強くて挑戦者 (闇谷 紅)
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プロローグ

強くて逃亡者読者の皆様、お待たせしました。

続きのお話、はっじまっるよー?


「貴様の相手は我が僕がしてくれよう。先程の貴様の顔、見物であったぞ。ではな、さらばだ」

 

 自称大魔王の骨に行く手を遮らせ、大魔王が背を向ける。

 

「くっ、あの時の対策をもっとしっかり講じていれば……あ」

 

 幾度目の後悔かは解らない。ベッドの中、目を閉じて浮かび上がった大魔王の姿に、気づけば俺はベッドシーツを握りしめていたらしい。ふと気づくと布の感触。

 

「んう」

 

 聞こえてきたのは、大人向けの縛り方で拘束され隣のベッドに転がった尖耳の女性が猿ぐつわ越しに漏らした音。

 

(うん、第三者が見たら「なんぞこれ」って説明を求められてもおかしくない光景だよなぁ)

 

 隣で縛られた女性の名はトロワ。俺がアリアハンにノコノコ現れたところへ単身で挑んだ大魔王ゾーマの元部下のアークマージであり、マザコンをこじらせすぎた変態娘である。

 

「孫が出来ればママンは喜んでくれる筈」

 

 と言う理由でことあるごとに俺の貞操を狙ってくるので、就寝中は縛らざるをえないのだ。こんな変態だがアイテムを作る面においては天才であり、諸理由により今は俺の従者でもあるが、未だにどうしてこうなったかはわからない。

 

(そもそも、ゲームの世界にトリップとか二次創作のお話の中だけにして欲しかったんだけどなぁ)

 

 ゲームとしてプレイしていた時の勇者一行の仲間、パーティーメンバーの一人の身体でいきなりこの世界に放り出された俺は、魔王討伐の旅に出ようとして最弱の魔物の群れによって死にかけていた女勇者ことシャルロットを助け、請われて師匠兼同行者となり、自称大魔王のバラモスを倒した。

 

(本来の予定だとその女勇者(シャルロット)がそこそこ力を付けた所で、逃げ出す筈だったんだけど)

 

 情が湧いてしまったことや、自分が原作知識を活かせば本来命を落とすはずの人を救えることに気づいてしまい、逃げ出せないまま先に述べたようにバラモスを倒すに至った。

 

(そして、バラモスを倒し故郷に凱旋すると原作知識から単身ノコノコ宣戦布告に現れるであろうラスボスを待ち伏せて単身で挑むなんて真逆の行動に出た訳だけど)

 

 結果として、俺は負けた。しかも大魔王に見逃される形で、だ。

 

(リベンジしようにも原作通りなら、ゾーマを倒せばもう一つの世界、アレフガルドに永久隔離されてしまうし)

 

 最初に窮地の勇者を救ったのは、成り行き。勇者の師匠になったのは、世界が自称大魔王に滅ぼされれば元の世界に戻る方法を探すなんて言っていられない為。

 

(けど、元の世界に戻る方法の一番有力な候補はこちらの世界に有る訳で)

 

 ゾーマに敗北した瞬間、長く一緒に過ごしてきた愛弟子やその仲間達との離別が、確定してしまったのだ。

 

(ゴメン、シャルロット……ごめんミリー)

 

 中でも弟子のシャルロットと親の借金で窮地に陥っていた所を助けた元遊び人の賢者ミリーは特に俺を慕っていてくれたが、大魔王を倒せば隔離されるからこれ以上一緒に行けないなどと言えるはずもなく、短い手紙を残し殆ど無断で勇者一行から抜ける形になった。

 

(もっと上手い別れ方が、あった筈なのに)

 

 世の中は思い通りに行かないし、本番は脳裏に描いたリハーサル通りにいかない。後悔だらけの酷い門出兼離脱によって変態娘と二人、シャルロット達の故郷を抜けた俺達が移動呪文のルーラで訪れたのが、黒胡椒で有名なバハラタという町だ。

 

(接触は、明日でいいよね)

 

 原作では、船を手に入れる引き替えアイテムが手に入る町と言うぐらいの意味しかないが、この町には原作で助けられなかった女性や少女を中心にシャルロットの冒険や俺の行動をサポートして貰うために作ったクシナタ隊のメンバーが幾人か滞在している。彼女たちにとって俺は命の恩人であるからか、概ね好意的であり、サポートして貰うという目的のため、俺の正体や原作知識について勇者一行に明かしていないことまで話してある。

 

(シャルロット達への償いのためにも、俺が元の世界に戻るためにも倒せば願いを叶えてくれる神竜へ会いに行く)

 

 その為にも彼女達の協力は必要だし、また俺が抜けた勇者一行の事も気にかかる。原作にない行動を俺がとったせいで発生したイレギュラーがシャルロット達の目的のハードルを上げることも充分起こりうるのだから。

 

「こちらの旅の同行者を増やし、勇者一行にも支援用のパーティーを派遣する」

 

 それが叶えば、後は時々勇者一行の様子を確認しつつこちらの同行者を強化するだけだ。町やフィールドの大きさ、人口などこそ矛盾しないようリアルっぽく調整されてはいるものの、登場人物もダンジョンや町の位置なんかも原作とほぼ変わっていない。よって、俺が会って挑む神竜の居場所は既にわかっているし、神竜の元へ至るダンジョンの入り口までならこの町へ飛んできたルーラの呪文で飛んで行けるのだ。

 

(つまり、こちら側の問題はないに等しい。シャルロット達の方に比べれば)

 

 あちらは俺のせいで単独で迎え撃って来るであろうラスボスが取り巻きを引き連れての登場になると言う可能性を作ってしまった。

 

(支援パーティーが居てくれれば、その辺りも何とかなると思うけど)

 

 絶対とも言い切れない。だからこそ時々様子を知らせてくれるよう頼むつもりでも有るのだけれど。

 

「……はぁ、延々と考えててもしかたないかぁ」

 

 寝不足で朝起きられなければ本末転倒だ。支援パーティーの方はシャルロット達の所在が解っている今の内に結成し、送り出す必要があるのだから。

 

「明日から本気出すって言うと、そのままずるずる言っちゃいそうでアレだけどさ」

 

 縛られていても貞操を狙う変態と同じ部屋で寝てると思えば、その手の怠け心は起きないと思いたい。

 

「何にしても、まずは明日だ」

 

 ポツリと呟い俺は身じろぎし、とりあえず羊の数を数え始めた。

 




今回はほぼ全作の説明。

明日から本気出す?

次回、第一話「さいかい」

……また、あなたに会えるんですね○○○さん。


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第一話「さいかい」

くりすます の とくべつへん を やろうか とも おもった けれど、かきはじめた ばかり なので、じちょう した。




「ん……ああ、もう朝か」

 

 目が覚め、ぼやけた視界で窓の向こうに白み始めた空を見つけた俺は軽く目を擦ると身を起こしてまず隣のベッドを見る。

 

(とりあえず、大丈夫そうかな)

 

 縛ってベッドに転がしておいたトロワはまだ寝ているらしい。規則正しく上下する胸を見てもぐっすり眠っているのだから、トイレ的な意味でせっぱ詰まっていると言うことはないだろう。

 

(さて、まずは着替えか。縛られて動けないなら着替えを覗かれる心配もないし、そもそも生理現象はどうしようもないからなぁ)

 

 苦笑しつつ夜着を脱ぎ出すと、まだ温かなそれをベッドの上に置き、ベッドサイドに畳んで置いておいた服をとり、袖に腕を通す。

 

「ふ、こんなところか」

 

 着替えさえ済んでしまえば、後はマザコン変態娘のロープを解き外に出るだけだ。縛ったトロワを放置し、一人でトイレに行った結果、もよおしたトロワがロープを解けずシーツ他諸々を汚してしまうような事態は避けたい。

 

(何て言うか、そもそも縛っておかなきゃいけない状況がまず問題なのであって、トロワがまともになってくれれば縛る必要だってない訳だけど)

 

 今度はまともにすることが出来るのかという問題が持ち上がってくる。

 

「性格の矯正だったら、以前失敗したからな」

 

 対象はトロワで無かったし、主原因は性格を改変する本を渡した相手が溶岩に本を落としてしまったと言う特殊な例ではあるものの、まず最初に性格を強制する本が稀少なのだ。

 

(例外として、特定の本ならアレフガルドで売ってるはずだけど、俺があっちに渡るのは危険すぎる)

 

 そんなにすぐシャルロット達が諸悪の根源の城に到着するとは思えないものの、想定外の出来事やイレギュラーはけっこうあっちこっちに散らばっている。

 

(あの大魔王フットワーク軽いから遭遇戦が起きたって驚きはしないし)

 

 うろ覚えの原作知識を時折頼りにした結果が今に繋がる。良いも悪いも含めてではあるが。

 

(んー、しかし性格を変える本かぁ)

 

 気にはなる、だが。

 

「寄り道して失敗するというのはある意味、そうしなければいけないルールでも有るかと思うぐらいだからな」

 

 判で押したかのようにありきたりな展開、所謂テンプレである。

 

(うん、性格矯正しなくてもトロワが俺以外の異性に惚れてくれれば良い訳でも有るし、問題解決の方法は一つじゃない)

 

 それに問題を解決するのを諦め出来るだけ早く目的を果たして元の世界に戻ってしまうと言う選択肢だってある。

 

「……帰る、か」

 

 呟き、俺は寝ているトロワを縛ったロープを解き始める。

 

「平和な世界への……帰還」

 

 そこにいるのが当然であるのに、シャルロット達から逃げ出してきたのは俺の筈なのに、胸が痛んだ。

 

(っ、けど……借り物のこの身体だって返さないといけない、それに――あ)

 

 帰らなければいけない理由を他にも探そうとして、ふと気づく。

 

(あああぁぁぁぁっ、いつの間にか話が迷走してるっ!)

 

 今すべきはウジウジ悩むことではない。準備を済ませて、クシナタ隊と一刻も早く連絡を付けることだ。

 

「その為にも、まずはトイレに行って用を足す」

 

 ロープを解き終え、空いた手をぐっと握り、格好を付けながら割と酷い宣言をする。ちょっと現実逃避がしたかったんだ、すまない。

 

「スー様ぁ」

 

 コンコンと外からドアをノックする音と共に聞こえてきた懐かしい声。

 

「もう起きてるぴょん?」

 

 聞き覚えのある語尾。

 

(うん、よくよく考えると着地の失敗やらかして街の入り口で人目を集めちゃったもんなぁ、あはは)

 

 先方がこちらに気づいて接触してきても全然おかしくないじゃないですか、やだー。

 

(それどころか、下手したらお師匠様目撃情報として勇者一行に伝わってシャルロット達がここに追いかけて来ちゃう可能性だってあるよね?)

 

 逃亡生活一日であえなく終了とかに鳴ったら、俺の涙とか決意とかその他諸々はどこに行けばいいのか。

 

(うん、冗談抜きでトロワがどうのなんて言ってる場合じゃない)

 

 さっさと話を纏めて逃げ出さなくては。

 

「カナメか。起きてはいる。そして、話したいこともあるが……」

 

 それを許さないモノがあった。

 

「先にトイレに行かせてくれ」

 

 俺の膀胱である。

 

「……何かごめんなさいぴょん」

 

 痛々しい沈黙の中、すれ違い態に元盗賊現遊び人なクシナタ隊のお姉さんがポツリと漏らして頭を下げ。何故だかちょっとだけ泣きたくなった。

 

(涙もろくなったのかなぁ、俺)

 

 そんな訳じゃないのは解っていた。あと公共のトイレはみんなが使うモノだから綺麗に使わないといけないと言うことは知っている。今向かい始めたのは、宿屋の共同トイレだけど。

 

「混んで居ないといいが」

 

 こういう時に限って順番待ちが待っていそうな気がして、気づけば口にしてしまった危惧。

 

「あっ」

 

 誰が聞いてもフラグにしかなって居ないことに気づいたのは、言っちゃった後だった。

 

 




逃亡者は終わったはずなのに逃亡しなきゃいけない雰囲気になっている件。

トイレに向かった主人公は、無事スッキリ出来るのか。

それともエピちゃん(隠語)してしまうのか。

あと、お食事中の型、ごめんなさい。

次回、第二話「選択肢は二つ」


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第二話「選択肢は二つ」

「おお、貴殿は」

 

 トイレから出てきたオッサンが、俺に声をかけてきた。

 

(こまんど? ……じゃなくて、このオッサンは)

 

 誰だとボケるべきか一瞬迷ってしまったが、一応覚えている。ランシールの村で俺がシャルロットと一緒にいたところをデートと勘違いしてくれたオッサンであり、妻の亡骸を捨てざるを得なかった故郷に眠らせるべくさいごのかぎを探していたオッサンでもあった筈だ。

 

「そなたの手紙のお陰で、妻を故郷に帰すめどがついた。ここであったのも何かの」

 

「すまん、用が足したい。話は後に」

 

「おお、これは失礼した」

 

 混んでいた訳ではないが、知っているオッサンに捕まってお話しに付き合わされるというのでも、我慢させられる点では変わらない。

 

(ふぅ、危ないところだった……って、まだ油断は出来ないか)

 

 ようやくトイレの入り口はくぐれたが、中が使用中というオチだって充分考えられる。行きたいと思って足を運んだ時に限って個室が全て使用中の法則は世界を越えて存在するモノであると俺は信じている。

 

(そして、そんなことはなく個室に入れたとしても油断は禁物)

 

 例えば何処かの変態娘が「お手伝いします」とか言いながら入って来ることだって考えられるのだから。

 

(……とりあえず、個室は空いているな)

 

 戸を開けてみるが、中に誰かが潜んでいる様子はない。背中にトロワの質量兵器が押しつけられる様子も無し。

 

(よし、さっさと済ませよう)

 

 カナメさんもだが、再開したばかりのオッサンも待たせているのだ。

 

(と言うか、あのオッサンがここにいたって事は、あのオッサンに協力するクシナタ隊のお姉さんもこのバハラタに居るってことだよな)

 

 ランシールへ向かうのにここから船で向かった俺としては、あのオッサンがここにいたことにも、疑問は覚えない。

 

(普通に考えるなら、次に何処へ向かうかの選択肢は二つ)

 

 トロワが転職可能かを試す為、ダーマに向かうか、クシナタ隊のメンバー強化のためにイシスに行くか。

 

(一刻も早く各地に散らばってるクシナタ隊と合流してシャルロット達に同行して貰うメンバーを決めようかとも思ったけど……それをやると、な)

 

 周囲に連絡を出しこのバハラタでメンバーが集まってくるのを待っていては、俺の目撃情報を聞きつけたシャルロット達までやって来るかも知れない。

 

(だったら、落ち合う先を伝えて貰いここから移動、行き先で落ち合った方がマシだし)

 

 神竜に挑むなら、戦力強化は必須。とは言え、その二箇所にも問題はある。

 

(最悪シャルロット達とかち合う危険性もあるんだよなぁ、どちらも)

 

 イシスは発泡型潰れ灰色ことはぐれメタルを利用し短期間で強くなれるトレーニングルームがあるし、勇者一行所属の魔法使いのお姉さんはそろそろ覚えられる呪文を全て覚える頃だ。

 

(俺だったら僧侶とか他の職業への転職も視野に入れる) 

 

 よって、転職が可能なダーマ神殿にやって来て、鉢合わせする危険はそれなりにある。

 

「だったら、敢えてオッサンについて行くってのも選択肢の一つだよな。少なくともシャルロット達と行き先は被らないし」

 

 合流指定場所にし辛いという欠点もあるが、合流しないなら、問題はない。

 

(つまり、こちらへ合流しなきゃいいんだ)

 

 幾人かにはアレフガルドへ向かうシャルロット達勇者一行と合流するように指示を出し、こちらに合流する予定のメンバーについては後で立ち寄る場所を決め、オッサンが目的を果たすのを見届けてからそこで落ち合う形にすればいい。

 

(原作知識のないシャルロット達がアレフガルドを冒険してゾーマの元に辿り着くにはそれなりに時間がかかるはず)

 

 些少寄り道しても、時間的余裕は十分あるし、神竜撃破が早すぎても拙い。

 

(はぁ、割と面倒くさいと言うかこれは一人で考えてもどうしようもないな。カナメさんも居ることだし、とりあえずあのオッサンと話して、ひょっとしたら同行させて貰うかもと言った上で、部屋に戻ってカナメさんと相談ってとこか)

 

 おそらく原作知識のことを交えた話になる手前、トロワを同席させるか迷うところだが、あの変態娘がトイレに行ってる間に相談するとかもう一度縛って耳栓もするとか、方法は幾つかあると思う。

 

(ともあれ、まずは順に処理していかないと……あ、居た)

 

 警戒していたハプニングもなく外に出た俺は、律儀に外で待ってたオッサンを見つけ、声をかける。

 

「すまん、待たせたな」

 

「おお。いやいや、先程は配慮が足りず失礼した。そもそも、声をおかけしたのも妻を故郷に帰すめどがついたことと感謝していることを伝えたかったからだと言うに、恩を仇で返すところであったのは、汗顔の至り」

 

 まぁ、礼を言うために声をかけたと言う点では問題もない。

 

(それに、トイレ事態は取り越し苦労で終わったしなぁ。漏らし(エピちゃんっ)てたら話は別だっ……え゛っ?)

 

 噂をすれば影とでも言うのか。廊下に立つオッサンの更に向こう。こちらに向かって歩いてくる褐色でとがり耳の少女に俺はもの凄い見覚えがあり。

 

(トイレに……エピちゃん、だと?)

 

 俺は謎の戦慄を覚えた。その少女こそ、「エピちゃんる」の語源だったのだから。ちなみに本名はエピニア、元々はバラモスに仕えていたエビルマージの一人である。

 

(いやー、捕虜にしたらトイレに行きたいって訴えて、バラモスを殴ってまでトイレを借りたのがつい先日のことのようですよ、奥さん)

 

 結局、あの時は間に合わずに悲劇が起きてしまったのだが。

 

(いや、カナメさんが居るんだから、居て当然のような気もしたけどさ、うん)

 

 その時世話をしたカナメさんに懐き、俺を含む回りがドン引きするレベルでカナメさんを慕っているのだ。

 

「ん? おお、エピニア殿」

 

 俺の視線に気づいたのか、振り返ったオッサンは、エピちゃんに気づいて片手を上

げ。

 

(そっか、クシナタ隊と知り合えたなら面識あっても不思議はないわなぁ……さてと)

 

 頭の中の冷静な部分で納得しつつ俺は足を前に一歩踏み出した。

 

 




トイレと言えばこの娘ですよね、うん。

次回、番外編1「勇者一行の再始動(魔法使いサラ視点)」

一方、主人公がかち合うのを避けたがってる勇者一行はと言うと……。


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番外編1「勇者一行の再始動(魔法使いサラ視点)」

「勇者様は、相変わらずですかな?」

 

 部屋を出てすぐ、投げられた問いに私は頷きで応じましたわ。

 

「そうですか」

 

「致し方ありませんわ。こんな事になるなんて、思ってもいませんでしたもの」

 

 ここ、アリアハンに戻って来るなり盗賊さんが姿を消したのは二日程前のこと。

 

(勇者様のお母様への話からすると、盗賊さんは「やらねばならん事」を抱えていたようですのよね)

 

 もっとも、そのやらなければいけないことについて私には全く心当たりが無く、それは勇者様やあのエロウサギも同様でした。

 

(思い返してみると、あの盗賊さんについては知らないことが多かったのだとつくづく思い知らされますわ)

 

 窮地に陥っていたところを助けられたのが勇者さまとあの盗賊さんの出会うきっかけ。

 

(それまで何をしていたかとかは全く不明、最初に勇者様が名を聞かれた時も「過去にはあった、だが今の俺にはそれを名乗る資格すらない」と答えられたそうですし)

 

 勇者様が弟子入りを志願し、受け入れられて二人は行動を共にするようになり。

 

(そこにエロウサギが加わったのでしたわね)

 

 そこまでは伝聞。

 

(私が知っているのは酒場で勇者様達を紹介され、盗賊さんの代わりにアランさ……アランと一緒に加わってから)

 

 最初は勇者様との関係を疑い、ダンジョンに精通していることや盗賊とは思えない豊富な呪文知識に驚き。

 

(そう言えば、聞こう聞こうと思ってたのに、はぐらかされて有耶無耶になったままでしたわね。一応、呪文知識の元については、もう推測はつきますけれど)

 

 盗賊さんのお知り合いの魔法使いで、スレッジと名乗られたあの方が使った高度な呪文。

 

(今は私でも扱えますけれど、あれほどの呪文の使い手がお知り合いなら……)

 

 勇者様に的確なアドバイスが出来ても不思議はありませんもの。

 

(……そして、盗賊さんと親しくしていたという意味で、盗賊さんの「やらねばならん事」を知ってる可能性が最も高い人物でもありますのよね)

 

 もし居場所がわかればすぐにでも赴いて盗賊さんのことを尋ねたいところですけれど、そのスレッジ様も現在の居場所は不明だったりしますのよね。

 

(はぁ、盗賊さんの居場所とか目的とかの手がかりでもあれば、勇者様を発奮させる材料になりますのに……)

 

 いっこうに姿を見せない盗賊さんを訝しみ、アランの話を聞いて勇者様のお宅にお邪魔した私達は勇者様のお母様から盗賊さんの言葉を聞き。

 

(……わかってますわ。あそこで盗賊さんの残した言葉を伝えなければ、勇者様はあそこで盗賊さんをずっと待って居かねなかったのだから、誰かが話さなければいけなかったことですの)

 

 その結果が現状だとしても。

 

「……すみませんな。あの時、告げる役をあなたに押しつける形になってしまった」

 

「仕方ありませんわ。盗賊さんが勇者様のお母様を除けば、最後に話したのはアラン、あなたですもの」

 

 何であの時引き留めてくれなかったのかと勇者様がこの人を責めることも考えられた。だったら、私が告げるより他になかった、ただそれだけのことですの。

 

「そんなことより、今は一刻も早く勇者様に立ち直って頂かないと……」

 

「……そうですな。では、私は手がかりらしきモノが残っていないか、調べてみることにしましょう。本来ならすぐにでもやっておくべき事だったかもしれませんが」

 

「無理もありませんわ。勇者様やエロウサギ程ではありませんけれど、今回の一件はショックでしたし、倒れた勇者様達を介抱したりでそれどころじゃありませんでしたもの」

 

 勇者様はエロウサギとほぼ部屋に籠もったっきり。

 

(きっと、現実を受け入れられないのですわね)

 

 愛しい人が出来たからこそ、解る。

 

「……アラン、少しアリアハンを離れてもよろしいですの?」

 

 だからこそと言う訳では有りませんけれど、私は切り出しましたわ。

 

「離れる? ……手がかりを外へ求めに行くと言うことですな?」

 

「同じタイミングで姿を見せなくなったことを鑑みると、あのエロムラサキも多分一緒について行ってる筈。盗賊さんと行動を共にしているとするなら、破廉恥行為で騒ぎを起こしているかもしれませんもの。ルーラの呪文であちこちまわって聞き込みをしてみますわ」

 

「いや、それは流石に……無いと言い切れないのは何故ですかな」

 

 半ば冗談のつもりで言った言葉に遠い目をする辺り、アランも同じ認識でしたのね。

 

(それはさておき、問題はまず何処に行くかですわ)

 

 まるっきり見当がつかないというのが痛いですけれど、それならそれでやりようはある。

 

「とりあえずジパングに行ってみる事にしますわね。エロムラサキのお母様もあちらに向かわれて……あ」

 

「……意外なところに手がかりになるかも知れない方が居りましたな」

 

「ですわね、エロムラサキがついて行っているのが偶然でなければ、何らかの事情を知っている可能性も」

 

 なら、このタイミングで何処かに出発すると入れ違いになるかもしれませんわね。

 

「前言撤回させて頂きますわ。まずはエロムラサキのお母様が戻ってくるのを待ちます」

 

「それが良いでしょうな。では、待つ間、手がかり探しの方を手伝って頂けませんかな?」

 

「承知しましたわ」

 

 持ちかけられた提案に私は頷き。

 

「では私は教会に行ってみましょう。元僧侶の私が適任でしょうからな」

 

「道理ですわね。なら、私は酒場に」

 

 手分けして聞き込みをする為アランと別れ。

 

(こんな昼間からお酒を飲んでる人なんてあまりいないと思いますけれど)

 

 ダメもとのつもりで入り口をくぐってすぐでしたわ。

 

「でよ、すっげぇ爆発とか起きたり、何かキラキラ光ってさ、おっかねぇと思いつつも後で気になったから行ってみたのよ」

 

「へぇ、そんで?」

 

「そしたらよ、地面にすっげぇ傷が出来ててよ。無茶苦茶沢山の剣で付けたような傷とか。その辺に生えてた草なんかもバッサリよ。しかも、けっこう広い感じに草が枯れててよ」

 

 行商らしい男性が赤ら顔で身振り手振りを交えて話しているのに出くわしたのは。

 

(爆発……この辺りの魔物はそんな攻撃しないはずですわよね)

 

 気になり、後で調べてみようと決めた私は、男性の言葉に耳を傾け。

 

「……これは、マヒャドの」

 

 その後、確認に赴いて私を出迎えたのは、聞きしにまさる惨状。

 

(こっちはブレスの後ですわね、多分氷の)

 

 まるで、突然の冷害でも受けたかのように枯れて変色した草地の広さに言葉を失う。

 

(氷のブレスを吐いてくる魔物にマヒャドを唱えて対抗したとは考えにくいですし、これはひょっとすると……)

 

 私の中に、一つの仮設が浮かび上がる。

 

「盗賊さんのやらなければいけないこと……私の想像通りなら、とんでもないことですわね」

 

 盗賊さんは、ここで強大な何かと戦い、撃退するに至ったが、倒し損ね。

 

(ようやく平和な世界で一人の少女として過ごせるようになった勇者様を戦いに駆り立てぬよう、一人その何かを追ったと言うことなら、辻褄は合いますわ)

 

 無論、これはまだ推測にすぎない。

 

(それにそれが真実だとしたら)

 

 勇者様がどういう行動に出るかは、解りきっていますの。

 

(おそらく、勇者様は――)

 

 私の中に予感がしていた。勇者様が再び旅立つと言う予感が。

 

 




魔法使いのお姉さん、微妙に勘違いするの巻き。

次回、第三話「相談の結果」


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第三話「相談の結果」

「故郷に向かうという話だが、同行させて貰うことは可能か?」

 

 とりあえず、それだけは聞いておかなければ、ならない。

 

「別に問題はないが」

 

「そうか、それはいい」

 

 ひょっとしたら同行させて貰うかも知れないと言う旨をオッサンに伝えると、予定がつくかどうかを仲間と話し合ってまた来ると言い残し、俺はその場を去る。

 

(エピちゃんからすれば俺とトイレの組み合わせはなぁ)

 

 嫌な記憶を思い起こさせるシチュエーションなど避けるに越したことはない。

 

(さてと、部屋に戻るか。カナメさんには相談に乗って貰いたいし)

 

 他のクシナタ隊への伝言を頼む必要もある。

 

「ん?」

 

 ただ、不意に何か引っかかりを覚え、俺の足は止まる。

 

(あれ? 何か忘れてるような……)

 

 変態娘のロープは解いたし、鍵探ししてたオッサンにも話はした。

 

(おっかしいなぁ、何だろうこの漠然とした不安にも似た感覚は)

 

 何か見落としがあると訴えかけてくるような感覚だというのに、心当たりが無く。

 

(思い出せ、こういう時に忘れてる事ってだいたい惨事の引き金になる)

 

 額に掌を押しつけるようにして自分に語りかけてみること数秒。

 

「いかん、やはり思い出せん。……が、こんな所で立ち止まっているのも問題か」

 

 宿の廊下を塞いでしまうのは問題だし、部屋にカナメさんだって待たせて居るのだ。

 

(気になるけど、思い出すのは後にしよう)

 

 世界各地のクシナタ隊に指示を伝えて貰うのも早いのに越したことはない。

 

(相談して、結論を出し伝言を頼めば、カナメさんが指示を伝えて戻ってくるまで時間が出来るはず)

 

 同行者は今バハラタに居る面々で見繕い、能力などの理由でシャルロット側に同行して欲しい者や同行させられる実力がない者を中心に伝令に動いて貰えればカナメさんは町の中のメンバーに伝言を伝えるだけで良い。

 

「ふむ、だいたいそんなところだろうな」

 

 とりあえずの方針は定まった。方針を決めるための方針というしょーもないものではあるが、これでとりあえずは動き出せる。俺は立ち止まった分のロスを取り戻すべく、早足で部屋に戻り。

 

「今戻った」

 

「あ、お帰りなさいぴょん」

 

 ドアを開けると、カナメさんが出迎えてくれ。

 

「スー様、トロワさんから色々聞いたぴょんよ?」

 

「え゛? あ゛」

 

 続いた言葉に、俺は忘れていたことを思い出した。と言うか、気づかされた。

 

(しまったぁぁぁぁ)

 

 カナメさんの待つ部屋に残していったのは、人目も憚らず胸を押しつけたりしてくるレベルの変態娘である。

 

(カナメさんにあること無いこと吹き込まれる可能性をどうして考えなかった、俺ぇ!)

 

 そも、記憶を掘り起こせばカナメさんとあのマザコン変態はこれが初対面。

 

(暫く一緒にいれば「ああ、またあの変態が何か言ってる」で済んだかもしれないのに)

 

 初めてあったばかりでは大きく話が変わってくる。

 

(しかも、とろわ には たぶん しばられた あと が のこって いたり しますよね、きっと)

 

 貞操を守るための措置が変態行為やってましたぜって状況証拠になりかねない。

 

(ぎゃあああっ、カナメさんからの信頼とか信用とか社会的地位とかがぁぁぁぁっ)

 

 聞けない、色々って何を聞いたと言いたいところだけれど、怖くて聞けない。

 

(けど、けどさ……こっちが話を振るのを避けたらそれはそれで「え? トロワの言ったこと? もちろん本当ですよ? 昨晩もお子様には見せられない、人前で言うのも憚るような想像を絶する変態行為三昧をお楽しみしました」とか言ってるようなものだよね)

 

 あの変態娘が望んでいるのは、子供。そして、曲がりなりにもバラモスの軍師を任されていたことのある変態だ。既成事実の作成なんて企んでも俺は驚かない。

 

(いや、待てよ? そのレベルで済むのか? お腹を幸せそうにさすって子供の名前をどうしようか考えてます的な事を言っていたって不思議は――)

 

 まずい、恐ろしく拙い事態だ。

 

(か、考えろ、俺。どうする、どうすれば誤解が解ける?)

 

 普通に考えれば、一番シンプルなのはトロワと俺の行動を見て、トロワの異常性に気づいて貰い、あの変態の言葉に疑問を抱いて貰うことだ、ただ。

 

(まいばん しばって ねてる こと まで しられそう ですよ。 その ばあい)

 

 だめだ、やはり ぼつ に するしかない。

 

(何か対策は……ああ、こんな時に限って浮かばない)

 

 と言うか、追いつめられた時っていつもだいたいこうだった気もする。

 

「スー様も大変ぴょんね。気持ちはよくわかるぴょん」

 

 そんな感じで焦っている時だった、意外な言葉がカナメさんの口から飛び出してきたのは。

 

「えっ? あ」

 

 そして、遅れて気づく。カナメさんが俺に同情の言葉と視線を投げた理由が。

 

「エピニア、か」

 

「そう、形は若干違うけれどこちらが引くレベルで慕ってくると言うところは同じぴょんよ」

 

 お姉様と慕うカナメさんに自分のパンツを送りつけたエビルマージの名をあげると、カナメさんは何とも言えない表情で俺の言葉を肯定してみせる。

 

(あー、そっか。取り越し苦労か)

 

 変態的な慕われ方をしていたカナメさんはきっとトロワの話を聞いて理解したのだろう。こいつはエピちゃんのお仲間だと。

 

「それで、寝る時縛るってのは一見良いアイデアに思えるけれど、そのうち喜ぶようになるから諸刃の剣ぴょんよ? 人前でロープを持ってきて『はぁはぁはぁ……いつもみたいに縛って下さいお姉様』とかやられたらそこで終わりぴょんし」

 

「成る程……って、やったことあるのか」

 

「縛るのは遊び人の得意分野ぴょん。腕が鈍るのを防ぐためにも定期的に何かを縛るように教官には指示されていたから、丁度良い練習台だと思った時期もあったけれど、間違いに気づいた時には遅かったぴょんよ」

 

 くろうしてるんですね、かなめさん。

 

「それはそれとして、聞いたぴょんよ、バラモスを倒したと。と言うことはいよいよ始めるぴょんね?」

 

「っ、ああ。シャルロット達が大魔王ゾーマを倒す支援をしつつ、こちらは神竜に挑み願いを叶えて貰う。以前打ち明けたとおり……と、言いたいところだが、シャルロットが俺を捜している可能性があってな。にもかかわらず、昨日の騒ぎだ」

 

 早々にこの町から退散しなくてはいけないことと、今後の方針で迷っていることを事情等を諸々含めて俺はカナメさんに話し、尋ねる。

 

「どちらに向かうのが良いだろうか」

 

 と。

 

「そうぴょんね……勇者様一行から離れるなら、その男性の帰郷に同行させて貰うのが良いと思うぴょん。一応、最初にあった時一緒に勇者様が居たことがちょっとだけ不安要素ぴょんけど、話の中に目的地は出てこなかったようだし」

 

「ああ、そうか。あれを思い出して探しに来る可能性もあるか」

 

 失念していた事実を指摘され、流石はカナメさんと唸りつつも俺達は話を続け、やがて方針を定めた。

 




経験者、変態ストカーについて語る。

カナメさんにエピちゃんが居なければ、変態の烙印を押されていたのはきっと主人公だったはず。

いやー、危なかった。ありがとうエピちゃん。

次回、第四話「バハラタ出立」


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第四話「バハラタ出立」

「以前、封印した故郷に妻の亡骸を弔う為にどんな扉でも開けてしまう鍵を探していた男に会ったことがあってな」

 

 一度関わった手前、同行させて貰ってその結末を見届けることになったと俺はトイレから戻ってきたトロワに説明する。

 

「……そうですか。マイ・ロードがお決めになったことに否はありません」

 

「すまんな。シャルロット達の方にも知り合いに合流して貰うつもりで居る。そちらがうまく行けばアンを含むあちらの近況も知ることが出来るようにはなると思う」

 

 度を超したマザコンのトロワにとって母親と離ればなれは辛いに違いないが、側に侍ると誓ったトロワをあちらに行かせる事も出来ず、アンをこちらに呼び寄せてしまった場合、アンの息子を説得するための手段をあちら側が失ってしまうことになる。

 

(こっちがアンの息子さんと接触する可能性なんてアレフガルドに足を運びでもしない限り相当低……やめよう、この思考はどう考えてもフラグだ)

 

 そもそも、おばちゃんの息子が姉であるトロワや母親当人を捜しにこっちに来た時に鉢合わせるという可能性も存在すると言うのに。こんな所でフラグをおっ立てるのは、厄介ごとに向かって手招きするようなモノでしかない。

 

「……ママンの? ありがとうございますっ、マイ・ロード!」

 

「気にするな……と言うか寧ろもっと別の所を気にしろ」

 

 俺が返した言葉の意味を理解するなり後ろから抱きついてきたトロワに俺がした指摘は相応のモノだったと思う。

 

(おもいっきり、あたってるんですけど、むね が)

 

 変態は今日も変態だったと言うことか。

 

(カナメさんが部屋を出た後で良かった)

 

 部屋を出たからこそ、押しつけてきているのかもしれないけれど。

 

「別のことを気に? 解りました布が邪魔だから脱げと仰るのですね?」

 

「……わかっていてやってるな?」

 

 そうでなければ寝ている時以外も縛っておかないといけないんじゃないだろうか、コレ。

 

笑劇(コント)はいい。とにかく、他者について行くという形になる。出立のタイミングを始め主導権はあちらにある。そのつもりで、出来るだけ早くここを引き払う準備をしておけ」

 

 実際の出発までにはカナメさんや他の同行組のクシナタ隊と合流した後になると思うものの、今の内にしておけることもあるのだ。

 

(荷造りとあのオッサンへの連絡。それから、不足してる品があるなら買い足しもかな)

 

 重さと容量を無視したふくろはシャルロット達が持っているため、消耗品を以前程大量に買い込んでおくことは出来なくなった。

 

(そう言う意味ではトロワの存在は大きかったかもなぁ)

 

 しつこく押しつけていた質量兵器を消してしまえる袋をこの変態娘は開発していたのだ。重量を無視して何でも入る袋の再現を目指した結果の失敗作だったが、作成して入れたモノの体積を縮小させるだけの袋だとしても持てる荷物の量が増えるのは紛れもない事実なのだから。

 

(前に入っていたモノを考えると下着同然だから持つことに若干の抵抗は覚えるけどさ)

 

 下手なリアクションをしようものなら妙な誤解をされかねないというのは問題だ。

 

(そもそもトロワの中古じゃなくて出来れば新品がつくって貰えると良いんだけどなぁ)

 

 こちらで作ることが出来るか解らないし、我が儘な要求だとも思う。

 

(が、トロワに出来ることを把握しておいた方が良いのも確かだよね)

 

 アイテム制作者として天才的な能力があるなら、遊ばせておく理由はない。

 

(ジパングに連れて行って、神秘のビキニの開発に携わった元バニーさんのおじさまと引き合わせたらとんでもないモノが出来るんじゃないだろうか、うん)

 

 優れた武器防具が開発され、神竜と戦う助けになってくれるなら、試してみる価値はある。

 

(まぁ、その前にあのオッサンの帰郷を見届けないといけないし、今は出発の準備だな)

 

 使ったモノを鞄にしまうため手を伸ばしつつ、俺は敢えてトロワに背を向けた。

 

(あざといと言うか、何というか)

 

 こちらの視界にしまおうとする下着を入れようとしてくるのだから、是非もない。

 

「とりあえず、荷造りが終わったら件の男の所へ行くぞ?」

 

「はい、マイ・ロード。ところで、ムラムラしませんか?」

 

「そうだな、少しイライラならし始めているかもな」

 

 だから、ふざけた返答には絶対零度の視線とエアアイアンクローでお答えするのが礼儀だろう。

 

(こういう時、カナメさんはどうしてるんだろう? あとで聞いておこうか)

 

 思わず天井を仰いだ俺は最後の荷物を鞄に押し込み。

 

「同行を希望されるか、承知した」

 

「すまんな。こちらは多くて六人ぐらいになると思うのだが」

 

「そうか。うむ、それぐらいなら物資も足りよう」

 

 部屋を出たところで見かけたオッサンとの話しはあっさり終わる、ただ。

 

「出発は明後日だ」

 

「え」

 

 俺はもう一つ大切なことを忘れていたらしい。このポカによるタイムロスで見つからなかったのは、幸運だった。

 

(物事ってさ、やっぱりきっちり確認してから挑まないと駄目だね、本当に)

 

 二日後、晴れ渡る空を仰ぎつつ船上の人となった俺を乗せ、船が動き出す。こうして俺達は、バハラタを後にしたのだ。

 




次回、第五話「そう言えばそうでしたね」


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第五話「そう言えばそうでしたね」

「ぬおおおっ」

 

 しかし、思い返すと自分が随伴者という形の旅は珍しい気がする。

 

(そもそも行き先だって知らない訳だし、ただついて行くだけ。だからさ……うっかり せいすい まきわすれれてたって しかたない よね?)

 

 思わず遠くを見たくなるのは、でっかいイカの触手にオッサンが絡め取られてとんでもないことになっているからではないと思いたい。

 

(いろんな意味で近寄りたくないけど、呪文は駄目だな)

 

 盗賊が攻撃呪文を使ったら変とか以前にほぼ間違いなく絡み取られたオッサンを巻き込む。

 

「くっ、ああも密着されているとな」

 

「確かに、酷い視界攻撃ですね。マイ・ロード、ここは中和するため私が脱ぎますからムラムラして押し倒して下さい」

 

「そも、放ってもおけんか」

 

 いきなり変態的要求をしてきたアークマージを無視して、俺はまじゅうのつめを装備すると、甲板を蹴って船縁から甲板へと這わせた巨大なイカの腕目掛けて飛んだ。

 

「でやぁっ」

 

「シュォォォォッ」

 

 振るった斬撃で腕を半ばから切り離されたイカが悲鳴をあげて船から離れ。

 

「今だ」

 

「はい、ザラキっ」

 

「「シュアアッ……」」

 

 俺の指示で同行することになったクシナタ隊の一人、僧侶のお姉さんが唱えた即死呪文によって巨大なイカの触腕は力を失い、断末魔を上げた本体と共に海に沈んで行く。

 

「ふ、やはりイカには即死呪文だな」

 

「ええ、そうですね」

 

 オッサンがピンチに陥っていたのが嘘のようだが、あのイカの魔物が恐ろしく則し呪文に弱いのだから仕方ない。

 

「すまぬ、みっともないところを見せた」

 

「いや、みっともないというのは寧ろウチのあれだろう」

 

 ようやく触手を外して憮然としつつ頭を下げるオッサンに首を振ってみせると、俺は後方を示して嘆息する。

 

「ああっ、潮風で脱いだローブが! 誰かぁ、捕まえて下さぁい」

 

「ひゅーひゅー、いいぞ姉ちゃん!」

 

「いいぞ潮風、もっとやれ!」

 

 はやし立てる船員の声も含めてもの凄く後ろを振り向きたくないのだけれど、放置しちゃ駄目なんだろうか、あの変態娘。

 

「あっ、マイ・ロー」

 

「ん? んぷっ」

 

 そして、潮風は俺に恨みでもあるのか。ローブが海ポチャして船員達に常時大サービス状態にでもなられたら、流石に俺も目のやり場に困ると振り返った矢先に紫の布が顔に貼り付き。

 

「スー様にはあたしちゃん、流石と言わざるを得ない」

 

「何が流……ぐっ」

 

 天敵であるクシナタ隊所属の元遊び人な賢者(スミレさん)の言葉に顔へ貼り付いたローブを剥がす成り反論しかけつつも周囲の視線に気づいてこらえる。

 

(いや、神竜に挑むなら理想的なパーティーメンバーに一番近くはあるけどさ、何で俺ってスミレさんをメンバーに入れちゃったんだろ)

 

 ことあるごとにからかわれ、玩具にされることが解りきっていたというのに。

 

「マイ・ロード、ありがとうございま……ああっ、船が揺れて」

 

「おっと」

 

 とりあえず裸で倒れ込んでくる変態娘からひらりと身をかわし。

 

「スー様、本当に苦労してるぴょんね」

 

「いや、そこはお前もあまり変わらんだろう」

 

「お姉様ぁ、大丈夫でしたか?」

 

 かけられた労いの声に苦笑を返しつつ指さす先には、こちらに走ってくるエピちゃんの姿。

 

(うん、スミレさんを御せない気がしてストッパーを兼ねカナメさんに同行をお願いしたのは俺だけどさ)

 

 カナメさんを異常なレベルで慕うエビルマージのエピちゃんは押しかけ同行枠なのだ。

 

(あれから出発までに二日あったお陰で、ほぼ欲しかった人材は揃えられたけれど)

 

 今のメンバーは一部が悩みの種を内包したパーティーでもある。

 

(……状況次第で、入れ替えも視野には入れておくかな。補欠メンバーは相応の数が居るし)

 

 俺の伝言を受けて、同行を希望したクシナタ隊の面々の中にはアッサラームで救出し恩を返したいからとアリアハンの職業訓練所で戦う力を身につけた元踊り子のお姉さんまでいたのは驚いたが、人材の層は厚いと思う。

 

(まぁ、願望だけなら真っ先に入れ替えたいのはあの変態娘なんだけどね)

 

 トロワの兄弟との遭遇の可能性を考えると呪われた装備の如く外すことは出来ない訳だが。

 

(ともあれ、今すべき事は、この変態娘に服を着せることかぁ)

 

 当然だが、俺が着せる訳にも行かない。

 

「カナメ、頼めるか?」

 

 ここで差し出す相手を間違えれば、事態は悪化する。だから、俺はローブをカナメさんに手渡し。

 

「仕方ないぴょんね」

 

「う……ま、マイ・ロード? これはどういう」

 

「親しき仲にも何とかだ、服を着ろ。出来ないならカナメに着させて貰え」

 

 身を起こしたマザコン変態娘に指示を出すと鞄を開け、腕を突っ込む。

 

「……今更だがな」

 

 聖水、撒いておこう。仲間になった時点でトロワ達に聖水が有害物質として左右することはないと思う。ただ、「変態除けになってくれたら」と思ったのもまた紛れもない事実だった。

 




トロワの変態っぷりにアクセルがかかってきてる気がする。

ですが、トロワはまだせくしーぎゃる化を残しているのですよ。

興味深いとは思いませんか?

次回、第六話「昨日はお楽しみでしたねなんて言う奴が居たら俺はきっと殴ると思う」



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第六話「昨日はお楽しみでしたねなんて言う奴が居たら俺はきっと殴ると思う」

「まぁ、同行させて貰うのだから文句も言えんのだが……」

 

 ハプニングと言うべきか、それとも災難と言うべきか迷いどころな出来事も終わり、夕日が沈めば当然夜がやってくる。あてがわれた船室の一つで天井を仰いで呟いてみるも、現実は変わらず。

 

(いや、解っては居るんだ。「せめて男女別の部屋で」何て言ったら、トロワが「側に侍る誓い」を盾に反対してくるだろうことも)

 

 おそらく最終的に「俺+トロワ+クシナタ隊の皆さん」という現状通りの部屋割りになったとも思う。

 

(だからって「じゃあ仕方ないね」と割り切れる様な精神を俺は持ち合わせていないんですよね)

 

 変態街道まっしぐらのトロワをどうすればいいか尋ねた俺の相談にカナメさんが乗ってくれ、あの変態娘に襲われる危険度は確かに下がった。

 

(流石カナメさんだなぁ)

 

 賞賛しつつ左を見ればすぐそこにカナメさんが寝ており、反対隣にはエピちゃんが横になっている。

 

(そしてカナメさんの向こうにトロワを寝かせるなんて……自分が一番接したくない相手との間を確実にワンクッション以上置く並び方)

 

 完璧だ、まさに完璧だった。

 

(……何て言うはずないよね?)

 

 その気は無いであろう二人とは言え、女体にサンドイッチされた形での就寝である。

 

「……寝られん」

 

 イベントの前日にイベントが楽しみすぎて寝付けない子供のような理由ではない。

 

(信用してくれているのはありがたいんだけど、無防備すぎやしませんかね、お嬢様方)

 

 俺をからかうだけからかってあっさり寝たフリーダムなスミレさんにしても、「僕が主人の意に反することをするはずがないぴょん」とトロワに釘を刺してくれたカナメさんにしても。

 

(それでもまぁ、モノは考えようかぁ。あの変態娘(トロワ)よろしく胸を押しつけたり擦りつけてくる訳じゃないのだし、眠れないにしても考え事ぐらいは出来る)

 

 ひょっとしたら考え事で頭を使っている内に寝てしまうかもしれないし、こんな時こそポジティブ思考で動くべきだろう。

 

(さてと、ならまずは何を考えるか、かな。とりあえず、これからの方針は既に定まっていて、シャルロット達とバラモスを倒すまでに至った道程と比べると、極めてシンプルだ)

 

 神竜を倒すべく、戦力を整え、準備が調えば、挑み、勝利して願い事を叶えて貰う。

 

(思いつく限りの寄り道も、あのオッサンの旅に付き合うこの一件と後はせいぜい「さいごのかぎ」を回収してシャルロットの現状を報告してくれるクシナタ隊のお姉さんを介して渡すくらいだもんなぁ。どっかのメダルマニアなオッサンへの復讐を除けば)

 

 色々端折ったり、クシナタ隊のみんながシャルロット達の代わりに事件を解決してくれたお陰で、勇者一行のアレフガルド行きは俺が色々要らないことをしなかった場合と比べて随分早くなる。

 

(時間的余裕があるなら、あちらの攻略は勇者一行にお任せしちゃっていいよね。かなりの余裕があるようなら、クシナタ隊のお姉さんを通じて、親父さんの兜がある村の情報を渡しても良いし)

 

 アレフガルドに渡ったシャルロット達がどの程度の時間で大魔王ゾーマの打倒に至るかは現段階で予想もつかないが、こちらが神竜を倒すのに充分な準備を整えられる位の時間はあると思っている。

 

(もちろん、発泡型潰れ灰色生物(はぐれメタル)との模擬戦か風呂を使用することが前提だけどさ)

 

 後者はともかく、前者ならやらせても問題ないと思うのだ。トロワだけなら後者も問題ないとは思う。

 

(……その結果、レベルが上がりすぎて手のつけようがない程強い変態とかになりでもしない限りはね)

 

 想像したのは、タフになりアイアンクローをものともせず、機敏になってこちらの速度に追いついてきた上で全力破廉恥をやらかすトロワ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……ああっ、この痛み。最近、マイ・ロードに頭を掴まれるだけで、私――」

 

 そうぞう の とろわ が いった。おこさま には とても きかせられない せりふ を。

 

(やめてよ、おれ の そうぞうりょく)

 

 成長するという可能性を変態に向けるだけでどうしてこうも恐ろしいモノが誕生するのか。

 

(とりあえず、アイツの事を考えるのは止めよう。考えるならあのオッサンの目的地だ)

 

 バハラタを出て船が向かう方向は、太陽の動きからすると西。今のところアッサラームとの交易船が通るモノに似通ったルートを進んでいると思う。

 

(このままアッサラームに向かうはずはないし、おそらくはネクロゴンド方面。地図にさえ載っていない場所ってとこか)

 

 脳内の地図と照らし合わせ見当を付けるのは、色々あって目的地の情報をあのオッサンから聞きそびれたからでもあった。

 

(魔物は聖水を撒けば、まず出てこない。帰りは移動呪文でひとっ飛び)

 

 船が移動呪文についてこられない可能性を残してはいるが、それなら移動呪文の使える人材を一人船に残しておけばいい。

 

(例えば……スミレさんとかね)

 

 魔法使いのお姉さんにはアバカムの呪文を使う役目が、俺は聖水を撒かないといけないと考えれば妥当な所である。別にからかわれるのが嫌だからとかそんな個人的な理由の人選ではないのだ。

 




ちょっとだけトロワから解放されつつも、やっぱり眠れない主人公。

次回、第七話「上陸」

おそらく今年の更新はこれで最後になるでしょうね。皆様良いお年を。


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第七話「上陸」

「そろそろ陸地が見える。もっとも、端から見れば海岸沿いは絶壁で険しい山の一部だ。本来なら上陸は無理そうにも見えるが、近くに火山があるせいか、この辺りの絶壁には幾つかの洞窟がある」

 

 オッサン曰く、それは地元の人間でもごく限られた人間のみが知る抜け道であったらしい。

 

(なるほどなぁ)

 

 原作には全く登場しない洞窟だが、オッサンが嘘をついているとは思わない。町や村も辻褄が合うように規模が大きくなっているのだ、この世界に暮らす人がショートカットされては困るとか、容量的にダンジョンを置けないといった原作を作る側の理由にあわせて行動範囲を狭められる理由はないのだから。

 

(知らないダンジョンとか村があったとしたって不思議はないし、実際魔物の家とか原作にない集落を見つけたことだってあった訳で)

 

 一つ、知らない洞窟があったことを教えられたとしても今更である。

 

「なくなった鍵は、村の地下から続く通路とこの洞窟の境を封鎖する鉄格子の鍵でもあった。故郷を捨てた日、村の者達はその洞窟を通り海に出たのだ。北のアッサラームに向かった者、東のバハラタに向かった者、南下してランシールに辿り着いた者も居る。当初、私の旅は鍵の持ち主を捜すだけでなく、妻とは他の同郷の人々のその後を確認する旅でもあった」

 

「そうか……それであの時ランシールに」

 

 バハラタに赴いたのは、俺の紹介でクシナタ隊のお姉さんに会いに行くためだったろうが、オッサンにとってのバハラタ訪問は他の意味も持っていたのだろう。

 

「左様。目的にどんな扉でも開けてしまう鍵の探索が加わったのは、持ち主と共に本来の鍵の行方が解らなくなった後のこと。『どんな扉でも開けてしまう鍵』の噂を聞いた時は眉唾物だと思ったが」

 

「噂でも話がある分元の鍵を探すよりマシだったと言うことか」

 

 広いこの世界、ノーヒントで行方不明になった鍵を探すか小耳に挟んだ万能鍵の噂を追うかと問われたら、俺でも眉唾な噂の方を選ぶ気がする。

 

「ただのほら話にしては断片的であっても鍵の情報を持っている者が多く、最初は妻と同郷の者の元を訪ねるついでであったものの」

 

「事実、どんな扉でも開けてしまう『さいごのかぎ』は存在するからな」

 

 このオッサンに先を越されなくて良かったと思う反面、他にも鍵に目を付けた者が居るんじゃないかという危惧が頭をもたげる。

 

(うーむ、一応鍵を手に入れるにはエジンベアの通せんぼをする兵士を何とかした上でパズルを解いて手に入れる『かわきのつぼ』が必須な訳だけど)

 

 俺の記憶が確かなら、ランシールにはかわきのつぼの存在と在処まで知っている人間が居たはずだ。

 

(オッサンが目的を果たせたら、さいごのかぎの方も確保に動かないとな)

 

 うろ覚えだが、アレフガルドで勇者一行に鍵を見せられたことで、その鍵の再現を試みようとした人が現れたことがきっかけで、続編で使い捨てながら鍵のかかった扉などを開けられる鍵が開発され売られることになった気がするのだ。

 

(その続編のラスボス、もう誕生しない気もするけどね)

 

 義母が少々アレであるものの、養い親が存在するこの世界で竜の女王の子が魔物を率い人間に敵対するような子に育つとは思えない。

 

(その辺の流れを改変してしまった人間の責任として後世のための対策はしておかないと行けないかも知れないけど)

 

 鍵の確保もその一つだ。

 

(まぁ、その前に未知の洞窟踏破かな)

 

 オッサンの説明を聞いている間も船は進み、行く手を遮るように聳える絶壁が、視界へ徐々に見え始めていた。

 

「見えた、あの崖にあいた左手の一番大きな洞窟だ。海水が浸食して入り口は船のまま入れるが、入れるのは入り口から少し行ったところまで。その先は上陸して進むより他にない。おそらく魔物も入り込んで居る筈だ」

 

「バラモスの城との距離を考えるとまずそうだろうな」

 

 オッサンの推測にあり得る話と頷けば、オッサンは上陸後船には引き返して貰うと告げた。

 

「接岸したまま待機すれば洞窟内の魔物が乗り込んで来よう。それに、船で入れる入り口はここだけだが、この洞窟には他にも出入り口がある。幾つかは絶壁の途中に突き出た出っ張りのような行き止まりに繋がっているだけだが、キメラの翼を使えば、そこから帰還することも可能」

 

「加えてこちらにはルーラの呪文の使い手もいる。船を帰してしまっても問題はない、か」

 

 更に俺が忍び足で先導し斥候も兼ねれば、魔物との遭遇も減らせるだろう。

 

「概ね問題はなさそうに思えるな。魔物の種類によっては」

 

 場所柄を考えると、魔物の強さは近くにある他のダンジョンと同じか、それより弱いぐらいだとは思うが、あくまでこれは俺の推測。

 

(軽く見て失敗する訳にはいかないもんな。まったく未知の洞窟なんだし、洒落にならない敵(キングヒドラ)の化けたあやしいかげの団体さんとかに出くわす可能性だってゼロじゃない)

 

 こういう時は常に最悪を考えて行動すべきだ。前情報がないなら尚更でもある。

 

「提案がある。船を帰す前に一度、俺だ……俺とトロワで偵察をさせてくれ。ここはバラモスの居城からそれ程離れていない。俺単独ならともかく、同行者を守りながら戦うには厳しい魔物が棲息していると出発した後で知ることになっては目も当てられない」

 

 オッサンへそう申し出つつ、俺はいつかの宣言通りきっちり隣にいる変態娘を横目で見る。途中でトロワを付け加えたのは、絶対ついてくると言い出すであろうことと、もう一つ、二人だけで内密の話がしたかったからだ。

 

(元バラモス軍の軍師だったわけだしな、こいつ)

 

 変態だったりマザコンだったりはするが、聞いてみて損はないと思う。

 

「すまぬ。呪文の使い手を紹介して貰った上に」

 

「気にするな。俺としてはやれる人間がやるべき事をやった方が良いと思ったまでだからな」

 

 せめて道案内をすると申し出たオッサンに人数が増えると見つかりやすくなると同行をお断りすると。

 

「ゆくぞ、トロワ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 船を下り、俺達は洞窟の土を踏むのだった。

 




あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いしますね?

次回、第八話「知らない天井」

洞窟でルーラすると天井に頭をぶつけたって出るので、洞窟でも天井ではあると思うのです。


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第八話「知らない天井」

「ふむ、ここまでくれば良いか……」

 

 魔物の襲撃を警戒しつつ少し進んだところで、ちらりと後方を振り返った俺は足を止め。

 

「そ、そうですね、マイ・ロード。初めてが洞窟の中というのはちょっと斬新な気もし」

 

「……はぁ」

 

 言葉不足を後悔しつつも、ローブをたくし上げようとする変態娘のそれを嘆息と共に鷲掴みにする。

 

「ま、マイ・ロード? い、いつものも嫌いではあり゛」

 

「斥候だと言っただろうが」

 

 流石に叫ぶのは拙いと声は抑えつつ、感じた頭痛の何分の一でも伝わればいいと空いた手でトロワの口を塞ぐと同時に頭を掴んだ指に力を込めた。

 

「ん゛んんーっ」

 

「まったく……」

 

 女性をいたぶって喜ぶような趣味はないが、こうも逆セクハラを繰り出して来るようならこれぐらいは許されると思いたい。

 

(とは言え、女性に暴力振るう癖がついちゃうのも問題だよなぁ。うーむ、次は縛った上でくすぐってみるとか……って、そうじゃなくて!)

 

 危ない、わざわざトロワを連れて先行した理由を忘れるところだった。

 

「二人になって内密の話が出来ると思えばこれか。トロワ、俺がお前を伴って先行したのは、ここに居るであろう魔物がどんな魔物かを知らないか聞くためだ。アンの様に過剰戦力が配置されてるケースもあるからな」

 

 原作にさえ登場しなかった洞窟に棲息する魔物だ、いかに元バラモス軍の軍師といえど把握している保証はないが、聞くだけならただである。

 

(その為にわざわざ連れ出す必要があったし、連れ出したら連れ出したでとんでもない勘違いをやらかされたけど、まぁそれはそれで)

 

 とにかく、俺としては欲しかった。俺の想像した最悪のケースを否定するトロワの答えが。

 

「そうですね……ここを抜けた先に有るのは遺棄された村と聞きましたし、居るとすれば付近を住処とする者が中心かと。こちらに報告が上がったこともありませんでしたので、断言は出来ませんが……」

 

「そうか、ではあやしいかげとしてお前のようなアークマージが居る可能性もないか?」

 

「はい、ママンの様にアレフガルドから配属された者が居る場所はバラモス麾下の魔物と諍いを起こさぬように配属される場所については通達されております」

 

「なるほどな」

 

 よってここには居ないという説明を受けてようやく安堵し、付近を住処にするという言葉に記憶を掘り起こす。

 

(この辺って言うと雲の魔物とトロルが居たよな……えーと、後は何が居たっけ)

 

 こういう時、手元にガイドブックがあってくれればとか攻略サイトが見れたらなとつくづく思う。

 

「そこまで解れば重畳だ。だが、斥候に出ると言った手前もある。念のために確認しておくぞ」

 

 試みようと思ったのは、足音と気配を殺して近づいての強行偵察だが、先方に気づかれたなら倒してしまってもいい。

 

(その程度の実力はあるし、今やり過ごせても後で遭遇する可能性もあるもんな)

 

 もしこれがシャルロットとの行軍だったら、魔物使いの心得が作用して仲間になりたそうに倒した魔物が起きあがってくる可能性もあるが、シャルロットとは別行動の今、そんな心配とは無縁だ。

 

(って、待てよ? 魔物使いの心得かぁ……確か、神竜の元に至るまでの道中にはアレフガルドに出没する魔物より凶悪な魔物が居たよなぁ)

 

 同行者の誰かに魔物使いの心得を学ばせておけば、強力な味方を得られるかも知れない。

 

(これは一考の価値有り、だな。最初から魔物の言葉がわかってライオン頭の魔物をあっさり追っ払ったトロワとか元々魔物だし、適正はありそうな気がするけど)

 

 問題はシャルロットに魔物使いの手ほどきをした人物がアリアハンにいることだ。

 

(手ほどき受けてる間にシャルロット達が帰ってきたら……とは言え、側に侍ると誓ってるこの変態娘が俺から離れて教えを受けてこいと言われて首を縦に振るとも思えないしなぁ)

 

 ならば、同じ魔物枠でエピちゃんはどうか。

 

(たぶん「嫌です」って言うよな。慕ってるカナメさんと離ればなれじゃ)

 

 そのカナメさんには遊び人から転職して賢者になって貰いたいので、アリアハンで遊んでいて貰う訳にはいかない。

 

(人間でありながら魔物の言葉がわかるエリザは面識があるからってシャルロット達についていって貰うように指示してる……となると、これはジパングに行ってバラモスから離反した魔物の中から協力者を募る形にするしかないか)

 

 洞窟の天井を仰ぎつつ、方針を定めた俺はマジマジと天井を見て呟く。

 

「しかし、こんな洞窟があったとはな」

 

 ゲームでは全く見覚えのない天井にぶら下がるのは魔物でも何でもないごく普通の蝙蝠。

 

(ふーむ、あの位置に居るということはこの洞窟には空を飛ぶ魔物が棲息していないのか、それともまだ入り口から近いからか)

 

 不意に目を留めた生き物に考察をしてしまった理由は一つ。

 

「トロワ、ついてきても良いが音は立てるなよ? 何か居る、おそらくは魔物だろうがな」

 

 やりづらい相手であることも考え、左腕を鞄に突っ込んでチェーンクロスの柄を掴みつつ、もう一方の手にまじゅうのつめをはめると、俺は忍び歩きで歩き始めた。

 




原作になかったダンジョンでの初エンカウント、はっじまっるよー?

次回、第九話「まさかまた女の子の魔物とか思ってませんよね?」

はわわ、胸の大きな子なんてもう読者さんも一杯一杯だと思うのです。


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第九話「まさかまた女の子の魔物とか思ってませんよね?」

 

(こう、何か予感すると大概2パターンのどっちかに行き着くよな)

 

 例えば胸が大きくて耳の尖った褐色肌の魔物なんて早々出くわすはずが無いと思ったとしよう。

 

(エピちゃんとその姉……あぁ、元親衛隊のエビルマージも該当するかな。元親衛隊のお姉さん達は胸の大きさには個人差があっ――あー、それは良いとして該当者がけっこう居る訳だ)

 

 彼方からもの凄い殺気をぶつけられた気がしたので怖くなって端折ったが、ともあれそんな心当たりの皆さんと俺が出会ったのは、そもそもエビルマージ達が配属されたバラモスの居城に乗り込んだからに他ならない。

 

(覆面とローブを身につけた魔物が自称とは言え大魔王の城にいるのは納得出来る者があるけど、ここはとある村と海を繋ぐただの抜け道、バラモス麾下のエビルマージが守るような重要施設とは思えない)

 

 よって、胸が大きくて耳の尖った褐色肌の魔物に出くわす理由はほぼゼロだ。

 

(だから、女性の魔物が仲間になってこれ以上ややこしい事にはならないと、俺が角の向こうを覗き込むと――)

 

 最初に見えたのは、褐色の肌。たゆんと揺れる胸はトロワのそれを大きさで凌駕し、しかも恐ろしいことに片方だけとは言えまるで隠されて居らず、尖った耳の先が、ピクンとはねる。

 

(そして、髪の毛一本無い禿頭と胸囲をぶっちぎって更に太いウェスト、短い足……どうみても とろる です。 ありがとう ございました)

 

 これ が げんじつ だ。

 

(かわいい おんな の こ だとでも おもい ましたか? 世の中そんなに甘く……いや、女の子だったとしても面倒なことになるかも知れないからね?)

 

 きっと俺に散々逆セクハラかましてくれる変態娘とかがいい例だ。

 

(まぁ、顔面視覚的ダメージの褐色不細工巨人はこの辺に棲息していたはずだから居ても不思議はないとして……)

 

 問題は、ここに棲息しているのがあの魔物だけなのかという点だろう。

 

(オッサンが船を先に帰すって考えたぐらいだから、あれは最初の一体と見た方が良いんだろうけど)

 

 あのデカブツだけなら問題ない。

 

(力押しの脳筋だけしか居ないならいいんだ。ただ、状態異常攻撃とかそう言う厄介なのが混じってた場合はなぁ)

 

 名目とはいえわざわざ斥候に出たのだから、厄介な魔物が居ないかどうかは調べておきたい。

 

(一旦、戻るか)

 

 俺はチェーンクロスの柄から放した手でハンドサインを送り、後退を伝えると、サインを伝えた手でそのままトロワの手を取る。

 

(逆セクハラはさせないっ)

 

 手を捕まえ、引っ張ってしまえば背中に凶悪兵器を押しつけたりは出来ないし、早足で進めばこちらの腕を抱き込む余裕もあるまい。

 

(後は妙な誤解さえさせなければ、問題なしだ)

 

 これで、一連の行動を斜め上に誤解されたらどうしようもないが、きっとそんなことは無いと思う。

 

(いや、させない)

 

 何故なら人には言葉がある、思いを口にすれば良いのだ。

 

「トロワ、聞きたいことがある。質問にはイエスかノーで答えろ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「っ、まあいい」

 

 応じる変態娘にそこはイエスだろと一瞬ツッコミかけたが、敢えて流す。

 

「お前ならあのトロルと話せるか? バラモスが倒されてからまだ一週間も経たん。同時にお前が離反したことがバラモス達に知られた日からもだが、報告が上がったことがないと言うことはここは重要と見なされていなかったのだろう? 最新の情報が届いていなければそれに乗じて仲間のふりをして情報を盗み出すのは効果的だと思うのだが」

 

 トロワの離反が知られていないという前提はあくまで俺の願望。その一点でも俺より元々あちら側だったトロワの方が正しい判断を下せるだろう。

 

「最初の問いはイエスです。ただ、マイロードの仰りたいことは解りますが、報告にさえ上がらない僻地だから私の離反を知らないと決めつけるのは危険かと。よって後者は条件付きならばイエスとさせて頂きます」

 

「ふむ、条件付きとは?」

 

「離反が知られている可能性を考慮し、マイ・ロードにはこちらの接触を利用して油断を誘い私にトロルや他の魔物が襲いかかってきた時の備えとなって頂きたいのです。下僕が主に守って欲しいと言うなどとんでもないことだとは思いますが――」

 

「離反を知っていて逆手に取ろうとした場合、注意がお前に向く。こちらから見れば隙だらけになると言うことか、良かろう。そも、言い出したのはこちらだからな」

 

 こうして俺はトロワと話を纏めると、トロルの居た曲がり角の手前まで再び進んだ。

 

(ふぅ、手間取ったけどいよいよかぁ)

 

 あとは気配と足音を殺したまま壁際を迂回してトロルの背後へ回り込み、成り行きを見守るのみ。

 

「ふん、随分暇そうだな?」

 

「ほぇ? そ、そんのお姿は?!」

 

「バラモス様より軍師の地位を頂いたアークマージのトロワだ。お前もバラモス様のお命を狙おうと人間共が何やら画策していることぐらいは聞いていよう?」

 

 微妙に懐かしい傲慢な態度の変態娘を見て一瞬棒立ちした禿頭巨人にトロワは名乗るなり質問を被せ。

 

「へ、へい」

 

「だが、報告さえこちらに上がってこなかった僻地だ。先に最新の情勢を教えておいた方が良かろう。お前は最近の事を何処まで知っている?」

 

「わ、わかりましただ。おでが知ってんのは――」

 

 鮮やかな手並みで情報を引き出して行く。

 

(うわぁ。変態でも元軍師ってことか)

 

 俺の前ではだいたい残念痴女でしかない事を鑑みると微妙に複雑でもあった。

 





次回、第十話「トから始まる三文字の」

トロワもトロルも三文字中二文字は同じなんですよね。



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第十話「トから始まる三文字の」

(まぁ、それはそれとして)

 

 やるべき事を終えたなら、すべき事は決まっている。引き返して合流した後ここは通る道なのだ。

 

(トロワと接触したことを知られても面倒だし、バラモス側に与していた魔物だもんなぁ)

 

 ここはトから始まる三文字の魔物の死体になって貰うことにしよう。

 

(幸いにもこっちには気づいていないようだし)

 

 念のためにバイキルトの呪文を自分にかけ、変態娘との会話が一段落するのを待つ。

 

「ご苦労だった。要らぬ混乱を招くのは本意ではない。私が来たことは他言無用だ」

 

「へい、わかりま」

 

「では、ゆっくり休め」

 

「へ?」

 

 俺が声をかけ、ようやく褐色肌の巨人は声を上げたが、振り返ることはなかった。

 

「永遠にな」

 

「ぐげっ」

 

 短く続けて突き入れた爪の一撃だけで命を奪うには充分すぎたし、そもそも見た目通りに動きの鈍い魔物なのだ。

 

「さて、情報も手に入ったし一旦戻るとするか」

 

 トロワに倒した魔物が話した内容が正しいなら、洞窟にいるのは今し方死体になったトロルが中心であり、場所によっては動く腐乱死体や複数の腕を持つ骨の剣士が出没するぐらいであるとのこと。

 

「……人間がやってきたことも最近はない、か」

 

 捨てざるを得なかったとは言え故郷は気になるモノだったと言うことだろう。あのオッサンの奥さんと同郷の人間で故郷が忘れられずここに足を運んだ人間も居たと思われる。

 

(あの見た目からして頭のよろしくなさそうな魔物に人間の詳しい判別をしろって言うのも酷な話だもんなぁ)

 

 奥に村があったことを聞きつけてお宝目当てでやって来た冒険者もオッサンの様な村の関係者も褐色肌の巨人からすれば一括りに人間なのだ。

 

(人の目撃証言があるとなると、アンデッド系の魔物ってのが気になるけど)

 

 この洞窟に足を踏み入れ、魔物に殺された者のなれの果てなのか、それとも。

 

(魔物同士の話を盗み聞きしたことにしてあのオッサンに聞いてみるかな)

 

 命を落とした者が全て魔物になるとは思えない。その上で出没すると言われる程の数が存在するというのなら相応の犠牲者が居るはずだ。

 

(消息を絶ってる元村人でここまで様子を見に戻ってこられる猛者が何人も居るとは思えないし)

 

 魔物となった死体の出所が気になる。

 

「とは言え直接魔物が目撃された場所はかなり奥だし、あの男からの情報が欲しい。そろそろ引き返すぞ、トロワ」

 

 この辺りが潮時だろうと見切りを付け、俺は変態娘に声をかけ。

 

「あー、それだったら……オイラ、お力になれるかも」

 

「なっ」

 

 意図したところとは全く別の方向から聞こえてきた声に驚きつつも身構える。

 

「おっと、驚かせてごめんなさい。オイラはムール。あの男ってきっと村の人の誰かだよね?」

 

「村の? いや、妻が村の人間だったとは聞いて……っ」

 

 反射的に途中まで答えかけたところで、洒落にならない状況に気付き、顔が強ばる。

 

(こいつ、いつから居た? それに――)

 

 身構える俺の前に現れたムールを名乗る人物は、見たところ俺と似た格好をしていた。だから、顔立ちと体つきは中性的だが、男で盗賊なんだろうなと言うことぐらいは解る。

 

(だからって俺が気配に気づかないとか、だいたい)

 

 へたすれば、とろわ が とろーる と かいわしてる ところ とか も ばっちり みられたんじゃないですか、ひょっとして。

 

(うわぁぁぁ、致命的すぎるっ)

 

 わざわざ見られないように二人だけで抜け出してきたというのに決定的瞬間を目撃されていたなら、意味がない。

 

(しかも、話すことが確かならこのムール君、あの村の関係者だよね)

 

 オッサンと面識がある可能性すらある。とても拙い状況だった。

 

(そもそもさぁ、さっきから何でだんまり何ですかトロワさん?)

 

 だから、思わず変態娘に非難の目を向けてしまうのは、仕方ないことだと思う。俺は振り返る必要があったが、立ち位置的にトロワには見えていた筈なのだ。

 

「あの……マイ・ロード、どなたと話しておいでですか?」

 

「それはいい訳のつもりか?」

 

 独り言を言うことも良くあるが、ムールと名乗った少年はすぐそこにいて、視線を戻してみるが何処かに隠れた訳でもない。

 

「まあいい、その話は後だ」

 

 真っ先に確認すべきはトロルと変態娘のやりとりを見たかと言うことだが、こちらからそれを聞くのは悪手でしかない。

 

「話を戻そう、この洞窟の奥に出るという動く屍の魔物について何か知っていると言うことで良かったか?」

 

 俺は変態娘から視線を外したまま、少年に問う。

 

(「お力になれるかも」って言ってたんだから、まずは何でもないふりをしつつ先方に話して貰おう)

 

 魔物と化した死者の出所は気になっていた所なのだから、申し出自体は渡りに船だ。

 

「うん。多分だけど、この洞窟は村の下も通ってるから」

 

 俺が見つめる中、頷いた少年は言う。

 

「多分、何処かが崩落して村の外れにあった地下墓所(カタコンベ)と繋がっちゃったんだと思う」

 

 と。

 

「地下墓所?」

 

「そう。村自体もかなり前に封印されて放置されたっきりでしょ? だから、誰にも祀られなくなったことで悪いモノがたまって、残されてた死体が魔物になって動き出しちゃったんじゃないかなぁって」

 

「ふむ」

 

 考えられる話ではあった。死体が魔物になるなど普通ならファンタジーだがこの世界はそのファンタジーであり、動く腐乱死体となら実際に戦ったこともあるのだから。

 

 

 




まぁ、トロルが新ヒロインな訳ないですよねー。

そして、突然現れたのは謎の少年(?)。

彼は一体何者なのか、そんな謎を残しつつ。

次回、第十一話「取引」


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第十一話「取引」

「もちろん、これはあくまでオイラの推測だけどね」

 

 肩をすくめ少年は付け加えるが、充分有益な情報だった。

 

(オッサンの所に戻って尋ねてもこれ以上の情報は聞けなかっただろうし)

 

 少なくとも少年の「お力になれるかも」と言う言葉に嘘もなかった訳だ。

 

(だから……問題はこの後、だな)

 

 情報を提供してくれた、それはいい。だが、無償で提供してくれたのかも不明であり、変態娘がトロルと会話して情報を引き出した所を見ていたかも不明。そも、この少年の目的も不明なのだ。

 

「なるほどな。推測であろうと全く情報の無かったこちらとしてはありがたい。助かったと礼を言いたいところだが――」

 

「あ、それなら気にしなくて良いよ。うすうす察してるかなぁとも思ったけど……オイラ、お願いがあったから」

 

 ほら来た、と言うべきか。

 

「情報提供の一件で借もある。聞けるかどうかは内容にもよるが、話してみるがいい」

 

「いいの? じゃあ、失礼して――」

 

 俺が話しを向ければ拍子抜けでもしたかのようにきょとんとした少年は要望を口にする。

 

「オイラをさ、この洞窟の出口まで同行させて欲しいんだ。魔物もけっこう居るみたいだし、オイラ一人じゃたどり着けないからさ」

 

「それは他の同行者と一緒にでも構わんか?」

 

 少年のお願いに関してはシンプルであり、大した要求でもなかった。引き返し数人連れて最奥に向かうつもりだったのだ、一人同行者が増えたところで大差はない。

 

「あー、うん。連れてってくれってお願いする立場だからね。そこはあなたに従うよ。もちろん、そっちのお姉さんが魔物と話してたことも口外しない。そう言う条件でどうかな?」

 

「っ、やはり見ていたか……良いだろう」

 

 弱みを握られた時点で拒否権などないに等しい。要求を呑めば黙っているというなら文句もない。

 

「じゃあ、取引成立だね」

 

「そうだな。話も纏まったところでいったん戻るぞ? 同行者にお前のことを話す必要もあるし、ここに留まるのは危険だ。血の臭いに他の魔物が集まってくるやもしれん」

 

 褐色の巨人は出来るだけ傷の目立たないように仕留めたがそれでも刺殺となればいくらか血は流れる。すぐさま引き返すつもりのところをこの少年との予期せぬ遭遇で予定よりも長く留まってしまった。

 

(トロルの話しとこの少年の話からすると、魔物はそれなりに居ると見て良さそうだもんなぁ)

 

 こうしている間に血の臭いをかぎつけた新手がやってきても不思議はない。

 

「はぁい。戻るって言うと海水が流れ込んでるそっちの方だよね?」

 

「ああ、他に船で入り込める場所は無いらしいからな」

 

「あー、じゃあ、船で来たんだ」

 

「まぁな」

 

 魔物が居るであろう後背への警戒は緩めず、少年と言葉を交わしながら俺は来た道を引き返し。

 

「お前は……ムールか」

 

「あー、奥さんが村の人だって聞いてたからそうじゃないかと思ったけど……」

 

 やはり顔見知りだったらしい二人は対面を果たした。

 

「村の人間ってのは本当みたいだな」

 

「む? これは失礼した。こいつはムール。村長の孫に当たるのだが……一体今まで何処にいた? 探したのだぞ?」

 

 俺の呟きで我に返ったオッサンは、少年の事を紹介するなりその背を叩く。

 

「っ、痛ぁ。何もこんなに強く叩かなくても良いじゃんか」

 

「散々探したのだ、それぐらいで文句を言うな」

 

「ちぇっ」

 

 抗議したところでオッサンに鼻を鳴らされ舌打ちしつつも、心配してくれていたからこそ手が出たのは明らかだったからだろうか、少年はどこからはなしたものかなと漏らしつつも語り始めた。

 

「えーと、ここを出て父ちゃん達と船に乗ってたら嵐に巻き込まれてさ、樽に捕まってたら運良く通りかかった船に拾って貰えたんだけど、みんなとは離ればなれだし、乗せてくれた船の行き先が目的地と全く別方向。何とかアッサラームに辿り着いて、そこで旅支度をしてここに来たって訳。ここの鍵を持ってたのはオイラの父ちゃんだけど、どこに行ったかもわかんないからね、予備の鍵が要るんじゃないかって思ったんだ」

 

「予備の鍵だと?」

 

 オッサンにとっては衝撃の事実なのだろう。

 

「うん、不測の事態に備えて村の中とこの洞窟の途中一つずつに隠してあってさ、その存在と隠し場所は村長の家の人間にしか知らされてないってオイラは聞いてる」

 

 目を向いたオッサンへどことなく決まり悪そうに話した少年は「だからさ」と続けた。

 

「オイラは予備の鍵を取りに来たんだ。このまんまじゃ、いつか世界が平和になってみんなが村に戻ってこようとしても鍵がないし、どっちの鍵も場所を知ってるのはオイラだけだったから」

 

「出口まで連れて行け、と言ったのは」

 

「うん。予備の鍵で封印を解いて、村の中に隠してある方の鍵を取ってこようって思ったんだ……まぁ、想像以上に魔物が居てどうにもならなかったんだけど」

 

 そこに俺が通りかかった、と言うことなのだろう。

 

「話は解った。ならば鍵の隠し場所までの案内も頼めるな?」

 

 解錠呪文の使い手がいる以上、わざわざ鍵を探す必要はないのだが、今回の目的はオッサンの奥さんの亡骸を村に葬ることであり、村の再興ではない。

 

(村を再興することになったら、鍵は必要だし)

 

 場所を知る者が居るのも渡りに船、確保しておいた方が良いだろう。オリジナルが失われてしまったなら、予備から新たなスペアを作る必要もあるかも知れない。

 

「うん。ただ、隠し場所はちょっと寄り道になっちゃうけど」

 

「構わん」

 

 それでも良いかと問う少年の視線に俺は即答して見せた。

 

 




少年も合流し、明らかになる新事実。

そして、一行は洞窟へと挑む。

次回、第十二話「洞窟を奥へと」

あれ、トロワとクシナタ隊のお姉さん達が息してないような(存在感的な意味で)


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第十二話「洞窟を奥へと」

 

「戦闘は出来るだけ避けて行く。洞窟内であることを鑑みると魔物を迂回出来るような空間があるかは疑問もあるがな」

 

 やり過ごせない場合は仕留めるしかないが、その場合も俺がやると宣言して質問はないかとカナメさん達に問う。

 

「そうぴょんね、鍵の隠し場所まで解ってるならもう道は決まってると見て良いぴょん?」

 

「もっともな質問だが、それがやや微妙でな。洞窟の構造が以前のモノとは崩落で変わっている可能性があるらしい。以前の構造であれば聞いているから、それを元に進むつもりではあるものの――」

 

 最悪の場合、崩落して塞がった場所を掘り起こす作業まで必要になるかもしれない。

 

「もう一つの選択肢として、地下墓地と繋がった部分から地下墓地の方に入り、中を抜けて村まで行くというものもある。まぁ、何処で地下墓地と繋がってるかが不明だからこちらを選ぶ場合、何処を通るかが行ってみないと解らない」

 

 下手をすると予備の鍵の隠し場所までの道がムール少年の言うちょっとの寄り道で済まなくなるんじゃないだろうか。

 

「一番嫌なパターンは鍵の隠し場所も本来の通路も地下墓地も全てが崩落で塞がってるってケースだが」

 

「スー様、いかにも有りそうな嫌なことを口に出すのは――」

 

「そうだな、すまん」

 

 俺もまだまだ迂闊みたいだ、考えすぎてフラグを立てかけてしまうなんて。

 

(けど、あんなでっかい魔物が居るぐらいだもんなぁ)

 

 横幅を取るトロルからすれば、崩落して道が塞がっていたなら、一大事。トロワと話した時に報告ぐらいすると思うのだ。

 

(有るとすれば簡単に片付けられる、報告しなくても問題ない規模ってとこだろう)

 

 そして、純粋な力比べをしたならこの身体はあの褐色巨人に勝てるスペックを持っている。

 

(だから、怖いのは既に崩れてる場所よりも崩落に巻き込まれるケースだ)

 

 落石のダメージ自体は防具で殺せても、埋まって窒息してしまったらどうしようもない。

 

(自分へのダメージ覚悟で至近距離から攻撃呪文をぶっ放すって最終手段もあるけど)

 

 使う機会はない方が良い。

 

(って、これもフラグになりかねない……うん、考えるのは止めよう)

 

 案ずるより産むが易しと言う奴だ。

 

「ひとまず、鍵の隠し場所に向かうぞ? 地下墓地通過のルートはあくまで最終手段だ。鍵を見つけてまずは鉄格子の所まで行く」

 

「「はい」」

 

「承知した。世話をかけるな」

 

 クシナタ隊のお姉さん達の声に続く形で答えたオッサンが頭を下げてくるが、ついて行くと決めたのは俺なのだ。

 

「気にするな。連れの訓練にもなるしな」

 

 しかも魔物を倒せば少量とはいえ、同行者に経験値が入るし、魔物がお宝を懐に忍ばせているかもしれない。

 

(まぁ、アンデッド系特にゾンビ系はあんまり見たくないけど、俺にはトロワが居るしなぁ)

 

 近寄りたくないって理由で呪文攻撃で一掃してしまい「こいつの呪文攻撃でした」と言って誤魔化す手もある。

 

「さて……と、いきなりか」

 

 オッサンの礼に応じて歩き出してホンの数分。俺が、魔物の気配を察知したのは、やはりというか何というか、先程褐色肌の巨人を倒した場所。

 

「マイ・ロード」

 

「ふ、あの死体が見つかったと言うところだろうな、おそらくは」

 

 先行するならついていきますとでも言おうとしたか、俺を呼ぶ変態娘に一度振り返って音は立てるなよとだけ言い。

 

(うーん、一匹見れば何とやら。たぶんトロルだと思うけど)

 

 あれはただでさえ場所を取る。

 

(死体と生きてるので二匹になるとちょっと狭いな)

 

 仲間の死体を発見すれば警戒だってするだろうし、迂回は諦めた方が良いだろう。

 

(倒せば死体の消えるゲームとは違う、解ってるけど死体が残るってホントに厄介だわ)

 

 経験値が入るなら皆殺しヒャッハーも一つの選択肢ではあったが、この死体が残るというのがかなりの曲者だった。

 

(ジパングの洞窟だったら煮え立った溶岩に放り込んじゃえば良かったけど)

 

 あそこはそもそもこの洞窟より幅があった。

 

(こっちは代わりに無茶苦茶涼しいけどね)

 

 まぁ、溶岩の煮えたぎった洞窟と比べれば殆どの洞窟が涼しくなるが、それはそれ。

 

「へべっ」

 

「ふぅ……やはりこの程度か」

 

 気配を殺して忍び寄り、爪で突き刺せばそれだけで褐色肌の巨人は断末魔を上げ、棍棒を取り落として崩れ落ちる。

 

「しかし、やはり問題はこの巨体だな。海に捨てるのも面倒だが横に並ぶと通行の邪魔でしかない。いっそ積むか?」

 

 俺のちからならおそらく重ねることは可能だ。

 

(可能なんだけどさ、今気づいたけど……人型の魔物二体重ねるってあれだよね?)

 

 何処かの腐った僧侶少女が大歓喜というか、うん。

 

(きっと「重ねる」とか言う言葉のせいだ)

 

 邪魔にならないように積もうと思っただけなのに、一度連想してしまうとそのイメージがぬぐい去れない。

 

「マイ・ロード? どうされました?」

 

「いや、何でもない。何でもないが、胸を押しつけるな」

 

 とりあえず、通行の邪魔っぽくはあるが、二体横たわっていても間を通り抜けるぐらいのことは出来る。

 

(進もう、奥へと)

 

 精神的疲労を覚えつつも俺はオッサン達と合流すべく、死体を残して引き返す。

 

(しかし、一つ学んだな。この洞窟、死体を長時間放置しちゃ駄目みたいだ)

 

 死体とそれを発見した生きたトロルで道がふさがりかねない。

 

(最初の失敗はムールと会って話をして時間をかけたからだけど)

 

 同じ失敗はもうすまい。そう思った矢先だった。

 

「ん?」

 

 脇を通り過ぎようとした岩の影にそれを見つけたのは。

 

 




おや、主人公が何か見つけたようだ。

次回、第十三話「決意ってしてみたけど果たされないこと意外に多い」




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第十三話「決意ってしてみたけど果たされないこと意外に多い」

「これは……」

 

 岩の影から覗いていた布の一部には見覚えがある。汚れ、色あせているが、ここに来て初めてあった誰かの服、その袖の部分とそっくりで。

 

「あーあ、見つかっちゃった」

 

 悪戯を見つけられたかのような当人の声がすぐ後ろでしたが、俺は振り向かなかった。

 

「えーと、驚いてないね?」

 

「トロワがお前の姿を知覚していなかったからな、可能性の一つとしては考えていた」

 

 当たって欲しいとは思わなかったものの、同じ服を着た白骨とムールの口ぶりからすると、まず間違いはないと思う。

 

「これが、お前だな?」

 

「うん。何とか魔物に見つからずに鍵の所まで行こうとしたんだけどさ、ドジ踏んじゃって……」

 

 それでも鍵の事が心残りとなってここに縛られてしまっていたのか。

 

「そもそも、怪しいところだらけだったからな。一部の者に姿は見えず、先人が要るにもかかわらず俺達が接岸した場所に他の船もない」

 

「あー、そうだよね。……と言っても、オイラ帰りはキメラの翼で別の出口から脱出するつもりだったからさ」

 

「成る程な。見たところ即死でもない。空が見えていればキメラの翼で逃げられたか」

 視線を再び白骨にやりつつ問えば、少年の幽霊は「たぶんね」と頷く。

 

「しかし、姿を認識しないモノが居るというのは面倒だな」

 

「えっ」

 

「……問題点はそこなのかと言わんがばかりの顔をしてるが、譲れんぞ?」

 

 現状も俺はトロワからすると独り言を言い続ける変な人と見られているかも知れないのだ。

 

「まぁ、幽霊だろうが死人だろうが、約束を違えるつもりはない。だが、黙っていたんだ、追加条件ぐらいは呑んで貰う」

 

「追加……条件? まさか、えっちなこととか?」

 

「待て」

 

 はっ と かお を あげるなり なんてこと を いいだすんですかね、この ゆうれい は。

 

「何をどうしたらそうなる?」

 

「え、だって……そっちの姉ちゃんに胸押しつけられてたし、そう言うの好きなのかなぁって」

 

「ま、マイ・ロード?」

 

 言いつつムールが指さしたのは困惑気味の変態娘。

 

(そうか、とろわ。おまえ の せい か)

 

 連れが変態過ぎて同性の幽霊に身の危険を感じさせるとか、どういうことですか。

 

「はぁ……とりあえず、この娘はただの変態だが、見境はあると思うから気にするな。俺が要求するのは、これから行うことを口外無用に――」

 

「口外無用? じゃ、じゃあやっぱりオイラもここでそっちのお姉さんみたいに初めてを奪」

 

「だああっ、何故そうなる!」

 

 いや、一応の予想はつく。

 

(あれか、もっと向こうの方での会話まで聞いてたのか)

 

 だからって、ま に うける ほう も ま に うける ほう だと おもいます。

 

(世界の悪意ってあの腐った僧侶少女に賄賂でも握らされたんですか?)

 

 少年と俺の絡みとかあの僧侶ぐらいしか得しないじゃないですか、やだー。

 

(ともあれ、さっさと誤解を解いてしまおう)

 

 もう、すぐに合流することは諦めるしかないとは思うが、そっちは仕方ない。

 

「要求は一つ、俺の仲間になれ」

 

「え」

 

「言っておくが、ホモ仲間とか曲解はするなよ?」

 

 これ以上エクストリーム誤解とかをされても面毒臭いので驚く幽霊には釘を刺す。

 

「っ、うん。約束を守ってくれるなら……オイラ」

 

「待て、何故そこで苦渋の決断をするかのような表情をする?」

 

 ごかいしてますよね、あきらか に ごかいしてますよね、これ。

 

「ま、マイ・ロードがほっ、ホモ? それであんなにアピールしてるのにいっこうに」

 

 と いうか、へんたいむすめ も だまれ。

 

「ったく、揃いも揃って貴様等は……まあいい」

 

 仲間になったなら、やることは一つだ。実際に行動に移した方が説明するよりずっと早い。

 

(大人になるって悲しいことだな、こう……知識が増えるから変な深読みをしてしまう)

 

 何とも言えない感情を胸に、俺は再び口を開いた。

 

「おお、我が主よ! 全知全能の神よ! 忠実なる神の僕ムールの御霊を今此処に――」

 

 白骨からの蘇生となるとグロ映像になる事は学習している。

 

「呼び戻したまえっ、ザオリクッ!」

 

 目を閉じたまま唱えた呪文は完成し。

 

「えっ、こ」

 

「な」

 

 驚いた様子の声が途中で途切れ、変態娘も声を上げ。

 

(っ、この何とも言えないモノが持ってかれる感じは……うん)

 

 おそらく成功したとみて良いだろう。

 

「……え、ええと、これって……オイラ、生き返」

 

「ふ、上手くいったか」

 

 先程と変わらず、ただ声の聞こえてくる方向が変わったことで、蘇生の成功を確信した俺は目を開ける。

 

「ふむ、蘇生はとりあえず成功と言ったところのようだが」

 

 開いた目に飛び込んできた光景に一つ問題があるとすれば、少年の着ていた服が色あせ若干ボロボロであると言うところ。

 

(蘇生呪文じゃどうしようもないもんなぁ、染みとか変色とかは)

 

 もっとも、収穫はあった。

 

(見たところ盗賊だし、編み出した奥義の後継者候補ゲット。その上で一緒に行動してれば隣の変態娘も情が移るかも知れない)

 

 そのままトロワとくっついてくれれば、逆セクハラされる日々ともおさらばである。うん、そんなにうまく行くかは微妙だけど。

 

(ゆめ を みたって、いいじゃない)

 

 逃亡劇は終わったのに、俺はまだ逃げ続けてるのかも知れない。

 

(ま、それはさておき、さっさと合流しよ)

 

 何だかんだで時間を浪費してしまった。

 

「さて、戻るぞ。他の皆と合流する」

 

 歩き出した俺は一度だけ振り返って立ちつくす二人に声をかけた。

 




バレバレだったかも知れませんが、新キャラは幽霊さんでした。

まぁ、名前が解って交渉出来ればあっさり蘇生させちゃうんですけどね。


次回、第十四話「そしてしれっと何もなかったように」

違いは一見するとムールの服だけ。

さて、誰か気づくかにゃー?


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第十四話「そしてしれっと何もなかったように」

 

「すまん、遅くなった」

 

 合流するなりまず詫びたのは、時間経過を思えば仕方ない。

 

(まぁ、それだけでもないんだけどさ)

 

 自ら動き、目立つことで急に色あせボロボロになった服のムール少年に目がいかないようにする必要もあったのだ。

 

(とりあえず、トロワには壁になって視線をなるべく通さないように言っておいたものの……うーむ、やっぱり防具が心許ないとか適当な理由をでっち上げて着替えさせた方が良かったかなぁ)

 

 いや、服を脱げとか言った日にはまた妙な誤解をされたか。

 

(って、悩んでても仕方ないよね。この洞窟は元々自然のものだった部分が殆どで薄暗いし)

 

 訪れる者が居ない洞窟に明かりを用意する必要もない。住み着いてる魔物の中に暗闇では周囲が見えない魔物がいれば自発的にたいまつななんなりを壁に設置していたかも知れないが、少なくとも俺がトロル達を倒した辺りまではそんなモノは皆無だった。

 

(だから、あの暗さがムール君の服を誤魔化してくれると信じよう)

 

 魔物は脅威と言い難く、案内人も居る。気になることがあるとすれば一つだけだ。

 

「所で、妻を亡骸を故郷に葬りたいと言うことだったが……」

 

「うむ、その通りだが?」

 

 こちらの確認にオッサンが頷くのを見てから、俺はムールの方を向く。

 

「ムール、村の墓地は死体が魔物と化して徘徊しているかもしれないのだったな?」

 

 そう、葬る場所が既にアンデッドモンスターの巣窟になってるのはいろんな意味で拙いと思ったのだ。

 

「あー、うん。やっぱ、そう思うよね? けど、大丈夫。この人の奥さんってことはたぶん地下墓地じゃないから。地下墓地を昔から使ってたんだけど、村の中に地下じゃなくて村を見渡せる場所で眠りたいって人が出てくるようになってさ、お墓は二つあったから」

 

「ほう」

 

「うむ。昔の慣習に拘る者は地下墓地に納められる事を望む者も居たが、墓地に納めきれる死者にも限界がある。以前、納める空間が無くて拡張し、地下洞窟と繋がってしまい慌てて埋め直したことがあったらしい」

 

 ならば、崩落で洞窟と繋がったのは、その埋め直した部分か。

 

「まぁ、地下は嫌だよね。じめじめしてるし、暗いし。オイラも眠るならあの丘の墓地の方が良いもん」

 

「……そうか、まぁそうだな」

 

 しきりに頷いている元死人の言葉には妙な実感がこもっていたのはきっと仕方ない。

 

「何にしても、それを聞いて安心した。目的地までの同行と魔物退治では大違いだからな」

 

 やろうと思えば可能だが、相手の何割かが動く腐乱死体となると精神的にきついのだ。

 

(見た目がリアルというか現実だしなぁ)

 

 加えてゲームと違って匂いもある。

 

「今のところ、この先で二体程魔物を倒している。褐色の肌をした巨人で通路の幅を考えると迂回も厳しかったのでな。死体が見つかって騒ぎになっている可能性もあるが、今更引き返す訳にもいくまい? トロワ、こっちに」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「ふ、これでいい」

 

「え」

 

 側に来いと言われたことが嬉しかったのか、声を弾ませ変態娘が近寄ってくると、俺はすかさずトロワのバックを取る。

 

(そのまま胸を押しつけて来るつもりだったのだろうが、そうはいかないっ)

 

 今は人目があるのだ。もちろん、人目が無ければ役得とも思っていない。

 

「この状態に道案内のムールを加えて俺達が先行する。騒ぎが起きていた場合は死体で道がふさがるかもしれんが」

 

「力仕事ならお任せ頂こう」

 

「そうか、すまんな。では行こう」

 

 心得たとばかりに頷いたオッサンに俺も頷きを返すとクシナタ隊のお姉さん達に呼びかけ。

 

「「はい」」

 

 重なる声を背に、歩き出す。

 

(さてと、とりあえず出発出来たのは良いけど、下手したら見つかってるよなぁ、あの死体)

 

 一体目の死体が二体目に見つかるまでの時間を鑑みれば居て当然くらいに思うべきだろう。

 

(むしろ、プラスαがあるぐらいの想定をしておくべきか)

 

 想定外の展開なんてしょっちゅうなのだから。

 

(遭遇したのが地下墓地の魔物ではなくトロルだったことからすると、あの辺りはトロルの縄張りというか勢力範囲なんだろうな)

 

 トロワと話が通じていた事からすると、褐色巨人達はバラモスの支配下の魔物なのだろうが、話を聞く限り地下墓地の魔物は自然発生。

 

(俺が殺したトロルを探しに他のトロルが地下墓地に近づいて魔物同士の殺し合いが発生、結果として魔物の動きが活発化する、とか……ま、そんなことある訳無いか。つぶし合いしてくれるならこっちとしてはラッキーだし)

 

 プラスαのケースにはほど遠い。

 

「あの、マイ・ロード」

 

「どうした、トロワ?」

 

 そうして考え事をしていたからだろうか、声をかけられ、応じてしまったのは。

 

「気づかなくて申し訳ありませんでした。マイ・ロードは胸よりお尻の方が好きだったんですね?」

 

「は?」

 

「後ろからお尻の感触を楽しむのが好きだとか、もっと早く気づいていればマイロードを煩わせることなんてありませんでしたのに。さ、マイ・ロード、存分に――」

 

 ほんとう に、おれ は なんで きいて しまった の だろうか。

 

「……ムール、揉んで欲しいらしいぞ? 揉んでやれ」

 

「え゛」

 

 頭を鷲掴みにしてギリギリ締め付けたい欲求を抑え込みつつ、出来るだけ平静な声で言えば、少年がこっちを見た状態で固まる。

 

(流石にみんなの前でOSIOKIする訳にもいかないしなぁ)

 

 いくら変態娘とて知り合って間もない異性に尻を揉まれるのは嫌だろう。

 

(これに懲りて変態行動が減ってくれると良いけど)

 

 むりだろうなぁと心の何処かで諦めてしまう自分がいるぐらいに、俺の中でトロワは変態だった。

 

 




相変わらず平常運転のトロワ。

そんなトロワへの新たな処し方を模索する主人公。

そして、主人公の無茶振りにムールは――。

次回、第十五話「まぁ、そうなるな」

予測可能回避不能って良くあることだと思うのです。


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第十五話「まぁ、そうなるな」

「どうした? この先は魔物が待ちかまえているかもしれん。やるなら手短にな」

 

 俺としてはどちらでも良かった。

 

(ここでムールが手を出したことがきっかけになって二人がくっついてくれれば、あの逆セクハラから解放されるし)

 

 揉まれるのが嫌で逆セクハラ発言を取り下げたとしても、さっきの言葉は変態娘への楔となってくれると思う。

 

(まぁ、それ以前にこれ以上モタつきたくないってのもあるんだけどね)

 

 やるなら手短に、言外に早くしろもしくは早く決めろとせかしたようなモノだ。どっちにしても長々とまごつくようなことは無いだろう。

 

「え、えーと……」

 

「マイ・ロード」

 

 結局の所、俺は救いを求める目を二人分向けられたが、これも想定の範囲内ではある。

 

「やらんならやらんでいい。だが、覚えておけ。今俺達は魔物と遭遇し襲われてもおかしくない状況にある。ふざけるにしても時と場所を選べ」

 

「申し訳ありません、マイ・ロード」

 

 助け船を出しつつ、窘めれば流石にこたえたのかトロワも謝罪の言葉を口にし。

 

「解ればいい。これが安全な町の宿屋ならムールも快く揉んでくれるだろうしな」

 

「ちょっ」

 

 俺は鷹揚に頷いた。何だか抗議の声が上がった気もするが、きっと気のせいだろう。

 

「気のせいじゃないよ? そもそも何でオイラが」

 

「俺がやっても喜ぶだけで罰にならんからな」

 

 尚も食い下がるムールに、俺はきっぱりと言い切った。きっとその場のノリがそうさせたんだと思う。

 

「スー様、気持ちはわかるぴょん」

 

 そんな俺の肩にポンと手を置いてくれたのは、ある種似たような被害に遭っているカナメさん。

 

「解って……くれるか」

 

 しかし、どうして こう、この せかい には へんたい な おんなのこ が おおい の だろうか。

 

「ふ、理解者が居るというのはいいな……」

 

 ありがたみを噛み締め、俺は歩きながら鞄に手を突っ込み、それを抜き出す。

 

「ならば――」

 

 まだ残った心のモヤモヤはぶつけてしまおう。

 

(手にしたブーメランに乗せて、ねっ)

 

 気取られないよう投げる時は無言。

 

「えっ」

 

「な」

 

「ぐげっ」

 

「がっ」

 

 追い越してしまった二人が驚きの声を上げた直後に、短い悲鳴が曲がり角の向こうから聞こえ。

 

「ほう、だいたいの見当で投げたが……運が良かったな」

 

 角を曲がると、行く手を塞いでいた死体が二つ増えていた。

 

「……まぁ、流石にこんな所に投げたらこうなるか」

 

 更に周囲を見回して、壁に突き刺さったオレンジのブーメランを見つけると、回収すべく歩み寄り。

 

「ぬっ、ふっ」

 

 掴んで、引っこ抜く。

 

「よし……さて、少々通りにくくなってしまったが、死体が見つかっていたのは時間経過を鑑みるとやむを得ん。ここからは慎重にいくぞ」

 

 魔物としては大したことのない手応えでも、道を塞がれるとめんどくさい。

 

「承知した。しかし、これほどの魔物をブーメラン一投で二体も仕留めるとは……」

 

「油断もあったのだろう。気配と音を頼りに投げたが、それ故にこいつらも俺を知覚できていなかった筈だ」

 

 悲鳴が気配の数と合わなかったらブーメランの後を追いかけてそのまま一掃くらいはするつもりだったが、運良く二体とも仕留めたことで、問題は道を塞ぐ死体が四つに増えたことぐらい。

 

「……しかし、四体か」

 

 呟き、振り返るとそこにいたのは、母親譲りの体型をした変態娘。

 

(うん、どう考えてもつっかえるな、二箇所が)

 

 と言うか、もう一度進行方向を確認してみるが、パズルゲームよろしく死体を転がしでもしない限り、俺でも通るのは難しい気がする。

 

「とりあえず、死体を動かすぞ。流石にこれでは通れん」

 

「うむ、手を貸そう。この巨体では一人で動かすのはきつかろう」

 

「助かる。なら、トロワやムールと向こうの死体を壁際まで押して貰えるか?」

 

 オッサンの申し出に礼を言い、指示を出し。

 

「えっ、じゃああっ」

 

「ふんっ」

 

 俺は別の死体に手をかけると首の無いそれを引っ張り立たせた。ムールが何か声を上げた気もするが、まぁ今は死体をどけるのが優先だ。

 

(うーっ、そこそこの重量はあるなぁ。まぁ、この身体のスペックなら問題ない重さだけど)

 

 しかし、ブーメランが首を刎ねた形になったからだろう。見た目がグロい。炎を吹き出させつつ飛ぶブーメランだったからか、傷口が焼かれて出血は予想した程ではないが、匂いの方もきつく。

 

「せやあっ」

 

 たたせた死体を壁際へ蹴り転がす。

 

(ふぅ、やってて良かったスライムサッカー)

 

 いや、あのスタイリッシュ魔物虐待も最近はご無沙汰か。

 

「ええっ」

 

「あの巨体を……一人で?」

 

「うん? どうした、何を驚く?」

 

 いきなり騒がれたのは解せないものがあったが、そうして人が通り抜けられるスペースは確保され。

 

「なんだ、あっぢのほうからだぞ?」

 

「ごっぢが?」

 

 進もうとした矢先に進行方向から聞こえてきた声と、微弱な地面の揺れ。

 

(まぁ、そうなるな)

 

 急ぎたかったり先に進みたいときほど邪魔が入るのは、良くある話だ。

 

「……ただ、な」

 

 発想を転換してみればいい、心に感じたイライラをぶつける相手が来てくれたと。

 

「この期に及んで出てくるなら、覚悟して貰おうか」

 

 丁度良い足が短いし、太いし、蹴れば転がるのは実証済みなのだ。

 

「バイキルト」

 

 呪文は回りに聞こえない程小さな声で。

 

「でやぁっ」

 

「べっ」

 

 肉迫され、太ももまで腹に俺の足をめり込ませたボールその一が身体をくの字に折り曲げ。

 

「でぇいっ」

 

 白目を剥いていたのだ更に蹴る。悲鳴はなかった。

 

「げべっ」

 

 むしろ悲鳴をあげたのは後ろにいて巻き込まれたボールその二。

 

「さて、では始めるか」

 

「マイ・ロード?」

 

 後ろで変態娘が怯えた声を上げたような気がするが、とりあえずスルーする。

 

「まったく、面倒くさい」

 

 後ろにはもう四つも死体があってこれ以上置けるスペースはない。

 

(なら、このデカブツをサッカーのドリブルよろしく蹴り転がして行かないと進めないじゃないか)

 

 生まれてこの方、褐色の巨人でサッカーをやったことなど無い。だが、いけると思った、この憤りが変態娘の振るまい他で生じたムカムカが有れば。

 

「ムール、暫く一本道だったな?」

 

「あ、うん。えっ、まさか」

 

 何がまさかなのか解らないが、俺は言った。蹴り転がすぞと。

 

 




主人公堪忍袋の緒が切れる?

次回、第十六話「ころころ」

そして、運命のキックオフ。


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第十六話「ころころ」

「シュゥゥゥゥッ!」

 

 どれ程ぶりだろうか、このかけ声は。

 

(よくよく考えてみれば自然の洞窟がこっちの都合に何て合わせてくれる訳無いのに)

 

 トロル達は最低限自分が通れるように拡張とかぐらいはしてるかもしれないが、それでも細い場所は二体が横になって通れる幅もない。

 

(だからさ、ごり押ししても仕方ないよね?)

 

 二体同時は中々前に転がってくれないが、脇に避けるようなスペースは当分ない。

 

(人目がなかったらバシルーラを試してみるのも一つの手なんだけどさ)

 

 でっかい荷物を蹴り転がす力仕事である以上、呪文を使う隠れ蓑として変態娘を持ってくる訳にもいかない。

 

(まぁ、もう暫くはこの調子だな)

 

 最初に遭遇したところで四体仕留めたからか、未だに追加の褐色巨人も現れず、転がる巨体が前方を塞いでいるため前方から魔物が来てもそれらが武器兼盾になってくれる。

 

(もっとも、転がす数が三体以上に増えたら俺でもこれ以上転がすのは厳しいかもしれないし)

 

 出来れば新手には来て欲しくない。

 

「んだあ?」

 

 まぁ、そう言う時に限って前方に気配を察知したり声がしたりするんですけどね。

 

「うげっ、おま゛えごろ……ぐんなぁっ」

 

 俺の願いが叶ったのか、はたまた巻き込まれるのが嫌なのか。転がるダブルトロルの向こうから聞こえた声は、ドスドスという重量級の足音と共にこちらから逃げ始め。

 

「ばっ、ばっ、ばっ、はぁはぁ……ま、まだ追っでぐるぅ」

 

 これは良いぞと最初は思ったのだが、足が短いからなのか逃げ足は恐ろっしく遅く。

 

「流石にぶつけたら拙い、だろうな」

 

「そうですね、マイ・ロード」

 

 先程の釘刺しが成功したのか、とりあえず逆セクハラは無しで俺の呟きに変態娘が同意し。

 

「拙いというか、まず目の前で起こってることが人間業と思えないんだけど、オイラ」

 

「ふ、褒められても蹴り転がし中だからな、照れるぐらいしかできんぞ?」

 

「しなくて良いよ!」

 

「そうか、でやっ」

 

 ボケに良いテンポで返ってくるムール少年のツッコミで少しだけ口元を綻ばせると、先が緩やかな上り坂になり、戻ってきた死体を蹴る。

 

「ひぃ、ひぃ、ひぃ、お、おで……」

 

 死体の向こうから聞こえる声を聞く限り、逃げるトロルも相当ばててきているようだが、あの巨体で上り坂をかけていれば当然だろう。

 

「もう少しの辛抱……なんだがな」

 

「あー、この先もう少し登るとあと下りだもんね。緩やかだけど」

 

 そして、直進した先は地下水の流れる一段低い川がある。

 

「勢いを付けて転がしてやればっ、後は自重で勝手に川に落ちてくれる寸法だな」

 

「けどさ、あんなデカブツ投げ込まれたら川が詰まっちゃわないかなぁ?」

 

「ふむ」

 

 ムール君の指摘はもっともだったが、俺達が通り終えてから道に引っ張り上げると言う手だってある。

 

「そこは、結果次第と言ったところか。まだ詰まるかどうかもわからんし、なっ!」

 

 今できるのは、トロルを転がすことだけ。

 

「そもそも、俺としてはどちらかというとこうして転がしてる間にこいつらの着てる毛皮のっ! ……毛皮の服が脱げないかの方が余程気にかかる。トロワは良いとしてもカナメ達に転がる猥褻物を見せる訳にはいかんっ」

 

「マイ・ロード、いくら何でもその仰りようは……」

 

 誤解されないように補足すると、変態娘が若干恨めしげな声を出すが、言動を省みればしょーもないことだと俺は思う。

 

「おばっ」

 

「だいたいなっ、あ」

 

 再び蹴り飛ばした死体が、戻ってこなくなったのは、その直後。

 

「ぎゃあぁぁ、がっ、べっ、ぐ、がっ」

 

 前方で上がった悲鳴が遠ざかり始め、自然に転がりだした死体が後を追いかけて行く。

 

「……下り坂に入ったみたいだな」

 

「だね」

 

 更に遠くの方から、悲鳴やら逃げろと言う声やらが聞こえるのは、気のせいだと思いたい。

 

「マイ・ロード、トロルの悲鳴に集まってきた仲間が居たようですが」

 

「うん、オイラの耳が正常ならこの姉ちゃんと同じ意見なんだけど」

 

 転がるトロルにぶつかったにしては先程上がったような気がした悲鳴は早かった。逃げようとして足を取られて転けたとかだろうか。

 

(だとすると、追加の数体も転がって川に落ちると見た方がいいかなぁ)

 

 全部川ポチャしたなら、せき止められてしまったと見ていい。

 

「……問題はない。溢れた水で洞窟が水没する前に鍵を回収して目的地につけば良いだけだ。村は地上、目的を果たした後にキメラの翼かルーラで戻れば来た道を辿る必要も無かろう」

 

 それに船の方にはルーラの使える人員を残していた筈だ。

 

(大丈夫、この程度のアクシデントなんて誤差の範囲さ)

 

 誤差の範囲だと思いたい。

 

「とにかく、川まで行って確認するぞ? 場合によっては生き残りにトドメを刺す必要もあるやもしれん」

 

 俺は後ろに向かって声をかけると転がった死体を追いかけ。

 

「マイ・ロード! あれを!」

 

「……見ない、俺は何も見ていない。毛皮の服など無かった」

 

 出っ張りに引っかかって脱げた毛皮の服の存在を認識から消し去ると、更に奥へと進むのだった。

 

 

 




お約束は起こるべくして起こるのか。

次回、第十七話「時間制限のあるダンジョンって嫌いですか? 俺は嫌いです。アイテム取りこぼしたりしそうで」


闇谷的にはFFⅤの火のクリスタル関連のあそことか。


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第十七話「時間制限のあるダンジョンって嫌いですか? 俺は嫌いです。アイテム取りこぼしたりしそうで」

「屍山血河と言う程ではないが……まぁ、酷い有様だな」

 

 辿り着いた先にあったのは死体で出来た堰と上半身だけ堰の一部になりながら、道の部分に下半身の引っかかったトロルの骸。

 

「この量では引き上げるのは厳しい、か」

 

 爆発を起こす呪文で吹っ飛ばそうとすれば、崩落を招きかねないし、仮に崩落しなかったとしても爆発に巻き込まれた死体がどうなるかを鑑みるとおそらくやるべきではない。

 

「川の水量は思った程ではないが、ここは下り坂の底だ。時間がたてばこの一帯は水没してもおかしくない。急ぐぞ」

 

「うむ」

 

「「はい」」

 

 死体を何とかする作業を諦めた俺は、同行者の同意を背に堰の脇を通り過ぎ、ムール君から聞いたこの洞窟の構造を思い出す。

 

(さて、ここからだ。タイム制限有りなら時間の浪費は許されない。ただ、ここからも開けた場所に出るまでは一本道で、しかもまた登り坂って言ってたよなぁ)

 

 ここでまたトロルと出くわして転がしていった場合どれだけ時間がかかるか、考えたくもない。

 

「蹴り転がすのはもう無し……だな」

 

 かといって呪文を使うと言うのもやっちゃっていいモノか、気になる。原作に出てきた洞窟とは違うと言うのが呪文で落盤発生もあるのではと俺に心理的なブレーキをかけていたのだ。

 

(ラリホーみたいな破壊とは直接関係ない呪文もあるけれど)

 

 例に出した呪文は相手を眠らせるモノ。眠った魔物という大質量が残る上、目を覚ますかも知れないという危険性もあり、それなら普通に仕留めた方がマシだ。

 

(そう言う訳で今のところノープランなんだよね)

 

 幸いにもと言うべきか、この辺りのトロルは先程のコロコロに全部巻き込まれたようで、進行方向に敵の気配らしきモノは殆どなく。

 

(気になる気配なん……て?)

 

 敵の気配を更に探った俺は想定外の所から発された気配に硬直する。

 

「な」

 

「マイ・ロード?」

 

「ちょっと、急に止まってどうしたのさ?」

 

 訝しんだトロワが声を上げ、俺にぶつかりそうにでもなったか若干非難の混じった問いをムール少年が投げて来るもそれどころではない。

 

「最後尾、敵だ! 後ろから来ている」

 

「えっ」

 

「て、敵ですか?」

 

「ああ、完全な後ろとは言い難いが、なっ」

 

 驚きの声を上げるクシナタ隊のお姉さん達へ答えつつ、俺は足下の小石を拾って投げる。

 

「う゛お゛ぼっ」

 

 投じた石は途中まで道の脇と併走する形になっていた川からはい上がってきた腐乱死体の顔面を破壊し、そのまま元の川へと落とす。

 

「よし」

 

「く、くさった死体?」

 

「地下墓地が繋がった影響だろうな。何処か上流で川に落ち、抗えずに流されてここまでやって来たと言う所だろう」

 

 本来ならそのまま海まで直行コースだったところを、俺が川をせき止めてしまったせいではい上がってきたのなら、説明もつく。

 

「ムール、すまんが、後方で敵の警戒を頼めるか? 俺の連れもそこそこ戦えるが、呪文の使い手が多く接近されるのはよろしくない」

 

 おまけに、想定される敵は見た目も匂いも最悪な動き出した死者の皆さんである。

 

「あー、うん。オイラじゃトロルの相手は無理だもんね。解ったよ。けど、道案内はいい?」

 

「ふ、一応大まかな構造は教えて貰っている。万が一にも行き止まりに当たればお前に声をかけるしな」

 

 トロルの通れる道だけあって幅は一列に並ばずとも通れる広さがあり、同行者の人数を鑑みても振り返れば最後尾とは充分会話出来る距離だ。魔物の気配がする時でなければ、助言を求めても問題はない。

 

「とにかく、魔物の気配が前方に無い内に距離を稼いでおきたい。少し急ぐぞ」

 

 動く腐乱死体が川から流れてきたというのも若干気にかかるが、ムール少年に教わったこの洞窟の構造からすると、川の上流は村への出口と別方向であり、地下墓地の魔物が村の中まで侵入でもしていない限りそちらに手を出す理由もない。

 

(って、あれ、今のひょっとしてフラグ立った?)

 

 いや、現実にフラグなんて存在しない。そう言うのは物語の中だけの話しだろう。

 

(うん、だから大丈夫だよね)

 

 いや、まぁ、悪意が蔓延してるこの世界は時々やらかすせいでこうでも言わないと安心出来ないのだけれど。

 

「マイ・ロード、どうされました?」

 

「いや、何でもない。とにかく、開けた場所まで出てしまえばトロルと遭遇しようとも倒して脇を抜けられる」

 

 別に全滅させる必要はないが、迂回に時間を取られるようなら倒してしまった方が早いし、おそらく俺はそうするだろう。

 

(状況が変わったりしなきゃ迂回したんだけど)

 

 トロールのどいつかはムール少年の仇であるし、生かしておいて狭い場所で鉢合わせになってはたまらない。

 

(狭い場所に詰めて上がってくる水への栓代わりにするって利用法はあるかもしれないけど、隙間から水漏れるだろうしなぁ)

 

 水は悩ましいが、良い考えが浮かばない以上、俺はただ洞窟を奥に進むことしか出来なかったのだった。

 




流しゾンビ始めました?

次回、第十八話「想定外? ああ、仕様です」

ファイトだ、主人公の胃。


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第十八話「想定外? ああ、仕様です」

 

「で、ようやく広い場所に出たと思ったら、これか」

 

 嘆息しつつ周囲を見回せば、転がっているのは褐色尖り耳巨人の骸とたき火の跡やら何かの骨、つなぎ合わされたでっかい毛皮。

 

「完全に住処ぴょんね?」

 

「だな」

 

 そこそこの広さがあるが故に、トロル達はここを居住空間としたらしい。

 

「しかし、本当にあっけなかったな」

 

 骸になったトロルの内一体は、繋いでつくったでっかい毛皮を敷き布団にして暢気に寝転けていたので倒すのは簡単だったが、他の褐色巨人達にしても食事の準備か、こちらに背を向けたまま蝙蝠を串刺しにしたり火を熾そうとしていたので、戦闘と言うより一方的な屠殺と言った感じだった。

 

「川の側で悲鳴も上がっていたし、もっと警戒してるかと思ったが」

 

 どうにも理解出来ない。

 

「マイ・ロード。推測でよろしければ、お話し出来ますが」

 

「そうか、言ってみろ」

 

「では」

 

 そんな俺に声をかけてきた変態娘は、俺の許可を受けて話し出す。

 

「おそらく食事の準備をしていた者達は我々とは反対側から戻ってきた所だったのでしょう。ここに在る骨などゴミには魚の尾や蟹の殻の欠片もありますが、野外で暮らす獣の骨もあるようです。そして、先程通ってきた側は海に通じている。トロル達が食料の調達を一箇所に固定していないとすれば、下り坂付近で遭遇したのは、魚介類をとるため海に向かっていた者達で」

 

「別の出口や洞窟内で食料を調達するモノが他にいて、調理中の二体はそちらの所属だったという訳か。成る程な」

 

 考えられる話しではあった、だが同時に面倒な話しでもある。

 

「ならば、別方面から狩りを終えて戻ってくるトロルが居る可能性もある訳か」

 

 周囲に敷かれた毛皮の数と倒した魔物の数を数えると、毛皮の方が若干多い。

 

「時間があれば毛皮の下に落とし穴を掘るなんて嫌がらせもアリなんだがな」

 

 それどころか今の俺達は溢れた水に追われてるかもしれない状況だ。

 

「まぁ、居ないなら重畳だ。ここがこの有様だとすると先にある広場も同様に奴らの居住区になっているやもしれん」

 

「うむ、可能性はあろうな」

 

「急ごう」

 

 オッサンに同意された俺は仲間達を促すと、死体の脇を抜けぽっかり口を開けた横穴へ足を踏み入れる。

 

(とりあえず前方に敵の気配は無し、かぁ)

 

 トロルが一体ようやく通れる程度の幅であることを鑑みると、先方にとっても長く留まりたい場所では無いからかも知れないが、こちらとしてはありがたい。

 

「……このまま、広場まで戦闘なしで行きたいところだが願望と現実は別、だしな」

 

「予期せぬ鉢合わせは充分あり得るぴょん。スー様の場合、別種の思わぬアクシデントも多そうぴょんけど」

 

「……言うな、と言うか言わんでくれ。ムールが後ろに行ってストッパーがなくなったからな。トロワがいつ良からぬ事を企むかと思うと」

 

「マイ・ロード?!」

 

 カナメさんの指摘に嘆くふりをしつつ俺は声を上げる変態娘をスルーする。いや、それが俺のお前に対する正当な評価だからね、トロワ。

 

(とは言え流石にカナメさんに変態娘の逆セクハラを押しつける訳にも行かないし)

 

 難しいところである。

 

(一番良いのは、変態娘(トロワ)が俺以外の異性に惚れてくっついてくれることなんだけどなぁ)

 

 そうすれば、ご祝儀代わりに側に侍る宣言を無かったことにした上で盛大にお祝いしてやるし、あの常軌を逸した変態っぷりだって落ち着くと思うのだ。

 

(うーむ、もしくは性格を矯正する本を手に入れて読ませるか、だな。今の性格はえーと「あまえんぼう」だっけ?)

 

 お前のような甘えん坊が居るかと総ツッコミを喰らいそうな変態さんではあるが、とりあえずせくしーぎゃるでは無かった気がする。

 

(逆に言うならもう一段階変態化を残してるって事でもあるんだけどさ、うん)

 

 トロワの前々任者であるエピちゃんのお姉さんとエピちゃんがせくしーぎゃるった時は酷かった。好きな相手のパンツを覆面にして覚醒するというぶっ壊れっぷりを見せてくれたのだ。

 

(ただ、同時に頭の回転も良くなったとかそんな事を言ってたっけ)

 

 ほんと に せくしーぎゃる って なに なんだろう。

 

(って、駄目だ駄目だ。性格を変える本がどうのって考えた後にこの思考とか、世界の悪意が最悪の結果を用意しかねない)

 

 洞窟探索中に偶然宝箱が見つかって、中にあの本が入っていた上、それをトロワが読んでしまうぐらいの展開があっても、この流れなら驚けない。

 

「あれ?」

 

「どうしたムール?」

 

「ちょっと待って貰ってもいい? 岩の影に宝箱が」

 

 わぁい、せかい の あくい しごと はっやーい。

 

「じゃなくて……待てムール! せめてインパスの呪文を使って貰え」

 

 中身が本かどうかはさておき、ムール君の見つけたそれが本当に宝箱とは限らない。宝箱に化けた魔物だってこの世界には存在するのだ。

 

(そう言えば、シャルロットについてったあのミミック元気かなぁ? って、んなこと考えている場合でもないっ)

 

 まず重要なのは、宝箱が魔物かそうでないか、だ。

 

「……インパス。スー様、大丈夫です中身はアイテムみたいですよ」

 

「そうか、すまなかったな、俺の杞憂だったらしい」

 

「じゃあ、開けてみるよ?」

 

「ああ」

 

 中身はまだ不明だが、流石に「俺の心配はこれからだ」とか言う訳にもいかない。詫びてみせるとムール少年の確認に頷きで応じ。

 

「さーて、何が入ってるかなぁ? え゛っ」

 

 蓋の開いた箱を覗く顔が思い切りひきつった。

 




果たして、宝箱の中身は?

次回、第十九話「ぱんぱかぱーん」

ふふっ、中身が何か知ったら主人公はどうするのかしらね? え、中身? やあねぇ、秘密よ~。



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第十九話「ぱんぱかぱーん」

 

「ムール、どうした?」

 

 箱を覗き込んだ人間のリアクションを見て、知りたくもないはずなのに尋ねてしまったのは、人の性か。

 

(まぁ、どっちにしてもあの反応じゃロクなモノではないよね)

 

 諦めに極めて近い達観から心に鎧を着せつつ、俺はムール少年の復活を待ち。

 

「はっ、あー、えーっと、ゴメン、モノがモノだったから……ちょっと」

 

「な」

 

 我に返っても引きつったまま、箱に手を突っ込んで取り出してムール君が見せてくれたモノを見た俺の顔も強ばった。

 

(うん、えっちな本とかがーたーべるとあたりかなぁとか思って身構えてたんだけどさぁ)

 

 予想は外れた、だが箱の中身は安心出来るような品でもなかった。見覚えがあるのだ、黄金の輝きを持って少年の手から零れ、ユラユラ揺れているそれは。 

 

「……きんのネックレス、だな」

 

「うん。……オイラ、盗賊だからこういった品の事は行商のおじさん程じゃないけど知っててさ」

 

 ならば、効果も知っていたと言う訳か。男性専用の装飾品であり、付けた者の性格をむっつりスケベに強制してしまう品であると言うことも。

 

(甘かったーっ! 俺の予想が甘かったーっ!)

 

 単品でもかけられたらやう゛ぁい品な上に、この場にはアイテムの話を聞いただけで不完全ながらそれを再現してしまった変態天才天災マザコン娘TOROWAがいらっしゃいますのだ。

 

(やばいアイテムとアイテム作りにかけては天才な俺の貞操を狙う痴女とか最悪のコンビネーションじゃないですか、やだー)

 

 トロワのことだ、もしネックレスの効果を知っていたなら、身につけた者の性格をがっつりスケベにしてしまうぎんぎんのネックレスとかに改造して俺の首にかけようと企んでも不思議はない。

 

(どうする? 捨てちゃうか? いや、廃棄したらそれこそ回収される危険性がある。そもそも捨てるならどうして捨てたのかと質問されかねないし)

 

 トロワがネックレスの効果を知らなかった場合、下手な処分は藪蛇だ。

 

(ここは、とりあえず保留がベストか。下手に反応しすぎてトロワが興味を持ったらかえって拙いし)

 

 後ろから水が迫っているかも知れない今、これ以上ネックレスのことに構うのは不自然すぎる。

 

「まあいい、見つけた以上それはお前が管理しておけ」

 

「えっ、あ、うん」

 

 表面上は冷静さを取り戻して命じれば、まだ完全に立ち直れていないのかぼーっとネックレスを見ていたムール少年は反射的に頷き。

 

「さて、先を急ぐぞ」

 

 何事もなかったという態で俺は再び歩き出す。

 

(これでいい、これで良いんだ)

 

 下手に反応しなければ、きっとこの件はこれで終わる。

 

(そんな事より今はこのダンジョンの攻略が優先だ)

 

 ゆくて を ふさぐもの は はいじょする けど、みず に おわれてる から しかたない よね。

 

(決して八つ当たりとかそんなモノじゃない)

 

 だから、恨むなら世界の悪意とか金のネックレスを恨んで下さいお願いします。

 

「……と、考えた所でか」

 

 進んだことで知覚できるようになった先に何かの気配が、複数。

 

「マイ・ロード?」

 

「前方に魔物だ、しかも団体のな。ムールの話にあった二つめの開けた場所と位置が一致する」

 

 俺はまじゅうのつめを右腕から外すと、オレンジのブーメランに持ち替え、左手にも分銅つきの鎖、つまりチェーンクロスを装備する。

 

「先行して蹂躙する。トロワ、ついてくるのは勝手だが、巻き込まれるなよ?」

 

「はい」

 

 止めても無駄だろうからと振り返らずに言えば、変態娘はあっさり答え。

 

「……これは」

 

 気配の方に進むに連れ漂ってきたにおいがある。

 

「獲ってきたものを捌いて焼いているのでしょう」

 

「そうだろうな。しかし、火を使っているならもっと煙が流れてくるかとも思ったが……」

 

 排煙用の穴でもあるのか、俺達が燻されることはなく、奥から聞こえてくるのは下品な笑い声やら会話の断片と思われるモノのみ。内容の方も、狩りの獲物はどっちが大きかっただの狩りの最中に誰それがした空振りが間抜けだっただのと特に耳を傾ける必要のあるモノでもない、ともあれ。

 

(こっちに気づいてないのはありがたいな)

 

 原作ならまさに先制攻撃が出来るパターンだ。

 

「バイキルト……ゆくぞ」

 

 トロワにも聞こえない声で呪文を唱えてから、ただ短く背後に告げると、俺は駆け、飛び出した。

 

「うけけけけ、がっ」

 

「ばっ」

 

「ぐびゃっ」

 

 骨の付いた肉を片手に馬鹿笑いしていた褐色巨人が横に振るった鎖分銅になぎ倒され、一体屠った分銅は更に隣にいたトロール達をもなぎ倒す。

 

「な゛っ、あ゛」

 

 突然の襲撃に驚き振り向こうとした一体の上半身が、下半身の動きに従わず、斜めにずり落ちた。

 

「ぎゃあっ」

 

「うべっ」

 

 一体目を両断したオレンジのブーメランはトロルの巣と化した中を飛び回り更に死者を増やしつつ戻ってくる。

 

「な、な゛んだ?」

 

「う゛ぉえ? な゛がまだちがっ死ん……だ?」

 

 突然の乱入者によって一瞬の内に何体もの仲間が屠られた褐色巨人達はまだ理解が追いついて居ないようだったが、遠慮してやる理由はない。

 

「俺の行く手に立ち塞がった不幸を呪え、でやあっ」

 

「ばっ」

 

「ぎゃっ」

 

「ぞっ」

 

 受け止めるなり再び投げはなったブーメランが死の先触れと化して再び飛翔し、通り過ぎた先に終わりをばらまいて行く。

 

「ちっ、数だけは多いな、せやあっ」

 

 一投で屠りきれなかったという事実に舌打ちしつつ、オレンジ色の死神が戻ってくるのを待ち受けながら更に左腕を振るう。

 

「ぎっ」

 

「ぎゃあ」

 

「い゛ぇあ゛ぁっ」

 

 薙ぎ払われ、岩壁に叩き付けられたトロル達が赤い奇妙な壁画を複数制作し。

 

「トロワ、討ち漏らしの奇襲に気をつけろ」

 

 振り返らず、声だけかけて更に前へと進む。一方的な掃討の形であれ、ここはもう戦場だった。

 




まさかの逆アプローチ。

とりあえずムール預かりとなったきんのネックレス。

果たしてこのまま何事もなく終わるのか?

そして、トロル達に合掌。

次回、第二十話「世界の悪意が悪いんだと容疑者は意味不明の供述を続けており――」



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第二十話「世界の悪意が悪いんだと容疑者は意味不明の供述を続けており――」

「……最後に一人でこれだけの数の魔物を相手にしたのはいつだったか」

 

 辺りには屍が散乱し、骨付き肉を焼くための炎に突っ込んだトロルの骸が燃え出し、嫌な匂いが漂い始めている。

 

(派手にやっちゃったよなぁ、本当に)

 

 最後尾がムール少年になることを考えると、後ろに生きたトロルを残して行く訳にも行かない。もっとも、あれほど沢山のトロルが居た場所を通過しようとすれば、最終的に全ての敵を殲滅しないといけなくなったと思う。

 

(一体に気づかれれば他のトロルにも気づかれる。これが人間相手ならレムオルの呪文で透明化してやり過ごすと言う手もあったかもしれないけれど)

 

 原作だと透明化呪文を使っても魔物は襲ってきたので、試してみる訳にもゆかず。

 

(割り切るしか、ないか)

 

 嘆息と共に足元を見ればそこにあったのは何本もの棍棒。

 

(習慣って怖いよね)

 

 多分戦ってる最中、無意識のうちに褐色巨人達から盗んでいたのだろう。足下の分と死体が握ったり側に落ちてる棍棒の数を合わせるとパッと見でもトロルの骸より棍棒の方が多いので、俺が盗んだのは予備の棍棒だったと思われる。

 

「とは言え、ただの棍棒ではな」

 

 武器としてはムール君と変態娘を除くほぼ全員がもっとマシな装備をしているし、持っていったとしても荷物になる割には大した値段で売れない。

 

(アイテム作成の天才っぽい変態がすぐ後ろにいるから、改良を頼むってのも選択肢の一つではある……けどなぁ)

 

 完成したのが変態発明だった何てオチになったら笑えない。

 

(そもそも、そんな猶予もないか)

 

 のんびりアイテム改良やってる暇があるなら、大暴れして褐色巨人達を殲滅などしなかった。殲滅速度優先と言うことで俺が片付けたが、油断してくれていたのだからクシナタ隊やムール少年に経験を積ませる良い機会だったのだ。

 

「さて、敵は片づいた。皆を呼びに戻るぞ」

 

 だからこそ俺は引き返すべく変態娘に呼びかけ。

 

「……マイ・ロード。その棍棒、使わないのでしたら私に使わせて頂けませんか?」

 

「えっ」

 

 俺は別の質問を返されてようやく失敗を悟った。

 

(俺の馬鹿ーっ、世界の悪意の仕事の速さはさっき見たばっかじゃないですかー)

 

 確かに、棍棒には利用価値がないと思っていた。だが、譲ってしまった後日どんな変態兵器として出現するか解ったようなモンじゃない。

 

(とは言え、駄目だと言うにしても納得させられるような理由がないし)

 

 ここは釘を刺しつつ妥協するべきか、それとも。

 

(って、迷ってる時間もないな。しかたない)

 

 覚悟を決め、徐に転がってる棍棒の一本を拾い上げると、口を開く。

 

「構わん、と言いたいところだが……何に使う気だ?」

 

「丈夫な木を使っているようですし、削って魔力を込めれば道具として使っても効果のある短杖が作れないかと思いまして」

 

「短杖?」

 

「はい」

 

 まともすぎる回答に思わずオウム返しをしてしまった俺にトロワは頷き。

 

(っ、俺は何を……)

 

 密かに己を恥じる。確かに変態発明として活用してるモノもあったが、乳袋にしても元は何でも入る袋を目指して再現しようとしたモノだとトロワは言っていたはずなのに。

 

「許可しよう」

 

「ありがとうございます。それから、そちらも使わせて頂いてよろしいですか?」

 

 俺の許可に喜色を浮かべ礼を口にした変態娘(トロワ)は俺の股間を指さす。

 

「……やれやれ」

 

 どうやら恥じたのが間違いだったらしい。どさくさ紛れに何を言うかと思えば。

 

「ま、マイ・ロード? も、申し訳ありません、言葉を間違えました。わた、んぐっ」

 

 とりあえず、誤解を生みそうな発言をしそうだったので、鞄から取り出した布を口に突っ込む。

 

(ふざけるなら場所を選べと言ったはずなんだけどなぁ)

 

 それでもやらかしたと言うことは、追求した場合、何を言い出すかは解っている。ふざけていない、本気だとか言い出すつもりなんだろう。そして、前回の様に意図的に間違えられぬよう直接指をさすときっちり反省点まで活かしてやがる。

 

(もっと他の場所に活かせよ、その賢さ)

 

 どうしてエピちゃんのお姉さんといい、エピちゃんといい、こいつといい、覆面ローブの女性モンスターは変態道を全力疾走してる奴ばっかりなんだ。

 

(うん、今の言い方は語弊がある。全体数から見れば一握りなんだろうけど)

 

 何故、こうも目立つ。

 

「ん゛ーっ、んんーっ」

 

「……性格矯正本の入手は急務だな。この先の村に置いてあったら一冊くらい譲って貰いたいところだが」

 

 できれば真っ当な性格になれるモノを。お嬢様でもおてんばでもいい、今のコレよりはマシだろう。

 

「とりあえず、トロワ。お前はあとで折檻だ」

 

 いくらこの変態娘でも今が緊急事態だとはわきまえている筈、だから口約束でもして貰えたらラッキーぐらいの気持ちでだったと思う、思うが、許されることでもない。

 

「では戻るぞ? これ以上時間を無駄に出来ん」

 

 本気で怒っていますよ的なオーラを漂わせつつ後ろも見ずに言うと。俺は他のみんなと合流すべく歩き出した。

 




難産でした。

むぅ、ここまで露骨と言うか下品な展開にするつもりはなかったのになぁ。

清純派の闇谷としては口惜しい限り。

次回、第二十一話「奥へ更に奥へ」

え、村に本があれば? いつものフラグか伏線じゃないっすかね?(放言)


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ばんがいへん・すぺしゃる「(???視点)」

ご注意:このお話は前作の『強くて逃亡者』に掲載されるものと全く同じものになります。ご注意下さい。


「今日も良い天気にゃ」

 

 目覚めて窓の外を見れば、地平線からお日様が顔を出してたにゃ。雨の日は気持ちもどんよりしちゃうから、リシアとしてはお天気は大歓迎にゃ。

 

「今日は良いこと有るといいにゃあ」

 

 ご飯がちょっと豪華だったり、ルイーダさんがお酒を飲ませてくれたり。

 

「リシア、もう起きてる?」

 

「あ……はいにゃ! 起きてるにゃよー?」

 

 階下から聞こえたルイーダさんの声にリシアは返事をすると、急いで服を着替え始めたにゃ。

 

「おっしごと、おっしごと♪」

 

 ここ、アリアハンにとんでもない大ニュースが飛び込んできたのは、それなりに前のこと。この酒場に住み込みで働いていた同じ遊び人のミリーという先輩が、勇者様と共にバラモスを倒すため旅立ったそうにゃ。

 

(それだけでも驚きだったのに、そのミリー先輩が賢者になっちゃうなんて)

 

 続報が届いた時はみんなビックリしたにゃ。

 

「経験を積んだ遊び人は賢者になれる」

 

 それを知ったお客さん達は今まで使えないなんて馬鹿にしてたのが掌を返したようにリシア達遊び人に声をかけるようになって、職業訓練所に足を運ぶ人の中にも最初から遊び人になりたいという人が増えた。

 

(まぁ、それは一過性のものだったけどにゃ)

 

 遊び人を極めるのがどれ程苦難の道なのかは、リシア達遊び人が一番良くしってるにゃ。

 

(それでもみんなと冒険したくて誘われてついていった子の気持ちも……リシアはわかる)

 

 だから、誘われて冒険に出た子達が賢者になって戻ってきたらリシアも嬉しいにゃ。

 

(中には賢者目当てじゃない人も居たけどにゃ)

 

 女の子みたいに可愛い顔をした盗賊の男の子と、恥ずかしがり屋の遊び人の女の子。

 

「では、よろしくお願いしますね?」

 

「うん、よろしくね?」

 

 ルイーダさんに引き合わされて丁寧な口調の盗賊さんに恥ずかしげにはにかんで答えた遊び人さん。

 

(何とも初々しかったにゃぁ。元気でやってるといいけどにゃ)

 

 出会いと別れの酒場と言うだけあって、ルイーダさんのお店はいろんな出会いと別れに満ちあふれてるにゃ。

 

(リシアもいつか……あ、けどここのまかないけっこう美味しいからにゃあ)

 

 ミリー先輩が住み込みで働いていたのは借金があったからって聞いてるにゃ。一緒に働いてる友達は第二のミリー先輩になりたいかららしいにゃ。

 

(人それぞれ、皆違うにゃね)

 

 リシアは美味しいご飯のため。これで美味しいお酒まで飲めたら言うことはないにゃ。

 

(まぁ、前に飲み過ぎて失敗したのはリシアだから今お酒飲めないのは仕方ないのにゃ)

 

 過ぎたことは反省して次に活かす、殊勝な態度で居ればきっとルイーダさんもいつか許してくれるにゃ。

 

「にゃふん、その為にも……今日もお仕事頑張るにゃ!」

 

 気合いを入れて、まずするのは――。

 

「うへへ、駄目ですよぉ、ヒャッキ様ぁ。リシアが見てるのに、そんな……ああっ、んっ」

 

「この、寝ぼけて人に見せられない顔になってる人を起こすことにゃね」

 

 ぶっちゃけ、人を夢の中へ勝手に出演させないで欲しいにゃぁ。

 

「ほら、起きるにゃよ?」

 

「あ、ああっ、そんな激し、んあっ」

 

 けっこう激しく揺さぶってるのにねぼすけさんの顔はだらしなくなる一方。

 

「うにゅう、筋金入りだにゃぁ」

 

 幸せな夢を見るのがいけないとはいわにゃいけど、このままだとリシアまでルイーダさんに怒られちゃうにゃ。

 

「……仕方ないにゃあ」

 

 これだけはしたくなかったけど、怒られるのは嫌にゃ。

 

「んぶっ」

 

 人は口と鼻を塞げば呼吸が出来ない、当然の理なのにゃ。

 

「ん、んぐーっ、ん、ん゛っ」

 

 あとは起きたところで鼻を摘んだ手と口を塞いだ手をどけるだけ。

 

「ぷはっ」

 

「おはようにゃ。リシア、ルイーダさんに呼ばれたからそろそろ起きないと拙いにゃよ?」

 

 そして、言うことだけ言ったら退散が正解にゃ。

 

「リシアは先に行ってお仕事始めてるにゃ」

 

 お掃除にお使い、お料理の仕込みのお手伝い、朝だからってやらなきゃいけないことは多いのにゃ。部屋を出て、階段を下り、あちら側からは解らない隠し扉を開けてくぐると、ルイーダさんはもうカウンターに立っていたのにゃ。

 

(リシアを越えた早起きさんにゃけど、夜は遅くまで起きてるみたいだし、いったいいつ寝てるのにゃ?)

 

 誰に聞いても解らないこの酒場の永遠の謎にゃね、それはさておき。

 

「ルイーダさん、おはようございますにゃ」

 

「おはよう。早速だけど、そこで酔いつぶれてるお客さんを運ぶの手伝って貰えるかしら?」

 

「はいにゃ」

 

 ルイーダさんに言われて、リシアはテーブルに突っ伏した武闘家さんの身体を起こしたにゃ。

 

「これでいいにゃ?」

 

「ええ、それから左側の肩を頼める? こっちは右から支えるから」

 

「わかりましたにゃ」

 

 ルイーダさんとの二人がかりになったのは、武闘家さんが男の人で大きかったからにゃけど。

 

「……泣いてるにゃ?」

 

「ええ、この人ヒャッキって言うんだけど、ちょっと色々あったのよ。酒場で飲んでる分にはお客さんだから、プライベートなことはあなたにも話せないけど」

 

「ふーにゅ」

 

 しかし、この人がヒャッキさんだとしたら同室のあの子、それこそ寝てる場合じゃなかったと思うんにゃけど。

 

「ええと、そうね……とりあえずはここでいいわ。それじゃ、戻りましょ」

 

「はいにゃ」

 

 ヒャッキさんを商談用の個室に置くと、リシアはルイーダさんの後に続くにゃ。

 

「そうそう、戻ったらテーブルの上を拭いて貰えるかしら?」

 

 そして、お願いされる新しいお仕事。

 

「わかりましたにゃ」

 

 全ては美味しいご飯のため、リシアの一日はまだ始まったばかりなのにゃ。

 

 




と言う訳で、洞窟攻略の途中ですが、この世界における主人公の身体の持ち主の恋人さん視点のお話でした。

元バニーさんの活躍で遊び人の地位が向上し、増えた遊び人や以前からの遊び人が、元バニーさんの抜けた穴を埋めてるんですよと言う裏話。

アリアハンの今としてシャルロットがどんな具合かとか、メダルおじさんってまだ井戸ごと主人公に爆破されていないのかとかも描写しようかと思いましたが、流石にそこまで書ききれなかったようです。

元バニーさんの転職が知られてるのは、主人公が張った交易網が情報を運んできた為。

バラモスが倒されたことに関しては勇者一行が凱旋してるので、みんな知ってる風味。

次回、第二十一話「奥へ更に奥へ」

こんどこそ、洞窟攻略の続きの予定です。


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第二十一話「奥へ更に奥へ」

 

「すまん、待たせた。前方の敵は排除した」

 

 前にいたトロルの数からすれば殲滅して戻ってくるまでにかかった所要時間は許容範囲だと思うが、敢えて頭を下げる。これ以上時間を取られるのは避けたかった、勢いで会話の主導権を獲りたかったのだ。変態娘のことにツッコまれて説明するのも面倒だし。

 

「このまま一気に進むつもりだが……ムール、水や魔物は?」

 

「えっ? あー、大丈夫。今のところ水音もしないし、足音もないかなぁ。まぁ、オイラで知覚できる範囲ではだけどね?」

 

「そうか、それは重畳」

 

 今のところ後方にも問題はないらしい。だからといってゆっくりする気はないが。

 

「ではゆくぞ。今は問題が無くとも進んだ先で時間を取られる状況が待っている事もある」

 

 ここまでは順調だが、ムール君の知らない落盤が起きていて道が塞がれてるだとかはあっても不思議じゃない。

 

「と、所でスー様、そちらの」

 

「行くぞ?」

 

「あっ、はい」

 

 だから口に布突っ込まれたままの変態娘については結局突っ込まれたものの視線と声で握りつぶした。

 

(トロワはここまで散々変態っぷりを見せてたんだから、流石に看過出来なくなってお仕置きしたとか、察してくれても良いと思うんだけど)

 

 それを要求するのは甘えだろうか。

 

「さて、この先だがそれなりの数の魔物を倒した。おそらく全て死んでいるとは思うが、警戒は怠らんようにな」

 

 割と凄惨な殺戮現場にもなってはいるが、最初にトロルの死体を作った場所を通過しているのだから今更だと思う。

 

「ほう、それなりの数と。ならば死体を避けねば通れぬと言うことは?」

 

「いや、それは大丈夫だ。幸い戦場が開けた場所だったからな」

 

 今思えば、遭遇があの場所になって助かったとも思うべきかもしれない。

 

(通路であれと戦ってたら、詰まってただろうしなぁ)

 

 トロルからすれば仲間の死体が邪魔で近寄れず、こっちからすれば死体が邪魔で進めず。死体と天井の間を上手く使えば、呪文やブーメランで更に奥の褐色巨人を攻撃出来たかも知れないが、それをやってしまうと死体が増えて更に通路が詰まってしまう事になっただろう。

 

「やはり、あのでかい図体と狭い場所で戦うのは拙いな。ただ戦うだけならそうでもないのだが」

 

 頭も良くなさそうだし、身動きがとれない程狭い場所に誘い込めば、一方的に攻撃することだって可能だとは思う。レベル上げならそれでも良い。だが、時間制限有りで先に進まないといけない今、敵の巨体は邪魔でしかなかった。

 

(通路で出くわしたら最悪、また転がすしかないかなぁ? ……ん、待てよ)

 

 相手を強制的に本拠地へ送り返すバシルーラの呪文や光の中に消し去るニフラムの呪文を使ったらどうなるだろうか。

 

(とりあえず、ここがあいつらの住処だとするならバシルーラの方はちょっと微妙かもなぁ天井に頭をぶつけるオチで終わりそうな気もするし。となると、期待したいのはニフラムの呪文の方だけど)

 

 当然ながら、原作における魔物の呪文耐性なんて覚えていない。

 

(と、言うか……そもそもニフラムって消し去れるの生きてる魔物限定なのかな?)

 

 動く腐乱死体が消せるなら、動かない死体だって消せても驚かない。

 

「……試してみるべき事が増えたな」

 

 うまく行けば、精神力と引き替えだとしても死体の問題が解決して進みやすくなる。

 

「スー様、どうしたぴょん?」

 

「いや、ニフラムの呪文で死体を光の中に消し去れたらあんな作業をしなくても良かったんじゃないかとつい今し方思い至ってな」

 

 カナメさんに問われた俺は、時間を見つけて試してみようと思っていると明かし。

 

「うーん、賢者でも僧侶でもないから何とも言えないぴょんね。スミレがここにいれば答えてくれたと思うぴょんけど」

 

「いや、流石にそれはな……」

 

 いくら さんこう に なった と しても、ひきかえ に へんたいむすめ の やらかしたこと で からかわれつづける のは おことわり ですよ。

 

(オッサン達に見られないところでこっそり試すしかないかぁ)

 

 蘇生させたムール少年には今更だが、同行するオッサンには俺が僧侶と魔法使いの呪文を使えることは教えていないし、見せても居ない。もし、シャルロット達とこのオッサンが再び出会うことになって、その時俺が呪文を使っていたなどと語られては困るからだ。

 

(あのオッサンはシャルロットも面識がある上、会った時俺も一緒にいた訳で……)

 

 俺がシャルロットだったら、あの時自分と一緒にいた盗賊を見ませんでしたかぐらいは言うと思う。俺みたいに連絡要員を貼り付けて居る訳じゃないのだから。

 

(クシナタさん達がついていれば間違いは無いだろうし、俺は自分のやれることをまずやらなくちゃな)

 

 この洞窟の攻略、そしてさいごのかぎの回収と神竜に挑むメンバーの育成。

 

「ぬっ」

 

「これは」

 

 考える内に、さっきの戦場にさしかかり、散乱する骸に同行者が声を上げるも、それはまぁ仕方ない。

 

(派手にやったのは事実だし。お陰で前方に敵の気配が全く無いんだけどね)

 

 この調子なら、ここから鍵のある場所までは魔物との遭遇回数ゼロでいける可能性もある。

 

(ま、油断は禁物だろうけどね)

 

 洞窟を奥へ、更に奥へ。俺は進む。

 

 




なかなか進まない話、それでもようやく一個間の鍵とご対面か?

次回、第二十二話「かくされたもの」



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第二十二話「かくされたもの」

「……不気味すぎる程順調だな」

 

 俺達の息づかいや足音を除けば、遠くで水の流れる音がし、何処かで水がしたたり落ちる音がする以外、殆ど物音はしない。魔物の気配もなく、えっちな本やがーたーべるとの入った宝箱を発見するなんてイベントも発生しなかった。

 

(俺としてはありがたいんだけど、こう物事がうまく行く時は落とし穴が待ち受けてるってのがお約束なんだよね)

 

 その落とし穴ならきんのネックレスの入った宝箱で、既にあなたは踏み抜いてますって言われたらどういう顔をすればいいか解らないけれど。

 

(何もないなら良い、ただどこかでとんでもない失敗やらかしてて気づいてないってパターンが有りそうだから困る)

 

 そう、例えば変態娘の口に突っ込んだ布が猿ぐつわ用のじゃなくて、宿に戻ったら洗濯するつもりだった使用済みのパンツだったとか。

 

(あはは、まさかそんな訳――)

 

 無いと笑い飛ばせずに、俺は無言で鞄の口を開けた。

 

(いや、そう言えばクシナタ隊のお姉さん何か言いかけてたよね? あれ、まさか……いや、落ち着け)

 

 ええと、パンツは何処だったっけ。

 

(それから、猿ぐつわ用の布が無いことも確認しないと)

 

 一度履いたパンツを女性の口に突っ込んだとか、いくら相手があの変態娘だったとしても土下座じゃ済まされないレベルの行いだ。

 

「マイ・ロードが丸めたパンツを無理矢理口に――」

 

「あらあらまぁまぁ、それは責任とをってくださると言う事かしら?」

 

 終わる。脳内に浮かび上がったトロワとおばちゃんのやりとりがもしパンツだったら俺がどんな末路を辿るかを暗示していた。

 

「ほら、パンツが焼けたぞ。トロワはバターで良かったな?」

 

「ありがとうございます、マイ・ロード。お腹のこの子の為にも今は朝食もしっかりとらないといけませんから」

 

 ありふれた朝の光景、食卓を前に大きなお腹をいとおしく撫でるトロワと焼けたパンツにバターナイフでバターを塗る俺。

 

(のおぉぉぉぉぉっ! 止めろ俺の想像力っ! そもそも どの あたり が 「ありふれた あさ の こうけい」 で ありやがるんですかぁぁぁぁぁっ!)

 

 何より、まず、なんでパンツ焼いてんだ、俺。

 

(だめだ、絶望色の未来のせいで想像力へ良い感じに狂気が浸食してやがる)

 

 落ち着け、冷静になるんだ、俺。

 

(今は心の平静の為にもパンツを探さねばっ)

 

 一度履いて選択に回す分の下着はトロワの猿ぐつわみたいに口に入れるかも知れないモノがある手前、下の方に入れてある。だからこそ、隠されているかのごとく見つけにくいのだが。

 

(ん? ……そもそもそんな奥の方にあるモノを間違える事なんてないんじゃ?)

 

 多分、考えすぎていたのだろう。

 

(お、俺の同様と苦悩と絶望と焦燥はいったい……)

 

 ふふふ、このもやもや、今晩の折檻に上乗せしても許されるよね。

 

(まぁ、今は夜のお楽しみよりもこの洞窟での目的達成を優先させないと)

 

 憂いが一つ消えただけでも良しとしよう。俺は鞄の奥から手を引き抜くと、奥を見るのに邪魔になってだろうか、もう一方の手に持っていた猿ぐつわ用の布を一番上に入れて鞄を閉じる。

 

「スー様、捜し物ぴょん?」

 

「いや、すまんな。少し気になったことがあったが、もう大丈夫だ」

 

 後ろからかかる声に応じた俺は、意識を再び前に戻した。

 

「ムール、確か鍵はこの先の分かれ道を左に進んだ先、行き止まりにある岩だったな?」

 

「あ、うん。岩には手が突っ込めるぐらいの穴が開いててそこにあるはずだよ。ただ、虫とか住み着いてるかも知れないから、取り出す時は棒とか突っ込んで確認した方が良いかも」

 

「そうか、助言感謝する。まぁ、予備の鍵というなら使われることなど殆どなかっただろうからな……しかし、その鍵がさび付いて朽ちている可能性は?」

 

 ムール君に礼を言いつつも一つの疑問を投げたのは、世界の悪意に曝されてネガティブになっていたから。

 

(錆びていれば常人離れした俺の力でポキッといっちゃってもおかしくないし)

 

 棒で穴を突いて出てきた虫に驚き仰け反った俺が女性陣の誰かを押し倒す何てオチも考えられる。

 

(万全の態勢で臨まないと、世界の悪意は何処に罠を張っているか解らないんだからっ)

 

 俺はこんな所で負ける訳にはいかないんだ。

 

「しかし、棒……か。トロルから奪った棍棒では太すぎるだろうし、さっきの巣で骨か薪に使っていた小枝でも拾って来るべきだったかもしれんな」

 

 まじゅうのつめは切れ味が良すぎて鍵が真っ二つになりそうだし、ブーメランは折れ曲がっているから穴の形状によっては入らない。

 

「あー、だったらオイラのナイフ使ってよ」

 

「いいのか?」

 

「うん。トロルには大したダメージ与えられないだろうし、腐った死体斬ったら手入れも大変そうだからこの探索が終わったら買い換えるからさ」

 

 割り込んできたムール君は俺の問いかけに頷くと、ただしと付け加える。

 

「渡すのは岩の前に着いてからね? 今のところ腐った死体とかは近づいてきていないけどさ、丸腰は心許ないし」

 

「ふ、当然だな。ただ、あの腐乱死体どもが感知出来ないと言う点については一つ思い当たる事がある」

 

「えっ」

 

 あの時はそんなつもりもなかったが、俺の予想通りなら。

 

「岸に流れ着き、すぐ側に大きな肉塊があったらあいつらはどうすると思う?」

 

「あーそっか、トロルの死体かぁ」

 

「そう言うことだ。あの手の魔物を操る魔物も居るが、あの動く腐乱死体共は自然発生だろう?」

 

 なら、遠くの生者より近くの肉に群がったとしても不思議はない。

 

「もっとも、油断は禁物だがな」

 

 今のはあくまで俺の推測なのだ。

 




主人公「おれ は しょうき に もどった」

狂気って業が深いですね。

次回、第二十三話「鍵を求めて」


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第二十三話「鍵を求めて」

「可能性の段階だが今は後ろから水に追いかけられて居るかも知れない状況でもある」

 

 どのみち後方は警戒しないといけない訳であり。

 

「今気づいたのだが、問題の鍵を俺がとる必要もあるまい?」

 

「あ」

 

 何でもっと早く気づかなかったのだろうかとも思うが、きっと変態娘の口に突っ込んだ布の一件で俺はまだ動揺していたのだろう。

 

「狭いと言っても、トロルが通れる幅の道なら並び順をかえることは可能だ。岩の近くまで来たら交代するぞ? 村長の一族だというなら鍵とてお前が持つ方が相応しかろう」

 

 更に言うなら、鍵の在処は行き止まり。俺が最後尾に移動していれば隊列の向きを変える必要がないと言うのもある。

 

(しかも俺は鍵入手時に起こるかも知れないアクシデントに巻き込まれずに済むともなれば、ここはムール君に任せる一択だ!)

 

 ボロボロのままの服だけは気になるが、そこは何か理由を付けてマントなり何なりを上に羽織って貰えばいい。

 

(切り出すタイミングは交代の時がベストかな)

 

 洞窟だからもう少し厚着をした方が良いとかそんな助言とセットにすれば不自然さも無いと思う。

 

「……ん、分かれ道か」

 

 考えつつ進んだ先で出くわしたのは、つい先程ムール君との会話で上がった分かれ道。

 

(左が鍵で、右は正解ルートだっけ)

 

 壁面を見てみるとかすれて消えかけた文字がある。

 

「これは?」

 

「あー、壁に文字がある? それはこの先行き止まりって注意書きがあったんだよ。ずっと前に方向音痴な村の人が迷ったことがあったらしくてさ。ただ、先にあるのは行き止まりだけで危険も無かったから――」

 

「なぞり書きされることもなく、今に至った訳か」

 

 ここを使うことのある村の人間なら構造を知っているのでわざわざ書く必要もなく、外部の人間は入ってくる以前にこの洞窟の存在を知らない。なら、消えかけたままでも問題ないと言うことだろう。

 

(「なら、オッサンみたいに村の人と結婚した場合はどうなる?」ってツッコミも可能だけど、やるのは無粋以前に時間の浪費かぁ)

 

 鍵を確保し、封印を解き、オッサンの奥さんの亡骸を村に葬れば終わりの旅であるなら、気になったこと一つ一つ全て聞いてまわるよりも必要なことだけ聞いてさっさと目的達成してしまうべきだ。

 

(部外者が居ると使用出来る呪文にも制限がかかるし、生き返らせたムール君の去就も決めなきゃいけないし)

 

 俺としては盗賊向けの奥義の継承者兼変態娘(トロワ)への盾としてついてきて欲しい所だが。その辺りの説明もきっちりとはしていなかったと思う。

 

(今のところ一番手間だったのは魔物の死体の処理とトロワの変態さだけだったもんなぁ)

 

 油断は禁物だろうが、遭遇した魔物の強さに関しては大したことがなかった。あっさり蹴散らせる相手のみであり、実際それなりの数を倒してきている。

 

「魔物の気配もない。交代するなら岩が見えるところまで来たところででいいな?」

 

「あ、うん」

 

「ふっ、では左だ」

 

 道は解っていて、落盤や崩落が起きていないかと言う一点が気になるものの問題はそれだけ。ムール少年に確認をとった俺は左折して道を進み。

 

「ムール」

 

 目の前に現れたモノを見て、思わず声を発していた。

 

「えっ、どうしたの? 岩はまだ先だよ?」

 

「それは解っている、解っているがな……」

 

 顔がひきつらずには居られなかったのだ。

 

「大量、ぴょんね?」

 

 カナメさんの声までかすれている気がした。

 

「なんだ、この猥褻物の山は」

 

 半開きになった宝箱から顔を出すのは、裸の女性を模った像。他にも一糸纏わぬお姉さんを描いた絵だったと思わしきモノがそこには散らばっていた。

 

(これはあれか、誰も来ないのを見越して誰かがここに捨てたか隠したってことか?)

 

 先に進まないといけないのは解る。解るけど。

 

(めのやりば に こまる と いうか、なんにんか の おんなのひと の まえ なんですけど)

 

 なに、この じょうきょう。

 

(ちくせう、きんのネックレスは囮かぁぁぁぁっ)

 

 なんて酷い二段構え。

 

「そんな訳で夥しい量の淫らがましい絵やら像があってもの凄く通り心地が悪いのだが……」

 

「うぇっ?! や、オイラ知らないよ? そもそもここ、知る人が限られた鍵の隠し場所だからね?」

 

「寧ろ、逆に知られていないからこれ幸いと誰かがこんなモノの隠し場所にした気がするぴょん」

 

 ムールの声は上擦っていた。妙に冷静な推測を口にしたカナメさんの目は据わっていた。

 

「ムール、すまんが俺はここまでのようだ……鍵の在処まで一緒に行ってやれなくて、すまない」

 

「ちょっ、ま、待ってよ?」

 

 すまんが、こんな場所を俺が通ると必然的に俺の側に侍ると宣言していた変態娘もここを通り、目にすることになるのだ、お子様は見ちゃ駄目だよ痴態(もうこっちのじでいいよね)を。

 

(これだけあると本物の性格矯正本が混ざっていたって不思議はない)

 

 防がねばならないのだ、最悪の誕生は。

 

(それにムール君なら、まかり間違って本を見たとしてもせくしーぎゃるにはならないわけだし)

 

 ここはムール少年に託すしかない。他の選択肢はなかった。

 




せかいのあくい「隙を生じぬ二段構え(キリッ)」

せくしーぎゃるトロワ「私の……目覚めの……時は」

こんな展開が待っていたと誰が予想しただろうか?

えっ、バレバレでした? ごめんなさい。

次回、第二十四話「これはふういんされるべききんねんまれにみるひどさじゃありませんかね?」

次回、ムールがエロの道を走る、かも。(意味として間違ってはいないと思う)



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第二十四話「これはふういんされるべききんねんまれにみるひどさじゃありませんかね?」

「猿ぐつわさせておいて良かった」

 

 と、俺は心からそう思った。

 

「マイ・ロード、あの絵や像もの凄く興味があるのですが」

 

 なんて変態娘の主張を聞かなくて済んだからだ。

 

「むぅ、しかしムール一人に行かせる訳にもいくまい」

 

 同行するとオッサンが言った。真剣な表情だったし、鼻の下が伸びていたりしなかったので、真面目にムール少年を案じたのだろう。俺は当然許可した。

 

「……はぁ」

 

 そして、今エロ捨て場に背を向けて嘆息する今に至る。もちろん、ただ立ちつくしている訳ではなく後方の警戒をしているのだ。相変わらず魔物の気配もしなければ、溢れてきた水が見えた何て事もない。

 

「スー様……」

 

「言うな。せくしーぎゃる化させる本があるかもしれん場所を通る以上、お前達を行かすことなど出来んだろう」

 

 まかり間違ってクシナタ隊にせくしーぎゃるが広がったら、どうなるかは火を見るより明らかである。

 

(せくしーぎゃるっていないトロワだって持て余してるってのに)

 

 パンツにバターを塗る未来なんてノーサンキューだ。

 

「こうして、ムールの帰還を待つよりほか無い」

 

 ここが洞窟という場所でなければ、せめて可燃物だけでも後方の猥褻物を燃やしてしまうのもアリなんだけれど、空気の逃げ場が限られたこの状況で火をつけるのは自殺行為だ。

 

(呪文はかえってきたオッサンに見られる可能性があるし、まじゅうのつめで引き裂くのは、うっかり混じってた本を見ちゃいましたってオチが待ってそうだし)

 

 結局の所、逃げたとも言える。

 

(いや、ムール君に任せた段階で既に逃げてたと言えば逃げてたんだけどさ)

 

 だからこそだろう、感じる居心地の悪さと後ろめたさは。

 

「しかし……誰があんなモノを遺棄したんだろうな」

 

 酷い量だった。

 

(ちらっと見ただけだが内容も……うん)

 

 そっちはノーコメントでいいか。

 

「ムール達が戻ってきたら……意図的にここは崩落させて封印するか」

 

 処分出来ないにしても、あのままにはしたくない。

 

「スー様……」

 

「いや、すまんな……恥ずかしいところを見せてしまった」

 

 うん、思い返すと俺って何やってるんだろうな。猥褻物に振り回されて、逃げて。

 

(くっ、こんな破廉恥ゾーン作った奴さえ判明すればたっぷりお返しをしてやるのに)

 

 ムール少年やあのオッサンなら心当たりは有るだろうか。

 

「……スー様、元気出すぴょん?」

 

「そうですよ。私達は気にしてませんから」

 

「え」

 

 おそらく考え込んでいたのを凹んでいたと勘違いしたのだろう声に顔を上げると心配そうな目や生温かい眼差しが俺を見ていて、俺はすまんと再び頭を下げた。

 

「……そう、だな。ここで鍵が手に入ってもただ鍵が手に入っただけ。目的地まではまだ距離がある。こんな所で落ち込んでいる暇などない、か」

 

 とりあえず、今回は勘違いに乗せて貰うことにしよう。

 

「復活、ぴょんね。丁度良かったぴょん」

 

「ん? 丁度良い?」

 

 そして、カナメさんの言葉に首を傾げた直後だった。

 

「待たせたか、戻って参った」

 

 後ろからオッサンの声がしたのは。

 

「戻ったか、それで、鍵は?」

 

「それが……なんと言うべきか、錆びていてそのままでは使い物になりそうもないようでな」

 

 振り返り尋ねれば、オッサンは頭を振ってそう答え。

 

「そうか、では呪文で開けるしかないか……ん?」

 

 そこまで言ってからようやく俺は気づく。

 

「ムールはどうした?」

 

 そう、ムール少年の姿が無いことに。

 

「それが……着ていた服が破れてしまってな」

 

「あ」

 

 そして気まずげなオッサンの声でもう一つ気づいた。

 

(ムール君にマント渡すの忘れてた)

 

 動揺した上、予定とは違う流れになったとは言えポカをやらかしていた事実に。

 

(俺のあほぉぉぉぉっ)

 

 ボロボロで時間経過した服をよりにもよってオッサンに気づかれてしまった。

 

「ここに来た時、くさったしたいと遭遇して服を破かれ、染みを付けられてしまったと言っていたが」 

 

「……そうか」

 

 ただ、ムール君は何とかオッサンに不審がられず誤魔化すことには成功していたらしい。

 

(良かった……じゃないな、後でムール君に謝っておかないと)

 

 しかし、これで丁度いい口実が出来たとも思う。

 

「なら……この布を使ってくれ。流石にこの場で服は手に入らないだろうが、一時破れた部分を隠すぐらいには使えるだろう」

 

「かたじけない、ではお借りして行こう。流石にあの格好では人前に出せんと当人だけでなく私も思っていたところだ。だが、この布が有ればもう大丈夫だろう」

 

 オッサンは鞄から俺が取り出した布を受け取ると再び猥褻物放地帯を抜けて去っていった。

 

「……はぁ」

 

 失敗した。

 

(これだけ女の子居ればそりゃ、出てこられないよなぁ)

 

 変態娘はノーカウントにしたいところだが、見られる側からすれば気になっても不思議はない。

 

(俺はクシナタ隊のみんなに色々見られたけどね)

 

 うん、現実逃避ぐらい許して欲しいと思う。

 




やっぱりやらかした主人公。

次回、第二十五話「名誉挽回」

挽回って聞くと卍解を思い出す。


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第二十五話「名誉挽回」

 

「えーと、お待たせ」

 

 まるでてるてる坊主のように首から下をくるんだマントに隠すムール君を前に俺が出来たリアクションは、ただ短く「ああ」とだけ言い頷くことだけだった。

 

(ここで謝ったら不自然だし、仕方ない)

 

 やらかしたポカはここからの行動で埋め合わせてみせる。

 

「では出発するか」

 

 寄るべき場所は、ムール少年が鍵をとってきた場所のみ、だからここから先は分岐まで戻ったらただ村を目指せばいい。

 

(油断は禁物だけど、この先にあの褐色巨人が住処に使っていたような開けた場所は殆どないし)

 

 進むルートは、腐乱死体やら骨の剣士が出没すると見られる地下墓地に繋がっているとは位置関係と構造上考えられない道だ。

 

(今のところ他者の気配を感じないってとこも、魔物は出そうにないって裏付けになってる)

 

 と、不安要素もほぼ無く。

 

(けつい した はし から うめあわせ の できそうな きかい が しょうめつしてる のは きのせい ですか?)

 

 村の封印にしても人前で俺が解錠呪文を使う訳にはいかず、おそらくクシナタ隊のお姉さんの出番になる。

 

(口笛で魔物は呼べるけど、マッチポンプとかそれをやるのは人としてやっちゃいけないことだし)

 

 とりあえず、やる事があるとすれば、一つだ。

 

「ここまで来れば良かろう、通してくれ」

 

「スー様?」

 

「あの忌まわしい場所を封印せねばと思ってな……よし」

 

 訝しむカナメさん達の間を通り抜けつつ事情を説明すると、俺が装備したのは鎖分銅。

 

「すまん……服のフォローを忘れていた」

 

「えっ」

 

 すれ違い態、ムール君に小声で謝罪すると、地を蹴り。

 

「でやあっ」

 

 すくい上げるような腕の振りに上を目指した分銅が洞窟の天井を打ち砕く。

 

(よしっ)

 

 手応えはあった。降り注ぐ土や岩が忌まわしきあの場所の入り口を埋めて行き。

 

(……眩しいな)

 

 ぽっかり口を開けた天井からは、下された正義を祝福するかのように陽光が差し込む。

 

「ふっ、これでいい……」

 

「えっ、え、えっ、え?」

 

 もう、あの絵や像が人目にさらされることはないだろう。口をパクパクさせて居たムール少年が俺と穴の開いた天井を交互に見て「え」を連呼しているが、俺としても流石に地上まで貫通させるつもりは無かったので無理もない。

 

「ふむ、少しやりすぎたか?」

 

「えーと、やりすぎたかって言うかさ。……あの穴、洞窟の構造からすると登れば村の外れに出る気がしてさ」

 

「は?」

 

 くび を かしげて たずねてみたら とびだしてきた のは とんでもない じじつ だったでござる。

 

「しぜん の どうくつ を りようしてるから ここ、かなり だこう してるんだよ」

 

「……すまん」

 

 棒読みで遠い目をするムール君に、少し迷ってから俺は頭を下げた。こちらとしても天井ぶち抜いたらショートカット作っちゃったは想定外である。

 

「どうする? 俺達が通った後にもう一度崩落させて塞ぐか?」

 

 偶然開いた穴に鉄格子は存在しない。よって、すぐに出来る措置となると復旧を考えず壊して塞いでしまうと言うモノになる。

 

「……ちょっと、相談しても良いかな?」

 

「無論だ」

 

 やれることをやろうとした結果、やらかしてしまった俺には否と言えるはずもなく、言う気もなかった。

 

(と いうか、どうしてこうなった)

 

 ただ、卑猥なモノを埋めてしまおうとしただけだというのに、これも世界の悪意か。

 

「……まぁ、そう言うことなのだろうな」

 

 ポツリと呟くと、俺は武器をほのおのブーメランに持ち替え、開けた穴に投げる。

 

「お゛ば」

 

 両断されて落ちてきたのは、一体の腐乱死体。

 

「……まったく、後ろから来ないと思っていれば、これか」

 

 穴が開いて格好を付けてる時、感じたのだ魔物の気配を。

 

「あちらからすれば、崩落の音に気づいて寄ってきたところで俺に倒されたのだろうが」

 

 状況は少々拙い。

 

「ここで腐った死体が現れるのだからな」

 

 おそらく、村は地下墓地から溢れだした魔物が闊歩してる不死者の村と化していることだろう。

 

(予定より前倒しで村にはたどり着けそうだけど、大掃除は確定だよね、これ)

 

 元を断たないと駄目って話になって地下墓地の魔物一掃までがセットになる可能性も出てきた。

 

「お待たせ。とりあえず、ここから行けるならまず村の様、うっ……えっ」

 

 丁度このタイミングで戻ってきたムール君は、腐臭に鼻を覆い、続いて転がる死体に気付き声を上げる。

 

「見ての通りだ、どうやら村はこいつらに占拠されてると見て良さそうだな」

 

 肩をすくめ、ブーメランをボロ布で拭って腰のベルトに差すと、俺は鞄を漁ってフック付きのロープを取り出した。

 

「トロワに伝ご……の必要はない、か」

 

「ん、ん゛んんーっん」

 

 相変わらず猿ぐつわをしたままだが、変態娘の呪文に頼らなければ良いだけの話だ。

 

「俺はこれから上に登って、周辺を確保する。ついてくるのは構わんが、足は引っ張るなよ?」

 

「んっ、んーんーんっ」

 

「ふ」

 

 その返事を了解ととった俺はロープの先端にあるフックを天井の穴目掛けて投げ。

 

「よし」

 

 フックが引っかかった事を確認すると、何度かロープを引いて安全確認をしてから洞窟の壁面を登り始めた。

 

 




想定外のショートカットが発生。それは不運か幸運か。

倒した魔物を前に、主人公は思う。

「投石とかで倒すべきだった、と」

次回、第二十六話「村には着いたよ」


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第二十六話「村には着いたよ」

「で、登って早々に、か」

 

 硬いモノの擦れ合う様な音に視線を向ければ、こちらにやってくるのは六本の腕を持った骨の剣士だった。

 

(けど、この世界の白骨系人型モンスターは何故腕が多いのやら)

 

 地下墓地に眠っていた村人の骸が元だとすると二人分の腕はどこから持ってきたって話しになると思うのだが。

 

「……ふむ」

 

 戦闘力を高めるために魔物自身が生やしたとか、近くにあった別の人の骨を失敬したとか、数人分の怨念が集まったため骨が混じってるとか、きっともっともらしい理由があるのだろう。

 

(そもそもツッコミは無粋……と言うより無意味でもあるかな。ディガスと違って会話出来るかも疑わしそうだもんな)

 

 声を発すこともなく、骨の擦れる音を時々出しつつ、一歩一歩歩み寄ってくるそれには感情らしきモノも感じられない。

 

「なら、やることは一つだな……せいっ」

 

 足下の石を拾って、投げる。狙ったのは、頭蓋骨だ。

 

「カッ」

 

 悲鳴と言うよりも先程の骨と骨が擦れ合うに近い短い音を残して石の命中した頭蓋骨が吹っ飛び、地面に叩き付けられて砕ける。

 

「……やはり石で充分のようだな」

 

 立ちつくす六本腕の人骨がようやく頭部を失ったことに気づいたかの如く崩れてゆく様を見つつ呟くと、屈み込んで再び石を拾う。

 

(盗賊で良かった、とおもうべきなのかなぁ、これ)

 

 一体だろうと二体だろうと腐乱死体が歩き回っていれば当然酷い匂いがする。逆に匂いが酷すぎて何処に動く腐乱死体が居るか解らなくなりそうなものだが、この身体はしっかりと捉えていたのだ、近くにいる魔物の気配を。

 

「一っ」

 

「お゛」

 

 朽ちかけた倉庫か何かの影から半分身体を出していたくさったしたいへ投じた石は命中し。

 

「そこだっ」

 

 二つめの石がまだこちらに気づかず背を向けていたがいこつけんしの背骨を砕く。

 

「三つ……ちっ、数が多い上に何体かは建物で死角か」

 

 更に投石でぼーっと立ちつくす動く腐乱死体の顔面を砕いた俺は、舌打ちすると物音の聞こえた穴の方を振り返る。このタイミングで穴から聞こえた音の主など一人しか居ない。

 

「トロワ、猿ぐつわの解除及び呪文の使用を許可する、そこを暫く守れ。ただ、なるべくで良いが、村の建物に被害は出すな。そして、下の洞窟に味方が居ることも忘れるなよ」

 

 使える攻撃呪文が大爆発を起こすものオンリーな時点で変態娘に力を借りるべきか迷ったのだが、俺は敢えてトロワに命じ、釘を刺す。

 

(洞窟の方がこの後どうなるか解らないし、さっさと周辺制圧して上がれるようにしておかないと)

 

 敵の編成を考えたなら、トロワに一時ここを任せ、殲滅してまわった方がどう考えても早い。

 

「ん゛ん、んーん……承知致しました。あ、マイ・ロード、どうぞこちらをお持ちください」

 

 ただ、答えを待たずに駆け出そうとする俺を変態娘は呼び止め。

 

「……これは?」

 

「トロルの棍棒だったものです、イオナズンの呪文を付与しておきました」

 

「は?」

 

 手渡された棒状のモノを見て問えば、返ってきたのはとんでもない答えだった。

 

「いおなずん?」

 

「はい、素材の方が呪文の威力に耐えきれないので使い捨てのアイテムになってしまいお恥ずかしい限りですが、強い力で敵に投げつけると大爆発を引き起こします」

 

 この へんたい、あの たんじかん で えつきしゅりゅうだん もどき つくりやがった。

 

(そーいえば、てんさい でしたね、こいつ)

 

 忘れていた訳ではないのだが、こういう一面を見ると味方に引き込めて良かったと思う。

 

「ただ、道具も時間も有りませんでしたので、他にも欠点があって……半日たつと付与が解けてただの棒になってしまいます」 

 

「いや……即興にしては充分すぎるだろ」

 

「マイ・ロードに喜んで頂こうと、本気を出しました」

 

 半ば呆れる俺の前でふんすと鼻息荒くドヤ顔をする辺りとかは、結構残念系なのだけれど。

 

「これの応用でお尻をぶっ叩いて蘇生させる杖とかも出来ないかと考えていますが」

 

「待て」

 

 うん、やっぱりいつもの変態だった。

 

「何だその発動条件は」

 

「いえ、誤作動防止に壊れる程強い力を受けた時を発動条件に組み込んでるので……」

 

「なら、何故尻と箇所まで限定する?」

 

「ママンの事を妄想して死にかけた私に使って貰って、傷物にされたという既成事実を作り責任をとって頂くためで……はっ」

 

 はっ、じゃねーよ。

 

「とりあえず、これが終わったら聖水責めの刑、だ」

 

「ま、マイ・ロード?!」

 

 清められた水ならこいつの煩悩とか変態性とか洗い流してくれると期待して。

 

(魔物にかけたらダメージ受けそうな気もするけど、致死ダメージじゃなかったはずだし)

 

 大人買いして浴槽に注ぎ、身を清めさせるのも良いかもしれない。

 

(それでも駄目だったら、教会に連れて行って見るかな)

 

 手遅れですって悲痛な顔の神父さんに頭を振られる気もするけど。

 

「まぁ、いい。こいつは一応借りて行く。村の中で使う機会が有るかはわからんがな」

 

 さっさと終わらせよう。これ以上トロワに変態性を露わにされては俺の方がどうにかなってしまう。

 

「……恨むなら、度を超した変態を恨めよ」

 

 投げる石の威力が増したとしても、それはきっと八つ当たりじゃない。

 

「でやっ」

 

「ぼっ」

 

 崩れかけた民家を回り込んで、裏手にいた腐乱死体を仕留め。

 

「はぁ、五つッ」

 

 そのまま直進して、こちらに振り向こうとした骨の剣士を手刀で袈裟懸けに斬り捨て、ズレ落ちた上半身を足で踏み砕く。

 

「おまけだ」

 

 更に、白骨の腕が持っていたボロボロの剣を拾い、廃屋の窓に向けて投じれば串刺しになった腐乱死体が崩れ落ちる。

 

「くっ、やはり建物の中に居る奴が一番面倒だな」

 

 たまたま窓の側に居てくれて助かっただが、気配の幾つかは屋内なのだ。

 

 




神 父「ご冗談を、トロワどのは手遅れであられる」

主人公「えっ?」

何てことがあるかどうかは、実際に教会に連れて行かないと解りませんが。

次回、第二十七話「勇者ってだいたい住居不法侵入してる気がする」

割とどうでもいい話ですが、闇谷ゾンビを銃でどうこうするゲームは苦手なのです。ホラーとかも。




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第二十七話「勇者ってだいたい住居不法侵入してる気がする」

「これはひどい……」

 

 長らく放置された空き家がどうなっているかなど予測がつきそうなモノだが、足を踏み入れたそこは想像以上にボロボロだった。

 

「ふむ」

 

 床には穴、天井は一部剥がれ落ち、土壁も一部が崩れ、骨組みが丸見えになっており。

 

「お゛ぉぉ」

 

 土壁の下の方に開いた穴からは腐乱死体の下半身が生えている。

 

「……穴を抜けようとして、つっかえたらしいな」

 

 たぶん、俺が感じた気配の正体がこのくさったしたいなのだろう。

 

「さっさと始末するか」

 

 穴が開いた床は所々腐っているようで、一歩間違えば踏み抜きかねない。

 

(かといって攻撃呪文も一部除いてアウトだよなぁ。建物の方にダメージが行って倒壊しましたじゃギャグにもならないし)

 

 そんな訳で、どうしようもなかったのだ。

 

「さて……これで良いか」

 

 周囲を見回し、朽ちた椅子を見つけると片手で掴み。

 

「そぉいっ」

 

 腐乱死体の尻に投げつけた。

 

(……わかってる、人の家の家具を勝手に武器にするのがいけないことだって事ぐらいは――)

 

 だが、床を踏み抜きたくないし、腐臭のするアレのしかも尻に直接攻撃するなんて嫌だったのだ。

 

(けど、どう見てもあの椅子はもう手の施しようがなかったし)

 

 トロワから渡された棍棒型手榴弾もどきを投げる訳にもいかなかった。その結果が、たった今始まった「動く腐乱死体の尻に物めちゃぶつけゲーム」だ。

 

(や、ゲームじゃないけどね?)

 

 抵抗出来ない相手へ一方的な攻撃を行うという外道な行いは無理矢理ギャグにでもしないと耐えられなかったのだ。

 

(だいたい、相手がアレだしなぁ)

 

 標的が壁に詰まった腐乱死体というシチュエーションも俺の心の一部をふざけさせるのに一役買っていた。

 

「まった、くっ……出ていたのがっ、上半身ならっ、ヘッドショットでっ、終了だというのにっ」

 

 仕留め損なって放置されたこいつが壁の穴を抜け、忘れた頃に出てくるようなことがあっては困る。よって、完全に動かなくなるまで攻撃せねばならず。俺はただくさったしたいのしりにモノを投げ続けた。

 

(投げられる物は、手直しが不可能な程傷んだ家具や剥がれたり崩れ落ちた家の一部とさっき拾った石の残りだけど……そろそろ家具は品切れかぁ)

 

 投げるモノが尽きれば家屋に影響を与えない呪文ぐらいだが、呪文は精神力を消費する。

 

「いざというときの事を考えると温存した方が良いのだがな……」

 

 とりあえずピクリとも動かなくなった死体を見つめつつ、俺は念のため呪文を唱えた。

 

「ニフラムっ」

 

 だが、完全に死体に戻ったそれは光の中に消え去らず。

 

「既に倒れていたか……しかし、解りづらい」

 

 投げた品が朽ちた家具だったことも、倒せたかどうかで微妙に迷った一因だと思う。

 

(ぶつかった端から派手に壊れたもんなぁ)

 

 脆くて大したダメージになってないのか、俺の力が強くてぶっ壊れたのかで迷い、まだ動いた気がしたのでと次を投げ、それでも気になって呪文で確認までしてしまった。

 

「まぁ、いい。ここは終わった。……次に行こう」

 

 出来れば次はこんな事がなければいい、願いながら朽ちかけた民家を後にした俺は、次のお宅へと無断訪問を敢行し。

 

「お゛ぉぉお」

 

「……うわぁ」

 

 二回の床を踏み抜き、シャンデリアからぶら下がった腐乱死体を見て、思わず声が出た。

 

(うん、まぁこっちはちゃんと頭も狙えそうだけどさ)

 

 何とか自由になろうとくさったしたいが動くたびにシャンデリアが揺れ、建物自体も軋む。

 

「沈めっ」

 

「お゛ごっ」

 

 放置して家屋倒壊でも起こったら目も当てられない。投げた石に頭部を砕かれた腐乱死体は即座に動きを止め。

 

「……やっとか、やっとか」

 

 室内を歩き回っていた骨の多腕剣士との遭遇に密かな喜びを感じたのは、三軒目。

 

「ありがとう、そしてさらばだ」

 

 感謝を籠めた手刀で首を刎ねると残った身体を蹴り倒す。

 

「ふぅ……ボロボロだが、この剣も投擲ぐらいには使えるな」

 

 手にしていた剣はスタッフではないが遠慮なく回収させて貰って次の気配がする建物へ向かう。

 

「あっちか……他と比べると一回り大きいが……店、だったのか」

 

 気配を感じた家は先の数軒よりしっかりした作りで、よく見れば朽ちた看板が風に揺れている。

 

(看板からするとよろず屋っぽいけど、うーむ)

 

 感ずる気配は一つとは思えず、位置は半開きになった入り口の扉より、低い。

 

「地下室が地下墓地と繋がってしまったのか、それとも」

 

 今までのオチからすると、地上への階段が崩壊してしまった地下室に落ちた魔物達が登れなくなってたまっているというオチも充分考えられる。

 

「……いや、考える必要はないな。変態だが人を待たせている」

 

 今すべきは、周辺の腐乱死体と骨剣士を一掃することのみ。

 

「明かりは確か……」

 

 鞄を漁ってカンテラを取り出した俺は、それに火をつけ、開け放たれたままの戸をくぐり店内へ足を踏み入れた。

 

「地下室は……カウンターの奥、か」

 

 商品倉庫とかなのかもしれない。

 

「お゛ぉぉ」

 

 その地下から今まさに声が聞こえてきた方へと俺は歩き出す。これまでの流れなら相手はくさったしたい、だが油断する気など微塵もなかった。

 




動けないくさったしたいさんに、主人公さんは朽ちた椅子をプレゼントしてあげたっぽい。

そのほかのも投げるものをぽいぽいぽ~い。

次回、第二十八話「待ち受けるもの」

さぁ、最高に素敵なパーティーしましょ。


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第二十八話「待ち受けるもの」

ちなみに、この村の位置ですが、原作だとギアガの大穴の東かつガイアの剣放り投げた火山の南にある高山のどこかになります。
割とどうでも良い設定ですが。





(こっちか)

 

 カンテラに照らし出された店内、積もる埃の上に付けられた足跡を見て声には出さず呟く。

 

(しかし、思ったより何というか……)

 

 棚に残る商品を見てしまうと、俺は複雑な心境にならざるを得ない。

 

(多分、戻ってくるつもりだったんだろうな。村の入り口が封印されていて盗まれる恐れがないってのもあったのかも知れないけれど……)

 

 日持ちしない商品はなくなっているが、傷まない商品がほぼ丸ごと残されている所に、この店の主人だった人物の意思を感じる。

 

(ただ、そうなってくるとこの先にある地下にも商品が眠ってる可能性がある訳で――)

 

 人の物だ、欲しいとは思わない。だが、腐乱死体達が入り込んで居るのに商品が無事とも思えず、顔は苦々しいモノへと自ずと変わった。

 

(無事であって欲しいと思うことと、実際無事かどうかは別問題、けど)

 

 出来れば無事であって欲しいとも思う。シャルロット達が大魔王を倒してくれれば、村の人々がこの地に戻ってきて生活することだって出来るはずなのだから。

 

(まぁ、その前にまずは地下墓地から出てきたらしいこの村のご先祖様方に眠って貰わないといけない訳で)

 

 鍵を探したり、同行者のオッサンの奥さんの亡骸をこの地に葬るには、その役目は俺達がやらざるを得ないものの、それについては、もう文句もない。

 

(誰だって……故郷がよい場所なら、帰りたいと思って当然だし)

 

 還れない身の上なのは俺も同じなのだから。

 

(感傷かもしれないけれど、多少は気持ちもわかるもんな)

 

 何せ、故郷にはあの世界には、即座に通報したくなるような変態は居ない、せくしーぎゃるなんていなかったのだ。

 

(そりゃ、責任がとれる身の上なら、ちょっとぐらいは……て気持ちもあるけどさ)

 

 人様の身体でどうのこうの出来る程の厚顔さを持ち合わせては居ない。

 

(トロワが本気ってとこだけは解ってる……ただ、解っててどうにか出来る問題なら、今頃とっくにどうにかしてるってのも事実だから……)

 

 俺に出来ることは、村をうろつく魔物を片付け、変態が少しでも直りますようにと聖水をぶっかけることぐらいなのだ。

 

(もちろん、直らなかったら……折檻開始だけどね?)

 

 あれは、もし駄目なら俺の胃の安寧の為にも自重するよう教育しておく必要がある。天才的アイテム作りの腕前を見せられたばかりの今なら尚更だ。

 

(とりあえず、あの変態娘に誘惑の剣だけは絶対に見せられないな)

 

 執念で刀身を見せられるとそれを持った相手に惚れる剣とかを作りかねないし。

 

(正気に戻ったら、剣を持った変態娘と結婚していて子供も居ました何て事になってたら嫌すぎる)

 

 パンツにバターは塗らない、塗らないんだ。

 

(って、何考えてるの、俺)

 

 もうあの悪夢は良いというのに。

 

(止めよう止めよう、今するべきは魔物退治だ)

 

 頭を振り、地下からの声を頼りに俺は進む。

 

(たぶん、ここだな)

 

 そうして、辿り着いたのは、木箱が積まれた石造りの倉庫らしき部屋。壁のようにそびえ立つ木箱は幾つかが破損し、中身が零れてしまっている。

 

(これもあのくさったしたい達の仕業かぁ)

 

 無事であって欲しいと思った後にこれである。世界の悪意は俺に恨みでも有るのだろう。

 

(声は木箱の向こうからってことは、奥に地下への入り口があると)

 

 木箱の裏側に魔物の気配はない。回り込んですぐに襲われると言うことも無いはずだ。

 

(……行こう)

 

 俺は忍び歩きで木箱の壁を回り込み。

 

(あった)

 

 すぐに下へ降りる石段を見つけると、そのまま石段を降り始め。

 

「フォオオオッ……これは……渡さん」

 

(っ)

 

 下から聞こえた声に、足をとめた。

 

(今の、空気の漏れるような音……)

 

 聞き覚えがあった。死体の漏らす声ではなく、同時にかなり嫌な相手のモノでもあり。

 

「マホカンタ」

 

 声が出てしまうことを承知で、呪文を唱える。

 

「オォォ……何、者?」

 

「っ、やはり気づかれたか」

 

 カンテラの明かりを頼りにしている上、呪文も唱えてしまっては忍び足も無駄と言うことだろう。

 

「くっ」

 

「お゛ぉぉ」

 

 ならば先手必勝と階段を駆け下りると、蝙蝠の翼を持つシルエットの前に立つ青白い肌をした死体達が咆吼を上げる。

 

「くさったしたいじゃない……だと?」

 

 髪も真っ白なそれは原作だと悪霊に操られた死体であり、くさったしたいと同じグラフィックを持つ魔物では最強とされた魔物。

 

「成る程、後ろに居るソレに操られて変質した、か」

 

 地下に留まっていたのは、落ちて出られなくなったなんて残念な理由ではなく、この地下室に納められた品に執着を見せる魔物に操られたから、とすれば説明もつく。

 

「説明はつく……が」

 

「フォオオ……このがーたーべるとはわたさんんッ」

 

 いまわしいアレを大事そうに腕に抱えた悪霊が待ち受けてたとか。

 

(おれ としては ぜんげんてっかい して、このみせ ごと とろわ きんせい の だいばくはつ する こんぼう で けしとばしたい のですが)

 

(いいよね? もう、やっちゃっていいよね?)

 

 おそらくだが、あの悪霊は店主とは別人、何代か前のこの店の人だと思う。少なくとも帰ってくる気でこの店を出た人とは別人だと思いたい。思いたい、けど。

 

「寄こせ、と言う気はさらさらない。だが……俺に喧嘩を売ったのなら覚悟して貰おう」

 

 がーたーべると好きの変態だとか思われたなら、この上ない侮辱である。宣戦布告も辞さないし、バイキルトかけての最終奥義ぶちかましても許されると思う。

 

「楽に死ねると思うなよと言いたいところだが、死んでる相手には陳腐すぎる」

 

 俺は、とりあえずまじゅうのつめを装備した。もはや、目の前の変態ゴーストを許す気など微塵もなかった。

 




魔物の群れが現れた!


 グール 3ひき

 へんたいホロゴースト 1ひき


次回、第二十九話「怒りと嘆きと悲しみのォ」

えっちなほんとどっちを抱えさせようか迷ったのは秘密。


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第二十九話「怒りと嘆きと悲しみのォ」

「バイキルト」

 

 まず、呪文で攻撃力を倍加させ。

 

「いくぞっ」

 

 しゃがみ込むように低い姿勢から飛び出し、向かう先は部屋の一角。

 

「な」

 

 俺の行動に変態の悪霊が声を上げるが、一切構うつもりはない。

 

「あんな臭いそうな死体を、武器で攻撃出来るかぁっ」

 

 叫び声と共に持ち上げたのは、空の宝箱だ。空っぽなのは、おそらく中身を悪霊が取り出したからなのだろうが、俺としては都合が良い。

 

(中身を焼却処分してしまえば入れておく箱が壊れても問題ないっ、つまり、どんなに荒っぽい扱い方をしても良いってことだっ!)

