ソードアート・オンライン〜白夜の剣士〜 (今井綾菜)
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番外編
番外編 初詣


皆さま明けましておめでとうございます。
取り敢えず、お正月ということで初詣のお話を1話投稿。

*この話には今後登場予定のキャラクターが登場します。


1月1日……元旦とは昨年の出来事を振り返り、これからの一年に想いを馳せて願掛けをする日だと俺は思っている。

 

今までの初詣は親や兄弟、友人たちを行くことが多かったから今年の初詣は少し楽しみだったりするのだ。

 

「兄さん、準備は出来た?約束の時間まで後1時間ないよ?」

 

弟の湊に急かされるまま俺はいつもとは少し違う気合の入れた服装に着替えた。去年の冬……2ヶ月前にアリスとお揃いで買った手袋とマフラーを巻いて湊と楓、フェイトが誕生日にと買ってくれた純白のコートを羽織って部屋を出る。

 

「全く、兄さんもアリスさんを待たせてたらダメだよ?今日は神社で集合って約束したんでしょ?アリスさん美人だから変な男に声かけられたらどうするの?」

 

「いや、ごめん。こういう時は俺の方が早く行かないとまずいよな」

 

「そうそう、本当に昔からそういうところはダメなんだから……」

 

「悪かったって。取り敢えず出るわ。楓たちも神社に行く時は気をつけてな」

 

近くに置いてあった財布とスマホを取って財布をコートの裏へ、スマホをコートのポケットに突っ込み、ブーツを履いて家を出た。

 

外は真っ白な雪に包まれていて、ここ数年で一番の豪雪だと東京のニュースでやっていた。大学に通うために地方から出てきた身としては大した雪ではないと思っていたのだが、そうでもないらしい。

ここから神社までは全力で走れば30分とかからない。

今が午前の11時だから約束の12時には余裕で間に合う。

しかし、大切な彼女を待つのも楽しみの一つだろうと思い少し急ぎ足で神社へと向かっていった。

 

 

道行く人たちが綺麗な振袖や勇ましい袴を纏った人々が行き来しているのを見て少し場違いなような気もする。俺はこのコートの下は黒いスーツ姿なのだ。既に神社に着くところまで来ているというのに今になって少し不安になってきた。

 

しかし、そんなことを気にしていたらアリスの彼氏としては務まらないだろう。彼女が胸を張って俺の隣を歩けるようなそんな存在でいなければならないのだ。出来るだけいつも通りのように歩き出し、神社の鳥居の前にたどり着いた。

 

スマホの画面を見ればまだ時刻は11:39分。

まだまだ、時間に余裕があるがこうして道行く人を見ながら待ち人を待つとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっ、アリス様。完成ですよ」

 

目の前の少女、アリシアが私の目の前に立ち親指を立ててサムズアップしている。そう、今まで私はアリシアに着物の着付けをやってもらっていたのだ。いつもの数倍重たい頭には私の長い髪が丸められそれが幾本もの簪で留められている。顔にも薄い化粧を施され私では出来ないような細かいことまでさらっと彼女にやられてしまった。

 

「すみません、本当はアリシアも行きたいはずなのに……」

 

「いいんですよ。SAOから帰ってきて1回目の初詣は必ずお二人で行って欲しかったんです。来年は私も一緒に連れて行ってくれればそれで大丈夫ですよ」

 

えへへ、と笑うアリシアに私は頷くことしかできない。

 

「来年は必ず3人で行きましょうね。私も楽しみにしています」

 

「はい!ささ、アリス様履いていくのはこれですね。振袖用の鞄も用意しておきましたし、中身もきっちり必要なものは詰めてありますから!」

 

家を出る直前までアリシアに完璧にお世話されて流石は蒼空の傍付き錬士だっただけはあると感心している間に後はもう家を出るだけとなっていた。

 

「それでは、アリス様!行ってらっしゃいませ!」

 

「はい、アリシアも友人と遊びに行く時は気をつけてくださいね。それでは、行ってきます」

 

大切で可愛らしい妹分に送り出されて私は家を出る。

私とアリシア、ロニエとティーゼの住まうシェアハウスは蒼空とも待ち合わせの神社から歩いて40分くらいの位置にある。全力で走れば15分くらいで着く距離だが……今日の服装ではそんなことは100%無理なのでゆっくり歩いていくことにした。

 

街行く人々を見れば私と同じように振袖を着ている女性たちも多く、そのどれもがここら辺で見たような顔でありながら普段の数十倍も輝いて見えるのは私だけではないのだろう。

よく見れば、男性の方も袴を着ていたりスーツを着ていたり……あるいは少し気合の入れた私服であったりと様々だが、新年に相応しい格好でいるのは間違いはないだろう。

 

アリシアに渡されたバッグの中身からスマホを探して時刻を見れば約束の時間まではあと15分くらいだ。

 

もう、少しで着く距離まできているからこのまま神社の正門を目掛けて進んでいく。

 

夢にまで見た蒼空と2人での初詣。

現実世界へと前回来た時は本当に何度も何度も夢見たものがやっと叶うのだ。アリシアの気持ちは私も気がついている。おそらくそれもアリシアには気づかれているのだろう。だが、こうして善意で送り出してくれたアリシアには本当に感謝してもしきれない。

 

今度、アリシアに目一杯美味しいものを食べてあげようと軽く決意した私は神社の鳥居の近くまでたどり着いた。

 

そこで見たのは既にこのような場では見慣れた光景だった。

 

「あの、お兄さん1人?私たちと一緒にこれから遊びに行かない?」

 

「いや、声をかけてくれるのは嬉しいけど彼女を待ってて」

 

「えぇ〜いいじゃん!お兄さんみたいなかっこいい彼氏待たせてる人なんておいてこーよ!」

 

逆ナンパ……

 

蒼空は私の贔屓目を除いてもかなりの美形だとは分かっている。

私も蒼空が大学の同じクラスの子からたくさんの美人や可愛らしい子から告白を受けているのを知ってはいる。既に私がいるから断っているのも知ってはいるのだが。

それでも、毎度同じことをされれば私とて少し悔しくなるのだ。

いや、蒼空が悪いわけではないのはわかっているのですが……なんというか、女としては少し気分が良くないといいますか。

 

一つため息をついて蒼空の方へと歩いていく。

もう見慣れた光景ゆえに大した動揺も生まれないのが悲しいところですが

 

「蒼空、お待たせしました。時間にはまだ余裕があったと思いますが…………この方たちは?」

 

私は普段と変わらないように蒼空……私の自慢の彼へと言葉をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼空、お待たせしました。時間にはまだ余裕があったと思いますが…………この方たちは?」

 

聞き慣れた凛とした声が俺の耳へと届く。

待ち人の声に俺はすぐにその方を向けばあくまで凛とした顔でありながらとぼけたような顔で俺と俺を囲っている女性たちを見ていた。

 

「え、誰?」

 

「もしかして、このお兄さんのカノジョ?」

 

「ええ、そこにいる男性は私の大切な彼氏ですが、なにか?」

 

笑顔で対応しているのに目が笑ってないことに気がついたのか周りにいた女性たちは舌打ちしながら神社の外へと出て行く。

 

「助かったよ、ありがとうアリス」

 

「いえ、私ももう少し早くきていればよかったのですが」

 

いつも通りの会話に少し嬉しくなりながらも俺はすぐにアリスの姿に見惚れた。金木犀の花をあしらった翡翠色の着物に身を包んだ彼女は普段の何倍も美しく見えた。頭に飾ってある金木犀の花の髪飾りも彼女を表すにはこれ以上ないようにも感じて……

 

「えと、何か変なところがありましたか?」

 

不安そうな顔で呟く彼女に俺はすぐ様首を横に振る。

 

「そんなことない。あんまりに綺麗だったから少し見惚れてた」

 

「……そ、そうですか。それは……恥ずかしいですね……」

 

お互いに少し照れながら、しかし同時に互いの顔を見た。

 

「取り敢えず、明けましておめでとう。今年も君と過ごせると考えるだけで幸せが溢れそうだ」

 

「明けましておめでとうございます。私も貴方と過ごせると思えるだけで本当に幸せですよ」

 

俺が差し出した手をアリスが握り返して神社の鐘の前まで移動する。

賽銭箱の前まではまだまだ人が並んでいるからあそこに着くまでには少し時間がある。

 

「何をお願いするか、決めた?」

 

「ええ、私はとっくに決めてますよ。蒼空は?」

 

「俺も、もう決めてあるんだ」

 

「もしよければ、聴いても?」

 

「ん〜、話してもいいけど秘密にしようかな。アリスは?」

 

「私も秘密、です」

 

アリスの手を握る時に外した左手の手袋をアリスの手袋をつけてない左手に嵌めてやる。右手は俺の左手と握っているから大丈夫だろうと思うし、それに寒くてもこうして互いの体温で暖めあえるのが幸福だった。

 

やがて、俺とアリスの番が回ってきて互いに片方だけ嵌めていた手袋を脱ぎ、財布から500円を取り出して賽銭箱げ入れる。

そして、一緒に鈴を鳴らす縄を握り、軽く鳴らす。

そこから二拝二拍手、拍手を終えたところで手を合わせたまま神様へとお祈りをする。

 

(今年もアリスと一緒に歩めますように)

 

(今年も蒼空と共に歩めますように)

 

たっぷり10秒かけてお祈りをして2人でお賽銭箱の前から降りていく。

 

「そういえば、蒼空のその格好。とても似合っています」

 

「え、そう?よかった」

 

「本当なら一番最初に言おうと思ったのですがタイミングを逃してしまって」

 

「いや、アリスがそう行ってくれただけで嬉しいよ」

 

「せっかくなので、誰かに頼んで写真を撮ってもらいましょう。私たち2人が初めて共に来た初詣なのですから」

 

「いいね。俺の宝物になりそうな一枚だ」

 

道行くカップルの方に写真を撮ってもらえないかと頼み、先に彼らを取ることを条件に写真をスマホで撮ってもらった。

ありがとうと礼をして、スマホの写真を覗き込む。

 

何も言わずにスマホの待ち受け画面に設定して俺はスマホの電源を落とした。

 

この後はダイシーカフェでいつものメンバーで打ち上げがあるのだ。

 

「アリスはどうする?一回帰ってから行く?それともこのまま俺と一緒に行く?」

 

尋ねればアリスはため息を一つ吐いて俺の手を取った。

 

「勿論、貴方とともに行きますよ。蒼空」

 

俺もアリスの手を握り返す。

 

「それじゃあ、ゆっくり歩いて行こうか」

 

「ええ、そうしましょう」

 

今までのお正月の中で一番、優しくしあわせな時間が体験できたのはこの時が初めてだったと後で気がつくのだが、この時は本当に彼女とともに居られる時間を大切にしたいと心から願った。

 

「今年もよろしくな。アリス」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。蒼空」



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プロローグ
プロローグ(*)


プロローグと一章をリメイク中です。
理由としては、見切り発車だった1話から最新話に至るまでに設定が纏まってきたため。


プロローグ

 

アンダーワールド セントラルカセドラル最上階

 

目の前では力尽き、消滅を待つばかりの少女【カーディナル】がキリトの腕の中で俺たちを見つめていた。

 

この人界の最高司祭である【アドミニストレータ】の過剰とも思える最高位の攻撃術は確かに目の前の少女の命を奪うには十分すぎるダメージだった。

 

「ごめん……ごめんよ」

 

涙を流しながら唇から溢れた言葉にカーディナルは優しい笑みを浮かべて口を開いた。

 

 

「なにを……謝る、ことがある?お主にはまだ……果たすべき使命がある、じゃろう?お主とユージオ、ソラ、そしてアリス……それと、始まりの騎士よお前たち五人で……この儚くも、美しい、世界を」

 

カーディナルの言葉は最後に向かうにつれ、聞き取れなくなっていく。俺の“死を視る眼”に移る彼女の“死の線”が濃くなることで嫌でも彼女の最期が近いのだとわかってしまう。

アリスが両手を伸ばして消えゆくカーディナルの小さな手を握る

 

「必ず……必ず」

 

その声も、頬も流れ続ける涙で深く濡れていた。

 

 

「あなた様に頂いたこの命……必ずや、お言葉を果たすために……使います」

 

アリスの手の上にユージオの手が

 

「貴女がいなければ、僕はきっとみんなを手にかけていたから……」

 

続いてベルクーリの手が

 

「俺もだ、もう1人の司祭様」

 

最後に俺の手が

 

「必ず」

 

それぞれの言葉にカーディナルは安心したように、そっと目を瞑り、ゆっくりと頷いた。

 

……しかし

 

「ですが、僕の使命を果たす時もまた──今、この瞬間です。僕は逃げない。僕には成さなければならないことがある」

 

それだけの言葉で悟った。2年の間共にいたユージオは俺とキリトを交互に見て、微笑み、頷いた。その先の言葉は予想がついてしまった。相手のソードゴーレム。それに対抗する手段は…

 

「最高司祭カーディナル様。残された最後の力で、僕を──僕の身体を、剣に変えてください。あの人形と同じように…」

 

全員の顔が驚愕に染まった。

そうだ、確かに()の戦力ではアレに対抗することはできない。だから、自身の身を物言わぬゴーレムへと変えるのはこの場では最善の策とも言える。

 

 

……だが、それを認めるわけにはいかない。

 

「その必要はないよ。ユージオ」

 

「……え、ソラ?」

 

ユージオの顔をまっすぐ見て、俺はもう一度同じことを口にする。

 

「その必要はない。あの人は俺が倒すから」

 

腰に差していた愛刀【妖刀 紅音】を鞘から抜き放ち、ソードゴーレムに向かって歩き出す。

 

「無茶だ、そんなことすれば今度は君がっ!」

 

「大丈夫だよ。俺さユージオに隠してたことがひとつだけあるんだ。これはキリトにも言えるんだけど」

 

一度立ち止まり、みんなの方へ向き直る

背後から、ソードゴーレムがその手に持った巨大な剣を俺に振り下ろそうと剣を高々とあげ、振り下ろされた。

 

「俺はね、魔法使いなんだ」

 

「ソラーーーッ!」

 

だが、振り下ろされた剣が俺に当たることは決してない。

 

「嘘……だろ。《エリュシデータ》に《ランベントライト》……だって……?」

 

その二振りの剣が俺を守るようにソードゴーレムの剣を受け止めていた。

 

「……さて、君たちにその体は不釣り合いだろう?今、解放しよう。さあ、ここで起きたことは君たちの魂が天に還るまでの少しだけの悪夢だったと忘れてほしい」

 

ソードゴーレムへ詰め込まれた魂に、囁くように声をかけながら歩いていく。それと同時に瞳が蒼く輝き、その視界には無数の死が現れる。

 

ソードゴーレムの鎧に現れた死の線を紅音で一閃する。

その一刀が鎧に吸い込まれ、軽く撫でた瞬間。

クロガネのソードゴーレムは一瞬でガラクタへと変わった。

その身に閉じ込めていた百数十に及ぶ魂は一瞬で解き放たれ、それと同時に死を迎える。

 

「そんな……馬鹿な!」

 

自身の最強の兵とばかり思い込んでいたゴーレムを一撃でガラクタに変えられたアドミニストレータは驚きのあまりそれしか言葉にできなかったのか、それとも俺のこの眼を見てその言葉が出たのかは俺にはわからない。

 

「投影、開始」

 

イメージし、自身の内から呼び出すのは俺がこれまで出会ってきた剣の数々、淡い魔力から形を成し、その姿を現した剣群は俺の指示を待つように、剣先をピンと張り詰めたまま待機していた。

 

「美しい……それが、お前の旅路……なのだなソラ」

 

 

ふと、キリトの腕に抱かれたカーディナルの声が耳に届いた。

俺は、その言葉をしっかりと聞き届けると、アドミニストレータに向けて剣群を射出する。

 

放たれた剣群は、アドミニストレータが放つ高位術式に破壊されるも幾本かはその体に命中するもまるで傷を与えることはできなかった

 

「───っち、面倒だな。なら、そっちを狙うか?

───再装填(セット)全投影、連続層写」

 

 

再びアドミニストレータに向けて放たれる剣群、破壊されるのに合わせて次々と再装填して放ち続ける。魔力が尽きるまで彼女に攻撃し続ける。狙うのは手元のガラスの細剣、アレの耐久値をゼロまで削れば本体に攻撃するチャンスが生まれる。

 

彼女の近くに着弾した剣を次々と爆発させていく。

爆撃が多発するため100階の内装はめちゃくちゃだった。

だが、それが5分続いた時。爆音とは別の音が部屋の中に響いた

 

「これまでの攻撃であんたに鉄が通らないのは分かったよ。だけど、これで御仕舞いだな」

 

再び剣群を対空させ、アドミニストレータへと走り出す。

 

「馬鹿な坊やね、私は細剣以外が使えないとは言ってないわよ!」

 

地面に刺さっていた手頃な剣をその手に持ち、迎撃してくる。

幾度かの鍔迫り合いが起きるが、そんなお遊びをしているつもりはない。

 

目を通して、剣の死を視る。

視えた線を打ち合わせるのと同時に紅音で斬り裂く。

彼女の手にした剣はまるでバターを切るかのようにアッサリと両断され、その役目を終えた。

 

そして『左手』に投影していた別の刀でアドミニストレータを貫く

 

「なん…で、私に鉄は…効かないはず…なのに…?」

 

「俺の眼は特別製でね……モノの死が見えるんだ。万物には必ず綻びがある。生命は言はずがな。剣や壁、大地、世界にでさえね」

 

「……そう、でも、私を一撃で仕留めなかったのは……貴方の、ミスね。私から不死性を奪ったのは褒めてあげたいけれどあとひと押し、足りないわ」

 

そう彼女が口にした瞬間、胸に何か突き刺さった感覚。

 

「ゴフッ……最期の悪あがきってやつか。じゃあ、オマケに一つだけあの剣群、どうして待機させてたと思う?」

 

その言葉と同時に待機していた剣群が一斉にカセドラルの壁に突き刺さり、穴を開ける。

 

「坊や……まさか!」

 

「そう、元から一撃で仕留める気なんてなかった。俺はあんたから不死の権能を奪い取るだけが目的だった!さあ、生命の縛りから逃れられない今なら、この超高高度からの落下で死ぬだろう?」

 

そう言いながらアドミニストレータを穴の開いた方に押しやる。それと同時に俺にも死が近づいてくる。

 

「ユージオ悪いけど、紅音はアリシアに渡しておいてくれ。こいつを使えるの多分アリシアしかいないから」

 

「何言ってんだよ、自分で渡しなよ!早く戻ってこいよ!」

 

その言葉に俺は軽く笑みを返して再び一歩進む

次はキリトの声が聞こえてきた

 

「頼むから、死なないでくれ……もう目の前で友達が死ぬのは……嫌なんだ」

 

「ごめんな、でもこれがきっと最善だから」

 

さらに一歩進む、あと一歩

 

「お願い、ソラ、逝かないで……私は……!」

 

走ってくるアリスに追いつかれないように、俺はその身を投げ出した

 

「さよなら」

 

 

「ソラーーーーーーーーッ!」

 

カセドラルから聞こえるアリスの声は悲痛なもので、今にも追いかけそうな身体をベルクーリやキリト、ユージオが止めていた

 

 

天空から落下する最中、アドミニストレータが口を開く

 

「ねえ、坊や。あの世への旅の慰めに一つだけ聞いていいかしら?」

 

「……なんだ?」

 

「何故、貴方は傷ついてまで人を救えるの?」

 

「それはきっと……」

 

 

 

その答えに納得したのか彼女は目を瞑る

 

 

 

 

「そう、貴方があと300年早く来てくれていれば私の最期はこんな結末じゃなかったかもしれないわね」

 

微笑みながら彼女は俺から手を離し、先に落ちて行く

 

地表からかなりの高さで落下したからかあれだけ話してもまだ少し猶予があった。

 

だが、それでも地面はどんどん近づいていく。

 

「しかし、死ぬってのはやっぱり慣れないことだなぁ」

 

口から出た言葉の次に頭に浮かんだのは初恋の少女だった。

 

「ああ、アリス。どうか、元気で……」

 

そして、俺は二度目の生を終えた



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プロローグⅡ(*)

プロローグ2

 

不思議と身体に感覚がある。

しかし、この独特の浮遊感は一度体験したような……そうだあの時は確か

 

「起きてくださーい」

 

そうだ。こんな風にこの子に声をかけられたんだっけ

 

「蒼空さん、いい加減目を覚ましてください」

 

なんか、急に冷えた声を聞かされて重たい瞼を開ける。

そこは十数年前に一度だけ来た純白の部屋に金色の髪、水色の瞳の少女が目の前にいた。

 

「お久しぶりです。女神様」

 

「ええ、お久しぶりですね。蒼空さん」

 

・ ・ ・

 

「私が何が言いたいか、わかりますか?」

 

「ええと、何がなんやら……」

 

言いたいことは大体わかる。

それは言いたくもなるだろう、前回彼女に会った時、最後にした約束がひとつだけあったのだ。

 

 

 

 

───必ず、幸せになってください。───

 

 

 

 

俺はあの世界に降り立ってから幸せと感じた時間が少なかったように感じる。以前とは違う両親、姉弟。両義蒼空から《両儀蒼空》へと産まれたことで俺を取り巻く全てが変わった。

SAOに入ってからは笑うことをしなくなった。キリトに出会って、他の仲間たちと出会ってからやっと笑えるようになったんだ。

 

幸せになると意気込んで送り出されたのに、その約束をまともに果たせずにまた死んだんだ。そりゃ文句言うのに呼ばれるわ

 

「……すみません、約束守れませんでした」

 

「そうですね。私は貴方に幸せになって欲しかった。今度こそ、幸せの中で生を終えて欲しかったんです」

 

「きっと、俺にはそれができないんでしょうね。俺の守りたい弟と妹は楓と湊だけで、きっと人生最高の親友も最後まで一緒だったあいつらだけなんだと思うんです」

 

きっと、俺は今晴れやかな顔をしているんだろう。

あの世界に行く前の生では苦労ばかりしたけど親友5人と弟妹の成長を見届けられた。

 

そして、今回の生では前回体験できなかった恋心を知ることが出来た。死ぬ間際に抱いたひと時の夢だとしても俺は確かにあの少女に恋をした。

 

「だから、今度はきちんと輪廻転生の輪に乗りますよ」

 

「……?何を晴れやかな顔をしてるんですか?蒼空さんの今回の命で報われたことがありましたか?私が見てた限りたった数回しかなかったはずです。そんなの私は認めません。だから、もう一度だけ、転生……いえ、あの世界に逆行して欲しいんです」

 

「……はい?」

 

「もう一度、蒼空さんにはあの世界へ行ってもらいます。これは私だけの決定ではなく。他に12の神が貴方をあの世界へ戻すことを決定づけているので、ほぼ拒否権はないです」

 

ただ、そのかわりと彼女は再び口を開く

 

「蒼空さんには特典の追加が言い渡されています。今ある《直死の魔眼》《無限の剣製》《剣技の支配者》この3つはそのままにそれぞれの神から一つづつ付けるようにと」

 

その言葉に息が詰まる。

純粋に考えて+12の特典を得られることになる。

だけど、俺が欲しかったのは今はそれほど無い。

 

「では、《直死の魔眼》の切り替えを出来るように。魔術回路みたいにON・OFFの効く感じのやつで後は家が欲しいです。一人暮らしできるくらいの小さな家でいいので家具とか買えるお金もあれば嬉しいです」

 

「えぇーと、それだけ……ですか?」

 

「そうですね。後は、昔持ってたCDとかBlu-Rayは持っていきたいです。あれはあの世界にはないので……あっ今更なんですけどスマホの中に入ってた写真や音楽のデータって復元できますか?できたらそれもお願いします」

 

「あ、あの。それは出来るんですが、特典には入らないんです」

 

慌てたように遮る彼女に俺は困惑する。

 

「じゃあ、様々な縁が欲しいです。例えば前回の命で偶然出会えた『宮本武蔵』とかそう言う人たち。英雄との縁が欲しいかなって」

 

「それは……可能ですが」

 

残るは10個。

だが、そうポンポンと思いつくものでもない。

 

「それ、保留じゃダメですか?今は思いつかなくて」

 

「一応、可能です。ただ、転生後の特典の追加付与には色々と制約がありまして」

 

そう言いながら彼女が取り出したのは一つの指輪

 

「これを右手の中指に嵌めて絶対に取らないでください。まずはそれが絶対条件です。次に、追加の際には必ず1人であること、これは部屋でもどこでも構いませんが誰かに見られてはいけません」

 

彼女の言葉を聴き逃すまいと集中して聴き込む。

その他にも色々制約、というよりも条件があった。

大まかにまとめると4つ

 

・指輪を外さないこと

・必ず1人であること

・年齢が18を超えること

・その力を誤った使い方をしないこと

 

 

「わかりました。その条件、必ず守ります」

 

「はい、では、蒼空さんの逆行を始めます。年齢は再びゼロからやり直し、記憶はそのままにしておきますね。先ほど頼まれた家や家具、前世で持っていたものは16歳くらいの頃に全て用意しておきます。それではいってらっしゃい蒼空さん。今度こそここに迷い込むことがないように」

 

彼女がそう口にするのと同時にどんどん視界がブラックアウトしていく

 

「……貴方の歩む道が、青空で彩られますように」

 

その言葉はいつか誰かが俺に語った俺の名前の由来で……

 

「今回も、湊と楓をお願いね。蒼空」

 

その言葉ははっきりと意識が途切れる寸前でも聞き取れた。

 

「……かあ……さ……ん」

 

それだけを口にして俺は完全に意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、行きましたか。蒼空、貴方の幸せが私の最大の幸福。人としてではなく、女神として触れ合った私を許してほしい。さあ、我が子を頼みましたよ。式」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、2人目が産まれたんだね。式、名前は決めた?」

 

「ああ、この子の名前はな蒼空」

 

「蒼空、かぁ。うん、いい名前だと思う。由来とかってあるの?」

 

「勿論ある。この子が歩む道が青空で彩られますように。そんな想いを込められた名前なんだ」

 

 

 

それが3度目の生を受けた瞬間だった



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プロローグⅢ(*)

プロローグ3

 

そして再び女神の目の前には複数の男女がいた。

 

アリス・シンセシス・サーティ

 

ベルクーリ・シンセシス・ワン

 

ユージオ

 

両義湊

 

両義楓

 

フェイト・テスタロッサ

 

それぞれ訳の分からないといった表情のまま女神と対峙している。しかし、両義楓と両義湊に限ってはそうではなかった。

 

「久しぶりですね。女神様」

 

口を開いたのは湊、それに女神は微笑む

 

「ええ、久しぶりです。今回ここに呼ばれたのは全員が……いえ、フェイトさん以外に共通する人物の元へ向かってほしいからです」

 

「……共通する人物?小父様とユージオはわかりますがその他の方は初対面なのですが」

 

次に口を開いたのはアリス。

それに対して楓は女神へと向き直る

 

「そうですね。ですが、私と湊がいる時点で兄さん関連なのは事実でしょう?」

 

「鋭いですね、その通り。貴方達にある共通の縁。両儀蒼空の元へ向かってほしいのです」

 

「……ソラに……もう一度会えるのですか?」

 

「それは貴女次第ではありますが」

 

震えるアリスの質問に女神はさらりと答える。

 

「それなら私の答えは決まっています。行かせてください」

 

「僕も、彼にもう一度会えるなら」

 

「俺はこの2人の保護者役として向かおうかね」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

一致団結とばかりに答えを出すアリス、ユージオ、ベルクーリに楓は思わず声をあげた

 

「貴方達は、兄さんとはどういった関係なんですか!」

 

「……そうだね、一言で言うなら相棒かな。僕にとっては剣の師匠でもあったよ。君たちはソラの弟妹……でいいんだよね?」

 

優しい物腰のユージオに楓は一瞬、戸惑うが再び楓は口を開く

 

「剣の師匠?すみません、少し詳しく聞かせて貰えませんか?」

 

「ええ、私が人伝に聞いた話も含めてで良ければ全てお話しします」

 

 

そして、楓と湊はアリスから蒼空の最後を聞かされた。

誰かを守るために自分を犠牲にする彼の生き方は2人が知っている兄となんら変わらなかった

 

「……また、置いて逝ったんだね。兄さん」

 

「人を助けるために自分を犠牲にする……か。変わらないんだな」

 

「楓……湊……」

 

話を聞いた2人は意を決したように女神を見る

 

「私は兄さんのところへ向かいます」

 

「俺も、今度は俺たちの手で兄さんを救うんです」

 

「湊が行くなら私も行くよ。それにお義兄さんにも挨拶したいって思ってたから」

 

その言葉を待ってたとばかりに女神は頷く。

 

「では、皆さんには蒼空さんが18歳頃に成長した時間へと飛ばします。彼のサポート、皆さんにお任せします」

 

彼女がそう告げるのと同時にアリス、ユージオ、ベルクーリはその場から居なくなる。

 

「……さて、湊さん、楓さん。住む世界が変わることで前回2人が使用していたリンカーコアが使用禁止になります。それはフェイトさんも同じですね。その力の代用に望むことを3つまで叶えましょう」

 

「決まってます。私と湊、そしてフェイトは同じ家で暮らすことそして、行き先はSAOですよね?ならアクセルハートの刀モードを私の武器として持っていきたいです。それと私に兄さんを守れるスキルを」

 

「俺は楓とフェイト、そして兄さんを守れるようなスキルを出来るなら守護向きのスキルで」

 

「えっと、私は……湊といれればそれでいいです。でも、出来ればみんなを守れる力を魔法の代わりに欲しいです。そしてみんなのデバイスはできれば連れて行きたいです。長年連れ添った相棒だから」

 

それぞれが望みを口にすると女神はゆっくりと頷き、微笑んだ

 

「了承しました。それでは転生が始まります。彼に会うのに必要な機器は全て揃えておきます。あとは貴方達の努力次第で彼に巡り会えるでしょう」

 

その言葉で意識がシャットダウンし始める。

その懐かしい感覚に2人は意識を手放しかける

 

「お兄ちゃんにあんまり迷惑かけないのよ、湊、楓」

 

記憶の最奥にある母の声にそれは酷似していた。

 

「あの子もあんまり強い子じゃないから……2人で助けてあげて?」

 

薄れる意識で最後に見たのは女神としての彼女ではなく2人の母の頃にとっていた人としての姿だった

 

「「おかあ……さん」」

 

「はい、いってらっしゃい。愛しい我が子達。湊をよろしくねフェイトさん」

 

「お任せください……湊は……わたし……が」

 

そして、3人もその空間から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───ようやく会える。兄さん」

 

「───やっと会えますね。ソラ」

 

 

それぞれがそれぞれの想いを胸に、物語は幕を開ける

 



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Re:Start Sword Art Online編
Restart sword art online (*)


とてつもない強制感…しかし、今回限りにしたいですね


っと、遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
今年もFGO、SAO、ダンまちと頑張っていきたいと思ってます!


第1話

 

逆行して既に18年、この世界での両親にあたる『両儀式』と旧姓『黒桐幹也』を親に持った俺は高校に上がるのと同時に一人暮らしを始めた。それが3年前の話になるのだが、父さんにはかなり心配されたものの、母さんに関してはあんまり心配してないとお墨付きを貰った。そして、高校を卒業し、大学に入学した俺は再びソードアート・オンラインを手に取っていたのだった。

 

「……俺も懲りないよな。コレをやらなきゃ事件には巻き込まれないってのに」

 

幸い、今日は母さんが来る日だ。

それなりにゲームをやると知っている母さんなら必ず俺を病院へ搬送してくれるだろう。だから、一人暮らしでも安心して出来るというのもあるのだが

 

「さて、ゲーム開始まで後数分だけど……」

 

目線の先にある《ナーヴギア》をチラ見して苦笑する。

この世界に戻って来てから剣の修練は欠かさなかった。

以前よりも使える武器と技は増えた。

今なら刀以外にも片手剣、細剣、両手剣、短剣、槍、斧のどの武器でも扱うことができる。それに今回は天然理心流もかなりのレベルで到達できたと自負している。そのほかにも新陰流、二天一流と学べるものは学んだ。

 

カチッ、カチッ

 

時計の針が進む。

残り2分、次こそ何かがきっかけで死ぬかもしれない。

けど、きっとここでログインしなかったら後悔するだろう。

逆行する前に言われた台詞を思い出す。

 

「湊に楓、か。会えるならまた会いたい。それが、このゲームの中でだとしたら必ず守り抜いてみせるから」

 

ナーヴギアを一瞬強く握ると、電源を入れ、それをそのまま被りログイン時間まで待機する。

視界に映るデジタルの時計が1分前から切り替わったのと同時に、俺は何度も口にしたその言葉を再び口にした。

 

「リンクスタート」

 

その言葉とともに、俺は再び剣の世界へと降り立った。

 

 

 

瞳を開けると、慣れ親しんだVR空間の感覚が身体に襲いかかってくる。今は現実と大した違いこそないが、ステータスを上げるごとに現実とはかけ離れた身の軽さになっていくのだから驚きだろう。

 

「さて、と。初期武器は片手剣か。曲刀スキル取るまでは片手剣だから。そこらで適当に時間でも潰しますか」

 

ゆっくりと街を見回りながらフィールドまで出て行く。

周りにいるプレイヤーはどれもRPGを意識したであろう中性的な美男美女ばかりだ。この中の女アバターの何割が男なのだろうか。このあと起きる悲劇を考えると同情を禁じ得ないが、とりあえず、気にしないことにしておこう。

 

「あ、待ってよミナトー」

 

「置いてかないから、ゆっくり慣れるまで歩いてみよう?」

 

「うう、なんでミナトとカエデはそんなに慣れるの早いの?」

 

「うーん、なんでだろうね?でも、フェイトは昔から自分の体を動かすこと以外はあまり得意じゃないからねぇ」

 

そんな会話が少しだけ耳に届く、その名前に少しだけ反応してしまったが、カエデとミナトなんてゲームではよくある名前だった。気のせいだろうと首を振り、それでも気になりながら始まりの街から出てすぐにあるフィールドに出た。

 

「うん、取り敢えずチュートリアルが始まる前にレベル1でも上がればいいけど」

 

一層での雑魚モンスター。所謂、スライム的な役割のイノシシに目をつけ初期中の初期のソードスキルである《スラント》を発動させて、雑魚イノシシを討伐し始めるのだった。

 

 

そうすること数時間、俺のレベルは見事に3に上がりそのボーナスステータスを全て敏捷に振るのだった。

ドロップ品をそこら辺の岩に座りながら整理していると周りのプレイヤーが騒ぎ始めた。

 

───あれ、ログアウトボタンがないぞ?

 

───そんなわけないだろ?よく見てみろって

 

───いや、それがマジでないんだって

 

───サービス初日だし、こういう不具合だってあるでしょ?

 

───GMさーん、対処はよー

 

なんて、ノリよく突っ込んでいるプレイヤーを視界の端に追いやる。そろそろ、始まるはずだ。そう思った瞬間

 

ゴーン、ゴーン

 

始まりを告げる鐘が鳴り響いた。

 

それと同時に近くにいたプレイヤーが次々と転移光に包まれては消えていく。それは俺も同じで、青い光が俺を包んだ。

 

目を開けるとそこには過去に一度見た光景が広がっていた。

ランダムに転移されたであろう全てのプレイヤーが次々と転移してくる。やがて転移の音が消えた時、かつてと同じように……ではなく。大聖堂の奥から一人のプレイヤーが現れた。

 

それは、このSAOの管理者である茅場晶彦その人その分身である《神聖剣》ヒースクリフのアバター。GM用のアバターが着ていた赤いローブをまとったヒースクリフが広場に現れた。

 

「私の名前は茅場晶彦、ほんの数刻前までこのサーバーを管理していたものだ」

 

その言葉に俺を含めた全員が驚愕した。

稀代の天才、茅場晶彦。その人が約1万人の前に姿を現したのだから。それとは他に、俺は二重の驚きを受けていた。

何故、ヒースクリフの姿で?そして数刻前まで来てとは一体……

 

「突然出てきてそれがどうした?と思ったプレイヤーもいただろう。しかし、プレイヤー諸君には『管理していた』という単語への回答をここで行いたいと思う」

 

茅場晶彦、ヒースクリフの話はこうだった。

サービス開始直後、差出人不明のメッセージが届いたという。

内容はソードアート・オンラインの最高管理権限を剥奪したということ、それに加えてサービス直後にアップデートを行いログアウト不可状態、及びこのゲーム内で死したものは現実でもナーヴギアのマイクロ出力で脳を破壊する仕様にしたというものだった。無論、ヒースクリフ自身もそのメッセージの直後、アーガス社員総出で解決しようとしたそうだが、それは不可能だったということ。オマケに外部からの2時間以上のナーヴギアの取り外しもその対象になる。ということだった。

 

「ここにいる一万人のプレイヤーには謝罪して許される問題ではないが、ここに謝罪させてほしい。このような事態を招いてしまったこと、本当に申し訳ない」

 

全プレイヤーの前で頭を下げるヒースクリフ、もとい茅場晶彦に降り注いだのは意外にも罵倒ではなく励ましの声だった。

 

───このゲームから出るための条件は?

 

「脱出条件はただ一つ。このアインクラッドを100層までクリアすること。それが条件だとメッセージには載せてあった。故に、私は責任を取るためにまずは初心者諸君の育成を行い、最前線にてこの城を攻略しようと思っている」

 

───あんたがこの世界のことを教えてくれるなら百人力だよ。みんなもいいよな?

 

たった一人のその言葉に皆が頷く。

 

「皆、本当に申し訳ない。最早これはゲームであっても、遊びではない。全員、アイテムストレージを開いてほしい。そこに『手鏡』と表示されたアイテムが入っているはずだ。それは現実世界の君たちの姿へとアバターを変えるアイテムだ。本来は後半で手に入るジョークグッズなのだが、ここがクリアするまでは私たちの『現実』だということを理解してほしいので追加させてもらった」

 

予め、効果を告げたためか男女のプレイヤーのほとんどがその手鏡を使用した。使わなかったごく一部の女性プレイヤーや男性プレイヤーは中の人が違うか、その姿から変えたくない人なのだろう。

 

「次にスキル欄を見てほしい。本来、エクストラスキルで解放されるカタナスキルと両手剣スキルを全プレイヤーが習得可能な状態にさせてもらっている。それに伴い初期武器としてカタナと両手剣はアイテム欄に追加されているだろう」

 

言われるがままにスキル欄を見るとカタナスキルが習得可能になっていた。そしてその下に更に見つけた項目。

 

《刀二刀流》

 

《◼◼◼》

 

見覚えのあるスキルと文字化けした不明のスキル

それを見た瞬間、心臓が止まるかと思うほど驚いた。

目を見開き、それを凝視する。

 

タップし、そのスキルを開いた瞬間

 

《この世界で刀を極めし者へ。アインクラッドから君に》

 

というメッセージとともにスキル欄へ追加された。

《刀二刀流》それは俺が前回のアインクラッドで与えられたユニークスキルの一つ、キリトの使用していた《二刀流》と対になり魔王を倒す勇者の役割を与えられた《二刀流》の兄弟スキルだった。

 

「そして、本来は階層後半にて選ばれし者に与えられるスキルを2つだけだがランダムにプレイヤーに付与出来ているはずだ。私には、誰に行き渡ったかはわからないが攻略の手助けになればいいと思う。私がここに来る前にできたのはこれだけだ。これにて私からの話は以上だ。この後10分後にここ広場で残った者へのレクチャーを行う。出来れば生存率を上げるためにも全員が参加してくれることを祈っている」

 

そう告げてヒースクリフは大聖堂の中へと消えていった。

この広場では歓声が起きる中、人々は次にスキル欄確認し始める。おそらくユニークスキルを手に入れれたか見ているのだろう。だが、反応を示すものは現れない。俺と同じように秘匿する人なのだろう。

 

だが、もう一つがなんだったのかなんて容易に想像がついた。

 

《二刀流》

 

がおそらく、ここの何処かにいる《キリト》に与えたのだろう。これには今までにないくらいの自信がある。俺に《刀二刀流》が与えられたのならキリトに《二刀流》が渡らないわけがない。そんな確信があった。

 

そんなことを考えて振り返り、歩き出す。

《刀二刀流》を与えられたのなら攻略してここから全員を出す責任がある。俺はまたこんな強迫観念に押しつぶされそうになりながら生きていくのだろうとそう思った。

人の波を避け続けて歩いていく。

いろんな顔の人が目に入った。

その視界の中でキリトやアスナ、エギルやクラインだって見つけた。けど、声はかけることはなく、見て見ぬ振りをして歩き去る。

 

ドンッ

 

その時、誰かとぶつかった。

 

「すみません、前見てなくて」

 

「いえ、こちらこそすみません」

 

互いに向き合い、軽く頭を下げ。

また歩こうと顔を上げた瞬間。

 

「───アリ、ス?」

 

「───ソラ?」

 

俺をみた瞬間、その青い瞳に涙をためた初恋の少女がそこにはいた。

 

「どうして、どうして君がここに───」

 

「もう一度会いたくて、来ちゃいました」

 

今にも泣き出しそうな彼女をみて俺も泣きそうになる。

 

「話したいことは星の数ほどありますが、取り敢えず落ち着ける場所に移動しませんか?」

 

「あ、ああ」

 

アリスの提案を飲み、俺は近くの宿屋まで向かい。

一番安い部屋をとった。

 

「ユージオや叔父様ももう少しで来ますのでもう少しだけ待つ待ててもらえませんか?」

 

「あの二人もいるんだ」

 

「いろいろ、本当にいろいろなことがありましたから」

 

「そうか……」

 

俺は働かない頭のままただ待つことしかできなかった。

 



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『ありがとう』(*)

第2話

 

ものの5分くらいで部屋にユージオとベルクーリが入ってきた。

 

「久しぶりだな」

 

「ええ、本当に」

 

たったそれだけの短い会話。

そもそも俺とベルクーリの間にはそれほど話し込むような話題は一切なかった。俺の知る中では彼は敵であったし、目的が同じだったから協力しただけの中に過ぎなかった。

 

「まあ、俺からは特に何もないんだが。この二人がな」

 

そう言いながらベルクーリはユージオとアリスを俺の前へと押し出した。

 

「……久しぶりだね。ソラ」

 

「ユージオ……その、元気だったか?」

 

「誰かさんのおかげでね」

 

「……そっか」

 

どんな会話をすればいいかわからず、たったそれだけで会話が終わってしまった。だが、そうじゃないと心のどこかでわかっていた。

 

「あの、さ」

 

「ん?」

 

「あの後、どうなったか。聞いていいか?」

 

「……勿論、全部話すよ」

 

ユージオが近くにあった椅子を四つ適当に持ってきてそれに座り、アリスやベルクーリも座ったことで俺も椅子に座った。

 

「長くなるんだけど、取り敢えずソラが死んだ直後から」

 

ユージオはこほんと咳一つついて語り始めた。

まず、俺が死んだ直後。全員でカセドラルから降り、俺とアドミニストレータが落ちた場所へ向かったらしい。しかし、そこに残っていたのは俺の愛刀であった紅音だけだったという。持ち主を失ったとはいえ、神器クラスの武器を持て余すのはもったいないとの事で取り敢えずは回収して再び100階へと戻った。そこでキリトが外部、菊岡とのコンタクトに成功するも、すぐに切断され、キリトは謎の昏睡状態に陥った。そのキリトを療養するため、アリス、ユージオは嘗ての故郷、ルーリッドの村へと向かい、キリトの療養に努めたという。

二、三日経った頃、アリスとユージオはキリトをセルカに任せ、修剣学院へと向かったらしい。キリトとユージオは無事だという報告と、俺のそば付きであったアリシアには訃報を伝えに戻ったのだという。ロニエとティーゼは生きているということに喜んでいたが、アリシアは俺がいなかった事にユージオへと問い詰めたらしい。アリシアに事の顛末を伝えた瞬間、アリシアは泣き崩れ一週間ほど、部屋から出てこなかったそうだ。

それから数ヶ月、俺の愛刀であった紅音は誰にも扱えない妖刀として判定されたという。理由は刀を抜いた瞬間、誰もが例外なく発狂し、その後自刃したという。その光景を見ていたベルクーリは現在人界にいる中で最高権力者として刀を封印するという決断を行ったらしいが、ユージオがこれに反対。せめてソラの遺品である紅音は傍付きであり、ソラを慕っていたアリシアに預けるべきだと告げたそうだ。最初ば誰もがこれに反対、しかし、ユージオはアリシアが修練の時に紅音を扱っていたところを目撃していると証言した事とソラの遺言もあったため渋々、扱える者が見つかるならとこれを承諾し、紅音をアリシアに託したという。

 

「……ふう。取り敢えずここまでで質問はある?」

 

「いや、ないよ。だけど、アリシアには辛い思いをさせたんだな……出来るなら、謝りたい」

 

「そっか、それじゃあ続けるよ」

 

アリシアに紅音を託して更に数ヶ月経った頃、ついにダークテリトリーとの戦争が勃発する。キリトは変わらず意思が宿らぬままどこかに手を伸ばしたりと心を失っていた。戦争の間はキリトのことはロニエとティーゼが守っていたという。

 

「まってアリシアは?」

 

「やっぱり気になるよね。アリシアがいたのはね」

 

「後衛で戦っていました。私たち整合騎士たちとともに」

 

「そこも含めて話すよ」

 

苛烈を極めた戦争ではあったが、それを一時中断させるほどの戦力が人界側に現れたという。女神ステイシア、アンダーワールドにおけるスーパーアカウントの役割を持つそのアバターでアスナが降臨したという。それに加えて、シノンやリーファがまでもがアンダーワールドに降り立ち、人界側を支えたという。ここではまだアリシアは戦闘には参加せず、バックヤードで負傷した人々の傷を手当てしていたという。だが、アスナやシノンが現れ、俺のことを話し始めた時、まくし立てるように自身も戦闘に参加すると言って聞かなかったらしい。その時のアリシアは今まで見た事のないくらい追い詰められていたような顔をしていたという。

 

そして、2回目の戦闘の際、ダークテリトリー側は外界。つまりリアルの世界から世界中のプレイヤーにアンダーワールドのデータを配布し、戦力としてログインさせたという。それに対して人界側にはALOやGGOで出会ってきたプレイヤーたちが参戦してくれたという。だが、ダークテリトリー側のプレイヤーの中にはPhoも参戦していたらしく、奴がキッカケでキリトが覚醒したという。だが、キリトが覚醒する前、たった一人で奴を止めていたのがアリシアだったというのだ。

 

「アリシアがPhoのやつとやりあった?一体どうやって」

 

「アリシアはね。君の刀、紅音を使ってたんだ」

 

「……まさか、そんな」

 

「そう、君の技量を全て受け継いだアリシアがあの人を止めていたんだ。あの武器の召喚、死を観る眼、君の剣術。文字通り、その全てを受け継いで」

 

その時、アリシアはなんて言ってたと思う?

 

その言葉に、仮想の世界ではないはずの心臓が止まりそうになる。

 

「アリシアはね。倒れてるアスナさんやシノンさん、クラインさんを見て一言だけ言ったんだ。『先輩の守りたかった人たちは、私が先輩の代わりに守ります』って」

 

俺は、大切な後輩の生き方を、知らずのうちに縛ってしまっていた。俺はアリシアに呪いを残してしまったのか……?

 

俺は、アリシアに出逢うべきではなかった?

