ONE PUNCH MAN ~白銀の女神~ (上川 遠馬)
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1話

ワンパンマン(アニメ)最終話面白かった!!

というノリで書いた小説です


 眼が覚めるとそこは全てが白い世界。上も下も右も左も全てが真っ白だった。

 昨日は会社の残業が終わった後、寄り道せず家に帰ってぐっすり寝てたはずなのに。何故俺はこんなところに居るんだ。

 夢、という単語が一瞬頭を過る。試しに頬をつねってみたが普通に痛かった。

 

「どうなってんだこりゃ……?」

 

 降参、お手上げ、とばかりに俺は手を挙げて床に突っ伏す――尤も、この真っ白な空間ではどこが床でどこが天井なのかさえ分からないが――するといきなり目の前で眩い光が瞬いた。

 

「うおっ?!」

 

 思わず眼を瞑る。たっぷり数秒間かがやき続けたフラッシュが消えると、そこには真っ白のローブを着た老人が立っていた。

 

「――目覚めたか? 人の子」

 

 瞬間、とてつもない重圧が俺の背に押しかかった。

 まるで身の丈もある巨大な氷塊をおぶったかのような悪寒。我知れず冷や汗をたらりと足らした俺に老人はまるで生ゴミを見るかのような冷徹とした一瞥を寄越すと、フンと鼻を鳴らした。

 

「――喜べ、下等生物。貴様は我々神々によって選ばれた」

 

「…………は?」

 

 言いたいことはもっとあった。ここはどこだとか、お前は誰だとか。

 しかし俺の口から出たのはそんな掠れた声だけだった。

 本能で理解したのだ。目の前の老人に逆らってはいけない。意見してはいけない。こいつは、この方は人間ではない。

 ――少しでも意に反することをすればその瞬間殺すと。

 言外に老人の冷たい眼差しがそう語っていたのだ。

 

「――そうだ、それでいい。少しは頭が回るようだな? 無駄話をせず本題に入れる――」

 

 そうして老人は語った。曰く、

 ――地球とは一個の生命体である。

 ――人間とはそんな地球を蝕み続ける病原菌である。

 ――お前はそんな人間共の害悪文明を抹消するため、地球。ひいては神の意思によって選ばれた存在だと。

 

「――これから貴様に新たな肉体と力を与えてやろう。……地球上の生物を抹消するには十分過ぎる力、だ」

 

「――その力があれば一朝一夕と時間をかけず、人類を滅亡させることができるだろう 」

 

 不協和音めいた老人の声が頭を反響する。

 その度に俺の意識は薄れ、同時に新たな精神が刷り込まれていくのを感じた。

 ――人間は悪だ!

 ――人間とは害悪文明である!

 ――人間を殺せ!

 

「――それ、いけワクチンマン……人間を、害悪を、破壊し――蹂躙しろ」

 

 その一言を最後に俺の視界は黒く塗り潰されていった。

 記憶の片隅、最後に残った意識の欠片で思ったことは――。

 

 

 ――どうせ生まれ変わるなら、もっと若くて、綺麗な身体に生まれ変わりたい――というものだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 平日の早朝、いつもは平和であるはずのA市は火の海に包まれていた。

 建物は崩壊し、あらゆるところでひっきりなしに爆音が鳴り響く。

 A市は戦場と化していた――。

 

『ご覧くださいものすごい轟音と揺れが続いております!! 突如A市を襲った爆発は尚も規模を拡大させ、現在協会で災害レベルを判別中との――』

 

 ぷつん、と。テレビにノイズが走ったと思うと映像が途切れ、砂嵐になる。

 

 男はそれを確認するとその腰を持ち上げて静かに呟く。

 

「よし、行くか」

 

 

 

 ――正義執行。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 サイタマがA市に到着した頃には、そこに街があったという事実を疑ってしまうほどに惨憺たる景色が広がっていた。

 山だ、瓦礫の。どこもかしこも、コンクリートの山に散らばり、荒れ果てた荒野が広がるのみだった。

 

「こりゃ……もう生きてるやつ居ないかもな」

 

 ぽつりと漏らした呟きに返る返事はない。

 しかし、きょろきょろ周囲を見回すサイタマの耳にふと、弱々しくも確かに子供の泣き声が届いたのだった。

 

「うぇ――――ん!! パパ――――!! ママ――――!!」

 

「おっ」

 

 声の方向へ急行するサイタマ。

 そこには果たして今まさに怪人の手にかけられそうになっている少女の姿があった。

 それを察知した瞬間――。素早く地を蹴ったサイタマは眼にも止まらぬ早さで少女の元へ。

 気絶してしまった少女を抱き抱え、怪人の手から離れた手近な場所に横たえる。

 

「――何者だ、お前は」

 

 それは、恐ろしくも不気味でおどろおどろしい声だった。常人ではその声を耳にしただけで恐ろしさのあまり発狂しあるいは失神していただろう。

 その怪人は容姿もまた醜悪極まりなく、黒々とした肉体に頭部から生えた二本の触角のようなものがその者が人外であると告げていた。

 

 あるいはこの相手が自分を脅かす強敵でありますように――。

 

 久々の大物に、僅かばかりの期待を寄せ、口端に笑みを作るとサイタマはいつもの口上を口にした。

 

「……俺は――趣味でヒーローをやっている者だ」

 

 

 

 * * *

 

 

「くそったれぇええええええええええええ!!」

 

 その後は――、大方が予想通りであった。

 今回も一撃で終わってしまった相手の肉片を一瞥し、サイタマは虚しさを咆哮に変えると膝を着く。

 

「――ん?」

 

 しばらくそうしていたサイタマだったが、ふと目の前の怪人の残骸。肉片に何かが埋もれているのに気が付いた。白っぽく、太陽に反射し、キラキラと光るそれは銀の糸の束だ。

 

「なんだ、これ?」

 

 疑問に思ったサイタマは試しにその糸を鷲掴みにし、ぐいと引っ張る。そうして中から出てきたのは、

 およそ齢十二、三の、長い銀色の髪をした全裸の少女だった――。

 

「…………え、なにこれ迷子?」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 一撃(ワンパン)だった。それはもう見事な一撃(ワンパン)だった。

 俺は自由の効かない身体にもがきながら、どこか客観的な意識を抱き、事の顛末にそんな感想を漏らした。

 

 人類を殺戮する怪人となった俺は手始めにA市を破壊していた――。しかしそれは俺の意思とは少し違う。

 例えるならゲームの三人称のような、自分で自分の四肢も口も一切を動かせず、しかし意識は保ったまま勝手に身体が動くのだ。

 

 そうして破壊の限りを尽くしていると、どこからともなく禿げ頭の男が現れ――。

 以上の通りである。一瞬にしてやられた。いや、俺が言うのもなんだけど結構強くなかった? 俺、曲がりなりにも神と地球に選ばれた存在なんだよね? こんな瞬殺されていいの?

 

 そんなこと考えてると、ふと身体が軽いのに気が付いた。というか、さっき粉々にぶっ飛ばされたはずなのに五体満足の感覚があった。まるでさっきの怪人の身体から分離したみたいな――。

 

「なんだ、これ?」

 

 そんなこと考えてると頭上から声が聞こえた――って、痛た?! 痛い!!

 

 もしかしなくとも髪の毛を引っ張られてる。そりゃ痛いはずだ。

 あまりの激痛に抗議の意を込めて眼に力を入れてると引きずり出された外の光景で最初に俺が見たのは俺を倒した禿げ頭の男だった。

 

「――うぇっ」

 

 思わず変な声が出た。

 だって威圧感かハンパじゃない。

 今ならわかる。間近で見て、この気配。

 ヤバいなんてどころじゃない。身体中が警報を告げている。勝てない。いや、勝つとか負けるとかじゃなく、戦いを挑むことさえおこがましい。

 間違いなく、あの真っ白な空間で出会った老人以上の気迫だった。

 必死にそんな凍りつくような恐怖に耐えていると、ふと眼前の男は鎌首をもたげて言った。

 

「…………え、なにこれ迷子?」

 

「違ぇよ……」

 

 ぽつりと、俺が反射的にそう呟くと男は眼をぱちくりさせた。

 しまった!?機嫌を損ねたか! と、俺が戦々恐々としていると、

 

「――そっか」

 

 男はそれだけ呟いた。

 瞬間、男の纏う雰囲気が少しだけ緩和した。

 息の詰まりそうな圧が霧散し、俺は一息吐く。

 恐らく、そのこてこてのヒーロー衣装からも察せられるに悪者ではないのだろう。しかしどこか頼りない弱そうな風貌だが。

 

「――お前、父ちゃんと母ちゃんは?」

 

 男がふと、そんなことを聞いてきた。俺は素早く首を振る。

 両親なんてもう十年以上前に死んでる。俺、今年で三十九だぞ。

 

「これから、そこに倒れてる子を近くの街に送ってやるけど、お前もそれでいいか?」

 

「――い、いや!」

 

 続けた男の言葉に素早く首を振った。

 冗談じゃない。今では俺は立派な犯罪者だ。人殺しだ。

 ――変な老人に身体をいじくられて……とか、こんなことするつもりじゃなかったんです! なーんて言っても理解されようはずもない、即断罪である。

 

「じゃ、お前どうすんの?」

 

 その問いかけに俺は首を捻る。住む家はもちろん、身体も変なバケモンにされちまったし俺、マジこれからどうしよう……。

 

「――はぁ、」

 

 黙りこくる俺に、男は一度ため息を吐くと、俺の頭にぽんと手を置いてきた。

 

「じゃお前、一旦俺ん家来るか?」

 

「えっ? いいんですか!」

 

 間髪入れずに頷く。俺からしたら願ってもない提案だ。悪い人じゃなさそうだし、しばらく匿って貰えそう。

 そんな思考をしていると男はおもむろに自身のマントを取ると俺に向かって放ってきた。

 

「ほら、それでもいいから着とけ、お前今裸だろ」

 

「あっ、すいません」

 

 恐縮しつついそいそとマントを纏う。その時、俺はようやく自分の身体を見下ろし――、

 

「――は?」

 

 あるべきものがそこにあらず、やけに白っぽく艶やかな肌が晒されているのに気が付いたのだった――。

 

「――うそだろ?」

 

 拝啓、天国におわしますお父様、お母様。

 あなた達は生前、常々口癖のように「男より女の子の方が欲しかった」と仰っていましたね。

 御覧ください。あなた達の息子は立派な娘に成長いたしましたよ? 草々

 

 ……いや、ほんと、笑えない。俺がなにしたってんだよ……。




自分で書いてて思ったこと。
これコア層すぎるだろ……誰得小説なんだ(困惑)

※捏造、ワクチンマンの背景にはこんなストーリーがあったと妄想したり


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2話

なんかノリで書いた小説に予想以上の高評価貰いまして戸惑っている作者です。

上がったら後は落ちるものだとばっちゃが言ってた



 

 そうして男に案内されたのはZ市の閑静な住宅街に建ち並ぶアパートメントの一角だった。

 一人暮らしらしい。質素な部屋は最低限の生活用品しか置かれておらず、テーブルには空のコンビニ弁当やら割り箸が無造作に放置されていた。

 

「あ、そこ座っててくれ。今お茶出すから」

 

「え? あ、どうも……」

 

 言われて俺は座蒲団の上に腰掛ける。しばらくして目の前のテーブルに置かれた湯飲みに注がれた緑茶はほかほかと湯気を立ち上らせていた。

 それを一口飲んでからほぅ、と息を吐く。慣れ親しんだ日本茶の味に心なしか先ほどまでの憂鬱な気分も和らいだ。

 

 落ち着いて気を抜くと男はおもむろに引き出しから無地のシャツと短パンを取り出して俺に向かって放った。

 

「とりあえずこれでも着てろ、真っ裸よりマシだろ」

 

「おぉ……ありがとうございます」

 

 恐縮しつついそいそと着替える。なんかさっきからこの人に助けて貰い過ぎな気がしてならない。普通なら裏があるのかと勘繰ってしまうところだが、目の前の男は押し付けがましくなく、むしろ助けて当然とばかり、あまりにも自然にそれらの行動を行うので刹那には俺は自らの邪推を圧し殺していた。

 

「俺は趣味でヒーローをやってるサイタマという者だ」

 

 男――サイタマというらしい。彼は俺に対面するように腰を下ろすと、そのどこか間の抜けたぬぼーとした顔をこちらに向けた。

 

「ああ、俺は――」

 

 相手から自己紹介されたので礼儀としてこちらも名乗る。口を開いて自分の名を言葉にしようとしたところで、

 

「――あれ?」

 

 俺は最大級の衝撃に見舞われた。

 名前、そう名前だ……。俺の名前、名前って――何だっけ?