 

 新感覚、死体を箱で殴るアクション。

 

(いや……そう言うゲーム、既にあってもおかしくないか)

 

 ちょっとふざけてみたが、ぶっちゃけどうでも良い。

 

「直接大元を真っ先に滅しては意味がない。まずはこいつらを相手にし、俺を怒らせた貴様の愚かさを思い知らせるッ」

 

 持ち上げた箱。

 

「お゛」

 

 狙うは、声を上げた個体。

 

「おおおおっ」

 

 叩き付けるは、角。

 

「喰らえェっ」

 

 宝箱で最も頑丈と思われる補強された箱の角が死体の顔面に炸裂した。

 

「お゛ん゛っ」

 

 結果として、悪霊に操られた死体は顔面を砕かれたただの死体に戻り。

 

「ちっ」

 

 宝箱の破片と言う雨の下で、俺は舌打ちする。

 

「箱の強度が俺の怒りに耐えきれなかった、か」

 

 まだ、嘆きと悲しみ用に二体程残っているというのに。

 

「フォオオ……何だ? これはどうい」

 

「どうもこうもない。俺が怒っていて、箱が思ったより脆かった、ただそれだけのことだ」

 

 状況を呑み込めない悪霊に吐き捨て、とりあえず周囲を見回す。

 

(箱はまだある……が、中身入りか)

 

 開いていた一個に入っていたものが忌まわしすぎると、未開封の箱を無警戒で掴み使用する気など起きない。また箱が砕けて、飛び出してきた中身をうっかり見てしまったら最悪の事態だって起きるかも知れないのだから。

 

(なら……これだっ)

 

 しゃがむ、拾う、投げる。

 

「うお゛っ」

 

 三つの動作で放った宝箱の蝶番付きの欠片が手裏剣か何かのように顔面に刺さりそのまま貫通して、顔面に穴を穿たれた死体が、傾ぎ、倒れ伏す。

 

「二体目、だ」

 

 残りはあと一体。

 

「あ、あぁ……」

 

 あっさりと二体まで倒されたのが信じられないのか、悪霊は呆然と立ちつくし。

 

「……仕上げだ」

 

 振るうのは、つめではなく鎖つきの分銅。

 

「フォぐっ」

 

 手加減して振るったそれは悪霊を消滅させることなく絡みつき。

 

「でやあっ」

 

「うおォ?!」

 

「うおおおおっ」

 

 蝙蝠の様な翼の生えたそれを捕らえた鎖を引けば、悪霊はひっくり返るが、構わずそのまま振り回す。

 

「ホロゴースト・ハンマーァァァァッ!」

 

 物理攻撃の効く悪霊なら鎖で絡めて引っ張る事も出来る。

 

(そしてそれを武器にすれば元々持っていた武器は汚れない)

 

 まさに完璧な発想である。

 

「スカラっ」

 

「な、フォオ、ちょっ」

 

「……貴様が冒涜した死体にっ、詫びろぉっ」

 

 簡単に壊れないよう敢えて強化してから、振り下ろす。

 

「ぐフォ」

 

「ああ゛っ」

 

 悲鳴を聞きつつ横に薙ぐ。

 

「フォべっ」

「おらっ」

 

 変な角度に曲がったが、叩き付ける。

 

「フォげっ、もう、止め」

 

「はあああっ」

 

 何か言ってるものの、無視して振り回す。

 

「フォオォォッ」

 

「まだまだぁ」

 

 遠心力が乗って、エメラルドグリーンの輪が俺の頭上に誕生するが、気はまだ収まらない。

 

(とはいうものの、もう攻撃する相手が残ってないしなぁ)

 

 即席武器とはいえ、使ってるのはバイキルトをかけた俺だ。悪霊に操られることで変質したとは言っても死体の魔物に何発もの攻撃を耐えうる力はなく、とっくにただの死体に戻って仲間と共に地下室の床に倒れ伏している。

 

(いや、それだけやっといてまだがーたーべると持ったままのこのホロゴーストもある意味凄くはあるけどね)

 

 何が悪霊にここまでさせるのか。そんな胸中が聞こえた訳ではないと思う、だが。

 

「……れ、村……息……からっ……き勝手」

 

 振り回される武器は何やら漏らし出し。

 

「……ふむ」

 

 俺は徐々に速度を緩めると、回していた悪霊を放り出す。

 

「フォぐぺっ」

 

 投げ出された悪霊は悲鳴をあげるが、消滅していないので問題は無いだろう。

 

「止めてはやった、言いたいことがあるなら言え」

 

 酔狂だとは思う。だが、回していては聞き取れないし、微かにでも聞いてしまうと気になった。

 

「これは……やれん。フォォォ、妻の形見のこれだけは……誰にも、やれんのだ。村長の息子である事を笠に着て……強引に奪っていった……あれとは、違……う」

 

「強引に奪って……いった?」

 

 ただ、聞いたのは失敗だったかもしれない。

 

「春画……フォオォ……裸婦像……借り、ると言って……その、まま……」

 

 なるほど、あの猥褻領域の真実がそれか。

 

(むーるくん には だまって おいたほう が いいよなぁ、これ)

 

 父親か祖父か、もっと前の代かは不明だが、あそこに淫らがましいものを隠したのが自身の先祖だった事もだが、それが人から強引に奪ったものだったとかあまりにも酷い。

 

「お前も……村長の息子に……何か言われて来た、フォォォ……のだろうが、これだけは渡……」

 

「ニフラム」

 

「うぼあー」

 

 ただ、そんな輩の手下扱いになどされたなら、即座に呪文で消し去ったって俺は悪くないと思うのだ。子孫と同行はしてるが、そっちは成り行きだし。

 

「……まったく、冒涜した死体の当人に向こうで詫びとけ」

 

 猥褻物を巡った二人のもめ事に巻き込まれた死者達が気の毒すぎる。

 

「……はぁ、無駄に疲れた」

 

 床に残されたがーたーべるとも形見と聞いてしまうと流石に燃やしてしまう気になれず、嘆息を残して俺は地下室を後にし。

 

「しかし、本当に酷かったなぁ……けど」

 

 元よろず屋を出つつ、思う。

 

(何代か前の村長の息子の犠牲者が悪霊化してたなら、元凶の方も何処かで悪霊になってるなんてことは……うん、ないな)

 

 悪霊になってるなら、鍵を取りに行った時に遭遇してるはずである。

 

(うん、ないない。あの時戻ってくるのが遅かったムール少年に取り付いてるとかなら話は別かも知れないけどさ)

 

 ホロゴーストが他者の肉体に入れるのは確認済みだが、ムール君におかしな所は無かったと思う。

 

「まぁ、念のために聖水をぶっかけてみるか。トロワへのお仕置きの時に手が滑ったとかそう言うことにしておけばいい訳も出来るし」

 

 万が一を考え、そう決断を下すと俺は再び周辺の魔物を倒す作業に戻るのだった。

 




今回明かされた衝撃の真実ゥ!

展開がベタ過ぎてあっさり予想出来たかもしれませぬが、すみませぬ。

次回、第三十話「合流」

伏線? フラグ? そんなモノありましたっけ?


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第三十話「合流」

「これで、終わりだっ」

 

 結論から先に言うと、最後だけちょっと手間だった。残っていたくさったしたいの大半は見つけるのも倒すのも容易な位置に居たのだが、一体だけ登る手段の見つからない狭い屋根裏部屋に潜んでいたのだ。

 

「何とか終わりはしたが……あ」

 

 たった今、その一体を一撃で仕留めロープで居りようとした俺は吹き抜けから下を見て思わず声を上げた。

 

(あー、そういうことね……これは気づかないわ)

 

 眼下に見える一階の床に散らばっているのは、おそらく簡易な取り外し式階段の残骸。何かのはずみで外れ、吹き抜けを落下、床に激突してバラバラになったと言うことらしい。

 

(椅子の残骸だと思っていたからなぁ)

 

 と言うか、椅子の残骸もあったのだ一階に散らばった木片には。他にも最初から動かない死体が倒れていたので、吹き抜けから椅子の上に落ちた腐乱死体が破壊したものだろうと判断したのが間違いだったらしい。

 

(取り外し式の階段を上ってる最中に階段ごと落ちたとか、そんなところかな)

 

 何故屋根裏まで登ったかは謎だが、壁の穴に挟まったりシャンデリアからぶら下がるフリーダムさを見せたこいつらの行動を真剣に考えても仕方ないと思う。

 

(あの悪霊といい、腐乱死体達といい……どっと疲れたけど、それももう終わりだ)

 

 戻って皆と合流出来れば、魔物自体は大したことないのだ、しかも村の何割かに潜んでいた魔物は俺が排除済み。幾つかの班に分かれて行動すれば村の中はあっさり片が付くし、魔物が居なくなったなら、ムール君が居る以上、鍵の確保も簡単なはずだ。

 

(ただ、地下墓地だけはめんどくさそうだけど、そっちもあんまり魔物がうようよしてるって気はしないんだよね)

 

 村の中にこれだけ魔物化した骸がうろついていたのだ。

 

(今居る場所が村であり、地下墓地が村人用で、かつ他にも墓地が存在することを鑑みるなら、納められていた村人の亡骸の総数が膨大であるとは考えにくい……全てが魔物になっていたとしても――)

 

 村にさまよい出てきた個体と地下の川に流された個体で数は減っていると見ていいだろう。

 

(詳細はオッサンとかムール君に確認をとらないといけないだろうけどね)

 

 予想だけで安易な判断を下して痛い目を見るのはゴメンだ。

 

「ついでだ、このまま下まで降りるか」

 

 本来なら二階まで降りるために屋根裏から吊したロープだったが、長さには余裕がある。

 

「ふっ、とっ」

 

 身体のスペックに助けられ、するするとロープを降り。

 

「ふんっ」

 

 丁度真下にあった骸を踏んづけないよう、最後にロープを揺らし、揺れの勢いを借りて横に飛ぶ。

 

「さて、戻ろうか」

 

 屋根裏に腐乱死体が残っているので、ロープはそのまま残しておくつもりだ。

 

(後始末、しないと拙そうだもんな)

 

 傷んで民家がもう使えないとしても死体をずっと放置は拙い、いろんな意味で。

 

(けど、ファンタジーの世界って大変だなぁ、死者が魔物になるなんて)

 

 個人的には魔物になる可能性があるなら、防ぐために死体は火葬にしろよとも思うけれど、やってないという事は宗教的な理由とかこの世界の人にしか解らないルールがあるんだろう。

 

(遺体を出来る限り損壊させなければ生き返らせることが出来るかもしれないって思ってるとか?)

 

 この世界には蘇生呪文が存在する。誰でも生き返らせることが出来るような万能さはないが、ひょっとしたらに縋ったのが、今の埋葬方法なら、少なくとも俺には非難出来ない。

 

「死体の処置……その辺りも二人に確認、だな」

 

 何にしても、まずは合流だ。

 

(魔物の気配は変態娘自身のモノを除けばゼロだし、あっちに魔物を通した覚えもない)

 

 俺が精神的に疲労したものの、周辺の魔物の一掃には成功している。

 

(そして、人の気配が幾つか……これはクシナタ隊のお姉さん達とかオッサンやムール少年だろうな)

 

 水が追いかけて来なかったとしてもあの洞窟にはトロルが居た。長居は危険と見て上に登ってきていても不思議はない。

 

「あ、マイ・ロード、お帰りなさいませ」

 

「スー様、お帰りなさい」

 

 そして、戻ってみたなら予想通りというか、崩落して出来た入り口の前で共に洞窟を通ってきたメンバーが勢揃いしており。

 

「とりあえず、ここに近い民家や店の中にいた魔物は一掃してきた。そして、そのことで話がある。ムール、少し良いか?」

 

「えっ、オイラ?」

 

「ああ。正確にはこの村のことで話したいことがあるんだが……」

 

「成る程、承知した」

 

 補足しつつちらりとオッサンを見れば、言いたいことは伝わったらしい。

 

「まず、俺が倒してきた腐乱死体……つまり、地下墓地からさまよい出てきた者達の骸、元の死体に戻った者をどうするか、と言うことだ」

 

 地下墓地の死体が魔物になったのだ、そのまま戻せば最悪また魔物になって出てくる可能性がある。

 

「そして、地下墓地に安置されている遺体をどうするかもあわせて聞きたい」

 

 魔物化を避けるなら何らかの処置は必須であり、俺は口を閉じると二人からの返答を待った。

 




次回、第三十一話「話をしよう」

あれは今から1年と七ヶ月ちょっと前だったか……まあいい。

主人公には、お師匠様、ご主人様、スー様、盗賊さん、いくつかの呼び名があるから何て呼べばいいのか……たしか、最初に会った時は――。



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第三十一話「話をしよう」

「うーん、言いたいことは解るけど……」

 

 苦い顔で先に口を開いたのは、ムール少年の方だった。

 

「どうするかってわざわざ聞くって事は……聖水をかけるなんて対処法じゃ無いんだよね?」

 

「そうだな、焼いて骨だけにする。つまり火葬だ」

 

 焼けば骨だけになる、それだけで腐乱死体として動き出す可能性は消えるし、衛生面でのメリットも大きい。

 

「骨だけなら納める場所もとらないからな、地下墓地の中で崩落が起きて居た場合、再利用出来るスペースが減っている事も考えられるが、俺達にもやらねばならんことがある。埋まった部分を掘り起こして使えるようにする作業まではつきあえん」

 

 シャルロット達に捕捉されないよう同行した訳だが、俺の目的はあくまで神竜に願いを叶えて貰うことであり、この村の復興ではない。

 

(そもそも復興をするなら大魔王ゾーマが倒されてからの方が良いし)

 

 魔王が健在では魔物も活発化したままなのだ。正直、今するのは時期尚早だと思う。

 

「ふむ、骨だけなら場所をとらぬ、か……」

 

「……そう言えば」

 

 オッサンの奥さんの亡骸は遺骨の状態だったか。

 

「臭いがするようでは宿にも泊まれぬからな。病に伏し、『故郷に眠りたい』と最初に口にした時、火葬にする許可は妻から取った」

 

「……すまん」

 

「気にされることはない。私一人ではここまで来られたかどうか。それに、村に溢れた魔物を倒す手伝いまでして貰っているのだ」

 

 考え無しな発言だったかと頭を下げた俺にオッサンは頭を振って見せ、この村を荒らすのは先人達にとっても本意では無かろう、と俺の提案に賛成してくれ。

 

「後は、オイラか……わかってる。この状況じゃ、そうするしかないって事は……」

 

「……ムール」

 

「ううん、大丈夫。ここでオイラがだたこねて、地下墓地から魔物になった死体が出てくることを考えたら……やらなくちゃいけないのは解るから」

 

 オッサンと違ってこの村の出身であるからこそムール少年には葛藤が有るのだろう。

 

「……すまんな」

 

「いいよ。と言うか、この状況を何とかしようとしてくれるってだけでオイラ達の方こそお礼を言わなきゃいけないくらいだろうし」

 

「礼など不要だ。同行を望んだのはこちらなのだからな」

 

 それに、この状況下で村まで送り届けはしたからと立ち去れる厚顔無恥さは持ち合わせがないのだ。

 

「それでも言わせてよ、『ありがとうございます』ってさ」

 

「ふ、それで気が済むなら礼は受け取ろう、ただし、そこまでだ」

 

 おれい に この からだ を、とか そういう ふじょしさん の よろこびそうな てんかい は だんこ きょひ する。

 

「そっ、そこまで? まさかあなた、マイロードにお礼と称して『えちー』なことをするつも」

 

「トロワ……」

 

 なぜ、おわらせようとした はなし に くいつくかな、そこで。

 

「……ムール、とりあえずこの変態を今晩辺り色々悔い改めさせようと思うので、協力してくれ」

 

「あー、うん。なんだかオイラまで風評被害に遭いそうな感じだったし……いいよ」

 

 変態娘の頭を鷲掴みにしたままのお願いにムール君は快く応えてくれて、今晩の予定が決定し。

 

「とりあえず、結論が出た所で魔物退治の続きといくか。まず、班を分ける。俺が倒した魔物の中に即死呪文を使うホロゴーストが混じっていたのでな」

 

「そんな魔物がいたぴょん?」

 

「まぁ、な……」

 

 出来れば、反射呪文の使える魔法使い、相手の気配を察知し、先制攻撃を防ぎやすい盗賊は同じ班にならないよう割り振りたいところだ。

 

「解りました、スー様。そうなってくると私はスー様やそこのムールさんとは別の班と言うことですね?」

 

「理解が早くて助かる。俺はこの変態娘と一番厄介そうな場所を受け持とうと思うが……ムール、地下墓地はどっちだ?」

 

「えーと、あそこ」

 

 察しの良いクシナタ隊魔法使いのお姉さんに頷きを返し、そのままムール君に問うと指さしたのは崖に半ば埋まり込む形になったプチ神殿の様なもの。どうやら、そこが地下墓地の入り口らしい。

 

「ちなみに上にあるのがオイラの……村長の家ね」

 

「なるほどな」

 

 補足を聞いて視線を上にスクロールさせれば崖の上に他の民家と比べると二回りは立派な家が建っており。

 

「一応聞いておくが、家の地下が地下墓地と繋がっているなんてことはないな?」

 

「ないない。直線距離だと結構近いけどあそこに降りて行く道の入り口からはかなり離れてるし……個人的な希望も含むけど、オイラの家には居ないと思うよ、魔物」

 

 俺の確認にムール少年は首を横に振って言う。

 

(けど、万屋がああだったもんなぁ)

 

 村長の息子とやらが同じ様な救いようもないシロモノになり果てていたとしても不思議はなくて。

 

「ならば、お前の家は他を掃討後、皆で確認しに行くこととしよう」

 

「え゛っ」

 

 疑惑から念のために提案するとムール君の顔がひきつった。

 

「居ないなら問題有るまい? 盗賊のお前が言うなら地下墓地と繋がっていると言うこともないだろうしな」

 

「け、けど、あそこにはオイラの部屋もあるし……」

 

「それは、自分の家ならあるだろうな。それに何か問題が?」

 

 やたら焦り出すムール少年だが、俺には理由がわからない。

 

(ん、待てよ……そう言えばムール君も村長の一族だっけ)

 

 ひょっとして、もの凄くエロいものが自室に隠してあるとかだろうか。

 

(鍵の隠し場所で他人のコレクションが見つかってるし、その時の反応を見て「あるぇ、オイラのコレクション見られたらドン引きされるんじゃね?」とかなったとしたら)

 

 俺は無意識のうちにムール少年を追いつめてしまったのかもしれない。

 

(だが、考えようによってはこれはチャンスかも)

 

 ムール君がむっつりスケベだとすれば、変態全開のトロワにはお似合いだと思うのだ。

 

(そして、二人がくっついてくれれば俺は自由だぁぁぁぁっ、ひゃっはぁぁぁぁっ)

 

 いける、凄くいける気がする。

 

「まぁ、何だ。俺に良い考えがある。ここは任せて貰おう」

 

 胸中は謎のハイテンションで、俺は自分の胸を力強く叩いたのだった。

 




たった、この上なくアレなフラグが立った。

次回、第三十二話「ムール君の秘密を知るためにも、この魔物達をさっさと倒さなきゃ」

ムール少年がお宅訪問されそうになって焦る理由とは?

まさか、ムールくんって――


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第三十二話「ムール君の秘密を知るためにも、この魔物達をさっさと倒さなきゃ」

「まずは、出発前にここを塞いでおかねばな」

 

 俺達が洞窟から登ってきた崩落跡は、トロルの短い足と太い胴体で登ってこられるとは思えないが、水が溢れてくる事も考えられる。

 

「トロワ、使わせて貰うぞ?」

 

「えっ? も、もちろんです。人前というのは流石に恥ずかしいですが、マイ・ロードがお望みな……あれ?」

 

 案の定服を脱ぎだした変態娘をスルーすると、俺は渡されていた魔改造棍棒というか柄付き手榴弾もどきを全て、全力で穴の中に放り込んだ。

 

「皆、伏せろ!」

 

 俺はトロワについて変態性とアイテム作りの腕だけは疑っていない。声を張り上げ、自分も伏せるとどちらが早かったか。

 

「くっ」

 

「ぐほっ?!」

 

 轟音と共爆風と粉塵が穴から噴き出し、続いて洞窟の天井だったらしき地面が崩れ、沈み込んで行く。

 

(出来ればこれであの猥褻物も完全に埋まってくれると良いんだけど)

 

 きっとそれは望みすぎだろう。

 

「ふぅ……とりあえず穴はふさげたな。あとは……」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……マイ・ロード」

 

 半裸で地に伏した残念な変態娘をどうにかするだけ、らしい。

 

「スー様」

 

「ああ」

 

 服を脱ごうとしていたために伏せるのが間に合わず爆風で飛んできた岩の欠片でも喰らったのだろう。何とも言えない表情をしたクシナタ隊のお姉さんに俺は苦い表情で頷いた。

 

「全く、いくら変態といえど命懸けで変態するとな……」

 

「そ、そうじゃありませんよ、スー様。スミレさんが船に残っていて、私は魔法使いですし」

 

「あ」

 

 慌てた様子のお姉さんにそこまで言われて、俺はようやく気づいた。回復呪文を使えるのは、俺一人。つまりこの場で回復呪文が使える者がゼロであると言うことに。

 

(そりゃ焦るわな)

 

 ぶっちゃけ、俺がトロワを物陰に連れ込んで回復呪文を使ってしまえばそれで傷は治せるが、どうやって回復したんだという疑問が残ってしまう。

 

「……まぁ、こんな変態でも従者だからな」

 

 ポツリと漏らすと、俺は横たわる変態娘を抱き上げた。

 

「ま、マイ・ロード……」

 

「しゃべるな」

 

 抱え上げた手が汗以外の何かで濡れたのを感じて、命じる。アークマージにイオ系の呪文は聞きにくかったと思うが、ローブを半脱ぎだったからむき出しの肌の部分に欠片は当たったのだろう。

 

「薬草で応急手当をしてくる。戦闘への参加は無理でもそれで当面はしのげるだろう」

 

 魔物の掃討だけなら、俺単独でも問題ないし、隠れて呪文で回復させるので戦闘面の問題はないのだ。

 

(みんなの前ではトロワを背負わなきゃいけないかもしれないけど)

 

 流石に自分のミスで怪我をしたのだからそれぐらいは自重してくれると信じたい。

 

「手当が終われば俺も魔物の掃討に移る」

 

「怪我をしたままでか? その者に出来るのは応急手当だけなのであろう?」

 

「言いたいことは解るが、今更担当箇所を変えて混乱を招くのも拙いからな。魔物の気配は概ね察知出来る。安全地帯をつくって、こいつにはそこでじっとしていて貰えば良い」

 

 俺の宣言にオッサンが尋ねてくるが、時間は有限だ。

 

「日が落ちる前に魔物を全て倒してしまわねばならん」

 

 俺やムール君ならともかく、他の人達は暗くなってしまえば魔物が見つけづらくなるし、人は闇を恐れるモノ。

 

(と言うか、暗闇から出てくる腐乱死体とか、正直勘弁して欲しい)

 

 実力の方は対したことなくても、心臓に悪すぎる。

 

(万が一悲鳴の一つでも上げちゃった日には俺の株が大暴落するしなぁ)

 

 そして、変態娘が驚いたふりをしつつ逆セクハラに出る可能性も残っている。

 

(うん、夜は駄目だ。こいつを聖水責めにしないといけないもんなぁ)

 

 何より、ムール君に協力を頼んでおいて約束を破るのはよろしくない。

 

「俺は地下墓地から続く道に近い民家十数軒を受け持とう」

 

「そしていわくの有りそうな家は魔法使いの私同行する班の担当ですね」

 

「ああ、頼むな」

 

 変態娘の怪我もある。話をするのは、それが限界だった。

 

(さてと、あそこでいいか)

 

 周囲を見回し、踏み込んだのは一軒の元民家。

 

「トロワ、待たせたな……今治す」

 

 抱えてた手を片方放し、手探りで鞄から布を取り出して床に敷くと、そこに変態娘を寝かせ。少し抵抗を覚えたものの、意を決してローブをめくる。

 

「っ」

 

 俺は思わず顔をしかめた。つけていない、大きいとかそういう話ではない、思ったより怪我が深刻だったのだ。

 

「まずは傷口の洗浄と消毒か、我慢しろよ」

 

「あぐっ、くっあ……」

 

 飲むためにではなく、こういう時のために用意しておいた小瓶を鞄からとり出し中身を傷口に注ぐ。顔を歪めたトロワが呻くが、気を散らさぬようにして声を出さず呪文を唱え。

 

「ベホマ」

 

 患部に手を添え呪文を完成させると、傷口の肉が盛り上がって刺さった岩の欠片を押し上げ始める。

 

「ふぅ、これで大丈夫だろう」

 

 呟くが、油断はしない。この直後、心配して様子を見に来たムール君とかに目撃されるなんてことを世界の悪意は演出しかねないのだから。

 

(魔物の反応も一つだけ、近くに人の気配は無し)

 

 念のために安全確認をし、中身の減った小瓶に栓をして鞄へしまう。

 

「さてと、傷は治した。さっさと起き」

 

「ああ、いいともぉ」

 

 後は魔物の掃討を再開するだけとトロワにかけた声は中途半端なところで遮られる、聞き覚えのない声に。

 

「トロ……ワ?」

 

 その声を発したのは、横たわっていた筈の変態娘で、身を起こし笑んだ顔が邪悪に歪む。

 

「ククククク……ヒャハハハハ、フォォォォ、せっかくコイツの身体で良いことしてやろうって思ってたのによぉ、つれねぇじゃねぇか」

 

「なっ、まさか」

 

「そうよ、この俺こそがこの村の次期村長様よォ!」

 

 歪んだ顔のまま男が叫べば、トロワの背からエメラルドグリーンをした蝙蝠の様な翼が生える。

 

「しっかし、ほんト、エロい身体してんな、この女ぁ……俺はよ、他人が楽しんでるのを見るのも大好きだからよぉ、気に入ってたコレクションを台無しにしてくれた貴様にも身体を貰う礼代わりにこいつと楽しんで貰おうと思ってたんだぜ?」

 

「なっ」

 

 自分の胸を揉みしだきながら凶悪な顔で語り出した自称次期村長の告白に、俺は驚愕した。

 

「トロワの素じゃ、なかった……だと?」

 

 じゃあ何か、空気の読めない変態っぷりは全部こいつのせいだったってことか。

 

「おいおい、ひっでーマイ・ロードさんだなぁ。フォォ……まぁ、俺もこいつが弱るまで完全に身体を掌握できなかったからなぁ、こいつが全力で嫌がる様なことは出来なかったんだけどよォ、それもさっきまでだ」

 

 安心すべきか頭をかか得るべきか、悩む補足に俺の目はきっと遠くなったと思う。

 

「まぁ、いい。一人になってくれたってのは、好都合だ。この村のモノはみぃんな俺のモノ。貴様の身体を奪っててめぇの女達はみんなこの俺が貰ってやるよォ、出ろ、僕共ォ」

 

「「フオォォォォォ」」

 

 叫び声に応えるようにトロワの身体から出てきたのは、何体もの青いシルエット。

 

「さぁ、絶望しろォ」

 

「……断る」

 

 どうするべきか、少しだけ迷ってから口を開くと同時に、俺は青いシルエットを斬り捨てた。

 

 

 




今明かされる衝撃の真実ゥ!

じつは、エロ捨て場のあたりからトロワは村長の息子にとりつかれていたんだ!

とりつかれ、顔芸化しちゃった変態娘ことトロワ。

どうする、主人公?

次回、第三十三話「だいたいこいつのせい」

遅刻、すみませんでした。


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第三十三話「だいたいこいつのせい(閲覧注意)」

「な」

 

 トロワの口が驚きの声を発すが、構わない。

 

「これで邪魔者は消えた、いくぞッ」

 

 斬り捨てたことで青いシルエットの魔物で構成された円陣が綻び、生じた穴に飛び込む。

 

「しま」

 

「遅い」

 

 慌てて身構えようとする変態娘の身体だが、素早さの差はいかんともしがたい。肉迫するなり、鞄から先程のものとは別の小瓶を取り出すと、瓶を持つ手の指で栓を弾き飛ばし、瓶ごとトロワの口に突っ込んだ。

 

「んぐッ」

 

「予定がちょっと前倒しになってしまったがな」

 

 ムール少年との約束の方も果たせるか怪しくなりそうだが、この事態ではやむを得ない。

 

「俺の除霊は手荒いなんてものではない、ぞっ?」

 

「ん゛ぉ」

 

 後ろに逃げて瓶を吐き出されては厄介なのでそのまま一気に押し倒す。何せ、憑依を無理矢理剥ぐ方法なんて知らないのだ。

 

(とりあえず、呪文封じを兼ねて口に聖水の瓶をぶち込んで押し倒して見たけど――)

 

 効果は抜群らしい。

 

「ん゛んーッ、ん、ん゛んーッ」

 

 何とか瓶を外そうと変態娘の身体がもがくも、純粋な力比べで俺に叶う筈がない。

 

「「フォォォォ」」

 

「邪魔だッ」

 

「「フボッ」」

 

 斬り捨てたもの以外のシルエットが襲いかかってくるが、鎖分銅で薙ぐとそれだけで吹っ飛び消滅する。

 

「……さて、絶望させてくれるんだったか? よいしょっと」

 

「ん゛ゥッ」

 

 邪魔者が消えたところで、俺はトロワの鳩尾辺りに腰を下ろす。所謂馬乗りの態勢だろうか。

 

「正直に言おう……実はな、最近イライラすることが多くて、ちょうど探していたんだ。ん、何をかか?」

 

 もちろん、やつあたりできる あいて に きまってるじゃないですか、やだー。

 

「ん゛ーッ、ん、んーッ!」

 

 目に涙を溜めた変態娘の顔が左右に振られるが、じゃあ止めてあげようなんてことになるはずもない。

 

「しかし、さっきから瓶の中身が殆ど減ってないな……ふむ、鼻を摘んでみるか?」

 

 そうしたら、全部飲んでくれるだろうか。

 

「ん゛んーゥ、ん、んーッ」

 

「どうした、そんなに喜んで? 礼はいらんぞ?」

 

 何だろう、ここしばらくの頭痛の種にお礼が出来るせいなのか、ちょっと楽しくなってきた。

 

「実は、こんな事も有ろうかと、お代わりもあるんだが……顔にかけても効果があるか試してみるのもいいか」

 

「ん゛ーッ!」

 

 俺の独り言で下になったトロワの身体が暴れ出すが、その程度で拘束が外れる筈もない、ただ。

 

「あまり暴れるなよ、二本目の中身が零れて変なところにかかっても知らんぞ?」

 

 本当に零れるかも知れないので、笑顔で忠告しておく。

 

(くうぅぅっ、日頃のモヤモヤも解消出来るし、トロワの変態ッぷりも少しはまともになるとか、何、このアクシデント?)

 

 最高じゃないか。

 

(まぁ、人に見られなきゃだけどね……)

 

 頭の冷静な部分はちゃんと致命的欠点も理解し、勧善懲悪(こころばかりのおれい)を実行しつつもちゃんと人の気配は探っている。

 

(さて、この辺で根負けして変態娘の身体から抜けてくれないかなぁ)

 

 割と楽しくはあるものの、今のトロワはお子様の情操教育に相応しくない有様になっている。服ははだけてるわ、口の端からは聖水が零れてるわ、涙目だわで、お子様どころか他人が見たら社会的に俺が即死すること間違い無しの犯罪現場である。

 

「……さて、お待ちかねの二本目だ、何処にかけ」

 

 そして、更に追いつめようと思った瞬間だった。

 

「んッ」

 

「な」

 

 瓶を押さえる手に異変を感じ、手元を見れば瓶が凍り出していて。

 

「ぷはっ、ふうううっ」

 

「くっ」

 

 反射的に手を放してしまったのが拙かった。俺の手という抑えを失った瓶がトロワの口から吐き出され、瓶を凍らせた余剰のつめたい吐息が俺の上半身を襲ったのだ。

 

(くそっ、トロワの身体が使っているのに冷たい息を吐けることを失念するなんて)

 

 とっさに瓶を放した手で顔は庇ったが、久しぶりにダメージを受けてしまった。

 

「がああっ、身体が熱ぃ、んッ……フオォォ、ふ、沸騰しちまいそうだ……貴様、何を飲ませやがったぁぁぁぁっ?」

 

 その上、口が自由になった自称次期村長の発言が、これである。

 

「いや、何をと言われてもだな?」

 

 じょれい って いったんだし、ふつう せいすい だと おもいませんかね、うん。

 

「媚薬か? 媚薬だな? ちきしょうっ……あちぃ、あちぃよぉ」

 

 おもいませんでした、どちくしょう。

 

(まぁ、あんだけ猥褻物ため込んでたトロワを凌駕する変態なら……そうなる、か? ……いや、普通ならないよね? どう考えてもえっちぃ本とかの読み過ぎだよね、こいつ?)

 

 なんだ、こいつは。おれ に どうしろっていうんだ。

 

「と言うか、止めろ! 服を脱ごうとするな!」

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、邪魔するんじゃねぇッ……フォォォ」

 

「くおっ」

 

 服をはだけさせるのを止めようとすれば、吹きかけてくる冷たい吐息。

 

(っ、なんでこんな事に――はっ、そうか、世界の悪意かッ)

 

 おのれ、せかい の あくい め、いつも おれ の じゃま を してくれる。

 

(って、歯ぎしりしてもしょうがないかぁ、やむを得ない)

 

 俺は二本目の聖水の封を解くとそれを自分の手とまじゅうのつめにふりかけた。

 

 




うむ、清純派の闇谷にはこれが限界でした。

次回、第三十四話「俺のやり方、パートⅡ」

陰陽師だとか、悪霊退散とかにもしようかと思いましたが、サブタイでネタバレしちゃうのですよねー。





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第三十四話「俺のやり方、パートⅡ(閲覧注意)」

 その頃の勇者一行

シャル「はっ」

サ ラ「どうしましたの、勇者様?」

シャル「え? あ、ううん何でもないよ。ちょっと、お師匠様が別の女の人を助けてるような気がして……羨ましいなぁ、とか、そんなことないからね?」

 なんてことはないので安心して下さい。



 

「っ、いいかげんに――」

 

 馬鹿なのか、理由でもあるのか。狙ったのは変態娘の身体から生えた翼。

 

「うぎゃあぁぁぁっ」

 

 聖水で濡れた爪によって翼を敷いた布ごと床に縫い止められた変態ホロゴーストが絶叫を上げる。

 

(やっぱり効いたか。よろず屋の方がチェーンクロスで絡め取れたし、いけると思ってたけど……)

 

 念を入れて聖水までかけたのだ。

 

(これで後はトロワの身体の方を引っ張れば……こいつを引きずり出せる)

 いくら変態娘と言っても、一応ついさっきまで怪我人だったことを鑑みれば、身体に負荷をかけるのはよろしくない。

 

(それに、こいつに取り憑かれた影響で変態が悪化ししたら目も当てられないしなぁ)

 

 と、変態娘を気遣う理由もあるが、何より自称次期村長の目的が俺には看過出来ない。

 

(不覚をとる気は無いものの、こいつに身体を乗っ取られた場合の危険性を考えると、残念だけど八つ当たりはこの辺りで終了して、さっくり倒しちゃった方がいいよね)

 

 冷たい息という反撃手段によって一方的な優位も崩れた。聖水に内から浄化される状況を媚薬でも飲まされたと勘違いしてる点も、ある意味拙い。

 

(しっかし、想定外というか何というか……元々魔物だった上に邪悪な魔物が取り憑いた状態だから、聖水が効いたのは驚かない。寧ろ想定通りだった)

 

 ただ、浄化がトロワの肉体ごしに発揮されたせいで自称次期村長への効果が浅かったのが、妙な誤解を生じさせたのだ。

 

「だが、流石に本体へ塗布した武器を突き立てられればそうも言って居られまい?」

 

「ぐ、がっ、フォ、あがあああっ」

 

 実体化を解いて逃げられるかも知れないと警戒してもいたものの、苦しみようからすれば杞憂であったらしく。

 

「さて、返して貰うぞ」

 

 俺は濡れた手でトロワの肩を掴む。

 

「がっ、ぎゃああっ」

 

 端から見れば聖水で濡れた手で肩に触れ引き起こしただけのことでも邪悪な魔物にとっては身体の一部を縫い止められた状態で引っ張られたようなモノなのだ。翼を固定されているからか、引き起こす手に謎の抵抗を覚えるも、躊躇はしない。

 

「や、止め」

 

「断る」

 

 悲鳴の間から漏れた声をきっぱり拒絶し。

 

「ぎっ、が……フォォ、身体がっ、エロい、俺の女た、ぐぎゃああっ」

 

「誰がお前のモノだ」

 

 引きずり出される変態ゴーストの世迷いごとに突き立てた爪をぐりっと剔ったけど、他意はない。

 

(べ、べつ に この へんたいむすめ は おれ の ものだ とか、そんなしゅちょう を してるわけじゃないんだからねっ!)

 

 なんでツンデレ口調になってるんだと自己ツッコミしたくなるが、そもそも次期村長がアリもしない所有権を主張したのは、多分トロワの身体オンリー。

 

(身体だけじゃなくても、流石にここで迂闊発言は拙い)

 

 ここで張り合うかの如く変態娘の所有権を俺が主張し、トロワの中の人というか当人にきっちり意識があった場合、こいつの性格なら必ず言う。

 

「マイ・ロードが私を自分のモノだと言って下さったのです」

 

 とか何とか誰も聞いていないのに触れ回るに決まっている。

 

(いや、それで済めばまだいいか)

 

 身体に俺の名前の入れ墨とか彫って、これで自分はマイ・ロードの所有物ですね、とか頭おかしい真似をしたって俺は驚かない、だから。

 

「それは、トロワのモノだ。お前がどうにかしていいものではないッ」

 

「ぎゃ、が、や、止めろぉぉぉっ」

 

「あ゛っ、あ、あ゛、あっ」

 

 力を込めて肩を引き寄せれば、蝉が抜け殻から出るかのように翼に引っ張られたホロゴースト本体の上半身が変態娘の身体から引きずり出され、トロワの身体がビクビクと痙攣する。

 

「このまま返して貰うぞ」

 

「うぎゃああっ」

 

 簡単に引き抜けないようまじゅうのつめを深く突き刺してから手放し、代わりに変態娘のローブを掴むと自分も立ち上がりながら意識のない身体を無理矢理立たせる。

 

「あ、あぁ……」

 

「これで、終わりだっ」

 

 それでもまるで影法師の様にホロゴーストの一部が足から伸びているのを見て、俺は変態娘の身体を俵のように肩に担ぐと、聖水に濡れた手で直接エメラルドグリーンをしたそれを掴み、引っこ抜く。

 

(え? こういうとき は おひめさまだっこ じゃないのかって? ごじょうだん を)

 

 足から伸びているゴーストの身体を引っこ抜く手前、片手をフリーにしないといけないのだが、あの抱き方ではトロワの身体が安定しないのだ。

 

(それに、こいつに意識があったら喜ばせるだけだしなぁ)

 

 そんなサービスする度量は持ち合わせておりませんのことよ、って一体誰に言っているのやら。

 

(ともあれ、やることは二つ、かな。魔物の始末と……その後で、洗濯)

 

 聖水とか涙とか汗とかいろんなモノでぐちゃぐちゃになった変態娘の身体を担いだんだから、お察しである。

 

(ついでにトロワのローブも洗わないとなぁ)

 

 この村に予備の服が有れば良いのだが、遺棄され、長年封印された村だ。望み薄だとは思う。

 

「ふ……と言う訳で、後は貴様を消すだけだな?」

 

「ぐ、ぎ……ま、待て、俺が悪かった! フォォォ、お前の女に勝手に入ったのは謝る。もうお前の身体を奪おうとも思わない」

 

 内心で服の心配をしつつちらりと視線をやれば、制止するように手を前に突きだし縫い止められたせいで後ずさることも能わない自称次期村長が声をあげ。

 

「そうだ、貴様の、いや、あ、アンタの、フォォォ、こ、これからはアンタの力になるっ。気に入った女がいれば俺に言ってくれれば、そいつの身体に俺が入って何でもしてやるぜ? 時々アンタの身体を貸してくれたら、俺も嬉」

 

「消えろ、クズがっ」

 

「ぎっ、ぎゃあああっ」

 

 命乞いをするにしても、もっとまともな内容があると思ったのは、俺だけだろうか。

 

「まったく、この村もとんだ災難だな」

 

 生前あれが村長の息子だったと言うだけでこの村の人達には同情を禁じ得ない。ただし、よろず屋のあいつだけは例外だけど。

 

 




ホロゴーストな村長の息子、終了のお知らせ。

次回、第三十五話「ぐっしょぐしょ」

どうするんでしょうね、後始末。


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第三十五話「ぐっしょぐしょ」

 

「まぁ、それはそれとして……だ」

 

 俺にはやらないといけないことが残っていた。

 

(まず、トロワをどうするかだよなぁ)

 

 このままここに寝かせ、担当する元民家に潜む魔物を殲滅してから戻ってくるか、変態娘の意識が戻るのを待つか。

 

「む……ここも酷いな」

 

 着ているローブは血の染みがある上、あちこち濡れた状態のまま埃だらけの床の上で暴れたせいで袖や裾は普段掃除しない場所を大掃除で拭いた雑巾みたいなことになっている。

 

(どう考えても即洗濯レベルなんだよなぁ)

 

 背中の部分は先に布を敷いていたことで幾分マシだが、それでも抱き方によっては俺が間接的に受ける被害(よごれ)が少なくなるだけだ。

 

(そもそも既に担いじゃってるから、俺の服や防具も洗濯が必須だろうけどね)

 

 だが、トロワの格好のひどさは間接的に汚れた俺の比ではない。

 

「……やはり、時間はかかるが意識を取り戻すのを待つのが正解、か」

 

 自称次期村長のホロゴーストは身体の中から引きずり出したが、あの荒っぽい除霊がトロワの身体や精神にダメージを残していたって不思議はない。

 

(大丈夫かどうかの確認もせずに置き去りにするのは拙いし)

 

 寝かせたまま魔物を倒しに行き、戻ってくる前に変態娘が目を覚ませば拙いことになるかもしれない。

 

(それに、目が覚めた時ムール君にモシャスで変身しておいて「ムール少年がトロワを悪霊から助けた」ことにすればムール君と変態娘をくっつけられるかも知れないし)

 

 最後に付け加えた俺の打算部分はさておき、一応主と言うことになっている以上、トロワが無事かを確認するのは義務だろう。

 

(目を覚ましたら、着替えを手渡して戻ってくるまでに着替え終えるよう言っておけばいい)

 

 ムール君の格好の対応になったとしても、モシャスの効果が切れる前に俺を呼んでくるとでも言って変態娘の側を離れ、呪文の効果が切れたところで戻ってくれば良いのだ。

 

「ふ、そうと決まれば……まずはこいつを寝かせて」

 

 はだけてしまっている胸元を隠す。

 

(これでよし、っと。しっかし、意識を取り戻す前に直せたのは良かった)

 

 もしトロワに見られた場合、弱みを握られるか社会的に大ダメージの二択だったのだから。

 

村長の息子(ホロゴースト)を見たのは俺だけだし、トロワが取り憑かれた時のことを全く覚えてなかったら、残るのは俺が痴漢行為をしていたように見える事実だけ)

 

 まさに悪夢である。光景を想像しただけで、手の中に変な汗が滲んでくるレベルの。

 

(汗、かぁ。そう言えばこいつも汗びっしょりだし、風呂は贅沢でもせめて何処かで水浴びが出来るといいけど)

 

 村なら生活に必要な水を何処かで調達してるはず。

 

「そこが枯れてなけれ……あ」

 

 言葉の途中で、ふと思い出したのは、地下を流れる川。

 

(まさか、あそこから水を汲んでたとか?)

 

 わかれみち の さき とは いえ せいだい に ばくは しちゃったし、かりゅう の ほう にも とろる の したい つめちゃったんですが。

 

(アレが水源だったら、どうしよう)

 

 出来ればそれはないと信じたい。腐乱死体が流れてた地下河川でもあるのだ。

 

(れ、冷静になれ。アレが水源と決めつけるのは早計だし、アレのもっと上流ってことだって考えられる)

 

 オッサンでは微妙だが、この村出身のムール少年なら水源についても知ってるだろう。

 

(ムール君に聞いた訳でもないのに絶望するのは早すぎる)

 

 問題があるとすれば、直接聞くことが出来るのが早くてもノルマを果たし、村長の家に向かう途中になると言うことであり。

 

(今の俺では変態娘が意識を取り戻さないと、受け持つエリアの魔物を倒しに行くことすらままならないってことかな)

 

 割と先は長い。

 

「なら、出来ることをしておくか」

 

 床に突き刺したままのまじゅうのつめを回収し、使いかけの聖水は要らない布に染み込ませる。

 

「……ふむ」

 

 出来上がったのは、見た目だけなら水で湿らせた布。

 

「せめてこれで顔を拭いてやりたいところだが……」

 

 魔物であるトロワの顔を拭いても大丈夫と言う保証はない。

 

(飲ませた時の反応は、邪悪なモノに取り憑かれていたからだろうし、流石にあんな風になるとは思わないけどさ)

 

 目を閉じたままの変態娘を前に、一人睨めっこをすること暫し。

 

「埒があかんな」

 

 意を決した俺は一方の手でトロワの頭を持ち上げ、布で頬に残る涙のあとを拭った。

 

「んッ」

 

「っ」

 

 短く漏れた呻き声に肩が跳ね。

 

(って、ただの反射に何ビクビクしてるんだか。ダメージを受けてる様子はないし、反応してくれたのだって寧ろ重畳じゃないか)

 

 自分のビビリように苦笑すると手を動かし、顔を拭いて行く。

 

「ふ、少しはマシな顔になった、か」

 

 代わりに布が汚れたものの、まだその布の方が変態娘のローブよりは綺麗であり。

 

「……汚れの酷い袖だけ拭ってお」

 

 布を持ったまま手を伸ばした直後だった、突然腕を抱きしめられたのは。 

 




いきなり持って行かれる腕、果たしてトロワは元に戻ったのか?

次回、第三十六話「突発的な出来事と」




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第三十六話「突発的な出来事と」

 

「ちょ」

 

 反射か、それとも意図的なものか。俺の腕は変態娘の誇る双子山脈の間にがっちりロックされ、感じた柔らかさに上擦った声が漏れる。

 

「と、トロ」

 

「嫌ッ、助けて……助けてママン、助けてマイ・ロー」

 

「っ」 

 

 焦り半分、それでもいくらか抱いていた疑いは、弱々しい救いを求める声で吹っ飛んだ。

 

(トロワ……)

 

 たった今聞いたばかりの声は演技で咄嗟に出るようなものではなく。

 

「嫌ぁ」

 

「くっ」

 

 悪夢に魘される幼い子供のように首を振りつつぎゅっと抱きしめてくる腕を引き抜くことなど出来る筈もない。先程の力ずくな除霊が原因の可能性もあるのだから。

 

「トロワ……大丈夫だ、俺はここにいる」

 

 耳元で囁き、自由な方の腕で、トロワの頭に触れる。

 

(甘く見すぎてた……取り憑かれるのがどういう事なのかを)

 

 そう言う意味で、これは俺の落ち度だ。

 

「トロワ……」

 

 だから、頭を撫でてもう一度呼びかける。

 

「んんッ、あ、あれ? おはようございます、マイロード。えっ、ええと、この態勢はOKと言うことですね? ああ、ようやくママンに赤ちゃんが出来ましたって報告出来ます。初めてがこんな埃っぽい廃屋ってのは、あれですが……、マイ・ロードと一緒なら場所なんて関係ないですよね? こう、町中で群衆に見られながらだって私はOKですよ、マイ・ロード?」

 

 とか、いきなり目を覚まして寝言を言おうものなら、俺の感傷を返せとばかりに色々出来るというのに。

 

「魘されて、目を覚まさないままではな……」

 

 これではただ、案じることと後悔することしか出来ないじゃないか。

 

「トロワ……」

 

 再び、名を口にし。

 

「あ……マイ・ロード。そこに、いらしたんですね」

 

「トロ、ワ?」

 

 逆に呼び名を口にされ、思わず顔を見るが、変態娘の瞳は閉じたまま。

 

「……んぅ、えへへ」

 

 声が届いたのか表情が和らいだのは良い。

 

(わり と しあわせそうな ねがお に なったのもいい)

 

 だが、魘されていたことを鑑みると、強引に起こすことも出来ず。

 

(いろんな意味で、この姿勢、辛いんですけど……)

 

 柔らかいものに挟まれた腕は動かせず、上から乗っかることも出来ないため、一見覆い被さるような前屈みの格好でありつつ、体重を支えてるのはほぼ下半身なのだ。

 

(最悪のパターンは腰に来てトロワの上に倒れ込んだ瞬間、この変態娘が目を覚まし、誰かに目撃されるってオチかな)

 

 今いるこの場所は、俺の担当エリアではなく、塞いだ洞窟に近いと言う理由でトロワを運び込んだただの元民家だ。他の班の面々が通りかかっても不思議はない。

 

(まぁ、無防備な状況だからこそ周囲の気配は探ってるし、目撃される恐れがないからこそこうしていられるんだけど)

 

 それでもきついものはきつい。

 

(不自然な姿勢への負荷は身体のスペックが補ってくれる、くれるのだけれど……)

 

 こう、腕に感じるむにゅっとした感触の方はいかんともしがたい。

 

(計算しての行動でないってのもある)

 

 しかも、卑猥な絵やら像を目にしたのが、この辺りの魔物達を一掃する少し前。背を向けてなるべく見ないようにしていたとは言え、腕に伝わる感触で思い出してしまったりはする訳で。

 

「あのホロゴースト共、本当にろくなことをしないな」

 

 嘆息しつつも前屈みになる理由がもう一つ追加されそうになる俺の目は遠い。

 

(呼びかけを続けるなら、モシャスの呪文は使えない)

 

 声まで変わってしまうし、効果時間の問題もある。

 

(ムール君に変身するならこのタイミングもありだけど、流石にトロワをこんな状態にした上で他人とくっつけようと画策するとか、なぁ)

 

 いくら何でも俺の面の皮はそこまで厚くない。

 

「出来るのは耐えて待つことだけ、か……」

 

「んん……あ、あれ?」

 

 ただ、つぶやいた ちょくご に め を さますってのも どうなんだろうか。

 

「まい、ろーど?」

 

「目が覚めた、か?」

 

 良かったと思う反面、ぶっきらぼうな言い方になってしまうのは仕方ないと思う。

 

「マイ・ロードぉぉぉっ」

 

「ちょっ」

 

 だからといって捕まえていた腕を放して抱きついてくるとか、反則だった。

 

「ありがとうございます、ありが」

 

「ま、待て、落ち着け」

 

 感謝してくれるのはいい。だが、今はタイミングが危険すぎるのだ。

 

「何があった? いや、言いたくないなら話さなくても良いが……」

 

 いきなり抱きついてくる、のはあるいみこいつなら仕様だなとも疑問を口に出してから気づいたが、それ以上にあんな変態ゴーストに取り憑かれていた相手にかける言葉としては無神経だったと言い直し。

 

「えっ? あ、す、すみません」

 

 多分、返ってきたのはワンテンポ遅れた落ち着けの方の反応だったと思う。慌てて手を放した変態娘は顔を真っ赤にして俯き。

 

「そ、それに、ご心配とご迷惑をおかけしました」

 

 上目遣いでチラチラ見上げて謝罪の言葉を述べるトロワは、何と言うか。

 

(あるぇ? なに、これ?)

 

 おれ の しってる とろわ じゃなかった。

 

 




先生、トロワちゃんの様子が変なの!

次回、第三十七話「なぁにこれぇ」



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第三十七話「なぁにこれぇ」

「い、いや……無事で何より、と言うか……無事、でいいのだな?」

 

 トロワの態度に引っ張られたことは認める。ポーカーフェイスはかろうじて仕事をしてくれたが、口から絞り出した言葉に俺の困惑と混乱はだだ漏れであり。

 

「はっ、はい……マイ・ロードが助けて下さいましたし」

 

「っ」

 

 モジモジしつつ返してきた答えに俺は絶句する。

 

(たすけてくださいましたし?)

 

 ひょっとして それ は あれ ですか。

 

(あの変態ホロゴースト、コイツの身体を完全に掌握したって言ったのに……あのとき とろわ にも いしき が あったと?)

 

 自称次期村長を引きずり出したあとは痙攣してたし、そのあとの魘されてたのも狸寝入りとは思えないことからするに、意識があったとすれば、変態ホロゴーストがトロワの身体を動かせるようになってから、引きずり出されるまでって事になる。

 

(おれ、なに したっけ? なに いったっけ? ええと……あ)

 

 じっとりと出てきた変な汗で身体を濡らしつつ、同時に思い返して少しだけ安堵する。

 

(良かったぁ……あの時勢いで変なこと口走らなくて)

 

 意識がある可能性を考慮したあの時の自分を少しだけ褒めたい。

 

(それでも、しりあすもーど で とろわ の からだ で すきかってやったこと には ぶちぎれたような き も するけれどね)

 

 じぶん の ため に ほんき で おこって くれたから、こうかんど じょうしょうですね、わかります。

 

(って、それだけでこうなるとは思えない……とすると、あれですか? 聖水が本当にトロワのアレな所まで浄化しちゃったとか?)

 

 もしくはあの変態ゴーストを引きずり出した時に変態性分がゴーストの方に持って行かれた、か。

 

(両方という可能性もあるなぁ……じゃない!)

 

 まともになったなら、それは喜ばしいことだと思う。魔物で貞操を狙ってきそうだからって、何も好き好んで毎晩若い女の子を縛ってた訳じゃないのだ。

 

(常識をわきまえてくれるならこれからは毎晩ゆっくり眠れるって事だし)

 

 あの態度なら、逆セクハラをしてくることだってもう無いと思う。

 

(安心出来る要素だらけの筈……なんだけどなぁ)

 

 何故だろう、状況が悪化したような気がするのは。

 

「……マイ・ロード?」

 

「いや、何でもない。それより、流石にその格好は拙かろう。着替えの服はあるか?」

 

 黙って考えていたからだろうか、変た、もとい綺麗なトロワに呼ばれ我に返った俺は汚れたローブを見て当初の予定を思い出し、尋ね。

 

「えっ、あ……も、申し訳ありません。お見苦しいものを」

 

 トロワは顔を更に赤くして自分を抱きしめるように縮こまった。

 

(いや、だから まって)

 

 なに、このはんのう。ものすごく、ちょうしくるうんですけど。

 

「あっ、い、いや……あれはまぁ、仕方があるまい。悪いのはホロゴーストだ」

 

 ちくしょう、あの変態村内ナンバーワン、とんでもない結果(もの)を残して行きやがって。

 

「す、すみません。私にお手を煩わせたのに……急いで着替えますから」

 

「ま、待て。せめて俺が背を向いてからに」

 

「あ、も、申し訳――」

 

 助けて貰ったことを恩に感じて居るのだろう。

 

(そして、もと の ちゅうせいしん も そのまま、はじらい と りょうしき が ぷらすされた とろわ は あるいみ で さいきょう に おもえる)

 

 どうじ に やりづらさ も さいきょうだよ、やったね。

 

(って、「やったね」じゃねぇぇっ!)

 

 元バニーさんとキャラかぶりしてるんじゃねとかそういう問題でもない。明確な立ち位置とか接し方とかを確立させないと下手なラブコメもどきの展開がエンドレスしてしまう。

 

(それだけでも問題だけど、一番に気になるのは……あれ、だ)

 

 今まで孫の顔を見せ母親に喜んで貰うためという理由で、俺の子供が欲しいと逆セクハラに余念がなかった部分がどうなっているかである。

 

(変態じゃなくなったなら、あの話もナシになってて欲しいところだけれど)

 

 この世界には、奴が存在する。そう、世界の悪意という俺の敵が。

 

(うん、全力で俺があって欲しくないと思ってる結果が待ってる気がしてきた)

 

 このネガティブがただの気のせいならいいのに。

 

(いや、気のせいだ、気のせいであるべきだ)

 

 そもそもトロワ自身に聞いた訳でもないじゃないか。

 

(じゃあ今すぐ聞けって言われても聞けないけど)

 

 今の俺は急にまともになったトロワの相手でもういっぱいいっぱいだ。

 

「マイ・ロード……お待たせしました」

 

「っ、もういいの……か?」

 

 その一例を見せつけられた、とでも言うべきだろうか。着替えが終わったらしいトロワの声に振り返ると、立っていたのは、きっちり覆面まで付けた、由緒正しきアークマージ姿のトロワであり。

 

「トロワ?」

 

「も、申し訳ありません……まだ顔が真っ赤で」

 

「あ、あー。謝ることはない」

 

 今まで全力で痴女をやっていた反動と言う事なら仕方ない。

 

(ある意味、中二病だった自分を思い出した様なものだしなぁ)

 

 顔を隠すだけで耐えているのは、むしろ気丈と言えるだろう。だから、咎める気なんて欠片もない。

 

「言いたいことはあるかもしれん。が、それは後だ。他の者達も班に分かれ村を徘徊する魔物の駆除に当たっている今、俺も為すべき事を為さねばならんからな」

 

 ただしお前は体調が思わしくないならここで待っていても構わない、と俺は続け。

 

「いえ、お供させて下さい。どうかお側に」

 

「そうか」

 

 ある意味想定通りの答えに俺は言う、辛くなったらいつでも言えよと。

 

 




変態村内ナンバーワンでどこかの小学校教師が主人公のアニメの主題歌を思い出したのは秘密。

更にそこから腰簑つけたオヤジな踊り子さんを連想したのも。

何だか思い出すと曲って脳内でエンドレスにかかり続けますよね?

次回、第三十八話「現実逃避をしたいお年頃なんだよ、察してくれ」


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第三十八話「現実逃避をしたいお年頃なんだよ、察してくれ」

ミリー「や、やめて下さいシャル」
シャル「ミリー、放してっ! ボクはこれをつけなきゃいけないんだ! せくしーぎゃるにならなきゃお師匠様が、ボクのお師匠様がっ!」
ミリー「だ、駄目です、そんなことをしては――」


 ……なんてことはありませんが、最後にシャルロット出したのいつだったかなぁ?





「でやぁっ」

 

 投げた石は狙い違わず腐乱死体の顔面を破壊する。

 

「……予想通りではあるが、多いな」

 

「そう、ですね」

 

 トロワが着替え終えるなり自分から言い出した、一番厄介そうな場所の魔物退治に向かった訳だが、地下墓地に至る道に一番近い場所だけ有って辟易する程魔物の数が多かった。

 

「民家の中で無ければ私の呪文でマイ・ロードのお役に立てると思うのですが」

 

「気にするな」

 

 放置されて傷んだ民家の中で強力な爆発呪文を使う訳にも行かず、屋内の動く腐乱死体退治には結果として俺の投石が主力と言うことになっている。

 

(もういっそニフラムの呪文でも良いかなぁ)

 

 光の中に邪悪なものを消し去るあの呪文は、文字通り消し去ってしまうため死体を片付ける手間が省けるという利点はあるが、葬られていた人達の遺体を消してしまうのと同義というデメリットもある。

 

(俺達にとっては他人でも、ムール君達にとってはご先祖様かも知れないし)

 

 せめて消しても良いか確認すべきだったかと密かに後悔する。

 

(どこか抜けてるんだよなぁ、俺って)

 

 地下墓地に納められた死者が魔物になって居ることはもっと早く、トロルでせき止めた地下の川のところで知ったと言うのに、確認を怠った。

 

(いや、死体に戻すためとは言え投石でヘッドショットしまくってるんだからいまさら、かな。そもそも――)

 

 押しかけでついてきた俺達が居なければ、ここに来たのはオッサンとクシナタ隊でアバカムの呪文が使える魔法使いのお姉さん一人、場合によってはプラスすることの護衛の冒険者が数名という形になったと思う。その場合、今の俺のように死体の状態に関わる余裕なんて無かったはずだ。

 

(動く死体に即死呪文はまず効かないと見ていいだろうし、攻撃しなきゃ魔物は倒せない。出来るだけ綺麗な死体を残して欲しいとか、ただの我が儘か)

 

 村を徘徊する魔物を駆逐しようとしているのは俺とトロワだけでもないのだ。

 

(いけない、いけない。考えすぎて迷走したり考えがひっくり返ったりしてる)

 

 これが下手な考え休むに似たりという奴だろうか。

 

「何にせよ……為すべきは魔物を倒すこと、だな」

 

 口を挟む暇がない程正確迅速に倒せば余計な会話も発生せず、それを目指していれば敵を見つけ倒すことだけを考えていられる。

 

(ある意味現実逃避だけど、良いよね?)

 

 自称次期村長の変態ゴーストによって時間を浪費させられ生じた遅れも取り戻さなくてはいけない。

 

「移動するぞ、トロワ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 告げれば返る答えに頷きで応じ、元民家を出て、気配を頼りに次の建物に足を踏み入れる。

 

「お゛ぉぉぉおぉ」

 

「う゛ぉおお゛ぉ」

 

 咆吼とも呻き声ともつかないものを発しつつよたよたと部屋から出てくるのは、複数の人影。そのどれもが腐臭を伴い。

 

「ふ、早速お出迎えか」

 

 手の中で石を弄びつつ足音を知覚し、奥にある階段を一瞥すると骨の擦れる音を立てつつ降りてくる多腕の骨剣士の足が見えた。

 

「ここも、数が多いな」

 

 視界に入るだけでも敵の数は片手の指の数に至りかけたが、上階からの足音は一人分で留まらない。

 

「あの、マイ・ロード……」

 

 そんな時だった、トロワが俺を呼んだのは。

 

「何だ?」

 

「石を拾っておきました、これを」

 

 振り返り尋ねれば、歩み寄ってきたトロワの両手には言葉通りいくつもの石があり。

 

「そうか、すまんな」

 

「いえ、お役に立てたなら嬉しいです」

 

 俺の謝礼に笑顔を浮かべたのだと思う。覆面の下からの声は嬉しそうで。

 

「では、早速っ」

 

「お゛ぉぉばっ」

 

 左手に貰った石を投げ、一番近くにいた動く腐乱死体を倒す。

 

「次だ」

 

「う゛ぼっ」

 

 こういう時、一ターン複数回行動は本当にチートだと思う。

 

(と言っても、トロワが居なきゃ投げる石が全部倒す前に尽きてたと思うけれど)

 

 こうして戦いで協力してくれると今のトロワになって良かったと思えてくるから現金なものだ。

 

(それでも、ずっとこのままで居てくれたらいいと思ってしまうのは事実だし)

 

 石の供給はありがたかった。

 

「お゛がっ」

 

「お゛ぶっ」

 

 一投で敵を屠れる力と標的までの距離が俺に味方した。

 

「これなら、いけるっ」

 

 動く腐乱死体の攻撃は主に引っ掻きや噛み付きと俺達に近寄らねば不可能。回避が不要なら攻撃に徹すことで手数は増やせる。

 

(そして、骨相手なら武器を使うことを躊躇う必要もないっ)

 

 気配を探る限り、一階にいた動く腐乱死体達はただの屍に戻り。

 

「このまま勢いを借りて二階まで駆け上る」

 

 宣言した時には石を片手に集め、もう一方の手にチェーンクロスの柄を握っていた。

 

「せいっ、でやあっ」

 

 クロスするように振るった鎖分銅で一階の廊下に降り立った骨の剣士と会談を降りつつあった二体の骨剣士を薙ぎ払い。

 

「……この階にはあと三体、か」

 

 気配を頼りに向かうは廊下の先、突き当たりを左に曲がった先の部屋だった。

 

 




今回は難産でした。しっくり来ず、30%程書き直してます。



次回、第三十九話「順調すぎて怖いぐらいよ、けど」


こう言う時ほど落とし穴が口を開けてるものなのよね


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第三十九話「順調すぎて怖いぐらいよ、けど」

「まずは貴様だ!」

 

 部屋に踏み込んだ瞬間、目に飛び込んできたのはぼーっと立ちつくす腐乱死体とよたよた歩く腐乱死体、そして剣の切っ先を下にむけ腕を降ろし佇む六本宇伝の骨剣士。距離は一番あったが、俺が真っ先に石を投げつけたのは、骨の剣士にだった。

 

「お゛ぉあぁお」

 

「もう一つ」

 

「お゛べっ」

 

 最寄りのくさったしたいが近寄ってきたのでトロワから受け取った石で仕留め。

 

「お゛?」

 

「仕上げだっ」

 

「おお゛ぼっ」

 

 ようやくこちらにきづいた最後の一体も一投で倒す。

 

「ふぅ……これでこの家の魔物も片づいたな」

 

 この村へ到着してからまわった数軒と比べると一軒当たりの魔物の数が数倍になっているが、元凶に近ければこれも無理のないことなのだろう。

 

(ただなぁ……他の町や村も原作に比べるとやたら大きかったし、人も多かったけどさ)

 

 それは、今居る村も同様だった。つまり、やたら広く、それに相応しい人口を備えていた過去が、魔物の数という形で俺達の手を煩わす。

 

(人が暮らしてた頃、少なくとも二百人ぐらいはいたんじゃないかな、村人)

 

 今居る二階建ての家も、廊下を進む時壊れた扉の向こうに見えたものと、先程戦闘を終えたこの部屋でダブルサイズのベッドが二つあり、この階には他にも気配がないからスルーした部屋がある。

 

「こう家が広いと盗賊の居ない班は大変だろうが……」

 

 逆にこの身体が盗賊であることもあって、魔物退治はサクサク進んでいる。

 

(トロワがフォローしてくれるから石を拾う手間がかからないし、逆セクハラに時間を奪われることもないし)

 

 変態ホロゴーストの駆除にロスした時間もこの調子なら取り返せるだろう。

 

「この調子なら日が落ちる前に村内は片が付くか」

 

 問題は地下墓地だ。

 

(まだ魔物が中にいた場合、全部倒してもお代わりされちゃう可能性があるからなぁ)

 

 何らかの方法で一旦地下墓地の入り口を塞がなければ、ノルマをこなして合流後ここに戻ってきた時地下墓地から出てきた腐乱死体と骨剣士が新しく入居してるなんてオチになりかねない。

 

(俺に思いつくのは、もう使えそうもない家具を運び出してバリケードを作るぐらいだけど……まともになってるし、こういう時こそトロワに相談してみるのもいいかもな)

 

 魔物退治自体は順調に進んでいるからこそ、出来た余裕で考え。

 

「トロワ。移動するぞ。次はここと北隣の家だ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「それから、今こうして魔物と化した村人の骸を倒している訳だが、発生源となった地下墓地を放置しては元の木阿弥にもなりかねん。俺は使えない家具を持ち出してバリケードを築いてはどうかと考えたが、お前ならどうする?」

 

 移動する旨を告げ、応じたトロワに問う形にしたのは、俺のバリケード案を採用する場合、材料になる使えない家具を外に出るついでに運び出しておけば時間の短縮になる為。

 

(トロワに名案が有ればそれを採用すれば良いだけだし)

 

 今のトロワなら頭を抱えるようなへんてこ案が出てくるとは思えない。

 

「私なら……マイ・ロード、それはマイ・ロードに……マイ・ロードにお力を貸して頂けるという前提で良いですか?」

 

「力を? 俺に出来ることなら構わんが」

 

 若干の好奇心とともに振り返ると、トロワは言う。

 

「罠を、仕掛けます」

 

 と。

 

「……罠?」

 

「はい。マイ・ロードは数多くの呪文を使えるのですよね? でしたらその中から条件にあった呪文を選んでバリケードにする予定の家具に付与、中からくさったしたいなどが出てきた時に反応するよう設定して、自動で死体に戻す機能をバリケードに付け加えようかと」

 

 うわぁい、なんだか とんでもないこと いってるよ、このひと。

 

「ちょっと待て、そんなことが可能なのか?」

 

「理論上は。ただ、私だけだと付与呪文がイオナズンになってしまいますので、発動と同時に地下墓地の入り口が埋まってしまう可能性がありまして……心苦しいのですが、マイ・ロードの力を貸して頂かないことには」

 

「それなら問題ない。が、力を貸してどれ程かかる?」

 

 手放しで凄いと思ってしまったが、何時間も拘束されるなんてことになると話も変わってくる。

 

「時間はそれ程かかりません」

 

「ほう、ならば杞憂だな」

 

 うまく行きすぎて怖いぐらいだが、地下墓地の入り口が封鎖出来るのはありがたい。

 

(魔物のおかわりがなくなるってのは本当にいいなぁ)

 

 力を貸すだけで良いなら、いかようにも貸そうというものである。

 

「ただ……その、服を脱いで頂く必要が……あるのですが」

 

「ほう……えっ」

 

 なにそれ。

 

(おかしい、まともになった筈。トロワはまともになった筈だよね?)

 

 それがここに来て呪文付与のために服を脱げとか。

 

(はっ、まさか……聖水の効果が切れたのか?)

 

 魔物除けとして使った場合だが、聖水には効果時間があった。

 

(トロワをまともになってたのもあれと同じだったとしたら――)

 

 さようなら、きれいなとろわ。おかえり、へんたいむすめ、ってことなのですか。

 

(なにそれ。このトロワなら大丈夫って思え始めた所だったのに……)

 

 おのれ、せかいのあくいめ。もちあげておいて、おとすのか。

 




本日のNGシーン

主人公「なにそれ。このトロワなら大丈夫そうって思えたっぽいのに。もうお終いっぽいぃぃ~」

気が付いたらどこかの駆逐艦化したっぽい。

次回、第四十話「俺とお前で――」

果たしてトロワは効果時間切れで元に戻ってしまったのか、それとも。

あ、オーバー○イはしません、たぶん。


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第四十話「俺とお前で――」

 

「とりあえず、バリケードを作るまでは決定事項として……何故、服を脱ぐ必要がある?」

 

 落ち着け、落ち着けと自分の感情を抑え込みつつ、なんとか平静を装って問いを発す。

 

(たぶん、まだ大丈夫だって信じたいんだろうな……)

 

 変態に戻ってしまったことを受け入れられないのかも知れないが、心の何処かで求めたのは、やむを得ず服を脱いで貰わざるをえない理由。

 

「マイ・ロードの疑問はもっともです。本当に……申し訳なくも思うのですが」

 

「トロワ?」

 

 俯いたまま視線を合わせず前で組んだ自分の手をトロワがぎゅっと握り締めて見せた瞬間、俺は気づく。

 

(茶化したりふざけたり、しない……だって? それって、つまり――)

 

 トロワがまともなままあのとんでもない協力要請をしたと言うことに。

 

(ちょ、ちょっと待て……きれいなまま で いてほしい とは おもった が、まともなまま あんな ようきゅう してきた とか よそうがい ですよ?)

 

 よく見ればとんでもないお願いをしたと分かってるのか、手を握り締めたままのトロワはプルプル震えており。

 

(これ、ことわったら こっち が わるもの に なる ぱたーんじゃないですか、やだー)

 

 変態に戻らないで欲しいという願いが叶ったのだとすれば、世界の悪意に勝利したはずなのに、どうしてこうなった。

 

「はぁ……もっと詳しく説明しろ。要領を得ん」

 

「ま、マイ・ロードぉ」

 

 まともであるなら、邪険にするわけにもいかない。涙声に近いトロワのそれに泣きそうになってるのが分かれば尚のこと。

 

「……と、言う訳です」

 

「そう……か」

 

 そして、詳しく説明された俺は、どんな顔をしているのだろうか。

 

(うん、りゆう を きいたら、ぜんぜん まっとうな りゆう でしたよ? こんちくしょう)

 

 トロワ曰く、呪文がどう作用して発現するかをきっちり見たり、力の流れを感じるためだそうで、似たことを俺は以前イシスでやっていた。

 

(ここ に きて、あの とらうま の よる、とか)

 

 ゲームで言うところの一ターンに二回行動する術を二回行動出来る人型の魔物から盗むことに成功した俺は、以前これを他者に伝授したことがあった。伝える相手にモシャスの呪文で変身した上、身体の動きが分かり易いように下着姿で攻撃のモーションを繰り返したり呪文を唱えたりしたのだ。ちなみに相手は全員女性、異性に変身したところで連行されて下着をひん剥かれ、お姉さん達の手で無理矢理女性用下着を着けられたあの夜のことは、もうそろそろ忘れたい。

 

「力の流れを見るためには自身も裸かそれに近い形で密着する必要もある、だったな?」

 

「は、はい……」

 

 いつも の ぎゃくせくはら より よほど ひどい ながれ なんですけれど、だれか たすけてくれませんかねぇ。

 

「申し訳ありません、マイ・ロード。付与に適した素材が有ればお手を煩わせることも……」

 

 身の置き場がないと言わんがばかりに消え入りそうな声で謝罪するトロワも反則だ。

 

(OK、もうだいたい予想はついた)

 

 断れずに呪文付与の為お肌とお肌の触れ合いを始めたところで、誰かに目撃される、そういうことなのだろう。

 

(もしくは付与の途中で転倒して折り重なるというベタベタな展開ッ)

 

 回りくどいが、だからこそここに来るまで読み切れなかった。

 

(だが、勝負は俺の勝ちだ。世界の悪意!)

 

 どうやって俺を窮地に陥れるのかが解って居れば、対策は立てられる。

 

(俺の知覚力なら周囲の気配へ気を配っていれば目撃されることはまずない)

 

 転倒に関しては最初から安定した姿勢をとるか、支えが有ればいいのだ。

 

(例えば座っておく、とか)

 

 そも、今の綺麗なトロワのままなら危険な態勢になった所で間違いなんて起こりようもない気もするけれど。

 

「他に方法がないならやむを得ん。ただ、流石に屋外で脱ぐのは拙かろう。やるなら、いずれかの家の中で、だな」

 

 遠目に目撃されるのもゴメンだが、屋外は寒い。

 

「とは言え、まだ魔物のうろつく家が多すぎる。ひとまずは家具を外まで運び出してあと数軒分の掃討を終えてからだ」

 

「……はい」

 

 大きな胸のせいで抱えづらそうに朽ちかけたテーブルを抱くトロワは俺の言葉に頷きを返し。 

 

「しかし、ダブルサイズは失敗だったか……」

 

 俺は担いだベッドとこれからくぐるべきドアを見比べ、苦笑する。

 

「まあいい、その前に客が来たようだから、なっ」

 

「お゛げっ」

 

 ドアを開けて侵入してきた動く腐乱死体はベッドを担いだまま投げた石に額を割られて崩れ落ち。

 

「……しまった」

 

 ただでさえドアをベッドが通しにくい状況であったのによりによってドアの前でくさったしたいを倒してしまった失敗に遅れて気づく。

 

「マイ・ロード、ここは私が」

 

「いや、こんな場所で倒してしまったのは俺のミスだ。それに俺とお前で死体の始末を取り合っていても仕方ない」

 

 ミスのフォローをしようとしてくれるトロワのまともな反応に胸中で少しだけ喜びつつも俺は自らの非を主張し、剥がれた床板を拾い上げ。

 

「……強度は足りそうだな。よし」

 

 強度を確認すると、ベッドを脇に置き、死体に板を差し込んで脇にどける。

 

「これでいい、このまま外に出るなり入り口の前に家具を置いて次の家に向かう。探索済みの目印にもなるし入り口を塞いでおけば後から魔物が入ってくることもないだろう。トロワ」

 

 持つ家具の大きさを考慮し、トロワへ先に出るよう促した俺はその後に続いたのだった。

 




聖水の効果切れだと思った? 残念、まっとうな理由が隠されてました。

次回、第四十一話「見た目は大人、中身は――」

見た目は大人(な展開)、中身はちゃんとした理由あり。

たった一つの成功望む、その名は名付与師トロワ!



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第四十一話「見た目は大人、中身は――」

「マイ・ロードっ」

 

「すまん、助かるっ」

 

 差し出された石に礼を言い、投げたそれが動く腐乱死体を動かない腐乱死体へと変える。

 

「……これで九軒目か」

 

 遭遇した魔物は、数こそ多かったものの雑魚ばかり。苦戦する要素がまず見あたらず、魔物退治は順調だ。

 

(ただ、これ呪文付与の時間が徐々に近づいてきてるって事でもあるんだよね)

 

 真っ当な理由もある上、女性側からあんなに申し訳なさそうにお願いされて断れる面の厚さに持ち合わせはない。

 

(くさったしたいに投げて減っていく石の個数がカウントダウンに思えてきた)

 

 厳密には違う。石がなくなっても魔物が居るなら自分で拾うかトロワが渡してくれるし、石が余っていようが、魔物を倒しきったら、それが作業開始のタイミングだ。

 

(適当な元民家に入って、服を脱いで、肌と肌を密着させ、トロワの指示で二人三脚というか二人羽織と言うか……まぁ)

 

 とても人様にはお見せ出来ないような呪文の付与シーンがスタートするという訳だ。

 

(うん、とりあえず、一つ決まった)

 

 トロワは転職させて可能なら賢者にしよう。

 

(今のトロワなら呪文を悪用はしないだろうし、自分が呪文を覚えれば俺が手伝う必要もなくなるもんな。今回だけだ)

 

 それは、便利な呪文だった。

 

「今回だけだ」

 

 その精神力を消費しない呪文によって、迫り来る定めを受け入れた。いや、諦めたが正しいか。

 

(別段やましい事がある訳じゃない、正当な理由だってある。それに代案だってない……なのに)

 

 諦めておきながら、どうして出来たら避けたいなという気持ちは消えてくれないのだろうか。

 

(……シャルロット)

 

 声には出せず、胸中で弟子の名を漏らす。別に恋人とかじゃない、俺にとってはただの弟子で、同時に父親代わりをやっているだけだと言うのに、何故その名が出てくるというのか。

 

(ただの作業、作業じゃないか)

 

 割り切れば良いだけ。

 

(それが、できないのは……)

 

 そう。

 

(初めてが壊れた家具で作るバリケードってのが許せないからだ!)

 

 もしくは付与呪文の方が気に入らないか。

 

(こう、肌を曝すシャルロットを後ろからぎゅっと抱きしめて「いいか、シャルロット? これが俺達の初めての共同作業だ。ギガデインの呪文をこのつめに――」って、違うわぁぁぁぁぁ!)

 

 なにしてくれてはるんですか、おれ の そうぞうりょく。

 

(殆ど裸で密着する俺とシャルロット? 勘弁してくれ、全力で俺が終了する光景じゃないか)

 

 追いつめられてボケに逃避するにしても、やって良いことと悪いことがあるだろう。

 

(そもそも呪文付与の技術もってるのはトロワだけだろうに)

 

 俺とシャルロットが合体したところで呪文付与されたアイテムなんて出来る筈がないのだ。

 

(だから――)

 

 シャルロットにトロワが抱きつくのが、正しい。

 

(ロウソクの灯りが揺れる中、肌を曝した二人はそっと手を重ね、徐に口を開いて……じゃねぇぇぇぇっ!)

 

 だーかーらー、やめろ と いう とろう に おれ の そうぞうりょく。

 

(何故、正しいからって脳内でイメージ映像作ろうとしたし?)

 

 確かに勇者専用呪文の効果がある道具とか武器なんて恩恵は計り知れないだろうけれど、第一に今回の付与は材料が無いからこそこの手段しか執れないという言わば非常手段。材料が揃えばやらなくて良いことなのだ。

 

(ん? 材料が揃えば? 待てよ、一体目のホロゴーストが居たよろず屋、商品が色々残っていたよな……)

 

 もしあそこに呪文付与の助けとなる品があったら、どうか。

 

「ふむ、試してみる価値はあるか」

 

「マイ・ロード?」

 

「ああ、少し思いついたことがあってな。聞きたいことが出来た」

 

 独り言を聞きつけたトロワが訝しげに見てきたので、俺は逆に問う。

 

「付与に適した素材が有れば手伝う必要もないと言っていたが、それはどういう物だ?」

 

 と。

 

「実はこの村のよろず屋に色々と商品が残されていてな。それで代用が効けば、寒い思いも恥ずかしい思いもする必要があるまい?」

 

「マイ・ロード、申し訳ありません。わざわざ……気を遣っていただいて」

 

「えっ、あい、いや、俺自身にも利があるからな。気にするな」

 

 後悔先に立たずと言うべきか。いい思いつきとは思っていたが、トロワを恐縮させてしまったのは、想定外だった。

 

「しかし、口で説明出来ることにも限りがあるか。実際店に入って探した方が良いな。トロワ、それで良いか?」

 

「あ、はい。ま、マイ・ロードがよろしいのでしたら……」

 

 一時動揺を隠すのには失敗したものの、よろず屋に寄って素材探しをすることを承諾させたので、窮地を脱せる可能性はまだ残されており。

 

「ならば、残りもさっさと済ませてしまうとしよう」

 

 俺は近くにあった家具に手をかけるとそのまま担ぎ上げる。

 

「随分軽いタンスだな。この分だと中はか」

 

 空だろうなと続けようとした声が途絶えたのは、傾き開いたタンスから、それが落ちたから。

 

「……ふむ、何か落ちたような気がするが、気のせいか」

 

 そうだ、きのせい に きまっている。ひとつ の むら の なか に にちゃく も あんなもの が あるわけないじゃないか。

 

「ま、マイ・ロード?」

 

「どうした、トロワ?」

 

 おかしいなぁ、とろわ が なにか いいたげ に こちら を みているぞ。

 

(せかい って、ふしぎ だなぁ)

 

 足下にそんざいするがーたーべるとの形をとった質量を持つ幻から目を逸らすと、俺は戸口の方へと目をやった。

 

 




サ ラ「あら、勇者様ご機嫌ですわね?」

シャル「あ、うん。ちょっと良い夢を見たから」

サ ラ「良い夢、ですの?」

シャル「そう。お師匠様と……作りをする夢をね。初めてだから、上手くできたか解らないけど」

サ ラ「勇者様? 途中微妙に聞き取れなかったのですけれど……」

シャル「けど、ちょっと恥ずかしかったなぁ。服を着てでも出来たらいいのに……」

サラ「ゆ、勇者様?!」

と言う訳で、主人公の酷い妄想は夢の形でシャルロットの方に送信しておきました。当人喜んでるし問題ないですよね?(byせかいのあくい)

次回、第四十二話「盗賊が店に忍び込むというのは間違っているのだろうか?」

がーたーべると、それはまともになった筈のトロワを完全体に誘う為の悪魔のトラップなのか、それとも――。




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第四十二話「盗賊が店に忍び込むというのは間違っているのだろうか?」

 

「必要なのは家具だ」

 

 だから、中に入っていたモノが落ちても何の問題もない。

 

「だいたいものが入っていたとしても、それは人のもの。バリケードを作るためこうしてやむなく家具を持ち出しているが、それも再利用不可能なモノを選んで持ち出している」

 

 タンスに戻す理由は欠片もないのだから、素通りしたって問題無いじゃないか、とそんな風に俺はトロワへ語った。

 

(大丈夫、間違ったことは言っちゃいないし)

 

 遠くに見えるだけの蜂は刺さない。いくら忌まわしいあの品だってスルーしてしまえばそこで終わりだ。

 

(下手に騒いだり気にするから変なことになるんだ。それに)

 

 今は村内の魔物退治をしていて家人のものらしき扱いに困りそうな一品をどうこうしてるような余裕もない。

 

「トロワ、俺としてもこの展開は想定外だが、中身が入っていたからと言ってそれをこのタンスに戻して引き返しタンス自体を戻した上で別の家具を運び出すのは時間もかかる。だが、今は一刻も早く村を徘徊する死人達を倒し地下墓地の入り口を封鎖しないといけない状況にある、理解してくれ」

 

「マイ・ロード……すみません、そうでしたね」

 

 人は話し合えば分かり合える、とは必ずしも言えないしトロワは魔物だが、それでも今回は納得して貰えたらしい。

 

「いや、時間に余裕が有れば話も変わってくるし、あくまで今回は時間に追われていたからこそだ。気にするな」

 

 俺は頭を振るとタンスを担いだまま横に移動し、トロワへ道を空ける。

 

「さ、先に行け。家具の大きさから言っても、俺が後に出て入り口にこいつをおいた方がいい」

 

「はい」

 

 促せばトロワは木製の三段ボックスっぽいものを抱えて先にドアをくぐり、これに俺が続くことで九軒目の死人退治は終了する。

 

「あと二軒だったな、さっさと済ませてしまうか」

 

 よろず屋の商品という希望を探しに行けるのだ。モタモタしている理由も意味もない。

 

「ちっ、骨が多い、だが――」

 

 十軒目の民家のドアを開け、踏み込んだ俺は乾いたものを擦り合わせる音をさせながら姿を見せた骨の剣士達に舌打ちしつつも、鎖分銅で薙ぎ払い。

 

「な」

 

 それと遭遇したのは、十一軒目の夫婦のモノだったらしき寝室。

 

「ま、マイ・ロード」

 

「ああ、解ってる。トロワ、一旦退くぞ、あいつは屋外に誘き出す」

 

 若干動揺するトロワに頷きを返し踵を返したのは、腐乱死体の姿に理由があった。

 

(なんで、ぱんつ かぶってんだ、あの くさったしたい)

 

 逐一説明を求めたいところだが、とりあえずあの状態のままの死体を残しておく訳にはいかない。

 

「んお゛ぉぉっ」

 

「滅べっ、メラゾーマッ!」

 

 屋内での仕様は火事を恐れて躊躇った呪文を変態ゾンビが元民家から出てきた瞬間ぶっ放す。オーバーキルかも知れないが、流石にこれは仕方ないと思う。

 

「はぁ、最後の最後でどっと疲れる奴と出くわしてしまったな……トロワ、解っていると思うが」

 

「はい、マイ・ロード。よろず屋にむかうのですね?」

 

「ああ」

 

 中の魔物は全て倒したからこそ後の二班も足を運ぶ可能性はない。

 

「それなりに色々あったからな。日持ちしない商品だけは持ち去れれていたが、付与に必要な品はそう言う日持ちしない品ではないのだろう?」

 

「はい、必要なのは特殊な石、ですから」

 

「石、か」

 

 頷くトロワの言葉にそう言えば武器や防具には宝石の付いてるモノが多かったなぁと思い起こす。

 

「石に込めず、直接文字として彫り込む方法も有るのですが、こちらはその呪文の使い手でないと難しく……こんぼうにイオナズンの呪文を付与したのもこちらの方法ですが、彫り込む素材自体に呪文に耐えうる強度が要求されるんです」

 

「成る程」

 

 うろ覚えの記憶だと、いなずまのけんとからいじんのけんは文字が彫られていた気がする。

 

「ならば、探すのは石だな」

 

 見つからなかったら服を脱いで家具に文字を彫り込む作業をしなきゃいけなくなると言うことなのだろうが、出来れば見つかって欲しいと切に願う。

 

「はい。宝石となれば、人間も好むもの、遺棄された店に残っているものか、不安なのですが……」

 

 うん、そう いわれる と まったく みつからない き が してくる から ふしぎ だね。

 

「大丈夫だ、あの店は宝箱の中身も残っ……あ」

 

 よろず屋へ向かう道、そんなトロワを安心させようとした俺は思わず固まった。

 

(あの みせ の がーたーべると って どうしたっけ、おれ?)

 

 いや、本当は解ってるのだ。今日起こったことを忘れるはずがない。

 

(できれば、わすれたかったですよ? かたみだから どうこうする き に なれない とかで ほうちしてきたこと とか)

 

 俺の馬鹿、何でもっと早く思い至らなかった。

 

「マイ・ロード、どうなさいました?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 訝しまれ、我に返ると頭を振って再び歩き出すがこれで平静を保てと言われても無理がある。

 

(おのれ、せかいのあくいめ)

 

 タンスから落ちた忌まわしき品は囮で、本命はあっちか。

 

(いや、待て、落ち着け。さっきも落ちたがーたーべるとを気にした綺麗なトロワだ。人様のモノが宝箱に入っていたって何処かのRPG主人公みたいにそのまま懐には入れないだろう)

 

 ただ俺は箱の中身が宝石ではないことを予め伝えておけばそれで済む話だ。

 

(大丈夫、慌てる必要なんて何処にもない)

 

 自分に言い聞かせ、足を止める。

 

「マイ・ロード」

 

「ああ、ここが問題のよろず屋だ」

 

 この村がある意味呪われていることを教えてくれた二箇所目の地。首肯して見せた俺は戸口に歩み寄るとそのままくぐり、店内へ再度足を踏み入れたのだった。

 




主人公、いいじゃない。店に入って実物見てから気づくよりは、さ。

次回、第四十三話「こういう時こそレミラーマが輝くんじゃね、と私は思った」



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第四十三話「こういう時こそレミラーマが輝くんじゃね、と私は思った」

 

「さてと、とりあえず入り口の側から順に調べて行くか」

 

 そう言い放ち、実際入り口に近い場所から調べ始めたのには理由がある。

 

(目的の品が見つかってしまえばここには用なし、入り口に家具を運び出した元民家の並ぶあの場所に戻って付与作業となる。つまり、がーたーべるとスルーの可能性はまだ残って居るんだっ!)

 

 往生際が悪いと言いたければ、言え。

 

(せっかくトロワがまともになったんだ。こんなところで、せくしーぎゃらせてたまるかぁぁぁぁッ!)

 

 ようやくゆっくり眠れる夜が来ようとしているのだ。

 

「トロワは左側を頼む。俺は右を探してみる。目的の品が見つかったら言え。こちらもそれらしきモノがあればお前に声をかける」

 

 再び口を開き、指示をしつつ店に残された商品の一つに手を伸ばす。

 

「ふむ、流石に一度目から当たりはないか」

 

 大きさに比べて恐ろしく軽い商品だが、手応えからして宝石の類とは言い難く。

 

「次」

 

 さっさと棚に戻し次の品にとりかかる。

 

「これもハズレ、か。一目で宝石じゃないと分かるのはいいんだが……」

 

 よろず屋だからだろうか、商品の種類は多い。

 

「ところで先に聞いておくが、既存の呪文付与アイテムから剥がした石は使えるか?」

 

 こんな辺境のよろず屋であることを鑑みると魔法の武器や防具が置いてあるかは微妙だが、洞窟の方で見た絵やら像やらを揃えるだけの手腕は持っていたのだ、商品の中に魔法の品が混じっていても驚きはしない。

 

(そもそもあのホロゴーストが守ってた忌まわしきアレだって着けた人間の性格矯正するアイテムだったしなぁ)

 

 普通の衣類や下着は着けただけで性格を変えない。だからこそ出来れば封印なり消滅させたいと思うのだが。

 

「……いえ、既に付与されてしまっていると上書きは難しいです。元のアイテムごとの強化は別ですが、石も取り付けた品で力を発揮するように調整されているでしょうから」

 

 思考が逸れかけたところでトロワから返ってきた答えは、説得力を備えて俺の希望を打ち砕いた。

 

「そうか」

 

 出来るだけ、平静を保ち、落胆が出ないよう呟く。

 

(まぁ、それが可能なら宝石部分を他の武器に填めるだけで簡単に魔法のアイテムが作れちゃうからなぁ)

 

 世の中はそう甘くないと言うことなのだろう。トロワの話からすると、呪文の付与には元の呪文を付与する者が使えるか協力者として必要であり、素材も呪文の使用に耐えうるモノでなくてはいけないとのことだが、それでも条件は緩い。

 

(たぶんトロワの方の才能が異常なんだろうなぁ)

 

 でなければ、この世界はチートな魔法の武器防具で満ちあふれてしまう。

 

「ならば、完成品は不要だな。既に形になった品ならレミラーマの呪文で見つけられるかとも思ったが」

 

「あ、申し訳ありません、マイ・ロード」

 

 自分の発言が俺のアイデアを一つ潰してしまったと思ったか頭を下げてきたトロワに気にするなとだけ声をかけ、俺は店の商品に向き直る。

 

「それに、素材の時点で有用な品と認識されるかも知れないしな」

 

 確か、どこぞの砂漠の町に落ちていたオリハルコンの欠片だか塊だかもレミラーマの呪文に反応したはずなのだ。

 

(逆に言えばあの呪文を改良出来たなら素材捜索呪文とかも出来ないかなぁ)

 

 鉱石の埋まっている場所が解る呪文とかがあれば鉱夫は大助かりだろうし。

 

「ともあれ、念のために唱えるだけ唱えてみるか」

 

 当たれば儲けもの。

 

(それに、呪文に反応したものは「何かあるぞ」って心構えが出来るからな)

 

 もちろん、心構えしようが中身が忌まわしいアレ十二着セットとかだったら、その程度の心構えで平静さを保てるか怪しいが。

 

「そうですね、お願い出来ますでしょうか?」

 

「ああ、レミラーマ」

 

 トロワの要請に応え、俺が呪文を唱えると隣の商品がキラリと光り。

 

「え」

 

「な」

 

 擬音で示すなら、キランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキラン、とでも言うところか。ちなみに回数は数え切れなかったので擬音にしたのは一部である。

 

「と、とりあえず……隣の光った品を見てみるか」

 

 気を取り直し、手を伸ばして包みをとり、広げるとそこにあったのはふさふさの金と茶の縞からなる糸玉。

 

「これは、確かまだらくもいと……だったか」

 

 使用すると相手に絡み付くことで動きを鈍らせ、素早さを下げる呪文、ボミオスの効果になる使い捨てアイテムだった気がする。

 

「糸も使いようによっては道具の素材になりますから、それで反応したのかと」

 

「むぅ」

 

 と言うことは今光ったモノの幾つかは組み合わせると道具になりそうなモノだと言うことか。

 

(紙とか布、木材に鉱物のインゴットなんかもあったら反応してそうだよなぁ)

 

 俺の探してるモノが素材であるから効果が変質したのか、それとも。

 

「謎が増えてしまったな。しかも、この店には何かの素材になりそうな商品が一杯だという事実のおまけ付きだ。次は……ッ、かしこさの……たね?」

 

 なんで きちょうな ひばいひん まで おいてるんですか、この おみせ。

 

(駄目だ、堪えろ。全力で欲しいが窃盗はNOだ)

 

 勇者シャルロットの師としても世間に顔向け出来なくなるようなことは出来ない。

 

「ふっ、俺が盗むのは魔物やダンジョンのお宝とかわいこちゃんのハートだけだぜ」

 

 とかすっとぼけられたらどれだけ良いだろうか。

 

(落ち着け、落ち着け、俺。次の商品チェックに移るんだ)

 

 物欲と良識の狭間で葛藤しつつも平静を装い、目は次の品へ。

 

「これは、何かのブラシか」

 

 光らなかった次の品はただの日用品であり。

 

「これは……種、か? 随分干からびてるが」

 

 次に手にした袋の中身は小さなつぶつぶ。

 

「マイ・ロード? あぁ、それは野菜の種だと思いますよ。随分日持ちする種で似たのを見たことがあります」

 

「そうか、ん?」

 

 首を傾げていると振り向いたトロワが教えてくれ、ふと気づく。

 

「どうされました、マイ・ロード?」

 

「いや、糸玉のあった段の隣が空だったからこの袋を手にしたのだが、たねの隣が種だと思ってな」

 

 ひょっとして、かしこさのたねがあった段の横列は日持ちする種で統一されていたのだろうか。

 

「幾つか光っていたし、この横列、食べると身体強化する貴重品がゴロゴロしてると言うことは……流石にないか」

 

 うん、無いと思いたい。俺の精神安定の為にも。

 

「と、とにかく続けるぞ。想定外の品はあったが、目的の品の発見はまだだからな」

 

 そうだ、こんな大掃除の最中に懐かしい漫画を見つけて読み始めちゃいましたクラスの脱線なんて要らないんだ。

 

(無だ、無我の境地だ。物欲は捨てるんだ)

 

 こんな時、お経を暗記出来てたらなぁ、とか思ってしまう。だが、覚えてないなら別のモノで補うしかない。そう決めて、俺はお隣にあったいのちのきのみを棚へ戻し。

 

(羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹……羊が四、違う! ああ、目をハートにしたマッドオックスが羊の群れに! どうなる、羊さん達? じゃねぇぇぇぇっ!)

 

 胸中で絶叫したのも無理はないと思いたい。本当にどうかしていたんだ。

 




よろず屋でゾクゾク発掘されるお宝、倫理観と物欲の狭間で頭を抱えちゃう主人公。

次回、第四十四話「そして俺は――を手に入れた」

何を手に入れちゃうんでしょうねえ、あ、解っちゃったらすみませぬ。


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第四十四話「そして俺は――を手に入れた?」

「くっ」

 

 落ち着け俺、ただ能力アップアイテム二個目があっただけじゃないか。

 

(そもそも、羊のカウントは落ち着くんじゃなくて寝るためにする奴だし、そもそもたかが種の一個やニ個、もっと酷い状況はいくらでもあったじゃないか)

 

 せくしーぎゃるったシャルロットとか、ダーマのがーたーべると汚染事件。

 

(魔法使いのお姉さんがせくしーぎゃるったこともあったなぁ。あとは、おろちとか、おろちとか……あるぇ? 殆どどれもせくしーぎゃる関連なんですけどぉ?)

 

 そしてこのよろず屋にあるのもがーたーべると。

 

(世界の悪意とは……せくしーぎゃるなのか?)

 

 イコールで結ぶのは早計かも知れない、だが。

 

(って、世界の悪意がせくしーぎゃるって何だ? いけないいけない、意味不明になってきている)

 

 冷静に冷静になるんだ。

 

(そもそもは……「貴重な能力アップアイテムが元よろず屋に残されててビックリ、欲しいけど泥棒は良くないよねぇ、どうしよぉ?」とか、そんな話だったはず)

 

 今のところ見つかったのは、賢さが上昇する種とHPの最大値が上がる木の実が一個。

 

(けど、あのレミラーマでの光具合からすると、二種一個ずつ合計二個で終わりとも思えない)

 

 こんな事になるなら、あの変態ホロゴースト一号からもう少し話を聞いておくんだった。

 

(腐っても商人、なら「単に店に買い物に来た客だ」って言えばあの種買い取る機会もあったかもしれないのに)

 

 解ってはいる、妄執や怨念で悪霊になった輩と本当に交渉出来るのかという問題が立ちはだかっていることは。

 

(それでも、神竜に挑むことを鑑みると同行者の強化用にドーピングアイテムは欲しいんだよ)

 

 塵も積もれば何とやら、一の能力値が明暗を分けることだって有るのだ。

 

(まぁ、今更言っても始まらないけど)

 

 ホロゴーストはもう居ない、俺がニフラムで光の彼方に消し去ったのだから。

 

「いらっしゃいませ、それから……ありがとうございました」

 

 見慣れない儚げな印象の美女がこちらに頭を下げているが、とうの昔に無人になったよろず屋に人がいるはずもない幻覚だろう。

 

「妄執に囚われた夫も、これでようやく眠ることが出来ます」

 

 しかもこの美女、既婚者らしい。

 

(いやー、旦那さんは幸せ者だろうなぁ……て、うぇ? 夫ぉ?!)

 

 まさか、まさかとは思う。

 

「お前が、あの倉庫に居たホロゴースト……の?」

 

 信じたくなかった。猥褻物をごっそり取り寄せたあげく奥さんのがーたーべるとにしがみついてたホロゴーストが人間だった頃の妻が美人、とか。

 

「はい」

 

 だが、現実は残酷であり。

 

「見ての通り、私はどちらかというと病弱で、そんな私を気遣ってくれたのでしょう。伏せる私に、あの人は『無理はしなくて良いから。私なんて本とか像とか絵が有ればいいからさ』と」

 

 いい はなし かなぁ、それ。

 

(スケベ心だけじゃなくて、一応は奥さんを案じていた結果があの猥褻物コレクションだったのかぁ)

 

 少なくとも奥さんが大切だったと言うところだけは事実なんだと思う。

 

「内気で病弱な私は、家に伝わる家宝、『がーたーべると』が無ければあの人に子供を産んであげることも難しかったと思いますし、自分の着けたものが他の方の手に渡るというのは複雑でしたが……だからといって、あんな……あの人の呪縛を解いて下さってありがとうございました」

 

「いや、村を魔物に占拠されたままにしておけなくて、単純に倒そうとしただけだ、礼には及ばん」

 

 美人さんに泣きながら感謝されるというのは、どうにも居心地が悪い。俺は頭を振り。

 

「が、感謝しているなら頼みたいことがある。現在、魔物になってしまったこの村の死者を倒してまわっているのだが、きりがない。そこで地下墓地の入り口を一時封鎖する小細工の材料として呪文付与用の素材を探しているのだが、この店に置いていないか? 他にもこちらが有用と思う商品が有れば購入させて頂きたい」

 

 推定幽霊とは言え、店の人が居るのはありがたい。うまく行けば能力アップアイテムも購入出来るだろう。

 

「ううん、そうですね……私が生きていた頃は扱っていたと思います。それなりに値が張る品なので、おそらく倉庫の方でしょう。私が探してきますので、お客様はこちらでお待ち下さい」

 

「そ、そうか。では、頼む」

 

 流石に二度もあの奥さんのがーたーべるとと対面するのは気が引ける。ここは厚意に甘えて、店内を引き続き物色することにし。

 

「……ふむ、種はそこそこあったな」

 

「武器は錆びているものも多いですし、無事なのは道具類が中心でしたね、マイ・ロード」

 

 大まかに調べ終えた俺達は、購入希望の商品をカウンターに並べ、奥さんを待つ。

 

「お待たせしました。こちらになりますね」

 

「おお、あった……か」

 

 そして、奥から聞こえてきた声に顔を上げた俺は信じられない光景に凍り付く。

 

(待て、何でそれがある?)

 

 俺が頼んだのは、呪文付与の媒体になる石であって、そんな黒くてヒラヒラしたものではない。

 

「それから、これは我が家の家宝のガーターベルトです。私のつけた物で申し訳ありませんけれど、他にお礼になりそうな品もなくて……」

 

「は?」

 

 お礼、って何だっけ。どういう意味の言葉だっけ。

 

(いやいやいや、おかしいよね? 家宝を差し出してくるって確かに最大限の感謝の気持ちかも知れないけれど、自分の着けてたモノ差し出してくるとか、一歩間違うと痴女って言われちゃうよ?)

 

 そういう異性はもう充分なんですけど、本気で。

 

「お代は結構です、そして――せめてこれもお持ちください。もはやこの世の者ではない私ですが、お二人の幸せを祈らせて頂きます」

 

「な」

 

「えっ」

 

 あれれ、おかしいぞ~。

 

(ひょっとして、俺ってばトロワとカップルとして見られてるでおじゃりますりまっするか?)

 

 なにこれ。

 

(じゃあ、ひょっとして……忌まわしき中古のアレ贈られたのって、トロワ? 「せくしーぎゃるって俺とお幸せにだぜ」とか、そういうことなんだぜ?)

 

 本当になんだこれ。ほぼ裸でくっつく窮地を抜けられたと思ったら、とんでもない伏兵が登場したんですが。

 

(断れ、トロワ)

 

 声には出さず、俺は祈る。それでもトロワなら何とかしてくれると信じて。

 

 




少 女「着ると男の人に大胆になれるの?」

母 親「そうよ。あなたが結婚して、旦那さんの前でもし勇気が出なかったら、つけてみなさい」

 昔、とある村の民家でそんな母娘の会話があったとかなかったとか。


次回、第四十五話「彼女の答え」

まぁ、そうなるな。


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第四十五話「彼女の答え」

「ありがとうございます」

 

 見守る中、トロワは頭を下げて素材と一緒にソレを受け取った。

 

(ちょっ、ええええええええええええええ?!)

 

 声に出して絶叫しなかった自分を褒めたい、じゃなくて。

 

(何? 何故?)

 

 まともになった筈のトロワがどうしてあんな品を受け取ったのか。

 

(やっぱり、聖水の効果時間が切れて……いや、それはない)

 

 きっとまともなトロワのことだ、呪文付与の方法の様に何らかの理由があるんだろう。例えば、この人妻で幽霊の美人さんを気遣ったとか。

 

(前のトロワならともかく、今のトロワを俺が信じなくてどうするんだよ)

 

 驚き狼狽してしまったが、結論を出すにはまだ早いのだ。

 

「ですが、訂正させて下さい」

 

 実際、まだ早いという見解を裏付けるようにトロワは言葉を続け。

 

「その、マイ・ロードとは主と従者の関係ですし、男性と女性の関係については、私の片思いなのです」

 

 えっ。

 

(いや、ぜんしゃ は ただしいけど、そのあと のは なんですか?)

 

 母親に喜んで貰いたいから子供が欲しいとは聞いていた。

 

(それって子供目当て、つまり狙ってたの身体オンリーの筈ですよね?)

 

 もじもじしつつ、しんじじつ を かみんぐあうと しないで ください。こっち の しょりのうりょく が おいつかなくなるじゃないですかー、やだー。

 

「まぁ、それは失礼しました」

 

「いえ、こちらこそ済みません。主従の関係上、そこはきっちりしておかないとマイ・ロードにも申し訳ないと思いまして……そう言う訳ですから、これは私に預からせて下さい」

 

 頭を下げる美人幽霊さんにトロワは頭を振るとそう主張し。

 

「……わかりました。こんな所で胸の内を吐露させることになってしまってごめんなさい。恋、実ると良いですね」

 

「ありがとうございます。では、私達はこれで」

 

 俺が立ちつくす間も二人の話は進んで、譲渡契約は完了したらしい。

 

「っ、いや少し待て……あ、そう、そうだ。ここの商品で欲しい物があった有ったのだが、そっちの話は?」

 

 出来ることなら「勝手に話を決めるんじゃねぇぇぇ」とか叫びたいところだったが、空気を読まないどころかぶち壊せる程面の皮は厚くない。待てまで言った所で、二人の視線に晒された俺は、咄嗟にうやむやになりそうだった種や木の実他のことに逃げてしまい。

 

「ああ、そうでしたね。失礼しました。ご入り用の品はそのままお持ちください。あの人にとっても私にとってもここは生まれ育った大切な村。村の現状を何とかしようとして下さっているあなた方の助けになるなら、生者の居ないここにずっと眠らせておくより良いでしょうし」

 

 一礼した美人幽霊さんは持ち出しの許可をくれた。一応、これで欲しかったアイテムが手には入るものの、代償に訂正の機会を失った訳で。

 

(うああああっ、俺の馬鹿ッ、臆病者(チキン)ッ)

 

 自分の弱さを胸中で嘆いてみるが、現実は変わらない。

 

「マイ・ロード?」

 

「あ、ああ。そうだな……欲しかった物は得た。戻って作業を始めるか」

 

 カウンターに乗せた欲しいアイテムを鞄にしまうと、頷きを返した。考え方を変えよう。殆ど裸で抱きつかれなくて良くなったんだ。ピンチを一つ回避出来たことを、喜ぼう。

 

「色々と世話になったな。それでそち」

 

 一人密かに気を取り直すと俺は振り返り、言葉を失う。さっきまで居たはずの美人幽霊さんの姿が跡形もなく消えていたのだから。

 

「夢、か?」

 

 口から漏れた呟きは、ある種の願望だったと思う。

 

「いえ、マイ・ロード」

 

 声に横を見ると首を横に振ったトロワが、呪文付与用の素材と一緒に忌まわしき物(がーたーべると)をちょっと大きすぎるんじゃないかと思われる胸にきっちりと抱いており。

 

(やっぱ、夢じゃなかったかぁ)

 

 胸中の落胆を表に出さないようにしつつ、俺はそうかとだけ言った。

 

(結局あの美人幽霊さんの顔を立てたのか他に理由があるのかは謎のままだけど)

 

 流石にここで真意を問いただす訳にもいかない。

 

「くくく、ふふふ、はーーはっはっはっはっはっは……遂に手に入れましたよ、がーたーべると。待ってて下さいね、マイ・ロード。今からこれを装着してそうマイ・ロードと赤ちゃんのできるようなことを、そうすればママンもきっと喜んでくれる筈です! ほら、奥さんは応援して下さるそうですから、人の家ですけれど問題有りませんよね? ささ、覚悟して下さい、ま・い・ろ・ぉ・ど?」

 

 とか、前のトロワに戻りでもしようものならアレを取り上げる大義名分が立つのだけれど。

 

「マイ・ロード?」

 

 首を傾げるトロワは、まともトロワであり。

 

「ああ、すまんな。ところで、呪文の付与にはどれ程時間を要する? 必要になる精神力も気になるところだが……」

 

 俺の口から出た疑問もアレとは全く無関係かつ建設的なこれからすべき事についてのモノ。

 

(藪蛇になりかねないって危惧もあるけど、まずはこの元よろず家を出ないとなぁ)

 

 時間は有限であり、村内の魔物退治にしても時間をかけすぎる訳にはいかない。

 

「答えは道すがら聞こう。世話になった」

 

 俺はあの幽霊が消えた辺りへ一礼すると、戸口をくぐり元よろす屋を後にするのだった。

 

 




かのじょ は とても まっすぐ すぎて。

次回、第四十六話「産声」

おめでとうございます、元気な――ですよ。


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第四十六話「産声」

「イオナズンのような強力な呪文ではありませんし、時間はそれ程かからないと思います」

 

 家具を運び出した元民家に戻る道で、トロワは語る。

 

「そうか」

 

 俺が付与呪文として選んだのは、ニフラムとバシルーラの二つだった。前者は元の死体を残さず光の中に消し去ってしまうが、精神力をあまり使わず、呪文自体も初級呪文と言って良い程始めの方で覚えた呪文だったはずだ。

 

(バシルーラの方は天井にぶつかっただけだったってオチになりそうな気もするけれど、あくまでメインはニフラムの方だし)

 

 この呪文のラインナップなら、地下墓地の入り口を破損させる可能性も少ないと思う。

 

(頭をぶつけたはずみで崩落なんてギャグ展開が無ければだけど)

 

 当初予定していた「魔物と化した死者を死体に戻す攻撃呪文発動型のトラップ」を地下墓地へのダメージを考えわざわざ変更したのだ、失敗なぞご免被る。

 

「呪文の付与がうまく行けば、後は家具を運んでバリケードをつくって俺達の担当分は終わり、か」

 

 がーたーべると とか のこってるけど、もう  すべて おわりってこと に してほしい と いうのは、ぜいだくだろうか。

 

「後は他の皆様と合流して、村長宅の確認でしたね?」

 

「ああ。一応地下墓地の方も何とかせねばならんが、流石に今日でそちらも済ますのは無理だろうな」

 

 となると、この村で一夜を過ごすと言うことになる。

 

(死体が歩き回ってた村で一泊とか出来たら勘弁して欲しいんだけどなぁ)

 

 画面越しのホラー映画とかゲームでも嫌だが、それどころか完全なリアルなのだ。

 

(男としては怖いとか嫌とか言えないんだろうけどさぁ、うん)

 

 トロワがまともになってくれたのがせめてもの救いか。

 

(前のままだったら、怖がったフリをしたりしてここぞとばかりに抱きついてきたりしただろうからなぁ)

 

 あの変態ホロゴーストに感謝する気はないが、まともになってくれて良かったと思う。

 

「あの……と言うことは、ここで一夜を?」

 

「ああ。交代で見張りを立てれば、後れをとることもないだろうからな。それがどうした?」

 

 中途半端な状態では放り出せないし、ここまで来る道は手榴弾もどきで吹っ飛ばしてしまっている。故に俺がそう答えるとトロワは落ち着かない様子でモジモジし出し。

 

「ま、マイ・ロード……こんな事をお願いするのは、凄く、申し訳ないのですが……一緒に寝て頂けないでしょうか?」

 

「え゛っ」

 

 なに、このてんかい。

 

「……とりあえず、理由を聞いてもいいか?」

 

 先程は素の声が出たが、何とか平静さを表向き取り戻して問えば、きっと気づいておくべきだったのだろう、トロワは言った、まだ怖くてと。

 

「自分が自分でなくなって行くようでした、あんな感覚……」

 

「トロワ……」

 

 主語はなかったが、鈍い俺でも察せた。

 

(くっ、あの変態ホロゴーストめ)

 

 トロワの中では憑依されたことがかなりのトラウマになっているらしく、その村で一晩お泊まりというのは完全に許容量オーバーなのだろう。

 

(呪文付与の方は何とかなったかと思えばこれか)

 

 理由を言わせ、聞いた上でだが断ると言える程に俺は冷酷非道ではないし、なれない。

 

「……隣で寝るだけだからな?」

 

 旧トロワであれば、がーたーべるとをつけて襲いかかってきたら放り出すと釘を刺すところだが、多分今のトロワには必要有るまい。

 

(むしろ、ひつようなのは おれ の りせいだよね)

 

 今のトロワはちゃんと恥じらいを持ち合わせているようだが、それとこれとは話が別。

 

(状況を鑑みれば抱き枕にされても怒れないし、ここは俺が耐えるしか無いのだろうけれど)

 

 おれ の りせい は どこまで ためされるんだろうか。

 

「あ、ありがとうございます。マイ・ロード」

 

「気にするな」

 

 花でも咲いたような笑顔で頭を下げたトロワへ片手を上げて応じると、足を止める。

 

「さて、と。夜の安全の為にもきっちり完成させんとな」

 

 見据える先にあったのは、一軒の元民家であり、その軒先に立たされたダブルサイズのベッドでもあった。

 

「素材に込めて終わりなら屋外で良かろう? 始めるぞ」

 

「はい。お願いします、マイ・ロード」

 

「ああ。天と地をあまねく精霊達よ――」

 

 トロワの要請を受けて、差し出された白い宝玉の様なモノを握り、呪文を唱え始める。

 

(石が自分で更に向こうに対象が居るようなイメージ、か)

 

 ただ、付与にあたって加工しやすくなるようなモノにするために呪文にはアレンジを加えるようお願いもされており。

 

「ニフラム……ふむ」

 

 覚えたのは、いつもと違う形だからこその違和感とでも言うべきか。

 

「一応、頼まれたとおりやってみたつもりだが、どうだ?」

 

「……ええ、大丈夫です。では、こちらもお願いします」

 

 暫く裏返したり日の光に透かして見たりした後、OKを出したトロワが差し出してきたのは、別の玉。

 

「こちらはバシルーラだったな」

 

「はい。マイ・ロードが呪文を込めて下さったので第一号の方は、そちらの呪文注入が終わる頃には仕上がると思います」

 

「そ、そうか」

 

 あるぇ、おっかしいなぁ。呪文唱えるのってフル詠唱でも一分かからないんですけど。

 

(って、いけないいけない。呪文呪文っと)

 

 相変わらずの変態的な天才っぷりに何とも言えない気持ちになりつつも、俺は我に返って呪文を唱えだし。

 

「バシルーラ!」

 

「出来ました」

 

 俺とトロワの共同制作第一号が産声を上げたのは、本当に呪文注入完了と同時だった。

 

 




まともなはずなのに、旧トロワより主人公を追い込む新トロワ。

どうなる、主人公?

次回、第四十七話「物作り系ゲームには気をつけろ」

執筆時間がなくなっても知らんぞーっ!(ブロックを積み上げて町を作りつつ)



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第四十七話「物作り系ゲームには気をつけろ」

「さてと、数は揃ったな」

 

 振り返ればバリケードを作るための呪文付与された複数の家具。ただ、バシルーラを込めた方だけは誤作動の可能性を鑑み、作成途中の段階で止めてある。

 

(運んでる最中に家具が起動、アリアハンに飛ばされましたとかは勘弁して欲しいもんなぁ)

 

 ニフラムの方は俺には効かないから大丈夫だが、まだ地下墓地の魔物退治が残ってる状況で俺が抜けるのは拙い。

 

(村長の息子とよろず屋の主人で二体のホロゴーストが居たんだ。あれで終わりって保証はないし)

 

 他の魔物は良いが、あの魔物が使う即死呪文に対処出来るのは反射呪文の使い手である俺とクシナタ隊所属の魔法使いのお姉さんのみ。俺が抜けた上でトロワのようにお姉さんが取り憑かれてしまった場合、状況は完全に詰む。

 

(その前にまずトロワがアリアハンに行きたいと主張するかな)

 

 とりあえず、どちらにしてもロクな結末にはならないだろう、それを避けられるなら、重畳だ。

 

「それで、いよいよこいつを運び込んでバリケード作成と言いたいところだが……」

 

 地下墓地の方から人のモノでない気配を感じた俺は、肩をすくめる。

 

「バリケードの完成を待ってくれない者がいるらしい。トロワ、無理はしなくていい、持てるサイズの家具を持ってついて来られるか?」

 

「はい」

 

「ならば、すまんが荷物持ちを頼む。俺は魔物の方を受け持とう、こいつの動作テストを兼ねて、な」

 

 頷くトロワの前でポンと軽く叩いたのは、最初に呪文付与を終えたダブルサイズのベッド。

 

「こいつを道具として使い、効果が見られるかを実証。ニフラムの効果を発揮して魔物全てを消してくれればそれで良し、何体か残ったとしても俺がそのまま倒してしまえば良いだけの話だ」

 

 複数残ったり呪文効果が効かなかった、そもそも効果を発揮しなかったと言う場合、石一つではとても始末しきれないがそれはそれ。

 

(今まで随分世話になってきたけど、こいつも買い換え時だしなぁ)

 

 最悪の場合、今まで酷使してきたチェーンクロスさんを使えば片はつく。

 

「では、いくぞ。戦いになれば、まずこのベッドを使う。ちゃんと機能しているかどうかのチェックならお前の方が適任だろう。ベッドを見ていろ。魔物の攻撃はお前には通さん」

 

「っ、はい」

 

 トロワが答えるまでに何故か一瞬呆けたような間があった気がしたが、ひょっとして何か別のことでも考えていたのか。

 

(まぁ、その辺りは強く言えないよなぁ。俺も現実逃避はしょっちゅうしてるし)

 

 ぶっちゃけ、せかいのあくい が ごくあくひどう を はたらかなければ、その かいすう も へるんですけどね。

 

(この世界って、俺に厳しいよなぁ)

 

 このハイスペックの身体でなかったら詰んでいただろうが、賢者の呪文を全部使えるレベルカンスト盗賊という反則級の存在だというのにピンチの連続なのだから。

 

(やっぱあれだよね。さっさと地下墓地の入り口封鎖してみんなと合流して、次の日を迎えたら全力でさっさと地下墓地の魔物掃討終わらせちゃおう)

 

 トロワの精神的負担も気になるし、ムール君達には悪いが、この村はある意味呪われていると言っても過言じゃない。

 

(村長の息子とよろず屋主人のアレとかいまわしきものの一件を除いても、死者が魔物になって村を徘徊してる何て異常事態な訳だし)

 

 大魔王が倒されればこの状況も好転するのだろうか。

 

(って、考え事してる場合じゃないだろうに)

 

 これではトロワのことを責められない。

 

(いや、そもそも端からその資格はないよね)

 

 セルフ突っ込みしつつベッドを持ち上げ、肩に担ぐ。

 

(出来れば大盾みたいな持ち方したいとこだけど、盗賊の戦い方じゃないしなぁ)

 

 そもそも、ベッドは装備出来ないし盾じゃない。ベッドを担いだまま俺は気配の元に向け歩き出し。

 

「う゛ぁぁぁぁ」

 

「ぉお゛おぉおおぉぉ」

 

「……やはり、こいつらか」

 

 漂う腐敗臭を伴い姿を見せた動く腐乱死体達を見据え、足を止める。

 

「いくぞ、トロワ。『還れ』」

 

 後方に声をかけ、片膝を地面につき、立ち上がらせたベッドを腐乱死体達に向け、直接起動用のキーワードを口にする。

 

「うぼぁぁぁ」

 

「お゛ぉおぉぉぉおぉ」

 

「成功、か」

 

 生じた光が腐乱死体達を呑み込み、光の彼方へと誘って行く。

 

「確か、ベッドの面に強く接触しても発動するのだったな?」

 

「はい。知能の殆どないくさったしたいがバリケードをどかそうと触れれば今のように光の彼方へと消し去る筈です。念のため、同じ様な処置をした家具で数段重ねにすれば」

 

「前のベッドに押された他の家具も反応する、と……凄まじい仕掛けだな」

 

 作動すれば複数回のニフラムとバシルーラがかかるというのだ。先程の動作テストは面白い程上手くいったが、本番であれほどの成果が出なかったとしても連鎖して起こる他の家具の作用にも耐えなければバリケードを撤去もしくは破壊することは能わないのだ。

 

「元が家具なのでがいこつけんしの剣による斬撃だけが気になりますが」

 

「どうする? あまりやりたくはないが、魔物を呼ぶことは出来る」

 

 遊び人が習得するくちぶえは魔物を呼び寄せる。そもそも遊び人から賢者になったこの身体は会得しているので、出てきた魔物を相手に実験することも可能ではある。

 

(ただなぁ、呼んだら凄い数が一気にとかありそうだし)

 

 くちぶえは相手を選んで呼べる類のモノでもない。延々とくさったしたいしか出てこなかったら、それの処置をどうするかって問題にもなる。

 

「ふむ、考えるのも良いが、時間の浪費は唾棄すべきか。今の魔物で入り口周辺の魔物は最後らしい。今の内に往復して家具を運ぶぞ? 考えるのは運びながらでも問題有るまい?」

 

「そうですね」

 

 ベッドを置いて歩き出せば同意したトロワもついてきて、俺達だけの運搬リレーはこうして始まったのだった。

 

 




バリケードの仕様を書いていて、某大冒険の死神さんが使うトランプなトラップを思い出したり。

トロワさん本気出した上で協力者がいればダイヤの何ちゃらとか再現出来るんじゃないかなぁ、うん。

次回、第四十八話「詰まずに積もう」


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第四十八話「詰まずに積もう」

「ふむ、今回は大丈夫そうだな」

 

 何往復目だったか、大きなタンスを降ろしてから地下墓地の入り口を見てみるが、そこに気配はない。視界内に横たわる骸は、このリレーの最中に遭遇し、家具の効果で消えなかった為仕方なく普通に倒した動く腐乱死体だったものだ。

 

「バリケードの材料も八割方は運べたし、そろそろ入り口を塞いでも良いか」

 

「そうですね」

 

「では、バシルーラの付与の仕上げを頼む。俺はニフラムの付与されたものを運ぶ」

 

 運ぶ途中で手を止められるのは面倒この上ない。用意した家具の全て揃っては居ないが、本命の呪文付与された家具はだいたい運び込めていることもあって提案してみるとトロワも賛成してくれ、俺達はバリケードの設置に取りかかった。

 

「ふぅ、とりあえずベッド一つで入り口は見えなくなったな」

 

 ダブルサイズだったのが良かったのだろう。起きあがらせたベッドでまず入り口が塞がり。

 

(次もニフラム付与の家具だな。連鎖反応させないといけないから、ベッドの足四つが触れるような配置で置く、だっけ)

 

 その合間にベッドの足へロープをくくりつけて下さいともトロワには言われたが、こちらはバシルーラ用の家具のギミック。

 

(うん、本当に酷い装置だよなぁ。ベッドの表面が押されるとまずニフラムの効果が発生して――)

 

 ベッドの足が押されれば更に四重でニフラムの呪文の効果が発生。同時にベッドの足にくくりつけたロープが引かれればバシルーラの呪文効果まで付いてくるのだから。

 

(攻撃呪文でやると他の家具の効果に巻き込まれて起点となる道具がまず壊れるから使い捨てになる、だっけ?)

 

 つかいすて だろうと、たじゅう きょくだいじゅもん とか きょうあくって れべるじゃないんですけど。

 

(呪文に耐えうる素材を使って作った品を使い捨てにする時点でコスト的にあり得ないとも言ってたけどさ……本当にトロワがこっちに来てくれて良かった)

 

 コストを度外視すれば可能と言うことなのだ。

 

(と言うか、この理屈だと、補助呪文を一気に重ねがけしてくれる装置とかも作れるんじゃ……)

 

 つかう と、いちど に すから と ばいきると と ぴおりむ と ふばーは と まほかんた が かかるんですね、なに その ちーと。 

 

(作動に一手間かかるとしても、それが有ったら……)

 

 あの時、アリアハンの外でゾーマと戦ったあの戦いの勝敗も覆っていたかもしれない。

 

(いや、綺麗なトロワになったから、こういう事になった訳で、あの時のトロワにお願いするなんて無理だった訳だけどさぁ)

 

 何であの時と思ってしまうのは俺が弱いからだろうか。

 

(……やめよう、後ろばっかり向いていても仕方ないし、やることだってある)

 

 とりあえず考え事をしたり頭を抱えたくなったりしつつもニフラム家具の設置は完了したので、次はバシルーラ家具の受け取りだ。

 

(バシルーラ家具って言うと触ったとたん吹っ飛ばされる防犯家具っぽい感じだけど、実際の所防犯でも何でもない欠陥家具だよなぁ)

 

 洗濯した衣服を納めようとした主婦を吹っ飛ばすバシルーラ・タンス。疲れてベッドに潜り込もうとした主人を吹っ飛ばすバシルーラ・ベッド。

 

(本来の家具の役割を全く果たせないとか、ただの凶悪な罠でしかないんですけど)

 

 まぁ、何処かのメダル集めしてるオッサンの家の家具を全部この手のトラップに変更するとかはアリだと思うけれど。

 

(うん、シャルロットに要らんことをしてくれたお礼はそれでいくか。ただ、家具が変わってれば気づくと思うし、この家具は使えないから……)

 

 問題が発生するとすれば、バリケードが用済みとなった時、このビックリ家具をどうするのかと言うことぐらいか。

 

(ニフラムの方は人間には無害だしそのままでも良いとしても、バシルーラはなぁ)

 

 おそらく処分するしか無いのだろう。いくら道具として使うとバシルーラの効果があるとは言え、持ち運ぶのにかさばりすぎ、形状が家具であるからこそ紛らわしいし、ついでに言うなら長年放置されて傷んでもいる、もっとも。

 

「マイ・ロード?」

 

 訝しんで声をかけられる程思案に耽っていたのは失敗だった。

 

「ん? あぁ、すまん。バリケードに使っているこの家具のことで少し、な」

 

「家具ですか?」

 

「ああ。役目を終えた後どうするかを考えていた」

 

 頭を下げると、隠すこともないので素直に白状する。

 

「無害なら放置で良いが、バシルーラはな。かといって壊すのは忍びない」

 

 尚、敢えて言っておくが、トロワと一緒に作ったモノだからではない。

 

(と、言うかこの流れでそんな曲解出来るのは旧トロワぐらいか)

 

 流石に綺麗なトロワは間違わないだろう。

 

「か、勘違いするなよ。お前と一緒に初めて作ったモノだからとかそんな訳じゃないからな」

 

 みたいな迂闊発言をやらかさない限り。

 

(と言うか、俺はいつからツンデレキャラになった……)

 

 最近俺の想像力がいろいろおかしいのだが、これも世界の悪意の仕業だろうか。

 

「いや、くだらないことを言った。今はどんどん積み上げてバリケードを完成させてしまおう」

 

 ただ、このまま何かを考えるのは危険な気がして、俺は話を切り上げると、作成途中のバリケードに家具を積むのだった。

 




世界の悪意「はーい。慌てない、慌てない。一休み一休み」

次回、第四十九話「約束の履行」

え、約束? あっ。


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第四十九話「約束の履行」

・バレンタインなのでおまけネタ

ト  ロ  ワ「何人もの人をえっちにはできても……たった一人のアークマージはえっちにできないみたいですね」

せかいのあくい「な……な……何者だ……」

ト  ロ  ワ「とっくにご存じなんでしょう? 私はがーたーべるとを受け取ったアークマージ……マザコンの心を持ちながらマイ・ロードによって清らかな心を持つに至った究極のせくしーぎゃる……極せくしーぎゃるトロワです!」


他版権作品パロディ過ぎて没にすることにした展開の再利用でもありますが、バレンタイン全然関係ないですな、これ。



「ようやく、完成したな……」

 

 謎の達成感を覚えつつ眺める先に地下墓地の入り口はなかった。何も知らない者が見たら、ただ家具を雑多に積んだだけに見えるかも知れないが、そのバリケードを構成する家具は明らかに計算しておかれているのだ。

 

「とりあえず、これでここはもういい。後は他の者が担当している場所だが……素材探しとバリケードの設置までこちらはやってるからな」

 

 余分にかけた時間を考えれば他の班も魔物退治を終えている頃だろう。

 

(いや、下手すると村長の家の方でもう待ってるかもな)

 

 辿り着いてみたら俺達以外の面々が待っていた何て事になると、ちょっと格好もつかない。

 

(まぁ、地下墓地の入り口を封鎖してたってことを説明すれば面目は立つだろうけどさ)

 

 事情を知らなければ、心配される可能性だってある。

 

(クシナタ隊のお姉さんは俺の強さを知っているもんなぁ)

 

 実力的に一番乗りしててもおかしくない反則級クラスの実力の持ち主が姿を見せず、待てども姿を現さなかったら、俺だって気になる。

 

「さて、余分に時間をかけた分急ぐぞ?」

 

「はい」

 

 踵を返しつつ口を開けば後ろから返ってきた声に俺は振り向くことなく歩き出した。

 

(うん、周囲に取りこぼした魔物の気配もない。崖を登れば最短距離だけど、他の班が担当した場所も気になるし……)

 

 まだ魔物退治の途中なら、気配で分かる。

 

(そして、結局解ったのはムール君達かもう一方の班かは解らないけど、こっちを担当した班は既に目的地か目的地に向かっている最中、と)

 

 何となく、そんな気はしていた。目的地に向かう道を進んで居るのに魔物の気配も人の気配も感じないのだから。

 

(一番乗りの可能性は消えたかぁ。まぁ、いいけど)

 

 個々を担当していた面々が無事魔物退治を済ませたと言うことでもあるのだから。

 

(気にしちゃ、駄目だよなぁ……きっと)

 

 建物の壁に開いた大穴とか、原形をとどめてない死体とか、こんがり焼かれた元民家のことなんて。

 

(成る程、ここがいわくの有りそうな建物の有るエリアだった、と)

 

 呪文攻撃主体で何とかしてるのを見るに、どちらが担当したかは明らかだ。また、いわくの有りそうな家は魔法使いの私同行する班の担当ですねとかお姉さんが言っていた記憶もある。

 

(いわくについては……聞かない方が良いんだろうなぁ)

 

 ムール君辺りに尋ねれば教えてくれそうだが、村長の息子とよろず屋の一件というロクでもない両者のいざこざに巻き込まれた俺としては積極的に聞く気は皆無だった。

 

(聞かなきゃ良かったとか聞いて後悔する話って結構あるし)

 

 決行は明日だが、地下墓地に潜って残った魔物を掃討するという仕事が残っている。

 

(ここで精神的な疲労をため込む必要なんて何処にもないからなぁ)

 

 トロワと一緒に寝ることになっているので、これ以上精神的に消耗せず明日を迎えるというのは不可能な訳だけれど。

 

「マイ・ロード……」

 

「ああ、解っている」

 

 ムール君の個人的な希望も含むけどと前置きした、魔物が居ないという予想はお約束と言うか所謂フラグだったらしい。開け放たれた扉、入り口に倒れ伏す腐乱死体、戸口の向こうで動き回る生者とそれ以外の気配、どれもが魔物退治IN村長の家が既に始まっている事を告げていたのだから。

 

「先に行く。お前のブレスや呪文は乱戦では使えないだろうからな。後ろをついてこい」

 

「はい」

 

 片手に石をもう一方の手にチェーンクロスを持って掛け出せば、視界に飛び込んできたのは、まずムール君とオッサン。

 

「加勢するっ」

 

「あ、ありがとう。じゃあ、がいこつの剣士を」

 

「解った」

 

 俺の声に反応したムール君に答え、そのままオッサンと斬り結ぶ多腕の骨剣士目掛けて肉迫する。腐乱死体と違って武器の汚れを気にしなくて良い分、こいつが相手なら直接叩ける。

 

「散れっ」

 

 鎖の先にある分銅のリーチを考え、横に振る。ただそれだけでよかった。

 

「っ、援軍か、かたじけない」

 

「ここはお前達だけか?」

 

 目の前の的がいきなり吹っ飛んだ驚きも俺の姿を見て納得に変わったのか、オッサンが頭を下げるがそんなことよりお姉さん達の姿がないことが気にかかり、俺は問う。ここに来る途中で出会わなかったのに、この場に姿がない。だから、問うのは当然だと思ったのだが。

 

「それなら――」

 

 オッサンが答えるより早く、外で轟音が響いた。

 

「今のは、攻撃呪文の……」

 

「あ、うん。あの姉ちゃん攻撃が呪文主体だからさ、今日泊まる建物の中で攻撃呪文は放てませんってドアを開けてすぐ中にいた魔物を外に連れ出してくれたんだよ。ただ」

 

「誘引しそこねた魔物が残っていて戦闘になった、というわけか」

 

 そして、屋外の戦闘も呪文をぶっ放したと言うことはおそらく終了したのだろう。

 

「そういうこと。ま、それはそれとして……」

 

「お゛ぉおぉおばっ」

 

「そうだな。残りもさっさと片付けるか」

 

 ひょいひょいと腕を避けるムール少年を追い回していた動く腐乱死体がオッサンに切り伏せられ倒れるのを見た俺は手にしていた石を吹き抜けの向こうへ投じた。

 

「ぉげ」

 

 顔面を砕かれた腐乱死体が倒れ込み、館の中に居た最後の魔物の気配が消える。

 

「ふ、これで終いだな」

 

「あ、うん。けど……まさか、この家まで魔物に荒らされるなんて」

 

 ムール君からすればショックなのだろう。

 

(この家じゃないけど、下着被ってる腐乱死体も居たしなぁ)

 

 あれが最後とは言い切れない。そして、いかに男だろうと他人に下着を被られるのは俺だって嫌だ。だからこそ、ムール少年の気持ちは痛い程よく分かったのだ。

 

 




ぎゃあああっ、予定してたとこまで行けなかったぁっ?!

次回、第五十話「ひ・み・つ」

じ、次回こそは。


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第五十話「ひ・み・つ」

「それはそれとして、だ。他の民家と比べるとやはりこの家の方が劣化もしていないようだし、今晩はここに泊まろうと思うのだが」

 

 同時に、言わなければいけないことも存在したからこそ、俺は提案した。

 

(他の元民家に泊まることも出来ただろうけど、今の俺達って割と大所帯だからなぁ)

 

 一軒の家では収まりきらない可能性があり、収まったとしても男女で一緒に雑魚寝は拙いんじゃないかという問題が浮上する。

 

(トロワに関しては男部屋で我慢して貰うしか無いけど、一緒寝て欲しいって言ったのはトロワだからなぁ、そこは呑んで貰おう)

 

 でないと俺が女性部屋という生殺し地獄にぶっこまれる選択肢しか残らない。

 

(普通なら他の女性が反対するからこんな選択肢あり得ないんだけど、女性ってみんなクシナタ隊だし)

 

 いい人達だから、トロワの事情を話せば反対するとは思えない。するとしたら、俺だけだ。

 

(見張りを立てて交代で眠る以上、三箇所に別れて寝るなんてナンセンスだもんな)

 

 それどころか状況が状況だから仕方がないと男女混合の雑魚寝をお姉さん達がOKする可能性もあるが、それは敢えて考えないでおく。むしろ、今すべきはムール少年に聞くことであり。

 

「で、人数的に休めそうな部屋に心当たりはあるか?」

 

「うーん、あるにはあるけど……」

 

 気は進まない、そんな続きが聞こえるような表情だったが、じゃあ良いですと言う訳にも行かない。

 

(念のため泊まる部屋にはニフラムかけておきたいしなぁ)

 

 使う前に何かを殺菌消毒するような感じになってしまったが、何代前かは不明であもののあんな変態ホロゴーストを出現させてしまった家なのだ。油断して誰かが憑依される展開を避けるためにもやるべき事はやっておく必要がある。

 

「とりあえず、見に行くか」

 

「え゛」

 

 俺の血も涙もない宣言に、ムール少年の顔がひきつる。

 

(そう言えば、前にもこの家の状況を確認しようって言った時、こんな顔をしたっけ)

 

 余程見られたくないモノでもあるんだろうか。

 

(あの村長の息子の子供かは不明だけど、同じ一族だもんな)

 

 洞窟にあった猥褻物ゾーンを鼻で笑ってしまうようなレベルの収蔵品満ちた部屋が自室だったりするんだろうか。

 

(なら、あの反応も納得なんだけど……)

 

 もし、ムール君がそんな所謂むっつりすけべであるとしたら、、今晩が色々やばい。

 

(ムール少年には一緒にトロワのOSIOKIをしてく……あ)

 

 あるぇ、おれってば とんでもないこと を わすれていましたよ。

 

(しまったぁぁぁぁぁぁっ、旧トロワを聖水責めするって話をしてそのまんまだったぁぁぁぁぁっ)

 

 なんで忘れてたの、俺。

 

(危なかった、今思い出さなかったら完全に忘れて……って、思い出したからOKって話でもNEEEEEE!)

 

 今すぐにでも今晩の予定はキャンセルしなくてはならない。場合によってはDOGEZAさえ辞さずにだ。

 

(今のトロワはトラウマ負って一人で眠ることさえ出来ない女の子だし、せっかくまともになったのに下手なことをして変態に逆戻りでもしたら――)

 

 事態は一刻を争う。

 

「ムール」

 

「ええと、本当に見に行……へ、何?」

 

「ああ、実はトロワのことなんだが……」

 

 まずすべきは説明。原因の一端であるホロゴーストが元村長の一族であることは一旦避け、トロワの行きすぎた言動が憑依していた悪霊によるモノであったことと、悪霊自体は消滅させしめたことを俺は明かす。

 

「そんなことがあったんだ……」

 

「ああ、だから。もうトロワに悔い改めさせる必要はなくなってな。協力を頼んだ手前、あの件はもういいと夜、そちらが来てくれてから言う訳にもいくまい? 故に、今説明した訳だ」

 

「そっか。話はわかったよ。けど、この村にそんな人が居たなんて」

 

 それなりにショックを受けている様子を見ると、それが次期村長を名乗っていたとはとても言えず。

 

「だからこそ、部屋を確認しておきたい訳だ。そこまで変態が居るとは思わんが、休もうと決めた部屋に幽霊が居ては拙いからな」

 

「え゛」

 

 代わりに部屋を確認する理由に繋げると、ムール少年は固まった。

 

「や、言ってることは解るよ? 解るけど――」

 

「前にこの家は大丈夫と言っていて、実際はどうだった?」

 

「うっ」

 

 それでも即座に復活して噛み付いてくるムール君に確認しない訳にはいかない理由を挙げると流石に押し黙り。

 

「下は魔物が入り込んでいるのをつい先程見たばかりだからな。まずは二階から確認させて貰う」

 

「ちょ」

 

 宣言に上擦った声を上げるところを見るに、ムール君の部屋は二階にあるのだろう。

 

「解っている。思春期の少年がそう言った類の品を持っていたとしても余程度を超したものだったり量がなければ俺は気にしない。何なら別の場所に移すのを手伝っても良い」

 

「へっ? や、それ、全然解ってないから! そう言うンじゃなくてね?」

 

 階段を上り始めると慌てたムール君の声が俺を追いかけ。

 

「ちょっ、止めてよ、そこはっ」

 

「大丈夫だ、口外はしな……」

 

 腰回りにしがみついてきたムール少年に軽口を叩きつつドアノブを回した俺は、言葉を失った。

 

「あーっ」

 

 後ろでムール君の声が上がるが、そんなことは気にならない。

 

「これは……エル、フ?」

 

 目にしたのは三人の人物を描いた肖像画。おそらく親子であろう三人の内片親と子供の耳は人ではあり得ない形をしていたのだ。

 

「うん……オイラ、実はハーフエルフなんだ」

 

 声に振り返れば、丁度髪に隠れた耳の先端をムール少年が露わにしたところで、事実、それはピンと天を向いて尖っていた。

 




今明かされる衝撃の真実ゥ!

男の娘だとか、実は女の子だとか思った?

いやー、盗賊男の公式イラスト耳の上の方が髪に隠れてるので、これはイけると思ったのですよ。

うまくだませたなら良いのですが。

次回、第五十一話「ばれてしまってはしかたない」


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第五十一話「ばれてしまってはしかたない」

「ハーフエルフ……」

 

 想定外である。ただ、思い起こせば気づけるポイントはあったのかもしれない。俺は理由をはき違えたが、ムール君はこの家が人目に触れるのを嫌がっていたのだ。

 

(洞窟で服が破れて最初にオッサンだけ戻ってきた時だって、何か理由があったのかも知れないし)

 

 ひょっとしたら、服の下にエルフの血を引くもの特有の身体的特徴を隠していたのだろうか。

 

「えーと、どこから話そう……まずオイラのお母さんなんだけど――」

 

 絵に有るとおりのエルフで、ノアニール近くにあると言う隠れ里の生まれなんだとムール少年は言った。

 

「ノアニール? 随分遠いが」

 

「うん、そうだよね。ただお母さんがオイラの父さんと一緒になったのにも訳があるんだ。母さんは元々『不死鳥ラーミア』の卵の守り役に選ばれた、巫女みたいな立場の人でね」

 

 先代の守り役と交代すべく隠れ里の北から船で卵が祀られている島へ向かったものの、船が難破。交易のためあの洞窟からランシール方面に出した船に乗船していたムール君の父親が漂流しているムール君の母親を助け、村に連れ帰ったらしい。

 

「当時は色々大変だったってオイラは聞いてる。何でも母さんの居た里の女王様の娘さんが人間と駆け落ちしたらしくてさ。母さんも最初は父さんに良い印象持ってなかったらしいし」

 

「成る程……あれが、ここでこう繋がるのか」

 

「え? 何のこと?」

 

「いや、こっちのことだ」

 

 言われてみればノアニールとあの卵の有った島はそれ程離れていない。

 

(しっかし、その船が難破してなかったら、娯楽に飢えてたあの二人じゃなくてムール君のお母さんと卵の前で対面してたってことになるのか)

 

 チェンジで、と言うのはきっと不謹慎だろう。

 

(まぁ、そもそも言う気はないし。それよりもこう、運命の悪戯というか人の繋がりの不思議って言うか……気づかないところで色々繋がってるもんなんだなぁ)

 

 俺がトロワと一緒にいるのも、元は砂漠に埋まってたトロワの母親を助けたのがきっかけだし、勇者シャルロットを弟子にして旅に出たのも、スライムに倒されたシャルロットをたまたま見かけて助けたのが全ての始まりだ。

 

「しかし、お前の父は村長の一族なのだろう? よく船で外洋に出ていたな」

 

「あー、そう思うよね。父さんは『後学のため』言ってたけど。一応村長の一族だから、間違って村長になるようなことがあっても大丈夫な様に見識を広めないといけなかったんだってさ。それでもし村長を継ぐ事がなかったとしても経験を活かして交易商をやるつもりだったとも言ってたなぁ」

 

「なるほどな」

 

 過去を見る目になって語るムール少年に俺は相づちを打ち。

 

「確か、イシスで意気投合した人が居て、その人の夢を手伝うのも面白いかも知れないって言ってたよ。名前は確か――」

 

「は?」

 

 俺は修行が足りなかったりするのだろうか。思わず声を上げてしまったのは、ムール君の口にした人物の名に聞き覚えがあったのだ。それは、ダーマにがーたーべるとを広めてくれやがろうとした極悪人で、元バニーさん勇者パーティーに居る女賢者の父親の友人の名だった。

 

(あの『おじさま』が?)

 

 商人同士思わぬ繋がりがあるのは不思議でない。そもそも商人というのは商売相手や商売敵など様々な縁を人と結んでいるものだ。行方不明になっていなければ、ムール君のお父さんとは交易網作成の件で俺とも間接的な知り合いになっていた可能性だってあるのだから。

 

「とにかくそんな訳で、成功する見込みはあったんだと思うよ。オイラは耳がこれだから人前に出るのは問題でさ、父さんの仕事は手伝えなかっただろうけど」

 

「盗賊になったのもその耳が理由か?」

 

「うん、人目を避ける術を学ぶ必要があったからね。それで、得た技術を一番活かせるのがこれだったんだ」

 

 ムール少年曰く、次点候補は狩人だったとか。

 

(エルフなら弓は似合いそうだもんなぁ)

 

 そっち方面を目指していても絵になったと思う。

 

「ともあれ、お前が居てくれて助かった。流石に俺も二人に分裂は出来んからな。気配を探れる者が俺だけだったら、『班分けして魔物退治に当たろう』とはとても言えん」

 

「ううん、オイラのほうこそ……あそこで出逢えなかったら幽霊のままだったし」

 

「ふ、その件に関しては約束を呑んで貰っただろう? 俺としても自分の目的のために蘇生させた訳だからな。礼には及ばん」

 

 神竜に挑むという最終目的を鑑みれば、優秀な人材は多くても困らない。

 

(それに、何より同性ってところがいい)

 

 別にホモ的な意味合いではなく、異性と違って気を遣わずに済むと言う理由で、だ。

 

(更にトロワとくっついてくれれば俺の貞操も安泰……と思ってたけど、トロワはまともになっちゃったしなぁ……いや、人間の女の子が俺に惚れるとかは無いと思うけど、魔物に関しては強さが最有力判断基準なのかおろちとか旧トロワみたいな事もあるし……)

 

 突発的な世界の悪意の策略に備える為の生けに、もとい盾、じゃなかった頼れる味方として側に置いておくのはアリだと思う。

 

(最近世界の悪意の攻勢もハンパないからなぁ、うん)

 

 だから言うのだ、約束を履行せよと、ただ言い方には気をつけねばならないだろう。

 

「だが、逆に言えば約束は約束だ。俺はお前が欲しい。俺についてこい」

 

「えっ、それって……じゃあ、やっぱりオイラの身体が目当てで」

 

「くっくっくっくっくっくっく、ばれてしまっては仕方がない。今夜は楽しませて貰うぞっ」

 

 何て流れにって、待て俺の想像力。

 

(なんで、ホモい てんかい に なってるんですかねぇ?)

 

 誤解を招く発言どころか直球で駄目パターンじゃねーか。

 

(おのれ、世界の悪意めっ)

 

 奥歯をぎりりと噛み締め、俺は虚空を睨んだ。

 




腐僧侶少女「きっと需要があると思うのですよぉ?」

ないので、お帰り下さい。

次回、第五十二話「誘い文句って重要だと思うの」


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第五十二話「誘い文句って重要だと思うの」

(いや、落ち着け、俺)

 

 脳内に何の理由もなくホモ展開っぽいやりとりが浮かんでしまったが、実際に口にした訳ではないのだ。俺の想像力には後で説教が必要ではあるものの、今は敢えてそれを反面教師にし、誤解を招かない仲間としての誘い文句を考えるべきだろう。

 

(うーん、無難なのは「約束通り仲間になってくれ」とかかな?)

 

 下手に飾る必要はないが、誤解させるのも拙い。

 

「えーと……それじゃ、オイラも約束、守らないとね」

 

 そして、こう かんがえてる あいだ に あいてがわから きりだされるんですね、しってた。

 

「あ、ああ。だが今はまだいい。結局の所、この村の問題を全て解決した訳ではないからな。地下墓地があのままでは立ち去れまい?」

 

 別に今後の予定を今立てても問題は無いのだが、このタイミングで予定を立てるのって凄くフラグっぽい気がするのだ。

 

(世界の悪意に晒されてちょっと神経質になりすぎかも知れないけど)

 

 こういうのは臆病すぎるぐらいが丁度良いはず。

 

「じゃあ後は今晩のことだけど……」

 

「っ、そうだな。忘れていた、すまん」

 

 ムール君に言及されて思い出したが、そもそも今ムール少年の部屋にいるのは泊まれる部屋があるかの確認と、念のためニフラムの呪文を唱える目的あってのことだったのだ。

 

「安全を考えれば男女混合での雑魚寝になるだろうが、嫁入り前の娘が多い俺達では別の意味で問題が生じるだろうからな」

 

「っ、じゃあやっぱり男女で分ける形に?」

 

 何故かムール君が息を呑むも、それが無難だと俺は思う。

 

「ただ一点、今日のことが原因でトロワは一人で眠れそうになくてな。俺の隣で寝る事になりそうなんだが……」

 

 怖い思いをした後なのだ、片隣が俺なのは確定として、もう一方が壁では果たして安心出来るのかという疑問を持つに至ったことを俺は明かす。

 

「えーと……それって、ひょっとして」

 

「おそらく想像通りだ。今は独り身かもしれんが妻の居たあの男に反対隣を任すわけにはいかん」

 

 流石に妻の遺骨が側にあるのに血迷ってあのオッサンがトロワに襲いかかるとは考えにくいが、念のためだ。

 

(それに、ムール少年が手を出してしまう分には責任とってくれるなら俺は構わないし)

 

 むしろ、責任とれない身として他の異性とお付き合いするきっかけを作るのは義務だと思う。

 

(あれだ、意見を却下するなら代案を出すべきみたいな)

 

 この場合はお付き合い出来ないなら他の男を紹介すべし、だろうか。

 

「……じゃあさ、一ついいかな?」

 

「ん? 何だ?」

 

 そんな俺にムール君はどことなく言いづらそうに切り出し。

 

「当人の意見は良いの?」

 

「あ」

 

 指摘された俺は思わず声を上げた。

 

「マイ・ロード……すみません」

 

 そういえば、そば に はべる せんげんしてるから、ずっと いっしょ に いたんでしたね。

 

(俺のあほぉぉぉぉぉっ)

 

 ハーフエルフとか色々衝撃的事実が発覚したからって気遣うべき相手が一緒なのを忘れたとかとんでもねぇ大失態である。

 

(ああ、良かった。さっき変な誘い方しなくて)

 

 同時に、ホモい誘い文句から来る一連の流れが俺の想像に留まっていたことに心底安堵した。

 

「気にするな。しかし、ムールの言うことももっともか。遠慮する必要はない、お前は真ん中と壁際のどちらがいい?」

 

 酷い目に遭ったことを説明したからか、ムール少年も自分の意見はどうなんだとツッコミを入れることもなく。

 

「ま、マイ・ロードとムールくんが良いのでしたら……」

 

 顔を赤くしつつ俯いたトロワが答え、俺達の寝る位置は確定する。

 

「じゃあ、オイラは壁際かぁ」

 

 続いたムール君の呟きによって。

 

(え゛っ、俺トロワとオッサンとのサンドイッチ?!)

 

 なに が どうして、そんな ならび に なった。

 

(寝ぼけたオッサンに奥さんと間違われる展開とかないよね? ないよね?)

 

 無論自分の身は自分で守れるはずだが、目が覚めた時至近にオッサンの寝顔があるという状況に冷静さを保てるかというと自信はなく。

 

(まさかトロワが隣にいることが救いになるなんて……ん?)

 

 複雑な心境になりつつ胸中でしみじみと呟き、ふと気づく。

 

「見張りはどうする?」

 

 そう、そもそもが全員寝てしまっては困るのだ。

 

(良かったぁ。と言うか、元はと言えば俺が早合点して突っ走っただけか)

 

 多分ここで俺が気づかずともムール少年が見張りの順番を尋ねてきて、その時杞憂と知れたことだろう。

 

「んー、じゃあ最初にオイラとトロワさんの二人でして、その後残りの二人で良いんじゃないかなぁ?」

 

「それだと後半トロワの隣が開いてしまうと思うが?」

 

 トロワの希望で挟み込む形にしたのに見張りで抜けてしまっては意味がないと俺が主張すると、ムール君は首を横に振る。

 

「問題ないよ、見張りは身体を起こして座ったり立ったりしてなきゃいけないってルールはないし。寝ちゃったりしなければ横たわったままでも、ね?」

 

「っ、まぁ確かにそうだが……」

 

 俺は気配を察知出来るのだ。だからムール少年の言うことに間違いはないし、傍目寝ているように見えて実は警戒してますという観察してる第三者の裏をかくような見張り方も出来るには出来るが、それはイコールトロワとくっついてる時間の延長でもあった。

 

(せいすいぜめ ちゅうし の おしらせ の あと に おっさん と そいねじあん が やってきたでござる)

 

 世界の悪意は攻め方を変えてきたらしい。それは俺にとって全くありがたくない方針変換だった

 




誰得なんですかね、この展開。

何でもアップ直前に回線切れして書いてた分が無駄になったのが理由らしいですが。

おのれ回線切断ンンンッ!

次回、第五十三話「加齢臭のことをカレー臭だと誤解していたあのころ」


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第五十三話「加齢臭のことをカレー臭だと誤解していたあのころ」

 

「スー様、気を遣わせて悪いぴょんね」

 

 カナメさんの声を久しぶりに聞いた気がするのは、気のせいだろうか。

 

「いや、そこは気にするな。それよりも睡眠は交代制で何かあったらすぐ知らせてくれ」

 

「わかってるぴょん。……盗賊だった頃の感覚のさえは鈍ってても安心出来ない場所で夜を明かすと言うのがどういう事なのかは理解してるつもりよ」

 

「……そう、だったな」

 

 遊び人になってはいるが、カナメさんはカナメさんなのだ。謎の安心感を覚えつつ、詮無いことを言ったと俺が頭を下げたのは、酷い夜の並び順が確定し、泊まれそうな部屋を見て回った上、念のためにニフラムの呪文もきっちりかけた後。

 

「これでだいたいの説明は終わったな? トロワがこっちで寝ることと、バリケードを設置したこと、明日は地下墓地で残った魔物を掃討することを含めて」

 

「はい、伺いました」

 

「なら、俺から追加で言うことは何もない。持ち込んだ食料で夕食後、交代で睡眠、明日に備えるだけだな」

 

 原作だったら何事もなければ一泊した音楽が流れてすぐ朝がやってくるだろうが、この世界ではそうもいかない。

 

(安心して眠れる保証がない辛さ……の前に俺の場合オッサンと添い寝って辛さが待ってる訳だけど)

 

 魔物とはいえ縛られたむちむちの女の子と寝るのとはベクトルが違うだけである種の拷問なのは同じか。

 

(うん。だったら前の方が良いと思ってしまうのはきっとあれだよね)

 

 夏に冬の冷たさを羨み、冬に夏の暑さが良かったと泣き言を言うようなモノだろう。

 

(結局どっちも精神的に消耗するんだからさ)

 

 それなら安全な寝床で一人ゆっくり眠りたい。

 

「さて、まずは夕食の支度か」

 

 メニューは干し肉などの保存食をお湯で戻したモノを入れたスープにかちかちの保存用パンをつけてふやかしたモノとか辺りだと思われるが、仕方ない。

 

(野生化してかろうじて残ってた野菜のようなモノのしなびたのがあったぐらいだったし)

 

 放置された元村にまともな素材が残っている筈がないのだ。

 

「そうですね。ええと、スー様、夕食はみんな一緒で良いですよね?」

 

「ああ」

 

 だからこそ俺はクシナタ隊のお姉さんの言葉に頷いた。一応分けるというのにも食中毒によって全員が倒れるのを防ぐとか意味はあるのだが、料理の腕には個人差というものがある。

 

(材料が残念でもせめて女の子の手料理が良いと俺が思ってしまうのはきっと誰にも責められないと思うんだ)

 

 そして、出来れば料理のうまい娘がいい。

 

(今までホレ薬とか盛られそうな気がしたからトロワには料理を任せるようなこと無かったけど、そのせいで料理の腕は未知数だし)

 

 となってくると、必然的にクシナタ隊のお姉さんしか居なくなる訳で。

 

(材料が材料だから和食が食べたいなんて我が儘を言う気はないけど、ジパング人のカナメさん達なら日本人の舌にあう味になる可能性は高くなる筈)

 

 そして、クシナタ隊のお姉さん達の料理の腕は悪くない。と言うか、お店出せるレベルの人が何人か混じっている。

 

(だったら二つ返事でOK出すよなぁ。惜しむらくは新鮮な食材を確保する手段が……あ)

 

 そこまで考えて思い出す。この村に来た時吹っ飛ばした洞窟の入り口のことを。

 

(そう言えばあそこのトロルどっかで動物仕留めて持ち込んで肉焼いてたよなぁ、魚の尻尾や蟹の殻とかも捨ててたっけ)

 

 つまり、新鮮な食材が手に入ったかもしれない場所に繋がる入り口を俺は吹っ飛ばして塞いだ訳だ。

 

(うああああっ、俺の馬鹿ぁっ、何であっちもバリケードにしておかなかった? いや、水が迫ってるかも知れないとかトロルのこととか理由はあったはずだけど……)

 

 今更掘り返す訳にもいかない。

 

(とは言え、落盤で道がふさがっていない可能性にかけて鉄格子を開け、本来のルートから行ってみるってのもなぁ)

 

 地下墓地とも繋がっていそうだし、トロルで地下の川せき止めちゃいました事件によって洞窟自体が水没していてもおかしくないのだ、ただし。

 

「スー様?」

 

「ん? ああ、すまん。少し考え事をな、それは後にしよう。そんな事より俺は何をすればいい?」

 

 声をかけられ我に返った俺は頭を下げると クシナタ隊のお姉さんに指示を仰いだ。

 

(食事ってのは日常生活に置ける数少ない楽しみの場だしなぁ)

 

 食材は残念でも料理人の腕は悪くないとすれば、俺に出来るのはサポートに徹して夕食の完成度を上げることぐらいだ。

 

(美味しい食事でストレスが発散出来れば今晩のぢごくだって耐えきれる、筈)

 

 信じて、疑わずに努力することが成功への近道と言ったのは誰だったか。

 

「ほう」

 

「……お口に合いましたか?」

 

 そんな俺のサポートがあればこそと自慢をする訳ではないが、この日の夕食は素材の割に美味しいモノだった。

 

「ふっ、女性の作ってくれたものに文句を付ける輩のつもりはないし、そもそも文句のつけようもない」

 

 本当のことを言うと保存食素材の関係で若干味が濃いのだが、その一点にしても濃くなり過ぎないように干し肉に具材と調味料を兼ねさせ、追加の味付けを控えている。

 

(俺だったら試行錯誤しないと肉のしょっぱさはここまで何とか出来ないな……いや、試行錯誤でこれに追いつけるかなぁ)

 

 考えてしまう点もあったが、ともあれ夕食は問題なく終わり。

 

「……もう一度聞いてもいいか、それは?」

 

 衝撃は就寝の前に訪れた。

 

「妻だ」

 

 キリッと擬音でもつきそうな引き締まった顔で言ってのけたのは、くまさんのぬいぐるみを抱いたオッサンだった。

 

「つ……ま?」

 

「うむ、最初は骨を衝撃から守るため綿を巻いていたのだが、ある日町で天啓を得てな。こうすれば夜中妻を抱きしめて寝られるのではないかと」

 

 真顔での説明が真実なら、抱いたぬいぐるみには奥さんの遺骨が入っているのだろう。

 

(いや、抱き枕とかあるし、間違っちゃいないって言えば間違っちゃいないんだけどさ)

 

 熊さんのぬいぐるみを抱いたオッサンとか、どうリアクションしろと言うのだ、これは。

 

(そもそも奥さんの方もそれで良かったの?)

 

 今頃草葉の陰で泣いていないだろうか、この仕打ちに。

 

 




晩ご飯はグリーンカレーでした。

それはさておき、遂にオッサンの奥さんがどういう扱いを受けていたかが明らかに。

舐めるなくまー! ぬいぐるみじゃないクマー!

あ、間違えた。

次回、第五十四話「そして夜はやって来る」

さぁ、出番だ、綺麗なトロワ!


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第五十四話「そして夜はやって来る」

「……マイ・ロード」

 

 脳内がパニック状態に陥った俺を我に返らせてくれたのは、トロワの声だった。

 

「あ、ああ、トロワか」

 

 以前ならこのタイミングで声をかけられても嫌な予感しかしなかったが、綺麗なトロワになった今なら話は別だ。

 

(前のままだったら張り合って『でしたらマイ・ロードは私を抱きしめてくれても良いんですよ』とか言い出しかねなかったからなぁ)

 

 容易に想像出来る光景に胸中で顔をしかめつつも、お手数をおかけして申し訳ありませんと恐縮するトロワを俺は優しく宥める。

 

「気にするな。お前の作ったアイテムには助けられたからな」

 

 地下墓地の入り口を塞いだバリケードはトロワの才能と技術が無ければ完成し得なかっただろう。呪文付与による強固な守りがなければ、いつバリケードが突破されるかという不安を抱えてこの夜を過ごすことになっていたかも知れない。

 

「それに、あの時お前が居なかったら取り憑かれていたのは俺だったって可能性もあったのだ」

 

 その場合、完全に詰んでいたと思う。俺以外全員を敵に回しても圧倒出来るスペックをこの身体は持っているのだから。

 

(まぁ、既に俺が憑依する形になってるからその辺りどうなるかは解らないんだけど)

 

 最悪のケースを考えるなら、トロワが犠牲になってくれたお陰でみんなが助かったと思うべきだろう。

 

「……ありがとうございます、マイ・ロード」

 

「ふ、俺は事実の一つを口にしたにすぎん。では、後は任せるぞ?」

 

 後半の見張りをするなら、今は寝ておかなくてはいけない。熊のぬいぐるみを抱えたオッサンを視界に入れたくないというのもあって、そちらへ背を向ける形で床の上にしいた布に横たわり、目を閉じる。

 

(やっぱり埃っぽさは残る、かぁ)

 

 部屋へニフラムの呪文をかけたおりに簡単な掃除と換気はしたのだが、快適な環境とは言いづらく。

 

「マイ・ロード……その、手を握っていて貰ってもいいですか?」

 

「っ」

 

 我慢して眠ろうとしていた俺の目をトロワの言葉が開かせた。視界一杯に広がる紫色はおそらくトロワの太もも。腰を下ろしたのだろう、俺から見れば横、つまり上方に視線をやれば、続いて腕と大きな胸が見え、更に上には覆面を着けたままこちらを覗き込む顔があった。

 

「座っていて大丈夫なのか?」

 

「あ、いいよ。オイラもいるし……この辺りの外をうろついてたくさったしたいとかは魔法使いの人が倒してくれたからか、今のところ気配らしい気配はオイラ達ともう一つの部屋ぐらいからしかしないもん」

 

 いざというとき立ち上がる動作が要る分初動が遅くなるからこその問いかけだったが、第三者の声が俺の心配を杞憂にしてしまえば、退路は断たれ。

 

「なら、好きにするがいい」

 

「ありがとうございます」

 

 許可の言葉を口にしつつ手袋を脱いで目を閉じれば、嬉しそうな感謝の声の後に俺の手へ暖かい何かが触れる。

 

「マイ・ロードの手、暖かいです……」

 

 手袋をしていたからだと思うなどと無粋な答えはせず、少しでも睡眠をとろうと俺はそのまま寝てしまおうとし、ふと思った。

 

「あれ? そーいえば、がーたーべるとは?」

 

 と。そう、思い出してしまったのだ。

 

(オッサンの熊ぬいぐるみとか色々あって忘れてたけど、確かトロワが受け取ってたよな、あれ?)

 

 何故、こういう時に限って俺は気づくのだろうか。

 

(ひょっとして、きれいなまま の ふりして、じつ は もうとっく に せくしーぎゃるっちゃってますか?)

 

 手を握ったのはつかみ、ここからナニかが起こってしまうと言うのか。

 

(お、落ち着け……俺。オッサンもムール君も居るんだ。もし仮にトロワが忌まわしきアレでせくしーぎゃるに目覚めていたとしても人前でいかがわしいことをする筈が無いじゃないか!)

 

 そもそも自身の心の傷と戦おうとする女の子を勘ぐるとか下種にも程がある。

 

(ある訳無いじゃないか。握った俺の手を持っていって――)

 

 トロワが口元を綻ばせ。

 

「ヒャッハー、まだまだだぁっ、もっと早くぅ!」

 

 掌を下にして床に置くなり、複数出来る開いた指の間をどこからか取り出したナイフでダダダダッと指して遊ぶのは。

 

(自分の手でやれぇぇぇぇっ! と言うか、そっちぃ?!)

 

 当然だがナイフでトントンは俺の想像である。

 

(そもそもトロワの口調じゃねぇよ、いい加減にしろ俺の想像力)

 

 たぶん、エロぃ方向に行かないよう無意識に無理矢理ねじ曲げてしまった結果が「誰だお前」と言いたくなるような変なキャラをしたトロワと言う想像に繋がったのだと思うが、キャラ崩壊ってレベルじゃなかった。

 

(いけない、訳の分からないぶっ飛んだ妄想が出てくるとか……自分で思っている以上に取り乱してるみたいだ)

 

 これは良くない。手を握るなら直接の方が良いだろうという気遣いで手袋を脱いだのも仇になった。

 

(掌が変な汗かかないといいけど)

 

 俺は一人戦う。一人じゃないはずなのに孤独な戦いにも明確な終わりは有るのだ。

 

(耐えよう。最悪俺達が見張る番になれば、状況は変わるんだから)

 

 トロワに貸していない方の手をぎゅっと握り、俺は自分自身に言い聞かせた。

 

 




せかいのあくい「え? 手を持って行ってからの展開? 最初はお色気系だったんだけど没にしたらしいですよ。『お子様が見られるものじゃなきゃ駄目だ』とか『闇谷は清純派だから』ってりゆうで。でも、いいじゃないですか。まだ夜は明けて……おっと失礼」

次回、第五十五話「この胸のドキドキは」



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第五十五話「この胸のドキドキは」

(寝なくてはいけない)

 

 夜が明ければバリケードを撤去し、地下墓地の魔物を退治するという仕上げ作業が残っているのだから。

 

(その後、再度魔物化するのを防ぐために地下墓地の中をニフラムかけて回って……出来れば地下墓地から腐乱死体漏らした穴も塞いでおきたい所かな)

 

 出来れば聖水を振りまき清めて回りたい所だが、それをするには聖水の在庫がなく、買いに行った場合短時間で戻ってくる手段がない。

 

(今考えられる最短のルートはジパングで水色東洋ドラゴンに協力を頼んだ上、イシス、アッサラーム、バラモス城のどれかにルーラしてそこからドラゴンの背に乗り高山の上を飛び越えるルートだからなぁ)

 

 タカのめで周辺地形を把握、地図上でここがどの辺りなのかを特定出来ればと言う前提条件も付いてくるが、盗賊の俺にムール少年と元盗賊のカナメさんが居るのだ。

 

(あれ? 誰か忘れてるような気が……)

 

 そんなおり、謎の引っかかりを覚えたが、船に残してきたスミレさんはそもそも賢者だし、元々オッサンに同行する予定だった面々でもない。と言うかスミレさんを始め何人かは船に残って貰っているのだ、ここで勘定に入れること自体おかしいだろう。

 

(何だろう、このモヤモヤ)

 

 綺麗なトロワに対して抱くドキドキを緩和してくれる分には良いのだが、一度気になるとそれは眠りを阻害し。

 

「あ、も、申し訳ありませんお姉様っ、あまりに良い匂いで……ひっ、嫌ぁぁぁぁぁっ」

 

 隣室から聞こえてきた変態的な弁解に続く悲鳴によって解消された。

 

(そっか、エピちゃんかぁ)

 

 カナメさんをドン引きする勢いで慕うエビルマージは、今盗賊だったと思う。

 

「盗賊の技をあんな事に使った以上、お仕置きは当然ぴょんよね」

 

「よ、ようやく眠れるところだったのに……」

 

 時間が流れ劣化して穴でも開いてるのだろうか、聞こえてくる声からすると、隣室のお仕置きとやらは最初にあげた悲鳴の分で終了するとは思えず。

 

(エピちゃんは元のまんまだったっけ、そう言えば)

 

 だが、俺は敢えてエピちゃんではなくカナメさんに同情する。

 

「全く、明日も忙しいというのに……」

 

「マイ・ロード、起きてしまわれたのですか?」

 

「あの悲鳴ではな」

 

 目を開き呟いた俺へ気づいたトロワに肩をすくめて見せると壁の向こうへ注意を向ける。

 

(なるほど)

 

 感じる気配のうち一つの希薄さが俺を納得させた。敵と遭遇しづらくなる忍び歩きは、原作だと歩き始めて一定歩数効果が持続した。

 

(カナメさんに良からぬ事をしようとして忍び歩きをし、効果が切れていないと)

 

 忍び足の効果が持続する感覚は自分が何度も経験してるからだいたい解る。一度気配を消すと、つい、身体がその状態を勝手に持続してしまうのだ。

 

(危険地帯を歩くため消していた気配が何らかの気のゆるみで漏れてしまえば、大惨事に繋がりかねない。だから、一度意識すると無意識のうちに気配を殺した姿勢をとり続けちゃうってことだろうなぁ)

 

 身体に直接覚え込ませれてるレベルであり、言わば反射のようなものだ。意思でどうにか出来るモノでもないと思う。

 

(ただし、忍び歩き中でも敵と遭遇することは有る訳で――)

 

 認識され、視界に入っていれば忍び歩きも用を為さない。隣の部屋でエピちゃんをかこんでお冠と思われる女性陣が良い例だ。

 

「大丈夫でしょうか……エピニア」

 

「まぁ、流石に殺すようなことは無かろう」

 

 心配げな視線を壁に向けるトロワへ俺は気休めを口にする。

 

(俺もいるし、何よりトロワも居るからなぁ)

 

 加減を間違えて殺してしまっても蘇生呪文の使い手が居るからOKと考えているとは思いたくない。

 

「それに、だ。こちらに声が聞こえていると言うことはあちらにも声は聞こえていると言うことでもある。もしその『お仕置き』とやらでこちらの部屋の面々の睡眠時間を削るつもりなら、次の日の晩辺りにでも今度は俺達で『お仕置き』すればよかろう? あちらの部屋の面々全員を対象に」

 

 つるし上げに加わっていないお姉さんが居るかも知れないが、同じ部屋なら連帯責任だ。

 

(もちろん、ただのブラフでありやりすぎないようにするための釘刺しでもあるんだけどさ)

 

 少なくともあの部屋に旧トロワみたいな変態は一人しか居ないし、その唯一の変態も好意のベクトルはカナメさんへ向いている。

 

「スー様のOSIOKIは私達の業界にとってご褒美です、ばっちこーい」

 

 とか言い出すような変態があのメンツに混じっていなければ、流石に先程の発言で静かになってくれると思う。

 

(もともとぐっすり眠れるとは思って無かった訳だけど、それでも寝たくはあるし)

 

 みんな揃って睡眠不足は避けたかった。

 

「とにかく、俺はもう一度休む。眠くなれば起こしてくれ。それから、無理はするなよ? お前の睡眠時間を奪う気も譲られる気もない」

 

 時計もなく、時間も夜。交代時間の決定は体内時計頼りという何ともアナログというかファジーなものにならざるを得ないが、一応釘は刺す。睡眠時間はムール君と共通になるから俺のために朝まで起きてるなんて事はやらかさないとは思うが、念には念をである。

 

「はい、おやすみなさいマイ・ロード」

 

「ああ、おやすみ」

 

 今度こそ眠れると良いなぁとどことなく望み薄に感じてしまう願いを胸に俺は目を閉じるのだった。

 




何か忘れてるなぁと思いきや、それは夜中に牙を剥いた。(ただしカナメさんに)

とばっちりを食らって起こされる主人公。

主人公、このまま眠れないの?

次回、第五十六話「俺のターンッ」

デュエルスタンバ……あ、ドローはしません。


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第五十六話「俺のターンッ」

「……ド、マイ・ロード」

 

 余程疲れていたのか、それとも俺が自分が思っていたよりも図太かったのか。

 

(あんな状況でも寝られたんだなぁ)

 

 うっすら靄のかかったような起きあけの思考で声に出さず呟くと、俺は呼ぶ声に応えて目を開ける。

 

「……そうか、交代の時間か。すまんな、トロワ」

 

「いえ」

 

 俺を起こす為にだろう、身を乗り出すような姿勢で俺の顔を覗き込んでいたトロワは恥ずかしげに視線を逸らすが、自重したのは視線のみ。

 

(おばちゃん譲りって言うか、何て言うのか)

 

 前に傾いだ姿勢の為、トロワ最大の質量兵器が視界の大半を塞いでいた。

 

(お色気系ラブコメとかだとここでバランスを崩したトロワにのしかかられて窒息しかけるところまでがお約束だよなぁ)

 

 横向きに寝ているのでオッサンと床により後ろと左の二方は退路が塞がれ、残る二方に跨る様にしてトロワの身体が有り脱出は困難。

 

(一見すれば胸プレス待ったなしの状況、だが)

 

 気づいてしまえば対処のしようはある。

 

(倒れ込んでくるのに警戒して咄嗟に身体を支えられるようにしておけばいいだけの話だ)

 

 俺がそう毎回毎回せかいのあくいに良いように翻弄されると思っては大間違いである。

 

(どうだ、世界の悪意ッ! 読み切った今回は俺の勝ちだ!)

 

 片手はトロワのそれを握っているため塞がっているが、この身体のスペックを考えれば、予め倒れ込んでくる女の子を一人支える事なんて造作もない。しかも身体はトロワ側を向いている。

 

(若干目のやり場に困るけど、その一点に目をつむればいいだけだし)

 

 これで残りは起きて見張りをする時間のみ。勝利を確信し、だが同時にトロワがいつ倒れてきても支えられるように俺は身構え。

 

「もう交代の時間か……ぬおっ」

 

 後ろから声がしたと思った瞬間だった。

 

「っ、マイ・ロー」

 

「なっ」

 

「くあっ」

 

「ぐふっ」

 

 いきなりトロワが俺に覆い被さり。二人分の悲鳴と共に俺の視界が奪われる。

 

「ん゛んっ」

 

 上から降ってきたトロワの身体の下敷きになり柔らかい何かを押しつけられて呼吸もままならない。

 

「ちょっ、みんな大丈夫?」

 

 何処かでムール君の声がするが、みんなと言うことはやはり先程の声はオッサンのモノだったのだろう。

 

(倒れ込んできたのに気づいたトロワが俺を庇おうとしたが支えきれず潰れたなら説明はつく……んだけど、く、苦し)

 

 空気が、欲しかった。そして、それは難しくもない筈であり。

 

「す、済みませんマイ・ロード。今退きま……」

 

「ん゛ん゛んぅ」

 

 顔を覆う圧倒的質量兵器から逃れるべく、俺は動いた。

 

「ひゃうっ」

 

 横を向いて寝ている俺からすると、退路は下方向。

 

(いくら母親譲りで大きいとは言え腹部を隠す程大きく無かった、だからっ)

 

 下に潜り込むようにしてトロワのおへそ前辺りに自分の顔を持ってゆく。

 

「ぷはっ」

 

 それで呼吸だけは確保出来るのだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……無理をするな、トロワ。上にもう一人乗っているのだ、先に」

 

「あ、あ、あぁ……きゃぁぁぁぁっ」

 

「がっ」

 

 先にオッサンへどいて貰うべきだと言おうとした俺は顎に強烈な一撃を受け強制的に俺にとっての上方を見せられる。

 

(今のは、膝……と言うか、これって……)

 

 見上げた先トロワのお腹があったことで、ようやく俺は悟った。押しつけられた胸から逃れようと下に潜りすぎたことに。つまり、巨大質量兵器から逃れた俺はトロワの股間の前辺りでハァハァしていた訳だ。

 

(そりゃ、ひざげり されて も もんく いえませんよね、あはは……って俺の馬鹿あぁぁぁぁぁぁッ!)

 

 アウトである全力でアウトでござった。

 

(いくら何でも駄目だろ、目撃者居るし)

 

 そう、元凶になったオッサンも目撃者になってる可能性はあるが、俺達を助けようとしてくれてたムール少年はほぼ確実に一部始終を目撃しているだろう。

 

「あー、やっぱり二人はそう言う関係だったんだ。ゴメンね、邪魔しちゃったみたいで……ええと、それじゃ、ごゆっくり。オイラ達は部屋の外にいるね?」

 

 とか、謎の気遣いをされちゃったら終わりだ。

 

(考えろ、今、俺は万人を頷かせるレベルのいい訳と弁解を要求されているんだ)

 

 下手に嘘をつくのはNG、その場しのぎの嘘なんてすぐバレる。

 

(……やはり、素直に話してDOGEZAするべきかなぁ)

 

 結局の所この状況を取り繕えるような都合の良い話しを思いつかなかったと言うのもあるが、言い訳するのは不誠実だと思ったためでもある。

 

(ともあれ、この態勢のままじゃ、駄目だ)

 

 まずは起きあがらなくては。

 

「ま、マイ・ロード! あの、申し訳ありませんっ」

 

「っ」

 

 トロワの口から謝罪の言葉が発せられたのは、丁度そんなタイミングであり。

 

「い、いや。俺の方こそ済まなかった」

 

 応じる形で謝罪するが機先を制されたのは痛い。

 

(謝れたけど、機先は制されたし、DOGEZAのタイミングも逸した……)

 

 せめてもの救いはトロワが俺のやらかしたことに対して起こっているそぶりを見せていないことだが。

 

「そんな。主に手をあげるなんて、私……」

 

 逆に申し訳なさそうにされると罪悪感が尋常ではない。

 

「そもそも、謝るべき人物は他に居るだろう?」

 

 だから、オッサンへ俺が矛先を向けることになったとしても、それは八つ当たりとかではなく、仕方がないことだったのだ。

 




主人公「俺のターンッ! 俺は社会的地位を1000払い、手札からイベントカード『誤算と想定外から来るラッキースケベ』を発動! この効果により、トロワの股間で深呼吸するッ」

世界の悪意に勝ったと思った直後、惨敗した主人公。あまりにアレな状況をここから卍解できるのか?

次回、第五十七話「嫌な事件だったと笑って言えたなら」




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第五十七話「嫌な事件だったと笑って言えたなら」

世界の悪意「理によりて絶望を知らしめよ……卍・解……『御待汰世・旗回収』」

ちなみに始解は「急げ『旗回収』」



「も、申し訳ない」

 

 自分が非難されていることを悟ったオッサンは謝罪するが他人に指摘されてからの謝罪など遅すぎた。ましてや今回の騒動の元凶、擁護する気など欠片も起きず。

 

「そう言う訳だ。故にお前が謝罪する必要はない」

 

 俺はオッサンをスルーしてトロワを宥める立ち位置に徹した。

 

「マイ・ロード……」

 

「朝が来れば地下墓地の探索を始めることになるだろう。俺の側にいるつもりなら睡眠不足は大敵だ」

 

 探索と魔物の掃討で最優先で求められるのは、索敵能力と特定の呪文への措置が可能か、そして閉所でも問題なく発揮出来る戦闘力の三つであり、トロワは主力になり得ないが、俺の側に侍るという誓いがある。

 

(誓いを守ろうとする気があるなら当日に自分が睡眠不足で使い物にならない何て事態は避けようと思うはず)

 

 俺が望むのは事態が収拾しトロワがさっさと寝てくれること、だ。

 

(そして、失敗した直後に求めた形ではないが、事態は収束しつつある)

 

 悪かったのはオッサンという流れに出来たし、トロワも悪いのはこちらなのに気にして謝ってきたのを俺が宥めるという逆の構図になっていた。

 

「……そう、ですね。申し訳ありません、マイ・ロード。朝までよろしくお願い致します」

 

「ああ」

 

 せめて少しでもトロワが安心出来るように口元を綻ばせ微笑むと、身体を先程まで寝ていた場所に横たえる。

 

「ん、失礼しますね……おやすみなさい、マイ・ロード」

 

「おやすみ」

 

 握り直した手を確認してからトロワの口にした言葉へ応じた俺は視線を天井にやる。

 

(ふぅ、何とか切り抜けたかぁ……危なかったなぁ)

 

 まだムール少年という目撃者な火種は残っているが、その一点を除けば、概ね「嫌な事件だった」と過去形に出来るところまでは持って行けたと思う。

 

(後はここから朝まで見張りをするだけ、かぁ。うん、しっかり睡眠はとれてるし大丈夫)

 

 横になってはいるものの、途中で寝てしまう恐れも考えにくい。

 

(直前のことを考えるとオッサンと二人は若干気まずいけど、それはそれ)

 

 男二人が仲良く見張り、なんて絵面で喜ぶのは何処かの腐った僧侶少女ぐらいだろう。

 

(なら――)

 

 言葉を交わす必要もない。

 

(ただ、見張りを続……け?)

 

 無言で天井を見つめていた俺は、横を向く。

 

「トロワ?」

 

 名を呼ばれたような気がしたのだ。だが、俺の言葉があったからか、トロワは既に目を瞑って寝息を立て始めており。

 

「気のせ」

 

「……イ・ロード、マイ・ロード」

 

 気のせいかと思えば身体を揺すられる感覚とともに名を呼ぶ声がより鮮明に耳に届き。

 

(これってデジャ……)

 

 世界が一瞬で崩壊した。

 

「ん……」

 

「おはようございます、マイ・ロード」

 

 何がどうなったかを理解するよりも早くかけられた声とぼんやりとした視界の中でこちらを覗き込んでくる誰か。

 

(あれ? これって。ひょっとして)

 

 俺をマイ・ロード何て呼ぶ人物に心当たりは一人しかなく、おはようと言われたと言うことは、つまり、アレだ。

 

(夢オチかぁぁぁぁぁっ!)

 

 あり得ない。ピンチに陥ったり死んだり、どうしようもなくなったところで目が覚めて夢でしたって流れは使い古された型(テンプレ)として存在すると思う。

 

(けど、よりによって何とか取り繕って事態が収束したって解った時点で夢だったとか)

 

 おのれ、せかいのあくい め。もちあげておいて おとす とか なんて きたないんだ。

 

「マイ・ロード? どうなされました?」

 

「いや、少々嫌な夢を見て、な」

 

 最後は上手く取り繕ったと言う意味では悪夢と呼べるか微妙だが、何とかなったと思った時点でスタート地点に戻されると考えたなら、結果的悪夢と呼んでも良いと思う。そして、そんなことを考えていたからだろう、俺が気づかなかったのは。

 

「そんなことが……わかりました。ではこのトロワ、非才の身ながらマイ・ロードをお慰めします」

 

「は?」

 

 思わず素の反応をしつつ顔を上げると、目に飛び込んできたのはばっとローブを脱ぎ捨てたトロワの姿。ちなみに、ローブを脱いだ下に下着は殆ど着けておらず、例外的に身につけていたのは、忌まわしきアレことがーたーべるとのみ。

 

「ふふふ、マイ・ロードをお慰め出来て妊娠出来る、まさに一石二鳥ですね」

 

「おい、ちょっと待て」

 

 なに、このてんかい。

 

「あ、ご安心下さい。このがーたーべるとをつけたからでしょうか、人前ではしたない行為をするととても興奮するようになりましたし、ムールくんとマイ・ロードと私の三人で一緒にと言うのもアリだと」

 

「だから、待てって!」

 

 夢より悪いってレベルじゃない。

 

(せくしーぎゃるって、きたないとろわ……じゃなかった、ひわいなとろわ に なってるじゃないですか、やだーっ)

 

 返せ、綺麗なトロワを返せ。

 

「さぁ、マイ・ロード恥ずかしがる事はありませんよ? 恥ずかしいのは大好……ま、マイ・ロード、もしやその手の形はアレですか? あっちのプレイですか?」

 

 憤りが何かを握りつぶさんとする手の形として発現していたのだろう。というか、この状況の打破などあいあんくろーぐらいしか思いつかず。

 

「うおおおおおっ」

 

「ぎにゃぁぁぁぁっ」

 

 激情を手に込め、死なない程度に加減しつつも思いの丈をぶつけるようトロワの頭をにぎにぎしたのだった。

 




 一難去ってなんとやら。

 まさかの夢オチ、その先に待ちかまえていたのは完全体ならぬ完全変態になったトロワであった。

 この状況、どうする主人公。

次回、第五十八話「そうだね、ディスティニーだね」

 人はそれを運命で済ませていいと言うのか?


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第五十八話「そうだね、ディスティニーだね」

「少しは反省し――」

 

 そう、にぎにぎした筈だった。

 

「……ド、マイ・ロード」

 

 だと言うのにトロワの口から出てきたのは、頭を締め付けられているとはとても思えない調子の何処かで聞いた覚えのある呼びかけであり。

 

「は? ちょっと待、っ」

 

 まさかと思った俺が知覚したのは、誰かに身体を揺さぶられる感覚。

 

(いや、いつがーたーべるとつけたとかツッコミどころは色々あったけどぉぉぉぉっ)

 

 これも夢だと気づいたことも原因の一つだろう、回りの景色もせくしーぎゃるったトロワも全てがボロボロと崩れ始め。

 

「……イ・ロード、マイ・ロード」

 

「ん……」

 

「大丈夫ですか、マイ・ロード? うなされていたようですけど」

 

 呻きつつ瞼を開けるとぼやけた視界の中、こちらの顔を見下ろす形で覗き込む人影が一つ。

 

「トロワ、か?」

 

 声で誰かは理解しつつも確認をしてしまったのは、これまでの経緯を鑑みれば仕方がないと思う。

 

(目を覚ましてさっきまでのは夢だと思ったら、起きたことさえ夢で睡眠が継続中だったとか……まさか、これも夢じゃないよね?)

 

 疑心暗鬼になりつつほっぺに手を伸ばし、つねってみる。

 

「っ」

 

 感じた痛みに安心を覚えてしまったのは、そのテの趣味だからではない。

 

「夢じゃ……ない、か」

 

「マイ・ロード?」

 

「ああ、すまん。少々ロクでもない夢を見てな。丁度お前に起こされるところから始まる夢だったから……つい、な」

 

 訝しむトロワに少しだけ事情を説明しつつ、ちらりとその肢体に目をやる。

 

(大丈夫だ、裸とかじゃない)

 

 口調も態度も綺麗な方のトロワだ。

 

「ともあれ、酷い夢だった。だからこそその内容はお前にも話せそうにはないが……それも終わったことだ。ここからは俺が見張ろう」

 

 トロワに安心して休んで貰うためにも横に添い寝するような形で見張りをすることになるが、それはそれ。

 

(ほっぺたつねったら痛かったし、このまま夢オチループが続く事なんてない)

 

 酷い目にはあったが、あれは起こりうる最悪展開の可能性を実際の社会的なダメージゼロで学べたと思っておこう。

 

(そうだ、せめて糧にしないと)

 

 ポジティブに、ポジティブシンキングで行くのだ。

 

(ええと、最初はトロワやオッサンが転んだり倒れ込んできて惨事の起こる可能性だったな)

 

 原作知識とは違うが、事前に起こりうる危険を知っていれば備えることは出来る。

 

「ふっ」

 

「マイ・ロード?」

 

「布を敷いたとはいえ床の上に寝ていたからな。些少身体をほぐす時間をくれ」

 

「あ、はい」

 

 下敷きにされて惨事が起こるというなら、その前に起きあがってしまえばいい。旧に上体を起こした俺を訝しみトロワがきょとんとするが、もっともらしい理由をつければすんなり頷き。

 

(さてと、次は……やっぱり、あれかな)

 

 簡易なストレッチの時間は、俺にとって考える時間でもあった。

 

「トロワ、雑貨屋の妻から預かった品はどうしている?」

 

「えっ」

 

「つけた者の性格を矯正してしまうアイテムと言うのは厄介なモノだからな、着用後の性格に引っ張られて失敗した者も居る……」

 

 唐突に話題を変えたことで驚きの声をあげたトロワへ急な質問の理由を補足する。狙うのは、あくまでもお前を気遣っていると言う形をとりつつ危険なモノであると認識させること。

 

(旧トロワじゃ有るまいし、きれいな今のトロワがあの忌まわしき品を自分から装備するとは思いづらいもんな)

 

 そこに危険な品であるという認識が加われば、夢で見たような事態が発生する可能性はかなり低くなると思う。

 

「俺達は比較的女の多い構成だからな。お前は大丈夫でも普通の着衣の一部と間違えて他の者が持っていって身につけてしまう可能性も考えられる」

 

 ダーマの一件を知っているクシナタ隊の面々なら可能性は低いだろうが、例外はある。

 

(スミレさん辺りが手にしてしまった場合……とかね)

 

 大惨事にはならないと思う。ただ、悪ふざけに繰り回されるのは間違いないだろう。

 

(トロワにも考えがあって受け取ったんだろうし、段階を踏もう。焦っちゃ駄目だ)

 

 最終的にせくしーぎゃるるパーティーメンバーが出ず、俺が社会的なダメージを負わずに済むならそれで良い。事を急いて失敗なんて良くある話だから。

 

「お前の物品の管理を疑う訳ではない、単に昔の失敗からアレ持ってる者が側にいるだけで過剰反応する者も居るかも知れないしな、そう言った面も持つことを知って欲しいと思っただけだ……既に知っているようなら余計なことを言ってすまんが」

 

「いえ。ご忠告ありがとうございます、マイ・ロード」

 

「そうか。まぁ、寝る前にするような話でも無かった気もするが、そう言って貰えると助かる」

 

 頭を振ったトロワの反応で密かに胸をなで下ろすと身体をほぐし終えた俺は周囲を見回す。

 

「さて、今のところ怪しい気配はない、か」

 

 気配の察知だけならわざわざ首を巡らす必要もない、これはあくまで演出なのだ。言わばトロワへ先に横になって貰うよう促す為の前振り。

 

「異変が有れば起こそう。そろそろ横になると良い」

 

 もうあの失敗は繰り返さない。密かな決意と共に俺は自分の寝ていた場所の隣を視線で示し。

 

「はい」

 

 俺は勝負に勝ったのだった。

 

 




世界の悪意「この私が負ける……だと? おのれ、作者め、こんな予定調和……私は、私は認……め、がっぐあああああああっ」

と言う訳で更にもう一度夢オチが残っていたのでした。

確か時間と睡魔への抵抗力とかの都合でそこまで書けなかったんですよね、前回。

次回、第五十九話「現実にもスキップ機能があったらと時々思う」

普通に考えれば、オッサンと主人公の見張り番パートだもんなぁ。

需要、ありまっせんよね?


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第五十九話「現実にもスキップ機能があったらと時々思う」

「おやすみなさい、マイ・ロード」

 

 かけられた声にああと生返事で応じつつ、俺は勝利の余韻を噛み締める。

 

(長かった……ピンチの連続だった、だが、これで)

 

 地下墓地の魔物を倒して後片づけとオッサンの奥さんの埋葬さえ済ませればこの村ともおさらば出来る。

 

(なんだかんだで色々あったし、結局忌まわしきアレは一着増えたけれど、トロワが綺麗になったのは大きい)

 

 残る問題が解消されれば旅は続くものの変態を縛って眠る夜はもう来ないのだ。

 

(それに、あのトロワにならアイテムの作成とか色々任せられるもんなぁ)

 

 これまでだったら「変態に技術を与えた結果」とし言いようのない事態を招く恐れがあったが、綺麗なトロワになった今、配慮ももう不要となった。

 

(今までの心労の種とお別れ出来るとか本当に夢のよう……はっ、まさか、この流れまでひっくるめて今のこれも夢、何てオチはないよなぁ?)

 

 無限ループって怖すぎると思う。

 

(が、今回に限ってそれはないか。ほっぺたつねって痛い思いまでして確認してるし)

 

 そもそも、こんな個人的な考えに浸り続けて良い状況でもない。

 

(見張り、しないとな。オッサンは気配を読む術とか持ち合わせてないだろうから)

 

 俺は現実に戻って周囲の気配を探りつつ、身体をトロワの隣へ横たえ。

 

「異常なし、か」

 

 トロワ達を起こさない程度に小さな声で呟く。

 

(うーむ、魔物の気配が無いのは良いこと何だろうけれど……)

 

 耳を澄ませてみても聞こえてくるのは誰かの寝息や家屋のきしみ、風の音くらいであり。

 

(静かすぎる)

 

 それが当然だとはわかっているのだ。同じ見張り担当のオッサンにしても、ムール君やトロワが寝ている手前おしゃべりで時間を潰す訳にもいかないだろうし。

 

(そもそもオッサンには奥さんの遺骨入りぬいぐるみが有るもんなぁ。さっきからじーっと見つめ合っていますもの、きっと二人だけの世界に……って、おい)

 

 俺は思わず、二度見した。

 

(なに、この こうけい)

 

 ツッコんではいけないのは解っている、解っているが異様な光景過ぎた。オッサンの瞳はあんた誰だと言いたくなる程優しげで、ぬいぐるみを支えていないもう一方手は女性の髪でも梳くかのごとくくまさんの後頭部を撫でているのだ。

 

(と言うか、これって俺見ちゃって良かったの?)

 

 外見とのギャップがどうだってレベルじゃない。

 

(どうしろと……これどうしろと?)

 

 オッサンが俺もいることに気づいたら、くまさんのぬいぐるみとの声なき語らいを終了してくれるだろうか。

 

(それはそれで見られちゃいけない光景を目撃されちゃったってオッサンが黒歴史を背負うことになりそうだし)

 

 気づかれなかった場合、俺はツッコミと笑いを封じられたままこの状況に耐え続けないといけなくなる。

 

(現実にもスキップ機能があったら――)

 

 無い物ねだりなのは承知している、それでも欲すのは仕方がないと思う。

 

(せめてオッサンから背を向ける、か。それでもぬいぐるみナデナデする音を耳が拾っちゃうから光景が容易に想像出来るんだけど……)

 

 直接見るよりはマシと思うべきだろう、俺は身体の向きを変え。

 

「あ」

 

 失敗に気付き、声を漏らす。

 

(相変わらずというか、何て言えば良いんだろ)

 

 視界に飛び込んできたのは、覆面を被ったままの顔と、二人の間の空間をこれでもかと埋めるたゆんとした凶悪兵器だった。

 

(め の やりば に こまりますね、これ は)

 

 身じろぎするたびに弾力の良さを無駄に主張するそれに旧も綺麗なも関係ない。トロワの胸は相変わらずトロワなのだ。

 

(って「トロワなのだ」じゃNEEEE! 何ガン見してるんだ、俺!)

