島村卯月冒険譚~この世界で平和を取り戻す~ (アカツキ=ニュー)
しおりを挟む

開幕
秘宝と世界 - 始まり -


11/24
行間整理


かつて世界が今よりも激しい戦火に飲まれていた頃

たった五人で“世界”に挑み、十の“秘宝”を用いて混乱を鎮めた人物が居た。

その功績を讃えられ、偶像として崇められた後に英雄として名を残すことになる――

 

しかし、完全な平和が訪れたわけではない。

大きな力を持っていたとされる秘宝は、鎮圧された各国家が再び勢力を取り戻そうと

捜索に躍起になり、未だ各地では以前ほどではないにしろ戦火が巻き起こっている。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

雨の降る森林を駆ける一つの影。雨具なのか、それとも姿を隠すためなのか、

やたらと大仰な衣を身に纏い、荒い息も漏れ出している。

 

「探知……!」

 

声に反応して手に生まれた小さな球状の空間、そこにはポツポツと小さな赤い点が見える。

彼女――声の雰囲気から女性――は、それを確認すると更に足を急かす。

 

「追いかけられてる……見破られてる……!」

 

探知とは、彼女が持つ“魔法”の一つ。

周囲に潜む人物を探し出し、視覚的に確認できるようにする術。

彼女は、追手から逃げている、その追跡者の居場所を確認するためには最適だが、

確認できたという事は、振り切ってはいないということでもある。

 

「……!」

 

道なりに一直線に走っていた彼女が、突如方向を変える。

魔力の消費を抑えるため、展開を終えた探知の魔法が最後に写した数多くの点、

後方ではなく前方、集中して固まっている様子を見る限り――

 

「この先に、国か……村があるはず……!」

 

 

 

 

数分前まで降り続いていた雨は上がり、快晴とはいかないまでも晴れ間は覗く程度まで回復。

それを見るや、森林の中、明らかに人工物と思われる入口、門から姿を現した一人の少女。

開け放たれてはいるが、はっきりと外の木々生い茂る自然とは区別された領域、

人が住むための住居も見え、明らかな『集落』であることが伺える。

 

「何も無かった、かな?」

 

その集落から現れた彼女が村の住人であることは想像に容易い。

手には年季を感じさせる本。きょろきょろと周囲を警戒して、何も変化が無い事を確認すると

近場の岩場に腰掛けて、パラパラとページをめくる。

 

「~♪」

 

ただ本を読むだけならば、集落の外へ出る必要は無い。

だがこの世の中、いつ侵略者が訪れるかは常に警戒する必要があった。

外部から脅威が迫っていないかを監視する役目を作り、数人が交代で担う、

それがこの集落の生き残り方。

 

「しーまむっ!」

「ひゃぅ!?」

 

そんな彼女に気づかれないように、同じく集落内部から姿を現した二人の女性、

読書に耽る彼女をしまむーと呼び、やたらと明るく接する彼女も同じく集落の住人である。

 

「見張りなのは分かってるけど……急ぐ必要はないんじゃないかな、卯月」

「でも、少しでも早く行った方がいいかなって……凛ちゃんも、未央ちゃんも、

今の当番じゃないのに見に来てくれたってことは、やっぱり心配なんですよね?」

「そうだけど……」

「しぶりんが言ってるのは、一人だと危ないってこと!ね?」

 

三人の名は卯月、凛、未央。この集落『アルトラ』の住民であり、戦闘員である。

規模が小さな村や集落では自衛が基本であり、子供や女性がその役に駆り出されることも

決して珍しいことではない。

しかし、この三人は人手不足で仕方なく警備をしているわけではない。

 

「しまむー、またその本?」

「卯月も好きだね、飽きたりはしないの?」

「全然です!」

 

卯月が元気よく答える。

彼女の持つ本は表紙こそ掠れて読めないが、中身はしっかりと書物の体裁を保っていた。

書かれている内容はいわゆる伝記、この世界の今が生まれるきっかけとなった物語。

 

「私も、いつかこんな立派な人になれたらいいなって!」

「あはは、しまむーの目標は変わらないね?って、言ってる私もだけど!」

「二人とも目標がハッキリしてるからね」

「そう言いつつ、しぶりんが私たちより一番真面目に修行してるって知ってるんだよ~?」

「っ、それは――」

 

 

ガサッ

 

 

「……しっ」

 

賑やかに盛り上がる場を静止させたのは、唐突に聞こえた木々のざわめき。

真っ先に気づいた凛が二人に合図を送る。

それを受けた卯月と未央は、ゆっくりと互いに距離を離した。

この一連の動きを言葉無く実行できるあたりが互いの信頼の深さ、日々の練習量が伺える。

 

「…………」

 

堂々と立ち塞がる凛と、万が一の時に背後に控える卯月と未央、警戒は十分。

あとはこの万全な状態の三人に、いったい何が訪れるのか。

 

「っ……」

「え?」

 

しかし、実際に現れたのは人影ではあったものの、布地に隠れて表情すら伺えない。

とはいえ驚いたままでは警備としての役目は果たせない。驚きの次には、すぐさま警戒、

どんな手を繰り出してきても迎撃する構えを取る、だが――

 

「……う」

「ちょっ……!」

 

集落の入口とは程遠い、木々を抜けたすぐの場所でその人物は倒れ込んでしまった。

距離にして数十メートルは離れている、奇襲を行うにも遠すぎる場所。

何を狙っている、何が飛んでくる?そんな凛の警戒を打ち破ったのは

 

「凛ちゃん!」

 

「卯月!」

「しまむー!?」

 

茂みから飛び出し、倒れた人物の介抱に向かった卯月だった。

慌てて彼女を止めようとした未央も姿を現し、結果的に全員が出てきてしまった。

 

「大丈夫ですか!?あの、安心してください、ここは村の近くです!」

「村……やっぱり、ありました……ね……」

 

容姿を隠した女性はか細い声で呟き、卯月の手に身を預けた。

揺さぶっても反応が無い彼女に対して

 

「何があったんですか!?えっと……とにかく、運びましょう!」

「えっ!?で、でも……」

「もしかしたら大怪我をしているかもしれません、早く助けてあげましょう!」

 

とにかく、怪我をしているなら治療をしよう、何かがあるなら何が起きているのか聞こう、

その一心で卯月は動いた。凛と未央は、この女性に対して怪しさを感じていたが、

卯月の言う事にも反論できず、ひとまず手を貸し集落の中へと彼女を運び込んだ。

 

 

 

 

「っ!!」

 

意識を取り戻し、咄嗟に体を起こす。

そこは記憶の最後の場所とは違う、木造りの住居の中、ベッドの上。

身につけていたローブは傍らに畳まれて、怪我の治療まで行われていた。

 

「……あっ!」

 

続いて彼女は“ある物”の存在を探した。

恐らくはつい先程疲労で倒れた体を無理に動かしてまで部屋を探し、

テーブルの上に無造作に置かれている一冊の本を発見した。

 

「よかった……」

 

中身を確認し、恐らくは何事もなかったことを確認した彼女は次に、何もしなかった。

慌てるでもなく、急ぐでもなく、ベッドに座り込んだままで。

 

「……無事だったって事は、この村の人達はきっと良い人です。

でも……だったら尚更……!」

 

――コンコン、と扉が叩く音。

はっと我に返った彼女は、壁一枚隔てた人物の気配に気付かなかった事よりも

“今からどうするか”を瞬時に脳内で考えを巡らせていた。

 

「すいません、入ってもいいですか?」

 

 

「あの、大丈夫でしょうか……?音がしたので、目を覚ましたのかと思って、失礼します」

 

鍵のかかっていない扉が開かれ、そろりと卯月が部屋に入った。

しかし、彼女の思っていた通りの光景は広がっていなかった。

捲れ上がったベッドは、確かに誰かが居た痕跡を残してはいるが、

肝心の人影はどこにも見当たらず、そしていかにも開け放たれたカーテンと、窓。

 

「え!?あ、あれっ……!?」

「どうしたの?」

 

騒ぎを聞きつけてやってきた凛と未央も、部屋の様子を見ると事態を把握した。

 

「……!卯月、あの人は?」

「わ、分かりません、私も今来たばかりで――」

「だったら探さなきゃ!いちおう簡単に手当てはしたけど、本当に簡単にだから!」

 

まずは連絡して、次に外を出歩く準備をして、などとあたふたする未央。

とにかく落ち着いてください、という卯月もおろおろとするばかり、

はぁとため息をついた凛が一つ、引っかかっていた疑問を投げる。

 

「……ところで卯月」

 

 

「さっき言ってた話、本当?」

「あ、そういえば……私も気になってたんだけど……」

 

この部屋に入る数分前。正確には、怪我人の彼女を建物に運び込んですぐ、

布地に覆われた顔を見た瞬間に卯月がとある人物の名前を叫んだのだ。

 

「はい、間違いないはずです、だって……いつも見てる姿と、一緒だから……!」

 

卯月が指し示すページの一部分、

彼女が毎日憧れの眼差しを向けて読み耽る書物に写っていた顔は――

 

「この本に書いている人……かつて“英雄”と呼ばれていた、愛梨さんに!」

 

 

「……どう、思う?」

「どうって……卯月は嘘なんて言うタイプじゃないし、現に本にそっくりな顔が写ってる」

「そっくりじゃないですよ凛ちゃん!同じ、同一人物です!」

「だってその人って……今よりも世界が大変だった時代の人だよ?」

「って考えると長寿の種族だったとしても、生きてるのは妙かなぁ……って思うんだけど」

 

十時愛梨――かつての時代に現代の魔術の基礎を構築したとされる賢者である。

他にも有数の実力者の名が連なる英雄の中でも特に才能ではなく努力、彼女の始まりが

ごく普通の一般的な家庭だったという点もあり、今の世の魔術士の目標にされることが多く、

その成長過程から“シンデレラ”の呼び声も高い。

 

「……それは、その」

「しかも英雄さんがこんな辺境の村の近くで大怪我なんて、する?」

 

そんな人物が現代の、お世辞にも巨大国家――それどころか町や村とも呼べない

集落の前で手負いの状態で姿を現したとは、俄かに信じがたいもの。

 

「しまむーの勘違いじゃない?」

「うう……そう言われると自信が……」

 

結局、この場で結論は出せなかった。

そもそも議論の当人が言葉に居ないのだ、これ以上の話は不可能である。

 

「でも、どっちだろうと怪我をしてる人が居なくなったなら……探すべきだね」

 

凛の提案はもっともだ。仮に保護した人物が本当に英雄と呼ばれていた人物だろうと、

よく似た人物だろうと、怪我人は怪我人である。放置するのは寝覚めがよくない。

 

「窓から出て行ったなら……うーん、森の方?って、そっちは来た方向でしょ!?」

「もし愛梨さんが誰かに狙われてたのなら、なおさら戻るのは危ないです!」

 

卯月の中では愛梨として確定しているらしい、

彼女の主張は置いておくにしても、来た方向に戻らせるのは最適ではないはず。

 

「……追いかけよう」

「愛梨さん……」

 

凛の号令で、三人は窓の外から一直線に森を駆け抜ける。

 

 

 

 

彼女を中心に、おそらくは野盗の集団が重なり倒れている、その事実だけでも彼女が

相当な手練であることは明白だが、残念ながら結果として窮地に陥っていた。

 

「この傷は…………!」

 

そう呟いた彼女の体には確かにボロボロの服装が痛々しく見受けられるが、

裂けた布地の内側に傷は一切入っていない、まさに怪我一つない状態。

では、どうして窮地に陥っているのか?

 

「直って……!お願い……!」

 

かざした手が懸命に魔力を注ぎ込んでいるのは、彼女が持っていた書物。

よくよく見てみれば、その表紙には一筋の傷が入っている。

先程から彼女が格闘している傷とは、この事だった。

 

「っ……う……!」

 

突如、ふらりと大きく倒れこんだ体は、そのまま雑草の生える地面へと接触した。

それでも書物から離れない手が、しかし弱弱しく震える。

 

「だ、め……」

 

そしてついに、その手すら離れようとした瞬間

 

 

「愛梨さん!!」

 

 

明らかに戦闘があったと主張する木々の損傷を追いかけ、

無力化された賊の山をかき分け、なんとかたどり着いた卯月一行が目にしたのは

愛梨と思わしき人物が、今にも意識を失って倒れこむ直前だった。

 

「何が起きたかは、一目瞭然だね」

「この野盗の数を一人で!?そんな無茶なぁ……」

「愛梨さん!愛梨さん!!」

 

半信半疑だった凛と未央も、この状況を見て確信こそできないものの、

卯月の言ったことがあながち間違いでもない、と思うことができた。

そんな卯月は目の前の衰弱した人物を抱え込む傍ら、地面に置かれた書物を発見して

 

「これは……!でも、傷が入ってる!?」

「ねぇねぇ、しまむーそれ何?」

 

未央から見れば、その書物は飾り気のない表紙と裏表紙の、少し分厚い程度の

普通の本にしか見えなかっただろう。しかし、卯月は違った。

 

「……秘宝」

「え?」

「これは……十大秘宝のひとつ“灰姫の経典”……!?」

 

 

「え、えええ!?」

「卯月……本当なの?」

「はい、間違いありません……!見た目、そして愛梨さん、あと――」

「……あと?」

 

普段から魔力を戦闘の技術として扱っている卯月だからこそ感じる、

目の前に“存在する”だけで伝わってくる膨大な魔力。

その書物がごく普通の本であるはずがないという存在感。

 

「…………う」

「愛梨さん!!大丈夫ですか!?」

 

名を呼ばれてか、僅かな休憩を挟んだからか、愛梨が卯月の手中で目覚めた。

ここに来て卯月もようやく察する、傷一つない体が極度の疲労に襲われている理由は、

圧倒的に体内の魔力が不足しているからだろう、と。

 

「きょ……経典を……」

「っ!ま、任せてください……!」

 

愛梨が口から絞り出した言葉に、卯月は思わず反応した。

そして、正真正銘この書物が経典であるとも判明する。

 

「卯月!?任せてって、どうすればいいか分かるの!?」

「あんまり触らない方がいいんじゃないのしまむー!」

 

どうすればいいかなど卯月には分からなかった。

しかし、彼女には願いだけはあった。

 

(私だって、皆の役に立つんです!)

 

 

「だ、大丈夫なの?」

「分からないけど……卯月を信じるしか――」

「……!!」

 

卯月は考えた。彼女の知る愛梨は賢者として人並み外れた知識、魔力、魔術を持ち、

およそ今の自分自身とは天と地の差である――という事は、考えなくても分かる。

そうではなく、そのような人物が戦闘――に相当する衝突――が無かったにも関わらず

どうしてここまで疲弊し、窮地に陥っているのか。

 

(当然、この経典のはず……!)

 

そう考え、思い切って経典を手に取る。卯月の背後で未央が慌てているのも、今は無視する。

すると、愛梨の手から離れた事が原因か、経典に一つの変化が現れた。

 

「……あっ!し、しまむー!それ!」

「これは……!」

 

卯月達三人は、それぞれ戦闘における得意分野が大きく異なる、

つまり凛や未央にとって魔力や魔術は専門外のはずなのだが――

 

「私でも感じられる……どれだけ濃度の高い魔力……!?」

「しぶりん!それは分かってるよ!問題は――」

「この傷から、魔力が漏れ出してます……!」

 

愛梨が押さえ込んでいたのは、経典の傷から溢れる魔力。

その手を失った今、せき止めるものは何もない。

 

「だったら……!」

 

見よう見まね、ただ何とかしたかっただけの思いつき。

経典から魔力が漏れ出している、愛梨は押さえつけていた、

そして愛梨の魔力が枯渇していたのは、常に注入を行っていたからではないか?

 

「思いっきり、注ぎ込みます!!」

 

 

「はああっ!!」

 

 

ありったけ、全力を尽くした放出を経典が感知したのか、

拡散した魔力が急激に収束、傷の入った部分へと吸収されていく。

 

「お、おぉ?直って、る?」

「卯月!もう少し!」

「はい、頑張ります……!」

 

駄目押しとばかりに、もう一度魔力の大波を経典へとぶつける。

待っていましたとばかりに殺到し、傷の修復にあてがう経典は見る見るうちに――

 

「……収まった?」

 

無地で模様も何もない、質素でなめらかな表紙の書物が残るだけとなった。

 

「で、できました……」

「しまむー!」

 

額に汗する卯月に未央が、そして凛が駆け寄る。

 

「すごいよ!やっぱり、普段から知識は仕入れておくべきだね!」

「仕入れている、っていうか……好きだから、ですけど……」

「それでも、卯月がこれを経典だと気づかなかったら、私は普通の本だと思ってた」

「ううん……私も、経典だけなら気づけませんでした。ここに愛梨さんが居たから……

あれ?そ、そうだ!愛梨さんは――」

「大丈夫です」

 

 

「……少し前に、目が覚めていました」

 

見た目だけで言えば、卯月達とは対して変わらない、いや、

むしろボロボロの服装の影響で卯月達の方が立派に見える人物。

ちょこんと座っている様だけを見れば、とても英雄などという称号は似つかわしくないが――

 

「…………」

「まず、ちゃんと自己紹介させてください。私の名前は、十時愛梨で間違いありません」

「やっぱり……!」

「そして――」

 

今しがた、文字通り傷一つない姿へと戻った経典を手にする。

そして、異常が起きていないかの軽い確認を済ませた後、再度卯月を振り返る。

 

「ありがとうございます」

「え、え?私、ですか?」

「もちろんですよ」

 

直していただけたんですね、と、卯月に対して経典を向ける。

一方の卯月は、形容しがたい表現の動きと共に

 

「わ、私っ、え、英雄さんに褒められっ」

「卯月落ち着いて」

「……大丈夫ですか?」

 

彼女にとっては、まさに歴史上の偉人、尊敬する人物が目の前にいるのだ。

多少なりとも大げさな興奮は、仕方のないもの。

 

「しまむーなら、きっと大丈夫……かな」

「えーっと、あ、あのっ!」

 

そうして興奮冷めやらぬうちに投げかけた疑問は、

卯月一人だけでなく凛も、そして未央も気になっていた点であった。

 

「愛梨さんは……どうして、まだ……生きているんですか?」

 

 

「……答えにくい質問ですね」

「あのっ、面倒だったり複雑だったら別にかまいませんっ!」

「いえ、そういう事ではなく……まだ、私が去るには成し遂げていない事が多いんです」

 

愛梨の答えに首をかしげる卯月と未央だが、

何かを察した凛が言葉を繋げた。

 

「……それが、経典?」

「はい。……えーっと、卯月さん?」

「あ、は、はい!」

 

今度は名前も呼ばれて嬉々とする一方、何やら深刻な話が始まるのではないかという

不安も少し、感じた。そして、そのような予感は的中するものである。

 

「私の使命は昔も変わらず、世界を危機から救う事です。

そんな私が……今も、使命を全うしようとしている」

「…………」

「分かりますね?」

 

その言葉が表している意味、危機を救う使命が継続されている、

すなわち危機は未だ去っていない、という事だ。

 

「でも……世界は以前より全然平和になってるって――」

「以前は……国同士の抗争でした」

 

領土、権力、技術などを奪い合う戦いにより、巨大な国家が動いた日には

安息の地など存在しないに等しい世界。

 

「ですが、今は勝手が違います、相手が違います」

 

 

「卯月さんならご存知かもしれません、この灰姫の経典……どんな力があると思いますか?」

「うーん……どうだろうなぁ、あんまり考えた事なかったねそういえば」

 

十大秘宝に数えられるからには、今の技術では理解できないような理論により

とてつもない力を持っているのだろう。未央が想像した力、とは何か?

例えば単純に凄い魔法が使える、という回答を行おうとした矢先

 

「えっと……『願いを叶える力』です」

「その通り」

(願いを?……そうなの?しぶりん)

(さぁ……)

 

予想よりも遥かに高度で、強い力が正解であると卯月が示した。

このように、秘宝と呼ばれるからにはそれ単体で凄まじい力を持っている。

もともと高い実力を兼ね揃えた英雄が持つ事により、長きに渡る戦乱の世が

幾分か収まった――と、卯月は認識している。

 

「でも、実は違うんです」

「えっ!?」

 

その考えや、伝記さえ上回る、愛梨の回答が控えていた。

 

「灰姫の経典だけではなく、すべての秘宝は“真の力”を持っています」

 

曰く、表向きの力――経典を例に、願いを叶えるという大業な、

それだけで強力な道具を“皮”として、内側の“隠された効果”を偽装している。

 

「その力を使って、新たに迫っている脅威に抵抗するのが……今の私の使命です」

「新たな、脅威……」

 

 

「どうして、その事を私達に話したの?」

「単刀直入に言いましょう」

 

改まって愛梨が三人に向かい合う。

雰囲気の異なる対面に、やはり目の前の人物は貫禄がある、などと思いながら

愛梨の言葉を聞いた――が、その内容は衝撃的なものだった。

 

「私はこれ以上、一人で旅を続けるのは不可能です」

「……えっ!?」

 

旅を続けるのは不可能という驚きの内容。

今の今まで自らの使命について話していた彼女が、その使命を全うできないと告げる。

つまり、迫る脅威に対して、抵抗を行う人物が、居なくなる。

 

「大丈夫なんですか!?」

 

卯月の心配も最もである。

そもそも、愛梨が旅を続けられない、続けることが不可能な理由とは?

まさか全盛期より実力が落ちたからなどとは言うまい。十分すぎる戦闘能力は残っているはず。

 

「恐らく、大丈夫です」

「お、おそらく?」

 

ずばり言い切らない愛梨に若干の不安を覚えながらも、彼女は心配ないと言った風に続ける。

 

「この経典に少し……助力をしてもらい、探したんです」

「探した……?」

「……私の協力者……もしくは、後継者を」

「!!?」

 

愛梨が経典を手に取り、とある箇所で捲る手を止める。

そこには大部分の白紙とごく僅かな短文があるだけのページ、

書かれていた文字は、卯月達にも馴染みある名前だった。

 

「……『アルトラ』」

「導かれた土地は、この小さな集落……卯月さん」

「は、はいっ!」

 

経典の持つ“表”の力、所有者の願いを叶える力。

愛梨は、この力を使って自身の探し求める者が存在する場所を突き止めたのだ。

そうして到着した地で遭遇し、目の前で例の現場を目撃した。

 

「あなたが直した経典の傷を見て……確信しました」

 

新品同様の修復具合――卯月が考えていた通り、経典に魔力を注ぐ修復方法は正解だった、

しかし、愛梨はその完成度に驚かざるを得なかった。

とある都合で愛梨の手にすら余る、圧倒的に不足していた魔力が、

気を失っている数十秒の間に一気に解決していたのだ。

 

「間違いなく、経典の次の所有者に相応しい……!」

 

聞けば、修復を行っていたのは彼女一人。そう、卯月は一人で直してみせたのだ。

愛梨からすれば、それは“ありえない”の一言に尽きる。

 

(そんな事をすれば、私のように魔力の枯渇が目に見えてるはずなのに)

「わ、私が……秘宝を……?」

「ちょっと待って」

 

あまりにもスムーズに進む話に、凛が割って入った。

 

「どうして……今なの?後継者とか協力者なんて、もっと早く探しておくべきじゃないの?」

「うーん……よく考えたらそうだよね?そんな便利な道具があるなら尚更!」

「経典は、願いに辿り着く前に試練も与えます……私にとっては、いつもなら問題ない相手に

あんなに手間取って……」

「試練……?」

「はい」

 

願いを叶える効果は、手放しで全ての願いを叶える無敵の効果ではない。

成就までにある程度の試練が訪れる、というのは愛梨の弁であり、卯月も肯定する。

 

「試練は、願う人物と願いの大小により変化します」

「つまり……全盛期の時に願うと、試練も相応になってしまうから後回しに?」

「簡単に言うと、そういう事です。どうして今なの?と凛さんは言いましたが、

私にとっては今ようやく探し始めることが出来るくらいになったんです」

「だから……ようやく見つかったしまむーに全部話した?」

 

こくりと頷く愛梨、そして今までの話のまとめ、総括。

彼女が、一番口に出したかった言葉を、ついに告げる。

 

「お願いします……私と一緒に、戦ってくれませんか……!?」

 

 

「……はい!」

 

 

「卯月!?」

「しまむー!」

 

決断は、あっさりと済まされた。

さすがに全員ではなく、愛梨の言葉に最初から関心を抱いていた卯月一人が、であるが。

凛と未央はそんな彼女に驚き制止するが

 

「私は……憧れていました。戦いは、やっぱり怖いけど……もっと怖い目に遭ってる人がいる」

「それは、そうだけど……でも――」

「英雄の皆さんは、そんな人のために戦っていた……!助けた!」

 

特に卯月は、凛や未央よりも深くこの話を知っている。

戦って勝つだけではない、彼女によってもたらされた恩恵の大きさも、

彼女達に向けられた感謝の念の大きさも。

 

「私もそうなりたい、皆の笑顔を取り戻したい!」

「卯月……」

「苦しんでる、困ってる、そんな人達の為に私が何かできるなら……やります!」

 

彼女の決意は、この場の勢いだけで決めたものではない。

長く、ずっと憧れていたものがようやく叶うかも知れない一歩目だった。

 

「……ありがとう、卯月ちゃん」

「でも、一つだけお願いがあります!」

 

 

愛梨のお願いを承諾し、これで終わりかと思いきや、卯月が話を続行させる。

その内容は、愛梨にとっては既に承諾されていたと思い込んでいた内容の確認だった。

 

「私だけ、ですか?」

「え?」

 

驚いて声を漏らしたのは愛梨と、凛も未央もだった。

確かに卯月の言う通り、三人とも互いの考えていたことにズレがあったようだ。

 

「凛ちゃんと、未央ちゃんも……一緒に行こう!」

「私、も……?」

「しまむー、それ……本気?」

「はい!二人とも、私よりすっごく上手に戦えるんです、愛梨さん!」

「いえ……私はてっきり、既に三人とも承諾していただいたものだとばかり」

 

卯月も、たった一人で冒険に出ようとはしていない。

一人でも協力を請負いたいという思いは確かに存在する、

しかし、三人ならばもっと頑張れる、協力できる――そんな純粋な思い。

 

「評価は嬉しい、嬉しいけど……」

「う、うーん……」

 

とはいえ、二つ返事で話が進むほど、軽い案件でないことも事実だ。

卯月が理解、覚悟していても、この一連の流れはたった数分間の急すぎる話であり、

頭の整理が追いつかないのも至極当然である。

 

「私は卯月みたいに、すぐに決断できるほど……強くない……でも」

 

決して拒否や拒絶が先行しているわけではない、

あくまで悩んでいるだけの段階である、と断ったうえで

 

「一日だけ、待ってほしい」

「……私もしぶりんと同じ」

 

二人は同じ答えを返した。

凛も未央も、自分達にとって無関係ではないが、重要ではない話なのだ。

卯月は憧れと尊敬の、突如現れた目標目指して歩みだした、だが二人にはそれがない。

愛梨にとっては“三人”で認識していた卯月達は、当然といえば当然、それぞれ個の人物。

 

「では……明日に、もう一度お話しましょう」

「……また、明日」

 

 

「私、変なこと言っちゃいましたか……?」

 

二人の姿が見えなくなった途端におろおろと落ち着きを失う卯月、

大丈夫ですと彼女をなだめるも、心配で仕方がないようだ。

やはり、卯月は三人で行動を共にしたいという願望が大きい。

村で共に育った仲間、友達、相棒として。

 

「だったら、絶対に大丈夫です」

 

そんな、心配が拭えない卯月に対して愛梨は堂々と答える。

気休めではない、自身の経験から語る確かな言葉。

 

「あなたが信頼している仲間が、あなたの期待を裏切るわけないじゃないですか」

 

 

 

 

「凛ちゃんたち……来ません……」

 

翌朝。晴れ間こそ広がるが、卯月の気持ちは曇っていた。

あれから昨日は気が気ではない。もしかしたら、という不安が絶えない中で迎えた朝、

これからしばらく帰らない自身の家で荷物を纏めて、ついに準備が整う。

――二人の人物を除いて。

 

「……行きましょう」

「もう少し、待ってもいいんですよ?」

 

これには愛梨も気まずい。

あれだけ根拠を持って励ました矢先にこの調子では、後に響いてしまう。

彼女自身、急ぐ旅ではあっても無茶をする旅にはしてはならない、

卯月という大事な人材を傷つけたまま走り出すのはよろしくない。

 

「いえ……愛梨さんに、迷惑かけたくないですから」

 

だが、当の本人がこの調子である。

愛梨としては、そう言われてしまうと否定はできない。

むしろ本当に二人が合流する気が無いのに引き止めてしまうと、悪化するどころの話ではない。

とはいえ、愛梨自身も観察し、そしてこの“三人”なら、と確証を得た人材、

ここで早速一つ目の障害を迎えてしまうのか――

 

「いえ、そんな事は全然……」

 

彼女すら、半ば諦めた状態だった。

せめて、卯月だけでも気分をある程度回復した状態で先に進まなければ。

昨日の段階で、もっと詳しく、互いを知ろうとしていなかった事を愛梨は後悔した、が――

 

「そうそう!しまむーはむしろ、周りをヒヤヒヤさせるのが得意でしょ?」

 

村の出入り口へと向かう大きな一本道、その外れから聞こえた声。

真っ先に卯月が、そして愛梨が反応し、声のした方角を向く。

 

「お待たせ!……じゃないよッ!!」

 

ガサッ、と木が大きく揺れ、強い日差しを背後に“影”が卯月達の前に降ってきた。

そして同じくその背後、こちらは地面をそのまま駆け抜け、影に並ぶような位置で急停止する。

 

「あ……!」

「……ふふっ」

 

ようやく、二人の表情を縛っていた緊張と不安の糸が緩んだ。

今、この場に立つ四人はつい昨日も見た四人組、世界からの使命を聞いた四人。

 

「中で待ってたんだね……てっきり、村の入り口かと思ってて」

 

凛と未央は、ただ単純に集合する場所を知らなかっただけだ。

いや、正確には集合する場所など決めていなかった。

卯月と愛梨は部屋で、それを知らない凛と未央は恐らく通るであろう村の出入り口で

待ち構えていただけだった。信じて待つほど、互いは遭遇できなかったのだ。

 

「じゃ、じゃあ……」

「じゃあも何も、一日どころか数分で『やっぱ行くしかないでしょ』ってなった!」

「……卯月一人で、行かせるわけないよ」

 

そして互いが、同時に気持ちを動かした。

卯月は愛梨のために出発を選び、凛と未央は合流を失敗してしまったのではないかと

村内を改めて捜索しようと決めた直後だった。

両者が同時に動いていなければ今度こそすれ違い、禍根を残したまま物語は動いていただろう。

 

「凛ちゃん、未央ちゃん……!」

「……いいお友達ですね」

 

 

そして、四人は外との境界線に一列に並んだ。

振り返れば昨日まで、こんな冒険が始まると思ってすらいなかった平和な村、日常。

目の前には、これから何が起こるかも分からない世界。

 

「一歩外に出たら……始まるよ」

「これから私達が、新たな英雄として時代を築くのだ!この世界に平和を取り戻すまで!」

 

凛と未央も迷いはなく、見ての通り横一列に並んでいる、同じ立場。

つまり、愛梨の願った通りの“協力者”であり“後継者”に成り得る人物。

 

「……はいっ!!頑張ります!!」

 

 

――森の中に、元気のいい掛け声が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一幕 - 救援者 -
到着


最終的に成し遂げる目標は定まった、しかしその過程の道は遠い。

それどころか、次の行き先すら見つかっていない有様である。

 

「でも、今までより負担は減ったので、見える範囲は広がったんですよ?」

「……それでも反応は無いんですね」

 

行き先が決まっていなければ、総当りするしかない。

ひとまず行き先を“脅威”ではなく、近場の村および国家など、次の目標に向けて

計画を立てやすい場所へと定めた一行。

 

「ところで……今更だけど」

「どうしたのしぶりん?行き先はさっき決めたところだよ?」

 

そうじゃなくて、と、続けて愛梨に向き直り

結局のところ、彼女の言う脅威とは何なのか、具体的な何かがあるのか。

凛の言葉に卯月と未央も、言われてみればと疑問になる。

確かに、おおよその危機感と、脅威という言葉は頭に入った、

しかし実際に何か?と言われると、未だ説明は無かったのだ。

 

「世界の平和のために、何を排除する旅を続けていたの?」

「……その事も、早くお話しておくべきでしたね。

ひとまず、落ち着ける場所に出たらお話をしましょう。立ち話をするには長い内容です」

「愛梨さんのお話……なんだか、楽しみです!」

 

 

 

 

森の中から視界が開けたのは、ひとまずの目的地に到着したと同時だった。

残念ながら、最初から大きな国家に向かうには距離が遠すぎたため、

こうして段階を踏んで先に進もうという方針であった。

卯月一行が最初に定めた目的地、そこは『インザネム』という小さな村、

拠点には出来ずとも宿にはありつける、そうして目指した先だった。

そして数分前に到着した一行の現在地は、小さな食事処。

 

「いやー、朝から歩きっぱなしだったからお腹減っちゃってたんだよねー」

 

太陽が頂点に達するような時刻、十分に昼時と言える。

歩き疲れた一行は、こうして卓について、空の食器を重ねて今に至る。

そうして、落ち着いた頃に口を開いたのは愛梨だった。

 

「まず、この経典……迫る脅威を探知する、と言いましたが」

「そうだ!確かその話が途中だったね?」

 

愛梨が言ったのは『経典が、世界を脅かす脅威を探知する』との弁。

それでは具体的に脅威とは何ぞや?そう疑問を持ったのが、数刻前の凛である。

 

「実際に探知出来る脅威の種類は一つです」

「一つだけ?」

 

たった一つと聞いて三人は意外そうな表情。

脅威というものは、単独ではなく折り重なって生まれるものだと認識していたからだ。

しかし愛梨は特に予想外というわけでもなく、それも当然、

確かに脅威はたった一つに絞ることはできません、と続けたうえで

 

「その数多い脅威の中で、大きな割合を占めているものが」

「探知できる一つ、なんですね?」

「はい、それこそが私たちの旅の目的……“異能の種子”の回収」

 

 

「異能の種子!?」

「しまむー、知ってるの?ってことは――」

 

凛と未央が聞きなれない名前に卯月が反応したことで、ある意味二人共把握した。

彼女が二人より秀でている知識は、十中八九このような伝記、歴史に関してである。

 

「それは、当然です……だって、種子は経典と同じ……秘宝の一つですよね!?」

 

十大秘宝と呼ばれるからには当然、十種類の道具がある。

その中の一つが灰姫の経典、そして残る九個の中に異能の種子は名を連ねていた。

 

「秘宝の中でも少し特殊な存在で、一つではなく複数の同じものがあるんです。

効果は……種子によって咲いた花に触れた人は、力を与えられるとか……」

「なにそれ?なんだかお手軽パワーアップアイテムみたいだね?」

 

異能の種子とは卯月が言った通りでほぼ間違いはない。

種子が咲かせた花は、自然界に存在するものではなく道具によって生まれた特有で一律のもの。

そして当然ながら普通の花ではなく、育つ環境に一貫性がない、成長の糧が不明など、

何よりも花自体に『触れた者に特別な力を与える』という、

魔術や科学技術が進んだこの世界でも類を見ない特有の力を持っている。

 

「力の種類は様々ですが、超常現象を起こすようなものも確認されています」

「へぇー……なんだか、反則級の道具じゃない?」

「でも、本当にそんな扱いを受けていて、一部の国では種子を巡って争いも……あっ!?」

 

 

「……気付きましたか?」

「だから、回収を……?」

 

平和への道を語るだけなら簡単な事だった。

三人が考えていたよりも、解決策は瞬時に思いつく。至極簡単、文字通り争いの種を取り除く。

 

「……今の話を聞いて、私もすぐに思いついた」

「しぶりんも?私もそう言われると……世界の争いの“種”って、もしかして……?」

 

卯月だけではない、凛も未央も、瞬時に勘付く。

強すぎる道具、それも一つではなく無数に存在して、手に入れるほど有利なものならば――

 

「争いなんて収まるわけがないんです」

「じゃあ……愛梨さんの目的が?」

「そう。誰かが、やるしか……」

 

取り除けば解決するならば、取り除けばいい、子供でも分かる理屈である。

だが、どこの誰が実行しようとなど考えるだろう?説明を聞く限りでは、種子は武器である。

手に入れた人物へ単純にプラスされ、間違いなく国家の磐石さ、基礎を強固なものにする。

そんな道具を回収、破棄する――

 

「無理……だねぇ……」

「だから、私たちがやらなきゃいけないんです」

 

 

「……と、一度に説明しても話が複雑ですよね?」

 

パタンと経典を閉じて、愛梨がにこやかに微笑む。

確かに、元々知識が多少なりとも持ち合わせていた卯月も、理解力には長けていた凛も、

話をきちんと聞いていた未央も、片眉が下がる表情を匂わせていた。

 

「分からない話は、分からない時にいつでも答えます。

今は私も負担が軽いのでお手伝いは出来ますから、気楽にお願いしますね?」

「気楽……はい、頑張ります!」

「いやぁ、世界を救う旅に気楽は無理かなぁ……」

「卯月の言う通り、頑張るしかないね」

 

それがいいでしょう、と愛梨が三人に相槌をうつ。

飲み干したグラスをコトリと置いて、傍らの経典を手に取る、そして――

 

「……では、落ち着いた場所に来たところで」

 

森の中ではない、少なくとも急襲される確率は格段に低い村の中、

経典を広げて愛梨が手をかざす。そして、徐々に反応を示す経典。

 

「えっ?こ、ここでですか?」

「目立たないの?」

「魔力は珍しいものではありませんし、皆さんが大きな反応さえしなければ」

 

そう言われては大げさに制止することもできず、卯月たちは引き下がる。

経典は、想像に反して静かに魔力を飲み込み、小さな模様を浮かび上がらせた。

 

「これは?」

「周辺に、種子の反応があるかどうかを調べています。

出てくる地形は地図にはなりませんが、方角と強さならば大体は分かります」

「へぇー、便利だね?」

 

徐々に広まる模様は、しかし特別な変化は何も起きず、

やがてある程度の大きさになった時、動きが止まった。

 

「……終わり?」

「そのようです。残念ながら、まだ何も目標は建てられませんね」

「うーん、残念……じゃ、今日はどうするの?」

 

陽は高く昇っているが今から次の目的地を探して移動するには道中で夜になってしまうのは

避けられない。ならば、この村で宿を確保するべきである。

そう決めた一行は、荷物をまとめて準備した。

 

「すいませーん」

「はいはーい」

 

 

「ありがとうございます、美味しかったですよ!」

「それはどうもっ!といっても、アタシはお手伝いなんですけど」

 

入店した直後から様子を見ていた店内だが、客のそれなりの多さの割に

従業員という人の姿は少なかった。

それでも滞りなく客を捌けているという事は、一人一人の質が高いのだろう、

などと卯月が思っていると

 

「ホールと厨房で、一人ずつなんです」

「え?二人だけですか?」

 

聞けば、たった二人で全ての業務を回しているらしい、

これには会話していた卯月だけでなく、愛梨も驚いた様子。

 

「お二人……失礼ですが、ここはあまり大きな村に見えませんが……大丈夫なんですか?」

 

巨大国家の中にある店ならば、従業員が少なくても納得が出来る。

なぜなら、比較的安全が保証されているからだ。

このような小さな村では、いつ野盗の襲撃に苛まれてもおかしくはない、

となると護衛を数多く雇ったり、そもそも村自体が大きな抵抗力を持っているかのいずれかだ。

 

(もし後者なら、種子から授かった力が自信の表れの可能性も――)

 

しかし、期待していた返答とは違った。

いや、むしろ予想の上だった、と言った方が正しいか。

 

「こう見えてもアタシ、少し前までいろいろ旅をしていたんです!」

「旅を?すごいです!いろんな所を回っていたんですか?」

「そうですよ。といっても、商売人でもあったので、たいした活動はしていないんですけど」

「行商だったら尚更凄いんじゃない?護衛もつけずに、なんでしょ?」

 

凛の言う通り、この世界を自身の身一つで旅して回るのは並大抵の実力では体が持たない。

つまり、そのような行商を行っていた彼女が居るという事は、ある意味で店の護衛なのだろう。

 

「ところでお客様は、この村へ何をしに?」

「んー、用事ってほどじゃなかったんだけど……中継っていうか」

「なるほど、他の国に向かう途中ですね?ここでお泊りですか?」

「はい、まだお昼ですけど念のため」

「という事は、ずいぶん遠い国へ向かうんですね……気をつけてくださいね?

あ、それともしよかったら、お宿も一緒に探しましょうか?」

「えー……っと……」

 

まさに元気いっぱいといった勢いで話が加速する店員に押されつつも、

親切心は受け止めて話を続ける。そんな時、卯月がふと思い出す。

 

「あの!」

 

 

「えっと、お商売をしていたなら……物の価値って、分かりますか?」

「価値?うーんと……物によるけど、ある程度は大丈夫かな?」

「実は、村長さんに『お金の足しに』って言われて渡されたものがあるんです」

 

多数の国家が出ては消え、安定しない世界に共通の通貨などというものは存在しない。

たいていは価値ある代替品が金銭の代わりとなる、主に消耗品や嗜好品がそれだ。

 

「そういえば……私たちって纏まったお金なんて無かったよね?」

「……あっ」

 

ある意味衝撃の告白を、愛梨が白い目で見ている。

一方、店員の彼女は元商売人として興味ありげに話を聞く。

 

「ちゃんとした人に換金してもらいなさいって言われて……」

「確かに、相手は選ばなきゃ駄目だよ?でも、アタシでいいの?」

 

ここで金銭価値のあるものと交換という事は、店の食事代金である。

お釣りなどという気の利いたものも期待できない、だからこそ親切にも店員の彼女は

もしかしたら価値のあるものを、ここで消費しても構わないのか?と聞いたのだ。

 

「個人に頼む方が、きっといいですよ」

「……じゃあ、お願いします」

 

別に卯月たちの私物になるため、必要は無かったのだが愛梨の許可も貰った、

それならばと彼女は首を縦に振り、仕事を請け負った。

 

「それで、そのモノっていうのは?」

「えっと……これです!」

 

ポケットから取り出した小袋は、中でジャラリと音がした。

口を開けて、テーブルの上に向かって逆さに振ると、中から小さな石の数々が転げ落ちる。

 

「……!」

 

だが、それを石だと認識したのは一瞬で、陽の光に照らされて色とりどりに輝く様を見て

これらが宝石であると確信するほどに強く明確な主張だった。

問題は卯月が言った通り、この宝石類にいかなる価値があるかだが――

 

「これっ…………!」

「もしよかったら、ここのお食事代程度になればいいかなって……」

 

単純に宝石、鉱石にも価値は千差万別。

使用用途が多い鉱石でも数多く採れるものならば価値は下がるだろうし、その逆もある、

両方を兼ね備えているならば価値は跳ね上がる。

 

「……えっと、卯月……ちゃん?」

 

自分たちの持っていた宝石に如何なる価値が付くか、期待に胸膨らませていた卯月に

彼女は少し深刻そうな表情のまま、言葉を紡ぐ。

 

「これじゃあお会計は、出来ないかな」

 

 

僅かな沈黙の後『ええっ!?』という驚きの声が三人、いや四人から挙がる。

卯月たち三人は思っていた答えと違うことに。

愛梨は純粋に、後に控えている会計をどうすべきか、という叫びであった。

しかし、その心配はすぐに杞憂だと判明する。

 

「違うよ!?価値が無いって意味じゃないんです!その……アタシ達が、払えないんです」

 

店員の彼女の言葉をすぐには理解できない一同だったが、

少し思考を巡らせると、ある結論に達し、実際に予想は当たっていた。

 

「食事一回分どころじゃない価値が、この宝石には含まれてます」

 

そう、卯月が一度の食事分にはなってほしいと思い、交渉に送り出した宝石は

遥か上の価値を持っており、どう控え目に考えても等価とは言い難い条件にまで達していた。

 

「こんなもの、受け取れませんよ!」

「まさか、そこまで高いものをお持ちだとは……」

 

これには愛梨も驚き、まだ机の上に散らばっている残りの宝石もまじまじと見つめる。

一つだけでここまで価値があるならば、当面資金難に陥る事は無いだろう。

 

「えっと……どうしよう」

 

強いて困る場面といえば、今まさに起きている『相手が支払い能力に欠ける』状態。

といっても店を責めるわけではない、明らかに卯月たちが規格外のものを

持ち出しているのが原因である。

 

「アタシは、何とかしてあげたいのは山々なんだけど……」

「わ、私は大丈夫です!これ、お礼として貰っちゃってください!」

「ええっ!?そ、それはダメ!アタシなんかが貰うには大きすぎるよ!」

 

善意の譲り合いで場は均衡し、動かなくなった。

このままでは状況が悪くなることは無くとも、先には進まない、

そう思っていた矢先に、店の奥から新たな声が掛かった。

 

「どうしました?」

 

 

「あっ、椿さん」

「どうも、このお店を構えさせてもらっています、椿と申します」

 

現れたのは、店員の彼女が言っていたもう一人の従業員、

この言い回しを見る限り、椿の方が責任者であり店主なのだろう。

卯月たちも挨拶を交わして、落ち着いたところで事の成り行きを全て話した。

 

「なるほど……代金はあるのですが、こちらが払いきれない、と」

「でも椿さん、タダにするのは駄目ですよ?やっぱり商売なんですから!」

「私は別に、皆とお話しできる場所を作れたらいいのだけど……」

「もうっ!そんなのだからいつまでもカツカツなんですよっ!」

「そのぶん智香ちゃんが頑張ってくれるから」

 

仲睦まじい、と言われればそうかもしれない、

そして判明した名前、今まで卯月たちと話していた店員は智香という人物らしい。

 

「最初に手伝わせてくださいと言ったのは確かにアタシですけど……」

「そういう事で我慢してくれてもいいですか?ふふっ」

 

とにかく、信頼関係は深いようで、激化するかと思われた口論もあっさりと沈下、

ようやく冷静な話し合いが行われる。

 

「――卯月ちゃん達は、旅のお方なんですね」

「はい!」

「そこで提案なのですが……皆さん、旅はお急ぎですか?」

 

視線が愛梨に集う。次の目的地を探るのも、見つけるのも、今は彼女が中心だからだ。

しかし、数分前に経典を用いて調べた結果、成果が無いという結論が出ている、

急ぎの旅ではあるが、急ぐことが出来ない状況にある事も確かという意味では――

 

「……いいえ」

「でしたら……私達のお店で寝泊まりしませんか?」

 

 

「ここに、ですか?」

「はい。私達は、そちらの綺麗な宝石に対する対価を払う事が出来なくて迷惑をかけています」

 

別に払わなくてもいいんですよ、と言う卯月の配慮に甘えるには

商売人としてあまりにも対等ではないために智香が断っている、ならばと椿が用意した案は

食事だけではなく、宿泊に関しても面倒を見させてもらうというものだ。

 

「決して質の高いとは言い切れませんが……今後、宿や食事に困った際には

今日からでも、いつまでも、ご自由に訪れてください」

「そんな、そこまでしてくれなくても……!」

「いいや、違うよ!アタシ達にも、ちゃんと対価として払わせてほしい!

一方的にじゃなくて、ちゃんと!」

「う、えぇっと……はい……じゃあ、お願いします!」

 

力強く熱弁する智香に押されて、ついに卯月も首を縦に振った。

まさかの展開、結果的には安定した拠点も確保できて愛梨としては嬉しい誤算だった。

当然、三人にとっても喜ばしい事なのだが

 

「まさか、こんな事になるとはねぇ……」

「うん……上手く行きすぎてて怖いよ」

「ちょ、ちょっと二人とも!」

 

素直に納得が出来ないのも、仕方がないのかもしれない。

たった数日どころか幾日も経過していない冒険の序章、

とはいえ未知の世界に踏み出すために決めた覚悟、整えた気持ち、

それらが空回りするほどに何事も無く進んでしまう物語は確実に三人――いや、

愛梨をも一瞬の隙を抱えてしまった。

 

「それでは早速ですが、案内しますね。今度とも、よろしくお願いします♪」

 

椿に連れられて店の奥へと向かう一行、そして客の居なくなった店内。

――いや、確かに客は来店していない。が、店の外、店内の様子が見える窓、

そこから一筋の視線が伸びている事に気付いた者は誰一人として居なかった。

 

(…………)

 

やがて人影は壁の裏側に去ってしまい、正真正銘の無人の店内。

今日は一行の案内に費やすために、店は開かないだろう。

謎の影は、今の様子を見て何かを思い、何かに気付いたのだろうか?

その答えが判明するのは、意外にもそう遠くは無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

暗闇の視線

あれから何事も無く時間は経過した。

椿と智香の好意により毎日の食事と宿を確保できた、周辺の軽い案内も受けた。

その後は皆の過去話など、いろいろな情報も仕入れた。

数時間経過した今、魔術も技術も発展しているとは言い難いこの村では

太陽が沈むと辺りは急激に暗くなり、外に出歩くのは危険。

 

「…………」

 

しかし、真っ暗なはずの外を見つめていたのは

椿らによって与えられた二階の部屋、窓際に佇んでいた愛梨だった。

隣では、寝床の数が足りない事により地面に布を敷いただけの空間で眠る卯月達、

そして大切な経典。

 

「……視線」

 

ぼそりと呟いたのは、無意識だろう。

視線、彼女はそれを窓の外から感じたのだろうか?

しかし、外の景色は完全な黒。普通ならば視線どころか、地形の把握すらままならない。

――だが、彼女は普通ではなかった。

 

「周りに人は多い……ですが、明らかに妙な位置に、一人……!」

 

手中に浮かんだ円の模様に点在する点、彼女が主に逃走時に用いる索敵魔法。

本来、街中で使っても住人が多く、意味を成さないのだが今回は特別だった。

 

(住民は眠って、村内にいるはずなのに……一つだけ、森の中から反応があります!)

 

たった一つだけ孤独に主張する点、それだけならば愛梨も無視したかもしれない。

その無視出来なくなった他の要因が先程の視線である。

魔術によって探知したのではない、愛梨という人物の経験と実力がそれを可能にしたのだ。

 

(明らかに敵意のある……また、経典を狙う人物……)

 

こうして夜に動き出したという事は、奇襲を狙っていると見て間違いが無い。

いずれはここへ訪れるだろう、となると――

 

(せっかく提供してくれた宿も失いかねません)

 

ここで戦うと、被害が大きい。では、どうすれば被害を少なくすることができるか?

簡単だ、これまで愛梨自身も何度も行った強硬策――こちらから、打って出る事。

そうと決まれば、この策を速やかに実行するために囮として経典を持ち出し、

三人を心配させないように静かに部屋を出る――つもりだった。

 

「ねぇ」

 

ピタリ、と、愛梨はドアノブにかけた手を止める。

ゆっくりと振り返ると、そこには先程まで眠っていたはずの凛の姿があった。

 

「どこに行くの?」

「……起こしてしまいましたか?」

 

愛梨は動揺の無い返答を行ったが、その内心でひどく驚いていた。

仮にも配慮を行って、起こさないように慎重に動いたつもりだったのだが、

当たり前のように凛は愛梨の退出を見咎めてしまった。

 

(近いとはいえ……気配を察知された?)

 

つまりそういう事になるのだが、それが信じられないのだ。

卯月と未央は眠ったまま、きっと凛は何かの拍子で目覚めただけなのだと結論付ける。

 

「なんだか、騒がしくて」

「……騒がしい、ですか」

「私の気のせいかも知れない。ただ……何か、感じるんだ」

 

凛の疑問は当たっている。

当たっているからこそ、愛梨は彼女への認識を改めた。

 

(ただ“条件を満たしている”だけの、卯月ちゃんの取り巻きかと思っていましたが――)

「ねぇ」

 

 

「きっと、愛梨……さん、も同じ事を考えてると思う」

「言いづらければ、呼び捨てで構いませんよ」

 

じゃあ、と遠慮なく凛は呼称を改める。

このあたりの胆力が、自らの自信から来るものであるならば凛の実力は是非、見ておきたい。

 

「妙な雰囲気、感じ……それに、愛梨が部屋を出ていこうとしていたのは、

もしかして経典を狙っている誰かを探知できたから、じゃない?」

「……隠す意味は無いですね、その通りです」

 

そっか、と、凛は先程まで愛梨が外を覗いていた窓へ移動し、

暗闇の森を左から右へと見渡す。そして、ある一点でピタリと首を止める。

 

「向こうから、小さな気配を感じる」

「!」

「どうかな?たぶん、私よりそっちの方が正確だとは思うけど」

 

返答を要求された愛梨だが、もはや頷くしか返す動作は無い。

全盛期ではないとはいえ、あっさりと自身と同じ位置に立つ彼女達に、

そんな者まで導いてくれた経典に。

 

(まったく……昨日から私は驚かされっぱなしです……!)