 

 ぽっかり、記憶に巨大な穴が開いたような喪失感を感じ、同時に俺は焦燥した。

 今ある自分の記憶の引き出しを出来る限り引っ掻き回す。

 自分の性別、年齢、家族、職業。

 その他は思い出せるのに自分の名前だけが思い出せなかった。

 そうして自覚ある分だけまだいい。

 ――無自覚の中で、俺は何かとても大切なことを忘れてしまってはいないか。忘れたということさえも忘れてしまって。

 ふとそんな結論を抱き、全身のうぶ毛が粟立つような恐怖を感じた俺は思わず身を震わせて口元を抑えた。

 

「――もしかして、お前自分の名前わかんねぇのか?」

 

 いつしかまた、サイタマは纏う雰囲気を真剣なものに変化させ、そう問いかけてきた。

 俺が言葉なく無言で頷くとしばらくしてぽんと俺の頭に手を置かれた。

 

「あー、……俺、専門家じゃねぇからそういうのよくわかんねぇけど……。あんま、思い悩むなよ」

 

 ぽろりと、涙が溢れた。

 抑えきれない激情の嵐が俺の心中に渦巻き、一筋の滴となって俺の頬を流れた。

 

 ふと、脳裏に白いローブを纏った老人の姿が写しだされる。俺をこんな姿にした元凶。

 きっと、恐らく、必ず、俺の記憶を奪ったのも奴の仕業だ。

 それはある種の予感でありながら確信だった。今の俺の姿を見て嘲笑う奴の姿がありありと脳裏に浮かび上がった。

 

 絶え間無く涙を溢れ落とす俺を見て、その間サイタマはずっと黙って俺の頭を撫でていた。

 静かに、優しく。

 それは俺が泣き疲れて眠るまで続いていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 時が経つのは早いもので、俺がサイタマの家の居候になってから既に一週間が過ぎようとしていた。

 早朝、ぱしゃぱしゃと顔を水洗いしてタオルで拭う。ふと視界の照準を洗面台の鏡に移すとそこにはこの世のものとは思えない美貌を持った少女が俺を見返してきた。

 

 きめ細かい銀髪はまるで髪の毛一本一本が高級な絹糸のようにさらりと靡き光を振り撒いている。艶やかな曲線を描く身体は粉雪のように酷く白く、そして華奢だ。

 全体的に精緻で巧妙な人形細工と言われて納得してしまうほど整った容姿に、真っ赤な緋色の瞳が一際異彩を放って光輝いている。

 しかし慣れとは怖いもので、最初の方はそんな自身の容姿に戸惑ったが二、三日もすると自然に馴染んでしまっていた。今ではこの身体で殆ど違和感なく日常を過ごせるようになっている。

 

「おいサイタマ。起きろ、ご飯できたぞ」

 

「……んぁ? アカメか……」

 

 未だ寝ぼけ眼の家主はのっそりと布団から起き上がった。

 ちなみにアカメ、というのは俺の新しい名前だ。

 何か色々斬りそうな名前だが、命名はサイタマで、理由は赤い眼をしてるから、である。いくらなんでも安直すぎんだろ……。

 まぁ、他に大した候補も挙がらず俺も名前に大した拘りもなかったので決定したが、いつまでも「おい」とか「お前」とかで呼ばれるよりはマシだと思っている。

 

「今日の朝メシはー?」

 

「パンとベーコンとスクランブルエッグだ」

 

「おっ、うまそう」

 

 食べ物の匂いに覚醒したらしいサイタマがテーブルの前に座ると俺も対面して腰掛けた。手を合わせ、いただきますをしてから料理に箸を伸ばす。

 ちなみにここに来てからというもの炊事、掃除等は俺の役割になった。だってこいつ全然料理しないし、掃除もしないんだもん。

 最初の方は俺みたいな子供――ただし中身は立派な大人だが――に料理をさせるというのに難色を示していたサイタマだったが、俺の料理の腕を知ってからは何も言わなくなった。自炊生活十年以上の俺の料理の腕はもはやプロのレベルに片足を突っ込んでると言っても過言ではないのだ。

 

 そんなこんなで食事を終え、食器を片しているとサイタマは自分の財布から一万円を取り出してテーブルの前に置いた。

 

「お前、いつまでもそんな服装じゃ駄目なんじゃないか? これでなんか好きな服でも買ってこいよ」

 

 そう指摘され俺は自身の服を見直す。

 ブカブカの上下ジャージに下着は男物のトランクス。以上。

 俺は肩をすくめた。

 

「別にこれでいいじゃん」

 

「いや、駄目だろ! てかそのジャージ俺のだから!」

 

 間髪入れずサイタマに指摘され俺は思わず仰け反った。ううむ、しかし。

 

「面倒くさいんだよなぁ……」

 

 思わずぽつりと漏れた俺の呟きに、サイタマは珍しく飽きれ果てたような表情をすると嘆息を吐いて首を横に振った。

 

「お前……まるでおっさんだな。手がかからないのはいいけどさ、女としてそれでいいのかよ……」

 

 こうして今日の俺のお昼の予定は半ば強制的に決定させられたのだった。

 ――まぁ、手近なところでB市にレまむらとウニクロがあったし、そこで適当に見繕えばいいか。

 そんな風に考えて俺は手渡された一万円札を握りしめたのだった。




B市……あっ(察し)


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3話

 休日の昼間ということもあってかB市の繁華街は人の群れでごった返していた。白昼堂々とイチャイチャするカップルや大学のサークルらしき若者の集団が散漫と辺りに溢れ、非常に鬱陶しい。

 それに加え、俺が歩くと周囲から向けられる好奇の視線の数々。これが厄介極まりなかった。

 誰かとすれ違う度に振り返られ、唖然とばかりに凝視され、居心地の悪さを加速させる。まるで動物園のパンダにでもなった気分だ。

 こればかりは俺が失念していたと言わざる負えない。ふと眼についたショーウィンドーのガラス張りの窓に映った自分の容姿を見て、客観的にそう思った。

 半ば忘却していたが、今の俺は見た目だけで言ったら超の付く美少女なのだ。逆の立場になって考えたらどうだろう。前から突然、アイドル顔負けの美少女がやって来たとしたら――そりゃ、俺だって思わず振り返ってガン見してしまうかも知れない。

 今もまるで俺を監視するかのように遠巻きでこちらを見据えてくる人でちょっとした人垣が形成されているのに気が付いた俺は堪らず人の少ない裏路地に逃げ込み、ボロい古着屋で買う予定のなかった野球帽を購入すると、輪ゴムで適当に束ねた銀髪の上から目もとの辺りまで覆うようにそれを深く被った。これで変装は完璧だ。

 

 とんだハプニングに見舞われ、大幅に遠回りすることを余儀なくされた俺だったが、無事に目的地のウニクロに到着した。

 店に入るや否や買い物籠を手に、そこらへんにあった安くて着心地の良さそうな服からぽいぽい籠の中に入れていく。俺は見た目より機能重視なのだ。

 

 ついでに試着室で着替えも済ませ、上下だぼだぼのジャージという出で立ちから、無地のシャツと短パンという極めてラフな衣装に衣替えしてから足早に店を後にした。合計で八七五〇円と思ったより高く消費してしまったのは痛い。

 まぁ概ねではあるものの、無事ショッピングを終えた俺は買い物袋を片手に鼻歌を混じせ、帰路につく。

 

(残ったお金でお菓子でも買って帰ろうかな)

 

 寧ろこれが今回の本題だったりする。

 残ったお金でどんな物を買おうかとうきうきしながら黙考していると、

 

「――――――ッッ!?」

 

 ふと腹から込み上げる悪寒と、息が詰まりそうな重圧を感じ、刹那には顔を持ち上げ、空を仰ぎ見た。

 プレッシャーは郊外の山林から発生しているようだった。異様な風向きの変化と空気が変わったのを肌で感じ、ざわりと胸騒ぎを覚えた。

 

 果たしてそれは俺の予感の通り、みるみる内に膨れ上がっていく威圧感は文字通り大きく巨大化していき、山林を悠々と越える男の巨人の姿を形成すると地鳴りを響かせ、街を踏み潰し、真っ直ぐこちらに向かってきた。

 

『――緊急避難警報――災害レベルは――鬼』

 

『D市に――巨大生物が出現――D市は消滅しました――』

 

『――現在、巨大生物はB市に接近中――、近隣住民は、至急避難を開始して下さい――』

 

「うわあああああああああああ!!」

 

 けたたましいサイレンと共にそんな勧告が促されると、辺りは一瞬の騒然の直後、悲鳴が爆発した。

 人々は逃げ、戸惑って辺りはあっという間に阿鼻叫喚の渦に包まれる。

 

 対して、俺の心中はどうかと言うと思いの外落ち着き払っていた。

 目の前の巨人は確かに恐ろしいが、先ほどからこちらにジェット機もかくやという勢いで高速接近してくる気迫に気が付いたからだ。

 

 果たして数秒後には俺の読み通り、綺麗な弾道を描き、さながら砲弾のように空中を飛行――というか、落下している一筋の放物線を発見し、俺は安堵の息を吐く。

 

「おーい! サイタマー!」

 

 俺は被っていた野球帽を脱ぎ捨て、その小さな人影――サイタマに向かって両手を振った。反動で結わいた髪が解けて視界の端でゆらゆらと揺れるのが鬱陶しいことこの上ない。

 しかし太陽の光に反射してキラキラ輝く銀髪はやはり一目を惹くらしく、向こうも気が付いたのか、サイタマはちらと横目で俺を見て、サムズアップを返してきた。

 

 これでもう大丈夫だろう。

 巨人の肩に着陸したサイタマの姿を確認しつつ、視線を戻すとやけに周囲が静かなのに気が付いた。

 周りの人々はさっきまで嵐のような戸惑いを見せていた筈なのに、今は何故か皆が皆、足を止めて俺を注視していたのだ。そこで俺は先ほどまで自分が余程大胆な行動を取っていたことに気が付かされる。

