愚かな僕は勇者になれない (ソウブ)
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一話 演目の始まり

 ――――どうして、こんなことなってしまったんだろう。

 どこで、間違えてしまったんだろう。

 ……最初から……間違っていたのかな。

 

 

 ――――もう、戻れない。

 僕は自分の意思でそれをしてしまった。

 今までの知らなかったからという言い訳も通用しない。

 元々知らなかったでは済まされない事だったけれど。

 僕は、皆を守るためにほかの人間を切り捨てた。僕が、殺したんだ。

 結局僕は、強くも、優しくも、かっこよくも、成れなかった。

 ただの弱い凡人で、クズだ。殺されても文句が言えない。

 僕はそれだけのことをしてしまった。むしろ殺してくれ。

 

 ――いや、嘘だ。死にたくない。皆と一緒にいたい。他の人間なんてどうでもいい。 結局それが、本音だ。

 僕はそんな、正真正銘のクズなんだ。

 だって、皆を失うぐらいならああしたほうがよかった。

 僕は後悔をしていない。

 もしもやり直せたとしてもまた同じ選択をするだろう。

 

 だから、僕はもう既に、終わっている。

 

 

 

 

 ――――なくなっていく。

 僕から、何もかも引き剥がされて。

 無くなって。

 亡くなって。

 ナクナッテイク。

 そして――――歪が混じる。

 強大な、歪が。

 けれど優しく勇ましいものも。

 溶けて、混ざる、雑ざる。

 混ざって、強固に固まる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

 

 意識が、覚醒する。

 寝起きで視界がぼんやりする。

 瞬きをしながら、寝起きの定まらない思考で考える。

 今日は、学校あったっけ?

 何曜日か忘れてしまった。

 あるなら、早く起きないと……。

 でも、起きるのめんどくさいなあ。

 後ちょっとぐらい寝ていても、良いんじゃないだろうか。

 うんうん、そうだよ。後ちょっとぐらい。

 寝ようか――と思った矢先、違和感を抱いた。

 

 思考しているうちに意識が段々覚醒していたからだろう。それなりに定まった思考で

、今までと違う感触を感じた。

 僕は今まで寝ていたんだ。なら、いつも寝ているベッドにいるはずだ。

 なのに、寝ている感じがベッドとは違って、すごく寝にくい。

 なんか、ちくちくするような、ごつごつしてるような、そんな感覚。

 眠いが、とりあえずその違和感を確かめようと、起き上がることにする。

 身体が少しだるかったが、なんとか起き上がる。

 すると、異常が目に飛び込んできた。

 

 一瞬で目が覚めてしまった。

「なんだよ……これ……」

 目の前には、まさに異界と言った様な、不思議な世界が広がっていた。

 僕が寝ていた場所は、色んな色が散りばめられた様な巨大な木の根の大地で。

 周りには、神秘的な色合いの大樹が三々五々に生えていて、巨大な根が縦横無尽に絡

まっている。

 辺りには動物や虫など一匹も見当たらず、異様な静けさに包まれている。

 これは夢か?

 頬を抓るが――――痛い。

 すぐそこにある地面に触れてみる。

 夢でしかこんなことはありえないと思う……でも、この質感、頬を抓っても痛いだけ

という事実、これは……。

 現実、なのか……? 

 そんな馬鹿な。

 と、笑い飛ばすことが出来ない。

 それぐらい現実感がある。

 そもそも、もしも夢だったとして、今夢だと分かったなら起きようと思えば起きれる

はずだ。 

 だが、一向に覚める気配は無い。

 つまり、現実ということだ。

 それは分かった。でも。

 どうしても言いたくなってしまう。

 そんな馬鹿な、と。

 こんな異常直ぐには信じられない。

 だって、僕は今まで普通に――――――。

 

 ……あれ?

 僕は今まで、何をしてた?