 

「ソラが何を考えてるか、なんとなくわかる。けど、それは違うよ。アリシアは自分でその道を選んだんだから。僕が話したかったのは取り敢えずここまでだけど、ここからは簡潔に行くよ?」

 

その後は本当に簡潔に終わった。

キリトが目覚めた後はキリトがユージオから青薔薇の剣を借り受け、まずは敵側のプレイヤーを一斉に凍りつかせ、Phoを夜空の剣の記憶解放によって巨木に変えたという。その後は攫われたアリスを助ける前に、ダメージを負っていた役二百人のプレイヤーたちを一斉にフルヒールした後アスナとともに飛行術で飛び去り、アリスを現実世界に逃がした後、黒幕を打ち倒したという。後にキリトから聞いた話だと、最後、トドメを刺す瞬間、ソラに後押しされた気がしたと語っていたそうだ。

 

「これが、ソラがいなくなった後の僕たちの世界の出来事。色々あって僕も外の世界に出て沢山のものを見た。ソラたちがやっていたALOにもお邪魔させてもらってね。君の仲間にも挨拶させてもらったんだ」

 

「……そっか、みんなは……元気だったか?」

 

「本当に元気だったと思う?先ず、僕たちが全員集まったのはソラのお葬式だった。君のお父さん、お姉さんが泣いてるなかで君のお母さんはソラと同じ青い眼で僕たちを見ていたよ。クラインさんはその視線にも負けないで立派に挨拶をしてずっと外で泣いてたんだ。『お前のこと、本当の弟みたいに思ってたのに……なんで俺よりも先に逝っちまうんだよぉ』って。僕たちの中で唯一、ソラに語りかけれたのはクラインさんだけだったし」

 

聞かされた真実に、罪悪感が襲う。

クラインは出会った時から俺によくしてくれていた。

俺も、自身に兄がいたらこんな気持ちだったのだろうとそう思えるほどに、クラインのことは慕っていた。散々いじられる人ではあったがそれはクラインを慕ってるこそだったのだ。俺はそんな人を、泣かせた。

 

「さて、ソラがいなくなった後はこのくらいだよ。今度は僕から聞かせてほしい」

 

ユージオのまっすぐの視線に答えるように頷く

 

「あの時、あれ以外の方法はなかったのかい?」

 

その問いかけに、俺の口は思ったよりも軽く開いた

 

「正直、今思えばそれ以外にもあったかもしれない。けど、あの時、俺の考えられる方法はあれしかなかった」

 

「たとえそれが、自分の命を使うことになっても?」

 

「それは、お前が言えることじゃないだろ?あの時は二択だっただけだ。俺かユージオか、それだけだ」

 

ユージオには俺の結末に文句をつける資格はなかった。

だってそうだろう。ユージオだってあの時、自身の命を全て費やしてあのクロガネの騎士になるつもりだったのだから。

 

「……そう、だったね。たしかに、僕には君の最期に文句を言う権利も資格もない。けど、納得はできなかったんだよソラ」

 

「納得……?そんなのしてもらう必要なんてなかった!俺は!俺は……ユージオが、生きててくれればそれでよかったんだ。それだけで、よかったのに……」

 

そうだ。元から納得してもらう必要なんてなかった。

ユージオはずっとアリスのことを追いかけ続けた。

ユージオはずっとアリスを想い続けていた。

ユージオは幼馴染のアリスにひたすらに恋い焦がれた。

そこに、俺の入る場所なんてなかった。

きっと2人にとって、俺は必要ないと思ったから。

 

きっと、2人で幸せになれると思ったから。

 

───そんな俺の自己満足だったから……

 

「ホントに、ソラはバカだね」

 

ユージオの優しい声に顔を上げた。

 

「僕は自分が傷つく事よりも、友達が悲しんでる方が嫌なんだ。僕の生き方を変えてくれた、そのキッカケをくれたキリトとソラを僕は自分よりも大切にしたかった。僕にとって2人は大事な親友だから」

 

「……どう、して。なんで、俺は……そこまで思われることはなにも……」

 

ユージオのその言葉に、涙が堪えきれず、瞳からはポロポロと涙が流れ続けた。前回は誰にも見せなかった涙を、ひたすらに

 

「僕が村でどんな人間だったかは知ってるだろ?知り合いはいても友達はいなかった。そこに2人が現れて、僕にいろんなことを教えてくれた。僕を友達って言ってくれたろ?それだけで、僕は本当に満たされたんだ。それに、ソラに教えてもらった刀だって、それなりには使えるんだ」

 

「僕がここに来たのは、ソラに貰ってばかりだった恩を返すために。今度こそ、ソラが幸せになれる為の手伝いの為に僕はここに来た。そして、もう一つ。ずっと伝えたかったことがあるんだ」

 

笑ってそう言ったユージオをもう直視できなかった。

涙で視界が歪んで前が見えなかった。

 

椅子に座ることなんて出来なかった。

崩れ落ちて、ユージオの目の前で泣き崩れた。

床にはボロボロと涙が落ちては消えていく。

 

「僕に出会ってくれてありがとう。そしてあの時、君を止められなくてごめん」

 

一度崩壊した涙腺は止まることなく、俺はしばらく3人に見守られながら泣き続けた。

 



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『これが私の想い』(☆)

これは前話と合わさっていたものをアリスのみの話に区切ったものです。もちろん、内容も変わっています


第3話

 

あれから10分ほど経過した時、俺もやっと落ち着いて来た。

 

「それで、ユージオが来た理由はわかったけど。他の2人はなんで?」

 

「俺はこの2人の付き添いだ。あとは保護者役ってとこか」

 

「なるほど、この2人突っ走るところありますからね」

 

苦笑いしながらベルクーリの言葉に同意する。

 

「……と、なるとあとはお嬢ちゃんだけなんだが。俺とユージオは席を外させてもらうぜ」

 

「うん。きっとアリスの来ることになった理由に僕たちは必要ないから」

 

そそくさと部屋を去っていく2人を不思議に思いつつアリスに向き直る。最後見た時と変わらない流れるような金色の髪に優しい青色の瞳。その瞳にはなにか決意が満ちたような気がしていた。

 

「では、私が来た理由を説明させていただきたいのですが」

 

「うん」

 

その言葉からアリスはさらに深呼吸をたっぷり4回行い。遂に口を開いた。

 

「私が来たのは至極単純な理由でした。もう一度ソラに会うため。それが私がここに来た理由です」

 

「……それだけの理由で?」

 

余りに簡素なその理由につい、問いかけてしまった。

 

「ええ、でもその原動力はたった一つだったんです」

 

アリスの真っ直ぐな瞳が俺を射抜く。

再び大きく一つ深呼吸したあとアリスは再び口を開いた。

 

「それは、私が貴方を好きになってしまったから」

 

瞬間、電撃が走ったような感覚に襲われた。

 

「どう、して。そんな理由で……君には、君には他の生き方もできた筈だ。きっと、ユージオと幸せに暮らすだろうって……そう思ってたのに」

 

「そうですね……でも、私は誰かと添い遂げるなら貴方が良かった。他の誰でもないソラが良かったんです。あの夜、貴方が語ってくれた世界を一緒に見たかった。あの夜、貴方が抱きしめてくれたぬくもりが忘れられなかった。そんな未練がましい想いがずっと続いていたんです。今だってそうなんです、本当は貴方に会ってはいけないはずの私が目の前にいるのもそんな未練から……でも、私が貴方のことを好きだと気づいたのはアスナがキリトに会いに来たときだったでしょうか。その時からこの想いは歯止めが効かないほど膨れ上がっていったんです。キリトとアスナの結婚式のとき、私の隣に立つ貴方を想像したこともありました。でも、きっと貴方からすれば迷惑な話……ですよね。それでも、私は貴方が、ソラが大好きです。貴方の隣で今度こそ貴方を守りたい。その一心でここにやって来ました」

 

「───っ!」

 

 

「この思いを伝えれば貴方から拒絶されるのはわかってます。でも、私はこの思いを伝えられずにはいられなかったんです」

 

すこし、下を向いて話すアリスの言葉を俺は信じられなかった。初恋をした女の子が、俺のことでこんなにも悩んでいたのだと言っているから

 

「…………して」

 

「ソラ?」

 

「どうして、そんなに俺のことを想ってくれたんだ……」

 

自分のものとは思えないほど弱々しい声がアリスに問いかける。その質問にもアリスは真っ直ぐにそして真摯に答えてくれた

 

「簡単なことですよ。それが私、アリス・シンセシス・サーティにとっての初恋だったからです」

 

その言葉が、信じられないほど心の中にすとんっと落ちて来た。だけど、それと同時に色んなものを塞ぎ込んでいたものが全部壊れた。

 

「俺も……君のことが好きになったから…君に死んでほしくなかったから……他の方法が思いつかなくて……でも仕方ないじゃないかっ!初恋だったんだ!君を死なせないことで頭がいっぱいだったんだ!きっと君はユージオと一緒に笑って行くんだって……だから……俺は……」

 

言葉が途切れる。

全部、全部俺の身勝手、俺の勝手な妄想。

それが、たくさんの人の生き方を変えてしまったことを今になって自覚した。

 

「ありがとうございます。でも、みんなはそれを望んでたわけじゃないです。ユージオとキリトは大切な親友を失って……私は貴方という好きな人を失った。きっと、みんなが貴方を含めた全員で笑える未来があるって信じてたんじゃないんですか?」

 

「俺は……君にどう償えばいい?俺は君に一体何が出来るかな?」

 

「私は償いなんていらないんです。私は貴方に一緒にいてほしい。生憎と、私の初恋はまだ終わっていなくて……貴方が許してくれるなら、私が貴方を支えたい。貴方の辛いこと、一緒に背負わせてください。貴方の幸せを一緒にかみしめたいです。勿論、強制はしません」

 

下を向き、俯く俺をアリスは優しく抱きしめた。

泣きそうになるが必死にそれを抑え込む。

 

「俺に君のそばにいる資格があるのかな?」

 

「資格なんてなくてもいいんです。私が貴方と共に居たい、それだけですから」

 

「俺は君と一緒にいてもいいのかな?君を幸せに出来るかな?」

 

「私は一緒にいてほしいです。それに、幸せになれるかはこの先にならないとわからないですから。でも、私はあなたと居られるだけで、こうして会話をできるだけですごく幸せな気分になれています」

 

抱きしめてくれているアリスから離れて正面に立ち、真っ直ぐにアリスの瞳を見る。

 

「俺と、これから先一緒にいてくれますか?」

 

「もちろん、喜んで」

 

「きっと辛いことや、悲しいことも沢山起きる」

 

「私はあなたがいないことが一番辛いし、悲しいです」

 

「やっぱり、俺は君と一緒にいたいみたいだ。こうしてもう一度、18年間生きてきて沢山の出来事があったけど、何か欠けたような。何か足りないような気がしてた。今になって気がついた。俺は君と一緒にいたい」

 

だから、と俺は今までにないくらい勇気を振り絞って声を出す

 

「アリス、俺は昔から変わらず君のことが大好きだ。だから……だから、俺と結婚してほしい」

 

色々と過程がぶっ飛んだ発言だと言うのは理解している。

でも、もう自分の気持ちを抑えきれない。目を瞑り、その答えを待つ。返答はアリスが俺の唇を塞ぐことで返された。たっぷり1分にも及ぶかと言うキスをしたあとアリスは微笑みながら

 

「勿論です。私で良ければ……どこまでもついていきます。いつまでもあなたの隣で支え続けると誓いましょう」

 

この瞬間から、俺とアリスは夫婦となった。

アリスに結婚申請メッセージを送るとアリスは物凄いスピードでOKボタンが押され、視界の端のログに現れた祝いのメッセージすら無視して、お互いに抱きついたままベッドに倒れこむ。

 

「ごめん、また会ったばっかりなのに」

 

「私もです。最後に会ったのはあの時、それでも、私はあなたを想い続けて来ましたから。それに、嬉しいですから。あ、で、でも……その、初めてなので……優しくしていただければ」

 

「……もちろん」

 

もう一度、今度は俺からキスをする。

長い間行われたキスは確かに2人を幸福にした。

 

そして、夜は更けていく。

ただ、史上最悪のデスゲームへと変化したその日は、長い間出逢うことのできなかった2人が出会い。互いに愛することを覚えた日でもあった。

 



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始まりの一歩(*)

第4話

 

翌朝、目を開けると眼前に広がったのは可愛らしいアリスの寝顔だった。昨夜の赤面もののやりとりを思い出してくすりと笑う。前々世と前世を思い出して俺にも性欲ってあったんだとどこか遠いものを見るかのように思う。

 

それにしても、なんと可愛らしい寝顔だろうか。

今までの人生で恋人というのがいなかった分、抑えきれないほどの愛情が彼女に湧いてくる。

 

「……今度こそ、俺は自分のために生きていいのかな」

 

一人でに呟いたその言葉に返ってくるものはない。

この答えにたどり着くまで随分と時間がかかった。

前回の20年間。そして今回の18年間。

もう、精神年齢だけならば60を超える爺さんになるというのに、体がずっと若いままだから俺の精神的な最高齢は26歳で止まったままだ。今回は長く生きられたら……隣に眠る少女とともに

 

「……ん、うん……」

 

いや、違う。

どんな手を使ってでもこの大切な人(アリス)だけは守らないといけない。時を超えて俺を追いかけてきて来れたこの少女を何をしてでも守り抜かないといけない。

 

不思議と今までのような重みは感じなかった。

湊と楓を育てた時、あの世界でたくさんの命を背負った時とは違う背負っていて心地よいそんな重みだった。

 

きっと彼女は俺を支えてくれるし、俺は彼女を支えていける自信があった。これほど気持ちのいい気分になれたのはいつ以来だろうか。一番最初の命で親友たちと最後のライブをした時だろうか、思いつくのはそれくらいしかない。

 

そう考えると、不思議と笑みがこぼれる。

俺は前の20年間一体何をしてたんだか

だけど、それも彼女と出会えたことを考えれば大切な20年だったのだろう。今なら、胸を張って言える気がする

 

そう言えばあの逆行の瞬間、女神様が俺の名前の由来を知っていたのは何故なのか……それに湊と楓をお願いって言ってたよな。

 

可能性としては少しだけ考えていた。

転生した時のあの慈愛に満ちた目と逆行した時に見せたあの悲しむ目が俺の母さんにそっくりだった。

 

両義咲良

 

通りがかる人が見れば10人中のほぼ全員が振り向くような美貌を持った母親だった。

よくよく思い出せば顔立ちも、その振る舞い方も全てが似ていた、いやそのままだった。

 

だからなのだろうか、俺の幸福に異常なまでに固執するのは。

嬉しいか、と問われれば嬉しい。

だが、それ以上に自分の母親が女神だったというのに驚きを隠せない。あくまで可能性としての話だし、彼女がそれを演じた可能性だってある。

 

神が人間界で人に紛れて生活する、というのは昔からお伽話でよくある話だ。そういう場合は大抵が周りに幸福を振りまくか、周りに不幸を振りまくのが常だ。

 

……考えていても仕方ないか。きっとあの人に会える可能性は限り無く少ない。もし、今度会えるとすれば指輪の力を使った時だろう。

 

正直、貴女の正体を教えて欲しいとかって特典を使ってもいいのだろうけどそれはそれ、今度直接聞いてみてダメだったら使ってみよう

 

「……んむぅ」

 

可愛らしい声が聞こえたと思ってアリスの顔を見れば、ちょうど目が覚めたようで互いの目があった

 

「おはようございます。ソラ」

 

「うん、おはよう。アリス」

 

昨日までは想像すら出来なかった幸せが目の前にはあった。

 

 

 

互いに微妙に来る睡魔にウトウトしながら過ごしていたのだが、時間も既に8時を回っている。

 

ユージオやベルクーリとももう一度話した方がいいだろう。

まあ、それもこの先の方針を決めるための話し合いになるのだろうが

 

「ソラは、この後どうするのですか?」

 

「俺はこの後は攻略に加わる。俺のスキル欄を見てもらってもいいか?」

 

えっと、こうでしたっけ?

 

そんな風に慣れた手つきでウインドウを操作するアリスにALOでもやってたんだなと苦笑いが出てくる

 

「見慣れないスキルがありますね。《刀二刀流》と文字化けしててよくわからないものが1つと」

 

「そう、《刀二刀流》は《二刀流》スキルと対になる魔王に対する勇者の役割を持つスキルになる。その役割を与えられた俺が最前線に行かないという選択肢はないんだ」

 

「ですがそれはあなたの意思ではありませんよね?状況は以前アスナから聞いたものよりも良いものだと私は思っています。ならば、少しソラが離れたところで支障は出ないと私は思います。私たちは私たちのペースでこの城を登っていけばいいんです。それが結果として最前線にいることになるかもしれないだけで」

 

そう言われたことでようやく気がついた。

たしかに、前回より状況は遥かにいい。

ヒースクリフが全プレイヤーを導く役を引き受けたのなら恐らく自身の象徴ともいえる《神聖剣》は所有しているはずだ。

確かに、この先に結果として最前線にいることにはなるだろう。だが、その過程は少しゆっくり進んでもいいんじゃないか

 

この愛おしいまでに一途な少女とずいぶん頼もしくなった親友と共に

 

「それも……いいかもしれないな」

 

「ええ、私はどこにでもついていきますよ」

 

微笑んだ彼女は窓から差し込む朝日に照らされて普段の何倍も美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

それから2時間くらいゆっくりと過ごした後、ユージオとベルクーリがエントランスで待っているとのことだったので2人で降りていくとそこにはこの宿でしか売っていない桃水のような味のドリンクを飲んでいた

 

「おう、目が覚めたかソラ?」

 

「お陰様で、元気になりました」

 

俺の返答を聞くと力ずよく頷き席を立つ

 

「これからの予定は決まった?」

 

同じく席を立ったユージオが俺に尋ねてくるので俺は軽く頷きこの後の方針を口にした

 

「取り敢えずは生き残る為にフィールドに出てレベルを上げる。ぶっちゃけ整合騎士だった3人からしたらこの辺のモンスターなんて相手にならないかもしれないけどHPが0になったら本当に死ぬんだから慢心はせずに戦っていこう。そして、この先にあるであろう階層攻略戦にも積極的に参加していく、それが今後の方針かな」

 

「まぁ、それでいいと思います。叔父様やユージオは如何ですか?」

 

「俺も異論はない」

 

「僕もだよ」

 

2人の回答を聞いたところで俺は口を開く

 

「ありがとう、それじゃあ早速フィールドに向かおう。この世界で戦う上で必要なこと、全部教えなきゃいけないから」

 

みんなが頷くのを確認してフィールドに向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フィールドに出ると多くのプレイヤーが街の近くのモンスターと戦っているのが見える。俺はそれを見て人があまりいない場所に移動してこの世界で戦う為に必要なことを教えていく。

アンダーワールドでは秘奥義と呼ばれていたソードスキルというものが存在すること、そしてこれが戦う上で最も重要な鍵を握ってくること、そして、自身のスキル構成。他人に見せてはいけないというのも付け加えて。その他にも魔法がないこと、アイテムを使うことで色々な効果を得られることなど一通りの説明を終える

 

「っと、質問いいか?」

 

剣を片手に持ちながら口を開いたのはベルクーリだった

 

「なんですか?」

 

「そのソードスキルってのはユージオやキリトやお前が使ってたような連続剣ってのも含まれるのか?」

 

「それは私も気になってました。如何なのですか?」

 

そう言えば、この2人は二連撃以上の秘奥義……ソードスキルを使ったことがなかった。ならば、気になるのは当然か

 

「端的に言えば使えます。いろいろなスキルの中で武器のスキル。つまり、片手剣や刀、短剣や曲刀、細剣や大剣、などのスキルを成長させていくことで自然とスキルスロットに自動的に追加されます。後はそれを使うだけですが……まぁ、後は慣れですかね。ユージオなんかはあっさりと覚えていったけど」

 

「あはは、まぁこの世界じゃ始めからやり直しなんだけどね」

 

「なるほど、つまり連続剣自体は出来るのですね」

 

「うん、割と簡単にね。刀二刀流なんかは始めから3連撃だし」

 

「へぇ、やっぱ武器によってそのソードスキルってのは変わるのか?」

 

「勿論、刀では片手剣のスキルは使えないし、細剣では短剣のスキルは使えない。それぞれ専用に用意させた剣技があるのでそれを使いこなすしかないって感じですね」

 

「なるほどな。そんじゃまぁ、適当にモンスターでも狩ってみますか」

 

俺からそれを確認した瞬間ベルクーリはイノシシの群れの中へと走っていきそれを蹴散らしていく

 

「僕も負けれてられないな。ソラ、アリス先に行ってるよ!」

 

腰に装備された初期装備の剣を抜き放ち、ユージオも別のイノシシの群れに突撃していく

 

「まったく、あの2人は……」

 

少しため息をつくと横にいたアリスがクスッと笑う

 

「それじゃあ、私も行ってきます。後ほど合流しましょう」

 

「了解、そんじゃ俺も行くかね」

 

アリスが走っていったことで俺も腰につけていた二刀を抜刀し、イノシシの群れへと接近し蹂躙していく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果として集合したのは5時間後で全員のレベルは4を超えるというびっくり数字になっていた。

この後、次の村ホルンカへと向かい。アリスを始めとする3人のために【アニールブレード】と呼ばれる武器を獲得するクエストを4時間以上ぶっ続けで行ったせいか更にレベルが2ほど上がったのはいい思い出なのかもしれない

 

 

 



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再開と衝突

だいぶお待たせしてしまったでしょうか?
気づけば約二ヶ月ということになってしまっているわけですが、このSS覚えていてくれる方はいるのでしょうか?

今回の話はキリト君のキャラ崩壊が含まれます。
それでもOKって方は先に進んでください。


あれから1ヶ月後、この第一階層のボス部屋が発見されたとの報告がプレイヤーの耳に入った。

茅場がいるにも関わらず何故ここまで時間がかかったのか不思議に思ったが、今回彼は戦う意思のないほぼ全てのプレイヤーと戦う意思のあるプレイヤー達を纏めあげるのに相当の時間を要していたという。

 

そして、俺たち4人は攻略会議が開かれるという小さな町の広場に訪れていた。

40名を超えるプレイヤーの中には前の世界で見知った奴らの顔ばかりで、その中には勿論キリトやアスナの顔も見える

 

そして、会議が開かれるという午後13時、青髪の男性が広場の真ん中に立ち、声を上げる

 

「はーい。それじゃあ攻略会議を始めたいと思います」

 

そこに立っていたのは奇しくも前回と同じディアベルという男性だった。彼が口にしたのは前回とほぼ同じような事だったのだが、前回と違ったのはβテスターが云々っていう下りがなかった事くらいだろうか。ボスの行動パターンなどが書かれた《鼠》の攻略本を元に作戦が練られていくという至極まっとうなものだった

 

 

さて、現在の俺のパーティーは何故か俺をパーティーリーダーとした俺、アリス、ユージオ、ベルクーリ……+キリト、アスナと言うものだった。

 

「で、ソラは如何してあのときあの選択をしたのか……聞かせてくれないか?」

 

なんと、前回の記憶持ちという馬鹿げた状態のキリト&アスナに俺はとても困惑しており、取り敢えずみんなに言った通りの答えを出す

 

「ぶっちゃけて言えばアリスの為……それとユージオの為でもあるかな。あの後、2人が笑いあえて生きていけるならそれでいいと思ってた。どうせ2人もあの神様にあったんでしょう?なら、最後に俺の言った言葉の意味が理解できたはずだけど?」

 

「『この世界の人間じゃない』だったよな。あの時、俺はアンダーワールドだけの話かと思ってた。けど、それは違ったんだな。俺たちのいた世界、そもそもそこの住人ですらなかった訳か」

 

「そういう事、キリトはさ《平行世界》っていう概念は知ってるよね。俺はさ、そのこことは違う別の世界である事件に巻き込まれ、1人の子供をかばって死んだ……らしいんだけど。それを哀れに思ったあの神様が別の世界、つまり君たちの世界に転生させてくれたんだ」

 

俺は少し言葉を止めて魔眼を発動させる

 

「万物の死を見るこの眼と一度見た剣術を自分のものにできる能力、そして、投影魔術というものを貰ってね。結果としてそれらは最後のあの戦いでしか使わなかったし宝の持ち腐れではあった訳だけどね」

 

「ソラくんって実はチートな人間だったのね……」

 

「まぁね。アスナが持ってた『ランベントライト』だって複製できるよ?」

 

「こんな風にね」とランベントライトを軽く投影してアスナに見せる

 

「ソラくん、チート、これは確定ね」

 

「止めてくれよ。滅多に使うものじゃないんだから」

 

ランベントライトを消しながらそう言って笑う

 

「まぁ、あの時はアリスにも言ったけどそれしか頭にはなかったよ。後はまぁ、俺がいなくなる事で元々居なかった人間が1人消える。ただそれだけだよ」

 

そこまで言ったところでものすごい勢いでキリトに殴られる

 

「ッ!」

 

「お前……本当にそんなこと思って言ったのか」

 

その声にはとてつもない怒気が含まれているのがわかる。今にも爆発してしまいそうな。そんなものだと理解できる

 

「勿論、そう思うに決まってるじゃないか。本来、俺はあそこにいるべき人間ではなかった。SAOではソラなんてプレイヤーはいなくて刀二刀流は見知らぬ誰かが扱い。攻略組にいただろう。ALOではお前とリーファ2人で世界樹を目指し、最終的にはユイと2人でアスナと再開し、須郷を打ち倒したはずだ。GGOでも同じく君はシノンと出会い。2人で協力して死銃を打ち負かして来ただろう。その後のこともこれと同じだ全てにおいて俺という存在がなかった未来、それこそが君たちにとっては「やめろよ!」……」

 

「なんで、そんな悲しいこと言えるんだよ。確かにお前が居なくてもなんとかなったことはあったかもしれない。だけど、そんなことよりお前がいてくれたことで助かった人たちがいる。救われた心がある。そして、俺たちの友人だった事実がある!それは……お前にとっては何も価値がなかったって言うのか」

 

「……そんなこと、ある訳ないだろ。みんなとの思い出は俺にとっての宝だ。けど、それと同時に俺がいてもいいのか?と思うことが何度もあった。本来存在しないはずのない人間がいちゃならない場所に存在している。そんな矛盾に俺は悩まされた。だから、最後は《死》という方法になったがみんなの前から消えたって事になる」

 

「誰が……誰がお前が存在しない人間だって言った!お前がいちゃならないって言った!皆はお前がいるだけで明るくなれた!お前がいたから楽しく過ごせた!誰か1人が欠けるだけでもダメだって……なんで気がつかないんだよ」

 

俺の胸ぐらをつかんで怒鳴るように叫ぶキリトだが、最後の方は涙を流しながら弱々しく声をあげていた

 

「悪かったな……でも、俺がお前達に引け目を感じてたのは本当の事だ。だからあんな行動に出た。許してくれとは言わないよ。ただ、すまなかったな」

 

「今は許さない。お前が俺たちにその引け目を感じなくなった日が来たなら、許してやる」

 

「そっか……このゲームをまたクリアできるときまでにそう出来ることを心がけるよ」

 

そこで、その話は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、2人の子供ってどんな子だったの?」

 

「ん?気になる」

 

「すっごく気になる」

 

この後、明日がボス戦にも関わらずひたすらキリトとアスナから娘自慢を聞かされ続けた

 




あと、ソラのユニークスキルについての変更のお知らせ。
ユニークスキルに《鎖剣》と記載されていたものを『 』に変更しました。スキルの意味は時期わかると思うのでご了承ください


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第一層攻略戦

そして、連投。
第1層攻略戦は、他の作者の方々よりあっさりしてます。
そして何より、無理やり感が半端ない一話となってますのでご了承ください。


翌朝、第一層ボス攻略パーティは迷宮区へ向かって歩いていた。前方ではそれぞれのパーティがどう立ち回るのかを話し合っている。それは無論俺たちのパーティも同じことだった

 

「取り敢えず、俺たちは遊撃ってことになったから。それぞれボスに攻撃したりモブを潰したりをひたすら繰り返して今回のボス戦は終了だ。パーティ内でもグループを作り、それぞれ思ったままに行動してほしい。そしてそのグループだけどキリト、アスナグループ、ユージオ、ベルクーリグループ、俺、アリスグループって分けようと思う。何か異論はあるかな?」

 

パーティのみんなに問いかけると無言で首を横に振った。

 

「そうなれば一層とはいえ、気を抜かないように。ボスがどんな攻撃をしてくるか、周りのモブがどんな動きをするかをよく見て対応してほしい。それと、リーダーのディアベルの指示があった時は各員それに従うように。……っと、パーティリーダーらしいことってこれくらいしか無いんだけど」

 

「いいえ、それで十分かと思います。もともとソラはリーダーって柄じゃないですから」

 

アリスが少し笑いながら言うと、パーティーのみんながクスクスと笑う

 

「ったく、本来ならベルクーリさんがやるべきでしょうに」

 

「ん?俺はいいんだよ。本当はそんな面倒なもんやる柄じゃねえんだ。俺はアリスの嬢ちゃんとかアスナの嬢ちゃんとかがリーダーの方がいいと思うぜ?」

 

「それは同感だよ。アスナやアリスはリーダーには向いてる」

 

キリトはベルクーリの言葉に賛同し、俺とユージオもそれに頷く。まあ、アリスやアスナは納得してないが実際、彼女たちが指揮した場合の方が確実に戦況が有利になるのは確かなのだ。と、話しているうちに薄暗い迷宮の最奥……つまり、ボスのいる部屋の馬鹿でかい扉の前にたどり着いていた

 

「ついに、はじまるのですね」

 

「ああ、気を引き締めて、決して油断だけはしないように」

 

「ええ、ソラも」

 

互いに頷き、ディアベルの顔を見ると、彼は俺たちの方へ向いて、口を開く

 

「先ずは、今回の作戦に参加してくれてありがとう。いろいろ言いたいことはあるけど、一つだけ言わせてくれ、勝とうぜ!」

 

その場にいる全員が頷き、同時に自身の得物を鞘から、あるいは盾から、それぞれ抜きはなった。それを見たディアベルは頷き、扉を開けて、部屋へ入っていく。それに続くように、すべてのプレイヤーが流れるようにボス部屋へ駆けて行った。

 

 

暗い部屋が一気に明るくなる。

先に見えるのは玉座

その玉座にはコボルトの王《イルファング・ザ・コボルトロード》が鎮座していた。

 

王は腰を上げ、広場の中心を見据え、盾と剣を取る。

それと同時に付き従うかのように従者が現れ、雄叫びを上げる

 

 

開戦の時だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリス!左のコボルト、喉元に一点集中して!」

 

「はい!……ッハァ!」

 

ボス戦が開始されてから30分が経過し、遊撃隊の俺たちはボスへと攻撃しつつも、周りに沸くモンスターを討伐していた。

ボスのHPは既に残り一本のところまで来ている

 

「このまま、なにもなく勝てそうですね」

 

「ああ、なにもなければいいんだけど」

 

コボルトを片付け、一息ついたところでリーダーのディアベルを見る。俺のいうなにもなければ、とはつまりリーダーのディアベルがラストアタックボーナスを狙っていくこと、単騎で突撃すれば、刀スキルを育てていないディアベルには対処のしようがない。ボスのHPは残り一本、そしてさらにその半分、つまり、ここでボスは武器を変える。公式ではタルワール、そして前回はノダチだった。今回はなにを取り出すのかじっくり観察する

 

「下がれ!俺が出る!」

 

「っ!あのバカ!」

 

なにを取り出すかわからない。しかし、ディアベルは味方を下がらせ、自身一人でボスへ突撃していく。俺は走り出しつつも周りをみる。既にある程度わかっていたキリトやアスナはこっちに走ってきている。ボスの手元を見る。その手に握られていた物は

 

「バカな……大太刀だと……?」

 

類は刀に分別されるそれは、本来ならば30層のフィールドボス級のモンスターが所持しているとんでもなく効果範囲の広い化け物武器だった。

 

迷ってる暇などない。このままではディアベルは死ぬ。いや、それだけではない。あの武器を取り出されればどれだけの被害が出るかわかった物ではない。

 

「ソラ!」

 

「キリト!」

 

互いに、名前を呼び、そしてキリトは背にもう一本装備していた《アニールブレード》を、そして、俺は腰に差していた刀を抜き放ち、ディアベルへソードスキルを発動しかけていたボスの頭部へ同時に2本づつ、つまり、4本の刀身を刻み込む。

 

「なにやってんだ!あんた、今の食らってたら死んでたぞ!」

 

「アレの範囲は驚異的だ、貴方は自身の勝手な判断だ味方を死なせるつもりなのか?」

 

「……済まなかった。助けてくれてありがとう」

 

ディアベルは少しだけ頭を下げ、指揮へ戻る。

周りを見ると、アリスやアスナ、ベルクーリやユージオ、さらには別チームのエギルをはじめとした。多くの人間が集まっていた。

 

「アレの対処は俺とキリトがやる!みんなは隙を見てあいつへ攻撃してくれ!」

 

『応!』

 

そして、最後の攻撃が始まった。

 

 

 

 

 

「キリト!右斜め上、5秒後くるぞ!」

 

「任せろ!」

 

俺は、奴の使うソードスキルをキリトと同時に弾き続けていた。武器を弾き、怯んだ瞬間に、ソードスキルを叩き込む。それわ繰り返す。周りのプレイヤーを見ると精神的に落ち着いたのか、ちゃんと敵の行動を見切り、それぞれ対処しつつ、ボスへの攻撃をしているのを見て安心する。

 

「っ!はあ!」

 

キリトが再び奴の大太刀を弾く

 

「行けソラ!とどめはお前が!」

 

キリトが叫ぶのと同時に周りのプレイヤーを見ると、皆それに頷く。

 

「やってくれ!ソラさん!」

 

一人のプレイヤーが叫ぶ。

俺はそれに頷いた。距離はある。だが、俺はそれを埋める方法を知っている。

 

刀を一本仕舞い、構える。

 

敵を見据え、精神を集中する。

そして、地を蹴った

 

一歩、音越え

 

瞬間的に俺はその場から掻き消える。

 

二歩、無間

 

間合いを一瞬で詰め

 

三歩、絶刀

 

現れたのはボスの顔の前、狙うは首の一点のみ

 

「無明三段突きッ!!」

 

目にも留まらぬ速度で一度に3つの突きを繰り出したのと同時に、俺はボスの背後に降り立つ

 

「グオォォォォォ!?!?」

 

ボスの叫び声が背後から聞こえた瞬間、背後で何かが爆散する音が聞こえる。聞き慣れたボリゴン片になった音だ。

 

「………うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

部屋中に歓喜の声が響いた。

 

「すげぇ!すげぇよソラさん!あんなの見たことねえ!刀スキルの技なのか!?」

 

先ほど、叫んだプレイヤーが、俺にさっきの技のことを聞いてくる。すべてのプレイヤーが、いや、キリトたち以外のプレイヤーが俺の言葉を待ち望んていた。刀スキルがそんなに強力な技を使えるならば今からでも育てるつもりなのだろう

 

「いや、残念だけど違うんだ。アレは俺が現実で身につけた剣技でね。昔に、ある天才剣士が編み出した剣技だとも言われている」

 

その言葉にあたりがざわめく、それはそうだろう。システムのアシストなしで人外な速度を出し、一度に3度の突きを放つのだ。

 

「ち、因みに、その剣士ってのは……」

 

「知らない人はいないと思う。彼の有名な新撰組一番隊隊長、沖田総司、彼の……いや、彼女の得意とされる三段突き、それがさっきの技《無明三段突き》だ」

 

更に、あたりがざわついた。

ざわざわと、全員が口を開いたので何を言ってるのかは聞こえないが大体は「そんなのありかよ」とか「反則じゃねえか」とかだろう。人間の考えることはわかりやすくて嫌いだ。そんな中、今回のリーダーのディアベルが俺の前にやってくる

 

「ありがとう、君のチームのおかげで今回のボス攻略戦は犠牲者を出さずにクリアできた。でも、さっきの技は本当にチート技じゃないんだよな?」

 

「……はぁ、そりゃそうだ。俺がSAOの製作に関わったわけじゃない。そんな裏コードみたいなことを出来るなら、わざわざこんなところにいないだろ?あの技は正真正銘、修練の賜物だよ」

 

そう、本当にあの技だけは俺が幾度と使い続けてきた。俺の命を何度も守ってくれた剣技だ。それをチート云々言われるのは流石に心外だった

 

「そうか、うん、それじゃあ、さっきのはみんなの心の中にしまっておこう。みんな!今日の勝利はソラさんのものだ!異論はないな!」

 

締めくくるように、ディアベルはみんなに尋ねる

 

「応!」

 

帰ってきたのはその一言だった。

そして、そこからは全員で二階層に上がり、街をアクティベートして解散になった。今日の18時から二階層のレストランでボス攻略メンバーでパーティーをやるみたいだが、それまでは休んでもいいだろう。

 

近くにあった宿屋に6人で部屋を取ると、みんな俺の部屋に集まった。

 

「ひとまずは前回みたいにならなくてよかったよ」

 

「そうだな」

 

「キリト君がビーターなんて呼ばれなくて良かったよ」

 

「全くだね。みんな、取り敢えず、お疲れ様。無事で良かったよ」

 

「ソラが走って行った時は本当に背筋が凍りました」

 

「あ、それは僕もだよ」

 

「俺はなんともなかったんだけどな」

 

「あはは……まあ、危なかったし?仕方なかったって言えば仕方なかったっていうか……ね?」

 

「はあ、あれほど自分を大切にしてくださいと言ったのに…」

 

「ごめんごめん、今度から気をつけるから」

 

俺とアリスの会話が始まったあたりで、キリトをはじめとして、みんなが部屋から出て行った。

 

「それじゃあ、二人とも、17:50分くらいになったら宿のロビーで待ち合わせね」

 

ユージオはそれだけ言い残して、部屋から出て行った。

どうやら、2人きりになってしまったみたいだ。

それのせいで、今まで張っていた緊張の糸がぷつりと切れた気がした。体から力が抜け目の前のアリスに倒れこんでしまった

 

「ソラ?」

 

「ごめん、すこし、疲れたみたい。すこしこのままでいいかな?」

 

「……いいですよ。ゆっくり休んでください」

 

アリスに抱きかかえられたまま、俺は瞳を閉じた

 

 

 

─────────────────────────────

 

ソラの規則正しい寝息が聞こえてくると、私は彼をソファに座らせ、自信の膝に彼の頭を乗せて優しく頭を撫でる。

そして、思い出すのは一時間ほど前のボスとの戦闘。

ボスへのラストアタックのあの技は私とカセドラルで戦った時は使用しなかった。いや、それどころかどの整合騎士と戦った時でさえ、あの技を見たというものは存在しなかった。彼は強い、しかし、それは自分たち整合騎士が侮られていたということなのだろうか……考えたくはない。しかし、あの様な絶技を見せられては整合騎士として彼と戦った時、彼は全力ではなかったのか、そう思ってしまうのだ

 

「しかし、それもいいでしょう。あの技は当たってしまえば確実に相手を殺める技だ、優しい貴方は人に対してはあの技は使わなかったのですね」

 

そう、アレは対人魔剣、喉元の一点を確実に仕留めるまさに必殺の秘剣だった。多くの人間はあまりの早さに気づかなかっただろう。アレは一度突きを繰り出すだけではなかった。整合騎士として、戦い続けてきたからわかる。アレは名前の通り、一度に3度、突きを放っていた。仮に始めの突きを『壱の突き』そして二つ目の突きを『弐の突き』そして、最後の突きを『参の突き』としよう。私の考えが間違っていなければあの技はほぼ同時なんて甘いものではなく、全く同時に全ての突きを繰り出している『壱の突きを防いでも、同じ位置に弐の突き、参の突きが貫いている』という、最早、事象を崩壊させるレベルの絶技だというのならば、アレは誰であっても防ぎきれるものではないのではないか?そして、それを行う目の前の彼は一体どれほどの熱意をその剣に込めたのか。それとも、彼が以前言っていた『一度見た剣術を自分のものにする』という能力で覚えたのだろうか……いや、それは些細なことだ。あの技の完成度は完璧で美しかった。恐らく、始めは見て、自分のものにし、そして、そこから技を磨いたのだろう。ハリボテの技など誰が見ても見抜ける。あそこまで人々を魅了する様な技を放てたのは彼が弛まぬ鍛錬をしてきたからに決まっているのだから

 

「貴方は……一体どれほどの強さを身につけているのですか?」

 

そっと、問いかけてみるが、眠っている彼からの返答はない。いや、逆に返されても困るのだが

 

「それにしても、寝顔……可愛らしいですね」

 

こういう時間も悪くはないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、私達は18時に攻略パーティへ赴き、盛大に攻略成功を祝った。

 

 

 

 

 

 

 

 




基本的に、ソラ君は前世(SAOの世界に来る前)にFateという作品をこれでもかっ!て程見てました(と、いう設定)もちろんFGOもやってた(という設定)なので、沖田さんの《無明三段突き》が使えたんです。ソラ君は《剣術》を自分のものにできる。とは言ってますが、この能力自体は一度見た《技》であればなんであれ再現できます。


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subepisode1 白夜の剣士と金色の剣聖編(原作: 黒の剣士編)
迷いの森


このSAOに戻ってきてから既に1年と数ヶ月が経過していた。

キリトとアスナは結婚して同じ家に住んではいるもののキリトはソロに戻り、アスナは前回と同じく『血盟騎士団』に加入した。みんなで話し合った結果、皆それぞれ出来ることをしようという決断に至ったのだ。キリトはソロで活動し、誰よりも早くマップや情報を集めそれを公開し、アスナは攻略組の副団長として指揮を執り、このゲームを攻略していた。そんな中、俺は相変わらずアリスとともに行動しており、今は中層にある森に来ていた。この森は一定時間が経過すると、マップが変化するという仕様のせいで『迷いの森』と呼ばれている

 

「それにしても、本当に深い森なのですね。なぜこんなところに来たのですか?」

 

隣を歩くアリスが不思議そうにそう尋ねてくる

 

「まぁ、いろいろ訳はあるんだけど、先ずは依頼達成の為かな」

 

「依頼の為……?あの依頼をこなす為にこんな森にくる必要はあったんでしょうか」

 

「それがあるんだよ、俺の記憶違いでなければ今日この日ここにはあの子がいるはずだから」

 

「あの子?」

 

少しそのワードに反応したアリスは『むっ』と頬を膨らませる。

彼女自身は拗ねているつもりなのだろう、だが、めちゃくちゃ可愛い。超癒される

しばらくそうして歩いた頃、近くで戦闘音が聞こえてくる。

俺とアリスは同時にその方向へ走って行くと、小柄な少女が、美しい水色の羽を抱えて涙を流していた。背後には三匹のドランクエイプが彼女にトドメを刺そうと近寄っていく。

少女もそれに気がついたのか、一層羽を抱きしめ、ドランクエイプを見た。

 

俺とアリスはほぼ同時に抜刀し、三体のドランクエイプのHPを一撃で消しとばした。

 

「え……?」

 

「大丈夫ですか?」

 

アリスは少女の前に立ち、声をかけた。

少女は頷くと、その瞳からは、再び涙が溢れ出した。俺は、その原因を知っている。俺が声をかけようとするとアリスはそれを手で止めた

 

「その羽は、あなたの使い魔……のものでしょうか?」

 

アリスは泣いている少女に尋ねる。

 

「……はい、ピナっていう、私の……大切な……」

 

「その羽に固有名はありますか?」

 

アリスにそう聞かれて、少女はその羽の名を見る

『ピナの心』少女は小さくその名を口にする。アリスは頷くと

 

「よかった。ならば、その使い魔は生き返らせることができます」

 

「本当ですか!?」

 

少女はガバッと立ち上がり、アリスに近寄る

 

「ええ、四十七層の南にある『思い出の丘』という場所があります。そこに、使い魔を蘇らせる『プネウマの花』という花が咲き、それをそのアイテムに使うと、生き返らせることができると聞きました」

 

「四十七層……でも、いつかは」

 

「だけど、その心アイテムは3日経つと『ピナの心』から『ピナの形見』に変化して、蘇生させることは出来なくなる。代わりに俺たちが行ってもいいんだけど、その花は使い魔を亡くしたプレイヤーがいないと咲かないんだ」

 

「そんな……!」

 

少女の顔が絶望に染まる。

今の最前線は五十層、そして四十七層は十分前線と言える階層なのだ

 

「ソラは意地が悪いですね。大丈夫ですよ、私たちが貴女をそこまで送ってあげますから」

 

アリスはそう言いながらもコンソールを操作して余っている武器や防具、アクセサリをトレード欄に入れる

 

「なるほどね、これなら7〜8分くらいはレベルを底上げ出来るか」

 

「なんで……そこまでしてくれるんですか?」

 

少女その言葉に、俺とアリスは互いに顔を見てクスッと笑ってしまう

 

「自分たちよりも小さな子を助けるのに」

 

「理由は必要ですか?」

 

それを聞いた少女はついに泣き崩れてしまった。

アリスは泣いてしまった少女をそっと抱きしめた

 

 

数分後、少女は泣き止んで、まっすぐに俺とアリスを見つめる

 

「丘へ私を連れて行ってもらえますか?」

 

俺たちの回答はイエスだった

 

「それと、こんなんじゃ全然足りないと思うんですけど……」

 

コンソールを見ると中層にいた彼女では数日かけて稼ぐ額のコルが表示されていた

 

「いや、装備の対価は要らないよ。俺たちじゃ、使えないドロップ品だから」

 

「でも……」

 

「いいんですよ」

 

アリスは強制的にコルを少女へと返し、一方的にトレードを完了させる。

一方、少女はそれが気に入らないようで、頬路膨らませた

 

「あぁ、そういえば、私はアリスといいます。貴女は?」

 

「あっ、私シリカって言います。その……よろしくお願いします!」

 

「よろしく、シリカさん?俺はソラっていうんだ。好きに呼んでいいよ」

 

少女──シリカは「はいっ」と言って差し出された二つの手を握った

 

「あ、ソラさん、私のことはシリカって呼んでくれていいですよ?」

 

「あ、うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三十五層主街区『ミーシェ』

 

街に入ると待ち構えていたのか、シリカのファンらしき男二人が「シリカちゃーーーーん」と大声をあげて走ってくる

 

「組んでたパーティー抜けたって本当?だったら前から誘ってた俺らと組まない?」

 

まぁ、この光景は予想してた。

アリスはイライラしているようだが顔には出していなかった

 

「お気持ちはありがたいんですけど、私はこの2人とパーティー組むことになったので、ごめんなさい」

 

シリカが断ったことで、2人の男はアリスを見てから、俺をガン見する

 

「なぁ、俺たちはシリカちゃんには結構前から誘いをかけてるんだ。抜け駆けはやめてほしいな」

 

「そんなこと言ってもねぇ」

 

言われるとは思ってたけど、めんどくさい状況だよな。

周囲はなんだか騒がしくなっていた。

 

「だいたいな、あんたみたいな弱そうな奴がシリカちゃんと一緒にパーティーなんて……」

 

「ねぇ、あの金髪の人ってアリス様じゃない?」

 

突然、1人の女性プレイヤーがボソっと呟いた

 

「ってことは、隣にいるのって……」

 

ガヤガヤとギャラリーは騒いでいく

 

「とにかく、私はこの2人と組むことになったのでっ!」

 

シリカは俺とアリスの手を握って強引にその2人から離れていく

 

「そういえば、お二人はホームって……」

 

「普段は二十二層の離れに住んでるんだけど……」

 

「今日はここに泊まっていこうかと」

 

なにぶん朝早くからここまで迎えに来るのは面倒なのだ

 

「本当ですかぁ!ここ、チーズケーキが美味しいんですよっ!」

 

よほど、俺とアリスが一緒にいるのが嬉しいのかシリカはまた俺たちの手を引っ張って宿へ入ろうとする

 

「あれぇ、シリカじゃない」

 

耳に触る声がシリカの名前を呼んだ

 

「……なんでしょう」

 

当のシリカはとても嫌そうに返事をする

 

「彼女と何かあったのですか?」

 

アリスは気になったのかシリカに小声で尋ねる

 

「お二人に会う前までパーティー組んでたんです」

 

同じく小声でアリスに返答する

 

「本当に1人で森を抜けられたんだぁ?でも、アイテムの配分終わっちゃったわよ?」

 

「そんなもの、いらないって言ったはずです!」

 

もう話すことはないとばかりにその場を離れようとした瞬間

 

「あれ?あのトカゲどうしちゃったの〜?」

 

「っ!」

 

わざとらしく、隣にいるはずの使い魔がいないことを嫌味ったらしい声で聞いてきた

 

「あららぁ〜もしかしてぇ〜」

 

本当にわざとらしくシリカの傷を抉り楽しんでいるこの女を見ていると今すぐにでも斬り殺したくなってくる。自然と、あの女の至る所に“線”が見え始める

 

「やめなさい。既に貴様とこの子に関係はないでしょう」

 

「あんた誰よ。見すぼらしいローブなんか着ちゃって、弱そうなくせにデカイ口叩いてんじゃないっての」

 

アリスの肩が小刻みに震えている。

どう見てもキレてる。そう思った俺は急いで眼を元に戻す

 

「この子を連れて、明日蘇生アイテムを取りに行くんです」

 

なんとか引っ込めたのかアリスは言葉を続けた

 

「っは、四十七層に?あんたら程度で攻略できるはずがないわ」

 

ようやったと心の中で褒めてから俺は口を開く

 

「出来るよ。あそこは(攻略組の俺とアリスには)低難易度のダンジョンだからね」

 

大事なところだけ言わないで、そう告げる

 

「ふーん、あんたも同行者なんだ?あんたも強そうには見えないけど…… 体でたらし込まれでもした?」

 

それを聞いたシリカは羞恥で顔が真紅に染まる。

何を言ってるんばこの女は

 

「流石子供を嗤う事しかできないあんたみたいな大人はいうことがクズだな」

 

「っな!」

 

シリカは耐えられなくなり握っていた手をさらに強く握る

 

「行きましょう、アリスさん、ソラさん」

 

何か言いたげにしていたがシリカが思いの外早く移動したのでそのまま宿に入っていった

 

 

 

 

 

 

 

 



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風見鶏亭

お久しぶりでございます。
小説自体かなり久々の更新となりますが取り敢えずはSAOから投稿していきたいと思います。
しばらくはSAO編完結までSAOメインの投稿になって行くと思います。
久しぶりの更新でクオリティが上がっていることはありませんが本編をどうぞ


「なんであんなこと言うのかなぁ」

 

シリカに引っ張られるまま入ったのはもともと行こうとしていた『風見鶏亭』と呼ばれるNPC経営の宿だった。

3人で席に座り、食事を注文したところで彼女は口を開いた

 

「シリカはさVRMMOはこれが初めて?」

 

「はい、今までは年齢制限とかでプレイできなくて」

 

そう答えた彼女は「それがどうかしたんですか?」みたいな顔で答えた

 

「そっか、MMOゲームではそれぞれが個性あるキャラクターを作り、そのキャラクターのイメージに沿ったプレイをする人が多い。時には正義の騎士として、時には盗賊として、時にはギルドマスターとして、時には暗殺者として、それが普通のゲームの在り方だ。だけど、こんな状況になってしまった以上、普通のプレイスタイルじゃダメなんだよ。この世界(ここ)で死ねば現実(向こう)でも命が失われる。そんな状況下で人殺しを楽しむ奴は正直腐ってると思うよ」

俺の言葉を2人は静かに聞いていた

 

「ここで殺人をする人間の過半数が『ここで死んでも向こうで死ぬ確証がない』『もしかしたらリアルで目が醒めるかもしれない』なんて希望的観測で殺しをする奴が多い。それは初期の頃に自殺する奴が多かったのもこれが原因だ……なんて、悪いね。話がズレたよ」

 

「いえ、いいんです。ソラさんの言うことは私にもわかりますから」

 

「ありがとう。話を戻すと、『なんでああ言うことを言うか』って言う質問にはいくつかの回答が出来るよ。1つ目は『嫉妬』理由としては中層でのシリカの人気の高さやフェザーリドラの使い魔がいた事だね。思い当たる節がいくつかあったと思うよ?」

 

「……確かに、言われてみれば」

 

何かを思い出したのか彼女は頷いた

そして俺は2つ目の指を立てて口を開く

 

「2つ目はシリカを『孤立』させる事。これに関しては1つ目の派生になるんだけど君の人気の高さは中層ではかなりのものだ。パーティーに悩むこともなかったと思う。だけど、その代わり少なからずパーティーに参加できる人が減ったと言うのがあるね。何か1つでも君の弱みを握れればそれを言いふらすなりすれば少なからず悪評は立つ、例えば『ダンジョンでいきなりパーティーを抜けた』とかね」

 

その言葉を言い終えると彼女は明らかに落ち込み、下を向いてしまった

 

「ソラ……それ以上は」

 

アリスに止められたのでとりあえずはこの辺でいいかと勝手に考える

 

「取り敢えず、彼女がなんであんなことを言ったのかって質問には主に今の2つが考えられるんじゃないのかな?」

 

本当の理由はそうでないんだろうけど

 

「原因は……ソラさんの言うとおり私にもあったんですね。それも、ピナを失って初めて気付くなんて……バカですよね」

 

目に見えて落ち込む彼女をアリスが優しく抱きしめる

 

「でも、そのことに気がつけた貴女はこれからそんな慢心はしないでしょう?」

 

その言葉にシリカは小さく頷いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから俺たちは運ばれてきた食事をとり、シリカのオススメのチーズケーキをデザートに食べた。確かに彼女の言うとおりめちゃくちゃ美味かった

 

 

 

 

 

 

 

Side シリカ

 

ソラさんとアリスさんと別れてから(隣の部屋にいる)私は今日2人に頂いた装備を一通り見て唖然としていた。

そのどれもが私たち中層のプレイヤーからすれば激レアドロップ級のステータスを誇り、森から脱出する際にソラさんが言っていた『7〜8レベルは底上げできるはずだよ』と言うのは確かに間違っていなかった

 

「本当にこんなすごい装備貰っちゃっていいのかな……?」

 

どちらにせよ、改めてこの装備のお礼をしようと私は持ってる中で一番可愛い服を着て2人の部屋へ向かった

 

 

 

 

Side ソラ

 

「そういえば、今回の依頼。どのくらいで片が付き添うか目処はついていますか?」

 

部屋に入って紅茶を入れた途端、アリスはそんなことを言い始めた

 

「ん?ああ、あの依頼ね。それは」

 

言葉を続けようとした瞬間、ドアからノックの音が聞こえた。ティーポットを一度置き、ドアの前まで向かう

 

『シリカです。装備のお礼と明日のことを聞いておきたくて』

 

聞こえてきたシリカの声を聞いてアリスの方を見ると彼女は静かに頷いた。それを見た俺は扉をあけてシリカを迎え入れる

 

「すみません、さっき別れたばかりなのに」

 

「構わないよ。どちらにせよ明日47層のことは話そうと思ってたからそれが早くなっただけだから。取り敢えず適当に座ってくれ」

 

「はい」

 

部屋に入ったシリカはアリスの隣の椅子に座り、それを見た俺はティーカップをもう1つ出し、シリカにも紅茶を渡す

 

「取り敢えずこれでも飲みながら話そうか」

 

「ありがとうございます」

 

紅茶を受け取ったシリカを見て俺も椅子に座り、攻略会議などでよく使うあるアイテムを取り出し、それを起動させる

 

「……綺麗」

 

映し出されたのは47層のダンジョン『思い出の丘』の立体地図だった

 

「これは『ミラージュスフィア』って言ってね。一度行ったことのあるダンジョンの地図を立体投影できるアイテムなんだ。それで今回行くダンジョンは『思い出の丘』って場所で、植物系モンスターが大量に湧くダンジョンなんだけど……」

 

そこからしばらく俺とアリスで解説して行く。

地形や、トラップ、モンスターの行動パターンや最大で何匹同時に湧くなど説明して行くとシリカはそれを真剣に聞き、わからないことは質問するなど俺たちは少しばかりかかなり感心していた。そんなこんなで解説から1時間が経ち、俺は視線を扉へ向ける

 

「どうかしたんですか?」

 

不思議に思ったのか問いかけてきたシリカに俺はなんでもないと答える。『扉の前にいた誰か』は既にこの宿から出て行ったようだった

 

「さて、今日はこのくらいにしようか。朝は朝食を食べずにこの部屋においで、朝食をご馳走するよ」

 

その言葉を聞いてシリカは驚いた顔をしたがすぐに笑顔になり元気な声で返事をしてくれた

 

「それじゃあ、おやすみなさい。ソラさん、アリスさん」

 

「ああ、おやすみ。シリカ」

 

「おやすみなさい。シリカ」

 

彼女が隣の部屋に入って行くのを確認して俺たちは部屋へ戻り、アリスが椅子に座ったのを確認して、俺は再び紅茶を淹れながらアリスにさっきの続きを告げた

 

「今回の依頼。明日でケリがつくよ」

 

その言葉を聞いてアリスはたった一言「わかりました」とだけ口にして紅茶を口に含んだ

 

 

 

 

 

 




活動報告に今後の投稿のことについて記載しましたのでよければご覧ください。


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『白夜の剣士』と『金色の剣聖』

翌朝、目を覚ました俺とアリスは着替えを済ませ2人で朝食の準備を始める。ちなみに言っておくと俺とアリスは二人とも料理スキルをそこそこ上げており、二人揃って習得度は750オーバーだ。完全習得まで残り4分の1といったところまで来ている。

そんな中、今日の朝食はリアルではオーソドックスではあるがSAOでは珍しい『白米』を出し、更にはこの間釣った『紅鮭』これも素材のレアリティでいえばB+ランクくらいの物だ。あとは適当に豆腐の味噌汁とたくあんなんかを追加して朝食の準備は終了。そして俺はアスナから教えてもらった『醤油』のレシピをさらに改良し毒々しい色から完璧な醤油の色へと変化させ、完璧な醤油を作り出した。それを食卓へと並べた所で扉がノックされた。するとエプロンをしたアリスがシリカを迎え入れ、食卓へと座らせる

 

「すごい……完全に日本食だ」

 

目の前に並べられる食事にシリカは釘付けになっていた

 

「取り敢えず、食べようか」

 

俺とアリスもエプロンを外し席に着き、箸をとり

 

「「「いただきます」」」

 

食事の過程は省かせてもらうが、シリカの反応は俺とアリスを十分満足させてくれるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿から出て俺たちは47層『フローリア』の主街区から少し離れ目的地である『思い出の丘』へと向かっていた

 

「そう言えば、お二人は普段どの辺で活動してるんですか?」

 

モンスターをある程度駆除してしばらく歩き続けた頃、シリカはそんなことを尋ねてきた

 

「そうだね、基本的には何処ででも活動してる。下層に行くこともあるし前線に出ることもあるかな」

 

「私たちの場合は攻略、というよりも『人助け』の方を優先して進めていますから」

 

今言ったのは半分事実で半分は嘘だった。

本来なら下層に行くときでもこんなボロ切れみたいな布なんか二人とも被ってはいない。それでも彼女は目を輝かせて言葉を返して来る

 

「うわぁ……確かにソラさんもアリスさんもすごく強いですもんね!」

 

そんな彼女に俺は少しだけ心が痛んだ

 

 

 

そこからさらに10分ほど歩いた頃、目的の花が咲く場所へやってきた

 

「シリカ、あそこの祭壇にあなたが近寄れば花が咲くはずですよ」

 

アリスが視界に入ってきた祭壇を指差してそう言うと、シリカはすごい速度で祭壇へ走って行く。それを見た俺とアリスは少し顔を合わせて一瞬クスリと笑ってから追いかけた。追いつくと、祭壇には未だ花は咲いていないようでシリカがかなりショックを受けていたが、俺は祭壇に変化が起きたのを指で刺して伝えるとシリカはそれに釘付けになった

 

祭壇から発せられた光が収まると、其処には一輪の花が咲いていた。実物は初めて見るがこれが『プネウマの花』なのだろう。シリカはそれを壊れ物を扱うかのようにそっと取り、少しだけ抱いてからストレージの中へ入れた

 

「ソラさん、アリスさん、ここまで連れてきてくれて本当にありがとうございます!」

 

深々と頭を下げる彼女にアリスは「頭をあげてください」と言うと彼女は頭をあげた

 

「取り敢えずピナの蘇生は街に戻ってからにしよう。なんだかんだ言ってもここは最前線に近い場所だから危険がないわけではないから」

 

「その方がいいでしょう。安心してください、街に帰るまでは私たちが責任を持って身の安全を守りますから」

 

「はい!お願いします!」

 

そして、俺たちは今まで来た道を戻って行く。

しばらく歩き『思い出の丘』と主街区との距離が半分くらいになったところまでやって来て遂に『索敵スキル』に複数のプレイヤー反応が引っかかった。それはアリスも一緒だったのだろう。隣に並んで歩いていたシリカを止めて俺の三歩後ろで止まった

 

「ソラさん?アリスさん?」

 

「私たちを待ち伏せていた人たちがいたみたいですね」

 

俺はそれに静かに頷き、声をあげた

 

「そろそろ出てきたらどうだい?14……いや15人か。全員スキルに引っかかってるからお見通しだ」

 

それを聞いた瞬間、前方の木の陰からぞろぞろとプレイヤーが現れる。一人を除いて全員のカーソルがオレンジ色に染まっていた

 

「私の隠蔽スキルを見破るなんてなかなか高い索敵スキルじゃない」

 

そう口にしたのは集団の中で唯一グリーンカーソルの女。そう、昨日俺たちに声をかけてきたロザリアだった

 

「うそ、ロザリアさん……?」

 

シリカのその言葉はどう言う感情が含まれていたのかは俺たちには分からない。驚愕か、哀しみか、はては怒りか、それを関係ないとばかりにロザリアは甘ったるい声でシリカに話しかける

 

「はーぁいシリカ、無事『プネウマの花』取れたんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、それ私にくれない?」

 

「……え?」

 

今回ばかりは本当に驚いたと言わんばかりの声がシリカから発せられた。それに構わずロザリアは言葉を続ける

 

「その花、今が旬なんだよね。売ったら高いんだけど、アタシじゃあどうしても手に入れれないからさ」

 

旧知の友に語りかけるようにロザリアはシリカに話しかける。昨日とは大違いなその対応と、突然言われたことに頭が追いつかないのかシリカは俺とアリスを交互に見る

 

「悪いけど、それは出来ないな。これは彼女が自力でとったものだ。あなた達のタチの悪いアイテムの獲得の方法とは違う。そう思うだろ?オレンジギルド『タイタンズハント』のリーダー・ロザリアさん?」

 

シリカを隠す様な位置に立ち、そのギルドの名を言った瞬間、ロザリアは一瞬呆けた顔になったが、すぐに笑い始めた

 

「あっはは!頭の悪そうなガキだと思ってたけど、アタシのことは知ってたんだ?それをわかっててそいつについてきてたってことは本当に身体でたらし込まれたクチ?」

 

「残念だけど、後半は完全に否定しておこう。俺があんたを知ってた理由は1つだけだ。今の最前線50層の転移門で仲間の敵討ちをしてほしいと一日中御願いをしているプレイヤーがいてな。その人のギルド『シルバーフラグス』は一週間前に『タイタンズハント』ってギルドに全滅させられたと、だから敵討ちをしてほしいと言っていたよ。あんたにそんな気持ちは理解できないししろとは言わないけど……依頼は敵討ちでありながら『拘束』だ。だから、はじめに言っておくよ」

 

そして、ポケットに入れてあった回廊結晶を取り出し、『タイタンズハント』全員に告げた。

 

「この結晶の転移先は一層の黒鉄宮の監獄エリアに繋がっている。依頼人が全財産を叩いて買った代物だ。大人しくこれを潜る奴はいないか?」

 

一瞬の静寂のうち、ロザリアが声をあげて笑った

 

「あっははははは!あんたバカじゃないの!?!?あんた一人と女二人で14人のプレイヤーに勝てると思ってんの!?!?」

 

「さて、やってみないと分からないな」

 

おどけて言ってみせるとシリカが涙声の声をあげた

 

「ダメだよ!ソラさん!一人であの数を相手なんてソラさんが死んじゃうよ!」

 

「大丈夫ですよ、シリカ。ソラが負けることはありませんから」

 

その横で静かになだめたアリスの声は集団には聞こえなかった……しかし

 

「ソラ?それって『白夜の剣士』の?」

 

シリカの一言は集団に動揺を生ませた

 

「攻略組がこんなとこにいるわけないだろ!仮にそれが本当だったとしてもこの数でかかれば殺れるに決まってる!」

 

ロザリアの一言に14人はハッとしたのか一斉に下卑た笑いを浮かべて一斉に抜刀した

 

「そうだよな。攻略組なら凄えレアアイテムとかもがっぽり持ってるだろ!」

 

その言葉がキッカケとなり全員が俺へと殺到する。

体を切り刻まれるVR特有の不快感が身体を覆う中、俺は自身のHPバーを注視した

 

攻撃を始めて10分が経過しても俺のHPが全損することはなかった。逆に言えば攻撃していたプレイヤーの方がバテているくらいだ

 

「ソラさんのHPが……減ってない?」

 

それに気がついたのはずっと涙を流していたシリカだった。そして、それと同時に誰かが当てた刃が被っていたボロ布のフードを破壊した。それがなくなった瞬間、現れたのは黒を主色として所々に白いラインが入り、背中にはとあるエンブレムが刻まれたコートが代わりに現れる。隠れていた二本の刀は出番を待ち望んでいるかのようにそれ自体が威圧を放っているかのような存在感を放っていた

 

「…………『白夜の剣士』」

 

「ってことはあの女は………」

 

その言葉に反応したように全員の視線がアリスへと注がれる。すると彼女は着ていたボロ布のフードを捨て去った。其処には彼女の髪と同じブロンドを主色として所々に青いラインが入り、そして背中には同じエンブレムが刻まれたコートを羽織り、その下には彼女らしい白いシャツ、そして藍色のミニスカート、太腿まであるオーバーニーソックス、そして、焦げ茶色のロングブーツという出で立ちの彼女が凛とした目で『タイタンズハント』を見据える

 

「……『金色の剣聖』アリス」

 

誰かがそんなことを呟いた。

その言葉を一度でも聞いたことがあったのか彼女に抱きしめられていたシリカは改めて俺たち二人を見た。

 

「ええ、ギルド『イノセントエクセリア』副団長アリス、そして」

 

「『イノセントエクセリア』ギルドマスター・ソラ」

 

攻略組の、それも階層主撃破主力ギルドのトップ二人がなんでこんなところにいるのか、彼らは理解できない。ただ、どうしてもこいつらを殺さなければ自分たちはこのゲームが終わるまで永遠に監獄から出ることはできなくなる。そう考えた誰かが一歩動いた瞬間

 

「無駄なことはやめた方がいい。あまり言いたくないが教えておくよ。俺のレベルは79、HPは最大で19500あり、更には高レベルの『戦闘時自動回復(バトルヒーリング)』スキルで10秒に800ポイント回復する。それに対してあんた達は1分で700ってとこかな。もちろん一人でなく全体での話だけど」

 

「そんなの、ありかよ!」

 

「ありなんだよ。レベルの差だけでこれだけ理不尽な戦力差が起きるそれがこのSAOの本質であり、VRMMOの理不尽さなんだよ」

 

吐き捨てるようにいうと『タイタンズハント』のオレンジプレイヤー達は黙り込んでしまう。それを見て、俺は再び問いかけた

 

「さて、もう一度問おう。この回廊結晶を開く、大人しく入って行く奴はいるか?あぁ、安心してくれ。入ってくれなくても手持ちの麻痺ナイフで麻痺させてから全員叩き込むから。自分で入るか叩き込まれるか、好きは方を選ぶといい」

 

そう言ってから俺は回廊結晶を開く、すると14人のプレイヤーは黙って回廊を潜って行く

 

「ちょっと、あんたら!」

 

ロザリアは急な展開についていけず、回廊へ入って行く仲間達へ声をかけたが、最後の男が入って言ったのを見て勝ち目がないとポケットから転移結晶を取り出した瞬間、その首元には金色の剣が突きつけられていた

 

「逃すと思っているのですか?」

 

昨日の分とさっきの分と色々溜まっているアリスがロザリアへ剣を突きつけ問いかけた

 

「アタシはグリーンだよ!いくら攻略組のあんただって私を傷つければ……」

 

「1つ言っておきますが、1日2日オレンジになるくらい私にとってはなんの影響もないのですが?」

 

そして、更にロザリアの心を折る決定的な一言をアリスが口にした

 

「私はソラのように優しくはない。貴様一人殺したところで私は何も思わない」

 

整合騎士として彼女は数多もの暗黒騎士や暗黒界の異種族を戦いを広げてきた。其処で培った殺気が目の前にいるロザリアに降り注いだのだ。

 

ロザリアは一瞬で体を震わせ、そして小さい声で

 

「アタシも入るよ」

 

そう、口にしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロザリアが回廊へ入ったことで『タイタンズハント』の件が片付き、35層へ戻ってきた俺たちはシリカと別れることになった

 

「やっぱり行っちゃうんですね……」

 

「そうだな。もう一週間も最前線から離れたからそろそろ戻らないと」

 

「でも、大丈夫ですよ。フレンド登録はしてありますから、いつでも会えます。今度、攻略が落ち着いたら家へ招待しますね」

 

シリカの頭を撫でながらアリスは微笑んでいた

これは俺から見ても姉妹のようにしか見えないが、微笑ましいのでいいとしよう。

 

そして、俺たちはシリカに見送られ自宅兼ギルド本部のある22層へと転移した

 

 

 

Side シリカ

 

転移門から二人の姿が消えるまで私は手を振り続けた。

そして、いなくなったのを確認してから宿の部屋へ戻り、二人のおかげで取れた『プネウマの花』と『ピナの心』を実体化させる

 

「ピナ、生き返ったらたっくさん聞かせてあげるね。私の……1日だけのお兄ちゃんとお姉ちゃんの話を、そして今日の冒険の話を」

 

そして、花に溜まっていた雫を一滴羽にかけると羽は光を放ち、やがて小さな竜のような形をとっていく。それと同時に少女は兄と姉の様な二人がいなくなったことに一抹の寂しさを覚えた。

 

「二人で、アリスさんとソラさんに恩返しできる様に頑張ろうね」

 

生き返る使い魔に言ったそれは、小さな少女がこの世界に来て初めて明確に持った目的だったのかもしれない

 

 

 




まずは原作とは少し離れていることや拙い文や表現に謝罪を(今更)これでシリカ編である“黒の剣士”編は終了となります。
まぁ、黒の剣士出て来てないですけどね!