 

 あれか、夢の中で窒息させられかけたから無意識に警戒してるってことなのか。

 

(そもそも、見張りなんだから他のことに気をとられてたら駄目だろ、俺!)

 

 別の場所だ、別の場所を見なくてはと視線を無理矢理引っぺがすと、トロワの向こう、部屋の壁に目をやる。

 

(っ、これで何とか――)

 

 なったと思いつつ見つめた壁に掛かっていたのは、一枚の絵。

 

(あれはムール君一家の……)

 

 見張り用に一本だけ残した蝋燭の明かりに照らされてぼんやりとしか見えなかったが、それでも何の絵かは分かった。

 

(そうか、そういうことか……この並び順にももう一つ理由があった訳だ)

 

 ムール少年はせめて家族の絵が見えるところで眠りたかったのだろう。

 

(何だかんだで自分の至らないところに気づかされてばかりだなぁ、俺って)

 

 オッサンのぬいぐるみナデナデにしても亡き妻を思ってのもの。

 

(笑うとか最低だよな、本当に)

 

 その埋め合わせになるかは、解らない、ただ。

 

(邪魔は、させられないよね)

 

 ゆっくりと身体を起こすと、オッサンがまだぬいぐるみを撫でている姿を視界の端に捉え、視線をトロワの方に戻す。

 

(問題は、ここから、か。ふーむ)

 

 少しだけ迷ってから、俺はトロワの身体に開いていた方の手をかけ、持ち上げる。

 

(両手が塞がっていようとも呪文なら、いける。このまま寝ててくれよ)

 

 別に部屋の外に行く必要もなかった、だから大丈夫だと信じつつ立ち上がると窓際に寄り。

 

「ニフラム」

 

 唱えた呪文は、窓の外をこの屋敷に向かうところだった動く腐乱死体を光の中へと消し去る。

 

(よし、後はもう一度トロワを寝かせて、俺もその横に寝れば――)

 

 後は見張りを朝まで続けるだけ。

 

「んっ」

 

「っ」

 

「マイ・ロード……はい、喜んうぇ……んぁうぅ」

 

「なんだ、寝言か」

 

 一瞬トロワのあげた声に肩を跳ねさせつつも、続く言葉に胸をなで下ろすと自分も身体を床の上に横たえる。

 

(もう邪魔者は来ないといいな)

 

 密かに願いつつ前回の失敗を踏まえ見上げたのは天井。そして夜は更けて行くのだった。

 

 




とりあえず、見張りは全くの無駄ではなかった模様。

次回、第六十話「そして朝は来る」


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第六十話「そして朝は来る」

「空が白み始めた」

 

 と言うことは、朝が近いのだろう。俺の願いが届いたのか、それとも地下墓地の入り口に設置したバリケードのお陰か、建物の外に気配を感じたのはあれっきりで、俺やトロワの方にも異常はない。

 

(……と、言いたかったんだけどなぁ)

 

 ホロゴーストに取り憑かれた一件が尾を引いていたのだと思う。魘されだしたので、声をかけて頭を撫でてやったら、抱きついてきて、現在の俺は完全抱き枕状態でござる。

 

(異性にこれだけ無防備に縋るってのは、よっぽど怖かったってことだろうな)

 

 だから、不満を言う気はほぼない。暖かいのとか柔らかいのは俺が耐えれば良いだけの話でもあるし。

 

(強いてあげるなら――生理現象だけはどうしようもならないという一点くらい、かな)

 

 まだ大丈夫だけど、トイレに行きたくなったらどうしよう。

 

「そろそろ朝か」

 

 ポツリと呟くオッサンは遺骨入りくまさんとのイチャイチャタイムをいつの間にか終了させたらしく、俺が先程見ていた窓の外に目をやっており。

 

「んん……ふぁ、もう……朝?」

 

「いや、もうすぐと言ったところだな。……ふむ」

 

 目を擦りつつ起きあがるムール少年を一瞥して応じつつ視線をトロワに戻すも、起きる様子は欠片もなく。

 

(もう しばらく この じょうたい は つづきそうですね、うん)

 

 俺は天井を見上げた。大丈夫、まだエピちゃんっってしまいそうな程せっぱ詰まった状況でもない。

 

(そのエピちゃんなら隣の部屋で寝てるけどね)

 

 あるいは起きているのかもしれないが、どちらにしても隣の部屋に居るのは確かだ。

 

(と言うか、夜の騒ぎは結局どうなったんだろうなぁ)

 

 やらかして同室の女性陣につるし上げられかけていたエピちゃんがこのままお咎め無しで済むとも思えない。

 

(釘を刺したからか、お隣はあの後結構静かだったけど……)

 

 順当に行けば今日夜を迎えるのは、空の上か、ポルトガの宿屋辺りになるだろう。

 

(後者の場合、まずOSIOKIされるな、きっと)

 

 クシナタ隊のお姉さん達は宿屋の客室でOSIOKIするなんてぶっ飛んだことを平然と出来る人達でもあるのだから。

 

(まぁ、旧トロワの被害者である俺からするとカナメさんの心労も解るし、同情も出来ない)

 

 かといってホロゴースト憑依させてから聖水責めにして引っぺがすなんて荒治療を進められるかと言えばNOだ。

 

(そも、治療の前提条件を揃えるのが厳しいよね)

 

 元バラモス親衛隊で現在は味方のホロゴーストならジパングにいたと思うが、彼らは頼れない。

 

(もし、引っぺがした時に変態性をごっそり持っていったからトロワが綺麗になったのだとしたら――)

 

 試した場合、味方の変態なホロゴーストが誕生してしまうことになる。

 

(なに、その きょうあく ぜつぼう さいしゅう へいき)

 

 他者に憑依出来る分、エピちゃんや旧トロワより悪質だ。

 

(見知った顔が憑依されることで突然変態になって襲ってくるとか洒落になんないよね?)

 

 やはり、あの性格矯正法は変態性分を持っていったホロゴーストの撃破が前提になってくる。これでは味方には頼めないし、敵対するホロゴーストについては論外だ。

 

(即死呪文使ってくる危険な魔物がしてくるかも解らない憑依をアテにして出現地域をぶらぶらするとかただの自殺行為だもんな)

 

 ぶっちゃけ、そんなことするぐらいならまだ性格を矯正出来る不思議な本を探して歩いた方が余程安全だしお手軽だ。

 

(まぁ、その本を探すにしても地下墓地の方を何とかした上でオッサンに目的を果たして貰わないとどうしようもないんだけどさ)

 

 今の状態のままこの村とオッサンやムール少年を放り出す訳にもいかないのだから。

 

「ん……マイ・ロード?」

 

 頭のすぐ横から声が聞こえてきたのは、丁度そうして地下墓地攻略の方に思考を傾けようとした時だった。

 

「起きたか」

 

「ふぇっ?!」

 

 一応おはようと朝の挨拶に繋げようとした言葉は、トロワの奇声に遮られ。

 

「あー、起きたんだ。おはよ……ええっと」

 

 耳を押さえたくなる程の声にトロワが起きたことを察したムール君が声をかけるも、トロワはこれをスルー。

 

(と いうか、たぶん みみ に はいってませんね)

 

 声を上げた直後、俺に抱きついていたトロワの四肢が硬くなったのだ。

 

(目が覚めて、無遠慮に隣にいた人へ抱きついて居た自分に気づけばなぁ)

 

 誰だって固まると思う。俺だってきっとこうなる。例外があるなら、相手がオッサンとかあり得ない相手だった場合のみだ。

 

(いや、まぁ奇声を上げてトロワに放り出されたら流石に俺も傷つくけどさ)

 

 そろそろ我に返って欲しいと思う。

 

「トロワ?」

 

「ひゃっ、あ、う、うぇ……」

 

 俺の願いが通じたのか、呼びかけてみたからかは定かでない。とりあえず、ビクンと肩を跳ねさせるという反応を見せてくれて。

 

「とりあえず、困ってるみたいだから放してあげたら?」

 

「はな? 放し……あ、も、申し訳ありませ――」

 

 ムール君の指摘にワンテンポ遅れて状況を理解し、転がるように俺を解放しつつ離れたのは失敗だったと思う。

 

「あうっ」

 

「うわっ」

 

 勢いよく転がり離れたトロワは、ムール少年の足に激突。

 

「あ」

 

「わわわわわっ」

 

「きゃあああっ」

 

 バランスを崩したムール君がトロワの上へと倒れ込む。

 

「――と言うことがあってな」

 

「へぇ、それであの二人ぎくしゃくしてるぴょんね」

 

 アクシデントのお陰で約二名の眠気は完全に飛び、起き出してきたカナメさん達女性陣と一緒に朝食をとりつつ、ムール少年の頬についた手形についての説明をする事となったのは、暫く後のこと。

 

「けど、スー様……ムール君って本当に男の子なのぴょん?」

 

「へ?」

 

 カナメさんがとんでもないことを言い出し、今度は俺が固まった。

 

 




さーて、そろそろ明かされるべき時が来たのかも知れませんね。

次回、第六十一話「あんなに可愛い子が女の子の訳(以下略)」



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第六十一話「あんなに可愛い子が女の子の訳(以下略)」

「マイ・ロード?」

 

 驚きではあったが、固まったのは失敗だったかもしれない。

 

「あ……いや、何でもない」

 

 こちらを見るトロワの声で我に返った俺は、何でもない態を装いつつ密かに考える。

 

(ムール少年が実は女の子という可能性、かぁ)

 

 俺としてはまず無いと思っていた。髪型も服装も男性の盗賊のものに近かったし、すらっとした体つきだったのだから。

 

(今思い返すと、固定観念に囚われてたと言われても仕方ないような気もするけど)

 

 もしムール君が女の子なら、朝のラッキースケベでトロワから平手打ちを貰うような事になるだろうかという疑問が残る。

 

(直接密着した訳だもんな、トロワは)

 

 その上で顔に手形が残る程の一撃を見舞ったのであれば、トロワはムール少年を男の子と判断した訳であり。

 

(じゃあ、カナメさんはなんであんな事を言ったのかって事になる訳で)

 

 カナメさんにもカナメさんなりにムール君を女の子ではないかと疑う理由があるはずなのだ。

 

「……はぁ」

 

「ふむ」

 

 とりあえず、ムール少年(仮)の方は朝の事件に思うところあったのか、ため息をつきつつ時折チラチラとトロワを見るものの、心ここに在らずと言った様子であり。

 

(カナメさんの疑問定義もたぶん聞いていなかったんだろうけど、だからってこのまま話題に出すのもなぁ)

 

 当人を前にして堂々と話せる程厚い面の皮の持ち合わせなど無かった。

 

(男の子かって言った時のカナメさんだってそう言えば小声だった気がするし)

 

 疑問が残ってしまうが、面と面と向かって聞くのも憚られる。

 

(「今までどっちの性別なのか解ってなかった」って言ってるようなモノだしなぁ)

 

 隠れてこっそりモシャスの呪文を使って確認すれば良いだけのことでもある。

 

(だから、今考えるべきはムール君の性別がどっちかじゃない)

 

 いかにして地下墓地を攻略するか、だ。

 

「気になるのは、構造と広さだな」

 

「スー様、地下墓地のことですか?」

 

「ああ。内部構造を知っている者が居るとすればムールだけだろうが……あの様子ではな」

 

 朝のことを引き摺っている様子のムール少年(仮)が情報提供出来る状態かと言えば、首を捻らざるをえず。

 

(事前情報は欲しい。けど、諦めざるをえないかな)

 

 状況が悪すぎる。

 

「マイ・ロード、申し訳ありません」

 

「いや、崩落で塞がっている場所や逆に洞窟と繋がってしまった場所もあるかも知れん。それにムールが内部構造を熟知しているかについては疑問も残るしな」

 

 申し訳なさそうな顔をしたトロワをフォローしつつ、硬いパンをスープに浸して口元に運ぶ。

 

「いずれにしても、地下墓地の魔物化した死体を何とかした上で地下墓地事態を清めてしまえば、俺達が為すべき事はそれで終わりだ」

 

 奥さんの埋葬はオッサンの手でやるべき事だろうし、埋葬に立ち会うかどうかは別として、俺達も手伝わなくてはならなくなる程人手が要るとも思えない。

 

「最前列で俺は索敵と殲滅担当、最後尾にエピニアを配置して後方からの奇襲に備え、俺以外の主力も後方に回しておくとして……トロワには俺の補助をして貰おう」

 

「はい、承知しました」

 

 話を進め、地下墓地探索時の配置に言及した俺がトロワのポジションを口にしたのは、気持ちを切り替えて欲しいという思いがあったからだが、その辺りを察してくれたのか応答は早く。

 

「まぁ、その前に入り口でバリケードに使った家具の状態確認や改造も貰わねばならんだろうからな。すまんが、いろいろして貰う事になるぞ?」

 

「大丈夫です」

 

「っ、そうか」

 

 短いが、想像を超えて力強い声に驚きつつも俺は応じる。

 

「ならば、さっさと食べ終えて件の場所に赴かねばな」

 

 そこから先は無言だった。朝食を平らげ、一旦部屋に戻り、再集合。

 

「……揃ったな」

 

「スー様、いつでもいけるぴょんよ?」

 

「ええと……オイラ達の村のためにありがとう」

 

 首を巡らせ確認した時には、ムール君も礼の言葉を口に出来る程度には平常に戻っており。

 

「『気にするな』と言いたいところだが、そう思うなら内部の案内を頼めるか? 出来る限りで良い」

 

「うん。オイラのご先祖様達も眠ってる場所だからね。それは当たり前だよ」

 

 俺のお願いへ首を縦に振ったムール少年(仮)を隣に、俺達は元村長宅を後にする。

 

「さて……バリケードの方は大丈夫そうだな」

 

 そして真っ先に立ち寄ったのは、地下墓地入り口の真上。崖の上から見下ろせば、昨日と位置の変わらぬバリケードがそこにはあり。

 

(となると、夜中にニフラムで消し去った腐乱死体は討ち漏らし、かな? もしくは崩落で他にも村に繋がる穴が何処かに空いてるとか?)

 

 バリケードを突破された線はないものとして有りそうな原因を考える。

 

(一体だったって言うのが微妙だよなぁ。数が多ければ後者の疑いも濃くなるんだけど……)

 

 一体ではどちらもあり得てしまうから始末が悪い。

 

(とりあえず地下墓地に入ってみるか。他にも出入り口が出来てしまってるなら探索中に判明するだろうし)

 

 一人決断を下すと、俺はこの場にもう用はないと判断し踵を返す。

 

「入り口の様子も確認出来た、次は直接バリケードの前に向かうぞ」

 

 ここからだ、ここからが本番だった。

 




ああ、ようやく地下墓地に突入出来る。

次回、第六十二話「奥へ」


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第六十二話「奥へ」

「マイ・ロード、やはり何度か仕掛けが動いた形跡が見られます」

 

 元家具のバリケードで封鎖された入り口に到着するなり家具の幾つかに近寄り呪文付与の為はめ込んだ素材の部分を覗き込んだトロワは、戻って来ると想像通りの報告を口にする。

 

「やはり、仕掛けておいて正解だったと言うことか」

 

 地下墓地への侵入にバリケードの撤去という一手間がかかりはするが、ここを塞いでなければ昨晩はもっと緊張を強いられていたことだろう。

 

(それを思うと、ね)

 

 ついでに言うなら、バリケードに仕込んだ呪文発動トラップが起動したと言うことは、中の魔物に被害が出ているということでもあるのだ。

 

(バシルーラの方は元の場所に送り返すだけだから、トラップに引っかかった魔物の全てが被害を受けてる訳じゃないだろうけど)

 

 それでも倒すべき敵が減ったのは、ありがたく。

 

「聞いての通りだ。このバリケードに設置した呪文起動式の罠によって地下墓地内の魔物にいくらかの被害は出したと思われるが、それでもまだ魔物は内部に残っているだろう。バリケードを脇に避け次第、俺達は内部に突入、生き残りの魔物を完全討伐する。トロワ、まずバシルーラ家具の処置を頼めるか? あれの誤作動が一番拙い」

 

「承知しました、マイ・ロード」

 

 振り向いての説明に続けた依頼に応え、トロワが家具の方へと戻って行く。

 

(とりあえず、バシルーラはあれで良し、と。ニフラム家具の方は……ん?)

 

 そんなトロワの背中を見送り、思考をもう一つの呪文付与家具へと向けた時、不意に閃いた。

 

(そうだ、ニフラムの呪文で内部を清め死体の再魔物化を防ぐつもりだったが、家具を改造して内部に設置して貰えば確実性も増すかも)

 

 元々改造はして貰うつもりだったが、目的は内部侵入後に分岐があった場合侵入しない側を封鎖し、魔物とのすれ違いを塞ぐための言わば内部持ち込み可能な小型化改造であり、たった今思いついたようなアフターケアを目的にした形に適した改造ではない。

 

(うーむ、予め色々して貰うとは言ってあるけど、流石にこれはトロワに負担がかかりすぎだよなぁ)

 

 出来れば負荷を軽減してやりたいところだが、アイテム作成に関して俺は素人。

 

(やれたとしてもせいぜい力仕事とか護衛戦力が良いとこか)

 

 改造し設置するからには、地下墓地の中へ家具を持ち込む必要がある。

 

(遺体を納める場所だし、棺桶とか相応のモノが通るぐらいの広さはあるだろうけど、俺個人で持ち込めるのはせいぜい二つがやっとか)

 

 封鎖する前に見た入り口の広さも加味しての計算だが、これではとても一度で全てを運び込めない。

 

(オッサンにも手伝って貰って「あくまで探索中の分岐路閉鎖用」ってことにするかなぁ)

 

 そして、残りは地下墓地の魔物を倒し終えた後に運び込む流れだ。

 

「終わりました。これでいつでも撤去出来ます」

 

「助かった。さて、ここからバリケードの撤去作業に移るが、トロワには一つ別の作業を頼みたい」

 

「作業、ですか?」

 

 どのようなと視線で問うてくるトロワへ、先程思いついたのだがなと前置きし俺は説明を始める。

 

「ニフラムの呪文を付与した家具を地下墓地内に設置すれば今回のような事態の再発を防げるのではないかと思ってな。お前には内部に持ち込むための小型化をして欲しいのだが」

 

「成る程、呪文をかけて回るよりも設置した方が効率的ですし、効果も長続きしますね。マイ・ロードの仰せのママンに」

 

 意図するところをすぐに察する辺り、トロワはやはり天才なのだろう。

 

(きれい に なった はず なのに もれでた まざこん の りんぺん を きいた き が する のは きっと おれ の き の せい ですよね?)

 

 もしくは言い間違いなのだろう、そうだと思いたい。

 

「えーっと」

 

「他の者はバリケードの撤去に移るぞ。ムール、お前もだ」

 

 なんだかムール少年(仮)まで俺と同じ幻聴を聞いたのか、微妙に顔がひきつっていたが、ここでツッコミを入れて改造作業に遅滞が生じても困る。さりげなく個人指名までして手を掴み。

 

「あ、ちょ」

 

「ぼさっとするな。撤去中に魔物が出てくる可能性もあるのだからな」

 

 そのままバリケードの近くへ連行して行く。

 

(しっかし、この手……妙に柔らかいが) 

 

 脳裏を過ぎるのはカナメさんが口にした疑問だ。

 

(いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。一番警戒して居なきゃいけないタイミングなんだから)

 

 バシルーラの呪文を発動する家具は無力化し、ニフラムの呪文効果のある家具もトロワが改造中で効果を発揮しなくなって要るであろう今、中の魔物が外に出てくるのを押しとどめるのは家具で出来た物理的な壁オンリーのみ。

 

(こう、ゾンビとかって肉体を保護するリミッター解除されてるからとんでもない力が出るって設定時々小説とかで見るけど)

 

 この世界の腐乱死体達も力と耐久力だけは相応にあった気がする。

 

「気を抜くな。家具一つぐらいならずらしてそこから姿を現し、っ」

 

 噂をすれば何とやらだろうか。

 

(それとも、俺達の声に気づいたとかか。どっちにしても、こちらに引きつけてはトロワの作業を妨害しかねない。ここは――)

 

 地下墓地の奥から現れた気配がこちらに向かって動き出したのを察知すると、俺は自ら家具の一つを退け、そこからバリケードの奥へと足を踏み入れた。

 

 

 




何人たりともトロワの邪魔をする魔物(ひと)は許さない。

主人公、気合い、入れて、行きます!

次回、第六十三話「俺は出来ることをしているだけだ。別に過保護とかそんな訳じゃないんだからな? 効率だ、効率を考えた結果がだな……」


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第六十三話「俺は出来ることをしているだけだ。別に過保護とかそんな訳じゃないんだからな? 効率だ、効率を考えた結果がだな……」

「お゛ぉうぁおぉあ」

 

 明かりのない闇の中、だが意味をなさない声と腐臭でも敵の正体は推測がつく。

 

「くさったしたい、か」

 

 ホロゴーストによって上位の魔物になっていた死体もあったことを鑑みると同様のケースである可能性も考えられるが、それは些細なこと。

 

「ニフラム」

 

 出来ればこれで消えてくれと言う思いと共に俺は呪文を唱える。

 

「お゛ぉおぁぁ」

 

「っ、成功か」

 

 声の主は光の中に消え去り、残されたのは何処まで続くのか解らない暗闇のみ。

 

(ふぅ、これで入り口に死体が転がってるって展開は避けられたかぁ)

 

 家具を持ち込む事を考えるなら足下をとられかねない死体がこんな場所にあるのは好ましくない。かといって地下墓地内に幾つも存在するであろう遺体を納める場所まで運んで行こうとすれば、手間がかかる上、その途中で他の魔物と鉢合わせるリスクまである。

 

(死体を魔物にされた人には悪いけど、死体が出るたびに足を止めさせられて撤去させられるようじゃ、時間がかかりすぎる)

 

 よって、入り口付近では死体の残らない呪文による対処もやむを得ないとしたのだ。

 

「スー様、大丈夫ぴょん?」

 

「カナメか、俺なら問題ない」

 

 後ろから近づいてきている一つの気配が声を発したことで、相手が誰かを理解した俺はこのままここで魔物を足止めすることをカナメさんに伝え、続けて二つ頼み事をする。

 

「解ったぴょん。スー様がバリケードの反対側にいるってトロワに伝えてそのあとその人の作業が終わったら教えればいいぴょんね?」

 

「ああ、あれはあいつにしか出来ないことだからな。なら俺は邪魔をしそうな相手を排除し続けるだけだ」

 

 居場所について嘘とも真実ともとれそうなことについて伝言を頼んだのは、トロワに自分が置いて行かれたのではと言う疑念を抱かせない為。

 

(今回の魔物退治、アフターケアまで上手く完遂出来るかはトロワ次第だからなぁ)

 

 一人魔物の抑えに回ったのだって、別に過保護だからとか夢の中で勝手にせくしーぎゃるらせた負い目があるからとかそんな理由ではない。

 

「しかし、想像は出来ていたが真っ暗だな」

 

 人がいなくなって随分経つ村の地下墓地なら当然と言えば当然だろう、ただ。

 

(と言うことは、探索時に明かりは必須ってことなんだよなぁ)

 

 両手にニフラム効果の家具を持つなら当然だが俺は明かりまで持てず。

 

(近くの味方に頼るしかないか。流石に金貨を点々と落としてレミラーマの呪文で光らせても輝くのは一瞬だし)

 

 だいたい、金貨を撒く手間だってかかる。

 

(魔物が金品に興味を示さない洞窟なら倒した後の魔物を放置して進むことで倒した魔物の持ってる金品を帰路の道しるべにするって使い道もあるかもしれないけれど)

 

 こんな場所で唱えて何があるというのか。

 

「レミラーマ」

 

 ポツリと唱えたのは、気まぐれというかちょっとした悪戯心からだった、だが。

 

「は?」

 

 擬音に直すならキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランキランとでもいったところか。

 

(なんだろ、この でじゃう゛)

 

 遺体を納めるために彫られたのであろう壁の横の溝やそこにはまった棺桶らしきもの、そして壁の脇の地面とあちこちが光って俺の顔はひきつった。

 

(つーか、何で地下墓地にこんなにも反応が……あ、副葬品か)

 

 予想外の展開であったが、理由を考え思いついてみるとあっさりと腑に落ちる。

 

(側の床の部分の反応は魔物になって動き出した死体が落としていったもの、かな)

 

 ともあれ、反応の殆どが直線上に並んでいたお陰で、大まかな構造は見て取れた。

 

(結構奥まで真っ直ぐなんだなぁ)

 

 脇道もあるかも知れないがそれはそれ。

 

(カナメさんには言っておいた方が良いかもな)

 

 盗賊から遊び人に転職したカナメさんはレミラーマの呪文が使える。遊び人特有の悪戯心でレミラーマを使ったら先程と同じ現象が起こりかねない。

 

(ムール君達の前で地下墓地の副葬品をお宝と認識しましたなんて気まずいってレベルじゃないし)

 

 ムール少年(仮)も同呪文は使える可能性があるが、この村の人なので問題はないし、最後の一人であるエピちゃんもカナメさんに伝えておけばカナメさんが伝えてくれると思う。

 

「スー様、終わったみたいぴょんよ」

 

「そうか。丁度良い、話があってな」

 

 伝えたいことがある時に当人だけがやってくる、ナイスタイミングと言うべきか。

 

「……と言う訳だ。カナメならやらかすことはないと思うが」

 

「わかったぴょん。あの子にも中に入る前にちゃんと伝えておくから安心するぴょん」

 

「すまん」

 

 懸念を伝え終えた俺は伝言まで承諾してくれたカナメさんに頭を下げ。

 

「では戻るか。バリケードを撤去を完了させねばな」

 

 来た道を引き返す。

 

(戻って、魔物の接近で中断された作業を再開。入り口に最低でも小型化したニフラム家具を運び込める程度の広さを確保して)

 

 いよいよ本攻略開始だ。

 

「最後の仕上げと行こう」

 

 カナメさんの肩越しに差し込む外の光に目を細めつつ、俺は呟いた。

 

 




地下墓地と副葬品という名のお宝は切っても切れない関係だと思うのです。

墓荒らしはあんまり気分の良いものじゃありませんが、スカイリムだとさんざんやったなぁ。

次回、第六十四話「アレのありがたさはゲームによる」

ビルダーズだと明かりのない夜って本当に真っ暗なんですよね。そのせいか、闇谷は拠点とか部屋へ過剰に明かりを設置する方です。


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第六十四話「アレのありがたさはゲームによる」

 

「改造が終わったそうだな」

 

 こちらの姿を探していたのだろう、バリケードの内から出た俺は周囲を見回すトロワを先に見つけ、機先を制して声をかける。

 

「マイ・ロード」

 

「良くやってくれた。こっちもあと少しだ」

 

 顔を輝かせたトロワへ口元を綻ばせた微笑で応じつつ、バリケードを構成する家具の一つへ手をかける。

 

「バリケード撤去の続きは任せろ。たいした時間はかからんだろうが、その間休んでいるがいい」

 

 若干動かしたとは言え、家具のバリケードを作ったのは俺だ。結構な数の家具が既に動かされてはいるが、どの家具が中に持ち込むべきものなのかも最初にどれをどかすべきなのかもだいたい解る。

 

「スー様」

 

「ちょうどいい。俺はこれを動かす、お前達はこっちをそっちにどけてくれるか?」

 

「えーと、これは?」

 

「それは中に運び込む方だ。とは言え他の家具をどかす邪魔にもなる、入り口からあまり離れず、撤去の邪魔にならない場所に置いておいてくれ」

 

 指示を出しつつ自分も動くこと少し。

 

「こんな所か……やはり人数がいると早いな」

 

 作成は俺とトロワだけで行ったバリケードであり、俺が中で魔物を消したり警戒を続ける間も作業は行われていたのだ。女性が多いもののオッサンの様な力仕事に向いた人材も混じっていたのもあり、作業が終了するのもあっという間だった。

 

「ムール、明かりを任せて良いか? 俺はニフラム家具でおそらく手が塞がる」

 

「あ、うん」

 

「出来ればだが、中の案内も頼む。正式なこの村の住人はお前だけだからな。内部構造には一番詳しかろう? それに、家具で生じる死角の補完も任せたい」

 

 後者については同じ盗賊だからこそ頼める事でもある。

 

「オイラで良ければいいよ……けど、トロワさんは……いいの?」

 

「マイ・ロードの仰ることですし、理にはかなっていますから」

 

 トロワとのやりとりからも窺い知れる朝のことを引き摺ってる部分は不安要素だが、ムール少年(仮)が先頭に居なければ村人としての利点が生かせない。

 

(トロワを中央や後方に配置すると俺の側に侍るって誓いが果たせなくなるからトロワ自身が反対するだろうし)

 

 問題解決するには二人が和解するか俺が二人の間へ物理的に入る以外の方法は思いつかず。

 

(時間があればそれが解決してくれた可能性もあるんだけどなぁ)

 

 無いモノねだりをしても仕方ない。

 

「思うところがあるのは解るが、ここは俺の顔を立ててくれ。今日中にこの地下墓地の魔物を全て倒せねばまたこの村で夜を過ごすことになるし、死者が魔物と化してうろつくこの現状を好ましく思っている者はいないだろう?」

 

「っ、申し訳ありませんマイ・ロード」

 

「気にするな。お前は良くやってくれている。家具への呪文付与があったからこそ昨晩は皆休むことが出来たし、これから赴く地下墓地内にこいつを設置することも出来るのだ」

 

 諭されて時間をかければトラウマ発祥の地でもう一泊という現実を理解したのか頭を下げるトロワを褒めつつ、俺は肩に担いだニフラム家具改を揺らして見せる。

 

「マイ・ロード……」

 

「ふ、理解が出来たならこの話はここで終わり……それでいいな?」

 

 じっと俺の顔を見つめるトロワに確認し。

 

「そもそもこれが終わらねば元々ここに来た目的も果たせまい?」

 

「っ、かたじけない」

 

 答えを待たず肩をすくめ、オッサンを一瞥すると、一人の愛妻家は感謝の言葉を口にする。

 

(そう、そもそもここに来たのはオッサンの奥さんに故郷で眠って貰う為だったんだから――)

 

 村がこんな状況で良いはずがない、だから。

 

「いくぞ」

 

「「はい」」

 

「うん」

 

「ああ」

 

 促せば、聞こえてきたのはいくつもの返事。

 

「ムール」

 

「うん」

 

 名を呼べば、明かりが暗闇に沈んでいた地下墓地の内部を照らし出し。

 

「カナメ、後方は頼んだ。エピニアのお守りもな」

 

「任せるぴょん」

 

 まだ外のカナメさんも俺の要請に快く答えてくれて。

 

「……まだ遠いが、全滅はしていなかったか」

 

「マイ・ロード?」

 

 魔物の気配を感じ取った俺は、担いだ家具のスイッチとでも言うべき場所に指を添え、トロワに言う。

 

「大丈夫だ、足音があるし、あの魔物と言うことはない。ムール、気配は前方右手奥だが、お前も感じるか?」

 

「えっ? あ、うん。言われると気づくってぐらいだけど……と言うか、これが分かったんだ……すご、じゃなくて、えーと、多分この位置なら直進じゃなくて分岐を右の方に入っていかないといけないと思うよ」

 

「そうか、一本道ではないと思っていたが」

 

 いきなり分岐があることを明かされるが、まだ想定内だ。

 

(手探りじゃなくて魔物の位置は把握出来るし、ムール君って案内人も居る)

 

 感知した魔物を一体一体仕留めていけば良いだけの話であり、家具トラップの発動で内部の魔物の数は減っている筈。

 

「ならば、そちらへ向かおう。ムール」

 

「うん。暫くは真っ直ぐ。分岐に近づいたらオイラ言うから」

 

「ああ、その時は頼む。ふむ」

 

 言葉を交わしつつ進む地下墓地の壁、ちらりと目に入ってきたのは空っぽの空間とボロボロになった皮の腰巻きに幾枚かの金貨。

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

 副葬品だけ残っていると言うことは、人が横たわれる程の空間にあった死体は既に魔物となって何処かに行った後なのだろう。

 

(この空間にも気をつけておかないとな。多分気配として感じ取れると思うけど)

 

 一見ただの死体だと思ったら急に動き出した何てのは、ある意味お約束だ。ムール少年(仮)には頭を振りつつも俺は気を引き締めた。

 

 




いよいよ地下墓地に突入した主人公一行。

珍しくシリアスシーンオンリーっぽいが、これは嵐の前の静けさなのか?

次回、第六十五話「ゲームって親切設計なんだなとつくづく思う。ただしカメラに悪意しかないのは除く」

番外編の入れ時に悩む今日このごろ。




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第六十五話「ゲームって親切設計なんだなとつくづく思う。ただしカメラに悪意しかないのは除く」

「これは……」

 

 一つのことを警戒したとしても次に待ち受けているモノがそれとは限らない。足下に散らばるのは副葬品だったと思わしきものの残骸。

 

(なるべく見ない方がいいよなぁ、きっと)

 

 そしてちらりとだけ見た副葬品の元有った場所は、納められた骸ごと壁の脇に設けられた空間が潰れていた。

 

「崩落か」

 

「ここにも影響が出てる可能性はあったけど……オイラ達も気をつけないとね」

 

「ああ。生き埋めになる趣味はないしな。最悪、脱出呪文による緊急脱出も選択肢に入れておいた方が良い、か」

 

 流石に修復する余裕もなく、俺達は言葉を交わしつつも二次崩落を警戒しつつ潰れた遺体用の溝の横を通り抜けた。

 

「しかし、トロワが居てくれたのは幸いだった」

 

「マイ・ロード?」

 

「何、崩落の危険がある場所で派手な立ち回りは拙かろう? その点、お前の作ってくれた『これ』はただ魔物を光の中に消し去るもの、周囲へのダメージを気にせず使えるのだからな」

 

 出番はまだ訪れていないが、この後敵と遭遇した時、ニフラム家具がなかったらどれだけ面倒な戦いになるか。

 

(ニフラムの呪文は僧侶の呪文、スミレさんを船に置いてきた時点で使えるのは俺ぐらい。その上、100%効く呪文でもないとなればね)

 

 おそらくは、崩落しないよう気をつけて立ち回り、効くか解らない呪文を成功するまで唱え続けることになるだろう。

 

(敵が前方から来てるだけならそれでも精神力の枯渇に気をつけてさえいれば何とかはなるかもしれない)

 

 だがニフラム家具が有れば、敵が前後などの二方向から接近してきたとしても容易に対処出来るのだ。

 

「もうすぐ分岐があるという話だったしな、挟み打ちされる可能性はゼロではない」

 

 感じられる気配が一つだけの時点でゼロに近しい可能性ではあるが、あくまで今はだ。

 

「ムール、この先で道が分かれているのだったな?」

 

「うん。そろそろ分岐だよ」

 

「そうか」

 

 ムール少年(仮)の声に応じると、俺は歩く速度を緩める。急ぎすぎて脇道に気づかず通り過ぎてしまわぬように。

 

「もうすぐ分岐にさしかかる。はぐれるなよ」

 

 一度だけ振り向いて後続に声をかけ視線を戻し、進むこと暫し。

 

「あれだ。えーと、ちょっと待ってね」

 

 何かを見つけたらしいムール君は声を上げると、壁に歩み寄るなり、取り付いて登り始める。

 

「ムール?」

 

「ここの上に油を注いで火をつける場所があるんだ。火をつければ暫く燃えてるし、目印になるから」

 

 理由が有っての壁登りらしいが、身軽なのは盗賊だからか。

 

(多分俺でもやれないことはなさそうだしなぁ。けど……)

 

 明かりを灯す事に異論はない、だが俺は敢えてムール少年(仮)の制止を無視し、家具を脇に置くと壁へと近寄った。気になることがあったのだ。

 

「ふぅ、これで暫くは燃えっ」

 

 それを案の定と言ったら酷だろうか。手をかけていた壁の一部が崩れ、ムール君が高所で支えを失ったのだ。

 

「っ」

 

「うわぁぁぁっ」

 

「させんっ」

 

 崩落の影響は他の場所にも出てるのではないかと思えばこれだ。俺は咄嗟に腕を広げムール少年(仮)を受け止める。

 

「くっ、何とかなった……か」

 

 中途半端に暗い上、崩れてきた壁の一部で足場も悪い。バランスを崩しかけつつも何とか転倒を防ぎ。

 

「ん? いや今はそれよりも――」

 

 何処かでブツっと何かか千切れる音がしたが、気にすることは他にある。

 

「大丈夫だったか、ムー」

 

 ムールと呼びかけようとして、感じた違和感に俺は言葉を失った。

 

(なに、これ……)

 

 左腕に当たっているのは、たぶん俺にも付いているアレだと思う。体つきの割には大きい気もするが、それはいい、ただ。

 

(おとこ の ひと に こんな やわらかいむね、ついてましたっけ?)

 

 右手に触れていたムール君の胸が弾力を伴い俺の指を押し返してきたのだ。

 

「うっ」

 

 訳の分からない俺の腕の中、ムールが顔をしかめるもかける言葉が見つからず。

 

「……ふぅ、驚いたぁ。あ、受け止めてくれてあり」

 

 一つ嘆息したムールは俺に礼を言いかけて固まった。

 

(と言うか、そもそも、この場合ムール君とかムール少年って呼び方はおかしいか)

 頭の片隅で、これからの仮称を考えつつ、俺もどうして良いか解らず。

 

「マイ・ロード、どうなされました?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 おそらく、トロワが声をかけてくれなければ、お見合い状態が続いていたと思う。そして、ムールの呼び方がどうのこうのが現実逃避であったことを理解出来たかも怪しく。

 

「そ、それより大丈夫か、ムール?」

 

 それでも現実に引き戻されたばかりの俺にムールの身体の謎と向き合える程の余裕はなかった。

 

(落ち着け、俺。優先順位を考えろ)

 

 今為すべきは、気配を感じていた魔物をどうにかすること。

 

(そう言えば、あの魔物は……っ)

 

 意識を感じていた魔物の気配に向けると、知覚したのは良くない事態だった。

 

(こっちに…近づいてる)

 

 まだムールは俺の声に返事さえせず固まったままだというのに。

 

(仕方ない、かぁ)

 

 唯一構造を知るムールは硬直中、気配でしか位置を捉えていない俺にとってここへの到達までどれ程かかるかも先方の元に辿り着く道も解らない以上、出来るのは待ち受けることだけだったのだ。

 

 




主人公「む、ムールが……どうしたんだ? 俺の知らない武装が内蔵されているというのか?」

 と言う訳で両方ついてたが正解でした。まさかこの展開が読まれるとはなぁ。

 ムール君は最初から両方付いてる設定だったので、出すか迷ったのですよ。ちなみに名前も「両性具有だからカタツムリをからとろうか?」→「いや、それじゃひねりがないな、せめて他の貝に」なんて流れで今の名前になりました。

次回、第六十六話「始まりかそれとも」


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第六十六話「始まりかそれとも」

「やはり、近づいてくるな」

 

 ある意味当たり前のことだった。

 

(相手はこちらを認識して、近寄ってきている。そして、こちらには接近する推定くさったしたいに備える時間が十分ある)

 

 むろん、この備えというのは戦闘になった場合の備えだ。実はこの村の人間が全員ムール君の様に両方付いてる人だったとしたら、心の準備としては全然足りないし、そもそも何故そんな心の準備が居るんだよと言うツッコミに対しての説明兼弁解を考える時間としても充分ではない。

 

(って、何だよその過程! と言うか、一体誰が俺の脳内にツッコミ入れるんだ)

 

 詰まるところ、やっぱり俺はまだ落ち着けずにいた。

 

(認めよう。ムール君の不思議ボディは俺にとってかなり衝撃的だったみたいだ)

 

 一応、ムール君は俺が想像した以上にぽっちゃりさんだったという可能性がミリ単位ぐらいでは残っている気がすると思うが、そんなことを考えてしまう時点で思考と意識の切り替えが出来ていないのだろう。

 

(とにかく、まずは意識を切り替えないと)

 

 話は後で出来る。だが、動く腐乱死体は待ってくれない。

 

(待ってくれないというか、こっちが待たされてるみたいな感じになってるけど)

 

 相手を待つのは失敗だったか。

 

(待ち受ける間、余裕が出来てしまってつい考え事をしちゃうからなぁ)

 

 この状況で考え事などロクな事にならないのは解りきってるはずなのに。

 

(おのれ、くさったしたい)

 

 ただの死体かと思えば精神的に追い込んでくるとは中々やるじゃないか。

 

(とりあえず、効果範囲内に現れたらすぐ家具を使える様に準備だけしておこう)

 

 ムール君をキャッチする時その辺りに置きはしたが足が生えて逃げ出す機能も無い訳だし、おそらくは置いた場所にあるはず。

 

「……あった」

 

 首を巡らせれば、ムール君が壁に登って明かりを灯してくれたお陰で、ニフラム家具はすぐ見つかり。

 

「……これでいい」

 

 両肩に家具を担いだ俺は、魔物の気配がする方へ向き直った。

 

(まだ距離はあるな)

 

 だからといって慢心はしない。油断もしない。

 

(終わらせよう)

 

 さっさと。

 

(まだ一体目だし)

 

 魔物がやってくる先にもやることはある。

 

(村に繋がってる入り口がないかの確認と分岐の先の確認が済んだら新しく魔物が入り込んだりしないよう軽く封鎖しておかないと)

 

 結局あの夜中に俺がニフラムで消し去った動く腐乱死体の出所もまだ不明なのだ。

 

(いい加減な確認したりチェックしなくて見落としたら後で後悔してもしきれないだろうし)

 

 そもそもトロワにわざわざ家具の改造までやって貰っていると言うのに俺がいい加減な仕事をする訳にはいかない。

 

(そう、例えムール君に両方付いていて動揺しているとしても……って、何思い出してるんだ、俺!)

 

 何故脇に置いておこうと思ったことを思い出す。

 

(お前か、お前かぁぁぁっ、世界の悪意ぃぃぃ)

 

 何処までも、何処までも俺の邪魔をしてくれる。

 

(……じゃなくって、ええと、魔物の気配は……っ、随分近くなってる)

 

 手間が省けたと言うべきか。俺は家具を気配の方に向け、視線と意識も同じ方向へ固定する。

 

(そろそろ姿が確認出来てもおかしくない筈)

 

 考えるのも後悔も今度こそ後回しだ。

 

「お゛ぉうぉあぉぁぁっ」

 

「っ、来たか」

 

 やがて今にも転倒しそうなおぼつかない足取りで歩み寄ってくる腐乱死体の姿が明かりに照らし出され。

 

「今だ!」

 

 効果範囲内に入ったところで家具を起動させる。

 

「お゛ぉぅおぁおぉぉぉぉ」

 

 相変わらず意味のない音の羅列を漏らしつつくさったしたいが光の中に消え去り。

 

「まずは一体、だな。さて」

 

 拍子抜けする程上手くいった魔物の排除に一息つくと振り返る。

 

「他の道を一旦塞いでからあいつの来た道を逆にたどるぞ」

 

 アクシデントを有耶無耶にするという意味でもこの流れはチャンスである。

 

「うむ、ならば私の担いできた家具を使ってくれ」

 

「すまん。ではお言葉に甘えさせて貰おう。今のところ敵の気配は近くにないからな」

 

 オッサンの協力に感謝しつつ通路を家具で埋めると、念のため先程使ったばかりのニフラム家具も同じ場所に設置し、ロープで連動させる。

 

「こんなところか、では――」

 

 先に行こうと俺は促すつもりで他の面々の顔を見回し。

 

「ん?」

 

 明かりを受けてキラキラ輝くモノに目を留める。

 

「な」

 

 それは、壁に貼り付いてのアクシデントの時に懐から零れ、引っかかったのだろう。

 

(きんの……ネックレス?)

 

 思い返すと、確かムール君に預けていた気がするそれは、身につけた男性を「むっつりスケベ」に変えてしまう人格矯正アイテム。男性専用のそれは、まるで悪意でも有るかのようにぼーっと突っ立ったムール君の頭上にぶら下がっており。

 

(ちょっ)

 

 容易にオチが予想される光景に俺は顔をひきつらせた。

 

(こっちが本命かぁ、世界の悪意ぃぃぃ!)

 

 両方付いているなら、男性専用のアクセサリーを装着した場合、効果があったとしても不思議はない。

 

「間に合えっ」

 

「へ?」

 

 今にも落ちてきそうなネックレスの落下地点からムール君をどかすべく、俺は地下墓地の床を蹴ると前方に飛んだのだった。

 

 




 不気味に沈黙したままだった伏線「金のネックレス」、今になってそれが牙を剥く。

 あれを装着したら性格がむっつりスケベにされちゃう。

 逃げて、ムール君。今ならまだ間に合うはずよ。むっつりスケベにならないで!

 次回、第六十七話「むっつりスケベ爆誕」

 目指したのは「城之内死す」レベルの次回予告。


 いやー、ようやく伏線一つ回収出来そうです。



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第六十七話「むっつりスケベ爆誕」

「わぁっ」

 

 ムール君の悲鳴とその身体にぶつかったことで感じた衝撃。

 

(よしっ)

 

 俺は間に合ったことを確信し。

 

「その手は喰うかっ」

 

 予想通り落下してきたネックレスを打ち払う。

 

(ムール君を押し出せばその場所に自分が居ることになる、そんなの想定内だ世界の悪意っ!)

 

 これまでの戦いが、俺を育ててくれた。経験は無駄じゃない。

 

(二段構え? わかりきってたさ)

 

 だから現にきんのネックレスは俺に弾かれて宙を舞っている。そのまま落下したとしても、俺やムール君の首に引っかからないコースだ。集中したからか、やけにスローモーションになった世界の中、俺は達成感を覚えつつペンダントを眺め。

 

(勝った、世界の悪意に。あっちに居るのはオッサンくら……え゛っ?)

 

 そして、固まった。

 

「ぬ?」

 

 突然の俺の行動に驚いた様子のオッサンは多分気づかなかったのだろう、声を漏らした時にはネックレスはオッサンの頭を通し、首に装着されており。

 

(ちょっ)

 

 俺の顔はひきつっただろうか。

 

「これは……むっ、そうか」

 

 首に掛かったペンダントに気づいた直後だった。オッサンは、荷物から急いで熊のぬいぐるみを取り出し。

 

「……ふぅ」

 

 穴が空く程凝視した後、何処か愁いを帯びた表情で息を漏らす。

 

(オッサァァァァン?!)

 

 何てことだ、読み切ったと思ったのに犠牲は出ないと思ったのに、犠牲者が出てしまった。

 

(そんな、この流れでオッサンがむっつりスケベるなんて予想出来る筈がないじゃないか)

 

 亡き妻のために最後の鍵を探していたランシールの戦士はもうそこに居ない、居るのは熊のぬいぐるみでむっつりしちゃったオッサンが一人。

 

(こんな展開っ……誰が望んだって言うんだよ!)

 

 死者と生者一人ずつを色々台無しにしちゃっただけじゃないか。

 

(これが……お前の望みか、世界の悪意っ)

 

 どうしろって言うんだよ、この状況。

 

「えーと……」

 

 ほら、ムール君も俺の腕の中で対応に困ってるし。

 

(ん? おれ の うでのなか?)

 

 多分、ぶつかった時そのまま転倒したら拙いと無意識のうちにネックレスを弾かなかった方の腕で抱きすくめる様にしたのだろう。

 

(わーい、おれ の しんしさん……じゃねぇぇぇぇ?!)

 

 ネックレスに気をとられて中途半端なことしたせいでものすっごく気まずい状況が誕生しているのですが。

 

(と言うか、両方付いてるならこの態勢、かなり危険ですよね、うん)

 

 ついさっき胸を触ったのに、謝ったりした覚えが無くて、これなのだ。

 

(どうしよう、遅かったけど謝るべきかな? けど、ここで謝ったらムール君の身体の秘密が回りにバレてしまうし)

 

 バレなかったら俺のホモ疑惑が急上昇、か。

 

(ほぼ詰んでるじゃないですか、やだーっ)

 

 ふざけんな、世界の悪意。

 

「マイ・ロード、これはいったい?」

 

 しか も なぜ ここ で おれ に せつめい もとめてくるんですかね、とろわさん。

 

(いや、確かに第三者視点だと意味不明な状況に見えるかも知れないけどさぁ)

 

 説明しようにも明かすことと明かさないことで取捨選択の必要がある。

 

(とりあえず、きんのネックレスのことだけ説明すればいいかぁ)

 

 少なくともそれで俺がムール君にこうしている理由の説明にはなる。

 

(きんのネックレスについてはアッサラームでの一件があるからクシナタ隊のお姉さんなら効果を覚えてる人も居るだろうし)

 

 何より、オッサンをあのままにしておくのは忍びない。何せ、さっきので満足したかと思えば、いつの間にか一人鼻血の海に沈んでいたりするのだから。

 

(って、オッサァァァァン?!)

 

 何を説明するか考えていた間に、いったい何が起きたと言うのだ。

 

「せ、説明は後だ。とにかく今はあの男の手当を」

 

 いくら地下墓地だからって死者を一人増やす訳にはいかない。

 

「ようやく逢えた……そんな顔をするな。これからはずっといっ」

 

「ちっ、ベホマっ」

 

 何だか焦点の定まらない目でやばいことを言い始めていたので、やむを得ず呪文をかける。

 

(これでいいよな? 出血多量が呪文で補えるかは不明だけど)

 

 これで駄目なら俺達に出来るのは命を落とした後に呪文で蘇生を試みることぐらいだ。

 

(もしくは前にトロワの言っていた蘇生棍棒でも作ってもらって使うか、かな)

 

 棍棒で尻をぶっ叩かれて蘇生するオッサンなんて見たくもないけれど、それはあくまで最後の手段。

 

(たぶん今回の状況なら回復呪文で充分な筈。トロワがだいたいそうだったし)

 

 何が悲しくて鼻血における出血量のセーフゾーンとアウトゾーンが解るようにならなければいけなかったのかとも思うが、役に立ったので今は嘆かずにいよう。

 

「う……」

 

 そんな、とても他者には打ち明けられそうにないやるせなさと向き合っていると呻き声を上げてオッサンがむくりと身を起こし。

 

「どうやら気が付いたようだな」

 

 声をかけつつ近寄ると俺は片膝をつき、オッサンの首元で揺れるきんのネックレスへ手をかけた。

 

「まったく、相変わらずロクなことをせん品だ」

 

 このままオッサンをむっつりさせておく訳にはいかない。

 

「な」

 

「これで大丈夫だろう」

 

 呪いがかかっている訳でもないペンダントはあっさり外れ、それを鞄へとしまい込む。

 

(破壊しちゃいたいとこだけど、場所が場所だしな)

 

 明かりがあるとは言え照らされる範囲も限定される。残骸に足を取られて躓くことだって考えられる。

 

(今はこれでいい、だが、きっと必ず)

 

 ネックレスは処分すると決意しつつ立ち上がると、俺は他のみんなの方へと向き直った。

 

 

 

 

 




 結局防げなかったむっつりスケベの誕生。

 そして主人公は強いられる、そう、説明を。

次回、第六十八話「弁明」

 ひな祭りなのに季節ネタできなくてごめんなさい。


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第六十八話「弁明」

 

「何人かは知っていると思うが、先程のきんのネックレスには身につけた者の性格を変えてしまう力がある。そして、変えられてしまったらどうなるかは、あの通りだ」

 

 あのの下りからオッサンを示せば、俺が飛び出した理由もネックレスをはね除けた理由も解って貰えると思う。

 

「そう言えばアッサラームで……」

 

 と口にしたのはクシナタ隊のお姉さん。やっぱり覚えている人は居たらしい。

 

「まぁ、ネックレスは鞄にしまったからな。二度目があるとは思えんが……今はそれよりこっちだろう」

 

 言いつつ俺が見つめるのは、呪文で一応回復したはずのオッサン。

 

「立って歩けるか?」

 

 これから探索しないといけないことを鑑みるなら、オッサンのコンディションこそが最も優先して確認すべき事だった。

 

(置いて行く訳にも行かないし、魔物討伐の延期は論外となると歩ける状態でないと困るんだけど)

 

 NOと言う答えが返ってきたのなら、置いて行く訳にはいかないという部分を曲げるしかない。

 

「無論……だ」

 

「そうか」

 

 かなり億劫な様子だったが、返ってきた言葉の意味が肯定だったことで密かに胸をなで下ろす。

 

(とは言え、出来れば肩でも貸した方が良いんだろうけどなぁ)

 

 この場に居る他の男は俺のみ。

 

(ニフラム家具を簡易バリケードに使って片方の肩は空いてはいる)

 

 ただ、肩を貸せば間違いなく俺の動きは鈍くなるだろう。

 

(とりあえず、ここに戻ってくるまでならいいかな)

 

 気配を察知できた魔物はもう光の彼方に消し去ったのだ。

 

「念のため肩を貸そう。ムール、トロワ、俺の反応速度も動きも鈍くなるだろうからな、すまんがフォローを頼む」

 

「承知致しました」

 

 頼めばトロワの答えはすぐ返り。

 

「あ、う、うん」

 

 少し間を置いてからムール君もぎこちなく頷いた。

 

(あー、やっぱりさっきの引き摺ってるかぁ)

 

 状況を考えると仕方ない気もするが、やはり何処かできっちり話しておく必要があると思う。

 

(何とか機会を見つけないと。みんなの前では拙いし、小声で後で話があるからと呼び出せれば良いんだけど)

 

 耳元で囁こうにもオッサンに今から肩を貸す状況では不可能。そもそもこの地下墓地の魔物退治が終わってしまえば、次の夜はルーラで目的地へ向かう途中の上空になるだろう。

 

(内緒話はまず無理、かな?)

 

 その翌日はおそらく宿に泊まる事になると思うので、謝罪成り何なりがきちっとできるのは、明後日以降か。

 

「すまぬ、お言葉に甘えよう」

 

「気にするな。これ以上トロワに辛い思いはさせられんからな。今日中にこの地下墓地に平穏を取り戻す」

 

「マイ・ロード……」

 

 恐縮するオッサンに応じつつ俺は顔を上げると歩き出す。

 

「ふむ……」

 

 進み始めると、気配の無いこともあって、調査はかなり単調だった。

 

「この辺りは崩落の様子もないな」

 

「はい、おそらく先程の場所が最も影響を受けた場所だったかと」

 

「なるほど、な」

 

 横目でチラチラ見るが、ムール君の持つ明かりで照らされる壁には大きな亀裂なども見つからず、設けられた溝は大半が副葬品だけ残して空になっている。

 

(これは下手するとハズレかもなぁ)

 

 遺体安置用の溝に空の部分が多いのは近くに別の出入り口があってそっちから動き出した死体が出ていったからと言う推測も出来るが、別の出入り口が出来る理由の最有力候補である崩落の影響が乏しいとすると可能性は低くなる。

 

(それでもまばらに屍は残ってるから念のためニフラム家具は設置していった方が良いんだろうけど)

 

 未だに気配は無いものの、横たわった死体が魔物かしない保証も無いのだ。

 

「とは言え念のためだ、最奥まで様子を見てから戻るぞ。その途中でニフラム家具を設置すればいい」

 

「はい」

 

「へ? あ、うん」

 

 ワンテンポ遅れてしまうムール君の反応に不安を感じるが、現状ではどうしようもない。

 

(もうこの先に何も居ないことだけは解ってるし)

 

 さっさと済ませてさっきの分岐に戻ろう。

 

(そして入り口まで戻ってニフラム家具を補充してもう一度、以後繰り返し……かぁ)

 

 オッサンが荷物になるようなら、その時入り口に置いてくればいい。

 

(うん、場合によっては家具補充の時ならこっそりムール君に耳打ちする機会もあるかもしれないもんな)

 

 道案内が使い物にならない状況は好ましくない。

 

(ついでに言うなら一人で考え込んで変な誤解とかされてると嫌だし)

 

 疑心暗鬼になった覚えなら俺も数え切れない。だからこそ伝達不足の齟齬が致命傷を招くのは防ぎたいのだ。

 

「どうやらあそこで行き止まりのようだな……の、割には風の流れを感じるが」

 

 この手のものを感じ取れるのは、きっと盗賊の優れた知覚力の恩恵だろう。

 

「マイ・ロード、おそらく換気用の空気穴では? 分岐にあった明かりは油を燃やすタイプのようでしたし」

 

「ふむ、確かにその手のモノが設けて無くては危なくてどうしようもないか」

 

 トロワの推測に納得して壁面の上方を見るとそこには確かに穴が空いている。

 

「高さ的に死体共が登るのも難しいな。……よし、引き返すぞ」

 

 暫く周辺を観察した俺は問題なしと判断すると踵を返した。これでようやく何分の一かが終わったのだ。

 

 





次回、第六十九話「リレー」


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第六十九話「リレー」

「とりあえずここも異常はなさそうだな」

 

 来た道を引き返し、やがて辿り着いた分岐点ではもう一方の道を設置した家具が塞いだままになっていた。

 

(この家具は戻ってくるまでこのまま置いて行くとして……これを再利用すれば一箇所分は何とかなるけど、問題は次の分岐が三岐路だったりした場合だよな)

 

 探索する道以外の二箇所を塞ぎ、遭遇する魔物用兼探索した通路に設置用のニフラム家具まで入れると三つ必要な計算になる。

 

(数が足りるかが問題かぁ)

 

 最悪の場合、設置場所を分岐などの死体が魔物化した場合必ず通る場所に限定することも視野に入れるべきだろう。

 

(これ以上トロワに負担はかけられないし、そもそも材料がないもんなぁ)

 

 一応、使い捨てでも良いならほぼ全裸で身体をくっつけるとかって方法で数を増やすことも出来るだろうが、そこまでする気はないし、させる気もない。

 

「そろそろ出口、か」

 

「すまぬな、世話をかけて」

 

「ふ、気にすることはない。ネックレスの脅威は知っているつもりだ」

 

 肩を借りているからか恐縮するオッサンへ、俺はさも大したことはしていないという風に肩をすくめる。

 

「だからこそネックレスは仕舞わせて貰ってるが、な」

 

 男性専用装備であるから影響を受ける可能性があるのは俺とオッサンとムール君だけだし、今は鞄にしまってあるが、油断する気はない。

 

(だいたい、あのネックレスは何故洞窟にあったのやら)

 

 人目を避ける必要のあるあの猥褻地帯と違って、きんのネックレスは見た目だけなら普通の宝飾品なのだ。

 

(あれも自称次期村長が隠したとか? いや、それはないか)

 

 きんのネックレスが原因の変態だったとしたら、人としての肉体を持たぬ悪霊になった時点で性格矯正の効果も立ち消えているだろう。

 

(根っからの変態だったって場合もあるけどさ)

 

 なら普通に考えればあのネックレスは必要ない、第三者につけさせて自分のスケープゴートに使うとか考えていなければ。

 

「マイ・ロード?」

 

「ん? ああ、すまん。そもそも元凶のネックレスが何故あんな所に隠してあったかを考えていてな」

 

 トロワの声で我に返った俺は詫びてみせると直前まで上の空だった理由を明かす。

 

「そうでしたか」

 

「ふ、情報が少なすぎて結局の所自分を納得させられるだけの仮設も組み立てられなかったがな」

 

 おそらくこれ以上考えても時間の無駄だろう。

 

(それに、やることもある)

 

 前方には既に入り口からの光が差し込んでいたのだ。

 

「ようやく入り口に到着、か」

 

 これでニフラム家具の補充が出来るし、オッサンを置いていける。

 

(さてと、ここからだ。バケツリレーならぬ家具リレーだけどさ)

 

 内部に足を踏み入れ、内部を調査、家具を設置し、引き返して家具を補充。魔物の気配を感じた場合、これに魔物退治を加え、内部を完全踏破するまで繰り返す訳だ。

 

(けど、その前に――)

 

 オッサンを適当な場所に座らせ身軽になるとまずトロワに近寄り、言う。

 

「トロワ、念のため家具の起動確認を頼めるか?」

 

「はい、承りました」

 

 負担を増やしたくないという気持ちとは反するが、ここで妙な誤解を生む訳にはいかない。トロワに頼み事をし、完全に一人になったところで俺はムールの元に向かう。

 

(とりあえず謝って、詳しい話は後でしようって言っておかないとね)

 

 些細なことでも放置すると状況は悪化する。関係に亀裂を入れかねない出来事なら尚のこと。

 

「ムール、少し良いか?」

 

 だから早く謝ってしまいたい。

 

「えっ? あ……」

 

「っ」

 

 声をかけた相手が俺の顔を見るなり硬直してしまったと事に少しだけ心の痛みを感じたが、アクシデントとはいえ触ってしまったのは、俺。

 

(甘んじて受けなきゃ、駄目だよね)

 

 ここで怯むことは、いろんな意味で許されない。

 

「すまなかった。事故だったと言い訳する気はない。だが、地下墓地を、地下墓地の事を何とかするにはお前の助けが必要なのだ」

 

 オッサンに外でお留守番して貰うこととなった以上、この村のことを知りうる同行者はムール君のみであり。

 

「この村を魔物化した死者が彷徨う場所にはしておけん、故に今は――」

 

 先程のことを一時忘れ協力して欲しい、と俺はムール君の耳元で囁き。

 

「……協力」

 

「そうだ、力を貸してくれ。それと、おそらく今日は無理だろうが次に宿をとる時――」

 

 俺の口にした単語を反芻するムール君へ言う、俺の部屋に来て欲しい、と。

 

(出来れば盗賊の奥義の方もお詫びの気持ちに伝授したいところだけど)

 

 当然伝授にはモシャスでムール君に変身する必要がある。

 

(とりあえず、下着は着けたままで伝授した方がいいよね、女の子の部分持ってる訳だし)

 

 一つ問題があるとすれば、下着とかはどうなっているかだ。

 

(うーむ、下着を二つ持ってきて貰う様に言うべきなんだろうなぁ)

 

 そもそも、服越しに触っただけで裸を見た訳でもない。身体の構造がわからなければ両方付いている人の下着なんて用意するのは不可能だ。想像力だけで何とか用意して実際はいてみたら失敗作でしたでは笑えない。

 

(うーん)

 

 若干迷ったものの、時間をかければトロワが起動確認を終わらせてこちらに来てしまうだろう。まごついていられる余裕は皆無。

 

「その時は、下着を二着用意してきてくれるか?」

 

 意を決し、最後にそう言い添えた。

 




主人公、謝る。

ムール君を復活させる為挑んだ内緒の会話の結果、ムール君は――。

次回、第七十話「いい顔になったな、まるで何かの覚悟を決めたかのような……あっ(察し)」

あーあ。


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第七十話「いい顔になったな、まるで何かの覚悟を決めたかのような……あっ(察し)」

 

「えっ……」

 

 言い添えた言葉に驚くムール君だったが、そのリアクションに俺は説明不足であることに気づくも。

 

「……うん、そうだよね。生き返……て貰っ……、こ……も……て貰……だ……」

 

「あー、その、だ」

 

「いいよ」

 

 何かブツブツ呟いていたムール君は俺が補足の言葉を切り出すより前に首を縦に振って見せた。

 

「えっ」

 

「下着を二着もって行けば良いんだよね?」

 

 一を聞いて十を知ると言う奴だろうか。流石に言葉が足りないと思ったのだが、ムール君の顔は何もかもを理解したとでも言うかのようであり、その瞳には覚悟を決めたもの特有の色があった。

 

「そうか、解ってくれたならいい。まぁ、別に俺側としてはこれが初めてという訳でもないしな、解らないことが有ればカナメにでも聞くと良い」

 

 とは言え、勘違いしてる可能性もゼロではないだろうから、安心させるついでにそう勧めておく。

 

(とりあえず、これで大丈夫だよな。俺がポカやってたとしてもカナメさんならきっと何とかしてくれるだろうし)

 

 ムール君の前でカナメさんの名前は何度か呼んでいる。スミレさんとカナメさんを間違えてデタラメを吹き込まれるなんて事はあり得ないし、ともあれ、これでようやく奥義を伝えられる相手を確保できたわけだ。

 

「マイ・ロード、確認終了致しました」

 

 そして、ここで報告にやって来るきれいなトロワ。どうやら時間切れらしい

 

「っ、そうか。ではその家具を持って出発するとしよう。ムール、道案内を頼むな?」

 

「仲間って……言う意、あ、うん」

 

 また何かブツブツ呟いていたようだったが、生き返って一日だし、ここはムール君の故郷、更に言うなら昨日今日で色々なことがあったのだ、きっと思うところがあるのだろう。

 

(ちゃんとカナメさんって質問への回答役も用意してあるしな)

 

 勝手にアテにしちゃったカナメさんには悪いけど。

 

「やはり、カナメにもその辺り埋め合わせすべきか」

 

 今度町や村に立ち寄ったら何か買って贈ろう。

 

(ムール君と違って、付き合いがそれなりにあるカナメさんならプレゼントで変な誤解はしないだろうし)

 

 これがスミレさんだと、意図的に周囲を誤解させる発言をしかねないので注意が必要だが。

 

「スー様呼んだぴょん?」

 

「っ、あ、ああ。カナメか」

 

 噂をすれば影なのか、声をかけられて驚きに一瞬固まるが、ある意味丁度良いタイミングだったかも知れない。

 

「イシスの夜、と言えば解るか? ムールに聞かれたら教えてやって欲しい」

 

「あー、そう言う話ぴょんね。わかったぴょん」

 

 事後承諾の形になったと言うのに、口に出せばすぐさま飲み込んだカナメさんは首を縦に振ってくれて。

 

「けど、あれ私達からすると結構きつかったぴょんよ? 大丈夫?」

 

「いや、きつかったと言うが……俺からすると割と楽しそうに見えたのだが」

 

 声を潜めて疑問を口にするカナメさんへ俺は若干ひきつった顔で応じる。

 

(そりゃ、カナメさんの言うことも解るけどさぁ)

 

 あれは俺としてもトラウマなのだ。

 

「ともあれ、やることがやることだからな、俺が口で説明するよりカナメの方が適任だろう?」

 

 ムール君は覚える側なのだし、俺も説明で自分の古傷を剔らずにすむ。

 

「いっそのこと三人で、と言うのも考えたが」

 

 カナメさんも元盗賊なのだ。賢者の後再び盗賊に戻るなら、奥義の伝授は生きてくると思う。

 

「こちらとしては構わない……と言いたいところぴょんけど」

 

「けど? あ」

 

 途中で言葉を濁したカナメさんの言を反芻して、俺はようやく気づく。

 

(そっか、ムール君の性別、カナメさんには話してなかったっけ)

 

 男の子か怪しんでいたものの、疑問のレベルだったはずだ。

 

(あー、一応男のアレも付いてるムール君と下着姿で一緒にってのはいくら技の伝授補助だとしても問題だよなぁ)

 

 きっと今回は諦めた方が良いということなのだろう。

 

「そうか、そうだな。そもそもお前が良くてもムールが嫌という可能性もあるしな。俺が浅はかだった。さて」

 

 何だかんだで結局話し込んでしまったものの、すべき事は忘れていない。

 

「そろそろ出発するとしよう。トロワ、待たせてすまんな」

 

「いえ」

 

「隊列は一人減るが前回の通りだ。崩落の影響が残る場所には気をつけろよ」

 

 俺が歩き出したのは、警告を口にしてすぐで。

 

「同行出来ずすまぬ、地下墓地を――」

 

「ああ」

 

 見送るオッサンの傍ら、血にまみれていないくまさんのぬいぐるみを一瞥した俺は視線を前に戻し、頷いた。

 

(奥さんは守ったんだな)

 

 むっつりスケベっても妻への愛は変わらなかったのだろう。

 

(妻、かぁ。女の子にモテず、秋波送って来たのが旧トロワぐらいの俺が理解しようなんてちゃんちゃらおかしいのだろうけれど)

 

 貴いモノだと言うことぐらいは解るつもりだ。

 

(オッサンの奥さんへ安らかに眠って貰うためにも、さっさと片をつけないと)

 

 先程潜った感覚からすると魔物の数は少なかった。なら、問題になりそうなのは崩落ぐらいだと思う。

 

「マイ・ロード?」

 

「何でもない。遅れを……取り戻すぞ?」

 

 俺が口元を綻ばせて言えば、トロワははいと答えた。

 

 




むぅ、ちょっと強引だったかなぁ?

次回、第七十一話「結局別の出口は出来てるのかどうか」


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第七十一話「結局別の出口は出来てるのかどうか」

「とりあえず、あの分岐までは戻って来られたな」

 

 ポツリと呟く俺の視界に入るのは、少したりとも動いた様子のない通路を塞ぐ家具。

 

(そして把握出来る限りに敵の気配もなし……っと)

 

 うようよ居て時間をとられるよりはマシだし、村を彷徨っていた分の動く屍を吐き出したからこその状況と考えれば、おかしい所は何もない。

 

(むしろこっちとしては都合が良すぎるくらいだよなぁ、うん)

 

 敵が居ないのであれば、少々無理をして多めに家具を担ぐことだって出来るのだ。

 

(同行者の殆どが女性だし、やっぱ力仕事となると、ねぇ)

 

 女性陣へ負担を強いるのは抵抗がある。

 

(もっとも、全ての家具を自分で持てる訳じゃないからいくらかは結局負担して貰わざるを得ないんだけど)

 

 それでも後方警戒要員のエピちゃんや、そもそもが非力なクシナタ隊所属の魔法使いのお姉さんに家具を持って貰うのは無理というもので、持ち運んでいる数の総数は俺がもっている家具の倍と言ったところなのだが。

 

「モシャスの効果時間がもっと長かったらスー様に変身して運ぶという手も有るのですが」

 

 なんて魔法使いのお姉さんは申し訳なさそうな顔をしたが、そこは諦めてくれて良かったと思う。

 

(中身が女の人の自分とかね)

 

 想像しただけでも「うわぁ」とか声が出そうなんですけれど。

 

(創作モノでたまに見る「元男とか中身が男の女の子」はあんまり抵抗ないのに逆パターンだと抵抗を感じるのは俺が男だからなのかなぁ)

 

 女性陣に聞けば解る気もするが、そんな事より今は優先すべき事がある。

 

「っ、これでいい。荷物が増えた故に機敏な動作はし辛くなったが問題は無かろう」

 

 設置されていた家具の上に担いでいたニフラム家具を乗せ、一緒に持ち上げた俺は担ぐ家具の位置を調整し。

 

「さて、行くとしよう」

 

「はい」

 

「うん」

 

 かけた声に応じた二人と共に封鎖していた通路を奥へと歩き出す。

 

「ムール、この先はどうなっている?」

 

「えーと、真っ直ぐ進むと二股の分岐。とは言っても、平行に二本の通路が延びてもう少し行った先で合流してるだけだから、封鎖もいらないと思うよ。壁隔てて向こう側の通路にくさったしたいとかが居ればまず気づくだろうし」

 

「成る程な。何故そんな構造にしたのかは気になるところだが……」

 

 おおよその想像も付く。

 

「片方の通路は予備、か?」

 

「かなぁ? オイラ達が村を出る前に地下墓地で崩落が起きたことが有ったらしくて、たぶんそれに備えてたんじゃないかって言われてる。一方が塞がっても閉じこめられないようにって」

 

「そうか」

 

 逆に言うとそんな備えをしているからこそ崩落がありそうで怖かったり厄介だったりするが、悪い方に悪い方に考えても仕方ない。

 

「ならば双方が崩落で塞がっていることはないな」

 

 フラグっぽい独り言だとは思う。ただ、もし塞がっていたなら外に出られなかった魔物達が外に出られずその気配を俺かムール君が察知している頃なのだ。

 

(それに、空気の流れも有るみたいだし)

 

 行き止まりになっていたら、そんなことはない。

 

「それで、その先は?」

 

「ええっと、また分岐してて片方は開けた空間に繋がってたかなぁ。もう一方は上に伸びてて通気口があったと思う」

 

「ほう」

 

 だとすれば俺の感じる空気の流れはそこへ向かうものなのか。

 

「もし、他に外へ出る場所が出来てるとしたら、この通気口の方だよ、多分。普通の人じゃ無理だけどオイラ達みたいな盗賊なら壁を登って通気口から外に出ることも出来るかも知れないし」

 

 内部で何かあった場合、上からロープを垂らし、途中にある格子を外せば緊急時の脱出路に早変わりするのだとムール君は言った。

 

「つまり、崩落で壁が斜面のようになっていれば出られるかも知れぬ、と?」

 

「うん」

 

「ならば先に調べるべきは、通気口がある側だな」

 

 他に出口があるのでは、バリケードが意味をなして居なかったも同異義語。

 

(最悪、もう一度村を回って魔物が居ないか確認しないといけないしなぁ)

 

 残してきたオッサンの事も気にかかる。

 

(出血で弱った状態のオッサンが、別の出口から外に出た魔物と遭遇でもした日には――)

 

 もう一方の分岐を塞ぎ、全速力で引き返す必要があるだろう。

 

「少し、急ぐか」

 

「えっ? あ、そっか。うん」

 

 俺の独言を聞いて危惧したことを悟ったらしく、ムール君は頷き。トロワが否と言う筈もない。

 

「っ、これは」

 

 少し足を速め、二本の平行通路へと別れる分岐に辿り着くと、少し先で右手側の通路が塞がっている様が明かりに照らし出されており。

 

(半分当たりで半分ハズレって感じかなぁ)

 

 両方塞がっていなくて良かったと思いつつ、無事だった方の通路を通り抜ける。

 

「問題の分岐は、この更に先……」

 

 気持ちは急ぐが、注意を疎かにする気はない。

 

「っ」

 

「あ」

 

 だからこそ、気づいた。声を上げる辺り、ムール君も察知したようだが。

 

「確認より先にすることが出来てしまったようだな」

 

 感じたのは、魔物の気配。しかも寄りによって複数、だった。

 

 




次回、第七十二話「地下墓地はまだ奥へと続く」


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第七十二話「地下墓地はまだ奥へと続く」

「こんな時に限って、か」

 

 愚痴を言っても始まらないことは解りきっていたが、気配のする方はムール君曰く、通気口とは反対側らしく。

 

「バリケードを作って先に通気口側を見に行くというのは無理だな」

 

 気配の主が分岐の封鎖が完了する前にこちらへ来る事も考えられるし、通気口側がすんなり行き止まりまでいけるとは限らない。

 

(ここに来るまでに何カ所か崩れてるところあったもんなぁ)

 

 向かってみたら通路が途中で崩れていて進めず、人の入れない大きさの隙間から空気だけが抜けていたなんてオチもあり得る。

 

(撤去するにしても戻るにしても大幅なタイムロスだし、魔物はこっちの都合なんて考えない)

 

 まぁ、魔物が空気を読まないのはいつものことなのだけれど。

 

(とは言え、順番に回っても時間がかかりすぎる……となると、戦力分散もやむを得ないか)

 

 少し考えた結果、俺は三手に別れる事にした。

 

「ムール、通気口側に魔物の気配がないならそちらへ先行してどうなっているか見てきて貰えるか? そして、もし外に通じているようならここに残して行く面々と合流して引き返し、あの男の元へ向かってくれ。俺は気配の方に向かう」

 

「スー様?」

 

「オイラはいいけど……いいの?」

 

「この状況ではやむを得まい? 地下墓地の外に出た魔物がすれ違いに外に出て入り口に残してきた血の足りないあの男に襲いかかったらと思うとな」

 

 地下墓地の魔物を全滅させて戻ってきたら魔物とオッサンの死体がお出迎えなんて状況はゴメンだ。

 

「まぁ、トロワは俺がなんと言おうと着いてくるだろうが、入れ違いになった魔物が複数居る可能性もある」

 

 ムール君一人では対処に困る事だってあるかもしれないのだから、ここは万全を期すべきだと思うのだ。

 

「気配の主についてなら心配は要らん。数が居ようと俺にはこの家具があるからな」

 

 そも、崩落さえ起きなければニフラム家具の効果が効かなくてもやりようはある。

 

「それに、所々崩れてるからか、投げる石に事は欠かん」

 

 不謹慎だが、副葬品のコインを投げつけるという選択肢も存在するのだ。

 

「予想される最悪が現実になりつつあるなら、事は一刻を争う。頼む」

 

「……わかった。そっちも気をつけてね? じゃ」

 

 俺の真剣さが伝わったのだろう。ムール君は頷くと俺が見つめるのとは違う通路へと消え。

 

「スー様、せめてこの明かりを持っていって下さい」

 

「すまんな。トロワ、頼めるか?」

 

 明かりを担当していたムール君が去ったことで魔法使いのお姉さんが差し出してきたカンテラにトロワの方を見て。

 

「お任せ下さい、マイ・ロード」

 

「では、行くか」

 

「スー様、お気をつけて」

 

「ああ」

 

 即座にそれを受け取ったトロワと二人、その場に残る面々に見送られる形で俺達は歩き出す。

 

「さてと、この先は開けた空間があるとムールは言っていたな」

 

「魔物はその辺りでしょうか?」

 

「どうだろうな? ムールならばここの構造も知っている様だし、照らし合わせて答えられるのかもしれんが……どちらであろうと短所と長所がある」

 

 開けた場所は視界に入る魔物を一気にニフラム家具で光の中に消し去れるかもしれないが、逆に言えば一度に襲いかかってくる魔物の数も多く。

 

「狭い通路の場合はこの逆だ。一網打尽と行かないかわり連続でにはなるが個々には少数の相手をするだけで済む」

 

 強者なら前者の方が手っ取り早く、俺はうぬぼれでなく強者に当たると思うが。

 

「まぁ、どちらでも構わん。さっさと出てきて倒されてくれるなら、な」

 

 ムール君にお願いした訳だが、通気口側そして外に魔物が漏れだしていないかはやはり気になる。

 

(その結果を知るには居ることが解ってる魔物を片付けて、持ってる家具で簡易バリケードを設置し、引き返せばいいんだけど)

 

 この時、ムール君が他の面々と一緒に先程の分岐で待っているようなら、通気口は魔物が通れる状態じゃなかったと言うことだ。

 

「が、おしゃべりはここまでだ」

 

 焦燥感を覚えるこちらに合わせてくれた訳ではないだろうし、礼の言葉は要らないだろう。

 

「「お゛ぉぉ゛あぁ」」

 

 トロワの持つ明かりに照らし出され、よたよたと近寄ってくる人影へ俺はニフラムの呪文が付与された家具を向ける。

 

「まずはこいつを使う、効かない可能性もあるからな、油断はするなよ?」

 

「はい」

 

「ふ、では行くぞ」

 

 両肩の家具を右、左の順に起動させ。

 

「お゛ぉあぉ」

 

「う゛おぉお゛」

 

 動く腐乱死体達が次々と光の中に消えて行き。

 

(けど、まぁ全部が全部は上手くいかない、か)

 

 想定はしていた、だから。

 

「お゛ぉお」

 

「マイ・ロード」

 

「解っている、喰らえっ」

 

 投げつけたのは、崩落で砕けた壁の欠片。

 

「お゛べっ」

 

 だが、投擲物としては充分だった。消えずに尚もこちらへ歩み寄ってきた腐乱死体が顔面を砕かれ動きを止め。

 

「奥にも残りがいる、気を緩めるな」

 

 警告を発しつつ再び家具を向ければ、現れたのは骨の剣士。

 

「やはり、来るか」

 

 生気を察知したのか、戦いに気づいたのか、おそらく尋ねたところで答えが返ってくるとは思えないし、どうでもいい。今為すべき事は新手への対処、それだけだった。

 




間に合わずちょっと付け足しました、すみませぬ。

次回、第七十三話「予期せぬ出会い」


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番外編2「予期せぬ出会い(ムール視点)」

「……他の人達大丈夫かな」

 

 振り返る事はない、だけどそんな独り言が漏れちゃったのは、オイラに何処か後ろ髪を引かれる思いがあったからだと思う。

 

(気配で魔物が居るのは広間の方だけって分かってるけど、崩れてる場所とか崩れそうな場所はオイラにもわかんないからなぁ)

 

 そう言う意味で危険な場所なのに、あの人達はオイラ達の故郷を何とかしようとしてくれている。

 

(それだけじゃないよね、オイラに関して言えば生き返らせてくれてもいるんだし)

 

 だから、受けた恩は返さなくちゃいけない。

 

(恩返しは当然、だよね……うん)

 

 自分の身体が他人(ひと)とは違うつくりをしている事をオイラは知っていた。最初に認識させられ、父さんや母さんに尋ねると、二人は言った。

 

「ムールはどちらとして生きたい?」

 

 と。

 

「ハーフエルフと言うことは村の皆には隠しようもない。だが、だからこそお前が肌を隠すようなそぶりを見せても皆不審に思うことはないだろう。それに、エルフの血を引くお前は成長が遅い。あまり急ぐ必要はないが――」

 

 決めておくように言われたオイラだったけど、結局決められず。

 

(先延ばしにしたあげく、父さん達の助言でこの格好に落ち着いたんだっけ)

 

 成人すれば髭が生えてくるかもしれないし、胸だけならサラシか何かを巻き付けることで誤魔化せると言うのが、決め手だった。

 

(それでも、オイラが決めたのは服装みたいな上辺だけ)

 

 それ以上のことは考えても居なかった。考える気もなかった。

 

(逃げて居たんだと思う)

 

 そんなさなか、村を出ることになって、家族とも離ればなれになり。

 

(最期はあの洞窟で……)

 

 だから、こんな日が来るとは思っても居なかったのだ。

 

(逃げに逃げたツケ……だよね)

 

 そう思えば、覚悟は決められた。あの人は恩人でもある。

 

「下着、二着……」

 

 ヘイルさんが言っていたことを思い出すと、別の意味があるようには思えない。

 

(思えない、けど……やっぱりあれかな? こういう時って色気のある下着とか選んだ方がいいのかなぁ)

 

 これも性別をどっちつかずにしていた弊害だ。

 

(と言うか、そもそもオイラの下着って男の人から見てどう見えるんだろ)

 

 そもそもよくよく考えると色気のある下着って何だという点にも辿り着いてしまう。

 

(や、相手が男性だとすると女性的な色気ってことなんだろうけどさ)

 

 そもそもオイラの下着は上はいつもサラシで済ませていたから下のみ。

 

(女の人用のを改造した奴の方が良いんだろうけど、あれって収まりがあんま……あっ)

 

 何故か真剣に考え込んでいたオイラは不意に我へ返る。

 

「何考えてるんだろ、オイラ。そもそも今はこんな事考えてる場合じゃないよね?」

 

 今すべきは一刻も早くこの先の状況を確認し、報告を兼ねて引き返す事だというのに。

 

「急がなきゃ」

 

 この先がくさったしたいやがいこつ剣士の出入り出来る場所になっていた場合、ヘイルさんの言うように入り口に残してきたおじさんの身に危険が及ぶ。

 

(大丈夫、崩れそうな様子はないし、魔物の気配もない)

 

 何者かの歩き回った痕跡は残ってるけど、あれだけくさったしたいが村に居たんだからここから抜け出すのに出口を探してこっちに迷い込んだくさったしたいがいても驚かない。

 

(むしろ問題なのはここに来た痕跡が残ってるってことの方だし)

 

 この上、奥に行って出入り口が出来ていた場合、痕跡の主がそこから外に出た可能性があるのだから。

 

「確か、そろそろ通気口のある部屋についても良さそうなんだけど」

 

 住んでいた訳ではないし、そもそもここに来るのはお葬式の時ぐらいだけど、緊急用の出口になりうる場所なんだ。何度か足を運んだ覚えはあった。

 

「あっ」

 

 そんなオイラの記憶は間違っていなかったらしい。正面にカンテラの物とは違う光が注いでいるのが見え。

 

「通気口からの光だ」

 

 ようやくオイラは目的地に後一歩の場所まで来たことを知り、足をはやめた。

 

(まず、通気口の近くの壁とかが崩れてないかを確認して、それから――)

 

 崩れていないなら、崩れそうかどうかの確認もしようと思った、だけど。

 

「えっ」

 

 近寄ってみると通気口の側の壁は崩れていたんだ。

 

「……行き止まりが、ない?」

 

 ただ、通気口へ登れるような崩れ方じゃない、寧ろその逆。最奥の壁と床が崩れ落ち、ぽっかりと口を開けていたのは、漆黒の闇。穴の奥からは水音が聞こえるが、それ自体には驚かない。通気口から流れ込んできた雨水を地下の川に流す設備があったのは知っていたから。

 

「嘆かわしいことじゃ」

 

「えっ」

 

 ただ、急に背後から声が聞こえたのはオイラにも想定外であり。

 

「ほう、お前さんこの村の者じゃな?」

 

 振り向いたオイラを見ていたのは半透明の姿をしたお爺さんだった。

 

「何も言わんでもええ、その鼻の形、村長の嫁さんにどことなく似て居るでな、わかるんじゃよ」

 

「や、オイラが言いたいのは」

 

「ワシはな、この地下墓地を作った者の一人じゃった」

 

 幽霊になったことがあるから、そう言うものが存在することは知ってるし、村の一員だったことを隠す気なんて無かった、ただ。

 

(まるで話が通じない……)

 

 どうして床が抜けてしまったかとか効きたいことはあったのに幽霊のお爺さんはオイラの言葉に欠片も耳を貸さなかったんだ。

 

 




と言う訳で、ムール君視点でした。

男盗賊の格好だったのは、成人後を見越した親のアドバイスを受けた結果だったのです。

もっともエルフの血のおかげか、髭は生えてこなかったようなのですけれどね。

ちなみに、腐った死体が流される原因になった場所がここです。

いやー、出すまでかかったなぁ。

次回、第七十三話「予期せぬ出会い」



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第七十三話「予期せぬ出会い?」

「せいっ」

 

 俺が投げた石の直撃した多腕の骨剣士達の一体は背骨を砕かれ、ただの人骨へと戻りながら崩れ落ちた。

 

「これであと二体、か」

 

 ニフラム家具のお陰で半数を失った魔物の群れは更に数を減らし。

 

「マイ・ロード、ここは私が」

 

 生き残りが反撃に転じる前にトロワがニフラム家具に手を添え、言う。

 

「頼む」

 

 トロワにあまり負担は強いたくないが、この家具ならトロワが使っても俺が使っても効果自体は変わらない。

 

(トロワが投石しても一撃であいつらは仕留められないからな)

 俺が担いでいたニフラム家具を片方トロワに回し、空いた腕で石を投げる。効率的だし、理にはかなっていると思う。

 

「「お゛ぉあぉぉ」」

 

 事実、残っていた動く腐乱死体達は光の中に消え去ったのだから。

 

「これで気配の主は全て片づいた、か。ならば、簡易バリケードで封鎖して戻るぞ。ムールの向かった方がどうなっているかも気になる」

 

 魔物の気配は無かったはずだが、トロワに憑依していた悪霊のような例だってあるのだ。

 

(まぁ、そうそう幽霊がホイホイ出てくるとは思えないけどね)

 ムール君、よろず屋の主人、自称次期村長、よろず屋の奥さんと悪霊を含めれば洞窟から数えて既に四人分の幽霊に遭遇しているのだ。

 

(流石に品切れで……あるぇ? ひょっとして、これフラグ?)

 

 よくよく考えてみると一つの村にこの幽霊の数は異常である。

 

(加えて、さっきの声に出さない独り言)

 

 どう考えてもフラグです、ありがとうございました。

 

「マイ・ロード、どうされました?」

 

「あ、いや……何でもない」

 

 訝しまれて、トロワへ素直に話そうかと思った俺は、すんでの所で何とか踏みとどまることに成功する。

 

(危ない危ない。悪霊にトラウマを負わされたトロワに「幽霊が出るかも知れない」なんて台詞言えるはずがないよな)

 

 よろず屋の奥さんには割と平気な顔で対応していた気もするが、あれが例外って可能性もある。

 

「ちょっとムールの向かった方が気になっただけだ」

 

 他の出入り口が存在するかはオッサンの身の安全に関係してくるからと言う主旨の補足も着ければ、トロワもすんなり納得し。

 

「では封鎖作業を始めるか。トロワ、お前は何ならそこで休んでいても良い」

 

「マイ・ロード? ですが」

 

「この作業が終わったら駆け足で戻ることになるからな。バテられては困る」

 

「……わかりました」

 

 休んで良いと言われたトロワは不満げだったが、俺が理由まで告げればあっさり引き下がり。

 

(だから……べ、別にトロワの事を気にしたとかデレた訳じゃないんだからね。その、最近の貢献には本当に感謝してるけど、って何だこのキモいいい訳は……)

 

 胸中で謎のツンデレモードを発動させてしまうという事態にちょっとだけ表に出さず頭を抱えてみたが、それはそれ。遊んでいる場合じゃないのは解っていた。

 

(開けた場所じゃなくてこの狭い通路での戦闘になったのがこんな所で作用するなんてなぁ)

 

 家具持ちが俺一人だったため、バリケードに使える素材はごく僅か。おそらく、この狭所でなければ封鎖するための家具が足りず封鎖もままならなかったに違いない。

 

(ロープを張り巡らせて、それに家具を連動っと……バリケードって言うより殆どトラップだけど)

 

 彷徨っている魔物は動き出した死体が主。

 

(あれ相手ならこれで充分、だよな)

 

 と言うか、これ以上を望むならそれこそ家具や崩落で生じた大きな壁片などを集めてこないといけなくなる。

 

「さて、こんなところか。では戻るぞ?」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 念のため一度稼働させて動作確認を終えた俺が立ち上がって呼びかければトロワはすぐさま応じ。

 

(うん、そこまでは良かったんだよ)

 

 分岐で待っていたクシナタ隊のお姉さん達との合流に至るまでも順調だった。

 

(以前のトロワだったら、躓いたとか理由をつけて抱きついてきたりしただろうけど……ほんっとうにきれいななトロワになって良かったなぁ)

 

 思わずタメを入れてしまう程の感慨を覚えるが、事態は俺をそれに浸らせてくれなかった。

 

「ムールが戻ってきていない?」

 

「はい」

 

 知らされたのは、想定外の事態。

 

(何故? 魔物の気配は無かった筈だよなぁ)

 

 となると、それ以外の要因だが次に考えられるのは、通路などの崩落。

 

「そんな音は聞かなかった気がするが……急がねばならんな」

 

 もし崩落だとすれば既に一刻を争う事態になっている可能性もある。俺個人としては今すぐにでも走っていきたいところだが、一人で突っ走る訳にもいかない。

 

「トロワ、走れるか?」

 

 クシナタ隊の魔法使いなお姉さんから報告される時間があったとは言え、お姉さん達との合流まで駆け足だったのだ。まず、トロワに尋ね。

 

「無理なら背中に乗れ」

 

 背中に凶悪兵器が押しつけられる事態になることを理解しつつも、俺は答えを待たず言う。

 

「マイ・ロード……」

 

「側に侍るんだろう?」

 

 俺としてはありがたくないが、トラウマを抱えている異性を地下墓地の途中に放置なんて出来るはずもない。

 

「ご迷惑を……おかけします」

 

「詫びは良い、それと礼もな。そんなことより、早く乗れ」

 

 素っ気なく応じつつ、俺はトロワの前に背中を向けてしゃがみ込む。

 

「いいなぁ」

 

 なんて声が聞こえた気がするが、気のせいだと思いたい。

 

(背中に乗って楽するのが羨ましいとか思う怠け者はクシナタ隊に居ないはず)

 

 いや、スミレさんあたりなら言うか。

 

「乗ったな? 行くぞ、しっかりつかまっていろ」

 

 脳裏浮かんだに「乗せてスー様」とか言うスミレさんの姿を振り払うと、俺はトロワを背に乗せたままムール君の後を追い走り出し。

 

(……なにこれ?)

 

 最奥に辿り着き、見た。

 

「ワシもあのころは若かった。じゃが、あやつはこともあろうに……」

 

「あー、うん」

 

 ひたすらしゃべってる半透明のじーさんと、その前で何処か虚ろな目をしつつ座り込んで相づち打ってるムール君の姿を。

 




話の長い老人(幽霊)に捕まってしまったムール。

ようやく合流した主人公はムール君を救えるのか?

次回、第七十四話「誰なんだアンタはぁぁぁっ!」

うぎぎ、顔見せの所までしか書けなかった。


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第七十四話「誰なんだアンタはぁぁぁっ!」

「トロワ、すまんが降りて貰えるか?」

 

 目の前まで行って説明を求めたい気持ちを抑え、俺はまず背中のトロワに声をかけた。

 

「あっ、は、はい。申し訳ありませんでした」

 

「気にするな。それよりも、だ」

 

 問題なのはムール君の側で話している半透明のじーさんだろう。

 

(まぁ、幽霊なんだろうけど……誰だ?)

 

 ひょっとしてムール君のご先祖様だったりするのだろうか。

 

(ともあれ、ムール君が戻ってこなかった理由はあのじーさんに捕まって延々話を聞かされてたからってことでいいのかな?)

 

 そう見えるのがフェイクで実は正気を失わせたムール君を囮に更なる犠牲者を待ち受けてる悪霊、なんて穿った見方も出来る。

 

(まぁ、可能性は低いけど)

 

 念のため、小声でマホカンタの呪文を唱え、背の荷がなくなった俺は歩き出す。別にその重みに後ろ髪なんて引かれない。

 

(見たところ、上に登るのは不可能そうだから「魔物が外に出たとは多分考えなくて良い」って言うと若干語弊があるかな。行き止まりの足下崩れて穴空いちゃってるし)

 

 洞窟で流れてきた腐乱死体は多分ここから落下したのだろう。

 

(水音聞こえるもんなぁ、穴の奥から。用が済んだらここも封鎖しておかないと)

 

 放置すれば流された魔物が地下通路を辿り、鉄格子を破壊してこの村に戻ってくる事だって考えられる。

 

「そのためにも、な」

 

 あの幽霊と話さなくてはならない。

 

「ムール、ここにいたのか」

 

 ただ、直接話しかけるのは下策。俺は敢えて半透明のじーさんをスルーしムール君に話しかける。長い話に付き合わされていたなら助け船になるだろうし、反応はこのじーさんが悪霊か否かを判断する材料にもなると踏んだのだ。

 

「……え? あ」

 

 そして、顔を上げこちらを見たムール君の表情の変化を見て、俺は断定した。

 

「この幽霊は他者に長話を聞くことを強いる方のタイプだ」

 

 と。

 

(だったら、話は早い)

 

 じーさんはそのままスルー、話しかける相手は、ムール君。

 

「この穴は? 何があったか説明出来るか?」

 

 崩落跡を一瞥し、問いを投げるが、半透明のじーさんは見ない。

 

(じーさんの話はムール君が聞いてるだろうから、ムール君から見れば同じ話が二度目になるし、そもそもムール君をあんな風にしたじーさんに説明させるとか、その時点で無いよな、うん)

 

 さっきみたいに聞いてるのかどうか不明な感じで相づち打ってた部分に重要な話があるならじーさんの話も必要だろうが、モノには順番があるし、難事に当たる時は準備が必須だ。

 

(当人が何かしゃべる前にじーさんの情報を手に入れるという意味でもあるけど)

 

 同時にスルー自体には複数の意味がある。

 

(見えない聞こえない相手と認識してくれれば長話は無益と話しかけてこないかも知れないし、敢えてスルーしたことで「お前とはあまり話したくない」と言う態度をとったと認識させることを狙うことだって出来ると思う)

 

 その上で、気は進まないんだから話は手短にねと牽制することで長話を防ぐとか、俺の狙いはだいたいそんなところだ。

 

「実は……そこの人、この地下墓地を作った人の一人らしいんだけど――」

 

「なんじゃ、お前さんは?」

 

 そして、ムール君は俺の助け船に乗ってきて、じーさんは誰何の声を上げるが、ほぼ同時に説明されたなら、ムール君の話の方が優先なのは言うまでもない。

 

「……成る程、な」

 

 ムール君の語った内容は、とんでもないものだった。

 

(雨水と地下水を劣化聖水もどきにして地下墓地内を巡回させ浄化するとか……)

 

 それが半透明じーさんの担当していた地下墓地の部位であり、じーさんは元聖職者でもあったのだとか。

 

(しかし、しまったなぁ)

 

 ムール君への仕打ちから、反応を見るのも兼ねてスルーしてしまったが、印象が悪くなったのは間違いない。

 

(うーむ、どうしたものか)

 

 スルーしてしまったからこそこちらからは声をかけづらく。

 

「えーと、それでこの人、その浄化施設の修復を頼みたいって話らしいんだけど……」

 

 二の句を告げぬ俺に胸中を察してくれたか、助け船をくれたのはムール君だった。

 

「ほう。まぁ、幽霊ならば例外はあるが、モノは触れんだろうしな」

 

「そうなんじゃよ。その上、最近通りかかるのは魔物化した死者のみ。しかもワシの話に耳を傾けるどころか誰が見ても明らかな大穴に足を踏み出す知性のかけらも残って居らん奴らでな? まぁ、崩落で設備が壊れなんだら墓地の死者達もああ言った魔物になんぞならんかったのじゃろうがなぁ」

 

「で、途方に暮れてた所にオイラが来たら、事情説明だけで良いのに愚痴とか昔の自慢話とか」

 

 我が意を得たりと頷いたじーさんの隣でムール君が遠い目をし出すが、俺には気の利いた慰めの言葉が見つからず。

 

「災難だったな」

 

 そう言うのがやっとだった。

 

「たはは、すまんのぅ。こうも話を聞いてくれる者が居らんと、話し相手に飢えてしまっての。じゃが、待たされただけあったわ。そっちの女性」

 

「私、ですか?」

 

「そう、おぬ……ほう、おぬし人間ではないな?」

 

 視線が自分に向けられていることに気づいたのか、トロワが問えば頷こうとしたじーさんは新たな発見に目を見開き。

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「あ、いやいいんじゃ。お前さんからはワシに近いものを感じる。そうじゃな、物弄りの才能とでも言おうか……ワシの技術を伝授するに足る人物と見た。どうじゃ、ワシの技を覚えてこの部屋にあった設備を作り直してくれんか?」

 

 あっさり見抜いたじーさんの眼力への驚きを隠すよう若干機嫌悪そうに尋ねると、じーさんは頭を振ってからトロワへ問うた。

 

 




割と凄い人だったっぽいじーさん。

話を持ちかけられたトロワの返答はいかに?

次回、第七十五話「ドラクエの選択肢って、だいたい『はい』か『いいえ』」

気が付いたらじーさんのイメージが時計型麻酔銃とかキック力増強シューズ作ったどこかの博士っぽくなっていた不思議。



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第七十五話「ドラクエの選択肢って、だいたい『はい』か『いいえ』」

ただし時々『いいえ』は選んでもループする。



「マイ・ロード……」

 

 問いかけに答えず、トロワは俺を見た。

 

(まぁ、そうなるよな)

 

 設備を作り直せと言うが、幽霊のじーさんは所要時間を口にしていない。

 

「作り直すとなると相応に時間がかかると思うが、その間魔物がうろうろするここに滞在しろと?」

 

 俺にとってもトロワにとっても出来ればさっさと立ち去りたい村に追加で宿泊しろと言うのであれば、話にならんとはね除けたいところだ、ただ。

 

(元々の設備の方が俺達の用意したものより確実に死体の魔物化を止められるのも、事実)

 

 ニフラム家具で消すのはあくまで対処療法であり、墓地自体を清め魔物化の発生自体を無くしてしまう根治に近いこの部屋にあった設備の方が遙かに勝っているのは事実。だからこそ、時間と作り直す間危険に身をさらすと言うことについて触れ、問い返したのだ。

 

「それを言われると弱いんじゃが、ワシからすればお前さん方は久しぶりかつここがこんな惨状になって初めて訪れた生者なんじゃ」

 

「言いたいことは解るがこっちにも事情がある。のんびりしていられない事情とこいつを一人にしておけない事情が、な」

 

 じーさんからすればようやく出会うことが出来たこの地下墓地を再生してくれるかもしれない人材だとしても、トロワには俺の側に侍るという自身で課した誓いがある。

 

(だからって俺がトロワについてここにいたら地下墓地内の魔物掃討が終わらない)

 

 時間があれば別だが、現状ではじーさんの希望を満たしトロワの誓いを違えさせぬまま俺達が魔物掃討を終えさせるのはほぼ不可能なのだ。

 

「マイ・ロード、申し訳ありません……」

 

「気にするな、全てがお前のためと言う訳でもない。……話を戻そう。ここに来る途中にあった分岐のもう一方に一時しのぎと言った程度のものだが、足止め用の装置を仕掛けてきた。だが、あの奥にはまだ徘徊する死者達が居ても不思議とは思わん。最初に聞いておくが、その設備とやらは既に魔物と化した死体も動かせば元に戻せるのか?」

 

 頭を振ってじさんへ向き直ると、俺は尋ねる。

 

(設備が起動すればもう魔物の掃討が必要ないって言うんだったら、話も変わってくるからなぁ)

 

 追加で作業が今日中に終わると言う前提も付くが、それらの条件を満たせるなら前言を撤回し、トロワに設備の作り直しをして貰っても良いと思うのだ。

 

「そうじゃのう、即効性はないが死体の魔物にとって清められた場所は生物にとっての毒が充満した部屋のようなものじゃ時間がかかるが死体に戻すことは可能じゃろう」

 

「そうか。なら次の質問だ。作り直して設置するまでにかかる時間はどれ程になる?」

 

「ふむ、そればっかりはそっちの女性の才能と腕次第じゃからのぅ。ある程度技術を教えて作業しているところを見ればどの程度の時間でこなせるかは解るんじゃが」

 

「それまでここで待て、と? 足止めは仕掛けて来たが破壊される恐れもある一時しのぎ、加えて崩落でこの地下墓地にも他に出入り口が出来て魔物が外にさまよい出ているかもしれんのだぞ?」

 

「ああ、それじゃったら大丈夫じゃ。魔物と化した死者が抜け出せる穴のようなモノはない」

 

「は?」

 

 反論へ自信満々で口にしたじーさんの断言に思わず一瞬素へ戻ったのは、無理からぬ事だと思う。

 

(穴はない? 言い切った?)

 

 思わず根拠はとすかさず問いたくなったが、この幽霊はそもそも地下墓地を作った人の一人。

 

「地下墓地自体は熟知してる……ということか」

 

「まぁの。ここ同様地下の洞窟や地下の川に繋がってしまった穴が空いているところはあるものの、浄化機能に影響を与える破損はここだけじゃ。皮肉なことに重要性で上から数えた方が早い部分がごっそりなくなっておる訳じゃがな」

 

「ではどうする気だ?」

 

「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ、心配無用。幸いにも設備のメンテナンスと補修用の道具及び材料一式は無事なんじゃ。少々掘り出す必要はあるんじゃがな」

 

「それの何処が無事だと……まあいい」

 

 結局浄化機能の復旧にどれ程かかるかは解らないが、メドを立てるだけなら半日もかかるまい。

 

「トロワ、すまんがここに残って貰えるか? 所要時間のメドが立たんとどうしようもないのでな」

 

「おお、それでは」

 

「勘違いするな、あくまでどれだけかかるかを確認するだけだ。その結果、今日中に終わらないようであれば魔物を掃討して俺達はここを後にする」

 

 喜色を浮かべるじーさんへ釘を刺せば、次は残りの皆さんだ。

 

「ムール、カナメ、他の皆と一旦入り口に戻ってあの男と合流してくれ。話を聞いた限りではあちらが魔物と鉢合わせする可能性は低そうだが、万が一と言うこともある」

 

「解ったよ」

 

「了解ぴょん。ところで、スー様は?」

 

「俺か? 俺もここに居残りだ。埋まったって言う補修用の道具と材料を掘り返す人足が必要だからな」

 

 同時に足止めの仕掛けを突破された場合の備え及びトロワの護衛でもあるが、そこまで明かす必要もない。

 

「浄化設備の作成と設置が今日中に終わらないと判明したなら、トロワを連れて引き返してお前達と合流する」

 

 この場合ロスを取り戻すのに俺が本気を出すが、後は概ね当初の予定通りだ。

 

「トロワもそれで良いか?」

 

「はい、仰せのままに」

 

 振り向き問えば、トロワは頷き、じーさんの方へと歩き出したのだった。

 




決断を下し、指示を出した主人公。

トロワは今日中に目的を果たせるのか?

次回、第七十六話「穴掘り? あれを覚えるのは商人でしょ?」

主人公は商人経て無いのに穴掘り覚えてますけどね、「墓穴堀り」って言う。


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第七十六話「穴掘り? あれを覚えるのは商人でしょ?」

「ここに浄化設備の重要部分があったのは、地下墓地の中でもこの部屋が最も高い位置にあるからなんじゃよ」

 

 幽霊のじーさんは言う。俺達が入ってきた崖に設けられた入り口よりもこの部屋の通気口の方が位置的に高くもあってのぅとも。

 

「水は高いところから低いところに流れる、じゃからここが選ばれた。雨水が流れ込んでくるのもここで、更に地下には川が流れて居る。場所としてはここ以外ありえんかったんじゃよ。そして、ここに置かれていた設備は地下の川からくみ上げた水を清めて壁に埋設させた溝を通して墓地の中を巡回させ、最終的に排水として地下の川に流しておった。ちなみにこの排水にもまだ劣化版聖水としての効果は残っておってな、地下の通路に魔物が住み着くのを妨げる効果も担っておったのじゃ」

 

 つまり、ここが無事ならあの地下通路もトロルの巣窟にはなっていなかったと言う訳だ。

 

(けど、腐乱死体がはい上がってきた地下河川には設備の残骸らしきモノは沈んでなかったような……)

 

 落下の衝撃で残骸と認識できないほどに砕けたのか、それとも川の流れに動かされない程残骸は重かったのか。

 

(逆に軽くて海に達しちゃったとか実はトロルの死体の下敷きになってるってオチもありうる、か)

 

 どれであっても驚かないが、俺が残骸の行方に思いを巡らせたのには理由がある。

 

「まさかとは思うが、残骸を回収してこないと設備が作れないとは言うまいな?」

 

 一応、本来の入り口を経由すればあの地下通路に入れるとは思うものの、崩落によって道が塞がっていないと言う保証もない。

 

(派手に爆破して穴塞いじゃったからなぁ)

 

 脳裏に浮かんだのは、トロワ均整の柄付き手榴弾もどきで穴を埋めた光景。

 

(あの選択を失敗だったなんて思いたくはないけど……)

 

 結果論であっても、新たな崩落が起きていればきっと俺は後悔するだろう、あの爆破を。

 

「それなら心配は無用じゃ」

 

 だからこそ確認したのだが、じーさんは首を横に振る。

 

「そもそもそこにあったのは、水を清め聖水と言うには少々烏滸がましいモノを作り出す設備と地下から川の流れを利用して水をくみ上げる設備をくっつけたモノ、あとは設備で作ったモノを循環させるための溝に流す管ぐらいじゃ」

 

 そのうち劣化聖水を作り出す設備と水をくみ上げる設備は補修用の予備パーツを組み立てるだけでよいらしく、管も破損した部分を交換するための予備が結構あるらしい。

 

「つまり、俺が部品を掘り出せば後はそっちの指示でトロワが組み立てるだけと言うことか」

 

「概ねそうじゃな。もっとも、組み立てには設備の仕組みをある程度知っておいて貰わんと拙いからのぅ」

 

 じーさんの話通りだとすると、そこはトロワに何とかして貰うしかない訳だが。

 

「ならば俺のやることは一つ、か。部品かパーツか知らんがそれは何処に埋まっている?」

 

 トロワがじーさんに教わっている間に俺は埋まっているという材料を確保しなくてはならない。

 

(こんな時、商人が覚えるあなほりがあればなぁ。まぁ、商人経験してないこの身体じゃ無いモノねだりなんだけど)

 

 墓穴掘りなら会得してるとか声に出さず自虐ギャグを胸中で零してもどうしようもない。

 

「おお、ええと、そうじゃな……あの辺りじゃったかのぅ」

 

 言いつつ幽霊のじーさんが示したのは部屋に入ってすぐ脇の辺りの崩落した壁を示す。

 

「っ、ここも崩れてたのか」

 

「気づかんのも無理はない。設備のあった壁側の底抜けの方が被害としては大きいし、入ってきたならまず目に映るのもあの大穴じゃからな。ちなみにそこは左右を含めて隠し扉になっておる。盗賊じゃったらレミラーマの呪文を使えば反応す」

 

「レミラーマ」

 

 じーさんの説明は途中だったが、そこまでヒントを貰えば俺でも解る。

 

(成る程、こうやって呪文で生じる輝きを頼りに掘り返して行けばいいのかぁ)

 

 キラリと光る崩れた壁に感心しつつ、横目でちらりとじーさんを見た。

 

(ふーむ)

 

 ここまでの所、幽霊のじーさんを警戒する理由はない。助言も適切だし、説明も理にかなっている。

 

(ただ、なぁ。こう、物事を教える老人ってそこそこの割合でスケベだったりするイメージがあるんだよなぁ)

 

 偏見かも知れないが、完全に無警戒でいるのも考え物だろう。

 

「では、手取り足取り教えてやるとしようかの」

 

 とか言ってトロワの腰に手を回してきたとする、もし掘り返すことだけに注意をしていたら気づかないかも知れない。

 

(そしてそのうち語尾にエロジジイとかつけ始めて、最終的には本性を……あれ?)

 

 語尾にデジャヴを感じたのは気のせいだろうか。

 

(いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない)

 

 警戒は密に、それで居て相手には気取られぬようにしつつ、発掘を続ける。

 

(負荷をかけないと言っていたはずがこの有様だ……有言不実行も良いところだよな)

 

 せめて、トロワは守ってみせると心に決めつつ俺はレミラーマの呪文を唱え始めるのだった。

 




アクシデントもなく、淡々と進む復旧準備。

そんな最中、密かに幽霊の老人へ疑念を抱く主人公は――。

次回、第七十七話「主人公はあしもとを調べた」


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第七十七話「主人公はあしもとを調べた」

「これか」

 

 崩れた壁の中から俺が引きだしたのは、細長い筒状のパーツだった。唱えたばかりの呪文に反応して光ったモノの正体でもあると思われる。

 

(ゲームだったら「○○ は あしもと を しらべた! なんと ほそながいぶひん を みつけた!」とかそんな所なんだろうけど)

 

 ともあれ、じーさんの言うパーツの一つが見つかった訳だ。

 

(で、幾つか見つけてある程度数がたまったところで向こうに声をかけるか、それとも――)

 

 ふと気づいた、俺はじーさんとその辺の取り決めをしていない。

 

(まぁ、それは口実で、よくよく考えるとじーさんじーさんって脳内で呼んでるものの、あのじーさんの名前も知らないんだよなぁ)

 

 別にムール君の様に蘇生させたいから名前が知りたいって訳ではない。割ととんでもない設備を作った人物であったから、気になったていどの感覚であり、別に名を知らずとも話は出来る。

 

「とりあえず、一つ見つけたからここに置いておくぞ? 以後見つけたモノもここに置いておく」

 

「ん? おお、すまんのぅ」

 

 だからこそ、それには報告ついでに触れただけだった。

 

「所で、まだ名を聞いていなかったな」

 

 と、だが。

 

「ん? ああ、そう言えばそうじゃった。協力して貰おうというのに名前すら名乗らんとはいやはや、申し訳ない。ワシはエロッジ、エロッジ・ジーニアスじゃ」

 

「なっ……エロジジイ、だと?!」

 

 まさか実在する名前だなんて思っていなかった。

 

「エロジジイ? 違う違う、エロッジじゃ。ロッジとエレイン……父と母の名から貰った名前でな」

 

 じーさん、もといエロッジじーさんは頭を振るが、もう俺にとってじーさんはエロジジイさんだった。

 

(けど、既に故人でよかったぁ)

 

 今の時代を生きていた人だったら、以前使った偽名からこのじーさんが正体ではないかとバラモス軍に目をつけられていたかも知れないのだ。

 

(次はもっとよく考えて偽名を名乗ろう。そうだなぁ、怪傑ヘンタインとか……いや、エロジジイが実在するんだ、ヘンタイさんが居たっておかしくない)

 

 寧ろこの場合名乗って実害が無いのは、ゾーマ軍か。

 

(もういっそのこと「大魔王ゾゾゾゾゾーマ」とか名乗っちゃうとか)

 

 おふざけ全開のネーミングだが、これならゾーマ以外に迷惑はかかるまい。

 

(しかも「ぞ」が本家より多いのが産むコレジャナイ感っ! まぁ、大魔王なんて名乗ると話を聞いた勇者が討伐に来そうでアレだけどさ、うん)

 

 そして、かつての師と敵味方として再会する、勇者シャルロット。

 

(……良し、大魔王は止めよう。ロクでもない発想も世界の悪意が斜め上展開で現実にしかねないし)

 

 師弟対決ってありがちな展開なだけに一時のギャグで済む気がしない。

 

(こういうフラグは折っておかないとなぁ)

 

 ただでさえ何故かピンチが多いのだから。

 

「解った、今度からきちんとエロジジイと呼ぶことにしよう」

 

「マイ・ロード?」

 

「……お前さん、わかっとらんじゃろ?」

 

 えっ、なんで そろって そんなめ を するんですか、ふたりとも。

 

「そんなつもりはないが、ならばエロジジィにゃす。俺は残りの部品の発掘に戻る。所要時間が解れば声をかけてくれ」

 

 フルネームなら問題なかろう。俺は言い捨てると二人の元を去り、崩れた壁際で作業を再開する。

 

「レミラーマ……ふむ、レミラーマ……ここか。レミラーマ……む? レミラーマ……ふぅ」

 

 呪文を唱え光った場所を覚え、目印に金貨を置くか差し込んで幾つかの場所へ目星をつける。

 

(一回一回のレミラーマは大したこと無いけれど塵も積もれば山となる、だなぁ)

 

 繰り返すと精神力消費も馬鹿にならない。

 

(金貨でマーキングしてるから使用回数は抑えられたけど……あ、これも部品、かな)

 

 壊さぬように細心の注意をもって何の用途に使うのか皆目見当もつかないそれを引っ張り出すと、脇に置いて次のゴールド金貨へ手を伸ばす。

 

(さて、トロワが嫌がってる様子もエロジジイさんが名前相応の行いをしてることも無し……かぁ。ふ-む)

 

 時折チラチラとじーさんの方見ての監視を挟みつつ探ってみれば、出るわ出るわ。

 

(メンテナンス用の部品は結構潤沢に揃ってるけど)

 

 ひょっとして村が封印されるまでエロジジイさんの後を継いだ村の人が定期的にここへ足を運んで居たのだろうか。

 

(それなら説明は付くんだけど)

 

 おそらくだが、あのエロジジイさんに尋ねるのは悪手以外の何者でもない。

 

(わざわざ確認するまでもない興味本位のことで話を脱線させても作業が遅れるだけだしなぁ)

 

 後でムール君辺りに聞くのが正解だと思う。

 

「とりあえず、それなりに数は集まったか」

 

 動かし続けていた手を止めて材料置き場を見れば、一度で運べない程度の数にはなった大小様々な部品が転がっており。

 

「一旦持っていこう」

 

 後どれぐらいで復旧にかかる時間が判明するのかも気になるが、解れば声をかけてくれと言ってある。

 

(焦ってもどうにもならない。決めた以上は声がかかるまで掘って運ぶだけ、か)

 

 両腕で拾い集めた部品を抱えた俺は再び二人の方へと歩き始めたのだった。

 




なんと じーさん は えろじじい だった。(名前は)

名は形を表すと言うが、エロッジは元聖職者。本当にエロいのか?

次回、第七十八話「そろそろかな?」


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第七十八話「そろそろかな?」

「おお、これは随分掘り出したのぅ。実はな」

 

 隠れていなかったこともあるが、おそらく話が一段落したとか、そんなところだったのだろう。近づいてきた俺に気づいたエロジジイさんはどれぐらい時間がかかるのかが判明したと明かす更に言葉を続ける。

 

「ワシの想像を超えて優秀なお嬢さんでな。この調子なら半日もかからんじゃろ」

 

「本当か?」

 

「う、うむ。一応お前さんの発掘作業と部品の提供が滞らずに行くことが前提じゃがな」

 

 若干退き気味に頷いたじーさんの言葉には一理あった。

 

「なら俺は作業に戻ろう」

 

 設備を作り直すにしても材料がなければどうしようもない。寧ろ材料確保こそ最優先でしなくてはならないことだろう。

 

(って感じに俺を遠ざけておいてセクハラやらかす可能性はゼロじゃないけど、元聖職者って言ってたし)

 

 監視に行動を割きすぎてトロワの作業が立ちゆかなくなっては本末転倒だ。

 

「優先的に持ってこいと言うモノがあれば言ってくれ。声は届く距離だ」

 

「おお、そうさせてもらうとするかの」

 

 では早速とそのまま何かを指定してくるかと思えば背に投げられたじーさんの声はそこで途切れ。

 

(持っていったモノでひとまずは足りたってことかな)

 

 リクエストの無かった理由を考えつつ、戻った俺は発掘作業に戻る。

 

「さてと」

 

 金貨を引き抜き、周辺を調べ、見つけたモノを破損させぬよう慎重に引っ張り出す。おおよそはこれの繰り返しな訳だが、意外と神経を使う。

 

(暫く経過してる上に収納場所が崩れて下敷きになってたからなぁ……あ)

 

 当然ながら引っ張り出してみたら壊れてたってこともそれなりにあり。

 

(これで幾つ目だっけ? あー、物品の破損を修復する呪文があればなぁ)

 

 声に出さずぼやきつつ、壊れた部品を他の破損品が置かれた場所に置き、再びコインを抜いて次の品を探す。

 

(無い物ねだりしても仕方ないってわかってはいるんだけどね)

 

 壊れた部品を見る度に足りるだろうかとか思ってしまうのだ。

 

(エロジジイさんの様子を見るとあっちはその辺気にしていない様だったし)

 

 おそらくは杞憂なのだろう。

 

(地下墓地内の様子も把握してるみたいだったし)

 

 幽霊だから崩れた場所もすり抜けてどれだけの部品が無事かを把握してる可能性だってある。

 

(……うん、何て言うんだろう。こう言う想定外のハプニングがなさそうなのって良いよね)

 

 数が足りるなら延々掘り出し運ぶだけなのだ。

 

(こう……部品に混じっていつもの奴(がーたーべると)とかが見つかって全力でツッコミまくる流れとか、今までの流れからすると有るんじゃないかってさ、どうしても身構えちゃうんだけど)

 

 きっと俺が気にしすぎたんだろう。

 

(いや、こういう考えは返ってフラグを立てるだけか)

 

 せっかく何事もなく物事が進んでいるのに、平地に乱を起こすような愚行をする気はない。

 

(平和が一番、一番だ、うん)

 

 寧ろ何もないことに感謝しつつ俺は発掘作業を続けるべく次のコインに手を伸ばし。

 

「っ」

 

 動きを止め最初に抱いた感想は「やっぱりな」だった。

 

(結局フラグ回収しちゃうとか……このままつつがなく終わりそうだったのに)

 

 胸中で恨み言を漏らしてみるが、近づいてくる魔物のモノらしき気配は消えない。

 

(いや、魔物でよかったと思うべきかな)

 

 余程厄介な相手であれば話は別だが、魔物なら急行すればあっさり片付けられる。気配の数は片手の指に収まる範囲内だし、ここに至るまでには足止めの仕掛けも残している。ここでまたいつもの奴(がーたーべると)が出てくるよりもマシな状況だろう。

 

(問題があるとすれば一つだけ、トロワの側を離れなきゃいけないってことだけなんだよなぁ)

 

 今のところセクハラっぽいことをエロジジイさんがする様子はない。仮にこれからもしないとしても、トロワは俺の側に侍ることを自分に課している。

 

(俺としては撤回してくれても良いんだけど……)

 

 マザコンな変態でなくなっても一度課した制約は制約と言うことなのか。

 

(トイレとか風呂にまで付いてこられるというのもアレだしなぁ、その辺り柔軟に対応出来るよう変こ……あ)

 

 そうだ、この手があったじゃないか。

 

(幸いトロワは盗賊じゃない、気配には気づいてない筈)

 

 だったらトイレのフリをして片付けてきてしまえばいいのだ。

 

(腐乱死体の臭いだって前に戦った場所を通ったからとか言えば)

 

 動く腐乱死体に触れられればアウトだが一度も触れられずに倒せば問題ない。

 

「トロワ、すまんが少し席を外す。その、何だ……生理現象的なものだ思ってくれればいい。お前はここで作業を続けてくれ」

 

「あ、はい。マイ・ロード、お気をつけて」

 

 言外に今回はノーカンだと示しつつ告げれば、あっさり応じてくれて。

 

(へんじ を するとき、ちょっと しせん が ゆれた のは きのせい ですよね)

 

 覆面をしているから表情ははっきり読み取れなかったが、変な誤解をされてないと良いなぁと思いたい。思いたかった。

 

「ほう、生理現象か。うむ、若いと色々大変じゃのう」

 

 だが、エロジジイの方が誤解してるのは言葉から明らかであり。

 

(聖職者って、せいしょくしゃって奴は……またこのパターンかぁぁぁぁっ)

 

 俺は心の中で叫んだ。僧侶のオッサンにポルトガで誤解された時を思い出しながら。

 

 




何事もなく終わるかと思われた時、空気を読まず襲来する魔物。

トロワに告げず一人で片づけようとした主人公を待たしてもピンチが襲う。

普通にトイレだって言っておけば良かったのに、あーあ。

次回、第七十九話「誤解だよ、誤解なんだよ」

だから通報しないでよ、トロワ。主人公は変態という名の紳ぎゃあああああっ。


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第七十九話「誤解だよ、誤解なんだよ」

(ここで立ち去ったら、あのじーさん絶対ロクでもないことトロワに吹き込むよな)

 

 自分から吹き込まなかったとしてもエロジジイの態度を訝しんだトロワまでもが誤解する展開だってあり得る。

 

(普通ならここで誤解を解いておくべきなんだろうけど)

 

 恨みでもあるのか、誤解を解こうとした場合、だいたいかえって(こじ)れるのだ。

 

(……そもそも、じーさんについてはここを去ったらもう会うこともないだろうし)

 

 誤解を解くだけなら二人だけの方がいい。それに、席を外すと言ったのに立ち止まっちゃってるのは拙い。

 

(トイレだって偽っておいて立ちつくしてたら嘘がばれて余計面倒なことになるし。ああ、もう、仕方ない)

 

 一瞬のうちに色々考えた俺は踵を返す。

 

「すまん、出来るだけ早く戻ってくる」

 

 一度足を止めておきながらそのまま無言で去るのも変に思えて言葉を残し、俺は走り出す。

 

(くそっ、急がないと)

 

 魔物という不確定要素を放置は出来ないが、俺の不在は材料を掘り起こす人間が居なくなると言うことでもある。

 

(嘘までついて抜けてきたんだ、さっさと倒してトロワ達の所に戻る)

 

 最初に気配を感じた方向からだいたいの場所は解っていた。

 

(接触するとしたら足止めの仕掛けの所か)

 

 張り巡らされたロープをくぐって更に奥へ進みたくない俺の希望も若干入っているが、最初に気配を感じた場所で魔物が立ちつくしていなければ、それぐらいは移動していると思う。

 

(こっちは走ってるけど分岐まで戻ってからあっちに行くからなぁ)

 

 飛ぶように流れる左右の壁の内左側に切れ目が入るところまで辿り着いてようやく半分。

 

「……近づいて、来てるな」

 

 通路を反響する呻き声とも咆吼ともとれそうな音の発信源は生者の気配でも察知したか、単に外に出ようとしているのか俺に近づきつつあり。

 

(これで一番虚しいパターンは、あっちが先に足止め装置まで辿り着いたところでニフラムが発動して、そのまま全部光の中に消えちゃうパターンだけど)

 

 それはまさに完璧な無駄足。

 

(こう、何で半分を過ぎたところで思い至るんだろう)

 

 しかもやたらフラグ臭がする。

 

(いや、フラグっぽくしておいてその裏をかいてごく普通に魔物と遭遇することだってあるか)

 

 流石に何の脈絡もなくスタイルの良いお姉さんが登場したあげく、ハプニング発生なんて展開は無いと思いたいが、油断は出来ない。

 

(トロワの母親……おばちゃんだってたまたま通りかかった場所で砂に埋まってたしなぁ)

 

 俺達を除けば生者の存在しない地下墓地だからって、死者はいる。

 

(ムール君はあのじーさんを地下墓地を作った一人だって言っていた)

 

 ならば、だ。他の幽霊が脈絡無く登場したっておかしくない。

 

(そう、例えば……一人目が男だったから次は女性、個人と言うことを考えると年齢はそれなりに、か。で、世界の悪意が存在することを考慮すると、次に出会うのは「いい歳してガーターベルトを着用した老女の幽霊」かな?)

 

 って、なぜ あらたな きょうい を かって に そうぞうしてるんですかね、おれ は。

 

(だいたい幽霊が出てくるって保証はない。せいぜい、くさったしたいがガーターベルトをつけてるとかそんなレベルだよな)

 

 なんて心おきなくニフラムで消し去れる魔物だろう。

 

「ま、流石にそんなモンスター居る訳もないが」

 

 ここに居る魔物はこの地下墓地に納められた遺体が魔物と化したもの。そんなモノつけたままの死者を地下墓地に納める事なんて考えられない。

 

(村をうろついてたならはずみで引っかけたとかごくごくホンの僅かながらあり得るかもしれないけどね)

 

 実際パンツ被ったのが居たような気がするが、きっと記憶違いだろう。

 

「お゛ぉおあぁあ」

 

「う゛ぇあおぁぁえぇ」

 

「……そして、やはり取り越し苦労か」

 

 悪い方に変な方に考えている間に随分進んでいたらしい、足を止めればロープを巡らせた向こうからよたよた歩み寄ってくる腐乱死体の姿があり、内一体は露出度の高い女性が扇情的なポーズをとった絵が表紙に描かれた本を片腕に抱えている。きっと副葬品か何かだったのだと思う。

 

「ツッコまんぞ、ツッコまんからな?」

 

 地下道の一部があんなことになっていた村だ、きっと仕様なのだ、これも。

 

「お゛ぉぉぅぁぉぉ」

 

「まあいい、邪魔をされるわけにはいかんのでな、ここで消え去れっ」

 

 こちらの心情などお構いなく歩み寄ってくる腐乱死体を前に俺は家具から伸びたロープを引き。

 

「お゛ぉぇああぁぁあ」

 

「う゛ぇぉあぁぁ」

 

 動く腐乱死体達は光の中に消え去って行く。中には片腕に本を抱いた個体も混じっており。

 

(ニフラムの呪文は光の中に消し去るからゴールドとかも入手出来なかったはず。だったら、あの本だって――)

 

 一緒に消え去ってくれるはずだ。

 

「……ふむ、珍しく全てが消えたか」

 

 やがて、光が収まればそこにあるのは張り巡らされたロープとニフラム家具のみ。他には何もない、そう、触ったら崩れそうな程ボロボロの本なんて落ちてはいないのだ。

 

「さて、戻るとしよう。更に妙な誤解をされてはたまらんからな」

 

 無事魔物達を排除した俺は足止めの仕掛けに背を向けると元来た道を引き返し始めた。

 

 

 

 




ある意味勇者ですよね、あーいう本と一緒に葬られるとか。

次回、第八十話「そして、俺は――」

無事魔物を消し去り、トロワ達の元に戻る主人公。

これ以上の誤解は避けられるのか?


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第八十話「そして、俺は――」

「あれは、分岐点か」

 

 両脇に死者が納められていたであろう空の溝が開けられた壁の間を駆け、ようやく正面に見えてきた壁は、残り半分まで来たことを意味していた。

 

(待たされることなく魔物がやって来たし、あまり時間はかかっていないと思うけど)

 

 じーさんとトロワだけを残してきたことが気にかかる。

 

(大丈夫だよな?)

 

 問いの形の独り言を胸中で漏らしつつ、突き当たりは右に。

 

(……トロワの気配はそのまま)

 

 気配なんて分かっても仕方なく、重要なのはもっと詳細な情報。

 

(落ち着け、時間はそんなにかからない。だからこそ、気にすべきは周囲。「ようやく通気口の部屋まで戻ってきたものの、気が逸って注意力が散漫になり躓いて転倒、これにトロワを巻き込む」なんてのが一番拙い)

 

 この身体の身体能力と盗賊という職業を考えれば、足を取られてすっ転ぶなんて醜態を見せるとは思いづらいが、あって欲しくもない逆奇跡(ミラクル)を俺は何度も見てきた。注意しすぎぐらいが丁度良い筈だ。

 

(掘り出した材料は入り口の脇、踏んで転ぶ可能性は少ないが足下は特に警戒して)

 

 作業用に明かりがあるからだろうやがて前方が明るくなり。

 

「すまん、待た」

 

「おお、帰って来おった。の、ワシの言う通りじゃろ?」

 

 部屋に踏み込むなりこちらを見たじーさんは、まるで来るのが解りきっていたかのような態度で傍らのトロワに話しかける。

 

「お帰りなさいませ、マイ・ロード」

 

「あ、ああ。ただいま」

 

 そんなじーさんへの返事より俺の出迎えを優先してくれる辺り、トロワはトロワで。

 

(この様子だと俺が勘ぐりすぎただけ、かな)

 

 俺が戻ってくるタイミングをじーさんが認識していた様なのは気になるけれど。

 

(そんな事より、席を外した分の遅れを取り戻さないとな)

 

 今日中に終わるとじーさんは言うが、この地を去るのが早くなるに越したことはない。

 

「発掘に戻ろう。遅れは取り返す」

 

 俺はすぐさま作業を再開すべく金貨の刺さった場所の元へ向かおうとし。

 

「本当にすまんのぅ。しかし、あの本じゃが」

 

「え゛」

 

 じーさんが投げた一言に固まった。

 

「ワシは幽霊じゃからのぅ、壁なんかも抜けられるんじゃよ。そうしたらお前さんの目的地まではあっという間……まぁ、一部始終は見させて貰った訳じゃな」

 

 ちょ。

 

(なん、ですと? じゃあ、魔物消しに言ったのもばれてて……あ、本に言及するってことはそう言うことか)

 

 つーか、見てたなら本とか言うな。トロワに聞こえるだろうが。

 

「ただ、すり抜けることは出来ても物には触れられんじゃろ? じゃが、急いでこっちに戻ろうとしておった様じゃし、呼び止めるのも気が咎めてのぅ」

 

 いいよ、こんなめんどくさい事になるならあの時呼び止めとけよ。

 

(善意か、100%善意の余計なお世話かこのじーさん)

 

 声に出してツッコミたい所だが、ただでさえ、推定アレな本だ。

 

(これで「ページをめくってワシに見せて欲しいんじゃよ」とか欲望全開の名前通りなエロジジイだったらすべてこのじーさんのせいにしてめでたしめでたしなのに)

 

 賭けても言い、この流れならばその結末はあり得ない、世界の悪意的に。

 

(礼だけ言ってさらりと流して発掘作業に戻ろう)

 

 最悪のパターンは本のことがトロワにも知られ、その上で誤解されることだ。

 

(じーさんの誤解はこのさい目を瞑る。この村に二度と足を踏み入れなきゃいいんだし)

 

 そもそも、今回の件を片付けたらここに立ち寄る理由はもう無い。

 

「すまん、その気持ちだけで充分だ。ではな」

 

 今度こそ発掘作業に戻る。余計な言葉は必要ない。

 

(えーと、何処までやったっけ? 確か、次はこっち……だったっけ?)

 

 記憶を頼りにコインを抜き取り、部品がないかを探る。

 

(んー、お、これかな?)

 

 現実逃避と言うなかれ。遅れを取り戻すには発掘作業に専心せざるを得ないのだ。

 

(でかっ、これ部品ってレベルじゃないんだけど……U字の溝って事は劣化聖水流す部分かなぁ? ん?)

 

 引っ張り出しつつ手応えに違和感を感じ、動かしてみると、広い範囲の礫片が連動して動き。

 

「そうか、同じモノが並んで埋まっているのか」

 

 手を突っ込んでみると案の定、崩れた壁の中にもう一方の手で掴んだのと同じ手触りを感じ。

 

「この調子、だな」

 

 大きいパーツだけに探す必要もない。

 

(トロワから部品指定のリクエストも来てないし、有るだけ全部引っ張り出してしまおう)

 

 引っ張り出しては脇に置き、脇に置いては数を集め、集まったら二人の所へ。

 

「とりあえず、纏まって埋まっていた部品があったから掘り出しておいた。ここに置いておくな?」

 

「あ、ありがとうございます、マイ・ロード」

 

「気にするな。それより、足りない部品、欲しい部品はあるか?」

 

 感謝の言葉に応じ、問いを続けたのも効率のため。

 

(さっさと終わらせてやる、もう誤解は沢山だ)

 

 半日もかからないとエロジジイは言った。なら俺に出来るのは、必要とされる部品を出来るだけ早く確保し、トロワが設備を作り直す為に要する時間を短縮するだけ。

 

「そろそろ良いだろう、レミラーマ」

 

 それから暫くし、刺した目印の金貨が随分減ったところで俺は再び呪文を唱えた。

 

 




そして俺はじさんが壁抜け出来ることを知った……というお話でした。

さすがは幽霊ですね。

次回、第八十一話「本気を出した結果」

このままハプニング無く設備作成は終わるのか?


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番外編3「作業の中で(???視点)」

予告無しの番外編、今回はエロッジ視点となります。

ネタバレ防止にサブタイトルは???視点ですけどね。



「すまん、その気持ちだけで充分だ。ではな」

 

 そう言ってあの若者は背を向けた。おそらく魔物となった死者を倒すため席を外した分の遅れを取り戻そうと言うのじゃろう。

 

(ありがたいのぅ)

 

 ワシらの村の地下墓地の現状を憂い協力してくれるという意味では魔物のお嬢さんにもじゃが、いくら感謝しても足りぬぐらいじゃ。

 

(本当に良い人達と出逢えたもんじゃ)

 

 ワシの名はエロッジ。かつては一人の聖職者として神に仕えておった。じゃが、それも昔の話。聖水を安価で流通させるべきと主張して拝金主義者に睨まれ、身に覚えのない罪を着せられ逃げざるを得なくなったワシは行き倒れたところを山中にある小さな村落の人々に助けられて村人の一員となり、そしてこの村で一生を終えた。

 

(あの時安価に聖水を量産すべく考えた技術で地下墓地を整備し、恩も返せたと思っておったが……)

 

 落盤によって地下墓地を清める設備が損壊。修復しようにもワシは既に人に有らざる――モノに触れることも叶わぬ身じゃった。それでも誰か来てくれればと願ったが、村は何らかの理由で捨てられたのじゃろう。墓参りはおろか、死者を安置しに来る者も現れず。

 

(やがてここに安置されていた骸達が起きあがり……ワシは何も出来なんだ。元聖職者じゃと言うのにのぅ)

 

 よたよたと歩み去って行くくさったしたい達が向かったのが外であり、魔物化した死者が村に解き放たれてしまったことはわかっておった。

 

「あのまま亡者の徘徊する廃村と化してしまうかと思うておったが……」

 

 ただ、設備の失われた場所を眺めて嘆くだけの日々は唐突に終わりを迎える。

 

「……行き止まりが、ない?」

 

 不意に聞こえた声で我に返れば、立ちつくす人影があり。

 

「嘆かわしいことじゃ」

 

 久々の来訪者、何と声をかけるべきか迷ってワシの口から出たのは今を憂う言葉。

 

「えっ」

 

 そして、返ってきたのは腐乱死体とは違う生ける者の反応。

 

(しかもこの村の者と来た。あまりの嬉しさに一方的な会話をしてしまった辺り、ワシもまだ修行が足りんのぅ)

 

 じゃが、自重を忘れる程に嬉しかったのじゃ。主はまだこの村を見捨てておられなんだ。

 

(そして、その後にやって来たのが、あの若者と魔物のお嬢さんじゃったな)

 

 まるでこちらなど眼中にないと言うように久々の来訪者だった村の者にのみ話かけておったが、ワシにはわかった。無視するように見せかけ、密かにワシを警戒していることを。

 

(あの若者にとっては見知らぬ人物で幽霊、しかもここは魔物となった死者が今も徘徊しておる)

 

 警戒は無理からぬ事じゃし、ワシの方も最初は若者を警戒した。何せ盗賊じゃったからのぅ。すわ、盗掘者かと一瞬思ったもんじゃった。無論、ホンの一瞬じゃったが。

 

(盗掘者が村の者と一緒な筈がないというのにのぅ)

 

 それどころかのんびりしている時間は無いと言いつつも、何だかんだで設備の復旧に協力してくれて、今に至る。

 

(おそらく、最初から協力してくれるつもりだったのじゃろうな)

 

 悪いとは思いつつも席を外すというので壁抜けして様子を伺わせて貰ったが、自身を主と慕うお嬢さんに心労を賭けぬよう理由を偽ってまで接近する魔物を排除しに行き、あまつさえ魔物となった死者が落とした副葬品には目もくれなんだ。戦闘に巻き込まれぬよう離れておったので本ということしか解らんかったが。

 

(ワシに払える報酬など無い、一文の得にもならんと言うのに……)

 

 盗賊にしておくことなど勿体ない高潔さじゃった。

 

(そも、あの若者……ワシに、通じる何かを感じる)

 

 ひょっとしたら、盗賊になる前は聖職者で何らかの理由があり今は盗賊をしているのではなかろうか。

 

(あの高潔さ、拝金主義や権威主義の者には煙たく感じるじゃろうしな)

 

 恩人じゃ、詮索はすまい。

 

(しかし、今聖職者でないというのはかえって良かったかもしれん)

 

 謂われのない罪で国を追われ、聖職者であることも半ば止めさせられたワシは村で妻を娶り、子ももうけた。

 

(ムール、じゃったか……村長の一族と言うことはワシの血も少しは混じっておるじゃろうが)

 

 あの若者にじゃったら、我が子孫を託せる。

 

(もっとも、その前にまもののお嬢さんとくっついてしまうかもしれんがのぅ)

 

 魔物の身でありながらあの若者をマイ・ロードと呼ぶお嬢さん、話して解ったがとてつもない物作りの才能を秘めておる。

 

(しかも魔物としての力もかなりのもののようじゃし)

 

 ワシから見ればあのお嬢さんも恩人。しかも若者を慕っている様に見えた。

 

(ままならんもんじゃのぅ)

 

 あちらを立てればこちらが立たず。じゃが、ワシとしてはお嬢さんの方にも幸せになってほしいと思う、ただ。

 

「あの、ここはどうすれば?」

 

「っ?! お、おお、すまんのぅ。ここか? ここはじゃな……」

 

 人の事を考えて居る場合では無かったようじゃ。お嬢さんに声をかけられ我に返ったワシはお嬢さんの手元を覗き込むと説明を始める。

 

「と、まぁこんな感じじゃな。尺と幅でこの構造にするのには本当に苦労したもんじゃ」

 

「なるほど、ありがとうございました」

 

 モノの持てぬ身、従って地面に絵を描いて説明することも出来んが、指さしと口頭の説明だけでお嬢さんは理解したのか組み立てを再開し。

 

(マシュ・ガリバー、ベイル、ユーザン、リムッツ……ここの設備の技術、何とか後世に残せそうじゃ)

 

 心の中でかつての仲間に呼びかけながらワシは口元を綻ばせた。

 

 

 




やったね主人公、ムール君のご先祖様からのお墨付きが出たよ?

次回、第八十一話「本気を出した結果」

しかし、じーさん勢いでうっかり成仏させるところだった。危ない危ない。

ちなみにじーさんのお仲間の名前は一つを除いて主人公の偽名をちょこっと変えたものです。


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第八十一話「本気を出した結果」

「終わった、な」

 

 全力を出し切れたと思う。積み上がる用途不明の部品、町か村に寄ったら買い換えは必須と思われる程ボロボロになった手袋。

 

(トロワの方も随分慣れてきたみたいだもんなぁ)

 

 つい先程まで設備の組み立て方について幽霊のじーさんに質問していた気もするが、そこが最大の難関だったりしたのだろう。今はじーさんに質問を投げるでもなくてきぱきと動いている。

 

「発掘は終わったが、まだ手伝えることはあるか?」

 

「あ、ああ。もう少し待ってくれんか?」

 

 大きな部品を幾つも発掘した手前、力仕事は残されてるとあたりを付けての質問にじーさんが返してきた答えはイエスに近しいもの。

 

(待ってくれってことは設備が完成した後の設置とかその辺かな)

 

 待てと言われたからには、門外漢は待つしか無い訳だが。

 

(気持ち的には「どれだけかかる」って聞きたいところだけど)

 

 気を散らしてトロワへの監督が疎かになるのは避けたい。俺はさっさと終わらせたいのであって邪魔をしたい訳ではないのだから。

 

(魔物の気配もあれっきりだっけ。まぁ、村を徘徊してた数が数だし、ここから地下の川に流れていった分も考えれば魔物が殆ど残って無くても不思議はないからなぁ)

 

 無論、だからと言って油断する気はない。

 

(もしもう魔物が残ってないなら、既に魔物と化した死体にも今作ってる設備が効果有るかって聞いた時、既に全滅してるって答えれば良かっただけだし)

 

 設備を作り直して欲しいから黙っていたという可能性もあるが、元聖職者がそんな嘘をつくとは思いづらい。

 

(ましてや、こっちは気配察知に長けた盗賊。嘘をついた後、俺が魔物の気配を察知してしまえば一発で嘘がバレちゃう訳で)

 

 百歩譲って嘘をつくとしても、その辺りの事も解らない馬鹿が聖職者になれるとは到底思えなかったのだ。

 

(プラスすることの、現状まだただの死体が魔物になる可能性ってのもあるんだよね)

 

 遺体があったと思わしき長方形をした壁の溝は殆ど空だったが、あくまで殆ど。魔物化して居ない骸も少量とはいえ存在した。

 

(カナメさん達にはムール君をつけてるし、こっちには俺が要る。死体が動き出したら気づくと思うけど)

 

 今のところ感じられる範囲に魔物の気配は皆無であり。

 

「っ」

 

 気配がないかと神経を研ぎ澄ましていたからこそ、起こる悲劇もある。

 

「ぷーっ」

 

 擬音にするとそんな感じだろうか。単語にすると、放屁。

 

(とりあえず、俺じゃない。流石に自分でしたなら、気づく。幽霊のじーさんは幽霊だし、生理現象も起こらないだろう。と、なると……)

 

 消去法は時として残酷だ。

 

(って、こんな考えしなくても解るじゃないか。そんなことより、何でさっき微かに反応しちゃったんだよ、俺)

 

 こういう時、何もなかった聞かなかったでさらりと流してやるのが紳士だというのに。

 

(今の反応、トロワに気取られてたらどうしよう)

 

 そして、もし。

 

「ま、マイ・ロード。い、今の……」

 

 とか涙目で質問されちゃった日には俺はどうすれば良いんだ。

 

(こう「常に側に侍るって言うなら、生理現象なんて気にするな。これからも俺の側に居るんだろう? その時に催したらどうするんだ?」とか励ます? それとも適当な事を言ってお茶を濁すか……)

 

 まぁ、どっちもトロワに気取られた想定の話なんだけどね。

 

(落ち着け、俺。まだトロワが自分の放屁を俺に察知されたことを気づいたかは不明なんだ。ここでこっちが下手な反応をすれば、そこから真実に辿り着かれるかもしれない)

 

 何でこんな心理戦っぽい事になってしまったかは不明だが、ただでさえ悪霊に取り憑かれたりして精神的な負担を抱えているトロワへ追い打ちをかけたくはない。

 

(どうする、どうやって乗り切る? 会話中なら話題に意識を逸らすことも出来るかも知れないけど、じーさんとの会話の後だまったまんまだから唐突に話しかけるとかえってわざとらしいし、どうすればいい? どうすれば良いんだ?)

 

 こんな時こそ登場して意識を持っていってくれればいいのに、魔物の気配はなく。

 

(ん? 待てよ、トロワの知覚力はおそらく盗賊の俺以下だよな)

 

 だったら、魔物の気配を感じたとかでっち上げて席を外せば良いんじゃ無いだろうか。

 

(そうだな、それで行こう。じーさんは壁抜け出来る、作業が終わったら呼んでくれるだろうし)

 

 トイレって誤魔化して魔物をニフラムしに行ったのが無意味になりそうだけど、そこはもう割り切ろう。

 

(あとは、切り出すタイミングか)

 

 そして、求められるのは演技力。

 

(今のトロワを騙すのは心苦しいけどこれも……ん? けど、魔物って言ってトロワがここに残ってくれるとは限らないか? あ)

 

 機を見計らってるタイミングで作戦の穴に気づけたのは、運が良かったのか悪かったのか。

 

(あっぶな、もし付いてきて魔物が嘘だってバレたら「じゃあなんでそんな嘘をついたの」って事になるじないか)

 

 焦って行動に移してたら全てが台無しになる可能性を秘めていた訳だ。

 

(けど、ギリギリとはいえ気づけた訳だし)

 

 別の誤魔化し方を考えるかと思った時だった。

 

「ま、マイ・ロード。い、今の……」

 

 トロワが涙目で俺を見てきたのは。

 




たった一つの真実(放屁バレ)見抜く、その名はアークマージ・トロワ。

エロッジ「ワシじゃよ」

うん、まぁ、何だ。生理現象は仕方ないよね?

お食事中の方ごめんなさい。

次回、第八十二話「もういい、いいんだ」


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第八十二話「もういい、いいんだ」

「どうしよう」

 

 何というか、この一言に尽きた。

 

(誤魔化す? いや、だけど明らかにこっちに悟られたって思ってるっぽいし)

 

 ここでとぼけてもかえって状況が悪化する可能性がある。

 

(だからって「気づいてた」とは言えないし)

 

 逆の立場だったら、どうだろう。

 

(うん、無理だ)

 

 気遣われてることが解ったら消えたくなるし、真っ正面から受け止められてもきつい。

 

(いっそのこと動じず、浄化設備の完成度合いを聞いてみる?)

 

 触れたくないなら後回しにしてしまえばいい。何らかのリカバリーが必要になるかも知れないが、そもそもこんな場所で浪費出来る時間はないのだ。

 

(そうだな、今はこれで行こう)

 

 嫌なことは忘れてしまうに限る。後回しにすれば、有耶無耶に出来るかも知れないのだから。

 

「トロワ……浄化設備の作成は何処まで進んでいる?」

 

「え」

 

 あくまで自然に、動揺は見せず。

 

「ムール達に出した指示であちらは合流しただろうが、合流後についての言及はしていない。お前を残して俺が伝令に行く訳にもいかんし、組み立て役のお前が知らせに走るのも論外だろう? あの男の調子が良くなればあちらから合流すべく動くかもしれんがそれは希望的予測に過ぎん」

 

 俺がこうして現状を説明することで、何をしなければ行けないかを理解してくれたならトロワも気づいてくれると思う。

 

「こ、効果の弱い聖水を作る部分はもうすぐ組み上がります。もう暫し、お待ち頂けますか?」

 

「ああ」

 

 そして我に返ったトロワの言葉に頷きを返した俺は、だがと続ける。

 

「ただ待つつもりはない。手伝えることはあるか? 有るなら力を貸そう」

 

「……マイ・ロード」

 

「こんなロクでもない状況、さっさと終わらせたいからな」

 

 魔物と化し徘徊する死者達のためなんて善人ぶって言う気はない。何割かはしょーもない展開でピンチに陥りたくないから、つまりは自分のためだ。

 

(だから、いいんだ)

 

 謂われはない。

 

「ありがとうございます、マイ・ロード」

 

「っ」

 

 感謝される謂われなんて。

 

(ついで に いうなら、ぎゅーって だきしめられる いわれ も ないですからね?)

 

 なので、しつりょうへいき おしつけないでください って いっても むだかなぁ。

 

(ここまでオーバーリアクションするって事は、意図したことの何割かは伝わったんだと思うけど)

 

 変な勘違いはされていないと思いたい。

 

「さて、作業を再開するぞ? 仕事があるなら言ってくれ」

 

「解りました」

 

 あわや脱線して作業に遅れが出るかと言うところを何とか軌道修正する事に俺は成功し。

 

「……これがこの地下墓地を浄化していた設備か」

 

 力仕事をほぼ肩代わりし、長い作業の末に完成したモノは何と形容すればいいのか。

 

(祭壇に触手が生えたような感じ、かなぁ)

 

 触手に当たる部分は吸水用の管と配水用の管や溝で、ちょっと努力すれば回復呪文を使う触手付き水色生き物つまりホイミスライムに見えないこともないか。

 

「後は設置するだけですね」

 

「そうだな。それが一番の難関の様な気もするが」

 

 同意した俺は崩落して出来た穴を見やる。

 

「長い時間稼働させるなら今度こそ地下の川に落下しないように固定する必要がある。しかもその固定は何十年も設備を支え続ける事が出来なくてはならん」

 

 一応シャルロット達が大魔王ゾーマを倒して世界が平和になった後で本格的に改修する事を前提に耐久年数一年を想定した固定にしておくってのも一つの選択として有るのだが、悪霊に取り憑かれた事のあるこの場所に再び足を運びたいとトロワが言うとは思えず。

 

(そうなってくると、やっぱり長持ちする様に固定しないといけないんだよね)

 

 一年ならロープでくくりつけるとかでもロープの本数を増やせば行ける気がするが、数十年は厳しい。

 

「……と言うことになるが、その辺りは考えてあるんだろうな?」

 

「無論じゃとも。と言うかの、そもそもお前さんに掘り出して貰った部品の中に固定具が混じって居るんじゃ。そいつは崩落がなければ計算上今も設備を支えて居た筈じゃからな」

 

「成る程、ならば問題はほぼないな」

 

 問題が有るとすれば、固定用の部品の使い方をまだ知らないことだろう。

 

「固定の仕方はワシが教えよう。固定用の道具もお前さんが掘り出した中にある筈じゃ……それと、それじゃな」

 

「ほう」

 

 じーさんが指さした部品に目をやると、それは何となくスパナとハンマーに似ており。

 

「出来れば実演して見せられたら良かったんじゃが、こればっかりはのぅ」

 

「まぁ、道具を触れないなら仕方あるまい」

 

 幽霊と言うことを鑑みると、取り憑けば人の身体も動かせそうな気もするが、ただでさえ悪霊に取り憑かれて心に傷を負ったトロワにはそんなことさせられないし、既に他人の身体を借りてる俺にしても無理だ。

 

(何が起こるかわかんないもんなぁ)

 

 じーさんを憑依させた結果、俺が追い出されるかも知れないし、入ってきたじーさんと混ざってしまう可能性だってある。

 

「とにかく、説明してくれ。悩んでいても始まらん」

 

 他に選択肢も思いつかず、幽霊のじーさんを俺はそう促したのだった。

 

 




遂に完成した浄化設備。

設置を終えた主人公とトロワは地下墓地を後にする。

次回、第八十三話「出会いあれば、別れもまた」

さようならエロッジじーさん。


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第八十三話「出会いあれば、別れもまた」

「これでよろしいですね?」

 

 やっぱり天才だったとでも言えばいいのか、始まったじーさんの説明をたちどころに理解したトロワは触手もとい吸水用の管の一本をあっさり固定して見せたのだ。

 

「う、うむ。しかし、本当になんと言えばいいのかのぅ……ワシは井の中の蛙だったようじゃ」

 

 幽霊のじーさんがひきつった顔をするが、無理もない。

 

(と言うか、トロワがこっちに付いてくれて本当に良かった)

 

 母親であるおばちゃんことアンさんも色々油断出来ない所はあったが、あの親にしてこの娘有りと言うことなのか。

 

(才能のベクトルは別方向のような気もするけど、敵対したままだったらどうなっていたことか)

 

 たぶん作成したアイテムが脅威として俺達に立ち塞がっていたと思う。アリアハンで俺がゾーマに敗北を喫したあの時のように。

 

(そう言う意味で、ゾーマ軍に居るトロワの兄弟の事とかが気になるけど)

 

 アレフガルドのことはおばちゃんとシャルロット達に任せてある。

 

(だいたい、全て人任せで良いかとか考えるよりも前に――)

 

 すべき事が、俺にはあった。

 

「トロワ、少し離れていろ」

 

 設備を固定するのは良い。だが、固定すると言うことは固定される設備を別の何かを作業終了までその場に押しとどめて置かねばならず。

 

(数時間ならロープでも充分)

 

 荷物から取り出したロープを俺は設備の上部に引っかけ、ロープを握らぬ手で祭壇の一部を掴む。壁にはロープを駆ける場所が予め存在したのだ、じーさん曰く配管をメンテナンスする時に使うモノとのことだが。

 

「ぬううっ」

 

「マイ・ロード!」

 

「っ、来るな。ふ、些少重いがこの程度っ」

 

 何とかなると言う確信が俺にはあった。

 

「それより、ロープを頼む。あの吊り下げ用の出っ張りにロープでつるし上げられればっ、こうして、持ち上げる必要も、なくなるのだから、なっ」

 

「っ、わかり……ました」

 

「頼む、な」

 

 片手で支えてもう一方の手でロープを引っかけるのも不可能ではないのだが、流石に効率が悪い。

 

(言えないよなぁ、見栄を張って全部自分でやるつもりでいたものの、声をかけられてトロワに手伝って貰った方が早いことに気づいたとか)

 

 よたよたとそれでも着実に前方へ空いた大穴へと設備を担いだ俺は歩み寄る。

 

(足止めの仕掛けに使った分、ここで使えるロープはそんなにないんだよな)

 

 だから、ロープを節約するには穴の向こうの壁に出来るだけ近寄る必要があったのだ。

 

「固定器具を壁に刺せば即席の足場にはなる、か」

 

 視界に入るのは練習として再起程トロワが固定した吸水用の管ではなく、先代の設備を支えていたであろう固定器具の生き残り。

 

(足場にしたら折れて真っ逆さまってのが定番だけど)

 

 片足を穴の上に置く形になれば設備から出っ張りまでの距離は縮まる。

 

(うーん、悩ましい)

 

 見たところ大丈夫そうに見える辺りタチが悪い。

 

(落下したとしても下は川、即死と言うことは無いと思うけど、登って戻ってくるのは絶望的だろうし)

 

 今日中にこの村を後にすることも出来なくなるだろう。

 

(……うん、やっぱりここは安全第一で行くか)

 

 冒険はせず、上も見ない。

 

「トロワ、どうだ?」

 

 下を向いたまま、俺は固定器具を足場に壁を登っているであろうトロワへ問う。

 

「申し訳ありません、もう少しお待ち下さい」

 

 上から降ってくる申し訳なさそうな声に釣られてはいけない。上を見てはいけない。ローブ姿でで壁に取りついたトロワを下から見上げたらどんな光景が広がってるか何てわざわざ考えるまでもなかった。

 

「いや、謝る必要はない。それよりも足下に気をつけろ」

 

「はい」

 

 足下に気をつけなきゃ行けないのは俺もなのだが、こちらは身の軽さが売りの盗賊。

 

(ロープがもっと長ければ、こいつを置いて一人で全部やれるんだけどな)

 

 背中の荷に愚痴や恨み言を言っても事態が好転しないことぐらい解っている。

 

「すまんのぅ。ワシに物が持てれば良かったのじゃが」

 

「気にするな。貰った助言が無ければこいつも完成にこぎ着けられなかった。それに、な」

 

 いつもなら肩でもすくめていたところだが、敢えて逸れはせず視線を後方に流す。

 

「おーい」

 

 入り口の方から声がしたのはその直後。

 

「ムール、か」

 

 安全第一と決めた辺りで気配を感じていた俺に驚きはなく。

 

「うん。あっちは他の人がいれば大丈夫だし、こっちは二人じゃ大変かなって。手伝えること、ある?」 

 

 ムール君の申し出はまさに渡りに船だった。

 

「ああ。トロワと交代して貰えるか? トロワ、ロープがかけられたら降りてきてムールに説明を頼む」

 

 トロワの手が空いたなら、固定器具で壁に近寄る足場を作ってもらうことだって出来る。

 

「……ようやく固定が終わったな」

 

 それから、暫し。三人になったことで効率も上がったからだと思う。大きなアクシデントもなく新しい浄化施設は壁に固定され。

 

「お前さん達には本当に世話になったのぅ。後はこいつを起動させれば、僅かに残ったくさったしたいやがいこつ剣士達も元の骸に戻り、安らかに眠れるじゃろう」

 

「そうか。ではこれでお別れだな……トロワ」

 

「はい」

 

 視線をじーさんからトロワへと向ければ、紫ローブの袖から覗いた手が、指先が、設備の祭壇部分に触れれば、生じた輝きを帯びながら流れ出した水が、受け皿の様な場所を経て、配水用の溝に流れ込む。

 

「おおっ、これじゃ。この」

 

「どうし」

 

 不意にじーさんの声が途切れ振り返った俺が見たのは、満足そうな笑みでぼやけて行くじーさんの姿だった。

 




さらばエロッジ、安らかに。

次回、第八十四話「誓いと別れと」




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第八十四話「別れと才」

 

「……行くぞ」

 

 二人に声をかけたのは、じーさんの姿が完全に見えなくなった後のこと。

 

「はい」

 

「うん」

 

 二人からは短い応答が返ってきただけだったが、きっとそれで良い。

 

(さよならも何も言わなかったからなぁ、あのじーさん)

 

 たぶん成仏したんじゃないかとは思うものの、根拠になるのは満足そうな笑みと薄れ消えていったという現象のみ。

 

(「なんちゃって! ほほほ、成仏したと思ったじゃろ?」とかふざけて再登場しようものなら呪文の一つや二つお見舞いしてやるところだけど)

 

 名前に反してまともだったあのエロジジイがそんなお茶目をやらかすとは思えない。

 

(あっちが別れを告げてないんだ。こっちから何か言ってやる義理もなぁ……)

 

 ついでに言うならもうトロワ達を促してしまっている。

 

(またな)

 

 声には出さず胸中で呟き、俺は歩き出す。

 

「オイラ途中からだったけど、あれで終わったんだよね?」

 

「……ああ。あの老人とトロワのお陰で地下墓地を浄化するものが再び動き出したからな。地下墓地内に魔物が残っていたとしてもあれの効果で浄化され死体に戻るらしい」

 

 魔物を死体へ戻すのにかかる正確な時間は解らないが、足止め用のニフラム家具もそのままにしてあるし、気になるようなら入り口に残った家具で入り口を塞いでしまうと言う手もある。

 

「そっか」

 

「故に、残ったのはあの男の目的のみだ。妻をこの地に眠らせるという、な」

 

 くまさんのぬいぐるみに遺骨を入れるという斜め上な保管方法を見せてくれたオッサンだが、奥さんを埋葬するとなるとあのぬいぐるみごと埋めるんだろうか。

 

「……あの男の用事が済めば、この村ともお別れだ」

 

 それはおそらく、あのオッサンとの別れでもある。

 

「お別れ、かぁ」

 

「……すまん」

 

「ううん、いいよ」

 

 ポツリと漏らしたムール君の寂しげな声に若干気遣いが足りなかったかと振り向いて謝罪するが、ムール君は首を横に振り。

 

「本来ならオイラ、この村にもう一度来ることだって叶わなかった訳だしさ。けど、今のオイラには明日があるから……」

 

「そうだな」

 

「うん。まだヘイルさんのことよく分からないけど……」

 

 約定通り一緒に来てくれる、と言うことなのだろう。

 

「まぁ、何だ。その辺りはおいおい慣れてくれればいい」

 

 出来るだけ駆け足したいところだが、それでも時間は充分にあるのだから。

 

「さてと、何にせよまずはカナメ達と合流しないとな。ムール、他の皆はまだ入り口の前か?」

 

「そうじゃないかな。ヘイルさん達を放っておいてもう一つの墓地に向かうってのは無いと思うし」

 

「そうか。効率優先で動いてくれていてもいっこうに構わなかったのだが、普通はそうなるな」

 

 協力者を放置して自分の目的を果たそう何て不義理な真似をあのオッサンがするとは思えず、そう言う意味で想定の範囲内だ。

 

「では次だ。この村の死者の弔い方……違うな、墓はどういう形状をしている? 石材を切り出してきて碑の様なモノを立てるのか? それとも枝を組んでシンボルを模るようなモノか?」

 

「んー、その二択だったら後者、かなぁ? 前は石のお墓もあったんだけどね。石切場は村の外だし、魔物が頻繁に目撃されるようになってから石材を運ぶ人が魔物に襲われる事があってさ」

 

「成る程、その説明でだいたい解った」

 

 石材の確保に危険が伴うなら、あのオッサンはまず枝を組む方を選ぶ。

 

(オッサンの体調が良くないのも有るけど、ここのところ良いところ無しだったもんなぁ)

 

 俺がオッサンの立場だったら石の墓が欲しいので危険に身をさらして石材をとってきて下さいなんてとても言えない、だが。

 

「妻のため世界を旅してまで鍵を探した男が妻のために作った墓標となれば相応のモノでなければならんだろうな」

 

「ヘイルさん?」

 

 解っている、余計なお世話だってことも。

 

「マイ・ロード」

 

「すまん、トロワ。ただでさえ負担をかけているというのにな」

 

「いえ。大切な人の為に願いを叶えてあげたいという気持ちは魔物も人間も変わりませんから」

 

「そうか」

 

 こう、何というか。最近のトロワはきれいになりすぎじゃないだろうか。

 

(ありがたい、ありがたくて申し訳ないんだけど、違和感というかギャップが……)

 

 確か、この村来るまでマザコンの変態だったんだぜ、あいつ。

 

「ムール、石切場までの案内を頼めるか?」

 

「あ、うん。けど、合流はいいの?」

 

「あの男が居るのはこの地下墓地の入り口だろう? なら、ここを出た時点で合流は出来る。その後今ここにいない者に目的の墓地へ向かって貰い――」

 

 俺達はやり忘れたことがあるとでも言って石切場に向かう。

 

「石材と言ってもピンキリだ。あの設備ぐらいの目方のモノなら背負って戻ってこられるだろう」

 

 しのびあるきしていけば魔物に遭うこともないと思う。

 

「あの、マイロード」

 

 そんな時だった。

 

「ん? どうした、トロワ?」

 

「あ、はい。以前作った容量と重量を無視して何でも入るという袋の失敗作ですが」

 

「ああ、あったな、そんなモノが」

 

 入れたモノの体積を縮小させるだけの袋にとどまり、人目を引いてしまう胸を隠す為出会った当初のトロワがはそれを乳袋にしていた。

 

「それがどうかしたのか?」

 

「ええと、まだ仮定なのですが……あの老人から教わった浄化設備の仕組み……水をくみ上げる部分の技術を応用すると『入れたものの体積を縮小させ、重量を軽くする袋』を作ることが出来るかも知れません」

 

「な」

 

 なに、このてんさい。いや、あのじーさんもじーさんか。

 

(つまり、あの設備は水を汲み上げるのにモノを軽くする力を働かせて汲み上げやすくしてたってことなんだろうなぁ)

 

 トロワの説明を聞いてようやくあの設備の仕組みの一つを理解した俺はアホなのだろうか。

 

「それで、お前はその袋を作ってみたいと?」

 

「はい」

 

「わかった、やってみろ」

 

 この状況で却下出来る筈もない。迷わずGOサインを出し。

 

「あ、光が」

 

 俺達はようやく地下墓地の入り口へと辿り着いたのだった。

 

 




サブタイ変更申し訳ありませぬ。

結局村脱出ならず。

さくっと終われると思ったんですが。

次回、第八十五話「誓いと出立」




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第八十五話「誓いと出立」

「スー様」

 

 かけられたカナメさんの声に待たせてすまんなと返した俺は、視線をオッサンに向けて聞いた。

 

「身体の調子はどうだ?」

 

 と。

 

「うむ、暫し休ませて貰ったからな。動くのに支障はない」

 

「そうか、それはいい」

 

 ここでまだフラフラすると言われたら、石材確保を断念もしくは後回しにすることを視野に入れなければならなかった。

 

(俺とオッサン以外みんな女性だもんなぁ)

 

 オッサンが変なことをするとは思えないが、背負ったり肩を貸したりと言った事をクシナタ隊のお姉さんにお願いするのは抵抗があったのだ。

 

「なら、もう一方の墓地にはすぐ向かえるな?」

 

「おお、と言うことは……」

 

「ああ」

 

 期待の籠もったオッサンの視線を受け、首を縦に振る。

 

「地下墓地の方は墓地内を浄化する設備を起動させた、ニフラムの効果を持つ家具を足止め用に残してもある。放っておけば魔物化した死体もそのうち浄化されて元の死体に戻るだろう」

 

「……墓地に眠る村人達を救って下さったか、かたじけない」

 

「気にするな。あの状況では当初の目的どころではあるまい」

 

 この村に来た当初は、村を徘徊する魔物化した死者が、もう一方の墓地を荒らしたとしても不思議はない状況だったのだ。

 

「もう一方の墓地も影響を受けてないといいのだがな」

 

「あー、それなら多分大丈夫。日当たりの良いところにあるし、地下墓地と比べて悪いモノがたまりにくいって言ってたから……」

 

「成る程。それなら墓地に着いたら地面が盛り上がって、先人達がお出迎えと言うことはないか」

 

 あったとしてもアバカムを使える魔法使いと言う火力が有ればあっさり屠れるだろう。

 

(と言うか「言ってた」ってことは情報源はあのじーさんか。まぁ、あんな設備作った人間の言うことなら間違いもないだろうし)

 

 これで心おきなく一時離脱出来る。

 

「それは重畳だ。実は少々やり残したことがあってな」

 

「やり残し、ぴょん?」

 

「あ、ああ」

 

 ごく自然に話しているつもりだったのに何処か怪しかったのか、オウム返しに尋ねてきたカナメさんへ俺は頷く。

 

「ニフラム効果の家具を作る過程でちょっと、な。村にいた魔物も倒したし、万が一討ち漏らしが遭ったとしてもお前達が居れば問題なかろう。ムールには用事が終わった後の道案内、トロワは俺の側にいるという誓いがあるので同行して貰うが……なに、滞在予定を延ばす事になる程時間をかけるつもりはない」

 

 嘘をもっともらしくするには真実を混ぜること。この場合、真実の部分は掛け値無しの本音でもあったりするのだが。

 

「そう。それなら良いぴょん」

 

 だからだろう、カナメさんはすんなり納得してくれ。

 

「すまんな、後のことは頼む」

 

 カナメさん達に頭を下げた俺はその場を後にした。

 

(さて、ここからは時間との戦いだ)

 

 まず石切場まで急行し、墓石に相応しい石を確保する。

 

「ムール、案内を。魔物に気取られても構わん。目的地までの所要時間短縮を最優先で頼む」

 

「あ、うん。良いけど、見つ……あー、うん。聞いたオイラが間違ってた」

 

 振り向いたムールくんがすぐ得心のいった顔をしたのは、俺がまじゅうのつめを装備している様を目にしたからだと思う。

 

「気づかれては嘘がバレるからな。トロワも呪文攻撃はするな」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 呪文で引き起こした爆発が村の外ですれば、カナメさん達は高い確率で俺達が戦っていると気づくだろう。イオナズンなんて高等呪文をぶっ放せる魔物は俺の記憶が確かならこっちの世界ではバラモスだけだ。

 

(ベビーサタンはMP足りなくて発動しないからなぁ。もしシャルロットがあの残念子供悪魔をてなづけることが出来た場合、精神力増強アイテムをドカ食いさせることで大化けさせることが出来るかも知れないが……って、話がずれた)

 

 ともあれ、攻撃呪文は使えない訳だが、それ程問題になるとは思えず。

 

「はぁはぁはぁ、着いた、よ」

 

「そうか。ふむ」

 

 実際、全然問題にならなかった。

 

「あのさ」

 

「ん?」

 

 割と息も絶え絶えなのに話しかけられ、顔を上げるとそこにあったのはムールくんのジト目。

 

「何、あの虐殺、もしくは蹂躙」

 

「少々大人げなかったやもしれんな」

 

 ムールくんは俺の要求にきっちり応えてくれたので、俺も全力で道を切り開いた。

 

「いや、もう今更の様な気もするけどさ、本当に無茶苦茶だよね?」

 

「ふ、大丈夫だ。ここまでと言う気はないが、努力次第でお前も半分くらいは出来るようになる」

 

 呪文面は転職しないと無理だが、物理攻撃なら必要なのはステータスアップアイテム各種(たねときのみのどーぴんぐ)とレベル上げだけである。

 

「ないない、あり得ないから」

 

「む?」

 

 あり得ないとか言われた、解せない。

 

「まぁ、それはそれとして、トロワ。件の袋は作るとなると時間がかかるか?」

 

「はい、もう暫し……家具を改造した時程時間を頂ければ」

 

 もしこの段階で作成可能なら石材の重さを無視して運べるんだが、流石にそれ程うまく行かないか。

 

「まぁ、時間がかかるのも仕方……ん?」

 

 なんだか、わり と すぐ できるみたいなこと を いわれた き が するのですが。

 

(いやー、幻聴が聞こえる何てなぁ。俺も疲れてるんだな)

 

 はっはっはっはっは、まいったね これは。

 

「ただ」

 

 思わず胸中に乾いた笑いが漏れる中、トロワの声っぽいものは続き。

 

(ただ? あれれ、条件付きって事は幻聴じゃなかったとか?)

 

 言われた事を反芻しつつ、口を開く。

 

「ただ?」

 

 ポーカーフェイスは仕事をしていた。だから真顔でオウム返しに問うたようにトロワからは見えていると思う。

 

「そ、その……丁度良い袋が今、手元になくて……用意出来るのは私の……ぱ、ぱんつを材料にしたモノに」

 

「っ」

 

 そうきやがったか、世界の悪意っ。

 

(最近静かだと思ったら、ここでこう来るかぁぁぁっ!)

 

 トロワにノーパンなんてさせられない。

 

「うおおおおおおっ」

 

 だから俺は石材を背負って走る道を選び。

 

「こ、これは」

 

「はぁ、はぁ……な、なに。やり残しを、何とか……したら丁度良い石を、見つけてな。良かったら墓石にでもしてくれ」

 

「っ、忝なく」

 

 墓地に辿り着き、置いた石を見て泣いてくれたオッサンを見れば、努力は報われたんだと思う。

 

 墓地に辿り着き、置いた石を見て泣いてくれたオッサンを見れば、努力は報われたんだと思う。

 

「これで、目的は果たせたな。ただ、墓碑銘に関してはそちらでやってくれ。俺は少しばかり疲れた」

 

「ねぇ、オイラツッコんでいい?」

 

 達成感に浸りつつ言葉を続けた俺の背中にムールくんの視線が突き刺さる。

 

(気持ちはわかるけどさ、仕方がなかったんだ)

 

 そのお陰でもうすぐ出立出来そうなんだから、俺はそう思った。

 

 




某僧侶少女「ムールさんが盗賊さんにツッコむとか素敵な展開すぎますぅ」

主 人 公「帰れ」

何だか割と色々ぶった切ってしまってごめんなさい。

次回、第八十六話「次の目的地は」

ようやく次の目的地に向かえそうです。


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第八十六話「次の目的地は」

 墓作りに感情移入する為、ビルダーズのメルキド編で、廃城のしかばね全て(屋外含む)を土で覆い、墓標を立ててみました。

 あとはスタート地点のあなぐら掘り起こして片隅の骨が集まってるところに墓地立てたり。

 ついでに廃城の崩落部分も土とレンガで可能な限り修復。オリジナルと同じモノが作成出来たら完全修復出来たんですけどね。

 屋根と壁と床と燭台とか家具がどうしようもなくて……ハシゴと階段は完全に直したんですが……。

って、何やってるんだろう、闇谷は。

あ、第八十六話、始まります。




「スー様、お疲れさまぴょん」

 

「何のことだ?」

 

 きっと、あれで全員を誤魔化すのは無理があったのだと思う。

 

(ムール君にもツッコんでいいかって聞かれてたしなぁ)

 

 それでもなけなしの意地でカナメさんにはとぼけてみたが、通用したとは思いがたい。

 

「ともあれ、あの男の妻の墓も完成間近か」

 

「スー様達が『やり残し』を終えて戻ってくるまでに埋葬自体は終わっていたぴょんからね」

 

「そうか」

 

 カナメさんの何処か優しげな視線に感じる居心地の悪さに耐えつつ短く応じると、オッサンの方を見た。丁度俺がもってきた石を掘り返された跡のある土の上に降ろすところだった。

 

「ふむ」

 

 墓が完成したなら一度ぐらい手を合わせてくるべきかもな。

 

(って、あれ? この世界の死者の冥福を祈る動作ってどんなのだっけ?)

 

 今更かも知れないが、一般常識は知っていてしかるべきかもしれない。

 

(ちょっと動機が不純だけど、祈ってこようか)

 

 他の人の動作を見て学習するチャンスでもある。

 

「スー様?」

 

「ここまで来て、完成に立ち会わずに出発するのも何かと思ってな。直接縁があったわけではないが、死者に祈りを捧げても罰はあたるまい」

 

 歩き出した俺にカナメさんが訝しげな顔をしたが、表向きの理由を隠す必要もない。

 

「……そうぴょんね。だったら、ご一緒するぴょん」

 

「ああ」

 

 納得したカナメさんが一緒に来てくれる事に内心ほっとしつつ墓碑の前まで行った俺は、カナメさんの見よう見まねでオッサンの奥さんの冥福を祈り。

 

「……そうか、もう暫し残るか」

 

 すぐに旅立つかと問うた俺へオッサンは否と答えた。

 

「これまでの協力感謝に耐えんが、隣の墓も随分荒れている。周囲の墓の手入れもしていきたいのだ」

 

「好きにするが良い。が、キメラの翼はあるか?」

 

 尤もな理由で遭ったが故に引き留めることはなく、俺は別の問いを口にし。

 

「うむ、万が一のことを考えて常備しているものがある。墓の手入れを終えたら、船に残してきた者達とも合流せねばならんしな」

 

「となると、あちらで会うことも考えられるか」

 

 オッサンの言葉で思い出したのは、船に残してきたスミレさん。

 

(おっかしいなぁ、ずつうのたね が いなかった はずなのに ぴんち の れんぞく だった き が するぞ?)

 

 だからといって賢者なんて貴重な戦力を置いてきぼりには出来ない。

 

「まぁ、いい。では先に行かせて貰うぞ? 準備はいいか?」

 

「はい。他の方ももっと集まってください。 いきますよ?」

 

 俺が問うと首を縦に振るなり周囲を見回したクシナタ隊のお姉さんは警告し、呪文を唱える。

 

「ルーラっ」

 

「っ」

 

 呪文音声と共に身体が浮き上がり、地面が離れて行く。

 

「……さよう、なら。さよならっ――」

 

 ムール君が叫ぶのは、あの村の名前か。崖の上にあったムール君の家も頭を下げるオッサンが居る墓地もどんどん小さくなり、遠ざかる。

 

「バハラタ、か」

 

 俺達が飛ぶ先は東。乾きの壺を手に入れるためエジンベアに向かうなら最寄りの国はポルトガだが、乗ってきた船はオッサンが手配したもの。

 

(こっちの都合でポルトガに飛ぶ訳にはいかなかったもんな)

 

 どう考えても船員や船の持ち主の都合が最優先されるべきであり、この寄り道は仕方ない。

 

(立ち寄りついでにシャルロット達の情報も集めて、足りなくなった物資やトロワが作成するアイテムの材料を補充、あとは宿に一泊してムール君に奥義伝授したり話をしたり……ぐらいかな?)

 

 順にあげてみたが、やることやらなければいけないことは多い。

 

(プラスすることーの、スミレさん対策。……うん、すみれさん たいさく か)

 

 スミレさんはカナメさんにお願いしても大丈夫だろうか。

 

(洞窟の入り口で別れたから、聞かれることがあるとしたらトロワがきれいになったことと……ムールくんのこと、かなぁ?)

 

 どっちも説明を一つ間違えばからかうネタにされかねない。ムール君に関しては一時俺を誤解もしていたのだ。

 

(ムールくんとスミレさんの接触も最小限に抑えるべきだな)

 

 いらんことを吹き込まれてムール君が更なる勘違いをする何て展開、洒落にならないが本当にありそうで怖い。

 

「マイ・ロード?」

 

「っ、トロワか。どうした?」

 

 って、考えに浸りっぱなしだとそれはそれで訝しまれる、か。

 

「いえ、何かずっと遠くの方を見ていらしたので心配事でもおありなのでは、と」

 

「あ、いや。そう言う訳ではない」

 

 一応頭は振ってみたが、こうも的確にこっちの心理を見抜いてくるとか想定外だ。

 

(いや、逆にこれだけバージョンアップしたトロワなら待ち受けるであろうスミレさんへの起死回生の一手を担ってくれるかも……って、いきなり人に頼っちゃ駄目か)

 

 人に頼ることを覚えてしまうと、成長が止まってしまう。

 

「ちょっと、この後の予定を考えていてな。バハラタで情報収集と補給を終え、宿で休息した後ポルトガ経由でエジンベアに向かう訳だが、バハラタで補充する品のリストを頭の中で整理していた。ただそれだけの事だ。お前が作る袋の材料も仕入れておかないといけないしな」

 

「そうでしたか。申し訳ありません、差し出がましい真似を」

 

「気にするな。よくよく考えれば俺の方こそ一人で考えず相談すべきだったかもしれん。そもそも、各個人で補充しておきたい品のようなモノは俺ではさっぱりだ」

 

 自嘲気味に嗤うが、さっぱりという部分は掛け値無しの本音であり。

 

「では、リストの方を煮詰めていきましょうか」

 

「そうだな」

 

 トロワの提案に俺は口元を綻ばせた。そう、飛翔しつつトロワと言葉を交わすこの時間には確かに平和があった。おそらくは長くて現地に着くまでの平和であろうとも。

 




一行、バハラタへ。

そして、スミレさん(てんてき)との再会は迫る。

次回、第八十七話「おかしいな。つい先日のことなのに、こんなにも懐かしい」

相当引っ張ったもんなぁ、劇中時間では移動時間除けば村では一泊しただけなのに。


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第八十七話「おかしいな。つい先日のことなのに、こんなにも懐かしい」

「皆、着陸に備えろ」

 

 警告を発した俺の眼下、バハラタの町は徐々に大きくなりつつあった。

 

(大丈夫だ、トロワはきれいなトロワになったし、アクシデントで着陸失敗と言うオチはない)

 

 トロワだけでなく他の女性陣ともある程度の距離をとっているので接触して転倒と言うことも無いと思う。

 

(大丈夫だ。下手に気負わなければ、うまく行く)

 

 姿勢を整え、自分に言い聞かせつつ着地に備えた。警告しておきながら自分が着地に失敗したらギャグにもならない。ついでにスミレさんにまず間違いなくからかわれる。

 

(それだけは避け――)

 

 避けなくてはと心の中で続けようとした俺の目が町の入り口で空を見上げる一人の女賢者に止まる。

 

(うわぁい、うわさ を すれば、かげ?)

 

 明らかに俺達がやってくるのを理解していて、まさに待ちかまえるようなポジションであり。

 

(ギリギリのタイミングでプレッシャーをかけてくるとかっ)

 

 意図してやってる訳ではないのだろう、だがスミレさんはやはり天敵(スミレさん)だった。

 

(っ、だが、この程度っ)

 

 この程度のプレッシャーで醜態をさらす訳にはいかない。半ば発奮材料にすることで気合いを入れ。

 

「っ」

 

 着地はうまく行った。

 

「スー様、おかえりー」

 

 そんな俺へ投げられた女性の声。顔を上げれば、こちらに向かって歩いてくるのは、スミレさん以外の何者でもない。

 

「あ、ああ。ただいま」

 

「一、二、三、四ぃ……あれ? 剣士のおじさんは?」

 

「あの人だったらやることがあるからって村に残ったぴょんよ? キメラの翼もあるからそのうちこっちに飛んでくると思うぴょん」

 

「ふぅん、そっかー」

 

 身構えつつも絞り出した返事をスルーして質問をぶつけてくるマイペースっぷりを俺が見せつけられる中、俺の代わりにカナメさんから答えを得たスミレさんはちらりと西の空を見てからくるりと身体の向きを変え。

 

「ねー、スー様。トロワさんの様子がおかしいけど、何かあった? あたしちゃん、気になるんだけど」

 

 いきなり直球をぶつけて来やがったよ、こんちきしょう。

 

(うわぁぁ、触れて欲しくないところでムール君の事と熾烈な一位争いを繰り広げてる「トロワの変化」について直接聞いて来やがった)

 

 さっそく ぴんち じゃないですか、やだー。

 

(どうする? 誤魔化すか? いや、トロワがきれいになったのは一過性のモノじゃないだろうし、一時しのぎしても後でバレる)

 

 と言うか、一過性のもので暫く経ったら旧トロワに戻ってたなんて展開があったとしてもそれはそれで嫌だけど。

 

(なら、最初から真実を話しておいた方が……)

 

 後々問題にならず、良いと思うものの話したら話したでからかわれそうであり。

 

「マイ・ロード……」

 

 俺が黙っていたからだろうか。ご本人さん(トロワ)が俺を呼んだのは。

 

「スミレさんには、私からお話しします」

 

「な」

 

「ほほぅ」

 

 ちょっとまってください、とろわさん。

 

(いや、気持ちは嬉しいよ? けど、それが最大級の火種になる予感しかしないんですけど? しかも、きっちり耳で拾った天敵さんが興味を持ったご様子なんですけど?)

 

 あちらが興味を持ってしまった以上、話さなくてよいと言ったところできっと無駄だ。

 

「スー様」

 

「言うな、何も言うな」

 

 俺を呼ぶカナメさんの目がとても優しかった。だが、賽はもう投げられちゃった風味の今となっては取り繕いようもない。

 

「そして、悪霊に取り憑かれた私を救うため、マイロードは――」

 

 それは、きれいになったトロワによる思いっきりフィルターのかかった主人自慢というかのろけ話のようなもの。またの名を『公開処刑』といふ。

 

「ほうほう、じゃあのねーちゃんを助ける為にあっちの銀髪が……」

 

「すっげーな。あのボンキュッボンを見たら俺も助け出してあわよくば……とか思うけどよ」

 

 ほーら、たまたま いりぐち に いた やじうまさんたち に まで きかれちゃってるんだぜ。

 

「馬鹿、てめぇの面鏡で見てから言えよ」

 

「な、おま、喧嘩売ってんのか?」

 

「だいたい、その悪霊ってのもよーするにモンスターだろ? お前じゃ無理無理」

 

「うぐっ」

 

 野次馬の一人が気色ばんで噛み付こうとした相手に言いくるめられるまでを心の冷静な部分で知覚しつ、俺は空を見上げた。

 

(ねぇ、俺が……俺が一体何をした)

 

 従者を助けた結果が、これですか。これなんですか。

 

(ちくしょう……)

 

 叫んで走り出したくなるような状況が俺を苛む。

 

(この状況を、どうしろと?)

 

 出来ればトロワを黙らせたいが、この状況で動いても逆効果にしかならない気がする。

 

(いいよなぁ、とり は そら を とべて)

 

 ルーラで飛んできて見下ろしたバハラタの町は何処か懐かしささえ感じたというのに、降り立ったここはある意味での地獄。未だ見上げたままの空を横切る鳥が何処か妬ましく、羨ましかった。

 

(……って、逃避してる場合じゃない! まだ町に着いたばかりなんだ!)

 

 補給も情報収集も残ってるのに、全てが終わった気になっててどうする。

 

(何とか、何とかしないと)

 

 頭を振った俺は打開策を模索し始めた。

 




 主人公、公開処刑されるの巻。

 この日から、主人公はバハラタで銀の祓魔師と呼ばれるようになったとかならないとか。

次回、第八十八話「まだ終わらない」



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第八十八話「まだ終わらない」

「何か」

 

 現状打破のきっかけはないかと、まず周囲を見回す。

 

(トロワに口止め、はないな)

 

 今更動いたところで、既にトロワののろけは野次馬さん達にすら聞かれているし、寧ろ近寄れば俺が注目を集めて逆効果になる。

 

(……って、さっき断念したばっかりだし。なら、どうする?)

 

 目撃者を消す、何てのはない。

 

(犯罪に走ってどうする? と言うか、目撃ってのもおかしいし)

 

 せめて、傍聴者とかだろう。動揺してるのか日本語的にも今のはおかしかった。

 

(なら、トロワの話が吹っ飛ぶようなインパクト絶大なこと……なんて急に言われても思いつかないし)

 

 冗談抜きで、いっそ逃げ出すか。

 

(トロワは俺の側にいるという誓いがある。俺が移動すれば着いてくるだろうし)

 

 今日の宿は手配しておかなくてはならない。

 

(うん、もうきっぱりバハラタに金輪際立ち寄ることを諦めるなら、いける)

 

 そう、出発まで宿に引きこもれば良いのだ。

 

(情報収集と補給はクシナタ隊のお姉さんにやって貰って、俺はムールくんにつきっきりで奥義伝授。短期間で身に付くとは思えないし、相応に時間はかかるだろうからなぁ)

 

 かつ、伝授は俺にしかできない。

 

(ゲームで言うところの一ターン二回行動ならクシナタ隊に継承者が複数居るからモシャスの呪文さえ使えれば俺じゃなくても伝授は出来るけど)

 

 教えるのの上手さには個人差があるだろうし、伝授経験だけなら俺がぶっちぎりで多い。

 

(それ は あの いしすのよるのあくむ が あるから なんですけどね。ぐふっ)

 

 思い出すと精神的にダメージがきた。何故心の傷を剔った、自分。

 

(ダメージ受けてる場合じゃない。止められないなら、引きこもらなきゃ)

 

 胸中で呟いた独り言は、まるっきり駄目人間の台詞に聞こえるかも知れないが、これも編み出した奥義を人に伝え活かすため。

 

「宿を手配してくる」

 

 トロワの名は呼ばず、行動だけを告げて歩き出す。少しでも注目を浴びないようにするため。

 

「ま、マイ・ロード? すみません、スミレさん。お話の続きは後で」

 

「マイ・ロード? じゃああの男があっちのべっぴんさんの祓魔師」

 

 もっともトロワが俺を呼んだことで、こっちの配慮なんて消し飛んじゃいましたけどね、ちくせう。

 

「ムール、カナメ、着いてこい」

 

「あ、うん」

 

「わかったぴょん」

 

 ええい、ここまで来たら毒を喰らわば皿までだ。ムール君とカナメさんにも声をかけ、引きこもりメンバーに同行を願った。

 

(これでいい、これで引きこもれる)

 

 宿に着く前だからムール君も荷物は所持している。伝授の時に必要になる下着だって持ってるだろう。

 

(トロワ、多分部屋までついてくるだろうからなぁ)

 

 下着無しでの伝授は、ムール君に男の人のものもついてるので、洒落にならない絵面になってしまう。

 

(イシスの時だって男としての裸は見せなかったのに)

 

 まして、今のトロワはきれいなトロワだ。

 

(旧トロワだったらガン見しても驚かないけどさぁ)

 

 それに、二人っきりは不安だろうとカナメさんまでもう呼んでしまっている。

 

(うん、下着は必須だな)

 

 で、引きこもっての伝授中に色々話もしよう。スミレさんに変な情報漏らさないように、とか。

 

(そこでトロワに釘を刺しとけば、「お話の続き」とやらでも変なことは話さないだろうし)

 

 いける、これなら行ける。

 

(まず、部屋を取って荷物を置いたら部屋にすぐ来るように言って……)

 

 一番心配なトロワは一緒だろうから問題ない。

 

(ムール君には荷物を置きに行く時、下着を持ってくるよう言っておけば――)

 

 カナメさんは伝授初めてのムール君にレクチャーする要員だから伝えておくことも予定を前倒しにすることぐらいか。

 

(念のため宿はいつもと違うところにするとして)

 

 おおよそ完璧だと思った。

 

「ねーねー、スー様。あたしちゃんはついて行かなくても大丈夫だった?」

 

「ああ。スミレには残った皆とここ数日の勇者一行についての情報を集めて貰えるか?」

 

 最後に歩き始めた俺を見て呼んでもいないのに追いかけてきたスミレさんに仕事をお願いして、引きこもりの為の策は完成する。

 

「本当は旅先で使った品の補給も頼みたいが、同行してないお前に頼む訳にもいかんからな。そして、本格的に荷物を確認して足りないモノをリストアップするには落ち着けて荷物を広げられる場所が要る」

 

 宿を取りに行きつつ何人か呼んだ理由も、これなら説明は付くはず。

 

(これ以上はやらせない)

 

 意地だった、町中で敗北を喫した俺の。

 

(トロワののろけで充分なだけの弄りの種は手に入れた筈だろ)

 

 だから退けと、意思を込めてスミレさんを見る。納得させるだけの理由は作ったが、スミレさんは一応賢者、目聡いところがある。

 

(見透かされてるぐらいの気持ちで臨んで丁度良い)

 

 意思を瞳に込めてどれだけお見合いしたことだろうか。

 

「んー、じゃあ仕方ないか。またね、スー様」

 

 ひらり手を振ると、くるりと背を向けてスミレさんは去って行き。

 

(ふぅ……見逃されたのか、それとも勝てたのか)

 

 俺は胸をなで下ろしつつ、一度だけ振り返ると再び宿のある方角へと歩き始めたのだった。

 

 




スミレさんは強敵でした。

次回、第八十九話「予備の下着は忘れるな! 忘れたら、どうなっても知らんぞー!」

いよいよ奥義の伝授が出来る……かなぁ?


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第八十九話「予備の下着は忘れるな! 忘れたら、どうなっても知らんぞー!」

「部屋は空いているか?」

 

 宿屋の戸口をくぐってすぐ、フロントにいた宿屋の主人に俺は問い。

 

「ええ。ご宿泊ですか?」

 

「ああ。三人部屋を一つと……あ」

 

 主人の言葉に頷いて部屋の指定を始めて、ふと気づいた。

 

(ムール君の部屋割り、どうしよう?)

 

 女性部屋に割り振るのは問題があるし、男部屋にするのも拙い。

 

(だからって一人部屋にしたらムール君に何かあると言ってるようなモンだしなぁ)

 

 そもそもムール君が両方ついてると知っているのは、今のところ俺のみなのだ。

 

(って、よく考えたらそれ拙い。カナメさんには伝えておかないと)

 

 奥義伝授に居合わせて貰う時、予備知識無しで両方ついてるムール君を見たらどうなることか。

 

「お客様?」

 

「あ、あぁ、すまん。三人部屋を二つで頼む」

 

 結局、迷いつつもムール君を俺と同室に割り当てたのは、盗賊としての格好が男性のモノだからであり。

 

「承知致しました。六名様で一晩72ゴールドですが、よろしいですか?」

 

「72ゴールドだな? これで丁度だ」

 

「はい、確かに。こちらがお部屋の鍵です。鍵についてるプレートの番号がそのままお部屋番号となっております。六号室と七号室は一階の突き当たりとそのお隣の部屋ですね」

 

 俺は財布から取り出してカウンターにのせた金貨を数え終えると、主人は二つの鍵を俺の前に置き、廊下の最奥を示す。

 

「そうか。世話になる。ムール、トロワ、カナメ、いくぞ?」

 

「あ、うん」

 

「はい」

 

「ぴょん」

 

 ムール君の身体の事については、人前で言う様な事ではない。

 

(それに手荷物持ちっぱなしのままもなぁ)

 

 話は荷物を置いてきてからでも出来る。

 

「言いたいことも有るかもしれんが、先に荷物を置いて来て、それからだ。カナメ、鍵を」

 

「ありがとうぴょん。スー様、それじゃ、荷物を置いたら」

 

 今居る中では唯一女性部屋の宿泊者になったカナメさんは俺の差し出した鍵を受け取ると、横を抜け、先に行き、扉の鍵穴に鍵を差し込み。

 

「ああ。待っている。さて、ムール」

 

「……とは、やっぱり……」

 

 頷きを返した俺は横隣に居たムール君へ向き直ったが、当人はブツブツ呟きつつ何か考え込んでいる様子。

 

「ムール?」

 

 考え事が終わるまで待っているのも一つの手だったが、俺は敢えて選ばなかった。かわりにもう一度名を呼び。

 

「ムール?」

 

「え? あ」

 

 俺の呼びかけが届いたのは、三回目。

 

「ごっ、ごめんなさい。オイラ」

 

「いや、気にするな。寧ろ謝るのは俺の方だ」

 

「へ?」

 

 復活を果たしたムールくんはいきなり俺に謝罪するが、謝罪には及ばなかった。

 

「部屋割りを勝手に決めてしまっただろう?」

 

「えっ? あ、あー、そっか。けど、ヘイルさんの立場だと仕方ないでしょう」

 

 今はまだ廊下、理由には言及出来ないが、自分の事だけあってムール君はすぐ理解したらしい。

 

「マイ・ロード、いったい……?」

 

「説明はする。ただし、部屋の中でだ。カナメがこちらに来てからが良かろう」

 

 トロワは一人蚊帳の外だったが、説明は一度で済ませた方が良いので勘弁して貰いたい。

 

「ふむ、なかなかの部屋だな」

 

 窓からは日の光が差し込み、清潔な真っ白いシーツに快適な眠りへの期待が高まる。そして、何より部屋がそこそこ広い。

 

(前者二つはともかく、奥義伝授を考えると広いのは本当に助かるな)

 

 扉を開けて目に飛び込んできた光景へ顔には出ないようにしつつ、心の中で好相を崩す。

 

(ムール君への奥義伝授を考えると二人部屋じゃ手狭だったし)

 

 ムール君の割り振りで俺が固まらなかったとしても、俺は自分達用の部屋を三人部屋にするつもりだった。

 

(結果オーライと言うべきか)

 

 ともあれ、入り口で立ち止まっている訳にはいかない。

 

「さてと、クローゼットは、そこか」

 まず荷物を置く。

 

(あ、このクローゼットの扉、開き放しにして布をかけたりすれば下も隠せて衝立代わりになりそうかも)

 

 荷物を置こうとして出会った発見は奥義伝授の準備には使えそうであり。

 

「スー様?」

 

 部屋の扉がノックされたのは、クローゼットへムール君とトロワの荷物も収まった後のこと。

 

「鍵は開いている、入ってくれ」

 

「お邪魔するぴょん」

 

 扉の向こうからの声に俺が応じた直後、扉が開いてカナメさんは現れ。

 

「……これで全員揃ったな」

 

 同行者がではない。まず、秘密を打ち明けるべきであろう二人と当事者がと言う意味だ。

 

「ムール、どうする?」

 

「あ。……うん、オイラ、自分で言うよ」

 

「そうか」

 

 カナメさんが扉を閉めたのを確認してからの問いかけにムール君は力強く頷き、俺はポツリと漏らして口を閉じ。

 

「ただ、ちょっと窓のカーテン締めて貰ってもいい?」

 

「カーテン?」

 

 ムールくんのお願いに首を傾げた。

 

(まだ早いような……)

 

 奥義伝授の際には外から見えなくするつもりだったが、何故このタイミングなのか。

 

(……あ、まさか)

 

 思い至った時には、きっと遅かったのだと思う。

 

「でしたら、私が――」

 

 止める暇もなかった。

 

(ちょ、トロワ?!)

