のほほ~んとダンジョンに行くのは間違っているだろうか (takubon)
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第一話 のほほんと始まり

 
 注!のほほんさんではなくのほほん君です。そういうのがダメだという人は急いでブラウザバックを!



 眼前に広がる夢のような光景に、思わず息を飲んでしまう。まるでルビーやサファイアなどの宝石の様な輝きを放つそれらは、見る人が見ればまるで天国の様な物でした。

 

「わぁ・・・・・ッ!」

 

 今、その光景を見ている人物もその一人だった。感嘆の声を漏らし、キラキラとした目で目の前の絶景────お菓子の山に目を奪われています。

 

 ケーキ、クッキー、シュークリーム、アイス、パンケーキ、etc・・・数えきれないほどのそれらの山から漂って来る甘い誘惑に、ふわふわと蝶々の様に導かれていく。

 

 あとほんの少しでその伸ばした手が届きそうになった時・・・・・・

 

 

「へブッ!?」

 

 お菓子とはほど遠い、固く冷たい床とご対面しました。

 

「いったぁ~い」

 

 痛む頭をさすりながら周りを見渡すと、そこは見覚えのある部屋でした。

 特別狭いという訳でも無く、1人で生活するには十分な広さの部屋には、ベットが一つとその脇にある小さめの机があるだけ。部屋に一つある窓から朝日が降り注ぎ、部屋全体を明るく照らしていた。どこからどう見ても殺風景な安宿の一室です。

 

「さっきのは、夢?・・・・・うぅっ」

 

 先程の絶景(お菓子の山)が夢だと分かったこの部屋の主は、その事に深い悲しみを覚え項垂れた。あと少しというところで目が覚めるとは、何と非情なのだろうと多くの人が思ったであろう事を感じていると、突如はっ、として机に置かれた小さな時計に目を移しました。

 

「は、8時20分・・・・・ち、遅刻だよぅぅ!」

 

 さぁー、っと顔から血の気を引かせる事数秒、床にへにゃり込んでいる状態から、飛び起きる勢いそのままに大急ぎで昨日机の上に畳んで置いておいた服を手に取り、支度を始めました。その表情から本人は十分急いでいるつもりなのでしょう。しかし傍から見ればそれは、思わず手伝ってあげたくなる位にゆったりしたものでした。まだおねむなのでしょう。ここは温かく見守りましょう。

 

『おぅ、ようやく起きたか相棒』

 

 そんな時、部屋にもう一人の声と、カチャカチャと金属がぶつかる音が響いた。しかしこの部屋には人は今着替えをしている者しかいません。

 

「もぉーでるるん! 何で起こしてくれなかったのさぁ~!」

『いや、俺はちゃんと声かけたのに相棒が『あと5分~』や『もうちょっとぉ~』とか言って全く起きようとしなかったじゃねぇか』 

「そ、そうだっけぇ~?」

 

 しかしそれに対して驚く事は無く、寧ろ自分から話しかけている為、どうやらこれは日常的な事の様です。

 

『それよりさっさと行かないと嬢ちゃんに、まぁたお説教喰っちまうぞ』

「そ、そうだったぁ!」

 

 それから少しして袖の余る少しゆったりしたサイズの服装に着替え終えた部屋の主は、会話の相手を掴んでパタパタと部屋を飛び出した。

 

「レッツごー!」

『あ、相棒!振り回さないでくれ!』

 

 いつもの元気いっぱいの様子で、少し急ぎ目に小道を抜け大通りに出ようとした所で──

 

『・・・・・そう言えば相棒、戸締りはしたのか?』

「・・・・・わ、忘れてたぁ~!」

 

 再び戸締りの為に戻ったため、更に時間がかかったのであった。

 

 

◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 所狭しと立ち並んでいる数多くの工房から、幾度となく金属を打つ槌の音が響き渡り、一軒一軒の煙突からはいくつもの白い煙が朝の澄んだ空に立ち昇る。まだ肌寒い時間帯にも関わらず、この地区には工房から漏れる熱で、少し熱い程。

 

 そんな工房の一つの前に立つ二人の女性の前を通りかかる者達は一様に、彼女達に対して敬意を払う様に頭を下げて挨拶をして行く。その様から察するに、彼女等はそれなりの地位や実力の持ち主だという事が窺えます。

 

「ふむ、そろそろか」

「多分、そう」

 

 工房の前で腕を組んで仁王立ちし、黒髪赤眼で左目に眼帯を着け東洋のバトルクロスに身を包んだ褐色の肌の女性と、水色の髪に赤い目で眼鏡をかけた和服の色白の女性。

 どちらも世間一般で美女と美少女の部類に入るこの二人がある人物を待っていたちょうどその時、二人の耳は金槌を打つ音に混じって間延びした声を拾う。

 

────ふぇ~、大遅刻だよぅ~!

 

「お、来たか」

「・・・・・予想通り」

 

 揃って声の聞こえてきた方を向けば、余った袖を揺らしパタパタという表現がぴったりな走りでこちらに向かって来る目的の人物を目視で確認した。

 

「おぉ、これは当たりそうだな」

「3、2、1・・・・・」

「ふ、二人とも、遅れてごめんなさ~い!」

 

「「0!」」

 

「ふぇ?」

 

 二人の前までたどり着いてすぐに遅れた事に対して謝ると、口を揃えてそう言われ頭に疑問符を浮かべています。そんな様子を見て、一人はカラカラと笑い、もう一人はクスリと一笑。

 

「はっはっはっ。安心せぃ、お主は遅刻はしておらんよ」

「うん、時間ピッタリ」

「??? どういう事なの?」

 

 ますます訳が分からずに首を傾げます。確かに指定された時間は8時だったはずなのに時間ピッタリとはどういうことなのかという事を尋ねますが、その疑問に答えたのは二人ではなかった。

 

『相棒、俺が相棒に教えた時間は、嬢ちゃん達が言った待ち合わせの時間より一時間早かったって訳だ』

 

 声の主は背中に掛けている長剣の鎺(はばき)と呼ばれる刃の根本の金具が喋っている様にカチカチ動き(実際に喋っているのだが)そう答えました。

 

「今日は時間に遅れる訳にはいかんのでな。手前達は準備があって起こしに行けそうになかった故に、デル坊に言ってお主には早めの時間を伝えてもらっておったのだ」

「おかげで、時間ピッタリに到着。作戦通り」

「おー!さっすが二人とも~、あったま良いぃ~!」

 

 自分の事を考えた見事? な作戦に納得がいったと感心し、笑顔でそう感想を述べるが言われた二人はなんとも言えない微妙な表情になってしまいます。

 

 くぅ~!

 

 そんな微妙な空気を他所に、3人+剣の全員に聞こえるほどの腹の虫が鳴った。その音の主は、恥ずかしそうに笑います。

 

「て、てひひ~、慌てて出て来たからご飯食べ忘れちゃったぁー」

『まぁ、相棒はそれどころじゃなかったからな』

 

 そんな空腹の小動物?(多分間違っていない)の前に笹に包まれた物が差し出されます。

 

「? これなぁに?」

「こんな事もあろうかと、ちゃんと用意してる」

「中身は手前達が作ったおにぎりだ、茶もあるぞ」

『ほぉ、こいつはおでれぇた』

「うわぁーい!ありがとう二人とも~!」

 

 大喜びで二人に感謝し、喜色満面で包んでいる笹を広げれば4つのおにぎりが入っていた。内2つは大きく少し歪な形をしていて、もう2つは小さめだが形が整っている物だった。言われずともどちらが作ったかよく分かります。

 

「いっただっきま~す!」

 

 2種類のおにぎりをそれぞれ両手に持ち、柔らかそうな頬を一杯に膨らませながら朝食を取り始めました。

 

「うまうまぁ~♪」

「相変わらず柔らかいのぅ」

「・・・…癖になる柔らかさ」

 

 正しく天使の様に、幸せそうに食べるその様子を見ていた二人は、柔らかそうな頬を突きながら食べ終わるまで、しばしほっこりと過ごすのでした。

 

『今日から新階層に向けての遠征だっつーのに相棒達は相変わらずだな』

 

 一人の剣が誰にも聞かれないように少し呆れ気味に呟いた。

 

 

 

 おしまい。



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第二話 のほほんと50層





 迷宮都市オラリオ

 

 それは『ダンジョン』と通称される壮大な地下迷宮を世界で唯一保有する巨大都市。正しくはその上に築き上げられた都市であり、世界の中心とも言われている。

 

 ダンジョンとは正しく迷宮で、太古から存在する世界で唯一の凶悪なモンスターを生み出す場所。未だ謎多き穴の全容を明らかにした者は誰もいない。

 

 そんな何かを求め、ダンジョンに挑む者達を冒険者と呼んだ。

 

 ある者は富を求め

 

 ある者は名声を求め

 

 ある者は未知を求め

 

 ある者は出会いを求め

 

 己の望みを叶える為、人類と娯楽に飢え下界に降りてきた多くの神々が集う、そんな場所。

 

 そして今日も様々な思いを秘めた多くの冒険者達が、ダンジョンへと挑戦する。

 

 

 

 

 

 

 ダンジョン50層

 

 ダンジョンは数多の階層に分かれる迷宮から成っており、そのいくつかの階層にはモンスターが生まれない安全階層(セーフティーポイント)と呼ばれるものがある。

 ここ50層もそうであり、長期間の遠征などで冒険者達の大規模な休息地帯とするのに都合が良い場所だ。

 現在、この階層にはとある【ファミリア】が野営をする為に高さが10M(ミドル)もある広大な一枚岩の上で天幕を張っていた。

 その一枚岩の上にはもう既に幾つか天幕が設けられ、その一つにとある人物達が疲れた体を休めています。

 

「ん、歪みもなし。刃毀れもないようだな」

 

 胡坐をかいて手に太刀を持ち、天幕内の明かりに照らしてじっくりと眺め、刃に異常が無い事に頷くは【鍛冶師(スミス)】の【ファミリア】である【ヘファイストス・ファミリア】団長、【椿・コルブランド】。

 

 極東出身のヒューマンと大陸のドワーフの間に生まれたハーフドワーフであり、オラリオに数人しかいない最高の鍛冶師(マスター・スミス)の一人。

 また、本来ずんぐりとした体格になるドワーフの血を持っていながらすらりとした長身に、抜群のスタイルはドワーフからだけでなく、多くの女性達から大層羨ましがられているとか。

 

 椿は太刀を鞘に収め、眼帯をしていない右目を隣の人物に向けた。

 

「簪よ、疲れてはおらんか?」

「うん、私は大丈夫」

 

 答えるは、セミロングの少し内巻き気味の水色の髪に、眼鏡の奥には椿と同じ赤い瞳を持った人物。

【ヘファイストス・ファミリア】副団長【サラシキ・簪】椿と同じく数少ないマスター・スミスの一人です。

 一見大人しそうでか弱い印象ですが、工房から身の丈を超える大鎚を平然と担いで出て来る様はギャップがあり過ぎて、初めて見る人はまず自身の正気を疑う程だそうです。

 

「そうか。そう言えばあやつはどこに居るのだ? 先程から姿が見えんようだが」

「多分、魔導士達の所に行ってると思う。私は大丈夫って言ったから……」

「おぉ、なるほど」

 

「たっだいまぁ~かんちゃーん、こるるーん」

 

 噂をすればなんとやら。幕を潜ってひょっこりと顔を覗かせ、いつもの間延びした声でやって来たのは二人と同じく【ヘファイストス・ファミリア】の【のほとけ・本音】。

 

 いつも袖の余る少しサイズの大きめな服をその身に纏い、少し垂れ気味な穏やかな目と同じ明るいブラウンの髪を狐に似たキャラクターの髪留めでツーサイドアップにし、一見すると少女に見える中性的な容姿。

 本人から発する特有な緩い雰囲気や喋りなどで、本人の事を知る者達からは「のほほん」というあだ名で呼ばれる事が多く、また本音自身も先程の様に人の事を自身が付けたあだ名で呼ぶ。

 

 そんな本音におかえりと返す二人。すると椿は胡坐をかいている自分の膝をポンポンと叩いた。その意味を理解した本音はトコトコと座っている椿の下へ向かい、「おっじゃましまぁ~す」と言って胡坐をかいている足の空間の部分にちょこんと腰かけると、椿は本音の背後から手を回して本音のお腹の辺りを抱きしめた!

 

「んー、やはり本音は抱き心地がよいなぁー」

「そ~ぉ~? 私もこるるんにぎゅっ、されるの好きだよぉー。以心伝心だねぇ~」

「「それは少し違うと思う(ぞ)」」

 

 ニコニコ笑顔の本音に二人が同時に突っ込んだ。しかし、簪はどこか面白くなさそうに頬を少し膨らませている。その瞳は本音と椿を捉えて外しません。

 

 椿に後ろから抱きしめられている本音は、完全に力を抜いて後ろに寄りかかっている状態となっている。その為、そんな本音の後頭部辺りに丁度椿の戦艦並の胸部装甲があり、柔らかに形を変え枕代わりとなっていました。

 

「(やっぱり、大きい……)」

 

 椿は下は袴を穿いているがいるが、上は胸を晒(サラシ)を巻いているだけで、その大きさがよく分かる。簪は視線を下げ、また椿の胸部装甲へと目を移し、と何度か繰り返して深い溜息を漏らす。

 

 確かに簪の胸部装甲は椿の物と比べると(相手が武蔵なのだから仕方がない為)見劣りしますが、それでも駆逐艦ゲフンゲフン・・・簪と同い年の中では平均的か、それより少し上位なのです。もっと自信を持って欲しい(小並感

 

「はぁ・・・」

「かんちゃん、かんちゃん!」

「ん?」

 

 名を呼ばれ簪が顔を上げると、椿に抱きしめられている本音が笑顔で両手を広げていた。

 

「?・・・あっ」

 

 数秒首を傾げていた簪だったが、思い当った様に声を上げた。そして少し頬を薄く朱に染めた簪は立ち上がり、おずおずという感じで両手を広げている本音の前へ歩み寄りる。

 

「お、お邪魔します・・・」

「いらっしゃぁ~い」

 

 ぎゅっ♪

 

 本音の膝の間に腰を下ろした簪を、自分と同じようにお腹の辺りに腕を回して抱きしめ、簪の肩に自分の顎を乗せた。包まれる様に抱かれ、気恥ずかしさはあるものの先程までの不満顔が嘘のように破顔する簪。

 

「えへへ~、なんだか合体みたいだね~」

「おぉ、確かに合体だな」

「・・・合体はロマン」

 

 キリリと妙にキメ顔で呟く簪の瞳に何か力強い光が灯っていました。

 

 それから三人は食事の呼び出しがかかるまでそのまま過ごしたのだが・・・一応最前線なのに、こののどかな雰囲気とはこれいかに。

 

「そう言えば本音よ、デル吉はどうしたのだ?」

「えっとねぇ、でるるんは先生しに行ってるよぉ~」

「先生?」

「うぃ!」

 

 

 

『ほらそこの坊主!もっと脇を締めろ! 』

「は、はい!」

『ラウル! お前は踏み込みが甘い! もっと鋭く踏み込め!そんなんじゃ生き残れねぇぞ! 』

「はいっす!!」

『そこの嬢ちゃん!もっと服を着崩せ! 』

「はい!・・・ってそれはおかしいでしょ!! 」

『ぐほぉ!? 』

 

 本音の相棒、デルフリンガーはしっかり(?)先生をやっていたとさ。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

 夕食時、天幕の間の少し開けた場所に、焚き火を囲む様にして数十名が集まっていた。その中の一人が立ち上がり全員を見渡し、口を開いた。

 

「先程の戦いではご苦労だった。皆の尽力があって今回も無事に50層まで無事に辿り着けた。この場を借りて感謝したい。ありがとう」

 

 柔い黄金色の髪に、碧眼のまるで少年の様な外見でありながら泰然としており、悠然とした物腰でいるのは今回この遠征に繰り出しているオラリオ最強の【ファミリア】の一角である【ロキ・ファミリア】の団長、【フィン・ディムナ】。

 

 見た目は幼いが、それは彼が小人族(パルゥム)であるからであり、その実既にアラフォーである。所謂合法ショタであり、その手の趣味嗜好のお姉様方をは大層人気であるとか。

 

「いっつも49層超えるのに一苦労だよねー。今日はファーモルの数も多かったし」

「階層主がいなかっただけマシでしょ」

 

 天真爛漫という言葉がピッタリ来る印象のアマゾネス特有の褐色肌の少女【ティオナ・ヒリュテ】が先程の戦いの感想を漏らし、ティオナの双子の姉【ティオネ・ヒリュテ】が率直な意見を述べていく。

 

「ははっ、とにもかくにも乾杯しよう。お酒は無いけどね。それじゃぁ───」

『乾杯!』

 

 フィンの音頭に、皆の唱和が続く。安全階層とはいえ、ダンジョン内という事で誰もが心中で警戒を忘れない中、皆で大きな鍋を囲むように数十人の団員達は腰を掛けて食事を開始した。

 

 鍋の中身はこれまでの階層の途中で採った木の実やハーブ、さらに肉果実と呼ばれる肉の食感と味がする果実をじっくりと煮込んだスープだ。これらはモンスターの食用ではあるが、ヒューマンや亜人が口にしても問題はありません。

 

「んぐんぐ、うまうまぁ~♪」

「うむ、まさにご馳走だな」

「・・・美味しい」

 

 それぞれがダンジョンでは中々味わう事が出来ない温かい料理に舌鼓を打っています。ダンジョンでは諸事情により、食事は携行食といった粗末な物になりがちで、今回の様な食事は中々味わうことが出来ません。

 

「(カリカリカリ)」

 

 皆がスープに舌鼓を打っている中、1人だけブロック状の携行食をかじっている人物がいた。

 

 金糸の様な輝く腰の辺りまである髪に、同じ色の瞳を持ち、繊細な女神にも劣らない顔立ちの少女【剣姫】という二つ名で呼ばれる【アイズ・ヴァレンシュタイン】

 オラリオでも随一の剣士の一角であり、【ロキ・ファミリア】の中核を担う一人です。

 

 彼女の隣に座るエルフの少女が尋ね、アマゾネスの少女ティオナが満面の笑みを浮かべながらスープの器を差し出して誘惑するが、アイズは頑なに携行食以外口にしようとしません。

 

「ねぇ、本音。どうしてヴァレンシュタインさんはスープを食べようとしないの?」

「んぐんぐ、ごっくん。それはね~かんちゃん、あいあいは必要以上の栄養の摂取は戦闘状態(コンディション)に支障をきたすって信じてるからなんだよぉ~」

「だが、あれでは逆に少ないのではないのか?『腹が減っては戦は出来ん』と言うぞ」

「あいあいは素直さんだからね~」

「「・・・あぁ、納得」」

「? 何で二人とも私の顔を見て言うのー?」

『ZZZ・・・』

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

「それじゃぁ、今後の事を確認しよう」

 

 食事の後片付けをし、見張りの者以外の集まった者達がフィンに視線を集めた。

 

「『遠征』の目的は未到達階層の開拓、これは変わらないが、今回は59層を目指す前に冒険者依頼(クエスト)をこなしておく」

 

 フィンの言う冒険者依頼(クエスト)とは、その名の通り冒険者に発注される依頼の総称である。受注した冒険者は依頼を達成し、その見返りとして依頼人側から報酬を受け取る。注文を発注する依頼人は【ファミリア】や商人、または迷宮都市を運営管理する管理機関(ギルド)など様々です。

 

 皆に聞こえるようにフィンは説明していく。今回の冒険者依頼は【ロキ・ファミリア】と付き合いのある【ディアンケヒト・ファミリア】というファミリアからのもので、内容はこの先51階層にある『ガドモスの泉』から要求量の泉水を採取する事。

 

「51層には少数精鋭のパーティーを二組送り出す。無駄な武器・アイテムの消費は避け、速やかに泉水を確保後、ここ(拠点)に帰還。何か質問は?」

「はいはーい!何でパーティーを二つに分けるの?」

「注文されている泉水の量がまた厄介でね、『ガドモスの泉』はただでさえ回収できる量が限られている、要求量を満たすためには最低でも二か所の泉を回らないといけないんだ」

「食料を含めた物資には限りがあるからのぅ、クエストの後59層に行く為にもあまり時間はかけられん。その為に二つに分かれて効率化という訳じゃ」

 

 ティオナが元気よく質問しそれにフィンが答え、さらにフィンと同格の屈強なドワーフの【ガレス・ランドロック】が補足した。

 

「それに『ガドモスの泉』は大人数で移動出来ない所にあるからね、戦力の分散は痛いけど、小回りは効いた方が良い・・・他に質問は?ないなら、パーティー・メンバーを選抜する」

「はいは~い、でぃむなんしつも~ん!」

「な、何だい?」

 

 本音の相変わらずの呼び名に若干頬を引き攣らせながらも聞き返すフィン。どこかで「引き攣った顔の団長も素敵です!」というティオネの声は聞こえないものとした。

 

「えっとぉ、それは私達も参加していーいー?」

「いや、これは【ロキ・ファミリア】への依頼だからね。今回はこちらだけでやるよ。君達には防衛も兼ねてここに残っていてくれるかい?」

「んー、分かった~」

「承知したぞ」

「・・・うん」

「リヴェリア、君もここに残ってくれ。クエストの後の為にも消費した精神力(マインド)を回復させてくれ。彼の傍にいれば回復も早いからね」

「・・・止むを得ないか」

 

 フィンの指示に瞑目するは翡翠色の長髪に白を基調とした魔術装束を身に纏い、特有の細く尖った耳に絶世の美貌を持つエルフの王族であるハイエルフ、【リヴェリア・リヨス・アールヴ】

 

「ならばレフィーヤ、私の代わりにパーティーに入れ」

「は、はいっ・・・って、えぇっ!?」

 

 リヴェリアに指名され、遅れて驚きの声を上げるは先程の食事の時アイズの隣に座っていた山吹色の髪を後ろで纏めたエルフの少女【レフィーヤ・ウィリディス】

 彼女はいずれリヴェリアの後釜と押されている期待の少女だ。

 

「じゃぁレフィーヤ一緒に行こうよ!アイズとティオネも!」

「うん」

「ちょっ、わ、私は団長と・・・!?」

 

 そして話し合いの結果四人編成のパーティーが二つ決まった・・・のだが

 

 一班:アイズ・ティオナ・ティオネ・レフィーヤ

 

 二班:フィン・ベート・ガレス・ラウル

 

「・・・なぁ、こいつら大丈夫か?」

「んー・・・」

 

 二班の頬にタトゥーのある狼人の青年、【ベート・ローガ】が危惧を隠さずに団長であるフィンに尋ねた。

 

 無類の狂戦士であるアマゾネスのティオナ・ヒリュテ。二つ名は【大切断(アマゾン)

 

 その戦い振りから非公式ではあるが「戦姫」という二つ名もつけられるほどの戦闘狂であるアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 普段は冷静沈着を装っているが、その本質は前の二人以上の狂戦士的である【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネ・ヒリュテ。

 

 そしてこの中で唯一の格下のレフィーヤ・ウィリディス。

 

 ベート自身もかなり好戦的な性格ではあるが、一班の編成に彼でも一抹の不安を覚える程であった。唯一まともなレフィーヤでは彼女達を制御しきれない。

 

「おー、ローローは優しいねぇ~」

「うるせえっ、間延び野郎!そんなんじゃねぇよ!」

「そんな事言っちゃってー、ほんとは照れてる癖に~」

「誰がだ!出鱈目言ってんじゃねぇ!」

 

「・・・」

 

 暫し沈黙を連ねた後、フィンは決断した。

 

「ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれ」

「ーっ!お任せくださいッッ!!」

 

 フィンに絶賛ゾッコンのアマゾネスの少女は、愛しの人のセリフに大歓喜しながら答える・・・気のせいか、彼女の周りにまるで戦意高揚状態のキラキラが見える気がするのは、仕事のし過ぎが原因かな?

