鶴日記 (くちばしにチェリー)
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#1

初投稿です。


 ○月×日 晴れ

 

 今日から高校生なので日記をつける事にした。小学生の頃にも書いてはいたのだが、内容を先生や両親に見られて止めてしまった。あの時は虐めの可能性を疑われたり、頭の病気を心配されたりしたので、私の中では苦い思い出として残っている。まぁ前世云々やら妖精さんが見える事やらを書いていれば、私だって正気を疑う。

 そう、私には二つの秘密がある。前世の記憶を持ち、更に『妖精さん』という摩訶不思議な生命体が見れるのだ。実にファンキーでクレイジーな秘密だろう、私が親なら泣いてるよ。

 前世の記憶については割愛する。一応成績で上位陣をキープ出来るのには助かっているが、逆を言えばその程度の恩地だ。それよりも妖精さんについて語るべきだろう。

 妖精さん……女学生や水兵の格好をした二頭身の小さな少女達だ。身長は数センチから十数センチ程度しかなく、しかもどういう訳か私以外に彼女達を認識出来る人がいない。その癖人工物の傍なら街の至る所にいるので、潰されたり飛ばされたりしてすぐ消えてしまう。彼女達との関係はそれこそ生まれてからの付き合いになるが、その儚さに慣れるまではかなり時間が掛かった。消えてもすぐ生き返るから心配するなとは当人達の弁だが、スワンプマン誕生の瞬間を目撃している身としては結構来るものがある。無理にでも助けようと躍起になっていた時期もあったが、回りの人に心の病気を疑われたり、必死になって説得する彼女達に折れて、今では何とか静観出来るようになった。気落ちするのは変わらないが……閑話休題。

 さて、そんな儚い妖精さんだが、実は色々と凄い。自分の身の丈以上の大きなものも運べるし、ちょっとした問題も一致団結して解決してくれる。何よりも凄いのはその技術力と生産力だ。自転車のタイヤ交換は朝飯前、棚から落としてバラバラになった目覚まし時計は五分で元通り、廃車寸前の車だって一晩で新車にしてくれる。そう、妖精さんならね。

 しかし同時に問題もある。妖精さん自身が認識されないので、誰がやったか全く分からないのだ。祖父の家にあった当世具足を完璧に磨き上げたなんて、祖先の祟りだと親戚一同を怖がらせてしまった程だ。じゃあ何もさせなければ良いと思うのだが、何もしなければそれはそれでストレスが溜まるとの事……どんだけワーカーホリックな種族なんだろう。

 長くなったので、今日はこの辺りで筆を置く。当面の目標はこの船に慣れる事と、妖精さんのストレス発散相手……もとい対象となる仕事を見つける事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 ○月□日 多分晴れ

 

 学園艦とは何か。『来るべき国際化社会のために、広い視野を持った人材の育成と学生の自主独立精神を養い、高度な学生自治を行うため、これからの教育は海上で行うべし』という教育方針の下、思春期の子供達を沖に流す為のクソでかい船の事である。しかも船の整備は学生任せ。一応教職員はいるし、定期的に港へ戻るとはいえ、三年で人員がすっぽり入れ替わるというのは恐ろしい。見えない所で雪達磨式に不具合が膨らんでいる気がしてならない。まぁそうならないように教職員の方々が目を光らせたり、碇泊中に本職の人がらが点検しているとは思うが、その負担を考えるとやっぱり厳しいものがあるんじゃないだろうか。こんな制度が全世界で導入されてるんだから正気を疑う。ノアの方舟にでも触発されたんだろうか。仮定に宗教と絡ませると若干納得出来そうなのがまた怖い。

 名前通り学園が一個だけポツンと乗ってるという訳ではなく、それを支える生活基盤も含めて大勢の人間と建物が乗っている。その為学園艦としては古い部類に入るこの艦でも、ちょっとした地方都市みたいな広さがあるのだ。そんな広い場所に来たのなら、探索したくなるのが男のサガというものである。

 結論から端的に言うと迷った。それも盛大に。妖精さん印のGPS端末は持っていたのだが、そもそも海上を移動する船の座標を知ってもどうにもならなかった。結局コンビニで買った紙の地図を片手にうろうろと探索し続け……最終的に青服のソルジャーのお世話になった。そりゃあ三次元ディスプレイ端末とか普通持ってないよね。咄嗟に「学校で試作中の端末です」って言ったけど、新入生がそんなの持ってる訳がない。しかも私普通科だし。納得したような顔で頷いた純なソルジャーさんに軽く胸が痛んだ。

 その甲斐もあって、甲板……というか地上部の立地は大体覚える事が出来た。マッピングした内容は端末の方にも記録したので、もう迷う事はないだろう。

 

 ……あ、艦内の探索してない。

 

 

 

 

 

 ○月△日 妖精さん曰く晴れ

 

 仮入部した部活で妖精さんがやらかす。いや、全面的に妖精さんに罪を被せるのは良くない。私もちゃんと忠告しておけば良かったのだ。今となってはもう遅いが。

 事の始まりは妖精さんのストレス解消にと、機械弄りが出来そうな自動車部に仮入部した事だ。自動車の試運転をさせて貰ったり峠攻め中の助手席に乗せて貰ったりと、実に有意義な時間を過ごした。しかし現在使っている車があるという事は、当然廃棄予定の車もある筈……と、先輩方に無理を言って見せて貰った。

 あったよ! 廃車が!

 全部で三台。タイヤが無かったりドライブトレイン抜かれてたりしたが、一台に纏めてしまえばおつりが出るレベルだ。早速弄らせて貰うよう頼み込み、先輩方が他の仮入部員の相手をしている間に妖精さんを遊ばせた。私だけになったガレージで、ぼーっと作業を眺める。それなりに幸せな時間だ。何せ小さな妖精さんが大人数で機械を弄る姿は見ていて退屈しない。妖精さん自身が可愛らしい外見をしているのもあるし、何よりも機械という無骨な物体が次第に形を変えていくのは、何というか男心をくすぐるものがある。

 そして出来上がった物がこちらになります。思わず頭上で指をクロスさせたくなるエンジンが出来上がった。一気にレストアすると訝しまれる可能性があったので、今日はエンジンだけに焦点を絞って貰ったのだが、それが逆に仇になった。一点特化した結果がこれだよ。しかも外観まで完璧に再現した所為か、無茶なツギハギも見られない。どうやったら赤錆だらけのパーツからそんな物が……妖精さんの技術力の凄さを改めて感じた。

 経過を確認しに戻ってきた先輩の表情が凄い事になった。驚愕、忘我、畏怖、笑顔。凄いね、人間って短時間にこんなに表情変わるものなんだ。ただそうしてじっくり人間観察を続けたのは不味かった。何だ何だと先輩が増えて同じ末路を辿り、不味いと感じた時には既に遅く、危うく部室監禁の憂き目になる所だった。この時ほど新入生という立場に感謝した日はない。

 結局先輩達に出来たのは、私に入部届の紙を持たせる事だけだった。渡された時に手がミシミシ言って、未だに跡が残っているのは忘れよう。妖精さんの楽しそうな姿を見られたのだから安いものだ。それに入部自体はするつもりだったし、これも渡りに船と思い込もう。何事も前向きな姿勢が大事だ。

 

 後日入部する代わりに作業風景は見ないで欲しい旨を伝えると、入部初日にして『鶴さん』というあだ名を貰った。今の所、特にこれといった恩は頂いてないんですが、それは。

 

 

 

 

 

 ○月○日 室内は晴れ

 

 実力試験の洗礼を受ける。入試の内容とはまた違った難しさがあり、本当に自分達がどれくらいの頭を持っているのか確認しているかのようで、実に新入生らしい試験内容だった。

 やはりと言うか何と言うか、早々に試験を受けるとは思っていなかったのか、クラス内でも試験内容の話題で持ちきりだった。つい数日前までは初対面同士でおっかなびっくりな会話を交わしてたのが嘘のようだ。もしかすると初対面同士の緊張を和らげる為に、学園側が用意した話題の材料だったのでは……と思わず邪推。中々考えられている。

 そうそう、こんな偏屈な私にも友人が出来た。妖精さんではない、人間の友人だ。小学生の頃にやらかし、そのまま中学生の時までずっと腫れ物のような扱いを受けていたこの私にだ。それだけこの感動も一押しだ。前世の記憶がなかったら間違いなく妖精さんに依存してしまい、話しかけられたとしても返事を返せないまま、灰色の高校生活を過ごす事になっていただろう。