次回の投稿は軽い設定をと思います。
ソラやアリスのステータスや今回出て来た『イノセントエクセリア』の所属メンバー等紹介していきます。
その後は若干のオリジナル展開である50層階層攻略戦を投稿させていただきます。原作では勝手に離脱するものが多かったと言われている50層のボス攻略、どう変化するのかお楽しみに待っていただけるとありがたいです


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50層攻略編
ステータス紹介〜50層主人公〜


今回のステータス紹介は主人公のソラのみです。
彼の場合、特典の紹介もあるので単体で紹介させてもらいました。尚、【直死の魔眼】ってなに?って方のために解説等も載せてあります。その他の特典についてもありますので是非ご覧ください。


 

【イノセントエクセリア】

ソラ達がそれぞれ道の道を歩くときに結成したギルド。

メンバーは【ギルドマスター】ソラ【副団長】アリス【団員】ベルクーリ、キリト、ユージオ

それぞれ、コートの背中には5本の剣を象ったエンブレムが刻まれている。ボス攻略戦では五人でレイドを組み参加することが多い、というよりも必ずそうなる。

尚、五本の剣とは『夜空の剣』『青薔薇の剣』『金木犀の剣』『時穿剣』『紅音』※の五本

 

※『紅音』とはソラがアンダーワールドにて使用していた刀身が黒く刃が深紅の刀のこと。この刀の起源は創世記より存在した無色の鉱石。刀となってからは誰にも扱えぬ妖刀と化したため、ソラに抜かれるまで100年以上という時を過ごしてきた。故に、この無色の起源を持つ『紅音』は自身が持ち手と認めたものの色に染まる。純白だった刀身はソラの『死』を見るというものに反応して暗闇と血を連想させる色に変化した。

 

完全武装支配術:ソラの『直死の魔眼』の簡易版、対峙した相手の『死の線』を見ること、干渉することができる。

 

記憶解放:SAO時代のソラのステータスの完全再現。これは無色である『紅音』が担い手であるソラという人物を知るために持ち主であるソラの過去を覗き、その最盛期を再現した。

 

ステータス

【ソラ】

Lv:79

右手(武器): 正宗

左手(武器): 村正

上着:スターリットナイトコート(ギルドエンブレム付き)

上半身:閃光の軍服(上)※

下半身:閃光の軍服(下)※

靴:黒騎士のブーツ

手:閃光のグローブ※

アクセサリ:羅刹王の指輪

※閃光シリーズの見た目はリリカルなのはよりフェイト・T・ハラオウンのバリアジャケットが元ネタ。男性の場合は下半身が黒色のズボンになっている

 

スキル

【刀】《1000》

┠旋車 1hit

┠浮丹 1hit 確率出血状態付与

┠緋扇 3hit 確率出血状態付与、ターゲット集中(小)

┠辻風 1hit 低確率スタン状態付与

┠幻月 2hit 確率出血状態付与、確率暗闇状態付与(中)

┠鷲羽 5hit 高確率出血状態付与

┠羅刹 3hit 確率出血状態付与、自身の防御力DW(小)

┠散華 5hit STR50%上乗せ、自身のHP減少(微小)

 

【刀二刀流】《950》

┠秋華 3hit

┠月詠 4hit 確率暗闇状態付与

┠五月雨 5hit 高確率出血状態付与

┠桜花乱舞 6hit ダメージの一部でHP回復

┠月華美刃 9hit 高確率スタン状態付与、HP減少(微小)

┠疾風刃雷14hit 高確率出血状態付与+スタン状態付与)

┠鏡花水月18hit STR依存ダメージ、STR×200%(1分)

┠百花繚乱 STR+SPD依存ダメージ、STR×150%+SPD+40%をステータスに上乗せ(5分)(熟練度1000で獲得)

 

【???】《???》

【戦闘続行】《920》

┠ガッツ Lv4 30%以上HPがある際、それ以上の攻撃を受けても一度だけHPが1残る(一戦闘一度)

┠戦闘時自動回復 Lv4 10秒間にHPが800回復する

┠瀕死時攻撃力増加 Lv4 HPが10%以下になったときSTR×50%のステータスを上乗せ(3分)

【索敵】《984》

┗広域索敵 Lv9 半径2km範囲のエネミーやプレイヤーを探すことができる

【隠蔽】《691》

┗隠蔽 Lv6 索敵スキルLv6以下の索敵に見つからない。非戦闘時、エネミーから見つかりにくくなる

【料理】《756》

┗調理 Lv7 AAランク以下の素材を使用しての調理が100%成功する

【鍛治】《320》

┗鍛冶 Lv3 工房を使わず武器の手入れが出来るようになる

 

【特殊】

【直死の魔眼】

魔眼と呼ばれる異能の中でも最上級のもの。異能の中の異能、希少の中の希少。

無機質、有機物関係なく『活きているもの』の死因を読み取り、干渉可能な現象として視認する能力。

直死の魔眼から見た世界は“死の線”で満ちた終末の風景であり、真っ当な精神構造の人間ではこれと向き合って生きることは難しい。

 

《死の線》

モノの死にやすい部分。

線に沿って切ることでその箇所を死に至らしめることができ「線」をもって切られた部分はどのような手段を使っても行動、治療、再生することは不可能。厳密言えば線をなぞってモノを解体する。というよりも線状にモノを殺しているということになる。線を切ることに腕力は必要なく、たとえダイヤモンドであっても容易に切り裂くことができる

 

《死の点》

モノの寿命そのものであり、死の線の根源。

その点をつくことにより、対象の死期を発現させる。

この点の出現は直死の魔眼の使用時に極限まで集中することによって《線》の他に《点》が現れるようになる。

 

【魔眼の完全制御】

二度目の転生の時に女神から与えられた能力。

本人は『ON』『OFF』が効くだけだと思っているが本当は違う。彼本人の魔眼は本来のものとは程遠いのだが、彼が『直死の魔眼』というものを理解してしまえばその全てを使えるようになる。『概念』『空間や地球の一部』更には『英霊』や『神霊』すらも殺すことができるようになる

 

【投影魔術/無限の剣製】

言うまでもなくみなさん知っている彼の弓兵の投影魔術。一度見た武器を自身の固有結界内に複製し貯蔵すると言うもの。投影した武器のランクは本来のものよりも1ランクダウンする。更に、全10節の詠唱を唱えることで固有結界【無限の剣製】を展開することが可能。彼の心象は英霊エミヤや衛宮士郎とは当然のことながら異なるため、その景観はやはり違う。彼の心に焼きついたその光景はきっと、金木犀の木の立つ……あの庭園なのかもしれない

 

───体は剣で出来ている

───血潮は鉄で、心は硝子

───幾たびの戦場を越えて不敗

───ただ一度の敗走はなく

───ただ一度の勝利もなし

───しかし、

───担い手は孤独にあらず

───金木犀の木の下で誓う

───故に、我が生涯に後悔は要らず

───この体は、無限の剣で出来ていた

 

【剣技の支配者】

一度“見た”剣技を自分のものにする能力。

しかし、それを使えると言うだけで使いきれるわけではない。概念としてはゲームであろうとアニメであろうと彼が“見た”と言う結果が必要になる。更に言えばこの能力も万能ではなく、例えば《無明三段突き》の使用では全く同時に放たれる三段の突きは出来るが、その過程で必要となる《縮地》という歩法をマスターしなければならない他、沖田総司が使っていたと言われる剣術流派《天然理心流》を身につけなければ完全に習得したことにはならない。しかし、剣術を覚える際には能力の補助のおかげで会得する速度が上昇するというメリットはある。

 

【戦天使の加護】

これは彼自身気づいていないが、女神が最初の転生の際に蒼空の身体にかけた加護。

蒼空が普通人間には会得出来ない【縮地】を習得できたのはこの加護のおかげ、更には彼自身の戦闘スキルの早熟や魔眼における脳の負担を減らすこともこの加護で補われている。そして、彼の持つ魔術回路が転生してから使われてたいなかったにも関わらず、最善の状態で使用できるのもこの加護のおかげ

 




ぶっちゃけた話、『紅音』に関してはやり過ぎてしまった感はあります。オマケにこの後の展開であれ?その設定どこいった?ってのが言われると思いますがそれに関しては後々説明がありますので……


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50層攻略会議

今回から本格的に攻略開始となります。
前回行っていたように50層の攻略編、キリトの愛剣である『エリュシデータ』はこの階層のボスのLA品というのは皆さんご存知ですよね?その破格の性能故にこのボスは一筋縄での攻略は出来ないのではないか……?と個人的には思うんですよね……というわけで、今回のボスは本来SAOに居ないはずのあのモンスターがボスになります


タイタンズハントの一件から一週間ほど経った頃、50層の首都【アルゲート】の広場には40人を優に超える攻略組プレイヤーが集結していた。それもそうだ、なぜならば俺が最前線に戻ってから3日後、この50層のフロアボスの部屋が見つかったのである。そして、今回そのボス攻略に参加する中で数多のギルドが参加し、攻略することになった。その中で今回のボス攻略その指揮官は【神聖剣】ヒースクリフ、そうあの始まりの日共に戦うと宣言しログインしてきた茅場晶彦その人である。故に、プレイヤー達の指揮はこれ以上ないくらいに高かった。

 

そして、このボス攻略には俺たち【イノセントエクセリア】もフルメンバーで参加することになる。ギルドホームは建ててあるので、今日全員がホームに揃い、アイテムや情報を交換した上でここ【アルゲート】にやってきていた

 

「しっかし、ボス攻略ってのはいつになっても緊張するね」

 

「そんなもんだろ。それにここは50層【クォーターポイント】だ。25層の時みたいに馬鹿みたいに強いボスモンスターが配置されてる可能性が高い」

 

実際前回もそうだったとキリトは付け足しすとユージオは少し、うんざりした顔をした

 

「まぁ、そんな時こそステイ・クールだぜ?ユージオ」

 

「そうだね。ステイ・クール」

 

そんなやりとりを交わしている2人を見つつ俺は隣にいたベルクーリへと話しかける

 

「ベルクーリさん、今回のボスどう出ると思いますか?」

 

問いかけると、彼は少し考えた後口を開く

 

「まぁ、元・整合騎士長としては嫌な予感がするってのは間違いねえな。それはアリスの嬢ちゃんも感じてるはずだぜ?」

 

視線を投げかけられたアリスはベルクーリの言葉に頷く

 

「ええ、確かに私としてもこの層は……いえ、迷宮区に入った時から、といったほうがいいでしょうか。とてつもなく嫌な予感がしているのです」

 

2人がそういうなら実際今回も規格外の強さを持ったボスモンスターが配置されているのだろう。しかし、俺やキリト、アスナはこの世界は2週目に差し掛かっているにもかかわらず、何故こんなことを言っているのか?それは25層のボスから俺たちの知ってるボスとは違うモンスターが配置されていたことが原因だった。実際、ヒースクリフこと茅場晶彦でさえ、ボス変更に驚いていたのだ。

 

結論としてはあの始まりの日、茅場が言うこのSAOを乗っ取った奴が、予め用意していたボスモンスターを各層に配置したのだろう。それも、25層というクォーターポイントから配置する辺り、そいつは相当性格の捻じ曲がった奴に違いないと俺は思っている。と、考えたところで広場に新たな集団だがやってきた。言わずもがなヒースクリフを筆頭とした【血盟騎士団】のメンバーである。ヒースクリフは団員を手で止めるとアスナと二人で俺たちの方へとやってくる。

 

「ボス攻略での共闘は久しぶりだね。ソラ君」

 

「そうだな。あんたの【神聖剣】思う存分発揮してくれ」

 

口から出た言葉は心からの言葉だった。何故ならば前回の50層の攻略ではあまりにも強力なボスだったせいで攻略メンバーが次々と転移結晶で街へ戻ってしまい、戦線が維持できなくなった。しかし、アスナが攻略隊を再編成し、ボス部屋へ戻ってくるまでの15分間、残っていた俺やキリト、【風林火山】のメンバーでなんとか凌げたのはヒースクリフの【神聖剣】のおかげだった。ターゲットを一身に受け持ち、俺たちはHPをイエローまで減少させないように気をつけながらボスへ攻撃する。そんなことを15分間もやってのけたのが目の前の男だった。

 

「その言葉は素直に受け取っておこう。しかし、今回の攻略はクォーターポイントだ。私の知らないボスが配置されている可能性が高い。だから君達【イノセントエクセリア】には期待しているよ。【二刀流】と【刀二刀流】はユニークスキルの中でも特に最高の攻撃力を誇るスキルだ。それを持っている君達が最高のパフォーマンスを出来るのを私は知っている。それに他のメンバーのプレイヤースキルの完成度も私から見てもかなり高い。オマケに君の【無明三段突き】と言ったかな?それにもかなり期待しているんだ。私は未だに見たことはないからね」

 

彼にしてはえらく饒舌だなと思いつつも俺はヒースクリフが俺たち【イノセントエクセリア】全員のことを称賛したことを驚いていた

 

「まぁ、期待してくれるのは素直に嬉しいけどさ。見ての通りレイドに参加できる人数がうちのギルドは一人少ない。ってなわけで【血盟騎士団】から一人増援をくれないか?こっちとしても万全の状態でボスへ挑みたいんだ」

 

「その辺は気にしなくていい。私もそのために君に声をかけたのだ」

 

その言葉は正直予想外だった。すでに用意していたとは言い出しっぺの俺ですら驚いている

 

「今日はアスナ君に君達のレイドに参加してもらうことにしてある。なに、気にすることはない。彼女が【血盟騎士団】に参加するまでは君達【イノセントエクセリア】と行動していたのは知っている。他の者と組むよりも彼女がいたほうが君達のパーティーは最高のパフォーマンスを魅せられるだろう?」

 

その言葉に俺はあっけにとられた。しかし、アスナが戻ってくるのなら、このパーティーは完成する。俺は知らずのうちに口角を上げていたのだ

 

「任せろ。アスナがいるならこのパーティーは無敵だ。今回のMVPパーティーはうちが貰ってくぞ」

 

その言葉にヒースクリフも口角を上げて答えた

 

「そこは私とて譲れない。MVPはパーティー、ギルド、プレイヤー共に私たちが頂いて行くとしよう」

 

互いにそう言ったことでヒースクリフは満足したのか【血盟騎士団】のメンバーがいるところへ戻って行く。それを見てからアスナは口を開いた

 

「ってことだから、今日はみんなよろしくね」

 

全員がそれに頷くとアスナはキリトの横に移動した。うん、さすが熟年の夫婦だねと思わざるを得ない

 

「私たちだってもう一年は夫婦なんですけどね」

 

横で少し拗ねたアリスを見て、俺は一瞬悶えた

 

 

 

 

そんなやりとりを少ししたころ、遂にヒースクリフの声が広場に広がった。攻略会議が始まったのである。今回、ボス部屋を発見し、調査したのは【血盟騎士団】のみだ。クォーターポイントということもあって他のギルドから戦力を無為に集めることはせずヒースクリフを筆頭とした選りすぐりのメンバーで偵察を行なったらしい

 

ボスの名前は《ザ・キングベヒーモス》名前から想像できるように容姿は某ファンタジーゲームに出現するそれに酷似しているものの背中からは大きな皮膜状の翼が生えており、飛行することもあるという。更に驚いたのはボスがこの世界にないはずの《魔法》を使ってくることだった。《魔法》といっても偵察でボスが使ってきたのは拳や足に冷気を纏わせ攻撃してくるというものだったらしいがそれでも今までは全くなかった《魔法属性》の追加はプレイヤーに大きな動揺を生ませた

 

その後もボスの情報は開示されていき、今度はギルドやパーティーごとの役割分担だ。当然のごとく【血盟騎士団】は最前線でボスと戦うことになり、俺たち【イノセントエクセリア】も最前線でのダメージディーラーとなった。後は【風林火山】や【聖龍連合】、エギル率いるタンク型のプレイヤーで固められたパーティーはそれぞれ役割を与えられ、攻略会議は一先ずの終結を迎えた。

 

ボス攻略まで後、3時間。

現在の時刻が12時、正午なので攻略開始は15時となる。その間俺たちのパーティーはクライン率いる【風林火山】のメンバーやエギル率いるタンク型プレイヤーのパーティーと雑談や食事を兼ねて合流した。

 




んんっ!全然進まない。オマケに文字数もそんなにないと来た……!しかし、今回はここまでが丁度いいのではと思ったのでここまでにしました。

今回のボスはFF15からキングベヒーモス参戦。
SAOのプレイヤー達はこの階層を突破できるのでしょうか?

それでは次回から『攻略戦』スタートします!


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VSキングベヒーモス(上)

今回からボス戦開始、しかしなかなか思ったようには進みませんね。今回はなんかヒースクリフってすげぇ!って感じの回になってしまいました


攻略会議から再集合の3時間が経過した15時、アルゲートの転移門前には攻略に参加するプレイヤーが揃って居た。今回のリーダーであるヒースクリフは全員いるのを確認した上で、口を開いた

 

「今回のボスも私の知っているボスモンスターとは違う。ここは最早、私の知っているアインクラッドではないのはここにいる全員に公言しておきたい。私の知っているボスならば最悪の場合でも私が対処できただろう。しかし、未知の敵となれば話は別だ。ここにいるすべてのプレイヤーの力を集結してようやく勝ち取ることのできる勝利がここから先のボスだというのならば……」

 

ヒースクリフはもう一度攻略組の面々を眺め、更には一度瞼を閉じ、再び開いた。その眼には決意や覚悟なんてものは生ぬるいほど、強い意志の宿った瞳が存在して居た

 

「皆の者!剣を取れ!我々に勝てぬ敵など存在しないことをこの世界を乗っ取った黒幕に見せつけるのだ!」

 

力強いその言葉に攻略組のプレイヤー達が一斉に声をあげた。それは既に勝つことが決定された戦いだとその場に示したのだ。ヒースクリフはボス部屋の目の前にセーブされた回廊結晶を取り出すとそれを砕き、自身が先頭となり、潜っていく。それをみたプレイヤー達も次々と回廊を潜っていく。最後に残ったのは俺たちのようで、顔を見合わせて、それを潜ると役目を果たしたかのように街と繋いでいたゲートは閉じた。

 

ここに、攻略組最高峰の戦力が揃った。

しかし、『始まりの街』で与えられたユニークスキルのうち揃ったのは3名だけ、それも1つはなんの役に立つかもわからず、スキルすら不明なのを含めれば4つ。のこりの6つのユニークスキル所有者は依然として掴めない。しかし、ここにいる者たちが最高の戦力なのは間違いない。ヒースクリフは扉に手をかける前に、たった一言。あの世界で幾度と聞いたあの言葉を口にした

 

「征こう!開放の日のために!」

 

その言葉とともにヒースクリフは扉を開き、縦に収納されていた剣を抜刀してボス部屋へ入って行った。それに続き、すべてのプレイヤーが同じように、しかし、パーティーごとに流れ込んでいく。そして、部屋に入った俺たちがみたものは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

情報通り、漆黒の翼を持った悪魔だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から、1時間が経過した。

戦線は未だ安定しており、これと行った被害も以前と出ていない。問題としてはボスであるベヒーモスが飛ぶことでダメージの入りが少し悪く、5本あるHPゲージが未だ1本半しか削れていないことを除けば安定した戦闘と言えるだろう

 

「アリス!ベルクーリさん!」

 

「ええ!任せなさい!」

 

「若い二人には負けれられないんでな!」

 

二刀から放たれる連続6連撃ソードスキル『桜花乱舞』を終えるのと同時に、アリスが片手剣最上位ソードスキル『ファントムレイヴ』を発動させ、更にベルクーリは『スター・Q・プロミネンス』を同時に発動させ、ボスのHPを徐々に削っていく。そして、更に対面ではキリトが二刀流ソードスキル『ナイトメア・レイン』を発動し、スキル硬直を補うようにアスナが『オーバーラジェーション』、ユージオが『ホリゾンタル・スクエア』を発動させ、そして、その二人の後に再びキリトが攻撃を仕掛けるという連携が完成していた。

 

俺たちのようにボスの側面で攻撃するのは殆どのプレイヤーがそうなのだがたった一人、ボスの正面でその凶角を受け止めるプレイヤーが存在した。

 

『神聖剣』ヒースクリフ

 

圧倒的な防御力と生来の冷静さ、そしてこのゲームの細部までこだわった精密さ、更にその視野の広さを持ってボスの攻撃を正面から耐え、プレイヤー全員に指示を出すという離れ業を成していた

 

「A隊はE隊の補助に回れ、更にC、D隊は一度下がって回復を急ぎたまえ、B隊、ソラ君のパーティーはボスの左足付近を重点的に……」

 

更にヒースクリフの指示は続いていく。

そして、プレイヤーはリーダーである彼の指示に従って動く。戦いながら、不意に思ってしまった。『この男に指揮官をやらせれば右に出る者はいない』と、言ってしまっては悪いが前回のSAOではヒースクリフは基本的に最前線……それもボス攻略以外に参加することは殆どなかった。それに作戦指揮も殆どアスナが行なっていたほどだ。まともに指揮を見たのは最後の75層の時くらいだろう。夢中で覚えていないが……その後も今の彼以上に優れた指揮官を見たことはなかった。だからだろうか、この男の指示で戦うと、全ての能力を惜しみなく出せる。いや、安直にいうならステータス以上の力を発揮できるというところだろうか。

 

辺りを見回せば全てのプレイヤーがHPをグリーンで保っていれるのは彼が最適のタイミングで下がらせ、回復させるから、そして、俺やアリス達B隊はスイッチのタイミングでポーションを使うのを知っているからヒースクリフは俺たちB隊を下がらせることなくフル活用できる。そして、ヒースクリフを除くA隊は他のパーティーの補助へと当てることでダメージの最高率化と高生存率の両方を維持しているのだ。俺は人をこうやって評価することは基本的に嫌いだからしないが彼を見ていると嫌でも感じてしまった。ヒースクリフ……いや、茅場晶彦は本物の『天才』だと。この場合の天才とは頭の方ではない。戦いの『天才』、つまり『軍略』に長けた男だと俺個人は思っていた。

 

チラッとアリスとスイッチした瞬間、ヒースクリフを見ると彼は隙をみてはソードスキルをベヒーモスの頭部へヒットさせ怯ませていた。そして、無為な追撃はせず、すぐに十字の盾を構えて防御を開始する。きっとあのソードスキルは自身へターゲットを集めるために定期的にやっているものなのだろう。ほかにも【神聖剣】のソードスキルにはターゲット集中の効果も少なからずあるはずだ。だからこそ、俺たちにターゲットがあまり向かない。いや、尻尾や足による攻撃はあるがそれは回復で補えるレベルの微々たるものだった

 

 

そして、攻略開始から2時間が経過した。

 

ボスのHPがついに半分。

つまり、残り2本半を切ったところで異変は起きた

 

『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

キングベヒーモスは戦闘開始時よりも大きな雄叫びをあげ、一気に飛び立ち、少し広めのボス部屋を旋回する。そして、そのまま一気に急降下して

 

「総員!防御態勢を取れ!」

 

ヒースクリフの指示に全員が防御態勢をとる。

この2時間、幾度となく見た攻撃だった。

そしてその度、防御をすれば耐えれるレベルの攻撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、俺たちは忘れていたのだ

 

 

 

この階層のボスの本当に恐ろしいところは飛行能力でもその角でもなく

 

 

 

この世界初の《属性攻撃》持ちのそれもクォーターポイントのフロアボスであったことを

 

 

キングベヒーモスが急降下し、突撃したプレイヤーの集団が一気に消失した。

 

 

悪魔の四肢には冷気が漂っていた




次回も50層攻略編は続きます。
戦闘描写苦手なので、読みにくい文章ではありますが……w

感想とかもくれるとやる気が上がります……w
返信もちゃんとしますからね?


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VSキングベヒーモス(下)

約2月?程書き直しを続け……
お待たせしました!
今回はいろんな要素が追加されます。
主にUW要素が大量投下されます。
正直SAOの世界観を破壊するレベルでの愚行かなとは思うのですがここは作品投稿当時から描きたかった場所なので改変等するつもりはありません!

それでは50層階層攻略編ラストバトル!お楽しみください



「嘘だろ……タンクが一撃で?」

 

最前線のトッププレイヤー、それが6人も一撃でやられた。その中にはタンク仕様の高防御力プレイヤーも数人存在していた。そしてその言葉がプレイヤーたちを混乱へ陥れた

 

「うわあああぁぁぁ!く、くるなぁぁぁぁ!」

 

一人、また一人と転移結晶を用いて離脱して行く。そして、人員が減って行くことでどんどん戦線は崩壊して行く

 

「不味いですね。このままでは全滅してしまいます」

 

アリスが横で顔をしかめながら最悪あり得ることを口にしていた

 

「……戦線を立て直すしかない。ヒースクリフ!キリト!」

 

次にどう指示を出すか悩んでいたヒースクリフと二刀を駆使してベヒーモスの攻撃を受け流したキリトを一度集める

 

「何か策が思い浮かんだのかね?」

 

「いいや、俺が考えれたのは一度戦線を立て直すことだけだ……ただ、このまま全員が撤退したらまたあの攻撃を目にすることになる。そうなると」

 

「数人はここで時間を稼ぐ必要がある……だろ?」

 

キリトが続けたそれに俺は小さく頷く

 

「俺とキリトそしてヒースクリフのユニークスキル持ち3人が残れば最低でも10分は可能だろう。だけど、それまでにレイドを再編成して戻ってこれるかはわからないだろう最悪、俺たちだけで1時間は稼がないといけないと考えた方がいい……行けるか?」

 

俺は二人の顔を見て問いかける

 

「フッ、キリト君、そしてソラ君。君たちは私を誰だと思ってるのかね?君たちと対等に渡り合える私がたかがイレギュラー一匹の攻撃を1時間防ぎきれないとでも?『ヒースクリフはイエローまでHPを減らさない』のは君たちは知っているだろう?」

 

「あんた……そうか、あんたもだったんだな。ああ!それなら行ける。ソラ、俺たち3人なら1時間でも耐えられるはずだ。だから」

 

「撤退の指示は君に任せる。最強の剣と最硬の盾、存分に使いたまえ!」

 

2人の言葉に俺は静かに頷いた。

やることは2つ

戦線の一時立て直し、俺たち3人以外の一時離脱。

そして、ここから死者を出さずに全員を一度街へ返すことだ。だから……

 

「聞け!これよりの指揮!イノセントエクセリアのソラが受け持つ!」

 

ボス部屋全体に俺の声が響き渡る。

そして、その場にいた誰もが一斉にこちらを向いた。

 

「全員、転移結晶を用いて一時撤退せよ!戦線はユニークスキル持ち3人で抑える!街に戻ってからは部隊の再編成、アイテムの補充をして万全の状態でここへ戻ってこい!再編成の指示は血盟騎士団副団長アスナに一任する!1時間は稼ぐ、早くいけ!」

 

その指示を聞いた瞬間、今まで離脱を躊躇っていたプレイヤーたちが一斉に離脱して行く。そしてその全てのプレイヤーが俺たち3人へ敬礼して転移していった

 

「キリト君、ソラ君、団長!必ず1時間で戻りますから!」

 

アスナも離脱するのを見て俺はとりあえずは大丈夫だろうと安心する。

 

しかし、その場に残ったのは……

 

「全く、これだからソラとキリトは……でも、君たちを支えるのは僕の役割だからね」

 

苦笑いをしたユージオ

 

「でもよ、俺たちもおめえら残してここから出てくなんて出来ねえからよ!」

 

ニカッと笑うクライン

 

「お前たち2人の保護者役としては死なれちゃ困るんでな」

 

大斧を片手に笑うエギル

 

「俺たちはお前に命を預けてるんだ。ソラ、それなのに俺たちが一回撤退なんてするわけないだろう?」

 

俺の頭に手を置くベルクーリ

 

「言ったはずですよソラ。私はあなたの隣に立ち続けると」

 

呆れた顔のアリス

 

「……っ!ありがとう、でもきっと辛い戦いになる。だから全員HPがレッドになったら迷わず離脱してほしい」

 

「「「「「わかってる(ます)」」」」」

 

「いい友人たちを持ったのだな。ソラ君」

 

「あぁ……俺の最高の仲間たちだよ」

 

そう言って俺は正面で俺たちを睨みつけるベヒーモスを見る

 

「征くぞ!時間を稼ぐと言ったが、増援が来る前に倒せればそれはそれでいい!判断はそれぞれに任せる!」

 

「「「「「「「応!」」」」」」

 

そして、俺たちの耐久戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ソラ!」

 

「了解!クライン、お前に合わせる!」

 

耐久戦が始まってから30分経過した。

俺たちはボスのHPを一本減らすことに成功していた。

それというのも、1人1人が確実にそれぞれをサポートしつつ確実に高威力のソードスキルを直撃させれる状況を作り上げていたからだった

 

「よし!これなら行ける!」

 

「ユージオ!気を抜いてはいけません!」

 

「わかってる!行くよ!アリス!キリト!」

 

ユージオが2人に声を掛け、2人はそれに合わせてソードスキルをベヒーモスの側面へ叩き込んで行く。そのどれもが高威力の最上位ソードスキルだった。特にキリトの二刀から放たれる『スターバースト・ストリーム』がベヒーモスにヒットするたびにベヒーモスのHPを大きく減らして行く

 

「次が来るぜ、ベルクーリ!団長さん!」

 

「君こそ間違ってツノの先にでも触れないようにするといい。エギル君」

 

「全く、俺はどちらかといえばアタッカー向きだと思うんだけどな!」

 

ベヒーモスの攻撃を正面から受け止め、ヘイトを稼ぎ続けるエギル、ベルクーリ、ヒースクリフ。戦況は安定の一言と言えるほど順調に進んでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、50層転移門前ではアスナを起点として部隊の再編が行われて居た。

 

「あと3人……」

 

部隊の再編成と言ってもボスの攻撃、それを受けて死んでしまったプレイヤーの空きが埋まらない状態だった。

 

しかし、血盟騎士団の副団長としての人脈もこの時点ではさして広くない。寧ろ、前回のアインクラッド攻略時よりも少ない可能性すらある中であと3人をどう集めるか頭を悩ませていた

 

そんなとき、目の前にいた攻略組の列が割れ始めた。何事かと思いその中心を見ると身長からして3人ほどの少女がこちらへ向かって歩いてくる

 

その少女たちは遂に攻略組の列を抜け、私の元へとたどり着いた。

 

「アスナ様、今回の攻略。私たちにも戦わせて欲しいです」

 

口を開いたのは銀色の髪を腰の辺りまで伸ばした少女だった

 

「貴女たち……どうしてここに……?」

 

正直信じられない気持ちでいっぱいだったが、彼女たちの強さは私自身よく知っている。右にいる黒髪黒目の少女も左にいる赤髪赤目の少女も、そして目の前の銀髪青目の少女のことも

 

「ううん、なんで居るかは大事じゃないよね。わかった、3人ともレベルは足りてるよね?」

 

それに対して目の前の3人は頷いた。

私はそれを見て広場に集まって居るプレイヤーたちへ声をあげた

 

「欠けたレイドメンバーはこれで全員集まりました!時間まで後20分ほどしかありません。直ちにボス部屋まで引き返します!」

 

手にしたのは迷宮区の中間にある安全エリアで記録してある回廊結晶だ。

 

「コリドー・オープン!」

 

そして、私たちは再びあの戦場へと向かった

 

 

 

 

 

そして、アスナたちが迷宮区に転移してきた頃

ボスのHPは残り1本まで減らすことに成功していた。

 

「残り一本!全員気は抜くな!ここからまたモーションが変わるかもしれない!」

 

それに対して返ってきたのは全員からの「了解っ!」という返事だった。

 

「ソラッ!」

 

隣にいたアリスから同時に攻撃をというサインが出る

それを確認して、2人同時に走り出す。

それは今までのような側面からではない。

側面ではキリトやユージオ、クラインたちがひっきりなしに攻撃して居るのを見て少しだけ微笑み、ベヒーモスを睨みつける。

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

幾度となく行ってきた威嚇(ハウリング)、それを突っ切り刀二刀流最上位ソードスキル『鏡花水月』を発動させる。キリトの持つ二刀流の最上位ソードスキル『スターバースト・ストリーム』と対になるこの剣技は『スターバースト・ストリーム』と同時に発動させることで隠し効果が付与されるのを俺達は発見していた。『使用者のSTR+15%』これはスキル使用中のみプレイヤーに発現する裏効果だった。

『鏡花水月』が発動するのと同時に隣のアリスが『ノヴァ・アセンション』を発動させ、俺の行動を見ていたキリトが『スターバースト・ストリーム』を発動させる。合計50に迫る斬撃がベヒーモスに刻まれて行く。特にSTR特化のキリトのステータスで放たれる怒涛の16連撃はボスのHPの多くを消しとばした。しかし、それでやられるクォーターボスではない。全ての斬撃を受けて尚、減ったHPはゲージ一本のうち10分の1程度。ベヒーモスはニヤリと獰猛な笑みを浮かべ今までにない攻撃をした。

その場から真上へ上昇し、そのまま地面に向けて氷のブレスを吐き出した。それによって何が起きたか、一瞬理解できなかった。吐き出したブレスは地面に当たるのと同時に一面に広がり、俺たちの足場を凍結させた。そして、俺たちに付与された状態異常は『凍結』

 

「馬鹿な……奴は凍結の状態異常も付与できるというのか!」

 

ヒースクリフも驚きを隠せない。

何故なら元は凍結なんていう状態異常は存在していなかった。しかし、このゲームが始まってからすでに一年以上経過していることを考えれば属性攻撃を完璧に仕上げることは可能だというのも彼は知っていた。

 

しかし、今回は状況が悪すぎた。

人数が少ない上にHPはフルとまではいかない状況。

その上、凍結で身動きを取れずボスの攻撃は避けられない。それは───

 

 

ベヒーモスは上空から凍結したソラを見た。

自身を一番痛みつけたのは確実に彼奴だと、彼に搭載されているAIがそう告げている。先に殺るのは彼奴だとベヒーモスは判断した。自分の命は残りわずか、ならば自分と戦った中で一番強い彼奴を仕留めなければ気が済まなかった。例えそれが動けない相手を嬲り殺すことになっても。

 

滞空していたベヒーモスは確実に俺を見ていた。

そして、全員を一度見るともう一度俺へと視線を戻し、突撃してくる。あれはタンクを一撃で仕留めた攻撃だというのは見ただけでわかった。オマケに凍結の状態異常はあと1分もしないと解けない。足元が凍っているせいで攻撃を避けることは不可能……ならば───

 

「「「「「「ソラッ!(君!)」」」」」」

 

「───投影(トレース)、」

 

開始(オン)と言おうとした瞬間、目の前に白銀の閃光が現れた。瞬間、ベヒーモスが吹き飛んだ。見間違えるはずがない。あれは、俺が一番信頼している剣技『無明三段突き』だった。

 

それはどうでもよかった。

俺は白銀の閃光の正体を見た瞬間、呼吸することを忘れた。

 

「間に合ってよかったです……先輩」

 

涙を堪えた瞳で俺をまっすぐ見ている彼女に俺は言葉を返せなかった。彼女に会えたことは嬉しい。たくさん話したいことがあった。まだ教えたりないことがたくさんあった。だけど、その瞳は……“俺と同じ”その眼は……

 

でも、それは後だ。

俺の……たった1人の一番弟子であり後輩。

 

「行こう、アリシア」

 

そう告げた俺の瞳は黒色から煌々と蒼色に輝いた

右手に持った刀を足元に突き刺し、俺たちを止めていた氷を“殺す”

 

凍結していた全員が一瞬にして解放される。

それと同時に再編を終えたレイドメンバーがボス部屋へ流れ込んでくる。

 

「お待たせしました!レイドを再編成して帰還しました!」

 

アスナは武器を手に此方へ走ってくる

俺は頷き、指揮権をアスナへ手渡す

 

「殿組は一度後退し、状態異常、HPを満タンまで回復してくれ!再編メンバーは殿組と前線を交代!彼奴は凍結の状態異常を使ってくるから気をつけてくれ!そしてこれよりレイド指揮官はアスナに譲渡する!」

 

『了解!』

 

「了解!アリシアさん、ロニエさん、ティーゼさんは殿組の後退を支援、後に殿組と共に戦線へ復帰してください!」

 

「「「了解」」」

 

そして、ボスへのトドメの攻略が始まった。

俺はそれを後退しながら見つめる。

いくつもの光条がベヒーモスへ叩き込まれて行く。

 

「先輩、回復用のグランポーションです。飲んでください」

 

目の前にいるアリシアから手渡されたのはポーション類の中でも最高級のグランポーションだ。正直な話、治癒結晶よりも価値は高く、3分で30000回復する高級品だ

 

「そんな高いもの受け取れないよ。それは君が使うべきだ」

 

返そうとした瞬間、ポーションを握った手がアリシアに強く握られた

 

「私は……たかがポーション1つで先輩が死ぬのを見たくないです。あの時は、何もできなかったから……せめて、私に出来ることをやらせてください。それに私、ポーション作成スキルはマスターしてるんです」

 

あの時、というのはきっとカセドラルでのことを言っているのだろう。何も出来なかったなんて、あの場にいなかったのだから仕方ないことだと、そう言ってやりたいが言えないだろう。俺はポーションの栓を抜き一気に口に流し込む。グレープフルーツジュースのような酸味が口の中に広がるのと同時にHPがすごい勢いで回復して行く。それを見たアリシアは全員にグランポーションを配ると俺とアリスの近くに戻ってくる

 

「アリス様もご無事でよかったです」

 

「アリシア……様付けは要らないと何度言えば、いいえ、貴女にそれを言うだけ無駄なのはわかっているのですが……いえ、それよりもソラを助けてくれてありがとう」

 

「それは俺からも、助けてくれてありがとう。アリシア」

 

俺とアリスが礼を言うとアリシアは最後に見た笑顔と変わらない笑顔でえへへと笑った

 

「今度こそ助けられてよかったです」

 

そう言った彼女に俺は罪悪感を覚えた。

後できちんと謝ろう。そう心に決めて立ち上がる

 

「そうだ……先輩に渡すものがあるんです」

 

「渡すもの?」

 

「はい、私がここに来るときにあの方に持って行きなさいと……そして彼女自身も来たがっていたので」

 

ここに来るときというのはこの世界ということだろう。それは理解出来る。しかし、彼女というのは?

 

そして手渡されたのは一振りの刀だった。

それは元は無色の刀身だった妖刀

それは抜きはなったのと同時に真紅の刀身と漆黒の刃へ色を変えた妖刀

それは───幾重の戦場を乗り越え、様々な経験を得た霊刀

 

銘を紅音という

 

キリトとユージオを見ても2人は笑って俺を見る。その手には青薔薇の剣と夜空の剣を携えて。

 

この剣を握る資格が俺にはあるのか……でも、俺がアリスやアリシアを守るために、もう一度力を貸してくれ

 

そう願って俺は紅音の刀身を鞘から抜き放った

 

『待ってたよ。マイマスター』

 

頭に響いたのは嘗て彼の大図書館で聞いた声。紅音の声だった。

 

「俺をまたマスターと呼んでくれるんだな」

 

『当然だよ。私のマイマスターは貴方一人、アリシアちゃんはマスターだけど今この時を持って私のマスターはマイマスターに戻った。だから『霊刀紅音』の本領、ちゃんと引き出して見せてよね!』

 

ありがとうと口にしながら俺はベヒーモスを見た。

そして、キリトとユージオも俺の隣に立つ、さらにその後ろにロニエがティーゼがアリシアが立つ。アリスやクライン、ヒースクリフはそれを見守ってくれていた

 

「援護は任せてください」

 

「君たちを死なせることはさせないとも『神聖剣』の名に懸けて」

 

有難い言葉が背後からかけられる。

青く染まった眼に浮かぶのは奴の死線。

だが、それで十分だ。

何故なら此処には最高の相棒が二人もいて、頼りになる後輩がいて、そして何より愛刀が手に収まっているのだから

 

「征くぞ!」

 

その掛け声とともに殿組は前線へと復帰した。

 

俺が最前線に戻ってはじめにしたのはアリシアとともに奴の翼を切り落とすことだった。

 

「アリシア、わかってると思うけどその眼はモノの死を観る眼だ。使うのは辛いだろうけどあの忌々しい両翼を落とす。手伝ってくれるか?」

 

「はい、何処までもついて行きます。私は先輩の傍付きですから!」

 

二人同時に走り出し、近くにいた縦持ちのタンクプレイヤーは俺たちの意図を察したのか俺たちを上へ飛ばす準備をした。アリシアの場合は盾持ちとプレイヤーが低姿勢になり、俺の場合は槍を持ったプレイヤーがその槍を準備していた

 

アリシアは速度を殺すことなく盾持ちのプレイヤーを踏み台にし、左の翼を一刀の元に切り落とした。

そして俺は槍のプレイヤーにたどり着くよりも少し早くジャンプし用意されていた槍を足場にして跳ぶ。その瞬間、槍のプレイヤーも同時に槍を振ることでさらに高度と加速を稼ぐ。

 

「行くぞ、紅音。この世界に来て始めの一刀。奴の翼ですまないが」

 

『問題ないよ。あの立派な翼、ちょうど切り落としたいと思ってたんだ』

 

落下と同時に奴の翼の付け根に見えた線を紅音で切り落とす。着地と同時に左手に持っていた村正で尻尾も切り落とす。

 

『あ、その尻尾私が切りたかったなぁ』

 

呑気なことを言う紅音に苦笑しながら俺はアリシアと合流し、ボスへ攻撃を開始した。

 

そこからプラスで30分ほど経った頃、ついにその時はやって来た。夜空の剣と青薔薇の剣を取り戻したキリトとユージオ、そしていつの間にか持っていた金木犀の剣と時穿剣を手に持っていたアリスとベルクーリによってボスのHPは残り数ドットまで減っていた。

 

そこをキリトがラストの一撃を叩き込んだ。

二刀流ソードスキル奥義技『ジ・イクリプス』の最後の一撃が夜空の剣によってベヒーモスに突き刺さった。

 

50層のフロアボス『ザ・キングベヒーモス』は大量のポリゴン片に爆散した。攻略所要時間2時間半、犠牲者6名クォーターボスの攻略としては前回よりは結果はいい。しかし、犠牲者は出したくなかった。

 

フロアの中央には『congratulations!』の文字が浮かび上がる。するとプレイヤー達は歓喜の声を次々とあげた。リザルトには最多ダメージ付与者にはSoraの文字、そしてLastAttackBonusにはKiritoの文字が浮かび上がっていた。そして、キリトは夜空の剣を左に装備し、今回のラストアタックボーナスであるエリュシデータを右手に装備した。

 

「お疲れさん。やっぱ《黒の剣士》はそれが一番似合うぜ」

 

「サンキュ、でも犠牲者……出ちまったな」

 

「あぁ、出来れば出したくはなかったんだけどな」

 

俺とキリトは周りが歓喜に包まれる中少し落ちた顔をしていた。

 

「ふぅ、キリト君、それにソラ君。今回のMVPである君たちがそんな顔をしていては周りのプレイヤーが喜ぶに喜べないではないか。確かに犠牲者は出た。だが、それでも最初の6人で済ませられたのは間違いなく君のおかげなのだ。ソラ君」

 

ヒースクリフからの言葉で俺は周りを見る。

再編成して戻って来たプレイヤー達が次々と俺とキリトに拍手を送ってくる。それと同時に喝采が聞こえて来た

 

「であれば纏めるのは君の役目ではないかね?ソラ君」

 

ヒースクリフのやってやったと言う顔にため息をつきながら俺は仕方ないとため息をついた。

 

右手に持った紅音を掲げて

 

「たった今の時間を持って50層階層攻略戦を終了とする!全員、勝鬨を上げろ!」

 

瞬間、フロア全体を震わせるほどの声が響いた

 

 

それから10分ほどで攻略メンバーが街に戻ったり次の街をアクティベートしに行った。その際全員が俺に「お疲れ様でしたっ!」なんて言っていたので結局最後まで残ることになってしまった

 

そして残ったのは俺、アリス、ユージオ、キリト、アスナ、ヒースクリフ、エギル、クライン、ベルクーリ、ロニエ、ティーゼ、アリシアだった。

 

「なぁ、ソラよ」

 

クラインが一番最初に口を開いた

 

「どうした?」

 

「わりぃ、オレよ。全部思い出しちまった」

 

クラインは目を手で隠しながらそう告げた

 

 

 

 

 

 

 




作者は最近Vita版ですがホロウリアリゼーションを始めたんですが、コツコツレベルを35位まで上げてなんとか邪神を倒してセイクリッドレインをとってこれでストーリーが楽になるなんて思いながらDLCの深淵の巫女入れたんですよ。んで、適当に丸連打してたらLvが80に……(泣)
深淵の巫女の最低攻略ラインなんでしょうけど作者的には辛いものがこみ上げて来ましたね。

皆さん。ゲームの説明はちゃんと読みましょう。


あ、それはそれとして今月アリス追加予定らしいのでそれはそれで全力で育成しますとも


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取り戻した後輩との時間

今回は後輩ちゃんとの会話です。



「わりぃ、オレよ。全部思い出しちまった」

 

その言葉に俺とその言葉の意味を知るものは黙ってしまった。だが、それを許してくれるものはここにはいない。

 

「悪い、実は俺もなんだ。ソラ」

 

クラインの横にいたエギルも俺をまっすぐに見ながらそう告げたのだ。

 

「思い出した……ってのはきっとここでの記憶ってことじゃないんだよな」

 

「ったりめぇだ!」

 

涙を流したクラインは半ば叫ぶように答えた。

逃げることは許されない。あぁ、こうなる可能性はあるってキリト達が来ていた時点で気づいていたさ。

何がトリガーになって思い出してしまったのか、そんなことはどうでもいい。俺には説明する義務があるんだろう。

 

「わかった、全部話すよ。でも、その前に場所を変えよう。うちのギルドホームでいいか?全員、30分後にそこに集まってくれ」

 

きっと思い出したのは2人だけではないだろう。

だったら、他に思い出した人も見つけて伝えなければいけない。

 

「……わかった。30分後だな?必ず行く」

 

クラインはそう言い残して転移して言った。

それに続いてエギルも転移していったのを見て俺はため息をついた

 

「いつかこうなるのはわかってたことだろ?」

 

キリトが俺の近くに来て問いかける

 

「あぁ、わかってたさ。でもさ、クラインのあの顔見るとやっぱ辛いわ。やったことは後悔してないし間違ったことだとは思ってない。けど……それでみんなを悲しませたのは十分知ってる。だから、俺はきちんと話すよ」

 

キリトの目をまっすぐに見て俺は答えた。

それにキリトは頷いてアスナと一緒に転移する。そこにはもちろんロニエも付いて行って

 

「リズには声を変えておくからちゃんと怒られてね?」

 

去り際にそんなことをアスナは残して行った。

 

「さて、私は状況をあまり飲み込めないでいるが、どういうことなのかは気になるのでね。後で君のギルドホームへ立ち寄らせてもらおう」

 

「そう言えば、あんたはどうやってこの世界に?」

 

「私自身が望んだわけではないのだがね。確か彼女の名はステイシアと言ったかな。女神を自称する女性に此処へ転生、もとい逆行させられてね。君のサポートをするようにと。もちろん、GMである私が一プレイヤーである君を贔屓することはできないがやりようはあると思っていた矢先にこのデスゲーム化だ。正直私も驚きを隠せないよ」

 

「俺はあんたがデスゲーム化させようとしてなかったのが一番の驚きだよ」

 

俺の言葉にヒースクリフはふっと笑って転移結晶を取り出す

 

「なんにせよ。君がどういう最後を遂げたのか、私にも知る権利はあると思うのでね。30分後、君のギルドホームにてまた会おう」

 

そう言い残してあいつは転移していった

 

あと残ったのは俺とユージオ、アリス、ベルクーリにアリシア、ティーゼだった。

 

「ごめん、ちょっとだけアリシアと2人になってもいいか?あれとは別に話したいことがあるんだ」

 

「わかっていますよ。私だってそのくらいの配慮はできます。さて、小父様。ユージオ、それにティーゼ。私たちはそのままギルドホームへ向かいましょう」

 

アリスの言葉に3人が頷き、転移していった。ユージオとティーゼは仲良く微笑んでいたところを見ると転移先やら何やら教えていたのだろう。全員が部屋からいなくなり、此処に残ったのは俺とアリシアだけになった。改めて、成長した後輩を見る

 

「ごめんな、アリシア」

 

たった一言、だけどそれだけでアリシアは崩れ落ちてしまった。

 

「……先輩はずるいです」

 

泣き崩れてしまった彼女を抱きしめて頭を撫でる。

 

「あぁ」

 

「私は、先輩の傍付きだったのに……私が、あの時ウンベール上級修剣士に抗議していなければ!先輩はカセドラルに行くことはなかったのに!」

 

泣きながら自分を責めるアリシアはあの頃から変わらない少女のままだった

 

「自分を責めないでくれ。あの結末は俺が選んだ結果だったんだ。アリシアは悪くないよ。だから、泣き止んでくれ」

 

「無理です!私がその知らせを聞いた時、何日泣き続けたか知っていますか?その時キリト先輩がどうなったか知っていますか?あれだけ気丈なアリス様がどれだけ涙を流したか知っていますか!?」

 

それだけじゃないと、俺が傍付きをしていたアルトリウス先輩、彼は今考えると転生者だったのだろう。彼も大いに悲しんだという。それこそ聞いた瞬間に涙が流れるほどに、他にも仲のいい上級修剣士はいた。学院の生徒、街で仲良くなった露天の店員や子供たちも皆泣いたという

 

「あぁ、本当にごめんな」

 

だけど、俺にはこれしか言えることはなかった。

ただ、腕の中で泣き続ける彼女の頭を撫で続けることしか俺にはできなかった

 

彼女が泣き止んだのはそれから10分経った頃だった。

 

「ごめんなさい。先輩」

 

目元と顔を真っ赤にしてアリシアは謝ってきた

 

「いや、謝るのは俺の方だ。何も言わないで置いていって悪かった。アリシアにはまだ教えてないことがいっぱいあったんだ。話したいことだってたくさんあった。だから、また俺の傍付きになってくれないか?」

 

彼女がどんな道を歩んだか、それは紅音を通じて見てしまった。紅音がアリシアがマスターとなった瞬間に自身の能力を上書きしてかつて読み取った『両義蒼空』としての全てを完全再現するのが、記憶解放の力に変わっていた。それを使ったアリシアが俺の使う技をマスターしているのは知っている。だけど、それはきっちりと段階を踏んでから教えるはずのものだったのだ。今度はちゃんと俺という人間の全ての技を彼女に託したい

 

「答えなんて決まってるじゃないですか……私は、先輩の傍付き錬士ですから!」

 

そういった彼女は先ほどの泣き顔とは変わって、笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと10分か……」

 

「そろそろ行かないといけませんね」

 

アリシアにそう言われて俺はそうだなと返す。

 

「そうだ、アリシアに渡すものがあるんだ」

 

「え?渡すものですか?」

 

そう、アリシアのその眼を見た瞬間に渡すことを決めていたものがある。それは嘗て俺が掛けていた眼鏡を投影して彼女に渡す

 

「これは……眼鏡ですか?」

 

「そう、その眼鏡少し掛けてみな」

 

俺に言われるがままその眼鏡をかけたアリシアは再びその眼に涙を浮かべた

 

「これは……私の視界からあの線が見えなくなって」

 

「それは魔眼殺しって言ってね。アリシアは魔眼の切り替えができないからそれをかけて欲しいんだ。その眼を手に入れたのは……俺の責任だから」

 

紅音の完全武装支配術は2つある。

1つは俺じゃない使用者。つまり俺以外の人間が使った時、紅音を使うに相応しいか選定する為のもの。それが『直死の魔眼』の疑似再現。これは死の線を使用者の視界に発現させることでその者に適性があるかを調べるそうだ。乗り越えられなければ待っているのは発狂してからの死。それはそうだろう。直死の魔眼が見せる世界は視界の全てに死の点と線が見える終末の光景だ。そんなもの通常の人間が耐えられるはずがない。紅音が先程アリシアをマスターと呼んでいたのは彼女が耐えきったからだろう。

オマケで言えば記憶解放も2種類ある。

これも完全武装支配術と同様に俺以外の人が使った場合。『SAO』時代のソラのステータスの完全再現。これは前の世界のソードアート・オンラインで俺が育てたステータスや装備を完全に再現するものだ。そして、最も凶悪なのはそれを使った瞬間、俺という人間の特異性を全て上書きされることだろう。いわば転生特典をその身を受けるということだった。なぜ、そんなことになるのか、それは嘗てあの世界での俺は転生特典で得た剣術をフルで使用して攻略に励んでいたのだから。そのいい例が『無明三段突き』だろう。とにかくそういうわけでアリシア自身は既に両義蒼空と同等の剣術を扱うことになっているのは紅音から記憶を見せられた時に理解した。

 

だから、アリシアがその眼で苦しんだのも知っている。

そんな俺がアリシアに出来ることはその眼に映る終末の風景を見えないようにしてあげることだけだった。なにせこの眼は何をどうしたところで消えることはない。それこそ目を潰そうがその視界から点と線が消えることはないのだから

 

「俺も前の世界で普段は、焦点をズラして物事を俯瞰することで異様な視界と折り合いをつけていたからあまり見えなかったけど、気をぬくとすぐに視えてたからね」

 

「私にもそれが出来る日が来るでしょうか?」

 

「正直厳しいと思うけどね。まずはその眼と向き合わなきゃいけないわけだし。それにもともと持ち主てなかったアリシアにはかなり負担がかかってたと思うけど?」

 

「……それは、はい」

 

「だろう?だからその眼鏡で我慢して欲しい。なに、眼鏡かけたアリシアは知的な感じがするから賢く見えるよ」

 

「むっ!それはどういう意味ですか先輩!私、これでも頭はいいんですからね!」

 

ちょっと膨れたアリシアは俺の知ってるあの頃のアリシアとなにも変わらなかった

 

「ははっ、ごめんって」

 

そう言いながら俺は立ち上がる。

それと同時にアリシアも俺の隣で立った。

 

「さぁ、そろそろ時間だ。行こう」

 

「はい、どこまでもお伴します。ソラ先輩」

 

笑顔でそう告げるアリシアに俺は学院でのことを思い出す。確かに前もこんな感じで付いてきてくれていたな。そんなことを考えながら俺たちは22層のギルドホームへと向かった。

 

 

 




エギルやクライン、他にはリズやシリカが集まる中次はお話会です。


そう言えば、HRで今日クレクレ厨に出会いました。
本当にいるんですね。見てて驚きました


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両儀蒼空(*)

投稿遅くなりました。
今回はソラの前々世からの話です。
正直、今回は好みが分かれる内容だと思います。
ですが!作者に後悔は……あります。
正直もう少しうまくかけたんじゃないかなと思うんですがこれが限界でしたっ!