 そんな状態の双子の姉に「ちょろー」と妹が半眼で呟き、「おぉ~、ねーやんが眩しいぜぃ~」と小動物が目を腕で覆う。

 

 結局そのまま最終決定した二組のパーティーは、数時間の仮眠の後、他の団員と本音達に拠点を任せ、51層へと出発して行った。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

『ZZZ・・・んぁ?』

「あっ、でるるん起きたぁ~?」

 

 アイズ達が出発した後、拠点にある一番大きな天幕に本音、デルフリンガー、簪、椿、そしてリヴェリアが待機していた。他のロキ・ファミリアの団員達はそれぞれ見張りや、道具のチェック等を行っている。

 

『おぅ。で、今何やってんだ?」

「えっとねぇ、今アイアイ達がクエストに行っちゃってて、私達はここで待ってるんだよぉ。あ、お湯が沸いたみたい~、皆なにがいい~?」

「お、なら手前は緑茶で」

「私は、抹茶」

「私は紅茶をもらおうか」

「りょうかぁーい」

 

 それから四人は本音が淹れたお茶を飲んで一息ついた。

 

「あっ、あーちゃん(リヴェリア)とかんちゃん、精神力(マインド)は回復出来た~?」

「私は・・・三分の二と言った所だな。あと、あーちゃんはどうにかならんのか?」

「私は、さっきので殆ど全快したよ」

「本当にお主の【スキル】は色々と便利なものが多いのぅ」

『まぁ、相棒らしい【スキル】ではあるけどな』

「てひひ~、それほどでも~」

 

 椿達が言う【スキル】とは、自分の所属する【ファミリア】の主神から【神の恩恵(ファルナ)】という恩恵を授けられた者が発現する固有の能力の事です。

 

 【スキル】には能力の補正・強化など様々であるが、発現する事は希少であるとされている。が、その中でも他にない特殊なスキルはレアスキルと呼ばれ、本音の場合それが()()()()発現しているのです。

 

 その中の一つに魔法で消費した精神力(マインド)の回復を早めるという、魔法を主としている魔導士達にとってこれ以上はないと思われるもの。

 

 【神の恩恵】には基本アビリティーという「力」「耐久」「器用」「敏捷」「魔力」の五項目からなる基礎能力がありますが、それ以外に『発展アビリティー』と呼ばれるものがあり、その中の一つにリヴェリアが持つ【精癒】というものが存在します。その効果は本音が持っているレアスキルとほぼ同じ効果で、精神力(魔力)の自動回復。『魔法』を行使した側から少量ではあるが精神力(マインド)を回復していく、という物です。

 

 しかし、本音のスキルの効果はそれ以上と言ってもいい代物。フィンが「彼の傍にいれば回復も早いからね」と言うのはこのスキルの為だからです。

 何故かこのスキル、本音の近く、さらに言えば本音と密着した状態だとその効果が高まるという不思議スキルであるのです。

 スキルや魔法といったものは本人の本質や望みに影響して発現するもの。本音が何を願い、思い続けたかはまたいずれ機会があればという事で。

 

 それから四人+剣は他愛もない会話を続けていた時、見張りの者の声が野営地全体に響き渡った。

 

「未確認のモンスターの大群出現!繰り返す!未確認のモンスターの大群出現!こちらに向かってきています!!」

 

 突如として野営地全体に緊張が走る。

 

 

 




 スキルの名前が決まっていないorz・・・


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第三話 のほほんと強襲

 あけましておめでとうございます!新年最初の投稿になりました!


「とりゃぁ~」

『─────ッ!』

 

 間の抜けた声と共に、真っ二つにされた芋虫の様なモンスターは、鼓膜を劈く様な甲高い鳴き声を上げる。斬り裂かれた体はブクブクと膨れ上がって破裂して紫と黒が混じったような色の体液を周囲に撒き散らす

 

「おっとっとぉ」

 

 飛んで来る体液を大きく飛び退いて避けると、先ほどまでいた地面に体液が落ち、じゅぅっという音を響かせて異臭を漂わせる煙をあげながら溶けた。もし直撃すればただでは済まないだろう

 

「ふぃ~、危ない危ない」

『全く厄介な奴等どもだな』

「だねぇ~」

 

 相棒のデルフリンガーに同意し、本音は周りを見渡す。その感想は異様につきる

 

 辺りの地面のいたる所から煙が上がって熔解し、異臭が立ち込めている。見える範囲の殆どに先程本音が倒した芋虫型のモンスターが大量に蠢いてた

 

『ったく、斬っても斬ってもキリがねぇな。大丈夫か?相棒』

「うぃ!まだまだぁ~」

 

 喝を入れるように(本音的に)声を上げ、本音はデルフリンガーを構え駆ける。向かう先は野営地を構えた一枚岩。一列に連なっているモンスターの横を並走し、岩の麓で飛び上がって壁に着地。そしてその壁をよじ登ろうとしている先頭の芋虫型のモンスター二匹に斬りかかった

 

『『─────ッッ!!』』

 

 切り裂かれたモンスターは壁から離れ、同じく這い上がろうとしていたモンスター達を巻き込んで落下し、その途中でお馴染みの破裂。さらにそれを浴びた他のモンスターも誘爆する様に次々と破裂し、より広範囲に凶悪な溶解液がまき散らされた。その威力で、一枚岩の側面一辺が大きく抉られている。本音は壁から大きく飛びのいてその範囲の外へ逃げる事に成功していた

 

「よっとぉ。みんなぁー、大丈夫~?」

「あぁ!こっちは大丈夫だ!」

 

 地面に着地した本音は岩の上を見上げながら問いかけると、崖際で溶解液から守る為盾を構えていた者達の一人から返事が返って来る。それに対し本音は笑顔を返して再びモンスターの大群へと斬りかかって行った

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 本音が岩の麓でモンスター達を倒していく中、一枚岩の上ではロキファミリアの団員達が忙しなく動き回っていた。相手は倒しても倒さずとも腐食液をまき散らして来る厄介過ぎるモンスター。頑丈な盾も一度の攻撃で使い物にならなくなり、崖際の盾隊はすぐに予備の物を持って来る様に叫ぶ。その間から身を覗かせ、いつ途切れるか定かでない黄緑の列に愚痴を零しながら矢を射る者。傷を癒す回復薬も湯水の様に消費されていくが、けが人は後を絶たない

 

「リヴェリア殿、手前はもう一度行って来るぞ。あやつだけには任せておけんからな」

 

 そんな中、両腰に二本、両手に一本、背中に二本ずつ刀を携えた椿が指揮を取っているリヴェリアの前に現れた

 

「あぁ、頼む。我々もあと少しで魔法を放てる。それまで時間を稼いでくれ。だが無理はするな。彼にもそう伝えて欲しい」

「承知」

 

 椿はそう言うと脚力を活かし盾隊を飛び越えて行った。それを見送ったリヴェリアは手に持った瓶の中身の液体【高等精神力回復特効薬(ハイ・マジック・ポーション)】を一気に飲む

 

 数時間前にモンスター達に強襲されて現在に至るまでに野営地の被害はかなりのものとなった。見張りの者からの知らせから野営地に残っていた面々はいち早く行動し、迎撃の為いつもの盾隊を前衛とし、後方に弓矢・魔法部隊を配置する布陣を取ったが、本音が異変に気が付き指示を出すも一歩遅く、矢で攻撃されたモンスターが破裂

 その結果、飛び散った体液が盾隊に直撃。盾と身を纏う装備は無残に溶かされ、直接浴びた皮膚は溶けて黒に近い紫に変色し、惨たらしい姿となった

 

 混乱する団員達はリヴェリアの指示の下、怪我人を担いで隊は一枚岩の上の野営地まで後退。後退する隊を守るため本音と椿が殿を務め、隊が下がったのを確認して一旦退避。その時、オラリオ最高峰の鍛冶師である椿が自ら打った刀も、刃の部分がボロボロになっていた事と、先程の溶解液を浴びた負傷者の惨状を見て団員達は一様に青ざめた。リヴェリアが指示を出すも、皆の動きはいつもの様にキレが無く、動きがぎこちないものとなってしまっていた

 

“みんなぁ~、いったんおちつこ~”

 

 ロキ・ファミリアの団員達が動揺する中、いつもと変わらない声色が緊張の走る野営地に響いた。皆の視線がいつもののほほんとした笑みを浮かべている本音に集中する

 

“こういう時は深呼吸だよぉ~。ほら、吸って~吐いて~”

 

 本音は大きく手を広げ息を吸い、手を下ろしながら息を吐く。気が付けば動きを止め、本音に習って団員達も深呼吸を取っていた。僅かだが気持ちが落ち着く

 

“ここにはでぃむなんやアイアイ達はいないけど、皆の指揮を取るあーちゃんがいる。かんちゃんもいるし、こるこるもいる、私もいる、でるるんもいる、みんなもいる。だからだいじょーぶ”

 

 そののほほんとした声と表情が動揺した気持ちを静めていき、団員達の顔が先程までの狼狽した様子からしっかりとした冒険者の顔となっていく

 

“あのモンスター達を倒して、でぃむなん達に任されたここを守るぞぉ~”

『っ、おぉーッ!!』

 

 本音と一緒に手を上に突き出し、団員達は皆気合の入った声が野営地に響き渡った

 

 

 

「(・・・全く、あれでは任された私の立つ瀬がないな)」

 

 ともあれ今は眼前の敵だ、と意識を切り替えるリヴェリア。採取に行ったフィン達の事も気になるが、彼らとて同じファミリアの実力者達だ、心配はいらない。これは長年同じファミリアの仲間への信頼から来るものだった

 

「【──願うは、届く力】」

 

 リヴェリアの耳が静かだが、それでいて力強さを秘めた詠唱を歌う声を捉える

 

「【──理想を追い求めるのはもう止めた。ただ守られるだけでいるのも止めた】」

 

 自らの髪と同色の結晶が付いた杖を構えるその姿は、普段の様子とは全く違っていた

 

「【──抱くは、あの時この目にした憧れ。私も、私を信じてくれる笑顔の背中を守りたい】」

 

 彼女の視線の先には、次々とモンスターに斬りかかる二人(本音・椿)の姿

 

「【──私には不相応なものだと承知の上で今一度願う】」

 

 足元に広がる水色の魔法円(マッジック・サークル)が輝きを増し、魔力が膨れ上がる。そんな彼女の周りをゆっくりと風が舞い始めた

 

「【──来たれ、邪を穿つ吹き荒れる嵐よ】」

 

 その風は徐々に強さを増していき、彼女を包みこんだ。最後にその魔法の名を述べ、詠唱は完成する

 

「【山嵐】!」

 

 収束した風が四十八もの光玉となって彼女を中心に衛星の様に周る。そして指揮を取るように杖を前に掲げた

 

「・・・行って」

 

 光玉はそれぞれ別々の軌道を描いて眼下に蠢くモンスター達に向かって行き、次々とその黄緑の体を貫き、風の刃で切り刻んで往く

 

 絶命の間際に飛び散る腐食液も、本音と椿の周りを周る数個の光玉の風で弾かれ、野営地まで飛んで来るものも盾隊の前にある光玉が防いでいた。まさに攻防一体

 

「すごい・・・」

 

 精神力(マインド)回復に努めている魔導士の一人が感嘆の声を漏らす。他の魔導士達も彼女──サラシキ・簪の魔法に目を奪われていた 

 

「・・・っ」

「──かんちゃんッ!」

「!…いくよ、本音」

 

 ふと、簪がほんの少しだけ顔を顰めた。それを見ていたのか、それとも感じ取ったのか、本音がこちらまで聞こえるように声を張り上げる。簪は頷くと杖を真っ直ぐに本音に向けた。すると、全ての光玉が本音の元へと向かって行く

 

「でるるん!」

『ほい来た!』

 

 本音は自らの刀剣、デルフリンガーを天に掲げる。本音の元へ集まった光玉は、吸い込まれる様にその刀身に『吸収』されて行った。光玉が一つ吸収されるごとにその刀身は激しく輝き始め、薄暗い50層を照らす

 

『来た来たぁ!来たぜ相棒!』

 

 眩い輝きを放つデルフリンガーから水色のオーラの様なものが纏わりつき、剣の様に形取った。その為、本音の持つ剣は一回り以上大きなものとなる。そんな本音の元へ、近くにいたモンスター達が囲むように一斉に襲い掛かった

 

「そぉーおーりゃぁー!!」

『『『『─────ッッ!?』』』』

 

 本音はデルフリンガーを地面と水平に構えそのままぐるりと一回転。本音を取り囲んでいたモンスター達は水色の刃から生じた一陣の風に斬り裂かれると同時に消滅していった。上から見ると、本音を中心に円状に数十M(ミドル)のモンスター達が完全に消滅している。他にも、椿が太刀を用いて倒したお蔭で野営地の一枚岩の麓のモンスター達はほぼ殲滅したと言えるものとなっていた。が、まだ麓から数十M行った所には黄緑の大群が見え、蠢きながらこちらに向かってきている

 

「うっ・・・」

「っと、大丈夫か」

 

 簪が目眩を起こした様にぐらつき、倒れそうになるのをリヴェリアが優しく支える。彼女は頷くも、その顔色は少し悪い。どうやら軽い精神疲弊(マインド・ダウン)になっているようだ

 

 魔法とは自らの精神力を消費して行使される。それは体力と同じように限界があり、尽きかけるか尽きると起きるのがマインド・ダウンを起こして気絶する。モンスターが溢れるダンジョンで気絶は即ち命を落とす事に直結するのだ

 

「全く、まだ回復した精神力(マインド)が馴染んでいない状態で魔法を使うなど、無茶をする」

 

 簪の近くに転がっている空の瓶を見て嘆息するリヴェリア。精神力(マインド)は自然に回復するのを待つ以外に、ポーションで回復する事が出来るが、飲んでからすぐに魔法を使うと回復したマインドが体に馴染んでいない為、魔法の行使後にマインド・ダウンを起こしてしまう

 

「すみま、せん・・・」

 

 バツが悪そうに眉をハの字にさせる簪。それを見たリヴェリアは嘆息しつつも優しく慈愛の微笑を浮かべた

 

 簪が無茶をしてまで魔法を使った訳は自分達が一緒にいるからという訳ではなく、今も眼下で戦っている同じファミリアの仲間達の為だ

 

「だが、今の魔法のお蔭でかなり数を減らす事が出来た。ありがとう」

 

 それを分かっているリヴェリアは、後は私に任せろとばかりに簪に向けて同性でも見惚れてしまう様な勝気な笑みを浮かべた。頷く簪を他の団員に任せ、リヴェリアは白銀の杖を手に翡翠色の瞳を眼前の黄緑の大群に向ける

 

「(私も負けていられないな)────【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け】」

 

 この戦場で誰よりも美しく在る彼女の玲瓏な声が響き渡る。足元に展開された魔法円が翡翠色に輝き、同色の光の粒子が舞う

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 他のエルフ等の魔導師達も詠唱を紡ぎ始め、本日二度目の一斉砲撃の準備をする。リヴェリア達の詠唱を背に、最後の時間稼ぎの為のほほん達は剣を振るい近づけまいと群がる敵を蹴散らしていく

 

「【吹雪け、三度の厳冬───我が名はアールヴ】!」

 

 先頭に立つリヴェリアの詠唱の終わりを皮切りに、他の魔導士達も続々と魔法の行使過程を終える。魔法の完成を知らせる膨大な魔力が膨れ上がるのを察知すると、本音達は攻撃を切り上げて素早く安全圏まで後退する

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 氷、炎、雷等、様々な属性の壮絶な魔法攻撃が雨あられの様にモンスターの大群に降り注ぐ。芋虫型のその体は極寒の吹雪に凍てつき、あるいは燃えて感電して爆散する

 

 魔法を打ち終わった後に残るのは爆発によって抉れ地形が変わってしまった大地と残火と氷。そして、もうまばらに数えるほどしかない黄緑の粒だけだった

 

 魔法を撃ち終わった魔導士達や、他の団員達が歓声を上げる。達成感と興奮に包まれる野営地。残ったモンスターも瞬く間に本音達が殲滅して野営地に戻ると、ロキファミリアの団員達と一緒に喜び合い、51層に続く大穴からフィン達も帰還したのはそのすぐ後だった

 

 

 




 


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第四話 のほほんと強襲、再び

 お久しぶりです。お待たせしていたらすみませんでした。二、三話連続投稿します


 

 

 野営地の一番大きな天幕の中、【ロキ・ファミリア】の中核を担う首脳陣達、フィン、リヴェリア、ガレスが集まっていた

 

「・・・そうか、やはりお前達の方にもあのモンスターが」

「あぁ、僕達も51階層で突然襲われた。お蔭であの腐食液で僕とガレス、ティオナは獲物を失ったよ」

 

 本音達が新種のモンスターの残党を殲滅した後、少し経ってクエストに出ていたフィン達も野営地に戻って来た。フィンの報告によると、クエストの為51層へ向かうとあの芋虫型のモンスターに襲われ、交戦するもあのモンスターの腐食液によって自らの武器を溶かされ止む無く撤退。合流したアイズの魔法と【不懐属性(デュランダル)】の武器、そして最後はレフィーヤの広域殲滅魔法により殲滅し、戻って来たとの事

 

 さらに先程までここにいた別班のアイズ達の報告によると、向かった『ガドモスの泉』は荒らされており、大量の灰とドロップアイテムである『ガドモスの皮膜』が残されていた事から強竜(ガドモス)を倒した事が分かった

 

「しかし、あの強竜をも倒すとはな・・・」

「それとまだ決めつける要素が足りないけど・・・・あれらは率先して他のモンスター狙っていっているような節が見られた」

「ずっと下の階層に生息しておったのが上がって来たのか、それともダンジョンが新種のモンスターを産みだしたのか・・・・・どちらにしても厄介じゃな」

 

 ガレスは顎髭を撫でながら憶測と共に嘆息した

 

「まぁ、こっちも無事なようで何よりだったよ」

「聞けば、ワシ等方よりも遥かに数が多かったそうじゃな」

「あぁ・・・正直彼等がいてくれたお蔭でな。一度は崩れかけたものを立て直して反撃する事が出来た」

「「・・・ほぅ」」

 

 リヴェリアの言葉に二人はどこか面白そうな声を漏らしてリヴェリアを見る。リヴェリアは「何だ?」とばかりにその整った肩眉を上げた

 

「いや、てっきり君の事だから留守を任されたのに~とか、立つ瀬がない~と言うと思っていたからね」

「寧ろどこか誇らしそうに言うもんじゃからのぅ」

「「しかも戻って来た時彼(あやつ)と抱き合っていた(おった)し」」

「っ!?そ、それはっ!」

 

 普段は冷静沈着なリヴェリアが慌てた様に声を上げる。その白い肌は淡い朱に染まっていた

 

 モンスターを倒し終えた本音達がロキ・ファミリアの団員達と一緒に喜び合っていた時、本音がリヴェリアに抱き付いたのだ。その事に団員達はピタリと動きを止めるが、更に驚くべき事が起きた。リヴェリアも本音を抱き返したのだ、しかも微笑みながら

 

「いやぁ、君が自分から抱擁をするとはねぇ」

「ワシも思わず目を疑ってしまったぞい」

「-ッ!ーーッ!?」

 

 団員達はもちろんの事、同族のエルフの団員達はもっと信じられなさそうに皆口をあんぐりと開けて呆然としてしまうほどだった。その場面を返って来たフィン達に目撃されたという訳だ。にやにやと笑う2人の茶化しに、リヴェリアはほっそりと尖った耳の先まで真っ赤に染まる

 

「これはとうとう春が来たのかな?」

「あの堅物エルフのお主がのぅ。こりゃぁ、地上に戻ったらロキとの酒の肴にでもするかの」

「あはは、それをするとますますロキが彼を勧誘したがってしまうね。でも彼が入ってくれると色々と助かるし、リヴェリアの為にも僕も頑張ってみようかな?なんて」

「・・・【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け】・・・ッ!!」

「え、ちょっ!?リヴェリア、待った待った!?」

「い、いかん、イジリ過ぎたわい!なんとかせぃフィン!」

「ガレス!?僕に押し付けないでくれよ!」

 

 その後、恥ずかしさ限界を超えたリヴェリアが広域殲滅魔法の詠唱を行使するまで、二人はからかい続けていた。その光景を今後の事を聞こうと尋ねていた椿と簪は、ロキファミリアの中心核達の様子に愉快そうに笑い、目を丸くするのだった

 

 結論、クーデレのデレ強し

 

 