 会話の話題はやはり試験の内容だが、そこは男子高校生。クラス内で好みの子はいるか、可愛い奴はいるか、ソイツはどんな子だ等など……異性への興味は尽きない様子だ。私は妖精さん一筋なので関係ないが、話題に乗らないのも不味いので丸山さんを挙げておいた。無表情でボーっとしている事が多く、何処となく妖精さんに通じるものがあった。仲の良さそうな女子グループの中にいても完全に聞き役に徹していたが、僅かな表情の変化は見ていて中々に楽しいものがある。妖精さん通訳一級の私からすれば、無表情などあってないようなものだ。

 その旨をやんわりと友人等に伝えると、若干引かれた。普通はそこまでじっくり見ないとの事だ。解せぬ。

 

 

 

 

 

 ○月☆日 ガレージの中は晴れ

 

 自動車部に通うことになってから軽く数日が経つ。車の心臓部と言える部分は完成してしまったので、今はちょくちょくと車としての形を整える作業が続いている。作成したエンジンは、讃えられる存在に相応しいだけの大きさを誇る為、それを収める車体が余っていないのだ。赤錆びたスクラップ車のボンネットを取っ払い、不釣り合いなほど大きなエンジンが飛び出している様は、素人目線でも最高にイカしてる(MAD MAX)と思う。明らかに正規のものではないので、公道を走れば一発で御用だろう。

 初日と打って変わって遅々とした作業に、先輩達はもやもやとしたものを感じているようだった。しかし、後々問題が多発するようなものを作る訳にはいかないので、今は慎重に作業しているという、日本人特有の先延ばし論により納得してもらう。実際少しずつではあるが、作業自体は進んでいるのだ。渋々といった形で納得して貰った先輩達には悪いが、完成までにはもう暫く時間がかかるだろう。

 妖精さんとは初日の晩に軽くオハナシしておいたので、いきなりF1カー作るような事態はもうない。聞いた話によると、やはりと言うか久々に大型の機械に触れる事が出来て興奮していたとの事だ。妖精さんとしても、初日のふっ飛ばし具合がどれだけのものか理解したらしく、今は非常に大人しく作業を続けている。私の方も、妖精さんがどれくらいのペースで作業すればストレスが溜まらないのか再確認したので、抑え過ぎて爆発……といった事態は避けられるだろう。

 だからガレージから出る度に完成したかどうか聞くのは止めて頂きたい。目が異様にキラキラしてて怖い。てか完成した所で公道走れる訳ないじゃないですかーやだー。

 

 

 

 

 

 ○月↑日 艦内は何時も晴れ

 

 学園艦探索リベンジ。艦内マップは予め学校の図書室で端末に落とし込んでいたので、先日の二の舞にはならなかった。むしろ船舶課の人達に見つからないよう、潜入ごっこしたレベルである。無意味な行動? 突発的な奇行は人間誰しも持ちあわせた感性だ……持ち合わせてるよね?

 一応原因というか、理由はある。地上で艦内への入り口を探している最中、何者かにずっと背後をつけられていたのだ。妖精さん印の端末が警告音を発していたので間違いないだろう。決して私が統合失調症という訳ではないと思う。いや、でも『妖精さんが見える』『奇行に走りたくなる』『誰かにつけられている気がする』というのは症状として合致するし……うん、違うな。違うという事にしておこう。四方八方がクッションでコーティングされた部屋にぶち込まれるのは勘弁して欲しい。

 艦内に入ってからは前記した通り、潜入ごっこする事で上手く撒く事が出来た。曲がり角や部屋が多いと、隠れる場所に事欠かなくて助かる。ついでにつけていた人物の姿も確認したが、残念ながら見覚えはなかった。身長百六十弱、激しい癖毛が特徴的な少女……いや、今の私と比較したら私より少し上くらいか。もっといかつい黒服のお兄さんを想像していただけに、何だか拍子抜けだった。

 事前入手した艦内マップを元に一通りの探索を終えた後、未だこちらを探していると思われる少女と改めて接触。曲がり角で声をかけ、盛大に驚かせる事に成功した。ふはは怖かろう。

 割と最悪の部類に入るファーストコンタクトだったので一先ず謝罪し、次いでこんな所で何をしていたのか問いかけた。つけられていたのは分かっていたが、面と向かってそれを問う勇気は私に無い。ヘタレですまんな。

 やや視線を逸らす少女に妖精さんから卓上ライトが向けられた。警察の格好してる所からして取調室ごっこか……と微笑ましい気持ちでそれを眺めていると、やや上ずった声が上がった。自供の前兆である。

 さて、どうも追跡者の少女……秋山先輩は先日の一件を見ていたらしく、私から何か怪しいものを感じ取ってつけていたそうだ。怪しまれる要素については当てが有り過ぎてどれか分からなかったが『スパイとかそういう類だと思っていた』との言葉を頂き、合点がいった。

 妖精さん印の端末である。

 そりゃあ三次元ディスプレイってそういう映画の技術だもんね。でもこんな学園艦に潜入する必要って無いと思うんだ、私は。

 そんな感じで、先ほどまでとは打って変わって、端末の機能や出所元について根掘り葉掘り聞かれた。無骨な外見が琴線に触れたのか、秋山先輩の目が凄いキラキラしていた。この目知ってる、自動車部の先輩の目だ、コワイ。前者についてはともかく、後者については禁則事項で押し通させて貰う。妖精さん云々を伝える訳にもいかないので当然の処置である。予想通りというか、秋山先輩の気分はジェットコースターのように急降下。笑顔で端末に浮かんだ学園艦をくるくる回していたのが嘘のようだ。凄いね、女性って。卑怯だよ。それだけで心にぐさぐさ来るもん。泣くぞ私も。

 結局、同じようなものを今度渡す事で手を打った。原材料は秋山先輩持ち、加工は妖精さん任せである。材料は百円均一で買い揃えるので、彼女の財布にもそこまでの打撃にはならない。お手手繋いだ野口英世を三人も生贄に捧げれば、望んだ外観の端末にする事だって出来る。つくづく常識破りな技術力だ。

 今泣いた烏がもう笑うとは言うが、その時の秋山先輩の笑顔の眩しさったなかった。妖精さんが記念撮影(盗撮)するレベルである。私は罪悪感で寿命がマッハだ。凄い安価で作れるのに、出し渋った所為だろう。本気で浄化して消えそうだった。

 端末については後日渡す事になったので、本日は連絡先を交換してお開きとなった。中々に濃厚な一日だった気がする。

 

 

 

 

 

 ○月↓日 空は晴れたが心はそうじゃない

 

 普通科の選択科目について、オリエンテーションを受ける。ウチのクラスの男性陣はオリエンテーション内容よりも生徒会メンバーへの関心が高いようだったが、私はその内容に驚いた。

 だってさ、戦車道って何よ。

 これまで妖精さんにかまけていたので、世間の情報に疎いのは自覚していたが、それでも戦車道というのは初耳だった。しかも淑女の嗜みって……脳はご無事か。てか何で皆そんな受け入れてるの。戦車と男子が合わないってどういう事よ。無骨な戦車に筋肉モリモリマッチョマンの変態でセットなのが最強じゃないの? 戦争映画もそういうの多いし。

 疑問符が間欠泉のように湧き続ける中、オリエンテーションは続く。大洗学園も数年前までは戦車道が盛んだった事。戦車でバンバン撃ちまくれば男性にモテる事。乙女と戦車の組み合わせは最高である事等など……いよいよもって訳がわからない。戦車道が女子専用の選択科目ってどういう事だ。実弾使うとか危なくないのか。男子はどうしてこの異常事態を静観して、普通に女性ウォッチングが出来るのか。

 生まれてから久々に受けたカルチャーショックに思考回路が空回りしたらしく、気付けば私は学園の保健室にいた。どうもオリエンテーション中に気を失ったらしい。保健室の先生曰く、オリエンテーション中に気絶する生徒はそう珍しくもないとの事。そりゃあ空気が震える程の爆音で映像流したらそうもなるよ。誰だってそー……ならないんだな、ここの世界は。

 教室に戻ると気絶した事をからかわれたが、軽くおどけてみせる事でスルーする。変に否定すれば『そういう奴だ』という認識が定着してしまうので、笑い話にして流すのが正解だ。実際は全くもって笑えない事だらけだが。

 放課後、部活を休んで図書室で戦車道について調べてみた。すると関連書籍が出るわ出るわ。戦車道のルールや概要について三行で纏めてみるとこんな感じだ。

 

 ・女性が戦車乗ります。

 ・実弾使って相手戦車にぶち込みます。

 ・判定装置あるし、特殊カーボンの装甲使ってるから安全です。

 