 

 

元々、愛梨は経典に願った“とある条件”により、卯月達に導かれた。

しかしその条件とは、抜きん出た力や才能ではなく他の、愛梨の目的にとって重要な要素。

それは本人の強さと無関係の、下手を打てば条件を満たしているが故に、

実力が伴っていない可能性も大いに存在していたのだ。

そして、実力など訓練次第で後からどうとでもしてみせるとまで覚悟していた。

 

だが実際はどうだ。

蓋を開けてみれば、卯月は愛梨自身が苦戦した経典の修復を強引に、

技術不足を補って豊富な――偏ってはいるが――知識と、圧倒的な魔力貯蔵量で直してみせた。

そして二人目、凛。彼女は研ぎ澄まされた感覚で、愛梨の経験と探知の魔術を使った

索敵能力に並んでみせた。もしもこの感性や知覚能力が戦闘にも活かされていると考えると、

伸びしろは期待を超えて末恐ろしいものがある。

 

(この調子だと、三人目の彼女も何かがある……)

 

未だ才能の片鱗を覗かせる場面に遭遇していない未央も、何らかの愛梨を驚かす才能に

恵まれているかもしれない――愛梨は、次第にある考えが脳内に浮かんだ。

 

「凛ちゃん?」

「愛梨」

 

掛けた声が重複する。凛が遠慮がちに譲ったものの、愛梨は何かを察した。

どうぞという言葉を受けて、それならばと口を開いた彼女が発した言葉は

 

「ねぇ……その敵を追い払う役、私じゃ駄目?」

 

やはり、と愛梨は納得した。

曰く凛は、卯月や未央を起こしてまで戦う相手じゃないと気配で感じているつもりだという。

 

「……だから、凛ちゃんが行きます、と?」

 

つい数分前、三人には荷が重い、心配かけさせないように、これくらいなら一人で、

などと愛梨が先行して障害の除去に向かおうとしていた時にこの台詞を聞いていたならば

 

(間違いなく、私も同行すると言っていたでしょう……でも)

 

今は違う。愛梨は、凛も卯月も未央も――想像していたよりも遥かに“何か”を持っている、

そう感じてからは、その何かを見てみたくなった。

――だからこそ、愛梨は受け入れた、口を開くのを譲った。

凛自身が宣言してもらうのを、待った。

 

「……分かりました、では」

 

傍らの経典を、見える程度の包装で凛に授ける。

相手の狙いが凛でも愛梨でもない、経典である可能性が少なからず存在するのだ。

こうして目立つ形で持っていてそれが目標ならば、間違いなく襲って来るだろう。

 

「責任重大だね」

「常に私は見張っています、よほどのことが無い限り、最悪の事態は起きません」

 

万が一にも本当に奪われることは避けなければならないが、

ここまで入念に待ち構えられた迎撃で、そのような失態に発展することはないだろう。

むしろ奪いに来た相手に対してご愁傷様と言っても差し支えがないかも知れない。

 

「じゃあ……行ってくる」

「どうぞ。ところで、どうやって戦うつもりですか?」

「……私は卯月や未央みたいに、目に見える長所が無いから」

 

ちょっと地味だけどね、と言ってトントンと踵を鳴らす。

目立った武器を保有しているようにも、卯月ほどの魔力を感じるわけでもない、

しかし、よくよくその肢体を眺めると分かる。

引き締まった肉体と、今まさに二階から飛び降りようとするほどの軽やかな動き、

間違いなく彼女は自身の身一つで戦う者――

 

「がっかりは、させない。ちゃんと驚かせてみせるよ」

「……楽しみにします」

 

 

真っ暗な森に、武器も魔力も主体にせず、肉体一つで未知の敵に向かって駆け出す。

その手には経典を持ち、まさに囮のはずなのだが――

 

(何でだろう……私は卯月と違って、使命に燃えてるわけでもないのに)

 

彼女は愛梨の眼鏡に適ったわけでも、直接付いてきてほしいと言われたわけでもない。

ただ、卯月に付いてきただけといっても間違いではない。

 

(いや、だから……かな)

 

だからこそ、村で競い合っている仲間の卯月とは間違いなく、一歩遅れている。

愛梨という明確な大物からの評価を、まだ自分は受けていない。

 

(私も卯月と同じ位置に立ちたい……並んで歩けるように)

 

そんな時に察知した気配は、凛の独占状態。

追われる身で襲撃を好機と捉えるのは少し抵抗があったが、今だけは私欲が勝った。

ここで、卯月に追いつこうと――

 

「私……止まる気は無いから」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

初めて

窓からの景色は真っ暗だったが、外へ出て数十秒もすれば月明かりに目が馴染んで

森の木々が風にざわめく様子が視界に入った。

 

「…………」

 

ただ、肝心の人影はどこにも見当たらない。

凛が歩けど歩けど感じる気配の方角は変わらず、対面することも無かった。

 

「こっちで間違いないはず……」

 

確信を持って進む先に未だ対面する者は現れず、

経典片手に歩く凛は、もしや囮を勘付かれたのでは、とも思い始める。

しかし、完全に相手の気配が途切れていない以上、まだ潜んでいるはずだ。

 

「そろそろ……村から離れすぎてるかな。一度戻って――っ!」

 

ずいぶんと、愛梨たちの待機している村から離れてしまった、

ここで踵を返すべきかと悩んだ刹那、今の今までおぼろげだった気配の接近を感じ取る。

 

(早い……!)

 

これでハッキリした。いつまでも気配に到達できないのは、凛が未熟だからではない。

相手側が、凛以上に正確な感覚で常に一定の距離をおいていたのだ。

そうして村から外れ、孤立――と判断した瞬間に――こうして襲いかかってきた。

 

「でも……!」

 

 

キィンッ!!

 

 

「っ?!」

「……夜遅くに、ご苦労様!」

 

実力は口だけではない。闇を縫って急速に接近してきた影をも正確に捉えて、

その一撃を凛は的確に防いだ。

 

「今の攻撃……武器じゃないね」

 

激しい衝突音が響いたものの、凛は相手が何も持たない、その小柄な身一つで

攻撃を加えてきたことをちゃんと見ていた。

 

「オマエだって、何も持ってないだろ?」

 

ようやく始まった少女との会話は、凛の台詞をそのまま返すような内容だった。

しかし凛は違うと答える、一見すると彼女もまた目の前の人物と同じく、

何も武器らしきものは所持していないが――

 

「私は持ってるよ、武器」

「な、なんだ?隠してるのかッ!?」

「違うよ。……これが武器」

 

そういって一歩踏み出した足、やはりそこには武器らしきものは何もない様に見える。

だが、実際は違う。確かに、その足には彼女の武器があった。

 

「……その靴なのか?」

「意外?」

 

よくよく見れば、ただの靴にしては装飾が攻撃的かつ、外装も頑丈に見える。

そして何より、先程の一撃を受け止めたのはこの靴で違いない。

 

「足を狙ってきたのは、都合がよかったよ。……あと、靴じゃなくてブーツ」

「どっちもほとんど一緒だろッ」

「けっこう違うんだけど……まぁ、いいや。ところで……」

 

ピンと空気が張りつめる。

会話が出来て、雰囲気も和やかだったが忘れてはならない、

二人は奪う側と奪われる側である、間違っても油断するべき状況ではない。

 

「確認だけど……迷子じゃないよね。だったら、村はすぐそこ、近いよ」

 

既に一度、問答無用の奇襲が行われている以上疑う余地は無いのだが、

最後の確認として凛は彼女に問う、しかし返答は予想通りと言えば予想通りに

 

「違うぞッ!……オマエ、昼間に村の店で何かしていただろ?」

 

凛達は気付いていなかった。ちょうど食事を終えた段階では店内に人は残っていた、

その中に居た彼女を。とはいえ、その時はただの一般客、こうして敵対する事など

考えても無かっただろう。

 

「何か、って?」

「……見間違えない、まさかこんなにすぐ見つかるなんて、ツいてるぞッ!」

 

彼女がふと視界に入れた、卯月が持っていた経典。

やはり――と、凛は予感を確信に変えた。経典、その存在を目の前の彼女は知っていたのだ。

 

「今オマエが持ってる“それ”は……ウチが必要なものだ!」

「…………その言い方だと、知ってるんだ」

「ああ、そうだぞッ!それがあれば、出来る!」

 

凛は改めて、この経典の価値が分かる人物は、こうして会ったばかりなのに

すぐさま行動に移すくらい強力で、ぜひ手中に収めたい物なのだと認識する。

 

「今のウチに必要な物だッ!痛い目見たくなかったら――」

 

そして、そんな輩には一切遠慮をせずに撃退しようとも決定した。

 

 

ドガッ!!

 

 

「……!?う、ぎぃっ!!?」

 

真っ直ぐな蹴りの軌道が、完全に口上を述べる事だけに専念していた人物の中心を捉える。

勢いそのままに背後へ吹き飛び、地面へと仰向けに転がった。

 

「……何驚いてるの?」

 

これには襲撃する側だったはずの少女も驚愕、というよりも実の所、

相手の少女も一点の不安要素を抱えたまま始まった勝負であり、

見事その部分を突かれたといってもいい形になっていたのだ。

 

「もしかして、アンタも私と一緒?」

「な、何がだッ!いいか、今のは油断してただけだぞッ!」

「正直、さっきの速さの攻撃は驚いた。だから、本気で危ないと思ったんだけど」

 

凛が指差す少女の手元、足元。

いや、体の各所、ともすれば全身が、僅かに震えていた。

 

「こっ……これは、違うぞ!」

「隠さなくてもいいよ。……だって、私もだから」

 

そう言ってみせた凛の腕も、微かに緊張を紛らわすように強く握りしめられていた。

つまり先程の不安要素とは、互いに共通。実戦という形が、初めてだという事。

 

(だったら……あの形で先手を取れたのは良かったね)

 

ダメージも去ることながら、文字通り強烈な衝撃を与えた事だろう。

凛は先に言った通り、不意打ちの攻撃速度には驚愕していた。

自身の売りが反応速度であると自負していた彼女が、初めて目撃した外の世界の攻撃は

実際の所、予想の範囲内に収まってはいた。

 

しかし、あくまで『この速度ならあり得る』と予想していた範囲内であり、

彼女のような実戦が皆無な少女が繰り出す攻撃速度としては、とんでもないものであった。

同じく初めての実戦である凛も、表面は平静を装っていたが体の細部は正直で、

普段通りのパフォーマンスを繰り出せないのは仕方のない事だった。

だからこそ、相手も同じはず。ならば、先に本来の調子を取り戻した方が、勝つ。

 

「だからって……!」

「そう、だからといって譲ったりはしないし、これからも加減するつもりはない」

 

まだ起き上がってもいない相手に向かって高圧的に、堂々と間合いを詰めて。

悪役に見えるかもしれない、でも、戦いというものは甘い事を言っていられないのだ、

少なくとも凛はそうやって認識していた。

 

「行くよ」

 

地面を蹴る音が、森に響く。

 

 

 

 

「これは……」

 

つくづく、驚かされるばかりである。

二人のやり取りを宿から観察し、ただ感心する――簡単に察知できている愛梨も愛梨だが――

自信アリと主張した戦闘能力については、ほどよく期待していた通りの動きであったが

彼女が素晴らしかった点は、まるで皆無な実戦経験にも関わらず

“戦闘”というものを、きちんと理解していること。

 

「非情とまで進んでしまうと問題はありますが」

 

その域に到達することは恐らく無い、それまでに仲睦まじい二人の仲間が抑えるだろう。

むしろ二人に緩い印象がある分、凛がストイックであることがグループとして強みになる。

 

「相手の少女は……子供に見えますが、違ったみたいですね」

 

この世界には、人間以外にも幾つかの種族が存在する。

中でも二番目に多く覇権を握っているのが“獣人”というカテゴリで、

文字通り獣の特性を有した人間寄りの種族である。

種族の違いは、見た目との精神年齢や重ねた年月に差が生じることが多い。

 

「初の実戦、今は優勢ですが……一度でも調子を取り返されると、難しいでしょうか」

 

奇しくも愛梨が危惧していた事は凛の心配と同じ、

相手が元の落ち着きを取り戻す前に片を付ける、つまり短期決戦を狙う。

失敗すれば、万一があるやもしれない――

 

 

「はあっ!!」

 

ひとまずは、万が一の心配は微塵も感じない程に凛が優勢である。

対する相手は防戦一方、いや、組み合う事も出来ずに回避が精一杯だ。

攻めの姿勢を強く推し進める凛は、反撃の隙を与えない。

 

「ぐうっ!」

 

しかし、攻勢は常に一方的には流れない。

確かに、立て続けの攻撃で相手を強制的に守勢へと回らせる立ち回りは

凛の普段からの鍛錬の賜物だろう。

 

「……うがあぁッ!!」

「っう!?」

 

だがそれは相手が守勢へ回ってくれたら、の話である。

凛の攻撃は、決して一発一発が軽くは無くとも重いわけでも無い、

強引に攻撃をかき分けながら突っ込んでくる様に、思わず攻撃の手を緩めてしまい結果

 

 

ザクッ!

 

 

「っ……!」

「このっ……!はぁっ、はぁっ……」

 

貫手が体を掠めた。この勝負始まって以来、初めて凛が許した体への傷。

痛みが強いわけではないが、零と一のダメージの違いは明らかに負担が異なる。

ある意味、これで凛の優位性は無くなったとも取れる。

 

「まさか突っ込んでくるなんて、ね……!」

「はぁ、はぁ……ウチは頑丈だからなっ……!」

 

相手が冷静さを取り戻したわけではない、逆に凛が冷静さを削がれてしまったのだ。

以降は確実に、最初の立ち回り程の軽やかな動きは難しくなるだろう。

 

(落ち着いて……冷静に……!)

 

勝負において平静を保つことは重要だが、忘れてはならない、

戦っている二人共、歴戦の猛者などではないのだ。揺らぎがあって当たり前。

事実、凛は状態を整えようと手一杯、かといって相手が追撃に来るわけでもない、

お互いにどこか噛み合わない、妙な運びの戦い。

 

「そういえば、名前も聞いてなかったけど、こういう時って名乗るべきなのかな」

「さぁなッ……ウチは知らないぞ」

 

少しでも束の間の休憩を伸ばそうと、ついでに気になっていた話題を切り出す。

 

「じゃあ勝手に名乗っておくよ、私は……凛」

「……ウチは、美玲だ」

 

美玲と名乗った少女は、凛から見れば派手派手しい装いを纏っている、

だが勘違いしてはいけない、彼女は目立つ外見とは裏腹に、

闇に紛れて凛の捜索を見事躱しきった事実がある。

 

(どこに奥の手があるかも分からない、だから……余計な事はしない)

 

余計な事とは、決してこの名乗り合いではない。

むしろ、余計な事をしないための話題として選んだ凛の手段。

 

(今ので落ち着いた、体も動く……!回復しきってない状態で攻めるより、正解なはず!)

 

動揺を抱えたまま攻撃を続けるよりも、一旦気持ちをリセットして攻めを展開する、

確かに戦法としては、自身の全力を出すためには間違っていないかもしれない。

 

「よし――」

「貰うぞッ!!」

 

ただし、今は戦う相手が居る状況だ。

平静さを取り戻させないことで優位に立っていた戦いをもリセットしてしまうことに、

短い思考時間の中では気が回らなかった。

 

 

(早い、それに……重い……!)

「今度はこっちの番だからなッ!」

 

地力の差というものは、どうしても覆し難い。

いくら凛が優れた反応速度を持っていても、美玲が元来の獣としての身体能力に、

特別な訓練を重ねていたわけではない彼女が競り勝つのは難しい。

だが、それでも決定打を貰わずに捌ききっている点では十分に及第点だろう。

 

(でも……反撃できなきゃ意味が無い!)

 

防戦、持久戦、乱戦、どれに持ち込んでも凛は明確に優位には立てない、

だったらどうするか?答えは一つ。

 

「もう一度、リセットする!」

 

美玲の猛攻は、特徴的な服装と一体になった爪や牙など直接的なもの、

今更飛び道具など飛んでこないだろうと判断し、接近戦を続ける。

 

「行くぞーッ!!」

「……っ!」

 

そうして静かに耐え忍び、訪れた機会――

決して隙でも何でもない、むしろ美玲の自信満々の一撃、

回避は、度重なる細かい攻撃により崩された姿勢が困難にさせ、反撃など以ての外。

 

(……だと思わせる!!)

 

瞬間、大きく傾いた姿勢から強引に、飛び込んできた美玲に対して反撃を食らわせた。

 

「うがっ!?」

「っ、くう!!」

 

しかし当然、そのような無茶な姿勢で振り抜いた足は相手を捉えこそしたものの

大きなダメージを与えるには至らず、むしろ防御に割いていた集中力を剥がしたことにより

凛が美玲の痛烈な一撃をまともに受ける羽目になっていた。

互いの体が反発して吹き飛び、ろくに受身も取れないまま地面へと倒れこむ。

急いで立ち上がり、引き続き相対する二人だが、場は確実にリセットされた。

 

「……お返しだよ。でも、慣れてない事しちゃ駄目だね」

「ふ、ふん!だからって、ウチのが勝ってたんだ!もう一度、同じ状況に――」

「させると思う?」

 

リセットはされた、が、それはあくまで二人の状況がという話である。

そうではない。凛は学んだ、美玲と正面から組み合っても“抜け出す事が出来る”と。

脱出が可能と分かれば、戦略の建てようは幾らでもある、

そもそも、ただ無為に相手の攻撃を凌ぎ続けていたわけでもなかったようだ。

 

「次はこっちが行くよ」

「こ、来いッ!」

(今の段階で、私が優っているのは……!)

 

凛が美玲より有利な点は、数多く攻撃されている事。

これは被弾が多いという意味でも、攻勢に回れていないという意味でもない、

手数で劣っていようとも一撃で優れていればいい。

だが、凛の場合は一撃の重さで返すのは難しいと先程結論が出たばかり、

ではこの数多く攻撃されている事の利点とは?

 

「返り討ちだッ!」

「……そう思ったよ」

 

高速で振るわれた美玲の手が、凛の体に接触することなく空を切る。

今までのような、守勢に入った彼女に受け止められたのではない、

カウンターを狙った攻撃を完全に見切ってみせたのだ。

 

「さっきから、ここだっていう時には……全部、右の大きい振りかぶりだね」

「っ!?」

「来ると分かっていたら、そんな攻撃!」

 

回避の為に沈めた体を跳ね上げる勢いのまま、鋭角に突き上げられた脚が

美玲を確かに捉え、打ち上げる。

 

「がふっ!」

 

そのまま再度、地面へと叩きつけられた。

今度は相討ちなどではない、完璧に被弾したダメージは大きい、が、

美玲も自身を頑丈が取り柄だと主張するだけあって、倒れ込んだ体を起き上がらせるまでに

遅れた時間は、先程と数秒の誤差しか生まれなかった。

 

「――うぎッ!?」

 

だが、そんな数秒の遅れを凛は許さなかった。

持ち上がった上体を即座に足で地面に縫い付け、一切の抵抗を許さない形へと持っていく。

美玲も、なんとかして体を起こそうとするものの、攻撃するための腕は片方が体と一緒に

足蹴にされており、頼みのもう一方も装甲で覆われた凛の脚部に傷を負わせられるだけの

威力をすぐには生み出せそうに無かった。

こうなってしまうと、美玲にはどうすることもできない。

 

「終わりだよ」

「……くそぉーッ!!」

 

暗い森の中、願いと思いを乗せて交錯した戦いは美玲の一際大きな叫びと共に幕を閉じる。

最後に経典を手にして立っていたのは、凛の方だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誤解と和解

「大丈夫でしたか?」

 

戦いの終息を見た愛梨は、ゆらりと木々の間から姿を現す。

その姿を見て、美玲はようやく自身が誘い出されたのだと思い知らされた。

 

「なんだよっ……最初から公平じゃなかったのか……!」

「いや、私一人で倒すつもりだったよ」

「凛ちゃん、それは追い打ちにしかならないと思いますけど……」

 

兎にも角にも経典を狙った夜襲は、凛の活躍により阻止された。

今は地面に伏せられた美玲が抵抗の意思も薄く取り押さえられている。

 

「宿は?」

「心配無用です」

 

愛梨の発言とほぼ同時に、ガサガサと草木をかき分ける音が響く。

それは徐々に近づき、やがて忙しない足音も混ざりだした。

 

「凛ちゃん!!」

「しぶりん!!」

 

正体は、愛梨を追いかけて寝起き直後に凛の元へと駆けつけてきた二人だった。

あまりの慌て様に、つい先程まで戦闘をしていたはずの凛よりも息を切らしている。

そうして経典と凛の無事を確認した視線の先、美玲の姿が目に留まった。

 

「その子は?」

「あっ!オマエっ!ウチが子供だと思ってるだろッ!!」

「……まだ分からない事は多いけど、とにかく説明するよ」

 

 

「お、襲われた!?凛ちゃん、大丈夫なんですか!?」

 

見ての通りだよ、と自身の健在を示す凛。

致命傷に至るダメージは皆無、経典も無事、強いて挙げるならば武器として使ったブーツが

激しい攻防で汚れてしまったため、綺麗な国を歩く際には目立ってしまうことだろうか。

要するに、それほど大きな問題ではない。

 

「……美玲ちゃん、ですか?」

「なんだよッ」

 

落ち着いたところに、愛梨が美玲に話しかける。

彼女が凛を襲ったのは当然経典が目当てだから、これは当人も発言していた。

では、万が一経典を手に入れて無事に逃げ帰れた場合は?

 

「何をするつもりだったんでしょうか?」

「……オマエには関係ないだろ」

「違います!!」

 

割って入ったのは卯月、今まで凛の心配をしていただけだったが、

思わず会話に参入してしまい、一瞬はっとしたものの

 

「私、今会ったばかりで……あ、卯月です!えーっと、それで……」

 

卯月の目標、旅の意味は愛梨の協力や世界を救うなどいろいろなものが重なった結果である。

しかし突き詰めて見ると、即ち『困っている人を助ける』となり

皆を笑顔にするための冒険、という事にもなる。

 

「だから私としぶりんが最初村から出る時に居なかったの、かなり落ち込んでたって」

「そ、それは終わったお話です!……とにかく、私は誰でも、困ってるなら助けたいんです!」

「助ける、だって?オマエが?ウチをか?」

「願いを叶える力に頼らないといけないほどの、何か大変な事が起きてるんですよね?」

 

 

「何の話なんだ?……っていうか、経典って何だ?」

「へ?」

 

場に沈黙が訪れる。あまりにも、予想の斜め上の返答が飛び込んできたからだ。

慌てて経典を用意して――迂闊な行動だが、それほど焦っているとも取れる。

 

「これっ、この本を狙って襲ってきたんじゃ――」

「何でだよッ!ウチが本を読むように見えるのかッ!……言ってて空しいだろッ」

「だったらどうして襲ってきたの?」

「それはオマエたちが昼間の宿で“持っていた”から、奪ってやろうって……」

「え?じゃ、じゃあやっぱり……」

「あの宝石!あれだけあれば、ウチの村が平和になるんだ!

たったあれっぽっちの、食べられもしないモノのために……でも……!」

「待って!ちょっと待って!ストップ!」

 

頭の整理が追い付かない、というよりも最初から認識にズレがあったのだろうか、

未央が制止して会話は中断されるが三人、いや、愛梨も含めて状況が一変してしまった。

 

「……まさか」

 

そして導かれた結論、美玲は襲撃を実行したものの

卯月達が持っている経典が目当てではなかったのだ。

目的は、智香によって鑑定が行われた正確な値が測れなかった宝石の山――

 

「ウチの村は、どの国にも所属してない隠れ里……自由な村だぞ」

 

平和な村育ちの卯月達にとって、美玲の発言はピンと来なくても仕方がない、

口にするのは躊躇いのある美玲の代わりに愛梨が汲み取った真意を話す。

 

「自由は裏を返せば……襲う側にとっても、自由な話です」

 

 

過去の愛梨達が奮闘した時期と比較すると幾分か平和な世界、

しかし全ての戦火が収束というわけではない、まだ各所では大小の争いが起きている、

その争いの動機となっているものが“異能の種子”を始めとする争奪戦。

 

「奪い合うものが物資であるか領土であるか、それとも……とにかく、様々です」

「……ウチの村はどこの所属でもないからな」

「つまり、規律が無い代わりに庇護も受けられないという事です」

「どこが自由なもんか!」

 

搾り出したような叫びは彼女の村の現状を物語っているのか、

とにかく無所属のデメリットが先行しているには違いないだろう、

平和が脅かされようとしている、もしくは――既に、危険に晒されているか。

 

「……私達は」

 

 

「美玲ちゃんの村の事情は、知りません」

「っ……」

 

残酷に言い放った、ように見えた卯月だが『でも』と、すぐに付け足し、

今度は目にはっきりと光を灯らせて、堂々と

 

「このまま放っておくことも、出来ません!」

 

自らの判断、決意を述べた。

言葉を投げかけられた美玲も、彼女の勢いにポカンと口を開けたまま、

しかし冷静に意味を理解するうちに驚きと戸惑いが見られた、

放っておけない?なら、どうするつもりなのか?と、いかにも聞きたそうな表情だ。

 

「お金は、もう智香さんたちに渡してしまった分です……でも、

もしも美玲ちゃんの“平和”が、もっと別の方法で解決出来るかもしれないなら」

 

この時、まだ真意を掴めておらず警戒心が少なからず残っていた美玲が

最後に一押し、卯月を信用たる人物に見せた切っ掛けが

 

「お手伝いします」

 

真っすぐに心を貫いた意思のある言葉と、

二人が出会って数分も経たない者にも向ける分け隔ての無い、最高の笑顔だった。

 

 

あくまで異能の種子という回収すべきモノのために旅を始めていた一行だが

目の前に現れた“平和な村の中から出たことが無い自分達”が

考えすらしなかった状況に置かれている少女を見て戦慄する、

こんなことが、珍しい世の中じゃない――と。

 

際限無く訪れるであろう、とても自分達の目的とは合致しない問題。

それらを全て解決しようとすれば途方もない労力が必要、実質不可能というものである。

もっとも前述の通り卯月らに解決の義務は無い、これからの活動を円滑に行うには

早々に見切りをつけなければならないのだ。

 

(卯月ちゃん……これから、会う人会う人の問題を解決するつもりですか?)

 

それでは目的の達成など夢のまた夢、愛梨の心配は最もであり、

砂漠の砂粒を全て掬い取る事など無理な話なのだ。

 

「な、なんでなんだ?さっき会ったばかりのウチに――」

「会ったからですよ!全部は解決できないかもしれない……

でも、私の見える所で起きた問題は、私が関われる問題は、絶対に解決したい……!」

「うんうん、それでこそ」

「卯月……だね」

「はい!その為なら私、頑張れます!」

 

この流れを見ていた愛梨は、ああ、と優しい笑みを浮かべていた。

不可能とも言える難題、仕方のないものだと割り切るべきところでその固定観念を無視、

楽な方向に逃げず自身の信じた道を進む――

 

(……少し前の、私を見ているようです)

 

絶対に無理だと言われた、世界単位の抗争の終結。

完全とは行かなくとも十分な成果を挙げられた、不可能と言われていたにもかかわらずだ。

 

「なら、まずはお話を聞かなくてはいけませんね」

「愛梨さん!」

 

ある意味、この流れは彼女達が“協力者”として取るべくして取った行動、

故に、これを寄り道として窘める事はしなかった。

 

「美玲ちゃん、仮にお金が手に入っていたら、何をしていたんですか?」

「……分からない」

「分からない?えっ、だけど実際に必要だったから襲ってきたんじゃ……」

「ウチの村の長が言ってたんだ!お金がないから、困ってるって!

つまりお金があればウチの村はどうにかなるってことだろッ!」

「うーん……どう思う?」

 

問題解決に向けて相談は重要である、

しかし美玲の話を聞いても必要な情報は今一つ収集できず、核心が掴めない。

 

「用途が分からない……つまり、お金以外の解決法があるかもしれませんね」

「可能性は、あると思います!だから……」

「はい。行きましょう、美玲ちゃんの村に」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二幕 - 粗悪品 -


翌日。卯月が外に出てみると既に陽は十分高く、気温も朝特有の寒気は感じないほど。

そんな明るい往来から少し逸れた地点、既に“四人”の人影が集まっていた。

 

「あれ?」

 

真っ先に気づいたのは、美玲がいる事だった。

が、よくよく思い返せば昨日から彼女の集落へ訪れることは半ば決定していた事で、

ならば案内人として美玲が同行していても、別段妙な事ではない。

 

「早い方がいいと思ってウチは朝から待ってたんだぞッ!」

「ご、ごめん……」

 

卯月の体調は大丈夫か?昨日の疲れや、秘宝に関わった影響が残っていないか?

これらの心配は、ひとまず杞憂に終わっており

 

「……怪我は?けっこう、大丈夫じゃないと思うほど戦ったつもりだったけど」

「そのままそっくり返すぞ……」

 

凛も、美玲と互いに負った傷の治りを探り合っているほど。

確かな手応え、自信の一手の痕が見つからない回復力に、不満半分妬み半分といったところ。

ようやく静まった場に、心配が消え去った愛梨が話し出す。

 

「卯月ちゃんの体調が万全という事なので、当初の予定通りに動きます」

 

名前を呼ばれた当人は疑問符を浮かべていたが、周囲の皆は分かっているようだ、

つまり、彼女が居ない間に決まっていた事項ということになる。

 

「これから……美玲ちゃんの住む集落の方角に向かいますが」

「……が?」

 

 

「ここからはかなり遠いと思うぞ?」

「近く……じゃないんですか?」

「少なくともウチが知ってるところじゃないからなココ、集落の周りだったら分かるはずだッ」

 

目的地は数日がけでようやく辿り着けるほどの距離があるようで

一朝一夕の移動では到着は困難、その他にもいろいろと問題が山積みである。

 

「真っすぐ向かったとしても、間に幾つもの国を通過します」

「ってことは……ちょっとトラブルも起きそうだね」

「そもそも美玲ちゃんは、こんなところまでどうやって?」

「ゆそー?って言ってたっけ、荷物を移動する装置に入り込んでたんだ!」

「それって密入国じゃ……」

 

美玲の過激な経緯はさておき、彼女のように無茶な手段で移動はできない、

ならば各所の中継地点を挟んでの地道な徒歩移動が基本となる。

現在地“インザネム”から最も近くに存在する村への移動経路は

智香から借りた地図をもって把握しているが、

目先の中継地点よりも重要な部分を調べる必要が、卯月たちにはあった。

 

「村や集落以外で最初に通過することになる大きな国は、名前を『ウィアルソ』という国です」

「やっぱり、大きな国を経由するのは避けられないんだね」

「国かぁ……ウチも、なるべくややこしいところとは関わりたくないけど……」

「その国は、かなり平和な国だったはずです!」

 

 

文献を読み漁る毎日、最も情報を持つのは卯月だ。

彼女はこの国を知っている、それも彼女達にとっては有益なもの。

国家“ウィアルソ”は美玲が危惧しているような危険性のある国家ではない、

むしろ稀少かつ随一の安全な国家、と言われる程に“平和”が似合う、

理由としては盤石かつ広大な領土を統治する優秀な人材、

そして何よりも魔術ではなく一般にも広く扱える技術が発展し、豊かである事。

つまり、強固なのだ。簡単には手出しできず、それでいて厳格ではない。

 

「……というように、危険性はないかと思われます」

「ふぅ……なんか安心した」

「でも警戒は怠っちゃ駄目……だよね?」

「はい、くれぐれも」

 

国が安全であることと、卯月達を狙うものが現れるかどうかはまるで別の案件、

しかし少しでも可能性が低くなるのは事実で、その点だけは胸を撫で下ろす様。

 

「安全なのにどうして警戒するんだ?」

「あー、まぁ……いろいろとね?」

「……卯月、オマエらは何のためにウチみたいな冒険をしているんだ?」

「あー……えーっと……」

 

一方で、彼女達の目的を詳しく知る由も無い美玲とっては

心配性すぎる四人の様子に疑問を抱くようだ、これには未央も返答に困る。

咄嗟に助けの視線を求めたものの凛にはスルーされ、仕方が無く卯月が受け取った。

 

「この世界に平和を取り戻すため、ですよ♪」

「……ぷっ、あはははは!なんだソレ、ウチの目的よりよっぽど難しいな!」

 

笑う美玲が、卯月の発言を冗談ではないと気付くには少し情報が足りない。

 

 

 

 

「まだ私達も目立った動きはしていません、目を付けられることは無いと思いますが……

くれぐれも安心しきって油断はしないよう、お願いします。それと――」

 

ぽすん、と愛梨は卯月へ向かって手に持っていたものを手渡す、

大事に抱えていた“灰姫の経典”を、卯月へ授けた。

突然の行動に意味を考える間もなくそのまま手に取ってしまっていたが

頭が働くにつれて困惑、何故といった疑問を聞き返すよりも早く答えは返ってきた。

 

「私は……皆さんと並んで歩くのは止めようと思います」

「えっ!?そ、それって」

「ご安心を、旅には同行させていただきますが……まず、この経典を、離さないでください」

「は……はい、もちろんです!でも――」

「どういう意味か、ですよね?それは、これです」

 

 

フッ

 

 

「わっ!あ、アイツ消えたぞ!?」

『ここです』

 

霧のように姿を消した愛梨、しかし声は目の前から聞こえる。

視線を巡らせば、卯月が手に授けられていた経典へと到達して

 

『この経典は私が休む空間……それも兼ねています』

「ほ、本の中かッ!?なんだそれッ、すごいな!?」

「愛梨さん!えっと……休む、というのは?」

『薄々感じていたと思いますが、今の私は少し……いや、かなり衰えています』

 

無論、前々から愛梨が利用していた仕組みだろう、しかし一人で行動していた以前は

休息中に経典を守る者はおらず、新たな移動も不可能な状態であった。

しかし今は違う、誰かが経典を持ち行動が出来る、効率は飛躍的に上がるだろう。

 

『無理に活動を続けすぎていたのが原因です、だから……なるべく、甘えていいですか?』

 

愛梨の言っている事は本当だろう、三人の脳裏に初対面時の光景が浮かび上がる。

心なしか声にも安堵の裏側に疲労が現れ、しかしそれでも

 

『本当に危険な時は、すぐに駆け付けます』

 

頼りになる一言を前にして、卯月はほぼ反射で『分かりました』と了承した。

 

 

(こんなに早く、私達を頼ってくれるなんて……これは、頑張らなきゃ駄目、ですね!)

 

一人、姿だけは減った一行だが気持ちはむしろ高揚している、

既に目標は決めた後、指針に迷う事は無い。

 

「じゃあ、えーっと……ウチの集落に行くには、その国を目指さなきゃ駄目なのか?」

「智香さんがくれた地図、一応その大きな国までの道は書いてあるみたい。

それによるとー……やっぱり途中で他の村を通過するっぽいよ」

「じゃあ最初の目標は、その村だね」

 

一つ目の中継地点として決定した村は規模もそこそこ、

智香が言うにはトラブルが頻発するようなところでもないとのことで

初っ端の休憩ポイントとしては及第点だろう。

 

「お取込み中すいませんね、お疲れさまです……あれ?もうお一人は?」

「あっ、お店のねーちゃん!さっきのヤツな、本の中に消えたんだぞ!」

「本?なんだか、本当に驚くようなことばかりで」

「いいんです椿さん!あ、それと……私達、もう出発します」

 

ちょうど良いタイミングで現れた最初の協力者たち、

智香は奥で給仕中のようだが椿でも構わない、伝えておかなければならないことを話す。

本当に短い間でも、この巡り合わせは忘れない、後に何をお互いに助け合えるかもしれず、

更に言えばそのような利益をも超えた関係を大事にしていきたい、卯月の心がけだった。

 

「またいつでも来てくださいね、待っていますから」

「はい!それじゃあ、ありがとうございました!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新芽

歩いて三時間は、走ればもっと早く到着するという意味ではなかったようだ。

上下に揺さぶられる獣道は余計な体力消費を産み、三時間を一時間前に通り過ぎた頃

ようやく一行は目的の村――の、接近を示す看板の前に立っていた。

 

「ほら、もうすぐなんじゃないのかッ?」

「つ……疲れた……」

「こんなに歩くなんてぇ……」

「飛ばし過ぎたんだよ……最初に……」

 

このような道中に慣れていた美玲を尻目に疲労困憊な三人、

ちょうどよい切り株や石に座り込んだまま立ち上がる気配は未だ感じられず

情けない、とため息をつく美玲は自身が彼女達を急かしていたことを恥じない。

そんなこんなの噛み合わない道中であったが、ふとした切っ掛けで空気は瞬時に切り替わる。

 

「……ん?」

「どうし――うん?」

 

耳を澄ませば、風で揺れる木々の音に混じって聞こえる、明らかな声。

道沿いではない森の中から響いてくるそれは、何やら訳ありの気配がした。

 

 

 

「もうそろそろ近づいてるハズだ!ここでくたばるんじゃねぇぞ……!」

「あの……私、そんなに重傷じゃないんだけど」

「何言ってんだ!怪我してるだろ!」

「これ?こんなの掠り傷だから……」

 

二人の少女が森を進む、しかしその足取りは重い。

理由としては、橙の髪をした方の少女が脚に僅かな傷を負っていて、

その小さな怪我を多少過保護な性格らしきもう一人の少女が庇い、

肩へ背負って移動しているせいであろう。

 

(……こんなところで何してるのかな)

(さぁ、でも――)

「誰だ!」

「!」

 

木陰に身を隠していても、

さすがに四人もの気配は隠しきれなかったようで

 

「そ、そこに居るのは分かってるんだぞ!出てこい!」

 

攻撃を加えるつもりなど毛頭ない、疑われても仕方がないので大人しく

卯月たちは姿を晒した、が、わらわらと四人が出て行ったせいで

当のこちらを威嚇していた少女は想像よりも多い人数を前にかえって警戒を深めてしまった。

 

「な、なんだよっ!?なんだお前等!?」

「そりゃあ……そうなるよね」

「う、ウチらは別に怪しくないぞ!」

 

このままではいつ弾みで無用の争いが起きてしまうかもしれない、

どうにか穏便に済ませようとその場を立ち去るつもりだった一行だが

ふと、視線を落とした卯月の目に飛び込んで来た

 

「怪我……していますよ!」

「え?あっ!本当だ!」

 

確かこの辺に、と卯月が衣服のポケットを探ると

ハンカチに小さな小瓶、長く使い込まれた手製の傷薬であった。

 

「これ、使って下さい!」

「……へ?」

「大丈夫です、これくらいならすぐに治っちゃいますよ!」

 

「…………」

「……ねぇ、ちょっと、固まってないで」

「はっ!」

 

予想外の支援行動に思考停止していた少女だが

卯月にされるがまま手に治療道具一式を握り込ませられ、ようやく我に返る。

しかし惚けている間でも背負ったもう一人をしっかりと支えていたのは

互いの強い関係があるのではと察し、よくよく見れば同じ服装の両名がその予想を確定させる。

 

「いや卯月、もう村も近いんだし、連れて行った方がいいんじゃないか?」

「はっ、そうですね美玲ちゃん!」

「お、おい!待って、何だよ!?や、やるか!?」

「私達は別に襲おうって算段じゃないから、村も近いみたいだし……治療しに行こう」

 

あれよあれよという間に定まった助力の支援、

先程までの疲れは微塵も感じさせず人助けのために動く三人と一人。

 

「一人じゃ支えられないだろッ、行くぞ!」

「お、うん……ごめん」

 

怪我人を美玲と協力して運び、気が付けば今までよりも早いペースの移動で

ついに一行は目的地の村を視界に捉えたのだった。

 

 

 

「着いたー!」

 

ギリギリ陽が沈む前に村へ足を踏み入れた、

危惧していたようなトラブルが巻き起こっている気配もなく平和な村、

だが強いて言えば目に入る“見覚えのあるもの”が、随所に飛び込んでくる、それは

 

「二人と同じ格好の人がいっぱい……?」

「ああ、それは――」

 

 

ザッ

 

 

「よかった……無事だったのね」

「っ!ど、どちら様ですか?」

 

一行の目の前に現れた人物、例に漏れず“見覚えのある”その“衣服”、

この村に居る人物は大部分が卯月達が手助けした二人と同じ服装をしていた。

彼女も例に漏れず同じ装いをとっていたものの、特別感のある濃い青色が文字通り異色だ。

 

「帰りが遅かったから心配していたの、大事な訓練生だから……ね」

「訓練生?」

「私の名前は奏、雇われの部隊長のようなものよ。

そしてこの村は私の部隊の構成員“候補”を訓練するために借り受けている拠点」

「だから同じ服の人が多かったんですね」

「へぇぇ……これ全員がそうなの?」

 

奏と名乗った人物は、詰まるところこの村は合宿の拠点であると説明した、

そして一行が助けた二人の少女は、それに参加する訓練生の立場であるらしく

 

「改めて、私は加蓮だよ」

「あ、あたしは奈緒!……その、助かったよ」

「もう、ちょっと怪我しただけで大袈裟なんだから」

 

曰く山中をトレーニングの一環として散策中に加蓮が負傷、

奈緒が彼女を庇って移動していたところを卯月が発見し、ここまで導いた。

無用の気遣いと言われればそれまでであったが、恩義には報いる性格らしい。

 

「加蓮」

 

しかし大事には至らなくとも、それは偶然であると奏は言う。

確かに負傷したあの場で卯月達ではなく悪意ある人物が接触していたら?

 

「あなたは奈緒と違って前線で戦う適正じゃないのよ?

多少の傷は気にしていられない、なんて言うタイプじゃないの」

「でも――」

「体が弱くても前に出たいという意思は尊重してる、

ただ、本当の戦いでもない訓練中に意地を張っても意味が無いわよ」

「…………」

 

大袈裟、といった加蓮の返答には危機感の無さを指摘されてしまう。

そして、華奢な体に見えて彼女、加蓮が前のめりな性格であることも伺えた。

 

「……ほら、言ったろ?」

「むー」

 

一通りの注意を終えて奏は去る。

過ぎた行動ではなかったが、さすが人を率いる立場らしい振る舞いで

以後気を付けるようにと窘めた姿は

 

「かっこいい!ねぇねぇしまむー、誰だか知ってるんじゃないの?」

「えーっと……ごめんなさい、分かりません……」

「ありゃ」

「でも……なんだか、気品があったね」

 

まだ駆け出しの三人に眩しく映ったようで、しばらく談義の話題は持っていかれてしまった。

そんなことがありつつも、長い道のりを終えて思い出したかのような疲労のぶり返しを前に

本日の宿が確保できていないことをぼそりと漏らすと

 

「じゃあ、今晩はあたし達の部屋を使ってくれよ」

「お礼にね」

「いいんですか?」

 

善行は、丁度いいタイミングで身に返って来るものである。

 

 

 

「なるほど、それで奈緒ちゃんと加蓮ちゃんは」

「そうだな!卯月たちは知らなかったみたいだけど、奏隊長は凄いんだ!」

「奈緒ったら自分のことみたいに……」

 

陽が沈み、二人分の寝床がある部屋はすっかり手狭、

六人がひしめく空間ながらも楽しく雑談は続いていた。

まず話題になっていたのは奏、彼女は国家に所属しながらも

影響の及ばない範囲で私兵団を持ち、それらを動かしているらしい。

今回の訓練所を開いた理由も、新たな人材発掘の為だろう。

 

「最低限の刺客さえあれば力量は問わない、だから私も参加できた」

「加蓮は低く見過ぎだって、あたしが使えないなんかこう、凄いのも出来るだろ?」

「魔術ね」

「加蓮ちゃんは魔法の専門ですか?」

「……ううん、違う」

 

だったら自分と同じ、そう言おうとして意外にも加蓮から否定の返事が返って来る。

彼女は奈緒が知る限りで魔術の適性を持っている、だがそれを使って戦うつもりはないらしい。

 

「昔から体が弱いなんて言われて、でも私だって強くなりたい。

……後方支援で有名になった人なんていないから、やっぱり前に出たいんだよね」

「んー……いや、あたしは加蓮の強みを伸ばした方がいいと思うけどなぁ」

(こだわりがあるんですね)

 

卯月が異論を挟むことは無かった。

目標をもって進む、理想像を目指して努力するのは自身にも心当たりがある。

 

「とにかく、ここなら安全に強くなれる。言っちゃあなんだけど……

まだ、そんなに強いわけじゃないからさ、あたし」

「まぁ……ね」

「……ちょっとくらい否定してくれてもいいじゃんか」

「ごめんってば」

 

ちょっとした冗談も言える親密さにまで数時間で辿り着けたのは、

ひとえにコミュニケーション能力の高かった面々と、似たような経緯や境遇で

気が合う間柄であったことが幸いしている。

 

「なぁ……ウチ、そろそろお腹空いたんだけど」

「もうそんな時間か……じゃあ、行こうか」

「はい!お料理ですね!」

「ふふ、違うよ」

 

てっきり今から夜食の調理に入るのかと思っていた卯月だが

確かによく見ればここに材料も器具も無く、自炊する環境には見えない。

何日も滞在する居住空間にしては食事について考えられていないなどあり得ないはずだが

 

「ここでは料理の準備もしてくれてる、至れり尽くせりだろ?」

「そんな事まで?へぇー……」

 

理由は即座に判明する、知れば知る程この訓練所は利用者にとって優しい空間であった。

もちろん、この居心地のいい場所に甘んじる様では訓練の目的は果たせないのだが

その辺りはトップである奏の考える事であって彼女達には関係の無い事。

 

「……だけど、さすがに凛たちのぶんまで用意はしてくれてない」

「だよねー……じゃあ、どうするの?」

「当てはあるんだ!あたし達もよくお世話になってる、行商の人の所に行くぞ!」

 

「料理……出るのか……いいな」

「美玲ちゃん、よだれよだれ」

「っ……じゅる」

「はは、こりゃあお金かかるかもなぁ……」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

発源

店と銘打たれてはいるが、立派な建物が構えられているわけではない。

小さな商品棚が張り出したスペースのみが今回お邪魔する“店”と呼べる範囲だ。

 

「いらっしゃー……あれ?お友達?」

「初めましてっ、えーっと――」

「ふふ、わざわざお店の店主に自己紹介する必要はないよ?でも、一応聞いておこうかな?」

 

偶然にも他の客はおらず対話する時間が十分にとれた、

各々の自己紹介を済ませてようやく明るい笑顔が特徴的な店主の名前を知る。

 

「卯月ちゃん、凛ちゃん、未央ちゃんに美玲ちゃんだね。私は夕美、よろしく♪」

「よろしくお願いします……ここは、食堂なんですか?」

「食堂じゃあないんだけど、みんなにはそうやって利用してもらっているかなっ」

 

雑貨や物珍しい品から何に使うか分からないような品までが置かれた棚、

興味あり気に眺めながらもまずは食事にありつく為の席へ着く一行。

 

「じゃあ何にする?」

「えー?どうしよっかなぁー」

「ウチは何でもッ!あ、でも量が欲しいな」

「仲が良さそうだね、私も楽しくなっちゃう♪」

 

鼻歌混じりに――奈緒と加蓮は注文が毎回同じなのだろう、聞く前に調理を始めている、

卯月たちも勧められるままとはいえメニューを指定し

ひとまずは提供されるまで談笑混じりの商品棚漁りを始めた。

何度見直してもバラエティに富んだラインナップ、

それらを前に夕美の素性が気になり、そしてその意識を彼女が察したのか

 

「私、本職はお花や植物を育てるお仕事をしているの」

「お花屋さん……ですか?」

「うん、でも商品にするというより、趣味かな?」

 

確かに、飾りとしての花壇は多いが値札の着いた花は棚を見渡しても一つも見つからない、

手放したくない程に花を愛している、そういう事なのだろう。

だが売り物にはしなくとも、一押しの品は自慢したいようで

 

「それでね……これ!」

 

 

「占い、好き?」

「あ、花占いですか?」

「間違ってはいないけど、花びらを千切っちゃうのはお花が可哀想だからダメ!」

 

やはり並々ならぬ花への愛情を見せながら取り出したのは苗木。

そう、まだ花が咲く前、小さな双葉がコップ一杯ほどの土から顔を出しているだけ。

 

「この小さな苗を、持つだけでいいの!」

 

さぁ、と押し切られる形で夕美と最も近い距離間だった未央が苗木を受け取る。

が、受け取ったところで真新しさは無い、植物に詳しくない彼女が持てる感想は少なく

 

「……何も起きないけど」

「それは残念、じゃあ次!」

「終わり!?なーんか納得いかないなー」

 

結局、何も起きないまま苗木は再び夕美の元へ、

花占いというからには何か変化が起きると期待していたところを肩透かし、

わだかまりを残したまま席へ戻った未央と対照的に

 

「私もやってみていいかな?」

「どうぞどうぞっ」

 

今度は加蓮が手に持ってみる。が、変化は起きない。

底を覗いても、じーっと見続けても特別な事象は発生せず

 

「何も変わりませんね……」

「ダメかー……うん、凛、パス!」

 

半ば自棄気味、隣に座っていた凛へとそれを手渡した時、

沈黙を貫いていた苗木に初めての変化が起きたのであった。

 

 

パァッ

 

 

「わ……」

 

ただ受け取っただけ、その瞬間にグングンと小さかった双葉は成長し、

その身に似合う小振りで一輪の花を咲かせたのだ。

 

「凛ちゃん、凄いです!」

「綺麗な花だね……」

「あ、ありがとう……えーと」

「おめでとう♪ 凛ちゃんには記念にこれをサービスっ♪」

「ど、どうも……」

「あっ!?だったらウチもやるっ!」

 

咲かせたお礼、いや、賞品なのだろうか、薄い色がかかったほのかに香るドリンク、

彼女の説明によるとこれは果汁のジュースらしい。

飲み物にも飢えていた美玲は凛の賞品獲得を目にして、早く早くと苗を要求する、

不思議な事に凛から美玲へと花が手渡された瞬間、元の双葉へと姿を戻してしまった。

多少は驚きつつ、そして戻ったという結果が見えてしまった以上美玲は上手く行かず

 

「うー……ホントに凛みたいになるのか?どうやったんだ?」

「別に何もしたつもりはないんだけど……」

 

結局、数分間粘った美玲が花を咲かせられないまま

しぶしぶテーブルへと苗木を戻した。

 

 

原理などは気にしない、得てして女性は占いには弱かったりもする、

ちょっとばかり興味を惹かれれば熱中するのも想定内だったのだろう。

 

「それじゃ、次は卯月ちゃん」

「はい!頑張ります!……えっと、何を頑張ればいいんでしょう?」

「気合を!とにかく思い切り念じるとか!」

 

未央の――当人は実行する間もなく手番が終わってしまったアドバイスを受け、

優しく握りしめた苗木の器に念を込める。もちろん念といっても冗談交じりの気合なのだが

 

「んっ……!」

 

 

ハラリ

 

 

「ひえぇ?!あ、あれ?!」

 

なんと、卯月が手にしていた苗木は双葉がクタリと傾いたかと思えば

そのまま茶色く変色し、片側の葉が茎から零れ落ちてしまった。

 

「かっ、枯れちゃいました……!すっ、すいません!」

「……私も初めて見た。卯月ちゃん、お花さんに謝っておこうね」

「うう、ごめんなさい……頑張りすぎましたぁ……」

「ちょっと待ってくれよ!あたしまだやってない!」

「大丈夫、まだお花はたくさんあるからっ!」

 

完全に想定外の事態だったようだが奈緒の番は中止される事無く

新たな苗木が用意される。このような不思議な花が幾つも用意できるあたり

花に関する本職としての知識は疑いようもなく本物と認識してもいいだろう。

 

「奈緒ちゃん、さっきと違う個体だけど、同じ花だから大丈夫」

「本当?また枯らしちゃうのは嫌だぞ……?」

 

先の一件で恐る恐る苗木に触れる奈緒、

かなり慎重に、優しく刺激を与えないよう手に取った結果は

 

 

パァッ

 

 

「あ……咲いた……」

「奈緒!やったじゃん!」

「ふふ、じゃあ同じくサービス♪」

 

凛と同じく振る舞われたジュースよりも、とにかく枯れずに済んだことに一息をつく。

目的がすり替わっていたが、めでたく奈緒も占いで言う大吉を獲得したというところか。

 

「……さて、いい感じに時間は潰れたかな」

「え?あ、もうこんなに……」

 

ふと、煮込み続けていた鍋から漂う美味しそうな香り、

周りの景色も心なしか明るさが落ちており、気付かぬ間に時が早く過ぎていたよう。

 

「私の料理、少し時間がかかるものが多くて。その間、ただ待ってもらうだけじゃなくて

こうやって色々楽しんでもらいながら待ってもらうのがいいんだ♪」

「確かに……時間を忘れて盛り上がっちゃいました」

「それにお花も見てもらえて、一石二鳥♪」

「本音はそっちね」

 

時の流れを忘れる暖かな行商人、夕美の振る舞う食事を囲んで一同は会話に華を咲かせた。

 

 

 

「これも大吉のおかげかな」

「……かもね」

 

あの後、奈緒達の部屋へ戻ると偶然にも訓練生以外の宿泊客が居た部屋に空きが出来ていた。

さすがに六人一部屋は狭かったと思っていたところ、すぐさま確保を決定し

卯月一行は少し離れた別の部屋を一日の寝床にすることが出来たのだ。

 

「でも四人分のベッドは無かったかー。美玲ちゃん、私と寝る?」

「いやウチは床でいいから――」

「んぅー遠慮するでなーい!」

「わあぁっ!?」

 

まるで知った友人の家に泊まりに来たような、兎にも角にも

リラックスしきった雰囲気は旅の緊張を解きほぐすために必要である。

 

 

――――

 

 

「ん……?」

(あれ、このテーブル……濡れてる?)

 

しかし、意図的であろうとなかろうと

“トラブル”は気持ちが弛緩した時を狙って突然に発生するのだ。

そう、彼女達にとっては突然。

 

「違う……?!」

「え?凛ちゃん、どうしたんですか?」

 

(私の“汗”……!?なんで、体調なんて悪く――)

 

意識が向けば把握は一瞬、そして把握してしまえば自覚してしまう。

触れたテーブルが湿っていると感じるほどに凛の手は汗ばんでおり、

さらに手だけではない、腕も肩も、よくよく見れば全身が

まるで高熱にうなされた時のように激しい発汗を促している。

 

「しぶりん!?」

「うわっ!?おいッ!どうしたんだ急に!?」

 

(苦しい、ッ……それに、寒い……!?)

「あ、ぐぅ……!」

「凛ちゃん!凛ちゃん!?」

 

急変した体はバランスを崩し、かろうじて地面に手をついたものの

明らかに尋常ではない膝から崩れ落ちた姿に卯月達が駆け寄り凛へ肩を貸す、すると

 

「……あ、れ?」

「大丈夫ですか!?」

 

 

「あ、うん……だ、大丈夫になっちゃった」

「なんだなんだ!?驚くだろッ!何かつまづいたのか?」

「いや…………」

(気のせい、のはずはない……今のは?)

 

体調は目まぐるしく、と言っても悪化ではない。

なんと足元がフラつくほどの急変から、今度は一瞬で全快復。

何が何だか、理解も認識も間に合わないまま凛は何事も無かったかのように立ち上がる、

立ち上がることが出来た。まるで最初からそうであったように。

驚いていた美玲や未央達も凛が大袈裟に転倒しただけだ、そう誤解するほど。

 

 

「かれぇぇんッッ!!」

 

 

「!?」

「こ、今度は何だよッ!?」

 

だが、外から聞こえてきた咆哮を幻聴とは流石に誤解しなかった。

加蓮――確かにその名前を呼んだ声の持ち主は

 

「今の声……奈緒!」

「向こうで何かあったの?!」

「行こう!」

 

今、彼女達は自らが戦う“常識外れ”の規格を知る事となる。

予想もしていなかった場面、予想もしない切っ掛け、原因、偶然によって――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凍土

「加蓮!?」

 

初っ端、部屋を飛び出し廊下を駆け、凛が見つけたのは声の主ではなく

その名を呼ばれた方の人物、加蓮。

 

「何があったの!?」

「分からない、分からないけど……!」

 

閉じた扉の前、ぺたりと地面に座り込む形でオロオロとしている彼女は

昼頃の明るい雰囲気は鳴りを潜め、明らかな異常を感知したかのよう。

 

「うわッ?!」

 

そして先頭を駆け、原因が佇む可能性が高い扉、

躊躇いなく手をかけた美玲が驚いて手を離す。

 

「なんだ、寒い……ぞ……」

「まさか!こんなぽかぽかした時期なの――寒っ!?」

 

言われてみればという程度だが、確かに気温が低く感じられる。

寒気か冷気か、しかし心当たり無き美玲たちはそれでも扉に再度手をかけて

 

「あ、開けますよ、扉を」

(寒い……?あれ?どこかで――)

 

「待って!駄目!」

 

 

カツッ!!