2018.11.26.2:00 リメイク


俺とアリシアは時間の1分前にギルドホームの目の前にいた。

 

「……ふぅ」

 

「先輩、緊張してますね」

 

後ろに立つアリシアがいつものように声をかけてくれる。

 

「……よくわかったね」

 

少しだけ、緊張がほぐれた感覚がしてアリシアへと応える。

 

「だって先輩、教員室へ呼ばれた時と同じ顔してるんですもん」

 

「え?そんな顔してた?」

 

「はい、してました」

 

少しの沈黙が流れるが、互いに少し笑ったことで時間になった。

 

「よしっ、気合も入ったし。いっちょ事情説明会と行きますかね!」

 

「はい!それはそれとしてあの件に関しては私も知りたいので助け船は一切期待しないでくださいね」

 

扉を開ける瞬間、アリシアが敵に回ってしまった……

ギルドホームに入るとそこには様々なメンバーが集まっていた。いや、最後に見たのは数年前のメンバーもしばしば見かけた

 

「遅くなった」

 

一声かけるとそこにいた全員が一斉に俺の方を向いた。

既に今から話すことを知っているメンバー……アリスやユージオ、ベルクーリやキリトとアスナなんかは落ち着いているが逆に数日前にあったばかりのシリカや今回はまだ会ってないリズ、そして、さっきまで一緒にいたクライン、エギル、ヒースクリフは真剣そのものの面持ちで俺を見ていた

 

そして、俺は語り始めた。

俺の始まり、『両義蒼空』の誕生から今の『両儀蒼空』になるまでの物語を。

今までどんな気持ちを抱えて生きてきたか、そして、最期に如何してあんな行動をとったか。

 

俺の1回目の人生は割りかし、普通な人生を送っていたと思う。

俺にとっては可愛い2つ下の弟と妹がいたし、小さい頃からずっと一緒だった幼馴染だっていた。幼馴染とはみんなで歌手のライブとかにも行ってたし。なんだったらバンドを組んで本気で打ち込んだりもしてた。

だけど、俺の生活が一変したのは高校に入ってからだった。

父が事故で亡くなり、それに続くように母も病気で亡くなった。

幸い、2人を養うだけの貯蓄は残されていたが、それに頼り切るわけにもいかないから俺は街で一番有名なレストランでバイトを始めた。週に5回、高校が終わる4時から10時まで。店長がいい人で他の人もみんないい人たちだったから俺も仕事を楽しめたし、もともとそれなりにできた料理の腕もかなり上がった。

 

幼馴染の中に未桜(みお)って子がいてさ。

その子の家がいわゆるお金持ちの子だったんだ。

その子の家族が俺たちを引き取るって話も一度でたんだけど、それは友達として顔向けできないし、それに弟と妹が成人するまでは俺が面倒見るって決めてたからその話は断ったんだ。

 

……なんで断ったか?

だって、今まで対等の友達だったのにお金が絡むといろいろ変わるものとかあるだろ?俺はそれが嫌だったんだ。

 

まぁ、それは置いておこうか。

そのあと、俺が高校3年になった時、弟と妹も同じ高校に入学して、2人は俺に苦労かけないようにって優秀な成績をとって特待生として入学したんだ。え?特待生ってことは私立だったのかって?まぁ、その辺は置いといてくれ。俺もそこそこ頭の出来は良かったんだよ。

 

で、俺が高校を卒業してそのままレストランに就職するわけなんだが、卒業の時に妹と弟が内緒でバイトしてたらしくて、その時卒業祝いとしてコートと時計を買ってくれてさ。それも家に帰ってからいきなり渡されて……あの時は本当に泣いたね。まさか、この2人にプレゼントをもらう日が来るとは思わなかったし。

 

そこから俺は2人の為にひたすら働きまくった。

月の休みは出来るだけ削ったし、その分手当とか給金は良かったしね。2人が高校を卒業して大学に入った後もなんとか、やりくり出来るように必死こいたよ。2人が卒業して立派に就職するまではとにかく働きまくった。まぁ、それが祟ったのかなんなのか病気にかかってね。それで仕事を辞めざるを得なくなって、辞めて病院に入院したわけ。そこで初めてみんなに知らせたんだけどもうめちゃくちゃ怒られた。幼馴染にはなんで頼ってくれないんだって怒られたし、弟と妹にはいい大人になったのにギャンギャン泣かれるし、まぁもうなったものは仕方ないからってことで療養に専念したんだけど。

結果は察してくれ。

 

最後はみんなに看取られて旅だった。

 

……筈だったんだけどな。

 

なんの因果が、こうしてみんなに出会えた。

俺はいわゆる神様転生って奴に巻き込まれた。

無限の剣製(望まない力)直死の魔眼(望まない異能)剣技の支配者(必要のない権能)を宿されてこの世界に来た。

 

本当に、生きる意味が見出せなかった。

俺の知っている人は誰もいなくて、心の休まる場所はなくて

それでもこの世界の家族に迷惑はかけたくなくて

だから、気晴らしにナーヴギアとソードアート・オンラインを手に取った。

 

本当に、初めてあの世界に入った時は感動した。

男なら誰だって夢見るだろう?異世界とか中世の街並みとか。

それが目の前に広がっていた。俺はあの瞬間、仮想世界(この世界)に心を奪われたんだ。

 

だけど、この世界は俺に取っては能力が極限にまで活かされる世界だった。剣技の支配者によって早熟する俺自身の剣技。死の見える眼はありとあらゆるモンスターを一撃で葬り、武器が壊れれば複製していくらでも使い潰せる。

 

デスゲーム化したあの世界ではたしかに有効な能力だった。

だけど、俺が50層を越えるまで無名だったのは誰とも干渉しなかったからだ。

 

なんで、関わらなかったのかって?

それはこんな異能を人に見せるわけにはいかないからだよ。

だって気味悪いだろ?蒼く光る眼に無限に剣を生み出す能力、それに異常なまでの剣技の早熟。

 

ヒースクリフやアスナ、キリトに頭を下げられたから俺はあの戦いに参加したんだ。無名だった俺に攻略組のトッププレイヤーがあの世界の希望とも言える人たちが真摯にお願いをしてくれたから。

 

だから、偽りだらけの俺でもみんなと一緒に戦えた。

死を観る眼を押さえ込んで、使い捨てと思っていた武器を大切に扱い。異常なまで練達した剣技を怪しまれないように戦った。

 

あの戦いは攻略組にとっては大事件になりかけたけど、俺にとっては本当に大切な戦いだったんだ。

 

それからキリトは俺に構ってくれただろ?

俺の悪い噂だって、所詮噂だろ?って一蹴してくれたよな?

アレが本当に嬉しかった。だから、俺はみんなと関わろうと思ったし信頼しようと思えた。

 

それからはみんなの知る通りだよ。

俺はキリトと一緒に行動を続けたし、攻略組として活動を始めた。

アインクラッドにいた人は知ってると思うが俺がレッドプレイヤーを相手にどう呼ばれていたあの名前を変えてくれたのもキリトだった。

 

本当に、救われたんだ。

キリトに会えて、みんなに会えて、ああやって笑いあえたことが本当に嬉しかった。

 

そして、俺が最後にたどり着いたのはあのセントラル・カセドラル。

あの時、俺は2年間を共に過ごしたユージオに死んでほしくなかった。だって、あの世界ではユージオは死んだら本当に死んでしまう。アリスを必死になって探して、漸く会えて希望が見えたユージオに死んでほしくなかった。あの時、本気でそう思ったんだ。一番はアリスのことを考えていたけど、でも友人を……友達に死んでほしくなかったんだ。

 

だから、俺はあんな行動に出た。

もともと、俺はいる筈じゃなかった人間でそこにいないはずの人間だって心の何処かで思ってたんだ

 

あの時のこと、後悔はしてないし間違いだとも思わない。

だけど、これだけはみんなに伝えておきたかった。

 

「本当にすまなかった。何も言わないで1人で勝手に死んで」

 

俺はその場で大きく頭を下げた。

そして、そのままどれくらいの時間が流れたか、1分かそれとも5分経ったかわからない。けど、そうして時間が経過していくと『ぽん』と俺の頭に少し大きめの手が置かれた

 

「おりゃよ、お前が死んだって聞いた時よ。本当に目の前が真っ暗になった。お前の葬式にも参加した。でもよ、お前が死んだって俺は信じられなかったんだよ。いっつもみてえにケロっとした顔で声かけてくんじゃねえかってよ」

 

クラインはうつむきながら俺に語り続ける

 

「でも、おめえは俺に声かけてくんねぇんだよ。いつもみてえに『なに泣いてんだよクライン』って言ってくれなかったんだよ。そうなったらよ、俺だって認めるしかないじゃねえか。それなのに何十年も経ってからお前と初めて会ったここで、お前に会えるなんて誰も思わねえじゃねえだろ!」

 

涙でくしゃくしゃになった顔で俺をまっすぐに見て「だからよ」と続けた

 

「俺はお前が生きててくれて嬉しかった。前と違って心の底から幸せそうにしてくれていて本当に良かった。またいつもみたいに笑ってるお前が見れただけで俺はもう満足だ。だからよ、頼むから今度は絶対死なないでくれよ。もう、仲間がダチが死ぬのは見たくねぇんだよ」

 

「あぁ、約束する。今度こそ、俺はみんなの前からいなくならない」

 

あぁ、これは約束。

俺の中でここの全員に誓った【誓約】だ。

今度こそ絶対に破らない。今度こそ、全員で笑い合える日々が続きますように

 

その後のことを語るなら、リズには思いっきり殴られた。それはもう圏内じゃなければカーソルがオレンジ色に染まるくらいのSTR値全開のパンチを喰らった。もう、吹き飛んだ。文字通り壁に突撃する勢いで。シリカには数日前にあったばかりだが、今日の昼頃、記憶が戻ったそうだ。急いで攻略に向かおうとしたがレベル的に足りないと思い、リズの店に急行したらしい。ヒースクリフはいつも通りの鉄仮面だったがただ一言「これからは私も頼りたまえ」と残してギルド本部へと戻っていった。エギルは俺の頭に手を置いて「辛い時は俺に相談しろよ」といってキリトの方へと歩いていった。その後何か話していたが内容までわからない。そしてアリシアだがあの話のどこで引っかかったのかわからないが号泣していた。それはもう比喩でもなんでもない号泣だった。アリシアを慰めるのに親友であるロニエとティーゼが30分がかりでなんとか泣き止ませたが2人曰く俺が死んだ時以来だったらしい。そして夜になってそのままみんなでどんちゃん騒ぎだったのだが、それももう1時間も前の話だ。

 

そして俺は今ギルドホームの近くの湖のほとりで座り、風を浴びていた。ただ、ずっと月を眺めて静かに。すると誰かが歩いてくる音がした

 

「となり、座ってもいいですか?」

 

歩いてきた誰か、アリスの問いかけに俺は静かに頷く。

 

「此処が好きなんですね」

 

「そうだね。ここは君に出会う前のアインクラッドでも一番のお気に入りだったんだ。 静かで人気がなくて、湖に映った月が綺麗だろ?ここにきてぼーっとしてるとさ悩みとか、辛いこととか忘れられるんだ」

 

「今も悩んでることがあるんですか?」

 

その問いかけに俺は首を振った。

 

「ないわけじゃないけど、みんなに話せたからかな。ほんと、だいぶ軽くなったよ」

 

その答えにアリスは少し黙ると「……そうですか」とだけ返した。しばらく2人で月を眺め続けていると再びアリスが口を開いた。

 

「そう言えば、みんなはあの場で言っていましたが私からも言いたいことがあるんです」

 

隣に座ったアリスの顔を見るといつも以上に真面目な顔で俺を見ていた。その青く澄んだ瞳がまっすぐに俺の目を見ていた

 

「ソラの心が折れそうになったら私が支える柱になります。貴方が手を伸ばしたら私はその手を必ずとります」

 

「……アリス」

 

アリスは一呼吸置いて再び口を開く

 

「いいえ、違いますね。私は貴方のそばから離れません。例え、貴方がこの世界の敵になっても。例え、貴方が全てのプレイヤーに嫌われても。私は私だけはずっと貴方の味方でいます。だからソラは安心して、自信を持って生きてください。ソラが悩むなら私も悩みましょう。ソラが辛いなら、私も同じ辛さを分かち合いましょう」

 

それはアリスの心からの言葉だとわかった。

それと同時にどんなに重たい言葉かも理解した。

でも、その言葉が嬉しくて。嬉しくてたまらなくて涙が止まらない。

 

「ほんとに……君には泣かされるなぁ。いっつもいっつもなんでそこまで俺のこと思ってくれるんだ」

 

アリスは俺を抱きしめ、一言だけ呟いた

 

「それは私がソラのことを愛しているからですよ」

 

その一言で今まで溜め込んでいたものが全て壊れた。

泣いた。本当に今まで生きてきた中で一番泣いた。

『愛している』ただそれだけの理由で彼女はそこまでの覚悟をしていた。だから、俺も覚悟を決めよう。

もう、躊躇うことはしない。アリスを護るためならば俺が持てる全てで彼女を護ろう。それが【両儀蒼空】にとっての全てなのだから

 




次回から、『虚ろな剣を携えて』を投稿しているアクワさんとのコラボになります。

このSAOでの初のコラボ編お楽しみにください!


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71層攻略編〜コラボ編〜
始まりは突然に(コラボ編)


───例えばそれは……異世界からの戦士との邂逅


あのみんなとの本当の再会の日から半年以上が経過した。明後日あたりでこの世界が始まってから2年が経過するはずだが、詳しいことは覚えてない。

それはそうと俺たち攻略組は3日ほど前に70層を踏破したばかりで現在の最前線は71層となっている。

その最前線71層の主街区【オブシディア】は街のほぼ全ての建物が木造で出来ていて、街の中央にある噴水からは東西南北に水路が伸びている。別名【木組みの街】とも言われるそこはまだ解放して3日しか経っていないにもかかわらず既に観光スポットと化していた。

 

「それにしてもここは本当に落ち着く街ですね」

 

「そうだな。建物が木で出来ているからかかなり落ち着く」

 

「私はこういう街には初めてきましたけど、先輩の住んでいた街はこういう建物が多いんですか?」

 

50層で再開して以来メガネっ娘と化したアリシアが楽しげに聞いてくる

 

「ん〜、俺の住んでた街はそんなでもないよ。でも俺の住んでる家は木造出てきた武家屋敷みたいなところだから」

 

「ブケヤシキ?それってどんな作りの家なんでしょうか?」

 

言葉の意味がわからず首をかしげたアリシアに苦笑しながら辺りを見回す。流石にアインクラッドに武家屋敷はないかと思い更に苦笑いをこぼす

 

「そうだな。ここがクリアできたら向こうの世界で見せてあげるよ」

 

「ほんとですか!」

 

大喜びするアリシアを見て俺と隣にいたアリスは自然と笑みをこぼしていた。っと、こんなことで盛り上がっているが本当の目的はここを攻略することにある。まだ解放されて3日だがこの71層のフィールド自体は大した難易度ではなかったためすぐにフィールドボスまでたどり着いた。しかし、フィールドの難易度とフィールドボスの難易度がはるかに違ったのだ。俺とキリト、ヒースクリフが話した結果。あのフィールドボスのレベルは恐らく80層クラスのフィールドボス級だと判断した。なんせ、俺たち3人は自慢ではないがこの世界でNo.IIIを独占できるほどレベルが高いと自負しているのだが、それでも敵のカーソルが真っ赤だったのだ。その結果攻略は一時中断。攻略組のレベルが総じて90台まで登りつめてからの攻略再開という決まりになった。それが昨日の出来事だ。

 

「それにしても、どうして急にあんなモンスターが」

 

「フィールドボスのことですか?」

 

訪ねてくるアリスに俺はただ頷いた。

 

「本来……いや、前回のここのボスはそれこそ普通に戦えば何の問題もなく狩れたモンスターだったんだ。けど、ここに来て急に変わったモンスターのレベル。考えても仕方ないけど、やっぱり不自然だと思うんだ」

 

更に言えば俺とキリトとヒースクリフは様々な可能性について話した。ヒースクリフこと茅場晶彦はこのゲームの元ゲームマスター、そして、キリトはゲーム開発にも関わったプログラマー、俺は第三者として話し合った。

 

ここに来て3人で会談をしたのはこれが初めてだったが、ここで話されたのは3つだった。①黒幕の正体。②ゲームバランスが崩壊するほどのボスモンスターの配置。③これから先の攻略方針。①と②は恐らく同一人物の可能性が一番濃かったが肝心の正体が未だ掴めない。可能性として俺たちが真っ先に疑ったのは茅場晶彦に嫉妬を抱いていた須郷伸之だった。なにせ、SAOの機関プログラムを丸パクリして犯罪を行なっていた外道ではあるが、茅場自身も認めるほど須郷はプログラマーとしてはかなりの部類に入る人物だ。須郷ならばデータの改ざんくらい軽くこなせてしまうというのは俺たちも知っていることだった。そこで一応、①と②の議題は片付いた。そして、一番大事だったのは③のこれからの攻略方針だった。なにせ、攻略組での現在の指揮は『血盟騎士団』のヒースクリフと『イノセントエクセリア』のソラ、つまり俺がとっていることが多い。または二重での指揮体制が現在ではほとんどだった。そこで決まったのが今回のフィールドボスの攻略が推奨レベル90以上という結論だったわけだ。

 

「さて、今日もレベリングと行きますかね」

 

「今日はLv96を目処にと私は思っていますが」

 

「私は92まで上がれば十分かなって」

 

アリスとアリシアは今日の目標を決めると俺は頷いた。ついでに言うと俺のレベルは現在115だ。現状2番目のレベルになっている。ヒースクリフ、俺、キリトといった順番だ。とはいってもその中でずば抜けているのはヒースクリフだけで俺とキリトは1レベルの差しかないからすぐに追い越されるに違いない。そう言えば俺たちイノセントエクセリアはだいぶ戦力が分散し始めた。と言うよりもそれぞれが自分のパートナーと一緒にPTを組んでいるといった感じだが。キリト、アスナ、ロニエのペア。ユージオ、ティーゼのペア。俺、アリス、アリシアのペア。ベルクーリはいつの間にかテイムしていたドラゴンと一緒に『竜騎士』の2つ名を背負ってフィールドを縦横無尽に駆け回っている。アスナは50層攻略の折、『血盟騎士団』から『イノセントエクセリア』に復帰したため俺たちはあれ以来フルメンバーで活動できるようになった。

 

「それじゃあ、さっきキリトからいい狩場を見つけたってメッセが来たからそこで狩りをレベリングしようか」

 

その言葉に頷いた2人を見て俺たちは街からその狩場へと向かった。

 

 

結果としてはその日のノルマはクリアしたどころか+2レベルの上々とした結果だった。満足しながら3人で街へ戻っていると近くから戦闘音が聞こえた。

 

「……行ってみますか?」

 

「だな。暗くなって来てるし、もしピンチだったら助けることもできる」

 

アリスの問いに頷くと俺たちは走り出した。

そのたどり着いた先で見たのは件のフィールドボスを1人で相手取る見たこともないプレイヤーだった。片手剣と細剣を片手ずつに持ち“両手に持った武器で交互にソードスキルを発動させていた”その戦い方に危なげはないわけではないが、その剣技の放つ軌跡が余りにも綺麗でそれでいて儚くて、悲しいものを感じさせられて。つい見惚れていた。

 

「……先輩?」

 

アリシアに声をかけられてやっと意識が戻った。

そうだ、1人で戦うなんて無茶すぎる。

 

「正直勝てる相手かわからないがあのプレイヤーの救出が最優先だ!」

 

「了解です!」

 

「サポートは任せてください!」

 

俺たちはそれぞれ武器を抜き放ちそのプレイヤーの援護に入った。

 

 

 

 




っと、言うわけで今回からコラボ編がスタートしました。アクワさんとのコラボは数話に渡って繰り広げられるのでお楽しみください


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擬技



その剣戟はどこか儚さを感じさせるもので、それはきっと、いろんな思いが込められたそんな剣だと感じさせられる


走る。

愛刀である紅音を携えて。たった1人でフィールドボスと戦っているプレイヤーの援護に入る。

フィールドボスとといってもここのボスは専用のボス部屋が用意されている。しかし、恐ろしいのはフィールドボスである《シャガラガラ・ザ・キングキメラ》

獅子の頭、鰐の顎、四肢は熊、胴はゴリラの獣は文字通りキメラ。その見た目以上の攻撃力を秘めた顎と前足から繰り出される攻撃は攻略を一時的に停止させるほどのものだった。

 

細剣と片手剣で連撃を繰り出しているプレイヤー。

まだ攻略組でも見たことがない彼は次々とソードスキルを展開してボスのHPを削って行く。しかし、それと同時に負けじと反撃してくるボスの攻撃も少なからず被弾していた。

 

その光景を目に入れながら走る。

ボス部屋までの距離が遠い。

 

「先輩、私たちは後で追いつきますから」

 

「早くあのプレイヤーのところへ!」

 

アリシアとアリスが並走しながらそう言った。

その言葉を聞いた瞬間、俺はその場から掻き消えた。

 

一歩、音越え

 

これは3つの段階からなる剣技の極みの一つ

 

二歩、無間

 

音を超え、間を詰め一瞬で詰め放たれる

 

三歩、絶刀

 

その三つの突きから逃れられるものは誰1人としていない。

 

「……無明、三段突きッ!」

 

ソードスキル連携が切れたプレイヤーを襲う、その剛腕を全く同時に放たれる三度の突きが弾き返す。

 

「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」

 

突如、自身の獲物の前に現れた異物。

というのが奴からしたら俺の認識だろう。それは間違いない。

だが、そんなことは関係ない。腰にもう一つある愛刀《菊一文字則宗》を抜刀し、刀二刀流最上位ソードスキルである《百花繚乱》を発動させる。連続25連撃のSTR+SPD完全依存の攻撃は俺のステータスをフル活用して放たれる。そして、このソードスキルの大きなメリットはスキル硬直が0.01秒というほぼ無いのが特徴だった。舞うように放たれる25の斬撃は僅かに、でも確かにHPを削って行く。

 

「何やってるんだ!このフィールドボスが異常なのは『攻略組』なら知ってるはずだろう!」

 

呆然と考え込むこの《多刀流》と思われるプレイヤーは思考に集中しすぎてこちらの声が聞こえていないのだろう。

 

「いや……そもそも()()()()()()のか?」

 

ぼそっとそんな声が彼の口から漏れる

何を言っているのかはわからない。そもそもルールが違うというならば彼が使っている《多刀流》だって明らかにルール違反にも等しいだろう。そもそも片手剣と細剣を同時に扱うなど土台無理な話だ。俺やキリトのようにほぼ同ランクの武器を二本同時に扱うのとどちらかといえばSTR型寄りの片手剣とAGI型よりの細剣ではどうやったってバランスなんて取れやしないのだ。それを使いこなすこのプレイヤーは一体なんなんだ?そんな事を考えるだけで多少苛立ちが湧いてくる。

だからだろうか、つい、苛立ちのこもったような声を上げてしまったのは

 

「おい、聞いてるのか!このボスは君だけじゃ倒せない!」

 

それでも彼は俺を見続けた。

やがて様子見をやめたキメラが再びこちらに走ってくる。

舌打ちをしながら愛刀である二本を握る手を強め、再びソードスキルを連発する。《秋華》《月詠》《五月雨》《桜花乱舞》《月華美刃》《疾風迅雷》《鏡花水月》《百花繚乱》合計80以上の連撃がキメラに叩き込まれる。《刀二刀流スキルは基本的に初めから最後までが一つの舞として完成するようにデザインされている。技の最後のモーションが次の技の始動モーションに変化するためだ。勿論、それを自分でキャンセルすることもできるがそのぶんデメリットはかなりのものだ。キリトがALO自体に身につけていた《スキルコネクト》というシステム外スキルは発動したソードスキルの分だけスキル硬直が付与される。それはこの《刀二刀流》にも勿論付与されるのだ。逆にいえば全ての流れを一度やるとこちらにもメリットは生まれる。《スキル硬直30%カット》《3分間の全ステータス10%アップ》スキは大きいがそれによってもたらされる効果は絶大だ。全てのスキルを叩き込んだ俺にはスキル硬直が付与される。30%カットされたとしても20秒以上ある硬直はこの状況では生死に関わる問題でもあった。そんな俺を見て恐らく彼は動いたのだろう。左手に持っていた細剣を使用したソードスキル《ペネトレイト》をボスに放つ。確かあのスキルには行動遅延効果が付与されていたはずだった。俺の前に立つ彼は一度俺の顔を見て意地の悪い、少しだけ狂ったような笑みを浮かべた

 

「そんな見たこともないスキルをぶっ放す奴がいるのに、対抗しないとでも?」

 

その言葉を皮切りに彼はガラ空きの横腹目掛けて《ホリゾンタル・スクエア》を打ち込み、それを始点として次々とソードスキルを打ち出していく。《シューティングスター》、《カーネージ・アライアンス》、《クルーシフィクション》次々と放たれる剣技はやはりどこか儚いものを感じさせるもので、それを打ち消すように俺は自由になった体を動かして《百花繚乱》を彼に合わせて放つ

 

「やっぱり、防御力じゃないな……。HP量が膨大ってのが濃厚……」

 

互いにスキルを放ち、キメラが仰け反りとスタンしたことで若干の余裕が生まれる。言われるまで全く気づかなかったが、確かに斬り込んだ時の手応えは確かにあった。恐らく二人合計した場合のクリティカルの総数は50を軽く超えている。それを考慮しても防御力が絶大だという考えは一瞬で消えたのだろう

 

「……そこまでわかるのか?」

 

「慣れだよ。慣れ。まあざっくり観察した程度だし、このくらいは攻略組が大体掴んでると思うぞ」

 

なるほど、前回は慌てて混乱した攻略組を撤退させるので気づかなかった事を彼はこの十数分で読み取ったのだ。俺の観察眼不足と言われればそれまでだが彼は一体どれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。そんな事だけが頭の中でぐるぐると回り続ける。それにしてもこのままでは撤退も出来ない。隣にいる彼のあのソードスキル連携があれば徹夜してでもやれば倒せるかもしれないが恐らく途中でポーションや結晶が全部切れる。だけどそれはあくまでこの二人でやった場合の話だ。体感的には……そろそろ来るはずだった。

 

「先輩!」

 

「ソラ、無事ですか!」

 

駆けつけた二人はそれぞれ違う位置にいるが、それは対し的にすることではなかった。レベル的な問題でアリシアがこいつと正面からやり合うのは愚策というよりもただの自殺行為だ。アリスが隣に並び、同時に深呼吸して……同時に走り出す。

俺とアリスの基本の戦闘スタイルはアリスがボスの体勢を崩し、その隙に俺が高威力のソードスキルを叩き込み、アリスとスイッチして前線を交代の繰り返しだ。勿論、それが逆になる場合もある。それはアリスがこうダメージを負ってしまった時などだが、攻撃パターンさえわかって仕舞えばそんなことにはなり得ない。それに、純粋に戦えば俺はアリスには勝てないだろう。元整合騎士、かつて数々の暗黒騎士と戦ってきたアリスに勝てるものなどそうそういないと俺でさえ思う。

 

「ソラ、ボーッとしてないで!」

 

「あ、あぁ!すまない!」

 

アリスからの叱責で俺は思考を中断する。

キメラのスタン値だってかなり溜まっているはずだ。

だったら次の一撃にそれを掛けよう

アリスと入れ替えで《刀二刀流》のなかで一番スタン値が高いソードスキル《月華美刃》を叩き込む。全部で9回の斬撃は吸い込まれるようにキメラの脚、胴、顔を切り刻む。そして、全てが叩き込まれた瞬間

 

「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」

 

遂にキメラは、そのバランスを崩した。

スタン状態。この世界ではプレイヤーであろうとモンスターであろうと分け隔てなく起きる共通の状態異常。

それを見た瞬間、アリシアと並んでいたあのプレイヤーがものすごい勢いでキメラに接近する。その手には二本の短剣(・・・・・)が握られていた。

 

「その名の通り《多刀流》ってか?」

 

ぼそっと呟かれたそれに応えるかの様にそのプレイヤーは手に持った二本の短剣をキメラの両目に突き刺す。

 

「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」

 

先ほどよりも大きく、そして苦痛を帯びた叫びはもはや悲鳴と呼べるレベルだった。

 

「撤退だ。3人がかりでもあの娘は守りきれない」

 

確かに、あいつ相手に3人いてもアリシアは守りきれない。

アリシアが前回の俺の戦闘技術を全て身につけていると言っても一度でもダメージを負って仕舞えばそれは致命傷となりかねなかった

 

「そうだな……。俺がもう少し足止めするから、3人で先に街へ戻っていてくれ」

 

俺一人なら、なんとか抜け出せる方法はある。

それでも、アレは人には見せられない。いや、この世界で見せちゃいけないものだった。

 

「いや、そこの美人さんにあの娘の護衛をさせて男手で足止めするんだよ」

 

彼の言い分は十分にわかる。

確かにその方法がセオリーで普通だろう。

幾ら、彼が強くてもあれから撤退するのは不可能だった。

アレを使うには少なくとも数秒はかかる。その時間は彼が作ってくれたこの時間を除けばきっと訪れるのはあと何時間後か解らない。きっと背に腹はかえられぬと言った奴なんだろう。

アリスの前では一度使った。その場にはキリトやユージオ、それにベルクーリだっていたから彼らの前で使うことに躊躇いはない。けど、このプレイヤーは会ったばかり。信用できるか?と聞かれれば正直、即答は出来ない。悪い奴じゃない。それはなんとなくこの短時間でも理解は出来ているのだが……

 

ぽん

 

そこまで考えたところでアリスに肩を叩かれた。

 

その目は真っ直ぐに俺を見ていて

 

あの日、誓ったことを、俺は思い出した。

 

そうだ。彼が信用できるとかそういう問題ではなかった。

 

俺はアリスを守るためならもう、躊躇うことはしない。そう決めたのだから。

 

「……わかった。アリスはアリシアを連れて先にボス部屋から脱出して」

 

「分かりました。どうか、無事に帰ってきてください」

 

アリスがアリシアの元へと向かい、転移したのを確認して一瞬、このプレイヤーへと視線を送る。

 

「それじゃあ、今から俺がする事は他言無用だ。機会があれば説明できるかもしれない。だから、今は黙認しておいてくれ」

 

その言葉の意味が理解出来ないのか、彼は「は?」といった表情で俺を見ていた。しかし、そんなのもう構っていられなかった。あいつがスタンと視界回復するのが後20秒か30秒くらいだろう。その時間が俺の勝負になる。あの時と同じ様に全身の魔術回路に魔力を流し、叩き起こす。

 

「───投影、開始(トレース・オン)

 

その言葉と同時に俺の周りに青い歪みが合計で18現れる。

それは次々と剣の形をとり、その姿をあらわにする。

俺が今まで見た中でほぼ最強格の剣や槍が俺の指示を待って滞空している。

 

「───投影完了。全投影、待機(ロールアウト。バレット、クリア)

 

ピンっとその剣先をキメラへと定め、今にも射出されそうな剣たちへとこの言葉を口にした。

 

「───停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)

 

解き放たれた剣たちがキメラへ殺到するのとキメラの視界が復活するのはほぼ同時だった。スタンと視界が回復したキメラは襲いかかる剣たちから逃げるも、次々と剣が槍がその体に突き刺さっていく。18の剣群が全てその身に刺さるのはそう時間はかからなかった。それならば、最後の仕上げだ。

 

「───壊れた幻想(ブロークンファンタズム)

 

瞬間、キメラの体に突き刺さっていた武器たちは次々と爆発を起こしていく。一つ、また一つと爆発していきキメラの体を爆炎が包み込んでいく。

 

「▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」

 

未だ爆発は止まらない。

しかし、この隙に逃げなければもうどうしようもないだろう。

 

「ボスが怯んでるうちに、早く離脱を」

 

「ああ……了解」

 

転移結晶を取り出し、その場を後にする。

転移する直前に爆炎の中からこちらを見ていたキメラは明らかに殺気立った目で俺を見ていた。その目は相手がカーディナルが作り出した戦闘用AIとは思えないほど憎悪のこもった目だった




コラボ編第2話、いかがだったでしょうか?
自分のソラサイド、そしてアクワ様のライヒサイドとそれぞれ別視点で描かれているので是非ともアクワ様の『虚ろな剣を携えて』も合わせてお読みいただければ幸いです。


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見先

71層主街区《オブシディア》

木組みの街と呼ばれるその街の中央に存在する転移門に2つの影が現れる。白と黒、この組み合わせはこのアインクラッドでもよく見る光景だ。しかし、白の隣ある黒は今までどのプレイヤーも見たことがないプレイヤーだった。オマケに2人とも武器をその手に持っているのだから自然と注目は集まって行く。やれ、白夜の剣士と黒コートのプレイヤーは圏外でデュエルしてただの例のフィールドボスの偵察をしていただの、またはオレンジプレイヤーと遭遇していたのでは?などなどどうでもいい囁き声が耳に入ってくる。

 

「ここは少し人目につきすぎる。どこか、場所を変えて話をしないか?」

 

正直な話、こんなところで油を売っている場合ではない。

彼と話をする。それに必要なのはこの衆人環視の中ではない。もっと静かな場所で一対一で話さなければならない。そんな感覚が俺を襲う。

 

「あー……うん、了解。そこの細道の奥に隠し酒場があるから、案内するよ」

 

手に持っていた武器を鞘に収めると歩き始めた彼について行く。少し歩いた先にある木箱を彼が押してそれをずらすと階段が現れそこから地下へと進んでいく。そしてしばらく降りていくと突然それは現れた。なんと言うか落ち着きのあるバーとでも言うのだろうか。カウンターに立っているマスターのNPCはこちらに気づくと軽く会釈して『お好きな席へ』と一言だけ告げると再び手に持ったグラスを拭き始めた。とりあえず適当な席に2人で座り、適当に飲み物を頼む。どうやら、彼が奢ってくれたらしく、清算の際に視界の端に現れるコルの残高は現れなかった。

 

「それで、話がしたいんだっけ?それじゃあ取り敢えずは自己紹介から始めよっか」

 

彼が切り出したことで俺は思考を切り替える。

『ソラ』から『《イノセントエクセリア》の『ソラ』』へとチェンジする。

 

「ああ、そうだな。俺はソラ、ギルド《イノセントエクセリア》のマスターをしてる。そのままソラって呼んでくれ」

 

「じゃあ、次は俺。ライヒ、普段はれい───もとい相方とパーティーを組んでる」

 

これで互いに名前はわかった。

ここからは彼はまだ名前以外の全てがわからないがとりあえず、まともに話せる段階までは来れたと見ていいだろう。だったら、俺が確認したいのは───

 

「まずは……共通認識として、討伐が終わったはずの《シャガラガラ》が復活をして道を塞いでる───ってことでいいんだよな?」

 

───きた。

そう、俺が知りたかった一番大事な情報。

互いの共通認識がそもそも違うとすれば?

それは、俺が感じていたそれと一致する。

だから、俺は素直にそれに答えた。

 

「いいや───シャガラガラは一度も倒されてないぞ?そもそも、71層が解放されてまだ3日だ。攻略すらロクに進んでない」

 

それを告げた。告げてしまった瞬間、ライヒの表情が凍った。

『少しだけいいか』と震える声での問いかけに頷くと彼は取り出した『ミラージュスフィア』を見て目に見えて肩を落とした。瞬間、確信した。このプレイヤー《ライヒ》はこのアインクラッドのプレイヤーではないと。しかし、それだけでは俺の考えだけであってそれを確認しないことには確定はできない。

 

「ライヒ、お前はどこか別の世界から来た……そういうことでいいのか?」

 

「さあ?俺が一番それを知りたいんだけど……まあ、今はいろいろ内緒にしてくれると助かる、かも」

 

少し力なく帰って来た答えに俺は頷く。

しかし、彼の出した共通認識として《シャガラガラ》が倒されていた。ということからライヒは71層以上を攻略したアインクラッドから来たこととなる。問題はライヒが一体何層まで進んだアインクラッドから来たか、それが重要だった。

 

「わかったよ、確証がないことを皆に話すわけにもいかないしな。……それで、だ。ライヒ。お前の知ってる限りの最前線はどこだ? こればっかりは『わからない』で済まされちゃ困る」

 

「信じるかは任せるけど──100層直前。ついでにレベルが高いのはそのせいなんだけど、はぁ……。どうやって説明したものか」

 

少しははぐらかすかと思っていたが割とあっさり答えてくれたことに驚きつつも軽く頷く

 

ま、まあその辺はなんとかなるさ。答えてくれてありがとう。それで、そっちから質問はあるか?」

 

その質問をした瞬間、再びライヒは沈黙した。

俺としてはどんな質問でも来い。そんな気持ちでいる。

明らかにゲームの限界を逸脱した《無明三段突き》、SAOそのものの根底を捻じ曲げるような《投影魔術》俺が彼に《多刀流》を聞きたいのと同じように《刀二刀流》だって聞きたいはずだ。

 

「うんまあ、今のところはないかな。それよりも乗り掛かった舟だし、攻略に混ぜてもらえるか? 『最弱のユニークスキル』使いではあるけど……何かの役には立てるかもしれないし」

 

しかし、帰って来たのは『何もない』オマケに攻略への参加表明。更にはあれ程までに破格のスキルを『最弱のユニークスキル』呼ばわり。正直、驚くよりも先に呆れが出て来た。自分の言いたいことを、その意思を隠そうとするのが自然と得意になってしまった。そんな気さえ感じさせる。この少ない会話でさえ感じた違和感。彼は『歪んでいる』

 

「俺としては歓迎なんだけど……。流石に俺の一存だけじゃあな。明日会議があるからそこで俺が紹介するよ」

 

「了解。騎士団長様はなんて言うかなあ……」

 

苦笑いしながらそんなことをつぶやくライヒに少しだけ苦笑を漏らす。今のヒースクリフなら何も言わないだろう。あるとすれば他のプレイヤーくらいだ

 

「大丈夫、きっと認めてもらえるよ。そういえばお前はこれからどうするんだ? お前の相手になりそうなモンスターはいないと思うけど」

 

「そうなんだよな……。シャガラガラも強いんだけどレベルが低すぎて()()()()()出来ないし」

 

この世界に来てすぐのライヒをこのまま放り出すわけにもいかない。同じアインクラッドという可能性は100%に近いほどないのだから。なら、俺ができるのは彼が還れるまで世話をすることくらいだろう

 

「そうか、特に用事がないなら――ウチのギルドホームに来ないか? 歓迎するぜ」

 

「え?ああ……」

 

少し頼りない声が返って来たが取り敢えず作戦成功

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「あ、先輩。お帰りなさい」

 

我が家の扉を開け放つと丁度、夕飯の用意をしていたアリシアとアリスがこちらにやってくる。今のこのギルドの合計人数は11人その半数以上が女性とはいえ、大食いが数人いるため夕飯の支度は複数人で行うことになっている。大体はその時間帯にホームにいる人が行なって帰って来た順にそれを手伝う。とは言っても、料理スキルを持ってるのは俺、アリス、アスナ、アリシア、ロニエ、ティーゼの6人なので最終的には自然とキッチンに全員集まるのだが

 

「先ほどの方ですね。夕食の時に全員が揃うので、自己紹介はその時に」

 

アリスは気づいているのだろうか、自分の態度が若干、ライヒを警戒して、威圧しているのが。

 

「あ、はい」

 

ほら見ろ、絶対萎縮しちゃってるじゃないか。

初対面の相手、それに見たこともないスキルを使うプレイヤー。そして、信用のならない相手。それがきっとアリスの認識の全てなんだろう。だから無意識のうちに警戒して、威圧してしまう。元整合騎士として培われたものが自然と表に出てくる。

 

「そろそろ、みんなが戻ってくる時間だな。ライヒは適当に座っててくれ。飯の準備は俺らでやるから」

 

「ん。悪いな」

 

そう言ったライヒが椅子に座ったのを確認してから俺はキッチンに立つ。勿論、外で来てたコートやその他諸々は外した。今着てるのは俺が修剣学院の上級修剣士の時に来ていた制服を着ている。キリトやユージオも普段はこれで生活していた。この服装はアリシア達が合流した際にプレゼントしてくれたもので、なんでも裁縫スキルをマスターしたプレイヤーのオーダーメイド品らしい。それにいくら金がかかったのか、あえて聞かなかったのはおそらく俺だけではないはずだ。

 

それはそれとして、キッチンに同じく立つアリスは未だ不機嫌そうな顔をしている

 

「……嫌だったか?」

 

「……別に、そういうわけではありません。確かに、彼は強い。それはほんの少しだけ見た戦闘でもわかりました。それでも、私には彼が何者かわからない。きっとこればかりは彼もそしてそれを知ったであろうソラでさえ教えてくれないのでしょうね」

 

少しそっぽを向いて再びカットした食材を鍋に放り込むアリスは誰がどう見たって機嫌が悪い……いや、きっと不安なんだろう。この場所が壊されるかもしれない。そんなことを心の片隅で思ってしまうから。

 

「……それでも、ライヒを放ってなんておけない。孤独になんて……絶対にさせるもんか」

 

その独り言はきっと、誰にも届くこともなく消えていった。

 

 

そこからさらに10分ほど経過した頃。

キリトもユージオが自分たちの部屋から出て来た。

何を話しているのかわからないけど、仲良くしているのはいいことだ。其れを始めとして次々とみんな戻ってくる。リズにシリカ、ベルクーリ、そしてアスナとロニエとティーゼ。後ろの3人は食材の買い出しに行ってたのでその手にはたくさんの紙袋が抱えられている。そして、その全員が一度ライヒに目をやり、すぐに逸らした。みんなその視線は『気になってます』と物語っているようで少しだけ苦笑する。それを見たユージオが代表するように口を開いた。

 

「あぁ、彼がさっきメッセージで言ってた───」

 

「そう。ライヒって言うんだけど、事情が複雑らしい。でも、剣の腕に関してはとんでもないやつなんだ」

 

それに乗っかるようにキリトが口を挟んでくる。

 

「へぇ、ソラもたまには面白そうなやつを連れてくるな」

 

「たまにって……今日が初めてじゃないか」

 

「そうだっけか?」

 

呑気に頭を掻くキリトにその場の全員が苦笑する。

このSAO一のトラブルメーカーが一体何を言ってるのか。

それはそれとして食事の準備はアスナ達が帰って来たことですぐに終わった。後は全員が食卓に着いたことで我ら《イノセントエクセリア》のお母s……もとい、アスナがライヒを見て微笑む

 

「それじゃあ、みんな揃ったことだし。自己紹介にしようか」

 

そこから始まった自己紹介大会。

その切り出しはやっぱりと言うか俺からだった。

 

「それじゃあ改めて、《イノセントエクセリア》ギルドマスターのソラです。よろしくな」

 

そして、次に矛先が向いたのは俺の隣に座っていたライヒだった。ふふっ、お前ら仕組んだな。

 

「ライヒです。普段は相方とパーティープレイしてます」

 

その自己紹介を聞いた瞬間、その場にいた全員が一斉にある一点を向いた。そう、何を隠そう我がギルドにはこれを超える自己紹介をした強者がいたのだ。『キリト、ソロだ』おそら苦笑コレに勝てる自己紹介などこの先に存在しないだろう。俺が初めて聞いたときは俺、クライン率いる《風林火山》そして隣にはアスナがいたのだから。『ソロ』の意味をもう一度調べなおしてからその自己紹介をしてほしいものだ。

 

***それは置いといて***

 

自己紹介も一通り終えるとみんな一斉に食事を始めた。

キリトやユージオが唐揚げ争奪戦をしてるのを横目にライヒを見る。その箸は初めに用意されたご飯と、サラダの間を移動しているだけだった。

 

「口に合わなかったか? 苦手なものがあったら遠慮なく言ってくれていいからな」

 

「いやいや、全然平気。ご馳走になってるから遠慮してただけ。あんまり大勢で食べることもなかったし」

 

「遠慮しないで食べてやってくれ。そっちのほうがアリスもアリシアも喜ぶ」

 

賑やかな食卓に聞こえない程度の小さなやり取り。

それだけで何かが変わるわけではないけれど少しでも場に馴染めればいいなと思って口にした一言は思いの外役に立ったらしい。

 

「あっ!その唐揚げ俺が狙ってたのに!」

 

ライヒが一番大きな唐揚げをひょいと掴み上げ一口でその口に放り込む。そこから1人増えた唐揚げ争奪戦が再開された。

 

 

 

 

 

***

食事を終えてライヒが質問責めにあっているのを横目にヒースクリフへメッセージを送る。内容は明日の攻略会議のことだ。もちろんメインのライヒのことを事前に伝えておく

 

『明日の攻略会議、うちから1人追加で参加させたいんだけど構わないか?』

 

普通のプレイヤーなら10分やそこらで帰ってくるメッセージ、それはヒースクリフには当てはまらない。何故なら1〜2分でメッセージが帰ってくるからだ。

 

『ふむ、私は構わない。そのプレイヤーはどんなプレイスタイルなのかね?』

 

『スキル構成は俺やキリトと同じダメージディーラー。装備は俺の知る限り片手剣、細剣、短剣。そして、片手剣と細剣を同時に使うことから《多刀流》と思われるスキル持ちってとこかな。そして、複雑すぎる事情があるってこと』

 

『……なるほど、ここで《多刀流》を持つプレイヤーが現れたか。確かに、それは10種あるユニークスキルのうちの1つだ。しかし、習得に至るものがいたとはね』

 

何か気になることを言ってきたが敢えてスルーする

問い詰めれば答えてくれるだろうが面倒なことに変わりはないだろうと勝手に判断する。

 

『で、ヒースクリフ自身は構わないってことでいいんだな?』

 

《ああ、ユニークスキル持ちが1人でも戦線に参加してくれるなら私は一向に構わない。寧ろその方が助かる。しかし、他のプレイヤーを納得させるのは君がやり給え》

 

《了解。それじゃあ、明日の攻略会議で》

 

そこで俺とヒースクリフのやり取りは終わる。

普段からこんな感じではあるが今回は少しだけ長かった。

ライヒを見るとまだ質問責めにあっていたのでそれを横目に俺はホームを抜け出した。

 

冷たい夜風が頬を撫でる。

 

向かう先は初めから決まっている。

何時もの隠し湖。空と湖に浮かぶ月は今日は欠けることなくその存在を主張している。何時もの場所に座り、腰に差していた紅音をそっと横に置く

 

『マスターは彼の子のことどう思いますか?』

 

何時もの紅音とは少し違う声が俺に問いかける

 

「珍しいね君の方が出てくるなんて」

 

『はい、少し気になったので……それでどう思いますか?』

 

彼女の問いに少しだけ考える。

彼女は紅音の起源の1つ。

紅音は無色の鉱石、世界で最も古いクリスタルとしての概念とこの刀へ鍛えられる際に炉に身を投げた少女のものと2つの意思が存在する。普段から表に出ているのはクリスタルとしての紅音、そしてたまに出てくるのが少女の意識。それは後々詳しく話すことになるとは思うが、俺や紅音は彼女のことをトワと呼んでいる

 

「そうだなぁ、悪い奴じゃないとはおもうよ。けど、あいつの……ライヒの剣はどこか歪なんだ。いいや、少し違うんだろうな。この短い期間で分かるほど、あいつは歪んでるんだ」

 

『そうですよね……フィールドボスに単騎で喧嘩をふっかけるような人ですから』

 

トワの言葉に少し苦笑する。

だけど、何が原因であんなに人が歪んでしまうのかそれが気になる。要因はそれこそ星の数のようにあるだろう。しかし、原因が何であれ。関わってしまった。知ってしまったからにはなんとかしてやりたかった。例え、ライヒが別の世界のアインクラッドからやってきたとしてもこの世界から帰るまでの間に少しでもライヒの重荷を軽くしてやりたかった。それを踏まえて夕飯に誘ったのもあったのだ。結果としてはあまり効果はなかったように感じたが……そこまで考えたところで索敵スキルにプレイヤーが引っかかった。そうだ、食事が終わった時に後で時間を作って欲しいって言ってたんだった

 

「よくここがわかったな」

 

「アリスさんに聞いたんだ。まあ、探そうと思えば俺だけでも探せたかもだけど」

 

「そうか、納得だ。今のところこの場所は俺とアリスしか知らないからな。――もちろんお前はノーカウントだけど」

 

そんなことを口にしながら俺はまた、月を眺めた。

「となり、いいか?」という問いにも俺は首を動かすだけで答える。星空を眺め、隣で星を見つめるライヒに問いかける

 

「綺麗だと、思わないか」

 

「現実なら惜しみなく言えるんだけどな」

 

「それは……そうだけど。ここでしか見られない綺麗なものとか、ここだけの出会いとか、たくさんあると思うんだ。うちの近所は割と建物が少なくてさ、空にはたくさん星が見えるんだけど、ここまでの景色は絶対に向こうじゃ見られない」

 

あぁ、なんとなく。彼の歪さが理解できた気がした。

彼はSAO(ここ)現実(向こう)で区切りをつけているんだ。SAO(ここ)での出来事は全てまやかし、SAO(ここ)で起きたことを、味わった苦痛を全部偽物にしてしまいたいと思う心がきっと行きすぎたんだ。

 

「あぁ……そうだな。だから、俺はこう思うよ。美しいまやかしだって」

 

その言葉に少しだけ、キリトと出会う前の昔の俺を思い出した。

 




コラボ編もこれで3話目、そろそろ物語が動き始めます。
次回も乞うご期待下さいませ。


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舞来

 

朝、起床してまずやることは朝食の準備だ。

時刻は朝の5:30流石に早すぎたかと思ったが今日は攻略会議があるためちょうどいい時間だろう。メニューはサンドイッチ、これならばみんなが起きて来る前に1人でも完成させてしまう。

 

ひとしきり作り終えると次は一人一人の部屋をノックしていく。特にキリトの部屋は入念に、あのネボスケは一度や二度のノックでは起きないため5回6回とかなり強めにやっていく。

この時点で時刻は6時、全員の部屋をノックして居間に戻ると既にライヒが起きてきていた。うん、客人なのに他の人よりも早く起きるとは……キリトには爪の垢でも分けてあげてほしいものだ。

 

その後、起きてきた全員に頭を下げて挨拶するライヒに全員が苦笑いしていた。そりゃ、今までそんなことする子はいなかったから、特にリズなんかは驚きすぎて一瞬フリーズしてたレベルだ。

 

朝食のサンドイッチは全員分配ってあったのでライヒも気兼ねなく食べてくれた。うん、彼がいる間はこうしたほうがいいかもな。

 

 

***

 

「KoB、DDA、風林火山、それに『レギンレイヴ』と『ペンドラゴン』か。後者二つは知らないな……」

 

「そうなのか? 因みにそれはギルドの名前が違うのか、存在しないのか、どっちだ?」

 

「後者だ。俺の所はKoBとDDAのツートップだった」

 

会場に着くまでライヒと軽く情報のすり合わせをしていた。そこで知ったのは『ペンドラゴン』と『レギンレイヴ』が彼の世界に存在しないこと、名前が違うだけ……というわけではなく、そもそもあのギルドにいるプレイヤーそのものがいないというのだ。

 

会場につくのと同時に、俺たち《イノセントエクセリア》の面々に注目が集まる。そして、次の瞬間俺たちと共にいるライヒに一斉に疑惑の眼差しが降り注いだ。それと同時に各所でボソボソと会話の声が聞こえ始める

 

───あれ、ソラさんのギルドにまた新しい人入ったのか?