 

 きっと、主の手を煩わせるまでもないとか思ったのだろう。トロワが窓の側まで歩いていき、カーテンに手をかけ。

 

「待」

 

 待てと言いたかったが、言い終える前にカーテンは閉められ。

 

「ありがとう。それじゃ……オイラ、実はヘイルさん以外に隠していた事があったんだ」

 

 礼の言葉に少しの間を挟んだムールくんの手が衣服にかかる。

 

(もしかしてじゃなくて、これってもう……)

 

 何をするつもりなのかはほぼ確定した。

 

「オイラ、実は――」

 

 うん、かみんぐあうと と くろすあうと が ほぼどうじ に おこなわれるって なにか すごいね。

 

(やった、やっちゃったよ……)

 

 呆然と佇む中、俺は初めてムール君の下着姿を目にしたのだった。

 

 




トロワのお節介の効果発動っ! これによってムール君はついにやっちゃったZE!

いよいよだ。

主人公の○○○○タイム、はっじまっるよー?

次回、第九十話「ムール君と主人公が宿屋の部屋で何かをしちゃう話(閲覧注意)」

いやぁ、何をしちゃうんでしょうねぇ?(にやにや)


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第九十話「ムール君と主人公が宿屋の部屋で何かをしちゃう話(閲覧注意)」

 

「な」

 

「え」

 

 予想通りと言うべきか、まあそうなるだろうなと言うべきか。服を脱ぎ捨てたムール君の下着姿にカナメさん達は目を見張った。

 

「実は、こういう身体なんだ。だからヘイルさんはオイラをこっちの部屋にしてくれたんだ」

 

 してくれたと言ってくれる辺りにムール君の気遣いを感じた。それはいい。 しかし、問題は別にあり。

 

「スー様……」

 

「マイ・ロード……」

 

 何故揃ってこっちを見てくるんですかねと俺は思った。

 

(いや、解る。解るけどさ……)

 

 一応俺もちょっと決まり悪くて視線を逸らしてるが、原因はムール君の身体だろう。

 

(……基本的な骨格は女性、か)

 

 ムール君の体つきは良く言うとスレンダーであり、女性特有の丸みにやや乏しく感じるところはあるものの下着姿を見ればマジマジ見ずとも女性の身体だと解る。

 

(まぁ、一部分を除いては、なんだけど)

 

 他とは違い、全力で男を象徴するナニカは多分だが、自前のモノよりも借り物である今の身体のモノよりもたぶん大きい。

 

(ひょっとしたら、スレンダー体型なのは、あっちに発育分を「持って行かれた」からなんだろうか……じゃなくて、コッドピース付きの女性下着かぁ……いったい だれ が こんなしたぎ を ちょいす させたんですかね?)

 

 コッドピースって言うのはヨーロッパの方で一時存在した股間袋の事だった気がするが、つまりアニメとかで良くある乳袋よろしくピッチリと形を浮き彫りにしたナニカがムール君のあそこに鎮座なさってるのだ。

 

(そりゃ、目のやり場に困るわ、うん)

 

 しかも あれ、おれ も あと で はかないといけないんだぜ。

 

(りょうほうついてるひと はつけいけん の うえ に せんようしたぎ まで はつたいけん、だ。いやぁ、まいったね)

 

 しかもカナメさんとトロワの前でである。なに この しゅうちたいけん。

 

「……とりあえず、一つ勉強にはなったな」

 

 両方ついてる人用の下着という無駄知識が増えたとかではない。打ち合わせは事前にきっちりやっておこうという意味での教訓を得たのだ。

 

「ご、ごめんなさい。本当はもっと色気のあるやつの方が良いかと思ったんだけど、同じ部屋だし、まだ着替えてなくて」

 

「は?」

 

 ただ、ムール君はそう捉えなかったようだが。

 

「とりあえず、落ち着け。何か誤解しているようだが、着替える必要はない」

 

「えっ」

 

「着替えるのは……俺だ」

 

 アレを履かないといけないと言うだけでも何とも言えない気持ちにさせられるが、ムール君からすれば仕様だし、ムール君が自分からやったこととは言え下着姿を晒させておいて俺だけ逃げると言うのも男としてどうかと思ったのだ。

 

「カナメ、説明を頼む……が、その前にムール、下着を一枚貸してくれ」

 

「えっ」

 

 ムール君がカナメさんに説明して貰ってる間に着替えれば、すぐに伝授は始められる。

 

(最初に二回行動、次に奥義伝授の流れでいいかな)

 

 ここまで来ちゃったんだ、覚悟は決めよう。

 

「ね、ねぇ、下着って……まさか」

 

「まさかもなにも俺が使う、それだけだ」

 

 覚悟を決めると言っても、流石に全裸にまではなれない。モシャス後はムール君の姿というのもあるけれど。

 

(アレ丸出しは流石にやっちゃいけないと思うんだ)

 

 シャルロットには見られちゃったけど、あれは事故だから忘れてくれると助かる。

 

(って、誰に言ってるんだ、俺は)

 

 覚悟を決めたつもりでも動揺してるんだろうか。

 

「つ、使うって」

 

「はあ、どう考えても誤解してるわね。スー様、これを」

 

 何故か真っ赤な顔をするムール君の顔を見て嘆息したカナメさんは遊び人モードを引っ込めて、何かをこちらへ投げ。

 

「っ」

 

「へっ? ちょっ、それオイラのパン――」

 

 我に返って叫ぼうとしたムール君の反応にぱしっと受け取ったそれを見れば、握っていたのは、丸められた下着。

 

「ちょっ」

 

「貴女はこっち、よ? じゃあスー様、説明は任せておいて」

 

「すまんな」

 

 掌の上のモノに向けて手を伸ばすムール君を連行して行くカナメさんに感謝した俺は、クローゼットの扉に布をかける。

 

「さて」

 

 簡易衝立が完成したなら、まずすべきは、その裏で服を脱ぐこと。

 

「ま、マイ・ロード?」

 

「あ」

 

 一枚目を半ば脱いだところであがった上擦った声にトロワの事を忘れていたことに気付き。

 

「こっちに構うな。理由が聞きたいならカナメに聞いてこい」

 

 簡易衝立から顔の上半分を覗かせると視線でカナメさんを示す。

 

(カナメさんに押しつける形で悪いけど、丁度説明中だろうし)

 

 俺にはこれから最大の難関が待っているのだ。

 

(まずはモシャス、かぁ)

 

 下も脱いで下着一枚になりつつ、ちらりとムール君を見る。ただ、説明が上手くいっているか気になるからではない。

 

(想像だけじゃ完璧な変身は難しいから、相手をある程度観察しなきゃいけない訳だけど……)

 

 何故だろうか、後ろめたく感じるのは。

 

(まぁ、いつぞやのイシスの夜みたいなのよりはマシ……かなぁ? うん)

 

 ノリノリで下着を着せ替えてくるムール君よりは余程良いはずだ、そう思おう。

 

「よし」

 

 最後の一枚を脱ぎ捨て、もう一度ムール君を見る。

 

「「あ」」

 

 目があった。

 

(ちょっ)

 

 カナメさんが説明してくれているとは思うが、全力で気まずい。

 

(よりによってこんなタイミングでっ……ええい)

 

 何割かはやけだった。

 

「モシャスっ」

 

 俺は呪文を唱えて変身し。

 

「へ、ヘイルさ」

 

「ふっ、説明を聞いてもやはり驚」

 

 口元をつり上げつつ下を向いたままの俺は見た。やっぱり俺のより大きかった。

 

 




主人公、変身する。

くっ、変身までで尺をつかっちまった!

と言う訳で、伝授は次回になります、すみませぬ。

次回、第九十一話「続・ムール君と主人公が宿屋の部屋で何かをしちゃう話(閲覧注意)」



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第九十一話「続・ムール君と主人公が宿屋の部屋で何かをしちゃう話(閲覧注意)」

 ムール君視点で番外編を挟もうかと思いましたが、(閲覧注意)で何とか出来ないレベルになりそうでしたので自重しました。

 と言う訳で、お話の続きです。


「オイラが、ふたり……」

 

 茫然自失の態にあった俺を我に返らせたのは、そんなムール君の呟きだった。

 

「やはり驚くか。もう説明はされていると思うが、モシャスという変身呪文だ」

 

 細部まで模写してる辺り、この呪文は本当に凄いものだと思う。

 

(同時にプライバシーとか全力で破壊する呪文でもあるけどさ)

 

 メジャーさえ手元に有れば、スリーサイズなんて簡単に知ることが出来るし、女性にとっては絶対知られたくないであろう体重だって秤が有れば調べられるのだ。

 

(呪文も使い手次第って事なんだろうなぁ)

 

 本来なら敵や仲間の能力を写し取って戦闘に役立てる目的の呪文だが、以前俺が海の魔物の姿を写し取って渡海した様なアレンジも出来る一方で、成り済ましによる犯罪行為だってやろうと思えば出来る。

 

(高度な呪文で使用可能な人間が少ない事が救いかな。使えるのは元バニーさん、サラ、クシナタ隊のお姉さんが何人かくらいの筈だし――)

 

 少なくとも会得してる人物に悪用しそうな人物はいない。

 

(と言うか、そもそも俺が知ってる人って一度はパーティー組んだ事のある人しかいないもんなぁ)

 

 そんな人達が呪文を悪用する筈がないのだ。

 

(うん。悪用する人なんて居なかった。スから始まってレで終わるマイペース系フリーダム女賢者のことがちょっと引っかかったとか、そんなことはなかった)

 

 昔、きんのネックレスを俺に装備させようとしたクシナタ隊のお姉さんって魔法使いだったっけとか、そんなことも思い出していない。

 

(将来への漠然とした不安より、今はこっちだ)

 

 頭を振り、手にしたモノを見る。ムール君のぱんつだ。

 

(いや、パンティとかショーツとか呼ぶべきかな? ベースは女性用のモノなんだし……って、んな事考えてる場合じゃない!)

 

 ふいに生じた疑問を蹴り飛ばし、両手を使って下着を広げた。

 

(うん、基本構造は女性用のと同じかぁ。早く履いちゃわないと)

 

 何かのはずみで女性陣の目に触れたらセクハラだし、お腹を冷やしてしまう恐れだってある。女性の下着のつけ方を既に知ってる事については、男としてちょっと悲しくなったが、今は堪える時だ。

 

(まず、足を通して……この袋の部分は最後に調整すればいいかな)

 

 慣れない下着だが、ムール君を呼んでつけ方を教えて貰う訳にはいかない。双方に精神的ダメージを与えるようなことをして喜ぶ趣味は持ち合わせていないし、カナメさんの説明の邪魔もしたくなかった。

 

「……ふぅ、何とかはなったな」

 

 履いた感覚に違和感を覚えるが、多分時間が解決してくれるだろう。

 

(一回のモシャスの効果時間内で全て伝授出来れば良いけど……割と優秀だったクシナタ隊のお姉さん達ですら結構かかった訳だし)

 

 イシスの時は弄ばれたというか着せ替え人形にされたものの、伝授のため下着姿になるのは必須。着慣れない俺が下着を身につけるより着せられたりレクチャーされつつ着た方が早かったから、むしろあの時の着せ替えは着替え時間の短縮になっていた気すらする。

 

「カナメ、説明は?」

 

「一応は終わったわ」

 

「はい、伺いました。……それにしても、目の前で変身なされたのでマイ・ロードなのは解りますが、違和感が」

 

「ああ、言いたいことは解る」

 

 今の俺は姿だけでなく声色もそのままムール君なのだ。

 

(声帯もモシャスでムール君のモノになっているからなんだけど、それって第三者から見ればまるっきりムール君ってことだもんなぁ)

 

 にもかかわらず、口調は俺、立ち振る舞いも俺なら違和感を覚えても仕方ない。

 

「つまり……これなら違和感ないかな? どう、オイラ変?」

 

 故に、今までの言動から出来うる限りムール君に立ち振る舞いを似せつつ首を傾げてみた。

 

「え」

 

「ま、マイ・ロード?」

 

 きっと効果は上々だったのだと思う。ムール君は固まり、トロワは信じられないモノを見たと言った表情をしたのだから。

 

「掴みは上々みたいだね。オイラが伝授するものの内の一つは人型の魔物の行動を写し取って会得したモノなんだ。だから、こういう形態模写はある意味お手の物なんだよ」

 

「流石スー様と納得するべきか、ちょっと迷う所ね」

 

 言わんとすることは解りますが、見逃してくださいカナメさん。このモノマネ、若干の現実逃避も含んでるんですから。

 

「えーっと、それはそれとして……モシャスの効果時間にも限りがあるから、伝授の方早速始めたいなと思うんだけど、準備はいい?」

 

「や、こっちは良いというか、寧ろそっちの方が問題というか……女の人ばっかりだけどさ、これ、つけてくれない?」

 

 問う俺を見てムール君は何とも言えない顔をしつつ、荷物から何かを取り出して俺へ差し出してきた。

 

「あー、そっか」

 

 ムール君の手にあったのは、上半身用の下着。

 

「あと、そのモノマネも止めて欲しい……かな?」

 

「……そうか。割と自信はあったのだが」

 

 当人が嫌なら仕方ない。

 

「自信あるとか、出来がどうとかじゃないから!」

 

「ふむ、覚えておこう」

 

「その言い方、絶対に解ってないよね?」

 

 食ってかかるムール君とまるでコントのようなやりとりに応じる俺。だが、これには現実逃避以外にも意味はあるのだ。

 

「まぁ、それはそれとしてだ……その分なら今度こそ伝授を初めても問題なさそうだな?」

 

 流れるように上半身用の下着を装着し、俺は構えをとる。良い具合にムール君も自然体になっていた。

 

(変な気負いもない)

 

 だから、ふざけるのはここまで。

 

「まずは人が一つの動作をする間に二の動作を行う動きから教える。この身体は今、お前の身体と同じだ。動きを見て盗め。これが身に付けばお前の世界は確実に変わる」

 

 やっぱり気になる股間の感覚を出来る限り無視し、俺は存在しない敵に向けて攻撃を仕掛けた。

 

 




主人公とムール、漫才する。

次回、第九十二話「スー様の優しいレッスン(いみしん)」

果たしてムール君は一人前になれるのか?

あれ? 何か違うっぽい?


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第九十二話「スー様の優しいレッスン(いみしん)」

「はぁ、はぁ」

 

 知覚するのは自分の乱れた息づかいと、早まる鼓動。だが、その理由は宿の一室で『激しい運動』をしたからに他ならない。

 

(やっぱり……生命力はともかく体力もオリジナルを写し取る、かぁ)

 

 変身前だったら何のこともない運動量の筈だが、ムール君は出会った当初、褐色の尖り耳巨人《トロル》と戦った場合死を覚悟しなくてはならない程度の実力しか持ち合わせていなかったのだ。

 

(洞窟や村で何体かの魔物と戦いはした、けど灰色生き物(メタルスライム)系の魔物でもなければ、桁違いに強い魔物でもなかったし……改めて考えてみれば実力据え置きで(レベルアップしてなくて)も不思議はないよな)

 

 つまるところ、ムール君はもっと強いモノだと勝手に解釈していた俺のミスだ。

 

(この奥義伝授が終わったら、イシスで修行してきて貰うってのも選択肢に入れておこう)

 

 発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂に入ってこいと強要するつもりはサラサラ無いが、そこまで強引な強化手段を使わなくても、あそこなら発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)相手に模擬戦だって出来る。

 

(一応エジンベアにルーラで行ける人員を増やすならそこまでは同行して貰った方が良いかもしれないけど、メンバーの強化はどのみちしておかなきゃいけなかったからなぁ)

 

 カナメさんには出来れば早く賢者になって欲しいし、最終目標が神竜の短期撃破にあるなら戦力は揃えておく必要があった。

 

(シャルロット達勇者一行が原作迷子になる程強化されてるし、多分だけどゾーマが倒されるのはそんなに遠くないはず)

 

 それまでにアレフガルドでのみ入手出来る武器防具を入手もしておかなければならない。

 

(とりあえず、シャルロット達の情報はスミレさん達が戻ってくればいくらかは手に入るとして……)

 

 俺が今すべきは、きっとパンツを脱ぐことだ。

 

「すまん、ムール。一旦着替える」

 

「え?」

 

「呼吸を整えて続きをと思ったが、モシャスの効果時間がその前に切れそうでな」

 

「あー、うん。解ったよ」

 

「すまんな」

 

 このままだとはち切れた自分のぱんつの残骸を引っかけた俺が誕生してしまうと言う最悪の事態に気づいてくれたかムール君は着替えタイムをとりたいという申し出を了承してくれ、もう一度感謝して見せた俺は簡易衝立の裏に回り。

 

「……ところで、感覚は?」

 

「んー、もうちょっとだと思うんだけど」

 

 下着を脱ぎつつ投げた質問にムール君が返してきた声は歯がゆさが滲んでいた。

 

「何て言うかさ、まじまじと自分の下着姿見せられるのって結構恥ずかしいというか……」

 

「気持ちは分かる。まぁ、割とノリノリで俺を着せ替え人形にしてくれた者達も知ってはいるがな」

 

 理解を示しつつポツリと漏らした辺りでカナメさんがいきなり明後日の方を見たのは気のせいだったと思いたい。

 

「ともあれ、俺が見せたあれを会得出来れば、出来ることは飛躍的に増える。例えば薬草を一つ服用する時間で二つ使用するなど、な」

 

 ムール君が回復呪文を使えれば恩恵は更にもたらされる訳だが、薬草だとしても回復量は倍。窮地に陥った時の生存率は跳ね上がるだろう。

 

「薬草で自分を癒やしつつ攻撃するなんて器用な真似も出来るようになるし、身を守りつつ戦闘から離脱を図ることだって出来るようになる」

 

「ほ、本当にそんなことが?」

 

「ええ、スー様の言ってることは事実よ。保証するわ」

 

「ああ。むろん、会得出来るかはお前次、っ」

 

 驚き声を上げたムール君に頷いて見せたカナメさんへ目で感謝を示し俺は言葉を続けようとして、失敗する。

 

「モシャスの効果が切れた、か」

 

 脱いだぱんつとぶらじゃーを手に自分の股間から視線を逸らす。今の俺は、全裸だ。

 

「モシャス。さて、下着を着けたら再開と行くぞ?」

 

「あ、うん」

 

 返ってくるムール君の反応に、今度の効果が終わるまでで会得してくれたら良いなと、密かに思う。

 

(なぞ の はいぼくかん で おなかいっぱい なんですよね、うん)

 

 ムール君のアンバランス・スタイルに文句を言っても始まらないのは解ってる、それでも。

 

(と言うか、ムール君にはもっと良い下着を開発して支給してあげるべきかもなぁ。例えば、トロワの作った乳袋の兄弟とか作成をお願いするなりして)

 

 なんて思いつつアイテム作成の天才を探せば、部屋の隅でこっちに背を向けた紫ローブはすぐ見つかって。

 

「トロワ?」

 

「す、すみません、マイ・ロード。私にはちょっと……刺激が」

 

「あー、すまん」

 

 微動だにしない背中に声をかけると返ってきた言葉に色々察し、謝罪する。

 

(きれいになった分、耐性も減ったってことかぁ)

 

 身体の動きにあわせて激しく躍動する何かが目の毒だというなら、トロワも充分お互い様と言うかお前が言うなレベルなのだが、今は飲み込もう、ただ。

 

「この流れで言うのもアレだが、暇が出来たら例の袋下着をムールに作ってくれると助かる。存在がなければそもそも揺れんだろうからな」

 

 ムール君の今後を思って俺は頼んだ。よりアクティブなスタイリッシュな動きは今の下着ではきついと実感していたから。

 

 

 

 




主人公のレッスン(せくはら)は続く――。

次回、第九十三話「おや、ムール君のようすが……」



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第九十三話「おや、ムール君のようすが……」

 

「はぁ、はぁ」

 

 知覚するのは自分の乱れた息づかいと、早まる鼓動。

 

「でやぁっ、せいっ」

 

 謎のデジャヴを感じつつ、俺は床を蹴りイメージの中だけの敵に二連撃を見舞いつつすれ違い、向き直った。

 

「……どうだ?」

 

 何度目の実演だったか、カウントしても意味はないと回数を数えてはいないが、それなりの回数はこなしたと思う。

 

「……うん、何かつかみかけてきた気はする。ちょっと練習させて貰ってもいい?」

 

「……ああ」

 

 快哉を叫ぶべきか、褒めるべきか。いやどちらも早いと内心で自分を抑えつつ許可を出す。

 

(ようやく次の段階に進んだって見ていいのかな)

 

 そうであるなら俺も恥ずかしい思いをした甲斐がある。

 

(何より、もう下着姿で実演しなくても……)

 

 もちろん、ちょっとピンと来ないから確認のため実演してなんてリクエストが来る可能性はあるけれど、延々と下着姿で人に見られながら一人バトルする必要がなくなったのは事実だ。

 

「では俺は少し休憩させて貰おう。解らないことが有れば呼んでくれ。……さて」

 

 断りを入れ、脱ぎ捨てた衣服の中からやみのころもを拾い上げて、羽織る。

 

(うん。マント一枚有るだけで大違いだ。あ、丁度良いところに)

 

 露出度が大幅に減ったことに満足しつつ周囲を見回し、椅子を見つけ、歩み寄り。

 

「……ふぅ」

 

 腰を下ろして一息つく。

 

(うぅ、疲労困憊って程じゃないけど……借り物の身体のスペックに慣れすぎた弊害かな)

 

 筋肉痛とかになる前にモシャスは解けるので身体が感じるきつさは一時のモノだろうが、しんどいものはしんどい。

 

(けど、そうなってくるとムール君も明日は筋肉痛になってる恐れがあるな。ルーラでの移動に補助が必要な気も……って、わり と もんだいじゃないですか、やだー)

 

 両方ついてるムール君だ、例えば背負うとしたら、おしつけられる むね と こかん の かんしょく を りょうほう あじわえるわけですよ。

 

(ムール君の身体の秘密を知ってるのは、この場にいる人達だけ。そして、トロワは見るのも恥ずかしいって背を向けてる)

 

 一応カナメさんが残ってはいるが、ムール君の何かを押しつけられてくれなんて言える筈がない。そんなセクハラ野郎になった覚えはなく。

 

(……わかりやすい しょうきょほう だね、こんちくしょう)

 

 俺がムール君を支える流れは半自動的に確立され。

 

「スー様、どうかした? 何だか遠くを見てる様だけど」

 

「いや、この分だとムールは明日筋肉痛だろうなと思ってな。スミレ達の情報収集が上手くいったなら明日はルーラでポルトガに向かえるかとも思っていたが……」

 

「成る程ね。それでどうするの、出発を延ばす?」

 

 やり場のない気持ちが漏れてしまったのか、元盗賊の洞察力によるものか、首を傾げたカナメさんに俺が応じれば、カナメさんは納得がいったという顔で更に質問を投げてくる。

 

「無理、だな。のんびりしている時間はあるまい。まだシャルロット達の情報は入ってきていないが、アレフガルドにはシャルロット達だけでなく勇者クシナタのパーティーも向かった筈だ」

 

 ついでに言うならクシナタ隊の面々には俺がいくらかの原作知識を与えている。洒落にならないレベルで攻略が進んでも俺は驚かない。

 

「こっちも戦力の確保とやり残しの完遂を出来る限り早く終わらせる必要がある。発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂の入浴を強制させる気はないが、お前やムールを始め殆どのメンバーに発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)との模擬戦修行はして貰う必要が出てくるだろう。そう言った意味では、イシスを経由してあの国にムールを始め数名に別行動して貰うのも考えていたのだが……」

 

 イシス経由では更に一日余計に移動時間がかかってしまう。ルーラの呪文は移動時間を短縮出来るとは言え、万能ではなく。

 

「ねぇ、スー様。それなら、イシスに向かう面々とポルトガに向かう面々を分けたら?」

 

「あ」

 

 俺の悩みはカナメさんの一言で消し飛んだ。

 

(と言うか、何でそんな単純なことに気づかなかったんだ、俺)

 

 キメラの翼だって有るし、クシナタ隊の面々の大半はイシスの滞在経験があったというのに。

 

「しかし、いいのか? イシス組にはムールを運んで貰わないといけないのだが」

 

「……そこは、言い出した手前こっちでなんとかするぴょん。まぁ、それで先方が気に病むようなら後で責任とって貰うからスー様は安心していいぴょんよ?」

 

「へ?」

 

 うわぁい、むーるくん と かなめさん の かっぷりんぐかぁ。

 

(なにそれ、どこか で ふらぐ たってたっけ?)

 

 それとも俺へ気負わせないためのジパングジョークなのか。

 

「……なら、今回はその好意に甘えさせて貰おう。それと、甘えさせて貰った上で悪いが、買い出しに出かけて貰えるか? ムールもつかみかけているようだし、後は俺が居れば何とかなるからな」

 

「わかったぴょん。スー様は何か欲しい物はあるぴょん?」

 

「いや。強いて言うなら、トロワがアイテムの材料を欲しがると思う。あそこで背を向けてるトロワに聞いてくれ」

 

 遊び人モードに戻ったカナメさんへそう応じ俺は相変わらずこっちに背中を向けた紫ローブを指さし。

 

「ヘイルさん、悪いけど」

 

「あ、ああ。待て」

 

 ムール君からのリクエストに応えるべく立ち上がった。

 

 




おめでとう、むーるくん は きんにくつう に なった!

いや、めでたくないし?!

次回、第九十四話「出立」


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最終話「冒険の終わりに」

この文章を読んでいる頃、私はきっと――

いえ、止しましょう。

何かあったときのために、かなり先を指定して最終話を予約投稿しておきます。

願わくば、話をすっ飛ばしの最終話になりませんように。

……と、この文もその時には消さないと行けませんね。

まぁ、闇谷以外見ない文でしょうし、もっとはっちゃけても良かったかな?

最後に、ここまで私のお話へ付き合って下さった皆様へ、感謝を。

では、最終話、どうぞお楽しみ下さい。



 

「オォォォォ」

 

 悲鳴のようなモノをあげつつ空を泳いでいた緑の竜が落ちる。

 

「っ、ふぅ……」

 

 張り詰めていた緊張が解け、ボロボロのままひざをつくと息を漏らすが、それぐらいは許して欲しい。

 

「みごとだっ! この私を6ターンで打ち負かしてしまうとは……」

 

「見事という割にはあっさり起きあがって居るんだが……」

 

「当然だろう。私は神竜だぞ?」

 

 楽しげに起きあがる先程までの対戦者に恨みがましげな目を向けるが、神竜は何を馬鹿なことをと言いたげな視線を俺に返し、あっさり鼻で笑う。

 

(いや、それはいい。と言うか、目的は果たせた訳だしな……)

 

 辛い戦いだった。

 

(まさか神竜との戦いをソロでこなさなきゃならなくなるとは、まったく思っていなかったしなぁ)

 

 クシナタ隊のお姉さん達やトロワ、ムール君も居て戦力的に余裕だと思っていたところへ突然のアクシデント。

 

(まぁ、それで決心が付いた……気もするんだけどさ)

 

 どことなく疲れた表情で立ち上がると、顔を上げる。

 

「条件は果たした。ターンとかメタ発言するのはどうなんだと言うツッコミはさておき、願いを叶えて貰いたい」

 

「……いいだろう。そなたの願いを一つだけ叶えてやろう。さあ、願いを言うがいい」

 

 要求に答えが返り、後は俺が願いを口にする、それだけで全てが終わる。

 

(ゲームと違って選択式じゃないってのが大きかった)

 

 だからこそ、選べる。本来無かった選択肢(けつまつ)を。

 

(すべては、この為だったんだ。躊躇うな)

 

 自分に言い聞かせ、拳を握り、大きく息を吸い込んで言う。

 

「俺と、結婚を前提に付き合って下さい!」

 

 全力の、告白だった。

 

 

 

「……って、何が『告白だった』だぁぁぁ!」

 

 心の底から叫びつつ、俺は身を起こす。

 

「っ、あ」

 

 身を起こすという行動が引っかかって周囲を見回すと、そこは緑の竜と戦った場所ではなく宿屋か民家の一室。視界は若干ぼやけていたが、これは間違いない。

 

「ああ……夢か」

 

 酷い夢だった。願いを叶えて貰えるところにこぎ着けるまでは良かった、だからって何故神竜に交際を申し込まねばならんのか。

 

「マイ・ロード、今のは?」

 

「あ、ああ、すまん。驚かせてしまったな。どうやら夢を見ていたらしい。まったく、我ながら度し難い。今はお前達も体調に気を配らなければいけない時だというのに」

 

 気遣わしげな顔でこちらを見てくるトロワへ頭を下げ、自嘲気味な笑みを浮かべるとトロワのはち切れそうなほど膨らんだお腹に目をやる。

 

「もうすぐ、か」

 

「はい、ようやくママンにも孫の顔を見せることが出来ます」

 

 尋ねれば、何処か嬉しそうに誇らしげにトロワは頷き。

 

「ヘイルさん、今の」

 

「スー様?」

 

 パタパタと近寄ってきた壁の向こうの足音は扉を開くと、顔を出した数名の妊婦に変わる。

 

「っ、しまったな。他の部屋にまで聞こえていたか。すまん。実は――」

 

 酷い夢を見た。同じ説明と弁解と謝罪をもう一セット終えてムール君やクシナタ隊のお姉さん達のお腹を見る。

 

「お前達ももうすぐ、だな」

 

 理由は解る。ある日、口にした飲み物に妙な苦みを感じ。

 

(吐き出そうとしたところで誰かがぶつかってきたんだっけ)

 

 昔のままならあっさり、ふりほどけた。だがこの時既に神竜へ挑むためパーティーメンバーは強化されていた。更に合わせ技で首にかけられたきんのネックレス。

 

(結局、誰が犯人か謎のまま、目を覚ましたら全員に手を出しちゃってた俺が居て)

 

 神竜に叶えて貰う願いの一つは、やり直しのはずだった。

 

(……ただ、なぁ)

 

 不本意な形であるはずなのに、嬉しそうな顔をしてるトロワを見ると決心は鈍り。

 

(だから、あんな変な夢を見ちゃったんだろうな)

 

 やり直すべきか、このまま責任をとるべきかで迷走した結果、混乱してあんな願い事をしてしまったんだとしたら――。

 

「どうした、ダーリン?」

 

 まどから しんりゅう が なか を のぞきこんでるのにも なっとく が いきますね。

 

 

 

「……と言う夢を見てな」

 

 本当に夢オチで良かったと思う。

 

「それは、えっと……」

 

「いや、無理にコメントしなくてもいいぞ、シャルロット? 俺でもこれは流石にないと思っているからな。よっと」

 

 複雑な表情で視線を背けたシャルロットの頭をポンポン叩くと、苦笑しつつ俺はベッドから出て立ち上がる。

 

「さてと、話をした通り、俺は神竜へ挑みに行く。神竜は挑み勝つことが出来れば、どんな願いも叶えてくれると言う。お前達が後れをとるとは思わんが、最悪のケースを考え保険をかけておくのは悪くない。俺もお前達についていきたいところだが、ゾーマとは一度戦っているからな。同行すればあの大魔王に余計な警戒をさせる事になるだろう。それぐらいなら、な」

 

 迂遠でもこういった形のサポートの方が効果があるはずだと続ければ、シャルロットも納得してくれたのだと思う。

 

「……わかりました」

 

「すまんな。ああ、もちろん倒せるならゾーマはそのまま倒してくれて構わん。俺が用意するのは万が一に備えてのものだからな。不要になるならそれが一番だ」

 

 頷くシャルロットに謝罪をすると冗談めかして許可を出し、服を着出す。

 

(とりあえず、トイレに行って、あとは朝食と……シャルロット以外の面々にも話をしておかないとなぁ)

 

 まさかムールくん達と別れ、このポルトガに着たところでシャルロット一行とばったり出くわすとは俺も思っていなかった。

 

(まぁ、それはあっちも同じだろうな。こっちに気づいた瞬間、駆け寄ってきて――)

 

 抱きつかれ、泣かれ、情報交換の名目で同じ宿屋に誘われ。

 

(気が付いたらシャルロットとベッドをとも、に……あるぇ?)

 

 なぜだろう。そういえば、よこ に いた しゃるろっと、ふく を きてなかったような。

 

(ちょ、ちょっと待てよ! ない、ない、ないないないないないっ! こんな事があるはずがないっ!)

 

 だって、今日は――エイプリルフールなんだもーん。

 




解ってると思いますが、エイプリル企画です。

ので、お話はまだ続きますよ?

最後のシーン、元バニーさんも出すべきかちょっと迷ったのは秘密。



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第九十四話「出立」

 

「……ふぅ」

 

 昨晩はちゃんと宿に泊まった筈なのに、やたら疲れた。

 

(うん、理由は解ってるんだけどね)

 

 両方ついてるというのは初体験だった。

 

「それはそれとして……」

 

 朝だ。窓の外からは早起きな鳥のさえずりが聞こえ、窓からも日の光が差し込んでいる。

 

「とりあえず、着替えるか」

 

 三人部屋でありながら男は俺だけ。寝息が二つ聞こえる今なら着替えても二人に見られる恐れはない。そして、着替えた後、二人が目を覚ましたらトイレに行って二人の着替えの時間を作ればいい。

 

(しっかし、昨日は何というか……)

 

 全力で教えたものの、会得出来たのは二回行動の方のみ。きっと一日で全てを教えようと言うのが欲張りすぎたのだろう。

 

(トロワが下着を完成させてくれれば、実演や練習の負荷も減るし、二回行動だけでもものにしたんだからあれはあれで良しとしないと……うん)

 

 自分を戒めつつ、清潔な服の袖に腕を通す。

 

(奥義伝授は次の機会にしよう。会得したって防具も武具も身につけていない俺としての最終目的(ラスボス)の神竜相手じゃ奥義の使いどころなんてないもんな)

 

 役に立たない奥義の伝授よりも昨日低いと感じたムール君のレベル上げの方がよっぽど急務だとも思う。

 

(下着作りに関してなら、制作者と使用者が離ればなれになっちゃうけど、ムール君からパンツ一枚借りていけばいい話だし、最悪俺がモシャスするって手もある)

 

 モシャスする時実物側には居ない、だが。

 

「昨晩散々荒ぶってくれたお陰で、大きさはだいたい覚えたからな」

 

 自慢にはならないと言うか、口に出すと無性に虚しくなるんだが、きっとそれはそれ。

 

(とりあえず、ムール君の為にも……ん?)

 

 早く下着を完成させて貰わないとと思った時だった、隣の部屋で何かが倒れるような音がしたのは。

 

「今のは……」

 

 音の出所は、記憶が確かなら女性陣が泊まっている部屋。

 

(寝ぼけて誰かがベッドから落ちた?)

 

 その辺りが妥当なところだと思うが、急病とか、思わぬアクシデントに見舞われてる可能性だってある。

 

「行ってみるか……」

 

 念のために。だが、俺は同時に分かっていた。

 

(しんぱいして おんなのこたち の ところ に いったら、きがえちゅう で おれ が へんたい の らくいん を おされる ながれですね?)

 

 俺だって成長する。そんな分かり易い世界の悪意のトラップに引っかかる筈もない。

 

「入室前にノックして、扉の外から声をかければいい」

 

 ただそれだけで、罠は防げる。

 

「おい、さっきの音はな」

 

 扉の前まで到着し、ノックしつつ問おうとし。

 

「うわっ」

 

「止めないで下さい、カナメさん。スーさ――」

 

 ノックして声をかければ罠は防げる、俺はそう思っていた。だが、ノックの最中に扉の方が開くなんてのは想定外であり。何故か下着姿な魔法使いのお姉さんが内側の取っ手を握って目の前に居るという状況も想定外だった。

 

「あ、スーさ」

 

「ウヅキー、服、服」

 

「え? あ……」

 

 理解不能な状況に固まった俺の前で何かを訴えようとした魔法使いのお姉さんはスミレさんの声に自分の身体を見下ろし。

 

「わた……あ、見……きゃぁぁぁぁぁぁ」

 

 おおよそを理解した瞬間、自分をかき抱いて悲鳴をあげた。

 

「ちょっ」

 

 なに これ。

 

(じぶんから あけて おいて これ は ひどくありませんか? と いうか、いしす で ふつう に したぎすがた を みてるんですけど、おれ)

 

 意識して見せたかそうでないかで違うって事なんだろうか。ともあれ、こんな場所を第三者に見られたら、洒落にならない。

 

「す、すまん。だが、急病で倒れたとかそう言うことではなさそうだな? 俺はこれで失礼する」

 

「あ、スーさ」

 

 とりあえず、見ないように目をつぶって頭を下げると、俺は逃げるようにして来た廊下を引き返し。

 

(はぁ、酷い目にあった。そう言えば、さっき誰かが何か言いかけてた気もするけど……後で、いいか)

 

 引き返す気にはなれず、頭を振ると扉に手をかける。

 

(さて、二人のどちらかが起きてたら、部屋を任せてトイ――)

 

 トイレにでも行こうと思った、だが。

 

「へ?」

 

「あ」

 

 目の前に飛び込んできたのは、パンツを持った全裸のムール君であり、その視線は扉の開いた音に釣られたのだろう、こっちに向いていた。

 

(うわぁい……って)

 

 酷い二段トラップだった。だが、呆けている暇は皆無。

 

「っ」

 

「んぶっ」

 

 我に返るなり床を蹴り、ムール君に肉迫して口元を塞ぐ。隣の物音が聞こえたのだ、今叫ばれたら最悪の状況が爆誕してしまう。

 

「ん、んん゛っ」

 

「すまん、この部屋の壁、割と薄いようでな」

 

 俺にもついている何かを除くと全裸の女の子の口を塞いでいるというとんでもない絵面になるが、流石に今手を放す訳にはいかなかった。

 

(ムール君、絶叫系ツッコミの人だし、先に状況を話して理解して貰わないと……って、ちょっ)

 

 なぜ、なみだめ で ほほ を そめるんですか。

 

「ん、んぅ、ん……」

 

「いや、何が言いたいか解らないんだが……とりあえず、先に俺のはな」

 

「んんぅ……あ、おはようございます、マイ・ろぉ……ど?」

 

 そして、この たいみんぐ で おきてくる とろわ って なんだろう。

 

「トロワ……」

 

 何と続けて弁解すればいいモノか。とりあえず出立の日はロクでもないハプニングから始まったのだった。

 

 




お待たせしました。ようやく復帰です。

せかいのあくい「休みを貰ってリフレッシュしたので張り切ってみた」

まぁ、主人公にはご愁傷様と。

次回、第九十五話「大空を行く」

バハラタに別れを告げ、飛べ主人公!



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第九十五話「大空を行く」

「……昨日言いと今日と言い、厄日続きだ」

 

 何なんだろう、本当に。

 

(しっかし、ムール君のナニカを見て固まってくれたのは、良かったのやら悪かったのやら)

 

 あの後、ムール君の耳元で叫んだら人が来るかも知れないと一つの事実を指摘してから手を放した俺は、トロワが我に返るより早く肉迫し、トロワの口を塞いだ。

 

(だからこそ被害は最小限で済んだし……誤解も解けた訳だけどさ)

 

 と言うか、誤解は解けたと信じたい。

 

(こう、微妙に納得していない感じがした気もするものの、しつこく弁解していたら逆効果ってのは火を見るより明らかだからなぁ)

 

 今は全裸のムール君と大接近事件をスミレさん達別室組に知られずに済んだことで良しとしよう。

 

(そう、スミレさんに知られなかっただけでも……なぁ)

 

 トイレに出る前にムール君には口止めしておいたし、トロワは自身に課した誓いがあるから俺と一緒にポルトガ行きだ。

 

(口止めしても若干不安は残るんだけど、今イシスに行って強くなって貰っとかないと厳しいのも事実だし……)

 

 それにムール君があちらなら一人部屋が使える。今朝みたいな事が無いというのは大きい。

 

(どうしようもないなら、良いことだけ頭に残した上でこれからのことを考えよう)

 

 スミレさん達は、ちゃんとシャルロット達の情報も仕入れてきてくれていた。

 

「アリアハンを立ち、西に……か」

 

 ルーラですれ違わなかった事からすると、俺達が船旅をしてる間か、ムール君の故郷でムール君を生き返らせ、悪霊や動く腐乱死体を倒し、地下墓地の浄化機能を復活させたりしてる間に頭上を通り過ぎていったんじゃないだろうか。

 

(バラモスはもう倒してるし、情報源になるトロワの母親(おばちゃん)も居る)

 

 シャルロット達はギアガの大穴経由でアレフガルドに行ったと見て良いと思う。

 

(シャルロット達が旅立ったアリアハンならもっと詳細な情報が入ってきたと思うけど、寄り道すると時間ロスするからなぁ)

 

 ポルトガに飛んでまずは船を借りる。そして借りた船でエジンベアに行き、城の地下でかわきのつぼを入手。

 

(アリアハンへ戻るのはその後だな。ポルトガからエジンベアなら船でもそうかからないだろうし……)

 

 カナメさんやムール君達イシスで修行組には移動時間込みで一週間後アリアハンに集合とでも伝えておけば良いと思う。

 

発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂を使うかもしれない危険性を教えとかないと)

 

 効果は凄まじいが、あの変態施設は効率を最優先して色々大切なモノを失う、失うと思う。

 

(模擬戦でも五日有ればそれなりに強くなれるはずだし)

 

 転職のための腰掛けに遊び人になったカナメさんに至っては転職可能な所まで強くなればそれ以上遊び人を続ける必要はない。

 

(一日で充分到達出来るはずだから、ダーマで転職して戻ってきても二日残る計算だよな)

 

 二日だと流石に賢者が扱える全ての呪文を会得するのは厳しいだろうが、それでもそこそこ強くなっている筈であり。

 

(エジンベアまでの航海日程の方はいくらか余裕を持たせてるからなぁ)

 

 俺達の旅は日数が余ってもおかしくない。だから、余った日数をイシスに寄り道してカナメさん達と合流してトロワを一緒に修行させるなんて事もおそらくは可能なのだ。

 

「……と、だいたいそんなところか」

 

 用を足し、考えを纏めた所で部屋へと戻る。ただし、三度目のハプニングに見舞われるつもりはない。

 

(大丈夫、さっきの反省を踏まえれば――)

 

 まず、女性陣の部屋には行かない。朝食は部屋に運び込まれるタイプではなく、食堂へ食べに行く形のようなので、連絡はそこで行う。流石に他の宿泊客もいる前でさっきのハプニングについて言及する様な人は居ないだろうし、だからこそ俺もハプニングの件に触れて脱線することなくごく自然に用件のみを伝えられる。

 

(次に、着替えハプニング防止。こっちは簡単だ。全裸のムール君と大接近事件は女性陣の部屋で動揺してノックだとかその手のモノをすっ飛ばしていきなり扉を開けちゃったのが原因なんだから、今度はノックして入室許可を求めればいい)

 

 穴は、無いと思う。

 

「俺だ。入ってもいいか?」

 

「あ、はい」

 

 実際、部屋に辿り着きノックすれば扉の向こうでトロワがあっさり返事を返し。

 

「……と言う訳だ」

 

 合流後、ムール君とトロワを伴い食堂へやって来た俺は、残る面々に今後の予定を話した。

 

「ダーマに向かう時は、昨日買い出しに行って貰って補給したキメラの翼を使っても構わん。ムール以外の者はダーマに立ち寄ったこともあるし問題はなかろう?」

 

「そうぴょんね。もっとも、このメンバーだとスミレとウヅキは会得する呪文の関係で転職はなさそうぴょんけど」

 

 頷くカナメさんが見たのは、クシナタ隊の賢者と魔法使い。まぁ、その二人はしかたない。

 

「そして、ムールが転職したい場合はカナメについていってくれ」

 

「えっ?」

 

「クシナタ隊の面々と接していれば他の職業の良いところ悪いところが見えてくるだろうからな。俺はずっと盗賊でいろと強制はせんと言うことだ」

 

 ちなみに同行者をカナメさんにしたのは、原作では転職すると素っ裸(なにもそうびしてないじょうたい)にされたことを考慮しての人選だったりする。

 

(まぁ、リメイク版では適正装備を所持品から見繕って着せてくれてた気もするし、考えすぎかもしれないけどさ)

 

 念には念をだ。

 

(俺としては奥義を伝授して欲しいけどムール君の生き方を縛るつもりはないし、色々やらかしちゃった詫びというわけではないけど)

 

 ともあれ、言いたいことを伝え食事を終えると、チェックアウトを済ませ、宿の外に出た。

 

「ではな。イシスかアリアハンでまた会おう」

 

 トロワが人前で盛大にのろけてくれたりしたと言うのに町中を歩いて入り口まで行く気はない。

 

「トロワ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「ルーラっ」

 

 俺はトロワを呼び寄せると、呪文を唱えて空に浮かび上がる。

 

(さようなら、バハラタ)

 

 下は振り返らない。いや、何というか振り返りたくない。風を感じつつ飛翔した身体は大空をはるか西北西のポルトガに向けて飛ぶ。

 

「ポルトガ、か」

 

 経由地である国の名を反芻する俺の眼下に世界が後方へと流れていた。

 

 

 




せかいのあくい「はりきりすぎてつかれたのできょうはやすみます」

平和、もいいですね。

あれ?

次回、第九十六話「この国に来ると、あの時のことを思い出す」

前作でも色々ありましたよね、ここ。


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第九十六話「この国に来ると、あの時のことを思い出す」

「……見えてきたな」

 

 何度も訪れた国、だからこそ眼下に見えてきた時、俺は到着が間近だとすぐに悟ることが出来た。

 

(最初に来たのは一人で、魔物に変身して海を渡った後だったっけ?)

 

 その後シャルロット達とお忍びで休暇に訪れたのもこの国だった気がする。

 

「着地に備えておけよ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 かけた言葉に返ってくるのはトロワの声一つのみ。

 

(旧トロワだったら……二人っきりになったとかではしゃいでいたかもな)

 

 別にあの方が良かったとか変態的罰当たりを言う気はない、寧ろありがたいくらいで

不満なんて欠片もない。

 

(だからこれは……ああそっか)

 

 そんな思考に至った訳を考え、すぐに辿り着く。そう言えばシャルロットもバカンスの時にはしゃいでいたなと。何のことはない、思い出から来た連想だったのだ。

 

(シャルロットかぁ……アレフガルドには向かったみたいだけど)

 

 不意に気になってしまう自分は我ながら度し難い。目的のためにパーティーから去ったのは俺なのだ。

 

(そんなことより、今は着地だ)

 

 生き恥を晒す羽目になるのは、あのバハラタだけでいい。

 

「っ……さて」

 

 気負っていたからと言う訳でもないのだろう。危なげなく着地した俺は顔を上げると視線を王城にやる。

 

(船を借りるなら、お城に向かうのはほぼ確定だよな。ただ、堂々と訪問して俺の足跡が残っちゃうとそこから俺の足取りを追えてしまう訳で……)

 

 流石に船を借りるとすれば目的を告げぬ訳には行かない。

 

(まわりまわってシャルロットの耳に入ったら、きっと追ってくるだろうなぁ。一方的な離脱だったし……)

 

 一応、王城の訪問は止めてエジンベアまでの交易船がないかを探して見るという選択肢もある。ただし、存在するかどうかが不明な上、有ったとしても出航は一週間後と言われれば諦めるしかなく。

 

(乗せてくれる保証もない、となればエジンベア行きだけのために船を借りた方が確実かつ早いよね)

 

 そもそも今シャルロットはアレフガルドにいるはず、なら船を借りて即座にエジンベアに急行、かわきのつぼだけ手に入れてルーラで去れば話がシャルロットの耳に入る前に足取りをたつのは難しくなく。

 

(あまり使いたくないけど、勇者の師匠の肩書きを出すことも視野に入れとかないとな。中途半端に足跡を気にするぐらいなら、さっさと船を借りて目的果たしちゃった方が早いかも知れないし)

 

 場合によっては、逆にシャルロットが俺の足跡に気づくことを想定して伝言なりなんなりを残しておいたっていい。

 

(例えば「親父さんの兜がとある村にある」とか……)

 

 アレフガルドまで行ってしまった後では性能的に微妙かも知れないが、親父さんの兜は稀少な耐性付き兜だった気もする。

 

(滞在した村だし、エピソードだって残ってるかも知れない、それに……)

 

 オルテガは原作だと記憶を失っていた。もし、シャルロット達がゾーマの城に乗り込んで命を落とす前のオルテガと出会うことが出来たなら。

 

(そのままゆかりの地を回って親父さんの記憶を取り戻す、なんて展開も――)

 

 クシナタさん達が加わって旅の進行速度が早まっていれば、可能性はある。

 

「トロワ、ひとまず王城に行くぞ? エジンベアまでの船を借りられるか交渉してみる。はぐれるなよ?」

 

「え?」

 

 俺が手を差し出せば、トロワはきょとんとし。

 

「どうした?」

 

「あっ、あ、ああ……はっ、はい、マイ・ロード」

 

 訝しむとようやく差し出した手の意味を理解したらしい。おずおずと指の第一関節より先をぎゅっと握り。

 

(やっぱり、トロワは変わったなぁ)

 

 しみじみと思う。旧トロワだったら腕ごと持っていく勢いで抱きついて二の腕辺りを胸で挟むぐらいまでは間違いなくやらかしたであろうに。

 

(変わってくれて本当に良かった)

 

 あのままだったら、町を歩く時、周囲の視線がどうなっていたことか。

 

「もし、そこの方‥…」

 

 そんな矢先のことだった。王城に向かう俺達の背に声はかけられ。

 

「はい」

 

 応じたのは、俺ではなく、トロワ。

 

「旅のお方とお見受けしました。ぶしつけですが、アリアハンを訪れたことはおありですか?」

 

「アリアハン、ですか?」

 

「はい。先程空を飛んでこられたのをお見かけして……」

 

 オウム返しに問い返すトロワへと頷いた女性の言葉に俺達が呼び止められた理由はあった。

 

「つまり、俺達に声をかけたのは……」

 

「はい」

 

 もうスルーは難しかろうと会話に加わった俺に女性は首を縦に振って見せ。

 

「もしアリアハンへ行けるのでしたら、私とカルロスをアリアハンへ連れて行って欲しいのです」

 

 続く質問は、まぁそう言う類の物だろうなとつぶやける程度におおよそ予想出来ていた。

 

「カルロス……?」

 

 ただ一点、女性の口にした男性名が引っかかり。

 

「……どうされました、マイ・ロード?」

 

「いや、何処かで聞き覚えがあるような気が――」

 

「まぁ、失礼しました。そう言えばお願いをするのに名乗っても居ませんでしたわね。私はサブリナ、カルロスは私の恋人です」

 

「っ」

 

 思い出せそうで思い出せないむず痒さを感じていた俺は、女性の名乗りと補足でようやく思い出す。

 

「そうか、ドアの隙間に手紙を……」

 

「えっ?」

 

「あ」

 

 おもいだした ついで に おもいきり よけいなこと を くちばしっちゃったんですが、これって なかったこと に できませんかね。

 

「では、あなたはあの時の――」

 

 願いも虚しく、サブリナさんはすぐさま俺が忠告文の送り主だと気づいたのだった。

 

 




ポルトガの城下町を行く主人公。そこで出会った女性とは?

忠告分については前作参照。

次回、第九十七話「思い通りに行かないのが世の中だなんて割り切りたくないから」




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第九十七話「思い通りに行かないのが世の中だなんて割り切りたくないから」

「あの文のお陰で私達は好奇の目に曝されることもなく、希望を捨てずに生きて行くことが出来ましたわ。本当にありがとうございました」

 

 口が滑ったのは失敗だったものの、あの時お節介をしたことは間違いではなかったと言うことだろう。

 

「いや、礼には及ばん。そちらを探っていた男と出くわして、その言いようが気にくわなかっただけだからな」

 

 一応バラモスを倒して結果的に呪いを解いたのも俺とシャルロット達だが、ここで明かす必要はない。

 

(俺はバラモス討伐から逃げだそうとしたもんな、この世界に来たすぐ後に……)

 

 だから、バラモスを倒し自分達にかけられた呪いを解いてくれたことへの感謝をこの女性とその恋人からされるのは、シャルロットこそ相応しいと思う。

 

「それで、話を戻すがアリアハンへ行きたいというのは?」

 

「はい、あの手紙を書かれたのでしたらご存じでしょうが、私とカルロスはバラモスに呪いをかけられておりました。ですが、勇者様が大魔王を倒して下さったお陰で、再び私のカルロスに会うことが出来たのです。ですから、そのお礼をと」

 

「なるほどな」

 

 原作でもバラモスを倒した後に立ち寄るとこの女性はお礼をくれた人だった。だから、申し出自体は渡りに船でもある。

 

(シャルロットに会いに行くなら、伝言を託してメッセンジャーになって貰えばいいもんな)

 

 エジンベアとイシスを経由するものの、さいごのかぎを手に入れるためにアリアハンへは立ち寄る予定もあった。

 

「先に幾つか寄るところがあるが、それを済ませば俺達はアリアハンへ向かうつもりでいた。移動の殆どは船旅と空の旅だが、アリアハンへの出発はだいたい一週間後の予定でいる」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。そこで俺からは二つ案を出そう。まず俺達についてくるのが、一つめ。この場合、一つめの目的地までは船旅となるため海の魔物との戦闘が予想される。二つめはアリアハンへ飛べる魔法使い宛の紹介状を俺から受け取り、その魔法使いがこの国に立ち寄ったおり、俺の紹介状を出して連れて行って貰うと言うものだ」

 

 この魔法使いというのは、交易網作成にも関わった軍人口調のお姉さんを含む三人だ。バラモスが倒され世界の危機は去ったとアリアハンの国王は考えているだろうが、国民救済の為に張り巡らせたとは言え、せっかく作った交易網を放置するとは考えにくい。

 

(多分変わらず世界を飛び回ってるだろうし、ここの支部にも寄る筈)

 

 場合によっては支部の方に寄ってこの国に三人の内一人を呼び寄せたっていい。

 

(まぁ、このサブリナさんが後者を選べば、だけど)

 

 前者を選んだ場合、カップル一組分の食料やら寝床やらが必要になるが、幸いにも船を借りる前だ。十分対応出来る。

 

(あとは紹介状を書く場合……ん? うん、良さそうだな)

 

 徐に鞄の口を開け、鞄の中を確認した俺は目的の物を見つけると鞄を閉じ。

 

「俺達はこれから船を確保しに行く。物資の積み込みを考えると船が確保出来てもすぐ出発とはいかんだろう。返事はすぐでなくていい。ただ……前者を選ぶなら食料を始めとした物資を二人分多く用意する必要が出てくる、なるべく早くして欲しくはあるが」

 

「わかりましたわ。カルロスと話してきます」

 

「承知した。こちらはこれから城に立ち寄り、その後港に向かうつもりだ」

 

 すんなり船を借りられるかは気になるが、ここに来る前に俺達の居たのはバハラタだ。

 

(スミレさん、ひょっとしてこうなる流れを見越してた、とか?)

 

 補充した品に混じって荷物にくろこしょうが入っていたことに気づいたのは、つい先程のこと。紹介状を書くなら紙と筆記具が必要と思って鞄の中を見た時、ひとつの革袋が目に留まったのだ。

 

(シャルロット達はアレフガルドでこっちの世界の船は使わない。勇者サイモンも今船を必要としてるとは思えないし)

 

 船を借りるのは、可能と俺は見た。

 

(そもそも船がないとかわきのつぼが手に入っても壺を使って鍵を取りに行けないし)

 

 どちらにしても船は必須だった。

 

「ではな。行くぞ、トロワ」

 

「あ。はい、マイ・ロード」

 

 再び手を差し出すと今度はすぐさま理解したのかトロワが差し出した俺の手を握り、俺達は歩き出す。

 

「しかし、船……か」

 

「マイ・ロード?」

 

「いや、以前とある岬でまだ使える座礁船を見つけたことがあってな」

 

 修理すれば使えそうだと思ったものの、岬の側に放置してきた気もする。

 

(ええと、確か船は置いて、口笛で呼び寄せた魔物にモシャスで化けて竜の女王の城を目指したんだっけ?)

 

 そんなに前の事でもないはずなのに思い出さなければいけないのは、この世界に来てから色々ありすぎたせいだろうか。

 

(サブリナさんと会ったことにしても予定外だった訳だし、想定外に備えるなら船を借りられなかったなんて展開も考えてあの船のことも視野に入れておかないと)

 

 万事が万事思い通りに行くとは思えない、だが。

 

(未来がどうあれ、ムール君やカナメさん達には予定を伝えちゃってる。賽は投げられてるんだ、とっくに)

 

 船が借りられず、やっぱりなと達観したような目で割切る未来はノーサンキューだが、船は多くても無駄にはならない。

 

(クシナタ隊で手の空いてる人がいたら回収して貰っておくのもいいかな? ん?)

 

 計画を練りつつ歩く俺がふいに知覚したのは、一際強い潮の香り。

 

「潮風、か」

 

 鳴き声に首を巡らせれば遠くに羽ばたく海鳥の姿が見えた。

 




アリアハン行きを希望するカップルへ主人公は選択肢を提示する。

果たしてまた同行者が増えるオチになるのか?

次回、第九十八話「城、そして」


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第九十八話「城、そして」

「ヘイル? しょ、少々お待ち下さい」

 

 それは、ポルトガ王と謁見すべく門番の兵に声をかけた後のこと。門兵は何やら慌てた様子で城の中へと引っ込んで行き。

 

(あるぇ? なに、この はんのう)

 

 ただ謁見を申し込んだだけだと言うにしては妙な反応に俺が違和感と共に嫌な予感を覚えたのは仕方ないことだと思う。

 

(あれって、絶対何かあるよな……)

 

 とは言え、ここで立ち去っては船が借りられないし、あの兵士だって叱責されるかも知れない。

 

「マイ・ロード、どうされました?」

 

「いや、やけに慌てていたなと思ってな。その理由に心当たりが無ければ訝しみもする」

 

「確かに、慌てていましたね。ですが、マイ・ロードはこちらの人間達にとって英雄の一人でしょう? 突然の訪問が有ればああ言う態度になっておかしくないのでは?」

 

「っ、そうか。英雄……だが、バラモスを倒したのは勇者一行であって、俺個人で何かをしたのはアッサラームの件ぐらいだぞ?」

 

 サマンオサではスレッジやマシュ・ガイアーなど名と姿を偽ったし、ジパングの件は駄蛇(おろち)が公にするとも思えない。

 

(イシスの件はそれこそシャルロットとクシナタさん達の手柄だし、表立って俺が有名になるような出来事なんてあったっけ?)

 

 これで謁見を申し込んだのがシャルロットを始めとした勇者一行なら不思議には思わなかったのだが。

 

「おお、あの時の……確か、勇者様の師の方でしたな?」

 

「なっ……あ」

 

 突然かけられた声に驚きつつ振り返り、俺は自分の名が兵士に知られていた理由を悟った。

 

「確か、あの時の」

 

「ええ、私が船長です」

 

 頷いた老人と最初に出会ったのは、シャルロットと一緒に変態(カンダタ)を追いロマリアへ向かった時だったと思う。

 

(カンダタを確保するため、陸路より早い海路を使ったんだっけ)

 

 船員と比べてほっそりとした体つきだったのと腰が低かったのが印象的だった。

 

「しかし、何故ここに?」

 

「実は呼び出しの狼煙があがりましてな。ルーラを使える魔法使いは貴重ですから、船の役目がない時、こうして他国との連絡役に呼ばれる事があるのです」

 

「なるほど、理にかなっているな」

 

 航海予定がないなら船長とは言え貴重な魔法使いを遊ばせておく理由はない。

 

「だが、少し困ったことになったな。実はここに来たのも王に謁見を申し込んで船を借りるつもりでだったのだが……」

 

「おお、そうでしたか。ですが、船を借りたいと言うこともお伝えに? 私が呼ばれたのもあなた様を船に乗せよと」

 

「いや、それはあるまい。目的まで伝える前に話した門兵は城の中に入っていってしまったからな」

 

 スミレさんの様に言ってないことまでお見通しな兵士なんて事は無いだろうし。

 

(この船長さんの言うとおりだったら手間が省けたって喜ぶところなんだけど)

 

 楽観的予測は禁物だ。と言うか、それならあの門兵が引っ込んで時点で嫌な予感何てしないと思う。

 

(どうしたものか……そうだ、レムオルを――)

 

 少し考え、思いついたのは、一つの呪文を使うこと。

 

「では、私はこれで」

 

「ああ……トロワ」

 

 別れを告げた船長さんが城の中に消えたのを見計らい、俺はこの場に居るもう一人を手招きする。

 

「何か?」

 

「いや、嫌な予感がしたのでな。念のために俺は呪文で透明になって隠れておく。側にはいるつもりだから安心しろ。そして、先程の兵士が帰ってきたら忘れ物を取りに行ったとでも言って、何か俺に用事がありそうなら聞き出しておいてくれ。もし、嫌な予感が気のせいであれば、そこで機を見て合流すれば良いだけだしな」

 

 自分だけ隠れるのは男としてどうかとも思うが、二人揃って消えては何の用件だったかも解らないのでそこは許して欲しい。

 

「わかりました。お任せ下さい、マイ・ロード」

 

「すまんな。では、呪文に巻き込まない様少し離れるぞ」

 

 ここでトロワまで透明になっては意味がない。断ってから距離をとり、柱の影に移動して気配を探る。

 

(あの兵士はまだ戻って来なさそうかな)

 

 あまり長くない効果時間を鑑みるなら、呪文を唱えるのはあの兵士が戻ってくる直前が良い。

 

(……来た)

 

 幾つかの足音が近づいてくるのを感じ、詠唱を始め。

 

「レムオル」

 

 呪文が完成すると手が足が身体が消え、準備は調う。

 

「お待たせしま……あれ?」

 

「マイ・ロードでしたら忘れ物を取りに戻りました」

 

 ほぼ想定内のリアクションで周囲を見回す門兵に指示通りの内容を伝え。

 

「そ、そうでしたか。それで、いつお戻りに?」

 

「それ程かからないとは思います。思いますが、そちらは?」

 

 門兵とやりとりをしつつちらりと門兵の横を見た。

 

「私はアリアハン国王の使いです。ヘイル様がいらっしゃったと聞いて同行させて頂いたのですよ。あなたは……トロワ様ですね? 紫のローブを着てヘイル様に従う従者が居ると言うことは勇者様から伺っております。しかし、探しましたぞ。あなた方が姿を消したことで王もシャルロット様もかなり心をお痛めになり、こうして我々使いを各国に派遣、行方を捜していたのです」

 

 問いかけに応じた男性の言葉はある意味で爆弾だった。

 




実は指名手配されてたというオチでした。

どうする、主人公?

次回、第九十九話「強いられる選択」


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第九十九話「強いられる選択」

(心を痛める、かぁ)

 

 シャルロットの方はその言いようにも納得はいった。だが、国王の方が心を痛める理由が分からない。

 

(表面的にシャルロットに同調しただけとか?)

 

 それとも平和になったら囲い込もうと思っていたのに逃亡されて意気消沈したとかだろうか。

 

(表向きは同調しておきつつも中身は全く別なんて有りそうな話だけど)

 

 シャルロット達が大魔王ゾーマの存在を話して仕舞って、原作同様無気力になったのを俺の逃亡にかこつけて誤魔化してる可能性だってある。

 

(まぁ、推測は色々出来るけど、まず決めておかなければいけないのは、このまま謁見するか否か、か)

 

 この話の流れからするとさっき再会した船長はアリアハンまでの伝令として呼ばれてたのだと思う。

 

(予定通りエジンベアに向かうならさっさと姿を現さないと拙いよな)

 

 船長が居なくては船は動かせないのだから、その船長がアリアハンまでルーラで飛んで行ってしまうと、出航が二日遅れてしまう。

 

(あの老人が空を飛んで行く姿は見てないし、俺が船を借りに来たことは伝えてある)

 

 王命とかには逆らえないだろうが、アリアハンに飛べと言われたなら俺が船を借りたいことぐらいは伝えてくれると思いたい。

 

(その上で俺が姿を現せば、アリアハンへ連絡はされるだろうけどエジンベアには行ける筈)

 

 城に来る前話をしたカップルのこともある。

 

(元々アリアハンへ行く予定はあったんだし、後日アリアハンへ寄るって言っておけば――)

 

 おそらくこの場は何とかなる。

 

(そして一週間有れば、シャルロットと再会することになっても心の準備には充分。だいたい時間的余裕も無いんだ)

 

 迫られた二択だが、実質的にはほぼ一択に近く。

 

(ここで逃げた場合、岬の座礁船を直して船を確保したとしても動かす船員が居ない。シャルロットにお礼のしたいカップルも送り届けられないし、ここに手が回っていたって事はまず間違いなくイシスにも捜索の手は伸びてるからあっちでも追っ手を気にしなきゃいけなくなる訳で……)

 

 ハンパな逃げ方をしたツケってことなんだろう。

 

(逆に言えばシャルロットに会う覚悟さえしてしまえば後はほぼ予定通りに行く訳だし、なりふり構って支障をきたすよりはなぁ)

 

 透明化呪文(レムオル)の効果時間が切れるのを待ちつつ、城の中から現れた面々の死角に回り込んだ俺はもう決断していた。いや、そんな男らしい物ではなく、半ば諦めただけなのかもしれない。

 

「トロワ、すまんな」

 

「おお、ヘイル様――」

 

 呪文の効果時間がやっと終わり物陰から出た俺を待ち受けていたのは、アリアハン王の使いと名乗った男性からの事情説明。内容の方はさっき隠れて聞いていたのとほぼ同じであり。

 

「話は理解した。だが、こちらも目的があって旅をしている。シャルロットには手紙を残しているし、別れた知り合いと日時を決めて合流するという約束がある。急にアリアハンへ戻れと言われても応じかねる」

 

 アリアハンへお戻り下さいと言う要請にはまず首を横に振った。

 

「で、ですが……」

 

「勘違いするな。すぐには無理と言っただけだ。既に他者としてしまった約束を撤回しようにも連絡手段がないし、アリアハンへは一度立ち寄る予定がある。八日だ、八日後に俺達はアリアハンに立ち寄る予定になっている。話があるのならその時でよかろう?」

 

「……承知致しました」

 

 早まって食い下がろうとした王の使いも、足を運ぶとこちらが約束を持ちかけたことでそれ以上食い下がるのは下策と見たのか、すんなり引き下がり。

 

「なら、この話はこれまでだな。それで、国王への謁見だが……」

 

「はっ、はい。お会いになるそうです。どうぞこちらへ」

 

 門兵の方へと視線を戻せば、奥を示され。そこからは驚く程すんなりと事は運んだ。

 

「……船長はエジンベアへは?」

 

「生憎と行ったことがありませんでな、申し訳ない。立ち寄ったことが有ればルーラの呪文でお送り出来たのですが」

 

 出航準備中の船の上で聞けば、船長の老人は俺へと頭を下げ。

 

「いや、船を借りられただけでもありがたい。そもそも詫びるのは俺の方だ、愚問だったな」

 

 そう、船長が口にしたように立ち寄った事があるならわざわざ船を出さずともルーラの呪文で飛んでいけば良いのだから。

 

(これで一つを除いて予定通り事は運ぶ)

 

 同行する旨を伝えに来たカップルは旅の支度をして戻ってきますと言い残して立ち去り、トロワは食料を積み込み、空いた波止場の一角でムール君の下着を作っている。

 

「さて、と……そろそろ飯時、か」

 

 せっかくの大きな町だ。旅の身の上、まともな食事にありつけるのは何処かの町や村に立ち寄った時だけなのを鑑みれば、たまには贅沢するのも良いだろう。

 

(まぁ、この国は屋台の料理も悪くなかったけど……あ)

 

 いつかシャルロットと食べた白身魚の揚げ物を思い出し、気づく。

 

(そう言えば、この国の料理がうまい店とか知らないわ。うーむ……)

 

 少し考えた後。

 

「船長、この町で料理のうまい店というと何処になる?」

 

 俺はすぐさま隣の船長を頼ったのだった。

 




主人公は決断し、船は出航準備に入った。

次回、第百話「船出」

料理がどうのこうのと書いたら何だかお腹が減ってきました。


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第百話「船出」

「トロワ、そろそろ飯にするぞ」

 

 船縁を飛び越え、声をかけながら陸地へと。

 

「マイ・ロード? 申し訳ありません、もうそん」

 

「詫びには及ばん。下着を作らせておいてこっちは暢気に船長と談笑していたのだからな」

 

 海に落ちることなく波止場に降り立った俺は、美味い飯屋の場所を聞いてきたと続け、手を差し出す。

 

「旅の身の上、まともな飯にありつける機会は稀少だ。なら、この機会に些少贅沢しても罰はあたるまい。飯を食いに行くぞ?」

 

「は、はい」

 

「あ」

 

 ただ、トロワが頷いたところで、ふと一つの問題に気づく。

 

「ところで、前もって聞いておくが……お前、酒は飲めるか?」

 

 豪華な食事となると、それはつきものだった。

 

(酔っぱらって原作知識だの元の世界だのやう゛ぁい事を口走ったら拙いと思ってこれまでお酒は避けてきたつもりだけど……)

 

 俺が口にしないのに合わせているのか、トロワが飲酒しているのは見たことがない。だからこそ間違いが起こる前に聞いておく必要があり。

 

「大丈夫……ですが、マイ・ロードは?」

 

「俺は下戸でな。醜態をさらす訳にはいかんから酒は飲まないことにしているが、それをお前にまで強要するつもりはない。借り分が多すぎて最近よくやってくれている事への礼というのも烏滸がましいが、財布にはある程度の余裕がある。飲みたいなら飲んで貰っても構わん」

 

 明日からは船旅でもあるのだ。

 

(せめて今ぐらい羽目を外してくれてもね)

 

 構わない、そう思った。

 

「……と言うか、思い起こすとお前個人について色々聞いたことはこれまであまり無かったな」

 

「えっ」

 

「いや、好きな食べ物とか、誕生日はいつなのかとか、こっちに来る前はどんな生活を送っていたか、とかな」

 

 シャルロット達になら旅の合間に聞いたことも合ったのだが、昔のトロワは興味を持つだけで危険だった。

 

(「好きな食べ物? それは『毎日俺がお前に料理を作ってやる。さ、結婚しよう』ってことですね、マイ・ロード? あ、それとも赤ちゃんを作る方が先ですか? ふふふふふふふ、任せて下さい。男の子でも女の子でも大丈夫ですよ。いやぁ、ようやくママンに喜んで貰えるんですね。それで、場所はどこでします? ここですか? わかりました、脱ぎますね?」ぐらいの流れをやってもおかしくなかったからなぁ、冗談抜きで。あ、「好きな食べ物? 性的な意味ならマイ・ロードです。そう言う訳で頂いても良いですよね?」ってのもあり得るか)

 

 もっとも、もう過去のことだ。トロワはきれいなトロワに変わり、悩みの種は一つ消えた。

 

「まぁ、プライベートなことだからな。言いたくないなら深く詮索する気はない。それに好きな食べ物と嫌いな食べ物以外は今すぐ答えを知りたいと言うモノでもないし、好物と嫌いなモノにしても飯屋について注文する直前までに教えてくれればいい」

 

 俺にも好き嫌いは有るが、美味い飯屋の場所を聞いた俺は案内する側、苦手なメニューの多い店を行く候補から始めに抜いておけば良いだけの話だ。

 

(豪華な食事を楽しみつつ、親睦を深め、下着作りの疲れを些少でも忘れて貰う。出来たら宿屋でゆっくり寝られたら良かったんだけど、予定をずらす訳にもいかないしなぁ)

 

 食事だけだが、食事時だけでも楽しい時間をと俺は思い。

 

「……くぅぅっ、このお酒サイコーですね、マイ・ロード? もっと飲んでも良いですか? 酔いですね? そう、前後不覚になるくらい飲みますから襲っちゃってくれて良いですからね?」

 

「……どうして、こうなった」

 

 昼食が後半にさしかかった時、俺は頭を抱えていた。人に紹介された飯屋でベアクローは拙い、拙いのだが。

 

(よっぱらったら、きゅう とろわ に もどる とか……)

 

 誰に予測出来るって言うんだ、こんなモン。

 

「えへへ、まい・ろぉどぉ……私、何だか熱くなって来ちゃいましたよ。脱いでもいいですか?」

 

「止めろ。その下はすぐ下着だろうが」

 

 脱いだら即、つまみ出されること間違いなしである。

 

(そもそも、これて一過性のものなのか、それとも酔いが覚めてもこのままなのか……)

 

 一過性のモノであって欲しいと切に願う。

 

(で、その辺は置いておいて……)

 

 今、俺がすべきは、目の前の酔っぱらいを何とかすることであり。

 

(飲食店内で物理的な沈静化は不可能、となれば酔い潰すか言いくるめる成り何なりして食事を終わらせ連れ出すくらいなんだけど……)

 

 旧トロワ全開な今のトロワを起こしておくリスクを考えれば、選択の余地はなく。

 

「支払いは、これで足りたな?」

 

「うへへ……みゃい・ろぉどぉ」

 

 食事を終えた俺は、幸せそうな顔で寝言を言いつつ身体を擦りつけてくる変態(トロワ)を背負ったまま支払いを終え。

 

「……はぁ」

 

 ため息をついてから歩き出す。気は重く、テンションは低く。

 

「おお、お戻りですな。そうそう、先ほ」

 

 出迎えてくれた船長には申し訳ないことをしたと思う。

 

「すまん、とりあえずこいつを客室まで運んでからにしてくれ」

 

 俺は気が気でなかった。船員達は殆どが男、そんな衆人環視の中に置いておくのに今のトロワは劇物過ぎたから。

 

「お連れの方は大丈夫ですかな?」

 

「ああ、すまん。世話をかけた」

 

「いえいいえ。では先程の話ですが……あなたのお話にあったサブリナとカルロスという方は既に乗船済み、出航準備もほぼ終わっておりますので、いつでも出発出来ますが」

 

 客室に運び込んですぐやって来た自分へと頭を下げる俺へ、船長はどうなされますかなと問い。

 

「ならば、船を出して貰えるか?」

 

「わかりました。では、失礼します」

 

 出発以外の選択肢はない。こちらの答えを聞いた船長はそのまま部屋を後にし。部屋には俺とトロワだけが残された。

 

 




まさかの旧トロワ再登場。

訪れる絶望に立ち向かう主人公を乗せ、船はポルトガを立つ。

次回、第百一話「こうかいちゅう」

だぶるみーにんぐ、でしたっけ?


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第百一話「こうかいちゅう」

「……動き出したな」

 

 トロワを放置する訳にも行かず、客室の天井を見上げて、ポツリと呟く。

 

「おおよその方向と情報は伝えているし、あの船長なら船が迷走することもあるまい」

 

 魔物が出た場合は出張らないと行けないかも知れないけれど、それ以外で俺が甲板に向かわないと行けない理由はないと思う。

 

(と言うか、聖水を撒いてこれば魔物も出ないんだよなぁ。うーん……)

 

 トロワがすぐに起きるなら起きるのを待つし、暫く起きてこないのならこっそり抜け出すのもありなのだが。

 

(いっそのこと寝てるトロワを背負って行くとか? いや、それならトイレに行くと書き置きして一人でこの部屋を出た方がマシだろうし)

 

 ちらりと眠ったままのトロワを一瞥すると俺は部屋の隅に自分で置いた鞄へ目をやった。

 

「……そうだな、書き置き出来るように筆記具を取り出しておくか」

 

 聖水を撒きに行くかどうかは別として、実際トイレに行きたくなることだってありうる。

 

「ペンとインクと……これはインク壺じゃなくて聖水の……まぁ、丁度良いか。さて」

 

 歩み寄って拾い上げた鞄から最終的に聖水と紙、ペンとインク壺を取り出すと鞄は床の上に戻し。

 

(ここまでやったなら聖水撒きに行った方がいいな。まだ港を出てすぐの筈だし)

 

 羊皮紙を広げるとペンを手に取った。

 

「とりあえず……トイレにたつとでも書いておく、か」

 

 聖水を撒いた後にでも実際トイレの方まで足を運べば、書き置きも嘘ではなくなる。

 

「これで良し」

 

 伝言を書き終えた俺は羊皮紙をトロワの側に置くと、踵を返しドアへと歩み寄り。

 

「すぐ戻る」

 

 寝ているのは解っていたが、一度だけ振り返り告げてから部屋を後にした。

 

「……とりあえず、起きてくる前に戻ってこないとな。しかし……」

 

 失敗したなと歩きつつ思う。

 

(酔っぱらったら元の性格とか、あんなのどうやって予測しろって言うんだとは思うけどさぁ)

 

 酒なんて飲ませなかったらあんな事にはならなかった筈であり。

 

(航海しつつ後悔とか……笑えない)

 

 ギャグとしては寒いとか言うレベルじゃないが、ダジャレでも飛ばさないとやっていられないというか。

 

(とりあえず、トロワは今後飲酒禁止……かな。まぁ、起きてみたら元の性格に戻ってたとかだとその禁酒も無意味なんだけど)

 

 もちろん、目を覚ましたらきれいなトロワに戻ってくれることを俺としては祈っているが、きれいなトロワに戻ってくれたとしても酔っぱらった時の事を覚えているとまず間違いなくめんどくさいことになる。

 

(まぁ、解っていたことだけど……)

 

 聖水を撒いた後部屋に戻る足取りは、重いものになりそうだった。

 

(聖水を撒いて、トイレに行って……あのカップルとも今日中に挨拶しないとな)

 

 サブリナさんとカルロス。この船旅に同行した一組のカップルの内、男の方とはまだ会ったことがない。

 

(船の船員はだいたい一度は見た顔だから消去法で知らない顔が居たらそれがサブリナさんの恋人だってのは解るんだけどね)

 

 原作だとモブキャラの格好だった気がするものの、流石にこの世界の人間は職業年齢性別が居同じなら全員同じ顔でしたなんて恐怖展開はない。ちゃんと一人一人違う顔であるし、職業柄制服のあるような人を除けば毎日同じ服を着てもいない。髪の色だって個人差があって様々だ。

 

(クシナタさん達ジパングの人はどの職業になっても黒髪だったしなぁ)

 

 するつもりはないが、俺が転職した場合、どの職業でも髪は銀色になるのだろうか。

 

(今の身体の持ち主は最初遊び人だったから、理屈からすると黒髪の筈なんだけどな)

 

 この世界に来た時点で盗賊の身体だったから、銀髪なのか。

 

(ま、いいか。今考えないといけないのは、そんなことじゃない。きれいなトロワに戻ったが記憶が残っていた場合のフォロー内容とか、シャルロットに再開した後のこととか、考えるべき事は他にあるんだから)

 

 後者は一週間の猶予があるものの、前者は部屋に戻ってすぐ必要とされるもの。

 

(時間的猶予は殆どない……無いけどフォロー、か)

 

 何かないかと考えて見るも、良い言い回しは思いつかず。

 

「……甲板に着いてしまったな」

 

 降り注ぐ日差しの下、ポルトガからまだ離れていないからか空にある海鳥の姿を認めて肩をすくめ。

 

「おっ、旦那。お連れのべっぴんさんはもう良いんですかい?」

 

「いや、まだ寝ている。だからこそ、と言うのもあれだが船はもう港を出ただろう? 魔物除けに聖水を撒いておく必要があると思ってな」

 

 こちらの姿を見つけ声をかけてきた船員へ、俺は手にしていた聖水の瓶を掲げて見せた。

 

「あー、確かに。じゃ、お願い出来やすかい?」

 

「ふ、もとよりそのつもりだ……しかし、危ういところだったかもな」

 

「へ?」

 

「あそこだ……」

 

 呆ける男に瓶の封を切りながら、視線で海の一点を示す。

 

「職業柄気配の察知には自身があってな。まだ遠いが、あそこを漂ってるのは魔物だ」

 

「ほ、ほんとですかい? あ、確かに……」

 

「色と大きさからして『しびれくらげ』だろうな。潮の流れや風向きなどもある。接触するまでどれぐらいの猶予があったのかは素人の俺には解らんが、どのみちこれで終わりだ」

 

 開けた瓶を逆さにして振りまく、ただそれだけの事だというのに、効果は覿面だった。

 

「うおっ、あいつら急に遠ざかり出しやがった」

 

「ふ、あの様子なら聖水の効果が残っている限りは安全だろう。次は夕方頃にもう一本撒けばいいか」

 

「流石旦那だ。ありがとうございやす。あのクラゲ共刺されると痛ぇの痺れるのって」

 

「礼には及ばん。邪魔されたく無かったのでな」

 

 トロワが目を覚ました後に魔物と遭遇し呼び出される事を鑑みれば、やらねばならぬ事だったのだから。

 




また髪の話してる。

次回、第百二話「北へ」


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第百二話「北へ」

「おはようございます、マイ・ロード。あの、私……マイ・ロードに何か失礼なことをしませんでしたでしょうか?」

 

 目を覚ましたトロワの第一声に俺は心の中で胸をなで下ろした。尋ねてくると言うことは、しっかり覚えていないか記憶にないと言うことだろうし、旧トロワに戻っているんだったら、失礼なんて言葉は出てこなかったと思う。

 

「おはようございます、マイ・ロード。先程はお楽しみでしたね? いっ、いえ、これからお楽しみしてくれても全然構いませんよ? と言うか、せっかくの二人きりですし、全力で楽しみましょう! え、お昼の事は覚えていないのですかって? いやですねぇ、マイ・ロード。覚えてるに決まってるじゃありませんか。マイ・ロードが初めてなのできっちり責任を……あの、マイ・ロード? 何故、手を握ったり開いたりしていらっしゃあぎっ、ま、マイ・ロード鷲掴みにするなら頭じゃなあ、あ、アーッ」

 

 何故か我慢の限界が来てアイアンクローをかけるところまで想像してしまったが、旧トロワなら反応は概ねそんな感じだろう。

 

「気にすることはない……と言いたいところだが、当面酒は控えた方が良いだろうな。甲板に出てみれば解ると思うが、もう今日は日も落ちた」

 

「えっ? あ……申し訳ありません」

 

 俺としても旧トロワの相手は疲れるが、酔った間に粗相をやらかしたのではとビクビクしてるきれいなトロワをいじめるつもりはない。だからこそ、問題は酔って長時間寝てしまったことにして何かやらかしたと言う部分には全く触れなかったのだが、きれいなトロワとしては酔いつぶれて寝続けて頂けでも駄目だったらしい。

 

「気にするな。酒を勧めたのは俺だ。どうしても気になるというなら、寝た分俺が寝ている時の番を頼む。俺とて眠らぬ訳にはいかんだろうし、夕方に聖水を撒いているから魔物と遭遇することもない筈だが万が一のこともある」

 

「で、ですが……」

 

「何かあった時起こしてくれればいい。従者のお前だからこそ頼めることでもあるんだが……嫌か?」

 

「マイ・ロード……はい」

 

 少々主としての立場を利用した言い分になってしまったのは否めない、否めないが、何とかその条件でトロワを頷かせることに成功し。

 

「なら、話はここで終わりだ。……外に出るぞ」

 

「外に……ですか?」

 

「ああ、今日は空が晴れて星がよく見えると聞いたのでな。たまには星を眺めてくつろぐのも悪くあるまい?」

 

 怪訝な顔をするトロワへ首肯を返しつつ、俺は折りたたまれた毛布を拾い上げた。

 

(旧トロワの変態行動もひょっとしたらトロワが色々溜め込んでることの裏返しだったのかも知れないし)

 

 専門家でもない俺に正しいケアの仕方なんて解らないが、それでも、出来ることを考えて動きたい。迫るシャルロット達との再会に備えて、説明なり何なりを考える必要もある。トロワだけに構っても居られないが、あいつを疎かにして良い理由にもならないのだから。

 

「旅の最終目的はまだ先だ。養える時に英気を養っておかねば、ならん」

 

「……ありがとうございます」

 

「何のことだ?」

 

 ただ、一つ。気遣いが少々あからさまだったのかも知れない。

 

「まあ、いい。先に行くぞ?」

 

 照れ隠しにそっぽを向いて客室を出ると、船の揺れに合わせて揺れるカンテラの明かりの中、廊下を階段へと進む。

 

(……気晴らしになってくれると良いけど)

 

 今のところトロワに頼んでいるのは、ムール君の下着作りと夜番のみ。

 

(けど、あのきれいなトロワにムール君の下着作りは……なぁ)

 

 ムール君への奥義伝授の時も恥ずかしがってた様な気がするし、その点を鑑みればある意味酷いセクハラととられても弁解の仕様がない。トロワでなければ作れないという理由はあるにせよ。

 

(トロワだけが使える技術……か)

 

 トロワの負担を減らすなら、あの劣化番チート袋作成技術を扱える人材の確保が急務だが。

 

(あんなモノを生産する技術が広まったらやばいよな)

 

 軍事転用すれば物資を簡単に運搬できるし、商業面で利用でも隣国から安い作物を膨大な量運び込んで売られて殆どの農家が失業したなんて悲劇も起こりかねない。

 

(シャルロットのふくろと同じモノがアリアハンで使われていないところからすると、あれは偶発的に出来た一つ限りの品なんだろうけど)

 

 だからこそ、劣化品でも生産出来る技術を任せるなら相手は選ぶ必要が出てくる。

 

(信用面を考えればクシナタ隊がベスト。ただ、トロワにさせるのは気が引けるモノを任せるなら男の方がいいんだよなぁ)

 

 信用出来る、男。

 

(そんな しりあい、おれ に いましたっけ?)

 

 国に繋がっていると言う意味で、ルイーダの酒場に居たヒャッキという武闘家や、スレッジとして修行をつけた交易網補助の老魔法使いや今乗っている船の乗員は消える。サマンオサの戦士ブレナンや勇者サイモン、シャルロットの魔物使いとしての師匠の人なんかも駄目だろう。

 

(ムール君の村で別れたオッサンは、何処にいるか不明。残ったのは――)

 

 シャルロット達に同行してるアランの元オッサンとおろちの婿に収まった元イシス王族のマリクくらいか。

 

(他にも居なかったかなぁ? そもそも、信用出来て男だとしても、アイテム作りへの適正があるか不明だし)

 

 トロワへの負荷を考えると、早めにつけてやりたいところだが、俺達の旅に同行可能な心当たりは浮かばず。

 

「あ、マイ・ロード、流れ星ですよ」

 

「ん?」

 

 トロワの声で我に返れば、いつの間にか甲板に出ていた俺は毛布を羽織り星空を見上げていた。

 

「ああ、本当だな」

 

 知覚出来たのは尾の部分だけだったが、すぐさま別の流星が夜空を横切り。こうしている間も船は動いている、北へ、目的地エジンベアへと向かって。

 




男の知り合いが少ないことを今更認識した主人公。

次回、第百三話「顔合わせ」


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第百三話「顔合わせ」

「初めまして、ご主人とお弟子さんには大変お世話になりました」

 

 その発言へ即座にツッコミを入れたくなった俺は果たして間違っているのだろうか。

 

「ご主人?」

 

 色々言いたいことはあったが、まずはそこだった。

 

「えっ、違うんですか? 私の主人と呼ばれていらっしゃるので、てっきり」

 

「トロワは従者だ」

 

 サブリナさんの恋人の勘違いに嘆息しつつも俺は誤解を修正しておく。

 

(私の主人って、まさか旧トロワ……こういう勘違いをされること前提であの呼び方を?)

 

 トロワは元々バラモス軍の軍師を任されていたアークマージなのだ。あれが仕込みだったとしても驚きはしない。

 

「申し訳ありません、マイ・ロード」

 

 多分俺の思考を呼んだのであろうトロワが横から謝ってきて、俺は気にするなと宥めつつ、顔を上げトロワに向き直る。

 

「それで、この二人はバラモスに呪いをかけられていたらしい。まぁ、バラモスが倒されたことで呪いは解け、恩人である勇者シャルロットに礼をするためアリアハンへ渡る手段を探しており」

 

「そこでお二人と出会ったのですわ。ですが、ヘイル様もお人が悪いです。あの勇者シャルロット様の師であることを黙っていらっしゃるなんて……」

 

 サブリナさんは俺の説明を継ぐと、少量の非難の色を添えた視線で俺を見る。

 

(まぁ、ポルトガで謁見諦めて逃げなかった時点でね、うん)

 

 めのまえ の かっぷる に しょうたい が ばれること は よそうしてましたよ。

 

「ともあれ、サブリナはともかくカルロスとお前は初対面だからな。こうして顔合わせの席を設けた……と言う訳だ」

 

 トロワが酔いつぶれていなければ航海初日に顔合わせ出来ていたのだが、酒を勧めたのは俺。だからこそそのことを持ち出す気はない。

 

「本来ならヘイルさんにも何かお礼をしたいところなんですが」

 

「あいにく、差し上げられるモノは、この誘惑の剣ぐらいしかありませんの」

 

「それを俺に渡してはシャルロットへ渡すモノがなくなるのだろう? それに誘惑の剣は女性だけが扱える剣とも聞く、ならば俺には扱えんし、バラモスを倒したのはシャルロットだ。気持ちだけ貰っておこう」

 

 俺が腐らせるよりよっぽど良いし、酔っぱらうと変態なアイテム作成者(きゅうトロワ)になってしまうトロワを従者にしている俺の手元に置くよりはシャルロットが持っていてくれた方が余程安心出来る。

 

(混乱ではなく本当に持ち主に惚れさせる誘惑の剣の改良版とか作り出されたら洒落にならないし)

 

 トロワの技術力なら、冗談抜きで出来てしまいかねない。

 

(そもそも、ポルトガに来てばったり都合良くこの二人と会うとか、世界の悪意ってそう言う展開を狙っていたんじゃないだろうか)

 

 間違えてお酒を飲んでしまったトロワがこっそり貰った剣を改造。

 

(剣で誘惑された俺は気が付いたらトロワと一糸纏わぬ姿で一緒に寝て……)

 

 世界の悪意なら、それぐらいやりかねない。

 

(シャルロット達にはアンも同行してるだろうし……ありあはん で とろわ に てをだしてたこと が ばれてだいもんだい に なるんですね、わかります)

 

 危ないところだった、と思う。

 

(だが今回は俺の勝ちだ、世界の悪意)

 

 誘惑の剣がこちらではなくシャルロット達の方の手に渡れば手違いはほぼ起こりえない。

 

(誘惑の剣の詳しい情報を得てトロワが独自に再現しちゃうって展開も無いと思うし)

 

 俺の手元に有れば観察する時間も存在するかも知れないが、シャルロットに渡すとなれば側で見ることの出来るのは、アリアハンへ到着するまでの一週間足らずだ。

 

(しかも所有権はまだサブリナさん。シャルロットへのお礼の品にするなら――)

 

 普通、厳重に管理する。俺が見せてくれと言えば話は別だが、やはりトロワがあの剣を研究する機会はほぼない。

 

「さて、これで顔合わせも済んだな。シャルロットの師であることを聞いたなら俺達の旅の目的と日程もだいたい聞いていると思うが」

 

「はい。まずはこのままエジンベアに向かうのでしたよね?」

 

「ああ。その後、イシスに立ち寄り、数日あちらで過ごしてからアリアハンだ。まぁ、イシスは砂漠の国だからな」

 

 カルロスの言葉を肯定し、肩をすくめるとついて来ずにこの船で過ごしていても構わないと俺は続け。

 

「何にせよ、エジンベアにつくまではこのまま船旅だ。そして、到着後だが……あの国の人間は異国の者を見下す傾向があると聞く。俺は用があるから行かざるを得んが、同行者が多いのは都合が悪い。人数が多ければ目立つからな。相手がこちらを見下すような連中ではもめ事の種になりかねん」

 

 流石にレムオルを使っての壺泥棒を見られる訳にはいかないので尤もそうな理由をつけて二人で行く旨を伝えておく。

 

(トロワは絶対ついてくるだろうしなぁ)

 

 旧トロワでなければきっと問題はないと思う。

 

(いや、下手したら助けになるぐらいかもな。かわきのつぼを手に入れるためのパズル、解き方なんてもう覚えていないし)

 

 覚えてるのは、岩を押して運び、解くタイプのパズルだったことと、失敗した時は階段を上って降りれば状況がリセットされてたことぐらいだ。

 

(羊皮紙とペン、インク壺の用意は必須かな。原作みたいに失敗してやり直せる保証はないし)

 

 まずは紙上で解く。

 

(そして、上手くいったら壺を、と。そっちは二人で考えられるから良いとして問題はシャルロット達と再開した後での説明の方かな)

 

 船は進み、時は流れるが、考えておかなければいけないことはまだ残っていた。

 




せかいのあくい「解せぬ」



次回、第百四話「到着」


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第百四話「到着」

「島が見えて来やしたぜーっ!」

 

 マストに設けられた見張り台で船員が叫んだ。

 

「いよいよか……」

 

 聖水を撒き魔物を退けたが故に航海は何事もなく平穏そのものだった。だからこそ、シャルロットと会ったらどう話そうかを考える時間も充分持て、今、俺は甲板にいる。

 

(こいつも初お目見え……かぁ)

 

 懐に忍ばせるは、シャルロットに語る言葉が思いつかず、現実逃避半分で作成したエジンベア潜入用秘密兵器。

 

「トロワ、支度をしておけ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 従者を一瞥して声を投げると振り返ることはせず、船首へと歩み寄る。

 

「エジンベア、か」

 

 城は鬱蒼と茂る森林の向こうに有るはずだが、流石にまだ距離が遠く、かろうじて見えるのは陸地とそれを覆う森林の濃い緑のみ。

 

(原作じゃお店の類は全く無かったはずだから、盗るモノ盗ってさっさと退散したっけ)

 

 異国人を田舎者と馬鹿にする気風の人間に溢れてる国に長居しても精神衛生的に良い事なんて無いし、それが正解だったのだろうけど。

 

(一つの国に店が一つもないなんて、常識的に考えてあり得ない)

 

 だから、おそらくエジンベアにだって店はあると思う。

 

(興味がないと言うと嘘になる、けどかわきのつぼを忍び込んで盗み出す以上、長居は禁物だからなぁ)

 

 透明化呪文だってあるし、見つかるつもりはない。

 

(それに、予想もしてなかったロクでもないアクシデントに巻き込まれる可能性だってある。さっさと目的果たして撤収が正解だよね、きっと)

 

 滞在時間が短くなればなる程変なハプニングに見舞われる確率は減少するはずだ。

 

「そろそろ着きやす。接岸用の小舟に乗り込んで下せぇ」

 

「ああ。世話をかける。トロワ」

 

「はい」

 

 船員の声に頷き、目礼で感謝を伝えた俺はトロワと共にそのままつり下げられた小舟へと乗り込み。

 

「そいじゃ、船を海面まで降ろしやすぜ」

 

「頼む。……トロワ、掴まるか?」

 

 船員に応じつつトロワへ二の腕を示して問う。

 

「マイ・ロード?」

 

「勘違いするな。倒れてくると問題だからな」

 

 きれいなトロワになっている今、意図しての逆セクハラは考えにくいが、ラッキー何とかと俗に呼ばれる事故は起こりうる。

 

(よろけたトロワとハプニングをやらかす寄りはよっぽど良い、筈)

 

 たとえ、それで笑顔になったトロワと準密着するようなことになったとしても。

 

「旦那もすみに置けやせんねぇ」

 

 とかニヤニヤしつつ寝言を言う船員に見られても、問題はない。

 

「旦那ぁ、お待たせしやした。深さからするとこいつが寄れるのはこれが精一杯でさぁ」

 

「そうか。さて、と」

 

 何とも言えない気持ちと戦いつつ小舟に揺られること暫し、船員に呼ばれた俺は縁をまたぎ、くるぶし辺りまでを海水で濡らしつつ、浅い海底へと降り立ち、俺は小舟に向かって背を向けたまま口を開いた。

 

「ブーツが浸水しないなら許容範囲内、か。トロワ、背中に乗れ。お前のローブだと間違いなく裾が濡れる」

 

「ま、マイ・ロード、そんな……」

 

「早くしろ。ローブの裾を濡らしたまま入国する訳にも行くまい」

 

 忍び込むのにローブの端が濡れているなど問題外。俺としてもトロワを背負ったらどうなるかは解っていたし、掴まれとか言った意味だってなくなってしまう気もしたが、これは仕方ないことなのだ。

 

(おのれ、せかいのあくい)

 

 地味に嫌がらせをしてくれる。

 

「あ、あのマイ・ロード……重くないですか?」

 

「何がだ? この程度トレーニング用の重りとしても軽すぎる」

 

 恐縮するトロワに減らず口で応じつつ、背中を圧迫する柔らかさから意識を逸らし。

 

「それよりも、森に入ったら着替えるぞ? 聖水の効果が残っていれば魔物は寄って来んからな」

 

 前方に広がる森を天然の更衣室にすると俺はもう決めていた。

 

「気づかれるつもりはないが、万が一のこともある。偽名と変装は必須だ」

 

 トロワはあの自己主張が激しすぎる胸とお尻を例の袋下着で誤魔化して貰う必要があるだろうが。

 

(って、俺のアホ。意識逸らそうとしてるのに、思い出してどーする)

 

 再び認識してしまった柔らかさから意識を引きはがそうと苦心しつつ、足を動かし、浅い海を抜ける。

 

「ふぅ、もういいぞ?」

 

「ありがとうございます、マイ・ロード」

 

 立ちやすいように腰を落としてしゃがみ込めば背中から降ってきたのは、感謝の言葉。

 

「違う」

 

 否定しつつ懐から取り出したのは、マントと一体化したお手製の覆面。

 

「え?」

 

「今より私は謎の大泥棒、ドーサ・ルマーノなのであーる」

 

 マシュ・ガイアー、怪傑エロジジイに継ぐ謎の人物となった俺は得意げに胸を反らす。

 

「し、失礼しましたドーサ様」

 

「うむ。今日の獲物はかわきのつぼ。かってスーの村から奪われし一品、つまるところ相手も犯罪者、盗み返されても文句は言えぬのであーる」

 

 そして、今回俺はかわきのつぼ以外に手を出す気はない。原作では、王の居室でしゃれたスーツが手に入ったような気もするが、そんな場所まで侵入するのも骨だし、俺の第六感が行くなと告げている。

 

「まぁ、そういう訳であるからして……早く森まで行ってさっさと着替えるのであーる」

 

 泥棒コンビが揃わねば、仕事は始められないのだから。

 




次回、第百五話「謎の男」

ちなみに、今回の偽名の由来は、ゾーマ。

逆にするとマ-ゾなので、そこからサドとノーマルを逆にして伸ばし棒をつけて組み合わせてみたのです。



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第百五話「謎の男」

「レムオルっ! さぁ、仕事開始なのであーる」

 

 透明化呪文を完成させるなり、俺は額を右の中指で突くようにして仰け反るポーズをとった。

 

「言わば、お仕事開始のポーズなのであーるっ」

 

 透明になって全く見えなくはあるのだが、ここまで幾つものキャラを演じ分けてきた俺だ。

 

(きゃら が どっかにぶっとんでない と きぞん の べつ きゃらくたー と こんどうしちゃいそう なんですよね)

 

 キャラのかき分けが苦手な物書きには良くあることなんだと、作家志望の知り合いが零していたのを俺は覚えている。

 

(だから「ポーズと語尾が違うだけでマシュ・ガイアーと殆ど変わらないじゃねーか」何て文句は受け付けないのであーる)

 

 そも、マシュ・ガイアーとして動いていた頃にはトロワとはまだ出会ってもいなかったのだから、問題はないと思う。

 

「ドーサ様、そのお仕事開始のポーズですが……私もやった方がよろしいでしょうか?」

 

「おおう、時間差で聞かれてしまったのであーるな。まぁ、今は透明になっていてポーズも教えづらいし、やっても見えん。よって今回は必要ないのであーる」

 

 参っちゃったのポーズをとりながらそう答えると、ポーズを解き、足を前に一歩踏み出す。

 

「さ、透明化呪文の効果は短い。効果が切れないうちに門番の横を通り過ぎるのであーる」

 

「はい」

 

「ただ、透明になっているからお互いが見えない、衝突には注意スルであーるよ? では、ここからは私語厳禁であーる」

 

 頷いたであろうトロワに忠告すると、口を噤んで塀に挟まれた道を前へ。

 

(いよいよ、かぁ。他の国がそうだったように、この国もおそらく原作通りの造りはしてないだろうな)

 

 面影を残し人口に合わせた拡張、施設の増加、本来はないが暮らしには必要不可欠な施設などの追加辺りはまずされてると思う。

 

(迷わないと……いいな。数日間の船旅を無駄にしたくない)

 

 隣室のカップルが大ハッスルして壁越しの声にトロワと気まずい雰囲気を味わった夜。

 

(最初は隣じゃなかったのに、ああなったって事は別の船室でもやらかしたんだろうけど)

 

 壁を殴ろうとして怒られる船員を見ないふりし。

 

「ちくしょう陸に着けば……陸にさえ着けば」

 

 とか繰り返してた船員も居た記憶があるが、あの船員は俺達に遅れて上陸する気なんだろうか。

 

(何処の国にも男性の何かを発散させる店は存在するって何処かで読んだ気はするけどさ)

 

 いや、深く考えては駄目か。

 

(……と言うか、何でそんなこと考えてるんであーるか、私)

 

 ロクでもない船上での思い出に引っ張られすぎた結果だというのは解ってる。

 

(ああ、「こうなったらもうアッサラームのぱふぱふ親父でも良い」って死んだ魚みたいな目をして道を踏み外しかけてた船員もいたからなぁ……って、だぁぁ、あのカップルに当てられた被害者はもういいって!)

 

 と言うか、サブリナさん、カルロスの名前呼びすぎ。

 

(……じゃなくて、ええと……ああ、そうだった。自重ゼロバカップルのせいで地獄と化した船の人達を救うためにもさっさとかわきのつぼを盗み出さないと)

 

 あのままでは血迷った船員がトロワに襲いかかってくるかも知れないのだから。

 

(えっ、おれも? あはは、なに を いってるんですか、そんなこと あるわけないじゃないですか。やだなぁ)

 

 誰かがお前は大丈夫なのかと聞いてきたような気がしたので、心の中で笑い飛ばしてみる。

 

(「こうなったら、おとこどうしでも」なんて つぶやいていた せんいん なんて いなかったんだ)

 

 百歩譲っていたとしても、このドーサ・ルマーノがかわきのつぼを盗み出して戻れば次の訪問先はイシス、船泊じゃないから襲われないのであーる。

 

(ま、イシスに着いたら着いたで色々やらないと行けないんだけど)

 

 まず気になるのは気になるのは別れたムール君達の成長具合。

 

「しかし、暇だな……」

 

 完全にこちらへ気づかない様子の門兵の横を通り抜け、俺達は城内へ至り。

 

(確か、パズルの部屋は地下だったはず……)

 

 流石にそれが別の階に移動はしていないだろうと思いつつ前を見れば、真っ直ぐ続く通路の左手に幾つもの入り口が並んでいる。

 

(門兵の詰め所……もあるだろうけど、それだけではないだろうなぁ)

 

 入った先に地下への階段がある可能性もある。

 

(……やっぱりか)

 

 最初に覗き込んだ部屋は、想定していたとおり兵の詰め所。椅子に腰を下ろした兵士が机に向かい何か書いているところだった。

 

(次は……っ)

 

 二つめの部屋を覗き込んで俺は立ち止まる。

 

(下り階段、まさかこ、うおっ)

 

 直後に感じたのは柔らかなモノがぶつかってくる衝撃。たたらを踏む程ではないが、それは俺の話。

 

「すまん。無事であーるか? 無事なら二度何処かを叩くのであーる」

 

 ぶつかってきた誰かを抱き支え、自ら禁を破って囁けば、太もも辺りが弱く二度叩かれ。

 

「つぼは地下にあるらしいと聞いたのであーる。故に階段を見て足を止めてしまったのであーる」

 

 俺は理由を話すのに続け、階段の先を探索してみる旨をトロワに伝えたのだった。

 




辛い船上の夜を越えた思いを胸に、主人公は今、窃盗するッ!

次回、第百六話「not千年」

そのパズルを完成させた時……あ、遊戯王復活するんでしたっけ?




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第百六話「not千年」

「……まぁ、そんなことだろうと思ったのであーる」

 

 階段を下りた先に並んでいたのは、等間隔に並ぶ鉄格子だった。

 

(うん、地下って言えば牢屋だよなぁ)

 

 原作のエジンベアにはなかったような気もするが、人が多く暮らしていれば犯罪も起こる。施設としてはあって当然なのだろう。

 

(一つ解ったのは、地下へ降りる階段だからって正解とは限らないってことかぁ)

 

 牢の一つにシルクハットを被って片眼鏡をつけたオッサンがいたが、見なかったことにして階段を戻る。

 

「いきなりアタリなんてそう都合の良い展開はないであーるな。しかし……」

 

 先程はぶつかり、意思疎通にも声を誰かに聞かれていないか注意しなくてはいけないことを鑑みると、思う。

 

(ぶっちゃけ、これって俺一人の方が話は早かったよね?)

 

 手分けして探せると言う二人居る利点は、俺の側に侍るというトロワの誓いによって潰れ。透明になっているが故に、お互いを認識せずぶつかるという危険性だけが残った。一応、手を繋げばぶつかる危険だけは減少させられるものの。

 

(どう かんがえて も しっぱいです。ありがとうございました)

 

 もう、背負っていった方が早い気すらしてしまって頭が痛い。

 

(足手まといだって悟ったら自分を責めるだろうし……うん、気づかせないようにしないと)

 

 さっさと目的の地下室を見つけ、回収してしまおう。

 

「とりあえず次の部屋を見てみるであーるが、そろそろ呪文が切れる頃であーる。そこで質問であーる。このまま呪文をかけ直すのと、見つかりそうになった時、人の目があるところを通らざるを得ない時だけ呪文に頼るののどっちが良いであーる?」

 

 今のところ遭遇したエジンベア人はまだ五人以下。そのうち呪文で透明化している必要性があったのは門兵だけだ。

 

(透明になっていなければ、ぶつかることもない)

 

 そして気配の読める俺が居るから潜入中にエジンベア人とばったり鉢合わせるなんて事もない。

 

「ドーサ様、ドーサ様はやはり、かけない方をお望みですか?」

 

「っ」

 

 ただ、この段階で聞いたのはあからさますぎたか。トロワは俺が質問した理由を半ば察したらしい。

 

「姿が見えればハンドサインが使えると言う利点があーる。城ともなれば兵も巡回している筈であーる」

 

 声を出さずにやりとり出来るのは大きいが、何よりも。

 

「ポーズが披露出来るのであーる」

 

 鳩尾の前辺りを横にした左腕で隠しつつその上に右肘を乗せ、自らの顔を掴む披露出来ますのポーズを俺はとる。

 

「ならば、ドーサ様の良いように」

 

「ありがとうであーる」

 

 結果としてトロワの好意に甘え、姿を消さずに向かった次の部屋は武器庫。

 

「ここも違うようであーる」

 

 立てかけてある槍と並ぶ鎧を見てすぐに俺は回れ右をし。

 

「これは……」

 

 覗き込んだ隣の部屋にあったのは地下へと降りる階段だった。地下牢へと続く階段のあった部屋とほぼ同じ構造になっているからか、降りた先がまたあの地下牢なのではと言う錯覚を覚えるが、城の廊下に無限ループなんて防衛機能が備わっているとも思えない。

 

「とりあえず降りてみるのであーる」

 

 降りた先が、目的地ならかわきのつぼ入手が大きく近づく。

 

「さて」

 

 何時までも降りてみるのポーズをしている訳にはいかなかった。右足で一段下りるのポーズと左足で一段下りるのポーズを繰り返し、俺は階段を下りた。

 

「っ、これは……」

 

 見えてくるのは下方を太らせた十字架の様な形に部屋の中を仕切る低い塀と、三つの丸い岩。仕切りの中に水を湛えた場所を三つ持つその地形に覚えたのは、既視感。

 

「ビンゴ、であーる」

 

 それもそのはず、おそらくはここが原作にもあったかわきのつぼのある仕掛け(パズル)部屋。

 

「ドーサ様?」

 

「あそこがかわきのつぼのある部屋なのであーる。部屋にある岩と仕切りの奥に有る色の違う床を見る限り、多分あそこに岩を置けば何かが起こる仕組みだと思われるのであーる」

 

 カンニング、と言う無かれ。こんな何かありますよと全力で叫んでるような部屋があって奥に扉があるなら、パズルを解けば扉が開く事ぐらい誰でも予想出来ると思う。

 

「問題は、水の張られた場所。あそこに岩を落としてしまっては、水の中から持ち上」

 

「あ、あの、ドーサ様。私が凍らせましょうか?」

 

「えっ」

 

 ああ、そういえば あーくまーじ って、こおりけい の ぶれすこうげき が できたんでしたっけ。

 

(なんだろ、この敗北感)

 

 ぐぎぎ、ぱずる とは いったい。

 

「……ふぅ、お待たせしました、ドーサ様。念入りに凍らせておいたので大丈夫だと思います」

 

「そ、それはご苦労様なのであーる」

 

 まさか、この仕掛けの考案者もこんな反則で仕掛けを攻略されるとは欠片も思っていなかったんじゃないだろうか。

 

(まぁ、俺も何だけどね。せっかく用意してきた筆記用具が無駄に終わったなぁ)

 

 岩を押す自分の視線がここではない遠くを見てしまう事を禁じえずも、丸岩を運ぶ作業は続き。最後の岩を動かし終えたのに合わせ、扉が開く。

 

「ドーサ様、扉が開きました」

 

「うむ、我らの勝利であーる」

 

 細かいことは考えない。今はかわきのつぼを手に入れることが出来そうな喜びを噛み締めて、俺はポーズをとった。決して現実逃避ではない。

 

 




原作との差異をものともせず、無事仕掛け部屋を見つけた主人公。

トロワの機転(?)によって仕掛けを動かし、扉は開かれた。

次回、第百七話「おたから」




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第百七話「おたから」

「いざ」

 

 開いた扉の向こうへと踏み込む時が来たが、油断する気はサラサラ無かった。

 

(あれだけ手の込んだ仕掛けだったんだ……)

 

 納められているのが、原作通り目的の品(かわきのつぼ)だけとは思えない。

 

(ほしふるうでわは、そのままだった気もするけど、あっちは入り口こそ解りづらくしてあったけどこんなパズル無かったし……)

 

 何より、ここのところこの手のパターンにはロクでもないおまけがついてきていた。

 

(つぼと一緒にがーたーべるとが仕舞ってあったとしたって、「ああ、やっぱり」と思えてしまうと言うか……)

 

 これまでがこれまでだから、警戒してしまうのだ。罠がないかと。

 

(罠はだいたい気を抜いた直後に牙を剥く)

 

 別段せかいのあくいが差し向けた罠だけの話ではない。

 

(これだけ手の込んだ部屋だもんな)

 

 宝物庫として利用し、収蔵品を増やした上で防犯用の罠が仕掛けられていたって納得はできるのだ。

 

(生き物の気配は無し、当然か。仕掛けで施錠された内側なんだから)

 

 続いて罠の有無を調べてみるが細長い通路には何もなく。

 

「罠はなさそうであーるな」

 

 大丈夫そうであることをポーズによってトロワに訴えると、そのまま通路を奥へと進み。

 

「ドーサ様、あれが」

 

「うむ。これだけ手の込んだ造りなのに宝箱一個とは理解に苦しむであーるが、間違いないのであーる」

 

 辿り着いた先の小部屋にあったのはかわきのつぼが入っているのであろう箱のみ。

 

(何かある、と思わせておいて原作通りでこっちの気力を削ぐトラップが設置されていた、ということかな)

 

 うん、むり が あるのは わかってる。

 

(深く考えすぎたかぁ)

 

 まぁ、こういう事もあるだろう。

 

「では、私が箱を開けてみるから後方の警戒を頼むであーる」

 

 気を取り直し、照れ隠しにトロワへ後ろを向いて貰って箱へと近づく。

 

(鍵のかかってる様子はなし、見たところ罠もなさそう……よし)

 

 ここまで来れば逡巡する理由は皆無。思い切って箱を開け。

 

「え゛」

 

 飛び込んできた肌色に俺は硬直する。

 

(なに、これ?)

 

 思わず問うが、わかる。たぶんかわきのつぼだ。この箱に入っているのは間違いないはずであり、シルエットだけなら攻略本で見たイラストそのものだった。ただ、問題の壺は裸のお姉さんが描かれた紙でくるまれており。

 

(かわきのつぼ と いうか、ひわいのつぼ なんですけど)

 

 解っている、壊れやすいモノを保護するために紙で包むというのは、祖父母の家で仕舞ってあった食器一式が新聞紙にくるまれていたから目的は同じだろうと理解出来る。

 

(けど、なぜ こんなかみ で それ を やったんですか?)

 

 罠がないかと思ったら、最後の最後でこれだよ。

 

(おのれ、せかいのあくい……って、それはそれとして、こんなのトロワに見せられないな。壺は鞄にしまうとして、包んでた紙だけは箱に戻しておくかぁ)

 

 個人的には燃やしてしまいたいところだが、火をつけたことにトロワが気づけば、焼却処分した理由を問われる。やむを得なかった。

 

「待たせたであ-る、壺は手に入れた。さ、階段を上って部屋の入り口まで戻るであーる」

 

 乱暴に剥がした紙を丸めて箱に放り込んだ俺は、トロワの方に向き直り歩き出す。

 

(透明化呪文は部屋の入り口で唱えれば外に出るまで保つ筈)

 

 帰りはいちいち部屋を確認しつつ進まなくても良いのだから。

 

(壺を包んでた紙とか、地下牢に居たシルクハットの人とかのことは、もう忘れよう)

 

 壺さえ手に入れば、用はない。

 

(ここを出たら、イシスに行って……ムール君達無茶してないといいんだけど)

 

 発泡型潰れ生き物(はぐれメタル)との模擬戦は、効果抜群だからこそタチが悪い。

 

(やればやる程強くなれるからなぁ)

 

 しかも野生の同種を戦って倒すのとは違い、逃げられるという形で失敗することがない。

 

(やれば確実に強くなれる……もし、そんな修行法が現実に有ったなら――)

 

 ムール君にしろ、クシナタさん以外のジパング出身なクシナタ隊のお姉さん達にしろ、一度魔物に殺されているという共通点がある。

 

(「二度と同じ目に遭わないためにも」と強さを求める。充分あり得るよな)

 

 俺にも目的がある、仲間が強くなってくれることはもちろん嬉しいが、ムール君も一部分を除けば女性だし、他の面々だって全員女性なのだ。

 

「ドーサ様?」

 

「何でもない……いや、イシスの皆の事が少し気になったのであーる」

 

 訝しそうな顔をしたトロワに頭を振ってから、俺はレムオルの呪文を唱え始め。

 

「レムオル!」

 

「あっ」

 

 呪文の完成と同時にトロワの手を握る。

 

「これではぐれないし、ぶつかる危険性も半減なのであーる」

 

 だから、他意はない。

 

(トロワだって、こうしょっちゅう手を繋いでれば慣れがあるだろうしな。俺だけドキドキしてたらアレだし……あるぇ?)

 

 自分に言い聞かせようとしてふと、疑問がわいた。

 

(何故、ドキドキする?)

 

 エジンベアの兵士に見つかるかも知れないという緊張感からか。

 

(異性と手を繋ぐから……ってのは、ないな)

 

 手を繋ぐどころじゃ無いことをやって来たというか、やらされたことが有るのに今更手を繋いだだけでドキドキするというのは、おかしい。

 

(うーん)

 

 首を捻ってみたが、結局答えは出てこなかった。

 

 




まさか、恋?

次回、第百八話「意外な答え」

あ、風土病ってオチではありませんので、ご安心を。


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第百八話「意外な答え」

「やっぱり、壺を包んでた紙のことをトロワが気づいたんじゃないかって不安か」

 

 結局結論が出たのは、エジンベアを出て変装を解き、船に戻ってからだった。

 

(まぁ、そうだよな。旧トロワの時から下心満載で猛アタックはしてきてたんだし、異性として意識するって言うならとっくに意識してた筈)

 

 きれいなトロワになったのだって、昨日今日ではない。

 

(犯罪行為のために忍び込んでたから、そっちの緊張を勘違いしたってセンもないし)

 

 ただドキドキの原因探ししつつ船まで戻る訳にも行かず、本格的に考え出したのは船に戻ってからではあるものの、ほかに思い当たることが無い以上、少々腑に落ちなくても出した結論が正解なのだろう。

 

「まぁ、それならそれでいっか。あの壺を包んでいた紙がえっちな本のページで、見てしまったから中途半端に影響受けたとかそんな笑えないオチより……は?」

 

 なら、ドキドキの話はこれまでとふいに思いついたよりロクでもない話で笑い飛ばそうとして、俺は固まった。

 

(ちょ、ちょっと まってくださいよ?)

 

 掌から嫌な汗が滲み出てきた。

 

(いや、ない。ありえない。手を繋ぐ、からその先にあるモノを期待してのドキドキだったとか)

 

 そもそも、百歩譲ってあれが忌まわしき書のページだったとしても、性格を矯正する程の力は無いはずだ。

 

(だいたい、性格を変える本は読めばなくなってしまう消耗品だった)

 

 もし、仮にあれが本の一部で俺の精神にまで影響を及ぼしたなら、ページはなくなってしまわないとおかしい。

 

(まさか、ページと言う一部であるため、使ったと見なされずになくならず、それで居て一部とはいえ中身を見たからハンパに効果が現れたとでも?)

 

 なんですか、その しゃれにならない かせつ は。

 

(本の一部だったとしても、壺を包んでいたのはほんの数枚。効果はかなり弱まってるよなぁ)

 

 いや、弱まってるのは間違いない。オリジナルと違わぬ効果なら、ドキドキなんてレベルでは済まないはずなのだから。

 

(短い時間だがオリジナル同様の効果とかだったら、壺を見た時点でアウトだったな。それを考えればまだ運はいいか)

 

 トロワの前でむっつりすけべになった俺。旧だったら既成事実が出来ていて間違いない。

 

(最悪の事態は、避けられたんだ。ただ――)

 

 置いてきてしまったが故にあの「えっちなかみきれ」の効果は不明でもあり。

 

(効果自体は弱まったモノの半永久に効果が続く、なんて事も考えられる訳だ)

 

 もし そうなら、ひとつ やね の した で ぼんきゅっぼん の おんなのこ と ねる おれ としては しんろう が ばいかする というわけで。

 

「これから まってる のは さら に おんなのこたち との ごうりゅう と いうわけですよ。 いやぁ、まいったね」

 

 うん、本当に参った。と言うか、参ったで済む問題じゃない。

 

(なにこれ。凶悪すぎだろ、エジンベアトラップ!)

 

 俺を非紳士にする気か、紳士の国っ。おのれ、せかいのあくい。

 

(拙い、激しく拙い。ムール君が成長してるようなら今度こそモシャスして奥義伝授も良いかなって考えてたけど……)

 

 ムール君にモシャスした自分の下着姿に大興奮とかしてしまったら、俺が終了する。

 

(どうする? 恥を忍んでトロワに打ち明けて何とかして貰うか……)

 

 それとも何処かから性格を変える本を探してきて読み、上書きを試みるか。いや、流石に本を確実に入手出来るアテはないし……それなら性格の変わる装飾品で一時的に取り繕う方がまだ現実的だ。

 

(とは言え、市販されてる性格を変える装飾品って何があったか……そもそもイシスで扱ってるかどうかって問題もあるし)

 

 アッサラームならぼったくり価格で性格の矯正出来る装飾品を売っていることは知っているが、売っているのは、性格をむっつりスケベに変えるネックレス。

 

(うん、状況を悪化させるだけだしな)

 

 寄り道するぐらいなら、まだトロワに打ち明けてすがりついた方がマシだろう。アイテム作成にかけては本当に天才的なのだ。

 

「……トロワに頭が上がらなくなるけど、やむなし、かぁ」

 

 こちらの声も聞こえない様子で針を片手に布地と取っ組み合ってるトロワの横顔を見た俺は嘆息すると作業中のトロワの方へと歩き出し。

 

「あ、マイ・ロード。何か御用でしょうか?」

 

「ああ。下着の方はどうだ?」

 

 流石にある程度近づけば気づいたらしく、布から顔を上げるトロワへ問う。俺としては、流石にいきなり切り出せず、会話するきっかけのつもりだった。

 

「あ、はい。イシスに着くまでにはマイ・ロードの分を含めて二着まではなんとか」

 

「そうか」

 

 ただ、真面目に返してくれたトロワが今も既に俺の依頼で下着を縫っていることに思い至ると、それ以上の言葉が出て来ず。視線は縫いかけの下着を経由して大きな胸へと。

 

(って、胸へとじゃない!)

 

 まさか、とは思ったが、これで確定した。やっぱりあれはえっちな本のページだったのだろう。本の形をしていないから油断したなんてただのいい訳だ。

 

(しかも、きっちりまだ効果が続いてるって証明までしちゃとか。やらかした……)

 

 近年まれに見る失態だと思う。

 

「マイ・ロード?」

 

「い、いや何でもない」

 

 いささか呆然としすぎたらしく、怪訝な目で見てきたトロワへ頭を振ってみせる。

 

(つーか、ここからどうやって切り出せと?)

 

 中身は一般人の俺にとって、ここからトロワに打ち明けて協力を仰ぐというのはハードルが高すぎた。

 




今作最大のピンチか、主人公、むっつりスケベる?

主人公は、果たしてトロワに助けを求められるのか?

次回、第百九話「主人公、煮え切らない」



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第百九話「主人公、煮え切らない」

「はぁ」

 

 思えば、トロワにも頼りっぱなしなのだ。

 

(ムール君の村でのトラップ、浄化装置にムール君の下着。これだけやって貰ってるもんなぁ)

 

 しかも、下着の件は現在進行形で作ってもらっている最中でもある。

 

(これだけやって貰っておいて、俺がしたのって……村で悪霊を引っぺがして倒したぐらいだし)

 

 ポルトガでの食事は後のことを考えればノーカウントとせざるを得ず、従者と主という関係とはいえ、せめて何かお礼をすべきだと思う。

 

(ただ、なぁ……旧トロワならおばちゃんにモシャスで変身して頭を撫でてやるとか喜びそうなことは簡単に思いつくんだけど……)

 

 きれいなトロワは何をすれば喜んでくれるのかが、わからない。

 

(おまけに今の俺にとってトロワって劇物なんだよ)

 

 人目を惹かないようにつけていた袋下着を外したトロワは、既におばちゃん譲りの出るところだけが酷く自己主張する体型に戻っている。

 

(きにするな って いうほう が むりですよ、これ)

 

 話しかけて、視界にあの質量兵器が入ってしまったら目をそらせる自信はなく、だからこそ話しかけ辛かった。

 

(せめてもの救いは今のトロワが旧トロワじゃないこ……あれ? 前にもそんなことかんがえなかったっけ?)

 

 いけない、思考がループしている気がする。

 

(状況を整理しよう。「俺はこれからイシスに行き、他の面々と合流し、ムール君が充分な強さを得ていれば奥義を伝授したい」)

 

 だが、かわきのつぼに巻かれていたえっちな紙の影響を受けたために、奥義の伝授が出来るか怪しく。

 

(「紙の効果が一時的なモノか永久効果なのかもわからず、女性の多いメンバーとの旅に支障をきたすかも知れない」と参ってた訳だ)

 

 だから、状況打破のためにトロワを頼りたかった。

 

(うん、破綻はしてないはず。ただ、再確認して思ったこともある)

 

 トロワを頼るにしても、方法は色々あるのではないかと。

 

(例えば、「下着作り大変そうだな。気分転換に他のモノを作ってみるのはどうだ? 身につけた者の性格を変えるアクセサリーとかな」って、打ち明けはせず問題の一時しのぎを図るとか)

 

 不誠実この上ない方法だが、全部を打ち明けてトロワが実物を見ないとどうにもならないなんて言い出せば、最悪のケースへ発展する恐れがある。

 

(そう、トロワまでこの症状にかかって微せくしーぎゃるるって言う、ね)

 

 下手をすれば旧トロワよりも危険な存在が誕生してしまうかも知れないのだ。だったら、あの紙切れに近寄らせない為にも事実を隠蔽するというのは、間違っていないと思う。

 

(トロワの実力なら性格矯正装飾品の一つや二つ作れてもおかしくはないし)

 

 嘘をつくことには良心の呵責を感じるが、あんなロクでもない罠の犠牲者なんて俺一人で充分なのだ。

 

(だから、問題は……)

 

 トロワのたゆんとした何かだろう。

 

(結論は出たって言うのに……)

 

 そちらを見てしまえば、半自動的に目がセクハラしてしまうのではと思うと用件が切り出せず、ただ時間だけが過ぎて行く。

 

(拙い……イシスまでは船旅じゃないんだ。トロワの裁縫が終わったら――)

 

 ルーラの呪文でイシスへと旅立つ事になるだろう。かわきのつぼは手に入れた。俺が打ち明けていない問題以外、出発延期する理由なんてないのだ。

 

(うぐっ)

 

 何ともどかしいことか。本当に歯がゆいと思う、だから。

 

「……トロワ」

 

 まごついた末、気が付くと俺は当人の方を見ず、名を口にしていた。

 

「マイ・ロード? 何か――」

 

 そして、それはしっかりトロワの耳に届いていており。

 

「作業中に、こんなタイミングで言うのもどうかと思ったがな……その」

 

 もはや引き返すことは出来なかった。俺に出来たのは、視線さえ向けられないまま言葉を紡ぎ。

 

「お、俺のために「旦那、いやすかい?」を作っ、なっ?」

 

「えっ」

 

 何とか用件を伝えることだけの筈だったが、ノックと共に扉の向こうから投げられた声にそれまでが潰される。

 

(なにこれ、よりによって なぜ このたいみんぐ で だいさんしゃ が やってきますか)

 

 せかいのあくいか、せかいのあくいの仕業か。

 

「どうやら、いらっしゃるようで。船長から言伝てでさぁ。旦那達がルーラで飛び立ち次第、当船も後を追うそうですぜ」

 

「わ、解った。こちらはトロワの作業が終わったら甲板に出て呪文で飛ぶと伝えてくれ。……はぁ」

 

 最悪の間だったが伝令の船員に罪はない。ドアの向こうへ返事をすると、思わず嘆息する。

 

「まっ、マイ・ロード。あの、さっきのは……」

 

「あ、ああ。すまんな。間が悪かったというか……」

 

 肝心の所で邪魔をされたというか。

 

「下着が出来たらもう一度話をしよう」

 

「は、はい」

 

 すぐさま仕切り直す気力はなく、ただ一旦話を打ち切るのが精一杯であり。

 

(流石に下着はもう良いからなんて言えないしなぁ)

 

 先延ばしにして状況が良くなる事なんてまず無いとは思う。

 

(いちおう、こうして時間が経過する内にあの紙切れの効果が切れるって可能性もゼロじゃない、ゼロじゃないけど)

 

 ただただそれを信じ、時が解決してくれると思えるほど楽観的にもなれなかったのだ。

 

 




紙切れの効果に苛まれつつも、主人公は言う。

「俺の為に毎日飯を作ってくれ」

 あれ? 間違えたかな?

次回、第百十話「結局」


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第百十話「結局」

「マイ・ロード?」

 

 顔を覗き込んでくるトロワへ何でもないと首を振り、部屋を出る。

 

(ふふ、ふふふ……)

 

 トロワが下着を完成させ、俺に声をかけようとした直後だった、あの船員がまた現れたのは。

 

(扉の前で下着が出来上がるのを待ってたとか……まぁ、こっちの出発をすぐに船長に伝えようと考えたなら、部屋の外で待ってるってのは間違ってないよ?)

 

 俺もトロワの作業が終わったら甲板に出て呪文で飛ぶと船員に伝言を頼んでしまっている。

 

(あの船員は仕事をしようとしただけで、俺は装飾品を作ってくれと切り出す機会を失った)

 

 既にここにいない船員は俺達が出発すると船長へ伝えに行ってしまった。そして、いくらトロワに物作りの才能があるとは言え、ルーラの呪文で飛行中に装飾品を作ってくれとか無茶も良いところだ。

 

(残されたのは何処かに寄り道するって選択肢だけど、確実に時間をロスする上、まだトロワには装飾品を作ってくれとちゃんと伝えてすら居ない)

 

 第一、イシスにいるカナメさん達だってこちらの状況は知らない。

 

(心配させちゃうよなぁ、無断で到着が遅れでもしたら)

 

 それならまだルーラで空を飛んでいる内にトロワへ打ち明け、二人でどうするか考えた方がマシだ。出発した後ならいくらトロワでもあの紙切れと接触しようがないし、船員に遮られた話についてだって説明出来る。

 

(それと、イシスに着いたらトロワに何かプレゼントでも買わないとな。自分のことに手一杯になってるけど、世話になりっぱなしのトロワに何らかの形でお礼はしないとって考えてはいたし)

 

 ただ、贈るとしても何を買うべきか。

 

「やはり、指輪か」

 

「えっ」

 

 女性というと宝飾品というのは安易な発想が過ぎるかも知れないが、布製品は冒険で傷んでしまう気がするし、武器防具の様な実用的な品を買うのには置いてる装備が弱いという意味でイシスは向いていない。

 

(イヤリングは覆面してると隠れて見えないし、そもそもトロワの耳は人前にだせないから駄目で、ネックレスなんかもいつものローブだと隠れて見えないもんな)

 

 なら、覆面ローブ姿でも露出する手か手首につけるものに限られてくる。

 

(ブレスレットでもいいんだけど腕輪系は複数ジャラジャラつけられないし)

 

 その点指輪なら二つでも三つでも付けられる。

 

(問題があるとすれば、トロワの指のサイズを知らないことだけど)

 

 サイズの合わないモノを買ってしまっては拙い。

 

(うーん、となるとトロワを連れて買い物ってことになるかな……当人連れてくのが手っ取り早いし、そもそも何処に行くにもトロワはついてくるだろうし)

 

 スミレさんに見つかりでもしない限りは、大丈夫だと思う。見つかった場合、ネタにされてからかわれることは必至だが。

 

(そう、だよな……一番気をつけなきゃいけないのは、あの人(スミレさん)だ)

 

 もうこのままイシスにまで行くことはほぼ確定だ。なら、トロワへのお礼も俺が普通じゃなくなってることもあの人にだけは知られちゃいけない。

 

(考えよう、あの人に以上を悟られない様にする為の方策を)

 

 これは別に現実逃避とかじゃない。ここまで来てしまった以上、避けられない問題を事前予測して対策を練っておくと言うだけのことなのだ。

 

「まず、イシスへの到着からか……」

 

 ルーラで飛んで行く事は伝えてあった気がするし、普通に考えれば、カナメさん達も俺とトロワはルーラの呪文で飛んでくると思っているはず。

 

(だったら、シャルロットじゃないけど城下町の入り口で空を見てスタンバイしてる人が一人ぐらい居ても不思議はな……いや、入り口で待っては居なくても北の空を見上げている誰かに発見されると言うことは充分考えられるな)

 

 なら、いっそのことレムオルを使うかとも思った。

 

(いや、透明の状態での着地は危険が伴うし、効果時間を逆算するのも難しい。それぐらいだったら変装した方がマシだけど……)

 

 飛行中の変装は難易度が高く、出発は甲板でと言うことになるので予め変装しておくという手も使えない。とりあえず、ドーサの出番は無いと見て良いだろう。

 

「到着自体は隠しようがない、か。しかし、まるでこっそりデートする計画でも――」

 

 練っているようだと思いかけて慌てて頭を振る。

 

(はぁ……そう誤解されるのを避けるために何とかこっそり買い物出来ないかって考えてるのに、本末転倒だよな)

 

 紙切れの影響か追いつめられておかしくなってるのか。

 

「と、そろそろ甲板か。トロワ、準備は良いか?」

 

「えっ、あ、ふぁいっ」

 

「ん? ……っ」

 

 後ろを見ずに問うと跳ね上がったような声が返ってきて思わず振り返りそうになる。危ういところだった。

 

「考え事でもしていたか? 甲板出でればすぐ出発だ。忘れ物のない様にな」

 

 どの口でそんなことを言うのかとは我ながら思うが、致し方ない。ここまで来てしまったら、さっさと旅立つべきだ。

 

(イシスなら交易網も出来てるからそっちのツテで性格矯正本を探して貰う手だって有る。今は当場をしのぐことを第一に考えないと)

 

 そして、空に舞い上がれば、俺は二択を強いられる。

 

(結局、船では伝えられなかったけど……)

 

 空高く舞い上がってしまえば、声は一緒に飛ぶトロワ以外には届かない。決断の時が迫っていた。

 

 




グデグデの流れ、打ち壊せるか?

次回、第百十一話「イシスへの空に」



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第百十一話「イシスへの空に」

「もう、船があんなに小さく……」

 

 トロワがポツリと漏らした理由はわかる。

 

(気になってるんだろうな、俺が言いかけて有耶無耶になった一件が)

 

 だが、従者の身で主に直接聞くのはおこがましいと、全然関係ない独り言を口にしたのだろう。

 

(いや、全く関係ないとも言えないか)

 

 船が小さい、つまり距離が開いたのでもう内緒話しても大丈夫ですよ、ともとれる。

 

「そう、だな。流石にこの距離ならあの船員も邪魔はしてこないだろう」

 

 だから、話をするなら丁度良い機会だった。

 

「まず、注意をしておく」

 

 最初に話すことは、ほぼ決まっている。

 

「旅の仲間でクシナタ隊の一員でもあるスミレだが、からかい甲斐のある相手を見つけると、玩具にする悪癖がある。俺も散々からかわれたが、そう言う意味で、これから話すことをスミレにかぎつけられると非情に拙い。よって、他言厳禁と心得ておけ」

 

「え、あの方が? ……わかりました」

 

「すまんな」

 

 全てを話すか、一部を話すか、どちらにしてもスミレさんの事を説明して注意喚起と口止めをしておくのは外せず。

 

(問題はここからだ)

 

 話す順番、どの段階まで打ち明けるか。

 

(無難なところからなら、まずイシスでの行動、かな)

 

 お礼はどのみちしないと行けないし、スミレさんの事に触れた理由にもなる。

 

(続いて、さっき邪魔された会話のこと)

 

 作って欲しいと言う部分は聞かれていると思うので、何を作って欲しいのかは話さないと不自然だ。

 

(理由まで言及するかも話す時には決めないと行けないけど、嘘をついてお茶を濁すことだって出来る。逆に言うとここで何を話すかがほぼ全てを決めるよな)

 

 今のトロワなら俺が紙切れの影響下にあることを知っても変なことはしてこないとは思う。

 

(むしろ警戒すべきはスミレさんと今は別行動であるものの、俺にきんのネックレスを装備させようとしたクシナタ隊のお姉さん辺りの筈)

 

 これにせくしーぎゃるった女戦士をくわえた三名が今の俺の天敵となる。

 

(おろちもマリクとくっつかなかったらやばかったけど……って、そうじゃなくて、この内スミレさんとはイシスに着けば確実に顔を合わせることになる訳だから)

 

 協力者が居てくれた方が、逃れやすくはある。

 

(ただ、これもその協力者が腹芸を出来るって条件が付いてくるんだけどさ)

 

 顔にすぐ出る者では、聡いスミレさんの獲物になるのが関の山だ。

 

(その場合、敵を欺くにはまず味方からって嘘を吹き込んでおく手も……)

 

 色々考え、自分に問う。

 

「トロワはすぐ顔に出すか?」

 

 たぶん、内容による。

 

(きれいになったから下ネタとかえっちなことは駄目だろうけど、元々バラモス軍の軍師だし、腹芸の一つも出来なければ務まるような役職じゃない)

 

 ただ、この辺りはもうスミレさんも把握している気がするのだ。

 

(違和感を感じれば、確実に弱点を突いて探りを入れてくる。間違いない)

 

 相手は、腐っても賢者。その賢さを無駄過ぎる場所にフル活用して人を弄る具現化した悪夢なのだから、その程度のこと確実にやる。

 

「では、トロワには嘘をついて攪乱するか?」

 

 これは止めた方が良い。

 

(俺の思考パターンもある程度は把握されてると見ていい。下手に小細工すれば逆に利用されるだろうしなぁ)

 

 極端な事を言えば天才軍師に謀略戦を挑むレベルの無謀だと思う。

 

(となると、全く話さないか、話した上で装飾品を作ってもらい不自然さを消すかの二択、か)

 

 前者の場合、まずトロワが訝しまない嘘を考える必要があり、後者の場合は致命的な欠点が存在する。

 

(うっかりトロワが何処かで飲酒してしまうと、「紙切れの影響で俺が微むっつりになっていることを知ってる旧トロワ」って最悪の天敵が誕生してしまう訳で)

 

 出会ってしまえば既成事実待ったなし、だろう。

 

(一応、トロワはルーラの呪文とかは使えないと思うし、トロワと出会う前にしか訪れた事のない場所へとルーラすれば逃げ切れる可能性もあるとは思う)

 

 ただし、ルーラの呪文で逃げられるのは、空が望める屋外だけだ。

 

(まぁ、洞窟とかなら脱出呪文のリレミトでも逃げられるかな……いや、変態でも天才なトロワの事だ。命綱とか結びつけてついてくるぐらいのことはしても不思議じゃないような……)

 

 何故だろう、考えれば考える程トロワに打ち明けるのは拙いような気がしてくる。

 

(いや、だけど打ち明けなかったとしたら、嘘の完成度によっては違和感が残るかもしれない)

 

 そして生じたモヤモヤをを抱くトロワがスミレさんに見つかり、最終的に全てをスミレさんに知られる。有りそうで笑えない展開だ。

 

(うぐぐ、何という二択)

 

 どちら でも ぜつぼう の みらい が みえてしまった ばあい、おれ は どちら を えらべばいいのだ。

 

(けど、何時までも迷っている訳にはいかないし……)

 

 時間は有限。こうしている間にも俺達の身体は、イシスへと近づいているのだ。

 

(っ)

 

 だから、俺は覚悟を決めた。

 

「トロワ、聞いてくれ。あの時、遮られて言えなかった事なんだが――」

 

 そう、己が手で選択したんだ。

 

 




主人公、決断する。

次回、第百十二話「己が手で選んだあした」



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第百十二話「己が手で選んだあした」

「『性格を変える装飾品を作って欲しい』と頼むつもりだった」

 

 口にしたのは、嘘ではなく真実。

 

「装飾品、ですか?」

 

「ああ、かわきのつぼを取り出した時、壺をくるんでいた保護用の紙が性格を矯正する本の一部だったらしくてな。幸い、影響を受けたのは俺だけで済んだようだが……」

 

「えっ」

 

 俺の告白で驚きの声を上げたと言うことは、打ち明けるまでトロワは気づいていなかったのだろう。

 

(けどなぁ、四六時中一緒にいる今の状況じゃ、俺は必ず何処かでボロを出す)

 

 それぐらいなら正直に打ち明けておいた方がマシと言うのが考え抜いた末に出した結論だった。

 

「本のページだったからこそ、性格を完全に変えるには至らなかったが、未だ影響は残っている。一時的な効果か永続的な効果かもわからん。一時的なモノだったとしても現状を鑑みるにイシスに着いても効果は残っているだろう。だが、俺としてはその状況は好ましくない。知り合いの様子が変なら、普通心配する。俺としてはお前にも黙っているべきか迷ったが、常に一緒にいる相手へ異変を隠し通せる程役者だとは思っていないのでな。ついでに言うなら、先程話題にしたスミレのこともある」

 

「……マイ・ロード、大丈夫なのですか?」

 

「ああ。若干性格が変化してる程度の異変、ではあるからな。装飾品を付けて上書きしてしまえばどうと言うこともあるまい。ただ、その手の品をイシスでは扱っていた覚えがない」

 

 だから、作って欲しいと頼んだのだと俺は言葉を続け。

 

「で、ですが、指輪がどうとか、仰っていませんでしたか?」

 

「ん?」

 

 何故か食い下がってくるトロワの言葉に首を傾げる。

 

(指輪? 性格を変える指輪なんて……結構あったな。けど、そんな話何処かでしたっけ?)

 

 記憶をひっくり返してみても、心当たりはない。

 

(指輪、指輪……ゆび、あれ? ひょっとして性格矯正は関係ない?)

 

 ただし、ただの指輪であれば思い切り覚えはあり。

 

(トロワへのお礼? けど、声に出しては……いなかったら、トロワもこんな風に言わないよね?)

 

 ひょっとして、あれだろうか。

 

(思考の一部が声に出ちゃってた、とか?)

 

 手の中に嫌な汗が滲み始めた、拙い。

 

(え、えっと……思い出せ、何を考えた? そして、口から出た恐れがあるのは……)

 

 指輪についてはトロワが尋ねてきてるのだから、まず口にしたと思っていい。

 

(えっちな紙切れのせいで性格が変わったことと装飾品を作って欲しいって言ったことは、驚いてたから多分口にしてなかった筈)

 

 トロワ自身のリアクションから、無いセンは消して行く。そう、消去法だ。

 

(残ったのは、イシスでトロワに何かお礼に贈るものを買……あ)

 

 そこまで絞り込んで、ふと思い出した。

 

「到着自体は隠しようがない、か。しかし、まるでこっそりデートする計画でも――」

 

 聞かれてたら、とんでもないことになりそうな思考の一端を。

 

(うーん、つまり、なにですか? とろわ は あれ を きいていて、そうしょくひん を つくってくれって はなし も かんじん の ぶぶん を かっとされたから……とんでもない ごかい を していたと?)

 

 あの時遮られたのは、真ん中の部分、目的語だけ。

 

(デート云々まで聞かれてたとしたら、「俺のためにデートの時間を作っってくれ」ってとこかな)

 

 うん。

 

(あなうめしてみたら、しゅっぱつまえ とろわ の ようす が へんだったりゆう が よくわかりますよ)

 

 なんだ これ。どうして、こうなった。

 

(よ、よ、よし、落ち着こう。まずはトロワの誤解を解かなきゃ)

 

 自分で選び取った未来はいきなりの自爆でしたとかいきなりこっちの出足をくじいてくれるが、こんなところじゃ終われない。

 

「指輪か。ここのところお前に世話になりっぱなしだったからな。あれは、感謝の気持ちを形に出来たらと思って何が良いかを考えている際につい口をついて出てしまったものだ。もっとも、指輪にするにしてもお前の指のサイズを知らん。そして、どうせついてくるのだから直接宝石屋に行って買えば良いか考えたところで、その買い物がお忍びでデートしているように見られる可能性に思い至った。まぁ、それだけだ」

 

 なんて感じで言い聞かせれば、誤解だって解けるだろう。

 

(大丈夫、落ち着いて、トロワの方は極力見ないようにすれば、胸とか胸とか胸とかに気が逸れたりすることも……うん、信じよう自分を)

 

 ここが勝負の時でもある。

 

「トロワ……どうやら、要らん誤解をさせてしまったようだな。すまん」

 

 まずは謝罪し、前置きをしてから一呼吸置き、本題に入る。

 

「指輪のことだったな?」

 

「は、はい」

 

「ここのところお前には世話になりっぱなしだったからな」

 

 トロワの相づちが入り、想定とは若干のズレがあるものの、今のところ上手くいっている。

 

(視線を逸らしてるのだって、お礼がしたいって話だから、照れ隠しととってくれるはず)

 

 密着して飛んでる訳でもないので、ボディタッチなんてハプニングもなくて残念。

 

(って、ちょっと待て、残念ってなんだ? いかん、あの紙切れの影響が。落ち着け、落ち着いて邪念を捨てろ)

 

 こんな所で性格に足を引っ張られて失敗とか、あり得ない。

 

「あれは、そうだな……感謝の気持ちいいだ」

 

 俺は内で自分と戦いつつ、言葉を続けた。

 

 




割と早めに勘違いへ気づけた主人公。

傷は浅い、だから負けないで主人公ッ!

このままおかしくなった性格をどうにか出来なきゃ、カナメさん達との再会がとんでもないことになっちゃう。

次回、第百十三話「主人公、死す(社会的に)」

デュエル、スタンバイ!





……とか、勢いで伝説のネタバレ回みたいなサブタイつけそうになりましたが、正しくは↓こちら。

次回、第百十三話「再開の地」





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第百十三話「再開の地へ」

「感謝の気持ちいい」

 

 うん、なにがきもちいいんだろう。

 

(いやいやいや、えーっと、なに、これ?)

 

 何でこんなタイミングで言い間違えますかね、俺。

 

(たった におん で いみふめいじゃないですか、やだー)

 

 どうする、どうフォローする。

 

(「考えていた案にそれぞれ記号を振ると、感謝の気持ちA、感謝の気持ちB、感謝の気持ちCと来て、五番目の案、つまり感謝の気持ちEが指輪をプレゼントするというモノだったと言うことでな」って、駄目だ、何故唐突にこんな説明をし出す……つーか、信じて貰えたとして、「じゃあCはどんな案です?」とか切り替えされたら咄嗟にプランを思いつくか?)

 

 下手な嘘をつくとかえって自分の首を絞める、そんな一例を脳内で見た気がして、最初に浮かんだいい訳を俺は没にし。

 

(そもそも、なんで「気持ちいい」とか口走ったんだろ、あれか、何だかんだで邪念に心を引っ張られた結果とでも言うのか? 確かにトロワの胸は柔らかいし、おばちゃん譲りでかなり大き……はっ)

 

 危ないところだった。

 

(今の口には出てないよな?)

 

 口に出てたら、俺が社会的に終わりかねない。いや、むっつりスケベになりかけてることまで白状すれば、情状酌量の余地ありと思って貰えるかも知れないけれど。

 

(と、ともかく、黙ったままは拙い)

 

 口を開いて声に出さなければ、相手だってわからない。

 

(わからないだけならまだ良い、沈黙が悪い方向に作用することだって有るんだ。何か、変な誤解をされて、それが黙っている間に変な方向へ進んでしまったら――)

 

 取り返しが、つかなくなる。

 

「すまん、言い間違えた」

 

 だから、俺は素直に過ちを認めた。

 

(そして「感謝の気持ちだ」と修正する。間違っても余計なことは考えるな、俺)

 

 直前にやらかしたせいで自分がちょっと信用出来ないが、だとしてもここは俺を信じるしかない。

 

「感謝の気持ちだ」

 

 言い切ったところで、表には出さず、ガッツポーズする。

 

(ここで、「感謝の気持ちだ。べ、別にお前の胸が柔らかくて気持ちよかったのを思い出してムラムラして何て居ないんだからねっ」とか最悪の方向に口走ってた可能性だって皆無じゃないしなぁ)

 

 何でツンデレ風味とかツッコミを入れる以前に、口にしていたらもう取り繕うのは不可能だったと思う。

 

「マイ・ロード、では」

 

「ああ、お前には感謝している」

 

 時折揺れる大きな胸にも。

 

(そう。こうなんて言うか、時々拝みたくなるというか、触っ……って、ちょっと待てぇぇぇぇ!)

 

 何を考えた、俺。

 

(なんだか、ひどくなってる き が するんですけど?)

 

 これでは旧トロワの男バージョンというか、日の当たるところを歩いちゃ行けない変態さんではないか。

 

(そういえば、せくしーぎゃるは何人かみかけたけど、むっつりスケベを目にしたのは、ただ二人。ムール君の村できんのネックレスを着けてしまったオッサンとアッサラームで効果を知らずに付けてたパフパフのおっさんくらいだったけど……現物は、こんなにやばい性格だったのか)

 

 これは拙い、きんのネックレスもあの忌まわしいがーたーべると共々流通を完全に止めてしまわないと恐ろしいことになる。

 

(しかし、自分がその立場に置かれて初めてわかることってあるんだなぁ)

 

 シャルロットや魔法使いのお姉さんがせくしーぎゃるった後、打ちひしがれていた理由がよくわかるというか。

 

(あの女戦士にも性格矯正本を探し出して持っていかないと……もちろん俺の方を先に直してからだけどさ)

 

 せくしーぎゃるにむっつりのまま対面とか、考えたくもない。

 

(と言うか、考えちゃ駄目だ。今の自分だとお子様は見ちゃ駄目劇場が延々と繰り広げられかねない)

 

 そもそも、話は終わっていないのだ。

 

「感謝しているとは言っても、世話になりっぱなしの上にまた一つ頼み事をするのだからな、説得力なんて皆無かもしれんが」

 

「マイ・ロード、そんなことありません! お話はわかりました、性格を変えるアイテムは作ったことが有りませんが、やってみます! 必ず完成させて見せますから……その、ご安心下さい」

 

「……すまんな」

 

 トロワは良い子だと思う。旧トロワだったことが不思議なくらいに。

 

(だったら、俺だってその主人に相応しくあらないと)

 

 トロワを信じ、献身に報いる。

 

(この異常だってトロワがアイテムを作ってくれるまでの辛抱だ。だから、勝負はこれから)

 

 やがて前方に広がる砂漠が見えてきて、高度は下がり、俺達はカナメさん達の居るイシスへと辿り着くだろう。

 

(カナメさんやスミレさん、ムール君達に性格の事を隠し通す。永久にって訳じゃないんだ)

 

 それぐらい、やってのけてみせる。

 

(とは言え、接触時間が長いと隠せる気がしない。接触を最小限にする理由からまず考えないとなぁ)

 

 幸いにも時間はまだ十分ある。再開の地となるべくイシスは視力に優れたこの目でもまだ見えないのだ。

 

「あの、マイ・ロード……装飾品を作ると言うことですので、イシスについたらマイ・ロードのお身体のサイズを測らせていただいてもよろしいですか?」

 

 で、じかん が ある と おもったやさき に これ ですか。

 

「あ、ああ」

 

 味方の善意によってしゅつげんした大きな関門。だが、俺にはこの提案について頷くことしか出来なかった。

 

 




スタイルの良いお姉さんが身体のあちこちのサイズを測ってくれるだと?!

大丈夫なのか、主人公?

次回、第百十四話「再開は戦い」



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第百十四話「再会は戦い」

 

「そろそろだ」

 

 言外に着地へ備えるよう警告しつつ、俺は眼下で大きくなって行く城下町を見ていた。

 

(おそらく、見られている筈)

 

 もっとも、いくら視力が良いとは言え高度を落として着地するまでの間に城下町の中から空を見上げた特定の人物を捜す事なんて無理なのだが。

 

(それでもなぁ。慢心と油断は出来ない。状況が状況だし)

 

 最悪のケースを想定して、指針は決めておいた。最悪のケース、それ即ち俺がいつもの俺じゃないとばれることなので、紙切れの影響を受けなかった場合とったであろう行動をほぼなぞる形で動く事になると思う。

 

(幸か不幸かこの国で俺はシャルロット程ではないが、英雄として認識されている。騒ぎになるのを避けるため、変装したところを見つかったとしても言い訳は立つ)

 

 だから、降りたってまず向かうのは宿屋。

 

「宿屋で変装を終えたら、闘技場へ向かい……カナメ達と合流する、ここまではいいな?」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「なら、いい。ゆくぞ」

 

 危なげなく着地し、姿は見ずに確認すれば、トロワの声に少しだけ口元を綻ばせ、歩き出す。

 

(どう考えても、ここでカナメさん達と再会しないのは不自然だもんなぁ)

 

 自分から危険に飛び込んで行く形だが、やむを得ない。

 

(接触を最小限にするのだって、俺には修行が必要ないこととトロワにムール君の下着を作ってもらっているからって理由がある。理論武装で納得させられれば、時間は稼げるだろうから)

 

 カナメさんやスミレさんが感づく前にそうして稼いだ時間を使ってトロワが性格矯正アイテムを完成させてくれれば、俺達の勝ちだ。

 

(下着を作るトロワは、俺の側に侍るという制約があり、俺とトロワは一緒にいる必要がある。そして、作業をするなら静かな環境の方が適しているからという理由で、引きこもってしまえば――)

 

 俺の敵は紙切れの影響のみ。

 

(女の子と同じ部屋に二人っきりって状況はあの紙の影響を鑑みると若干危険な気もするけど、きれいなトロワだったらあちらから間違いを起こすことは無いだろうし)

 

 後は防音効果の高い部屋を取れば、いつかの様にお隣さんの物音で煩わされると言うこともなくなる。

 

(ん? 待てよ、トロワみたいな女性泊まる部屋を「防音性の高い部屋で」何てリクエストしたら要らぬ誤解を招くんじゃ?)

 

 とりあえずチェックアウト時にあの有名な台詞を言われるのは間違いない

 

「さくばん は おたのしみ でしたね」

 

 と。

 

(そして、そのシーンをスミレさん辺りに見られて拡散、社会的に死亡……)

 

 こういうとき、こうけい が しゅんじ に うかんできてしまう のは なぜ なんだろうか。

 

(おのれ、せかいのあくい! ……じゃなくて、考えないと)

 

 例えば、いかにも何か作業しますよと言った感じの荷物を持ってチェックインすればどうだろうか。

 

「少々作業をしたいのでな、隣室の音が気にならないような防音の効いた部屋が良いのだが」

 

「作業するのに防音、ですか。あー、はいはい。わかりました。いやぁ、若いって良いですな。では思う存分『作業』して頂ける部屋をご用意致しましょう。ええと、これだ。このお部屋なら、ちょっとやそっと声を上げても外には漏れません。充分お楽しみ、いえ、満足して頂けると思いますよ」

 

 って、のうない で そうぞうした やどのしゅじん の うけこたえ が あきらかなごかい を されてるかた の はんのう なんですが。

 

(これ絶対作業だと思ってないパターンだよね? 作業であげる声って何?!)

 

 拙いことになった、紙切れの影響はもう思考にまで及んでるらしい。

 

(何だよ、これ。まだカナメさん達とさえ会ってもいないのに)

 

 自分自身と戦い始めちゃってるんですけど、どうすれば良いですか。

 

「マイ・ロード、どうされました? もしや――」

 

「いや、何でもない。それより、まず宿を取ろう。……そうだな、チェックインは頼めるか? お前の作業する部屋にもなるだろうからな。俺が注文を付けるより良かろう」

 

 泊まる部屋のリクエストを自分がした場合のシミュレートをしたらロクでもないやりとりしか浮かんでこなかったなんて事はとても話せない。もっともらしい理由を付けて、人任せにすることとし。

 

「で、だ……何故隠れる?」

 

「んー、なんとなく?」

 

 感じた気配の方に俺が声を投げれば、建物の影からひょっこりと顔を出したのは、スミレさんと言う名の天敵だった。

 

(うわぁい)

 

 わかっていた、盗賊としての気配察知能力があるからこそ居ることはすぐ気が付いた。気配なんて感じなかったことにしてスルーしようかとも思った、だが。

 

(トロワには盗賊の心得なんてないからなぁ)

 

 ここで捨て置けば、誰も居ないと思ってポロリと聞かれたくないことを零してしまうかもしれず。

 

(仕方なかったんだ、これは……)

 

 そもそも、最初に再会したのがよりによってスミレさんとか、誰かの嫌がらせじゃありませんかね、これ。

 

(運の悪さを嘆くべきか、誰かの作為を疑うべきか……)

 

 後者なら犯人はせかいのあくいだろう。

 

「ただ、あたしちゃんがここにいるのは、降りてくるスー様達を見かけたからだけどね。スー様のことだから、みんなに会いに行くか、宿の確保かどっちかだろうとは思ってた」

 

「あっさり行動パターンを読まれるとは、俺も未熟だな」

 

「ま、それはそれとして……宿を取るなら一緒の方が良くないかとあたしちゃんは提案してみる」

 

 自重する中、俺の耳がとらえたのは、理にかなっているからこそ反論はし辛い意見であり、こちらからするとロクでもなさすぎる提案だった。

 

 




せかいのあくい「社会的に、死ぬがよい」

完全に殺りにきてるか、世界の悪意。

次回、第百五話「宿」



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第百五話「宿」

「トロワ」

 

 断りようもなく、案内されるまま連れてこられた俺は同行者の名を呼んだ。

 

「はい、マイ・ロード」

 

「あ、あたしちゃんもついてく」

 

 スミレさんと遭遇する直前にやりとりをかわしたからこそ、それ以上の言葉は不要だったのだ。

 

「さて、泊まる場所は確保出来たとして……次はカナメ達に会いにゆかねばな」

 

 出来ればトロワが宿の部屋を取っている間にスミレさんから修行の進展具合について聞きたかった所だが、当のスミレさんは俺がトロワに何を頼んだか瞬時に察したらしく、トロワを追いかけて宿のカウンターへと向かったところだった。

 

(ま、チェックインの手続きが終わった後、格闘場までの道すがらに聞けば良いだけのことかぁ)

 

 真面目な話をして後どれだけメンバーが強くなれば危なげなく神竜撃破が可能かを思案していれば変なことを考える余地なんて無いだろう。

 

(とりあえず、カナメさんもスミレさんもムール君も修行はしてるだろうし、神竜と戦うとして一番戦闘能力的に不安なのは……考える余地もないよな)

 

 他のメンバーがイシスで修行をする中、唯一俺にくっついてきた女性にして従者であるトロワ。

 

(魔物としてはラスボスの居城に配置されてるからそれなりに強い部類に入る筈なんだけどさ、うん)

 

 神竜は原作でそのラスボスを倒した者達が挑む相手なのだ。強さが据え置きなら瞬殺される未来しか見えない。

 

(出来ればここで鍛えて転職させておくべき……それはわかってる、わかってるものの)

 

 トロワには今頼み事をしてしまっている。

 

(しかも、得たい効果のおおよそだけ告げてお任せしちゃった形だから完成予定なんて不明なんですよね)

 

 ついでに言うなら、アイテム作成について素人の俺では作業を横から眺めていられる立ち位置にあろうと、後どれぐらいで出来上がるか何て目測もほぼ立てられないと思う。

 

(せめて使いっ走りぐらいはしたいけど、トロワに俺の側に居るって縛りがあるから、それも叶わない)

 

 材料を買いに宿を出れば、作業の手を止めてトロワもついてきてしまうであろうから。

 

(それが一度だけなら、トロワへの感謝の品を買うついでに色々買えば良いとも少し前の俺なら思えたんだろうけどなぁ)

 

 転職し、戦力の一人として数えられるよう育って貰うには時間もあまり無駄に出来ない。

 

(シャルロット達の方はクシナタさんパーティーってもう一組の勇者一行が居るんだ、原作とは比較にならないペースで攻略が進んでいても、俺は驚かない)

 

 実際どの辺りまで進んでるかは、このイシス滞在後、アリアハンにて直接顔を合わせる時当人から教えて貰えるかも知れないが。

 

(まぁ、当然ながらこんな状況でシャルロットに会うのは危険すぎる)

 

 シャルロットにせよ、元バニーさんにせよ、無茶苦茶無防備なのだ。

 

(抱きついてこられたら、耐えられるかどうか……)

 

 良くない方に身体が反応してしまえば、俺が社会的な終了を向かえる。

 

(俺の評判は、弟子であるシャルロットにとっても無関係じゃない。そもそも、俺の油断が招いた一件でシャルロットに肩身の狭い思いをさせるなんて――)

 

 許されよう筈もない。

 

(シャルロット……)

 

 空を見上げれば、そこには際どい水着姿のシャルロットが挑発的に肢体を見せつけて来る。

 

(って、ちょ、おまっ)

 

 なんでそうなる。何でそうなるんだ。

 

(やっぱり、イシスだから……いや、確かにこの国でシャルロットがせくしーぎゃるった事は有った気がしたけどさ)

 

 いくら何でもあんまりではないだろうか。

 

(いや、考えようによってはこれもシャルロットがここで味わった苦悩を今俺が味わっているようなものか)

 

 性格に引っ張られてロクでもなくなった自分、所謂黒歴史を認識してしまったからこそ感じる己への嫌悪と羞恥。シャルロットはがーたーべるとを外してまともに戻ったが故に直視することとなり、俺は性格改変が中途半端だからこそ、まともな部分が最低の自分を認識してのたうち回りたくなる。

 

「お待たせしました、マイ・ロード」

 

「スー様、お待た」

 

「っ、ああ」

 

 戻ってきた二人の声で我に返った俺は応じるなり、通路の方へと視線をやる。

 

「部屋番号は? 貴重品はともかくそうでないモノは置いておいてた方が良いだろうからな。カナメ達のと」

 

「スー様、カナメは今ダーマ」

 

 荷物を置いて、カナメさん達と再会しようと思っていた俺の予定は、スミレさんの言葉で、途中だった言葉の続きと共に砕けた。

 

「転職、か」

 

「そう。賢者になってくるって言ってた。あたしちゃんにも後輩賢者が出来ました、みたいな?」

 

 酷い先輩を持って苦労しそうだな何て言葉は間違っても表に出せなかった。

 

(と言うか、思うのも危険だよな)

 

 スミレさんは時々心を読んでるかと思うぐらい察しが良いし。

 

「あたしちゃんはまだ身につけられそうな呪文があるからこのまま」

 

「ムールは?」

 

「スー様から奥義を伝授して貰うまでは盗賊で居るつもり風味?」

 

「……そうか」

 

 となると、ダーマに居ないのはカナメさんと、覚える呪文が多い魔法使いと僧侶及び賢者以外のメンバーが他に数名と言ったところだろう。

 

「それでも他の者が居るなら予定は変わらん。トロワ、部屋番号は?」

 

「は、はい。Bの07――」

 

 トロワから部屋番号を聞き出した俺は荷物を持ったまま、手配された部屋に向かうのだった。

 




むっつりしたことで、主人公は弟子が苛まれた過去の苦悩を再認識する。

次回、第百六話「予定通りに」


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第百六話「予定通りに」

「これで戻ってくれば作業を始められるな」

 

 部屋に入り、貴重品を除いた荷物をクローゼットへと押し込んで口にしたのは、スミレさんに聞かせるためのものでもある。

 

(これで、伏線は仕込めた)

 

 ムール君達と出会っていくらか言葉を交わし、すぐさま退散するとしても今の一言が立ち去る理由に説得力を持たせてくれるはずだ。

 

「行くぞ」

 

「はい」

 

「了解~」

 

 短く答えたトロワとほぼ同時に間延びしたスミレさんの声を聞き、ドアノブを回した俺はあてがわれた客室から外に出る。

 

「トロワ、施錠は頼む。鍵は持ってるな?」

 

「ええ、お任せ下さい」

 

「へー、鍵を持ってるのスー様じゃないんだ」

 

「まぁ、非常時限定だが、鍵がかかっていても俺は開けられるしな。そう言う意味ではスミレ、お前も同じだろう?」

 

「そっか」

 

 初期クシナタ隊の面々はクシナタさんを除き、俺が呪文で蘇生させている。だからこそ、アバカムの呪文を会得してるのは今更言うまでもなく、だからこそ嘆息しつつ指摘すればスミレさんもすぐさま理解したらしい。

 

「予想はついてたけど」

 

「待て、なら何故聞いた?」

 

「……なんとなく? もしくは趣味」

 

「……ほほう」

 

 今更な気もするが、やっぱりスミレさんは悪質だと思う。

 

(ジト目を向けたくなるところだけど今は、なぁ)

 

 非難の視線が別の視線に化けそうだったから、わざとらしい嘆息を一つ残して廊下を宿の玄関へと進む。

 

「さてと、トロワ……すぐ出ることは宿の主人に告げてあるか?」

 

 トロワなら手抜かりはない気もするが、一応確認を入れ。

 

「はい、マイ・ロード」

 

「そうか。なら、このまま行く」

 

 胸中で胸をなで下ろしつつ、カウンターの前を通り過ぎる。

 

(ふぅ、良かった良かった。ここで俺が手続きをしてその間に二人が先行するケースになったらどうなっていたことか……)

 

 後ろ姿が見える位置とか、この状況では嫌な予感しかしない。スミレさんはともかく、トロワはお尻も大きいのだ。

 

(まず間違いなくガン見しただろうな。自分のことだと思うと嫌になるけどさ、うん)

 

 本当にあの紙切れの影響とはさっさとおさらばしたいと切に思う。

 

(宿屋の固まってる場所から地下闘技場まではそんなに離れていなかったよな)

 

 安全上は疑問視したくなる位置だが、観光客への娯楽の一つと考えるのであれば、この位置関係だって頷けるものではある。

 

「はぁ、今日はついてねぇなぁ。母ちゃんになんて言おう」

 

 明らかにイシス人ではない肩を落とした男がトボトボと宿屋の方へ向かう姿とすれ違えば尚のこと。

 

(ギャンブル、かぁ……勝ってもモンスター格闘場で手にはいるのはお金だもんな)

 

 交易網作成に力を貸したことで報酬を得ている俺にとってギャンブルで一攫千金というモノにはなんの魅力も感じない。

 

(まぁ、レアアイテムが手に入ったり、場所によっては他所では売ってない高性能な武器防具が売られてたりするすごろくなんかは別なんだけどね)

 

 とりあえず、マイラにあるすごろく場で売られている品は何らかの手段で手に入れたいところではある。

 

(と言うか、そもそもゲームではすごろくに参加するしかなかった訳だけど、運営側に裏口から交渉することでアイテムを譲って貰う事って出来ないかなぁ?)

 

 厳しいとは思う。すごろく場で遊ばないと利用出来ないお店というのはある意味それ自体がすごろく場の売りの一つになってる可能性だってあるのだから。

 

(ただ、「元バニーさんのおじさま達が作り出したチート水着みたいな品をお店の商品として納入するから」みたいな条件を提示したなら、ワンチャンスぐらいはあると信じたい……けど)

 

 それが無理なら、あのシャルロットへがーたーべるとを渡すなんて真似をしくさった許せないメダルマニアに相応の報いをくれてやった上で、すごろく遊び放題のパスを頂いてくる必要がある。何せ、シャルロットへあんな水着を着させたのだ、それはもう熱烈にお礼をすべきだろう。

 

(あれは本当に……って、何考えてる、俺!)

 

 シャルロットのがーたーべるとと言う下りで浮かびそうになった余計な光景を俺は振り払い、思考を切り替える。

 

(……ま、どっちにしてもここの滞在が終わればアリアハンに行く予定だし……メダルマニアへの『ご挨拶(おれい)』はその時でいいか)

 

 もちろん、ご挨拶とはしたものの、別にそんな物騒なことをするつもりはない。

 

(ちょっと井戸に潜む魔物を退治するため攻撃呪文をぶちかますとか……うん、ま、それも冗談だけどさ)

 

 覆面マントの変態犯罪者(カンダタ)コースぐらいはしても大丈夫なんじゃないかとは思うのだ。

 

(弟子にあんな……って、だから想像すんな、俺! も、もとい、清らかな正義の心を持った常識人かつ良識の人としてはアリアハンの地下に潜む巨悪に正義の鉄槌を下すことはもはや、義務っ)

 

 別に私情から来るリンチとかそんなモノではないのだ、きっと。

 

(シャルロット、お前も認めてくれるよな、俺の正義を)

 

 脳内でせいぎがべつのかんじにごへんかんされたことはとりあえずスルーするとして。

 




今のところ危なげなく動けている主人公。

果たしてこのまま秘めた異変を隠し通せるのか?

次回、第百七話「会い、そして」


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第百七話「会い、そして」

「しかし、この国の日差しは相変わらずだな」

 

 空を見上げるのは良い。前方にたまたま居た女性を見ずに済むのだから。

 

(何度も使える手じゃないのはわかってるけどさ)

 

 ムールくん達と接触した時、相手の顔も見ずこんな事を言っていたら顰蹙モノだ。だから、使っても問題ないところで利用してみただけであり。

 

「差し入れでも買って行くべきかもしれんな」

 

 使っただけで終わらず、次の手への布石にする。

 

(差し入れがあれば、「差し入れは渡したから俺はこれで」といった風にさっさと退散する理由付けにもなるしなぁ)

 

 差し入れされた方も気を遣って貰った嬉しさを感じ、俺も危機を回避出来るとなれば、まさに両者が共に得をするWinWinな策なんじゃないだろうか。

 

(しかも、日差しの強さに閉口してるフリの後だから、差し入れを買うことには何も不自然さが無い)

 

 問題は、何処で差し入れを買うかだが、この点についても俺に良い考えがある。

 

「スミレ、この城下町でうまい飲み物を売っている店を知っているか? 無論、持ち帰れるタイプのものでだが。……この暑さだ、水分補給は必須だろう。修行で激しい運動をしてるなら尚のこと、な」

 

 わざわざスミレさんに話を振ることで、表面上は避けていることを悟らせず、同時に思考力を別方向に向けさせる。

 

(何だかんだ言ってもスミレさんだってクシナタ隊の一人、仲間へ気遣う俺の言葉を軽く見ることはないだろうし、更に一押しすれば――)

 

 トドメの一言は既に考えついていた。

 

「むろん、お前の分も買うつもりだ」

 

 格闘場で修行に励んでいる面々だけへの分だけではないと告げ。

 

「ただし、差し入れするモノについてのチョイスを担っては貰うがな? 年も性別も出身も違えば好みも変わる。そう言う意味でも選ぶのはお前の方が適任だろう」

 

 一分の隙もない完璧な誘導だと思った。

 

「流石スー様、太っ腹。じゃあ、お酒も良かったり?」

 

 だが、俺の提案は盛大な墓穴を掘り抜いたらしい。

 

「お、酒?」

 

 嫌な予感がしだした。

 

(ちょっと待て、落ち着け、俺。差し入れって言っても、修行してるクシナタ隊の分とスミレさんの分だけじゃないか)

 

 トロワは全然関係ないんだから、ここで取り乱しては駄目だ。

 

(大丈夫、大丈夫。別にトロワは飲まないし、せいぜいお店で酒精の臭いを嗅ぐレベルだから、酔っぱらって旧トロワ化したトロワが暴走するなんてことは……うん、ありえそうでこわいです、ごめんなさい)

 

 取り乱さないのと楽観視するのは違う。

 

(最悪の事態を防ぐなら、「お酒は駄目」と止めるべきだけど)

 

 この段階でそう言えばスミレさんのモチベーションがガタンと落ちることだろう。

 

「駄目だったり?」

 

「……いや、条件付きでだが、許可をしよう。身体が出来ていない者に酒は禁物と聞いたことがある。とある国においては、十九歳以下の飲酒を禁じている程らしいからな。隊の中でも年少の者へは酒以外を選ぶこと、そして、買い込む量も修行の合間の差し入れであることを鑑みた量とすること、俺からの条件はこの二つだ。酔ったあげく、はぐれメタルとの模擬戦で後れをとるようでは、差し入れの意味がない」

 

 いくらスミレさんとは言え、その辺りの常識ぐらいはわきまえていると思うが念のためだ。

 

(トロワの分は宿に戻ってから適当にノンアルコールな飲み物が無いか宿の人に聞けばいいし)

 

 酒精というのは頭の働きを鈍らせるものなので、解毒呪文で何とかなる可能性もある。

 

(何でもっと早くこの可能性に思い至らなかったのか、とは思うけどね)

 

 もっと早く思いついていればポルトガの一件だって防げたかも知れないというのに。

 

(だけど、今考えなきゃ行けないのはそんな事じゃない――)

 

 条件付きとはいえ、許可は出してしまった、だから、考えるべきは許可を出した結果道するのかだったのだが。

 

「マイ・ロード、重くありませんか?」

 

「大したことはない……が、何だこの量は?」

 

 スミレの案内で一軒の店に立ち寄り、買った樽を背負って俺は問うた。一番大きな樽は一抱えもあり、流石にあの時別れたムールくん達への差し入れとは思えない。

 

「よくぞ聞いてくれました。実は聞かれなかったから言ってなかったことが有りまして……あたしちゃん達、スー様同行組以外のクシナタ隊の子も何人か修行に来ていたのでその分も一緒に購入した結果?」

 

「なっ」

 

 なにそれ、きいていないんですけど。

 

「あと、イシスで修行したアリアハン出身の勇者様から話を聞いたらしい、スー様のお知り合いも何人か修行に来てるので、あたしちゃん達だけの分のみ買うのも後でもめるかなーと思って、気を遣ってみました?」

 

「……気を遣うのはいいが、何故疑問系になる?」

 

 ツッコミを入れられたのは、驚きすぎてかえって冷静になってしまったからだろうか。

 

「ジパング人の美徳である謙遜?」

 

「自分で言って謙遜とはいったい……」

 

 全力でスミレさんがわからなくなりそうだが、そんなことはどうでも良い。

 

(アリアハン出身で、俺の知り合いっていったい誰が――)

 

 何故か、猛烈に嫌な予感がした。知りたいようで知りたくない疑問が頭を回る中。

 

「へぇ、こいつは随分と久しぶりじゃないかい……」

 

 かけられた声に半ば振り返った俺は悲鳴を飲み込んだ。

 

「ここで会ったが年って言う程月日は流れちゃ居ないがね‥…」

 

 声にも、青みがかった紫の髪にも、腕に填めたごうけつの腕輪にも見覚えはあった。

 

(よりによって、この たいみんぐ で、こいつ ですか?)

 

 顔がひきつるのを表情筋を総動員して押しとどめる。視線が胸に行かないよう顔を見るようにした、それでもちらっと見えてしまった。身体へ鎧以外を身につけているのが。

 

「あたいの姿に驚いたってのかい?」

 

 そりゃ驚きもするだろう。あのせくしーぎゃるった女戦士と、いや元女戦士とこんな割と最悪なタイミングで再会したのだから。

 

 

 




せかいのあくい「テコ入れ? じゃあ、懐かしの人再登場とかどうです、作者さん?」

だいたいそんな感じで奴が再登場した模様。

次回、第百八話「今なら言える、逃げ出したいって」




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第百八話「今なら言える、逃げ出したいって」

 

「まぁ、無理もないさね。あたいだって転職は悩んだんだ」

 

 俺の沈黙と動揺をどうとったのか、おそらくは自身の都合が良い方に受け止めたのだろう、もと女戦士は語り始めた。

 

「ただ、アンタの弟子……つまり、勇者から話を聞いたのがきっかけでね。大魔王ゾーマってのが……あのバラモスを部下にしてたとんでもない奴が世界のどっかに居るんだろ?」

 

「なっ」

 

「何で知ってるのかって? 考えりゃわかるだろ? アンタを探してる勇者が話してくれたのさ」

 

 驚き、思わず声を漏らしてしまった俺へと元女戦士は言う、大方の事情は聞いてるよとも。

 

「そんで、姿を消した理由についてもピンと来たんだよ。巨悪を倒す勇者の旅が終わってないってんなら、アンタが勇者一行から行方をくらました理由はただ一つ、勇者の為だろ?」

 

「うっ」

 

「へぇ、その反応からすると正解みたいだね。魔王が居なくなって平和になった後ならともかく、勇者の旅がまだ続くなら勇者に手を出す訳にゃいかない、だから身を退」

 

「ちょっと待て、シャルロットのためと言うところまでは否定せんが、後半はどういう理屈だ?」

 

 そもそもこの人、勇者に手を出さないための人身御供として自身が提供されるって引っかけをやったりとかはしたが、俺がシャルロットに手を出そうとしていたって誤解は解けてたと思うのだが。

 

「ふ、とぼけなくてもいいよ。……いや、アンタがそう言うなら違うって事にしておこうかね。ともあれ、あたいはアンタを見直した。そして、気づいたのさ、以前アンタに作った借り、結局返せたのかってさ」

 

「借り?」

 

 おれ って このひと に なにか してましたっけ。

 

「はぁ、そこもとぼけるのかい? まぁ、いいよ。ともかく、アタイとしてはあんたに協力しなきゃ気が済まない。だけど、レーベの村であっさり組み敷かれた時、勇者の元へ行くため城の地下通路を進んで魔物を一瞬で両断した時、あんたの力の一端は見せて貰った。だからこそ、わかったんだよ。アタイの実力では、些少鍛えたところで助けになるどころか足手まといでしかないという現実が……ってどうかしたかい?」

 

「いや、何でもない。続けてくれ」

 

 ええ、組み敷いたの辺りで色々思い出して何ていませんとも。

 

「じゃ、続けさせて貰うよ……で、ついでに言うなら、戦士のまま強くなったとしても限界が来るって事もわかった。戦士の戦闘能力は得物の強さに左右されるところも大きい。この国へ最初に来た時は市販されてる武器の品揃えに驚いたモンさ。アリアハンの店に並んだ武器や防具とは比べるのも馬鹿らしいほどなんだからね。無論、アタイも故郷を悪くは言いたくない。けど、ま、平和だったって事なんだろうさ。ここと比べてバラモスの根城からは距離がある、悪の親玉の居る場所に近い程強い魔物が居て、強い武器が必要になってくる、当然のことさね。ただ、強い装備を揃えるには金がかかる……つまり、大金を稼ぐアテでもなきゃ、装備を買う金が無いって問題にぶち当たって躓く」

 

「それで、転職しよう……と、決断した訳か」

 

「まぁね。それに呪文なり特殊な技術を会得すりゃ、そっちの方面でアンタの役に立てるだろ? あの女遊び人が賢者になったってのも人づてに聞いてる。どうすればいいかがわかって、強くなる近道がわかれば、迷う必要なんて欠片もない、違うかい?」

 

 腕輪の効果もあるのだろうか、元女戦士は豪快な笑みを浮かべて見せ。

 

「お、おい、あれ……」

 

「ま、まさかはぐれメタル風呂女?」

 

「はぐれメタル風呂女?」

 

「おまっ、知らねぇのかよ、はぐれメタル風呂って苦行を続けすぎてすゲェ顔と格好で何度も運び出されたって有名だぜ?」

 

 いつの間にか出来ていたギャラリーの声がいろんなモノを台無しにしてくれやがった。

 

「お、お前……まさか……」

 

「風呂に腕輪は無粋だろ? いや、良いモンだったよあの風呂。今じゃ毎日通っててねぇ」

 

「……と言う訳だったり」

 

 ここは、当人が言い終えちゃってから付け加えても意味ないよとスミレさんにツッコむべきか、それとも。

 

(毎日って……まさか、このひと、せくしーぎゃる と れべるかんすと を りょうりつしたり なんか しちゃってますか?)

 

 そうだとしたら、おれ は どうすればいいのだろう。

 

(あの苦行を限界までやってのけてるなら、戦力としてはパーフェクトだけど……)

 

 鍛え上げられた身体能力と会得した呪文をフルに使ってせくしーぎゃるって来たら、勝てる気がしない。

 

(つーか、アリアハン王、何こんな危険生物野放しにしてんだ!)

 

 戦闘力的に並ぶモノ殆ど無しの痴女とかお外を歩かせちゃ行けないモノ過ぎると思うのですが、うん。

 

「ま、マイ・ロード……強くなればよりお役に立てるというなら、私」

 

 やめようか、トロワ。その ぼでぃ と はっぽうがたつぶれいきものぶろ の こんぼ は そうぞうだけでも いま の おれ には きけんすぎる。

 

(なに これ、なに このじょうきょう?)

 

 逃げ出したいと思った場面は今まででもいくらかあったが、この時もまたその例に漏れなかった。ああ、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)の様に失敗することなく逃げ出せたらいいのに。

 




勘違い要素と強い痴女が合わさって最悪に見える。

出遭ってしまったせくしーぎゃるは、強さ的な意味でインフレっていた。

どうなる、主人公?

次回、第百九話「ここからが本当の――」


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第百九話「ここからが本当の――」

「話はわかった」

 

 どう答えるかまよいつつも、俺はとりあえずそう言った。

 

(問題はここからだ、ここからなんだよ。この元女戦士が仲間に加われば、神竜戦が楽になるのは間違いないけど……)

 

 せくしーぎゃるである言う大問題が、俺に続きを言わせるのを阻んでいた。

 

(同じ強さの仲間を短い時間で得ようとすれば、この元女戦士よろしく発泡型潰れ灰色生き物《はぐれメタル》風呂に突っ込むしかない。流石にそんな変態苦行を強制する気もないし、既に強くなっちゃってるこの人を使わないのは勿体ない。それに……)

 

 今なら、性格を変えられてしまった元女戦士の気持ちだって少しはわかる気がするのだ。

 

(ん? いや、待てよ……中途半端とは言え、同じ本の被害にあった訳だし、事情を話したらこの人も協力してく……いや、ないな)

 

 理解が願望混じりのアイデアに変わり、一瞬生じた迷いを俺は頭を振ることで蹴飛ばした。

 

(甘い考えは捨てるべきだ。もし逆のシチュエーションだったら、協力出来る自信なんて皆無だしなぁ)

 

 せくしーぎゃるに自分はちょっとむっつりスケベですと明かすとか、別の意味で親身になってくれる未来視か見えない。

 

「へぇ、丁度良かった。あたいも丁度ムラムラしてたんだ。我慢のしすぎは身体に毒だし、ため込んだモノが暴走してそこいらの町娘に手を出しちまったらことだろ? じゃあ、恩返しの最初に――」

 

 やめろ、俺の想像力。

 

(丁度ムラムラって何だ? と言うかそんな台詞が出てきたらもうアウトだろ、色々)

 

 ただ、この元女戦士ならそんな台詞を言っても不思議じゃないと思う自分も居り。

 

(うん、無しだな。バラす線は無し。それより、返事をちゃんとしないと)

 

 平常の俺なら、戦力になる相手の加入を拒むのは不自然。

 

(性格だって今は腕輪で変わってるし、旅の途中で性格を変える本が手に入れば問題ないかって考えて目を瞑る……筈)

 

 発泡型潰れ灰色生き物《はぐれメタル》風呂の効果は元バニーさん達の急激なパワーアップを目にしたからよくわかっている。それに運び出されるまで毎日浸かっていたなら、肉体スペック的には俺に迫るモノを持ち合わせていたって不思議はないのだから、パーティー加入の申し出を断るのは、もったいなさ過ぎた。

 

「なら、協力して貰うとしよう」

 

 だから、心境的には逃げ出したくてもスミレさんが居る手前、お引き取り下さいとは遂に言えず、平静を装って口にしたのは真逆の意味合いの言葉であり。

 

「それから、トロワ……お前が苦行をする必要はない」

 

 それでも最後の抵抗とばかりに、とんでもないことを言い出したトロワは止めておく。

 

「マイ・ロード、ですが」

 

「その姿を……はぐれメタルにもみくちゃにされるところを俺に見せたいのか?」

 

「え」

 

「お前は俺の側にいるのだろう? その前提条件を変えないというのなら、修行場に俺は同伴することになる……それとも俺にも一緒にはぐれメタル風呂に入れと?」

 

 ずるい言い方であることは、理解していた。だが、なりふり構っているような余裕はない。

 

(まぁ、ここで「はい」なんて肯定されたら詰むけど――)

 

 きれいな方のトロワが首を縦に振るとは思えない。

 

「い、いえ」

 

「なら、わかるな? 普通にはぐれメタルと模擬戦をしたとしても効果は充分にある。が、そもそも俺達は他にもやることを抱えている」

 

 ポルトガのカップルを送り届け、シャルロット達と話をし、さいごのかぎを入手すると言う少なくとも三つのしなくてはいけないことを。

 

(それに、トロワには性格を変えるアイテムだって作って欲しい訳だし)

 

 一つ余分にすることがある分、トロワはうちのパーティーで最も忙しい人物になるかも知れない。

 

「ついでに言うなら、俺達はまだムールや他のメンバーに会っていない。パーティーに加入するなら加入するで、現時点での他パーティーメンバーにも話は通しておくべきだろう」

 

「っ、そう言えばそうだね。ゴメンよ、あたいはちょっと先走りすぎちまったみたいだ」

 

「謝罪には及ばん。と言うか……スミレ、俺の知り合いも他に何人か来ているって言っていたが……他に誰が来てる?」

 

 頭を下げる変態元女戦士を手で制しつつ、俺はスミレさんに問うた。

 

「んー、ちょっと腐った僧侶な若い女の子がいた気がします」

 

「ちょっと待て」

 

 かえってきた こたえ が まず ひとりめ だっていうのに、とんでもないんですが。

 

「ムール君を見て、すっごく興奮してた模様。『新しい世界はこんな所にあったなんてぇ』とか」

 

 いや、ものまね で ろくでもない ついかじょうほう くれなくていいですから。

 

(なんだよこれ、よりによって一番目を付けられたくない奴にムール君が見つかってるとか……ムール君とあの腐った僧侶少女の化学反応とか恐ろしすぎて想像もしたくないですぞ?)

 

 あの腐れ少女の名誉毀損ペーパーをリーディングしたムール君が嫌な方向にメタモルフォーゼとかしてたら、俺はもうランナウェイするしかないYO。

 

(やばい、壊滅的にやばい。目の前の変態痴女との遭遇が簡単モードでしたって思えちゃうぐらいにやばい)

 

 やばすぎて支離滅裂になった気もするが、気にしていられないぐらい俺の第六感が行く先に危険しか待ってないと訴えてきている。訴えてきているのに、逃げるという選択肢が存在しないのだ。

 

 

 




混ぜるな危険を敢えて行った結果が、次のお話?

次回、第百十話「悪夢」

大丈夫か主人公? ライフポイントは残っているか?


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第百十話「悪夢」

 

「はぁ……」

 

 前へ進む足が重く感じるのは、きっと荷物だけのせいではないだろう。

 

(いや、寧ろこの荷物があって良かったと思うべきかなぁ)

 

 差し入れという名目があるからこそ、これを提供してさっさと引き返すという選択肢もまたあるのだから。

 

(まぁ、すぐにそのことに思い至れないって事は、俺にとってムール君と腐れ僧侶少女とのコラボがよっぽど衝撃的だったってこと、かな)

 

 スミレさんの物真似からすると、あの腐った僧侶少女はムール君の秘密に気づいている。

 

(気づいていなければ、そんな台詞は飛び出さないし……そうなってくるとムール君が両方ついてることがどれだけ広まってるかも気になるけど)

 

 秘密がバレただけでなく、僧侶少女の忌まわしい創作物による汚染までが広がってたりしたらどうしよう、とかも考えてしまう。

 

(「スー様、男同士って素敵ですね」とか、言いつつ目を輝かせた女魔法使いがいきなりモシャスで男になって、じりじりと近寄って――)

 

 おい、やめろ、なんてもん うかべるんだ、おれ の そうぞうりょく。

 

(この状況下でカナメさんが居ないことは唯一の救い……かなぁ?)

 

 カナメさんは常識人だし、ストッパーになってくれる気もするのだが、悪い方向に悪い方向に考える思考の一部が訴えるのだ、居たら一緒くたに汚染されていたはずだと。

 

(もう、嫌な予感しかしないけど、確認だけはしておかないとなぁ。まだ大丈夫な可能性だってある訳だし、隔離が遅れたら感染が広まって手遅れになるかも知れないし)

 

 悪夢のような光景が広がっていないことを密かに祈りつつ、俺は足を止めず前に進み続ける。

 

(怖い、怖いけど、確認して対処しなきゃ)

 

 先にあるのがほぼ希望の入ってる見込みのないパンドラの箱であっても。

 

「格闘場は、確かこの先だったな?」

 

「ああ、そうさね。あたいは今日の入浴はもう終わらせたとこなんだけどね……」

 

「いや、そんなことは聞いてないのだが」

 

 確認の言葉へ返って来た要らない元女戦士の補足で口元が引きつりそうになる。

 

(やめてください、いま そういう の きく と そうぞうしちゃいそう なんですから)

 

 戦士を辞めて他の職業に就いているからか、今の元女戦士の身体は前面に押し出していた筋肉がちょっとなりを潜め、女性らしい柔らかさと丸みが加わりだしているのだ。

 

(そういういみ で、じこしんこくされる と こっち は いぜんより やばい の ですよ?)

 

 ただでさえ、何処かの指輪に呪われたかのように逃げ出したいのに、追加で士気をくじかないで頂きたい。

 

「ともあれ、道が合ってるなら充分だ」

 

 背中の荷物も重く感じるし、想像より悪い状況にあるのなら、トロワにはさっさと俺をまともな性格にするアイテムを完成させて貰わないといけない。

 

(もう少しの辛抱だ。状況把握と差し入れを終わらせたら即行で宿屋に帰ろう)

 

 こんな所にいられるかは推理モノでの死亡フラグだが、少なくとも推定腐った僧侶少女が居る時点で、長居が無用なのはほぼ確定だ。

 

(今の性格じゃトロワと二人っきりもちょっとやばそうに感じるけど)

 

 待ち受けてる状況を考えればどちらが危険かは火を見るより明らかだった、そして。

 

「あ」

 

「あっ、あなたは」

 

「っ」

 

 俺を見つけて声を上げたのは、やたら露出度の高い服を着た胸の大きいお姉さん方。

 

(かくとうじょう の いりぐち に いた おんなのひとたち から、すで に おれ の りせい を やり に きてるのですが?)