 

 

「――え?」

 

慌てて叫んだのが功を奏したのか、

あと一歩踏み出していればという瀬戸際で何とか踏み止まった、ようだ。

ヒュウと頬を切り裂く冷気、垂れる赤い筋、穿たれた背後の壁面。

 

「な、んだコレ!?ツララか!?」

「……ッ!」

 

まだ冷気は感じる、状況が飲み込めていない一行に危機は去っていない。

 

「卯月!伏せて!!」

「え?わ、わわっ!」

 

 

ガツッ!

 

 

「危、なっ……ひえぇ……」

「何これ!?攻撃!?私達攻撃されてるの!?何で!?」

「違う、違うの!分からないけど……とにかく――」

 

視線を向けた先、気が付けば飛来したツララが破壊してしまった扉の先、

そこには加蓮の戸惑いの原因が、膝をついて息を切らす。

 

「奈緒……?」

「う……ぁ……」

 

見た目もだが、それ以上に苦しい声を漏らし

手で体を覆う仕草は彼女達も感じた“冷気”に耐えているかのよう。

――それもそのはず、気温が下がるのも当たり前だという光景が、そこには広がっていた。

 

「なんだこりゃあッ?!」

(部屋が……“凍っている”!?それも、奈緒を中心に!)

 

 

「ぐ……な、何だよこれ、突然……加蓮、離れて――っ!」

「奈緒!何があったの!?」

「分からない、ただ、突然調子が悪いと思ったら、ッ……!」

 

急変とも言えるコンディションの変化、むしろ暴走といってもいい、

奈緒は咄嗟の機転で加蓮を部屋から追い出して自身に降りかかった災厄から逃れさせる、

しかしこのままでは奈緒の身に何が起きるか分からない、

いや、そもそもこれは何なのか?心当たりのあるものすら、誰も居ない。

 

 

(似てる、さっきの私と!でも……違う?)

 

様々なキーワードに身に覚えがある凛一人を除いて。

 

 

「しまむー!しぶりん!何か分からない?!どうする!?」

「奈緒!奈緒っ!」

「おいッ!危ないぞ!そっから離れろッ!」

「えーと、えーっと……凛ちゃん!たぶん、ですけど」

 

親友の為とはいえ無策で接近を試みる加蓮を何とか抑えつつ、

卯月が少ない材料で奈緒の急激な体調変化と異常空間の推理を行った。

 

「こんなに突然の例は知りません、けど……これは魔力の気配を感じます。

それにこれは……強い魔術を無理に扱おうとした時の、暴発に似ています!」

「加蓮、さっきまで奈緒は何をしてたの?こんな時間に魔術の特訓?」

「いや……ただ私と話していただけ……それに、奈緒は魔法を使うタイプじゃない」

「じゃあコレ、なんなんだよ!?」

 

せっかくの予想も的は射れず、美玲の叫びがこだまする廊下。

奈緒の体から発せられる、魔力に似ていて、かつ攻撃性のある“氷”とは――

 

「咲かせた……花……私と、奈緒だけ…………あっ?!」

 

これが運命ならば、まさしく彼女達は選ばれた人材だろう。

知識で説明が出来ない、人の力を超えた能力で、かつ簡単に扱える。線が全て繋がった。

 

「……これが種子、なの?」

 

 

 

「えっ?何だって?」

「何か知っているの!?」

「あ、しまっ……違う、なんでも――」

「無くは無いでしょ!?」

 

迂闊に漏らしてしまった語句、確かに“異能の種子”がもたらす不思議な力と考えれば

多少の辻褄は合う、が、それはあくまでも種子の存在を可能性として考えられる人物に限る。

ここに居る美玲と加蓮は、耳に覚えのない単語である。

そして、僅かな手掛かりでも、親友の為に情報をかき集めたい人物の前では

 

「何でもいいの!奈緒は今どうなってるの!?」

「お、落ち着いて!危ないから!」

(追及される!あまり広まって欲しくない話題が――)

 

 

ヒュンッ

 

 

「っ!」

「あう!?」

 

奇しくも凛と加蓮、二人の肉薄した緊張を解いたのは物理の横槍。

やはり身に迫る危険性が近くに潜んでいる今、その温度ゆえか一度冷静に状況を見る。

 

「はぁ、はぁ……加蓮、落ち着いて……」

「ごめん……でも」

「分かってる」

 

説明は出来なくとも、解決の糸口かもしれない光明は見えている。

ここからは裏付け、もしもこれらが正しい推理ならば奈緒を助ける事が出来る、はずなのだ。

 

「凛ちゃん」

 

そして気付きはいつも、知識の量が多い者から始まる。

察した凛は卯月に寄り、呟く彼女の声に耳を傾けた。

 

「もしかして……これが“種子”だとして、確か花を咲かせたのは――」

「私と、奈緒……でも、私は大丈夫だった」

「違うんです。もしかして、ですけど……」

 

 

「経典に“回収”されたのかも」

「!」

 

(そうか、だから私は“経典を持っていた卯月”に触れて、症状が治まった?!)

「だったら……!」

 

もともと種子を回収する旅、

そして卯月の持っている“灰姫の経典”が種子を回収する道具とも伝えられた。

彼女達の予想が疑問点を次々と改称し、徐々に現実味を帯びてくる、

奈緒は一行の前に現れた最初の種子による被害者。

 

(しかも、本人の意思とは関係なく!)

 

だとすれば――もちろん、そうでなくともだが、より一層黙って見過ごすわけには行かない。

“助ける”この目的と信念は卯月たちの冒険の原動力でもあるのだ。

今、謎の症状に苦しむ奈緒を救出できる最も可能性の高い選択肢、弾き出された答えは

 

「私が、奈緒ちゃんのところまで……向かいます」

「手伝うよ、卯月!」

 

 

 

「何があったのかしら?」

「あ、か、奏さん……奈緒が、分からないけど、とにかく危ないの!」

 

卯月と凛の密談が進んでいる途中、騒ぎを聞きつけて現れたのは

この地区一帯を現在仕切る立場を担っている奏。

 

「これは、何……?」

 

しかしそんな彼女も、恐らくは卯月達よりも遥かに様々な体験をしてきたはずの体が

思わず発した言葉は“現状を理解できない”そういった感情が込められていた。

だが、驚きはそれだけ、言葉だけに限られて

 

「……入っていいかしら、構わない?」

「おい!危ないぞ!氷が飛んでくるんだ!そっから!」

「あら、それは怖いわね……」

 

彼女の動き、見た目に動揺は感じられない。

美玲が止めていなければごく普通に部屋の中へ侵入していきそうなほど。

 

「“何かされそう”だから動かない、じゃ……先陣は切れないの」

「でもちょっとだけ待って!安全かどうかじゃなくて、奈緒ちゃんが危ないかもしれない!」

 

とはいえ、原因が怪しすぎる発作、迂闊な接近は奏本人に影響は無くとも

渦中の奈緒に悪い影響を与えかねない。そう言われては彼女も強引に押し通すことはせず

しかし傍観していては好転もしない、そんな時に彼女が注目したのは

 

「そこのお二人」

「え。あ、はい!」

 

 

「解決策は、あるのかしら」

「……た、たぶん」

「お手伝いできる事は?」

「え?」

 

この場で最も事態を把握していて、何やら策を持っていそうな人物。

さらに、驕りではなく客観的に自身の実力と比較して彼女達が劣っていると判断、

ならば“策”を実行するにあたって、恐らくは不足している駒に自身が使われるのが最適――

 

「臨機応変よ。大部隊を指揮するには、ね」

「奏さん……」

「少しは腕に自信があるのよ、遠慮なく使って頂戴」

「あ、ありがとうございます!」

 

 

「私も……!」

「加蓮、あなたはここに居て。せっかく彼女を助けても、あなたが怪我しちゃダメ」

「う……」

 

協力したい気持ちは十分に伝わる。

しかし事情を知っているらしき卯月たち、実力が伴っている奏、

それ以外の人物が関わるには難しい案件なのだ。

 

「ごめん、加蓮…………未央!二人をお願い!」

「あ、えっと、分かった!任せて!二人は何か分かったの!?」

「たぶんきっと、ですけど大丈夫です!」

 

狭い部屋に多人数で飛び込むのは得策ではない。

参戦できない美玲と加蓮を未央に任せ、二人と奏は突入の準備を整える。

そんな中、どうしても疑問に浮かんだ点を凛は彼女に聞いてみたかった。

 

「どうして何も言わず、事情も聞かず手伝ってくれるの?」

 

あまりにもトントン拍子に進む共闘策、奏を疑っているわけではないが

凛の価値観の中では考えにくい彼女の行動であったのだ。

そして、返された答えは予想よりも真っすぐなもの。

 

「聞いたら答えてくれるのかしら?」

「……いや」

「なら、私の訓練生に起きたトラブルを解決するために動いた……これが動機かしら」

 

だから心してね、と言葉を続ける。

最初、凛はその意味が分からなかったのだが

 

「あなた達が“犯人”なら……私の部隊に喧嘩を打ったと、判断するから」

 

ぞくり、と背筋に緊張――冷ややかで重い、威圧。

 

(まずは解決して……その“後”でいいんだ……!

後手を踏んでも犯人を探せる、討てるという自信……やっぱり、この人は強い!)

「ふふ♪」

 

大人びた微笑みは、彼女の内面を垣間見てしまった凛にとって不気味に映る。

一方で表面の頼れる人物像だけを捉えていた卯月は以前変わりなく

友好的な協力者として奏と共に目標、経典と奈緒を巡り合わせるための作戦を始動させた。

 

「……私を、奈緒ちゃんに近づかせてください!」

「分かったわ」

「ぐ……気を付け、ろ……あたしの体が、制御なんて……くぅ!」

「大丈夫です!絶対に、助けますから!」

 

いざ冷気蔓延る室内へ突入、奥に蹲る奈緒の元へたどり着くことが出来るのか。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ここからは

魔力の適性は無かった。正直、残念だった。

女の子として前線で暴力的な戦い方は違和感を抱いており、好きではない、

しかし自身の思いとは裏腹に彼女はそちらの才能には秀でていた。

特に、そちらの適性を本腰入れて伸ばそうと決意したのは

かつて望んだ魔力適性を持った友人、加蓮と出会ってから、彼女を守りたいと思ったから。

とはいえゼロではない可能性、いつか初級魔術でも扱えたらいいな――

 

 

そして今、かつての願望を無理矢理叶えられた奈緒の体は

 

「うおおぁっ!!」

「来ます!」

 

 

ガギィンッ!

 

 

「ひゃっ!」

「きちんと私の後ろに……そろそろ、逸らしきれないかもしれないわ」

 

飛来する氷のツララ、奏は卯月たちの前に立ち

偶然にも彼女が同じく適正とする属性、奏の武器である氷柱の剣で防いでいた。

しかし美しい刀身は、初級魔術も扱えないはずの奈緒が繰り出す

更なる硬度と速度で襲い掛かって来る同じ材質により、

一発を受け流すごとに新たな剣を生成しなければならない程の傷を与えられる。

 

「なぁ未央ッ!あのねーちゃんって強いんだろ!?

だったら奈緒の氷とあいつの氷!どうしてこっちの方が負けそうなんだよ!」

「分かんないよ!けど……」

(これが種子の力だとして、こんなに実力差をすぐに引っ繰り返せるほどの力なの!?)

「まだ負けてないわよ」

 

 

「一気に奈緒ちゃんの所まで行けませんか?」

「あまり選びたくない手段ね」

 

立ち止まって、ツララを氷の剣で逸らすように受けている今でもヒビが入る刀身、

距離を詰めて接近しながら受けてしまうとツララの硬度に負けてしまう可能性があるのだ。

 

「ごめんなさい、立場上“安全”を第一に考える人間なの」

「いえ、ここまで手伝っていただけるだけでも十分です」

 

これ以上の無茶は頼めない、となると卯月が安全に近づく為に協力できる人物は

同じく奏の背後で今は身を隠すだけの凛のみ。

 

(奏は、これ以上は難しい……でも私なら!)

 

持ち前の反射神経、奏でも全神経を注いでようやく往なしていたところ、

実は凛ならば余裕を持って見切る事は可能、しかし美玲が相手だった時とは事情が異なるのだ。

 

(私のブーツじゃ、見切って受ける事は出来ても“魔力の衝撃”は消せない……!)

 

物理と魔術では勝手が違う、衝撃の質が異なるために卯月ではツララの物理防御が、

凛ではツララの内に込められた魔力を堪えきれない。

そういった意味では両方を兼ね揃えている奏が居たことは大きく助かっている。

 

「……まだ策はあるかしら?」

「もう、難しいですか?」

「これ以上前に進むと危険の方が高くなる……避けるべきね」

 

だが、頼みの奏も前進を止める距離間。

ここから思い切り走ったとしても最速で三秒、無防備な隙を晒す羽目になる。

 

(……まだ遠い!)

 

 

「分かりました、ここで大丈夫です!」

「卯月!?」

「奏さんは、次に飛んできたツララを何とか堪えてください!」

 

その隙にと大事な経典を小脇に、万が一でも傷をつけるわけには行かないそれを抱えて

奈緒が蹲る数メートル先まで――駆ける。

 

「……それが最善?」

「一度ツララが飛んできてから、すぐに撃たれる事はないはずです!

どれだけ初級の魔術でも間隔は開きますから!」

「なるほどね……じゃあ、早速実行かし――」

 

 

ヒュオッ!!

 

ギィンッ!

 

 

「らっ!……と」

「うわっ!折れたぞ!?」

 

奏の見立て通り、この距離間が安全に接近する限界点だったようだ。

氷の刃が氷の弾丸に打ち負ける間合い、この一回に作戦を立てておかなければ

ずるずると撤退する羽目になっていただろう。

 

「凛ちゃん!行きます!」

「分かってる!」

 

――だが、急遽飛び出さなければならないタイミングで発射された氷に

“それだけ”しか見ていなかった卯月が

 

 

ツルッ

 

 

「ふぇ?!」

 

薄く地面を覆う氷の膜、気温が下がった部屋をよく見渡せば

あちらこちらに見かけられるそれは、前のみに視線を向けていた卯月の足を搦め取る。

 

「うづっ――」

「凛!」

 

加蓮の叫びでハッと前を向けば、作戦の大前提であったはずの奈緒が魔術を放つ間隔、

一度放てばしばらくは大丈夫という見立ては

 

「卯月ッ!危ない!」

「しまむー!このっ、よりによって飛び出したタイミングで!」

「なんで、もう飛んできて……!」

 

 

パキィッ……

 

 

「ぐうッ!り、凛……避け……!」

(奈緒がダメージを?そうか、強引に無理矢理撃たされているんだ!)

 

自身の裁量で奈緒は魔術を操れていない、

つまり魔力だけを搾り取られて強制的に行使されられている魔術、

己の身に負担をかけないよう唱える常識など、今の彼女には通用せず

あり得ない間隔でも多少の無茶が通ってしまう。

そして、二重の想定外によって窮地に陥った二人は

 

(奏さんの応援は間に合わない!それに氷は卯月も狙ってる!)

「だったら、なんとか初撃だけは避けなきゃ、卯月!」

 

高速といえども、直進に飛んでくる物体を左右に避けるだけなら

卯月の機動力があれば可能な芸当のはず、受け止める方が危険――

 

「しぶりん!!足っ!!」

 

 

「え、っ!?」

「しまむーは動けないよ!」

 

未央の叫びから、視線を卯月に移せばなんと

氷にとられた足元が、地面と靴を氷の膜で連結し、素早い回避をさせなくしていたのだ。

 

「な……!?」

「だ、大丈夫です、これなら剥がせます!」

 

ここから一瞬で足を地面から剥がし、立ち上がり、

左右どちらでもいいから飛来する攻撃を躱す――

 

(卯月の回避が間に合わない!)

 

 

ダンッ!

 

 

結論が出てからの決意と行動は、迅速だった。

 

「はああぁっ!!」

 

強い踏み込みで体全体を飛び込ませた、目標は卯月の前方、

コンマ数秒で飛来する氷柱の軌道上に割り込んで

 

 

ガスッッ!!

 

 

「ぐうッッ!!」

「り、凛ちゃ――」

 

装甲で覆われた脚部を利用して、卯月へ直撃する氷柱の軌道を捻じ曲げる。

無論、先に言った通り衝撃の全てを受け流す事は出来ずに大きなダメージを伴うが

 

「早く!今の内に!!」

「っ!は、はい!」

 

身を挺して庇われた卯月がここで歩みを止めるわけには行かない、

凛から受け取った隙を活かす為に今度こそ奈緒の元へ駆け出す。

幸い、凛は衝撃のダメージだけで大きな傷は負っていない、

さらに素早く奏が彼女の元へ駆けつけて、安全な位置まで運び出そうとしている姿も見え

 

(大丈夫、あとは私だけ……私が奈緒ちゃんの所に行くだけ!)

 

 

「しぶりん!」

「傷は浅いわ、頑丈な靴ね」

「武器、だからね……痛ッ!」

「無茶しちゃ駄目、体が武器の子は特にね」

 

扉の外側まで退避できた奏と凛、

そして今にも一瞬の勝負として駆け出さんとする卯月を見て未央と美玲が

 

「にしても、奈緒ちゃんはそんな事考えてないと思うけどさ……」

「ん?どーしたんだ?」

「何て言うか、その……あの氷が、なんとなく――」

 

 

(奈緒ちゃんの“異能”が、私達の接近を拒んでいる!)

 

度重なる偶然、と片付けるには上手く行きすぎている。

攻め込もうとすれば隙を突かれ、攻撃方法は卯月にも凛にも単独で対処できないもの、

そして何よりも経典を持つ卯月が簡単に接近できないよう妨害が続く。

ほんの一瞬の思考時間であったが、さすがの卯月も一つの結論に達する。

 

「てことは、やっぱり私が近づくのは……正解なんですね!」

 

もはや“異能”が何を引き起こしても不思議ではない、

異能そのものが意思を持っているかのように、この暴走を鎮められないように

抵抗している可能性も、ゼロとは言い切れない現状。

奈緒の体を使い自身――種子を守っていると考えるとこの攻撃は卯月の行動を嫌った結果、

そう思うべきであり、それを実行し続けること、すなわち

 

「奈緒ちゃん、今行きます!!」

 

 

パキッ……

 

 

「ぐ、ぅ……!」

(なんだ、今までの氷を撃たされた痛みより、ずっと重い……?!)

 

感じ取れたのは、魔力を行使され続けている張本人である奈緒のみ。

地面を覆った氷の膜が盛り上がり、分厚くなったかと思いきや

 

 

ビキィッ……!!

 

 

「わ!?」

「なんだッ?!」

 

隠す気もないほど強引に卯月と接触を拒む、文字通りの障害物。

 

「ここに来てまだ新しい手段を……」

「氷の、壁だッ!」

(しまった……!卯月じゃ、物理攻撃が出来ない!あそこに私が居なきゃ、駄目だった!)

 

 

「氷の壁、ですね……それは攻撃じゃなくて“盾”です!だったら!」

 

心配する凛を他所に、卯月はこんなもの関係ないとばかりに壁へ前進を続け

いよいよ目の前に迫ったところ、経典を抱えていない空いた手を突き出し

 

「私、魔力には自信があります」

「卯月は何をするつもりなんだッ?!」

「しまむー!そんな厚い氷の壁、片手じゃ無理――」

「はああっ!!」

 

 

ビシィッ!!バキィッ!

 

 

「く、砕いた?!」

「えええ!?よ、よっしゃー!行けー!しまむーっ!」

 

たった片腕一本で障害を取り払ってみせた。

腕に力を込めた形跡は無く、本当に触れただけで崩壊したかのようだが実際は当然異なる。

 

(……そうか!)

 

すぐさま彼女の行動に凛が答えを導けた、

あの氷の壁は運動の無い静止した物体、つまり衝撃をこちらに加えられることは無い。

となると腕が振れてもダメージはなく一方的に卯月が氷に衝撃を与える側、

そして、彼女は衝撃与えた、自身が最も得意とする分野の力で。

 

(触れたら怪我するツララは無理でも、触れられる壁なら、卯月が魔力で負けるはず……ない!)

 

恐らくは種子の力で増大された魔力をも上回り、押し潰す。

何も外部の力を借りず、己の身だけで異能に立ち向かえる資格を持った少女達――

 

「行って、卯月!」

「もちろん、です!!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

豹変

グンッ!

 

 

「んっ?!」

 

足が、重い。

いや、何かに引っ張られたような力が、卯月の足元に働く。

 

「何!?どうしたの!?」

「……ああッ!」

「美玲ちゃん、何か分かったの?!」

 

一度は転倒した地面の氷、これは歩行を不安定にするための妨害と思い込んでいた。

が、今彼女の足元を確かに捕らえているものはその氷であり、

侵蝕する範囲がいつの間にやら床全体、さらには壁、そして――卯月の体へ。

 

「う、卯月ッ!あれ、体が凍って……!?」

「どれだけ強力な冷気があそこに……人を凍らせるなんて、私でも……」

 

 

(足が地面の氷と、ひっついて離れない……!)

 

幸い、もう奈緒の姿は目の前。

足が離れなくとも手を伸ばせば奈緒に触れるか触れないか、それくらいまで近づいている。

――しかし、体を寄せる間にも氷の浸食は進む。

 

「危ない!奈緒を助ける前にあの子が大変なことになるよ!」

「卯月は分かってる……でも、今退いたら奈緒も間に合わないかもしれない!」

 

どちらを選んでも窮地ならば、前に進む方を選ぶ。

そもそも卯月は切り捨てる選択肢の片方が自分なのだ、迷うことなく奈緒を助けに動いている。

一方、その助けられる当人は卯月と立場が逆だ。

 

「ぁ……ぐ……なんで、下がって……危ないから……」

 

卯月の接近を拒む異能の牙がついに己の身にも襲い掛かる、

度合いは違うものの、奈緒の髪や足元には僅かな氷の破片が付着し始め

見立て通り、このまま放っておいてしまえば数分後には物言わぬ氷像と化す恐れもある。

 

「奈緒、ちゃ……ん……」

「なんであたしの為に……お前も、凍る、ぞ……!」

 

 

「く……!」

「ダメ!」

 

駆け出した美玲を強引に引き倒し、制止する。

このままでは卯月も大きな被害を受けてしまう、そんな危機感を抱いての勇気だが

 

「あなたが今から向かっても、この冷気の強さなら辿り着く前に同じ事になるわ」

「じゃあ何だ!見てろって言うのかッ!?」

 

奏が美玲を止めたのは、もちろん美玲自身も危険な目に遭うから、

それも含まれてはいたが理由の全てではない。

美玲が向かう事で、卯月の行動と覚悟を邪魔する可能性の方が、高かったから。

 

「あの子は集中している、このまま見ているだけの方が……一番可能性は高そうよ」

 

 

手を、伸ばす。既に下半身は地面に接地して、まとわりつく重みも増えてきた。

大事な経典に氷がつかないよう出来るだけ体より高く、そして残りの腕は

 

「だ、駄目だ……あたしが触れたら、本当に――」

 

差し伸ばす手を拒む、奈緒は冷気の発生源が自身であると分かっていて

卯月の助けを受け取ってしまうと、そこから凍結が起きるのではないか、そう危惧している。

危険は高い、だから今のうちに引き返してくれ――そう、何度も目で訴えても

 

 

――掴んで

 

 

それ以上に、卯月の目は訴えかける。

もはや腕と顔の一部以外、無事な部分は残っていないほどに浸食された体――

ここまでの決意と覚悟を受け取らなければ、彼女への冒涜だ。

 

「信じて、ください……!」

「っ……!わかった、恨まないでくれよ……!」

 

 

――ガシッ!

 

 

 

 

 

 

「~♪」

 

変わらない陳列、変わらないレイアウト、変わらない――店主。

団体の客が去り、客もいない、そして少し離れた場所では何やら騒がしい人だかり、

それでも彼女、夕美は関心を持たずに花の世話を続ける。

 

「さーて、っと……出発しよっか!」

「どちらにでしょうか」

 

裏手に戻ろうとした歩みがピタリと止まる。

振り返ると、出した覚えのないティーセットでカップに飲み物を注ぐ女性一人の姿。

 

(……いつの間に?私は店にずっと居たのに――)

「気付かなれないよう、頑張ったつもりです」

「お見事……!でも、どうして?言ってくれたらお茶くらい用意したのに、お客様♪」

「そうでしたか?」

 

まだ表情は変わらない、一方で満面の微笑みを見せる夕美。

とはいえ、ここは店だ、夕美の言う通り注文しなければ話は進まない、

そして夕美も彼女が何者か、測りたい欲があった。

 

「棚に置いてあるものなら……何でもいいんですか?」

「はい♪」

「じゃあ……」

 

「そこの、地面に置いてある花壇――」

「すいません、お花は駄目なんですよ」

「――の、下」

「……!」

 

 

「地面に植えている“種”を見せて頂いても、よろしいでしょうか?

……そういえば自己紹介がまだでした、私の名前は愛梨と言います」

「…………」

 

卯月達が奈緒に発症した謎の力と交戦していた時、彼女が助けに現れなかった理由、

それは愛梨が卯月達の元に居なかったから。

 

 

 

経典にて力を蓄えていると、彼女の元に不審な力が流れ込んできた。

愛梨からすれば、それは明らかに予想外で異常、

元より“異能の種子”という異常な物体を探していたが、それに勝るとも劣らない、いや――

 

(これは……同じ?!)

 

 

 

「でも、同じはずがないんです……だって、ここには種子が無いんですから」

「じゃあ……無い、でいいと思うよ?」

「はい、ですから……その“限りなく種子に近いモノ”は、何ですか?」

 

愛梨は言葉を繰り返す、見せてください、と。

いつも卯月達と話している優しい表情ではない、世界を救った英雄の表情、真剣だ。

 

「お返事は、どうしますか?」

「……ふふっ」

 

 

ガタッ

 

 

「花壇の下になんて、何もないよ?ほらっ」

 

威圧を受け流すような明るい笑みで、指摘された花壇を持ち上げた夕美、

しかしその地面には掘り返したような跡は無く、何かが埋まって盛り上がる様子もない、

正真正銘、真っ新な大地があるだけ。

 

「ね?」

「……確かに、何もありません――今は」

「またまたー」

 

納得がいきませんか?とでも言いた気な表情、そして意味ありげな愛梨の発言だが

彼女の一瞬の隙を突いて何かを隠したような動作は見受けられない、

そもそも愛梨の目を盗むことなど、常人ではとても容易な事ではない。

 

「だから、ますます不思議です……確かに、そこにあったんです」

 

追及は退かない、愛梨にも確信がある、だから卯月達に場を任せてまで

夕美の元を訪れて確認をしておきたかった。

 

「あなた、何者ですか?」

「…………ふうっ……愛梨さん、だったっけ?」

 

ため息が、ひとつ漏れて

 

 

 

「邪魔」

 

 

 

バシュンッ!!

 

 

「な、っ……!?」

「……あは、あははははは!!」

 

夕美の商売道具の一部、並べられたテーブルやイスを貫いて飛んだ一筋の閃光、

明確な攻撃の意思を持って飛来したそれは――夕美の肩を貫いた。

 

(効いていない……?いや、手応えが変!)

「はははは、痛ったーい……なんてね」

 

攻撃を放ったのは愛梨だった。

夕美の纏う気配が明らかに豹変した瞬間、彼女が真っ先に動かした右腕を根元から討つ、

恐ろしく早い攻撃で先手を取ったかに見えた、いや、確実に取ったのだが攻撃を受けた本人は

血の流れ出ない肩口の風穴を冗談のようにおどけて笑い続け

 

「あーあ、もう少しここに居る予定だったのになー」

 

 

ボロッ……

 

 

「!」

「じゃあ、私は土に還るから“私”によろしく♪向こうも面白そうだから、ね?」

「待ちなさい!!」

 

急激に色褪せ、まるで“枯れた”ように崩れ始めた夕美の体は

そのままべしゃりと地面に倒れ込み、元からそこにあったような物言わぬ落ち葉の塊と化した。

今の今まで愛梨が話していた相手は果たして何者だったのか、そもそも――“何”なのか。

 

(私が間違えるはず、ない……でも、じゃあ今の人は、何?!)

 

確実に、そこに合ったはずの種子のような何かは気付かぬうちに反応が消え、

目の前で実際に話していた人間は、文字通り崩れ落ちて消えてしまった。

 

 

『向こうも面白そうだから、ね?』

 

 

「…………っ!」

 

結論が即座に導けそうな問題ではない、

ならば最後に夕美が呟いた言葉、まるで別の場所で何が起きているか知っているかのよう。

別の場所――そんなもの、今の状況では一つしか該当しない。

 

「卯月ちゃん……!」

 

経典の反応が身体に響く、異常事態を示す信号ではなく所在地を伝えるための共鳴。

これを頼りに進めば卯月達と合流することは簡単だが

 

(原理は分からない、でも……向こうにも“夕美”は居る!

そして一部始終をどこかで見ているはず!だったら――)

 

 

早く向かわなければ

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

異形

「ぜぇっ……ひゅぅ……お、収まった……のか?」

「え、えへへ……助けに、来ました♪」

 

 

漂う冷気は残っているが、かなり収まった方である。

部屋の中心には体を震わせるものの、敵意を発してしまう様子は無い、それどころか

 

「もう、出ないの?」

「出そうと思って出してたわけじゃないしな……」

 

元々が意思を完全に無視した発現、収まったからといって制御ができたわけではない、

それどころか卯月が触れたことにより

 

(回収、されたのかな?だったら、確かにもう氷は出せないはず)

 

凛に触れた時、一瞬で発作が収まったように

奈緒が卯月の手を取った瞬間、凍り付いていた氷塊が即座に音を立てて割れた、

魔術で強化されていないただの氷と化した以上、簡単に壊すことが出来たのだ。

そして、以後部屋の温度も奈緒の体温も元通りになり、こうして安定に至る。

 

「もう大丈夫です!ばっちり!」

「良かった……ありがとう、何をしたのかは分からないけど、奈緒が助かったから」

「本当、これ……何だったんだ?」

「それはー……えーと」

 

説明をしていいものか、あまり他言するには向いていない内容、

ここで卯月は、既に同じ疑問を感じていた凛の思考と一致することになる。

 

(……愛梨は、どうして出てこないの?)

(愛梨さん……大丈夫、なんでしょうか?)

 

 

――タッタッタッ

 

 

「何かあったの?!ここで騒ぎがあったって聞いたよ!」

「あ、さっきのお店の人だな、もう終わったぞ!」

 

 

(夕美……さん!)

 

ここで舞い込んでくる、もう一人の登場人物、夕美。

ただの“知っている人”として接触する美玲とは別に、

卯月と凛は彼女を既に疑いある人物と考えている。

――そして、当たっているのだ。

 

(姿を見せた?それも、堂々と……?)

 

だが答えを知る由もない凛、そして卯月は“疑い”の域を出られない、

少なくとも親切な人である印象は強く、加蓮や奈緒の前では今日の今までそうだった、

だから、接近してくる彼女を止める手段は厳選しなければならず

 

「まだ危ないかもしれないから、少し離れていた方がいいよ」

「でも、美玲ちゃんは終わったって」

「念の為」

「奏さん、ここで何かあったのかな?」

「……今は大丈夫よ」

「奏さんが言うなら大丈夫だねっ♪それじゃあ――」

「止まって!!」

 

 

確証は導けなかったが、思わず叫んでしまう。さすがの夕美も、足を留めた。

凛は観察により動くタイプ、このような直感を重視する人物ではない、

が、それでも夕美を、近づかせてはならないと頭が警鐘を鳴らす。

凛は落ち着いていない、傍から見ればそう捉えられてしまったのだろう。

 

「どうしたの?彼女が誰か知らないから警戒しているかもしれないけど――」

「……知ってるよ奏さん、奈緒と加蓮に紹介してもらった人だから」

「だったら」

「でも…………駄目、止まって」

 

よく考えてみれば何故、夕美はこの場に訪れたのだろうか?

野次馬にしては積極的すぎ、知人の危機としては奈緒や加蓮はそこまで近い人物ではなく

そもそも遠方から今、いったい何があったのかと聞きながらやってくる人物が

この現場で奈緒と加蓮が関わっている案件であるなど知るはずもない。

 

(やっぱり、おかしい――)

「……分かった、じゃあここからでいいよ」

「!」

 

意外にも素直に、凛の制止を聞いて引き下がる夕美。

杞憂だったのだろうか?否、彼女は紛れもない、愛梨と交戦した夕美その者である。

ここからでいい――何を、という部分を勝手に会話であると解釈したのは

凛の想像力が足りなかったから。いや、普通は予期など出来るはずがない。

 

 

 

「ここからでも、届くから」

 

 

ズルンッ――

 

 

「な――」

 

夕美の姿を象った地面の影が、瞬間的に人の形を大きく逸脱する。

影のみが、ではない、本当に夕美の姿――右腕を中心に嫌悪感、

気を刺激する音色を発しながら、歪に伸張し

 

「目的は、そこ!!」

 

呆気に取られている間に、夕美の意思を持った“攻撃”が繰り出されていた。

目標は、直線上に並ぶ凛と奏――その脇を掠め、先に佇んでいた

 

(しまっ……反応が――!)

「卯月!!」

「あ――」

 

 

グシャッ!!

 

 

 

「っ……!あ、あれ……?」

 

改めて、伸びた彼女の腕は太い木の“つる”が幾重にも巻き付いたような

見ようによってはグロテスクな肉塊を想起させる、攻撃的なもの。

破壊に長けたような形状で卯月の体へ迫った槍は反応する間もなく彼女を貫いた。

――ように、思えたが

 

「……ん?」

「うづっ……!」

 

 

「凛ちゃん……よく、彼女をあの場所で止めました。おかげで、間に合いました」

 

 

ボロッ

 

 

「人を“護る”のは、得意分野ですから」

「愛梨!!」

「あれ?もう戻ってきちゃったの……うーん」

 

襲い来る攻撃と標的の間に割り込んでいたのは、

逃がした夕美を即座に追いかけ、こうして窮地に寸でのところで間に合った愛梨。

あと数秒でも早く攻撃が始まっていれば、卯月は大きな痛手を避けられなかった。

そして、ようやく場は状況をゆっくりと理解し出す。

何が何やら分からないうちに怒涛のように押し寄せた異常事態、最初に我に返ったのは

 

「何……?夕美!あなた、それは一体なに!?いや……あなたは誰!?」

「私?私は正真正銘の夕美だよ、奏さんっ」

 

自身の知る姿、性格、何よりも戦闘能力とかけ離れた異形を持つ夕美、

あまりにも乖離しすぎていた彼女を彼女と認識するのは頭が追い付かない。

しかし当の本人は自身を間違いなく夕美だと言い張り、挙句

 

「ここは色んな人が居たから、丁度良かったの♪ちょっと、物足りなかったけどね」

「私の訓練生に何をしていたの!?」

 

露見し出す、なぜ夕美は人が大勢居たこの村に滞在していたのか、

商売人ではなく、何を売ろうとしていたのか、その企て。

 

「嫌だなぁ、物足りないっていったでしょ?

ほとんどの人は“資格”が無かったから、何もしてないよ」

「…………」

 

 

「刺客……?何の事なの!?奈緒がこうなったのは、あなたのせいなの!?」

 

話を黙って聞いていることが出来なくなり始めたのは奏だけではない、

夕美の発言が真なら、助かったとはいえ奈緒が危険な目に遭ったのは

 

「半分当たりかも?」

「なるほど、半分は当たりなのね?」

 

 

――キィンッ!!

 

 

「じゃあ、あなたのせいよ!!」

「ちょっ!か、加蓮――」

 

奈緒と比べ魔術適正が比較的高い彼女は自らの手できちんと魔術が放てる。

黒い感情をそのまま腕に込め、自身で集約できる“ありったけ”を、塊に乗せて投げつけた。

 

 

ドシュッ!!

 

 

「んっ……!あつ、熱つっ!」

「く……」

(ふざけてる……!私の攻撃、見ていたのに“何もしなかった”……!)

 

愛梨が卯月に対して放たれた攻撃を防いだように、基礎の魔術として存在する結界、

対人戦では力量の差関係なしにダメージを防ぐための常時展開が基本。

だが、夕美が加蓮の攻撃に対して防御の姿勢すら取らないまま被弾、それはつまり

 

(身を守る必要すら、無いって言うの?!)

「加蓮ッ!?何してんだ!?」

「奈緒!奈緒がこんな目に遭ったのは、今の話を聞いてたら夕美さんのせいよ!

今まで良い人だと思ってたのに……騙したんだね!?」

「騙してなんかいないよ」

 

 

木の幹に近い腕が、熱されて少し濃い色へ変化した程度、

まるでダメージを受けていない体は、それでも多少なりとも変化した体の一部を

文字通り“生え変わらせ”た。

 

「ひっ……!?」

「あはは、やっぱり驚く?私、お花や植物が好きなんだ。好きで、こうなっちゃったの」

 

思わず発してしまった恐怖の本音、漏らした悲鳴、

しかし致し方ないのも事実、まだまだ訓練生の立場である彼女達に

これほどまでの衝撃的な化物の相手は、一歩も二歩も早すぎる。

そして夕美も分かっている、加蓮と自身が対峙する理由が無い事を、

もちろん、争う動機が無いなどという平和的な理由ではない。

奈緒ならまだしも、と前置きをしてから

 

「お花に選ばれなかった加蓮ちゃんに、興味は無いかなって」

「ッッ……!!」

 

 

「それで、せっかくお花に選ばれた……凛ちゃん、奈緒ちゃん」

「…………」

「私もどうしてか分からないけど、いつの間にか“消えちゃった”ね?どうしてかな?」

(……体内に宿った“種子”が、消えたってこと、だよね)

 

夕美は一行が持つ経典を知らない。

種子の存在は遠回しに知っているようで、愛梨の問答――今、凛はその情報を持っていないが

それによると、どうも“異能の種子”とも異なる物質。

とはいえ、効果は打ち消す事が出来るらしく、夕美が問題視しているのはその点。

 

「私、思い返してみたんだ……

そうしたら、あの花を渡した時に……変な反応をした子がいたな、って思い出したの」

 

 

『かっ、枯れちゃいました……!すっ、すいません!』

『……私も初めて見た。卯月ちゃん、お花さんに謝っておこうね』

 

 

「卯月ちゃん」

「……!」

 

夕美が自身の“分け与える力”を封ずる力を持った人物が

卯月の実力もしくは体質など、とにかく彼女が関係していると判断するのは必然であった。

 

「卯月ちゃんは、私のお花を枯らしてしまう悪い子なんだ」

「いえ、私は――」

「これから私は色々な人に、才能っていうお花を咲かせてあげにいかなきゃいけないの。

なのに、たぶん……いや、絶対に……卯月ちゃんは居ちゃいけない」

「しまむーに手を出すなー!」

「させないよ」

 

元から説得など出来ない、夕美と卯月の間へ立ち塞がるように佇む未央と凛。

一方で事情を知らない人物から今の状況を見れば、まるで理解が追い付かない内容ばかりで

 

(彼女は……何を言ってるの?これは、何の話なの?……でも)

 

 

チャキッ

 

 

(とにかく、野放しにすると……いけない)

「奏さん」

 

少なくとも、夕美が危険人物であると認識を定めた奏だが、

即座に武器を手に精製しようと動かした手は愛梨に制止されてしまう。

 

「危険ですから」

「でも――」

 

 

ガギィンッ!!

 

 

「――ッ?!」

「……見えていましたか?夕美さんは、あなたの知っている普通の人ではないそうです」

「愛梨ちゃん、凄いね?私、けっこう本気で頑張ってるのに」

 

奏の目の前で結界に阻まれ、グシャリと変形していた太い木の幹、

完全に射程外だと思い込み油断していた彼女の上半身に凄惨な損傷を負わせるには十分だった。

――ここに愛梨が居なければ。

 

「……うーん、決めた!」

 

 

「ここは目立つし、私もお花を枯らしちゃうような子と直接戦いたくない……

だから今は、逃げちゃえって思ってたの♪」

「逃がすと思っているんですか?」

 

一見、異形の夕美は奏すら圧倒する力で優位に立っているようで

実は愛梨に対して有効打を一発も撃たせてもらえず、逆に詰んでいる状態、

このままズルズルと長引くより撤退の道を選んだのは賢明かつ合理的。

 

「さっきとは違います、この周辺は既に私が結界で押さえていますから」

 

愛梨も、むざむざと逃がしてしまうつもりはないようだ。

撤退される可能性を先に考慮し、いち早く周囲を取り囲む結界を構築、

強度は折り紙付きで夕美がどう頑張っても破壊は不可能なほどに頑丈なものを、だ。

 

「わざわざ私の為に?」

 

興味津々に周囲を振り向く。結界は視覚に反応しないのか、

それとも相当に遠方から展開されているのか、視認が出来ないらしく

実物を見れない夕美が少し残念そうな顔をした直後

 

「でもごめんね♪謝っておこうかな、先に」

「……何の話ですか?」

「もう私、とっくに逃げた後だから」

 

 

グシャッ!

 

 

「うおぉ!?く、崩れたぞ!?なんだぁ?!」

 

愛梨が、これを目撃するのは二度目。

――二度も、同じ手を使われた。

 

「……これは、枯れた植物?」

「また、やられてしまいましたか……」

 

目の前で対峙していた“夕美”は、どのタイミングで入れ替わったのか、

そもそも最初から本人などではなかったのだろうか。

 

(原理や理屈は分かりませんが、とにかく“本体”は早々に逃げた後、ですか)

 

 

「もう、逃げてしまったようです……みなさん、大丈夫ですか?」

「……うん」

「私も奈緒も、大丈夫」

「こっちも大丈夫よ。……でも、気になる事があるの。

あなた、いったい何者?名前は確か、愛梨……だったわね。有名な人、かしら?」

「実はウチも気になっているんだけど、どうなんだ?」

 

それほどでもありません、とはぐらかしつつ返事をする。

肩書きは大きい、そして知名度は高いはず、それでも愛梨が愛梨本人と結び付けられないのは

ひとえに“そうであるはずがない”という固定観念。

 

「愛梨さん……あの人は、いったい?」

「私も分からない事が多いですが……今分かっている事と、予想の話をしておきましょう」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行き違い

「それでは、移動しましょう」

 

彼女に理由を問う者はいない、それだけ信頼されている。

奏は自らが請け負う訓練生一同を連れて村を発つ、漏れが無いように名前を挙げながら。

――しかし、その名簿の中に、居るはずの名前が無い。

 

(特別な力を与える道具……本当に、そんなものがあるのかしら)

 

 

『今の所は、力を巡った争いもごく一部の知っている人物だけで行われているようですが

彼女のような……悪意を持って拡散しようとしている者が居ると分かった以上、

これからは様々な、想像を超えた力が台頭するでしょう』

 

 

(もしも存在するとして、だったら――)

 

少なくとも、実力も立場もある程度は兼ね揃えた人材だと自負している、

だというにも関わらずそれらの道具や超常現象に、奏自身まるで心当たりが無く

 

「私も調べる必要があるのかしら……あの“二人”みたいに」

 

実際に目の当たりにしてしまった驚異的な力、

それらの対策を練る猶予が与えられたのは幸運だろうか。

 

 

 

 

 

動き出したのは奏だけではない、彼女と同じく目の前で力を目の当たりにした人物もまた

「…………」

ただ一人で森の中の道を歩む人影は

自身を思ってくれていた友人に放たれていた言葉を思い出し、苦い表情を浮かべていた。

 

『半分当たりかも?』

 

 

「――だけかよ。半分、だけなのかよっ!」

 

本来矛先を向けるべき相手が居ない怒りは、たまたま近くにあった大木へ振るわれる。

暴走させられ強引に発動した氷の魔術は使えないが、本来持っている彼女、奈緒の力量は

上乗せされた怒りも相まって容易く幹を薙ぎ倒す。

 

「加蓮も私もあの、夕美……さんが原因だと思った、でもあの人は半分って言ったんだ!

それってつまり……残りの半分は、あたしの力不足が原因って言いたいんだろ!?」

(偶然手に入れさせられた力を操れなかったから、あたしのせいなのか!?

そんなわけない、あたしもたまたま助かっただけだ、下手すると――)

 

 

自分以外の人物も、大勢巻き込んでいた。

 

 

(……くっ!)

 

奈緒は自身の窮地のあの場においても周りの人物に離れろと告げ、

実際に加蓮を部屋の外へと脱出させ、卯月達の接近も言葉で中止させようとしていた。

そう、彼女は正義感がある。ゆえに今、大きな決断を済ませて“一人で”目標を定め、

達成の為に歩き出そうとしていたのだ。

 

「このまま知らない顔して、少しづつ力をつけるのか?……そんな事してる間に」

 

――自分と同じ窮地に陥るやもしれない人物が現れる可能性がある、

偶然助かる奇跡はそうそう起きない、助ける方法も理解できていない。

 

「だったら……あの人を、止めるしかない……それが、あたしのやるべき事だろっ……!」

 

いくつもの順序を吹っ飛ばした結論だが、この考え方こそ奈緒らしさ。

出来るはずがない、出来ないに決まっている、元はマイナス思考が強い彼女だが

影響が“自分以外”に及ぶ場合の行動力は反動で凄まじい真逆ベクトルの思考を発揮し、

一切の自身を省みない、目的達成の為に直進を続ける。

 

「こんなあたしの自分勝手に、巻き込めないよな……加蓮、ここでお別れだ」

 

そして、一人で道を進む理由も同じく、だ。

 

 

 

 

 

「ねぇ、奈緒……私をパートナーにしてくれてから……一緒が多かったよね」

 

残された者――いや、残したはずの者は、やはり同じ思考へ至っていた。

隣にいるべき者の不在と、それにより改めて対面する自身の考え方。

さらに、示し合わせたように結論も同じ。

 

「私の方が実力も体力も、ほとんどが低かったのに一緒……どうしてだと思う?」

(……それはね、私を守るようになって奈緒が本来の力を出せていなかったからだよ)

 

知らず知らずのうち、奈緒は彼女に合わせていた。

加蓮は弱くは無い、しかし比べてしまえば差は大きい、

そんな彼女を守って、そして仲間であるからこそ極端な実力差は出し控えて、

気が付けば加蓮は奈緒に枷をつけていた。

 

「だからこうして、少し離れようと思うの」

 

今回の一件で踏ん切りがついた。

こうも堂々と、過程はどうあれ奈緒の中に眠る素質を見せつけられては、

同じ道具を手にする資格も無いと言い放たれては、情けなさで苦しい――

 

「でも安心して、ずっとお別れじゃない……次に会う時は、きっと強くなって帰って来る」

 

別れる決心をしたのは、自分の実力が劣っていると明確に感じたから、だけではない。

その一方で、加蓮は見てしまった、聞いてしまったのだ。

 

「奈緒みたいに才能が無くても、強くなれる方法……

ふふ……ごめんね、奈緒。これを話すと、絶対に私を止めるでしょ?」

 

 

(ここからあたしは)

(だから私は)

 

 

一人で行く――――

 

 

 

 

 

「心配?」

「……はい」

「でもしまむー、奈緒ちゃんも加蓮ちゃんも何で出て行ったかは分かんないんだよ?」

 

もしかしたら危険を感じて安全な場所まで帰ったのかも、とは意見した未央だが

実のところそうではないと薄々感じてはいる。

 

(昨日、愛梨さんが説明した……種子とは言わなかったけど、

それでも夕美さんが使ったあの力、それに効果は……ほとんど同じだった)

 

現在の世界における勢力図は、当然ながら力の強いものが大きな勢力となっている、

しかしこの強さの基準がこれらの異能によって崩壊してしまえばどうなるか。

そして今後その可能性があると、目の前で実際に力を見て知ってしまえば、どう動くか。

 

「なぁ、あいつ等って、その力を探しに行ったのか?」

「……だとしても、難しいだろうねぇ」

「見つかるはずない……けど」

「けど?」

 

経典のような手がかりがあれば、それでもこうして困難な旅路だというのに

手ぶらで手がかりも無い捜査は大海原で海底の宝を探すようなもの、不可能に近い。

が、お宝ではなく危険に遭遇する確率は、大幅に高まってしまう。

 

(他に同じように、種子の力を知っている人物が……二人を狙うかもしれない!)

 

種子は集めれば集めるだけ力になる、そして情報を知る人物は少ない、

必然既に種子を持っている人物は、同じく既に種子を持っている人物から強奪する作戦を取る。

もしも奈緒と加蓮が欲に駆られて種子の捜索に手を出したならば――

 

(それでも承知で、何かをしようと……)

 

 

「……しまむー、二人は心配だけど……私達も行かなきゃ」

「うん……分かってます、けれど……」

「だから行かなきゃ。何かが起きる前に、私達で止めるの」

 

しっかりと目を合わせ、肩を両手で掴む。

強く芯のブレない瞳の視線は、迷いの生じている卯月の目を導き、正す。

 

「……はい!」

 

最善の選択が分からないなら、仲間を信じて進む。

自覚しなければならない、まだ自分達は冒険の初心者であり

全てを拾う事は出来ないと、つい最近言ったばかりではないか。

 

「見える所で起きた問題は拾って行こう、でも……去る人をこっちから追うのは、

今の私達じゃあ、まだまだ早い」

「そのためにも早く立派にならなきゃね!しまむー!」

「凛ちゃん、未央ちゃん……くよくよしてちゃ、駄目ですね」

 

 

(奈緒ちゃん、加蓮ちゃん、何か考えがあって……行っちゃったんですよね?)

 

 

その考えが……もしも、悪い事なら――――

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三幕 - 玩具 -
小悪党


「あー……」

「ううう……」

「二人とも、引き摺りすぎだって」

 

一行の冒険に進展が無い、それどころか各所で亀裂を巻き起こす事態、

凛は仕方がないものと割り切れてはいるが残りの二人はそうはいかない、

何よりも、気が合い仲も良くなった面々が、先の分からぬ道を選び発ったとなれば猶更。

 

「私達と目的が同じなら、どこかで会うかもしれないし」

「……そうですよね」

 

味方か敵かは分からない――と、喉元まで出かかった言葉を抑えて。

奈緒や加蓮が欲で動く人物かはさすがに分からない、

危険をいち早く認識して去ったのかも分からない。

だが人型の生物というのは“目的”に対して、強い力を発揮する事も、あるのだ。

 

「……?」

(卯月はいい方向に傾いたみたいだけど)

 

とにかく今は次の中継地点となる村まで進むことにしている。

この前よりも距離は短いはず、疲れが頂点に達しないうちに、ゆっくりと進むべきだ。

 

「三人とも遅いぞ! ゆっくりしてたら陽が暮れちゃうだろッ!」

「まだ明るいから大丈夫ですよ美玲ちゃん」

「そんなコト言ってたら、前みたいに何が起きるか分からないんだからなッ!」

「分かった分かった! でもそんなに走り回っちゃ危ないよ? ここ狭いし」

「へん! ウチが森の中でどれくらい過ごしてたか! これぐらい――」

 

ズボッ!!

 

「のわーーッ!?」

「美玲ちゃん?!」

 

突如、獣道を走っていた美玲の姿が垂直に消えた。

平坦なはずの道筋に現れた大口、地面の穴へと彼女が吸い込まれるように落ちる。

慌てて一行が駆け寄ると小柄な体格の彼女がすっぽりと、凹んだ地面に収まったまま

 

「あ……浅かった」

「……ぷっ」

「な、なんですか? これ……」

「笑うなッ! 恥ずかしいからッ!」

 

大した怪我は無く、笑い話のような雰囲気で場は和む。

綺麗に引っかかった体を卯月と凛が引っ張り上げ、

落ちた当人は背中の泥を払いつつ彼女を嘲笑った穴に悪態をつく、

どうして道の真ん中に穴が開いているだの、そもそもさっきまで開いていなかったなど

 

「嘘じゃないからなッ! 本当に穴が開いてたら落ちてないモン!」

「またまた美玲ちゃん、途中でいきなり道に穴が開くなんて

こんな場所じゃあ普通ありえないよ」

 

そう、普通は考えられない。

未央の頭にほんの少し、本当に一瞬だけ過った考えは『誰かの悪戯かも』である。

しかしこの可能性は限りなく低い、そもそも悪戯ならば何故こんな場所に仕掛けがあるのか、

ここは人通りも少なく村からは離れている、獲物が掛かる事など滅多に無いだろう。

 

だが、とある一つの可能性を考えれば、矛盾は解消される。

残念ながら一行がその可能性を考える事は無かった、が、

美玲を手助けする卯月と凛に対し、手持無沙汰の未央は偶然にも背後に振り返る。

 

 

ヒュルルルル……

 

 

「……は?」

 

刹那の認識であったが、少なくとも自然の生物ではなく

それどころか明らかな人工物の角ばり、そして軌道に残る白煙。

これほど自己主張の激しい色味と形状を持つ物体を

たまたま振り向くまで一切気が付かなかったと思うと不思議に感じ、その次に思ったのは

 

「危な――」

 

 

ドゴォンッッ!!

 

 

ギリギリで未央達の脇をすり抜け、そのまま数メートルほど離れた地面へ落ちた“それ”は

着地と同時に激しい爆発音と、地面や木々を破壊する衝撃を発する。

もしも未央が気付かず、軌道も反れる事無く全員を爆破の中核が襲っていたら――

 

「こ、攻撃!」

「そんな、いきなり……!?」

「なんだなんだ!? 今の爆発ッ!?」

 

不意により混乱を巻き起こす目的の初手であるならば大成功だろう。

実際、完璧な虚を突かれた一行は落ち着く暇なく状況の理解に追われる羽目となる。

この場へ向けて第二射が飛来したならば、まるで対抗策の用意できていない彼女達は

二度目の偶然を起こさぬ限り壊滅的被害は免れなかった。

 

「アーッハッハッハッ!!」

 

――そう、実際に第二射は放たれなかった。

それどころか絶好の機会を棒に振ってまで森に轟かせられた威勢の良い大声、

ついでに咳き込む声も聞こえたが、それは身を隠していたはずの

射手の居場所を容易に晒け出していた。

 

「何? ……だ、誰?」

「聞いて驚きなさい! アンタ達を仕留めるのはこのアタシよ!」

「あの道具……まさか、さっきの爆発は!」

「そうよ! この特性レイナサマバズーカは、アタシの敵を木っ端微塵にする力があるのよッ!」

 

ふざけた名前をつけられた道具、それも持っている人物は子供も子供、

美玲と見た目の年齢は似通っていても人と獣の種族差は、確実に肉体の年齢が異なる。

しかしそんな武器らしき道具も見た目は立派な重火器、

実際に先の爆撃がこのバズーカによるものであれば、驚異的な武器である。

 

「ウチらに何の用だ! 危ないだろッ!」

「うっさいわね! 目的はアンタじゃないわ、黙ってなさい!」

「じゃあ何で私達を狙ってるの?」

「それは当然……そこのアンタ!」

 

びしりと差された延長線上、少女の目標となる人物、それは卯月。

物資でも全体でもなく一人だけの宣言、対して卯月は相手にまるで心当たりが無いが

 

「まさか……!」

「この力があれば、レイナサマの新たなる伝説の始まりよッ!