 

───《イノセントエクセリア》の秘蔵っ子ってとこ?

 

───まぁ、どっちにしたって素性がわからないのは、な

 

正直な話、俺は人のこういうところがあんまり好きになれない。気になるなら自分から声をかければいいんだ。変な視線を延々と浴びせるのではなく、ヒソヒソと陰口のように話すのではなく。そんなだから、攻略組は強いだけで敵対意識が強いなんて言われるんだよ。特に《聖龍連合》のアホどもお前らだ

 

「すまない。居心地は良くないと思うけどここは耐えてくれないか?」

 

「へーき。へーき。コレよりも酷い目にあったことあるから」

 

若干おちゃらけて言うライヒに少しだけ安堵する。

どうやら、本気で心理的なストレスは感じてないみたいだ。

集合時間の10時になるまで、軽く頭の中でボスの情報を整理していたところでガシャッガシャッと大きな音を立てて赤と白の鎧を着た集団がぞろぞろと入って来る。その先頭にいるのは言わずもがなKoBの団長ことヒースクリフだ。彼らが自分たちに用意された席に座ったことで俺とヒースクリフは対面に座ったことになる。その際、ヒースクリフがライヒを一瞬見た瞬間、なにかありえないものを見たようなそんな表情をした。おい、あんたあとで話がある。

 

「では攻略会議を始めよう。皆、静粛に」

 

騒がしかった会場が一気に静まる。

各ギルドのリーダーに発言権が与えられるこの攻略会議はそれぞれのギルドが思ったことを代表してリーダーが発言する。そして、司会進行役としてアスナ。攻略会議最終決定権を持つのが俺とヒースクリフ。そして、うちのギルドのリーダー権はアリス。逆にKoBのリーダーはヒースクリフではなくアリサというアスナと同じ細剣使いの少女だ。なんでもアスナとはめちゃめちゃ仲がいいらしい。それは置いといてだ。

 

基本的に俺やヒースクリフがやることはない。

各ギルドのリーダーがそれぞれの意見や手元に配布されたボスの情報なんかを元に作戦を提案、それを可決、不可欠、保留にするのがアスナの仕事、そして最終的に決めるのが俺とヒースクリフの2人。もちろん、俺やヒースクリフが初めから何もしないわけではない。前のフロアでは俺とヒースクリフの2人でフロアボスの偵察を行ったし、全員の手元に配布されているボスの情報は基本的に俺たちが集めたものを元に行なっている。それが今回、俺とライヒになってしまったわけだがそれは大した問題ではないだろう。

 

次々と様々な案が提案され、それが可決、不可欠、保留と会議が進んでいく。時折、隣で小さめにあくびをするライヒを小突きながらも提案される内容を頭に入れていく。

 

「すごいな……」

 

突然、隣にいたライヒがそんなことをつぶやく。

 

「会議なんてこんなものだろう」

 

「へぇ、俺のところはもっとこう。大雑把だったから」

 

「そんなんで本当に90層超えられたのか?」

 

その辺は割と本気で気になる。

これだけ、綿密に会議しても死ぬ時は死ぬ。それは本当に仕方ないことだ。会議で予想してたようにことが進まない。イレギュラーが多発することもある。しかし、こうして進めることでスムーズに攻略を進めることもできるのだ。

 

っと、なんだかんだで討論は終了し後はさらっと会議も終わればいいのだが……

 

「これで会議は一通り終わったが、今回はソラ君率いる《イノセントエクセリア》の紹介で助っ人が一人来ることになった。よければ軽く自己紹介をお願いできるかな?」

 

───それを許さない奴がいるのを忘れていた。

 

その言葉を聞いた瞬間、俺はヒースクリフを軽く睨みつけたが彼はそんなものどこ吹く風、まるで知らぬと言わんばかりに無視を決め込みやがった。

隣で、深呼吸して立ち上がったライヒに集まるのは疑惑と期待の眼差し、その全てが俺よりも少し年下であろう彼へと注がれる。

 

「ソラさんのギルドでお世話になっています。ライヒです。訳あって参加できるのは今回限りですが、何かの役に立てるくらいの自負はあります。どうぞよろしくお願いします」

 

軽めの自己紹介には『自分は有用ですよ』というアピールが含まれていた。そんなことはおそらく誰もがわかっているだろう。それに、彼が纏う雰囲気から彼が強者だというのも把握できる。しかし、それにいい顔するしないでは話が違った。

一同が渋い顔をする中、一番初めに口を開いたのはレギンのギルマスであるアルスだった

 

「俺は彼が攻略に参加すること自体は構わないと思っています。どうして今まで出てこなかったかは分かりませんが、他ならぬ《イノセントエクセリア》の方々が連れてきた人です。腕については問題ないでしょう。でも、このまま頷いてしまうのは筋が通りません。これは攻略組全体の秩序の問題でもあり、何よりそこの彼――ライヒ君の信用のためにも何かしらの説得材料があって然るべきではないでしょうか」

 

その言葉に再び会場が湧く。

ライヒが攻略に参加するまでの説得材料、それはつまりデュエルで見極めるのが一番手っ取り早い。それを分からない攻略組ではないため、早くも《何によって決めるか》ではなく、《誰との決闘で決めるか》の話題で持ちきりになる。ガヤガヤと騒ぎ立てる中、俺の心情は穏やかではなかった。

流れ的にデュエルは覆せない。

しかし、ライヒの相手をするのは誰が最適かと言われると確実にこの場にいるユニークスの誰かになる。だが、出来れば俺はそれを避けたかった。いや、違う。

 

───俺が、彼と戦うわけにはいかない。

 

その結論にたどり着き、口を開こうとした瞬間、再び会場は静まり返るしかなくなった。

 

そう、この状況を作り出したヒースクリフが口を開いたためだ

 

「静粛に……。では、ライヒ君の攻略参加には試験を設けることとしよう。試験内容は『半減決着モード』におけるデュエルとする。そうだな……今回の相手はソラ君、君が務めたまえ。これは攻略会議決定権保持者としての命令だ。開始は一時間後とする。以上だ」

 

───一番避けたかった事態が、瞬間的に現実と化した。

隣のライヒを見ると明らかに取り乱していた。

呼吸がどう見ても覚束ない。

顔色もさっきまでの飄々としたものから信じられないものを見たと言わんばかりの顔になっている。

明らかに、放心した顔で彼は会場の外へ出ていく。

放っては置けずに、俺は彼に声をかけていた

 

「お、おい、どこに行くつもりだ!」

 

ここから離れてしまうのは逆効果だ。

周りの視線は常にライヒに集中している中、彼だけがここからいなくなるのはまずい。

 

「いい、から。ちゃんと、デュエルはするから。だから、一人になる、時間を、くれ」

 

しかし、やっと聞くことができた彼の言葉は、息継ぎがうまくできずに途切れ途切れに帰ってきたものだった。

俺は、ライヒを止めることは出来なかった。

 

「先輩、ライヒさんのことは私に任せてくれませんか?」

 

いつの間にか隣にいたアリシアが自分からそんなことを言ってきたことに驚くが、俺は頷くしかできなかった。

 

「頼む、きっと俺じゃあどうにも出来ないから……」

 

「はい。じゃあ少しだけ、離れますね」

 

それだけ言い残してアリシアはライヒの歩いて言った方向へと走って行く。それを見送った俺はヒースクリフへと歩み寄ると感情のままに机を叩いてしまう。

 

「……なんで俺と戦わせようとした」

 

「……なに、純粋に彼の相手は《キミ》にしか務まらないと思ったからだよ。明らかに、今のキリトくんや今回の私では彼の相手は役不足だ。それに、彼の持つスキルも恐らくソラくん、君でないと対処は不可能だろう。彼の装備を見て確信したよ。《異双流》アレのスキルには気をつけ給え」

 

言いたいことだけを残してヒースクリフは会場から出て行く。

どちらにせよ一度、頭を冷やさないとダメだ。頭に血が上ったまま勝てる相手ではない。会場の外にある噴水の近くにあるベンチに座って黙々と考え続ける。

 

───《異双流》───

ヒースクリフはライヒのスキルのことをそう呼んでいた。

だが、それは《多刀流》となんの違いがあるのか、いまいち理解できない。そう、例えば《多刀流》……《異双流》のスキルの恩恵がこのアインクラッドでは存在しない《ソードスキル・コネクト》を実現可能とするスキルだけだとは思えない。それだけでも十分すぎるほどにユニークスキルとしての恩恵はある。しかし、肝心のスキル特有のソードスキルは?

奴が言っていた俺しか対処できないモノ、それは一体なんだ?

 

「───っ!まさか」

 

一瞬脳裏によぎったのは前回のSAOでヒースクリフがキリト相手に使ったGM専用のアシストである《オーバーアシスト》それはプレイヤーの反応を超えて、システム的に強制的にアバターを動かす反則行為。でも、それはありえないと瞬間的に否定する。だってそれは……それこそチートスキルにもほどがある。フェアネスを貫いた彼が創造するには不要な代物だろう。

思考が纏まらない。相手の未知のスキルに、そしてヒースクリフの残した言葉の意味を探し続けて思考がループし続ける。

 

そうし続けていくらほどの時間が経ったか、それがわからなくなった時、ヒヤリと頬に冷たいものが当てられた。

 

「……アリス」

 

「少し根を詰めすぎですよ。本当はもう少し早くきたかったのですが、なかなかアリサから解放されなくて……」

 

渡された飲み物は澄んだ水色をした炭酸の飲み物だった。

 

「ブルーハワイ……といいましたか、それは。ヤケにアリサが勧めてくるのでそれになりましたが、構いませんか?」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

受け取ったブルーハワイのサイダーを少しだけ口に含む、どこか懐かしいようなだけど少しだけ違うその味に少しだけニヤける

 

「彼……ライヒとのデュエルのことで悩んでいるのですね」

 

「……あぁ、本当はデュエルなんて手段は避けたかった。昨日さ、アレを見せちゃったんだ。だから、きっと彼は俺に怯え出るんだと思う。それに本当は悩みを抱えてるであろうあいつを少しでも救ってやりたくてギルドにかくまったのに───」

 

行動の全てが裏目にでる。

あぁ、そのままではライヒを救うどころではなくなる。

恐らく、昨日の俺を見た後なら尚更、きっと彼は怯えて、そして本気で殺すつもりでかかってくるだろう。

 

「まったく、貴方は本当に1人で抱え込みますね」

 

ベンチの裏へ回ったアリスが背中から俺を抱きしめる。

肩から回された手を、空いている左手で握りしめてしまう。

 

「きっと、ソラのその想いはこのデュエルで伝わるんだと思います。彼だってきっとソラと剣を合わせれば理解してくれますよ。それに、あのアリシアが心配するような子ですよ?私も昨日、彼にソラの居場所を聞かれた時に彼の認識を改めるくらいですから。えぇ、彼はある意味ではまっすぐです。だけど、1人では危ういところもあるでしょう。だから、彼が元の居場所に戻れるまではソラが、そして私たちが彼の居場所になればいいんです。デュエルを終えた後に、ホームへ戻ってみんなで食事にしましょう?そして、戦った感想をお互いに言えばいいんです」

 

耳もとで囁くような声は俺の迷いを少しだけ吹き飛ばした。

そうだ、いつも通りに戦えばいい。

キリトやユージオと手合わせするようなそんな気持ちで。

そして、最後に笑えればそれでいいじゃないか。

 

「ありがとう、要はいつも通りやれってことだろ?」

 

「ええ、その通りです。今のソラはソラらしくなかったですから」

 

そう微笑む彼女を見て、手元にあったサイダーを一気に飲みきる。時間は約束の10分前を指していた。

 

「時間か───さて、死なない程度に頑張りますか!」

 

そうして、俺は戦うべき相手と対峙した。

ライヒの獲物は恐らく片手剣と細剣、対する俺は純白の柄をもつ刀、菊一文字則宗をその手に持つ。

 

「お互いに手加減は無用だ。お前の《多刀流》、見せてもらうぜ」

 

ヒースクリフが言うには《異双流》だが、確証がない以上俺はあのスキルを《多刀流》だと認識して戦うしかない。そうしてライヒにデュエルの申請メッセージを送る。申請メッセージを読んだライヒは無言で頷き、了承した。

 

互いのちょうど中央に、一分間のカウンドダウンが開始される。

 

相手を観察するとライヒは片手剣のみをその手に持っていた。

 

───様子見ってことね。それなら……

 

俺はいつものように……キリトやユージオにやるように初めは背中からやらせてもらおう。

 

敢えて、構えを取る。

このSAOでは両手を下げた棒立ちからの方がスタイルを悟られないでことを勧められる。しかし、今回はその範疇外から攻めてみようと思った。

 

俺が扱う《無明三段突き》その始動の構えである《天然理心流》の構え。こんなの知らない人間でも何かしてくるなんてわかる。だから、試させてもらうぞ、ライヒ。

 

初めの一撃で沈んでくれるなよ?

 

───3

 

───2

 

───1

 

───DUEL!

 

カウンドダウンが終わった瞬間、俺はライヒの後ろに回り込み、その背を狙う。ギルドの連中には《初見殺し》なんて呼ばれた縮地からの突き、彼の沖田総司を元にしたその突きがライヒの背中を狙う───

 

ガィィィンッ!

 

開始1秒でその場を支配したのは静寂と武器同士がぶつかる音だった。

 

そう、それはライヒが初めの突きを防いだことを意味していた。リズやシリカ、アリシアに《初見殺し》なんて呼ばれたその一撃を見事に防いで見せたのだ

 

「───なっ!」

 

流石にそれには驚いた。彼に縮地を見られたのは救援に入った一度のみ。それこそ三段突きをした時だけだ。だが、それでもその瞬間を見逃さなかったのか

 

「び、ん、ご。……流石に避けるか」

 

パリィ&カウンターその流れを綺麗にこなしたライヒのそれを辛うじて避ければ、位置関係は振り出しに戻る。

 

「もしかしてだけどさ。《初見殺し》でも狙ってた?あんなにわかりやすくしてくれてたからにわかには信じがたいけど」

 

「その……。狙ってた。何でわかった?」

 

「いや何でもへったくれもあるかよ。あんないかにも『そこ狙うからね~』って感じの構えしといて読まれないほうがおかしいだろ」

 

「なるほど、ね。それじゃあ今度は――」

 

正面から、攻めてみようか?

 

「正面から、か?バーカ」

 

その言葉とともに足に装備されていた短剣を引き抜き、そのまま投擲してくる。回転するその短剣は確実に俺の顔を狙って放たれた。一瞬だけ、目を閉じてしまったのが悪手だった。

瞬間、腹に蹴りを見舞われ軽く吹き飛ぶ。そして、同時に放たれるのは片手剣による一閃。それを辛うじて菊一文字で防ぐ。

これだけの流れが起きるのに所要した時間は経ったの30秒。ライヒの流れるような対人戦闘ぶりに圧巻する。そして次はこちらの番と言わんばかりに連撃を叩き込もうとするもそれも悉く防がれる。

 

「ハッ───!」

 

「ク……ッソが……」

 

逆に彼が攻勢に出ようとするその一撃を阻み、逆にカウンターとともに再び連撃を行う。

 

「っ!……《サイレントブースト》」

 

「何を……っ!」

 

彼が何か口にした瞬間、一瞬にしてライヒが俺の間合いから離れる。未知のスキルの一つが今、披露されたということか。あと何種類のスキルを隠し持ってるのかわからない状態でのデュエルが俺を未知の感覚が包み込む。

 

ニヤリと口角が上がる。

───あぁ、様子見は終わりだ。

《天然理心流》の思考から《二天一流》の思考へと切り替える。左手を紅音の柄に伸ばす。俺の知る《二天一流》は宮本武蔵という女性が使っていた剣技、その内、俺が今習得できているのは半分程度。

……しかし、半分と侮ることなかれ、彼の剣豪その真髄の一端をお見せしよう。

 

真の殺し合いはここから始まった。

 

 

 

 

 



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祝鳴

 

長い間、何かを追いかけていた気がした。

 

きっとそれは俺自身の戦闘スタイルのことを言っているのだろう。延々と己を理解せず、身に余る剣技を持って相手を打ち負かす。気づかぬ間に、それが普通になっていた。

 

ライヒと剣を合わせて、それを実感した。

その身に染み付く剣技を、自分専用に、自分が動きやすいように洗礼された無駄のない動きを目の前にいるプレイヤーが行なっていた。

 

そう、俺はただ。その剣を使う宮本武蔵や沖田総司(だれか)に憧れていただけだった。

 

俺のもつ剣技の支配者(ソード・オブ・ルーラー)は一度見た剣技を扱えるようにはなるがそれを本人の究極まで極めることはできない。俺が扱えるのは《識っている場所》までに限るのだ。その先を得るには自分を知り、自分の限界を超えねばならない。それに気がつかなかった。

 

「クソッ、手練れェ!」

 

「そっちこそ、な!」

 

そう、俺はわざと技を合わせることが今までなかった。

1つ1つの歯車が個別に動き続けるデタラメな戦闘方法。

それで全てが解決してきたからこそ、俺はそれでいいと確信し続けていた。そう、例えるなら行動の全てがそれぞれの特徴を主張する協調性のない戦い方。

 

刀を振るいつつもそれを考え続けてしまう。

結局、俺は身に染みたデタラメな戦い方をなかなか変えられない。いや、違う。変えようとしないのは俺自身だ。

 

菊一文字を一閃し、瞬間的に距離を取りつつも納刀する。

 

「───我が心は不動、しかして自由にあらねばならぬ」

 

改めて思う、オレは一体誰なのかと。

 

宮本武蔵か───否

 

沖田総司か───否

 

柳生但馬か───否

 

佐々木小次郎か───否

 

彼と、ライヒと剣をあわせるたびに自問自答を繰り返す。

俺が今まで信じてきた剣が全て彼に捌かれ、落とされ。今まで積み上げてきたと思っていたものが瓦解していく。それ故の焦り、それがここで出てしまった。

 

「即ち是れ、無念無想の境地なり」

 

相手が俺より格上の相手だと判っていながら焦りとともに出た剣技の発動は止められない。宝具と化している剣技は俺の意思とは関係なくこの身体を動かし続ける。

 

「剣術無双、剣禅一如」

 

放たれた必殺の一撃は、瞬間的に現れた大剣───両手剣によって防がれた。それも、地面に突き立て武器によってダメージを全て肩代わりさせるという方法で

 

「そんな受け方が───」

 

「危なかった……マジで危なかった……。俺の性格(スキル上げ中毒)に感謝だわ……」

 

そう呟きながらも瞬時に《両手剣》を消し去り、片手剣と細剣に持ち変えると一度呼吸を整えるライヒを見て唖然とする。やはり、俺よりも格上。流石は90層後半100層目前の攻略組の力は伊達ではない。怪訝そうな顔をしたまま口を開く

 

「あの居合の型は《新陰流》……か?」

 

彼の口から出たそれに心底驚いた。

瞬間的にライヒを見る目が険しくなる。

剣技に宿る《柳生但馬》が彼を見定めるように俺の体を使って睨みつける。

 

「『ほう?何故そう思った?小僧』」

 

俺ではない誰かが口を開いたことに俺自身ですら驚く。

俺の意思とは全く関係なく、柳生但馬(それ)はライヒを見続ける

 

「何故って、そんなの俺にもよくわからない」

 

その言葉を聞いた柳生但馬(だれか)は一瞬で俺の中から消えて行った。そして、何かを考え始めたであろうライヒが突然頭を抱えて蹲ってしまう

 

異常すぎるその痛み方に少し心配になるが俺もそれどころではない。一瞬、たった一瞬だが確かに俺は俺ではなくなった。剣技を扱った。この剣技を極めた柳生但馬(だれか)に体を乗っ取られた。こんなこと今まで一度だって起きなかった。特に今よりも他人の剣技を真似ていた前回でこそ起きなかったナニかが今起きた。余りにもあり得ないその状況を強引に忘れるように首を振る。

 

「そう、か。そうだった、のか」

 

頭を抱えながら何か納得いったような顔のライヒが何かを口にした。

 

「ライヒ?」

 

問いかけて、それに答えるように顔を上げたライヒは何か決意に満ちたような。そして、欲しかった答えを得たようなそんな顔だった。

 

「ソラ。最初に謝っておくけど……俺はライヒの《偽物》だ。本当の意味でお前とは戦えない」

 

一瞬、その言葉を理解できなかった。

だが、《ニセモノ》なのは俺だって一緒だろう。

二度に渡る生を終え、その果てに今の俺がいる。

一番初めにいた《両義蒼空》は既にいなくなってしまったのだから。

その果てに借り物の力を振りかざす俺が《ニセモノ》でないのなら……いや、違う。俺を認めてくれる人たちがいた。

例え、借り物の力でも。

例え、借り物の技でも。

そして、《ニセモノ》の体でも。

それを認めてくれた人たちがいた。

(両儀蒼空)《俺》を認めてくれた人たちがいた。

だったら、彼らが認めてくれる限り俺は《ホンモノ》でいられる。君が《ニセモノ》だというのなら。俺が君という存在を認めよう。心に刻み込もう。

 

「いいや、お前は本物だ。事情はわからないけど、こうして剣を重ねているお前は、俺にとっても周りにとってもライヒっていう本物のプレイヤーだよ」

 

「まあ、その通り。厳密に言うと、俺は今此処にいる瞬間に限って本物でいられる」

 

「それで、どうするんだ?早くしないと時間がなくなる」

 

そう、言葉の通りもう時間がない。

俺とライヒの頭上にあるカウントは既に残り5分を切っていた。

 

「そうだな、それじゃあ───Let`s play up.(遊ぼうか)

 

そう告げたライヒから明らかに今までとは違う雰囲気が溢れ出す。殺気、殺意、それらとは違う。いや、不確か感覚ではあるが───楽しんでいる?

不確かなそれに、俺は腰に差していた紅音を抜刀して二刀状態になる。それと同時に、ライヒが動いた。

 

「来い───《ナハトムジーク》

 

「───なっ!」

 

走った速度そのままに、さっきの両手剣を手元に呼び出す。

上段からの叩き潰し、両手剣使いなら誰だってやるそれをほぼ、何もなく完璧な助走から速度を殺すことなくやってきた。

 

それを両手の二刀で受け止める。所謂《2Hブロック》先ほどライヒもやっていたように、受け止めた瞬間、その重さに驚いた。

 

───その両手剣、《ナハトムジーク》は余りにも重すぎた

 

一撃、防いだのが俺の失態だった。

それに続き、二撃、三撃と力尽くで叩きつけてくる。

余りのその重さに、重心が崩れ始める

 

「何を……そんな重たい剣、見たこともっ!」

 

「たりめーだ。そもそも70層程度じゃ、コレの素体も手にはいらねぇし」

 

しかし、ライヒとて超人ではない。

元々、ダメージディーラー構成なのだろうが《両手剣》が主武装でない時点で幾ばくかの隙が生まれる。それにこの重さなら隙だって生まれやすい。そこを的確に見定め、攻撃をしようとも

 

「そこっ!」

 

「はいガード、悪いけど大剣だって使い込んでないわけじゃないんだわ」

 

余りの的確な《キャンセル&ガード》に舌打ちする。

どちらにせよ、ライヒは《異双流》を使いこなすために数々の武器種をマスターしているのだろう。主武装が《片手剣と細剣》と言うだけで、それ以外も使いこなせるってことだろう。

 

これ以上ここにいるのは不味いとガードし、再び剣を持ち上げたところで後ろへ下がる。それと同時に《両手剣》が物凄い勢いで回転しながら飛んできた。

 

避けてもいい。だが、それでは後ろの観客たちに被害が出る。HPが減るわけではないが、危ない思いはさせたくない。

《眼》を使ってもいい。だが、ライヒの戦闘手段であるスキルの有用性をここで欠けさせるわけにはいかない。

 

残されたのはそれを防ぐと言う手段だけだった。

迫り来る《ナハトムジーク》を受け流すように地面へ叩き落とす。

 

───だが、それを狙っていたライヒは既に俺の目の前にいた。

 

両手が空いていたライヒは体術スキルでブーストされた状態で俺の首を右手で掴み上げ、そのまま首を絞め始めた

 

「ぐっ───コフッ!」

 

「あんたが距離を取ろうとするとき、大体は戦略――じゃなかった。流派を変えて来るよな? その瞬間だけは、お前は絶対に無防備なるしかない――だろ?」

 

そう、先ほどまでの俺は確かにライヒの言う通り、流派を変えるためには一度、思考をリセットする必要があった為、一瞬だが無防備になるしかなかった。それをこの数十分で見抜かれていた。

 

窒息によるダメージでHPがゆっくりではあるが確かに減少していく。それに抵抗するために両腕を動かし、腕を切り落とそうとするが、届く前に地面に叩きつけられる。それが何度が続いた。窒息による精神的な苦痛と、地面に叩きつけられる肉体的な苦痛に脳が負荷を負っていく。この場にいる誰だって俺の負けを確信しただろう。だが、そこで視界にあらゆる線が視え始めた。

 

 

そこで、本当に自分が不味い状況にいることを察した。

このままだと、無意識にライヒを殺してしまうかもしれない。

そう、彼に視え始めたその線を指でなぞれば彼はそれだけで死んでしまうのだから。

 

だったら、一瞬だけでも抜け出せばいい。

何かハッタリでもライヒを飛び退かせるほどの何か。

 

世界が線と点に染まる中、考える。

1つだけあった。昨日、ライヒは投影魔術を見た。

その際、俺の言葉だって聞いていたはずだ。

その言葉には最大限の警戒が張られているはずだ。

それこそ、瞬間的に勝手に体が動くほどには。

 

投影(トレース)───」

 

その言葉を口にした瞬間、ライヒの顔が驚愕と恐怖に歪ませ、一瞬にして数メートル跳びのき、二刀を抜いて全方位を警戒した。《眼》を強制的にOFFに切り替える。菊一文字を鞘へと仕舞い、紅音を握って駆け出す。

 

───やるなら、この一度だけしかないっ!

 

「───小細工は……終わりかあぁ!」

 

「うぐ、うう……」

 

俺という全霊を懸けた斬撃をひたすらに繰り出す。

突き、袈裟斬り、薙ぎ払い。突き抜け、2段突き、斬り払い。

ただひたすらに、防御もさせる暇もなく斬りつける。

 

斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

相手のHPをデュエルが終わるレベルまで追い込むために切り続ける。目視できるだけでもかなりの量が減っていっていた。2割、3割、4割……

 

やがて、ライヒが地面に倒れこんだのを仕切りにトドメを刺そうと刃を向けたとき、俺とライヒの間に、小さな、刃物……短剣が現れた。

 

離れなければと頭では理解していても体は動き始めたのだから無理やり動かすことはできない。短剣を挟んで俺とライヒの視線がぶつかった。その短剣が、丁度、俺の胸あたりの高さまで落ちた時、ライヒはその短剣をブーツで俺に突き刺した。

 

寸分違わず心臓部に刺された短剣は俺のHPをごっそりと削り、綺麗に3割削り取られた。

 

それと同時にライヒはある程度距離を取り、今までは絶対にしなかった剣技の構えをしていた。

 

「やられた……短剣を忘れてたよ。でも、《これだけは》外さない」

 

胸に刺さったままの短剣を抜き取り、そこらに投げ捨てる。

所有者ではない俺が投げた短剣は地面を幾度か転がった辺りで消滅した。恐らくはライヒのストレージに戻ったのだろう。

 

「はは───あんな簡単なブラフに掛かるなんてホント、俺らしくない、なあ……。はは……」

 

互いに張り詰めていた糸が切れそうなところまで来ていた。

恐らくは次で最後、次の一撃が正真正銘、このデュエルの最後の一撃となる。ここまで来て、やっとわかったことがある。

俺は目の前のプレイヤー《ライヒ》に負けたくないのだと。

 

このデュエルで沢山のことを学べた。

この経験は俺にとって間違いを教えてくれた。

きっとこの先、こんな経験は訪れないだろう。

そして、この立ち合いで俺は俺の戦い方を得られた。

故に───敢えて口にしよう。

 

「ありがとう、ライヒ。たった1つの解答。この場を持って頂戴致した」

 

小さなその言葉はきっと聞こえることはなかっただろう。

場が静まり返る。互いに構えたのは信頼の置ける剣技の発動のため。俺が最も信頼する剣技、そして極めた技は───

 

「「行くぞ───」」

 

同時に地を蹴る。

 

一歩、音越え。

 

二歩、無間。

 

「三歩、絶刀───!」

 

「《OSS》起動───」

 

互いの全身全霊が今、ぶつかり合う

 

「《ヴォーパル・ストライク》───ッ!」

 

「《無明三段突き》───ッ!」

 

───無明三段突き

それは『平晴眼』の構えから踏み込みの足音が一度しか鳴らないのにその間に3発の突きを繰り出す、秘剣『三段突き』。超絶的な技巧と速さが生み出した、必殺の『魔剣』。平晴眼の構えから“ほぼ同時”ではなく、“全く同時”に放たれる平突き。

この剣技は『壱の突き』『弐の突き』『参の突き』から織りなされる対人魔剣。例え、『壱の突き』を防いでも同じ位置を『弐の突き』『参の突き』が貫いているという事実上防御不可能な剣戟である。

 

しかし、それはライヒが首を横にそらしたことで首を半ばまで切り裂くに終わった。デュエルは未だ終わらない。ライヒのHPはまだ残っている。遅れてライヒの《ヴォーパル・ストライク》が俺の左腕を吹き飛ばす。そして、《二撃目》。左手に持った細剣が十字に煌めき、神速の一撃が俺の顔を襲う。

 

《ヴォーパル・ストライク》で十分な助走はついた。

そして、細剣であそこまでのエフェクトがつくソードスキルは1つしかない。今まで何百と見て来た《閃光》アスナの神速の秘技。《フラッシング・ペネトレイター》

 

それをほぼ、反射的に首をそらすことで頬を切り裂くだけで終わり。細剣が後方へ流れて行く。だが、それで終わりではない。続く第三撃目を予測していないわけがなかった。紅音を手放し、腰にある菊一文字を抜刀しようとする。そして、ライヒも最後の一撃、体術スキル重攻撃《龍爪》を発動させていた。

 

拳が迫る。

 

刀が半ばまで抜ける。

 

この距離のない状態でどちらも擦ればそれだけで決着がつく。

 

「あ、た───れぇぇぇ!」

 

「はあああぁぁぁ!」

 

刀が引き抜かれる。拳が寸分違わず俺の腹を狙う。

決着がつくのに1秒も必要としない。

しかし、互いの最後の一撃が当たることはなかった。

 

《DRAW》

 

ライヒの拳と俺の刀はシステムの障壁に阻まれ、行き場をなくした。目の前のライヒは少しだけ腰だめの姿勢でいたが緊張の糸が切れたためか膝から崩れ落ちてしまった。

 

俺だって崩れ落ちそうだが、そこは耐える。

菊一文字を鞘へと仕舞い、紅音を回収して鞘に戻す。

欠損状態の腕はあと数分も擦れば治るだろう。

 

だが、あと少しだけ届かなかった。

 

読み合いの結果ではライヒには完全に負けていた。

最後はほとんど奇跡のような直感で拳の一撃を予想できたから対応しようと体が動いた。ここまでドロドロの戦いをしたのは初めてのことだったが、うん、言葉に出来ないほど充実した戦いだったと思えた。

 

「そっか。俺、ここでちゃんと生きてるのか」

 

どこか吹っ切れた顔のライヒに俺は微笑んだ。

 

「あぁ、お前はこれからも生き続けるんだ」

 

周囲は歓声で満ちていた。主にライヒを称える声が。ナイスファイトとか、お前が勝ってたとか、疑って悪かったとか。皆がライヒを認めてくれていた。そしてヒースクリフも拍手を送りながら歩み寄ってくる。

 

「《素晴らしい》。とても素晴らしい戦いだった。――さて、試験結果だが……言わずとも分かってもらえるだろう。ライヒ君には《イノセント・エクセリア》諸君と共に攻略に是非とも参加して貰いたい。私からは以上だ」

 

それだけ言って再び歩き去って行くヒースクリフを横目に俺はライヒを見た

 

「次は決着つけたいな」

 

「時間で終わるとか、締まらないのは勘弁だ」

 

そう言いながら差し伸べた手を握ったライヒはデュエルが始まる前よりも更に、強くなっている気がした。

 

周囲からの喝采の嵐は暫く止むことを知らなかった。

 

 

***

 

「それで、《異双流》ってどんなスキルなんだ?」

 

《イノセント・エクセリア》ギルドホームにて夕食を終えたあとの団欒でそう言えばと気になったことを口にした。

 

「そうだなあ……。スキルを無理矢理繋げるスキルって言ってもわかってくれないよなあ……」

 

「当然だ! 全部話すまで寝かせないからな!」

 

主にキリトの食いつきが凄いのは予想できてたがここまで来ると流石に引く。言っておくとキリト、お前の《二刀流》だって立派なユニークスキルだからね?

 

夜の帳はゆっくりと降りて行く

 

 

 




コラボ編ももう少しで終わりを迎えます。
名残惜しくはなりますがあと少しだけお付き合いくださいませ


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束の間の休息

大変遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年も頑張って更新していきますのでよろしくお願いします。


翌朝、俺は誰よりも早く起きると普段なら決してしない修練に明け暮れていた。昔、前回のSAOで繰り返ししたようなものではなく、昨日の戦闘から何かを掴めそうな気がしていた。

ただ無心で二刀を振るう。

『両儀蒼空』としての答えが、昨日得られた。

だが、解答を得てもそれをモノにできるかは別の話だ。

そう、中途半端に会得した剣術をデタラメに使いますから昨日のようなことが起こる。この先、それは明らかな致命傷となり得る。ならば、それを克服しなければならない。

得られるすべてを習得し、複数の視点からたった一つの正解を手繰り寄せる。

『無銘 金重』 『明神切村正』手に握るのは宮本武蔵が使用していた刀。

俺の知る限り宮本武蔵たる彼女が最も怪異と刃を交えた舞台。『屍山血河舞台 下総国』そこでの戦闘の経験を刀を通して学ぶ。

 

───憑依経験

 

俺の特典である『無限の剣製』から零れ落ちたものの一つ。

投影した武器に宿る本来の担い手の技量を完璧でないにしろその技量を一時的に自身へと憑依させ使えるようにするもの。

《剣技の支配者》と組み合わせて使うことにより体に染み込ませることにより、一層その精度を高めることが出来る。

 

「───ダメだな。今のまま(・・・・)だと究極には至れない。やっぱりもう一度本人と手合わせ願いたいけど……」

 

今、彼女と戦えれば恐らく何かをつかめる確信はある。

前回のアインクラッドではどう言うわけか流れ着いた彼女と手合わせをする機会があったのだが……だが、起こり得ないことを考えても仕方ない。

 

「───そろそろ1時間か……ダラダラやるのが一番良くないのはわかってるんだけどな」

 

効率がいいのは集中できる時間に出来る範囲で熟す。

以前はアリシアにもそのやり方で教えていたのに、答えが目の前にあるとつい周りが見えなくなってしまう。

 

「ふう、取り敢えず飯でも作るか」

 

投影していた二刀を魔力へと還す。

一呼吸置いてからホームの中まで戻った。

ホームに戻ると、ちょうど起きてきたのかアリスがリビングへとやってくる

 

「おはようございます、ソラ」

 

「うん、おはよう。アリス」

 

いつもの軽めの挨拶をこなすと自然とアリスは俺の隣に立ち調理を始める。

 

「今日は何にするんですか?」

 

「んー、簡単だからサンドイッチにしようかと」

 

「昨日もそうだったと私は記憶してしますが……」

 

「まぁ、ライヒがいるけどうちはうちってことだね。こんなこと言ったらアスナには怒られるだろうけど俺は正直朝食は食べなくてもいいと思ってるから……」

 

「いや、それは流石の私でも怒りますよ」

 

「ごめんって」

 

軽口を叩きながらテキパキとサンドイッチを作っていく。

本当にこのサンドイッチというのは楽ではあるのだが、こだわると一気に手間が増える両極端な食べ物だと俺は思う。

 

まぁ、今日作ったのはタマゴサンド、ハムチーズ、レタス&ベーコンといった簡単なものだけだが

 

「アリス、とりあえず出来たやつからテーブルに運んでもらっていい?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

出来上がったサンドイッチを人数分の皿に並べてテーブルに持って行くアリスを横目に、そろそろアリシアが起きてくる頃だろうと扉を一瞬だけ見ると、そこからは想像よりもバタバタとしたアリシアがリビングにやってきた

 

「おはようアリシア。随分とドタバタしてたけどなにかあった?」

 

「い、いえ!何もないです!おはようございます、先輩、アリス様!」

 

なんだか普段からは想像もできないほどテンパってるアリシアを新鮮に思いながらも朝食の準備は終わった。

 

全員が起きて朝食の席に着いたのが7:30頃だった。

全員が揃うまでの間にヒースクリフから「攻略は明後日から未明から。ライヒくんの編成で思いの外手こずっているため、ソラくんには迷惑をかけるが昼頃に少しだけ時間を割いてほしい。他のメンバーには休息を取らせておくといい」とのことで連絡が入っているため昼はヒースクリフと飯を食うのかなんて頭で考えていた

 

「なあライヒ!コンボ中の踏み込みの角度について聞きたいことが!」

 

「キリト……さん。食事中くらいその修羅な思考やめませんか」

 

若干、キリトの修羅思考に呆れながらも紅茶を一口飲む。

アスナに「そうだよ、キリトくん。それに食事中はそうゆう会話禁止ってルールでしょ?」と注意されているのを苦笑しながらも口を開く

 

「それでこれは業務連絡な。今朝ヒースクリフから連絡が来たんだけど、討伐準備にはもう少しだけ時間をかけるそうだ。そのー……思った以上にライヒの編成が難しいらしくてな」

 

「なんで?ここのメンバーに入れて貰えばいいじゃない」

 

不思議そうにそう口にするリズベットとそれに頷いて同意するシリカに少しため息をつく

 

 

「いや、最近ギルド間での戦力差が問題になっててさ。ウチがずっと叩かれててそういう訳にもいかなくなった。これを機に攻略組全体を均等に混ぜて、攻略組単位での編成にシフトして行きたいんだと」

 

「ほー、妥当な判断だな。てかどう考えてもこのギルド叩かれて当然だろ。強い奴らだけに強くなるきっかけがある状況はさっさと改善すべきだ。世論と対立したら攻略組なんて出来なくなる」

 

「その……お前が言うと余りにもその、何故だかわからないんだが含蓄がだな」

 

「そうか?」

 

そこで一度会話は途切れる。

また一口お茶で喉を潤して締めの言葉を口にした

 

「ああそれと、今日は各自で自由に過ごしてくれて構わない。たまにはゆっくりしてもいいと思うし」

 

「はあ……どうせソラは休むと言って修練に明け暮れるのでしょう?やめろとは言いませんが見ていて心配になります」

 

「あはは……それはそうとライヒは?用事が特になければちょっとだけ修練に付き合って欲しいんだけど」

 

受け流すようにライヒに会話を振るとアリスがぷんすかと怒りながら「ごまかさないでください!」と言ってきたのでそれを宥めるのに必死な俺とぷりぷり怒るアリス。いつも通りな光景を笑うメンバー

 

困ったように笑いながら紅茶を飲むためにカップを持ち上げの高さまで上げた時にそれは起きた

 

まっすぐに手を挙げたアリシアが控えめに口を開く

 

「あのっ……お暇なら私と何処かに行きませんか?」

 

思わず手に持っていたカップを地面に落としてしまった。

表情が笑っているのに何処か冷たいものに変わっているのが自分でもわかる。それもそうだろう、目の前のアリスでさえ一瞬、かなりの殺気を飛ばしたのだから

 

シリカやリズベットをはじめとした女子勢は「きゃー」とか「わー」とか黄色い悲鳴を上げている。アスナはすごく複雑そうな顔をしているが。

 

いや、まてまだ《そういうこと》だと決まったわけではない。

少しだけ様子をみないことには……

 

「ん、別にいいけど」

 

ライヒのその答えにさらに表情は凍りついた気がした。

アリスから放たれる殺気もかなりの密度のものになっている

心なしかさっきまで湯気を上げていた紅茶が一瞬で冷めた気がする。

 

「てか何でわざわざ俺? ソラとかアリスさんじゃ駄目なのか?」

 

「それは……はい。ライヒさんが、いいんです」

 

アリシアのその言葉がキーとなった俺とアリスは同時に立ち上がりライヒの腕をそれぞれ掴む

 

「よし分かったライヒ。ちょっと付いて来てもらおうか」

 

「ええ。《軽く雑談をするだけです》から。お時間は取らせません」

 

怖いほどにこやかなアリスと今までしたことのないような冷ややかな笑みを浮かべた俺はライヒを立ち上がらせる

 

「え? いや待てよ何で俺を何処かへ連行しようとしてんだよ。放せよ、落ち着けって、いやホントに待てって」

 

腕を掴んだままライヒを引きずり、ホームの裏まで連行した俺はニコニコと笑ったまま『明神切村正』を左手に投影していた

 

「なあライヒ。俺もアリスもお前のことはちゃんと信用してる、だから正直に答えてほしい。――アリシアにどんな色目使ったのかなぁ? んん?」

 

「いや怖いって。信頼してんならまずは剣を仕舞えよ、アリスさんもその殺気向けないでくださいよ。俺が何かする暇があったかどうかよく考えてくれ。そもそも何でリスク冒してまで色目使う必要があるんだよ」

 

その言葉に少しだけ考え込む。

だが、苛立ったままの俺の口からは見当違いな言葉な次々と繰り出されていく

 

「デュエルの前に何故かアリシアはお前を追って行ってたな。あの時は状況が状況だったから追及はしなかったけど、よく考えるとおかしい。《接点が微塵もないならアリシアはあんな行動はとらない》。違うか?」

 

「俺が知るかよ……」

 

俺はなにを考えているのか、そもそもライヒにアリシアが取られるとでも勘違いしているのか、余計な言葉だけが口から次々と出て行く。だが、それには流石のライヒも堪忍袋の尾が切れた。静かにしかし、確かに怒気の篭った声がその口から聞こえた

 

「それにだ。俺にはちゃんと好きな人がいる。相方がいるって話しただろ? そいつとは恋人だった。結婚だってしてた。あいつ(レイン)以外、絶対に好きになるわけがない。絶対に、絶対にだ。それでも信用できないならここで俺の首を跳ねればいい」

 

それを言われた瞬間、まるで冷水をかけられたかのように一瞬で頭が冷やされた。それと同時に先程までの無礼極まりない発言にとてつもない後悔が生まれる

 

 

「あ、あのええとごめんなさい。まさかライヒに恋人がいるなんて思わなかったんです」

 

「わ、悪かった。すまない色々と誤解してたみたいだ本当にごめん!」

 

若干取り乱したまま誤った俺とアリスにライヒはため息ひとつついた後、まあ、仕方ないよななんて口にしながら苦笑いして許してくれた。

 

 

 

正午を少し過ぎた頃、ヒースクリフとの会談済ませたのち俺とアリスは71層の街を観光していた。所謂、デートというやつである

 

「それにしてもこんなにゆっくりできるのは久しぶりですね」

 

「ああ、ここ最近は特に忙しかったから。こうして2人でいれる時間も少なかったから。こうやって時間が出来た時こそアリスと一緒にでかけたいなって」

 

「まったくもう、こんな人がたくさんいる中でそんな恥ずかしいこと言わないでください……そう思ってくれるのはすごく嬉しいですけど……」

 

顔を赤くして少し俯くアリスに軽く謝って歩き続ける。

歩いて行く中で、さり気なく手を繋いでみたが一瞬驚いた顔をしたもののなにも言わなかったのでそのまま歩き続ける

 

「そういえば、昨日のライヒとのデュエルで得られるものはありましたか?」

 

「ああ、あったよ。俺としての戦い方を昨日導き出せた。ライヒには俺の今までの戦い方の間違いを教えてもらって、そして《両儀蒼空》としての答えを貰えた。後は……」

 

 

そこで少し言葉が詰まる。

 

「後は……?」

 

その言葉を口にしていいのか悩んでしまう。

アリスは自分だけの戦い方を身につけている。

だが、俺がやろうとしているのはアリスのスタイルとは全く逆の《得られるものを全て会得し、戦闘状況を複数の目線からたった一つの答えを導き出す》もの。俺に足りないのはそもそも極めた流派が一つしかないこと、そして未だノータイムでの流派の切り替えが出来ないことにある。

 

「いや、なんでもないよ。ただ完全に習得できるまではまだ時間がかかるってだけ」

 

「なるほどやはりソラといえども剣の修練は欠かせないのですね」

 

「そうそう。俺だって扱える剣技があるってだけでそれら全てを極めたわけではないんだ。アリスや他のみんなみたいに究極の1を持ってるわけではない。今の俺は所謂半端者ってやつだね」

 

「……なんだか、悲しい言い回しですね。その言い方ではソラ自身が己の究極に辿り着けない。そんな言い方です」

 

シュンとしたアリスを見て、少し下卑し過ぎたかなと自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「さて、湿っぽいのは終わり!折角のデートなんだし思いっきり楽しもう?」

 

「……そうですね。ソラのオススメのお店なんかはないんですか?」

 

そう聞かれて思いついたのは何件かあった。

全て前回のSAOでお気に入りだった店とこの間ライヒについていって見つけた酒場。そして、最後にとある条件下でしか頼むことのできないメニューがある店

 

「アリスってさ、チーズケーキ……好きだっけ?」

 

「チーズケーキですか?ええ、好みではありますが」

 

「美味しいって評判のチーズケーキがある店があるんだけど、どうかな?」

 

内心、既に心臓が爆発しそうな勢いで緊張している俺を知ってか知らずか、アリスは微笑んで答えを返してくれた。

 

「ええ、それで構いませんよ。ソラと行けるならどこへでも」

 

その言葉で、俺は決心した。

 

 

 

 

向かった先は町の外れにある喫茶店だ。

町の外れにしては客の運びも悪くないのはひとえに価格の割に味が良いからというのはヒースクリフの談だ。

 

「ここですか?私も足を運んだことはありますが、チーズケーキなんてありましたっけ?」

 

不思議そうにメニューを眺めるアリスに意を決して口を開く

 

「ああ、あることにはあるんだ。裏メニューなんだけど……さ」

 

「……?なんだか妙に歯切れが悪いですね」

 

「注文の条件が……夫婦であることなんだ」

 

「……へ?」

 

その条件を察した瞬間にアリスの顔が真っ赤になる

 

「〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 

「ご、ごめんっ!やっぱ普通の店に行こうか!」

 

そう言って席を立とうとしたが、それが許されることはなかった。そう、俺の手を握ったアリスによって立つことは禁止されたのだ

 

「……頼みましょう。それに、夫婦としてというのも……何気に初めてですし……」

 

「う、うん」

 

そして、俺とアリスは数瞬見つめあったもののほとんど同時に店員のNPCを呼ぶのだった。その際、NPCが来たと思ったらバイトの女の子のプレイヤーだったり。その子の「お2人は結婚してますか?」の質問に再び顔を真っ赤にして答える俺たち2人。さらには頼んで出てきたチーズケーキに付いてきた フォークが一本だけだったりと様々なトラブルが多発した。

 

「そ、ソラから……どうぞ」

 

「え……あ、うん」

 

目の前にチーズケーキが乗せられたフォークが差し出される。

フォークを握るアリスは落ちても大丈夫なようにフォークの下にも手を寄せている。

 

「……あーん、です」

 

「あ、あーん」

 

口を開けるのと同時にゆっくりと若干震えた手つきでフォークが口の中に入れられる。それに合わせて口を閉じるとフォークが抜かれた。瞬間、口に広がるのは濃厚なチーズの味、だが、正直それを判断するレベルの余裕は俺には決してない。

 

口に入っていたケーキを飲み込んだ俺はアリスからフォークを受け取り再びチーズケーキをフォークに乗せてアリスに向ける

 

「わ、私は自分で食べますのでっ!」

 

「ダメに決まってるじゃないか!俺だって凄く恥ずかしかったんだから!ほら、あーん!」

 

そう言ってフォークを少し口に近づけるとアリスは少し戸惑ったものの

 

「あ、あーん」

 

結果としては口を開いたのだった。

 

「ううっ、恥ずかしいです……」

 

チーズケーキを飲み込んだ後、俺たち2人は悶絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果としてはあのチーズケーキは交互にあーんをすることでしか食べられないらしく、互いに顔を真っ赤にしながら完食した。その後はさっさと買い物を済ませ、赤面したままホームへ戻り、そのまま夕飯の支度を済ませ、食事についた。

そのまま、その日は終わりを告げる筈だったのだが……

 

「よっ、はっ、あっあれ……。また失敗しちゃった……」

 

先程から食事中にナイフを持つたびにアリシアがナイフ回しをしては失敗し、一度置くのだが、再びナイフを持つとまた挑戦するという奇行に走っていた。初めは見逃してたんだが、その原因であろう張本人を俺はジト目で見つめる

 

「ラ~イ~~ヒ~~~?」

 

俺のその声にライヒが一瞬肩を震わせたが、すぐに弁明に入る。だが、時既に遅し。修練をするのは構わないけど食事時に持って来ていいものではない

 

「いやごめん本当に申し訳ない! 最初はやめろって言ったんだけどアリシアが――」

 

「俺の大事な弟子に……何を吹き込んだんだ!!」

 

主にマナー面でっ!