 

「……やばっ」

 

 彼方でぶっ飛ばされる巨人をしり目に俺は野球帽を被り直し、そそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

 ――この日、B市を襲った巨人はどこからともなく現れた銀髪の美少女が天に手を掲げると、彼方へ吹き飛んでいったという噂がまことしやかに広がったらしい。

 

 現場に居合わせた人々は口々にこう言った。――聖女の奇跡だと。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「――D市に突如、巨大生物が出現。D市は壊滅、か」

 

 スタジオの舞台裏。ゆったりとしたカウチソファに腰掛けながらA級ヒーロー≪イケメン仮面≫アマイマスクは手にした新聞を読み上げた。

 

 名前の通り美麗と整った顔を歪め、アマイマスクはヒーロー協会の遣わした職員の男を睨めつける。

 

「全く――この体たらく。現場のヒーローは何をしていた、呑気にお茶でも飲んでいたか?」

 

「い、いえ……! ですが被害は最小限に留められたと――」

「――甘いよ」

 侮蔑的な視線を向けたまま新聞をテーブルに放るとアマイマスクは慌てて色々と弁明していた男を一言で押し黙らせた。

 場に重苦しい空気が広がり、アマイマスクの冷たいため息の声が響く。

 

「それで? この巨人を倒したヒーローは誰なんだ?」

 

 半ば形式ながらもアマイマスクはそう聞いた。

 現場状況、そしてテレビに報道されていた巨人の図体から察するにS級二位――≪戦慄の≫タツマキが応対したのだろうと当たりを付けて、

 

「そ、それが――詳しいことは未だ不明です」

 

 だから、予想だにしない男の言葉を聞いた時、アマイマスクが思わずソファから身を乗り出すのは半ば仕方のないことだった。

 

「……何だと? タツマキじゃないのか」

 

「は、はい。タツマキさんはその時、別任務の最中だったと――」

 

「じゃあ誰だ」

 

「それが、現場に居合わせた市民の情報によると――銀の髪を持つ少女が現れ、街を救ったと……」

 

 ハッと、アマイマスクは思わず鼻で笑った。

 

「まるでおとぎ話の聖女だな、混乱して幻覚でも見たんだろう。そんな眉唾な情報じゃなくもっとハッキリしたものを――」

 

「いや、それが……」

 

 アマイマスクの言葉を遮り、男が持ち出したのは黒のタブレットだった。画面には粗い映像で繁華街とおぼしき風景が映っている。

 

「……これは?」

 

「――B市の監視カメラの映像です。これをご覧下さい」

 

 それまでと違ってやけに真剣な男の声音に渋々とアマイマスクはタブレットに眼を向けた。

 慌ただしく逃げ惑う人々の映像から始まり、数秒後には静けさが溢れ、がらんとした街並みが映る。

 

「――ん?」

 

 しかしそんな中でアマイマスクは奇妙なものを発見した。子供だ。それも背格好から凡そ十代前半。

 無地のシャツに短パン姿、野球帽を深く被ったその表情は伺い知れないが、しかしスラリ伸びた細足はしなやかで美しく、その立ち姿は映像越しにも息を呑むような美貌を感じさせアマイマスクはいつしか静かに画面を注視していた。

 

 やがて、状況が動く。

 しばらく立ち尽くしていた子供だったが、ふと自身の帽子に手を掛けると乱雑にそれを脱ぎ捨てたのだ。

 

「――――美しい」

 

 思わずそんな感嘆が漏れた。きらびやかな銀髪を風に靡かせ、現した少女の素顔をそれ以外に的確に表現できる言葉を知らなかった。

 例えば高名な彫刻家が長い年月を費やし作り出した美神の彫刻か。

 明らかに人間の範疇から逸脱した少女の美しさにアマイマスクは息をすることすら忘れて画面に食い入った。

 

 そして、映像の少女は両手を掲げる。

 その数秒後には巨人が彼方へ吹き飛ばされ、B市は歓喜の渦が覆った。

 少女はそんな中、改めて帽子を被り直すと、静かに街角へと消えていく――。

 

「――白銀の女神」

 

 我知れずアマイマスクはそう呟いていた。

 今、彼は確信したのだ。今のヒーロー協会に必要なのは絶対的強さとカリスマを兼ね備えた人材。それこそ、名も知れぬ彼女であると。

 

「この少女を探すんだ。あらゆる手段を行使してでも絶対に。本部にもそう伝えておけ」

 

「――は、はい!」

 

 有無を言わせぬアマイマスクの気迫に男は頷く。

 乾いた舌に潤いを求め、果汁酒で口を湿らせると久方に感じなかった高揚感を落ち着かせ、アマイマスクは瞑目した――。




オリ主「ぶぇーっくしょい!! 何だ、風邪か!?」
これは重症ですね。お薬と勘違いタグを処方しておきます。

ちょっとはしょりすぎましたかね? 後でマルゴリ(巨人)さん視点や、サイタマ先生の視点の追加を兼ねて修正するかもしれません


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4話

「蚊の異常発生だって、お前も気を付けろよ」

 

 麗らかな朝日が窓から差し込む中、無防備に床へごろんと寝転びながらキッチンに居るサイタマに向かってそう言った。

 なんでも新種の蚊の大量繁殖が世間で問題になってるらしい。今も朝の報道番組で専門家っぽい禿げたおっさん達があれこれ議論しているが、ハッキリ言って何言ってるかさっぱりわからん。

 

『蚊の発生区域の皆さまは窓を閉め、外出を控えるなどの対応を――』

 

「えぇ~Z市も入ってんじゃん。勘弁してくれよ」

 

 萎えたように言ってキッチンから顔を出したサイタマは腹を出して寝っ転がる俺を微妙な顔で一瞥した後、ジョウロを持ってベランダの植木鉢に注いでいく。

 最初の方は俺がだらしない格好をすると色々と嗜めてきたサイタマだが、いくら指摘しても改善しない俺を見て諦めたらしい。最近では何も言ってこない。

 

「……カルピス飲も」

 

 くあ、と欠伸を噛み殺して立ち上がる。視界の端で何やらぶぉんぶぉん高速移動してるサイタマの姿が眼に入ったが、気にせず俺は勝手口に向かった。

 

「カルピス切れてるじゃん……」

 

 冷蔵庫を開くや俺は絶句した。そうカルピスが空なのである。

 刻一刻と迫る喉の渇きと餓えに俺は焦った。今の俺に潤いを持たせる甘露はあの至高の一品、カルピスだけなのである。お茶なんて邪道、水なんて論外なのだ。

 

「ちょっとカルピス買ってくるわ……」

 

「あ、ついでにおつかい行ってきてくれよ、金渡すから」

 

 サイタマが若干、疲労した顔でベランダから出てきた。額に作った赤い腫れを痒そうにぽりぽり掻いている。

 

「何やってんの……?」

 

「……いや、そこで蚊に刺されてな」

 

「うわだっせ」

 

 言いつつサイタマから金を受け取り、俺は虫除けスプレーをさっと身体に振り撒く。これで蚊の対策は万全だろ。

 

「じゃあ行ってくるわ」

 

 最後に野球帽を被り、俺はアパートを後にした。

 

 

 

 * * *

 

 

「ここがZ市……。見事に人の気配がしないな」

 

 ジェノスが街に降り立つや否や洗礼とばかりに出迎えてきた蚊の大群が取り囲み、その針のように鋭い口器を突き立ててきた。

 常人では一瞬にしてミイラにされてしまうだろう何千、何万の一斉による吸血も、しかしジェノスの――身体を改造し、鋼鉄の皮膚を手にしたサイボーグ人間である彼の前では何の意味も成さなかった。

 

「――焼却」

 

 ぼぉ、と一瞬の閃光と共にジェノスの右手から凄まじい威力の火炎放射が放たれた。一瞬で黒い灰や煤になった羽虫の死骸を払いつつジェノスはその鋭い視線を宙に漂わす。

 

「――高エネルギー反応アリ。……あそこか」

 

 一点に視点を定め、ジェノスはその場から大きく跳躍する。

 果たして、そこには予想通り。まるで女王のように大量の蚊を侍従させ、空にふわふわと浮かび上がる女型の怪人を発見した。

 

「ぷはぁ~なによアンタ達。こんだけじゃ全然足んないわよ。もっと吸ってらっしゃい」

 

「――なるほど。蚊の大群に血を吸わせてそれをお前が独り占めしていたのか」

 

 女型の怪人――モスキート娘は突然の闖入者の声に眼を瞬かせ面を食らった表情になるが、ジェノスの姿を眼に止めると、直ぐに肉食獣の如き嗜虐的な笑みに取って変わらせた。

 

「あはっ、食事が来たわ。吸いつくしてあげなさい」

 

「焼却」

 

 主人の命に襲いかかってきた蚊の大群も、恐るべき火力を誇るジェノスの『焼却』の前に一瞬で灰と化す。

 

 捕食対象とばかり思っていた相手からの予想外の反抗を受け、顔を強張らせるモスキート娘にジェノスは冷静に、掲げた右手をゆっくりと向けた。

 

「お前を排除する。――そのまま動くな」

 

「――ッ! やってみなさい!!」

 

 刹那の停滞の後、衝突する二つの影。

 空中で交わり、やがてすれ違って降り立ったジェノスの片腕は、モスキート娘にもがれていた。

 

「――ふふ、次は足かしら?」

 

 勝利を確信し、口端を吊り上げるモスキート娘だったが。数秒の違和感の後、目の前のサイボーグが手にしている物に気が付く。

 

「――あ、あれ? 私の足……」

 

 ぽいと、まるでゴミを扱うかのように放られた自身の両足にモスキート娘は戦慄と共に明確な死を悟った。

 

「今のままじゃ、殺されちゃいそうね……」

 

 呟き、素早く踵を返す。

 これ以上の戦闘は得策ではない。

 そう決断したモスキート娘が取った行動は即ち撤退であった。

 

「――逃がすか」

 

 しかしみすみすとそれを見逃すジェノスではない。

 彼もまた素早く右手を掲げ――、

 

「――ッ!! 高エネルギー反応!? それも、近い!!」

 

 粟立つような恐怖とプレッシャー。先ほどまでの怪人とはまるで比較にならない桁外れのエネルギーを察知し、ジェノスはその身を凍らせた。

 

「――ふんふふんふふー」

 

 果たしてそこから現れたのは一人の子供のような姿だった。ねずみ色のパーカーに紺のジーンズを履いた人影は野球帽を深く被り、表情が伺い知れない。

 

(迷い込んだ、子供? ――いや)

 

 ジェノスは直ぐ様その考えを否定した。ヒーロー協会から警報は発令されている。物見高くとも外に出ようとは思わないハズだ。それにこんなところに、このタイミングで子供が現れるなど、そんな偶然が果たしてあるものだろうか。

 それになにより――、

 ――この、気配。

 まるで心臓を鷲掴みにされたような錯覚。サイボーグの肉体は汗をかかないはずだというのに額から滴る冷や汗をジェノスは認識した。

 あらゆる警報が告げている。目の前の子供のようなものは、決して見た目通りの貧弱な存在ではないと。

 

 ジェノスは懸命に自身を叱咤した。

 久しく感じなかった震え上がるような恐怖を押し込み、その怪物(・・)の前に立ちはだかった。

 

「待て」

 

「――お?」

 

 虚を突かれたように、その怪物は立ち止まる。顔を上げ、帽子からその瞳を垣間見せ――、

 

 ――ゾクリ

 

「くっ……!」

 

 まるで血の池に浸したような赤々しい朱の瞳に睨まれ、ジェノスは半歩押し下がる。

 ――無言の威圧でこれほどとは。

 しかし下がれない。サイボーグとなり、機械と化したジェノスの心にも引けないプライドがあるのだ。

 

「――お前、人間じゃないな」

 

 冷徹な声を喉から絞りだし、ジェノスがそう言うと怪物は気まずそうに横を向いた。不明瞭な声でモゴモゴと呟く。

 

「――あー、いや、俺は……」

 

「――人間ではないのなら、排除させてもらう……!」

 

「へ?」

 

 構え、右手を突き出す。勝負は一瞬、最大力の焼却砲を――!