 あいつ、えーっと……とにかく、アタシの為にここでくたばりなさい!」

 

レイナ――麗奈と間接的に名乗った少女が、半ば勝手に吐露し出す裏側、

あいつと示された第三者、そして力、様々なキーワードに心当たりが浮かび上がり

最終的には確信をもって感じる、襲撃は形を変えて続いていたのだ。

 

「やっぱりこれは、あの人の……!」

「まさかこんな手段で来るとはね」

 

恐るべきは昨日、あれだけ卯月と凛を苦戦させた元凶、

それらは何も特別なものではなくこうして数を撃って繰り出せる手段であった事。

相葉夕美――彼女が奈緒に分け与えた力、それと同様の何かを麗奈にも与えたのかもしれない。

その対価、もしくは更なる力を報酬にして、島村卯月を討てと。

 

「ばら撒いてる……奈緒で実験して、もう完成したのかそれとも……」

「まだ別の手段で、力を与える方法があるのかも、ね」

「だったら猶更――」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ!」

「っ! またあのバズーカが飛んでくるぞッ!」

 

バシュンッ!!

 

ドゴォンッ!!

 

「うわぁッ! ぐ……なんだよコレ! 卑怯だぞ! オマエ、降りて戦え!」

「チッ、運の良い雑魚ね! そこからアタシの攻撃を指を咥えて見ていなさいッ!」

 

砲撃は幸い、爆発の被害が及ぶような位置に着弾はしていない、狙いは甘いようだが

とはいえ威力は折り紙付き、そしてこの麗奈との距離間が戦いを容易には進ませない。

思わぬ角度から即座に降臨した刺客、戦いはいつも唐突に――始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

悪戯道具

時は遡り、およそ一時間ほど前。

静かな森の中でせっせと仕掛けを構築する少女が居た。

 

「フフフ、ここなら誰かに見つかることもないし、絶好のポイントよ!」

 

パンパンと叩く地面、目を凝らせば深く掘り返した跡として色が変わっているが

村と村の長距離移動が行われる道中、特に何もないこのポイントの地面を注視する事は無い。

彼女、小関麗奈が落とし穴を仕掛けたのは、そんな場所である。

そして長い待機を経て、一人の人物が彼女の罠へと足を踏み入れたのだ。

 

「……アハッ!」

 

物陰から身を潜めて見つからないように逃げる、が当初の計画なのだが

道を歩いていた人物が自らの仕掛けた落とし穴へ見事引っかかる様子を見て、

思わず成功のガッツポーズを高台で披露してしまう。

 

「ほぼ一時間待った甲斐があったわ! アーッハッハッハ……ゲホッ、ゴホッ!」

 

手柄の証明は勢い余った高笑いの反動で締まらない結末となったが

きっと穴の底に自己の存在は伝わっただろう、となると次に見てみたくなるのは

罠に引っかかった人物が、どのような悔しい表情を浮かべているか、である。

 

そのまま逃げていればいいものを興味が先行して歩を進め、

もうすぐ麗奈が穴を覗き込める――そんな位置に辿り着いた時であった。

 

「面白ーい♪」

「……えっ?」

 

「初めまして、私は相葉夕美。あなたの名前は?」

(あれ? アタシ、コイツが落ちたの見たわよね? なんで……後ろにいるの?)

「……あ、やっぱり名前はいいや、別に。それにしても……“私”は衝撃に弱くて、

こんなところで一つぶん使っちゃうなんて、弱っちゃったなぁ」

「ひ、一つ? 何の話よ!」

「あー……そっか、分かんないよね」

 

この時、麗奈が穴の底を確認しなかった――する暇がなかったのは、ある意味で幸運だろう。

一メートルほど下を覗き込めば彼女の真後ろに佇んでいる夕美と全く同じ姿、

それでいて各部位が損傷している“もう一つの夕美”の凄惨な光景を見てしまっていたから。

 

「……ねぇ、代わりに手伝ってくれない?」

「ひっ」

「あ、逃げちゃダメだってば」

 

添えられているだけのはずの手を振り払うことが出来ない。

まるで張り付いたように剥がせない、そして夕美の視線から目を逸らすことも出来ない。

 

「何も難しい事じゃないよ? それに、道具なら貸してあげる」

「な、何よ! アタシは自前のが――」

「そうじゃないそうじゃない、それに……そういう主義があるなら、余計に好都合かも?」

 

何が何だかといった麗奈に夕美は淡々と話を進め、

彼女の眼前にしっかりと見える様、例の“花”を差し出す。

卯月達が正体を見極めようとしている物が、あっさりと。

 

「“これ”を使えば向こうも戦わざるを得ない、

 あなたは私の代わりに……もうすぐここを通る四人組を倒してもらおうかな」

「ちょっと! 話を勝手に進めるんじゃないわよ!? アンタ何者なの!?」

「うーん……言ってもいいけど、知らない方がいいと思うよ? だから……

誰か分からない人に脅されてやったって言えば、たぶん許してくれるって」

「っ……た、倒すって……」

 

倒すとは、つまり何をするか――しかしこの場で即刻、夕美の命令とも言える誘いを

拒否する勇気は湧いてこない、仕方のない事である。

だが、いざ夕美から差し出された“花”を言われるがまま手に取り、

譲り受けた“力”を手にすれば、麗奈の中に残っていた僅かな後ろめたさや

理解が間に合わない展開の急さなど、些細な事は全て放り出されてしまい

 

(……これ、使ってみたい!)

 

 

 

 

 

「思っていたより凄いじゃない……! アイツがなんだったのか分からないけど

 貰えるものは貰っておくわ! この力があればあの――」

「あそこです!」

「ん? チッ、まだくたばってなかったのね!」

 

そして今、麗奈は新たな道具を手に入れた。

言い訳も用意され、さらに自分自身の興味を抑えきれない彼女が

迂闊に凶行へ走ったのは夕美の理想通りだろう。

 

「どうして私達を狙うんですか!?」

「新しい道具が完成したら試したくなるのが普通でしょ?

 それがたまたまアンタ達だっただけ! それに……ついでよ、ついで!」

 

夕美は力を与える相手が誰でもよかったわけではない、

遭遇こそ偶然であっても麗奈は夕美が観察した限りで非常に良い条件が揃っていた。

不特定多数、無差別に悪戯を仕掛けるような性格で、その成功を楽しんでいたり

そのまま逃げてしまえばいいものを、罠に嵌った相手へ自らを晒すなど、

一見詰めが甘いようで、自己主張の激しい性質であるとも言えるだろう。

そして、程度や加減の分からない未熟な子供――理想通りに動くのは目に見えていた。

 

「あんなのぶっ放しちゃ危ないって分かんないかなぁー!?」

「早く止めさせないと! 私達も危険です!」

「そんなの分かってるけど、どうやってアイツに近づくんだ!?」

 

麗奈に遠慮は無い、卯月達が抵抗こそすれ報復に痛めつけてくるような立場の人物ではないと

夕美から事前の情報として伝えられていた、攻撃が緩む理由がない、

今の麗奈は新しい玩具で遊ぶ子供そのもの。

 

「私があの子を止める、だから……私が近づく隙を作って」

「それしかない、かなぁ……よし、だったら!」

 

平和解決が困難と分かれば、強硬手段を取るしかない。

とはいえ夕美の予想通り、卯月達は麗奈を仕留めるではなく落ち着かせる、

無力化させるといった想定で動き、そのためには接近する事が大前提、

遠距離攻撃は魔力の関係で卯月が実行すると大怪我をさせかねない。

 

「かかってこい! 未央ちゃんはここにいるぞっ!」

「ようやく隠れるのを止めたわね! 望み通り、レイナサマバズーカの餌食にしてやるわッ!」

 

「今です!」

「分かった!」

「あん? 二手に分かれてたの!? ちょっと待って、そっちは……!」

 

囮となって注意を逸らさせる未央、その隙を突いて動いたのは凛。

木の枝を足場に高所から狙いを定める麗奈が標準を合わせにくいと思われる

低い木々の隙間を走り、一気に接近してしまおうという算段だ。

 

(狙いをつけるまで時間がかかるはず、その隙に私が――)

 

カチリ

 

「え――ッ?!」

「そっちは……地雷原よッ!」

 

パァンッ!!

 

 

 

「り、凛ちゃん!?」

「しぶりんっ!?」

「アーッハッハッハッ! いつアタシがバズーカ砲だけしか作ってないって言った?

 レイナサマ印のスペシャルな道具は一種類じゃないのよ! 踏んだ奴は即、吹っ飛ぶ地雷よ!」

「お、おい! まさかッ……」

「そんな、凛ちゃん!!」

 

煙が徐々に晴れる。激しい爆発音は周囲の木々を傾かせるほどの衝撃を巻き起こした。

爆心地に現れた影、服装に損傷は見られるものの咄嗟に防御した顔はダメージが薄い、

何よりも麗奈が言うような即死に近い被害は辛うじて受けていない凛の姿があった。

 

「……ッ……!」

「凛ちゃん!」

「運がいい奴ね、でも分かったでしょ? まだまだたくさんそこらに仕掛けてあるわ!

 手足が吹っ飛んでいい覚悟が無いなら、大人しくバズーカで丸ごと吹っ飛ばされなさい!」

 

隙を突いた接近作戦は、既に張り巡らされていた麗奈の策略に引っかかり不発となった。

そして判明する、思っていた以上に厄介な相手と戦法。

 

(言うほどのダメージはない、けど……仕掛けてある場所が分からない!)

 

この地雷は、どうも攻撃能力が高いわけでは無いらしい、

麗奈曰く極大の威力を誇るようだが彼女が夕美から与えられた力の把握が出来ていないのか

はたまた麗奈本人の実力不足か、どちらにせよ踏んでしまったから即座にゲームオーバー、

そのような可能性は低い。

 

(だけど、こんなに激しく爆発されちゃあ隠れて行っても目立って撃たれて……)

 

それでも近づくしか戦略は練られていない。

凛は自身の目と注意力があれば、徐々にでも麗奈の元へ近づいて確保が可能――

 

「っと、そろそろ移動しようかしら」

 

呆気なく言い放つ麗奈が取り出した小さなスイッチ、

何のためらいもなく指に力を込めてそれを押すと

 

――ドンッ!!

 

「え……!?」

「ケホッ、ゲホッ……! あいたたた……何よコレ、激しい……ゲホッ!」

 

確かに凛は見ていた、まだ距離は開いていたが木の上に佇んでいた麗奈の姿を。

しかし、彼女がスイッチを押した瞬間、はるか後方から爆発音と共に麗奈の声が聞こえた。

思わず振り返ると、やや黒ずんだ服の端、焦げたような跡を残した麗奈が別の木へと登る姿。

 

(い、いつの間に……!? 私が、見逃すなんてまさか……)

「何も攻撃の道具だけじゃないわ! こうしてどんな場所にも瞬間移動!

 見つからずに……は、今回は失敗したけど、アンタが近づこうとしても無駄よ!」

「そんなものまであるなんて……無茶苦茶だね」

 

攻撃、妨害、そして逃走。

麗奈が繰り出す数々の道具によって引き起こされる規格外の現象と攻撃、

奈緒の時とは違う明確な牙を剥き襲い掛かって来る“種子”に準ずる力。

 

「どうする……どうしようしまむー! しぶりんだけに任せるのも……」

「何か、きっと弱点があるはずです……それを探して――」

「そんなものはないわッ! アタシの望み通りのモノを作れるこの力に、

 恐れおののいてくだばりなさいッ!!」

 

まだ、光明は見えない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天邪鬼

「…………」

「おいッ、卯月も何か考えろよッ!」

「あっ、す、すいません」

 

戦いの渦中で上の空、最前線でないとはいえ迂闊だろうか。

しかし卯月も、思考停止で立ち惚けていたわけではない。

 

「どうにかして切り抜けないと、まだ一回もまともに当たってないから大丈夫だけど――」

「……一回も当たってない?」

 

そして、気付きの切っ掛け、天啓が舞い降りたのは美玲の発言を受けて。

思い返せば麗奈が繰り出す攻撃の派手さと高性能な威力、さらには瞬間移動など

規格外な道具の数々に踊らされていた。

だが冷静に考えてみれば、卯月達は致命的な一撃を喰らってしまった記憶は、無い。

 

「いや、だってそうだろ? あんな爆発、ウチらが耐えるのは――」

「もしかして……!」

 

ダッ

 

「おまっ、卯月!?」

「あっ! またそうやってアタシに刃向かおうとするのね? そんな奴には!」

「卯月!! 危ない!!」

 

(“賭け”かもしれないけど……きっと、当たってるはず! この予感は!)

 

木陰から颯爽と飛び出す卯月、向かうは地雷原の迂回路ではなく一直線、

麗奈が場所を変えて現在陣取っている高台。

堂々と向かいすぎているせいか一瞬で察知され、バズーカの照準が視線と合致する、

凛が制止するが引き金を麗奈が引く速度には間に合わない。

 

「おみまいしてやるわッ!!」

「しまむー!!」

 

バシュンッ!!

 

 

 

ヒュゴォッ――

 

「っ~……!!」

「さ、避けた!? いや……?」

「助かったけど、ほとんど掠ってたぞ卯月! 危ないぞ!」

 

僅か数メートル直前、弾丸の軌道が上向きになった影響で

文字通り卯月の顔面スレスレをすり抜け、はるか後方の大木に爆炎が上がった。

安堵の吐息を漏らす凛達と、舌打ちしながら次弾を装填している麗奈、

そんな中で一人、卯月だけは考えていた事が他の全員とはまるで違って

 

(やっぱり“当たらなかった”……! ただ直進しているだけの私なのに、外れた!)

 

「ったく何なのよ! 運がいいだけでレイナサマをてこずらせるなんて!」

(それに……きっと本人は分かってない! この“能力”の仕組み!)

 

好きな武器、道具を作り出せるという万能な能力――と、麗奈は認識しているだろう、

少なくとも何かを作る能力であるのは彼女の発言から間違いは無い、

だが、バズーカ砲も地雷も瞬間移動の装置も、全てにおいて“共通点”があった。

そしてその気付きに辿り着けたのは術者の麗奈はおろか、卯月のみ、

さらに確信にまで至ったのは当然、彼女だけ。

 

ドオォンッ!! ドガァンッ!!

 

「く……!」

「アイツ撃ちすぎだぞッ! これじゃ卯月のところまでも……」

「しまむーは!?」

「大丈夫、撃ってるって事はまだ向かってるはず……でも」

 

時間の問題、三人が感じる危機を前に救助へも向かえないもどかしさ。

それでも――白煙の中を走る卯月には確証があった。

決して、この大量に飛来する砲撃のただ一つも

 

 

自分に被弾する事はない、と。

 

 

「なによ、なんで全部避けられるのよ!! ぐ……もうこんなに近づいて……」

 

ダンッ!

 

「やああっ!!」

「仕方ないわ、この距離なら……先に当ててやればいいんでしょ!?」

「卯月! 跳んじゃ駄目!!」

「ばっ……馬鹿ね! 恰好の的よ!」

 

高い跳躍で麗奈へ向けて急接近するのは問題ないが空中で軌道修正は、もう叶わない。

真正面から動きの予測が簡単な卯月が向かってくる、

動揺しつつも麗奈は構えたバズーカ砲、その発射口を正確に彼女へとかざし

 

「喰らいなさいッ!!」

 

ギリリと引き金が絞られる様子が見える位置、それでも――卯月は前へ。

 

 

 

カチッ

 

「ッ…………!」

「……あ、あれ? 弾が出な――」

「やぁっ!!」

 

バキィッ!

 

「わっ!? ちょ、危な……」

 

卯月が攻撃したのは麗奈本人ではなく、彼女が足場としていた木の枝。

突如地に足が付かなくなった麗奈は重力に従って遥か下の地面へと

 

「あだっ!!」

 

身長の三倍以上もの距離を垂直にバランスを崩したまま落下、

とはいえ着地の衝撃で大ダメージを負うような高さではないだろう、

しかし一方で完全な無傷もあり得なかった。

 

「ぐぅ……ハッ!? あ、アタシのレイナサマバズーカは――」

「これの事?」

 

「あっ!? か、返しなさいよ!」

「騒いじゃダメ……うっかり撃っちゃうかもしれない」

「なっ……こ、こっち向けないでよ!」

 

攻撃の矛先が卯月に向いている間に接近していた凛は

隙を逃さずに麗奈の武器を奪取、逆に抑止力として利用する。

破壊力を最も知っている麗奈は当然、外しようがない超至近距離の銃口を向けられれば

大人しく両手を上げて無抵抗の意思を見せざるを得ない。

 

「凛ちゃん、それを下げてください」

「卯月、本当に撃ったりなんてしないよ」

「そうじゃありません」

 

「そのバズーカじゃ、相手に攻撃は出来ないんです」

 

 

 

「は、はぁ?」

「え? ……卯月、どういう事?」

「言った通りです。麗奈ちゃんが作る武器じゃ、私達は大きなダメージは受けないんです」

 

卯月の口から発せられた内容に、凛は当然、武器の所有者であるはずの麗奈も困惑する。

自ら製作した強力な武器が、まるで役に立たない宣告を受けてしまっては動揺もしてしまう。

何より、麗奈は夕美から得られた力の説明をされていた、だからこそ

 

「そんなの聞いてないわよ! アタシは好きな道具を作れる力って!」

 

言われた通り、望めばそれに近いものが生み出された、

一度に出現させられる道具の数にこそ制限はあったがバズーカも地雷も

試し撃ちやテスト段階で、満足した結果が得られていた、それなのに肝心要の本番では――

 

「本当に、望んだ道具が……作れていますか?」

 

思い返せば、麗奈の数々の道具は一向に正面からの戦闘を躊躇わさせるには

十分すぎる第一印象を与え、実際に凛はそれらに苦戦していた。

だが、こうして半ば決着がついた状況に追い込んだ時の凛の姿は至って万全、

どこにも大きな負傷を抱えずに佇んでいる。

 

「麗奈ちゃんの敵を木っ端微塵にするバズーカ、踏んだら即吹っ飛ぶ地雷、

 それと……相手に見つからず、気付かれずに移動する装置でしたよね」

「……あれ?」

「凛ちゃん、気付きましたか?」

「何よ、それがアタシの武器と道具! 見たでしょ、この威力を!」

「……そうです、威力は本当に強かった。でも、違うんです」

 

「麗奈ちゃんが言った、この道具の使う“目的”を、何一つ達成できていないんです」

「目的? 目的なんて……アタシはアンタ達を倒そうとして――」

「違う、出来てないんだ……倒すことじゃなくて、道具の役割を果たせていない!」

 

バズーカは大木や地面を穿つ大爆発を何度も引き起こして見せた、

しかし麗奈が求めていた“敵を木っ端微塵”には出来ただろうか?

地雷を踏んだ凛は即座に全身を吹き飛ばされるようなダメージを負ったか?

そして瞬間移動の装置は、その移動先を看破される事無く静かにワープできただろうか?

 

「その能力は、望んだ道具を作る事は出来ても……望んだ通りに使えない、そんな能力です」

 

 

 

「…………」

 

ぽかんと開いた口は、卯月の言葉を信じられないと言った様子がありありと伝わる。

が、彼女の発言を疑おうにも心当たりがありすぎた、信じざるを得ないそれぞれの挙動、

なぜ大量に放ったバズーカのただ一つも相手に命中しなかったのか、

外しようがない標的を目前に不発という不具合が出てしまったのか。

 

「そんな、聞いてないわッ! あいつはアタシに――」

「言わなかったのは、その方がうまく動いてくれそうだったからじゃない?」

 

知ってしまえば、酷く扱いが難しい能力である。

上手く扱おうとすると、これらの道具は全てブラフにしかならず

直接攻撃のぶつけ合いではなく心理戦、恐らくはこの少女に向いていない戦術が必要、

それならば詳細を知らせぬまま堂々と攻めさせた方が脅威となるだろう。

 

「だから私は、思い切って一直線に進みました。……当たらないと、分かったので」

「ぐ……うぅぅ……このレイナサマバズーカ、何の役にも立たないクラッカーじゃない!

 この地雷だって、ただの派手な爆竹レベルよッ!」

 

隙を突いて反撃するつもりだったのだろうか、

隠し持っていた地雷――恐らくは、殺傷能力が皆無なそれを

手の内がバレている相手に対して使い、場を切り抜ける作戦が思いつかなかったのだろう、

ヤケクソ気味にガシャンと放り投げ、地面へ仰向けに倒れ伏す、決着がついた瞬間だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽物

「卯月ちゃん、少しお時間をください」

「あれ? 愛梨さん?」

「緊急の時以外は出てこないって言ってたんじゃ……」

「どうしても確認しておきたいことがあって」

 

自身の力の大部分を割いた補助を経典に施している愛梨は、戦闘に極力参加しない、

こうして姿を見せたのも麗奈を完全に制圧できたからであり

一行が多少不利なくらいでは助言も助力も行わない。

もちろん、彼女達の成長と潜在能力を見定めたからの決定だ。

 

「麗奈ちゃん、ですか?」

「は? 誰よアンタ……どっから出てきたの?」

 

いきなり現れた相手にも態度を崩さない麗奈だが、

もはや囚われの身ではどうすることも出来ない。

それに彼女も理由など深く知らない、降って湧いて出た偶然の産物なのだ、

自身の持つ力の大きさ、そもそも事の重大さなども知る由は無く

様々な質問を前に分からないだの知らないだの、期待する情報は何一つ得られない。

 

「この力を、誰からどうやって受け取りましたか?」

「誰って……知らないわよ、名前なんて聞いてないわ。

 それに力を受け取った方法も分かんないわよ、ただ“花”を持ってって言われただけ――」

「花ですか……ありがとうございます」

 

しかし、幾度目かの質問で僅かな情報を得られたようだ。

卯月達からすれば今までと変わらない、ほぼ分からないと同義の返答であったが

事前に夕美と対峙し、彼女の発言や実際に目の当たりにした愛梨にとっては大きな情報、

間違いなく自身が見た“それ”と、今、麗奈から聞いた“それ”が、違う。

 

 

 

(あの時、私が見たのは“種”だったはずです……

 種子は誰かを苗床に花を咲かせる、なのに……触れる前から“咲いていた”……?)

 

夕美が凛と奈緒に植え付けた種子、そして植木鉢にあったはずの、いずれも“種”だが

麗奈は彼女から授けられた能力を“花”と言った。

ここに新たなズレが発生、そこから推測される今回の襲撃に使われた種子とは――

 

「それじゃあ、早く回収しちゃおうよ! 私が抑えてるからしまむー、ゴー!」

「は、はいっ!」

「いえ、その必要はありません」

 

経典による手を下す必要すらない、つまり破壊の必要が無い――

放置していても安全という結論だろうか?

実際は、もっと単純明快で分かりやすい理由。

 

「私達の足止めの為に、かなりの粗悪品を使ったようですね。

この種子は、既に枯れています。宿主の麗奈ちゃんが精神的に追い込まれたストレスで」

 

 

 

「か、枯れている……? それって、どういう事ですか!?」

「私も信じられない事なのですが……そう思うしかないんです」

 

必要が無いのではなく既に壊れているのだ。

植物の花は普通、枯れる前に新たな種を作って次の世代を産み出す。

十大秘宝に分類される異能の種子も例外ではなく、植物を参考にしているだけあって

花が咲いた後には種を産み出す。ただしその産まれる種は新しいものではなく

枯れるのを待つ状態になった場合、自力で種の状態に返る作用を持っているのだ。

 

「つまり本来の種子は、花を枯らしても再び種に戻り何度も成長する……

それに比べて麗奈ちゃんの持っていた花は一度枯れればそれまで、次の花は咲かせられない」

「……植物として考えると、あり得ないね」

「そう、だから……不完全な種と言えます」

 

異能の種子が自身を保護するための作用を、この“もどき”は持っていない、

ここで確定するのは夕美が所持している種子は、本来の種子ではないという事、

愛梨の言葉を借りるならば『不完全な種子』である。

 

「ですが不完全とはいえ“異能の種子”に近いものを相葉夕美は所有していて、

こうして気軽にばら撒けるほどに数を持っている……

もしも、これらが広く大々的に拡散されてしまえば――」

 

(そして、本来は種子の能力発現に耐えられるだけの素質を持った者のみ

 種子が反応して発芽する……奈緒ちゃんのような事態を引き起こさない安全装置。

 それを強引に無視して種子を植え付けたり、苗床無しで発芽させる彼女は一体……?)

 

 

 

(よく分かんないけど、勝手に話が進んで勝手にガッカリしてるわ!

 今なら脱出装置を使って少しでも距離を離せば地雷で逃げ切れるはずよ!)

 

と、一同が深刻な話をしている横で一人悪巧みに耽るのが

途中から存在を忘れられていた麗奈である。

こそりと静かに去ればいいものを、わざわざ道具で派手な逃走劇と自己主張をしたがるのは

彼女の長所でも短所でもあるようだ。この完璧な作戦を遂行しようと

まずは死角に回した手に脱出装置を作り出そうとして

 

「……あ、あれ?」

「どうしました? ……あっ! まさかどこか怪我してるんですか!?」

「違うわよ! っていうか、もう! アンタはアタシの敵でしょ!」

「もう終わった勝負だからいいじゃん麗奈ちゃん、で? 何があった感じ?」

 

違和感を思わず口にした結果、気付かれずに脱出してみせると意気込んだ作戦は

冒頭から破綻してしまった、が、それよりも麗奈を驚かせたのは

 

(で、出ない!? なんで!? さっきまでアタシが念じたら勝手に出てきたじゃない!?)

 

頼りの道具の数々が、何を想像し念じても一向に彼女を助けに来ない。

――それもそのはず今の麗奈はただの何の能力も持たない子供、

力を授けた不完全な種子は、戦いに敗れた影響で効力を失い破壊されてしまっていたから。

だが、これで諦める麗奈ではない。直ぐに別の作戦を思いつき、実行に移す。

 

「……あ、アーッハッハッハッ! 話に夢中でアタシを野放しにしたのが間違いね!」

「あっ」

 

作戦と呼べるほどのものではない、ただ単に麗奈へのマークが薄い今、

地力の体力でここから走って逃げだそうという算段だ。

ちなみに麗奈が完全な無拘束で放置されていたのは種子の危険が無くなったために

捉えておく必要がなくなっただけで、迂闊な油断などではない、本人は知る由も無いが。

 

「今度会った時は覚えてなさい! 今度こそ一網打尽にしてやるんだから!」

 

タッタッタッ

 

「行っちゃった……」

「構いません、もう能力を持たない普通の悪戯っ子ですから」

 

草木をかき分ける音と、咳混じりの高笑いが徐々に遠く消えていく、

元々接点の無かった一行と彼女は次に遭遇する機会があるかどうかも分からないが

リベンジを誓った少女の執念は燃え上がる一方だったそうな。

 

 

 

 

 

「…………!」

 

同時刻――卯月達とは相当に離れた、別の道を歩んでいる人物は何かを察知していた。

ピタリと足を留め、何でも無いような方角へ視線を向けながら。

 

(消えた……私のお花が、一つ。ってことは、ダメだったかな)

 

本能か、それともそういった仕組みに作っていたのか、

どちらにせよ相葉夕美は自身が放った刺客である種子の力が失われ、制圧されたことを知る。

 

「子供相手に本気でやらないだろうなぁなんて思ってたけど、違うんだ……ふーん。

でも……こっちだって順調だよ? もっともっと、増やしてあげるから。

 ……生存競争、競い合う仲が現れたら、自然とお互いが強く洗練されていくんだよ?」

 

これで負けたわけではない、むしろ戦ってもいない上に痛手も負っていない、

やはり夕美を完全な敗北へと追い込むには彼女を確保する他ないのだろうか?

そして、その確保すら困難を極める現状――まだまだ、先は長い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四幕 - 縫合 -


「今後は移動中にもどんどん誰かが襲ってくるかもしれません」

 

得た教訓、油断は禁物。

怠っていたわけでは無い、余計に注意して進もうという意味だ。

軽々と放たれる策であっては困るほどに夕美が打った手は一行にとって脅威、

人智を超えた力が何度も襲い掛かってくるなど、いくら命があっても頼りない。

 

「宿を拠点に、経典の見張りは二人ずつ……卯月は、特に狙われてるから」

「はい、ここに残ります。その代わり、調達はお願いします!」

「任せとけっ!」

 

街中の宿が確保できた時は問題ない、

しかし常に平和な村で平穏無事な一夜が過ごせるとも限らない、奈緒の一件もある。

そんな時は物資の調達を主軸に、万が一の備えを整えておくべきだと結論を出した。

幸い、滞在中の村ではそういった用意に最適な店が多く

 

「未央、お願い」

「しぶりんも、しまむーと経典をお願いね!」

「ウチは?」

「美玲ちゃんはいいんですよ? もしも何かしてくれるなら、村を歩いてください。

 それで、何か気付くことがあれば教えて欲しいです」

「分かったぞ」

 

 

 

「へー……これ、便利だね」

 

買い物の担当となった未央が、真っ先に興味を持って向かっていたのが

物資の運搬などに使われる“疑似空間”を持った荷物入れ、を扱う店。

 

「機械科学と魔術の融合……わ、分かんない……とりあえず、凄い技術なんだね」

 

どちらの知識も持ちえない未央には理解が及ばないものであるが、

要するに“見た目よりも遥かに多くの物が入る鞄”と思えば間違いは無い。

店の主人曰く、この鞄を技術面から見た場合の素晴らしさ、術者を持たない無機物の道具が

内部に疑似空間を作り出す術式を留めている画期的な――と言われた段階で未央は

話半分、興味を惹かれていた店内から去ってしまった。

 

「そっちの話は分かんないよ……ん? でも……」

 

ふと振り返れば、店主の話に聞き覚えのある単語があった。

専門用語ではなく、まさについ最近聞いたような単語――

 

「あっ……『ウィアルソ』だ」

 

熱心に話していた素晴らしい技術、魔術と機械の融合、

これらを開発したのは技術大国と言われる『ウィアルソ』だ、と。

偶然にも進行方向で通過する場所、何やら縁を感じつつも未央は道具を気に入っている、

そして実際に、試してみたくなったのだ。

 

「この小っちゃいところに、ホントに入るの? えーと、何か入れるモノ……これでいいかな」

 

手の甲を覆う籠手、それなりに頑丈な装甲を外すとその内側から手首にかかっている

いくつか輪の形をしたアクセサリが姿を見せる。

取り外した輪は鞄のサイズよりも小さい、とはいえ未央の行う実験には十分な“異物”だ。

 

「これを入れて……鞄を、ぐしゃっと! ……わお、何も当たらない」

 

普通、袋の中に何かが入っていればここまで袋は小さくならない、

この場合はリングの形ぶん、袋は歪に凹凸してしまうのだが

未央が押し込んだ袋は中に空気だけしか入っていないと錯覚してしまうほどに小さく萎んだ。

 

「なるほどなるほど……これはポケットにでも押し込んでおけば邪魔にもならないし

 たくさん食べ物も飲み物も入る、まさに四次元ポ――うん?」

 

 

 

言葉を急に切ってしまったのは、脇の小道に見えた人影が何やら騒がしく

未央の意識がそちらに向いたから。

人気のない住居の隙間、わざわざ通る必要も無さそうな場所で起きていたそれが気になって

 

「ちょっと! 何してるの?」

 

思わず声をかけると、もみ合っていた人影は動きをピタリと止める。

暗がりのせいで顔は見えず、こちらを向いているのかも怪しいが反応があったという事で

声は伝わっていると判断した未央は一方的ながら注意喚起を始め

 

「……喧嘩? こらこら! いくら路地裏なんて人目に付かない所でも

 そんなことしちゃ怪我するぞ! はいはい、やめやめ! そんなジメジメした所で!」

 

厄介ごとにでも首を突っ込みたがる、わけではない。

トラブルが起きていると解決したがるのだ。見過ごして先に進むのは、気が引ける。

どうも人影は二つ、未央が思った通り喧嘩の可能性が高く

ただ止め時を見失っていたのか、先程まで激しく動いていたにもかかわらず

第三者が声をかけただけで手を止めたりと

 

(ま、そんなに大きいトラブルじゃないでしょ)

 

ぱしゃんっ

 

「冷た……! いや、あれ? 水じゃない? じゃあ何コレ――」

「喧嘩じゃないよ」

 

ようやく人影の主が声を出す――声質から推測するに、女性のようだった。

さらに未央よりも低めの身長、恐らく同世代か年下だろうか?

そのような人物が、こんな薄暗い場所で誰と何を拗らせて、何に至ったのか。

 

(水溜り……汚れちゃったかな、靴……)

「えーと、じゃあ何? こんな場所で何してたの?」

「アタシたち、お互い合意の上で“奪い合い”シてるんだよねー」

 

奪い合い? と疑問を聞き返す直前、偶然にも大通りの方で大荷物が通過する。

鉄製品は陽の光を跳ね返し、通路が一瞬だけ灯りに照らされた。

 

 

――――

 

 

「え? ちょっと……なに、してんの……?」

「……今ので何してるか分からないんだったら……関わらない方がいいと思うけど?」

 

思い返せば全ての予兆はあった、しかし想像の範疇を超えていた。

昼間にも関わらずやや湿った路地、冷水ではない水溜り、そして――動いた人影は一人だけ。

陽の光が照らした通路、未央の目に飛び込んできたのは一つの色、赤色だけ。

 

(この匂い……赤色、もしかして……!)

「あ、そうだそうだ……これ、貰っておかないと」

 

プチッ

 

「ッ?! それ、種……じゃない、花の方!?」

「あれあれ? なーんだ、もしかしてそっちも“知ってる側”の人?」

 

未央の話を聞いているようで聞いていなかった少女が、初めて興味を示す。

そして、未央は見間違えようがない、夕美の食堂での会話でも、

後の愛梨とのやり取りでも伝えられた種子、それが咲かせる花――

 

(やっば……! この子も麗奈ちゃんと一緒で、力を持ってる!

でも、どうして私達以外の人も狙って……)

「じゃあ早くやろうよ? アタシ、もう楽しくて仕方が無いんだよねー。

 本当だとは思わなかったけど、この“花”が育っていくのを見てるとサ」

「……や、やる? 何の事? 私は戦う気なんて」

「分かってるじゃん、戦う事だって」

「うぐ……で、でも」

 

口を開くほどに逃げ道を塞がれ、もはや黙るしかない未央、

ここから逃げるには一直線の通路をしばらく相手に背を向けて走り続けるしかない、

何か得体の知れない力を持っているかもしれない少女相手に、である。

そして、それよりも未央は引っ掛かる疑問を抱いている、少女の取っていた行動だ。

 

(花を奪ってた……! もしかして、夕美は色んな人に力を与えて、

 お互い奪い合いをさせて“強い能力者”になるよう仕向けたの!?)

 

種子の特性、かなり以前だが耳にして記憶していた。

国同士が争う可能性がある程に、種子を奪って“強さ”を精錬するのは重要らしい。

この不完全な種子に同じ特性があるかどうかは分からない、

もしかすると夕美の嘘っぱちである可能性もある、が、少なくとも目の前の少女は

その特性を信じ、実感している。

 

「ちょうだい、そっちの花も!」

(私は持ってない、けど――)

 

夕美が“標的として狙うべき人物”をアドバイスのように伝えていたら、

確実に卯月を含む一行は一覧の中に含まれているだろう、当然、未央も。

 

「だったら……言って通じる相手でもない、よねッ!!」

「む!」

 

逃げる、全速力で。

何者かも分からない相手と一対一で挑むわけにはいかない。

これは逃走ではなく、卯月達を呼ぶための作戦、未央の選択は当然の行動であった

 

 

――ピンッ

 

 

「んうッ!?」

 

大通りまで数メートル、その地点で未央の片足は突如強い力で引き戻され――いや、

まるで何かに捕まったかのように、抑え込まれた。

決して早くもないが遅くもない速度で動いていたはずの体が捕まり、思わず背後を振り返ると

 

「もう逃げられないよ? ……ねぇ、片足の力で家を引っ張った経験って、ある?」

 

少女は先程の場所から一歩も動いていない、超速で未央の体を捕らえたわけではなかった。

代わりに、少女の足元から伸びる一本の――糸。見間違う事は無い、ただの糸にしか見えない、

だがその細い糸が未央の右足に繋がって、動きを封じていたのだ。

 

(なにこれ!? いつの間に……っていうか、私の足にめり込んでない!?)

「アタシの力っぽいよ、それが。

いやー……編み物の道具なんて、イタズラにしか使った事ないけどさー」

 

目覚める能力は個々の特性を活かしたもの、とは限らないようだ。

などという情報は有益かもしれないが未央が今欲しいものではない。

問題はこの糸、未央の足に埋まるような形で繋ぎ留められているコレは、何なのか。

 

「あ、糸の心配をしてる? 大丈夫だいじょうぶ、痛いとかは無いからさ。

 ……その代わり、絶対に切れないし外せないよ? だから――」

 

ピシュッ

 

「っ!? あ……!」

「はいっ、両手も繋げた! で、この糸を……引っ張ると!」

「わっ、わわわわ!?」

(通路の真ん中に、引きずり込まれるっ……!)

 

なまじ通路の出口、明るい場所に近づいてしまったせいで

暗闇から飛ぶ少女の攻撃を目に捉えることが出来ず、両手にも同じく糸が繋がってしまう。

そして、糸が撒き取られ――収縮する動きに合わせて未央の体は元の位置へと移動させられて

 

ビンッ……!

 

「うあ……っ!」

「両足は地面、両手はバンザイのまま、これで安心安全♪」

(動かない! 糸の反対側も、何かに引っかかってて固定されてるの!?)

 

「そうそう思い出した、そっちの名前……確か、未央チャンだっけ」

「っ! はは、やっぱり私達を狙ってたんじゃん……!」

「別に? アタシは狙いやすかった子を狙ってるだけだし」

「ふーん……! そんなに私は狙いやすかった、かな?」

「さぁねー、もしかしたらアタシより全然強いかも? ……でもね」

 

きっと先の犠牲者にも同じ手段を用いたのだろう、

両手足を捕縛し防御が出来ない姿勢を強制させてからの攻撃、

まさに未央が現在陥っている状況である。

少女の言う通り、糸が絶対に千切れないのであれば勝負は決してしまったのと同義、

いくら目の前で堂々と拳を振りかざされ、その動きが緩やかなものであっても、

受け止められない避けられない状況ではまともに喰らうしか選択肢は残されていない。

 

「ぐ……!」

(こんのぉ……! これくらい、引き千切ってぇっ……!!)

「無駄だよ! アタシの糸は絶対に千切れたりしないから!

だから今の未央チャン、最っ高に……無防備☆ガールって感じ!!」

 

重い衝撃音が、村の一角に響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

怪力

「……あれ?」

「どうしたの? 卯月」

「今、なんだか……揺れました?」

「揺れ? ……いや、私は分からなかった」

 

 

 

「がッ……?!」

 

能力、未央の四肢を引き延ばさせた糸。

どんなに力を込めても切断は不可能、そんな糸により無防備に晒させられた腹部へ

ゆったりと、しかし確実に力を込めた一発が振るわれた。

 

「……あれ?」

 

――はずだった。少なくとも、今まで敵対してきた相手には全て通用した戦法。

だが、未央は“今までの相手”と大きく違う要素を持っていたのだ。

 

「キャッチ……!」

「えっ? ウソっ?! だってさっき腕は家の屋根と繋げて――」

「なるほどね……その糸は“何かと何かを繋ぐ”能力なんだね? ……ふんッッ!!」

 

ガスッッ!!

 

「ぎゃう!?」

 

頭上で固定されていたはずの未央の腕は、

いつの間にやら腹部に放たれる拳を受け止められる位置にまで下がっていた。

当然、スローモーな攻撃など、普段から見ている凛の超速に比べれば防御は容易く、

面食らっている少女に頭突きのカウンターを喰らわせるまでには余裕もあった。

 

「ふぅっ…………せいっ!!」

 

メギィッ!!

 

可動域の広くなっていた両拳へ、さらに力を込めて振り下ろす。

すると、この狭い路地を構築している両脇の家屋の屋根がメキメキと音を立てて剥がれてゆく、

確かに糸は千切れない、が、重しとして繋げた先の物体ごと引きはがせば問題はないのだ。

 

「む、無茶苦茶だぁ……!」

「無茶で結構っ! 私はしまむーみたいに魔力も無いし、

しぶりんみたいにスピードも無いけど……パワーだけは自慢の力持ち未央ちゃんだ!」

「だからって、家の屋根引っぺがす……? あわわ、こりゃヤバいって……」

 

無論、全ての人間が出来る芸当ではない。しかし未央には出来た、それだけだ。

旅を始めてから活躍の場に恵まれなかった未央だが、ここにまさかの単独での勝負、

完全に誰の助力も得られない一本道で始まる死闘。

 

「こっちも名乗った……っていうか知ってたんだっけ? まぁいいや。

 そろそろそっちが名乗ってくれてもいいんじゃないの?」

「……しょうがないなー、アタシの名前、柚。喜多見柚だよ」

「柚ちゃんかー、うんうん、良い名前だね」

 

「じゃあ、大人しくノックアウトされてくれない?」

「……やだっ!」

(逃げるつもりは無いっぽい……あくまで仕留める気だね、私を!)

 

柚と名乗った彼女は未央のパワーを見ても退散する気配がない、

一直線に接近し、再び渾身の一打を浴びせようとしているのだろう、

とはいえ先程とは未央の状況が大きく変わっている、

同じように攻めては手痛い反撃を受けること確実だ。

 

「もう両手は自由だよ! どこから来ても――」

「ほいっと」

 

ヒュンッ

 

「っぶな! なるほどなるほど、でもそんな攻撃当たらないよ?」

 

片手で持ち上げられるサイズの石、なかなかの重量のものを投げつけた柚、

当たればそれなりに大きなダメージがあり、腕は自由でも足は未だ家屋に連結されたままで

移動に制限のかかっている未央に厳しいものがあったが、なんとか避ける。

この隙に接近してくるに違いない、素早く正面に向きを戻し――

 

(……待てよ? 確か“糸”が能力だったよね?)

 

直前、脳裏に過った予感、糸で繋げる事が可能となれば幅広い応用が可能。

未央が想像しただけでも数多くの戦法が思いつくこの攻撃補助能力は、投石にも応用が利く。

 

ギュンッ!

 

(やっぱり!! 戻ってきてる!!)

 

チラりと視線で振り返った背後、通り過ぎたはずの石が進行方向を逆走し、

再び未央の顔面を捕らえようと飛来しているではないか。

なんとかギリギリで気付き、上体を屈ませ射線上から逃れることが出来たのだが

 

「ひえぇっ……ギリギリセー」

「アウトーっ!」

 

ドゴッッ!!

 

「ぐぇ……ッ!?」

「今度こそ入ったよ一発、貰っといてね」

 

気を取られ過ぎた、いや、元より投石が誘導だったのだろう、

防御する暇もない鋭い蹴りが未央の腹部を捉える。

苦し紛れに反撃を試みるも、既に身を引いていた柚に拳が掠ることもなく

完璧なヒットアンドアウェイ、近接主体の未央には厳しい展開が続く。

 

「やっぱり、こういう系の人の相手は楽だねー」

「へへ……どういう意味かな柚ちゃん」

「ん? だって、近づかなければいいから。アタシはそれが出来る、絶対近づかせない」

 

糸に繋ぎ留められた体は柚に接近はおろか、ここから一時撤退も不可能、

あるのは射程外からの一方的な蹂躙、武器はなんでもいい、そもそも反撃が来ないのだ。

もはや詰み、柚も余裕綽々で勝ち誇っているのが何よりの証拠――だが

 

「ふーん……そうだ、さっき私に質問してたよね?」

「してたっけ? でも別にいいよ、もう勝負は決まったようなものだし。

 いくら怪力でも踏ん張れない片足でさっきの屋根みたいに家の土台、引っ張れる?」

「そうそう、その質問……片足で家を引っ張った経験、だっけ?」

 

「……まさか、冗談――」

「ない!」

「……ぷっ! だよねー、そんなわけないよねー、あははっ」

 

「でも……家を“壊した”経験は、ある」

「あははは……はい?」

 

準備運動、ぐるぐると回した肩と気合を込める拳。

そんなわけがない、まさか手甲があるとはいえ素手で家屋の破壊など――

 

「私の武器は拳だけど、拳だけじゃない!」

 

キィンッ!

 

「っ!?」

(何? 今、一瞬だけ……あのグローブ、光った?)

「これが未央ちゃん本気のパワーだッ!!」

 

 

ドゴォオンッッ!!!!

 

 

「わああぁ!?」

 

激しい轟音と共に、二人を直線に対峙させていた両脇の家屋のうち、

未央の拳がねじ込まれた側の家屋が大きな風穴を開け、徐々に傾いていく。

やがて、主要な柱がメキメキと音を立てて、建物は瓦礫へと還った。

 

「……ふうっ」

「ちょっとちょっと……無茶苦茶じゃん」

「無茶じゃないよ、私に言わせてもらえば魔法と反射神経のが無茶苦茶だもん」

「誰の話か分かんないケド……!」

 

(どうする? 建物も壊されるなら、アタシの糸は結ぶところも無くなっちゃうし……

 そもそも、ここまで大きい音をたてられちゃ人がいっぱい……あんまり見られたくないなぁ)

「こないなら、こっちから行くよ!!」

 

瓦礫の中から巨大な木片を掘り出し、お返しとばかりに投げつける。

柚の身体能力は察している、先の攻撃はそれほど重くなく

完璧に捕らえた相手を攻撃する戦法を取っている以上、堂々と殴り合うのは苦手なようで

 

「うわっち!?」

 

木片の回避もたどたどしい。大袈裟に頭を下げ、遥か後方に着弾した木片、

その投擲力に驚きつつも視線を未央の居た方向へ戻す――前に、当人が視界に飛び込む、

ただし、柚が捉えたのは眼前いっぱいに広がる、彼女の拳だけ。

 

「うりゃぁッ!!」

「がッ――!?」

 

 

 

「おい二人ともッ!」

「美玲ちゃん? どうしたんですか?」

「外で騒ぎが起きてるんだ! もしかしたら――あれ? 未央は?」

「……まだ、帰ってきてない。……行こう!」

 

 

 

頭が、ぐわんぐわんと響き、視界が歪んでいる。

無理もない、完全に防御が間に合わない距離で放たれた拳を受けたのだ、

しかもその拳は素手で家屋を倒壊させるほどの腕力を持って、振るわれている。

 

(あー……アタシ、死んでない?)

「加減してるよ。ま、しばらくは立てないと思うけど……むしろ、大丈夫だったかな?」

 

仰向けに指一本動かせず天を仰いでいる柚の心中を察するように語りかけた未央、

たった一発のノックアウト、聞こえは悪いが未央のパワーをもってすれば容易なもので

完璧に一切の手心なく拳を撃ち抜いていたら、視界の揺らぎ程度では済まなかっただろう。

 

「ねぇ、聞きたい事があるんだけど」

「……何?」

「その力、誰から貰ったの? 名前とか、見た目とか……」

「名前……分かんない。見た目は、黄色っぽい髪の女の人」

(……やっぱり、あの人だね)

 

脳裏に浮かぶは満面の笑み、今はその表情も薄気味悪いが。

――やがて、さすがに騒ぎを大きくしてしまったのか、

家屋の倒壊までもやらかしてしまえば人だかりが徐々に集まって来る。

あまり目立つのは得策ではない、未央自身の都合も含まれているが

何より、まだ周囲に似たような人物が居ないとも限らない。

 

「よし、移動しよう……ちょっと痛いけど我慢してね」

「……アタシも連れてくの? なんで?」

「なんでもっ、とにかく行くよ」

(ここで放っておいたら、まだ種子を持ったままの柚ちゃんが狙われるかも……)

 

自身を襲った敵、とはいえ、そこは卯月と同行している未央だ。

考え方は同じ、もしも身動き取れない程に負傷した彼女を放置して

誰かの餌食になってしまったら――そう思うと、捨ておくことは出来なかった。

 

結果的に未央の判断は正解、少なくとも不完全でも種子を宿している柚が襲撃され

別の誰かの手に渡り、今後襲い来る新たな敵の能力が強化されてしまったら。

しかし、経典が手元にない未央は即座に回収が出来ない、

では残された選択肢は自ら背負って別の場所に移動、である。

 

 

ざわざわ――

 

 

「うわー、派手に壊れてるっすね。すいません、ここで何があったんすか?」

 

ほぼ入れ替わり、未央と柚が交戦し決着後、去った空間。

ただの瓦礫の山だけが残された一角に訪れた人物は、聞き込みを続けながらも

この場で何が起きていたのか、ある程度の予測がついていた。

 

(誰に聞いても答えが一緒、何が起きたかよく分かってない……すか。

 要するに、一目見ただけじゃ分からないような何かが起きてた……つまり、っすね)

 

ありがとうございましたと一礼の後、その女性は確信を持って歩み出す。

道は前後の二方向、中心へ向かう方角には野次馬が多く、ここで事を起こしていた人物が

逃げる方向としては選びにくいはず。ならば残されたのは外れに向かう一本道のみ。

 

「漁夫の利に、なればいいっすけど」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五幕 - 芸術 -
塗り潰し


「これは……」

「な、なんだぁ? 泥棒か?」

「卯月、もしかしてだけど……」

「はい……これは、未央ちゃんが戦った跡……だと思います」

「え? これが……か?」

 

当人の姿は見えない、周りを囲むのは倒壊した家屋を眺める野次馬の姿のみ。

卯月達も野次馬には違いない、だが、野次馬としてここへ訪れたのはただの興味本位ではなく

自分達と対峙する“敵”の出現を危惧しての、調査も含まれていた。

 

「未央ちゃんのパワーなら、これくらい……」

「そ、そうなのか? でも……未央がやったとは限らないだろ?」

「だったら、未央がここに居ないのはおかしい。こんな騒ぎ、来ないはずがないのに」

「うーん……それもそっか……じゃあなんで未央はここに居ないんだ?」

 

同じ考えに辿り着き、視察を行っていてもおかしくはない、

それをしていないという事はつまり、この騒ぎ自体を未央が起こしたものと考えて

二人の結論は“ここで未央が戦った跡”と導いた。

では、ここで問題になって来るのが、美玲の疑問だ。その本田未央は、どこへ消えたのか。

 

「……すれ違ってないよね」

「はい、絶対に」

「じゃあ……敵を追いかけて向こうの道に行ったかもしれない」

 

指差したのは、既に瓦礫の山となった家屋に面していた通り、

そして卯月達がここへ到着するために使った道の反対側、その先。

既に何か目的を持って、単独で向かったのだろう――

 

「……なぁ、卯月」

 

「何? 美玲ちゃん……」

「ウチ、未央がどれくらい強いかなんて知らないから、思っちゃったんだけど」

「…………」

「襲われて、もう……ってことは、ないよな?」

「……急ごう、卯月」

 

何が起こるか分からない、それは身を持って何度も体感している。

複数人で対抗しても解決が出来なかった事態もあった、それが今は未央一人、

一刻も早く走り出さなければ。

 

「…………」

 

野次馬の中から突如走り去った卯月達、その“違和感”を見逃さなかった視線、

三人は勘付くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

道は一本、注意深く観察はしていたが廃屋の続く過疎地域、分岐の道は無い。

もちろんそれぞれの家の間の小道などもチェックしていたが、未央の姿は発見できない。

 

「……うおっ」

「どうしたの、美玲」

「アレ、なんだ?」

 

代わりに見つけたのは、廃屋の壁には不釣り合いな非常に目立つ落書き――

いや、大きな刷毛で描かれた、シンボルと言えるほどの紋様。

派手な色味で自己主張の激しいそれに思わず目をやってしまうが、今の目標は未央だ。

廃れた地域ならそんなものもあるだろう、ただの落書きにこれ以上意味など無い。

 

「早く未央を探そう」

「……なんだか気になるぞ」

「気になりますけど、そんなものより未央ちゃんを――」

「悪かったっすね、そんなもので」

 

 

 

「誰?」

「名乗る程じゃないっす、えーと……“例の”ご一行さんで?」

 

三人の会話に突如割り込んできた人物、

やけにカラフルな汚れが目立つ服装、どことなくマイペースさを感じる口調、

何よりもこんな人通りの少ない場所で彼女は何をしていたのか――

疑問は、彼女の発言から徐々に“ある疑い”へと変わる。

 

「……凛ちゃん」

「うん、分かってる……ねぇ、あんたが未央を?」

「どこに居るか聞きたいっすか? なら――」

 

ヒュンッ!!

 

「っ!」

「わ、っとと……問答無用すか」

(躱された……!)

 

疑わしきは、罰する。未央の行方を知っているらしき発現、

この状況でその情報を持っていながら好意的とは思えない接触を行ってきた以上、

凛が問答をすっ飛ばして初撃を繰り出すには十分な理由だった。

だが、ある程度の距離があったためか、それとも相手が“攻撃される事”を

既に想定していたのか、凛の繰り出した鋭い蹴りは空を切る。

 

「面白い話を聞いたんすよ、能力を与える……っすか?」

(やっぱり、この人も……知ってる! だから私達に!)

「考え事すか? もう、戦闘中でしょう?」

「!?」

 

ばしゃんっ!

 

「……?!」

「よいしょっと」

 

「距離を離した……? あいつ、何してんだ? チャンスだったろ!」

「凛ちゃん! 大丈夫ですか!?」

「どっちを応援してるんすかあのフードの子は」

「……何のつもり?」

 

確かに戦闘中、余計な事を考えるのは失敗だった、だがそれによって生まれた隙は

ただの打撃を加えるでもなく凛の膝下へ向けて多量の塗料をぶちまけるだけに消費される。

さらに、凛は予想外の行動であったが瞬時の反射神経には非常に優れている、

物が物だけに全てを回避とはいかなかったが、自慢の靴への汚れはごく少量で済んでいた。

 

「何のつもり、っすか……説明した方がいいっすか?」

「聞いたら、答えてくれるの?」

「冗談でしょ? 義務は無いっす」

「だよね…………吉岡、沙紀」

 

沙紀と呼ばれた目の前の彼女が、初めて眉を顰める。

隙を突かれたのは凛だけではない。塗料を避けて後方に跳ねる直前、凛は見逃さなかった、

彼女が手に持っていた刷毛、その根元に書かれていた四文字の漢字を。

 

「道具に名前を書くのは、普通だよね」

「……よく見えたっすね? いい観察眼っす」

「それだけじゃない」

 

地面を蹴って、砂を払う。沙紀と凛の間に広がる距離は大きい、

だが凛は今にも即座に加速し、距離を詰められるぞというアピール、

それは攻撃に転じる瞬発力が高いことと同時に

 

「簡単に当たると思わないで」

「なるほど……回避も自信アリっすか、でも……」

 

凛が砂を払ったように、沙紀も地面に赤い軌跡を走らせる。

刷毛を持った腕を振るうと、飛散した塗料が地面に人工的で派手な色を残す。

ただそれだけなら、地面を汚しただけなのだが

 

「下さいよ、アタシにも……それ」

 

異能の種子――類似する道具を含め、それらが関連した途端に

“ただの汚れ”と、地面の紋様を一蹴する事は出来なくなってしまう。

いくら凛の反射神経をもってしても、例えば降り注ぐ雨を全て回避など出来ない、

液体の攻撃というのは想像以上に厄介なものなのだ。

 

「もう持ってるんでしょ? まだ争う気なの!?」

「足りないっすよ、他の子も言ってたじゃないすか」

(とにかく能力者相手だと何が起きるか分からない……このペンキは触れない方がいい!)