 ◇ ◆ ◇  ◆ ◇  

 

 

「いやぁ、ラウルんも無事でよかったよ~」

『だな』

「ありがとうッス。いや、ホントに死にかけて殺されかけたっすよぉ」

『「ん?殺されかけた?」』

「はいっす。その、ティオネさんに・・・」

『・・・なぁ、なんとなく状況が分かっちまったぜ』

「・・・多分でぃむなん絡みだねぇ」

『「ドンマイ(だよ)、坊主(ラウルん)」』

「うぅ、二人の言葉がしみるっす(泣)・・・」

 

 戦闘後の野営地の小さな天幕に、本音とデルフリンガー、そして今回のクエストにサポーターとして同行していた【ロキ・ファミリア】の気苦労が絶えないどこぞの某不幸青年と似た雰囲気を漂わせている、ラウル・ノールドが少しばかり休息を取っていた。何気にこの二人は結構仲良しだったりする。男に対して興味がないデルフリンガーもまた、この青年の事は何かと気にかけているのだ。・・・興味というのはソッチではない事を追記しておく。腐った系がお好きな方はBLで検索を

 

「あっ、じゃぁ自分はそろそろ仕事があるんで失礼するっす!」

「頑張ってねぇ~」『おぅ』

 

「はいっすー!」と元気よく返事をしたラウルはその場から立ち去って行った。ラウルがいなくなり一人になった本音は大きく伸び、息を吐く

 

「ふぃー、それにしても今回はハードだったぜぃー」

『お疲れさん、相棒』

「うぃ!でるるんもお疲「のほほんくーん!」れさまぁー?」

 

 軽い衝動が襲い、背後から褐色の腕が回された。「お?」と首を少し動かし振り返ってみると、一人のアマゾネスの少女、ティオナが本音の背中に抱き付いている

 

「ヤッホー、のほほん君!」

「おー、アーやん久しぶり~」

「一応さっき会ったばかりだよね!?」

「なんと!」

「何で驚いてるの!?」

「なんとなく~」

「むむっ、揶揄っただとぅ!こいつめー!このこの~!」

「きゃぁ~!」

「あんた達、早速漫才やってるわね」

 

 ティオナの双子の姉、ティオネもやって来て半場呆れた様に言う。彼女の後ろにはアイズやレフィーヤの姿も見えた

 

「おー、ネーやん、アイアイ、フィーやん。みんなも無事でよかったよぉ~」

 

 ほにゃり、と心の底から嬉しそうに微笑む。相変わらず癒されるなぁ、と言うのが全員の共通意見だった。若干一名はティオナが羨ましかったりする

 

「まぁ、私達の方も殆ど無事ね・・・・・武器以外は」

「そーだよ聞いてよのほほん君!あたしの、あたしの大双刃(ウルガ)がぁ~!」

「お、おぉう?よーし、よーしどうどう」

「あたしは馬か!?」

「ん?アーやんは馬じゃないよぉ?急にどうしたの?」

「素かい!!」

 

 本音達が再び漫才を始めた所でデルフリンガーが他の皆に問いかける

 

『で、嬢ちゃん達、一体何があったんだってんだ?』

「あー、実はティオナが初見の時にあのモンスターに突っ込んで、そのまま武器がオジャンになっちゃったのよ」

『・・・・・【ゴブニュ・ファミリア】の奴等が聞いたらぶっ倒れるんじゃねぇか?』

「あ、あははは・・・・」

「私のは、大丈夫だった」

 

 デルフリンガーの言葉にレフィーヤは苦笑、アイズは自分の腰の愛剣を揺らした

 

 ちなみに【ゴブニュ・ファミリア】とは【ヘファイストス・ファミリア】と同じく鍛冶師を抱えるファミリアで、大双刃を製作した所だ。商売敵といっても別に敵対している訳ではなくライバル的なものなのでちょくちょく本音は訪れていたりする

 

 そんな時、ティオナを慰めていた本音が「ん?」と何かに気が付いた様に声を上げると、ティオナを一旦置いてアイズの元へと近寄った

 

「アーイアイ!」

「?」

「えい~!」

「っ!?」

「・・・ん」

 

 そしてふわりと正面からアイズに抱き付いた。その行為に対して隣のレフィーヤが驚きの表情のまま固まり、対してアイズは特に動じる事なくそれを受け入れている・・・いや、若干嬉しそうに見える?

 

「どうしたの?」

 

 自分より少し背の低い本音に目線を下げて僅かに首を傾げて問いかけると、本音はいつもの眠たそうな瞼を少し上げ、真っ直ぐにアイズの事を見返す

 

「ねぇ、アイアイ。体、痛むんだよね?」

「!」

「ダメだよ~?ちゃんと言わなきゃ~」

 

 本音の指摘にアイズは僅かに目を見開く。あの新種のモンスター達との戦いでアイズは自らの魔法の強い負荷により、全身からずきずきとした痛みが走っていたのだ。あっさりと見抜かれたアイズはバツが悪そうにその目を逸らしてしまう

 

「あー!アイズまた無理してたのー!」

「あ、アイズさん!大丈夫ですか!?ぽ、ポーションを!」

「えっと、その・・・」

「おー、おしくらまんじゅうみたーい」

 

 その反応を見たティオナとレフィーヤは本音に抱きしめられているアイズに詰め寄った。アイズは目を泳がせて、本音は一人場違いな感想を述べている。そんな四人の様子を暖かい目で見つめる一人と一剣。のどかな空気が流れる

 

「ねぇ、私の気のせいならいいんだけど、とんでもない魔力の波動を感じない?しかも酷く馴染みのものを」

『気のせいだ。というか気にしちゃぁいけねぇよ、あれは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数分後、再び野営地に緊張が走った

 

 

 音が届いた。まるで何本もの木をいっぺんにへし折る様な音が。音は鳴りやむ事無く段々と大きく、何かが近づいて来ているように響き渡る。そして()()は姿を現した

 

 黄緑色のあの新種の芋虫型のモンスターを彷彿(ほうふつ)させる下半身

 

 扇に似た厚みの無い二対四枚の腕

 

 上半身は女の人型を連想させる形をしているが、その下にある大きく膨れ上がった何かを溜め込んでいる様な腹部は醜悪で、どす黒い

 

 六Mをも超えるまるで半人半蛇(ラミア)半人半馬(ケンタウロス)に近い巨体には、それに相応しい夥しい量の腐食液が貯めこまれているのが一目で理解出来た。しかもそれが二体・・・・・

 

「あ、あんなでかいの倒したら・・・」

 

 これまで倒して来たもの等比べものにならないくらい、とてつもない量の腐食液が周囲に飛び散る

 

 今までの戦いを振り返っても、芋虫型のモンスター達は力尽きる寸前、その体を破裂させていた。撃破したとしても、辺り一帯全ての者達が巻き添えだ。多くの者達が最悪な光景を脳裏に想像し、顔を青ざめる

 

「・・・・・・」

『相棒・・・』

 

 流石の本音も目の前の階層主ほどの巨体を誇るモンスターに顔を顰めていた。デルフリンガーが声をかけると本音はこくりと頷いて口を開く

 

「あうぅっ、や、やっぱりお菓子ちょっと痛んでたみたい~。ちょっとお腹痛いよぉ」

『だから言ったろ、止めとけって』

「でもでもー、昨日食べたのは大丈夫だったんだよ~?」

 

 ズルッと、周りにいた者達がズッコケた。シリアスな空気ぶち壊しである。これには流石に椿も頬を引き攣らせ、簪は手で顔を覆ってしまった。アイズはアイズで棒読みで痛いの痛いの飛んでいけー、とさらに気の抜ける事を本音にしている

 

 本音が空気をぶち壊した中、野営地からまだ十分に距離がある所でモンスター達は止まった。内一体がまるで我が子を誘うように両腕を広げれば、虹色の粒子が舞い・・・数秒後に爆裂。まだ距離があるというのに目を開けているのが厳しい程の熱波と衝撃波が野営地まで届いた

 腐食液だけでなく爆粉まで放ってくるモンスターに、団員達の多くは軽い絶望を見た

 

「総員、撤退だ」

 

 粉塵が視界を覆う中、フィンは冷静にその場にいる者達に告げた。ばっと全員の視線が集中する中、彼は目の前の二体を油断なく見据えたまま続ける・・・髪が若干凍っているのは誰も指摘しない。こんな時にそのような事が出来るのは本音くらいのものだ

 

「速やかにキャンプを破棄、最小限の物資を持ってこの場から離脱する」

「待てよフィン!?それじゃあ、あいつ等はどうすんだよ!?」

「あんなの放って置いたらとんでもない事になるかもしれないんだよ!?」

 

 ベートとティオナがフィンに対して噛み付く。この安全階層(セーフティポイント)にも現れたのだ、目前のモンスターを放置すればやがて階層を昇り多くの被害を齎すことを黙って見過ごせるはずがなかった。また、彼らは迷宮都市最大派閥【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者としての誇りと責任がある

 

「僕も大いに不本意だ。でも、あのモンスターを始末し、必要最低限の被害で抑えるにはこれしかない。月並みの言葉で悪いけどね」

 

 続いてフィンは一度ぐるりと団員達を見渡し、感情を消した表情を二人に向けた

 

「アイズ、本音君。君達で奴らを討ってくれ」

 

 二人だけでだ、と付け加えたフィンのその指示に殆どの者が絶句した

 

「ま、待ってくださ「あいあいさ~!」

 

 悲鳴を上げるように抗議の声を上げたレフィーヤの言葉を遮って、本音がいつもの調子で了承する

 

「よぉーし、頑張ろうぜぃアイアイ、でるるん」

「うん」

『こいつはド派手な戦いになりそうだな相棒』

「だよね~・・・ここは私が食い止める、皆は先に行って!大丈夫、必ず帰って来るから・・・!」

『おい馬鹿やめろ』

「?・・・私も、残るよ?」

『流石嬢ちゃん、相棒のボケを全く理解してない』

「アイアイ・・・これが終わったら、じゃが丸君食べにいこ?」

「うん(`・ω・´)」

『しかしその上を行った!?』

 

 すっかり本人達の間で話が進んでしまっている中、はっ、と我に返ったティオナ達が再びフィンに(ベートは本音に)詰め寄ろうとするが───爆撃

 

 再び二体の女体型のモンスター達が動き出し、まるでその存在感を示すようにゆったりとした速度でこちらに向かって来る

 

「・・・時間がない。全員撤退の準備急げ!」

「待ってよフィン!何で二人だけなのさ!?あたしも行くよ!」

 

 ティオナに続き、ベートやティオネ、レフィーやがなおもフィンに食い下がった。そんな中、本音達の元へ椿と簪が近寄る

 

「あっ、かんちゃん、こるるん。二人も気を付けて撤退してねぇ。間違ってもこけたりしないように~あいたっ!」

「手前達の心配などいらんだろう?」

「それに、その心配は本音の方が、正しい」

 

 コツンッ、と本音の頭を小突く椿と頷く簪。そして話もそこそこに、簪はデルフリンガーに手をかざし、椿は背負っていた一振りの刀を本音の眼前に差し出す

 

「少しだけど私の精神力(マインド)

「今、手持ちで一番の【不懐属性】(デュランダル)の太刀だ」

「ありがとうかんちゃん、こるるん」

 

 それからコツン、とお互いの拳をぶつける三人。傍にいたアイズには、本音達の醸し出す雰囲気があの三人と同じ様に見えた

 

「二度も言わせるな。()()

 

 聞こえてきたフィンのその声音が、冷徹な暴君のごとき威圧を含めた言葉に、もう誰も反論する事が出来なかった

 項垂れながら、あるいは悔しさに歯を食いしばって耐え、涙を浮かべながら若い団員達は撤退の準備に入る。椿と簪も準備の為に本音達から離れ、入れ違いにフィンが二人の前にやって来た。身長の差から少し見上げる形でフィンは目の前の二人に向き合う

 

「すまないアイズ、本音君」

「ううん」

「大丈夫だよでぃむなん、でぃむなんが一番いいって言うんならそれが一番いいんだよ~。皆だって本当は分かってるからさ~」

『それより俺に対して抜けてるぞ』

「忘れられたでるるん、ドンマイだよ~」

『うぉい!』

 

 そんな二人の掛け合いにフィンの表情が若干和らぐ。が、すぐに顔を引き締める

 

「ここから十分に距離を取ったら信号を出す。それまでは時間を稼いでくれ」

「わかった」「りょーかーい!」

 

 早口に指示を伝えたフィンは、自身もすべき事の為に素早くその場を後にした

 

「ねぇねぇ、アイアイ。どっちがいい?」

「私は左を」

「オッケー、じゃぁ、はい!」

 

 本音はアイズに向かって袖の余った手を突き出した。先ほどの光景を見ていたアイズはその意味をすぐに理解し、コツン、と控えめに自らの拳をぶつけた

 

「えへへ~」

 

 嬉しそうに笑う本音に、アイズも僅かばかりに頬が緩む。だがすぐにそれも第一級冒険者の顔へと変わる。それから二人は女体型のモンスターに視線を移した

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

「行くよ~でるるん!」『あいよ!』

 

 アイズから風が生まれ、デルフリンガーは薄く光を放った

 

 そして二人は己の得物を構え、迫り来るモンスター目掛けて同時に岩上から飛び出した

 

 




 また明日、同じ時間頃に


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第五話 のほほんとイレギュラー戦

 戦闘はサクサクっと・・・そう、クッキーの様に!(のほほん脳
 お気に入りと感想と評価していただきありがとうございます!


 凄まじい光景だった。金髪の少女がたった一本の剣で、自らよりも遥かに大きなモンスターと戦っている

 

 その冒険者の名は【剣姫(けんき)】、アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 【ロキ・ファミリア】の幹部にしてオラリオ屈指の剣士だ

 

『----ッ!』

「-っ!」

 

 アイズは、女体型のモンスターから放たれる極彩色の腐食液を、自らの風を纏わせた剣による大斬撃で真っ二つに斬り裂いた。視界の左右に流れる極彩色。なお一層激しくなる腐食液の砲撃を、その金の瞳を吊り上げて何度でも断ち続ける

 やがて根負けしたのかモンスターからの腐食液の砲撃が止むと、アイズは地を蹴りつけ敵に向かってまさに一つの風となって一直線に突貫した

 

『!』

 

 接近するアイズに対して二対四枚の腕を振りかざすモンスター。それを緩急をつける事によって躱し、懐に入り込む。一見すると危険度が高まった様に見えるがあの爆発する粒子、もとい爆粉は放ってこない。それは至近距離では自らも巻き添えを喰らってしまう為だ

 だがそれでも固い四枚の腕、腐食液の攻撃は変わりなくアイズを襲う。その巨体に似合わず俊敏な動きを見せる相手に対し、体に風を纏わせて高速で動き回って攻撃を躱していく中、アイズの視線は何度もある一点を捉えていた

 

「(すごい・・・)」

 

 第一級冒険者のアイズの目からしても、その光景にそう思わずにはいられなかった

 

 攻撃が鋭いとか、防御が早いとかそういう次元じゃない。アイズの目に映るその光景は・・・

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー、たかいたかぁーい!あっ、見て見てでるるん、あっちにかんちゃん達が見えるよ~。おぉーい、かんちゃーん、こるるーん!ほらほらぁ、でるるんも」

『ふぅぅぅりぃぃぃまぁぁぁわぁぁぁすぅぅぅなぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

『--ッ!?-ー-ッ!!?』

 

 ぶんぶんと手を振っている本音と絶叫を上げている彼の愛剣、そして自分の頭の上に乗っている本音に困惑の悲鳴を上げているモンスターだった

 

 本音は芋虫型の下半身の上をちょろちょろと走り回り、偶に振るわれる腕の攻撃もジャンプしてその上に飛び乗り、動く腕をもまるで関係無い様に走って上半身の頭に当たる部分に飛び移り、撤退をしているフィン達に向かって手を振っている始末。振るわれる腕も、それより早く本音が別の場所に移動する為に攻撃が全く当たらない

 

「(すごい・・・私にも出来るかな?)」

 

 ドンッ! 

 

 アイズの思考がとんでもない方向に行きかけた時、50層の空に閃光が光った

 

 それは合図。フィン達が安全圏まで退避したという事、そして()()()()()()()

 

 アイズは一旦離脱してモンスターから距離を取り、今以上の強い風をその身に纏う。それによって軋む体を無視し、地面に着地すると同時に女体型のモンスターに向かって疾駆した

 

 

 

 

 

「あっ、合図出たね。んーじゃぁ、いっちょいってみよぉ~!」

『・・・うっぷ。やべ、ちょっと(さび)吐きそう』

「えぇ!?で、でるるん大丈夫?一体何があったの?」

『オメェが滅茶苦茶に動き回るからだよッ!!』

「(ガーン!)」

 

 合図の花火が上がったのを確認した本音達もまたアイズと同じように行動を起こそうとしていた――が、若干一剣が酔った状態で、一名がショックを受けたというものだった

 

『----ッッ!!!』

 

 とうとう怒りが頂点に達したのか、女体型のモンスターは割鐘の様な怒号を上げて、本音を振り落とそうと大きく体を揺り動かす

 

『やべぇぞ、奴っさんお怒りだ。・・・ぅぷっ』

「…ゴメンねでるるん…私のせいでぇ…」

 

 器用に揺れる巨体の上で膝を抱えて座り込み、暗い雰囲気を漂わせる本音。そんな事は知らんと、女体型のモンスターは頭にある管の様な物を本音に向けて放つ

 

『だぁーもう!俺が悪かった!もう気にしないでいいからよ!?とっととやっちまうぞ!』

「わかった!」

『はえぇなおい!?』

 

 一気に元気になった本音は、襲い掛かって来る管の様なものを斬り裂き、激しく揺れる黄緑の体からステイタスによるその高い脚力で大きく飛び上がる

 

『----ッッ!!』

 

 まるで今までの鬱憤を晴らすように、女体型のモンスターは四枚の腕を×(クロス)に振るう。頭上高くにいる本音に対し振るわれた腕から、視界を全てに広がる程の爆粉が撒き散らされた。それを見て「おぉー、綺麗だねぇ~」と言っている本音は肝が据わっているのか、余裕なのか、はたまたただ呑気なだけなのか・・・個人的にはおそらく最後だと思うが

 数秒の間をおいて爆裂。何重にも重なった数えきれない程の爆発により、50層の空が紅に染まる

 

『・・・・・・───ッ!?』

 

 己が勝利を確信し、構えを解いた女体型のモンスターは次の瞬間、声なき驚愕の悲鳴を上げた。もし、口しかない自らの顔に目があったのならば、きっと限界まで見開いていただろう

 空を照らす紅の炎が、まるで渦を巻くかのようにして中心へと集まって行く。その中心には空と同じ輝きを放つ刀剣と、照らされて銀の輝きを放つ刀を構えた人影が見えた。まるで英雄譚(えいゆうし)に出て来る一ページの様なその光景の為か、はたまた自らの攻撃を吸収された事実のせいかは定かではないが、動きを止めてしまった事は致命的だった

 

「せぇぇぇぇぇやぁぁぁぁぁー!!」

『ーッ!?ーーーッ!!』

 

 重力に従って落下する本音は、どこぞの炎の剣士の様な精一杯の大声と共に斬撃を振り下ろす。硬直していたモンスターが、慌てて迎撃せんとすぐさま腕を振う・・・

 

「やぁっ!」

『─────ッ!?』

 

 ・・・がしかし、その腕は本音が握る【不懐属性】の太刀によって弾かれた。弾いた太刀は刃こぼれすらおこさずに、まるで当然だとばかりにキラリと輝きを放つ

 一方で腕を弾かれた女体型のモンスターはというと、連続での驚愕の為か思考が停止し、完全に無防備な姿を晒す。そこを逃さず、本音はもう片方に握る焔色に輝くデルフリンガーを振り下ろした

 

『────────』

 

 女体型のモンスターに走る縦一筋の焔の線。その線を境にズルリと上下にずれたかと思えば、次の瞬間には巨体を丸ごと包んでしまう様な大炎が上がる

 遥か上の50層の天井まで届いて届こうかというかのオラリオ最強の魔導士(リヴェリア・リヨス・アールブ)の魔法に迫る程の炎の柱は飲み込んだモンスターを塵一つ残すことなく、その存在全てを燃やし尽くした

 

「ふぃ~」

 

 高く上がった炎柱が消えても火の粉が舞う中、本音は余った袖で頬を伝う汗を拭って大きく息を吐いた。そして視線を移せば片側の多脚全てと扇型の腕一本を断ち斬られ、自らの爆粉による爆破の渦に晒されているモンスターと、そこから離れた一枚岩の壁面に着地したアイズが見えた

 

"アイアーイ、こっちは終わったよぉ″

 

″うん、こっちも次で決める″

 

 一瞬のアイコンタクトで交わされた内容に違わず、アイズはもはや嵐と言っても過言ではない程の風を全身に纏い、目標を金の瞳で射抜く。そして己が主神に必殺技(わざ)の名前を唱えれば威力が上がるという事を教えられ、未だそれを信じている彼女は静かに主神命名のその名を口にする

 

「リル・ラファーガ」

 

 風の螺旋矢となって神速の勢いで迫るアイズに対し、直前の所で反応したモンスターは残った三枚の腕を重ね盾とするが、一瞬の拮抗さえ許さない風の剣突により貫通された

 

『・・・・・・・・・・・・』

 

 盾ごとまとめて体を穿たれたモンスターは硬直し・・・瞬く間に全身を膨張させた

 

「『「あっ」』」

 

 離れた位置にいる二人と剣の声が重なった。そんな声を掻き消す様に膨れ上がった体は一気に四散し、溜め込まれていた腐食液と爆粉が特殊な反応を起こしてしまったのか、桁外れな大爆発が起こった

 

 

 

 

 視線の先で巨大な爆炎がドームを形取り、周囲一帯を吹き飛ばした。近くでレフィーヤの悲鳴や若い団員達の息を飲むのを耳にしながら、じっとその一点を見つめる

 やがて、モンスターの自爆による被害を避ける為に十分な距離を置いて行方を見守っていた【ロキ・ファミリア】の面々と自分達の所まで爆破の余波が届いた。押し寄せる熱波と衝撃に腕で顔を覆う

 顔を緋色に照らされながらも、皆が視線の先の光景をじっと見つめていると、次の瞬間には見開かれた

 一か所で炎がうねりを上げ、もう一か所では小さくなっていく。風によって割れ、小さくなって消える炎の海。そしてそこから出て来る二つの人影

 

 燃える炎を背に、ゆっくりと歩み出て来る金髪金眼の少女

 

 何もなくなった焦げた大地を背に、袖をぶんぶんと振りながら笑顔を向けて来る少年?