 というか。

 何も、思い出せない……。

 いや、何もというのは語弊があるかもしれない。

 自分の名前とかは分かる。僕は夢河朝陽(ゆめかわあさひ)だ。

 そして年齢は十四歳、のはず。

 でも、ほとんどの事が思い出せない。

 今までどうやって生きてきたのかも。

 家族や知り合いのことも。

 あらゆることが記憶に無い。

 記憶喪失なんて、本当にあるのか。

 実際に起きたなんて聞いたことも無いぞ。

 いや、記憶が無いからわかんないけど。

 そんな気がしただけだ。

 でも。

 

 自分が記憶喪失だと今僕は自覚した。

 そして、最初にやってきた強烈な感情がある。

 それは、恐怖だ。

 記憶が無いということは、完全な孤独だということだ。

 これからどうすればいいのか。何を頼りにして生きていけばいいのか。

 それが分からない。

 怖い。こんなのは怖すぎる。

 動悸が激しくなって、息が荒くなっていく。

 僕はこんなにも臆病なのか。

 涙が出そうになる。

 でも、この怖さは体験しなければ分からない。

 まるで何も見えない深海に一人取り残されたような、そんな途方もない恐怖。

 僕は、どうすれば…………。

 

 ――――ふと。

 

 思考に生まれた。

 強く、優しく、かっこよく、在らなければ。

 その三箇条を守らなければいけないという思いが。

 

 理由なんて分からないけど、僕はそうしないといけないと、いや、そうしたいと思った。

 だったら、怯えている場合じゃない。

 無理にでも気を奮い立たせて、強く在らねば。

 恐怖に乱されていた息をなんとか落ち着かせて、立ち上がる。

 まずは、状況を理解しなければ。

 これからどうするかは、まず第一に情報を得なければ、何も分からない。  

 だから、この不思議な大木や草がある場所がどんな所なのか、帰れるのか、帰れたとしてその方法は。

 それらの事を確かめなければ。

 とりあえず、どの方角へ行けば良いかも分からないし、適当に方向を決めて歩いてみよう。

「よし……行くぞ……」

 自分を鼓舞するために呟いて、歩き出した。

 ――――――と同時に。

 

 

 爆音。

 木々がざわめき、大地が振動する程の、巨大な音。

 それが突然聞こえた。

「――っ! な、なんだ!?」

 今までの静けさからの、今の轟音だ。

 心臓が縮み上がるほど驚いて、音がした方向に振り向いた。

 けれど、大木たちに阻まれて、その向こうになにがあるのか見えない。

「……行ってみよう」

 あんな音が響いた所に行くなんて危険かもしれないし怖いけど、それでも今は状況を理解しなければならない。

 だから、怖かろうがなんだろうが行かなければ。

 強く、優しく、かっこよくだ。

 僕はその場所へ向けて、走り出した。

 

 

 

 

 ――――僕は、そこで本当の異常を目にした。

 さっきまで異常だと思っていたものは、まだまだ全然、可愛い方だった。

 そう思い知らされた。 

  それぐらい常軌を逸した光景だった。

 走り抜き、大木の海が晴れた先、そこには――。

 

 

 巨大な怪物と戦う少女達がいた。

 

 

 意味が分からない。

 信じられるかこんなもん。

 可笑しいだろ。あり得るかよ。

 いくらそんなことを思ったところで、今目の前で繰り広げられている現実は変わらない。

 動物的ではない前衛芸術のような姿をした、無機物の装置の様な巨大な怪物の姿も。

 それが、年端も行かない少女達に一切の容赦も慈悲も呵責も無く、殺す為の攻撃を仕掛けているのも。

 少女達も不思議で神秘的な衣装に身を包んで、常人ではありえない身体能力を発揮し、あんな強大な怪物達と渡り合えているのも。

 何も、変わらない。

 それでも直ぐに信じろというのは土台無理な話だった。

 当然だ。記憶が無いとはいえ、こんな常識はずれな事とは無縁に生きていたはずだから。

 ――だが。

 ――だけれど。

 ――それでも。

 強く、優しく、かっこよくだ。

 信じられなくとも即座に受け入れて、対処に当たらなければならない。

 異質な非日常に遭った時、適応力が無い者は直ぐに死ぬ。

 そんな知識が僕の中にはある。そう思った。

 ならば、僕はどうするべきか?

