東方羅千刃 (ハロルド)
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第1話

アルカディアの方がなんだかよくわからなくなったのでこちらに
あちらでは「盗賊」の名で書かせていただいております


 

チチチ、と鳥の鳴く声がこだまする。差し込める日の光に照らし出されて、1人の人間が倒れているという事実があらわになってゆく。

 

 

鍛えられ隆起した、いかにも頑強な筋肉の鎧に、それなりに良いものと見受けられるジャケットを羽織った男。バンダナを巻いた頭部からは小麦色の髪が幾つもの束となり、その実を実らせているかの様に伸びる。

 

 

眩しさに起こされたか、ゆっくりと両の瞼が開かれていき。朧げだった瞳が、徐々に焦点を合わせてゆく。男は暫く呆然と空を眺めながら、身じろぎ一つせずに寝転がり続けた。周囲に無音が響き渡る。

 

 

すると、その静寂を打ち破る怒号が辺りに蔓延し、空気がビリビリと震動する。寝そべった男は敏感にその発生源を察知したが、体勢は変わらず首と意識だけをそちらに向けた。

 

 

異形。

そう形容するに相応しい化け物が男を見ていた。黒々とした肉体の所々に円筒状の突起が存在し、外見からして鋭利な爪が両の手足に存在。顔には獰猛そうに牙を覗かせた口のみがそこに在り、知性のカケラも感じ得ない。そして再度の咆哮、その巨大な腕を男目掛けて勢い良く振り下ろしーーー

 

 

「うぜぇ」

 

 

ーーー男の拳が、異形を貫いた。無造作に、蚊を払うかのように振るわれた拳。体勢にも距離にも威力にも説明がつかないが、男は気怠げに立ち上がりこう言う。

 

 

「俺に不可能はねぇ、魔獣ごときが俺様に刃向かおうだなんて片腹痛いっつの……にしても、ここは何処だ?」

 

 

男は一通り辺りを見回してから、うぅむと地面に座り込んで考え出す。彼自身の認識では、つい先程に「世界のラスボス」のようなものと対峙して、華々しく散っていった筈なのだ。その際に少し足掻き、弟子であり戦友の息子たちにアドバイスを送り、消えた。そのまま「完全なる世界」という、敵いわく「楽園」へと消え去る筈だったのだが

 

 

「んー、なんつうか帝國の外れとかに近い感じだな。何処となく、えーしゅんの故郷っぽい感じもするが」

 

 

考えても仕方がない。幸い自分は並の魔獣程度なら余裕で払いのけられる。ここが何処かを調べつつ、可能なら人を探して状況を把握するにつとめよう。

 

 

そう男は結論付け、勢いよく跳躍。数十メートル程上空でピタリと停止し、周囲をぐるりと見渡す。が、そこにあるのは山やら草原やら森などといった大自然ばかり。辛うじて遠くに村らしきものが見える位のものだ。面倒だと溜め息を吐きつつ、そのまま男は空を滑走していった。

 

 

男が去った後、少しーーその者にとってはーー離れた場所から見詰めていた者も動きだした。頭に山伏のような帽子を被り、足元は下駄。背には翼を持ち合わせた少女は心底楽しそうに、見る者を魅了する笑みを浮かべていた。

 

 

「あやややや、これはスクープの予感がしますねぇ♪ 外来人……それも、結構強そう。椛、またあの男が近くに来たら私に連絡を頼む」

「……はっ」

 

 

部下とおぼしき少女に命令を下し天翔ける。決して対象に追い付きはせず気取られない位置をキープしながらに、手に持つ不釣り合いなカメラのレンズを可能な限り望遠にして追い続けたーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おっ、建物か。あれは確か神社っつったか? えーしゅんの故郷にある奴、巫女が居るんだよな巫女が」

 

 

実際には神主なども居るのだが、彼の友人が「巫女フェチ」ということが影響して、彼に間違った常識を植え付けていた。そのまま宙を疾走しながら徐々にそこへの距離を縮めていく。

 

 

「っと、危ないなオイ」

 

 