 

 大歓声

 

 その姿に小さく安堵の息を吐いた。が、その次には若干黒いオーラを発しながら微笑んだ

 

「簪よ、どうする?」

 

 隣にいた椿がそう聞いて来る。何が?とは聞き返さずとも分かっている簪は、少し考える素振りを見せ

 

「・・・お菓子、3日間抜き」

「もう少し増やしてもよいのではないか?」

「・・・そうだね。じゃぁ、1週間」

「うむ、妥当だな」

 

 黒いオーラを出す二人に、周りの【ロキ・ファミリア】の面々はそっと距離を取り、ある人物に向けて黙祷を捧げた

 

 

 

 

「(ぷるるっ!?)」

「?どうしたの?」

「お、おかしいなぁ?なんだか寒気がするよぉ・・・?」

「???」

『あー、吐いた吐いた』

 

 大歓声に塗れて取り交わされた内容に、アイズと一緒に帰還している本音は身震いをした。その数分後、50層に本音の悲鳴が響く事となった

 

 




【ステイタス】は次の次辺りで出せる・・・はず・・・多分。ではまた明日!


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第六話 のほほんと兎との出会い

 

 現在、遠征帰りの【ロキ・ファミリア】+本音達。50層でのイレギュラー撃破後、団長であるフィンの判断により今回は未到達階層の進出を諦め、六日かけて中層17階層まで戻ってきていた

 

「うぅ・・・か、かんちゃん?」

「・・・ダメ」

「あぅ・・・こ、こるるん」

「ダメだ」

「あぅ~、あぅ~」

「「ダメ」」

「ぁぅ・・・」

 

 二人同時にダメだしをもらい、頭を垂れる本音。まさにショボーン(´;ω;`)という感じだ

 

「(や、やばいティオネ。落ち込んでるのほほん君が可愛すぎるんだけどっ!なんかあたしの胸がキュンキュンしてるよ!)」

「(落ち着きなさいよティオナ、ってあぁもう揺らすんじゃないわよ!)」

「(・・・・・・はっ、いかんいかん)」

「(リヴェリア様・・・?)」

「はっ、ウルセェ野郎だ」

「・・・撫でたいな」ウズウズ

「「アイズゥ(さん)!?」」

 

 18階層で最後の休息(レスト)を取った一向は、混雑によりダンジョンで身動きが取りづらくなる事を避ける為、この17層に上がる前に部隊を二つに分けており、本音達がいるのはリヴェリア・アイズ・ティオナ・ティオネ・ベート・レフィーヤとサポーターを含め十数人程の前行部隊だ。そして落ち込んでいる本音の姿に、女性陣の多くが心を撃たれていた

 イレギュラーとの戦闘での暴挙?によるバツとして、本音には地上に戻ってから一週間のお菓子抜きという判決が下った。この六日間ずっと二人に弁解し、判決の撤回を求めていた本音だったが結局聞き入れてはもらえなかったばかりか、残酷にも遠征に持って来ていたお菓子も没収されてしまったのだ

 ちなみに、相棒のデルフリンガーも今回ばかりは味方をしてはくれなかった。一応一番の被害者?であったためだろう。今も本音の背中で寝続けている

 

 そんな中、隣を歩いている荷物を運搬するサポーターのヒューマンの少女リーネに、アイズは運搬の手伝いを申し出るが滅相もないと断られる。幹部であり、第一級冒険者であるアイズに荷物持ちなどさせられないと

 そこへベートが割り込む

 

″そいつ等雑魚に構うな″

″弱ぇ奴等に構うだけ時間の無駄だ、間違っても手を貸すんじゃねぇ″

″精々見下してろ″

 

 典型的な実力主義者の発言だった

 

「つまりね~リーネン、ローロ―は・・・「例え辛くても、ここでアイズが手伝って楽をする事はこいつ(リーネ)の成長の為にならねぇ。こういう下積みをしっかりとやっていく事が大切な事だからだ。だからお前がやる事は手を貸す事じゃなく、目標たる姿勢を見せて発破をかけてやる事だ(`・ω・´)キリリ」って言いたかったんだよぉ~。きゃー、ローローかっくいぃ~」

「おい間延び野郎!てめぇなに曲解してやがる!」

「え~、だってそうでしょ?ローローはツンデレさんだからね~」

「だ・れ・が・だゴラァァァァァァ!!」

『ヴォォォォォォォォォォッッ!!』

 

 いつのまにか復活していた本音とローロゲフンゲフン・・・ベートがじゃれ合っていると、通路の向こうから体の芯まで響くような咆哮が響く。次いで姿を現したのは、盛り上がった筋肉の鎧に二本の角をもつ牛頭人体のモンスター、ミノタウロス

 

「あーぁー、ローローが大きな声出すから集まって来ちゃったよぉ」

「関係ねえだろっ。ちっ、馬鹿みてえに群れやがって」

 

 続々と現したミノタウロス達は広めの空間にいる本音達を取り囲む様に輪を作る。本来ならば下の団員に【経験値】を稼がせる為に第一級冒険者達は戦わないのが【ロキ・ファミリア】の規則だが、今回は数が非常に多い為に第一級冒険者も参戦することになった・・・・・・のだが、予想外の事が起こった

 

『ヴォォォォォォォォッッ!!』

 

 第一級冒険者達の参戦により、あっという間にミノタウロス達は半数まで殲滅した

 

『ヴォォォォォォォォッッ!!?』

 

 そしたら残りのミノタウロス達が一斉に逃げ出した

 

『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?』

 

 これには全員が驚愕した。「ま、待ってよぉミノタン~!」と誰かが声をかけるも、ミノタウロス達は16層に繋がる階段を駆け上がって行ってしまった

 

「いかん!追え、お前達!」

 

 リヴェリアの号令に固まっていたアイズ達は弾かれたように駆け出す

 

「遠征の帰りだって言うのに~・・・!」

「あの、私白兵戦は苦手で・・・!?」

力業(つえ)で殴り殺せんだろ!殺れ!」

「待ってぇ~ミノターン!」

「何だその名は・・・」

「・・・さっさと、追う」

 

 追いかけながら次々とミノタウロスを撃破していく一向だが、ミノタウロスは各々出鱈目に逃げ回って散り散りとなる事で追跡を困難にしていった

 さらに悲運な事に、ミノタウロス達は上の階層に上がる階段を見つけてドンドン昇って行き一人、また一人追跡隊も散らばっていく

 中層を超え、既に上層6階層。ダンジョンは下の階層に行けば行くほどモンスター達も強くなり、逆に上の階層に近い程弱い種類のモンスターしかいない。その為、新米やレベルの低い冒険者の狩り場となっている。そんな所へ中層に出現するミノタウロスが現れようものなら、彼等に太刀打する術はない。被害が及ぶ前に、一刻も早く始末しなければならない

 

「(どこ・・・!)」

 

 目の前にいた一体を撃破するが、残る一体を見失ってしまったアイズ。乏しい表情の下に焦燥が渦巻く

 

「あっち!」

「・・・!」

 

 近くにいた本音の後に続いて通路を突き進めば、見覚えのあるミノタウロスの背中が見えた。二人がスピードを上げるも、上層への逃走を許してしまった

 5階層に上がって見渡すが姿は見えない。二人揃って耳を澄ますと・・・

 

『ヴヴォォォォォォォォォォォォォォッ!!』

「ほぁああああああああああああああっ!?」

 

 声が聞こえた

 

「「っ!」」

 

 二人は一気に駆け出す。聞こえた咆哮を辿って通路を疾走する。そして見た、通路の隅に追い込まれ震えている真っ白な髪の少年に、今にもその剛腕を振り下ろそうとするミノタウロスを

 視線の先の光景に向かって更に加速するアイズ。しかし距離が在った為にこのままでは僅かに間に合わない

 

 ヒュンッ

 

 そう思っていたアイズの横を、高速で銀の閃光が通り過ぎて行った

 

『ヴォ?』

「え?」

 

 呆けた声を上げる少年とモンスター。今まさに振り下ろされそうになっていたその腕が止められた。その訳は腕に深々と突き刺さった銀の閃光の正体であるデルフリンガー。貫通したそれは、ミノタウロスの腕を壁に縫い付けていた。そして動きが止まった事で時間は稼げた

 

『ヴ、ヴォォォォォォォーーッ!?』

 

 体に次々と入る無数の閃光。間を置いて斬り裂かれ血飛沫(ちしぶき)を上げながら崩れ落ちるミノタウロス。やがてその体は灰へと帰って行った

 

「流石アイアイ、間一髪だったねぇ」

「ううん、本音のお蔭だよ」

 

 遅れて追いついた本音がホッとした表情を見せる。アイズは剣を仕舞うと座り込んでしまっている少年に目を向ける。呆然とした表情のままピクリとも動かない。真っ白な髪はまともに血飛沫を浴びてしまったお蔭で真っ赤に染まっており、傍から見ると惨劇にしか見えない

 

「・・・・・・大丈夫ですか?」

「うわぁ、真っ赤っかだぁ。ちょっと待ってて~えっと、ハンカチーハンカチー・・・あれーどこかなぁ?」

 

 アイズが声をかけるも、少年は微動だにしない。本音は血まみれの少年を何とかする為にポケットをまさぐっていた

 

「あの・・・大丈夫ですか?」

「あっ、あったあったぁ!」

 

 反応のない少年に、少し戸惑った様にもう一度訪ねるアイズ。目当ての物を見つけた本音は少年の近くに膝を着いて血を拭おうとしたところでようやく少年に反応が見えた

 

「だ・・・」

「「だ?」」

「だぁああああああああああああああああああ!?」

 

 二人が首を傾げた次の瞬間、少年は脱兎の如き勢いで走り去っていってしまった

 

「・・・」「ふぇ・・・?」

 

 ぽかんと立ちつくしてしまうアイズと、ハンカチを持ったまま固まる本音

 

「・・・っ、・・・っっ、・・・っくくっ!」

 

 そんな二人の耳に聞こえてくる笑い声。見れば、震えながら腹を抱えるベートが、必死に笑いを堪えている姿が見えた

 

『・・・・・・んぁ?・・・なんだこの状況?って何で俺は壁に刺さってんだよ!?』

 

 

 ◇ ◆ ◇ 

 

 

「やっと帰って来れたぁ・・・」

 

 最後までアクシデント続きだったが、ようやく帰って来れた一同。迷宮都市オラリオの北部に位置する高層の塔がいくつも重なって出来た館。中央の一番高い塔の頂点には道化師のエンブレムが描かれた旗が揺らめいている

 ここが【ロキ・ファミリア】の本拠、黄昏の館

 三十人規模の団員達がそれぞれの物資を抱えて門の前に到着すると、門番の二人が彼らに敬礼を送った。そしてフィンの言葉に門が開けられると、真っ先に飛び出してくる者があった

 

「おっかえりぃいいいいいいいいいっ!みんな無事やったかー!?うぉーっ、寂しかったでー!」

 

 朱色の髪を揺らしながら走って来る一人の女性は、男性陣には目もくれずアイズ達女性陣の元に真っ直ぐに向かって来る

 

「へい、ロキりん!かも~ん!」

「っ!よっしゃぁー!」

 

 と、途中で進路を変えて呼びかけられた方、本音へと飛びついた。抱き付いた勢いでクルクルと回った後、二人そろって倒れ込む

 

「ロキりん久しぶりだね~」

「のほほんも元気そうで何よりやわぁ。んー、にしても相変わらず抱き心地最高やな~。ぐへへ・・・」

「わー、もうっ、ロキりんのえっちぃ」 

「ぐほらっ!?・・・~~~っ、のほほん可愛すぎやろぉぉぉぉ!?」

 

 恥ずかしそうに袖で顔を隠す本音に、吐血し天を仰ぐ。本音にロキりんと呼ばれた朱色の髪の女性こそが、天界から刺激を求めて下界に降りてきた気まぐれな超越存在の神の一人であり、フィン達と契りを交わしたファミリアの主神だ。糸目は弓なりに曲り、神特有の整った顔立ちと雰囲気を漂わせているが、今の鼻息荒く、厭らしく歪んだ顔が台無しにしている

 そんな二人に団長のフィンが歩み寄った

 

「ロキ、今回の遠征で犠牲者は無しだよ。訳あって到達階層も増やせなかったけどね、詳細は後程説明するよ」

「すぅ、はぁー・・・了解や。お帰りぃ、フィン」

「あぁ、ただいまロキ」

 

 大きく深呼吸を取ったロキはフィンを含め、自分の眷属達(こどもたち)を見渡すとニカッと笑い、労いの言葉をかけていく

 帰還した団員達から荷物を受け取る居残り組の団員達からお帰りなさいと声をかけられ、何故か違うファミリアの本音も普通に迎え入れられていた

 

 館の中に入ると女性陣達から入浴を済ませるように指示され、暗黙の内にアイズやティオナ達に先を譲られる

 

「お風呂やー!皆の背中流したるでぇー!。ぐふふふ、アイズたんの柔肌を蹂躙し放題やーッ!!」

『・・・・・・』

 

 手をワキワキと動かし、厭らしい顔でテンション全快のロキに、嫌な顔を隠せないティオナ達。あまり表情の変わらないアイズも嫌そうな雰囲気を漂わせている

 ロキは女性だが、美少女美女好きというオヤジの様な嗜好の持ち主なのだ。その為、ファミリアには女性団員の割合が高い

 

「おっとぉ、そうはさせないぜぃロキりん。何故なら私がここに来たのはロキりんへの報告よりも、アイアイ達のお風呂の邪魔をさせないようにするためなのだ~」

「な、なんやてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 アイズ達とロキの間に割り込んだ本音の言葉に、ロキが驚愕の悲鳴を上げる

 

「な、なんでそないな事に・・・はっ!ま、まさか!?」

 

 バッと視線を向ければ、先ほどとは違いどこか勝ち誇った様な笑みを浮かべている女性陣が

 

「そのまさかなのだぁ~」

「私達がのほほん君に頼んだのよ」

「最後まで色々あって結構疲れたしねー」

『うんうん』

「ああああああ、アイズさんのお背中は私がやりますのでっ!!」

「?別に、大丈夫だよ?」

「と、いう訳でロキりんは私に任せて皆はいってらっしゃーい」

「は、離してぇぇぇぇぇ!うちも一緒にお風呂入るんやぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

「はぁ・・・全く、こいつは」

 

 ロキの絶叫とリヴェリアの呆れる呟きをBGMに、アイズ達はさっさと浴室へと向かって行った。神ロキ、敬う要素皆無だった

 

 




 次回は【ステイタス】発表だ~。でも名前決まってなーい(;´д⊂)


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第七話 のほほんとギルドと主神

 も、もう無理です。いやぁ、毎日更新している人凄いですわぁ(尊敬
 自分プロセットなんて作った事がなくって毎回思い付きと勢いですから(;^ω^)


 

 迷宮都市オラリオには、ダンジョンの管理機関『ギルド』と呼ばれる組織がある。ダンジョンとそれに関わる全ての管理を一手に担うギルドは、冒険者登録・魔石の換金・ダンジョンの知識情報の公開など、冒険者達にとっては必要不可欠な所だ

 都市にある八本のメインストリートの一つ、北西のメインストリートは通称『冒険者通り』とも呼ばれ、白い柱で作られた万神殿の様なギルドの本部もこの道沿いに建てられている

 多くの冒険者で溢れ返るこの場所も時間帯故なのか、今はまばらにしかいない

 

「エイナさん大好きーッ!」

「えうっ!?」

「ありがとーーッ!」

 

 そんなギルドから恥ずかし気な言葉と共に飛び出す少年と、言われて顔を赤くさせる女性の姿があった。少年の方はそのまま雑踏へと走り去っていく

 

「もう・・・ちょっと、甘かったかな?ひゃぁ!?」

 

「だーれだ?」

 

 突然視界が真っ暗になり、小さく悲鳴を漏らす女性。が、自身の傍で問いかけるその声を聞いて苦笑と共に落ち着きを取り戻す

 

「お帰り、のほほん君」

 

「ただいまぁチュールん!」

 

 パッと視界が戻り振り向けばいつものニコニコ笑顔の本音がそこにいた

 

 本音に目隠しをされた女性はギルドの窓口受付嬢、エイナ・チュール。ほっそりと尖った耳と眼鏡の奥の澄んだエメラルド色の瞳にセミロングのブラウンの髪を持ち、ギルドの制服に身を包んだエルフとヒューマンのハーフの彼女は、本音の担当アドバイザーでもある

 

 先程まで自分が使っていたロビーの小さな個室に本音を伴ってテーブルを挟む形で座ると、エイナから口を開く

 

「まずは遠征お疲れ様、無事で何よりだよ」

「ありがとーチュールん。私も他の皆も元気いっぱいだよぉ、ぶいぶい~!」

 

 腕をぶんぶんと振って、体全体で表現する様にエイナの頬も緩む。本音はエイナが初めて担当した冒険者で、結構な付き合いがあり、かなり親密な関係と言っていいだろう。エイナ自身が世話焼きな性格で、いつものほほんとしている本音の事を人一倍ほっとなかった事もあり、そんな二人の姿を姉妹に見られる事も多かった・・・まぁ、今も結構はらはらとさせる事が後を絶えなかったりするが

 

「あっ、そうだチュールん。私、チュールんにちょっと聞きたい事があるの・・・」

「ん?どうしたの?」

 

 さっきまでの元気な様子と違い、少ししおらしく聞いて来る本音。無意識に保護欲と母性を全力で擽ってくる本音に、内心の悶えを表に出さずに答えられた自分をちょっと褒めたいエイナだった

 

「えっとね、さっきチュールんと話してた兎君なんだけどね・・・」

 

 兎君と聞いて真っ先に思い浮かぶのは半月まえから担当している新米冒険者のベル・クラネルだった。紅い瞳に真っ白な髪のまさに兎を連想させる少年は、夢見がちでおとなしい顔をしている割に無茶をするという、つい最近できたのエイナの悩みの種の一つだった

 

 本音の話によると、今日のミノタウロスの一件は遠征帰りだった本音達が関わっており、最後の一体を撃破した、つまりベル・クラネルを救ったのがアイズ・ヴァレンシュタインと本音だったそうで、声をかけたら脱兎の勢いで逃げられてしまったそうだ。助けた相手に悲鳴を上げられ全力逃亡されるなど初めてで、かなり落ち込みながら説明する本音を抱きしめたい衝動を何とか押し込める。ホントに凄い

 

「チュールん・・・私、怖かったのかなぁ」

「そ、そんな事はないと思うよっ」

 

 しょんぼりしながら聞いて来る本音に、そろそろ自制心が限界に達して来ているエイナは若干上擦りながらも何とか言葉を絞り出す事に成功した。彼女の中ではそんな自分に対する拍手喝采のBGMが流れる

 

「ベル君は別にのほほん君やヴァレンシュタイン氏の事が怖くて逃げだしたんじゃなくて、ミノタウロスに追いかけ回された恐怖と緊張が、助かった安堵で一気に溢れてごちゃごちゃで訳が分からなくなっちゃっただけだよ。その証拠にベル君も助けられた事にとっても感謝してたから」

「・・・ほんとう?」

「ホントホント!」

 

 本当はアイズの情報などを聞かれたりだったが、言葉の節々から感謝の思いも感じられたので嘘は言っていない。というかベルはあの時アイズの事しか目に入ってなかったりする

 

「・・・そっかぁ、良かったぁ。でも危ない目に合わせちゃったのは私達のせいだから、ちゃんと謝りに行かなきゃね」

 

 いつもの明るい表情を見せる本音。さて、そろそろ我慢の限界が近いようだ。準備はいいか?

 

「ありがとうねチュールん。えへへ、私もチュールん大好きだよぉー!」

 

 パァン!?