 ……何これ。

 ついでに男性が戦車道を取れない理由も調べたのだが、『戦車なんぞ乗ってんじゃねえ!』という、どっかの若○みたいな理論が見つかった。要するに婦女子はか弱いから戦車に乗って守られるべきであり、益荒男は裸一貫であるのが華みたいな風習が古くからあるのだそうだ。なるほどと若干納得しかけてしまった自分がコワイ。しかし、こちらで異質なのは自分である。郷に入れば郷に従えの精神で慣れていくしかないだろう。

 幸いな事に、戦車道は女子専用の選択科目だ。男の私が関わる事はまずない。精々変わった科目がある、妙な文化がある程度の認識で良いのだ。

 

 問題は……妖精さんがキラキラした目で調べた資料を見てた事である。そっか、妖精さんも女の子だもんね。でもやめてね。どうやっても乗れないから。

 

 

 

 

 

 ○月→日 雨のち晴れ

 

 ウチのクラスで生徒会派閥争いが起きる。ただ単にどの子が可愛いか言い争ってるだけだ。先日はクラス内、今日は上級生。多分来年辺りは新入生でこんな争いが起きるんだろうなと静観した。

 一番多いのは生徒会副会長、次いで生徒会広報、そして生徒会長……大きさの順序かな? 思春期の野郎が惹かれる要素ではあるが、もう少し他に見る所あるんじゃないか? ……と言いかけたが、確かに副会長はおっとりした空気を纏ってたし、そう悪い人ではないのだろう。広報の人は厳格な雰囲気を纏っていたが、広報派には『それが良い』『罵られたい』という人が多かった。たまげたなぁ。生徒会長派については大変よろしくない表現が含まれていたので記する事はない。他人の性癖に文句を言う権利はないが、彼らにはまともな人生を歩んで欲しい。

 私も誰が良いか問われたが、途中退場したので覚えていないと無所属を通した。そのお陰でこっちが良い、この子が素晴らしいとの意見が集まったのだが……やはり異性として人を見るのは苦手だ。人を人として見てはいけないのだろうか。

 

 やはり私は妖精さんの方が良い。

 

 

 

 

 

 ○月←日 飴のち晴れ

 

 自動車部の先輩達が生徒会役員と喧嘩してるのを見る。どちらかと言えば先輩達が一方的に怒鳴っているだけで、役員の方はしれっとした顔をしている。

 音量全開なお陰で聞き耳を立てる必要もなく情報が入ってくるが、どうにも生徒会側が無茶な要求をしてきた様子。曰く『自動車整備が出来るなら、戦車だって出来るでしょ?』……パンが無ければ何とやら並の暴論である。戦車道を復活させたは良いが、急拵えで必要なものがろくに揃っていないらしい。先輩達が猛反発するのも無理からぬ事だろう。

 しかし役員の方も本気らしく、断れば廃部の可能性まで匂わせていた。これは不味い。妖精さんの憩いの場ばなくなってしまうのは私にとっても痛手でしかない。思わず飛び出し、問い詰めた私は悪く無いと思う。

 いきなり廃部とはどういう事だ。自動車と戦車が本当に同じものだと思っているのか。何故戦車道を取っていない此方にまで皺寄せが来るのか……等など。大体言っている事は、先程先輩達が口にしていたのと同じ言葉だった。後先考えずに喋るとこうなるという悪い例だ。役員の方はどの質問に対しても黙して語らないのだから、二番煎じになるのは仕方のない事だろう。

 そうして問い詰めている内に、不意に腕を掴まれた。この握力には覚えがある。初日に入部届を持たせた人だ。どうやら『それ以上いけない』らしい。アームロックする一歩手前にでも見えたんだろうか。先輩達に止められてはそれ以上強く言えないので、渋々引き下がった。

 先輩から出て来た言葉は「やる」の一言だった。本気か。戦車整備の知識あるのか。そもそも自動車と一緒くたに考えられて良いのか。多くの疑問が降って湧いたが、先輩は本気のようだった。掴まれた時の力の入りようから、入部したてのぽっと出の私が感じたもの以上の感情を抱いているのは間違いない。しかしそれでも「やる」と言ったのなら……これ以上私が口出しするのは無粋というものだろう。

 その答えを聞いた役員はそそくさと立ち去った。もう少し何か嫌味を言われるかと思っただけに拍子抜けだ。私は先輩達に感謝されたり謝られたりしていたので、小言を言う暇もなかった。何で感謝されたのかは未だに分かっていないが。

 後々考えてみれば、これは良い機会なのではと思えてくる。妖精さんはストレス解消が出来て、生徒会は戦車の整備を任せられる。問題は妖精さんの存在を誰も知らないという事だが、これも自動車部と部員の私という隠れ蓑があるお陰で何とかなる。常に私が整備しては怪しまれるので、先輩達にも少し頑張って貰うが概ねは私担当で良いだろう。

 微力と言わず、やるからには全力でやらせて頂きます……と、妖精さんからも心強い言葉を貰った。自動車部には存分に恩返しさせて貰うとしよう。




日記は三日坊主になるので続かない。


・妖精さん
衰退してる方じゃなくて艦隊擬人化の方。

・スワンプマン
一人の人間が死んで同一の存在が生き返った場合、それは同じ人間と言えるのかという哲学的な問い。

・学園艦
じゃけん思春期の子供達を島流ししましょうね~。

・大洗学園
共学とかいう改変。

・青服のソルジャー
多分白黒の自動車に乗ってる人。

・マッピング
病気の一種。

・あったよ! 廃車が!
でかした!

・頭上で指をクロスさせたくなるエンジン
讃えよ崇めよ。

・オハナシ
魔法は使えないのでただの正座。

・四方八方がクッションでコーティングされた部屋
ターミネ×ター2参照。


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#2

需要はあるようなので初投稿です。


 □月±日 概ね晴れ

 

 朝起きると枕元に紙の束が置かれていた。妖精さんに目を向けると、笑顔でサムズアップされた。

 登校前に軽く流し読みしたが、書かれていたのは戦車整備に必要な品物のリストだった。しかも何れも戦車道連盟公認の物である。これならどんな戦車を押し付けられようと、対処のしようがある。むしろこれを弄ったら反則なので、生徒会が出し渋れば喰い付く良いネタになるだろう。

 妖精さんが整備するのなら代わりの機械類を用意して貰えば事足りる。しかし後々面倒な事になるのは目に見えているので、先手を打ってこれを作ったのだろう。一晩でこれだけのものを仕上げる辺り、妖精さんの気合いの入りようが窺い知れる。労いの言葉を投げかけると敬礼を返された。これから先は私の仕事らしい。寝間着姿のままリストアップされた正規品の発注許可と経費請求の書類作成を急いだ。早寝早起きの習慣をつけていて良かった。

 登校早々に仕上げた書類を生徒会に渡し、放課後に先輩達へ報告した。行動力の速さに驚かれたが、選択科目の提出期限までもう時間がないのだ。準備をするならこれ位フットワークが軽くないと危うい……とその場では伝えておいた。実際は妖精さんの仕事を滞らせたくないだけだが、私情なので伏せておく。言わなくて良い事もあるのだ。

 

 

 

 

 

 □月§日 大嶺晴れ

 

 戦車関係の知識を仕入れようと、本学園艦にあった戦車専門店に足を運ぶ。専門書籍と関連雑誌数冊購入し、結果諭吉二名が殉職した。学生にはかなり手痛い出費だ。

 自動車部で回し読みすれば経費で落ちるだろうかと思案していると、見知った顔に出会った。秋山先輩だ。購入したばかりの書籍と私の顔を交互に眺めると、いきなり笑顔で詰め寄って来た。割と本気で怖かった。涙腺が緩かったらマジ泣きしてたよ。

 暴走もひと段落つくと、今度は盛大に凹み始めた。やはり女性というのは浮き沈みが激しいらしい。一先ず誤解というか、これらを購入するに至った経路を軽く説明する。勿論、生徒会との軋轢については端折り、当たり障りのない部分のみを……である。他人間にある問題など、聞いてて気分の良いものではないだろう。

 当たり前かもしれないが、秋山先輩は若干の難色を示した。もしやと思い聞くと、やはり戦車道を選択していたとの事。成程、今頃になって専門書を買っている奴が、本当に整備出来るのか疑問なのだろう。私もそう思う。しかし出来なければ自動車部は廃部、戦車道は整備のツテ無しという共倒れになってしまう。故にさっさと技術力を付けて説得力を高める他ないのだ。

 主に私と先輩達が。

 地力は妖精さんの仕事を奪う事になるので特に気にしなくて良いと思う……と、そんな本音100%で話せれば良いのだがそうもいかない。かといって悪戯に不安がらせるのも宜しくないので、適当に誤魔化す事にした。