何かを感じたのか、即座に身体を捻り移動する。すると先までその身があった箇所に、黒い霧のようなものが大挙して押し寄せていた。その霧もどきは暫く空中をさ迷った後、密集して形を成していく。

 

 

「おや……? いやぁ良く避けた、人間にしては天晴れじゃないか」

 

 

それは一見して幼い、人の少女の形をしており、差異はと言えば頭部の左右に生えた立派な角が2本ある事だけで。強いて挙げるなら、見た目にそぐわぬ酒器を手にしている事。それと鎖を手首に巻いている事。男と一緒で宙に浮いている事だった。

かんらかんらと笑い飛ばしながら、手にした瓢箪を一気に煽る。ぷはぁと飲み終え口を拭う様は、しかしどう贔屓目に見ても幼女でしかなく。

 

 

「おいおい、ガキが酒なんか飲んでんじゃねぇよ。お酒は二十歳になってからって、旧世界じゃ言うらしいぜ?」

「大丈夫、私はこう見えてもあんたよりは年上さ。……もっとも、あんたが見た目に反した年齢だって言うなら話は別だけどね」

「ハッ、俺様の何処をどう見たらジジイに見えるんだっつうの。ピッチピチの50代、人間換算で20代だぜ?」

「へぇ、ならやはり私の方が年上だ」

 

 

再びゴクゴクと酒を口にし、素直な感想を述べられる。そういえば喉が渇いたななどと取り留めのない事を頭に過ぎらせつつ、男は油断なく身構えるーーという事はなく。のんきに鼻に指を突っ込みながら不敵に笑み、その目は目の前の幼女を見ているのかすらも怪しく思われた。

 

 

その様を見、幼女は思う。

 

 

ーーコイツ、強いな。

 

 

奇しくもそれは、相対する男が抱いた感情と同等のものだった。

男の浮かべる笑みに幼女もつられてニヤリと笑い、正に一触即発な空気になった時。

 

 

「ちょっとちょっと、ウチの境内で揉め事はやめてくれない?」

 

 

鶴の一声とはこの事か。幼女はそれだけで戦意を失い、男は興味を逸らされる。両者をけだるげに、しかししっかりと見据えるのは、先に男が思い浮かべた「巫女」であった。

万人が抱くイメージ通りの紅白衣装、しかし何故か不自然に開けた腋のせいでコスプレじみている。大きなリボンを頭に乗せた、艶やかな黒蜜のごとき長髪をたなびかせる少女の名は。

 

 

「ーー霊夢」

「何よ萃香。ここは私の神社なんだから、前みたいに潰されたら敵わない。やるなら他所でやりなさい他所で」

「ちぇっ、仕方ないねぇ。今は退いておくよ」

 

 

博麗霊夢。

今居るこの神社、「博麗神社」の巫女である。

 

 

「……で、そこのお兄さん」

「おぅ、何か用か嬢ちゃん」

「降りてきてくれる? ーーーどうせ、ここが何処だか分からないんでしょう?」

 

 

 

じろり、と男を見上げて、やはりけだるそうな瞳で言い放つ。男は少しだけ思案したが、いかんせん情報が少な過ぎるため、とりあえず話を聞くために地に降り立つ。

万が一、億が一、不可思議が一の確率で襲い掛かられた所で問題はない……それは油断でも慢心でもなく、単なる事実だった。

 

 

 

ここじゃなんだから、と居間に通され早5分。霊夢が出したお茶を飲み、煎餅に手を伸ばす。ほんわかとした空気が場を支配しはじめた頃合いを狙ったか、はたまた気まぐれか。霊夢が「で」と口火を切る。

 

 

「たぶん外来人よね……えっと」

「俺様か? 俺様の名前はジャック・ラカン、見ての通りのナイスガイだ」

「……はぁ?」

「ん~、面白い奴だねぇ♪」

 

 

ドヤ顔で自画自賛を決めるラカンに対し、何を言っているのだ、と言わんばかりの視線を向ける霊夢。対称的に、笑みを携えて好意的な視線を萃香は向ける。

それをさして気にもしない様子で話は続いていく。

 

 