 

 既に臨界状態だったエイナの自制心は本音の過剰攻撃(オーバーキル)により、準備の間もなく完全に破壊された

 

 それからかなり時間が経った後、正気に戻ったエイナは膝に乗る本音の頭を撫でている自分の行為にその白い肌を一気に真っ赤に染め、ここが防音性の個室だったことに安堵するのだった

 ・・・その前には抱きついたり、赤ちゃん語で話しかけたりとしている事を知っているのは、された本音しか知らない

 

 

 ◇ ◆ ◇ 

 

 

「あぅ~、結構時間かかっちゃったなぁ」

 

 エイナから解放され本音は、すっかり日も暮れたメインストリートを歩いていた。足取りは疲れているからなのか、少しよたよたとしていて覚束ない。そして辿り着いたのは今いる北西のメインストリート沿いにある一つのお店。道路に面したショーウィンドウには素人目に見ても一級品と分かる武器が並べられており、店の大きな看板にはファミリアのロゴである【Hφαιστοs】の文字書かれていた

 この武具店こそが、本音の所属する【ヘファイストス・ファミリア】の本拠兼本店だ。店仕舞をしている団員達に挨拶をし、本音は奥の方へと進んで行く

 

「ファイたん様、ただいまぁ~」

 

 立派な装飾がされた扉を開ければそこは執務室で、奥にある机の向こうには一人の女性がいた。まず目に入ったのは鮮やかな赤い髪。部屋の明かりを浴びて輝くその髪はとても綺麗だった。次いで目に入るのは右目を隠すのには大きめの黒い眼帯。反対の目は髪と同じ色をしており、若干呆れの色が入った視線を本音に向けて来る

 

「ノック位しなさい本音」

「ごめんなさーい」

 

 あっさりと謝る本音に、苦笑を零すヘファイストス。彼女は鍛冶の神として追随を許さない程の腕前を持ち、そのファミリアの生み出す数々のヘファイストス・ブランドの武具は冒険者達からの信頼が高い

 

「随分遅かったじゃない。何かあったの?」

「うんとね、アイアイ達に頼まれてロキりんを足止めして、チュールんに質問をしたらちょっと前までギュッってされてナデナデされてた~」

「相変わらずの理由だった訳か・・・」

 

 はぁ、と今度は大きく嘆息する。本音はファミリアに入った時から変わらないなぁ、と同時にあの神(ロキ)は本当に変わったなと感じた

 

「あ、それと椿と簪から聞いたわよ。また随分とやらかしたみたいね」

「うぇ!?ち、違うんだよぉ~。私は皆に安心してもらう為に・・・

 

「でも、それ以外にも理由があるのよね?」

 

・・・あい、ちょっとはしゃいじゃいました」

「なら、罰則を受けても当然よね?」

「おっしゃる通りですぅ・・・」

 

 でも一週間もお菓子抜きなんて・・・私死んじゃうよぉ、と執務机に突っ伏す本音。オラリオでも有名なお菓子大好きっ子の本音が一週間もお菓子を食べられないと本当にそうなりそうな気がして来たヘファイストスだった。しかしそこで妙案を思いついた。落ち込んでいる本音に、彼女は魔法の言葉をささやいた

 

「でも本音、一週間お菓子抜きっていう事は一週間過ぎれば思う存分食べられるって事じゃないかしら?」

「思う、存分・・・?」

 

 おっ、反応あり。ピクリと肩を揺らしたその姿を見て、笑みが浮かぶのを自覚しながら更に続ける

 

「そうよ、思う存分。どんなものでも好きな放題食べられるのよ。しかも、一週間ぶりに食べるお菓子と言ったら普段の何倍も美味しく感じるんじゃないかしら?それこそ今まで本音が食べてきたどんなお菓子よりも」

「今までで、一番・・・いつもの何倍も・・・」

 

 自分の言葉を反復し、その事を想像しているのだろうか?未だ突っ伏したままだが、声にはしっかりとした力が込められている様に聞こえた

 

「わかった!私、一週間お菓子我慢するね!」

「そう。ならしっかりと頑張りなさい」

「うぃ!」

 

 バッと顔を上げ、無駄に真剣な顔で宣言する本音。務めて普通に返したヘファイストスだったが、内心ではあまりにもわかりやすく素直な子供の様な本音に声を上げて笑ってしまいたい程だった

 

「さっ、じゃぁあなたも【ステイタス】の更新をしちゃいましょうか。そこの台にうつ伏せになってちょうだい」

「あいあいさぁ~。あっ、ファイたん様脱ぐの手伝ってぇ~」

「はいはい、じゃぁバンザイして」

「ばんざぁ~い」

 

 ポンチョの様に頭から被るタイプの服を脱がすのを手伝うヘファイストス。もし第三者がこの場にいたのなら、子供の世話をしている母親に見えていた事だろう

 スポンッと服が脱げると、本音の上半身が露わになる。一応、多分、恐らく男性であるはずの本音の体は線が細く、肌も白くきめ細やかで一見すると少女にしか見えない

 

「きゃぁー、ファイたん様に脱がされちゃった♪」

「はいはい、それと毎度言ってるけどそれ絶対に他の誰かにしちゃダメよ。大変な事になるから」

 

 さらに、体を隠す様に腕で体を抱くその姿は完全に男性には見えないといっていいだろう。そしてヘファイストスが危惧する表情は何故かかなり真剣なものだった

 

「だいじょーぶ、私が肌を許すのはファイたん様達だけだから~」

「その台詞でどれだけの神が暴走した事か、はぁ・・・さ、そこの台に寝てちょうだい」

 

 過去にあった事件を思い出し頭痛がした頭を押さえ台座に本音を寝かすと、持ち出した針を自らの指の腹に刺した。ぷっくりと浮き出した赤い血を本音の背中に垂らすと弾け、光の波紋が広がっていく。そして何も描かれていなかった背中に交差する2本の槌に火山のエンブレムとびっしりと神聖文字(ヒエログリフ)の羅列が浮き上がった

 人々はファミリアに入る事でそのファミリアの神から『神の恩恵(ファルナ)』を授かる。力を封印された下界で神が唯一行使する事を許された『神の力』だ。【ステイタス】を授かった者の蓄積した経験値を力に反映する事を可能にする力

 やがて【ステイタス】の更新が終わると、用紙に標準語(コイネー)で記していく

 

「出来たわよ、はい」

「おー、おー?おぉ~」

「よくわからない反応ね。まぁ、分かるけど」

 

 渡された用紙に記された本音の【ステイタス】は───

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 のほとけ・本音

 

Lv.4

 

力:A849→853

耐久:C623→624

器用:S998→???

敏捷:S992→???

魔力:E436→436

 

【のほほん】:SSS+

【鍛冶補佐】:G

【耐異常】:G

 

《魔法》

 

【真名解放】

・詠唱例文

《あなたの本当の名。其は___》

 

《スキル》

 

【情愛】

・自身の近くにいる者の精神力(マインド)を自動回復

・触れている、または密着していると効果上昇

 

【ポケットビスケット】

・着衣しているポケットに収納出来る数・量の増加

・自分より大きな物はポケットに一つまで収納可能

 

神の左手(ガンダールブ)

・武器を装備する事によりステイタスの上方補正

・特定の武器により効果上昇

・ステイタスの限界突破可能

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

「まぁ、伸びはいつもと変わらないわね。というか器用と敏捷はとうとう限界突破したけど」

「ん~・・・?」

「本音?どうかしたの?」

「ううん、気のせいだったみた~い。あっ、そろそろかんちゃん達の所に行かなきゃだねー」

 

 着替え終えて【ステイタス】の用紙をポケットに仕舞うと、本音はヘファイストスに抱き付いてお礼と挨拶を述べて部屋を出て行った。その姿を見送ると、ヘファイストスは椅子に深く腰掛け、天井を仰いだ

 

「やっぱり鋭いわね、あの子は」

 

 ヘファイストスは先程見た本音の【ステイタス】を思い出す。用紙にも記されておらず、まだ【ステイタス】にも反映していない発現した新しいスキル。恐らく、いや絶対そうだろう。本音の()()()のレアスキル

 

「一体何よ、【お菓子渇望】って・・・」

 

 あまりにも本音らしいスキルに頭痛がして来た頭を抱えるヘファイストス。頭痛薬か、癒しの為に本音を抱きしめたい気持ちになる女神がここにいた

 

 

 

 

「はっ!チュールんにどこのファミリアか聞くの忘れてた」

 

 そしてやっぱり本音は本音だった

 

 




 ちょこっとプロフィール

 のほとけ・本音
種族・ヒューマン
年齢・15歳
性別・のほほん君♪
出身・極東


【お菓子渇望】ステイタスに加えるか否か・・・うーん、どうしようかな?次回更新日未定!




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第八話 のほほんと朝と薬屋

 オラリオを囲むような市壁、その東側からゆっくりと昇った太陽が都市に朝日を降り注ぐ。北東にある一つの工房の格子の隙間から差し込む光が、中で眠っている本音の顔を照らした

 

「ぅ、ぅん・・・」

 

 明るさに身じろぎ、薄く瞼を上げて目に入って来たのは見慣れた天井。しばらくぼぅっと天井を見続けて焦点が合うと視線を首ごと横に動かした

 

「すぅ・・・すぅ・・・」

 

 そこにいたのは、体を縮こめて眠っている本音の幼馴染の簪だった。ピッタリと隙間なく本音の傍にいる彼女の温もりと柔らかな感触が伝わって来る

 

「ん・・・ふふっ・・・」

 

 今度は反対側を向けば何やら嬉し楽しそうな表情の寝顔の椿が。きっと自らの作る新たな武器の夢でも見ているだろう。こちらは寝相が少々悪いようで、布団が肌蹴てしまっていた

 

「うにゅ・・・もうちょっとぉ・・・」

 

 そんな二人に挟まれるような形の本音は、格子の隙間から差し込む明かりの具合からまだ時間はある事を察すると、一部肌蹴てしまっている布団を掛け直し心地よい温もりに包まれながら、再び夢の世界へその意識を沈めた

 

 再び寝息だけが響く工房内。仲良く眠る三人の近くの金台に置かれたデルフリンガーが、差し込んだ朝日を浴び て真新しい輝きを放っていた

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

 市壁から完全に太陽が昇った後、本音達はいつもより遅めの起床をした本音達三人は、本拠の一室で主神であるヘファイストスと共に朝食を取っていた。本日は白米、焼き魚、味噌汁、出汁巻き卵、漬物という極東で馴染みの献立である。

 ちなみにこれを作ったのは簪と本音だ。椿は以前挑戦して台所ごと叩っ切って以来、刃物を使う料理は禁止されていたりする

 

「そう言えば、今日三人はどうするの?」

 

 慣れた様子で器用に箸を使って魚をほぐしているヘファイストスは、三人に本日の予定を尋ねた

 

「ふむ、手前はあやつ等(ロキ・ファミリア)の武器の整備をせねばならん。特にフィンの物は一から作り直さねばならんでな、この後はそれに掛かりきりになるぞ。お代わりを頼む」

「私も、大体一緒・・・味噌汁ちょうだい」

「はいは~い。あっ、私は色々回った後に夕方からミアお母さんのとこでお手伝いだよぉ~」

「了解。私、今日はバベルの方にいるから何かあったらそっちに来てちょうだいね。あっ、そうだ本音。今度の『神の会(デナプス)』なんだけど、御者をお願いできるかしら?」

「ん、いいよぉ~!」

「ありがと。じゃぁ皆、今日も頑張りましょう」

「「「はい・うむ・うぃ!」」」

 

 パンッと手を叩いたヘファイストスに、三人は元気よく返事をした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ファイたん様お代わりいる~?」

「・・・えぇ、頂こうかしら」

「「(・・・ドンマイ)」」

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

『んで、最初にやって来たのはここって訳か』

「そうだよぉ、昨日は聞きそびれちゃったからねぇ~」

 

 本音が最初にやって来たのは、昨日も訪れていたギルド。しかし、昨日とは違って今は大勢の冒険者達で溢れ返っていた。

 ギルドの制服を着た職員や、受付嬢達も慌ただしく対応に追われており、本音の担当のエイナの所にも冒険者の列が出来ていることから、まだまだかかりそうな様子だ。

 一瞬目が合ったが、彼女はすぐに次の冒険者の相手をしていた。気のせいか、先ほどよりも作業スピードが上がっているような気がしないでもないが・・・

 

「うー、やっぱり多いね~」

『まぁいつものこったな。待ってる間に冒険者依頼(クエスト)でも見てみたらどうだ?』

「んー、そうだね。じゃぁちょっと見てみよ~」

 

 デルフリンガーに促されるままに、本音は冒険者依頼やギルドからの情報が張り出されている掲示板の元へ向かう。掲示板の前にも多くの冒険者達がいたので、本音はちょっとした裏技を使う事にした

 

「でるるんどぉ?何かあったぁ?」

『まだだ。あと相棒、もうちょい上だ。そうそうその辺でいいぞ』

 

 人だかりの後ろでデルフリンガーを掲げるように持った本音。身長+デルフリンガーのお蔭で前にいる冒険者達の頭越しに報告を得ようとする本音達ならではの手段だ

 ちなみに、過去に後ろの方で掲示板を見ようとぴょんぴょんジャンプしている本音の姿を見た女性冒険者やギルド職員達を軒並み悶えさせ、えらい騒ぎになった事は神々の間で数あるのほほん伝説の一つになっていたりする

 

『んー、ちょっと待てよ・・・・・おっ、怪物祭(モンスターフィリア)がもうちょいしたらあるな』

「おぉ~、そう言えばそろそろだったねぇ。お祭り・・・出店・・・スイーツ!・・・はっ!・・・お菓子、禁止中だったぁ」

『今日から一週間だと・・・無理だな』

「あぅふ・・・」

 

 ガックリと項垂れた本音はトボトボと掲示板の傍から離れて行った

 

「おや?本音君かい?」

「・・・おー、でぃむなんとあーちゃん達やっほぉー・・・」

「言葉と態度が全く噛み合っていないぞ」

 

 本音の前に現れたのはフィンやリヴェリアを始めとしたロキ・ファミリアの面々だった。後ろにいる団員達の手荷物から、遠征で獲得した魔石等の換金に来たようだ

 

『まぁ、相棒が元気が無いのは菓子って言えば分かるな?』

「「「「「あー、なるほど」」」」」

 

 デルフリンガーの簡単な説明に、ロキ・ファミリア全員が納得した様子を見せた。

 それからフィン達首脳陣は魔石を、他の団員達はドロップアイテムの換金の為にそれぞれ移動する事になり、流れで本音はアイズ・ティオナ・ティオネ・レフィーヤ達と一緒に行動する事となり、ギルドから外へと出た

 

「良かったのかいリヴェリア?本音君と一緒でな「それ以上言ったら分かっているな?」・・・さて、採算はどれくらいになるだろうね、ガレス?」

勇者(ブレイバー)ェ・・・」

「よしっ、捌ききった!のほほん君は・・・いない!?そんなぁ!」

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ 

 

 

 若干沈んでいる本音を慰めながらアイズ達がやって来たのは、北西のメインストリートにある白一色の石材で造られた大きな建物だった。光玉と薬草のエンブレムは【ディアンケヒト・ファミリア】のもので、このファミリアは治療と製薬、回復薬の開発や専門的な治療技術、アイテムで利益を上げている

 建物の中に入ったアイズ達を出迎えたのは、身長が150Cにも届かないまるで精緻な人形の様な容姿の少女、【アミッド・テアサナーレ】だった

 

「いらっしゃいませ【ロキ・ファミリア】の皆様と本音様、デルフリンガー様」

「アミッド久しぶりー!」

「・・・ぶりー・・・」

 

 気さくに手を上げて挨拶を返すティオナに、未だいつもの調子が出ない本音。そんな本音の様子に、アミッドは思い当るような素振りを見せる 

 

「あぁ、やはり本音様は・・・」

「あれ?アミッドも知ってるの?」

「はい、本音様がダンジョンではしゃいでお菓子禁止令が出されたんですよね?」

『(もう知れ渡ってんのか。ん?そういやぁギルドに張り紙があった気が・・・)』

「何で知ってるのか詳しく聞きたいところだけど、先に要件を済ませてもいいかしら?」

「それもそうですね。本日の要件は、引き受けていただいた冒険者依頼の件で間違いないでしょうか?」

「ええ」

「では、どうぞこちらに」

 

 商談室が空いていなかった為、一同が案内されたのはカウンターだった。そこにティオネが液体の入った瓶を置いた

 

「早速だけど、これが冒険者依頼で注文された泉水。要求量も満たしている筈よ、確認してちょうだい」

 

 手に取って一通り確認するアミッド、その間にアイズやティオナが励ましたお蔭で本音は「そうだった、一週間我慢すればお菓子食べ放題・・・!」――何とか立ち直ったようだ

 

「確かに・・・依頼の遂行、ありがとうございました。ファミリアを代表してお礼申し上げます。つきましては、こちらが報酬になります。お受け取りください」

 

 そう言ってアミッドがカウンターに置いたのは厳重密封された二〇の瓶に入った七色の液体、万能薬(エリクサー)だ。【ディアンケヒト・ファミリア】の最高品質のそれは、一つ五〇万ヴァリスはくだらない。その綺麗な輝きに見とれる本音達

 

「アミッド、実は深層で珍しいドロップアイテムが取れたの。ついでに鑑定してもらっていいかしら?いい値を出してくれるなら、ここで換金するわ」

「わかりました、善処しましょう」

 

 筒状の容器に巻いて収納していたものをアミッドに差し出すと、彼女は僅かに目を見開いた

 

「これは・・・」

「『ガドモスの皮膜』よ。冒険者依頼のついでに運良く手に入ったわ」

 

 市場でも滅多に出回らない品にして、防具や回復アイテムの材料にもなるこのドロップアイテムは、ティオネ達が51層で偶々拾ったものだ。その為、アミッドは手袋をはめて丁寧に目を通した

 

「・・・本物のようです。品質も申し分ありません」

「そう、それで値段は?」

「七〇〇万ヴァリスでお引き取りしましょう」

「一五〇〇」

『!?』

 

 間を置かずにふっかけられたその額に、後ろで見守っていた四人+デルフリンガーはギョッと目を剥く。不敵な笑みを浮かべているティオネに対し、言われたアミッドも表情は崩さないもののピクリと肩を揺らした

 

「───お戯れを、八〇〇までは出しましょう」

「アミッド?あなたの言った通り、この皮膜の品質は申し分ないと私も思うわ。今まで出回ったものより遥かに上等だと自負できるほど・・・一四〇〇」

 

 怖い程静かに切って落とされた商談。その二人に他の四人は一瞬威圧されてしまった

 

「ちょ、ちょっとティオネっ?」

「私は団長に『金を奪って来い』と言われているのよ?生半可な額じゃ取引するつもりはないわ」

「おぉ~、でぃむなんがそんな事を・・・」

「流石にそこまで言われていません!?」

 

 この時四人は見た、ティオネの背中は使命感――もといフィンに褒めてもらう為にメラメラと燃えているのを

 

「アチチ~!ネ、ネーやんが熱いぜぃっ」

『熱が発生してやがる・・・魔法か?』

「きっと・・・ネーやんの恋の魔法だよぉ」

「そんな魔法はありませんッ!?」

「ティオネ・・・いつの間に二つ目の魔法を」

「アイズさんッ!!?」

「じ、自分の姉ながら、ホント呆れるくらい凄い。褒めてないけど」

 

 そんな五人?のやり取りなど構う事なく、ティオネとアミッドはお互いに全く視線を逸らす事なく商談を続けていた

 

「八五〇。これ以上は出せません」

「今回殺り合った強竜は活きがよくてね~、危うく死にかけたわ。私達の削った寿命も加味してくれるとありがたいんだけど?・・・一三五〇」 

「あれ?ネーやんそれって確か拾っ「本音?ちょーっと黙ってようか、ね?」・・・ア、アーやんっ」プルプル

「あー、ホントゴメンねのほほん君。よーしよーし」

「・・・よしよし」

「その、すみませんのほほんさん」

 

 ティオネにニッコリと笑み(目は全く笑っていない)を向けられ、涙目になった本音は三人から慰められた

 

『はぁ、恋愛が絡んだ女って奴は怖ぇなぁ「あぁ?」ナンデモアリマセン。俺の事も慰めてください』

 

 余計な事を言ったデルフリンガーは思いっきり睨まれ、ガチガチと金属音を響かせる

 

「・・・私の一存では決めかねます。少々お待ちを。ディアンケヒト様とご相談して参ります」

「あら?じゃあここでの換金は止めときましょうか。時間もないし、もったいないけど、他のファミリアに引き取ってもらうことにするわ」

 

 奥へ入って行こうとするアミッドの背に投げられたティオネの言葉に、彼女はピタリと動きを止めた。そんな彼女の様子にニコニコと笑顔を崩さないティオネ。本音達が見守る中、小さな少女アミッドは諦めた様に大きく息を吐いた

 

「一二〇〇・・・それで買い取らせていただきます」

「ありがとうアミッド、持つべきものは友人ね」

 

 勝敗は決した。調子の良い事を言うティオネに再びアミッドは嘆息した。他の団員に指示し、持って来させたのはギッシリと詰まった大きな麻袋。袋口からは溢れんばかりに金貨が覗いていた。一二〇〇万ヴァリスという額に、持って来た団員も顔を引き攣らせている

 

「ごめん、アミッド・・・」

「いえ、足元を見て冒険者依頼を発注したのは、こちらが先ですので」

 

 商談で謝るのも場違いだが、アイズはそう口にする。

 それも今現在代金を受け取ってほくほく顔から何を想像しているのかが容易に分かる、うっとりとした表情のティオネを見てしまったからなのかもしれない。妹からのジト目にも全く気づく様子が見られない

 苦笑するアミッドはお互いに痛み分けで手打ちにしようと告げた

 

「あっ、アミアミー、私も鑑定してほしいんだけど、いいかな~?」

「勿論ですよ、どのようなものでしょう?」

「えっとねぇ、これと・・・これとこれだねぇ~」

 

 ごそごそとポケットからカウンターに取り出したのは、回復薬や毒消薬の素材になる様々なアイテムの数々。その中で多くを占めている白い葉っぱ様な物を手に取るアミッド

 

「これは・・・白樹の葉(ホワイト・リーフ)ですね。しかも品質も申し分ありません、今市場で数が少ないのでとても助かります」

「でしょでしょ~?アミアミが遠征前に言ってたの思い出して捕って来たのだ~。褒めて褒めて~」

「ふふっ、ありがとうございます、本音様」

「えへへ~・・・」

 

 頭を差し出す本音を優しく撫でるアミッド。傍から見ると小さな少女に頭を撫でられているゆるキャラという、なんともほっこりとした空間が出来上がってしまった

 その空気に当てられた者達の優しい視線が二人に集中し、それにアミッドが気づいて羞恥で顔を赤くするのはもうしばらく経ってからだった

 

 




 お気に入りと評価が増えていておっかなビックリな状態です。特に評価については本当に驚きまくってます(゚Д゚;)ありがとうございます!
 そしていつか来るんだろうなぁ、と思っていたらとうとう来てしまいました・・・のほほんさんをのほほん君にしてしまったのかという事を
 言ってしまえば勢いでした!小説と同じく!
 のほほん党の方達には申し訳ありませんでした!!(ゴンッ!