 

「――焼却!!」

 

 眩い閃光の後、全てを切り裂くような爆音。豪炎が辺りに轟いた。

 




ジェノス「やったか!?」


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5話

なんか私の見間違いでなければ本作品がランキングみたいなものに載っているんですけどもしかしてこの作品そこそこ人気出てるんでしょうか


 それは突然だった。

 余りにも唐突で、そして残酷な一撃だった。閃光、爆発、崩壊。

 予測も回避も不可能な、横暴で残忍なその一撃は正確に、的確に、俺という人間を殺めたのである。

 今この瞬間。俺という一個体の存在は確かに終わりを告げたのだ。

 

 そう、俺は――社会的に――死んだのである。

 

 眩い閃光。充満した焦げ臭い煙が晴れて、ふと視線を下に落とすと身に纏っていたはずの衣類が消失し、俺の周りにはただこんもりとした灰の山が形成されていたのを見て、俺は名状し難い感情をその時確かに抱いたのだ。

 あるいは、それは喪失感か、行き場のない憤りか。余りにも冷酷、そして無情。

 俺はこの耐え難い悲しみをありったけの咆哮へ変え、天へと轟かせたのである。

 

「ふああああああああああああっ?!」

 

 ――この服まだ買ってから二回しか着てなかったんだぞクソッタレ!!

 

 俺は激怒した。

 必ず、目の前の邪智暴虐の男を除かねばならぬと決意した。

 俺には法律がわからぬ。しかし邪悪には人一倍に敏感であった。俺には父も、母も既に居ない。女房も居ない。二十五歳の禿げたヒーローと二人暮らしだ。世のため人のため、社会に何か貢献できたかと言えば首を捻るばかりである。

 

 ――だからってこんな仕打ち、あんまりじゃないか。

 

 俺は泣いた。静かに泣いた。心の中で沸々と煮えたぎるこの紅蓮のような激情をどこかに、誰かに、ぶつけねばならぬと思った。

 

「――くっ、無傷とは。ここまで……か」

 

 ふと視界に入る。身体からぷすぷすと煙を出しながら膝を着く憎っくき男が目に入り、俺は視線を尖らせた。――たった今決めた。この男に服代を弁償させると。

 幸い、今の俺の性別は女である。セクハラ料も加算して一万円はふんだくれるだろう。

 そうと決まれば俺は男に向かって大股で歩みを進める。決意を固めた俺の意思はさながらダイアモンドよりも凝固なのだ。あれってハンマーで叩いたら割れるらしいけど。

 

「――あら? 何か面白いことやってるじゃない。私も混ぜてもらえるかしら」

 

「あ?」

 

 そんな中で割り込んでくる者がいた。

 女だ。それも全身真っ赤のペンキを塗りたくったみたいな女だった。虫みたいなコスプレをして宙に浮かんでる。

 ――全然気が付かなかったけどこいつ虫かなんかの怪人か、サイタマとずっと居るせいでどうも感覚が鈍ってるらしい。なんか今までの怪人に比べたらずっと弱く見える。

 

「おちびちゃん……よく見たら人間じゃないわね。私達に近いものを感じる」

 

 その女の怪人は俺を上から下へ舐めるように視線を移すとそう言った。その後、目の前の男の方へ顔を向ける。

 

「まぁいいわ、同じ怪人のよしみで殺さないでおいてあげる……。それよりアレは私の獲物、手を出さないでもらえるかしら」

 

 女の怪人は言ってくすりと笑い、

 

「――うるせぇババア」

 

 俺がそんな返答をするとその怪人はぐるんと勢いよく顔をこちらに向け、開いて血走った瞳孔で俺を見てきた。いわゆるガン見である。

 

「は、あ゛? ……せっかく見逃してあげようと思ったのに、貴女馬鹿なのかしら!!」

 

 やれやれ、と言わんばかりに首を振る怪人は爪みたいな手を俺に向けて振りおろす。

 金属同士がぶつかったみたいな硬質音がした後、その怪人の爪は俺の頭で止まっていた。なんかじんじんして地味に痛かった。

 

「いきなりなにすんだ!」

 

「ごぼっ!!」

 

 ――ので、ムカついたからその怪人の脇腹に蹴りを叩き込むと大袈裟に飛んでいった。ドォンドォンと二、三回バウンドしてから足を着く。

 

「な、なに、今の……なにを……」

 

 ごほっ、と吐血しながら腹を押さえる怪人の姿は演技に見えない。

 そんなに強く蹴った覚えはないのにと頭を捻る俺だったが、直ぐに一つの可能性に思い至り、俺は不敵な笑みを浮かべた。

 

「お前、虫の怪人だろ。だったら今の俺に勝てないぞ――絶対に、な」

 

「なんですって……!」

 

 殺意丸出しでこちらを睨む怪人だが今の俺にとってはまったく怖くない。

 

「――お前には致命的な弱点がある。それを今、教えてやる」

 

 

 

 * * *

 

 

「――お前には致命的な弱点がある。それを今、教えてやる」

 

 その言葉を耳にした時、モスキート娘の頭に沸いたのは明確な殺意だった。

 自分に弱点がある。それは言外にお前は不完全な存在であると言われたようなものだ。怒りが沸かないはずがない。

 しかし一抹の興味があるというのも否定できなかった。自分自身気が付いてない弱点、それを目の前の少女は知っているのだという。

 どんなトリックを使ったのか知らないが、隙を突いて自分に膝を着かせた相手の話など、本来なら耳を貸すことなく一瞬にして消してやりたい。しかし話を聞いてからでもいいかも知れない。殺すのはその後でもいいはずだ。

 一瞬の思考でそんな結論を下したモスキート娘は血ヘドを飲んで殺意を抑えた。話を聞いた後は――、容赦なく殺す。そんな激情を秘めて。

 

「な、なんなのかしら……。その私の弱点、というのは」

 

「ふふん。それはな……」

 

 少女は尊大な態度で勝ち誇ったような視線をモスキート娘にくれた後、指を突き付けてこう言った。

 

「――虫除けスプレーだよ」

 

「――――――は?」

 

 思わず間抜けた声でモスキート娘は呟く。虫除けスプレー……。

 虫除けスプレー……、虫除けスプレーというと、あの虫除けスプレーか?

 

「そう、俺はここに来る前に虫除けスプレーをかけて来たんだ。――つまり」

 

 一拍置いて、少女は言う。

 

「虫の怪人であるお前は、その虫除けスプレーの効果で、俺に対して本来の力を出せずに居るということだな!」

 

 どうだ、と言わんばかりに胸を仰け反らせる少女を見てモスキート娘の中の何かが切れた。

 

「――――あぁ」

 

 ――もういい。

 

 ――殺そう。

 

 突風を巻き起こして少女の元に接近する。

 まずはその無防備な喉を掻き切って――、

 

「とぉ」

 

「がっ!?」

 

 無気力な掛け声と共にモスキート娘の腹に鉛が衝突した。――否、拳である。モスキート娘は、たった今殴られたのだ。

 鮮血を撒き散らしながらモスキート娘は吹き飛ぶ。今ので腹に大きな風穴が開いていた。

 

「ふっ、やはり虫除けスプレーの効果か……」

 

 その少女の言葉に戦慄する。まさか、いや、まさかとは思うが、本当に? 虫除けスプレーで自分が押されているというのか?

 

 いや、違う。

 何かがおかしい。

 何かが違う。狂ってる。

 

 そうだ、アプローチを変えるんだ。地上が駄目なら空中から。

 

「あっ、コラ待て!」

 

 宙に浮かぶモスキート娘に攻撃手段を持たない少女は虚しく両手をぶんぶんと振り続けるのみ。

 しばらくはこのままに、焦った心を落ち着かせ――

 

「あ、なんか出た」

 

 ――一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 ぴゅんと、少女の手から野球ボール大の光るものが見えたと思ったらそれがモスキート娘の頬を掠めて後方に飛んでいき――、

 

 直後、大きなビル群に着弾したと思ったら爆音轟かせ、崩壊――というより跡形もなく消し飛ばした。

 

 威力が、範囲が、規模が、違う。

 モスキート娘は事ここに至って、理解した。

 即ち、目の前の少女は――いや、少女の姿を模した悪魔(・・)は、自分より格上の敵であると。

 

「なんだ今の」

 

 きょとんと、まるで何も分かってないような無垢な顔する悪魔の姿がモスキート娘の恐怖を更に引き立てた。

 

 如何にしてこの悪魔から逃げおおせるか。

 それだけが頭の中を占めていた。

 

「待てコラァ!」

 

 そこでモスキート娘はこちらに近付く第三者に気が付いた。禿げた頭の男が、殺虫剤を片手に蚊を追い掛け回している。

 

(――あれだ!)

 

 モスキート娘は素早くその男の背後に立つとその首に自身の爪を置いた。つまり人質である。

 

「それ以上動くな! 動いたらこの男を殺すぞ!!」

 

「――――あ?」

 

 状況を理解してない、といった風に禿げ頭の男は首を傾ける。対して銀髪の悪魔は強張った顔で額に手を当てていた。

 

「いや……それ以上は止めといた方が……」

 

 いきなり態度が縮小した悪魔を見てモスキート娘はこれを好機と見る。うまくいけばこのまま逃げ――――

 

 パァンと、乾いた音が鳴り。モスキート娘の視界が揺らぐ。

 

「――――蚊、うぜぇ」

 

 それがモスキート娘の聞いた最期の言葉となった。

 

 

 * * *

 

 

「何だったんだ? 今の」

 

 まるで分かってない。という風に首を傾けるサイタマを目に状況を理解できず一瞬で死んだであろう怪人を思って俺はちょっぴり虚しい気持ちになる。

 

「てか、お前何で裸なの? 風邪ひくぞ」

 

「――――あ」

 

 サイタマに指摘され、俺は我に返った。辺りを見回すと、膝を着いたまま唖然とこちらを見る男の姿を眼に俺は当初の予定を思い出した。

 

「おい、お前! 俺の服、弁償しろ!」

 

 男の胸ぐらを掴みながらそう言うが反応しない。口を魚みたいにぱくぱくさせてるだけである。

 ――頭叩いたら治るかな? そう思って実行に移そうと考えていると、その男はようやく反応を返してきた。

 

「――お前、いや……貴女は怪人ではないのか……?」

 

「俺は人間だ」

 

 そう即答すると男は何故か顔を引き締めた。重苦しい表情で俺を真っ直ぐ見据えて言ってくる。

 

「是非、貴女方のお名前を教えていただきたい!」

 