 

ならば警戒、徹底的に警戒である。

せめて多くの被弾を避けて、近づかないように戦う。

無論、凛の攻撃手段では困難かもしれないが

 

「……卯月!」

「はい!」

 

キィィン!

 

「!」

「思い切り、撃ちます!!」

 

ここには特大の遠距離砲台、卯月が居る。

集約させた魔力の塊を小細工なしに放つだけで、それはとんでもない威力になる、

さらに沙紀の正体不明の力相手でも関係の無い攻撃手段、

強いて弱点を挙げるならば大きな予備動作と、察知されやすい魔力という媒体だが

 

(完全に時間稼がれたっすね、気付かなかった……!)

「フッ!!」

 

強く地面を蹴って、高く飛び上がる凛。

この高さならば背後から津波のように襲い来る卯月の膨大な魔力も体の下を通過する、回避だ。

一方で沙紀はそうもいかない、そもそも高い跳躍をこなせる身体能力を有しておらず

たとえ上方向へ逃げたとしても待ち構えているのは更に高い高度へ身をやっていた凛の姿――

 

(上は無理……じゃあ左右は?)

 

これも適切な解答とは言えない。

卯月の放った魔力の波動、高さはそこそこの一方で左右には驚きの広がり方を見せていた。

今から全力で左右どちらかに走り、波の小さな部分を飛び越えるだけの時間があるか?

現実的ではない、さらに回避した直後の状況も決して良くはならないだろう、

沙紀は卯月の隣にもう一人敵対する相手――美玲が居る事も把握している。

 

「じゃあ早速、使うしかないっすね!」

(何か来る……!)

 

回避の道が無い、だが選択肢が尽きたわけではないようだ。

早くも、沙紀の能力が披露されることになる、

適切な正解の無い攻撃を前に、新たに建造された回避方法とは――

 

「よ、っと!!」

 

バシャァッ

 

(やっぱり、あのペンキが何かある……地面を塗りつぶして――)

「それじゃあ、一時隠れさせてもらうっすよ」

 

ゴオォッ!!

 

 

 

「…………いない」

「凛ちゃん! さっきの人は……」

「気を付けて、まだ分からない」

 

地面ごと押し流す勢いを持った魔力の津波は、沙紀の撒いたペンキごと吹き飛ばし、

しかし肝心の沙紀本人の姿は見当たらない。

攻撃が命中したとも思えない、あの余裕の口ぶりは万策尽きた者の冷静さではない。

 

「おいッ! あいつはどこに逃げたんだ!?」

「凛ちゃん、見ていましたか?」

「……見ていた、けど」

「けど……?」

 

見間違いではなければ――いや、凛に限って間違える事は無い、

自慢の反射神経で捉えた沙紀の動きは、疑いようもなく事実。

だからこそ凛は構える、どこから“攻撃”が飛んできてもおかしくないように。

 

「地面のペンキの“中”に、沈んだ……ように、見えた」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トリックアーティスト

「まだ断定するのは早いです」

「能力じゃない可能性もあるって事か……なんでそんなことをするんだ?」

「簡単だよ」

 

能力の本質を誤解させれば、相手の思い込みを利用した戦い方が出来る。

凛は自身の目で捉えた沙紀の動き、それが彼女の能力ではないかと予想したのだが

ただ姿を消して移動するだけならば手間や技術は必要だが魔術で代替が可能、

ここまで大層に塗料を注視させておいて、たったそれだけの力とは考えにくい。

 

「とにかく、何か分かるまでは触らない方が吉だよ」

「念には念を、だね。近づかないなら、凛ちゃんよりも私の方が!」

「またあの大砲みたいなのぶっ放すのか……」

 

幸い、卯月が沙紀の射程外から攻撃可能な手段を得意としている、

派手で目立つ魔力の大砲は今回の戦闘にデメリットとはならないため

思う存分効果を発揮できるだろう。

 

「さっき一発撃ったばかりでしょ? 次のぶん、早く用意した方がいいよ」

「はい、今のうちに魔力を溜めて――」

「それはダメっすよ」

 

 

バシャアッ!!

 

 

「なっ……上!!」

「一色に染まるっすよ!!」

 

先手を打たれてさえいなければの話だ。

強大な魔力を即座に何度も放てるほどに卓越した技術は持っていない、

有り余ったエネルギーを発射するだけでも予備動作というものは必要なのだ、

その隙を突かれて接近されてしまえば、卯月は回避に専念する他ない。

 

(まさか上からなんて……とりあえず、避けなきゃ!)

「うおぉっ! これ、避けた方がいいんだよな!?」

「当然っ!」

 

バラバラに散って、降り注ぐペンキの雨を全力で避ける。

なんとか飛沫を体に浴びる事だけは避けたものの、ここまで接近されてしまえば

攻撃を続けられる可能性が高い――ならば、と

 

「お?」

「近づいたなら、私がやる!」

 

ギィンッ!!

 

「そんな姿勢からでも反撃してくるんすか」

「勿論……! はあっ!!」

「わ、っと」

 

沙紀が軽くいなしているわけではない、凛の攻撃の手が緩いのだ。

塗料が付着していない地面を選び、そこからギリギリ繰り出せる攻撃を放つ、

全力は出せないうえに沙紀の攻撃の回避も困難な状況。

 

「アタシも接近戦、得意なんすよ……そらっ!」

「く……!」

(こんな足場じゃ、不安定すぎる!)

 

しかし、そこは卓越した凛の観察眼、

沙紀の攻撃の合間を縫って反撃のタイミングを伺い続けていると

 

「……そこッ!!」

 

見えた一本のルート、ちょうど踏み込める位置の足場と防御の隙間、

好機とばかりに素早く足をねじ込んで、強く攻撃をいなしたその時だった

 

「よっと」

(っ!? 嫌なタイミングで……!)

 

攻撃を受け流し、いざこちらの番と体を前方へ走らせた瞬間、

刷毛の先端から軌道上に飛び散る塗料。束の間の隙は凛に対しての誘導だったようで

思わず急ブレーキ、なんとか飛沫を躱したものの崩れた姿勢では次の始動が当然遅れ

 

「そらッ!!」

「ぐッ!?」

 

突き上げる膝蹴りが、腹部に真っすぐ命中する。

回避を主とする凛の装甲は薄い、特にカウンター気味で受けたこのダメージは大きく

一時的に肺の機能が停止したような錯覚、回避の足が動かないまま

 

「案外、脆いっすね? それじゃ、お疲れ様っす」

(もう一発……避け……れない……!)

 

 

ドガッ!!

 

 

 

 

「ぐうッ……!」

「凛ちゃん!」

 

沙紀の振り下ろした足に対して、尻餅をついて倒れる凛。

攻撃は命中していない、踵が頭上に落下する直前に、横槍が入ったのだ。

 

「間に合ったッ!」

「邪魔っすよ小さいの!」

「なんだとおッ!?」

 

ギリギリで飛び込み、やや強引だが凛を突き飛ばして攻撃を回避させた美玲、

瞬時のファインプレーで生み出した本当の隙を、今度こそ見逃さず攻め手に回る。

 

「美玲ちゃん! 避けて!!」

「へ? うおぉっ!?」

「やっば……!」

 

 

ゴォッ!!

 

 

再びの魔力放出。充填は完璧ではないものの沙紀を二人の元から退散させるのが先決、

それでも十分な威力を伴って地面を抉りつつ突き進む魔力の塊に、再び沙紀は姿を消す。

今度は頭上も警戒し、建物から離れた道の中央へ三人が固まって周囲を見張る。

すぐさま襲撃は来ないようで、ようやく落ち着いて状況確認をしようとしたところで

 

「美玲ちゃん、それ!」

「ん? あっ!」

 

美玲の変化、派手派手しいピンク色の衣服が記憶と違っていることに気付く。

本人も指摘されてようやく気付いたようで

 

「すごい緑色になっちゃった……ぐぎぎ、あのペンキのせいかッ!」

 

沙紀が三人の頭上から撒いたペンキは緑色、

地面にばら撒かれてからは雑草と混ざって目立っていなかったが

凛を突き飛ばした美玲が地面へそのまま倒れ込んだ際、体に付着してしまっていたようだ。

衣服の見てくれが悪くなったことを嘆いている美玲だが、大事なのはそこではなく

 

「何にもないの?」

「ん? ……何がだ? あいつのペンキでウチの服が汚れて……うん?」

 

 

「……何も起きてないぞ? ペンキ、ついちゃったケド」

 

そう、あれだけ警戒して回避に専念した沙紀のばら撒く塗料が付着した美玲の衣服、

かなりの大部分が緑色に染まった彼女の装いは“色を付ける”という目的である

沙紀の狙いを十分に達成できているはず――

 

「…………油断させるため、かな」

「ど、どうする? コレ、脱ぐか?」

 

美玲の意見は分かる、得体の知れない能力の欠片を身に抱いたまま戦闘は御免だろう。

しかし、警戒を解かない凛と美玲に対して、卯月が全く異なる視点、

これまでの戦いの根底を覆してしまいそうな発想――予感に思考が辿り着く。

 

「このペンキ……もしかして、ですけど……」

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

一方、家屋の影に身を隠していた沙紀。

新たなペンキ缶を片手に、再び不意を突くためのルートを模索中、

一度頭上は警戒されて大通りの中央へ身を移されたものの、まだまだ方法はある。

 

(そのために準備したんす……絶対、逃がさないっすよ……!)

 

乾いた刷毛の先端に鮮やかな赤を染み込ませ、振るう。

飛沫が付着する廃屋の壁、暗がりでは物騒な模様に見えるだろう、

とはいえこれだけでは何の意味も無いのだ。

 

「アタシのアートの意味……簡単に看破できると思わないで下さいよ……!」

 

 

 

 

 

「ペンキ自体には、何も意味がないと思うんです」

「……は? じゃ、じゃあ……ウチのこれ、何だ? 服が汚れただけなのか!?」

 

思いもよらない予想、卯月の出した答えは“無害”であった。

言われて思い返せば沙紀があれほど撒き散らかしら塗料が何か効果を発揮した形跡がない、

少なくとも予想外の攻撃と言ったものは飛んできておらず、

“異能”と呼ぶにはいささか強みが感じられない。

 

「だから……攻撃に使うためのペンキ、じゃあないと思うんです」

「でも、最初の絶好の隙を……沙紀は私にペンキを浴びせることだけに使った。

 絶対に何かがある、じゃなきゃあんな行動は――」

「あの刷毛です」

 

刷毛――沙紀が、攻守に置いて手から離さずに握り続けていた道具。

武器ではない、およそ攻撃には向いていない絵画道具だ。

そんなものを戦闘中に肌身離さず持ち歩いているのは理由があるはず――

辿り着いた答えが、先の結論だった。

 

「ペンキには意味がない……意味があるのはペンキそのものじゃない……」

「だったら何でこんなにしつこくばら撒いてるんだ?」

「……本命を、隠すためだと思います」

「本命…………!」

 

凛の中で卯月の考えがハッキリと分かった。ばら撒いたペンキ、そして本命は、刷毛。

ペンキ自体には意味がない、しかし“意味のあるもの”もあるはず――

では、ペンキを撒いた意図とは? 簡単だ、本命である“意味のあるもの”を隠すため。

 

(そういえば、卯月の攻撃を躱した時も……刷毛で何かを“描いた”からなの?)

 

「きっと……刷毛を使って塗り付けたものや、描いたものに能力が発動するんです」

「……なるほどね。ペンキの上から何かを描けば、確かに何を描いたかなんて分かんない」

「この広場にたくさん描かれていたマークが、私達とここで戦う為に仕掛けてたとしたら……」

「つまり……?」

「……適当にばら撒いてるペンキは、フェイク……!?」

 

 

 

「さぁ、行くっすよ島村卯月ご一行様……アタシの“本命”が、何か分かるっすか?」

 

 

 

「あの人の“本命”は、刷毛を使った能力で、間違いありません……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

錯覚

機を伺う――地味だが、大事な戦法だ。

策が一つで三人を相手取っているとは思えない、

沙紀は能力が看破されないように立ち回っている、自身の底を見せないように戦っている、

もしも一つ目の戦法が暴かれても二つ目、三つ目と策を用意しているだろう。

 

(“本命”を出し惜しみしている今が、チャンス!)

「ほら、余所見っすか!?」

 

ヒュンッ!!

 

「う……!」

「卯月ちゃんでしたっけ、あんたの方があっちより戦いやすいっす」

 

あっさりと先手を譲ってしまったのは数分前、

見渡しの良い通路に出ていようが関係なかった、沙紀の用意周到さには驚くばかりで

恐らくはロープやバケツを使った小道具、投石機の要領で放たれたペンキの缶、

もう“ペンキだけのものに効果は無い”と予想をしていても、避けなければならないのだ。

 

(まだ私達が“ペンキも危険”と思っている、と……思っていてもらわなきゃ!)

 

「こっちだよ!」

「知ってるっすよ!」

 

攻撃を躱し、その隙に攻めるのは凛。

しかし沙紀の動きにも弱さは感じられない、不意の攻撃に見えた蹴りもいなして

お返しにと反撃――ではなく、牽制のペンキ投擲、よほど念入りに認識を植え付けたいようだ。

 

「っ、上手いね」

「そりゃどうも!」

「素手で戦った方が、強いんじゃないの?」

「楽な方で戦いたいに決まってるじゃないすか」

 

この自信――これを続けられると“ペンキは危険”と思い込んでも仕方はない、

それほどまでに沙紀の誘導と立ち回りは優れていたのだが、卯月たちには事前情報がある。

異能の種子という、能力を発現させる道具、そしてそれらと対峙した経験が。

 

体術に自信アリ、しかし未知の看破されていない攻撃手段があるうちはそちらの方がより良し、

攻撃の追加で放つペンキの飛沫を相手が避ければ、反撃の届く間合いから逃げられる、

拳は躱された、伸びきった腕は隙を生み出してしまうが、飛沫を凛が避ければ問題ない。

 

「そらっ!!」

 

ピッ――

 

 

 

そう、避ければ距離が開く、仮に左右に避けても隙が新たに作られて

攻撃の手番は継続――のはずだった。

 

ダンッ!!

 

「!」

「っ……! これ、気に入ってたのに、嫌らしいねその攻撃」

(真っすぐ来た……?)

 

凛は、ペンキを“無視”して“接近”した。

鮮やかな水色の塗料が衣服を汚す、が、直ちに悪影響が起きるような事態は、起きなかった。

近づかれては、沙紀はただ隙を突かれただけ、そうなるとどうなるか?

 

ドゴォッ!!

 

「ぐッッ!!?」

 

防御が間に合わず、凛の鋭い蹴りが腹部へ痛恨の一撃となって飛来、

数メートル背後に吹っ飛んだ体は、なんとか体制を立て直して着地するもダメージは大きく

 

(……ペンキは、バレたっすかね)

「やっと私に色がついたみたいだけど、私はどうなるの?」

「おたくの想像通りになるっすよ」

「じゃあ……」

 

「“何も起きない”だね!!」

 

さらに、これでほぼ確信に変わる、ただ飛ばしてくるだけのペンキは、怖くない。

駆け出した凛の足、沙紀の元へ辿り着くまでに数秒もかからないだろう。

 

(行ける! このまま、沙紀の用意しているかもしれない本命の作戦を実行される前に!)

 

凛としては、新たな手段を用意される事だけが怖い、

ならば今度こそ先手を取って、策を発動される前に倒しきってしまう――これが、作戦だ。

 

「何も起きない、っすか……“今は”が抜けてるっすよ!!」

(来る! けど……それよりも早く攻め切れる!)

 

予想通り、沙紀は次のプランを用意していた、そしてその宣言は彼女の余裕からの宣言、

接近する凛の到着までに発動できる、数秒どころかコンマの時間があれば使える手のようだ。

このままでは、凛の危惧していた“新たな策”の発動を、凛は阻止出来ない――

 

「そうだね、じゃあ……“今”だよ卯月っ!!」

 

「はいっ!!」

「お――」

 

凛は無理でも、既に背後からこっそりと接近していた卯月なら、可能だ。

振り返るも時すでに遅し、目と鼻の先まで間合いを詰めていた卯月と対面、

この距離では明らかに、既に動き出している卯月の手が届く方が、早い。

 

「これで、終わりです!」

「っ!!」

 

沙紀は体に緊張を走らせる、どのような種類の攻撃にも多少身構えておけば被害は減る、

だが――卯月は最初から、沙紀へダメージを与えるつもりは、毛頭なかった。

 

トンッ

 

(経典の効果で……これで、沙紀ちゃんの中の“異能の種子”は回収出来た!)

 

狙いは、沙紀が今後講じる予定であるはずの策、その根幹を支えているであろう能力の剥奪、

かつて奈緒に対して種子――実際には真の種子ではないが、それを回収した時と同じ、

触れさえすれば異能は力を失う。

 

「……!」

「く!」

 

手は振り払われた、沙紀も距離を離し後退する。

だが卯月たちの目的は完遂した、これにて決着、戦う理由が失われた。

 

「……今、何か、したっすか?」

 

もちろん、沙紀は何をされたかなど分かっていない。

近づかれた、絶体絶命かと思いきや、まるで自分が今までしてきた行動を

そのままそっくり返されたような、好機に攻め切らない奇行。

 

「アタシが、そんな弱い攻撃で倒れると思ってたんすか? ……ちょっと、カチンと来たっすね」

 

例の、刷毛を取り出す――ここで、沙紀はようやく気付くのだ。

何でもないような卯月との接触、それが自身にとっての全ての策を奪い取られた、

優しい致命傷であったことに。

 

 

 

「後悔するっすよ、そうそうチャンスは与えないつもりなんで」

 

ザッ ザッ

 

「ペンキがフェイクだと見破ったのは、正直驚いたっすけど」

 

ザッ

 

「全部、アタシを分かって気にならないで下さいね」

 

 

 

おかしい――確信は間違っていなかったはず、そして確かに、卯月は触れた。

それでも拭えない、今の状況から伝わる、明らかな違和感。

正体はまさに、目の前の沙紀の“ただ前に歩く”という行動そのもの。

 

(まだ、攻撃してくる?!)

「よっと!!」

 

バシャアと撒かれたペンキ、これに大した効果は無い――はずなのだ。

そもそも、能力は奪い取ったはず、経典の力に間違いは無い、だが、沙紀の態度は変わらない。

普通ならば、突如として消滅した“能力”への反応があるはずなのだ、が、

彼女には一切の動揺が感じられず、挙句は攻撃、止めたはずの“次の策”へと進行してしまう。

 

「くぅ!」

 

何もないと一度は決めつけ、実際に何もなかったペンキ、

だが疑念を抱いてしまった脳は卯月に回避行動を、隙を作る動きを選択させてしまう。

 

ドガッ!!

 

「がはっ――!」

「卯月!!」

 

見逃さない一撃、お返しとばかりに放たれた攻撃は手加減など感じない、

地面に打ち付けれれた体へのダメージは大きかったが、何よりも卯月に衝撃を与えたのは

 

「そろそろ観念して欲しいっすね、それとも……アタシの能力の、餌食になるっすか?」

(嘘……!? 能力、種子を……回収できて、ない?!)

 

未だに、沙紀の“底”が――彼女のアートの正体を、見抜けないこと。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

思い込み

経典による“異能”の回収、能力を行使している人物と接触すること、これだけ。

だが、どんな状況からでも瞬間的に奪取出来るわけではない、数秒の間は必要。

 

(でも今のは……絶対に、ちゃんと触れていましたし時間も経ったはず……なのに!)

「行くっすよ!」

(攻撃の手を、止めようとしない!)

 

「どうしたんだッ!? アレで終わりじゃなかったのか!?」

「分からない……でも、終わったはずだった!」

 

困惑は伝染し、違和感に気付いた凛や美玲も同じ感情を抱く。

が、ここに一つ目の、誰にとってのかは分からないが“想定外”が起きている、

卯月の困惑が凛と美玲に連鎖し――沙紀にも、伝染していたのだ。

 

(今の……なんだったんすか? アタシに触れただけ……攻撃でもない?

 だけどこの驚き方、どうやら必殺の策だったようっすけど……不発?)

 

実は違う。

攻撃が失敗したわけではない、しかし、本人も予想だにしていなかった

経典の効果が発揮されない状況――卯月と沙紀の関係は、それに該当していた。

この場で、今起きている“想定外”を、全て把握できている人物は――居ないのだ。

当たったはずの攻撃を無効化されてしまった卯月たち、

当てられてしまったはずの攻撃による効力が実感できていない沙紀。

 

(沙紀は、これから何を仕掛けてくるか……分からない!)

(……卯月ちゃんが何を仕掛けてきたか……分からない!)

 

 

 

「……お互い、渾身の作品が空振りしたっぽいっすね」

 

切り出しは沙紀、そして状況の把握も早かった。

数的不利がある以上迅速な行動が求められ、現状を打開するには先に動く、それをよしとした。

互いの奥の手が不発に終わった以上、大事なのは地力――

 

「こうなったら小細工なし、先に打って出た方が勝ち!」

 

バシャッ!!

 

「あれは……!?」

「見覚えあるんじゃないすか? 当然っす、あちこちに仕掛けてますからね、それに――」

「……やっぱりね」

 

沙紀の行動に、凛の蟠りが解けた。

手にした刷毛が描く紋様、彼女を中心に足元へ展開された幾何学模様は

カラフルなラインを全て描き切ると同時に、沙紀を“飲み込む”。

 

「なッ!? どうなってんだ?!」

「凛ちゃんは見てますよね? アタシが、攻撃を受ける直前に描いた紋様に“消えた”ところ」

「見間違いじゃ、なかったんだね、安心した」

「そりゃよかったっす」

 

とぷん、と完全に身が沈んだ頃には皮肉めいた声も残らず、

あるのは目の前の紋様、それも卯月達は一切使えないワープ装置。

沙紀は、次の攻撃権を得た。身を隠して、一方的に“先”を取れる権利を、

その能力の全貌を晒すことによって。

 

「…………」

「やられたね……でも、これで沙紀の能力は――卯月?」

 

彼女が消えたその紋様に触れる卯月、しかし当然ながら力は発動しない、

凛もそれに落胆せず、薄々勘付いていた事だと諭すものの

 

「待ってください」

 

思い返す、乾いた指で触れたこのペンキに抱いている違和感の正体、ヒントを。

彼女が答えた能力の本質、これが真実ならば魔力を伴わない移動手段となり

魔力による探知――そもそも卯月は探知する術を持たないが、それは不可能、

そして移動できる限界の範囲も不明、紋様のある限り無限大に移動できる可能性すらある。

 

(でも……そうじゃない、そんなものに引っかかってるんじゃない……!)

 

 

 

「美玲ちゃん、その服のペンキが付いた時……どうして気付かなかったんですか?」

「え? それは……凛を助けようとして、飛び込んだ先なんて見てなかったから……」

「そうだよ、あれは私が悪い、美玲のせいじゃない」

「しかもペンキもさっきまで無かったし、緑色だったから見えにくくて――」

「それです!!」

 

閃き――卯月の“気付き”に助力となった発言をした本人は、何の事だかさっぱりといった風、

しかし聞く者が聞けば、雷光が走ったかのような絶大な一言だった。

汚れた美玲の服、地面に撒かれたペンキ、沙紀が何故あのタイミングで能力に言及したか。

そして、何故経典は、沙紀の能力を回収する事が出来なかったのか?

 

「……お願いします、ここ一度だけ……美玲ちゃん、力を貸してください!」

「え? う、ウチ?」

 

手助け、沙紀の練る作戦の裏を取るために必要なものは、人手。

裏を返せばそれだけだった、苦戦すると身構えていた沙紀の戦法戦術は

“種”が割れてしまえば、意外にもあっけない。

 

「……そんな方法で大丈夫なのか?」

「たぶん……それに、もし無力化できなくとも……」

 

 

無力化出来なかった時こそ、本当に沙紀が敗北する時――

 

 

 

 

 

戦闘は継続していた、が、拮抗していた。

お互いに人数と攻撃権それぞれの特権を持ち、実力に大きく差も無くミスも無い、

畳み掛けられる状況になるまで繰り返し攻撃し、繰り返し逃げる手段を持つ沙紀は

迂闊に致命傷を負うような危ない攻めを展開せず

 

(確かこっちに……!)

 

形勢が悪くなる、もしくはそうならずとも適度なタイミングで攻め手を切り上げる。

家屋や木々の死角に描かれた紋様へ駆け出し、身を隠す、そうすれば再び先制攻撃だ、

この戦法は沙紀にとってデメリットは非常に少ない。

 

「それじゃ、一旦雲隠れっす」

「逃がしません!!」

 

卯月の追走空しく、家屋の壁に描かれた紋様に身を隠す、

僅かに届かなかった魔力弾はそのまま家屋をぶち抜いてガラガラと倒壊させるものの

沙紀の姿は当然そこには無い。

 

「卯月! どうだった?」

「……逃げられました、壁の絵を使って」

 

「じゃあ……成功だね」

「はい、バッチリです……!」

 

 

 

「これで“仕込み”は十分っすね。そうと分かれば後は……隙を突くだけ、正々堂々と!」

 

手の内は明かした、そして存分に体感させた、沙紀は捕まえることが出来ないと。

迎え撃つにしても移動手段は豊富、捉える事など出来やしない、

そもそも形勢が悪くなれば紋様に逃げる、そして紋様は『描いて作る』もの――

 

「アタシを仕留めようとすると……あの卯月ちゃんの魔法一発、これが来るはず!」

 

卯月の攻撃は溜めが大きいと分かっている、

そして、来ると分かれば規模は大きくても避けられる、沙紀の体捌きは凛にも引けを取らない。

この状況を作るため、沙紀を一撃で仕留める大技を繰り出させるために、彼女は事を運んだ。

 

「最後の一撃は、アタシの綺麗なカウンターでシメ……これが思い描いた理想っすよ」

 

愛用の戦術、画竜点睛、絶対に失敗は出来ない点だからこそ念入りに。

沙紀は今まで物陰に隠れて接近し、先手を取ってきたが、最も重要なこの一撃だけは別だ。

 

「まずは……行くっすよ」

 

トプンッ

 

 

 

ズッ――

 

「え……?!」

「なっ!?」

「うをっ!?」

 

不意、思い込み、それらが生み出す隙は多大。

今まで一度も攻撃に運用したことがなかった転移を、ここぞのタイミングで使う、

周囲にアンテナを張り巡らせていた三人の内側から突如姿を現した沙紀に、当然驚き

 

(もちろん、卯月ちゃんの魔力は溜まってない……なら、最大のチャンス!!)

 

反撃が来ない、もしくは弱いと分かっている相手に挑むのは容易い、

それでも念を入れて沙紀は次の作戦に動く。

 

バシャッ!

 

「!」

(さんざん見せて、実際にペンキが“効果”を持った場面まで見せた……!

 ここでペンキを警戒しないなんてありえないっすよね!)

 

刷毛で描いた紋様で移動する、つまり刷毛で描いた“何か”が沙紀の能力、

そこまで予想が至るのは必然だ、誰も先程の彼女の説明など鵜呑みにしない、

まだ何か隠していると判断してもおかしくはない。

 

(そこでアタシがいかにも何かありそうな攻撃をする!

 ……不意を突かれて頭が回ってない時にこれをされると、絶対に――)

 

 

 

「はああっ!!」

「ッ……!」

 

バシャッ

 

「くぅ!!」

「あ、れ……?」

 

ペンキが“命中”する。 命中、したのだ。

 

 

 

「……もう、分かってるんですよ沙紀ちゃん」

 

予定より上手く行きすぎている――その攻撃は、躱される予定だったのだ。

そもそも命中するはずがない、被弾してしまうと何が起きるか分からない攻撃、

警戒されて当たり前のフェイクが、真っすぐ通ってしまった。

 

「沙紀ちゃんが、私達に仕掛けた“罠”と同じです」

(何を……っすか……?)

「思い込んでもらったんです……私達は、その攻撃を警戒し続けているって!」

 

 

 

(ああ……これ、しくったっすね)

 

不意を突いたと“思っていた”

卯月の魔術が溜まっていないと、思い込んでいた。

魔力を溜めたまま何分も行動が出来る人物だと思いもしなかった。

何よりも、沙紀が最後まで隠し通していたはずの――能力の全貌が、看破されていた。

なぜ沙紀が自身の能力が看破されたと分かったか?

 

「すっかり、騙されました」

 

当然、卯月が絶対に避けるはずのペンキを避けずに被弾したからだ。

被弾して何もないと分かっていなければ、この行動は考えられない――そう、何もないのだ。

 

「能力を回収出来なかったんじゃなくて……沙紀ちゃんには、能力なんて無かったんですね」

 

遮るものが何もない、卯月による膨大な魔力、渾身の一撃が放たれた。

反撃が来るはずがない、と思い込んでいた沙紀の体へ向かって。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

巻き込む者たち

「居た! ……けど、あれ?」

「どうしたの? 仲間じゃないの?」

 

柚を背負った未央が、ほとぼりが冷めた様子を見て姿を現し周囲を探索する事数分、

特に苦労する事も無く、期待通りに“騒ぎを聞きつけた卯月たち”を発見した。

発見、したところまでは良かったのだが

 

(……誰か、戦ってる?)

 

 

 

加減されていた、でなければ彼女の構えていた膨大な魔力を受けた体は

この程度で効かない痛手を負っていただろう。

それでも仰向けの体を起き上がらせられない程には多大なダメージを受けた。

 

「っ……ぐ……」

「はぁ、はぁ……」

「卯月!」

「おいッ! 大丈夫なのか!?」

 

返事は無いが様子を見れば明らか、卯月は立ち、沙紀は倒れていた。

息は荒くとも身体に大した傷は無く、派手なペンキが服を汚しているのみ、

沙紀が撒いた――終わってみれば、何の効力も発揮しなかった攻撃、

それも当然、このペンキには能力など、無かったから。

 

「ペンキは全部、ただの塗料……能力の事を知っている私達に、

 これが能力だと言い張って戦えば……なんでもないペンキでも警戒する……」

 

つまるところ、沙紀の戦闘は己の体術とハッタリ、

それだけで三人と対抗していた点は素晴らしいものがあるが

色々と戦いの顛末には疑問符が互いに残る。

 

「…………いつから、気付きました?」

「ヒントは、最初からあったんです」

 

沙紀が抱く疑問は当然、なぜ自身の嘘が暴かれてしまったのか、これに尽きる。

能力を見せてはいなくとも、持っていると誤認させる立ち回りは完璧、

だが――能力を確実に消滅させる力を持つ道具、そして卯月の経験を彼女は計算から

除外してしまっていたのが原因だ。

 

「途中、沙紀ちゃんはペンキじゃなく刷毛そのものが能力だと言いました……

 今思えば、私達が能力を疑い始めたので……言い訳だったんですね」

 

あのまま戦闘が続けば、攻撃の主軸にもかかわらず大した効果を発揮しないペンキに対して

“何か発動してもいいから攻めよう”と、大胆な行動に出られる可能性も大いにあった、

沙紀はこれを種明かしとして別の道具に注目を寄せる。

 

「ペンキに効果がないと疑い始めた私達に、刷毛の方が能力だと言ったんです」

 

こう言えばペンキに何も効果が現れない理由にも納得がいく、

なぜなら本命は別にあったと思わせ、新たな警戒網を張らせることを促した、

実際はそんなものを張るだけ無駄だとしてもフェイクならば成功だ。

 

「……それで? アタシの刷毛の方、なんでそっちも嘘だと思ったんすか?」

「能力で具現化した道具に……名前が書いてあるのは、ちょっと変じゃないですか?」

 

名前――と言われて、はっと気づいたのは凛の方だった。

彼女、吉岡沙紀の名前を特定したのは自身、それも沙紀が武器として用いていた道具から。

 

「道具に名前は普通ですけど、これは……沙紀ちゃんにとって武器のはずの道具、

 わざわざ武器に名前なんて書かないですよね……いえ、書いていたとしてもですよ?

これは……能力を持った武器のはずなんです。そこに名前なんて――」

「アタシの趣味の道具っすよ」

 

ここでようやく沙紀が起き上がる、しかし反撃を繰り出そうという気は更々無い、

もはや看破されたブラフを再び武器に使うはずもない。

いや、今となっては彼女の武器は武器でもない、彼女自身の口からそれは証明された。

 

「確かに、アタシがコレを能力でイメージして作ってたとしたら、名前は書かないっすよね」

「そういうこと、です」

 

(言われてみればだけど……こんな戦いの途中、そんなことを考えてる余裕なんて……)

「ウチもツメとかに名前は書かないぞ」

「それは当然だよ……」

「…………でもそれだけじゃ、確信じゃないっすよね?」

 

疑念は晴れない、確かに『もしかして能力ではないのかもしれない』と疑う事は出来る、

そして疑いを確信に近づける材料足り得る指摘でもある、が、あくまで近づくだけで

可能性が百に到達する材料ではない。

 

「はい、だから……最後の仕掛けを打ったんです」

 

 

 

「私が沙紀ちゃんを追いつめた時、壁の紋様から逃げて行きました」

 

卯月が沙紀を追いつめようと追いかけ、家屋間の通路、行き止まりへと追い込んだものの

何度も見た光景、そして沙紀が己の能力と言い張った紋様、それを使った瞬間移動。

 

「……そうっすよ。でも普通、それならむしろ警戒するでしょ?

 刷毛が怪しいと思ってるならなおさら、アタシが事前に描いた紋様かも――」

「アレはウチが描いたんだ」

「……は?」

 

「私が美玲ちゃんに頼んだんです、途中から戦いには参加してもらわず……

 少し離れた場所の紋様、こっそりと作業してもバレないような場所を選んで、

 いったん紋様を消して……ただのペンキだけでもう一度美玲ちゃんが同じマークを!」

「……ッ!」

 

「へへ……もうこの服、汚れた後だからな。

ちょっとくらいペンキの染みが増えてもパッと見ただけじゃ分かんないよなッ!」

「……マジすか」

 

描いた紋様を利用しての移動、沙紀は確かにそう言った、

ならば能力の宿る刷毛ではなく、ましてや本人が描いたものですらない紋様を使って

沙紀が移動できたのは、明らかな矛盾。

 

卯月が勘付いたのは能力を沙紀が明かした際、彼女が消えた紋様を実際に触れた時。

ペンキは乾いていた、つまり沙紀が描いた紋様は“描いた”ように見えて

あらかじめ“描かれていた”紋様だったのだ。

 

「紋様は、能力の発動条件でもなんでもなく……ただ、魔術による移動!

 ……これを“移動式”と呼びます。知識は必要ですが、ごく一般の……魔法です」

 

移動自体は魔術で再現可能とは先述した通り、

しかし沙紀は魅せ方を工夫し、そうとは思わせないことに成功していた。

ただの魔術を、必要以上に警戒が必要なカードとして偽装してみせたのだ。

 

「うまく騙せたと思ったんすけどね……バレちゃいましたか」

 

沙紀は紋様を目印に、目立たぬよう数多くの“移動式”の陣を各所に仕込んでおいた。

術式を組み立てるには技術が必要でも、組み立てられた陣を行使するのに特殊な才能は不要、

お世辞にも魔術の練度が高くは無い沙紀は道具を最大限、活用して戦っていた。

 

「どうしてこんなことをしたんですか?」

「何って、能力が欲しいからっすよ。特別な力があれば、いろいろと便利ですからね」

 

「でもアタシは普通の人っす、情報をちょっと仕入れただけのね。

だったら……奪えるモノらしいですから、持ってそうな人から拝借するしかないっすよね」

「なんで私達が持ってると思ってたの?」

「……偶然見ちゃったんすよアタシ、怪しそうなお話をしてる人を」

 

 

『あなたにあげたのは、特別な能力を与えるお花!

 私は他の子にも色々と配ってるんだよ、それでね……お互い、強くなってほしいの。

 あの“五人組”が持ってる道具を奪い返せるように!』

 

『能力は、同じ能力者同士が戦い、奪い合うほどに強くなっていく!

 そうして……どんどん強くなったら私の所に戻ってきて♪

 もっともっと、あなたの力を強く、理想に近づけてあげるから……♪』

 

 

「……ま、アタシは話しかける勇気とか無かったんすよ、だから五人組って情報を頼りに

 数人で徒党を組んでるグループを探して、それっぽく接触して――」

「反応があったのが、ウチらってことだったのか……」

 

盗み聞きした発言の主が誰かは聞くまでも無い、

そもそも沙紀が知らない可能性も高いが間違いなく夕美だろう。

麗奈のようなピンポイントで刺客を送り込むことを止め、

数を打てばいずれかが上手く行く、そういった考えに変更したのだろう。

 

「……奈緒ちゃんは」

「ん?」

「奈緒ちゃんは、まったく関係ないのに巻き込まれて被害者になりました」

 

相葉夕美と種子、彼女が巻き起こした問題は今のところ規模が小さいが

たいした間も置かず甚大な被害を巻き起こすだろう、目に見えている。

国家が奪い合うのは従来の本物の種子と扱いは変わらない、

問題は個人が比較的容易に確保できてしまう点。

 

「麗奈ちゃんは同じように巻き込まれて、加害者の方にさせられて……

他にも沙紀ちゃんみたいに、巻き込まれに来る人も居ます」

「……早く何とかしないと、本当に大変なことになるよ」

「こんな力が、気軽に強くなれる道具が広まると……どこで何が起きるか……」

 

 

――ザッ

 

 

「それを私達が止めるんでしょ? しまむー!」

「未央ちゃん!? そ、その人は?」

 

ようやく、姿を見せる機会を失っていた未央が合流する。

小脇に抱えた柚は三人にとって初対面、

しかしお互いが負っている傷を見て一瞬で全てを察した。

 

「負けちゃった……生きてるけどね……」

「……未央を襲ったの?」

「やめてよしぶりん、そんな不埒な言い方。それに私の中では解決したの!」

 

またしても不安ばかりで未来を見据える卯月たちに、たまらず飛び出した未央は

負傷も厭わず明るく話す、そして柚も和解――とまでは行かなくとも、既に戦意は無い。

そんな状態の彼女を連れて来ていたのは他の能力者に狙われないようにでもあるが

 

「情報を聞ける人を用意するのは大事だと思うし……お互い、言いたい事もあるよね?」

「アタシは別に……」

「そっちになくともこっちにはあるの! いいでしょ? 減るものじゃないし!」

「うー……」

 

柚も反抗はしない、未央の言う通りデメリットは無い、

ただ自身の知っていることを話せば解放するのだ。

もちろん、卯月と経典に触れられてからだが、触れられることが能力消失と柚は知らない。

 

「……まずは、会議ですね」

「こっちとそっちで、何があったか話さないとね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六幕 - それぞれの序章 -
神谷奈緒の序章


卯月達の戦いに決着がついた頃、遠く離れた別の地では

まるでジャンルの異なる戦いが起きており、そちらも決着したところだった。

 

 

 

「これだ!! ……あっ、す、すいません」

 

静寂な空間に響き渡らせてしまった歓喜の声を自粛しながらも内心で、

ようやく見つけたその分厚い書物を駆け足で運ぶ。

行き先は閲覧スペース、この巨大図書館を利用する人物は自由に使用してもよい場所だ。

 

自身を襲った不可解な現象、思えばロクな手掛かりも情報も得ないまま村を飛び出した奈緒、

考えるより行動、その精神は立派だが行動の指標となるものが無さ過ぎた。

おかげで記憶の微かな断片をかき集め、さらにその断片を頼りに奈緒の苦手分野、

圧倒的な資料を前に調べものという途方もない作業に追われていたが

 

「花と変な能力が関係してる、ってだけでここまで辿り着くのに、凄い時間がかかったよ……

 でも、花が“種”だとしたら……これで間違いがないはずだ、十大秘宝!」

 

知識の代わりに時間をつぎ込んだ調査は、見事正解を撃ち抜く。

しかし苦労して辿り着いた正解のモノに関して、文献に書かれていた内容は

奈緒の想像よりも遥かに期待量を下回る情報で

 

「違う、違う! 確かに力を与えるとは書いてるけど……あたしが知りたいのはそうじゃない!」

 

やれ不思議な花を咲かせるだの、不思議な力を与えるだの、

そんなものは身を持って体感した奈緒にとって不要な情報だ。

彼女が知りたいもの、それは素晴らしく魅力的で、優れた道具であるこれら秘宝を

 

「この……異能の種子? ってのを……ぶっ壊す方法が知りたいんだ!」

 

奈緒は己の身に起きた体験、最終的に助かったものの、もしもあの時

卯月たちと知り合っていなかったら――夕美から受け取った苗により能力を開花、

そして同様に暴走したとして、奈緒を助けられる人物が居ただろうか?

要するに、種子の力は“手段を持ち得る者”しか止められない、そう奈緒は結論付けていた。

 

実際、暴走を食い止められたのは“手段”である経典を持っていた卯月たちだけ、

この辺りの正確な関係を奈緒が知る事は現状出来ないが、とにかく今の奈緒が出した答えは

 

「異能の種子……そうだ、種だ、争いの種だよ。

 こんなものがあるから酷い目に遭う奴が出てくる……あたしは、それを根元から切ってやる」

 

回収ではない、根絶。

争いの原因を互いに持ったり強者のみが独占したりと、抑止力として働かせる考えもある、

しかし奈緒の結論は違う、既に広まって国力にもなっている部分も存在する種子を、

機能しない状態へ追いやることを目標としていた。

 

 

パラララ……

 

 

「問題は、秘宝とまで言われてるモノをどうやって壊すか――うん?」

 

分厚い書物は自重でページが勝手に進んでしまう事も多いが

数枚先まで捲られてしまったところで奈緒が押さえつけたそのページは

運命の悪戯か、今まさに彼女が探し求めていたモノが書かれている項目である。

 

「……そうだ、秘宝クラスのモノを壊すには……同じ秘宝だ!」

 

手に入れるための労力は後に考える、問題はそれらを使えば奈緒の考えていることが

可能となるか、そうでないか、そちらの方が大事。そして、その希望は当たっている。

一覧を見れば分かる、奈緒が“秘宝の本来の役割”を知る事などたかが文献では不可能だが

結果的に似たような事が可能な、表向きの能力を持った秘宝もあるのだ。

 

「これか……『必殺の匕首』……」

 

原点に返る。十大秘宝とは、現在の技術では理解できないような理論、技術を持つ道具である。

奈緒が見つけた“必殺の匕首”と呼ばれる道具にも独特な効果が付与されており

見た目こそ一振りの短刀――だが、ただの武器では留まらない文字通り必殺の威力があった。

 

「この刀身によって付けられた傷は……“治る”ことがない……

 治療が出来ない傷を作る武器……いや、兵器……」

 

どんなに小さな傷でも、血が流れる損傷を負ってしまえば未来永劫留まらぬ風穴となり

交換の効かぬ人体にとっては驚異的、そして生物以外にも同様の効果を発揮するのだ。

 

「……種子本体を、これで壊せば……なんとかなる、だろ?」

 

道具があると分かれば話が早い、そして都合の良い事にこの道具は所在が判明しているらしく

歴代“とある組織”が、そのリーダーに受け継がれる武器であることも書かれており

入手難度はともかく捜索難度は非常に易しかったのだ。

 

「よし……」

 

 

 

後に、この時の奈緒は自身が冷静でなかったことを思い返しただろう、

訓練生上がりでしかない実力、大きすぎる目標、策も仲間も無いまま進む道ではない。

だからこそ、この時に“感じた”のは幸運以外の何物でもなかった。

 

 

――スッ

 

 

「!」

 

特別、何かアクションがあったわけではない、ただ視界の端で誰かが静かに去っていった。

ただそれだけなら奈緒も気にも留めなかっただろう。

 

(なんだ……? あたしを見ていた?)

 

この広大な図書館で目当ての物を見つけた直後、興奮冷めやらぬ間、

ごく僅かな見落としも防ごうと神経を尖らせていたからこそ気付けた視線、そして直感。

何かがあるかもしれない――そんな気で、何とはなく姿を消した影を奈緒は追った。

 

 

 

「あれ? 行き止まり……?」

 

が、その尾行はあっさりと終了、進んだ先の方向は間違いなく合っているはず、

しかし通路の枝分かれも無いテラスへ向かった先の行き止まりまで

誰ともすれ違うことなく奈緒は歩き詰めてしまった。

 

「……まさか、もうあたしを狙うような刺客が? ……いや、無い無い」

 

奈緒の勘が働いたのはここまで、冗談のように弛緩したリラックス状態では

逆に接近されていた“影”の姿を捉えられるはずもなく

 

「あなたは――」

「!?」

 

周りに人が居ない空間、余計に“突然の声”に驚いた、

しかし謎の人物が続けた言葉を聞き、そんな疑問は二の次になる。

 

「“異能の種子”について、調べていましたね」

 

 

 

まさか種子を狙った人物か――思わず臨戦態勢、構える。

だが目の前の全身ローブ、明らかに素性を隠すための装いの人物から敵意は感じない、

代わりに怪しさは抜群の恰好となっており、やはり警戒は解けず

 

「あたしは持ってないぞ!」

「……ですが本人は種子を持っておらず、そして……どうも、能力への欲も無さそうです」

「何の話なんだ? なんでそんな事を……」

「思ったことをすぐ口に出すのは真面目だったり素直な証です、

 質問ですが……なぜ“異能の種子”を調べていたのでしょうか?」

 

不思議と質問に答えてしまう、とはいえ敵意のない人物に対して、

別にやましい思いで活動をしているわけではない奈緒は隠し事をする必要なども無い。

 

「……種子を、能力を壊す方法を探していたんだ」

「それは……」

「なぜかなんて聞かないでくれよ!? あたしだって色々考えてそれが一番――」

「素晴らしいですね」

「へ?」

 

「以前から世界の均衡を崩す可能性のあった道具……最近は特に顕著です、

 そろそろ回収もしくは破壊を行わなければならないところでした」

 

フードの陰に隠れた顔が笑ったように見え、パチパチと拍手を送られる。

図らずも奈緒の回答は謎の人物の好意を得られたようで、

一方的な賞賛を前に余計な不気味さが加速し警戒の手を緩めない奈緒だが

 

「お前……何者なんだよ……」

「なるほど、その破壊の“手段”を探しに、ここを訪れたんですね。

 でもその様子だと成果は無かったのでしょう」

「う……だ、だったら何だよ!」

 

「……これを使ってください」

「は?」

 

差し出されるままに受け取った小さな袋、いや、形状から察するとお守りだろうか。

掌に十分収まるサイズのモノは中身に小さな破片があるように感じる、重さは無い。

 

「なん……え? 何だコレ? っていうかお前は誰なんだよ!?」

「私ですか? いえ、お気になさらず、あまり堂々と活動する人じゃないですから。

 それよりも……大事にしてくださいね、きっとあなたの活動に役立ちますから」

 

一方的、言いたい事だけを言う為に奈緒の動向を観察し、姿を見せ、

満足の行く人物像だったから謎のアイテムを手渡しに来たのだろうか?

だとすると、不合理な点が多すぎる、目的も何が何やら分からぬまま道を戻る影に

 

「怪しいぞお前! もしかして手配中の奴だったり――あ、あれ?」

 

館内への道、角を曲がった影がほんの数秒だけ奈緒の視界から逃れた刹那、姿は消えた。

残ったものは、この対話が夢や幻ではなく現実にあったと証明できる小さなお守り。

 

「居ない……? っていうか、ホントに何なんだよ!

この中身も……お守りって開けちゃダメだっけ……でも、ヘンなのが入ってたら嫌だし

開けていいよな……えーい、開けるぞ! いいんだな!」

 

テラス際とはいえ館内、通りすがりの施設職員に大声を注意されつつ、

静かに結び目を解いて袋の内に視線をそっと忍ばせる。

 

「……うん? なんだ、これ……本当に何だ?」

 

入っていたのは、手触りで感じていたサイズとほぼ変わらない、板。

鉄製、顔が反射する程に綺麗な銀色で、非常に軽い材質ではあるが特に何も妙な点は無い、

だとすると何故、ここまで大仰なやり取りの後、奈緒にコレを手渡したのか。

 

 

『きっとあなたの活動に役立ちますから』

 

 

「……あたしの活動、種子の破壊……か?」

 

どう見ても破壊や損傷を与えるような欠片には見えない、奈緒が望む道具には程遠い形状だが

かといって即座に捨ててしまうのも、善意を踏みにじるようで気分が良くない、

たとえ悪意がある譲渡だったとしても、その悪意の動機も分からない。

 

「なんであたしに……罠、だったとしても、意味ないよなぁ」

 

結局、手放さないとなると“善意の可能性”を信じ、持ち続ける方が良い、奈緒の結論だ。

もしも罠だとして、種子を横から強奪する目的で持たせた道具ならば望むところ、

再度奪い返してしまえばよいのだ。

 

「……よし、悩むの終わり! 今からは目標も一応立てたし、次のステップだ!

 あたし自身が、きちんと強くならないと駄目だもんな」

 

まだ、彼女の旅路は地図を見つけた段階でしかない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

北条加蓮の序章

「これであなたも、素敵な異能生命体」

 

商品のキャッチコピーのように軽やかな言い回し、

しかし含まれる意味は通常のそれを大きく逸脱する。

 

「もうそろそろ、けっこうな数になってきたし……誰か一人くらいは“討伐”されてるかな?」

 

掌に転がる小さな粒が音を立てる、つい数日前まで掌に収まる数ではない量を保有していたが

徐々に使用、そして譲渡を繰り返し、現在の数に至った。

“それ”が何かは今更言うまでもない、相葉夕美が所有している特別な道具といえば

間違いなく“不完全な種子”以外あり得ない。

 

「別にまだでも問題ないしね、それだけ“洗練”された子が卯月ちゃん達に遭遇するわけで」

 

未央と対峙した柚が言っていた、種子は集うほどに強力になる、

ゆえに夕美が次々とあらゆる人物に種子をばら撒いて行けば、適当に数を打つだけで

弱者は淘汰されて、より強力な能力者が現れる。

 

「そうだ、さっきの人に言い忘れちゃった!

 卯月ちゃん達の事を言っておかないと、狙いに行ってくれないからね」

 

種子を多く持っている人物として卯月達の名を先に教えておけば

標的として選ばれる可能性も高くなる、その肝心な情報を先程新たに種子を渡した人物へ

伝え忘れていた夕美は、時間もあまり経過しておらず追いかければもう一度遭遇できるとして

来た道へ方向転換、数秒もかからぬうちに到着する――

 

「ごめんね、ちょっと補足なんだけ――ど?」

 

 

 

――ブシュッ

 

「久しぶりだね」

「うん? ……?」

 

時間にしておよそ一分もかかっていない、種子を渡したはずのその人物が、

今は壁にもたれ掛かったまま物言わぬ屍と化している。

その物体の目の前に佇んていた人物は、夕美の記憶に居た人物だ、

しかし記憶の中の彼女は、このような蛮行をするほどの――する度胸は無かったはずだ。

 

「ずいぶん……見違えた?」

「おかげさまで、決意を固めたんだよ」

「えーっと、私に何か用事かなぁ、確か……加蓮ちゃん?」

「用事はあるよ、相葉夕美さん」

 

武器――そもそも魔術を得手とし、そのようなものは持っていなかったはず、

加蓮が短刀一本で、身に付けたばかりとは言え少なくとも種子を与えられた人物を

ものの数秒で仕留めて何事も無かったかのように佇んでいる姿、

明らかに何か大きな変化があったのだろう、それも極めて異質な。

 

「後でいい?」

「だめ」

「そういうことで、じゃあ――」

 

返答の是非に関わらず夕美は場を去ろうとしていた、当然だ、

自身を追いかけて来る者など、ろくな目的ではないと分かり切っているから。

だが、逃走の目論見はいとも簡単に

 

 

がくん

 

 

「お、っ……」

 

夕美が突如、膝を折って地面に手を突く。転んだわけでは無い、地面は平坦だ。

そして何よりも、起き上がろうとして手は動く、体も逸らすことが出来る。

 

(足……動かない?)

 

「悪い話じゃないと思うよ、聞くだけでも聞いてほしいの」

「……その前に、こっちも質問していい?」

「足の事?」

「違う」

 

足の異常を加蓮が把握している、となれば“原因”を探る必要は無い、

間違いなく彼女の仕業であり、どのようなメカニズムで発生させたのかも想像に容易い、

そもそも目の前で繰り広げられている光景が物語っている。

 

「いくつ集めたの? ……私が、いろんな人に配ったはずの“種子”をさ」

「答えられない」

 

 

「十を超えたあたりで……数えるの、やめちゃったから」

 

 

「……あははっ、面白いね」

 

北条加蓮は変わっていた、奈緒が種子の根絶に頭を悩ませていた裏で、

彼女は逆に、破竹の勢いを持って数え切れぬほどの種子を強奪、

そして自身の力として身に付け――まだ夕美にとっては未知の能力だが

少なくとも夕美を簡単に足止めできるほどの実力を有する程になっていた。

 

「それで? 私からお花を持って行こうと追いかけてたのかな?