 

 

 ……安全な場所に逃げるか?

 

 

 そんな考えが一瞬過ぎった。だが、直ぐにその思考は捨てる。

 逃げるなんて論外だ。

 何故、僕はそう思った?

 いくら強く優しくかっこよく在りたいと思っていても、僕は根っからの臆病だ。

 そんな奴が、いきなりこんな状況に立たされて、死ぬかもしれないのに逃げるという一番安全な選択を捨てるなんて。

 正気の沙汰じゃない。

 なのになんで僕は。

 ……いや、理由は分かっている。

 

 ――――僕は、あの少女達を助けたいのだ。

 どうしても、守りたいのだ。

 それが何故なのかはわからない。

 けど、心の奥底からそんな欲求が止め処無く溢れて止まらない。

 だから、突き動かされるように少女達の下へ走り出した。

 

 

 ――何の力も無い一般人の僕が、そんな愚行をしてなんになる? 

 ――不思議な力を使う少女達の方が、僕より何倍も強い。

 ――僕が出て行ったところで、足手纏いどころかそれにすらなれず直ぐに殺されてしまうだろう。

 

 

 そんな思考が一瞬でぐるぐると回った。

 だけど。

 一般人? 僕に力が無い?   

 いや、『在る』。

 それが、僕にはわかる。

 だから僕は、助けられる!

 そこに向かって走っていると、気づいた。

 何故か、少女達の動きが止まっている。

 なんでだ?

 天辺にベルが在る怪物か、天秤のような姿の怪物か、泳ぎ回っている魚とも言えない様な姿をした怪物か。

 そのどいつかの能力か?

 考えている内に、ワイヤーの様な物を使う女の子がベルの付いた怪物へとそれを飛ばし、ベルにワイヤーを絡ませて動きを封じた。

 どうやらベルの怪物が、動きを止めていたらしい。

 これで少女達は動けるようになっただろう。

 だが、動けない内に隙が出来てしまっていた。

 既に攻撃に移っていた怪物がいたのだ。

 魚の様に、水が無い地面を潜行していた怪物だ。

 桜色をしたポニーテールの女の子に、強力な突進が襲い来る。

 拘束が解かれたばかりで、その子は今避けれる状況ではない。

 その光景が、スローモーションの様に僕の目に映った。

 ――――守らなければ!

 さあ、使えるはずだろう?

 僕には力があるんだ。

 だから今すぐ、引き出せ!

 

 

 ――――――瞬間。 

 

 

 体から力が溢れた。

 白く輝くマフラーが僕の首に現れ、翻る。

 両の瞳は黒から白銀に変わり、煌く。

 そして。

 全開に開いた左手を前に突き出し、右手を拳にして、拳の横から左手の平に打ちつける。

 両手を徐々に離れさせていく。

 すると、手の平と拳の間から、純白に輝く刃が現れていく。

 そうして僕は、勢い良く抜剣した。

 

 

  

 白銀(しろがね)(つるぎ)

 純白に輝く聖剣。 

 総てを祓う希望の象徴。

 そのどれともいえるような、最高峰の剣が手に収まっている。 

 

 強化された身体能力で、一っ跳びに桜色の女の子と魚の怪物の間に入る。

「……え?」

 ポニーテールの少女が後ろで小さな声を漏らす。

 魚の化け物に向けて、光り輝く一撃を放つ!

 刹那。

 化け物の頭部は、跡形も無く吹き飛んだ。

 それと同時に怪物の突撃が逸れ、僕の直ぐ横を頭部を失った化け物の身体が通過していく。

 倒した……か?

「もしかして神託にあった協力者!?」

 少し離れた所にいた、黄色い衣装に身を包んだ三つ編みをした女の子が声を上げた。

 神託? 協力者? 何の事だ?