そこから俺のぐちぐちとしたお説教にライヒは縮こまる中

 

「あ、ライヒさんライヒさん。三回連続で出来ました! 見てましたか、ねえ、ライヒさん!」

 

アリシアは怒られるライヒを傍目にナイフ回しを繰り返していた。

 

 



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常世

例えばそれが、この世界のものでないとしても


俺が一刀で戦う時、それは基本的に“天然理心流”の剣術に偏ることとなる。無論、それで対応できない場合もあるため、両儀式(母さん)から教わった剣を使うことも多い。だが、あくまで基本は沖田総司を元に、突きが主体の戦闘方法になる。それがどうした、と言われれば現状向かい合ってる相手とは相性が悪いということで。

 

ボス戦当日の朝、俺は早朝にライヒとともに最後の手合わせを行なっていた。条件は刀一刀縛りと互いに条件はあったが俺としては充実した朝になった。なにより、1人で刀をブンブン振り回すよりも全然効率がいいともいうのだが

 

手合わせがひと段落つき、互いに休憩の時に俺の視線はライヒの持つ刀へと向かった。

 

「良い刀だな、それ、一目見ただけでわかる。菊一文字もそれなりの名刀だと思うけど、俺の知ってる中ではそれとタメ張れるくらいの業物だと思う」

 

「あの……これ95層産ですけど?70層程度の素材で比べるもないだろ」

 

呆れたような声で返してくるライヒに俺も苦笑する。

正直この世界に菊一文字とタメを張れる刀などそれこそ星のようにあるだろう。だが、紅音を超える刀を俺は知らない。両儀式(母さん)が集めている刀剣類の中でも紅音を超える業物はおそらく存在しない。と俺は思っている

 

「そういえばさ」

 

話題を変えるかのように、ライヒは再び口を開く

 

「お前ってミュータント?」

 

「は?」

 

唐突なその質問に思考が停止した。

 

「じゃなかったらエイリアン?もしくはプレデターかなんかの擬態?」

 

「なんでアメコミの怪物なんだよ。失礼なやつだな。そんなのフィクションに決まってるだろ」

 

聞きたいことなんて、大体わかってる。

初めてあった時に見せた投影のことを言ってるんだろう。

その時に、機会があれば答えるとも言った。

だが、そんな遠回しに聞かれても俺は答えられない。

アレは非人間的要素(そういうもの)だから

 

「そうじゃなかったらそうだな……対人間用に開発された改造人間」

 

「ちげーよ!」

 

この問答がいつまで続くのかと霹靂し始めた頃、ライヒはついに核心を突いた。

 

「じゃあ……《死に戻り神様転生》?」

 

一瞬、その言葉に目を見開く。

だが、それこそ普通の人間ではたどり着けない答えだろう。

だから、俺は誤魔化すことでまた逃げた。

 

「あの、なあ……そんな馬鹿な話あるわけないだろ?」

 

「あ、わかった。もしかしてお前」

 

ライヒがそこまで言った瞬間、俺の中で嫌な予感がした。

そう、アレは。あの顔はいたずらを思い浮かんだときのエギルと同じ顔だ。

 

「俺は神に選ばれた転生者だ!とか名乗りたくなってただろ!あっははは。そんな三流ラノベ主人公じゃあるまいし。中二病も程々にしないと、アリスさんに愛想尽かされるぞー?」

 

「よ、余計なお世話だ!それに、アリスは関係ないだろ!」

 

「ま、俺はどうでも良いけどな。たとえお前が振られようが、二股かけようが、ね。そうそう、これは“前のお礼”だ」

 

あからさまにコートから取り出した写真が宙に舞う。

ひらひらと舞うそれをかろうじてキャッチすると、そこに写っていたのは、俺とアリスの昨日の写真だった。

 

「なっ……。こっ、これは───」

 

「『あ〜ん』、か?いやあ、暑い暑い。南極の氷が溶けちまうくらいにはあっつい」

 

「おまっ……こんなのどこで!」

 

「情報屋に張りこみ頼んで、写クリは持ち込みで依頼した。IE(イノセントエクセリア)のツートップがデートらしいので行ってみてはどうですか、ついでに盗撮なんてどうでしょうっ……てな!」

 

ネタバラシが済んだとばかりに、さらに10枚にもなりそうな写真をばらまくライヒ、それを慌てて拾い上げる頃にはライヒはいなくなっていた。

 

そして、1枚目の写真の裏をチラッと見るとそこにはメッセージが残されていた。

 

『朝飯はいらないから 御影より』

 

「お前だって小っ恥ずかしい二つ名持ってるんじゃないか」

 

なんて、写真をばら撒いた張本人に告げるも、帰ってくる言葉はなかった。

 

「ソラ?何か慌ててましたが、何かありましたか?」

 

「うわぁぁぁあ!いやいやいや、なにも!何もない!」

 

正直今一番会ったらまずいアリスがよりによって 現れるとは思いもせず、あからさまに動揺してしまった。

 

「?その手に持ってるのはなんですか?」

 

「な、なんでもないから!」

 

慌てて写真をストレージにしまうが、それが更に悪手となった。

 

「怪しいですね、持ってたのは写真でしたか?」

 

アリスが凄まじい速度でアイテムストレージを開き、それを取り出した。

 

「全く、私とはアイテムストレージが共有されているというの……にぃ!?」

 

取り出したのは勿論、先ほどの写真。

それに写っているのは昨日の赤面ものの写真の数々

 

「こ、これは───だ、誰が……」

 

「多分昨日の朝の仕返し、だろうな」

 

「ら、ららら、ライヒーーーーー!」

 

その朝、アリスの怒りと羞恥の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

朝から一悶着あったが、再び攻略組が一堂に集結したのは朝の10時頃、各ギルドから腕利きの鍛治師が集められ、武器や防具のメンテナンスを行い続ける。勿論、一流の職人たちばかりなのでそれなりに金は取られるのがネックだが、自身の相棒を皆それぞれ信頼の置ける鍛治師に預けるのは毎度のことだった。

 

「ソラ君、少しだけ編成が変更になった」

 

「今更?それは構わないけど、どこのパーティが?」

 

「ライヒ君のパーティだよ。本来ならアスナ君傘下のアタッカーパーティの予定だったが、彼自身を最大限に生かすためにアリシア君とのペアへ変更させてもらった」

 

「はあ!?」

 

あまりに驚きすぎて一瞬固まった。

ライヒが全力を出せる場を設けるのは構わない。

寧ろそれは攻略組にとっても好都合だろう。

しかし、それでアリシアが選ばれた意味がわからない。

 

「あくまで私の主観ではあるのだがね。彼女、アリシア君はおそらく《異双流》を得る資格を大いに持っているだろう。きっと彼女は君の剣技を習い、ライヒ君の技を学び、彼女はより大きなステージへと進めるだろう。真隣で彼の技を学ぶのは今回限りしかできないことだ。君も、彼女が心配なのはわかるが、いつまでも過保護であっては彼女自身が成長しない。子は親から旅立つものなのだよ。ソラ君」

 

その言葉に、俺が返せる言葉な何もなかった。

渋々、その編成の変更に頷く。

少し離れると、ライヒがアリシアと何やら話していた。

 

「……アリシアを頼むな、ライヒ」

 

横を通り過ぎる際に一言だけ告げてそこからは攻略組の司令塔としての顔へと切り替える。

 

「ソラ、アリシアのことなんですが」

 

「納得は、できないよ。やっぱり、危ない目にはあって欲しくない。けどさ、俺が思ってるよりもアリシアは強いんだよな。俺があの世界からいなくなった後もアリシアは戦い続けた。それこそ、紅音が霊刀と呼ばれるものに変化するまでは」

 

それまでの道のりがどれ程大変だったかは言葉にする必要はない。だが、それでも、“あの頃”の優しいアリシアを忘れられないから。俺はきっと過保護だったのだと思う。

 

「子は親から旅立つ……か。一度は経験したことだったんだけどな」

 

ヒースクリフに言われた言葉がやけに頭に残る。

それを振り払うように、首を振り。意識を切り替えた。

 

「今はやることだけを見よう。この戦いに負けは許されない」

 

「勇気ある諸君。この日予定したメンバーが欠けることなく揃ったことに感謝したい」

 

いつものように始まるヒースクリフの演説、それを聞き流しながらシャガラガラの情報を頭の中で整理していく。開戦はすぐそこまで来ている。この戦いで如何に死者を出さないか、これが今回の俺とヒースクリフに求められるものだった。

 

俺は、どんな手段を使ってでもここにいる全員を守り抜かないといけない。

 

その圧に負けそうにもなるがそれを必死に抑え込める。

俺は、人の死を背負うには小さすぎる人間だ。

俺は、誰かの命を背負えるほど強い人間じゃない。

けれど、それでもやらなきゃいけない。

 

深呼吸して息を整える。

眼前を見据えると扉が開こうとしていた。

菊一文字に手を掛け、それを抜き放つ。

ヒースクリフが押した扉が開いた瞬間。

 

ライヒとアリシアが飛び出したのと同時に全員がボス部屋に流れ込んだ。

 

流石は90層後半のトッププレイヤーと言うべきか、アスナよりも早く駆け出したその速度を緩めることなく、両手の片手剣と細剣でソードスキルを繋げていく。ボスへの出会い頭の一撃(ファースト・ヒット)の効果でディレイしたところをアリシアがすかさずに《緋扇》を叩き込むが、反撃と言わんばかりの爪攻撃を割り込む形でタンク隊が抑えるとそのまま一度離脱した。

 

俺やヒースクリフは遊撃しながら司令塔の役割を果たさないといけない。俺は中央、右翼から。ヒースクリフは背後、左翼から、互いにタンク隊、アタッカー隊、遊撃隊を一部隊づつ従えて攻撃を続ける。

 

隙を見つけてはシャガラガラへ二刀にてソードスキルを叩き込むも大したHPは減らない。ファーストアタック以降、ライヒは戦場を見回し、ボスへの攻撃方法を模索しているのか攻撃へはなかなか参加していない。

 

俺はそれになんの異論もない。

実際、それだけライヒの観察眼が優れているのは俺は知っているからだ。90層後半、それも100そう間近のプレイヤーともなればここから先、さらに20以上のボスを蹴散らして来た事になる。問題は、ライヒがボスへのダメージの最効率の箇所を見つけてけれれば文句はないのだが……

 

「タンク隊、10秒後爪攻撃くるぞ!」

 

「「「了解!」」」

 

指示と共にタンク隊が一斉にアタッカーとスイッチして前方に出る。ボスの爪攻撃が来るのと同時にタンク隊が盾スキルの最上位スキルである《ファランクス》を展開する。

判定はジャストガード、JGボーナスとしてキメラは一瞬だけその動きを止めた。

 

「「スイッチ!」」

 

アリシアとライヒの声と共に、アリシアが先行し刀スキルの《旋車》がボスのHPを削り、更にその後方から一気にライヒが飛び出て再びソードスキルの嵐を叩き込む。

 

ライヒが一瞬、俺を見て頷くのと同時に俺も駆け出す。

互いに無言でありながら、やることはわかっていた。

 

だが、スイッチして交錯する直前。

 

「ちゃんと狙えよ」

 

「……?」

 

何を言いたいのかさっぱりだったがそのまま駆け出し、ボスへと刀二刀にてソードスキルを叩き込む。《秋華》から始まり《百花繚乱》にて終わる連続84連撃の剣技の全てをキメラへと叩き込む。全ての剣戟の中で確かな手応えがあったのは24連撃分。そして、クリティカルエフェクトが一番大きかった部位は……

 

「攻撃する奴は()()()()()()! そこがクリティカル・ポイントだ!」

 

ライヒのその言葉を聞いたアスナが誰よりも早くボスの懐に潜り込み、細剣ソードスキル《オーバー・ラジェーション》を発動させる。細剣ソードスキルの中でも屈指の連撃数を誇るソレは一つとズレることなく、ライヒの口にした弱点へ叩き込まれる。それにより、シャガラガラの膨大なHPの一本目が2割(・・)も減少した。

 

アスナ自身が検証し、証明して見せたところでライヒのその言葉は真実となった。ならば、と攻略組全員の考えは纏まる。

 

開戦から2時間、的確に弱点をついた攻撃を繰り返すことで三段あるHPゲージの1段を削ることに成功したのだった。

この時点で、既に普通の攻略とはかけ離れているが、これならばイケる。きっと全員がそう思ったその時だった

 

▅▆▇█▅▆▇█▅▆▅▅▆!」

 

一際大きな雄叫びと共にシャガラガラは思い切り床を踏みつけた。その踏みつけの振動でエリア全体が揺れ、そして───

 

 

───二本の巨大な石柱が頭上から、落下して来た。

 

「───な、に?」

 

シャガラガラは落下して来た《ソレ》を無造作に掴み上げると、一瞬だけその口元を狂気すら感じされるほど、歪ませた。

それと同時に、掴み上げたソレをよりにもよって無造作に振り回し始めたのだ。

 

冗談ではない。

これほどまでに強化されたコイツのパラメータであんなもの振り回されればそれこそ[即死]ものだ。アインクラッドのダメージ計算には勿論、質量も関わって来る。あいつのめちゃくちゃな筋力パラメータで石柱なんていう武器を持たせればどうなるか、など考えるだけでも怖気がする

 

制限があるのか、部屋の中心からは動かないがそのかわり俺たちも無闇に攻撃はできない。

 

どうするべきか、と考えていたところでライヒが近くに寄って来る。

 

「おい、今こそアレ(・・)の出番じゃないか?」

 

ああ、普通に考えればそうなるだろう。

だから、俺はアレを秘匿し続けた。

 

「聞いてるんだろ。この状況でお前の小さなプライドに拘ってる暇があるわけないだろ」

 

プライド?そんなもの俺にはない。

大体、全ての人間からの嫉妬や怪奇の視線に耐えられるなら、俺はとっくにアレを使って攻略してた。

 

「いい加減に───!」

 

「出来るわけないだろ」

 

つい、口からこぼれたソレにライヒは呆れたように俺を見る。

だけど、ソレでも構わない。俺は、そんなに出来た人間じゃない

 

「俺は、俺には出来ない……っ。攻略組全員の……この世界全てからの恨みや妬みなんて、俺一人で背負えるわけがないだろ!」

 

「じゃあ大事な仲間にでも背負ってもらえばいい」

 

「それこそできない。たった十数人で6000人以上の憎悪に耐えられるとでも?そんなものの先は言わなくても、わかるだろ……」

 

「そんなの、俺だってわかる。それじゃあどうするんだ? 入り口も塞がれたみたいだし、転移結晶も使えなくなってる。お前の大事なものとやらがあれにペチャンコにされるのも時間の問題だと思うけどな。選択肢なんてあってないようなものだろ」

 

もはや言い合いにすらならない言葉を互いに掛け合う。

ライヒは俺のアレを使えば状況の打破は出来るから使えという。対する俺は身勝手な理由でアレは使わないと言い張る。

どちらが正しいといえば、誰もがライヒと答えるだろう。

それでも、誰がどう言おうとアレは使えなかった。

 

「なぁ、お前なら」

 

「俺なら、なんだよ」

 

もはや呆れたを通り越して見損なったと言わんばかりのライヒの声音に、俺はそれでも言葉を続けた。

 

「ライヒ、お前だったら。この状況をどうやって打破する。お前だって、“ここ”では何かを隠してるだろ。お前にだって“何か”あるはずだ。全部ひっくり返せるような何かを」

 

「まあ、ねえ……」

 

ライヒは未だ暴れ続けるシャガラガラを横目に見てため息をついた。

 

「───いいよ。なんとかしてやる」

 

「出来るのか?」

 

「まあ、ね。でも、《代償に命を削る》羽目になる。お前は俺を犠牲にするって知りながら自分の都合を優先させることになるけど……《本当にいいのか》?」

 

本当にいいのか?

その言葉に含まれた意味合いは強かった。

お前が、俺にさせるのは文字通り命を削るものだ。

身勝手な都合で他人の命を削り、自分たちを助けて貰って。

もしそれで、罪悪感すら感じないなら、お前はそういう人間だとそう問われた気がした。

 

それを全て承知の上で、俺は頷いた。

 

「頼む、俺たちを助けてほしい」

 

再び、ため息をつく。

 

「まぁ、ここ数日のメシ代くらいは働いてやるよ。それなりに美味かったし」

 

そうして、眼前のシャガラガラを見据えたライヒが飛び出そうとした瞬間

 

「待ってください」

 

それを引き止めたのはアリシアだった。

 

「もう少し待ちましょう。そうすればパターンが変わるかもしれません」

 

「それはないな」

 

「なんでそう言い切れるんですか! ライヒさんはきっと全部知ってて……自分を犠牲にすればいいって思っているんでしょう! そんなのはダメです、ですよね先輩!」

 

きっと全部聞いてて、アリシアはもう少し待とうと口にしたんだろう。自己犠牲、それをライヒに強いた俺にアリシアへ返せる言葉は何もなかった。

 

「アリシア……俺は」

 

そこまで口にするとライヒが口を挟んだ。

御託はいい。さっさと始めるぞ。そう思わせる口ぶりだった

 

「はあ……こんなとこでケンカするなよ。大丈夫だから。別に死にはしないから。ただ、ちょっと()()()()()だけだから。それなら誰も()()()()()()()()だろ?」

 

ライヒの全力、つまり《異双流》の全開はヒースクリフの口ぶりからして『システム・アシスト』を駆使した戦闘方法。しかし、それをヒースクリフのように防御のために一瞬使うわけではなく、全力で戦うことに使うとしたら。それは脳へのダメージが計り知れないことになる。

 

だから、死にかける。という言い方をしたのだろう。

ライヒもライヒでひどい嘘をつくものだ。とライヒへ向き直った瞬間。ライヒのやったポーズに俺は目を見開いた。

 

少しだけ笑ってピースのサインを俺にやってみせた。

それは、そのサインは……

 

「……ユウ、キ?」

 

「───じゃあ、後は任せた」

 

言葉とともに一気に駆け出したライヒを集中的にシャガラガラが狙い始める。迫り来る石柱を踏み越え、飛び越え、やがてライヒを濃桃色(ディープ・ピンク)のライトエフェクトが包み込む。

 

神速の世界の中で、ライヒが縦横無尽に駆け回る。

的確に縫合跡を切り裂きながら《空中を蹴る》。

何度もなんども《宙を蹴り》やがて辿り着いたのはシャガラガラの頭上、そこにおそらく100にも及ぶ連撃を叩き込む。

まさに、一瞬の光景ではあったが、シャガラガラのHPバーは既に2本目の残り1ドット、しかし、そこでライヒが纏っていたライトエフェクトは霧散する。それと同時にシャガラガラはライヒを吹き飛ばすも、最後の最後に放った《龍爪》が最後の一ドットを吹き飛ばした。

 

ライヒは垂直に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

ライヒの行ったスキルに騒然とするも、シャガラガラが脱皮をするために放った咆哮に全員が再び意識を集中させる。

 

「ライヒ……お前」

 

吹き飛ばされたライヒの元に駆け寄ると、頭痛を押さえ込みながら、息を整え、なんとか声を出そうとしていた。

しかし、それは出来ずにライヒは震える手を動かして俺とアリシアにサインした。

 

俺が狙われるのは時間の問題だ。だから、お前たちは逃げろ

 

言わんとしていることはおそらくあってると思う。

だが、こうなるように頼み込んだのは俺だ、ならばライヒが動けるまでアイツを止めるのは俺の役目だろう

 

「バカ言え、あとを頼んだのはお前じゃないか。少し休んでろ、あの忌々しい翼、切り落としてくるから」

 

そして、ライヒと俺を睨みつけているシャガラガラを見る。

脱皮したのとともにもともと醜悪だった見た目に悪魔のような翼が生えていた。今までのようなパワー型ではなく速度特化の脱皮後の形態、というところか

 

意識を切り替える。

紅音を納刀し、菊一文字だけを構え、駆け出す。

 

「あの翼を叩き斬る。全員離れろ!暴れまわるぞ!」

 

タンク隊が構える盾を足場にしながらシャガラガラの上に乗ると当然のことながらシャガラガラは暴れまわる。背中の異物を排除するために飛び回り、走り回り多彩な手を使って俺を振り落とそうとする。

 

「───直死」

 

瞳が瞬時にして黒から蒼へと変化する。

同時に俺の視界には世界全ての[死]が線となって可視化される。その中でたった二つ、際立って大きい死が目に観えた。

 

「堕ちろ」

 

継ぎ接ぎの両翼を一刀の元に斬りふせる。

空中で飛び回っていたシャガラガラは頼りの翼を失い、地面へと落下する。

落下したシャガラガラに振り落とされ、俺も地面を転がりダメージを受けるが空中に居られるよりはずっとマシだった。

 

落下したシャガラガラはといえば高度からの落下でスタンしている。

 

それを見た攻略組は再びシャガラガラへと総攻撃をかける。

俺はグランポーションを口に含みながら、菊一文字の耐久度を確認する。

 

300/1500

 

戦闘が開始してから数時間、武器の耐久度も限界のところまで来ていた。下手をすれば折れてしまうが紅音もそろそろギリギリだった。

 

「この戦いの間は持ってくれよ……」

 

祈るように口にして駆け出そうとした瞬間、漆黒と純白が通り過ぎる。ライヒが迫り来る神速の拳を片手剣でいなし、そこをすかさずスイッチ、アリシアの放った《絶空》がクリティカル・ポイントに叩き込まれ、そのHPを大きく減少させる。

 

「ライヒ……もう、大丈夫なんだな?」

 

「異双を使えるほどの集中力は残ってないけど……まあ、やれる」

 

未だに顔をしかめているライヒが心配になるが、ここで引っ込んでろと言えるほど俺も腐ってない。

 

「じゃあ、無理はしない程度にな」

 

「わかってる」

 

そして、先に飛び出す。

普段なら隣にライヒが並走していたであろうが、それが今回はない。今考えれば一人でこうして走るのは久しぶりだった。いつもはアリスやキリト、アリシアが隣にいる。けど、今回のパートナーであるライヒをこんな状態にしたのは俺だと身をもって知ることになった。

 

少しライヒに気を回しすぎたことでシャガラガラの爪振り下ろしをガードし損ねた。菊一文字と爪がぶつかり合い、甲高い音と共に刀身が真ん中からへし折れた。

 

一瞬ではあるが手に何持たない状態の俺は完全に無防備だった。そこに逃すまいと空いたもう片方の腕が振り下ろされる。それが意図するのは死、だろう

 

だが、その凶腕が振り下ろされることはなかった。

後方から青色のライトエフェクトを纏ったライヒがシャガラガラの攻撃をキャンセルしたのだ。その勢いのまま発動したままの《ファントム・レイヴ》の連撃を叩き込む。的確に爪の脆い部分を叩き、破壊する。それに怯んだシャガラガラが三歩程後退した

 

「おい、大丈夫か?」

 

「ダメージはない、けど武器がなぁ」

 

実際、菊一文字程の名刀を失ったのは痛い。

紅音も今に限っては耐久値がかなり危ないから使いたくない。

だからといって投影はおおっぴらには使えない。

 

「えーっと……アレだ。召喚すれば?」

 

少し焦り気味にそう提案してくるライヒにほんの少し笑う

 

「残念だけど、耐久値はオリジナルの半分未満だしな。コッソリやるにしたって、限度がある」

 

「あーもう、わかったわかった。特別だ、これ使え」

 

呆れたような声のままライヒは紫色の鞘に収まった刀を放り投げてくる。失われた菊一文字の純白の鞘の代わりに紫色のその鞘を腰に下げ、その刀身を抜き放つ。

 

───妙にしっくりくる。なるほど、こりゃ確かにかなりの業物だ

 

手に馴染むその感覚を噛み締めながらボスを見据える。

残りHPはラストゲージの半分ほど、おそらく俺とライヒの次の攻撃で決着がつく。攻略組の面々は疲弊しきっているが、戦いをやめない。これ以上長引けばうっかりミスの一つでもやらかすかもしれない。それで死人を出すわけにはいかなかった。

 

「なあソラ、二人で行こうぜ。この間、敗走した借りをまだ返してなかったろ?」

 

「奇遇だな、俺も同じこと言おうと思ってた」

 

互いに駆け出すタイミングは同じ、次に来るボスの攻撃はアイコンタクトで頷く。

 

「ソラ、噛みつきが来るから俺が受ける」

 

「わかった」

 

襲いかかる顎をライヒが《ホリゾンタル・スクエア》で迎撃し、ノックバックしたところを《東雲》、重ねるようにライヒが短剣・体術複合スキル《シャドウ・ステッチ》で追撃

 

互いに肩が触れ合おうかという距離で剣技を発動しているにもかかわらず決して一撃たりとも当てることはない。まるで、今までずっと一緒に戦って来たかのような錯覚すら覚えるほどに

 

「次で決めるぞ、併せろよ。ライヒ」

 

「勘弁してくれ───よっと」

 

俺が右から、ライヒが左から。

今互いに出せる全力を放つために構えを取る。

 

片手剣六連撃奥義ソードスキル《ファントム・レイヴ》

カタナ五連撃奥義ソードスキル《散華》

 

計11連撃の剣技が吸い込まれるようにシャガラガラにヒットする。互いに最後の一撃をその身体にはなった瞬間。数時間に及び猛威を振るったキメラはその動きを停止させ、一瞬だけ収縮して爆散した。

 

c()o()n()g()r()a()t()u()l()a()t()i()o()n()

 

その文字がフィールドの中央に大きく浮かんだ瞬間、大きく歓声が上がり、場が沸き立つ。

 

ようやく終わったと、安堵した瞬間、隣にいるライヒが0と1のベールに包まれていく

 

「意外と早かったけど……サヨナラかな」

 

その言葉で事情を知っていた俺は言葉の意味を察した。

 

「なあ、もう少し居られないか?一晩とは言わない。1時間くらいなら……」

 

せめて、謝りたかった。

俺の身勝手な行動のせいでライヒに辛い思いをさせたのだから、せめて美味い飯でも食わせてから別れたかった

 

「無理だな。別にここに来たのも帰されるのも俺の自由じゃないし。まあ、飯代くらいは働いたってことで勘弁してくれると助かる、かな」

 

ライヒがどこかを探しているような気がして、俺はアリシアを手招きする。ものすごい速度で駆け寄って来たアリシアにライヒは苦笑しながらも声をかけた。

 

「アリシア、時間がないから手短に言う。お前のおかげで俺はここで多少は頑張れた。師匠の真似事だけど……それなりに楽しかった」

 

「私も、です。貴方のおかげで、私もまだまだだって分かって……教えてもらったことは忘れません」

 

「そっか。じゃあ、置き土産を残すとしますか……」

 

ライヒが手元を操作するのと同時に借りていた刀がライヒの手に収まる。そして、それをアリシアに手渡した。

 

「この刀は……?」

 

「固有銘は『恋紫』。まあ、俺はもう使わないしあげるよ。うまく使えばきっと役に立つ」

 

アリシアに別れを告げて今度は俺の方へと向きなおり

 

「楽しかったよ。いつかまた、戦ろう」

 

今まで見た中で一番幸福そうな顔で70層攻略の英雄ライヒはその姿を消した。

 

 

 

 

***

 

あれから数時間後

 

「みんな、ライヒのこと覚えてないんだな」

 

ギルドホームの庭に設置していたテーブルを囲み、アリシアと語り合う。その視線は互いに月を写して

 

「私は、忘れません。ライヒさんがいた証はこの子なんですから」

 

冷たい風が頬を撫でる。

そんな中、ライヒから託された『恋紫』を抱きしめるアリシアを見て一つ頷く。

 

「ごめんな、頼りない先輩で」

 

「……攻略の時の話、ですよね?」

 

「ああ、俺にはライヒの命を削らせない選択肢もあった。けど、俺は勝手な理由でそれを選べなかったんだ」

 

一人つぶやく言葉をアリシアは無言で聞き続ける。

 

「本当に情けないよ。なんとかできる力を持っておきながら、それを使うべき時に怯えて使えない。ライヒに言われたよ。『そんなに一人で背負うのが辛いなら、大事な仲間にも背負って貰えばいい』ってけど、俺はそれを選べなかった」

 

「私も、同じです」

 

静かに口を開いたアリシアに今度は俺が黙る番だった。

 

「私も、先輩と同じ力を持ってるのにライヒさんを守るために使えなかった。私はライヒさんを助けたいのに自分が嫉妬や恨みの目で見られるのが怖かったんです」

 

でも、と決意を新たにしたアリシアの瞳は俺の目をまっすぐに見つめていた。

 

「私は今日のライヒさんの戦いを見て思ったんです。自分を顧みないでその力を使える人こそ、英雄って呼ばれるんだって」

 

だから、とアリシアは言葉を続ける

 

「私は誰かの英雄になりたいです。たった一人でいい、胸を張って私は誰かの英雄だって言えるようなそんな人になりたいんです」

 

その言葉は思ったよりもストンと胸に落ちた。

それは、きっと昔はずっと思ってたことで。

でも、いつしか忘れられてしまったものだった。

 

「私にとっての英雄は先輩とライヒさんです。だから、私の目標はお二人と並べる人になること。覚悟してくださいね?先輩。私、今まで以上に頑張っちゃいますから!」

 

花の咲くような笑顔でピースをするアリシアにユウキと重なったライヒが重なった。色々な言葉が出て来そうになったけど、ただ一つだけ言えることがある

 

「ありがとう、ライヒ。俺たちに出会ってくれて」

 

こうして俺たちとライヒの物語は幕を閉じる。

彼が残した思いは彼を慕った大切な後輩へと受け継がれた。紫色の刀身に、桃色の刃の刀は必ず、最後まで彼女を助けるだろう

 

 

 

 

 




半年以上続いたコラボ編もこれで最終話となります。
去年の8月頃からコラボしていただいたアクワ様。
長い間、本当にありがとうございました!

今回のコラボ編で一番驚いたのはアクワ様がソラの心情をかなり深いところまで理解されてたところでした。大きな力を持つがそれを使いこなせるだけの力量やその力を使った際の周りからの感情に耐えきれないと未熟なところが多いのです。
そして、50層編で登場したソラの後輩、アリシアにも活躍の場を与えていただけ、そしてアリシアに託された技術と《恋紫》もこの先活躍させていただきます!
ライヒ君という存在のおかげでソラ、アリシア両名は成長できたかなと作者自身思っております。
改めて、アクワ様お忙しい中コラボさせていただきありがとうございました!

そして読者の皆様、これからもアクワ様の『虚ろな剣を携えて』共々『白夜の剣士』もよろしくお願いいたします!


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追想編
Ver.アリシア〜前半〜


お久しぶりです。
前回の投稿から約半年くらいですかね。
水樹奈々さんのライブとか地震とか、休みのない仕事とか色々ありましたが、投稿再開致します!

次章から74層編が始まる(予定)のでここからは閑話として過去編をやっていきたいと思います。


まずはこの作品の2人目のメインヒロインであるアリシアから



 

「そう言えば、アリシアはソラにあったのは修剣学院でとのことでしたが……その時のこと、覚えてますか?」

 

突然、と言われれば突然だった。

アリス様は普段から私たちと一緒にいるがこう言った踏み込んだ話をして来ることは珍しかった。

 

「もちろん、覚えてます。思い出すだけでもあの頃の自分を殴り飛ばしたい気分に駆られますが……」

 

苦笑して答えるとアリス様はクスクスと笑う

 

「私、おかしな事言いましたか?」

 

「いえ、私も同じことを思ってたところです。あの頃の自分を今見たら真っ先に剣を向けてるかもしれません。それで……よかったら聞かせてほしいんです。私の知らないソラの時間を、嫌だったら全然構わないんですが……」

 

後半少しショボンとしながらそう言うアリス様を微笑ましく思いながら、私は頷いた。

 

「構いませんよ。少し長くなりますから、お茶でも淹れてきますね」

 

「それなら、私もちょうどお茶菓子にちょうどいいクッキーがありますからそれも食べましょう」

 

私が席を立つと、アリス様もウインドウからクッキーを取り出して、部屋にあったお皿にクッキーを載せていた。先輩が好んで飲む茶葉から淹れた紅茶は私も好きだったりするので、リビングにあるのとは別に私個人でも持っている茶葉を使用してお茶を淹れる。

 

「アリス様はミルクとお砂糖は要りますか?」

 

「では、ミルクだけ。少しでいいです」

 

「わかりました」

 

本当ならもう少し手間をかけて紅茶を淹れるのだが、ここはSAOの中なのでその工程そのものがかなり大幅にカットされている。30秒ほどで完成した紅茶を二つ、テーブルに並べると私はアリス様の対面に座る。

 

「……これは、ソラの好む茶葉で淹れたものですか?」

 

「はい、先輩はこれしか飲まないので……御一緒しているうちに私もこのお茶が好きになってしまって、自分用にも買っちゃったんです」

 

「確かに、私も長いこと飲んでますがその気持ちは分かります」

 

しばらく私は紅茶の余韻を楽しみつつも頭の中で先輩に会った時から別れた時までの出来事を整頓する。

 

「では、私と先輩が出会ったところからお話しさせていただきますね」

 

 

 

 

 

 

 

時は遡り、修剣学院中庭。

 

私、アリシア・アーデルハイトはここ央都セントリアの中でもそれなりに爵位の高い家の出だった。

そんな私も修剣学院に入学し、入学の成績も上位10人に入る成績を残した。入学成績が上位10位以内に入ることが出来れば、上級修剣士となる先輩方から直接指名され、1年間先輩方の身の回りのお世話をする代わりに、先輩方が身につけて居る剣技を指導していただける権利が得られる。

 

私を含める10人の全ての人が新しい生活に夢と希望で胸がいっぱいだった。

 

そんな中、先輩方が指名していく順番は彼らの中で成績が高かったものからになる。つまり、昨年の最終総合成績によって序列がつけられるのだが、私が選ばれたのは2番目だった。

 

指名した先輩の名はソラ、と言うらしかった。

下に苗字がないことから平民の出なのは一瞬で分かった。他にも平民出の先輩は2人いたが、私は正直、落胆の気持ちの方が強かった。

 

剣技とは、貴族や衛士などが代々扱い、継承される神聖なものだと私は父から教わった。実際、私もそれを信じて疑わなかったし、周りもそう信じていた。故に、平民など所詮大した剣技は使えないとタカを括っていた時期があったのは今になっては恥ずかしいことだった。

 

翌日、私は指名された先輩の部屋、上級修剣士のみが与えられる個室へと伺った。

 

部屋の中からは何やら甘い匂いが香り、更には安っぽい紅茶の匂いが漂っていた。

 

私はそれを気にせず、部屋をノックする。

 

「今日より、お世話になることになります。アリシア・アーデルハイト初等錬士です!」

 

第一印象が悪くてはいけないと、出来る中で一番凛とした口調で告げると中から声が返ってくることはなく、代わりに扉が開いた。

 

「初日の授業が終わったばかりでご苦労様、大したもてなしはできないけど取り敢えず入って」

 

出迎えてくれた人は黒い髪に黒い瞳、優しそうな顔立ちで少し身長の高い青年だった。

 

「失礼します!」

 

身分の差があるとはいえ、異性の部屋に招かれるというのは初の経験なので少しばかり緊張しながらも言われるがまま紅茶とクッキーの用意されたテーブルへと案内された

 

「まずは自己紹介から始めようか。これから一年、互いにお世話になるわけだし。君もそれでいいかな?」

 

私の名前を知って居るはずなのに、敢えて口にしないのは彼なりの気遣いなのか。

 

「先輩は、私の名前を知ってるん……ですよね?」

 

私が問いかけると彼は微笑みながら頷く。

 

「失礼ですが、その自己紹介に意味はあるんでしょうか?私にはあまり理解できません」

 

「そうだな……敢えて言うなら俺が人と会うたびにそうしてきたから、かな。人の出会いは『一期一会』全ての出会いに感謝して、最大限の敬意を持って俺は名乗ることにしてるんだ。そこに善悪は関係なく初対面であればそれは確かな縁となる。なんて、俺の意見を押し付けるわけではないんだけどね」

 

困ったように頭を描く先輩に正直、押しが弱い人なのかなと思った。だけど、私がこれから一年仕える人なのだ。ならば、この一年は彼に合わせればいいとその時は納得した。

 

「では、私から。アリシア・アーデルハイトです。一応、アーデルハイト侯爵家の長女です。下に妹が1人だけいて、来年、修剣学院に入学の予定です」

 

「じゃあ、次は俺だね。ソラだ。気づいてると思うけど俺には公的な地位はないから俺の元で教わるのが嫌であれば先生方に頼み込んでくれていいよ」

 

ただ、そうだなぁ……と先ほどとは違い自信に溢れた彼の顔に私は少しドキリとした

 

「だけど、それは一度俺と修練してからにしようか。今日の修練はそれぞれの流派の先輩がこれから教えていく剣技を後輩に見せるための時間でもあるんだ。だったら、俺も君に俺の剣を見せておかないと」

 

そう言って立ち上がった彼は立てかけてあった細身の剣を持って部屋の出口へ向かっていく。

 

「まずは修練場へ向かおう。上級修剣士が後輩へ指導するための部屋があるんだ」

 

「……はい」

 

そうして私とともに部屋を出てしばらく歩き続ける。

私たちのいる寮とは比べ物にならないほど長い廊下と豪華な装飾にそれに見合うようにキリッと背を正し、前だけを見据えて歩く彼に私は一瞬見惚れていた。

 

「さて、ここだね。上級修剣士の第2位、つまり俺に与えられた修練の為の部屋なわけだけど、実際俺も入るのは初だから堅苦しいのは無しで行こう」

 

目の前に現れたのは扉、というよりも木製の枠に紙が所々に張り巡らされているものだった。

彼はそれを横にズラすと、一方前に出る。

 

さらにそこで何かに一礼してそっと足音を立てずに部屋の中にはいる。

 

その一連の動作があまりにも完成されすぎていて私の中での庶民のイメージが一瞬で崩れ去っていった

 

せめてもと同じような動作をこなして見るが彼とは違いどこか覚束ない動作で、更には足音を消すこともできずにいた。

 

「最初は難しいよね、俺も出来なかったし。それとここで靴は脱いでね。畳の上は土足厳禁だから」

 

靴を脱いで床の上を歩いていく彼に私も習って靴を脱ぎ、その床の上に歩いていく。

 

彼が部屋の中央まで来たところで私の方に向き直り、凛とした顔で私を見つめる。

 

「今から俺が見せるのはこれから君に学んでもらうことでもある。そうだな、流派を名乗るとすれば“両儀一刀流”これを君が習うかどうかは君が決めることだ」

 

そう告げた彼は静かに鞘から細身の剣を抜き放つ。

漆黒の刀身に紅蓮の刃、それに込められた想いは私には分からないが、あれは整合騎士が持つといわれる神器に近しいものを感じた。

 

そこから私が見たのは今までにないほど綺麗な剣舞だった。今まで父に連れられ、パーティーで様々な剣舞を見て来た。そのどれもが私の胸を打ち、いつか剣を持つ日を楽しみにしていた。だが、今目の前で繰り広げられるそれはそれの比ではなかった。動作の一つ一つに目が奪われる。それを自身が身につけられるというのだからこれほど名誉なことはないとそう思ったほどだった。

 

しかし、それまでの穏やかで美しいものからそれは一変した。瞬間、私の目は信じられないものを写した。

 

力強く、芯の通り、その一刀に彼の意思が宿っているかのようなそんな舞だった。

 

一体どれほどの歳月をかければこれ程の剣を使えるのだろうか。私には彼の歩んで来たであろう時間が生半可なものではなかったのだろうとその時点で確信していた。

彼を知りたい。この領域に至るまでのその経緯を知りたい。

 

やがて、10分にも及ぶ剣舞は終わっていた。

最後に鞘に細身の剣を戻すことで彼の纏っていた空気は一瞬で穏やかなものになっていた。

 

「……どうかな。一応、全てではないにしろそれなりに披露できたとは思うけど」

 

自信なさげに聞く彼に、私は一目見たときから決めていた言葉を口にした。もはや私にはこれ以外の選択肢は存在していなかった

 

「そんなの、決まっています」

 

「やっぱりダメ、かな?」

 

少しナイーブな彼に私は微笑んで手を出した。

 

「よろしくお願いします、ソラ先輩。私が貴方に魅せられた剣舞は私の人生の中で一番心を打たれました。その剣技を学ぶ喜びを、私にください!」

 

私の言葉を聞いて、彼……先輩は暗い表情を一気に明るくさせて私の手を取ってくれた。

 

「勿論、君が望むのであれば、俺は俺の全ての技を君に授けよう。だから、よろしく……えっと」

 

「アリシア、でいいです。ソラ先輩」

 

「そっか、そしたら。あたらめてよろしく、アリシア」

 

「はい、お願いします!」

 

互いに微笑み合い、握手を交わす。

それが私と先輩の初めてあった日の記録。

 

 

 

 

 

 

 

「っと、初日の日のことはこれくらいですね……ううっ、話してるだけでも恥ずかしくて顔が熱いです」

 

「アリシアは昔は貴族主義が強い子だったのですね。なんだか驚きです」

 

「侯爵家、でしたからね。その全ての考えは先輩の傍付きになってから変わっていくことになりました。他の人が清掃してる間なんかは私は先輩と一緒に街へ出かけていたりしましたから。先輩は私の知らないことをたくさん教えてくれて、私に貴族以外の知識と経験をくれた人だったんです」

 

今思い出しても懐かしく、輝いていた日々だった。

私の世界をもっともっと広く教えてくれたあの日々を語るために私は口を開く

 




過去編はアリシアを含めた全3人の視点からやるつもりなのでよろしくお願いします。


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Ver.アリシア(中〜上)

そういえば、カスタムキャストってアプリでアリシアをイメージして作ってみたんですよ。画像の転載てありなのかな。
両者の規約には反していないはずなのでここに公開しておきます。
注意勧告が来たら消します。


【挿絵表示】



翌日から私はソラ先輩の傍付き錬士として振舞うことになったのだが、問題は先輩の完璧具合にあった。

 

「えっと、これでは私がやることがないんですが……」

 

「いやあ、ごめんごめん。部屋の片付けなんて誰かにやらせるものでもないかなって思ってさ。全部やっちゃった。それに俺が傍付きだったときの先輩も自分でやってたし、そういうものなのかなと」

 

そう、私は他の同級生とは違って先輩の部屋の片付けをすることは一度もなかった。なにせ、私が来る前に全て終わってしまっているのが一番の問題だった。

 

「取り敢えず、修練の刻まではもう少し時間があるから少しお茶にでもしよう」

 

そう言ってお茶を淹れ始める先輩を止める

 

「ま、待ってください!先輩にお茶を淹れされるなんて、傍付きとして流石に出来ません!」

 

先輩の隣に立って変わろうとするが、まあまあと私を座らせてお茶を淹れ続ける。

 

「侯爵家のご令嬢のお口に合うかは分からないけど、飲んでみてよ」

 

昨日と同じ、安物の茶葉の香り。

結局昨日は飲むことはなかったけれど、せっかく出してくれたのだからと一口、それを口の中へ含む

 

「っ!」

 

にやり、と先輩の顔が笑んだのを私は見逃さなかった。

 

「どうして……茶葉は市場で買えるような安物なのに、こんなに美味しく……」

 

「それは淹れ方の問題だね。安物の茶葉であっても淹れ方次第で、それなりに味は化けるよ。茶葉それぞれに適切な淹れ方があるように、逆に適当に入れたお茶はその程度のものになってしまう。じゃあ、これも食べてみて」

 

そうして差し出されたのは昨日とは少し違う色合いのクッキーだった。四角いクッキーの中は四つに分かれていて茶色と白が隣合わないように作られているみたことのないものだった。

 

期待と、不安とが混ざり合いながらもそれを一つ口に放り込む。

 

「これは、チョコレートと、バニラ……ですよね?どうやって」

 

「まぁ、これも簡単に作れるものなんだけど。俺の傍付きの間は修練の時以外はこういうものの知識も君に教えていきたいと思ってる。君とていずれ同じ階級か、もしかしたら公爵家の殿方と家庭を持つはずだ、その中で少しでも役立てるような知識も身につけてもらう。まあ、いうならば生活の知識、というやつだね」

 

平民というにはあまりにも違う何かに私は少し動揺したが、それが私が仕える先輩なんだと納得した。

それから、少しだけ雑談と先輩が作ってくれたクッキーを頂いた私は修練場、先輩風に言えばドウジョウに向かった。

 

「さて、君が今一番使える武器は何かな?」

 

まず最初に問われたその質問に私は素直に返す。

 

「直剣、短剣、弓ならば使えます。逆にソラ先輩の持つこの細い剣は見たこともありません」

 

「だろうな、この武器種は《刀》といってね。他の剣からすれば軽く、切れ味もいいがそれと同時に下手に扱えば折れやすい、という弱点も存在する。それに、おそらくこの武器種を使うのも“この世界”で何処を探しても俺だけだろうから君がこれを使いこなすことができればたった2人だけの流派ということにもなる。それに、誰かと死合うことがあれば不意をつくことも可能だね」

 

まあ、それ以外にもと先輩が続ける

 

「君の扱える。弓や短剣を教えることができる。短剣の場合は二刀を教えることにはなるけどね」

 

悪戯っぽい顔で先輩は私を見つめる。

 

「さあ、君は何を選ぶ?好きなものを選ぶといい」

 

目の前に差し出されたのは先輩が昨日振るった黒赤の刀。白と黒の対の短剣。黒塗りの弓。

 

「私は……」

 

私の家は、直剣と短剣そして弓を使い分ける貴族の中でも珍しい方の家でもある。だが、ここで家で教わったモノをわざわざ教わるのも無粋だった。おそらくこの先輩ならばそのどれもが私の想像を超えたものを修めているのは間違いない。そのどれもが私を魅せてくれるのは間違いない。きっと昨日、短剣や弓を見せられればそれを選んでいただろう。

 

それでも、私が魅せられ。

初めて自分から学びたいと思ったのは

 

「私が教わりたいのは《刀》です。ソラ先輩」

 

私が魅せられたのはそれでも刀だったのだ。

お父様やお母様に軽蔑されてもいい。

妹のアリサの目標になれなくたっていい。

私は、私の学びたいものを選べるのだから。

 

「……わかった。それじゃあ、俺の愛刀を紹介しておこう。まずは手にとって」

 

いわれるまま先輩から受け取った刀を両手で受け止める。

 

「……うそ、こんなに細いのに、重い……?」

 

「びっくりしたでしょ?それはまた特別製だから普通のものよりも少し重いんだけど、きっと君が今まで持った中ではそこそこ重い武器の類に入ると思うんだ」

 

その言葉を聞きながら、受け取った刀を落とさないように慎重に持ち続ける。

 

「腕が震えてるね。まあ、取り敢えずは振れるところを目標にしようか」

 

あはは、と笑いながらそんなことを言う先輩に私は小さく「……はい」と答えるしかできなかった。それとはまた別になんだかその時の言葉に少しだけイラっとした私は先輩の刀を振れるようになるまでひたすらに体力をつけたのだがそれはまた別の話。

 

その後は基本的な武器の扱い方を教えてもらったり、私に教える基本となる型を披露してくれたりと所謂、見稽古状態だった。最後の最後に先輩の刀───紅音というらしい───を抜き身のまま握らせてもらったのだが、同級生の女子の中でもそれなりに力のある私でさえ、危うく落としそうになって先輩に軽く笑われたのだった。

 

「お疲れ様、今日はここまでだね。あと、これ。ルームメイトの子と食べるといい。早く食堂に行かないとおばちゃんに心配されるぞ」

 

クッキーを敷き詰めたであろう可愛らしい缶を手渡され、私はその日の傍付きとしての行動を終えた。

 

「ありがとうございました!それでは、また明日。同じ時間に伺いますので!」

 

「わかった、それじゃあお疲れ様」

 

そういって見送ってくれたソラ先輩に背を向けて歩き出すと対面から先輩と同じ黒髪黒目の少年と亜麻色の髪に碧眼の少年が仲良く話しながら近づいてきた。制服からして上級修剣士の先輩方だった。向かう方向には先輩の部屋と主席の先輩の部屋しかなかったはずだが……

 

「それで、その時ソラがなんて言ったと思う?」

 

「え?なんて言ったんだい?」

 

「“今日、お前のおかず無いから”これ、ホントに辛かったんだよ!しかもその時に限ってハンバーグだったし!」

 

「ああ、それでキリトはパンだけ食べてたんだ」

 

「あの時に俺は誓ったよ。ソラだけは絶対に怒らせないって」

 

「僕も、怒らせないようにしないと」

 

そんな会話が聞こえてきて先輩の意外な一面を知るとともに、通りすがる寸前で頭を下げる。

 

「遅くまでお疲れさま。ソラの傍付き、大変じゃない?」

 

亜麻色の髪の先輩にそう問われて私は首を振る

 

「いえ、寧ろ何もやることがなくて驚くくらいです」

 

「あいつ、几帳面だし綺麗好きだからな」

 

「キリトは汚くしすぎなんだよ」

 

亜麻色の髪の先輩の言葉に黒髪の先輩……キリト先輩は少し遠い目をしながらあはは、と笑う。

 

「あれ、ユージオとキリト。どうしてアリシアと一緒に?」

 

すると背後から突然ソラ先輩の声が聞こえて一瞬、ビクッとした。

 

「いや、たまたま通りすがっただけ。ついでにソラの傍付きが大変じゃないかも聞いてたんだ」

 

「いや、今日やることがないって呆れられたばかりだ」

 

「あはは、ソラらしいといえばソラらしいけど。今日は食堂かい?」

 

「そ、今日はおばちゃんに呼ばれたからな。新作ができたから味見して意見が欲しいんだと」

 

なんて、軽く話し合ってる先輩方を見て私は肩身が狭くなっていく

 

ゴーン、ゴーン

 

「あっ」

 

先輩方の話を聞いてなかなか抜け出せないでいると鐘の音が聞こえてきた。この鐘は初等錬士の食堂の使用時間が終わる鐘だったような……

 

今日は夕飯抜き、かあ……

 

「あ、ごめんアリシア。なかなかいなくなるタイミングなくしちゃって……」

 

「いえ、お気になさらず。一食ぐらい抜いた方が女の子はちょうどいいんです!」

 

先輩のすまなそうな顔に私は適当に返したのだが

 

「いや、女の子でも一食抜けば栄養が取れないでしょ?それに、それあげたといってもご飯の代わりにはならない」

 

「そ、それでも。私はもう食堂は使えませんし……」

 

「いや、なんとしても夕飯は食べないとダメ。キリト、ユージオ。今日の夕飯は4人になるけどいいかな?」

 

「僕は構わないよ」

 

「俺も」

 

「ありがとう、じゃあ今日は悪いけど食堂じゃなくて部屋にしようか。キリト、悪いけどおばちゃんに明日でって言っといて。あと理由も」

 

「いいけど、そのかわり」

 

「少しだけ量多くしてやるって」

 

「さすが、ソラ!」

 

軽い足取りで食堂へと向かうキリト先輩を見送ったソラ先輩はそのまま自室へと引き返す。

それについていくユージオ先輩を追いかけた。

 

再び部屋に入ると私はついさっきまで座っていた椅子に座らされて先輩は部屋についているキッチンへと歩いていく。私は手伝おうとして立ち上がろうとするとユージオ先輩から声をかけられた。

 

「多分、ソラは何もさせてくれないよ?」

 

「……え?」

 

「ソラは自分が調理する時、他の人がいるのをあまり好まないんだ。僕の村で一番料理ができる女の子もソラにとっては下手っぴだったみたいで、『料理、馬鹿にしてんの?』って言われてかなり落ち込んでたから」

 

今は見返してやるって頑張ってるけどねと笑って続けているユージオ先輩から視線をソラ先輩に写す。

まだ、献立を考えている途中だった。

 

ソラ先輩は私に“生活の知識”を教えると言ってくれた。それなら、私がお手伝いさせてもらうのも納得させられるのでは?

 

そう考えて、私は立ち上がり先輩の隣に立つ。

 

「アリシア?座ってていいよ」

 

「いいえ、おそらく先輩は私が“手伝う”と言えばきっとやらせてはくれないので先輩に“ご教授”願おうかと」

 

少し意地悪な顔で言ってみたからかソラ先輩は一瞬、驚いた顔をしてからすぐにニヤリと嗤った

 

「ふーん、そんなこと言うんだ。アリシア」

 

笑っているのに目が笑っていなかった。

その時、私は明らかに選択をミスしたと確信した。

 

「ほら、そんな方法じゃ怪我するでしょ。包丁の使い方はさっき教えたんだからそれをやってみて」

 

包丁を握ればすぐにダメ出しされ

 

「それじゃあ、ダマが残るって言ったでしょ?ちゃんとおたまに乗せたままゆっくり溶かすって説明したよね?」

 

味噌汁を作ろうとすれば横から注意され

 

「そうそう、いい形してる。その調子で頑張って」

 

でも、少しでもうまくいけば褒めてくれて

 

たくさんの時間をかけて私はソラ先輩の完全監修の元、その日の夕食を作ることができた。

 

少し長めの食卓に四人分の料理が並べられるのをみて、私は今まで感じたことのない達成感に包まれた。

 

私にとって料理は調理されて出てくるもので、決して自分で作るものではなかった。

 

だけど

 

「うん、美味い!」

 

「美味しく出来てるね。アリシアさん」

 

私の作った料理を笑顔で美味しいって言ってくれることにここまで幸福感が生まれるなんて知らなかった。

 

「うん、よく出来てる」

 

隣を見ればソラ先輩が私の作った料理を食べて褒めてくれていた。

 

私も自分の皿に乗ったハンバーグを一口、頬張れば

 

「……美味しい」

 

決して、綺麗な形ではなかった。

失敗もたくさんしたし、たくさん注意された。

だけど、こうして完成して食べてみれば美味しくて。

なによりも、私の作ったものを美味しいって言ってくれることがこんなにも嬉しかった。

 

「料理、楽しいでしょ?」

 

だからだろう。

ソラ先輩に投げかけられた言葉に私は満面の笑顔で答えたのだ。

 

「はい!楽しいです!すっごく!」

 

その答えを聞いたソラ先輩は「そっか、よかった」と微笑んで夕食を再開した。キリト先輩やユージオ先輩も少し微笑んだ後、再び食事に戻る。

 

雑談を交えながらの夕食は初めてだったが、ここでも先輩たちのいろんな話を聞けてよかったと思う。

 

この話を同室の女の子たちに話したところ黄色い歓声が生まれ、羨ましがられた。

 

主にソラ先輩に怒られたり褒められたりするのが羨ましいらしい。

 

 

 

 

……あれ、ソラ先輩ってかなりモテモテなのでは……?

 

そう思った私はつい、焦りで余計なことを口走ったのだ。今思えば、そんなことはあり得ないしソラ先輩の傍付き錬士は私だけなのだから

 

「そ、ソラ先輩は誰にも渡さないんだから!」

 

一瞬、シーンとした空間に最初よりも甲高い声とその後の質問攻めが起きたのは改めて言葉にする必要もないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふっ……」

 

「ちょっと、笑いこらえるのやめてもらえませんかアリス様!?隠しきれてませんから!隠せてないですから!」

 

「いや、アリシアが可愛らしいなと思ってつい……」

 

「私だって恥ずかしいんですよ!?この話、誰にもしたことないんですからね!?」

 

「そうだったんですか?ロニエやティーゼ達にはもう話したのかと思ってました」

 

「話さないですよ。あの二人、結構口軽いんですから」

 

「なるほど、それでええと続き、いいですか?」

 

アリス様が紅茶を一口飲んだのをみて私も一口、紅茶を口にして再び口を開く

 

「なんだか、私だけ恥ずかしい思いをするのは不公平ですね。私の話が終わったらアリス様のお話を聞かせてください。私も知りたいんです、セントラル・カセドラルでの先輩を」

 

私の言葉にアリス様は少しだけ目を見開いたがすぐに頷いてくれた。

 

「ええ、いつかは話そうと思っていたので構いませんよ。私の場合はアリシアのように穏やかな話にはなりませんが」

 

「それでもいいんです。私が今まで逃げてきたことですから。さて、また話に戻りましょうか」

 

そして、再び私は私の想い出を順番に語る準備をする。そう、アレは先輩の傍付き錬士になってからのはじめての安息日のことだった。




アリシア編、まだ続きますのでもう暫くお付き合いください

アリシアについての感想とかでもいいのでいただければ壁|ω・`)チラッ


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Ver.アリシア(中)

 

先輩の傍付き錬士となってはじめての安息日となった。

ほかの同期の子達は各々、街へ出かけたりしているが私は特にやることもなく、午前は先輩から教わったお菓子作りに励んでいた。

 

焼きあがったクッキーを袋に包んで、あとで先輩へ届けに行こうと思っていたときだった。

 

なにやら、廊下が騒がしい。

ここは女子寮だし、そんなにキャーキャー騒ぐほどのことは滅多に起きないはずだ。

第1、男子生徒はここの寮長が絶対に上げさせないと睨みを利かせているので男子が入ってくることはない。

それが、私たちの一学年上の先輩方であってもだ。

 

首を傾げながら、まぁ大したことでは無いだろうと共有のキッチンの道具を全て片付けたときに悲鳴の正体が現れた。

 

「あ、アリシアここにいたのか」

 

「……ソラ先輩、ここ女子寮ですよ」

 

ニコニコ〜と笑顔のまま私に手を振るソラ先輩に私はため息をつきながら答えを返した。

普段はあんなに頼りになる人なのに何故、こういう時はのほほんとしていられるのだろうか……

 

「えっと、何かありましたか?」

 

もし、先輩からの呼び出しなのなら傍付き錬士としては行かなければならない。ソラ先輩のことだから一緒にお菓子作りをしようとか言うんだろうなと思いつつ答えを待っていると、返ってきたのは思いがけない言葉だった。

 

「いや、特にこれといったことはないんだけど。ちょっと一緒に街へ出ないか?」

 

「え?はい、私は構わないですけど」

 

「よかった、それじゃあ学院の門の前で待ってる」

 

「はい、わかりました。すぐに向かいますね」

 

そう告げて女子寮から去っていくソラ先輩。

さて、私も準備して早く行かないとなぁ

今日はなにを教えてくれるんだろう

 

他の傍付き錬士の子達が先輩のお部屋のお掃除をしている時間は私とソラ先輩はお菓子作りをしたり生活で役立つ豆知識を教わったり、街に出てたくさんのことを教えてもらっていた

 

……あの蜂蜜パイ、美味しかったなぁ

 

先輩にあげるクッキーと同室の子達にあげるクッキーとで分けたものを持って調理室から出ようとした瞬間、まるで止まっていた時間が動き始めたように周りの女子生徒達が一気に黄色い歓声をあげた。

 

ああ、周りの子達からの質問攻めがキツイ。

ソラ先輩、あなたの後輩は少し遅れそうです。

 

 

 

あの人の波からなんとか抜け出して部屋に戻ったのが約5分くらい後だった。せっかくの安息日だし、違う服を着て行こうとタンスの中を物色すれば実家にいた時にお気に入りだったセットが出てきた。

 

これ、学院に来る時に入れてたっけ……?