 でもそれは反則、ちゃんと持ってる人同士で争ってくれないと、あげない」

「……ふーん、そうなんだ……でも違うの」

 

強制的に夕美を足止めする程の用件、

てっきり種子の総取りが目的かと思いきやそうではないと加蓮は言う。

 

「夕美さん、私は……この“能力”が、とても似合っていると思う」

「気に入ってくれたら私としては頑張った甲斐があるかもね」

「私がもっとこの力をあの段階で……いや、もっと早くに見つけていたら……」

 

ここで加蓮の意図を察する。

どちらかと言えば非力で、奈緒の陰に隠れがちだった少女が

急に表立って動き出した理由、その動機。

 

(あの時の奈緒ちゃんは私のせいだと思うんだけどね)

「でも言った通り、私は加蓮ちゃんに贔屓して強くさせてあげようとなんて、しないよ?」

 

彼女は、力を手に入れたい。それには間違いがないはず。

今までの全ては自身の非力が招いた失態だと重く受け止めてしまい、

解決のため実力を高める手段として最短ルートである種子の力を得ようとし、そして得た。

だがもう一度振り返る、彼女は種子を狙って接近したわけでは無いと言っているが――

 

「種を譲ってほしいんじゃない、私の提案は……私を、夕美さんの仲間に入れて欲しい」

 

 

 

「それはまた……面白い話だね。私に仲間なんて、いると思うの?」

「居るよ。だって……こんな大きな力を持って、私みたいな人が寄り付かないはずがない」

 

加蓮の欲していた力は、単純に自身一人だけの実力のみではなかった。

一人では解決できない権力とも戦う、万能の“力”を確保するため、

おそらくは夕美のバックに居るであろう、居るはずと確信した“群”に取り入ろうとしている。

しかしその提案は当然のように却下、いや、夕美は自身を孤立した存在と言い張る。

 

「断るの?」

 

だったらどうするの? と、軽口を叩いてみるつもりだった。

たとえ足が動かなくとも夕美は自身の優位を疑わない、

今は『面白そうだから』と適当に相槌を打って話を聞いているが

その気になれば即座、物理的に会話すらできない状況へと追い込むことも可能――

 

 

――――

 

 

「っ……あ、あアアッ!? な、うぅ……!?」

「断るなら……不安の種は……摘まなきゃいけなくなっちゃう」

 

加蓮は、手を夕美の肩に置いているだけだ。

 

「ひぎぃッ……!! うあァッ……!!」

(これは加蓮ちゃんの“能力”?! でも、足が動かないのと……この、

 私の体が枯れていくような感覚は……なに!?)

 

余裕のあった声色とは一転、演技には到底思えない窮する悲鳴、

足だけが動かなかった体は急激な“渇き”を持って、激痛を伴い始めた。

植物と同化しているに等しい自身の体が枯れると形容した夕美のダメージは計り知れず

そもそも夕美は何をされているのかが全く把握できない。

 

「……返事を聞きたいんだけど」

(ダメ! この子は、本気で私を……首を縦に振らないなら“壊す”気……!

 それはダメ、まだ……それはまずい、よ……!)

「わ、分かったッ……だからっ、やめて……ッ……!!」

 

悶え倒れていた夕美の体から手を離す加蓮、

ほぼ同時に、全身を襲っていた酷く焼けるような痛みは回復こそしないものの

悪化する事はなくなった、やはり加蓮が彼女へ何かを行使していたのだ。

 

解除されてからも身動きが取れない夕美に、

加蓮は腰の荷物から水筒を取り出して乱暴に彼女の体へぶちまける。

『これでいいんだよね』と、大した措置も取らずに言い切る所を見ると

夕美の身体に関する情報もきちんと仕入れていたのだろう、

中身は何の変哲もない水、しかし全身が“乾いていた”夕美は必死で求めていたものだ。

 

「ぷはっ!! ハァッ……ハァッ……!」

「噓じゃないよね?」

「もちろん……もう味わいたくない感覚だもん……」

 

強引に引きずり出された口約束でも夕美は反故にしない、

今までは彼女の事など、別段どうでもいいと思っていたが事情が変わった、

ここまで急激に力を身に付けた人物を、もう少し観察していたくなったのだ。

 

「それじゃあ、招待しなきゃね。少し遠いけど、いい?」

「どこに向かうの? それに、仲間がいるなら連絡を取らないと――」

「連絡は要らない、居るか居ないかは分からないし……でも、そこには一番多く仲間が居る」

 

「私達の“国家”に、紹介しないとね」

 

「国……? まさか、そんなはず……だって」

「だって、私達みたいな危険で強大な力を持った国があるはずない……って?」

 

にわかには信じがたい。ある程度平和平穏に収まった世界で、

これほどまで特異かつ狂気の片鱗も伺えず人物、道具を抱え込んだままの国があるはずがない。

それに、国と言えば知名度がどうしても大きくなって、構成員は特に名が挙がるだろう、

だというのに加蓮は少なくとも、相葉夕美という名前を国家幹部として聞いた覚えは、無い。

 

「それがあるんだよねぇ、しかも……ちょっと有名なの」

 

さらに耳を疑う言葉が続く。有名ならば知らないはずが――と、反論しようとした刹那、

思いもしなかった“ある国家”の名前が加蓮の脳裏に浮かぶ。

その国は有名だ、だが有名なのは名前だけ、それ以外の全ての情報はまるで把握できない、

しかも侵攻国家ではなく、ただそこに存在するだけの謎多き地域――

 

「…………まさか、ね」

 

夕美の後を、今は黙って追従するしかない加蓮であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩猟者

「分かんないっすね」

 

共に愚痴をこぼす両名が並んで暗がりを歩く、

その矛先はお互いに別の者に向いており、一人は戦闘を終えて敗北した相手、

もう一人の方は今まさに並んで歩いているもう一人へと向けた不満の声。

 

「普通なら……ま、アタシも言えた義理じゃないっすけど

 人を襲って、その本人から何もされず解放されるって、まず無いっすよ」

「そっちは良いかもしれないけど、アタシは困ってるの!」

 

吉岡沙紀と喜多見柚、共通事項は二人とも卯月一行に遭遇し、戦いを挑み敗北した者。

異能の種子という能力を宿す道具を奪取、取得を目的とした勝負は

成就することなく、しかし壊滅的なダメージを受けることなく――

いや、柚はそう思っていないようだ。

 

「しかし不思議っすね……そっちの話じゃ、種ってのは無理矢理奪うモノっすよね?

 じゃあなんで柚ちゃんが最初から持ってた“能力”……今は無くなってるんすか?」

「……分かんないけど、何かされたから無くなった!」

「その何かが分かんないと迷宮入りっすね」

 

柚の、糸を媒体とする“能力”は、数時間前の未央との激戦で自由自在に発動していた、

だが今はどうだ、二人は知る由も無いが“灰姫の経典”を所持していた卯月と接触したことで

いくら腕を振りかざそうが、気合を込めて翳そうが全くの無反応なのだ。

能力の剥奪、正確には動力源である異能の種子を抜き取られた状態、発動するはずがない。

 

このような状態で柚を含む二人を解放したのは

卯月達の目的が“強奪”ではなく“回収”であり、用さえ済めば当人に敵意が無い限り無関係、

関わりを断って以後の危険な戦いへ巻き込まれないよう警告した。

が、一度手にした力を金輪際忘れて、とは簡単に行かないのは、ある意味で仕方がないだろう。

 

「幸い、もう一度どうにかして手に入れれば……!」

「アタシはソレが出来なかったから苦労してんすけどね。

 そもそもどーやって探すんすか、経験者なら教えてくださいよ」

「うーん……でも実は、アタシも能力チラつかせて歩いてただけだから」

「誘い受けっすか」

「言い方が悪いっ。でも未央チャンたちが言ってたケド、ちょっとづつ増えてるそうだし……

 ひょっとして普通に歩いてるだけでぶつかるかも?」

 

普通は有り得ない、偶然歩いていたら偶然他の人と接触し、

その接触した者同士が偶然にも夕美の手によって力を与えられた人物――

確率は限りなく低く、考えるに値しない数値だろう。

 

だが、仮に偶然、この近くを通った人物が

“種子を目的として行動”している者で、かつ“今の会話を聞いていた”ならばどうか?

たった一つの偶然だけで、残りの低確率を全てパスし、戦闘は免れない。

――戦闘は免れないのだが、ここに一つの不幸な偶然が重なってしまうと

 

「なーんて、あり得ないケド…………お――」

 

 

 

ザンッッ!!

 

「沙紀チャ――っぐうぅ?!」

 

返事のない沙紀に反応を求めようと振り返っただけの柚は二つの衝撃を受けた。

まず一つ目、視界に飛び込んだ光景、つい数秒前まで共に歩いていた沙紀が、

ちょうど声一つ上げられぬほど瞬間的な攻撃を受け、倒れる途中であったこと。

二つ目、恐らくは沙紀を襲ったのと同一人物による攻撃が、自身にも及んでいたこと。

 

(攻撃!? どこから……っていうか、これ……“変”……!)

 

攻撃を受ける寸前まで知覚できなかったのは、この際仕方がない、

なぜなら戦闘という雰囲気は皆無の状態で不意打ちに近い襲撃を受けたため。

だが、それでも妙な点は存在していて柚が受けた攻撃、

刃物で切り裂かれたように平行な線が刻まれ、なかなかにダメージが大きいのも去る事ながら

 

(なんで……“正面”を斬られたの?!)

「ぐッ!」

 

倒れる寸前、なんとか柚の足を踏み止まらせたのは気力ではなく疑問。

なぜ、この攻撃は突然沸いたように柚を切り裂けたのか?

 

「はぁ……はぁ……生きてるっすか?」

「沙紀チャン!? 大丈夫なの!?」

「今は……でも、ちょっと……これ無理だと思うんすよ」

 

弱音と言われればそうかもしれない、しかし沙紀は状況を見る目はある方だ、

その己が今の状況をマズいと、警告を発している。

 

「アタシ、絶対正面を見てたはずなんすけど……ほんとうに、完全に“突然”斬られたっす、

 こんなの……絶対、例のアレじゃないすか」

「そりゃそうだろう、ねっ……」

 

望んでいたモノ、沙紀が虚構の能力を騙ってまで炙り出し欲していた本物が

二人のすぐ近くで、あろうことは二人を狙っている。

もしも、このファーストコンタクトが今よりも穏やかなものであったならば

友好的に能力を得るための相談や情報を聞けたかもしれない。

 

「絶対、会話とかまともに出来る相手……じゃないと思うんすよね」

「へへっ……アタシがやってた事と一緒……問答無用で、持ってそうな子を狙う奴だねー……」

「勘弁してくださいよ……アタシを巻き込まないでくださいっす」

 

だが、残念ながら第一印象――いや、遭遇すらしていない相手に対するイメージは最悪、

完璧な先手を打たれながらも“能力”の欠片すら見えていない、状況はすこぶる悪い。

 

「ま、でも……こうなったら足掻くしかないっすよね……っと」

「そうそう、考えようによっちゃあ……チャンスっしょー?」

(来ると分かってたら、反応できるはず……!)

(斬ってきたなら、近づかなきゃ攻撃できないはずっす……今度は見逃しませんよっと)

 

――ザッ

 

「正面!!」

「分かってる!」

(見逃さない、今度はこっちが見破る番!)

 

幸運にも姿を補足できた、そして今度こそ不意を打たれないように全力で注視する。

――その発想が、既に罠だとは気づかず。

 

二人は考えるべきだったのだ。

なぜ、能力者と確信している相手が手の内を明かしていない状態で

しかも姿を見せる必要もなく二人を襲撃できていたのに、簡単に現れたのか。

少しでも考えていたならば、相手の目論見に僅かでも勘付けた、かもしれなかった。

前進する敵と、慎重に間合いを取る二人、この関係性を先に動かしたのは

 

「……“そこ”、ダメだよ?」

「?」

 

 

 

――ザリュッ!!

 

「がッ!?」

「っぐぅっ!!」

 

二人は、まだどこか“異能の種子”が授ける能力に常識があると思っていたのが敗因だろう。

たとえ全力で警戒していても、そんなものは無関係に突拍子もない攻撃が行使できる、

異能の種子とはそういうものなのだ。

 

今度こそ堪えられない、背後を再び強烈な斬撃が襲った二人は前のめりに地面へ伏した。

そして、まったく攻撃を行う所作すら見せなかった正面の人影――いや、獣人だろうか、

近くでそのシルエットが鮮明になるにつれ、特徴的かつ目立つ猫耳が露わになった姿――

 

「あーあ、わざわざみくが“そこ”って言ってあげたのに……忠告は聞くもの、にゃ」

 

 

 

「ほら、さっさと起きるにゃ」

「ぐうぅ……」

 

自身の名前を一人称としている人物は、重傷の柚たちを引っ掴み、無理矢理引き起こす。

密着するほど接近されても、射程内どころか目の前に攻撃主が居ても腕すら動かない、

されるがままの状態。

 

「まだ気は失ってないよね? 初めまして、かにゃ?」

「……要件、なんて聞くだけ野暮、カナ?」

「そりゃそうにゃ。それじゃ単刀直入に……種子を奪う方法、知ってる?」

 

予想通りといえば、その通り。

なぜ自分達が襲われたか、理由は種子の話をしていたからに他ならない、

そして先制攻撃どころか形勢逆転すら不可能なまでに追い込まれると、

次に待っているのはみくが言った通り、強奪。

 

グイッ

 

「んッ!」

「こーやって徐々に……体力を消耗させていけば、そのうち種子を体に留めておけなくなって

 ポロッ、と出てくるんだよ? 知ってたかにゃ?」

「……知らなかった、ケド……近い事は、してたかなぁ」

「なら覚悟するにゃ」

 

徐々に傷口を締める動きに、このままゆっくりと追い込まれる――

 

 

ザシュ グシャッ!!

 

 

「んぎッ!! あ、ぐうぅぅあぁあッ!!」

「~♪」

 

(斬られてッ……なんで!? こいつの両手は、アタシの体を抑えてるのに!)

(どうなってんすか……何もない空間なのに、柚ちゃんが“斬られて”いく……!)

 

「が、げほっ……!」

「あれ? ちょっと、まだ出てないケド……もしかして、終わり?」

 

腕を抑える腕、左右共にみくの手は柚の体に触れている、間違いない、

ではいったいこの攻撃はどこから、何をきっかけに発動しているのか。

背後に立つみくを尻目に、堂々と正面から“何か”が柚の体を切り裂く、

その正体も掴めぬまま、斬撃は柚の体を嬲り続け、やがて意識を手放すまで続いた。

 

「なーんだ、無駄足にゃ……気絶するまで何も出さなかったって事は

持ってないって考えても問題なし……ってコトで」

 

逃げる隙間、気力、そんなものがあればとうの昔に退散している、

しかし地面に伏す沙紀はどうすることも出来ないまま

 

「そっちのあんたは、持ってるのかにゃ?」

 

暗く光の無い瞳をしている少女と相対するしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七幕 - 新勢力 -
色眼鏡


幸いにも以後、新たな敵と遭遇する事は無く旅路は順調に進む。

一行はついに現状の目的地――に到着するまでの最も大きなポイントへ辿り着く、が

 

「通れない?」

 

巨大国家、名を『ウィアルソ』と記されたこの国は

普段、このような厳戒態勢を引いてはいない、入国はフリーパスのはずだ。

しかし現に一行は境界に敷かれた仮の門に阻まれ歩みを止められている、

まるで危機的災害、戦争でも起きているかの警備体制だがそうではないようで

 

「いえいえ、多少の入国審査がある程度で、よほどの事が無い限りはお通り頂けますよ」

「審査って何するんだ?」

 

門前払いを受けるわけでは無い、ひとまず安心するものの次の疑問が湧く、

この国境沿いに警備を敷いてまで交通を規制している現状、

どういった風の吹き回しでこの体制になったのかは返答を求めても答えられないの一点。

 

「お手間は取らせませんから」

「……らしいけど」

「別にいいんじゃないかな、私達別に怪しいものじゃないし……」

「うーん、そうですね。分かりました、それでどうすればいいんですか?」

「少し待っていてください、すぐに案内しますよ」

 

急ぐ旅路ではあるが一刻を争うほどではない、

むしろ余計に騒ぎ立てると得は無い、何しろ今までの村と違って大国なのだ、

目立って良い事など一つもない、卯月達は常に平穏を目指して動くべき立場でもある。

要するに大人しく待つ、そうすれば解決する話なのだ。

と、ただの待機時間で済むはずだったところ、

卯月が何やらそわそわと落ち着きなく視線を巡らせていた。

 

「あの受付の人……」

「どうしたの? しまむー」

 

気付いた未央の問いかけにも『うーん……』と首を傾げるばかり、

何かを思い出せそうで思い出せない、そんな悩み方であった。

 

「どこかで見た事があるんですけど……なんでしたっけ……」

「受付の人が? んー……しまむーが知ってるような人だったら有名な人?」

「でも受付だよ? どうしてこんな国境の端で、有名な人が受付なんてしてるの?」

「……ですよね、気のせいかも」

 

気のせいと打ち切った疑問解消だが、やはり気になる、

そして『聞いてみても損は無いんじゃない?』との未央の後押しもあり、

再度受付の人物が一行の前に戻ってきたと同時に、思い切って質問を投げかける事に。

 

「お待たせしました、ではあちらの通路からどうぞ!」

「えっと、突然すいませんけど……あの、お名前は――」

 

 

――ドォンッ!!

 

 

「うわっと!? な、何!?」

 

轟音の方角、建物を挟んで通路の反対側――近い位置だ。

そこから立ち上る煙、明らかに何かがあったのだろう、

この検問地帯で騒ぎを起こす理由など、事故以外ならば強行突破以外の何物でもない。

が、卯月達には“別の可能性”も考えられる。

 

「卯月! もしかして――」

「もしかして、例の“種”が現れましたか?!」

 

 

 

(っ!? え……?)

 

既に種子が大国にも伝染して広がっていて、恐らく既に能力を得た者たちが集まりそうな大国。

沙紀のように新たに能力を得ようとする者や柚のように自己強化に励む者、

いずれもこれらの動機を満たす可能性は高い――という予想は

卯月達だけが知り得るはずだった。

 

(どうして、国の人が種……“種子”の話を既に警戒しているの?!)

 

可能性は二つ。

一つはこちらの勘違い、偶然にも“検問”をしている理由となる要因の略称が

誤解を招きやすい“種”という名で呼ばれているだけというパターン。

そしてもう一つのパターン、これは原因に大なり小なりがあれども

既に“異能の種子”関係のトラブルが国家内で起きている、という場合。

 

「反応はナシ、ですか! 了解です、一応すぐに向かいますよ!」

「あ、っ! 待ってください! そっちは危険です!」

 

どちらにせよ、能力者が相手ならば国の兵隊が束になっても危うい、

特に検問などを任されている人物が実力者とは考えにくかった卯月は

報を受けて駆け出していった受付の人物を呼び止める、が

 

「まったく、この国に厄介事が集まってくるのは遠慮したいのですが、

 もしも面倒事が混ざった時に仕事をするのが私です!」

 

――バッ!

 

「え……?」

 

統一された制服、国家で働く人物である証のローブを脱ぎ捨て、

その下からは軽装とはいえしっかりと装備品である鎧、鞘に納まった剣、

明らかに“ただの受付事務員”ではない格好となった彼女が高らかに叫ぶ。

 

「私のこの目が黒いうち、いや……この眼鏡がある限り私は!」

 

 

 

取り出したるは腰に携えた剣――ではなく、袖口から滑り降りてきた眼鏡、

一見何の変哲もないそれを、既に眼鏡をかけている彼女の目元、

ほぼ二重になるような位置へと持っていくと

 

ビシュゥンッ!!

 

「わあっ!!」

 

――ズゥゥン……

 

「ふふふ、さすがの威力! ……とはいえ一回が限界ですか、改良の必要がありますねぇ」

 

眩い一閃、強烈な光に思わず目を閉じた卯月が視力を取り戻した時、

目の前に建ち並んでいた建物の壁に、薙ぎ払ったような黒い焦げ跡が残っていた。

何から何まで理解が追い付かない、何が起きたのかも分からない卯月に追いついた美玲が

 

「な、なんだアイツ……目からビームが出たぞ……」

 

目の当たりにした異様な光景を思わず口に出した時、卯月は全て合点がいった。

続々と凛、未央も合流して凄まじい状況を目視し同様の疑問を持ったところで

 

「違います……あれは、あの人の目から発射されたんじゃないです」

 

知っているの? という未央の問いかけに頷く、正確には“思い出した”だ。

――“付与魔術”と呼ばれる術式がある。

補助魔法の一つで物体、主に武器へ魔術を宿らせる高等技術、

強力な媒体と術者が合わされば炎熱を発する槍、風切り刃を飛ばす剣なども作れる。

が、世界広しと言えど決して普段から武器としてはとうてい成り立たない“眼鏡”に

強引ながら強烈という他ならない付与効果を宿らせる人物は一人しか居ない。

 

「ああ、すいません、ご案内の途中でしたね……失礼しました失礼しました」

「え、あ……うん……えっと、大丈夫……なの?」

「心配無用です、私の眼鏡にかかればあれくらい造作もない事ですよ!」

「そうじゃなくて……二つも眼鏡してたら見えにくくないかな……」

「バッチリです! ほら、こうしてあなたの手を取る事も出来ますよ?

 ところでずいぶんとガッシリとして鋼鉄のような体ですね?」

「それ看板の支柱だぞ……」

 

などと一行の居る場所と反対方向へ話しかけ続けていた彼女だが

他の兵士たちが慌てた様子で白煙上がる現場から舞い戻ってくる声を聞き、

ようやく視線をその方角――先程攻撃した場所へと向き直せば

 

「わっ!? 誰か来たぞッ! まだ全然元気そうじゃないかッ!?」

 

どうやら派手な一撃を御見舞したものの撃破には至っていなかったようで、

検問を突破して騒ぎを起こしていたと見られる者は再度立ち上がり、

取り押さえようとする兵士を追い返しながら逃走を試みている。

 

「逃げられるよ!?」

「あれっ!? そんな馬鹿な……あの眼鏡は私の自信作で

 眼鏡に込めたエネルギーを一度に大量照射して標的を撃ち払う――」

「説明はいいから! しぶりん、私達だけでやろう!」

 

手を貸す義務は無いが放置して見送ることも出来ない、

凛と未央は逃走者の後を追いかけようと体制を整えるが走り出すよりも早く

 

「仕方ありません、一つじゃ足りないなら……たくさんで対抗しましょう」

 

バサッ

 

「……え、ええっ!?」

「なんだこりゃ!?」

「無論、私の数々の眼鏡たちですよ!」

 

一つや二つではない、文字通り無数に仕舞われていた眼鏡が

一斉にズラリと横一列に並び、それぞれが先程の眼鏡と同じよう

レンズ部分に煌く光を集約させ始め

 

「一斉照射ーっ!!」

 

 

ズドドドドォンッ!!

 

 

「…………」

「な……なんだ、これ……」

「あれあれ、今度は強すぎましたか? むむ、さすがに十九は無駄使いかもしれません」

「ていうか眼鏡持ち過ぎだぞッ! なんで十個も二十個も持ってるんだよッ!」

 

もはや非常識な装飾品の量に困惑する美玲であるが、卯月は別の見方をしていた、

そして正体が分かった今、その異様とも言える光景も、どこか納得した表情で

 

「その人は……この国の幹部の一人であると同時に、

とても眼鏡に執着を持っている事でも有名で……」

「執着じゃないです、愛着! 愛情です! 私は誰よりも眼鏡を愛し、活用しています!」

「幹部……って、幹部ぅ!?」

 

「……と、自己紹介が遅れました。

私、この国家ウィアルソで幹部を勤めています上条春菜と申します、まぁまぁ眼鏡をどうぞ」

「まだ持ってる……」

「もちろんです! お気に召すデザインのものはありますか?」

 

偶然にも、国へ訪れて最初に出会った人物が国家の中枢人物、

噂通りの趣味嗜好とポリシーを本当に持っていたことに驚きつつ、

どうしてそんな人物がこの場所で受付など担っていたのか――という疑問も今は脇に置く。

 

「えっと、春菜さん……」

「はいはい、以後お見知りおきを」

「……さっきチラっと聞こえたんですけど……“種”について、聞いてもいいですか?」

 

最も聞き逃せない単語について、単刀直入に質問する。

もしも卯月が想定しているものと同じならば

この国をただの通過点として素通りするには事情が変わりすぎるからだ。

 

「……さぁ、何の事でしょう?」

 

だが春菜は解答を濁す。

もしも何かが聞こえたならば、それは深く知らない方がいい話だと思うとも付け加えた、

つまり公に広めたくない話題なのだ。ますます、可能性は高まる。

ともかく、この騒ぎに関しては種子に関係が無かったようだ、

偶然にも検問でトラブルが起きたのだろう、だがそれは検問の意味を知る材料にならない。

既にここでの作業――こういったトラブル処理を終えた春菜が去ろうとするが

 

「私達、知ってるんです!」

 

何としてもここで聞いておきたい――

そして、こう言ってしまえば流石に春菜も足を留めざるを得ないだろう。

 

「……いったい何を――」

 

 

――ズズゥン……!

 

 

「!」

「今度は何なんだッ!?」

「やれやれ……“また”ですか?」

 

再びの異音、またしても近い位置からだ。

春菜も先程と同じように連絡を受けて現場へ向かおうと歩を進めた瞬間――

 

「……! 今度は、本当にですか」

 

突如、足早になって全力で駆け出していく、

そのスピードは軽装備の鎧を身に纏っているにしては非常に迅速で、

轟音に気を取られていた一行は春菜の遠い後姿にようやく気付き

 

「追いかけよう!」

「はい!」

 

 

 

(来ましたね……これが例の“能力者”ですか……!)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一直線

既に目的地へ急行してしまった春菜を追いかける途中、

相当なダメージを負った誰かが運ばれる様子を見かける。

これは先程春菜が照射したレーザーに晒された者、

検問を無理に突破しようとした代償は大きかったようだ。

 

(ここまで徹底的に不審者を通さないようにしている、絶対に何かあるね)

 

素直に搬送されているところを見るとただ検問に業を煮やしただけ、

もしくは本来の検問の目的とは異なる案件で、やましい事があったのだろうか、

どちらにせよ本命ではない、もしも“種子”が絡む案件ならば

多少の妨害があろうとも強引に突破を試みているはずだ。

 

「で、強引に突破するくらいだから、中に何かがあるのかもね!」

「かもしれませんけど、大きい国だから『多分何かある』程度の考えかも……」

「行ってみれば分かるはず、そこの角を曲がればすぐ――」

 

――ギィンッ!!

 

「!?」

 

激しく金属を打ち付けた音、激しい戦闘――にしては、やけに規則的に響いている。

聞こえてきた方角には巨大な倉庫、そしてあからさまな侵入口であろう

大穴が壁面に開いており

 

「行きましょう!」

「うん」

「よし!」

 

三人は“何か”が起きている現場へと足を踏み入れようとしていた。

 

 

 

「…………」

「壊れないでしょう?」

 

ちょうど一度目の金属音が響いた頃、侵入者と春菜は既に内部で対峙していた、

ほぼ一直線に向かった春菜、まるで最初から“ここ”が襲撃先と知っていたようで

 

「どこから仕入れた情報か……いえ、情報が無くとも“何か”がある事は一目瞭然、

 だからこそ防御は完璧にしてあります」

「…………」

「その小屋……うちの国家代表曰く“シェルター”だそうですけど

 簡単には壊せません、かなりの強度を持つ外壁で囲まれていますから」

 

侵入者は春菜の説明に耳を傾けていないのか、

ひたすらに小屋の壁面を攻撃し、内部への侵入口をこじ開けようとしている。

 

「無駄だと言っているじゃないですか、私の話も聞いてくれませんか?」

 

ギィン、と響く金属音、何度も何度も打ち付け――その行動が変わることなく、

続いて到着したのは卯月たち、そしてこの現状を見た感想は、やはり同じもの。

 

「これは……何をしているの?」

「あの壁を、ずーっと攻撃して……ひょっとして中に何か凄いものが?」

「しっ、ですよ。何かに気付いたり思ったとしても、秘密です」

 

春菜も始末に困っているのだろうか、それとも三人への忠告なのか、

小屋についてこれ以上の言及を止めるよう口を挟む、

一心不乱に壁面を攻撃し続ける人物を止めようにも妙な空気が場を支配していて動けない、が

 

 

 

「み、みくッ!? 何してるんだッ! こんなところで!」

 

「おや、そちらのフードの子はお知り合いですか?」

「美玲ちゃん! あの人が誰か知ってるの?」

 

遅れて到着した美玲が状況を大きく変える。

倉庫へ入るなり叫んだ第一声が個人名――おそらくは、この侵入者の名前、

どうやら美玲は面識がある人物らしい。

 

「みくは……ウチの住んでる村の、一番偉い“長”だッ」

「美玲ちゃんの……!?」

 

それも、かなりの親密な人物という形で。

 

「美玲が一人でも何とかしようと思うほどの村、その長……の、割には」

「ずいぶん、聞いた感じの印象と違うくない?」

 

美玲が己が身ひとつで解決しようとしていた村の問題、

もちろん村には住民も入っている、その代表格となれば当然彼女が救いたい対象筆頭のはず、

が、目の前に居るその人物は少なくとも現在進行形で何かの小屋を破壊しようとしており、

既に国境の検問を荒々しい突破でひと騒がせをし、およそイメージとは大きく異なる行動だ。

 

「こんなところで何してるんだよッ! ウチらの村はどうしたんだッ!?」

 

何よりも、美玲の言葉に耳を貸す様子が無い、

ひたすらに小屋を破壊――傷がついていない壁面を、ただただ殴りつける、

もはや不気味で奇妙なほどに何度も、何度も。

 

「何とか言ってくれよッ、それとも……みくも探しに来たのか? あの能力って種を――」

 

「……! 危ない!」

 

――ヒュンッ!!

 

 

 

「あ……っ……!? な、何すんだッ!?」

 

その行動パターンが変化したのは突然であった。

壁面を殴りつけていた手が瞬間、傍らに迫っていた美玲の顔面横スレスレへ振り抜かれる、

もしも少し美玲の位置がズレていたならばクリーンヒットしていただろう、

およそ“長と住民”の関係性で放たれる拳の挙動では、ない。

 

「大丈夫!?」

「ちょっと、何すんのさ! 危ないでしょ!?」

「……美玲チャンって言った? その話……詳しく聞かせて?」

 

未央の言葉には返答しない、みくと呼ばれた人物の言葉は

あくまで美玲個人に向けて紡がれている。

たまらず卯月は二人の間に割って入る、あまりにも無思慮な応対ではないかと言う為に。

 

「危ないじゃないですか! 美玲ちゃんは、あなたの集落の住人で――」

「集落……んー……覚えがあるような、無いような、ともかく今のみくには関係ないにゃ」

「どうしちゃったんだよ長ッ! そんな事を言うみくじゃなかっただろッ!?」

 

それでも意識は向けられない、壁面を攻撃する手は止んだものの

放っておけばその攻撃が今度は――美玲に向かって放たれるだろう、

確信は無いが予感はする、それほどまでにみくが纏っている雰囲気は奇妙なのだ。

 

「みくッ! ウチが分かってないのか!? 話を聞けよッ!」

「まぁまぁまぁ、ちょっとお互いピリピリしすぎなのでは?

 一度冷静になってもらって、それからじっくり話を聞くことにしましょうよ」

「春菜さん……そんな悠長な事を――」

「いえいえ、悠長なつもりはありませんよ?」

 

奇妙な雰囲気のみくとは対照的に、こちらも先程までの緩い空気と異なる気配、

春菜が――やはり眼鏡だが――武器を構え、既に臨戦態勢になっている。

一連の流れで会話のコミュニケーションは不可能と判断したのだろうか、

どのみち侵入者と警備の立場、突破された検問、もう戦闘は避けられない。

 

「さて、先程は下がってと言いましたが……どうも複雑な事情があるようですね?」

「そうだッ! みくはこんな事をする奴じゃないッ!

 これは、きっと何かワケがあるんだ! そのワケを聞いてからでも遅くはないだろッ?!」

「ならばお手伝いしてもらった方が早く事が済みそうですね」

 

――ザッ

 

「みくの邪魔をしないでくれる?」

「おや、ようやく私に話しかけてくれましたね、でも続きは後にしましょう」

 

「まずはあなたを拘束します、皆さんお手伝いをお願いしますね!」

「任せてください!」

「う、ウチもやるぞッ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

挟撃

「ぐうぅっ!?」

「美玲ちゃん!」

 

対象と判断されてからの美玲に向けられた攻撃は

驚異的な俊敏さを伴ったもので、凛と攻防を繰り広げた彼女にも

万全の対抗は間に合っていない。

 

「は、早いッ……この動き、やっぱりみく、なのかッ?」

「さすが、美玲が住む村のリーダーだね」

 

しかし抑え込むだけならば数の利がある。

逃がさないよう未央と凛が包囲、美玲を狙う攻撃を彼女自身と卯月で防御し続け

 

「そこを退くにゃ、みくは美玲チャンにお話があるにゃ」

「私の友達です、それは聞けません!」

 

――ヒュンッ

 

(これは、避けられる!)

 

みくの攻撃は爪型の手甲で繰り出される斬撃、

右からの振り抜きを受け流すよう体を捻って避ける。

 

「にゃっ!!」

「次は反対――」

 

――ザシュッ!!

 

「っぐ?! え……!?」

 

そして左からの攻撃を同じように、避けられなかった。

いや、ただ避けられなかったのではない。

 

「卯月ッ!」

「邪魔をすると、巻き込まれても知らないよ?」

 

 

 

「今の攻撃、変だ……! おかしい、卯月は“当たっていない”のに!」

「え、えっ!? どういう事なのしぶりん!?」

 

凛の目からは、追えない攻撃の速度ではなかった、

そんな彼女の視界が捉えた結論が、あり得ない結果であった。

 

(避けたはずなのに……それに、それだけじゃない!)

 

「……あ、あれ? 今の攻撃って右から来てたっけ?」

 

右脇腹、卯月が負った傷の位置だ。

卯月から見て“左方向から”飛んできた爪の斬撃を避けようと右に逃れたところを

別の攻撃が命中してしまったのだろうか?

 

(怪我をした場所が“攻撃された方向”と逆に……!)

 

 

 

「これは……もしかして」

「う、うん、あの不思議な攻撃は、能力……もしかして、あの子も“種子”が――」

 

疑問が確信に変わる、あの謎の獣人――美玲曰く、前川みくという名の少女は

異能の種子を取得した人物で、更なる力を求めてここを訪れた者だ、と

 

「……その話」

「?」

「詳しく“聞かせて欲しい”にゃ」

 

――ダンッ!!

 

「わっ!? と……こっちに来た!」

 

予想を口に出した未央に、みくの攻撃の指針が向けられた。

 

「急に美玲ちゃんから未央ちゃんに攻撃が……!」

「でも、未央ちゃんはただやられるだけじゃないぞ! 反撃もする!」

 

距離はある、スピードでは敵わないが迎え撃つパワーを繰り出す準備は整えられる、

ちょうど卯月たちを挟んで反対側、こちらから前進すれば負傷の卯月も後方に庇える、

そう踏んで一歩、二歩と駆け出した未央だったが

 

「……“そこ”、ダメだよ?」

 

 

 

――ザリュッ!!

 

「がうっ!?」

「未央!?」

 

ちょうど腹部を掠め抉るような軌道で斬撃跡が走る、

辛うじてダメージが入った直後に飛び退いたため深手には至らなかったものの

 

「っ、また……!?」

「なんだ!? どうなってんだッ!?」

 

「美玲ちゃん、あの人はあんな能力を持ってるの!?」

「い、いや、ウチは知らないぞ! こんなの聞いた事無い!」

 

予期せぬ不意打ち、沙紀の時とは違う明確な“あり得ない”現象、

間違いなく絡んでいる異能の種子の力だが、美玲はかつてのみくにこれらの心当たりはない。

 

「能力……そっちの子も、何か“知っている”の?」

 

先程から過敏に“能力”への話題に反応するみく、

未央から再び彼女の視線は卯月へと戻り、武器の爪を構えていた。

 

「なんなんだよ、みくッ! ウチだよッ! どうしちゃったんだ!」

「美玲ちゃん、下がって……今、狙われているのは私です!」

「元に戻ってくれよッ! お前、ヘンだぞッ!」

 

 

 

「ふむ……“元に戻る”なんて言葉が出るあたり、

 美玲ちゃんの中のみくちゃんと今のみくちゃんに違いがあるようですね?」

 

この一連の流れを遠巻きに、倉庫の防衛を行いながら観察していた春菜が動いた。

 

「春菜さん!」

「いやぁ、ずっと任せっきりなのも失礼かと思いまして……

 ただ、おかげで少ーし予想がついたので、やっちゃいますね?」

「何してんだッ! 危ないぞ!?」

 

傍から見れば無装備――武器のつもりで持っているらしき眼鏡は意図が読めない――の春菜が

明らかな攻撃意識を持っているみくの前に立つのは危険、

美玲もそれが分かっているから止める、が、それでも彼女は前に出る。

 

「みくさんとやら、お探しの能力はこっちですよ?」

「!」

 

ピクリ、とみくが春菜の言葉に反応する。

もう春菜は“キーワード”が分かっている、後は予定通りに動くのみ。

 

「ただし、お渡しする分は用意していませんが!」

 

――カッ!!

 

「ぬわっ!?」

「眩し――」

「おや失礼、ですが眼鏡とは光るモノでして、わざわざ伝える必要は無かったかと」

「そんなの初耳だぞ!!」

 

突然の閃光に視界が白く染まる、その隙に春菜はみくに接近する、

しかし一直線にではなく大きく迂回――そのための時間稼ぎだったのだろうか、

ともかく近づくことには成功している。

 

「あなたの動きを観察していましたが、どうやらその両手がイタズラの原因ですね?」

「見れば分かるぞッ! みくはウチと一緒で武器はそのツメが――」

「いえいえ、そういう訳でなく。そちらの、えーと……卯月ちゃん未央ちゃんが受けた攻撃は

 どうもあなたの主力武器、爪の引っ掻きと同じ傷を受けていますが」

「でも……卯月は攻撃に触れていなかった、それは私がちゃんと見ている!」

 

触れずに繰り出される攻撃――それがみくの見破れない脅威、

原理の分からない仕組みと相対するのはそれだけで大きな不利を被る、

実際に卯月や未央は決して小さくはないダメージを受けていたのだが

 

「そうです、触れずに……でも、違うものには触れていたんですよ」

「……?!」

 

 

 

「この不可解な攻撃の正体は……“一度避けた攻撃”の軌跡、これが答えですね?」

 

――ギィンッ!!

 

「……“能力”、その話、ちゃんとみくに分かるよう言ってくれる?」

「そしてそして、行動の単調さと“キーワード”に反応する様子から……

 あなたは本当に“正気”のまま行動していますか?」

 

直接振り抜かれた爪の攻撃を簡単に受け止め、

密着状態にまで接近した春菜は同時に能力の予測までも行ってみせた。

一歩引いて観察に徹していたからこそ気付けた関連性、

卯月が傷付いた“攻撃の位置”は、ほんの数秒前に繰り出された逆手の振り抜きの位置、

つまりみくは己の爪撃をその場に不可視の状態で停滞させることが出来ていたのだ。

 

「そ、そんな事――」

「いや、あり得る……“能力”と考えると、かなり単純に説明がつく」

「でしょう? 私の予想、当たっていますか? 前川みくちゃん」

「……“能力”」

 

――バッ

 

春菜と眼前まで肉薄していたみくは、突如体を翻して向きを変える、

その視線の先には――凛が居た。

 

「……次は私なんだね?」

「その話――」

「はい、ナイスですよ凛ちゃん」

 

――ドッッ!!

 

「に゙っ!?」

 

視線を凛に向けた、つまりみくは間近に居る春菜を一切見ていない、

当然隙だらけの背後、首筋へ放たれた手刀を察知できるはずも無く

その場で崩れ落ちたみくは、気絶という形でようやく大人しくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

招待

「凄い……」

「こんなにすぐ能力を見抜いて、はぇぇ……」

「慣れたものですよ、何度もありましたからねぇ最近は」

 

みくを抑え込み、春菜の観察眼に助けられこの場を切り抜けた卯月一行、

このような対処は初めてではないらしき春菜だが、それにしても卓越した技術である、

巨大国家幹部級の肩書きは伊達ではない。

 

「ですが、一番危険な前線を皆さんに放り投げてしまったのは申し訳ありません」

「いえいえ、こちらこそ助けていただいて……」

「ウチは大丈夫だ、頑丈だからなッ! ……で、みくは大丈夫か?」

「ええ、今は眠っていますが目が覚める頃には――」

「……覚めているにゃ」

 

加減していたのか、本人の回復力か、拘束されたみくから早くも返答が届く。

が、今までのような無機質な言動ではなくしっかりと感情の籠った、

しかし明らかに自身の行動を省みた沈む調子の声で

 

「大丈夫……? ほんとに、みく?」

「……そうにゃ、美玲チャンの知ってる、前川みくだにゃ」

「よかった……元に戻ったんだな……」

 

つまり、先程までの異常な状態ではない、

早坂美玲のよく知る前川みく、村を統べる長のものであった。

 

 

 

「これも、誰かの“能力”?」

「いえ――」

「いや――」

 

返事は二人から、事を収めた春菜と、卯月から。

 

「卯月も何か分かったの?」

「そういえば卯月ちゃん、あなたからは他の二人よりも強い魔力を感じますね、

 きっと魔術に関する知識はあると思いますが、感じ取れましたか?」

「はい……少し、気付くのが遅かったですけど」

 

「あれはきっと能力じゃなく、人の行動や意識を操る催眠状態です」

「そんな便利なものが?」

 

魔術が広く伝わった世の中、しかしこの種類の魔術は

難度や成功率の困難さに比べて得られる効果が想像よりも低いという点で

選択肢として浮かぶ事はまずない、教科書通りの知識を持つ卯月は特にそう思い込んでいた。

 

「催眠や暗示の魔術を掛けるのは……かなり難しかったはずで……」

「みくは猫の“獣人族”にゃ、みく達は魔法なんて全然分かんないし、

 耐性なんてとーぜん持ってないにゃ、野生児なもので」

「……だそうです、掛かりやすいって事ですね」

 

しかし“掛かりにくい”というだけで、術中に落とす事は可能であり

対象が魔法に縁もゆかりも無い人物ならばなおさら、

対抗手段を知らない相手を罠に嵌めるのは容易である、

このあたりの発想は“経験不足”が卯月の気付きを遅らせた。

 

「もしくは、みくちゃんに掛けた相手がかなり高度な幻術使い、かもしれませんね」

「そんな未知の難敵、まったく無関係の人を巻き込んでまで集めようとしているモノ……」

 

 

 

「もうお察しの通り、ここに格納されているのは皆さんが探しているモノです」

 

やや非効率な手駒の増やし方を取らざるを得ない程に奪い合いは苛烈を極めている、

もしくは“奪い合い”に参加している実力者の高い練度が垣間見える一幕、

どちらにせよ卯月達にとって、そして春菜にとっても喜ばしい事ではない。

 

「こんな大きな国から横取りしようと考えている人まで出始めているなんて……」

「簡単に奪えるつもりでここへ来たのなら、大きな間違いですけどね」

「……確かに、この保管庫とか、かなり硬そうだもん」

「我が国の技術は素晴らしいんですよ? 保管の方法もですが収集の方法も、です。

“発芽”したものを奪う事はさすがに出来ませんが、まだ眠っている、

 いつの間にか体内に宿った種子を回収する技術は確立しています」

「えっ?」

 

異能の種子は、発芽してこそ能力が開花する、

夕美が持っていた不完全な種子も同様、これは変わらない。

体に種子が宿っても花を咲かせる才能を持たない者もいる、

その場合は体内で無害なまま種子は留まり、開花か摘出の時を待つのだが

春菜たちの国家は独自技術によりそれらの回収を可能としていた、らしい。

 

「まぁ、貴重な装置が壊れてしまったので、修理が完了するまで不可能ですが」

「……申し訳にゃい」

 

その手段が例の国家入口の検問というわけだ。

しかしみくの強引な突破――“能力”や“種子”などのキーワードを発言した人物へ

攻撃するよう暗示が掛かっていた際、その装置が対象に反応してしまい攻撃対象に、

手元の機械を破壊後は装置が“回収した種子”を輸送する先である保管庫へ矛先が向き

みくがひたすら倉庫へ反応を続けていたのはコレが原因だったようだ。

 

「なるほど、正気でなかったならばあの行動も頷けます」

「魔術って難しいんだね、しまむー」

「はい……」

「たいした理由も無く、目立って仕方のない強行突破を私の前でするなんて」

 

「それで、あなたがそうなった原因の犯人が知りたいのですが、まぁそう簡単に尻尾は――」

「覚えてるにゃ」

 

肝心要の情報は、意外にもみく自身が覚えており

 

「でも、見た目と顔だけ、名前は分からないにゃ」

「……十分ですよ、むしろ手がかりがある方が驚きです」

「みくと同じ、獣人だったにゃ……だから招いたのに、迂闊だったにゃ」

「ほう」

 

美玲、みくと遭遇しているためにそうは感じないが

獣人族は決して総人口が多いわけではなく、ある程度の知恵と技術を持っている者となれば

余計に“アテ”は限られる、そういった意味では種族が判明した点は情報として大きい。

 

「他には? 見た目の特徴もだけど、その中でも特に! みたいな」

「とにかく、白かった……っていう印象」

「白……? どゆコト?」

「なんていうか、気配とか……わかんにゃいけど、頭に残ってるにゃ……」

 

 

 

あらかたの情報を聞き、それ以外の話も多少はやり取りしたものの

春菜側、国家の被害は一定数、機械の損害があるがみくは被害者、

必要以上に問い詰める事は無かった。

 

そして次に、卯月一行が春菜に説明を始める段階、

なんだかんだで共同戦線を組み、みくの誤解を解く仲裁にも入った、

が、肝心要の“種子”に関する話題は深く行えていない。

 

「……さて、ここまで深く内情をお話しました、ちょっと一方的でしたけど」

「ええと……春菜さん」

「今度は、そちらが知る情報も詳しくお聞きしたいのですが……場所が悪いですね」

 

どこから説明すべきか、そもそも信用してくれるのか――諸々の心配事はあった。

しかし先に話し始めた春菜側から提案が、そしてその内容は予想外なもので

 

「出来れば安全な場所でお話をしたいと思っています、招待されてくれませんか?

 当国家の中枢、本部……あの建物の中へ」

「……えっ?」

「色々と私に説明をされる予定だったのかもしれませんが……

 こちらも一つ“事情”が出来まして、お互いの目的が一致したのですよ」

 

急すぎて怪しい話かもしれませんが、とも付け加えて春菜は卯月達を

いきなり諸々の段階をすっ飛ばし、直接国家中枢へと招待したのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八幕 - 武神 -
第二の英雄


「あの」

 

トントン拍子に進んだ話、事情を話す前に招待された中枢への道すがら、

どうしても解決しておきたい疑問を思い切って春菜へとぶつける。

 

「ありがたい話なんですけど、どうして急に?」

「皆さんを招いた事ですか? それは、協力していただけたからですよ」

「確かに協力はしましたけど……」

「……というのはカタチだけです。……本当は、“上”から連絡がありました」

 

もう“隠す”必要が無かったのか、やはり裏側にあった真意へと春菜は触れだした、

とはいえ口封じなどの物騒な話題ではないらしい、あくまで招待の理由が

卯月が自分自身を説明するよりも早く、信頼に足るものであった、

故に一行から身分証明を待たずして踏み切った――というものだ。

 

「重要な来客の方が、あなた達の中に見覚えのある……間違いなく知っている人物がいると。

 その人が、あなたに会いたいからと是非、ね」

「私達に?」

「……しまむー、しぶりん、外にお友達とか知り合いとか居るの?」

 

要約すると『一行が危険人物でない』と証明できる人物からの招待、

それも国家本体でなく国家と縁が深い人物からの提案、ならば無下に断る事も出来ないだろう。

さて、ここで問題があるとすれば一行である卯月たちに、

そんな権威ある人物の心当たりが皆無な点だ。

 

「いえ……こんな大きな国と関わっている人なんて、居ないです」

「私も」

「……じゃあ、私達はいったい誰に招待されてるの?

 私達三人の中で、誰にわざわざ会いたがっているの?」

「会いたい相手というのは……うーん、私は少し半信半疑なのですが」

 

 

 

「十時愛梨、さん」

「えっ?」

 

春菜の告げた名前は、本人も恐らくは“分かっていない”まま口に出したのだろう、

視線を向けた先は卯月、つまり愛梨の名を告げたものの当人の存在を感知できていない。

それもそのはず、愛梨が身を隠しているのは卯月がそれとなくただの荷物のように抱えている

一冊の本、その内側なのだから、知らずにピタリと当てられるはずがない。

 

「まだお目にかかってはいませんが……“居る”そうですね?」

「ど、どうして――」

 

だが実際に名前を出された、十時愛梨が卯月一行に付いていると知っている者が、

卯月たち――いや、十時愛梨を呼べと春菜へ間接的に連絡を行ったのだ。

疑問も当然、どうして存在を感知できたのか、まさか早くも存在がバレてしまったのか――

 

「はは、そりゃすぐに分かるよ。愛梨が大事に持ってたモノ、あんた達が持ってるじゃないか」

 

 

 

「えっ、誰――」

「隙あり!」

 

――ヒュンッ!

 

「きゃっ!?」

「っ、卯月!?」

 

素早い、というよりもあまりに突然現れて即座に迫った人影、

状況を理解するのに頭を働かせるのが限界な所を突いた“上手い”戦法であった。

 

「……あ、あれ?」

「大事なモノはきちんと抱えておかないと、って教わったんじゃない?

 ま、ちょっと本気で奪いに行ったつもりだから阻止される気は無かったけど」

「……!? そ、それ! 返してください!」

 

奪い去るつもりなら、とっくに消え去っていると掠め取った本人の談、

やや背丈の高い謎の人物は明るい口調で諭す。

どうやら普段からこの調子のようで、春菜は彼女を警戒してはいない。

 

「あたしが君達を呼んだ、怪しい者じゃない……ってのはあたしが言っても信用できないよね」

「……第一印象が最悪ですね」

「あはは……いや、ちょっとどんなものか確かめてみたくなって」

「んー……ひとまず、この方は怪しい人物ではありません、私が保証します。この方は――」

 

――カッ

 

「わっ!?」

「きゃっ!?」

 

閃光は、卯月の目の前から発された。

しかし卯月も閃光に驚き、声をあげている、つまり彼女の仕業ではない。

 

 

 

「なぜ……あなたがここに居るかは分かりませんが」

「――お?」

 

謎の人物が卯月の手から奪取した経典――を、さらに奪取し、

数歩ほど先の位置に噂の彼女が現れた、十時愛梨だ。

まるで先程と同じ、一瞬の隙を生み出しつつ丁寧に突いた奪取、

再び経典は卯月たち――愛梨の手に戻る。

 

「卯月さん、もしかするともう分かっているかもしれませんが……

 あなたが“経典を奪われた”事を悔しがったり、情けなく思う必要は皆無です」

「…………」

「卯月?」

「しまむー…………あの人は……誰なの?」

 

「はは、あたしも少し有名だからね」

「少しで済むでしょうか?」

「昔ほどやんちゃじゃないつもりだし……それで、自己紹介は、しなくてもいい?」

 

 

 

上着の内側に、独特な薄手の生地により作られたと思わしき衣服、

そしてこれ見よがしに背負われた長槍――

彼女を知る者が、真っ先に“彼女”であるとイメージ出来る獲物であった。

 

「愛梨さんと同じ“英雄”の肩書きを持つ戦士……西島 櫂さん、ですね?」

「そう呼ばれてるよ、今はただのフリーランサーだけどね」

 

世界を救った英雄その五人に名を連ねる、魔術の達人十時愛梨と真逆の位置に立つ、

武芸の達人、西島櫂だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

矛先

「愛梨、あんたが姿を消した時、絶対に戻ってくるとは思ってた、

 それも確実に準備万端、姿を消した目的は達成した状態でね」

 

共に戦場を駆けた信頼、何らかの障害を前にしても姿を消し、逃げる人物ではなかった。

事実、愛梨は戻ってきて卯月達という新たな戦力を発掘しスカウト、功績と共に帰還した。

――だが、愛梨を取り巻く環境が全て、櫂と同じように彼女を待っていたわけではない。

 

「消える時と戻って来る時じゃあ事情が変わってる、

 せっかく見つけた逸材を、使う舞台へ送り出せないなんて馬鹿な真似も起きる」

「…………」

「だからあたしが代わりに待ってた、愛梨が帰ってくる場所を用意して」

「我々も協力者は欲しいのです、そんな時に打診があったのが櫂さんでした」

 

春菜サイドも櫂を味方――後に合流する愛梨とも協力関係を築ける可能性がある案、

大きな国家に幹部という強力な人材が数多く存在しても、さらに多いに越したことはない、

こうして縁を結んだ櫂の元へ届いた“十時愛梨の接近”の報、

実際に接近を感じ取ったのは櫂だが、こうして対面したのだ。

 

「ありがとうございます」

「で……あたしは用意した、その用意したものをどう使うかは自由だよ、

 言っちゃあなんだけど、この国も“あたし”じゃなく愛梨が本目的だろうし」

「んー……正直に言いますと、そうですねぇ……

 あ、いえ、櫂さんも戦力として非常にスカウトしたいところなのですが」

「残念、あたしは組織に縛られたりするの、あんまり好きじゃないんだ」

 

口ではそう告げるものの、櫂とて戦闘力に自信はあっても権力には身動きが取りづらいもの、

一時でも間柄を築けた実績は大きい――そして、その“縁”を、やはり彼女は求めていた。

利用といえば聞こえは悪い、お互いが相互に協力して全員が利益を得られるための同盟だ。

 

「で、あたしの本題……あたしの目的の話」

 

 

 

「一番最初に狙って欲しい“種子”がある」

 

真っ先に計画の立案人となっていた櫂が、やはり最初の目的を話す。

そして連鎖的に、告げられた単語が愛梨含む卯月達ないし春菜にも関係性を紡いだ、

種子と言われてしまえば、耳を傾けざるを得ない。

 

「誰かも、何が能力かも分かっているのですか? そのターゲットは」

「分かっているよ。 ……ただし、ほぼあたしだけが知ってるんだけど」

「?」

「つまり本人は隠しているってコト」

 

「そこまで情報が分かっていて、どうして櫂さんが向かわないのですか?

 戦闘事なら得意ですよね? 手の内が分かっていて強敵ならなおさら――」

「それ、あたしに聞く?」

 

櫂の反応で、愛梨は察した。

彼女は戦闘のスペシャリスト、特に強者と戦いは望むところである、

そんな櫂が戦いを避けようとするのは有り得ない――つまり、戦う相手ではないのだ。

 

「救出……ですか」

「ご名答。ね? あたしじゃ向いてないでしょ?」

「櫂さんが助けたい人……そんな人が?」

「心外だなぁ、あたしも人の子だから助けられた話なんていっぱいあるよ?

 今回の子はその中でも特に……ま、恩をキチンと返さないといけない相手なんだ」

 

 

 

「話は理解しましたよ櫂さん、で……その話を、我々に依頼しなかった理由は?」

 

傍らで眺めていた春菜が割って入る。

愛梨の到着を待たずとも、種子の回収という話はさておき

恩人を救出というミッションならば、国家の後ろ盾を持った櫂の方がスムーズなのでは?