「で、ラカンさんは外来人よね。あ、外来人ってのは、ここ幻想郷の外から来た人の事ね」

「……げんそーきょー? なんだそりゃ、旧世界の事か?」

 

どうやら両者の間では情報が噛み合っていないらしく、いまいち要領を得ない。ラカンが頭に疑問符を浮かながらも言葉を交わしていく内に、自分の置かれている状況をようやく理解する事が出来た。

 

 

今いる、この世界の名は幻想郷。

外の世界とは結界を隔てた空間であり、外の世界で「忘れ去られたもの」とやらが集う楽園らしい。

それは幽霊だったり、妖怪だったり、妖精だったり、魔法使いだったり………いわゆる、科学に追いやられた者たちだ。「幻想郷はすべてを受け入れる」とは、ここ幻想郷の賢者の談だそうだ。

 

 

しかし、とラカンは思う。

 

 

「けどよ、魔法世界にゃあ魔法使いなんざゴロゴロ居るし、旧世界にだって妖怪なんかはわんさかだぜ?」

「別に外から居なくなった訳じゃないもの。あくまでも、居辛くなったものがこちらに来ている、そういうスタンスなの。……旧世界だとか魔法世界ってのはよく分からないけど」

 

 

なるほど、と顎を撫でながら首肯する。今後の動向について、ラカンが幾つか案を思い浮かべるが、やはり自分1人では何が出来て何が出来ないのかもよく分からない。

 

 

一方の霊夢はと言えば、特に何を思うでもなく事務的である。彼女の十数年に渡る短い人生経験ですら、外来人の存在はそう珍しくはない。なんであれば先月にも1人居た程だ、流石に飽きても致し方ないと言えるだろう。

 

 

そして最後に萃香はと言えばーー

 

 

「よぅしラカン! 私と勝負しようじゃないか!」

 

 

ーーそんな台詞を吐いた。

ふふん、と鼻息荒くラカンに詰め寄る様は、他者が見れば微笑ましいか、はたまた危ない関係にしか写らないのではないだろうか。机から身を乗り出して興奮するのを、ラカンはニカッと微笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「ははっ、良い気合いだな嬢ちゃん! ……おっと、スイカっつったか?」

「あぁ、私の名は伊吹萃香。種族は鬼さ、よろしくねラカン」

「おーよ。うしっ、さっそくやるか。お前はそこそこ強そうだしな。レイム、どっか向いた場所ねぇか?」

「……まぁ私としては、ウチに被害が出ないなら良いけどさ。それなら妖怪の山でも行ったら? 萃香が居るなら天狗も文句ないでしょうし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってな訳で、妖怪の山とやらにやってきたが……」

「私も来たのは久しぶりかな。うん、懐かしい」

 

 

ていうか最初に俺が居た所じゃねぇか……などと呟いて、改めて辺りを見渡す。

 

 

今2人が居るのは、妖怪の山上空。高度はおよそ数十メートルかと目算し、遥か高みから山を観察する。

途中から山頂までを剥き出しの岩肌に覆われ、他は全て森。大火災にでも見舞われたのかと心配になるが、元々こうなのだと萃香は語る。理由は判然としないが、何故か植物が育たないので放置をしているのだという。

 

 

「さーって……何処でやんだ? 俺としちゃあ別に何処だろうと構わねぇが」

「そうさね。私も、たぶんラカンも、主にパワー特化だろうし。なるべく周囲に被害を与えない場所……うん、山頂付近にしようか。神社に気をつければ大丈夫だろう」

 

 

などのやり取りを経て、2者は山頂付近を目指す。とはいっても空を飛ぶ分にはたいした時も要せず、正にあっという間に到着。ラカンの視界の端に、博麗神社とはまた少し赴きの違った神社が映る。先ほど萃香の言っていたものだろうと当たりをつけつつ、萃香に向き直り、構える。

 

 

「ーー来いよ、俺様は何時でも良いぜ?」

「その意気や良しっ! 私も準備は万端、思う存分暴れようじゃないか!」

 

 

かくして、英雄と鬼。壮大な喧嘩の火蓋は、切って落とされた。

 

 



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