 取り出したるは妖精さん印の端末。先輩のはまだ作成途中ですが……という前置きでそれを見せびらかす。それだけで全てを察して「そうですよね!」と笑顔で返してくれる秋山先輩に心が痛んだ。凄い痛んだ。ピュア過ぎるでしょう、先輩……。

 苦し紛れに「戦車は専門ではないので、これからも御指導下さい」と口にすると、笑顔の輝きが1.5倍増しになった。そして始まる青空教室……思わず数秒前の言葉を反芻した私は間違っていないと思う。今とは言ってないんですが、それは。

 ……まぁ何はともあれ、この先あっても無駄になる知識ではないので、しっかりと拝聴させて頂く。願わくば、この知識が無駄にならない戦車を寄越して欲しいものだ。

 

 

 

 

 

 □月¶日 晴れる↑ん↓だね

 

 校内放送で生徒会に呼び出される。数名に写真を頼まれたが、どう考えても無理な頼み事なのでお断りする。妖精さんが撮ればいけただろうが、火薬庫に火を持ち込むような真似はしたくなかった。

 呼ばれた理由は先日の書類についてだった。戦車の種類に依らない、戦車道に必須な物だけをリストアップしただけあって、許可自体は実に呆気無く降りた。ただし戦車道を選択している生徒数から、発注数は戦車五台分までと釘を刺された。ついでに広報の片眼鏡さんに『用意周到な事だ』とのお言葉を頂く。褒めてるのか嫌味なのか分からないなこの人。

 ついでだったので、先日購入した書籍の領収書を取り出して、こちらも経費で落ちるかどうか確認してみた。雑誌はともかく、専門書の方は何れも戦車整備に重みを置いた書籍なので、私達自動車部だけでなく戦車道の人にとっても無駄な知識にはならないはずだ……と諭吉二名の死者蘇生を試みた。しかし、やはりと言うか難色を示された。まぁ此方としても、突発的な出費の請求ですんなりと経費が貰えるとは思っていなかったので、当然と言えば当然だろう。

 ただ、難色を示した理由は他にもあった。曰く『男の買った物を回し読みするのは抵抗がある』との事……。

 乙女か。

 思春期バリバリの乙女か。

 父親の衣類と自分の衣類を一緒に選択したくなくなる年頃の乙女か、その通りだよ畜生め。

 正直その返しは予想していなかったので結構動揺した。言った当人も失言だと思ったのかすぐに謝罪してくれた。その謝罪に免じて『ないない尽くしの現状で何を言っているんだ』という言葉は私の心の中にしまっておく。

 戦車道の主役は女性だ。彼女達のモチベーションを下げる要素は出来る限りなくすのが正解である。私も本当なら整備の方から身を引くべきなのだが……妖精さんの為にも、それだけは譲れない。逆に言えば、それ以外についてはなるべく女性の意見を取り込むべきだろう。

 結局、書籍の経費については保留となった。生徒会の方でそれらの内容を確認した後に、戦車道の生徒の数だけ購入するかもしれないとの事である。諭吉蘇生の日は近い。

 

 

 

 

 

 □月~日 気候操作:晴天

 

 選択科目の締め切りが近かったので提出。科目は忍道を選んでおいた。戦車道もそうだが、こういうぶっ飛んだものを科目として認めているこの学園が少し心配である。

 やはりと言うか、忍道を選択した男子は多かった。一瞬で火をおこしたり、水を出したり、影分身したりしてみたい……という理由が大多数を占めていた。かくいう私も、選択した理由は『何か面白そう』という単純明快な理由だ。彼らの動機とほぼ変わらない。これは落選も思慮に入れて、第二希望も考えておいた方が良いだろう。

 それなら仙道か合気道なのだが、前者は何を習うのか本気で予想がつかない。これ取ったら仙人にでもなれるんだろうか。選択科目で必修ではない所を見ると、大洗学園は仙人を量産させる為の隠れ蓑だった……? などと馬鹿な事を考えてしまう。そして運が悪い事にこの馬鹿な呟きが友人の耳に入ったようで、教室は仙道の話題でもちきりになった。意図せず第二希望の方も埋まりそうで困った。伝染って怖い。

 放課後先輩達に聞いてみたが、この仙道という科目は肉体と精神の鍛錬法……つまり完全な自己鍛錬に重きを置いているそうだ。授業を進めている内に、当人一人一人の能力によって方向性も変わる為、これといった定石の内容がないらしい。一つ分かった事は、担当の教職員は頭の長いお爺ちゃん先生という事ぐらいである。

 ……本物じゃないよね?

 

 

 

 

 

 □月⌒日 晴れるには良い日だ

 

 思いもよらない人と出会う。厳密に言えば人ではないが、それは些細な問題だ。

 本学園艦の妖精さんだ。地上部のテラスで海を眺めている所を見つけた。前に記した通り妖精さんは人工物の傍なら何処にでもいるのだが、逆を言うとそうでない場所にいる事はまずない。ましてや海のすぐ隣のテラスとなれば、迷子かそれとも消えかけかのどちらかである……そう思っていたのだが、その妖精さんには当てはまらないようだった。

 私のように見える人と出会うのは、学園艦の妖精さんも初めてだったらしく、声を掛けると酷く驚いていた。携帯で電話するフリをしながら会話を試みる。最初は単なる勘違いかと思っていたようだが、私が何度かジェスチャーで反応を返すと、ようやく理解してくれた。ありがとうと浮かべた感謝の笑みは、非常に可愛いかった事を記しておく。

 妖精さん達は喋る事が出来ない。代わりに表情や挙動が豊かで、言葉がなくても何となしに彼女達の言いたい事が理解できる。しかし学園艦の妖精さんは長い事会話をしてこなかったようで、若干表情が硬かった。歴史の長い学園艦故の弊害だろう。

 街を歩き回ったり、艦内を探索した事を話すと感謝された。どうも最近はそういった好奇心旺盛な人が少ないようで、人によって生活圏が限定され過ぎているのが彼女の悩みらしい。まぁ地方都市並の大きさを誇る艦を丸ごと見て回ろうなんて酔狂な輩はまずいないだろう。

 それから暫く他愛もない話を続けた。高校からこの艦に入った事、妖精さんの為に自動車部に入部した事、戦車道なるものが復活する事等など……私の話が続くにつれ、妖精さんの顔は喜色を帯びていった。理由を聞けば、戦車道の復活が嬉しいとの事。流石女の子。『これはまだまだ終われない』と妙に意気込んでいたのが印象的だった。

 またここで会うことを約束しその場はお開きとなった。彼女のように喜ぶ妖精さんがいるのなら、戦車道も悪く無いのかもしれない。

 

 

 

 

 

 □月※日 忍法晴天の術

 

 無事忍道に当選し、授業を受けた。まさかこの科目で一日が埋まるとは思わなかった。書類にもう少し目を通しておくべきだったと軽く後悔。

 選択した生徒達の自己紹介を終えて始まった授業は、案外地味だった。まぁ初日から吹っ飛んだ授業をする訳でもないのだが、この緩やかな空気は謝罪する某忍者漫画ではなく、某忍者の卵漫画を彷彿とさせる。いや、前者だったら人死が出てるからこれで問題はないんだが、戦車道という危険極まりない科目と並ぶ授業なら、ある程度の危険は考慮しておいた方が良かったかもしれない。

 忍道は『忍者八門』と呼ばれる八種類の必修科目があり、それらを満遍なく学習していく。しかし一年で学べる事はごく僅かなので、例え三年間この科目を選んだとしても、本物の忍者になるのは一握りしかいないとの事だ。本物の忍者って何だ。周りの人は先生なりの冗談と思いクスクス笑っていたが、先生の目はマジだった。ついでに先生の傍で腕を組んで仁王立ちしていた妖精さんも本気だった。触れてはいけないものに触れてしまった気分だ。

 午後は座学から実技へと移り、早速体力作りという事で校庭を走らされた。幸い体力には自信があったので、授業が終わるまで黙々と走り続ける。非常に地味だが、走る時間は体育とは比べ物にならなかった。死屍累々の中私だけピンピンしていたので、先生にお褒めの言葉を貰った。目をつけられたかもしれないと思うと、後が怖かった。

 疲れた身体を引きずって自動車部に行くと、難しい顔の先輩達と出会った。どうもまた生徒会に戦車道関連で無茶振りされたらしい。曰く『発見した戦車を明日までに集めておけ』との事。場所を記された地図を見たが、どれもこれも酷い場所に置かれていた。横暴もここまで来ると逆に清々しい。

