお察しだろう。

 

 ちなみに俺のこの学校での順位は2位。3位以下に落ちたことは無いのだが1位になったことも殆どない。

 

 最近神楽を見ていても思うが、この世の中はとにかく理不尽だと思わざるを得ない。

 

 才能、という壁がこの世には存在する。それは凡人ではいくら抗っても超えることのできない壁であり、正当な方法では迫ることしかできない絶対的な溝である。

 

 多分俺にはある程度の才能はあったのだろう。前世でも本気でやれば大体の事は出来たし、本気でやらずともある程度の所まではクリアすることが出来た。でも本気になってやればやる程、自分の上には更に上がいてそいつらに迫れこそすれども抜かすことは出来ないと痛感させられる。努力すればする程、その壁(才能)とは高く高く自分の前に立ちはだかる。

 

 この生においても、俺は才能があると言ってもいい。才能が無い無い言ってはいたが、なんだかんだあの天才(諫山黄泉)にいい勝負が出来るのだから。あの後も何度か模擬戦をして貰ったりもしたが、勝率は4割弱くらいで推移している。だから俺には黄泉ほどのそれは無いものの戦闘における才能は確実にあるのだと思う。

 

 でも、やっぱりその程度なのだ。幼い頃から死ぬ気で鍛錬してきたというのに、それを嘲笑うかのように才能で超えて行く奴らが普通に存在するのがこのクソッタレな世界だ。

 

 俺はこの世界で勉学にもしっかり励んでいる。仮にも前世では一流と呼ばれる大学に通っていた身である。このレベルの高い進学校といえどもその授業のレベルはまだおままごとに等しい。大学生からしてみれば中学の勉強なんてそのレベルだ。

 

 だけど俺は1位を取れていない。結構本気で対策して勉強を怠っていないのに、この学校でトップなのは俺じゃない。

 

 ちらりと流し目で斜め後ろを覗き見る。そこに居るのはメガネをかけた所謂ガリ勉と呼ばれそうな一人の男子。安達諒。俺が足搔いても超えられていない高い高い壁。理不尽だと思わざるを得ない。こちらには有り得ない程のアドバンテージがあるというのに、そんなもの無いかのように俺の上をポンポン行ってしまうのだ。

 

 そして、俺が最近そんな思いを特に抱くのは、土宮神楽だ。

 

 ーーーいや違うな。正確にはこんな思いを強く抱き始めた原因(・・)が土宮神楽だ。安達も大概ではあるが神楽程にこの世の理不尽を俺に抱かせる存在はいないだろう。

 

 神楽のポテンシャルは異常だ。

 

 黄泉はまだ気がついていないようではあるが、最近化物みたいな速度で腕を上げてきている。今はまだ片手間にゲームでもしながら捌いてあげましょうといったレベルではあるが、もう3ヶ月もすればそんな余裕木っ端微塵になっているだろう。少なくとも俺が神楽と同じ年齢の時に神楽とやりあって勝てる自信があるかと言われれば正直無い。というか喰霊-零-の時点(大体2年後)になったら俺は神楽に完敗する未来さえ見える。

 

 それも当たり前ではある。俺が正面からやって負け越している神童(諫山黄泉)を神楽は正面から少なくとも3度完封しているのだから。一回は黄泉の突きを刀の鞘にしまい込んで押さえ込み、もう一回は確実に首を落とせていた状況で寸止めをして、そして最後には真正面から突撃して殺している。 

 

 だから俺が敵わなくても仕方がないのかもしれない。才能が違うのだ。それに俺がやるべき事は彼女たちの悲劇を食い止めることであり、別に彼女たちに武力で勝つことではないのだ。そう理解しているつもりだった。いや、つもりだったというよりも普通に理解している。俺が敵わなくなるだろうことも納得している。でも。

 

ーーーそれでも、妬ましい。

 

 正直嫉妬してしまう。羨ましくてたまらない。

 

 これだけの努力を、文字通り血の滲むような努力をしたとしても届かないその才能。持って生まれた、神から授けられた贈り物(才能)。「gift」には「才能」との訳が当てはめられる場合があるが、正にその通りだと思う。もはやあれは人智を超えたものだ。少なくとも、凡人(おれ)では追いつけない。

 

 分かってはいけないことだと理解しているのだが、今なら殺生石で堕ちた黄泉の気持ちがはっきりとわかってしまう。

 

 三途河によって黄泉は悪霊に堕とされたわけだが、その際ハッキリと神楽の才能に嫉妬していた。私に無いものを、私では手に入れられないものを持っていると述べていた。

 

 結局最後は神楽への嫉妬心よりも神楽への愛情が圧倒的に勝り、その何よりも尊い思いが殺生石の力を捻じ曲げて神楽に殺されるわけだが、それでも黄泉が神楽のその才能に対して妬みを持っていたのは本当なのだ。事実、原作(喰霊)において黄泉はそう白状している。

 

 そして、そんな黄泉の気持ちを俺はありありと理解できる。言い方は悪いが、あんな化け物(真の天才)をすぐ隣で毎日毎日見続けるのだ。俺なら正直気が狂ってしまいそうだ。

 

 神楽は可愛い。本当にいい子で、絶対に喰霊-零-みたいな悲劇を体験などさせたくないと心から思う。それに俺も今ではあいつを妹みたいに思っているし、神楽も本当の兄ちゃんみたいに慕ってくれているのがわかる。だからこそ、そんな可愛い可愛い神楽が俺を追い越していくのが悔しくて悔しくてたまらないのだ。

 

 ……息子に越される親父の気持ちってこんな感じなんだろうか。オイディプスコンプレックスじゃないけど、父親と息子が一定の年齢にまで達するとぎくしゃくするそれを今俺は神楽に感じているのかもしれない。

 

 

 ……いくら何でもしみったれた話になり過ぎたな。

 

 これ以上俺の醜い嫉妬心を垂れ流しても生産的じゃないだろう。ちょっとは明るい話にでも持って行こうか。

 

 さっき俺は神楽を妹みたいに思っていると言ったが、実は俺には実の妹ができました。

 

 当然まだ生まれてはいないが、おめでたというやつだ。どうやら既に六か月目らしい。

 

 最近母親の腹回りがどうにもたくましくなってきた感が仕方なく、正直にその思いをぶちまけた所、なんとおめでたであったと言う訳だ。

 

 なんとなくで俺にはサプライズにしていて、いつ俺が気が付くか両親で楽しみにしていたそうだ。それを「まじかー」と言って聞き流しながら、六か月目ってことは親父のアバラが完全に治ってしばらくしたあたりかな、等と逆算をしていた親孝行な俺もいたりする。

 

 エコー検査もしてきたらしく、ほぼ間違いなく女の子だとのことだ。14週目あたりからわかるらしいから六か月目の子供なら間違いはないだろう。6ヶ月目の赤ちゃんってことはあと数か月で生まれてくるくらいには大きくなっている訳だし、エコーで間違えるとは思いにくい。

 

 楽しみだ。俺の妹ということで世間の相当なプレッシャーをかけてしまう可能性があるが、その分俺は可愛がってあげようじゃないか。

 

 早く生まれてこないかな、なんて思っていると携帯が震え始める。仕事用のそれではなく、個人用のそれが震えていた。

 

―――誰だ?こんな時間に。

 

 基本的にメルマガなどに登録をしていないため、メールが来るとしたらほぼ確実に知り合いからだ。だが、この時間に携帯をやっているやつなど居るのだろうか?

 

 机の下で隠しながら携帯を開く。差出人は安達と……諌山冥?

 

 安達のは取りあえず無視して諌山冥のメールを開く。なんであの人が俺にメールを寄越すんだ?

 諌山冥からメールが来るとか珍しい。珍しいっていうか人生初だ。俺からもメールなんかしたことないし。数か月前に電話でメアドを交換して空メールを送ったとき以来初のメールである。

 

 内容は……『今日お会いできますか』。シンプルな一文だ。

 

 病院での一件を思い出して思わず警戒する。あれだけの事があって尚且つ警戒も何もしないのはただの馬鹿だ。度胸があるのと蛮勇であることは別物だ。ぶっちゃけ美人のお誘いだから期待もするけど、それ以上に俺の第六感が警鐘を鳴らす。なんだ、何用なんだ。

 

 取りあえず『大丈夫ですよ』との趣旨のメールを丁寧な文章で記入すると送信する。正直な所かなり警戒しているのだが、それ以上に一体何用なのかが気になる。流石に校舎裏に連れ込まれてリンチされるみたいな展開はないだろうが……。

 

 そういえば安達からもメールが来ていたなと、脳のリソースは諌山冥のメールに全振りしながら安達のメールも開く。実は安達と俺は結構仲が良く、よく一緒に教師の授業をディスったり勉強の話をしたりしている。一見ガリ勉眼鏡君なのだが話してみると非常に愉快で毒のある面白いやつなのだ、安達は。

 

 そんな安達からのメールの内容もこれまたシンプルだった。ただ一言。『前を見ろ』

 

 前を見ろ?一体そりゃなんだと思い前を見ると―――

 

「よう小野寺。俺の授業で青空に現を抜かしてみたり堂々とメールをしたりするとは随分度胸があるじゃないか」

 

 英語教師かつ俺の担任の岡崎が俺の斜め前まで接近していた。

 

 ……迂闊なり小野寺凜。女とのメールに気を取られてこんな一般人の接近に気が付かないとは。

 

 俺は安達のほうを振り向く。意地の悪い笑顔を浮かべながら俺に手を振っている安達。……あの野郎。教師が俺に目をつけてることに気が付いて、わざわざ俺に携帯弄らせるためにわざわざメールしやがったな。

 

「いいご身分じゃないか学年2位。そんなに俺の授業はつまらなかったか?」

 

「……いえ、決してそういう訳では……」

 

「ふうん?その割には違うことにご執心だったみたいだけどな?……よし、いいだろう。小野寺、なにか一文関係代名詞を使った文章を作って皆の前で解説してみろ。それが面白いものだったら許してやる」

 

 そう言って俺にチョークを差し出してくる岡崎担任。この教師は頻繁にこういうことをやるのだ。生徒を授業に巻き込んで一方通行ではない授業。なのでこの人の授業は結構面白いのだが……。

 

 厭らしい笑みを浮かべている安達を睨む。あの野郎……。

 

―――そう言えば関係代名詞と言えば。

 

 チョークを受け取って俺は教卓へと出ていく。このクラスでは結構みんながこれをやっているので誰かが颯爽と黒板前に行ったとしても誰も何とも思わない為、結構気楽に黒板の前に立てる。と言うよりもむしろ「あいつは何発表するのかなー」と俺と安達は注目されてる側なので、むしろ指名されたら行かないことの方が恥ずかしい位だ。

 

 黒板の前に立ち、目の前に広がる緑の板に俺は英文を書き込んでいく。多分、俺が一番好きな英文。文字通り死んでも忘れなかった一文だ。

 

 ”Will you kill someone you love, because of love?”

 

 この一文を知っている人は居るだろうか?恐らく、この世界には俺だけだ。

 

 これは喰霊-零-のキャッチフレーズとでも呼ぶべきもの。喰霊-零-を見たことがある人ならば一度は目にしたことがあるのではないだろうか。

 

「これはちょっと難しい英文なんですが、先行詞someoneをyou loveが関係代名詞節になって説明してて―――」

 

 そんな感じで説明を始める。

 

 これの直訳は”愛の為に、貴方は貴方が愛する人を殺すだろうか?”といった所。なんの捻りもない直訳だとこんな感じになるだろう。

 

 でも公式の訳はこうだ。

 

 ”愛するものを愛を信じて殺せるか”

 

 この作品(喰霊-零-)を端的に表した一文ではないかと思う。

 

 この作品のすべてが、この英文には凝縮されている。

 

「―――というのがこの英文の訳になります。少々逐語訳からすると無理がある解釈ですが、なかなかかっこいい訳になってるんじゃないかと……」

 

 思わず熱弁してしまった俺は、なんの反応もない教室の面々を見てはっと我に返る。

 

―――これは引かれているのだろうか。

 

 こうやって誰かが何かしらのかっこいい文を探して和訳するのは一週間に一度は行われている儀式だが、柄にもなく熱弁してしまった。クラスの一部は真顔でノートを取っていて、一部は少々なんとも言えない顔をしていて、安達は爆笑している。

 

 なんか今更になって首筋が熱くなってきた。

 

「……先生、実はさっき安達君とメールしていました。ごめんなさい」

 

「凜!てめえ!」

 

 この気恥ずかしさは、安達で晴らそうと思う。

 

 そんな大人げない一幕で英語の授業は終了した。

 

 



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第12話

※活動報告にて今後の更新についての重要な報告をしておりますので、今後の更新について気になる方は是非ご覧ください。


「なあ凜。その相手って本当にそんな美人なの?」

 

「ええいやかましい。お前確か今日塾だろ?俺になんぞ付き合ってたら遅刻するだろうが」

 

「あんな親の安心を得る為だけにあるような無益な施設に俺が行く必要があるとでも?行かなくたって俺にはなんら支障ないさ。それよりもお前の彼女の話しよーぜー」

 

「うっとおしい!彼女じゃないし、誰のせいで携帯没収されたと思ってんだ馬鹿野郎!」

 

 そんな会話をしながら校門を目指す俺と安達。

 

 あの後、つまりは俺が喰霊-零-のキャッチフレーズを喜々として語った後、俺は個人用の携帯を没収された挙句放課後に岡崎先生に呼び出しを食らってしまった。

 

 そこには俺が堂々と密告(誤字ではない)をした相手である安達も同席しており、俺ら2人は岡崎の話に20分以上付き合わされ、ようやく今になって解放されたと言う訳である。

 

 岡崎も別に俺らの事を怒っているという訳ではなく、職員会議までの30分くらいの空いた時間がどうしようもなく暇になるだろうと予測して、丁度いいから話し相手として俺らを呼び出したらしい。俺らはあいつに体よく使われたということだ。あの担任はたまーにそういった常識外れたことをやらかしてくる人間なのだ。

 

 それで携帯を使っていた理由を弁明しろとのことだったので正直に「女の人と待ち合わせの約束をしてました」と答えると案の定岡崎と安達が盛り上がり始め、根掘り葉掘り聞かれている内に結構時間が経ってしまった。仕事携帯で連絡を取れたので問題は無かったが、あの阿呆2人の相手をしていたせいで約束の時間に遅れそうになってしまっている。遅れられるのはいいが遅れるのが我慢ならない俺としては言語道断な事態である。

 

 ちなみに個人用携帯はしっかりと返して貰っている。最初は回収しなきゃいけない規則だからなどと返却を渋っていた岡崎だったが、俺と安達が「理事長室行くか―」とほぼ同時に言い始めると岡崎の態度が一変。快くではないが携帯を返却してくれた。

 

 殆どやったことなどないが、俺と安達は理事長の超お気に入りの2人なので泣きつけば携帯程度何とかなることを俺らも岡崎も知っているのだ。理事長と仲の悪いこの教師は「ろくな大人にならないなお前らは」などと笑いって悪態をつきながら返却してくれたという訳である。持つべき物は人脈であるとは良く言ったものだ。多分この言葉を言った人の考えからはずれた使い方であるとは思うけど。

 

「俺としては凜にそんな俺にも教えないような女性がいるって事が知れただけでも携帯を没収された甲斐があったけどね。話聞く限りじゃ神楽ちゃんとか黄泉さんとはそんな関係じゃないんだろ?」

 

「冥さんともそんな関係であるわけじゃないけどな。つうかお前ってそういう話題に興味示すタイプの人間だったっけ?どっちかっていうと『恋愛なんて精神病の一種だ』とか言い始めそうなタイプだと思ってたんだけど」

 

「ん?俺は恋愛には興味津々だよ?話したこと無かったっけ?……極論を言えば生殖の為に異性は異性に惹かれる訳だけどさ、俺はそれだけじゃないと思うんだよね。各人には各人の魅力がある。一方ではAさんに惹かれる男も居れば、もう一方では全く興味がない男も居る。俺はね、凜。そんな人の魅力の違いに惹かれているんだ。だから俺はお前が惹かれているその女の人のことを知ってみたいのさ」

 

 ……また小難しい事を。

 

 安達(こいつ)はしょっちゅうこんな小難しいことを俺に投げかけてくる。俺以外と喋る時は歳相応の会話をして普通の交友関係を保っているのだが、俺と喋る時は頻繁にこんな話をしてくるのだ。

 

「だから別にあの人はそんな関係の女性ではないんだけどな……」

 

 あの人に俺が惹かれているのは事実だが、だからといってそれが恋とかに繋がっている訳ではない。あくまで単に惹かれているというだけだ。

 

 それに、惹かれているという次元で考えるなら俺はこいつにも惹かれている。

 

 中学生とは思えない思考をして、中学生とは思えない不思議なカリスマを持っているコイツにも。

 

「ふぅん?まーお前はあまり嘘つかない人間だし信じてやろうか。……あの黒塗りのクラウン、そうじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです。急な呼び出しに応じて頂きありがとうございます」

 

 金を持ってますよと雄弁に主張しているかのような黒塗りの車から降りてきた冥さんはそう言って俺に礼をする。

 

 相も変わらず優雅な仕草。流石は怪我人を薙刀で強襲している場面においても優雅さを失わない女性だ。振る舞いに俺にはない「品」を感じる。

 

……それにしても。

 

「おい凛、なんだこの意味わからんレベルの美人は。俺、お前に本気で殺意芽生えそうなのはこれが初めてだぞ」

 

「いうな安達。見慣れぬセーラー服姿に俺も結構今ドギマギしてんだよ」

 

 セーラー服の諫山冥とはこれまた珍しい。周囲に若干ながらも人だかりが出来ているのが至極納得なレベルだ。

 

 俺たちは挨拶に挨拶で返す事もせず、そんな下らない事を本人の目の前で言い始める。

 

「……そちらの方は?」

 

 そんな不躾な、男子高校生あたりが教室の隅でし始めそうな話題を堂々と目の前で交わし始めた俺たちにそう聞いてくる冥さん。

 

 いつも通りの無表情だが、若干そこに侮蔑の色が見えるのは俺の気のせいであると願いたい。

 

「どうも初めまして。凛の友達をやらせていただいてる安達って言います。以後お見知り置きを」

 

 俺に怨嗟の視線を向けていた安達は一転して人懐っこい笑みを浮かべて冥さんに向き直る。

 

 流石は将来外交官になろうと志している男だ。今回の場合完全に先ほどの会話を聞かれている筈なので全くもって取り繕えてはいないのだが、それでも表情を偽りペルソナを身につける事に関しては天才的な素質を感じる。

 

 そんな人をなんの裏表もなさそうな笑顔で蹴落とす事の出来る男の挨拶に冥さんは会釈と名乗りだけ返すと俺にジトリとした視線を向けてきた。……ごめんなさいね、変なの連れてきちゃて。

 

「……へえ。諌山さんか。つまりは凛の隠し事関連の人だ」

 

 ぼそっと呟く安達。

 

 隠し事。それはお勤めの事を指している。こいつは霊感がゼロなのでお勤めについて話したことなど一切ないのだが、俺がお婆ちゃんが危篤との嘘で何度も学校を抜け出したりした時などから俺が何かしらの変な事に関わっていると推測されてしまっているのだ。

 

 俺としても別に隠しているつもりは無いのだが、彼氏に殺されて死んだばかりの怨念たっぷりの女性の霊が肩に取り付いていても全く何も感じていないこいつに俺らの仕事を説明することは困難だろうと考えて教えていないのである。

 

 あの時は大変だった。呪い殺そうと怨念を振りまきまくっている霊が憑いているのにこの男は全く何も感じずにファミレスに入ろうとし始めるのだから。なんとかアドリブを効かせて除霊したからいいものの、あのままだったらこいつかもしくはファミレスの誰かが間違いなく死んでいた。

 

 流石にあのレベルの悪霊なら霊感の無い輩でもまず間違いなくぶっ倒れる程には気分が悪くなる筈なのだが……。多才なこの男ではあるが霊的な資質はどうやら壊滅的であるらしい。

 

「それじゃ俺はこれで失礼しますね。あんまりお話は出来なかったですけど、非常に有意義な時間でした」

 

 特に冥さんに会って何をするでもなく、目の前の男はそれじゃあねーなどと軽い言葉を残して颯爽と去っていく。

 

「いやお前、本当に冥さんを見たかっただけなのかよ!」 

 

 思わず突っ込んでしまう。いきなり校門で大声を張り上げた俺は周囲の人間からすると多分相当奇妙な男に映ったであろうが、それでも俺の反応は至極当然のものであるだろう。

 

 本当にただ見たかっただけでわざわざ俺に着いて来たのかあの阿呆は。

 

 何故かダッシュで俺たちから距離を離していく安達。相変わらずガリ勉気質の癖に足が速い野郎だ。

 

 はーと深く息を吐く。これからが用事の本番だというのになんか無性に疲れた。

 

「……コントは終わりましたか?」

 

 そして横からかけられる、平常と比較するとやや温度が低いように感じられるそんな一言。気持ちは非常にわかるのだが、俺も一応被害者なので許して貰いたいものである。

 

「大団円とはいかなかったみたいですけどね。でも観客の反応は上々みたいです」

 

 元より何人かの生徒が集まってざわめいたのはざわめいていたが、俺が校門に辿り着いた時よりも周囲のざわめきが大きくなってきている。

 

 白銀の髪に百合の髪飾りをつけたセーラー服美人が校門に黒塗りクラウンを背に立っているのだ。野次馬根性丸出しの中学生が遠巻きにでも集まってしまうのは仕方が無いことだろう。多分普通なら俺もクラスの男子とそっち側に参戦している。

 

 特に今は下校時間である。部活で外周を走る生徒なども校門に集まってきているし、時間帯も相まって少々賑やかになってしまっているのだ。

 

「……それではアンコールを受ける前に退場いたしましょうか。こちらに」

 

 開けられるクラウンの後部ドア。言わずもがな乗れということだろう。

 

「……送迎付きとは恐れ入りますね。ここ最近ブレイクし始めたばっかりだっていうのに」

 

 それに従いクラウンに乗り込む。

 

 それと同時にまたしても騒めきが大きくなってきた周囲の喧騒を振り切るかの如くドアが閉められる。 

 

 すると途端にしなくなる周りの声。流石は高級車に分類される車だ。俺が知るものより数段バージョンが古いとは言えどもその質は半端では無い。

 

 俺たちが乗り込んだことを確認すると、俺たちを乗せた車はゆっくりと発進していく。

 

 ああ、後ろで騒いでるクラスメイトらしき人物達に週明けなんて説明しようか、などと考えている俺を他所に、俺たちを乗せた車は何処とも知らぬ目的地へと出発したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして顔を合わせるのは分家会議以来ですね。環境省に正式に配属になったと聞きましたが」

 

「ええ、あなたの言う通りに申し出は受けましたのでね。3ヶ月程前から環境省でバイトさせて貰ってますよ」

 

 動作しているとは思えない程に静かな車内で、これまた静かな声で諫山冥が話しかけてくる。

 

 この人と前回に会ったのは数ヶ月前にあった分家会議以来だ。その時も俺が分家会議で一同を相手に一方的に喋り倒していただけで、この人とは直接会話していないため、こうやって腰を落ち着けて話すのはあの時の病院以来となる。

 

「バイトの身分には不相応な程に活躍していらっしゃるとも聞いております。それに、あの黄泉に対しても引き分けたとか」

 

「……環境省内じゃなくて外部にも広まってるんですね。俺とあいつの試合。引き分けじゃなくて負け戦なのであんまり広まってるのはいい気分じゃないですね」

 

 予想はしていたが、やはり外部にもその情報は伝わっているのか。

 

 ただ観客がいるってだけの個人的な模擬戦であって、別に公式の場での戦闘じゃないっていうのに。……いや、対策室のトップが審判を務めてくれている時点で最早公式か?

 

 それはともあれ、言葉通り、その話題に触れられるのはあまり愉快な気持ちではない。あの戦いに関しては広めて欲しくないというのが俺の実情だ。

 

「それよりも俺相手に世間話は結構ですよ。それより今回俺はなんで呼び出されたのかお聞きしたいんですけども。まさか俺の顔が見たいから呼び出したなんて理由な訳がないでしょう?」

 

 だから多少強引にだが話題を変える。少々冷たく人でなしの発言かもしれないが、俺はそう諌山冥に尋ねた。

 

「……貴方のお顔が見たかった、という理由ではいけませんか?」

 

 クスっと明らかにこちらをからかった笑みを浮かべながらそう返してくる冥さん。

 

 明らかにからかわれているとわかるその発言。瞳に浮かぶのは明らかないたずらの色。

 

 けどそれでも尚破壊力がある。

 

 ……こういう自分の価値というか、自分で可能なことをしっかりと把握しているタイプの女性は本当に厄介だ。こう言えば俺が今みたいに正直タジタジになる程度には自分に魅力があると分かっているのだ。そういった類の女性は俺には手に負えない。

 

「俺が、そんな冗談を好むタイプに見えますか?」

 

「少なくとも、命がかかった場面でスリーサイズを答えようとする程度には」

 

 諌山冥の発言を元にした皮肉めいた言葉に、俺の発言を利用してこれまた皮肉めいた言葉が返される。

 

 普段は皮肉の応酬なんて安達ぐらいにしかやらないものなのだが、どうもこの人や三途河を相手にすると皮肉の一つや二つを言いたくなってしまう。

 

 ……俺はこの人を敵として見ているのだろうか?

 

 お互いに病院でのやり取りを引用しながらそう言葉の応酬をしていると、ふっと本当に一瞬であったが可笑しそうに冥さんは笑う。

 

 この人相手に油断をしてはならないとそう思ってはいるのだが、その笑みに少々ドキリとしてしまった。

 

 俺と会話している時は頻繁に「良くない」類の笑みを浮かべているこの女性であるが、その笑みは普通に年相応の可愛らしいものであったように思えたのである。

 

「冗談です。今回は私ではなく父が貴方とお話したいと」

 

「幽さんが?」

 

 こんな笑みを浮かべてればいくらこの人でも可愛らしいと感じられるのに。なんてことを思っていると、そんな女性の口から出てきたのは意外な名前であった。

 

 諫山幽。諫山冥の父で、諫山黄泉の義父である諫山奈落の実の弟。お勤めから逃げ出した為に継承権は無いに等しいが、本来ならば諫山黄泉、諫山冥を差し置いて継承権1位である筈の男。

 

 零では奈落が諫山冥により殺された後、その地位を継いで諫山と分家を統括する立場に成り上がったが、殺生石を持った黄泉に殺されてその命を落としたある意味悲劇的な人間だ。

 

 諫山奈落が死んだ後に黄泉のいない場で遺言状を開けたり、たまたま黄泉が電話に出れなかった事を強く責め始めたり、自分(諫山幽)はお勤めから逃げた癖に黄泉が奈落を守れなかったことを詰り家督を奪い去ったりなどとなかなか屑な人間なので俺としては同情をするつもりは全く無いのだが。

 

 あの物語(喰霊-零-)において、「家督に対するこだわりを最も持つ人物は?」と問われれば大抵の人間が諫山冥の名前を挙げるであろう。事実殺生石に呑まれたと言えども諫山奈落を殺して家督を自分に仕向けるように操作したのだから、そう思われてもなんら不思議ではない。

 

 だが、俺としては家督に対する異常な執念を見せたのは実の所あの男(諌山幽)なのかも知れないと考えていたりする。

 

 お勤めから逃げた癖に奈落の死後に悠々と分家の代表を務めようとしていた所や、「諌山黄泉に家督を継ぐ」という話を聞いていたにも関わらずに「諌山冥が改竄した遺書」の内容を鵜呑みにした所など、其処彼処に彼の欲望というか、意地の汚さが見て取れるのだ。

 

 それに、一般的にくだらん利権や自分の社会的地位なんてものにしがみつく愚か者は大概が歳食った男だと相場が決まっているものだ。

 

 それで、そんな男が俺と話がしたいとのことだ。それも俺の親とか環境省とかを通さずに俺個人に直接である。

 

 ……嫌な予感しかしないんだけど。

 

「……どういうことです?なんであの人が?」

 

「私も詳しくは存じません。詳しくは父から」

 

 そう言って薄く笑う諫山冥。

 

「……帰ってもいいですか?」

 

 結構本心からそう言ってみる。

 

 汚い大人のやることなんてこれまた相場が決まっているものだ。どうせ子供には分からないように会話を誘導して自然と俺を自分の味方にしてしまおうと画策しているのだろう。

 

 自分で言うのもなんだが、例え控えめに評価したとしても俺には今の時点から囲い込んでおくに値する程度の価値は存在する。

 

 もし例のくだらなくは無いがそれでもやはりくだらないと言わざるを得ない類の争いに俺が巻き込まれるのだとしたら今回のお呼び出しはそれが目的に違いない。

 

「それは御自由に。これは私のお願いであって決して強制では無いのですから」

 

 俺の帰っていいかとの質問に諫山冥はそう返す。

 

 それなら本気で帰ってやろうかと思い心を揺らす俺に、「ーーーですが」と制止が入る。

 

「貴方は女性のお願いを断るような殿方ではないと思っております」

 

 

 

 ……ほんと、だからこういう女性は苦手なんだよ。

 

 武術じゃなくて話術の専門家にでもこんな女性との会話の仕方でも習いに行こうかなんて馬鹿なことを考えてしまった俺なのであった。

 

 

 








活動報告ダイジェスト
今後更新は激減します。
詳しくは活動報告にて。


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第13話

遅くなりました。
自己解釈は相変わらずてんこ盛りですので、注意してお読みください。
冥の部分思いっきり変えました。まだ家督継ぐ話されてない頃ですわこれ。指摘ありがとうございます!


 夕日が綺麗に西の窓から降り注ぎ、辺りをオレンジ色に染め上げる。

 

 どこか哀愁を漂わせ、あるはずのないノスタルジアを感じさせてくるその光。

 

 一日の終わりを告げる刹那の時間にのみ見せるその色は人の心を引き付ける不思議な魅力がある。

 

 写真や絵画の題材によく使われていることからわかるように、その光で染め上げられた景色とは非常に幻想的で、そして何より美しい。 

 

「おお、よく来た。さあ座りなさい」

 

「どうもご丁寧に。ありがとうございます」

 

 そんな景色の中、俺は大した興味もないおっさん(諌山幽)と対峙していた。 

 

 ……(諌山冥)とならばいざ知らず、なぜこんなおっさんとこんなにムードがある部屋で対峙しなきゃならんのだ。

 

 口から出てきそうだったそんな不満を差し出されたお茶を流し込むことで文字通り流し込む。

 

 普通ならば目上の人間がそれに口をつけるまで出されたものを飲んではならないものであるが、そんなのは無視だ無視。

 

 諌山幽。名目家督継承権ナンバーワンである男。実質だと最下位ではあるが、奈落には実子も配偶者も居ないために本当なら奈落亡き後に諌山を継ぐべきなのはこの男である。

 

 流し込んだお茶を目の前の盆に静かに置いて幽へと視線を向ける。

 

 仏頂面な、とてもじゃないがわざわざお近づきにはなりたくないような雰囲気を纏った男だ。喰霊-零-での黄泉への仕打ちとかを見ていたから余計そう思うのかもしれないが、とにかく俺としては極力絡みたくなかった人間である。

 

「そう固くせんでもよい。自宅と思って寛ぎなさい」 

 

「ありがとうございます」

 

 とは言え緊張してしまうものですよ、などと営業スマイルを振りまきながら返す俺。

 

 自分の精神年齢を隠すためにガキのふりをすることを13年近くもやってきた俺である。このくらいの営業スマイルは朝飯前だ。

 

 中学生にもなれば所謂「ませた」餓鬼が出始める時期だ。最近は本性を出すようにはしているが、まさかこんな所で我慢して演じてきた餓鬼の所作が役に立つとは。

 

「急に呼び出して申し訳なかったな。分家会議などではあまり話す機会がなかったからな。一度面と向かって話してみたいと思っていたのだ」

 

「光栄です。実を言うと俺も少々(・・)お話をしてみたいなと思っていましたので」 

 

 鏡で自分を見たらさぞかし気持ち悪いんだろうなーと思うような笑みを浮かべながらそんなことを返す俺。

 

 ちなみにこれは多少本心だ。出来れば絡みたくないような人種ではあったが、あの悲劇の立役者の一人であるこの男と話してみたかったのは嘘ではない。多分将来敵対する人間であるとしても、その人となりを知っておいて損はないと考えていたのである。

 

 そのまま俺たちは他愛もない会話を交わす。

 

 俺の対策室での活躍などをよいしょするような幽の発言に謙遜した態度を取ったり、その流れで冥さんをよいしょし返したり、学校でのことを聞かれてまたよいしょされたり……。そんななんの生産性もないただのお互いのご機嫌取りを延々30分以上も浮かべたくもないような笑みを浮かべながら続けさせられる。

 

 こんなくだらない会話は病院での来客対応でさんざん慣れたと言えば慣れたのでそこは問題ないのだが……。問題はこの会話の流れがまるっきり病院にやってきたやつらの会話と同じということなのだ。

 

 やはり、俺を囲い込む気なのだろうか。

 

 行きの車の中で考えていたことが現実になるかもしれない。

 

 そのまま再び雑談に移り、しばらくの間営業スマイルを浮かべながら会話を続ける。個人的にさっさと帰って明日の休みを満喫するために親に課されている宿題的なものをさっさと終わらせたいんだけどな……などと思いながらも我慢して対談に応じていた。

 

「時に凛。お前がこの前分家会議で話していた件なのだが……」

 

 そんなことを考えながら話していたため、話の流れが突如変わったことに気が付けず一瞬呆けてしまう。

 

「分家会議で話してたこと?」

 

 思わず聞き返す。唐突な話題変換に一瞬何のことかわからなくなったが、記憶を辿ってみて即座に思い出す。

 

 多分だけど殺生石について俺が分家会議で語った件だ。

 

 結構前、土宮舞が意識不明になったあの事件の後辺りに1回分家会議が開かれたのである。土宮舞が意識不明のため、土宮雅楽が臨時の土宮当主になり、そして諫山奈落が分家の取りまとめ役を土宮雅楽から引き継ぐことを分家に通達する会議だ。アニメ本編でも僅かながらそのシーンがあったのを覚えている人もいるのではないだろうか。

 

 その際に黄泉の義理の親父であり分家のまとめ役に就任した奈落さんがまさかの俺にスピーチを強要。立役者である俺が出席しているのに何も喋らせないで帰すわけにはいくまいという謎理論からだったが、まぁわからないでもないので親父の顔を立てるという意味で一応それを受けることにしたのだ。

 

 とはいえ俺に喋る内容があるかと言われれば特にあるわけでもなく。個人的にあれは負け戦だと思ってるしな。なのだが別に特段喋ることなどなかった俺はここぞとばかりに殺生石の存在と三途河の存在を力説。その二つの驚異を皆に知らしめるために熱弁させていただいたのである。

 

 親父のあの引き攣った顔を俺はしばらく忘れないだろう。

 

「殺生石の話だ。力説していたお前が忘れているとは何事だ」

 

「お恥ずかしながら分家会議の前後は色々ゴタゴタがあったもので忘れてました」

 

 貴方の娘さんもそのゴタゴタの1つなんですけどね、とお茶を啜りながら嫌味を心の中で吐いておくことは忘れない。

 

「それでその話がどうしましたか?」

 

「うむ。実はそれに関して面白い話を聞いたのでな」

 

 ぴく、と お茶に伸ばしていた手が止まる。

 

「それらしき物が作用しているのではないかと思われる事象を発見したとの報告が入ってな。冥に調査に向かわせようかと思っておるのだ」

 

「待ってください。対策室にも入ってきていないような情報ですよね、それ。あの石に関しては深いとこまで関わらせて貰ってますけど、そんな情報聞いたことないですよ俺は」

 

「我々独自の情報網から知りえた情報だ。お前ら対策室にそれが渡っていなくても欠片も不思議ではあるまい」

 

 悠然とした態度でそう返す幽。この表情本当なのか嘘なのか見破ることは不可能だ。

 

 室長(お偉いさん)は一体どういう了見かはわからないのだが、かなり深い所まで業務とかに俺を関わらせてくれている。中学生に知らせていいのそれ?って所まで教えてくれるので俺がヒヤヒヤしてる程に触れさせて貰ってるのだが、それでも殺生石の話なんて聞いたことは殆どない。触れるにしても伝承が出てくるくらいだ。

 

 当然俺みたいな下っ端には知らせていない情報など山のようにある筈だが、殺生石に関して下手したら対策室で最も詳しい男である俺に関連情報を知らせないとは考えにくい。

 

 喰霊本編に出てきた天狗レベルのような下手につつくと国家機密に触れるレベルの危ない話なら知らされない可能性が大いにあるが、それはそれでそんな情報を正当な諫山でもないこの人が持っているとは考えにくいのである。

 

 ぶっちゃけ怪しい。

 

 正直に言ってしまって信じるに全く値しない程だ。俺を懐柔するための何らかの策なのではないかと疑ってしまう程には信じられない。

 

「いえ。はっきり申し上げますがかなり不思議です。その情報源を是非教えてもらいたいものですね」

 

 正直に述べる。対策室の内部に入ると分かることだが、対策室の情報網は本当に広い。残酷な話だが対策室に頼らずして心霊業界の最新情報を得ることは不可能に近いのが現状である。

 

 もっとITの発達した、例えばSNSだとかが全盛期の時代ならばいざ知らず、現在は中学生で携帯を所持しているのはクラスでも1人や2人いるかどうかといった時代だ。そんな時代に個人が情報戦で国の組織に勝てるわけがない。

 

 それこそ、内偵でもいない限りは。

 

「いくらお前にであってもそれは無理な相談というやつだ。単純に考えて教えられるわけがあるまい」

 

「そこは死守なさると。これから仕事を依頼する(・・・・・・・・・・・)相手にも教えられないネットワークですか。これはまた興味がそそられますね」 

 

 俺の言葉に本当に僅かながらギクリとする諫山幽。

 

「流石、勘がいいな。だがそれでもだ。情報の秘匿の大切さは大人になればお前もそのうちわかるだろう。パートナー契約を結ぼうともおいそれと渡すわけにはいかんな」

 

 そのまま流れをつかめるかと思ったが流石は老獪というべきか。すぐに動揺などなかったかのように通常運転に戻ってくる。

 

 ここらはやはり年の功なのだろうか。安達のような対人交渉術の素質を持った奴ならこの老獪以上に上手く隠すのだろうが、俺は核心を突かれた時とかにポーカーフェイスを保っていられる自信はない。

 

 最近常々思うが、俺の領域は腹芸とかじゃなくて戦闘だ。直接的な戦闘、その中でも徒手空拳は非常に自信のある分野ではあるが、それ以上にアサシン的なスキルは対策室のだれを選んでも大差で勝利できる自信がある。

 

 俺としては暗殺的な戦い方よりも武士的なというか、直接正面から堂々と戦う方が好みなのであまりやりたくはないのだが……。他の退魔師と比べて優れている部分なら強化せざるを得まい。

 

 さて、脱線してしまった。話を戻そう。

 

 要するにこのおっさんはこの殺生石のヤマで俺を利用したいのだ。今後、俺自身を利用したいのか、俺の背後にいる何か(小野寺や環境省)を利用したいのかはわからないが、とにかく今回の件は俺を使いたいのである。

 

 今回はその打診だろうと思ってちょっとカマをかけてみたらポロリしてくれたというわけだ。

 

「ちなみにその確度はどうなんです?対策室の犬(お役所仕事人)に副業を依頼するほど信頼度の高い情報であるとは思えませんけど」

 

「信頼のおける情報筋だ。怠りある報告はしてこないと確信している」

 

「……ずいぶん信頼してるんですね。まあそこはどうでもいいです。情報の確度はともかく、対策室の外(フリー)で仕事を受ける以上報酬はいただきますが?」

 

「そんなことわかっておる。難度に応じた報酬を渡そう」

 

 別に報酬もどうでもいいのだが、ふっかけた額請求してやろうかなどと思ってしまう俺はきっと性格が悪いのだろう。

 