 

ふとした疑問が生まれたがそれを振り払い、制服を脱ぎ捨ててちゃっちゃか着替えていく。

 

「……太ってないよね……?」

 

この服、おへそが出るのだ。

昔からお母様の趣味でいろんな服を着ていたが特に私に多かったのはこういう少しおへそや足の露出が多い服だった。

 

それにここ最近は先輩とのお菓子づくりや先輩のお部屋での夕食が何度かあったためちょっと気になっていたのだが……

 

「うん、大丈夫」

 

薄い紫色のパーカーを羽織り、焦げ茶色のブーツを履いて私は先輩の待つ場所へ駆け出した。

 

 

待ち合わせの場所に着けばいつもとは違う姿のソラ先輩が私を待ってくれていた。

どこか遠くを眺めているような瞳は少し悲しそうなものでもあって、そんな先輩は見たくなくて、私は駆け寄って大きな声で挨拶をした。

 

「先輩!お待たせしました!」

 

背後から少し大きめの声で声をかけたのに驚いたのか一瞬肩が上下に動いたのがわかったが、ソラ先輩はすぐに私に振り返って一瞬、驚いたような顔をした。

 

……あれ、どこか変なところがあっただろうか?

 

私的にはかなり気合を入れたお出かけの服なのだが

 

「えっと、何処か変ですかね……?」

 

「え、あぁ、いや、普段とイメージが違ったから少し驚いてた。うん、すごく似合ってる」

 

少し照れた様子のソラ先輩が少し可愛らしかったが、そこをからかう私ではなかった。うん、あとが怖いから

 

「先輩もその格好、似合ってますよ」

 

黒のシャツと少し暗めのパンツ、男性用のブーツに白を基調としたロングコート。

ソラ先輩曰く、安息日は大体これで出歩いているらしい。

 

「あぁ、ありがとう。それじゃあ行こうか」

 

「はい!」

 

先輩の隣に立ち、同じ歩調で歩いていく。

街に出れば私は侯爵家の娘として見られることが多かったが、ここ最近ではソラ先輩に付き添う傍付き錬士としての顔もだいぶ広まってきた。

 

小さな子供達には“アリシアお姉ちゃん”と呼ばれることもしばしばあって内心かなり嬉しい。

 

「今日はアリシアが修練の時に使う刀を取りに行こうと思ってるんだ。まぁ、いずれキチンとした物を渡すけど、それはそれ稽古用のやつだね。何本か用意したからアリシアに一番しっくり来たやつを選んで欲しいんだ」

 

「あぁ、成る程。でも、その言い難いのですが資金面は大丈夫なんですか?私の使うものですし、私が出したほうがいいのでは……?」

 

あまり言いたくはなかったが、ソラ先輩は平民出の方だったし、刀のような特殊な武器ともなれば100パーセントオーダーメイド品になるだろう。そうなった場合、ソラ先輩だけでは払うことが出来ないのでは?と思ったのだが

 

「そんなことさせられないでしょ。アリシアは俺の後輩なんだから、後輩にお金を出させるほど俺も落ちぶれちゃいないよ。それに、お金のことは気にしなくていい」

 

「……わかりました」

 

今思えば、私は先輩と一緒に街へ出た時、どんな買い物をしても必ず先輩がお金を出していてくれたのだ。

私にお金の入った麻袋を持たせたことは一度もなかった。

 

そうこう思っているうちに目的の店へ着いたのかソラ先輩が店の中に入っていく。

 

「よう、おっさん出来てるかー?」

 

「おう、ソラ。要望通り3本用意できてるぜ。お前さんに教わった通りの手順で約50本、俺が自信を持って渡せるのはこの3本だけだ」

 

軽い調子での挨拶を済ませるとこの鍛冶屋さんの店主らしき人が刀を3本持ってきた。

 

「そこのお嬢ちゃん、アーデルハイト家のご息女が扱うんだろ?好きなの選ばせてやれ」

 

「元よりそのつもりだよ。アリシア、3本の中からアリシアに合いそうなやつを選んでくれ。試しに振ってみたりして構わないから」

 

「あ、はい」

 

ソラ先輩に促されるがまま3本の刀の前に立つ。

未ださやに入った状態でもこの3本がかなりの業物なのだと感覚で理解できた。

どれも武器の優先度は30を超え40手前の整合騎士たちの持つ人気に一歩届かないような業物ばかりだ。

 

 

「そんなに緊張なさんな。今はまだ試作品の中で一本選んでもらうだけなんだ」

 

「これで、試作品……なんですか?」

 

「ああ、俺の目的はソラの持つ『紅音』を超える刀を打つことだ。最低でも優先度は46以上のものを作らにゃならんし、その刀をご息女様に献上するのが俺の最終目的さ。その為には素材も鍛錬も足らないがな」

 

一介の鍛治師では目の前に並ぶ3本でさえ生涯に一本打てるか打てないかのレベルのものだと聞いたことがある。だが、それですら通過点でしかないと目の前の店主は語ったのだ。

 

「カタナの作り方を知らない他の鍛治師の連中がかわいそうってもんだ。こいつは俺たち鍛治師の腕をそのまま試される武器だからな。悪りぃが俺はもう貴族様が使う直剣なんざおもちゃ同然に作れるぜ」

 

それはかなりの名匠なのでは……

ソラ先輩はどんな伝手があってここへたどり着いたのだろう。

 

「まぁ、どれが好きなのをと言いはしたが、全部持って行っちまっても構わねえよ。さっきも言ったがこいつらは全部50本打った試作品の中で俺が使えると判断した奴らだ。全部持ってって実際に鍛錬で振って合わねえ奴を返してくれればいい」

 

「えっと、その方法でいいですか……この場じゃちょっと決められないです」

 

私には実際に振ってみないとわからない。

それも目の前にあるのが既に実家にある武器よりも優先度の高いものとなればそう簡単には選べなかった。

 

「そんじゃあ、ソラ。コイツらは学院にお前宛に届けておくぜ」

 

「あぁ、頼む。その内送り返すから」

 

「おう、鍛錬で使うんだ。最悪全部折っちまっても構わねえよ」

 

「一体俺をなんだと思ってるんだ」

 

「鬼教官じゃねえのか?」

 

「違うわ!……違うよな?」

 

そこでなぜ私を見るんですか先輩。

私はなんとも言えない表情でたははと乾いた笑いを浮かべてみる。

 

「……おいマジか」

 

「いや、そんなはずはないと思うけど……」

 

「お前さん、相手は侯爵家のご息女様だぞ。この事がご両親に伝わったら不敬罪とかになるんじゃ……」

 

「…………少し、優しくやろうと思う」

 

何かを心に決めたように、頷くソラ先輩。

大丈夫ですよ、ソラ先輩。両親に言いつけるようなことは絶対にしませんから

 

「まぁ、用事は済んだろ?せっかくの安息日なんだ。もうじき昼飯の時間になるだろうし飯でも奢ってやんな」

 

「元からそのつもりだよ。後輩に金出させる先輩があるかよ」

 

「まあ、そう言うと思ってたけどよ。そういうところはアルトリウスとそっくりだよな」

 

「アルトリウス先輩の傍付きだったし」

 

「ちげぇねぇな」

 

入った時と同じような軽口を交わしてソラ先輩は店の外に出て行く。

 

「あ、あれ。お代は?」

 

「お代?金なんざ要らねえよ。言ったろ?試作品だって。ちゃんとした完成品じゃねえものを渡して金なんざ取らねえよ。それに俺たち鍛治師が金取るのは売り物を売るときだけだ。そいつぁ、売り物にゃならん代物ってこった」

 

「ってこと、俺も初めは出そうとしたんだけど。売り物にならないものに金出させるのは職人としては失格なんだと」

 

よくわからないよな、と苦笑いするソラ先輩に私は首を傾げた。だが、私が扱うことに変わりはないのだ。お金を払わせれくれないのならせめて感謝の気持ちだけでも伝えなきゃならないだろう

 

「あの!ありがとうございます!大切に使わせていただきますから!」

 

「ああ、いや顔を上げてくれ。さっきも言った通り、鍛錬用のやつなんだ。全部折る勢いで使い込んでくれりゃ俺もありがてぇ」

 

「そうなる前に送り返すっての」

 

「ふん、それはご息女様が決めるこったな」

 

「……大切にしますから」

 

その会話を区切りに私たちは今度こそ鍛冶屋を出た。

時間はお昼時、この辺りは食事のとれる場所が多いためかこの時間になると人混みが激しくなる。

特に、安息日ともなればそれは一層激しくなるわけで

 

「もう少し、早く出ればよかったな」

 

「……ですね。私がすぐに決めれればよかったんですけど」

 

適当に空いている店に入店し、そのまま流れるように空いている席へ座った。忙しなく働く給仕の女の子にサンドイッチを頼んで私たちは一息ついていた。

 

「アリシアは座学の方は付いていけてる?毎日、覚えることとか体動かす事が多いけど」

 

「取り敢えずは問題ないです。今やってる範囲は実家の方でも習っていたところなので今のペースのままいけば、取り敢えずは向こう半年は大丈夫です」

 

「そっか、じゃあ明日は早速、届いているであろう武器を使っての修練に入ろうか。いつかは紅音を振れるようになるといいね」

 

悪戯っぽく笑うソラ先輩に私は少しムッとした。

 

「それでも、初めて持たせていただいた時よりも危なげなく持てるようになったんですよ?」

 

「知ってる。正直、あそこまで早く持てるようになるとは思わなかった。神様のおかげで持ち運ぶために持つことはかろうじて出来ても、それ以外のことは出来ない事が多い。アリシアが初めて紅音を持った時に落としそうになったのが当たり前なんだ。それを約1週間で“持ち上げる”に至る事ができたのが俺は驚きだよ」

 

素直に感心してくれているソラ先輩だが、実を言うと私、あの初日が悔しくて夜な夜なトレーニングをしていたりする。実際、クラスの中では男子に打ち合いで負けることはないし、早くも結果が付いてきている。と納得できるのだが……

 

(女の子としては……ちょっとなぁ)

 

もちろん褒められて嬉しくないわけはない。

ソラ先輩は厳しいことを言うが褒めてくれる時は本気でそう思って褒めてくれるのだ。

だから、頑張ろうと言う気にもなるし、頑張れるのだがなにぶん、後になって付いてくる結果に少し落胆しつつある。

 

主に二の腕につき始めた筋肉とか。

太ももや脹脛につき始めた筋肉とか。

 

(…………ううん、まだ全然細いし?お腹も……取り敢えず普通だし?足も……まだ大丈夫だし……?)

 

「お待たせしました!サンドイッチお二人様分です!」

 

あれこれ考えていたら頼んでいたサンドイッチが届けられた。

 

「「いただきます」」

 

先輩と一緒にいることですっかり身についたこの所作は先輩といた村では食前にやることだと言われて以来ずっと続けている。キリト先輩も同じことを初めからしていたから先輩と同じ村の出身なのかとも思ったが、一緒の村から来たユージオ先輩の村にはその風習はなかったという。益々、謎が深まる3人の関係だが私的には先輩さえいてくれればそれで良かったのであまり気にしたことはなかった。

 

サンドイッチを食べすすめていくと再び外が騒がしくなり始める。

 

聞こえてくる声は「え、うそ。本物?」やら「なぜこんなところに?」やらガヤガヤ聞こえてくる。

 

その声の正体はやがて店の中にやってきた。

スラリとした長身の男性。

美しいまでの金髪に凛とした碧眼の持ち主はここ央都では知らない人はいないほどの有名人だ。

 

昨年度の修剣学院の首席卒業者。

そして私たち貴族の中で最も整合騎士に近い実力を持つと言われるほどの剣の腕前を持つ私と同じ侯爵家の長男。その名をアルトリウス・ペンドラゴン

 

「ああ、やっぱりここにいたのかい。ソラ?」

 

「っ!アルトリウス先輩!?」

 

「君を見かけたとウォロとリーナから耳にしたから街を歩いていたらちょうどお昼時だし、ここかなと思って来てみたんだ」

 

そして、ソラ先輩が傍付き錬士として仕えていた上級修剣士その人だった。



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Ver.アリシア(中〜下)

「ああ、ちょうど食事を摂ってるところだったのか。店員さん、僕にも同じものを」

 

彼が近くにいた女性の店員さんに注文すると女性は顔を真っ赤に染めて足早に厨房へと去っていった。

 

「そういえば、どこかで見たことがあると思ったらアーデルハイト家のご息女じゃないか。君が、ソラの傍付きになるのかな?」

 

「はい。アリシア・アーデルハイトです。光栄にも学年次席のソラ先輩の傍付きに指名していただきご教授願っている身です」

 

軽く問いかけられただけなのに、自然と背筋がピンと伸びる感覚に襲われる。彼が目の前に、その場にいるだけなのに普段何かを教わる時の何倍も緊張する。

 

「そっか、ソラの傍付きは大変だろう?こいつ、なんでも完璧にこなしちゃうから。もう来た時にはやる仕事が残ってないんじゃないか?」

 

「あはは、それは……そうですね。その代わりと言ってはなんですが他の子達では教われない様なことを沢山教えていただいています」

 

「へぇ……ソラはこんなに可愛い傍付きの女の子にどんなことを教えているのかな?」

 

ジト目で彼に見られたソラ先輩は飲んでいたお茶をそっと置いてため息をひとつ付いた

 

「普通にお菓子作りとか料理とかですよ。先輩だって俺の作ったお菓子とか食べたじゃないですか」

 

「まあ、何せ僕の毎日の楽しみだったからね。掃除を自分で終わらせておけば後輩の作った美味しいお菓子を食べながらティータイムを共にできる。理想の先輩と後輩の関係じゃないか」

 

「そのおかげで他の先輩方には変な目で見られられてましたけどね」

 

「他は他で僕には僕のやり方がある。僕は後輩とのコミュニケーションを大切にしたかったんだって卒業の時に言ったじゃないか」

 

ソラ先輩と彼が話している中に入れない私はただ、2人の話を聞くことしかできない。

だけど、そうだったのか。

ソラ先輩が私とのコミュニケーションを大切にしてくれるのはこの先輩の傍付きだったからなのだろう。

この2人の話を聞いていれば互いにどれだけ信頼関係があったのかなど簡単にわかってしまう。

私も、ソラ先輩とはこういう信頼できる関係になりたいと思ってやまない。

 

そして、いずれ私が上級修剣士になった時も先輩から教わったことの全てを私の後輩に伝えていきたいと

 

「じゃあ、この後は久しぶりに一試合行こうか」

 

「いや、今日は安息日だから鍛錬は禁止じゃないですか」

 

「それは学院のルールさ。今の私はペンドラゴン家の次期当主で学院で僕が最も強いと思う相手に手合わせを願いたいだけだよ。なに『鍛錬』ではないからアズリカ先生も納得してくれるさ」

 

「……俺、この後はアリシアと街を探索するつもりだったんですけど」

 

ちょっと乗り気ではないソラ先輩とやる気満々のアルトリウス卿。乗り気ではないソラ先輩には本当に申し訳ないと思うが私は先輩の本気で戦っている姿を一度見たいとも思っていた。

 

「えと、私はソラ先輩の戦っているところ見てみたいです。何より私がこれから学ぶ中で目標になりますから」

 

私がそう言ったことでソラ先輩は大きなため息を1つ吐くと渋々頷いた。

 

「それじゃあ、いつも通り『実剣』で『寸止め』ですね。神聖術やそれぞれの流派の奥義、秘奥義までは使用可能ということでいいですか?」

 

「うん、それで行こう。僕はこの後一度、僕の武器を取りに行くから合流は1時間後、修剣学院の決闘場で。“今の”君の全力を僕に見せておくれ」

 

「また決闘場がめちゃくちゃになるまでやるつもりですか」

 

「お互いに決着が着かなければそうなるかもね」

 

いつのまにか届いていたサンドイッチを完食して私たち全員のお代まで支払ったアルトリウス卿は店から出て行った。それに続くようにソラ先輩も立ち上がる

 

「アルトリウス先輩と試合か……アリシア悪いけど、直ぐに学院へ帰ろう。手続きは先輩がやってくれるから俺は俺の準備をしないと」

 

私はそれに頷いて先輩と共に学院へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間後、ソラ先輩とアルトリウス卿の決闘が学院中に知れ渡ることになり、ギャラリーは既に上級修剣士を始めとする生徒で一杯になっていた。

中にはキリト先輩やユージオ先輩と同級生のロニエとティーゼも先輩たちと一緒に来ていた。

 

「これは何事ですか」

 

騒ぎに駆けつけたアズリカ先生は対面するソラ先輩とアルトリウス卿を交互に見て1つ深いため息をつく

 

「また貴方達ですか。ソラ上級修剣士、アルトリウス・ペンドラゴン卿」

 

「お久しぶりです、アズリカ先生。今日は正式に学院へ申請をした上での決闘なので、何も違反することはなかったと思います」

 

「そういう問題ではないんですけどね。正式な決闘である以上、私に止める権利はありません」

 

半ば諦めたように生徒に紛れていくアズリカ先生を2人と共に見送り、私は2人の中央に着く

 

「それでは、これよりソラ上級修剣士とアルトリウス・ペンドラゴン卿との決闘を行います。形式は実剣での寸止め、剣技に問わず神聖術の行使も可能とします。お二人とも、間違いはありませんか?」

 

私が先ほど聞いたルールを宣言すれば2人は無言で頷いた。

 

「それでは両者、抜剣を」

 

ピンと張りつめた空気の中、ソラ先輩が漆黒の刀身に紅の刃を持つ『紅音』を抜き放つ。

 

それに対して、ギャラリーから先輩を嘲笑するような声がちらほら聞こえてきた。

 

「やはり田舎者ともなればまともな剣を用意することもできないのでしょうな?」

 

「そう言ってやるな、ソラ上級修剣士にもかのペンドラゴン卿とあれでやりあえると確信しているのだろうからな」

 

一際大きく聞こえた嘲笑の声に私は一気に不快感を強める。それは対戦相手であるアルトリウス卿も同じことだった

 

「まったく、ソラの剣技を見たこともないのによくも言えるな」

 

小声で呟かれたそれにソラ先輩は苦笑するだけだった

 

「あの2人に関しては今に始まった事ではないですから、気にしていたらキリがありませんよ」

 

「そうなんだろうけど、一年間君の剣技を目の当たりにした僕には君を馬鹿にする言葉はただ不快だよ」

 

そんな短い会話を済ませたのと同時にアルトリウス卿はその手に持った鞘から黄金に輝く剣を抜きはなった

 

「『エクスカリバー』をこうして見るのは2回目ですね」

 

「この剣を抜いたのは過去に父上とソラの2人だけだ。それも2度も抜いたのは君が1人目だ。誇るといい」

 

「それは光栄ですね。今度こそアルトリウス先輩を超えてみせますよ。アリシア、試合開始の合図を」

 

「君は合図をしたら直ぐに少し遠くに離れていてくれ。近くにいたら危ないよ」

 

その言葉に頷き、私は少し距離をとって右手を高く上げた

 

「それでは両者、構え」

 

再び静寂が場を包むのを感じた瞬間、その手を振り下ろした

 

「試合、開始!」

 

その言葉を放った瞬間、私から2メルほど離れた場所で鉄と鉄のぶつかり合う音が響いた。

 

2人の距離は10メル以上あったというのにその距離を一瞬で詰めて戦闘を開始したのだ。

 

一瞬、怯んで動けなかったがここにいては危ないと判断してキリト先輩達の方へと向かっていく。

 

 

「あぁ、アリシアもこっちに来たのか。ユージオにも言ったけど君もこの戦いを目に焼き付けておくんだ。ソラのやつかなり本気で戦ってるぞ」

 

キリト先輩のところにたどり着いた私は2人の戦いを見て平々凡々な言葉しか口にできなかった。

 

「……すごい」

 

まさに、本当の死合い。

恐らく、この人界において最高峰の決闘だろう。

絶え間なく振るわれる『紅音』と『エクスカリバー』は黒と黄金の軌跡を描き続ける。

それにそれを扱うものもその軌跡に釣り合うほどの剣の腕を持った剣士だ。

 

互いに狙うのは首や心臓、それがダメなら腕や足、だがその全てが悉く、互いの剣によって弾かれていく。

鉄の響き合う音だけが場を支配し、濃密な闘気がヒリヒリと肌に叩きつけられる

 

両者は一歩も引かず、それでいて互角のようにも見える。

しかし、それはあくまで私たちの主観でしかない。実際は恐らくソラ先輩が押されているのだろう。強く、それでいてしなやかで、的確な『エクスカリバー』の斬撃は間違いなくソラ先輩を追い詰めていた。

見た目はほぼ互角、しかし、決着はすぐに決まるだろう。そう思った時、剣は同時にぴたりと止まった。

 

「ソラ、そろそろ準備運動はすんだかな?」

 

「先輩こそ、ウォーミングアップは終了ですか?」

 

その2人の言葉にこの場にいる全員が驚愕した。

あれだけの剣戟があれだけの戦いが全て準備運動に過ぎなかった。

私でさえ、一瞬2人が口にしたことを理解できなかった。

 

「じゃあ」

 

「そろそろ」

 

「「本気で行こうか(行きますよ)」」

 

その言葉と共に2人の姿が掻き消えた。

そして、次に剣がぶつかり合う音がしたのは2人がいた所よりも10メル以上離れた場所

『紅音』と『エクスカリバー』がぶつかり合うたびに僅かに、ほんの僅かにだが空気が揺れる。

 

もはや目視できない速度で振るわれる剣に誰も口を開くことなどできない。振るわれる神速の剣は先ほどとは比べ物にならないほど甲高い音を響かせて打ち合う

 

「強くなったじゃないか。だけど、まだ切り札があるだろう。さあ!君の本気を見せてくれ!」

 

「ありがとうございます。それじゃあ、行きますよ!」

 

ソラ先輩が大きく飛びのいて次に口にした言葉に私は目を見開いた。

 

「システムコール……」

 

神聖術をついに切ってきた。

私はいまだに一度も見たことのない先輩の神聖術。

先輩は過去に『俺は神聖術の使い方が人とは少し違ってね』なんて言って見せてくれなかったものを遂に開帳した

 

聖句を唱え終えるのと同時にソラ先輩の身体に雷がまとわりついてきた。

 

私はそれが何の効果があるのか理解できずに疑問に思った瞬間、バチッと一際大きな音を立てて一瞬にしてアルトリウス卿との距離を詰め、斬りかかる。だが、アルトリウス卿はそれを何もなかったかのように『エクスカリバー』で防ぐ。

しかし、一度防がれた瞬間、再びバチッと音を立てて先輩が搔き消える。そして今度は背後から、防がれれば右から、今度は左から前から右から後ろから左から縦横無尽に駆け回り防御に回るアルトリウス卿を追い詰めていく。そんな高速移動の中、再び神聖術の聖句を唱える声が聞こえる。それも高速移動と共に攻撃をしながらである。

 

次に現れたのは先輩の左手に握られた氷の刀だった。

それを目視した生徒たちは一瞬で騒然とした。

私たち生徒にとっては神聖術での造形は超高度なものの一部だ。いいや、生徒でないとしてもそれを出来る人は少ない。そもそも、氷を作るのだって初めは水のエレメントを複数の神聖術を組み合わせて作らなければいけない以上、その芸当は一般的には不可能に近いものだった。

確かに、やろうと思えば出来る人はいるのだろう。だが、それを出来る人の名前を上げろと言われれば私たちは公理協会の最高司祭様としか言えないはずだ。

 

それを、私たちは目の前で見ている。

本来なら神聖術の授業の教材として欲しいくらいのものだが、それは尋常ではない強度で『エクスカリバー』に叩きつけられる。二度、三度、四度叩きつけても折れないその刀は確かに先輩の武器として機能していた。

 

戦闘が始まってから30分。

先輩の二刀とアルトリウス卿の『エクスカリバー』は激しい攻防を続けていた。

 

ソラ先輩の二刀での『秘奥義』でさえもアルトリウス卿は辛うじて防ぎきる

 

私たちはその戦いに魅せられていた。

ソラ先輩の二刀流という未知の剣技に私もいずれ到達したいとそう思わされ始めていた。

 

しかし、決着というものは意外とあっさりくるもので

ソラ先輩の二刀に慣れ始めたアルトリウス卿が持ち直し、一気にソラ先輩を圧倒し始める。

 

だが、それに負けじと再び全身に雷を纏わせた先輩とそれを迎撃したアルトリウス卿は互いの剣を喉元にあてて引き分けという形に収まった。

 

状況が理解できた瞬間、ギャラリーからは一斉に拍手が湧き上がる。この先、もしかしたら二度と見れないほどの決闘だ。それほどの価値のものを私たちは目の当たりにした。剣士としての頂点、超高度な神聖術の使用。私たち修剣士が目指すべき姿をこの日見ることができたのだ。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ソラ。今回の安息日は本当に有意義なものになった。それにタルトまで作ってくれるとは本当に先輩思いのいい後輩だね」

 

あの後、私とソラ先輩とアルトリウス先輩はソラ先輩の使う部屋でお茶会を開いていた。

その中で、私はアルトリウス卿から僕も先輩呼びで構わないよなんて言われたので名前の後ろに先輩をつけることになった。

 

部屋での話し合いなんていうのは他愛のない雑談で主に侯爵家の実質当主となったアルトリウス先輩の愚痴ばかり聞かされる羽目になった。いずれ私も同じ道を辿ると考えると頭が痛くなるが今は考えないようにしておこうと思った。

 

「ソラは修剣学院を卒業したらどうするんだい?」

 

「あー、特には考えてないんです。キリトとユージオには整合騎士っていう明確な目的があるので2人が騎士になるのを見届けたら特にやることはないんですよね」

 

「まぁ、君なら恐らく整合騎士になれるだろう。それがダメでもこの町の軽い騎士団になら卒業してすぐにでも入れると思う。でも、道に迷ったら僕のところに来るといい。卒業する前から考えていたんだが、君を手放すのは“私”としても惜しい。ソラほどの有能な秘書官から僕は大歓迎だよ」

 

軽く先輩をスカウトしているアルトリウス先輩をジト目で睨む。学院の中では私たちは学院の卒業生と後輩という立場だが、外に出れば私たちは同じ爵位の当主と次期当主という立場になる。

 

だとすれば、私がソラ先輩を欲しいと思うのは当然のことで、私からすればソラ先輩がいてくれた方が仕事だって安心して出来ると思うのだ。

 

「まあ、それに関しては君の後輩ちゃんが許してくれなさそうだけどね」

 

「……?アリシアが?」

 

不思議そうな顔で私の顔を覗き込んでくる先輩に1つ、ため息を吐く。本当に、人からの好意に鈍い人ですね……いや、隠しているつもりなのでバレても困るんですが

 

「いいえ、なんでもないですよ。ソラ先輩」

 

「……?変な奴だな」

 

「ははは、まあ時間はまだまだあるんだ。頑張るといいアリシアさん」

 

乾いた笑いと一緒に応援されて私は頷くしかできなかった。

 

アルトリウス先輩はそのあと、手に持ったタルトの入った箱を大切そうに持ったまま学院から去っていった。

 

私もそろそろ寮に戻らなければアズリカ先生に何を言われるか分かったものではない。

 

「それでは、ソラ先輩。また明日からもよろしくお願いします」

 

お土産に持たされたルームメイト分のタルトを持って先輩の部屋から出る

 

「はい、お疲れ様。悪いね、せっかくの安息日だったのに」

 

「いえ、今日は本当に勉強になりました。私の目指すものも、今日はっきりと見据えることもできたので」

 

先輩は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、またいつものように笑って

 

「そっか、じゃあ明日からは神聖術も教えてあげるから」

 

「はい!お願いします!」

 

そうして、私は先輩の部屋を去る。

そして、ルームメイトの子とともに先輩からもらったタルトをいただきながらお茶を飲み、談笑をしながら忙しなかった1日は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルトリウス・ペンドラゴンですか、人界大戦の折に一度だけともに戦ったことがありましたが、彼は確かに真っ直ぐで清廉な剣を扱う人でしたね」

 

「はい、それに神聖術が当時人界最高峰だったアリス様ならお分かりになると思いますが氷の造形術はほぼ禁術に近いもので、それを難なく扱う先輩に畏怖すら覚えました」

 

思い出せば思い出すほどあの時の鮮烈な記憶が蘇る。

先輩の技量を全て継承した時に私も使えるようになったが『ソニックモード』と呼ばれるあの雷を纏い、文字と通り雷の如く神速の移動を可能とする先輩の編み出した神聖術にあの氷で剣を造形する『氷の剣製』は人界大戦で私が戦った時も切り札にしたほどだ。

 

「私は光のエレメントを収束しての砲撃を使っていましたがアレですらかなり精神をすり減らしたというのに……それにソラはその技を一度も私に使わなかったのです」

 

「……そうなんですか?」

 

「ええ、侮られていた……ということはないでしょう。今思えばあの時のソラの剣は私を倒すためではなく救うための剣でした。決して傷つけず、それでいて打倒しようという……あの剣に破れれば私とて負けを認めざるを得ませんでしたし」

 

「先輩はそういうのは得意ですからね。決して傷つけず、相手に負けを認めさせる。私は何度も経験しましたからわかります」

 

悔しそうなのに、それでいて嬉しそうなアリス様の顔を見て私も思わず微笑んでしまう。

 

「ああ、私の話は今はいいんです。これは後で話しますから、それよりも次の話を聞いてもいいですか?」

 

「ああ、はい。次は少し時間が経過して半年くらい先の話なんです。変わらずに私は先輩との日常を過ごしていたのに、私の行動でそれが崩れてしまった。あの日の出来事」

 

「私が、ソラを連行したキッカケになったあの事件ですか」

 

「はい。ことの始まりは、私のルームメイトがどうやら傍付き錬士として仕えている先輩にいじめられているという情報を聞きつけたことだったんです」

 

あの日は、雨の強い。夏の日のことでした。

 



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Ver.アリシア〜下〜

アリシア編最終話です。
原作10〜11までの記憶が曖昧なのでかなりこじつけが激しいです


「……あの、突然なんですけどソラ先輩は傍付き錬士についてどう思いますか?」

 

「本当に突然だね。もうアリシアを傍付きにしてから半年は経とうとしてるって時にそんなことを聞いてくるなんて」

 

先輩といつも通りお菓子作りの練習。

この日はアルトリウス先輩の好物であるタルトを作っていた時に投げかけた言葉だった。

この頃の私は先輩の愛刀である『紅音』を振ることができるようになっていたし、それなりに神聖術も扱えるようになっていた。

 

「俺としてはいい制度ではあると思う。修剣学院として上位12人づつ、初等錬士と上級修剣士からで合計24人しか体感できないものではあるけど、こうしてアリシアたち初等錬士は一年の間先輩から学び、そして俺たち先輩は後輩とお互いを高め合うことができる。それって、得がたい経験だろう?」

 

お菓子作りの手を一度止めて私をまっすぐ見つめる先輩に私は頷く。

 

「でも、アリシアが聞きたいのはこういうことじゃないんだろうな。何かあったの?」

 

「実は私のルームメイトのエシリアって子が傍付き錬士として仕えている先輩から酷い扱いを受けているそうなんです」

 

「エシリアさんの先輩っていうと……学年主席殿か」

 

「えと、ご存知なんですか?」

 

「そりゃ、俺は成績でそいつに負けて次席な訳だし。あとは、あの陰険貴族のライオスとウンベールの親玉みたいなやつでアリシアよりも1つ上の階級の貴族ってとこか。名前は───」

 

ゲオルグ・グラスレッド

この央都に4つしかない公爵家の次男坊だった筈だ。

彼の兄であるジーク・グラスレッド公爵は周辺貴族からの信頼と民衆からの支持も厚い貴族の鏡のような男だ。

 

むしろ、なぜ彼のような賢者の弟がゲオルグなのか問いたくなるレベルの性格の悪さだと先輩は語った。

 

「アリシアには悪いけど、俺たち上級修剣士には傍付きに対する指導に口を出す権利はないんだ。どんなに辛くて非道なことでも『指導の範囲だ』と言ってしまえばそれで終わってしまう。もし、本当に嫌ならば傍付き錬士にはそれを辞める権利もあるから、尚の事口出しできないんだ」

 

「私たち傍付き錬士にはその権利があるから、それを行わない限りは互いに了承のものとみなす。という事ですか?」

 

「そういう事、期待に添えれなくて本当に申し訳ないんだけど、俺にはそれはどうこうできないんだ。本当に嫌ならば自分で傍付き錬士を辞退するしかない。もっとも、彼がアリシアに何かしたなら俺も黙ってないけど」

 

いくら彼でもそれはないと思うけどね。

と苦笑いをした先輩に私は俯いた。

エシリアは小さい頃からの幼馴染だったし、彼女にはソラ先輩ならなんとかしてくれるかもと軽い気持ちで口にしたのだ。

 

出来るならなんとかしてあげたい。

ソラ先輩に頼れないならもともと自分でなんとかするしかないと思っていたのも確かだ

 

「わかりました」

 

「……アリシアは優しい子だから、助けてあげたいと思うだろうけど、相手は君よりも爵位の高い相手なんだ。学院の規則でダメなら貴族の規則を持ち出してくる可能性もある。下手なことは絶対にしないでくれよ」

 

そう言いながらクシャクシャと頭を撫でられ、紅茶を入れ始めた先輩を私は見つめることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、エシリアが寮に戻ってくるのは門限から2時間も後のことだった。

とても疲れ切った顔で、部屋に戻ってくるなりその場で倒れてしまったのだ。

 

私は、そんな幼馴染の姿を見て我慢の限界を超えてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、とても雨の強い日だった。

ソラ先輩と修練を終えて、普段なら真っ直ぐ寮に帰るのだが、今日は寮とは別の方向に足を進めていた。

 

今日、エシリアがすぐに寮に帰ったのは確認済みだ。

エシリアも優しい子だから先輩に言葉を返すことははできない。

ソラ先輩も上級修剣士としては口出しできない。

 

一際豪華な扉の前に立ち、私は大きく深呼吸をした。

息を整えて扉を二度ノックする。

 

大丈夫。

すこし先輩と話すだけだ。

 

「君は、誰だ?」

 

「アリシア・アーデルハイト初等修剣士です!この度は、グラスレッド上級修剣士に傍付き錬士であるエシリア・フューリア初等修剣士についてご相談があってまいりました!」

 

「アーデルハイト?確か、ソラ修剣士の傍付き錬士であったと記憶しているが……その君が我が傍付き錬士であるエシリアについて話とは……?まあいい、入りたまえ」

 

案内された部屋に入ると嫌に小綺麗にされた室内を見て一瞬、顔を顰める。だが、彼が振り向く前には表情を戻した。

 

「まぁ、相談といってもすこし長くなるのだろう?そこの椅子に掛けたまえ」

 

「いえ、お気になさらず。それにあまり長くなる予定ではありませんので」

 

「……なるほど、確かにそろそろ時告げの鐘が鳴る頃か。初等錬士は門限が近くなるということだ」

 

ゲオルグは椅子に深く体を沈めて私を見つめた。

ソラ先輩とは別次元の威圧感に一瞬、身体が竦みそうになる。

 

「それで……?我が傍付きであるエシリアがどうしたというのかね?」

 

「率直に申し上げれば、もう少し彼女への対応を緩めて欲しいのです。彼女は常に門限のギリギリや長い時は2時間も過ぎてから帰ってきます。それに、この間は帰ってきてすぐに部屋の前で倒れてしまったのです」

 

「……ふむ。確かに、それは頂けないな。言われてみれば私もやり過ぎたとは思うがね。だが、私には私のやり方がある。それに彼女がついていけないなら素直に傍付き錬士を辞退すればいいだけの話だ」

 

その言葉は数日前にソラ先輩からも言われたものと同じことだった。それでも、私はそれで折れるわけにはいかない

 

「それは確かにそうです。ですが、傍付き錬士が辞退するのはグラスレッド上級修剣士の卒業成績にも関わります。それに、すでに半年が経過しているいま、新たに傍付き錬士を選別するのにも時間がかかりますし、あまりにも多いデメリットを考えればグラスレッド上級修剣士がエシリア錬士への修練の内容を変えた方がいいと、私は考えます」

 

私が言葉を終えるのと同時にゲオルグは深いため息を一つ吐いた。

 

「先ほども口にしたが、私には私のやり方があると言ったが?…………やはり、すこし長くなるな。そこの椅子に座りたまえ」

 

高圧的な態度が気に入らなかったが、それはそれとして私は近くにあった椅子に腰を下ろした。

実家にあるような高値の椅子だが、これは妙に座りにくかった。

 

「まぁ、取り敢えずこれでも飲みたまえ」

 

ティーカップに注がれた無駄に高い茶葉を使用したお茶を差し出され、言われるがまま一口だけ口をつけてカップをソーサーの上に置く。

 

「これに関しては私も他の誰かに指図されるいわれはない。君が仕えているソラ上級修剣士であろうと学院の教員であろうとね。それ故に、私は君に指図される覚えは全く無いし、君にその資格はない。現に君の先輩であるソラ上級修剣士は他の上級修剣士からはいいように言われていないが君への指導を変えるようにという指摘は一度も受けていないはずだ。それが、私たち傍付き錬士を持つものの暗黙の了解だからね。君の先輩もそれを知っているはずだが?」

 

「たしかに、私はこの件を先日ソラ上級修剣士へ相談しました。その時に返された言葉は『力にはなれない』という回答でした。ですので、これは私個人からのお願いなのです。エシリア錬士は私の幼馴染で親友です。彼女が辛い思いをしているのを私は見ていられないのです」

 

「それは君の私情だよ。ここは学院で君達は既に17歳にもなる立派な貴族だ。後々は君達は家を継ぐ為の準備もあるだろう。だからこそ、これは君が口出しする問題ではない。彼女の問題は彼女が解決するべきだ」

 

諭すように、口にするゲオルグに私は苛立ちが募る。

既にここにきて15分が経過した、あと半刻で寮に戻らなければいけないから早く話をつけないといけない。

 

「それに、君は少し出しゃばり過ぎだ。学院内でのいざこざなら知れず、君個人からの願いともなれば“貴族”間でのやり取りということになるぞ?」

 

「…………私は親友のために、ここにいます」

 

「そうか、それならば仕方ないな。私も少し鬱憤がたまっていたんだ。主に君の友人と先輩のせいでね。そこに君がこんなことを口にしてきて私は今、かなりイラついている」

 

先ほどまでの諭すような話し方は消え、再び高慢な話し方へと戻っていく。私は立ち上がり、言葉を発しようとしたところで身体の自由が効かなくなった。

具体的には急激に眠気に襲われた、というべきだったろうか

 

「……なん、で…………」

 

「君の飲んだ紅茶には睡眠薬を入れておいたんだ。目が覚めたとき、君への貴族同士での懲罰を与えよう。君の発言は公爵家たる私への侮辱とみなした」

 

薄れゆく意識の中、下卑た笑顔が私に向けられていた

 

「君のような小娘が公爵家の子息たる私に直談判してくる時点で間違いだったのさ。さて、ライオスとウンベールの方も順調だろう。すぐにそちらへ向かうか」

 

その言葉を最後に、私の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ませば身体中に何かを巻かれている感覚を覚えた。体を動かしてみれば、どうやら私は縛られているらしかった。

 

あたりを見回せば薄暗い部屋で私はベットに転がされているらしい。

 

「おや、目が覚めたか。ライオスとウンベールの方もそろそろ始まる頃だろう」

 

声の主を探せば天蓋付きのベッドに腰掛けているゲオルグの姿がそこには写っていた。

 

言葉を返そうにも、口も布で塞がれている故に話すことができない。次第に状況が理解できて、このあと何をされるのかも理解できた。

 

公理教会から敷かれる絶対遵守である【禁忌目録】の中には夫婦間でない者同士での性行為は禁止する。という項目がある。しかし、それは貴族間での懲罰の内容には影響されない。それは昔、お父様から教わったとこだった。

 

それが理解できて仕舞えば、今の状況がかなりマズイことも理解できる。私はこの男に、犯されるのだと直感的にわかってしまった。それ故に、急に怖くて涙が溢れてきた。

 

「くははっ!その顔、たまらないな。もっとその顔を見せてくれ。ああ、あの忌々しい辺境のクズの傍付きがこの私を見て涙するとは……」

 

いやらしい手つきで私の頬を触るゲオルグに私は顔を背けることしかできない。しかし、逃げ場などどこにも存在せず、彼が私の上にのしかかり、私の制服に手をかけた瞬間

 

バァン!

 

勢いよく扉が蹴破られ、聞き慣れた声が私の耳に入った

 

 

「お前……何してる」

 

それは今まで聞いた中で一番殺意の篭った声で、私ですらその声に恐怖を覚えた。

 

そして、普段は優しい黒の瞳は禍々しいほど蒼く光り輝いていた。

 

「これはこれは、ソラ上級修剣士殿。こんな遅くにどうなさったのですか?」

 

私の上から退いてソラ先輩の目の前に立ったゲオルグは芝居掛かった声でソラ先輩へと問いかける。

 

「あんたの傍付きの子がウチの子がまだ戻らないって泣きながら詰め掛けてきてさ。アリシアがあんたのところへ向かったって見かけた子がいたからアンタの部屋に行ったけど居なくてな。アンタとライオスとウンベールに繋がりがあるのがわかっていたからここに来たってわけだ」

 

「ほう、それは大変でしたな。ですが、私もこの後アーデルハイト初等錬士に懲罰を与えなければいけなくてですね」

 

「……懲罰?それは合意の上なのか」

 

「貴族間の懲罰に合意など不要。私の方が爵位が上なのだ。彼女は黙ってそれを受け入れなければならない」

 

その言葉を発した瞬間、ゲオルグの前髪が数本消し飛んだ。目の前には『紅音』を抜刀し振り抜いた状態のソラ先輩が怒りを露わにしてゲオルグを睨みつけていた

 

「貴様……下手に出ていれば!」

 

ゲオルグが近くに置いてあった装飾華美な剣でソラ先輩に斬りかかるがそれはかけらも当たることはなく次々と避けられていく。

 

「第1、お前のような貴族でもないクズが剣術においてはこの私よりも上だと?そんなの認められるか!クズはクズらしく、この私に斬られて死ね!」

 

「お前のような奴がいるから、貴族はいい目で見られないんだ。お前は貴族の……いや、グラスレッド家の面汚しだよ」

 

「貴様ぁ……よりにもよってこの私を侮辱するか!その罪を死をもって償え!」

 

逆上したまま斬りかかってくるゲオルグの剣をソラ先輩は腕ごと斬り飛ばした。

 

カランッという鉄の落ちる音と、ゲオルグの右手から血が溢れ出るのは同時だった。

 

「あ、あぁ……私の、私の腕がぁ!」

 

そして、2つの部屋で嘆きの声が聞こえるのも同時だった。

 

「血ぃ、血が止まらない!私の天命が!天命ガァ!」

 

壊れたようにのたうち回り、片手ではうまくいかない止血をしようとするが失敗し、涙を流し、鼻水を垂らしたままソラ先輩に縋り付く

 

「お前の天命を!私によこせ!このままでは私の天命が尽きてしまう!頼む!私を殺さないでくれ!」

 

醜く、足にしがみつくゲオルグをソラ先輩は冷たく見つめたまま見下ろしていた。

 

「それがどうした。俺が今までお前のようなクズを何人殺してきたと思う?今更、どうとも思わないさ。それに、俺の大切な後輩に手を出したんだ。助かるなんて思わない方がいいんじゃないか」

 

「あ、ああっ!ああああぁぁぁぁぁああああああ!」

 

先輩にしがみつきながら一際大きな叫び後で挙げたゲオルグにソラ先輩は苛立ちを隠そうともせずにゲオルグの首筋のあたりを指でなぞった。

 

その瞬間、ゲオルグは何も言わずにその場で力尽きたのだ。グッタリとしがみついたままの体制のゲオルグだったモノをその場に寝かせたソラ先輩は私の元へと歩いてくる。

 

「……だから言っただろう。やめた方がいいって」

 

私を縛っていた縄を『紅音』で切り裂き、口を塞いでいた布を解いてくれる。

瞬間、今までの恐怖から解放されたように一気に涙が溢れてきた。

 

「こうなると思ったから止めたんだ。君の目の前で人を殺すことになるかもしれないから止めたのに」

 

「それでも…………私は言わずにはいられなかったんです」

 

「あぁ、だと思ったからこうして助けに来たんだ。優しいのはいいことだけど、優しすぎるのは自分を滅ぼす。今回みたいにね」

 

ソラ先輩が悲しそうな顔で私を見つめ、そして信じられないものを見たかのような顔をした後、私の後ろに向けて近くに落ちていたゲオルグの剣を投げつけた。

 

グシャリ

 

と嫌な音を立てた方を向けば部屋の角に真っ白な生気のない顔が現れていて、その顔……いや、頭にソラ先輩の投げた剣が刺さっていた。

 

私はその光景に小さく悲鳴を漏らすが、その顔は次の瞬間には何もなかったかのように消えていた。

 

「……取り敢えずここから出よう。向こうからの声が聞こえる限りウンベールが逃げていったからもうじきここにも教員たちがくる。俺の傍付き錬士としての仕事は今日で終わりだ」

 

ソラ先輩がそう言い残して部屋から出て行ったのと同時に教員たちが流れ込んできた。

 

「キリト上級修剣士、ユージオ上級修剣士、ソラ上級修剣士!お前たちを禁忌目録違反者として拘束する!」

 

私は、その背中を見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

その後、教員たちから私とロニエとティーゼは保護され、軽い事情聴取の末、部屋に戻された。

 

私はアズリカ先生からソラ先輩たちが明日の朝、整合騎士に連行されることを知らされ、ソラ先輩の『紅音』を自室へと持ち帰ることにしたのだ。

 

 

 

 

翌朝、修剣学院来た整合騎士……アリス様に『紅音』をお渡しした後が私と先輩の最後の会話になりました。

 

「ソラ先輩」

 

「……アリシア、ごめんな。最後まで面倒見てあげられなくて」

 

「いえ、私のせいでソラ先輩が連行されることになって……本当に申し訳ありません!」

 

私は誠心誠意先輩に頭を下げた。

 

「……いや、いいんだ。今回は武器を振るった俺が悪かった。その結末がこれなんだ。アリシアが気に病むことじゃない。それと、時間がないからこれだけは伝えておくけど、俺の部屋の机の上にアリシアへ贈る予定だったレシピノートが置いてある。本当は卒業の時に渡そうと思ってた奴だけど、よかったら使ってやってくれ」

 

照れ臭そうに笑う先輩に私は涙が溢れて止まらなかった。先輩の言葉に頷くことしか出来なかった。

 

「私……私、必ず整合騎士になって先輩を助けに行きますから!だから、その時まで待っててください!」

 

「あぁ、気長に待ってるとするよ」

 

最後に交わした言葉は私にとっては何より大事な約束だった。整合騎士になってソラ先輩を助け出す

 

その時、私はソラ先輩に贖罪できると思っていたのだ。

 

「時間です。危ないので離れてください」

 

アリス様から放たれたその言葉に私とロニエとティーゼは従って離れていく。

 

ある程度距離をとったと思った瞬間、アリス様の乗る飛竜は空高く飛び上がり瞬く間に、見えなくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、私とソラ先輩が過ごした半年間だったんです。最後は私の行いがソラ先輩との別れを生み出した」

 

「そんなことがあったんですね。私も、ソラからは全ては聞き出せてはいなかったんです。ソラと戦い、話し合いができる時に、少し言い合いになったんですがその時も具体的な話は聞けず」

 

「それは仕方ないかと思います。ソラ先輩もそんなに自分のことを話す人ではないですし、私にとってもあの日の出来事はあまり語りたくはないので」

 

しかし、あの日々があったからこそ、今の私がいる。

ソラ先輩に傍付き錬士として指名していただけたから私は変われたのだ。それだけはその想い出だけは私だけの宝物なのだ。

 

「さて、私の話はここでおしまいです。今度はアリス様の番ですよ。私の知らないカセドラルでのソラ先輩のことを教えてください……とは言ってもお二人の馴れ初めのようなものを聞くだけのような気もしますが……」

 

「私の方は戦い続きでしたからね。私は公理教会の整合騎士でソラは協会に対する反逆者。私は彼らを倒すことこそ世界を平和にすると思ってましたから。それでもよければ話しましょう」

 

 




次回からアリス編。
ソラとアリスのセントラル・カセドラルでのおはなし


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Ver.アリス Ⅰ

「私がソラたちを連行した後、再び顔を合わせたのは2日後でした。連行したその日に、脱獄したという知らせを受け、カセドラルの下にあるバラ園にてエルドリエという騎士と戦い、これを退けます。そこから、おそらくカーディナル様の元へ匿われ、武器……彼らが持っていたのは神器でしたから神器の記憶解放や完全支配術を学んだのでしょう。そこから《熾焰弓》のデュソルバート殿を打ち破り《天穿剣》のファナティオ殿の率いる騎士団を打ち破って私のもへとたどり着きました」

 

「……そう考えると、先輩たちって結構な強者たちを倒してアリス様の元へたどり着いたんですね」

 

「ええ、皆が皆人界の誇る無双の騎士たちでした。ですが、ソラやキリトに関してはこのアインクラッドという城を攻略し続け、妖精の世界、鉛玉の飛び交う世界を超えてきた戦士たち。その時の私は知る由もありませんでしたが、何故ソラのような真っ直ぐで美しい剣を使う人があのようなとこをしでかしたのか全く理解できなかったのです」

 

「私の話を聞いて、漸くその内容がわかったわけですからね。それでも、ソラ先輩がやったことは禁忌目録に違反することでしたし、それをさせた私にも責任はありますから……」

 

アリシアの顔が若干陰るのを見て、私は態とらしく咳き込んだ。

 

「アリシアの話から私の話になると、一気に殺伐とした話になりそうで困りますね……それでは少し長くなりますが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この間連行してきた3人の罪人は噂によれば既に50階の大回廊を守護していたファナティオ副騎士長と彼女の親衛隊である『四旋剣』を打ち破ったこととなる。

さらに、その下ではデュソルバート殿を打ち破ったとも報告では聞いていた。

 

……だが、不可解なことが一つ。

元老長であるチュドゥルキンは彼らを闇の国の密偵だと私たち整合騎士に伝えた。

しかし、私たちが戦ってきた暗黒騎士とは決定的に違う部分が一つだけあったのだ。

そう、不自然なまでに決定的な違いが。

 

「何故、彼らは下した騎士たちを殺めなかったのでしょうか」

 

そう、私たち整合騎士にも暗黒騎士に敗れたものたちはいる。私は顔も知らない整合騎士が幾人も暗黒騎士に殺されたと整合騎士として呼ばれた当初から聞かされたことがある。

 

そう、私たち騎士同士の戦いは基本的には殺し合いだ。

だが、彼らの戦いを聞く限りでは傷を負わせることがあっても致命傷とはなり得ない、騎士たちの持つ神器すら破壊せず数時間もすれば動けるようになってしまうような傷しか与えないのだ。

 

金木犀の木の下で来たるべき戦いのために剣にたっぷりとソルスの光を浴びさせながら思考する。

 

「そもそも、彼らはどうしてそのような行いをしたのでしょうか。倒すべき敵、協会への叛逆者というのは一先ず理解できますが、闇の国……ダークテリトリーの密偵というのには納得できません」

 

それに、あの拘束した青年たちの中の1人。

確か、名をソラと言ったか。

彼ほどの意思の籠り、真っ直ぐな瞳の青年が何故そのようなことをしたのだろうか。

 

遠くで風素の一際大きく爆発する音が聞こえた。

これは、50階から繋がる昇降板でここへと上がって来る際に聞こえるものだ。

ならば間も無く彼らが来るのだろう。

修剣学院の学生たち。

到底、私たち整合騎士に敵うものかという慢心は捨てる。

彼らはすでに数名に及ぶ騎士たちを戦闘不能へと追い込んでいるのだ。それも、致命傷を一度たりとも与えないという余裕すら感じさせる戦い方で

 

ガコンッと昇降板がここ80階へたどり着いた音が聞こえた。

余計な思考は一度切り捨てる。

目の前に現れるのは正真正銘、私の敵たり得る存在なのだ。

 

人の姿が3人分、視界に入る。

先頭は尋常ではない剣気を感じさせる青年ソラ

その後ろを黒の青年

さらにその後ろを青の青年が私の目の前に現れる。

 

彼らが声をかける前に、私の方から声をかけた。

確かに彼らから見れば、私はこの金木犀の下で安らいでいるようにも見えるだろう。実際、そうする場合もあるのだから。

 

「少しだけ、待ってください。今日はソルスの光が一段と強いので《金木犀の剣(この子)》にたっぷりと浴びさせてあげたいんです」

 

その言葉に彼らはピタリと止まり、私を見つめる。

見たところ、彼らの装備は直剣が二振りと今まで見たことのない細身の剣が一振り。

 

押収した時に一度引き抜こうとしたが、ピクリとも動かなかった武器を見て、私は訝しげに彼を睨む。

 

それに気がついた彼も私を見て少し驚いた顔をした。

目が合った瞬間、どちらともなく目をそらす。

この間彼を見た時から、どこか懐かしいようなそんな気がするのだ。そして、覚えのない感情まで湧き上がってくる。

 

それを振り切るように、私は立ち上がる。

木へと姿を変えていた愛剣を手元に手繰り寄せる。

 

「……その木そのものが神器ってわけか」

 

「ええ、私の神器。《金木犀の剣》はこの世界で最古の金木犀を剣へと鍛え直したものです」

 

手元に花びらが集まり、それはやがて黄金の剣へと姿を変える。

 

「公理教会、整合騎士。アリス・シンセシス・サーティ。人界を脅かす、叛逆者としてお前たちをここで打ち倒すものです」

 

静かに、剣を構えて名乗りをあげると彼らのなかから一人、前に出てくるものが居た。恐らく、私と戦うのは1人と決めていたのだろう。後方で待機しているがあの水色の剣からは夥しいほどの冷気が漏れているのを見る限り彼が危なくなったら助けるつもりなのだろう。

 

「両儀一刀流剣術後継者ソラ。騎士アリスに尋常な勝負を申し込みます」

 

私では鞘から抜くことすらできなかった剣をことも無さげに抜き放ち、漆黒の刀身に真紅の刃を携えた細身の剣を構える。

 

「相手が誰であろうと構いません。1人づつ来ると言うのなら全員打ち倒して再び牢の中へ送り込むだけです」

 

彼と戦いたくはないと言う思いが、心の中で溢れ出して気が狂いそうになるがそれを必死に抑え込む。

頭の中に、見覚えのない光景が浮かぶがそれを振り切る

 

 

そして、2人同時に駆け出した。

初手からギリギリ目視できるほどの速度で振るわれる神速の剣に私は辛うじて反応することに成功する。

そして、数瞬の鍔迫り合いが起きるも、どちらも押し切れないと悟って次の攻撃へと移る。

 

「「───はあ!」」

 

互いの剣がシンクロし合うように、まるで今までずっと一緒にいたかのような錯覚に陥りそうなほどぴったりと合わさる。

 

互いに初めて剣を合わせるはずなのに、彼の振るう剣の方向、クセ、その全てが理解できる。

 

───この身体でソラは倒せないわ。あなたが倒そうとしても私がさせないもの───

 

頭の中でそんな声が聞こえる。

彼に出会ってから幾度と聞こえるようになった(誰か)の声がここでも私の邪魔をしてきた。

 

(私と彼の立会いの邪魔を……するなっ!)