 

 誰だったかと記憶を掘り起こすよりも前に俺は自分と戦わざるを得なかった。

 

「お久しぶりです……アッサラームでは助けて頂いて」

 

「アッサラーム? ああ、となると……」

 

「「はい、劇場にいた踊り子です」」

 

 考える振りをして空を仰ぎ、視線を外すとお姉さん達は声を揃えて答えた。

 

「ここで修行をすると強くなれるって聞いたの」

 

「それで何かお力になれるようにと、こちらで修行中だったのですが、今日あなたがいらっしゃると聞いて……」

 

「そうか。気持ちはありがたいが、その格好で外に出るのはどうかと思うぞ? この辺りには以前ガラの悪い輩もたむろしていたしな」

 

 こう、俺のために修行していたと言われると悪い気はしないのだが、今の俺にとってお姉さん達の姿は猛毒な訳であり。

 

「「あっ」」

 

 揃って声を上げたということは失念していたと言うことだろうか。

 

「ち、違うんです。修行中はこの上から棘の生えた服を着てお風呂に入ってて」

 

「服が汚れちゃったから、その」

 

「……ちょっと待て」

 

 このおねえさんたち も はぐれめたるぶろ してたんですか、そうですか。

 

「気持ちは嬉しいが……自分はもっと大切にしてくれ。あれがどれだけキツイものかは体験者に言うまでもないとは思うが」

 

「す、すみません。お仲間の方からあなたがもうすぐ来られると聞いて」

 

「少しでも強くなったところを見せようって思ったの。毎日入ってる人も居るって聞いたから、あんなモノだとは思わなくて」

 

「……と言うことは、今回が初回だったと言う訳か」

 

 さりげなくあの元女戦士が元凶だったと言うことも発覚したが、今の俺では制裁を加えようとして自爆しかねない。

 

「ともあれ、あの風呂は今回限りにしておけ。俺としても結果的とは言え女性に苦行を強いることなど看過できんしな」

 

 もうトロワが発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)へ入ると言い出すとは思えないが、お姉さん達のためにも釘は刺し。

 

「それはそれとして、背中の樽は修行してる者への差し入れに持ってきた。他の仲間と会った後でこちらに置いて行くから良かったら飲んでくれ」

 

 差し入れをアピールするとお姉さん達の横を通り抜けて、ついに俺はモンスター格闘場へ足を踏み入れたのだった。

 




腐僧侶少女かと思った? ざんねん、アッサラームで助けた踊り子さん達でしたー。

露出度の高い服の理由? 動けて身体にちょうど合うサイズの服があれしかなかったからだとか。

次回、第百十一話「降臨」

ついに、来るか――


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第百十一話「降臨」

「おらぁ、いけっ、そこだぁぁっ!」

 

 格闘場の中は熱気に包まれていた。頭をすっぽり覆うマスクを付けたあらくれが賭の券らしきモノを握り締めたまま熱狂的に叫び。

 

「きゃぁぁぁぁっ」

 

 屠られる魔物の姿に顔を覆ったお嬢様風の少女が悲鳴をあげる。

 

(そっか、踏み込んだって言ってもここ格闘場なんだよな)

 

 本業の方は好評営業中、と言うことなのだろう。俺が向かうべきはこの一般客が魔物同士の血湧き肉躍る戦いを観覧するフロアとは別、どちらかと言えば裏方の人やモンスター達が居るエリアなのだから。

 

(ここを抜けてきたって……ある意味あの踊り子のお姉さん達凄いな)

 

 人の目はかなりあったはずなのだが、試合中だったから殆どの観客の目は魔物達のバトルに向いていたのか入ってきた俺達に向けられた視線は従業員のモノがせいぜいであり。

 

「ここで修行してる仲間に差し入れを持ってきた」

 

 あちらが何か言う前に機先を制して小声で用件を囁けば、一つ頷いた従業員の男性はあちらですと一方を示す。

 

(まぁ、ここに来るのも初めてじゃないしなぁ)

 

 ただ、言われずともわかっているなどと言うつもりもなく、素直に礼を言うと今も修行中であろうムール君達の元へと俺は向かい。

 

「ここ、か」

 

 聞き覚えのある声が漏れてくる控え室の前で足を止め、ドアをノックする。

 

「返事がないな」

 

 だが、内からのリアクションは全くなく。

 

「スー様、あたしちゃんが行ってみる。最悪着替え中とかでも女の子同士なら問題ないし、アバカムも使えるから」

 

「いや、アバカムはプライバシーとかその辺的にどうなんだ?」

 

 後ろで声を上げたスミレさんにツッコミを入れたのは、声の主の片方がムール君だったから。

 

(両方ついてるから拙いですなんて言えないしなぁ)

 

 むろん、スミレさんの強行突撃策へ個人的に難色を示したい理由は他にもある。

 

「……えっと、こう?」

 

「はわぁ、いいっ、素敵すぎですぅ。ん、っ、いいッ、もっと、もっとやってくださぁい」

 

 漏れてくる声の中身もだが、ムール君以外のもう一人分の声が明らかに腐った僧侶少女のものだったのだ。

 

(と言うか、この状況に突入しようとするスミレさんの度胸その他諸々を俺は賞賛すべきなのかな)

 

 おかしくなってない俺でも、やりとりの内容を聞けば強行突入なんて決して出来ないであろう。

 

「スー様、安心して。あたしちゃんの興味と知的好奇心の前にはどんな強固な錠前も呪文の一つであっさり開くから」

 

「どの辺りに安心しろと? そもそも、解錠呪文を使えば誰でも開けられるだろ」

 

 そう言う呪文なんだからさ。

 

「と言うか、普段からあの呪文で人のプライバシー勝手に取っ払ってるんじゃないだろうな?」

 

「スー様、酷い。あたしちゃんだってスー様が来たって大義名分がなかったらこんな事しない」

 

「大義名分が有れば、すると?」

 

「今のは言葉のあやの毛皮を被った本音、スー様はお気になさらず」

 

「気にしなくて良い要素が殆どないのだが?!」

 

 駄目だ、スミレさんをまるで止められる気がしない。

 

(早く帰ってきてくれぇぇぇぇっ、カナメさぁぁぁぁん!)

 

 切実な願いを抱きつつも、カナメさんやクシナタさんはよくこれを御していたなとも思う。

 

(まぁ、クシナタさんは伝家の宝刀、お尻ペンペンがあるしなぁ)

 

 ひょっとしたらカナメさんも何かその手の制御技を会得しているのか。

 

(だったら俺も……って、ああ、どう考えてもセクハラ扱いされて満喫した後社会的に死ぬオチしか見えないっ!)

 

 さりげなく紙切れの影響が出てきてる辺りがオチに説得力を持たせているのが何とも言えない。

 

「大丈夫、責任はあたしちゃんがとると見せかけるから」

 

「見せかけるって何だ!」

 

 とるなら ちゃん と せきにん とってください、おねがいします。

 

「スー様はあたしちゃんが見るに、考えすぎて動けなくなることが多い。だから、あたしちゃんは行動に出てそんなスー様の力になるって決めた」

 

 振り返れば、表情は変わってないのに良い笑顔でもしたかのような雰囲気を纏って宣言するスミレさん視線とぶつかり、俺は胸中で漏らした。

 

「だめだ、こりゃ」

 

 と。

 

「そもそも、このままだと話は進まないし、スー様にも重い荷物もたせたままになるから、あたしちゃん的に看過出来ない。じゃ、そう言う訳で――」

 

 流石賢者だと言わざるを得ない理論武装を見せたスミレさんは俺が反論するよりも早く、脇を抜け、呪文の詠唱を始めようとし。

 

「あ」

 

 ノブに手をかけたドアが呪文の完成前に動いた。

 

「鍵、かかっ」

 

 かかってなかったのかと続けるつもりだったのに、俺は言葉を最後まで続けることが出来なかった。

 

「んんッ、いいッ、痺れちゃいますぅ! 次はこのポーズをとって下さいぃ」

 

「うぇっ? ちょ、こんな大胆なの、オイラ……」

 

 半裸のイラストを片手に恍惚とした表情で紙面をパンパン突く腐った僧侶少女と思い切りひきつった顔で、それでも律儀にポーズをとろうとするムール君が視界に入ってきたのだから。

 

(なに、これ? そもそも、しゅぎょう は どうなった?)

 

 想像よりはるかに健全な光景が広がっていた安堵感より、俺としては目の前の光景に抱いた困惑の方が強かった。

 




・今回のNGシーン

 切実な願いを抱きつつも、カナメさんやクシナタさんはよくこれを御していたなとも思う。
「同性だから何か俺の知らない特別な御し方を知っているとでも言うのか?」
「スー様にはわからない。あたしちゃんの身体を通して滲み出る好奇心のこととか」
「くそっ、止まれスミレ! 何故止まらんッ!」

 あやうく主人公が木星帰りの男になるとこだったぜ、ふぅ。

次回、第百十二話「何やってるのと俺は全力で問いたい」


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第百十二話「何やってるのと俺は全力で問いたい」

「ムール」

 

 俺はポーズをとらされている方へと声をかけ、視線で説明を求める。流石に腐った僧侶少女には聞きたくない。不可避の二択の結果だった。

 

「ふぇ? あっ」

 

 ただ、ムール君はこの時ようやく俺達に気づいたようであり、答えてくれるどころかそのまま固まってしまい。

 

「あたしちゃんも、ちょっぴりこれは想定外」

 

「言いたいことはそれだけか? トロワ」

 

 どうすれば良いんだよと言わんがばかりの状況の中、ポツリと漏らしたスミレさんに俺はツッコむと、従者の名を呼んだ。

 

「とりあえず、元凶のソレを拘束しておけ。手に余るようなら俺も助勢する」

 

 これ以上ムール君をおかしな方向へ歪められてはたまらない。

 

「承知致しました」

 

「な、何を、何をするつもりですかぁ、止めてく」

 

「……トロワだけであっさり捕縛出来るって事は、修行の方はサボっていたということか」

 

 まぁ、あの僧侶少女のことだから、修行以外の想像もしたくないような創作活動をしていたのだろう、きっと。

 

「終わりました、マイ・ロード」

 

「ああ、ご苦労。ついでに猿ぐつわもかませておいて貰えるか?」

 

 ムール君が復活すれば事情は聞けると思うが、妄言をまき散らされてはたまらない。

 

(というか、どうして こうなった?)

 

 差し入れを置いて去るだけのつもりだったというのに。

 

(ん? 差し入れ?)

 

 そうだ、荷物をいつまでも背負っている必要はない。

 

「失念していた。これは修行中の皆にと持ってきた差し入れなんだが……この部屋に置いておいて構わないか、スミレ?」

 

 カナメさんは不在、ムール君は固まったまま、縛られた腐少女と元女戦士を除けば、この場に居るのはトロワとスミレさんのみ、スミレさんに許可を求めたのは、俺としてはやまれぬ選択だった。

 

「んー、多分大丈夫だと思うけど……なら、あたしちゃんは他のみんなにスー様が来たってことと差し入れのこと伝えてくるね」

 

「な」

 

 そして俺は選択がミスだったことを知った。立ち去るスミレさん、おそらくは事情を知った他の修行者はきっとこの部屋に押し寄せてくる事だろう。

 

(修行って事は汗かいてるだろうし……あせのにおい を させたおねえさんたち が このへや に おしかけ、ぎゅうぎゅうづめ に されるんですね、わかります)

 

 いろんな意味でやばすぎる。

 

(まだ固まってるムール君とか、直に触ればあっちのほうがついてる事だってわかるって言うのに)

 

 ぎゅうぎゅう詰めになれば誰かと接触する可能性があると言うことであり。

 

「ムール君の秘密が、漏れかねない」

 

 性格上、お姉さん達との押しくらまんじゅうだけでも俺にとっては洒落にならないピンチだというのに、ここに来てムール君も何とかしないと行けないとは。

 

「どうしたんだい、アンタ?」

 

 しかも、よりによってこの部屋にはついてきた元女戦士が居る。秘密を知ってるトロワだけだったら、ムール君の事を相談出来たというのに、今話を持ち出しては、ムール君の秘密が未だせくしーぎゃるなこの元女戦士にも知られてしまうのだ。

 

(腐僧侶少女とムール君の組み合わせだけでも充分あれだって言うのに、ここにせくしーぎゃるがくわわるとか――)

 

 状況が悪化する以外の展開が見えてこない。

 

「やむを得ん、トロワ。ムールを担いで他の部屋に移るぞ?」

 

「そ、そうですね」

 

「はぁ? なんでそんな必要があるってのさ?」

 

 一人、元女戦士だけが状況を理解出来ず訝しげな顔をしていたが、説明のしようも無ければ、余裕もない。

 

(胸だ、胸を意識したり触れたりしない体勢で担ぐなり負ぶるなりすれば)

 

 女性的にはスレンダーなムール君であれば、ギリギリ俺の理性も耐えられると思う。

 

「すまん、運ぶぞ?」

 

「へ?」

 

 俺の一言にムール君が反応を見せたような気もするが、伝えに行ったスミレさんが向かった先はおそらく同じ施設内、戻ってくるのに時間はさしてかかるまい。

 

「わぁっ」

 

「トロワ、悪いがドアを頼む。締めて、簡易な言伝でも貼り付けておいてくれればいい」

 

 このままどさくさに紛れて返ってしまいたくもあるが、流石にそれは拙い。声を上げたムール君を所謂お姫様抱っこで担ぎ上げたまま、指示を出すと、俺は開け放たれたままの部屋の入り口へと向かう。

 

(間に合え、間に合ってくれよ)

 

 ムール君を移すだけなら、部屋は隣で充分だ。鍵がかかっていようとも俺には解錠呪文がある。

 

(中に先客とか居なければ‥…って、駄目だ、これフラグになりかねない)

 

 だが、俺には盗賊としての優れた気配察知能力がある。

 

(人が居る部屋なら、気づけるはず)

 

 迷うことはない。今優先すべきは、ムール君の秘密を保護することだ。

 

「ん゛んんぅーっ」

 

 だから、縛られた腐僧侶少女が猿ぐつわされたまま何かを主張しようとしている様も無視する。

 

(この程度の窮地、凌ぎきってやる)

 

 俺の実力なら、きっとやれる筈なのだから。

 

(さてと、人気の無い部屋は……あった)

 

 通路に出るなり、並んだ扉を視線で撫でつつ、気配のない部屋を探せば、それは意外と先程の部屋の側に見つかり。

 

「……ここか。アバカム」

 

 小声の解錠呪文をかければ駆け寄った先の扉はあっさり開く、ただ。

 

「え゛」

 

 開きはしたのだが、薄暗い部屋の中にあったのは、拘束具とか首輪とか鞭とか。

 

(なに これ)

 

 どうやら俺がムール君を連れ込もうとしたのは、魔物用の調教具倉庫だったらしかった。

 




そりゃ、人は居ない訳ですよね、うん。

次回、第百十三話「逃避行ではありません」





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第百十三話「逃避行ではありません」

「へ、ヘイルさん?」

 

 腕の中でムール君の上擦った声がした。動揺してるのだろう、だが俺もそれは同じだった。

 

(よりによってなんちゅう部屋に踏み込んだんだ、俺は)

 

 こんなモノ、誤解されない方が無理だろう。

 

(しかも「ここか」って呟いちゃってるしなぁ)

 

 早急にムール君の誤解を解かなければならなかった。解かなければ、前言と相まってロクでもない展開になることは必須だから。

 

「む、ムール、落ち着いて聞いてくれ……」

 

 どもってしまった自分へまずお前が落ち着けと声に出さずツッコミを入れつつ、俺は続ける。

 

「この部屋に来たのには理由がある」

 

 時間稼ぎのための前置きだが、嘘は言っていない。あの部屋にいたままだといろんな意味で拙かったのだ。

 

(どうする、真実だけを伝えるか)

 

 それとも、今壁に掛けられた凶悪な品々を見て思いついた理由も口にするか。

 

(あの元女戦士は……)

 

 状況的に追いかけてきていても不思議はない、だからまず入り口を振り返り。

 

「あの部屋にいた場合、駆けつけてきた皆とぎゅうぎゅう詰めになってお前の秘密がバレる可能性があった」

 

 まだその姿がないことを確認すると、ムール君の耳元で本当の理由を告げる。

 

「そして、お前の秘密がどの程度の人間に認識されているか不明だったからな。人気のない部屋でその辺りの事も確認しておきたかった訳だ」

 

「そっか。あ、あはは……だよね。ヘイルさんがそん」

 

「次に……っ、ここまでか」

 

 腕の中で漏れた呟きにどうやら納得してくれた様だと心の中で胸をなで下ろしつつ、思いつきの理由の方も続けようと思ったが、世界は流石にそこまでの時間的猶予は与えてくれなかったらしい。

 

「ここかい、急に部屋を出たからどう」

 

 いや、元女戦士がと言った方が正しいか。

 

(流石にこの人でも言葉は失うかぁ)

 

 一人の人物をお姫様抱っこして部屋を飛び出した相手を負ってきた先が「そういうモノ」の倉庫だったとなれば、当然の反応だとは思う。

 

(同時に急いで誤解を解かないと行けない訳だけど)

 

 今は腕輪の効果で性格が豪傑になっているが、外してしまえばせくしーぎゃるなのだ。まともな性格の内に誤解を解かないと曲解される可能性は跳ね上がる。

 

(そう、腕輪を着けてるうち……に? あっ)

 

 そこまで考え、ふと脳内で悪魔が囁く。元女戦士の腕輪を奪って自分が装着すれば、あの厄介な紙切れの効果から逃れられるのではないか、と。

 

(その上、せくしーぎゃるった元女戦士が回りの鞭とか首輪を見れ……って、囁いてるの悪魔じゃなくて紙切れの残滓じゃねぇか!)

 

 猥褻物の数ページは何処までも俺を祟ってくれる。

 

「あ、あー」

 

「っ」

 

 元女戦士が声を発したことで、我に返ったと俺は気づく。

 

(拙い、今の「あー」は何かを察した様な感じの)

 

 もう、猶予はなかった。

 

「実は、あの僧侶の女、今までに他人のあること無いことをいかがわしい創作物にして他者に心痛を与えたという前科があってな」

 

「は?」

 

「えっ?」

 

 いきなり口を開いた俺に二人が声を上げたが、敢えて無視をする。

 

「被害者が複数居るため、何処かのタイミングで何らかの罰を与えようと思っていた所だったのだ。そして、この部屋には色々な道具がある……お誂え向きにな。くわえて、現在進行形尾でムール君が犠牲になろうとしていたと俺は見た。ここに来たのは、人の目と耳を避け、あの特殊な性癖をした一応僧侶ではあるらしい女に妙なことをされなかったかを聞くためでもある」

 

「じゃ、じゃあ、急に部屋を出たのは……」

 

「出ていったスミレが人を呼んで戻ってきたら聞き取りも出来なかろう? まぁ、当人の目があるところでは言いづらかろうというのもあったが、完全な第三者であるお前も居たからな」

 

「そいつは悪かったね」

 

 俺が非難の目を向ければ、元女戦士も自分もお邪魔だったという理由には得心がいったのか、素直に落ち度を認めて頭を下げてきた。

 

「ふ。まぁ、黙っていたらロクでもない誤解をされかねなかったからな。その詫びというのもなんだが、お前にも手伝って貰うぞ?」

 

「何をだい? その僧侶の仕置きってやつかい?」

 

「いや」

 

 頭を振って、俺は元居た部屋の向こう、壁を幾つか隔てた先にある通路の方へと顔を向けた。

 

「幾つかの気配が近寄ってくる。おそらく、スミレとここで修行してる面々だろう。その面々が、元居た部屋がハズレだと知ればどうなるかはわかるな?」

 

「「あ」」

 

「理解が早くて結構だ。この部屋にとどまっていれば余計な誤解を招くし、そもそも手狭だからな。お前には元の部屋に戻って事情説明を頼みたい。俺達は――」

 

 このままでは事情聴取もままならないので、宿に戻ると元女戦士へ俺は告げ。

 

「話はわかった。けど、今からで間に合うのかい? あたいにも足音が聞こえてるんだよ?」

 

「問題ない、こんな事も有ろうかとと言う訳ではないが、荷物の中に姿を消すことの出来る特殊な薬草がある。ただ、な……」

 

 若干納得がいかない様子の元女戦士へ鞄を叩いて見せると、きえさりそうの効果がお前にも及んでは意味がないと退室を促す。

 

「そうかい、じゃあ、あたいはお仲間に説明をしてくるとするよ」

 

「頼むな」

 

「はん、あたいがいたせいで余計な手間をとらせたんだ。どうってことないさね」

 

 頭を下げた俺に笑みで応じて部屋を出て行く元女戦士の背を見つめつつ、俺は小声で呪文を唱え始める。

 

「マイ・ロードっ」

 

「レムオルっ」

 

 呪文完成のタイミングは元女戦士と入れ違いにトロワがやって来た直後。

 

「こ、これは」

 

「透明化呪文だ。トロワ、予定を変更して宿に戻るぞ?」

 

「え? は、はい。しかし、宿に戻るのですか?」

 

「まぁ、成り行きと言うか、一部予定外のハプニングの結果でな」

 

 聞くことも聞けず、何とも中途半端な感があるが、ここは戦略的転進有るのみだろう。

 

(「逃避行ではありません」って言いたいところだけど……逃げだよな、これって)

 

 まぁ、最悪の事態は避けられそうなので、良しとしよう。良しと思うべきだった。

 




機転により何とか危機をくぐり抜けた主人公は宿屋へと向かう?

次回、第百十四話「まずはあれだ、そうあれなんだ」


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第百十四話「まずはあれだ、そうあれなんだ」

「さて」

 

 割と考え無しで行き当たりばったりな行動であった。だからこそ俺は物陰でムール君に背を向けて立つハメになっていた。

 

「このマントを羽織っていてくれ」

 

「あ、うん。ありがと」

 

 腐った僧侶少女に言われるがままにポーズをとらされていた状態で誘拐(かっさら)ってきたのだから、当然ムール君は普段着などではなかった。

 

透明化呪文(レムオル)が切れてようやくそこに気づくとか、結局俺もテンパってたってことかな)

 

 流石にその格好を宿の従業員には見られたくないだろうと思い、こうしてマントを貸すことと相成った訳だ。

 

(同じ盗賊で助かったよなぁ、その辺りは)

 

 装備品がシェア出来るという意味で。

 

(と言うか、装備可能って言えば、ムール君って男性専用装備と女性専用装備についてはどうなってるんだろう?)

 

 両方ついているって事はどっちも装備可能だったりするんだろうか。

 

(両方装備出来る……うん。それって つまり、いまわしい せんようそうび にてん を どっち も つけられる ということですよね?)

 

 なに その あくむ。

 

(まさかとは思うけど、割ってはいるのが遅かったら「じゃあ次はこれとこれをつけてみましょおかぁ?」とかあの腐った僧侶少女が言い出して、最悪の存在が誕生してたとか?)

 

 せくしーぎゃるるだけでも真っ当な女の子だったシャルロットがあんな事になってしまったのだ。

 

(せくしーぎゃる にして、むっつりすけべ の むーるくん とか……やばすぎる)

 

 例の紙切れの影響で、ちょっとだけ見たいとか思ったなんてことはない。

 

(やっぱり、あの僧侶少女とムール君は引き離さないとな)

 

 とりあえず、宿に戻ったら下着を渡し、その辺りについて諭し、説得しよう。

 

(しかし、本当に危ないところだった。ピンチピンチの連続で……ただ、こうやって全て切り抜けたと思ってる時が一番危険なんだよなぁ)

 

 ムール君がマントを羽織るのを待ちながら、俺は考える。忘れている事はないか。

 

(説明役はあの元女戦士を置いてきてある。差し入れすることなら踊り子さん達やスミレさんにも伝えておいたし、あの腐った僧侶少女が何か言ったとしても多分押さえ込める……筈)

 

 俺が知りうる限り、あの僧侶少女が自重した記憶はない。変な妄想を垂れ流したとしても、「いつものこと」で終了するだろう。

 

(それに、今更引き返すのもかえっておかしいし、連れ出した理由なら聞き込みだけでも充分)

 

 ムール君の秘密を知ってる面々、例えばカナメさんにはムール君用の下着を作ったのでその試着のためと説明すれば納得して貰えると思う。

 

「お待たせ」

 

「っ、もういいのか?」

 

 声に弾かれたように振り向くと、そこにはマントで首から下を隠したムール君の姿があり。

 

「うん。急に抜けて来ちゃったからあっちがどうなってるかも気になるし……」

 

「そうか。なら急いだ方が良さそうだな。トロワ、行くぞ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 物陰を出て、向かう先は荷物を置いてきた宿。

 

(そう言えば、宿は他のみんなと共通だったな……つまり、出向かなくてもあっちで修行してる人達は、そのうち宿に戻ってくる、と)

 

 結局の所、辿り着いた先も完全な安息の地にはなり得ないと言うことか。

 

「あ」

 

「どうしました、マイ・ロード?」

 

「いや、縛って仕置きをすると言ったまま放置してきてしまった僧侶が居たなと思ってな」

 

 そのまま延々放置するのは拙すぎる。

 

「結局の所もう一度格闘場に行くしかなさそうだ」

 

 忘れていることはないかと脳内確認していた矢先にこれだ。俺のピンチはまだ終わらないらしい。

 

「まぁ、どう仕置きするかという意味でもムールにはあの僧侶の言動について聞かなくてはいけない訳だが」

 

「あー。強引なところもあったもんね。話してくれたことについては、オイラ、恋愛とかそう言うの縁がなかったからちょっと新鮮だったんだけど」

 

「……とりあえず、その言葉を聞いただけで罪状が一つ追加だな」

 

「ふぇっ?」

 

 純粋培養されたような娘に何吹き込んでんだ、あの腐れ女子僧侶。

 

(いきなり、あたま を かかえたくなるような もんだい が はっせい したのですが)

 

 ムール君の立ち位置が特殊だからこそ、タチが悪い。

 

(ムール君には恋愛面での真っ当な教師が必要かも……)

 

 身体のこともあるから既に秘密を知っているか、もしくは口が堅くて真っ当な人物が出来れば好ましい、が。

 

(うーん、現状秘密を知っててまともというとカナメさんかトロワなんだけど……)

 

 トロワは酒を飲んだらまともでなくなる事が発覚しているし、カナメさんにはエピちゃんというカナメさんに思いを寄せるエビルマージが居る。

 

(カナメさんは駄目だな。エピちゃんが誤解して厄介なことになるのが目に見えてる)

 

 ならトロワはどうかとなると、こっちも怪しい。

 

(何らかのハプニングでお酒でも飲んでしまった日には――)

 

 旧トロワに恋の手ほどきをされたムール君なんて恐ろしい存在が誕生してしまうのだから。

 

(いや、それで済むかな?)

 

 トロワは俺の側に侍るという誓いを己に課している。つまり、旧トロワ化したトロワの側には俺もいるというシチュエーションの筈であり。

 

「では、ムール君。愛しい殿方と赤ちゃんを作る方法について実地でお教えしましょう。マイ・ロード、そう言うことですのでご協力お願いしますね? あ、何だったらムール君も混ざりますか?」

 

 とか言って服を脱ぎ出したって俺は驚かない。

 

(トロワがお酒を飲むという前提ありきだけど、これまで散々色々あったからなぁ)

 

 世界の悪意ならその程度の条件、あっさり揃えてくるに違いない。

 

(いっそのこと、シャルロットとアリアハンで会った時にあちらのパーティーに預けてしまう、とか? うーん、それもなぁ)

 

 良い案は出ない。悩みつつ道を歩けば、いつの間にか目的の宿屋が見え始めていた。

 

 




一難去ってまた一難、なのか?

次回、第百十五話「パンツ、パンツです」

次回、トロワの苦労(裁縫)がようやく報われる?


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第百十五話「パンツ、パンツです」

「このまま俺とトロワの部屋に行くぞ、渡したいものもある」

 

 ロビーを抜け、廊下を歩くのは俺とトロワ、そしてムール君の三人だけ。トロワが作ってくれたムール君専用下着を渡すには絶好の機会だった。

 

(秘密保持的な意味でもここで渡さなきゃ、何処で渡すんだって話になるし)

 

 ムール君一人を連れ出せたのは、結果オーライであったのかもしれない。

 

「質問は後で、だ。この宿には他の修行に来た知り合いも宿泊してるそうだからな」

 

 格闘場を効率よく使うために今の時間帯を寝て、真夜中、利用者が少ない時を狙って修行してる人も居るかも知れないのだから。

 

(トイレか何かの理由で部屋を出てきたそんな人が俺達の会話を聞いてしまうってケースは充分考えられるもんなぁ)

 

 無難に済むかと思った再会だって、あの腐った僧侶少女のせいで最悪の事態になりかけた。

 

(そっちの「お礼」は、普通にするタイミングが残ってるんだけどね……)

 

 どう罰するかという意味でも、ムール君にはあの腐少女が何をやらかしたかを語って貰う必要がある。

 

(一抹の不安は残るけど、あの僧侶少女の専門は同性同士だし、紙切れの影響で俺自身が変な反応をすることはない……筈)

 

 渡した品への着替えだって俺がトロワと外に出ているか、着替えの間だけ二人揃ってそっぽ向いてればいい。

 

「ついたぞ、トロワ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 考えつつ歩けば部屋に辿り着くまではそれ程かからず、こんな所で解錠呪文を使う訳にも行かない俺は鍵をもったトロワと場所を交代し。

 

「っ」

 

「……ヘイルさん?」

 

「いや、何でもない」

 

 すれ違う時トロワの何かを意識してしまったが、ムール君にまで紙切れの一件を知られては面倒なことになる。

 

(妙な誤解されてたもんなぁ)

 

 ムール君とて、元バニーさんと同じように俺に恩義を感じてるフシがある。

 

(忌まわしいあの本のページに引っ張られてしまうことを知られたら……)

 

 止そう、嫌な予感しかしない。

 

(と言うか、嫌な予感処かこれ以上考えたらまずロクでも無い光景を想像しそうだ)

 

 見えている地雷を踏みに行く程俺は馬鹿じゃない。

 

「お待たせしました、マイ・ロード」

 

「開いたか。ムール、先に行け。俺は最後で良い」

 

「えっ、あ、うん」

 

 流石にトロワの後ろ姿を見ると危険だからとは言えず、それでも何らかの理由があると思って貰えたのか、ムール君が続く形で開いたドアの向こうに消え。

 

「見られては居ない、か。よし」

 

 いかにも目撃されてないかを警戒していましたよと言ったポーズの言葉を吐いてから、俺も回れ右をして客室に踏み込んだ。

 

「トロワ、準備は出来ているか?」

 

「はい」

 

 最後に部屋へ入ってきた俺の問いに頷いたトロワがそれを出す。

 

「え゛っ」

 

「見てのと居り、パンツだ。トロワが自分の下着に使っていた技術が応用してあってな、激しい運動をしても負担がかからないようになっている。先日の奥義伝授の時問題点に気づいて作ってもらっていたものだ……受け取るといい」

 

「あー、そっか。オイラてっきり……」

 

 俺の説明に得心がいったのか、ムール君の顔は引きつったモノからほっとしたような表情に変わる。

 

(気にはなるけど、「てっきり……」の先は聞かない方が良いんだろうな)

 

 精神衛生的な意味でも。

 

「ともかく、お前の秘密が何処まで外に漏れているか不明だからな。人前で渡せるような品ではなかろう? 一応今回作ってもらったのは、奥義伝授時に俺とお前で使う二着だったのだが……両方ともお前に渡した方が良さそうだな」

 

「えっ」

 

「当然だろう? 修行して強くなっているようならこの下着を使って奥義も伝授するつもりだったが……それとも絵のモデルになると強くなれるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「わかっている、どうせあの腐った僧侶が強引にモデルをやらせたのだろう。その分はきっちり落とし前を付けてくる。だが、あれに仕置きしたとしても浪費した時間は返って来ん……そして、先に言っておくが、これを理由にはぐれメタル風呂へ入ることは認めん」

 

「ヘイルさん……」

 

「勘違いするな。安易にあの変態施設に頼ればいいなんて馬鹿を量産せん為だ」

 

 紙切れの影響を受けてる俺としてもやばいし、ムール君が入るなら私もなんてトロワが変な気を起こさないためにも許可は出来なかった。

 

「それはそれとして……あの腐少女に何を吹き込まれた? まずはそこから話せ。それとも下着を先に着替えるか? 具合の悪い部分があるなら手直しが必要だからな。安心しろ、着替えの間は後ろを向いておく。それで気が済まんなら、俺とトロワでいったん部屋の外に出ていたっていい」

 

 どちらもこの部屋にいる内にやっておかないといけないことなのだ。

 

「あ、えっと……じゃあ、後ろを向いていて、貰える? 着替えながら、話すから……」

 

「そうか。トロワ、こっちに」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 効率の面で言えば、ムール君の選択は一番理にかなっていた。俺は呼び寄せたトロワと共に背を向け、ムール君の話を聞く体勢を作り。

 

「それじゃ、オイラ達がイシスに来て、あの人と出会ったところから話すね?」

 

 ムール君は話し始めた。

 

 




あれ? ハプニングは?

次回、第百十六話「お仕置き出来て経験値的にはしょっぱく半永久的に機能するホイミスライム風呂ってのを考えてみたんだが」

タイトルが全てを語りすぎてる件。


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第百十六話「お仕置き出来て経験値的にはしょっぱく半永久的に機能するホイミスライム風呂ってのを考えてみたんだが」

 

「まぁ、ロクでもないとは思っていたが……」

 

 痛む頭に思わず額へ手を当てる。ムール君の話してくれた内容はそれだけで充分すぎる程の精神攻撃だった。ちなみにきれいになったトロワは免疫がないのか三分の一にも達しないところでギブアップし、詳細を聞いたのは実質俺だけだが、本当に酷い話だった。

 

「そうなんだ。確かに何で男の人同士が」

 

「ストップ、それはもういい」

 

 おはなし を おもいだす ので やめてください、とは言えず俺は声と仕草でムール君の言葉を止めると、それよりもと続けて話題を変えることにした。

 

「下着の具合はどうだ?」

 

「えっ? あ、うん、すっごく動きやすいけど……」

 

「そうか、ならいい。モシャスして俺が確認にはいてみることも考えたが、実物を前にしない変身はイメージに引っ張られるところがあってな」

 

 当人にはいて貰って意見を求めるのがよいと判断したと説明すると、着替えの方ももう良いかと問うてみる。

 

「うん、いいよ。……一応、戻ったら修行するつもりだから下着はいたまんまだけど」

 

「お前にやった下着だ、そこは問題ない。強いて言うなら、後でトロワに礼を言っておいて欲しいと言うぐらいか」

 

「あ、ごめん。そう、だね……ありがとう、トロワさん。これなら問題なく修行に励めそうだよ」

 

「ん?」

 

 俺に言われてと言う形ではあるが、トロワに感謝の言葉をかけるムール君を見て、ふと気づく。

 

「ひょっとして、あの腐った僧侶少女と居たのは、それも理由か? 激しい動きに適応した下着が無かったから、と」

 

 模擬戦も激しい運動ではある。そして、激しい運動をムール君がした時の辛さは、俺自身も奥義伝授の際思い知らされているのだ。

 

(そもそも、身体能力だって低レベルって意味合いで一部を除く他の面々に遅れをとってたもんなぁ)

 

 落ち零れてしまった結果が、あの腐れ少女と一緒に過ごす流れに繋がったのだとすれば、落ち度があるのがどちらかは言うまでもない。

 

(まぁ、入り口であった踊り子のお姉さんのことを思い出すと修行をサボって良い理由にはならないんだけどさ、その辺はあの腐少女が強引に誘ったんだろうし)

 

 やっぱりあの僧侶には釘を刺す意味でもきっちりお灸を据えておくべきだろう。

 

(何がいいかな? モンスター格闘場って場所を考えると、モンスターを使ったお仕置きってのもいいなぁ)

 

 出来れば二度と変な気を起こさないぐらい凶悪なものをなんて思ったのは、決して八つ当たりからとかとかじゃないと思う。

 

(その結果、思いついたのが……触手付き水色生き物(ホイミスライム)風呂ってのは、あれだけどね)

 

 やっぱり、忌まわしい紙切れの影響が残っていたからなのか。

 

(……どうしても代案を思いつかなかったら、格闘場に居るクシナタ隊のお姉さん達の力を借りよう)

 

 あのおろちにさえトラウマを植え付けたお姉さん達なら、きっとあの腐少女だって更生させてくれる、そう思いたい。

 

「……とりあえず、着替えも済んだというなら格闘場の方に戻るか。その下着であれば修行を再開しても何の問題もないのであろう?」

 

「……そうだね。あっ」

 

 頷きつつもムール君は突然声を上げ。

 

「ん? マントなら格闘場まで貸しても構わんが……」

 

「や、そうじゃなくて……オイラの部屋もこの宿にあるからさ、服とってきてもいい?」

 

「……なるほどな」

 

 皆が泊まっていると聞いていたのに、何故思い至れ無かったのか。気恥ずかしさを隠しつつポツリと漏らした俺は、構わんと許可を出し。

 

「俺達は先に宿の入り口に向かう、合流はそちらでしよう」

 

「うん」

 

 追加の提案に返事を貰って実際に合流。

 

(……その後何のハプニングもなく格闘場の入り口までは戻ってこられたんだけど)

 

 誰に向けてか、説明のような独り言を胸中でしてしまった理由は他でもない。

 

「おや、もう戻って来たのかい? 安心しな。事情はあたいがちゃんと話しておいたよ」

 

 得意げな元女戦士が続けて放った言葉にあったのだ。

 

「『あんたがロクでもないことをやらかしたあいつを調教する』ってね」

 

 なに ぜんりょく で ごかい しか まねかない こと いって くれやがってるんですか、おまえ は。

 

「スー様、お久しぶりです」

 

 もちろん、ロクでもない発言をサラッとスルーして会釈してくれるおねえさんも居た。

 

「スー様、あの子を調教するって本当ですか?」

 

「私、カナメお姉様にだったら――」

 

「流石スー様、あたしちゃんちょっと尊敬する」

 

 うん、だけど大半が明らかに誤解をして下さっている模様であり。

 

「そんなスー様のためにあたしちゃんも考えてみた。ホイミスライム風呂とか」

 

 なんで紙切れの影響を受けた俺と同じ発想に至ってるんですかスミレさんと叫びたくて仕方なかった。

 

「ん゛ぅーっ、んん゛も゛ぅー!」

 

 縛られた上猿ぐつわされたまま元女戦士に担がれてるお仕置きすべき相手はまぁ、態の良いさらし者になってるがあれは自業自得だとしても。

 

(なんで おれ まで ふうひょうひがい うけない と いけないんですかね?)

 

 あれか、うっかりあんな部屋に入っちゃったのが悪かったのか。それとも、この元女戦士に頼んだのが間違いだったのか。

 

「……マイ・ロード」

 

 トロワの気遣わしげな視線が胸に痛かった。

 

 




次回、第百十七話「再エンカウント」


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第百十七話「再エンカウント」

「とりあえず、だ。修行中だった者は修行に戻れ」

 

 貴重な急速にレベルアップ出来る修行場を遊ばせておく理由なんて無い。理由を口の端に乗せれば、納得したのか何人かのお姉さんが格闘場の中へと戻っていった。

 

(ふぅ、これで何人かは減らせたな)

 

 紙切れの影響が気がかりなこともあるが、場に人が多ければ多い程何かやらかした時のフォローがし辛くなる。

 

「ムール、お前も修行に移れ。遅れた分を取り戻さねばならんだろう?」

 

「あ、うん。それじゃ、ありがとうヘイルさん」

 

 俺が指摘すればムール君も礼を言って去り、残ったのは、スミレさんと元女戦士、縛られた腐少女とおそらくは修行の休憩中であろうお姉さん達。

 

(さてと、これで更に人は減った)

 

 何故か話を拗れさせそうな人がかなり残ってるが、帰らせる理由も思いつかないし、そもそも賢者であるスミレさんは油断出来ない。

 

(下手に「どっか行け」ってやったら、居座られては邪魔だと考えてるって把握されかねないし)

 

 微妙に不安だが、人数が減っただけ良しとすべきなのだろう。

 

「さて……」

 

 問題は、ここからどうするか。

 

(誤解を解いて、腐った僧侶少女を更生させることが出来れば大成功だけど)

 

 それをやるには、元女戦士とスミレさんに要らんことを言わせず話が出来ないと難しい。

 

(いきなり、むりげー なんですが)

 

 だが、やるしかないというのも理解している。

 

「とりあえず、こんな所で立ち話する訳にはいくまい。適当な部屋に移るぞ?」

 

 人の目がある場所で、縛られた人間まで居るのだ。奇跡的に誤解を解くことに成功しても俺達の会話を見ていた通行人が誤解とかをしたら目も当てられない。

 

(うん、どこか の もとおんなせんし が すでに ちょうきょう とか いっちゃった き も しますけどね?)

 

 あれは忘れよう。と言うか、忘れたい。

 

「じゃあ、あたしちゃんは修行場の方に行くのを提案してみる。ホイミスライム風呂を用意するにもそれがベスト」

 

「却下。どれだけ拘ってるんだ、それに」

 

 とりあえず、スミレさんにツッコミを入れつつ嘆息すると、縛られた僧侶の少女へ近づき。

 

「他者への風評被害をやらかしてくれた輩だ。幾つか行き違いというか誤解はあったようだが、罪には罰が無くてはいかん」

 

「ん゛んぅ、んーんぅ?!」

 

「ふっ」

 

 猿ぐつわをされても尚、何かを言おうとしている腐少女を俺は担ぎ上げ。

 

「行くぞ?」

 

 とりあえず、格闘場の中に向かって歩き出す。

 

(みんなに言ってると見せかけたさっきの言葉、通行人にも聞こえてるはずだし)

 

 スミレさん達を放り出し、街頭演説よろしくさっきのは誤解だと主張する訳にもいかない。やれるだけのことはやったのだ。

 

(後は宿に帰る前にイシスのお城に出向いて国家権力に縋るぐらいしか手がないもんなぁ)

 

 調教云々と元女戦士が言い放ちやがったあの時、俺は周辺にいた通行人のこととかに意識を向けられるような状況ではなかった。ぶっちゃけ、何人が聞いたかも、聞いた人物が誰であるのかも不明なのだ。

 

(一人一人に誤解を解いて回るのが不可能である以上、他に方法なんてないし)

 

 イシスはあくまで一時の滞在先。これからも行動を共にするであろう仲間の方が誤解を解くべき優先順位は高い。俺は早足で出来るだけ人目につかないように観客の居るチケット売り場の前を通過し。

 

「スー様、お話をするなら丁度良い広さの休憩室があります。さっきまで私達が居た部屋なのですが、そこでどうでしょう?」

 

「休憩室……か。わかった」

 

 少し考えてから、後をついてきたお姉さんの一人の提案に頷いた。部屋のことまで頭が回っていなかったのもあるが、行き当たりばったりの行動の結果を鑑みたからでもある。

 

(また鞭とか拘束具だらけの部屋なんてオチは流石に嫌だしな)

 

 修行でこっちに通ってくるクシナタ隊のお姉さんならそうそう間違ったチョイスはしないだろう。そう思った直後だった。

 

「あー。それじゃ、後であの部屋に行けばいいと。了解」

 

「スミレさん、後でって?」

 

「ちょっとお花詰みというか」

 

「あー、なるほどね。あたいもご一緒していいかい?」

 

 突然の発言にお姉さんの一人が訝しめば、答えたスミレさんに元女戦士がそちらへの同行を申し出て。

 

「ん゛んーぅ」

 

「ん? ……あ」

 

 何故か再び自己主張を始めた罪人を前に、俺がそれへ思い至れたのは僥倖だった。

 

「待て」

 

「ん、どうしたのさ、あたいらを呼び止めて?」

 

「いや、縛られたままではトイレに行けんだろうと今気づいてな」

 

 危ういところだった。もう少しで新たなエピちゃんを出してしまうところだったのだ。

 

(ムール君を歪ませようとしたこいつが恥ずかしい目に遭うこと自体は別に構わないけど、タイミングが最悪すぎるもんなぁ)

 

 意図的にトイレに行かせなかったことにされる可能性がある。

 

「元戦士なら力だってあるだろう? 悪いが、こいつも連れて行ってくれ」

 

「ふぅん、そう言うことなら任せておきな」

 

「ああ、頼む」

 

 つい先程やらかしたばかりの相手に頼むのには抵抗があったが、俺の予想が当たってるなら時は一刻を争う。背負っていた腐少女を引き渡し。

 

「スー様、こちらです」

 

「ほぅ」

 

 トイレ組と別れると、お姉さんに促され通路を進み、やがて提案された部屋へと辿り着く。

 

「……内部はあの僧侶を捕縛した部屋と変わらんのだな」

 

「本来の用途はあちらもこちらも魔物を連れた魔物使いの控え室ですからね」

 

「成る程」

 

 だからあの時は、抜け出した部屋の側に鞭とかがかけられていた部屋があったのだろう。納得しつつ、中へと足を踏み入れ。

 

「……しかし、トイレにしては遅いな」

 

 それから暫し、スミレさん達を待ちつつ会話で時間を潰していた俺が外に意識を向けると近づいてくる気配があり。

 

「スー様、お待たせ! あたしちゃん、ついでにホイミスライムを借りてきた」

 

「借りてくるな!」

 

 ガチャリとドアを開けて顔を見せたスミレさんにツッコミを入れた俺は間違っていなかったと思いたい。

 




 間一髪のところで新たな犠牲者の増加をくい止めた主人公、だが借りてこられてしまったホイミスライム。

スミレさんはあくまで自分の提案を貫き通すつもりなのか?

次回、第百十八話「名前はホイミン」

待て、誰もホイミスライムの名前なんて聞いてない。


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第百十八話「名前はホイミン」

「だいたい……」

 

 まるで間違い探しの絵を見比べた時のような違和感を感じながら遅れてきたスミレさん達と向き合っていた。

 

(何だろう、この感覚。いや、ホイミスライムを借りてきたってだけでもツッコミどころ満点なんだけどさ)

 

 やはり、名前はホイミンだったりするのだろうか。

 

(って、そうじゃなくて……何だろ、この違和感)

 

 視線をずらせば、かついだあの腐った僧侶少女ごと三匹くらいのホイミスライムに元女戦士がへばりつかれていたが、借りてきたと既に申告されているのだから、これは違うだろう。

 

「はぁ、ホイミスライムってのもなかなかいいモンだねぇ。あたい、気に入ったよ」

 

 何か女性とか以前に人としてどうよと思う発言を零してる元女戦士は触りたくないのでスルーするとして、なら、違和感の正体は何だというのか。

 

(ホイミスライムが三匹居ることかな?)

 

 それとも。

 

「へー、ホイミスライムも色々大変なんだ。あたしちゃん目から鱗」

 

「ううん、そんなことないよ。ボクには人間さんの方が大変そうに見えるし」

 

 うん、スミレさんが平然と触手つき水色生き物(ホイミスライム)相手に会話していることか。

 

(って言うか、ツッコミどころだらけじゃねぇか)

 

 なに、これ。

 

(ほんとう に なに が どうして こうなった?)

 

 何処で間違えたのかと言えば、スミレさんがお花詰みと言った時、俺達の側を離れる意図を読み違えたところだと思うが。

 

(そりゃ、ホイミスライム風呂には拘ってたと思うけどさ)

 

 だからって、触手つき水色生き物(ホイミスライム)の実物を借りてくるとか予想しろって方が無理だと思う。

 

(と言うか、借りてきたってことは、あの腐れ少女に使う気で居るんだよね、水色生き物《ホイミスライム》?)

 

 現在進行形で元女戦士ごと触手を使って絡み付いてるような気もするが、そっちは気のせいだと思いたい。

 

「ええと、スー様さんだよね? ホイミ要る?」

 

 ついでにこっちを見て触手つき水色生き物(ホイミスライム)に気遣われてるという現実も夢か何かにしてくれたなら、どれだけ良かったことか。

 

「……気持ちだけ貰っておこう。回復呪文なら扱える仲間が何人か居るのでな」

 

 元女戦士とかがこの場に居なければ、自分でも回復呪文は使えると言ってしまっていたかもしれない。

 

「それはそれとして、だ。そもそもお前達は何を吹き込まれて借りられてきた?」

 

 スミレさんが触手つき水色生き物(ホイミスライム)風呂を本気で作り上げるつもりで借りたとすれば、数が少なすぎ足りなくなるのは目に見えてる。だからわからないのだが。

 

「んーと、科人を罰するから万が一の場合に備えて、だったかな?」

 

「万が一とは言うが、スミレはホイミどころかベホイミやベホマみたいな上位回復呪文はおろか蘇生呪文も行使出来るぞ?」

 

「えっ」

 

「知らなかったのか?」

 

 スミレさんにしては眼前の触手つき水色生き物(ホイミスライム)へ吹き込んだ嘘がお粗末だと思うが、何かあるのだろうか。

 

(単に触手であの僧侶をどうこうするだけ、とは思えな……いや、それだけってせんも充分考えられる。考えられはするけれど……)

 

 こうして回復呪文(ホイミ)目当てではないと発覚してしまった時、どう答えるつもりなのかが気になり。

 

「……まさかスー様にばらされるとはあたしちゃん予想していなかった」

 

「いや、バラすも何もそこそこの力量の賢者という時点で丸わかりだろう?」

 

 気づかないのは人間の職業に疎い魔物ぐらい。

 

「だが、いずれ第二第三のあたしちゃんがスー様の前に――」

 

「洒落にならないからやめろ!」

 

 じょうだん ぬき で かんべんしてください、ほんとう に。

 

「まったく。遊んでないで本題に移るぞ? とりあえず科人がどうのと言うことはお前が絡み付いてる女僧侶について少しは話を聞いていると思っても良いな?」

 

「うん。悪い人だからお仕置きをするんだよね?」

 

「それで概ねあっている。ただ、その女僧侶を担いでる女が誤解を招くような発言をして、俺はその誤解を訂正し、罪人の方は相応強い罰を与えるつもりで居た」

 

「誤解?」

 

 触手つき水色生き物(ホイミスライム)はきょとんとするが、俺にとってこの流れは好機だった。

 

(悪いけど、利用させて貰うよ)

 

 これ以上の状況悪化はご免被る。

 

「俺は罰すると言った筈なのだが、いつの間にか別の言葉に置き換えられていてな。人の言を捏造されてはたまったものではない」

 

 吐き捨てつつここで元女戦士を睨むことも考えたのだが、何故だか喜ばれそうな気がしたので、ただ嘆息し。

 

「誤解を解くという意味でも、さっさと処罰を済ませてしまおうと俺は思う訳だが……」

 

 問題はスミレさん達が連れてきた触手つき水色生き物(ホイミスライム)達だ。

 

「俺としてはお前達が借りられてくることなど全く予定になかったからな」

 

「ならスー様、あたしちゃんがホイミンさん達の仕事を考えてみる」

 

 口の端に登らせれば、案の定スミレさんは挙手し。

 

(あー、やっぱりその名前なんだ)

 

「詳細を聞こう。許可を出すかはそれからだ」

 

 嫌な予感を覚えつつも、そう切り出したのだった。

 

 






次回、第百十九話「みんなで、つくりあげるもの」


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第百十九話「みんなで、つくりあげるもの」

「ホイミスライムを増やしてお風呂にする」

 

 予想していた中でもど真ん中と言うべきか。

 

「却下だ」

 

 スミレさんの意見を俺は即座にはね除けた。

 

「……と言うか、まだ諦めてなかったのか、触手つき水色生き物(ホイミスライム)風呂」

 

 ここまで来ると何故拘るのかを聞いてみたいような気もしてくるが、きっとロクでもない理由だろうとも思え。

 

「まぁいい。誰か他にアイデアはないか?」

 

「うーん……」

 

「ちょっと、いいかい? あたいに一つ考えがあるんだけどね」

 

 さらりと流し、他者へ話を振ってみるも、挙手する者はおらず。

 

「ふむ、案のある者はいない、か」

 

 こう、元女戦士が挙手したような幻覚が幻聴つきで見えた気もしたが、俺は無理もないかと呟いた。

 

「ねぇねぇ、このお姉さん何かアイデアが有るみたいだよ?」

 

 だと言うのに、わざわざ触手で人の二の腕をつんつん突いて話しかけてくるのは、スミレさんが借りてきた生き物の一匹。

 

(そうですか、するー は させてもらえないんですね、わかります)

 

 提案者があのせくしーぎゃるだと言う時点でまともなアイデアじゃないことはほぼ確定と見てよいだろうが、ここまでされては流せない。

 

「何だか流されそうになった気もするけどねぇ。まぁ、安心しな。今回のアイデアにゃあ自信があるんだよ」

 

 そうですか。

 

(「おれ は いやなよかん しか しないです」って、しょうじき に いえたら、どれだけ き が らくだろうなぁ)

 

 遠い目をしたくなったが、現実逃避しても状況は変わらない。俺はただ心に鎧を着せ、衝撃に備えた。

 

「ベホマスライム風呂ならどうだい?」

 

 魔物のグレード上がっただけじゃねぇか。

 

「……俺はどこからツッコめばいい? スミレが借りてきたコイツらは結局どうするんだって所からか?」

 

 何の解決にもなってないんだから、俺の主張は正当だと思う、思うが。

 

「おっと、やっぱりそうくるかい? 大丈夫、その辺りも考えてるさね。まず、追加のホイミスライムを借りてきてホイミスライム風呂を作り、ベホマスライムも借りてきてベホマスライム風呂も作る。ベホマスライム風呂は上級者向けって訳さ」

 

 ひょっとして、こいつら と まとも に はなし を しようと おもったのが、まちがいでしたか。

 

「初心者向けと上級者向けとか、それは盲点」

 

「だろ? もちろんそれだけじゃないよ。ちゃんと罰になるかどうか言い出しっぺのあたいがまず体験して確かめてみ――」

 

「却下だ、却下。どう考えてもお前が入りたいだけだろうが!」

 

 予想通りというか何というか。

 

「じゃあ、スー様は何か代案有る? ホイミンさん達の仕事も有るもので」

 

「っ、それは……」

 

「人の案を取り下げるなら、代案を出すべきとあたしちゃんは思う」

 

 俺をじっと見つめるスミレさんの言は正論だからこそタチが悪かった。

 

(代案……触手つき水色生き物(ホイミスライム)に出番があってなおかつ無難なお仕置きかぁ)

 

 お仕置きと言われて真っ先に思いついたのは、クシナタさんのお尻ペンペンだが、生憎クシナタさんはここには居ない。

 

(まぁ、居ないなら他の人なりそれこそそこの触手つき水色生き物(ホイミスライム)が変わりにやってくれれば良いんだけどさ。調教がどうのって誤解を招いた後だってのがな)

 

 また誤解を生じさせてしまうんじゃないかと思うと、迷いが生じる。

 

(なら、それこそもっと良い案を思いつけばいいだけの話だけど)

 

 そう簡単に思いつけるようなら苦労はしない。

 

(トロワみたいにきれいになってくれればなぁ。もっとも、ホロゴースト借りてきて取り憑かせる訳にもいかないし)

 

 例え借りられて効果があるにしても、トロワのトラウマをほじくり出すような案は出せず。

 

「……ここは格闘場、傷ついた魔物達の治療を延々と行うというのでどうだ? まぁ、強制労働のようなものだな。そこのホイミスライム達はコーチ兼見張り役と言うことで」

 

「えー」

 

 出来るだけお色気方面と無縁になるようにと考え、絞り出した案に待っていたのは、スミレさんのいかにも不満げな声だった。

 

「スー様、手ぬるいとあたしちゃんは思う」

 

「あたいも同感だね。ただ回復呪文を使うだけじゃ、ちょっと激しい戦闘と変わらないじゃないのさ」

 

「っ、ならどうする? 『人の意見を取り下げるなら、代案を出すべき』なのだろう?」

 

 俺からすれば、たった今口にした案だって割と良くできたものだと思ったのだ。ダメ出しされて良い気がするはずもない、だから相手の言葉を利用してそっくりやりかえしたのだが。

 

「だったら、ベースはスー様の案で、それをあたしちゃん達が改修する」

 

「は?」

 

「スー様はそれが良いと思った。あたしちゃん達は手ぬるいと思った。だったら、スー様の案を罰として丁度良い具合の厳しさに引き上げれば問題はなくなる」

 

「なるほどね、良いアイデアじゃないのさ」

 

 あっけにとられた俺の前でスミレさんが胸を張れば、そんなスミレさんを元女戦士が賞賛し。

 

「じゃあ、ボク達はそっちのニンゲンの女の人がサボったらお尻をひっぱたけばいいんだね?」

 

「暇だったら時々くすぐっても良い。あたしちゃんが許可する」

 

 ああでもないこうでもないと議論を重ね、暫し後。魔改造された俺の案について確認する触手つき水色生き物(ホイミスライム)へスミレさんがとんでもないことを言っていた。

 

「ふっ、あたいらみんなで考えた罰だ。これであいつもきっちり更生してくれる筈さね」

 

 とりあえず、おまえ も こうせいしろ って いっちゃ だめ なんだろうか。

 

「……帰る、か」

 

「マイ・ロード?」

 

 罰は決めたし、見張りはあの触手つき水色生き物(ホイミスライム)達がしてくれる。よって、俺がとどまる理由はなかったし、何より精神的に疲れた。

 

(帰って、寝よう)

 

 ピンチを切り抜けた達成感を感じるような余裕もなく、寧ろ敗北したようにトボトボと、俺は部屋を出て宿に向かい歩き出すのだった。

 




 次回、第百二十話「で、気が付いたらトロワと同じベッドで朝を迎えていたりするんですね?」




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番外編4「魔法使いサラの憂鬱(サラ視点)」

 

「まさかお父さんが生きていたなんて……」

 

 宿の食堂で窓の外を見た勇者様がポツリと呟く。地面に空いた大穴を抜け辿り着いたこの地で私達を待っていたのはいくつもの驚きと夜のように暗い世界でしたわ。

 

「バラモスが真の大魔王の部下に過ぎないと言うことを聞いた時も驚きはしましたが……いやはや、更に驚かされることになるとは思いませんでしたな」

 

「うん。お師匠様はどこまで知っていらしたんだろう……」

 

 スープに浸った匙を持つ手ごと止めてアランの言葉に同意した勇者様の視線が窓の外より更に遠くを見る。

 

(これは……あれ、ですわね)

 

 嫌な予感がした。

 

「ミリー」

 

 そして、それはおそらく外れていないと思ったタイミングでエロウサギの名を勇者様が呼び、予感はほぼ確信に変わる。

 

「しゃ、シャル……」

 

「ゴメン、ミリーには悪いけど……今晩、いい?」

 

 ビクッと震えたエロウサギの視線が彷徨い、そんなエロウサギの方を見て勇者様が尋ねる。これが何度目のやりとりになるのか。

 

(デジャヴ、ですわね)

 

 違いがあるとすれば、前の時は食事中ではなかったから勇者様とエロウサギの距離が近かったことぐらい。

 

「す、すみません。駄目です。ご主人様に悪――」

 

「うん、分かってるけど……ボク、もう……」

 

 頭を振って勇者様のお願いから逃れようとするエロウサギですけれど、これまでの流れ通りだと断り切れずに結局というオチになるのはもう解っていますの。

 

「……どうしましたかな?」 

 

「勇者様達、あのままで良いものかと思っていた所ですわ」

 

 きっと物憂い気な顔をしていたのでしょう、尋ねてきたアランに私は憂鬱さを隠さず答え。

 

「確かに。今のお二人は危うすぎますからな」

 

「ですわよね?」

 

 二人して頷き合う。

 

「ただ、あの呪文があったからこそここまでこられたというのも事実ですのよね……」

 

 勇者様がエロウサギにとある呪文を使った上で自分と一緒に寝て欲しいと強請っているのだが、その呪文というのが変身呪文であるモシャス。

 

「盗賊さんと離ればなれになったことで出来た心の隙間を埋めたいというのは解りますし、私やアランに頼むのは色々問題があると考えてエロウサギに白羽の矢を立てているのでしょうけれど」

 

 あの呪文の効果時間は朝まで続かない。ならば途中で戻ってしまうのは間違い有りませんのよね。

 

(その上、エロウサギと盗賊さんの体格も違うとなれば、普通の夜着なんて着られませんもの)

 

 以上のことから導き出される結論は、あのエロウサギが何もつけないで勇者様と寝ているであろうというものであり。

 

(モシャスしてると言うことは、実質的に裸の盗賊さんと同衾してるも同然ですのよね)

 

 エロウサギが難色を示すのもよく分かる。

 

(まぁ、そのエロウサギも隠れてモシャスした上、水鏡に向かってこっそり愛を囁いたりしてるみたいですけれど)

 

 もし勇者様がモシャスの呪文を使うことが出来たなら、今より恐ろしい事態になっていたのではないか。

 

「……一刻も早く盗賊さんを見つけないと拙いですわね」

 

 今の状態が危ういというのも有りますけれど、先程のやりとりだって人に聞かれたら誤解されかねませんもの。

 

「最悪、我々が補助に回ってクシナタ様に大魔王を倒して頂くと言う選択肢もありはするのですがな」

 

「もう一人の勇者様ですわね?」

 

「ええ。まぁ、そもそもあの方が見つかればあっさり解決しそうではあるのですが」

 

「確かにそうかもしれませんわ。ただ……」

 

 他ならぬアランの言葉、全面的に賛同したいところでしたけれど、私にはちょっと危惧があり。

 

「見つかったら見つかったで、今までの反動からあの二人が盗賊さんにべったりとか、行くところまで行ってしまうんじゃないかという不安があるのですけれど……」

 

 口に出したのは失敗だったかも知れませんわね。私の言葉に返って来るものはなく、ただ沈黙だけが残る。

 

「ねぇ、ミリー……いいでしょ?」

 

「しゃ、シャル……だっ、駄目で……」

 

 隣のやりとりまで入れてしまうと沈黙とはほど遠いのですけれど、それはそれ。

 

(と言うか、そろそろ本気で止めた方が良い気もしてきましたわ……)

 

 まったく、こんな事態を引き起こしておいて、盗賊さんは今何をしていらっしゃるのやら。

 

「……はぁ」

 

 旅自体はもう一人の勇者様達と協力関係にある為、恐ろしく順調に進んでいますのに、思わずため息が漏れる。

 

「……確か、明日はメルキドでしたわね?」

 

「そうですな。申し訳ありませんがあの二人の事は頼みます」

 

 明日になれば勇者クシナタ様の一行からルーラを使える方が来てメルキドに連れて行って下さり、代わりにアランが勇者クシナタ一行をリムルダールへと送る。

 

(二組で協力して動いているからこそ、新しい発見が有れば共有することで効率をアップさせる事が出来る……理にかなってはいますけれど)

 

 勇者様とエロウサギを引き離せない以上、この手の状況下では私かアランが行くしかなく。

 

「……承知しましたわ」

 

 私は首を縦に振ると、横目で勇者様達を見る。

 

(もっと一緒にいたいなんて贅沢過ぎますわよね)

 

 こうして離れることがあるからこそ勇者様達の気持ちも理解出来た、だから。

 

(どうか、盗賊さんと一日も早く再会出来ますように……)

 

 私は密かに神へ祈るのだった。

 




モシャスを悪用してる例。

実はあれはこれの前ふりだったんだよ!

尚、この番外編は地名で分かるかも知れませんが、時系列的にはもうちょっと先のお話になります。

最初はマイラとドムドーラのルーラリストを埋める時のお話にしようかと思っていたんですが、シャル達の精神状況がその時点であれだとゾーマ城到達した頃には完全におかしくなっていそうでしたので、予定変更しました。

え? もう充分やばい?

さて、次回……と言いたいところですが、時系列を鑑み、次の更新はこのお話の前に挿入となりますので、次回予告は敢えて無しで行きます。

ご理解ください。



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第百二十話「で、気が付いたらトロワと同じベッドで朝を迎えていたりするんですね?」

「ん……」

 

 まどろみつつもあともう少し寝ていたいと思う欲求がうっすら開いた俺の目を閉じさせようとする。

 

(あったかい……けど、なんで?)

 

 ベッドの中だから当然ではあるのだが、それだけでは説明のつかない温かさと柔らかさに疑問が浮かぶ。

 

(この だんりょく が あって、やわらかなもの は なんだろう?)

 

 枕はこんなに柔らかかっただろうか。そもそも位置もおかしい気がする。

 

(それに……)

 

 この柔らかなものを触るたび、何処かで声が上がる気がして。

 

(っ、まさか――)

 

 ふいに脳裏へ浮かんだ答えで眠気が一気に吹き飛ぶ。

 

(か、確認しないと)

 

 まだ降りていたいと主張する瞼をこじ開け、最初に飛び込んできたのは自分のモノではない肌の色、続いて脱ぎ捨てられた紫のナニカ。

 

「っ」

 

 やばい、とてつもなくやばい状況に思わず息を呑んだ。月並みな表現で言えば早鐘のように打ち鳴らされる鼓動を知覚しつつ、どんどん嫌な方向へ進む想像と現実の答え合わせは俺を絶望へと誘って行く。

 

(どうして……)

 

 どうして、こうなった。

 

(確か、昨日は疲れてさっさと寝てしまった、寝てしまってはいたけど)

 

 ベッドを間違わないようにするだけの分別はあったはず、なのに。

 

(何故トロワと――)

 

 同じベッドで寝てるんだと、思った瞬間。

 

「どうだ、ぼうず? わしのぱふぱふはいいだろう?」

 

 至近から、聞こえてはいけないオッサンの声がした。

 

「ま、マイ・ロードがお疲れのようでしたので、父にぱふぱふを……」

 

 固まったままの俺へ少し離れた場所からかけられる聞き覚えのある声を聞き。

 

(そっか)

 

 俺はそれが悪夢であると気づいた。トロワの父親、つまりアークマージであるおばちゃんの旦那さんはとっくの昔になくなっている。

 

「わっはっはっはっは。じゃあ、わしはこれで……どうか、娘を頼んだぞ」

 

 ぱふぱふしないと誘っておいて父親をあてがう何処かの偽踊り子みたいなことが出来るはずもないし、当人だってその父親みたいな事は言わないだろう。

 

(良かった、思ったより冷静で)

 

 冷静になれた理由は、柔らかな弾力の正体が故人というあり得ない事態であることに気づけたからだが、それに救われたとも言える。

 

(現実にあり得るシチュエーションだったら、間違いなく絶叫していたもんな、きっと)

 

 例えば、弾力の正体がうっかりついてきてしまった触手つき水色生き物(ホイミスライム)だった、とか。そして、トロワを起こしてしまい、叫んで飛び起きた理由を説明しないと行けないハメに陥る。

 

(そう言う意味でも何もなくて良かった……さて、起きなきゃ。今日はトロワへ世話になってるお礼に何か買いに行く日だった筈)

 

 何時までも惰眠を貪っている訳にはいかない。むにっとした柔らかなそれを押しやり、空間を作って身体の向きを変える。

 

「ん、んっ……ふぅ」

 

 そのまま腕を伸ばして伸びをすると一息ついてからベッドを這い出し。

 

「ん?」

 

 這い出して、ふと気づく。

 

(あるぇ? おれ って、なに を おしやったんですかねぇ?)

 

 妙にリアルな感触だとは思った。だが、夢だったと思ったのに。

 

(夢なら押しやれる筈もないし……ということは)

 

 振り返るのが、怖い。だから、まずは自分の身体を見た。

 

(大丈夫……着衣の乱れは普通に寝相とかで出来たシワとかぐらいしかない)

 

 これで何も装備していない状態だとか、下着オンリーだったら最悪の事態も覚悟しなければならなかっただろうが、それだけは防げたらしい。

 

(って、防げたらしいって何?)

 

 そもそも、俺は何かをやらかした覚えはない。

 

(ついでに言うなら、誰かが部屋に侵入して俺のベッドに潜り込んだなら、気配で気づいたはず)

 

 よって導き出される答えはただ一つ。

 

「睡眠性格改変用等身大トロワ人形『昨晩はお楽しみでしたね一号』だったと、そう言うことだな」

 

 わー、すごいや、とろわ。たったひとばん で かんせいさせて べっど に いれてくれるなんて。

 

「無理のない完璧な推理だ。だから、振り向いても大丈夫なはず……」

 

 自分に言い聞かせながら、俺は自分の寝ていたベッドに視線を戻し。

 

「え゛」

 

 思わず、固まった。

 

「……んんぅ」

 

 そこにいたのは、俺のベッドで身じろぎするムール君だったのだから。

 

(はい? なぜ に むーるくん が おれのべっど に いるのですか?)

 

 百歩譲ってトロワならまだ理解が出来る。同室なのだから。

 

(そもそも気配……まさか、俺に気取られないレベルまで盗賊としての腕を上げたとか?)

 

 昨日は精神的な疲労でへろへろ、コンディションはかなり酷かった。

 

(それで、知覚力まで下がってるところに腕を上げたムール君が忍び歩きで侵入してきたとしたら――)

 

 説明は、つく。

 

(いや、「説明は、つく」じゃないだろ!)

 

 そもそも、可能か不可能か以前に何故俺のベッドに潜り込む必要があるんですか。

 

(まさか、あの腐れ僧侶に何か吹き込まれた影響?)

 

 仮定してみると、あり得すぎて笑えない。

 

(確かに、昨日あの僧侶少女に課そうとした罰は手ぬるかったみたいだな)

 

 罰を強化してくれたという一点だけはスミレさん達に感謝しても良い。今ならそう思えた。

 

(ただ、問題は……)

 

 今俺のベッドで寝てるムール君をどうするか、この一点だけで俺の頭は痛くなった。

 




・その頃の勇者一行
サ ラ「怖い夢、ですの?」
シャル「うん。……お師匠様が男の人と同じベッドで寝てて」
サ ラ「へ?」


次回、第百二十一話「全力で無かったことにして行くスタイル」


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第百二十一話「全力で無かったことにして行くスタイル」

「とりあえず……」

 

 起きたことだし、トイレにでも行ってこよう。俺はそう思った。

 

(ここでトロワに声をかけるとかきっと悪手だもんなぁ)

 

 トイレに行って、戻ってきて、支度を済ませ、皆が起き。

 

(その時点で「あれ、ムール君がいるぞ?」って事が発覚した方が騒ぎにはなりにくい筈)

 

 ベッドの中で両者が目覚めるという最悪の事態は避けられたのだ、なら、このまま有耶無耶にしてしまおう。

 

(理想的なのはムール君が先に起きてベッドから出て、その後トロワが起きるパターンだけど)

 

 順番が逆だったとしても、二人同じベッドにいるところをトロワに目撃されるよりはムール君だけ寝てるベッドを見られた方が余程マシだ。

 

(どっちにしてもこの状況で俺が部屋に居るまま二人目が起きたら説明を求められそうだし)

 

 俺自身、一人で考える時間が欲しい。

 

「なら、他に手もないな」

 

 俺はベッドサイドから部屋の鍵をとると、トイレに行ってくるという書き置きを変わりに残し、部屋を出る。

 

「よし、誰も居ないな」

 

 仮にも盗賊だ。気配が無いかは確認していたが、万が一と言うこともある。

 

(部屋から出てくるところを隊のお姉さんに目撃されて、「ムール君がスー様の部屋に行った筈なんだけど」とか話を振られたら……)

 

 今はムール君も男性と思われてるだろうから、問題ない。だが、ムール君の秘密が漏れ、男性ではないと知られれば拙い事になるかもしれない。

 

(ムール君が何時来たかも記憶にないし、取り越し苦労の可能性も残ってはいるけど、こういう事は念を入れないと)

 

 ただでさえ世界の悪意が向けられたかのように物事が悪い方向へ悪い方向へって転がってくることがあるのだ。

 

(現にムール君がベッドに潜り込んでいたなんて想定外の出来事に見舞われたばっかりだもんなぁ)

 

 だからこそ、こうしてトイレに向かう廊下の曲がり角で誰かとぶつかるなんてイベントが起きても俺は驚かない。

 

(ま、気配察知出来るからあり得ないんだけどね)

 

 仮に透明化呪文でスミレさん辺りが姿を消して尾行していたとしても、気配までは消えていないから気づける。

 

(忍び歩きまでされると厳しいけど、賢者と盗賊の両方を極めてるのはまだ俺ぐらいだし、クシナタ隊のお姉さんがここまで来るとしたら、おそらくは神竜との戦いの直前くらいの筈)

 

 クシナタ隊で賢者に一番乗りしたスミレさんも盗賊への転職はまだなのだ。焦ることはない。

 

「さて、と。トイレはこのさ」

 

 ただ、気配を悟れない相手への警戒は不要だとしても、別の問題が発生することはある。

 

(これは……誰か居るな)

 

 進行方向に感じた気配。トイレは各部屋共同のようだから先客が居ても不思議はないのだが。

 

(位置からすると多分女性、人数は一人、そこまではわかる)

 

 問題は、誰か、だ。

 

(厄介なのはスミレさん、元女戦士、そしてあの腐った僧侶少女……かな)

 

 挙げた三人なら誰であったとしてもロクでもない結果になりそうな気がするのは、俺の気のせいだろうか。

 

(って、あの三人なら気配察知出来ないし、透明化呪文と忍び歩きでやり過ごせば――)

 

 出会わずトイレに行くのは可能だとも思う。

 

(しかし、最悪のケースを考えたからの発想だよな)

 

 透明化呪文の効果時間だけがネックだが、その辺りは足りなければ呪文を唱え直し、調整すれば良いだけのこと。

 

(この調子で部屋に戻ってから無難に事態を収拾する方法とかも思いつくと良いんだけど)

 

 そう都合良く行くとは俺も考えていない。

 

「レムオル」

 

 まずは気配を殺してトイレへ向かうことだ。

 

(透明になってれば見つかることはないし、まず先にいるのが誰かだけでも……)

 

 確認しておくのは悪くない。

 

(行儀が良いとは言えないけど、独り言でも呟いていてくれれば、昨晩何があってああなったかの手がかりになるかも知れないし)

 

 もっとも、ムール君を嗾けた張本人があの後どうなったか楽しみですぅとか言ってた時には平静でいられる自信はない。

 

(とは言えここまで来て確認しない訳にもなぁ。さて、誰が居……え゛)

 

 姿を消したまま気配の主が視界にはいるところまで進んだ俺は、想定外の正解に固まった。

 

(クシナタ隊とは全く関係ない別の宿泊客、とか)

 

 貸し切りで宿を借りてる訳じゃないのだから、こういう事も有るのだろう。

 

(透明になってて良かった)

 

 とりあえず、この失敗は自分の胸にだけしまっておこう。

 

(で、問題は部屋に戻ってからかぁ)

 

 天敵三名と出くわさないのが逆に不気味だが、常識的に考えればこういう事があっても不思議はない。なら、俺が考えるのは事態の収集法であり。

 

「そうだ」

 

 そして、俺は閃いた。

 

透明化呪文(レムオル)変身呪文(モシャス)、呪文を駆使すれば出来ないことの方が少ないじゃないか)

 

 呪文には無限の可能性がある。だから、俺は全力を尽くすことにした。僧侶と魔法使いの会得する呪文全てを行使可能なこの身体の真価を発揮して。

 




うーむ、最近スランプ気味っぽい。何とか脱したいところなのですが。

次回、第百二十二話「予定したとおりに」

さて、主人公、窮地をどう乗り越えるのか。


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第百二十二話「予定したとおりに」

「さて」

 

 考えてみれば簡単なことだった。

 

「ムール君がベッドにいたことが原因なら、ムール君を部屋にかえしてしまえばいい」

 

 部屋番号に関してはムール君が鍵を所持してるだろうからそこから割れるし、眠りが浅いようならラリホーの呪文を重ねがけ、忍び歩きと透明化呪文(レムオル)を併用すれば部屋に運ぶ姿を目撃される恐れもない。

 

(部屋に戻しちゃえば、夢オチだったって事にできるよね)

 

 ドアを開けて中に入ったらムール君が既に起きてましたって展開だったらアウトだけど、仮定で可能性を潰すより、今は動くべきだ。

 

(通路良し、ドア良し……行こう)

 

 左右を確認し、誰かが出てくる気配がないのを見てから、鍵穴に鍵を差し込みドアへ耳を押し当てる。透明じゃなかったら不審者認定間違いない格好ではある。

 

(うん、たぶんまだ起きてない)

 

 アウトにはならなかったようだと判断して、鍵を回し引き抜いてそのままノブに手をかけ。

 

(行動は迅速に、そして静かに)

 

 部屋に足を踏み入れると、足音と気配を殺したまま自分のベッドへ近づいた。

 

「ん……」

 

「ラリホー」

 

 毛布をめくれば、やはりムール君は眠っていて、念のため呪文を唱えると起こさないよう細心の注意を払って身体の下へ腕を差し込み、持ち上げる。

 

(よし、第一段階はクリア。トロワは……起きてくる気配無し、と)

 

 今のところは上手くいっている。

 

(ま、こういうときほど足を掬われるモノだから油断は禁物だけど)

 

 気は緩めず、鍵についてる部屋番号の書かれた板を確認しつつ唱え始めるのは透明化呪文(レムオル)。ムール君を布で隠して俺が変身呪文(モシャス)でムール君に化けて部屋に戻るってのもありだが、紙切れの影響が変身後にどう作用するかわからず、俺は断念した。

 

(両方ついてるのとむっつりスケベがどう作用するかも謎だからなぁ)

 

 まったく、あの紙切れはどこまでも祟ってくれる。

 

(とにかく、今は急いでムール君の部屋に向かおう)

 

 いつものパターンならこういう時に限ってスミレさんだとかあの元女戦士と遭遇するハメになる。

 

(モタつけばその可能性がいっそう高くなるもんな)

 

 他者の気配に気を配っていれば、鉢合わせするという事態は避けられる。

 

(そして、気配の主とすれ違わざるを得ないなんて状況に陥ったとしても、呪文で透明化していれば目撃はされない)

 

 すれ違う場合は、運んでるムール君の身体が接触しないように気を配る必要こそ有るが、それだけだ。

 

(確か、部屋番号からすると、ムール君の部屋はあっちの筈)

 

 割り振られているのは男部屋だろうから、中に人の気配も無いだろう。

 

(……これか)

 

 鍵の番号に該当する部屋を見つけると近寄って鍵穴に鍵を差し込もうとし。

 

(っ)

 

 そこで気づいた、身体ごと透明になった鍵の先を人一人抱えたまま鍵穴に差し込むのがどれ程の難事であるかを。

 

(つーか、「気づいた」じゃないよね? ああ、鍵がどれぐらいの長さだったかもっとしっかり覚えてればなぁ)

 

 何故この問題点に気づかなかった、俺。

 

(どうする? ムール君を降ろすのは拙いし……)

 

 起きてしまうかもしれないというのもあるが、透明になっているが故に再び抱き上げる時、何処に身体のどの部位があるのかわからないのもやばい。

 

(鍵の先端を手繰って、ドアに近づき鍵穴に円端を押しつけるようにすれば……って、あ)

 

 必至に何とかする方法を模索する内、俺は不意に閃き。

 

「アバカム」

 

 唱えた呪文によって一瞬でドアの鍵は解けた。

 

「……本当に、何やってたんだろうな、俺って」

 

 無駄な努力をしていた徒労感で身体が重くなるが、項垂れてる暇はない。

 

(ムール君をベッドに寝かせて、早く部屋に戻らな……あ)

 

 戻ると言えば、出てくる時鍵はかけただろうか。

 

(って、よく考えたらこっちの部屋も鍵の問題が出てくるじゃん!)

 

 鍵をすればムール君の部屋に鍵が残せず、鍵を部屋に残せば、当然ながらドアに施錠出来なくなる。

 

(うあーっ、解錠呪文があるなら施錠呪文もあってくれれば……仕方ない、鍵は持っていこう)

 

 鍵のかかっていない部屋に眠った女性を一人残してしまった状態で出てきてしまっているのだ。

 

(開けるだけなら中からでも出来るし、解錠呪文を使って後で起こしに来て、その時に部屋の中に鍵を残していけばいいんだから)

 

 そもそも、首尾良くムール君を部屋まで運べたのにまごついて目を覚まされたら目も当てられない。

 

(トロワの方も気になる。宿屋の中とはいえ、元の世界と治安って面で比べものにならないしなぁ)

 

 防衛戦の時の戦力を考えると、犯罪者が居たとしても戦闘力はあの時防衛に当たっていた兵士達よりもまず下、目を覚ましさえすれば遅れはとらないと思うものの、ムール君を運ぶのがすんなり行きすぎたからこそあちらが気になり。

 

(ここまでは上手くいってるんだ。なら、何事もなく終わらせて、後は予定通りにトロワと――)

 

 出かけたい。そう思いつつ俺はムール君の部屋を出るとドアに鍵をかけ、来た道を引き返した。

 

 




次回、第百二十三話「城下町で」


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第百二十三話「城下町で」

「……疲れた」

 

 拍子抜けする程うまくは行ったのだと思う。

 

(いや、疲れたけどその甲斐はあったと見るべきだよなぁ)

 

 部屋に戻るとトロワは眠ったままで荷物が荒らされている様子もなく、今度こそドアに鍵をかけて部屋を出た俺は、その足でムール君の部屋に向かい、鍵を使ってムール君の部屋に侵入。起きたムール君から事情を聞き、俺の部屋で寝たのは夢だったのではないかと自室で寝ていたことを指摘し、納得して貰ってから再び自室に引き返し、今に至る。

 

(しっかし、やっぱあの腐った僧侶少女、本当にロクなことしないなぁ)

 

 話を聞いたところ、ムール君が部屋にやってきた理由の半分ちょっとは、恋愛相談の様なモノだった。

 

「あの腐った少女の吹き込んだ色々が間違いなら正しい恋愛ってどういうモノなのか教えて欲しくて」

 

 と、まぁそんな動機だったようであり、残りは奥義伝授に相応しい強さの目安を聞きたかったとか貰った下着の履き心地と感想なんかが理由だったそうだ。

 

(まぁ、同じベッドで寝てた理由については結局聞き出せなかったんだけどね)

 

 深く踏み込めば、こっちも墓穴を掘る可能性があった。だからやむを得ず、正しい恋愛についてはアリアハンで再会するだろう魔法使いのお姉さんと元僧侶のオッサンカップルにでも話を聞くと良いとアドバイスしておいた。もちろん、両方ついてるという素性は隠すよう釘を刺した上で。

 

(彼女居ない歴が年齢+憑依時間の俺に語れる恋愛論なんてないし、知ったかぶりすれば絶対ボロが出るもんなぁ)

 

 だから、話を聞けそうな知り合いを脳内検索してみたのだが、俺と面識があってカップルもしくは夫婦になってる人もしくは魔物となると、ムール君に勧めたシャルロットパーティーの二人の他、おろちとマリクの夫婦、エピちゃんのお姉さんと元バニーさんのおじさま、戦士のライアスとクシナタ隊のアイナさんに今も船でイチャイチャしてるであろうポルトガ出身バカップル位なのだ。

 

(片方が鬼籍に入ってる、もしくは行方不明も入れるなら、シャルロットのお袋さんとトロワの母親であるアークマージのおばちゃんやムール君の村で別れたオッサンも数にはいるけどさ)

 

 その中から選べと言われると、実際推薦した二人を除けばライアスとアイナさんのカップルぐらいしか残らないと思う。

 

(夫婦のどちらかがなくなってる人に話を聞きに行けなんてのは論外だし、ムール君の村で別れたオッサンに至ってはあの後どこに行ったかわかんないもんな)

 

 色々旅をしてきたつもりで居たが、思ったより頼れる人は少ないと新たな驚きを覚え。

 

(あ、サマンオサの戦士ブレナンとその奥さんって夫婦も居たか。うーん、少ないと思ってるのは単に思い出せてないだけだったりするんだろうか)

 

 可能性はあるものの、近い将来ほぼ確実にあえるという意味でシャルロットパーティのあの二人を選んだのは無難な選択だと思えた。

 

(シャルロット達と再会をした時、ムール君があの二人の相手をしててくれれば、俺はシャルロットと元バニーさんだけを相手に話をすればいい訳だし)

 

 四人相手にするより二人の方が話もしやすいだろう。

 

(まぁ、会った時話すことはまだ纏まってないんだけどさ)

 

 まだ時間はある。

 

「とりあえず、今日はトロワと買い物に出かけて、感謝の品やら何やら買いに行かないとな」

 

 昨日モンスター格闘場の前で元女戦士がやらかしたことを鑑みるに、変装は必須になるだろうけど、それはそれ。

 

(寧ろスミレさん達の目を気にしなくて済むし)

 

 良い機会かも知れない。

 

(別にご機嫌取りって訳じゃないけど、元バニーさんとかシャルロットの分のアクセサリーも買っておこっと)

 

 突然逃げ出したのだ、謝罪の一つもすべきだろうし、手ぶらで謝るよりはよっぽど良い。

 

「んぅ、……マイ・ロード? おふぁようございまふ」

 

「ああ。目は覚めたようだな。朝食が済み次第、変装して城下町に繰り出すぞ?」

 

 あくび混じりで挨拶するトロワへ応じると、俺は鞄へ手を突っ込む。

 

「町へ?」

 

「そう、城下町へ、だ。作成するアイテムの材料や既に作った下着に使った布と糸、買っておくモノはいくらでもあるが、お前一人を残して俺が買い物に出るわけにもいくまい? まぁ、昨日の騒ぎを考えるとお互いに自分とわからない格好で出歩かないといかんだろうが」

 

 盗賊という自分の職業を鑑み、次に顔を隠しても不自然ではない素性を考えるなら、やはり魔法使いがベストだろうが、顔を隠すというともう一つ思い至るモノがある。

 

「あらくれ」

 

 そう、あらくれ者だ。肌色を欠片も露出しないフルフェイスな角つきの黄色い覆面(マスク)に首から上と反比例するようにバンドみたいなものを付けただけのほぼ裸体を晒す上半身。もちろん下半身はちゃんとズボンをはいている。

 

(あの特徴的な覆面さえ手に入れれば簡単に変装出来そうだよなぁ)

 

 何より顔をきっちり覆って視線とかも悟られにくくしてくれるところが良い。紙切れの影響でうっかり女性の胸とかお尻とかに目がいってしまっても、あのマスクならきっと誤魔化して課してくれるに違いない。

 

(モシャスで適当な人に変装してマスクを購入して、上だけ服を脱いでから覆面を被れば――)

 

 あっという間にあらくれものの出来上がりという訳である。そして、俺はそれをやった。

 

 

 




主人公の次なる変装はなんとあらくれ。

ビルダーズの影響でも受けたのか?

次回、第百二十四話「まかり通る」




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第百二十四話「まかり通る」

「おう、これは……」

 

 覆面(マスク)、ただ布か革で出来たそれを付けただけで、どうして見えてくる景色はこんなに変わった気がするのか。

 

(そして、気持ちまで変わったような気がするのは何故なのかな?)

 

 思いこみ、所謂プラシーボ効果なのか、それとも性格矯正アクセサリよろしく、この覆面(マスク)にも実は何か効果があるのか。

 

(違って見える方は、冷静に考えれば当然なんだけど、さ)

 

 覆面しても視界が変わらなかったら、逆におかしい。

 

(ま、何にしても、これだけやればスミレさんとかにばったり出遭ったとしても俺だとは気づかれないだろう)

 

 準備は調った、少なくとも俺側は。

 

(で、問題はトロワか。胸とかお尻は例の袋で小さくできる。となると、問題は耳、だな)

 

 エピちゃん達もそうだったが、エビルマージやアークマージの耳はエルフよろしく尖っており、トロワもその例に漏れない。

 

(お揃いの覆面(マスク)って訳にもいかないけど、トロワはデフォが覆面ローブだからなぁ……)

 

 耳を隠すために覆面をしてはかえって正体を連想してしまいそうだし、かといって先端の尖った耳を白日の下に晒して往来を行く訳にもいかない。

 

(なら無難なのはカツラ、かな)

 

 長い髪のカツラなら耳に被せることで尖り耳を隠すことは可能だと思う。

 

「となると移動は結局呪文が頼りかよ、しゃーねーなぁ」

 

「マイ・ロード?」

 

 あらくれ者になりきってボヤくと何でもないと言いつつも、覆面を買った店を出て人気のない路地へトロワの手を引いて歩き出す。

 

「へっ、ここなら良いだろう。ワリィな。あそこじゃ人の目と耳があったモンでよ。実はな――」

 

 危惧をトロワ自身に説明しない理由はない、となると言い過ぎだが、説明した方がスムーズに事が運ぶのは確か。

 

「なるほど、カツラですか。良いお考え……かと」

 

 顔を赤くし視線を逸らしつつもトロワは俺の話に幾度か頷いた。

 

「まー、お前って言うと覆面のある無しはあるもののいつものローブがイメージ強いからなぁ。ただ、耳を隠すとなるとフードか覆面って元のお前を連想させちまうようなモノになりがちだ。兜なんかは装備出来ねぇだろうし」

 

 そんな状況をカツラなら払拭出来ると俺は踏んだ訳だ。

 

「髪の毛の色が変われば印象も随分変わってくる、そう言った意味でも自画自賛になっちまうが、カツラって発想は使えるぜ」

 

 もっとも、髪色だけならトロワお得意のアイテム作りの延長でぱぱっと完成させてくれそうな気はするが。

 

「ともあれ、そう言う訳だから次はカツラ屋に向かう。手は放すんじゃねーぞ? レムオルっ」

 

 トロワの変装が完成していない以上、透明化して移動するのは仕方なく。

 

「おっし、このままカツラ屋近くまで直行だ! まかり通るぜ!」

 

 謎のテンションのまま、俺は駆け出した。ただし、警戒は怠らず。

 

(宿を出てから随分経ってるもんな。まぁ、そうでもないと覆面屋だって開いちゃいなかったんだろうけどよ)

 

 ただ、そんな時間帯だからこそ会いたくない人物とばったり鉢合わせするなんて事も考えられる。

 

(世界の悪意は油断も隙もねぇからな。しかもここんとこうまく行きっぱなしと来てやがる。こういう時こそ、持ち上げて持ち上げて持ち上げといて落としてくるってな)

 

 この状況下で考えられる最悪の展開は、変装がまだで不完全体のトロワがスミレさん辺りに見つかり、トロワの存在からとなりに居る謎のあらくれ者が俺だとバレ、連鎖的に隠しておきたかったことが全部バレる展開とかか。

 

(あとは、ごうけつの腕輪を無くしちゃって探し回ってる元女戦士と遭遇したとか)

 

 何となく別人になりきっちゃってるかのような俺だが、流石にせくしーぎゃるの相手は荷が重い。

 

(出くわしたら、こっちは透明だしスルー確定だな)

 

 念のため、気配と足音も殺し人気のない道を選んで俺は路地を進み。

 

「へへへへへ、なぁ、良いじゃねぇかよお?」

 

「離して下さいっ」

 

 聞こえてきたのは、女性が絡まれてるかのような、やりとり。

 

(最悪でもねぇけど、見過ごせない状況を持ってくる、か。よくよく考えたらこういうパターンの方があり得るじゃねぇか)

 

 それで居て、介入したら変装の終わってないトロワを見られる可能性が高いのでタチが悪い。

 

(確か、魔物相手では効果がなかったと思うが、やってみるのもいいか、透明のままもめ事介入)

 

 絡んでる男の方がめんどくさい相手だったら、死なない程度に叩き伏せてやっても良い。

 

(俺一人なら謎のあらくれとして直接助けにも行けたけど)

 

 この状況では望むべくもない。

 

「トロワ、流石に放っておけないから助けに行くぜ? 変装前だからお前はなるべく物陰に隠れてろ。一応透明化呪文(レムオル)はかかってるけど、効果時間切れって事もあるしな、念のためだ」

 

「は、はい」

 

「よしっ」

 

 言い含めたトロワからの返事を茎なり、俺は声の方へと走り出し。

 

「なんだいアンタら? その娘から手を離しな!」

 

(ちょっ)

 

 俺は嫌が応にも思い出させられた、世の中には合わせ技というモノも存在するのだと言うことを。

 

 




案の定と言うべきか、出くわした元女戦士。

主人公は果たしてどうするのか。

次回、第百二十五話「と言うかこの状況、俺、要らないんじゃね?」


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第百二十五話「と言うかこの状況、俺、要らないんじゃね?」

「あん? おー、なんだ今日はツイてるなぁ、おい」

 

 おそらくはロクでもない勘違いをしてるであろう、同性のクズはさておき、想定外の事態ではあった。

 

(このまま引き返す、ってのはないな……トロワにあー言っちまった手前、こそこそ戻るってのも格好悪ぃけど、それ以前にまだお互い透明のままだし)

 発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂で強化されたあの元女戦士が町中ぶらついてる勘違い野郎に負けるとはとても思えない。

 

(まぁ、出る幕無いとはわかってるけどよ……)

 

 俺が透明のまま動いて勘違い男を物理的に懲らしめれば女性は助けられるが、自分が何もしてないのに目の前で男が倒されれば元女戦士の方は確実に訝しむ筈だ。

 

(せっかく消えてるのに自分から疑いの目を向ける様な材料作る訳にゃいかねぇ。ここは暫く傍観するっきゃねぇな)

 

 もちろん、無いとは思うが危なくなったら助けには行く。

 

「へへへ、どがふっ」

 

 まず必要なんて無いだろうけどなと思った直後だった、うすら笑みを浮かべたままの男が顔面に拳を叩き込まれて吹っ飛んだのは。

 

「きゃ」

 

「おっと」

 

 勘違い男に掴まれていたからかバランスを崩した女性を元女戦士は殴ったのとは別の腕で支え。

 

「まったく、同じ男でもえらい違いだね……」

 

「あ、あの、ありがとうございました。この人、しつこくて……」

 

「あー、いいよいいよ。実を言うとね、アンタとコイツの事は少し前から見ててね」

 

 嘆息した元女戦士に礼を言いつつ倒れた男に目をやった女性は、ハタハタ手を振った恩人のカミングアウトに「えっ」と驚きの声を上げる。

 

「昔、手違いからとある人にとんでもない言いがかりをつけちまった事があってね、同じ失敗はすまいとちょっと様子を見させて貰ってたのさ。悪かったね、もう少し早く助けることも出来たのにさ」

 

「いえ、そんなこと」

 

 もとおんなせんし の いう いいがかり に ものすごい こころあたり が あるのですが。

 

(とは言え、もう出てく様な必要皆無だしなぁ)

 

 一応、殴られた男が起きあがってどうのと言う展開も考え、倒れた男に目をやるがもう完全に伸びており。

 

「いい男だよ。とんでもない言いがかりを付けたってのにアタイをあっさり許してくれた上、自分が貰えた褒美を使って、アタイを苛んでたものから救ってもくれたんだ」

 

「素敵な、懐の深い人ですね」

 

「ああ。だから、アタイは今、その人の役に少しでも立てたらって思って――」

 

 女性と女戦士のやりとりが推定俺を賞賛する内容に変わり始め、俺は決意した。

 

「立ち去ろう」

 

 と。

 

(つーか、こう照れくさいってレベルじゃねぇぞ? これは)

 

 出来ることなら止めさせたいが、今出て行くのはいろんな意味で拙い。

 

(とりあえず、コイツだけ移動させるか)

 

 聴衆がせめて二人で済むように、俺は転がっていた男に近寄ると、無言でその身体を持ち上げる。

 

(会話に夢中な今の内、っと)

 

 ふん縛って更に人気の無い場所に転がしておけば、話の最中に起きあがって二人に何かしようと思うことも無いだろう。

 

(退散するための口実をくれたって一点についてだけはコイツに感謝してやっても良いいけどよ、長居は無用だな、ホントに)

 

 二人の会話内容が全く気にならないかと言うと嘘になるが、盗み聞きするのは精神的に耐えられそうにない。俺はその場をそそくさと退散すると、男を適当な場所に捨て、トロワと合流すべく来た道を引き返し。

 

「それでそれで、どうなったんですか?」

 

「せかすんじゃないよ! それで、久しぶりに会ったあの人は」

 

 うん、きたみち を ひきかえしたら、ふたり の まえ に もどってきちゃいますね。

 

(うあああっ、どうして気づかなかった、俺! ってか、まだ話してんのかよ!)

 

 シャルロットとか元バニーさん、クシナタ隊のお姉さん達ならまだわかる。

 

(けど、あの元女戦士と一緒に行動したことなんて……)

 

 数える程しかないはず。普通に考えれば会話のネタはとっくに尽きてる筈なのだ。

 

(いったい何を……いや、いけねぇ。今の俺は謎の透明荒くれ男。聞いたら内容に悶絶するとかそう言う危険性をしょっ引いても盗み聞きなんてありえねぇ)

 

 そうだ、今の俺は話題の主とは別人なんだ。そう思わないと精神的にきつい。そして、別人なら荒くれ男は盗み聞きはしない。

 

(そもそもトロワを待たせたまんまじゃねぇか。女を待たせるとか荒くれの風上にもおけねぇ)

 

 去ろう。可及的速やかに、まるで突風の如く。

 

「お話し中? あたしちゃんも混ぜて貰っていい?」

 

「ん、アンタは――」

 

 だから、新たなここにきて登場人物かよとか、しかもお前かよスミレさんとかツッコまない。足を止めたら長居してしまいそうな気がするが、それより何よりあの組み合わせは嫌な予感しかしない。

 

(耐えろ、去るんだ俺。巻き込まれたらロクでも無いことになる)

 

 放置しても酷い事になりそうだと言うのは、この際考えないでおく。

 

(別のことを、別のことを考えるんだ。そうだ、トロワに何を買うか考えねぇとな)

 

 どの宝石ならあのアークマージに似合うだろうか。

 




何だか不穏な空気っぽい?

けど、そんなことより大切なモノがあるっぽい?

次回、第百二十六話「端から見るとデートにしか見えないっぽいよ?」

さぁ、素敵なショッピングしましょ


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第百二十六話「端から見るとデートにしか見えないっぽいよ?」

「おう、待たせたな」

 

 透明であったが故、俺は敢えて言葉を発して帰還を伝えた。

 

(こちらの姿が見えない以上、これはやむを得ねぇからなぁ)

 

 気配を感じ取る術のないトロワを悪戯に驚かす訳にもいかない。

 

「おかえりなさいませ、マイ・ロード。ええと……」

 

「おう。もめ事の方は通りすがりの女戦士が片付けちまったんで、出る幕は殆どなかったぜ。じゃ、手を前に出してくれっか?」

 

「はい。こう、ですか? きゃっ」

 

「レムオル」

 

 恐る恐ると言った態で差し出されたトロワの手を取ると、俺は即座に透明化呪文(レムオル)を唱え、トロワにも透明化を施した。

 

「うっし、これで見つかる恐れはねぇな。行くぞ、トロワ」

 

 そう、これからトロワにカツラを買って二人でショッピングをするのだ。

 

(予定通り、予定通りの行動だ。想定外の事態なんてなにもねぇ、何もなかった)

 

 何だか凄く気になるようで、それで居てその場に立ち止まりたくないようなシチュエーションがあったような気もするが、きっと気のせいに違いない。

 

(待たせたトロワを放っておけねぇ。それにここで引き返したら予定だって狂っちまう)

 

 俺の精神力とて無限じゃない。透明化呪文(レムオル)は心強い味方だが、消耗の割には効果時間が短く、多用するのも考え物だった。

 

(トロワがカツラをつけりゃ、呪文頼りだって終わりに出来んだ)

 

 後はトロワと買い物を済ませて、宿に帰るだけ。お礼と言う事を考慮するなら、ついでに食事をご馳走してもいいのだが、以前それで俺は一度失敗している。

 

(せいぜい、お菓子でも買って宿に戻り、部屋で食べるくらいだろうなぁ……ただ)

 

 それでも、酒精の入ったお菓子を誤って買ってしまって、部屋でトロワに襲われるオチが待っていたりしかねないと思ってしまうのは、世界の悪意に散々やらかされた俺だからか。

 

「マイ・ロード?」

 

「っ、何でもねぇ。店は、確かこの先だ。もっとも、まだ俺らは透明のまんまだからな、そこの物陰で呪文の効果切れを待つぞ?」

 

「はい」

 

「じゃ、行くか」

 

 トロワの声を聞き、俺は手を引いたまま自分が示した「そこの物陰」へ進みつつ気配を探る。

 

(とりあえず、客の気配は殆どねぇ。……好都合だな)

 

 店が開いて居るであろう時間帯を考慮し、ほぼ開店時刻に到着するよう調整して宿を出たので、不思議はない。

 

(むしろ、そんな時間帯なのになんであいつらは居たんだとかそっちの方がツッコミどころだろ)

 

 女性に絡んで元女戦士にのされ、俺に縛られた男もその点は同様に思えるが、あっちは縛る時吐息からアルコールっぽい臭いを感じた。

 

(あっちは朝が来るまで呑んで、寝床に戻るところだったとかなら説明つくからなぁ)

 

 まぁ、酒に酔っていたが女性に絡む理由になるとは思えないので、同情なんてしないが。そんなことより、カツラだ、今は。

 

「ふぅ、ここまで来れば後は呪文が解けるのを」

 

 待って、トロワを前面に立て、当人にカツラを購入して貰う。

 

「は?」

 

 筈だった、だと言うのに。

 

(何故……何故だよ)

 

 俺の知覚力は無かったことにしたかった地点(ポイント)の方から近寄ってくる二つの気配を捉えていた。

 

「どうなさいました、マイ・ロード?」

 

「……来やがった」

 

「え?」

 

 トロワの問いに短く呟く俺の口元が引きつるのを止められない。

 

「それで、あたしちゃんは。カツラでも買ってスー様を捜し、こっそり観察してみることを提案してみる」

 

「はん、覗きとは趣味が悪いねぇ。いや、あの人に覗かれるなら悪くないたぁ、思うけどね」

 

 聞こえてくる二人分の会話は出来ればスルーしたかったのに、耳は確実に拾ってしまい。

 

「そもそも、そのスー様ってあの人は盗賊だよ? 観察しようにもすぐに見つかるんじゃないのかい?」

 

「そこは大丈夫、拾えるのは気配だから、ふつうの町の人に変装して交ざってしまえば大丈夫だろうとあたしちゃんは見てる。まぁ、それでも不自然な行動をしたら悟られる可能性はなきにしもあらずだけど」

 

 この場合、俺はどこからツッコめばいいのだろう。

 

(つーか、よりによって何でこんなピンポイントな場所で鉢合わせすんだ)

 

 これもあれか、世界の悪意の仕業ですか。

 

(いやいやいや、俺、落ち着け。今聞こえたのは、幻聴で、あれはいつの間にか恋愛感情の芽生えてた二人が、お洒落してデートするために、あの店に――)

 

 流石にそれはないか。

 

(あれを見て「端から見るとデートにしか見えない」何て言われたら、相手の目と耳を疑うわな)

 

 だからだろうか、トロワも俺の衝撃の理由はしっかり悟れたようで。

 

「ま、マイ・ロード、今の声は?!」

 

「ようやくお前も気づいたか。とりあえず、出て行くのは、あれがカツラを買ったあとだな」

 

 物影にいるのも幸いだった。

 

(けど考えてみりゃ、この遭遇もラッキーだったかもな。待ってればあいつらがどんな変装するのか知ることが出来るって訳だしよ)

 

 この遭遇がなければ、変装中の今は良いとしても、後日変装したあの二人に気づかず、観察されてしまう事があったかも知れない。

 

「あー、なんだ。と言うことは、この後服屋で鉢合わせなんてオチもあり得るのか? おいおい、勘弁してくれよ」

 

 ただ、幸運ともとれると理解しつつもやっぱり俺は頭が痛かった。

 

 




世界の悪意、仕事してみる。

次回、第百二十七話「レッツ・ショッピング」


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第百二十七話「レッツ・ショッピング」

「……長かった。本当に長かったぜ」

 

 あれからどれだけ経っただろうか。髪の色と長さを変えて店から出てきた二人組の背中を見つめて、俺は呟く。

 

「さて、わかっちゃあ居ると思うが、覆面を被った俺がカツラを売ってる店に行くってなぁおかしいし、変装の完了してる俺と未完成なお前が一緒にいるのを見られるのも好ましくない。つーわけで、カツラを買って戻ってくるまでは俺の側を離れても構わねぇ、俺が許可する」

 

 一応透明化呪文(レムオル)を使ってついて行くという選択肢もあるが、買い物が呪文一回の効果内で終わるかって問題もある。

 

「マイ・ロード……」

 

「あー、それと、戻ってきたら変装をとるまではその『マイ・ロード』ってのもなしで頼むぜ? 声を変えてる訳でもねぇし、感づかれる要素は減らさねぇとな」

 

「あ……わかり、ました」

 

「すまねぇな」

 

 強制させるってのに良い気分はしないものの、トロワの俺の呼び方は少々個性的すぎた。

 

「代わりと言っちゃなんだが、このあらくれ者としての俺の名前はお前が決めてくれ。実を言うと良い案が思い浮かばなくってな」

 

「まい……あなた様の名前を?」

 

「おう。幾つか既に偽名を持ってるからか、ひっくり返しても言い名前なんて出てこなくてな。たまにゃ人に付けて貰うのもいいだろうよ」

 

 よっぽど変なモノなら抗議するが、きれいなトロワならまぁ、大丈夫だろう。

 

「……そう、ですね。でしたら……ギストール、ギストールさまでいかがでしょうか?」

 

「ギストール、ねぇ」

 

 とりあえず、反芻してみるが、悪くはない。

 

「ま、つけてくれって言ったのは俺だしな。じゃ、この格好の時はその名で呼んでくれ」

 

「はい、かしこまりました、ギストールさま」

 

「うん?」

 

 何故か嬉しそうなトロワの態度が腑に落ちなかったが、良いと言った以上あれこれ言うのは野暮だ。例えば、アークマージ達にしかわからない言葉でギストールに別の意味があったとしても、一度許可したモノを取り下げるのは問題だろう。

 

(って、一部の者にだけわかる別の意味かぁ、ありそうだなぁ)

 

 ただ、他に意味があったとしても命名はきれいなトロワだ。変な意味ではないはず。

 

(昔のトロワだったらわからなかったけどな)

 

 こう、お子様にはとても聞かせられないような卑猥な意味の言葉だったとしても俺はやっぱりと思いつつアイアンクローかますだけだったと思う。

 

(まー、そう言う意味でもきれいなトロワになってくれたことはありがたいぜ)

 

 あの紙切れを見た時、昔のトロワだったら今頃社会的に終了していただろうし。

 

「お待たせしました、ま……ギストールさま」

 

「ん? お、おう」

 

 声をかけられて我に返り、俺が振り向けばそこにいたのは見知らぬ美女で。

 

(いや、見知らぬは言い過ぎだな)

 

 きっちり耳を隠した女性の顔は、カツラで前髪も長めになっているからか若干印象が違うが、よくよく見ればトロワのものだとわかる。

 

「……そんだけ変化してりゃ、あいつらも判んねぇだろう。うし、じゃ、次の店行くぞ?」

 

 次は服、か。

 

(ついでに俺自身の変装用にもなんか買っといた方が良いかもな)

 

 例えば、アリアハンへ戻る時など用に。

 

(シャルロットのことだ、入り口で待ってるパターンは充分あり得るし)

 

 着地、即再会のコンボを決められて、言葉がすんなり出てくるかどうか。

 

(変装して一端シャルロットをやり過ごし、話をする準備を終えてからなら慌てることなんてねぇだろうしなぁ)

 

 いざというときのための手段は複数、こうして余裕がある時に補充しておいた方が良いだろう。

 

「いらっしゃいませ、何をお探しで?」

 

「おう、まずコイツの服を何着かと……あとは自分で選ばせて貰うぜ。男物はあっちだな?」

 

 入った店で出迎えてくれた店員らしき男性にそう告げると、マネキンでいいのか、木で出来た胸像に着せられてた服から判断して俺は並べられていた商品の物色へ向かい。

 

「なぁ、ト――あ」

 

 自分のポカに気づいたのはこの時だった。

 

(うわっ、何が「俺の名前はお前が決めてくれ」だ。トロワをどう呼ぶかもあの時考えておくべきだったじゃねぇか)

 

 何故気づかなかったのだろう。

 

(はぁ、この店出たら相談だな。店ン中では拙い)

 

 一応試着室みたいな部屋があるならそこに連れ込んで、という方法もあるかも知れない、だが。

 

(そいつぁ、出来ねぇ。紙切れの影響が残ってるってのに狭い部屋で二人きりとか)

 

 嫌な予感しかしない。

 

「ありがとうございました。どうぞ、またのご利用を」

 

「おう、またな」

 

 結局、その店では数着の服と小物を購入し、俺達は外に出た。

 

(つーか、どうして俺は、こう……)

 

 トロワの偽名のことと服を選んで欲しいというトロワのリクエスト、考えつつ別のことをやれる程俺は器用ではなく、結果として偽名の方はとんと思いつかず。

 

「アニス……でどうだ?」

 

 そう言えばお前の偽名はまだだったな的な話をした結果、やはりというか俺に決めて欲しいと言われ、困った俺が口にしたのは、この地方で扱われてる薬草の一種の名だった。

 

「アニス……ありがとうございますギストールさま」

 

 だから、苦し紛れの偽名に顔を輝かせつつ喜ばれると罪悪感はとてつもなく。

 

「お、おう」

 

 そう返すのがやっとだった。

 

 




ぐああああっ、らう゛らう゛な(しご)デートシーンの描写がこんなに自分にダメージを……って、あれ? らう゛らう゛?

うん、トロワが分からするとラブラブだよなぁ、これって。

え、主人公の偽名の意味ですか?

そいつぁまだ秘密です。

次回、第百二十八話「付き合わされる買い物ってだいたい途中で帰りたくなる」


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第百二十八話「付き合わされる買い物ってだいたい途中で帰りたくなる」

「お買いあげありがとうございます」

 

 取り出した金貨をカウンターに積めば、商人は笑顔を浮かべる。

 

「とりあえず、こんなモンだな」

 

「はい、ギストールさま。あの、ありがとうございます」

 

 あれからどれだけの店を回ったかと言う程店舗を巡った訳ではないが、下がったテンションを悟られぬようにしつつ礼の言葉を言うトロワに俺はたいしたことじゃねぇよと応じた。

 

(いや、アニスの方がいいのか。うっかり口をついて出ちまうかもしれねぇし)

 

 ボロを出にくくするなら口に出さない場合でも偽名を使った方が良いという結論に達し、胸中での呼び方も改める。

 

「で、だ。服も買ったし、いよいよ本題だな」

 

 今出たばかりの店から見れば近いのは宝飾店だ。このまま道なりに進むならお礼のアクセサリーを購入し、最後にトロワへ作ってもらうアイテムの素材購入及び消費した素材の買い足しという流れになると思う。

 

(最後に宝飾店に行って「今日付き合ってくれたお礼も兼ねて」って買ったモノ渡すと綺麗に纏まる気がするんだけどな)

 

 そう、デートの締めくくりとしては。

 

(って、何故デート?! あ、いや、確かに傍目から見るとそうなるか)

 

 俺としてはお礼と買い出し以上の意味はない。無いはずだ。

 

「変に意識しすぎてんのかもな」

 

「……ギストールさま?」

 

「あ、な、なんでもねぇよ」

 

 動揺しすぎたせいだろうか、声が出てしまい訝しんだアニスに頭を振って見せてから、前に向き直る。

 

(拙ぃな)

 

 このまま動揺し傷口を広げるのは避けるべきだろう。

 

「さて、と」

 

 俺は何事もなかったかのような態で視線を前方の宝飾店にやり。

 

「……なぁ、世話になった奴とか悪いことをしたなって思った奴にモノを贈るとしたら何が良いと思う?」

 

 徐に、問うた。

 

「え? ええと、贈るお相手は」

 

「あー、女だ、女。年は十六か十七。もう一人もそれにプラス一~二歳ってとこだな」

 

 返ってきた問いには、正直に答えた。こっちは意見を求める側だ、取り繕っても仕方ない。

 

(つーか、ここまで言えば聡いこいつのこったから相手はもうわかっちまうだろうけどなぁ)

 

 どのみち、いつかは判ることだ。アニスはシャルロット達と俺が会う時もついてくるだろうし、それ以前に詫びとお礼の品を買う時にもすぐ隣にいるだろうから。

 

(ま、せめてもの救いはあの二人組と鉢合わせする可能性がなさそうだってこったな)

 

 変装のために服を買うと言うならわかる。だからこそ、衣料品店なら鉢合わせの危険性はあったが、宝石と言えば高価だ。故にいくら変装のためとは言え、高価な品を求めようとするとは思えなかったのだ、変装の理由自体、群衆に紛れて俺を盗み見るためのものだったりしたのだから。

 

「あの」

 

「ん?」

 

「よろしければ、その贈り物、私に手を加えさせて頂いてもよろしいですか?」

 

「なっ」

 

 ただ、予想外だった。アニスがそんな申し出をするのは。

 

「……大丈夫なのか? ここのところ色々やってた上、未完成品もあるんだぜ?」

 

 この後宿に戻って俺の性格改変アイテム作成に取りかかってくれる訳だが、ムール君の下着だって作ってくれた。少し遡れば、地下墓地で使った元ベッドのトラップやあの地下墓地の浄化設備もアニスに頼って何とかして貰ったのだ。

 

「お前に倒れられたら俺が困る。作ってくれって頼んでるモンのことなんざさっ引いても、だ」

 

「……ギストールさま」

 

「つーわけで、その申し出についちゃ保留させてくれ。お前にも休息は要るだろうよ」

 

 幸いにもシャルロット達との再会は明日明後日という訳でもないのだから。

 

「ただ、手を加えるのに適してるアクセサリーとかそう言うのがあれば言ってくれよ?」

 

 その手の知識を得られれば、些少なりともトロワの助けになれるだろう。

 

「はい」

 

「おう、いい返事だ」

 

 これなら、安心してアドバイスを求められる。

 

(アクセサリーはシャルロット達の分もあるし、些少時間がかかっても構わねぇ)

 

 それに、素材屋の方は服の買い物の時程長くかかったりはしないと思う。

 

「じゃ、近い方から回るぜ。素材屋が後だ」

 

 思えば想定外なエンカウントで出鼻をくじかれた買い物も、終わりが見えてきた。

 

「はぁ、何処にもいないねぇ」

 

 ついでに前方から俺達と何度かニアミスした元女戦士っぽい人までこちらに歩いてきているが、そっちはスルーで良いだろう。

 

(変装、してるしな)

 

 今の俺は、あらくれ者、ギストール。

 

「それでも収穫はあった。この手の変装道具は持っておけば、きっといつか役に立つ」

 

 だから、元女戦士に少し遅れる形で続いてるスミレさんっぽい人も気にしない。

 

「ね、スー様」

 

 とか何の前触れもなくカマかけで同意を求めて来そうな怖さがあるけど、気にしないったら気にしない。

 

(ついでに近くの店の軒先に並んでる絵もスルーだ)

 

 たぶん、イシスを救った英雄達の絵、と言うことなのだろう。見覚え有る装備の見覚えある人達が書かれた絵やシャルロット、クシナタさん達の人形なんかが俺の視界に入った。

 

(なんか、俺の人形まであったような気もしたけど、きっと気のせいだよな)

 

 イシスでは大したことをしてないのだから。

 

「おっ、こいつは」

 

 なので、そこ の もとおんなせんし、おねがいだから あし を とめないで。

 

「おう、お客さん目が高いね。そいつはイシスを救った英雄、勇者シャルロット一行の――」

 

 てんいんさん も いいから。

 

(売り込まなくていいから! その人、二軍だけど、一応シャルロット一行のメンバーだから!) 

 

 大声でツッコめたらどれだけ良かったか。俺は横をすり抜ける、叫びたい衝動を堪えて。

 

「じゃあ、そいつを一個貰えるかい?」

 

「へぇ、お客さん通だね。この人は勇者シャルロットの師匠で――」

 

 だって、俺の像買ってるんだもん、あの元女戦士(ひと)

 




ところで、買った像、何に使う気何ですかね?

次回、第百二十九話「静かな戦いへの――」


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第百二十九話「静かな戦いへの――」

「今日も日差しが強ぇぜ」

 

 なんて独り言を言いつつ空を仰いで現実逃避したかったが、自重した。変装はしているとは言え、自分の人形買ってる人の側で声を発すとかそんな迂闊なことが出来よう筈もない。

 

(人形買ったって事は、俺を意識してる真っ最中ってことだろうし)

 

 それが、アンタの人形売ってたよ随分人気者なんだねと俺をからかうためだったとしても、その時、脳裏には俺が居る筈だ。

 

(ご本人の声が至近距離でしたなら、声が原因で正体がバレたって不思議はないし)

 

 世界の悪意が大ハッスルして俺を狙ってくる世界だ、用心に用心を重ねるぐらいできっと丁度良い。

 

(まぁ、いずれにしても、だ。あの元女戦士が何で俺の人形買ったのかは考えないでおこう)

 

 主に俺の精神衛生的に。

 

「ほら、店にはいるぜ?」

 

 ようやく声を出してアニスを促せたのは、すれ違い、宝飾店の前まで来た直後のこと。

 

「あ、すみません。今――」

 

 慌てて俺に続こうとしたのは、きっとアニスも気づいていたからだろう、すれ違った元女戦士(ようちゅういじんぶつ)のことに。

 

(気持ちはわかるというか俺も相当気になったもんなぁ)

 

 だから、きっとしかたないんだ、なぜか あにす の てにまで あのにんぎょう が にぎられてる こと とか も。

 

(うん……って、えぇぇぇえええ?!)

 

 なに それ。

 

(買った? あの短い時間で?)

 

 マスク越しでも俺の驚愕は伝わったのか。

 

「ご安心下さい、ちゃんと人数分買いましたから」

 

 微笑みつつ見せられたシャルロット人形と元バニーさん人形、更に一個じゃなかった俺人形を見せて、アニスは微笑み。

 

(違う、そうじゃ……あ、いや、そう言うことか)

 

 シャルロット達と会うことは既にアニスも知っている、だからこの買い物はきっとシャルロット達との再会後の話し合いを睨んでのものなんだろう。

 

(まったく、俺って奴は……)

 

 少しでも邪推した自分を俺は恥じた。

 

「そっか、離れていても心は一緒ってやつだな」

 

 シャルロットと一緒にゾーマを倒しに行くことは出来ない、だが、こういう形で一緒にいることなら叶う。

 

「はい。お二人の心の支えになれば――」

 

「ありがとな」

 

 人に聞かれては拙いと思ってか、小声で囁くアニスに俺は感謝の言葉をかけ、ふたつの人形を受け取った。

 

(へぇ、思ったより良くできてる。けど……)

 

 元バニーさんの大きな何かとかは強調する必要あったのかと思わずツッコんでしまいそうになる。

 

「ギストールさま?」

 

「お、あ、なんでもねぇ。ちょっと他の人形の出来が気になっただけだ」

 

 俺の人形なんてとてもじゃないが言えない。もっとも、アニスも俺の言いたいことは理解してくれたのかそれでは後で見ましょうかと続け。

 

「じゃ、いいモン見つけねぇとな」

 

「はい」

 

「さってと、良さそうなのは……」

 

 このままではヤな客でしかない、目的を果たすためにも、ちゃんとお客さんするためにも俺は顔を上げ、首を巡らせる。

 

「おっ」

 

 最初に目を留めたのは、羽を広げた鳩らしき鳥が二羽、水晶かダイヤか、ひし形の宝石を挟み込む様に配置された金色の草食が美しい水色の指輪だった。

 

「ああ、お客さんお目が高いですな。それは愛情が沸々とこみ上げる不思議な指輪を模して作られたレプリカとなっております。ただし、使われている石も金銀も全て本物、値段は勉強させて頂いて、今なら350ゴールドと致しますですが……」

 

「なんでぇ、レプリカかよ」

 

 俺が目を留めた理由は、わざわざ説明するまでもない。探し求めていた性格変更装飾品がしれっと展示台の中に並んでいたからに他ならなかったのだが、やはり世の中そんなにうまい話はない。

 

「じゃあ、こういった性格の変わる指輪ってのはこの店にゃ、置いてねぇか?」

 

「おお、これは失礼を。特別な効果のある指輪をお探しでしたか。でしたら、こちらへ。特別なルートから手に入れた稀少な品なので些少お値段は張るのですが……」

 

「なっ、本当か?」

 

 うまい話はないと言った直後にまさかの返答、俺は思わず身を乗り出し。

 

「は、はい。『いのりのゆびわ』と申しまし」

 

「そいつは性格変える指輪じゃねえだろ」

 

 持ち上げておいてから落とす発言へ気が付けばツッコミを入れていた。

 

「いや、まぁ、そんなオチだと思ってたぜ……」

 

「……ギストールさま」

 

 優しげなアニスの視線が痛かった。

 

「ま、いい。買う予定のモンは他にもあるしな」

 

 こんな所で挫けていられない。

 

「おっ、こいつなんかいいかもな。店主、これと同じデザインの指輪は他にもねぇか?」

 

 後々もめ事の種になっても拙いし、あの二人は仲が良かった気もするからお揃いなら尚のこと良いだろう。

 

「はい、そちらでしたらここに」

 

「おう、だったら三つくれ。箱つきでな」

 

「かしこまりました」

 

 注文すれば、頭を下げて屈み込む店主を見つめて待つこと暫し。

 

「お待たせしました、こちらがご注文の」

 

「おう、あんがとな。……アニス」

 

 差し出された小箱を左右の手で二つと一つにわけ、一つの方を差し出す。

 

「ギストール、さま?」

 

「いつもありがとな。感謝の気持ちに足りるかわかんねぇけど、貰ってやってくれ」

 

 少なくとも目的の一つは、これで果たせたと思う。

 

(けど、こっからだ)

 

 素材を買い終え、戻ったあとこそが静かな戦いの始まり。

 

(アニスは俺の側を離れられない、つまり……部屋に二人っきりでじーっとしてなきゃいけねぇんだからな)

 

 むろん、俺にもシャルロットと会った後話すことという考えておかなければいけないことはある。物事を考えるのには丁度良い時間だ、ただ。本当に考え事に集中出来るのか、紙切れの影響はわるさをしないのか、そんな不安は残ったままだった。

 

 




次回、第百三十話「作業用BGMってモノによっては逆に妨害してくる気がする」

ふぅ、ようやく買い物が終わりそう。

あと、全然関係ないですが、ヒーローズ2、トルネコの声がロリコ……フェミニストの人で吹いた。


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第百三十話「作業用BGMってモノによっては逆に妨害してくる気がする」

「毎度ありがとうございました。以後もごひいきに~」

 

 店主の声を背に受けながら、俺達は素材屋を後にする。

 

「必要なモノは手に入ったな」

 

「はい、ギストールさま」

 

 心なしかアニスの声が機嫌良さげに聞こえるのは、素材屋の品揃えが思いの外に良かったからか、それとも鎖を通して首に下げた指輪がもたらしたものか。

 

「しっかしなぁ」

 

 指に填めると目立つし、それは何かと聞かれるかも知れないというアニスの危惧は確かに一理あるとは思う、思うのだけれど、ゆびわ の いち が もろ に たにま なのは、いま の おれ には きつい。

 

「しかし?」

 

「いや、なんでもねぇよ。じゃ、さっさと戻っておっ始めようぜ?」

 

 作業を、俺からしてみれば己との戦いを。これも心の持ちよう一つだ。アニスが性格を変えるアイテムを完成させてくれれば、俺はあの紙切れの影響から解放される。このマスクもちょっとは効果があるような気はするが、あらくれ者ならたいてい被ってるありきたりの覆面なのだ。マスクを被ってなりきるってのには限界がある。むしろ、その限界を平気でぶっ千切る本やら装飾品が凄いのか。

 

「ま、それはそれとして……」

 

 唯一残されたのは、変装を解くタイミングだ。この格好で既に泊まっている宿に部屋を用意すると言う手もあるが、これは悪手だろう。

 

「お、あそこなら良いか。アニスあっち行くぞ?」

 

 端から見ると物影に女の子を誘うあらくれ者とか、目撃されたら衛兵さんこの人ですって言われかねない絵面かも知れないが、そこはちゃんとわきまえている。周辺の気配も探り、目撃者が居ないことを確認してから俺は誘ったのだから。

 

「どっかで変装はとらなきゃいけねぇしな」

 

「あ、そうでしたね」

 

 俺に言われてから気づいた態を見せるアニス、いやもうトロワで良いか。トロワの態度に俺は申し訳なさを感じた。きっと、既にアイテム作成のことを考え始めていたのだろう。だから、当たり前のことさえ失念していたのだ。

 

「ふぅ……とりあえず、変装に使ったモノは見つからないところに隠して保存しておけよ? また使う機会が来るかもしれんからな」

 

 覆面(マスク)をとるなりトロワに忠告すると、トロワに背を向け、ズボンも脱ぐ。スミレさん達に目撃されている以上、あらくれ者ギストールの痕跡を残して宿へ帰るのは拙い。

 

「よし、こっちの着替えは終わったぞ。そちらも終わったら言ってくれ」

 

「はい、マイ・ロード。あの、もう暫しお待ちを……」

 

「構わん。服の構造、着る枚数、色々考えたならそちらの方が手間がかかるのは当然だからな」

 

 そもそも、慌てて着替えて中途半端な格好や着替えが完全に終わっていない姿を見せられる方が、こっちとしては辛い。いつか、ロリコン疑惑をかけられた元の世界の友人だったら、役得と喜んだかも知れないけれど。

 

(と言うか、あいつのことを思い出すなんてホームシックってやつなのかなぁ)

 

 原作と比べるとあり得ない速度でバラモスとかも倒してるし、こっちに来てから一年どころか半年だって経っていないはずだ。早すぎると思う自分が居て、そういうモノに早い遅いなんて無いと思う自分も居る。

 

「マイ・ロード、お待たせしました」

 

「ああ。では、帰るか」

 

 脱いだモノを鞄に押し込み終えていた俺はトロワの報告に応じ。

 

「……帰ってきたな」

 

「はい」

 

 スミレさんもあの元女戦士も何処に行ったのやら、あれっきり再エンカウントすることなく、俺達は宿の前に辿り着いた。もちろん、これはありがたいことであり。

 

「これは、お帰りなさいませ」

 

「ああ。これから少し部屋に籠もる。夕食は時間を見てこっちで取りに行くから、呼ぶ必要はない。作業をするので、相応の理由がなければ部屋には来ないで貰いたいのだが」

 

「はいはい、分かっておりますとも、他の者にも伝えておきます。では、夕食はお二人分用意しておきますので、厨房の者にお言いつけ下さい」

 

「ああ、頼むぞ」

 

 微妙に誤解をされてる気もするが、ツッコめば更にややこしい事態になる気もするし、何より、紙切れの影響を受けたままの状況で居ることの方がやばい。俺は宿の従業員にあえて反論もせず、素材屋での戦利品を抱えたまま廊下を奥へと歩き出す。

 

「トロワ」

 

「はい」

 

「すまんが、頼むな」

 

「お任せ下さい」

 

 部屋のドアに辿り着くまでの短いやりとりを交わし。

 

「さて、買ってきたモノはここに置くぞ?」

 

 部屋に入れば荷物を置き、ベッドに腰掛け、考えるだけ。

 

「ふぅ」

 

 邪魔になってはいけないだからトロワから視線は外す。ゲームでない上、きっちり防音の施されている部屋の中は互いの息づかいや身じろぎの音さえ聞こえそうな程静かで。

 

(まずは、謝罪かな)

 

 脳裏に弟子の顔を浮かべ、再会時の反応を予想する。怒っているか、悲しんでいるか、それとも。

 

(どのパターンでも焦らず、受け答え出来ないと)

 

 失敗は出来ない。シャルロットに同行してゾーマと戦うことだけは出来ないのだ。だから、何とか説得する必要がある。ただ、既に逃げ出してしまっている分、難易度は上がっているだろう。

 

(鍵になるのは、トロワが買ってくれたこの人形か……)

 

 元バニーさん人形の胸から目を逸らしつつ、俺は自分の人形を手に取った。

 




今回は割とシリアスモードのつもり。

尚、新しく始めたお話しとちょっとリンクしております。

次回、第百三十一話「失ったものを取り戻す」


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第百三十一話「失ったものを取り戻す」

「さて」

 

 目を閉じ、意識を外界と隔絶する。思い浮かべるべきは遠くない未来。

 

「お師匠様っ」

 

 脳裏に浮かび上がった少女のことを俺は知っている。一緒に旅をした、一緒に戦った、そして、時には喜びを分かち合い、最終的に元から去った相手。勇者。

 

「……シャルロット」

 

 あの日のままだった、当たり前だ。あれっきりシャルロットの姿は見ていないのだから。

 

「……お師匠様」

 

 俺を見つめ弟子(シャルロット)は呼び、背負った剣を引き抜く。

 

「知らせを聞いてから、この日を待ちわびていました」

 

「待て」

 

 なぜ、けん を ぬく。

 

「お師匠様が姿を消してより、数日。鍛え、磨き抜いたボクの剣の腕、今こそ」

 

「ほう、良かろう」

 

 そして、何故かイメージの俺までもが勝手にしゃべり、武器を構える。

 

「ならば……見せて貰うぞ、シャルロット。どれ程成長したかをな」

 

「望むところです。ですが、ボクが勝ったなら、お願いがあります」

 

「願い? それよりも俺に勝ったらとは大きく出たな」

 

 いや、大きく出たとかそれ以前になんで戦う流れになってるんだと俺はツッコミたかった。だが、イメージの中の二人は俺を置いてきぼりにしてじりじりと距離を詰める。

 

「それだけの事はしてきましたから。それに……」

 

「それに?」

 

「ボクはもうあの時のボクじゃありませんっ!」

 

「なっ」

 

 イメージの俺は驚いたが、俺も固まった。シャルロットは、叫ぶなり着ているモノを脱ぎ捨てたのだ。

 

「ふふ、お師匠様の弱点は把握済みです」

 

「い、いや、ちょっと待て、シャルロット。弱点とか、それ以前の問題と言うかだな?」

 

 なぜ、ふく を ぬぐ。声に出せないイメージでない俺の叫びに答えるものは何処にも居らず。

 

「問答無よ」

 

 イメージの俺の言い分を無視して裸のシャルロットが襲いかかってこようとしたところで、俺は気づいた。

 

(あの紙切れの影響かぁっ)

 

 他に理由は思いつかない。

 

(イメージシミュレーション一回目でこれとか)

 

 いや、いきなり戦いを挑んでくるところで既にツッコミどころはあったけど。

 

(真面目に、もっと真面目に考えよう)

 

 常識的に考えるなら、そう。

 

「お師匠様、なんでボク達を置いていったんですか?」

 

 最初に飛び出してくるのは、そう言った問いだろう。説明を書いた手紙は忍ばせた。だが、いくら理由を説明したって理屈は納得出来ても感情面で納得出来ないと言うことは充分考えられる。そもそも、納得していたならわざわざ俺を捜そうとはしないだろう。

 

(それはそれとして、まずはこの問いにどう答えるか、だな)

 

 シャルロットがそう問うて来たなら、おそらく感情的になっているはず。説明は手紙でした、だなんて言い分ではおそらく納得してはくれない。手紙の内容をそのまま繰り返すのも多分NGだ。

 

「シャルロット……」

 

 イメージの弟子(シャルロット)に呼びかけつつ、俺は言葉を探す。

 

「手紙のことはもう全部読んで知ってると見ていいな?」

 

 うん、まず最初に口に上らせるのは確認だ。相手が何処まで把握してるかでこちらが話すべき事も変わる。無いとは思うが、あの手紙に気づいてなかったって展開だってひょっとしたらあるかもしれない。

 

「手紙?」

 

 もし、シャルロットがそう首を傾げたならチャンスだ。例外的に手紙の内容を繰り返すだけで説得出来る可能性がある。

 

「読みました。けど……」

 

 と、読んだ上で納得いっていないようなら、このパターンが一番あり得るのだろうけれど、感情的にも納得させる必要がある。必要があるが、これが存外難しい。俺がシャルロットに話せることは、限られている。ルビスが将来アレフガルドを襲う危機に備えて、お前をアレフガルドにお持ち帰りしようと企んでるなんてバラそうとすれば、あの誘拐犯はまず妨害してくるだろう。

 

(そもそも、神竜に勝って願いを叶えて貰うことだけは俺としても譲れない以上、ゾーマ討伐にはどうしても同行出来ない)

 

 嘘でも真実でも別行動をこのまま認めて貰えなければ、シャルロットと一緒にアレフガルド隔離コース確定だ。

 

(考えろ、数日というとたっぷりあるようで過ぎ去るのは意外とあっという間、一日二日少ないつもりで見積もって、無駄にした分を取り戻さないと)

 

「読んだか」

 

 と呟き、相手に質問させるのはどうか。

 

(駄目だ。答えられない問題が飛び出してきて詰む可能性が高い)

 

 主導権はこちらが握って、伝えたいことを伝えて行く形が好ましい、と思う。

 

 

(うーん、となると鍵は神竜か)

 

 願いを叶えて貰えるからという理由なら、内容次第で納得して貰える気はする。

 

(まぁ、内容次第ってとこも曲者なんだけど)

 

 叶えて貰いたい願いの事を考えると、説得に使えるとは思えず。

 

(嘘をつく、しかないのかなぁ)

 

 苦い、苦すぎるため息が漏れた。

 

(仮に騙し遂せても、嘘だと後で知ったら、シャルロットは俺を絶対許さないだろう)

 

 同じ事は元バニーさんにも言える。

 

(そもそも卑怯なんだよ、叶えて欲しい願いの一つはさ)

 

 本当の願いを口にしたら、シャルロットも元バニーさんもまずそんな願い事はどうだって良いからなんて言えない。だが、待っているであろう展開がロクでもなくてとても説得に使う気にはなれないのだ。

 




卑怯な願い事、とは?

次回、第百三十二話「気づけば朝はやって来る」


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第百三十二話「気づけば朝はやって来る」

「……おのれ」

 

 思わず呪詛が漏れかけたのは、イメージシャルロットとの対話が割とさんざんな結果だったからだろう。せくしーぎゃるはまだ予想の範疇、ヤンデレシャルロットに、大魔王シャルロット、しまいには赤ん坊を抱いたシャルロットまで出てくるというまさに自分の頭の中身を疑いたくなるような状況まで経験し、気が付けば朝である。

 

「マイ・ロードぉ……大丈夫です。あと、これ……だけ」

 

 何だかんだで疲れたのか、トロワは作業していた格好のままベッドに突っ伏し、寝言を漏らしており。

 

「ヘイルさん、オイラ……タキシードとウェディングドレスの……どっちを着れんんぅあ」

 

 ムール君はムール君でこっちもまだ夢の中らしい。って言うか、俺に聞くなよ、そんなこと。

 

「ムールの相手、か。誰なんだろうな」

 

 ハーフエルフの上両方ついてるとなると、色々な意味で大変だろうが。

 

「ぶっちゃけ、今の俺は人の色恋をどうこう出来るような余裕なんて皆無だしな」

 

 色恋どころか、再会する弟子達の説得についてさえ考えはまだ纏まっていない。

 

「あの紙切れの影響さえ抜けてくれれば、ムールへの奥義伝授はすぐにでも始められるというのに」

 

 ままならない物だと思う、反面。

 

「と言うか、何故ムールがここにいる?」

 

 脳内シャルロットへの説得に気をとられていたからだろうか、違和感に気づくのはかなり遅れた。とりあえず、同じベッドでないという一点だけ前回よりはマシだけれど。

 

「気休めになっているかと言われると、な」

 

 むろん、先方が急に目覚めた場合即アウトの一緒に寝てる状況よりは格段に良いことは疑いようがない事実ではある。ただ、それ以前に何故こっちの部屋に来たとツッコミたくなってしまうのもまた事実なのだ。

 

「それよりトロワの作業の方は――」

 

 何処まで進んだのだろうか。少なくとも、完成しました試して下さいと肩を叩かれた覚えはないが、トロワはお休み中。俺のために疲れてるところを起こすのは忍びなく、また、勝手に件の品に触れてしまうのも憚られ、トロワが起きるのを待つ以外に知りたい情報を知る術は俺にはない。

 

「……となると、今の内にトイレでも行っておくべきか」

 

 外に出ようとした時、トロワが起きていれば、ついて来ようとするだろう。そこでトイレに行くからついてくる必要はないと言えば良いだけのことかも知れないが、今ならその一手間さえ必要ない。

 

「さて、と」

 

 今日の予定も帰ってきてからとほぼ変わらない。部屋に籠もってシャルロットの説得方法を考えつつトロワの作るアイテムの完成を待つだけなのだから、そう言う意味でもトイレは行ける内に行っておくべきだ。部屋の鍵を手にすると、そのままドアに向かい、外に出てから施錠する。

 

「後は」

 

 トイレに向かうだけだ。場合によってはあちらで誰かと遭遇するかも知れないが、誰かが居るなら気配で先客が察知する前に人の存在に俺が気づく。

 

「ん? 誰か居るな」

 

 そう、今まさに察したように。

 

(朝からせくしーぎゃる全開の元女戦士とかだったら、即透明化呪文(レムオル)、もしくは撤退だな)

 

 せっぱ詰まってる訳じゃない、心労を重ねるぐらいなら、後回しにするぐらいいっこうに構わず。

 

「とにかく、誰かか……は?」

 

 気配の正体を確かめようとした俺は、全力で見覚えのあるツンツン頭を視界へ微かに捉えて、固まった。

 

「しゃる……ろっと?」

 

 まさかとは思う、思うが、あんなツンツンした黒髪の持ち主を俺は他に知らない。

 

「ど、どういう事だ?」

 

 俺の脳内イメージは具現化される程強化されていたとでも言うのか。

 

(と、とにかく……確かめてみないと)

 

 本物のシャルロットなら盗賊の俺程気配には敏感でないはず。

 

「レムオル」

 

 念のため、透明化呪文で姿を消した上、気配と足音を殺し、忍び歩きで歩み寄る。一歩、また一歩。

 

(呪文の効果時間もある、のんびりとは出来ないけど……近くに、物影は?)

 

 首を巡らせ隠れる場所を探すも、丁度良さそうな物影などそうそう都合良く転がっては居らず。

 

(呪文効果が切れる前に一度出来るだけ接近して確認してから離脱するしかな)

 

 離脱するしかないかな、と思ったところで、それは起きた。

 

「あ」

 

 かすれた声を漏らし、推定シャルロットだった者は髪型と、顔を変えた。いや、正確には元に戻ったと言うべきか。

 

「んー、変身呪文(モシャス)の効果時間ってこれぐらいなんだ」

 

 ぼそりと呟いた黒髪の女賢者は、俺がスミレさんと呼ぶその人であり。

 

(つーか、おまえ が しょうたい か)

 

 ひょっとして、ここで気づかなかったら後々モシャスしたスミレさんに騙されるような事件が発生したんだろうか。

 

「それに、人形と記憶だけだと変身も不完全な気がする。あたしちゃん、要反省」

 

 何処に反省してるんだとか、もっとまともな方面に努力しろってツッコむのは駄目なんでしょうかね、うん。

 

「……疲れた」

 

 その後、スミレさんをやり過ごし、トイレで用を足したが、もの凄く付かれるトイレになったのは、言うまでもない。

 




成る程、勇者一行人形にそんな活用法が!

と、間違った方向に努力するクシナタ隊の賢者スミレ。

彼女がそのスペックを真っ当なことに使う日は本当に来るのか?

次回、第百三十三話「産声は」



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第百三十三話「産声は」

「帰ろう」

 

 用を足し終え、トイレを出た俺は進行方向の気配には警戒しつつも来た道を引き返した。もし感じた気配の主がシャルロットに見えたとしても、先の一件を見た以上、騙されはしない。

 

(こういう時に限って本物のシャルロットが出てくるってオチが有りそうな気もするけど、きっと気のせいだよなぁ)

 

 アリアハンへの連絡ならついていると思うが、アレフガルドに赴きこっちに戻ってきた人間は殆ど居ない。居るとすれば勇者一行ぐらいなので、今こっちの世界に居ると限定した場合、勇者一行の連絡要員が居るか居ないかってレベルになる。

 

(アレフガルドに続いてるギアガの大穴のあるのもこの大陸だし、アリアハンへ行く前に中継地としてこのイシスを選んだとしてもおかしくはないけれどさ)

 流石に想定外の遭遇とかは勘弁して欲しい。説得の内容もだが、心の準備だって出来ていないのだ。更に言うなら、紙切れの影響を脱すため作ってもらってるアイテムの完成だって。

 

(いっそのこと、また荒くれ者になって情報を集めて来ようかな……いや、部屋に籠もってまずはアイテムの完成を待つべきか)

 

 一応正体を隠してくれる変装用の覆面は手に入れたが、声はそのままだし、変装して外出すると言う行動は何処かで正体のバレる危険性を内包している。堅実に考えるなら、引きこもるのがベストなのだ。

 

「やらなければならん事も残っているしな」

 

 アイテムが出来たら、まずムール君に奥義を伝授して、トロワを連れ出し、格闘場で修行させるかダーマに赴き転職して貰う必要もある。

 

「最終目的を考えれば、な」

 

 トロワはおそらく神竜との戦いにもついてくると言うだろう。なら、せめて巻き添えになって死なない程度の強さは身につける必要がある。

 

(回復呪文は僧侶、補助呪文は魔法使いが覚えるとなると、賢者になって貰うのがベストなんだけど……)

 

 ただ、それはあくまで俺が知りうる知識だけで考えた場合。

 

(アークマージが修行を得て強くなる、つまりレベルアップした場合、追加で呪文なり何なりを覚えるかってところが未知数だからなぁ)

 

 転職せずとも覚えられ呪文などが有るなら、そのまま修行させるという手もある。

 

(トロワ自身、知らない可能性もあるから様子見に修行させて、効果がないようなら転職と言ったところかな?)

 

 様子見修行の間に手の空いた者が居れば、賢者になるため必要な悟りの書を入手出来ないかと聞き、実現が不可能そうであったなら、修行の結果次第ではダーマに赴き、トロワが転職すると言うことになる。

 

「しかし、転職、か」

 

 以前、生け贄から遊び人になったせいでとんでもないトラブルメーカーになった人が居るのだが。

 

「いや、あれは職業養成所だか訓練所を経由した結果だ。同じ事になるとは思えん」

 

 綺麗なトロワがスミレさん二号になる悪夢なんて存在しなくて良い。

 

「マイ・ロード。その、新しい遊びを思いつきましたので、試させて頂いてよろしいでしょうか?」

 

 とか、遠慮と期待の混じった眼差しでこっちを見てくるけしからんバニーガールの幻想なんて見えない。

 

(そもそも、あの身体で遊び人とか色々反則でしょ)

 

 大きさは元バニーさん越えなのだ。紙切れの影響下に有る俺何てきっとひとたまりもない。

 

(じゃあ、性格変更アイテムが有れば別かって言うと、それもなぁ……)

 

 協力者にしてアイテム作成者のトロワは自分の作ったアイテムが無ければ、俺がどうなるかを知っている。天敵に生殺与奪を握られたようなものだ。

 

「って、あって欲しくないイメージ前提で考えてどうする」

 

 まだ二号になるとは決まっていないし、アークマージのまま修行させても意味がないなら、賢者には転職して貰わないといけないというのに。

 

「トロワが起きてからだ、全ては」

 

 一人でモヤモヤしていても仕方がない。気づけば、部屋の前近くまで来ていた俺は、ドアをノックし。

 

「はい……マイ・ロードですか?」

 

 中からの声でトロワがこちらの居ぬ間に目を覚ましたことを知った。

 

「ああ、入るぞ?」

 

 ドアを開けるのは、確認してから。実は着替え中だったなんて展開はい、ご免被りたい。

 

「どうぞ」

 

「よし、と」

 

 内からの許可を聞いてからドアを開け、中に入ればすぐさまドアを閉める。

 

「すまんな、よく寝てるようだったから用を足しに行」

 

「構いません。それよりも、マイ・ロード、これを」

 

 そのまま謝罪してから話を聞こうとした俺の言葉を珍しく遮り、トロワが差し出したのは、見覚えのある指輪。

 

「これは……」

 

「はくあいリングです。昨日、レプリカとはいえ外見のそっくりな指輪を見ましたから、あれを参考に再現してみました」

 

「あれから、か」

 

 外見だけ似せたレプリカだったはずだが、ひょっとしたら装飾にもオリジナルの指輪が持つ効果に何か影響を及ぼしていたのか。

 

(それより何より、たった半日で、しかも宿屋の一室で完成させちゃうとか……)

 

 どれだけの能力があれば、そんな事が出来るのか。

 

「ありがとう。……しかし」

 

 ゾーマからすれば酷い損失だろうなと思う。アリアハンの外で直接戦った時、トロワ謹製の袋を使っていたところを見るに、その才能については相応に評価していたと思うのだが。

 

(敵に回ったとなれば、奪回か始末ぐらい考えても良さそうな……あ)

 

 ひょっとして、トロワが俺の側を殆ど離れないのが、知らずの内にその手の工作を防いでいたのか。

 

(敵の気配が近寄ってこれば、まず俺が気づくからなぁ)

 

 現パーティーにはくわえて盗賊のムール君も居る。

 

「マイ・ロード?」

 

「いや、なんでもない」

 

 今は大丈夫だと思いつつも、トロワの護衛を用意しておくべきかなとも思う俺だった。

 




正式なサブタイトルは「産声は不安の中に」。完全ネタバレしそうなのでああなっていたのです。

次回、第百三十四話「夜が来る前に」



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第百三十四話「夜が来る前に」

「とりあえず、作業が終わったなら格闘場へ行くか?」

 

 受け取った指輪をはめ、顔を上げた俺はトロワへ問うた。

 

「格闘場、ですか?」

 

「そうだ。お前もこの先ついてくる気なら相応に強くなっておく必要はあるからな。もっとも、俺が知りうる修行法は人間用。アークマージのお前にも効果があるかが不明、と言うことを踏まえると、修行を始める前に『これこれこういう修行をするがお前にも効果がありそうか』と先に聞くことになりそうだがな」

 

「成る程」

 

 百聞は一見にしかず、実際修行してる誰かを見、その上で検討した方が良いと思ったと理由も添えて説明すれば、トロワはすんなり納得し。

 

「分かりました、では後ろを向いていて頂けますか? 戦闘用のローブに着替えますので」

 

「あ、ああ……」

 

 飛び出した発言に内心で驚きつつも、頷いてトロワへ背を向ける。戦闘用、と言うことは見た目が似た、別のローブを使い分けていたのか。

 

(まぁ、一着のローブを着っぱなしは流石に色々拙いもんなぁ)

 

 それが非売品の強力な防具となってくると予備もなく、冒険中はそんなこと気にしていられないのだが、だからこそ、町で何日かのんびり出来る現在、俺の着用していたやみのころもは物干しに引っかかって昨日は日光浴を楽しんでいた。

 

(連泊は貴重な洗濯の機会だもんなぁ)

 

 ちなみに、洗濯はムール君がやってくれました。最初はトロワが挙手したのだが、ここのところアイテム作成でお世話になっている上に更に洗濯までして貰う訳には行かず、かといって俺が洗濯すると誓いの関係でトロワまでついてきてしまう。

 

(もっとも、あの時はそれでも自分でやろうと思っていたんだけどね)

 

 クシナタ隊では洗濯当番とか一応決まっているらしいが、流石に嫁入り前の女性に俺の服は洗わせられない。自分の分は自分でやるかお店の人にいつもは任せていたのだが、俺がムール君に見つかったのは、前者。丁度他の洗濯物も纏めて抱えて洗いに行くところだった。

 

「だったらやらせて貰えない? オイラも一応盗賊だし、マントの扱いなら慣れてるから」

 

「スー様、お願いしては? ムール君も男性ですし、私達がスー様のお洋服を預かるのは色々と問題が有ります」 

 

 しかも、たまたまクシナタ隊のお姉さんが一緒にいて、善意で断るハードルを上げてくれる鬼畜仕様。男性じゃないんです、なんて言えなかった。

 

(だから、ふかこうりょく だと おもいたい)

 

 意地を張って拒絶すればムール君の秘密がバレかねない。それにいっぱいいっぱいだったんだ、、あの時は。

 

「マイ・ロード? 着替えは終わりましたよ?」

 

「ん? ああ、すまん。ちょっと洗濯物のことをな。まぁ、俺は戦わんし、防具が乾いていなくても問題は無いのだが」

 

 訝しげなトロワの声で我に返ると、弁解しつつ声の方へと向き直る。

 

「ふむ」

 

 トロワはいつものローブだった。違いが分からない。

 

「まぁ、いい。準備が終わったなら出発しよう」

 

「はい」

 

 気を取り直した俺にトロワが応え、俺達は部屋を後にする、そして――。

 

「やっほー、スー様。格闘場に行くの? あたしちゃん達も今行くとこ」

 

 宿の入り口でスミレさんと出会うのだった。

 

(って「出会うのだった」じゃねぇぇぇぇっ!)

 

 宿の入り口に人の気配がしていたことは分かっていたんだ。ただ、気配を察知出来る知覚力も万能じゃない。戦士と魔法使いみたいに装備の重量に顕著な差のある二者なら見分けられると思うが、スミレさんを他のクシナタ隊のお姉さんと察知しわけるのは難しい。

 

(一見するとただの服、だもんなぁ)

 

 重装備どころか、一般市民レベルの超軽装。だが、その服ですら追加装備なのだ。

 

(中身、神秘のビキニなんだよなぁ。バニーさんのおじさまが作った……)

 

 上に何か着ていると効果を発揮出来ないらしく、戦闘時は服を脱ぐという痴女まがいの戦闘準備が必要になるのだが、ここは町中。水着だけで歩き回る訳にもいかない。もちろん、紙切れの影響化にあった俺はそんなお姉さん達の常識有る行動に助けられた側なのだが。

 

(まぁ、何はともあれ、格闘場に行くなら遅かれ早かれ遭遇してた訳だし)

 

 割り切るしかないのだろう。例えこの先、元女戦士も待ち受けて居るんじゃなんて事に気づいたとしても、引き返す訳にはいかないのだから。

 

「……一応、な」

 

 間が開いた気はしたものの質問には答え。

 

「ふーん。じゃあ、あたしちゃんもごいっしょするね?」

 

 スミレさんは当然の如く同行宣言。まぁ、そうなるとはもう予測出来ていたんですけどね。

 

「夜が来る前に一定の成果は出さないとな……」

 

「スー様、まだ朝だけど?」

 

 分かってはいる、別にスミレさんにツッコまれなくたって、わかっては居た。ただ、小説みたいに一瞬で時間が経過してくれたらどんなに良いかと思ってしまって、そう、夢を見てしまったのだ、俺は。

 

「マイ・ロード?」

 

「あー、現実逃避入っちゃってる。 どうしたんだろ、スー様?」

 

「ふぅ……行くか」

 

 二人の声を遠く聞きつつ、よたよたと、俺は歩き出すのだった。

 




ヒャッハー! ビキニではぐれメタルと模擬戦だー!

次回、第百三十五話「楽園と見るかぢごくと見るか」



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第百三十五話「楽園と見るかぢごくと見るか(閲覧注意)」

「あ、スー様おはようございます」

 

 その日も、少女達は格闘場を目指した。と言うか、なんというか。この城下町に滞在してるクシナタ隊のお姉さん達の目的は殆どが格闘場で発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)と模擬戦をして強くなることなのだ。ともすれば、格闘場へ向かう道すがらお姉さん達とエンカウントするのは、もはや当然のことだった。当然、出会ったら一緒に行きましょうかという流れにもなる。

 

(分かってた、分かってた筈なんだ……だけどね)

 

 朝早くから精が出るねと、お姉さん達を褒めるべきか、気づけば俺の周囲には殆どをクシナタ隊のお姉さんが構成する女性の輪が誕生していた。

 

(うわぁい、目立つなぁ)

 

 刺さる視線に申し訳なさを感じるのは、はめた指輪の為か。俺もモてない人間だ。女の子に囲まれた男へ突き刺さるような視線を放つオッサンとか同世代男子の心境は胸が痛くなる程理解している。わかる、気持ちは分かるがだからこそ、女の子達と俺はただのパーティーメンバーなんだよと説明しても意味がないこと、理解されてもなんの救いにもならないことまでが分かってしまう。

 

(っ、他人の心の痛みが分かることがこんなに辛いことだなんて――)

 

 はくあいリング恐るべし、そしてやさしいひととはかくも辛いものであるのか。

 

(まぁ、性別に関係なくムラムラしちゃうような効果じゃないし、良しとすべきなんだろうな)

 

 そも、トロワが俺のために苦労して作ってくれた品なのだ。

 

「スー様、どうかなさいました、そんなに厳しいお顔をして?」

 

「いや、なんでもない」

 

 かけられた声に応じつつも、ポーカーフェイスが崩れていたかと密かにはっとさせられ、俺は慌てて、表情筋に指示を出す。いけない、俺を信じてついてきた女の子達へ不安を抱かせるようじゃ駄目だ。もっとどっしり構えていないと。

 

(そして、ここでファイティングポーズをとってツッコミを入れられる……ギャグマンガとかとかならだいたいそんなところだろうな)

 

 もちろん、こんな所で一人ボケをかましたって現実逃避になるだけ、それに。

 

「時間を無駄には出来んな」

 

 出来れば早足で格闘場へ向かいたい。だが、朝の弱いお姉さんもいるかも知れないのに、勝手に歩みを早めても良いものか。

 

(流石にそれもなぁ。だいたい、早歩きするとしても所要時間的には大差ないだろうし)

 

 こっちの都合だけでせかすぐらいなら、いっそのことお姉さん達を背負うと言う手も。

 

(無いな、下手したらセクハラだよ)

 

 命に関わる緊急時ならともかく、たかだか数分時間を節約するためだけにやる事じゃない、そもそも。

 

(そんなことを考えてる内に着く程度の距離だもんなぁ)

 

 いつしか辿り着いていた入り口の前で、俺は内心嘆息する。考えるより行動した方が早い良い見本とでも言うべきか。

 

「トロワ、側を離れる許可を出す。他の者と一緒に着替えてこい。俺は直接トレーニングルームの方へ向かう」

 

 ひょっとしたら既に誰か来ている可能性もある。

 

「では、マイ・ロード。行って参ります」

 

「スー様、また後で」

 

「ああ」

 

 お姉さん達と別れ、挨拶ぐらいはしておくべきだろうと本日最も長く滞在するであろう部屋へ歩き出せば。

 

「ここか」

 

 さして時間もかからず、辿り着いたのは廊下に面した一室。

 

「さて」

 

 まずはノックを試すが、応答はなく。

 

「……失礼す」

 

「そうだ、そうだよ! もっと強くっ、あ、あっ、あ」

 

 ドアノブを回し漏れ出てきた声に、俺は固まる。居ないと思った部屋からもの凄く聞き覚えのある声がしてきたのだ、とうぜん の はんのう だと おれ は おもいたい、まして。

 

「くっ、いいね、いいじゃないのさっ、次はもっと強――」

 

 何かトゲトゲの服を着た元女戦士が仰向けに寝ころんで発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)を挑発し、体当たりぶちかまされてる変態シーンとか目撃したら、誰だって固まると思うんだ。

 

「なんだ、これ……」

 

 一足早く訪れたそこはビキニのお姉さんが豊かな何かを揺らし戦う楽園でもなければ、ハードなトレーニングの待つぢごくでもない。ただの変態ルームだったのです。

 

(ええと、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)風呂ではないけど、おれ の しってる もぎせん と ちがう)

 

 トゲトゲの服は明らかに風呂で使われる方のものだろうし、挑発してぶつかってこさせてるのは、服の棘による言わば反射ダメージでのKOを狙ったものだとは思う。思うのだが。

 

(これって、あの変態風呂のハードさを下げただけのものだよね?)

 

 こんな光景に対面させて、俺に何をしろというのか。

 

(止めろ、とか? いや、確かにあんな変態行為に付き合わされる発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)は確かに気の毒だもんな)

 

 元女戦士は、うん。出来ることなら助けたいが、まずどこから助ければいいのか。

 

(って、呆けてる場合じゃない。この後トロワ達も来るんだ。とにかく、何とかしないと)

 

 変態行為をドア開けて覗いてるような光景とか見られたら、せっかくトロワが指輪を作ってくれたのに、俺が終了してしまう。そんなことは、させられなかった。

 

「おい」

 

 空気が凍る事さえ覚悟して、俺は声を発すと、変態部屋へと突入するのだった。

 




まぁ、待ってるのはだいたいこんなオチ。

次回、第百三十六話「急げ、間に合わなくなっても知らんぞーっ!」


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第百三十六話「急げ、間に合わなくなっても知らんぞーっ!」

「……何をしている?」

 

 この場合、かけて至極もっともな言葉はそれだろう。修行しているんだと返される可能性は大いにあったが、俺の知っている修行と違うのだから、問いかけは正当なものだと思う。

 

「えっ、あ……あー見られちまったのかい。ほら、修行だよ、見ての通りのね」

 

 そして、帰ってきたリアクションが、こちら。うん、ふざけてそう評しでもしない限り、こっちが馬鹿になりそうな程、元女戦士は平然としていた。腕輪の効果で性格がごうけつに変わってるからそんな反応なのかもしれないが。

 

「とりあえずそれは止め……っ」

 

 この後トロワ達もくる。流石にこの状況は頂けないと、制止するつもりだった俺の言葉は途中で途切れる。

 

「どうしたってのさ?」

 

「いや……この後他の皆が来るからな」

 

 変態行為にストップをかけたいとは思っている。だが、同時に思い至ってしまったのだ、この元女戦士が仰向けで発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)に責められていたのは、強くなり俺へ借りを返すためとやらではないかと。

 

(俺のために努力してるのを止めさせるとか……)

 

 良心の呵責を覚えてしまうのは、ひょっとして「やさしいひと」だからなのか。

 

(うん、優しい人というか、優柔不断というか、NOと言えない人っぽいよね、この性格)

 

 俺はむっつりスケベ以外の性格ならなんの問題も生じないと、つい先程までは思っていた。だが、間違いだったのだろうか。

 

(ここでもたつくとか……)

 

 このままでは、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)に嬲られる元女戦士を俺が眺めているここにトロワやクシナタ隊のお姉さん達がやって来てしまう。

 

(拙い、だけど、無理矢理止めさせるのは可哀そ……だから、そんなこと言ってる場合じゃ無いんだって!)

 

 指輪で作られた性格へ声に出さず怒鳴りつけるが、軽くしかりとばしただけで良いならそもそも元女戦士にかけるつもりだった制止の言葉だって途中で途切れはしない。

 

(だあああああっ、我ながらめんどくさいぃぃぃっ!)

 

 時間はそれ程残されていないのだ。いつぞや変身呪文(モシャス)して着せ替え人形にされたから女性の着替えというモノにどれだけの時間がかかるのかはおおよそ把握している。故に、社会的死亡の時間、つまり俺の黄昏が近づきつつあることは分かっている。

 

(何か手は? 最悪、このモザイク処理必須の光景が隠れてトロワ達から見えなくなるだけでも良いんだ。何か、隠蔽する手段は……あ)

 

 かなりやばい状況に追い込まれたからか、俺の脳裏に閃いたのは、この状況に持ってこいのアイデアだった。

 

「まあいい、なら、修行を続けていればいい。ただし、無理はするなよ?」

 

「はん? 何を言っ」

 

 元女戦士は急に方針変換をしたことに理解出来ない様子だったようにも思えたが、それはいい。今すべきは、部屋の外に出ることだ、そして。

 

(えーと、ネームプレート、ネームプレート……)

 

 すぐさま振り返り、部屋名表示がどうなっているかを見る。

 

「ネームプレートを取り替えるか書き換えて、部屋を偽装する……何に出てきたトリックだったかな?」

 

 推理モノの小説か漫画、アニメで使ってた密室トリックだった気がするが、あの見られてはいけない元女戦士の特訓中部屋を隠蔽するのにはうってつけのアイデアだった。奇しくも先程まで居た部屋は、廊下にずらっと並ぶ部屋の一室。

 

「くわえて俺が部屋の入り口で待って居れば、な」

 

 外にいた理由は、中に誰も居なかったからとでもすればいい。

 

「後は、すり替えた後の部屋が魔物の調教部屋とかじゃなければいい」

 

 この確認は重要だ。以前の失敗を考えるなら。

 

「とにかく……思わぬところで時間を浪費してしまったし、さっさと行動に移らねば」

 

 俺が部屋を覗き込んでる、みたいなハンパな状況でトロワ達が来ても拙い。それはそれで覗きをやっていたという不名誉なレッテルと共に俺が終了してしまう。

 

「っ、良かった。ここはまともな部屋か」

 

 ドアを開け、隣の部屋を覗き込んだ俺は、安堵した。中は隣室とほぼ同じ作りのトレーニングルーム。おそらく、同じ様な部屋が並んでる区画なのだろう。

 

(これなら偽装もバレにくそうだしなぁ)

 

 コンコンと軽く壁を叩いてみるが、目的が目的だけに壁は厚そうで、隣の音も漏れては来なさそうだ。

 

「さて、後はプレートを変えてスミレたちを待つだけだな」

 

 作業中にやって来るのではないかと、こうしてほっと息を着いた直後に隣から声がするのではと言う疑念が湧いたが。

 

「スー様、お疲れさま」

 

 なんて言ってスミレさんが肩ポムするような破局は訪れず。

 

「いや、待てよ? あちらには賢者や魔法使いが居る。透明化呪文で……ないか」

 

 疑心暗鬼に駆られて気配を探ってみたが、それらしいものはなし。

 

「ふぅ、これでいい」

 

 今の内とばかりに偽装工作を終えた俺は胸をなで下ろし。

 

「あ、スー様、お待たせしましたー」

 

「マイ・ロード、お待たせしました」

 

 ビキニ軍団の声がしたのは、数分程後のこと、俺はひとまずやってのけたのだ。

 

 




たった一つの真実隠す、身体はカンスト賢者盗賊、中身はパンピーその名も――。

うん、なんでこんなしょーもない隠蔽にそこまで頭が回るんですかね?

次回、第百三十七話「違うよ! 俺は変態という名の盗賊じゃないよ、信じてよ!」

これまでの色々を考慮すると説得力は皆無というミステリー。


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第百三十七話「違うよ! 俺は変態という名の盗賊じゃないよ、信じてよ!」

 

「来たか。さてと、まずははぐれメタルの手配からだな」

 

 中には誰も居ないようだからなと続けると、ガチャリとドアを開けて中を見せた。もちろん、これもトリックをより完成させるための誘導である。

 

「あ、本当ですね」

 

「んー、じゃあ誰がはぐれメタル連れてくる?」

 

「誰がって仰いますけど、この人数分のはぐれメタルとなると、一人や二人では厳しいですよ?」

 

 疑いもせず、最初の問題について議論を交わし出すお姉さん達の姿にまずは一安心と思った俺は視線を動かし。

 

「あっ」

 

 つい、そこに目を留めてしまった。

 

(これは、酷い……)

 

 今にも断末魔を上げそうな、トロワの胸を覆う神秘のビキニに。

 

(そっか、以前はきれいなトロワじゃなかったから付けさせていなかったんだっけ)

 

 用意していなかった気もするが、なら、あれは誰かのビキニを借りたのかも知れない。

 

(……可哀想に)

 

 俺にはビキニの悲鳴が聞こえるようだった。

 

(って、何処に優しくなってんだ、俺は!)

 

 はくあいリング恐るべし、と言ったところだろうか。

 

(そうじゃない、このままだとトロワのビキニが力尽きて惨事が起きてしまう)

 

 昔のトロワだったらむしろここぞとばかりに見せびらかした上で責任をとるよう求めてきても不思議はなさそうだが、あれは過去の話。だから、想像してしまう。

 

「えっ、あ……」

 

「拙い」

 

 とうとう限界を迎え、はじけたビキニそして自由になって大きく弾む脅威(トロワ)質量兵器(むね)。当人が惨事を知覚し悲鳴をあげるより早く鞄へ手を突っ込んだ俺は床を蹴ってトロワへ肉迫する。

 

「せいっ」

 

 戦脱衣と言う戦いのさなか相手の防具を剥ぎ取る技の使える俺ならば、その逆もまた容易い。すれ違い態トップレスになってしまったトロワのそれを俺は鞄にあったモノで瞬時に隠したのだ。

 

「え、ま、ま、ま、ま、マイ……ロード……こ、これ」

 

 何とか間に合った、ただ早すぎたからか、遅れて事態を飲み込んだトロワは顔を赤くしながら自分の胸を指で示す。そこにあったのは、トランクスタイプな俺のパンツ。

 

「え゛っ」

 

 トロワのあれの方が俺の尻より大きかったようで何とも窮屈そうだが、一応一時しのぎにはなっている。

 

(や、「なっている」じゃNEEEEEEE!)

 

 どうなってるんだ、俺の想像力。確かに現実に起こったら世界の悪意は余裕でそれを現実に思想だけど。

 

「スー様、トロワさんの胸をお尻に見立てて自分のパンツを穿かせるとか、それはちょっと」

 

「変態過ぎ、あたしちゃんドンびき」

 

「す、スー様。私は大丈夫ですから。なんでしたら今からでもスー様のぱんつ、胸にはきますよ? あ、ごめんなさい、はける程胸が――」

 

 ツッコミを入れたのに俺の想像力はご丁寧にもそれを見たクシナタ隊のお姉さん達の反応まで予測してくれやがったのです。

 

(そもそも反応におかしいの混ざってる気がするんですけどね?)

 

 紙切れの影響は無いはずなので、単に欲求不満とかなのだろうか。

 

(と、とにかく、このままじゃ拙い)

 

 流石に変態盗賊にされて俺終了とはなりたくない。なら、トロワの水着が力尽きる前に処置を施すべきであり、その為の鍵はすぐそこにあった。

 

「話は聞いていた、ならトロワを除く他の全員で行けばよかろう?」

 

 そう、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)の手配に他の面々を行かせてしまった上で、残ったトロワに水着の件を指摘し、中で一人適当なモノに着替えて貰えばいいのだ。

 

「トロワは俺の側に侍るという誓いがあるし、俺まで行ったのではここが全くの無人となるからな」

 

「た、確かに無人は拙いかもしれませんね。スー様、お願いしてもよろしいですか?」

 

「ああ」

 

 誰かが残っていた方がよいと主張した俺は、こうして無事、トロワと二人っきりの状況を作りだし。

 

「……トロワ、ビキニがはち切れそうになっているように見える。この後はぐれメタルと模擬戦が待ってるなら、その格好は拙かろう」

 

 胸に注視していたと言うようで少々モヤモヤしたものお、きちんと懸念を伝えた。

 

「マイ・ロード……申し訳ありません、お気を遣わせてしまって」

 

「いや、分かってくれればいい。丁度、この部屋は今無人だ」

 

 暗に着替えてこいと言えば、トロワは笑顔を浮かべ。

 

「はい、中でサイズを調整して参ります」

 

 頷くと隣の部屋に入っていったのだった。違う、そうじゃない。

 

「……じゃない、そっちは――」

 

 発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)と元女戦士の変態部屋だ。ひょっとして、俺の指摘で動揺したのか、それともスミレさん達が帰ってきても良いように別の部屋を選んだのか。

 

「きゃああああっ」

 

「トロ」

 

 上がる悲鳴に一歩遅れて部屋に踏み込んだ俺が目にしたのは、新たな侵入者に反応し標的をトロワに変えて飛びかかった発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)、その衝撃でビキニがはじけ見えてはいけないモノを丸出しにしちゃったトロワだった。

 

(うわぁい)

 

 これ は なんとも え に かいた かのような らっきーすけべ。

 

「トロワッ!」

 

 一瞬、呆然としつつもすぐさま我に返った俺は、鞄に手を突っ込むと、手に触れたそれなりに面積の有りそうな布地をトロワに向かって投げた。

 




まさかのポロリ回。

次回、第百三十八話「『あれ、デジャヴ?』と容疑者は首を傾げており、イシス衛兵隊は詳しく事情を追求して行く方針で――」


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第百三十八話「『あれ、デジャヴ?』と容疑者は首を傾げており、イシス衛兵隊は詳しく事情を追求して行く方針で――」

「こっちは俺に任せてそれを――」

 

 つけろと言う後半を省略し、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)とトロワの間に割り込み、身構える。

 

(勢いだ、こうなったら勢いで誤魔化すしかない)

 

 ついさっき最悪の状況を想像したばかり。投げた布地がパンツだったなんて酷いオチはないと信じ、俺は発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)を睨み付けた。

 

「従者を辱めた罪、償って貰おうか」

 

 指輪のせいか、ちょっと心が痛んだが、この発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)が加害者なのは疑いようもない。トロワのビキニだって、あれが襲いかかってくるってアクシデントがなければ耐えられたかも知れないのだ。言わば、ビキニの仇である。

 

「マイ・ロード……」

 

「トロワ、隠し終わったなら俺のフォローを頼む」

 

 変則的だが、これをある意味戦闘のようなモノとするなら、俺が発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)と戦って勝ったところで成長しき(レベルカンスト)ってる俺に恩恵はない。だから、トロワと一緒に戦ったことにすればトロワも恩恵を受けるのではないかと思い、振り向かずに声をかけ。

 

「お前のお相手の一匹だ。うっかり入ったのはこっちの落ち度だが、混ぜて貰うぞ?」

 

 ついでに元女戦士の変態修行のおこぼれにも預かるべく、参戦の断りを入れ。

 

(久しぶりな気がするけど、うまく言ってくれよ)

 

 床を蹴った俺は発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)へ肉迫すると片足を上げた。

 

「これが、俺のシュゥゥゥゥッ!」

 

「ピギィィィィ?!」

 

「ぐっ」

 

 吹っ飛ぶ発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)と足に残る衝撃に顔を微かにしかめた俺。本職の武闘家でないこともあるのだろうが、やはり発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)は反動も重みも違う。

 

「ごふっ」

 

「ビギッ」

 

 ただ、吹っ飛んでいった発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)が元女戦士に命中したのは、狙ってやった事じゃない、本当に。

 

「うぐっ、いい一撃じゃ……ないの、さ」

 

 元女戦士はよたよたと身を起こすが、棘つきの服を着てやたら凹凸のあるおろし金を滑らされるハメになった発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)の方は鳴き声さえ発せず、完全に伸びていた。明らかに戦闘不能だ。

 

(うーむ、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)はともかく、巻き添え喰った方の人には回復呪文をかけてあげたいところだけど……僧侶の呪文が使えること明かして無いからなぁ)

 

 何にしても、ヒントは貰った。そう、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)を沈黙させてこの騒ぎを収めるには、あのトゲトゲ服向かって残った発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)も撃ち出せばいいといいのだろう。

 

「ところで、その服の予備はここにあるか?」

 

 尋ねつつ、有るとは思っていた。あんな変態(ハード)なトレーニングをするともなれば、服が破れることだって普通は想定する。

 

(まぁ、原作では防具の破損とか無かったけどさ)

 

 あの元女戦士の修行法は常軌を逸してるのだから、原作知識を引き合いに出したりその上に胡座をかいていれば、足を掬われかねない。

 

「あ、ああ。有るには有るけど……どうすんのさ?」

 

「決まっている。床か壁に置いて、そこへ蹴り込む。またぶつ」

 

「っ、見くびるンじゃないよ! あたいが居るじゃないのさ。さあ、どんどん来な!」

 

 そして、おれ は どうやら また やらかして しまったらしい。

 

(なに それ。なんで、おこるの?)

 

 何が元女戦士の心を駆り立てるというのか。矜持かそれとも変態的な趣向か。

 

「ま、マイ・ロード。予備が有るのでしたら」

 

「いや、お前は良い」

 

 いいからね、張り合わなくて良いから。トロワにはきれいなトロワのままで居て欲しい。

 

(つーか、なんで こう なった?)

 

 いや、胸の内とは言え問うた俺がアホなのか。元女戦士と接することを鑑みればこの程度は充分あり得たではないか。

 

(何だか見知った顔に暴力振るうみたいで気は引けるけど、このまままごついてる訳にはいかな……あ)

 

 部屋は防音仕様、ドアは閉まっているというのに俺の優れた知覚力は、この時、それを捉えた、のだと思う。

 

(そう言えば、時間的にもそろそろスミレさん達、戻ってきておかしくないじゃないか!)

 

 拙い、急がなければいけない理由が出来てしまった。

 

「はぁ、はぁ……ホラ、さっさと来な! なんだったら、はぁ、二発一度にでも――」

 

 その上で、元女戦士からの最速。

 

「「ピ、ピィィ」」

 

 怯える発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)に呵責を覚える良心。だが、俺には、俺には時間が残されていないのだ。

 

「すまん」

 

 短く謝罪の言葉を零すと、俺は発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)向けて飛ぶのだった。

 




元女戦士にはぐれメタルをシュゥゥゥゥゥッ! 超、エキサイティンッ!

うん、本当にどうしてこうなった?

次回、第百三十九話「罪と罰」

何故だろう、あの元女戦士側からするとご褒美でしかない気がするのは。


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第百三十九話「罪と罰」

「ノートラップ、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)シュゥゥゥゥッ!」

 

 胸の痛みを無視して俺は強引に足を振り抜いた、勝利のために。

 

「ピギィィーーーーッ」

 

「くふっ」

 

 二匹目の発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)は弧を描いて元女戦士(ゴールネット)に突き刺さり、俺は一試合三点獲得(ハットトリック)を達成。こうして、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)達は沈黙し、事態は無事収束した。

(おそらくトロワもレベルが上がるようなら上がっただろうし、最低でもこの修行法が有効かは判明したよな?)

 

 とすれば、問題は後一つ。

 

「どうやって、外に出るか……だな」

 

 経過時間を考えると、スミレさん達が外の廊下にいても何らおかしいところはない。それが、この部屋のすぐ外でなくてもドアを開けて出れば、透明化呪文を使ってもドアが開くところは目撃されてしまう。

 

(そうなれば当然、セルフ発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)責めしてた変態さんが発見されてしまう訳で……)

 

 隠蔽しようとしたことが明るみに出てしまう。

 

(とは言え、壁を破壊して隣の部屋から抜ける訳にはいかないし、この部屋には人が抜けられるような大きさの窓はない。まぁ、モンスター格闘場の魔物が立ち入るエリアに外界への脱出口なんてあったら逆に問題なんだけど)

 

 こんな事に恨めしさを感じてしまうのは、余程追い込まれているからだろう。

 

「……他に方法もない、か」

 

「マイ・ロード……申し訳ありません、私のせいで」

 

「いや、そうじゃない」

 

 嘆息する俺に責任を感じたのか、憮然としつつ頭を下げたトロワへ頭を振り、言葉を続ける。

 

「そうじゃない、修行をするのに両隣の部屋に迷惑がかかってはいけないと挨拶に行ってこの光景に出くわした……と言うことにするだけだ」

 

「えっ」

 

 そう、俺は諦めた。ただし、元女戦士の存在を秘匿することだけを、だ。

 

「下手にまごついていても事態は悪化する。なら、取捨選択して一番被害の少ないモノをさっさと選ぶ、それしかあるまい。このまままごついていては、俺とお前が『最初からあの修行をしようとしていた』と受け取られても否定出来ない状況に追い込まれる」

 

「っ、それは――」

 

 きれいなトロワならそこまで説明すれば大丈夫だろうと思ったが、案の定。俺の危惧が現実になればどうなるかに思い至ったらしい。

 

「そうですね、私一人なら部屋を間違えた私の罪ですが……」

 

 俺にまで汚名は被せられないと、部屋を出ることに同意してくれ。

 

「なら、出るぞ? 幸いにも発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)と変質者は全て目を回してるようだからな」

 

 今なら部屋を出ても咎める者は内に居ないし、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)が開けたドアから俺達の脇を抜けて逃げ出すと言うことも無いと思う。

 

(……出来ればネームプレートも戻しておきたかったけど、流石に余裕はないからなぁ、よし)

 

 気配を探りつつドアノブに手をかけ、捻る。

 

「あれ、スー様?」

 

「ああ、お前達か。戻ってきたようだな?」

 

 そして、概ね予想通りの方向から聞こえてきた声にポーカーフェイスで応じた俺は、戻ってきたクシナタ隊のお姉さん達へ修行は始められそうか、と問うた。

 

「それは、大丈夫です。はぐれメタルは借りてきましたから」

 

「けど、何故スー様はそちらの部屋に?」

 

「いや、防音のようではあったが、万が一隣の部屋に迷惑がかかると拙いと思ってな。一言挨拶していたところだ。思わぬアクシデントはあったがな」

 

 言いつつトロワを示したのは、服装の変化が俺達があの部屋にいたのと同様、隠しきれないと踏んだから。

 

「どうやらサイズが合っていなかったらしい。まぁ、模擬戦闘中に起こるよりは今の段階で不備に気づけたのは幸いだろう。そう言う訳で俺はトロワを連れて一度着替えに戻る。修行はそちらで先に初めておいてくれ」

 

「そう言うことなら、仕方ありませんね」

 

「いってらっしゃいませ、スー様、トロワさん」

 

 下手に隠さなかったのが良かったのか、それとも俺の演技が巧妙だったのか。すんなり信用してくれたお姉さん達は、ペット用の籠を頑丈にしたようなモノを抱え、俺が出てきたドアの中へ入って行き。

 

「さて」

 

 全員が部屋に消えたのを見届けてから部屋のネームプレートを元に戻す。

 

「これで良し……では戻るぞ、トロワ?」

 

「えっ? あ、はい」

 

 呼びかけに応えたトロワを連れ、俺達は来た道を引き返し。

 

「さてと、アクシデントもあったが……どうだ、トロワ? ここでの修行で強くはなれそうか?」

 

 歩きながら、俺の口から漏れたのは、そんな問い。他にも言いたいことはあったが、他お隣の挨拶とだけしか伝えてない他の面々も居ないからこそ、出来た質問でもある。

 

(元女戦士の変態行為に関わらなきゃこの時点では答えようがなかったかも知れない問いだしなぁ)

 

 だが、修行をするかどうかを決める重要な問題でもある。効果がないとすれば別の方法を考えなければいけないし、修行の参加がただ時間の浪費で終わる可能性もあるのだから。

 

「……おそらくは。ただ、他の急成長していた方ほど急速に強くなるとは思えないというのが正直なところです」

 

「……そうか。むぅ」

 

 少し考えてから漏らされた微妙な回答に俺は何とも言えない心境で唸ったのだった。

 




アークマージのモンスターレベルは43。

同じレベルの勇者一行もいくらかレベルが上がりにくくなる頃合いですよね?

次回、第百四十話「決断」



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第百四十話「決断」

「トロワはどうしたい?」

 

 効果が薄いなら転職するというのもありだと思うが、まずは当人の意思確認と考え、尋ねる。

 

「マイ・ロードのお考えをお聞きしても?」

 

「お前の後で良ければ、な」

 

 返ってきた答えは予想の範疇であったからこそ、俺は即座に言った。

 

「お前のことだ、俺と意見がかち合えば自分の方を引っ込めるのは容易に想像がつく。だが、他人からやらされるモノより自分から進んでやることの方が普通は熱意が籠もると言うのが俺の持論でな」

 

 だから先にお前の意見が聞きたいのだと補足もする。

 

「更に言うなら、俺は一般的なアークマージを越えて強くなった例を知らん。よって、新たに呪文を会得するのか、特殊能力を獲得するのかなど強くなった結果自体も知らんと言うことがある」

 

 それこそ、今後の重要な局面で戦局を良い方にひっくり返すようなモノを覚えるとすれば俺の意見だってこのまま修行続行一択と変わるだろう。

 

「つまりだ、こっちは判断を下すのに必要な情報が足りん。そこを踏まえるという意味でもお前の答えが先に聞きたい。先程、あの修行についておそらくは効果があるとは聞いた。その先に何か掴めそうなモノはあるのか?」

 

 この世界には戦士の様に成長しても能力が上がるだけという転職前提では微妙すぎる職業もある。何も覚えずレベルだけ上がって行くという可能性も残されている以上、俺としてはこう質問するしかなく。

 

「……今より強力な吐息を使えるようになるのではないか、と。そんな気がするだけですが」

 

「ほう」

 

 少し間をおいて口を開いたトロワの言葉に胸中でブレスかぁと漏らす。

 

(MP吸い取れない魔物がブレス攻撃してきたことがあったし、そうするとブレス系は精神力を消費せず範囲攻撃出来るよな)

 

 今のトロワが吐くことの出来るブレスは冷たい息という威力の心許ないモノだが、上位互換のブレス攻撃が出来るようになるのなら、このまま修行を続けるのも悪くはない。

 

(回復呪文とか補助呪文が使えない欠点はあるし、後で転職しないといけなくなるかもしれないけど、アークマージに再転職出来るかはまだ未検証だし、レベル上げも二度手間だからなぁ)

 

 やはり、トロワにはアークマージのまま、もう少し修行を続けて貰うべきだろう。

 

「それで、お前自身の意思は?」

 

 ただし、当人がそれを望めばの話。自身の意思まで口にしていないトロワへ俺は続いて問い。

 

「このまま、続けさせて頂きたいと思います」

 

「そうか」

 

 大好きな母親と同じ職業なのだ、何処かでそうなるだろうなとも思っていたからこそ、驚くこともなく、すんなり受け止め。

 

「そもそも、職業を変えるとなると、今までのローブが着られなくなるかも知れませんし」

 

「あ」

 

 続く言葉で自分の無神経さに気づかされた。確かに、今までアークマージ一筋であったと思われるトロワが他の職業用の服を持っているとは思いがたい。

 

(で、唯一着られそうな神秘のビキニも上の方がきつくて戦闘さえ出来ない有様だったもんな)

 

 装備の方は買いそろえても良いが、そうなると、今まで着ていたローブが装備出来ないのに場所をとる荷物になってしまう。

 

(こりゃ、後々に備えて色々用意しておく必要が理想だな。それから――)

 

 シャルロットと再会したら、あの袋を見せて貰って、トロワに再現品の完全版を作ってもらう必要もありそうだ。やはり、体積と量を無視して物の入る袋は、欲しい。

 

「マイ・ロード?」

 

「いや、たいした事ではない。今後の事を少し、な。とりあえず、ビキニの方は修理に出すとして……参考にお前の下着を同封してそれにサイズを合わせて貰えば良いか」

 

 ルーラで時間を使い、ジパングでサイズ合わせ出来る程時間に余裕はない。だからこそ、ビキニに関して出来るのは、それが精一杯であり。

 

「はい、そうですね。それから……今日の修行はいつものローブで行おうかと」

 

「それが良い。いつかはビキニに慣れて貰わねばならんかもしれんがな」

 

 俺にとっては生殺しパーティー完成への道と同意味だが、敢えてそこはスルーする。

 

「……と言うか、ああ言うモノが作れるだけの技術力があるなら、それこそ真っ当なローブや服にあの技術を活かしてくれればとも思うのだが」

 

 スルー出来なかった分が愚痴として零れるがそれぐらいはご容赦頂きたい。

 

「まぁ、まずは着替えて修行だな。さて、俺はここで待つ」

 

 話しながら歩いていた為か、いつの間にか辿り着いていた更衣室の前で、俺はドアの前から横に退き。

 

「はい。申し訳ありませんが、この布、もう少しお貸し下さい」

 

「あ、ああ」

 

「では、失礼します」

 

 胸を示したトロワは俺が頷くのを見て更衣室に消える。シャルロットにせよ今のきれいなトロワにせよ、無自覚とは思う、だが。

 

(もうちょっと、おれ と いう だんせい を けいかい して くれないか と せつ に おもう きょう このごろ です)

 

 旧トロワだったら意識してのことだろうが、あくまで俺が渡した布は応急措置だ。それもあるのだろうがトロワの胸が大き過ぎて、布は食い込んでいる上全てをカバーしきれず肌色をいくらか覗かせていたのだ。

 




次回、第百四十一話「せいちょう」

どこがかは、うん。お察し下さい。


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第百四十一話「せいちょう」

 

「ただ、レベルを上げるだけだと言うのに平穏無事で終わらない一日だったな」

 

 俺はベッドの上に腰を下ろし宿に借りた部屋の壁を見ながら呟いた、なんて感じに小説の如く時間がスキップしてくれればどれだけ良かったことか。

 

「マイ・ロード、お待たせしました」

 

「ああ」

 

 着替えを終え、いつもの紫ローブ姿で現れたトロワへ頷くと、俺達は再びクシナタ隊のお姉さん達が居る部屋へと引き返す。

 

「あ、ヘイルさん」

 

「ムールか、どうした?」

 

 その途中、こちらを見つけて声をかけてきたムール君に問えば、ちょっとおトイレにと言う答えが返ってきて、短く、そうかと応じた。

 

(ムール君には一応ついてるもんなぁ)

 

 あれだけの数のビキニのお姉さん達に囲まれる経験なんて、きっとこちらに来て修行を始めた時が初めてだった筈。だったら、目のやり場に困るとか、居心地の悪さを感じてトイレに一時避難することにしたとしても無理はない。

 

(まぁ、俺は今からそこに向かうんだけどさ)

 

 最も、修行に加わったり修行シーンを見つめて居ないと駄目とかでは無いので、ムール君より条件は格段にマシだ。紙切れの影響が残っていたらそれでも危うかったかも知れないけれど、ただ。

 

「あ、スー様。ムール君見なかった?」

 

 ムール君とすれ違った後、まるでムール君を追いかけているかのように現れた女賢者(スミレさん)を見た時、俺は胸中でムール君に詫びた。ムール君は、ビキニのお姉さん達から逃げたのではなく、おそらくこいつから逃げたのだとようやく気づいたのだ。

 

(俺が居なかったから、ムール君をからかう標的にしたと言ったところかな……ごめん、ムール君)

 

 スミレさんからしてみれば、俺がトレーニングルームにいない状況でムール君は唯一の異性。そもそも、クシナタ隊は女性のみの集団であり、男性と接する機会は少ない。

 

(若い女の子達だしなぁ、そりゃ同年代の異性に興味はあるか)

 

 きっと俺が弄られたりからかわれる理由の一つもそこにあったのだろう。そう言う意味でムール君がいれば負担は半減するが、同時にムール君の秘密がバレると言うリスクも高くなる。

 

(ここはアリアハンに立ち寄った時、男性メンバーでも斡旋して貰うべき、かな? いや、新メンバーが加わり、男部屋に割り振られる人が増えたら――)

 

 拙いことになる。男部屋にもかかわらずトロワという反則レベルのスタイルをした異性が同じ部屋にいる上、ムール君もついてはいるがベースは女性と言って差し障りない。

 

(どう考えても問題が発生するよなぁ)

 

 ムール君の身体に関しては当人が強くなって、俺とは別のパーティーを組んだ上で神竜を倒し、願い事として完全な男か女の身体にして貰わない限り、どうしようもないし。

 

(そも、叶えられる願い事は一行につき三つだったし、数を増やすには袂を分かつことが不可欠)

 

 だが、これが難しい。分かたれた方は勇者一行と見なされなくなるので、おそらくは今までのようには蘇生呪文が効かなくなる。戦闘中の蘇生は原作の魔物もやってたのでおそらく可能だろうが。

 

(まぁ、シャルロットの親父さんかサイモンさん、クシナタさんのいずれかを抱き込めば解決する問題だけどさ)

 

 勇者一行が四つになれば、叶えられる願い事の数も増える。まぁ、一組はゾーマを倒しに行かないといけないので、俺としては多くて九つだと考えてはいるものの、原作の三倍と考えれば充分破格だ。

 

(ただし、勇者一行単位ってのもあくまで俺の想定だから、なんにしても一度神竜にあって確認する必要が有る訳で……)

 

 結局、やることはほぼ変わらない。まず、神竜の元にたどり着けるだけの戦力を一パーティー分だけでも確保しないといけないのだから。

 

「ふむ……」

 

「あの、マイ・ロード着きましたよ?」

 

「あ、ああ。すまん。では、修行を再開するとするか」

 

 考え事をしていると時間は飛ぶように流れると言うことか。我に返り謝罪しつつドアノブに手をかけると、はいと短い肯定の答えが返ってきて、俺はそのままドアノブを回した。

 

「行ったよ、そっち」

 

「あっ、うん」

 

「きゃああっ、何処触ってるの?!」

 

 そして、あけた どあ の むこう は びきにぱらだいす でした。

 

(まあ、おれ に とって は ぢごく ですけどね)

 

 縦横無尽に駆け回る発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)、弾む白いビキニに包まれた水色生き物(スライム)の亜種。

 

(肌色生き物とでも命名しようか)

 

 クシナタ隊の女の子達の声やら悲鳴やらが響く中、こりゃムール君も席を外すわと心の何処かで思いつつ俺はここではない遠い何処かへ視線を投げた。

 

「ミナ、また大きくなったんじゃない? トロワさんの程じゃないけどミナのビキニもちょっとパッツンパッツンだよ?」

 

「そ、そ、そんなこと有りません! それを言うなら――」

 

 うん、助けられた命が本来無かった明日を生きていられるのには感慨深げだけどさ。

 

(君達、異性がログインしてることを理解しようか?)

 

 おおきなのは いいこと かも しれない、だけど、それ は おれ が のぞんだのとは べつ の せいちょう じゃないですかね と つっこみたくなった。

 

「まぁ、仲が良いのは良いことだがな」

 

 もちろん、セクハラもどきな言動を口にする訳にも行かず、口から出たのは割と常識的な呟きであったものの。

 

「えっ、あ、スー様……今の聞いて」

 

「ミナっ、ちょっとはぐれメタルそっちに」

 

「ええっ?! あ、待っ、きゃあぁぁぁ」

 

 俺は忘れていたらしい。戦ってる最中の人達に声をかけると言うのが、どういう惨事をもたらすか。

 

「すまん」

 

 謝罪しつつも俺が割って入れば、修行の効率が落ちる。

 

「……トロワ、二人のフォローに回れるか?」

 

 だから、俺は横を見て問い。

 

「はい、マイ・ロード。仰せのままに。ミナヅキ様方、加勢致しますっ」

 

 頷いたトロワは、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)の体当たりを受け尻餅をついた女の子と発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)の間に割り込んだ。

 

 




いやー、クシナタ隊のお姉さん達も着々と成長しているようです。

闇谷も文才が成長して欲しい今日この頃。あと、根気も。

次回、第百四十二話「てれれれてってってー」

コンビニで某コラボ唐揚げ買った時、あのファンファーレに驚いたっけ。

あ、その時貰ったロトの唐揚げピック、未開封で一本所持してます。

勿体なくて使えなかった。


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第百四十二話「てれれれてってってー」

「やあっ」

 

 すかさず放った素手での一撃を俺は原作で見たことがあった。

 

(あー、アークマージの攻撃モーションまんまだ)

 

 呪文が使えブレス攻撃まで出来ることを鑑みると要らない子と思えた白打も意外な場所に使いどころがあったと気づく。

 

(うん、本来味方の筈の灰色生き物(じゅもんやぶれすがきかない)系を相手にするって状況の方がイレギュラーな気もするけどさ)

 

 ただ、同時に思う。

 

「トロワにも武器、買ってやるべきかもなぁ」

 

 とも。当人がアイテムを色々作れるので、作っていないと言うことは不要なのかとも考えたが、原作でアークマージがごく希に落として行く宝箱からとある杖が手に入ったような気もするのだ。

 

「杖、か」

 

 店頭に並んでいて入手出来るモノで、そこそこ強いものと考えて思い至ったのは、復活の杖。名が示すとおり道具として使っても戦闘中なら不完全蘇生呪文(ザオラル)の効果がある一品だ。

 

(ただ、扱ってる店のあるのがアレフガルドの何処かだった気もするんだよな)

 

 クシナタさんを始めとしたアレフガルドに行った組の誰かに代理購入を依頼しないと入手は厳しいと思う。

 

「もしくは、シャルロット達に頼むかだな」

 

 会うことになってしまった以上、クシナタ隊のお姉さん達へこそこそアイテム調達を頼む理由は半ば消滅したと言っても良い。無断で逃げ出しておいて、逃げた相手へアイテムの手配を依頼するという厚顔無恥な真似が出来るならと言う話でもあるが。

 

「ありがとう、トロワさん。ミナっ」

 

「はいっ」

 

「ピギィィィ」

 

 とりあえず、模擬戦の方はトロワが殴りかかった間に体勢を立て直したクシナタ隊のお姉さんことミナヅキさんがもう一人のお姉さんの呼び声に応え、振り下ろした武器の一撃で気絶し、模擬戦は三人の勝利で幕を閉じた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……何だか、少し強くなれたような気がします」

 

「あたしも。じゃあ、ちょっと休んだら、はぐれメタル(あのこ)にも回復呪文をかけてもう一戦、ね」

 

「……ふむ」

 

 おなじみのファンファーレは鳴らなかったが、レベルは上がったと言うことなのだろう。

 

「トロワ、お前も修行に励むと良い」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「ふっ、まぁ無理はするなよ?」

 

 元気に答える従者を気遣いつつ、くるりとビキニの乱舞する光景に背を向け、俺は鞄から紙とペンを取り出した。

 

「さて、と」

 

 作業には向かない場所だが、成長限界(レベルカンスト)している肉体の借り主である俺に、この部屋でやれることは殆どない。なら、シャルロットの説得内容を含め、今後のことへ思いを馳せるべきであり。

 

「……これも駄目だ」

 

 何枚羊皮紙を駄目にしただろうか。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……んう、もう……無理」

 

「そう、ですね。もう一回休憩しましょうか」

 

 ふと我に返るとクシナタ隊のお姉さん達の荒い呼吸やら妙に艶っぽい声、あと悲鳴なんかが集中力を削いで行く。

 

(わかっていた、筈なんだけどなぁ)

 

 俺が思う以上にこのトレーニングルームでの作業は困難だった。

 

(ときおり、よそみしてた おねえさん が ぶつかって きたり するし)

 

 出来るだけ周囲の音をシャットアウトし己が考えに集中していたとは言え、ぶつかられるまで気づかないというのは俺の未熟さを露呈するモノかも知れないけれど。

 

(だって、耳に毒なんだもん)

 

 指輪のお陰で紙切れの影響はほぼ無いと言っていいが、真っ当な状況だったとしても限度はある。

 

「ねー、スー様、それ何してるの?」

 

 なんてムール君追跡から戻ってきたスミレさんが質問してくる事はなかったが、木石でもない俺にとってお姉さん達の声はそれだけで充分に作業妨害用BGMとなり得たのだ。

 

(まぁ、一応の成果はあった訳だけどさ)

 

 そんなお姉さん達の声とは別に、トロワが俺へ直接話しかけてきた事があった。

 

「氷の息、か」

 

 アークマージが吐いてくるブレスの一段階上のものであり、それが使えるようになったという報告はアークマージもレベルが上がればちゃんと会得出来るモノがあると証明したのだ。

 

「他にも幾つか掴めそうなものがありまして……イシスを出るまでにはマイ・ロードへ必ず報告させて頂きます」

 

 自身の成長も嬉しいのか、どことなく誇らしげに語ったトロワは修行を続け、この日とんでもないモノを会得した。

 

「どうでしょうか、マイ・ロード?」

 

「上出来だ。呪文は確かに跳ね返った。では、次だな」

 

「はいっ」

 

 光の壁を作りだし、スミレさんのホイミやスカラを跳ね返して見せたトロワは頷くと、印の様なモノを組んでから、手を突き出し波動を放つ。

 

「スミレ?」

 

「スカラの効果が消えた。たぶん、スー様の言うとおり」

 

「そうか」

 

 あらゆる補助呪文の効果を無効化する、いてつくはどう。そして反射呪文であるマホカンタ。マホカンタの方は落とす杖を道具として使った時同じ効果があったため、それ程驚きはしなかったのだが、それはそれ。

 

(なんだろう、後はヒャド系呪文会得すれば劣化版大魔王なんですけど?)