春菜の疑問ももっともであったが

 

「……相手が悪いから、かな」

「それは我々が動いても説得や介入が困難な相手なのでしょうか?」

「むしろ、あたし個人よりも面倒になると思うよ」

「ほう?」

 

実力や人員も揃う櫂と春菜達にはこなせず、

まだ名も知れていない卯月一行のが最適役となるのか、

その条件が満たされる特別な相手とは、いったい誰なのか。

 

「あたしの依頼は、とある“貴族”が囲っている子供の救出だよ」

「貴族、ですか……?」

 

 

 

貴族とは明確な官位ではない。

複数の国に分かれた今、統一された権力を持った地位など無いに等しい、が、

それでも貴族と呼ばれる地位が完成したのは、ひとえに全国共通の力を持っていたから。

 

「なるほど……貴族、貴族の方がターゲットですか……」

「ね? 国からじゃ、狙いにくい相手でしょ? もちろん国と直接関わったあたしも」

 

その力とは、財力である。

どの時代にも経済力の援助は強い手助けとなり、国家でさえ後ろ盾が貴族の資金という例も

少なくは無い、むしろ当たり前のように提携している。

 

もちろん、この国も例外ではない、特に大きな国家は特に多大な資金が必要だ、

人材を雇うのも管理するのも、戦いの準備にも須らくマネーは多ければ多いほど良い、

その資金源として“援助者”となった貴族は多かった。

 

「なるほど。つまり櫂さんは、私達の“身内”に狙いがある……と?」

「危害を加えるつもりは無いよ、もっと平和的なギブアンドテイクだって」

 

貴族の所有物を奪うと、その大小関わらず犯人として特定された暁には目を付けられ、

持ち前の資金源と“国家へ口を出す”事で、最終的には大罪扱いになるだろう、

そういう意味でも櫂自身が実行するにはリスクが高すぎる、

春菜はなおさら不可能だ、自国の財政を握っている人物に交渉を行うなど、分が悪い。

 

「“貴族”に春菜や櫂さんが手を出しにくいのは分かった……でも、

 だからって私達なら大丈夫っていうのは、どういう事?」

「それは簡単、実は切り込む口は向こうが作ってくれているからね」

「?」

「その貴族が出している、とある依頼を受けて欲しい。

 どうやら今度、ちょっとした事件が起きるらしい、その警備協力としての人材募集にね」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Win - Win

「依頼の内容とは、ある予告に備えた警備です」

「……あれ? どうして春菜さんが知っているですか?」

「それは本来、国に届いていた依頼だからだよ」

 

頭を掻きながら割って入る春菜、どうも複雑な事情を抱えていたのは彼女たち国家のようだ。

話を聞けば、確かに“この話全体”の主導は櫂だ、

そこから自身の目的のために連結させた別の問題が、春菜と卯月たちであった。

 

櫂は自身の目的である少女をその貴族から奪還出来る。

春菜たち国家は、その貴族が発注した無茶な依頼にかける手間を減らせる。

卯月一行は、結果的に以上二組の支援を受けつつ種子の回収作業を行える。

―― 三方に得がある、上手い話だ。

 

「本来は我々がこなすべき依頼なんですよ、依頼者が胴元ですからねぇ。

 普通、いかに貴族でも国へ直々に声を響かせる相手なんていないはずなんですけど」

「いつも資金提供しているから、こっちのピンチに手を貸せって事」

「ま、そんな困ってた依頼を……櫂さんがうまくご自分の都合に合わせたって事です。

 私達も櫂さんも、卯月さん達も得になるよう利用してしまおう、と」

「この国は大きいからね、いろいろ援助や支援してもらわないと

 幹部だけじゃあ見て回れない管理できない事も多い、そこに付け込んで来たのさ」

「別に悪い事ではないんですけど、こういうお話を断り辛いのです、国の立場としては」

 

「なるほど、いつもしぶりんからお菓子を貰っているしまむーが、

 『いつもお菓子あげてるでしょ』って理由で、おつかいを頼まれたみたいな」

「そ、そういう事でいいの……?」

「だったら断るのは難しそうですね……」

(あ、それでいいんだ)

 

そして問題は根幹へと言及される。

受けるべき依頼があるのは分かった、ではその依頼内容である警備とは何か?

依頼を受けて、達成する事の報酬が何故“人助け”になるのか?

 

「予告って、何ですか? まさか『今から襲撃します』なんて予告は――」

「それが、その言葉通りなんですよ」

「えっ?」

 

「依頼者の貴族一門へ届いた“予告”、その予告が届けられた者には……義賊がやってくる」

 

「義賊?」

「弱きを助け強きを挫く、権力財力の潤沢な貴族から富を奪って民衆に配る盗賊団です」

 

聞けば、予告とはずばり予告状、

国家を裏から支える貴族を“強き者”とし、財を徴収しに行くと言い放った一派がいるらしい。

確かに春菜が手を焼き、櫂が間接的に攻撃の対象と定めた一族だ、

こうしてそのような集団から狙われる事になるのは、さもありなんといった所か。

 

「……いい人たち、じゃないの?」

「難しいところですねぇ。ま、正義か悪かの議論は置いておきましょう?

 仮に結論が出たとしても民衆は“善”と判断する人の方が多いのが事実……

 そうなると狙われた貴族の方々に付く警備の人材なんて、探せないんですよ」

「だから国に泣きついてきた……っていうか、利用しに来たんだね」

 

善が“悪”と認定した組織を守るための人材を“善”の側から確保するのは難しい、

そこで貴族は断れない縁を持っている春菜たち国家へと打診したのだ。

前述の通り、国はこの依頼を断れないし受けにくい、

そしてギリギリ譲歩できる丁度よい妥協点が、外部の人間の紹介する程度、

卯月達が介入する枠だ。

 

総合すると、依頼を出した方も切羽詰まっている事が分かる、

何せ他にアテが無いのだ、断られる心配こそ無用かもしれないが

最終手段に近い、なるべくならば切りたくはないカードだったはず――

 

「ま、だから結構な報酬見返りを用意しても通ると踏んでいる。

 ……例えば『人間を一人、要求する』なんて交渉も、ね?」

 

逆に、そこへと付け込む。

『無理難題を受け付けたのだから』と、春菜がようやく探した適材である卯月一行は

貴族へ一見無茶な要求を通してもらう――櫂の作戦だ。

櫂本人が出張って警備を行ったのならば、こうはならないだろう、

そもそも櫂が受ける仕事としては“英雄”の肩書きに、まったく相応しくない。

 

「櫂さん……」

「ん、何かな愛梨」

「……いえ、結構です」

 

「なるほどなるほど……部下を渡せって事かな?」

「櫂さん、その要求する人って、立場とかは? 偉い人なの?」

「いいやぜんぜん、だから余計に通りやすいと思うよ」

 

財力だけでなく、動かせる人員も豊富、

無数の中からたった一人を引き抜くのは不可能な話ではない。

多少は無茶でも、元々無茶な依頼をぶつけたのはあちら側なのだ、交渉の余地はある、

もしかすると『なんだそんな事か』と、簡単に引き抜けるかもしれない。

 

 

 

「相手の情報とかは私達が教えるよりも、現地で依頼主の話を聞いた方が確実だよ。

 下手にあたしが知っている事を伝えすぎて、あたしと繋がりがある事を悟られたくないし」

 

義賊とは何者か、という疑問には回答が来なかった、

あまり正確な情報を持ち過ぎて卯月たちが只者ではないと勘付かれ、

さらに背後に控える作戦が気付かれるのは避けたいところ、らしい、

あくまで『必死で探し回って、なんとか用意できた人材』に留めるのだ。

 

「緊急事態や依頼の失敗を懸念しているなら、そこは春菜がサポートしてくれる、

 だって本来は国に向けた依頼なんだ、三人は『国が用意した人材』として任務に就く、

 その三人が失敗すると国の面目が潰れるから――」

「ちょっとそれは卑怯な言い方じゃないですか?

 いえ、嫌ではないですし、もちろんご協力は致しますけども……」

「とにかく、仕事に完璧は求めない、むしろ粗があって十分、

 そういう意味では……悪い話じゃあ無いと思うよ、愛梨」

 

 

 

「……卯月さん、構いませんか?」

 

どちらかと言えば、これは卯月達が望む行動指針ではない、

櫂が、個人的に愛梨へと向けた依頼だ。

愛梨は一度、三人に答えを求めた、この仕事を――受けてもらっても良いか、悪いか。

 

「受けましょう、愛梨さん」

「私達は構わないよ」

「うん……色々複雑で分かんない事も多いけど、やらなきゃいけない事なんだよね!」

「ん、そっちの三人は乗り気?」

 

「櫂さんじゃ出来ない事なら、私達で……!」

「……皆さん、ありがとうございます。

 櫂さん、春菜さん、答えは出ました……その話、私達が担当しましょう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九幕 - 帰結点 -
ターニングポイント


来客用の部屋というのはシンプルなものが多いが

一部の重要な人物が相手となれば案内する先も変わるものなのだろうか。

普通、想像する客間とは豪華さが違うこの部屋に通された卯月たち、

しかしもちろん、招かれる側としてではなく

 

「例の一件、お答えが出たそうですわね」

 

卯月が立つのは入口横、客間の中央にあるテーブルを囲んだソファに座る事は無く

代わりに座するのはここへ客人を招いた当人である春菜と、

対面に居る一見これといった“力”と無縁に感じる人物。

 

「ええ、その件なんですけども」

「まさか『やっぱり断る』と言う為に私を呼んだのではありませんよね?

 もしもそんな理由で西園寺家に無駄足を踏ませたのならば――」

「いえいえ、もちろん違います、違いますが……

 我々の国家構成員から人員を提供するのは、やはり無理があるのですよ」

 

彼女は当作戦の依頼者、例の義賊とやらに狙われた家系の代表、

春菜たちの国家へパトロンとなっている西園寺家、名を琴歌と言った。

そんな彼女は今回の呼び出しに不満があるようで

先程から会話に飛ぶのは怒号が中心、なかなか穏便な対談とはなっていないようだ。

 

「えぇ、ええ、まぁ話を最後まで聞いてください」

「結構ですわ! 用意できたのか、用意できなかったのかだけ話して下さい!

 もしも用意できているならば、すぐにこの場に――」

「あのっ!」

 

口を挟むつもりはなかった、しかしあまりにも“立場”に縛られた春菜を

不憫に思い咄嗟に上げてしまった声。

 

「私達が、今回の任務に当たる者です!」

 

 

 

「素性は問いません、あなた方がどういう目的で国家から依頼を受けたのか、

 どんな経緯で話が通ったのか……私は一切認知しません」

 

結果的にスムーズな本題への橋渡しとなったのは幸運か、

今度こそ卯月たちを含み囲んだテーブルの会合、

自己紹介もほどほどに琴歌が告げたのはたった一つ。

 

「求めているのは任務の達成のみですわ」

「……お任せください」

 

結果至上主義といえば聞こえはいい、

詰まるところ成功と達成の確実な報告しか求めていない。

貴族という立場は敵も多い、そして求める成功の大きさも莫大、

失敗しましたなどの情けない報告は聞きたくないと琴歌の弁だ。

 

「えぇもちろん、私も国家から送り込む人員として保証しますよ」

「ならば構いません。絶対に賊を捕らえ、奴らの企みを阻止するのです」

「……捕らえる? えっ?」

「それくらいの気概でやれという事ですわ」

 

位の違いによる態度、威圧感はあれど根本の共通問題である襲撃への対策意欲は

並々ならぬものを見せている。実際、集まりにくいとは重々承知の応援要請も

結果的に誘致成功まで粘り勝ち、卯月たちを呼び寄せたのだ。

――最終目的の乖離は見られるが。

 

「……して琴歌さん、私にはほぼほぼ予想がついているのですが、

 今回の警備依頼の肝となる部分をお教えいただくと助かります」

「ならば事前に説明してください。……まぁ良いでしょう、私が説明しますわ。

 西園寺家に予告状なる粗末なものを送って来た盗賊団……その名は木村夏樹」

「夏樹……」

 

「しまむー、知ってる?」

「いえ……名前に心当たりは……」

「それは仕方ないよ、一応泥棒だし……卯月が読んでいるような古書になんて書かれないよ」

「捕捉になりますが、正確には木村夏樹と多田李衣菜両名を中心とした

 義賊団『ロック・ザ・ビート』となりますねぇ」

「……あのような輩など盗賊でじゅうぶんですわ」

 

木村夏樹と多田李衣菜、卯月一行には馴染みのない名前だが

この国のような情報が広く流動し浸透している地域では知られた名である、

続けて琴歌は詳細も説明したが卯月たちが知らなかったのは名前だけ、

活動内容については櫂から聞いたそれと大差ないものだった。

 

「中心は夏樹ですが、主に実行役は李衣菜の方です、

 対策もそちら側を中心に話した方が良さそうだと思いますが」

「……お任せしますわ」

「そうですか? なら、具体的な警備体制は我々が提案するとしましょう。

 なら卯月さんたちは顔見せも終わった事ですし、連絡待ちの解散という事で――」

 

 

 

「意外とあっさり通っちゃったね」

 

一朝一夕で決まる作戦内容ではないのは重々承知、

夏樹に関する情報も自分達が得られるモノは恐らく少ない、

むしろ調べたところで後から説明される内容の方が濃く重要なものになる、意味が無いのだ。

 

「空き時間、出来ちゃいましたね」

「うーん……どうする?」

「どうするって、決めてなかったし……」

 

本来ならばこちら側でも本番に備えて準備を進めるところだが

なにぶん経験が無い事柄への備えを行うなど何から手を付ければ良いか分からない、

そしてそれよりも上回る好奇心の矛先が一同にはあり

 

「じゃあ、この国を少し見て回りましょう!」

「そーいえば、入る時もバタバタしてたし入った後はいきなり本部ド真ん中だったし……

 ぜんぜん国を見て回れていないねー……どう? しぶりん」

「じゃあ少し待ってて、美玲とみくに伝えて来るから」

 

結局は自由時間を観光へと回す。

とはいえ猶予が丸っきり無駄になったわけではない、

しばらく滞在する、とまではいかなくとも主要国家の文明レベルを知る事は大いに益がある、

そうと決まれば早めに、現在療養中の二人に声をかけてからの出発だ。

 

 

 

「えっと……どう行けばいいんだっけ、これに乗ればいいんだよね」

 

村と分類されるような地域に住んでいた凛にとって

科学の文明が発達したこの国の基本的な移動手段や設備は慣れないもの、

例えば今も、エレベーターと呼ばれる装置の前に立っている凛だが

上階へ向かうボタンを押したものの、いつまで経っても扉は開かず

 

「……え、止まってるの? ……もう、待って損した」

 

側面のデジタル画面に流れていた“故障中”の文字を確認するまでにかなりの時間を要した。

結局、目的の階はかなり上になるものの階段で地道に進むしかない、

が、凛にとっては足での移動のが慣れたものかもしれない、トントン拍子に歩を進めた。

 

――コツン、コツン、コツン

 

(あと何階くらい上がればいいんだろう)

「おっと、横失礼するよ」

「ん、ごめんなさい……通れる?」

「ああ、ありがとう。この階段狭いな……、ま、普通は使わない非常階段だから

 多少は仕方ないところもあるか……ところで」

 

 

 

「なぁ、アンタが琴歌の依頼を受けた三人組……の内の一人か?」

 

順調に進んでいた足が、止まった。

すれ違った人物、特に気にかけていなかったがその姿をよく見れば妙に見覚えがある、

素肌を隠すような服装だが隙間から覗く顔が特に――いや、違う、

この人物に関して、見覚えがあるのは“顔”以外になかった。

 

「……え?」

「まぁちょっと聞いてくれよ、アタシも困ってるんだ。

 なんせ“アタシが実行犯”にされてるんだ、全然関係ないヤマなのにさ」

 

見覚えがあるのも当然、なぜならその“見覚え”は

つい数分前、あの客間で目を通した資料の中にあったもの。

 

「アタシの名は木村夏樹、三日後に西園寺家への襲撃を行う……“事にされた”被害者さ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アタシじゃない

「……いきなり信じろってのも無理な話だよな、

 むしろ……ここで確保しようって事も、考えてたりするか?」

 

間合いは上下こそあれ直線で数メートル、段数にして十、

相手の力量は高いと思われるが悪くて五分、もしくは有利に立ち回れる位置関係だろう――

 

「話をしてくれる気があるなら立ち止まってくれ、上がるも下がるもナシだ」

「…………」

「オーケーって事だな? 助かったよ、窓をぶち抜いて騒ぎにはしたくなかったからな」

 

――ただし相手に戦う意思があれば、である。

凛が前進もしくは後退を選んでいたならば即座に夏樹は撤退していただろう、

踊り場脇の窓までの距離は二人の間合いよりも圧倒的に近い。

 

「何を言いに来たの?」

「そりゃ気になるよな、実を言うとアタシも何も言う気は無かったんだ」

「だったら――」

「どうしてわざわざこんな事をアンタに伝えに来たかって言うと……警告だよ」

 

「この依頼、アンタは受けない方が良い」

 

 

 

凛は考える。

この、唐突に降って湧いた情報は何だ。

夏樹は何を狙っている、もしくは――何を伝えようとしている。

 

「そっちのお嬢様曰く、アタシは盗賊だからな? 盗み聞きくらいやるさ」

「……いったい何の話?」

「全部だよ、アタシとだりーの事、活動内容とかも話してたっけ?」

 

手段は分からないが盗聴されていたのは確かなようだ、中の会話は把握されている。

とはいえ作戦への致命的な情報漏洩はしていない、それ以前に作戦が確立されていないのだ、

不足しているものを知ろうとして、そもそも存在していないという状況。

 

(私を通して、作戦を知ろうとしている?)

「ま、中身はいいんだよ別にさ」

「……いいんだ」

「ああ、そんな事よりも大事な事さ」

「私が依頼を受けない方がいいって話?」

 

最初に夏樹が話しかけてきた際の言葉が想起される、

疑う事の無かった“実行犯”本人が発した想定外の言葉。

 

「実行犯にされてる、って言ったね。……それ、どういう意味?」

「そのまんまだよ、アタシは襲撃を企てた事にされるんだ」

「……意味わかんない」

「だろうね。それだけを言いに来るアタシの行動も、かな?」

 

仮に嘘偽りのない真実だとしてそれを凛に、相手側の警備役へと伝えてどうなるのか、

そもそも真偽など確かめようが無い、琴歌や春菜に相談など不可能な内容だ。

 

「間違いなく真実として言えるのは……『アタシ達は予告状を送っていない』だよ」

 

だが夏樹の言葉は不思議な“迫力”を感じた。

言葉の強弱だけで真偽を決断させるものではないとは分かっている、

しかしそれでも“適当な戯言”と一蹴するには、余りにも言葉に込められたパワー、

そしてプライドが賭けられていた。

 

「これはアタシの名を勝手に使われたことへの怒り、

 義賊の評価を無関係なところで傷つけられちゃたまらない」

 

――だから、こちらへ少しの加担をしに来た。

 

 

 

「そっちが降りれば、この襲撃はそもそも発生しない」

「どういう意味?」

「はは、アタシを信用して無いんじゃなかったのか?

 無関係な第三者から情報をこれ以上聞くのは野暮だろ?」

 

夏樹から持ち掛けてきた話だろう、その言葉を寸での所で飲み込み

考えるべき謎の多い、彼女が与える少しの加担を受け取る。

 

「アタシはただ、ほんのちょっとの手間だけでアタシが得をする……いや、違うな、

 損をせずに済みそうだと思ったから動いただけ、実るか実らないかは……ははっ」

「私次第……って言いたいの?」

「ああ、そうさ」

 

「無視してくれてもいい、この話を報告したっていいさ。

 アタシが撒いた種の管理は任せた、どう扱うのも自由だし捨てたっていいよ」

「……!」

 

去り際に見せた夏樹の表情、そこらの男共にも負けないような凛々しさ、

この情報をどう扱おうが自由と言い放って一方的に投げかけてきたモノは

確実に凛の中に謎を残していった。

 

 

 

「凛ちゃん、おかえり!」

「遅かったじゃん! 何してたの?」

 

本来の目的をこなす時間は微塵もかからなかった、

帰り道のエレベーターは問題なく動いていたところを見ると

それすらも夏樹の仕業かもしれないと疑問は更に拡大する一方で

凛の身体は二人が待つ地上へと戻ってきてしまっていた。

 

「……さっき、会って来たんだ」

「うん、美玲ちゃんとみくちゃんにだよね」

「今回の相手……木村夏樹に」

「……へっ?」

 

話そうか話すまいかの葛藤は無かった、これまでも疑問は三人で挑戦し解決してきたのだ、

胸中の疑問が晴れないまま目的地に着いた凛は自然と先の階段での出来事を話す。

 

 

 

「うーん…………しまむー、どう思う?」

「どうって……どう、でしょう」

「真偽は私達が判断する事じゃない、依頼主がする事だよ」

「でも、その依頼主の琴歌さんへの反対意見じゃないですか」

 

もちろん、卯月や未央が夏樹の意図を一発で理解できる程の

観察力や想像力を持っているわけではない、むしろそれらは凛の方が優れている、

つまり話したところで解決する事は無いのだが気の持ちようは大きく変化するだろう、

それとは別に凛自身が気を向けていなかった部分への心配も。

 

「しぶりん、他に何かされたとかは?」

「そ、そうです! もしかすると凛ちゃんに種子の力で何かされたかも……」

「知らない間に受けていたら分からない、でも何もされていない気はする」

「一応念の為、触っておきましょうか?」

「……あまり意味はない気がするけど、経典は種子の回収だけでしょ?」

「あうぅ……」

 

経典の効果として種子本体、能力そのものは没収できるが能力自体の発動条件、

既にかかった能力を剥がす力は無い、これは解呪の道具ではないのだ。

 

「細かい事は分かんない! しぶりんに分からなかった事は、私にはもっと無理!

 ……それで終わっちゃうと意味ないから、二択まで狭めよう!」

「二択、ですか?」

「そう! その、えーっと……夏樹? って人が私達に話しかけてきた理由!

 突き詰めれば……『本当』か『嘘』か、じゃない?」

 

「“本当”だったら?」

「私達が居るから、夏樹は琴歌さんへ襲撃する」

「じゃあ……“嘘”だと?」

「私達を追い払って、琴歌さんへ襲撃する」

「……どっちも駄目じゃない?」

「あれぇー……?」

 

 

 

結局、結論は出ない。当然だ、推理の材料が足りなさすぎる、考える以前の段階である。

せいぜい三人が考えられる、考えるべき夏樹に対しての事柄は

これらの遭遇を三人以外の人物にも情報として共有すべきか――この一点に尽きる。

しかしこの決断すら後回し、話すか話さないべきか悩んだまま翌日になり、いざ琴歌と対面、

触れないまま迎えた二度目の席では思いもよらぬ切り口から話が始まった。

 

「昨日……面白いことをしていらしましたわね?」

 

先に話題を振ったのは、まさかの琴歌から。

曰く、彼女もただ会議室の椅子で口だけを動かしていたのではないとの事、

それなりに動かせる部下もおり、把握する情報のルートも

恐らくは卯月達の想像も及ばない方法、なのだろう。

そんな、一連の夏樹との邂逅劇を知った上で琴歌の口から告げられたのは

 

「耳を傾けない事ですわ」

「…………それ、だけ、ですか?」

「それにしても夏樹、私の防衛網を突破する良い策が思いつかなかったのでしょうか?

 まさか個人で、それも警備の人員を誑かそうなどと……褒められた策ではありませんわ」

 

どちらかと言えば琴歌の関心は夏樹の取った戦略に向いていた。

琴歌に言わせれば愚策、確かに内側から防衛網を潰そうにも

今回その防衛に当たるのは春菜たち国家サイド、琴歌を裏切るメリットは皆無で

唯一の外部からの参戦にあたる卯月たちすら例外ではない。

 

「結構、昨日の接触は賊側も攻略の手筈が整っていない証拠……

 こちらは当日までまだまだ防衛を強固にすることが出来る、完璧ですわ」

「とりあえず、OKかなぁ?」

「よかったぁ……」

「もちろん皆様も、次からは私から話させる手間を取らせないでください、

 何かあったらそちら側から私の耳に届ける事ですわ、以上」

「……うん、そりゃあそうだよね」

 

とはいえ報告が遅れたお咎めは無しに終わる、

軽い注意だけを受けた一行はその日の説明を受けた後、同じように解散する。

 

(……あれ?)

 

しかし、部屋を出た直後――思い返せば、何か引っかかる。

その疑問、違和感に気付くことが出来るかどうかが

今回の“真相”に辿り着けるかどうかに直結するとは知らずに――



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

コントロール

「さっきの話ですけど……変じゃないですか?」

「……変?」

 

真相に辿り着くための第一歩は、幸運にも卯月が“真相”の取っ掛かりに

手をかけた、違和感という突起に気付いた事により踏み出された。

 

「私達が今回の……敵である夏樹と接触したって、琴歌さんは知ったんですよね?」

「だね」

「しかも、その話題を私達は話さなかった、琴歌さんが切り出すまで」

 

正確には話すタイミングを見失っただけなのだが

それは卯月たちの都合であり琴歌視点から考えると

意図的に話さなかった、隠していたと取られても仕方のない話だ。

 

「でも……」

「そこは触れられなかった」

「私が『自分の味方が相手の大将と接触』していたら……怪しむと思うんです」

 

今回の相手となる人物、木村夏樹。

その当人と接触していた“警備部隊”となれば、その事実に対してどういった反応をする?

少なくとも、好意的な解釈はしないだろう、特に今回の作戦に対して強い意気込み、

外部の手を借りてまで取り組んでいる琴歌が聞けば猶更なはず。

 

「ただ単に、そこまで気が回らなかったとか」

「これだけ厳重に計画も立てているのに……?」

「確かに変と言われたら変かもしれないけど、気にし過ぎかもしれないよ」

「だけど――」

「何かあるかもしれないなら、逆に聞いちゃう形になるけど……何があると思う?」

 

引っ掛かりは見つかった、しかし今は“だから何があるか”の域を出ない、

結果引き起こされる行動が無意味ならば、心配は思い過ごしと判断するのが妥当だろう。

 

仮に琴歌が何か良からぬ事を企てていると考えよう、

夏樹は決して琴歌をどうこうしようとは伝えてこなかった、

自身が被る可能性のある被害を避けようとする手段の一つとして接触してきたのだ、

この事から琴歌の企てはおおむね夏樹関連であると言える――要するに問題が無い。

 

「琴歌さんは、夏樹が打つ手無しの中で唯一崩せそうな私達に迫って来た……

 そして私達が報告しなかった、つまり私達が向こうに加担したと――」

「え、でも、凛ちゃんは何も……」

「きっぱり断ったとは言ってない。……そもそも、何か協力してとも言われなかったけどね」

 

「私達と夏樹が接触するのは想定済みだった……もしくはそもそも接触させる予定だった」

「しぶりん、それって何のために?」

「夏樹の行動を操りたかった……よく考えたら、私達をわざわざ雇ったのは

 こんなわざとらしい隙を作るためだったんだ」

 

コントロール、夏樹を操った。

強固過ぎる壁を作れば侵入を防ぎやすいが、夏樹はなかなかに強敵である、

もしもの侵入手段を用意してこないとも限らない、

ならばあえて崩しやすい弱点を作る事で賊の侵入口を操った――

 

「…………うーん」

「しっくりこない? でも、これなら説明がつくと思う。

 琴歌さんの気合の入り様を見ていると、これぐらい徹底的な詰め方をするはず」

「いやぁ、凄いねぇ……義賊なんて言われているけど、盗賊を捕まえるために全力!

 ちょっとイメージ変わったかも、第一印象で決めつけるのはよくないなー」

「これが答えとは限らないけどね」

「でも、言われてみればそうかもしれません! 念の為、他の可能性も考えましょう!」

 

しかし、考えども答えは出ない、糸口を見つけても解けなければ成果は得られない。

実のところ、ヒントはあった。一行に観察力と推理力があれば一連の違和感の正体と

今回の事の顛末、最終的なビジョンまで辿り着けたかもしれない。

 

しかし――時には、真相が判明したところで防止しようが無い、

真相へ至る過程の道筋が不可解を極める場合も、あるのだ。

 

そもそも、真相までの道筋を彩る演者の情報を、卯月達は知らなかった。

いや、このような“仕掛人”が暗躍しているなど、誰が想像できようか――

 

 

 

――遡る事数時間

 

 

 

「接触したのは、あなたでは無いのですね?」

 

まだ外の景色は薄暗い、反して内装煌びやかな室内は例の来客用部屋ではない、

ここは国家中枢本部から少し離れた位置にある豪華な邸宅――西園寺家の屋敷である。

当然、話す相手は卯月たちでも春菜でもない、

 

「向こうも馬鹿ではないという事ですわね……先手を打ってくるとは」

「あははっ」

「笑っている場合ではありません」

 

漂う空気、決して楽観視できる雰囲気ではないはずの場で、その“誰か”は笑ってみせた。

琴歌は情報を得ていた、例の人物が自身の駒に接触するという先手を打ってきたことを、

例の人物とは言うまでも無い、今回対峙する相手である木村夏樹、

そして自身の駒とは卯月たちの他ならない。

 

琴歌と話す“誰か”こそ、今回の作戦の核。

これは卯月たちに知らせていないのは当然で、直接的な協力者である春菜にすら伝えていない、

秘中の秘は琴歌の中にしか全貌が用意されていないのだ。

しかしこれを知ってか知らずか、夏樹の直接介入により秘策の組み立てはズレた、

本来なら可能な限りこちらの作戦の発覚を防ぐために接触は控える予定であったが

卯月たちでも感じ取れるほどに強い作戦成功への意気込みを持っていた琴歌は

些細なイレギュラーにも敏感に反応し、この会議を組んだのだ。

 

「作戦は無駄にならないよう予定の組み直しを――」

「その前に、琴歌さん」

 

接触を求めたのは琴歌の方であったが、相手側にも丁度良い機会であったようで

特に夏樹の出現という情報を仕入れてから“彼女”にも相談案件が発生していた。

 

「私から一つ、提案があります」

「……それは当初の私の目的から遠ざかる可能性がある内容では?」

「嫌だなぁ、私は琴歌さんに協力しますよ? それが第一ですっ♪」

 

「でも……あくまで本来は協力関係、

 支障が無い範囲で私に融通を利かせてくれてもいいと思うんですっ」

「…………話を聞きましょう」

 

琴歌は却下しない、まずは話を聞いてから判断するというのもあるが

彼女にも一方的に要求を押すだけではいけない、匙加減を見る必要がある。

なぜなら琴歌にとっても“彼女”は欠いてはならない存在だから、

替えの利かない唯一無二、その力が彼女にあった。

 

「ありがとうございますっ♪」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本番直前

「現場を案内しますわ」

「当日に備えての動きも一緒に説明しましょう」

「私は彼女を引率します、あなたはそちらの彼女を誘導しなさい」

 

来るべき当日に備え、卯月たちも作戦成功に向けて動き出していた。

綿密に練られた計画の元で立ち回り、賊の侵入を阻むため時には戦闘も発生するだろう、

そんな時に部屋の繋がりを知らず目的地に辿り着けないなど言語道断、

実際の戦場となる可能性がある西園寺家邸宅、その付近に建立された特設警戒網に三人は居た。

 

「私が凛ちゃんをですか? となると……琴歌さんが卯月ちゃんと未央ちゃんを?」

「一人ずつに決まっているでしょう」

「え?」

「……三人一緒じゃ駄目なの?」

 

「えっと、私は待機?」

「私の荷物でも見張っておきなさい、重要な任務ですわ」

「そ、そうですかー……あはは……」

 

さっそく上流階級特有のペース配分に振り回されつつも

卯月は琴歌に、凛は春菜に引率されて、外部の侵入を頑なに拒む要塞と化す予定の建物、

その内部へと足を踏み入れる。なお、未央は妙に多い琴歌の手荷物を見張る係である。

 

「では行きますわ。各々守る場所も異なるでしょう、主要な配備地点を中心に回りますわ。

 ……何をしていますの、私一人で向かわせるつもりですの?」

「あわわわ……!」

「こりゃ荷物持ちのが楽そうだねー……」

 

ずんずんと足早に進む琴歌を追いかけていく卯月、

その後ろに続く琴歌の護衛兵のような一塊の集団が進む様子を見届けた未央がボソリと呟いた。

 

 

 

と、いう状態が数分前の出来事である。

場面視点は卯月、特に何事も無く通路を進み巡回している、

一見陽が射す明るい通路だが窓は大きくとも丈夫な構造になっていて

多少の爆発ではヒビすら入らないガラスだとか、

おかげで内部が見通しやすく外からでも賊が確認しやすい、

だがそもそも侵入を固く拒むシステム諸々も用意されており――と、

少々卯月が全てを頭に入れるのは困難な情報量となっていたところだ。

 

「……聞いていますの?」

「は、はいっ、聞いてますっ!」

「まったく……考え事でもしていますの? そのような隙を奴等は突いてきます、

 いくら強固な障害を備えても操る人が脆ければ容易く突破されますわ」

 

卯月が琴歌の話を半分に聞き漏らしているのは何も理解が追い付かないという意味でも

学が足りないからという意味でもない、奇しくも琴歌の発言が的中する形、

心配事でもあり考え事に思考が割かれているからで

 

――どうする? バラバラになっちゃうけど、すぐ戻ってくるよね?

 

――とりあえず、しまむーが持ったままでいいんじゃない?

  琴歌さんの周り、いっぱい人が居るし安全だと思う。

 

凛、未央と分かれる際に経典を持つ人物を誰にしておくかで相談した結果、

一人で待機する未央よりも春菜と二人きりの凛よりも、

琴歌とその護衛の多く付く卯月が適任だと決まった。

つまり今、卯月は――持っている。

 

(ここで何が起きても大丈夫だとは思うけど……気をつけなきゃ!)

「……さ――うづ――ん!」

(だから話をキチンと聞いて――)

「卯月さん!! 聞いていますの?!」

「ふぇえ!? は、はいっ!! あれっ? いつの間にそっちへ?!」

「あなたが惚けている暇にも私は進んでいるのです!

 言った傍からですの……ではこちらの金庫内部も案内します、階段に気をつけてください。

 ……内部は基本極秘ですわ、皆はそこで待ちなさい、二人だけで結構、行きますわよ」

「は、はいっ!」

 

大事なものを持っているからこその警戒、

決して離さないよう見失わぬよう抱えた経典をしっかりと見続ける、

確かにその気概は重要なのだが

 

「ひゃうっ!?」

「段差がありますと言ったでしょう、足元を見て歩いてくださいます?」

「うぅ……」

 

それ以外の注意が散漫になっていては意味が無いだろう。

どこか卯月もこれがただの巡回、本番前の予習であるという点で

気を張っていない要因となっているのだ。

 

だから

 

 

 

大事な部分を聞き漏らす

 

 

 

今日が 本番 でないと    決めつける

 

 

 

 

 

 

「わっ、思ったより……広い」

「当然ですわ、一部とはいえ西園寺家の財が小さな小屋に収まるとお思いで?」

 

立派な一軒家を建てても余裕がある程のスペース、

周囲の壁はシェルターと見紛う頑丈な金属製、入口の門の分厚さから考えて

同様に外壁も卯月が両手を広げたほどの厚みがあるだろう、

生半可な物理的手段では凹みも傷も壁面に負わせることは不可能と一目で分かる。

 

「すごい……頑丈そう」

「勿論です、これなら賊の侵入も完璧に防ぐ事が出来ますわ」

「それで、今はここに何もないですけど、当日に運び込むのでしょうか?」

「ええ、この施設の役割は決まっていますの」

 

 

 

 

 

早くしなさい、護衛が私を視界から外すなど情けない。

 

内部の点検で、少し私だけ後から出て来ましたのよ、

……何ですの? 誰も見ていないのですか? まったく、これだけの数が居ながら。

順路は伝えています、移動しますわよ。

 

 

 

 

 

「役割って、ここを誰も通さない事……ですよね?」

「はい、そうですっ」

「ですよねー…………へっ?」

 

 

 

「え……だ、誰――」

「それっ!」

 

――ドスッッ

 

「――がッ!?」

 

 

 

人は 脅威に 考えて 対応する

 

 

 

では 考えもよらない 思いもしない脅威 に 対しては

 

 

 

――無力

 

 

 

「く、ぅ……」

「愛梨さん?!」

 

つまり、十時愛梨の警戒力は群を抜いていると言える。

常に考えている、自身を狙う“賊”が取る行動は、虚を突く手段は何か、

例えば――隣に居た非戦闘員の依頼主が、突如“別人になって”“襲ってくる”など――

 

「あれっ?」

 

これには抜群の虚を突いたはずの“賊”も思わず驚きの声を上げざるを得なかった。

前述の通り常人には予想もつかない初動、仕留め切る動き、

いたって普通のナイフによる刺突が恐ろしい付加属性により必殺と化していたはずの軌道は

卯月の無防備な体ではなく愛梨の障壁が僅かに切っ先を逸らす事に成功した。

 

(こ、攻撃!? 反応が遅れ――いや、そんな事より……!)

「どうやって、琴歌さんと……私を、欺いて……」

「欺くのは得意なんですっ、そういう“道具”を持っていますから!

 ……“灰姫の経典”を持つ愛梨さんなら、当然ご存知ですよね?」

「――?!」

 

まず初手に驚いた、しかし、続いて放たれた言葉という二撃目にも驚愕の連続が襲う。

この謎の人物が狙っているのは不完全な種子でも異能の種子でもない、

卯月がその手に抱えた秘宝そのもの、灰姫の経典。

 

「こっ……琴歌さんは、いったい何処に行ったんですか!?」

「やだなぁ、私ですよっ」

「わ、私はあなたを知りません……! だからっ、琴歌さんは――」

「さっきから言っているじゃないですかっ」

 

先程から言っているのは卯月も同じ、

卯月は当然だが目の前の人物を知らない。

しかし――“知らない”と“出会った事が無い”は別なのだ。

 

「卯月ちゃんが話していたのは、途中からずーっと私ですっ♪」

 

 

 

「え……? え?」

 

目の前の少女の発言が理解できない、

つまり卯月は“気付かない間に”琴歌と話しているつもりが、

この謎の人物と会話していたという事を言いたいのだろうか?

そうだとするならば、返す言葉はやはり“理解できない”が相応しい。

 

(いったいどのタイミングで……!? ここに入る前から?!

 そ、そもそもどういう意味!? 琴歌さんがこの子で、だから……)

「卯月、ちゃん……彼女の、言う通りです……」

「愛梨さん、どういう事で――うっ?!」

 

――ジュッ

 

「その“腕輪”は……どうして、ここにあるのかは分かりません……

 なるほど、種子には……反応しない、わけです……」

 

滴る雫は血液ではない、十時愛梨を構成する魔力が漏れ出ている、

つまり、卯月とのファーストコンタクトの状態に近い。

防げたようにみえたナイフの一撃は、脆い体を掠り致命的な傷を作っていた。

 

(ダメージが、小さいのに……活動できる時間が、もう無い……!)

「丁度いいですねっ!」

「くっ――」

 

――ビシィッ

 

「あっ、愛梨さん!?」

「卯月ちゃん、すいませ――」

 

追加の一撃を喰らわせる。パキッ、という音と共に愛梨の“形”にヒビが走り、割れた。

死んではいない、流れ出た魔力の塵はそのまま経典に吸い込まれて吸収された、

本体が経典とも言える愛梨は再び魔力を込め直せば修復が可能だろう。

だが、目の前に敵がいる今、そんな事は不可能だ。

 

「予想通り、たいして動けないようですね? 愛梨さんは」

「っ……いきなり、何ですか……!?」

「疑問だったんです、守るならずーっと姿を見せていた方がいいに決まっているのに」

 

目の前の人物は、実に巧妙だ。

卯月は『いきなり』と言い放ったがそうではない、愛梨の存在を知っている、

つまり強敵を知ってなお襲撃を実行した、そして成功した、

残っているのは島村卯月ただ一人だけ。

 

「活動の時間に限りがあるなら納得ですっ。

 と言うわけで……本番までの寄り道を、ぱぱっと終わらせちゃいましょうっ」

 

仕組みを理解し、企てた。

本番に支障が出ないよう調整し、絶好の隙間を作り上げ、それとなく標的を孤立させ、

見事、経典という財を守るもっとも頑丈で強固な鍵をこじ開け貫いた。

 

「改めて、私の名前は乙倉悠貴……ですっ!

 今日は良いお話を聞いたので、こうしてお願いに来ましたっ!

 大事そうに抱えている、その経典が私の欲しいモノですっ♪」

 

 

 

「大人しくそれを渡すか、それとも――」

 

「死にますか?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

惑わす

「逃げられませんよ? ここが丈夫な金庫である事は本当なんですっ、

 頼みの英雄は戦闘不能で、お友達もバラバラに分かれたところですよね?」

「愛梨さん、愛梨さん!?」

 

反応が無い。

愛梨の受けた傷はナイフ一刺しとはいえ、部位が悪かった。

ただでさえ少ない消費でなんとか経典と共に維持している活動エネルギーが

盛大に流出する傷口を閉じないまま戦えるほどの余裕は無く

 

「それで、卯月さん? どっちにしますか?」

 

先の選択肢、優位に立つ者が投げたどちらも選べない二択を迫られる卯月。

悠貴と名乗った少女はそもそもの矛先が経典本体、

麗奈や沙紀の時とは異なる別の狙いがあるのだろう、それらを今探る事は出来ない、

もちろん知った所で譲渡する選択肢は選ばないが。

では残ったもう一つの選択――これも甘んじて受け入れるつもりはない。

 

「はあっ!!」

「わわ」

 

――ドォンッ!!

 

(避けられた……!)

「危ないじゃないですかっ! でも、そんなに派手な魔法だと当たりませんよ」

 

悔しいが悠貴の言う通り、卯月は破壊力こそ高い派手な攻撃手段を持つ、

しかしこの決して広くはない空間――例えるならばバスケットボールのコートほど、

溜めて放つタイプの魔力砲を構える程の時間を悠貴が与えるはずが無い。

 

(攻撃も、愛梨さんへの援助も難しい……!)

「急には決められませんか? それじゃあ先にお話しましょうっ、

 まず……私がどうやって卯月さんにバレずここまで近づけたのか、分かりますか?」

 

浮かべる満点の笑顔は却って不気味、崩れない表情は余裕の表れか

それとも、このような大胆な作戦を決行出来る精神に依存しているのか。

だが、卯月も押される一方ではない。

 

「……“幻惑の腕輪”」

「!」

 

「実物を見たことはありませんが……愛梨さんが残してくれたヒント、腕輪……

 私の思い当たる知識を探して、見つかった答えがそれです」

「……ご名答ですっ♪ 私が身につけているものは、幻惑の腕輪と呼ばれる道具ですっ」

 

悠貴が差し出した右手、卯月の視界は彼女の手首にブレスレットのような装飾が見えた、

そして先の怪現象、琴歌と思っていた人物が突然に悠貴とすり替わった――

いや、これは悠貴の言った通り“元から悠貴だった”に違いない。

 

「身につけた人物は……その人が“別の人”だと誤認するという……

 失われた魔術を封じた腕輪、それが幻惑の腕輪……!」

「良く言えましたっ」

「それが、どうしてこんなところに!!」

「やだなぁ、卯月ちゃんだって同じモノを持っているじゃないですか、こんなところでっ!!」

 

――同じもの

 

 

 

“十大秘宝”

 

 

 

「くうっ!?」

「私はそんなに戦ったりするのは得意じゃないんですけど、

 本当はこっそり話を終わらせたかったんですっ」

 

言葉とは真逆に、悠貴は手に持ったナイフで斬りかかりながら卯月へ急接近、

確かに攻撃の手は凛や未央、美玲と比べても速度では劣るも

魔力充填のために集中する必要がある卯月の気を逸らすには十分すぎた。

 

「でも、最初の一手で愛梨さんを落とせるなら、そっちを優先しますよねっ!」

(愛梨さんの事も知ってる、この人は一体……どうして経典を!?)

「大人しくそれを――」

「嫌ですっ!!」

 

――ドガッ!!

 

「ぐえっ!!」

「っ……チャンス……!」

 

大したダメージにはなっていないが偶然にも綺麗に命中した足が

悠貴を後方へ吹き飛ばし、よろめかせた。

またとない好機、卯月は魔力の充填を始める、少しでも溜まれば華奢な悠貴を仕留めるのに

十分な威力を放てると自負しているエネルギーを

 

「いっ、けぇッッ!!」

「!!」

 

――パァンッ!!

 

 

 

「ぅ~~……あ、危ないじゃないですかっ」

 

弾丸のように飛翔した魔力の粒は、悠貴の脇をすり抜けて壁面に命中、破裂――

彼女へダメージを与える絶好の機会だったが、惜しくも体へ当てる事が出来なかった。

 

「っ――」

「遅いですよっ!!」

 

――ヒュンッ!!

 

「もう距離は見切りました、私の方が射程は広いですねっ!

 今度は偶然の攻撃だって当たらないよう警戒します! つまり――」

(受け止められない、刃物は手じゃ……)

「そこです!!」

 

――ピシュッ!!

 

「あぅっ!!」

 

単調だが悠貴の攻撃の手は休まらない、反撃の機会は綺麗に詰まれた切り口は

徐々に卯月の体力と精神力を削り、切っ先が肌に届くところまで射程に踏み込まれる。

多少強引でも魔力を溜めようと試みるが、同時に二つの事柄へ意識を向けるのは

今の卯月にとって厳しい作業で

 

――フッ

 

「駄目……!」

「させませんよ?」

(上手い、ぜんぜん……集中させてくれない!)

 

たまらず距離を取った卯月、

魔力のコントロールを放棄すれば多少は早く動けるもののこれでは事態の解決はしない。

 

「間合いを取っても、これくらいの距離なら一瞬で近づけますよ?

 それに逃げるとしても……ここは元々侵入されないための金庫なんですから」

(扉は閉まって、琴歌さん――と、悠貴しかパスワードは分からない……)

 

逃走、脱出までのステップ、まず扉を開ける鍵は分からない、

次に扉もしくは壁面の破壊は、ここが金庫という事を考えると破壊は困難だろう。

そもそも攻撃の為の魔力すら溜めさせてもらえない今、現実的な手段ではない。

つまり残された選択肢は、これまた自動的に狭められ

 

「倒すしか、無い……!」

「もちろん簡単にはさせませんよっ!」

 

構えた魔力は即座に薙がれたナイフにより散らされる、

やはり悠貴を出し抜いて攻勢に回るのは難しそうだ、が、やらなければならない。

こうして相対しても今一つハッキリとしない敵の目的、思惑――

腕輪という幻覚に全てが霞掛かった相手と、逃げ道の無い戦いを始めるのだ。

 

「卯月……頑張りますっ!!」

「なんですか、その掛け声っ」

 

――ヒュンッ

 

「くっ!」

(避け続けていたら、キリがない……! かといって……)

 

――キィィン……!

 

「だから駄目ですってばっ!」

「んっ、くぅ!」

 

運よく見逃してくれるまで繰り返す?

それよりも先に卯月が隙を晒して一撃を貰うのが早いだろう、

どのみちダメージを受ける程、時間が経つ程に疲弊するのは卯月の方、

――さらに最悪のパターンを考えると

 

(救援も、望めない……!)

 

凛や未央が異常に気付いて助けに来てくれるか?

いや、琴歌の姿と偽って接近した悠貴が居る、

元よりこの悠貴の計画は彼女も絡んでいると踏んでも疑いすぎにはならないだろう、

そして何よりも“そうだった”場合は

 

「誰もっ! 助けには、来ませんからっ!!」

 

――ザンッッ!!

 

「ぐっ、う!!」

 

卯月の身体に、明確な筋が刻まれる。

深い傷ではないが戦闘開始から大した時間も経っていない間に一撃、

これから長引くほどに尾を引くダメージが原因で二撃、三撃と貰い続け、

最後には倒れる――明白だ。

 

「ふぅぅ……はっ!!」

「しつこいですねっ、と!!」

 

――ザシュッ!!

 

 

 

二撃目は

 

非常に深く、刻まれた

 

 

 

「ぐぅッッ――――」

「あはは……あれ?」

 

――イィィィ……

 

「……ふッ!」

 

――ザンッ!!

 

 

 

――ィィィン……

 

「あれれ?」

「痛く……ない、です!!」

 

そんな訳が、ない。

二度、三度どころではない。

 

せめて受ける部分を限定しようと背を向け、大事な手は内に隠した。

手と、魔力は死角に隠したのだ。

 

 

 

それ以外は、外へ投げた。

 

 

 

「ふっ……あははっ! 凄いです、凄いですよ卯月ちゃんっ!!」

 

――ザンッ!!

 

「あぁぐッ!!」

「もしかして、我慢して溜めようとしてますかっ?!

 刃物を持った人が前に居るのに、防御も避けもせずっ!!」

 

ダメージと集中は関連があるようで遠い、

いくら外部から妨害があろうとも集中していれば、

その動作に絞って体を動かしていれば魔力の球は弾ける事は無いのだ。

 

「いいですね、いいですねっ! そういうの大好きですっ!! でも卯月ちゃんっ♪」

「ぐ――うぅ!!」

 

一瞬でも躊躇わせれば、驚愕させられれば余計に時間が稼げる、

その願望は届かなかった、一切の手心なくむしろ嬉々として切り刻まれる体――

とはいえどんな形だろうと耐え切れば勝ち、

十数秒も掌に込めた魔力は金庫内を無差別に衝撃で吹き飛ばす、

悠貴が隠れようが防御しようが防げない威力を叩き出す自信があった。

 

(ここ一回、これだけ耐え切れば……一撃!!)

「私、そういう頑固な人を、折れさせるのが得意なんですよ?」

 

――ピッ

 

 

 

プシュッ

 

 

 

「あ――ひッ!?」

 

視界を横切る一閃、背を向けていた弊害で

悠貴が何をしようと背後で模索していたのかを見ていなかった。

確かに守りは硬い、しかしこの構えは体の特定の部位を傷つけないためのものであり

“集中”を乱さないための姿勢ではない。

 

「そして……そうやって『良い作戦だ』と……

 勝ち誇っていた人が落ちるのを見るのも、とっても大好きなんです♪」

 

――パキィンッ

 

「ぁ……」

「ほら……大事な魔力が、割れちゃいましたよ? ……あはっ♪」

 

頬から鼻筋、そして反対側の頬へ、

目の前を突然すり抜けた銀色の線が、痛みと共に赤い線を引く。

ここまで不意の、文字通り目前に迫った刃に動揺しない者が居るはずもない――

 

卯月の覚悟は、あっさりと切り裂かれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誘導

まずは戦意を失わせるために、相手の切り札を蹴る。

意外に思えるかもしれないが追いつめて切られるカードなどたかがしれている、

温存して最後の手段と温めた攻撃は、リターンよりもリスクのが高い。

 

強者ほど、最初の一撃が強烈である。

 

(勝つためには、一番強い攻撃を最初に使ってすぐ決着をつけるのが賢いに決まってますっ)

「でも私は違います、勝つだけが目的じゃないですからねっ」

 

相手である卯月は、その渾身の覚悟を悠貴の手によりあっさりと潰された。

彼女の実力不足ではない、悠貴が“追いつめて切られるカード”への対処に慣れ過ぎている、

例えば今回の場合に卯月がそもそも選べる手段は限られており

悠貴が候補として想定していた“耐える”に対して、決着に近づくわけでもなく

しかし相手の戦意を削ぐには非常に効果的な一手を放った。

 

(見たところ、卯月ちゃんは戦闘慣れしていない……ってわけではないですけど

 玄人でもありません、つまり……“本気”と合い見えた事が無い)

 

今までが遊びだとは言わないが、旅立ち前の仲間内での模擬戦は当然

奈緒も交戦ではなく救出、麗奈もカラクリを理解できたからこその暴挙に見える進撃、

沙紀と戦った時は明確な攻撃意思と直面したものの一人での戦いではなかった。

そんな中で初めての恐怖を煽る一閃――繰り返しになるが、効果はやはり抜群で

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

ただの息遣いではない――震えている。

 

「……いいですねぇ、さて、次はどうします?」

 

 

 

(これで折れる人も居る、でもそうじゃなかったら……取る行動は二種類!)

「う、ぁ――」

「どっちですか? 逃げますか? それとも……向かってきますか?」

 

悠貴は戦闘型ではない、しかし戦闘に関する知識は豊富かつ有用に扱う、

勝つ為の知識というよりも負けない知識、そして負けないための理由はもちろん、

自信が優位に立っている時間を増やすためである。

煽りは判断を誤らせる、焦らせれば見誤る、

それらへ誘導する意味は趣味が半分、そして戦略が半分。

 

(基本的には二種類、でも……例外を警戒するために!)

 

逃走と戦闘、悠貴はさり気なく卯月に二択を提示した、

まるでそれ以外の選択が無いかのように、そして選択を急かす。

第三の選択を用意する思考と時間を与えない。

 

「はぁ、はぁ……」

「どうします? どちらでも私は構いませんよっ」

「……ッ!」

 

――ダッ

 

「ま、近づいて来ますよねっ」

 

 

 

卯月は悠貴に向かって走ってきた。

うまく誘導した、予想外を避けて無難な選択肢を取らせた、

安直に突進を選んだ卯月を対処するなど簡単な事。

 

「……ごめんなさい!!」

 

――ヒュンッ!!

 

「!?」

 

駆け出した卯月の手から放たれた――

もしや感知できなかっただけで魔力の充填が終わったのか?

とも考えたが瞬時に悠貴は状況を正しく理解する。

 

投げつけられたのは“モノ”である、魔力を纏った武器の類ではない普通の物質、

そもそも卯月は武器を持っておらず投げて有効なモノなど持っていない、

が、卯月はふと気づいた、そして――実行しようと考えた。

 

投げたのは、そもそも絶対に手から離さないために戦っているはずの、経典。

卯月は戦いの動機を、矛盾を武器として投げた。

 

「なるほど、降参ですか? ……それとも、この隙を突くつもりですか?」

 

言葉では余裕を醸し出していても思考回路をフル回転させて意図を読み解くのが

戦闘において重要な、主導権を握り続けるための秘訣である。

この場合では“奪い取るもの”を“むざむざと差し出してきた”理由――解答はすぐに来た。

 

――キィィンッ!

 

「はああっ!!」

(後者、ですね! ここからでも戦おうとするのは褒めてあげますっ♪)

 

経典を取りに来た悠貴は、目の前に差し出された――正確には投げつけられた経典を

取らないわけにはいかない、となると必然、卯月への対処は二の次となる。

その隙を確実に生み出せる道具として卯月は経典を放ち、同時に魔力を溜め始めたのだ。

 

(とはいえせいぜい、一瞬だけしか溜める時間は稼げませんよ?)

 

(こうすれば、たっぷり時間を稼げるはず……一発で決められるだけの、大きな!!)

 

差があるとすれば、両者の間にあった認識の違い――

相手がどれほどの人物かを見誤った方が負ける、

相手をコントロール出来たと過信した方が、負ける。

 

 

 

「卯月ちゃん、何か勘違いしてませんか?