 部のレッカー車は使えない。自動車の後輪を利用するレッカー車では、戦車の前方を釣り上げたとしても、ずるずると履帯を引き摺る事になるので跡が怖い。戦車用の牽引車……この間の書籍に載っていた装甲回収車、あるいは回収戦車があれば話は別なのだが、生憎とそんなものはない。当然ながらクレーン車のような特殊車両も置いていない。というか、部所有のレッカー車がある時点で驚くべき事なのだ。

 結局、雑木林にあった戦車一台をレッカー車で引き摺り出し、残りは明日改めて回収する事と相成った。道路を挟まない場所に置いてあったのは僥倖と言えるだろう。しかし先輩達の顔色は晴れない。明日の事を考えると当然である。

 

 やることがあるので、今日はこの辺で筆を置く。

 

 

 

 

 

 □月〒日 晴天が、終わる。

 

 体調不良という名目で学校を休んだ。忍道の初授業の後はよくある事らしいので助かった。お陰で午前中一杯を睡眠時間に当てられた。

 昨夜日記を記した後、妖精さん達を連れて戦車回収に向かった。途中、道行く妖精さん達に声を掛けながら手を貸してくれそうな妖精さんを募い、一台ずつ戦車を回収したのだ。幸いな事に、仕事に飢えている妖精さんは存外多く、予想以上の人員が集まった。人ではないという注釈はなし。

 最初は一番面倒な崖の戦車から始めた。切り立った崖の中腹辺りに裂け目があり、そこに突っ込んだと思われる戦車だ。見付ける方も見付ける方だが、どうやったらこんな所に突っ込めるのか甚だ疑問だ。

 ロープで崖上から牽引するのは危険なので、妖精さんお手製の即席パラシュートを使い、崖から投げ飛ばす。着地点は妖精さんが先回りして、木々をロープで結んで簡易的な網を作ってくれている。どのみち修理する事になるのだから、ある程度の損害は承知済みだ。

 戦車が木々をなぎ倒して着陸する様は軽く壮観だった。しかしそれに見合うだけの音も響かせてしまったので急いで移動する。大勢の妖精さんが戦車の下に潜り込み、神輿のように担ぎ上げての運送は存外早かった。耐久力は無きに等しい妖精さんだが、その筋力は馬鹿に出来ないのだ。

 続いてウサギ小屋でウサギの遊具と化していた戦車だ。これを出す為には檻の一面を外す必要があり、ウサギを逃がさないよう注意する必要がある。そこで取り外す檻の上半分で柵を作り、ウサギ達を一箇所に集めて柵を立て、改めて戦車を運び出した。

 その時私も初めて知ったのだが、どうやらウサギにも妖精さんが見えているようだった。そのお陰で、妖精さんの邪魔をするウサギを止めるのに、思った以上に手間取った。今まで私が見ていたのは、猫に追い掛け回される妖精さんだけだったので、もしかすると動物には妖精さんが見えているのかもしれない。

 最後は池の中にあった水没戦車だ。水の中にあるとはいえ、不思議生命体の妖精さんには陸地も同然。地図に示された場所を総動員させてだけで済む……筈なのだが、生憎と日の出まで時間がない。早朝とはいえ、妖精さん達が戦車を運んでいる姿を見られるのは不味い。一般の人が見れば、戦車が空中浮遊しながら動いているように見えるのだ。それを目撃されるのは非常に不味い。

 水中では妖精さんの目で目視出来る範囲も限られている。悠長に探索している時間はない。もし見られてしまえば……そう考えると、私はいつの間にか池に飛び込んでいた。

 寒かった。

 割とマジで死ぬかと思った。

 寒がりの癖に無理すんじゃなかった。

 しかしその甲斐あって、戦車の早期発見に繋がった。後は妖精さんを呼んで引き上げるだけだ。水を吸って重くなった服を絞り、引き上げを待つ。日の出までもう少し時間がある……と油断したのがいけなかった。

 悲鳴が上がった。

 その元へ視線を向けると、懐中電灯を片手に半泣きのおかっぱ少女がいた。風紀委員である。思わず『見たな』とどこかでありそうな台詞を呟く。寒さとテンパり具合も相まって、自分でも驚く程低い声が出た。すると見事な回れ右と共に全力疾走で逃げられた。一瞬追いかけようかと馬鹿な考えが浮かんだが、どちらかと言えば追い掛け回されるのはこちらの方である。

 応援を呼ばれるのも不味いので、妖精さん達に作業を早めるように伝えてこちらも逃走。ある程度距離を置いた所で、池の方角から多数の明かりが見えた。まさに間一髪だ。

 全車両を戦車道のガレージ前に並べ、妖精さん達とはその場で解散となった。一晩で酷使させ過ぎたかとも思ったのだが、逆に満足気な顔で感謝された。戦車に触れるのも、仕事を任されるのも、久々で楽しかったと素晴らしい言葉を頂く。思わず目頭が熱くなった。

 

 恐らく今日も『明日までに整備しろ~』何て無茶な注文を言われるのだろう。それまでに体力は回復させておこう。

 

 

 

 

 

 □月‥日 曇るのは、晴れるためだ。

 

 予感的中。マジでそんな注文投げてくるとは思わなかった。思わずガレージの壁を殴ったが、私の拳が砕けただけで意味はなかった。

 午前の授業を休み、午後になって登校し、部活動にだけ顔を出すという自堕落的大学生スタイルの私を待っていたのは、生徒会広報の片眼鏡さんからのそんな無茶振りだった。眼鏡落ちろ。幸いにも戦車の清掃は一通りやってくれているそうだが、その他内面的な部分を丸投げする辺りに苛立ちが募る。眼鏡割れろ。高校一年生の男子にそんな事を言って、逆上されるとは考えないんだろうか。眼鏡砕けろ。

 生徒会が去った後は先輩達からの質問攻めが待っていた。回収しようとしていた戦車が一晩で集まっていて、その仕事を知っている人間の内一人は学校を休んでいるとなれば、推理する必要すらないだろう。しかし厳密に言えば戦車を回収したのは妖精さんなので、『私ではない』の一言で通させて貰った。それでも訝しげな視線を向ける先輩達一同に対し、妖精さんの存在をそれとなく伝えてみると今度は心配された。慣れた反応である。

 日も傾き始めた夕方、未だ動かない戦車をガレージに入れて整備を始めた。先輩達に頼み込んで、私だけビニールシートを被せての一人作業をさせて貰うことになった。勿論最初は難色を示されたが、先輩達四人で一台整備する方が早かった場合は、そちらに移る事を条件に了承を得た。生徒会を驚かせる為にも、本気で整備しよう。

 『覗かないで下さい』の張り紙をビニールシートに貼り付け、妖精さんと作業開始。最初は崖から投げ飛ばした戦車だ。特殊カーボンの装甲は生きているし、外見上の装甲も問題ない。直すのはエンジンと履帯、そして砲身と判定装置だ。妖精さん達に修復作業を頼み、私は一人車内で構造を頭に叩き込む作業を続けた。他人任せのお粗末な人海戦術だが、下手な指示を飛ばして彼女達の邪魔をする訳にもいかない。指揮は戦車の事を知り尽くしている存在が執るべきだろう。

 そして私の頭の上で、その存在は指揮を取っていた。本戦車――八九式中戦車の妖精さんこと『ハクさん』である。整備開始後一時間で復活なされた。自身の車内に私のような男が乗っていた事に最初は腹を立てていたが、現状を説明すると素直に謝られた。ホントごめんね。

 日も沈み、空腹の音が鳴る頃になって、ようやく作業が一段落ついた。ハクさんの動作確認も一通り行い、作業中の先輩達に代わって夕飯の買い出しを申し出た。先輩達は自分らの作業の遅さについて謝っていたが、妖精さんという存在を顎で使っているような私には、その謝罪がグサグサと刺さった。逃げるように買い出しへダッシュした私はきっと悪くない。

 幕の内弁当四つにお菓子を多数……先輩達と妖精さん用の食事だ。私は反省のため断食を決行。代わりにコーヒーで空腹を誤魔化した。感謝の言葉が暴力のように振るわれる。

 瀕死になりつつウサギ小屋の遊具と化していた戦車に着手。覗き禁止のブルーシートを再度被せて妖精さんと引き籠った。配線を一部食い千切られていたり、ウサギの排泄物で劣化していた箇所が幾つかある程度で、復旧自体は非常に簡単だった。わずか数分で妖精さんが復活した辺り、その難易度の低さが分かるだろう。

 M3中戦車こと『リーさん』の修復が完了する頃には、先輩達も次の戦車に着手していた。それまで整備していた戦車に目をやれば、その戦車の妖精さんと思われる少女が敬礼を返してくれた。どうやら先輩達の復旧作業は完璧らしい。私のようなズルなしで、そこまで出来る腕前が恐ろしい。