 気にはなった、だけど、考えている暇は無かった。 

 何故か。

 魚の怪物が、生きていたからだ。

 頭部を失ったままの化け物が、こちらに向かって列車の様な突進を仕掛けてきた。

「傷が修復されてない!?」

 赤色の装束を着たツインテールの女の子が驚きを露わにする。

 だが、化け物の対応に追われた僕の耳にはほとんど入ってきていない。 

 桜色の女の子の後ろの方へ跳び、即座に化け物の前に躍り出て聖剣を振るう。

 今度は化け物の胴体が吹き飛び、外気に曝された体内に四角張ったコマの様な形をした謎の物体が見えた。

 瞬時に理解した。

 だってあからさま過ぎるだろう。

 体内はそれ以外には何も無く、空洞だ。

 一つだけ体内にある良く分からない何か。

 

 ――つまり、あれは奴の弱点だ。 

 

 化け物が離れていってしまう前に再度跳び、魚の怪物の胴体にしがみ付く。

 怪物は僕を振り落とそうと身を捩り、暴れる。

「ぐ……ぐお……」

 乱暴に振り回されすぎて、今上を向いているのか、下を向いているのか、横を向いているのか自分の位置が分からなくなる。

 三半規管が強引に揺さぶられる。

 頭がぐわんぐわんする。

 それでも、気力を振り絞り、振り落とされないように吹き飛んだ胴体の縁を片手で掴む。

 純白に光り輝く聖剣を振り上げる。

 

 ――そして勢いよく、その物体に向けて突き立てた。

 一瞬の間を置き。

 魚の化け物は、砂となって崩れ粒子の様に消えた。

「すごい……封印の儀なしで倒しちゃった……」

 桜色のポニーテールをした少女が呆然と呟いた。

 僕は地面に無造作に投げ出される。

「がっ……はあっ……」

 草地に叩きつけられた衝撃で、一瞬息が詰まる。

「はあ……はあ……っ」

 体を起こし、息を整える。

 倒せた……のか……。

 僕にも、脅威を振り払える力がある。

 そう思うと、悦びに身体が震えた。  

 僕は、僕は……。

 強く、なれた……のか。

 よし、このままバッタバッタと無双してかっこよく――――。

 

「危ないっ!」

 突然。

 そんな声が聞こえた。

 同時。

 風を切る音。

 振り向く。

 ――――巨大な超重量の天秤が、視界一杯に迫っていた。

 

「――っ!」

 間に合わ――――。

 それは、偶然だった。

 本当に偶然、振り向いた時に。

 天秤が迫り来ている方に、僕が右手に持っている剣があった。

 その偶然が、命を拾った。

 神の天秤だ。

 生身にそのまま当たっていたら、為す術もなく血袋へと成り果てていただろう。

 だが、力が入ってなかったとはいえ、光り輝く剣が間に入ったことで、多少は威力が軽減された。

 凄まじい衝撃が奔り、ゴムボールの様に吹き飛ばされる。

 気づいた時には、大樹の幹に激突していた。

 全身が痛い。

 耳からキーンという音がする。

 鉄錆(てつさび)の様な匂いと味が浸っている。

 直ぐには立ち上がれない。

 

 ――――――一歩間違えば、死んでいた。

 ほんの少し油断しただけで、死ぬかもしれなかった。

 これが、命を賭けて戦うという事。

 常に死の危険が付き纏う中、戦わなければならない。

 数秒後には死んでしまっているかもしれない恐怖に耐えながら、体を動かし続けなければいけない。 

 怖い。

 こんな事、僕みたいなガキのする事じゃない。

 最初の魚の奴だって、奇襲だったから簡単に倒せたに過ぎない。 

 分かってる。

 解ってる判ってる。

 ああ、ごちゃごちゃとうるさい。

 僕の思考はどうしてこうも弱気なんだ。

 強く優しくかっこよくって言っただろうが。

 僕みたいなガキのする事じゃないって、それを言ったらあの女の子達はどうなんだよ。

 僕なんかよりも、あの子達にそんな事させる方がよっぽど駄目で残酷じゃないか。

 こうしている間にも、女の子達はベルや天秤と戦っている。

 天秤の高速回転に、ベルの拘束に、翻弄されている。

 助けに行かないと。

 怪我か恐怖か、震えている体を無理やり立たせる。

 頭から目に流れてきた血を拭い取る。

 足を引き摺りながら歩きだす。

 あ――――。

 