「え、アカメだけど」

 

「そちらの方は!」

 

「え、サイタマだけど」

 

 男はそれを聞いて、何を納得したのか分からないが満足そうに一度、うんと頷くとこう言ったのだ。

 

「俺をあなた方の弟子にしていただきたい」

 

「あ……うん」

 

 

「ん?」

「え?」

 




どうでもいい話をここで一つ。

初期プロットではモスキート娘を主人公にサイタマと絡ませるつもりでした。一応、進化の家で実験中に脱走したって設定で。
どうでもいいですね


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6話

一気に読者が増えて戸惑っている作者です
やっぱり皆、ワンパンマン好きなんですね。


 今日も今日とてZ市は静寂に包まれている。

 朝食の後、ごろんと床に寝そべりテレビを見ながら午後までだらだらと時間を過ごす。

 それがここ最近の俺の日課となり、今日もまた例外なくそんな一日を過ごすのだと思っていたのだが。

 

「――マジで来たのか……えぇっと」

 

「ジェノスです。サイタマ先生!」

 

「先生は止めろ。――お茶、飲んだら帰れよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 元気よくそう言って頭を下げたのは先日俺の服を焦げ炭にした青年だった。

 お詫びに来たのかと思ったらどうにも違うらしい。

 

「アカメ先生とサイタマ師匠のお力には感服しました! 先日も言いましたが、是非俺を弟子にしてもらいたい!」

 

「いや、弟子なんか募集してねーし。あと師匠も止めろって」

 

 そんなやり取りを他人事のように眺めつつ、俺はふと思ったことを口にした。

 

「あれ? サイタマが師匠ってことは……一番弟子は俺ってことになるのか?」

 

 そんな俺の何気ない一言に顔を上げて反応を見せたのは青年改めジェノス君だった。

 ジェノスは純朴な少年のようにキラキラと瞳を輝かせると俺に向けてずいっと顔を寄せてきたのである。

 

「では、アカメ先生は俺の姉弟子ということになりますね! 姉さん……いえ、姐さんとお呼びした方が――」

「おいバカ止めろ」

 

 間髪入れず却下する。明らかに自分より見た目歳下の少女を姉呼びってどんなプレイなんだよ、ドン引きだわ。

 俺の冷たい視線に、しかし全く理解してない風にジェノスは首を傾ける。……こいつ真面目そうな顔に見えて実は割とヤバい奴なんじゃないかと俺が危惧を抱き始めていると、

 

「いや、コイツも俺の弟子じゃねーし……。お前マジなんなんだよ……」

 

 そう言って間に入ったサイタマの表情は残業終わりの会社員みたいに心底疲れ切っていた。かくいう俺も似たり寄ったりの顔になっているだろう。

 

「俺ですか? 俺の話を聞いてくれるんですか?」

 

 しかしまたまたずいっと顔を寄せてきたジェノス君はおもむろに何かの前振りをしてきたのである。

 

「いや、いい」

「俺も、いい」

 

 興味もなかったので素早く首を横に振った俺とサイタマを見てジェノス君は、ほうっと一息吐くと――。

 

「――四年前……俺は十五の頃まで生身の人間でした――」

 

 ――コイツ人の話聞かねぇぇぇぇええええええ!!

 

 俺が内心で絶叫をしている間、しかしジェノスはぺちゃくちゃとずっと何やら話しているが、はっきり言って半分以上聞いてない。

 

「クセーノ博士は俺に――」

「バカヤロウ!二十字以内に簡潔にまとめやがれ!!」

 

 ついに耐えきれなくなったのかサイタマがそう言った。――ちなみに俺はとっくに話から離脱し、朝の通販番組を眺めていた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「――モスキート娘が敗北しただと……?」

 

 研究室。本ばかりが山のように積まれて生活感を感じさせない部屋には蛍光灯の一つすら設置されていなかった。

 暗闇にはただ一つ、極薄で形成されたモニターの青緑の光が僅かに周囲を照らすだけである。

 

「まぁ、奴は血を吸わなければ貧弱な虫でしかないからな。所詮は試作品ということだ」

 

 男――ジーナスは黒塗りのソファに深く腰掛けたままそう吐き捨てる。その声音はあくまで冷酷、感慨を微塵すらも感じさせない冷ややかなものであった。

 

「いえ……それが……モスキート娘は大量の血液を吸収した状態で……二人がかりとはいえ一方的に」

 

「何」

 

 二十八、と胸に書かれた自身のクローンの言葉にジーナスは始めて感情らしい感情をその能面めいた顔から垣間見せた。自分以外の人間を下等な者と断する彼が唯一信じる者の言葉――自分自身の言葉を疑うわけではないがそう聞き返してしまうのは仕方のないことだった。

 

「小型追跡カメラがほんの一部ですが記録しています。――これです」

 

「――おぉ」

 

 そうしてモニターに映し出されたのは眩い銀髪を靡かせる美少女だった。この世のありとあらゆる美をその身一つに凝縮させたような少女は真っ赤な宝石のようなルビーの瞳を瞬かせ、雪原に咲く一輪の百合の花の如き、白の肌を惜しみもなく露出させていた。

 

 気付けば感嘆の声を漏らし、彼は触れることのないモニターに向かって手を伸ばしていた。ゾッとするほど美しいとはまさにこのことだ。それは研究による知的好奇心以外、あらゆる感情を排斥してきた彼が久方ぶりに得た感動だった。

 ジーナスは息をすることさえ忘れてモニターに見入る。最後の方になにやら禿げた男が映った気がしたが、そんなこと気にも止められないくらい少女に対し釘付けになっていた。

 

「……すばらしい」

 

 映像が終わり、恍惚とした表情をしたジーナスがぽつりと呟いた。

 

「無理矢理にでも彼女の身体を調べさせてもらおう」

 

 うっとりとした表情のまま、ジーナスは静かに続ける。

 

「使者を送って彼女を招待しろ……。我々の『進化の家』にね」



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7話

今回が今年最後の更新になりますね

皆さんよいお年を!

※12月31日、ご指摘を受けましたので少し文章の追加を致しました。ご了承下さいませ。


「――先生方のように強くなる方法を教えてください」

 

 纏めた言葉でそう懇願するジェノスの声音は真剣そのものだった。そんな彼に対し、サイタマも表情を引き締めると瞑目して唸る。

 

「ふむ。ジェノス……お前いくつだ」

 

「十九です」

 

「若いな……お前ならすぐに俺を越えられるだろう」

 

「本当ですか!?」

 

 サイタマの言葉にジェノスが身を乗り出して食い付いた。……まぁ、にわかには信じられないだろう。

 

「俺は今二十五だけどトレーニングを始めたのは二十二の夏だった」

 

「――あぁ、あのトレーニングな」

 

 視線は通販番組に集中させたまま相槌を返した。以前、俺はどうしてそんなに強いのかとサイタマに問い掛けたことがある。その時言われた言葉を脳裏で思い出した。

 

「もしや、アカメさんもそのトレーニングを……?」

 

「うむ。……と言っても俺は初級編だがな」

 

 ジェノスの問い掛けに俺は重々しく頷く。肝心のトレーニング内容だが実態は腕立て伏せ百回、上体起こし百回、スクワット百回。そしてランニング10kmを毎日やるというものだ。しかも冬と夏はエアコン禁止。

 

 俺も興味本意でやりたいと申し出たのだが、まだ子供ということで全ての課題を半分にした特別メニューをサイタマには提示された。ちなみにエアコンはありである。

 

 それが思いの外辛いの何の。特に毎日それを継続するってところが一番キツい。この前うっかりサボりそうになったわ。

 

「アカメさんほどの強者でも初級……。まさかそんなトレーニングがあるとは……」

 

 ジェノスは険しい表情を浮かべ絶句していた。どうでもいいけどコイツの中での俺の評価ってどうなってんの? さっきからなんかやけに俺のこと敬ってくるけど――、

 

「――――ん?」

 

 ふと、俺は視線を迷わせ宙を仰いだ。

 何か変な感じが――三つ四つ……いや五つか。

 

「教えてやってもいい……だが辛いぞ。ついてこれるのか?」

 

「はい!」

 

「――あの」

 

 何か熱血ドラマみたいな熱い空気を醸している二人の間に割り込むのは多少に気が引けたが、俺は素足でぺたぺたと床を移動すると訝しげな表情でこちらを見るサイタマの背の辺りで立ち止まる。

 

「あ? どうした?」

 

「何か、来るぞ」

 

「え? しかし、俺のレーダーには何も――――」

 

 ジェノスは不意に言葉を途切らせてからびくりと肩を震わせると眼を光らせて身構えた。

 

「――高速接近反応……! 来る」

 

 直後、爆音と共に部屋の天井が崩落した。

 瓦礫に混じって何かが降ってくる。

 果たしてそれは身の丈もある巨大なカマキリであった。頭部には脳味噌が露出していて気持ち悪い。

 

「ケーッケケケ!! 俺の名は――」

「――天井弁償しろ」

 

 刹那にはカマキリ君は吹き飛んでいた。哀れなり、拳を振り抜いた状態で止まってるサイタマは相変わらず淡白な顔をしていた。

 そのまま目にも止まらぬ速さでベランダから飛び降りる。たぶん下にいる二匹も退治しに行ったんだろう。そんなサイタマに追随するため、俺は傍らで固まったままのジェノスに呼び掛ける。

 

「よし、ジェノス」

 

「はい、アカメさん! ここは俺に――」

 

「おんぶ、だ」

 

「……えっ?」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ジェノスにおんぶされ、ベランダから外に降りるとサイタマが埋まっていた。

 比喩でも何でもなく、文字どおり煉瓦作りの地に顔から下を沈ませているのである。

 

「なんつーか、つくしになった気分だ……」

 

 思ったより平気そうだったので安堵していると一際、大きくて強そうな奴が現れた。ライオンの顔にムキムキの筋肉を持つ半獣半人のような姿だ。

 

「はははは!手も足も出ないとはまさにこのことだな。よくやったグランドドラゴン!」

 

 そいつはしばらく高笑いを続けると俺に眼を止めて、ニヤリと笑った。

 

「貴様が今回のターゲットだな? どうだ、コイツを殺されたくなければこの獣王に大人しく従って――」

 

「……いや、もういいよこの展開……」

 

 すさまじい既視感を抱きながら直後に起こるだろう事を予感し俺はげんなりしていると、その自称獣王さんはサイタマの目の前に二本の指を突き立てる。

 

「さては冗談だと思っているな? では、これでコイツの眼を潰す! 獣王はいかなる敵でも決して手は抜かぬのだ!」

 

「いや、だから……」

「――冗談はさておき、お前ら謝るなら今のうちだぞ。人の天井を壊しやがってよ」

 

 俺がどう説明しようか迷っているとサイタマがずるっと地中から抜け出して言った。

 

「あーあ変なとこに土入っちゃってるよ……」

 

「よかろう!ならばこの獣王の力、存分に見せてやる! 『獅子斬』!」

 

 ブゥンと、鋭い音と共に地面や周囲の建物に大きな爪痕が刻まれる。無数に殺到する爪の嵐にしかし悠々とサイタマはそれらを躱していく。

 ……ていうか、地味にこっちに飛んで来てる。ちょっと当たってて痛いんだけど、猫に引っ掻かれたみたいで。

 