 どんなものだと豊かな胸を張る先輩達に、素直な賛美と拍手を送る……何故か赤面された。解せぬ。

 これなら零時までには帰れそうなので、早速水没洗車に着手。ブルーシートいう名の天岩戸を作り、太陽神ではなく妖精さんと潜り込む。意外な事に殆どの部位はそのまま利用出来そうだった……が、水没してただけあってエンジンや判定装置等の機器系統が完全に死んでいた。その為その辺りを重点的に修復すると妖精さんから報告を受け、よきにはからえと冗談交じりに指示を飛ばす。後はハクさんやリーさんの時と同様の流れとなった。

 Ⅲ号突撃砲の妖精さんこと『サンタさん』は、前の二人以上に厳しい人だった。きびきびと指示を飛ばし、少しでも不備があれば鞭が飛ぶ……主に土台である私に。びしびしと鋭い音が鳴る度に、こっちを不安げに見上げる妖精さんに癒される。精々定規で軽く叩かれる程度の痛みなので、やんわりと大丈夫である事を伝えながら作業を続けさせた。

 夜四つも終わり時――丁度二十三時に全車両の復旧作業が完了した。まぁ言っても、行ったのは簡単な動作確認のみで、砲の試し撃ちやら何やらは時間が時間だっただけに出来なかった。そして砲の確認が終わっていないという事は、当然の事ながら判定装置の方も未確認という事で……結局判定基準設定を若干上げる事で、白旗を飛び出し易くするという処理で手を打った。先輩達はそれでも心配顔だったが、これ以上の対処は望めないだろう。

 実際は復活した各戦車の妖精さん達に、不調がない事を確認していたのだが、それを伝える訳にもいかない。何よりもこれ以上働いたら先輩達と妖精さんが死ぬ。特に後者は比喩抜きで。流石に昨日今日で酷使させ過ぎたと、今更ながらに後悔している。

 未だ大丈夫だと伝えてくる双方に対し、『大丈夫の言葉は無茶の証拠』と無理矢理な理屈を押し付けて、本日は解散となった。後は天と妖精さんに祈るしかないだろう。

 

 二日連続で休むのも不味いので、明日に備えて筆を置く。明日起きられるか不安だ。

 




年末なので続かない。

・朝起きると
妖精さんが一晩でやってくれました。靴屋リスペクト。

・晴れる↑ん↓だね
A○E3の日本の音声で。

・乙女か
処女厨歓喜。ユニコーンさんも大喜び。

・頭の長いお爺ちゃん先生
もしかして:本物

・謝罪する某忍者漫画
許せ、サスケ。

・某忍者の卵漫画
光GENJIがOP歌ってそう。

・パラシュートで戦車落とす
わあファンタジー。


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#3

新年を迎えたので初投稿です。


 △月〃日 ( ˘ω˘)ハレ…

 

 クソネミの状態で忍道の授業を受ける。本日の内容は遊芸と骨法術だった。

 遊芸では変装という名の仮装大賞を行った。試しにという事で、先生が各自自由にやらせた事が全ての原因だ。各々が女装したり男装したり老人になったり……一部の人は意味を履き違えたのか、軍服姿や和服などを着て、コスプレのような有様となっている人もちらほらと見受けられた。

 私は余り動きたくなかったので、老人の格好をしてうたた寝した。当然、バレてチョーク投げという古臭い体罰を受けたが、コスプレ軍団がそのままの格好で校庭を走らされているのを見ては、恩情と言えるだろう。

 仮装の後は先生から各々へアドバイスが言い渡される。女装よりも老人に化けた方が良い、男装をするならもう少し堂々としろ、お前に女装は似合わん……等など、皆ありがたい助言を頂いていた。ちなみに私は『姿勢が良過ぎるので老人には向かない』『手足が長いので女装か、或いは無難にスーツ姿で髪型と顔を変えた方が良い』とのお言葉を貰った。女装時の声に関してどうするかと質問すると、意味ありげにウィンクしながら怪しげな丸薬を提供された。これ死にませんよね。

 午後からは骨法術という、素手で敵と戦う武術について学習した。内容については口伝以外を禁じられた為、ここに記する事は出来ない。先生何教えてんですか。

 そして放課後。昨日の夜から余り考えたくない結果を突き付けられる。修理した傍から壊すってどういう事なんでしょうかね、一日未満で修理したからまた大丈夫とか思ってるんですか、自動車部舐めてんですか……言いたい事は多々あったが、全部呑み込んで無言で修理に徹した。

 理由は三つある。まず第一に、これを指示したのが生徒会ではないという事が挙げられる。講師として教鞭を執っていたのは、明らかにその道のプロと分かる女性だった。権力の化身のような人物の前で、表立って怒りを出すのは不味い。諭されるか、無視されるか、逆に説教されるか……何れにせよ、碌な事にはならないだろう。偏見が過ぎるかもしれないが、藪蛇には出会いたくない。感情は何時だって高くつく。

 第二に、先輩達がそれほど気にしてはいなかった事。どういう心境の変化かは分からないが、戦車を修理する事に対して明らかなやる気を感じられた。先輩達が怒っていないのならば、私の言葉はただ『自動車部』という身代わりを立てた私念でしかないのだ。恩を仇で返すような真似はしたくない。

 そして最後に……これが一番の理由かもしれないのだが、傷付いて白旗を揚げていた妖精さん達の表情だ。誰も彼も、思わず見惚れてしまうような、満足気な笑顔を浮かべていた。そんな表情を見せられては、怒るものも怒れない。彼女達が何かを言わなくても、私は黙って折れるしかないのだ。

 修理自体は楽に終わった。全壊した状態からのスタートではないので当然である。しかし昨日のスピードを知っている先輩達以外からは化物を見る目で見られた。解せぬ。

 

 尚、戦車道の方々から依頼された戦車の改装……というか塗装についてはお断りしておいた。妖精さんが嫌がる事はしたくない。

 

 

 

 

 

 △月…日 (☝◉ਊ ◉)☝ハアアアァァァァレエエエェェェァァァァァンンンンンッッッッッ!!!

 

 放課後、また校内放送で呼び出される。この間の生徒会に続き何をしたんだと、クラスメイトから疑惑の眼差しを向けられる。止めて、濡れ衣だから、私はやってないよ! と大げさなリアクションを取る事で難を逃れた。「いつかやると思っていました」という言葉が意外と少なかった辺り、本当に良い子ばかりだなぁと改めて感じられた。

 呼び出したのは学園長だった。個人的な繋がりが全く無いので疑問符が温泉のように湧いたが、人払いもそこそこに私を呼び出した理由を語られた。要約すると、私……というか妖精さんが作ったエンジンを使わせて欲しいとの事だ。どうも先日行われた戦車道の練習試合にて不手際があったらしく、学園長の愛車が壊れてしまったらしい。当然保険はかけていたし、原因となった講師を介して戦車道連盟から少しばかりの保証金も払われたが……愛車を完全復活させるには心許ない様子。故に、自動車部で使われていない部品を流用し、少しでもお金を浮かそうという魂胆らしい。未だ使えるかは分からないが、使える場合は幾ばくかの部費も支払われるとの事である。公私混同が過ぎませんかね……流石汚い、学園長汚い。

 ぶっちゃけて言えば、愛車の復元ぐらいなら簡単だ。どんな状態であれ、私には妖精さんがいる。80を100にすることは出来ないが、50と50を合わせて100に戻す事はそう難しい事じゃない。廃車になった時の部品が残っていれば、妖精さん作のエンジンを使わなくても復活は十分可能だ……人件費を考えなければであるが。

 結局、そのままの条件を呑む訳にもいかなかったので、三つほどこちらの要望を伝えてその場はお開きとなった。私が伝えたのは以下の通りだ。

 

 一つ、私が個別に車の惨状を調べ、可能ならばそのまま修理に移ること。

 二つ、学園長は愛車が完全に復活した場合のみ報酬を支払うこと。

 三つ、報酬は金銭ではなくこちらの指定した物を寄越すこと。

 

 三つ目の報酬の品については難色を示されたが、これから必要になる物でもあった為に了承を得ることが出来た。ただし、それ単体の値段が本来の修理費未満である事を条件に……ではあるが、正直中古品でもジャンク品でも妖精さんの前では変わらないので、全く問題にならない。戦車道連盟なんてものがあるのならば、中古くらい有り余っているだろう。

 事後承諾になるが、先輩達とまた相談をしなければならない。明日は忙しくなりそうだ。

 