 ベルの怪物、あの女の子達が倒してしまった。

 強いな。

 僕は、こんなにボロボロなのに。

 弱すぎるだろ。

 でも、天秤が残ってる。

 あぁ、視界が霞む。

 目を擦りながら前に進み続ける。

 ついに化け物と女の子達の元に辿り着く。

 天秤の高速回転はまだ破れていない。

「大丈夫!? ボロボロだよ……!?」

 隣から大きな声が聞こえる。

 桜色のポニーテールが踊るのが霞んだ視界に入った。

 ちょっと、頭がぼーっとする。

 血が流れた所為かな。

 止血してないし。

 天秤の高速回転による神域の暴風が吹きつける。

 あぁ、鬱陶しい。

 体もだるいし、イラつく。

 沸々と怒りが湧き上がってきて、激しい情動に突き動かされる。

 今すぐ黙らせてやる。

 風圧に耐えながら、超重天秤に近づく。

 耳に入る音が、ほとんど暴風の音だけになる。

 

「ちょっと! 危ないよ!」

「そうですよ! 戻ってきてください!」

「回転の対策を練ってからじゃないと、危険すぎます!」

 

 マフラーや服がバサバサとはためき、風の濁流に目を開けていられない。

 単なるはかりの分際で、この野郎!

 思いっきり聖剣をフルスイングした。

 ……一瞬、剣がさらに強く輝きを放った気がした。

 ガラスが割れる様な、ビルが倒壊した様なそんな轟音が響き渡った。

 豪風が止む。

 煩わしい回転と暴風は消えた。

 

「わあ!」

「うそっ……」

「今の内に封印の儀、行くわよ!」

「分かったわ!」

「わわわっ、えっとっ」

 

 僕は、やったよね?

 視界が上下から黒くなっていく。 

 意識が、途絶えた。

 

 

 

 

 笑う、陰。

 

 歓喜に笑う。

 

 舞台の始まりに、狂笑する。

 

 さあ、愚かで、可笑しく、真っ直ぐな、舞を見ようじゃないか。

 

 そして、悦楽を。



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二話 状況確認

 一話で書き忘れていましたが、時系列は、原作の四回目の樹海化、バーテックスが残り全体で攻めてきて満開をした話のところから、大きく変わって始まっています。



 

 

 

 ――――瓦礫、瓦礫、瓦礫。

 

 ――――もう、見飽きたな……。

 

 

 目が覚めた。

 それはもう、ばっちりと。

 体に痛みも、だるさも無い。

 僕、怪我してなかったっけ?

 意識を失うほどの。

 なんで怪我一つ無いんだろう?

 助けられた?

 いや、助けられたとしてこんなにすぐ直るわけが無い。

 それとも、あれから何日も経っている?

 分からない。

 今は考えても分からない。

 助けてくれた人がいるなら、後でその人に聞こう。

 それと、もう一つ。

 

 ここ、どこだ?

 いや、ここがどういう場所なのかは分かる。

 病院だ。

 全面、白い壁、天井、床。

 手入れが行き届いたベッド。

 そして病院特有の、なんだかあまり好きになれないにニオイ。

 だけど、どこの病院だ?

 記憶が無いからどこと言われてもわからないけど。

 だったら疑問に思う必要も無いか。

 意味の無い事を考えてしまった。

 ただ、何か考えていたかっただけだ。  

 記憶が無く、どこかも分からない所に放り出されたんだから。

 何かしら懸案事項だと思ったものを片っ端から思考していたかった。

 そうしないと余計なことを考えそうだったから。

 懸案事項ですらなかったけれど。

 もっと頭を巡らせるべき事が他にあるだろう。   

 たとえば、えっと。

 

 そうだ、あの女の子達は?