……成功報酬として冥さんを嫁にくださいとか言ったらさぞかし愉快なことになるかもな、とか考えながら表情は崩さず諌山幽と相対する。

 

 受けるべきか、受けないべきか。普通ならこんな怪しい話即座に断るべきだと思うのだが、今回に限ってはそうとも限らないから困るのだ。

 

「なるほど。その情報を得たのはいつ頃なんです?」

 

「昨日の晩だ。だから今日お前を呼んだのだ」

 

 昨日の晩に報告があって今日俺を呼ぶのはまあ妥当か。ここはあまり考える必要はないだろう。

 

「ではなぜその情報を俺に?対策室に直接伝えたほうが良かったのでは?」

 

「対策室でも得ていないような情報をなぜ得ていると懐疑的なお前がそれを言うのか?あの新米室長に届けたとしてお前と同じかそれ以下の反応しか帰って来ないのは目に見えている」

 

 ブーメランとはまさしくこれを言うのだろう。……確かにその通りだ。環境省の末端の俺ですらこれだけ懐疑的なのだ。新米とはいえあの敏腕な室長がそれをやすやすと信じるとは思えない。

 

「では最後に一つ。なぜ俺に依頼を?」

 

「腕の立つ使いやすい人材だったからだ。それに冥の希望でもある」

 

 冥さんの名前が出てくるとは。てっきりこのおっさんの独断とかなのかと思っていたのだが、冥さんも一枚噛んでいるらしい。諫山幽も諫山冥もお互いがお互いの思惑を知りえているのかどうかわからないが、ともかく俺は親子二代に渡り利用されそうになっているらしい。

 

 面白い。いいだろう、それに乗ってやろうじゃないか。

 

「わかりました。その依頼、お受けしましょう」

 

 おお、受けてくれるかなどと言いながら一見人のよさそうな笑みを浮かべる諌山幽。求められた握手に俺は快く応じることで改めて承諾の意を示す。この人の笑みの向こう側には一体どんな思惑があるかは読み取れない。

 

「ただし、条件があります」

 

「何?」

 

 握手の力を弱め放そうとした諌山幽の手を力強く握りしめ、流石にぎょっとした顔をする目の前の男と強制的に握手をしている状態へと持っていく。

 

 強い力で握られ、白くなる諌山幽の右手。お勤めから逃げたとはいえ成人男性であるためになかなか力は強い。が、黄泉や岩端さんをして筋力お化けと言わしめる俺の力には遠く及ばない。

 

 いきなりの俺の行動に戸惑った顔をしている諌山幽へとにっこりと微笑みかける。

 

「調査には明日の早朝より向かいます。そして冥さん以外にも何人か同伴させるんでしょうから、その人たちの指揮権はすべて俺にください」

 

 さりげなく握手をやめようとする諌山幽を逃すまいと更に力を籠める。痛くはない程度に、しかし絶対に逃げられない程度にその手を固定する。

 

人間は圧倒的な力だとか、圧倒的なカリスマだとか、そういったものに弱い傾向にある。いや、傾向という言葉では語感がかなり弱いかもしれない。

 

 人間は自分をはるか超えた暴力や、予想できないような行動などには弱く出来ている。それらは思考という枠組みから外れているために思考が通用しない理不尽なものであるが故に人はそれにさらされた時、非常に脆くなるのである。

 

「俺に与える指揮権は一つだけでいいです。俺が”逃げろ”と指示をしたら、冥さんを含めて俺以外の全員が即座にその場を離れること。これを徹底させてください。よろしいですね?」

 

 有無を言わさぬ調子でそう言い切る。

 

 諌山幽が縦に頷いたのを確認すると、俺は最大級の微笑みを浮かべたままその手を離す。

 

 今回はこのような荒っぽい形を取ったが、ガキだとなめてかかってくるような大人には武力に限らず実力の違いを見せてやることが実は重要だ。相手が小物であるならば、例えば学歴だとかなんらかの資格だとかのような肩書きでも有効だったりする。

 

 ちなみに握手で印象付けようとするアメリカの政治家のようなこの握手のやり方を教えてくれたのは親父である。小野寺は裏の世界で地位が高くないので結構この方法が重宝するのだそうだ。

 

 そして諫山幽は小悪党のレベルだ。警戒はしていたが、実の所警戒すべきなのはこの人の娘であってこの人自身ではない。残酷だが、それが殺し合いの世界(お勤め)から逃げた人間と、前線で命を張っている人間の差だ。

 

 それはこの程度の脅しで多少ビビッていることからも確かだろう。欲望と人の器とは必ずしも相関するものではない。

 

「では、そのようにお願いします。……ああ、親と対策室には俺から話をつけておきますのでご心配なく。連絡がありましたら冥さんを経由してお願いします」

 

「あ、ああ。わかった」

 

 俺の意図がわからないらしく、戸惑いを隠せていない諫山幽を尻目に俺はすっと立ち上がる。面白いくらいに上手く決まった。若干拍子抜けな間は否めないが、ちょっとすっきりした。

 

 さて、本題も終わったんだろうしこれ以上ここにいるインセンティブは皆無だ。この人が小悪党のレベルであるとはいえ正直腹芸を続けるのは面倒だ。

 

 苦手分野にわざわざ立ち入っていく必要は毛頭ない。さっさと立ち去ることにしよう。

 

「お茶ご馳走様でした。それでは失礼しますね」

 

 一言だけそうかけて、後ろの襖に一暼くれてから俺は諫山幽のいる部屋を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはりそうでなくては」

 

 凜が目線を向けたその先の襖の奥に諌山冥は控えていた。

 

 静かで落ち着いたはずなのに、どこか獰猛な笑み。そんな笑みを諫山冥は浮かべる。おもしろい、とその目が雄弁に語っている。

 

 この話を持ち掛けてきたのは父であった。

 

 カテゴリーBにしては異常に活性化した、通常とは異なる反応があると報告をしてきた情報提供者が居るから、それを利用して対策室に貸しを作れないかという提案だった。

 

 だから諌山冥は小野寺凛を推した。

 

 小野寺凛の実力は評価に値する。それが諌山冥の凜に対する感想だ。小野寺凜が諌山冥を認めているのと同じように、諌山冥も凜を認めていた。

 

 この案件が本当に殺生石が絡んだものであったとしても彼がいれば問題がないだろうとの判断である。もとより諌山幽も声をかけようとしていたようだし、冥としても小野寺凜と行動しておきたい理由があったので都合がよかったのだ。

 

 

 

 この業界において「神童」の名を授かっているのは現時点では二人しかいない。

 

 諌山黄泉と小野寺凛。

 

 共に環境省超自然災害対策室に勤める期待のルーキー二人組である。この二人の言動はこの二人が想像している以上に周囲から注目されている。

 

 その二人でも「神童」と言われれば名が挙がるのはまず諌山黄泉のほうだ。平安時代から伝わる朽ちぬ名刀である宝刀獅子王を扱い、養子でありながら諌山の宝刀を継いだ彼女の話題は尽きることがない。

 

 だが、本当に話題性があるのは実の所小野寺凛のほうだ。

 

 無名の一家から生まれた期待の星。トンビが鷹を生むより偉大なことだと騒がれていたのが記憶に新しい。

 

 退魔師業界は人員不足であるが、それでも、いやむしろそれだからこそだろうか。伝統や経歴を重んじるところがあり、そう簡単には新参者が認められるような業界ではない。確かに人員不足であるために歓迎される部分はあるが、由緒正しい血筋が優先されてしまうのは否定できない。

 

 でも、小野寺凛は違った。有名な一家でもないのに、一代で退魔師の中心人物にまで到達してみせた。あの小さな体で、話題の全てをさらって行ったのだ。

 

―――自分は、そんな風に噂されることは無かった。

 

 努力をした。家名もある。でも、自分はそこまで話題にならなかった。

 

 

 嫉妬をしたのを覚えている。その才覚に、その境遇に。

 

 そして同時に憧れたのも覚えている。その実力に、その環境に。

 

 

───家督を継ぐのは恐らく黄泉だ。

 

そう冥は確信していた。直接断言をされたことはないが、諫山奈落がそう匂わせたことは何度かある。

 

それに、家督を譲る気もないただの少女に宝刀獅子王など継がせるわけがないだろう。

 

多分黄泉が家督を継ぐと確信に近いものを抱いても、別に感慨は湧かなかった。諌山黄泉が死ねば家督は自分のものなのだから、所詮順番の問題。早いか遅いかでしかないとそう考えていた。だから、別にわざわざ急ぐ必要などないだろうと。

 

 だけど、あの奇跡(小野寺凛)に憧れてしまった。何も無いところから這い上がって、それでいてトップに降臨する彼に。

 

 このステレオタイプな思考に固まった世界で、それをぶち壊す存在が現れたのだ。それに、不思議にも惹かれてしまった。

 

 正直に言って、諌山冥は小野寺凛を尊敬している。年下であり退魔師としても後輩ではあるがそれでも小野寺凛に憧れを抱いている。

 

当主の座を奪い取りたいと考えるなど、叔父様の決めたであろう考えに、自分のような小娘が異を唱えるなど許されないことだ。でも、憧れてしまったのだ。そして思ってしまったのだ。自分も、と。

 

 高慢な考えであることはわかっている。だけど自分にとって価値のある存在か、それを今回で精査してやる。自分の為に利用できるものは全て利用してやる。例えそれがリスペクトの対象であったとしても例外ではない。

 

―――期待しています。

 

 そう心の中で唱え、諌山冥は小野寺凜を見送る為に立ち上がったのであった。

 

 

 




凜が依頼を受けた理由については次話にて。
改稿入れるので、暇な方は二日に一遍くらいみてやってください。
幽との会話がむずくて。


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間話2

更新できない分のお茶を濁していくスタイル。
間章でございます。
喰霊-零-時点のお話です。黄泉は高2で、凜が高校1年生になっております。
いつかやると言っていた黄泉と凜のssでございます。


Time: at GA-REI-ZERO(Three years have passed since GA-REI-MEGURI 2nd chapter)

 

 

 

「凛、ちょっと買い物付き合ってよ」

 

「ん?俺?」

 

 穏やかな昼下がり。猫なんかは喜んで軒先で眠りこける以外に何をするのだろうかと思うほどには気持ちいいそんな昼のひと時。対策室に顔を出したはいいものの今日の都内はいたって平和そのものであり、やることが何もないため神楽に勉強を教えていたりしたのだが、唐突に黄泉からそう持ち掛けられた。

 

「そう、俺。ちょっと一緒に来てもらいたい所があるのよねん」

 

「俺なのね。いーよ、どうせ暇だし喜んで付き合おうじゃないか。でも今日紀さんも暇だって言ってたけど俺でいいのか?」

 

「まーまー。ズべコベ言わずについてきなさいよ。アイスクリームくらいなら奢ったげるから」

 

「なら私も行くー!」

 

 現代文を黙々と解いていた神楽が私もと手を挙げる。今手掛けている問題が終わるまではおしゃべり禁止と言い含めてあったのだが、アイスクリームの誘惑には勝てなかったらしい。

 

「こら神楽。終わるまではしゃべるなっていっただろ?」

 

「現代文よりアイスクリームのほうが大事だよ凜ちゃん!現代文はなくても生きていけるけど、アイスクリームがなければ人は生きていけないのです!」

 

 それを言うなら逆だ、逆。などと突っ込みながら俺は立ち上がる。生きる上で中学レベルの現代文読解能力は必須だぞ、神楽。

 

 買い物というとどこら辺に行くのだろうか。俺はほとんど行かないけど、ここら辺からだと銀座が近い。とはいえ銀座なんてなかなか女子高生がいけるような雰囲気の町ではないだろう。となると虎ノ門まで歩いて銀座線に乗って渋谷あたりだろうか。渋谷も俺はあまり行かないのだけれども

 

 俺に続いて神楽も立ち上がる。もはや現代文のことなど忘却の彼方のようだ。俺の言いつけを境界の彼方へやってしまうような悪い子には、土宮殿に告げ口するというプレゼントをくれてやろうじゃないか。そんなことを考えながら環境省を出る準備をしていると、黄泉から意外な言葉がかけられた。

 

「ちょっと待って。神楽は今日はお留守番してて。凜だけ着いて来て貰えるかしら?」

 

「「え?」」

 

 俺と神楽の声がハモる。

 

「何、本当に俺だけに用事なの?」

 

「そー。だから悪いけど今回は神楽はお留守番」

 

「えー私も行きたーい!」

 

 ぶーぶーむすくれる神楽。現代文をやらない悪い子だが、その気持ちは理解できる。

 

「神楽はまだ宿題残ってるでしょ?ちゃんと今のうちにやっておかないと後々後悔するわよー」

 

「そんなぁー」

 

 ちょっと本気でむすくれる神楽。非常にかわいらしく、俺ならば一瞬で意思を変えてしまいそうではあるが、目の前のお姉さまはその程度で決定を覆す気はないらしい。

 

 なんだろ、俺だけに用事って。二人でご飯を食べたりすることは別に少なくはないが、こうやって二人で買い物に誘われるのは殆ど無い。昔多少あったかな?という程度である。

 

「とにかく神楽はお留守番ー。凛、行くわよ」

 

「ぶー」

 

 今だに文句たらたらな神楽を尻目に颯爽と対策室を出ていく黄泉。黄泉が神楽を放置していくなど非常に珍しい。後ろで俺にも恨み言を言っている神楽には悪いが、目的が気になるのでぜひともついていかせてもらおうじゃないか。

 

 

 

 

 

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「んで?何さ俺を誘った理由」

 

「んーちょっとねー」

 

 地下鉄銀座線。新橋、銀座、渋谷などの主要部を繋ぐ地下鉄であり、俺も前世では非常にお世話になった線である。夜や通勤の時間帯には非常に混むが、この昼下がりには利用客がそこまで多くないために閑散としている。

 

 そんな電車を利用して渋谷にでも行くのかと思いきや俺と黄泉は銀座を目指して東京の街を二人で歩いていた。

 

 霞が関にある環境省はアクセスが中々悪くなく、電車を使わずとも銀座や日比谷、新橋などリッチな層が行くゾーンに歩いていくことが出来るため、歩いて向かうことにしたのである。

 

「言いにくいんだけどさ、また女の子紹介とかじゃないだろうな?それなら俺帰りたいんだけども。……あれ嬉しいか嬉しくないかで問われれば嬉しいんだけどさ、ぶっちゃけ君が連れてくる子ってオラオラ系と言いますか、俺あまり好みじゃないんですよ」

 

「凜を紹介してくれって子多いんだから仕方ないじゃない。それに紹介してくれっていう女の子ってそういう子が必然的に多いし、私の友好関係を保つためにも犠牲になってちょうだいな」

 

 ケラケラ笑いながらそう言う黄泉。……美人の周りには美人が集まりやすい傾向にあるのは誰もが経験して理解していることだろう。黄泉もその例に漏れず、紹介してくる子は中々お顔立ちの整った子が多いのだが、これまた経験上理解していることだとは思うが、そういう子って結構我が強いのだ。

 

 女子のコミュニティというのは男子のコミュニティなんて比べ物にならないほどに複雑で残酷であると聞く。俺が誘いを断ってばかりだと黄泉に響くかなーと思って極力断らないようにしているのだが、正直面倒なのである。

 

「今回は違うわよ。本当に買い物に付き合ってもらうだけ」

 

「それなら別にいいんだけどさ」

 

 なんとなく理由の部分をはぐらかされたような気がしないでもないが、はぐらかせる話題を提供してしまったのはこちらなので何とも言えない。

 

「凛はお淑やかな女性が好きだものねー。大和撫子的というよりかは理知的というか」

 

「自信持ちすぎ系美人があまり好きではないというだけなんだけど……まぁそれは否定しない。どちらかというとクールな人が好みかな、多分」

 

「冥姉さんみたいな?」

 

 ドキリとする。

 

「……なんでその名前出てくるんだよ。安達といいお前といい、なんで俺があの人に惚れてる設定なわけ?」

 

「あら、違うの?」

 

 明らかに確証を持って話しているとわかる顔色の黄泉。この状態の彼女に何を言っても無駄だと経験上わかってはいるが、それでも一応否定はしておこう。

 

「違います」

 

「ふーん。なかなか満更でもなさ気な反応だったのは突っ込まないほうがいいのかしら?」

 

 悪戯小僧のような、そんな笑みを浮かべる黄泉。俺をからかう時の安達と同じ表情で、確かにかわいらしい表情なのだがアイアンクローを決めてしまいたくなった。殺されかねないからやらないけれども。

 

「よく一緒に出掛けてるって話も安達君から聞いてるわよん。怪しいなあ」

 

「安達……。てかそれよりもお前と神楽は安達と連絡とるのまじやめてくれよ」

 

 安達と神楽、黄泉はまさかのメル友だ。少し前に冥さんと夏祭りに参加したのだが、その際にメル友である事実が発覚した。

 

 ガラの悪い輩に絡まれたと思ったらそれは悪ふざけした安達率いる不良集団であり、少し教育をしてあげた後に何故俺たちがここにいることを知っているのかを問い詰めた所、神楽から聞いたと安達はポロリ。

 

 更に問い詰めた所、偶然街で美少女二人組に話しかけられたと思ったらそれが黄泉と神楽であり、何やらわけのわからないことを言っていたがせっかくだからとそこでアドレスを聞いたのだという。

 

 後日二人に確認したところ「悪霊を肩に乗せたまま漫画を読んで笑い転げている少年がいたから心配になって声をかけた」との事だった。安達には神楽と黄泉の写真を見せたことがあるし、俺も安達の話はよくしていたのでそれを足掛かりに仲良くなったのであろう。

 

「えー安達君いい子だし、紀之も気に入ってるみたいだから別にいいじゃない。凜の面白い情報もいっぱいくれるし」

 

「げ、あいつ紀さんとも仲良くしてんの?本当にコネづくりに余念のない奴だな」

 

 流石は外交官志望。省庁間でも横のつながりを持っておこうという腹積もりか。

 

「ってそうだ。結局なんで銀座行くわけ?」

 

「ちょっとね。選ぶの手伝ってほしいのよ」

 

 ふいっと俺とは逆の方向を向いてそっけなくそう答える黄泉。

 

「選ぶ?何、お前の服か何か?俺にファッションのセンス無いのは黄泉のよく知るところだと思うんだけど」

 

「半分正解。服を選ぶっていうのは間違ってないわ。私のじゃないけどね」

 

「あー神楽にプレゼントか何かか。だから神楽を置いてきたのか」

 

 納得する。それなら神楽を置いてきたのは納得だ。本人の前でプレゼントを選ぶのも案外楽しかったりするが、やっぱりプレゼントは本人にはサプライズで選んでそして送るのが一番楽しい。

 

 神楽にプレゼントなら俺も張り切って……って、ん?今半分って言ったよな?

 

「……違うわよ」

 

 再度ふいっとそっぽを向く黄泉。先ほどとは違って今度は頬に朱がさしており、照れていますよと表情が雄弁に語っている。

 

 神楽を置いていく。服を選ぶ。紀さんには声をかけない。

 

 ……ははぁ。成程成程。

 

「紀さんにプレゼントか」

 

 ぼそっと呟くと更に頬の朱色が増す黄泉。

 

「あらあら?頬が赤いですよ黄泉さん。もしかして照れてます?」

 

「うるさいわね。あいつにプレゼントとか贈るの初めてなのよ!」

 

 夜にわざわざ着物に着替えて男の前に現れたり、公園で堂々とキスをしたりするほうが俺的にはハードルが高い気がするんだが、随分とまあ初心な反応である。

 

「確かに黄泉が紀さんにプレゼント渡していた記憶ってないな。今回はなんで?」

 

「ほら、アイツ誕生日近いじゃない?だからせっかくだからと思って」

 

 誕生日、そういえばそうだった。去年のこの時期に神楽が対策室を飾り付けてお祝いしてた記憶がふと浮かんでくる。後始末をしたのがほとんど俺だったのでよく覚えている。

 

 神楽の奴が張り切りすぎたせいで片づけは中々に大変だった。これを本当に一人でやったのか?ってくらいには力の入った飾り付けだったし、おまけに両面テープで壁に色んなものを固定してくれたため壁紙を傷つけないように剥がすのがとてつもなく大変だったのだ。それを一人でやってあげてしまう俺は本当に愚かというかなんというか。

 

「そういえば紀さんそろそろだっけか。でも今まで上げてなかったのになんで今更?」

 

 ふと疑問に思ったので正直にぶつけてみる。諌山黄泉から飯綱紀之へのプレゼント選びに手伝えるなんて原作ファンの俺からしてみれば感無量だし、その行為自体素晴らしいものだとは思うが、今まであげてなかったというのに突如プレゼントするというのには少々違和感がある。

 

 確かに18歳の誕生日ではあるけど、そこまで記念すべき歳でもないだろう。

 

 というよりも今までプレゼントとかをしてなかったことのほうが俺的には驚きではあるが。

 

「……凜も知ってると思うけど、婚約が正式に決まったのって今年じゃない?」

 

 その俺の言葉に頬は少々赤いままながらも多少真面目な顔になって言葉を紡ぎ始める。

 

「私と紀之は結構喧嘩もするしそりが合わない部分もあるんだけど、それでもやっぱり婚約って形で正式にアイツと将来を共にすることになったのは事実だし、やっぱり正直嬉しいことだから」

 

 だから、その記念にね。と微笑みながらそう述べる。

 

 その時黄泉が浮かべていた表情は完全に恋する少女のそれで。ああ、この笑顔を向けられる男はなんて幸せなのだろうと本気で嫉妬をしてしまいそうになるくらいには可憐で、思わず見とれてしまう程に綺麗だった。

 

―――これは、妬ましいね。

 

 その幸せ者(飯綱紀之)の顔を思い浮かべて苦笑する。綺麗な女性というのはげに恐ろしきものだ。あんな笑顔見せられたら人の(もの)だとわかってても魅せられてしまうじゃないか。

 

「……もしこのプレゼントを茶化して受けとったら紀さんぶっ飛ばす」

 

「え?」

 

「なんでもないよ。それじゃあどこで買い物するのかわからないけど、お望み通り着せ替え人形になってやろうじゃないですか」

 

 俺と紀さんの体格はよく似ているから、多分俺はそのために連れてこられたのだろう。スーツを着用させられたことから、もしかしたらネクタイとかも買ってあげるのかもしれない。

 

―――ほんと、羨ましいね。

 

 そんなことを思いながら黄泉と俺は目的の店まで歩いていくのだった。




ちなみに続編というか買い物シーンも需要があればやりますので、報告くださいませ。


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第14話

遅くなりました。


「……何か言うことは?」

 

「ほんっとうに申し訳ございませんでした!」

 

 雲ひとつ無い、穏やかな日差しが徐々に冬から春に近づきつつあることを示唆している気持ちの良い朝。思わず運動不足の人間でも散歩に行きたくなる程度には気持ちの良い心安らぐ朝方。そんな朝方に俺は諫山冥に頭を下げていた。

 

 90度に近いほど体を折り曲げて謝罪する俺の姿はそれはもう見事なものだっただろうと思う。自分で言うのも何だが、これまでに無いほどに完璧な謝罪であった。

 

「確か朝一番での出発を希望されたのは貴方だったように記憶しているのですが」

 

「奇遇ですね。俺にも同じような記憶があります」

 

 頭を下げたままそう返す。……ぐうの音も出ない。諫山幽に朝一で出発しますと告げたのはまさしく俺だからだ。諌山幽に啖呵を切った本人が忘れるわけがなかろうというものだ。

 

 ……さて、なぜ俺が諫山冥に謝罪をしているのか。

 

 理由は至極単純で、俺がまさかの寝坊をしたのである。昨日あの後冥さんと時間の打ち合わせをしてそのまま帰ったのだが、時間をこちらから指定したにもかかわらず諌山冥を乗せた黒塗りのクラウン2台が俺の家の前にやってきた時点で俺は完全爆睡中。インターホンに対応した母親が慌てて俺を起こしに来るまで眠りこけてしまっていたという訳だ。

 

 ……言い訳をさせてもらうと昨日は珍しく親父と母親が酒盛りをしていたので一緒にちょいと遅くまで団欒をしていたのである。妊娠をしてからは胎児に影響を与えないようにと全く酒を飲んでいなかったうちの母親だが、昨日は珍しくお酒を嗜んでいたので付き合ってあげたという訳だ。

 

 母親はお酒が大好きであり、よく晩酌をするタイプの人間だったのだが、よくよく考えてみればここ6ヶ月くらいはお酒を飲んでいるのを全く見たことが無かった。1週間に1度少量の飲酒をする程度なら胎児にそこまで悪影響を与えないらしいが、それでも胎児の事を考えて一切飲まないことにしていたらしい。ウイスキーを「ちょっとだけ」とか言いながら半分空けてしまう女がよくもまあ6ヶ月も我慢したものだと思う。

 

 だが昨日はちょうど結婚記念日であったことと、ちょうど俺がシェーカーとショートグラスを結婚記念日のプレゼントにあげたことが相まって6ヶ月ぶりに飲むことにしたのだという。

 

 本当ならカクテルを作ってあげて少し話したら寝ようかと思っていたのだが、作ってあげたギムレットをチビチビと美味しそうに飲んでいるのを見て微笑ましくなり、思ったよりも長い時間付き合ってしまったのである。母親は一杯で終わりにしていたが、親父は継続して飲んでいたので母と一緒にお酌などをして団欒していたのだ。

 

 俺は飲んでいない訳だけれど、遅くまで起きていたせいで時間通りに起きられず現在絶賛叱られ中である。親孝行をしていたのでぜひとも許していただきたいものである。

 

「……お乗りください。殺生石の反応はまだ移動していないそうですが、いつ動き出すか全くわかりませんから」 

 

「……はい」

 

 時間には結構几帳面な俺なのだが、遅刻をしてしまうとは。俺は基本15分前行動をモットーにしており、遅刻をすることなどほとんどないのだが諌山冥には遅刻する系の時間にだらしない男だと思われてしまったことだろう。

 

 ……こういう普段ならやらないような行為とか、ちょっとした掛け違いみたいなのをたまたましちゃったせいで喰霊-零-(あの世界)って壊れていったんだよなーとふと思う。黄泉が携帯の電源を切ったシーンもそうだし、神楽が黄泉に対して「黄泉はそんなことしない」なんて言葉をかけたこともそうだ。

 

 本当に些細な、一見何の問題も無いような行動が人を壊し、殺していったのだ。あの世界は本当に一から十まで救いがないよななどと思いながら車に乗り込んだのだが、そこでふととある思考にたどり着く。

 

 これが、誰かの死に繋がるかもしれないのか。流石にこの依頼に遅れた程度で誰かが死ぬだなんてそんな馬鹿な話があろうはずもないが、それでもこれから先思いもよらない落とし穴がある可能性がある。

 

 遅刻をしたのが俺じゃなくて諌山黄泉とデートの約束をしている飯綱紀之あたりだったら最悪だ。遅刻という行為がもはや対人地雷(クレイモア)じゃなくて対戦車地雷を踏み抜いていくにも等しい行為となってしまう。

 

 喰霊-零-(この作品)は名作であるのだが、徹底的に救いがない。希望は全て絶望に、愛は全て憎しみへと殺生石というフィルターを通じて変換されてしまうのだ。前者が濃厚であればあるほど後者も同様に深まっていく。

 

 元より認識をしていたつもりではあったが、改めてそれを認識して少々うんざりしてしまう。ほぼほぼあの馬鹿(三途河)のせいではあるのだが、それでも言わざるを得ない。本当になんてくそったれな世界なんだここは。

 

「そういえば対策室にはこの件を伝えてあるのですか?」

 

 自分がやろうとしている仕事の難易度に思いを馳せていると隣から声がかかる。

 

「伝えてありますよ。鼻で笑われましたけど」

 

 その声を聞いて思考を今目の前にある仕事に戻す。アルバイトの身とはいえ一応環境省に所属する人間なので環境省にもしっかりと今日のことを報告しておかねばなるまいと思い、本部に伝達をするだけはしたのだ。

 

 結果として鼻で笑われたけど。

 

 室長に取り次いでくれた男に散々バカにされた。曰く、「環境省が把握していない情報をお前は信じるのか?」だの「学生は暇でいいね」とのこと。俺も疑問に思ってた正論ではあるけど、結構本気でイラッとしました、はい。

 

 そして細かいことだが俺は学生ではなく生徒であると訂正しておこう。

 

「正直俺も半信半疑ですからね。信じてるか信じてないかで言われれば圧倒的に後者ですし。その信頼できるソースとやらっていうのは一体どこのどいつなんです?」

 

「詳しくは私も。ただ、凄腕の情報屋という話は聞いております」

 

「凄腕の情報屋ですか」

 

 非常に胡散臭いと言わざるを得ない。そんな凄腕の情報屋、何故喰霊-零-で名前を聞いていないのか。もしかすると本当に存在するのかもしれないが、アニメを見る限り霊力観測班でその役割は完結していたように思える。 

 

「昨日から相変わらず胡散臭い、とでもいいたそうな表情ですね。疑問だったのですがそれなら何故この依頼を受けたのです?受ける意味がわからないのですが」

 

 そう尋ねてくる。この疑問はもっともだ。俺はこれだけ懐疑的であるにも関わらずこの依頼を受けているのだから、そう思うのは至極全うな疑問である。

 

 確かに俺はこの情報を疑っている。ぶっちゃけると99%外れだろうとは思っているのだ。諌山幽がなんらかの策を用意して俺を嵌めようとしているのか、それとも諌山幽自体が嵌められてこの情報を流されているのかどうかはわからない。もしかするとその凄腕の情報屋とやらの単純なミスかもしれないし、こいつら家族ぐるみのなにかしらの罠かもしれない。

 

 だが、それでも俺はここにいる。受けるメリットなどほとんど皆無と思えるようなもののために以上、そこには確固たる理由がある。

 

「……言っても怒らないって約束してくれます?」

 

「……はい?」

 

 言葉通りといった表情を浮かべる諌山冥。

 

 別に俺の推測について話すことに俺自身は抵抗がないのだ。別に国家機密に触れるような内容であるわけでも無いし。だが、その推測の内容が内容なだけにそれをこの人達に話すのは抵抗がある。

 

 横顔に視線を感じる。話せ、ということだろうか。美人の視線を独り占めしていると考えれば嬉しくなくはないが、それが熱っぽい視線ではなくジトっとした視線であるなら話が別だ。むしろ美人であるからこそ「あ、見ないで貰っていいですか」と言いたくなってしまう。

 

「この前のカテゴリーA覚えてますか?俺が分家会議で散々語った三途河ってやつです」

 

「青い蝶を携えた白髪(はくはつ)の少年でしょう?特徴的だったので印象に残っています」

 

「失礼なことながら、実はその凄腕の情報屋っていうのが三途河じゃないかと疑っているんですよね」 

 

 前にも考えたことではあるが、この世界は既に俺の知っている喰霊-零-の世界ではない。土宮舞が生きていて、そして何より俺が居る。しかも自分で言うのもなんだが、そのイレギュラーたる俺は物語の中核というか、結構がっつり主要な立ち位置にいちゃったりする。居るだけでアウトな存在が、物語に参入してそれをひっかきまわしているのである。

 

 そんな状態で、あの阿呆(三途河)が正史通りの動きをするとは欠片も思えない。それこそ直接俺の家族にちょっかいをかけてきたりだとか、原作ではなかったが神楽を介してこちらにダメージを与えてくるかもしれない。そして、低いとはいえ今回の一件も三途河が介入している可能性がある。

 

 可能性は低い。だが、俺に口止めすることなくこの情報を渡したことを考えるとどうも諌山幽が嘘をついているとは考えにくいのだ。ならばどこを疑うか。そうなると情報の()()()が最も疑わしいのである。

 

「対策室の情報網は本当に広いです。やはりどうしても一介の情報筋程度が対策室にも入ってないような情報を手に入れられるとは考えにくい。それこそ事の当事者でもない限り殆ど不可能と言って差し支えないでしょう」

 

 飯綱紀之のような凄腕の退魔師がフリーになって各地を練り歩き、ローカルな所に眠っている情報を掘り起こしてきたというのなら話は別だが、今のところそんな実力のある人間の話は聞いたことがない。それに原作でも殺生石の目覚めに即座に対応していたのは神楽を筆頭とした環境省のメンバーだ。ローカルな心霊現象ならまだしも大規模な災害に関してお上に敵う存在がいるはずがない。

 

「……どういうことでしょうか?」

 

「あくまでも推測にすぎませんが、端的に言えば貴方達が三途河に騙されてるんじゃないかということです。三途河と直接会った貴女はその情報屋のことを詳しくはご存知ではないのでしょう?なら騙されてるのは諌山幽さんか情報屋から情報を貰って幽さんに伝えた誰かです」

 

 あくまでも俺の仮説がその通りならですが、と言っておくのも忘れない。内部に裏切り者がいる可能性もあるが、それは無視していいだろう。

 

「もしくは貴女方が俺を嵌めようと画策しているか、本当に勘違いかの三つが考えられますね。俺の予想としては話した順番にしたがって確率が高くなっていきます」

 

 冥さんの視線が俺に突き刺さる。正直この論を展開するのは怖かったため冥さんのご尊顔を拝見することが叶わずにいるのだが、直視などせずとも視線の温度が下がったことだけは分かった。お前らの話は信じてないよ、と遠回しに断言しているのに加えてお前ら俺を嵌めようとしてない?と聞いているのだから正直当たり前ではあるけど。

 

「……なるほど。とにかく私達が貴方に信頼されてないことだけはわかりました」

 

「いえいえ、信頼はしていますよ」

 

 信用はしてないですけど、と心の中で付け加える。隣に座っている人は戦力として期待できるけど、正直味方としては全く信用ならんのです。……俺ちょっとこの人を警戒しすぎかな?

 

「我々を無能と言ってみたり、背中を刺されるのではないかとおっしゃった口でよく言いますね」

 

「いやまぁ確かにそう言ったも同然ではあるんですけど……」

 

 クスッと冷たい微笑を1つ。こっちは何とも言えぬ苦笑を1つ。こうなるのがわかりきっていたため俺としては言いたくなかったのである。

 

「……正直に言って」

 

 お前ら騙されてるんだよ、そうじゃなければ俺を嵌めようとしてるだろと俺は述べたに等しいので、何かしら弁解をすべきなのかそれとも普通に話しかけるべきなのか考えあぐねていると、意外なことに諌山冥が先に口を開いた。

 

「貴方のその案は心持が良いものではありません。もっと言ってしまえば癪に障ります」

 

「それは、そうでしょうね」

 

 癪に障る、と冥さんは発言した。当然、俺も決して快く思ってくれるだろうなんて考えてはいない。むしろこれを言う相手が黄泉だったなら裏拳の一発は覚悟しておかなければならないような内容であるとは思っている。

 

 ……しかしそれにしては冥さんの態度は飄々としている。確かに冷たい態度ではあるが、それもいつもと比べて多少は冷たいかな?という程度。岩端さんとかならこの変化には間違いなく気づけないレベルの変化だ。

 

「貴方を陥れようと考えている、騙されている、などと思われるのは心外です。腹立たしくもあります。……しかし、実は私も同意見なのです」

 

「同意見、ですか?」

  

 

 態度に関する疑問を抱いていると、諌山冥は実のところ俺と同意見であると告白する。

 

 同意見である、ということはこの人も今回の件は殺生石が絡んでいる確率が低いと断定しているということだ。いや、それだけじゃないな。三途河が絡んでいる可能性も考慮しているということでもある。まさか俺が陥れられるということに対して同意見だと言っているわけはあるまい。

 

「ええ。貴方と同じく今回の一件はおそらく当家の勘違いで済まされる可能性が高いと踏んでいます。情報は父が掴んできたもの。私が手に入れたものではありません」

 

「だろうとは思いますけど。それならなんでわざわざ俺を同行させてまで向かうんです?控えめに言ってしまって意味がないと思うんですけど」

 

「そうですね。無駄な行為である可能性は否めません。殺生石に関してならば恐らくは徒労に終わるでしょう」

 

 そういって自分の手を見やる諌山冥。諌山奈落の臓腑を抉り出したその右手。女性らしい美しい手だが、同時に武人として立派な手でもあった。

 

「ですが、今回は行くところが行くところですので護衛がいても悪くないだろうと判断しました」

 

「そういえば詳しい行先を聞いてなかったですね。どこに行くんです?」

 

 昨日はプレゼントを買いに行こうと思ってたからパタパタとしていたのだ。東北に向かうということで朝出発にしようとは決めていたのだが、具体的には殆ど何も話していなかった。

 

三森峠(さんもりとうげ)です」

 

「げっ」

 

 しれっと答える諌山冥に、俺は思わず変な声をあげてしまう。

 

 三森峠をご存知だろうか?東北の福島県にある、通には有名な心霊スポットの一つである。旧三森峠とでも呼称するのが正しいのだろうか。昔はそこに県道が通っていたのだが、現在は新たな道路が走っているために封鎖されており、通常の方法では入ることが出来なくなっている。

 

 もし行きたい方がいれば是非行ってみるといいだろう。ネットで検索すれば入り方は簡単に調べることが出来る。多分霊感のない方には殆どなにも害はなく、夜に行ったとしても「あー走り屋うるさいなー」とか「郡山の夜景綺麗じゃないか」くらいにしか思えないはずだ。意外に車通りも多いし、旧道に入ったとしても大半の人には何も起こらないだろう。

 

 だが、霊感のある人間にとっては別だ。実はあそこは本物の心霊スポットである。俺も文献を読んだだけであって身を持って体験しているわけではないのだが、あそこは結構ヤバい系統に入る。カテゴリーで分類するならばBの下位~中位くらいだろうか。並みの退魔師なら太刀打ちできないレベルだ。

 

「三森峠って戦闘系というよりは精神系に負荷をかけてくる怨霊が多いとこですよね。片っ端から除霊してもいいなら楽なんですけど、あそこそれが効かないタイプのスポットですし……。俺そういうタイプの心霊スポット苦手なんですよね」

 

「それに、首なしライダーが出るという噂もあります。並みならば命を落としてもおかしくはないでしょう」

 

 再度変な声を漏らしてしまう俺。心霊スポットが環境省(俺達)に除霊されることなくなぜ放置されているのかをご存知だろうか?