 

 

 

 

 △月∥日 (;´༎ຶД༎ຶ`)涙で晴れが見えない

 

 昨日の件を先輩達に報告すると説教された。事後承諾の形で余計な仕事を引っ張ってきたのだから当然だろう。黙ってガレージのコンクリの上で正座した。

 しかし説教の理由が「もっと頼れ」というのはどういう事だろうか。「一年生の癖に厄介事ばかり持ってくるな」と言うのならまだ分かるが、どうしてそうもやる気に満ち溢れているのかが分からない。ただでさえ戦車の勉強で本来自動車部として使うはずの時間を……いや、予習復習を含めれば勉強時間でさえも無駄に奪っているというのに、だ。社会人ならばともかく、今の彼女達は学生だ。戦車の修理は強制だとしても、嫌な事からはもう少し手を抜いたりするのが普通なのではないだろうか。

 蟠りを作って放置するのも嫌なので率直にその言葉を伝えると、今度は頬に熱い掌を頂いた。ガチビンタである。手首のスナップに加え、腰も利いた一撃は、女性のものと分かりながらも凄く痛かった。これがグーだったらと思うとぞっとする。

 私が女子力(物理)の高さに戦々恐々しているのを余所に、先輩達から熱い言葉の数々が降り注いだ。曰く「一度やると決めた事をそう簡単に投げ出すと思うな」、曰く「上級生を舐めるな」、曰く「私達にも良い格好をさせろ」、曰く曰く曰く……最後の方は感情が高まり過ぎたのか、涙混じりの言葉となっていた。

 これはずるい。女性として最強の武器を揮われては、白旗を挙げる他ない。本当にずるい。

 ……これ以上の内容は少しばかり気恥ずかしいので、結果だけを記する。学園長の愛車は要望通り私……という妖精さんが行う事となった。しかし、普段の戦車整備については、全面的に先輩達へ任せるという約束を結ばされた。本音を言えば未だ不安が残るのだが、『期限が設けられていて間に合いそうにない場合は手を貸す』という例外を設ける事で折り合いつけた。

 私が妖精さん達へ仕事を与える事に奮闘するように、彼女達にだって意地があるのだ。自動車部の先輩としての意地が……。

 それに気付くまでいささか時間がかかったが、知って素知らぬ顔は出来ない。結果として妖精さん達への仕事は減るが、こればかりは納得して貰う他ないだろう。ちらりと妖精さんに目を向ければ、やれやれといった表情を見せてくれた。察しの良い子ばかりで本当にありがたかった。

 

 あ、何かすっごい青春してる感ある。

 

 

 

 

 

 △月〆日 ( ^o^) 今日は晴れかな?

 

 クラス内が賑やかな一日。どうも近々学園艦が大洗へ寄港するらしく、その時の予定をどうするかで持ち切りだった。

 寄港すると言っても娯楽施設は艦内で事足りているし、それに飽きてしまう程この艦に乗って長い訳でもない。予定についてはまだ決めていないと言うと、こぞってお誘いの言葉を頂いた。本当に良い子ばかりのクラスで助かる。

 先日の諭吉失踪事件により財布事情が氷河期に突入している為、なるべくお金のかからない所をリクエストすると、お勧めの観光スポットを教えて貰った。すると出るわ出るわ。まさか科学館や博物館、美術館に水族館まで一通り揃っているとは思いもしなかった。侮り難し大洗。中でも水族館は特に心が惹かれたが、財布の関係上泣く泣く諦めた。

 よくこんな知っているなと感心すると、どうも彼女と見て回る為に一生懸命調べたとの事。誰だ誰だと問うてみると、顔をほんのりと赤らめつつ携帯を差し出す友人。待ち受けには初々しい表情でピースサインする男女の姿が……甘酸っぺぇ。私の後ろから携帯を覗き込んでいた男子からも「凄いな」「やるじゃん」「宇津木サン取られたァー!」という称賛の言葉が贈られた。

 流石思春期、色気づいてるな……等と微笑ましいものを見るような目で眺めていると、私はどうなのかという質問が投げられた。ないから。自動車部の先輩が美人だったって言われても困る。この間は別の先輩と楽しそうに話してたとか言われても、ただの青空教室ですとしか答えられない。というかそういう対象として見ちゃ駄目だから。前世からの年齢分を加算すると、例え先輩でも手出したらヤバいから。妖精さん? 妖精さんは付喪神みたいなものだからセーフだよ、セーフ。

 そう素直に返せれば良いのだが当然答えられるはずもなく、私の立場を逆手にとって「年下を相手にしてくれる訳がない」という意見で逃げる事にした。だからえぇーとか残念がらないで欲しい。今度紹介してくれと言われても困る。許可が貰えれば良いんだが、私の知っている方々はどちらも恋色沙汰とは別方向の分野に興味を持っている方ばかりなので、結構無理臭い。

 言外に自分で頑張れとエールを送り、再度寄港時の予定を立てる事に専念した。最初は余り興味が湧かなかったはずなのに、今では楽しみにしている自分がいる。やはり友という存在は偉大だ。

 

 

 

 

 

 △月〓日 ( ˘⊖˘) 。o(でも何で晴れなんだろう)

 

 あっという間に寄港の日。色々と考えた結果、大洗の探索に落ち着いた。これなら観光スポットも万遍なく見られるし、大洗学園の地元とも言える場所をマッピング出来る。何よりもお金がかからない。まさにいい事尽くめである。

 ……そう思っていた時期が私にもありました。

 まさか一部地区が閉鎖されてるとは思わなかった。しかもその理由が戦車道の交流試合とは……おのれ戦車道!! しかしそれと同時に、他の学園艦が停泊しているのに疑問を抱かなかった私にも問題がある。というか、強制とはいえ一応戦車道に関わっているのだから、そういった試合の日程くらい把握しておくべきだった。

 結論、私が悪い。馬鹿め(自戒)。

 多大な自己嫌悪を抱きながらも妖精さん達と一緒に探索を行った。今回はGPS端末が非常に役に立った。お蔭で同じ道を行き来する事もなく、大洗を歩く事が出来た。途中、凄い近場で大砲の轟音が鳴り響いたのは気のせいだと思いたい。大きな幻聴もあったものだ。大型トラックが隣を走った時のような地響きもきっと幻だろう。

 そして酷い幻覚も見た。戦車道の方々が全身タイツ姿で妙な踊り――後程知ったが『あんこう踊り』と呼ばれる、大洗に伝わる由緒正しい踊り――を踊っていた。しかも態々装備を取っ払った重装輪回収車に乗って大々的に……である。思わず呆然とそれを眺めていたが、正常な反応だったと思いたい。

 妖精さんが撮影したその時の動画を見ながら日記を記しているが、やはり酷いとしか言いようがない。地元の伝統を非難する訳ではないが、年頃の女性にやらせるにはあんまりな踊りだ。ウチのクラスの男子なら割と面白がってやりそうだが、女子は間違いなく嫌がるだろう。

 衝撃的な事が多かったが、今回の寄港は概ね楽しむ事が出来た。最後のあんこう踊りが全部掻っ攫った感じは否めないが、大洗という地元を知るには良い機会だった。私がいた中学校の周りは……今更記する事でも無いのでここで筆を置く。

 

 

 

 

 △月゛日 |気象庁| ┗(☋` )┓三 ハレルヤハレルヤ

 

 練習試合だろうと戦車は壊れる訳で、今日も今日とて修理に励む……訳にはいかない。先日の約束があるので、戦車の修復は先輩達へ丸投げである。私は大人しく学園長の愛車の蘇生を試みた。

 ガレージの片隅に運ばれていた車は、そりゃあもう悲惨な姿だった。車全体がプレス機で押し潰された後のようで、事情を知らない人から見れば「スクラップ置き場のヤツ適当に持って来たの?」と聞かれる事請け合いだ。そもそも後輪駆動の車なのにエンジンが使えないという時点で怪しむべきだったのだ。流石の妖精さんも、原型というか元の体積を保っていなければ修理は難しいだろう。事実、車の惨状を見た妖精さんはかなり渋い表情をしていた。修復が困難な証拠だ。

 違った。全然違った。

 妖精さん曰く「簡単過ぎてつまらない」との事……そっちかーと思わず呟いた私は悪く無いだろう。詳しい話を聞くと『上下からの力で真っ平らになっているなら、左右からも同じように力をかければ楽に直る』という実にファンタジーな回答を頂いた。カートゥーンアニメでも使われていそうな原理ありがとうございます。それで直せるのは妖精さんだけです。もう空気入れでも使った方が早いんじゃないんですかね。本当にありがとうございました。