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第九話 のほほんと酒場でご褒美

 ゆるゆるのほほんとな


 

 

 流石に先程の様に一〇〇〇万ヴァリスとまではいかないもののそれなりの額を鑑定され、遠征で消費した回復薬とその差額の代金と取引された。ちゃっかり禁止令が終わったら一緒にスイーツを食べに行こうという約束も一緒に。嬉しそうに微笑んだアミッドが印象的だった

 

「またのお越しをお待ちしております」

「またね~アミアミ~!」

 

 店を後にしたアイズ達一向は、メインストリートを歩きながら先ほどの事とこれからの事について話し合う・・・前に先程の事についてティオナがティオネに不満を漏らす

 

「もー、のほほん君のお蔭で最後はいい感じに終わったけど、やり過ぎだってティオネー」

「これくらい貰っておかないと割に合わないわよ。アミッドだってわかってるわ」

「でも、アミッドさんが知らない所でまた厄介なクエストを依頼してくるかもしれませんよ?」

「うわっ、それありそう!あそこの神様が腹いせにー!とか言って」

「じゃぁ私から止めるように言っておくねぇ~。それなら大丈夫でしょぉ?」

「「「流石のほほん君!・さん!私達に出来ない事を平然とやってのける!」」」

「え、えっと・・・(憧れる、痺れる)・・・」

「「「「お、おぉっ!!」」」」

 

 恥ずかしそうにぼそぼそと小さな声だったが、ステイタスにより強化された聴覚によりはっきりと4人の耳に入っていた

 

「あ、あのアイズが・・・!」

「これは・・・驚いたわ」

「あ、アイズさんがっ、自らネタを・・・!」

「アイアイ、ハイタッチハイタッチ!」

「えっと、う、うん」

 

 パチンッ!と元気よくハイタッチをするアイズと本音。ニコニコ笑顔の本音に対し、アイズは恥ずかしさから頬が赤い

 

「「「(ジーン)」」」

『娘っ子3人はなんでそんなに感動したみたいな空気になってんだよ・・・』

 

 若干不思議な空気になった後、一同は報酬を本拠に持ち帰る組と武器の整備をする組に分かれる事に

 

「じゃぁ、行くわよレフィーヤ」

「あ、はい。それじゃぁ皆さん、また後で」

「うぃ!2人も後でね~」

 

 万能薬(エリクサー)と金袋を抱えるティオネとレフィーヤを見送った残る3人と剣は、目的地に向かう事に

 

「あはは、こういうの久しぶりだなー。なんか楽しくなるね」  

「でしょでしょ~?アイアイも楽しい~?」

「・・・うん」

 

 3人仲良く手を繋いで

 

 

 

 

 

 

「そうだ、ちなみにさっきのアイアイのね、しびれるーあこがれるーが正解だよぉ?」

「あっ、それは私も思った」

「っ!」ガーン

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ 

 

 

「「着いたー」」「たー」

 

 3人がやって来たのは北と北西のメインストリートに挟まれた区画にある石造りの平屋だった

 路地裏の深くという事もあって、道も複雑で人通りも少なく、華やかな大通り沿いとは真逆だ

 いい聞こえで言えば知る人ぞ知る、有り体に言うと陰湿と言った所か

 

 扉の横に飾られているエンブレムには、3つの(つち)が刻まれているこの場所こそが【ゴブニュ・ファミリア】のホーム

 本音の所属する【ヘファイストス・ファミリア】と同じく、鍛冶を生業としているファミリアで知名度では劣るものの、作り出す武具の性能は勝るとも劣らない。質実剛健と言った所か

 

「ごめんくださーい」

「ください・・・」

「やっはろぉ~」

『邪魔すんぞー』

 

 ホーム、というよりは工房という言葉がしっくりくるような建物の中に入ると、炉の周りに陣取って作業をしている職人達が複数おり、入って来た3人に顔を向ける

 

「あぁ、いらっしゃぁい・・・って、げえぇっ!?【大切断(アマゾン)】!?」

「ティオナ・ヒリュテ!?」

「あのさぁ、2つ名で悲鳴上げるのやめて欲しいんだけど・・・」

『因果応報ってやつだな』

 

 ティオナの姿を見た団員達が慌ただしく狼狽する。彼女はそんな様子に酷く面白くなさそうな表情に

 

「お、親方ァー!壊し屋(クラッシャー)が現れましたー!?」

「くそっ、今日は何の用だ!?」

「また武器を作ってもらいに来たんだけど」

「ウ、ウルガはどうした!?馬鹿みたいな量の超硬金属(アダマンタイト)を俺達が一打入魂&不眠不休で鍛え上げた専用武器(オーダーメイド)だぞッ!?」

 

 必死に、まるで嫌な予感を振り払う様に大きな声を張り上げて言う親方。冷や汗が流れ、喉がカラカラに乾く。心臓も煩い程バクバクと音を立て、息が苦しい。そんな彼に・・・・・慈悲はなかった

 

「溶けちゃった」

「ノオォォォォォ―――ッッ!!?」

 

 可愛らしい笑顔で告げられた残酷な運命に、絶叫をを上げ親方は倒れ込んだ

 

「親方ーっ!」「親方ー!?」

 

 他の団員達がショックのあまり気絶した親方の周りに集まる。呼びかけるも、ピクピクと体を痙攣させて白目をむいている彼に届いている様子はない。というか傍から見てこれはヤバい

 アイズはそんな事を気にした様子もなく、用事を済ませる為奥にいる者の元へ向かって行った

 

『おいテメエ等、退いた退いた。相棒がお通りだぞ』

「じゃじゃぁ~ん、呼んだかなぁ?」

「っ!あなたは、のほほんさん!」

「キタ――(゚∀゚)――!!」

「本作メイン癒しキタ!」

「これで勝つる!」

「なんか私の時と違うー・・・」

 

 一部メタ発現をしたものの、皆歓声を上げて本音の登場を騒ぐ。モーセの様に左右に分かれ、道を譲る

 親方の傍に膝を着いた本音は、気絶している彼の上体を起こす

 

「まず~、親方の口を開けまーす」

「「「うんうん」」」

「次に~、私のポッケからこのお薬を取り出しまーす」

「「「ふむふむ」」」

「そしたらぁ、このお薬を一粒親方の口にぽいっ、します」

「「「ほぅほぅ」」」

「最後に親方の口を閉じて、動かないように押さえつけまーす」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」

「「「「「えぇっ!?」」」」」

 

 気絶していた親方が奇声を上げながらバタバタと四股を振るわせる。体も先程よりもヤバい位痙攣していた

 見守っていた者達が驚きの声を上げる中、十秒ほどそうしていた親方はピタリと動きが止まり、力なく地面に横たわった

 明らかにやっちまったやつだ。二重の意味で

 

「「「「「・・・・・」」」」」

 

 あまりの出来事に誰も声を発せない中、親方の体を押さえつけていた本音がゆっくりと立ち上がる。そして腕で汗を拭う仕草を取った

 

「ふぃ~・・・・・いい仕事したなぁ」

「「「「「ちょっと待ってぇ!!?」」」」」

 

 ピッタリと全員の息が揃った。ティオナも一緒だ

 

「・・・っしゃぁおらぁぁぁぁぁぁ!!負けてたまっかこらぁぁぁぁぁぁ!!!」

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」

 

 再び驚愕。さっきまで完全に逝っちゃってたと思った親方が、突然威勢のいい声と共に起き上がったのだ。全く意味が分からん。早急に説明求む

 

「親方ぁ~、おっはよ~」

「ん?おぉ!のんびり坊主じゃねぇか。なんだ来てたのか」

「ちょっちねぇ、それで親方はだいじょーぶー?」

「あぁ、なんか今までにない位ヤル気に満ち溢れてる感じだ・・・!」

「【やる気元気いっぱい君】のお蔭だねぇ。ミアハ様のとこのやつなんだぁ、よかったらいくつかお試し置いてくよぉ?」

「おぅ、ありがとな!オメェさんの紹介するもんなら安心出来るし。今度まとめていくつか買わせてもらうぞ」

「毎度あり~(*ゝω・*)ミアハ様やナァーなんも喜ぶよ~」

「あ、あのぉ、親方・・・?」

「なんだぁ?おい、なにぼさっとしてんだオメェ等!さっさと仕事に取り掛かるぞ!やる事はまだまだあんだからな!!」

「「「「「は、はい!」」」」」

「そういう訳で大切断、要件は分かったから一週間、いや、五日待ってくれ。以前より丈夫な得物を鍛え上げてやるからよ」

「え、あ、うん。よろしくお願いします」

 

 不敵な笑みを浮かべる親方の気迫に飲まれたティオナは、若干もどりながらも頷く。今の親方は第一級冒険者に勝るとも劣らない威圧感を放っていた。マジか

 

「よかったね~アーやん」

「色々言いたいことあるのに、頭こんがらがって何も言えない・・・」

「ただいま・・・どうしたの、ティオナ?」

「ん~・・・さぁ?」『おい』

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

 時間は流れ、すっかり日も傾きオラリオの西の空は茜色に染まっている

 遠征の後に盛大に宴会を開くのが【ロキ・ファミリア】の習慣となっていて、西のメインストリートには多くの酒場や宿屋が立ち並んでおり、今日の目的の店もここにある

 

「ミア母ちゃーん!来たでー!」

 

 主神ロキが先陣切って予約を入れたこの通りでも一番大きな店、『豊穣の女主人』の入口前で声を掛ける

 すると緑を基調とした給仕服のウェイトレスが2人が彼等を出迎えた。一人は金髪のエルフの女性、もう一人が・・・

 

「みんな~、いらっしゃぁ~い」

 

 のほほんと笑う本音だった。付け加えるなら、本音は袖の長さは違うがエルフの女性と全く同じ給仕服を着ている。つまり女性用の物を。完全にスカートだし。それでいて違和感どころか着こなしているのは本音だからと言った所か

 

「うっひょー!のほほん萌えぇぇぇぇぐはぁっ!?」

 

 某大泥棒ダイブを仕掛けたロキは、本音の隣にいたエルフの店員がいつの間にか持っていたモップに成敗された

 例え神であろうとも、この店ではそういった行為に慈悲は無い。成敗されたロキが軽く地面にめり込む程度の威力だった

 

「お席は店内と、こちらのテラスの方になります。また、既にご存じでしょうが当店では先程の様な行為は厳しく対処いたします。ご了承ください」

「あぁ、わかった。それとウチの馬鹿が度々すまん」

「でぃむなーん、ロキりんが泡吹いてるけどどうしよぉ?」

「はぁ・・・本音君、ロキの頭を少し撫でてもらえるかい?」

「りょーかーい。よーしよし、よーしよし」

「・・・ぐへへ~、給仕服ののほほんに撫でられるのもまた乙なものやなぁ」

「あっ、ロキりん起きた」

「「「「「(ほんとこの駄女神は・・・)」」」」」

 

 お分かりだろうが、この駄女神がこの店の店員がほぼ女性という事と、店員の制服が琴線に触れたからだ

 テラスに半分程の団員達が座り、復活したロキを含め残ったアイズ達は本音達の案内に従って中に入る

 

「「「いらっしゃいませー」」」

 

 中で給仕をしていた他のウェイトレス達も声を掛けられ一同は、満員である中の不自然な形空けられている予約席にそれぞれ着いていく

 天下の【ロキ・ファミリア】が入って来た事もあって、騒いでいた他の客達視線が集まり声を潜めき出すが、慣れた様子の彼らは特に気にも留めた様子もなく、そのままに

 すぐさま酒の入った木のジョッキと料理が運ばれてくる

 

「よっしゃぁ!ダンジョン遠征みんなご苦労さん!今日は宴やぁ、飲めぇッ!!」

『乾杯!!』

 

 ロキの音頭で始まった宴。遠征の時の事を語り合ったり、酒の飲み比べや料理に舌鼓を打つ者達。目麗しいウェイトレス達に顔を緩める男性陣とそれを見て冷めた目を向ける女性陣等々、種族の様に様々だった

 

「うおーッ!ガレス、ウチと飲み比べやー!?今日は負けんでー!」

「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい」

「おぉ~、ロキりんとロックンの対決だ~ぱきゅんぱきゅん!」

「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由に出来る権利付きやァッ!」

『ッ!?』

「じ、自分もやるッス!?」

「俺もぉおおおお!」「俺もだ!」「私も!」

「ヒック、あ、じゃぁ僕も」

「団長ーッ!?」

「リ、リベリア様・・・」

「言わせておけ・・・馬鹿どもが」

「みんなめっちゃ乗り気やなー。ん~・・・そうや!ほなら一番がリヴェリアのおっぱい!二番がのほほんの尻やーっ!?」

『ッッ!!?』「ほえ?」

「私行きます!」「同じく!」「のほほん君のお尻!」

「・・・・・」

「リ、リヴェリア様?っ!、ひぃ!?つ、机が・・・!」

「・・・・・・」

「ちょっ!?アイズは飲んじゃダメだって!?って力強い!」

「離すにゃアーニャ!のほほんのお尻と聞いちゃぁ黙ってられないにゃん!私も参加する!」

「そっち!?何を言ってるにゃこの阿保は!」

「・・・・・あたっ!?」

「リュー、店で殺気を出すんじゃないよ!」

「・・・・・」

「あ、あのシルさん・・・!?」

 

 ロキの言葉に店内がかなりカオスと化した。一部で第一級並の殺気が吹き荒れ、レベルの低い冒険者達は顔を青くして震えている

 その要因の人物はというと・・・

 

「はいは~い、ミアお母さんのおすすめ料理とお酒の追加でーす」

 

 意外にもちゃんと給仕の仕事をしていた。一部、というかこの店の殆どのウェイトレス達が使い物にならなくなってしまったので、その分まで器用に頭や腕の上に乗せて若干フラフラしながらも運んでいる。ちょっとした曲芸に見えなくもない

 それを面白がった客がさらに注文を頼むので売れ行きは好調だ。しめしめである

 

 宴は盛り上がりを見せ、酒も料理も次々となくなり追加がどんどん運ばれてくる。そして勝負の決着も着いたようだ。勝者の権利はこういう形で行使される事になった

 

「・・・・・」

 

 いつもの凛とした表情のリヴェリア・・・ではなく若干表情は緩んでいる様に見える。結局酒は飲まなかったものの、何故かその雪の様に白い肌は淡い朱に染まっていて、どこか落ち着きがない

 

「ふにゃぁ~」

 

 そんなリヴェリアの膝に座り、頭を撫でられ蕩けた表情の本音。一体どうしてこうなったのか

 

「「ニヤニヤ」」

 

 それはムカつく笑みを浮かべているオヤジ共の仕業だった。飲み比べ勝負は一位ガレス・二位フィン・僅差で三位のロキに終わった。他の参加者達は軒並み酔い倒れてグロッキー状態だ。復活したウェイトレス達が水を配って回っている

 そして勝者の2人はその権利をリヴェリアと本音にそれぞれ譲渡し、両方の権利である好きに出来る、の平和的な行使方法だ。本人達も満足気なので良いだろう。お節介なオヤジ共はあとで殴られるかもしれないが

 

「ふぁぁぁ~・・・」

「そ、そんなに気持ちがいいのか・・・?」

「うぃ~、これは格別だよぉ~」

「そ、そうか」

「「ニヤニヤ(・∀・)ニヤニヤ」」

 

 ・・・確定。おまけに魔法も打ち込まれそうだ

 

 



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第十話 のほほんと笑う門にはのほほん来る

 

 

「そうだアイズ、あの話聞かせてやれよ!」

 

 ロキに遠征の話をしていた時、飲み比べには参加していなかったが、大分酒を飲んで赤ら顔のベートがそんな風に切り出した

 呼びかけられたアイズはというと、リヴェリアの膝に座る本音に野菜スティックを食べさせていた。邪魔された事に若干不服そうだが、今のベートは気が付いていない

 

「ほら、帰る途中で逃がしたミノタウロス!最後の一匹をお前が始末した時にいたろ!?ほれ、あのトマト野郎が!」

 

 アイズは彼の言わんとしている事を理解した。自分が助けた兎の様な少年

 同時にこの後の流れも。完全実力主義者の彼は、この場であの少年の事を笑い話にしようという事を

 その事を知らないティオナが確認する様にベートに問う

 

「ミノタウロスって17層で襲い掛かってきてすぐに返り討ちにしたら逃げて行ったやつ?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に行きやがって、俺達が追いかけて行ったあれ!それでよ、いたんだよ、最後の一匹を始末する時にいかにも駆け出しって感じのひょろくせぇガキが!」

 

 ―――止めて、と。心の中でアイズが呟いたのと同時に、何かが上から落ちて来る気配を感じた

 次いでパシャンッ、と、水音と何かがぶつかる音

 

 釣られて皆の視線がある一点に集まり、言葉を失った

 

「・・・・・・」

 

 頭から赤い液体を盛大に被り、びしょ濡れになっているベート。その頭にはそれが入っていたと思われるジョッキが乗っていた

 一瞬何が起こったのかわからないという表情だったベートだが、次には額に青筋を浮かべ殺気立つ

 それを見た他の客は思った。やった奴死んだな、と

 

「おりょ?ゴメンねーローロー、手が滑っちゃったぁ」

 

 そんな時、いつもの間延びだ口調が聞こえて来る。勿論それはリヴェリアの膝に座る本音で、変わらずニコニコと笑顔を浮かべていた

 

「・・・おい間延び野郎、テメェ「あれれ、なんかローロー真っ赤っかだねぇ。顔も赤いし・・・まるでトマトみたいだね~」

 

 店内の空気の殆どが死んだ。その残りはというと・・・

 

「「「「「・・・ぷっ、あははははッ!」」」」」

 

 ロキ、フィン、ガレス、ティオナ、ティオネが声を大にして笑う

 

「あっははははッ!な、なんやベート、新しい一発芸かいなッ!?ウチ、メッチャ腹いたいんやけどぉ!」

「ガッハハハッ!見事に真っ赤じゃぞい!」

「と、トマトっ、くふふっ、つ、ツボに入った・・・!」

「団長の爆笑も素敵です!」

「やーい!真っ赤っかのベートだ!」

「~~~~っ!」

 

 笑われて煽られて、怒れば怒る程真っ赤になり、さらに笑いを誘うという循環が出来てしまった

 他で言えば、リヴェリアは裾で口元を隠して顔を背けて、その肩が小刻みに揺れており、

 レフィーヤは口を両手で塞いで机に突っ伏し、ラウルは絶対に笑い声を漏らさまいと必死になるあまり顔が青くなっていた

 そしてアイズはというと・・・

 

「っっ・・・くすっ」

 

 我慢していた様子だったがそれが少し決壊し、年相応の少女の様に小さく笑みを漏らしていた

 

「おぉ~、アイアイ面白い?べちょべちょ真っ赤っかなローロー面白い~?」

「本音っ・・・止めて・・・!」

 

 すぐさま気づいた本音がさらに言葉を重ねると、アイズは笑いを堪えようと頑張っていた。しかし本音がそうはさせまいとさらに笑いを触発して行く

 そのやり取りの波紋は他にも広がっていき、特に彼女と付き合いの長い者達は皆その事実にこれ以上ないくらい衝撃を受け、驚愕していた

 リヴェリアなど、普段は絶対にしない口を開けたまま呆けた表情を浮かべている

 

「なっ・・・!?ア、アイズたんが笑ったやてぇ!?え、ちょっ、さっきのお代わりお代わり!」

「お待たせしました。トマトジュースのお代わりです。そしてサービスで唐辛子ジュースもどうぞ」

「「早っ!?でも色々ナイス!!」」

「よっしゃぁ!ベートを取り押さえて皆で真っ赤にしたれぇ!!」

「「おー!」」

「はぁ!?ちょっ、離せこの馬鹿ゾネス共ぉぉぉぉ!!」

 

 2人に取り押さえられたベートは、皆からかけられるトマトジュースによってどんどん赤くなっていく

 店内には笑い声の数がまたドンドン増えていった

 

 

「ふふふっ、見て見て~アイアイ、ローロー真っ赤になりすぎて誰かわかんなくなっちゃってるよぉ」

「ふっ・・・あははっ」

 

 その笑顔は、この世で一番綺麗だと思う程だった

 

 

 

  ◇ ◆ ◇ 

 

 

 

「ふぃー、つかれたぁぁ・・・」

「「にゃぁ・・・」」

 

 営業時間が終わり、店の片付けもようやく終わった頃には真夜中になっていた

 本音と、猫人(キャットピープル)の2人、アーニャ・フローメルとクロエ・ロロは背中合わせに磨き終えた床に座り込んだ

 

「今日は一段と大変だったねぇ」

「団体客が来たからにゃぁ」

「あとはあのトマト騒ぎのせいにゃ。お蔭で床までびしょびしょだったにゃん」

「でも楽しかったよね~。またやりたいなぁ」

「「もうこりごりにゃ・・・」」

 

 両手を上げて頭を振るアーニャとクロエだった

 

「お疲れ様です。アーニャ、クロエ、本音」

「はいこれ、冷たいお水」

「今日は疲れたねー」

 

 そんな3人に、エルフの女性、リュー・リオンとヒューマンの銀髪の少女シル・フローヴァと、同じくヒューマンのルノア・ファウストがジョッキを手に労いの言葉をかけてくれた

 

「「ありがとにゃ」」「ありがと~」

 

 水を飲んで一息吐いた3人は立ち上がって体を伸ばす

 

「あれ?ミア母ちゃんはどうしたかにゃ?」

「先に帰りました。あと、戸締りはしっかりしておくように、と」

「にゃるほど、つまりいつも通りって訳だにゃん」

「それで、本音ちゃんは今日はどうするの?私はもう遅いので今日は泊まって行くつもりなんだけど」

「うにゅ?うーん、どうしようかなぁ?」

 

 腕を組み、少し考える仕草を取る本音に、シルは小悪魔チックな笑みを受けべてその腕に抱き付いた

 

「迷ってるなら泊まっちゃお?それに遠征の話も聞きたいし・・・ダメ?」

「おぉ、わかったよ~」

 

 密着した至近距離からの上目遣い。並の男性ならば一コロ確定の必殺技だろう。もっとも、本音にはあまり効果があるように見えないが

 

「にゅふふ、じゃぁ根堀り葉堀り尻堀り全部聞いちゃうにゃん」

「クロエ、あまり変な事を言っていると強制的に寝かせますよ」

「お、落ち着くにゃリューッ、分かったからそのモップを下ろすにゃっ」

「全く、クロエはアホにゃん」

「「アーニャがそれを言う資格はないね・にゃん」」

「にゃにおー!」

 

 追いかけっこを始めた3人を他所に、本音達は着替えの為に店の奥へと向かう

 

「ほらシル、貴女はこっちです」

 

 本音が入って行った部屋に何食わぬ顔で入ろうとしたシルの首根っこを掴んで止めるリュー

 

「えぇっと、でも本音ちゃんの着替えの手伝いを・・・」

「必要ありません。いくら本音でも、それくらい一人で出きr・・・」

『あ、あれ?んしょ、んしょ・・・あぅぅ、引っかかっちゃったよぉ。リュンリューン、シルルーン、た、助けてぇ~!(´;ω;`)』

「・・・・・」「ね?」

 