 

 この分だと、ブレスももっと強いモノを覚えた上、ヒャド系の最強呪文まで覚えて大魔王に並びそうな気がしてしまう。

 

「しかし……」

 

 トロワがきれいなトロワで良かった。これで前のままだったら、マザコンで変態な劣化版ゾーマに貞操を狙われる様なものだったのだから。

 

(トロワのチートさ考えると、二回行動とか教えたらあっさり会得しそうだもんなぁ)

 

 手数までオリジナルに並んでしまえば、残るは呪文耐性と精神力及び生命力の差ぐらいだ。なんというか、アークマージおそるべしだった。

 




トロワ は レベル が あがった。
こおりのいき を おぼえた。
マホカンタ の じゅもん を おぼえた。
いてつくはどう を おぼえた。

アークマージを強化した結果がこれだよ。

と言うことは、エビルマージを強化すると……?

次回、第百四十三話「あれ? でもそれなら――」


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第百四十三話「あれ? でもそれなら――」

「ふむ」

 

 ただ、トロワの予想外な成長を見て、思うこともある。

 

(エピちゃん達も転職せずに修行したら何か覚えていたのかな?)

 

 それは、あくまで俺の好奇心から来るただの疑問。エピちゃん達の転職はあくまで当人達の意思だったのだ。エピちゃんはカナメさんに近づくためで、そのお姉さんはそんなエピちゃんの気を惹くため。

 

「どうされました、マイ・ロード?」

 

「いや、他の仲間になった魔物も鍛えれば強くなれるのかという疑問が湧いてな」

 

 強くなれるなら、ジパングにいる元バラモス親衛隊の皆さんに声をかけてイシスまで連れてくるのも手ではある。

 

(一歩間違えるとバラモスとの戦いで俺が助けたエビルマージの子が第二のトロワになるんじゃないかって危険性はあるけど)

 

 修行すれば心強い味方になってくれる逸材を遊ばせておくのは勿体ない。

 

「他の仲間になった魔物と言いますと?」

 

「ん? ああ、そう言えば色々居たし、お前より古株の魔物も居るからな……」

 

 丁度良い機会だと思った俺は、覚えてる限りの魔物と、その仲間になった経緯を簡単に話し。

 

「成る程。結論から先に言わせて頂くと、可能性はあります。そもそも、私がここまで短期間でこれほどの力を付けることが出来たのは、マイ・ロードがシャルロット様のお仲間であり、私も同理由で広い定義での勇者一行と見なされているからかと愚考させて頂きます」

 

「勇者一行と見なされているから?」

 

「はい。この国の兵士や立ち寄った冒険者の力量をマイ・ロードならご存じでしょう? もし束になってかかってきたとしても、私なら呪文で一掃出来ます。ですが、国を守ろうと長年厳しい訓練をしていると言うのに人間の兵達は、冒険者になって半年も経っていないミナヅキ様達クシナタ隊の方々に力量で遠く及びません。これだけお話しすればだいたいおわかりだと思いますが――」

 

「ふっ、そういうことか」

 

 密度の濃い日々であり、倒せば膨大な経験値の入る発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)との模擬戦を集中的に行わせているとは言え、言われてみれば不自然だった。

 

「つまり、勇者一行に何者かの与えた恩恵が、技術の熟練と戦士や魔法使いなどとしての成長を後押ししているのでは、とお前は言う訳だな?」

 

「はい。マイ・ロードにお仕えする前からこれほど簡単に強くなれるようであれば――」

 

「ゾーマ城は劣化版ゾーマで溢れかえっている、か」

 

「ごく希に血の滲むような修練によって頭一つ抜けた実力を持つ者が出てくることもありますが」

 

「ごく希な例外と言うことだろう? そちらにも心当たりはある」

 

 シャルロットと一対一で戦ったじごくのきし、ディガスとか名乗っていた気がするが、あいつとか。

 

「戦闘力という面で限定しなければお前やウィンディもそちら側と言うことか」

 

 そして、その希に見られる傑物に勇者一行限定サービスの成長チートが加わった結果、今のトロワになった訳だ。

 

「となると、大化けしそうなのはウィンディとディガス、それにあの元親衛隊長ぐらい、か」

 

 なんて名前だったっけと胸中で呟くが、思い出せない、だが。

 

「いいえ」

 

 トロワはすぐさま首を横に振った。

 

「ママンをお忘れ無く」

 

「あ、すまん」

 

「それから、心の支えになる人物がいればそれを糧に成長出来る者も居るかも知れません」

 

「つまり、エピニアにも可能性はあると?」

 

「はい」

 

 そのながれだといつぞやのばくだんいわも大化けしそうな気がするのは気のせいだと思いたい。

 

「しかし、エピニアは転職してしまっているし、ウィンディは既にジパングでミリーのおじさまと幸せに暮らしてるだろうからな」

 

 消去法で残ったのはあの元親衛隊長とディガスのみ。

 

「うーむ」

 

 ただ、この内ディガスの方は外見が三対の腕を持つ人骨の剣士である上、この国に侵攻した軍に加わっていた。適正があったとしても連れてくるのは難しい。それこそ、使った者とその仲間の姿を変えるへんげのつえでも持ち出すか、消費する精神力の割に効果時間の短い透明化呪文を多用でもしない限りは。

 

「もっとも、あの元親衛隊長を連れて来るにしても往復で二日、そんな時間的余裕はない、か」

 

 実際に試すなら、後回しにせざるを得ないだろう。今は、合流したメンバーの修行と、シャルロットへの説得についてが最優先だ。

 

「とりあえず、今日の修行についてはキリの良いところで切り上げるか。気が付けば随分時間が経っているようだしな」

 

「……はい」

 

「トロワ、お前も疲れただろう。戻ったら先に風呂に入ると良い」

 

 ただ考え事をしていただけの俺と違い、トロワのローブにはあちこちに汗の染みが出来ている。

 

(ローブが有れば問題ないと思ってたけど、失敗だったなぁ。ここは砂漠の国だし、他のみんなはもっと涼しい格好してるってのに)

 

 やはり、俺には気遣いというモノが足りないのかも知れない。

 

「す、スー様、それって……」

 

「えっ、うそっ」

 

「ん?」

 

 いや、気遣いだけではないのか。回りの反応にきょとんとした俺は何が起こったのか、まだ分かっていなかった。

 

 




れ、れ、れ……そうだ、レタ……何とかさん!

次回、第百四十四話「あるぇ?」



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第百四十四話「あるぇ?」

「スー様大胆。先に女の子をお風呂に入らせておいて、後から自分も入ろうとか……あたしちゃん、びっくり」

 

 ただ、欲しかった説明をスミレさんの感想という形で知覚した時、俺は思い知らされる。

 

(というか、なんてこと を いったんだ、おれ は)

 

 もちろん、トロワとお風呂をご一緒するつもりなど全くない。入浴と言うことはおそらく指輪も外すだろうから、そんな状況でトロワと裸の付き合いをして、理性を保っていられるか。おそらく不可能だろう。

 

(紙切れの影響、残ってるだろうしなぁ)

 

 指輪によって俺を苛んでいたえっちな紙切れの効果が上書きされたのは良いが、上書きされているからこそ本当に効果が切れたのか、指輪の効果で押さえ込まれているのかが分からなくなってしまった。一応宿に戻ってトイレにでも入った時に確認してみるつもりではいるが、そんなことはどうでもいい。

 

(何とかしないと……混浴する気なんて全くないのに)

 

 このままでは俺が社会的に死ぬ。

「そんな訳ないだろ。疲れているだろうから先に寝られるように風呂の順番を譲っただけだ」

 

「そっかー、先にスー様のベッドで寝るのかー」

 

「違ぁぁぁぁう!」

 弁解すればスミレさんが洒落にならないことを言い出し、俺は叫んだ。

 

(どうして、こうなった?)

 

 理由は解っている、俺が軽率でロクでもないとらえ方が出来る言葉を口にしてしまったのが原因であることは。

 

「ま……マイ・ロード?」

 

「あ、ああ。すまんな。大丈夫だ」

 

 自分の名が上がって混乱したのだろうか、それとも。いずれにしても同室のトロワとぎくしゃくするのはよろしくなく。

 

「ともかく――」

 

「スー様、ここに居ると聞いて来たのだけど……」

 

 再度弁解しようとした時だった。カールした黒髪を揺らし一人の女賢者が開いたドアから顔を半分覗かせたのは。

 

「カナ……メ?」

 

「取り込み中だったかしら?」

 

 そう言えばダーマへ転職に行っていたんだっけと思い出せば、数日ぶりに顔を合わせたカナメさんは賢者の出で立ちで首を傾げ。地獄に仏とはまさにこのことか。

 

「いや、キリの良いところで切り上げて宿に戻る予定だったのだが、丁度良い。ダーマの近況も聞きたいし、部屋に来てくれ」

 

 カナメさんが部屋にいてくれれば変なことをしなかったという証人が出来るし、ダーマのことが聞きたいというのも嘘ではない、何より。

 

(不自然じゃなく話題を変えられた……)

 

 これは大きい。

 

「それから、幾つか相談したいことがある」

 

 と小声でカナメさんにだけ囁くと俺は周囲を見回した。

 

「ふむ、これなら丁度良いな」

 

 たぶん、俺のポカ発言でクシナタ隊のお姉さん達の手が止まったのだろう。伸びた発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)を回復する僧侶のお姉さんまで立ちつくしているせいか、模擬戦も中断されており、切り上げて下さいと言わんがばかり。

 

「トロワ、帰るぞ?」

 

「あ、はい」

 

「カナメも来てくれ。情報次第では明日の予定を変更せねばならんかもしれんしな。情報は出来るだけ早く手に入れておきたい」

 

 もちろんこれは方便。トロワと一緒に宿へ帰るところからずっと見て貰い、変なことはしていないと証明して貰うという目的が俺にはある。一時誤解が生じたとしても、カナメさんが証言してくれれば疑いは晴れる。

 

(いつまでも世界の悪意に踊らされてる訳にはいかないし)

 

 トロワは俺の願いを聞いて指輪を作ってくれた。クシナタ隊のお姉さん達は例外もいるものの、ハードな発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)との模擬戦でメキメキと腕を上げている。

 

(なら、俺は? やるべき事はないのか?)

 

 答えは、否。シャルロットの説得に、神竜との戦いを前提にした作戦立案、神竜へ到る原作で言うところの隠しダンジョンだって今覚えている部分だけでも忘れないうちに構造を羊皮紙か何かに記しておくべきだろう。更にさいごのかぎの確保とアレフガルドでのみ手に入る強力な武器防具を入手するための手配。

 

(人の協力が不可欠なモノはいつ協力して貰っても良いように準備を終わらせておく、重要だよな)

 

 例えば武器防具の手配なら、必要とされる品を割り出すため神竜へ挑む時のパーティー編成を決め、いつでも注文出来るようにしておく必要がある。

 

(つまり、神竜との戦いを前提にした作戦立案を終わらせておくべきで――)

 

 もし、シャルロット達に武器の手配を頼むなら、再会する日までに神竜戦の編成と作戦は決めておかなければならない。

 

(優先順位を付けるなら、一がシャルロットの説得内容のまとめ上げで二が神竜と戦う際の編成と作戦決め。欲しい武器防具のリストアップは編成と作戦が決まれば、ついでに決まるだろうし)

 

 一はともかく二を煮詰めるならカナメさんにも意見を聞いた方が良い。

 

(ただ、なんだろうなぁ、何か忘れてるような気が……)

 

 漠然とした不安を感じた俺は、徐に足を止めた。杞憂であってくれればいいが、さっきやらかしたばかりなのだ、油断は大敵。

 

「ふむ」

 

 腕を組み記憶を掘り返しつつ俺は記憶を掘り返し、再び歩き始めた。

 

 

 

 

 




次回、第百四十五話「夜会話には早すぎて」


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第百四十五話「夜会話には早すぎて」

「お帰りなさいませ」

 

 宿の店主に迎え入れられる宿のロビーを窓から微かに見える斜陽が染める。一息つけば夕食時か、良い時間帯に戻ってこられたと思う。

 

「ああ、今戻った。夕飯の用意は出来ているか?」

 

「はい。先に食事になさいますか?」

 

「いや、別の部屋の仲間と話がしたくてな。そちらの都合も聞かねばならんのでまだ何とも言えん」

 

「そうでしたか、失礼しました」

 

 こちらの質問へ即座に応じ逆に問うてきた宿の主人に頭を振ってみせれば先方は頭を下げ。

 

「謝る程の事ではない。少し待て」

 

 確認をとる相手(カナメさん)はすぐ後ろにいる。

 

「夕食の用意が出来ているらしいが、どうする?」

 

「そうね……スー様達はどうかしら、お腹空いてる?」

 

 話を向ければ首を傾げたカナメさんは俺とトロワに聞き。

 

「トロワはどうだ?」

 

 自分のことは答えず俺はトロワに尋ねた。

 

(本日一番ハードだったのはトロワだろうしなぁ)

 

 俺はただ考えていただけ。一応、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)を蹴飛ばすぐらいはしたが、それぐらいだ。

 

「マイ・ロード?」

 

「修行で動いて腹が減っているやもと思ってな」

 

「そ、そん」

 

 肩をすくめて視線に応えれば、トロワは何かを言いかけ。

 

「「っ」」

 

 お約束と言うべきか、突如ホテルのロビーに誰かのお腹の虫が吼えた。ベタ過ぎる。

 

「い、今のは……」

 

「申し訳ありません。私です」

 

 視界の中でトロワが首を巡らせれば、白状したのは、宿屋の店主。

 

「……まぁ、それはそれとして、どうするか決めんと、後の予定に差し障る」

 

「そ、そうでしたね。では――」

 

 夕飯にしましょうとトロワが言ってくれたことで、話は進んだ。

 

「では、こちらの者が食堂へご案内します」

 

「どうぞこちらへ」

 

「ああ」

 

 店主の示した従業員に促され、歩き出し、コの字を書くように二度曲がった先のドアの前で従業員は立ち止まり。

 

「こちらが食堂となっております。お好きな席にてお待ち下さい、係の者が参ります」

 

「世話をかけた。さて――」

 

 通された先にはチラホラ宿泊客の姿があった。ただし、クシナタ隊のお姉さん達の姿は殆どなく。

 

(ま、それもそうか。いの一番に格闘場を抜けて来ちゃったもんなぁ)

 

 状況が状況だったとは言え、お姉さん達は帰る前に残ったメンバーだけで後片づけをせざるを得なかったと思うと若干心が痛む。

 

(とりあえず、トロワがお酒を飲む事だけはなんとしても防いで……)

 

 訪れる明日に備えたい。疑惑を払拭し、雑念に煩わされず、やるべき事を。

 

「まずは、カナメと会う前後の経緯について話そう。明らかに俺のミスであり、恥をさらすことになるが――」

 

 カナメさんとはそれなりに長い付き合いだし、結構残念なところも見せてる。だからこそ、話せることは話しておいた方が良い。

 

(もちろん、人に聞かれたら拙いことは部屋まで口の端に乗せず、ね)

 

 無関係とは言え、他のお客もいる。だから、ぼかして大まかに伝え。

 

「なんと言うか……いかにもスー様らしいわね」

 

「面目ない」

 

 苦笑するカナメさんに俺は軽く頭を下げた。

 

「話はだいたい理解したわ。第三者が居た上できっちり否定すれば誤解の連鎖も止まるでしょうし」

 

「恩に着る」

 

「礼には及ばないわよ。スー様には助けて貰った恩があって、みんなその恩を返し切れたと思ってないはずだから」

 

「……そう言うモノか? いや、お前は疑っていないが」

 

 すみれさん とか いっつも おれ で あそんでるんですけど。

 

「あの子は職業訓練所で少々影響を受けすぎただけ。ついでに言うと元々肝心なところで感情表現というか自分の気持ちを伝えるのが苦手なところがあったから」

 

 口元に笑みを浮かべつつ頭を振った俺がぼそりと漏らし、すぐに失言であった事に慌てる中、カナメさんは言う、いつかわかるわ、と。

 

「ふむ」

 

 他ならぬ同郷のカナメさんが口にすること、まして今のカナメさんは誤解を解くのに協力してくれてる恩人でもある。疑いは、すまい。

 

「ともあれ、これ以上の会話はここでは拙いな」

 

 続きは部屋でしようと会話を切り上げると、俺は残っていた料理を平らげ、トロワとカナメさんが食べ終わるのを待って席を立つ。

 

「さて、部屋に戻」

 

「あ、居た居た。こっちにいたんだ」

 

「あ」

 

 そして、そのまま食堂を出ようとしたところで俺は再会した。

 

(そっか、何か忘れてると思ったら……ムール君忘れてた。……ごめん)

 

 流石にいくら何でもこれはないわと思った俺は、胸中で声を出さず謝り。

 

「ここに来たということは、食事か?」

 

「うん。それもあるけど、部屋の鍵ヘイルさんが持ってるからさ」

 

「っ、それは済まなかったな」

 

「ううん、結局会えた訳だし」

 

 今からご飯だからさと続けた、ムール君に俺はそうかと呟く。

 

「部屋の鍵は開けておく」

 

「うん、よろしくね。それじゃ」

 

「ああ、またな」

 

 そして、挨拶を交わし去ろうとした瞬間だった。

 

「はうー、お腹減っ……す、スー様?」

 

「あ、スー様。ただいまー」

 

 俺が遅れて戻ってきたクシナタ隊のお姉さん達と再会したのは。

 

(そりゃ、ムール君が戻ってきてたんだから、そうなるわな)

 

 若干ズレもあるが、その辺りは更衣室の位置が違うからだろう。

 

「ああ、お帰り。それから、お先に、か。またな?」

 

「ええっ、スー様?」

 

 流石にこれ以上部屋に、戻るのが遅れるのは拙い。俺は挨拶もそこそこその場から逃げ出したのだった。

 

 

 




次回、第百四十六話「何から話そう」


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第百四十六話「何から話そう」

「ようやく戻って来れた、か」

 

 無事クシナタ隊のお姉さんから逃げ延び、部屋のドアノブに視線を落とした俺はポツリと呟く。鍵を差し込み、回して鍵を開ければドアノブに手を添えて捻るだけ。

 

「どうぞ、と言うのもあれだが……入ってくれ」

 

「あら、ありがとう」

 

 脇に退いてそのままカナメさんを部屋へ入れれば、後にトロワが続き、最後に俺が入る。レディファースト、と言う訳ではない。単に気配察知に優れているのが俺だけだったと言うだけの理由だ。

 

(冒険をしているからこその癖、だよなぁ)

 

 本来ならダンジョン攻略時に行う警戒をこんな所でしてしまう。職業病と行っても差し障りないんじゃないだろうか。まぁ、それはさておき。

 

「さてと……何から話すべきか」

 

 ドアを閉め、口を開きつつ二人へ歩み寄りつつ考える。食堂では主に俺が話していたし、ダーマのことを聞きつつ最初は聞き手に回るべきか、それとも忘れないうちに今日の事件について食堂では言えなかった詳細を語るべきか。

 

「そうね……話して貰えるなら今日のことを聞かせて貰いたいわ」

 

「わかった。ならば、食堂では話せなかった部分だな」

 

 思い返してみると、今日もなんというか災難に見舞われた日だったと思う。トレーニングルームを開ければ元女戦士が変態特訓しているし、トロワはビキニをはじけ飛ばすし。

 

「……と、まぁ最終的には俺が失言し、弁解中にお前が顔を見せた訳だ」

 

「それは……タイミングが良かったのか悪かったのか。いえ、良かったと思うべきね」

 

「ああ、だな。俺があのまま弁解を続けてどうにか出来たとも思えん」

 

 格闘場から退散出来たのは、カナメさんをダシに使ったことも大きいと思う。

 

「とは言え、疑惑が払拭できたわけではないからな。トロワ、一時的に席を外すことを許可する。汗を流してくるといい」

 

「マイ・ロード……」

 

「気にするな。ここにはカナメも居るしな」

 

 カナメさんにダーマのことを聞きつつ待っていれば、あとはカナメさんが証言してくれるだろう。トロワが入浴してる時、俺は自分と話をしていた、と。

 

「となると、次はあたしね。ダーマの近況で良かったかしら?」

 

「ああ、頼む」

 

 迷っていたからこそカナメさんの申し出は渡りに船であり。今度は俺が聞き手に回る中、カナメさんの話は始まった。

 

「……そうか、まぁ充分あり得る話だな」

 

 最初に聞いたのは、かなりの人数の転職希望者がダーマ神殿に押しかけ、宿屋などが嬉しい悲鳴をあげているという話。反面、希望者の殺到で転職はかなりの順番待ちをしなくてはいけないらしいが。

 

「スー様達がバラモスを倒したというのが大きかったようね」

 

 ゾーマの存在を知らない人々にしてみれば、旅の大きな障害となった魔物の親玉が死んだ訳だ。しかも、その自称大魔王討伐で活躍した勇者一行の中には転職で新たな力を得た者も居たとなれば。

 

「ふむ、『俺も転職して一旗揚げよう』なんて考えが蔓延しても不思議はないか。しかし、その状況でよく転職して戻って来られたな?」

 

「ふふ、それなのだけど、少しズルをさせて貰ったのよ」

 

「ズル?」

 

「ええ、隊と隊長の名前をね」

 

「成る程」

 

 シャルロットには知名度で劣るとはいえ、クシナタさんもイシスで侵攻してきたバラモス軍を相手に戦った英雄だ。特別扱いが効いてもおかしくはない。

 

「ただ、『勇者様のお仲間が転職にいらした』って騒がれることになったし相応に代償もあったのよね。それでも普通に待っていたら下手すれば一週間以上待つことになっていたかも知れないし、選択の余地は無かったのだけど」

 

「それは……まぁ、確かにその状況ではやむを得んか。しかし、そこまで混み合ってるとなると今こっちで修行してる面々もすぐに転職して戻ってくることは厳しいな。騒ぎになるのを覚悟するなら別だが」

 

 いきなり予定に修正を入れる必要が出てきたかも知れない。

 

「そうね。転職希望者が増えたことで神殿側も大変だったらしいわ。転職の為の祭壇を増設するとかも検討されてたようだし、神官募集の張り紙まであちこちに貼られていたから」

 

「それは……いや、状況を鑑みればそうなっていない方がおかしいか」

 

 大丈夫なんだろうか、ダーマ神殿。転職させてくれる人が過労でぶっ倒れてないといいけど。

 

「そして、その話の流れでなのだけど……勧誘されたのよね」

 

「ん、勧誘?」

 

「ええ。言ったでしょう、神官募集のはり紙があったって。今慢性的な人不足らしくて、僧侶とか賢者でこれはと思った相手には声をかけてたみたい」

 

「なん……だと?」

 

 確かにカナメさんは頼りになる。だが、人員不足とはいえ、ダーマ神殿まで目を付けるとは。ひょっとして、そこでカナメさんが首を縦に振っていたら、あの祭壇の上で希望者を転職させる神官の一人にカナメさんもなったりしたのだろうか。

 

「ここは転職の神殿。職を変えたい者が来るところよ。転職をご希望かしら?」

 

 なぜだろう、そうぞうしただけ で おとこ の てんしょくきぼうしゃ が そっち に さっとうしそうな き が しますよ。

 

「もちろん断ったけど、あの様子だとあたし以外でも該当する職の娘なら声をかけられるでしょうね」

 

「優秀な人材を求めるのは何処も同じ、か」

 

 思わぬバタフライ効果に顔を苦くしかめつつ俺は天井を仰いだ。

 




ちなみに、情報屋の人もきりきり舞いらしいです。千客万来で。

次回、第百四十七話「次の話」


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第百四十七話「次の話」

 

「こうなってくると修行を終えた他の面々をダーマへ送るのも考えた方がいいやもな。遊び人は賢者になって貰わねばいかんだろうが」

 

 クシナタ隊のお姉さん達も性格は千差万別。中には勧誘を断れない性格のお姉さんも居たと思う。

 

(性格を変えるアクセサリーを持たせたとしても、転職の時に一度は外すもんなぁ)

 

 根本から性格を変えてしまう本の方なら問題はないが、有るなら自分で使いたいというのが正直なところだし、そもそも入手のツテが思いつかない。

 

「ともあれ、時間は無駄に出来ん。修行出来る者は続けるとして、次はシャルロットの説得、だな」

 

「勇者様の?」

 

「ああ。お前達には話していたと思うが、複数の理由から俺はゾーマを倒すためシャルロットと同行することが出来ん。それ故にシャルロットの元を離れたが、シャルロットは俺の行方を捜し、俺の所在を知った」

 

 そして、数日後、俺はアリアハンで再会することとなっている。

 

「その再会でシャルロットには俺の別行動を納得して貰わねばならん。だが、俺が別行動する理由の全ては明かせぬ。カナメは知っているだろうが――」

 

 俺が言外に示したのは、原作知識による今後の展開のことだ。ゾーマが倒されれば、アレフガルドと今居るこの世界との境目が塞がれ、二度とこちらへは戻ってこられなくなる。つまり、こちらの世界にいる神竜に願いを叶えて貰う事が出来なくなるのだ。

 

(最終的に原作通り、なんてなぁ)

 

 俺はさせたくない。それに、原作と違いこの世界には用意された選択肢が存在しない。よって、神竜への願い事も自由に決められる可能性が残されているのだ。

 

(ルビスが勇者ロトをアレフガルドにかっさらったのは後の災いと戦う者を、ロトの子孫を用意したかったから、だから――)

 

 シャルロットが子供を生んで、アレフガルドで育てるとか一定の条件さえ設ければ、神竜への願い事によってこちらの世界に戻ってこられるようにすることも可能だろう。

 

(それから、オルテガだな。原作通りゾーマ城で亡くなる場合のことも考えておくべきだ)

 

 原作ではゾーマを倒したデータで無ければ神竜には挑めなかった。だが、現実のこの世界でゾーマを倒した後に原作で言うところのセーブポイント、冒険の書を記録した場所まで巻き戻るかは全くの未知数なのだ。

 

「マイ・ロード、全てではないと仰いますと?」

 

「そうだな、お前にもいずれ話す日は来るかもしれん。だが、シャルロットを説得する前にお前へ話すことは出来ん。『何故ボクも知らないのに、トロワさんは知ってるの?』などとシャルロットが言い出す事態になれば、説得自体が危うくなるのでな、許せ」

 

「い、いえ。確かにシャルロット様の立場からしたならそう思われることになっても仕方ありませんね。承知しました」

 

「すまんな。さて、肝心なのはどう説得すればシャルロットが納得してくれるかだが――」

 

 疑問の声を上げたトロワに今は話せない理由を告げて納得させると、俺は再び本題へと戻る。

 

「建前として、願い事を叶えてくれる神竜に挑むメンバーを用意しておくことで、ゾーマとの戦いにおいて生じた被害の備えとすると言うモノがある。むろん、被害がないに越したことはないし、被害がゼロだったら願い事は別のことを叶えて貰えば良いだけだからな。例えば――アンの夫を生き返らせてくれ、とかな」

 

「っ」

 

 俺が何気なく例を示すと、トロワが息を呑んだ。

 

「神竜が叶えてくれる願いは最大で三つとも聞いている。この願いを叶えて貰うべく挑む神竜との戦いにシャルロット達が加わっていれば叶えて貰える願い事は三つだ。だが、勇者一行が別行動で挑戦に全く関わっていなかったら?」

 

「しゃ、シャルロット様達とマイ・ロードや私達で合計六つ叶えて貰えるかも知れない、と言うことですか?」

 

「まぁ、な。あくまで仮定の話だが」

 

 ついでに言うならこれは建前だ。一応、シャルロット達が自由に行き来出来るようにと願い事をしたなら、この願い事六つもあながちただの妄想では終わらないかもしれないが。

 

「勇者クシナタ一行も別にするなら九つまで増やせるな、この理屈だと」

 

 神竜がこれを認めてくれるか、という問題もある。だが敢えて俺は嘯く。

 

「俺はシャルロットを説得するに、これを別行動の理由とするつもりだ」

 

 だいたい、神竜へ挑むため勇者一行から抜けた、逃げ出したのだから全てが嘘ではない。

 

「トロワ、お前達が修行している間、俺はシャルロットをどう説得するかただ考えていた。そして、考え抜いた結果が、先程話したものなのだが、生憎俺はシャルロットではない。そも、主観と客観では見えてくるモノも違ってくるだろう。だからこそ、おまえとカナメにも意見を聞きたい。これでいけると思うか?」

 

 正直に言うなら、自信はない。今までもシャルロットのことに限らず、想定外に振り回されたことは色々あるのだ。

 

(シャルロットも俺の想定通り動いてくれる訳じゃないし)

 

 想定外の穴を埋めるためにも、他者に意見を聞く必要があった。

 

「忌憚なく意見をくれ。説得は必ず成功させなければならん」

 

 ここでシャルロットを振り切れなければ、原作ルートに俺まで引っ張られる可能性もある。ある意味で正念場だった。

 




次回、第百四十八話「準備調い」

シャルロットとの再会の時、来る?

うん、そこまで書けると良いなぁ。


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第百四十八話「準備調い」

「ふむ、だいたいこんな所か」

 

 二人から貰った意見を踏まえ修正を加えた説得内容を羊皮紙に書き終えた俺はほぅと息を漏らす。

 

「すまんな、助かった」

 

 完成にこぎ着けたのは、どう考えてもカナメさん達の助力があってのことだろう。だからこそ続いて二人に頭を下げ。

 

「止めて下さい、マイ・ロード。従者として主に力添えするのは当然ですから」

 

「そうね。ここであちらの勇者様を説得出来ないと、拙いのでしょ? スー様が困ってるなら、クシナタ隊の誰だったとしても力を貸した筈、当たり前のことをしただけだから」

 

「そうか……だが、礼は言わせて貰う。ありがとう」

 

 これで説得がうまく行けば、残るはさいごのかぎの確保と、それから。

 

「パーティーメンバーが相応の実力を付け、充分な装備を用意した上で挑むだけ、か」

 

「神竜への挑戦についてですか?」

 

「ああ。正確には、鍵の確保を除いた『俺達がすべき事』だな」

 

 シャルロットの説得に複数パーティーで叶えて貰う願い倍増計画を入れるなら、一応勇者サイモンにも話を通しておくべきかなとも思うが、問題が一つ。

 

(ほこらの牢獄から助けた人のことがあるから話を聞いたら乗ってくる気はするけど、勇者サイモンの実力で神竜に勝てるかって聞かれると……うん)

 

 おまけにパーティーを組めそうな人材も、息子と戦士ブレナンくらいしか居ないのではないだろうか、サマンオサ勢。

 

(そもそも、別口と言って叶えて貰える願いを増やせるかどうかも実際には不明な訳だし、話を持って行くなら、一つめの願いを叶えて貰いついでに「別パーティならカウントも別か」と聞いた後でもいいか)

 

 期待させておいて駄目だった何て事になっては目も当てられない。

 

「さて、話は変わるが……シャルロットの説得と鍵の確保に赴く間、カナメにはこのイシスで留守番していて貰う。いや、留守番というより、正確には修行だな。イシスには賢者になって戻ってきたばかりなのだろう?」

 

「え、ええ」

 

「ならば修行は必須だ。出来ればトロワにも残って修行して貰いたいところだが――」

 

 トロワには俺の側に侍るという制約がある。

 

「マイ・ロード……」

 

「わかっている。鍵の確保に必要なのは、特定の人ではなく壺だ。説得が無事終わったなら、既に修行で一定以上強くなった者達に鍵の確保は任せ、アリアハンから一足早くイシスに戻るという手もある」

 

 トロワの視線に頷きで応じると、俺は一つの選択肢を挙げ。

 

「無論、どちらにしても説得がうまくいけばの話だがな」

 

 宿の構造から見当を付け、アリアハンのある方角へ目をやる。

 

「アリアハン、か」

 

 視界に映るのは部屋の壁だけだが、それでも壁の向こう、遙か遠くにその国は有るはずであり。

 

(ホームシック……は違うよな。なんだろうなぁ、この感覚)

 

 形容しがたい気持ちのまま、じっと壁を見る。

 

「……マイ・ロード?」

 

「っ、すまん。つい……な。説得の方もお前達のお陰でメドはついた。ついたのだからな……」

 

 鳴こうが喚こうが時は戻らない。せいぜい、何が起こるかわからない呪文で一時停止が出来るくらいだ。だが、それでいい。

 

「例え、相手がシャルロットであろうとも――」

 

 己が意思を貫き通さなければいけない時はある。

 

(別れは必ず訪れると知っていた、知っていたんだから、今度だって……)

 

 ただの繰り返しだ。一度失敗した逃亡を完全なモノにするだけだ。

 

(迷うな、俺。躊躇うな……その日は、その日だけは……ん?)

 

 声には出さず自分に語りかけ、首から上だけでドアの方を見る。

 

「マイ・ロード?」

 

「ただいまー」

 

 俺が答えるよりも早く、ドアの外の気配は声を発す。

 

「戻ってきたのね」

 

「あ、うん。食事の後、話し込んじゃって……」

 

 すぐにドアが開いて顔を見せたムール君はカナメさんの言葉を首肯し。

 

「相手はクシナタ隊の誰かか?」

 

「そう」

 

 俺の問いにも頷きを返した。

 

「えっと、ひょっとしてここもお話し中だった?」

 

「いや、話の方は少し前に終わった。後は順に風呂へ入って就寝、と言ったところだな。むろん、就寝の前にカナメには部屋に戻って貰うつもりだが」

 

 変なことはしていないという証人として呼んだ一面もあるが、このまま朝帰りでもさせた日には、逆効果になりかねない。

 

(そもそも、ベッドだって足りないしなぁ)

 

 どうしてもここに泊まって貰うなら、性別を鑑みトロワと同じベッドで寝て貰う事になるだろうが、呼びつけておいてベッドを共有させるとか人としてどうだろう。

 

(ない、な……)

 

 心の中で頭を振ると、俺は鞄に歩み寄る。

 

「さて、準備だけはしておこう」

 

 風呂の順番はレディファースト、これは動かない。

 

「なんだったら一緒に入る?」

 

 とかカナメさんがトロワに言いだし、けしからん想像が脳裏を過ぎりかけたとしても絶対に、だ。

 

(そもそもカナメさんがそんなことする訳ないし)

 

 説得内容を詰めたから、俺も疲れているのだろう。

 

「こんなとこだな、良し」

 

 入浴の準備を済ませると、ベッドへ横になる。

 

「スー様?」

 

「風呂が空いたら起こしてくれ。済まんが、少し休む」

 

 ちょっとだけ訝しげなカナメさんの声に答えると、俺は目を閉じた。

 

 

 




次回、第百四十九話「そして――」


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第百四十九話「そして――」

「お師匠様ぁぁ」

 

 遠くから声がした。それは、聞き覚えのある声であり。

 

「シャルロット……」

 

 振り返ってみれば、果たしてツンツン頭の女勇者が駆け寄ってくるところだった。

 

「……すま」

 

「お師匠様ぁっ」

 

 なんと声をかけたものか、言葉を探して迷った俺の口から漏れたのは謝罪の言葉だったが感じた衝撃が言葉を中断させる。そう、シャルロットがぶつかってきたのだ。もちろん、その程度でバランスを崩して倒れ込む程この身体はやわではない。

 

「……何故だ?」

 

 だと言うのに背中へ冷たく硬く平べったい感触を感じるのは。

 

「やっぱりお師匠様だった……ボク、ボクっ」

 

「おかしい」

 

 一方で、のしかかるシャルロットの重みはやけに軽い。

 

「もう、置いていかないで下さい! ボク、なんでもしますから……その」

 

「そう、か……」

 

 俺に乗ったままのシャルロットの訴えは続いていたが、話の展開で確信した。これは、夢だと。置いていったのは、逃げたのは俺だというのにシャルロット側から譲歩するなど、普通に考えればおかしい。

 

「しかも『なんでもする』と来た」

 

 あまりに分かり易すぎる夢オチだ。しかもご丁寧に俺自身の汚い部分を浮き彫りにしたかのような。

 

「父親代わり、そして身体は借り物で責任もとれないというのに……」

 

 この夢はシャルロットに何をやらせるつもりだったのか。自分の夢だとわかってもイライラする。いや、自分の夢だからこそ腹立たしい。

 

「ザメハ」

 

 そして、俺は呪文を唱え。

 

「スー様、大丈夫?」

 

 目を開けば、ぼやける視界の中に知覚した人影が尋ねてくるところだった。

 

「あ、ああ。どうやら夢を見ていたらしい。ところでトロワは?」

 

「まだお風呂よ」

 

「そうか。だとするとそれ程時間は経っていない訳だな……」

 

 にも関わらずあんな夢を見るとは、自分では気づかないレベルでもシャルロットのことが気になってると言うことか。

 

「重症、だな。ところでムールの姿もないようだが」

 

「そっちはトイレ、ね。戻ってきたら」

 

「代わりに風呂へ行くつもりだったと、成る程な」

 

 なら、カナメさんにはこのまま、ムール君が汗を流し戻ってくるまでここにいて貰えば、俺へのあらぬ誤解は全て解けるだろう。

 

「世話をかけるが……」

 

「礼なら不要よ。珍しくベッドから落ちる程疲れてるみたいだし、その原因の欠片でも取り除けるなら、ね」

 

「不要と言われても、な。俺としては頭を下げざるをえん」

 

 いつものカナメさんだからこそ。むろん、他のクシナタ隊のお姉さんも俺を支えてくれるが、カナメさんに助けられ、支えられた数は特に多い気がする。

 

(最近だと、トロワにも……だよな)

 

 ただし、トロワには既に感謝の気持ちのプレゼントを一緒に買いに行っている。

 

(カナメさんにも何か用意すべきかもなぁ)

 

 時間が時間なだけに今すぐは無理だが。

 

「スー様、そう言うところで妙に律儀なんだから……」

 

「ふ、あれだけ世話になっていれば当然だろう」

 

 結局ところ、俺は様々な人に支えられてここにいる。肉体はチートじみてるが、この借り物の身体だけではここまでこられなかった。そして、この先に、望む未来へ進むことも俺一人では不可能だろう。

 

「その上で、これからも世話をかけると思うと当然な顔で感謝の言葉の一つも口にしないというのは無理がある。神竜はゾーマより強い。パーティを組んで挑まねば勝利は難しい」

 

 当然、今イシスで修行しているメンバー、ダーマへ転職に行ったメンバーから仲間を選ぶことになる訳であり。

 

「当然仲間には高い実力が求められる訳だが、この仲間が僧侶と魔法使い双方の呪文を会得していれば、勝率は増す。つまり、最有力候補はカナメ、お前とスミレの二人と言うことになる」

 

 一方は性格面でかなりの問題があるものの、二種類の職の呪文を使いこなせる賢者の万能さと強さは、元賢者の肉体を間借りしてやはり二職の呪文が使える俺もよく知っている。

 

「むろん、発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)との模擬戦をひたすらこなすあの修行を続ければ、他の者も賢者には至れるだろう、だが現在転職を司るダーマ神殿が転職希望者であふれかえっているという現状がある」

 

 時間に猶予があるなら、いい。だが、シャルロット達のアレフガルド攻略が何処まで進んでいるか次第では、後日の説得次第では他のクシナタ隊のお姉さん達が賢者になり、神竜と戦いで戦力になるレベルまで強くなるのを待っている余裕など無いかも知れない。

 

「大魔王ゾーマ討伐へどれだけ近づけているのかも一応シャルロットとの説得の時に聞き出すつもりでいる」

 

 クシナタ隊の連絡要員からも情報は仕入れるつもりだが、情報源が一箇所では偏りが生じる。

 

「結果次第で、方針が変わるやもな。それでも――」

 

 神竜への挑戦はやり遂げ、願いを叶えて貰わねばならない。

 

「我が儘とエゴでやりたい放題させて貰った。そのけっか、ツケもたまっているが、何より……」

 

 俺はシャルロットを救えていない。このままでは再会した父親と死に別れ、二度と母と祖父が居る故郷へ帰ることも叶わなくなってしまうのだ。

 

(元バニーさんや魔法使いのお姉さん達カップル、それに場合によってはクシナタさんを含むクシナタ隊のお姉さん達も何人かアレフガルドで一生を終えることに……)

 

 納得出来るはずがなかった。だから俺は覚悟を決めていた。数日後の説得がシャルロット達とかわす最後の言葉になったとしても、良いと。

 

 

 

 




ギャグ無しのシリアスってけっこうきついかも。

次回、第百五十話「再会はさよならの序曲」

うん、サブタイからして嫌な予感しかしない。



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第百五十話「再会はさよならの序曲」

「ふっ」

 

 そんなこんなで数日が過ぎ、いよいよアリアハンへ旅立つ日は訪れた。目を閉じれば浮かんでくるのはムール君専用下着を身につけ同じ下着姿でムール君と向き合い行った奥義伝授。

 

「やはり、俺もまだまだだな……」

 

 何処か遠い目をしてしまう理由は語るまでもない。シャルロットの説得とかで頭一杯になっててすっかり頭から抜け落ちていたのだ、奥義伝授のことが。

 

(動揺して醜態をさらすことも表向き無かったし、自画自賛じゃないけど我ながら良くやった……よなぁ、あれは?)

 

 心の準備もなく始まって、だが指輪のお陰で下着姿に動揺することなく、無事あの盗賊専用奥義は伝授出来たと思う。

 

「後はムールが魔法使いなり賢者なりに転職してモシャスを覚えれば――」

 

 俺同様、他人に伝授出来るようになるだろう。もちろん、伝授側に熱意と才能がなければ会得は難しいと思うけれど。

 

(「会得出来たなら、やって見せてみろ」とか格好付けて三回パンツ剥ぎ取られたことも……何時の日か懐かしい思い出に変わるのかな?)

 

 うん、ないな。だれ が どう きいて も ただ の くろれきし です、ありがとうございました。

 

「ま、まぁ、いい。とにかく……出来る限りのことはやったのだからな」

 

 トロワも発泡型つぶれ灰色生き物(はぐれメタル)との模擬戦を続け、冷たく輝く息を吐けるようになった。何だかますます成長を続けたらゾーマもどきになるんじゃないかという気もしてきたが、なんにしても精神力を消耗しないそこそこ強力な範囲攻撃を使えるようになったのは大きいと思う。

 

(時間が許すならここから転職させて、呪文のレパートリーを増やすのもアリだし、神竜との戦いについてくるなら、何度か転職させての各種ステータス底上げは必須……原作の神竜戦前提で考えた場合だけど)

 

 カナメさん、スミレさん、俺が所謂一ターン二回行動をした場合、それだけで六人分の戦力にはなる。

 

(時間がないならせめて二回行動だけでもマスターさせて、身を守りつつ自己回復して貰ってるだけでもいけそうな気もするものの、トロワ自身が納得するかって意味じゃ難しいだろうし)

 

 戦力になりたいとトロワが希望した場合、輝く息が神竜に通用するか不明であるが故にも転職は必須だ。

 

「と、こんな事を考えてる場合ではなかったな……」

 

 独り言が多くなる、別のことを考えてしまうどちらも出発が近づいているからこそだろう。

 

「マイ・ロード、お待たせしました」

 

「来たか」

 

 着替えを含む出発の準備を済ませたトロワの声に俺は振り返り。

 

「スー様、おまた」

 

「スー様、お待たせしました」

 

 気配や足音でわかっていた。やって来たのがトロワだけでないことは。

 

「前日に話した通りだ。シャルロットの説得の結果次第で俺はトロワとこの国に引き返すか別行動をとる。その場合、さいごのかぎの確保は頼む。スミレ」

 

「はいはい。何、スー様?」

 

「一応、説得の前に会いに行くつもりではいるが、その前にシャルロットと会ってしまった場合、船長と船に乗って居るであろうバカップルに伝言を頼む」

 

 船長にはスミレさん達と鍵探しに行って欲しいと、あのカップルにはルイーダさんの酒場まで来て欲しいと伝えてくれと俺は告げた。シャルロットの説得は人に聞かせられない内容の話をしなくてはならなくなる可能性が高い。となれば、必然的に話をする場所はあの酒場の商談用個室になる。

 

(オルテガ、シャルロットの親父さんのこととかも話すかもしれないもんな。シャルロットの家ではとても話せないし……)

 

 宿屋にすべきかも迷ったが、シャルロットと二人で宿屋に入って行くとよからぬ誤解を招く気がしたのだ。いつもの流れだと。

 

(こういう発想しちゃう時点で俺は世界の悪意に負けたのかも知れないけどさ)

 

 構わない、事が丸く収まるなら。

 

「話は以上だ。ここに来たということは、準備も出来ているな?」

 

「「はい」」

 

 幾つかの声が重なった。

 

「ならば、行くぞ」

 

 俺は声をかけつつ空を仰ぐと、呪文を唱える。

 

「ルーラっ」

 

 行き先は、アリアハン。呪文によって産まれた揚力は俺達を持ち上げ、再開の地へと運んで行く。

 

「いよいよ、か」

 

 眼下に広がる砂漠が後方へと流れ、高山、森、草原を経て海に出ることを俺は知っている。そして、海を渡った先におそアリアハン大陸があることも。

 

(とにかく、余計なことは忘れよう)

 

 今はシャルロットと会った後のことだけ考えるべきだ。パンツを剥がれたことは忘れよう、特に。

 

(こう、忘れたいこと程中々忘れられないものですよねー)

 

 軽い気持ちで見てしまったホラー映画の内容しかり、見て後悔した鬱展開小説しかり。

 

(事故だから、一回目に間違って握られたのはただの事故だから。そもそもモシャスで写し取ったムール君のあれだから俺のじゃないもんね、セーフだよね? って、思い出してるじゃねぇかぁぁぁっ!)

 

 そして忘れようとしたはずみで意識してしまい、逆に思い出してしまうこのぢごくループ。

 

「マイ・ロード?」

 

「いや、なんでもない。ふむ、何だかんだで到着まではまだあるか……」

 

 孤独な戦いを続ければ流石に気づかれるか。声をかけてきたトロワに頭を振ると前方へ視線をやり、それから更に時間にしておそらく数時間。

 

「あれは、レーベの村だった……なら」

 

 飛行を続け既に後方へ過ぎ去ってしまった村から前方へ視線を戻すと右手手前に塔を配した形で城と城下町が見えた。

 

「アリアハン……か」

 

 着陸の準備をしなくてはと思う中、目的地はどんどん大きくなり。

 

「っ」

 

 城下町の入り口に立つ人影を俺は見つけた。

 

「そうか、そうだったな……お前は」

 

 デジャヴを感じつつ、ポツリと呟く。黒いツンツン頭のその少女(ひと)は明らかに俺の弟子(シャルロット)だった。

 




何と主人公、ムール君にシャ○ニングフィンガー(隠語)されていた?

次回、第百五十一話「シャルロット」

やっぱシリアスオンリーはきついっす。ついギャグががが。


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第百五十一話「シャルロット」

「あっ」

 

 そして着地に備え身構えようとした瞬間のこと。

 

「忘れてた」

 

 一言で言うなら、まさにそれだ。アリアハンの入り口で鉢合わせした時のために準備をしておこうとか以前考えていたというのに、シャルロットの説得内容とか感傷とかでイシスを飛び立つ際、変装とかそう言った下準備をすることがすっぽり頭から抜け落ちていたのだ。

 

(うあああっ、俺の馬鹿ぁぁぁぁっ!)

 

 高度はどんどん下がり、身体は城下町の入り口に立つシャルロットへどんどん近づいて行く。小細工するような時間はない。そして、説得するなら、逃げる訳にもいかない。

 

(どうしようどうしようどうしようどうしよう)

 

 失敗に気付き余裕の吹き飛んだ俺がパニックに陥いろうとも降下は止まらない。

 

「っと」

 

 着地の際、バランスを崩しかけたのは盗賊にあるまじき失態。

 

「おし……お師匠、さま?」

 

 だが、聞こえてきた微かにかすれた声はカンスト盗賊であることを踏まえれば些細と放り投げるには大きすぎる問題すら俺の意識から消し飛ばし。

 

「お師匠様ぁっ」

 

 言葉を探す暇もない、衝撃を感じた時には既にシャルロットは俺に抱きついていた、ビキニ姿で。

 

「しゃ、シャルロッ」

 

 思わず何故ビキニという感想が喉まで出かかった。

 

(あ、これって……そう言うことか)

 

 だが、すぐに自己解決に至った。シャルロットの付けているビキニはあの元バニーさんのおじさまが作った高性能防具、防御力だけなら男性勇者の原作最高装備であるひかりのよろいすら凌ぐのだ。

 

(問題があるとすれば故郷を割と際どい下着と良い勝負な面積の水着だけ付けて歩くのは問題なんじゃってことぐらいだけど――)

 

 上からマントを羽織り前を閉じることでシャルロットはこの問題を解決していたのだと思う。実際、俺が弟子(シャルロット)の服装に気づいたのは、マントの前部分を開き抱きついてきたからだったりするのだから。

 

(まぁ、マントの前閉じたままじゃ、抱きつきづらかったんだろうなぁ……って、そうじゃなくて!)

 

 どうして、こう なった。

 

「本物、ほんもののお師匠様だ、ふふふ……」

 

「ん?」

 

 嬉しそうに笑いながら俺の胸に顔を擦りつけるシャルロットの言を聞いて、勇者一行の誰かに化ける魔物でも居たっけと首を傾げたが、思い出せず。

 

(ボストロールは違うよなぁ? 変化の杖でやろうと思えば変身出来るかも知れないけど、あれ、何に変身するかランダムだったような……いや、ボストロールはずっと偽国王だったし、ひょっとして変身相手を固定するギミックとかも内蔵されてたとか? 勇者一行が真の使い方を知らないだけで……)

 

 トロワなら実物を見ればその辺りも見抜くだろうか、だが。

 

(っと、いけないいけない)

 

 思考を脱線させ現実逃避していたことに気づいた俺は胸中で頭を振る。

 

(そもそも、このまま抱きつかれてる訳にもいかないしなぁ)

 

 幸いにもギャラリーというか目撃者は、俺の後方に立つクシナタ隊のお姉さん達とトロワぐらいだが、シャルロットは有名人。こんな光景が目撃されればめんどくさいことになるのは目に見えている。

 

「場所を変えるぞ?」

 

「え?」

 

 絞り出した声にシャルロットが顔を上げるが、ここで立ち話という訳にもいくまいと俺は続け。

 

「トロワ、行くぞ」

 

 一度だけ後方を振り返る。スミレさん達への指示は無しだ。鉢合わせしない工夫は忘れていたが、鉢合わせした場合についてはちゃんと言い含めてある。こちらが何も言わなければ予めの指示通りに動いてくれるだろう。

 

(だから、ここからはシャルロットとトロワだけでいい)

 

 他に言葉を交わすべき人は、これから会いに行く。

 

「シャルロット、後の三人とアンはお前の家か、それとも……」

 

「えっ、あ」

 

 一瞬どうしてといった顔をしたが、ちらりと俺がトロワへ目をやれば少なくともおばちゃんに言及した理由は察したらしい。

 

「みんなは宿屋に……います」

 

「そうか。まぁ、そうだな」

 

 原作でもバラモスを倒した後自宅に泊まる事は出来なかった。表向きゾーマのことは口外してはいけないことになっていたし、そうなってくるとパーティーメンバーでつるんで行動し同じ場所に泊まる理由が説明出来ないのだ。

 

(もっとも、ゾーマやシャルロットの親父さんの事を話してお袋さんや爺さんに聞かれたら拙いからってのも理由だろうけどさ)

 

 ともあれ、それなら俺は宿屋に向かえばいい。

 

「良かったな、トロワ。母親に会えるぞ」

 

「はいっ」

 

 声を投げれば戻ってきたのは嬉しさを隠しきれない返事。

 

(きれいになったトロワにおばちゃんが驚かないと良いけど……って人のこと心配している余裕なんてない、か)

 

 この足で向かった宿屋で元バニーさん達と会い、その後話をするためにと理由付けしてルイーダさんの酒場にシャルロットと元バニーさんを連れて行く。そして、説得だ。

 

(アクシデントは有ったけど、軌道修正は出来た。だったら、予定通り説得して別れるだけだ)

 

 よりよい未来を勝ち取るために。シャルロットから寄りかかられたような姿勢のまま、密かに拳を握った俺は一枚の看板へ目をやった。それは、いつぞや納屋に泊めて貰ったあの宿屋の看板で。

 

「ご主人、さま?」

 

 宿の入口に立ちつくしていたのは、紛れもなく元バニーさんだった。

 




最終回、そろそろ見えてくるかな。

次回、第百五十二話「俺は」


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第百五十二話「俺は」

「ふっ」

 

 元バニーさんと遭遇した時点でその予想は出来ていた。

 

「ご主人様ぁぁぁっ」

 

 もたれかかるようなシャルロットに加え、元バニーさんまでが抱きついた状態で俺は視線をここではない何処か遠くへ向けた。

 

(と言うか……これ、どうしろと?)

 

 自分のやったことを鑑みれば、胸中での呟きはあんまりかもしれないが、ちゃんと理由はある。シャルロットだけでなく元バニーさんも水着とマントの組み合わせだったのだ。こんな格好で男性に接触して騒いでるところが見つかったら、被害を被るのは俺だけではない。まして、ここは二人にとって故郷なのだ。いくら師匠と言えど、異性に際どい格好で抱きついているところを見られたらどうなることか。

 

「とりあえず、中に入るぞ?」

 

 一応二人に断りを入れ、歩き出そうと試みる。

 

「そ、そうですね」

 

「えっ、は、はいっ」

 

 最悪二人を持ち上げることも考えていたが、意外にも二人からはすぐに答えが返ってきた。

 

(ただなぁ……まぁ、宿にはいるのが先決か)

 

 抱きついていた元バニーさんが肩をビクンとはねさせた上、顔を染めたのが気になるが、入ると言っておいて立ち止まっている訳にも行かない。

 

(えーっと……うん、気にしちゃ駄目だ、きっと)

 

 抱きつく場所を胴から右腕に変えてくれた元バニーさんと、反対の腕をきっちりホールドしたシャルロットを伴い宿に足を踏み入れる姿はまるで二人に連行されているような気もしたがあえて考えないことにすると、一端ロビーで立ち止まる。

 

「シャルロット、お前達の部屋はどうなってる? アンも同室か?」

 

 説得をするのはルイーダさんの酒場の個室のつもりだが、宿泊先を尋ねた時ダシに使った手前、おばちゃんのことを聞いておかないのはおかしい。

 

「あっ、い、いえ……最近はボクとミリーだけ二人部屋ってこともあるので……」

 

「ほう」

 

「け、けど大丈夫ですよ? ベッドもそこそこ広いですし、ボクとお師匠様とミリーぐらいなら……じゃなくって、聞きたいのはアンさんの部屋ですよね?」

 

「そ、そうだが……」

 

 そう言えば二人は仲が良かったなぁと思いつつ相づちを打った俺に若干錯乱しつつシャルロットが確認してきたので勢いに押されつつも肯定し。

 

「じゃ、じゃあ、こっちです。ついてきて下さい」

 

 肯定したと思えば、腕を急に引かれる。

 

「な、シャル、ろっ」

 

 強引さに面を食らうが、案内してくれるなら都合はいい。

 

(や、都合は良いんだけど……この強引さは何?)

 

 ひょっとして、俺はまた何かをやらかしたのだろうか。

 

「シャルロット、その、何だ……話が、ある、の、だが」

 

「わかってます。トロワさんをアンさんのところに案内したら、ボクとミリーの部屋でゆっくりと……それで良いよね、ミリー?」

 

「は、はいっ」

 

 何時の間にやらシャルロットに並んで俺を引っ張る元バニーさんがやけに物わかりの言いシャルロットの声に答え、なすがまま連行された先。

 

「アンさんのお部屋はここです。今ならお部屋にいると思いますよ?」

 

「そうか、トロワ。制約を暫く解く。母娘水入らずでのんびりしてくるといい」

 

「マイ・ロード、よろしいのですか?」

 

 シャルロットの言わんとすることを察した俺が振り返り許可すれば、トロワは驚きの声を上げ。

 

「ああ、ただ……程々にな?」

 

 頷き、きれいになった今は大丈夫だろうとは思いつつも一応釘は刺す。

 

(シャルロットや元バニーさんがこうだとするとおばちゃんまでビキニってのも考えられるけど……うん)

 

 大丈夫だと思いたい。

 

「さて、では俺達も行くか……」

 

「「はい」」

 

 二人が何故か気合いを入れまくっているような気がして解せないが、とにかく酒場の方に足を運んでくれるように話す必要はある。

 

(宿屋の壁の防音性についてはちょっと疑問が残るしなぁ)

 

 いつぞやの隣室カップルの件といい、エピちゃんがつるし上げられてたどこかの宿の件といい。

 

「ここです」

 

「っ、そうか」

 

 同じグループでとった別の部屋だからか、気づけばシャルロットはドアの前で立ち止まっており。

 

「先程の部屋の隣では無いのだな」

 

「あっちはサラとアランさんが借りてるお部屋ですから」

 

「……成る程な」

 

 カップル専用で別に個室を借りていると聞いて心の内面が波立つのは俺が非リア充だからか。

 

(わかってる……他者から見たら俺も充分妬まれた衣装だと言うことはね)

 

 両腕に押しつけられた感触は俺にとっては生殺しではあるのだけど、そんなこと説明もせずに理解出来たなら、驚きを通り越して恐怖だ。

 

(つーか、そんなこと考えてる場合でも無いんだよなぁ)

 

 アリアハンの入り口で出会ってしまった時点で、計画を一部変更はやむを得ないとして、どうやって話を本格的にする場所へと二人を誘導するか。

 

「部屋の防音性……」

 

 やっぱり、万人を納得させるなら、持ち出す理由はそれか。

 

「お師匠様?」

 

「ん? ああ、すまんなシャルロット。以前泊まった宿で隣の部屋の音や声が漏れていたのを思い出してな」

 

 ポツリと漏らしたのが聞こえたのか、それとも着いたというのに部屋に入ろうとしないことを訝しがったのか、声をかけてきたのを渡りに船とばかりに俺はその辺りが気になってなと続けたのだった。

 




主人公、わかってるのか? 今、お前さん大ピンチなんだぞ?

次回、第百五十三話「逃がさん……お前だけは……」

ええ、間違えてセーブしちゃったことなんてないですよ?

ないですとも。



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第百五十三話「逃がさん……お前だけは……」

「ん? シャルロット?」

 

 何の反応もないのが気になり、横を見れば、そこにいたのは何故か固まってしまったシャルロット。

 

「……か、この下……さんの部屋」

 

 いや、ブツブツ呟いているようなので固まったというのは厳密には正しくないか。

 

「どうしよう、おじさんに聞かれちゃう……けど、せっかくお師匠様から切り出してくれたのに……ううん、だけど、そんな……」

 

 前半分が途切れ途切れだったので事情はわからない。ただ、真っ赤な顔で落ち着かない様子と言うか百面相をしてる辺り、何かは有るのだろう。

 

「……よくわからんが、やはり防音が万全でないなら場所を変えるべきだろうな」

 

 何にせよ、他者に聞かれることを問題視しているなら俺としても都合が良い。場所を変えようと提案し、ルイーダさんの酒場に引っ張って言ってしまえばいいのだから。

 

(ここで魔法使いのお姉さん達とかまで出てきたら余計面倒なことになるだろうし)

 

 アランの元オッサン達の部屋も近い、騒げば俺の存在を気取られてしまうだろう。ここは一刻も早く、密談場所を変えるよう提案した方が良い。

 

「問題があるようだし、場所を変え……っ」

 

 変えるとするかと言いつつ扉に背を向けようとするも、腕が引っ張られ。

 

「み、ミリー?」

 

「だ、大丈夫ですっ。こ、声が出ないように、が、我慢しますから」

 

「待て待て、声を出さずにどうやって話をするつもりだ?」

 

 理解が追いつかないながらも、俺の腕をけしからんホールドしつつこの場に止めようとした元バニーさんの名を呼べば何故か赤面しつつも必至な様子で主張され、俺は混乱した。

 

(と言うか、我慢って何?)

 

 怪談話でもすると思ったのか。いや、流石にそれはあり得ない。

 

(とすれば、これから話す内容が「シャルロット達とは一緒に行けないが理解してくれ」って内容だと察したとか……「別れは辛いけど、覚悟はしてます。声に出しては泣きません。我慢します、旅立ちに泣き顔は似合いませんから」と?)

 

 流石にこれは都合よく考えすぎだろう。

 

「と、とにかく……シャルロットは気にしてるようだしな? こんな事も有ろうかと防音性に優れた場所を手配している。ここでなければいけない理由でもあるのか?」

 

「い、いえ……ミリー。気持ちはわかるけど、お師匠様はああ、言って下さってるし……」

 

「……シャル。わ、わかりました」

 

 問うた結果、シャルロットが味方に回ってくれたのは幸いだった。

 

「ただ、お師匠様……少しお時間を頂いても良いですか? ボクもミリーも用意とかしたいですし」

 

「……用意? そうか、そうだな」

 

 場所は伝えていないものの、シャルロット達からすれば外出だ。女性が出かける準備に時間をかけることは彼女居ない歴が年齢と等しい俺だって知っている。

 

「ならば俺はここで待っていよう。効率は悪かろうがなんなら片方が見張っていても構わん」

 

 さっきの元バニーさんの必死さからすると部屋に引き込まれそうな気もしたので、敢えて自分から譲歩し。

 

「わかりました。じゃあ、ミリー先に準備して貰える?」

 

「わ、私が先に?」

 

「うん。これからボクも動けなくなっちゃうから……」

 

「動けなく? ちょっと待て、シャル――」

 

 頷いたシャルロットが元バニーさんに語る内容に心当たりがあった俺は制止しようとしたが、遅かった。

 

「アストロンっ!」

 

 シャルロットの呪文が完成した瞬間、俺は人の形をとった鉄の塊と化し。

 

(というか、ここまでやりますか、しゃるろっとさん)

 

 パーティーを無敵にする代わり行動不能にする原作でも殆ど使った覚えの無かった呪文をかけられるという貴重な体験をしつつ、俺は遠い目をすることを禁じ得なかった。まぁ、信用のなさは身から出た錆なのだが。

 

(しかし、アストロンって効果時間は短かったはず……あ)

 

 効果が切れたらどうするのかなぁと思いつつ、ただ立ちつくしていると、案の定効果は切れ。

 

「アストロンっ!」

 

 再び呪文を唱えるシャルロット。

 

(やっぱ、そうなるか)

 

 ぶっちゃけ、俊敏さなら俺の方が上なので、効果が切れた直後に逃げ出そうと思えば逃げられるが、流石にそれをする気はない。

 

(と言うか、宿屋の廊下で鉄塊化して他の宿泊客とか来たらどうするのかなぁって疑問に思うのは無粋かな?)

 

 身体が動かせない以上、出来るのは考えることだけ。

 

「アストロンっ!」

 

 シャルロットと仲良く鉄の塊になる時間はこうして過ぎて行き。

 

「お、お待たせしました。しゃ、シャル」

 

「あ、うん。それじゃ、ミリーお願いね?」

 

 出てきた元バニーさんへ首を縦に振ったシャルロットが今度は部屋の中に引っ込む。

 

「今度はミリーか。こういうのは変かもしれんが、よろしく頼む?」

 

「はっ、はい。ふ、ふつつか者ですが……そ、その宜しくお願いします」

 

「あ、ああ」

 

 緊張でもしたのかお嫁さんのそれになっちゃってる元バニーさんの挨拶に突っ込むのも無粋かと応じれば。

 

「そ、それではご主人様、失礼します。も、モシャスっ……アストロンっ!」

 

 どうやって俺の動きを止めるつもりなんだろうと少しだけ好奇心が頭をもたげた俺の前でシャルロットに変身した元バニーさんは、鉄塊化呪文《アストロン》を唱えて俺諸共鉄塊と化したのだった。

 

 




そう言えばこの呪文の効果って3ターンでしたね。

某、大冒険とかで使われたりしたのってもっと効果時間長かった気がしたのですが。

あれは使い手の家庭教師が凄いのか。うーむ。

次回、第百五十四話「であいとわかれのさかば」




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第百五十四話「であいとわかれのさかば」

「お待たせしました、お師匠様っ」

 

 シャルロットがそう言って出てくるまでに何回アストロンをかけられただろうか。

 

(まさか一日に何度も鉄の塊にされることがあるなんてなぁ)

 

 世の中何があるか解らないだな、ではなくて。

 

「急に場所を変えようと言ったのはこちらだからな。むしろ『急かすことになってすまん』とこちらから謝るところだ」

 

 鉄塊化呪文《アストロン》が解けても片腕をきっちり元バニーさんに拘束されたまま俺は軽く頭を下げると、では行くかと声をかけた。

 

「はいっ」

 

 元気に応じたシャルロットが空いた腕に抱きついてくるが、まぁ元バニーさんが既に抱きついてるし部屋に入るまでその格好だったので、驚きはない。

 

(むしろ「やっぱりなぁ」と言うか、「まぁ、こうなるよなぁ」と言うか……狭いところ通る時とか結構めんどくさいんだけど)

 

 おそらく、シャルロットか元バニーさんのどちらかが先行し横向きになって通り抜けるのだろう。

 

(流石にこの部屋に来た時みたいに二人並んで強引に腕を引っ張ってく形じゃないと……思いたい)

 

 借り物の身体のスペックが高いからこそ何とかなったが、元の身体だったらあれは確実に階段を引き摺られていたはずだ。

 

「とりあえず、まずは宿を出ることだな。シャルロット、部屋の鍵は?」

 

「大丈夫です、かけました」

 

 念のために投げた問いへ即座に答えたシャルロットは元バニーさんと並んで歩き始、って、ちょ。

 

「ではいきましょう、お師匠様」

 

 と声がしたと思えば俺は引っ張られていた。

 

「そ、外に……出たか」

 

 何がシャルロット達を駆り立てるのか。あっという間に宿の入り口前に辿り着き。

 

「しかし、やはりチラホラ人はいるな」

 

 左右を見回し、ぼそりと漏らす。気合い入れてお洒落でもしてくるかと思えば、ほぼ変わらずビキニ姿のままだったからこそ人目にさらすのは避けたかったが、是非もない。酒場に入ればこの数倍以上の視線が突き刺さることだろう。そう考えれば今更だ。

 

「外に出たから目的地を伝えておく。目的地はルイーダの酒場だ」

 

「るっ、ルイーダさんの? ……ミリー?」

 

「し、知りませんっ。そ、そのそう言うことが出来るお店だったなんて」

 

「は?」

 

 割り切って目的地を明かしたとたん何故かシャルロット達が騒ぎ出し、俺はあっけにとられた。

 

「いや、何を驚いているか知らんが、商談などで他所には聞かせられん話をするスペースが無くては冒険者斡旋所を兼ねる酒場として問題だろう?」

 

「えっ?」

 

「しょ、商談?」

 

「ん? ああ。まぁ、防音性に優れた部屋だしな、別に商談以外に使ってはいけないという決まりもない」

 

 事実、このあと行おうとしてるのも商談ではなく説得なのだ。

 

「お、お師匠様。それはそうですけど……」

 

「案ずるな。店主の許可は取ってある、おそらく」

 

「「ええええっ?!」」

 

 何か抵抗があるようだったので安心させるために明かした言葉に返ってきたのは驚倒せんがばかりな二人分の叫び声。

 

「何故驚く? 事前に借りるのだから用途も説明しておかないと先方とて快く貸せんだろう?」

 

「ちょっ、お、お師匠様……ですけど、さっきアリアハンに来たところだったじゃないですか、どうやって……」

 

「一緒にルーラで飛んできた者が他に居ただろう? こんな事も有ろうかと前もって頼んでおいた、ただそれだけのことだ。ルーラの呪文の移動に時間がかかるのは知っているな? 話はその時にした」

 

 そもそもシャルロットと鉢合わせたところから計画に狂いが出ていた訳だが、想定外の事態に備えておいて良かったとつくづく思う。

 

(これなら、辻褄も合うし、後は酒場へ向かえば良いだけ……)

 

 スミレさん達の事はルーラが使えるから便乗させて貰ったお知り合いとでもすればいい。

 

(っと、そうだ。あのバカップルの事も伝えておかないとな)

 

 うっかり、ポルトガからシャルロットへ会いに来た男女のことを忘れるところだったが、はずみで思い出せたのだから結果オーライ。

 

「それと、だ。シャルロット、実はポルトガでお前に会いたいという男女と会ってな」

 

「あ、あう……え? ぼ、ボクに?」

 

「ああ。バラモスに呪いをかけられていたらしいが、お前がバラモスを倒したことでその呪いが解けたらしい。是非ともお礼がしたいというのでな。確か、ポルトガで借りた船に乗ったまま俺の後を追い、ルーラで飛んでいたから、そのうちこのアリアハンへ来るだろう」

 

 ルイーダさんの酒場を選んだのはその二人と引き合わせる事も鑑みてだと俺は補足し。

 

「もし、先に酒場にいるようならあちらとの話が先、出来れば先であって欲しいものだが……」

 

 説得はいつ終わるか解らない。中途半端なタイミングで来訪されては待たせることなるかも知れないし、空気を読まず説得中に乱入なんてこともあり得る。

 

「ともあれ、ここで立ちつくしていても始まらん」

 

 行くぞと促し歩き始めて暫し、元々距離もあまり離れていなかったこともある。

 

「さてと……」

 

「ミリー」

 

「は、はい」

 

 あっさり辿り着き、両腕を拘束されたままどうしたものかと扉を見つめていた俺におかまいなく、両隣の二人は俺を引っ張りつつ入店を果たすのだった。

 

 




いよいよ酒場に到着した三人、果たして主人公は説得を始められるのか?

次回、第百五十五話「三名様御入店で~す」


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第百五十五話「三名様御入店で~す」

「いらっしゃいませにゃ!」

 

 酒場へ足を踏み入れた俺達を出迎えたのは、特徴的な語尾の推定遊び人のお姉さんだった。

 

「ん?」

 

「どうしました、お師匠様?」

 

「いや……あの店員、何処かで見覚えが。初対面の様な気もするのだがな」

 

 何故か懐かしさを覚え、だがその理由がわからなくて。

 

「三名様ですにゃね? それではお席にごあん……にゃ? にゃ?にゃああああっ?!」

 

 俺が、困惑する中店員のお姉さんは元バニーさんの顔を見て固まったかと思いきや、いきなり大声を上げる。

 

「み、ミリー、いったい」

 

「ミリー先輩……ですにゃね?」

 

「あ、そっか」

 

 店員さんの反応は明らかに元バニーさんを見て、当然シャルロットは問いかけようとするも、恐る恐ると言った態で確認してきた店員さんの言葉に疑問は氷解したらしい。

 

「ミリーも元はここの従業員だったっけ」

 

「成る程な」

 

 この遊び人さんから見れば元バニーさんは元先輩でしかも勇者パーティの一員としてバラモスを倒す戦いにも参加していたのだ。それなりにあこがれの人だったのかも知れない。

 

「先輩の残された覚え書きにはいつもお世話になってますにゃ!」

 

「えっ、そっち?!」

 

「まぁ、好意を抱いてはいたようだな……」

 

 割と大げさにシャルロットが驚いてくれたので、堪えてさらりと流せたが、一歩間違えばシャルロットのようにツッコんでるところだった。あぶない、あぶない。

 

(師匠としてのイメージが崩壊しかねないからなぁ。まぁ、ルシアのぶっ飛んだ行動にはいつも振り回されてたけどさぁ……あれ?)

 

 ルシアって誰だ。しかも、振り回されていた、とか。

 

(ん? 待てよ? ルシア、ルシア……あっ)

 

 その名を反芻して、思い出す。原作のパーティーメンバー、遊び人から賢者へ賢者から盗賊に転職させた男盗賊、つまりこの身体の持ち主の他にもう一人、同じ経緯で盗賊にした女盗賊をパーティーに入れていたこと、そしてその女盗賊の名前がルシアだったこと。

 

(じゃあ、今のは身体の持ち主の記憶?)

 

 何故今更になって。いや、考えるまでもない。目の前の遊び人のお姉さんだ。

 

(この世界での俺が遊んだゲームの中のパーティーメンバー、あのルシアがこの子だと言うなら、このタイミングで俺のものでない記憶が浮かんできたことも説明がつく)

 

 となると、もう一人のヘイル。つまり、この世界のこの身体の持ち主もアリアハンの何処かに存在する可能性はある。

 

「お師匠様、どうされました?」

 

「ん? あ、あぁ、ちょっと考えごとを、な。それはそれとして……」

 

 ただ、気にはなったが今優先すべきは他にある。シャルロット達を連れてきたのは、説得する為なのだ。

 

「商談用の個室を一つ、使わせて貰えるか? ルイーダには事前に連絡が行ってると思うが……」

 

「にゃ? あ、し、失礼しましたにゃ。伺っておりますにゃ、どうぞこちらに」

 

 話を振れば我に返った店員さんんことルシアさんは店の奥を示して歩き出し。

 

「ああ。いくぞ、シャルロット、ミリー」

 

 二人を促し、俺も後に続く。

 

(さてと、問題はここから……個室に着いてからだ)

 

 話の内容、順番、この日のために数日前から考え、カナメさん達に相談もした。

 

(だからこそ、しくじれない)

 

 ルシアさんの後ろ姿に着いて歩く中、密かに拳を握り込む。

 

「えっと、こちらですにゃ」

 

「ありがとう。ついでに聞いておくが、一組の男女が俺達より先に尋ねてくることは無かったか? 俺にではなく『勇者シャルロット』に会うためとかで」

 

 やがて立ち止まったルシアさんへ礼を言うと部屋の入り口に姿のないポルトガのカップルのことについても聞き。

 

「勇者シャル……そ、そんな方はいらしてませんにゃ」

 

「そうか、すまん。世話をかけた」

 

 返ってきた答えに軽く頭を下げて応じつつ、脳内で先に二人が来ていた場合のプランを没にした。

 

(しかし、元バニーさんの時に比べるとシャルロットの名前を出したのにあんまり驚いてないけど……まぁ、元バニーさんと一緒に居るって時点で予想はつくもんな)

 

 流れからすると俺の素性も察しているかもしれない。

 

(って、違ぁぁぁぁう!)

 

 何故ルシアさんの反応気にしてるんだ、俺。これからシャルロット達との説得に望まねばいけないって時に。

 

「ご主人様?」

 

「何でもない、入るぞ」

 

 動きが止まっていたのを訝しまれたか、名を呼ぶ元バニーさんを誤魔化しつつ個室のドアへ手をかけ。

 

「あ、は、はい。シャル?」

 

「うん、えっと、お邪魔します」

 

 中に踏み込めば、二人もすぐに入ってきた。

 

「さて……やはり、まずは謝っておくべきなのだろうな」

 

 謝らなければいけないことが多すぎてどれから謝るべきか悩むレベルだが、ただ。

 

(その前に、確認しないと)

 

 ポルトガでシャルロットの捜索網に俺は捕まった訳だが、あの時までこちらがもたらした情報と言えば、忍ばせた手紙が一つ。

 

(事態を何処まで把握してるかで、話の持ってき方も変わるから――)

 

 まずは、最初から話す。

 

「バラモスを倒し、アリアハンへ帰還した後のこと。ゾーマの存在をとある筋から知った俺は、ゾーマが何らかの行動に出るのではないかと疑い、はたしてアリアハンへやって来た大魔王ゾーマと城の外で戦った……」

 

「……お師匠、さま?」

 

「……ご主人、さま?」

 

 二人は突然話が飛んだからか、面を食らっているようだったが、俺からしてみれば好都合。

 

「そこで大魔王が倒れればそれも重畳、そう思っていた……」

 だが、あの時俺は敗北した。そう、負けたのだ。

 

 




次回、第百五十六話「師、曰く」


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第百五十六話「師、曰く」

 

「じゃあ、やっぱりお師匠様は大魔王のこと知っていらしたんですね」

 

 話を、ゾーマに見逃されたところまで話したところで、口を挟んできたシャルロットの言葉に、俺はああと頷いた。

 

「アンやトロワ……アークマージは本来ゾーマの居城に務める程高位の魔物なのだが、一部の者があやしいかげとしてこちらの世界に派遣されているらしい。アンもその口だったはずだが、以前俺は別のアークマージに遭遇したことがあってな。そいつは隠行に気づかず、潜んでいた俺に色々情報を与えてくれた……それで、だ」

 

「ば、バラモスが倒れた事をゾーマが知ったら何らかの行動に出ると、ご主人様は……」

 

「思った。だが、俺が驕ったせいであの態だ。お前達に話を通せばゾーマは油断すまい。むしろ、独自で動いたからこそ意表は突けたが……結局、自分を追いつめうる者が居ると知らしめ、警戒させることになってしまった」

 

 失策だった。

 

「道具袋に忍ばせた手紙に書い」

 

「「えっ」」

 

 悔いつつ続けた言葉に驚きの声が上がったのは、この瞬間。

 

「て、手紙?」

 

「ご、ご主人様、それは?」

 

「い、いや、『ゾーマを警戒させた俺がお前達と動くのはさらにゾーマを警戒させる、よってパーティーから抜ける』という内容の手紙だが、お前達気づいて……無かったようだな」

 

 慌てて道具袋を漁り始めたシャルロットと元バニーさんを見て、俺は連絡が上手くいっていなかったことをようやく知った。

 

「あの時は時間もなかった。よって、長文の手紙を書く時間もなかったからな。だから今こそ話そう。俺があの後何をしていたかと、これからのことについて」

 

 いよいよ正念場だ。

 

「この世界の何処かに神竜と呼ばれる竜が居る。戦い、勝てば願いを叶えてくれると言われる竜だ」

 

「勝てば願いを? ご主人様、まさか……」

 

「ああ。俺はこの神竜に挑むつもりで居る。そのつもりで、今までも準備をしていた。お前達のゾーマ討伐に直接関わればゾーマを警戒させてしまうからな。違う形で何か支えることは出来ないかと考えて真っ先に思い至ったのがこれだった」

 

 叶えて貰う願い事で、不測の事態に陥った時そのフォローに回れるからなと俺は補足し、更に続ける。

 

「それだけではない。もし、願い事がゾーマとの戦いに不要となった場合でも、叶えたい願いがあった……神竜は死者を生き返らせることが出来、その願いを叶える力はミリー達の使うザオリクすら凌ぐ。つまり、呪文では生き返らせられなかった者を蘇生させる事も叶うかもしれんのだ」

 

「お師匠様、それはひょっとしてボクのお父さんのこと……ですか?」

 

「いや」

 

 ここでそうだと答えれば、父親は生きてるので大丈夫ですとシャルロットは言おうとしたのかもしれない。だが、敢えて横に首を振り。

 

「俺が願うのは、ゾーマと人間との戦い及びその余波で命を落とした勇者一行の家族全員の蘇生だ。つまり、バラモスの出現によって凶暴化した魔物に襲われ亡くなったミリーの父親、アンの夫でありトロワの父であるアークマージ、勇者一行としたのだからおそらく勇者クシナタとその仲間達にまで効果は及ぶやもな」

 

 目的の一つを敢えて明かし、嘯いてもみせる。クシナタ隊はもともと俺との繋がりで勇者一行と見なされていた。だからこれは方便だ。

 

「ご、ご主人様……で、では、私達の為に?」

 

「本当は明かすつもりなどなかったのだがな。この目的を明かせば、お前達はこっちに着いてくると言いかねん。だが、それではゾーマの討伐が遅れ、魔王軍の犠牲になる者が増えてしまう。それに神竜が叶えてくれる願いは、挑戦者一グループにつき三つまでとも聞いている。ひょっとしたら叶えて貰える願いが増えるかもしれんと言うのに、わざわざその可能性を潰す必要もあるまい?」

 

「み、三つですか?」

 

「ああ、三つだ。ただし、一つ叶えて貰うごとにより厳しい条件で挑んで勝たねばならないとも聞くが」

 

 その叶えて貰える願いの一つが原作では忌まわしいあの書物一冊というのが凄く解せないとも思ったが、それはそれ。

 

「……俺は、この三つの願いを叶えて貰うべく、密かに戦力を集めていた」

 

 正確には集めた戦力を鍛えていただが、シャルロット達には言えない、だから敢えて言葉を換え、説明する。

 

「イシスにお前達も利用したあのはぐれメタルの修行場があるからな。実戦経験が養えないというネックはあるが、あそことダーマを往復すれば素質や個人差という誤差はあれ、理論上お前達と互角の戦力は編成出来る」

 

「あ、あそこですか……」

 

「ああ。むろん風呂の方は使わせるつもりもないがな……」

 

 イシスとはぐれメタルというキーワードに反応して元バニーさんが赤面したので、敢えて言い置き。

 

「そう言う訳で、人員はメドがついている。後は出来たらアレフガルドの地にのみ販売されているという強力な武器防具を揃」

 

「そ、それでしたらボク達に任せて下さい!」

 

 最後まで言い終えるよりも早く食いついてきたのは、シャルロットだった。

 

「た、確かにお話を聞くと一緒に冒険をするのは難しいかも知れませんけど‥…『武器防具を手に入れて届けに来る』ぐらいなら問題有りませんよね?」

 

「い、いや、それはそうだが……」

 

「シャル?」

 

「ミリー、聞いて! お話を聞いて思ったんだ。一緒に旅は出来なくてもお届け物をした時に会いに来ることなら出来るって。幸いボクもミリーもルーラの呪文は使えるし、お師匠様もボク達の旅が遅れるのには気兼ねすると思うから、交代交代って事にすれば――」

 

 あるぇ、なにこのながれ。というか、しゃるろっとさん、そういう おはなし は もっと ひそひそする たぐい の もの じゃないのでせうか。

 

「そして、ルーラで精神力を使ったからって理由でその日は……」

 

 と おもったら、こえ を ひそめ はじめるし。

 

「そ、そうですね。で、では、シャル」

 

「うん」

 

 どうやら話は纏まったらしい。俺としては想定外の展開なんですが。

 

「お師匠様、武器防具の件、ボクとミリーが必ず成し遂げます。ですからご安心を」

 

「あ、ああ」

 

 とてもではないが、もう手配済ませてるんですよと言える空気じゃなかった。

 

(か、かんがえよう に よって は これ で ついてきて とは いわれなくなった わけだし)

 

 妥協しておくべきなのだろう、きっと。俺は複雑な心境を押し隠しつつも、天井を仰いだ。

 

 




一件落着、かなー?

次回、第百五十七話「じゃあ、今度はボク達のお話の番ですよね、お師匠様?」

なぜだろう「おはなし」のはずなのにお話し以外と言うかお話以外のことをしようとする流れにしか見えない。





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第百五十七話「じゃあ、今度はボク達のお話の番ですよね、お師匠様?」

「じゃあ、今度はボク達のお話の番ですよね、お師匠様?」

 

 ただ、妥協したからこれで一件落着だったと思った俺はシャルロットの口から出た問いを理解するのに、少々時間を要した。

 

「……お前達の?」

 

「はい」

 

 即座に肯定しつつ、マントに手をかけるシャルロット。

 

「ミリー、本当にボクからでいいの?」

 

「し、知ってますから……シャルが、ご主人様との再会をどれだけ待ちわびていたかも……」

 

 マントを脱いだところでそれを抱えたままシャルロットが元バニーとやりとりをかわすが、俺は完全に置いてけぼりだった。

 

(とは言え、ここで説明を求めるのはどう考えても空気読めない人だし……)

 

 流れで察そうにも、父親代わりの俺にこんな場所でマントを脱ぎビキニ姿になって何をするのかなんて想像もつかない。

 

(ん、いや……そうか)

 

 否、一つだけ有った。何度もやったことでもある。

 

(技の伝授、かぁ)

 

 最後に伝えたのはムール君にだが、思い返してみればシャルロットには教えると言いつつも結局伝授せずじまいで今に至っていたような気もする。

 

「そう言うことか、ならば」

 

 俺も脱がねばならない。即座にマントに手をかけ外すと、続いて服の上も脱ぎ捨てる。

 

「おっ、お師匠様?」

 

「あ」

 

 何故か先に脱いでいたシャルロットが慌て出すが、解せない。元バニーさんは元バニーさんで固まってしまってるし。

 

(まだ上を脱いだだけなんだけどなぁ……さてと)

 

 続いて下も脱ぐと言いたいところだが、その前にすることがあった。

 

(モシャスを使う理由を誤魔化さないといけないからな)

 

 これについては考えがあった。マントを脱ぐ時外した鞄へ徐に近づくと表面をシャルロット達に見られないようにしつつ、一枚の羊皮紙を取り出す。

 

「準備は調った、な」

 

 手にしたこれを一回限り読むことで呪文の効果を発動させる使い捨ての巻物だと偽ることで、俺はモシャスの呪文を使う。

 

(使った後なら効果を失ってただの羊皮紙になったって言い訳出来るし)

 

 一回こっきりのアイテムと説明すると二度使えないという欠点もあるが、効果時間内に伝授出来なければ、巻物を再入手しておくのでまた次の機会にとシャルロット達の話を打ち切ることも出来る。

 

(俺としてはモシャスの使える元バニーさんから教えた方が効率も良いんだけど、当人達が納得してる様子なのに混ぜっ返すような真似をするのはなぁ)

 

 明らかに無粋だ。

 

(それにシャルロットも……あれ?)

 

 こちらが何か言う前に自分からマントを脱ぐ程やる気のようだったから、と心の中で続けようとして、ふと気づく。下着姿やそれに近い姿になることが奥義伝授の下準備だと教えた記憶がないことに。

 

(ちょっと待て、だったらなんで……あ)

 

 マントを脱いだんだと疑問を抱いた俺が思い出したのは、シャルロットにとっての黒歴史。忌まわしき品(がーたーべると)でシャルロットがせくしーぎゃるっちゃった事件であり。

 

(って、ことは……シャルロットは奥義伝授して欲しかった訳じゃなくて、せくしーぎゃるってたと?)

 

 今更ながらに嫌な汗が出てきた。見たところがーたーべるとは着用していないものの、えっちなほんのページを見たせいで中途半端に影響を受けてしまっている例がここにある。

 

(何らかの理由で、残りのページをたまたまシャルロット達が見てしまったとしたら……)

 

 パズルのピースがかみ合うように、真相が見えた。

 

(やばい、大ピンチじゃないですかぁぁぁぁ!)

 

 どうしてこのタイミングまで気づかなかった、俺。

 

(ど、どうしよう? このまま勘違いしてる振りをして奥義伝授しちゃうとか? いや、自分にモシャスで変身した俺が今のシャルロットにどんな影響をもたらすかも不明だし……)

 

 結果的に女の子同士に目覚めましたなんてオチにでもなろうものなら、シャルロットのお袋さんに土下座したぐらいでは済まされない。

 

(数年後、そこにはシャルロットの姿でウェディングドレスを着てシャルロットと並び式をあげる俺の姿が……って、やめろ俺の想像力っ!)

 

 いろんな意味でアウト過ぎる。そもそも師匠兼父親代わりがどう飛躍すればそこに辿り着く。

 

(そもそも想像で遊んでる場合じゃないだろ! 何とかこの状況を打破しないと……)

 

 ああでもないこうでもないと打開策を模索する中、ドアに備え付けのベルが鳴り。

 

「っ、何かあったらしい……俺が用件を聞いてこよう」

 

 これ幸いとばかりに脱いだ上着に袖を通すと俺はドアへと向かう。防音の部屋だからこそこの部屋へのノックは意味がない、そこで備え付けられたのが外からの操作でなるベルなのだ。

 

「どうかしたか?」

 

「恐れ入りますにゃ、つい先程男の方と女の方が、勇者シャルロットを尋ねてこられまして――」

 

 ドアを開け顔を出せば、立っていたルシアさんが告げたのは、来客の到着。おそらくはポルトガのカップルだろう。

 

(あの時、声をかけて良かったと思う日が来るなんてなぁ……)

 

 うまく行けばこれで話は有耶無耶に出来る。せくしーぎゃるったシャルロット達をどうにかするという問題も残されているが、そこは頼れる味方が近くにいるのだ。

 

(トロワにシャルロット達用のプレゼントを改良して、性格改変アクセサリーにして貰えれば、せくしーぎゃるは一時的にしのげるはず)

 

 後は、アクセサリーで二人のせくしーぎゃる化を抑えてる内に性格を変える本を入手読ませてやればいい。

 

「用件はわかった。中に戻ってシャルロットに伝えてくるとしよう」

 

 ピンチを抜け出せそうなことにホッとしつつ、請け負った俺は部屋の中へと戻るのだった。

 

 




いやー、本当に危ないところでした。

次回、第百五十八話「出発」




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第百五十八話「出発」

「……と言う訳で、お前に来客のようだ。とならば、そのまま合う訳にも行くまい?」

 

 シャルロット達の元に戻った俺は事情を説明すると、マントを羽織るよう言外にシャルロットを促すが。

 

「……もうすこし、だったのに」

 

「シャルロット?」

 

 俯いたシャルロットは心ここにあらずのようであり。

 

「シャルロット……」

 

 俺は途方に暮れた。ピンチを出したかと思えば、来客が会いに来た相手があの有様では、会わせるのも憚られた。

 

「どうしたものか……」

 

 一応変身呪文(モシャス)という手段もあるにはあるが、あの呪文には効果時間がある。

 

(呪文の効果が談話中とかに切れたらアウトだしなぁ)

 

 頻繁に席を外してかけ直せば、不審がられるだろうし。

 

(「お礼をするため面会した勇者様は体調が優れないようだった」とか誤解される恐れだってある)

 

 この体調不良というのは曲者だ。俺も前にシャルロット達から不治の病か何かと勘違いされたことがあったと思うが、変な推測を呼んで大事になる恐れもある。

 

(一番最悪のケースは「アリアハンの勇者シャルロット、ご懐妊の様子」とかかな……元の世界程の娯楽は無い世界だし、うわさ話とか結構軽視出来ないし……)

 

 そんなデマが広がった日には、父親として疑われるのは、まず間違いなく俺だ。アランの元オッサンには魔法使いのお姉さんが居るし、シャルロットと長期に渡って旅をした異性はアランのオッサンを除けば俺しか居ないのだから。

 

「普通に考えれば、この時期に妊娠など拙いとわかりそうなものだが……」

 

 って、ゾーマの事をこっちの世界の人達は殆どが知らないから、そう言う発想には至らないのか。

 

「あ」

 

「ん?」

 

 ふいに聞こえた声に俺が振り向いたのは、そのすぐ後のこと。

 

「……そっか。何でそんなことに気づかなかったんだろう」

 

「しゃ、シャルロット?」

 

 何やら晴れ晴れとした顔ですっくと立ち上がったシャルロットは、困惑する俺の前に歩いてくると、ごめんなさいお師匠様と頭を下げた。

 

「ボクが間違ってました。そうですよね……お師匠様の言う通りです。何でそんなことに気づかなかったんだろ……あ、ええと、ボクに来客があったんでしたっけ?」

 

「あ、ああ」

 

「それじゃ、お話聞いてきますね。お師匠様、ボク、なるべく早く大魔王ゾーマを倒しますから……お話の続きは、その時にでもっ、それじゃ、失礼しますっ!」

 

 何がどうなってるのかわからない、急に元気になったシャルロットは、外に飛び出して行き。

 

「ふにゃああっ」

 

「わっ、ごめんなさいっ」

 

 勢い余ってルシアさんとぶつかったらしい閉じきらないドアの向こうから悲鳴と謝罪の声が聞こえ。

 

「……ミリー、済まないが」

 

「は、はい。わ、私もシャルと同じで……」

 

「そうか」

 

 意味不明ではあるが、ピンチはひとまず去ったらしい。

 

「ならばすまんが、俺はちょっと外に出てくる。ルイーダへの伝言を頼んだ相手に礼も言っていないのでな」

 

 正確には、さいごのかぎを確保するため旅立つスミレさん達を見送るのだが、わざわざ正直に明かす必要はない。

 

(それから、登録所の方に行ってこっちの世界でのこの身体の持ち主が居るかも調べておくべきだよな。ヘイル……この身体の持ち主は勇者一行の初期メンバーじゃなかった訳だし、遅れて冒険者登録されていたんだとしたら、調べれば条件に合致する人材が居る可能性はある)

 

 もし、こっちにも遊び人のヘイルが存在した場合、イシスで鍛え上げ、転職を繰り返せば理論上二人目の俺が誕生することになる。

 

(そうすれば、俺が元の世界に戻ったとしても……いや、駄目だ)

 

 一瞬よからぬ考えが頭を過ぎったが頭を振ってそれを振り払う。

 

(人に自分のやって来たことを背負わせようとか……)

 

 一瞬でも考えてしまった自分のロクでもなさに嫌悪感を覚えつつ顔をしかめた俺は商談用の個室を抜けた足で外へと向かい。

 

「そうだっよ~ん! 僕ちゃんがあの勇者シャルロットの師匠、ヘイルなのだ。そ~ら、柔らかそうなおしりちゃんに、おっぱいちゃん、全部僕ちゃんが盗んじゃうぞ~」

 

「や~ん、たすけてぇ」

 

「きゃ~」

 

「な」

 

 その途中、酒場のテーブルを回るように追いかけっこする女性二人と男遊び人に出くわし、固まったのだった。

 

(背負わせるって言うか自分から背負ってやがったぁぁぁ?!)

 

 い、一応語りと言うことも考えられるが、ピエロっぽいメイクをしつつもその男の顔にはどこかで、主に鏡の前でよく見る誰かの面影がきっちりと有り。

 

「……思わずボコって引っ張ってきた訳だ」

 

「スー様、さすがにそれはあたしちゃんも無理はなかったって思う」

 

 気づけば俺はぐるぐる巻きにしたもう一人の俺を背負ったまま、海岸でスミレさんに労られていた。無論、この場には他のクシナタ隊のお姉さんも居て。

 

「スー様を騙るなんてとんでもないです」

 

「だよね。あ、けどスー様と顔とかは一緒って考えると……」

 

「ねぇ、スー様、お仕置きに裸にひん剥いてしまってもよろしいでしょうか?」

 

 うん、気のせいかな、あぶないひと が まじってる ような き が するんですが。

 

「とりあえず、コイツの所業については、ある意味で俺の落ち度だ。二度と騙りをせぬよう、するなら相応の実力ぐらいは持つようきっちりしごいてひとかどの人物にしてみせる」

 

 それが、俺の償いだろう。もはや、このもう一人を自分の身代わりにする気など欠片もない。だが、コイツが同じ顔で色々やらかすのを放置も出来なかった。

 

「同じ名前で同じ顔、きっとあちこちで比較されて歪んでしまって今のコイツになったのだろう。そう思えば情状酌量の余地もあるし、な」

 

 肩をすくめると、俺は鍵のことは頼んだと続け、もう一人の俺を背負ったまま踵を返した。何とも微妙な見送りになってしまったが、俺にはまだアリアハンでやることも残っているし、合流すべき仲間もいるのだ。

 

「さてと、次は……あの男への礼だろうな」

 

 ポツリと呟き向かう先は、ただ一つ。アリアハンの城下町にある何の変哲もない井戸だ。俺の敵はそこにいるはずだった。

 

 




あっちのお話と落差ありすぎですね、こっちのヘイルさん。

まぁ、遊び人レベル1じゃ、無理もない気がしますが。

そして、偽物の背後からご本人登場は鉄板。

次回、第百五十九話「けじめ」

逃げて、メダルおじさん逃げてぇ~


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第百五十九話「けじめ」

「ふむ、いきなりイオナズンは……拙いか」

 

 辿り着くなり、井戸を見つめて呟いてみる。この井戸の下には比喩表現ではなく家が一軒ある。つまり結構大きな空間が存在する訳で、呪文による爆破なんてした日には崩落でご近所を巻き込みかねない。

 

(そもそも周辺地形が呪文の影響を受けるかどうかがわからないからなぁ……)

 

 短絡的に憂さ晴らしして終了というのも駄目だろう。

 

(メダル集めてるオッサンは褒美に渡すアイテムもため込んでる訳だし)

 

 中には性格改変アクセサリーもあった気がする。シャルロット達の異変はトロワに頼ろうと考えていたが、迷惑料として性格改変アクセサリーを要求するのもいいかもしれない。

 

「もちろん、アレは無しでだが」

 

 と言うか、性格改変アイテムをくれと言われてがーたーべるとを出してきたら、温厚な俺でも流石にキレると思うのだ。確かに性格を変えるアイテム、変えるアイテムではあるけれども。

 

「……と、ここでああだこうだ言ったところで意味もない、か」

 

 時間も無限にある訳じゃないし、人が通りかかる事も考えられる。背中に縛った男を一人担いだままと言う自分の格好も人に見られるのは宜しくない。

 

「ロープが長めで助かったな」

 

「ん゛ーっ、ん゛んーっ!」

 

 意識を取り戻したらしい遊び人のヘイルが猿ぐつわをされたまま何か言おうとしているようだが、気にしない。ヘイルを支えたロープを持ったまま、その身体を井戸の上に持ってくると掴んでいたロープを送り出す。

 

「ん゛んんんーっ!」

 

 クネクネと身を捩る縛られた男遊び人は当然井戸の中へと降りて行き。

 

「ほう、まぁ家一軒分と考えればこんなものか」

 

 引っ張ってもすぐに手応えが来なくなったことで荷物が井戸の底に着いたと見た俺は、登坂用にかけられていたと見られるロープを掴むと、下へ通り始めた。

 

「カビ臭いかと思ったが、それ程でもない、な」

 

 降りてきた井戸の他にも空気孔があるのかも知れない。

 

「しかし、井戸の中に家一軒とは……」

 

 材料は井戸の穴から運び込んで下で組み立てたのだろうが、何故こんな場所に家を建てたのか、雨の日には水没しないのかなどツッコミどころだらけだ。

 

「生活するとなれば生活排水は発生するはず、まさか……」

 

 上から差し込む光にキラリと光った水面を横目で見た俺はすぐに視線を逸らした。

 

「聞くことが増えたようだな」

 

 垂れ流しの上、知らずに近所の皆さんがここから生活用水をとってるなんて事は考えたくないが、ひょっとしたらいきなりイオナズンでも良かったのだろうか。

 

「さて」

 

「ん゛ーっ」

 

 井戸の底に降り立つと、相変わらずもう一人の俺は身を捩っていたが、少々悲惨な有様だった。一応井戸の底ではあるのだ、地面が湿っていたらしく濡れた土と泥が遊び人用の布の服に付着し、あちこちが汚れている。

 

「……まぁ、戻ったら洗濯は必須だな」

 

 これを担ぐとなると俺のマントも汚れそうだが、そこはこの男を布でくるんでから担ぐなどすればいい。

 

「とりあえず、お前はここに置いて行く。俺を語って色々やってくれた事についての話は、そこの家に住む罪人と話を付けてからだ。悪いが、あちらの方が先約の上、遙かに悪質なのでな。しかし、こんな人目につかない場所で助かった……ここなら悲鳴が上がろうが、誰かに聞かれることもあるまい。お前を除いて、な」

 

 良からぬ気を起こさぬよう釘を刺すという意味でもそう嘯いてから、俺は歩き出した。

 

「……ここ、か。いや、『ここか』も何もないな。他に建造物もないことだし」

 

 やがて辿り着いたドアの前、愚にもつかないことを言いつつ心の中で呪文を唱え。

 

「バイキルト」

 

 握り拳の強化は終了した。

 

「ふっ、ドアを蹴破って突っ込むのも良いが……」

 

 先客が居て巻き込まれでもしたら目も当てられない。

 

「邪魔するぞ!」

 

 猛る気持ちを抑え、一言断ってからごく普通にドアノブへ手をかけ、捻って中に入る。

 

「ほほう、来客か。良く来た、わしは世界に散らばる小さなメダ――」

 

 メダルを持ってやって来た訪問者とでも思ったのか、笑みを浮かべつつも一応説明を始めようとしたそのオッサンに叫びつつ床を蹴った。

 

「そんなことは知っているっ!」

 

「な」

 

 驚き立ちつくす諸悪の根源はほぼ隙だらけ。側に護衛か、武装した男が居るものの、俺の本気に対応出来る筈もない。こちらへ反応しようとする前に俺はオッサンへ肉迫すると、奥義を放った。

 

「戦脱衣・未完成っ!」

 

「ぬわーっ!」

 

 攻撃を加える部分を除いた劣化バージョンで。本気で一撃を加えて殺してしまうのはまだ拙い。

 

「でやああっ!」

 

「ぶっ」

 

 そして、衣服を剥ぎとり、誰も得しない下着姿を晒したオッサン目掛け手に残っていた服を丸めて叩き付けた。

 

「き、貴様っ!」

 

 この段階で、ようやく武装した男の方がこちらへ武器を向けるが、遅すぎる。

 

「今のはただの挨拶だ。俺の弟子にがーたーべるととか言うろくでもないモノを押しつけたあげく、くだらないことを吹き込んだのはお前だな? 年頃の若い娘に言い寄り、卑猥なモノを付けるようそそのかすとは言語道断っ! この俺が直々に裁いてくれよう……」

 

 いかにも怒っていますといったポーズで罪状を読み上げ、下着のオッサンを視線で刺し。

 

「が、その前に……この性犯罪者を庇うというならまずお前から相手をしてやるが?」

 

 横にスライドさせた視線を武装した男に向ける。

 

「俺の目的はただ一つ、ケジメを付けて貰いに来た。それだけだ……どうする?」

 

 オッサンに殉じて襲いかかってくることも考慮し、身構えたまま俺は問うた。

 

 

 




なぜだろう、しゅじんこう が わるものっぽい。

次回、第百六十話「清算」


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第百六十話「清算」

「悪は滅んだ……と言うのは言い過ぎとして、まぁ、こんな所だろうな」

 

 ゴールドパスを指に挟んだまま、俺は縛ったオッサンに足を乗せ、呟く。オッサンの隣には下着姿の男が縛られて寝ている。

 

「しかし、見上げた忠義だな……勝ち目はまず無かったというのに」

 

 こんなほぼ性犯罪者でも主と仰いだからか、護衛と思わしき男は抵抗してきた。体感からすると、強さの方はあの覆面パンツの変態泥棒カンダタと良い勝負といったあたりだろうか。

 

「だが、忠誠心があるというならまず、シャルロットへした事を諫めるべきだった。主が間違ったなら、それを止めるのが臣下たるものの役目だろう」

 

 俺とて鬼ではない。だが、シャルロットへやらかした事を咎めた訳でもなかったと言う点は看過出来ず、無力化したところで、一つの提案をした。物品で償うか、身体で払うかと。

 

(けど、まさかあの腐った僧侶少女が役に立つとはなぁ)

 

 どこかの劇場で、某僧侶少女の書き上げた物語の主演を務めて貰い、その興行収入を賠償に当てるというのが俺の提案の片方であった「身体で払う」の内容だったのだが、あの腐った僧侶少女、この国では知る人ぞ知る存在であったらしい。

 

(即答だったもんなぁ、物品で償うって)

 

 ちなみに護衛の男の方も、後者が選ばれた場合、連帯責任で一緒に舞台に出て貰うつもりだと説明したが、あれが決め手になったとは思わない。縛られたオッサンが物品で償うと叫ぶ方が、補足説明を終えるより早かったのだから。

 

「さて、わかってはいると思うが二度と若者を誑かさんことだ。俺は鬼ではないが優しくも甘くもない。お前達が約束を違えたその時は――」

 

 井戸の地下に隠れ住む中年男と共に暮らす男のラブストーリーが広まると思え、と俺ははっきりオッサンに忠告し、足をどけた。

 

(本当は、こうどっかの水色生き物(スライム)みたいに渾身の力で蹴り飛ばしたいところだけど、まず死んでしまうだろうし……井戸の中で半裸のオッサン蹴り転がして遊んでる時間もないもんなぁ)

 

 成り行きで連行してしまったもう一人の俺のこともどうにかしないといけないし、トロワを迎えに行く必要もある。

 

「しかし……ヘイル、か。ふむ」

 

 確か、俺がプレイしたゲームではヘイルともう一人一緒に育てた女遊び人が居た。

 

(そう、ルシアさん、なんだよな……イシスで修行させるなら一人も二人も大して変わらないし)

 

 身体の方から流れ込んできた記憶のせいか、あの人も何故か放っておけなくて。

 

「……ついてくるかどうか、話をしてみる、か」

 

 幸い、ナンパでもしてるのとからかってきそうなスミレさんももうこの国には居ない。

 

「と言うか、スミレさん達が居ない分イシスの修行場にも空きが出来た訳だし……」

 

 そう言う意味でも丁度良いのかも知れない。

 

「なら、次はおばちゃんのところに向かえばいいかな、貰うモノは貰ったし」

 

 トロワを迎えに行く訳だが、同時にあのメダルコレクターのオッサンから頂いたお詫びの品を渡すためでもある。トロワの母親であるおばちゃんの目的は勇者一行とゾーマ軍に所属する息子の殺し合いを避けること。

 

(目的からして今後もシャルロット達と行動を共にするだろうし、だったらおばちゃんに「シャルロット達へ渡してくれ」と言いつつ預けておけば、シャルロット達の手に渡るはず)

 

 同時に何もなければダーマかイシスにいると俺自身の所在を明らかにしておけば、イシスに帰る前にシャルロット達と会う必要も消え去る。

 

(嫌いって訳じゃないけど、せくしーぎゃるってる可能性があるとわかった以上はなぁ)

 

 シャルロットのおふくろさんに顔向けが出来なくなるような展開は防がねばならない。

 

(お詫びの品の中に性格改変装飾品もあった事を考えると、ちょっと神経質になり過ぎかも知れないけど)

 

 君子危うきに何とやら、だ。せかいのあくいという俺の宿敵も存在するこんな世界だし。

 

「ん゛ーっ」

 

 つらつら考えつつ井戸の底に降りた場所まで戻ってくると、そこではまだもがく男遊び人の姿があり。

 

「……ふ、流石に担いで登るのは無理だからな」

 

 もう少し転がってろと言うなり、俺は垂らされたロープを握り、登り始めた。

 

「……造作もない、な」

 

 登り切り、井戸の縁に手をかけて飛び出すまでが、だいたい十数秒。そこから鞄を漁り、取り出した布を脇に挟み、もう一人の俺へくくりつけたロープをたぐり寄せ。

 

「あ」

 

 ふと気づく。

 

(布を巻いて担いで行くのは良いとして、ルシアさんに声をかける時、こいつどうしよう?)

 

 いくら布を巻こうと、呻き声が漏れる事は大いに考えられる。つーか、人一人分はある上動く荷物なんて担いでる人物に勧誘されてついて行く人間なんて居るとも思えない。

 

(トロワに預ける……のは、無理だな。おばちゃんのところに行ったら「マイ・ロードには親子水入らずの時を過ごさせて頂きました、これよりは制約通りお側に」とかそんなこと言って着いてきてもおかしくないし)

 

 かと言って、俺と同じ顔の人間をシャルロットの来そうな場所に置いておきたくはない。まして、せくしーぎゃるってるかも知れないシャルロットと出会う可能性のあるような場所には。

 

(まぁ、流石にあの二人なら俺じゃないって気づくとは思うけど、せくしーぎゃるり過ぎて「似てるからこれでいいや」とか変な妥協されるかもしれないからなぁ)

 

 以前の俺ならそんなことはあり得ないと一笑にふしたかも知れないが、あの手の性格の恐ろしさを知った俺には笑えない。可能性が小数点以下でも存在するなら、断っておく。失敗は許されないのだから。

 




尚、メダルおじさんへのおしおきはビジュアル的に描写すると読者への嫌がらせにしかならないと判断、省略しております。ご理解ください。

次回、第百六十一話「女の子が声をかけられる事案」

それやった相手の服をはいで、慰謝料要求した極悪人がいると思うんですけどね、主人公さん?

ブーメランにならないと良いなぁ。



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第百六十一話「女の子が声をかけられる事案」

「……成る程、自らの手で性根を鍛え直したいと申すか。ふむ、この世界が救われたのは勇者の師であるおぬしの存在も大きい。罪人は区別することなく法の裁きを受けさせるモノではあるが、今回の騙りで一番に被害を被ったのもそなたであろう故な」

 

 悩みに悩んだ俺が出した結論は、国家権力を頼ることだった。一応アリアハンの国王から見た俺には、勇者を育て、また補佐をしつつ魔王バラモスを倒したという功績がある。だからだろう、俺のお願いはあっさり通ったらしい。

 

「そやつのことは任せておくが良い。確かにこれほど顔立ちが瓜二つでは混乱を招くというおぬしの言い分も尤も、おぬしがこの国を旅立つまで一つの部屋に閉じこめ監視下に置けばよいのであろう?」

 

「あぁ」

 

 王の言葉を俺は頷くことで肯定した。甘いかも知れないが私的制裁はするつもりなので、その上で一時的にでも牢屋に放り込むのはあんまりかと思いお願いに注文を加えた結果が、今王が口にした処置である。

 

「俺の記憶が確かなら、牢は隣に先客が居た。鉄格子越しに話の出来るあの地下牢の構造だと面倒くさい事になりかねんからな」

 

 そんな地下牢に入れるのも拙いという表向きの理由つきで、もう一人の俺については国家権力に一時預かりして貰い。

 

「そして、先程も述べたが……バラモスが倒された以上、俺の役目は終わった。交易網はあのスレッジが育てた魔法使いも居る、捜し物でこちらから頼ることこそ有るだろうが、逆にあちらについても俺が出来ることはほぼ無かろう」

 

「うむ……その才覚惜しいとは思うが、決意は固そうじゃな」

 

 王は、鎖を付けることは不可能と見たのだと思う。同時に下手な駆け引きでこちらの心証を損ねるのも損と思ったのか、それ以上引き留める異様な真似はせず。

 

「だが、これだけは覚えておくが良い。おぬしはこの国の、世界の恩人であると同時にこの国の民でもあると」

 

 つまり、いつでも門は開いてるから帰りたくなったらいつでも帰ってきて良いのよとかそう言うことなのだろう。

 

「そう、だな……」

 

 神竜に挑む人員についてはもう充分だし、メダルコレクターのオッサンから貰うべきモノは貰った。この国に立ち寄ることがあるとすれば、バシルーラの呪文でパーティーメンバーが飛ばされた時ぐらいだろうが、世の中、絶対と言うことはない。

 

「心の端に留め置こう」

 

 もう一度頷き、王への謁見は終了した。預けたもう一人の俺を取りに来る時は、直接あいつの押し込まれた部屋の方に赴き、兵士と話し引き取る形になるそうなので、ひょっとしたらあの王と会うのは、これが最後になるのかもしれない。

 

「そうか、ならば行くが良い! ヘイルよ! また会おう!」

 

「ふ……ああ」

 

 原作で言うところのゲームの中断と続行を混ぜ合わせたような言葉をかけられ踵を返した俺は、そのまま階段へ向かい歩き出す。

 

(さて、次は宿屋に行って最後に酒場だな)

 

 もしルシアさんがついてきてくれる事になった場合、その後でシャルロット達と会うのはいささかばつが悪い。

 

(「お前達とは一緒に行けないけど、この人は別だよ~」なんて間違ったメッセージを受け取ることはないと思うけど「李下に冠を正さず」って言もんなぁ)

 

 紛らわしいことは避けるべきだ。

 

「出来ればシャルロット達とは鉢合わせしたくないところだが……」

 

 メダルコレクターのオッサンに制裁を科した時間と、王に謁見してあの男遊び人を預けるのに要した時間を考えると、ポルトガの元呪われカップルとの面会は終わっていると考えていい。

 

(話の続きはゾーマ倒した後ってことだし、せくしーぎゃる全開で迫ってくるなんて事は無いと思うけど)

 

 影響を受けてる可能性があると言うだけで気後れしてしまうのだ。

 

「まぁ、まごついていても仕方ないし、覚悟を決めろってことかぁ……」

 

 むしろ宿屋でトロワを引き取れば勇者一行も心おきなくゾーマ討伐の旅に戻れるのだ。旅立ちを見送ったなら、ルシアさん勧誘中にばったりなんて展開がなくなる。

 

(ものは考えよう、か)

 

 考えつつ宿屋へ続く通りを進み。

 

「っ、サラ……か」

 

「あら、盗賊さんではありませんの?」

 

 声をかけたのは、ある意味予想外であるが不思議ではない人物。たまたま出会った勇者一行内カップルの片方、魔法使いのお姉さんであり。

 

「アランと一緒ではないのだな?」

 

「ええ、あの人は教会ですわ」

 

 問いかければ頷き、視線で示されたのは城の堀の横に立つ教会の尖塔で。先端のシンボルが現実世界にもあったアレであるところに、そう言えばまだこのころはあっちだったなぁとこの世界の人には意味不明であろう事を胸中にて呟く。

 

「しかし、教会に用というと、僧侶だった頃の何かか?」

 

「いえ、どちらかというと別件ですわね」

 

「別件?」

 

 心当たりが無く、首を傾げた俺に魔法使いのお姉さんは言った、結婚式のことですわと。

 

「やっぱり、故郷であるこちらで式をあげるのも良いと、思っていたのですけれど――」

 

「なるほど、な」

 

 バラモスを倒して挙式するはずが、俺の逃亡がきっかけになり、大魔王ゾーマの存在が判明、結婚してる場合じゃねぇって流れになったのだろう。

 

「つまり、式のキャンセルというか延期の手続きをしていると?」

 

 シャルロットもゾーマをさっさと倒してお話の続きしますねお師匠様とかそんな感じのことを言っていた、要するにゾーマを倒すメドぐらいはついているのだと思われる。

 

「成る程、俺もうかうかして居られんな」

 

 このままのんびりしていては、世界が平和になったのに神竜にまだ一度も勝負を挑んでいないなんて事になりかねない。

 

(帰りはリレミトで良いとして、神竜の元まで向かうダンジョンは曲者なんだよなぁ。ルーラで中継点の何とか王の城まで飛ぶと中継点まで飛ぶので一日使っちゃうし、徒歩であのエクストラダンジョンを進んだ方が早い気もするとなると、魔物との遭遇で消耗するし)

 

 などと、つい思考は逸れてしまったが、考えるなら後でも出来る。

 

「では、シャルロット達は?」

 

「おそらくですけれど、ゴールド銀行にお金をおろしに行かれましたわ。盗賊さんがお願いしたのでしょう、アレフガルドの武器防具が欲しいと」

 

 どうやら宿で鉢合わせすることは無いらしい。ああそうだったなと応じた俺は適当なところで会話を切り上げると宿屋に向かうのだった。

 

 




着々とエンディングが近づいてますね。

真偽はさて置き、主人公の中ではアリアハン国王と会うのは今話が最後かも知れないと思ってる風味ですし。

尚、勧誘シーンまで到達出来なかったので、声をかける相手を魔法使いのお姉さんに変更しました。

次回、第百六十二話「おむかえ」


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第百六十二話「おむかえ」

「ありがとうございました、マイ・ロード」

 

 迎えに来た手前、もう良かったのかと問うことも出来ない俺にトロワは頭を下げた。

 

「この子から話は聞いたわ。色々とお世話になったみたいで――」

 

「大したことはしていない、気にするな。ではな」

 

 トロワが何を吹き込んだもとい報告したのか、確認するのも怖くて頭を振ると、軽く挨拶をし、その場を去る。

 

(おばちゃんと言葉を交わすのは随分久しぶりのような気もするのに、そっけなさ過ぎたかな?)

 

 いや、そんなことはない。長々話し込んでしまえばシャルロット達が戻って来ただろうし、シャルロット達へ渡してくれと差し出したすごろくやり放題券(ゴールドパス)や装飾品は受け取って貰えたのだから。

 

「さて、この後のことだが」

 

「はい」

 

 ちらりと振り返ればすぐに返事をしたトロワを肩越しに見ると、ルイーダさんの酒場に向かうと告げた。

 

(まだシャルロットと鉢合わせる可能性は残ってるし、誰かを勧誘するとか聞かれる可能性がある場所でしゃべる訳にもなぁ)

 

 目的地だけでも告げておけば、説明は酒場に着いてからでも良いだろう。

 

「後のことは酒場に着いてから話す。一部、人の耳には入れたくない話もあるからな」

 

 せっかく人目につかない場所で預かって貰っているのに、もう一人の俺のやらかしたことなんかを他の宿泊客も通るかも知れない宿の廊下や階段では話せない。

 

(ただ、話す時は言葉選びも気をつけないと……遊び人のヘイルの方はトロワからすれば主人の名を騙って悪さをした男になるし)

 

 主を貶められたと激昂して暴走することも充分考えられる。

 

(後は、ルシアさんの方だけど……こっちもスカウトする理由がトロワには説明しづらいんだよなぁ)

 

 身体の持ち主が居た世界では冒険仲間だったかも知れないが、こっちのルシアさんとはほぼ面識が無く、さっき酒場のお客として顔合わせしただけ。

 

(「遊び人だから、賢者にするのに手っ取り早いし、素質のようなモノを感じる」とかでっち上げた方がまだスカウトの理由説明として受け入れられそうな気がする)

 

 そも、誘う理由に関してはトロワだけでなく、ルシアさん本人へ説明する分も居るのだ。普通、勧誘すれば理由は聞かれるだろうから。

 

(割と難しい問題なんだよな。可愛いからとかナンパっぽいのはまずNGだし)

 

 誤解される可能性がある理由は絶対に避けないといけない。

 

(無難に、「パーティーメンバーとして賢者が必要だから」とかそんなところかな)

 

 この理由でも元バニーさんに聞かれた場合、面倒なことが起こるんじゃないかと思ったが、他に妥当な理由を思いつけなかったのだから是非もない。

 

(流れからすると、まずルイーダさんのところに行ってもう一度個室を借りて、そこにルシアさんを呼んで貰う感じで……)

 

 トロワにはルシアさんが来るまでに説明をしておけばいいだろう。

 

「ここはルイーダの酒場。旅人達が仲間を求めて集まる出会いと別れの酒場よ。……それはそれとして、何の御用かしら?」

 

「ああ、実はな……ん?」

 

 部屋を借りたいと言おうとしたところで、ふと気づく。

 

(そう言えば仲間に加えたい場合って、原作ならここで話を持ちかければ済むんじゃ――)

 

 目の前に居るルイーダさんは冒険者の斡旋、つまりその道のプロフェッショナルだ。

 

「仲間に加えたい者が居る。ただ、当人に話を持ちかけたこともなくてな……当人が嫌ならば、無理強いする気はないのだが……」

 

「ふぅん、それで、その人はこの名簿に載っているかしら?」

 

 変則的な形ではあるが、モノは試しだ。申し出てみると、ルイーダさんは一冊の察しを取り出して開き、俺に見せた。

 

「これは?」

 

「連れ出しを希望する、もしくは仲間を募集している人のリストの一つよ。もし、この名簿に居ない人を仲間にしたいのなら、先に二階に行くと良いわ」

 

「成る程な……っ」

 

 原作で言うところの登録所をあたってくれと言うことだろう。納得して名簿に書かれた名前の羅列を視線でなぞると、ヘイルと書かれた名前に×ついていた。

 

「ああ、その人のことは……あなたの方がよく知ってるわね? こちらでも連絡があったから抹消しておいたのよ」

 

「そうか、済まなかった」

 

 あまりに酷い騙りについ連行してしまったが、もう少し冷静になるべきだった。ルイーダさんが処置してくれたから良かったものの、騙された誰かが呼びだして不在に気づかれたら騒ぎになっていたかも知れないのだから。

 

「それぐらい大したことじゃないわ。あなた達がしてくれた事からすれば、ね。それで、ご希望の人は見つかったかしら?」

 

「っ、すまん、もう少……あ」

 

 促され、謝罪しつつ名簿に目を落として二秒。何故か遊び人が固まった場所に探す名はあった。

 

「これだ。このルシアという女遊び人を……しかし、随分遊び人が固まっているな」

 

「ああ、そこはあなた達が魔王を倒したでしょ? それとあの子が賢者になったって聞いて、ここの遊び人の子たちが一斉に自分達の名前を書き込んだ時期があったのよ。第二のあの子を夢見て、ね。中には付き合いで書かされたとか、同室の娘に名前を書かれちゃった娘も居たみたいだけど」

 

「待て、それは色々拙いんじゃないのか?」

 

 前者はともかく、後者は最悪だろう。勝手にアイドルオーディションに書類を送られちゃったとかじゃ有るまいし。

 

 




次回、第百六十三話「彼女の答え」


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第百六十三話「彼女の答え」

 

「ルシアさーん! ヘイルさんがお呼びよー!」

 

 モヤモヤしたし、実際ツッコミはしたものの結局のところ俺は抗えなかった。ルイーダさんに呼びだして貰ってしまったのだ。

 

(あぁぁぁ、俺って奴はぁぁぁ!)

 

 結局安易な方に流れてしまい。

 

「はーい、もうちょっとお待ち下さいにゃ! お待たせしました、お料理こちらに置いておきますにゃ」

 

 しかも返事をしたルシアさんが続けた言葉を聞く限り、思いっきり勤務中である。

 

「すまん、勤務時間中に従業員を」

 

「あら、良いわよそんなこと。勇者シャルロットのお師匠様に冒険者を斡旋したとなれば、この酒場に箔がつくもの」

 

 流石に俺は謝ったが、ルイーダさんはヒラヒラ手を振りつつ笑顔を絶やさない。

 

「そ、そうか。しかし、仲間の斡旋ならシャルロットや俺も何度かして貰っていると思うのだが……」

 

「ふふ、確かにそうね。だけど、それはずいぶん前のことでしょ? そして、バラモスが倒され世界は平和になった……ありがたいことではあるのだけど、第二第三のあの子、ミリーさんにって遊び人になった子達にとっては、夢やぶれたようなモノよ? 勇者様に見いだされ、賢者になって名をあげるなんて機会が消失しちゃった訳だし」

 

 そこまで説明されると、流石に俺もルイーダさんの言いたいことが呑み込めた。

 

「成る程、今回の呼び出しが残された者達への希望の光になると?」

 

「ええ。まぁ、あなたがとんでもない好色で、スケベ心からルシアさんを呼んでくれって言ったならお断りしていたけど、何処かの女戦士さんの事があるもの。それはまず無い。だとすれば……戦力として仲間が必要な何かがあるのでしょ?」

 

「っ」

 

 恐ろしい洞察力だった、そして同時に俺は自分がやらかしたことに気づく。

 

(うわぁぁぁ、俺の馬鹿ぁぁぁぁ!)

 

 流石に平和ムード漂うこの国で王様と繋がってるルイーダさんにゾーマのことは話せない。

 

(となると、消去法で神竜の方しかないよなぁ)

 

 ただ、あっちに関しても願い事が叶うって話に食いついて分不相応な野望を抱いた冒険者が命を落とすことも充分考えられる。

 

「ここではとてもでは無いが話せる内容ではない。そして知ったとしても待機してる女共の希望になるかはわからんぞ?」

 

 それでも良いなら話すがと言えば、ルイーダさんはあっさり良いわよと首を縦に振った。

 

「なら、せっかくだからルシアさんも交えて、商談用の部屋でお話ししましょうか?」

 

「……あぁ」

 

 どうしてこうなったと思いつつも、俺は頷き、ルシアさんがやって来るのを待った、そして。

 

「……それは、確かにあなたの言う通りね。自身を倒し、力を証明すれば願い事を叶えてくれる神の竜……初めて聞く話だけど、割と具体的だし」

 

「まぁ、な。正直に明かすが、シャルロットから師に請われなければ、俺は魔王討伐に加わることなくただその竜に挑む為の旅に出ていただろうからな。そして、その神竜の強さはあのバラモスなど比べものにならん。単独でバラモスを子供扱い出来る猛者でも単身で挑めば自殺行為、それが俺の見立てだ」

 

「なんだか、凄すぎて何て言ったらいいかわからないにゃぁ」

 

 ルシアさんがなかば呆然としてるが、無理もない。俺は、商談用の部屋にはいると神竜の存在についてルイーダさん達に明かした。そして、願いを叶えるために要求される力量がかなりぶっ飛んだモノになるとも。

 

「少なくとも勇者一行と同レベルの戦闘力は必須、そして、挑むことが出来るのにも条件があると聞く。話半分で飛び出せば、たどり着けぬかたどり着いたとしても無惨に屍を晒すだけだろうな。故にこの話はとても人には聞かせられん」

 

 何処かの国王や貴族が兵を率いて挑んで失敗したなんて事にでもなれば、そこの領民が軍事費用の負担なんかで迷惑を被るし、叶わぬ夢を求めて彷徨ったあげくのたれ死にする冒険者を量産しては寝覚めが悪い。

 

「それに、俺にはこのトロワを始め、仲間は幾人か居る」

 

 一人二人なら問題なくても人数二ケタなどどだい無理だ。

 

(今でさえクシナタ隊って大所帯だし)

 

 そのクシナタ隊も大半は俺達に何らかの恩を感じるお姉さん達で構成されている。

 

(言い方は悪いけど、恩義があって他言しないと思うからこそ原作知識とか話せたって点もあるからなぁ)

 

 もしその夢見る遊び人さん達を抱え込んだ場合、原作知識を外に漏らさぬように出来るかと言うと怪しいと思う。

 

(そもそも遊び人だし)

 

 そう言う意味では、もう一人の俺の方が全力で不安要素だが、あちらは性根をたたき直す事が前提。クシナタ隊に入れるつもりも情報を与えるつもりもない。

 

「ともあれ、俺はその神竜に挑むつもりで居る。必要な戦力を鍛え揃えた上で、な。そして、足りない人員を探して居るところでルシア、お前を見かけた訳だ。仲間は魔法使いと僧侶、双方の呪文を扱える方が好ましい、となれば求めるのは賢者だが、賢者になるには遊び人として一定の経験を積むか、特殊な書物を手に入れる必要がある」

 

 それが、ルシアさんを誘うための表向きの理由。

 

「ついてきて……貰えるか?」

 

「……はいにゃ」

 

 問う俺へ、暫し沈黙を挟んで彼女はそう答えたのだった。

 

 




まったく、主人公はいつもやらかすねぇ、うん。あはは。

次回、第百六十四話「回収と出立」


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第百六十四話「回収と出立」

 

「すまんな。さて、話が来ているならわかると思うが、俺達はこれから預けたモノを回収してイシスへ飛ぶ」

 

 ルシアさんへ頭を下げ、続けた言葉はルイーダさんへのもの。

 

「そう。それじゃ、他の娘にも話はしておくわね」

 

「お願いしますにゃ。それから、ルイーダさん、今までお世話になりましたにゃ」

 

 もう一人の俺さえ回収すればアリアハンへとどまる理由もない。雇用者と雇用主のやりとりを視界の端に入れつつ、俺はトロワと従者の名を呼ぶ。

 

「はい、マイ・ロード。なんでしょうか?」

 

「次は城に出向き、今し方口にしたように預けたモノを受け取ってからルーラの呪文でイシスへ戻る。ルシアに身支度の時間が居るかもしれんからな。もし、補充しておきたい品があるようなら言ってくれ」

 

 性格改変アイテムなんかもメダルコレクターのオッサンから頂いた品物のお陰でトロワに作成をお願いする理由は消滅した。

 

(つまり、その手の素材を消費する理由はなくなった筈なんだけど、あくまでこっちの依頼分だからなぁ)

 

 トロワが自分のために何か作ったとか、腕を磨く、あるいは鈍らせないために何か作っていたとしても不思議はない。

 

(それ以外にも、久しぶりに会った母親に何か作って贈ったとか)

 

 綺麗になってもマザコン部分は直っていない模様のトロワなら充分あり得ることだ。

 

「あ、ありがとうございます。で、では、寄り道させて頂いても?」

 

「構わん。ルイーダ、そう言う訳だ。俺達は物資の補充をしてから城に向かう。部屋の使用料はゴールド銀行から引き落としておいてくれ。ルシア、準備が終わったら城の入り口へ来てくれ。不審がられぬよう門兵には話しておく」

 

「ありがとうございますにゃ」

 

 頷き、後半をルシアさんに振れば感謝の言葉が返ってくるが、礼を言いたいのはこちらであり。

 

「いや、気にすることはない。城の前で会おう。ゆくぞ、トロワ」

 

 頭を振った俺は商談用の個室を出ると、その足で酒場の外へ向かう。

 

(ルイーダの酒場、かぁ。そう言えば、全てはここから始まったんだっけ)

 

 気が付けば、この酒場の一角でテーブルに着いていたと言うのがこの世界に来て最初の記憶だったと思う。

 

(って、感傷に浸ってる時間はないな。ルシアさんとの合流をシャルロット達に見られないためにも買い物を済ませてさっさと城に向かわないと)

 

 俺を捜すのにアリアハンの国自体も協力していた様だし、そうなるとお礼なり何なりでシャルロットがお城にやって来る事は充分に考えられうる。

 

「早めに足を運んでおけば、選択肢も増える。居ないようならさっさと用件を済ませば良いだけだし、先に来ているならやり過ごせばいいだけだからな」

 

 タイミング悪く鉢合わせって最悪のケースであっても盗賊としての気配察知能力と割とお世話になっている透明化呪文を併用化すれば切り抜ける事は難しくない。

 

(あんまり色々考えてると、それが逆にフラグになりそうだけど)

 

 だからこそ、思案はこの辺で切り上げるべきだろう。

 

「トロワ。入り用なのは何だ? 商店はある程度固まってると思うが……」

 

「布です、マイロード。金属はこちらよりイシスで求めた方が、安く質の良い物が手にはいると思いますので」

 

「なるほどな」

 

 原作でもアリアハンで扱ってる武器は良い物がなかった。今は交易網が広がって外国から多彩な品が入ってきてると思うが、有ったとしても他所から運んできたならその分値段が高くなる。

 

「それに、あちらならはぐれメタルの身体の一部も手に入るかも知れませんし、はぐれメタルにかかわらず、モンスター格闘場の有る町では命を落とした魔物の素材が密かに売りに出されることもあるそうですから」

 

「そ、そうか」

 

 言われてみると有りそうだなと納得するが、と言うかどこからその情報拾ってきたんですかトロワさん。

 

「マイ・ロード、どうされました?」

 

「いや、何でもない」

 

 聞いてみたいと思った時に顔を覗き込んでくるとか、聡いというか。ひょっとして、イシスでの修行の成果だったりするんだろうか。

 

「話はわかった。だが、それなら布地もあちらで仕入れては駄目なのか?」

 

「それも一つの手ではあるのですけれど、良い品は値段が張ってしまうので、易価な物も仕入れておきたくて。それはそれで部屋着とか下着のようなモノぐらいにはなりますから」

 

「っ、すまん」

 

 下着のくだりで微かに頬を染めたトロワへ、俺は謝った。プチ墓穴を掘ってしまったらしい。その後、気まずさを誤魔化すため、足早に店へ向かい、顔見知りに出会うことなく買い物を済ませられたことは怪我の功名かもしれないが。

 

「アリアハンのおし……これは、あなたは」

 

「お役目ご苦労。預けていた物を引き取りに来たのだが、通っても良いな?」

 

 俺が声をかけると門兵はもちろんですと首肯して見せ。

 

「それから、ここにルシアと名乗る遊び人が来るかもしれん。用事があって俺が呼んだ者だ。中から出てくるのに手間取った場合、ここで俺を待つと言うかもしれんが――」

 

 とりあえず、ルシアさんのことも伝えてから城の中へと足を踏み入れる。

 

「さて。トロワ……これからとある男と会うことになるが」

 

 驚くなよと俺は事前に言った。

 

 

 




次回、第百六十五話「続・回収と出立」


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第百六十五話「続・回収と出立」

「これは、ヘイル殿。あの男を引き取りに参られたのですね?」

 

 槍を片手にドアの脇へ立つ兵士にそうだと答える。

 

「では、暫しお待ち下さい。ヘイル殿が参られた、男を拘束せよ」

 

 俺を言葉で制しつつ部屋の中へ向けられた声に中から「はっ」と短い応答があり、部屋の中が騒がしくなり始める。

 

「成る程、引き取りの時に逃げ出す事を想定して、か。世話をかける」

 

「いえ、今の平和はヘイル殿や勇者シャルロット様の尽力有ればと聞いております。そんなヘイル殿のお役に立てるのですから……我ら兵としての勤めはこの国と城、そして王様や姫様をお守りすることであるが故に魔王討伐にご同行させて頂くことは叶いませんでしたが、過酷な旅となったことは想像に難くありません。我らのため、世界の為にして下さったことを考えれば、お役に立てて嬉しく思っているのですよ」

 

 そして、頭を下げる俺に笑顔で兵士が応じた後のことだった。

 

「拘束終了しました」

 

「っ、ご苦労。これからヘイル殿を中へお連れする。お前達は男が抵抗せぬようそのまま抑えていろ」

 

「はっ」

 

「お待たせしました、さ、どうぞヘイル殿」

 

 中から聞こえた声に兵士が指示を出せば、中から聞こえた短い反応の後に兵士は向き直り俺を促す。

 

「ああ。行くぞ、トロワ」

 

 トロワからすればもう一人の俺との初対面となる。

 

(一応、驚くなよと事前には言っておいたけど、顔つき全く同じだからなぁ)

 

 はいと言いつつ俺に続いたトロワのリアクションが気になる中、部屋の入り口をくぐると兵士二人に両脇を固められ、ロープに縛られたもう一人の俺が視界に入った。

 

「迎えに来たぞ」

 

 どうやら手荒い扱いをされていた訳ではないようだが、あのピエロメイクは勇者のお師匠様を騙った罪人には相応しくないと言うことか、きっちり化粧を落とされており、黒かった髪も染色されていたモノだったらしく、今の俺同様の銀色へと変わっていた。

 

「っ」

 

 左斜め後ろで、トロワが息を呑んだ。

 

(まぁ、無理もないよな。遊び人の特徴全部取っ払っちゃってるんだし)

 

 出会っていた時に着ていた服は俺とあいつ自身が汚した事もあり、着替えさせて貰ったのか身につけているのはごく普通の布の服。

 

(レベルアップと言うか冒険の旅でついた筋肉とか色々な職と経験を経たことで得た雰囲気や立ち振る舞いをこの身体から引き算した答えが「こちら」って感じだし)

 

 体型の出にくい服を着ていれば、シャルロットやトロワは無理でも一度二度ちらっと会ったぐらいの人なら充分騙せると思う。

 

(アニメとかでたまにある「なにがどうしてこいつとこいつを間違えたんだ」ってあからさま過ぎる差異のある偽物とかそっくりさんとは一線を画すレベルだし)

 

 平行世界のこの身体の持ち主なのだから、クローンみたいなモノなのだ。

 

(そう言う意味では兵士の皆さんに感謝だな。俺だったら、ここまでそっくりな相手を前に好奇心を自制出来たかどうか)

 

 似ている相手は、世界を救った勇者一行の一人、しかも勇者のお師匠様という有名人なのだ。まぁ、俺のことだけど。

 

(って、いけないいけない。ここで下手にまごつくのは良くないな)

 

 何かありますと自分から言っているようなものだ。

 

「この顔をさらしたまま連れて行くのは面倒なことになりそうだな」

 

 今までそのことを考えていましたと言わんがばかりの独り言を漏らすと、鞄を開け、中から一枚の麻袋を取り出す。

 

「トロワ、空気穴あけを頼めるか?」

 

「えっ、あ、はい」

 

 自分で全てやらずに声をかけたのは、叫びこそしなかったもののやはり驚いた従者を我に返らせるためであり。

 

「お、おわりました、マイ・ロード」

 

「ご苦労」

 

「な、ちょ」

 

 麻袋を受け取った俺はようやく自分が何をされるか気づいたらしい、もう一人の俺へ近寄ると、頭から袋を被せ、そのまま肩へ担ぎ上げる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ出し」

 

「世話になったな」

 

 猿ぐつわを忘れたので空気穴から抗議らしきものが漏れているが、俺は一切スルーで兵士の皆さんに例を言うと、踵を返した。

 

(さてと、とりあえずこれで後はルシアさんと合流するだけかな。肩の荷物はこのまま五月蠅い様なら呪文で眠らせても良いし)

 

 袋の上から口が何処に有るか見当を付けてロープを巻き、麻袋を噛ませ猿ぐつわにするって方法もある。

 

「もちろんこれ以上騒ぐようなら、袋の上から静かになるまで針を順番に刺して行くという愉快な遊びもあるが」

 

 そんな冗談を口にしてみると、袋の中からの声はばったり途切れたので、俺は前案二つを引っ込め、もう一人の俺を肩に担いだまま歩き。

 

「来ている、な」

 

 門兵以外の気配を城の入り口に感じて足を速めれば、入り口に達したところで風呂敷包みみたいなモノを背負ったままこちらを見ているルシアさんと目が合った。

 

「……待たせたか?」

 

「ううん、今来たばかりにゃ!」

 

 こちらの問いかけに良くあるデートの待ち合わせ的な台詞で返してくるとは、流石遊び人と言ったところか。

 

(しかも、こっちの担いでる荷物にはノータッチとか)

 

 成り行きで神竜の事とか明かしてしまったから、この男なら何でも有りとか思われてるのかも知れない。

 

(まぁ、それはそれとして……あの大荷物からすると準備も終わってるみたいだし、後はイシスに飛べばいいかな?)

 

 ここでやることは全てやった。トロワが素材を補充する時、ついでにキメラの翼も買っておいた。盗賊の手先の器用さを利用し、この翼を使うと見せかけで呪文で飛ぶ。今更他職の呪文が使えることを隠しておく意味があるのかとツッコまれそうな気もするが、このことはまだシャルロット達には話していないのだ。

 

(なのに、話す前に周囲にバレるのはなぁ)

 

 そもそもせっかくキメラの翼を買ったのだ、使わなくては出費した意味がない。

 

「ならば、行くぞ!」

 

 いかにもキメラの翼を使いましたと言うモーションで誰にも聞き取れない程小さくルーラの呪文を唱えれば、俺達の身体は空高く舞い上がる。向かう先はイシス、新たな同行者二名にとっての修行の地だった。

 

 

 

 




次回、番外編5「ぢごくのなかに(???視点)」


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番外編5「ぢごくのなかに(???視点)」

 

「ひぃ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 息が苦しい。服の中は汗でびっしょりで、額をしたたり落ちる塩辛い滴も時々目に入って視界を奪う。いつもの化粧をしていないからこそ、溶け出した化粧で顔がぐちゃぐちゃになったりはしていないけれど、それをラッキーだなんて思えない。

 

「なんで……ボクちゃんが」

 

「新入りっ、そっち行ったぞ!」

 

「ひゃ、ひゃいげっ?!」

 

 反射的に声に応じて顔を向ければ灰色の盛り上がった水溜まりのようなモノが突っ込んできて、ボクちゃんの意識は、そこで途絶えた。

 

「……イミ、おら、起きろ新入り!」

 

「んう……がっ」

 

 目が覚めたと思ったら、瞼の裏に星が散った。

 

「ちょ、ちょっと、アザミちゃんっ!」

 

「はん、どーせあたしは乱暴者の僧侶だよ! ホイミはちゃんとしてやってるんだ。グズグズして起きねぇ、こいつが悪い」

 

 ホイミってのは確か回復呪文だったと思う。耳に入ってくる二人分のやりとりからすると、あの灰色にのされたボクちゃんに頭を襲う鈍痛の犯人が回復呪文をかけたのだろう。ただ、のんびり考察してる暇なんて無い。

 

「ホラ、さっさと起きろ!」

 

「ひゃ、ひゃいぃぃっ」

 

 起きる、起きなきゃならなかった。アザミって呼ばれる女僧侶、自分で言う乱暴者って言葉に嘘はなかった。ボクちゃんが少しでも指示に従わないと、拳か蹴りが飛んでくる。何で武闘家やっていないのかが不思議に思えるくらいに手が早いのだ。

 

(どうして……こんなことに)

 

 自分自身に問いかけてみるが、理由は解っている。ボクちゃんがあの男の名を騙ったからだ。意識は過去に飛んだ。

 

「えー、ヘイルさん? まさか、あのヘイルさんですか?」

 

 綺麗なお姉ちゃんを見かけて名乗った時、そんな反応を貰ったのは何時のことだったか。最初は訳がわからなかった。いくらかして、人違いじゃないかと思い至って化粧を落としてみても、あなたがあのヘイルさんと好奇の目で見られる日は続き。

 

「偽物だったんだ、がっかりー」

 

「紛らわしい顔と名前しないでよね」

 

 だいたいそうやって好奇の目で見た女の子達は人違いとわかると蔑む様な目をボクちゃんに向けて去っていった。そっちが勝手に勘違いした癖に。いや、それだけじゃない。

 

「あー、やっぱり本物は違うわぁ。ダメね、これとは全然違うわ」

 

「なんでこんなのと見間違えたんだろ、私」

 

 再び遭った女の子達はボクちゃんと見知らぬ誰かを比べて吐き捨てた。

 

(ボクちゃん、何も悪いことしてないのに……)

 

 どうして自分だけが、こんな目に遭うのか。見ず知らずの誰かと比べられ、けなされなきゃいけないのか。鬱屈した気持ちは、やがて見知らぬボクちゃんそっくりな誰かへの悪意に変わった。

 

「そっちがボクちゃんを悪者にするなら、ボクちゃんはお前を悪者にしてやるっ!」

 

 心に決め、そっくりな誰かのフリをすると、女の子達は割と簡単に騙せた。今までボクちゃんを別人と勘違いした女の子達とのやりとりで、そっくりな別人の情報をいくらか知っていたからだ。職業は盗賊で、このアリアハン出身の英雄、勇者シャルロットの師匠。大魔王バラモスが倒されるまでは勇者と共に旅をしていたが、勇者が魔王を打ち破ったことで何処なりかに去ったのだとか。

 

(ふふふ、何処かに旅立って居ないなら好都合。今まで被った害の分も色々楽しませて貰っちゃうもんね)

 

 にやけつつ、そう後ろ暗い復讐を行おうと思った時、ボクちゃんは気づくべきだった、立ち去っただけだから、帰ってくることもあるのだと。

 

「オラッ、ぼさっとすんな!」

 

「がふっ、あ」

 

 痛みと衝撃を伴いボクちゃんは我に返った。反射的に口元を手の甲で拭うと血が付いていた。口の中を切ったっぽい。

 

「まったく、これっぽっちで怪我すんなよ。ホイミ……はぁ、あと少しだってのにこう回復に手を割かれちゃ、勝てやしねぇ」

 

「それはアザミちゃんがその人殴ってもいるからでしょ? わたしだけだよ、はぐれメタルひのき棒で殴ってるの?」

 

「だってよぉ、人にザオリクまで使わせといて、その恩人の尻鷲掴みにするような奴だぜ? これがスー様だったらあたしも嬉……って、何言わせんだ!」

 

「勝手に言ったんでしょ!」

 

 そうして始まった口げんかもあの男が言う修行が進まない原因なんじゃとボクちゃんは思うが、流石に口には出せなかった。言えば、擁護してくれてたお姉さんもボクちゃんの敵に回る。

 

「ううっ」

 

 まさにぢごくだった。アリアハンでは聞いたことも見たこともない魔物と戦わされるとか。こっちの攻撃なんてろくに当たりもしない上に、当たってもダメージを与えた気が殆どしないその灰色水溜まりもどきは、恐ろしい攻撃呪文まで使う。

 

「実戦経験無しも拙いか」

 

 とか言って、麻袋から放り出されるなり参加させられた戦いで叩いたでっかいカニの化け物も知らない魔物だったが、カニなら硬くても納得出来る、だが目の前の灰色水溜まりもどきは大きさだってあれほど大きくはなく、なめらかで滑るような動きを見る限り、硬そうには見えないのだ。

 

「なのに、なんでっ」

 

 振り下ろした棍棒が当たったように見えても、水溜まりもどきは平然としていた。

 

「うぐ……」

 

「おい、何やってんだ新入りぃ!」

 

 ボクちゃんが呻く中、罵声が響いた。ぢごくはまだおわらないらしい。

 




主人公と比べられたり何なりでひねてしまったこっちのヘイル。

果たして更生は出来るのか?

次回、第百六十六話「効率故に」


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第百六十六話「効率故に」

「さてと、あの二人はあれで良いとして――」

 

 空の旅を終えイシスに到着した俺はクシナタ隊のお姉さん達にルシアさんともう一人の俺の修行を任せるとモンスター格闘場を出て、東北東――転職を司るダーマ神殿の方角を向いた。

 

「問題はあちらの混雑くらい、か」

 

 発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)を用いた修行をこのまま続ければ、一人前と見なされる程度の力量を有すると言う転職の下準備自体は簡単に達成出来る。

 

(一応、勇者一行の一人だったからとか勇者の師だからって理由で特別に優先して転職させて貰うことは出来ると思うけど……)

 

 小心者だからか、特別扱いに後ろめたさは感じてしまうのだ。

 

(神竜に挑む為のメンバー以外から希望者を募って神殿の手伝いに行って貰うってのも一つの手だよなぁ)

 

 転職の窓口が増えれば混雑も些少は緩和されるだろうし、あの神殿にはクシナタ隊のお姉さん達が何人も世話になっているのだから。

 

「いつかはトロワにも転職して貰わないといけないし、な」

 

 ちらりと傍らの女アークマージを見てから視線を見えるはずもない遠方の神殿がある方角へ戻す。

 

「マイ・ロード、ダーマの事をお考えですか?」

 

「ああ、まぁな」

 

 独言が聞こえたか、主の目をやる方向から察したか、問うてきたトロワへ肯定すると格闘場の方を振り返る。

 

「で、お前はどうだ? これ以上格闘場で修行して得られるモノはありそうか?」

 

 ないなら転職して新たな呪文を覚えるのも良いと思うのだが、と続けたのは神竜へ挑むのについてくるなら最低限会得しておいて欲しい呪文を覚える兆しがいっこうにないことへ起因する。

 

「回復か補助、出来れば両方有るなら補助要員を任す事ぐらいはできる」

 

 俺の記憶では、神竜との戦いで有効な火力になったのは、バイキルトをかけられた戦士や勇者、武闘家などの直接攻撃、前者にモシャスで変身した他職の直接攻撃、ギガディンかメラゾーマの呪文攻撃だった。

 

(今のトロワだと、出来るのは味方が死亡した時の呪文による蘇生ぐらいだからなぁ)

 

 ブレスは原作で使える仲間が存在しなかった為、ぶっつけ本番で検証してみるしかなく、トロワが現在使える攻撃呪文の方は効いたとしても攻撃手段(ダメージソース)として先に挙げた呪文に及ばない。

 

「ベストなのは、賢者にしてその辺を丸ごと覚えさせることだ。本来なら育成に時間と労力をを要すが、この国の修行場を使えば一週間もかからんだろうしな」

 

 今転職のためダーマに向かうとすれば、帰ってきた頃にはもう一人の俺とルシアさんが賢者へ転職可能になっていると思う。

 

(で、遊び人のトロワが賢者に転職可能な強さに至った頃、賢者が二人帰ってくる、と)

 

 もちろんこれはコネで並ばず転職させて貰った場合だ。

 

(ついでに言うなら、トロワの予定も考えないで計算したものでもある)

 

 トロワの作り出すアイテムは有益だ。だが、転職の為に移動したり、修行をすれば当然アイテムを作り様な時間は消滅してしまうが、問題はアイテム作りの時間を勝手に奪ってしまうと言うところにはない。

 

(当人の希望も聞かず人のスケジュールを勝手に決めてしまう訳にはな)

 

 世話になりっぱなしな相手なら、尚のこと。

 

「マイ・ロード、転職するとしたら――」

 

 だが、ダーマの方を見たりした上であんな問いを投げかけたなら、聡いトロワが俺の意図に気づかない筈もない。

 

「良いのか?」

 

 馬鹿な問いかけであるとは言った直後に思った。

 

「はい。賢者の万能さはマイ・ロードに教えて頂きましたから……」

 

「そうか」

 

 言われてみれば、トロワには色々見せていた気がする。一番使ったのは透明化呪文だったような気もするが。

 

(しっかし、そう言う意味でいま、きれいなトロワで居てくれて本当に良かったよなぁ)

 

 以前の子供を得るためには手段を問わないトロワが賢者になってしまったら、俺は自分の貞操を守りきれる自身がない。

 

(鍵をかけても解錠呪文であっさり解除、透明化呪文でいつでも何処でも姿を消せて、モシャスの呪文で変身も可能)

 

 一応、気配の察知が出来るから透明化痴女の危険度は気配を知覚出来ない人に比べれば低いが、トロワにはアイテム作りの才能もある。

 

「こんな事も有ろうかと気配を消すアイテムを作っておきました。そして、マイ・ロードの夕食に混ぜておいたのが媚薬ですね。いや~、透明化呪文、こんなに便利だとは思っていませんでした。既成事実の準備は万全ですよ、マイ・ロード?」

 

 なんて、ドヤ顔でにじり寄ってくる旧トロワの姿があっさり想像出来た。

 

(いや、まぁ今でもアルコール分を摂取するとそう言う俺の天敵と化す危険性は有るんだけど……)

 

 酒は飲ませなければ良いだけだし。

 

(トロワが賢者としてその域まで成長してくれたなら、神竜へ挑めばいい)

 

 迷うことも躊躇うこともない。おそらく、戦力は揃っているだろう。

 

「わかった。では、一緒にダーマへ行き、転職したい者が居ないかを確認し次第、ダーマへ飛ぼう。それで良いな?」

 

「はい」

 

 確認にトロワが頷きと共に答え、俺達は来た道を引き返し始めた。

 




「飲ませなければ」って、主人公、それフラグじゃ……

次回、第百六十七話「待つ人々と俺」



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第百六十七話「待つ人々と俺」

 

「でしたら、ご一緒しても宜しいですか、スー様?」

 

 結論から言うなら、転職希望者はそこそこ居た。

 

(まぁ、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)を使った模擬戦による集中訓練だからなぁ)

 

 原作でも発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)狩りでレベルを上げれば、転職可能な20レベルなら割とあっさり到達出来たのだ。あの時は灰色生き物系(メタルけい)の高い守備力及びほぼ完璧に近い呪文耐性の影響を受けない炎のブレスを吐けるようになる竜に変身する呪文、ドラゴラムを使う人員と竜に変身して鈍った素早さを底上げする素早さ上昇呪文(ピオリム)要員がそれぞれ一人居れば事足りたため、賢者もしくは元賢者の合計二名に遊び人二人を連れ回させる形で賢者を量産したので覚えている。

 

(複数の効果の内一つがランダムで発現する呪文、パルプンテの効果の一つ、自分以外の時間が凍結する効果を狙ったパルプンテ要員を入れる事もあったけど……あれは確か賢者なった遊び人のレベル上げをしてる時だったかな?)

 

 ともあれ、原作での体感だが、転職可能な強さに仕上げるだけなら割と簡単だった記憶がある。ただ、移動呪文のルーラで目的地に移動するまでに時間がかかる上、ダーマ神殿が混雑してるという情報もあって気軽に転職へいけなかった者がたまっていたのだろう。

 

「大所帯になりそうだな……いや、なったが正しいか」

 

 内訳は呪文を覚えきるまでが早い商人、盗賊、遊び人が普通なら多くなるところだが、クシナタ隊は僧侶や魔法使いが多い。それでもこんな好環境で修行を続けていれば、覚えられる呪文をコンプリートした僧侶や魔法使いが幾人か居たとしても何の不思議があろう。

 

「やー、だけどこのビキニっていいっすよねー? 転職しても防具で困る必要がないってのが本当に助かるっすよ」

 

 うん、じょうきげん で しんぴのびきに の いち を しゅうせいしてる まほうつかい の おねえさん とか には つっこみ を いれたくて しかたありません けどね。

 

「助かるかどうかはさておき……マントを羽織れ」

 

 キャラが請われても良いなら、通行人の皆さんの視線が集中してるじゃないですかーとか叫んでるところだ。

 

「え? あ、お構いなく。あたしら、この格好で戦う事になる訳っす。こういった視線にも慣れないと。いざというとき『いやーん、恥ずかしぃ』とかやってて魔物の攻撃避けられなかったらダメダメっすからね」

 

「……あー、言わんとすることはわかるが」

 

 町中でそう言うことをされると俺の社会的地位にも関わってきましてね、とエゴ丸出しで説明出来たらどれだけ良かったことか。

 

「スー様、宿に行って参りました」

 

「スー様、ダーマに行くんですよね?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……わ、私も連れて行って、くだ、さい……」

 

 ゴリゴリと呪文で使う精神力とは違う何かを削られる中、俺の説明を受けて宿へ知らせに走ったお姉さんが転職希望者を連れて戻ってきたのだ。

 

「おー、じゃあ、後は飛ぶだけっすね? 呪文はあたしにお任せ下さい。ルーラっす」

 

「ちょ」

 

 こんなスミレさんレベルのゴーイングマイウェー娘がいったいどこに埋没していたというのか。ちょっと待てと言い切るよりも早く完成したお姉さんの呪文は俺達を纏めて空に浮かび上がらせ。

 

「おおっ」

 

「うおおおおおっ」

 

「生きてて良かったーっ」

 

 足下となった地上から歓声が。

 

「きゃああっ」

 

 すぐ側からは悲鳴が上がった。

 

「なっ」

 

「す、すみません、スー様。この子慌てて着替えたからビキニが――」

 

 いったい何事かと思った俺は、その説明を聞き、急いで目を瞑った。

 

(あー、そう言えば一人、呼吸の荒い娘が居たもんなぁ)

 

 たぶん、知らせに行ったお姉さんからダーマ行きの話を聞いた時、着替えていなかったのだろう。慌てて着替え、俺の元に戻ってくるお姉さんの後を追っかけ、結果としてビキニの装着が不完全だったため、何かがポロリを演出してしまった、と。

 

「スー様ぁ」

 

 泣きそうな声が俺を呼ぶが、いったいどうしろと言うのか。上空だからこそ抱き寄せて頭を撫でるとかそう言ったケアは不可能。出来るのは、言葉で慰めることだけだが、気休めになりそうな言葉さえ出てこない。

 

「ほらほら、泣き止むっすよ。転職すれば雰囲気も変わるっす。戻ってきた時にはあいつら誰もあんたのことは覚えてない筈っすから」

 

「うぅ……」

 

 それどころか、さっき の ごーいんぐまいうぇーさん に さき を こされる しまつ ですよ。

 

「あー、スー様もどんまいっす。まぁ、気に病むならこの子の裸、後で見てあげればいいっすよ。それで嫌な記憶は上書きってことで」

 

「待て、何がどうしたらそうなる?」

 

 加えて破廉恥謎理論まで展開されたら、俺はツッコむしかなかった。

 

「聞きたいっすか?」

 

 だが、ツッコミに返ってきたのは質問であり。

 

「っ」

 

「……じょーだんっすよ」

 

 こちらが言葉に詰まる間に悪びれもせず魔法使いのお姉さんは言ってのけた。

 

「はっはっはっはっは、気分は紛れたっすか? って、サクラちょっと待つっす、それ即死呪文の詠唱っすよね? 流石にそれは洒落に――」

 

 直後にしっかり制裁をされそうな感じだったが。

 

「待て、サクラ。流石にザキは拙い。バギクロスくらいに負けておいてやれ」

 

「スー様ぁ?! って、サクラ、待つっす! スー様のもじょーだん、じょーだんっす! つーか、それスー様直伝のあれの構えっすよね? 無理っ、バギクロス二連とか無理――」

 

 それで、少しはまともになってくれると良いのだが。

 

「……まったく、何故ただダーマに行くだけでこうも振り回されねばならんのだろうな?」

 

「マイ・ロード……」

 

「すまん、忘れてくれ」

 

 気遣わしげなトロワの声に頭を振って見せ。

 

「……これは、聞いていた以上だな」

 

 やがて辿り着いたダーマの神殿。囲んでいたはずの森が一部消失し、そこはテント郡になっていた。

 

 




そう言えば神殿に人が殺到して神殿が崩壊する公式4コママンガありましたね、懐かしいなぁ。

次回、第百六十八話「ピチピチギャル」


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第百六十八話「ピチピチギャル」

「あなた、知っていますか?」

 

 原作だったら「はい」か「いいえ」で答えなければならなさそうな質問を投げてきたのは、視界の中に広がるテントの一つから出てきた商人風のオッサンだった。

 

「主語も無しに知っているかと聞かれて答えられると思ってるのか?」

 

「おっと、これは手厳しい。いや、失礼しました」

 

 俺が正論で返すと恐縮した態で頭を下げ、実はともったいを付けて話し出し。

 

「これは噂なのですが、何でも『若作りの書』と言うモノがあれば『ピチピチギャル』に転職出来るそうですよ」

 

「は?」

 

 声を潜めつつ打ち明けられた内容に、思わずただの一音で聞き返していた。

 

「あ~、いや、『若返りの書』だったかな? とにかくそう言う書物が有ればピチピチギャルになれるそうで、これは一大商売チャンスと思いましてね? あなた方のように遠方からキメラの翼とかでやって来られた方には声をかけてるんですよ」

 

「「スー様?」」

 

 オッサンの話に興味を持ったのかクシナタ隊のお姉さんが幾人かこっちに視線を向けてきたが、俺は無言で首を横に振った。

 

「……そうですか。お手数おかけしました」

 

 一応クシナタ隊のお姉さん達に向けて、原作にそんなモン無かったぞと伝えたつもりだったのだが、オッサンは自分に向けた答えと思ったらしく、肩を落としてテントへ戻っていった。

 

「マイ・ロード、首を振られたと言うことは……」

 

「ああ、デマの類だろうな。それなりに物知りだと自負してる俺でも聞いたことがない。まぁ、森羅万象知り尽くしてると豪語する気もないし、現地に赴いて発見し、驚くなんてこともあるにはあるが」

 

 さすが に、あれ は ない。

 

(まぁ、あったらあったでめんどくさい事になるのは目に見えてるしなぁ)

 

 クシナタ隊の半数以上は女性、そして個人的な見解だが、女の人って若さとか美しさには敏感なもの。若作りだの若返りだのと銘打った書物が実在したなら、結託して「探しに行きましょう」と提案が上がってきても俺は驚かない。

 

(そもそも、そんな有るかどうかも不明な書物追っかけ回すぐらいなら、別パーティー編成してイシスで修行し、神竜に勝って願い事でピチピチギャルにして貰う方が余程確実だし)

 

 短時間で良いなら、変身呪文とか変化の杖を使った変身って手もある。

 

「だいたい、あれは自分がなって嬉しいモノとは思えんしな」

 

 若い女の子なら嫌という程イシスで変身させられたのだ。

 

「「えっ」」

 

「いや、何故そこで驚く? ここに来るまでどこにいた? あの夜の事は忘れたか?」

 

「「あ」」

 

 重なる驚きの声に俺も驚いたが、心の傷をほじくり返しつつ暗示してやれば、幾人かは俺が言わんとすることを察したらしい。

 

「じゃ、じゃあ、スー様は私達がピチピチギャルと?」

 

「そ、そうですよね。まだ焦るような年齢じゃないですよね。うん。若い、私は若い……」

 

 ただ、続いた嬉しそうな呟きの数々はちょっと想定外だった。

 

(あー、そっか。こっちの世界は中世っぽい感じだもんなぁ。成人とか結婚適齢期が前倒しになるから――)

 

 俺の認識する若い女の子とこっちの世界のピチピチギャルには認識として大きなズレがあったのだろう。

 

(が、結果オーライかぁ)

 

 さっきのデマが頭から飛んでくれるならそれで良い、そう思った矢先。

 

「おいっ! その話、詳しくっ!」

 

 テントの一つが開いて飛び出してきたのは、褐色の肌をした一人の女性。

 

「な」

 

「だからさっきの話だ! たのむ、頼むからっ」

 

 そのまま土下座の体勢に移行したので、はっきりとは見えなかったが、顔立ちは二十台後半から三十台前半と言ったところか。元の世界なら結婚適齢期に当たる年齢層に思える、が。

 

(この必死さを見る限り、そう言うことなんだろうな)

 

 顔がひきつるのを抑えつつ、俺は顔を上げてくれと言った。

 

「じゃ、じゃあ」

 

「先に言っておくが、話の内容が期待したモノと違っても苦情は一切受け付けん」

 

 と言うか、目の前の女盗賊の容姿とさっきのデマを鑑みれば正直に話しても、絶望に叩き込むだけなのは目に見えている。

 

「それから、もう一つ……とりあえず、場所を変えるぞ?」

 

「えっ? あ」

 

 二つめの条件を挙げながら周囲を示せば、女盗賊も気づいたらしい、騒ぎを聞きつけテントから出てきた人達によって形成されたギャラリーの輪に。

 

「流石に、この状況では話せん」

 

 呪文で若い女の子に変身しましたなんて黒歴史をばらまき、社会的自殺を図る気も無ければ、話半分に聞いた連中によって新たなデマが産まれるのを座視している気もサラサラ無かった。

 

「場所を変えるぞ?」

 

 話すなら、俺が居ればそれで良い。その間にトロワや同行してるクシナタ隊のお姉さん達には転職してきて貰うべきだろう。答えも待たず、俺は神殿の中に向かって歩き出し。

 

「お待ち下さい、そこの方」

 

「ん?」

 

「整理券はお持ちですか?」

 

 なんか係の人っぽい感じの腰が低い系の兵士に止められたのだった。

 




女盗賊さん、闇谷の脳内イメージが艦娘の足柄になったのはなんでだ(砲雷撃)

次回、第百六十九話「これが人の夢! 人の望み! 人の業! 他者より若く――」


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第百六十九話「これが人の夢! 人の望み! 人の業! 他者より若く――」

「転職希望者が殺到したことで恥ずかしながら収容人数をオーバーしてしまいまして、当神殿では整理券の順番に訪問者の方をご案内しているのです」

 

 それと同時にこの神殿に着いたばかりの来訪者に説明し、整理券を配る事もしているのだとその兵士は言った。

 

「成る程な。回りのテント郡は整理券を貰って順番待ちをしている者の天幕と言うことか」

 

「そう言った方を目当てに商売をされてる方のテントも有るようですけどね。それはそれとして……」

 

 視線をテントの方へ戻した俺へ補足した兵士は一枚の紙片を取り出し、俺へと突き出す。

 

「整理券です、どうぞお持ちください」

 

「あー」

 

 こちらの言動から来たばかりの旅人と判断したのだろう。見立ては、ある意味で間違っていない。

 

(間違ってない、けど――)

 

 はいそうですかと引き返し、順番待ちをする訳にもいかなかった。

 

「一応貰っておくが、これは転職者用の整理券ではないのか?」

 

「えっ」

 

「ここまで来たのは、別件もあってな。神殿内の店にも用がある。そちらに行くにも整理券が要るというなら待つしかないが……」

 

 内密の話をしたいからなんて理由を口にする訳にもいかない。

 

(中に入れたら、その後で実際立ち寄れば嘘ではなくなるし)

 

 あの時、色々買い物していて良かったとつくづく思う。

 

「し、失礼しました。どうぞお通り下さい」

 

「すまんな」

 

 頭を下げ横に退いた兵士に声をかけると俺は神殿へと足を踏み入れ。

 

「……ここに来るのも久しぶり、だな。さて」

 

 懐かしさを感じつつも首を巡らせる。

 

「内密の話だが……外までテントが張られていたぐらいだ。宿屋に借りられる部屋は無かろうな」

 

 宿泊代節約のために野宿してる可能性だってあるが、その手の人だけでテント群が出来るとは思いがたい。

 

「『若作り』だか『若返り』だか知らんが、流れてるらしい妙な噂を含めて気になるというなら、丁度良い」

 

 この神殿には情報屋という裏の顔を持つ青年が居た筈だ。デマだとは思うが、あの店へ行けば裏もとれる。

 

「スー様?」

 

「こっちだ、お誂え向きの店を知っている」

 

 イシスの夜のトラウマな一件については魔法使いのお姉さんも同行者にいるのだ、あのごーいんぐまいうぇーなお姉さんにでもモシャスの実演を人気のない路地裏とかでやって貰えば、それでいい筈。

 

「お誂え向きって……まさか、売ってる店があるのか、この神殿の中に?」

 

「……何の話をしてるかは知らんが、俺の知ってるのはお前の想像してるモノとは別物だと思うぞ?」

 

 食いついてきた盗賊の女性へ予防線を張りつつ、俺は記憶を掘り返す。

 

「確か、この道だった筈だが……」

 

 以前見た景色と照合し、先導する中、決めなくてはいけないことが一つ。

 

(実演をどの辺りでやるかも考えておかないといけないしなぁ)

 

 整理券を配る程この神殿には今人が押し寄せているのだ。あの時人気の無かった場所だから目撃されないとタカをくくっていれば、痛い目を見る可能性もある。

 

(ベストなのは通行人のやって来る恐れの殆どない袋小路だけど……あ)

 

 良い場所はないかと探しつつ歩いていれば、それはあっさり見つかった。

 

「曲がるぞ」

 

 後続に向かって宣言すると逸れた細い路地の先は行き止まり。

 

「……ここで良いだろう。俺は通行人……迷い人が入り込んでこないか警戒しておく」

 

「えっ? スー様が説明なさるんじゃないんですか?」

 

「俺が実演すると変身対象が異性しかいないし、な」

 

 この点、あのごーいんぐまいうぇーなお姉さんなら他のお姉さんに変身してみせることだって出来るのだ。

 

「あぁ、そう言う……」

 

「それに、着せ替え人形にされてはたまらんからな」

 

「スー様、ひょっとしてあの夜のこと根に持ってるっすか?」

 

 割り込んできたごーいんぐまいうぇー姉さんの問いには敢えて答えなかった。ただ、頼むぞとだけ言い残して見張りに立ち。

 

「変身呪文だとぉ?!」

 

 女盗賊の叫び声が背後で上がるのに時間はかからなかった。

 

「スー様、お待たせっす」

 

「そうか」

 

 口調はごーいんぐまいうぇーなまま、声の変わったお姉さんの声に振り返れば。

 

「……なんだよ。まるっきり無意味じゃねぇか」

 

 両手を床について四つん這いの様な格好で打ちひしがれる女盗賊が目に飛び込んできた。真相を聞いて夢やぶれたのだろう。

 

(なんだろう、この罪悪感……)

 

 一応、本当に若返りに拘るなら、神竜に挑むという手段もあるのだが、あの件は誰にでもホイホイ話せるものではない。

 

(なら、こういう時は言葉の一つでもかけるべきなんだろうけど……)

 

 言葉が見つからなかった。

 

(いや、厳密には一つ思い浮かんだんだけど)

 

 検討の余地もなく脳内のゴミ箱に叩き込んだ。

 

(「お前はまだ充分若い」とか、あっちの基準だったらセーフかも知れないけどこの世界でもそれで通るなら、あの人あんなに落ち込まないもんなぁ)

 

 下手をすれば若いと思うならお嫁に貰ってよとか言い出すかもしれない。

 

(我ながら飛躍しすぎというか若干気持ち悪い考えかも知れないとは思う)

 

 思うものの、こちらのかけた言葉に対して一番困る切り返しとして思いついたのが、それなのだ。

 

(世界の悪意なら、言わせかねない)

 

 と言うか、まず言わせるだろう。

 

(……が、あの状態で放置して行くのもなぁ)

 

 迷ったあげく、俺は――。

 

「まったく……」

 

 口外無用と前置きした上で、この近くに凄腕の情報屋が住んでいると明かしたのだった。

 




せかいのあくい「君の七転八倒は好きだったがね……私はそれほど甘くはない」

次回、第百七十話「再訪」


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第百七十話「再訪」

「お久しぶりアルな。活躍は聞いてるヨ」

 

 出迎えた青年は俺の顔を見るなり、そう言った。顔を覚えていてくれたのだろう。

 

「ふ、俺は大したことはしていない。魔王を倒したのはシャルロットだ」

 

「ふーむ。ソしたら、そう言うことにしておくネ」

 

 頭を振って主張してもさらりと流されるが、まぁそれはいい。

 

(「解せぬ」って言いたいところだけど、その分本題にはいるのが遅れるからなぁ)

 

 俺としては、デマとしか思えない噂を検証するのが第一。

 

(出来ればついてきた女盗賊の人(このひと)が立ち直るきっかけになる情報が有れば尚良いけど)

 

 難しいだろうなと思ってしまうのは、噂の内容が原作に登場しない上に胡散臭いというダブルパンチだからだ。これで実在するとか言う真相だったら、俺は驚く。

 

「まぁ、いい。とりあえず俺達が買いに来たのは、本当の商品の方だ。正確にはその副業のな」

 

「あー、お客さんならそう言う思てたヨ。よっと」

 

 思考を断ち切って本題に入れば、青年が商品棚に手をかけ、あの時と同じように棚が動き出す。

 

「なっ」

 

「……凄い」

 

「さテ」

 

 初見の女盗賊やクシナタ隊のお姉さん達が騒ぐ中、青年はせり出してきた展示台から一冊の本を取り出し。

 

「ここのところ良く聞く噂アルね。そして、お客さんの来たタイミング、ついでにお客さんの連れを見てピンと来たヨ。お客さんが聞きたいは、この『若作りの書』のことアルな」

 

 すまし顔で本を持つ青年を前に、俺はもう少しで叫ぶところだった。

 

「な、じ、実在してたのか?! な、なぁ、お願いだ! それを私に――」

 

 叫ばずに済んだのは、代わりに女盗賊が食いついたから。

 

「わ、ちょ、お客さん、落ち、つく、ね!」

 

「これが落ち着いていられるか! 頼む! 何でもするからその本を譲ってくれ!」

 

 襟を掴まれガクガク揺さぶられる青年が宥めようとしても女盗賊は取り合わず。

 

「トロワ、頼めるか?」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「なっ、放せ! うっ、く……」

 

 止めようにも、女の人を俺が力ずくで押さえ込むのは拙い。やむを得ず頼れば、トロワはすぐさま動いて女盗賊を後ろから羽交い締めにし。

 

「危ういところだったな」

 

「くふ、はぁ、はぁ……ホントよ。護身用の装置を作動させるかちょっと迷ったとこアル」

 

 声をかければ喉を押さえ、顔をしかめたまま青年はぼそりと漏らした。

 

「……そんな物まであるのか」

 

「置いてある商品が商品アルしな。ちなみに、この本、効果何にもないインチキ本ヨ」

 

 感心する俺の前で、前触れも無しに青年は爆弾を投げるが、それは揺さぶられたことに対するささやかな意趣返しか。

 

「え」

 

「まぁ、そうだろうな」

 

 女盗賊は見事に固まるが、最初から効果どころか存在まで怪しんでいた俺にとって驚くには値しなかった。

 

「それで、詳しい話は聞かせて貰えるのか?」

 

「全部は無理だけど、それで良ければOKネ。信用問題で話せないこともアルからそこは勘弁して欲しいヨ」

 

「構わん。デマとわかっただけでも収穫はあった訳だしな」

 

 頷き、言外に話の先を促せば、青年が明かしたのは問題の本が作られたきっかけは、事故だったと言うモノ。

 

「質の悪い『悟りの書』の偽物を作ってた贋作師が、うっかり背表紙を書き間違えた、か」

 

「転職希望者が増えたことで需要があると見込んだその贋作師は不眠不休で偽物量産したヨ」

 

「成る程、それで疲労と眠気で集中力が落ちた結果、書き損じたのか」

 

「そうネ。しかも、無理がたたって道ばたでバタリ倒れ、助けた人が家の場所を聞いてその贋作師運び込んだために贋作のことがバレたネ」

 

 何とも間抜けな話ではある。

 

「結果、贋作は押収され、その時たまたま描き損じを目撃した人が聞いたヨ、『若作りの書って何?』と」

 

「……それが噂の始まり、か」

 

「ここにもそう言う本があることはその辺の事情から察するヨロシ」

 

「いや、そこまで言われればだいたい分かる」

 

 おそらくは、噂を聞きつけた人に作成を依頼されたのだろう。それなら、青年が全てを言えない理由も説明はつく。

 

「しかし、ここまで来て結局絶望、か」

 

 真っ白になってる女盗賊がちょっと気の毒になってくるが、俺としてはやれるだけのことはやったと思う。

 

(これ以上となると神竜の話ぐらいしかないしなぁ)

 

 この情報屋でもある青年が掴んでるのか確認したいと思わないでもないが。

 

「しっかし、そんなに若さが必要アルか? かなりの美人さんアルのに」

 

 青年がボソッと漏らしたのは、俺がそんなことを考えている最中だった。

 

「っ、貴様ぁ! 私がどんな思いで本を探していたとっ」

 

 流石に聞き捨てならなかったのか、復活した女盗賊は掴みかかり。

 

「わかってるアルよ。あの本を探してワタシのところに来た人、初めてじゃないアルからな」

 

 今度は動じず、青年は言う。

 

「っ、それがわかるなら」

 

「わかるから、ある」

 

「なっ」

 

「実を言うと、雲を掴むような話ながら、未確認の情報で若返る手段があるとは聞いたことがアルよ」

 

 驚く女盗賊へ青年は更に爆弾を投げる。

 

「そっちのお客さんなら知ってるかもしれないアルけどな」

 

 と。つーか、こっちに振んな。

 





次回、第百七十一話「とある伝承の一説に」


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第百七十一話「とある伝承の一説に」

「どういう根拠があってそうなった?」

 

 集まる視線を受けつつ、俺はそう返した。表情もポーカーフェイスを駆使した平然としたモノではなく、半ば呆れたようなもので。

 

「ワタシなりに考えたモノ良かったら話すヨ」

 

 だが、青年は動じなかった。

 

「まず、大魔王倒された言うのに妙な話聞いたアル。イシスでおかしな苦行に挑む女の子居ると。それだけならただの変態さん言うコトもあるネ」

 

 だが、そうでは無かったと話は続く。

 

「この情報手に入れる、ホント苦労したヨ。イシスのモンスター格闘場に入り浸る黒髪の女の子達居る言う話。だけど、その女の子達、闘技場の観客席で見た人殆ど居ないって話アル」

 

「っ」

 

 俺はそこまで話を聞いて己の失敗を悟った。クシナタ隊のお姉さん達を修行させるところまでは問題なかった、ただひたすら格闘場に通うという点については隠蔽工作を図っておくべきだったのだ。

 

「得た情報から推測出来たのは、平和になったはずの世界で強さ求めて隠れて修行する黒髪の女の子達居る言うコト」

 

「それが、どう根拠に結びつく?」

 

「平和になった世界で強さ求める、不自然ヨ。大魔王まだ生きてるなら話わかるネ、けどそんな話は聞かないアル。そこで、ワタシ調べ物したね。何処かの国が武術大会でも開く予定があるかとか、その女の子達が強さ求める理由を」

 

 話が見えないという態を装って首を傾げて見るも、青年は表情一つ変えることなく棚に歩み寄るとボロボロのスクロールを示した。

 

「これ、古い言い伝えの書かれた巻物。内容胡散臭くて、いつものワタシなら取り合いもしなかったヨ」

 

「言い伝え?」

 

 嫌な予感がした。常識的に考えればピンポイントで真相を探し当てられることなど、考えにくい。だが、世界の悪意が嫌がらせに青年へアタリを掴ませたとしたら。

 

「誰もが死ぬことも老いることもなく楽しく暮らせる楽園アル言う話ヨ。ただし、その楽園行くには、恐ろしい門番と戦って力示す必要あるらしいネ。そこを目指してるとすれば、平和になった世界で強さ求める意味説明つくヨ」

 

「は?」

 

 全力のドヤ顔で言い放った青年を前に俺はぼうぜんとした。

 

「なっ、その話、詳しく!」

 

 女盗賊は早速食いついていたが、それはそれ。

 

(なに、それ?)

 

 まったく聞き覚えも何もない。つーか、原作にもそんな場所は登場していないと思った。

 

「え? なんでそんな表情するネ? まさか、ワタシの推測間違てた? いや、そんなはずないネ! だったら、女の子達強くなろうとしていた理由、説明つかないヨ!」

 

 青年は予期せぬ展開にパニックになっているようだが、俺からすれば退散する好機だった。

 

「ともあれ、書の件については助かった。これは代金だ。ではな」

 

 言いたいことだけ言って財布から金貨を取り出しカウンターに置き、踵を返す。

 

「なぁ、その楽園って」

 

「ちょ、放すね? お客さんワタシの好み、ちょっと嬉しいけど、苦」

 

 青年達は絶賛取り込み中のようだし、そう言う意味でも邪魔したら悪いだろう。

 

「とりあえず、次は転職だな」

 

「そ、そうですね」

 

 密かに神竜の話にならずに済んだことに安堵しつつ呟けば、お姉さんの一人が相づちを打ち、俺達は来た道を引き返す。目的地は、転職の祭壇。

 

「ところで、名声を使って転職の順番待ちを免除して貰ったと聞いたが、その詳しい方法については誰か聞いているか?」

 

(な ぜ お ま え が て を あ げ る)

 

 条件反射で口から出てしまいそうなツッコミを胸の中で叫ぶのみになんとか押さえ込み、視線で先を促せば、トラブル回避の為にか、祭壇の側に増やされた神殿の人に事情を説明すればいい、とのこと。

 

「なるほどな」

 

 配備されてる人員が増えているというのは外にテント群まで出来てる盛況っぷりを見れば充分あり得る話だ。

 

「なら、カナメ達に倣えばいいな」

 

「そうっすね。知名度から言っても、スー様が直接交渉した方が話は早いと思うっすけど」

 

「そんなことでマイ・ロードのお手を煩わせる訳にはいきません」

 

 頷くごーいんぐまいうぇーさんの提案に頭を振ったトロワは、早足で俺の前に進み出。

 

「マイ・ロード、交渉は私にお任せ下さい」

 

「ふむ……」

 

 自分が矢面に立つというトロワに俺は唸る。

 

(気持ちは嬉しいし、トロワの交渉力を疑うつもりは無いんだけど、ネームバリューを考えると俺が出た方が早いってのも一理あるんだよなぁ)

 

 考えた末、出した結論は、俺自身もトロワにくっついて行くというモノ。

 

「勇者の師匠である俺がすぐ後ろにいれば、相応の効果はあるだろうからな」

 

 それで居て、交渉はトロワに任せてるのだから、俺を思っての提案を無碍に蹴った訳でもない。

 

「何だか二人羽織みたいっすね」

 

 だから、何故そう余計なことを言うのだ、ごーいんぐまいうぇーさん。

 

「成る程、我々はあなたの主人にもそのお弟子さんにも恩義有る身。わかりました、掛け合ってきましょう。少々お待ち下さい」

 

 ともあれ、トロワが交渉すれば話はあっさり纏まり、祭壇の脇にいた神官っぽい人は転職を終えた人が降りてくるのを待ってから祭壇を登り始める。

 

「上手くいったな」

 

「はい」

 

 これでようやくトロワ達を転職させられる。まだやる事は残っているが、気づけばふぅと息を漏らしていた。

 

 




幾ら有能でも毎回毎回真相を言い当てるとは限らない。

次回、第百七十二話「変わるもの、変わらないもの」


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第百七十二話「変わるもの、変わらないもの」

「よろしい。では今からサクラは魔法使いじゃ!」

 

 祭壇に登ったクシナタ隊のお姉さんの前で老神官が宣言する。

 

(僧侶は魔法使いに、魔法使いは僧侶に。そして、イシスで修行すれば、賢者と同様、魔法使いと僧侶双方の呪文を扱える人材が出来上がる。最終的に盗賊に転職させてしまえば、違いは能力値ぐらいだしなぁ)

 

 遊び人を経由しないからこそ運の良さは低く、賢者ではないからこそ力や体力と言った近接戦闘においての戦闘力は劣るかも知れないが、その分、賢さや精神力に秀でるだろうから、その辺りは適材適所だ。

 

(うん、人材は資質を見て正しく活かせる場所に配置する。大切だよね)

 

 采配を誤ることで、その人が実力を発揮出来なかったり、トラブルを起こしたりしては問題だ。

 

「いや、あたしにこんな格式高い神殿の神官とか無理っすから。そもそも僧侶になったばっかの駆け出しっすよ? 声かける相手、間違えてないっすか?」

 

「そんなことはありませんっ! 魔法使いとして一流と言って過言でない経験をお持ちのあなたでしたら、魔法使いへの転職希望者へ良きアドバイスだって出来るでしょう!」

 

 だからこそ、ごーいんぐまいうぇーのおねえさんと熱烈スカウトしてる神殿関係者を見ると、俺は何とも言えない気持ちとなるのだが。

 

「あの勇者シャルロットを世界を救った英雄に育て上げたあなたが力を貸して下されば、どれだけ心強いか!」

 

「いや、俺にもやることがあってな?」

 

 と言うか、ぶっちゃけ人事ではない。

 

(や、そりゃここには転職したての新人が溢れてる訳だし、教え、導いてくれる人材がいればありがたいってのはわかるよ)

 

 それが勇者の師匠なら言うこと無しだ。だから、俺をスカウトしようと思うのもある意味当然だ。

 

(その可能性を失念してた俺が抜けていたってことだよな、うん)

 

 神殿だからスカウトされるのは僧侶ぐらいだろうと勝手に決めつけてた俺が浅はかだったのだ。

 

「そこを曲げて、何とか。どうぞご再考を!」

 

「駄目だ、諦め――」

 

「わしはピチピチギャルになりたいのう」

 

「何だ、今の?」

 

 問答の最中、ツッコミどころしかない発言をした老人が通り過ぎていった気がするが、それはそれ。

 

「今だ! トロワ、外まで出るぞ!」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 老人の方に気が逸れた機を逃さず走り出しながら、声をかければ応じたトロワの頭でうさ耳が揺れる。

 

「外で待つ」

 

 他のクシナタ隊のお姉さん達にも言い放つが、聞こえただろうか。

 

(まぁ、外目掛けて走ってる訳だし、去った方向ぐらいはわかると信じよう)

 

 もし来た時と人数が合わなければ、透明呪文をかけて引き返せばいい。

 

「……こんなところか」

 

 振り返り、ついてきてるのがトロワと幾人かのお姉さんだけであることを確認した俺は、走る速度を緩め、やがて立ち止まる。

 

「すまん、少々飛ばしすぎたか」

 

「いえ」

 

 トロワは頭を振って見せるが、逃げ出す好機であったとは言え、いきなり走り出したのだ。

 

(しかも、ついてきてる人はみんな転職したてで身体能力が転職前と比べて半減してるだろうに)

 

 明らかに俺の配慮不足だ。

 

(得に、トロワに関しては背負うくらいしても良かったよな。元魔法使いははぐれてもルーラの呪文でイシスに戻れるし、元僧侶だって魔法使いに転職したお姉さんなら、バギ系の呪文で周辺の雑魚モンスター倒してればそのうちルーラは覚えるし)

 

 トロワの才覚なら何らかの方法でキメラの翼を入手するか代用品を作り出しても驚かないが、置き去りにしかねなかった状況へのいい訳にはならない。

 

「転職したばかりで走るのはきつかろう。俺の背中で良ければ――」

 

 貸すぞと続け、失点を挽回しようと屈むと。

 

「えっ、スー様いいんですか?」

 

「ありがとうございます、スー様」

 

「スー様ぁぁぁぁ」

 

 なんか、クシナタ隊のお姉さん達が、降ってきた。

 

「う、ぐ……」

 

 首に腕に胴に、お姉さん達の腕が回され、数人分の重量がのしかかる。元の身体なら確実に潰れていただろう。だが、借り物であるこの身体はお姉さん達の体重を受け止めきって見せた。

 

「ま、マイ・ロード?」

 

「っ、大丈夫だ」

 

 出遅れたトロワが心配そうに覗き込んでくるが、俺は口元をつり上げ、立ち上がる。

 

「ふ、ぅ……大丈夫、だろう?」

 

 こう、腕や背中やあっちこっちにお姉さん達の胸が押しつけられて柔らかな感触を感じるけど、ただそれだけだ。

 

「自分から言い出した……以上、俺はこのまま……外まで行く義務がある」

 

 たとえ、通行人がむっちゃ見ていても。

 

「スー様、何やってんっすか?」

 

 追いついてきたごーいんぐまいうぇーさんにツッコまれても。

 

「あいつ……なんて羨ましいっ」

 

 見知らぬ血の涙でも流しそうなお兄さんに睨まれても。

 

「歩くだけだ……歩いてるだけだ、外まで」

 

 俺は歩き続ける。自分で言うように、ただ。

 

「外に着いたら降りるようにな。この状態でルーラは着地に不安が残る」

 

「「あ、はい」」

 

 懸念を言葉にするとお姉さん達は口を揃えて応じた。

 




よーく見て起きなさい。滅多に見られる光景じゃありませんよ、水着の女の子数人ぶら下げてダーマの神殿を行く盗賊なんて。(倒置法)

次回、番外編6「ぼくちゃんの知らない昨日(???視点)」

そして場面はイシスに戻るのです。


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番外編6「ぼくちゃんの知らない昨日(???視点)」

 

「おーし、今日はこれまでだ。オラ、さっさと汗流して来い!」

 

 そんなあのアザミって乱暴者の僧侶の言葉に追い立てられ、ボクちゃんはヒィヒィ言いながらぢごくの部屋を飛び出した。あの凶暴僧侶は容赦がない、クズグズしてたらボクちゃんのお尻には蹴りが叩き込まれたと思う。

 

「ううっ、足が、腕が……」

 

 パンパンになった太もも、ふくらはぎ、腕、二の腕、どこも明日になったら地獄の痛みに見舞われるだろう。

 

(動けなくなったら、明日は……駄目だ)

 

 ボクちゃんを追い立てたのは、乱暴だが回復呪文の使い手、動けないと訴えたってきっと回復呪文で癒され、問題解決とばかりに再びぢごくの一日が始まるだけだ。いや、それでは済まないかも知れない。

 

(痛みを口実にサボろうとしたとか言われたら――)

 

 一瞬でもそう考えたことを誤魔化せるだろうか、無理だ。

 

(せめて、自分から「痛くて動きにくいので直して下さい」って言い出した方が殴られたり蹴られたりせずに済……って、これも駄目だ)

 

 自分からやる気を見せたような言動をしたなら、きっとあのぢごくはグレードアップするに違いない。

 

(くぅ、ボクちゃんどうしたら……)

 

 どうすればこのぢごくから抜け出せるのか。これまでのやりとりで、あの乱暴僧侶は死者さえ生き返らせることが出来るとボクちゃんは知っている。死すら救いにも解放にもならないのだ。

 

(意味がわかんない。魔王だって倒されて平和になったって言うのに)

 

 あのお姉さん達は何故こんな苦行を続けているのかが。

 

(強くなれるのは、わかる)

 

 ボクちゃん自身、あの灰色をした水溜まりもどきの動きを前程速いとは感じなくなったし、体当たりされれば痛いが威力はぢごくの始まった頃の方があったような気もする。

 

(きっと、あの乱暴者の僧侶もあれを繰り返して……)

 

 指示は適切かつ、妙になれていたし、クリーンヒットした一撃であの水溜まりもどきを仕留めた時は本当に女なのかを疑ったけど、あのおっぱいは本物だった。

 

「逆に言うなら、続ければボクちゃんもあの領域に足を突っ込めるんだろうけど」

 

 そんなこと、全く望んじゃいない。強くなったってしょせんボクちゃんはあのボクちゃんそっくりな誰かには及ばないのだから。

 

(今更わかるなんて、笑っちゃうよな)

 

 少しだけど、強くなったからあの盗賊(ほんもの)がどこまで化け物じみた強さをしてるのかがわかりだした。あれは、逆らっちゃいけない存在だったのだ。魔王を倒した勇者の師匠だって言うのも、勇者と一緒に魔王を倒したパーティーメンバーだって言うのも、納得が行く。

 

(あれの名前を騙るとか……)

 

 ボクちゃんはどれだけ馬鹿だったんだろう。悔しいが、比べた女の子達の言いようもある程度仕方ないと思えた。

 

(と、女の子って言えば……一緒にこっちに来た娘、大丈夫かな?)

 

 確か、ルシアとか言ったと思うけど、あの娘もボクちゃんと同じで荒事の経験はない駆け出しの遊び人だったはずだ。

 

(男のボクちゃんもこの有様だもんな……)

 

 女の子にあのぢごくが耐えられるのか、と考えた後気が付いた。

 

「あー、女の子も何も、むしろここで男はボクちゃんだけ、か」

 

 あの乱暴僧侶も時々ボクちゃんを庇ってくれたお姉さんも、みんな女の子。

 

「かわいい女の子に囲まれて男はボクちゃん一人、かぁ」

 

 そこだけ聞けばたいていの男は嫉妬するだろう。ボクちゃんだって羨んだと思う、その実情を知らなければ。実際はズタボロにされるまで魔物と戦わされ、許されるのはぢごくのあと、汗を流し疲労回復に眠ることのみ。

 

「……行こう。立ちつくしてたらその分、休む時間が減っちゃう」

 

 今のボクちゃんには女の子の水浴びを覗く気力なんて、ホンのちょっとしか残っていない。

 

「どっちにしても水場には行かないといけないもんね」

 

 ポツリ呟き、廊下を歩き始め。

 

「ど、どうしよう……スー様のお役に立てるなら……で、でも」

 

「ん?」

 

 挙動不審な女の子を前方に見つけたのはそんな時だった。

 

「やっほー、どうしたのかなぁ?」

 

「きゃあっ」

 

 遊び人らしく空元気で陽気に声をかけたのは、その女の子がボクちゃん同様、ボロボロのデロデロだったから。一目で同じ事をしてたと察せるのに、チラチラ見ていた視線の先にあったのは、水場ではなく別の部屋。

 

「あ、あなた……」

 

「いやー、見たとこボクちゃんと同じトレーニング帰りっぽいからさぁ、水浴びしなくて良いのって思ってさ」

 

「えっ? あ、ご、ごめんなさい。気を遣わせてしまって……」

 

 首を傾げるボクちゃんの前で自分の身体に目をやったその娘は顔を赤くすると恐縮した態で謝ってきたけど、ボクちゃんが聞きたかったのは謝罪じゃない。

 

「気にしないよ? それより、理由を教えてくれないかな?」

 

 ハタハタ手を振って尋ねた理由は、好奇心と下心。とても褒められた理由ではない。

 

「そ、その……誰にも言わないでくれますか?」

 

「うん、いいよ。ボクちゃん約束する」

 

 話してくれるというなら、やすいものだと思った。そもそも触れ回る気なんて無いのだから。同じ立場の女の子がやろうとしてること、なのだからこのぢごくから抜け出す手がかりが手に入るかも知れないし、これをきっかけに目の前の女の子と仲良くなれるかも知れない、とも思った。

 

「この部屋、効率を優先した修行の為のお部屋なんです。ただ……スー様に使ってはいけないとも言われていて」

 

「え? あれより効率が良いのに?」

 

 なんだあのぢごくを抜け出す方法があっさりあったんじゃないかと興味を持ったボクちゃんは、そのままその部屋について詳しく尋ね。

 

「なに……それ?」

 

 そして、後悔した。

 

(あの水溜まりもどきの群れで出来た風呂へ魔物の好む匂いだとか餌を付けて身を投じる?)