 しかしつまらないからといって、勝手に改造するのも不味い。私が請け負ったのは車の完全修復であり、改造ではない。うろ覚えではあるが、確か元の性能より良い状態に戻すと、色々と面倒臭い事になったはずだ。主に学園長が。報酬の品も貰えなくなる可能性が高い。その為、妖精さんにとってはつまらない作業でも、やって貰わないとと困るのだ。

 お願いします、何でもしますからと頼み込むと、妖精さん達の目が怪しく光った。「今の聞いたな」「許可が下りたぞ!」「パパッと終わらせてやる」とでも言っているかのようなアイコンタクトの後、今までにないくらいの恐ろしい速度で修理が始まった。

 ガレージに鳴り響く金属音の多重奏。ブルーシート越しにでも分かるほど少しずつ隆起する車体。先輩達が修理しているであろう方角から見えないよう、隠れて膝を抱える私。やべぇよ……何時になくやる気が出てるよ。というか妖精さんから何要求されんだろう。死なないよね。日記を書いている今でさえ、妖精さんは満面の笑みを浮かべて秘密としか答えてくれない。コワイ。

 そんなこんなで修理自体はあっという間に終了し、見事高級感溢れる真っ赤なスポーツカーが復活した。F40……前世と今世合わせても映像の中でしか見たことのない高級車だ。それが目の前にどんと置かれているのはちょっとした感動ものだろう。

 あ、戦車はノーカンです。値段的にはそっち上かもしれないけどノーカウントです。

 感動もそこそこに、その後は学園長に報告して恙なく終了した。私が顔を出した時は半信半疑だった学園長も、実物を目にした時は目に涙を滲ませて喜んでいた。修復方法については詳しく聞かれたが、全て「妖精さんがやってくれました」で押し通させて貰った。嘘は言ってないしね。

 

 あ、貰う物は後でキッチリ貰いますので、ご了承下さい。

 

 

 

 

 

 △月゜日 ( ◠‿◠ )☛ 晴れてもらおう

 

 自動車部一同が生徒会にお呼ばれした。未だ整備が終わっていない戦車があるにも関わらずだ。誕生日パーティとかだったら割と嬉しかったのだが、当然ながらそんな要件で集められた訳ではない。

 戦車道全国大会のお知らせである。

 また無理難題でも言い渡されるんだろうかと少しばかり身構えていると、何故か頭を下げられた。これから自分達もそちらに力を入れていくつもりなので、自動車部にもついてきて欲しいとの事だった。それが自動車部の本来の活動から外れている事は生徒会も理解していたようで、横暴な生徒会が頭を下げたのはそれを見越しての謝罪なのだろう。

 何時になくしおらしい生徒会の方々に対し、すっかりと毒気を抜かれてしまった先輩達はその謝罪を受け取り、気付けば今までの事は水に流して協力する事を約束していた。生徒会長と固く握手する部長を眺めながら、私は生徒会の上手いやり方に感心した。

 常に押せ押せで行動しているように見せかけて、大事な所で引いてそのまま引き込む……要はよくある搦め手だ。事実、こうして自動車部自らに協力を申し出るよう誘導する事が出来ている。実に手の込んだ芝居だ……と考えてしまうのは、私の心が汚い大人だからだろうか。素直に謝罪を受け取れた先輩達とは大違いだ。自分の醜い一面に気付いてしまい、少しばかり自己嫌悪に陥る。

 お湯を棄てた流しのように勝手に凹んだ私を余所に、生徒会との話は進んだ。先の一件のような、試合直後の戦車整備に関しては今まで通り任せる事。ただし、それ以外の場合は戦車道の人達も整備を行う事。また、整備に関しては自動車部に一日の長がある為、簡単な講義を頼みたい等……今まで自動車部に丸投げされていた部分の改善が大半だった。中でも一番目を引いたのは、本来戦車道のみにつく選択科目特典の半分を自動車部部員全員に与えるというものだ。大盤振る舞いもここに極まれりというものだろう。そしてそれを素直に喜べない自分がいた。自分で言うのもアレだが、生徒会嫌い過ぎじゃないかな、私。

 詳しい話し合いや書面を交える場はまた後日と相成った。私のぶーたれた顔も気付かれたようで、別途個別で呼び出しされる旨も伝えられた。今度生徒会室に来る時は月刊のコミックか余った履帯でも腹に巻いて行こうと思う。

 

 

 

 

 

 △月ゝ日 ▂▅▇█▓▒░(’ω’)░▒▓█▇▅▂晴れたああああああああ

 

 学園艦の妖精さんとデート。私もようやくリア充である。嘘、海に向かって罵倒飛ばそうとしたら偶然会っただけである。

 以前と比べて、心なしか嬉しそうな彼女と海を眺めながらお話した。話題はこの間の戦車道の練習試合が主だった。残念だが彼女達があんこう踊りを踊っていた所しか見ていないと言うと、彼女は苦笑した。大洗学園の名を持つ妖精さんからしても、あの踊りはないらしい。悪ふざけや罰ゲームとして踊るのには最適かもしれない。

 仮にも伝統の踊りを馬鹿にしつつ、妖精さんから件の試合について教えて貰った。ジェスチャーだけでは流石に厳しかった為、地べたに座って当日マッピングした地図を端末で開き、試合の経路を再現して貰う。最初は「おっ」と思っていたのだが、段々と瓦解してく様を聞いて「やっぱりなぁ……」と零し、そこからの逆転劇で「おおっ」と思わず感嘆。結果的に負けはしたが、聞いていて楽しい試合なのは間違いなかった。

 試合経過を話し終えて満足気な妖精さんに全国大会の事を伝えると、目を輝かせながら諸手を上げて喜んでいた。戦車道の試合が楽しみだから……というのもあるが、何よりも『彼女達を試合場所まで運ぶ仕事が出来る』という事が嬉しいらしい。本業を忘れない所はまさに学園艦の鏡と言えるだろう。前向きなその姿勢が実に羨ましい。

 それがつい口に出ていたのか、首を傾げて何かあったのか問われた。あったと言えばあった。むしろ色々とあり過ぎたくらいである。主に戦車道関連の所為で。

 「言っても愚痴にしかならないから」と断ろうとしたものの、それでも聞きたいと言う妖精さんの熱意に押され、最終的には吐き出すことにした。

 戦車道が復活した事で自動車部に皺寄せがきている事、その所為で先輩達が本来の部活動に回す時間が取れていない事、生徒会の人使いがとにかく荒い事……特に最後のは人心掌握術が上手くて始末に終えない事も話しておいた。こうして並べてみると、やはり『戦車道』という存在が全ての原因であるような気がしてならない。生徒会はそんなに戦車道がしたいのだろうか。それともまた何か別の目的があるのだろうか。戦車道を復活させる事で得られるものとは何だろうか。思い切って聞いてみるのも手かもしれない。

 一通り不満をぶちまけた私に対し、妖精さんは苦笑を浮かべながら「優しいね」と一つ零した。妖精さんの解釈を間違えたかと思わず数回聞き返したが、やはり『私が』『優しい』と言われたので間違っていなかった。意味が分からん。愚痴を吐きまくったヤツの何処が優しいんだろうか。控えめに見てもただの身勝手なクソ野郎だと思うんですが、それは。

 結局、妖精さんは詳しい理由を教えてくれなかった。ただ別れ際に、私のやりたい事についてもう一度考えてみると良い……と言われただけだった。ますます意味が分からない。今考えるだけで三つもあるのだから、むしろ強欲と言っても良い。

 妖精さんのストレスを解消させる。自動車部の先輩達にちゃんと部活動して貰う。戦車道の方々にちゃんと戦車道をさせる。全部やり遂げるのは苦労しそうだ。

 しかしやらねばならない。決意を新たにしつつ筆を置く。明日からまた頑張ろう。




番外で傍目から見た野郎の話でも書こうか検討中なので続かない。


>チョーク投げ
棒手裏剣の応用。

>感情は何時だって高くつく
某根無し草の方々のありがたいお言葉。

>いつかやると思っていました
必ず言われる台詞。

>ガチビンタである
気合はあるか!?

>女子力(物理)
=握力×筋力×重量

>セーフだよ
余裕のアウト。スペクトロフィリアに片足突っ込んでる。

>マッピング出来る
病 気 再 発 。

>あんこう踊り
勝手に伝統に祀り上げる。

>おのれ戦車道!!
邪鬼王かディケイドかで世代がばれるアレ。

>違った。全然違った。
違うよ、ぜんぜん違うよ。

>お願いします、何でもしますから。
ん? 今(

>F40
無事復活という改変。

>お湯を棄てた流し
\ベコンッ!/


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