 確かに私は頑固な人を折れさせるのが好きですけど、好きな事を優先しすぎて

 お仕事を失敗しちゃうほど馬鹿じゃないですよ?」

 

――パシィッ

 

「時間を稼いで反撃のつもりだったんでしょう? でも、違うんですっ」

 

悠貴は経典を手に取った、そして卯月はこの隙を突き魔術を溜める予定なのだろう、

そうなれば悠貴が手を出した瞬間、僅かながらも圧縮された魔力の砲弾が身体を貫く。

 

だが、違うのだ、それこそが認識の違い――

 

 

 

悠貴は、卯月を、倒す必要が、無い。

 

 

 

「これを手に入れたら、私はここに残る用事なんて……ないんですっ!!」

「……!」

 

そう、この隙に溜められた魔力と、関わる理由がない。

手にした戦利品を持って、逃げてしまえばいいのだ。

返す刀が振られる範囲から、呆気なく去るだけで勝利が確定する。

 

閉じられた金庫の扉は卯月にとって障害になっても悠貴は違う、

彼女はパスワードを知っているのだ。

さっさと扉に駆け寄って、せいぜい一発程度しか放てない魔力の弾にだけ気を付ける、

後は迂闊な戦法を取り、悠貴の私事と仕事に対する優先度を見誤った卯月を尻目に

走り去れば任務は達成される――

 

 

 

「……知ってます」

 

はずだった。

 

「だから悠貴さんには、ここに“残ってもらう”つもりだったんです……!」

「っ!? な――」

 

 

 

(キーが、壊れてる!? いつの間に、どのタイミングでっ!?)

「これじゃ逃げられな……はっ!?」

 

 

 

――いっ、けぇッッ!!

――!!

 

 

 

「もともと……逃がす気は、無かったんです……!

 あの時はあのまま当てても倒せるか分からなかった……だからっ」

 

運よく命中した蹴り、偶然降って湧いた隙、

卯月は悠貴への攻撃にではなく悠貴を逃がさないためにその隙を利用したのだ。

 

(あれは私を狙ったんじゃなくて、この金庫の鍵を!?)

 

外壁は強固でも電子機器は精密なもの、

数個のキーパッドなど魔力の塊が直撃すれば簡単に破壊できる。

そして、最終的に卯月が悠貴をコントロールした、

経典を渡せば逃げに走ると予測し、あらかじめ防いでいた脱出路へ誘導すれば――

 

「充填、完了ですっ……!」

「ははっ……なるほど、そういう事でしたか、一本取られちゃいましたね」

(……私としたことが、ちょっと調子に乗っちゃいましたねっ。

 ちょっとのダメージでも仕事に支障が出ちゃうので、静かに過ごしたかったんですけどっ)

 

「しっかり狙ってください♪ 外したら……もう遠慮はしません、殺りますからね?」

 

しかし悠貴も一手上回られたくらいでは揺るがない、

なにせ状況を冷静に振り返っても“卯月の攻撃ターンが一度回った”事と

“逃走路は塞がれたものの卯月も同じ、そして自分は琴歌と繋がっている”くらいで

自身の優位性は変わらないものである――と、思っていた。

 

「……残念ですけど悠貴さん、脅しは意味がありません」

 

――キィィィ……

 

(え……あれ? 何ですか、この……魔力……おか、おかしいですよっ?

 だってこの部屋、こんなに狭いのに……あの密度だと、それじゃあ――)

 

悠貴は魔力の操作は得手としていない、むしろ鈍感な類に属する側、

しかし目の前の少女からはそんな自分自身の鈍いアンテナでも感じ取れるほどの

強大すぎる、空気が張り詰めるほどの魔力――

 

「あんなに怖い、顔を切られるなんて……すごく、怖くて、手が震えて……だからっ」

「まさか、嘘ですよね……? そんなのを爆発させたら……」

「大丈夫です……この金庫、頑丈なんですよね? だったら、外に被害は出ません」

 

返答を聞いて確信した、これから何が行われるのか。

単純に、想像に容易い例えがある。押し固めた空気を破裂させると、その周辺はどうなる?

 

「今から“やる事”が、それよりまだマシだって思えるように、なりました」

「ま、待ってください!! そんな事をしたらそっちまでッ――」

「ここ一回、これだけ耐え切れば……これが私の、覚悟ですっっ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

手繰り寄せる

「……遅いですわね」

 

卯月の帰りが遅いのは、あの琴歌と一緒に回っているからだ、

わがままという程ではないが大所帯でトラブルと気まぐれに付き合うと

帰還まで時間がかかるのは容易に想像できる。

実際、凛と未央は『遅くなるだろう』という情報を

周囲の人間に聞いてあっさりと入手できた、

では“誰かの帰還”が遅いと落ち着かないのはいったい誰か?

 

(悠貴……まさか手間取っているのではないでしょうね?)

 

 

 

「この状況に持ってくるまで、大変でしたけどっ!!」

 

――キィィンッ

 

「行きますっ!!」

 

有利は悠貴に大きく傾いていた、しかしそれでも決してはいなかった。

油断をしたわけではなかったが卯月の覚悟や作戦を見誤った事が

今の窮地を招いたといっても過言ではないだろう。

 

そして、見誤った点は一つではない、

卯月の魔力が並以上とは認識しつつもその評価は足りなかった、

目の前の塊は悠貴が防ぐ事の出来る威力を遥かに上回っている。

 

(この規模だと自分にも被害が――)

「はあああッッ!!」

 

もちろん、悠貴がする卯月の心配など

当の本人はとっくに了承済みなのだ、

攻撃が中断される言われなど、ない。

 

 

 

――ズゥンッッ……!!

 

 

 

「!?」

 

 

 

「うわっと!?」

「襲撃?!」

「……いったい何事ですか?」

 

 

 

倉庫内では何が起きても騒音は外に漏れない、

衝撃も壁面の内側にある緩衝材が吸収して、響く心配はない。

が、それは倉庫がきちんと密室空間であった場合のみだ。

 

「ひ……ひぇぇっ……」

 

我ながら弱々しい声色で呟いたものだと心中で呟く悠貴、

完全にやられたと思い込んでいた不可避の一撃は彼女の脇を再びすり抜けた。

いや、正確には元々ターゲットが悠貴ではなかった、と言えるだろう。

 

そして同時に、やはり卯月の抱える魔力は規格外の文字が似合う。

琴歌の設置したシェルター、その壁面は鉄板が大きく歪み、変形し、風穴を開けていた。

強度はきちんと基準以上を満たしていたにも関わらずの結果――ただし、悠貴は未だ健在だが

 

「は、ははっ、せっかく……手を汚すのは、嫌ですか?」

「いえ……ここで悠貴さんを倒しても、私が外に出られる手段が無いんです」

「……まぁ、そうですよねっ」

「そして悠貴さんの帰りが遅くなると……たぶん、協力者の……琴歌さんが、

 別の手を打ってくるだろうと思ったんです」

「だからって、この倉庫を壊すなんてね……しかも、壊せるなんて、凄いじゃないですかっ」

 

皮肉ではなく素直な感心、まさか破壊されるなど想定していなかった密室、

だが、そこからの話が見えない。密室を崩して、どうする? 意図が読めない。

悠貴は少なくとも一度、卯月を読み損なったせいで窮地に追い込まれた、

これ以上の選択ミスは絶対に避けたい。

 

「で? 壊して、どうするんです? 私は別にダメージを受けているわけじゃあないんです、

 そもそも……こうなった以上、私は逃げちゃいますからっ」

 

だが考えても答えは出ない、壁面を破って卯月の方が先に逃げる? 意味が無い。

応援を呼ぶ? 呼べるような人物がいるならば、卯月を囲った段階で駆けつけてくるはず、

誰でも良いから異変に気付いてもらえるようにアクションを起こした?

ここは琴歌の支配下地域、琴歌が悠貴側と勘付いている中でその選択は賢くない。

 

となると最初に呟いた通り、卯月が一歩をついに踏み出せなかっただけだと

悠貴の中では結論付けざるを得ない。すなわち、これは“逃走の好機”と見るべきだ、と。

 

 

 

「私は……いえ、私達は……伝えていない話があったんです」

 

 

 

「そこに“来てくれる”かは、ちょっと心配だったんですけど……

 きっとあの人は、こんな“騒ぎ”には、真っ先に来てくれると思ったんです」

「……何の事ですかっ」

 

これは、賭け。しかし、一度潜った賭けに比べれば遥かに容易い賭け、

卯月の中で成功率も勝算も非常に高いと踏んでいた。

 

(卯月ちゃんの仲間は駆け付けて来てもそれほど邪魔にはなりませんっ、

 問題があるとすれば春菜さんですが……ここは琴歌さんがキッチリ抑える手筈!)

 

悠貴が卯月の賭けを感知できなかったのは、今回は彼女の失敗ではない。

彼女では知りえない、知らないで当然とも言える部分を使った賭けであったから。

 

(この逃走経路に問題は――)

「そんなに急いで何処へ行こうっての?」

 

――ドスッッ!!

 

 

 

「は、はいぃっ!?」

 

本日何度目か、両者合わせて一度や二度ではない、目の前を通り過ぎる攻撃、

壁面に開いた風穴から脱出を試みた悠貴は、その壁面へと突き立てられた

一本の棒――いや、槍に進路を塞がれた。

 

「派手な音がして駆け付けてみれば……あんた、誰?」

 

思い返せばファーストコンタクトもこのような過激な登場からであった、

西島櫂は自慢の武器を突き立てて、謎の人物――悠貴の逃走を遮る。

櫂は春菜を仲介しての卯月達への間接的な依頼主、

つまりもう一段階外側に居た琴歌から存在を聞かされているはずもない、

むしろ櫂が噛んでいるなど予想もつかないに決まっている、悠貴に落ち度はない。

 

「そうだそうだ、あたしって今回は部外者の立場だったから参加表明はしてなかったんだ。

 ……だからといって無関係で傍観するつもりも無かったし――」

「なんで、あ、あなたがこんなところに……?」

「あれ? そもそもあたしが居るって知らなかったパターン? 初めまして」

 

落ち度は無いが、これ以上に致命的なカードは切られないだろう、

圧倒的な実力差に違いない人物を、自分と接触してしまう状況にまで

卯月にこぎつけられてしまったのだから。

 

「しかし卯月ちゃんも、よくあたしが居るって分かったね? 愛梨に聞いてたの?」

「いえ……ですけど、こんなに大事なお仕事を私達に任せてもらって……

 任せっきりにもしない、と思っていたんです」

 

例の初顔合わせ、こちらの了解を得るどころではない初撃、

間違いなく何事にも後先考えず首を突っ込んでくるタイプの人物が

これから何かが起きそうな舞台を黙って見ているはずが無い、

そしてそれらの騒ぎが滞りなく起きるように見守っているはず――

卯月一行だけでは、もしも相手方を抑えきれなければ早く事件が遂行されてしまう。

 

「私達が信用されていない事を、信用しました」

「はは、ちょっと自虐的すぎるんじゃない? ちゃんと信用はしてたよ」

 

ともかく卯月は着地点としては最上、

“企みを暴き”つつ“大元の依頼主の目標達成”に大きく貢献できそうな

“攻略対象の弱み”を、引き合わせたのだ。

 

「さて……こりゃあいい取引材料を手に入れたってところで……作戦会議!」

「え? あ、はいっ!」

 

櫂の口元が、にやりと上がる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仲直りのお願い

「あら」

 

己の判断は丁度よいタイミングであった、

琴歌が例の倉庫へ到着したと同時に、扉の前に立つ“一人だけ”の姿を捉えたのだから。

 

「ピッタリですわね? 終わった所ですか?」

「……はい、そうですね」

「では、お話があります……“卯月さん”」

「…………」

 

何も知らぬ者が見れば普通な光景、そして全てを知る者が見ても普通な光景、

しかし“ある程度”のみ知る人物から見れば違和感を覚えるであろうそんな会話。

そして二人の内訳は“全てを知る者”と“知っているつもりの人”だ。

 

「私も、聞きたい事があります」

 

“知る側”の卯月は、そうとは知らぬ琴歌を、嵌める。

これは櫂と僅かに接触できたからこそ導き出せた、

今回の目標へ向けてのショートカットルート。

 

 

 

場所を変え、琴歌によって案内されたのは本番の為に使う設備――ではなく

初日の作戦会議を行った場所のような個室。

 

「では“悠貴”さん、これで私からの援助は終わりました。

 次、そちらが私に協力をする番でしょう? まさか反故にするとは言いませんわね?」

「…………琴歌さん」

 

卯月は、返答をしない。

話を続けない卯月に対して琴歌は少しづつ苛立ちを覚える、

まさか本当に約束を反故にするのかと勘繰ったりもしているのだろう。

 

「私は、島村卯月です」

「……ええ、今はそうですわね、私には判断しようがありませんが――」

「ですから……島村卯月、です」

 

だが、そもそもの話が違う、約束を守る守らない以前の問題なのだ。

目の前の人物は、琴歌が手を組んだ相手ではないのだ。

 

「……は、え?」

 

そしてようやく、琴歌も理解し出す、

同時に、表情と顔色がゆっくりと、乱れる。

 

(待っ、待ち……ゆ、悠貴……いや、目の前に居るのは、本当に……うづ……?!)

「失礼します卯月さん」

「ばっ――!?」

 

「おやおや、そこまで驚かなくとも……私です、上条春菜ですよ」

「っ…………」

 

扉は施錠していなかった、というよりも入ってくるわけがない、

ここは誰かが来るような場所ではないのだから。

そんな場所を選んだにも関わらず、特に今、状況の理解で精一杯の精神状態で

不意の入室に慌てるのは仕方のない事だろう。

 

「おっと、最初にお断りしておきますが……正真正銘、

 “残念ながら”私は上条春菜です、意味はお判りでしょうか?」

「あ、ッ……ぐぅ!?」

 

そして、理解が進むごとに判明する、

今この状況がとてつもなく琴歌にとって悪い方向へ進んでいる事を。

 

まず、悠貴だと思っていた人物は、卯月本人であった、これは卯月視点からでも分かる話で

加えて卯月を悠貴と誤認するような情報を既に琴歌は持っていた、

要するに悠貴と琴歌は繋がっていると裏付けも取れたわけだ。

 

(私をあの倉庫に誘導する役目が琴歌さん……

 そこからは、悠貴が私と入れ替わって、今後の何か作戦を続ける予定だったんでしょう)

 

しかし、出てきたのは本当の卯月、それを知らずに話してしまった琴歌、

全てを知った上でこちらが琴歌に対して張った罠は――他の人物も巻き込み、進んだ。

 

「は、は……春菜さん、も……持ち場を離れて、どうしましたか?」

「もっと落ち着いて話されても良いのですよ琴歌さん」

 

 

 

「驚きましたよ、まさかあのような……厄介な人物が現れたもので」

「な……何の話か分かりませんわ」

「そうでしょうそうでしょう、きっと証拠も出てこない……というより、

 彼女という存在が居る時点でそんなアリバイなんてとっくに破綻ですよもう」

 

心中を察する、全てを看破された中で誰一人味方の居ない状況、

穏やかではない精神状態がありありと顔色に出ている琴歌。

 

「乙倉悠貴……持っていた獲物は、あれは十大秘宝の一つである“幻惑の腕輪”です」

「く……ぅぅ……」

「とっくの昔に滅びた呪文、誤認・認識力を操る術式を封じた腕輪……

 もう再現できない魔術が使える道具ですね、いやぁ……あれは騙されました」

 

無論、春菜は悠貴本人と対面していない、

ただし情報だけは届いている、恐らく櫂が伝えたのだろう。

 

「そ、そのような出来事が――」

「ええ、あったのです。しかしですよ、ここで一つ疑問がありまして」

 

伝えただけの櫂だが、それを受け取った春菜の行動力は凄まじい。

露見してしまえば春菜たち国家も被害者とも言える、

そして“そう”分かったのならば、敵もしくは利用してもよい相手と分かれば

 

「誰にでも成り替われる人物、その名を……琴歌さん、あなた先に言いましたよね?」

 

徹底的に、揺する。

カウンターとばかりに、一点を攻め抜く。

 

「――――ぁ……」

「構いません、振り返らなくて結構! 警備の不覚を取ったのは私です!

 なにより“この件”と貴女が繋がる証拠などありません、名を知っていたのは偶然、ですね?

 要するにこれから話す内容は独り言の妄想になるのですが……」

 

あくまで特定と断定はしない、ほどよくギリギリを掠める口撃、

皮肉にも今日は“当たってはいない攻撃”が、場面の鍵を握っているパターンが多い。

 

「元は別の依頼で琴歌さんは悠貴と取引していたとします、

 琴歌さんが“偶然”協力と言った言葉を発していましたし可能性はゼロではないかも……」

「…………」

「彼女を使い、夏樹に化けさせて襲撃させる予定だったのでは?」

 

少ない推理材料から、返す言葉もないほど琴歌を追いつめていく春菜の姿は

さすがの幹部――と言えるだろうか。

 

「調べたところ、琴歌さんと夏樹の間には少し関連がありますねぇ……

 過去、義賊が襲撃した先の中に琴歌さんの元・従属先だった家がひとつ。

 聞けばこの一件であなたは当時の地位を一度放棄させられる羽目になったとか」

(そうか……凛ちゃんの言ってた夏樹さんの話……)

 

既に夏樹と接触していた卯月――凛を通しての間接的にだが――だから分かる情報、

夏樹の話が真実なら彼女は琴歌へ予告状を送っていない。

すると、この大規模な警戒網は琴歌の狂言となるが普通はそんな事をする意味が無い――

と、思いきや、琴歌はそれを実行する動機があったのだ。

 

「つまり恨みがある……間接的にですが。

 そこで私は先程の可能性、いや、妄想を思いついたのです」

 

――そっちが降りれば、この襲撃はそもそも発生しない

 

(確かに……財産を守るためじゃなく、ただ“夏樹の評判を落とす”ためなら、

 失敗でも悪評でもなんでもでっちあげるために“舞台を用意する”必要があって……

 逆に言えば、舞台だけがあればもういいんだ……)

 

卯月たちは警備兵ではない、演者だった、

琴歌の書いたシナリオの中で“夏樹への悪印象”を付与するためだけの素材。

 

あの時、凛と接触した夏樹は必然それを知っていたはず、しかし伝えはしなかった。

全てを話していれば、その“聞いた”という情報を得た琴歌は

全てを聞かれた事を知った上での作戦に変えるかもしれなかった、

特に悠貴の存在が露呈すると大きな支障が出る。

 

バレていなかったからこそ、本来の目標である夏樹への攻撃一本ではなく、

悠貴の自由行動、秘宝奪取という副次的な目的も認めた。

とにかく夏樹の評価を落とす目的だった琴歌とそれを防ぎたい夏樹は

“あまり話さない”事で、自分の有利に動くようコントロールしたのだ。

 

結果的に、卯月たちが余計な被害・襲撃を受けたが夏樹にとっては最適な働きだった、

悠貴を撃破して自分自身へ影響は及ばないように導いた。

 

「私が……自作自演の事件を計画したと? そう仰りたいのでしょうか?

 ですが仮にそうだとしても依頼を受けたのはそちら側で――」

「振り返らなくても結構と……私は言いましたよ」

 

ピンッ――

 

「あまり“舐めないで”いただきたいものです……

 いくらご厚意にさせて頂いている琴歌様が相手でも、戯れはほどほどに……」

 

空気は張り詰める。

春菜との交流は短いが、印象に残ったイメージと言えば眼鏡、

そして飄々とした『本当に幹部と呼ばれる地位の人間か?』といった疑問点、

しかし先の推理や今の空気を作った春菜は間違いなく――

 

「えぇ、えぇ、分かっていますとも、私の妄想が仮に真実だとしても、だとしてもですよ?

 恐らく琴歌様は悠貴という人物に『脅されて』計画に『加担させられた』はずです!

 もしもそうでないならば――」

 

シュンッッ

 

「!?」

「あいっ――!?」

「財の力など何の効力も無い……気まぐれに剣を振るうかもしれない私の前へ、

 こんなにも無防備な格好を晒すはずが無いですよねぇ」

 

(え、今……き、斬った?)

 

「は、春菜さん――」

「なーんて、妄想のお話は終わりにしましょう♪ 卯月ちゃんも、冗談ですよ♪

 今回は無事、賊の襲撃を未然に防げそうで安心しました! 良かった良かった!」

 

ほんの浅い、紙で切ってしまったと言っても通じそうな傷、

しかし戦闘などとは縁が程遠い琴歌にとっては痛みとして新鮮だろう、

驚くはその傷を作った――はずの、春菜。

 

「……? ……?」

「おや卯月さん、どうしました?」

「あ、いえ……」

(剣……いつ、抜いたの……? ずっと腰の鞘に……)

 

剣筋が見えないというレベルではない、

振り抜いた素振も気配も無かった、気が付いたら既に傷が生まれていたのだ。

 

「良かったついでに一つだけ、お願いがあるのですが……聞いていただけますか? 琴歌様?」

「は……い……」

 

そんな化け物染みた人物が笑顔でする“お願い”は、

いったい誰が断れるだろうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十幕 - 世界 -
ニグラディア王国


要の大事を成し遂げる主役、言ってしまえば“物語”の中心は彼女たちである。

しかし“世界”の中心は決して彼女達ではない、そもそも中心に立つ者はおらず

全ての人物に平等な時の流れがあり、卯月たちの都合で止まったりはしない。

 

 

 

 

その日、卯月達の滞在する地域から遠く離れた場所で

最後の交渉を決裂で迎えた二つの組織が各々の目的を成し遂げようとしていた、

個々が戦う決闘ではなく群衆と群衆がぶつかり合う、まさに戦場にて

 

「だあぁりゃあああぁっっ!!」

 

存在感を抜群に轟かせる咆哮、一拍遅れ衝撃波を纏いながら吹き飛ぶ数多の雑兵、

もちろん衝撃波の発生源は声の持ち主、驚くことに仰々しい武器など一つも持っておらず

左拳を振り抜いた格好から察するに己が身一つでそれを巻き起こしていたのだ。

 

「亜季! やりすぎ! アタシまで巻き込まれるって!」

「おお、これは失礼しました仁美殿! では私の背後にどうぞ!」

「いやー、先陣切らなきゃアタシじゃないっ! とりゃー!」

 

亜季と呼ばれた人物と、彼女へ釘を刺しに現れた仁美と呼ばれた人物、

どうやらこの戦場の大局を握っているのは二人が所属する陣営のようだ。

先の通り、拳一つで人を紙吹雪かと思わせる勢いで吹き飛ばす剛腕の持ち主、

もう一人は派手さこそ無いものの既に身の丈ほどの長槍を軽々と操る姿から

こちらも只者ではないと予感させるに十分だ。

 

「しかし、やり応えが無いでありますなぁ」

「ほたるっちが言ってたよ、ここに居るのは数だけだって」

「なんと」

 

そんな彼女達が従う主君の名は白菊ほたるという人物、

“ニグラディア王国”を拠点とする名の知れた大国である。

他の大国といえば卯月一行の訪れたウィアルソなどが該当し、それらと比較すれば

国土の広大さこそ劣るが幹部クラスの戦力は互角に等しい戦力を保持している。

 

「道理で我々二人しか呼ばれなかったわけでありますな?

 てっきりマキノ殿にしたイタズラの仕返しかとばかり……」

「え、何したの亜季……」

「ははは……運動不足に見えたので、ついトレーニングの相手に」

「もう……マキノっちは戦闘員じゃないんだか――」

 

ヒュンッ

 

「――らッ!!」

 

ザンッッ!!

 

「さすが仁美殿、鋭い一撃でありますな!」

「ありがと! でも真面目にやらなきゃ、いつまで経っても終わらないからっ!」

 

亜季の頬を掠めるように飛んだ矛先は背後の雑兵を貫いた。

分かっていて動かなかった亜季と、正確無比な一撃を繰り出す仁美、

不意――察知されている以上、それを不意と言えるかは怪しい所だが

もう片方の陣営にとって“敵は二人”にも関わらず、まったく制圧の兆しが見えていない。

 

「そうでありますな! ここで、敵方に強烈な痛手を負わせてやるであります!」

「いざ参るっ!!」

 

 

 

 

 

「馬鹿ね」

 

一方的な蹂躙を離れた丘から眺めていた人影が二つ。

様になる威圧感で平原へ視線を飛ばす者と

傍らに居ながら威圧に我関せずの緩い空気感を纏う者

 

「えーっと、たった二人だけで私達を相手にしようとしている、ですかー?」

「二割正解」

「ぜんぜん当たってませんねー」

「頭を使う事が仕事じゃない貴女にしては上出来でしょう」

「もぉー、酷いですよー」

 

なんとも対照的なオーラを放つ二人が眼下に広がる戦況と戦局を見定める、

たった二人、亜季と仁美の進撃に押し切られている光景に向けて飛ばした

“馬鹿”の真意を彼女はつかめていないようだ。

 

「数の差を考えない采配、事故を考えない指揮官の馬鹿さが二割……

 ただ、その差を覆せるあの二人の馬鹿さが四割」

「……後の二割は何ですかー?」

 

返答次第では動く準備が出来ていた、頭ではなく体を使う仕事を生業とする彼女は

一言告げられれば即座に急斜面を降り、劣勢の群に突撃し奮い立たせ、

敵を鎮圧しに向かってみせると意気込む、が

 

「あの一帯を早く撤退させなさい、このままじゃ被害だけ増えるわ」

 

彼女の代わりに頭を使う仕事を請け負っているらしき人物は

安全地帯から高みの見物を決め込んで手を汚さない俗物にあらず、

しっかりと理解し適切な手を打てる猛者――

先の回答、馬鹿という言葉を用いた場の異常性には己の采配も含まれていたのだ。

 

「大和亜季、丹羽仁美……戦力の大きさは想定内だけど」

(ここまで気軽に前線へ送り込んでくるのは、予想外)

 

事を構えるとなった日から、先を制しようと動くのは定石、

時子の陣営は間違いなく早く動き行動を起こし、この大軍を寄こした。

だが、受身側であった相手も、驚きのフットワークでいきなり幹部級を、

それも、二名という最低限もいいところな人数で利を押し返された。

 

「はーい、時子さんー」

「時子様と呼びなさい」

 

財前時子、彼女はほたる達とは異なり、歴のある組織ではない、

だが考え無しに大国へ喧嘩を売る愚か者でもなかった。

 

「馬鹿には分からせる必要があるのよ」

 

 

 

「……これは!」

「撤退してる、ね」

 

振るった武で群衆は徐々に薄まる、皆が後ろ向きに歩を進めていき

改めての増援も見渡す平原に存在せず、戦は終わったと言えるだろう。

 

「これにて我らの勝利、でありますな!」

「安心するのはまだ早いって言ってたよ」

 

単純な“この場の戦における勝利”というだけで

国同士全ての決着は、当然ながらついていない、

お互いの主力に何ら傷がつかない牽制がひと段落ついた、程度の交戦。

 

「この敵は、頭を叩かなきゃ絶対に安心できない、それ以外の成果は全て無意味……

 数でも強さでもない、一番厄介な相手さんの力は“忠誠”だよ」

「忠誠? はは、それならばこちらは余計に上回ります!

 私達はほたる殿と一心同体、決して裏切りも後れを取る事もありません!」

「そういう意味じゃなくって――」

 

――

 

まさに、偶然。

幸いは太陽の位置、迫りくる“何か”が地面に、不自然な黒として描かれていた。

視界に入れば気になるそれを、たまたま目で追ったところで

 

「ん……なあぁっ?!」

「どうしたでありますか仁美ど――のおぉっ?!」

 

 

――ズドォンッ!!!!

 

 

「強すぎましたかー?」

 

撤退する雑兵の流れに逆らって二人に人影が歩み寄る、

のんきな声で払う手からは砂埃、その塵が元々点在していたモノ――巨大な岩石は

今や地面へと衝突した勢いで粉々に砕け散った後だ。

 

「時子さんが行けと言ってくれたなら、どこへだって何でも頑張っちゃいますー」

「いきなり大物とぶつかるじゃない……及川雫!」

 

忠誠心、主君に従う心――例えば数キロ先で味方の大軍を薙ぎ払い

快進撃を続ける二人もの敵国精鋭に、今から挨拶をしてきなさいと無茶を言われたとしよう。

喜んで首を縦に振り、散る事も厭わない精神をそう定義するのだろうか?

 

「単身突撃の命令にも従う忠誠心は立派ですが、いささか無茶が過ぎるのでは?」

「えーっと、時子さん……時子様? は、無茶な命令はしませんよー?」

 

否、それではただの暴君、無意味な私欲を部下へ強引に押し付ける快楽主義者、

むしろそうであったならば財前時子という人物を制圧するのは容易かっただろう。

 

「あんまり賢くない私のために、私が出来る範囲の事だけを命令してくれますからー」

 

無意味でもない、不可能でもない、

効果的すぎる一手を“忠誠心”で成し遂げる部下が重なった完璧な一団、それが

 

「財前時子……これは、宣戦布告だね!」

 

瞬間、仁美の槍が飛び、亜季の足が駆ける。

雫には無いスピードの勝負、付き合えない分野では後手に回るしかない、

一歩先を譲ってしまい二人の攻撃は止まる事を知らず雫を襲う。

 

「らあアッ!!」

「むー……!」

「こっちだよ!!」

 

拳を躱せば槍が、反撃の隙は一切見当たらない速攻撃、

それでいて強烈な破壊力も秘めた乱打を前に雫も表情が曇っていく。

 

「いくら手練れであろうと、アタシ達を討ち取れるものなら、やってみなっ!!」

「えーっと、それはですねー……!」

 

ヒュンッ!!

 

――ぐらり

 

「わ」

「貰ったっ!!」

 

 

 

戦場で重要なのは領土でも国の規模でもない、純粋な兵の戦力だ。

誰にでも勝てるような潤沢かつ無敵の艦隊を持っているとは思っていない、駒は限られている。

しかし、自らの持つ駒が大国に劣るとも考えていなかった。

いとも容易く軍勢を薙ぎ払った二人に対してたった一人だけ送り込んだ駒、及川雫、

それでも――彼女が優勢を取れるだろうと確信していた。

 

 

 

ズンッッ!!

 

「が――」

(よしっ! 入っ…………!?)

 

「ッ――ふぅー……痛いじゃないですかー」

「?!」

 

隙は見逃さない、まともに入ったように思われた亜季による腹部への拳撃、

多少のウエイト差による衝撃の緩和までは想定していた、どうせ百は伝わらない、

だが、それを踏まえても違和感を覚えざるを得ない手応えは例えるなら

 

(なんっ……重い……?! 振り抜けない!?)

 

敵意を向け、全速力で獲物を狙い突進してきた闘牛。その額に拳で対抗したかのような重みが

ただ両の足を留めて回避に専念していた雫の身体から衝撃として

拳へと響き、伝わり、驚愕させ、意識を集中させて向かい合うべき相手から

集中を外してしまう今度は亜季が晒した隙――

今まで抑え込まれていた雫にとっては当然の好機。

 

「それー」

「!?」

 

――ヂッッ

 

「ぐっぅ!?」

「亜季! 大丈夫!?」

「ふぅっ……問題ないであります」

 

気が付けば、退き損ねた拳へと伸びる雫の手が目の前に、

この身体に捕まってしまえば致命傷になりかねないという一心で引いた腕は

辛うじて雫の掌を掠る形で逃げおおせた。

 

(触られただけで、痕がつきますか……)

 

ますます、一手のミスも許されない、

気を引き締めて再度この戦いを制しようと拳を構え直す亜季だが

 

「あっ」

 

 

 

「どうしたでありますか、まだ私は――」

「えーと、帰りますねー」

「……は?」

 

「時子さんに言われたのは、どちらでもいいから軽く一発入れてこい、

 だったんですけどー……今、ちょっと腕が当たったのでそれで終わりですー」

「な……ふ、ふざけてるでありますか!?」

 

呆気なく、雫が突然の撤退を宣言した。

二人にとっては拍子抜けであると同時に、納得のいかない点がある、

一発だけ、わざわざ手間のかかる手段でたった一撃だけを与えに来た、

容易に一発程度ならば問題なくこなせると見繕われたのだ。

 

「逃げる気? 調子の良い言い訳じゃんっ!」

「わわっ」

 

亜季だけではない、仁美もこの意見には同意だ、

タダで逃がしてなるものかと槍を振る腕は止まらない。

 

「すいませーん、二回も攻撃するときっと『また命令を破ったわね』と言われそうなのでー」

「そんなの言うわけないよ! アタシだって分かるよそんなの!」

「うーん、そうなんですかー?」

 

ザッ

 

「だったら……もう一回だけ、やっちゃいますねー?」

 

 

 

仁美は、大した意味も無く売り言葉に買い言葉のような形で返していた、

余計に成果を上げて怒る者などいないだろうし

ただの言葉で状況が変わるかもしれないなどという想像は本来、する必要が無い。

 

 

 

ギュンッッ

 

 

 

しかし言葉に雫は応じた、軽い一撃以上の行動をする動機を――与えてしまった。

 

「ぉ――」

 

状況を理解したのは、まるで走馬燈のようなスローな時間を体験していた中、

ほぼ目の前に視界を塞ぐよう腕が水平に迫る、ラリアットの形。

――恐らく、雫にとって“軽く”は難しい注文だったのだろう、

その証拠、仁美が与えた動機により命令ではなく自由に放たれた攻撃は

 

(あれ? ちょ……これ、ヤバ――)

「仁美殿ッ!!」

 

ザンッッ!!

 

 

 

真っ二つに折れた槍が地面に刺さる、

振るわれた雫の腕が与えた衝撃に武器は耐えきれず破壊され、

延長線上にいた仁美も同様のダメージを受けてしまうはずだったのだが

 

「!? あうっ……」

「ッ……! はぁ……はぁ……」

 

武器と引き換えに与えたほんの小さな傷が、攻撃の軌道を少しだけズラした、

結果、腕は空を切り雫も怯んだ――だが、追撃を行える状況でもなく

 

「やっぱり、言われた以外の事をすると駄目ですねー……」

 

ある意味で命令を忠実に守り、早々と撤退しなかったことで受けた傷、

大きくはなくとも不慮の失態を犯し、元々これ以上戦う理由も無い雫は

二人を捨て置き、元の予定通りに撤退の進路を歩んだ。

 

(追え……ない……!)

 

確保には向かわない、

たった一人ぶんの人数有利で追いかけられる相手ではない、状況が悪すぎる。

とはいえ当初の目的通りに時子が仕向けた一団を撤退させ

増援の幹部級すらもお帰り願えたのだから文句はないだろう。

 

「……やはり、ほたる殿は素晴らしい采配でありますな」

 

亜季も結果に不満はない、任は成し遂げられた。

割いたコストは最低限、失ったものは武器が一丁、失った人員はゼロ、

全てを総計して被害はゼロと言える。

 

「我々二人でなければ、大きな被害が出ていたでしょう」

「……そうだね、まさかいきなり現れちゃうなんて」

 

しかし、相手方へダメージを与えられたかは疑問だ、

いくら雑兵を倒したところで主戦力を叩けなければ戦局は傾かないが――

 

「二人だったから……“負けて終われた”よ」

「ええ……そうでありますな、我々は“二人しかいませんでした”から」

 

 

 

ファーストコンタクト、互いに被害はゼロ、

しかし――相手の得た益を正しく認識できたのは、どちらの陣営であろうか?

これが判明するのは、まだ先の話である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビヨードフォレスト

――ビヨードフォレスト

 

深く広大な森林地帯、飛び抜けて巨大な樹を中心に成り立つ国、

いや、集落を総じてそう呼ばれている。

住民の大部分は“獣人族”、ヒト以外の身体的特徴を兼ね備えた生物と分類されるが

獣人族が集まった国というよりもビヨードフォレスト出身の者は獣人族である、が正しい、

つまり卯月達の出会った早坂美玲、前川みくも生まれはこの地だ。

 

 

 

「あぅ…………お、おかしいんですけど……ここ、こんな場所じゃあ……」

 

草葉の陰、目立たない場所に掘られた垂直の洞穴に一人の獣人が居た。

彼女は静寂と平穏を好み、身を潜めやすい場所を複数確保し住処としていた者、

この場所はそのうちの一つに該当するのだが先の言葉通り、

場所に間違いは無いが構造が記憶と構造に大きな差が起きていた。

 

「も、もりくぼ……こんなに、深く掘った覚えはないんですけど……!」

 

もりくぼこと森久保乃々は、身を隠せられれば十分だった穴が

全身を隠すどころか遥か地下へ続く縦穴に変貌していたせいで勢いよく落下、

重力に引き寄せられた末、薄暗い洞穴の底に尻もちをつく羽目に。

 

数か月やそこらで変わるはずの無い安息の地に起きた変貌、

原因や目的は乃々にとって二の次、問題は“安息の地が崩れた”という事実一点、

自分以外の誰かによる手が入った場所は既に平穏ではない、

一刻も早く立ち去って然るべきなのだが

 

「戻れない……ど、どうすれば……ひっ!?」

 

――コツ コツ

 

乃々が落下した穴は通路の天井にあたる、

ジャンプしても届かないほど高い位置の穴へ再び飛び移り脱出できる程の

身体能力は彼女に無い、獣人にも得手不得手はある。

そんな中で、不審の足音を察知する事に長けていた聴覚が誰かの接近を感じ取る、

上は不可、背後の通路からも誰かが来るので不可、となれば前へ進むしかない。

 

「ひぃぃ……」

 

誰かが来ると分かっているならば助けを求めてもいいはずだが

極度の人見知りはそのような選択肢を初めから除外してしまうもの、

しかし結果的に“逃げた”という行動は後の視点で見れば正解だった。

 

 

 

ビヨードフォレスト特有の自然は、つまりヒトや獣人の手が入り切っていない地、

必然的に監視の目が届かない地域もあるという事だ。

例えば、表には出せないやましい取引現場や保管場所に最適と考える者も複数いるだろう。

 

――ザッ

 

「こっちの方が明るい……えーっと……あれ?」

 

道の広がりが大きな方へと歩を進めた結果、

行き止まりとなっているやや広めの空間へ辿り着く、

妙に岩がゴロゴロと積まれているがそれだけの、ただの行き止まりだったのだが

 

――!

 

「わ……!?」

 

足を踏み入れた途端に幻想的な煌きが、ふわりと部屋中に広がった。

まるで乃々の到着を待っていたかのように、部屋にある“それ”は彼女を歓迎する。

 

「これ、見た事無い……花……? でも、綺麗……」

 

長くビヨードフォレストの自然で過ごしていた乃々も

この不思議な花を見たのは初めてで一時の緊張も解れた、

もの珍しさに一つだけ手に取ってみようと、彼女にしては珍しく積極的な態度を見せるも

どうやら接触は拒否されたらしく、手を伸ばした途端に花の機嫌を損ねたのか

発光は止み、洞窟は一瞬にして元の暗闇に閉ざされてしまった。

 

「あれ……ま、また暗くなったんですけど――」

 

 

 

ところで、忘れてはいけない、乃々の後ろで聞こえた足音を。

あの時、前へ逃げる選択肢を取っていなければ、どうなっていただろうか?

前述の通り、この地を絶好の死角と活用する者が、絶好の保管場所としていた場所に

何やら怪しげな――最奥に蠢く人影を見つけたらどうするだろうか?

 

――パァンッ!!

 

「ひぇっ!??」

 

突如鳴り響いた――乃々には縁が無い科学の武器による轟音は

彼女の足を滑らせ腰を抜かさせ、音の発生源から逃れる術を殺す。

 

「あわっ、あわわわわ…………!」

 

そして、驚きを堪え切れない乃々の悲鳴と声を聞きつけて、

忍んでいた足音が一斉に騒がしく駆け寄る音となり

同時に乃々は戦慄する、ここに居てはマズいと。

 

しかし――逃げる道と手段は、既に取りこぼした後だった。

足は震えて動かず、這って逃げようにもそもそも袋小路から出る道は

たった一本、脅威が向かってくる道、通ろうとすれば鉢合わせは確実。

 

(あわっ、あわわわ……?! ど、きゅ、なんっ……

 どうしてっ、急にっ、なんでもりくぼを捕まえようとしているんですかっ……!?)

 

今の乃々が“なぜ、どうして”を推理するのは不可能だが

問答無用の威嚇、その度合いから、日常で磨かれた警戒心が激しく警鐘を鳴らす。

この謎の――ひとまず、賊としておく集団は乃々を、この洞窟に何かを隠している、

それを誰の手にも渡らぬよう知られぬよう、侵入者は全て仕留める覚悟を持っていると。

 

逃げたのは正解だった、あの時あのまま助けを求めに接触していたら

逃走の機会が訪れないまま一瞬で、運が良ければ拘束、悪ければ生涯の幕を引いていた。

――とはいえ、今は逃げ切れた状態ではないどころか逃げ道が無い状態なのだが。

 

(こ、ここっ、殺……し、しぬ……え?)

 

急に現れた“死”の危機、いったい何を失敗して自分はこのような場所へ?

そんなものを考える暇があれば、少しでも助かる可能性が高まる行動をすべきだが

乃々にはそのような心の強さは無い、影の住人。

 

(ひっ……む、むーりぃー……!)

 

へなへなと、力なく倒れ込む絶望的な状況、隠れる気力も場所も無く

死すらも頭を過り始めた窮地の乃々、だが――

 

 

 

身を隠すでもなく壁面に倒れ込んでいた乃々を、なぜか無視して内部を調べ回る賊たち。

更には会話を聞く限り、何処へ逃げただの見失っただの、

まるでそこに乃々が本当にいないかのような発言まで飛び交う。

 

(な、なんで……見失って……い、今のうちに……)

 

よく分からないが好機を活かさない手はない、

見つかっていないなら見つからないように移動する、

乃々は静かな移動に普段から慣れているため実行は容易い――のだが

 

――!?

 

「はわあぁぁ!?」

 

――パァンッ! パンッ!!

 

「ひいぃえぇっ!!?」

(バレますっ! 普通に見つかったんですけどぉぉぉ!!)

 

 

 

・・

 

・・・

 

 

「はあっ、はあっ……つ、疲れ……ひぃぃ……!」

 

発砲に追われ、どちらが出口かも分からない通路をでたらめに逃げる乃々、

だが未だに被弾も確保もされていないのは幸運か――いや、不可思議な現象は続いている。

 

(ま……また、見つからない……どうして……)

 

全ての分岐で正解を選ぶ幸運を乃々は持ち合わせていなかった、

曲がった先が行き止まり、背後には乃々を捕まえようとする者の追走音、

どう考えても“詰み”の状態で、それは何度も発生した。

さすがの乃々も気付く、何やら知らぬ間に自分が何かを身につけたらしいと、

そしてその原因は先の“花”にあるらしい――これは相手方の会話から仕入れた情報だ。

 

結論から言えば乃々は、この地下へ大量に隠された何者かの“異能の種子”を

偶然にも発見し、偶然にも全て吸収し、偶然にも自身の能力が最適なものとして発現したのだ。

その力は乃々らしいといえばらしい、他者へ関りを深めたくない彼女が

自身を“他者に認識されない”ようにすることが出来る――そんな能力を。

 

(じっとしておけば……見つからないみたいですけど……)

 

堂々と通路の脇にしゃがみ込んでいる、姿は丸見えでも自らの意思で動こうとしない限りは

絶対に見つからない――仮に接触しても不可抗力ならば効果は継続するようだ。

乃々は静かに鎮座する時間を苦痛に感じない、身の安全が保障された待機は

かえって精神を安定させるほど。

 

(諦めて、外へ探しに行ってくれるまで、待ちます……)

 

彼女の幸運は今発揮された、賊たちも失われた宝をいつまでも手掛かりの無い拠点で

延々と探し続ける事も、宝の無くなった洞窟を拠点にする必要も無い、

つまりいずれは皆が出ていき乃々は無事に生還という筋書きだ。

 

(……ぐ、偶然ですけど……これは、もりくぼにとってプラスなのでは?)

 

彼女の幸運は今、全て使い切られた。

現在、自身が巻き込まれた大きな争奪戦の存在を知らない乃々、

その争奪戦において自身がどれほど“楽な標的”かを知らない乃々、

異能の種子という引く手数多の宝物を大量に抱えた非戦闘員――

 

これから、彼女の生活に平穏は遠いものとなるだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遊娯楽国家キルト

国家の持つ力のうち分かりやすいものの一つとして挙げられるのが武力、

では同列に掲げられるものは何かと聞かれれば、財政力だ。

財政により支えるモノは結局武力になるパターンが多い、

しかし“この国”ではそれらの比重が圧倒的に金銭へ傾いているのだ。

 

 

――遊娯楽国家キルト

 

 

夜間でもネオン光り輝く街並みは常に人と金が動いている証拠、

にも拘らずアンダーグラウンドな世界特有の“踏み入れにくさ”が無いのは

敷かれたルールをきちんと守れば、誰でも等しく受け入れられる寛容さ故。

 

見渡せば街道の左右に立ち並ぶ遊戯施設、

中でも最も人と金の往来が激しいスポットが国家の顔でもある

カジノ“メイデス”だ。

 

 

 

「わ……!」

 

やたらと派手派手しい音色が響き渡る騒がしい店内一角、

手軽ながら一発の返しが莫大でロマン溢れるスロットマシーンのコーナー、

その機械の前にちょこんと座っている少女が居た。

 

なかなかに不釣り合いな光景であるがキルトでは珍しい光景ではない、

女子供でも、自己責任の元で勝ち負けの舞台に挑む事が出来る。

そして、幸運にもそれなりの当たり役を引いた少女は

払い出し口から飛び出すメダルの回収に手一杯のようで

 

「これじゃ入り切らないかも……えっと、大きい入れ物があったような……」

 

まさか当選を引くと思っていなかった事、想像よりも大量の排出がなされた事で

事態の収拾一本にしか目が行っていなかったのだろう。

例えば、戦場において物資へ何の保護も施していなかったら、どうなる?

隠してもいない、守ってもいない、完全に宙へ浮いた放置状態。

 

――スッ

 

メダル入れを取りに台を放置してしまった少女の隙を突き

手癖の悪い者たちがバレない程度に悪戯を仕掛けるだろう、

気付けば戦利品が削れ、少女の当たりは知らずの間に価値を低めてしまう――

 

 

 

「お客様ぁ?」

 

――事は無い。

ここ“キルト”で、カジノのような施設が成り立っているのは

国家としての庇護下だから、皆の信頼の元、などという生易しいものではない。

先に述べた“ルールをきちんと守れば”の裏返し、

徹底的に不正を見逃さない監視の目が敷かれている事実に他ならない。

 

「ど~もぉ、ホール担当のあやかでぇ~す。

 お客様、店内では当選金のやり取りは禁止されていますぅ~」

 

最初から見ていた、はずはない、

いくらメダルを掠め取る小悪党でも、相手が少女のカモであろうと

周囲の監視は確認するだろう、そして誰もいなかったから実行したはずなのだ。

 

「……え? あれ?」

「駄目じゃないですか~、メダル入れが無いなら店員さんを呼んでくださいね~?」

 

当事者の少女も驚いている、なぜなら周囲に助けを求める従業員が居なかったからこそ

自分自身でモノを取りに行こうとしていたはずなのだ、

すぐ近くに――あやかと名乗った彼女のような美女が居たのなら、間違いなく気付く。

 

「美穂ちゃん」

 

状況を飲み込めていない少女に掛けられたのは、そこからさらに別人の声。

あわあわと混乱している様子を放っておくわけにもいかず出てきたのは

紺色の髪に、かなり高い身長のスーツ姿をした女性。

 

「留美さん!」

「さすがにここまで騒ぎになると中止ね」

「あ、はい……すいません」

「……謝る事じゃないのよ、美穂ちゃん」

 

留美と呼ばれた女性、そして件の当事者であった少女の名は美穂、

どうやら保護者的な立場の人物なようだが

トラブルが起きる瞬間まで一切関与してこなかったところを見ると

美穂を自由に活動させ見守っていたのだろう。

 

「対応の早さ、噂は本当なのね」

「あやかは全部見てますよぉ」

「ここなら美穂も羽を伸ばして時間を過ごせたようね」

「えっと、ありがとうございましたっ」

「う~ん……お仕事なんでぇ、そんなに感謝されてもぉ……

 でも、ありがとうねぇ、なんてったって美穂ちゃんは――」

 

と、談笑に耽っている一同を隙と判断したのだろうか、

未だ注意警告をしただけで片付けられてはいなかった美穂の当たりメダルから

懐へ盗み取った者が勢いよく

 

――タタッ

 

「あ、彩華さんっ! 逃げちゃいましたっ!」

「えっ!? ホントですかぁ!? 逃げるなんてぇ――」

 

 

 

「逃げるなんて、何考えてるんだろぉ」

 

ヒュッ  ドォンッ!!

 

「っ!?」

「きゃあっ!」

 

盗人は美穂たちの元を離れ建物出口へ走っていた姿が見えていたのだが

突如脇から飛来した影に重なり刹那、遥か遠くから何かが崩れる衝撃音が響く。

 

「いやいやいや、珍しいねっ! もしかして、初めましての人?

 ここのルールを知らない人だよね?」

「お疲れ様ぁ、出動は久しぶりかもねぇ」

 

あやかこと彩華が声を掛けたその影――いつの間にか一同の隣に佇んでいた彼女は

彩華と同じ服装の従業員、しかし接客などを担当するスタッフではなく

ルールの違反者を取り締まる役目を持ったいわば用心棒。

 

「はい! あなたがメダルを取られちゃった人?

 私、北川真尋が責任もって盗人から奪還してきましたっ!」

「他人のものを盗っちゃダメってルールは普通ですけどぉ……

 “ここ”で盗っても、絶対に逃げられないってのは知らないのかもぉ」

 

差し出した手には、なるほど美穂が引き当てたメダルが数枚、

このたった数枚に対して出撃した用心棒真尋は

先の轟音から想像する強烈な一撃をもって粛正を行ったのであろう。

 

ルールを破った者への確実かつ徹底的な制裁と、実行力に対する信頼、

この国家とカジノを支えている根幹は、これらの事実によるところが大きい。

 

「ええ、ありがとう……でも、メダルは彼女のものなの」

「あれっ?」

 

真尋がメダルを渡した先は留美の方、

そして留美が指差した先の美穂を見て一瞬は驚きを見せるものの

 

「……そっか! ごめん! はい、返すよ!」

「あ、ありがとうございますっ」

 

とうてい野蛮な実力社会に紛れ込めないような風貌の少女、

それでも一瞬に留まった驚きは、決して珍しい客層ではないからか、

真尋の実力の高さ――起伏を見せない精神力故か。

 

 

 

「この瓦礫は何事ですの? 掃除が行き届いていませんわね」

「うん?」

 

突如現れたスーツの集団――威圧を与える統一感はホールスタッフのそれではない、

隊列を乱さず店内を悠然と歩く先頭を進むのは一派を率いる大頭――

には見えない、美穂よりもさらに小柄な少女が居た。

 

「いらっしゃいませぇ、本日は――」

「案内は結構ですわ、今日は気分が良いので……用件は同じですの」

「さようですかぁ」

 

(……あの子は?)

(子供でもこの国には入れるの。美穂ちゃん、あなたも体感したでしょう)

(ですけど――)

 

あまりにも“囲い”が違う、これが纏っている力の差とでも言うのだろうか、

断定するには早計だが背後に付く人の多さは余りにも美穂視点で大きなものに感じる。

 

「おや、あなたは……」

「!」

「噂はかねがね聞いていますわ、確かキルトで最も人気のある楽団のリーダー……

 小日向美穂と、お隣は御付の和久井留美ですわね?」

 

そんな少女が意外にも話を振って来た、

美穂の事を詳しく知っているという意外の重ね掛けも加えて、だ。

 

「え、えっと……そうです」

「わたくし“貴族位”櫻井財閥のトップを担っている櫻井桃華ですわ」

「……貴族、なるほどね」

「ぜひわたくしの前で一演目、機会を用意したいところですわね」

 

「失礼ですが、今は美穂のプライベート中……お仕事の話なら私が伺いますが」

「……けっこう、今でなければ意味がありませんの。

 わたくしのお楽しみに花の一つでも添えられたらと思いましたが……」

「…………」

 

互いの素性はハッキリとしたが話は発展しない、

たまたま出会った初対面の有名人? に、あれほど突っ込んだ私事を通そうとする

桃華の胆力もなかなかだが、貴族位と判明した相手にも割り切った対応をする

留美も、なるほど美穂の付き人として優秀なのだろう。

 

「では、ご案内しますぅ~、あちらから下の階へ降りる――」

「案内は結構と申しましたでしょう、わたくし一人で行きますわ」

 

――…………

 

 

 

「ん~……いつもよりかはご機嫌ですねぇ」

「何かイイことでもあったんだろうね、いつもは騒々しい子なのに!」

「彼女は権力者なの? 貴族位にしては、幼く見えるわ」

「ご存知ない? あそこ、けっこうな力持ちだよ、お金的な意味でね」

 

ただすれ違っただけに近い接触時間でも強烈なインパクトを残した桃華一行、

聞けば聞くほど彼女の持つ“財力”は大きい、という情報が頭に残る。

となると、いずれは正式な手続きを踏んで美穂の“仕事”を見せる日が来るやもしれぬ――

 

「つまりあなた達の上客なのね」

「ま、そういうことかな」

「このカジノクラスで上客なら、じゅうぶん私達が仕事を受けるメリットはあるわね」

 

留美がマネジメント、仕事のスイッチが切り替わる、

しかし隣に居る美穂は憮然顔で

 

「って、お客様に向かって上客なんて言わないよっ!

 あっちもプライベートで……二人もプライベートなんだよね? もっと遊んでいこっ!」

「もう、いつもお仕事の話ばかりです……わたしは良いですけど」

「?」

「留美さんっ、たまには遊ぶのも一つ、ですよっ!」

 

今回、この建物を美穂が訪れたのは自身の遊戯目的が全てではない、

あまりにも仕事に精を出し過ぎる留美を無理矢理にでも

休息させるためであったはずが、再びスイッチを入れようとしている彼女へ

ついに美穂が思いきり誘いをかける。

 

「…………まぁ、たまには」

 

ここまで“振り”を受けて、受けないわけにもいかない。

半ば渋々に近いものがあるが、一旦は手に掛けたスイッチを離し美穂の元へ。

 

「じゃあ、行きましょうか」

「は、はいっ! じゃあ行きましょう! どこにします?

 一階だけじゃなく二階も三階も、留美さんの好きなところから!」

「ちょっと、ちょっと……落ち着いて美穂ちゃん」

「だめです! 皆に言ってきたんですっ! 留美さんを休ませてあげようって!」

「み、皆に……? もう……」

 

「いやぁ……楽しそーな一行だねー」

「本当ですねぇ」

「ところで、さっき吹っ飛ばした勢いで壊しちゃった壁だけど」

「……報告しておきますねぇ」

「ありがとう! 助かるっ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。