 結局、2人で本音の着替えを手伝った

 

 

 

 『豊穣の女主人』は一階が店、二階三階が居住区となっていて、シルと本音以外の従業員はそこで寝泊りをしている。寝間着に着替えた6人は一つの部屋に予備の簡易ベットも並べて談笑していた

 ちなみに、シルは自前の水色の寝間着を。本音はリューから借りた黄色のものを着ている

 

「「「「「それは本音が悪い・にゃ」」」」」

「うぅ~、や、やっぱり?」

「当たり前にゃん。いくらにゃんでもモンスターの上を走り回るにゃんて」

「それは流石に危険すぎるねー」

「やっぱり本音はアホにゃ」

「「だからアーニャは人の事を言えない・にゃい!一番アホなん・にゃんだから」」

「シャー!?上等にゃ!おみゃぁ等歯を食いしばるにゃー!」

 

 隣のベッドで取っ組み合いを始めた3人を再び他所に、リューとシルは本音に詰め寄っていた

 

「それで、何故そのような奇行をしたのですか?」

「嘘は言っちゃダメよー?」

 

 有無を言わさぬ迫力のリューと、笑顔なのに怖いシル。そんな2人に本音は完全に縮こまってしまっている。そりゃぁそうだ。もしここにデルフリンガーがいたら、また余計な事を言ってへし折られるかもしれない

 

「え、えっとね?さ、最初はモンスターの注意を引こうとして周りを走ってたんだよ?そしたら体の上の方が注意を引けるかなぁーって思って、飛び乗ってみたらぶよぶよ~ってしてて楽しくなっちゃって、高かったから見晴らしも良くって、つい・・・ごめんなしゃい」

「「ッッ!」」

 

 謝っているのに無自覚に心にダメージを与えて来る本音。この子のそれは、あの神すら遠慮ないミア母さんすら躊躇わせるほどの威力を持っているのだ

 そんな風に保護欲と母性を全力で刺激して行くことから、密かに「魔性ののほほん」という二つ名で呼ばれている事を本音は知らない

 もし、仮に、億が一にも本音が自らその力を意識して本気で実行しようものならば、冗談抜きでこのオラリオは滅ぶ危険性がある。とある神々はその事に頭と胃を痛めているそうな

 一個人が神々の黄昏(ラグナロク)を軽く引き起こす程の起爆剤になるとかホントにシャレにならん

 

「ま、まぁ、十分反省している様子ですし、ファミリアの方々からも散々言われている事でしょうから、私達からはもう責める様な真似はしません。ですが、今後はもうそのような事のないようにして欲しい」

「そ、そうね、もうこんな事しちゃダメよ本音ちゃん。約束だよ?」

「うん・・・心配かけてごめんね?」

 

 身体を小さくし、小首傾げながらうるうる目で上目遣い。シルよりも強力なコンボをクリティカルヒットさせられた2人のHPという名の理性は吹き飛ぶ事となった

 これが萌のハルマゲドンか

 

 

 

 

『はぁ、もう慣れたけどよ・・・せめてにんにくの傍に置いてくのは止めてくれよぉ!』

 

 食糧庫で悲痛な叫びを上げる今作不憫担当のデルフリンガーさんだった

 

『ぶった斬るぞ!?』

 

 

 



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十一話 のほほんとふらりと

 相変わらずのゆるゆるですはい


「ふぁぁぁ~・・・・・んむ、ねむねむだねぇ」

『なんだ、昨日は眠れなかったのか?』

「うんとね、みんなに遅くまでもふもふされちゃって~。あとでるるん、今日はちょっと臭うよぉ?」

『どっかの誰かさんが、食糧庫のニンニクの傍に置いてったお蔭でな・・・・・んで、さっきの話詳しく』

 

 ロキ・ファミリアの宴会があった翌朝、デルフリンガーを背中に背負った本音はあくびを噛みしめながら、多くの人で溢れるメインストリートを歩いていた。

 都市の中央にそびえ立つ白亜の塔に向かう中、道沿いでは開店の準備をしていたり、早速営業を開始している売店の者達が道行く冒険者達に元気よく声を掛けている。

 

「それでね~、クロにゃんったら私のお尻をずっと触ってて、りゅんりゅんに成敗されたの。それでそれで───」

『あぁー、食糧庫まで響いて来たあの音の正体はそれか』

「────その後ぐったりしちゃったクロにゃんを、シルルンが後ろから抱っこのまま海老ぞりで頭から床に・・・・・」

『え”っ、ちょっと待てっ』

 

 卑猥から物騒なものまで。随分幅のある会話をしつつも、辿り着いた摩天楼(バベル)周辺の広場には、各メインストリートから集まって来た冒険者達が、最後の荷物や武器の確認をしていた。

 人々の合間を縫う様に躱し、摩天楼の中に入って行く――――途中、上から感じた視線に朝の挨拶をするのも忘れずに。

 

 魔石で動くエレベーターに乗って上へと昇り、目的の階で降りるとそこは豪華な装飾がされたフロアだった。

 通路の左右にあるショーウィンドーには、素人目に見ても性能が高いと分かる武具の数々が煌びやかに飾られており、その傍にはいくつもの並んだ数字の記されたプレートが。中には普通に家や、オラリオ一等地でお屋敷が買えてしまう様なものもある。

 

 そんな武具達を軽く眺めながら、本音は目的地である主神のいる部屋へと鼻歌交じりに向かう。

 

『・・・・・相棒、こっちじゃなくてさっきの所を左だ』

「およよ? 場所変わったんだねぇ」

『最初から全く変わってねぇって』

「ありゃ・・・・?」

 

 ・・・・・。まぁ、本音だから

 

 

 ○ ● ○ :*:・。,☆゚’・:*:・。ヽ( ´∀`)ノ

 

 

 ~執務室~

 

「あら、本音じゃない。また朝帰り?」

「うん、そうだよぉ~。シルルン達が中々寝かせてくれなくって~」

「そうなの、若いからってあんまりやり過ぎちゃダメよ?健康に良くないから」

「はーい」

『オメェ等紛らわしい会話やめい。人が聞いたら勘違いするだろうが』

「「なにが?」」

『相棒はしゃーないが、おめぇさんは絶対分かっててやってるだろ』

「あら、今日は随分と辛辣な物言いね。機嫌悪いの?」

 

 ふふっ、と上品に、それでいて小悪魔チックな微笑みを浮かべるヘファイストスに、デルフリンガーは「にんにくのせいでな」と返して小さく嘆息する。

 

「それで本音、前に私が言った事覚えてるかしら?」

「ぅん?・・・・・あぁっ、『貴方の傍にいさせて』の続編ならまだ売られてないよぉ?」

 

 本音が言う『貴方の傍にいさせて』とは、この迷宮都市オラリオだけでなく世界中の女性達の間で人気の恋愛小説だ。

 内容は主人公の冒険者である少女が、他のファミリアの少年に恋している姿を時に甘酸っぱく、時に笑いあり、時に悲しく切ないというもので、発行からもうすぐ十年を迎えるロングセラーの大名作となっている。

 ちなみに最新刊では、強大な敵を前に傷つき、力尽きようとする彼に止めを刺そうとする一撃を、主人公がその身を挺して庇った所で終わっている。

 ヘファイストス同様、気になる方は来週近くの書店まで★

 

「そ、そっちじゃなくて、神の宴の方よ。ほら、御者のお願いをしていたでしょ?」

「あぁー。うん、ちゃんと覚えてるよぉ~。確か今日だったよね?」

「そうそう、それでいつもの時間に馬車をこの下に回してくれるかしら?もしかしたらちょっと待ってもらう事になるかもしれないけど」

「おっけーい、おまかせあれ~」

『恋愛小説・・・・・乙女・・・・・ぶふぅ!? だ、ダメだ、我慢出来ねぇ! ぶっわはははははッ!?』

「・・・・・本音、今日は他にも用事があるんでしょ?私がちょっと阿羅(あら)っておくから、行ってきなさいな」

『ふぁっ!? 字が違うぅ!?』

「おぉ~、わかったぁ。じゃぁでるるん、ファイたん様、また後でねぇ~(^_-)-☆」

 

 ひらひらと手を振った本音は、デルフリンガーを置いてそのまま執務室を出て行く。本音はとても空気の読める子なのだ。

 

『え、ま、待ってくれ、ください相棒!俺を置いて行かないで!?ねぇ!お願いだからぁッ!!』

「さぁて、デルフ?さっきの事についてちょーっとオハナシしましょうか?その後は誰かに頼んで・・・トロールかミノタウロスの臀部に刺してもらうかしら♪」

『───────────』

 

 その日、バベル全体に響く程の悲鳴が聞こえ、多くの者を震え上がらせたそうな。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ♪~~ヾ(*・ω・)ノ

 

 

「ふん、ふふ~ん♪らんらんらん♪」

 

 バベルを出た本音。るんるん♪ と上機嫌にスキップしながら、大分賑やかになってきたメインストリートを進む。

 やがて人の多いメインストリートから外れ、細い道をいくつも経由し、慣れた足取りで奥へ奥へと進んでいくと、目的地が姿を現した。

 

「着いたー」

 

 本音が立ち止まったのは、居住区から少し外れた場所にある小さな教会の前。

 朝の澄んだ空気と、日光に照らされるその教会は、壁や屋根に多少罅やクスミが入っているものの、つい最近修繕した所もみられる等それなりに綺麗にされており、神聖な雰囲気を漂わせていた。

 

「おじゃましま~す! ティアっちー、いるー?」 

 

 木製の扉を開けて中に入った本音が声を掛けるも、ステンドグラスの光が降り注ぐ教会内は静けさに包まれていて、人の気配は感じられない。

 不思議に思った本音が祭壇横の扉から地下の居住部屋へ降りてみるも、そこにも誰もいなかった。

 

「ありゃりゃー、ティアっち留守なのかぁ・・・・・うー、でもあのティアっちが朝早くからどこに行ったのかなぁ?」

 

 本音が思い起こすのは会いに来た神物(じんぶつ)である女神の事。

 主神であるヘファイストスの神友という事と、天界から地上に降りて来て間もないという事から、ファミリアに居候していた彼女だったが、日を追に酷くなっていくあまりの怠惰ぶりにとうとうヘファイストスの堪忍袋の緒が切れ、追い出されてしまったのだ。

 しかし、流石に身一つで投げ出す事は可哀想だった為、いくらかのお金と働き口の紹介、そしてファミリアが所有するこの小さな教会を住処として貸し与えたという経緯がある。

 それを手配する様に命じた自分の主神は、なんだかんだ言ってはいるがこうした世話を焼く等、彼女の事を人一倍気にかけていて、時折様子を見に行って報告するように遠回しに言われていた。でるるん曰く、ツンデレ乙。

 まぁ、ここ一か月程は本音自身も仕事が忙しかったり、遠征があったのでそれも無理だったのだが。

 

 ともかく、留守ではどうしようもないのでまた後日尋ねるという書置きを残し、本音は教会を出た。

 

「えぇっと、次はー・・・・・おぉ、思い出した。ミアハ様とナァーなんの所だったね。昨日の事も伝えてあげなくっちゃねぇ~」

 

 喜んでくれるかな~?と笑みを浮かべながら、次なる目的地に向かって再び歩き出した。

 

 

 ◆ ◇ ◆  ○=(○≧ω≦)ノ

 

 

「────と、いう訳で【やる気元気いっぱい君】の買い手がまた増えたんだよぉ~。親方もとっても喜んでて、注文したいって言ってくれたの~」

「そっか・・・・・ありがとうね、本音」

 

 所変わって、先程の教会と同じく入り組んだ小道の奥にひっそりと開いている、小さな店。その店頭のカウンターで本音は、店番をしている眠たげな眼差しの犬人(シアン・スロープ)の少女に、嬉しそうに身振り手振りを交えて報告を行っていた。

 

 五体満足の人の体が記されたエンブレムを掲げるこの店こそが、回復薬などを専門に営んでいる【ミアハ・ファミリア】のホームだ。

 今のファミリアからは想像も出来ないが、かつてはアミッドが所属している【ディアンケヒト・ファミリア】と並ぶほどの規模を誇っていた。しかし、とある事情によりその規模を縮小するほどの借金を抱え、現在では犬人の少女───ナァーザ・エリスイスがただ一人の団員となってしまった。

 そんな現状と膨大な借金をなんとかする為にも、日々新しい新薬の開発に勤しんでおり、今回の【やる気元気いっぱい君】もその一つだ。ちなみに、命名は本音だったりする。

 

「やっぱり、ミアハ様とナァーなんの作るお薬はすごいよね~。それに、今ナァーなんが新しく作ってるお薬も完成したら、きっとみんながたくさん買いに来る事間違いなしだよ~」

「・・・・・本音、それはちょっと違う」

「うゅ?」

 

 思っていたのと違った言葉が返って来た事に本音は首を傾げた。

 なにが違うのかなぁ? と思っていると、本音に少し似た眠たげな垂れ目に、真剣な色を灯したナァーザが口を開く。

 

「あの薬は、私やミアハ様だけで作ったんじゃない。本音の協力がなかったら、出来なかった。だから、本音も一緒に作ったのも同義」

「ナァーなんっ・・・・・」

 

 ナァーザの言葉に瞳をうるわせ感激した様子の本音。そんな本音に小さく笑みを浮かべたナァーザは、袖から数本の液体の入った瓶を取り出した。

 

「・・・という訳で、そのお礼に今ならいつもより安くしとくよ?」

「ミ( ノ_ _)ノ=3 ズコ!ズコー」

 

 まさかの返しに盛大にこける本音。冗談、と言うナァーザだったが、中々お茶目が効いていた。流石の本音もビックリな程だ。

 起き上がった本音は少し頬を膨らませ「私、不服気です」というポーズだったが、お詫びにハイ・ポーションをいくつかと、禁止令が解けたら一品スイーツを奢るという約束で一気に上機嫌になった。割合的には1:9と言った所か。のほほんめっちゃチョロイ。そしてここでも禁止令が知られている件について。

 

 それから軽く話した本音はナァーザに別れを告げ、次なる目的地へと向かう事に。天下ののほほんこと本音は、何気に忙しいのだった。

 

 

 ◇!ステップ!ジャンプ!⌒v⌒v⌒v⌒ミ(ノ´∀`)ノ♪◇

 

 

 時は流れ夕方。摩天楼にはダンジョンから戻って来た冒険者達の姿が多く見られるが、その冒険者達が出入りする丁度裏側には豪華な装飾がなされた箱馬車が何台が止まっている。その内一つには、本音が御者として己が主神の到着を待っていた。

 

 この白亜の摩天楼には、ギルドの公共施設や換金所、ヘファイストス・ファミリアの店舗等の上にオラリオでも有数のファミリアの神々が住み着いている「神様達の領域(プライベートルーム)」となっている。その神達が出入り専用の通路が、この裏側だ。

 余談だが、本音達の主神であるヘファイストスも、一応ここに部屋を持ってはいる。けれど、殆ど利用はしていなかったりする。なんでも本人曰く、質素な生活に慣れた為、豪華すぎて落ち着かないとか。

 

 ちなみに今の本音の服装は普段のものと違い、和服、もとい巫女の様な衣装(簪・作)に身を包んでいた。丁度死角に位置する場所に立っていなければちょっとした騒ぎになっていたかもしれない。そして袖が余るのはご愛嬌。

 

「今日もよろしくね~シューちゃん」

「ブルルル・・・・・」

「わわっ、くすぐったいよぉ~」

 

 思いのほかヘファイストスが遅れている様で、本音は愛馬、というよりは友達である引馬と戯れていた。ちなみに、シューちゃんという名は、体の色がシュークリームと同じ色だからとか。

 そうこうしている内に、日は西の城壁に隠れていき、摩天楼の下で待っている馬車は本音達だけとなる。比較的暖かい季節と言えども、日が落ちればそれなりに肌寒い。シューに身を寄せ暖を取りつつもまだかな~? と待ち人ならぬ待ち神を思っていた丁度その時、その神物が若干小走り気味に本音達の前に姿を現した。

 

「―――ごめんなさい本音。大分待たせちゃったわね」

「うーうん、私も今来た所だよ~。なんちゃって(。・ ω<)ゞテヘ☆」

 

 本音の気遣いに小さく微笑みを浮かべるヘファイストス。今の彼女はいつもの男装の麗人という恰好とは違い、その髪や瞳と同じく真紅いドレスに身を包んでいた。常人ならば誰もが見惚れてしまう程、美しかった。

 そんな彼女の姿に、本音は心底嬉しそうにはにかんだ。

 

「わぁ~、久しぶりに見たけど、やっぱりドレス姿も綺麗だねぇ~ファイたん様」

「ふふっ、ありがとう。でも、おだてても何も出ないわよ?」

 

 口元に指を添え、上品に笑うヘファイストスに「これが見れたから十分だよぉ」と返す本音。

 こやつ、意外とやりよる。

 

────あら、まるで恋人同士みたいなやり取りね。妬けちゃうわ

 

 まるで音色の様な美しい声が聞こえた。見れば、いつの間にか2人の傍にローブに身を包んだ1人の女神がいる。2人だけに見えるようにフードを上げた拍子に輝く銀髪が零れ、それと同時に全てを魅了するオーラと魂までもが痺れる様な甘い香りが漏れ出す。

 

「おりょ? ふっぴー様?」

 

 ふっぴー様と呼ばれたこの女性こそが、迷宮都市オラリオ随一と名高い【ロキ・ファミリア】と双璧を成す【フレイヤ・ファミリア】主神、美の女神フレイヤ。

 近づいて来た事に気が付けなかったのより、本音は彼女がここにいる事の方が少し驚きだった。

 普段、この白亜の塔の最上階から滅多に出てこないフレイヤ。そんな彼女が何故? と頭にいくつもの疑問符を浮かべていると、その様子にクスリと笑った美の女神は、自分も宴に参加するという事と、一緒に馬車で送って欲しいという旨を簡単に伝えると、すぐに快諾した本音。そして元から聞いていたヘファイストスと共に馬車に乗り込んだ。

 

「それじゃぁシューちゃん、レッツゴー♪」

「ヒヒーン」

 

 そして本音の言葉に従って、馬車は目的地へと動き出した。

 

 その途中、白亜の塔から喧しく騒ぐどこぞの剣の悲痛な叫び声が聞こえたような聞こえなかったような。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ εε(*・ω・)ノ

 

 

「ふぁ~・・・・・にしてもホントに凄い建物っスね。」

 

 すっかり日も暮れてしまった頃、馬車の傍で一人そう呟いた青年、ラウルは異彩を放つ建造物に目を向けた。

 塀に囲まれた広い敷地の中心に、像の頭を持つ巨人像が胡坐をかいてデン、と座っていて、無数の魔石灯でライトアップされている。

 この摩訶不思議なものが今回の宴の会場であり、主催している【ガネーシャ・ファミリア】の本拠なのだから、もう色々と言葉がない。

 なにをとち狂ったか、主神ガネーシャがファミリアの貯金を叩いて作ったらしいが、団員達には同情の念を抱かざるを得ない。ちなみに、出入り口は胡坐をかいた股間の辺りと言う所等、止めを刺しに来ているとしか思えない。

 神の趣味というものはよく分からない。本気で。

 

「ロキ様は今頃宴の最中・・・・・まぁ、パーティーッスから、飲みすぎるって事はないと思うっスけど。介抱するのはホントに大変っスから」

 

 何度か酒に酔ったロキの介抱をした過去を思い出し、深い溜息を吐くラウル。ロキ・ファミリアで1・2を争う程気苦労が絶えないとは誰が言った言葉だったか。下手をしたら次回の二つ名がそれになるんじゃないかと若干心配してたりする。

 

 軽く見渡してみると、待機している自分の他にも、自身の主神の御者を務めている者達が多くいる。会話をして暇を潰している等が殆ど。が、いつもの様に自分の所は周りから若干距離を取られていて、話しかける素振り、というか関わろうとする者はほぼ見えない。

 一体どうしてなのか? それは単純に、ラウルが天下に名高いロキ・ファミリアの者だからだ。

 もし、万が一にも眷属同士が何かトラブルを起こしてしまえば、最悪の場合戦争まで発展してしまう事態になる場合もある。特にそこまで規模が大きくないファミリア等は、ロキ・ファミリアからしてみれば吹けば飛んでしまう為その限りだった。

 

「こういう時、本音がいたら助かるんスけどね~」

 

 などと思っていた時、こちらへ向かって来る一台の馬車が目に入った。見れば、その御者は丁度独り言で出て来た本音だった。

 敷かれたレッドカーペットの前でピタリと馬車が止まり、本音は御者台から降りると扉を開けて手を差し出す。馬車の中から白い二の腕まである手袋に包まれた手が伸ばされ、本音の手を借りて彼の主神・ヘファイストスが降り立った。

 

「はぁぁ、綺麗っすね~・・・・・ロキ様も黙ってれbゲフンゲフン」

 

 感嘆の息と一緒に、つい心の声が表に出てしまって慌てて取り繕うラウル。感のいい主神にバレでもしたら後が怖い。

 と、ラウルは次の瞬間何かを感じて視線を向け、呼吸が止まった。何故ならその視線の先には、圧倒的な『美』が存在していたからだ。

 

 新雪を思わせるような白い肌。金の刺繍が施されたドレスに包まれた体は、黄金律という概念がここから生まれたと言っても過言ではないプロポーションと全てを魅了する色香を漂わせている。

 睫毛は儚く長く、切れ長の瞳は直視されれば立っていられる自信はない。

 どんな人形師や造形師も決して再現する事の出来ない相貌と美貌。

 

 ()()()()()()()()、フレイヤ

 

 ヘファイストスと同じく、本音の手を借りて美の女神がレッドカーペットに降り立った。

 その拍子に長い銀髪が揺れ、ほぅ・・・っと息が漏れる。それは自分だったのかもしれないし、他の者だったのかもしれない。動悸は煩い位に鳴り、思考は女神の事で埋め尽くされていく。

 やがて二言三言話したかと思うとフレイヤは身を少し屈め、本音の頬に口づけを落とした後、呆れた表情のヘファイストスに何か小言を言われながらカーペットの上を歩いて中へ入って行った。

 