 

 模擬戦という名のぢごくを味わったから、それがどれ程えげつない事なのかもわかる。まして、そんな苦行を行おうとしたのは可愛い女の子なのだ。

 

「なんで、そんな……」

 

「スー様のお役に立ちたくて……私のこの身体、スー様に頂いたものですから」

 

「……いた、だいた?」

 

 訳がわからなかった、ただ。

 

「私、生け贄だったんです。魔物が暴れて、国の人々を傷つけないよう、魔物の住処に運ばれて――」

 

 それでもまだ序の口だった。女の子の話はボクちゃんの想像を絶していた。以前に生け贄にされた娘の亡骸の一部が散らばる中、置き去りにされる恐怖。そして、生きながらに魔物へ食われ命を落とすに至る苦痛。

 

「その後も、何人も生け贄になった娘が命を落としたのに、一時しのぎにしかならなくて」

 

 そんな絶望一色で塗りつぶされた女の子の国を救い、蘇生呪文で生け贄になった女の子達を生き返らせたのがあの、ボクちゃんのそっくりさんだったのだという。

 

「け、けど……あの人は盗賊じゃ」

 

「スー様は、盗賊になる前に賢者をしてらっしゃったそうですから」

 

「じゃ、じゃあ、あの人は……」

 

 乱暴な僧侶に庇ってくれたお姉さん、この娘。綺麗なお姉さん達が、そっくりさんを慕う理由をボクちゃんはようやく理解した。同時にあのアザミって僧侶がボクちゃんに暴力を振るう理由も。

 

「……そっか」

 

 命の恩人で国の恩人、そんな人のフリをして好き勝手してる人間が居たら、どう思うか。ボクちゃんだって許せないと思う。

 

(にもかかわらず、あのお姉さんはボクちゃんを庇って)

 

 天使かと思った。同時に今すぐ戻って床に頭を擦りつけて詫び、感謝したい気持ちに駆られたが、それはやっちゃいけないことだった。目の前の女の子との約束を破ることになる。

 

「ゴメンっ、キミの恩人にボクちゃんとんでもないことを」

 

 だから、出来るのは目の前に居るこの娘への土下座だけ。

 

「ちょ、あ、あの、顔を上げて下さい! あ、あなたのこともスー様には聞いてますから」

 

「へ?」

 

 女の子曰く、そっくりさんは自分にも責任があるとお姉さん達に言ったのだそうだ。自分そっくりである事で被害を被った犠牲者であるし、制裁は既に自分の手で済ませている、とも。

 

「そう、なんだ」

 

「ええ。ですから」

 

 あまり気に病まないで下さいと女の子は言ったが、それではボクちゃんの気が収まらない。埋め合わせはちゃんとすべきだろう。ただ、それをするにも今のままでは叶わない。

 

「賢者、か」

 

 経験を積んだ遊び人は賢者になれる。アリアハンにいた頃に聞いた話で目標への足がかりが出来た。話をしてくれた女の子に礼を、続けてはぐれメタル風呂は止めるよう言うとそこで別れ、ボクちゃんは水場へ向かい歩き出したのだった。

 




もう一人のヘイル、覚醒回。

本当はここまで前回の番外編で終わらせたかったんですけどね。

次回、第百七十三話「なんか変わってた」


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第百七十三話「なんか変わってた」

「……マイ・ロード?」

 

 脇にいた遊び人のトロワに声をかけられなければ、呆然と俺はその場に立ちつくし続けていた事だろう。

 

「すまん。……しかし、どういう事だ?」

 

 ルーラでイシスに戻ってきた俺は、転職したお姉さん達を修行中のグループに組み込むべく格闘場にやってきたのだが、修行用の部屋に入るなり目に飛び込んできたのは、真剣な表情で発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)に挑みかかるもう一人の俺の姿だった。

 

「どりゃーっ!」

 

「ぴぎいいっ」

 

 気迫のこもった踏み込みから繰り出される棍棒の一撃に当たり所が悪かったのか、悲鳴をあげて吹っ飛ばされた発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)は気を失ったのか、起きあがるそぶりすら見せない。

 

(なに、これ)

 

 おれ の しってる あそびにん じゃない。

 

「あー、スー様。戻ってらしたんですね。それが、あたしにもさっぱりで、今朝辺りから急にやる気になって、そこからずっとあんな調子なんですよ」

 

「そうか。まぁ、真剣に取り組むようになったと言うのは、悪いことではないしな」

 

 下手に問いただして水を差すのも悪い。

 

(何か心境の変化でもあったってことだろうなぁ)

 

 あの分なら、今日中に転職可能なレベルには至れると思う。

 

「気になることがあるとしたら、新しくここへ来たもう一人の遊び人だが……」

 

 ルシアさんともう一人の俺は修行を同じタイミングで始めた。だから転職のタイミングは些少の誤差はあってもダーマへ向かう日がずれ込む様なことはないと思っていた。

 

(けど、この調子だともう一人の俺だけ先に賢者になれる段階に辿り着く可能性があるんだよなぁ)

 

 神竜に挑むメンバーという訳ではないアリアハンから連れてきた二人の遊び人は、些少育成に時間がかかっても問題ない二人ではあるが、原作で育成したキャラのことを考えると、片方だけ賢者にはどうもし辛く。

 

「ひょっとして転職のタイミングがずれるって事ですか? でしたら、心配有りませんよ、スー様」

 

「それはどういう事だ?」

 

「あの人の模擬戦に撃ち込む様に感化されたようで、もう一方――ルシアさんの方も真剣に修行に取り組まれているようですから、おそらく誤差の範囲に収まるかと」

 

 訝しんだ俺の心配は答えてくれたクシナタ隊のお姉さんによってただの杞憂に変わった。

 

「その辺ひっくるめて、きっかけはあいつなんだよな。まったく、何がどうして……昨日までのあいつとはまるで別人みてぇだし、あの真剣な顔……」

 

 どことなく俺と似ていると漏らした僧侶のお姉さんの呟きは敢えて聞かなかったことにし。

 

(似てるも何も、平行世界の同一人物みたいなモノだし、ひょっとしたらこの身体の持ち主も……いや、本一冊で性格なんて簡単に変わっ……あ)

 

 自身の推測を打ち消そうとした考えに、俺は固まった。

 

(そうだった、この世界、簡単に性格変わるんだった!)

 

 こう、何か裏に感動的な話でもあるんじゃないかと想像したりしたが、暇つぶしに拾った本を読もうとしたら性格が変わってしまってああなったと言うオチだって充分あり得る。

 

(期待は止めよう、裏切られる)

 

 いつどこに世界の悪意の卑劣な罠が隠されているのか、わからないのだから。

 

(それより、現実的に考えなきゃ。とりあえず、ルシアさんともう一人の俺は真剣に修行に取り組んでくれるようだから、それはそれで良しとして……)

 

 俺が考えるべきは、そもそもしようとしていたこと。

 

「まぁ、いい。なら、あの二人もクシナタ隊と同じ扱いで良いとして、俺と共にダーマへ赴き、転職してきた面々をどう配置するか、だな。トロワはこの班で、良いとして……」

 

 元々、俺の側に居たいトロワを置くならこの、もう一人の俺が所属する班のつもりだった。これは、トロワの側にいるという名目でもう一人の俺の様子を確認するためだったが、今の真剣な様子を見る限り監視の必要はない。

 

(とは言え、この班じゃ駄目って理由もないもんな)

 

 なら、下手に予定変更するよりも当初の予定を通すべきだろう。

 

「残りのメンバーは職業や実力と相談だな。そして各班に分散させる」

 

「そうですね。あたしもそれで良いと思います。この班の治療だったら、このあたしに任せて下さい。スー様のお手は煩わせません」

 

「そうか、頼りにさせて貰う。では、俺はそろそろ失礼しようか。他の部屋の班とも話をしないといけないしな、トロワ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「部屋を移動するぞ。ではな」

 

 トロワを呼び寄せると、確かアザミとかそんな名前だった僧侶のお姉さんに別れを告げて部屋を後にし、有言実行。

 

「邪魔するぞ。ダーマから戻ってきた。今、転職してきた隊員の配置について決めて回ってるのだが――」

 

 最寄りの修行班が居る部屋へと移動し、足を運んだ理由を告げる。これを繰り返すこと、数回。

 

「次が、最後か……しかし」

 

 よりによってこいつを何故残してしまったのかと心の中で頭を抱えつつ、俺は最後の班の所へ向かっていた。

 

「やー、わざわざ悪いっすね、スー様。エスコートして貰っちゃって」

 

 そう、残ったのはあのごーいんぐまいうぇーさんだった。

 




石橋を叩いて渡った主人公は真相から遠ざかったのでした。

次回、第百七十四話「残り物には本当に福があるんだろうか?」


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第百七十四話「残り物には本当に福があるんだろうか?」

「各班の成果を確認する意味もあるからな、気にする必要はない」

 

 ついでに言うなら、二人っきりという訳ではなく、いつものようにトロワがついてきている。

 

(もう少しの辛抱……ただそれだけだもんな)

 

 配属してしまえばしめたもの。賢者程ではないが、僧侶や魔法使いは全ての呪文を習得するまでに時間がかかる。

 

(修行が始まれば、呪文を覚えきるまでは模擬戦用の部屋と宿屋の往復になるだろうし)

 

 俺もトロワに付き合い、別の部屋に籠もる事となるのだ。遭う機会は殆どなくなると見ていい。

 

(まぁ、習得が完了する前にトロワが転職可能になる域にまで達してまたダーマに行くことになるだろうから、そうなったら行きと帰りで最短二日間は顔を見なくもなるしなぁ)

 

 再びダーマへ旅立つ前にスミレさん達がさいごのかぎを手に入れて戻ってくる事だって考えられるし、その鍵を手に入れるため手に入れたかわきのつぼをくるんでいた紙切れの影響が消えたのかそのままかの確認もまだ俺はしていないことを鑑みれば、だからと言って油断して良い理由にはならないのだが。

 

(と言うか、こんな事考えてること自体がそもそもフラグっぽいし)

 

 ごーいんぐまいうぇーさんを送り届けた後、トロワと模擬戦用の部屋に向かうところでスミレさんと鉢合わせしても、俺は驚かない。

 

(こっちはアリアハンで見送って、イシスまでルーラ、そしてダーマに行って戻ってきた。……うーん、原作程浅瀬が分かり易くなくて探してるとすれば、まだ想定内かな)

 

 イシスに戻ってくるとしたら、今日明日辺りではないかと思う。

 

(スミレさんが戻ってきたなら、さいごのかぎを受け取って、装備を持ってきてくれるであろうシャルロットか元バニーさんへ渡す)

 

 原作の続編には使い捨ての鍵が登場するのだが、その鍵は異界から訪れたオルテガの子、つまりこの世界で言うところのシャルロット達が持ち込んだ鍵を参考にして作られたモノだった。

 

(原作同様あちらで鍵が開発されるには、シャルロットに鍵を持ってて貰う必要があるからなぁ)

 

 無事勇者一向にさいごのかぎを渡すところまで完遂すれば、この世界でのやり残しが一つ消える。

 

(スーの東に興る町は人材を送っておいたし、原作で革命が起きたのは宝珠(オーブ)を入手する為、ぼったくりとかまでやって金を稼ごうとしたからだから……んー、歴史の修正力とはちょっと違うけど、似通った結果にならないようにレギュラーメンバー落ちしたクシナタ隊のお姉さんで魔法使いの呪文を覚えきった人を念のため派遣しておく、かな)

 

 透明化呪文(レムオル)解錠呪文(アバカム)のコンボが有れば、仮に革命が起き、送っておいた商人が牢屋にぶち込まれていても救出出来る。

 

(ダーマの転職希望者殺到騒動は一過性のモノだと思うけど……まぁ、あれについてはダーマで働きたい人がクシナタ隊にいるか、まずアンケートしてみて、そこからだな)

 

 アレフガルドで活動してる勇者クシナタ一行、さいごのかぎ回収班の他にクシナタ隊はこの地で修行してるお姉さんが、古参新参合わせれば数パーティー分は居る。

 

(確実に何人かは余るし、ゾーマが倒され、俺も願いを叶えた後のことを考えると、幾人かが就職するってのは悪くないんだよね)

 

 無論、無理強いする気はない。

 

(けど、世界が平和になったら、クシナタ隊って過剰戦力だからなぁ。世界の脅威になりうるレベルの)

 

 シャルロット達勇者一行より多くの人員で構成され、個々の実力面でも上位陣なら互角かそれ以上に戦えるとも思う。

 

(解散して各地に散らばって貰わないとパワーバランス的に……って、目的も果たしてないのに後のこととか鬼が笑うか)

 

 レベル上げも終わり、神竜に挑むパーティーが結成されてからでも案じるのは遅くない。

 

「マイ・ロード、何か懸念がおありですか?」

 

「あ……いや、目的を果たした後のことを考え――っ」

 

 ただ、失念していたこともあったのだ。かけられた声に答えようとして気づいた、一つの問題。

 

(トロワ……か、あー、一番厄介な問題を忘れてた)

 

 常に俺の側に侍ると言った元アークマージ。今は遊び人だが、問題はそこにない。

 

(もし、俺が神竜に願い事で元の世界へ帰して貰うことになったら……)

 

 トロワはどうするのだろうか。

 

(余り物は福……どころじゃない)

 

 残っていたのは、パンドラの箱だ。開けなきゃ良かったと後悔するような。

 

(このまま残る、のはあり得ない)

 

 この身体は借り物なのだ。神竜に元の世界に戻る術はないと言われた訳でもないのに、その選択肢は選べ酔うはずもない。

 

(だいたいそれが出来るなら、俺は――)

 

 シャルロットから逃げ回りなどしなかった。

 

(だけど、トロワのことはいつか聞かないといけないことだから……)

 

 俺は拳を握り締め。

 

「トロワ、これは仮定の話だが……」

 

 切り出した。

 

「はい、何でしょう?」

 

「ゾーマが倒されれば、アレフガルドとこちらの境目は塞がってしまうのではないかと思ったのだが……トロワは、アンと俺、どちらかと別れなくてはならないとなったら、どうする?」

 

 意地の悪い質問だとは自分でも思う。だが、少なくとも何処かで聞いておかなければいけない問いだったのだ。

 




次回、第百七十五話「選択」


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第百七十五話「選択」

 

「……マイ・ロードについていきます」

 

 少し間は開いたが、トロワははっきりと答えた。

 

「そうか」

 

 もしここで母親を選んでくれたならいいと心の何処かで思っていた俺が居て、同時に選ばれたことが嬉しい俺も居た。

 

(けどなぁ……)

 

 トロワは選択した、なら俺はどうするというのか。

 

(神竜に叶えて貰う願いで元の世界に帰れるとしたら、トロワを連れて行く?)

 

 そんなことが可能だろうか。

 

(俺は意識だけだし、そもそも別の世界の住人だからこそ、元の世界に戻してくれと願える)

 

 だが、トロワは俺と違い、肉体はこちらにしかない。

 

(元の世界とこちらを移動出来るのが意識だけだったら、あちらでのトロワの身体がどうなるかわからないし)

 

 肉体ごと移動出来たとしても、リアルというのは厳しい。

 

(パスポートがなければ不法滞在者、逃げ隠れして過ごさなきゃいけないとかなぁ)

 

 怪我や病気をしても病院で診て貰うことも出来なければ、真っ当な仕事に就くのも難しい。

 

(小説とかだとご都合主義で何とかなる事も有るんだけど、こっちの世界だって変なところでリアル指向になってるし)

 

 原作と比べて広く、人口も多い国や町。移動に時間を要する移動呪文。現実にすりあわせてみましたとで、も言ってるかのような仕様は俺に楽観的な考えを放棄させるには充分すぎ。

 

「私達の寿命は人間のそれよりは長いですから……」

 

「っ」

 

 ポツリと漏らしたトロワの言葉に俺は選ばれた理由を察した。

 

(そうか、俺の一生に付き合ってもトロワにとっては――)

 

 一生分の時間では無いと言うことなのだろう。もっとも、それは俺の問いがアレフガルドとこの世界が隔てられた場合という前提でのモノでもあるようだったが。

 

(アイテム作りの天才でもあるトロワなら、この身体の残り寿命ぐらいの時間があれば、この世界とアレフガルドを行き来するアイテムぐらい作ってしまっても、トロワだしなぁで俺も納得しそうだし)

 

 割とデタラメなトロワの才能なら、充分やってのけそうだった。だが。それもあくまでこっちの世界の話。

 

「スー様、ただいまー」

 

 ただ、それ以上トロワが世界を渡ろうとした場合のことを考える事は出来なかった。

 

「っ、スミレか」

 

 気配は感じていた、だがこの格闘場にクシナタ隊のお姉さんは幾人もいる。

 

(俺もまだまだ、だなぁ)

 

 修行用の部屋から生理現象で抜けてきたとか、俺に用事でも出来た他のお姉さんとスミレさんを間違えるとは。

 

「鍵は?」

 

「確保済み~。スー様に渡しておけばいいよね? はい」

 

 差し出された鍵を受け取り、更に話すと鍵の入手についてはほぼ原作通りだったらしい。

 

「がいこつに、な」

 

「そう。スー様に話は聞いてたからあたしちゃん達は驚かなかったけど」

 

「ふむ」

 

 イシスのお城の地下で会った幽霊が俺にしか見えていなかった事を考えると、あちらもスミレさん達には見えないのではないかと思ったが、そんなことはなかったようで。

 

(謎が増えてしまったなぁ。後同じタイプの幽霊はカザーブに居る武道家くらいだけど……)

 

 わざわざ検証しに行く意味があるとも思えない。

 

「まあいい。ご苦労だった。鍵はシャルロットかミリーが来たら勇者一行へ渡すとしよう」

 

「どーいたしましてー、と言ってみたり」

 

 俺の言に応じたスミレさんはそのまま身体を前に傾け、頭を低くし。

 

「ご褒美はあたまなでなでで結構」

 

「……いや、まぁ任務は果たしてくれたからな」

 

 謎の要求に何とも言えない気持ちになったが、助かったのは事実だったから俺はスミレさんの頭を撫で。

 

「確かに受け取りました。他のみんなは宿にいるからトロワさんの修行が終わったらみんなの方もよろしくー」

 

「……あ、あぁ」

 

 確かにスミレさん一人だけというのは不公平だし、きっと仕方ないのだろう。

 

「それじゃ、あたしちゃんはこれで」

 

 勢いで約束させられた俺を残し、そのままスミレさんは去って行き。

 

「……とりあえず、修行、だな」

 

「はい」

 

 ポツリと漏らした言葉に相づちを打たれ、振り返るとそこには頷くトロワが居り。

 

「遊び人になって、スミレさんの気持ちが少しわかるような気になりましたから……」

 

「むぅ」

 

 一応この身体の持ち主も遊び人だったことは有るはずなのだが、借り物で遊び人時代を経験していないからかそれとも男性と女性で感じることが違うのか。

 

「俺には、よくわからんな。……悪いが」

 

 モシャスでクシナタ隊のお姉さん達には変身したことだってあったが、わからないものはわからない。

 

「ただ……遊び人になってもお前がお前のままで居てくれたことには、ほっとしたけどな」

 

「マイ・ロード……」

 

「掛け値無しの事実だ」

 

 あのカナメさんでさえ、転職した後は遊び人としての意味不明口調を使い出した。皆が皆変わってしまったとしたら、ツッコミが追いついたかどうか。

 

「私はマイ・ロードの、従者ですから」

 

「……なるほど、な」

 

 根底が有るからこそ、変わらずにいてくれたと言うことなのだろう。

 

「そ、その……お望みでしたら、遊び人らしいことも出来ますが……」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 続いた言葉は若干余計だったが。

 




次回、第百七十六話「明日のために」


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第百七十六話「明日のために」

 

「まぁ、わかっていたことではあるが……な」

 

 部屋に着き、トロワが他の修行メンバーと合流し修行を始めてしまえば、やるべき事は殆どなかった。模擬戦には既に慣れ始めていたし、傷を癒そうと回復呪文を使うことも憚られたのだ。

 

(パーティー判定されて経験値目減りさせちゃったら申し訳ないしなぁ。まぁ、そこまで原作仕様になってるかは定かじゃないんだけど)

 

 可能性があるなら、避けるべきだ。

 

(遊び人って職業にトロワが変な影響を受けたら嫌だし、一日は厳しいかも知れないとして二日で転職可能な所まで行ってくれたなら――)

 

 ダーマに移動呪文(ルーラ)で飛んで、賢者に転職。シャルロット達が首尾良く装備を手に入れてきてくれたなら、後は賢者として腕を上げればいい。

 

(ドラゴンローブは確か、温泉の村マイラの井戸の中にあるすごろく場のよろず屋で売ってた筈)

 

 シャルロットにはおばちゃん経由ですごろくが遊びたい放題のパスを渡してある。

 

「前にもすごろく場で色々手に入れてくれたシャルロットだからな……」

 

 他力本願だし、人にやらせておいて自分は何もやることがないというのは後ろめたいモノもあるが、俺がアレフガルドに行ってはトロワがついてきてしまう。

 

(そこがネックなんだよなぁ。もう一人の俺に身代わり頼んでこっそり抜け出すってのも、トロワがもう一人の俺の存在を既に知っちゃってるから無理があるし)

 

 変身呪文(モシャス)を使えるクシナタ隊のお姉さんに協力を仰ぐって手も考えたが、持続時間の短い呪文での影武者など無理が有りすぎる。

 

(それならまだアレフガルドに連れてって、口笛吹き鳴らしまくって出てきた魔物を片っ端から倒しつつマイラを目指す武者修行ツアーの方が無難だわ)

 

 まぁ、敢行しても手元にパスがないので机上の空論なのだけれど。

 

「アレフガルド、か」

 

 行ってみたくないと言ったら嘘になる。続編の舞台でもあったし、知識は原作のみのまだ見ぬ地でもあるのだ。

 

(贅沢な望みだってのはわかってるんだけどな……)

 

 興味本位で足を運んで、あちらに渡ってる時にゾーマが倒され戻れなくなってしまったら目も当てられない。

 

「直接は無理でも、現地の話を聞くだけなら此所でも出来るからな」

 

 ちらりと戦っているトロワへ視線をやる。丁度発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)に棍棒を振り上げ、殴りかかって行くところだった。

 

「やあっ」

 

「ぴいっ」

 

 叩き付けられた棍棒は、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)ではなく床に命中し、ひらりと身をかわしたそれはトロワの脇を抜けてゆく。

 

「ふむ」

 

 本来ならそのまま逃走したりするところなのだろうが、この部屋には逃げ場がない。

 

「隙ありっ!」

 

 じっと発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)を目で追っていたと思われるクシナタ隊のお姉さんの一人が結果的に近くへやって来た標的にひのきのぼうを手にして襲いかかる。

 

「ぴきいっ」

 

 ダメージが蓄積していたのか、直撃をくらった発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)は吹っ飛ばされるとそのまま気絶し。

 

「ふぅ、お疲れさまー」

 

「お疲れさまでした」

 

「おつかれ。なんかさっきのすっごく綺麗に決まったねー?」

 

 武器を降ろしたお姉さん達が互いを労いあう。

 

「ひのきぼうですからね。クリーンヒットでもしないと、殆ど効きませんし」

 

「わかるわかる。僧侶に転職したから今は棍棒だけど、あたしも魔法使いの時はきつかったモン」

 

「とは言え、本気の装備だと殺してしまいかねませんものね。難しいモノですよね」

 

 そのまま苦労話に突入されると、何もやっていない身としてはやっぱり後ろ暗いが、だからといってまともな武器の使用許可は出せる筈もなく。

 

「マイ・ロード?」

 

「トロワか。……どうだ遊び人は」

 

 声をかけられ、口をついてでてしまった問いに、まだまだの様ですとトロワは応じ。

 

「ただ、人間の事が前よりも色々とわかるようになった気はします……これは遊び人だから、と言うよりも他の方と一緒に模擬戦に取り組ませて頂いているから、のようですが」

 

「そうか」

 

 思えばトロワは従者として俺の側にばかり居た。そのせいで、俺以外の異種族である人間と一緒に何かに取り組むという機会が少なかったのだろう。

 

(だが、この地で修行をするようになってクシナタ隊のお姉さんとは言え、人間とふれあう機会が増えた、と)

 

 この後、ゾーマが倒され世界が平和になることを考えれば、良い傾向だと思う。

 

(まぁ、平和になったからって「人と魔物が仲良く暮らせるようになりましたとさ」みたいな話にすぐなるとは思えないけど)

 

 思い起こすのはレーベの村の宿屋、あそこには原作で魔物に両親を殺され魔物を恨む少年が居た。

 

(殺し合いがあって、被害者が居る。すぐに仲良く出来るなんて脳内花畑なつもりもないし)

 

 おそらくゾーマが倒された後、生き残った魔物達は魔物達だけで集まって暮らすことになると俺は予想する。

 

(例外はシャルロットのペットというかお友達の一部と、既に共生しちゃってるジパングぐらいだろうな)

 

 この内ジパングに関しては、国主の正体が強力な魔物であり、その女王が魔物達を調伏したというでっち上げが可能だったからこそ成立したケースだ。

 

(ジパングのモンスターの一部は最初からおろちの部下だったんだから、そりゃ言うこと聞くのは当然だもんなぁ)

 

 だが、自国の女王の正体を知らぬジパングの人達からすれば、女王の命に魔物達が従っているように見えた。結果として、魔物さえ調伏してみせた女王としてヒミコことおろちの株は暴騰、魔物達は人間を襲うどころか農作業を手伝い、荷を運び、兵の変わりに国を守ることで完全に市民権の様なモノを得てしまった。

 

(他国から来た人は驚くらしいけど、まぁそれは……うん)

 

 仕方ない。幸いにも入国時に説明が為されるそうなので、来訪者が魔物に斬りかかるなんて事件は起きてないらしいが。

 

(俺のせい、なんだよな、多分?)

 

 ジパングを原作とかけ離れすぎた国にしてしまったのは。

 

「なんだ、考えることはあったじゃないか」

 

 トロワ達が明日のために来たる日のためにと修行を続ける中、天井を見つめ、俺はポツリと呟いた。

 




次回、第百七十七話「勇者の宅配便」

サブタイがネタばれてるけど気にしない。


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第百七十七話「勇者の宅配便」

「さてと」

 

 あれから数日が過ぎた。

 

(――なんて、過ぎ去ってしまえば一行のナレーションで済んでしまうけど、半分はトロワが訓練してる近くで考え事してるだけだったからなぁ)

 

 残りの半分はルーラの呪文で空を旅した時間だ。強いて言うならこれにダーマでトロワが転職した時間とかが加わる。

 

「今日も格闘場へ向かうとするか?」

 

「はい、マイ・ロード」

 

 賢者に転職したトロワが頷き、女賢者としては短すぎる髪が揺れた。

 

「どうされました、マイ・ロード?」

 

「いや、たいしたことじゃない」

 

 つい最近までアークマージだったトロワにとって長い髪は許されなかった、覆面から零れてしまうから。

 

(髪の毛が一週間未満の期間で伸びる筈もないし、おかしな所は何もない……何もないんだ)

 

 だと言うのに違和感を感じてしまったのは、俺が原作にひっぱられすぎたのだろう。

 

(クシナタ隊の魔法使いから僧侶に転職したお姉さんの中にはボブカットに短く切りそろえた髪のまま僧侶の帽子をかぶってるお姉さんも居たしなぁ)

 

 どちらかと言えば、それが当たり前なのだ。お姉さんの中には転職の時に切った髪をカツラにしてそれで誤魔化してる人もいたけれど。

 

(いけないな。時間が経てば空腹も覚えるし、ブレスを吐かれれば冷たかったり熱かったりする。ちゃんとリアルだって言うのに、まだ意識の何処かでこの世界をゲームとして捉えている自分が居るなんて)

 

 何故、そんな意識が残っているかはわかっている。きっと逃避だ。

 

(シャルロット達もトロワもゲームのキャラじゃない。血肉を持った個人だけど……)

 

 神竜に勝ち元の世界に戻る時になって、後ろ髪を引かれないようにするために、目を背けるためにこの世界はただのゲームだとしたいんだ、俺は。

 

(度し難いな、結局の所俺はまだ逃亡者だったって事じゃないか……)

 

 清算はすべきだと思うし、考えてもいる。だけど、納得して貰えるような言葉が見つからなくて、無意識に探していた逃げ道がそれなのだ。

 

「シャルロット……」

 

 俺を師と慕うあの子に、別れを告げることが出来るのか。イシスの町中をモンスター格闘場に向かって歩く道、ポツリと呟いて空を見上げれば、ふと目に留まったのは小さな小さな黒い点。

 

「あれは……まさか」

 

 方角は、太陽の位置からすると南南東。アレフガルドへと続くギアガの大穴が有る方角だが、地図上を延長すればその先にはランシールがある。たった今、名を口にした相手とは断言出来ない。出来ない筈なのに。

 

「マイ・ロード?」

 

「すまん、トロワ。寄り道をする」

 

 気づけば足は城下町の入り口へ向いていた。

 

「お師匠様ぁぁぁっ!」

 

 予感は、的中した。入り口を目視出来る程度の場所までたどり着いたところで声をかけられ、マントの前を閉じたままこちらに駆けてくるのは勇者シャルロット以外の何者でもない。あれはとか勇者様だとか居合わせた町人の声がした気もする。

 

(と言うか、マントの前を閉じてるってことはやっぱり下はビキニなんだろうか)

 

 だとしても、流石に人の目があるこんな所で肌を晒す様な真似をするとは思えない。日に焼けてしまうし、このイシスはシャルロットにとってトラウマの地でもある。

 

「良く来たな、シャルロット」

 

「はいっ! ご注文の品、お届けに上がりました」

 

 念のため、互いの距離がゼロになる前に声をかければ、シャルロットも笑顔で足を止め、体積と重量を無視して入るチート袋を握った手をマントから出す。

 

「すまん、手に入れるのに、骨が折れただろう?」

 

「いいえ。お師匠様から頂いたパスも有りましたし……あ、ミリー凄いんですよ。何度もお金が貰えるマスに止まった上に――」

 

 原作でよろず屋のマスに止まるのに苦労したことを思い出しつつ尋ねた俺へ、頭を振ったシャルロットは元バニーさんの活躍を話し始め。

 

(自分の手柄とせず友達を立てる、かぁ。やっぱり良い子だなぁ、シャルロットは)

 

 どことなく、ほんわかしつつも俺は口を開く。

 

「立ち話も何だからな。とりあえず、モンスター格闘場にでも行くとしよう」

 

 あそこはここから近く、トロワを連れて向かう場所でもあった。

 

「格闘場にですか?」

 

「ああ。あそこには訓練施設もあるが着替えのための部屋もある。ローブならここに居るトロワも着られるからな。宿に戻って試着するよりずっと早い」

 

「あー、そう言えば、そうでしたね」

 

 説明すればシャルロットも納得したようで、ポンと手を打ち。

 

「え」

 

 直後にトロワの方を見て動きを止めた。

 

「どうした、シャルロット?」

 

「えっ、えっと……トロワさんって」

 

「そうか、最後に会った時はあ……転職する前だったからな。まぁ、転職したのはつい昨日のことなのだが……」

 

 一瞬、固まった理由がわからなかったが、再会したら賢者になっていたのでは驚いても仕方ない。危うくアークマージと言いかけたのを誤魔化しつつトロワが賢者になったことを伝え、続いて修行のためにモンスター格闘場へ向かう途中だったことも明かした。

 

「お前さえよければ、一緒に修行して行くか? どれだけ腕を上げたかも気になる」

 

 単純な好奇心からではない。ゾーマを倒す時期を予想するという意味でもシャルロットの実力を確認しておくのは良い機会だったから俺は誘い。

 

「はい」

 

 シャルロットもこれに応じた。

 




主人公「宿に戻って試着するよりずっと早い。サラマンダーよりも」

うん、無理にトラウマにするのはやめようか?

次回、第百七十八話「たいした奴だ」

あの短期間で修行した訳でもなくこれ程までに実力を上げるとは、やはり天才か。

シャルロットェ


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第百七十八話「たいした奴だ」

「丁度良いな」

 

 観客席の方が湧く様子をたまたま目にした俺は口元を綻ばせる。

 

「どうやら試合の方が盛り上がっているらしい。今の内に通り抜けるぞ?」

 

「「はい」」

 

 声をハモらせた二人を連れて、俺は観客席とは別方向へ進む。

 

(けど、運が良かった。シャルロットはこの国でも有名人だからなぁ)

 

 客の感心が試合の方に行っていなければ、注目を集めて居たかも知れない。

 

(そこは思いつきで動いたツケ、か)

 

 シャルロットの前でなければ透明化呪文で切り抜ける手もあったのだが、それでは肝心のシャルロットが隠せない。幸運な偶然が起きなかったら、物影で今と同じ状況が起きるまで待つ必要があっただろう。

 

「あ、ここだ。それじゃお師匠様、ボク達はここで着替えてきますね?」

 

「ああ」

 

 やがて一つの部屋の前で足を止めたシャルロットは断りを入れてから、部屋の中に消え。

 

「では、マイ・ロード……行って参ります」

 

「初めて身につける防具だ。慌てて着る必要はない。着て動くことを考え、しっかり、な?」

 

 トロワを見送りつつ釘を刺したのは、戦闘中にローブがずり落ちてトロワの胸が露出なんてオチを避けるため。

 

(形状からするとまずあり得なさそうだけど、世界の悪意が何かやらかす可能性は充分にあるからなぁ)

 

 他のローブと比べると露出度は低く、首元も殆ど見えないデザインであり、前で合わせるタイプではなく下着のシャツなどのように頭を通して外に出すタイプの衣服に見えたそれでポロリは相当難易度が高そうだったが、油断すればしっぺ返しをくらうのは俺とトロワだ。

 

(妙なハプニングとかやらかしちゃったら、自分がどれだけ腕を上げたのか俺に伝えたいシャルロットにも悪いしなぁ)

 

 大魔王討伐を控えてるシャルロットのモチベーションは下げたくない。実力を見せるのを邪魔する事になるだけでも充分、やる気は減退しそうだが、これから着るトロワが着るローブはシャルロットが苦労して手に入れてきたモノでもある。

 

(実際、入手してきたのはミリーかも知れないけどそれはさておき、自分の持ってきたローブで惨事が起きたりすればなぁ)

 

 シャルロットが豆腐メンタルな女の子だとは思わない。思わないが、十六歳と言えばそれなりに多感な時期だ。

 

(まして母娘家庭の出身な上、過酷な冒険の旅をしてるんだ)

 

 精神面でちょっとぐらい過保護になっても仕方ないと思う。ゾーマを倒す旅には同行してやれない訳でもあるし。

 

(とりあえず、シャルロットが成長していた場合の褒め文句でも考えておくかな……「あれだけの短期間、しかも、目的は別にある旅でこれほど実力を上げているとは……たいした奴だ」いや、「たいしたやつ」じゃなくて「流石俺の弟子だ」とかの方が良いかな?)

 

 わざわざ自分の弟子とするのは弟子を褒めるのに自己顕示してるようでちょっと首を傾げるところもあるが、単に凄いとか言うよりもシャルロットと俺の繋がりという意味で口に出した方がよいかと思ってのこと。

 

「ふむ」

 

「お師匠様ぁ、お待たせしました!」

 

 ドアが開いたのは、更に何か考えようとした時だった。

 

「どう……ですか?」

 

 なんて口にして、シャルロットがくるっと回ってみせる展開はなかった。ただ、マントを脱いだだけなのだ。

 

「未だ着用してると言うことは、あちらにもそれを越える防具は存在しない、と言うことか」

 

「あはは……呪文やブレスの威力を削ぐような特別な効果は無いですから、総合的に見るなら候補になりそうな防具はあったんですけどね」

 

 ビキニ姿でシャルロットは視線を逸らす。

 

「ならばお前が持ってきた防具も選考の余地有り、か」

 

 ゾーマにしろ神竜にしろブレスは吐いてきた筈だし、攻撃呪文も使ってきた筈だ。

 

「呪文やブレスを防ぐ効果は盾に頼るというのも一つの手だが、盾は装備者を選ぶからな」

 

「ですね。重い盾だとサラみたいに魔法使いとかは持てないでしょうし……」

 

「ミリーのおじさまに頼むには時間がかかりすぎるからな」

 

 シャルロットの着ているビキニの性能を鑑みれば、相応のモノを作ってくれそうな気はするが、今のところ最高傑作であるあのビキニは作成にかなりの月日を要した。

 

「やはり、天才の方か……」

 

 だから、頼るとしたら元バニーさんのおじさまではなく、先程まで着替えていたもう一人。

 

「お待たせしました、マイ・ロード」

 

 胸元にあしらわれた龍の顔の様な刺繍を内側から膨張させて現れた女賢者の名は、トロワ。

 

「これが、ドラゴンローブか」

 

「はい。着るのに少々手伝って頂きましたが」

 

 頷き視線を向けた先にいたのはシャルロット。まぁ、マントを脱ぐだけであれほど時間がかかるはずもない。手伝っていたと言われても驚きはなかった。

 

「えっと……大丈夫だった? 胸とかきつくない?」

 

「お気遣い、ありがとうございます。確かに昔のローブの方がゆったり目ではありましたが、ローブは着慣れていますから」

 

「そ、そう」

 

 他意はないのだろう、頭を下げて見せたトロワの胸でふくれっ面のけしからんドラゴンがたゆんと揺れるとシャルロットは顔をひきつらせる。

 

(うん、何となく気持ちはわかったよ、シャルロット)

 

 だけど、君も充分大きいと俺は思う。

 

 




あるぇ、着替えだけで終わっちゃった?

次回、第百七十九話「もう君は一人前だシャルロット、ゾーマ大魔王を倒す日も近いな~」

主人公「我が弟子シャルロットぉ、がぁんばれよぉぉぉ~~」

シャル「お師匠様?!」




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第百七十九話「もう君は一人前だシャルロット、ゾーマ大魔王を倒す日も近いな~」

「……着替えが終わったなら、修行に移るとするか」

 

 下手に何か言おうとすると墓穴を掘りそうな気がして、敢えてフォローの言葉は口にせず、俺は二人を促した。

 

(わざわざ装備を持ってきてくれたシャルロットの時間を無駄に浪費させる訳にはいかないからな)

 

 ついでに言うならスミレさんとかに見つかるとめんどくさい事になりそうだって言うのもある。

 

「おや、勇者様じゃないのさ」

 

「えっ」

 

「な」

 

 ひょっとしたら、それはフラグだったのか。声の方を振り返ると、そこに居たのは、開いたドアに手をかけた元女戦士の姿だった。

 

(しまったぁぁぁぁっ)

 

 確か記憶が正しければ元女戦士が出てきた先は水場。

 

(模擬戦を終えて汗を流しに来た人とかが居ても不思議じゃないから気配は感じてもスルーしてたけど、ピンポイントに遭ったらめんどくさい人とか……)

 

 これがあの腐った僧侶少女とかスミレさんでも別のベクトルでめんどくさいことにはなったと思う、だが。

 

「そっちに行くって事は、はぐれメタル風呂かい?」

 

 この(ひと)もめんどくさいと言うことをかけられた言葉で再認識し。

 

「ちょっ、違いますよ、何でそうなるんですか」

 

 そこがどんな設備かは知っているからこそ慌てつつ否定するシャルロットにそいつは入り浸っていたからだとは言えない。

 

「だな。何故そっちを選ぶ……模擬戦だ、模擬戦」

 

 だから、弟子の言葉に同意すると額に手を当てつつ俺は答えた。スルーしてシャルロットをあの発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂に入浴させる外道師匠とか妙な誤解をされる訳にはいかない。

 

「ふぅん……模擬戦ねぇ」

 

「はい。お師匠様に、どれだけ腕を上げて貰ったか見て貰うんです」

 

「……へぇ」

 

 シャルロットがちょっと嬉しそうに頷けば、元女戦士の視線はこちらを向いた。何を考えてるかはわかる。いや、正確にはわからないしわかりたくないが、まぁピンク色一色のお子様には見せられない妄想だろう、きっと。

 

「面白そうじゃないのさ。そう言うことなら、あたいも混ぜさせて貰いたいね」

 

「えっ」

 

「いや、話の流れからしてそう言うと思ったがな」

 

 勘違いしていても、実際模擬戦を始めれば誤解は解ける。

 

(下手に参加お断りなんかした日にはどうせ淫らがましい隠し事でもあるとか勘ぐられるんだろうから)

 

 ここは、拒まないのが正解だ。ただの実力確認兼トレーニングだってわかれば興味も失うだろうし。

 

「来たければ来るがいい」

 

 若干突き放す形だが、許可を出し。

 

「話がわかるじゃないのさ」

 

「おししょう、さま?」

 

「……良いのですか、マイ・ロード?」

 

 喜ぶ元女戦士とは違い、驚きの表情を浮かべた二人に、俺は肩をすくめてみせる。

 

「駄目だと言って引き下がるようならそう言ったが、な」

 

 水浴びをしたと言うことは、修行を切り上げるつもりだったはず。

 

「にもかかわらず修行に参加したいと言い出した。どういう理由かは知らんが、そこまでして参加したいと言って居るんだ。断っても聞き入れるかどうか」

 

 人数が増えると修行の効率も悪くなるが、そんな説明で納得してくれるとも思えない。

 

「だが、敢えて行っておく。今回の模擬戦はシャルロットの実力確認を兼ねている。なんと言おうと最初はシャルロット一人だ、いいな?」

 

 無論釘を刺すのは忘れなかったし、元女戦士からは即座に構わないよと答えが返ってきた。

 

「なら、いい」

 

 最初はシャルロットと言って承諾させた、これは大きい。

 

(何か勘違いしてるとしても、シャルロットが普通に発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)と模擬戦を始めれば、仮に勘違いしていたとしてもその時点で気づくはず)

 

 後はトロワも加わったパーティーで発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)と模擬戦し、経験を積んでいけばいい。

 

(奥義伝授も考えるなら、今日はこっちに泊まって貰って、寝る前に部屋で伝授ってとこかな)

 

 ここでも良かったが、今は元女戦士というありがたくないおまけが居る。

 

(服を脱ぎだしたところで変な誤解でもされたら面倒だしなぁ)

 

 つくづく祟ってくれるが、そもそもはフラグを押っ立てた上、めんどくさい(ひと)との遭遇を警戒していなかった俺の自業自得だ。

 

「では、その実力、確認させて貰うぞ?」

 

 そうこうしてるうちに、模擬戦用の部屋に着き、既に修行を始めていたクシナタ隊のお姉さん達が模擬戦を終えたところで前に進み出たシャルロットへ俺は言った。

 

「はい、お師匠様っ」

 

 元気に答えたシャルロットは、聞き手で棍棒を握り締め、もう一方の手には盾を装着し、身構える。

 

「始めっ」

 

 魔物の入った籠が開いたのは、俺が合図をした直後。

 

「ピキィィィッ」

 

「やあああっ!」

 

 飛び出してきた発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)に前のめり気味な体勢で飛んだシャルロットは、床にぶつかって行くかのように棍棒を叩き付けた。

 

「……そこまで! 会心の一撃、か」

 

 出オチと言いたくなるまでに、勝負は一瞬だった。

 

「メタルスライムとかとの戦いは、慣れてますから……」

 

「っ、そう言えばそうだったな」

 

 えへへと笑ってみせるシャルロットの言に俺も思い出す。シャルロットは元々ジパングでやまたのおろち協力の下、灰色生き物(メタルスライム)相手に模擬戦をやっていたという事を。

 

「だが、それでもあいつの動きには充分ついて行けていたし、一撃の重さも申し分はない」

 

 少なくとも一撃で発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)をのしたアレをくらいたいとは思えなかった。

 

(ま、喰らうのは大魔王か。あの威力なら、装備を調えればゾーマを倒す分には充分かもな)

 

 夜になれば、本来人が一行動する間に二度行動するあれも伝授するつもりで居るのだ。

 

(原作のように単独でシャルロット達を迎え撃つなんて事はしないかも知れないけど、こちらだってクシナタさん達というに二つ目のパーティーが存在する原作にはないダブルパーティー制をとっている)

 

 数には数だ。そして、クシナタさん達には覚えている限りの原作知識だって授けてある。

 

(こっちもうかうかしていられないな)

 

 トロワや他のお姉さん達が模擬戦に加わるべく動き出す中、俺は心の中でポツリと呟いた。

 

 




サービスシーン入れようと思ったのに、気が付いたら書き終わってた。なぜだろう。

次回、第百八十話「夜、宿の部屋ですること」

すいみんですね、わかります。




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第百八十話「夜、宿の部屋ですること」

「やあっ」

 

 振り下ろされた棍棒がめり込み、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)が短い悲鳴をあげ吹っ飛ぶ。

 

「張り切ってるな……」

 

 久しぶりに師の前で戦うというシチュエーションだからか、果敢に攻めるシャルロットを眺める俺は感心半分、残りの半分はあの調子で動いてバテないかという不安半分だった。

 

「夜の分まで体力が残っていれば良いんだが……」

 

 シャルロットと一緒にいられる時間にも限りがある。今晩は貴重な奥義伝授可能な機会なのだ。

 

「え」

 

 ただ、少々声が大きかったらしい。

 

「わ、わ、わあぁぁぁっ?!」

 

「ぴぎゅっ」

 

 シャルロットにも聞こえてしまったようで、無理な体勢からこっちを振り向こうとしたシャルロットはバランスを崩して転倒した。

 

(とりあえず、お尻の下辺りから漏れた断末魔的な何かは、聞かなかったことにしよう)

 

 別にヒップアタックでトドメを刺されようが、羨ましくなんてない。ないのだ。

 

「うー、いたた……」

 

「すまん、シャルロット。邪魔してしまったようだな」

 

 師にあるまじき失態に俺は謝罪し、横目でちらりとトロワを見る。

 

(回復呪文はもう覚えてるし、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)の治療……っと、通じたみたいだな)

 

 無言のままただ頷いたトロワはお尻を払って立ち上がるシャルロットの側まで行くと、胸のふくれっ面ドラゴンをたゆんと弾ませつつしゃがみ込み、目を回している発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)へホイミの呪文を唱えた。

 

(よし、あっちはあれでいいな)

 

 後は、シャルロットだ。

 

「それで、その……だな、シャルロット。模擬戦が終わって宿に帰ったら俺の部屋に着て貰えるか? そうだな、食事の後で良い。食べてすぐは拙いだろうが……」

 

「お、お師匠様? それって……」

 

「続きは後だ。まだ模擬戦中だし、な」

 

 言いつつちらりと元女戦士へ視線をやる。俺なりの部外者もいるからと言う言外のメッセージだ。

 

「あ、そ、そうですね。それじゃ、お師匠様、お話の続きは宿に行ってからで」

 

「ああ。そうしよう」

 

 どうやら伝わったようで、同意が返って来れば俺も頷きで応じて再び見学者に戻る。

 

「ふぅ、お疲れさまでしたー」

 

 それから何度か発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)がのされた後のこと。額の汗を拭って労いの言葉をかけるシャルロットからしゃがみ込むトロワへ視線を移し、俺は二人にそろそろ切り上げるかと問うた。

 

「ええ、結構汗かいちゃいましたし」

 

「そうですね。マイ・ロード、その」

 

「水浴びだろう? ドアの前までついて行く、それで良いな?」

 

 と言うか、中までついてきて下さいと言う奴も居ないか。

 

「はん? もうおしまいかい?」

 

 いや、すっごく みぢか に こころあたり が いらっしゃいましたね。

 

(うん。よくよく考えてみればこの(ひと)だけでもないや。性格がせくしーぎゃるの人全般が誘ってくる気がするし、以前のトロワとかもそんなシチュエーションに出くわしたら誘ってきそうな気がする)

 

 もちろん応じる気はサラサラ無い訳だが、何事にも例外というか断りづらそうな相手はいる。

 

(それでも断らなきゃ社会的に俺が死ぬんだけどね)

 

 そもそも、そんなあり得ない事態について今考えること自体が無駄だ。

 

「外に出るぞ、忘れ物はないな?」

 

「「はい」」

 

 気を取り直して確認すれば、二人分の返事が返ってきたので、俺は部屋の外へ出る。

 

「他に修行してる者も水場は使うだろうし、かち合わんといいな」

 

 なんてフラグもどきな台詞を口にする気もない。

 

(後は俺が社会的に死ぬようなハプニングがないことを祈るのみ、かぁ)

 

 考えられるのは、水場に女性が苦手とするような虫か何かが出てパニックになった利用者は飛び出してくるパターン。

 

(ベタと言えばベタだよなぁ)

 

 そして、身構えているとハプニングってモノは起きなかったりもする訳で。

 

「ふぅ……」

 

 気が付けば宿の自室。結局水場では何もなく肩すかしをくらった俺はさっぱりしたシャルロット達と共に宿まで戻ってきて、夕飯までの時間を持て余す形で天井を見上げていた。

 

(飯の後って言ったからな。シャルロットも飯は宿のモノを食べるだろうから、食堂で会って、そこで説明すればいいよな)

 

 とりあえず、下着は複数持ってきて貰わないと困る。

 

「変身後に着る下着と……モシャス出来ることに関するいい訳、こいつはトロワが居るからいい」

 

 トロワの作ったビックリ使い捨てアイテムの効果でモシャス出来るとかでっち上げれば問題ない。

 

(頼めば本当に作ってしまいそうだし)

 

 強いて言うなら口裏合わせを今の内にしておく必要があると言うことぐらいか。

 

「トロワ、少し良いか?」

 

 全ては夕飯の後、この部屋ですることのため。

 

「なんでしょう、マイ・ロード?」

 

「頼みがある」

 

 こちらを見るトロワへ俺は切り出した。

 




次回、第百八十一話「まぁ、そうなるな」


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第百八十一話「まぁ、そうなるな」

「実現はおそらく可能かと。……素材と込める呪文によっては、少々お時間を頂きたいですが」

 

 やっぱりこの人(トロワ)はチートだったと言うべきか。

 

(モシャスの呪文を「お前が作ったアイテムの効果にしておいて欲しい」って言っただけなのになぁ)

 

 じっさい に やって のけられるか まで こたえてくれましたよ、このひと。

 

(まぁ、トロワならやってのけるんだろうけど)

 

 賢者になり、使える呪文も増えつつある昨今。このまま行くと込める呪文もだいたい自前で用意出来るっていう現状に輪をかけて反則的な存在になりかねないのだが、これを純粋に喜んで良いものか。

 

「まあいい。再現出来るなら、問題ない。シャルロットへの方便として使わせて貰っても問題ないと言うことだしな」

 

「はい。ところで、もし同じモノの作成を依頼された場合はいかが致しましょうか?」

 

「っ、作成か」

 

 内心を隠しつつこれで問題は片づいたことにしようとした俺は、トロワの意見へ微かに顔をしかめた。

 

(使えない呪文が道具を使うことで使用可能になるというのは、大きなアドバンテージになるしなぁ)

 

 充分あり得る事だし、求められたのが変身呪文(モシャス)の効果があるアイテムなら、パーティーのもとに戻ったシャルロットが使用し、俺が伝授したモノを他の仲間達へ伝授してくれれば、恥ずかしい下着姿での実演会というぢごくを俺がやらずに済むというメリットもある。

 

(それは同時にシャルロットがアレをやるって事になる訳だからなぁ)

 

 まぁ、いくらシャルロットが良い子だからって仲間のためにそこまで身を挺すことはないだろう。

 

「……すぐにと言う訳でなければ受けても構わない。手元に材料がないとでも言えば実現するまでの時間ぐらいは稼げるだろう?」

 

「そうですね、了解致しました」

 

 恭しく頭を下げたトロワはくるりと背を向け、机に向かう。ペンを走らせる音がするから、何かを書いているのだと思う。

 

「明日も修行は続く、根を詰めて疲れを残し倒れんようにな」

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、明日、渡さないといけないモノですから」

 

「明日? と言うことは……」

 

 そこまで言われれば、俺にもわかる。

 

「アンへの手紙か」

 

「はい」

 

 なるほど、綺麗になってもマザコンはこじらせたままのトロワらしい。

 

(頼んでた荷物は受け取って今晩伝授が終われば、シャルロットがイシスにとどまる理由はなくなる)

 

 勇者シャルロット一行と行動を共にしている母親への手紙を託すなら、朝がタイムリミットだ。模擬戦で疲れた身体を押してでもトロワはペンを取らざるを得ない。

 

「ならば、奥義の披露と例の技の伝授はシャルロットの部屋で行った方が良いか」

 

 今書いているのも、おそらくは俺の実演が始まったら、手紙を書くどころではなくなるからだ。

 

「無論、手紙を書いて居る間は俺の側にいなくても良い」

 

「ですが、マイ・ロード……それでは防音効果のある部屋を借りた利点が」

 

「その点はわかっている、だが――」

 

 世話になっているばかりのトロワには何かの形で報いたかった。

 

「むっ」

 

 だからこそ翻意させたかったのだが、こういう時に限って邪魔は入るもので。

 

「失礼します、お食事の準備が出来ましたので、食堂へお越し下さい」

 

 もう、というべきか。それともようやくと言うべきか。

 

「トロワ?」

 

「大丈夫です」

 

 訪れた従業員の言葉に振り返れば、トロワは頷いた。

 

「そうか」

 

「はい、戻ってきてすぐにと言う訳では無いのであれば……」

 

 何とか書き上げられる、と言うことか。

 

「ならば、行くとしよう。シャルロットにもこの後のことを伝えねばならんからな」

 

 部屋の入り口に向かう途中顎をしゃくってトロワを促した俺は、部屋を後にし。

 

「シャルロット……先に来ていたようだな」

 

 たどり着いた食堂の入り口、周囲の宿泊客の視線と微かに見えた特徴有るツンツン頭に食堂の中にいるシャルロットの位置を知った俺は、まだこちらに気づかぬ弟子のもとへと歩き出す。

 

「シャルロット」

 

「ふぇっ?! あ、お、お師匠様……え、ええと、こ、今晩のこと、です……けど」

 

「いや、落ち着け」

 

 ただ、声をかけてみての反応は予想外だった。挙動不審、と言うか何というか。

 

(緊張、してるのかなぁ)

 

 奥義の伝授というとある意味一大イベントだ。シャルロットの態度も無理はない、無理はないけれど。

 

「シャルロット……とりあえず飯にしよう。話はその後でも良かろう?」

 

 と言うか、今話してもちゃんと聞いて理解してくれる気がしない。

 

「そ、そうですね……ご飯を食べてからお師匠様をいただき――」

 

「しゃ、シャルロット?」

 

「「ぶふぅっ」」

 

 訂正する、理解してくれないどころか既に少し錯乱しているようだ。と言うか、隣の席で何かを盛大に吹いたような音が重なった。

 

「うく、げほげほっ」

 

「ぐふっ、げほげほ」

 

「って、お前達は……」

 

 顔を伏せつつも年頃の女性にあるまじき咳き込み方をしたのは見覚え有る黒髪の女性達であり、うん、そんな遠回しな言い方を取っ払って言うならクシナタ隊のお姉さん達だった。

 

(なに、これ。この くうき、おれ、どうすれば いいんですか?)

 

 聞かれたのが身内だけだったのは不幸中の幸いなのだろうか。もっとも、今置かれた状況からすれば気休め程度にしかならなかったのだが。

 

 




脱走出来るモンならしたい状況でトゥ、へアーッ!

次回、第百八十二話「雷鳴のや……じゃなかった。第百八十二話「シャルロットは既に少し錯乱している」





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第百八十二話「シャルロットは既に少し錯乱している」

「シャルロット」

 

 とりあえず、名を呼んだ。だが、次の言葉が出てこない。俺も混乱しているのだろう。

 

(どうする? とりあえず夕食の続きを……って、出来るかぁぁぁぁ!)

 

 無理だ。平然と晩ご飯を食べるような面の皮の厚さは持ち合わせていないし、そもそもシャルロットを放っておいたらどうなるかが分からない。

 

「済まんが、夕飯はもう少し後で食べに来る。宿の者が来たらそう伝えておいてくれ」

 

 居合わせたのがクシナタ隊だったのは、やっぱり幸いだ。

 

「お、お師匠様、違い、さ、さっきのは」

 

「いい、話は部屋で聞く」

 

 こうなれば自棄でもあった。回りを咽せさせたことで自分のやらかした事に気づいたらしくパニックに陥っていたシャルロットへ一方的に告げると、そのまま腕を回す。

 

「ふぇ? お、おし」

 

「悪いが後を頼むぞ」

 

 もう後ろに目をやる余裕などない。小脇に抱えられ、上擦った声を上げるシャルロットの方は見ないようにしつつ来た道を引き返す。

 

(そもそも他に人の居る場所で何か話そうと思ったのが間違いだったんだ。部屋なら後ろからついてきてるトロワぐらいしか居ないし、仕切り直してきっちり説明してしまえば一件落着の筈)

 

 それもこれも俺がシャルロットの父親代わりであり、同時に俺とシャルロットが師匠と弟子の関係に有ることが大きい。

 

(そうでもなきゃ、女の子を自室にお持ち帰りしてる図と見られたって仕方ないもんなぁ)

 

 まぁ、運ばれてるシャルロットが嫌がって暴れてれば話は別だったかも知れないが、暴れるそぶりなんて欠片もない。

 

(って、だったらここで複数下着を持って俺の部屋に来るよう伝えてから、部屋に帰してもいいかな?)

 

 幸いにも時間が時間だ。客も従業員も食堂の方へ行ったのか、歩く廊下に人影も気配もない。

 

「ふむ……」 

 

「どうなされました、マイ・ロード?」

 

「いや、強引に連れてきてしまったが、少々軽率だったかと思ってな」

 

 尋ねてきたトロワに答えてから、俺はシャルロットの方へと視線をやった。

 

「シャルロット、ここから自分の部屋には戻れるか?」

 

「ひゃ、ひゃい! ふぇ?」

 

「これは……」

 

 とても問いかけを聞いていたように見えないが、無理もない。

 

「はぁ……もう一度言う。ここから自分の部屋に戻れるか? 強引に連れてきてしまったからな」

 

 まかり間違ってシャルロットが服の下を濡らす(エピちゃんる)ような事になろうものなら、シャルロットを預けてくれたおふくろさんにお詫びのしようがない。

 

「下着の替えを二、三組用意して俺の部屋に来てくれ」

 

「おっ、お師匠様? 替えって、それ……」

 

「無いと拙いことになる。それから、俺達は食堂へいったん戻る。戻ってくるのは早くても食事を終えた後だ。部屋の鍵もかかっているだろうから、尋ねてくる時は、その辺りを考えた時間帯で頼む」

 

 少々色々補足を付けすぎた気もするが、予備の下着を持ったシャルロットを部屋の前に立たせ待ちぼうけさせるのは、拙すぎる。

 

「さて、食堂に戻るか、トロワ」

 

 伝えるべき事は、伝えた。そして、トロワには母親への手紙を書き終えていない。無駄に出来る時間のない俺達は、再び食堂に向かうことにし。

 

「「スー様!」」

 

 食堂にたどり着くなり、ガタッと椅子を揺らして立ち上がったお姉さん達が数名。

 

(うん、まぁ……こうなるよな)

 

 説明もほぼせず、事後処理だけ任せて立ち去ったのだ。そのままツカツカ足早に歩み寄ってきて問い詰められたって無理もないことだった。

 

「すまんな、世話をかけた。シャルロットは……おそらく緊張していたのだろう。無理もない」

 

 だから、先んじて頭を下げ、説明する。伝授にはクシナタ隊のお姉さん達の理解も不可欠だ。

 

(モシャスしての実演中に尋ねてこられたりしたら拙いし、そう言う意味でごーいんぐまいうぇーさんやスミレさんみたいな要注意人物も抑えておいて貰わないと……)

 

 シャルロットにとっても今は大事な時期なのだ。

 

(悪戯に心を乱すような真似は――うん、できればしたくない、かなぁ?)

 

 食堂での錯乱っぷりを思い出すとお前が言うなと脳内で総ツッコミくらった気がして、胸中の呟きは一気に勢いを失うが、その辺は出来れば何処かで挽回したい。

 

「……まぁ、あれの再現だな」

 

 詳しいことを他者の居る食堂で話すことは出来ないが、トラウマなイシスの夜を知るお姉さん達だからこそ一から十まで言わなくても理解出来る伝え方はある。

 

「邪魔はされたくない、先程尻ぬぐいをさせた上で厚かましいことは承知で言う。協力して貰えるか?」

 

 この伝授が成功すれば、シャルロットも俺も後は目的に向かって動き出すだけだ。

 

「もちろんです」

 

「受けた恩に少しでも報いられるなら」

 

「そうか……すまん、ありがとう」

 

 真剣さが伝わったのだろう。快諾してくれたお姉さん達に頭を下げた俺は、その後食事を済ませ。

 

「トロワ、シャルロットが来たら始めることになるが……」

 

「大丈夫です。入れ違いに食堂へ来られてましたから、食べ終わって支度をしてこちらに来るまでの時間で、手紙は書き上げますから――」

 

 部屋へ戻る廊下で、トロワは俺を安心させるよう頷いて見せた。

 




教えられることを全て教え、二人は――。

次回、第百八十三話「師としての責務」



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第百八十三話「師としての責務・前編」

「さて」

 

 部屋に戻っていくらかしたところでトロワは手紙を書き終えた。俺もクローゼットの扉を開きそこに布をかけて簡易更衣室を作り終え、ベッドに腰掛け部屋の扉を見ている。

 

「防音仕様だと外の気配も些少読みづらいな」

 

 もっとも、後はただ待つだけの状況で待ち人の接近がわかることのメリットと言えば、やって来る直前の心の準備が出来るか出来ないかぐらいでしかない。

 

「だが、もう来ても良い頃だ」

 

 上は黒のインナーのみ。下はちゃんとズボンを穿いているが、手袋は脱いでいるし、ブーツも脱いだ。

 

(モシャスすれば足のサイズも変わるからなぁ)

 

 裸足はやむを得ない。代わりに床に布を引いて足の裏は保護するつもりで居る。

 

「全裸待機では変質者だし、これぐらいが妥当だろう」

 

 そもそも俺の全裸を見て得しそうなのはきれいになる前のトロワぐらいだし、見られて喜ぶ趣味の持ち合わせもない。

 

「む」

 

 そうして割とどうでも良いことに思考を割いていた時だった。

 

「マイ・ロード? もしや」

 

「ああ」

 

 シャルロットが近づいてくるのを察知し、ベッドサイドに置いた鞄へ近寄ると、中から必要なモノを取り出して行く。

 

「石と敷く布と……汗を拭く布も居るか。転んで怪我でもした時のためについでに薬草も……っと、来たな」

 

「マイ・ロード、何でしたら私が」

 

「いや、いい。俺が開けてくる」

 

 呼びつけておいて他者に応対させるなんて礼を失する。

 

「お、お師匠様」

 

「良く来たな。入れ」

 

 ドアを開け、シャルロットを招き入れると、半身になって道を空け、シャルロットが通り過ぎた所でしまったドアに近づき鍵をかけた。

 

「これでよ」

 

「っ」

 

 これで良し、と思っちゃ直後に背後で息を呑む音がした。

 

「と、トロワ……さん?」

 

 驚愕を張り付け、立ちつくすシャルロット。抱えていた、おそらくは下着だろう包みが床に落ち。

 

「ああ、アンへの手紙を書き上げたそうでな。お前に届けて欲しいとのことだ」

 

「あー、わかりました。必ず……って、そうじゃなくて! ど、どういう……」

 

 はたと膝を打ってからのノリツッコミに繋げつつ混乱するシャルロットに俺は歩み寄り。

 

「下着、もってきてくれたのだな」

 

 落ちていた下着を拾い上げる。

 

「えっ、あ」

 

「いや、礼には及ばん。頼んだのは俺だからな。では、一揃い借りるぞ?」

 

「な、あ、いえ、お師匠様にだったらボク、全然構いませ……えっ、え?」

 

 シャルロットはまだ混乱しているようだったが、少しだけ安堵する。この下着を借りるところがある意味一番の関門だった。混乱につけ込む形だったのは最低かも知れないけれど、良心の痛みを堪えトロワのもとへ。

 

「トロワ。これだが……」

 

「はい、大丈夫です。このサイズであれば、これとこれなら手直しなしで大丈夫かと」

 

「そうか、すまんな」

 

 渡したシャルロットの下着の代わりに差し出されたトロワお手製の女性下着を俺は受け取り。

 

「シャルロット」

 

 呼びかけながら上のインナーを脱ぐ。

 

「お、お師匠さ」

 

 シャルロットが上擦った声を上げるが、構わなかった。そろそろ本題へはいるべきだ。

 

「ここにトロワに作ってもらった特殊な石がある。この石は、使うことで一度だけ変身呪文と同じ効果がある。この意味がわかるか?」

 

「いし? もしゃ……あ」

 

「ほう、説明が居るかと思ったが、わかるか。流石だな」

 

 混乱したり呆然としていたのに、ヒントと言っても良いかわからない情報だけで答えに行き着くとは、シャルロットもトロワとは方向性が違うが違うが、天才なのだろう。

 

(褒められたから顔が真っ赤だけど、あれだけのヒントでわかったんだからもっと手放しで褒めても良いぐらいだし)

 

 もっとも、褒めるだけでは話が進まない。

 

「説明を続けよう。この石を使って俺は変身する。そして、その為に服を脱いでいる。ここまではいいな?」

 

「は、はい」

 

「ただし、石の効果時間は実際の呪文と変わらない」

 

 時間を無駄にしないためにも説明はこのまま続けると言いながら俺はクローゼットで作った簡易更衣室へと入る。

 

「まぁ、焦ることはない。効果が切れても石は複数有る。流石に朝まで続けるのは体力的にも体調的にも拙かろうが」

 

「だ、大丈夫です。こ、心の準備は出来てますし……お師匠様に満足して貰えるように頑張りますから」

 

「そ、そうか」

 

 満足のいく結果が出るまで付き合うとは相変わらずシャルロットは良い子だと思う。

 

(と言うか、良い子過ぎて心が痛い)

 

 こんな俺もシャルロットも恥ずかしくなるだろう実演なんてさっさと終わらせてしまわねば。決意を固めつつ、俺は最後の一枚を脱ぎ捨てた。

 

「さて」

 

 大丈夫だ。女性用の下着は何度か着たし、着せられた。付ける手順は覚えてる。

 

(時間の消費は最低限に。時間切れになって脱ぐ時のことも考えておかないとな)

 

 サイズの小さな女性下着を食い込ませるハメになるのも拙いが、すっぽんぽんで変身呪文(モシャス)が解けるのも拙い。例え、裸は既に一度見られているとしても。

 




番外編の伏線回収。

お師匠様の意図を読み違えたことで、お互いの誤解が解けないまま話は進んでしまう。

いや、まぁ流石にこのまま勘違いしっぱなしってことは無いでしょうけどね?

次回、第百八十四話「師としての責務・後編」


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第百八十四話「師としての責務・後編」

「敢えて言っておく。俺はこれからシャルロット、お前に変身する」

 

 一糸纏わぬ姿で言うのはちょっと格好つかないが、今更過ぎる。俺は素足に敷いた布の感触を感じつつ片手に持った石へ少しだけ力を込めた。

 

(うん、だいたいこれぐらいの力なら耐えられるのか)

 

 変身呪文の効果があると偽ったが、実際は適当に文字もどきの描かれてるだけの石。当然呪文を唱えても何の変化もないので、変身直前にこの石は握り砕かねばならない。

 

(シャルロットに変身した後じゃ、やれるか不安だからなぁ)

 

 生命力と精神力を除いて対象を写し取る呪文は、俺の握力もシャルロットのそれに変えてしまう。タイミングは間違えられなかった。

 

(説明に注意を向けさせておき、密かに石へ力を込める。握ってる感じだとそろそろかな)

 

 先に石がピキピキ鳴り出したら拙い。

 

「問題はその後だ。身体の動かし方を良く覚えておけ。そして真似しろ」

 

「は、はいっ」

 

「いい返事だ」

 

 顔は赤いままだが、真剣さは感じられる。

 

「この石の力を解き放つ言葉は、呪文の名と同じだ、いくぞ……モシャスっ!」

 

 写し取るべき相手は完全に視界内。失敗する筈もない。石も俺の握力に耐えかねて砕け。

 

「お、お師匠様がボクの姿に……っ」

 

 本当に変身したことに驚いているのか、シャルロットの様子が少し変だが、構っている余裕はない。全裸は拙いのだ。手が届くようにクローゼットの扉に引っかけておいた下着をとると、まず、パンツに足を通して引き上げ、続いて上へ取りかかる。

 

(流石トロワはわかってるというか、やっぱり前で止めるタイプの方が手間取らなくて済むよなぁ。慣れたとは言っても、視認出来る方が楽で……って、そんなこと考えてる場合じゃなかった)

 

 変身した直後から残り効果時間は減りだしているのだ。

 

「すまん、待たせたな。さっそく始」

 

「はぁ、はぁ……」

 

「は?」

 

 扉の影から出て見れば、呼吸を荒くしつつもじもじするシャルロットが居て、俺は呆然と立ちつくした。

 

「お師匠様が……ボクの……」

 

「シャルロット?!」

 

 このリアクションは想定外だった。我に返って動くことが出来たのは、フラッと揺れたシャルロットの身体がそのまま傾いだからこそ。

 

「ふぅ、間に合った……しかし、まさか倒れるとは。ちょっと事態を甘く見ていたな」

 

 クシナタ隊のお姉さんがショックで倒れるどころかこっちの服を剥いで下着を着せてくるぐらいだったので大丈夫だろうと踏んだのだが、待っていたのは想定外のこの結果。

 

「ともあれ、この様子だと変身はおそらく時間切れになるな。やむをえん。惨事が起こる前に下着を脱――あ」

 

 脱ごうと考えて、気づいた。無意識の行動なのか、意識を手放したシャルロットが俺の片腕を抱え込んでいる事に。

 

(この体勢で、自由になるのが片腕のまま下着を脱ぐのは流石に……無理、だよなぁ)

 

 となると、残された選択肢は一つ。

 

「トロワ……その、なんだ」

 

 シャルロットの声と姿で、まさかこんな事を言うハメになるとは思わなかった。だが、背に腹は代えられない。

 

「済まんが、俺の下着を脱がせてくれ……」

 

「……はい」

 

 情けなさと恥ずかしさが滲むお願いに応じたトロワの声も小さかった。

 

(おのれ、せかいのあくい め)

 

 呪詛が零れたとしてもきっと仕方ない。ベッドに横たわるシャルロットに片腕を抱かれた下着姿のシャルロット姿の俺はとんでもない体勢をとらされるハメになったのだから。横たわるシャルロットの上、四つん這いから片腕だけ下のシャルロットに抱かれた姿勢で、今トロワにぱんつを脱がされている。

 

(ザメハの呪文で起こしても変身した俺を見て倒れられたらアウトだし、ああああっ、面倒な!)

 

 この後トロワに男物の下着や服をとってきて貰い、身につけられるだけ身につけ、モシャスが見れたところでシャルロットを起こし、落ち着かせることにする。

 

(どうか、この段階とか変なタイミングでシャルロットが意識を取り戻しませんように……)

 

 せかいのあくいならやらかしかねないから気の休まる暇がない。声には出さず祈り続け。

 

「ん……あれ? ボクは……」

 

「目が覚めたか、シャルロット」

 

 安堵しつつ俺は目を覚ましたシャルロットへ声をかけた。上に覆い被さるような姿勢は着替えてもアレだったので、隣に寝そべりながらだ。

 

「すまん、配慮が足りなかったようだ。お前に変身し、動きを見せることで技を伝授しようと思っていたのだが……」

 

「えっ」

 

「ん? 何故そこで驚く?」

 

 動きを真似しろと言ったら、しっかり答えていたような気がしたからこそ、シャルロットがあっけにとられた

 

ことは意外で。

 

「えっ、あ、えっと……じゃ、じゃあ、ボクが呼ばれたのは――」

 

「技を盗ませるためだ」

 

 言い切ってから、俺は天井を見上げた。

 

「シャルロット……俺はお前を弟子にしておきながら、大魔王が襲来したという理由はあれど、お前の前から逃げ出した。師として失格だったと思う、そんな俺が今更何をと思うかも知れん。だが、師としての責務を果たさせて欲しい……」

 

 もし、シャルロットの格好が拙いなら、会得出来る可能性は低くなるかも知れないけれど、素の格好でも良い。

 

「盗賊の奥義を会得しろとは言わん。だが、常人が一つの動作をする間に倍動く術をお前が会得出来れば、大魔王と戦う助けとなるはずだ。ゾーマを警戒させる訳にはいかん。会得したとしても、ゾーマとの戦いまで使わせることは出来んかもしれん。それでも――」

 

「お師匠様」

 

 更に続けようとする俺の言葉を遮って、シャルロットは名を呼んだ。

 

「下着だったのは身体の動きを、より詳しく見せるためだったんですよね?」

 

「あ、ああ」

 

 確認しつつ抱えていた腕を放すシャルロットに頷けば、俺の弟子は自分の着ている服の襟元に手を伸ばした。

 

「シャル、ロット?」

 

「さっきは、申し訳ありませんでした。けど、もう大丈夫です」

 

「な、何……しゃ、シャルロット?」

 

 大丈夫ですと言いつつボタンを外しだして、俺は声を上げた。

 

「お師匠様、前に……お師匠様の裸、見てしまいましたよね? ですから――」

 

 気にしないで下さいと言いながら、シャルロットは尚も服を脱ぐ。

 

「お師匠様の技、全て盗んで見せます」

 

 真剣な眼差しに止めることは出来なかった、だから俺に出来たのは師としての責務を果たすことのみ。

 

「……お師匠様」

 

 宿の一室、一糸纏わぬ二人のシャルロットは見つめ合う。そのうちの片方は俺で。

 

「いくぞ、シャルロット?」

 

「はい」

 

 ただ無心、弟子の声に応じ俺の腕が二度存在しない刃で存在しない魔物を斬り裂いた。

 




闇谷は「き が ついたら、ふたり とも はだか だった、いみ わかんない」と謎の供述をしており、○○は余罪があると見て詳しく追求して行く方針です。

次回、第百八十五話「そして夜は明けて」

二人は――。


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第百八十五話「そして夜は明けて」

「シャルロット、少しいいか?」

 

 夜は明け、目の下に隈を作った俺は、朝食をとるシャルロットへ、出発の前に少し付き合って欲しいと告げた。

 

「え、ええ。構いませんけど……」

 

 応じたシャルロットは若干困惑していたが、無理もない。昨晩の内に、シャルロットは俺の技を見事に盗んで見せたのだ。同じ事はクシナタ隊のお姉さん達もやってのけたが、だからといってシャルロットが凄くないという理由にはならない。才能有る人材が周囲に居過ぎたと言うだけのことだろう。

 

「すまんな、大して時間はとらせん……いや、とらせることにはならんだろう」

 

 必要なことは、食堂に来るまでに殆ど済ませてある。下半身がちょっとスースーするがやむを得ない。

 

「ご馳走様。……では、宿の外に一足早く行っているぞ」

 

 食べ終えて手を合わせ、席を立つ前に弟子に告げると、俺は宣言通り宿の外へ向かい。

 

「トロワ、すまんがあの石はまだ残っていたな?」

 

 幾つか渡してくれとついてきたトロワに頼んだ。そう、トロワが作ったという話に整合性をもたせるため、モシャスの効果があると騙った石の表面にあった文字はトロワの字。管理もトロワに頼んでいたのだ。

 

「マイ・ロード、どうぞ。あの、その石をお求めになると言うことは……」

 

「ああ。師としての餞だ」

 

 シャルロットに俺抜きでの旅を納得させるご機嫌取りに考え出したモノではあったが、死蔵させるには惜しい。

 

「お師匠様、お待たせしました」

 

「来たか……では、行くぞ」

 

 石を受け取った後にやって来たシャルロットにそれだけ言うと、俺は歩き出す。行き先は、町の外だ。

 

「お師匠様、いったいどこまで……」

 

「ここだ。……シャルロット、袋に銅の剣があれば、貸して貰えるか?」

 

 訝しみ声をかけてきたシャルロットの前で立ち止まると、片手を差し出す。

 

「え? 良いですけど……」

 

 即座に渡さなかったのは、盗賊の扱えない武器だったからだろう。だが、俺からすればそれが良かった。

 

「なに、昔を思い出してな。お前が俺と出会った時に装備していた武器だろう? 久しぶりに見たくなった」

 

 それは方便だ。

 

「あぁ、そう言えば……ちょっと待って下さいね」

 

 だが、シャルロットからすれば、納得に足る理由となってくれたらしい。背後でごそごそと何かを漁る音がし出し。

 

「ええと、あった。はい、お師匠様」

 

「すまんな」

 

 苦笑して受け取ったそれを片手にもう一方の手の指を唇に当てる。

 

「シャルロット、今のお前なら扱えると見越して、餞に託す」

 

「え?」

 

 背後で声が上がったが、振り向くことなく、俺は口笛を吹いた。

 

「キシャァァァ」

 

「フシャァァァッ」

 

「ゴオオオオッ」

 

 口笛に誘われて現れたのは、近辺を彷徨っていた魔物(モンスター)達。

 

「魔」

 

「モシャス」

 

 魔物と口にしようとしたであろうシャルロットが言い切るより早く。俺はトロワから渡された石を取り出し、砕く。

 

「お師、匠さま?」

 

「シャルロット」

 

 若干低くなった視点を気にせず、後輩にいる少女の声で当人の名を呼ぶ。

 

「よく見ておけ、これがお前に捧ぐ奥義っ」

 

 唱える呪文はライデイン。放つ手を前に突き出すとその手の親指と人差し指の間を貫くように銅の剣を構える。呪文の発動は、小声。

 

雷光貫穿撃(ライトニング・ペネレイト)

 

 そして、それをかき消す程の大声で叫びつつ、放たれた雷を追うようにして突きを繰り出した。

 

「フ」

 

「ギッ」

 

「ゴッ」

 

 こちらへ襲いかかろうとした魔物達は前を行く雷撃呪文に焼けこげ、消し炭になった骸へ銅の剣をもつ持つ手の二の腕までが呑み込まれた。

 

「上手くいったな……先に放った雷撃呪文を盾に肉迫し、渾身の突きを繰り出すことで敵を穿つ。これが奥義『雷光貫穿撃(ライトニング・ペネレイト)』だ」

 

 何処かで見たことのあるような刺突技に見えるかも知れないが、呪文を放つ事と刺突を繰り出すことを同時に行おうと考えると、自然とこの形になってしまったのだ、他意はない。

 

「らいとにんぐ・ぺねれいと……」

 

「今のようにギガディンを使えば、盾に使う呪文の方で雑魚を纏めて一掃することも出来る。また、余力があるなら突き刺した時、武器に捻りを加えても良い」

 

 技の名を反芻するシャルロットの前で苦笑しつつ補足し。

 

「返すぞ」

 

 持っていた銅の剣を逆手に持ち替え、柄をシャルロットへ向けて差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「ふ、礼を言うのはこちらの方だ。剣を借りたのだからな。ともあれ、あの技は電撃呪文が使えなければどうにもならん、故に俺には扱えん。つまり、お前の為の技だ」

 

 一応他の勇者、既に二回行動をマスターしてるクシナタさんなら会得出来そうだが、空気を読んで敢えてそこは伏せておく。

 

「さて、石の効果が切れるまで俺はここにいるが、シャルロット、お前はどうする?」

 

 実演をもっと見たいというならするつもりで、俺はシャルロットへ問い。

 

「でしたら、もう少しここにいても良いですか、お師匠様?」

 

 返ってきたのは予想外の言葉だった。

 

 




雷光貫穿撃:繰り出すフォームはまんま「るろうに剣心」に登場した「牙突」。呪文放つ体勢に突きの構えを加えようと試行錯誤したものの、他の体勢だと突きが出しづらく断念。結果的にまんまのポーズで妥協。尚、後日王者の剣を手に入れたシャルロットは、敵の身体に突き刺した状態で王者の剣を使い追加ダメージを与える進化版を開眼、「雷光貫穿撃・斬風」と名付ける。

次回、第百八十六話「挑戦の始まり」

しかし、格好いい必殺技ってなかなか難しいですね。ネーミングとか、色々。


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第百八十六話「挑戦の始まり」

「それでは、お師匠様。大魔王を倒したら戻ってきますね。それから――」

 

 暫く寄り添っていたシャルロットは、モシャスの効果が切れると俺に挨拶をして去っていった。

 

「マイ・ロード、宜しかったのですか?」

 

「ゾーマを倒して戻ってきたらの先か?」

 

 トロワの問いに、シャルロットが去っていった方向を見て、肩をすくめる。きっと側に侍っていたトロワには隠したつもりの動揺を悟られてしまったのだろう。

 

「是非もない」

 

 この地の修行で戦力は揃いつつあり、装備もシャルロットが持ってきてくれた。

 

「賽は投げられた。なら、最初に決めていたことをやるしかあるまい」

 

 クシナタ隊には箒で空を飛べる稀少な人材が居る。エリザにギアガの大穴の見張りは頼んだ。

 

「勇者クシナタ一行の情報も定期的に伝えて貰っているしな。決着がつけば連絡が来る」

 

 クシナタさん達の攻略度合いを参考に、ゾーマが倒される見当を付け、竜の女王の城へ移動。大穴の見張りをしているエリザが俺達の待機する女王の城に到着し次第、俺達は神竜への挑戦を始めるのだ。

 

「……始めにダンジョンを攻略し、神竜の元へ辿り着く」

 

 先に移動呪文(ルーラ)が使える中継点まで攻略しておこうかとも思ったが、呪文で飛べるのはあくまで中継点まで。

 

(エリザが飛んでくるのに一日かかるとしたら、そこから一日だもんなぁ)

 

 ゾーマが倒され、二日かけてようやく中継点に到着というのは時間がかかりすぎのような気がした。

 

(あのダンジョン、他のダンジョンの使い回してつなぎ合わせたみたいな構造だったし……)

 

 空間を歪め結合させてるとかだったら、徒歩で制覇した方が早い可能性もある。

 

(シャルロット達がゾーマを倒す前にダンジョンに潜って検証してみるのも手かな……)

 

 時間を無駄にしないという意味では一考の余地はありそうだ。

 

「後はムール達がどれぐらいで帰ってこられるかもあるか……」

 

 ハーフエルフのムール君にはあっちに行ったことのあるクシナタ隊のお姉さんと一緒にエルフの隠れ里へ向かって貰った。人間には物を売らない里の店でもムール君になら物を売ってくれるのではと考えたこともあるが、ムール君の母親があの里の出身だったからと言う理由もある。

 

(里帰り……って訳でもないけど、多分ムール君のお袋さん、あっちじゃ行方不明扱いだと思うし)

 

 最終的に行方不明にはなってしまっているが、ムール君という子供が出来たことは報告しておいても良いだろう。

 

「エルフの飲み薬の数が揃えば、確実性が増す」

 

 もし、連続挑戦を受け付けてくれるなら、一戦した後で精神力を完全に回復する飲み薬を使って消耗した分を補い、もう一度挑戦するというのもアリだろう。

 

(駄目だったら中継点までルーラで戻ってもう一度、かなぁ? ただ、あの中継点に宿屋なんて無かったし、出直したとしても飲み薬は必須なんだよね)

 

 準備は順調に、着々と進んでいた。

 

「おや、こんな所にいたのかい」

 

 こう、唐突なタイミングで苦手な相手に声をかけられるまで概ねは。

 

「お前か……」

 

 城下町の出入り口のすぐ外だ、人の気配が近づいてきていたのは察していた。だが、旅人だと思った気配の主が見知った相手だったとは思わずつい振り向いた俺に元女戦士は言った。

 

「で、何時なんだい、出発するのはさ?」

 

「なっ」

 

「なんだいなんだい……あんだけ周りの人間が忙しなきゃ、あたいだって気づくさね」

 

 驚きの声を上げた俺に何処か気分を害した態を見せた元女戦は鼻を鳴らす。

 

「賢者になって沢山の呪文も覚えたし、足手まといにゃならないよ。今までの借りを返すって意味でもそのまま行かせるってのはね……それとも何かい、勇者様を見送ったんでハメを外しに歓楽街にでもしけ込もうって算段だったかい?」

 

「っ」

 

 脊髄反射で叫びたいところだったが、ぐっと堪えた。

 

(とは言えここで肯定して追っ払うなんてのは下策だしなぁ)

 

 こっちはトロワを連れているのだ。お子様はご遠慮願うようないかがわしい店に行くなんて話は無理があるし、無理を押し通そうモノなら、ついて来かねない。腕輪がなきゃせくしーぎゃるだもの。

 

(こっちに恩義を感じてるって面でもな)

 

 スミレさんとかと比べればまだやり込めやすい相手のような気もするが。

 

「一夜のお相手を探してるってんなら、あたいで良ければお相手す」

 

「やめろ、服を脱ぎ出すな!」

 

「おや、違ったかい。じゃ、何処か行くんだね?」

 

 前言撤回、充分タチが悪かった。

 

「お前……」

 

「冗談はあれぐらいでおいておいてさ。隣に連れてるそっちの人の格好と職業、ついでに同職だからこそわかる強さを鑑みればね、何かとてつもないことをやろうとしてるって事ぐらいあたいにもわかるのさ。だからね……」

 

 頼って欲しいんだよと、元女戦士は言う。

 

「ここに来て自分はかなり強くなったと、自惚れかも知れないけど、あたいは思う。だってのに、声もかけてくれないなんて……あんまりじゃないのさ。あたいは、そんなに使えないかい?」

 

 ここで使える使えないじゃなくて俺の貞操が不安なのでとか言えたらどれだけ良かっただろうか。

 

「はぁ……お前が、お前の実力ならわかっている」

 

 発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂に入り浸っていた変態さんだ。原作で言うところのレベルカンストを賢者でやっていたって驚かないし、もし一ターン二回行動を会得したなら戦力としては申し分ない。

 

(ただ、なぁ。変態に技術を与えるとろくな事にならないって歴史は証明してる……)

 

 単に攻略だけを考えるなら、パーティに入れた上、シャルロットにもやったアレをして技術を会得させるのが一番だ、一番なのだが。

 

「今晩、俺の部屋に来い。そこで話す……」

 

 俺は選択を間違えただろうか。

 

「そ、それじゃ」

 

「ああ」

 

 せくしーぎゃるの前であれをやるとか。まったく、どれ程無謀な挑戦か。

 

「マイ・ロード、そろそろ来られるのでは?」

 

「そう、だな……ん」

 

 そして時間は流れ夜になり、元女戦士を部屋で待つ中、近寄ってくる気配を感じ取る。

 

「来たか」

 

 こうして、俺の挑戦は始まった。

 

 




あるぇ? ダンジョンにたどり着けなかった。


と言うか、その前に主人公の貞操はどうなっちゃうの? このまま元女戦士に襲われちゃったらいろんな意味で拙い流れになっちゃう! お願い、襲われないで主人公!


次回、第百八十七話「ダンジョンにせくしーぎゃると行くのは間違っているのだろうか」

デュエル、スタンバイ!


って、あれ?



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第百八十七話「ダンジョンにせくしーぎゃると行くのは間違っているのだろうか」

「馬鹿にするんじゃないよ。あんたの体術が凄いってのはあたいにだってわかるんだ」

 

 欲望に負けてそんな凄い技術を会得出来るチャンスをフイにする訳無いじゃないのさと元女戦士は激怒したが、俺が悪かったのか。

 

「とは言われてもな……お前、日頃周囲にどんな目で見られてるのか知ってるのか? 発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂に入り浸って人様に見せられない態で運び出されるのを目撃した者が何人も居るんだぞ?」

 

「うっ」

 

「それに、あれから暫く経つが変わってしまった性格はまだ腕輪で上書きしているだけなんだろうに。石の効果が切れて着替える時、何らかのはずみで腕輪が外れても平然としていられるのか?」

 

 それが、俺にとっては一番の疑問だった。

 

「以前のお前ならそれでも実力の方で絶対的な開きがあった。だが、あの風呂という名の変態的拷問は常識外れな、それこそ真面目に修練へ励むのが馬鹿馬鹿しくなる程急速に実力を向上させる。身体能力、会得した呪文の数、この二つにおいて世界でお前を凌駕する実力者は、数える程しか居まい。能力だけなら、誘わない理由はなかった。それでも今日まで話を持ちかけなかった理由、賢者なら察して欲しいというのは俺の贅沢か?」

 

「ぐっ」

 

 正論だからこそぐうの音も出ないのだとは思うが、こちらにも言い分はあった。

 

「そもそも、俺達が向かおうとしてる先に居る者は、お前が変わってしまった原因と無縁ではないかも知れない、ともなればな」

 

「なっ」

 

 まだ責める目で見た俺の言葉へ、滅多なことでは驚かない性格になった元女戦士も流石に驚愕し。

 

「どういう事だい?」

 

「あの本の所持者、と言うことだ」

 

 すぐに食いついてきたところで問いかける目に動じず、俺は告げた。

 

(とりあえずはそれがギリギリだしなぁ)

 

 単独では元バニー様のおじさま印のビキニ以外の強力な装備を入手することは不可能だろうが、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂に入り浸った結果、同じ実力の者を数名集めれば神竜に勝ち願いを叶えて貰える程の実力を目の前のせくしーぎゃるは持っているのだ。

 

(神竜が勝てば願いを叶えてくれる存在だとまで知ればどうなることか)

 

 欲望全開でとんでもない願い事をして、しかも叶えて貰ってしまう可能性だって充分ありうる。

 

(俺のパーティーメンバーに組み込んで、願い事をされる前にこちらが願いを叶えきってしまえば防げはするし)

 

 詳細を明かす前に約束をしておくという手もある。

 

(あとはこの(ひと)の性格を上書きしてしまうか、かな)

 

 交易網を使っての読んだ人物の性格を変える本の捜索は続けているし、エルフの里へ赴いて貰ったムール君にも有れば複数購入してきて欲しいとは言ってある。

 

(困らないからなぁ、複数あっても)

 

 ごーいんぐまいうぇーさんとかスミレさんとか、腐った僧侶少女とか、使いたい知り合いや仲間は他にもいるのだから。

 

「まあいい、そいつはとんでもなく辿り着くのが難しいところに住んでいてな。会うにもまず恐ろしい魔物が棲息する長い洞窟を抜ける必要がある」

 

「恐ろしいだって?」

 

「バラモスに似た外見をしていてな。劣化番の魔王が大家族仲良く暮らしていると言えば、いいか?」

 

「何だいそりゃ……」

 

 俺の投げた爆弾発言に元女戦士は呆然とするが、そこで言葉を止める気はない。

 

「そもそもあの魔王バラモスとて何もない場所から湧いて出たと思うか? ああ言う外見の種族が何処かにひっそり隠れ住んでいて、折り合いがつかなくなったか力故に恐れられ追放されたか、もしくは自分の野望から仲間達の元を離れ、大魔王を名乗り始めたと考えた方が辻褄は合う」

 

 ゾーマの事を知ってるトロワからすれば、何言ってるんだこの人はと言った目で見られても仕方のない大嘘だが、あのダンジョンにバラモスの色違いなモンスターが存在する理由を知らないのだから仕方ない。

 

(まぁ、格闘場もどきなフロアで勝負を挑んできた時、こっちが話かけるまで戦闘にはならなかった気もするし)

 

 バラモスエビルという名ほど邪悪な性格をしていたかなと首を傾げざるをえない。戦闘力は高く面倒な相手ではあるものの、高確率でバシルーラの呪文が効いたと思うし。

 

「あのバラモスと同じ種族、ねぇ。あんた、そんなのがウヨウヨ居る所に行こうとしてたのかい」

 

「まあな。だからこそ、強い装備を集め、戦力を集めていた。まぁ近くの町や村が滅んだという噂も聞かないし、その存在に関しては目撃例が全くないからな。世界征服とかを企むはぐれと比べれば、優先度は低いが、住処から出てこないか、性質はどのようなものかぐらいは探っておく必要がある。ああ、何故そんなことを知っているのかという質問は無しで頼む。この話とて漏れ出せばせっかく平和になった世界を混乱の坩堝に落とし込むに足る。恐慌をきたした何処かの国の王が兵を差し向け、下手に刺激したことでその魔物達が人間達に敵意を抱くなどと言ったことになれば目も当てられん。知っている者は少ない方が良いのだからな」

 

 我ながら上手い言い訳だと思った。これなら目の前の元女戦士は、神竜会いに行くために通る洞窟のことについては、他言しないだろうから。

 

「今日はもう部屋に戻って休むがいい。出発までもう一週間もない。まぁ、ついて来ないなら話はべ」

 

「っ、ついて行くに決まってるだろ! 全てじゃないけどね、話してくれたことにも感謝するよ。じゃあね」

 

 そして言い終えた元女戦士は部屋を去っていった。

 

「何だかんだで、あいつも同行者か」

 

 腕輪を着けていれば、外すまでは問題にならないとも思う。ただ、判断を間違っていないと言い切ることも俺には出来なかった。

 





次回、第百八十八話「謎の洞窟」



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第百八十八話「謎の洞窟へ」

「では、行くとしよう」

 

 俺がクシナタ隊のお姉さん達や元女戦士、トロワ達を見回してそう言ったのは、元女戦士を同行者と決めた次の日の昼頃のこと。

 

「任せときな……しっかし、あんたにゃまた借りが出来ちまったね」

 

 戦士時代の癖か力こぶを作るようなポーズで応じた元女戦士はポツリと漏らしてこちらを見る。そう、もはや元女戦士はせくしーぎゃるでなくなっていた。ムールくんが性格の変わる本を十冊ほど持って戻ってきたため、内一冊をこの元女戦士に渡したのだ。

 

(おろちの時みたいなオチはもう無いだろうし、これで一安心かな)

 

 実際、件のダンジョンの中継点まで攻略が進んだ暁には、神竜のことだって教えても良いかもしれない。

 

「お前達には事前に伝えておいた通り、過酷な道のりが予想されるくれぐれも気は抜くなよ?」

 

「「はい」」

 

「いい返事だ。……誰か、ルーラを頼む」

 

 人の目がある場所で俺が呪文を唱える訳にはいかない。

 

「わかりました。ルーラッ」

 

 クシナタ隊に所属する魔法使いのお姉さんがこちらの要請に答えて呪文を唱え、身体は城下町の入り口から上空に浮かび上がるとある程度の高さまで来たところで移動の向きがほぼ真横に変わる。

 

「いよいよ、か」

 

 流石にここで異動先を間違えるなんてポカをあのお姉さんがやらかすとも思えない。辿り着くのは竜の女王の城、そして向かうのは原作でクリア後にしか訪れられなかった洞窟だ。

 

(原作だと、ゾーマを倒したメンバーを総取っ替えしても洞窟には行けたはず……なら理論上、俺がいけないはずはない)

 

 クリアが条件に含まれていた場合、それは俺の借りているこの身体が満たしている。

 

(クリアが、ゾーマの撃破が関係ないなら、ごく普通にあのダンジョンへ行けるだけだし)

 

 何より、竜の女王の言葉がある。今より前のタイミングで神竜に挑めなかったら、叶える願い事が減ってしまうからと俺のために神竜でも病気は治せないと嘘をつく必要はなかったはず。

 

(洞窟には行けるんだ、それは間違いない)

 

 では、洞窟に出る魔物には勝てるか。

 

(若干反則っぽい手段ではあるけど、装備も戦力も揃えたからなぁ)

 

 問題は、ない。

 

(どっちかって言うと、バラモスもどきとの接触とかの方が不安な気がする)

 

 元女戦士には調査だと嘘をついてしまっている。故に、本当のことを話すか、なぜあんな強い魔物が相応の調査をする必要が出てくるのだ。

 

(シャルロットがいれば仲間に出来ないか試す何て事も出来たかも知れないけど、ゾーマを倒して貰うってのにさらに手を煩わすとかないしなぁ)

 

 魔物使いの心得とやらを誰かに学ばせておくべきだったか。

 

「ふむ、魔物との会話、か……そうなってくると、頼りに出来そうなのはお前だけだな」

 

 魔物によってはエピちゃんの様に捕縛するというのもありだろうが、こちらにはアークマージだったトロワがいるのだ。

 

(確か、色違いの敵も居た筈だし、あっちだったら……あ)

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 

「お任せ下さい、マイ・ロード。……マイ・ロード?」

 

「ん? あ、何でもない」

 

 気づいたが、タイミングが悪かった。

 

(とは言えなぁ……)

 

 俺が思い至ったのは、相手が昔のトロワみたいな女の子だったらどうしようと言うモノ。トロワを前にして平静でいられなかったとしてもしょうがないと思うのだ。

 

(つーか、今思い至ったってそれ自体フラグっぽいんだよなぁ)

 

 どうかまともな相手でありますように、と俺は静かに祈った。効果があるか何てわからないけど。

 

「マイ・ロード、そろそろ到着のようですよ」

 

「っ、そうか」

 

 祈りを止めたのは、トロワの声に顔を上げるのとほぼ同時。

 

「何を祈っていらしたんです? 随分真剣にお祈りされてたようですが」

 

「いや、探索が無事に成功するように、とな」

 

 声には出していなかったというのに見られていたらしく、クシナタ隊のお姉さんの一人が声をかけてきたものの、俺は何でもないように答え、着地の体勢をとる。

 

(遭遇する魔物の性格だって探索が無事成功するかの要素の一つだし)

 

 広い定義で見れば嘘はついていないんじゃないだろうか。

 

「っ」

 

 着地したのは城の前。

 

「へぇ、立派な城だねぇ。で、ここからはどっちに行くのさね?」

 

「中だ」

 

 確か馬の門番だか門兵が居た気がするが、前に一度中に入った城。

 

「どうぞお通り下さい」

 

 元女戦士の質問に答え、そのまま中へと踏み居れば、喋る馬にはあっさり通過を許され。

 

「ふぅん、随分風変わりな城だねぇ」

 

 平然としたまま元女戦士は俺の後ろをついてくる。

 

「驚かないのかって? まぁ、昨日たっぷり驚かせてもらったからね、今更馬が喋るぐらいどうってことないよ」

 

「そうか」

 

 なら、ステンドグラスから降ってくる光の中に入るって移動法にも驚かないのだろうか。

 

「いや、取り乱さないなら好都合だな。このまま目的地に行くぞ」

 

「ああ、大船に乗った気でいな」

 

 腕輪で性格が豪傑になっているからか、元女戦士は心強い限りであり。

 

「なっ」

 

 それでも、流石に周囲の視界が急に歪み出せば驚くらしい。

 

(まぁ、俺は原作知識あるしなぁ)

 

 俺が教えたクシナタ隊のお姉さん達もだ。

 

「ん?」

 

 ただ、外套(やみのころも)を引っぱられた気がして振り返ると、ぼやける視界の中、外套(やみのころも)の端を掴むトロワが居た。

 

(あー、移動する類のモノだから、離れないようにって)

 

 思ったのかと思考するよりも早く視界は元に戻り始める。

 

「到着、か」

 

 足は草の生えた地面を踏みしめ、左手に見えるのは大きな湖。右手には幾本もの木々が多い茂っているのが見えた。

 

(予想はしてたけど、ここも広いなぁ)

 

 原作だったら画面一つで収まった記憶があるが、やはりここも町や村と同じで相応の広さを持っていた。

 

「洞窟はこのまま真っ直ぐ進んだ先にある。ちなみにここは空の上らしいからな。無いとは思うが縁に行って落ちるなよ?」

 

 実際落ちることが出来たかは記憶にないが、原作とこの世界には差異がある。あっちでは大丈夫だったからとタカをくくって失敗もしたくない。

 

(まして、凶悪なモンスターが出るなら尚のことだよな)

 

 俺は気を引き締めて歩き出し。

 

「ふむ、タカのめを使うまでもなかったな」

 

 やがて視界に見え始めたのは、ぽっかりと口を開けた洞窟。

 

「隊列を整えろ。俺が先頭に立つ。奇襲に備えて最後尾も盗賊に。魔法使いが真ん中だ」

 

 入り口の側まで来て足を止めた俺は振り返り仲間達に命じた。

 




いよいよ、クリア後ダンジョン突入です。

果たして胸の大きな女の子モンスター登場となるか?

次回、第百八十九話「アナザーディメンジョンかな?」

銀魂の怪談聖闘士パロディ回、爆笑したなぁ、うん。


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第百八十九話「アナザーディメンジョンかな?」

「さて……」

 

 入ってすぐの小部屋を抜けると、突き当たりに揺れるは燭台の火。

 

「明かりがあるのはありがたいが」

 

 誰かが手入れをしなければ、普通ああいったものは消えてしまうはずであり。探れば洞窟内にはあちこちに気配があった。

 

「あちこちに先住者が居るようだな。まぁ、人間ではあるまい」

 

「へぇ、じゃあ話にあったバラモスそっくりの魔物ってやつも居るってことかい」

 

「ふっ、どうだろうな……」

 

 後ろから聞こえた元女戦士の声に肩をすくめると、俺が指さしたのは突き当たりの右。

 

「一番近い気配はこっちだが、気配だけで魔物の種類までは特定できん」

 

 言外に目視で確認するしかないと言いつつ、忍び足で歩き始め。

 

「……あれだな」

 

「スー様、初めて見る魔物ですが」

 

 突き当たりから数えて右に二回、左に一回曲がった先、小部屋の中に認めた暗緑色の肌を持つそれを俺の肩越しに見たのか、後方からもクシナタ隊のお姉さんの声がした。

 

(うーん)

 

 先端が尖った耳、隠す事さえしない片乳を含む1mなんて簡単に越えて居るであろう胸囲。

 

(「まともな相手でありますように」って願ったおかげかなぁ)

 

 胸の大きなお姉さんなんかでは当然ない。それは棍棒を片手に持つ巨人。

 

(謎のデジャヴを感じるけど、きっと気にしちゃ駄目だ)

 

 せっかく人語を解するかも知れない魔物と遭遇したのだ。

 

「トロワ、頼めるか? それと、誰かスクルトとバイキルトを頼む。いきなり襲ってきた場合に備えておきたい」

 

「はい」

 

「あいよ。あんたに教えて貰ったアレを披露するのに良い機会さね、スクルト! ……バイキルト!」

 

 要請に応じたトロワが俺の横を通り抜け、直後にかかった二つの呪文は元女戦士からのもの。

 

「ほう、やるな」

 

 トロワにも呪文がかかる様に守備力を増加させる呪文を先に使った元女戦士に賛辞を送り。

 

「ぐふ? おぉ、この辺じゃ見ねぇ種族だな。ひょっっどして、挑戦者が?」

 

「挑戦者、ですか?」

 

 前方では、先んじて話しかけてきた禿頭巨人に先へトロワは問い返す。

 

「お前いい゛女だから教えてやる゛。ここ、神竜に挑むモノが通る。だから、試練どじて立ち塞がる魔物いる゛」

 

「それでは、あなたも?」

 

 再び尋ねたトロワに、巨人はげへげへ笑いつつ秘密だと答えた。

 

「どにかく、ごこ襲ってくる魔物多い゛。迷い込んだなら、悪いことは言わな゛い、引き返せ」

 

 見た目に反して良い奴だったのか、それともトロワがあの巨人からすると美人だったからなのか。

 

(まぁ、どっちにしても神竜の元まで向かおうとするなら襲ってくる魔物が居るってのは、原作通りか)

 

 あの巨人へ話しかけたのがトロワでなく俺だったら、そのまま戦闘になっていた可能性もある。

 

(その辺も確認してみるべきだよなぁ)

 

 襲いかかってきたとしてもこの洞窟の敵の強さを知る指標になるし、話が通じるなら情報源になるのだから。

 

「トロワ、ご苦労だった。話の続きは俺が」

 

「な゛っ、人間だど? ぞうが、坊主でね゛ぇどこを見るにやっば挑戦者が」

 

 俺がしようと続けるまでもなかった。巨人は棍棒を構え明らかに戦う姿勢を見せたのだから。

 

「……まぁ、一体ならこの程度か」

 

「え゛っ? ご、がっ、ふ、げっ」

 

 もっともすれ違いざまに四回程斬りつけたらあっさり崩れ落ちたけれど。

 

「今の化け物をあっさり……あたいの居る意味あるのかい?」

 

「それを言うなら私なんてお城に来る時、ルーラ使っただけですよ?」

 

 後ろでボソボソ話し合ってる声も聞こえていたが、ただ、トロワだけはお見事ですと褒めてくれた。

 

「とりあえず、今のは序の口だからな? 流石にあれが数匹出れば俺の手にも余るかもしれん」

 

 原作で言うところのクリア後ダンジョンを甘く見る気なんて毛頭無い。それどころか通常組めるパーティの人数を超えた数の人間に元アークマージを加えた編成でダンジョンを攻略し始めているのだ。

 

「消耗も避け、可能なら中継点まで生きたいところでもあるな。確か――」

 

 このダンジョンは既存ダンジョンのマップをつなぎ合わせた使い回しダンジョンだったはずだ。

 

(なんか原作では人の手が加わらない自然の洞窟から明らかに人の手が加わったピラミッドっぽい場所に飛んだりとか「異空間をねじ曲げていくつものダンジョンを繋ぎました」感があったけど、まぁ、攻略する側からすると使い回しって言うのは都合良いんだよね。他のダンジョンでの記憶とかマップが活かせるか……あ)

 

 そう、本来ならここはそう言うダンジョンであった。本来なら。

 

「マイ・ロード、どうされました?」

 

「いや、少しな……」

 

 例えば、魔物に変身して空を飛んでスルーしたとか、直接攻略せず他人に行って貰ったとかした場合、内部地形を覚えているはずがない。

 

(げんさくちしき? さすが に だんじょん まっぷ まで おぼえてませんよ?)

 

 原作プレイの方で記憶が残ってる場所があるとすれば、そこはレベル上げだとか魔物の落とすアイテム目当てにひたすらうろついた場所ぐらいだ。

 

「とにかく今は出来るだけ戦闘を避けつつ先に進もう。こんな場所なら魔物が外に迷い出てくることもなさそうだからな」

 

 よって、怖いのはエピちゃんポジションの魔物と遭遇することだけだ。更に詳しい情報を得ると言うなら、情報源はあった方が良いが、このままこのダンジョンを完全攻略してしまう訳ではない。

 

(戻った時に連れてる女の子が増えてたら、なぁ)

 

 何しに行っていたんだという類の非難を帯びた視線は避けられない。

 

(大丈夫。最初のエンカウントだって女の子じゃなかったんだから――)

 

 加えて、俺は足音や気配を殺している。

 

(大丈夫だ、うん)

 

 己を信じ、俺は再び歩き出す、ダンジョンの奥へと向かって。

 




と言う訳で、遭遇したのはダークトロルでした。

うん、いつぞやと同じオチでごめんなさい。

次回、第百九十話「知っているのか、トロワ?」



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第百九十話「知っているのか、トロワ?」

「ようやく階段か」

 

 歩いた記憶のない構造だったからか、幾度か行き止まりにぶつかりつつ、ようやく次のフロアへと進めそうだと思うまでに魔物とのニアミスは両手の指の数を軽く超えた。

 

(直接戦闘になった回数が少なかったのは、きっとトロワのお陰だろうけど)

 

 遭遇した魔物の中にゾーマの城でも遭遇する種類の魔物が居たのだ。

 

(トロワ自身も気づいたみたいだったから、俺が話を振って……)

 

 トロワの解説にあった魔物の習性を利用して戦闘を逃れたりもした。

 

「しかし、逆に謎が深まる訳だが……何故ここにトロワがよく知る魔物が居るのだろうな」

 

 ここは一応空の上。竜の女王の城の住民の話からすれば、天界と呼ばれる場所の筈なのだ。

 

(既に出遭った魔物を混ぜることで、プレイヤーに出現するモンスターの強さを認識して貰おうとかそんないとだったかもしれないけど……そんな理屈が通用するのは、原作だけだもんなぁ)

 

 天界にゾーマ城や城の周辺をうろつく魔物が出現するって状況は、トロワからすればきっと理解不能だろう。

 

「確かに。今度遭遇した時、聞き出しましょうか?」

 

「いや、いい」

 

 トロワも腑に落ちないのか、提案してくれたが、俺は敢えて首を横に振った。

 

「最初に出くわした暗緑色のトロルの様に最終的に戦うしかない状況になっては面倒だからな。戦ってる内に他の魔物と遭遇すると言うこともあり得る」

 

 ついでに言うならそうやって出遭う魔物が女の子ってオチもじゅうぶんあり得るのだ。

 

「暗緑色のトロルを倒した時にも言ったが、今は先を進むことを優先しよう。深部にヒントになりそうなモノがあるやもしれんしな」

 

 原作では存在しなかったことを知っているが、強敵がウヨウヨするダンジョン内で興味を理由に危険を冒すなんてあり得なかった。

 

「下へ降りる。油断はするなよ」

 

 警告は後方と同時に自分へ向けたもの。前方の気配を探りつつ、俺は階段を下り。

 

「っ」

 

 徐々に感じ始めた熱気と不自然な程の明るさに顔をしかめる。少し先に見えた赤い靄の様なモノにも見覚えがあったのだ。そう、そこはスレッジに扮し竜化の呪文(ドラゴラム)で暴れ回った場所。同時にクシナタ隊のお姉さん達にとってはおそらく一番見たくない場所。

 

「気をつけろ、溶岩洞窟だ」

 

 ワンクッション置いて精神的に身構える事が出来ればと声を発してから階段を下りきる。

 

「「っ」」

 

 後続のお姉さん達は俺の言で察したらしい。

 

「あぁ、何だか急に暑くなったかと思ったら、そういうことかい」

 

 ただ、事情を知らない元女戦士だけは他と反応に温度差があったが、これは仕方ない。

 

「長居したい環境ではないだろうからな。一気に駆け抜けるぞ。いけるか?」

 

 ここであれば道はわかる。故に俺はクシナタ隊のお姉さん達に問うた。

 

「ごめんなさい、気を遣って貰って」

 

「あたしちゃん達なら、たぶん、大丈夫」

 

「そうか。なら、急ぐぞ」

 

 どこか声が強ばっていたり震えている気がしたが、敢えて気づかなかったことにしてポツリと呟くと、歩く速さを少し早めた。

 

(ここにはあれも居るからな)

 

 見かけたのは上の階、先程まで居たフロアだが、ずんぐりとした身体と生える複数の首は見間違いようもない。

 

(キングヒドラ……やまたのおろちじゃないけど色以外の見た目が同じモンスターとか……)

 

 構造がこのフロアと全く同じなジパングの洞窟でおろちに殺されたことのあるスミレさんやカナメさん達にとって、悪意しか感じない組み合わせだ。

 

(出来れば出遭わずに済ませたい。見てしまうお姉さんが出たとしても、せめて戦闘にはならずに次のフロアへ行きたいところだけど……)

 

 早足で進みながら感じる魔物の気配は全てを避けて進める程まばらではなく。

 

(あやしいかげに化けてた時もそこそこしぶとかった気がするんだよなぁ、あいつ)

 

 おそらく、防御を捨てて攻撃に徹すれば、反撃される前に倒しきることは可能だ。だが、瞬殺しても死体は残る。

 

(カナメさん達があの姿を見るってのが問題なんだから、死体なら大丈夫なんて言い切れないし)

 

 おろちのように人に変身出来るなら、暴力に訴えてでも他の姿をとらせてやるというのに。

 

(人語を口にした記憶もないからなぁ、交渉が出来るかどうか)

 

 結局の所、出来るだけ避けて行くしかないのだろう。

 

「……そう思った矢先だったな」

 

 足を止め、俺はポツリと呟く。

 

「スー様?」

 

「マイ・ロード、ひょっとして――」

 

「ああ」

 

 後ろから聞こえた声に、敵だと告げる。

 

「相手は五本首の竜と、はぐれメタルが数匹、それに硬くて大きな蟹が一匹だ」

 

 経験値狙いなら、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)をいかにして逃げずに狩るか。突破するつもりなら、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)は無視してまず蟹を、ついでキングヒドラを仕留めるのが正解なのだろう。蟹の魔物と言うと呪文で守備力を上げ守りを固めて長期戦を強いてきたイメージがあるので。

 

(ま、カナメさん達が居る以上、どっちもないけど)

 

 ちらりと視線をやった先は、魔物達の向こうを流れる溶岩。

 

「先に出てデカブツを仕留める。お前達は蟹とはぐれメタルを頼む」

 

 連撃の一つを蹴りにして、カナメさん達が来る前にキングヒドラの死体を溶岩へ蹴り込む。

 

(バシルーラは効かないだろうしな)

 

 やるしかなかった。

 

「あいよ」

 

「マイ・ロード、すぐに援護します」

 

 心強い仲間達の声を背に、俺は飛び出し。

 

「でやあああっ」

 

「フシュギャアアッ」

 

 腕を振るえば首が飛び。

 

「はっ!」

 

「グシュオォ」

 

 反動で回転させるように薙いだ一撃でまた一つ首が飛ぶ。

 

「これでっ、うおおおっ!」

 

「フシュグォォォ」

 

 更に連撃。五つあった首は二つ減り、続いて繰り出した二撃で更に二つ減る。

 

「ラストだっ」

 

 最後の首を斬り飛ばされたキングヒドラはもはや悲鳴すら上げられず。

 

「ぶっ飛べ……シュゥゥゥゥゥッ! って、え゛?」

 

 渾身の蹴りを叩き込まれた首のない胴体は、白く丸いモノをぽろぽろ零しながら流れる溶岩の川へとぶち込まれて飛沫を上げた。

 

「えーと……」

 

 視界の中に残されたのは、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)と蟹と卵形をした白い何か。

 

「たまご?」

 

 何というか、これは想定外だった。

 




まさか の さんらん。

次回、第百九十一話「主人公もとうとう父親になるんですね。いやぁ、本当にここまで長かった」

相変わらず斜め上展開ですよね……どうして こうなった?


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第百九十一話「主人公もとうとう父親になるんですね。いやぁ、本当にここまで長かった」

「相手が悪かったな」

 

 とか言いつつ、溶岩に沈んで行く多頭竜(キングヒドラ)の死体を見て格好を付けて居られたらどれだけ良かったか。

 

「待たせたね」

 

「後はお任せ下さい、マイ・ロード」

 

「っ、ああ」

 

 すぐさま駆けつけてきた二人に返事をすると、とりあえず転がり出たソレの側へと足を進めた。

 

「ここでは戦闘に巻き込まれるな」

 

 甘いとは思う。だが、溶岩に投げ込む気にもそのまま放置する気にもなれず、握り拳より一回りか二回り以上大きな卵を俺は拾い上げた。

 

「次は、あれか」

 

 純粋な戦闘力でも元女戦士やトロワは申し分ないが、キングヒドラが倒された今、クシナタ隊の姉さん達の参戦を阻むモノはない。

 

「マイ・ロード申し訳ありません、はぐれメタルを二匹程逃してしまいました」

 

「大口叩いといて恥ずかしい限りさ」

 

「いや、助かった」

 

 卵拾いを続けていればかけられた声に、俺は頭を振って見せ。それよりもと続けると、抱えた卵を持ち上げた。

 

「こいつらをどうするか、だな」

 

「あー、そういやさっき拾ってたね」

 

「マイ・ロード、もしやそれはキングヒドラの卵、ですか?」

 

「ああ」

 

 どうやら卵拾いの一部を見られていたらしく、隠す必要もなかった俺はそのまま首肯する。

 

「あのままだと戦いに巻き込まれそうだったしな。母親を殺しておいて何をと笑われても仕方ないが、見殺しにする気にはなれな……ん?」

 

 なれなかったと言おうとした俺は腕の中の異変に気づいた。抱えたモノの一つが、動き始めたのだ。

 

「マイ・ロード?」

 

「……端的に言おう、産まれるかもしれん」

 

「なっ」

 

 多分、その時俺の目は据わっていたんじゃないかと思う。

 

「へー、スー様出産するんだ。あたしちゃんびっくり」

 

「すっ、スー様が出産?! そんな、まだ心の準備が……」

 

「……この二人は放っておくとして、どうするの?」

 

 スミレさんとその言葉に動揺してパニックになった隊のお姉さんを冷たい目で見たカナメさんは、視線をこちらにやって尋ねてきて、ただ質問はされても俺の中で答えはまだ出ていなかった。

 

「突然だったからな、まだ決まっていない」

 

 混じりっけなしの事実だ。

 

(そもそも、卵を産み落とすとは思わなかったし)

 

 その卵がいきなり動き出すとも思わなかった。

 

「ただ、ここにとどまるのが得策でないことぐらいはわかってるつもりだ」

 

 流れる溶岩のせいでやたら暑いし、カナメさん達にとっては暑さ以外の理由でも長居などしたくない場所だろう。

 

「次の階までこのまま進もう。魔物が避けて通れん状況になった時は、出来るだけ早く俺が片付ける。もっとも、その間、誰かにこの卵を……いや、トロワ、卵を預かっていて貰えるか?」

 

「マイ・ロード? わかりました、お任せ下さい」

 

 トロワは快諾してくれたが、正直、危ないところだったと思う。産まれてくるのは、おろちと似た形状の竜だ。

 

(クシナタ隊のお姉さん達に預ける訳にはいかないじゃないか。気が動転してたとは言え、またやらかすとこだった……)

 

 カナメさん達は自分達を蘇生させた相手であるからか、恩返しだと言って色々助けてくれる。だが、あそこで選択を誤れば、好意を仇で返すことになりかねない。

 

(道はわかる、避けられなかった魔物の群れは、今倒した……なら、次の階ぐらいまでは大丈夫な筈)

 

 フラグになりそうな気もしたが、大丈夫だと自分に言い聞かせ歩き出す。

 

「とりあえず、進行方向に敵はなし、か」

 

 道のりは順調だった、腕の中で動く卵が二つに増えていることを除けば。

 

(確か、階段ももうすぐだったはず……どうか次のフロアも記憶にある地形でありますように)

 

 流石にこのダンジョンの使い回しマップの順番なんて覚えていない俺は卵を抱えたまま祈る。地形と気配の双方がわかれば、比較的安全そうな場所で卵を確認する時間くらい出来るだろう。

 

(もう少し、もう少しだ)

 

 道を塞ぐような位置に魔物の気配は、ない。行ける。

 

(なんだか胸元から「ふしゅー」だとか「しゅおー」だとか幻聴は聞こえるし、二の腕や手を摘まれるような感触がするような気はするけど、きっと気のせいだから問題ないよね、うん)

 

 あははははははは、あはははははは。

 

(孵ってるじゃないですかー! やだーっ!)

 

 やっぱフラグだった、この上なくフラグだった。どうしよう、どうする。パニックに陥った俺は、落ち着くために深呼吸をという脳内の冷静な部分の声に大きく息を吸い。

 

「ひっひっふー、ひっひっふー……って、お産の呼吸法してどうする俺ぇ?!」

 

 盛大にボケて、自分自身にツッコんだ。

 

「お、お産?」

 

「ま、まさか」

 

「あ」

 

 後ろのざわめきに一人ノリツッコミを声に出してやってしまった事に気づいた俺は、思わず振り返り。

 

「……産まれた」

 

 痛すぎる沈黙の中事態を告げた。

 

「ふしゃー」

 

 空気を読まず腕の中のプチキングヒドラも鳴いた。

 

「……あー、その、何さね、あんたが取り乱したとこ初めて見た様な気がするよ……まぁ、無理はないけどさ」

 

「っ、か、可愛い……」

 

 視線を逸らし、どことなく気遣わしげな態度の元女戦士と、腕の中をガン見するトロワの二人に何とも言えない気持ちになった俺がしたことは、ただ一つ。

 

「トロワ、ならばこいつらは頼む」

 

 二匹のキングヒドラの赤ん坊を差し出すことだけだった。

 

「よ、宜しいのですか? 承知しました。マイ・ロードより預かったこの子達は、私が立派なキングヒドラに育ててきゃあ、ちょ、ちょっ、ど、どこを噛ん――」

 

「あー、そうなるか」

 

 俺も散々甘噛みされたのだ。抱いた相手が俺でなくてもやることは変わらなかったのだろう。

 

(というか、その いいかた は やめてください とろわさん、おれ が ちちおや みたい です)

 

 旧トロワだったらもっと際どい発言をしただろうから、そちらと比べるとマシなのだろうが、あまり気休めにはならない。

 

「と、とにかく次のフロアへ進むぞ」

 

 ひとまずトロワに頼んだものの、このダンジョンは子連れで攻略できるほど甘いものではない。

 

(誰かに預けてリレミトの呪文で離脱して貰うとしても、ジパングの洞窟そっくりのここに多頭竜の組み合わせは拙い)

 

 それでは、頼める相手が元女戦士だけになってしまう。

 

(トロワは俺の側に居るって制約があるしなぁ)

 

 ついでに言うなら、俺の胸元にはまだ孵ってない卵が幾つかある。

 

「下だ。下階に降りれば、きっと状況はマシになる」

 

 少なくともこのフロアより暑いことはあるまい、そう思いつつ階段を降り。

 

「な」

 

 正面の壁と左右に伸びる通路。見覚えはないけど予想は出来そうな地形に絶句する。ピラミッドだ、これ。

 

 




うまれちゃった。(てへぺろ)

え、色々噛まれているトロワを描写したサービスシーン?

闇谷は清純派ですので、そういうのはちょっと……。

次回、第百九十二話「知ってるけど知らない場所」


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第百九十二話「知ってるけど知らない場所」

「こいつはまた……めんどくさそうな所だね」

 

 元女戦士の呟きにはまったくもって同感だった。

 

「細い通路に時折存在する小部屋、か。まぁ、この狭い通路では魔物をやり過ごすことは難しいだろうな」

 

 通路の奥へ視線をやると通路の壁に片側だけ切れ目が見える。おそらくT字路になっているんだろう。

 

(格子のように縦横に通路が走り、交わる場所にああいう風なT字路や十字路、小部屋がある感じかな)

 

 ピラミッドのミイラが活性化したことで探索を断念していなければ見える限りの通路からの推測でなく、記憶を頼りにおおよその構造がわかるのだが。

 

(いや、ミイラフィーバーしてるピラミッド内で悠長に構造を覚えてる暇なんてなかったかもな。それに――)

 

 済んだことをどうこう言っていてもなんの解決にもならない。

 

「それでも気配はわかる。出来るだけ戦闘を避けて進むしか有るまい。となると、問題は卵と生まれたばかりの幼竜達だが……」

 

 これに関しての選択肢は大きく分ければ二つ。

 

「このまま連れて行くか、行くまいかだな。連れて行かぬのなら、誰かに預けて帰らせるか、同じ魔物を見つけて側に放つか、何にせよ決めねばならん」

 

「確かにねぇ……流石に産まれたばかりじゃ足手まといだろうし、連れて帰るか仲間が居るところで放つかのどっちかじゃないかい?」

 

「そうですね。スー様も卵を抱えたままでは片手が塞がってしまうでしょうし」

 

 問題を提起すれば、パーティーメンバーの意見は概ね後者。

 

「たださ、スー様。二度あることは三度あるってあたしちゃんは思うんだけど……連れて行ってから卵を見つけるって場合はどうするかも決めておいた方がいいよ?」

 

 と助言してくれたスミレさんの意図がフラグを立てようとしたではないのだと信じたい。

 

「再度、か……まぁ、全くないとは言い切れんか」

 

 後であたふたするより予め決めておいた方が混乱がなくて済むのは事実だ。

 

「スー様の赤ちゃんだったらあたしちゃん産んであげても良いけどねー」

 

「……そう言う笑えない冗談は置いておくとして、幸いこのパーティは殆どの者がリレミトとルーラを使えるからな。その手のモノを抱えて離脱するメンバーを決めておくか」

 

 スミレさんの残念ジョークを流しつつ振り返ると一同の顔を順に眺め。

 

「トロワは側にいると言っていたから、除外するとして……」

 

 抱えて離脱するモノが多頭竜の子供となれば、ほぼ一択だった。

 

「行ってくれるか?」

 

「っ、仕方ないね……」

 

 顔を真っ直ぐ見て頼めば、元女戦士は顔を背けつつもため息を吐いた。承諾してくれたと言うことなのだろう。

 

「すまんな、ではこいつを頼む。……トロワ」

 

 頭を下げて卵を差し出すと幼竜を抱えた従者に視線を向けた。

 

「はい。……お願いします」

 

 頷きつつも差し出す様子が悲しみとか寂しさを帯びていたのは、おそらく俺の目の錯覚とかではなく。

 

(……悪いことをしてしまったな)

 

 見た目で既に心惹かれていたようなのだその上で幼竜達を預けられ、抱いていたのだから、情が湧いてしまっていたとしても不思議はない。

 

(さっさと中継点まで行って、引き返そう)

 

 今回の目的は最深部で神竜を倒すことに非ず。ダンジョン攻略などせずとも移動呪文でたどり着ける途中の場所までならそれ程時間もかからずたどり着けると思う。

 

(3フロア中2フロアが足を踏み入れたことのないダンジョンの使い回しだったし、

だったら、俺が足を踏み入れたことのないダンジョンの数は減ってるはず)

 

 足を踏み入れたことのあるダンジョンならば、階段を目指して最短距離を行けば良いだけなのだ。魔物が居たとしても、戦力的に全力で奇襲をかけたなら、瞬殺とは行かなくても長期戦にはならず倒せる程度の自信ならある。

 

「じゃ、あたいは一足先に戻ってるけど、気をつけなよ?」

 

「ああ、ではな」

 

 俺は元女戦士へ別れを告げると、とりあえず向かって右手側の通路に進み。

 

(っ、魔物が引き返してくる。って、ことは正面は行き止まりか。なら――)

 

 正面の気配を避けるように分岐を右に曲がり。

 

「今度は十字路か。後方から魔物は来てないようだな、よし」

 

 そのまま直進すると、見えてきたのは、壁。

 

「行き止まり、ですね、スー様」

 

「そのようだ。引き返して右か左に曲がるべきだが……もう一つ前の分岐の正面が行き止まりのようだったからな」

 

 十字路の左があっちの方向へ進める唯一のルートと言うことになる。

 

(道がわからないなら、下手すれば全て回ることになるんだし、だったら端の端まで行ってみるのも手か)

 

 ダメもとのつもりだった。

 

「ほう」

 

 だが、道の先にあったT字路を曲がり、更にもう一度角を曲がった先に見えてきたのは下り階段であり。

 

「これはさい先が良いな」

 

 この分なら、思ったよりも早く中継点へたどり着けそうだと思いながら降りた階段の先。

 

(え゛っ)

 

 かろうじて、声は外には漏らさなかった、だが。

 

(なに、これ?)

 

 視界に飛び込んできたのは、見慣れぬ景色。右手には右巻きに渦を描くように地下水が流れ、流れの中心にあるのは、四本の石柱が突き立つ小島。石柱の内側には明らかに人の手が加わったとおぼしき床が清らかな水を湛えた泉を囲んでいた。

 

 




降り立った先は、ノアニール西の洞窟の使い回し。

ノアニールの事件はクシナタ隊の一班が解決したので、またしても土地勘の無いフロアというオチですね。

次回、第百九十三話「泉はスルー」

まぁ、戦闘避けてるから回復の必要あんましないんですよねー、このパーティー。


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第百九十三話「泉はスルー」

「マイ・ロード?」

 

 足を止めたからだろう。すぐ後ろから聞こえた声で我に返った俺は、すまんと言ってから歩き出す。

 

「右手正面の小島が見えるか? あれに一瞬目を奪われていた」

 

「あー、あの石柱の立った」

 

 示した先を見たのか、上がる感嘆の声にああと短く応じ。

 

「俺は噂に聞く回復の泉ではないかと思ったのだが……それ程消耗している訳でもないしな。無視して先に進もうと思う」

 

 理由を付け加えて方針を語れば、反対する者はおらず。

 

(気配は右手と右手奥、それに正面に散らばってるな)

 

 地下水の流れる部屋を出て、新たな通路の入り口を燭台が挟む小部屋に辿り着いた俺は考える。

 

(通路の入り口が右手にあると言うことは、壁の向こうに回り込む形の通路が何処かにあるんだろうな)

 

 見回しても右手の入り口以外に奥へ進める道がない以上、確定だろう。

 

(迷った時は確か左に曲がればいいとか聞いた気もするし、左に行ける道があるなら曲がってみるのも良いかも……なんて考えると左側には曲がれなかったりするものだけどね、うん)

 

 それならそれで、左手の壁に手をついたまま進むとかやってみればいい。

 

(無限ループとかじゃなきゃ、それで行けるはずだ……し?)

 

 考えながら進んだ先には左手と正面に通路の入り口が空いたやや開けた空間があり。

 

「……とりあえず、こっちでいいか」

 

 俺は当然左折した。

 

「さて、問題はこの後だな」

 

 奥へ進む通路はさして長くなく、岩壁らしきモノで止まっていた。もちろん、行き止まりではなく壁の左手から微かに光が漏れているようなのでただの曲がり角なのだろう。これもいい。

 

「足音からすると、人型、だな」

 

 そう、曲がった先に気配があるのだ。

 

「トロワ、バイキルトを。曲がり角の先に敵だ」

 

「はい、マイ・ロード」

 

「他の皆も援護を頼む」

 

 返事を返したトロワがすぐさま唱え始めた呪文の完成を待ちつつ、残る面々に声をかけ、足音を殺してゆっくりと前に進む。

 

「バイキルトッ」

 

 後背でトロワの唱え終わった呪文が合図だった。飛び出した先で驚き戸惑うは、金に近い鮮やかなオレンジの肩当て、手袋、ブーツを身につけた多腕の骨剣士。

 

「でやぁっ」

 

 切れ味を増したまじゅうのつめは手にした剣や身につけた肩当てごと骨剣士の身体を両断し。

 

「せぇいっ」

 

 振るった一撃の勢いを活かし、回転しつつ隣にいた骨剣士も薙ぎ払う。

 

「人骨の? なら――ニフラムっ!」

 

 後に続いたクシナタ隊のお姉さんは、敵の姿に若干驚きはしたようだったが、判断は的確だった。残った骨剣士は光の中に消え去り、俺達は骨剣士の群れをやっつけたのだから。

 

「まぁ、こいつは少々扱いに困りそうだがな」

 

 ぼそりとこぼして視線を落とす先は、斬りつけたどさくさに奪い取った宝箱。空いた箱の中から刀身を覗かせたそれは、中央部分に持ち手を持つS字をした両刃の刃に反った別の刀身がくっつくという奇妙な形をしていた。

 

「と言うかこの形状、どう使えと言うのか」

 

「マイ・ロード、お気を付け下さい」

 

 何とも形容しがたい表情で強奪品を見ているとトロワが声を上げ。

 

「私の記憶が確かなら、それはもろはのつるぎ。振るえば己も傷つけてしまう危険な武器です」

 

「ああ、これがあの」

 

 名前を聞いてしまえば、ツッコミどころしかない形状も納得だが、なら尚のこと触る気にはなれない。

 

「ならば、これの処遇はお前に任せよう。捨てるなり、研究材料にするなり好きにすると良い」

 

 副作用無しの武器に改造出来るなら儲けモノだし、改造は不可能だったとしても俺がもってるよりトロワに持たせておく方が何倍も安心出来る。

 

「しかし、あの多腕でこんな武器を持っているとなると、こいつはとんだ自殺志願者だな」

 

 足下に散らばる骨に目をやって肩をすくめつつ、トロワが自傷武器をしまうのを見届ければ、あとは前に進むのみ。

 

「ほう、ここで下り階段とはな……」

 

 燭台に照らされた部屋の中、下へと続く階段を見つけてポツリと呟きつつも、俺は足を止めず階段をおり出す。

 

「さて、と……」

 

 もうこの時点で俺は諦めていた。どうせ次も見覚えのないフロアなのだろうと。

 

「……何というか、案の定、だな」

 

 階段を下りた先は、小部屋。そこはいい。前方に通路が延び、更に先には通路とか回廊と言っても良いのではないかと思える細長い部屋があったのだ。

 

「あれは、鎧か……それとも戦士の立像か」

 

 どちらにしても魔物でないことは気配でわかる。剣と盾手にしたそれらは二列を作り、燭台の火に照らされ、佇んでいた。

 

「見たところ、一本道……宝のにおいも無し、か」

 

 ただ駆け抜けるだけの場所に足を止める必要もない。俺達は甲冑が作る列の間を通り抜けるとフロア間を移動するのと比べれば傾斜の緩い階段を登る。

 

「っ」

 

 登り切った先にあったのは、傾斜も角度も違う階段。

 

(ここから次のフロアかぁ)

 

 下りが登りに転じたと言うことは、折り返し地点は過ぎたと言うことだろうか。

 

「まぁ、進むしか有るまい。皆、ついてきてるな?」

 

「はい」

 

「と言うか、殆ど出番さえない感じです」

 

 振り返って点呼すると、スミレさんあたりが若干退屈そうだったが、それはそれ。

 

(まぁ、やることなかったってのは事実だからなぁ)

 

 胸中で苦笑しつつ進むと、次のフロアは細長い通路から始まった。

 

「ここは……ん?」

 

 立ち止まれば、後ろが詰まる。足を進めると、見えてきたのは鉄格子の扉。

 

「まぁ、いい。鍵はなくとも呪文はあるからな……アバカムっ」

 

 解錠呪文を唱えると、手で押すだけで鉄格子の扉は軋んだ音を立てつつ動き出した。

 




何だか一気にフロアを駆け抜けた気がする。

次回、第百九十四話「ころしあむへよーこそ」

そう言えば、あの格闘場、ジパング人まで観客席に居たけど、何処に存在する格闘場なのかしら?



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第百九十四話「ころしあむへよーこそ」

 

「あー」

 

 扉を開けた先の景色には見覚えがあった。

 

(サマンオサの地下牢か……)

 

 忍び込んでみたらまともな精神状態でない人が居たり、既に息を引き取った人がいて、落ち込んだ場所だ。

 

(それでも原作よりは人を救えたと思うけど……ん?)

 

 微妙な気持ちで先に進むと、ふいに目に飛び込んできたのは、むしろかゴザらしきモノの上に横たわる白骨死体。

 

(あー、そう言えば居たなぁ。けど、名前がわからないと蘇生のしようがないし……あ)

 

 手がかりを探して周囲を見回すと、反対側の牢に入っていた水色生き物と目があった。

 

「ダメもとで聞いてみるか」

 

「マイ・ロード?」

 

「あ、スー様、ひょっとして――」

 

 クシナタ隊のお姉さんには俺が何を考えたか察した人がいたようだったが、俺は敢えて否定も肯定もせず、水色生き物の入ってる檻の扉を開けた。

 

「ねえ、キミたちも試合にでるの?」

 

「いや」

 

 先に尋ねてきたのは、水色生き物。だが、これに首を横に振り。

 

「それより聞きたいことがあるのだが、良いか?」

 

「えっ」

 

 こちらに興味を失う前に尋ねれば、水色生き物はきょとんとする。

 

「見たところ、試合の出番待ちだろう? なら、時間つぶしに話し相手になって貰っても構うまい? 実はな、この牢の反対側に横たわっている亡骸が少し気になってな。あれが誰なのか知って居ないか?」

 

 人間とは限らない。と言うか、むしろ魔物の可能性の方が高い気もする。ここと次のフロアのことは覚えていた。確か、モンスター格闘場とそのモンスター達が入れられてる檻という設定と思わしき2フロアは原作でも印象に残っていた。

 

(ベビーサタンか何かかと思えば、色違いバラモスもどきと戦うハメになったし)

 

 あれは、スルーせず好奇心から話しかけてみたのが失敗だった。

 

「あー、それならデビルウィザードのヌイットさんだと思うよ。あと一回勝てばお姉さんのユイットさんと一緒に自由の身になれるって言ってたけど、相手がバラモスエビルのアンドリューくんだったみたいだし、あれは仕方なかったんじゃないかなぁ」

 

「ふむ」

 

 バラモスエビル、ってことは原作でうっかり話しかけて戦闘になってしまったあのバラモスもどきがそのアンドリューくんとやらだったのだろうか。

 

「だけどね、お姉さんのユイットさんが次の試合で勝てば、ヌイットさんを生き返らせてくれるって約束みたいで……」

 

「ちょっと、待て……何だか嫌な予感がするんだが。まさか……」

 

「うん、ユイットさんの試合がそろそろなんだ。だからキミ達がユイットさんのお相手なのかなぁって思ったんだけど」

 

 やっぱり そういうこと ですか、どちくしょう。

 

(と言うか、何で原作と対戦相手が違ってるの?)

 

 いや、原作知識に頼りすぎれば足を掬われかねない、こういう展開も予想していなければ行けなかったのかも知れないけど。

 

「弟を救うために命懸けで戦おうとする姉と戦うとか、完全にこっちが悪者だな」

 

 なんと言うかやりづらいことこの上ない。

 

(って、いや、待てよ……原作だと牢の屍はそのままだった……ってことはユイットさんは、試合で負けている?)

 

 勝って弟を蘇生して貰ったものの、その弟がまた負けたというパターンもあるが敢えてそっちのケースは除外する。

 

(うーん、どうしたものか。このまま階段を上るとそのユイットさんと戦う事になるのは間違いないよなぁ)

 

 原作の様に戦わず素通りしたら、こっちの不戦勝でヌイットさんとやらは生き返らせて貰えるのか。

 

(蘇生するなら強引にでもあの弟さんを俺達の仲間にしないといけないけど、現状で所属は魔物使いか格闘場のオーナーとかだろうし)

 

 今の状態で蘇生呪文をかけても聞くかどうかは微妙だ。

 

(やっぱり、上に登ってユイットさんに話しかけるしかない、かな)

 

 弟さんと違って生きている姉の方なら交渉は出来る。

 

(勝ち抜けで自由の身になれるようだし、だったら勝者の権利で二人の身柄を要求すれば……)

 

 受けて貰えるかという問題点も残るが、完全無欠の名案などそうそう思いつくものでもない。

 

「おおっと、これは驚きだ! 次の試合の挑戦者はどう見ても人間です! いったいどういう事でしょう?」

 

「何、ただの飛び入り参加だ。少々興味深いことを聞いてな」

 

 階段を上った俺は、口笛の音や歓声に混じって聞こえてきた戸惑い混じりのアナウンスにのっかり真紅の覆面ローブに身を包み群青の帯をしめた魔物の女性を指さす。

 

「生憎俺の所有物にデビルウィザードは居なくてな。この格闘場では、自由をかけて戦う魔物が居るらしい。つまり、そう言った魔物は誰かの所有物なのだろう? 交渉しようかとも思ったが俺はめんどくさいのは嫌いなタチだ」

 

 言いつつ前に進み出ると言葉を続ける。

 

「金なら有るが、買うってのもつまらん。勝負だ。対戦相手はコイツだけでなくていい。出てきた相手全てを倒したら、コイツとその弟を貰う」

 

 ちょっと傲慢で実力過信な魔物コレクターを演じた訳だ。

 

「……な、なんと。皆様お聞きしましたか? この挑戦者、目的はどうやら対戦相手の身体のようです」

 

「え゛っ」

 

 だが進行役はそうとってくれなかったらしい。

 

「しかも、弟の身柄までちゃかり要求していることに、この私、戦慄を隠せません。きっと、『弟の身柄が大切なら』とか脅迫して、対戦相手のユイットちゃんにお子様にはとても聞かせられないような破廉恥なことをやらせるつもりなのです! いいぞ、もっとやれ!」

 

「ちょ、ちょっ」

 

「私、個人的にはそう言う場面も見たいなと思いますが、同時に憤りも覚えております。この格闘場のモンスターはそんじょそこらでは見られない強敵揃い! 井の中の蛙には懲罰が必要でしょう! ちなみに、先程の『いいぞもっとやれ』の下りでオーナーからの許可は出ました。追加で五体程モンスターを増やしますが、挑戦者、文句はありませんね?」

 

「いや、魔物の数は構わんがな? とりあえず」

 

 破廉恥な真似がどうのは訂正させて欲しかった。

 

「では、話が格闘場が誇る、モンスター達よ、出でよ!」

 

 だが、聞いちゃいねぇ。こっちの話を無視し、進行役は仲間を呼んだのだ。

 




見ず知らずの姉弟を救おうとした結果がこれだよ。

次回、第百九十五話「誤解と死闘」

果たして主人公はユイットちゃんにお子様にはとても聞かせられないような破廉恥なことをやらせられるのか?



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第百九十五話「誤解と死闘」

 

「まずはおなじみ、我が格闘場期待の星、連勝記録を更新中のバラモスエビル、リチャードぉー」

 

 進行役の声に応えるようにケケケと笑いつつ飛び出してきたいかにも翼のある紫の悪魔っぽい外のそれは、着地するとバラモスを色違いにしたようなモノに姿を変えた。

 

「っ……マホカンタ」

 

 危うく背中の翼はどうしたとツッコミかけたが、かろうじて堪え、小声で呪文を唱える。

 

「続いては、今日も何とか生き延びた。負けたら蟹鍋の過酷な運命に逆らう隻鋏のキラークラブ、シザーヴっ!」

 

 続いて出てきたのは、残る左鋏を振り上げながら横歩きで現れた巨大な蟹。うん、蟹鍋とか隻鋏とかツッコミどころが多すぎる。

 

「……スカラ」

 

 そんなもはや精神攻撃何じゃと思える紹介の合間に俺はこっそり強化呪文を唱えて行く。せこいと言うなかれ、多対一な上、相手はおそらくこのダンジョンの凶悪な魔物で構成されているのだ、これぐらいはしておかないと後れをとる可能性は充分にある。

 

「続いての登場は、サラマンダーよりずっと早い、だが腕力はちょっと弱い、突然変異のサラマンダー、疾風のビュウ」

 

「……バイキルト」

 

 二体目と比べると紹介はマシな筈なのだが、この流れだと他の魔物にも謎の紹介文句が付いてるのだろうか。微妙な気持ちになりつつ、たいまつの明かりに照らされたアリーナの奥を見れば、軽く地面が揺れ始め。

 

「どんどん行くぞぉ! お次は、我が格闘場に入り浸り、天界の門番を首になったてんのもんばん、今は無職。お前それで本当に良いのか、グレゴリックぅぅぅぅ!」

 

「ちょっ」

 

 なに、これ。どこからツッこめばいいのですか。

 

「そして、いよいよラストぉ、虐殺を生き延びた薄幸の少女。ま、性別雌だし、間違っちゃいないはず、はぐれメタルのはぐリィナぁぁぁぁ」

 

「おい! 最後待て!」

 

 気が付けば俺は叫んでいた。

 

「おやぁ? 挑戦者から物言いだぁ」

 

「物言いって……まぁ、いい。他の魔物はわかる……が、最後に何ではぐれメタルなんだ!」

 

 他はわかる。だが、このメンバーにはぐれメタルを入れることに何の意味があるというのか。俺が追求すると進行役は答えた。

 

「決まってるでしょう、マスコットです」

 

 と。

 

「は?」

 

「見くびって貰っては困ります。この戦いは、あなたとあちらの魔物による、戦い。つまりあなたは六体の魔物を相手にしなければならないのですよ? 言うなれば、演出であり、あなたへのサービスです」

 

「あー」

 

 なるほど、そういうことか。

 

「つまり、六体全部が本気構成では俺が勝てないから一体分遊びを入れた、と?」

 

「そうとって頂いても構いません。ユイットちゃんにお子様にはとても聞かせられないような破廉恥なことをやらせるんじゃないかとワクワクしてるから手心を加えたとか、そんなことはありませんからね?」

 

「あ、はい」

 

 何というか全力で語るに落ちていた。

 

(いや、それでもてんのもんば……むしょくとか押し込んで来る辺り、勝たせないつもりもあるのか)

 

 金色に輝く巨体が階段を上ってきた時には、正直、驚いた。

 

「まあいい、そちらがそれで良いというなら――」

 

 俺は全力でやらせて貰うだけだ。

 

「マイ・ロード、ご武運を」

 

「スー様ぁ、勝ってくださいねー」

 

「スー様、あたしちゃん、スー様の賭け札買ってきましたー」

 

 観客席から聞こえる声援に無言で頷くと、俺は一歩前に。どうやって観客席に行ったのかとか、なに人に賭けてるのとかそういうツッコミはぐっと堪えた。今は戦いに集中すべき時だ。

 

「それでは、試合開――」

 

「でやぁっ」

 

 開始の合図に合わせ、地を蹴った。狙う相手はただ一体。

 

「ぐおおおぉっ?!」

 

 攻撃力強化呪文(バイキルト)を載せたまじゅうのつめによる連続攻撃を叩き込まれた黄金の体躯がすれ違った直後に傾ぎ、倒れ伏す。

 

「なっ」

 

「え」

 

 驚きの声を上げたのは、喋れる二体の魔物。

 

「ぐ、グレゴリック? し、信じられません、あのグレゴリックがたった一撃で倒され――」

 

 早すぎて進行役には一撃にしか見えていなかったらしい。が、どうでもいいこと。

 

「バシルーラッ!」

 

「うおっ、わ、うわぁぁぁぁぁ」

 

 盾を装備した手を突き出して呪文を唱えれば、愕然としていた魔物の内、バラモスの色違いだった方が場外まで吹っ飛んでいった。

 

「えっ、あ……す、す、ごい、凄いぞ挑戦者! たった一つ、たった一つの呪文でリチャードを吹き飛ばしたぁぁ! えー、尚、場外のため、バラモスエビルは敗北判定となります。生き残ったとは見なされませんので、生き残り札を買われたお客様は、どうぞご理解下さい」

 

「ん、生き残り札?」

 

「今回は変則マッチだから、スー様か運営側の勝利以外に、どの魔物が生き残るかに賭けられたっぽい。あたしちゃんは、スー様が全滅させると思ったから買わなかったけど」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げると、スミレさんが解説してくれた。

 

(成る程な)

 

 ちらりと観客席の方を見れば、バラモスエビルは堅いと思っていたのか、結構な人が掛札を買っていたようで、慟哭を上げる客が居るかと思えば、頭を抱えて席で蹲ってる客も居た。

 

「まぁ、普通に考えればこの編成の魔物に一人で勝つとかあり得ないしな」

 

 二回行動と強化呪文の事前かけがなければ、結果は変わっていたかも知れない。ともあれ、しみじみ考えている時間は、対戦相手にとって隙に見えたらしい。

 

「イオナズン」

 

 呪文を唱えたのは、おそらくデビルウィザードのユイットさん。

 

「すまんな」

 

 だが、俺は既に反射呪文(マホカンタ)を唱えた後であり。

 

「きゃあああっ」

 

 跳ね返ってきた爆発に飲まれたユイットさんが悲鳴をあげ。

 

「フシュオオオッ」

 

「くっ」

 

 吹き付けられたはげしい炎に呑まれた俺も顔を歪めた。

 




流石に勝てなくなるかと思って、「痛いのも痛くするのも大好き、生前の死因はもろはのつるぎによる自滅、デモンズソード、ヴェイドス」をはぐれメタルに入れ替えたら、死闘が死闘じゃなくなってしまった件について。

てんのもんばんを入れたりと最初はガチで死闘の演出するつもりだったんですよと言い訳をしてみる。

次回、第百九十六話「死闘?」

あと、サラマンダーについてはスルーしちゃって下さい、出来心です。(てへぺろ)


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第百九十六話「死闘?」

 

「……流石にフバーハまで手は回らなかったからな、っと……さて」

 

 突き込まれる鋏をかわし、ギラの呪文による熱が光の壁に跳ね返るのを視界に入れつつ身構える。

 

「行くぞっ」

 

 呪文はマホカンタで跳ね返せる以上、次に狙うのは空を泳ぐようにたゆたうドラゴン。だが、視線は隻鋏の巨大蟹にやり、そちらへ駆ける。

 

「はっ」

 

 地を蹴り飛んだ先は、蟹の上。何故なら、標的は高い場所にいるのだ。

 

「ここだぁっ! っ、よし」

 

 踏みつけた蟹を足場にもう一度飛ぶと、俺の手はサラマンダーの尻尾を捕まえた。同族と比べて早いという話だったが、こちらも素早さなら人間の限界に達(カンスト)しているのだ。

 

「炎の礼、させて貰うぞ」

 

「シュギャアアッ」

 

 尻尾を掴んだまままじゅうのつめを振るえば、血の雨が降り、断末魔と共に掴んでいた魔物の身体から浮力が消えた。

 

「っ、こっ」

 

 すかさず手を放し、叫びつつ落下する死体を蹴ることで距離を開け、下敷きになることを防ぎながら着地、と言うか地面に落ちて土の上を転がる。

 

(まぁ、そうだよなぁ、うん)

 

 これで三匹と格好を付けたかったのだが、そもサラマンダーの浮いていた位置が蟹を足場にするだけで届く高さだったのだ。言い切る前に地面に落ちるのは当然のこと。

 

(で、後は蟹と発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)と――)

 

 トロワ上位種のユイットさんかと、顔を上げた瞬間だった。

 

「うっ」

 

 怯えつつもこっちを睨んでくる尖り耳な美人のお姉さんが一人。

 

(あー、うん)

 

 煤まみれだし、あちこち破れたローブを着てるので、きっとイオナズンをはじき返されたユイットさんなのだろう。

 

(何というか……こうなるんじゃないかなぁ、とか少しは思ったけどさ)

 

 まず間違いなく誤解されている。

 

「おおっと! 挑戦者、ユイットちゃんを見ております! ローブが破れた姿に嗜虐心をくすぐられたのでしょうか。はたまた、戦いに勝って無理矢理にあーんなことやこーんなことをぐへへ……おっと、失礼しました」

 

 主にこの進行役が原因で。

 

「……イオナズンであの妄言黙らせられたらいいんだが」

 

 だから、ボソッと本音が漏れても仕方ない。

 

(ただ、うっかりアナウンス席を爆破しても誤解は解けないだろうし……)

 

 現実的に誤解を解く事を考えるなら、さっさと戦いに勝利して、弟さんを呪文で生き返らせるべきなんだろう。

 

(直接話しかけて説得は進行役が居る限り厳しいし)

 

 雑音をシャットアウトするため、零距離まで接近して耳元で囁く事も考えたが、それこそ妙な誤解を招きそうな気がする。

 

「……と言う訳で、悪いが鍋になって貰うっ、メラゾーマっ!」

 

 蟹にすれば、不意打ちだったかも知れない。さっき踏み台にされたものの、サラマンダーの死体から離れ転がったから距離もあった。だが、攻撃呪文であれば開いた距離も関係ない。直撃した巨大な火球が爆ぜて、バラバラになった蟹の死体が周囲に飛び散った。

 

「あ」

 

 鍋だって言ったのに四散させちゃった。

 

「な、な、な、なんと言うことでしょう! シザーヴがバラバラに、これでは蟹鍋は厳しいぃぃ! 一応死体回収班はスタンバイしていますが、果たして鍋に出来る程蟹の身が残っているのかぁぁぁぁ」

 

 って、それでも こころみよう とは するんかい。

 

「シザーヴ・ファンクラブ最後の晩餐が決行可能か怪しくなってきたところではありますが、それはそれ! 挑戦者、強い! 攻撃を諦め、シザーヴがスカラの呪文で身を固めたと見るや、嘲笑うかのように攻撃呪文で爆砕っ! 本当に容赦ありませんっ、私、何だかこの後の展開が個人的に楽しみになって参りました」

 

 相変わらずクズな本音が駄々漏れの進行役には攻撃呪文をぶつけたい気持ちで一杯だが。

 

(成る程、二度目の鋏攻撃が来ないと言うか近寄ってこなかったと思ったら、自己強化していたのか)

 

 そこまで観察してる余裕はなかった。うん、もちろんユイットさんに見とれていた訳ではない。サラマンダーに飛びついたり地面を転がったりとあの蟹への視線を外していたタイミングが何度かあったのだ。

 

「おお、なんと言うことでしょう。等格闘場の腕自慢達はほぼ全滅、残るはユイットちゃんとはぐれメタルのはぐリィナのみ。だと言うのに、挑戦者、先程からの応酬を見ますに、呪文を反射するマホカンタの呪文を使用している模様。これはえげつない!」

 

「やかましい! 呪文の使い手が複数居る時点で――」

 

 マホカンタは当然だろうと叫ぼうとした時だった。

 

「ザオリクっ」

 

「な」

 

 進行役に気をとられていた俺が聞いたのは、蘇生呪文を唱えた女性の声。

 

「お、おおおっ! ここに来て立った、グレゴリックが起きあがったぁぁぁ」

 

「ザオリク……だと?」

 

 いや、トロワ達アークマージの上位種族なのだ。蘇生呪文が使えてもおかしくはない、おかしくはないのだが。

 

「なら、何故弟を生き返らせない?」

 

 最初は蘇生費用を稼ぐために勝たなくてはいけないとかそう言うことだと思っていた。

 

「だが、自前で蘇生呪文が使えるなら――」

 

「あ、会わせて貰えないからだべっ!」

 

 何故勝利が必要か、そんな俺の疑問に答えたのは、つい今し方蘇生呪文を唱えたユイットさんだった。

 

(と言うか、「だべ」って……)

 

 俺が戸惑う間も、ユイットさんは語り続けた。運営はオラ達が不正さするかも知れねぇって身内同士での治療は許してくれねぇだ、とか。

 

「何連勝かすれば会う機会はくれるだ、でもよ。オラはヌイットさとまた姉弟仲良く暮らしてぇ。だで、負ける訳にはいかねぇだよ!」

 

「……なるほどな。ようやく得心はいった、が」

 

 何というか、まるっきり俺が悪役ポジションなんですが。

 

「『が』何だべさ?」

 

「それはこっちの話だ。そもそも今は試合中、だからな」

 

 一人生き返ったところで敵の数は減っているものの、蘇生された相手が拙い。

 

(見た目動く石像系のモンスターってことは、防御力無視な痛恨の一撃を繰り出してくることもあり得る……しかもこいつって二回行動してこなかったっけ?)

 

 先程は攻撃を貰う前に倒してしまったからわからないままなのだが、俺の嫌な予感が当たって二回連続痛恨の一撃とか出されたら、下手するとこっちが死ぬ。

 

(少し、わからなくなったか……だが)

 

 俺は金色無職を横目でちらりと見ると、自身との距離を測った。

 




デビルヴィザード=MP無限+ザオリク唱えられる

うん、弟さんも参戦してたら、主人公詰んでたかも知れませんね。

次回、第百九十七話「大番狂わせ」


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第百九十七話「大番狂わせ」

 

「いくぞ」

 

 再び地面を蹴り、俺は駆け出す。敵を一体蘇生された訳だが、攻撃される前に倒せればどうと言うことはない。

 

(ただ、倒してももう一度蘇生させられる可能性はあるんだよなぁ)

 

 デビルヴィザードであるユイットさんの精神力がどれ程のモノなのかを俺は知らない、覚えていない。もし、無限だったりした場合、倒す蘇生倒す蘇生のループを半永久的に繰り返すことにもなりかねない。

 

(あの金色を倒した余力を発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)に向けていた場合は、だけど)

 

 ここか最短で勝利するなら、ユイットさんか金色無職のどちらかを倒し、返す刃で残った方も倒すのが正解だと思う。

 

「せいっ」

 

「ぐおおおおっ」

 

 だから、俺は金色の方を斬り捨てた。

 

「うおおおおっ、またしてもグレゴリックが一撃だぁぁぁ!」

 

「これで――」

 

 そして騒ぐ外野を無視して方向転換。

 

「次は、お前だ!」

 

「ひっ、んぐっ」

 

 完全蘇生呪文(ザオリク)を使わせる訳にはいかない。怯え、硬直してしまったユイットさんに肉迫すると俺はその口へと突っ込んだ、自分の片手を。

 

「ん、ん゛おぉぉんーッ!」

 

「な、な、な、なんと言うことでしょう! 挑戦者、ユイットちゃんの口に手を突っ込んで呪文の詠唱を強引に止めたぁぁぁぁ!」

 

 最初は掌で押さえ込もうかと思ったんだ。だけど、それじゃ、引っぺがされたり指の隙間から呪文を唱えられる可能性があった。

 

(倒すつもりが勢い余って殺してしまった場合、怯えられるのは間違いないし……)

 

 呪文を封じた上で、交渉。ギブアップさせて、最後に発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)を倒して終了と言うのが戦闘中に俺の考えた筋書きだった。

 

「ん゛、ん、んーッ」

 

 ちょっと奥まで指が入りすぎたか、ユイットさんは涙目だし、手袋越しとはいえ歯を立てられた左手はちょっと痛いけどしかたない。

 

「おぼっ」

 

「……そう思っていた時期が、俺にもあった」

 

 鼻孔をくすぐる酸っぱいにおいと、びちゃびちゃという何かが地面へ落ちる水音に思わず目が遠くなる。

 

「あああああっ! リバースっ、リバースだぁぁぁぁ! 奥まで手を突っ込まれてしまったユイットちゃん、えづいたのか戻してしまったぁぁぁ!」

 

 何が起きたかをわざわざ観客に知らせる進行役。

 

「あー、なんだ、その、すまん……」

 

 エピちゃん(おもらしす)るに続く悲劇の単語、ユイットさん(おうとす)るはこうして産まれた。

 

「だが、俺も流石にこれ以上はさせたくない。ギブアップ、して貰えないか?」

 

 と言うか、公衆の面前でリバースさせた女の人へ物理的に追い打ちをかけるとか、やれる外道には流石になれない。

 

「その、服の着替えとかもあるだろうし、な? な?」

 

「んん、んぅ」

 

 旅に出てから五指に入る程下手に出たこの交渉の結果、俺はユイットさんへ首を縦に振って貰うことに成功し。

 

「ああーっと、ユイットちゃんがここでギブアップぅ! いやー、もっとけしからん光景が見られると思っていたのですが、少々残念です」

 

 進行役の戯言を完全スルーしつつ、残った一匹に歩み寄る。

 

「ピィッ」

 

「悪いな。今、俺は少々苛立っている。手加減は出来そうにないぞ?」

 

 逃げ出すに逃げ出せず、格闘場の壁際まで追いつめられた発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)がどうなったか何て言うまでもないだろう。

 

「ピ……」

 

「おおっと、はぐリィナが起きあがって仲間にして欲しそうに挑戦者を見ているぅぅぅ!」

 

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 魔物使いの心得があるのはシャルロットだろうに。

 

(なに が どうして こうなった?)

 

 いや、前に俺もばくだんいわから懐かれた覚えとかはあるけどさ。

 

「おや、おわかりでない? では、ご説明しましょう。はぐリィナによると、挑戦者のあなたからは仲間のにおいがするということです」

 

「におい……あ」

 

 イシスの格闘場で発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)相手の模擬戦をするトロワ達と同じ部屋にいたことを思い出し、疑問は氷解した。

 

「しかし、割と容赦なくボコボコにしたのだが……」

 

「それでも仲間が恋しいのでしょう。いやー、私、そんな過酷な運命を辿った一匹のはぐれメタルに涙が止まりません」

 

 ひょっとして殴られるのが好きな変態さんなのではと邪推し駆けたが、進行役以下に堕ちるのは流石に嫌だったので、別の言葉を口にする。

 

「それはそれとして、こいつはここの魔物なのだろう? 連れ出すにはまた戦って勝ったりしなければ行けないんじゃないのか?」

 

「あー、懸念はごもっともですが、そもそも今回の試合、挑戦者側が勝利するという大番狂わせが起きました。正直に申し上げますと、当格闘場にはあの布陣を突破する挑戦者に出せる魔物が現在存在しておりません」

 

「成る程、な」

 

 蟹は蟹鍋確定。バラモスもどきは何処かに飛んで行ってしまっているし、ユイットさんとこの発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)は立場が変わった関係で出場させられないのだろう。

 

「ですが、約束は守ります。ユイットちゃんは今シャワーを浴びているはずですが、戻ってきたならお好きなように。弟の亡骸を含め、三体のモンスターの所有者は挑戦者のあなたです」

 

「ふむ……」

 

 たぶん、これで一応の目的は果たしたと見て良いだろう。

 

(後は、二人と一匹を連れて中継点まで行ってから、帰還、と)

 

 うっすら残ってる原作知識だと、この闘技場から中継点まではすぐだった気もする。

 

「なら、俺は選手控え室の方に戻らせて貰おう。流石にこの手袋は、な」

 

 交換ついでとなると失礼だが、弟さんの方も呪文で蘇生させなくてはいけない。

 

「お前達も換金を済ませたら控え室の方に、な?」

 

 観客席のトロワやスミレさん達にそう告げると俺は踵を返したのだった。

 




まぁ、見た目マージ系なのでエピちゃんのお仲間入りは仕方ないね?


次回、第百九十八話「神竜に一番近い城」


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第百九十八話「姉弟の再会」

「……ああ、ここか」

 

 サマンオサの牢獄を彷彿とさせる控え室が並ぶ廊下を歩いていた俺は、鉄格子の向こうに白骨を見つけて足を止める。

 

「アバカム」

 

 扉自体は、解錠呪文が有れば開けるのは造作もない。

 

(そして、二人と一匹の身柄も預かった。完全蘇生呪文(ザオリク)を成功させる条件も揃ったって事だ)

 

 先にここまで来た理由は幾つかある。まず、観客席にいたトロワ達は一部の賭け札を買ったお姉さん達には換金する時間が必要だったこと。

 

(次が、これ……だな)

 

 二つめの理由は、控え室と言うよりは牢屋と行った方が正しそうな部屋の中に入り、視線を落とした先にあった。

 

「身体ごと燃やされでもしたか……それとも――」

 

 白骨死体は何も身につけていなかったのだ。この状態で蘇生した場合、初期クシナタ隊のお姉さん達同様、すっぽんぽんで生き返る可能性が高い。

 

「それを流石に異性へ見せる訳にはな……」

 

「ピキー?」

 

「と、お前も雌だったな。暫くこれを被っておけ」

 

 さも当たり前のように後ろで鳴いた発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)へ鞄から取り出した布を落とすと再び前を向き、呪文の詠唱に入る。これから生き返らせるデビルヴィザードは出来れば味方にしておきたい相手だった、その姉に謝らないと行けない身としては。

 

「ザオリク」

 

 動機にちょっぴり不純なモノが混じりはしたが、呪文自体にはなんら影響しなかったらしい。まぁ、雑念が入ったり真摯でないと呪文が回復系の呪文は成功しないとしたら、何処かの腐った僧侶少女が役立たず確定な気もするので逆説的に不安はあまり感じていなかった。

 

「姉貴っ」

 

「っ」

 

 いや、感じていたとしても直後に吹っ飛んでいただろう。蘇生された直後で目がよく見えていなかったのか、全裸で生き返った尖り耳の男が抱きついてきたのだ。

 

「ピ」

 

「うおっ?!」

 

 思わず後ずさろうとしたが、これも悪手。踵が何かを踏んづけて滑りバランスを崩したところで、直前の鳴き声から鳴き声に布を被せたせいでこっちの事が見えなかったあの発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)を踏んだと気づいたが、もうどうにもならなかった。

 

「わぁっ」

 

「ぬわぁっ」

 

 仰向けに倒れ込む俺、降ってくる全裸の男こと、ヌイットさん。姉同様に美形ではあったが、相手が男では何の救いにもならず。

 

「うぐっ」

 

「ぐおっ」

 

 重なり合って倒れ込んだ。後頭部が痛い、おそらく床に打ちつけたのだろう。下から悲鳴が漏れなかった事からすると、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)を下敷きにしなくて済んだようだ、ただ。

 

「あ、あぁ……」

 

 逆さになった世界、鉄格子の向こうで半ば呆然としつつ立つ人影が一つ。

 

「なんてこった、ヌイットさがホモになっちまっただーっ!」

 

「ちょ」

 

 響き渡るユイットさんの絶叫に俺の顔は完全にひきつっていた。

 

「おかしいと思っただ。オラだけならともかく、ヌイットさも欲しいって言うなんて……けど、違っただな? オラの事はよその目を欺くためで、本当はヌイットさの身体が目当てだったなんて……」

 

「ちょっと待て、誤解だ!」

 

 流石に黙っていられず、俺も叫んだ。

 

「何が誤解だべ! ゴザの上に寝ころんで抱き合ってるでねぇか!」

 

「っ、いや、これは遺体を寝かせる為に敷いてあったものだ! そも……っ」

 

 ユイットさんの指摘に第三者から見ればアウトな状況を否応なく再認識しつつも弁解を始めた俺は、複数の近づいてくる気配に気づいて固まった。

 

「俺がホモ……」

 

「くっ、退けっ」

 

 姉に誤解されたのがショックだったのか、真っ白に燃え尽きた全裸の男を上から慌ててはね除け。

 

「おっ父、おっ母、申し訳ねぇ……オラが居たって言うのにヌイットさを――」

 

「お前も話を聞けぇぇぇぇ!」

 

 起きあがるなり掴みかかる勢いで全力誤解中のユイットさんへ迫った。

 

「ピギュ」

 

「うおたっ」

 

 そして、滑る足下。

 

(ああ、なにごと も あせっちゃ だめ だなぁ)

 

 スローモーションになる世界の中で、俺は気づく。あの進行役のことを真に受けたのか、ユイットさんの身につけていたのが、戦っていた時着ていたローブではなく同じ色合いのマントのようなモノであったのだ。転びかけの俺が支えを求めて無意識に掴んでしまったことで、留め金が外れ、ずり落ちるマントの下、視界一杯に迫ってくるのは肌色一色。

 

「ひっ」

 

「すまぶっ」

 

 謝る暇などない。俺の顔は柔らかな二つの膨らみに挟まれる様に埋もれ、結果的に俺は膨らみの持ち主を押し倒したのだから。

 

「す、スー様?」

 

「マイ……ロード?」

 

 ちなみに、ユイットさんが立っていたのは部屋の外。だから押し倒せば廊下に居たトロワやクシナタ隊のお姉さん達は丸見えである。

 

「スー様、事情は伺いましたが、あれはちょっと……」

 

 なので、合流早々クシナタ隊のお姉さん達によるお説教を受けるハメになったのは、言うまでもない。

 

「蘇生も私達がこちらに着てから、『ヌイットさんが何も着てないから一度席を外してくれ』とおっしゃれば済むことでしたのに……」

 

「そうだな、すまん」

 

「まーまー、スー様はあたしちゃん達に気を遣ってくれようとしてこうなった訳だし、そろそろ許してあげてもいいと思うよ? 面白いものも見られたから」

 

 謝るしかない俺とフォローしつつも最後で台無しにするスミレさん。

 

「そうですね」

 

「スー様も反省されてるようですし」

 

 尚も続くかと思われたお説教がそんなスミレさんのフォローで切り上げられることに心がちょっとモヤッとしたが、俺もここで蒸し返すような愚をおかすつもりはない。

 

「じゃあ、そろそろ出発ね。あっちも感動の再会が終わったみたいだし」

 

 ただ口は開かずカナメさんの示す方を見やれば、そこには涙のあとを残したまま頷き合う姉弟の姿があり。

 

「さっきは、その失礼しましただ。ヌイットさ共々、どうぞ宜しくお願いしますだよ」

 

 こちらの視線に気づいたユイットさんは顔を赤くしたままぺこりと頭を下げるのだった。

 




せかいのあくい「久々に良い仕事した気がする」

おのれ、せかい の あくいめ。しろ に たどりつけなかった じゃないか。

次回、第百九十九話「神竜に一番近い城」

ちなみに「もう嫁さいけねぇだ、責任とってくんろ」と姉の方が主人公に詰め寄る展開も考えてましたが、没にしました。

少々そっち系ばっかりかなぁって思いまして。

あ、だからって、次回王様に主人公が迫られるとかそう言う展開はないのでご安心下さい。


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第百九十九話「神竜に一番近い城」

 

「そか、あっち側から外に出れるだか」

 

 アリーナへ向かおうとした俺達へ訝しげだったユイットさんもあの甲冑が並ぶ側へ出てから説明すればしきりに不思議だなやと呟いてはいたものの、納得してくれたらしい。

 

「やはり、本来はあんな場所に出ないのか」

 

「んだ。そもそもヘイルさが言う階段の先もオラ達が控えてた部屋があるだ」

 

「あぁ、まぁ常識的に考えればそうだろうな」

 

 やはりこのダンジョンは空間をねじ曲げ、幾つかの場所を繋いで作られていたと言うことなのだろう。

 

(リチャード、だっけ? あのバラモスもどきとか他のモンスターは間違いなく反対側の階段からのぼって来てたもんなぁ)

 

 なら、あっちに控え室がないのはどう考えてもおかしい。

 

「ただ、そうなるとあっちの階段を下りた後、お前達だけ控え室に出る可能性もある訳だが……」

 

「大丈夫だ。そっただことならねぇだろうけど、その時は控え室か舞台の方でヘイルさ達を待ってればいいべ」

 

「まぁ、それもそうだな」

 

 こちらだってついて来なかったら気づくだろうし、駄目だったなら、キングヒドラの時同様に一人一緒に残って貰ってルーラの呪文で一足先に帰ればいい。

 

(別の場所に出るとしたら、理由は一つ。おそらく俺達と同じ入り口から入ってきた訳じゃなくて元々ここにいたひ……魔物達だからって理由だろうし)

 

 それなら、一旦ルーラの呪文で移動し、洞窟の入り口から入り直すか中継点にルーラで飛べば離ればなれになる現象は防げるはず。

 

(もっとも、杞憂だと思うけどね)

 

 さっき、控え室のある廊下から甲冑が並ぶ洞窟に出た時、二人と一匹もついてきたのだ。

 

(仲間になった時点で、空間のねじれた先に行くようになっちゃってるみたいだからなぁ)

 

 あれを踏まえるなら、おそらく別の場所に出ることにはならないと思う。

 

「なら、先へ進むぞ? 下手にもたついて次の試合が始まってしまっては面倒だ」

 

 原作ならバラモスエビルを倒すかスルーすればもう敵は居なかった気もするが、この世界では既にユイットさんと戦うというイレギュラーが起きている。この格闘場が、世界の何処かにある普通のモンスター格闘場として運営されてるなら、次の試合が始まっても不思議はない。

 

「はい、スー様」

 

「わかりました」

 

「では、行こう――」

 

 同意してくれた幾人かの仲間に頷きで応じ、再び階段を上れば。

 

「おーい、鋏はこれだけかぁ?」

 

「この蟹味噌、砂混じっちゃってますねぇ……」

 

「あ……」

 

 アリーナは俺が四散させちゃった蟹の死体を回収する作業の真っ最中だった。

 

「と言うか先輩、これ集めるより蘇生させてからもう一度殺した方が早いんじゃないっすか? 砂とかも落ちるし」

 

「馬鹿、その蘇生費用は誰が出すんだ? そもそも闘技場で蘇生が許されるのは、余程の花形モンスターとかだぞ? まぁ、あの蟹も一部からはカルト的な人気があったみたいだけどよ。だいたい生き返らせるって言っても色々条件が揃ってないと無理らしいしな。条件無視して誰でもホイホイ生き返らせる事が出来るなんてぶっ飛んだ力持ってるのはあのグリゴリだったか? あの、金ぴかが言ってた竜の神様ぐらいだろ。くだらねぇこと言ってねぇで回収続けんぞ」

 

「へぇい」

 

「マイ・ロード……」

 

 かわされた死体回収係の人達の会話を聞いて、トロワがこちらを見るも、言葉が見つからない。

 

(なぜ こんなところ で いきなり しんりゅう の じょうほう が でてくるんですかねぇ)

 

 金ぴかとか言ってるし、情報源は首になったらしいあの元てんのもんばんなのだろうが。

 

(腹いせか? 首になった腹いせに情報を流出させた?)

 

 こっちは分不相応な野望を抱いて犬死にする人が出ないようにと神竜の情報は話す人を限定してたって言うのに。

 

(あの金ぴか、もっと刻んでおくんだった……)

 

 後悔は先に立たず。そも、死体蹴りをしたところで一度流出した情報がどうにかなるとは思えないし、何の罪もない死体回収業のおじさん達を物理的に口封じする訳にもいかない。

 

「仕事中すまんが、少しいいか?」

 

「んあ?」

 

 だから俺に出来るのは、直接話しかけて他言無用をお願いすることぐらいだったのだが。

 

「あー、あんたの危惧ももっともだ。だが、心配はいらねぇよ。あの金ぴか、首になったらしいけどあんたには負けたもののおっそろしく強ぇえことは試合を見た奴にゃわかるしな。ああ言う魔物がウヨウヨしてんだろ、竜の神様のいらっしゃる場所ってのは? 金ぴかの強さとセットで知った連中はその神様に死んだ奴を生き返らせて貰おうなんて大それた事は考えねぇ。だいたいどこにその神様がいらっしゃるかってとこまではあの金ぴかもしゃべらねぇし、仮にあの金ぴかから聞き出せる程の実力の持ち主なら心配なんざいらねぇだろ?」

 

「そう……だな。すまん、邪魔をした」

 

 どうやら俺の杞憂だったらしい。

 

「良いって事よ。んなことより、ユイットちゃん達を頼んだぜ? 実は俺、ユイットちゃんの隠れファンでな。あー、こいつはウチのかみさんにゃ内緒な?」

 

「内緒も何もお前の妻とは何の面識もないのだが?」

 

「おっと、そう言うやそうだな。えー、なんだ。そう、言いたかったのは二人と一匹の事よろしく頼むぜってこった。少し寂しくなるが、弟の方の死体を運んだ後にあんな顔を見ちまうとな。ユイットちゃんのことは特に宜しく頼まぁ。幸せにしてやってくれ」

 

「あ、あぁ」

 

 頭を下げる死体回収係のおじさんへ勢いに押されて頷いた俺は、その後階段を下り。

 

(幸せに、かぁ。知り合いでフリーな男って言うと後はルイーダの酒場にいた武闘家くらいなんだが……)

 

 脳内で候補者を捜しつつも足を進め気が付けば、すぐ目の前に階段があり。

 

「もう、次のフロアか。確か、そろそろだったな……」

 

 先へ進めば案の定。

 

「これは、ついたか……」

 

 感知したのは人のモノと思わしき気配、それが複数。俺のうろ覚えの原作知識通りなら、そこは神竜に一番近い城だった。

 




ふー、ようやくたどり着けた。

次回、第二百話「中継の地から」


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第二百話「中継の地から」

「ここがそうなのですか、マイ・ロード?」

 

 イシスのお城に似ているというクシナタ隊のお姉さんの声も背後でしたような気がするが、使い回しなのだから当然と言えば当然だ。

 

移動呪文(ルーラ)で来られる様にするには地名を認識する必要があったような……)

 

 村や町で「ここは○○の村です」とか現実にはあり得ない事を話す村人の存在意義が原作ではルーラの異動先リストの項目たる場所の名を教えるという一点に集約されているような気がするなぁなどと考えながら鉄色の扉を解錠呪文で開けて進めば見えてきたのは花に囲まれた四角い床が二つ。

 

「とりあえず、情報収集に当たるか」

 

 確かこの城にはなぞなぞと称してそこそこ使える武器や防具そしてアイテムの隠し場所をぼかして教えてくれる吟遊詩人が居たはずだ。俺の愛用してる『まじゅうのつめ』や『やみのころも』は、原作でその吟遊詩人に教えて貰った隠し場所から得たモノでもある。

 

(何というか、こういう時こそ原作知識の使いどころだよなぁ)

 

 まず王に挨拶へ行くべきか迷ったが、別に王は逃げない。

 

「確かゼニス王、だったか……」

 

 朧気な原作の記憶でも、ルーラのリストには「ゼニスのしろ」とかそんな名前で登録されていたような気がするのだ。

 

(そう言えば、あの場所名って何らかの法則性とかあるんだろうか? アリアハンとか国名になってるところがあるかと思えば、竜の女王の城みたいに建物の名前でリストに入ってるのもあるし)

 

 法則性がないところが、以前テレビで見たバス停の名前のフリーダムさを思い起こさせる。

 

(元の世界に戻っても移動呪文が使えたら、移動リストに「木」とか「谷崎さん家前」とか乗ったりするんだろうか)

 

 ある意味「ゼニスのしろ」ってのもこれに近いネーミングな気がするし、分かり易くはあるのだが、他にどうにかならなかったんだろうか。

 

「まあいい、王への挨拶は後だ」

 

 ここでまじゅうのつめの二つ目が手に入れば、盾を外して両手につめを装備して戦うという事も可能になる。

 

(サンプルとしてジパングの刀鍛冶かトロワに渡して量産出来ないか聞いてみるのも良いし)

 

 個人的には、この先にある筈の複数の敵を攻撃出来るのに原作中最高の攻撃力を誇ってたと思う『はかいのてっきゅう』も出来れば量産出来たらなとは思う。

 

(ただ、原作だと範囲攻撃武器は改心の一撃が出ないとかそんな仕様があった気もするけれど)

 

 今はどうでもいい話だ。

 

(まずはあの吟遊詩人に――)

 

 何度か足を運ばされたからか、居る位置をだいたいは覚えていた。

 

(原作通りなら、この城に入ってきた階段のある部屋と王座を挟んで反対側の小部屋に居たよな)

 

 歩きつつ、城の使い回しと言っても謁見の間と周辺の小部屋のみの構成で本当に良かったと思う。

 

(イシスのお城も広かったもんなぁ)

 

 実際、広くなかったら居住性とかいろんな面で問題が出てくるだろうし、むしろ現実ならあれは妥当な広さだった。

 

(まぁ、ここだってイシス攻防戦の戦功表彰みたいなのやるのに相当な数の人をいれたあの謁見の間そのままだからそこそこ広いんだけどさ)

 

 元の世界にあるもので例えるなら運動競技をやるスタジアムぐらいだろうか。お陰でまだ吟遊詩人の元には辿り着いていない。

 

(「まじゅうのつめ」よーし、「やみのころも」よーし)

 

 お題を聞いて取りに行ったと言い張るにはちょっと汚れたり使い込んでしまっているが、それでもすぐ見せられるようにしておくべきだった。

 

「あれか」

 

 そして、俺は遂に扉のない小部屋の入り口の向こうに、弦楽器を抱いた人影を見つけ。

 

「おや? あなたたちは下界からやってきたようですね」

 

「ああ、そ」

 

「ここまで来られたということはかなりうでに自信がある。しかし頭の方はどうですかな?」

 

 話しかければ、肯定する言葉へ被せるように吟遊詩人は言葉を続けた。

 

(こいつ――)

 

 強敵だ、密かに俺は思った。

 

「ひとつ私がなぞをさしあげましょう。ほろびのま」

 

「テドンの教会の十字架の下だな? キラリと光るのは、これと同じまじゅうのつめだっ!」

 

「な」

 

 よく見えるように突き出せば、驚いた顔で吟遊詩人は固まる。勝った。

 

「ただ、敢えて言わせて貰うなら、テドンは『村』だぞ? その出題では見つかるモノも見つからん。そして、二つ目の謎はメルキドの庭園の茂みに隠された、これと同じ、やみのころもっ!」

 

「ちょっ」

 

 更に掟破りの質問前に回答をやってのければ、弦楽器を抱いた男は空いた手をこっちに突き出しかけ。

 

「……そう言う訳だ。誰かテドンへ探しに行って貰えるか? メルキドはアレフガルドにある町だからな。もう一人、アリアハンへ行ってくれ。アレフガルドとの連絡要員があそこなら居るはずだ。シャルロット達に情報をリークする形でも良い」

 

 個人的には、汚れて洗濯する時のため、やみのころもの予備があっても良いとは思うものの、流石にそんな贅沢な使い方をしては罰が当たるだろう。

 

(あっちのパーティーでやみのころもが入り用になるのは、元僧侶のオッサンが賢者の呪文を全部覚えて盗賊になる場合くらいだけど……俺の予備よりよっぽど有効活用だよな)

 

 全く使わないなら共にアレフガルドを攻略してる勇者クシナタ組に回しても良いのだから。

 

「ラストはルザミにある望遠鏡の側、椅子の下。あるのは賢者の石……生憎弟子に渡していて手元にないが……」

 

「な、なぞを言う前に答えるとか、あ、あなた……いったい」

 

 吟遊詩人は呆然としていたが、ぶっちゃけどうでも良かった。

 

「ああ、あえて言っておくが俺達は小さなメダルは集めていないからな。世界に合計何枚あるだとか、今俺達が何枚持ってるとか、そんな情報は不要だ」

 

 むしろ欲しかったのは武器防具とけんじゃのいしのみ。

 

「ではな」

 

 謎の完全勝利を達成した俺はけんじゃのいしをどう回収するかを考えつつ、踵を返した。

 

 




*「ここは『勇者の師匠にトイレを貸すのを渋って殴られた魔王バラモスの元居城跡』だ。奴の行った悪事を考えれば同情などしてはならんのだろうが、このネーミングは何とかならなかったものか……」
(挑戦者終了から数十年後、居城跡に唯一残された仮設トイレの前に立っていた兵士談)

早押しクイズでもこれはないレベルの無慈悲な回答で勝利した主人公。だが、まだ王への謁見が残っていた。

次回、第二百一話「ゼニス王」



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第二百一話「ゼニス王」

「さて、俺はこのまま国王に会いに行くつもりだ」

 

 それは、既に視界内に入っている玉座に座る人物へ話しかけ、間接的にこの場所の名を確認するだけの作業でもある。

 

(原作知識で王の名前は知ってるからなぁ)

 

 追確認でしかない訳だし、ぶっちゃけ一人でも事足りる。

 

「さっきの吟遊詩人との一件、誰かアイテムを回収に行ってくれないか? ちなみにルザミはアリアハンの東南東、サマンオサから見ると遙か南、地図だとこの辺りになる」

 

 周囲を見回し、世界地図を広げて指を置くと、挙がった手が一つ。

 

「スー様、私で良ければ行ってきます。アリアハンから行けば『やみのころも』でしたっけ、そっちの方も伝言は出来ると思いますから――」

 

「すまん、では頼むな。この地図でわかると思うが、ルザミに行くには船かラーミアの協力が必須だ。今からポルトガの船の船長に手紙を書く。船を使うなら少し待ってそれを持っていってくれ」

 

 立候補してくれたお姉さんに頭を下げると鞄から羊皮紙を取り出し、ペンを走らせる。

 

「これでいい。ちなみに、ここから引き返す道は確か壁際にいる兵士が知っていたはずだ。では、頼むな」

 

「はい」 

 

 手紙を託したクシナタ隊のお姉さんは頷いてパーティーを離れていった。テドンには別のお姉さんが向かってくれたので、構成メンバーが二人減ったことになる。

 

「けっど、おったまげただなぁ。なして、謎を出される前に答えがわかったんだべ?」

 

「だな。俺も気になった」

 

「んー、それはスー様だから?」

 

 その前に仲間になったデビルヴィザード二人にスミレさんが答えになっていないような答えを返しているのを見て、格闘場で増えた二人と一匹で実際の頭数は減っていないことに気づいたが、それはそれ。

 

(戦力面で見ればダウンしてるのは明らかだし、今回はここまで到達したことで良しとしておくべきだろうな)

 

 この先にあるはかいのてっきゅうだけでも回収してきた方が良いんじゃないかと心の中で囁く声が聞こえた気もしたが、敢えてスルーする。

 

(欲を出して失敗したら元も子もないし、神竜まであとちょっとってとこまで行っちゃったらなぁ)

 

 己を抑えられるのかという疑問もある。

 

(トロワ、カナメさん、スミレさん、そして俺。相応に育ったメンバーが四名居れば原作通りなら攻略は可能だもんな)

 

 なまじ、勝てる可能性があるとわかっているからこそ、誘惑に抗えるかが問題となる。

 

(やはり駄目だな。シャルロットの親父さんの生死がわからず大魔王との戦いの決着もついていないタイミングでは願い事が出来ない)

 

 勇者一行の家族の中で他者に殺された者を蘇生対象とすることで、元バニーさんの親父さんやおばちゃんの夫にしてトロワの父親であるアークマージ、ホロゴーストに魂代わりをして貰ってるスノードラゴン親子の親の方、くさったしたいの群れに殺されたエリザの両親など何人もの人が救えるかも知れないが、早すぎてはオルテガ蘇生の機会を失ってしまう。

 

(子供の事を思うとホロゴーストに肉体を動かして貰ってるあのスノードラゴンは早く元に戻してやりたいところ何だけどなぁ)

 

 薄情かも知れないが、俺にとってシャルロットの親父さんより優先順位は低い。

 

(まぁ、今のシャルロット達ならゾーマを倒すのにそれ程時間はかからないだろうし、むしろ「やみのころも」の回収が間に合うかどうかを考えた方が良いか)

 

 同時に、こちらもいつでも神竜へ挑めるようにしておく必要がある。

 

「よくぞ来た! わしがこの城を治めるゼニス一世じゃっ!」

 

「ん?」

 

 一世と言うことは、後の二世となる世継ぎとかも存在するのだろうか。

 

(原作じゃこのお城には男しか居なかった気がするけど、こっちはあれより広いもんな)

 

 ひょっとしたら目につかない、付きにくい場所に居住スペースが追加されて、そこに妻子を住まわせてるのかも知れない。

 

(追加の部屋があるなら興味は湧くけど、ズカズカ押し入るってのは傍若無人にも程があるし)

 

 そもそも普通に考えたなら、王族の居室に無断で入るとか、捕まって牢屋に入れられて当然の犯罪行為だ。原作の勇者は素でよくやらかすが。

 

「神竜に会えばどんな願いも――」

 

 そんな割とロクでもないことを考える間も、ゼニス一世の話は続いていた。

 

(がんばるのじゃぞ、かぁ)

 

 激励してくれてはいるのだろう、ただ。

 

「いくつか気になった事があるのだが……」

 

「何じゃ?」

 

「『どんな願いもかなうというもの』と言われたが、実際願いを叶えた者に会ったことは?」

 

 言い切っていると言うことは、おそらく是なのだろう。だが、その割には神竜の話を聞かない。

 

「ふむ、尤もな話よな。では、まず一つの事実から話そう」

 

 何故かと問えば、少し唸ってからゼニス一世は話し始めた。

 

「ここまで来るのに、現実ではあり得ぬ構造の道を通って来たじゃろう? まるでいくつものダンジョンを無理矢理繋げたような。それは理由があるのじゃ」

 

「理由?」

 

「左様。神竜のおわすあの塔へは様々な世界と繋がっておるらしい。つまり、次元をねじ曲げることで幾つかの平行世界からの挑戦者が神竜へ会いに行って居るのじゃ。わしが知る願いを叶えて貰ったものは殆どがおぬしの来た世界以外からの者故な。神竜の事が広まって居らぬのも当然じゃろう」

 

「それは……何というか」

 

 とんでもない話だった。つまり、原作の神竜は複数存在するのではなく、全て遠くない未来に挑む一体だけという事なのだろう。

 

「ただ、何故かはわからぬが『えっちなほん』を欲しがる挑戦者がことのほか多くてな。先日下界に件の本を大量に仕入れに行った眷属が何冊か本を落として神竜に大目玉を食らっ」

 

「ちょっと待て」

 

 いま、おもいきり ききずて ならない じょうほう が とびだしたんですけど。

 

「本を落とした?」

 

「うむ」

 

 そうか、元凶はそいつなのか。

 

「その眷属というのは?」

 

「ほうおうと言うモンスターを知っておるか? 何羽かのその魔物に運ばれ旅立ったてんのもんばんで、名をグレゴリックと言う。わしが知るのは、罰として本の回収を命じられた所までじゃな。それっきり行方知れずとも聞く。あまりにアテにならぬので暇を見て神竜本竜が本の回収に赴いたこともあったものの、挑戦者が来ることを考えると長々留守にも出来ぬのでな。回収はいっこうに進んでいないというはな……待て、おぬしどこに行く?」

 

「止めるな。ちょっとふざけた金ぴかの死体を譲って貰いに行くだけだ」

 

 あの金ぴか無職が諸悪の権化と解った以上、放置は出来ない。俺の足は自然とここに来た階段へ向け、動き出していた。

 

 

 




と言う訳で、本をばらまいた犯人は神竜関係者でした。

最初は神竜自身が落っことした設定だったのですが、複数世界から挑戦者受け付けてるのにそんな暇はないだろうなと思い直し、ちょうど良い具合に下界に降りて無職ってた金ぴかさんに全て押しつけてみました。(外道)

次回、第二百二話「イシスへ、そして」

さて、伏線をまた一つ回収出来ましたし、あとは――


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第二百二話「イシスへ、そして」

「忘れ物があった」

 

 格闘場に引き返した俺は、突然の再乱入に騒がしくなる格闘場で、あの金色無職が世界にえっちなほんをバラ撒くというテロの実行犯であることを明かした。

 

「知人にバラ撒かれた本を読んでしまって性格が変わってしまった犠牲者が居る。これ以上の犠牲を防ぐためにも、余罪を追及するためにも、あれの引き渡しを俺は要求する」

 

 それ程無茶な申し出だとは思わなかった。運営としても犯罪者を匿った何てことになるのは普通避けたいだろうし、そもそも犯した罪まで知って匿っていたとは思いたくないから。

 

(進行役の発言が欲望駄々漏れだったけど……あれは深く考えないでおこう)

 

 匿う見返りに差し出された本を読んでしまった結果があの言動だったとか不意に浮かんだロクでもない宇ものが真相だったりすると嫌すぎるから。

 

「そういう事情であれば致し方ありません。当格闘場の無実を証明するためにもグレゴリックの身柄はお引き渡ししましょう」

 

「そうか。協力感謝する」

 

 ここまで事が上手く運ぶとは想定外だったが、良しとすべきだ。

 

(これで、ようやくイシスに戻れる訳だからな)

 

 再びゼニスの城まで戻り、壁に空いた穴から飛び降りつつルーラの呪文を唱え、空の旅を経てイシスへと。

 

(ルーラの移動で時間がかかってしまうけれど、おそらくそれが最速の筈)

 

 後は、元女戦士に加害者を引き渡して気の済むようにして貰った後、ジパングに送り届けて貰えばいい。もう一人で良いかは微妙なところだが、ともあれアレフガルドに渡っていなければそこにも本の犠牲者は居るはずだ。

 

「ん?」

 

 そうして今後のことに思いを馳せていれば、地響きと共に近づいて来る気配を俺は捉え。

 

「お待たせしました」

 

 やって来たのは一人のオッサンとあの時倒した金色無職(グレゴリック)。生き返っているのは、別の試合に出すため蘇生させたのだろうか。まぁ、死体を引き摺るよりは自分の足で歩いて貰った方が楽なので、俺としては好都合だ。

 

「それから、こちらはグレゴリックの私物です。本の様ですので、お話からするとバラ撒かれた残りなのではないかと」

 

「そ、そうか」

 

 ただ、ちょっとありがた迷惑な押収品まで渡されたのは、ちょっと想定外だったが。

 

「せ、世話になったな」

 

 ひきつる顔を無理矢理平静な顔へ作りかえつつ俺は頭を下げ。

 

「では、いくぞ?」

 

 諸悪の根源(グレゴリック)へは背中まで貫通させられそうな気がする程尖らせた視線を向けてから、踵を返す。

 

(これで……ようやくあの騒動にも一つの決着がつくのかぁ)

 

 変わってしまった性格は元に戻らないが犯人を捕まえたのだ。

 

(部下の不始末だからってことで神竜と交渉すれば性格を元に戻して貰える可能性も多分ゼロではない気はするけれど……)

 

 神竜の元に行くのは、シャルロット達が大魔王ゾーマを倒した後のこと。イシスに戻ってどれだけ時間が残されてるかはわからないが、出来ることは全てやっておきたい。

 

(神竜に願いを叶えて貰えば――この世界とお別れになるかもしれないから)

 

 シャルロットがゾーマを倒した時点で俺の意識が元の世界に戻る可能性だってある。ゲームクリアで元の世界に何てのはゲームの世界に迷い込んだ設定のお話ではありがちのエンディングだからだ。

 

「どちらにしても、準備しておくに越したことはないだろうからな」

 

 ポツリと呟き、足を止めた場所は、ゼニスの城の、階段がある小部屋を出た所。

 

「マイ・ロード?」

 

「いや、何でもない。このまま右手の壁のない場所から飛び降りるぞ? 念のために手を」

 

「あ、はい」

 

 俺の声に応じてすっと出されたトロワの手に自分のそれを重ね、繋ぐと他のお姉さん達にも手を繋ぐように言う。

 

「「はい」」

 

 クシナタ隊のお姉さん達は、素直にすぐ従ってくれた。

 

「が、何故全員が俺と手を繋ごうとする? 流石にこの状態では飛び降りられんだろ?」

 

 こう、俺としては右手と左手で一人ずつ、最終的に手を繋いだ横列が一つ出来るイメージだったというのに。

 

「スー様はわがままだけど、一理ある。しかたないので、あたしちゃんはスー様の背中に抱きつく方向で妥協するねー?」

 

「ちょっと待て、それの何処が妥協だ?」

 

 案の定と言うべきか、最初に謎の宣言をかましてくれたスミレさんに俺はツッコみ。

 

「まぁ、あの子の事は放っておくとして、このままじゃ埒があかないものね」

 

「そうですねー。スー様と直接手を繋げないのは残念ですけど」

 

「すまんな。……さて」

 

 聞き分けの良い他のお姉さん達に癒やされつつ頭を下げ、一列になると床の切れ目へ近づく。

 

「ゆくぞ、準備は良いな?」

 

「「はい」」

 

 再び重なった声が合図だった。床を蹴った俺はトロワの手を握ったまま空へと身を投げ出し。

 

「ルーラっ」

 

 幾秒か後に呪文が完成する。引っ張られ、下方向から上方向へと変わる移動のベクトル。始まる空の旅。

 

「ふぅ、これで後は暫く空の旅となる訳だが、一つ言っておく。重要なことだから良く聞いてくれ」

 

 仲間達の顔を見回した俺が指し示したのは、列の最後尾。

 

「あいつの着地には巻き込まれないよう注意するようにな」

 

 デビルウィザード姉弟の弟の方と手を繋いでいたのは、金色に輝く馬鹿でかい無職野郎の姿だった。

 

 




次回、第二百三話「制裁と出立」


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第二百三話「制裁と出立」

「そろそろ着地の体勢を整えておけ」

 

 眼下に広がる砂漠の中、近づいてくるオアシスを見据え、俺は周囲に警告しつつ自分も着地のための姿勢を作った。

 

(ようやくイシスか……)

 

 到着すれば、この背中にむにっと柔らかいモノを押しつけてくる明らかに確信犯の荷物も降ろすことが出来るだろう。

 

「お前もイシスに着いたら降り……って、何でちゃっかりと俺の背中にのってるんだ! あ……」

 

 相手にしたらからかわれるとスルーしていたのをツッコんだ直後に思い出したが、後の祭り。

 

「んー、もうすぐ到着だしお構いなく?」

 

「はぁ……」

 

 背中の方から聞こえてきたスミレさんの声に嘆息した俺は、膝を曲げ、身体を少しだけ屈める。

 

「っ」

 

 着地にはそれだけで充分だった。

 

「わぁ、何だあれはっ?!」

 

「ひぃっ」

 

「あー」

 

 むしろ、そんなことより遅れて降りてくる金の無職(グレゴリック)へ驚いたり腰を抜かすイシス住民の方々への説明をしなければならず。

 

「着いて早々で悪いが、誰か先に帰った筈のあいつを呼んできて貰えるか?」

 

 振り返り、元女戦士を呼んできて貰うよう頼んでから、へたり込んでいる町人の所へ歩き出す。

 

「……と言う訳で、罪人への制裁をすべく連れてきたという訳だ。まぁ、連れてきたと言っても、被害者がここに滞在しているから連れてきただけで城下町の中まで連れて行く気もない」

 

「へ、へぇ……そ、そういうことでしたか」

 

「ああ、驚かせてすまんな。ん。来たか……」

 

 近づいてくる気配を感じて視線をやったのは、目撃者への説明が終わり軽く謝罪していた時のこと。

 

「話は聞いたよ。あの本の落とし主が見つかったんだってね?」

 

「ああ、あいつだ」

 

 呼び出すだけでなく事情まで説明してくれた様子に呼びに行ってくれたお姉さんへ密かに感謝しつつ、元女戦士の言葉に頷いた俺は顎をしゃくって後方の金色無職(グレゴリック)を示して見せた。

 

「『てんのもんばん』と言う強力なモンスターだ。見てくれの通り、頑丈で撃たれ強い他にもあの本の犠牲者が存在するから殺してしまうのは拙いが、回復呪文で何とかなる所までだったら問題ない。好きにするがいい」

 

「あいよ」

 

 次の被害者がジパングにいるので気が済んだらそちらに運んで欲しいと付け加えれば、やりとりはほぼ終わりだ。あの罪人(グレゴリック)がどんな目に遭おうと知ったことではないし、知りたくもない。と言うか、さっさと立ち去りたりたかった。

 

「しっかし、あんたにゃあ本当に世話になっちまったね。借りばっかりが増えて参っちまうよ」

 

「気にするな」

 

「とは言ってもねぇ」

 

 そう、こんな具合に元女戦士が借り分を気にし出すのは目に見えていたから。

 

「そも、留守中のことを仲間に聞いておかねばならんしな。罪人のことは頼むぞ?」

 

 別に口実というだけでもなく、確認すべき事があったのは良かったと思う。

 

(ルーラでの行き帰りとダンジョンの攻略で少なくともあれから二日、ルーラを使っての連絡は移動時間を鑑みると一日遅れになるし、この段階でシャルロット達がゾーマを倒したという報告が来るとは思いがたいけど……報告の有無は確認しておかないとな)

 

 ゾーマを倒したなんて直接の情報でなくても何らかの報告が来ていれば、決戦の行われる日を推測する材料にはなる。

 

「……と思って宿屋まで来たが、まぁ、そうなるな」

 

 宿屋に居たクシナタ隊のお姉さんから話を聞いた俺は、モンスター格闘場へ続く道を歩きつつ苦笑する。

 

(攻略自体は進んでるみたいなんだけどなぁ)

 

 シャルロットがマイラに住んでいるジパング人から王者の剣を購入したと言うのが最新の情報であり、報告してくれたクシナタ隊のお姉さんはゾーマの城に一番近いリムルダールへ向かうと告げ、再びアレフガルドに旅立っていった。

 

(アレフガルドに行くって言うから「やみのころも」の事も伝えておいたけど、明日か明後日ぐらいになれば、「まじゅうのつめ」か「けんじゃのいし」のどちらかの現物は届くかな?)