 

 答えは簡単。除霊してもまた集まるからだ。

 

 心霊スポットには心霊スポットになった所以がある。某結核の病院なんかはそれが原因なのだが、そこにいた元来の霊を払っても払っても次から次へと新しいのが参入してくるのだ。しかも下手に除霊なんかをしようとすると逆に上位の怨霊なんかが集まり始めたりしてしまうのだ。

 

 三森峠もそれに漏れない。首なしライダーなんかが出てきたり、物理的に攻撃して来たら対処するしかないのだが、向こうが物理的な手段に出ない限りは基本的に手出しをしないほうがいいのだ。下手にカテゴリーCを払ってカテゴリーBが登場されてはきりがない。

 

 俺は戦える相手ならば怖くはない。カテゴリーDなんかただの肉の塊だし、カテゴリーB、Cだってただの雑魚だ。だが、精神的にじわじわ攻めてくるタイプで、しかも除霊できないといったケースは苦手だ。冗談に聞こえるかもしれないが、俺はホラー映画とかがあまり得意ではない。三森峠はホラー映画タイプなので正直行きたくはないというのが本音だ。

 

 完全に心霊スポットを壊滅してあげればいいんじゃないか?という声が聞こえてきそうだが、完全に心霊スポットじゃなくするにはそれこそ建物を壊して更地にして祈祷でもしてやるしかなく、かなりのコストがかかる。

 

 そしてコストの問題となるとどうなるか。地方自治体がやるか国がやるかでもめ始めるのだ。国は「地方がやれ」と主張し、地方は「国がやれよ」と言い始める。両者ともにお金など出したくないに決まっているので、「害がないなら放置しよう。封鎖だけはしとこうか」といった形になり、心霊スポットは放置されることとなる。

 

 それに、そもそもの問題として、心霊スポットをつぶしていくにはあまりに俺達の数が足りない。慢性的な人手不足のこの業界で、そんな所に気を配ってなどいられないのだ。

 

「……苦手なのですか?」

 

「ええ。とっても」

 

 多分俺はかなり嫌な表情を浮かべているだろう。

 

「この業界にいれば慣れるものと思っていましたが」

 

「慣れても根本っていうのは変えられないものだと俺は思ってます。俺は生来あまり度胸のあるほうじゃないんですよね……」

 

 憂鬱気な俺の様子に、冥さんがクスリと笑うのがわかった。笑われるのは心外ではあるが、笑われておかしくないことを言っているのでまあ仕方がない。

 

―――三森峠か。

 

 正直、結構憂鬱ではある。殴れない相手というのはとにかく面倒だ。

 

 溜息をつきながらふと前を見ると見えてくる緑色の看板。そこにウインカーを出して車が入っていく。首都高か。車に乗る人なら皆知っていることだろうが、高速道路の看板は緑色だ。都内に住んでいれば大量に見るのであまりそんな意識はしていないかもしれないけど。

 

 相変わらず静かな音を立てて車がぼったくり高速道路に入っていく。土曜の朝であるということもあるのだろう。下りは案外すいており、首都高にしてはよく流れているようだった。

 

―――そういや、到着まで冥さんと何を話そう。

 

 遅刻や行先に思いをはせてばかりで、隣の人との会話の内容を全く考えていなかった。

 

 三時間も俺は話が出来るのだろうかと不安になりながら、俺たちは東北へと向かったのであった。




次回はうまくいけばGWです。
無理なら下手すると六月以降になります。


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第15話

「……なん、ですかこれ」

 

「……これは。ここまでとは想像もしていませんでした」

 

 眼前に広がるのは昼間とは思えないほどに暗く、澱んだ空気。循環という言葉を忘れてしまったかのように空気は重く閉鎖的で、圧迫的だった。

 

 三森峠旧道。数十年前に使用が中止され、閉鎖された道路。

 

 体を冷や汗がつたう。そこらじゅうから強い怨念を持った霊の視線をひしひしと体に感じる。もはやそれは物質的な圧力を持っているかのように俺達二人にのしかかってくる。

 

 低級の霊の視線程度なんてことはないのだが、怨嗟のこもった上級の霊の視線となると話は別で、その視線や存在には現実世界への影響が伴い始める。自殺に選ばれるような場所というのは大抵そういった霊が存在し、その影響を受けて此岸から彼岸へと誘われていることが多い。

 

 ……普通ならそんな存在が一体いる程度で十分危険なのに、ここは何体いるのかすら予想がつかない。気候としては非常にのどかで、過ごしやすい気温のはずなのに、本能的に危険を察知してかそれは流れていく。

 

「……ここって災害指定レベルのスポットじゃないですよね?確かに色々噂はありますけど、対策室じゃ話題にもならないようなスポットだったと思うんですけど」

 

「私もそう記憶しています。決してこんなに危険なスポットではなかったはずです」

 

 先程まで車内では気楽な雰囲気を見せてくれていた冥さんも完全に警戒態勢へと移行している。

 

 チラリと冥さんの左腕に目をやる。先程からしきりに抑えたり離したりを繰り返したりして鳥肌を押さえ込んでいる。

 

 こういった場には弱く無いと言っていた冥さんですらここの異常な霊気にはあてられてしまっているようだ。

 

 確かに、この道は少々不気味ではある。

 

 使われなくなって久しいせいで草木が道路にまで生い茂り、ガードレールは錆びてしまい、アスファルトも割れたり汚れたりして一種のそういったスポットになりえるくらいの雰囲気はある。

 

 だが、これだけの異様さを放つ理由にはならない。

 

 カテゴリーDが大量発生しているようなスポットでも、死んだ人間の霊が地縛霊として絡みついた土地であろうとここまでの雰囲気を出すことは稀有だ。少なくとも昼間からこれほどの霊圧を放つスポットは全くないといっても過言じゃない。

 

「これは確実に何かありますね。殺生石で無いにせよ、カテゴリー上位の怨霊か、どっかしらの阿呆な機関が絡んでいると考えて間違い無いでしょう」

 

「人払いの結界の中にこれだけの怨霊を集めているのですからそれは間違いないと思います。しかしそれを一体誰が……」 

 

 そのまま思考に浸る諫山冥。

 

 人払いの結界。それがこの三森峠旧道を覆うように仕掛けてあった。

 

 アニメや漫画でよく見るそれだが、当然のようにこの世界にも存在した。「人の目が向かなく」なったり、「近くにあっても」認知できなくなったりと特異点の隠蔽、人の意識を避ける事に重点を置く術式だ。

 

 この三森峠旧道にもそれが仕掛けてあり、恐らくこれのせいで特異点たる存在がいるにも関わらず対策室は見逃してしまっていたのだろう。とはいえ、今のところ中から見てみても強大な特異点は観測されていないので俺たちが出動することになるかどうかはいまいちなところではあるが。

 

 ちなみにこの人払いの術式はなかなか高度なものであり、使える者は少数であること、費用対効果が低いことなどから殆ど用いられることはない。

 

 ……逆に今用いられているということはそれだけの効果が認められることが行われているということだけどな。

 

「……何が起こってるんだ?これはいくら何でも異常だ。こんな心霊スポット、任務でも見た事が―――」

 

「―――お待ちください」

 

 何気なく一歩を踏み出そうとしたところ、諫山冥に袖を掴まれて止められる。意外にも強い力で引き止められて少々驚く俺を、諫山冥は真剣な顔をして見つめてくる。

 

「どうしました?」

 

「この辺りに何か感じませんか?」

 

「この辺りですか?」

 

 ぐるっと景色を見渡す。が、特に変わったことや異常な点はパッと見では見当たらない。むしろ異常な事しかなくてどれを言っているのかわからないレベルだ。

 

「……特に何も。むしろ異常ではない事が見当たらないくらいです」

 

「……そうですか。少々違和感を覚えたものでして」

 

 そう言ってその端正な顔を俯かせて再度思考に入る諫山冥。

 

 違和感か。そんなものあるだろうか。何度も言ってはいるが、むしろ異常な事ばかりだ。違和感しかこの空間には満ちていない。

 

 こんな森のような道路で違和感を探すのはまさに森に隠された木を探すようなもの―――

 

 そこでハッと気づく。ちょっとまて、おかしくないか。

 

「冥さん、俺たち20分は歩いてますよね?」

 

「ええ、車を降りてから22分が経過しています」

 

「やっぱり。冥さん。三森峠で()()()()って言われてるのはどこだかご存知ですか?」

 

 その言葉で諫山冥はハッとした顔をして俺の真後ろを見る。三森峠なんていうマイナーなスポット、普通は皆知らないレベルだ。名前のみならず更にそれの詳細なんて覚えている奴普通はいやしない。俺のような専門家もたまたまとある縁で三森峠を調べたという程度であったため、単純な事を忘れていた。

 

「―――トンネル、でしたね」

 

「ええ、流石です冥さん」

 

 そう、本来ならこのスポットは()()()()()()()()()()()という話がマイナーに有名なのだ。

 

 だが、歩き続けて10分以上。俺達はそのトンネルとやらをまだ拝んではいない。

 

 いや、実際は違う。俺はゆっくりと後ろを振り向く。

 

 そこにあるのは如何にも幽霊が出ますといった風貌のトンネル。ツタが絡み、明らかに古び朽ちているその外観。さっきまでずっと俺たちの目の前にあったこのトンネル。別にトンネルを覆うようにツタが生えていて見つかりにくかったとか、場所的に目に入りにくかったとかではない。

 

 ずっと目に入っていた。このトンネルを、俺たちは何度も目にしていた。だが、俺達は()()()()()()()()()()()

 

 こんないかにもなトンネルを、何故か俺たちは思考の外へと追いやっていたのである。

 

 誰だか知らないが、俺達でも気が付かないような人払いの結界を貼るなんてやってくれやがる。これが怨霊の仕業だとしたら黄泉とかクラスに厄介な相手じゃないのか?

 

 それほどの怨霊が住み着いているのならばこのスポットがこれほどの魔境と化してしまっているのもうなづける。

 

 トンネルに向かって歩いていく俺達。人払いの結界の中に、それ以上のクオリティの人払いの結界が張ってあるとは流石に予想もしていなかった。

 

「ちょっと見てきます。申し訳ないんですが、呼ぶまでここで待機しててください」

 

 そう告げて人払いの結界に触れる。人払いの結界は人の意識をそれが張ってあるものから逸らすためのものだが、何らかの理由でそれが一度認知されてしまうと途端に効果が薄くなるという欠点がある。俺と冥さんはそれを認知したために人払いの結界は最早意味のないものとなってしまっているという訳だ。

 

 そのまま結界内に押し入っていく。トンネルの入り口手前に張られたそれは潜り抜けるだけでも相当に上級な一品で、詳しく解析などしなくても十二分に相手の力量が伝わってくる。

 

 術のレベルから言えば黄泉とか紀さんクラスじゃなきゃこんなのは張ることが出来ないだろう。詳細に分析したわけじゃないからあまり大それたことは言えないが、この結界、ただ人払いをするだけの効果を狙っているんじゃないように感じる。なんというか、人払いの効果以外にももう一個くらい効果が入っているような気がするのだ。

 

―――本当に、誰が張ったんだ?これ。

 

 あまりに高性能な結界だ。俺と冥さんが認知をそらされるレベルだし、それ以外にも何かしらの機能を持っている。加えて外にはこれよりも大規模な結界が展開されている。この結界の展開が個人の仕業と思うのは中々難しいのではないか?などと思いながら一歩を踏み出したとき、身体の芯のほうから以前にも体験したことのある感覚が這い上がってきた。

 

 

 ヘドロが心臓に纏わりつくかのような、ゲルの海で溺れるかのような、ドロドロとしていて剥がれることのない不快な感覚。本能的に近づきたくないとそう身体が、心が主張しているかのようなそんな感覚。

 

 これを俺は体感したことがある。

 

 あの夜に。あの森で。半年以上前、神楽の母を助けきれなかった時に。

 

 俺はここでようやく結界が二重になっていた意味、二つ目の結界に施されたもう一つの機能の意味を理解する。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「―――おや、誰かと思ったらまた君かい?つくづく僕の邪魔をしに現れるね君は」

 

 

 

 

 

 見慣れてしまった黒と青のコントラスト。その後ろに佇み悠然と笑みをたたえている、白い髪をした美少年。

 

 半年以上も前にあった時と全く変わらない姿。

 

 時間を切り取って保存しているかのように、あの時と全く変わらない。その外見も、憎たらしさも。

 

「……三途河」

 

 三途河カズヒロが、トンネルの奥から現れた。

 

------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね小野寺凜。驚いたよ、見違えたじゃないか」

 

「そういうお前は見違えないな。成長という概念をママのお腹にでも落としてきたか?」

 

「やれやれ、前言を撤回させてもらおうかな。減らず口とジョークのセンスは全く成長していないみたいだ」

 

 やれやれと口に出しながら皮肉気に首を振る三途河。

 

 ……一番可能性が低かったんだけどなぁ、お前の出現は。

 

 こいつが出てくることは予測が出来ていた。というよりも真っ先にその可能性(こいつの出現)を考えてしまったくらいだ。しかしながら同時にその可能性は低いと考えてもいたのは本当だ。

 

 ここが魔境になってたり、異常に高度な結界が張ってあった時点でこいつの出現可能性が上がったのは確かではあるけれども、こいつは出てこないのではないかと予想していた。

 

 なぜなら()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 殺生石は一種の独特の魔力というか、独特の雰囲気を持っている。諌山黄泉が諌山冥に感じたような、霊力に敏感な人間であるなら何か違和感を感じる要素がある。

 

 そして、俺はその違和感を感じる能力が殊更に高い。

 

 何故だかはよくわからないが、近づくと身体が拒否反応を示し始める。それは嫌悪感であったり鳥肌であったりするが、どうやら俺は殺生石センサーとして超一流であるらしく、身体や精神の不調という形で殺生石の存在を感じることが出来るのだ。

 

 それは封印処理のされた石でも問題がないらしく、土宮舞がICUから一般病棟に移された際も、病室の具体的な位置を知らないにも関わらず病室までたどり着けたほどだ。

 

「安心しろよ三途河。俺のジョークも今日で聞き納めだよ」

 

 両腕に霊力を纏わせて具現化する。金色の刃。この前はこいつに届かなかった。でも、今回は届かせる。

 

「気が早いなあ君は。もう少しおしゃべりを楽しもうという気概はないのかい?」

 

「ないね。怨霊と会話をしてやる必要がどこにある?」

 

 刃を出したまま、三途河に近づいていく。

 

 濃厚に感じる石の霊力。この二つ目の結界をくぐった瞬間からその気配を雄弁に語り始めていた。

 

 あの石の放つ霊力は膨大だ。例え一瞬の出現だったとしてもその反応は外界に瞬時に察知され、特異点として認知される。俺のセンサーは流石にそこまでの長距離で感知できる精度はないが、それでもこの森くらいなら感知できるはずだった。

 

 だが、俺は全く感知できなかった。

 

 目の前に居る赤ジャケットを油断なく睨みつける。一気に近づくのではなく、あくまでもゆっくりと距離を詰めていく。確かにそこに殺生石がある。……いや、正確にはそれだけじゃない気がするが、とにかくこの空間には一個以上のそれがある。

 

―――殺生石の気配も抑え込む結界ねえ。

 

 二つ目の結界に感じた何らかの機能。恐らくそれは殺生石の気配を抑え込むものだと推測できる。そんな結界聞いたこともないが、封印処理を大規模な結界を蓋のように用いて行ったみたいな感じなのだろう。こいつがしていたのはそれの実験だろうか。 

 

 じりじりと歩み寄る。出来ることなら一気に距離を詰めてさっくり切ってやりたいものだが、こいつのことだ。こいつが居る暗いトンネルの中に何を仕掛けているかわからない。迂闊な考えで一気に近づいて地雷が炸裂するなんてことがあったら死んでも死にきれない。

 

「……へぇ。また一段と腕を上げたみたいだね。身のこなしだけで十分わかるよ。個人的な興味なんだけど、君のその力への欲求はなんなんだい?君ほどのそれを抱いている人間にはなかなか会ったことがないよ」

 

「さてね。男なら誰しも一度は世界最強って言葉に憧れるらしいぞ?それじゃないか?」

 

「あながちウソに聞こえないから判断に困るね。どうだろう?この石を使えばそれも夢じゃないかもしれないよ、小野寺凜」

 

「残念ながらチートってやつはあまり好きじゃないんだよな、俺」

 

 徐々に距離が詰まっていく。左右の壁に虫の存在……確認できず。地面及びに天井……異常は確認できず。

 

 細心の注意を払いながら、尚且つ警戒をしていないかのように振る舞いながら攻撃のチャンスを狙う。正直、ここでこいつを殺せるとは思っていない。トンネルみたいな遮蔽物がない空間での戦いは黄泉とか神楽のほうが向いているし、こいつに十二分に攻撃の準備のための時間や撤退のための時間を与えてしまっている。

 

 だが、僅かでも殺せる可能性があるのならばやらなくてはならない。こいつは生きている限り、俺達にも人の世にも害を成す存在なのだから。

 

 

「それは残念だ。君とこの石は相性が悪そうではあるけど、間違いなく君には担い手の資質がある。君がこの石に魅入られるのを楽しみにしているよ」

 

「残念だけどそれは無理だろうな。石に魅入られてる頃にはお前はきっと彼岸で両親とよろしくやってるだろうさ」

 

 その言葉に僅かながら三途河の表情が動いたのがわかった。こいつの行動原理は母親の復活。やはり両親のワードには反応しやすいのだろう。

 

「……相変わらずよく回る舌だね」

 

「そりゃどうも」

 

 武装はどうだ?いつも通りだろうか。通り過ぎた所からも蟲の気配はどうか。蟲に強襲される可能性は排除しなければならない。

 

 前方にほとんどのリソースを裂きながらも、後ろも決して警戒を怠らない。……本当に、巫蠱術って厄介すぎるよな。

 

「それにしても、いい仕事だ。流石は名家のお嬢さんだと思わないかい?」

 

「……はぁ?お前、何言って―――」

 

「―――ご苦労様、諌山冥。本当にいい仕事だよ」

 

 ちょっと待て。なんでその名前が今お前の口から出て―――?

 

「っっつ!!」

 

 どういうことか問いただそうとしたところ、三途河の言葉に続いて、鼓膜に直撃し、かつ腹の底に響くような轟音が鳴り響いた。次いで響き始める、コンクリートで出来たものが破壊され、質量のあるそれが地面へと降り注ぐ轟音。直撃したら一瞬で命が刈り取られる程の重量を持ったそれが次々に降り注いでくる。

 

―――くそが!!!

 

 俺は諌山冥に嵌められたのか?そう考える暇もなく鳴り響く破裂音に内臓を震わせるかのような重低音。見なくても何が起きたかわかる。トンネルが爆破されたのだ。

 

 後ろを一瞬確認する。三途河から意識を逸らすことは自殺行為に等しいが、後ろを確認しないことも同様だ。

 

 一瞬ながらしっかりとトンネルの様子を観察する。次々と崩れてくるトンネルのコンクリート部分。だが、幸いと言えばいいのか、爆破されたのは本当に入り口の付近だったらしい。崩れてきているのは全体ではなく、入り口付近のみ。流石に300m以上あるトンネルが今ので全部壊れるとは思えない。

 

「―――!!」

 

 瓦礫を回避しながら三途河へとダッシュする。

 

「相変わらずいい反応だね。でも、少し遅いかな」

 

 遅くはない。三途河のいる位置は瓦礫が落ちてきておらず、俺は降り注ぐ瓦礫に一個も当たらずに、こいつの身体を切り裂いたのだから。

 

 だが、遅い。

 

 続く崩壊の音。そして伝わる空を切った手ごたえ。人型の青い蝶が周りを舞うなか、俺は舌打ちをしながら後ろを振り向く。

 

「やってくれる……」

 

 そこにあるのは完全に埋まってしまった入り口。既に諌山冥の姿は見えない。

 

 ……よく生き残れたものだ。俺が先ほどまでいた辺りは瓦礫と土砂で殆ど埋められてしまっている。それに伴って太陽光が遮られ、トンネルはたちまち暗くなる。

 

『君なら生き残ってくれると思ったよ。期待を裏切らないね』

 

「……ぬかせ」

 

 崩れたのは入り口付近だけ。だが、ここもいつまで持つのかわからない。もしかしたらこの先も崩れずに耐え続けるのかもしれないし、次の瞬間にも崩れるのかもしれない。恐らく、こいつが作業だかをするために確保しておいたのだろうが。救いは何故か僅かながらも稼働している電灯があるということだ。懐中電灯を持ってきているにはきているが、それ一つではこの状況では流石に心もとない。

 

『残念だけど、それ(火薬)を使っちゃった以上、ここの隠蔽はもう不可能みたいだ。それに、()()()の制御もね』

 

 その声に合わせて、突如として鳴り響くバイクの音。

 

『三竦みになりながら君と戦うのは避けたいからね。君の相手はそいつに任せることにするよ』

 

 そういって、蝶は何処かへ消えていく。

 

 俺と同じく、出口は塞がれているはずなのに、そんなことは関係ないと言わんばかりに何処かへ消えてしまう。そしてそれと共に消える不快感。それは殺生石が消えた、つまり三途河が消えたことを指している。

 

「……デッドエンドってやつか?」

 

 だが、全てではない。心臓に楔でも撃ち込まれているかのような、身体の芯を乗っ取られてしまうかのような違和感はまだ消えきっていない。

 

 軽快なバイクの音とともにそいつは姿を表す。

 

 首なしライダー。このスポットで見かけられたという怨霊。一種の都市伝説。

 

 ……面倒なやつを残してくれたもんだな。

 

 その胸に光るは赤い石。絶望の象徴たる九尾の狐の魂の破片。

 

 あいつがここで何をしていたのかはわからない。大方、ろくでもないことをしていたであろうことはわかる。そして、一つ確実に言えることは、

 

「……ふざけんなよマジで」

 

 殺生石付きの怨霊を、この視界も足場も悪い中で俺は相手しなければならないということだった。

 




※ちなみ、三森峠は本当に存在するスポットです。ですが、現在、三森峠のトンネルは埋められており、完全に見えない状態になっております。なので三森峠に行ったとしてもこのトンネルは見ることが出来ません。


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第16話

「小野寺凛!!」

 

 鼓膜を破壊するかのような轟音が響く中、届かないとわかりながらも私は思わず手を伸ばし、声を張り上げてしまう。

 

 一瞬のうちに音を立てて崩れていくトンネル。かなりの質量を持った建造物が、人為的な爆発によってその形を無残にも変えていくその瞬間は、何処か感動すらも覚えるほどの光景だった。

 

 轟音とともに入口は埋まりきってしまい、表から目視しただけではどこからどこまでが壊れてどこまでが無事なのか全くわからない。

 

───これでは、流石の彼も……。

 

 損壊の程度はわからない。彼のことだ。飄々とした態度でひょっこりと現れてくるのかもしれない。

 

 だが、明らかに人1人を殺すには十二分な量の火薬が使われていたように見える。トンネルの何m地点まで崩れているのかはわからないが、それでも入口が完全に埋まってしまうほどの崩落である。無傷で切り抜けている可能性はかなり低いと言わざるを得ないだろう。

 

 ……反対側からならば合流が可能だろうか。

 

 そう考えるが、その可能性は低いと即座に否定する。

 

 あの怨霊には私も直に目にした転移の術式がある。あの少年がどのような目的をもって爆破をしたのかはわからないが、もし私があの少年の立場ならばトンネルの両側を爆破するだろう。自分だけは脱出方法を確保したうえで相手には逃げられない状況を作る。そんな美味しい条件があるのならばそれをしないという選択肢は存在しないだろう。

 

 あの一撃で小野寺凜を殺そうとしていた場合は反対側を爆破する理由はないが……。

 

 逡巡する。明らかに目の前の土砂を撤去して彼に合うことは不可能だ。かといって反対側に回り込むのも至難の業だ。隧道が通るような山を越えていくなど、体を鍛えているとはいえかなりの負担を伴う。場合によっては物理的に不可能だし、反対側にたどり着く前に遭難する可能性だって無くはない。

 

 三森峠の隧道は300m程だと聞く。その程度の距離ならば問題はないだろうか。

 

―――とりあえず別動隊に連絡を取らなければ。

 

 ここまで事態が大きくなってしまえばもはや環境省にも出動を要請しなければならない。いや、今の崩落でトンネルに張ってあった結界は壊れたようだから、もしかするともう出動の用意をしているかもしれない。

 

 それに、彼を助けるのならば私一人ではもうどうにもならない。

 

 それが歯がゆくて仕方ない。今一番近くにいるのは私であるのにも関わらず、一番彼に近い私は彼を助けることが一切できないのだ。

 

 強く唇を噛んでしまう。獅子王が、鵺が居たのならば。もし黄泉だったのならばこの状況を切り抜けられるのだろうか。黄泉ならば、この状況を覆すことが出来るのだろうか。

 

 ……いけない。こんなことを考えている場合ではないというのに。

 

 とりあえずまずは電話だ。この旧道に入った段階で小野寺凜と携帯ならば利用可能なことを確認している。まずは別動隊に―――

 

 振り向きざまに薙刀を横に払う。同時に舞い散る美しさを感じさせる黒と青の蝶達。

 

「へぇ、いい腕だ。流石は正統な諌山の一族ってところかな?」

 

「……何用ですか」

 

 正眼に薙刀を構える。

 

 現れたのは三途河カズヒロ。巫蠱術の家系であり、バチカンで殺生石を研究していた三途河教授の実の息子。一年程前にバチカンで爆発事故に巻き込まれ死亡されたものと考えられていたが、その息子であるこの少年は生き残っていたらしい。

 

 全て小野寺凜から聞いた情報ではあるが、一部自身が持っていた知識と照らし合わせても間違いはなかった。

 

 この少年が何故私の前に現れるのか。私に用が出来たのか、それとも……。

 

「小野寺凜はどうしたのです」

 

 薙刀に込める力を強める。

 

 まさか、ではあると思う。だが、最悪の事態が考えられる程度には今回の状況は酷い。

 

「彼かい?……まったく、彼はゴキブリのような男だよ。君もそう思わないかい?」

 

「質問には明確に答えなさい。彼をどうしたのです?」

 

「安心しなよ。別に何もしてないさ。残念なことに傷一つ負ってなかったみたいだからね。上手く気を引けたみたいだったし、瀕死くらいには出来るかなと思ったんだけどな」

 

 やれやれとジェスチャー付きで首を振る目の前の少年。

 

 ……別に何もしていなくはないだろうと思うが、どうやら彼は無事らしい。あの崩落で無傷だとは流石と言わざるを得ないだろう。

 

「トンネル内にカテゴリーB相当の怨霊も残してきてるんだけど、あのレベルだとあの化け物には通用しないだろうね。助けに行かずとも問題はないんじゃないかな」

 

「……目的はなんです?」

 

「今日ここにいる目的かい?それとも小野寺凛を閉じ込めた目的かな。後者なら簡単だよ。リスクヘッジってやつさ。彼を自由にしておくと何をされるかわかったもんじゃないし、ヘタを打てば直ぐに殺されちゃいそうだからね」

 

 飄々とした態度をしてそういう目の前の少年。平然と振舞っているが、何処か嬉しげな様子が漂っているのは気のせいなのだろうか。

 

「ここにいる目的は貴女と会話がしてみたかったのさ。僕はね、これに相応しい人材を探しているんだよ。この石の担い手に相応しい存在をね」

 

 そういって、少年はその白い髪をかき上げる。

 

 殺生石。九尾の狐の魂の欠片だと伝え聞くそれ。話では何度も聞いたことがあるし、存在することも当然知っていたが、これほど近くでまじまじとそれを見るのは今回が初めてかもしれない。

 

 油断なく薙刀を構え続ける。少年の姿をしていても、土宮のお二方に小野寺凜を退けている驚異的な存在だ。小野寺凜も、この少年には注意しろと散々車の中で述べていた。

 

「その担い手とやらを探し出してどうするのです?」

 

「話をしてみたいとは言ったけど、残念ながらそこまで答えてあげる義理はないかな」

 

「それではここで何をしているのです?なぜここに?」

 

「それに関しては僕のほうが気になるな。ねえ、共犯者さん?」

 

「……っ!!」

 

 柄を握る力が強くなる。

 

「……本当に、厄介なことをしてくれましたね」

 

「それについては悪い事をしたね。謝罪するよ。それに感謝もしなきゃね。あの一瞬の硬直がなければ僕は彼に切り殺されていたかもしれないから」

 

 小野寺凜の戦闘態勢に移行してからの振る舞いは見事の一言だった。成長した体躯をいかんなく利用し、一分の隙も見せないで歩んでいくその体捌きには見習うべき点があると素直に思わされた。

 

 だが、それは一瞬崩れた。他でもない、私の名前を利用されたことによって。

 

「後ろから刺されることを警戒したのかな。一瞬だけど本当に慌ててたよね彼」

 

「……外道が!」

 

 警戒は解かずに切りかかる。非常に不快だった。

 

「君も彼と同じでせっかちなんだね。もう少しゆっくりお話をしようという気概はないのかい?」

 

 そう軽口を叩きながら私が切りかかるのをさらりと避けると、代わりと言わんばかりに棒手裏剣を無数に降り注いでくる。

 

 ……彼の言っていた通り厄介な相手だ。

 

 バック転などを組み合わせながら射撃の点を絞らせないように後ろに下がる事で私もそれを回避する。こういった細かいもので襲い来る攻撃は1つ1つの威力こそ低いものの、防御する事は至難の技だ。回避する事が極力望ましい。

 

「流石だね。その美しい動きを見ていたくはあるけど、今日はお話をしに来ただけだから、よかったらその矛を収めてくれないかな?」

 

「黙りなさい。怨霊と交わす言葉などありません」

 

「つれないな。本当に君たちは馬鹿正直というかなんというか。もっと柔軟な思考を持ってもいいと思うよ」

 

 意外にも品のある動きで、後ろにある岩に腰掛ける少年。

 

 ……本当に、話をしに来ただけだというのだろうか。

 

「貴女は小野寺凛とどういう関係なのかな?仕事上のパートナー?それとも恋人同士なのかい?」

 

「何故そんな事を問うのです」

 

「質問には明確に答えろと言ったのは貴女だろう?でもそうだね。単純な興味、かな」

 

「信じられるとでも?」

 

「信じる信じないは君の勝手さ。僕はただ君がどう思っているのかを知りたいだけだからね」

 

「……仕事上の付き合いというだけです」

 

「……へぇ。そんなんだね」

 

 意味ありげにそう呟く白髪の少年。

 ……別に今の質問になど答える義理はなかった。しかし相手の話が気になってしまったのと、別に話しても問題ないと感じたためにそう答えたのだ。

 

「ならもう一個質問をいいかい?———もし貴女が死んだとして、彼はどんな反応をすると思う?」

 

 その言葉を聞いた瞬間に、私は彼からさらに距離をとる。

 

 声は普通に届くけれど、攻撃はほぼ間違いなく届かない距離まで迷うことなく即座に後退する。

 

 そんな私を見てクスリと微笑む目の前の少年(カテゴリーA)。普通ならば癪にさわる表情と行動なのだが、情けないことに今は何よりも不気味さと身の危険が勝った。

 

「誤解しないでほしいな。貴女を殺すって意味で言ったわけじゃなくて、ただの興味さ。言っただろう?僕は君と話したいだけなのさ」

 

 相変わらず飄々としてそう言うカテゴリーA。……信じられるとでも思っているのだろうか。殺気こそ感じられなかったものの、その台詞は「私を殺す」と言っているようなものだ。私が死んだ後の、小野寺凛の様子に興味があるのだと。

 

 周りの異常なまでの圧迫感も相まって背中を冷や汗が伝う。この少年の目的がわからない。何を思い、何を目指しているのか。

 

 小野寺凛も何を考えているか読みにくい男ではあるが、この少年はそれ以上だ。比較的扱いやすい小野寺凛とは違って、ただただ不気味で、意味がわからない。

 

「……私が死んだ後の小野寺凛の心情など知りませんし、元より死ぬつもりもありません」

 

「答えになっていないという意味で模範的な回答だね。僕も見習うべきかな」

 

 いちいち癪にさわる言い方をするのを好む男だ。彼には失礼に当たるかもしれないが、肝心なことは徹底的にはぐらかす所とかこういった所は小野寺凛と多少に通っているかもしれないと思ってしまう。

 

 ……いや、間違いなく彼とこの少年はどこか似通っている。具体的にそれを上げることが出来ないが、本当に感覚の話ではあるのだが、共通点があるのは間違いない。

 

 善性という点では明らかにかけ離れているはずなのに。

 

「彼なら悲しむのかな。―――いや、間違いなく悲しむだろうね。貴女かどうかに関わらず人の死には思うところのある人間だろう」

 

「……本当に、何が目的なのです」

 

 人間は理解できないものに恐怖を覚えるという。この場合、私にとってそれは目の前の得体のしれない何かだった。

 

 彼は私と会話をしていない。当然、彼が語り掛けてきているのは私だ。言葉が向いている先は諌山冥で間違いないだろう。

 

 だが、その意識は私に向いていない。彼の興味は私ではなく、私を通した誰か。私を通して誰かを見ているかのように感じる。そしてそれは恐らく―――

 

 

 

「―――諫山冥。諫山幽の娘であり、諫山の正統な血筋を引く存在。現在高等学校の第一学年に所属し、優秀な学業成績、落ち着いた物腰から周囲に一目置かれる存在。退魔師としての実力も折り紙付きであり、同年代で並ぶものは殆どいない程の武を誇る」

 

 私を映していなかったカテゴリーAの目に私が映る。

 

 瞬時に理解する。今、この化け物の興味は私に移行したのだと。

 

「しかしながら現在獅子王を継続しているのは諫山奈落の義理の娘である諫山黄泉であり、諫山を継承できる可能性は低い……。

 

ーーー可哀想に。正当な血筋なのにそれを継承できないなんて悔しいよね。不公平だと、そう思わないかい?」

 

 手に力が入る。

 

 明らかな挑発。安い挑発だ。

 

 だが、安かろうがそれは効果的だ。

 

 諌山を私が継ぐのか、黄泉が継ぐのかはまだ分からない。でも、獅子王を持っているのは私ではない。

 

 本当に嫌な男だ、いや、最低な男だ。こうして私がどう反応するのか、私の程度を観察しているのだろう。

 

 安い挑発に反応することなく、泰然として、目の前の化け物を睨みつける。あくまでも退魔師として、カテゴリーAと相対する。

 

 正直、今すぐに飛び出して行って切り裂いてしまいたいと思う気持ちはある。強い憤りもある。だが、この程度の挑発に乗るのは絶対に嫌だ。そんなもので取り乱す自分こそ嫌だ。

 

 (諌山冥)は、そんな安い女ではない。

 

 私は断固として平然とした、退魔師としての視線を。三途河カズヒロは今までと変わらない、こちらを試すかのような視線をぶつけ合う。

 

 どれくらい睨み合っていたのだろうか。実質的には1分と経過していないのだろう。しかしながら体感的には非常に長いその視線の交差。

 

「……なるほどね。うん、わかったよ。全く、彼は本当に厄介な男だな」

 

 それを破ったのは少年だった。

 

「少し予想外だ。……試してみる価値はあるけど、リスクが大きいかな。また会おう、諌山冥。今日は話せて楽しかったよ」

 

「……逃げるのですか?」

 

「有体に言えばそうだね。無いとは思うけど、彼に脱出されて襲われたら面倒だ。もともと戦闘の意思はなかったわけだし、もうやるべきことは済ませたからね」

 

 その言葉と共に少年の身体を蝶が覆い始める。

 

「おや?止めないのかい?てっきりやすやすとは逃げさせてくれないものかと思ってたんだけど」

 

「……癪ですが、それよりも優先すべきことがありますので」

 

「正しい判断だね。流石だよ」

 

「皮肉にしか聞こえませんね。それ以上減らず口をたたくようならば優先順位を変えますが?」

 

「それは面倒だ。矛先が変わる前にさっさと退散することにしようかな」

 

 蝶が空に流れていく。木々の合間を縫って羽ばたいていく蝶に目を取られているうちに、いつの間にか三途河カズヒロは姿を消してしまっていた。

 

 ……相変わらず末恐ろしい術の腕だ。以前見た時も思ったが、到底13、14あたりの少年が行使できるような難度ではないように思える。

 

 これが、殺生石の力なのだろうか。

 

 それと共に三森峠事態を覆っていた巨大な結界も霧散する。伴って、異常なまでの緊張感と圧迫感を生んでいた霊たちの気配が本当に少しだが薄れた気がする。

 

 三途河カズヒロが消失したのを確認して、思わず肩に入っていた力が抜けていく。土宮殿をも撃退したカテゴリーAと相対していたのだから不思議ではないが、思っていた以上に自分は緊張状態にあったらしい。ほっと人心地がついた。

 

 ……とは言えここは今なお災害クラスのスポットであり、カテゴリーAが消えたからと言って気を抜くことなどできやしないのがつらいところなのだが。

 

 おそらく、今頃対策室は大騒ぎだろう。人払いの結界が消滅して、この特異点が向こうに感知された筈だ。そのうち対策室も出張ってくるであろう。

 

「……ともかく連絡をしなければ」

 

 携帯で別動隊の人間に連絡を取る。彼らがここに入ってきてしまうと霊に中てられる可能性が高いので待機を命じ、父上にも連絡を入れるように指示を出す。

 

 まさか本当にこんな大事に巻き込まれるとは。父上から命を下された時にはこれほどの事態が起きるとは想像すらしていなかった。

 

「……はぁ」

 

 思わず溜息を一つ。優雅に振舞うよう常日頃から心がけてはいるが、異常なまでも霊の圧力に今なおさらされ続け、カテゴリーAには遭遇かつ相対し、果てには共犯者の設定を植え付けられてしまったのだ。流石にこのくらいは許されるであろう。

 

 電話が来ていることを知らせるために震え始める携帯。

 

 応答しようと思い表示された名前を見ると、そこに表示されていたのは小野寺凜の四文字。

 

 再度心の中で溜息を一つはいて応答する。

 

 ―――さて、どう説明したものだろうか。

 

「……もしもし」

 

『もしもし、冥さんですか?俺です、小野寺です』

 

 裏切り者だと疑われた彼が裏切り者じゃなくて、裏切り者じゃないかと疑った私こそが裏切り者。いったいどんな皮肉だろうか。

 

 そんな過去の自分の言動に皮肉を覚えながら、私は説明を始めるのだった。

 

------------------------------------------------------------

 

 

「さて、と」

 

 地面に落ちた殺生石を拾い上げる。

 

 相変わらず憎たらしいほどに紅い輝きを放つ石だ。綺麗ではあるのだが、触れるのも躊躇われる程にどうしようもない嫌悪感を感じてしまう。

 

 首なしライダーとの戦闘は本当にあっけなく終了した。

 

 バイクで向かって来て大鉈を振るうだけの脳筋タイプの相手だったので、見えないように霊力でスロープを作ってあげて空に浮かせた後、本体を切り裂いて終了だった。

 

 まだ現時点の神楽と戦ったほうが面白味を感じるぞと敵の弱さに愚痴を言いたくなる程度にはつまらなかった。敵が弱いことに越したことはないのだが、もう少し手ごたえが欲しかったというか。

 

 殺生石を得たからと言ってカテゴリーBの下位の存在が劇的に強くなるなんてことはあまり無いみたいである。

 

 そもそも原作では弍村剣介が一刀両断の下に片づけていたりしたのだ。流石に岩端さんとかカズさんとか今の神楽だと単独撃破は不可能だろうが、俺や黄泉クラスならさしたる問題では無いことがはっきりわかった。

 

 問題なのは俺とか黄泉が殺生石で堕ちてしまった時なのだろう。当然一概には言えないので注意が必要だが。

 

「さて、後はどうやって出るかだな……」

 

 ぐるりと周囲を見渡す。

 

 反対側も完全に崩落。入り口も当然崩落。こんな小さなトンネルに抜け道だとかそんなものがあるわけもなく。

 

 八方ふさがりとはまさにこのことだ。

 

 ……このくらいの瓦礫ならアレ(・・)で吹っ飛ばせるか?いや、まだ練習中だし、ミスって腕飛ばしたりしたら元も子もないな。それに下手に瓦礫を吹っ飛ばしたら崩れてきそうだ。

 

 俺には繊細さというものがないからどちらにしてもやめておいたほうがいい。

 

 はぁーと溜息をつく。異常なまでも霊の圧力に今もさらされ続け、あの馬鹿(三途河)には遭遇かつ相対し、果てにはトンネルに閉じ込められてしまったのだ。溜息の十や二十くらいつきたかろうというものだ。

 

「……冥さんに電話するか」

 

 ポケットの中から電話を取り出す。俺が無傷なので当然ではあるのだが、何らかの拍子に壊れたりはしていないようで安心した。

 

「もしもし、冥さんですか?俺です、小野寺です」

 

 少々長いコールの後冥さんにつながる。

 

「はい。俺も無事です。ええ。ケガ一つ無く。……先程の件?」

 

 先ほどの件。三途河と冥さんが共犯であるということを三途河が示唆した件のことだろう。

 

「あぁ、三途河が言ってたやつですね。それに関しては後で話しましょう。それよりもこれからですが―――」 

 

 ひとまずその件は置いておいて話を進める。

 

 ぶっちゃけると俺は冥さんが共犯だとは思っていないのだ。

 

 理由としては二つある。

 

 一つ目はもし共犯だったとして、この一連の流れが何を目的としているのか全くわからないし、俺を殺すことが目的なのだとしたら、いくらなんでも俺を殺せるチャンスを無駄にしすぎである。

 

 そしてもう一個の理由だが、あの崩落の際、俺が一瞬後ろを振り向いたときに冥さんの姿も俺には見えていたのだ。

 

 あの瓦礫が降る中、必死の形相で俺に向かって手を伸ばし、何かを叫んでいる姿が。

 