「逃がすか! 『獅子斬流星群』!!」

 

 更に勢いを増した獣王の猛攻にサイタマは片手を握り――、

 

「――『連続普通のパンチ』」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「質問に答えるかこのまま消滅するか選べ」

 

 片手の『焼却砲』を構えて言ったジェノスの言葉に敵――アーマードゴリラはしかし一貫とした姿勢を崩さなかった。

 

「消滅スルノハオ前ダ。俺ノ実力ハ進化ノ家デハナンバー3。ソノ程度デハ今モ来テイルナンバー2ノ獣王ニハ勝テヌ」

 

「――それコイツじゃね?」

 

 現れたサイタマが持って来たのは≪獣王≫の成れの果てだ。ぷらんぷらんとした眼球が指に摘ままれ揺れている。

 

 その痛ましい姿にしかし、アーマードゴリラは厳しげな表情のまま静かに瞑目し――、

 

「……あのすいません。全部話しますんで勘弁してください」

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 ――一昔前、一人の若き天才科学者がいた――。

 ――から始まったなんたらかんたら長い話を聞いているとイライラが最高点に達したのかサイタマが大声で叫んだ。

 

「話が長い!」

 

「す、すいません……」

 

 強烈な怒気に当てられすっかり意気消沈とばかりに身体を萎縮させているアーマードゴリラは気まずそうに視線を泳がしている。

 

「つまり、どういうこと?」

 

 痺れを切らして俺が続きを促すと、ゴリラは尚も渋った様子だったが俺の背後でジェノスが構えたのを見て観念したのかあっさり吐露した。

 

「――つまり、我々のボスが貴女の身体に興味を持ったようです」

 

「いや俺、男に興味ないし」

「え!?」

 

 俺がそう即答すると背後から戸惑った声が聞こえた気がしたが無視する。ふとサイタマが何か納得したように一度手を叩いた。

 

「成る程、つまりロリコンか」

 

「社会不適合者め……」

 

 拳を握りしめ、忌々しく俺は吐き捨てる。昔では個人の趣味と許容していた性癖だが、今日に至り対象が我が身となれば、それは忌むべき害悪でしかないのだ。悪、即、斬、である。

 

「よし、行くか」

 

「あぁ、行こう。直ぐ行こう」

 

「――え 今ですか!?」

 

 ――バカヤロウ! ロリコンは放っておいたら何をするか分からないんだぞ!!

 焦った様子のジェノスにそう言ってやりたかったが黙っておく。仕方ないのだ、アイツはまだ若い……。追い詰められたロリコンの恐ろしさを知らないのである。

 

 それに対してサイタマは言わずとも理解しているようだった。彼は懐から何かの紙きれを取り出すとそれをぴらぴらさせ――、

 

「明日は特売日だから行くの無理だしな」

 

「えぇ……?」

 

 俺は絶句した。

 コイツも分かってない。やはり信じられるのは己のみか……。

 

「て、いうかスーパーの特売日って今日だろ」

 

「え、マジ!? 今日金曜じゃねぇの?!」

 

 確かと、記憶を遡った俺がぽつりと呟くと、ぐるりと勢いよくサイタマが振り返って詰め寄って来た。

 

「いや、今日土曜だし……」

 

「お前それ早く言えよおおおお!!」

 

「先生!? 進化の家は――」

 

「んなもん今日の晩飯の方が大切だ! 俺スーパー寄ってから向かうからお前ら先に行っとけ!」

 

 そう言ってサイタマは頭を抱えてアパートに戻っていった。たぶん財布でも取りに戻ったんだろう。

 

「敵の基地を潰すのにその余裕……。さすがです、サイタマ先生」

 

「いや、うん……まぁ、そうなんだけどさ……」

 

 羨望の眼差しで、トリップするジェノスは放っておいて、俺は締まらなくなった空気を改めるように重苦しい声で言った。

 

「二人になっちゃったけど。行くぞ、ジェノス」

 

「はい、アカメさん!」

 

 かくして、一人抜けて暫定メンバー二人となった俺とジェノスは打倒、ロリコンに向けて進化の家へと歩き出したのである――――。




次回
アカメVS阿修羅カブトに続く


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8話

少し投稿遅れてしまいましたね。すみませんでした。
何をやってたかといいますとお雑煮食べたりゲームやったりゲームやったりゲームしてました。

とりあえずお餅はもういい


 四時間後。

 俺達は幾重にも広がる草木を掻き分け、どこまで広がる深い森林の中。目的地である進化の家に向かって疾駆を続けていた。

 

 ――いや、走るという意味合いでは先の表現は少し適切ではなかった。

 何故なら直ぐ前方で地を韋駄天の如く駆け抜けるジェノスに対し俺は――地から足を離脱させ、地面からほんの一メートルほど隔離した空中をふよふよと滑空しつつ先んじて歩みを進めるジェノスの後に続いていたからに他ならない。

 

「空も自在に飛べるとは……さすがです。アカメさん」

 

 走りながらふと振り返ったジェノスは驚愕を顔に貼り付けながらも何故か羨むようにそう言った。

 ――いや、俺も最初は驚いたんですけどね? 変化に気が付いたのは三日前だ。普段通りテレビ観ながらごろごろしてたら突然、雷に撃たれたような衝撃が俺の身体を駆け巡り。我に返ると飛行のやり方が誰に教わった訳でもないのに何故か浮かび上がって、こうしていつの間にか飛べるようになっていた。もしかしたらサイタマによる特訓の成果が早速出てきたのかも知れない。

 

「――でもこれって凄ぇ疲れるんですけどね……」

 

 ふよふよとまるで背後霊のようにジェノスの背を追い掛けながら俺はごちる。事実、原理は知らんがこうして浮いてると何故だか倦怠感というか疲労感が募ってきて、今も若干だが頭がボーッとしてくるから嫌いだ。酷使は避けたくなる代物である。

 

 そんな中、どうして飛行を止めずに走ってジェノスを追随しないかというと単純に俺が疾走に適さない出で立ちでここまで来てしまったからだった。

 肩まで露出した裾の短いシャツに太股を惜し気もなく大胆にさらけ出した短パン。極めつけが素足から履いた穴あきサンダルと、このでこぼこな獣道を走るには辛すぎる服装だ。

 地面は岩でごつごつしてて痛いし、木の枝とか葉っぱの棘とか肌を掠めて痛い。

 自身の軽率さを恨むばかりだが、ほんの僅かな虚脱感に耐えてでもこうして私は空を飛行しなければとてもじゃないがジェノスに追い付いていられないのだ。

 

「――着きました。あれが進化の家!!」

 

 そうこうしていると目的地に着いたらしい鬱蒼と茂る森の中、少し開けた場所に廃ビルみたいなのが建っていたのを目視した瞬間、俺は飛行するスピードを一気に上げて目の前へ、

 

「――往生せぇ――――やぁぁぁああああっ!!」

 

 ここまでノンストップで走らされた苛立ちも込めて絶叫しつつ、俺はいつの間にか手に浮かんでいた光の球弾を半ば無意識の内に目標へ向かってぶん投げていた。

 

 ――閃光、のち爆発。

 白炎に浸された建物は崩壊――というより溶解し、煙すらをも溶かしきり、後にはまっさらとした荒野が広がるのみとなった。

 

「うし、帰ろう。何かもう疲れた……頭がんがんする」

 

「――――――」

 

 口を開けて固まるジェノスを他所に俺は足取りふらふらと帰路に着こうとしていると――、

 

「――――はっ!? いえ、アカメさん! どうやら地下への入口が――」

 

「…………えぇー?」

 

 そんなジェノスの一声に俺はげんなりとした感慨を得ながらも再び振り返ることとなった。

 舞台は地下へ、進化の家の最奥に。

 

「うぅ……気持ち悪いぃぃ……」

 

「大丈夫ですか? アカメさん」

 

 真っ直ぐとどこまでも長い地下通路。

 悪化する体調不良に悩まされ、俺はジェノスの肩に寄りかかりながら歩みを進める。気分は飲み会で年甲斐もなくはしゃぎ過ぎて新人社員に介抱される先輩だ。くそったれ。

 これが飛行による後遺症だとしたら俺は二度と空なんか飛ばんと確固たる決意を抱いていると、

 

「――――! アカメさん、二体ほどこちらに近付いてきます」

 

「……んぁ」

 

 耳打ちするジェノスの言葉に俺は朧気な意識で頷く。ふと視線を前に上げると確かにこちらに向かって疾駆する巨大な影があった。

 

「いたいた! 二匹いるけどどっちだ」

 

「ぐは……右だ……」

 

「――じゃあ左のコイツは要らねぇんだなッ!!」

 

 咆哮と共に振り上げられる拳。

 それは正確に俺の傍らに居たジェノスへと衝突しコンクリート造りの壁へと彼を埋めさせた。

 

「俺は阿修羅カブトってんだ。戦闘実験用ルームがあるからそこでヤろうぜ~」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべる虫型の怪人――阿修羅カブトを眼に、少しばかり意識を覚醒させた俺はお返しとばかりにこちらも笑みを返してやった。

 

「……上等だ、この野郎」

 

 踵を返して、その戦闘実験ルームとやらに向かうらしい阿修羅カブトを尻目に俺は現在進行形で壁に埋まっているジェノスに目を向ける。

 

「……おい、死んでないだろ」

 

 呼び掛けるとぴくりと反応を返し、次の瞬間がばりと顔を出したジェノスは咳をしながらその場に踞った。

 

「――かはっ。すみません……アカメさん。アイツは俺が――」

 

「止めとけ。今やられたばっかじゃんお前」

 

 そう指摘するとジェノスはうぐと言葉を詰まらせる。そんな彼の肩をぽんと叩きつつ俺は力強く頷く。

 

「後は俺に任せとけ」

 

 未だずきずきと痛む頭痛を頭の片隅へと追いやり、俺はジェノスに向かってそう笑い掛けた。

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「広いだろ~。んじゃ殺し合いますかぁ!」

 

「――あぁ」

 

 阿修羅カブトに案内された戦闘実験ルームなる場所は上下左右。全てが白いブロックに覆われた真っ白な大広間だった。

 遮蔽物の一つすらないこの場所は確かに戦うにはうってつけの空間だろう。そんな中に二つの影が対峙する。

 

 片やどう低く見積もっても三メートル以上はあるだろう。巨大な昆虫――カブト虫を思わせる図体に人間の顔を持った怪人――。奴の一撃には恐ろしい力が込められていることをジェノスはその身を持って知っていた。それも更に恐ろしいことに全く本気ではないということも。

 恐らく今の自分一人では勝利――どころか相手になるかさえ疑問だろう。ジェノスはそんな確信をしながら、そんな強大な力を持った怪人に対する少女に眼を向けた。

 

 その立ち姿は凛として、歩く姿は神話の女神さながらに。

 あどけない横顔にどこか妖艶な美貌という相反した美しさを同居させる少女――アカメの姿にジェノスは息を呑み込んだ。

 

「お、わかる……わかる!! おめー強えなぁ?!」

 

「ちっ……うるせぇよ。頭に響くだろうが……」

 

 頭を掻きながら気だるげな表情で阿修羅カブトを見上げるアカメの表情は芳しくない。

 しかしその身に纏う威圧感は健在だ。

 初見でジェノスに見せたその圧倒的気迫はそのままに、いや……むしろそれ以上の覇気を放つ彼女の姿は阿修羅カブトに勝るも劣らない巨人のように大きな背中をジェノスは幻視した。

 

 ――その時。

 

「――――へへぇ」

 

 阿修羅カブトが笑みを深めたかと思うと刹那の内に彼女の背に回ったのをジェノス見た。

 

(――――速い!!)