 

 情報を待つ形だからこそ遠出は出来ない。俺に訪れたのは、トロワ達に付き合い、格闘場に通う日々。あの格闘場から連れてきた発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)は仲間扱いになってるからか、模擬戦で倒してもトロワ達への経験値とはならないようだったが、同族と一緒にいられるのが嬉しいのだろう。模擬戦とは言え戦いに駆り出されているというのに、毎日姿を見せていた。

 

「ピキーッ」

 

 そして、今日も元気に模擬戦に加わっており。

 

「……うーむ」

 

「どうされました、マイ・ロード?」

 

「いや、あのはぐれメタルだが……以前と比べて動きが良い様な気がして、な」

 

「ああ、きっと模擬戦を経て強くなったのでしょう」

 

 俺の視線に気づいたらしいトロワに白状すれば、返ってきたのは驚きの事実だった。

 

「強く?」

 

「ええ」

 

 考えれば、あの発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)はこちら側。その上で、模擬戦に加わっているなら、確かに強くなっても不思議はない。不思議はない、が。

 

(そう言うつもりでつれてきた訳じゃないんだけどなぁ)

 

 俺としては複雑だった。もちろん、幾ら強くなっても戦力として神竜戦に連れて行く気はサラサラ無い。

 

(もう戦力は揃ってるしな)

 

 幾日かが経過して、金ぴか無職に何をしたのか知らないが、つきものが落ちたかの様な清々しい顔で元女戦士はジパングから戻ってきたし、アイテムの回収に赴いた面々も全員が戻ってきた。

 

「スー様、ギアガの大穴が――」

 

 だから、予想はしていた。いつか、この日が訪れることは。

 




シャルロット、遂にゾーマを倒す。

次回、第二百四話「塔を上へ」


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第二百四話「塔を上へ」

「皆、準備は良いな?」

 

 俺に知らせた後、ギアガの大穴が塞がった事を伝えてくれたお姉さんは他の皆にも触れ回っていたのだろう。首を横に振る者、準備がまだの者は一人としていなかった。

 

「スー様?」

 

「何でもない、行くぞ……ルーラ」

 

 最後に見ることになるかもしれないイシスの町並みを省みた俺は、空を見上げると呪文を完成させる。

 

「っ」

 

 高く舞い上がる身体。もう随分慣れたそれに覚えるこの言い表せない気持ちは何なのか。振り向けば、まだ徐々に小さくなって行く城と城下町が見えた筈だが、敢えて下は見なかった。別にこの国にトラウマがあるからとかではない。後ろ髪を引かれないようにするためだ。

 

「マイロード、あの姉弟のことは、宜しかったのですか?」

 

「ん? ああ、ユイットとヌイットか。シャルロット達が何時ゾーマを倒すかが不透明だったからな。装備が用意出来ていなかったとか、転職させて戦力に組み込む訳にもいかなかったというのはあるが、あの二人を助けたこと自体がそもそもは俺の自己満足だ」

 

 恩人の俺が神竜に挑むと知ってついて来ようとしたデビルウィザード達だったが、俺は敢えて二人に暇を出し、あの城下町に置いてきた。

 

「シャルロットは勇者として為すべき事を為した。なら、俺もやるべき事をやらねばならん。それへお前達に協力して貰えてるだけでもありがたいのだ」

 

 言外にこれ以上の手助けは不要と言う。

 

「「スー様」」

 

「神竜の叶えてくれる願いは最大で三つ、だが、叶えたい願いも三つある。協力して貰ったところで、願い事を譲ることは出来んのだからな」

 

 本当に申し訳ないと思う。だが、シャルロットの親父さんを含む皆の大切な人を生き返らせるという願い事は外せないし、残る二つを諦めろと言われてもおそらくは首を縦に振れない。

 

「叶えたい願いが三つ、ねぇ……いかにも自分は身勝手だと言わんがばかりだけれど、最初の一つがまず他人の為じゃないのさ。まぁ、勇者様を含め他人というのは少々語弊があるかも知れないけどね」

 

「いや、それも自己満足と見れば、な」

 

 結局俺の我が儘だ。

 

「全く、不器用というか何というか……あんたもとんだお人好しだねぇ。あたいからしてみれば、充分人の為だよ」

 

「そう言うお前はどうなんだ? 俺としてはありがたいが――」

 

 元女戦士で今賢者である会話の相手が居てくれるのは、戦力的に大きい。

 

「はん、あたいはあんたにまだ借りを返し切れてないんだ。地獄の底にだって付き合うつもりは出来てるんだよ」

 

「そうか……すまんな」

 

 かつては、せくしーぎゃるったこの元女戦士によって窮地に追い込まれたこともあったが、あの時の自分は想像しただろうか。こうして共に神竜へ挑もうとするなどと言うことを。

 

(まぁ、あの時は側にいるだけで社会的に殺されかねないせくしーぎゃるだったからなぁ)

 

 だが、今は違う。相変わらずごうけつのうでわを身につけているからこそ性格は装飾品に引っ張られる形で変わっているが、腕輪がなくてももうせくしーぎゃるではなく。

 

「まぁ、何にしても……これだけの戦力が揃ってるんだ、神竜とやらにもきっと勝てるさね」

 

「そうだな」

 

 呪文は俺達を目的地へと運んで行く。高く、高く。

 

「ようやく、か」

 

 辿り着いた時にはポツリと言葉が漏れてしまったが、空の旅(ルーラ)にかかった時間を思えば無理もない。

 

「そして、ここから……でもあるな」

 

 城を出た先は、確か煮えたぎるお湯か何かを飲ませる老人が居たような気がする。

 

(確か、話しかけずにスルーして先に行くことも出来た気はするけど……)

 

 ゆっくり歩き出しつつ、俺は肩からかけていた鞄の中に手を突っ込む。

 

「あったあった……」

 

 取り出したのは、何の変哲もない水袋。

 

「スー様、それは?」

 

「ああ、この先に煮えたぎった液体を飲めと勧める老人が居るとかでな」

 

 俺は考えた。普通に飲もうとすると口の中を火傷するなら、水を混ぜてぬるま湯とは行かないまでも無害な温度まで冷ましてしまえばいい、と。

 

「氷の呪文で冷ましてしまうことも考えたが、流石にな」

 

 そこまでやってしまってはやり過ぎと非難される事も有りうる。

 

「先に進まれるのですね。どうかお気をつけて」

 

「ああ、ありがとう」

 

 階段の側にいた兵士に水袋を持ったまま礼を言うと階段を降り。

 

「これが神竜へ挑む者が飲んで行くと言われるものか、一杯貰うぞ?」

 

 機先を制し、階段を下りた先に居た老人へ一声かけると、答えを待たず部屋の中央で火にかけられていた大釜から中身を少量汲み、大量の水を投入して希釈しぐっと呷った。

 

「うぐっ」

 

 何とも言い難いおかしな匂いと形容しがたい味。おそらく、それでも水で薄めた分かなりマシになっているのだとは思う。

 

(そうか、冷めるとその分味がはっきりと……)

 

 名案だと思っていたが、とんだ落とし穴が口を開けていたらしい。

 

(だが、飲むには飲んだんだ)

 

 もうここには用がない。

 

「スー様、大丈夫?」

 

「ああ、まぁ少々個性的な味だったがな。待たせた。先を急ごう」

 

 どことなく気遣わしげな視線を向けてきたカナメさんに頷き、俺は釜の煮える部屋の外へ。

 

「やはり、ここからは塔、か……」

 

 真っ正面にあるのは、床の切れ目。その先に足をつける場所は何もなく、遙か下に大地が見えるのみ。

 

「上にのぼるのは……あれか」

 

 周囲を見回すとすぐ右手の壁面にかかった梯子がある。神竜が居るのは、記憶通りなら最上階。俺は梯子に手をかけると即座に登り始めた。

 

 




いよいよ、塔の方に突入です。

次回、第二百五話「盗賊で、良かった」


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第二百五話「盗賊で、良かった」

「さて……」

 

 梯子を登り切ると壁面の左右に見えたのは、内部への入り口。おそらくはどちらかが正解ルートなのだろう。

 

「気配は……ない、か」

 

「スー様?」

 

 後ろから聞こえた訝しげな声をスルーし、ちらりと見たのは腕を通したロープの束。

 

(飛行モンスターに見つかったら拙いと思っていたが、この分ならいけるな)

 

 ロープの先についたフックを弄びつつ足場のギリギリ外側まで寄って空を仰ぐと、天井が遮る形にはなっているものの、あくまで真上までだ。

 

「誰か二人程、補助を頼む」

 

「補助? マイ・ロード、補助と言いますと?」

 

「この位置からだと上が見えないのでな。外側に飛んで、そこからこのフック付きロープを投げる。上手くやれば、フックが引っかかったロープを頼りに上に登れるが、そのままだとしくじれば下に真っ逆さまだ」

 

 念のため、命綱の保持役を任せたいと俺が言うと、立候補したのは、ほぼ全員。

 

「すまんが、頼む」

 

「あいよ」

 

「スー様も気をつけて」

 

 その中から俺が選んだのは元女戦士とカナメさんの二人。

 

(まぁ、クシナタ隊は元を含めて魔法使いとか僧侶が多いもんな)

 

 力を選考基準にした段階で結果は見えていた。

 

「いくぞっ」

 

 何もない足場の向こうに飛び。

 

「っ、でやあっ」

 

 空中で身体を捻って向きを変えるとフックの付いたロープの先端を投げる。俺の身体はすぐに重力に引かれ始めるが、命綱がある以上、気にすべきは投じたフックであり。

 

「……っ、よし」

 

 二階程上の外周部に置かれた宝箱にフックが引っかかるのを見て、手にしたロープに体重をかけた俺は快哉を叫んだ。

 

(フックが外れるとか、あれがミミックで引っ張られて落ちてくることも考えたけど……一人分の体重がかかっても何ともないようだし、とりあえずは成功、かな)

 

 後はこのまま上に登り、もっときちんとした場所にロープを結わえ、他の皆にのぼってきて貰えばいい。

 

「ショートカットを……狙う、なら、これと……飛べるモンスターに、変身して、飛んで行く……ぐらいしか、なかった、もんな」

 

 後者は命綱が要らないが、変身が切れるまで弱体化すると言う欠点をもち、前者は上にのぼるのに、失敗のリスクと転落の危険がつきまとう。

 

(まぁ、一択でなく選ぶことが出来たのは、俺が盗賊だから、か)

 

 盗賊で良かったと思いつつロープを辿ってのぼれば、やがて宝箱の所へ辿り着き。

 

「中身の確認は後で良いな」

 

 宝箱事態はスルーし、フックを外すと足場を遮る形に突き出た近くの壁にロープを回し、しっかり結んでから足場の縁へ行き下を覗き込む。

 

「いいぞ、のぼってこい」

 

 合図を出せば、のぼってくる面々の安全を確保するのが俺の仕事だ。気配を探り、魔物が寄ってくるようなら即座に屠れるよう身構える。

 

(……とりあえず、目視出来る位置にはいない、か)

 

 こちらとしては都合が良いが、油断は出来ない。尚も警戒は解かず、仲間全員が登り切るのを俺は待ち。

 

「ねー、スー様。そこの宝箱、こんなの入ってたよー?」

 

「あ」

 

 かけられた声で宝箱の中身確認を先にされたことに気づく。

 

「そうか、『はかいのてっきゅう』はここにあったのか」

 

 神竜との戦いが間近である事を鑑みるとこのタイミングでの武器の持ち替えは好ましくないが、最高クラスの攻撃力を誇る武器を死蔵させておくのは惜しい。

 

「へぇ、そんなに凄い武器なのかい」

 

「ああ、一度に複数の敵を攻撃出来る上、最強と言っても過言でない程の威力を持っている筈だ。だが、扱い方を練習しているような猶予がな……」

 

 それに、使うなら誰が装備するかも問題になる。盗賊が持てば、装備出来る者の少ないまじゅうのつめが余ることになるし、賢者でも装備は出来るが多彩な呪文を扱える賢者を物理攻撃的なアタッカーにしてしまっては、長所を殺してしまいかねない。

 

「はん、おもしろいじゃないのさ。だったら、こいつ、あたいにつかわせておくれよ?」

 

 そう、元女戦士で力もあるこの人を除いては。と言うか、最初から他に選択肢なんてあって無きが如しだったのかも知れない。

 

「いいだろう。ただし、味方に当てるなよ?」

 

「当然さね。戦士だった頃に仕込まれた数多の武器の扱い方、忘れた訳じゃないって所を見せてやろうじゃないのさ」

 

「ふ、期待してるぞ」

 

 口の端をつり上げ、それだけ言うと、俺は歩き出す。武器を譲渡している間に最後の一人までもがのぼってきたのだ。

 

(ロープを投げる時に見た限りじゃ、半分は超えてる)

 

 少なくとも壁の側面に入り口のようなモノはこれ以上上の方にはなかったし、この塔を登り切った先に目当ての神竜はいるはずだった。

 

「って……塔の中に塔、か」

 

 壁面にあった入り口をくぐると、まるで入れ子構造であるかのように存在した一回り小さな塔。左手前方は行き止まりで、進めるのは右手前方と真右のみ。

 

「こっちか?」

 

 二者の内で言うなら左、つまり右手前方を選んだのは勘が半分、残り半分はこっちの方だった気がするという頼りない記憶だ。

 

「登り階段……そうか、こっちで良かったのか」

 

 確証はなかった、だがどうやら賭には勝ったようだった。

 

 




次回、第二百六話「挑戦の時」


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第二百六話「挑戦の時」

「あと一息……だな」

 

 階段を上りきった先は、見たところ通る者を迷わせるような構造ではなく、ほぼ左右対称の構造をしているらしい。

 

「見たところ、行き止まりはなさそうだが、このフロアが終点とも思えん。おそらく神竜が居るのはこの上の階だろう。各自、心の準備はしておくようにな」

 

「「はい」」

 

 流石にここまで来るとスミレさんもふざける気はないのか、返事は綺麗に重なり。

 

「では、行くとしよう……む」

 

 右手に見える壁を回り込むようにして歩き出そうと思った直後だった。

 

「マイ・ロード……敵、ですか?」

 

「ああ。とは言っても、鉢合わせになるのはこのまままっすぐ言った場合だけだがな。反対側から回るぞ」

 

 ここまで来て戦闘で無駄に体力や精神力を使いたくはない。遠目にちらっと見えた金ぴかの体躯に少しだけ助走を付けて強襲したくなったが、あれは見た目の似たとある元凶(グレゴリック)ではない。

 

(為すべき事を見失っちゃ駄目、だよな)

 

 ぐっと堪え踵を返した。

 

(さてと……柱にしては太すぎるし、おそらくこの壁の向こうは小部屋かな)

 

 お宝の匂いもしないし、何もないか、あるとすれば上へ向かう階段だろう。

 

「ほう」

 

 回り込んでみれば、案の定。壁の途切れ目から中を覗けば、そこには一回り明るい色の草が生えた四角い地面の片隅に上り階段があり。四隅には茂みがあって、それらを囲うように部屋の中を若干濃い色の草が茂る。

 

「空中庭園、と言ったところか」

 

 ぼそりと零して見つけた階段へ向かい、俺はこのフロアを後にする。

 

「あれは……」

 

 そして、階段を上りきったところにそれはあった。

 

「篝火、か」

 

 神殿にでも使われていそうな円柱の柱が並ぶ手前に幾つかの篝火が赤々と燃えていたのだ。

 

「いかにも、だな」

 

 周囲を見回せば、すぐ目に飛び込んできた。連なる段が作り出す祭壇。最上部へのぼる階段の左右にも篝火は焚かれ。下からでは全貌こそ見えぬながらも、空をたゆたう緑の竜の上半分ははっきり見て取ることが出来たのだ。

 

「神の竜は己と戦い、己を倒すまでの時で挑みし者が願いを叶えるに足る者かをはかる……となると、事前に呪文で強化しておく訳にもいかんな。反則ととられかねんし……」

 

 何より神竜はかけられた補助呪文をかき消す凍てつく波動を放つことが出来る。

 

「やはり、小細工は不要だな。神竜と戦闘になったら、一名がスクルトとフバーハを担当、残りはひたすらメラゾーマをぶちかませ。補助要員は最初はトロワで以後は一人ずつ後ろにずれる。ダメージを受けたり、眠らされた者の回復は次に補助する者とその次に補助する者が担当、どちらも寝ている場合は起きている者で一番素早い者が呪文で起こせ。ただし、俺が起きているようなら、俺がザメハの呪文を使う」

 

 だから、俺は祭壇を登り始める前、神竜には聞かれないであろう位置で指示を出し。

 

「メラゾーマ、ねぇ」

 

 元女戦士はどことなく不満げだったが俺にも理由は察せた。

 

「ああ。お前は武器が使いたかったかもしれんが、相手は硬い鱗に身を包んだ竜だ。武器で手傷を負わせるならバイキルトでの強化が欠かせんが、神竜は補助呪文の効果をかき消す術を持つらしいのでな。補助呪文をかけてはかき消されてのいたちごっこになるよりは、きっぱり武器での戦闘は諦め、攻撃呪文の火力で押した方がシンプルな上、手間がかからん。それに今回は実際神竜と戦ってみて、その強さを確認するという狙いもある」

 

 再戦の機会はあるから最初の一回は譲ってくれと頭を下げれば、誠意が通じたのだろう。

 

「そこまでされちゃ仕方ないね」

 

 ため息を吐いた元女戦士は手にしていたはかいのてっきゅうの鎖を束ね、輪を作って背中に背負う。

 

「さ、これでいいだろ?」

 

「すまん」

 

 譲ってくれた元女戦士へもう一度頭を下げ。

 

「スー様」

 

「ああ」

 

 背にかけられた声に振り返らず応じると、階段を上り始めた。

 

(しかし、けっこう幅があるな。まぁ、当然と言えば当然なんだろうけど)

 

 原作と比べるとかなり幅広な階段だったが、この幅の倍が戦場になる祭壇最上段の横幅のだいたい半分と言う見方をしたら、広いとは決して言えない。

 

「スー様、あちら様、あたしちゃん達ガン見してない?」

 

「明らかに見てはいる、な。まぁ、無理はなかろう」

 

 神竜の向こうにあるのは青い空。スミレさんの言うあちら様からしてみれば、俺達は自分に会いに来ているとしか思えないのだ。そして、今まであの神竜は願いを叶えて貰う為にやって来る訪問者と何人も出会っているはずでもある。

 

(こっちは原作知識でうろ覚えとはいえ、あちらさんのことを知ってるけど向こうは情報がほぼない訳だしなぁ)

 

 俺達を観察し、別の挑戦者達と戦って得た情報を元に強さやとってくる戦法を予想しているのだとしても驚かない。

 

「ほほう……。ここまでたどり着ける人間が居たとはな」

 

 そんな神竜による俺達の観察は、祭壇の最上段に豪奢な絨毯が敷かれていることに俺が気づいても続いていた。

 

「まぁ、ご覧の通りだ。そして、あなたのことは色々と聞いている。ここまでたどり着き、自らを倒した者に褒美として願いを叶えてくれると言うところまで」

 

 これ以上の会話は必要ない。

 

「なるほど、では用意は出来ていると思って良いのだな?」

 

 確認してきた神竜に言葉では答えず、俺は首を縦に振る。何故なら、口は呪文を紡ぎ、完成させる直前だったのだから。

 

「メラゾーマッ!」

 




神竜のHPはだいたい41メラゾーマ弱ですので、フレイザードが八体居れば1ターンで片が……つくのかなぁ?

主人公達の場合、一人二発撃てますので、(パーティー人数-1)×2が1ターンに飛んで行くメラゾーマの数になります。

主人公、カナメ、スミレ、で6発。他にも居ますから……うん。

次回、第二百七話「神竜」




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第二百七話「神竜」

「「メラゾーマ!」」

 

 俺に倣うように唱えられる呪文、飛んで行くいくつもの大きな火球。

 

「ぐ」

 

 俺の撃ち出した火球が炸裂し漏れかけた神竜の呻きが爆音にかき消されるが、視界にある巨大火球(メラゾーマ)全てが命中してもまだ倒せないことを俺は知っている。

 

「っ、来るぞ!」

 

 連なり炸裂する火球の中、微かに緑の体躯がかいま見えた時、反射的に叫んでいた。

 

(さて、何が来る――)

 

 予想した通りでありますようにと密かに願いつつ身構えた直後。

 

「フシュオオオオッ」

 

「ぐっ」

 

 腕を叩き付けられ、俺は吹っ飛ばされた。

 

「スー様!」

 

「マイ・ロード!」

 

「気をとられるな、次が来るぞ!」

 

 確か神竜もこちらと同じで常人の倍動くことが出来たはず。

 

「は、はい。スクルト!」

 

 声をかけた甲斐はあったのだろう、我に返ったトロワが呪文を完成させ。

 

「フシュアアアッ」

 

「ちぃっ」

 

 耳を塞ぎたくなる程側であがった咆吼に顔をしかめ、床を転がる。

 

「きゃあっ」

 

「かはっ」

 

「うくっ」

 

 後方であがったのは、トロワを含む複数の悲鳴。

 

「いきなり、のしかかってきたか。かろうじて間に合ったスクルトでダメージは幾分減ってるはずだが……」

 

「ベホマラー! みんな、大丈夫?」

 

「メラゾーマ。ん、なんとか」

 

 ちらりと振り返れば、顔をしかめつつ範囲回復呪文を使うクシナタ隊のお姉さんと火球を飛ばしつつ答えるスミレさんの姿が見え。

 

「「メラゾーマ」」

 

 俺の撃ち出したモノを含め、再びあちこちから飛んで行く火球。

 

(まぁ、しょっぱなから「いてつくはどう」を無駄撃ちしてくれるのを期待するのは、ムシが良すぎたかな)

 

 おおよそ想定の範囲内で動く戦況に安堵しつつも都合の良い結果を望みすぎていた自分に苦笑し、そもそも神竜は俺の願いを叶えてくれる為に存在している訳じゃないんだと戒める。

 

(それに、シャルロット達の働きに報いる為にも――)

 

 神竜に勝ち、願いを叶えて貰わなければいけなかった。

 

(神竜のHPなんて覚えちゃいないけど、二回行動と原作を越えた人数であることを考えれば、ゲームの時より短い時間で勝利出来るのは間違いない)

 

 手数だけなら倍を越える、理論上半分以下の時間で勝てたっておかしくはない。

 

(そして、神竜が願いを叶えてくれるかどうかの条件は規定のターン以下で勝利することだったはず)

 

 人数が多いことで条件が厳しくなっている可能性はあるが、それでもありったけのメラゾーマを撃ち混み続けたなら。

 

「フバーハ」

 

「……これでブレスも半減、だな」

 

 神竜ののしかかりで少し遅れたものの、トロワによる補助呪文が完成し、口の端をつり上げた俺は声には出ささず次の呪文の詠唱を始める。

 

「メラゾーマっ!」

 

 唱えたのは攻撃呪文。飛んで行く火球と入れ違いにこちらへ放たれたのは、補助呪文の効果を消すいてつくはどうだった。

 

「想定通り。補助呪文が重なればそうでるとは思っていた……それに」

 

 視界の中で爆発が生じ、直撃を受けつつもアギトを開いて突っ込んできた神竜を見た俺は開いた口に向けて手を突き出した。

 

「メラゾーマっ!」

 

 呪文の効果は補助呪文がなくなろうが、変わらない。火球は神竜の口の中に飛び込み。

 

「ぐうっ」

 

 閉じた口に生えた牙が俺の腕を噛み砕く。痛いと言うより熱いと言った方が正しい感覚は、果たして痛みからくるものだけだったのか。

 

「シュゴッ」

 

「う、ぐぅ」

 

 咀嚼の途中、口の中で生じた爆発に吹き飛ばされ。

 

「ベホマっ! スー様、なんて無茶を」

 

「くっ、すまん。だが、今の一発は外皮に当てた時の比ではなかったようだぞ……」

 

 回復呪文をかけてくれたお姉さんに非難され、謝りつつも倒れた神竜を示して見せた。

 

「これは……」

 

「あたしちゃん、ドラゴラムしてる時に同じ事はされたくないなぁ」

 

 口の中を燻らせた神竜の内より立ち上る黒煙。絶句するクシナタ隊のお姉さんが居る一方で、スミレさんは本当に嫌そうな顔をし。

 

(腕をやられるのを覚悟した一発だったし……相応のダメージは与えられたみたいだなぁ)

 

 口から漏れた爆風と言うおつりを貰いはしたが、砕かれた腕も含め、先程の回復呪文が全快させてくれ、今の俺には傷一つない。

 

「このまま畳みかけるぞ!」

 

 視界の中で神竜はまだ地に伏していたが、これで勝ったと思う程俺は自惚れていなかった。

 

「メラゾーマっ!」

 

「「メラゾーマ!」」

 

 放たれる火球。着弾し、巻き起こる爆発。

 

「フシュアアアアッ」

 

 だが、身を焼かれ炎の花を身に咲かせても尚、怯まず突っ込んできた緑の竜は腕を振るい、口から灼熱を吐く。

 

「くっ、ゾーマとやり合った時よりはマシの筈だが……」

 

 味方は居るし、かなりのダメージを与えてもいるはずだというのに顔が歪むのは確実と思いつつも何時勝利するかがわからないからか。 

 

「メラゾーマっ!」

 

 考えても仕方はないただ一発でも多く当てれば勝利は寄り近づくと信じ、呪文を唱え。

 

「みごとだっ! この私をこれほど短時間で打ち負かしてしまうとは……」

 

 身を起こした神竜が俺達へ賞賛を送ったのは、それから数度の応酬が終わった後のこと。

 

「ならば、願いを叶えて貰おう。俺が願うのは――」

 

 そして、俺は言った。勇者とその仲間達の身内で他者によって命を奪われた人達を生き返らせて欲しい、と。

 




遂に神竜に打ち勝ち、願い事をする主人公。

だが、挑戦し願い事を叶えて貰える回数はまだ二回残っており――。

次回、最終話「ありがとう、そしてさようなら」

再び神竜に挑んだ主人公は願う。

あ、次が最終話としましたが、そのあとにエピローグ書くかもしれませぬ。


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最終話「ありがとう、そしてさようなら」

「では、その者達の故郷に行ってみるがいい」

 

 複数を生き返らせてくれと願ったからか、神竜の言い回しは違っていたが、それでいくらかは肩の荷が下りた気がした。

 

「故郷、か」

 

 こんな所で神竜が嘘をつくはずもない。それに、こちらの世界は良いにしても、アレフガルドで生き返ったであろうトロワの父親について確認する術は俺にない。

 

「少し、良いか?」

 

 だから、神竜が別れの言葉を口にするより早く投げたのは、別の問い。つまり、連戦することで二個目三個目の願いを叶えて貰うことは可能かというモノだったが、神竜の答えは否だった。

 

「……まぁ、ここまで来た褒美とも言っていたからな」

 

 そのまま連続挑戦が不可能だったのは別に驚くことでも何でもない。

 

「皆、出直すぞ?」

 

 振り返りカナメさん達へ声をかけ、戻る先は遙か南南東。

 

「向かう先は、アリアハンだ」

 

 たぶん、願い方も拙かった。

 

(「勇者とその仲間達の身内で他者によって命を奪われた人達を生き返らせて欲しい」って、これじゃ、シャルロットの親父さんが生き返ったかどうかもわかんないじゃん、俺の馬鹿ぁ)

 

 神竜は確かに願いを叶えて条件に見合った人を生き返らせてくれたとは思う。

 

(だけど、原作知識を授けたもう一人の勇者であるクシナタさんを始めとする二つ目のパーティーの活躍や、凄まじい早さで進んだ攻略によって、もしシャルロットの親父さんこと勇者オルテガが戦死していなかったら?)

 

 親父さんは娘であるシャルロットと一緒にいる可能性が高い。原作通りなら記憶喪失のままで、シャルロットのお袋さんは夫の父親と二人残されたままになる。

 

(勇者オルテガが戻ってこないから、シャルロットのお袋さんはアレフガルドのことを何も知らず――)

 

 娘や夫と永遠に会えなくなっていることさえきづいていないかもしれない。

 

「……となればな。どうしても確認しておかねばならんし、アレフガルドのことは話しておく必要がある」

 

 アリアハンへ向かう中、俺はパーティーメンバーにそう説明し。

 

「そう言うことなら仕方ないね。けど、勇者一行……ねぇ」

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、話を聞く限り、生き返らせて貰う相手の条件、けっこう緩くしてたじゃないのさ。大きな騒ぎになってないといいんだけどねぇ」

 

「あ」

 

 言われてみればもっともな話に俺の顔は引きつる。

 

(とりあえず、アリアハンで俺が把握してるのは、元バニーさんの親父さんぐらいだけど)

 

 人が産まれるには、当然両親が居る。魔法使いのお姉さんに元僧侶のオッサン、二軍以降もOKならば、腐った僧侶少女の他に開拓者の町に送ろうとした商人のオッサンなんかもアリアハン出身の勇者一行に含まれると思う。

 

(そしてそして、アリアハン出身と拘らなければ、勇者サイモンやシャルロットのもう一人の師匠、クシナタ隊のお姉さん達とムール君、エリザやシャルロットが仲良くなったモンスター、俺が部下にした元バラモス親衛隊にトロワやアンも勇者の仲間達扱いにされるよな)

 

 アレフガルドとこの世界で、あわせて何名が生き返ったのだろう。

 

(はは、ははは……どうかとんでもない騒ぎになっていませんように)

 

 油断すると引きつった笑顔にしかならない顔を必死に取り繕いつつ、ルーラの呪文による空の旅の間、俺は密かに祈った。

 

「奇跡だ! 奇跡が起こった……う、うううっ……」

 

 そんな俺を嘲笑うかのように。アリアハンで最初に出会った町人は泣き笑いの表情で一人のどことなく見覚えのある顔をした女性の腰にしがみついていた。

 

「あぁ、そう言えばあの子のお袋さんも魔物の犠牲になったんだったね」

 

「あの子?」

 

「ホラ、イシスに居た僧侶の子だよ。エミィって言ったかねぇ」

 

「な」

 

 言われてもう一度抱きつかれてる女性を見ると、顔立ちはあの腐った僧侶少女に生き写しだった。あの少女から変態性を引き抜いた上髪の色を淡くし、十数年年をとらせたらまさにそっくりになると思う、もっとも。

 

「決めた! もう決めたぞ! あの金ぴかの大きな魔物も来ないし、私は作家を止める!」

 

 直後に抱きついていた町人の口にした宣言で、全てぶっ飛んでしまったのだが。

 

「はい?」

 

 思わず聞き返してしまったが、答えてくれる人は居なかった。

 

「エミリア。君を失った悲しみを紛らわせるように羊皮紙に当たり続け、気が付けば引く手あまたの作家になっていた私だが、いくら『えっちなほん』を書こうとも、君の居ない世界は色あぜあっいだだ、ちょ、エミリア何を? ま、待て、話し合おうちょっ、ぎゃぁぁぁ」

 

 ただ、目の前で起きた出来事は、良い笑顔の奥さんに間接をとられて悲鳴をあげる腐れ少女の父親があの本散布事件に一枚噛んでいたと知るには充分で。

 

「お前も行ってくると良い、用事を済ませたら城下町の入り口で落ち合おう」

 

「悪いね」

 

 今にも参戦したそうな元女戦士とそこで別れ、俺が向かった先は、シャルロットの家。

 

「シャルロッ――」

 

「っ……すまん」

 

 戸口をノックしたのが自分の娘だと思ったのか、ノックから間をおかず開けられた扉の向こう、若干やつれたシャルロットのお袋さんの顔を見た俺は、気づくと謝っていた。

 

「そのシャルロットと、あなたの夫のことで話がある」

 

「シャルロットの、シャルロッ……夫?」

 

「ああ。とりあえず、最後まで聞いてくれ」

 

 今にも食いつかんばかりだったお袋さんが、夫という単語に動きを止めたのをこれ幸いと俺は説明を始める。勇者オルテガが記憶を失いつつも生きていたこと。だが、そのオルテガは記憶を失いつつも僕である魔王バラモスを差し向けた大魔王ゾーマに挑もうとしていたこと。

 

「そのゾーマをシャルロットはあなたの娘は倒した。俺は大魔王との戦いで命を落とす者が出るのではないかと思い、もし、死者が出た場合、特殊なツテを使って犠牲者を生き返らせる為に動いていた。外で以前亡くなった者が何人か生き返ったと騒ぎになっているようだが、それこそ俺が犠牲者を生き返らせようとした結果だ。勇者一行とその身内で他者に命を奪われた者を生き返らせたのでな。シャルロットの仲間の家族で魔物に殺されていた者が生き返ったという訳だ。もし、あなたの夫、旦那さんが戦いで命を落としていたなら、同様に蘇っていた」

 

「そこまで言われれば、わかります。夫は、命を落とさなかったのですね?」

 

「おそらくは」

 

 ここまではいい。だが、問題はここからだ。俺は残酷な事実を告げなくてはならない。

 

「そして、大魔王は倒された。侵略の為、こちらの世界へ開けた穴も維持する力の持ち主を失ったことで塞がれた」

 

 ああ、何故俺は告げなくてはいけないのだろう。シャルロット達とは二度と会えなくなったのだと。

 

「マイ・ロード……」

 

「トロワ……すまんな、気を遣わせてしまったか?」

 

 シャルロットの家を出る俺の気分は最悪だった。

 

「いえ、ですが宜しいのですか? 神竜に叶えて貰える願いはまだ残されていますし、時間さえ頂ければアレフガルドとこちらを」

 

「繋ぐ道具を作る、か」

 

 イシスで修行してトロワは色々出来ることも増えたし力も付けた。自らの才能を活かし作り上げる道具があれば、ひょっとしてひょっとするかも知れないとは、思う。

 

「言わんとしたいことはわかる、だが願い事が残っていることもあるが……」

 

 原作では意地でもアレフガルドに勇者を止めようとしたルビスがどう出るか。

 

「いや、やはり不確定要素が入り込んでくるかもしれん現状で話してしまうのは危険だ。申し訳なくは思うが、優先すべきは神竜への挑戦だ」

 

 勝ち、願いを叶えて貰うこと。それ自体は一度目の勝利を考えれば難しくはない。

 

「壁に結んだロープはあの時のままか」

 

 だから、二度目の挑戦は半ば前回の繰り返しのようでもあった。大釜の部屋を出て梯子を登った先、未回収だったロープがそのまま垂れ下がっていたという差異はあったが、通ったルートは概ね前回同様。女戦士のみがはかいのてっきゅうを用いて肉弾戦を行った神竜との戦いも、数人がかりのメラゾーマのごり押しで勝ち。

 

「みごとだっ! これほどあっさりこの私を倒してみせるとは。いいだろう。そなたの願いを」

 

「その願いなんだが、叶えるのはもう一度出直し、再び挑戦して勝ってからで良いか?」

 

 願い事を言えと言うであろう神竜の言葉を遮って俺は尋ねた。

 

「なんと! 出直すと言うことは叶えて欲しい願いは一つでないと……これは今更だったな。思い返せばそなたは連続で挑戦出来ぬかと前のおりに問うてきた」

 

「ああ。こんな事を言い出したのにも理由はある。実は――」

 

 頷いた俺は神竜に歩み寄ると声を潜め、理由を話した。

 

「ほほう、成る程。そう言うことなら、そなたの申し出もわかる。良かろう、では次に勝った時……ただし、願いを叶える条件は厳しくさせて貰うぞ?」

 

 納得はして貰えたらしい。

 

「ああ。勿論だ」

 

 申し出を通して貰って、否やあろう筈もない。そして、最後の挑戦。

 

「皆、すまん。いや、ありがとうか……とうとうここまで来ることが出来た」

 

 浮かぶ神竜を前に、デジャヴさえ感じる景色の中、振り返らず感謝の言葉を口にし、身構える。

 

「メラゾーマっ!」

 

 前二度の様に撃ち出す火球。願いは迷いながらももう既に決めていた。

 

「「メラゾーマ!」」

 

「ぐわあっ」

 

 その葛藤と比べれば、始まった戦いの激しさなどどうと言うことはなかった。

 

「みごとだっ! 二度ならず三度までしてやられるとはな。して、二つ目の願いは『そなたの精神と肉体を元居た場所へと帰す』で良かったな?」

 

「マイ・ロード?!」

 

「ええっ?!」

 

 神竜の確認に驚きの声を上げたのは、トロワと元女戦士のみ。

 

「ああ」

 

「スー様……」

 

「スー様……行ってしまわれるのですね」

 

 肯定する俺を見るクシナタ隊の皆は、色々話したから察していたのだろう。

 

「そして、三つ目の願いも変わりはない。『二つ目の願いの意味を損ねぬ範囲内で、勇者シャルロットの望みを叶えてやって欲しい』」

 

 本当は、元バニーさんや他の俺を助けてくれた皆の願いも叶えて欲しいとは思った。だが、そんな一つの願い事を幾つにも増やすような願いを神竜が認めるとは思えなかったのだ。

 

「シャルロットが何を望むかはわからない。だが……」

 

 過酷な旅をし、役目を果たした末が家族とは二度と会えず、故郷にも戻れず異境の地で一生を過ごすなどあんまりだと俺は思った。

 

「なら、せめて望みの一つだけでも叶えてやりたかった……」

 

 シャルロットに付いて行ったなら、俺は元の世界にも戻れないし、側に居てやることぐらいしかできない。だが、こうして神竜に願えば、原作のエンディングをぶち壊すことぐらいは出来る。

 

(ルビスが、あの世界にシャルロットを縛るなら、家族を呼び寄せるとか……あちらの世界とテレパシーのようなモノで交信出来るようにするとか)

 

 シャルロットなら、きっと有効に使ってくれると思う。神竜への願い事を。

 

「……まったく、ロクでもない師匠だったな」

 

 あれほど慕ってくれて、返せるのがたったこれだけ。しかも、元バニーさんを始めとした他の人達には何も返せていない。

 

「えこひいきが過ぎるというか……すまんな、皆。結局俺は、ただ我が儘を押し通しただけだった」

 

 いちばん すきなひと の ねがい だけしか かなえず、ほか の みんな には てつだわせた だけ。

 

「……何、言ってんだい?」

 

「え?」

 

「他はどうだか知らないけどね、元々あんたにゃ借りがあったんだ。あたいに不満なんてないよ!」

 

「そうそう、スー様。私達だって、ようやくスー様への恩返しが出来たと思ってるんです」

 

「みんな……」

 

 みんな、とんだお人好しだ。

 

「マイ・ロード……」

 

「トロワ」

 

「すぐは無理そうなので、少々時間を下さい。私の技術を尽くして、必ずマイ・ロードのお側に参りますから――」

 

 いや、トロワが本気を出したら冗談抜きで元の世界まで追いかけて来かねないと言うか。

 

「……そうか」

 

 顔がひきつらないよう必死にポーカーフェイスを作り、それだけ言うと、俺はトロワ以外の皆を見る。

 

「これで、お別れだな……ありがとう、そしてさようなら」

 

 元の世界に戻れるというのに、何処か気持ちは晴れない。

 

「別れは済んだな? では、ゆくぞ!」

 

 最後に知覚したのは神竜の声。

 

「わぁっ」

 

 ルーラに似た浮遊間を感じたのは、一瞬のこと。同時に視界が薄れ。

 

「っ……あ、ここは……」

 

 気づけば見慣れた自分の部屋、だった。

 




いやー、かなり端折ったって言うのに二話分以上のボリュームになるとか。

ともあれ、神竜への願いで主人公は無事、元の世界に戻ったのでした。

二つの願い事を同時に叶えて貰ったのは、ぶっちゃけシャルロット対策。

「みんなと会いたい」とかそんな願い事で主人公がアレフガルドに連れてこられたら、三度目の挑戦が出来なくて詰みますので。

先に元の世界に戻ったあと、シャルロットの願いでアレフガルドに呼び戻されるパターンでも詰みますね。

だから、仕方がなかったのです。

ですが、神竜に願ったことはもう一つ残されていました。

最後の願い事を託された主人公の愛弟子、勇者シャルロット。

譲られた望みを叶えて貰える権利をどう使うのか。

次回、エピローグ。

いよいよ、物語の幕は閉じる――。



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エピローグ

「なん……だこれ?」

 

 気がつけば俺は見知らぬ場所にいた。

 

(いや、見知らぬ場所って言うか……)

 

 なんとなく感じるデジャヴ。中世のヨーロッパにタイムスリップでもしたのかと言わんがばかりの格好で道を往く人々と前だけでなく、右を見ても左を見ても続くファンタジックな町並み。

 

(何で? 俺は確かに神竜に願いを叶えて貰って、元の世界に帰った筈。浮遊間を感じたのも、視界が薄れたのも覚えてる……まさか、原作みたいに時間が巻き戻った?)

 

 いや、そんな事など有るはずがない。目の前に広がる町並みには見覚えがなかったし、歩いている人の話の中にとある単語があったのだ、ラダトームと。

 

(つまり、ここはアレフガルドである可能性が高い訳で……)

 

 見上げた空は明るい。となるとゾーマは間違いなく倒された後だろう。

 

「おち、落ち着け……」

 

 一瞬、シャルロットが願い事で俺を呼んだのかとも思ったが、それはない。

 

(じゃあ何だ? 願い事をする時に神竜が肉体を送る世界と精神を送る世界を間違えたとか?)

 

 まだこちらの方がありそうな気もするが、そんなミスを神竜がするだろうか。

 

「シャルロット様ぁ~、勇者シャルロット様ぁ~どちらにおわしますかぁ~」

 

「へ」

 

 疑問の答えは、大声で聞き覚えのある名前を呼び、つつキョロキョロ周囲を見回しつつ駆けてくるメイド服姿のお姉さんによってもたらされた。

 

(や、もたらされたって言うか……確定したというか)

 

 ここはやはりアレフガルドだ。しかもシャルロットが大魔王ゾーマを倒した後の。

 

「い、一体何が……」

 

 何がどうしてこんな事になったのか。訳がわからず、戸惑っていたからだろうか。

 

「……お師匠様」

 

「な」

 

 声をかけられるまで、後ろにいたその人に気づかなかった。

 

(いや、気配があることには気づいては居た。だけど……)

 

 見かけた他の人と同じでただの町の人だと思っていたんだ、こんなに都合良く逢えるなんて思わなかったから。

 

「シャル」

 

「お師匠様ぁぁぁぁぁ」

 

「ぐっ」

 

 最後まで名を口にすることさえ能わない。不覚だった。もしくは、ゾーマすら倒した勇者の実力が高いのか。振り返りきる前に身体ごとぶつかってきたその人に、俺は抱きしめられ。

 

「おし……あ、逢いたかったんでつよ……ぼぐ、ぼぐぅ……」

 

 ひしっと強く腕の中に俺を捕まえたシャルロットの声は、顔を上げる前に涙声に変わっていた。

 

「すまん」

 

 元の世界に戻ることを選んだ俺としては、まず謝るしかなく。

 

「おじじょうざまぁぁぁ」

 

「シャルロット……あ」

 

 胸の中で泣きじゃくるシャルロットの頭を撫で、顔を上げたところで立ちつくすメイドさんと目があった。もちろん、さっきシャルロットを探していた様子の人だ。

 

「……ええと、弟子を暫く借りて良いか?」

 

 言外に何か大切な用事でもあったのですかと問うたつもりでもあったが、俺の言葉で再起動したメイドさんは何度も縦に首を振ると、踵を返し、走り去ってしまった。

 

「……あれは、OKと言うことで良いのだよな?」

 

 ここは、推定ラダトームの城下町にある通りの一本だ。さっき、何人も町人を目撃しているし、まだすんすんと鼻を鳴らしている弟子(シャルロット)を抱きつかせたままなこの光景が目撃されたらめんどくさいことになる。

 

(うん、もう既にメイドさんに見られてるけどね)

 

 出来ればあれで最後にしたい。

 

「移動するぞ、シャルロット」

 

「……はい」

 

 弱々しい声だったが、返事が返ってきたのを確認すると、俺は自分に巻き付いているシャルロットの腕が解かれるのを待ち、片方の手を取る。

 

「そこの店の裏手で良いか」

 

 話をするだけなら、通りから離れて物影に行くだけで大丈夫だろう。

 

(まずは状況を把握しないとな)

 

 不可解な点が多すぎるが、だからこそ情報を集めなければどうするかが決められない。

 

「……ふむ。アレフガルドがこんなに明るいと言うことは……やはりゾーマを倒したんだな」

 

 建物の陰間で移動すると空を仰いで呟いたのは、一つ目の前提を確認する言葉。

 

「はい。ゾーマは油断ならない相手でしたけど……お父さんやもう一人の勇者……クシナタさんと協力して、なんとか。あのバラモスと同じ姿の、多分同じ種族の魔物だったのかな……殆どがバラモスよりは弱かったんですけど、十や二十じゃきかない数が襲ってきて……」

 

「ちょっ、十や二十じゃ効かない数?」

 

 とんでもないバタフライ効果が起きていたと言うべきか。おそらくはこちらが複数パーティーだったことと、ゾンビ化というか骨の魔物になったバラモスを俺が倒したことでゾーマが戦力の補強をはかったのだろうが、難易度が跳ね上がりすぎだと思う。

 

「ボク達も勝てるのかって思いもしたんですけど、クシナタさんのお仲間が、マホカンタって反射呪文を唱えて、それを見たミリーやアランさんがフバーハやスクルトで補助してくれたんです。その結果、呪文が跳ね返ってくる事を恐れて、バラモスと似た魔物は呪文を殆ど使ってこなくなりましたし、クシナタさん達はミリー達が一つの呪文を唱える間に、二度は補助呪文をかけてくれましたから」

 

 いてつくはどうを持たないバラモス一族は、最終的にシャルロットとクシナタさんの一ターン二回ギガデインを始めとした範囲攻撃呪文などで屠られ、全滅したのだとか。

 

「最初にボク達がこれは勝てないんじゃないかって顔をしたのが良かったんだと思います。補助呪文で形勢が逆転した後、ゾーマがバラモスそっくりの魔物達を加勢しようとしたんですけど、その時にはもう殆ど魔物達は倒してましたし、『ひかりのたま』を急いで使ったら、残った魔物にトドメを刺す為に唱えたギガデインにも巻き込まれていましたし……」

 

「まぁ、それだけ戦力を揃えた上でお前達の態度を見たなら……な」

 

 バラモス一族だけで何とかなると思ったのを慢心したと見なすのは俺にも無理だった。

 

(おそらく、そのバラモス一族って強くてゾーマ前哨戦で出てきたのと同じぐらいの強さだろうからなぁ)

 

 ギガデイン四発もぶちかまされれば原作なら1200近いダメージになる。

 

(そこにモシャスを組み合わせれば……うん、二回行動可能なの前提だけど、変身した後一発撃てるね)

 

 雑魚どころかゾーマの前哨戦メンバーすら耐え切れそうにない雷が敵全体を薙ぎ払うのか。

 

(おそるべし、ギガデイン……)

 

 誤算によって揃えた戦力を失ったゾーマがどうなったかなど考えるまでもない。

 

「……話はよくわかった。ではもう一つ聞くが、アンの夫は生き返ったか?」

 

「はい、お師匠様。この間、カトルくん……お子さんをつれて会いに来てくれて……」

 

「そうか」

 

 あの願いで少なくともアークマージであるおばちゃんの協力に報いることは出来たらしい。

 

「ならば、神竜に挑んだ甲斐はあったな……」

 

 ただ、シャルロットが最後の願い事の結果、何を望んだかはまだ聞けていない訳だが。

 

「お師匠様……」

 

 シャルロットが不意に俺を呼ぶ。願い事への疑問で無意識に見てしまい、気づかれたのか、それとも。

 

「駄目じゃないですか、勝手にいなくなっちゃ……」

 

 くるりとこちらに背を向け、シャルロットはまだ握ったままだった俺の手を解き、手首を捕まえると、自分のお尻に俺の手を押し当てた。

 

「な」

 

「前に、言いましたよね……『ボクのお尻も守ってくださいっ』って」

 

 突然の奇行にそれ以上言葉が出ない俺へ、手首を話さず言った、

 

「ですから、ちゃんと守ってください。お師匠様以外がこういう事を出来ない様に――」

 

「うぇ? な、ちょっと待て、シャルロット! そう言うことをするのは俺も拙いというか、その」

 

 何だ、何を言えばいい。

 

(と言うか、シャルロットがいつの間にかまたせくしーぎゃるになってるんですけどぉ?!)

 

 手首を捕まえているだけではなく、掌でぐいぐい押しつけてくるのはいろんな意味で拙く。

 

「拙くありませんよ。守ってくださる限り、お尻だけじゃなく、身体も、心も……みんな、みんな、お師匠様のモノですから」

 

「は?」

 

 なんだかとんでもないことを言われた、気がした。気がしたが、脳が言語を理解出来ず。

 

「え? わかりませんか? だったら、言い換えます」

 

 言い換える前にこの強制痴漢状態を何とかしてくださいと言うより早く。

 

「ぼ、ボクをお師匠様の……お、お嫁さんにしてください!」

 

「な、な……えっ、え?」

 

 き が ついたら、おれ は ぷろぽーず されていた。

 

(って、呆けてる場合か、俺! 幾らプロポーズされたって――)

 

 応えられる訳がない。

 

「わかった、結婚しよう」

 

 そう思った矢先、聞こえてきた声が一つ、それは紛れもなく俺の声で。

 

「ご主人様ぁぁぁっ」

 

「ちょ、お」

 

 振り返った先、感極まった様子の元バニーさんに押し倒されるのは、明らかに俺。と言うか、俺の姿をした俺以外の誰か。

 

「あ、ミリー」

 

「しゃ、シャル」

 

 ワンテンポ遅れて女の子二人もシャルロット、元バニーさんの順で互いに気づいたようだが、俺からすれば更に意味が不明であり。

 

「「これはいったい……」」

 

 俺と俺の声が重なったのは、無理からぬ事。

 

「「シャルロット?」」

 

「ご、ごめんなさい、お師匠様。実は……」

 

 二人分の視線を受けたシャルロットは、申し訳なさそうに顔を曇らせつつ話し始めた。曰く、俺が神竜にシャルロットの望みを叶えて欲しいと言ったことで、神竜はシャルロットへテレパシーのようなモノで連絡を取り、幾つかの事情を説明し、俺を呼ぶことは出来ないがそれ以外なら願いを叶えるが、何か叶えて欲しい願い事はないかと尋ねたらしい。

 

「それで、ボク……ミリーとかトロワさんとかみんなの望みが叶ったらいいってお願いしたんです」

 

 だが、神竜はその願いは叶えられないと言った。

 

「ボクが心から願ってる願い事じゃないし、願い事を複数に増やすようなモノだから無理だって……」

 

 そうして、願い事を拒絶した神竜は、シャルロットと声を使わない会話を続けつつ、ちょっぴりシャルロットの心も読んで、とある提案をしたのだとか。

 

「「『俺を複製し、異性として慕う者達の元に送る』ぅぅぅ?!」」

 

 なんぞ、それ。

 

「「と言うことは、俺は……複製体なのか?」」

 

「はい……『身体も借り物ではなく私が作ったもの。これなら、お師匠様側にあるそなた達と一緒になれない理由も消滅する』って言われて、ボクが答えに迷ってる内に……」

 

「「願い事を叶えられ、こうなった……というわけか」」

 

 これ、ひょっとするとトロワの所にも複製の俺がお届けされてるんだろうか。

 

「「お の れ し ん りゅ う!」」

 

 声がハモったのは、多分同一存在のコピーだからじゃ無いと思う。

 

(純真なシャルロットを誘導して望んだ訳でもない願い事を実現させるとか)

 

 シャルロットが俺を望んでくれたことは驚きではあるモノの嬉しいが、複雑だ。

 

「シャルロットは良いのか、複製である俺で? 自分のオリジナルだからわかる。責任とれないとかそんな理由から誤魔化そうとしていたモノの、あいつはシャルロットに好意を抱いていた。複製を作り出してしまった責任を感じてとかそう言う理由でのプロポーズだったなら――」

 

 さっきのはなかったことにしても良いと俺は言い。

 

「いえ、良いんです。元の世界に戻ることを選んだお師匠様の重荷にボクはなりたくありませんし……」

 

「そうか」

 

 意見を取り下げないシャルロットにいくらかの諦念を含んだ声で俺はポツリと漏らし。

 

「スー様、新婚旅行はマイラ温泉がいいな」

 

「温泉か、そうだな」

 

「スー様、今日は宿も一杯のようでありまするな」

 

「まぁ、あれだけ俺が増殖すればな……」

 

 二組の男女がやって来たのは、その直後。

 

「「え゛」」

 

 新たに現れたお仲間二人とクシナタさん、それにクシナタ隊のお姉さんを見た俺は、元バニーさんと仲良くしていた複製Bと一緒にその場で固まったのだった。

 

 

 -完-




と言う訳で、ハーレムエンドならぬ、まさかの分配エンド。

主人公を慕う女の子全員とくっつきながらハーレムでないという結末となります。

シャルロットと結ばれるルートがお好みの場合は、複製分配の部分がないバージョンを想像して頂ければいいかな。

いや~、「お尻を守って」発言の伏線、ようやく回収出来ました。

ちなみに、この主人公を増やしてヒロインがあぶれないようにする結末は書き始めた頃から考えてたものでした。

誰か一人とくっつけると他のカップリング支持者から非難がでる可能性がありますが、これなら大丈夫ですよね?

ちなみに、コピーさんたちの自分が一番好きな相手部分は作られた時に配布される相手が好きであるように調整されております。(未出の設定)

また、トロワが配布を断り、独力で主人公の居る世界へ行き結ばれるトロワエンドも構想はしておりました。(書くかは未定、書かなければオリジナルの主人公は結局独り身)



と、色々書きましたが……ここまでお付き合い頂きました皆様、どうもありがとうございました。

また、何か機会がありましたら別の作品でお会いいたしましょう。

本当にありがとうございました~。







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EX1・番外編T1「選択と目標(トロワ視点)」

 お待たせしました。

 トロワルート、はっじまっるよー?


「はぁ……これも駄目ですね」

 

 私は嘆息と共に元の形がわからない程潰れて何かの塊となったそれを脇に避けた。

 

「世界を繋げる……ゾーマ様の御業ですし、それ程簡単なモノではないと覚悟はしていましたが」

 

 嘆息する私の前にあるのは、がらくたの山。全てが世界を繋ぐもしくは世界を渡る事を目的とした道具や補助具の失敗作だ。

 

「光の中に魔物を消し去るニフラムの呪文、相手を何処かに飛ばすバシルーラ、そして空を飛び目的地へ移動するルーラ……参考になりそうな呪文はあらかた試しましたけれど」

 

 結果はわざわざ口にするまでもない。

 

「すぐは無理そうなので、少々時間を下さい。私の技術を尽くして、必ずマイ・ロードのお側に参りますから――」

 

 あの日、マイ・ロードへ私が告げた後、かのお方は自分の世界へと還られた。

 

「すぐには無理、マイ・ロードにはそう申し上げましたが……」

 

 あまりお待たせしたくはないというのに、結果は芳しくなかった。

 

「となると、ここは神竜の元に向かうべきかも知れませんね」

 

 もちろん、それは勇者シャルロットの望みだという触れ込みで神竜が持ちかけてきた話のことではない。あの話は即座に断った。マイロードを複製などというのがまず不遜だが、私はマイ・ロードを自分の者にしたいのではなく、あの方にお仕えしたいのだ。

 

(幾らマイ・ロードの写し身であろうと、その方は私が忠誠を誓った方ではないのだから)

 

 方針に変更はない。

 

 

「マイ・ロードのいらっしゃる世界がどこにあるかを知るのは、今となっては神竜のみ。この髪の毛もマイロードではなく、マイ・ロードが借りられていた身体の持ち主のものだそうですし……」

 

 いくら私でも、どこにあるかも分からない目的の世界を特定し、ゾーマ様の術を再現し「そこ」と「こちら」を繋ぐのは無理があった。

 

「それに、首尾良くマイ・ロードの世界に渡れたとしても、私にはあちらの知識がまるでない。アレフガルドとこの世界でさえ文化的にも色々と差異がありますし……」

 

 そもそも私は人間ではなく、人間から見ればモンスターなのだ。もし、あちらが少し前のこの世界のように人と魔の争う世界なら、人間の敵として攻撃されることだって考えられるのだ。

 

「そもそも、世界は広いもの。『渡ったは良いものの、マイ・ロードのいらっしゃる国とは別の国だった』と言うことだってあるかも知れません」

 

 マイ・ロードの元へ行けるなら労苦は惜しまないつもりではあるものの、何の手だてもせずにただ世界を渡ることだけを考える訳にもいかない。

 

「問題は、マイ・ロードと共に神竜に挑んだ私には願い事を叶えて貰う権利がもう存在しないことですが……」

 

 その一点で迷っていることがある。

 

「カトル……」

 

 呟いたのは、今のところ唯一の成功例である世界間物品転送装置で届いた手紙の主、弟の名。お守りにしていたママンの体毛を媒介にすることで転送先を特定個人とし、もう一組の送受信機を転送したところ、ママンからの手紙と一緒に弟の手紙も届いたのだ。弟は今、ママンと一緒に暮らしているらしい。羨ましい。

 

「って、そうじゃありません……あの子、人が移動出来る装置を作って、こっちに来て神竜に挑むだなんて……」

 

 弟は私の為に神竜へ挑み、願い事の権利を私に譲渡するつもりらしい。

 

(マイ・ロードのなされたことに触発されたのかは定かで……いや、多分そうでしょうね。プライドは高い子でしたし)

 

 やると言い出したからにはきっとやるのだろう。そして、その時私に出来るのは、修行の為の施設を案内することやルーラで中継点まで送ることぐらい。

 

「それから、場合によってはパーティーメンバーや装備の手配もしないといけないかもしれませんね」

 

 まぁ、装備についてはマイ・ロードが神竜に挑んだ時のメンバーから借りるぐらいしかできないけれど。

 

(むしろ装備だけならアレフガルドの方が充実してるはずですし……そうだ、あちらの装備を取り寄せて貰って改造すれば、今より高品質の防具が出来るのでは――)

 

 血を分けた弟の着るものだ。私のお下がりでも良い気はするが、願いを譲ると言うところでマイ・ロードに張り合おうとした弟のこと。最終的にマイ・ロードと同じ盗賊になることも充分考えられる。

 

「マイ・ロードが、やみのころもを残していってくださって良かった……」

 

 あれと私の着ていたドラゴンローブがあれば、きっと何とかなると思う。

 

(世界を渡る道具の開発ばかりでは肩がこりますし、たまには気分転換も必要ですよね)

 

 まずは、広がって伸びてしまったドラゴンローブの胸回りを何とかしよう。

 

「それから、武器は隼の剣が良いとマイ・ロードは言っておられましたね……」

 

 モシャスの呪文で最も破壊力の高い攻撃を繰り出せる者の攻撃力を写し取り、隼の剣の力を借りることで手数を倍に増やす。マイ・ロードの様に人より早く動ければ、尚効果は増すのだろうが。

 

「興味深い武器ですし、送ってくれるよう伝えておきましょうか」

 

 ポツリと呟くと、私は手紙を書く為にペンを取ったのだった。

 

 




 なんだかんだで、非生物をアレフガルドとやりとりするだけの装置はさくっと作ってたという変態的天才っぷり。

 ですが、流石に主人公の世界に行く手段確保は厳しかったようで、試行錯誤中の様子。

 ちなみに、シャルロットルートは、シャルロットがコピーを貰わず、カトルと一緒に神竜へ挑み、願い事を叶えてもらって主人公の世界へと言う感じのお話になります。(構想はしてるけど、書けるかは未定。ので確約はしませぬ)

元バニーさんやクシナタさんはシャルロットと同じパターンで主人公の世界に行くのと、妥協して複製主人公とくっつくパターンが考えられますが、書くかどうかが未定なのはこっちも同じ。

と言う訳で、「番外編T2」に続くかも知れませぬ。



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EX2・番外編T2「挑戦の始まり、そして(トロワ視点)」

「まさか、あなたに先を越されるとは――」

 

 隼の剣を受け取った数日後、突然現れた弟に私は驚きを隠せなかった。

 

「そうは言いますが、原理の大半は姉上の転送装置を借りたモノです。少々手を加えて上手くいったことを自分の功として誇る気など有りません」

 

「いえ、その少々手を加えるところを私は思いつかなかったのだから、そこは誇るべき所ですよカトル」

 

 これでマイ・ロードの所へ行ける日が一歩も二歩も近づいたのだ。他に人が居なければ手放しで褒めていたと思う。

 

「そうだぞ、カトル。そもそもこの発明のことだけでもない。勇者シャルロットとの戦いの時だって、見事に裏をかいて見せたじゃないか。まぁ、あの時はあちらに義母う……母君が居られた事がわかって休戦、お前の策は結果を見ずして終わったが、あれとて――」

 

「いや。一軒上手くいっていたように見えたが、あのまま戦いになっていれば別働隊も本隊も各個撃破されていたはずだ。俺は、勇者とその仲間達の実力を低く見積もりすぎていた。本気で勝つつもりなら数倍以上の物量で押し潰すか、補助呪文をかき消すゾーマ様のいてつくはどうの様なものの使い手を用意する必要があった。戦いは数だ。呪文を反射させるか封じられることを許さず、ひたすらに数を打ち込めるなら、初歩呪文でさえ耐性を持つもの以外なら倒せる」

 

「カトル……」

 

 頭を振って弟の口にした言葉は道理ではある、芥のような小さなモノでも積み重なれば山になるのだ。だが、重要なのはそこではなく。

 

「その話、私は初めて聞くのですけれど……まさか、一歩間違えばママンに危害を加えるかも知れなかった、などという事では当然無かったのですよね?」

 

「あ」

 

「なっ、い、いえ姉上……その」

 

 弟の同行者がしまったと言うような顔をしたこと、そしてカトル自身も挙動不審になったところを見ると、どうやら嫌な方がアタリらしい。

 

「カトル、はぐれメタル風呂と言うモノを知っていますか?」

 

 もうすぐ家族になるであろう弟の横の人には申し訳ないが、ママンを危険に曝したとなれば私の中では明らかな有罪だった。

 

「あ、姉上、申し訳な」

 

「謝ることはありませんよ、カトル。神竜に挑むのでしょう? 少しばかりハードなトレーニングをして貰おうかなと思っただけなのですから」

 

 せめてもの慈悲に、ホイミスライムを混ぜてやるべきかも知れない。修行は一朝一夕では終わらないだろうし、その間にアレフガルドに渡ってママン達に会ってくるのも良いか。

 

「マイ・ロードの元に赴いたとして、その後のことはわからないのだから――」

 

「あ、姉上?」

 

「何でもありません。では、ロゼさん。カトルは借りて行きますね?」

 

 会いに行くなら弟の監督は修行仲間に頼もう。普通に考えるなら、イシスにあるはぐれメタル風呂を知り尽くした人物にお願いしたいところだが、かの人は複製されたマイ・ロードと結婚し、仲睦まじく暮らしていると聞いた。流石に、そんなところへ空気も読まずお伺いして愚弟のお仕置きに付き合もとい、修行のコーチをしてくれとは言い難かった。

 

「そもそも、多いのですよね……」

 

 複製されたマイ・ロードを伴侶に選んだ知り合いは。神竜に挑んだ時の仲間もだが、ゾーマ様を倒した勇者の内、女性二人もそうだった。ひょっとしたら既に懐妊している者すら居るかも知れない。

 

「となると、消去法で頼れる相手はあの方だけですか」

 

 名をヘイル。マイ・ロードと同じ名と顔を持つ人間。同時期にマイ・ロードが連れてこられたルシアという娘と最近は仲良くしているようだが、何か思うところあったのか、今もイシスで後輩の指導に当たっているとも聞いている。マイ・ロードとそっくり同じ顔だから頼みにくいという点を除けば、これ以上の適任は居なかった、弟と同性で間違いが起きようのないと言う意味でも。

 

「それはそれとして、お世話にはなった訳ですし同じイシスに居るであろう他の方にご挨拶に伺うというのも良いですね」

 

 新婚ほやほやであろう方々の邪魔をして馬に蹴られるつもりはない。ただ挨拶と礼をして軽く近況でも聞くに止めるつもりだ。

 

「まずは送り届けるのが先、挨拶回りはカトルのおし……修行中でいいですね」

 

「あ、姉上? 何をおっしゃっ」

 

 私に襟首を掴まれ連行されている弟が何か言っていたが、取り合わず、呪文を紡ぐ。

 

「ルーラ!」

 

 完成した呪文で私達姉弟は空に。

 

「あっ」

 

 舞い上がった後、説明不足のまま置いてきてしまった人のことに気づいた。

 

 




トロワ、ぶちぎれる。

短めで済みませぬ。

次回は、挨拶と称して挨拶された側からの視点でトロワ達に訪問され、そのあとコピー主人公とイチャイチャ……って話に出来たらいいなと思ってます。

しかし、完結してようやくのんびり出来ると思ったら二日続けてEX書いてる不思議。

くっ、持病の「終わったんだから遊びたい病」がっ。

ともあれ、たぶん視点変更して続くのです。


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EX3・番外編S&K「(スミレ視点/カナメ視点)」

●スミレさんとスー様

 

「スー様、お待たせ。そろそろご飯にする?」

 

 あたしちゃんが尋ねれば、こっちに背を向けていた旦那さんはああと言いつつ手を止めると立ち上がってこちらへ来る。

 

(こんな日が来るとか)

 

 あたしちゃんにも予想外だった。やまたのおろちに生きたまま喰い殺されたあたしちゃんやみんなに新しい人生をくれた人。自棄に自己評価が低くて、そのせいか、鈍いというよりも頑なに自分が好意を向けられていると思わないフシがあるみんなの恩人は、あの日、元の世界に還っていった。

 

(まぁ、責任は取れないって口が酸っぱくする程言ってたし、そうなることはわかってたんだけど)

 

 だからこそ職業訓練所で仕込まれた遊び人としてのキャラには本当に感謝している。遊びやおふざけに偽装して本当の気持ちを言ったり、どさくさに紛れて密着出来たりしたのだから。

 

(ふざけて、からかって、あたしちゃん的にはそれでじゅうぶん……って思ってたのにな)

 

 思慕は遊び人の仮面の裏に押し込んで、いつものように見送る。例えそれが今生の別れでも、別行動の為旅立って行くスー様をおちょくり半分に見送って、後は何事もなかったかのようにお気楽にいつも通りの日々を過ごす、そんなつもりだったのに。

 

「あーあ」

 

 スー様の姿が消えてから、大泣きした。みんなに慰められた。あたしちゃんとしたことがとんだ黒歴史をを作ってしまった。おのれ、スー様。

 

「スミレ?」

 

「あ」

 

 いつの間にか感傷に浸ってご飯を準備する手が止まっていたらしい。いちど ならず、にど までも。

 

「しまった、スー様のご飯に一服漏らないと」

 

「おい」

 

「んー、まいった、まいった。死んでた分はノーカンだとしても、あたしちゃんもそれなりにお年頃。クシナタ隊のみんなに会う時にも、赤ちゃん出来たって話を良く聞くし出来ればお母さんがあたしちゃんを産んだ歳にはあたしちゃんも母親になっていたいなとおもったのです」

 

 

 やっぱり、このキャラはいい。昔の、何も知らない娘だった頃のあたしちゃんだったら、こんなこと口が裂けても言えなかっただろう。

 

「なっ、ちょ、おま」

 

「ふふん、褒めてもいいよ?」

 

 と言うか、素面で言うのも恥ずかしいのであたしちゃんもおふざけをいれて誤魔化さざるを得ないのだが。自分に配布されたスー様に金のネックレスをかけつつ即座に押し倒した猛者が隊には一人居たけど、流石にあたしちゃんもあれは真似出来ない。と言うか、話を聞いた隊の子何人か、うわぁって顔してたし。

 

「まぁ、隊の中ではおめでた第一号だったりするけど」

 

「……お前は誰に説明してるんだ?」

 

 気づくと、復活したスー様があたしちゃんにジト目を送っていた。

 

「いやん、てれちゃう」

 

「はぁ」

 

 また巫山戯たら嘆息された、解せぬ。けど、これで良いのかも知れない、あたしちゃんと旦那様の距離感は。

 

「まだお昼なので、夜になったらがーたーべると装着しておそいかかるんですけどね?」

 

「だから、誰に……って、待て! がーたーべると?!」

 

「スー様は最終形態になったあたしちゃんを見て恐怖すべし、もしくはムラムラすべし」

 

「最終形態って何だ?! つーか、色々待てぇ?!」

 

 うーむ、今日のスー様は良く叫ぶなぁ。ちなみにがーたーべるとってのは大嘘だ。見た目だけ似たものをこっそり夜なべして作りはしたけれど。いかにもがーたーべるとなモノを身につけたあたしちゃんでスー様をドキドキさせちゃおうというあたしちゃんのサプライズでもある。

 

「そもそもがーたーべるとは知る限り全て処分し……ん?」

 

 そして、取り乱しつつも喚いていた旦那様が急に振り返り。

 

「御免下さい」

 

 玄関の方から声がしたのはその直後。

 

「今の声は、トロワか?」

 

「あたしちゃんにもそう聞こえた。何の用かな?」

 

 顔を見合わせたあたしちゃんとスー様はお昼ご飯を一時中止し、とりあえず玄関へ向かうのだった。

 

***************************************

●カナメさん、来客です

 

「そう、アレフガルドに行けるようになったのね」

 

 来客を前に表情を取り繕いつつもあたしは内心でかなり驚いていた。独力で世界を繋ぐなどあたしにはとても考えられない。やろうと思って出来るモノでもない。だが、目の前にそれを可能にした姉弟が居る。

 

「凄いですね、お姉様ぁ」

 

「……はぁ」

 

 かって覆面とローブを身につけていたという共通点であればあたしの腕に抱きついてる娘も同様の筈なのだけれど、やはり個人差はあるのだろう。この娘の姉も趣向の方は色々問題があったが、才能面では突出し、あの魔王バラモスの軍師やイシス侵攻軍の総司令官まで任されていた訳だし。

 

「ともあれ、話はわかったわ。あたしの装備なら遠慮なく持っていって。エピニア、あなたのも良いわね、どうせ当分は着られないでしょうし」

 

「……着られない? どう」

 

 おそらく、どういう事だとでも言おうとしたのは、訝しげな顔のおそらくトロワさんの弟。

 

「簡単な事よ。この娘、妊娠してるの」

 

「「な」」

 

 姉弟の声がハモるが、気持ちはわかる。

 

「あたしとしても複雑なんだけど……」

 

 事の起こりはずいぶん前にまで遡る。スー様がこの世界を去り、複製されたスー様が配布された日。あたしは真っ先にあたしを慕うこの子(エピニア)の所へ向かった。思ったのだ。

 

「あたしの複製をくれ」

 

 と、神竜に願うんじゃないかと。

 

「その予感は的中。何とか止めさせたんだけど、この娘、だったらあたしと暮らしたいと言い始めて……」

 

 あたしは条件を出した、エピニアが断るであろうと思う条件を。

 

「今思うと、甘かったのね。この娘は断ることなく条件を呑んだ。夫の二人目の妻になるなら考えても良いって条件を」

 

 そして、妻としての役割もきっちり果たした結果が、これだ。

 

「まさか、この娘に先を越されるとは思ってなかったわ」

 

「すまん」

 

 話を聞く限りトロワさんは複製のスー様とくっついては居ないようだから、ひょっとしたら、スー様と魔物との間に出来たと言う意味で初めての子供なのかも知れない。隣でしょげてる旦那様には今晩辺りフォローするとして。

 

「……話を戻すわね。神竜に挑むなら見たところトロワさんと同じ賢者を目指して――」

 

 あたしは思いつく限りアドバイスを口にし始めた。

 




と言う訳で、今回はスミレさん達の新婚生活回でした。

カナメさんの方はごめんなさい。
エピちゃんが黙っていないだろうなと思ったら、結果的にちょっと微妙な感じになってしまいました。どうしてこうなったのやら。

ちなみに、隊でのおめでた一号さんは、名前も決まってない元魔法使いのお姉さん(せくしーぎゃる)です。アッサラームで主人公にきんのネックレスをかけてクシナタさんに説教されたのと同一人物でもあったり。

さて、次は誰の近況話にしたものか。思いつかなかったら、時間を一気にジャンプして、トロワ編の神竜に願いを叶えて貰う所からはじめるつもりです。




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EX4・番外編T3「アレフガルドを行く(トロワ視点)」

「アレフガルドも久しぶりですね」

 

 ポツリと漏らした私は、かってゾーマ様の城があった島を北へと歩いていた。そう、ラダトームに向かう為だ。

 

「ママンも元気そうでしたし……ただ、よもや父に嫉妬する日が来るなんて」

 

 訓練の為はぐれメタル風呂に押し込んだカトルと別れはや数日。カトルの作った転送装置でアレフガルドに渡った私が出現したのはカトルの実験室だった。そして、物音に気付き現れたママンと父。

 

(久しぶりにママンに甘えられると思ったのに――)

 

 生き返った父にママンはべったりだった。無理はないかも知れない。私とて、表には出さなかったがママンと離れて暮らすのは辛かったのだ。自分で言うのも何だが、聞き分けの良い娘である私は、ママンと父の逢瀬の邪魔はしないというポーズで、かつてのゾーマ様の居城を後にしたのだ。

 

「あらあらあら。今のあなたの話を知りたい人がラダトームにはいっぱい居るんじゃないかしら?」

 

 とかママンが仰られたからとかそれが決め手だったなんて事は別にない。

 

「確か、向こう岸までは水棲の魔物が船を牽引してくれる……のでしたね」

 

 かつてのゾーマ城も勇者に与したやまたのおろちとその夫である人間が主となり、随分雰囲気が変わったように思われる。今、城に住むのは先の戦いの生き残りの中でも穏健派の者が殆ど。私のように早々にゾーマ様の元を離れた魔物以外はゾーマ様が倒された日に選択を迫られた。降伏し、人間達と共存して往く道か、この地を離れ人間が足を踏み入れない辺境で暮らして行くか。

 

「あるいは――」

 

 徹底抗戦。むろん、マイ・ロードの薫陶も熱い勇者が率いる戦力に挑むはただの自殺行為でしかなかった。あのバラモス一族さえほぼ一方的に殲滅した連続広範囲雷撃呪文を前に生き残れるのは、反射呪文の使い手である甲羅を持つ竜の上位種、ガメゴンロードぐらいしか居ないのだ。そして、そう都合良く敗残のしかも徹底抗戦派の魔物にピンポイントで耐えうる魔物が混じっている筈もない。

 

「ある意味罰を受けたのかも知れませんが‥…」

 

 彼らはママンの説得を蹴ったのだ。人間との戦いで夫を失いつつも人と共に生きることを選んだママンは共存派の魔物達からはある種、尊敬の視線を集めていたし、勇者一行と面識があることも相まって多忙でもあった。

 

「そんなさなかにわざわざ時間を作り、説得に赴かれたのですよ……」

 

 全ては同胞の為。

 

「ああ、やはりママンは素晴らしいお方です」

 

 だからこそ、旅立つ前の報告は辛い、ただひたすらに辛いモノだったのだけれど。

 

「ママン……私、トロワは、マイ・ロードの元に……っ」

 

 一息で言うのは、無理があった。自分で決めたことだというのに、このままママンの側で暮らすべきなのではと言う囁きさえ聞こえた気がした、だが。

 

「身体に気をつけて、ヘイルさんに迷惑をかけてはだめよ?」

 

 ママンは私のことなどとうにお見通しだったに違いない。頭を撫でられながら、あのふくよかな胸で少しだけ泣いた。

 

「しかし、私もまだまだですね。よくよく考えれば、ラダトームに行ったことのある者にルーラの呪文で連れて行って貰えばこんな風に歩かなくても良かったものを」

 

 何かを誤魔化すように呟いてみるが、それは出来もしないこと。気持ちを落ち着けたくて、まだ赤い目を見られたくなくて一人を選んだのだから。

 

「とは言え、そろそろの筈ですね……」

 

 ずいぶん歩いたと言うのもあるが、魔物に牽かせると言っても船は大きい。遠目でもそろそろ見えておかしくないと思うのにいっこうに見えてこないのだ。

 

「もしや、何かトラブルでも?」

 

 徹底抗戦派が襲撃したとか、天候が荒れて船の到着が遅れているとか。

 

「いや、そのどちらでもない」

 

「な」

 

 そんな折りだった、突然声をかけられたのは。

 

「ま、マイ――」

 

 振り返ると、そこにあったのはかつて側に侍っていた主の顔。

 

「っ、違う……ここにいらっしゃると言うことは、もしや?」

 

「ああ、複製だ。誰もがみんなヘイルなんで複製同士でも紛らわしいって話になってるんだがな。俺は勇者クシナタの夫で、スーザンと名乗っている。複製仲間内からは『スーザンA』なんてからかわれるが、それはまぁ、こっちの話だな」

 

「そ、そうですか。……それで、スーザン様は、どうしてこちらに?」

 

 見た目も雰囲気も全く同じと言うだけなら、他の複製の方とお会いしたことがあるが、今回はいきなり出くわした訳で、動揺を抑えつつ問えば、スーザン様は、ちょっと待ってくれと言うが早いか、後ろを振り返った。

 

「クシナタ、こっちだ」

 

「はい、スー様。ああ、見つけられたのでありまするな?」

 

 呼び声に応じる声の持ち主は、わざわざ確認するまでもない。名前を口にしているし、その前から誰の夫であるかは説明して貰っている。

 

「紹介しよう、妻のクシナタだ。正直に言うなら、紹介の意味があるのかとも思うが、こういうところに妻はうるさくてな」

 

「スー様?」

 

「っ、いや、待て……用件は手短に分かり易くすべきだろう?」

 

 睨まれて慌てて弁解を始める辺り、中がよいと言うべきか、しっかり掌握されていらっしゃると思うべきか。

 

「と、とにかく……俺達の来た理由はシンプルだ。迎えに来た、ただそれだけのことだ。元の世界、アリアハンのあるあちら側の世界だが、ゾーマの死と共に分かたれた世界を行き来する装置が完成し、あちらからお前が来たと聞いて居てもたってもいられなくなった者が居てな。あちらのことが聞きたいというのもあるが、その装置はどんな事が可能なのか、妊婦が使用しても問題ないのかとか聞きたいこともかなりあるらしい」

 

「成る程」

 

 私はアレフガルドに懐かしさを感じたが、その急かした人物からすればあちらが故郷。私がやって来たと聞けばすぐにでも話が聞きたいと思っても当然だ。

 

「ならば、すぐにでも参りましょう」

 

「助かる。行くぞ、クシナタ?」

 

「はい」

 

 スーザン様の声に勇者クシナタが頷いた、直後。

 

「ルーラっ」

 

 完成した呪文によって私達は大空へ高く舞い上がったのだった。

 

 




とりあえず、アンとトロワの再会シーンをまともに書こうとしたら、旧トロワに戻りすぎてしまったので、今回は回想シーンで触れるだけにしました。

これなら、感動的な再会と別れの範疇で収まりますよね?

流れ的に次回でラダトームの近況を明かし、そのあとトロワが戻って神竜にカトルが挑戦、主人公が元の世界でトロワと出くわして「アイエエエエ、トロワ、トロワ、ナンデ?!」ってなって終了かなぁ、とか闇谷は考えてますが。

果たしてどうなることやら。



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EX5・番外編T4「(トロワ視点)」

 

「そうですか……ルビスが」

 

 ポツリと呟いた私の言葉をそうと短く肯定したのは、勇者シャルロット。ラダトームの城下町、それも人間の住居としてはかなり上等な部類のモノをゾーマ様討伐の褒賞の一つとして国から贈られたそうで、私はその家の応接間でスーザン様の仰っていた「私がこちらに来たと聞いて居てもたってもいられなくなった者」達及びその配偶者とテーブルを囲んでいた。

 

「神竜……様、からお話があった時、お師匠様の所に行くことは出来ないかって言うのも実は聞いたんですけど、ゾーマの言い残した、再び闇から現れる何者かの備えの為にボクの血筋をこの地に残して欲しいって反対されて……だけど、神竜に願ってまで元の世界に帰りたかったお師匠様をこちらに呼ぶことなんて、可能だったとしてもボクには出来なかったから……」

 

 挨拶もそこそこにいきなり質問攻めにされたが、ある程度のことを話すと、今度はこちらの番とばかりに集まった人間達は自分達側の経緯を話し始め、今に至る。

 

「神竜様はそれを見かねてああ言う提案をしてくださったんじゃないかとも、思うんです。最初は困惑もしましたし、これで良いのかなって考えることもありました。ただ、ミリーや、他の人がお師匠様の顔をした人と幸せそうに寄り添ってるところとか見ると、ボクがお師匠様の所に行けたとして、他の人はどうなってたのかって有りもしない仮定を想像しちゃって、その場合、他の人はここでそのままじゃないですか? お母さんやおじいちゃんはアリアハンだからお父さんも独りぼっち、ミリーやサラ、アランさんともお別れだし――」

 

 自分だけが良い思いをしたらきっと後ろめたい。神竜はそんなところまで読んでいたのではないかと勇者シャルロットは語り、そっと自分の腹部に手をやった。

 

「今、ボクは幸せです。ただ、お父さんが生きていたこと、遠くない未来にお母さんになることをアリアハンのお母さんにも伝えておきたくて……他にもお母さん達を呼び寄せてこっちで一緒に暮らして行けたらとか」

 

「……シャルロット」

 

 尚も続けようとした勇者の言葉に被さったのは、マイ・ロードに似た、いや、マイ・ロードと寸分変わらぬ顔をした別の方。勇者シャルロットの夫だ。かわりに口を開いたその人は、転送は可能なのだなと私に確認をとった。

 

「おふくろさんに頭を下げて詫びたりせねばならんのもあるが、あの人に会わなければならんのは俺も同じだ。だが、シャルロットには面白くないことにルビスの課した縛りがあってあちらには行けん。よって、あちらに行くことがあるとすれば、このミリーと俺その2の夫婦及びアランとサラと言うことになる」

 

「よ、よろしくおねがいします」

 

 紹介されておどおどしつつ頭を下げたのは、一人の女賢者。

 

「まぁ、それも妊婦が使うのは危険と言うことになれば俺とアランだけで行く事となっただろうがな。欠片でも流産の可能性があるなら妊婦には危険なシロモノなど使わせられん」

 

「え、えーと……愛されてるね、ミリー」

 

「しゃ、シャル……」

 

 生温かい目で見る女勇者と恥ずかしそうに顔を伏せた女賢者。確か、友人同士でもあったはずなので、仲が良さそうなのは良いことと言いたいところだが、唯一独身という立ち位置なのでそのやりとりは私にはダメージにしかならない。

 

(私は間違っていたのでしょうか? あの時首を縦に振っていれ……いいえ!)

 

 そんなはずがない、そんなはずがなかった。確かにあの時マイ・ロードの複製を受け取ることにしていれば、勇者達の様に今頃は自身に宿った新たな命の息吹に幸せを感じていたかも知れないし、こう、ママンに孫が出来ましたと報告出来るという素晴らしいイベントが待っていたかも知れない。

 

(なにそれ、したい! ……って、落ち着きなさい、私。マイ・ロードの所に向かうと決めた以上、可能性はまだ残されているはずです)

 

 聞けば、私の知っているマイ・ロードのお身体は他者のものらしいですけれど、本来のマイ・ロードが女性だったとか、子供も残せない程私達とかけ離れた種族でない限り、微かであろうと可能性は残るはず。例え、そのお姿が記憶にあるあの姿とかけ離れていたっていい。

 

(ムールというハーフエルフの故郷で取り憑いた悪霊から私を救ってくださったのは、身体がそうさせたのではなく、あのお方の魂がそうさせたのですから)

 

 見てくれなんて気にするつもりはないのだ。そもそも、こちらに居らした頃のマイ・ロードと私も違う種族だったのだ。

 

(例え、トロルから筋力を無くしてかわりに贅肉をこれでもかと詰め込んだような容姿だったりしたとしても……き、きっと……あ)

 

 そこまで考えて、ふと気づく。これはマイ・ロードへの冒涜ではないかと。そも、どのようなお姿かわからないと言う部分は正しいが、醜いと決まった訳でもない。最悪を考えて動くことこそ軍事としては正しいが、こんな所で最悪を想定してどうなる。

 

「トロワさん?」

 

「あ、な、何でもありません」

 

 声をかけられて我に返った私はかぶりを振り。

 

「では、あちらの世界のことが知りたいし招きたい人もいるから装置の元まで案内せよ、と言うことでよろしいのですね?」

 

「「ああ」」

 

「うん」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 確認の声に幾つかの肯定が重なった。

 

 

 




と、言う訳であの配布エンドにはルビス様も一枚噛んでいた模様。

勇者一行のメンバーは世界を救ったほうびに地位や家を貰い、平和を満喫してるよう。

装置の開発に時間が経過してますので、いくつかのカップルのところはだいたい子供が出来てるっぽい。

例外はルーラで迎えに来てくれたクシナタ夫妻。一組ぐらい夫婦で動ける者が居ないと何かあった時に問題でありまする、と。シャルロットが出産を済ませ、交替出来るようになるまでは見合わせた方がよいだろうとも言って夫を説き伏せた。
と言うか、この夫婦、夫は妻に逆らえない風味。

名前が出てきただけのムール君は、自分みたいな特殊なケースの者を貰ってくれる人なんて居ないだろうからねとあっさり複製主人公を受領。
その後、腐れ僧侶少女が「これは凄いですぅ」とホイホイされ、還俗し、ムール君に推定不純な動機でプロポーズ。あの趣向はホイミスライム風呂でも修正出来なかったっぽい?
結果として夫と妻の両方が居るってことに。
エルフの里に買い出しに行った時、エルフ娘のハートをゲットしてくるなんて構想は無かったんだ。

次回は弟が神竜に挑むか、省略してトロワ遂に主人公の世界へ、となる予定。

現ロマリア女王とかエリザとか樽の娘とかサイドストーリー補完取りこぼしあるかも知れないけど、割と顔がでてたヒロインは説明出来たと思いたい。




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EX6・番外編T5「神竜との再会へ(トロワ視点)」

「待ちこがれた時程来るまでが長く感じるとは思っていましたが……まさかこれ程までとは」

 

 日数にすればおそらく二週間もかかっていないはずなのだが、この日が来るまでを私はとても長く感じた。

 

(一緒に行動しては弟の願いを叶えて貰える権利が消失する事も考えられると一度天界の城に送った後、ずっと連絡を待っていましたが……)

 

 手持ちぶさたの間に作った品が私の目の前には山となっていた。

 

「連絡、ご苦労様でした」

 

 私の礼の言葉に頭を振るよう円を描き転がったのは、一体のばくだんいわ。城から先に進むと梯子を昇らねばならない場所があるからと同行を諦めルーラの呪文で私に連絡するという役目を果たしてくれている訳だが、彼女が弟に協力している理由はただ一つ。

 

「俺は今のままでも構わないと言ったんだがな」

 

 目の前のばくだんいわを待って、私と一緒に居られるマイ・ロードの複製こそがそれだ。

 

「お言葉ですが、今のままではあなたの為に料理を作ったり服を洗うこともこの方にはままならないのですよ? そして、何より……ここまで種族が違っては子供もおそらく望めません」

 

 このばくだんいわは、神竜の提案に承諾したことをすぐに後悔したのだと出会った時に語ってくれた。マイ・ロードと別れ、ずっと逢えなかったからこそ思いが募り、殆ど何も考えず申し出を受けてしまったものの、一緒に暮らすようになり、自分と人間に出来ることの差を思い知らされたと。

 

「このままではあなたの人生を無駄に使わせてしまう」

 

 と一時は思い、自分から姿を消す事も考えたが出来なかったともばくだんいわは言った。当然だ、複製とは言えマイ・ロードなのだ。身体能力は高く、知覚力に優れ、多彩な呪文を使う。目を離した隙に逃れようにも気配を読まれたら一瞬で所在を知られてしまうし、転職して覚えたルーラの呪文以外何より転がるという移動手段しか持たない彼女では転がった跡をたどられてすぐ確保されてしまうだろう。なら、ルーラの呪文はどうかと言えば、これも駄目だ。ばくだんいわが町の入り口に飛んでくるようなことがあれば騒ぎになる。そして、このばくだんいわが一度でも行ったことのある場所はダーマとイシス、そして竜の女王の城とあの天界の城だけなのだ。

 

「そもそも、今更そのことを口にしても始まりませんよ。私の見立てでは、弟達は神竜に願いを叶えて貰える強さを既に持っていますから」

 

 だから、愛しい人の為、人間になりたいと願い、弟のパーティーに入る事を希望した魔物達はきっと人間になれる。

 

「ただ、私の願い事を一番最初にして頂いていると言うところは、申し訳なく感じます……行きと帰りと行きで次の願い事が叶えられるのは、最低でも三日後になってしまいますし」

 

 世話になったのだ、このばくだんいわがどんな人間の少女になるのか見てみたい気もする、そしてせめておめでとうと祝福してやるべきなのではないだろうか。

 

(神竜にマイ・ロードのいらっしゃる世界の位置を聞き出したとして、基点が判るなら転移装置の調整に二日もかからないはず)

 

 もちろん、旅立ちを遅らせればいいだけの話ではある。だが、それを私は我慢出来るだろうか。

 

「大切な方の為願いを叶えて欲しいと言うだけなら、私達に違いはないはず」

 

 良いのですかともう一度問うと、ばくだんいわは頷くように前へ傾いだ。

 

「わかりました。ならば、私から言うことはありません。『ありがとう』と『行って参ります』以外の言葉は」

 

 この日を待ち望んだ私にぬかりはない。準備は既に出来ている。弟の作った転移装置を元に、小型化させ携帯可能にしたモノが一つ。変身呪文と変化の杖というアイテムの効果を参考に作った姿を変えることの出来る耳飾り、気配を希薄にし魔物に気づかれにくくするブローチ。売れば当面の路銀になりそうな装飾品、宝石が幾つかとアイテム作成の為の道具及び材料。

 

「そして、忘れてはいけないのがママンとマイ・ロードから頂いたもの」

 

 現地でそのままマイ・ロードの世界へ行くことはないだろうが、願いごとが叶えられず、かわりにマイ・ロードの複製が配布されることになった勇者シャルロットと願い事の一件が既にある。何らかの事情で急遽あちらに行かねばならないとなった時、路頭に迷うような目には遭いたくない。

 

「ふぅ、問題なさそうですね」

 

「俺としては最後の部分でツッコミをいれたくなったが、まぁ、お前はトロワだからな……」

 

「ええ、私は私ですから」

 

 二人に微笑み、呪文を唱え始めた呪文は移動呪文。

 

「ルーラ!」

 

 完成すれば私の身体は空高く舞い上がり、天界の城へと飛んで行く。

 

「塔の構造は覚えてますし、戦いはブローチで避けていけば――」

 

 単独での制覇も可能だろう。弟には願いを叶える前に私も神竜に話したいことがある旨を伝えてある、城の方で二日宿泊し、私を持ってくれている筈。

 

(カトルのパーティーが先行すれば魔物の注意も分散されるでしょうし)

 

 マイ・ロードの使った近道の事も話してある。弟のパーティーには空を泳ぐことの出来るスノードラゴンが居たので、塔を守る魔物があのロープを処分していたとしても再びロープを設置することは可能だろう。

 

「カトル? ああ、そう名乗っていた方なら少し前に出発していかれましたよ」

 

 そして天界の城にたどり着いた私が階段の側の兵士に聞けば返ってきたのは想定内の答え。

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 礼を言って階段を下りると、煮えたぎる釜とその前にいる老人の脇を素通りして部屋の外に出る。

 

「……これは」

 

 視界に飛び込んできたのは風に揺れるロープと先端に結ばれた羊皮紙らしきモノ。

 

「カトル……」

 

 引き抜き解けば、弟の名と短い文、それはロープを登ればあの日と同じ所に所にたどり着けると言う意味合いの内容だった

 

 




と言う訳で、今回はばくだんいわ(♀)さんの登場。

尚、同じように人型以外の魔物で主人公のコピーを貰った者は他にも居る模様。



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EX7・番外編T6「神竜との(トロワ視点)」

 

「「メラゾーマ!」」

 

 最上階に至ると、既に戦闘は始まっていた。同じ攻撃呪文を全員が唱えている様子を見ると、弟達はマイ・ロードや私達が最初に神竜から勝利した時と同じ戦法をとっているのだろう。

 

「油断するな! 神竜がこれしきで倒されるとは思えない。反撃に備えろ」

 

 炸裂する火球の中に神竜が消えても弟は慢心せず仲間達に警告しつつ自身も身構えた。

 

(順調そうですね)

 

 装備も以前私達が挑んだ時とほぼ同じな上、弟に至ってははぐれメタル風呂で修行させた事もあり、純粋な戦闘力なら私を凌ぐだろう。複製とは言え魔物に配布されたマイ・ロードからの協力もあり、普通の人間が一動作する間に二つの動作をこなす技術も、変身呪文を使うことで伝授されているのだから。

 

「フシュアアアッ!」

 

「そう来ると思っていた……メラゾーマっ!」

 

 火球の生じた爆発を貫いて顔を出した神竜に弟は火球のお代わりをくらわせ。

 

「ギシャァァァ」

 

「ふっ」

 

 怯んだ隙に神竜のアギトから逃れてみせる。

 

「良い奇襲ではあったが、俺には通じん。ロゼ!」

 

 弟がその名を口にした直後。

 

「メラゾーマっ!」

 

「シギャアアアッ」

 

 別方向から飛んできて弾けた火球にあがる神竜の咆吼。

 

「これでここまでに36発、終わりだ」

 

 カウントに続く宣言は、おそらく私達の戦いを聞き取りして算出していたのだろう、神竜がメラゾーマを何発命中させれば倒せるかを。

 

「回復も補助もいらぬ、総員、攻撃呪文を集中させよ」

 

「「はい」」

 

 弟の指示に仲間達が応じた。あの弟がここで凡ミスをするとも思えない。戦いは終わりだろう。

 

「みごとだっ! この私をこれほど短時間で打ち負かしてしまうとは……」

 

 事実、晴れた爆煙の中から現れた神竜は弟達に賛辞を送り。

 

「ふむ……しかし、この戦法、あやつを思い出すな」

 

 唸りつつ漏らしたのは、マイ・ロードや私達のことだろう。

 

「それは、私の主のことですか?」

 

 噂をすれば影という訳ではないが、丁度良い機会ではあった。私は弟と神竜の会話へ口を挟むことにし。

 

「む、そなたは――」

 

「既に面識がおありでしたね。私の願いというのは、この姉の願いを叶えて欲しいというものなのです」

 

 目を見張る神竜に弟が私を紹介する。

 

「ふむ、まあ、願い事を増やす類ではないし、いいだろう。そなたは何を望む?」

 

「はい。以前、自分の世界に戻った我が主のことをご存じでしょう? 私は主の元に参じる為、世界を越える道具を作っておりました」

 

 ここで、マイ・ロードの元に向かいたいなどと口に出せば、勘違いでそちらへ送られてしまう事も考えられる。説明は、慎重を期した。

 

「成る程、移動手段は用意するので移動先の情報とあちらで暮らす為の基盤が欲しい、か。いいだろう。住居、戸籍とパスポートはこちらで何とかしてやろう。当面の生活費も最寄りの銀行に振り込んでおく」

 

「いいのですか?」

 

 挙げられたものの幾つかは聞き覚えの無いモノだったが、複数のものについて手を打ってくれるという意味合いなのは判る。

 

「何『異世界に渡るので当面のサポートをしろ』と言う願い事だとすれば纏めて一つの願い事になるだろう」

 

 笑って言ってのけた神竜は私に問うた。出発は何時にするのかと。

 

「出来るだけ早く立つつもりで居ますが、装置の調整が終わり次第でしょうか。装置は持参していますし」

 

 あまり遅くしては決心が鈍るし、出来ることならマイ・ロードの元には一刻も早くはせ参じたい。

 

「ここに伝言を託されたい方がいらっしゃれば、受け取って……調整自体は半日もかからぬ筈ですが」

 

 ちなみに、弟のパーティーに属していない者からのからの伝言は既に受け取っている。

 

「問題はこの地での調整を許して頂けるか、ですね」

 

 ここをうろつく魔物にとって私達は侵入者だ。一応気配を消すブローチはあるものの敵地で作業をするとなると通常に比べて時間がかかるのは否めないし、そもここでの作業を目の前の神竜が良しとしないことだって考えられた。

 

「ふむ……良いだろう。ここで調整をしたいというならここの番をする魔物達にはお前を襲わぬよう命じておく。私としても暇ではあるのだ。見学も些少の暇つぶしぐらいにはなるだろうしな」

 

「ありがとうございます。……カトル」

 

 そうなるよう話を誘導はしたが、ここまでうまく行くとは思わなかった。許可を得た私は神竜に礼を言うと弟の方を振り返る。

 

「ママンのことは任せましたよ?」

 

「はい……」

 

 ママン、その存在だけが私の後ろ髪を引いていたが、私は弟を信じた、ただ。

 

「話は纏まったようだな。さて、あやつの世界に行くのであれば、覚えて貰わねばならぬモノがある」

 

 そう言うなり何処かから神竜が取り出したのは大量の本。

 

「本? まさか……」

 

「案ずるな、性格を変える類の本ではない」

 

 この神竜とその部下が引き起こした事件を思い出し顔をしかめた私に前足をヒラヒラ振った神竜は続けた。

 

「あちらの世界は法や制約が多くてな。そなたには旅立つ前にこれら全てを学んで貰う必要がある」

 

「これら全て……ですか」

 

 視界を埋めるのは大量の本、本、本。申し訳ありません、マイ・ロード。はせ参じるのはもう暫し後にせざるを得ないようです。

 




至れり尽くせりだったが、めんどくさいことになった模様。

次回、ようやくトロワルート完結、だったらいいなぁ。


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EX8「戻ってきた日常?」

「はぁ……」

 

 休日が終わり、またいつもの日々が始まる。当たり前の事の筈なのに今の俺にはとても懐かしく、ようやく戻ってきた平穏な日々は喜ばしいことなのだろうが、手放しで喜べない自分が居た。

 

「こっちの方が良いはず何だけどなぁ」

 

 死が身近にあり、山野を魔物が闊歩していた世界に比べればショートカットの為に抜ける小さな林は実に平和で、たまに野生で小型のほ乳類やら野鳥が出るくらいなのだ。

 

「……こういうところに来ると警戒しちゃうのは、やっぱあっちの影響かな」

 

 身体が元に戻った今、木々に潜む動物の気配を感じ取ることなんて俺には出来ない。

 

「イオナズン! ……やっぱりな」

 

 遊び人よろしく凶悪な爆発を巻き起こす呪文を唱えてみても、何も起き居らない。

 

「今なら、ベビーサタンの気持ちも少しは理解出来る……のかなぁ?」

 

 それ以前にこんな所を誰かに目撃されていたら、爆発するのは他者から見た俺の評価だろうけれど。

 

「新しいあだ名はベビーサタン、もしくは遊び人、だな」

 

 クラスメートからベビーサタン呼ばわりされる様を一瞬想像したら口元が引きつった。こっちの世界ではごく普通のモブの筈なので、そう言った面白属性なんて俺は求めていない。

 

「いや、むしろあっちで色々翻弄されすぎたというか……おのれ、世界の悪意め」

 

 ちょっぴり美味しい思いもした事は認めよう。だが、それ以上にあの世界では散々振り回された。

 

「……筈なのに、こっちではまるで時間が経過してなかったとかなぁ」

 

 一応、数時間ぐらいは経過していたようだが、あちらで滞在した時間と比べるべくもない。

 

「ちょっとしたゲームをやったとか映画を見たと思えば、休日を無駄にしたなんて感想にはならないけど……」

 

 一番の問題はきっとこの胸のモヤモヤだろう。

 

「……シャルロット」

 

 借り物の身体だったし、仕方ないとは思う。だが、本当にあれで良かったのかとも思ってしまう。

 

「まぁ、帰ってきてから言っても馬鹿な話なんだけどさ……それに、責任も取れないのに気持ちを打ち明けるなんて真似、出来るはずがなかったんだから……」

 

 これで良い、これで良いのだ。原作通りなら、シャルロットも素敵な男性と結ばれて子孫を残し、竜王はおろち達が後見についてるからナンバリングで言うところの「ドラゴンクエストⅠ」が始まるかは判らないが、アレフガルドとそこを含む世界を災厄からは守ってくれるだろう。

 

「クシナタさんとかには原作知識教えてあるし、ハーゴン、事を起こす前に討伐されたりして……」

 

 盛大に何も始まらず、未来のお話が消滅するかも知れないというのは、ちょっとだけいいのかなぁと思わないでもないが、シャルロットの子孫が殺され、居城が落ちる事に比べれば遙かにマシな未来だ。

 

「今となっては知る術だってないもんな。良い未来になってると信じることしか俺には出来ないし」

 

 何より、あっちの事ばかり考えていては、こうして近道まで使っているというのに、学校に遅刻しかねない。

 

「次点で、林を抜けたら異世か……止そう、昨日の今日だ。世界の悪意が健在なら今度こそこの身で異世界トリップとかさせられかねない」

 

 フラグなんて立てるものじゃない。やっと返ってきた平和で平穏な日常なのだ。

 

「って、こんな風に考えるって事は、俺も大概あっちに毒されたってことだな。学校では前みたいにやれると良いけど」

 

 たった休日一日で同級生のキャラが激変していれば、何事ぞと思う。俺だって思う。だが、理由を聞かれても話せるような内容でないことも確かであり。

 

「……今日一日は苦労するかも」

 

 本日の憂鬱が予想された朝の登校時間。

 

「ふぅ……速くもなく、遅くもなく、かぁ」

 

 近道したこともあって、俺は遅刻することなく教室の戸口をくぐり、壁に掛けられた時計を見てほぅと息を漏らす。

 

「ん?」

 

 その直後、ふと今日のことを思い問題が発覚した訳だが。

 

(ええと、提出しないと行けないモノってあったっけ? だあああっ、体感的には久々の学校だから思い出せないっ)

 

 つーか、そもそも学校の授業内容とか、覚えていただろうか、俺。

 

(うわぁ……これが夏休みに宿題の存在する理由か……)

 

 人間は悲しいまでに忘れて行く生き物と言ったのは、誰だったか。出典まで思い出せないが、うん。

 

「えー、皆に今日は新しいクラスメートを紹介する」

 

「へ?」

 

 悶々割いている間にいつの間にか教師がやって来てホームルームが始まっていたらしい、しかも先程言ったことが確かなら、転校生が来たということになるが。

 

「女の子がいいなぁ」

 

 ボソッと願望を口に出したのは、前の席の人。気持ちはわかる。

 

(こう、凄い可愛い子が転校してきて、何故か自分と仲良くなる何て漫画みたいな展開は絶対ないだろうけど、それでも同性より異性って思っちゃうよなぁ)

 

 きっと、彼も俺もモてない星の元に産まれているからなのだろうが、とても共感出来た。

 

「では、入ってくれ」

 

「はい」

 

「おっっしゃぁぁぁ」

 

「ん?」

 

 ドアの外から聞こえた声が女の子のものだったことで、起きるざわめきの中、前の席の人がいきなり立ち上がりガッツポーズをとる。だが、俺が気になったのは、そこではない。聞こえてきた声に、何処か聞き覚えがある気がして。

 

「失礼しま……あ、まい……ろーど」

 

「「まいろーど?」」

 

 クラスメイト達が異口同音にオウム返しするが、ちょっと待とうか。

 

「と、とっ」

 

 なんで とろわ が てんこうしてくるんですかねぇ。

 

(というか、中の人だから顔だって違うんですよ?!)

 

 脳内で高速ツッコミをしてみるが、身体が追いついてこない。

 

「マイ・ロードぉぉぉっ」

 

 惜しげもなく胸の凶悪質量兵器を揺らしながら一直線にこっちへ向かって駆けてくる、トロワ。

 

「トロんぶっ」

 

「マイロード、お待たせ致しました」

 

 質量兵器に顔を埋められた俺は、答えなど返せるはずもなく。

 

「な」

 

「ど、ど、ど、ど、どういうことだ、これ」

 

 おそらく突き刺さって居るであろう複数の視線と、視線の持ち主であろうクラスメート達の声。卒業までの俺のあだ名がこの日からマイ・ロードとなったのはきっと言うまでもなかった。

 




とろわ、やらかす。

と言う訳で、以上をもちましてトロワルート終了でございます。

ちなみに転校手続きは神竜が一晩でやってくれた模様。

トロワの名前はそのまんま、ヨーロッパ生まれの外国人と言う設定の模様です。当然ながらボロがでないよう、出身国設定の言語や文化、社会情勢、風習などを神竜にたたき込まれてからこっちにきたそうです。

また、尖り耳は姿を変えるアイテムで誤魔化してる風味。ただ、それならなぜきょうぶそうこうもちょうせいしなかったし。

ちなみに、このルートでは完璧超人で美人で胸部がおばけなトロワがずっとくっついてくるので主人公に女の子と恋愛的な出会いの機会などやって来るはずもなく、最終的にトロワと結婚するのではないかと思われます。


尚、主人公の歳、名前、学年が出てこないのは、某RPGを見て「主人公の名前はあなたの名前を入れて下さいね」とか最後にやらかそうと思っていたからだったり。
時々サラマンダーよりずっと早いしてたのは、逆説的にその伏線だったりします。

ともあれ、これでEXを含むメインストーリーはようやく完結ということになりました。

感慨もひとしお、とかそーゆーのは本編完結でやった気がしますので、闇谷からは一つ。

また、どこかでお会いしましょう、と。

では、ご愛読ありがとうございました~。









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IF・C「それでもボクは――(Chalotteルート)」

 

「ボクがお師匠様の世界に行くのはダメなんですか?」

 

 複製されたお師匠様をくれると言われたけれど、あくまで複製は複製。トロワさんが配布を拒否したことを聞いたこともあったのかもしれない。とにかく、ボクは諦めきれず神竜に食い下がり。

 

「残念ですが、それはなりません」

 

 横から割り込んだ声の主は、ルビス様。

 

「あなたもゾーマの最後の言葉は聞きましたね? この世界にはいつか脅威となるものが訪れるかも知れないのです。その時、あなたの血を引く子孫無しで難局を乗り切れるかどうか……」

 

「うっ」

 

 確かにゾーマは不吉な予言じみた言葉を残した。

 

「け、けど……そもそも何でボクの血? ゾーマを倒した勇者だったらお父さんとクシナタさんだって居るし……それは確かにお父さんの血はお母さんが居るし問題だけど、クシナタさんじゃ、ダメなんですか?」

 

 ボクに持ちかけられたお師匠様の複製提供の話と同時進行で、幾人かの人に同じ交渉が持ちかけられていると神竜は教えてくれた。きっと、ボクに頷いて欲しかったからか、相手の返事も含めて。

 

(まさか、クシナタさん達までお師匠様が好きだったのはビックリだったけど……)

 

 受け入れる理由には胸が締め付けられた。

 

「スー様は、おそらくシャルロット様が好きでありましょうから」

 

 だから自分はもしその時が来るようなことがあっても身を引くつもりだったと、クシナタさんは言っていた。と言うか、ジパングで何人もの女の人を生き返らせ、生け贄にされたクシナタさんをおろちちゃ、やまたのおろちから救ったという話はビックリだった。おろちとジパングのことについてお師匠様は詳しく語ってくれなかったから、ボクは知らなかったんだ。

 

(命の恩人だから、お師匠様には好きな人と結ばれて欲しい……だなんて)

 

 あの人達の好意を考えれば尚のこと諦めるなんて無理だった、だから。

 

「お願いで――」

 

 もう一度食い下がろうとした直後のこと。

 

「話は聞かせて貰った。だが、聞いているに、問題はこの娘の血を引くモノがアレフガルドに居ないというのが問題だったな?」

 

「えっ、ええ……」

 

 口を挟んできた神竜の言葉に虚を突かれたような感じでルビス様は応じ、そこで神竜は続けたのだ。

 

「ならば、この娘が身ごもった時こちらに返すか、産まれてくる子供を一人以上アレフガルドへ送るという条件つきならば、送っても問題は無かろう? ただし、期限を決めた上で期間内にその『お師匠様』と結ばれ子を成せねばこちらに戻って誰かと結ばれ、子孫を残して貰うという条件なら」

 

「その条件で、お願いします!」

 

 迷いも躊躇いもなかった。お師匠様にもう一度会えるなら、そして、お嫁さんになれるなら。

 

「なっ…………わかりました」

 

「え、いいんですか?」

 

 ただ、ルビス様がすんなり認めてくれるとは思っていなかったから、ちょっと驚きだった。

 

「条件さえ守って貰えるのであれば、こちらから言うことはありません。ただ、あなたには子孫を残して貰わないと行けませんからね。一つ二つ、手は出させて貰います」

 

「っ」

 

 直後のことだった、身体が内側から急激に熱くなったのは。

 

「子供が出来る時、必ず二人以上の子供が出来るようあなたの身体に手を加えさせて貰いました。これで、あなたが身ごもったあと、こちらに戻ってくることになったとしても、相手の所に子供を一人残すことが出来るでしょう。そして、複数子供がいれば、中には自分からこのアレフガルドで暮らしたいと思う者も現れるかもしれません」

 

「ええと……」

 

 お礼を言うべきか、ボクはちょっと迷った。たぶん、後々ボクが迷ったり悩んだりしにくくなるようにって好意からしてくれたんだと思うけど。

 

「あとはあなたが好きなようにするとよいでしょう。すべてはあなた自身の選択のままに……」

 

 そう言い残して、ルビス様の声は途切れ。

 

「おお、そうか。追加情報だ、あのトロワという娘、そなたがあちらに渡るならと複製を受け取ることを承諾したぞ。何でもそなたを送り届けることこそマイ・ロードへの最大の奉公でしょうからと言ってな」

 

「トロワさん――」

 

 譲って、くれたんだ、ボクに。

 

「お師匠様、ボク……、ボク……」

 

 こみ上げる気持ちを抑えるようにぐっと拳を握り締め、届きはしないであろう言葉を吐いた。

 

「そちらに、お師匠様の所に行きます」

 

 と。

 

 




短めで済みませぬ。

お久しぶりでしょうか?

これが配布エンディングからそれたシャルロットルート導入となります。(ただし続きを書くとは言っていない。OOIもあるし)

モチーフは人魚姫?

この後、トロワの技術を使い、トロワのかわりにシャルロットが主人公の元に行ってくっつく……のかな?

なお、ルビス様の一つ二つの残りは、「安産祈願」的な加護とか「男女で生み分け」と言うFE聖戦の系譜的な何かの模様。

この細工のせいで主人公が子だくさん家族になってエンゲル計数的なピンチを迎えないと良いけど……。



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EX9・番外編E「戻ってきたもの、これから(エリザ視点)」

 

「よ、ようやくここまで辿り着きましたね」

 

 修復の跡は消えないが、それでも元の形を取り戻した建物が建ち並ぶ村を見下ろしてあたしはすぐ隣にいるだんな様に声をかけた。

 

「そうだな。まぁ、資材はまだまだ必要になるとは思うが……これなら、テドンの村も復興したと言って過言はなかろう」

 

 あたしの言葉に頷きつつ、だんな様は後背の崖から切り出した石材に手を置き、軽く押す。

 

「す、凄い……あ」

 

 思わず口から漏れた言葉が、過去の自分と重なる。確かあれは、今のだんな様とは同じで違う、複製元だったスーザン様と最初にあった時のこと。

 

(ミイラ男を素手の一撃で倒したのを見て――)

 

 本当に驚いた。そして、今でも時々驚かされる。最初に石材を呪文で強化したとは言え素手で切り出した時は思わず回復呪文(ベホイミ)をかけてしまって苦笑された。よくよく考えれば、怪我をするようなら道具を使うだろうに。

 

(堅い石の壁をあんな風にしてしまえる手。だけど、あたしに触れる時は優しくて……下に丸太を敷くとは言え、大きな石材を一人で押して運んでしまえる程力のある方なのに)

 

 以前、丸太に足を取られて躓いたあたしを支えてくれた時も痛みなど感じなかった。その時は、今は大事な時期なんだから気をつけろと怒られもして、暫く同行禁止を言いつけられてしまったけれど、あれはあたしが悪いのだから仕方ない。赤ちゃんが出来たことを支えて貰った直後まで黙っていたのだから。

 

「あ、あの子も随分大きくなりましたし――」

 

「え゛」

 

 そろそろもう一人、と耳元で囁くと、だんな様の顔がひきつった。だんな様が平時とっている態度は、内心を隠す仮面であることを知ったのは、神竜様のお力で、今のだんな様と出会い、夫婦となった後のこと。

 

(素のだんな様でもあたしは構わないんですけど……)

 

 常に自分を隠して振る舞っていたからなのか、もう一つ理由が出来てしまったこともあるのか、仮面を外すのは抵抗があるようで、素の表情が見られるのは、こうして不意打ちした時だけだ。

 

「し、しかし……本当によそ者の俺で良いのだろうか? 村長などという大任を」

 

「だ、大丈夫ですよ、だんな様でしたら。だ、だんな様が凄いこと、あたし……沢山知ってますし」

 

「っ、そう言ってくれるのはありがたい、ありがたいが」

 

 だんな様は複雑そうな表情で言う。自分は複製であって、大したことはしていない、と。

 

「そ、そんなことありません! こうして大きな石を切り出したり、む、村のみんなではとても出来ないことをして下さってるじゃありませんか!」

 

 攻撃呪文で、交易や物資運搬の為の道を開くのに邪魔になる大岩や小さな山を吹き飛ばしたりもして下さった。あたしも協力したので、働きぶりは一番よく知っている。

 

「っ、すまんな……気を遣わせてしまったか。ただ、な。俺の中では村長というと、こう、もう一つ、老人というイメージがあるのだ。いや、一応老人のフリが出来ない訳でもない。むしろ得意だったというか、散々使い回してはいたのだが、変装して村長やるのも何か違うような……」

 

「だんな様?」

 

「あ、いや、何でもない」

 

 時々、こうして変なところであたふたもされるけれど、そんなところをひっくるめてあたしはだんな様が大好きで。

 

「ま、まぁ何にせよ、この石材をまずは下まで運ばんとな」

 

「は、はい」

 

 何処か誤魔化された気もするけれど、構わず、あたしは頷き、箒に跨る。

 

「で、では……あたしは一足早く下に降りて村の人に石材のこと伝えてきますね?」

 

 伝言しておけば、石材が辿り着いてから連絡するよりも早く、加工の人員が揃えられるし、準備も出来る。

 

「ああ、頼む」

 

「い、行って参ります」

 

 だんな様に挨拶し、あたしを乗せた箒は空へと。

 

(風が気持ちいい。あの子がもう少し大きくなったら、教えてみましょうか……箒での飛び方)

 

 男の子だから嫌がるかも知れない。だけど、飛び方を覚えた経緯はともかく、これを誰にも伝えないのは勿体ないような気がして、そんなことを考えつつあたしは村に向かって箒を飛ばすのだった。

 

 




お久しぶりです。そして短くて済みませぬ。

今回はエリザさん編と言うことで、テドンで複製さんと復興に尽力してる所を書いてみました。

女戦士さん編も書こうかと思いましたが、年齢制限必要そうになるので自主規制。




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IF・C→A「うちの両親はバカップルなんだが(Chalotteルート・???視点)」

「そっか、今日は11月の22日か」

 

 今日は良い夫婦の日なんですよねといつもよりテンションの高い母の声に俺は何気なくカレンダーを見て呟いた。

 

「こう、普段から地球温暖化の原因というか、子供の俺達まで砂糖吐きそうなイチャイチャッぷりだって言うのになぁ」

 

 夕飯はもう少し先だが、この分だと夕飯の席で母が父親に箸を使って食べさせる事態とか起きかねない。所謂、「あーん」と言う奴だ。

 

「あるー、宿題終わったぁ?」

 

「いや、あと2ページ」

 

 そして、隣の部屋からひょっこり顔を出したのが、俺の双子の姉でルシア。今更だが、俺には兄弟が多い。両親の仲が良いのも一つの原因だと思うんだが、弟か妹が出来る時は必ず二人以上同時に産まれてくるからと言うのが一番の原因だと思う。

 

「あー、そっちも進まないんだ」

 

「まぁ、下のイチャイチャがああも聞こえればなぁ」

 

 両親の仲の良さは近所でも評判で、近所を歩けばご両親は仲がよいわねと声をかけられることもしょっちゅうだ。仲が良すぎて、騒音被害を時々受けてるこっちとしては、何とも言えない気持ちにさせられるが、それはそれ。

 

(ただ、仲が良いだけのバカップル、だったらまだ良かったんだけどなぁ)

 

 母は変わっている。シャルロット、と名前からして日本人ではないのだが、変わっているのはそれだけじゃない。

 

(慌てると父のことを「お師匠様」って呼ぶわ、子持ちなのに一人称はボクだわ)

 

 物心つくまではおかしいと思わなかったが、友人が出来てそのお宅にお邪魔したのがきっかけだったと思う。カルチャーショックだった、ただ。

 

「お前の母ちゃんは外国人だし、そっちじゃそれが普通なんじゃねーの?」

 

 とも友人に言われて、その時はそれじゃしかたないよなぁと納得もした。

 

(あのころは若かったな……って、今でも充分若いっての!)

 

 まだ、学生だ。下にポコポコ妹弟が居て、ちょっと気苦労から老成しちゃってるかもしれなくても学生なのだ。友人と馬鹿話だって普通にするし、父が幾つもゲーム機を所持してるのでコンシューマーゲームだってやる。

 

(何故かドラクエやる時だけ父さんがすっごく複雑そうな顔をするのが謎だったけどさ……)

 

 先日見てしまった、うっかり怪我をした父をお師匠様呼びしながらホイミと呪文を唱えて母が父の傷を治すところを。

 

(そりゃ「母さんの故郷に行ってみたい」って言ってもはぐらかす訳だよなぁ)

 

 母親がゲーム世界の出身でしたとか、冗談にしてももっとマシなことを言えと。

 

(まぁ、本当にドラクエの世界出身だった訳ですが)

 

 つい先日、俺が十六歳の誕生日を迎えた夜だった。俺と姉を呼び出した両親は子供の誰かが母の故郷、いや正確には故郷に侵攻してきた大魔王ゾーマが居た世界、アレフガルドに渡って勇者の血筋を残す必要があるのだと言った。母は大魔王を倒した勇者様、ドラクエⅢの主人公であったらしい。そうなるとお師匠様呼びしていた父は何をやってたとか、どうやって二人は知り合ったのかとか色々気になってきて、つい、尋ねてしまった。

 

(あれは失敗だった)

 

 母に惚気話をしろと言ったのと同異義語だったと気づいた時には遅すぎた。姉弟そろってたっぷり砂糖を吐くハメに陥った俺達はそれでもおおよそのいきさつを知った。

 

(しっかし、ゲームの世界(アレフガルド)ねぇ)

 

 子供の頃は、いかん、まだ子供だった。と、ともかく、ちっさかった頃はゲーム世界にトリップしてと妄想することはあった。今だってそっち系のネット小説やライトノベルを読みあさることはある。だが、現実と空想は別ものだ。

 

(お話にはご都合主義があって上手くいってくれるかも知れないけど、現実は別だもんな)

 

 ハイテクな暮らしに慣れた俺がローテクなあちらに渡って不満なく過ごせるかというと疑問が残りまくるし、あちらには死と直結するような危険な存在、怪物が野山を跋扈している。

 

(母さんは魔物使いでもあったらしいけど……)

 

 なんで原作にない仲間モンスターシステムが導入されてるんだとかツッコミどころを放置し母が仲間にした魔物から徐々にあっちの環境に慣れて行くとしても、適応出来るかに疑問が残りすぎる。

 

(だからだろうなぁ。ルシアも微妙な顔してたし)

 

 だが、兄弟の誰かが行かないと母は大精霊ルビスにあちらに間違いなく連れ戻されるそうで、下手をすると強制的に俺達もアレフガルドにご招待&永久在住しなくてはいけないのだという。

 

(あいつらにも聞くとは言ってたけど……)

 

 嫌な言い方をすれば人柱が必要な訳であり。

 

「やっぱ、納得いかないよなぁ……」

 

 今すぐ決めなくては良いとも言われた、だが。

 

「はぁ」

 

 俺はオレンジに染まった窓の外を見てため息をつき。

 

「マイ・ローっきゃぁぁぁあ」

 

「おぶっ」

 

 突如真上に現れた柔らかい何かに押し潰されたのだった。

 

 




良い夫婦の日は昨日でしたが問題ありませんよね?

と言う訳で、シャルロットルートのエンディングから何年か後のシャルロットと主人公がいちゃつく話を書こうと思ったら、何かの導入っぽい感じになってしまった罠。どうしてこうなった。

平和に暮らしていた主人公とシャルロットの長男をトロワという質量破壊兵器が襲う。

あ、トロワは魔族なので外見は別れた時のまんまなイメージです。

え、続き?

さて、どうでしょうねぇ。




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IF・C→A2「何かすっごいスタイルの良いお姉さんが現れんだが(Chalotteルート・???視点)」

11/29に良い肉の日で何か書こうか迷ったので、ちょっと遅れて関係ない話を投下する不思議。

あ、マイクラの方は八日目まで書いて予約投稿済ませてます。

九日目は執筆中。


「し、失礼しました」

 

 俺のある意味で幸せな時間は、何処か慌てた声で終わりを迎えた。一瞬訳がわからなかったが、あの柔らかさには覚えがある。寝ぼけた母が父と俺を間違えて抱きついてきた時にむにゅんと押しつけられたモノ。

 

(いや、母さんよりかなり大きく、いや、大きかったけど、そうじゃなくて!)

 

 俺の上から退いた何かは見知らぬスタイル抜群、いや一部がかなり過剰な女の人。そんな人が、慌てて居住まいを正すと恐縮した態で頭を下げてきたのだ。

 

「あ、いえ……」

 

 以外の言葉が、思春期真っ盛りの俺からどう出よう。いや、出た事自体が多分奇跡だった。

 

(つーか、何これ? どういう事? 「お前の母ちゃんロトの勇者」だけでも非現実的ってレベルじゃないのに……)

 

 本当に訳がわからない。と言うか、さっきの柔らかいのは、本当にこの女の人、お姉さんのあそこやあっちだったって言うのか。

 

(少年誌のちょっとエッチな漫画じゃ無いんだよ?)

 

 ひょっとして、無意識のうちにたまってたフラストレーションで質量のある幻覚でも見てるんだろうか。

 

「はっ、まさか母さんがマヌーサを! って、勇者ってあの呪文使えたっけ?」

 

「いえ、私もマイ・ロードも可能ですが、奥様はお使いになれなかったと……」

 

「そっか」

 

 ガタンと立ち上がって口にしてから、疑問がわき上がったが、前から聞こえた声によってすぐに解消され。

 

「って、はい? マイ・ロード? 奥様?」

 

「え、ええ。失礼ですが……マイ・ロードのお子様でいらっしゃいますよね?」

 

 聞き慣れない単語に思わずオウム返しした俺を見つめたまま訪ねてくるお姉さん。

 

「あ、エルフ耳」

 

 この段階で、ようやく俺はお姉さんが人間と違う形の耳をしていることに気付き。

 

「はい、私は魔族ですから」

 

「へぇ、まぞ……く?」

 

 平然とお姉さんが口にした単語に思わず固まる。

 

(ま、魔族って、ことは……その、この人敵側サイドの人なんじゃ……)

 

 俺の内心を知ってか知らずか。

 

「マヌーサがわかるなら、お母様はおそらくこちらのことも話されてると判断してよろしいですね? 私の名はトロワ。かってアークマージとしてゾーマ様に仕えていました」

 

 お姉さんは俺の嫌な想像を完全肯定してくれやがりました。

 

「もっとも、今はそうではないのですけれど」

 

「え?」

 

「新たにお仕えする主を経ましたし、そもそもかつての主はあなたのお母様に討たれ、もう居りません」

 

「あ、あー、そうですよね。ところで、新たな主って」

 

 どことなく安堵しつつも、ちょっと嫌な予感がした。

 

「あなたのお父様です」

 

「ちょっ」

 

 父さんあっちで何やってたんですか羨ましけしからん、とか思ったって許して貰えると思う。イオ系呪文が使えないことを悔やんだのもホンの一瞬だ。

 

「って、待てよ? トロワ……トロ……あー」

 

 声には出ない父への非難でちょっと落ち着いた俺は引っかかったモノを感じて記憶を探り、思い出す。

 

「トロワって、あの……すみません。母の話、父中心の上、惚気成分中心だったもので……」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 そうでなかったら、もっと早く思い出せた。

 

(トロワさんって、父さんに助けられたアークマージの娘さんじゃん)

 

 ゾーマを倒す母を影ながらサポートした父の従者。バラモスを倒した後、父と母は別行動、しかもその父についていったのだから情報はあまり無かったのだが。

 

(「ボクのよりかなりおっきい」か、うん、間違っていないというかその通りだけど、母さん……)

 

 あの時それを聞いた俺にどうして欲しいと思ったのでせうか。

 

(「お師匠様と一緒なのも羨ましかった」とも言ってたっけ……って、情報というか主観に基づく立場の違いへの感想じゃないですかね、あれは)

 

 結局の所、このお姉さんのことを俺が思った程知らない事が発覚するまでにそう、時間はかからず。

 

「あの、失礼ですが、お手洗いはどちらでしょうか?」

 

「あ、案内します。けど、こっちのトイレ使えるかな?」

 

「いえ、お構いなく。手の洗える場所があれば良いので」

 

 ソワソワしだしたお姉さんの口から恐縮しつつ出た言葉の続きはきっと独り言だったのだと思う。

 

「授乳は済ませてき……」

 

「えっ」

 

 途中までだったが聞こえてしまった身体能力を呪いたい。

 

(授乳? 子供居るの?)

 

 考えてみれば当然かも知れない。見た目はお姉さんだが、魔族って言うなら人間より老化は遅いだろうし、母が勇者やってた時に父の従者だった人なのだ。

 

(べ、別にドキッとなんししてない! してないんだからねっ!)

 

 謎のツンデレ風になって我ながら気持ち悪いが、俺に人妻好きとかそんな趣向は無かったと思う。

 

「じゃなくて、すみません。すぐに案内しますね。あ、それと両親にトロワさんが来たって伝えてきます」

 

 わざわざ世界を渡ってこっちに来たのだ。なにがしら理由があるのだろう。今なら両親は下の階でいちゃついているので、トロワさんがトイレに行っている間に父さん達を呼んで来ればいい、そう思っていた。

 

「あるー、イライラするのもわかるけど、暴れるのは良くな……い」

 

 姉が急にドアを開け、こちらを見て固まるまでは。

 

「だ……れ、その人?」

 

「あ、えっと……え」

 

 説明の言葉を探しつつ後ろを振り返り、俺は凍り付く。お姉さ、トロワさんの大きな胸の先端に染みが出来ていたのだ。きっと、俺の上に落ちた時に押されて、こう、滲んできてしまっていたのだろう、ミルク的な何かが。

 

(あー、だからそれもあってトイレを……)

 

 ソワソワするのも無理なきこと。だが、この状況、下手すれば誤解されてとんでもないことになるのでは。

 

「あ、あー、そう言う。ふ、あはは、どうぞごゆっくり……」

 

 たぶん俺の視線を追ったルシアは形容しがたい強ばった笑みを顔に貼り付けると隣室に引っ込み。

 

(嫌ぁぁぁぁぁぁ!)

 

 声には出さず絶叫しつつ頭を抱えたのだった。

 




せかいのあくい:あの人のお子さんだと? 仕事しなきゃ!(ガタッ)

いつから主人公の息子×トロワだと思っていた?

と、言う訳でこの世界軸のトロワはシャルロットに主人公を譲って、コピーとくっつき、家庭をもうもうけちゃってるのです。

次回、「IF・C→A3「それで、ご用件は何なのでせうか?(Chalotteルート・???視点)」」

 次回、いよいよトロワがやって来た理由が明らかに。


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IF・C→A3「それで、ご用件は何なのでせうか?(Chalotteルート・???視点)」

・ぜんかいまでのあらすじ
 宿題していたら空からエルフ耳のお姉さんが降ってくる。ドキッとしたけど、人妻であると発覚、主人公の長男、はーとぶれいく。目撃した姉の誤解により家族会議がほぼ確定だドン。



 

「それじゃ、ただの誤解で――」

 

 危なかった。本当に危なかった。父さんの従者だと聞いていたが、トロワさんは本当に有能だった。絶望に動けない俺より早く復活し、部屋を出ると階段を下りて行く足跡を追いかけてくれた。

 

(うん、何やってるんだ俺と思わなくはないけど……)

 

 こんな突発自体に対処しろとか、要求のハードルが高すぎると思う。

 

(逆に何であんなに素早く動けるんだって……止そう。聞きでもした日には藪から蛇が出かねない)

 

 そもそも今はそんなことを考えている場合じゃない。誤解を解こうと動いてくれたトロワさんに感謝すべき場面の筈で。

 

「はい、私には夫も子供も居りますし……その、子供を産んで間もないからこうなってしまっている訳でもありますが」

 

「あ、あはは……あたしったら」

 

 ただ、二人の会話に割って入るのも邪魔にしかならないと思い、俺はまだ口を開かずにいる。姉のルシアはちょっと見ていて気の毒になりそうな程顔が真っ赤だった。流石にこの状況を弟に見られているとは思いたくないだろうなぁと言う気持ちも今だ口を噤んでいる理由の一つではある訳だが。

 

「それよりも、実はご両親に相談したいことがございまして、こちらのお宅にお邪魔したのです」

 

「ご両親? 父と母のお知り合いですか?」

 

「ええ、トロワが来たとお伝えして頂ければ、私が誰かはおわかりになるかと」

 

 オウム返しして問う姉に頷きを返しつつ伝言を頼むトロワさんはマジ有能。

 

(すご、これじゃルシアの立場なら父さん達を呼びに行かざるをえない)

 

 結果的に俺に見られていたという黒歴史を負わずに済む。

 

「あ、はい。ちょ、少々お待ち下さいね。父さーん! 母さーん!」

 

 俺の予想違わず、姉は慌てた様子で父さん達を呼びに行き。

 

「……あー、えっと、ありがとうございました。色々と」

 

 もう家族会議は確定だと思っていた俺は、つっかえつっかえだったが、心の底から救いの主に感謝した。

 

「いえ、元はと言えば私が座標をミスしたのが原因ですから。申し訳ありませんでした」

 

 にもかかわらず、謝ってくれるのだから俺としては恐縮するしかなく。

 

「あ、いえ……」

 

 しどろもどろになりつつも、心の中で嘆息した。結局何も出来なかったのだ。

 

(元アークマージってことは攻撃呪文とかも使えるんだろうし、アークマージってゾーマの城に出たモンスターだもんな)

 

 あの世界の魔族で言うところのエリート中のエリートって事になる。

 

(スタイル抜群で戦闘力があって、しかも有能……くっ)

 

 ここまで完璧だとトロワさんの旦那さんが羨ま妬ましくもある。

 

(いや、これだけの人の夫なんだから、輪をかけて凄い人なんだろうけど。んー、母さん達と親しくしてるなら、勇者様ご一行の一人とか?)

 

 こっちの世界でバカップル継続中の父はまずあり得ないとして、母のパーティーメンバーに男性は一人。

 

(ん? けど、その人って魔法使いのサラさんって人と一緒になったんじゃなかったっけ?)

 

 母の糖分過剰思い出話という拷問に晒された記憶の中からかろうじて候補を拾い上げてみるが、明らかな矛盾があり。

 

(うーん、相手が人間ってのが間違ってたとか? 大魔王は母さんが倒してるから、違うだろうし、同僚のアークマージ辺りなのかなぁ?)

 

 とりあえず、バラモスブロスとかビジュアル的にアレなモンスターは考えたくない。

 

(自分勝手なのは承知だけどさ)

 

 これだけの人を妻に持つのだから容姿も優れた相手であって欲しいというのは俺の我が儘だ。ビジュアルで劣る相手がトロワさんの夫だと、敗北感がハンパないといったとても人には言えない類の話でもあるのだ。

 

「あの」

 

「え」

 

「あっ、あ、ああ、すみません……お、俺ったら考え事を」

 

 だからと言えばいい訳になる。恩人が声をかけていた事に相手側の感覚からすればおそらく「ようやく」気づいた俺は自分の失礼さに狼狽しつつも慌てて謝罪し。

 

「いえ……お気になさらず。慣れておりますから」

 

「へっ?」

 

 きょとんとする俺にトロワさんはこっそり話してくれた。夫にも似たような癖があると。

 

(うーん、何だろ……まだ見ぬこの人の旦那さん像が悪い方向に壊れたと言うか……)

 

 本当にどういう人なんだろうと興味が湧いたが、同時に第六感が警鐘を鳴らす。

 

(あ、うん。だよな……パンドラの箱って言うか実情を知って後悔することってあるものだし)

 

 検索してはいけないキーワードとかってトラウマ製造器だと思う。

 

(こういう第六感は馬鹿にしちゃいけないからなぁ)

 

 父がよく言っていた危険は予期せぬしかも身近な所に潜んでいるのだと。

 

「お、お待たせしました。父と母が待っています。どうぞこのまま下に――」

 

 結局問いただすことも出来ず、姉が戻ってきてしまったのは、良かったのか悪かったのか。

 

「ありがとうございます、では――」

 

 礼を言い、姉の後にトロワさんが続く。俺も気にはなっていた、父と母にトロワさんが会いに来た理由。

 

(さっき、知らない方が良いこともあるって言っておいてなんだけど)

 

 世界を越えてまで母さん達を尋ねてくるとなると、寄ったついでにご挨拶とかそう言うお気楽な線は考え辛い。

 

「本当にトロワさんだ。えっと、お久しぶりです。ミリー達は元気ですか?」

 

「トロワか……久しいな」

 

 後に続いて食堂に足を運ぶと、割と軽い調子で確か親友の名を口にする母とは違い、見たこともないぐらい真剣な顔をした父が一呼吸置いて何があったと問う。

 

「実はそのミリー様も関わっていることなのですが……是非ともお力をお貸し頂きたいことがあり、こうしてマイ・ロードの元にまかり越した次第なのです」

 

 空気は重く、いきなり床に片膝をついたトロワさんは、言葉を絞り出すなりちらりと俺の顔を見る。

 

「へっ、俺?」

 

「息子がどうかしたのか?」

 

「それが――」

 

 意味もわからずあっけにとられる俺を前に尋ねた父に頷いたトロワさんが取り出したのは一枚の人物画。

 

「な」

 

 描かれた金髪の少女に俺の目は奪われた。

 




無性にあのガンダム種運命のOPを口ずさみたくなる流れ。

うーむ、トロワのお話、全部書ききれなかったなぁ。

まぁ、多忙時の現実逃避に僅かな時間を見つけた結果ではやむを得ないのか。

次回、IF・C→A4「私は君の存在に心奪われ(以下略)抱きしめたいなガ○ダム!(Chalotteルート・???視点)」

あ、サブタイにどこかのMS入ってますが、内容には全く関係ないお話の予定です。


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IF・C→A4「私は君の存在に心奪われ(以下略)抱きしめたいなガ○ダム!(Chalotteルート・???視点)」

「この娘は?」

 

 思わず質問していた俺に返ってきたのはミリー様、つまり母の親友のお嬢さんであるという返答だった。

 

「やっぱり……どことなく面影有るもんね。髪の色はミリー譲りだし」

 

「確かにな。それで、この絵と俺達に協力して欲しいという話の関係は?」

 

 顔をほころばせ頷く母の横で発した父の問いは俺も尋ねたかったことでもある。

 

「そうですね、俺の顔も見ていらしたようですが?」

 

「はい、失礼しました。実は、このお嬢さん、ミルザさんと仰るのですが、ミルザさんに望まぬ結婚の話が持ち上がっておりまして……」

 

「「結婚?」」

 

「はい」

 

 トロワさんは現状を打開出来るのが、母さんの息子しか居ないのだと続けて言う。

 

「それで俺に……」

 

「申し訳ありません。マイ・ロードのお子様であられるのに急いてしまい」

 

「いえ、それよりももう少し詳しくお話して貰えますか? 母の息子で無ければ駄目という辺りとかも」

 

 頭を下げるトロワさんだったが、ぶっちゃけ俺はそんなこと気にならなかった。と言うか、もっとこのミルザさんのことを早く詳しく知りたかったというのもある。

 

「わかりました……実は、ミルザさんの結婚相手とされているのが、ラダトームの王族でして」

 

「お、王族?」

 

「はい。相手が王族の結婚話だからこそ、無かった事にするには別の結婚相手、それも王族に匹敵する格のお相手が必要なのです」

 

「そっか、だからアルに」

 

「ご明察、恐れ入ります」

 

 ちらりと俺を見た母さんにトロワさんは頷き。

 

「まぁ、望まぬ結婚を破棄させるのにシャルの子というネームバリューが必要なのはわからないでもない。他ならぬミリーの娘の話なら俺達も協力したいとは思うが……」

 

「うん、ボクも力は貸したいし、ミリーの娘さんとボク達の子供が一緒になるって言うのはとっても素敵なことだけど……」

 

 顔を見合わせた父と母は、二人揃って言葉を続ける。幾つか問題があると。

 

「一応、こいつは俺達の息子だが、勇者の息子としての修行だとかそう言うことは一切させてない。勇者の子である事を証明しろとか言いがかりを付けられて模擬戦だとか決闘だとかそう言う話になったら、まず勝てる見込みは無いぞ、発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂濃厚短期集中コースとかでもやらない限りは?」

 

「ちょっ、父さん、何その不穏なコース?! って、決闘かぁ」

 

 いきなりダメ出しと同時に不安しか感じない謎の単語が飛び出してきて声を上げたが、言われてみると前提条件になってる話は十分ありそうだと俺も思った。ライトノベルとかによくあるお約束要素だし、剣と魔法の世界なら、そういう事があってもおかしくないと思ってるからこそそっちの経験者である父も言い出したのだろう。

 

「実はな、お前達がもしアレフガルドに行くつもりなら、戦いの手ほどきをするつもりはあった」

 

「こっちは魔物も居ないし、義父さんとか義母さんの前で荒っぽいことをするのはちょっと気が引けたから、アレフガルドのことを話して、あっちに行きたいって言い出してからで良いかなとも思ってたんだけど……ごめんね、アル。こういう事になるなら、こう、ギガデインぐらいは両手で同時に放てるぐ」

 

「ちょっ、母さん?!」

 

 りょうて で ぎがでいん って げんさく の ゆうしゃ より あきらか に つよい じゃないですか、やだー。

 

「まぁ、一ターン二回行動の伝授はモシャスを使えないと厳しいからな。それこそ、ここにいるトロワの協力を仰がないと机上の空論だったろうが……」

 

 顔をひきつらせる俺を置き去りにして父まで何だかすっごい発言し始めたんですが、何ですかね、これ、本当に。

 

「あっ、そっか。けど、アル大丈夫かなぁ? これぐらいの年頃の男の子って、トロワさんみたいな年上の女性に自分そっくりになられても大丈夫なのかな?」

 

「はい?」

 

「技術の伝授は、見取り稽古だからな。まず、モシャスで伝授対象者に変身し、その身体で一ターン二回行動を行う所を何度も見せ、これを見よう見まねで繰り返させることで習得させるというのが伝授の内容だ。俺にとっては黒歴史以外のなにものでもなかったがな……」

 

「裸とか下着姿でお手本だったもんね、ボクは教えて貰ったのがお師匠様だから問題なかったけど」

 

 何処か遠い目をした父と苦笑する母。

 

「ごめんなさい、猛烈に嫌な予感しかしないんですけど?」

 

「簡単に言うと、だ、この技術を確立した俺は仲間達に教えるため何十人もの女性に変身し、裸や下着姿で演武させられた」

 

「うわぁ」

 

「女性下着の着方も覚えてしまったが、覚えなければ着せ替え人形にされ続けたからな……あのイシスの夜を夢に見て魘されることはなくなって久しいが……」

 

「ごめん、父さん」

 

 母さんの惚気話兼昔話を聞いてハーレムパーティーでうはうは何じゃないかって疑ってたことを恥じ入る。何て苦行をやってたんだろう、この人は。うん、こんな所でカミングアウトしなくても良いんじゃないかとも思ったけど。

 

「あれ? そんな打ち明け話をしたってことは――」

 

「ああ、見たところミリーの娘が気に入ったのだろう? なら、決闘を挑まれても勝てる様にはなっておかねばな……トロワ、伝授の方は頼めるか?」

 

「承知しました」

 

 抗議の声を上げる間もない。トロワさんはもう話を振られることをわかっていたのだろう、俺の手を取り。

 

「ちょっと待って!」

 

 だから、制止の声を上げたのは俺でなく、母だった。

 

「どうした、シャルロット?」

 

「お師匠様、アルの特訓にはボクも文句はないけど――」

 

 いや、そこは文句を言って下さい母さん。

 

「ミルザさんの気持ちの方はどうなの? ボクはアルのことを悪く言う気は無いけど、ミルザさんにとってウチの子はまだ名前も顔を知らない相手だよね?」

 

「「あ」」

 

「ちょっ、何その『今気づきました』って顔?!」

 

 ぽかんとした二人に俺が叫んだのは仕方ない事だと思うんだ。人物画の容姿に心奪われ舞い上がって、俺も母さんに言われるまで完全に失念してたんだけどさ。

 

「大丈夫です、ご心配には及びません。ミリー様の旦那様はお二人ともご存じのあの方ですし、マイ・ロードのお子様なら――」

 

「……なるほど、な。まぁ、後はこいつの努力次第と言うことか」

 

「はい」

 

「や、何だか知らないところで通じ合ってて俺置いてきぼりなんですけど?!」

 

 ミリー様の旦那様って何なんだ。

 

(俺とどう関係があるの?!)

 

 聞いてみたかったが、聞いたら聞いたで後悔しそうな気がして心の中で叫ぶ。

 

「では、マイロード」

 

「ああ、頼む。車庫なら人の目にも触れず、動けるだけの広さもあるはずだ。場所は息子に聞くと良い」

 

 だから当然、俺の気持ちなんて知るはずのない父とトロワさんは話しを進めていて。

 

「行きましょうか、アル様。車庫はどちらに?」

 

「あ、廊下を玄関の方に――」

 

 気が付けば場所を尋ねられた俺は反射的に答え。

 

「……すみません、俺」

 

 技術の習得は予想以上に難しかった。ようやく会得出来たのは、モシャスの時間切れで三度程トロワさんの裸を見てしまい、土下座したあとのこと。

 

「いいえ、アル様でしたら夫も怒らないでしょうし」

 

 この時の俺は、自分にモシャスされた衝撃とか、トロワさんの裸の破壊力とかで一杯一杯で、苦笑するトロワさんが漏らした言葉の意味を考える余裕なんか無かった。

 

 




アル「けど、ミルザさん……何だかディスティニーストーン集めて邪神倒しに赴きそうな名前ですね」

クリスマス特別企画も考えていたのに、気が付くと普通に続きを書いていた不思議。

次回、IF・C→A5「そしてアレフガルドへ(Chalotteルート・???視点)」


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IF・C→A5「そしてアレフガルドへ(Chalotteルート・???視点)」

お待たせしました。忘れた頃に投下してみる。

これも作者がドラゴンズド○マオンラインにはまっていたからなんだ。



 

「ふぁああ」

 

 我が家の朝は早い。俺はあくびを噛み殺しつつ起床すると、枕元の時計に目を向けた。

 

「あー、もうこんな時間か。朝飯の支度手伝わないと」

 

 ウチは母親の両親が居ないにもかかわらず大家族である。家族全員の食事ともなれば割と洒落にならない量になり、両親だけではままならないので俺達年長組がローテーションで手伝うことになっている。

 

「あ……ましてや今日はお客さんも居るんだっけ」

 

 トロワさんという両親の知り合いで人に有らざる者(アークマージ)の分まで用意しなくてはいけないのだ。

 

「普通の人と同じで良いんだよな?」

 

 種族もだが住む世界すら違う人だ、ごく一般的な日本人の朝食で良いモノかと言う疑問がどうしても最初にやって来る。

 

「とりあえず、和食なら納豆は問題外。世界観的に洋食の方が良いかもしれないけど、異世界情緒というかこっちならではの料理とか期待してるかも知れないし……」

 

 トロワさんには並々ならぬお世話になったし、迷惑もかけたと思う。だからこそ、俺としては出来る限りのお礼がしたかったのだが、やれることと言えばせいぜい朝飯の用意ぐらいしかなく。

 

「……そもそも、出発が今日とかなぁ」

 

 行くと決めたなら決心が鈍らない内の方が良いと母は電光石火の早さで俺の学校へ休学手続きを申請押してしまった。やむを得ず俺は、学校の友人達に母の故郷に行くので当面帰ってこられないと嘘ではないが色々ぼかしまくりつつも他国へ行くと説明し、幾つか餞別を貰って鞄にしまい込んだ。

 

「や、それは良いんだ。良くはないけど」

 

 どっちだよとツッコまれるかもしれないが、もっと酷い無茶ぶりを俺はされていたのだから、許して欲しいと思う。

 

「あっちで味噌と醤油作れって……」

 

 鞄に詰め込まれた初心者用の指南書に、麹菌、大豆や種籾、そして道具各種。一度旅立てば日本の味との別離も意味するため、これだけは持っていった方が良いと父に言われたのだ。

 

「アレフガルドに渡ったジパング人は少数、用意していかないと日本食無しの一生を送らざるを得ない、かぁ」

 

 説明されれば尤もだ。一応トロワさんがいればこちらとアレフガルドを行き来して調味料を運んで貰うことも可能だが、トロワさんのお子さんはおそらくまだ幼い。乳飲み子を抱えた母親に使いパシリさせると言うだけでも外道の所業だし、そもそもトロワさんは俺にとって恩人であり、短い期間とはいえ技を伝授してくれた師匠でもあるのだ。

 

「ないな、トロワさんにこれ以上迷惑かけるとか」

 

 ついでに言うなら、あちらでこっちの味の基礎を確立するのは単に俺が故郷の味と離別せず済ませるというだけではない。向こうにはない食材と調味料はアレフガルドに行けば商売の種として使えるのではないかと考えたこともあるのだ。

 

「異世界トリップとか転生ものの小説に時々あるよーな展開だけど、もう一人の勇者とその仲間達もジパング人だって言うし」

 

 世界を救った勇者の故郷の味と言うネームバリューが有ればいけると思うのだ。

 

「あっちに渡ったら、有るのは母さんの息子って肩書きだけだし」

 

 何らかの生活基盤が無くては暮らしていけない。

 

「って、格好いいこと言っても当面は母さんの友達の家に居候なんだろうけど」

 

 初心者が一朝一夕でどうこう出来るなんて甘い考えは俺にもない。

 

「異世界に旅立つにあたって有用そうな情報はパソコンからプリントアウトしてもおいたけど……うん」

 

 どれがどのくらい役に立つかはまだ未知数だ。ちなみに、現実重視系異世界トリップファンタジーで時々取り上げられる転移したらあっちとこっちの風土病で人がバタバタ死ぬんじゃないかという最大の問題は、母をこっちに送ったりトロワさんがこっちに来るのをサポートした神竜の力で解決してるそうなので敢えて考えないことにしている。

 

「はぁ……」

 

 考えれば考える程不安が襲ってくる。アレフガルドのことを俺はゲームと母やトロワさんからの情報でしかしらない。

 

「わかってる……ミルザさんを救えるのが俺だけなら――」

 

 行かなければと決めたのは俺自身だ、だから。

 

「アルー? まだ寝てるのー?」

 

 固めようとした決意した瞬間、下階からの声が決意ごと俺を現実に引き戻す。

 

「っ、ごめんッ!」

 

 そうだ、朝食の支度をしなければいけないのだった。

 

「ったく、考えすぎてそんなことも忘れてるとか……」

 

 場合によっては今の家族全員で食べる最後の朝食になるかも知れないというのに。

 

「すぐに行くー」

 

 下階に叫んで、部屋を出ると階段を駆け下りる。降りて行く階段の下から味噌のにおいがしてきた。拙い、もうみそ汁は味噌を溶く工程まで終わっているらしい。

 

「やれることが残っています様に……」

 

 台所に行ったらみんな終わっていたでは立場がない。

 

「遅くなってごめん、やれることは?」

 

「あ、おはよーアル。とりあえず、戸棚から食器出して」

 

 だが、現実は非情。

 

「あ、うん」

 

 何というか料理自体は大半が終わっていたらしい。

 

「アル兄、ねぼー」

 

「まぁ、無理も無いっすよ。あんなむちむち人妻とつきっきりレッスンとか、寝不足になっても誰も責められないっす」

 

「OK、礼人とは後で部屋に来い。話がある」

 

 卵を溶いたボールを水で注ぐ妹の言葉にさもありなんと頷いた弟の一人を凍てつく視線で刺しながら俺は食器棚の前へと赴き。

 

「ひいっ、ご勘弁を、おいらホモいのは勘弁っす」

 

「……ほう」

 

 尚も巫山戯る弟へ皿を投げつけたい気持ちを抑え込みながらドスの効いた声を出す。ある意味一瞬触発の空気だった。

 

「まったく」

 

「「っ」」

 

 焼き鮭を箸で網から引っぺがす別の妹が、これ見よがしに嘆息するまでは。

 

「何をやっている兄貴共、遊んでいる暇があったら先に朝飯の支度を終わらせろと」

 

「すまん」

 

「悪いっす」

 

 普段物静かだが怒らせると一番タチの悪い妹の視線に刺された俺達は即座に謝罪し。

 

「あ、アル兄。今日のお昼は外食だって。アル兄とトロワさんの送別会だからそのつもりでねってお母さん達が」

 

「……そっか、ありがとう」

 

 送別会と言う言葉に若干トーンを落としつつも礼の言葉を口にする。

 

「しかし、兄貴は大丈夫か? トロワさんが一緒とはいえ父も母もついて行かないのだろう」

 

「……不安がないと言えば嘘になるが、行けと言われた訳じゃないからなぁ」

 

 姉と両親を除いて、弟や妹たちは俺がどこに行くのかを正確には把握していない。両親は俺のアレフガルド行きの理由他諸々を母の故郷に行って実家を継ぐのだと説明したらしい。

 

(「母さんの故郷はアレフガルドじゃないし、正しくは無いのだけれど」)

 

 真実を伝えるに弟達はまだ幼すぎると言うことなのだろう。

 

 

「……それじゃ、行ってくるよ」

 

 俺が家族を前に告げたのは、朝食の準備どころか送別会も終わり、荷物でパンパンになった肩掛け鞄の紐を身体に食い込ませ、若干左に傾きながら。

 

「ごめんね、空港まで見送れなくて」

 

「こういう時大家族って面倒だよねー」

 

 バスを借りでもしなければ見送りに行けないからと言う理由を疑わない弟達の前で、俺はそれじゃあなと別れを告げる。ここからはバス停まで徒歩だ、表向きの理由通りなら。

 

「よろしかったのですか?」

 

「はい」

 

 いくらか歩き、我が家が見えなくなったところでたずねてきたトロワさんへ頷く。

 

「では、参りますよ……アレフガルドに」

 

 それがこちらの世界で俺が知覚した最後の言葉。揺らめく水面を思わせる様に周囲の景色が歪み薄れ。

 

「……良く来たアルトよ。わしが王の中の王、竜王だ」

 

「え゛っ」

 

 揺らいだ景色が漸く焦点を結んだかと思えば、紫のローブを身に纏い、竜の頭部を模した杖を手にした見知らぬ人物が俺にそう語りかけてきたのだ。

 

 




まさかのりゅうおう登場。

ああ、ちなみにアル君の妹は片手の指ではまず確実に足りない数が居ます。ので、作中に出てきたのは年長組の半分以下。

もう12人でも良いかなとか思ったのですが、男女必ず偶数で生まれるという設定を踏まえると、26人兄弟になっちゃいますので没にしました。(一人は姉の為)

どっちにしてもテレビで放映される規模の大家族ですね、エンゲル係数とか凄いことになっていそう。

次回、IF・C→A6「ようやくあえたね(Chalotteルート・???視点)」



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IF・C→A6「ようやくあえたね(Chalotteルート・???視点)」

 

「事情はそこのトロワから聞いて居る。世界を渡りこのアレフガルドに訪れたこともな。されど、異なる世界と行き来出来るということはこの世界の人間共には知らせられぬ。世界を渡ってきたと言うだけで騒ぎになることは目に見えて居るし、かってこの地には異界へ先兵を差し向けた者も居たのでな」

 

 話を続けつつ竜王と名乗った人物がちらりとトロワさんを見たことで、全てではないだろうが俺は目の前の人物が言わんとすることを察した。

 

(そっか、こっちの人にとって異世界に渡るとか繋げるってのは、どうしてもゾーマを連想することになるもんな)

 

 この地に常闇をもたらした大魔王、トロワさんのかつての主でもあったはずだが、アレフガルドの人にとっては世界を渡る存在がどういうイメージになるのかを想像するのは難くない。

 

「そなたの母シャルロットもアレフガルドの人間からすれば、異世界よりやって来た者だが、その辺りは差し引くにしても唐突に町中に人が現れては騒ぎになるし、今まで何の接触もなかった異世界の存在を知れば良からぬ事を企む人間も出てくるやもしれぬ」

 

 その辺りのことを俺に認識させる理由もあって、トロワさんは人の住む町ではなくこの地へ俺を連れてきたのだと竜王は言う。

 

「直接ラダトームに行ってはこの世界の人々とすぐ接触すると言うことになります。それでは心の準備もままならないでしょう? この地ならば住む人間は限られます。しかも内何人かはあちらの事情を知る方」

 

「成る程……アレフガルドの人達と交流するにもワンクッション置く方が良いと判断してのことでもあったんですね」

 

 ありがとうございますと俺はトロワさんに礼を述べる。本当にこの人には世話になってばっかりだ。

 

「礼には及びません、私はマイ・ロードの従者、あなたはマイ・ロードのお子であらせられるのですから」

 

 だが、トロワさんは頭を振って微笑むだけであり。

 

「そなたの父母にはわしもわしの義両親も世話になった。こちらの生活に慣れるまで逗留して行くとよかろう」

 

 後を継いだ竜王はそう言ってくるりとこちらに背を向ける。何というか、至れり尽くせりだが、そこはいい。わからないのは、別のこと。

 

「りょうしん?」

 

 原作で俺も竜王の母であると推測出来る竜の女王の事は知っていた。だが、竜王は両親と言ったのだ。

 

「竜王様の育ての親のことですよ。子を残し逝くことを憂いた竜の女王様が以前打診されたのです、とある方と結婚し竜王様の育ての親になってはくれませんかと」

 

「え゛? 何それ? 俺聞いてないんだけど?」

 

「それは、そうでしょう。お父上がシャルロット様以外の方と結婚されている可能性があった等という話は聞いて楽しいものではないでしょうし……」

 

 ひきつる おれ に とろわさん の いうこと は もっとも だった。

 

(けど、納得出来るかは別問題というか……)

 

 そもそも父と一緒になるかも知れなかったという女性とは誰だったのか。

 

「ほう、来客かえ?」

 

「これは義母上――」

 

 思考の海に没しかけていた俺が聞き覚えのない女性の声と竜王の声を拾ったのはたまたまだったと思う、ただ。

 

(竜王が義母って呼ぶことは……)

 

 その相手はひょっとしたら父と結ばれたかも知れない相手だ。気づけば俺は声の方を振り返っており。

 

「トロワが共にいると言うことは……お前がシャルロットの子かえ?」

 

「へ?」

 

 ふりかえった さき に いた のは はだか の おんなのひと でした。

 

「えーっと……」

 

 何故裸なのかという問題もある。それと同時に何処かで見た記憶のある髪型をその女性はしており。

 

「義母上、お召し物を。客人の前ですぞ」

 

「おっと、これはすまぬ」

 

 口調の変わった竜王に窘められた全裸の女性が謝るも悪びれた様子はなく。

 

「つい今し方まで本来の姿で夫とむつみ合うておったのじゃ、許せよ」

 

 さら に なんか とんでもない ばくだんはつげん を してきやがったのだった。

 

(なに、これ?)

 

 ここは許すと言えばいいのか、それともこんなぶっとんだ義理の母親を持ってることについて竜王に何か言った方が良いのか。

 

(いや、それよりも……)

 

 あなたは誰かと問うべきか。

 

「ふむ、そう言えばまだ名乗って居らなんだかえ? わらわはお前の母がおろちちゃんと呼ぶ者。かつてジパングの地ではやまたのおろちと呼ばれ、恐れられておった」

 

「ああ、それで本来のすが……え゛?」

 

 語られた単語がきっかけで俺は理解した。髪型を見た記憶がある理由を。

 

「ヒミ――」

 

「わぷっ」

 

 あのジパングの偽女王にしてずんぐりむっくりした身体を持つ多頭のドラゴン、その痴女がどなたかを理解しジパングで呼ばれていたであろうもう一つの名を俺が最後まで言い終えるより早く、痴女(やまたのおろち)は網の様に上から降ってきた布に覆い被さられた。

 

「何をやってるんですか、客人の前で……すみません、妻が」

 

 直後に痴女の布包み越しに聞こえた呆れを含む声は後半で俺への謝罪に変わり。

 

「あー、いえそんなこ……えっ、はい?」

 

 頭を振りつつ視線を動かし、声の主を見つけて固まる。金ぴかのフード付きローブから目だけを覗かせた見た目の魔物を俺はゲームで知っていたのだから。

 

「大魔導……」

 

 時系列で見るなら母が出てきたⅢより後の作品で登場した魔物だが、手にした杖と言い、俺の認識ではどう見てもそれであり。

 

「ああ、トロワさんの旦那さんも言ってましたっけ。一応、言っておきますが、僕は人間ですよ」

 

「へ?」

 

 ほら、とフードを取った痴女の旦那さんは褐色の肌はしていたもののごく普通な人間の顔で俺に苦笑する。

 

「マリク様は元々イシスの王族で」

 

「イシスの王族ぅ?!」

 

「妻に一目惚れしてしまって、あなたのお父さんのお陰で一緒になることが出来たんですよ」

 

 わかっていた事かも知れないが、何というか。

 

「おれ の しってる どらくえすりー と ちがう」

 

 イシスにいたのは女王の筈だし、原作ではやまたのおろちもきっちり倒されていたはずだ。

 

(原作改変しすぎだろ父さん?!)

 

 いや、竜王に養父母が居たのだから今更かも知れないが。

 

(ああ、止めどなく砂糖吐きそうだからって母さんの話聞き流すんじゃなかった)

 

 きっちり聞いていたら、こんな衝撃の連続にならずに済んだかも知れないというのに。

 

「……どうしたんでしょうか?」

 

「よくわかりませんが、ショックを受ける様なことがあったのかと」

 

 思わず崩れ落ちた俺の耳がヒソヒソ声でかわされるトロワさん達の会話を拾う。

 

(やめて、冷静に考察しないで!)

 

 ただでさえ逃げ出したい気持ちで一杯だというのに、かけられる追い打ち。

 

(と言うか、せめてそう言うのは俺に聞こえない声量でやってくれませんかねぇ)

 

 足下に敷かれた豪華な絨毯を見つめたまま、声には出さずぼやいた俺は、流石にこのまま俯いている訳にも行かず、トロワさん達の方を盗み見る。

 

「落ち着いたら言って下さいね、部屋に案内しますから」

 

 こちらの心境を知ってか知らずか、かけられた言葉に俺は弱々しくはいと返すことしかできなかった。

 




うん、やっぱりミルザさん出す所まで行けなかった。

と言う訳で、久々におろちを出してみた。

けど、おろちもマリクとくっついてなかったらコピー主人公配布して貰えてた可能性があるんですよね。

次回、IF・C→A7「そして色々ありまして(Chalotteルート・???視点)」


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IF・C→A7「そして色々ありまして(Chalotteルート・???視点)」

「お待たせしました。出発は明日の早朝とのことです」

 

 俺がその言葉をメイドっぽい服を着た魔族の女の子から聞くことが出来たのはぢごくのような毎日に割と限界を感じ始めた頃だった。

 

「あ、ああ……って、出発?」

 

「はい。勉強と修行、どちらも良く耐え抜かれましたね。いくらあの勇者シャルロットの息子とは言え特殊な訓練を積んだ訳でもない人間があのぢごくの短期集中コースに耐えるとはと皆様驚かれておりました。かくいう私もその一人ですが」

 

 思わず聞き返した俺に頷いてくれたメイドさんの視線は若干生ぬるかったが、無理もないと思う。

 

「ま、まぁ、俺にも譲れないものがありましたから」

 

 代償(かわり)に大切な何かを失いもしたけれど、それはもういい。そのお陰で、あ

のやまたのおろちとマリクさんのお子さん達と仲良くなれたのだから。

 

「お前は仲間じゃ。人間の国に行ってもわしはお前を忘れぬ。同じぢごくを味わった仲間のことは」

 

 そんなことを言っていたのは、何人目の息子さんだったか。

 

「強く生きるのじゃぞ、はぐれメタルはもうあんな所には入って来ぬ」

 

 ポンと肩を叩いてくれた別の娘さんの目は死んでいた気もする。発泡型潰れ灰色生き物(はぐれメタル)風呂という名のぢごくを経験すればあの目も仕方ないとは思う。

 

「訓練でへばると、『入浴しつつホイミで死なないコース』」

 

 いかさずころさずとルビ打たれたあの狭い空間で何人が心を殺されたのだろうか。

 

「大丈夫? 私が妾になってあげましょうか?」

 

 這う様にしてあてがわれた部屋に戻る途中、気遣っておかしい提案をしてくれた幼女はトロワさんの娘さんだった。魔族の血を引いてるために成長が遅いだけで実年齢は俺の一個下らしいが、何故妾とツッコミを入れた覚えがある。

 

「アル様の事はママンから聞いております。このアレフガルドで嫁を娶る為に参られたと。本来なら妾ではなくお嫁さんと言いたいところだったのですが、それでは本末転倒ですから。それに私はアル様のお父様の従者の娘ですし」

 

「いや、ほんまつてんとう って いうか、めかけ でも じゅうぶん おかしい ですよ?」

 

 何をどうしたらそんな結論に至るのかじっくり話し合う必要が有る様にも思われたが、実年齢はどうあれ、見た目は幼女なのだ。

 

「話してるだけで通報されそうだったから、結局『気持ちだけ受け取っておく』で終わらせたんだっけ」

 

 本当に色々なことがあった。酔っぱらったやまたのおろちが部屋を間違えてベッドに潜り込んできた時なんて、あの呪文が使えるようになっていなかったらどうなっていたことか。

 

「ありがとう、アストロン……」

 

 ただ、勇者専用呪文が使える様になったことで、母がⅢの勇者だったことを俺は再認識した訳でもあるが。

 

「アルト様?」

 

「あ、ああ、すみません」

 

 呼び声に回想シーンから引っ張り出された俺はとりあえず謝った。

 

「はぁ、無理もありませんね。もう一度言いますが、出発は明日の早朝、本日の夕食は大広間でとなりますので、タンスにある礼服に着替えてお越し下さい」

 

「ああ、あの服ですね」

 

「はい、おしゃれなスーツをベースにアルト様でも着用できるよう調整されたモノですので、相応の防御力も備えておりますが」

 

「うわぁ」

 

 記憶では盗賊と遊び人しか装備出来なかった防具がまさかの装備条件緩和である。

 

(まぁ、防御力があるのはありがたいけど……)

 

 今居る城へ滞在してる魔族やらモンスターの皆様は洒落にならない戦闘力の持ち主がポコポコいらっしゃる。当人は酒に酔っての悪ふざけでも回復呪文を必要とする惨事にだってなりかねないのだ。

 

(蘇生呪文にならない辺り、俺も強くなったなぁとは思うけど)

 

 代償はあの発泡型潰れ灰色生き物風呂(ごうもんせつび)で払った。得をしたのか損をしたのかはちょっとわからないが、これから年を重ねれば良い思い出と言える日が来るのだろうか。

 

「まぁ、それはそれとして……夕食に礼服で出席せよってことは」

 

「はい、本日の夕食はアルト様を送る送迎会となります。竜王様やおろち様、マリク様主立った方が全て出席される盛大な宴となるとか」

 

「なに、それ」

 

 まさか そこまで だいだいてき に いわって おくって くれるとか そうていがい ですよ。

 

「竜王様がこの地を治める様になって何年も経ちますが、人間を刺激しない様に大きな催しは控えられていましたから……皆、娯楽に飢えていたのです。そこに現れた勇者の息子、気にならない筈がないではありませんか」

 

「あー、至れり尽くせりではあったのかな、うん」

 

 ひょっとして俺の修行や勉強がお偉いさん達の娯楽になってたとか嫌な想像が脳裏を過ぎったけど、無かったことにしておく。

 

(おかげで身を守る術を得ることが出来たんだもんな)

 

 例えその最初の一回で守ったモノが自分の貞操だったとしても。

 

「伝言、ありがとうございました。時間に余裕を持って着替えた上で大広間に向かわせて頂きます」

 

「はい、よろしくお願い致します」

 

 丁寧に礼を言えば、メイドさんは優雅に一礼して部屋を後にし、俺だけが残される。

 

「ふぅ……さてと、それじゃ荷造りしちゃわないとな」

 

 それが終わったら挨拶回りだろうか。宴席で大半の面々には顔を合わせるとは思うが、それじゃ伝えられない事だって有る。

 

「こう、荷物に紛れ込んでついてくんな、とか」

 

 両親より俺を選ぶ様な懐かれ方はしていないと思うが、マリクさんやトロワさんの子供には一応警戒しておかなくてはならない者が何人か居る。

 

「この世界、施錠呪文ないからなぁ……荷造りする時は気をつけないと」

 

 独り言を口にすると、とりあえずタンスの取っ手を掴んだ。大丈夫だとは思うが、まず礼服のサイズ確認だ。

 

「太ったつもりはないけど、筋肉はついたと思うし」

 

 夕食の時間が近づいてから袖を通そうとした結果、着れませんでしたでは洒落にならない。

 

「タンスって言ってたから――」

 

「やあ」

 

 間違ってはいないはずと取っ手を引っ張った俺はタンスの中に居た人に挨拶されたのだった。

 

 




忘れた頃に更新してみる。

次回、IF・C→A8「であい(Chalotteルート・???視点)」


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IF・C→A8「であい(Chalotteルート・???視点)」

 

「どちらさまですか?」

 

 なんて言葉は俺の口からは飛び出さなかった。

 

「見なかったことにしよう」

 

「ちょ」

 

 抗議の声があがりかけた様な気もするが、敢えてスルーしてタンスを閉めた。

 

「まったく、どうやって忍び込んだんだか」

 

 そもそも、引き出しの中に入り込んだのかにツッコミを入れないと行けない気もするが。

 

「ごく普通に考えれば、協力者がこの部屋に潜んでるってのが、一番あり得るよな」

 

 そして、その心当たりも俺にはあった。タンスに隠れていたのは、耳の尖った見た目は幼児。つまり、トロワさんのとこのお子さんの一人なのだが、もう一人セットになって悪戯をやらかす人物に心当たりがあったからだ。

 

「リーロ」

 

『あっちゃぁ、やっぱりわかっちゃいましたか……』

 

 名を口にするとベッドの下から這い出てきたのは小振りな三つ首のドラゴン。マリクさんとやまたのおろちの娘の一人だ。テレパシーの様なモノで返事をしたのは、ドラゴンの姿だからか。

 

「ロックを連れて帰って貰えるか?」

 

『はーい』

 

 リーロちゃん出してと言う声のするタンスを小突きつつ言えば、三つ首竜はタンスに向けて歩み寄り、首の一つをタンスの取っ手に向けて伸ばし、口で取っ手をくわえて引く。

 

「はー、酷い目に遭った」

 

「自分で隠れておいて何を言う」

 

 残る首に抱きつく形で救助される見た目幼児にジト目を向けたってきっと非難される謂われはないだろう。

 

「まぁまぁ、僕達もただ悪戯のために忍び込んだ訳じゃ無いんだよ。タンスに潜んでたのはホンのついで。本命は別にあるのサ。リーロちゃん、あれを」

 

『はいはい、まったくドラゴン使い荒いなぁロック君ってば。あーえっと、なんと言いましょうか、あたし達姉妹からの餞別の品を持ってきたんですよ』

 

「餞別?」

 

『はい、こう、抜け落ちた鱗を集めて作ったお守りです。人間の感覚だと切った爪の欠片とか髪の毛で作った小物になるので、良いのかなぁ~とは思ったんですけどね。ただ、ヘイルおじさまが仰るには、人間の街では普通に市販されてるそうですし、おかしいモノではないと仰るので』

 

「あー、確かに。と言うか、説明されなきゃ普通に受け取れたんだけどなぁ」

 

 一言多いというか、何というか。

 

「けど、ヘイルおじさま、ね」

 

 何でもこの世界には、一人の人間を元に複製された人達が多数存在しているらしい。

 

「確か、慕っていた女の人達に行き渡る様に複製して分配したんだっけ?」

 

『らしいですね~。このお城のヘイルおじさまは、トロワおばさまの旦那さんだけみたいですけど』

 

 リーロちゃん曰く、他のヘイルさんに会ったことは無いらしいが、会ったことのある人達は全く見分けがつかないと口を揃えて言うのだとか。例外はそんなヘイルさん達を夫に持つ女の人達ぐらいだとも。

 

「ラダトームには何人も居る、のか」

 

 場所によっては同じ国や町に複数居ると聞いた時は、大丈夫なのかと思わず質問してしまった。

 

(流石に一箇所に固まりすぎるのは拙いっていくらかはばらけたらしいけど)

 

 ラダトーム、ガライ、マイラ、メルキド、リムルダール、ドムドーラ、そしてここ竜王の城。アレフガルドだけでも聞いたことのある地名全てにヘイルさんは居るらしく。

 

(もう一つの世界は更に洒落にならなかった)

 

 原作には登場しなかったような場所にも住んでいると言うが、それはまだいい。

 

(神竜に願いを叶えて貰って人間になった魔物と結婚したとか……どういうことなの?)

 

 トロワさんの事があるからエビルマージとか人型の魔物というか魔族なら驚かなかった。

 

(が、爆弾岩て)

 

 ひと に なった と きいて も、おれ には とても そうぞう できない。

 

(この世界のこと、色々勉強したはずなんだけどなぁ)

 

 拝啓、母さん。あなたが勇者として魔王を倒した世界は不思議が多すぎます。

 

『それはそれとして、お守り、こっちのテーブルに置いておきますね~? じゃあ、あたし達はそろそろ失礼させて頂きます、おばさまに気づかれないうちに』

 

「あ、ああ」

 

 俺としてもこのままずっと部屋にいて貰うのはよろしくない。頷き、二人が出て行くのを見送ると、とりあえずテーブルの脇にある椅子を引いて腰掛ける。

 

「りゅうのうろこ、か。ゲームでは守備力を上げてくれる装飾品だったっけ」

 

 Ⅲには出てこなかった気もするが、それはそれだ。

 

「せっかく貰ったんだし、スーツのポッケにでも入れておくかな」

 

 その前に今度こそ着替えてサイズ確認をしないといけないが。

 

「餞別貰って、宴まで開いて送り出してもらうんだもんな。世話になった人達に恥をかかせることだけはないようにしないと」

 

 決意も新たに俺は服を脱ぎ始め。

 

「そして、アルトを送り出す為の賑やかな宴が開かれ、誰もが大いに飲み、食べ、笑い、夜は更けゆき……やがて朝になった」

 

 と、ゲームならテロップが流れて一瞬で時が経過すると思う。

 

『ねー、あるっちー、大ニュース!』

 

「うたげ が すきっぷ される どころか、あれから あまり じかん も たたないうち に つぎ の おきゃくさま が きたってのが げんじつ なんですけどね」

 

 俺のズボンを軽く噛んで揺さぶるドラゴンはリーロちゃんのお姉さんで、やはりマリクさんの娘さんだ。

 

『あるっち、聞いてるー?』

 

「聞いている……それで、大ニュースとは?」

 

 個人的にはズボンが破れたり涎まみれにならないかも気になるところではあるが、流石につまらない話で俺の所におしかけても来ないだろう。話を向ければ、ふふんと得意そうに笑ってドラゴンは声に出さず念話で言う。

 

『えーっと、ミルザさんだっけ? そのお父さん、つまり、別のヘイルおじさまが今日の宴やって来るっぽいよ? たぶんあるっちに会いに来たんじゃない?』

 

「な、ちょ」

 

 当人に会ってさえ居ないのに義父様がやって来る、とんでもない爆弾発言に俺は固まり。

 

『わたしらからしてもトロワさんの旦那さん以外で初のヘイルさんじゃん? あ、ミズチ姉とかは違うんだったかな? まぁ、そう言う訳でちょっとワクワクしててさー』

 

 楽しげなドラゴンの声なんて殆ど把握してなかった。

 

「とうにん に おあいする まえ に とんでもない かべ が たちはだかっちゃったんですが」

 

 今日の送別会、一分の粗相も許されなくなった。もちろん、最初からやらかす気なんて欠片もなかったが。

 

(つーか、問題はロックとリーロちゃんとかだ。俺自身が何もしなくても周りがやらかしたら……)

 

 降りかかるアクシデントも想定して心に甲冑を着込んでいなくては拙いだろう。あの悪戯好き共、何もやらかさないなんて保証はない。

 

「……うう、胃が」

 

 時間は流れ、とどまりはしない。爆弾投げてきたリーロちゃんのお姉さんも帰り、世話になった幾人かの所へ足を運んで話をし、戻ってきた俺はスーツに着替え、片手でお腹を押さえつつ窓の外を見ていた。部屋の窓は北を向いていない、見たところでラダトームから来るであろうミルザさんのお父さんの姿など捉えられるはずもないのに。

 

「アルト様、お準備はよろしいでしょうか?」

 

「あ、はーい」

 

 やがて、宴の始まりを知らせにメイドさんがやって来て。

 

「……お前が、シャルロットの息子か」

 

 会場にたどり着いた俺は、出会うべくしてであった。ゲームに出てきた男盗賊に年をとらせたらこうなるだろうなと言う風貌の男はまさにトロワさんの旦那さんと瓜二つ。そう、これが義父さんとの最初の出会いだった。

 




ロックの名の由来は母親も元々数字由来だからと言う理由で「6」から。

リーロちゃんはマリクとおろちから一文字ずつ取ってつけたらしいです。最初は「ロリちゃん」になりそうだったところをトロワの旦那さんが止めて、今の形になったとか。

次回、IF・C→A9「宴で(Chalotteルート・???視点)」



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IF・C→A9「宴で(Chalotteルート・???視点)」

 

「あなたが、ミルザさんの――」

 

 俺の目的を考えれば、その人は明らかにラスボスに当たる人だとは思う。

 

(けどさ、俺、まだミルザさんと会ったことさえ無いんだけど……)

 

 はじまる まえ に らすぼす が たちはだかる とか ざんしん すぎや しませんか。

 

(まぁ、それも酷いと思う。ただ)

 

 そのラスボスの後ろには見知った顔が居たのだ。三つ首竜と尖り耳幼児のコンビは俺に義父さんがこの城へやって来ると教えてくれたあの二人だ。その二人が、こっちを向いた上で、真顔のままクイックイッと腰を振って滑稽な踊りを踊っていた。

 

(あれ、かくじつ に こっち を わらわせ に きてますよね)

 

 粗相なんて見せられないこの場面で失敗しろと言わんがばかりの妨害行為。

 

(無視だ、無視しろ、俺)

 

 だが、こんな所で躓く訳にはいかなかった。あの二人については後でトロワさん達に言いつけるとしても。

 

「しかし、当然だがシャルロットの面影があるな。母親は息災か?」

 

「あ、はい。元気というか……昔から変わらないと父は言ってました」

 

 どことなく遠くを見る様に尋ねてきたその人に俺は両親のやりとりを思い出しつつ答え、後半で視線を逸らす。複製とは言えオリジナルの記憶を引き継いでいるなら、この人は勇者だった母を知っているはずだった。そう言う意味では、母のことは共通の話題になるとは思うのだが。

 

「昔と変わらない、か。もしや一人称は」

 

 もしやと付け加えたのは、流石に俺程の大きな子供がいれば直したのではと思ったのかも知れないが、そんなことはさらさらなく。

 

「ボクのままです」

 

「……そうか」

 

 俺の答えに、短く沈黙してからその人は短くそれだけ言って、後ろを振り向くとあのいたずら者二人を捕まえた。

 

『っ、ヘイルおじさま気づい』

 

「ちょっ」

 

「変わらないな、確かに」

 

 慌てふためく三つ首竜と尖り耳幼児をぶら下げて苦笑したヘイルさんは迎えが来たらしいなと呟く。

 

「迎え? まだ来たば――」

 

「ロック。リーロ様」

 

 来たばかりじゃと続けようとした俺はドスの効いた声で誤解に気付いた。声の方を見やれば、そこにはとても良い笑顔をしたトロワさんが立っている。

 

「盗賊だからな、後ろで不埒な真似をしていれば気配で気づくし、誰かが寄ってきても気配でわかる。そこはトロワの夫も同じ筈だがな」

 

 後ろでこそこそすれば気づかないはずがないと言外に言うミルザさんのお父さんはどことなく呆れた様子であり。

 

「子供かわいさに悪戯へ気づいても気づかないふりをしてたんじゃないでしょうか、トロワさんの旦那さんは」

 

 遠い目をしつつ俺が答えれば。

 

「ご迷惑をおかけしました。それでは失礼します」

 

「か、母さん。こ、これにはサ、色々と事じょ」

 

『お、おばさま、ごめんなさい、許してもうしま』

 

 こちらへ頭を下げ、トロワさんは引き渡された二人を連行してゆく。

 

「まぁ、自業自得だな」

 

「ですね」

 

 見送る俺達としては他に言えることもなく。

 

「さて、静かになったところで娘の、例の件についていくらか話しておこう。娘が結婚を持ちかけられた話だが、何割かは俺のせいだ」

 

「はい?」

 

 いきなりの上にとんでもない爆弾発言だ。俺は思わず聞き返し。

 

「俺が複製なのはもう聞いていると思うが、まさにそれが原因だった。とある王族の少年が一人の少女と恋に落ちてな。二人は惹かれあい、少年の方が言ったのだその少女と添い遂げたいと」

 

「え? 両思い? 望まぬ結婚じゃなかったんですか?」

 

 いきなり食い違う話を俺が訝しんだとしても当然だと思う。

 

「この二人に関して言うなら、結婚はお互いに望むところだった。だから、少女の両親に結婚の許可を貰おうと使いが立てられた」

 

 ただこの使い、何をどう間違ったのかまったく別の家に許可を求めに行ってしまったのだとヘイルさんは言った。

 

「そう、俺が留守中の我が家に、な。父親が銀髪でヘイルと言う名であるという理由で」

 

「ちょ、まさか」

 

「ああ。どこでどう間違ったか、別の複製の娘と俺の娘を間違えたと言う訳だ……しかも、その使者は俺の娘とその王族が両思いなので結婚を認めて欲しいと、確認もせずに当時家にいた妻に言ってな」

 

 ヘイルさんの奥さんは当人同士が好き合っているならと承諾してしまったらしい。

 

「人違いに気づいた時にはもう遅かった。話は他の結婚相手でも立てなければ取り消せないところまですすんでいて、俺は戻ってからその話を聞かされた」

 

「うわぁ」

 

 好き合う二人は一緒になれず、ミルザさんから見ても望まぬ相手と急に結婚させられることになるとか、一つ掛け違うだけでこうも誰も幸せにならない展開になるのか。

 

「それで、俺が……」

 

「ああ。シャルロットの息子なら妻が反対する理由はない。そして、俺は(あれ)が結婚したいというなら反対する気はない。つまり」

 

「娘さんに、ミルザさんに俺が認めて貰えるかが全てと言うことですね?」

 

 確認する様に視線を送れば、ヘイルさんは頷いた。

 

「そしてもう一つ、(あれ)と間違えられた娘は友人同士で仲も良い」

 

「……それは」

 

 俺にとっては好都合な情報が一つ増えた訳だが、素直に喜ぶ気にはならない。友人の為に相手がどんな人物であれ結婚の申し出を受ける可能性があるとこの人が言う理由など鈍い俺でもすぐわかったのだ。

 

「ちょっとあからさますぎませんか?」

 

 有利な情報を渡してこちらの反応を見る。ここで浮かれたりしめたと言った顔をすれば娘の夫に相応しくないと見なされたんじゃないかと思うが、こう、何というか。

 

「ふ、何、ただの前振りにすぎん。俺は『(あれ)が結婚したいというなら反対する気はない』とは言ったが、大事な娘の一人だ。親として当然幸せになって欲しいとは思う。そしてお前はまだ娘と顔さえ合わせていないだろう?」

 

「そう……ですね、そういう……ことか」

 

 俺がミルザさんの配偶者として相応しいかという査定はまだ始まっても居ないとこの人は言外に言っているのだろう。

 

「絶対にとか強いことは言えませんが……出来る限りのことはしますよ。とは言っても、仰る通りミルザさんとはまだお会いしても居ない訳ですけど」

 今の俺に返せる言葉はそれだけであり。

 

「そうか。さて、今日はお前のための宴だろう?」

 

 これ以上拘束する訳にもいかないと言う様にミルザさんの父は踵を返すと去っていった。

 

「これから……そう、これからなんだ」

 

 一瞬何処かの漫画に有りそうな打ち切りエンドが思い浮かんだが俺は敢えて考えなかったことにした。

 




今明かされる衝撃の真実ぅ!

追い風としか思えない情報を暴露してラスボスは去り。

次回、IF・C→A10「宴も終わり(Chalotteルート・???視点)」

打ち切りエンドの誘惑に駆られたことは否定しない。


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IF・C→A10「宴も終わり(Chalotteルート・???視点)」

「うーん、おそらく部屋で怒られてるんじゃないかな?」

 

 宴も終わりに近づきつつある中、悪戯というかへんな踊りを踊っていた二人はどうなったのかと問えば、首を傾げた尖り耳のお姉さんがそう答えてくれた。

 

「次代が増えて賑やかになって行くのは良いが、悪戯もののあの二人には手を焼かされるよ。まぁ、悪戯出来るぐらい平和になったと考えれば悪くないのだけどね。幾ら防御力があるとは言ってもローブとセットの覆面は蒸れるし、こうやって素顔をさらせる様になったのも人間と和やかに会話出来るのもみんな平和のお陰さ」

 

 苦笑しつつ肩をすくめたその人もトロワさん同様にアークマージなのだろう。今はメイド服に身を包み、汚れた皿を重ねてのせたお盆を手にしていたとしても。

 

「さて、私はこれで失礼するよ。おろち様はまだ食べたいと仰せだし、空になった皿もたくさんあるんだ」

 

「あ、すみません」

 

 俺としても仕事の邪魔をする気はない。呼び止めて問うた事を詫びるとその場を離れた。

 

「怒られてるなら、あの二人はもう今晩はこっちに来ないだろうし」

 

 部屋に戻ると決めた。あのラスボスもといミルザさんの父から聞いた話のこともある。情報を整理して、明日ラダトームについたらどう動くかも決めなくてはならない。俺は自室に無かって歩き出し。

 

「もう結婚話がせっぱ詰まったところまで来てるなら、そっちについてどうするかとかまで踏み込んで話すべきだろうし」

 

 間違えられた側のお嬢さんとも会う必要がある。友達の為にやむを得ずミルザさんが俺と結婚するという展開は俺だって望んじゃいない。

 

「もちろん会う何時用がある人は他にも居る訳だけど」

 

 母の親友でかつミルザさんの母親であるミリーさん、そして未だ絵でしか顔さえ見たことのない俺がこちら(アレフガルド)に来ると決めた理由となった人。

 

「って、いざ会えるとなったら妙に緊張する……」

 

 今日は眠れるだろうか。

 

「あ」

 

 少し不安になりつつも何時の間にか部屋の前まで来ていた俺は苦笑してドアを開ける。

 

「さてと、今日はしっかりやすまないと」

 

 無駄に独り言が多くなってしまっているのは、宴会で聞いた事実に動揺してるからか、それとも。

 

「……こういう時って不安とか緊張とか期待で眠れないものだからアレなんだけど」

 

 流石に今日は寝ないと拙い。

 

「目の下に隈を作った顔で初の顔合わせとかした日には第一印象が酷いことになりかねないもんな」

 

 着ていた服を脱ぎ、部屋に備え付けの風呂で入浴を済ませ、パジャマに着替えたら歯を磨いて寝る。着ている服が例の装備制限を緩和されたお洒落なスーツである事を除けばこの城に着てからのこれまでの日常と変わりない就寝前までの流れだ。

 

「気負わず、目を閉じて羊でも数えれば良い、良いんだ」

 

 漸くベッドにはいるという段階で、俺は自分に言い聞かせる。逞しい想像力が瞼の裏へ羊の代わりにモンスターを登場させてもツッコんじゃいけない。

 

「と言うか、あのギラ系呪文を使ってきたモンスターは羊ではなく、どっちかというと山羊か鹿なんじゃないだろうか……って、考えるな、俺」

 

 頭を振り、再び寝ようと試みる。

 

「……寝られない」

 

 何だろう、ここまでの流れが盛大な前振りだったとでも言うのか。

 

「花嫁との結婚前夜って訳でもないし、まぁ精神的なハードルは高めかも知れないけど」

 

 考えるなと自分に言い聞かせて寝返りを打つ。こういう時考えるとかえってドツボにはまる。

 

「遠足前の小学生じゃないんだ。自分を律することぐらい出来るはず……」

 

 寝ろ、寝るんだ。目を閉じたまま口に出してみても眠気は訪れてくれず。

 

「寝られないなら、寝る方法を……そうだ、誰かに頼んでラリホーの呪文で眠らせて貰うとかすれば、って、それはそれで何だか恥ずかしい様な……」

 

「そうですか、眠れないのですね」

 

「え゛?!」

 

 独り言のつもりだったにも関わらず反応があって、目を開き固まる俺の視界に入ってきたのはただの闇。

 

「アル様、下ですもう少し下」

 

「下? と言うか、この声は……あ」

 

「今晩は、お邪魔致しております」

 

 反射的に声に従い視線を移動させればベッドの縁に手をかけて顔の上半分だけを覗かせた小さな人影のシルエットがあり。

 

「ええと、君は確か……」

 

 おれ の きおく が ただしければ、とろわさん の むすめさん じゃありませんでしたかね、こう。

 

「大丈夫? 私が妾になってあげましょうか?」

 

 とか おかしい ていあん を してきた。

 

「はい。今宵はこのお城で過ごす最後の夜。アル様のお父様の従者の娘として、アル様のお力になろうかと」

 

「そう、なんだ……じゃあひょっとしてラリホーの呪文をかけに来てくれたとか?」

 

 眠れないから呪文を強請るというのに気恥ずかしさは感じていたが、もうバレてしまっているなら厚意に甘えるのも悪くないと思った俺は尋ね。

 

「いえ、身体が疲れれば自然と寝られるのでは無いかと愚考し、夜伽にま」

 

「アストロン」

 

 最後まで聞き終えるより早く呪文を唱えた。冗談じゃなかった。

 

「流石に少し傷つくのですが……」

 

 こちら は きずつく どころか しゃかいてき に ころされかけた の ですが、なにか。

 

(って、ツッコミたくても鉄の塊になっちゃってるしなぁ)

 

 着ているものごと変質してるので貞操は守れると思うが、何故この城は色々アウトな痴女がポツポツいるんでしょうね。俺じゃなくて弟が来ていたらどうなった事やら。

 

(そもそもトロワさんの娘さんに手なぞ出そうモノならトロワさんとその旦那さんにぶっ殺されそうなんですけど)

 

 どうして俺はこの城最後の夜にこんな試練と出くわさなければいけないのか。鉄の塊になったまま哲学しているとトロワさんの娘さんは寂しそうに去って行き。

 

「ん、あれ?」

 

 安堵感が眠気に繋がったのか気づけば窓からは朝日が差し込んでいた。

 

「怪我の功名かな?」

 

 どうやら少しは寝られたらしい。

 

「おはようございます、起きていらっしゃいますかアル様?」

 

「あ、おはようございます」

 

 ノックに続く声へドア越しの挨拶を返すと俺は身を起こす。とうとう出発の朝がやってきたのだ。

 




危険と隣り合わせのお城生活も終わり、いよいよラダトームに渡る時が来る。

まだ見ぬミルザとはどんな少女なのか。

作者はちゃんと性格とか決めているのか。

全てが明らかになろうとしていた。

次回、IF・C→A11「いざ、ラダトーム(Chalotteルート・???視点)」


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