 少なくともあれは演技だとは思いにくい。少なくとも俺は一度も見たことのない表情と焦りようだった。共犯者だったのなら動じずに、むしろ得物を向けていたりしてもおかしくはないだろう。

 

 あれが演技だとは考えられない。と、いうよりは()()()()()()()()というのが本音なのだが、それを抜きにして考慮しても、あれは俺の隙を作るための三途河のブラフだろう。

 

 まんまと引っかかって硬直してしまった自分が情けないが、今更後悔しても後の祭りだ。流石にあのタイミングで言われたらその可能性に頭が支配されてしまったとしても仕方ないだろうと考えて割り切ることにする。

 

「はい、とりあえず俺は対策室に連絡しようと思います。……外の結界はもう剥がれてるんですか?説明が省けますし、好都合ですね」

 

 ちょっと安心する。もし結界があったままなら、環境省にとっては異常だとみなされてないところに来てくれと言い続けなければないのだ。何かしらの環境省にとって不都合なことを俺が手引きしていると思われても仕方がないシチュエーションが爆誕してしまう。

 

「ええ。そうですね、申し訳ないんですが近くで待機しておいてもらったほうがいいですね。気が滅入る環境だとは思いますがよろしくお願いします」

 

 そういって電話を切る。

 

 冥さんはどうやら無事らしい。三途河がなにかちょっかいを出していたらかなりまずい状況なのではと考えていたのだが、どうやらその心配はないらしい。三途河の目的がなんだかは知らないが、とりあえずはこれで問題ない。

 

「―――もしもし。環境省超自然対策室の小野寺です。室長にお取次ぎ願えますか?」

 

 続いて対策室にも電話を掛ける。今日は休日だが、仕事があるとかで室長が出勤しているはずだ。昨日電話した時に確認したから間違いないし、それにこれ(殺生石)があるのだ。多分、黄泉とかも今頃緊急招集されてるんだろう。

 

「室長ですか?小野寺です。……はい。その件です。それでご相談があるんですが―――」

 

 全く、三途河の野郎も面倒くさいことをしやがる。

 

 このトンネルを出るまでにどれほどかかるのだろうか。

 

 先ほど電気も止まってしまい、今俺にある明かりは携帯電話だけだ。

 

 ……暗いところ苦手なんだよなぁ、俺。

 

 霊の圧迫感はまだ緩まっていない。元凶だと思われる三途河が消えたとはいえ、もう一つの元凶である殺生石が俺の手元にはある。

 

 それにつられて俺にさっきから低級の霊が近づいてきているのがわかるし、この状況は対策室が来てくれるまで好転しないだろう。

 

―――頼みますから早く来てください対策室の皆様。

 

 電話をしながらそう願い続ける俺であった。




この下りはあと一話続きます。
凜の戦闘シーンは次話をお待ちください。


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第17話

「あのー冥さん。本当にすみませんでした」

 

「……」

 

「出来心だったと言いますか。ちょっと慌てる冥さんが珍しくてついついやってしまったといいますか……。とにかくごめんなさい!」

 

「……」

 

 諫山冥に腰を90度に曲げて深々と頭を下げる俺。

 

 そして今までのようにお巫山戯ではなく、本当にごみを見るかのような目をした後に顔を逸らして意図的に俺の言葉を無視してくる諌山冥。

 

「いい?神楽。あれが屑男ってやつよ。あーゆーのを彼氏にしないように気を付けるのよ」

 

「わかったよ黄泉。凜ちゃんみたいなのは絶対に彼氏にしない!」

 

「おいてめぇら、聞こえてんぞ!」

 

 謝罪をスルーされる俺を遠目から見ながらおちょくってくる神楽と黄泉、それを笑って見ている対策室の面々。

 

 思い返して欲しいのだが、ここは災害クラスにも認定されかねないほどの異常な土地である。こんな災害クラスの環境で女の機嫌をとってる俺が一番言えたことではないのだが、そんなとんでもない環境の中でよくもまあそんな冗談を言い、そして笑っていられるものだ。

 

 さて。なぜこんなカオスな事態になっているのか。事は2時間ほど前にさかのぼる。

 

 トンネルに閉じ込められ、諌山冥と通話した後のこと。

 

 俺は室長に直接連絡を取り、今後の対応について提案と意見交換をしたのだが、その結果として東京からもあの対策室の面々が派遣されるということと、東北からも俺を救助するために小隊を派遣するよう手配するとのことだった。

 

 東京から福島までは高速道路を使用しても三時間近くかかってしまう。緊急事態ということで飛ばしてくるのはくるのだろうが、それでも車には限界がある。

 

 防衛省のようにヘリを持っているというのならば話は別なのだが、残念ながらまだ特戦の方々とは絡みが殆どない。

 

 実は俺と黄泉は個人的に絡みがあったり無かったりするのだが、環境省がお願いして動いてくれるような状況でも関係でも無いので空の便は使用できない。

 

 ……ちなみに、防衛省の特戦4課についてなのだが、今の所誰かが死んだという情報は俺の元に入ってきていない。

 

 俺が三途河に干渉したために歴史が改変されたのか、それとも史実通りに動いていてこれから殺されるのかは俺には判別できない。もしかしたらもうあの未来は回避されているのかもしれないし、これから起こるのかもしれない。

 

 話が脱線した。話を戻そう。

 

 つまり対策室の面々が来るまでの間の時間で東北支部の近いやつらが俺を助けに来てくれるらしいので我慢しててね、ということだった。

 

 するとその言葉の通り暗闇に1時間拘束される程度で済み、東北支部の方々が俺を救出してくれた。

 

 俺の能力で手伝ったということを抜きにしてもトンネルをこれ以上崩落させないように俺を救出する手際は見事の一言だった。

 

 その後、福島支部の代表の人と情報の共有と周囲への対処について協議し、流石にこの人数でこれに対応するのは危険すぎるということで対策室が来るまでは待機という結論に達した。

 

 というのも日が徐々に傾きつつあり、明らかに結界が解ける前よりも脅威度が増しているのだ。本当なら今すぐにでも行動を起こすべきなのだが、派遣されてきた人たちはどちらかというとバックアップ要員寄りで、戦闘専門要員が到着するのは対策室よりも遅くなるとのことだったのだ。

 

 お役所仕事め……と愚痴を言いたくなるかもしれないが、これは仕方がないことであり、この業界は慢性的な人手不足なのだ。北関東に東京から俺たちが派遣されて退治に行っていることからもその様子は伺えるだろう。いわんや東北をや、というやつである。

 

 それに俺自体も若干疲れていたのだ。前後左右が全くわからない程に暗い洞窟の中で50体以上の怨霊を切り伏せたり追い払ったりしていたのだ。

 

 先程三途河が張っていた結界の要領を真似ながら殺生石を霊力でコーティングするという難題に挑戦しながらだったので余計疲労が溜まってしまった。

 

 ちなみにどうやら結構いい感じで再現できたらしく、殺生石の妖力の7~8割くらいは抑えられるコーティングが完成した。俺の殺生石不快感センサーがこんなところで役に立つとは思わなかった。

 

 さて、そして本題なのだが、東北の担当者と会話を終え、俺は諫山冥の元に向かったのである。

 

 俺としては諫山冥を疑ってなどいなかったし、退魔士としては失格であるが彼女のことを信じてしまいたかったので、特になんとも思ってなかったのだが、どうやら冥さんは思うところがあったようで態度が随分としおらしかったのである。不覚にもキュンとしてしまった。

 

 俺が普通に話すだけで、本当に僅かな差ではあるが慌てた様子を見せ、冥さんからの話題の切り出しもどこかたどたどしかったのである。

 

 ……そんな冥さんの様子は、控えめに言ってもすごく可愛らしかった。黄泉や神楽にドキリとさせられることは正直かなりあるのだが、いつも泰然としている女性が年相応の顔を見せた瞬間に俺はどうやら萌えてしまうらしく、結構胸が高鳴ってしまったのだ。

 

 そして俺はそんな冥さんをもう少し見ていたいなーと思い、悪いことだと思いながらも冥さんをからかいにいってしまったのだ。

 

 「そっか。騙されて、たのか……」、「冥さんを信じてたんだけどな……」などとギリギリ(アウト)なところを攻め続け、冥さんがしおらしい反応を見せるのを眺めて楽しんでいたのである。

 

 正直自分でもクズだとは思うが、それでもやりたくなってしまったのだ。それだけ珍しく、楽しい反応であったということだ。詳しくは勿体無いから語るまい。俺の記憶にのみ残しておこう。

 

 そんな冥さんの反応(俺への弁解でそんな反応を見せてくれるとは意外だった)を堪能すると、最後に「まぁ実は最初から疑ってませんでしたけど」とカミングアウト。

 

 ポカンとする彼女にそう思った経緯とかをサラッと説明するとその表情が(おもむろ)に冷たいものに変化。絶対零度よりも下の温度ってあるんじゃないの?と思わせるような目を俺に向けて口を聞いてくれなくなったのである。    

 

 以上が事の顛末だ。

 

 先程から何回か謝りに行ってるのだが、その度に完膚なきまでに玉砕し、後から到着した神楽達にも罵りを受けているというわけだ。

 

「こころおれそう」

 

「あ、また無視されて戻ってきた」

 

「あちゃー凛も結構凹んでるわね」

 

 言葉通り、なかなか心が折れそうだ。かわいい反応が見れたのでぶっちゃけ悔いも後悔もないが、人生でも五本の指に入るくらいには反省している。

 

「……はぁ。結構マジで心が叫びたがってますよ俺は」

 

「自業自得じゃない。女心を弄ぶから手痛いしっぺ返しをくらうのよ」

 

「凜ちゃんの女たらし!男の屑!」

 

「……女たらしに関しては否定させてもらうが、それ以外は否定できないな」

 

 項垂れる俺。それにしても神楽。最近俺に対して随分容赦が無くなってきたじゃないか。

 

 そんなコントみたいなことをやっていると、管狐を用いて偵察を行っていた紀さんが戻って来た。カズさんや岩端さんも一緒で、近くの調査は一通り終えたものとみられる。

 

「よ、女たらし。機嫌は取れたのか?」

 

「いや、紀之。あっち見てみろよ。諌山嬢の様子を見る限り見事に玉砕してるみたいだぞ」

 

「やめてやれ二人とも。遊びに来たんじゃないんだ。……黄泉、凜。辺りを調査させてきたが、どうやらこいつは結構厄介みたいだな。いかんせん数が多い。一体一体はそこまでだが、特にあっちのほうがやばいな」

 

 俺を茶化してくる紀さんとカズさんはとりあえずおいておいて、岩端さんが状況の説明を始める。

 

 特に反応が強いのは小山の向こう、つまりは俺たちが居たトンネルの奥だろうとの事だった。俺が先程カテゴリーBを討伐したから、上位の怨霊に触発されて新たな霊が引き寄せられるといったことはないだろうが、完全に日が落ちるまでに討伐しないと流石に危険かもしれない。

 

 ちなみに今回来ているのはいつもの対策室のメンバーだ。室長と桐さんはいつも通り本部にてバックアップ要員であり、ナブーさんはさっきから微動だにせず銃を構えているため会話には参加して来ていないが、ちゃんと車の付近に待機している。

 

「そこに関しちゃあ俺らだとどうしようもねぇな。凛と黄泉、頼めるか?」

 

 なかなか小山の向こうの敵は手強いらしく、面倒そうな顔をしながら桜庭一樹が俺らにそう投げかける。それに首肯する俺と黄泉。まあ戦力的に当然の配役だ。

 

「よし、それじゃあ俺らは周辺の奴らをやるか。諌山の令嬢。アンタにも加勢を頼みたいんだが、頼まれてくれるか?」

 

 俺と黄泉が頷いたのを確認すると、冥さんにも話を振る岩端さん。なんというか、対策室の誰も諌山冥には話しかけるのを躊躇っていたので、岩端さんのこういう気づかいはありがたい。

 

 こういう時に空気をぶち壊してくれるのは室長なのだが、今日は司令塔として本部に残っているからここには当然居るはずもなく、皆彼女を持て余していたのである。俺なんか取り付く島もないしな。

 

 Good Job、岩端さん。ホモだけど。

 

 その言葉にこちらを向き、絶対零度の視線を俺に向けてから僅かに思考する冥さん。俺にそんな目を向けなくても……という言葉は置いておいて、討伐に参加してくれるのだろうか?

 

 今回の件って実は「お前の言ってることは出鱈目だ」と環境省が諌山分家を馬鹿にし、「行くなら勝手に行ってね」と放置した挙句、実は諌山が正しくて環境省が間違っていたという結構とんでもない(面白い)事態なのだ。

 

 しかもその事態の中心にあったのは殺生石。結果的に俺が殺生石を手に入れることが出来たとはいえ、環境省の責任問題?というか、とにかく批判されたら面倒なことになる。こんな重大な現場を放置しておいて、しかもそれに対して的確に上がってきていた報告を一蹴してた訳だし。

 

 まあぶっちゃけ俺が同行していた時点で「いや、だから環境省の人間も派遣したじゃないですか」と言い逃れはできるのだが。

 

「……いいでしょう。指示はお任せします」

 

 だが、諌山冥は参加してくれるらしい。後からなんやかんやといちゃもんをつけて色々要求してくることはあるかもしれないが、ともかく頼もしい戦力が増えたことは望ましい。

 

 諫山冥の言葉をもって全員の戦闘準備が完了する。拠点防衛の役割ではあるとはいえ神楽も舞蹴12号をその胸に抱え、やる気満々だ。

 

「黄泉、指揮は誰がとるんだ?」

 

「指揮は私がとるわ。異論はない?」

 

「ないよ。信頼してる」

 

「そ。ありがと」

 

 その短いやり取りを皮切りに、黄泉の調子が変わる。

 

 宝刀獅子王。諌山家に伝わる、霊獣鵺をその身に宿した一振り。平安時代から存在すると言われており、実物を使わせてもらったことがあるが、まさに至高の一振りという言葉がふさわしい。

 

 それを携える黒髪の乙女。15歳とは思えない凛としたその立ち振る舞いは圧巻の一言である。

 

「乱紅蓮!!!」

 

 そして、その一振りを雄々しき一言と共に抜き放つ。

 

 現れる異形の霊獣、鵺。

 

 諌山の当主が代々受け継ぐ宝刀に宿りし諌山の代名詞ともいえる霊獣が、その名を継ぐに最も能う少女の横に並び立つ。

 

「私が先行する。対策室は各自散開。東北支部の護衛のために紀之と神楽はここに残って。冥姉さんは遊撃を、凜は私の援護をお願い」

 

 年端も行かない少女とは思えぬそのオーラ。俺たちは黄泉の下した判断に迷うことなく了解し、その通りに従っていく。

 

「行くわよ凜。鵺に掴まって」

 

「了解。行こうか」

 

 鵺に掴まる。思ったよりは柔らかい毛の感触が手に伝わってくる。その下にある身体は鋼のように固く、全身凶器という言葉がぴったりな存在なのに、意外にもその体毛は柔らかくふんわりとしているのに以前は驚いたものだ。

 

 鵺が高く飛び上がる。

 

 向かうは小山の向こう。あの崩れたトンネルの先だ。

 

「飛ばすわよ!しっかり掴まって!」

 

「りょーかい!」

 

 ぐんぐんスピードを上げていく鵺。

 

 やはり霊獣とは便利なものだ。人の力では到達できない所まで軽々と到達できてしまうのだから。

 

 ……俺も何か霊獣使役しようかな。

 

 そんなことを考えてしまうのであった。

 

 

------------------------------------------------------------

 

 剣閃が走る。

 

 一閃、二閃。そして振り向きざまにもう一閃。

 

 その勢いを殺すことなく足元に踏み台を作り出し、それを蹴って飛び上がる。

 

 空に浮かぶ女性の怨霊を切り飛ばし、木の枝を蹴って速度をつけ、回転切りの要領で下に居たカテゴリーCを切断する。

 

―――いい調子だ。

 

 体の調子は悪くない。黄泉との一戦の頃に比べるとむしろ好調といってもいいだろう。

 

 最近ようやく身長が伸びてきて、前世の身長に近づきつつある。150後半に乗ってきたので、あと10センチ強身長が伸びれば前世と殆ど同じ身長に到達だ。

 

 そして、前世の身長に近づくことによって、ようやく俺の型が見えてきた。俺がずっとイメージしてきた身体の動かし方にようやく身体が、戦い方が追いついてきたのである。

 

 俺の一閃とは異なり優雅さを兼ね備えた黄泉の一閃が俺の背中を狙っていた男の怨霊の頭を飛ばす。そこに出来た隙をついて襲いかかるカテゴリーDを今度は俺が切り殺す。

 

 そして即座に俺たちは反転して背中合わせに怨霊達と対峙する。

 

 我ながら息のぴったりあった連携攻撃だと思う。離れたら近づいて互いを補完し、近づいたら離れて各自撃破を的確なタイミングで繰り返すことにより隙のない攻撃を繰り出している。恐らく、この界隈で俺と黄泉ほど連携のとれたコンビは居ないに違いない。

 

 ふう、とひと息入れる。

 

 相当に数が多い。先程から5分近く戦っているがなかなか数が減らずに此方へと襲いかかってくるのだ。確かにこれは銃器を扱うカズさんとか岩端さんとかだとちょっときついかもしれない。

 

「どうしたの凛?もうお疲れかしら?」

 

「ぬかせ。まだまだ疲れてないさ。なんせ俺は体力お化けなもんでね」

 

 お互いにしばしの休憩を入れる。戦いというのは不思議なもので、自分がいくら万全だと思いながら戦っていても疲労がいつの間にか蓄積してしまうのだ。

 

 これだけ長く命のやり取りというものを経験していても自分の体力がいつ枯渇するのかがはっきりと知覚できず、何故か気が付くと息も絶え絶えということがあったりするのだ。特にこのような四面楚歌な状況での乱戦では猶更である。

 

 それをわかっている俺と黄泉はこうして休憩を挟んでいるという訳だ。

 

「でも流石に少し気疲れはしてきたな。ずっと気を張り詰めっぱなしだったし」

 

 トンネルといい、冥さんへの謝罪といい、この状況といい、気を抜けない状況が三連発で続いているのだ。タフな精神を持つと自負している俺でも流石にしんどいものがある。

 

「凜は意外と怖がりだものね。また神楽と三人でホラー映画鑑賞する?」

 

「いや、あれはもうやめとこう。お前らの悲鳴で俺の心臓が持たない。あれが一番怖いんだよ」

 

 実は以前こいつの家でホラー映画を見たことがあるのだが、俺がホラー系の映画を苦手としているというのもあるのだが、それ以上に神楽と黄泉の叫び声が一番怖かった。

 

 おまいうではあるが、お前ら退魔師の癖になんでそんなホラー映画にビビってんだよと言いたくなってしまったものだ。

 

「仕方ないじゃない女の子なんだから。怖い映画を見たら悲鳴の一つもあげたくなるわよ」

 

「うっわあざと。か弱い女子アピールとか。かわいさアピール狙ってる?……ごめんなさい謝るから蹴らないで」

 

「次は諌山の宝刀が裁きを下しに行くから」

 

 ほんとにデリカシーの無い男ね、等とつぶやく後ろの少女。

 

 ……デリカシーが無いとかこいつには言われたくないものだ。

 

 人がホラー映画見てビクッとなっているところを動画で撮影して奈落さんに見せびらかしてみたり、対策室でテレビに繋いで大音量で流して俺の尊厳を削り取ってくれた癖によく言う。

 

 ……そういえば。

 

「そういや黄泉、頭痛大丈夫なのか?一昨日対策室でカズさんと三人で話してた時も痛いって言ってたし、さっきも頭痛いとか言ってたじゃんか」

 

「うん、大丈夫。今はもう平気。じゃなきゃこんな前線に出てないわよ」

 

「本当だな?黄泉は無理するところあるからな。信じるぞ?」

 

「ありがと。……よし、休憩もいい感じで終わったし、そろそろ行くわよ!」

 

 その言葉を皮切りに俺たちは戦場へと飛び出す。

 

 そのタイミングも同時で、やはり俺と黄泉のコンビはなかなかのものなのではないかと思ってしまう。

 

 黄泉としても俺とはなかなか組みやすいらしく、度々お褒めの言葉をいただいたりしているので、実際にも俺らのコンビはそこそこなのだろう。

 

―――だけど、なんか違うんだよなあ。

 

 俺としても組みやすいし、実力があるから背中を任せても何の不安もないのだが、どこか違和感がある。黄泉はなんら違和感を抱いていないみたいだが、俺は多少抱いている。なんというか、喉に刺さった小骨は取れた筈なのに刺さっているような感覚とでもいうのだろうか。

 

 とりあえず要するに、諌山冥とコンビを組んだ時程、コンビによる相乗効果があまり感じられないのだ。多分俺と黄泉の戦い方が違うせいなのだろうが、あの指数関数的に効率が上がっていくかのような不思議な感覚を黄泉とは体験したことがない。

 

 多分、黄泉の対となれるのは土宮神楽のみなのだろう。俺では勤まらない。

 

 そんなことを考えながらも怨霊をバッタバッタと切り伏せていると、頬を鋭い風が撫でた。

 

―――風?

 

 即座に後ろを振り向く。

 

 それと同じタイミングで襲い掛かってくる鋭い爪のような刃。この形、この速度、そしてこの風。こいつはどこかで見たことがある。そう、原作の―――

 

「黄泉!鎌鼬だ!気をつけろ!」

 

 舌打ちを一つ。

 

 鎌鼬。原作(喰霊)で土宮神楽を多少苦しめたカテゴリーB。特徴はその素早い動きと、白叡を切り裂くことの出来る鋭い爪。

 

 平生ならばなんら問題のない敵なのだが、この森の乱戦の中に出てこられると結構厄介だ。

 

 三森峠旧道は長らく人の手が入っていないことにより、昔は道路であったところが土に覆われそこから木が生えたり雑草が生えたりなどでもはや森と化している。道路が残っている部分もあるのだが、俺と黄泉が入り込んでいったのは森の中だ。

 

 そして森の中で戦う際に気をつけることは多々あるが、その一つに相手を見失わないということがある。

 

 平地でもそれは同様なのだが、森は下手をすると直ぐに頭上を取られてしまう。それどころか森の中での戦闘は()()()()()()()()()()()()()奇襲が可能であるということだ。前面、側面、背面、先ほど言った頭上など、四方八方に死角が存在する。

 

 そんな中で速度も速く跳躍も得意な存在と遭遇したらどうなるか。

 

 答えは簡単だ。かなり苦戦する。

 

 後ろから湧いてきた怨霊を踏み潰すと、鎌鼬を追うべく速度を上げる。

 

 俺は森での戦闘が得意だ。絶対的に見れば平地での戦闘が一番好きで得意だが、ほかの人の苦手度合いなどを考慮に入れて相対的に見てみると森やビル街などの遮蔽物がある所の戦闘が一番得意になる。

 

 だから俺にとっては鎌鼬如き大した弊害にはならないのだが、この敵があふれている環境が大した弊害ではない弊害を大きな弊害へと成長させる。

 

 そしてそこまで森の中での戦闘に慣れていない黄泉にとってそれは殊更大きいものとなる。

 

 木を蹴って鎌鼬を追いかける。途中で相対した敵も難なく切り捨てながら、小野寺の術を利用して速度を上げていく。

 

「……やっぱ早いな」

 

 そこそこ全速力で追いかけてはいるのだが、やはり人間の限界というべきか、鎌鼬の速度には追い付かない。

 

 それどころか向こうには追尾するこちらに反撃を加えてくる余裕さえあるのだ。

 

 俺も木々を蹴って対抗してはいるが、相手のほうが遥かにトリッキーに俺を攻め立ててくる。直進していたと思えばいきなり左折をかまして俺の側面に回り込むとそこから更に攻撃を加えてきたりなど、正直追い付けない。

 

 こいつ一体に照準を絞れれば全く話は別なのだが、糞怨霊共が鬱陶しくてそれもかなわない。

 

 性能と環境。この二つの観点で俺は今鎌鼬に負けている。速度でも負けているし、立ち回りの軽さでも負けている。

 

―――けど。

 

 あえて俺は速度を落とす。

 

 そしてそれと同時に鎌鼬も俺の視界から消失する。

 

 森でのタブー、それは相手を見失うこと。俺は今、相手を完全に見失った。視界にも、聴覚でも鎌鼬をとらえることが出来ていない。

 

 ()()

 

 それは相手も同じこと。先ほどまでと同じペースで追いかけてきていた相手が、突如速度を減速する。そこに生まれるのは緩急の差。

 

 そしてそれは速度が早ければ早いほどに効果的となる。

 

「いらっしゃいませ」 

 

 俺の目の前に()姿()()()()()現れる鎌鼬。

 

 化け物には人間を凌駕する性能があるが、人間にはその性能を凌駕する戦略や戦術がある。

 

 既にこいつの動きのパターンは見切った。先程の動きだとこいつは俺の背後を取って攻撃してくるつもりだったのだろう。だから、あえて速度を下げてその後ろを取って見せた。

 

 いくら速かろうが動きを見切ってしまえばそんなもの何の脅威にもならない。力ばかりある人間が、合気道を極めた人間に勝てないのと同じことだ。

 

 慌てた様子でこちらから逃走しようとする鎌鼬。その速度は流石のもので俺では致命傷になるような攻撃を与えることは少々リスキーだ。

 

 だから、俺はその背中を軽く押してあげるだけでいい。

 

 導くように、本当に軽く。

 

「―――ナイスアシスト」

 

 なにも俺が止めを刺すことはない。

 

 なんせ、ここには()()いるのだから。

 

 鎌鼬がバランスを崩して向かった先は黒髪の乙女が待ち受ける死のエリア。

 

 その長い刀身をその鞘に納め、抜き放たれるのを今か今かと待ち受けている宝刀が存在する死の領域。

 

 黄泉は宝刀獅子王を、その刀身を鞘の中へと収めていた。

 

 鞘走りの抵抗を利用してその剣閃の速度と鋭さを増幅させる、日本刀にのみ許された抜刀術。それを俺たちは居合いと呼ぶ。

 

 音速にも迫る刃が一閃する。

 

 恐ろしい程の速さを持った黒鉄の刃が、空間を走り抜ける。

 

 その刃が届かない俺ですら両断されてしまいそうな鋭い一撃。

 

 その一撃が、鎌鼬をその鋭い爪のような刃ごと斬り裂いた。

 

「……いい一撃だ」

 

 黄泉が刃を振り切ったその領域に一瞬遅れて俺が着地する。もし一瞬黄泉が振るのを遅めたか俺が一瞬早かったならば俺は完全に黄泉によって両断されていた。

 

 そんなシビアな連携をドンピシャでやってのける。こんなコンビ、今のところ俺達以外にはいないだろう。

 

「凜こそよくあんなの誘導できたわね。私には無理ね」

 

「黄泉こそよく合わせてくるよ。相当に凄い居合だったぞ」

 

 黄泉から差し出された手を取って膝をついた状態から立ち上がる。

 

 黄泉はそう俺を褒めながらも、俺ならばできて当然とそう思っている。俺も、黄泉ならあのタイミングで合わせてくれることを疑っていない。

 

 互いに、あの空中でのとんでもない速度の戦いのなかでの一瞬のアイコンタクトでタイミングを合わせてくれると確信しているのだ。

 

 ……いい信頼関係だと思う。黄泉とは想像以上のコンビネーションが発揮できている。

 

―――でも、まだ足りない。

 

 黄泉とのコンビネーションは想定以上だが、これで終わりじゃない。まだ俺達には先がある。

 

「さて、手強いのもやったことだし、掃除といきますか」

 

「そうね。細かいのは纏めて処分しちゃいましょうか」

 

 そう言って鵺を近くに呼び寄せる黄泉。

 

 先ほどよりも開けた所に出たので一掃するつもりなのだろう。

 

「乱紅蓮、咆哮波!」

 

 黄色い閃光が怨霊たちの群れに穴を開けていく。

 

 障害物などないかのように突き進んでいくそれは、非常に頼もしく、非常に神々しい。つくづく味方でよかったと思う次第だ。

 

―――やっぱり俺も霊獣欲しいな。

 

 乱紅蓮が作った怨霊の穴を走り抜けながら、俺はそう思うのだった。

 




ようやく凜の戦闘をかけた。
恐らくはあと一話で2章は終わりかな?


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間話3

本編じゃなくて申し訳ない。まだ就活が終わらず、書き溜めを投稿。
以前の黄泉凜の続きです。
面白い意見を言ってくださった方が居たので投稿しました。

※作中に出てくるやつをこんな使い方しちゃダメですからね。彼らは特殊な訓練を受けていますから。


「こちらデルタワン。配置についた。送れ」

 

『こちらデルタツー、配置完了だよ凜ちゃん』

 

『同じくこちらデルタスリー、配置オッケーだぜ』

 

『デルタフォー配置についた』

 

『デルタファイブも配置についたにょんにょん』

 

『……デルタシックスも準備完了っす。……やっぱ凜さん、これまずいんじ―――』

 

「了解。各員そのまま待機。フォックスとヘルの動向に気を配れ。オーバー」

 

 そう言って無線を切る。

 

 よし。流石は裏の人間だ。こういった些事でもしっかりと指示通りに動いてくれる。

 

 俺たちが居るのは日比谷公園。喰霊-零-を見ていた人ならば5話の黄泉と紀之のシーンを、東京住みで行ったことがある人ならばまさにそこを思い浮かべていただければ問題ない。

 

 麗らかな日の光が差す日比谷公園で、俺達環境省のメンバーはまさしく喰霊-零-の5話とほぼ同じこと(のぞき)をしていた。

 

『こちらアルファワンよ。みんな、配置についたみたいね。いい?絶対にフォックスとヘルに同時に気付かれちゃだめよ。あくまでも私達の目的は二人を別々にサポートすること。そこをしっかり忘れないで』

 

『……室長。これ本当にやるんですか?流石に無粋すぎるかと思うのですが……』

 

『桐ちゃん、これは対策室のチームワークがより一層強固になるための一つの試練なの。それを私達一同で見守っているのよ。決して無粋じゃないわ』

 

『……』

 

 無線越しに聞こえてくる室長と二階堂桐の会話。

 

 桐さんは作戦の説明時から乗り気ではなかったが、やはりと言うべきか室長は相も変わらずノリノリである。

 

 皆様もうお分かりだとは思うが、アルファワンが室長で、デルタの番号が若い順に俺、神楽、桜庭一樹、ナブー兄弟、剣輔だ。

 

 岩端さんは「男女の仲に俺らが介入すべきじゃない」といって参加してくれなかった。

 

 ちなみに剣輔は無理やり参加させた。神楽が。

 

 そしてフォックスが飯綱紀之、ヘルが諌山黄泉である。ちなみに全て命名は神楽である。

 

「……てか神楽。俺の名前無線で言ったら何の意味もないだろうに。なんのためのコードネームだよ」

 

「ごめんごめん。つい」

 

「ったく。お前が考えたコードネームなのにお前が無視するなよ」

 

 全く、などと悪態をつきながら双眼鏡をのぞき込む俺。そこに映るは黒髪の乙女。

 

 諌山黄泉。神童と呼ばれ退魔師界の期待をほぼその一身に背負う少女。

 

 大の大人でも敵わないその剣技に、卓越した法術。どんな怨霊にも一歩も引くことなく真正面から向き合って戦うその姿は正に退魔師の鏡であり、敵対させたものを恐怖させる雄々しき存在だ。

 

 この業界で彼女の横に並ぶことが出来るのは五人といないと言われる、化け物少女。

 

 しかし、俺の双眼鏡にはそんな神童の姿は映し出されてなどいなかった。

 

 綺麗にラッピングされた小包を傍らに置き、なにやらそわそわしながら、包装されたものに目をやったり座り方を細めに変えたりしている一人の少女。頬を朱に染めながら手鏡を取り出して髪を手串で梳いてみたり、最近練習中のメイクを確かめたりしている、可愛らしい女の子が俺の双眼鏡には映し出されていた。

 

―――誰だお前。

 

 大人が手を焼く怨霊を一刀両断にする雄々しき少女の姿も、俺や神楽を揶揄う悪戯っ子としての黄泉もそこには存在していなかった。

 

 そこにいるのは一人の恋する乙女。一人の男に自分のプレゼントを渡すためにベンチに座る、緊張に身体をこわばらせているただの乙女だった。

 

「凜ちゃん凜ちゃん。黄泉すごい緊張してるね」

 

「ああ。あんな黄泉俺は少なくとも見たことがないぞ。剣輔が思い止まるのも無理はないレベルだな」

 

「私も見たことないかも。……これは決戦だね、凜ちゃん」

 

「だな、神楽。……ってかアイツってこんなに初心だったっけ?」

 

 喰霊-零-とかだと夜中に和服を着て抜け出して普通にキスとかしてた気がしたんだけど。若干喰霊-零-の記憶が欠落してきてるとはいえそこははっきり覚えてるんだが……。

 

 とても公園で夕方に彼氏とキスしてたような少女には見えない。

 

 これも俺が介入した影響とかだったり?精神年齢が高めの男子が近くにいるから少々原作(喰霊-零-)黄泉よりも少女らしく育ってるとか。

 

 ……もしそうなら、少し嬉しいかもしれない。

 

『こちらデルタスリー(桜庭一樹)。フォックスのお出ましだ。デルタワン()、ヘルの様子はどうだ?オーバー』

 

「……おでましか。ヘルの様子に異常なし。そのまま気づかれずに誘導されたし。デルタシックス(弐村剣輔)。さっき渡したやつ、ちゃんと譲渡できたか?オーバー」

 

『……言われた通りやりましたけど、あれあの子には危ないんじゃ……?』

 

「大丈夫。言ってなかったけど、あの子もサクラだから。ちゃんと躾けてある」

 

 ……よし、なかなかいい調子だ。

 

 俺たちは現在、日比谷公園にてそれぞれ待機している。

 

 黄泉の正面には俺と神楽。その付近に弐村剣輔。

 

 そして外の俺の家の車にナブーさん2人。そしてちょっとした高台に桜庭一樹だ。

 

 俺と神楽は、喰霊-零-5話時点で神楽と桜庭一樹が居るところに居る。

 

『こちらアルファワン(室長)よ。……みんな、準備はいいわね?―――それじゃあオペレーションPFN(Present for Noriyuki)開始よ』

 

 その掛け声で俺たちの作戦が開始した。

 

 それにしてももっといい作戦名はなかったのだろうか。

 

------------------------------------------------------------

 

「よ。お前から呼び出しがかかるなんて珍しいな」

 

「の、紀之」

 

 自然な動作で、飯綱紀之は諌山黄泉の横に腰掛ける。

 

 プレゼントに気が付いた様子もなく、ただただ黄泉の呼び出しに対して珍しいと思っているだけな様子である。

 

「今日は天気がいいな。こんな天気だとついつい仕事中に寝たくなる」

 

「そう、ね」

 

 ファーなんて言いながら欠伸をする紀さんに対して、黄泉は非常に硬い。本当に俺の椅子にいがぐりを仕込んでくれたりするいつものアイツは何処に行ったのだと小一時間くらい問い詰めたいものだ。

 

『こちらデルタスリー(桜庭)。一般人の誘導に成功。エリアにはあの二人と彼らだけだ、安心してやれるぜデルタワン』

 

「デルタワン了解!ナイスです!」 

 

 流石桜庭さん!仕事が出来すぎる。

 

 喰霊-零-だとさっくり死んだし、中の人のせいかあまり優秀には見えなかった桜庭さんだが、その実多方面に優秀である。戦闘に関してはあまり目立たないが、指示を出したりなどの能力は光るものがある。

 

 スコープ越しに二人を見ながら、ベンチにつけてある盗聴器から会話を盗聴する。

 

 ちなみに、あのベンチは室長に掛け合って日比谷公園の管理団体に許可を取ってもらい、俺が一晩で取り付けた。なので二人が座っているベンチは昨日まであそこになかったりする。

 

 ちなみに日比谷公園にはとある存在が眠っているため環境省が裏の権限を持っており、意見を通すことはたやすかった。詳しくは原作(喰霊)の二巻を参照するといいだろう。

 

 その後二分ほど黄泉がぎこちなく返し、紀さんが困惑するという代り映えの無い会話が続いていたのだが、突如として黄泉が動いた。

 

「なぁ黄泉。お前どうしたんだ?調子悪いなら今日はもう―――」

 

「の、紀之!」

 

 ズバッという効果音が適切なのではないかと思うほどの勢いで立ち上がる黄泉。

 

 スコープ越しに除いている俺が驚く程の勢いだったため、隣に座っていた紀さんはそれ以上だったらしく、若干のけぞっている。

 

 顔を赤くして、若干下を向きながら、ツンデレ特有のあの「正直になりたいけどなれなくて言葉が出てこない状態の、何処か何故か悔しそうに見える表情」をする黄泉。

 

 そこまで来て初めて紀さんも黄泉がなにやら包装しているものを持っていることに気が付いたらしい。

 

「……はい、これ、プレゼント。その、誕生日、おめでとう」

 

 そう言って黄泉は綺麗に、しかし不器用に包装されたプレゼントを差し出す。

 

 本当に真っ赤な顔で、少しプルプル震えながら、包装紙をわざわざ買って自分でラッピングまでしているそれを飯綱紀之へとプレゼントする。

 

 誰が見ても一瞬で本気のプレゼントだと理解できる光景。これを義理だと思えるのならば、そいつは俺直々にサイコパス認定してやろうと思える程にはマジな雰囲気だった。

 

 いやプレゼント一つでそんな必死になるなよと言いたくなるが、それは飲み込んでおこう。

 

 それはさておき、あんなものを渡されては男冥利に尽きるというものだが、―――さあ、どう出る飯綱紀之。

 

『デルタスリーよりデルタワンへ。トリガーをアンロックしろ。これは親友としての勘だが、あいつ、お前が想定している行動起こすぞ』

 

「了解。トリガーをアンロックする」

 

 ついていた安全装置を外す。

 

それに伴って俺もスコープをのぞき込む。 

 

 そこにはどう返せばいいか分からなくなって困惑している飯綱紀之が映っている。

 

 現在の俺と同様にあまりにも殊勝な黄泉に対する対応をしかねているのだろう。

 

 だが、その困惑も長くは続かない。

 

「凜ちゃん。紀ちゃん確実に照れてるねあれ」

 

「ああ。確実に照れて、あ、顔紅くなった」

 

「……二人とも初心だねえ。あ!」

 

 双眼鏡を覗いた神楽が声を上げる。

 

 そして困ったあの男が次にすることは何かというと、経験上それは茶化すことだ。

 

 案の定その表情は照れの表情から悪だくみをするガキのような表情へと変化する。

 

 ……さればよ。

 

 あの男はこういったことに慣れているかと思いきや、以外にも本気で来られた時にどうしていいかわからなくなるタイプの人間なのだ。

 

 だからこういった人目を気にしてしまいそうな場所でプレゼントを渡すのはやめておけと黄泉に行ったのだが、見守ってて欲しいと言われたために仕方なく俺たちはこうしているという訳なのだが……。

 

『デルタワン、やれ』

 

『了解』

 

 飯綱紀之が口を開こうとする。たぶんその口から出てくるのは茶化しの一言だ。

 

 だから俺はそれを阻止する。

 

 スコープの中心に飯綱紀之を捉える。風は問題ない。誤射の心配もない。よし、行ける。

 

発射(ファイア)

 

「いだぁ!!」

 

 飯綱紀之のこめかみに俺がスナイパーライフルのモデルガンから放ったBB弾が炸裂する。

 

 こいつは最近買った、お気に入りの一品だ。精神年齢で言えば30なんぞ優に超えているはずなのだが、やはりこういったものに対する憧れだとか、そういった感情は男である以上拭うことはできないらしい。

 

 そしてこの相棒で狙撃した後は直ぐに後退し、二人の視界から入らない位置へと移動する。

 

「おい誰だ今の!」

 

 飯綱紀之が大声を出しながらあたりを見回す。その反応速度は流石というべきだが、残念ながら遅い。俺と神楽は既に死角に入っている。

 

 そしてその代わりに彼の視界に入るのは―――

 

「逃げろー!」

 

「逃げろぉー!」

 

「このガキども!待ちやがれ!」

 

 エアガンを持っている小学校三年生のお子様二人だ。先程剣輔に渡させた物がこれ(エアガン)である。この子たちも先ほど言った通りサクラである。

 

 俺と神楽に速攻で目がいかないようにそれっぽいデコイを配置したという訳だ。この子たちには目の前のお兄さんが怒り始めたら本気で外に止めてある車にダッシュするように言いつけてある。

 

 もともと仲がいい子たちだし、頭も悪くないのでしっかりやってくれるだろう。成功報酬としてエアガンとチョコレートを約束してるし。

 

 相当に痛かったのか走って追いかけようとする紀さんではあるが、お互いの距離は50メートル以上空いている。

 

 それに彼らは昔俺が直々に短距離走を教えてあげていた短距離で学年上位の子達だし、人の目を撒くための逃走ルートは作って(・・・)おいた。そう簡単には距離は詰められない。

 

「こちらデルタワン。チルドレンが手筈通りに退避した。回収を頼む」

 

デルタフォー(ナブー)了解』

 

『了解なのんのん』

 

 相変わらず訳の分からない男なナブーさんであるが、回収はこれで問題ないだろう。

 

 あとはこの子たちを金輪際紀さんに会わせなければ問題ない。

 

「くそ!足の速いガキ共だ!」

 

「紀之!大丈夫?」

 

「あぁ。問題ないよ。人に向けて銃を撃つなんてどんな教育をされてるんだあいつらは!」

 

 さーせん、と心の中で謝罪をしながらも、ライフルを所定の位置へと戻して二人を観察しなおす。

 

 冤罪を被ったあの二人にも心の中で謝罪しておく。まあそれ以上のリターンは与えているので問題はないでしょう。

 

「あー赤くなってるじゃない。今度会ったらちゃんとお説教しないと」

 

「親も呼び出して説教してやりたいくらいだ」

 

「そうね。しっかり怒ってあげないと。……ハンカチ濡らしてくる。ちょっと待ってて」

 

 そう言って立ち上がる黄泉。流石の女子力である。現代の女性に見習わせた……いや、なんでもない。現代は直ぐに炎上する世知辛い時代だ。あまり迂闊なことは言うまい。

 

「いや、いいよ黄泉。大したことないから」

 

 それを手で制する紀さん。もっと激高しているかと思いきや意外と冷静だ。

 

 ……これは、ちょっとプランから外れてきてるな。

 

「こちらデルタワンより本部へ。対象に想定通りの反応なし。しかしプランはこのまま続行する。送れ」

 

『本部アルファワン了解よ。気を付けて』

 

 ……なんとまあ。プランから若干外れてきた。

 

 

 

 実は今回の一件、黄泉に「ちょっと、協力してほしいかも」と言われたために俺は手を貸していたりする。

 

 そう、元々は黄泉の依頼なのである。どこまで初心なのやらこの少女は。二人でデートとか今でもしてるくせに何が恥ずかしいんだとかいう突っ込みは無粋だからやめておこう。

 

 だが、()()()()()()()()。断ったのである。

 

『デルタワン、どうする?お前がヘルにだけ姿を見せるのは難しそうだぞこれ』

 

「……そうですね。剣輔、あの子供たちをこっちに戻してくれるか?ハーゲンダッツが付くとでも言っておいてくれ」

 

『……了解。連れて来ます』

 

 本来の筋書きだとこうだった。

 

 俺が紀さんをショットして、紀さんが本気でガキどもを追いかける。そして紀さんだけ居なくなった所で俺が姿を現し、黄泉を落ち着かせて再度チャレンジさせる、という流れだったのだ。

 

 サプライズでやろうかなーとなんとなく考えていたのと、一旦断っておきながらやっぱり心配で来てしまった、という設定のほうが黄泉の安心度が上がるのではないかと考えたのだ。

 

 そして紀さんが追いかけて走っていった子供の先には素振りをする剣輔が待機。

 

 この公園でこいつ(弐村剣輔)はいつも素振りをしているのでほぼ間違いなく怪しまれないだろうとの算段だ。

 

 ……怪しまれたら剣輔に犠牲になってもらおう。アーメン。

 

 そして剣輔と合流すれば絶対に剣輔と紀さんは間違いなく話すことになる。そこでの会話から黄泉が如何にそのプレゼントに力を入れて選んでいたかを上手い感じで伝える算段であった。

 

 流石にそれが伝われば茶化すことなどないだろうとの室長の言である。

 

 そのために室長にも協力を仰ぎ、無線を通して不自然にならないような会話を剣輔に指示させる予定だったのだが、その予定が崩れてしまった。

 

 元々俺が神楽にエアガンの自慢をしていた時に思いついた糞みたいなアイディアだったので、まさか採用されるとは思ってもいなかったのだが……。まぁそんなおふざけ90%でできた糞みたいな作戦なので破綻は仕方あるまい。

 

「いや、でも赤くなってるし……」

 

「本当にいいよ。それよりも。……黄泉、これ、ありがとな。嬉しいよ」

 

「!?」

 

 ベンチに置かれたプレゼントを手に取り、微笑む紀さん。そしてそれをみてまた顔を赤くする黄泉。

 

 とはいえ、やることになった以上は全力で元の流れに戻して作戦を続行するしかあるまい。

 

 さて、また射撃の体制に……ん?んん!?