 

 心の中で呟きながらジェノスは戦慄した。よく見えなかったのだ。初動から、分からなかった。それは阿修羅カブトの反射神経――速度がジェノスの知覚を遥かに凌駕している証明に他ならなかった。

 

「オラァ!!」

 

「――――――」

 

 ぶぉん。という風切り音を響かせ、阿修羅カブトの一撃がアカメの脇の腹辺りに直撃したのをジェノスは見た。

 彼女は風に吹かれた布のように飛んでいき――、遥か向こうの壁に激突。壁を穿ち、大きなクレーターを作り出すとその身を瓦礫に沈めさせた。

 

 ――静寂。

 

「あぁ? もう死んじまったか? つまんねぇなぁ~」

 

「……………………そんな」

 

 不満そうに顔を歪める阿修羅カブトに対し、ジェノスは彼女が消えた壁の向こうへ視線を外せないでいた。

 

 昨日、ジェノスにその圧倒的な力を見せ付けた彼女が、まさかこんな簡単に?

 否、断じて否である。

 

「――――――ぁ」

 

 ジェノスは確かに聞いた。瓦礫の中から届いた呻き声。岩の破片でその身を汚しながら身を起こすその姿を。

 

「…………おぉ? なんだ生きてるじゃねーか。そうこなくちゃな!」

 

 再び笑みを深めた阿修羅カブトは身構える。対して彼女は顔を俯けて表情が伺い知れない。

 そんなアカメにジェノスは何か言葉をかけようと喉から声を絞り出し、

 

「アカメさ――」

 

「――――五月蝿い」

 

 ピシャリと、止められた。

 他ならぬ彼女によって。

 

「アカメさん…………?」

 

 僅かな違和感を覚え、ジェノスは彼女に問い掛けた。遠目でも分かる眩い美貌は見紛うはずがない。しかしどういうわけか、俯けた顔を上げた彼女の表情は全くの別人。

 アカメという人間と触れあい確かに感じたはずの人間の温もりが、あるいはそれが彼女の本性であると言わんばかりの極寒のように冷えきった氷のような能面に塗り潰されていた。

 

「――――は、はは」

 

 にぃっ、と口端を吊り上げた彼女は三日月型の笑みを作った。先ほどまでの笑みとは別種の、凶暴な肉食獣のような笑みを。

 

「何だぁ? 頭打って狂っちまったかぁ?」

 

 言った阿修羅カブトに彼女は不敵な笑みを向ける。

 大胆で、不遜な、不敵な笑みを。

 

「いや――――、狂ってはいないな。元ある形に戻ったと言うべきか――――」

 

 まるで歌を唄うように、

 

「――――貴様には感謝しよう。――この数ヶ月、中々に屈辱だったが……ようやく――――」

 

 流麗で、甘美な声で、彼女は諳じ、悪魔が首をもたげる。

 

「ようやく――――()に出て来られた」

 

「――――()の、名は、ワクチンマン」

 

「――――お礼に何かくれてやろう。そうだな、何がいいか――――」

 

 そう言って彼女は右手を掲げ、

 

「――――とりあえず、消し炭だ」

 

 そう言って聖母のように微笑んだ。

 

 

 

 

 




皆さん、裏表のある女の子はお嫌いですか?

※分離した(別れたとは言っていない)


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9話

「そーかい。じゃあとっとと来な、全力でなぁ?」

 

 余裕綽々と指で招くように挑発する阿修羅カブトの表情は喜色だ。ニタニタとした粘液質の濃い笑みは圧倒的自負の表れ。

 

「……なら、そうさせてもらおう」

 

 対して彼女――アカメの表情は無味なものだった。

 ただ絶対零度のように冷えきった双眼で阿修羅カブトを一瞥すると、一瞬だけ、ふっと酷薄な微笑を浮かべる。流麗な美貌も相まってその姿は一枚の絵画のように幻想的な美しさを前面と醸し出していた。

 ふと彼女は掲げた手で銃のような形を作ると、そのほっそりと白い指先を阿修羅カブトに向けて狙いを定める。

 刹那――、ぴかりと、アカメの指先から小さな光が瞬いたかと思うとそれは弾丸の如く放たれた。

 拳にもみたない微小な球体。光を振り撒きながら宙を滑るそれは軌跡を描いて真っ直ぐ阿修羅カブトに向かっていき――――、

 

「――――ぐおっ!!」

 

 反射的に阿修羅カブトは身を捩らせた。――あれは食らってはいけない部類のものだ。そう本能で直感した無意識の中での回避だった。

 

 しかし、その対応は遅まきすぎた。存外の速さで滑空する光弾は必死の回避の甲斐虚しく阿修羅カブトの肩腕に着弾し――、

 

 ――何かが弾け飛ぶような音と共に、阿修羅カブトの片腕は呆気なく四散した。

 

「な――――ぐぁああああアアアッ?!」

 

 刹那の呆け、後に理解に至り阿修羅カブトは悲鳴とも取れる叫声をあげた。

 ぐるりと血走った瞳孔を見開いて眼前の少女を睨み付ける。

 

「今の、よく避けたな。……殺すつもりでやったのに」

 

 意外だ。とばかりに肩を竦めてごちた少女の表情は極めて涼しげなものだった。

 それはまるで目の前でぶんぶんと鬱陶しい羽虫を殺し損ねたかのように。失敗した。よし、今度こそ、次は確実に殺そうと。

 改めて右手を掲げ直す少女の姿に阿修羅カブトは生まれて初めての戦慄――明確な畏れを眼前の小さな悪魔に対して抱いた。

 

 気が付けば阿修羅カブトは疾駆していた。自身がこの状態で出せる最高の速度で、最高の力で、一瞬で彼我の距離を詰めると残った片腕を叩き付ける。

 

「――死ねぇええええええエエッ!!」

 

 咆哮と共に、音すらも置き去りにして打ち出された拳は必中で必殺の一撃。小さな街一つならば簡単に吹き飛び、人の身がまともに食らえば骨が折れるどころか肉片すら残さず消し飛ぶ代物だ。

 

 もはや破壊兵器とも呼べる一撃は正確に少女の鳩尾に突き刺さった。

 骨が砕け、肉を穿つ音が阿修羅カブトの手から耳に聞こえて――、

 

 聞こえて――――こなかった。

 

 現実は二、三歩ほど後退しただけだった。キキッというブレーキ音と共に少女の肉体は地を擦って立ち止まった。

 

「少し、驚いたな。……成る程。かつての私なら少し手こずったかも知れない」

 

 呆然とする阿修羅カブトを眼に、少女はぱたぱたと身体に付いた汚れを払うとくすりと微笑み。

 

「――それも嘗て、の話だが」

 

 パチリとどこかで火花が散った。少女の纏う気配が変質し、秘めたる狂暴性を露になる。

 

「自我が奪われた間。私がただ怠慢していただけだと思うか? ――違う。ずっと、蓄えていた。水面下で、力を」

 

 バチバチと少女の周囲に薄い膜のようなものが発生するとそこら中で放電が響く。掲げた手に先ほどとは比べ物にならない巨大な球弾が生まれ、狂おしいほどに暴力的な重圧が辺りを支配した。

 混ざり、揺らし、歪み、震い、どこまでも高まり続ける力は大気を揺るがし、地表を震わせる。

 ――それはまるで地球が怒り狂っているかの如く。

 

「私は私であって嘗ての私ではない。――見ろ、この力。もはやあの男(・・・)以外は今の私の敵ではない!!」

 

 それは抗うことのできない神の一撃。

 無情、冷酷。そんな言葉では生温い無慈悲で無感動な天災が下される。

 眼を開けられないほどの眩い閃光が辺りに蔓延すると少女はゾッとするほど軽薄な笑みを浮かべ、まるで審判を下すが如く掲げたその手を振り降ろす――。

 

 そして――、

 

「――――――あ、ぁ」

 

 ふっと、少女の纏う威圧が分散した。

 光球は四散して粒子となり、きらきらと煌めいて空気に溶けていく。

 少女は青ざめた表情で顔を押さえ、うわ言のように呟く。

 

「――――力が……まさか……早すぎる……」

 

 二歩、三歩と、よろよろとよろめいて少女は顔を振り動かす。

 

「意識が――――安定しない……。こんな……」

 

 それを最後に。

 ぷつりと、糸が切れた人形の如く少女はその身を地に伏した。

 

「アカメさん……?」

 

 ジェノスの呼び掛けにしかし彼女はまるでこと切れてしまったかのようにぴくりとも動かない。

 

「――なんだかよく分からねぇが……」

 

 ぽつりと、呟いた。阿修羅カブトが硬直から動き出す。

 

「てめぇはムカついたから嬲り殺す!!」

 

 阿修羅カブトの皮膚が深い青へ変色し筋肉が盛り上がる。

 

「阿修羅モードォォォォオオオオオオッ!!」

 

「――――不味い! アカメさん!」

 

 わき目振らずに倒れた少女に飛び掛からんとする阿修羅カブトに、ジェノスは叫び、身を割り込もうとするが間に合いそうにない。

 無防備な少女の顔に振り降ろされる拳。

 

 ドガァン! と、爆音響かせ、彼方の壁がぶち破られたのはそんな時だった。

 

「――えぇっと、ここであってるんだよな? 進化の家」

 

 どこか緊張感のない声と共に現れたのは禿げた頭をした(ヒーロー)――サイタマの姿だった――。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

「――――メさん!」

 

 誰かに呼び掛けられ、ぱちりと眼を覚ます。

 何か、長い夢を見ていたような気がした。半ば微睡みの中、ぬっと顔を出したジェノスが視界に入った。

 

「んぁ…………?」

 

「アカメさん?! 大丈夫ですか!?」

 

 肩をがしっと掴まれ、前後に揺らされる。あばばばと流れに身を任せるままになっていると激しい吐き気に襲われた。

 

「だ、大丈夫だから……離して……」

 

「はっ! すみませんアカメさん!」

 

 言って手を離される。

 衝撃に覚醒へ近付き、明瞭になる意識で俺は周囲を確認する。

 質素な部屋に敷かれた布団。見慣れた天井は現在の俺の居住地であるサイタマのマンションだった。

 あれ? と首を傾ける。

 どうして今、俺はここに居る? そもそも俺はいつ寝たんだろうか。

 

 ハッキリしない記憶の混濁に首を捻っているとジェノスがおずおずと問い掛けてきた。

 

「もしかして……アカメさん。覚えていらっしゃらないのですか……?」

 

 その言葉に首肯する。進化の家に着いた辺りから記憶が曖昧だ。確か――なんか変なやつと戦ったような気もする。

 俺が正直にそう言うとジェノスは何故か渋い顔をした。でも覚えていないんだから仕方がない。

 ふと廊下から顔を出したサイタマが、

 

「お前、怪人にやられて気絶したんだよ。俺が倒しといたけど、今度から気を付けとけよ」

 

「うーん……分かった……」

 

 そう忠告されて俺は不明瞭に頷いておく。覚えていないが、俺はどうやら怪人に負けてしまったらしい。バツが悪くぽりぽりと頭を掻いていると切り替えるようにサイタマが言った。