 

心の中で誰かに叫び返すが、剣は確実に彼の剣を落とし、そして彼の剣に弾かれる。

 

純粋に剣術での戦いで優位を取れないならば剣技を発動させるしかない。

 

私が最も愛用し、信頼する剣技を彼に向けて放つ。

それに対抗するように彼はその剣の刀身を真紅に染めて反撃してくる。

 

私の一撃に対して、7連撃にも及ぶ剣技を惜しみもなく使い、防ぎきる。

私はそれに驚きを隠せなかった。

私たち整合騎士とて二撃以上に及ぶ剣技を扱うものはいない。それは私たちは自身の持つ一撃の剣技を究極までに極め、それを必殺とするからだ。

 

それに対して、彼は流麗でありながら極められた7連撃にも及ぶ連続剣をいとも容易く使用したのだ。

 

確かに、その剣技を見れば下の階層で一騎当千とも謳われる整合騎士たちを破ってきたのも納得はできる。

 

しかし、それが私の敗北につながるかどうかはまた別の話だ。

 

「お前のその剣技、確かに見事なものです。しかし、それほどの剣技を扱うあなたが何故殺人という大罪を犯したのです!」

 

「それをあなたに言う必要があるか?俺は必要だと思ったからやった、それだけだ。貴女こそ、こんな腐った世界で何を守るために戦う?」

 

ひどく冷めた目で私を見つめ、そして逆に問いかけてきた。そんなものは私が騎士としてここにきた時から決まっている

 

「この人界の平和のためです!市民たちが安心して笑って暮らせるように、日々戦い、世界を守るのが私たち整合騎士の使命だからです!」

 

「公理教会が敷いた貴族の制度が、数多の市民を苦しめていると言うことに何故気がつかない!騎士は戦うだけが仕事じゃないだろう!貴女が央都の担当だと言うのなら!貴族の間違いを正すのが貴女たちの役割のはずだ!」

 

振るう剣を一際力強く振るい、再び至近距離での鍔迫り合いが起こる。

 

「確かに、貴女たち整合騎士はこの央都を含め人界の希望の象徴だろうさ!闇の国から侵攻してくるゴブリンをはじめとする異種族を相手取り平和を守っているのは貴女たちだ。だが、剣技をただ継承し、それを遊び感覚で振るい、与えられた権力を横暴に振るう貴族だっている。逆に言えば、貴女たちが頑張りすぎるから剣術を継承する本当の意味も忘れ!その剣が何のために生み出されたのかすらわからないまま見世物にされつづけるんだ!」

 

「…………それはっ!」

 

否定、出来なかった。

確かに、報告では上がってくるのだ。

私が管轄している地域はここ央都。

央都には特に貴族階級の高いものたちが過ごしている。

その中には確かにその地域の領主に対しての不満が綴られているものもあった。

領主でないにしても次男やその親族への対応をしてほしいとそう言う声は確かに私の耳へは伝わっていた。

 

しかし、それを行うのは私の担当ではないと目をそらし続けた。私たち騎士の役割はダークテリトリーの暗黒騎士やゴブリンなどの異業種と戦い、人界内での犯罪者をここセントラル・カセドラルへ連行することにあるからと

 

「俺の傍付き錬士だった子が口にしていたさ。『私たち貴族が剣を継承し、それを収めるのはいつかダークテリトリーから魔物が現れた時に市民を守るために戦うためで私はその役割に誇りを持っています』って!そう言う貴族の子だっている!そんな清くて真っ直ぐな子がただ気にくわないってだけでその身体を蹂躙されていいわけがないだろう!」

 

悲痛な叫びは私の心に重くのしかかった。

そう言う貴族だっている。

それは私だって知っていた。

その最たる例がペンドラゴン卿とアーデルハイト卿なのだから。

 

更に強く押し付けられる彼の剣は僅かに熱を放っているようで、私は彼の剣を無理やり押し返した。

 

「……しかし、法は法です。私は法の番人として貴方たちを下さねばならない。貴方がそう語るのなら今回の一連の騒動。事の発端は私たちの管理不足からくるものなのでしょう。それは確かに否定できない。心に傷を負った貴方たちの傍付き錬士には後ほど謝罪をしましょう。ですが、先程私は言いました。人を殺めるのは大罪だと。そして、私は法の番人であると!」

 

金色の刀身が千を超える花びらへと変化して彼へと襲いかかる。

 

それを防ぐかの様に彼の前に炎の壁が現れた。

 

恐らく、それが彼の剣の根源。

つまりは記憶解放の類なのだろう。

 

「このまま行っても、剣も話も平行線だ」

 

「ならば、私の持てる全てで貴方を倒します」

 

互いに剣を握る手に力を込めて同時に振るった

 

「「記憶解放(リリース・リコレクション)!!」」

 

花たちが大きな斬撃となって彼へと襲いかかる。

それに対して大きな炎の剣が花たちを迎え撃つ。

私の記憶解放により姿を変える花たちは炎系の攻撃にはめっぽう弱い。

 

しかし、それを補う様にこの場に満ちる莫大な光素を花の斬撃に乗せた。

 

時間にして10秒、しかし、それは私にとってはとても長い時間だった。

 

「くうぅぅぅう!花たちよ!お願い、この一撃を届けさせてください!」

 

「頼む、『紅音』!この一撃を届けさせてくれ!」

 

互いの剣に全霊での思いを込めて届けさせてくれと願う。

しかし、互いの記憶解放によって起こされる余波は私たちの誰にも予想できなかった自体を引き起こした。

 

花と炎が互いに出力を抑えられなくなり、暴発した事でカセドラルの壁へと大穴を開けたのだ。

 

外から吸い込まれる様に剣を合わせていた私とソラが外へ放り出される。私たちが外へ放り出された瞬間、大穴の空いた壁は一瞬で元に戻ってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでが、私がソラと戦った話です。この時の私はソラの言葉に言葉を返すことができませんでした」

 

今思えば、懐かしくそして、一番心が乱れた日だっただろう。あの日の出来事があったから私は変わったのだから

 

「……私も今のソラ先輩とアリス様を見ているとそんなことがあったとは思えないです」

 

「そうですね……あの時の私も今の様にソラの隣にいることは想像もできなかったでしょう」

 

「それにしても、アリス様の頭の中に響いてた声?ですよね?それは一体何だったんですか?」

 

アリシアが首を傾げて問いかけてくるのに、私は少し苦笑いしながら答える。

 

「それも含めて話ましょうか。次は私とソラがカセドラルの外へ放り出されたところからですね」

 

そう、私のソラを追い求めるキッカケとなった一晩と私が私の中に辛うじて残っていた《アリス・ツーベルク》との対話の話を



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Ver.アリス Ⅱ

全く関係ないですが『ガンダムNT』見てきました。
もうなんていうか、終始鳥肌モノでしたね。
これから見る方のためにネタバレ等は行いませんが……

フェネクスとヨナのその後……妄想が捗りますね。

皆様も是非劇場へ、迷ってる方とかほんと見たほうがいいと思います


 

雲上庭園から放り出された。

それは私を混乱させるには十分すぎる出来事だった。

そもそも、セントラル・カセドラルの外壁の天命はそれこそ数十万とある。それをたった一撃、それも互いの記憶解放の術式の余波で崩壊するとは思ってもみなかった。

 

外に放り出される。

その後どうなるかなんてわかりきっている事だった。

そう、地面に向けて私と彼は落下しているのだ。

 

「どの道、私の勝利ですね。このまま落下し続ければ私たちは間違いなく助からない。ですが、私1人の犠牲で貴方と言う間違いなく最強の剣士を倒せるのだから」

 

「それはどうだろう。ここで死ねば俺を待ってくれてる後輩に怒られる。それだけは避けたいし、ここで貴女を死なせるとユージオに合わせる顔がない」

 

だから、と口にすると彼は姿勢を垂直にして即座に私の背後にまで落下し、私を背後から抱きしめた。

 

「な、なあ!?」

 

「少し動かないでくれよ。システムコール・アクウィアス・エレメント、クライオゼニック・エレメント……」

 

先程まで手に持っていたであろう剣を鞘にしまい、空いていた片手には今までに見たことのない“氷素”で出来た剣をカセドラルの壁に差し込み、その落下を止めたのだ。

 

「氷の造形……ですって?」

 

「ああ、これな。俺は大したことしてるつもりはないんだが、後輩には造形の神聖術は禁術扱いだって怒られたっけ……」

 

他愛ない会話をする様に語る彼に私は絶句した。

神聖術による剣の造形。そもそも、氷素での造形なんて整合騎士の中で神聖術の行使権限がかなり高い私ですら行える芸当ではない。

 

「それよりも、一時休戦にしたい。このままじゃどちらにせよ2人とも助からない」

 

「……私がその提案に乗る理由がありません。私がここで死してもお前を道連れにできるのならそれは公理教会にとっては有利になる」

 

「俺がいなくてもユージオとキリトなら騎士を全員倒して最高司祭のもとにたどり着くぞ。あの2人なら20階くらいなら軽く駆け上がる」

 

ピシリと氷の剣が嫌な音を立てる。

これが折れれば私も彼も地面へと真っ逆さまだ。

 

「いいから私を離しなさい!お前の様な罪人に命を救われ、生き恥を晒すつもりはありません!」

 

「…………アンタ、バカか」

 

「……なっ!」

 

突然の罵倒に私は一瞬にして苛立ちを覚えた。

先程から柔らかい物腰で話していたにも関わらずいきなりの罵倒に気が立っていた私は一瞬で頭に血が上った

 

「アンタが整合騎士だっていうならこの状況で自暴自棄になったところでどうにもならないのはわかるだろう!それなのにそんな発言をするからバカだって言ったんだ!」

 

「……またしても、その様に私を愚弄して……!」

 

彼を振りほどこうとじたばたと暴れてみるが剣すら触れないほどにがっちりと抱きしめられている私は何も出来なかった。実際、それが分かっているから私を抱きしめるという方法をとったのだろう。

 

「いいか?もう一度言うけど俺がここで手を離せばアンタはこのまま落ちて死ぬ。最悪俺1人でも上に上がっていくさ。だけどな、俺が上りきる頃には中にいるキリトとユージオはとっくに100階までたどり着くはずだ。アンタはそれを阻止するのが役目なんだろう!なら、今はどんな手段を使ってでも中へ戻るのがアンタの最優先の課題になるはずだろう!そんな簡単な選択すらできないからバカだって言ったんだ!」

 

「……さ、3度もその屈辱的な侮言を口にしましたね……」

 

そもそも、整合騎士として目覚めて以来、そんな屈辱的な罵倒をされたことがなかったため苛立ちが更に増したが、それでも彼の言うことも理解はできた。

 

「しかし、お前の言うこともわかります。ですが、ならなぜお前は私を離さないのです。そして、私を離さずに救うことがお前にとってなんの益になり、私にとって死よりも耐えがたい憐憫でないと、お前は……貴方は証明できるのですか!」

 

その言葉に彼……ソラは一瞬だが黙った。

しかし、すぐに私の目を真っ直ぐに見て口を開いたのだ

 

「そもそも、俺たち3人がここを登ってきたのは何も公理教会を壊滅させたいからじゃない」

 

「だったら何故!」

 

「俺たちだってダークテリトリーの侵攻から人界を守りたいって気持ちは貴女たちと何ら変わらない!2年前に果ての山脈で“ゴブリンの集団”と戦ったんだから。だからこそ、他の整合騎士たちが口を揃えて最強の一角と謳う貴女をここで死なせるわけにはいかないんだ」

 

正直、意外だったのだ。

今度は私が一瞬だが黙ってしまう番だった。

だが、それならば何故彼らはあの様な罪を犯したのか

 

「ならば!お前たちな何故、人にその剣を振るい!血を流すと言う最大の禁忌をおかしたのですか!何故、エルドリエ・シンセシス・サーティワンをはじめとする騎士たちを傷つけたのですか!」

 

激情のまま私はソラへと問いただした。

自分が、彼に命を握られているのも忘れ、彼の目を真っ直ぐに見つめて問いかけた

 

「俺やキリト、ユージオがライオス・アンティノスとウンベール・ジーゼック、ゲオルグ・グラスレッドを斬ったのは公理教会の敷く禁忌目録が間違っているから。それは、貴女だって心のどこかで分かっているはずだ。禁忌目録で禁じられないからといって、自分の欲のために貴族懲罰権を行使して、アリシアの様な罪のなく、貴族として真に誇りを持つ子達が、自分よりも爵位の高い相手にいい様に弄ばれることが許されるわけがないだろう……」

 

それは先ほどの立会いの中でも聞いた言葉だった。

本当に彼は自身の傍付き錬士を救うためにその剣を人に向けて、同族に向けて振り下ろしたのだ。

確かに、それは許される行為ではない。

しかし、それを私が肯定するわけにはいかなかった

 

「……法は、法……罪は罪です。それを貴方達民が恣意によって判断するなどということが許されれば、どの様にして秩序が守られるというのですか」

 

「だったら、その法を作ったアドミニストレータ……最高司祭が正しいとは誰が決める!?アンタ達が暮らしていたっていう天界の神か!?だったら、どうして今すぐに俺に神罰の雷が落ちて俺を焼かない!」

 

「神の───ステイシア神の御意志は、僕たる我らの行いによって自ずと明らかになるものです!」

 

「それを明らかにするために俺たちはここまできた!アドミニストレータを倒して、それが誤りだと証明するために!そして、それと同じくらい…………」

 

そこまでいうと彼は私を一瞬離した。

瞬間的な浮遊感が私を襲うが、それは再び抱きとめられることで消え失せた。

 

そのかわり、剣を持った右腕が解放され私の視線がソラよりも少し高いところまで持ち上げられた

 

「貴女をここで死なせるわけにはいかない!そこに繋ぎ目が見えるな!そこに剣を刺してくれ!」

 

一瞬の葛藤が脳内を駆け巡る。

だが、それはすぐに行動へと移された。

右手に持っていた《金木犀の剣》を左手に持ち替えてソラの指定した位置へと差し込む。

それと同時にソラの持っていた氷の剣が砕け散り、一瞬だが私と剣を支えていた腕から力が失われ落下するところを今度は私が空いた右腕で抱きとめた。

 

「……別に助けたわけではありません。命を助けられた借りを返しただけです」

 

「……それで充分だ」

 

安堵のため息をつくソラに私は呆れた。

よくも命がけで私を助けようなど、ましてや説得なんて考えたものだ

 

「先ほどの休戦の提案、受け入れましょう。どちらにせよ、貴方との剣の決着はついていませんし。しかし、どの様にして塔の内部に戻ると?」

 

「さて、どうしたものか。さっきみたいにひたすら氷での造形をして継ぎ目継ぎ目に差し込んで登って行く方法もあるが……それは貴女が無理そうだ」

 

「……ええ、私にはおそらく無理です」

 

「だよなあ、あんな自暴自棄になる程だし……」

 

「今すぐこの手を離しますよ……」

 

「勘弁してくれ」

 

たっぷり1分ほど悩んだところで彼は再び顔を上げた。

 

「そうだな。取り敢えず互いに落ちても助けられる様にロープでも巻きつけておくか……」

 

「それは賛成ですが、お前……なにか不要な布は持っていますか?」

 

「残念ながら、ハンカチくらいしか持ってないよ。それもクラスの低い最低限のね」

 

「剣一本で敵地を登ってくるなんて……武器庫に押し入ったのなら持ってこれるものなどいくらでも……」

 

バツの悪そうな顔をしている彼に私は仕方ないとため息をついた。

 

「貴方を抱えている方の腕の籠手を外してください」

 

「……いいのか?」

 

「状況が状況です、致し方ないでしょう。早くしなさい」

 

わかったよと口にして私の籠手を外したのを確認し、すぐに神聖術を唱え、籠手の形状をロープへと変化させる。

高位術式である形状変化の神聖術、彼の様なエレメントからの造形には遠く及ばないが最低限の役割は果たしてくれるだろう。

 

「……形状変化の神聖術?」

 

「ええ、お前の扱う造形術には及びませんが。ないよりはマシでしょう」

 

「いいや、助かる。形状変化は苦手なんだ」

 

「造形ができるのにおかしな話ですね」

 

「想像力が足りないんだな。金属の籠手がこんなに柔らかいロープに変化するイメージが湧かないよ」

 

黄金色のロープを私の腰に巻きつけ、その後に自分へと巻きつけているソラを見て私は不意に口を開いた。

 

「ずいぶん手慣れてるのですね」

 

「ああ、これでもロープの扱いには慣れてるんだ。もともといた場所では、悪いことした人は縄に繋いでたから」

 

「それなら、なおさら自分のやったことの重大さがわかっているでしょうに」

 

「わかってるよ。どちらにせよ人の命を奪ったんだ。それに対する贖罪はしなけりゃならない。だけど、それは今じゃないんだよ……よし、出来た」

 

さらに空いた手の中に再び氷の剣を出現させ私の剣の隣に突き刺すと私から手を離してもう一本同じものを出現させる。

 

「取り敢えずその子……その剣も天命をそれ以上削るわけにはいかないだろう。即席だけど役には立つはずだ」

 

ひんやりと冷たい剣を受け取り継ぎ目にそれを差し込み《金木犀の剣》を鞘へと戻す。これで少しは天命も回復するはずだ。

 

「しかし、これからどうする。一応聞くが、君の飛竜はこの高さまでは上がってこれるか?」

 

「不可能です。飛竜が接近を許されているのは30階にある発着台まで、整合騎士長閣下の騎竜でもそこから上へは近づけません。それに、そこから上は鳥ですら近づけないのです。私も詳しい術式は知りませんが、最高司祭様の御手により術式が張られているとか」

 

「なるほど、その辺は徹底してるわけね」

 

ソラは上と下を交互に眺め、そして最後にカセドラルの壁を叩いた。

 

「そうなると、選択肢は三つ。登るか、降りるか、それともこれをもう一回ブチ破るか」

 

「三つ目はまず不可能でしょう。仮にもう一度同じことをすれば今度こそ2人ともあの世逝きです。そして、降りるというのも現実的ではありません、カセドラルの壁は本来は無限とも思える様な天命を誇っていますし、それは50階の《霊光の大回廊》に張られているガラスも同じです」

 

「なら、必然と上がっていくしかないわけだ。この先に中に入れそうな場所は?」

 

「95階の《暁星の望楼》は確か四面を柱だけで囲った吹き抜けになっていたはずです」

 

「“はず”?」

 

「ええ、私もあそこへは数えれる程度しか行ったことがないので……記憶があまりないんです」

 

それこそ、騎士に任命された時と元老長から最高司祭様のご命令を承るときくらいしか呼ばれないのだ。

今まで私があそこに行ったのは2〜3回程度しかない。

 

「そうか……どちらにせよ登っていく方向でいいな?」

 

「ええ、しかしどうやって」

 

「こうして継ぎ目に剣を刺し続けて登る方法もあるが……」

 

「それは先ほど無理だと口にしました」

 

「だな。だけどこれ以外に手がないのも確かなんだよな」

 

彼のいうことはもっともだ。

しかし、私は普段は飛竜に跨り、共に空を駆けダークテリトリーの騎士たちを屠ることを主な任務としていた。

だが、この様な窮地、一度も経験したことはなかったのだ。故に、私はこの類の解決法は知らないし実践できない

 

「仕方ない。出来ないならおぶっていくしかないか」

 

「なっ……!おおお、お前!本気でそんなことを!」

 

「だって仕方ないだろう。君を置いていくわけにもいかないし、ロープをつけているから俺は君を置いていけない。かといって俺だけ進むにも限度がある」

 

「くっ、屈辱的ですが最もです……」

 

「そうだろ?悪いけど我慢してくれ」

 

空いた右腕をソラの右肩へと伸ばし、掴んだところで氷の剣から左手を離してソラの背中へと身体を預ける。

 

「悪いけど、君の身体を支えてあげることはできないから頑張って上まで耐えてくれ」

 

「…………はい、お願いします」

 

正直、耐えがたい屈辱だと思っていましたが、後にこの体験が忘れられない思い出になるのは今は知る由もなく、ただ彼の背中から落ちないことに必死でした。

 

「それじゃあ、上がっていくぞ。システムコール……」

 

「くれぐれも気をつけてくださいね」

 

「わかってるよ」

 

彼は壁に新たに剣を突き刺し、壁を登り始めた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数時間、彼の背中にくっつく時間が長く続いた。既に日は傾き始め、月が顔を見せ始めている。

 

「くそ、ここらが限界か……」

 

何度目かの神聖術の詠唱に失敗した彼は悪態をつき、月を忌々しそうに見つめた

 

「水と凍素の同時生成ですから、それだけで莫大な空間神聖力を使用しますからね。このままでは1時間に一度出来ればいい方かも……いま、どのくらい登りましたか?」

 

「多分、85は超えたと思う」

 

目的の95階はまだ遠いと現実を見せられため息をつくのと同時に上を見やる

 

「……ソラ、あの上の方……何か見えませんか?」

 

「上?あ、ほんとだ。石像……か?こんな高い場所に?誰も見ないってのに」

 

おそらく、見た感じだが8メルほどの距離

しかし、移動に使う水素と凍素は今は使えない。

 

「あと、剣が何本あればあそこまでたどりつけますか?」

 

「あそこまでだと4本……いや3本は必要かな」

 

「そうですか。なら、これを使ってください」

 

私は左手の籠手の留め具を外してソラへと渡す。

 

「助かる、システムコール!」

 

今度は私が先ほど使った形状変化の神聖術を使って剣を三本作り出して、二本を私が預かった。

 

「いざとなればプレートもあるので」

 

「いや、それこそ本当にヤバい時にとっておこう」

 

剣を突き刺し、その上に登るのを繰り返す

 

「悪いけど最初の剣、回収してくれ」

 

「わかりました」

 

3番目に上がるときにロープの余剰分を使って回収してソラへと渡す

 

そして、四番目の剣へとの登った時、その石像が目視できる距離まで近づいた。

 

「……趣味悪いな」

 

「うそ、どうしてこれがここに……」

 

「知ってるのか?」

 

「知っているも何もアレはダークテリトリーの……」

 

最後まで言い終わる前にその石像に生えている悪魔の様な翼がはためく。

 

一気に二つの石像が飛び立ち私達を見つめる

 

それが私の知る怪物と一致して言葉が発せなかった。

私が今まで守ってきたのは一体何だったのか。

何故、ダークテリトリーの魔物がこんなところにいるのか…………

 

公理教会は一体何を私たちに隠して……

 

「アリス!……アリス!しっかりしろ!」

 

聞こえる声に目線で返すと彼は信じられないことを口にしたのだ。

 

「一度俺から手を離して、君だけでも先にあの上へ!」

 

言われるまま手を離せば私はソラの背中から落ちるということで……ふわっとくる浮遊感に慌てるがそれと同時に下に刺さっている数本の剣も同時に回収する

 

やることは何となくわかる。

だが、脳が理解していても、信じたくないものもある

 

「ソラ……?まさか……!」

 

「いっけぇぇぇえ!」

 

ぶぅんっと一気に上空へと持ち上げられ私は空を舞った

 

「きゃあああああぁぁぁぁ!」

 

今まで出したことのない様な叫び声をあげながら私はミニオンたちの間を貫通し、テラスへと落下した

 

「むぎゅっ!」

 

着地、とはいかなかったが、それを理解する前に私達を結び付けるロープが引っ張られる。

このまま引っ張られ続ければ私達2人とも落下して終わりだ。それは今までの時間が徒労に終わるということでもある。

 

ひとまず、ロープを握りテラスの上で態勢を立て直し

 

「こ……のおおぉぉぉっ!」

 

デタラメなことをしてくれたなという怒りのままロープを引っ張り上げた。

 

同じようにテラスに落下してきたソラは私と同じように変な声を出して顔から着地した。

 

「一体なんてことをしてくれたのですか!」

 

「いや、あそこで戦うのは危険だろ。それしかなかったじゃんか」

 

「もっと他にやり方があったと思うのですが!」

 

「まぁ、取り敢えず落ち着いてくれ。それと、周り見えてるな」

 

「……ええ、見えています」

 

外周部に沿って並べられているだろうミニオンの石像。

おそらく、誰かが近づけば起動する仕組みでここに置かれているのだろうが……私にはやはり信じられなかった

 

「こいつが何なのか手短に教えてくれ」

 

「ダークテリトリーの暗黒術師たちが作り出し、使役する魔物です。彼らに倣って《ミニオン》と私たちは呼んでいます。神聖語で《手先》とか《従属者》という意味ですね」

 

「見た目でダークテリトリーの魔物なのは一目瞭然だが……何でこんなところに……」

 

「そんなのは私が知りたいです!」

 

そう、決してあってはならないことだ。

私たち整合騎士の目を掻い潜り、ましてやセントラル・カセドラルのこんな高い場所にまで侵入しているなんて……

 

「……教会内部で権力の高い何者かがここに設置した……?」

 

ボソッと呟く彼を私はキッと睨みつけた。

それこそ本当にあってはならないことだ。

もし、それが現実としてされているのなら私は本当に今までやってきたことの意味を理解できなくなってしまう

 

「アレと戦う前に一つだけ。アレに知性はある?」

 

「ありません、出来るのは術者に与えられた簡単な命令をこなすだけです」

 

「例えばここに来た奴を迎撃しろ……みたいな?」

 

「そう……ですね」

 

彼の言葉にそれ以上答えることができなかった。

私がそれ以上、目の前の光景を信じられなかったのもある。だが、ミニオンが動き出したのも理由の一つだった

 

先程から二匹増えた四匹のミニオンが私とソラめがけて飛びかかってくる。

剣が落ちないように固定していた紐を解き、《金木犀の剣》を抜き放つ

 

「アリス!二匹そっちに行ったぞ!」

 

「分かっています。私を誰だと思っているのですか」

 

間合いが少し足りない……だが、そんなもの私には関係ない。この一閃でカタをつける。

 

私が極め、信頼する秘奥義の一つ

水平、横薙ぎの一閃。

 

それはスルリと二体のミニオンを斬り裂き、地面へと落下させる。

 

そして、視線を未だミニオンを相手取っているソラへと向けた

 

「手伝う必要がありますか?」

 

多少嫌味のこもった声で問いかければ苦笑いして断られた

 

「いいや、結構だ」

 

鞘へと剣を仕舞い、再び一匹のミニオンが接近してきたところを抜刀と同時に斬り裂いた。

 

返り血が彼の頬にこびり付き、それを見たもう一匹が距離を取る。

 

「悪いけど、そこも射程圏内だ」

 

剣を鞘に戻し、私が回収してきた剣を手に持つ。

更に空いた左手には新たに黒塗りの大弓が握られている

 

「お前……まさか……」

 

剣を弓に番え、引けばその姿は剣から矢へと変わる

ピンと張りつめられた矢はミニオンに向かって放たれた。

《熾焰弓》のデュソルバード殿よりも速く流星のように放たれた矢は一瞬でミニオンへと直撃して爆散した。

 

信じられない光景を目の当たりにした。

人界において《熾焰弓》が最強の弓使いだと信じ続けてきた。それが目の前で粉砕されたのだ。

再び彼を見ればその弓は青い粒子となって消え失せていた。

 

それよりも、私は大変なことを思い出した。

 

「ミニオンの血は病を呼びます。きちんと落としておきなさい」

 

「ん……?ああ、そういえば付いてたな」

 

忘れてた、と言いながら紺色のコートの袖で拭こうとしてるのを見て思わず叱責してしまった

 

「こらっ!」

 

つい、大きな声を上げてしまったのに彼はキョトンと私を見つめた。まるで怒られると思ってなかったような顔だ

 

「どうして男というのは……手巾の一つくらい持って…………あっ」

 

「そういうこと、さっきまでお互いの剣が落ちないように固定してたろ?」

 

ここに登ってくる最中、何度か剣が落ちそうになったからそれを固定するのに彼の手巾を紐に変えていたのだった

 

その紐も、今は解いてしまったためミニオンと共に今頃落下を続けている頃だろう。

 

仕方ないと、私はスカートのポケットからお気に入りの手巾を取り出して彼に渡した。汚れを取る神聖術がかけられているため少し時間のたったミニオンの血でも綺麗に拭き取ってくれたことに安堵する。

 

「ああ、それは私に斬られる前に洗って返してください」

 

今思えば我ながら無理な押し付けだったと思う。

分かったよと口にした彼は一先ず私の手巾を胸ポケットへと仕舞い、壁へと寄り添い瞳を閉じた

 

「よくこんな状況で眠ろうと思えますね」

 

「どちらにせよ暫くは神聖術は使えないんだ。なら、体力と精神力を回復させておかないと」

 

そう口にして即寝息を立てた彼を見つめて私はため息を吐く。

 

どちらにせよ月が再び中天に登らねば塔を登ることは叶わない。ならば私はその数時間の間、何をすればいいのだろうか。

 

そういえば、この数時間の間あの声は聞こえなかった。

それと同時に知らないはずなのに懐かしく感じるあの光景も

 

 

「私も、少しばかり疲れました」

 

互いにロープが繋がれたまま、私は浅い睡眠に入った。

次に起きるときはきっと再び登るときだろうと考えながら

 




今回も前半と後半に分かれる感じですね。
長いと思いますが最後までお付き合い願います


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Ver.アリス Ⅲ

本文へ入る前に注意

この話にはアリス様がめちゃくちゃ強化させる描写があります。
この話には原作と大幅に違う描写が含まれます。
この話にはアリスちゃんが登場します。




 

私が目を覚ましたのはそれから1時間ほど後の話だった。

隣で何やら水素を使った神聖術の音が聞こえたので起きてみれば、隣で眠っていたはずのソラが私の手巾を水素の中へと閉じ込め、器用にも洗っていたのだ

 

「ああ、起きたのか。どちらにせよまだ登ることはできないから眠るなら眠っているといい」

 

「いえ、それには及びません。充分に休息は取れましたから」

 

「そうか、ならしばらくはやる事もないけど少し話でもしようか」

 

「話すことなど特にはないと思いますが……」

 

「まあ、そういうなよ」

 

血を抜き取った手巾を今度は熱素と風素の組み合わせて乾かしていく彼を見ながら私は口を開いた。

 

「そういえば、お前はどのようにしてその剣技を身につけたのですか?私たち整合騎士の様に無数の敵を相手に技を磨いたわけでもないはずです。北の洞窟でゴブリンを相手にしたといってもそれほど相手をしたわけではないでしょう」

 

「そうだなあ、アリスはさこの世界の外ってあると思うか?」

 

「世界の外?人界やダークテリトリーのことではなく、この世界の外……ですか?」

 

「そう、例えば空に浮かぶ全部で100層にも及ぶ鋼鉄の城。その一つ一つに街や草原、水源や洞窟がある世界。例えば妖精たちが住まう世界。世界樹と呼ばれる大きな樹を中心に妖精たちが領地を定めて統治し争う世界。例えば銃弾……鉄の玉が飛び交う世界。廃坑した世界の中で人々が生存競争を繰り返す世界」

 

彼の語る数多もの世界は私の知り得ないものだった。

そのどれもが新鮮で、彼の語るその世界を1度目にしてみたいと思った。それと同時に、彼が語る世界全てが彼の冒険してきた世界でそこで磨かれたのが彼が振るう剣技の強さなのだとなんとなく理解した。

 

「そんな数多もの世界を旅してきたというのなら、その強さにも納得ですが……どうしてお前はここへきたのですか?」

 

「大切な友達が、命の危機に瀕してね。その治療をするためにここにやってきたんだ。まあ、気がついたらこんなところでこんな窮地に至ってるわけだけど」

 

苦笑いして呟く彼に私は苦笑を漏らす。

 

「君は……アリスは何かないの?」

 

「私は……なかなか思い出せる記憶が少ないんです。整合騎士全員に共通することですが、ここ人界に呼ばれるまでの記憶が私たちは封じられているんです。まあ、私の場合は少し特殊で断片的に記憶が蘇る……というか、うまくは言えないんですが私の中に別の私がいて、彼女の記憶を見せられている……というようなそんな感じなんです。これは誰にもいってはいないことではあるのですが」

 

今思えば何故ソラにこんなことを口にしたのかわからなかった。結果としてはいい方向に向かいはしたが、恐らく、慣れない環境下ですこし弱っていたところもあったと思う。

 

「最近……貴方達を連行してからはそれが特に多くて。詳しくは思い出せないのに、懐かしいような記憶のかけらがたくさん蘇ってきて。私の中にいるもう1人の私が頻繁に声をかけてくるんです。『それでいいの?貴方がしたいのは本当にそれなの?』と」

 

恐らく、記憶を封鎖される前の私なのだろうと薄々気がついてはいた。そして、その記憶の断片の中に映る少年たちが今ここにいるソラと塔の中にいるキリトとユージオに似ている事も気になってはいたのだ。

 

「貴方と戦ったとき、私に彼女が言ったんです。『貴女がソラを倒そうとしても私がさせないもの』って、私には貴女の太刀筋が全て読めた。剣の振る癖や次にどこに切り込んでくるのかも全て、ですがそれはもう1人の私が私と貴方に傷を負わせないため、全て弾き落とすように振るった剣でした」

 

「だから、最後は記憶解放に頼った。おかしいとは思ってたんだ。あのタイミングであの花達が襲いかかってくるのに、『紅音』の記憶解放で対応したけどそれでも……」

 

「恐らく、それはもう1人の私には予想外だったのでしょう。それ以降、話しかけてこないのが少し気がかりですが」

 

俯き、話す私にソラは何か考えるように目を閉じた。

既に私の手巾は乾いて彼の手の中にあり、それをたたみながらという光景ではあったが

 

「君が望むなら、俺の知る限りのことを話そう。君が整合騎士となる前、どこに居てどんな暮らしをしていたのか」

 

意を決したように私をまっすぐに見たソラの言葉に少しの疑いを向ける。

 

「それは……不可能なのではないですか。整合騎士は天界から召喚されるものだと最高司祭様はおっしゃいました」

 

「……その認識がそもそもの間違いだとしたら?整合騎士は天界から召喚され、その役目が終わったら再び天界へと戻り、失われていた記憶すら取り戻せる。これが整合騎士の間だけで信じられているものだとすれば?」

 

それは私たち整合騎士が信じてやまなかった現実が崩れ去っていくようだった。整合騎士として、人界を守り、その役目が終われば全ての失われた記憶と共に天界へと戻り再び家族と暮らせると

 

それだけを希望にして私たちは戦い続けてきたのに

 

「…………聞かせてください。貴方のいうことが真実なら、私は……真実を問いたださねばなりません」

 

それは明確に公理教会への反逆だ。

彼らと同じように、それが真実だとすれば最高司祭様に問いたださねばならない。

 

「ああ、聞かせよう。君がそれを望むなら」

 

瞳を閉じて、彼は一泊おいて、重く口を開いた。

 

「君の本当の名前は『アリス・ツーベルク 』出身地はノーランガルズ北帝国の北部辺境の『ルーリッド村』が君の名前と出身地だ」

 

「アリス・ツーベルク ……ルーリッド村……ああ、懐かしい響きです。記憶は完全に失われたはずなのに、この耳が、この身体がその場所を覚えている」

 

「ああ、そして君の幼馴染としてユージオが妹としてセルカ・ツーベルクが」

 

ガツンと頭を殴られたような感覚に陥る。

今まで知り得なかった情報だ。

恐らく記憶の奥底で封印されているだろうものが私の中から溢れ出しそうになる。

 

「セルカ……顔も朧げにしか思い出せません……ですが……この腕が彼女を覚えている」

 

どんどん失う前にあった記憶が泉のように溢れ出してくる。

 

───アリス姉様

 

あの優しい声が私の記憶を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

「思い出した…………」

 

そうだ、なにもかも思い出した。

あの日、私が整合騎士として任命された日のことを。

そして、その直前まで行われた酷い仕打ちを

 

シンセサイズの秘儀と呼ばれる記憶封印術と『アリス・シンセシス・サーティ(わたし)』をこの肉体に押し込んだ日のことを。

 

「これ以上は、いう必要はあるかな……?」

 

「いいえ、私は……本当は存在しないはずの人間だったのですね。そうじゃない、存在してはいけない人格だった」

 

───そんなことないわ。貴女は私の一部なんだから

 

「そんなことない、例え君が存在しなかったはずの人間だって、君が整合騎士として育んできた記憶と経験は君にしか持てないものだろう」

 

「いいんです。もともと私の肉体ではないのです。あの日泣き叫びながらも必死に抵抗した幼い少女が私の中に、この肉体の中にまだ生きている。ならば、私はこの少女に『アリス・ツーベルク 』へとこの身体を返さなくては。それがこの身体を少女から奪った私の責任です」

 

本当は消えるかもしれないという感覚が怖かった。

だって、まだ私は生きられるのにそれを捨てければならないという未知の恐怖。それでも、知らずのうちにといえ少女から身体を奪ったという罪は償わねば

 

「ですが、私を消す前にたった一目でいい。私にとっては仮初めの家族となりますが、妹をセルカを遠目でいいので見させてほしい」

 

身体を返還する。

ただその前に妹をたった一目でも『アリス・シンセシス・サーティ(このこころ)』に焼き付けてからにしたかった。

 

「…………わかった、それは約束する。必ずその望みは叶える」

 

ソラのその言葉に私は深い安堵と決意を固めた。

未だ見ぬ妹を一目見るため、私はこの時公理教会への反逆を決めたのだ

 

「安心しました。ならば───私、アリス・シンセシス・サーティは!自らの信念と正義のため!公理教会へ───ッッッツ!」

 

剣を向ける。

その言葉を口にする前に、右眼に尋常ではない痛みが走る。今まで味わったことのない痛みが猛烈な勢いで襲いかかる

 

「落ち着いて、そのままいけば右眼が弾き飛ぶぞ!」

 

「これ、は…………これも、最高司祭様が……?」

 

辛うじて残る思考でソラへと問いかける。

 

「その可能性は低いと思う。だけど……やるとしたら思い当たるものは存在する」

 

「……それは、いったい……?」

 

「君たちが神と呼び、慕い、信奉するもの達の内の1人がそれを君たちに埋め込んだんだと思う」

 

「…………神は、私たちの行いすら信じてはくれないのですね。私たちが常日頃、この世界のために戦い、民たちの笑顔と人界の平和を守ってきたというのに……このような、痛みに訴えかけるような非道な手段を取ってまで私たちを管理し、それを外の世界から眺めていると言うのなら!」

 

右目に浮かぶ『System Alert』と描かれた神聖文字を私は強く睨みつけ、この世界の外にいる神へと言葉を投げた

 

「私はっ!私たちは人形ではないっ!私は確かに、造られた存在かもしれない!ですが、私にも意思があるのです!私はこの世界を……世界に住まう人々を、家族を、妹を守りたい!それが私の唯一の使命です!」

 

もはや私の意思は決まった。

私はこの時を持って公理教会の整合騎士ではなくなった。ただの、人界を守る剣士としてこの身体を返すまでの間戦うのだと

 

 

瞬間、先ほどとは比べ物にならない痛みが“キュイィィィィン”という音ともに強くなる

 

「ソラ、私をしっかりと抑えていて」

 

そう口にすれば、ソラは何も言わずに私をしっかりと抱きしめてくれる。彼の胸に抱かれながら私はこの世界へと宣戦布告した。

 

「私はっ!私はこの過ちを正すために!神々と公理教会……あなた達へ剣を向けます!」

 

バチィッ!と鋭い音を立てたのと同時に私の意識は暗闇の中へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふわり

 

そんな優しい感覚が全身を包み込む。

 

「ほら、起きて」

 

少し幼いが聞き覚えのある声に耳が反応する。

ああ、毎日聞いていてそれで私の知らない声だ。

 

「もー、さっさと起きなさいよ。ソラが頑張って塔を登ってるんだから!」

 

ソラ

その単語を聞いた瞬間、私は飛び起きた。

目の前には水色のドレスに白いエプロンをつけた金髪で透き通るような空色の瞳を持つ少女が私を覗き込んでいた。

 

「やっと起きた。こうして会うのは初めてよね?初めまして!私はアリス・ツーベルク」

 

手を差し出す彼女の手を握り、私は立ち上がった。

次に彼女を前に膝をつき、胸に右手を当て頭を垂れて名乗る

 

「アリス・シンセシス・サーティです。この身体を勝手に借り受け、そして行使してきたあなたの偽物です」

 

「…………そういうのは別にいいわ。貴女は私だし、私は貴女だし。もともと、ユージオやキリトを相手にしても彼らには負けたことないくらい昔から私は強かったから」

 

取り敢えず、頭をあげて

そう言われて私は頭をあげて彼女の顔を見る。

 

「私は別に貴女から身体を返して欲しいわけじゃない。私は私の命を生きたし、今その身体に宿る貴女は偽物ではない本物。もともとその身体の主である私がいうんだから間違いないわ」

 

「いえ、でもそういうわけには……」

 

そう、何より私の記憶の中にはあの日

《シンセサイズの秘儀》を受ける中、泣き叫びソラやユージオ、キリトに助けを求める声を覚えているのだ。

 

「…………あのような仕打ちが、あっていいはずがありません。無理やり記憶を封じ込め、天命を固定して、都合のいい手駒にするなど……」

 

「貴女は優しい人なのね。でも、私はこうして貴女の中で生きてきた。もともと、何も手を打たなかった訳じゃないわ。《シンセサイズの秘儀》は《アリス》という器から魂……記憶を取り出して新しく人格……整合騎士としての人格を埋め込むことで騎士を作り出す神聖術。だから私も上げにあげまくった《行使レベル》を駆使してこうして身体に残ることができたの」

 

『やったことは簡単よ』なんていうが、それが他の騎士にできていないことを考えれば並大抵なことではないのはわかる。そもそも、私だってそんな術式は知らないのだから。

 

「言ったでしょ?『私は貴女』で『貴女は私』って貴女が整合騎士の中で他の騎士達を凌駕して《神聖術行使レベル》が高いのは私が他の見習い達と違って知識に貪欲で人よりも神聖術を学んだから。それでもかなり抑えて40レベル台にしてるけど……たぶん私この世界で2〜3番目くらいに神聖術が使えるわよ?」

 

ふふん、と胸を張って答える彼女に私は唖然とする。

 

「そもそも、私じゃあ貴女ほどの剣技は引き出せない。逆に言えば貴女は私ほどの神聖術を扱えない。なら、私が貴女を受け入れたように今度は貴女が私を受け入れればいいのよ」

 

「ですが……そんなことが出来るのでしょうか……いえ、そもそも、そんなことが許されるのですか?」

 

「……出来るわ。私の神聖術の行使レベルは89に達してるし、それにどちらかしか残れないより2人で1人になった方がいいと思わない?それに許されるも何も、それを決めるのは私だし、その私がいいって言ってるんだから何も問題なんてない。まあ、少し……貴女の知らない私の記憶がその身体に戻るから頭とか痛くなるかもだけど」

 

どうする?

と首を傾げて問いかけてくる彼女に私は考えた。

いいや、そもそも私に拒否する権利などない。

私が考えるのは、それを行なった場合の彼女の得になるものがわからない。そもそも存在しなかった私を受け入れてくれる彼女、だが私はなぜ受け入れてくれるのかがわからないのだ。

 

「貴女と……一つになるのは私は構いません。ですが、その前に一つだけ聞かせて欲しいんです」

 

「なに?私に答えられることならなんでも聞いて?」

 

「何故、私を受け入れてくれるんですか?」

 

「……え?そんなこと?」

 

心底驚いた、と言わんばかりの表情で硬直したが次の瞬間にはくすくすと笑い始めた。

それが私には分からなくてつい、ムスッとしてしまう

 

「何故、笑うんですか!私は真面目に聞いてるのに!」

 

「ふふっ、そういうところよ。たしかに私には扱えない剣技を扱えるからというものあるし、私よりも戦いに対しての知識があるからっていうのもある。勿論、貴女を消してまで身体に戻りたくないからっていうのもあるわ。だけど、私にとって貴女は妹みたいな感じだから」

 

「…………妹、ですか?」

 

「うん、だって貴女のこと見てたらなんだか可愛く見えてきちゃって。ベルクーリ整合騎士長から剣技を教わる時とか、ファナティオ副整合騎士長に少し冷たくされて落ち込んでるところとか、エルドリエくんに剣を教える時張り切っちゃってたところとか……後は、ソラを前にしてちょっと動揺したところとか?」

 

「…………ずっと見ていたんですかっ!はっ、恥ずかしいです!」

 

「恥ずかしいもなにも、見てたのは私だけだし」

 

「そういう問題ではありません!」

 

「後頑固なところかも可愛いかも」

 

「いやあぁぁぁあ!」

 

恥ずかしさの余り頭を抱えてうずくまる。

穴があったら入りたいくらい恥ずかしさに襲われた。

 

「まあ、そんな感じかな。この何年かは貴女の観察が趣味だったから本当に見てる私が悶えることもあったなあ」

 

「……もう、やめてください……恥ずかしさの余り死んでしまいます」

 

「それは困るなあ。それで、どうする?」

 

ごめんごめんと軽く謝りながらの問いかけに私は頷いた。

 

「貴女の提案、受け入れましょう。それで……一体どうすればいいのですか?」

 

「ああ、貴女は特になにもすることはないんだ。目が覚めた時には貴女の神聖術行使レベルが89まで上がってると思うからそこの確認と、私がいつでも貴女に話しかけれるのと、心の中で私に話しかけてくれればいつでも話せるくらいかな。他には私と貴女で常に人格の割合を変えれるってことかな。普段は貴女が7割私が3割ってところだね」

 

「えっと、それはどういうことなんでしょうか」

 

「要するに今の状況って一つの体の中で二つの人格が同居してるわけだよね?」

 

「そうですね」

 

「私と貴女が完全に繋がることで2人の意識の割合が自由に変えれるの。私が100%の時は貴女は眠ってて私は神聖術特化の戦い方になるけど、1:1の割合でやれば貴女の剣技と私の神聖術が両方扱える状態。逆に貴女が100%のときはいつも通りの貴女ってことね。どちらかが100%ってことはどっちかは眠ってるか、気絶してるかのどちらかになるわ」

 

「ああ、なるほどそういうことですか。それならば、常に1:1の割合の方がいいのでは?」

 

そう、その方が合理的だろう。

というよりも普段から彼女の割合が高い方がいいに決まっている

 

「あ、いや。それだと互いに負担が大きいというか。一つの椅子に2人が座れば疲れるでしょ?それと同じ、普段もあなたに身体の主導権を渡すのは私自身あんまり歩く感覚とか覚束ないからっていうのもあるかな。貴女的に言えば合理的ってやつ。ほら、その辺は目が覚めてからでもいいでしょ?ソラももうそろそろ95階にたどり着くから私も準備しないといけないし」

 

「え?ちょっと待ってください!」

 

「待たないよ!それと弾け飛んだ目は勝手に私が治すから!」

 

トンっと軽く押されたはずの私の体はあっさりと何かに吸い込まれるようにその場所から遠ざかっていく。

 

「あっ……まって!」

 

「大丈夫、すぐに会えるわ」

 

私の伸ばす手に彼女は微笑みながら背を向けた。

そして、そのまま私の意識は再び黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっ…………せえぇぇえい!」

 

そんな大きな掛け声に導かれるように私は目を覚ました。辺りを見回せば数度しか来たことはないものの見覚えのある空間だった。

 

「あぁ、95階に着いたのですね」

 

「い、いちおうね…………寝起きで悪いけど俺から離れた方がいいぞ……かなり汗掻いたから」

 

息を乱したままのソラにそう言われれば私は素直にそれに従った。2人をつなぐ命綱である金のロープももう必要のないものとして剣で切り落とす。

少しだけ、寂しさを感じたがここまでたどり着いたならそれはもう意味をなさないのだから仕方ないだろう。

 

「それにしても、本当に吹き抜けになってるんだな」

 

「ええ、この高さまでは先ほども言った通り何かを通すことはできませんからそれほど警戒するほどでもないと思っているのでしょう」

 

「こうして中から侵入されることは想定してなさそうだ」

 

「そもそも侵入して踏破すること自体不可能に近いのですが」

 

呆れたような声を出せばソラは乾いた笑いを浮かべる。

 

『この笑い方も昔から変わらないわね』

 

突然、さっきまで話していた彼女(アリス)が話しかけてきた

 

『……そうなのですか?』

 

『ええ、ソラやキリト、ユージオは記憶を失ってるみたいだけど私はきっちり覚えてるから。私たち4人で同じ村で過ごした小さい頃の記憶』

 

『それは……私の中にも貴女の記憶として流れ込んできました……その、辛くはないんですか?』

 

『辛いかと聞かれれば辛いわよ?だって、私以外あの日々のことを忘れちゃってるんだもん。みんな薄情者だと思わない?』

 

ぷんすかと怒りの表情を浮かべる彼女(アリス)に私は苦笑した。

 

『ちょっと、なんで笑ってるのよ!』

 

『いえ、たしかにみんな薄情者だなと思って』

 

『そうでしょ!?本当に、戦いが終わったら全員とっちめてやるんだから!』

 

『そうですね。私も全面的に協力します』

 

戦いの後に待っている暖かな光景を想像して私は微笑んだ。ああ、本当にそれが叶えばどれだけ幸せだろうか。

そこで、やっと私の顔にある何かに気がついた。

それに手を触れれば何やら眼帯のようなものをつけられていた。どうりで先程から視界が半分暗いわけだ

 

「これは、ソラが?」

 

「ん?ああ、一応神聖術での止血はできたけど俺に目の再生を行うほどの高位の神聖術はできないから。取り敢えず眼帯だけでもと思って。アリスなら多分目の再生もできるだろうから起きるまでの応急処置だよ」

 

実際問題、私の右目は既に彼女(アリス)によっね治療されている。だけど、今はまだこれをつけていても大丈夫だろう。きっと彼女(アリス)だって許してくれるはずだ

 

「ありがとう。止血をしてくれたのは本当に助かりました」

 

『S』の字を空中に描き、『ステイシアの窓』を確認すれば確かに私の天命は大幅に減っていた。それも彼女(アリス)の治療術のお陰でみるみるうちに回復していくが

 

それと同時に目に入ったのは『System Control Privileges 89』の神聖文字。これが彼女(アリス)の言っていた彼女本来……いや、この身体本来の権限なのだろう。

 

『ああ、ちゃんと反映されてるね。私ももう表に出ていけるようになったし』

 

『ですね。本当にここまでの高権限だったのかと驚いています』

 

『ふふん、帰るために必死に勉強して色々試したもの』

 

『知っていますよ。貴女は頑張り屋さんですからね』

 

彼女との他愛ない会話ですら、私はこの状況にはそぐわないが楽しいと感じられていた。

 

「それにしても、俺はこの汗をどうにかしたいところなんだけど…………この状況で贅沢なことは言ってられないし……」

 

「それならば確か90階……この5階下に整合騎士専用の大浴場があるにはあるのですが……」

 

「それでも、ここへ来て戻るのはなぁ」

 

どうしたものかと考え始めるソラに私も同じように考える。そもそも、キリトやユージオがここまで到達しているとも考えにくいのだ。だって、この時間は確か整合騎士長であるベルクーリ閣下がカセドラルへ戻ってきているはずなのだから

 

「それに、キリトやユージオがここまできて待ってないってのも考えにくいんだよな。それを込みで一度下まで降りてみるか……?」

 

「それもありかと思います。それに、今この時間は大浴場には小父様……整合騎士長ベルクーリ閣下が湯浴みをしている時間でもあるので……そこで足止めを食らっている可能性もあります」

 

「整合騎士長……っていうからには相当強いんだろうな……具体的にはどんなものかはわからないけど」

 

「純粋な強さでいえば、私は彼との戦いで一度も勝ち星をあげたことはありません。それに、キリトやユージオが2人まとまっても私には勝てる光景が浮かばないほど」

 

「……おいおい、冗談だろ」

 

信じられないといった表情のまま引きつった笑いを浮かべるソラに私は真面目に答える。

 

「そもそも、整合騎士長閣下の完全武装支配術が神がかっているんです。なんていえばいいのか、振るった剣の威力がその場に残る……といえば分かりやすいでしょうか?気がついた時には四方に斬撃を置かれ、最後は必殺の一撃を受けるしかないといった状況に追い込まれるんです」

 

「斬撃が空間に残る……?」

 

「はい、小父様の神器『時穿剣』はその名の通り時間を操るんだと私は推測しています。記憶解放は私ですら目にしたことはありませんから、完全武装支配術からの推測でしかないですけど」

 

「それに、斬撃っていう不確かなものなんだろう?目に見えないから気がついたら囲まれ、最後は何もできないまま殺される……なるほど、それは確かに最強の騎士たり得る神器だ」

 

納得気味に頷き、さらに考え込むような仕草をするソラを見て私も少しだけ考えた。

 

今の私の状況はソラたちの味方ということになる。

もし、この状況で他の騎士たちと会って仕舞えば私は戦わなければならなくなるだろう。それは小父様とて変わらない。しかし、私は小父様に勝てる光景が思い浮かばないのだ。おそらく何をするまでもなく八方塞がりになって抵抗できずに倒される。

 

「いや、どちらにせよ一度下に降りるしかないか。キリトやユージオがここに来たならやっぱり待ってるはずだし、下層にいるなら必ず鉢合わせるはずだから」

 

「そうですね。どちらにせよ、あの2人と合流するのが目下の最高目的です」

 

「それじゃあ、降りようか。案内は頼むよ」

 

「わかりました。では、ついてきてください」

 

階段へ向けて歩き出せば、ソラも同時に私の隣を歩き出す。まず最初に出会うのは間違いなく小父さまなのは間違いないが今の私は誰が相手であろうと戦わなければならない。例えそれが、整合騎士としての私の恩師だとしても

 



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