 

『おおおおお!作戦は成功!繰り返す、作戦は成功!』

 

「ええ!?ここで成功すんの!?」

 

「凜ちゃん、なんか成功してるけどこの後どうするの!?」

 

『え、成功したんスか?だってまだ―――』

 

 本気で驚いて騒ぎまくる俺達。

 

 今は計画がフェイズスリーまであるとすればフェイズワンの段階。残りのフェイズを経ることなく作戦が終了することになってしまいパニックに陥っているのだ。

 

 なんだよこめかみを撃ち抜かれて解決するって。いや、まじでなんだよ。ここで終わるのかよ。 

 

『こちらアルファツー(二階堂桐)。まずは落ち着いてください。デルタワン、状況の報告を』

 

「こちらデルタワン。その、エアガンでこめかみを正確に撃ち抜いた所、作戦の目的が全て終了いたしました。作戦成功です。オーバー」

 

『……はい?』

 

 流石の二階堂桐も困惑しているようだ。それはそうだろう。今回のこれこそ、現実は小説より奇なりというやつなのだから。

 

 再度スコープを除く。

 

 映るのは恥ずかしさ半分、嬉しさ半分の何とも言えない顔を浮かべた神童と呼ばれているはずの少女。思い人にプレゼントをしっかり渡せて、尚且つありがとうと言ってもらえたのはいいが、どんな表情を浮かべていいのかわからなくなっているのだろう。

 

 うむ。控えめに言って可愛らしい。

 

 控えることなくいうのならばN○Rというジャンルを開拓したくなってしまう程である。……いや、流石に控えなさすぎか。

 

「ああ!凜ちゃん!あれ!」

 

 一瞬彼方に行きそうになってしまった思考を戻す。

 

 何故か知らないが異常な程にキラキラと目を輝かせながら神楽が黄泉たちを指さす。

 

 つられてみるとそこに映っていたのは非常にかわいらしい表情を浮かべる黄泉の頬に触れる男の手。

 

 何を隠そう飯綱紀之の手だ。その無骨ながらも綺麗な手が、黄泉の顔を上へ上へと誘っていく。

 

「あっ」

 

 優しく黄泉の顔が誘われ、自然と黄泉の顔が紀さんの方向を向く。

 

 そして近づいていく黄泉の唇と男の唇の距離。

 

 黄泉も抵抗を見せる気配などなく、むしろその顔は今まで以上に魅力的でそして扇情的で―――

 

「……剣輔」

 

 確かに女の子にはロマンティックな状況なのかもしれない。イケメンな恋人の手に誘われて、身を任せてキスをする。

 

 ……成程。確かに神楽が目を輝かせるのはわかる。

 

『……ガキたちはもう配置につけてます。いつでもどうぞ』

 

「……カズさん」

 

『……やれ。許す』

 

 だが、残念ながら俺達男にとっては全くそんなことはなかった。

 

 むしろ、その逆だ。

 

「ちょっと、凜ちゃん?何を―――」

 

発射(ファイア)

 

 その日、二発目の弾丸が飯綱紀之のこめかみへと見事直撃した。

 

------------------------------------------------------------

 

 

「全く、凜ちゃんには困ったものね。しっかりお灸を据えてあげないと。いいところを邪魔しちゃ駄目じゃない。ねえ桐ちゃん」

 

「……いえ、それを言うならばまずおもちゃのエアガンで狙撃をする作戦を許可すること自体問題だと思うのですが」

 

 それもそうねーと二階堂桐の言葉を受け流す神宮寺菖蒲。

 

あれ(エアガン)が原因でより仲に亀裂が入ったらどうするつもりだったのですか?」

 

「それは無いと思うわよ。桐ちゃんも気付いているでしょう?」

 

「……それは、そうですが」

 

 確かに、その通りではあるかもしれないと二階堂桐は思考する。

 

 事実、あの二人の仲はもう―――

 

「それに、今回のプレゼントもあんなに神経質になる必要なんて無かったのよ。一旦雰囲気が悪くなったように見えても、あの二人は自力ですぐ元に戻るんだから」

 

 そうつぶやく神宮寺菖蒲。何処か憂いを浮かべたその表情は何を思っているのだろうか。

 

「……だからといってエアガンで射撃する理由づけにはならないと思いますが」

 

「相変わらず手厳しいわね桐ちゃんは。そうね、楽しんでたことは否定しないわ」

 

「室長……」

 

 はあ、と溜息をつく二階堂桐。絶対的な指揮能力を発揮する傍らで、こういったおふざけもする。そういう人間なのである、この神宮司菖蒲という人間は。

 

「それじゃあ凜ちゃんにはしっかりとお灸を据えてあげないと。桐ちゃん、ここに凜ちゃんを呼んでもらえるかしら?」

 

「了解しました。無線を聞く限り桜庭一樹と弐村剣輔も賛同していたように見えますが、いかがいたしますか」

 

「そうね。まとめてお説教しちゃいましょうか」

 

 

 その後、その部屋に入っていった男達三人は口々に「反省はしている。後悔はしていない」と述べたとの事である。

 




※プレゼントは革靴とネクタイの設定です。


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第18話

※章完結記念ss書きますので、活動報告にて是非投票ください。

お待たせいたしました。
今までのあらすじ書いておくので、忘れた人は一読すると理解しやすくなるかと思います。

凜と冥、諌山幽より指令を受け三森峠へ⇒非常に危険な雰囲気。結界をくぐると三途河に遭遇、凜生き埋めに⇒なんとか脱出。対策室とも合流し、掃討戦へ⇒今話


「結界用意!霊力に余裕がある人は結界の発動に力を貸して!……ほら凛!貴方はまだ余裕あるでしょ。また玉砕したからってやる気なくさないの」

 

 またしても諌山冥に謝罪をスルーされ、ハートブレイクな俺の襟首を細腕からは想像できない力で掴むと、無理やり結界を張るポイントに引きずり込んでいく黄泉。

 

 精神的にも肉体的にもなかなかの疲労がきているものなのだが、どうやら目の前の少女は俺の休憩を許してはくれないらしい。

 

 鎌鼬を倒してからおおよそ2時間程が経過した。

 

 休み休みあの後も戦闘を行っていたのだが、流石に疲労が溜まってきたことと、害となるような霊はほぼほぼ全て駆逐が完了したためにベースキャンプに俺と黄泉は戻ってきた。

 

 俺達以外のメンバーもあたりの霊達をあらかた掃討しており、一休みしたのちに最後の大詰めとして霊を寄せ付けなくする為の結界を張ることとなったのである。

 

 その休憩時間に冥さんに再度謝りに行ったのだが、すっと顔を自然に逸らされて終わってしまった。

 

 ……いやあ、流石にもう許してくれてもいいんじゃないですかね、冥さん。

 

 さて、話を戻すか。

 

 その結界とやらを張るために霊力の強い何人かが選抜され、結界の要となる剣に霊力を注ぐこととなった。最後に紀さんがそれを起点に結界を張って終了だ。

 

 俺は小野寺に生まれた弊害で術自体は全くもって使えないのだが、霊力だけならお化けクラス(黄泉談)にあるので霊力タンクとして駆り出されたという訳だ。

 

 ちなみにだが、俺の霊力量は相当なもので、黄泉をして羨ましいと言わしめたほどである。

 

 だがそこは俺である。霊力チートでウハウハなんていったヌルゲーなことにはならなかった。

 

 俺の戦闘スタイルと小野寺の術自体はかなり相性が良く、応用も利くし使い勝手は良いし中々気に入っているのだが、小野寺の術は霊力消費が驚くほどに少ない。全力で霊力を使った所で全くと言って良いほどに消費されないのだ。

 

 霊力を惜しみなく使うとの前提のもとで、とあるケースを想定してみよう。

 

 俺が全力で黄泉と戦って、その後に雅楽さんと本気でやりあって、その後で今回の戦闘を経るというありえないケースだ。ここでは俺の体力が持たないだろうとか、不可能だろうそんなことといった議論はシカトする。あくまで想定である。

 

 そんなケースを想定して見たとしても、その戦闘で俺が使うであろう霊力は、俺が持つ霊力の2割に達するかどうかといったほどである。

 

 残りの8割以上は使われずに残ってしまう。どんなに頑張って使って戦闘をしたとしてもその数値は消費されずに残ってしまう。

 

 つまりは宝の持ち腐れ。これだけ大量の霊力を持っているにもかかわらずそれが全く活かせていないのである。

 

 ならもっと消費するスタイルで戦えば良いじゃんとの声が聞こえそうだが、別に消費量を多くした所で術式の力が上がる訳でもないし、むしろバランスというものが大事なので術式が弱体化するなんてことも往々にしてある。

 

 それに不動明王結界術のような霊力を食う技が小野寺にある訳でもないし、いたずらに消費量を増やしても何のメリットもないのである。

 

 せめて「霊力の半分は持っていかれるけど、威力が絶大な奥義」みたいなのがあったら良かったのだが、そんなものなどありはしなかった。

 

 もしかするとこれ(霊力量)が俺が生まれ変わるときに貰ったチートなのかもしれないが、活かせないのでは何の意味もない。霊力は人に譲渡できないし、本当に宝の持ち腐れである。舞蹴とか使えば活かせるかもしれないが、今更このスタイルを変えるつもりもないし、ぶっちゃけ火力不足を感じたことはないから問題はないのだ。

 

 とりあえず黄泉に言われた通りに霊力を封剣へと移していく。こういった時に霊力タンクなる俺は役に立つ。

 

 まあ、喰霊-零-の時系列じゃ殆ど役に立つ機会はないのだが。

 

「それじゃ紀之。お願い」

 

「ええ?俺かよ」

 

「紀之貴方凛以上に疲れてないでしょ?それに張れるの貴方ぐらいしか今いないじゃない」

 

「ええーお前が張ればいいだろう?」

 

「私はもうヘトヘトなの。霊力も結構使っちゃったし」

 

 軽口を叩いてる黄泉だが、その実かなり疲れていることを俺は知っている。

 

 戦闘の最中何度も法術を使っていたし、乱紅蓮に咆哮波を撃たせるのだって黄泉の霊力を使うのだ。何時間も車に揺られてここまで来て、その上前線で働いたのである。そりゃいくら黄泉でも疲れるだろう。

 

 面倒臭そうにへいへい、と言いながらも何やら唱え始める紀さん。

 

 文句を言うふりをしながらも何だかんだそれを理解しているのだろう。

 

 ……それにしてもこの人、本当に力はあるくせにいつも本気出さないよな。全力でやりあったことは一回もないのだが、軽く手合わせをした時に感じたあの人の槍術は相当なものだった。

 

 正直に言うと手を抜いている状態でも、手合わせをしてみればその人の底というものは測れたりする。正確な「数値」みたいなものを出すことは不可能だが、なんとなく勝てるなーとか、誰よりも弱いなーということは大雑把に測ることができるのだ。

 

 流石に黄泉レベルとは言わないが、それでもそのクラスとも戦えるレベルの腕があることは何となくわかった。管狐だとか、法術を使った戦闘がこの人の持ち味であるため、総合的な実力を考えると黄泉でも相当苦労するレベルではないだろうか。

 

 長ったらしい詠唱を飯綱紀之は躓くこと無くスラスラと述べていく。

 

 前にも述べたことがあるとは思うが、俺は法術を()()使()()()()。喰霊-零-では使っているシーンが見れなかったとは思うが、喰霊では不動明王結界術と言ったような攻撃のための法術が戦闘において使われたりする。

 

 特に上位の怨霊と戦う時は黄泉でさえ活用したりしているし、原作では飯綱紀之も乱紅蓮の咆哮波を水を利用した術で相殺したりもしている。

 

 けど、俺はそれを一切使えない。それはおそらく俺の才能が全て小野寺の霊力に振られているためだ。

 

 何と言えばいいのだろうか。

 

 例えば、車を動かすにはガソリンをエンジンに入れる必要があるわけだが、そのエンジンは重油から生成されている。

 

 皆は自分が持つ重油(霊力)を生成してガソリンを作り、それによってエンジン(法術)を駆動させることが出来るのだが、一方で俺は重油(霊力)を生成して()()()()()()()()()()()

 

 軽油や重油(燃料)を車のエンジンに入れても動かないのと一緒で、俺は霊力(重油)は持っていてもガソリンに出来ないから法術(エンジン)を使うことが出来ないという訳だ。

 

 重油に直接火をつけて使っているのが俺で、ガソリンを作ってエンジンを駆動させているのが一般の方々であるというイメージを抱いていただければ全く問題ない。

 

 神々しい光とともに結界が作動する。

 

 注ぎ込んだ量と詠唱から判断するに中々上位の結界を作動させたようだ。

 

「……よし、と。黄泉、終わったぞ」

 

「ありがと紀之。一先ずはこれで安心かしら?」

 

「多分な。特異点も消えてるみたいだし、よっぽどのことが無い限り大丈夫だろう」

 

 そう言って伸びをする飯綱紀之。

 

 確かにもう安心だろう。ここがこんな異常になったのはあの馬鹿が殺生石なんてものを持ち込んだからだ。この糞石さえなければ全く問題はないのだから。

 

 ……ってそう言えば。

 

「黄泉ちょいこっち来てもらっていい?ついでにノリさんもお願いします。……忘れてたんだけど、はい。一応リーダー黄泉だし渡しておくよ」

 

 ポケットから先程拾ったあの石を取り出す。室長には報告済みなので別に黄泉に渡す必要はないかもしれないが、一応命令権は黄泉にあるのでホウレンソウはしておこうと思ったのである。

 

「?なにこれ?」

 

「殺生石」

 

 いきなり俺の霊力が直方体の形に固められた箱を渡されてキョトンとしていたが、何気なしに放った言葉にぎょっとした顔をする黄泉と紀さん。

 

「殺生石!?」

 

「ちょっと待ちなさい凛。これが殺生石ってどういうこと!?」

 

「俺の霊力で上手くコーティングしてあるから分かりにくいけど、その中にあの赤い石が入ってる。多分怨霊が寄ってこない程度には妖力を抑えてあるから問題はないと思うぞ」

 

「いや、そういうことじゃなくて!」

 

「長くなるから簡単に話すと、三途河って覚えてるか?あのカテゴリーA。あいつが洞窟の中でそれの実験をしてたみたいだったから、それを俺が奪ったって感じ」

 

 これがあいつにとって誤算だったのかそれとも狙い通りだったのかはわからないが、取り敢えず一個奪ってやった。

 

 恐らくではあるが、これはあいつが分裂させたものじゃなくて新規の一品だろう。ハッキリとした根拠はないが、三途河の目に埋まっていた殺生石の大きさが以前と変わっていないような気がしたのだ。

 

 それに殺生石自体の入手難易度はそこまで高くない。埋まっている場所さえわかってしまえば入手は簡単だ。

 

「そんな身構えなくても大丈夫ですよ紀さん。結構厳重にコーティングしてありますし、間違いなく害はないですから」

 

「とはいえ普通身構えるよ……。この件室長には報告してあるのか?」

 

「もちのろんです。取り敢えず持ち帰って来てくれって言われてます」

 

 ついでに言うと対策室以外のメンバーには極力持っていることを知らせるなと言われてたりもする。 

 

「対策室以外には内緒で頼みます。あそこに座ってる百合の花の令嬢はその例外になるんでしょうけど、まだ話してなかったりします」

 

「……わかったわ。取り敢えず今この場で知ってるのは私達だけ?」

 

「そそ。この3人だけ」

 

 多分冥さんはその例外になるとは思う。対策室以外には極力話すなとのことだったので積極的に話すつもりはないが、何かしらの事情があれば一応耳には入れておこうとは思っている。

 

「ならそれは凛が持っておいてくれないか?戦力的にも安心だし、どうやら俺達よりもそれについての知識が深いみたいだしな」

 

「わかりました。俺はいいですけど、黄泉もそれでいい?」

 

「ええ。私としてもそっちの方が安心かも」 

 

「りょーかい。詳細は車の中で話すよ。他のメンバーにもその時に」

 

 ぽいっと手に持っていたコップを放り投げる。

 

 環境破壊がどうのこうのと言われる前に釘を刺しておくが、このコップは俺が霊力で作ったものなので環境破壊には当たらない。なんせ消そうと思えばいつでも消せるのだから。

 

「本当に便利よねその能力。羨ましいわ」

 

「そうか?俺としては黄泉達の方が羨ましいけどな」

 

「隣の芝生は何とやらってやつかしら?でも前も言ってたけど、凛は刃こぼれとか研ぎを意識して戦ったことないんでしょう?」

 

「うん。それはかなりのメリットだな。刃こぼれとか意識するの面倒くさくて退魔刀使ってないっていうのもあるし」

 

 宝刀獅子王や舞蹴などは非常に頑丈で切れ味も通常の日本刀に比べれば落ちにくいが、あくまで比べてである。粗雑に使えばすぐ折れるし、刃こぼれなどしょっちゅう起きることだろう。

 

 俺は全く繊細なタイプの人間ではないので、日本刀のような武器を使用して戦うのは性格に合わないのである。使うとしたらクレイモアとかの方が切れ味を重視しなくていい分好みだ。

 

「他の法術を使えないから一概には言えないけど、凛の能力はアウトドアとかでも凄い役に立ちそうだな」

 

「一般人と行った時は使えないですけど、1人で篭る時とかはかなり使えますよ。テーブルから椅子、食器までなんでもござれって感じです」

 

 応用は効く能力なのである。これで普通の法術も使えてたらなかなかチートだったのに、世界とは残酷である。

 

「……さて、やるべきことも終わったし、そろそろ撤収するか。もう真っ暗になってきた」

 

 まだ17時ではあるのだが、流石は冬といったところだ。ほぼ完全に日が傾いている。

 

 俺達退魔士は夜に活動することが多いため夜目を鍛えてはいるのだが、それでも流石に昼間と夜とでは昼間の方が戦いやすく、夜はなるべく避けたいのが本音だ。

 

「そうね。神楽も疲れちゃったみたいだし時間的にもちょうどいいわね。………それで凛はどっちに乗っていくのかしらん?」

 

「どっちって?2台で来てるのか?」

 

「そうじゃなくて」

 

 そういって南の方角を指差す黄泉。つられて見るとそこにはコップを持って岩に腰掛けて休む諌山冥の姿が。

 

 ……そうだった。俺、行きはあの人達の家の車で来たんだった。

 

「10分後には出発するからそれまでに決めておいてね。私は神楽の面倒見てくるから」

 

 じゃねーと言い残してノリさんと共に船を漕ぎ始めている神楽の元へと歩いて行く黄泉。

 

 そう言えばその問題が残っていたなーと若干憂鬱に思う俺。黄泉からは言外に向こうに乗ってけと言われているような気がするし、向こうに乗って行こうかと思うのだが許してもらってないし、こっちに乗って行ったら乗って行ったで冥さんから更に嫌われそうだし。

 

 なんというジレンマ。殺生石を確保してしかもこの場所の鎮圧に一役以上は買った俺を多少は労ってくれても良いのではないだろうか。

 

「……もっかいアタックしてくるか」

 

 気が重いながら、再度冥さんに許しを請いに行く俺であった。

 




二章の最終話になります。
次話より三章に突入、いよいよ時系列が喰霊-零-に追いつきます。
非常に重要な章になりますのでお楽しみに。
三章完結は年内を予定しております。


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第3章 縁歪-ゆかりひずみ-
第1話


次の話は直ぐに更新します。
喰霊-零-にようやく追いつきました。
今後は喰霊-零-のパロ+アルファ(こっちがメイン)を行っていきます。
※ちなみにこのシーンは原作準拠です。私が考えたシーンじゃないので原作未読の方はご注意を。


第3章 縁歪-ゆかりひずみ-

 

「ねー美紅(みく)。英語の宿題みーせて」

 

「え?宿題でてたの?」

 

「えぁ?」

 

「教えてくれればよかったのに。私風邪で昨日休んでたから」

 

「―――はぁ!!そっか!やっばぁー!どうしよう美紅をあてにしてたのにぃ。……はっ」

 

 意識がまどろみに沈んでいる。

 

 うたたねとは気持ちの良いもので、私は非常にその感覚が好きだ。いつ寝たかも、どんな体勢で寝たかも意識しないうちに意識が消失している。そんな制御できない感覚に今現在私も身を委ねていた。

 

 うとうとして非常に気持ちがよく、周りの言葉など一切耳に入らないそんな状態。

 

 しかしその気持ちの良い状態は一人のクラスメイトによって打ち砕かれる。

 

「ねー土宮!」

 

「……?」

 

 声をかけられるのと同時に、意識が覚醒する。

 

 どうやら自分は頬杖をついて寝ていたらしい。今は休憩時間。みんなが交流を深める時間だ。

 

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。夜遅くまでのお勤めに朝早い学校のせいで疲労が溜まってしまっていたのだろう。休み時間の僅かな間だというのに船をこいでしまっていた。

 

 その時間は10分程度しかないけれど、中学生にはものすごく大事な時間だ。その10分で教師の悪口やコイバナ、果てには喧嘩まで起きるのだから。

 

 声につられて前を見る。

 

 柳瀬千鶴(やなせちづる)。クラス内でも目立つ活発な少女で、私のクラスメイトである。

 

「英語の宿題、やった?」

 

「えっ?うん、まあ」

 

「ほんとう!?ねぇ、借りて良い?」

 

「うん、いいよ」

 

「やった!サンキュー!」

 

 相変わらず活発な少女だなーと私は思う。

 

 これは決して悪い意味などではなく、本当にいい意味での感想だ。明るくて、もしかすると図々しいととられかねない態度なのに、あまり絡んだことのない私でも全く嫌な感じを覚えない。

 

 そして、その感情は正しかった。

 

 この時の私は知る由もないけど、柳瀬千鶴、将来の私がヤッチと呼ぶようになる目の前の少女は、私のかけがえのない友達となっていくのだから。

 

「土宮さん、私も」

 

「あ、うん」

 

 次いで私に話しかけてきたのは真鍋美紅(まなべみく)。おっとりとした性格の、男子に非常にもてそうな雰囲気を持つ少女で、将来の私にとってかけがえのない友人になる1人だ。

 

 でも、将来かけがえのない友達になると言ってもまだ私達の関係はぎこちない。

 

 正確に言えば私があまりこと2人のことを知らなくて、どう接していいかよく分からないのだ。クラスが一緒と言っても殆ど話したことがなかったのだから。

 

 携帯が、メールの受信を知らせるために振動を始める。

 

 震えたらとりあえず携帯を見るというのは現代人にとって最早条件反射に等しい。何かしらの振動に起こされたのならば十中八九の人間が携帯へと目を向けるだろう。

 

 それは私も例に漏れない。2人と話している最中ではあったが、携帯へと目線を向ける。

 

―――メールだ。

 

「何?メール?」

 

 柳瀬千鶴がそう尋ねてくる。

 

「うん。病院から」

 

「土宮のお母さん、入院してんだっけ?」

 

「ごめんね、お家、色々と大変なのに」

 

「ううん。あ、行かないと。ノートは置いといてくれれば良いから」

 

 柳瀬千鶴の疑問も、真鍋美紅の気遣いの言葉も意識半分に私は立ち上がる。

 

 携帯を手に取る。

 

 送り主が誰だろうかなどと考えるまでもない。この時間帯に連絡を送ってくる存在など対策室以外にありはしないのだから。

 

「じゃあ」

 

 身から離さずに持ち歩いている舞蹴十二号を手にとって教室を出て行く。

 

 お勤めの招集だ。私が生徒だと言えどこの招集は何よりも優先される。

 

 急いで私は教室を出て行く。だから、

 

「慌ただしいなぁ」

 

「大変だねえ」

 

そんな会話がされていたことを私は知らない。

 

------------------------------------------------------------

 

 

「―――先生。病院からメールで、母の容態が」

 

「ああ、行ってあげなさい。お大事に」

 

 休み時間の喧騒が漂う教室から抜け出し、廊下で会った担任の先生にそう伝える。

 

 これで何度目だろうか。もう覚えてはいないが、少なくとも片手の指は超えていた気がする。

 

「いつも、すみません」

 

 届いていなくても、扉の向こうへ行ってしまった先生にそう頭を下げる。

 

 仕方ないことだと割り切ってはいるが、根が優しい神楽は一抹の罪悪感を覚えてしまう。

 

 とはいえそんな大相なものではない。黄泉などと馬鹿なことを話していれば直ぐにでも消えてしまうような些細なものだ。例えるならば友達のペンを借りたまま家に帰ってしまった程度だろうか。

 

 顔を上げる。多分今浮かんでいるのは自信のある笑み。お勤めに向かう自分を誇らしく思っている笑みだ。

 

―――こういうの、凜ちゃんとかはむしろラッキーくらいに思ってそうだよね。

 

 対策室の準エースである少年の顔を思い浮かべる。言葉にしたことはないが、学校に行くのが面倒くさいと言っている凛ちゃんのことだ。ほぼ間違いなく喜んでいるだろう。

 

 扉越しに先生に頭を下げた後、校門に向かって急いで向かう。

 

 メールの内容はお母さんの容体が悪くなったというもの。

 

 今も母親が入院しているため来るたびに一瞬身構えてしまうが、これは当然の如く招集コードだ。学校などに居る際に抜け出せる口実を作るためのもの。

 

 

「授業中に悪いな、神楽」

 

「もー。毎回先生に嘘ついてくるの気が引けるよ」

 

 ジープの扉を開けてそんな会話をする。このメールが到着したということはもう対策室はここに集まっているということであり、校門の外に待機してくれているのだ。

 

「寝てたでしょ?」

 

「―――え?」

 

「涎の跡付いてるよ」

 

「えっ!?」

 

 ピロリーン、とシャッターが切られる音がする。

 

 日本の携帯についている、取り外しの出来ないその音。海外だと取り外しができるが、日本では不可能で必ず音がなる―――

 

 と、そんなことに思いを馳せている場合ではなかった。凜ちゃんが語るウンチクはなかなか面白いからよくせがんで聞くことがあるけど、こんなところで出てくる必要はないのに。

 

「―――あはははは!」

 

 愉快そうな笑い声が響く。落ち着いているのにどこか無邪気な義姉の声。

 

 私にとってはもう本当の姉と言っても過言ではない黄泉の声。普段なら落ち着く声だけど、今回はほんの少しだけ不満が生まれる。

 

 心底楽しそうな声を出しながら私に向けて携帯を見せてくる黄泉。

 

 そこに映っているのは間抜けな顔を晒してよだれを拭っている私。

 

 ……撮られるならもっと可愛い顔をしている時に撮って欲しかった。

 

「……もう!」

 

「私の神楽の寝顔コレクションがまた1つー」

 

「消して、そんなコレクション!」

 

 そんな会話を黄泉としながら、車は目的地へと進んでいくのだった。

 

------------------------------------------------------------

 

「ーーーやっべ、感動した」

 

 車が出発してから数十秒後、意味のわからない言葉を発しながら後部座席からひょこりと1人の男が起き上がってきた。

 

「あら凛。起きてたの?目的地に着くまで寝てるとか言ってなかった?」

 

「それも魅力的なんだけど、それ以上に魅力的なことがあってね」

 

 8人乗りのジープの最後列に寝そべっていた男の名前は小野寺凛。私のお兄ちゃん的存在だ。

 

 私や大半の対策室の女性の恋心センサーには掠りもしないけど(黄泉は悪くないとは言っていた気がする)、頭も良くて強くて格好よくて優しい、理想のお兄ちゃんを体現したような存在だ。

 

 今みたいに意味のわからないことを時折いうが、とにかくいいお兄ちゃんである。

 

 なにやら感動しているみたいだけれど、凛ちゃんがよくわからない行動や言動をするのはしばしばあるので放置しておこうと思う。

 

 そういえば私が小学五年生の頃、黄泉にお母さんの姿を重ねて泣いてしまい、黄泉が気を利かせてお勤めに連れて行ってくれた際にも同じことを言っていたような気がする。

 

「凛、食べる?ポッキーあるけど」

 

「あ、欲しい。ありがとう」

 

「黄泉ー!私も!」

 

 何故か凛ちゃんは2本、そして私は一本を抜き取り、口に運ぶ。

 

 軽快な音を立てて折れるお菓子の枝。この音と、食感がたまらないのです。

 

「なんか最近、超自然災害増えてない?」

 

「うん、ちょっと悪霊の出現多いかな」

 

「しばらく、静かだったのにな」

 

 ポッキーを食べながら黄泉に質問をすると、助手席から声が返ってきた。

 

 かずちゃん。本名を桜庭一樹という。

 

 軽薄な感じのする男性だけど、そんなことは無く、頼りになる男の人だ。

 

 戦闘力では凛ちゃんや紀ちゃんに引けを取るけど、まとめる力などでは引けを取らない、とは黄泉の言だ。

 

「この増え方は3年ぶりぐらいか」

 

「……!3年」

 

 かずちゃんにとっては何気ない一言だったのだろう。あくまで事実を言ったに過ぎないのだから。

 

 でも、私にとってその3年という数字は非常に大きな意味を持つ。

 

 ーーーだって、お母さんが昏睡状態に入ったのが3年前なのだから。

 

「ポッキー最後もーらい!」

 

 お母さんのことを思い出して暗くなっていると、横から黄泉がポッキーの最後の一本を奪い去って行った。

 

「あ、ずるーい!」

 

「早い者勝ちー」

 

 そう言って私の目の前でポッキーをプラプラさせる黄泉。

 

 最後の一本とは非常に大事なものだ。それをさらっと奪っていくのは非常に許せない。

 

 ……むう。なら。

 

「……あむ!」

 

「あっ!」

 

「早い者勝ちー」

 

 先手必勝である。先手とは言えないかもしれないけど、とりあえず先に口にしたものが勝ちなのです!

 

 ちょっと勝ち誇ってポッキーをぶらぶらさせる。作戦勝ち(正確には違う)をしたのが嬉しかったのだ。

 

 そうやって勝ち誇っていると、負けず嫌いな黄泉は私がくわえているポッキーの反対側にかじりついてきた。

 

「おお!?」

 

 後ろの座席で凛ちゃんが何やら声を上げているが、それは今関係ない。

 

 黄泉にこのポッキーがとられてしまうことの方が重大な問題なのだ。

 

 お互いに睨み合ったままポッキーを両端から噛み砕いていく。

 

 長いポッキーが両端から少しずつ少しずつ削れていく。

 

 ひと噛みひと噛みはそんなに距離を縮めるものではない。むしろのんびりとしていてあまり進まないくらいだ。

 

 ーーーだけど、ポッキーっていうのは1人で食べるにはちょうどいい長さだけど、2人で食べるには当然短くて。

 

 顔が赤くなるのがわかる。

 

 これはいわゆるポッキーゲームというやつだ。女の子と男の子でやって、唇が触れ合うまでどちらが先に根を上げずに耐えきれるかを楽しむチキンレース。

 

 そう、つまりは今目の前に黄泉の顔がある訳で。

 

 ニヤリ、と黄泉の顔が歪む。顔を真っ赤にしている私とは対照的に余裕綽々な顔をして、それどころかむしろその表情は楽しんでいるようでーーー

 

 そのまま黄泉は私の唇に黄泉の唇を押し付けて体ごと倒れこんでくる。

 

 つまりはキスをしながら黄泉は私に倒れこんで来たわけであって。そう、大事なことだから二回言うけれど黄泉は私にキスをしながら倒れこんできたわけであって。

 

 抗議の声を上げようとするが唇がふさがれているため発声ができない。

 

 正直に言うと別に嫌なわけではないのだが、それでもキスをされているという状況は流石に恥ずかしい。

 

 いくら相手が黄泉と言えどもキスをされて平然としている私ではないのだ。

 

「ほへほへ(ほれほれー)」

 

「あっははは!いやっ」

 

「良いではないか良いではないかー」

 

「やめてーくすぐったいー!」

 

「嫌よ嫌よも好きのうちー」

 

「もう、黄泉のエロオヤジ!」

 

 多少の抵抗を見せる私に、それでもスキンシップを取ってくる黄泉。

 

 やめってったら黄泉。もう、全く子供なんだから。

 

 そう思いつつも黄泉の過剰とも言えるスキンシップを全く嫌がっていない自分がいる。

 

 ほんとうにお姉ちゃんがいたらこんな感じなのだろうか。私は一人っ子だからわからないけど、もし血の繋がったお姉ちゃんがいたのならば黄泉みたいなお姉ちゃんがいいなと、そう思う。

 

 ちょっと今回のスキンシップは過剰だけれども。

 

「おおっ!おおーー!……っぐおあ!!」 

 

「こっちみんな、変態」

 

 そしてそんな私達を凝視しているかずちゃんに黄泉の強烈な蹴りが入る。鼻っ面に決まったいい一撃。かずちゃんでなければ鼻の骨を心配するほどだった。

 

 ……全く、かずちゃんはスケベなんだから。

 

 車内でいちゃいちゃしていた私達が悪く、かずちゃんが見ちゃうのは仕方ないのかもしれないけど、それでもやはり恥ずかしいものは恥ずかしいのです。

 

「今日は悪かったな。2人とも授業中だっていうのに」

 

 そう岩端さんが声をかけてくる。

 

 別に岩端さんが悪いわけでもないのに、こうやって声をかけてくれるのはこの人が凄い大人である点の1つだと思う。

 

 凛ちゃんも頻繁に「ただ一点を除けば文句無しで尊敬できる社会人」だと言っている。

 

「気にしないで」

 

「これも私達の使命だもん」

 

「お前ら!おっさんは見ても良いのかよ!」

 

「岩端さんはそっちだから」

 

「そっちだし」

 

「そっちなら良いのかよ……」

 

 そう、ホモであるという一点を除けば理想的な大人なのだ。ホモであるという一点を除けば、だけど。

 

「おい桜庭ぁ!」

 

「んぁ?」

 

 岩端さんが声を張ってかずちゃんを呼ぶ。

 

 かずちゃんの姿勢は助手席から私達の席に向かって乗り出しており、運転中の車でする姿勢としては非常に危ない姿勢だ。

 

 それを注意されると思って身構えたかずちゃん。でも、岩端さんの興味はそこには無くてーーー

 

「お前、ーーー良いケツしてんな」

 

「いぃ!?お、俺を!そういう目で見るなぁ!!!」

 

 かずちゃんの絶叫が響く。

 

 岩端さんがどこまで本気で言っているのかはわからないが、かずちゃんが不幸な目に合わないで済むことを祈っておこう。

 

 私と黄泉が微笑ましい顔でかずちゃんと岩端さんのコントを見ていると、ティロリンと軽快な音が後部座席から響く。

 

 そしてそれに続く「あっ……」というやってしまった感を孕む男の声。

 

 黄泉と私は同時に後部座席を振り向く。

 

 そこにいたのはやってしまったという顔を浮かべる男。

 

 手に持つは携帯。写真の保存も動画の記録もなんでもござれな文明の利器。

 

「神楽、確保!」

 

了解(ラジャー)ー!」

 

「ちょ、待って!」

 

 意図を理解した私達は凛ちゃんの手からその携帯を即座に奪い取るのだった。




このシーンが、喰霊_零_は百合アニメだと言われる所以だったりします。


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第2話

しばらくは原作準拠になります。
なので更新は早い、かな?
そのうちにがっつり流れが外れるので、外れるまでの平和をお楽しみに。

※そういえば活動報告で希望ss書くやつ募集してます。
暇な人は覗いて、そして一声くれてやってください。


「んー黄泉、やっぱりこれロックかかってるよー。どうする?壊しちゃう?」

 

「その必要は無いわ。パスワードは200810だから」

 

「わかった!入れてみる!」

 

「ちょっと待って。なんで黄泉お前俺のパスワード知ってんのさ?」

 

 神楽からポッキーの箱で一発貰った頬を押さえながらも抱いてしまった疑問を口に出さざるを得ない。

 

 なんでこいつ(黄泉)は俺のパスワードを知っているのか。当てずっぽうで言ったわけでもなく、実際に当たってるし。

 

「開いた!……うわあ、しっかり録画してある。凛ちゃんのむっつりスケベ」

 

「盗撮とか最低ね凛。見損なったから今度私と神楽をパンケーキ屋に連れて行きなさい」

 

「黄泉それ良いアイディア!青山に美味しいところあるって聞いたー!」

 

「ちょっと待てよお前ら!俺には鼻の骨が心配になるような一撃を加えておいて、凛にはそれで済ませんのかよ!」

 

 まだ多少赤い鼻を押さえながらそう抗議するカズさん。

 

 アニメで見ていた通り見事な蹴りだったため、相当痛かったのだろう。心中と痛みはお察しするが、これが人徳というやつだと上から目線で指摘をしておくのも忘れない。

 

 ……しかし見事に失敗してしまった。

 

 覚えのある人もいるだろうが、このシーンは3話のラストと、4話の冒頭での一幕だ。一般に想定される喰霊-零-の時系列に、そこにようやく追いついた。

 

 俺も高校一年生となり、神楽も中学二年生になっている時点で喰霊-零-の時系列に追いついたことはわかっていたのだが、俺が知る喰霊-零-のこの時間の始まりはこのポッキーの一幕なのだ。

 

 そのため喰霊-零-に完全に時間が追いつき、尚且つ印象深いシーンのリプレイを間近で見られることに感動し、思わず動画に撮ってしまったのである。

 

 当然ポッキーゲームからの百合百合展開もしっかり動画に収めていたので、後で見返すために大事に保管しようとしていたのだが、最後の最後に下手を踏んでしまった。

 

 何かしらの大きな音が鳴るまで録画停止のボタンを押すのは待とうと思っていたのだが、岩端さんとカズさんの下りで笑ってしまい、ついつい停止ボタンを押してしまったのだ。

 

 日本の携帯は盗撮防止機能として録画開始、停止時には音がなるためその音がある程度静かな空間にものの見事に木霊。

 

 勘の良いこの2人から携帯を隠しきれず、まさかの黄泉達にばれてしまった。

 

「凛ちゃんの携帯華蓮(かれん)ちゃんの写真ばっかり。相変わらずのシスコンだね」

 

「おい待て神楽。動画の削除は当然のこととして携帯を渡したが、他のデータフォルダを見て良いとは言ってないぞ」

 

「神楽。そこじゃなくてもっと下の方のファイルとか、色々って名前がついてるフォルダとか探すと良いわよ。あとはブックマークとか」

 

「まてぇええええ!まてこら黄泉!クリークだ!それ以上俺の聖域(sanctuary)に侵入するというのならば聖戦(ジハード)も辞さない!」

 

 戦争だ。それ以上侵略を続けるというのならば俺としても断固抵抗せざるを得ない。

 

「凛ちゃんのスケベ。あ、間違ってカメラ起動しちゃった」

 

 昔の携帯特有の、カメラが開く瞬間のカチッという微かな音。それが俺の携帯から響く。

 

「おいおい。ほんとにあんま変な弄り方はしてくれんなよ?」

 

「ごめんなさーい。間違っちゃった。すぐ消すから……そうだ!」

 

 ひらめいた!という顔をする神楽。

 

 俺の携帯を持って何を閃いてやがるのか。誰かにメールでも送り付ける気でもしてやがるのだろうか。

 

「……よーみ!」

 

 カシャッとシャッター音が響く。

 

 インカメに切り替えられたそれは、所謂自撮りという写真の撮り方で黄泉と神楽のツーショットをその枠内に収めて───

 

 って、んん!? これは!?