 

「それより飯食べようぜ、飯。卵が安かったんだよ。今日はオムライスだからな」

 

「え、マジ?」

 

 途端、くぅと鳴る俺のお腹は現金なもので空腹感がどっと押し寄せてきた。

 眠気が完全に払拭され、素早く立ち上がった俺はテーブルの前に座ると――、しかし眼前に居たジェノスが妙に険しい表情をしていたのに気が付いた。

 

「ん、どうした?」

 

「アカメさん……」

 

 ジェノスは俺を見て僅かに逡巡する。まるで何か言いたいことがあるのに言葉が見付からずに迷っているようだった。

 

「貴女は――――」

「おーい! できたから皿用意してくんない?」

 

「はーい」

 

 ジェノスが何か言おうとしていたがそれもサイタマの呼び声に掻き消されてしまった。

 続きを促そうとするがジェノスはそっと首を振り、

 

「――いえ、やはり何でもないです」

 

 キッパリとした口調でそう言われてしまってはもはや言及することは憚られ、俺は胸に僅かなしこりを抱えたまま頷くことしか出来なかった。









最近、マインクラフトなるものにハマってしまいました。
あれ面白いね! 気が付いたら小説書く時間忘れて一週間経ってたよ! つまり私は悪くない。

※というわけでワクチンマンさん(ちゃん?)超強化回でした。原作より強くなってます。
 捏造ですが一応理由があって、地球の意思から作られた=地球のエネルギーを吸って強化しているというわけですね。エセ元気玉みたいなもんです。つまり地球温暖化が進んでいるのは全部アカメちゃんのせい。失望しましたタツマキちゃんのファンになります。


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10話

お待たせしました申し訳ありません


「……これは、どういうことだ?」

 

 地が抉れ、木々が溶けている。まるでこの世の終わりのような惨たらしい景色を前にA級六位≪ブルーファイア≫は青ざめた表情で呟いた。

 今朝、ヒーロー協会からの一報で前々から不穏分子として内偵を進めていた≪進化の家≫という組織に動きがあったと、急いでA級上位数名による精鋭チームが組まれ現地に来てみればこの有り様。実力ではS級にも引けをとらないとされているメンバー……ブルーファイアを始め、A級七位≪テジナーマン≫A級五位≪重戦車フンドシ≫までもが、その恐ろしい怪物が蹂躙した跡地のような光景を前に言葉を失い立ち竦んだ。

 

「これから調査を始めますが……これは……」

 

 ヒーロー協会からの研究員が言っておずおずと前に出る。一体、何を調べるというのだろうか。何もかも、溶け消えて無くなってしまったこの場所に、果たして調べる物など残っているのか。半ば自棄になってしまった思考でブルーファイアはそう考える。

 自分が最強などと奢り高ぶっていたつもりは毛頭なかったが、それでもこの光景は桁が違い過ぎた。仮にこれが人為的に起こされたものだとして、それを行った者がこの場に居たとしたら――――きっと自分は手も足も出ずに蹂躙されてしまうだろう。それが途方もなく恐ろしい。

 

「ほぅ……これはまた凄いな」

 

 静まり返る場に、突如聞き慣れぬ第三者の呟きが耳に入る。

 咄嗟に振り返ったブルーファイアの背後には見た目麗しい美青年が佇んでいた。

 

「――――アマイマスク!? 何故ここに……!」

 

「僕も召集されていたんだよ。ヒーロー協会にね」

 

 青年――A級一位≪アマイマスク≫の突然の登場に場のヒーロー達は皆一様に身を強張らせ、顔をしかめた。それもそのはず、アマイマスクは名に反した苛烈な言動で時おり他のヒーローを貶めるフシがあることは業界でも有名だ。同業者から基本的に好かれていない。アマイマスクを除いたその場のヒーロー達が咄嗟に警戒して敵意を向けてしまうというのは半ば必然的な出来事だった。

 

 しかし、アマイマスクは決して友好的とは言えない視線の中を涼やかな表情で横断する。ブルーファイアの横を通り過ぎると溶解した大地の元で辺りを見回した。

 

「ふむ、敵の気配は既にないな。死んだか、逃げたか……」

 

「調査ならもう十分だろう。あんたは大人しく帰ってテレビの撮影でもしててくれ」

 

 顎に手を当てて黙考していたアマイマスクにブルーファイアは辛辣に言葉を投げ掛け、周りのヒーローも同調したように頷く。しかしそんなブルーファイアを嘲笑うかのようにアマイマスクは肩を竦めた。

 

「――君たちの眼は節穴か? そこに地下へ繋がる階段があるじゃないか。恐らくそこが本丸だ」

 

「……何だと?」

 

 アマイマスクが指差した方向を見ると瓦礫に埋もれてはいたが確かに地下通路とおぼしき入り口が目に入る。てっきり嫌味と冷やかしを言いにきたとばかり思っていたが意外に周囲を観察しているらしい。アマイマスクは言葉を続ける。

 

「しかし、敵が居ないのなら僕の出る幕じゃないな。大人しく帰らせてもら――――」

 

 そこでアマイマスクは不意に言葉をと切らせ、その場にしゃがみ込む。

 

「――これは」

 

 そうしてアマイマスクが拾い上げたのは銀に輝く一筋の糸だった。太陽に反射しキラキラと煌めくそれはいつか見た、記憶にある映像と酷似していて――――、

 

「女の……髪? いや……もしや……」

 

 ぶつぶつとしばらく呟いていたアマイマスクだったが、やがて立ち上がると彼は手にした糸を丁重にハンカチの中に折り畳んでから胸ポケットにしまい込んだ。おもむろにスマートフォンを取り出すとアマイマスクは誰かに通話をし始める。

 

「――はい――それでは今日の撮影は――中止ということで――――失礼」

 

 ぷつりと、通話を切るとアマイマスクは不敵な笑みを口端に浮かべた。

 

「何もなければ午後からのドラマの撮影に戻るスケジュールだったんだが――気が変わった。僕もこの調査に同行させてもらうことにしよう」

 

 そう言ったアマイマスクの表情には何かを期待するような、あるいは待ちわびていた物をついぞ見付けたような、歓喜の色が滲み出ていた。

 

 降り立った地下、薄暗闇の研究室には紙の束が散乱としていた。生活感は感じさせないが、部屋は一定の清潔性を保っていて最近までここに人が居たであろうことが推測される。

 

「――解析、完了しました!」

 

「……やっとか」

 

 渋面でモニターを睨み付け、パソコンでカタカタと忙しくキーボードを叩いていた解析班の男がたっぷり一時間ほど費やしてから、一仕事終えたような爽快感満ちた表情でそう言った。

 それまで壁に背を預け、手持ち無沙汰にしていたアマイマスクは肩の凝りをほぐすように腕を回してから身を乗り出す。

 

「これは……監視カメラの映像ですね……。最後の記録、映します!」

 

「――――っ?!」

 

 言って、モニターに映し出された物を観てアマイマスクは息を呑む。

 映像は先ほど通った階段から続く地下通路の道を映したものだった。

 そこをしどけなく歩く一人の少女。何やら青年に支えられ、整った柳眉を苦しそうに寄せる少女の頬に絹糸のような銀髪が垂れ掛かる。

 がたり、と机を揺らしてアマイマスクはモニターに食い入った。

 

「アマイマスクさん……?」

 

 さながら花の蜜に誘われた蝶だ。横で胡乱げな顔を向ける研究員の呼び掛けも、今のアマイマスクの耳には届かない。

 

「――――見付けた」

 

 映像の少女の輪郭をなぞるように、モニターへ指を走らせてからアマイマスクはぽつりと呟いた。

 求め、待ちわび、渇望した物を、ついぞ見付けたかの如く。感極まったかのように熱い吐息を漏らしてから、一拍置いて続ける。

 

「――我々が、――――女神(ヴィーナス)

 

 口を孤の字に吊り上げる。そうしてアマイマスクは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

「知名度が低い!!」

 

「は?」

 

 進化の家にカチコミ――もとい潜入から数日。

 何か青ざめた表情で突然出ていったと思ったら帰って来て開口一番そう言い放ったサイタマの表情は心なしか平素に比べてどんよりとしていた。

 とりあえず何だコイツと怪奇な物を見るような目をサイタマに向けてみる。

 

「……俺がヒーローを始めてからもう三年経つ。いままで散々怪人だの悪の軍団だのを退治してきたが、誰も俺のことなんて知らないって言うんだ……」

 

「ほーん」

 

 さも深刻そうな顔でサイタマは語り始める。俺はといえばテレビを見ながら話半分に聞き流して煎餅をぼりぼりかじっていた。

 

「――まさか……先生! ヒーロー名簿に登録してないんですか?!」

 

「む、ひってひるほかひぇのふ(知っているのかジェノス)!」

 

 ジェノスの言葉に聞き慣れない単語が出たのを耳にして半ば反射的に訪ねてしまった。俺は口にくわえた煎餅をくいくいっと動かして続きを促す。

 

「いいですか? ヒーロー名簿とは――――」

 

 そこから始まるジェノスの長い話は要するにヒーローという仕事が正式に国として認められていて、協会によるテストを受けて、ヒーロー名簿に登録された者がヒーローを名乗っていいらしい。裏を返せばヒーロー名簿に登録してないのにヒーローを名乗っているやつは自称ヒーロー(笑)として世間から白い目で見られるそうだ。

 

「知らなかった……」

 

 サイタマが額に手を当てながら目に見えて落ち込んだ。

 それにしてもヒーローになるってのは存外厳しいらしい。協会のテストに合格が条件ってつまり面接もやるんだろ? 面接……会社……圧迫……何か急に頭痛くなってきた。ヒーローっていうのはもっとこう……夢なさ過ぎるだろ。

 

「ジェノスは登録してんのか?」

 

 顔をあげたサイタマがジェノスに向かって問い掛ける。こいつやけに詳しかったから登録してんのかと思ったらそうでもないようであっさり首を横に振った。

 

「いえ、俺はいいです」

 

「登録しようぜ!一緒に登録してくれたら弟子にしてやるから」

「いきましょう!」

 

 ジェノスの盛大な手のひら返しに俺は思わずがくりと肩を落とす。こいつ意見ころころ変わるなとジト目で見てるとその視線に気が付いたのがジェノスが俺の方を向いて言った。

 

「アカメさんもどうですか?」

 

「いや、俺はいいよ……」

 

 咄嗟に首を横に振った。ヒーローなんて安定しなさそうな仕事を本職にして貰える賃金なんてたかが知れてるのである。

 

「ん、そうか? でもA級ヒーローにもなれば給料倍増するらしいぞ? 一、十、百……」

 

 サイタマはそう言ってパソコンのホームページを指差したが、俺はふんと鼻を鳴らして否定する。

 どーせ月給十万とかそこらだろうと見遣った液晶の画面にはA級以上のヒーローの月給が……百……千……万を越えた辺りで俺は目を見張った。

 

「よし、行こうぜ! 今すぐに!!」

 

 斯くして俺たち一行はヒーロー登録を目指し、協会へ向かうこととなったのである。

 いや、まさか……社畜だった頃の俺の年収より多いなんて誰が思おうか。




※捏造。ヒーローのお給料
あれいくら貰ってるんですかね? 詳細ありましたっけ?


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