「―――‐ぃ、mぉしもーし、ラウルーん!」

「わひゃぁっ!?」

 

 茫然としていた自身の目の前に、急に現れた本音に驚いて変な声を上げてしまった。

 

「ふふふ~、ラウルん「わひゃぁっ!?」だって~(* ´艸`)クスクス」

「あ、いや・・・・・わ、忘れてくださいッス!?」

「えぇー、どうしよっかなぁ~?」

「うぐっ」

 

 珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべている本音。だが、そんな彼?のお蔭で先程のふわふわした感覚はなくなっていた。けれど、自分以外はそうではなかったようで、未だに放心したように建物の入り口の方を見続けていた。ここで繰り返すが、出入り口は股間である。少々アレな光景になってしまっていた。

 

「そ、それよりも!なんであのフレイヤ様も一緒だったんスかっ?」

「うにゅ?えっとねぇ、ふっぴー様が「一緒に行こー」って言って「良いよ~」ってなったからかなぁ?」

「すごい軽いっス。で、でも、あの最後のやつはどうなんスかっ?」

「? あぁー、あれはお礼だって~。私チュウされちゃったぁ、きゃっ♡」

「・・・・・なんか、色々とマジで尊敬するッス」

 

 考えただけでも、とても自分じゃ意識を保てそうにない。それなのに目の前で頬に手を添えていやんいやんしている本音はいつもと変わらないままだ。そう言う所は本音らしい、と言えるのだろう。

 

 それから何故か肩を怒らせ絶賛不機嫌、というか泣いて帰って来たロキが帰って来るまで本音と談笑をして時間を潰していたラウルだった。

 

「ラウルー!今日はとことんウチに付き合うんや!もう飲まなやってられんわッ!!あんのドチビめぇぇぇぇ!!」

「・・・・・完全に貧乏くじっス」

 

 デルフリンガーに続く不憫担当は間違いなく彼だろう。頑張れラウル、負けるなラウル。

 

 

 




 次回は神の宴になるのかな?また次回に(^_^)/~


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十二話 のほほんと神の宴~

 久しぶりに神の宴に参加したヘファイストスとフレイヤ。

 

 分野こそ違いますが、お互いオラリオが誇る大手ファミリアの長。とても忙しい身である為、滅多に神の宴等の行事に顔を出せない二人が来た事で、会場はいつもより少し騒がしいです。

 

 まぁ、フレイヤの場合は少し違う意味ですが。神々ですら魅了する美の女神様なので。男神達が気持ち悪いくらいだらしない顔になっています。なまじ元の顔だけは良いので、はっきり言ってドン引きです。

 

 まぁ、そんな輩共は放って置いて・・・・・・二人一緒に見知った神々にそれぞれ挨拶していく中で、ヘファイストスはよー・・・・・・く知った顔の神物を見かけました。見かけてしまったのです。

 

「(サッ、サッ、サッ)」

「・・・・・・」

 

 その小さな神物は、テーブルに並べられた色取り取りの豪華な料理を、手に持ったタッパーに素早く詰め込んでいきます。加えて時折自らの口にも放り込み、頬がぱんぱんになっていますね。もうハムスターそのもの。

 

 ですがこの宴の場においてあまりにも残念過ぎたその様は、傍で給仕をしていたガネーシャの眷属も顔を引き攣らせる程でした。

 

「はぁ・・・・・まったく、何やってんのよ」

「ふふっ、相変わらずね」

 

 ヘファイストスは旧友の姿に片手で顔を覆い、フレイヤは相変わらず微笑みを崩しません。

 

 あんな行為をしていれば目立たないはずもなく、他の神々もかの神物を指して笑っています。直接何かをして来る訳ではありませんが、それはもう中々のガヤと煽りっぷり。まるでネットのスレの様に言葉が投げかけられます。それでも一心不乱に並べられた料理をタッパーに詰め込み続けています。何が彼女をそうさせるんでしょうか?

 

 見かねたヘファイストスは、見ちゃいられないと呟いて、速足に神友の下へ向かいます。

 

「ふふっ・・・・・本当に仲良しね」

 

 その背中に向かって、フレイヤは面白そうに、優し気な声を漏らしました。

 

 本人に聞こえていたなら、赤面間違いなしでしたね。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「もう、何やってんのよ、あんた・・・・・」

「むぐ? むむっ!」

 

 脱力したような、呆れたヘファイストスの声に、その神物が料理から勢いよく顔を上げました。

 

「むぐむぐ、んっくん! やぁ、ヘファイストス! 久しぶりだねっ!」

 

 しっかり口の中の物を飲み込んでから、無邪気な笑顔で子供の様に元気よく挨拶をする小さな女神。名はヘスティア。

 

 少し前にこの地、オラリオに降りたった女神の一柱にして、天界にいた頃からヘファイストスと長く交流のあった神物です。2人は親友と言って良い間柄でした。

 

 空の様に青い瞳に、幼い顔立ち。かなり長いであろう艶やかな黒髪を、銀鐘がついた青いリボンでツインテールに。大人の女性であるヘファイストスやフレイヤに比べ、随分小柄なその体格に似合わぬ母性の象徴。所謂「ロリ巨乳」の体現者。

 

 更に、普段着ている背中と胸の大きく開いた白いワンピースで、紐乳房の下を通すように二の腕に結んでいる青い紐が特徴。バンザイすると一緒に持ち上がります。後ボクっ娘。

 

 属性てんこ盛り過ぎです、いい加減にしなさい。

 

「えぇ、久しぶりヘスティア。元気そうで何よりよ・・・・・出来ればもっとマシな姿を見せてくれたら、私はもっと嬉しかったんだけど」

 

 一つ溜息を吐いて、彼女は天井を仰ぎます。そんなヘファイストスの様は、苦労人を彷彿とさせる雰囲気を漂わせています。誰か彼女に甘い物と癒しを。

 

「いやー、良かった。ここに来て正解だったよ。うんうん」

 

 ヘスティアの物言いに何か感じ取ったのか、ヘファイストスの表情が穏やかな物ではなくなりました。

 

「何? またお金借りようっていうの?

 言っとくけど、もう1ヴァリスだって貸さないからね」

「し、失敬な! 確かに何度も手を貸してもらって、お世話してもらってたけど、今のボクが親友の君の懐を漁る真似なんかするもんか!」

「ハンッ」

「鼻で笑われた!?」

 

 反論するも、ヘファイストスには冷たい半眼で返されます。

 

 と言うのも、ヘスティアが下界に降り立って間もない、まさに右も左も分からない頃に、ヘファイストスの下でお世話になっていたのです。

 

 しかし、居候の身でありながら働きもせず・眷属も作ろうとせずに、日々自堕落に過ごしていた為に、ヘファイストスの堪忍袋の緒が切れました。ファミリアから追い出され、以降は前に言った通り。本音を通して住居や職等を、陰ながらサポートをしていたという訳なのです。

 

 ヘファイストスは姉御肌の若干クーデレ気質の照れ屋さん。あと眼帯っ娘な男装の麗人。こっちも属性多いですね。壊れるなぁ。

 

「たった今、普通にタダ飯を食い漁ってたあんたに言われても説得力ないわね」

「うぐぅっ!?」

 

 痛い所を突かれたヘスティアが、胸を抑えてよろめく。

 

「い、いや、これは、どうせ残るんだし、粗末に捨てるくらいならボクが有効活用してあげようかなー、なんて・・・・・」

「ほーぅ? 立派じゃないそのケチ臭い精神。わたしゃあ、あんたのそんな姿に感動して涙が止まらないわよー」

「ぐ、ぐぬぬぬ・・・・・!」

 

 皮肉たっぷりの物言いに、唸るヘスティア。こうして言い合えることから、2人の間柄はまさに気心の知れた親友というのがピッタリです。

 

 そこへ、少し遅れてフレイヤも登場。何故かヘスティアが顔を顰めるその訳とは────

 

「・・・・・ボクは君のことが苦手なんだ」

「ふふっ、私は好きよ?」

 

 そういう所なんだってば、と呟いた言葉も微笑みに流されます。まるで子供の戯言の様に思っているのかもしれません。見た目そのままですし。

 

 美の女神は皆一様に食えない性格をしている、というのは言わずと知れた事実です。それも他の神々が霞んでしまうくらいに。

 

 程度の差はあれど、なるべく関わりたくないというのが、ヘスティアの本音なのでした。

 

 

「おーい!ファイたーん! ドチビー!」

 

 

 突如聞こえた女性の呼び声に、ヘスティアが盛大に顔を顰めました。顰め過ぎて変顔になっちゃってます。少なくとも乙女がしていい表情ではありませんね。

 

「・・・・・まぁ、もっと凄い奴もいるんだけどねッ!」

「あら、それは穏やかじゃないわね」

 

 ズカズカと大股で3神の元へやって来たのは、言わずと知れた悪戯の女神ロキ。

 

 いつもパティーや外行きの服ではスーツかボーイッシュな軽装の彼女も、今日は普段と違い、漆黒のドレスで身を包んでいます。適当に括っている髪も、綺麗に夜会巻きにして、ちゃんと女性らしい感じがします。あ、これはちょっと失礼でしたね、すみませんでした。

 

「あっ、ロキ」

「何しに来たんだよ、君は・・・・ッ!」

「ファイたんやっはろー! 今日も大変ふつくしぃなぁー?

 にしてもなんやねんドチビ? 理由がいるんかいな? 『今宵は宴じゃー!』てノリやろ。空気読めん奴やなぁ」

「~~ッッ!!?」

 

 ロキの物言いに顔を真っ赤にさせるヘスティア。額には青筋も浮かんでいます。

 

 そんな2人のやり取りを、さして気にしてない様子のヘファイストスは、いつもの調子で彼女に問うた。 

 

「珍しいわねロキ。あなたがドレスを着てパーティにー出て来るなんて」 

「おー、よぅ聞いてくれたなぁーファイたん。実はなぁー?」

 

 ロキが自身の方へ顔を向けたので、臨戦態勢に入るヘスティア。 

 

「ドレスも買えんようなトチビを見下して笑ったろて思てなぁ?」

「(うっぜぇぇぇぇぇぇぇッッ!!)」

 

 ヘスティアは心の中で盛大に叫びました。目の前でニヤニヤと、心底ムカつく笑みを浮かべているこいつ(ロキ)を殴り飛ばしたいッ! 全力でッ!!

 

 だが、そんな事よりももっと気の晴れる方法(切り札)が、ヘスティアにはあるのです。意識せずとも口角が吊り上がり、不気味な笑みを浮かべる事となりました。

 

「ふふっ・・・・・・ふっふっふっふっふッ! はーっはっはっはぁッ!!」

「な、なんやドチビ。悔しすぎて頭可笑しなったんか?」

 

 突然笑い出したヘスティアに、流石のロキ達も驚きを隠せません。もしや、本当に頭をやってしまったのかもしれないと心配し始めました。

 

「だーれがドレスを着てないだってぇッ!?」

 

 まさか・・・・・ヘスティアはそのワンピースをドレスと言い張るつもり?

 

 そう思ったヘファイストス・ロキの両者は、真剣に彼女の頭を案じました。フレイヤは微笑みを薄れさせ、ヘスティアの事をジッと見ています。

 

 そんな様子には全く気付かず、ヘスティアは一人さらにテンションを上げた。

 

「じゃぁ見せてあげようじゃないかッ! ボクのドレス姿をッ!?」

 

 何でそんなにテンション高いのよ、というヘファイストスのツッコミは華麗にスルーされました。

 

「そいやッ!」

 

 散々勿体づけて、バッと勢いよくワンピースを脱ぎ捨てる。

 

 ワンピースの下には本当にドレスを着ていた。水色と白を基調としたドレス。それはまるで空の様で、花の様だった。

 

 所々にあしらわれた花の刺繍。近くで見るとその細やかな刺繍の美しさに、そしてそのドレスを身に纏う女神の美しさに、思わず先程までの残念過ぎた様からのギャップに目を奪われる周囲。

 

「ジャジャーン! どうだい? これが僕のドレスさ!」

 

 嬉しさいっぱいの笑みを浮かべ、豊満な胸を張る。ぷるんっと大きく弾んだそれに、密かにロキ(ぺたんこ)が精神的ダメージを受けました。

 

「良く似合ってるじゃない。でもあんた、そのドレスどうしたの?

 とてもじゃないけど、あんたの経済力でそんなそれが変えるとは思わないけど」

「よくぞ聞いてくれたねヘファイストスッ!!」

「近い近い、そんな鼻息荒く近づかないでよ。

 あっ、ほら食べカス付いてる。もう、ちょっとじっとしてて」

「んんっ。ありがとう!」

 

「オカン・・・・・」

「ママだしょ」

「それは九魔姫だから」

「姉だろjk」

「目が幸せ過ぎる」

 

 微笑ましいほんわかしたやり取りに、和んでしまう外野勢。

 

「それで? 一体どうしたのよそのドレス」

「実はのほほん君がプレゼントしてくれたのさ! ボクが宴に出るって聞いて、態々用意していてくれたんだって。ほんっと良い子だよあの子は!」

「なぬッ!? のほほんからのプレゼントやて!?」

 

 改めてじっくりドレスを見るヘファイストスとロキ。見れば見る程良く出来たそのドレスは、思わず感嘆の吐息を漏らしてしまう程の出来栄えです。そんな時、ふとある事に気が付いたヘファイストスが一言。

 

「・・・・・しかもこれよく見たら手縫いじゃない。いつのまにこんなものを」

「「!?」」

「・・・・・」

 

 思わず漏れた呟きに、三者三様の反応を見せる面々。ヘスティアは本音に対し感謝でいっぱいになり、ロキは本音の器用さと作った出来栄えに感心しつつ、これがヘスティアへの手作りなのを素直に羨んだ程でした。そしてフレイヤ様は・・・・・・・・・微笑みも失せた無表情でじっと、穴が開きそうな程ドレスとヘスティアを見つめています。それも一瞬の事で、元の微笑みに戻ったので、気付いた者は誰もいませんでした。

 

 さて、笑いに来たつもりが、明らかに形成不利な状況になった事を察知したロキは、しれっとその場を後にしようとするも、そうはさせないと目ざとく気づいたヘスティア。

 

「あっれれ~? どうしたんだいロキぃ。今挨拶に来たばかりなのにもう行っちゃうのかーい?」

「ぐっ。な、なんか用かドチビ」

 

 ニヤニヤと笑うヘスティアに、思わず言葉を詰まらせるロキ。いつもの様に取っ組み合いかと思えば、

 

「まぁ、僕は君とちがってオ・ト・ナだから、思いっきり笑ってやる前に、建設的な話をしようじゃないか」

「あぁん? ドチビの癖に何がオトナやねん!」

「いやぁ、最近肩がこってるみたいで大変なんだー」

「うぐぅ」

 

 これ見よがしに胸を張って、ロキに痛恨のダメージが入った! これは効いた! ついでに外野にいた発達の乏しい女神達にも流れ弾がクリーンヒットしちゃったぜー!

 

「単刀直入に聞くよ。君の所のヴァレン何某は付き合っている異性、もしくはそれに近い存在はいるのかい?」

「あぁん? アホ抜かせ、アイズたんはうちのお気に入りや。嫁には出さんし、ちょっかいかけて来るどあほがおったら、そいつは八つ裂きにしたる・・・・・と言いたいとこやけど、例外が一人だけおる」

「ほぅ、ズバリそれは?」

「んなもんのほほんしかおらんやろ。ただ異性と言えるかはなぁー。かと言って同性ともちゃうやん?」

「何だろう、すっごい納得する」

 

 異性でも同性でもない部類とは一体・・・・・まぁ、可愛ければ何でもいいよネ!

 

「まぁ、つまるところのほほんはウチのもんって事やな! なんたってファミリアぐるみの付き合いなんやでー! こないだも一緒に飲んだ仲なんや~。どや、羨ましいやろ~!」

「いーや違うね! 無乳のロキなんかよりボクの方が良いに決まってるさ! なんせ態々手作りのドレスをプレゼントしてくれる仲なんだからね! ウチのベル君とも絶対仲良くなれる自信があるもんねー!」

「「やんのかああぁんんんーっ!?」」

「あらあら。じゃぁ、間を取って私が貰うわね」

「あんたらいい加減にしなさい。本音は家の子よ。誰にも渡さないわよ。というかフレイヤも悪乗りしないでよ」

「ふふっ、ごめんなさい。ついね」

 

 意味深に微笑むフレイヤは、完全に魅了されている給仕から新しいグラスを貰って上品に嗜んでいます。一々絵になる行動に、周りでやり取りを眺める男神からの視線を釘付けにしています。流石美の女神様ですね。

 

 そんな周りを他所に、神々の間では恒例の取っ組み合いを始めるヘスティアとロキ達。やんややんやと周りが騒ぎ立てる中、頬を引っ張り合うという今回の戦いに、先に音を上げたのはロキの方でした。

 

「きょ、今日はこれくらいにしといたるッ! 覚えとれよドチビッ!」

「ふんっ! そっちこそ次に会う時はその貧相なもの(絶壁)を見せるんじゃないぞ!」

「う、うっさいわボケェッ!?」

 

 ロキが典型的な負け犬の捨て台詞を吐くも、ヘスティアに的確に痛い所を突かれ過ぎた。

 

 もう最後の方は涙を堪えながら会場を走り去って行く彼女と、完全勝利とばかりに笑うヘスティア。

 

 そしてそんな友神達を見て、酷くなって来た頭痛に頭を押えて嘆息するしかないヘファイストスと、微笑みを浮かべるフレイヤ。

 

「はぁ・・・・・全く、なにやってんだか」

「ふふっ、相変わらず元気でいいわね」

「その元気過ぎるのが問題なんだけどね・・・・・」

 

「おい、今日神々の癒し(のほほん)くんが来てるらしいぞ!」

「なにっ!? 神々の愛玩(のほほん)が来てるだって!?」

「ちげぇよ、俺の嫁(のほほん)ちゃんだっての」

「ウラノスさんこいつらです!」

「のほほんきゅんキタ――(゚∀゚)――!!」

「俺がガネーシャだ!」

「はいはいガネーシャガネーシャ」

「愛でねば、全力で愛でねばなるまいてッ!」

「ついにこの封印されし左手(ナデポ)を開放する時が・・・・・!」

「ちくわ大明神」

力作(メイド服)を着て貰わなきゃ!」

「ふっ、俺のゴットフィンガーに酔いしれな!」

「今日こそお持ち帰りを・・・・・って今の誰だ」

「うひひひひひぃぃぃぃ!!」

「やべぇ、こいつ完全に逝っちまいやがってる」

 

「あっちでも騒がしくなって来た・・・・」

「うわー・・・・・」

 

 格別苦いものを食べた様な表情で呻く姉御。そしてドン引きする幼女。

 

 神だけが理解できる用語の羅列ですが、雰囲気だけでも下界の子供達でも何となく意味は分かります。給仕の子達が引いていた。神(の威厳)は死んだ。元からあまり無い神物も多いけれどね。

 早速新たなおもちゃを見つけ、お祭り騒ぎな神々。ちなみに上記の台詞の半分は女神であります。夢が砕け散った。

 

「・・・・・あら、ふふっ」

 

 あとフレイヤ様の微笑みがなんか怖いです。先程までと違って体感温度が下がってる気がする。阿寒とも言える・・・・・風邪、かな?

 

 あっという間に宴は大騒動へと陥る。止めようとする者は誰一人いません。なぜって、主催ファミリアの主神も参加しちゃってるのですから。ダメだこりゃー。

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

「かんちゃーん! こるるーん! ただいまぁ~」

「・・・・・ん、おかえり、本音」

「む、帰ったか」

 

 ファミリアのホームにヘファイストスともう一人を送り届けた後、工房へ帰って来た本音の元気の良い挨拶に、中で書類作業をしていた2人が揃って出迎えます。

 

「では今日はこのくらいにして寝るか」

「うん・・・・・残りは明日でも十分だから」

 

 そう言って手早く書類を纏め、寝支度を始める2人に本音はおずおずと断りを入れる。

 

「じ、実は私まだちょっと用事が~・・・・・」

「用事? 何か注文でも受けて来たのか?」

「それなら、私達も手伝うよ・・・・・?」

「だ、大丈夫だよ~。私だけでも十分だから~」

 

 やる気十分! という風にアピールをしている本音の姿に、簪はどこか違和感を覚えていた。なにか足りないような・・・・・。

 

「あっ・・・・・本音、デルフリンガーはどうしたの?」

「なんだ、お主またどこかに置き忘れてきたのか?」

「もぉー、ちがうよ~。でるるんはファイたん様とお話し? してそのままだよぉ」

 

「「あー」」

 

 あいつ、無茶しやがって・・・・・と、何かを察して遠い目になった2人は、工房の格子窓から夜空を見つめた・・・・・半透明で笑うデルフリンガーの幻影が見えた気がしました。死んではいないはずです、きっと、多分。

 

「まぁ、それはそうと本音よ・・・・・懐に隠しているものを出してもらおうか?」

「ぎくぅ!・・・・・な、なんの事かなぁ~?」

「ほーぅ・・・・・まさか、しらばっくれるつもりか? 手前等が気づかないとでも思ったか本音よ」

「うっ・・・・・た、食べないもん!」

「食べないなら持っていても仕方あるまい」

「うぅ~っ、み、見てるだけだよぉ~! ガマンすれば後でおいしいもん~!」

 

 見てて可哀想になる程必死に守ろうとする本音。一応こっそり食べる気ではなかったので、思わず許してしまいそうになるのをこちらも必死に心を鬼にして、簪は告げた。

 

「本音・・・・・お尻ぺんぺん」

「わぁー!? わ、分かったよかんちゃん! 出すからやめて~ッ!」

「尻をか?」

「ちがうよ~! もーこるるんのえっちぃー」

 

 しぶしぶながら大人しく隠していたお菓子の山を2人に渡すと、その喪失感から項垂れる本音。

 

「いやー、それにしても本音に嘘を吐かれるなんてなー、手前等は傷ついたなー」

「本当。これは本音にお詫びをしてもらうしかない」

「うぅ、もう好きにしてぇ~・・・・・」

 

 その言葉に、きゅぴーんと2人の目が輝いた気がしたのは、絶対気のせいではないでしょう。

 

 

 



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