 

「おおお!」

 

「凛ちゃんどうしたのそんな大声上げて。黄泉黄泉、赤外線起動してー」

 

「あら、いいショットじゃない。私受信するー」

 

 な、なんということだ。

 

 これはあの伝説のショット。最終話まで見た人ならばこの写真を知らないとは死んでも言わせない2人のツーショット。

 

 何故かポッキーゲームの前に撮ってないなーとか思っていたのだが、まさか俺の携帯を使ってここで回収されるとは。

 

「後で私にも送ってね。……はい、凛ちゃん。さっきの動画じゃなくてこの写メで我慢しなさい」

 

 無邪気な笑顔を浮かべて俺に携帯を渡してくる神楽。

 

「お、おう」

 

 ちょっと感動しており、少しどもってしまう俺。

 

 携帯を受け取ってその画像を見てみる。

 

 ポッキーを咥えていないなど、多少の絵柄の変更点はあるが、作中に見たあの画像とほぼ同じだ。

 

 何故俺の携帯で撮るんだよとか、これはくれるんだとか、そもそも黄泉は何故俺のロック番号を知ってたのかとか色々ツッコミ所はあるが、この画像をくれたことだしチャラにしよう。

 

 ……次回以降黄泉の目の前でロックを解除する時は気をつけよう。

 

 奴の動体視力はさるものだ。ロック解除時の指の動きを見切ることくらい朝飯前だろうからな。

 

「納得いかねぇ……。なんで俺は顔面キックで、凛はパンケーキ奢りで済んだ上にツーショットまで貰ってんだよ……」

 

「俺も神楽から一撃もらってるんでどっこいどっこいですよ」

 

「重みがチゲぇってぇの……」

 

「お前ら。あと1時間くらいで目的地だ。車の中だからやれることは少ないだろうが、ある程度やることやっとけよ」

 

 緩くなっていた空気を岩端さんが諌める。

 

 ホモだけど、こーゆーとこはやっぱ年長者なんだなーと思う。

 

 ほーいとだけ返事をしておいて俺は身体を伸ばし始める。

 

 車の中だし、ほんとに出来ることは少ないが、幸い大きい車ではあるので簡単な伸びくらいならできる。

 

 土蜘蛛戦に向けて俺は簡単なストレッチを始めるのだった。

 

────────────────────────

 

「お待たせ。相手は?」

 

「今、管狐で追ってる。カテゴリーB、土蜘蛛だ。今日のは特大サイズだよ」

 

 車から降りた黄泉が管狐を展開させて周囲を見張っていたノリさんに話しかける。

 

 管狐。飯綱家に伝わる霊獣であり、イタチのような姿をした可愛らしい霊獣である。

 

 管狐をミサイルのように発射して攻撃することもできるし、管狐の目線を借りて周囲を警戒することもできるなど、非常に便利な霊獣である。飯綱家の男子はこの管狐を継承し、増やしていくことを使命としているのだそうだ。

 

「鵺で一気に片付けるわ。紀之、管狐を下げて。皆、後ろはお願いね」

 

 こくりと俺らは頷く。あれだけの大物だ。

 

 俺も空中戦や遠距離戦もできなくはないが、手っ取り早く空を飛ぶ手段を持ち合わせている黄泉に任せてしまった方が楽というものである。俺も足止めとかの妨害に回ろう。

 

「また後方支援?」

 

「ん?」

 

 それに対して不満げな声を上げるのは神楽だ。

 

「……主役はるにはまだ早いわよ。舞蹴十弐号を使いこなせるようになってからね」

 

「使いこなせるもん!」

 

「そーう?じゃあ使えるところ見せて。ーーー乱紅蓮!」

 

 不満げな神楽にそう言うと、黒鉄(くろがね)の刀身を抜き放って黄泉は霊獣の名を叫ぶ。

 

 同時に現れる宝刀獅子王に宿りし霊獣である鵺。相変わらず迫力のある霊獣だ。

 

「凛、神楽と後ろはお願い。ーーー行くわよ」

 

「あいよ、行ってらっしゃい」

 

「むー。凛ちゃんに守られなくたって自衛できるのにー」

 

 そんな神楽の言葉を華麗にスルーすると、黄泉は乱紅蓮に掴まって飛び立っていく。

 

 目指すは土蜘蛛。異常なまでに強大なサイズのカテゴリーBだ。

 

「黄泉の援護に回るぞ」

 

「了解」

 

 岩端さんがそう指示し、カズさんがそれに答え、対策室の面々は俺と神楽を残して去っていく。

 

「そうふて腐れるなよ神楽。俺だって後方支援なんだし、一緒じゃないか」

 

「でも凛ちゃんは黄泉と一緒によく前線でてるよね。私は出れてないもん」

 

「一応俺は多大な実績あるからね。大きな戦いとかになったら嫌でも前線出されるんだし、今は黄泉(ベテラン)の言葉には従っておこうぜ?」

 

 ぽんぽんと頭を叩いてむすくれる神楽を宥める。

 

 俺としてはもうそろそろ神楽は前線に立たせて問題ないと思うのだが、黄泉としてはそうではないらしい。神楽の実力がついてきたとわかっていてもやはり心配なのだろう。

 

 それに、幸か不幸かこの世界には俺がいる。

 

 黄泉と同等クラスに前線で戦える奴がいるのに神楽を前に出す必要はないとか考えてそうである。……俺からも神楽を前線に出すように打診してみようかな。三途河との決戦に備えて神楽にはさっさと俺以上になってもらわなきゃいけないし。

 

「……わかった。後方で我慢する。でも次回はーーーって凛ちゃん!あれ!」

 

「ん?どうした神楽」

 

 神楽が指し示した方向を向く。

 

 その方向にあるのは橋。トンネルの前にかかる、いかにも幽霊が出そうな暗い雰囲気の橋だ。

 

 一体何を神楽は見つけたのだろうかと目を凝らすと、そこにいたのは1人の女性。黄色い服を着た、どこか陰鬱な雰囲気を醸し出す女性だ。

 

「ーーー!?一般人!?神楽、行くぞ!」

 

「了解凛ちゃん!なんでこんな所に一般人がいるの!?」

 

「その答え合わせは後だ!走るぞ!」

 

 全力で女性の元へと駈け出す俺たち2人。岩端さん達も車に乗り込んだのが見えたが、この道ならば俺たちが駆け抜けた方が速い。

 

 そうか。失念していた。

 

 流石に16年もこの世界に生きていると喰霊-零-の知識があやふやになってきてしまう。

 

 転生したことが確定した時点であのアニメの記憶を思い出せる限り全て紙に書き出したため、だいたい全部の流れは家に帰れば把握することができる。

 

 それをたまに読み返したりしているし、暗記の為にそっくりそのまま違う紙に転記したりもしているのだが、それでもたまにこういった出来事を忘れてしまうことがある。

 

 今回のお勤めではあの橋に居る人が神楽にとってなかなか重大なターニングポイントになる。結構重要なことを忘れていたものだ。

 

「しまった!」

 

 微かに黄泉の声が聞こえた気がした。

 

 横目でその方向を見ると、黄泉が切り裂いた土蜘蛛の破片が、丁度例の女の人の方向に飛んでいく所だった。

 

 人1人なら容易に潰せる大きさと質量を持った塊。そんなものがいきなり飛んできたら流石に俺だってビビる。

 

「きゃああああぁーーーーー!」

 

 黄色い服の女の人もそれは同様であったようで、叫び声をあげる。

 

 ……どんな状況の人であっても、やはり死ぬのは怖いのか。

 

 霊力を練り上げながら俺は女の人の後ろ側(・・・)へと回りこむ。そして服の首の部分を強引に引っ張り、俺の前面に防御壁を作り出しながら女の人を背にかばう。

 

 みるみるうちに距離が近づいてくる土蜘蛛の破片。

 

 防御壁を展開したとはいえこれだけの大きさと質量を持った物体がこの速度で近づいてくるのを防ぐのは危険が伴う。

 

 だが、俺はそれを悠々と見送る。ぶつかったら結構しんどい威力なはずだが、それでも俺は何もしない。そう、なぜなら、

 

「ーーーっふ!」

 

 惚れ惚れするような一閃が空を走る。

 

 それが土蜘蛛の一部を真っ二つにし、そして消滅させる。

 

「お見事」

 

 それに伴って防御壁を解除する。一応神楽がミスをした時用にと思い展開したのだが、案の定杞憂であったらしい。今の感じを見ると100回やっても1回失敗するのが奇跡なレベルだろう。大分実力がついてきた。

 

 ……半年かからないかもな。

 

 妹分の成長は誇らしく、嬉しいのだが、やはり悔しいものだ。

 

「大丈夫ですか?お怪我は」

 

 本来ならこれは神楽のセリフなのだが、俺が代わりにそう尋ねる。

 

 へたり込んでしまっていた女性に手を貸していると、神楽も大丈夫ですかと尋ねながら近寄ってくる。

 

 軽く腰が抜けてしまったらしい。あんなことがあった後だ。仕方ないだろう。俺たちの呼び掛けに頭を振って答えているだけでも大したものだ。

 

「神楽」

 

 神楽の名を呼ぶ黄泉の声。その姿をみて神楽は微笑む。

 

 本当に黄泉はエースとしての貫禄がある。そこに居るだけで人を安心させ、気持ちを楽にする。

 

 ……俺にはこんな貫禄が出せているだろうか。出せていれば嬉しいな。

 

「民間人か」

 

「今の、見えてましたよね」

 

 首を縦にふる女性。

 

「なら、話は早ええな。俺たちは環境省超自然災害対策室だ」

 

「簡単に言うと、悪霊退治の専門家よ」

 

「……悪霊?」

 

「霊感の強い人間は悪霊に狙われやすい」

 

「最悪の場合、死に切れなくて、自分が悪霊になることだってある。……あんまり、こういう場所には近づくな」

 

 カズさん、黄泉、岩端さん、ノリさんがそれぞれ説明と注意を促す。俺も何か一言加えようかと思ったのだが、言うこともないし黙っていた。全部言いたいこと言われたしね。

 

「ここで見たことは一切口外しないように。一緒に来て。誓約書を書いてもらうから。ーーーだめよ、命を粗末にしちゃ。これは預かっておくわ。いい?」

 

「ーーー!……すみません」

 

 そういって黄泉は女性の鞄から薬物の入った瓶を取り出す。

 

 あれは毒薬だろうか。睡眠薬かもしれないが、どっちにせよ入手にはそれなりの負担が伴ったはずだ。

 

 企みを暴かれた女性は諦めたように目をつむり、どこか辛そうな顔で「はい」と顔を俯かせて答えた。

 

「もうこの辺りに悪霊はいないってさ」

 

「よし、状況終了だ。引き上げるぞ」

 

 そう岩端さんが言って、女の人を引き連れてジープへと引き上げていく。

 

 あの人のことジープに乗せていくのだろうか。ナブーさん達が何で来たかは知らないが、ジープにのるなんてことはないよな?流石に3人掛けシートで筋骨隆々の男2人と席を共にするのは耐え難いぞ。

 

「あの女の人のこと、なんでわかったの?」

 

 去っていく対策室の面々を見送りながら、神楽は黄泉にそう尋ねる。

 

 なぜあの人がここにいるかの答え合わせ。それはあの人が自殺志願者だということ。死ぬ目的で、こんな危ない場所にいるということ。

 

 それを、黄泉はすぐに察知した。

 

 俺も知識を持っていなくともその回答にならすぐにたどり着けただろう。なぜなら。

 

「経験則よ。場数を踏めばわかるようになるわ。ね、凛」

 

「まあね。あの人の場合そこそこ露骨だったし。神楽もそのうちにわかるようになるよ。……それが、良いことなのかは俺にはわからないけどね」

 

 へぇーと憧れに似た視線を向けてくる神楽に対して聞こえないように呟く。

 

 つまりそれは直接的か間接的かどうかは置いておいて、人の死に多く触れる経験を積むということだ。

 

 俺のような精神年齢が30を超えている(はず)の人間がそれに触れるのならわかるのだが、黄泉も神楽も10代の女の子だ。そんな女の子があのような観察眼を持つようになることは良いことなのかは疑問だ。

 

 まあ、だからと言って神楽を無菌室において育てるようなことをするつもりはない。

 

 この家業に生まれた以上は慣れてもらうしかないし、触れてもらうしかないのだから。

 

 むしろ俺は冷酷な人間だ。割り切る場面では躊躇いなく割り切ることができる。

 

 必要とあれば手を汚せるし、残酷な決断だってすることができる。

 

 そう、例えばーーー

 

「2度は助けないよ。自殺志願のお姉さん」

 

 メリットとデメリットを天秤にかけたとして、もしそれがデメリットに傾くのならば。

 

 これから死にゆく(自殺する)ことがわかっている人間に手を差し伸べない。

 

 こんな決断もできる、そんな人間なのだから。

 




凛くんは身内以外には結構冷たかったりします。
目の前に死にそうな人がいるなら助けるけど、助けるには複雑な手順を踏まなければならない(例えば場所を突き止めて説得したり)などは絶対にしない。
身内には損得勘定抜きで動くけれど、基本は損得勘定で動く人間と解釈ください。


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第3話

まだまだ原作準拠です。
ちょいと目新しいものがないかもしれませんが、僅かに生じている差異を見つけながら是非お楽しみください。
次回は戦闘シーンです。


「おにーちゃん!」

 

「おう!?ちょ、華蓮(かれん)!料理中はそういうことしちゃダメって教えてるだろ」

 

「おにーちゃん!」

 

「聞いちゃいないなこの子は。誰に似て……いや、分かり切ってるか」

 

 土蜘蛛を退治したその翌日早朝、俺は我が家のキッチンに立っていた。

 

 とはいえ料理が不得意な俺が作れる料理などベーコンエッグとかスクランブルエッグもどきとか温泉卵ぐらいしかないため、母に頼まれてただ鍋をかき混ぜているだけなのだが。

 

 それでも鍋を掻き回されている最中に2歳児のタックルを喰らうのは流石に危ない。

 

 鍛えているといえど2歳児ともなれば相当の重さがある。そんな重さを持って全力でぶつかられては流石にバランスを崩してしまうというものだ。非常に危ない。

 

「おなかへった」

 

「ちょっと待ってね。もうすぐ出来るからさ」

 

 ぐいぐいと俺の袖を引っ張ってくる華蓮を軽く宥める。

 

 この子は小野寺華蓮(かれん)。ほぼちょうど2年前くらいに生まれた俺の妹である。

 

 まだまだ小さくて赤ちゃんの雰囲気を残している華蓮ではあるが、自慢なことに一歳半検診で二語文をペラペラ喋るというなかなかの成長を見せている。

 

 俺があまりに言葉が早すぎたせいでそこまで騒がれてはいないが、同年代と比べれば十分に成長が早く、利口で聡明な子だ。

 

 両親の溺愛っぷりも大したもので、俺と稽古をしていても泣き声が聞こえればすぐに飛んでいき(親父)、ハンバーグとカレーとお寿司が食べたいと華蓮がごね始めた時にはそれらが全て晩餐に並び(母親)、お兄ちゃんの高校に行ってみたいとポツリ呟いたのを聞き逃さずに俺の授業参観に連れてきたり(両親)など逸話には枚挙に暇が無い。

 

 かくいう俺も夜中に泣き止まない華蓮を散歩に連れて行ったりとか、アイスが食べたいと言われたらバイクにまたがってアイスを買いに行ってしまったりと甘やかしているのだが。

 

 ともかく、両親からは無知な子供を一から育てていくという経験を一度奪ってしまっているため、自分の子供を育てる楽しみを是非とも味わってほしいと切に思う。

 

 俺みたいなイレギュラーは確かに手はかからないかもしれないが育て上げる喜びというものがないだろう。

 

 上から目線な視点になってしまうが、是非とも親として子の健やかなる成長を見守ってあげてほしい。

 

 さて、話は多少変わるが、ここまでの話を聞くと華蓮が異常に甘やかされて育っていると感じるだろう。

 

 確かに甘々なくらいには大切に育てられているが、ただ甘やかされているだけかというとそうでも無い。

 

 親父は食事のマナーとか公共でのマナーとか、そういったことにはかなり厳しいし(俺がそれを常識として守っていたために指導されたことがあまりなかった)、怒る時はきっちり怒る。華蓮が親父を嫌いになるんじゃないかと思ってしまうくらいには怒ったりする。

 

 そしてお母さんも躾には意外と厳しい。母に怒られた記憶が殆ど無いのだが(俺は親父とよく揉める)、母は笑顔で怒るタイプの人間だ。

 

 あの怒り方は結構怖い。小学校の時に親父の酒を無断で拝借したのがバレて一度本気で怒られたのだが、「なんでこんなことをやったの?」との問いを発して微笑みながら黙り込むのだ。

 

 俺たちの視線まで自分の目線を合わせて、両肩を抑え込みながら徹底的に俺たちの目を見続ける。俺たちが目を見て行いの悪かった点をしっかりと述べるまで決して離してくれないのだ。

 

 ……あの時は正直怖かった。もうこの人に怒られたく無いと本気で思ったものだ。

 

 華蓮もよくこれをやられて大泣きしている。あの年の子には怖いだろうなぁあれ。

 

 

 ……ちなみにではあるが、本当は華蓮は(れん)という名前にする予定だったらしい。

 

 りんとれんで語呂がいいとか言っていた気がする。それに、親父の名前が蓮司だから、女の子が生まれたらそこから一文字使おうとしていたらしいのだ。けれど流石に女の子らしく無い名前だよねーと母親が相談を持ちかけてきたため、「華」を加えて華蓮にすれば?と提案したところ、母親が気に入って華蓮になったというわけだ。

 

「凛、もうそろそろ火を止めても……あら華蓮おはよう。起きたの?」

 

「はよーおきたー」

 

「それじゃ顔洗わないとね。凛、鍋ありがとう。私が見ておくから華蓮を洗面所に連れてってあげてくれる?」

 

「はいよー、わかった。華蓮、行くぞー」

 

「かおあらうのやー!」

 

「やーじゃないの。ほら、行くよ」

 

 何故か顔を洗うことに抵抗感を示す華蓮を脇の下に手を入れることで持ち上げ、むりくり洗面所へと連行する。

 

 らちだーらちだーなどと叫ぶ我が妹。言葉を覚えるのが早いのは良いことだが、拉致なんて言葉を何処でいつ覚えたのだろうか。

 

「おお凛。今日は早いな。いつもギリギリまで寝ているというのに」

 

「親父おはよう。そうしたかったんだけど、お母さんに叩き起こされてね」

 

「ああおはよう。いつもこのくらいに起きるよう心掛けなさい。華蓮もおはよう」

 

「はよー」

 

「おはよう、だ華蓮。挨拶はキチンとなさい」

 

「はーい」

 

 キャッキャと楽しそうに笑い、おはよーございまーすと間延びした声で挨拶する華蓮。そのまま朝食に向かう親父にさりげなくついて行こうとする小狡い小娘を捕獲して洗面所に連れて行く。

 

 やめろーやめろーと顔を洗うことに異常な抵抗を見せる我が妹。なんだろうか。洗面所に親でも殺されたのだろうかこの子は。

 

「ほら、こんな感じに袖まくって。ほら、反対側も同じく自分でやってみ」

 

「こーう?」

 

「そうそう、上手上手。それじゃ水出して顔洗おうか」

 

 華蓮が顔を洗いやすいように段差を作ってあげる。

 

 さっきまでは顔を洗うことを拒否していたくせに、今度は嬉々として顔を洗い始める華蓮。最近何かにつけて嫌々言うようになってきたのだが、これが噂の嫌々病なのだろうか。2歳くらいの子供には良くあることだと聞くが。

 

「おにーちゃおわったー!」

 

「待ちなさい華蓮。洗い終わったら顔を拭く!」

 

 顔がビタビタのまま洗面所を走り抜けていこうとする華蓮の首の後ろを掴んで捕獲し、顔にタオルを押し付ける。

 

 タオルを押し付けられながらも嬉しそうに騒いでるあたり、こいつはわざとやってんだろうなぁこれ。

 

 絹のようなとか、珠のような肌、という表現が誇張ではないぷりぷりの肌をなかなかお高いタオルで拭いていく。

 

 確かこのタオルは雅楽さんからの贈り物だった筈だ。お祝いにとプレゼントしてもらった所をみた覚えがある。

 

「きもちー」

 

「ほら、後は自分でやる。ちゃんと拭くんだよ」

 

 あいーなどと言いながらごしごし自分の顔を拭き始める。あーそんな乱暴に拭いたら肌に悪いだろうに。

 

「おわったー」

 

「終わったらここにポイして。……そうそうよく出来ました!それじゃご飯行こうか」

 

「ごはん!」

 

 そう言っておんぶで連れて行くことをせがむ我が妹。そんな妹をおんぶして無駄に遠い食卓まで歩いて行く。

 

 背中に感じる命の重み。この子は小野寺華蓮としてしっかりとした生をこの世界に咲かせている。

 

 この子が生まれてから考えるようになったことなのだが、もし俺がこの世に生を受けていなかったら小野寺はどうなっていたのだろうか。

 

 俺の容姿の子供がそのまま生まれていたのだろうか。それとも小野寺という家自体が俺という存在を存在させる

ために用意されたものなのだろうか。

 

 正直、興味がある。まさにifの世界に生きている俺ではあるが、違うifの可能性を見てみたくなる時があるのは理解してもらえるだろう。

 

「おにーねぐせー」

 

「こら。髪を引っ張らないの」

 

 そんなあったかもしれない世界(パラレルワールド)の話に思いを馳せながら、背中の可愛い妹と食卓に向かうのだった。

 

 

 

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「あら、マイケル師匠がお見えになってるの?」

 

 対策室の室長室。

 

 一目で高級とわかる設備の数々が備えられたその部屋の主である神宮寺菖蒲はその秘書的役割を担う二階堂桐と相対していた。

 

 マイケル小原。

 

 名高き名刀である舞蹴を打った名のある刀匠であり、常にふんどし一丁の変人。そんな彼の話題が取りざたされていた。

 

「はい。しばらく獅子王を預かるそうです。それと対策室の装備もメンテナンスが必要なものはメンテナンスがしたいと」

 

 獅子王には舞蹴を打ったマイケル小原をしてほれぼれすると言わしめた程に強い霊力が宿っている。霊力の強い存在が心血注いで打ち上げた一振りには強い霊力が宿るが、獅子王はその中でも最たるもの。

 

 その刃に霊獣鵺を宿すその刀は並みの退魔刀では太刀打ちすらできやしない。

 

 しかしそんな獅子王も所詮は一振りの鋼。使えば消耗するし、うちに宿す霊力も疲弊してしまう。よって時々腕のある人間がそれを研ぎなおす必要があるのだ。

 

「そう。それじゃまとめてお願いしちゃって」

 

「まとめて、それではいざという時の装備が」

 

 その言葉に二階堂桐は一瞬たじろぐ。諌山黄泉の獅子王を研ぎなおしに出す上にメンテナンスが必要なものをまとめて提出してしまっては万が一の時に支障が出る恐れがあるのだ。

 

 そう分析した二階堂桐は反論をしようとするが、室長から返ってきた答えは意外なものであった。

 

「そろそろ彼女にも主戦力になって貰わないとね」

 

「……!それでは」

 

「実戦に勝る練習はないのよ。それに、乱ちゃんにばかり頼ってちゃ、よくないでしょ?」

 

 乱ちゃん……、と何にでもあだ名をつける室長に一瞬困った顔をしながらもその方針の有効性を理解する。

 

 彼女、つまり土宮神楽を前線に出して成長させるということである。

 

 確かにそろそろいい時期ではある。実力の程は小野寺凜からのお墨付きも得ているし、いつまでも彼らに頼ってはいられないから、彼らに代わるエースを育成しておくことは重要だ。

 

 それに特に最近のような霊気圧の状況下では何が起こるかわからない。タイミングとしてはばっちりと言えるだろう。

 

「いい機会よ。シフト調整して。それにいざとなれば凛ちゃんがなんとかしてくれるわ。彼と黄泉ちゃんをサポートに付けて神楽ちゃんを前面に出していきましょう」

 

「わかりました。調整いたします。……そう言えば、小野寺凜が勧誘すると言っていた新人の件ですが」

 

「あら。話が進んだの?彼直々の推薦となれば断る理由は私としてもないわ。桐ちゃん、暇なときに面接してあげて」

 

「承知しました。大きな問題がなければ通す方向で処理いたします。それと他支部からの例の要望の件ですが」

 

「それなら丁重にお断りしておいて。こちらとしては彼を渡すつもりはないから。過剰戦力だとか言ってたみたいだけど、言わせておいて」

 

「承知しました。そちらも対処しておきます。……それにしても、なぜあの方(マイケル師匠)はいつも裸なんですか?」

 

 事務的な会話を終え、ふと口にしたそんな二階堂桐の疑問に、答えられるものは居なかった。

 

 

 

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「相変わらず疲れるおっさんだな。凜は会うの初めてだったんだっけか?」

 

「そーっす。存在を知ってはいたんですけど、生で見ると迫力が違いますね。あれが舞蹴を打った天才的刀匠だとは信じたくないというか、ある意味では納得というか」

 

「凜ちゃん凄い絡まれてたね。なんで?」

 

「俺って黄泉とフリーを除けば唯一マイケル師匠の作った武器を使ってない退魔師じゃん?だから是非使ってみないかっていう話を延々とされてたよ」

 

 俺は戦闘スタイル的に武器は持たなくていいんですと何回も言ったのだが、マイケル師匠的にはやはり残念なことらしく、何度も何度も武器の使用を進めてきた。

 

 結局断り切れずに「俺のスタイルにあう武器なら」と言ってしまったところ、今度新武器を携えてやってきマースと言われてしまった。

 

 J-FOXみたいな意味の分からない武器を持ってこないことを祈るのみだ。あれが来たら俺は断固として反対する。あんなものは人間が背負う武器ではない。

 

「凜凄いじゃない。マイケル師匠から直々に言われるなんてそうそうない事よ」

 

「とはいってもさ。刀とか持ってこられても俺使いようが無いしって感じなんだよね。武器は俺の能力で全部調達できるし、むしろ動きにくくなるっていうか……」

 

 俺にとって最も嫌なことは戦闘スタイルが崩れることなのだ。

 

 最近は拳銃なども組み合わせても今まで通りのパフォーマンスが発揮できるような戦闘スタイルの調整に四苦八苦しているというのに新武器の導入など言語道断だ。

 

「凜ちゃんアクロバティックな動きするもんね。……それにしてもあの人よくあの格好で捕まらないね」

 

「捕まってるけどな、たまに」

 

 誰もが必ず抱くだろう疑問に、岩端さんがそう答える。

 

 環境省が口添えをして開放してあげてるのだろうか。原作ではそんな役割を弐村剣輔が担っていた気がする。

 

「しばらくお勤めはお休みだな、黄泉」

 

「別に獅子王が無くても戦えるわよ。岩端さん、退魔装備を見せて」

 

 紀さんの軽口を受けて、黄泉が残りの退魔装備を点検するために岩端さんに声をかける。

 

 殆どメンテに出したからあとはこれくらいしか残ってないぞ、と言って出してきたのは俺をして「うわあ……」と思わしめる装備群であった。

 

「女の子だとこれなんかどうだ?」

 

「それってアイロン?」

 

 岩端さんが女の子におすすめといって取り出したのは明らかにスチームアイロン以外の何物でもなかった。存在を知ってはいたが、マジでアイロンだ。退魔師になって10年以上だが、初めて見た。

 

「退魔式ナックル、"ダグラス28号"だ。霊水のスチームとナックルで悪霊を殴り倒す」

 

 うわぁーという顔の完成系を浮かべる黄泉と神楽。多分俺も同じ顔をしているだろう。

 

 っつーか28号?ダグラスの存在は知っていたが、改めて考えると色々おかしい。

 

 なんで27回も改良を加えているのか。27回も改良を加えるくらいならさっさと廃棄するか違うのにもっと力を注げよと言いたいのは俺だけだろうか。

 

「だめか。他に目ぼしい奴となると……。退魔式チェーンソー"パレ11号"。退魔式削岩機"ジャクソン33号"、退魔式ボイラー"J-FOX55号"くらいだな。どれがいい?」

 

 それぞれチェーンソー、削岩機、ボイラーの三種類を出してくる。どれもいまいちと呟いた黄泉に全面的に同意したい。ボイラーなんか神楽が言った通り重くて持てる気がしない。なんだよ岩端さんの身長クラスのボイラー背負って戦うって。未来から来たサイボーグでもない限り無理だろう。

 

「黄泉、俺が獅子王の模造刀作ろうか?流石にカテゴリーBクラスだとやばいけど、Cクラスなら問題ないの作れるぞ」

 

「ううん、これでいいわ。紀之、ちょっと付き合って」

 

 俺の提案をダグラス28号を手にして断る黄泉。

 

 俺の能力を持ってすれば獅子王と寸分違わないサイズ、形状の刀を作り出すこともできる。

 

 ただ材質が全く違うし、鍛え方も違う(というより俺の模造刀に鍛えるという概念がない)ので、重さも切れ味も強度も全く異なる一振りになってしまう。

 

 それでもダグラスよりはましかと思い提案したのだが、黄泉はダグラスを使うようである。緊急時には武器にこだわっていられないという判断からなのだろうか。

 

「ああ、いいよ……って悪い。今日は先約があるんだ」

 

「おい紀之。今さらっと俺との約束破ろうとしやがっただろ」

 

「悪かったよ一樹。……という訳でごめんな。そっちも二人で遊んで来いよ」

 

「またぁ?……わかったわ。紀之も楽しんできてね」

 

 アニメ(喰霊-零-)()()()黄泉の提案を断る紀さん。

 

 ……最近いい感じだと思ったんだが、ここは断るのか。

 

「それじゃ神楽、手伝ってもらえるかしら?凜もどう?」

 

「私はさんせー!手伝うよー!」

 

「俺も別にいいよ。親に頼まれてることあるから、それ終わったらすぐ行くよ」

 

 そう言って立ち上がる。

 

 黄泉の稽古に優先的に付き合ってあげたいのは山々なのだが、華蓮の世話で手が離せない母親の代わりに買い出しに行ってやる約束を最優先にしなければならないのだ。

 

 すぐに戻れば恐らくは間に合うだろう。さっさと行ってさっさと戻ってくるとしよう。

 

「ほんとにお兄ちゃんしてるよね凜ちゃんって。シスコンはモテないよ?」

 

「おい神楽。それ以上言うと今度からバイクの後ろに乗せてあげないぞ。……みなさんお疲れさまでーす」

 

 さっさと用事を済ますべく鞄を手に取り対策室を後にする。

 

 ……実は今日は神楽にとって一つの転換期となる出来事がある日だ。俺が対策室に今日顔を出したのはマイケル師匠が来ていたこともあるのだが、正確にはマイケル師匠が来た日に起こるこの出来事のためにやってきたのだ。

 

 カテゴリーD。怨霊となった人間の死体。つまりはゾンビ。

 

 俺や対策室の面々はカテゴリーDを殺すことは既に慣れ切っていることではあるが、神楽にとってはそうではない。

 

 人間の死体はあくまでも「人間」の死体であって、「タンパク質の塊」と割り切ることが出来ていないのが彼女の現状だ。

 

 退魔師としては残酷にそう割り切らなければならないが、それでも14の少女にはやはり辛い物があるだろう。甘やかすつもりは毛頭ないが、理解を示さないつもりも毛頭ない。

 

 それに、今日彼女の前に立ちはだかるのはあの女性だ。

 

 俺が居るせいでもしかしたらあの女性が死んでいないという可能性もあるが、それでも「人間の死体」であるカテゴリーDを切るか切らないかの葛藤を彼女が認識する日であることは間違いない。

 

 元々シフトが無くて、家でのんびりしようと思っていたのだが、さっさと帰って用事を済ませて()()()()()に付き合うとしよう。神楽がどうカテゴリーDに対処するのか見守ってやらねばなるまい。

 

 対策室の皆に一言かけると、バイクを止めてある駐車場に向かい、愛車を取り出す。

 

 1000ccの大型バイク。リミッターを解除?とかよくわからんことを祖父は言っていたが、とりあえずは300km/hぐらいなら頑張れば出せるモンスターマシンである。

 

 これは俺が16歳になってバイクの免許を取った際に祖父が買ってくれたものだ。

 

 お勤めで何かとバイクで移動したほうが早いということを紀さんから聞いていたので、免許もろともダメもとで親に打診してみたのである。

 

 するとその話を聞きつけた祖父が突如襲来。バイクが好きだという祖父の勧めでこの意味の分からんスペックのバイクを買ってしまったという訳である。

 

 バイクに詳しくない俺としては250ccくらいの小さいのでいいと言っていたのだが(普通は免許的にもそれしか乗れない)、バイクは車に比べて意外に値段がお手頃なことと、いざという時に死ぬほど飛ばせることと、なにより礼装を施しやすいという理由で大型にしたらしい。

 

 ……いざって時に飛ばせるようにって言っても300km/h出すことがあるとは思えないのだが。せいぜい出したとしても150km/h出せれば問題ないのではないだろうかという突っ込みはきっと無粋なのであろう。怨霊に突っ込んでく可能性もあるわけだし。

 

 ちなみにあんまり口外してはならないことなのだが俺は免許を二枚持っていたりする。普通は乗れない大型を乗れる理由がこれだ。

 

 バイク歴が三年になっているお勤め用のものと、俺自身の本当の免許の二種類である。

 

 なぜそんな面倒くさいことをしているかというと、俺の免許だと大型にも乗れないし、法律上の問題で誰かを後ろに乗せて走ることが出来ないためだ。

 

 一般道では一年、高速道路では三年のバイク経験年数が必要らしく、俺の免許ではどちらもクリアできない。お勤めでいざという時に誰かを後ろに乗せられないことは面倒なため、室長が色々と根回しをしてくれたのである。

 

 流石に高校の制服を着ている時は出せないが、お勤めのスタイルの時などはこちらを提示することになっている。

 

 流石は国家の暗部の力だと本気で思ったのは今回が初めてかもしれない。

 

 エンジンをかけ、バイクを起動させる。

 

 バイクにこだわりも愛着も大して持ち合わせていないのだが、やはり移動の手段としては非常に便利である。

 

「さて、さっさと済ませるか」

 

 未来を知っていたとしても、その未来は俺たちの行動によってすぐさま変化していく。

 

 未来とは固定的なものではなく、実は絶えず更に先の未来からの干渉を受けなければ定まらない可変的なものだとは某宇宙人の言だが、俺の知る未来もそれに近い。

 

 恐らくはアニメと同じことが起きるはずだ。これは確証に近いと言ってもいい。だが、万が一がある。俺が用心してあの場にいてやることが少なからず保険になるはずだ。

 

 そう思い、最近ようやく運転に慣れてきた愛車を駆動させ、目的地へと急ぐのであった。

 

 

 



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第4話

今回は内面といいますか、そこらを描いてます。
よろしければ今回の補足がありますので、是非後書きを読んでくださいませ。


 俺がカテゴリーDを初めて、いや、初めて()()を切ったのは10歳の頃だった。

 

 

 

「黄泉!」

 

「切って!」

 

「でも!」

 

 悲痛そうな神楽の声を、黄泉(センパイ)の声が一刀両断する。

 

「もう人じゃないわ!」

 

「でも、人だったんでしょ!?」

 

 元は人だったもの。その人の死体に怨霊が取り付き、身体自体が怨霊と化してしまった化け物、カテゴリーD。

 

「一度怨霊になった霊は浄化するしかないの!」

 

「だからって!」

 

「もうとっくに死んでるのよ!」

 

 正論すぎる、黄泉(神童)の言葉。その言葉には一切の間違いなど存在せず、退魔師の基準に当てはめれば100点満点()答であった。

 

 だが、幼い少女にとってはそうではない。

 

 それはあまりに残酷で、そして歪んだ(ただしい)()答であった。

 

 俺はどうだっただろうか。

 

 いや、どうだっただろうかなどと問うことすら馬鹿馬鹿しい。何故なら、今でもそれを明瞭に思い出せるのだから。

 

「切って神楽!人の世に、死の穢れ(けがれ)を撒くものを退治するのが私たちの使命よ!」 

 

「そんなの、分かってる!けど!」

 

 黄泉が賢明にカテゴリーDを殴り倒してく。ダグラス28号、アイロン型の退魔武器。

 

 優秀な装備ではある。だが、それの殲滅力が獅子王に敵うはず等なく。

 

 頭を潰すか四肢を切り落とさなければ止まらないカテゴリーDを相手にするにはあまりに役者が不足している。

 

 次第に押され始める黄泉。神楽も刀を抜かなければ既に後はない。

 

 だが、その刃を神楽が抜くことは出来なかった。それも仕方ないと言えるのかもしれない。何故なら、目の前に襲い来る存在は、人と同じ形をしているのだから。

 

 神楽は何を思っているのだろう。人だから切れない。そう思っているのだろうか。

 

 さて、では俺はどうだったのか。初めて人を切ったとき、俺は何を思ったのだったか。確かそれは。

 

 あぁ、こんなものか。

 

 というものだった。

 

 

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「買っていくのはこれで全部かな?」

 

 俺は今、家の近くにある大型スーパーに居る。環境省から出た後、少し急ぎ目で家のほうに戻り、クラスメイトに会わないであろうスーパーで買い物をしていたのだ。

 

 親からお使いとして渡された買い出しのメモに目を落とす。

 

 各種食料品に、足りなくなっていたシャンプー類。あとは母さんが欲しいと言っていた本とDVD数点程。

 

 母親特有の不思議な丸みを帯びた不思議な文字を見ながら確認していく。

 

 いかんせん量が多いので見落としがないかを慎重に判断せねばならないのだ。

 

「本もこれでいいんだよな。これ買ったし、これも買った。……よし。問題ないな」

 

 正確に一個一個を確かめて、買い漏らしがない事をきちんと確かめる。別に買い残しがあってもさしたる問題はないのだが、また買いに来るのが面倒だ。どうせ俺が駆り出されることになるわけだしな。

 

「合計で12587円になりまーす」

 

「一括で」

 

「はーい。……こちらご記入お願いしまーす」

 

「はいはい。……どうぞ」

 

「ありがとうございまーす。こちらレシートとお控えになりまーす。ありあしたー」

 

 親父から預かったカードを財布にしまい、俺は店を後にする。

 

 久々にクレジットカードを使った。クレジットカードはやはり使い勝手がよく、家族カードでは無く、自分名義の物を俺も欲しくなってしまう。前世では非常にお世話になったものだ。

 

 どうでもいいちなみに話なのだが本人以外にクレジットカードを使うのは利用規約違反らしい。これは家族カードなので問題ないが、実のところ他名義のクレカを使うのはクレカを止められてもおかしくなかったりする。

 

「さてさて。帰りますか。どのルート通っていこうかな」

 

 頭の中でこの時間の最短ルートを検索する。

 

 東京の道路は半端じゃなく入り組んでいる。それはもう地方民からしたら迷路に居るのかとでも言いたくなるような細かい道が走りまくっていたり、右に曲がると見せかけて斜めに曲がらせたりなど、慣れている人以外には苦行としか言いようのない糞みたいな作りになっている。

 

 なので正直今でも迷うことがあったりするのだが、有事の際に迷うことが無いようにこうやって頭の中で道を組み立てて通行する癖をつけているのだ。

 

 昼の時間帯ならどの道が一番早いかとか、朝はここがバス専用になっているから違う道のほうがいいとか、夜ならこの道にネズミ捕りがいるから違う道で飛ばそうとかなどである。

 

 ……とはいえこのスーパーから家は5分くらいなのだが。

 

 そんなことを考えていると、携帯が振動をし始めた。

 

 さっさと帰ることが先決なので無視してバイクにまたがると、とあることに気が付く。震えている携帯、これは私用ではなく仕事用の方の携帯だ。

 

 急ぎ取り出してそれを見る。

 

 すると添付されていたのは一枚の画像ファイル。旧銀座線新橋駅に異常な霊気圧が観測されていると示されている霊力分布図だ。

 

―――まじかよ!

 

 予想より早い。確かに霞が関から杉並区までそこそこ距離はあるし、大体20分くらいはかかるが、それでも余裕で間に合うと思っていたのだ。

 

 買い物が20分くらいだとしてここまで通算40分。多分結構飛ばしたのと買い物も急いだのでもう少し縮まってはいると思うが、大体はそのくらいだ。

 

「ここからだと一番飛ばせるルートは……」

 

 買い物のために見た目がダサくなることを耐え忍んで付けてきたバイク用の荷物入れに食品の形が崩れることなどお構いなしに買い物袋をぶち込む。

 

 メットを被り、バイクを起動させると駐車場によくいる無駄にスピードを出す馬鹿以上の速度で駐車場を駆け抜け、一時停止もすることなくドリフトみたいな形で車道へと躍り出る。

 

 いきなり飛び出してきた俺にやや後方の車からクラクションが鳴らされるが、そんなことはお構いなしだ。

 

 右手はもう絞れるだけ絞り、こんな平凡な道で出すとは思えないギアと速度で道路を駆け抜けていく。

 

 正直に言ってしまえば間に合わなくたって問題はないはずだ。

 

 前にも考えたことではあるが土宮殿が来てくれるはずなのだから。

 

 しかし、それでもやはり不安は残る。

 

 この世界に絶対は無い。それは俺も経験を通して学んでいる。万が一が起こらないという保証がないのだ。

 

 思い返せば土宮殿は今喰霊白叡を所有していないし、そして一番大きい理由だが、なによりも神楽(妹分)が心配だ。甘いと言われることはわかっているし、甘やかすつもりはないのもその通りであるが、それでも心配なのだ。

 

 黄色信号を突っ切っていく。急がなければならない。

 

 ……間に合ってくれ。

 

 そう願い、俺は最短ルートを検索しながらバイクを走らせるのであった。

 

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 そして話は冒頭へと遡る。

 

 俺が初めて人を切ったのは10歳の時だ。

 

 親父に連れて行ってもらった森で親父とはぐれてしまい、さまよっていると目の前に人が落ちてきたのだ。

 

 自殺。まさにそれだった。

 

 だが幸か不幸かその人は死ねていなかった。目の前で自殺した人が死にきれずに、尚且つ怨霊に乗っ取られかけてカテゴリーDに成りかけていたのだ。

 

 殺してくれとその人は言った。

 

 正直に言って、俺は多少の恐怖を覚えていた。

 

 でも今ならわかるが、それはそれまで生きてきてカテゴリーDを切ったこともなければ、まして人の死に直に触れようとしているのはそれが初めてだったからという訳ではない。

 

 俺が感じていたのは、ただ不気味な森の中で死にかけの人間と相対しているという、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 俺はその人を切った。

 

 殺してくれと言われてからどのくらいの時間が経っていたのか正確にはわからない。だが、少なくとも30秒以内には刃を振り下ろしていたと思う。

 

 俺は割り切れた。生きている人間といえどもすぐに死ぬし、どうせカテゴリーDになるのだと割り切れたから何の躊躇いもなく手をくだせたのだ。

 

 俺は精神が強い人間だ。

 

 それに、俺は必要とあらば手を血に染める覚悟はとっくに出来ていたのだ。

 

 神楽に初めて会った、あの日から。

 

 だから、その人に止めを刺した時にもこんな風にしか思わなかったのだと思う。

 

 あぁ、こんなものか、と。

 

 俺がこの世で切れないのは多分5人だけだ。それ以外の人間ならば、それこそ対策室の人間であったとしても必要に駆られたならば、俺は躊躇いなく殺せると断言できる。

 

 当然、自分であってもね。

 

 

 

 

 

 

 

「旧銀座線の入り口……ここか」

 

 ヘルメットのバイザーを上げて下を見やる。

 

 長い階段。封鎖されてはいるが、開けられた跡がある。黄泉たちが通った後なのだろう。

 

「……耐えてくれよ相棒」

 

 アクセルを吹かす。

 

 周りに人がいなくてよかった。

 

 居たら多分通報されるんじゃないかってことを今からするんだから。

 

 気は進まないがやるしかない。恐らくこれが最短だ。

 

「おらああああっぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 クラッチを繋げて、バイクごと俺は旧新橋駅に突っ込む。

 

 バイクが階段へと突っ込んでいくという荒唐無稽な光景。ほぼ間違いなく通報ものだろう。

 

 当然な話だが、バイクは階段を下りる用に設計されてなどいない。誰がバイクが階段を下りることを想定して作っているというのか。

 

 ……いえ、実はこのバイクはそれも想定されてるんですけどね。

 

 このボディにはちょっと特殊な仕掛けがしてある。その理由はこのバイクの名前を聞けばお分かりになるかとは思う。

 

 このバイクの名前は≪ジョーダン壱号≫。元々の名前は当然違うのだが、このバイクはマイケル師匠によって鬼改造されていたりするのである。

 

 直接マイケル師匠に話を聞いたのは今日が初めてだったのだが、これのチューニングや改造をマイケル師匠にお願いしたというのは室長から聞いていた。

 

 小野寺凜(多少無茶させられる奴)がバイクを所望していると聞いた室長は、俺の祖父に承諾を取って買ってきたバイクをマイケル師匠に流して改造を加えさせる。

 

 喰霊時代の後半の方で出てくる、「人が乗って霊力を注ぎこむだけで動かせる鎧」の開発を進めようとしていた室長の需要と、俺の供給がマッチングし、開発促進の一環として体良く利用されたという訳である。

 

 ……あの人(室長)、俺にならどんな無理をさせても大丈夫とか考えてないだろうな。

 

 あの人に「男の子なんだから」と言われると何故か納得してしまうのだが、よくよく考えるとあの人に無茶ぶりされてることが多いのは否定できない。どころかむしろされまくっている気がする俺であった。

 

 バイクに霊力を注ぎ込む。それに伴って上がる鉄の耐久度。流石にエンジンは難しいと言っていたが、それ以外のパーツは約半分くらいが置換されているそうだ。

 

 いわくつきの刀や鎧、それを鋳造してパーツに落とし込み改造する。まじあの人何者だよとか思わざるを得ないが、とにかくそれがこの無茶な行進劇を可能にさせてくれる。

 

 が、そんなチューニングも実はそこまで必要なかったりする。

 

 バイクで階段を下りながらも、俺にはあまり凹凸の衝撃が来ない。当然多少は来るが、来るとは言ってもそれは微々たるものだ。せいぜい尻が痛くなる程度。

 

 俺がバイクを欲しがった理由もここにあったりするのだが、小野寺の能力はこういう時に本当に役に立つ。

 

 頭をフルで回転させながら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 霊力で疑似的に道路を作り出しているのだ。我ながらいい発想だと思う。

 

 霊力をフルに活用して、段差を無くしながら階段を下る。一瞬でも能力の発動場所を誤ればとんでもないことになる。下手をしたら死ぬかもしれないという、そんな緊張感とともにバイクを走らせる。

 

―――改札だ!

 

 目の前に見えた昔の改札を勢いそのまま潜り抜け、またしてもドリフトの要領で線路へと躍り出る。

 

 階段が終わったのを見計らって速度とギアを上げていく。

 

 平坦な道と違って線路上は凹凸がある。流石に先程の階段程ではないがそれでも100km/h以上などだそうとしたら一瞬でハンドルを取られてお陀仏になる可能性だってある。

 

 階段ではギアを落として速度を制限していたために先ほどのようなことが出来たが、残念ながら線路上では俺の能力がバイクに追いつきそうにないため、そのまま走り抜ける。

 

 車ならまだ若葉マークの野郎がよくもまあこんな無茶な機動をするものだ。死にたがりと言われても仕方がないレベルの無茶をしているのではないだろうか。

 

 直ぐに見えてくるカテゴリーDの集団。その数は驚異的で、どこにこんな死体を隠していたのだと突っ込まざるを得ない。

 

 そしてその奥に見える黒の制服の少女と、対照的に白い制服の少女。

 

 色としては対照的だが、どちらも同じなのは今彼女たちは危機的状況に置かれているということだった。

 

「頭下げろ神楽ぁ!!」

 

 エンジンの回転数をさらに上げて速度を上げながら、普通のバイクにはないボタンを押し込む。

 

 同時に発動するタイヤの仕掛け。特戦4課が行っていた、あの礼装である。

 

「うらぁぁぁぁ!」

 

 霊力で疑似的な段差を作り出し、俺は跳躍する。

 

 俺の言葉に従ってとっさに頭を下げた神楽を確認すると、ウィリー走行のようなスタイルで元の神楽の頭があった位置にバイクの後輪を滑り込ませる。

 

 メキッという不快な音が鳴り響く。俺のバイクがカテゴリーDの頭を潰した音だ。

 

 そのまま線路に着地すると、バイクを無理やり横滑りさせ、線路の凹凸を利用して速度を殺し、ついでに黄泉を囲うようにタイヤを地面にこすりつける。

 

 それに伴って地面に疑似的な結界が張られる。低級の怨霊であり、地面を利用する怨霊ならば食い止められる、地面に張る結界。それを俺はタイヤを利用して張ったのだ。まさに特戦4課のあの人と、車椅子で神宮司菖蒲がやっていた戦法である。

 

「凜!」

 

「凜ちゃん!」

 

「無事か!?お前ら!」

 

 俺も特戦4課のようにバイクを自在に振り回して戦えるようになりたいのだが、まだいかんせん運転技術が未熟であるため、あそこまでの機動は出来そうにない。

 

 正直上出来だとは思っているが、俺には出来てここまでだ。だからバイクを停車させ、すぐさま二人に駆け寄る。

 

「ええ、ケガはないわ。凜、この場は任せてもいい?私は神楽を連れて退却する!」

 

「わかった!使えるならあれ使ってくれ」

 

 神楽に近づこうとしていた雑魚を蹴り飛ばし、黄泉にそう叫ぶ。

 

 賢明な判断だ。いくら黄泉が強いといっても神楽を守りながら戦うのは不利だ。

 

 神楽の持つ舞蹴を使えば十二分に守りながらでも戦えるとは思うが、それでも慣れない武器を使いながら黄泉が戦うよりは俺一人が気兼ねなく戦ったほうが間違いなく効率がいい。それが黄泉にはわかっているのだ。

 

 黄泉が俺の単車にまたがる。

 

 黄泉も当然バイクの免許は所持している。大型は持っていないはずだが、それでもMT方式は運転できる免許を持っていたはずだ。

 

 だが、いつもカブを運転している黄泉にしてみれば慣れない操作だ。器用な黄泉とは言え、一瞬操作に戸惑うこともあるだろう。

 

 それは普通なら全く障害にならない時間の操作確認だった。だが、戦場ではやはり長い。

 

 カテゴリーDが停止ラインを越えて黄泉に飛び掛かる。

 

 黄泉もそれは予期していたのか一瞬だけそっちに目線を向ける。流石はベテランだ。ちゃんと周りが見えている。

 

 しかし黄泉はそれを気にせずにバイクの操作に移った。今にも飛び掛かられようとしているのにも関わらず、バイクを優先したのである。

 

―――自分で言うのもなんだけど、信頼されてるね、俺。

 

 カテゴリーDが飛び掛かるのと同時に黄泉の横に躍り出る。

 

 黄泉があいつに目を向けていた時には動き出していたのだが、それは黄泉に見えていなかったはず。

 

 結果として俺は間に合ったわけではあるが、黄泉はその結果になることを完全に予想していたのだ。だから避けも撃退もしなかった。

 

 大げさに聞こえるかもしれないけれど、戦場においてその身を預けるということは相手に命を任せるに等しい。

 

 それには信頼できる実力と、信用に足る人間関係が必要だ。そして俺はそれを()()諌山黄泉から勝ち得ている。その事実に不覚ながら胸が躍る。

 

 横に腕を突き出す感じでカテゴリーDの頭を両断する。

 

 相変わらず人の骨を断つ感覚は嫌なものだ。殺すこと自体に忌避感はないとはいえ、この骨を砕く感覚には慣れそうにない。

 

 ただ、その感覚が適切に俺に響いたということは俺がカテゴリーDを適切に殺せたということを示している。

 

 本当の達人などは切った感覚など感じないレベルで刀を振るうらしいが、俺はそもそも鉈を振るっているみたいな戦法なので、その境地に至ることはないだろう。

 

「まぁ、必要なかったみたいだけど」

 

 ずるりと崩れ落ちるカテゴリーD。その背中に生えているのは金色の棒手裏剣。霊力のこもったそれは、俺の一撃以前にカテゴリーDの活動を一瞬だけ早く停止させていた。

 

「黄泉。バイクはいいし、後退するかどうかも黄泉の判断に任せるからとにかく神楽を守ってあげて。後は俺らで何とかするから」

 

 そう言って、俺が来たのとは反対方向に目を向ける。

 

「……土宮殿」

 

「お父さん……」

 

 目にするのは退魔師で最強クラスと言われる男。

 

 喰霊白叡を操る土宮舞の旦那であり、現当主代理である男。

 

 土宮雅楽。あの人が来たからにはもうこの戦場は戦場としての要件を満たさない。

 

 ……やはり来たか。

 

「神楽。舞蹴を黄泉に渡して。黄泉、神楽は任せたよ」

 

 そう言って地を蹴る。

 

 バイクも好きだが、この自分の身体を使って跳ね回っているという感覚が俺は何よりも好きだ。

 

 何にも拘束されずに、自由な感じがするから。

 

―――さて、真面目な話をしようか。

 

 実のところ、俺は今回、土宮雅楽はこの戦場に来ないと予測していた。

 

 喰霊白叡も居ない、俺も対策室に存在している。この二つの要件が出そろっていて、それでもなおここに来る理由がよくわからないからだ。

 

 俺の実力は雅楽さんからもお墨付きを貰っていたりする。それを経ての神楽を任せるという発言なのだ。

 

 それは今も変わっていない。なのに彼は現れた。

 

「史実は、変わらないってか?」

 

 思わず呟く。そう勘ぐってしまうのは仕方がないだろう。

 

 薄ら寒いものを感じる。俺が活躍してもなんの意味もない。それをこれは示しているのではないかと思わされるからだ。

 

 鬱憤を晴らすかのようにカテゴリーDを切り飛ばす。

 

 殲滅には5分とかからなかった。だが、この一戦は、俺に一抹の不安を抱かせるには十分な時間であった。

 







実はほぼほぼ凛くんの杞憂だったりします。
そして以前から書いていなかった凛くんと神楽の出会いですが、それが凛をここまで努力の狂人に仕立てあげた立役者になります。それは今後記述しようかと。
最初の出会いが病院だと思った人、甘いですぜ!そして分家会議だと思った人、それも違ったりします。
詳しくは後日にと、第1章をば(ステマ)


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第5話

「神楽、手を出しなさい」

 

「……はい」

 

 カテゴリーDの襲撃を乗り切った後、俺と土宮殿、そして神楽に黄泉は近くにある神社に移動していた。

 

 あれだけの数のカテゴリーDから一人の負傷者すらも出さずに乗り切った、非常に喜ばしい状況。戦果としては上々だったと言えるだろう。 

 

 普通ならば喜びの声が上がっていてもおかしくはない。俺と黄泉がセットだったことを抜きにすれば手放しで喜べる状況だ。称えられるべきことであるとは思う。

 

 だが、この空間においてはそんな祝勝ムードは一切なかった。

 

 夕暮れの赤に染まる美しい景色の中、俺と黄泉は緊張感に溢れた真剣な顔で二人のやり取りを見守っていた。

 

 鉄でコーティングされ、高々と掲げられた鞘が、齢15にも達していない乙女の手へと振り下ろされる。

 

「……うっ!!」

 

「……っ!」

 

 響く平手打ちのような、それでいてそれよりも重い音を孕む一撃。

 

 見た目や音からは想像に難いことではあるが、これは相当に手酷い一撃だ。

 

 日本刀の重さは1.5㎏が大体平均であり、プロ野球で使われている木製バットよりも0.5kgほど重い。それに鞘に入った舞蹴においてはそれよりも確実に重い。

 

 さらにはその鞘の強度も折り紙付きであり、金属バットや木製バットと殴り合ったとしても余裕で勝利することが出来るだろう。

 

 そんな破壊力を持った武器での一撃が両手の甲に振り下ろされたのだ。黄泉が思わず反応してしまっていたのも頷ける。単純な比較はできないが、言ってみれば木製バットで手を殴られるクラスのダメージだ。折檻にしては多少行き過ぎている。

 

「退魔師の家系に生まれた使命は知っているな」

 

「……はい」

 

 問い、というにはあまりにも断定系なそれ。

 

 問うつもりは元よりないのだろう。あくまでも再認識させるためのそれ。

 

 なぜなら、俺たちがそれを忘れるわけがないのだから。

 

「その責任の重さも知っているな」

 

「……はい」

 

「ならば、精進せよ」

 

 再度鞘が振り下ろされる。そして響く高いのに鈍い明らかに痛いとわかる壮絶な音。

 

 神楽が苦しそうにうめく。当然だ。俺であったとしても呻かずに耐えきる自信はあまりない。

 

 ……正直、止めようかと思った。二回目の体罰は俺からしてみれば必要のないものだと思う。

 

 こんな痛い仕置きは一発で十分だし、そもそも神楽だってこの状況になった時点で十分に反省している。それなのに追撃で仕置きを与えるのはやりすぎだと言っても過言ではないはずだ。

 

 だが、これは神楽と雅楽さんの問題だ。

 

 そこに部外者である俺が口を出すのは良いことだとは思えないし、それに神楽がどうしようもないミスをしたのは本当のことだ。

 

 あそこで敵が切れないということは黄泉を、自分を見殺しにすることに等しい。結果として俺や雅楽さんが来たから問題はなかったが、最悪の場合二人はあそこで死亡していた可能性がある。

 

 戦闘や過去に対して最良のifは考えるべきではないことが多いが、最悪のifは常に想定するべきだ。少なくとも俺はそう習ってきたしそうしてきた。

 

「土宮殿!」

 

 神楽に折檻を残し、立ち去ろうとした雅楽に思わずといった形で黄泉が声をかける。

 

 何を言おうとしたのだろうか。折檻についてか、それともついつい声をかけてしまったのだろうか。

 

「……強くなれ」

 

「えっ?」

 

「強くなれ神楽。お前が、死なぬように」

 

 それに対する返答は、神楽に対して成された。強くなれと。退魔師の使命などではなく、神楽自身が長く生きれるようにとそう返答したのだ。

 

 ……はて。こんな会話、アニメであっただろうか。強くなれは言っていた気がするが、最後の一言が俺の記憶にない。

 

 まあ喰霊-零-の記憶も結構薄れてきているし、俺の記憶違いだろう。もしかすると変わっている可能性もあるが。

 

「相変わらずスパルタですね、雅楽さんは」

 

 下を向いて反省をしている神楽にちらりと目をやってから、軽い皮肉としてそう雅楽さんに声をかける。

 

 俺の軽口に隣で黄泉と神楽が驚いているのがわかった。

 

 無礼なことだし、父の娘を思っての行いに口を出すのは無粋なことではあるが、頑固おやじに皮肉の一つでも言いたくなってしまうのはわかってもらえるのではないだろうか。

 

「……そういうお主は相変わらず無茶をするな、凜よ」

 

「いやいや、あの程度無茶には入りませんよ」

 

 バイクでの突入のことを言っているのだろう。

 

 実際は結構ビビってたりしたのだが、それは内緒である。

 

 特戦四課のバイカ―の方なんか首都高速から一般道に飛び降りるとかいう自殺行為にも等しいようなことを平然とやってのけてるぐらいだし、俺の今回の一件程度驚くには値しないでござろうというものだ。

 

「今日は助かりました。俺一人だったらどうなってたことやら」

 

「謙遜は美徳だが、行き過ぎると侮辱にもなる。お主程の実力者ならば謙遜はすべきではないぞ」

 

「黄泉ならともかく、俺はそうでもないですよ。足りない所ばかりで嫌になります。……それはそうと、華蓮の誕生日にまた色々貰っちゃったみたいでありがとうございます」

 

 華蓮は春生まれであり、つい最近誕生日だったのだが、またしてもこの人から贈り物を頂いたのだ。

 

 奥さんも入院していて、娘も離れて暮らしているというのに本当に律儀な人だ。

 

「新しい命を祝うのは当然のことだ。礼を言われる程のことではない。……守ってやるのだぞ、凜」

 

「言われなくとも。あの約束に関してもお任せください」

 

「ああ。頼んだぞ」

 

 そう言って今度こそ踵を返す雅楽さん。

 

 去っていくその姿にはやはり俺のような若輩者では追いつくことの出来ない貫禄が浮かんでおり、年月の重みを感じさせる。

 

「……凜ちゃんってお父さんと仲がいいんだね」

 

 雅楽さんが去ってからしばらくして、ポツリと神楽がそう言った。

 

「結構鍛錬に付き合ってもらってるからな。ここ数年だと神楽よりも会話数多いかもしれない」

 

 俺と雅楽さんの会話を聞いて複雑な顔をしている神楽。

 

 実の父と自分が上手くいっていないというのに、俺のほうが気楽に会話を交わしているのが何となく腑に落ちないのだろう。多分俺も逆の立場だったならば同じことを思うに違いない。

 

「あの人不器用だからなぁ。他人の方が喋りやすいんだろうよ」

 

「……そう、なのかな」

 

「思春期の娘にどう接していいかわからない、っていうか娘にどう接していいかわからない父親なんてざらだからな。案外奈落さんみたいな人のほうが稀有なのかもよ?」

 

 神楽の頭を軽くポンポンと叩いてあげる。

 

 実際娘との接し方がわからない親父さんなんてそこそこの数がいるだろう。うちの親父がどうなるか見ものだ。

 

 ……まあ、それ以上に息子との接し方がわからないという親父も一定数以上いるのが現実ではあるが。

 

「さて、もう夕暮れだし帰ろう。神楽も手、痛いだろ?」

 

「そうね、神楽の手冷やしてあげないといけないし帰りましょうか。……でも神楽。この手の痛み、忘れちゃだめよ?」

 

 神楽の手をさすりながら、黄泉はそう付け加えておくことを忘れない。

 

 いざとなれば霊術も使えたし、万が一の状況に陥る可能性は極小であったとはいえ、それでもそうなる可能性がゼロであったわけではない。

 

 退魔師は自分の命だけ背負っているわけではない。自分が死ねば自分の数倍、数十倍の命が失われる。

 

 それは上位の退魔師になればなるほど顕著になる。それが、あの土宮であるのならば猶更だ。

 

「……うん、わかった」

 

 殊勝に神楽は頷く。

 

 神楽はまだ幼い。この年の子にこんな覚悟を背負わせるのは心苦しいが、この世界に生まれた以上そうしなければこの子が死んでしまうのだ。

 

 今すぐにとは言わない。だが、割り切ってもらうしかないのだ。……相変わらず糞な世界だ。ここは。

 

「じゃあ行こうか、神楽、黄泉。……パンケーキ、食べにでも行く?」

 

 ふと思い出したいつぞやの約束。なんとなくそれを提案してみた。

 

 場にそぐわないことはわかっている。だからこそ提案してみたのだ。気遣いになっているかは怪しいが、一応俺なりの気遣いだ。

 

 そんな俺の思惑に気が付いたのだろうか。優しい心を持った目の前の少女は、ぎこちないながらも今日再会してから初めて笑みを見せてくれた。

 

 まだこの子はメンタル的に未熟なところが多い。俺や、黄泉、そして冥さんですらも精神的には大成していないのだから当たり前と言えば当たり前なのだ。

 

 だけど、この子が強いことを俺はよく知っている。未来知識としても今までの3年間でも。この子なら大丈夫。きっと苦しみながらも乗り越えてくれる。

 

「……ふぅー。よし!青山行こう青山!美味しいとこやっちから聞いた!」

 

「え?」

 

「え?」

 

 順に俺、神楽の「え」である。しばし起きる沈黙。深呼吸をしてからパン、と顔に喝を入れた後に発した神楽の一言に俺はしばし停止した。

 

「今から行くの?」

 

「いや、なんで凛ちゃんが疑問形なの?誘ったの凛ちゃんでしょ?」

 

「えっと、そうなんだが……」

 

 そうなんだが、行くのか。なかなかメンタルが図太いというかなんというか。提案したもののまさか本当に受け入れられるとは思ってなかった。

 

「私も行こうかしら。フォロー下手の凛くんのフォローに回ってあげるわん」

 

「……誰がフォロー下手だ誰が」

 

 口に手を当てながらウププと笑う黄泉。こいつが安達だったら1回ぶん殴ってやったのに残念だ。

 

「あの子なりに今日のことを割り切ろうとがんばってるのよ。ここは何も言わずにサラッと奢ってあげるのが吉ね。私は純粋に甘いものが食べたいからついて行くけど」

 

「本音少しは隠せよお前。……それはわかんだけどさ、あの1件の後に本当にパンケーキ食べに行こうとするほど気丈に振る舞えるとは思わなかったからちょっと驚いててさ。……まぁ良いことか」

 

 アニメ版よりメンタルが強い気がするのは気のせいだろうか。……いや、アニメでもあの事件の後に黄泉とノリさんをくっつけようとしてたし、気のせいか。

 

 俺のバイクの座席をバンバン叩いて俺を催促する神楽を、黄泉は温かい目線で見守る。……俺も華蓮を見てる時はこんな顔をしてるのだろうか。そうならば確かに神楽にブラコンと言われても致し方ない。

 

「凛ちゃんまた後ろ乗せてよ」

 

「ヘルメット無いからだーめ。電車でいくぞ電車で」

 

 

 

 

 ……ちなみにだが、2人で合わせて5000円分近く食べられました。俺のコーヒーと軽食代金は入っていません。

 

 1番高いヤツを容赦なく頼む2人に俺の顔が引き攣ったのは言うまでもない。アルバイトをしてるといえどもお小遣い制なのは変わらないというのに。

 

 そして、

 

「ただい……ま?」

 

「遅い」

 

「おそい」

 

 お使いで買ったものを所有していることも連絡を入れることも完全に失念しており、玄関で仁王立ちをして待っていた母と華蓮にこってり絞られたことも付け加えておこう。

 

 アーメン。

 

 

----------------------------------------------------------

 

 

 

 コンコンコン、と三回扉をノックする。

 

「お義父さん?呼びました?」

 

 扉を開けてお義父さんの部屋に入っていく。

 

 朝日のさす部屋の中でお義父さんは椅子に腰掛けていた。

 

 朝食を食べて神楽が先に出発した後、私も家を出ようかとしていたらお義父さんから呼ばれたのだ。

 

 一体なんだろうか。義父は最近よく家を空けており、あまり話せていなかったため、よく考えてみれば直接話すのは久々となる。

 

「うむ。それを開けてみなさい」

 

 そう言われ目線の先を見てみるとそこにあったのは高級そうな桐箱だった。

 

 ……なんだろうか。箱の見た目からすでにいい値段のするものであることがわかる。少し疑問に思って眺めた後、促されるままにそれを開けてみる。

 

「―――うわぁ、綺麗……!」

 

 箱を開けて目に入ったのは、女の子なら喜ばずにはいられないそんな一品だった。

 

 鮮やかでありながら落ち着いた紫色の着物。日本の伝統とも言える一品であるその衣装。それが桐箱の中には入っていた。

 

 憧れというか羨望というか、そんな喜色の色に満ちた表情を浮かべてしまう。月並みな感想にはなってしまうが、とにかく本当に綺麗で美しい一品だったのだ。

 

「妻が着ていたものだがな。よかったら着てみなさい」

 

「いいんですか?」

 

 疑問形で聞いてはいるが、声には明らかに喜びが乗ってしまう。

 

「遠慮するな。もう丈も合う頃だろう」

 

「ありがとう……!わぁーー!」

 

 着物を手に取る。綺麗なのは見た目だけではなくて、手触りもだった。

 

 手触りが綺麗というのは日本語としておかしいとは思うけれど、そう表現してしまいたくなるような手触りだったのだ。滑らかなのに生地の強さがしっかりと伝わってきて。重厚なのに手触りはしっとりとしていて。

 

 大きさをみたり、身体に少し合わせてみたりと色々してしまう。やはり戦場に身を置くものだといっても私は女の子なのだ。こんな綺麗なプレゼントを贈られたらはしゃいでしまうのは仕方ないと思う。

 

「どうだ、学校の方は」

 

「はい、変わりありません」

 

「仕事は順調か」

 

「仕事なんて。まだアルバイト扱いよ」

 

 着物に意識を取られながらもそう返答する。

 

 私や凜は神童などと呼ばれてはいるけれど、所詮はまだアルバイトとしての契約だ。

 

 私は高校を卒業したら、凜は大学を出てから対策室に正式に配属になる予定だ。

 

「対策室に新人が入るそうだな」

 

「ええ。小野寺凜の推薦で1人」

 

「ほう、凜君の推薦か。なれば実力は確かなのだろう」

 

「私はまだ手合わせをしたことはないけど、少し鍛えれば戦力になるって凜が」

 

 着物をたたんで元に戻しながら、入って来るという新人のことを思う。

 

 凜と神楽と一緒にご飯を食べに行ったときにたまたま見つけた少年だ。低級の霊を殴って除霊していた所を凜が助けて何故か勧誘していた。

 

 珍しく凜が目の色を変えていたが、何かあったのだろうか。理由を聞いてもなんでもないとしか答えてくれなかったのでわからないのだが。

 

 名前は剣輔と言ったと思う。強い霊感を持つ少年で、保有する霊力もなかなかのものだったように思える。

 

「剣道をやってたみたいで立ち振る舞いも悪くなかったし、期待はできるかもしれません」

 

「そうか。人手不足のこの業界だ。新しい芽が入ってくることは歓迎しなければならないな。黄泉、きちんと目をかけてあげなさい」

 

「はい。わかりました」

 

 なぜ凜がわざわざ勧誘したのかはわからないが、神楽も同年代の人間が増えて嬉しそうにしていたのを覚えている。

 

 神楽共々守ってあげなければならないだろう。

 

 ―――もっとも、神楽を守ってあげるなどと何時まで言えるか定かではないのだが。

 

「凜君とはうまくやっているようだな」

 

「年も近いですし、実力も近いですから色々と話が合って」

 

「そうかそうか。お主と言い、彼と言い、その歳で大したものだ。親として誇りに思うぞ」

 

「……ありがとう、ございます」

 

 少し、照れてしまう。褒められることは多々あるが、お義父さんからこうして褒められることは殆ど記憶になかったから、突然言われると、その、困ってしまう。

 

「それはそうと、対策室の紀之君との仲は良いか」

 

 しかし、その嬉しい困惑は、違う困惑で上塗りされる。

 

「黄泉話がある。飯綱家との縁談についてだ」

 

 飯綱家との縁談。紀之と私の、結婚についての話。

 

「お前も紀之君も乗り気でなかったことは知っている。このまま当人の気持ちも汲まずに話を進めてしまうのもどうかと思う。もう一度、お前の気持ちを聞いておきたい」

 

 許嫁。親が決めた結婚相手。恋愛結婚ではなくお見合い結婚でもなく、親同士が決めた男女の契りの約束。

 

 物語の中ではよくある話だ。そしてそれはロマンティックなものとして語られることが非常に多い。神楽も私と紀之のこの関係を非常にロマンティックなものだとみているみたいだ。

 

 少しばかり顔を落とす。

 

 正直な話、困惑したかしていないかで問われれば非常に困惑したというのが正しい。

 

 私はまだ17歳だ。周りが恋だ彼氏だと受かれている最中、私には婚約を約束された相手が居て、将来誰に身を捧げるのかが既に決まっている。

 

 ……紀之が諌山になるわけだから正確には誰に身を捧げられるのかが決まっているというほうが正しいのかもしれないが。

 

「―――お義父さん」

 

 立ち上がりながら、そう声をかける。

 

「お義父さんは身寄りを亡くした私を引き取って、ここまで育ててくれました。この縁談も、より親族と縁が深まるようにと私を気遣ってくれてのこと。―――反対する理由などございません」

 

 私は養子だ。正式な諌山ではなく、実の血の繋がりはない。だから、私を疎ましく思う存在がいることも知っている。

 

 だから実力のある家系である飯綱家と縁談を結び、親族の中や対外への発言力を増そうとする意図もあるのだ。

 

 綺麗ごとでは済まないのがこの世界だ。結婚一つとっても私達の自由に行かないことはよく知っている。それこそ、身をもって。

 

 でもこの縁談は本当にお義父さんが私を気遣ってくれてのこと。乗り気でなかったとお義父さんは言うが、本当に私たちが一切乗り気でなかったのならば話を進めたりなどしないだろう。

 

 だから、私は。

 

「―――この縁ありがたくいただきます」

 

 せっかくお義父さんがくれた縁だ。ありがたく頂戴しようと思う。

 

 それに、実のところお互いに満更ではないのだから。

 




パロのみさーせん。
あとちょっとで話動き始めるんで、お待ちくださいませ。


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第6話

※そういや活動報告のss希望まだやってるんで是非お暇な方どうぞ。というより是非オナシャス。


 それを知らせたのは、一通のメールだった。

 

「神楽!乗れ!」

 

「うん!」

 

 俺の下にまで駆けてくる神楽にヘルメットを投げて渡す。学校にバイクで通学していてよかった。

 

 俺を嫌っている連中などからは「バイク通学とか調子に乗ってんのかよ」などの陰口を頂いてしまっているが、この瞬間を考えればおつりで家が買えてしまう。

 

「振り落とされんなよ……!」

 

「そんな心配はいいから早く!」

 

 右手を思いっきり捻る。

 

 こんな閑静な土地で出すにはふさわしくない音が俺のバイクから響く。大型の物はどうしても音が大きくなる。しかも俺の単車は人間大以上のものに突入しても大丈夫なようにとチューニングもされている。猶更その音は大きく響くのだ。

 

 黄色信号に躊躇わず突っ込んでいく。一応黄色は止まれの意味だったりするのだが、今回に至っては関係ない。止まったら逆に事故が起こる可能性があるのだから止まるのは寧ろ危ない。銃弾も見切れる俺の動体視力なら十分に加速しているバイクでも止まっているに等しい。それは後ろに乗っている神楽も同様だろう。だから一切ビビることなく俺に捕まっている。

 

 車の横を速度を落とさずに走り抜けていく。車からすれば危険運転の危ないバイクにしか見えていないだろうが、俺としては十二分に安全運転だ。

 

―――まじかよまじかよまじかよ!

 

 久々に喜色の笑みが抑えられない。こんなに嬉しかったのは何時以来だろう。

 

 俺は喜怒哀楽が激しい人間なので喜びの感情を覚えることなど多々あるのだが、それでもこれほど嬉しかったことなんて華蓮の誕生くらいしか思いつかない。

 

 速く、もっと早く。

 

 首都高に乗る。下道でも十分だが、ここからなら首都高に乗るのが最短ルートだ。

 

『凜ちゃん、あとどのくらい!?』

 

『後30分もかからない!』

 

 ヘルメットについている無線越しに神楽の声が響く。

 

 神楽も早く着きたくて仕方ないというのが肉声ではない機械を通した声からありありと伝わってくる。

 

『黄泉達はもう着いてるそうだ!飛ばすからしっかり捕まってろよ!』

 

『お願い!』

 

 首都高の最高速度は60km/hとかだったりする。だが、俺たちはそのゆうに二倍は出している。普通なら一発で免許停止のレベルだ。

 

 捕まらないように気をつける必要がある。ちらりと上の方に視線を向ける。オービスの場所は覚えている。後は白バイだのパトカーに捕まらないようにすれば問題ない。

 

 まあ捕まったとしても環境省の力で何とかしてもらおう。

 

 そう思い、俺は俺達御用達の病院へと急ぐのであった。

 

------------------------------------------------------------

 

「お母さん!」

 

 病室の扉を開けるには十二分すぎる力で神楽はドアを開く。

 

神楽に手を引かれて後ろをついて行っていた俺が入ろうとした時、スライド式のドアがあまりの力で開けられたため、壁に当たって跳ね返り俺が挟まれそうになった。というよりよくもまぁあの速度で跳ね返る扉より早く中に入ったなあいつ。

 

 ちらりとベットに目を向ける。

 

 そこに居るのは妙齢の女性。顔を見たのは意識がある時に一回と、お見舞いで数回。少なくとも両手の指で足りる回数しか見ていない。

 

 点滴が繋がれ、ベットから三年間動くことが出来なかった、一時は生死の狭間も彷徨った退魔師。

 

 外の景色を見ていたのだろうか。俺たちが病室に入った瞬間には上半身を起こしてベットの背もたれに寄りかかっていた。

 

 病室の前にいた対策室のメンバーに目もくれず、神楽は備え付けられたベッドへ一心不乱に駆けていく。

 

「……神楽?」

 

「そうだよお母さん!お母さん、お母さん……!」

 

 一心不乱に母を呼び続ける神楽。その目にはもう自分の母親しか入っておらず、俺が後ろにいることなど忘却の彼方だろう。

 

 それは一見緊迫して見えるが、久方ぶりに、素直に心から喜べる光景だった。

 

 

 事の起こりは一通のメールからだった。

 

 今日、俺の仕事用携帯に一通のメールが入った。

 

 重要度は最高。緊急の招集と全く同じ重要度のメールだ。

 

 もうおわかりだとは思うが、内容は1人の女性についてのもの。その生死が退魔士業界に多大な影響を与える1人の女性の容態についてのものであった。

 

 そう。土宮舞が、退魔師最強の一角に数えられる、神楽の母親が目を覚ましたのだ。

 

 三年間の眠りから、いつ喰霊白叡に内側から食い破られてもおかしくないそんな綱渡りの状況を乗り越えて、土宮舞は此岸へと戻ってきたのだ。

 

 それを見た俺達は即座に病院に集合となった。

 

 だが、一番の当事者である神楽だけは中学校の行事で都内から出ており、迎えに行く手間が発生したのだ。

 

 黄泉と俺をジープで回収してそこから神楽を迎えに行ってだとか、タクシーを呼んでちんたら来るなどよりも、俺が迎えに行ったほうが早いと考えたため、神楽と2ケツをしていたという訳だ。

 

 

 

「……神楽、神楽なのね」

 

 神楽に名前を呼ばれた土宮舞は、即座に神楽を神楽だと認識する。

 

 三年たてば別人にも変われるこの成長期の娘を、彼女は一目で当ててのけた。

 

「うん、うん!」

 

「……見違えた。大きくなったね」

 

「もう中学生になったんだよ……!大きく、なったんだよ……!」

 

 耐えきれなくなったのか、神楽は舞さんに抱き着いていく。舞さんはそんな神楽に優しい声をかけながら、その頭を愛おしげに何度も何度も撫でる。

 

 普通三年間も寝たきりの状態なら身体を動かすどころか目を開けていることすら辛いはずなのに、震えながらも手を持ち上げ、神楽の頭を優しく撫で続けている。

 

 激痛が走っているはずだ。それなのに、その手は娘を気遣うことを一切やめはしない。

 

 それと共に、神楽の目から大粒の涙が零れる。ポロポロポロポロと、壊れた蛇口のように溢れて止まらず流れ続ける。

 

「鍛錬もいっぱい頑張った……!辛くても頑張ったよ……!お母さんに負けない退魔士になろうって頑張ったの……!」

 

「……頑張ったね神楽。頑張ったんだね神楽」

 

「うん!頑張ったの……!よかった、目を覚まして……!よかった、良かったよぉ……!」

 

 もはや神楽は何を言っているのか自分でもわかっていないだろう。ただただ三年以上貯めてきた激情とも呼べるその感情が、口からとめどなく溢れて仕方がないのだろう。

 

 土宮舞の胸の中で神楽は声を上げて泣き噦る。

 

 丸3年越しの親子の会話。3年だ。3年もの間なされていなかった会話が、この病室でなされている。アニメでは決してありえなかったこの邂逅。原作でも永久に失われたこの一幕。それが今、この場で成っている。

 

 胸に熱いものがこみ上げてくる。なんて美しくて尊い光景なのだろうか。

 

 俺は踵を返す。神楽に連れられるままにやってきたとはいえ、俺はこの光景に居合わせるべきではないと判断したためだ。この一時は2人で過ごさせてあげよう。

 

 そう思って病室を出ようと扉に手を掛ける。多分対策室のメンバーもそれが理由で外で待っていたのだろうと推測する。

 

「待って」

 

 だが、空気を読んで部屋を出ようとしたその瞬間に後ろから声が掛かる。

 

「出て行かなくて大丈夫。気を使ってくれてありがとう」

 

 そう声を掛けてきたのは泣き噦る神楽の頭を撫でる土宮舞だった。

 

「失礼だけど、名前を伺ってもいいかな?あったことがあるとは思うんだけど、どうも名前が出てこなくて……」

 

「もちろん。最後に会ったのは3年前ですし、忘れるのも仕方がないですよ。お久しぶりです土宮舞さん。俺は小野寺凛と申します」

 

「……小野寺凛!あの時の少年が君なのね……!見違えた……!」

 

「3年経ってますからね。あの頃より身長も30cm近く伸びてますし、名前が出てこないのも当然かもしれませんね」

 

 そう言って俺は笑う。

 

 先程舞さんは神楽を認識するのにも一瞬時間を要したのだ。三年、その時間はあまりにも大きい。特に俺たちのような成長期に存在する人間は三年で別人とも呼べるくらいには変化するのだから。

 

 俺も神楽も3年前に比べれば成長したものだ。特に俺は中学一年の後半辺りから一気に背が伸びて170の大台を超えているから、3年越しの邂逅だと誰だか全くわからないかもしれない。

 

「そう、貴方が……。御礼を言わなきゃね。ありがとう、私の命を救ってくれて」

 

「普段なら謙遜するところですが、今回ばかりはどういたしましてと返させてもらいます。……どうやらなかなかに、褒められたことが出来たみたいだと実感できましたし」

 

 ちらりと神楽を見やる。今だに泣いて止まらない少女がそこにはいる。泣いて泣いて、思いの丈を吐き出しても止まらない少女がそこで今までの感情を爆発させている。

 

 この涙は、悲しいものでは決してない。それとは逆の、全く真逆の感情を孕む涙であり、篠突く雨が降る中で、母親の死を嘆く少女が流す涙ではないのだ。

 

「……そうね。本当に感謝してもしきれない。今はちょっと無理だけど、お礼はそのうち正式にさせてもらうね」

 

「それについてはお構いなく。今の光景以上の見返りなんて求めてないので」

 

 と、いうよりはこの光景を見れただけでお釣りがくるというものだ。

 

 俺が目的としていた悲劇の破壊。それが今成されているのだから。

 

 ようやく嗚咽が収まってきた神楽の頭を継続して撫で続ける舞さん。その顔は確かに母親で、俺達男には持てないのではないかと思わされる慈悲と優しさに溢れていた。

 

 ……胸の温まる、いつまでも見ていたい光景だ。眩しくて、そして暖かい。だけど俺はそろそろ退散するとしよう。

 

 気を使わなくてもいいと言われたものの、やはり俺はここにいるべきではない。この空間は、しばらくは神楽と彼女の二人にしておいてあげたい。

 

―――それに、これ以上居ると醜態を晒してしまいそうだ。

 

「それでは土宮殿。俺は失礼させていただきます。また今度顔を出しますね」

 

「わかったわ。また今度お話しましょう。今日は来てくれてありがとう」

 

「ええ。それでは」

 

 神楽に一瞥くれてから病室を出ていく。

 

 扉を開けると扉から少々離れた位置に対策室の面々が散らばっているのが目に入る。

 

 恐らくは病室内の会話を聞かないように少し扉から離れた位置に陣取っていたのだろう。非常識の世界に生きる人たちだが、常識はわきまえているらしい。

 

「神楽の配達ご苦労様。負担かけちゃって悪いわね」

 

「いいよいいよ。こーゆう負担を請け負うために免許取った訳だし」

 

 ひらひらと手を振る。これはちなみに本当のことだ。バイクの免許を取ったのはこういったイレギュラーみたいなことがあった際に柔軟に対応できそうだと感じたからで、まさにこのような場面を想定して取得したのだ。

 

 だから今回のことは別に負担だとも何も思っていないし、むしろ役立てて嬉しいくらいだ。

 

「そういや土宮殿っていつ目覚めたんだ?メールが来たのは今日だけど、目覚めたのは少なくとも今日じゃないよな?」

 

「いや、目覚めたのは今日だぞ。一応目覚めてからメールまではしばらく時間が空いてるが、日単位で誤差は生じてない」

 

 俺の疑問に岩端さんが答える。

 

「……それ本当ですか?にわかには信じがたいんですけど。……何か隠すような事情が?」

 

「お前にも隠すような事態があるなら、当然俺らも知ってる可能性は低いわな。何が引っかかってるんだ?」

 

「土宮殿の身体ですよ」

 

 岩端さんの言葉にそれもそうかと思いながらも俺はそう返す。

 

 突然だが、筋肉痛になったことがあるだろうか?

 

 風を引いて寝込んだ後の身体が鈍っている状態で部活に出た後とか、大学に入って運動をしなくなった後の怠け切った身体にスポッチャとか、社会人になってより衰えた身体に子供の運動会でのママさんリレーなど、久しぶりに重い運動をしたときなどによくなったりしないだろうか。

 

 当然鈍らになっていない俺の身体でも筋肉痛になることはしょっちゅうだから、鈍っている時にしか筋肉痛にならないなどということは有り得ない。が、鈍ってしまった身体で運動をすればほぼ間違いなく筋肉痛になる。

 

 その、鈍っている状態、というのがポイントだ。

 

 普通人間は身体が鈍るような状態でも歩く、寝返りを打つなどの基本動作は必ず行っている。だから体を動かすのに必要な筋肉というのは必ず使用している。

 

 だが、寝たきりの人間はどうだろう。しかも植物状態で、完全に動けない状態の人間だ。

 

 筋肉をほとんど使っていない上に、その期間も三年間。そんな状態では筋肉は衰えに衰え、見るも無残な状態になる。

 

 使っていない筋肉を使うとぽわっとした疲労が溜まり、翌日あたりに筋肉痛としてあらわれるものだが、そこまで筋肉を使用していないと通常の動作をすることにすら激痛が伴う程には衰弱している筈だ。

 

 それどころか眼球を動かすことや声を発することにさえ苦痛を感じる筈なのだ。

 

「確かに土宮殿の動作にはぎこちなさがかなりありましたけど、それでもあれが今日目覚めたばかりの人間にはとても思えない。目を開けてるのすら辛い筈なのに、そんなそぶりは多少しか見せていない。そんなことがあり得ますかね?」

 

 そう、つまりはそういうことだ。三年寝たきりの人間がいきなり娘の頭を撫でるなんて高等な技を使用できるとは俺には思えないのである。

 

 それを俺が言うと、対策室の面々は顔を見合わせて苦笑といった表情を浮かべた。

 

「それなんだがな、俺も同じこと思ったよ。ありゃ普通に考えてあり得ねえ」

 

「私も思ったわ。でも、土宮殿と私達普通の退魔師には決定的な違いがある。……わかる?」

 

「殺生石と、白叡か?」

 

「そう。お医者様の推論としてもそれしか考えられないって。有り得ないって何度も言ってたわ」

 

 殺生石。三途河が持つ破滅の結晶。現在は環境省の地下に幽閉してあるが、それとは別の石に封印加工を施されたものが土宮舞の耳にはある。

 

 その効果は自然治癒力の増加と白叡を操るために霊力の補助。

 

 そして白叡自体にも治癒能力促進の力があった、筈だ。定かではないが、原作(喰霊)の神楽がそんなことを言っていた気がする。

 

 ……まあ納得ではあるか。別に前々から舞さんが目を覚ましていたことを隠していたとしても俺に害があるとは思えないし、これで納得をしておこう。

 

「成程、納得しました。あの石なら確かにそのくらいやりかねないですね」

 

 元々のやつはぶっ飛んだ右腕を再生するくらいだし、そのくらいは訳ないのか。

 

 ちょっと無理がある気もするが、あの石ならなぁ。

 

 病室で神楽の頭を撫でていた舞さんを思い出す。あのくらいまで回復するのに通常どのくらいかかるか分からないが―――

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……駄目だな。こうやって普通に話してれば耐えれるかななんて思ったけど、やっぱり無理みたいだ。

 

「すいません、ちょっとお手洗い行ってきます」

 

 皆に笑顔を振りまいてから対策室の面々の間をすり抜けて行く。

 

 そのまお手洗いには向かわずに、病院スタッフに殆ど使われていないスタッフオンリーの扉を抜けていく。

 

 この病院は対策室などの裏の人間が良く使う病院であり、有事に備えて全てのマップは記憶させられているため、どこに何があるかはすぐわかる。

 

 なので下手をすると病院スタッフよりも内部構造に詳しかったりするのでは?という程に色々知っており、この扉の奥にある外を経由して昇る階段には殆ど誰も出入りしないということを知っていたりするのだ。

 

 俺は当然スタッフではないからここを使うことは適わないのだが、見られなければ問題はないだろう。

 

 そこを一階分ほど上がり、踊り場のようになっている部分に腰を下ろす。これは外を経由するタイプの階段で、指してくる日差しが中々に気持ちがいい。

 

 ……はぁーと溜息のように息を吐き出す。

 

 色々と堪える光景だった。負の意味は一切ない堪えるではあるが、それでも心にはくるものだ。

 

 三年前と言えば俺と三途河が本気でぶつかったあの一件が即座に目に浮かぶ。そして血塗れで倒れる土宮舞と、その病室で無表情に佇む神楽も。

 

 むしろ一番目に浮かぶのがあの神楽の表情かもしれない。色のない、あの年頃の少女が浮かべるものではない表情が。

 

 雅楽さんから直々に感謝の言葉を貰って救われた気持ちになっても、あの表情を見た時には自分の無力さをかみしめてしまったものだ。

 

 ()()

 

 踊り場のコンクリートの壁を背もたれにしながら、完全に脱力して座り込む。

 

 ここなら、いいかな。

 

 

 

 

「―――凜」

 

「んぁ?」

 

 

 

 そう、思っていると上から声が掛けられた。

 

「トイレに行くんじゃなかったの?」

 

「さあて。そうだったっけ?」

 

「そう言ったの凜じゃない。それにここスタッフ以外立ち入り禁止よ?」

 

「それを言うなら黄泉もだろ?ここ、スタッフ以外立ち入り禁止なんだけど」

 

 膝に手を当てて、前かがみになって俺をのぞき込んでくる黄泉とそんな会話を交わす。

 

「んで?どうしたの?」

 

「ちょっとね。私も凜と同じでお手洗いに来たんじゃない?」

 

「ここに?露出狂の知人を持った覚えはないんだけどな」

 

 そう軽口を返す。

 

「私を露出狂扱いするなら凜もってことになるわね。お手洗いしに来てるわけだし」

 

「ふざけろ黄泉。俺はここに日光浴しに来ただけだよ」

 

 いつもの調子で更に軽口を返していく。

 

「―――うん、そのくらい軽口叩けるなら大丈夫そうね」

 

 ふわり、と何かに包まれるような感覚が身体を襲う。

 

 しっかりとしているけど柔らかで、男ではありえない柔軟性を持った身体にそっと抱きしめられている感覚。

 

 身体を覆われるというのは平生なら不安を感じさせるものなのだが、不思議とそんなことはなく、ざわついていた心がスッと休まっていく。

 

 いい香りがする。ああ、俺は今黄泉に抱きしめられているのか。

 

「―――泣いたら?私の胸くらいなら貸してあげるから」

 

 耳元でそう優しく囁かれる。

 

「……驚いたな。そんなに顔に出てた?」

 

 尋ね返す。ポーカーフェイスには自信があったのだが、表に出してしまっていたのだろうか。

 

「……ううん。何となく、かな」

 

「何となくで当てられるとか。どんな勘の持ち主なんだよ、黄泉は」

 

「そりゃお姉さんですから。弟分の違和感くらいすぐわかるわよ」

 

 俺の頭の後ろに回した手でポンポンと後頭部を叩いてあやしながら、優しい声色で語り掛けてくる。

 

 この安心感というか、身をゆだねたくなるようなそんな安らぎは、やっぱり女の人に特有のものなのだろう。そう考えてしまう。

 

「今回は必要なかったみたいだけどね。でも、一人で泣くのは寂しいでしょ?」

 

「まあね。今回は寂しい涙ってわけじゃないけどね」

 

「こんな美少女の胸を借りておきながら皮肉垂れないの」

 

 よしよし、と言いながら頭を撫でてくる黄泉。

 

 ……俺は赤子じゃないのだが。

 

「俺さ、多分そこまで何も思わないって思ってたんだ」

 

「うん」

 

「でも駄目だね。あんな光景見ちゃったら」

 

 神楽()が嬉し涙を流し、それを舞さん()が受け止める。喰霊-零-では、喰霊では有り得ないワンシーン。

 

 俺が、俺が(・・)作り出せたワンシーン。

 

「今までの苦労とかが報われた気がしてさ。色々そう感じる時はあったんだけど、今回は特に、ね」

 

 死ぬ気でやってきたことが、あの、赤子の神楽を見てから思い続けてそして失敗したと思ったそれが。実を結びそして今開花したのだ。

 

 俺のして来たことがこの世界線をあの世界線(喰霊-零-)から完全に切り離した。

 

―――俺は、一つ救済を成せたのだ。

 

「―――好きなだけ泣きなさい。泣き止むまで、付き合ってあげるから」

 

 俺の独白に、黄泉はその言葉で返してくる。

 

 自然と目元が湿り気を帯びる。

 

 もう、耐えられそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 今までもこれからも、黄泉のことを恋愛対象として見ることは決してないだろう。

 

 俺の中で黄泉は紀さんとくっつくのが俺の中の決定事項のようなものであるし、どうしても憧れの人というか、そういった目線で見ていたために女性として彼女を見たことが殆どなかった。

 

 あくまでも彼女は姉としての存在で。英語のidolに近い存在であって。

 

 でも、こんなことされたら。

 

 

 少し、惚れてしまいそうになるじゃないか。

 

 

 




※原作、アニメのカップリングは崩さないというのは不変ですので、是非悶えてください。
なお、なんで黄泉が来たかについては、弟が変だから心配になっていってみたら泣きそうだったから胸を貸した程度の感じです。


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第7話

遅くなりました。
今回長いです。
ほぼ会話回なので退屈かもですが、お付き合いくださいませ。
冥姉さんだけでいいよ!って人は下から見てった方が早いです。
※今回誤字多い可能性あるんで、誤字報告してくださる方は是非お願いします。


「―――この前ぶりかな。ある程度動けるようになったらこちらから顔を出そうと思ってたけど、また顔出して貰っちゃったね」

 

 夜遅く。夜半には達していない、病院では消灯時間を過ぎた時間帯。

 

 明かりは月の光だけで寂しく、でもどこか幻想的に彩られたそんな時間帯。非常灯と一部の空間だけが点灯していて、病人には寝ることを半ば義務付けたそんな頃合いの病室に、彼は現れた。

 

「この前ぶりです。夜分遅くに申し訳ございません。ちょっと二人でお話したい話がございまして」

 

「消灯時間も過ぎたこんな時間に二人で話したいこと?……ちょっと想像つかないけど、うん。座って」

 

 促されるままに彼は腰を下ろす。

 

 もう消灯時間は過ぎており、病室のメインの電気は落とされている。

 

 普通ならこんな時間帯に、しかも仮にも女性の部屋に訪れるのは非常識というものだろう。寝ている可能性だってあるし、そもそも普通の方法では入り込めない時間帯だ。

 

 呆れを通り越してもはや笑うしかない程の非常識な行為だろう。ナースコールを押されたとしても文句は言えないどころか当然の行為だ。

 

 この時間に私の病室を訪れたのが彼じゃなければ、の話であるが。

 

 彼のことをじっと見つめる。

 

 やや中性的で、どちらかというと小動物のような可愛らしさを孕みながらも男として十分に整った顔立ち。

 

 あの一戦で出会った時よりも遥かに高くなった身長に、男としては高いものの昔より遥かに低くなったその声。

 

 小野寺凜。あの一戦で私を助けてくれた、現在の退魔師界で最も名前の通った人物の一人。神楽の話題にもよく出てくる少年。主人からも名前が出てきたのには多少驚いたが、それだけ名実共に周囲から認められた、私の()()()()

 

 その彼が、()()()()人のいない、神楽や主人も居ない時間帯を狙ってやってきたのだ。間違いなく失礼を承知で、でも私に話があってやってきたのだ。

 

 それを、私が失礼だなどと思うはずがない。むしろその訪問を私は嬉しく思う。彼とは、一度じっくり話をしてみたかったから。

 

「お茶を出してあげられなくてごめんなさい。体が十分に動くならそうしてあげたいんだけどね」

 

「お気になさらず。こんな夜遅くに訪ねる俺が非常識ですから。それに、まだ腕を動かすのだって辛いでしょう」

 

 そう言われて自分の腕を見る。

 

 自分で言うのもおこがましい事ではあるが、ある程度張りには自信のあった肌。今やそれは以前の面影も見せず、それどころか筋肉の衰えのせいで骨が浮き出してしまい、女として自信を喪失したくなる酷さだと思う。

 

 あの一戦から目が覚めるまで主観では一瞬のことだったが、三年の月日はこうして自分の外見に客観的事実としてありありと映し出されている。

 

「……そうね。肌に張りは無くなっているし、やつれちゃってるし、神楽みたいなぴちぴちのお肌を見慣れた凜君に見せるにはお目汚しになっちゃうよね」

 

「ちょ、そういう意味で言ったんじゃないんです。すみません」

 

 少しからかってみると若干ながらも戸惑いながらそう返してくる彼。雰囲気は落ち着いていて老成してはいるのだけれど、神楽の言う通りからかいがいはある子みたいである。

 

 ……神楽、か。

 

 自分の言葉に自分の娘の顔が想起させられる。

 

 三年の月日は娘の成長という形でも私の眼前に突き付けられた。もう中学生だよ、と神楽は言った。成長した身体で私を抱きしめてきた。

 

 成長した体躯で、成長した話し方で、でも私の娘だと一目で一言でわかるその笑顔で私の前に現れてくれた。不思議な感覚だった。目の前の少女が私の愛しい娘だとわかっているのに私の知っている娘じゃないのだから。

 

「冗談冗談。実はそこまで気にしてないから」

 

「地雷踏み抜いたかと思いましたよ。……冥さんといい、どこに女の起爆剤あるか分かんないからな」

 

 笑いながらそういって、後半に何か小声でつぶやいた彼。……まだまだ身体が本調子じゃないから聞き取れなかったが、女性関連だろうか。何となく私の勘がそう告げている。

 

 追求しようかと思ったけれども、やめた。それは今度でいいから、とりあえず今は大切なことを色々話をすることにしようと思ったのだ。

 

「君って高校生にしてはしっかりしてるよね。神楽も二年後には君みたいになってるのかしら?」

 

「心配なさらずとも俺程度、あの子なら軽々と超えてくれますよ。実際、三年前よりも相当大人になっていたでしょう?」

 

「ええ。その節目に立ち会えなかったのは残念だけど、立派に育ってくれたわ。本当に、君と黄泉ちゃんには感謝しないとね」

 

 彼女のことも頭に浮かぶ。目覚めてから神楽とは一杯話をしたけど、その中でもダントツに話題に上がるのが彼女のことだった。

 

 格好良くて可愛くて。本当に頼りになるのに子供っぽくて、でもやっぱり神楽にとっての憧れのお姉ちゃんで。

 

 キラキラとした目でずっと尽きることなく語ってくれた。親である私が何故か嫉妬してしまうくらいには黄泉ちゃんに懐いていて信頼しているんだってことが本当にわかった。

 

 なんと幸せな環境で彼女は過ごして来れたのだろう。本当に、彼女には感謝してもしきれない。三年間寝ていたというのはまだ絶対的な実感がわかないけど、彼女への感謝はその実感を通り越して余りある。

 

 そして当然、君にもね。

 

「俺は大したことしてないですよ。あの子の辛い時を支えてくれてたのは主に黄泉ですから、感謝なら是非黄泉に。あいつも喜びますよ」

 

 謙遜する小野寺凜。多分この子は本気でそう思っているのだろう。

 

 でも神楽も私もそうは思っていないし、多分黄泉ちゃんもこの意見に賛同してくれるとは思う。

 

 神楽の話題に上がっていたのは圧倒的に黄泉ちゃんだけど、彼の話題も良くしていたし、妹みたいに懐いていることも本当に良く分かったのだから。

 

「自分の価値をもうちょっと知ってもいいかもね、君は。でも君の言う通りそうね。彼女(諌山黄泉)ともまだじっくりお話ししたことはないし、今度機会作ろうかな」

 

「いいと思いますよ。あいつも土宮さんと話したがってましたし。奈落さんも土宮さんが落ち着いたら伺いたいって言ってましたし、その時にでもどうです?」

 

「それいいかも!奈落さんも来てくれたけど遠慮してすぐ帰っちゃたしそれ採用!」

 

「良ければ俺から伝えておきますよ。良く黄泉の家には行きますから」

 

「へー。黄泉ちゃんの家によく行くんだ。黄泉ちゃんって飯綱家との縁談を結んだって話を聞いてるんだけど、仲がいいんだね」

 

 ちょっと驚く。仲がいいのは知っていたけど、家にまでお邪魔するような関係とは思っていなかった。

 

 そう言えば神楽が、「『紀之が居なければ考えても良いかもね』って黄泉が言ってた!」と話してくれていたような気がする。

 

 ……不思議と神楽は彼に異性としての興味が()()ないみたいだけど。年代が近い子なら結構魅力的だと思うんだけどなあ、この子。

 

「体よくこき使われてるだけですよ。言っておきますが神楽に呼び出されて送り迎えさせられたことも少なくないですからね」

 

「あらあら。それは親としてお礼と謝罪をしておかないとね」

 

 皮肉気に冗談を言う彼に思わず笑ってしまう。

 

 大人と話す時用の余所行きの話し方であるとはわかるけど、話しやすい子だ。主人が気に入っているのも頷けるなとそう思わされた。

 

「……それはそうと、さっきも少し触れましたが、お身体の方は大丈夫ですか?まだ痛むでしょう?」

 

「ええ、心配してくれてありがとう。予想の通りまだ歩いたりとか立ち上がったりは痛くて怠くて辛いけど、手を動かしたり人と話すくらいなら訳ないかな」

 

 そう言って力こぶを作るポーズをする私。

 

 ……悲しいかな、女だから男の人みたいに目に見えて盛り上がらないし、三年間のブランクもある。以前は女性なりに美しい上腕二頭筋をしていたと自負しているけど、今では誰かに触れれば折れてしまいそうなほどに細く頼りない。

 

「……流石の回復速度ですね。普通の人ならこうはいかないでしょうに」

 

白叡(シロ)も居るし、殺生石もあるからそのおかげみたいね。それでもここまで衰弱しちゃってるけど、一年もすれば復帰できるんじゃないかな」

 

 白叡には宿り主の回復を促進する力がある。それに耳についている封印加工のなされた殺生石のおかげで通常の人間では考えられないほどの回復速度で治癒が出来るのが私という人間だ。

 

 そうでなければ寝たきりの人間が起きたばかりや起きてから1週間程度でこんな流暢に話すことが出来るわけがない。

 

「三年間も寝たきりだったんですから、仕方がないでしょう。……最も、仕方がないと言っていられる状況じゃないんですけどね」

 

「ん?それはどういう―――」

 

 ぼそっと呟いた言葉を私は上手く聞き取ることが出来なかった。何度も出てくるブランク以上に彼が小さく囁いたのだろう。

 

 聞かせる気のないその一言。私は思わず聞き返えそうとしてしまう。

 

「土宮舞さん。今回はお願いがあってきました」

 

 だけどそんな私の発言を遮り、彼はそう発言する。

 

 お願い。これが今日こんな時間に私の病室を訪れた理由。

 

 本当に唐突に紡がれた、今日の本題。

 

「……お願い?今の私に?それとも土宮にかな?」

 

「両方、になるんでしょうね。借りたいのは貴女の力ですから」

 

 両方という答えはかなり意外だ。てっきり土宮としての力を貸してくれとでも言われるのだと想像していたから。

 

「復帰まで一年くらいっておっしゃったように思ったんですが?」

 

「ええ。少し長く見積もってそのくらいじゃないかな」

 

 前線に立つのと生活をするのは全然違う。生活をするなら一か月でなんとか形には出来るだろう。疲れながらでも掃除洗濯炊飯くらいならこなせるようにはなる、とは思う。

 

 でも戦闘は別だ。一年はかからないにせよ生活とは身体の使い方のケタが違う。現役と同じ動きをしようとすれば相当に鍛錬を積み直す必要がある。

 

 それがわからない彼ではない。話していて馬鹿ではないとすぐわかるし、実際にそうだろう。

 

「確かに戦闘に復帰するならそのくらいかかるでしょうね。喰霊の力があるにせよ戦闘はそんな衰弱した身体じゃとてもじゃないができるものじゃないですから」

 

 やはり、その程度は理解している。同じ戦闘に身を置くものだ。身体のなまりが如何に重要で、避けなければならないものかを理解していないわけがないのだ。

 

 でも、彼が私にしたい要求は、思わず疑問符を出してしまう程には無茶なことだった。

 

「一年。確かにそのくらいかかるでしょうが―――遅いです。4か月、いや、3か月以内で前線に復帰してもらえませんか?」

 

「成程、こんな時間に主人たちを避けてやってきた理由が少しはわかりそうなお願いだね」

 

 思わず笑ってしまう。あざけりの笑いなどではなく、色々なことを理解して、本当に面白くて笑ってしまった。

 

 復帰まで一年程と言っていた人間に、その四分の一の期間で復帰しろという目の前の少年。

 

 これが無茶でなくてなんというのだろうか。先程も述べたが、彼は戦闘に身を置くもの、しかもその最高峰に位置するものである筈だ。

 

 そんな人間がこの要求の無茶さをわかっていないわけがないのに。

 

「……どこまで最近のこの業界のことについて聞いているかはわかりませんが、今この業界はかなり不安定です。霊力場の乱れ、殺生石を持つカテゴリーAの出現……。それだけじゃない。下手したらもっと酷いことが起きるかもしれません」

 

 私が何も言()ずに黙っているとそう解説し始める。

 

 私は土宮家の当主だ。いくら衰弱しているとはいえ今の状況に無知でいることは許されない。だから近況適度は端的に神宮司さんから聞いていて多少は知っている。流石に彼よりは知らないだろうが、今のこの世界が異常だということは理解しているつもりだ。

 

「俺の推測に過ぎませんが、この異常な霊気の乱れは間違いなく殺生石が絡んでいます。最近は大きな事件もないので皆の気が緩みがちですが、だからこそ事が起きるならこの近辺じゃないかと考えています。その際に戦力は出来るだけ確保しておきたいんです」

 

「……なるほどね。君と黄泉ちゃんが居るだけでも相当な戦力だと思うんだけど、その君の予測の中だとまだ戦力が必要なの?」

 

 備えあれば患いなしということだろう。

 

 でもそれは客観視した場合明らかに過剰な備えだ。神楽がどのくらい成長したかはわからないけど、目の前の彼もいるし黄泉ちゃんもいる。

 

 それに確か諌山にはもう一人腕の立つ子が居た筈だ。主人だって現役だし、あの敵がもう一度襲ってきたとしても遅れをとるとは思い難い。

 

 戦力としては十二分。それこそ下手をしたら自衛隊相手にだっていい勝負をするだろう。総力戦になったら敗北は必至だけど、同規模の戦闘を想定したら圧勝できるビジョンしか浮かばない。

 

 過剰にも過剰。でも、この子がそんな事をわからず提案しているとはとても思えない。

 

 ……何を言うんだろう。()()()()()()()()()()()()気になって話を続けてしまう。

 

「確かに俺と黄泉がいれば大抵のことは何とかなります。それこそ対策室が敵に回る程度なら真っ向から潰して見せますよ」

 

 退魔師最強と名高い方の前でこんな大見得切るのは恥ずかしいですが、などと恥ずかしそうに笑う彼。

 

 中々たいそうな自信だが本気でそう思ってはいるのだろう。誇張していっているような様子は見られない。

 

「黄泉なんかかなり強いですよ。並みの退魔師どころか100人規模の軍隊を送ったって無理なくらいです。俺と黄泉で組んだら雅楽さんでも多分止められないです」

 

「なら猶更だよね。そのことが本当ならやっぱり過剰戦力だと思うな」

 

「止められるって話に関しては本当ですよ。誇張でも自惚れでも無いって申し訳ないですが確信してます。でも、本当だからこそ猶更あなたの協力が欲しいんですよ」

 

 そう言って一度タイミングを置く彼。

 

 ()()()()()()()、つまりは主人なら危なげなく退ける戦力があるからこそ、新たな戦力が欲しいと彼は言っているのだ。

 

 すがすがしいくらいに凄い矛盾。無駄のない無駄な動きくらい矛盾してる。

 

「……矛盾してるって思ってますよねその顔」

 

「あら、顔に出ちゃったかしら」

 

 顔に出ていたらしい。見抜かれてしまった。

 

「まあ核のない世界にするために核を持ちますって言ってるようなもんですし、そういう反応されることは予測してましたけど」

 

「その例えうまいね。凄く分かりやすいかも。……それで君が危惧してるのはなんなのかな?」

 

「殺生石です。こう言えば察していただけるんじゃないかと」

 

 かちり、と頭の中で歯車がかみ合った音がする。

 

 殺生石。九尾の狐の魂の破片。私の耳にも付いている、莫大な妖力を要する伝説級の代物。

 

 そこで私はようやく気付く。彼が何を危惧していて、私が欲しいと言ったのか。

 

「問題は俺や黄泉が敵に回った時なんですよ。有り得ないことですが、その有り得ないを有り得るにする力が殺生石にはある。……そして、敵の切り札ともいえるのがそれなんですよ」

 

 そう言って、彼ははぁーっと溜息をつくのであった。

 

 

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 退魔師最強と名高いのは伊達じゃないのだろう、と俺は理解する。

 

 あの情報だけで、完全に彼女は理解をした様子だった。彼女の顔を見る限りではあるが、多分間違いないだろう。

 

 殺生石は非常にメジャーというか、かなり知名度が高い。そしてその石を持っているこの人がその能力と副作用―使ったら理性をすっ飛ばして悪霊になる効果―について知らないわけがないからこの理解の速さは当然ともいえる。

 

「俺と黄泉の欠落を心配しなければならない程度には相手は凶悪です。もう一人こっち側の戦力に引き込めそうな女性はいますが、その人も俺からすれば心配な相手です。―――傲慢な考えですが、俺が手放しで安心できる戦力が、少なくとももう一本は欲しい」

 

 黄泉は一人で環境省の超自然部門の人間を半数殺している。たった一人で、たった一振りの刀で、だ。正直に言えば俺もそれと同等以上のことが出来ると思う。俺や黄泉からしてみれば一週間もあればそう難しい仕事ではない。

 

 現在俺が手放しで信頼できる戦力は雅楽さんと黄泉だけだ。それはあまりにも少ない。一人で軍と戦えるクラスの人間に対するカウンターがあまりにも少ない。

 

「そこで貴女の力が欲しい。退魔師随一の実力を誇り、喰霊白叡を継承している貴女の力が」

 

 そう言って真正面から土宮舞の瞳を見つめる。意志の強い瞳。やはり神楽の母親なのだとわかる輝きがある。思わず吸い込まれそうな、そんな輝き。

 

 神楽も、将来はこんな強くて綺麗な目をするようになるのだろう。それまで俺が生きているのならば是非見てみたいものだ。

 

「三年間寝ていた女に随分無茶を言うのね、命の恩人さんは」

 

 そんな言葉と共に、舞さんはクスッと妖艶に微笑みを返してくれる。苦笑というのが正しいような微笑だが、やつれたその顔であっても引き込まれそうになる程には魅力的な笑みだ。

 

 ……馬鹿なお願いをしているのはわかっている。でも、この人を逃すわけにはいかない。少なくとも、戦力にならずとも自衛が出来る程度には回復してもらわなければ。

 

「これは命の恩人さんからのお願い、ってことでいいのかな、凜君?」

 

「……」

 

 俺はそう返す。冥さんに借りを作っておきながらなんだよと言われかねないが、俺はあまり貸し借りだの恩だのという概念が好きではない。

 

 この会話は交渉などというものではない。命を救った恩人からの、暗にその恩を返せというお願いなのだ。

 

 俺も彼女もそのことを、借りを返せということを直接言葉に出して言っているわけではない。だが、お互いにお互いがそのことを理解している。俺がこの人に頼みごとをするということはつまり必然的にそうなってしまうのだと。

 

「―――いいよ、その無茶、聞いてあげようじゃない。土宮家当主としても退魔師としても三か月で前線に復帰してあげる」

 

 そのため、こんな無茶な提案が受け入れてもらえるかどうかかなり不安だったのだが、とん、と軽く胸を叩いて俺のお願いを快く土宮舞は受け入れてくれる。

 

「でもいいの?もし私が復帰したら君の敵になる可能性があって尚且つ制御が難しい人間がふえちゃうよ?……自分で言うのもなんだけど私は手強いよ」

 

「それならご心配なく。問題ありませんから」

 

 ニコリと微笑みながらそう返す。

 

 ……確かにこの人が最盛期の力を取り戻して敵に回ったら厄介なんてもんじゃない。

 

 ぶっちゃけこの人がどのくらいの強さかはわからないけど、雅楽さん以上と取って間違いないだろう。女性が異常に強い瀬川ワールドのことだからこの人が雅楽さん以下だと考える方が不自然だ。

 

 そんな相手が敵に回るなど絶望の極みだ。救えないにもほどがある。

 

 ……でも。

 

「土宮さんが復帰してようがしてまいがどのみち危険性は変わらないんですよね」

 

「……へー。ほんとに君は色々考えてるし知ってるんだね」

 

「ありがとうございます。まあこの時のために生きてきたって言っても過言ではないですから」

 

 本当に過言ではないが、この人も大概だと今この瞬間に思わされる。

 

 ……本当に敵に回したくはないものだ。手は打つが、こればかりはあの馬鹿(三途河)の出方とこの人の精神力次第と言わざるを得ないのだから。

 

「確かにこの石の原石なら()()()()()()()三年前の、いいえ、()()()()()()で復活させられるでしょうね」

 

「本当に糞忌々しいことながらその通りです。三か月後の貴女に使おうが今の貴女に使おうが忌々しいことに敵に回った貴女の脅威度は()()変わらない」

 

「わぁ本当に嫌そうな顔してるね。……そしてそれなら私が敵に回らなかったとき用に戦力として確保しておく方が効率がいいもんね」

 

「……そこまでわかってるんですか?ほんとに敵にだけは回らないでくださいね、お願いですから」

 

 なんという頭の回転の速さだと舌を巻かざるを得ない。これで脅威度が爆上げになってしまった。

 

 解説すると、どのみち脅威度が変わらないならばこの人には死ぬ気でリハビリに励んで貰った方がいいというのが俺の見解だ。

 

 この人に関して考えられるパターンとしては四つ。

 

 ①リハビリで力を戻さないし、敵にも回らない。

 ②リハビリで力を戻さないが、敵に回る。

 ③リハビリで力を戻して、敵に回る。

 ④リハビリで力を戻して、敵に回らない。

 

 そして意外かもしれないが、この中で②と③の脅威度はイコールだ。

 

 何故ならリハビリをしていようがいまいが、あの糞石は彼女を最盛期の状態に復活させて俺らの敵に回すだろうからだ。

 

 だが、リ