 記憶が無い状態でファーストコンタクトを取った人達だ。

 今縋れるのは彼女達しかいない。

 いや違う、待て。

 ここは病院なんだから、その先生に見てもらう方が良いだろ。

 見てもらえば記憶が元に戻るかもしれないし。

 

 ……でも。

 なんか。

 あの女の子たちの方が信用できる気がするなあ……。

 

 なんでだろう。

 記憶、か。

 本当に戻るのかなあ。

 なんというか、頭の中からすっぽり抜けているような。 

 どんな治療をしても、自分の中からは取り戻せないような感覚。

 そんな感じがする。

 だから、いくら頑張っても思い出せないんじゃ。

 という思考ばかりが占拠する。

 まあ、とりあえず。

 誰か人を探そう。

 

 行動の指針が決まり、ベッドから降りようとする。

 その時。

 奇妙な感覚。

 体の芯だけが浮いたかのような、不思議な現象。

 それが起きてからすぐに――。

 

『ん……? あれ……? どこここ?』

 

 女の子の声が聞こえた。

 可愛らしいが、男役も務まりそうだなあと思う声。

 この部屋には誰もいないはずだ。

 部屋の外からの声とは、聞こえる感じが違う。

 自分の内側から響いてくるように聞こえる。

 というかさっきの僕と同じ疑問を抱いているな、この子。

 そんな事より。

 

「誰だ? どこにいる?」

 この声の正体を突き止めないと。

『ん? 人がいるのか? て、体が動かせない!?』

 辺りを見回すが、やはり誰もいない。

 無機質な病室が広がっているだけだ。

『あれ? なんで視界が勝手に? アタシは何もしてないのに? 一体どうなっているんだ!?』

 こっちが聞きたいよ。 

 それにしても。

 体が動かせない。視界が勝手に動いた。

 そして、内側から響くような、普通に人の声を聞いたのとは、全く違う感覚。

 これは。

 

「これ、何本?」

 指を三本立てて、自分の目の前に翳して聞いてみる。

『え!? 三本……』

 やっぱり、そうか。

 これは、あれだな。

 そのまんま僕の中に居るな。

 

 なんでだよ。

 超速理解か。

 ……でも、現状で出た判断材料からして、後感覚的にそうとしか思えない。

 別に超速でもなんでもないだろ。

 まだ一応推測の域を出ないわけだし。

 というか適応力は大事だってゆってただろうが。

 適応できない者は終わる。

 とにかく理解した。

 

「君、僕の体の中にいる?」

 変な質問だな、とは思う。

 だが、今聞くべきことだ。

『体の中? どういうことだ?』

「だから、精神体的なものが僕の中に発現したのかなあって思ったんだけど。そしてその精神体が君」

 誇大妄想みたいだなあ。

 でも、感覚的にそんな感じなんだ。

『アタシが、精神体? そんな馬鹿なぁ』

 精神体ちゃんは、冗談でしょうといわんばかりの声音だ。

 まあ、確かにそんなこと言われてもすぐには信じられないだろうね。

 僕も全面的に信じているわけじゃないし。

 でも、証拠を見せ付けられれば、別だ。

 

「そういうだろうと思ったから、多分そうであろう証拠を見せるよ」

『証拠?』

「うん。見ててね。というかさっきも見せたと思うけど」

 またもや右手を目の前に翳す。

「この今見えてると思う手、僕の手なんだよ」

『え!? そうなの!? 確かに自分で身体が動かせないけど……』

「さらに、ほら」

 病室の中を歩き回る。

「今歩いてるのも僕、そして」

 窓の前に立ち止まり、開け放ち、外を見回す。

「今窓を開けてこんな行動をしているのも、僕だ」

『まさか、本当に……』

 ほとんど信じ始めているな。極めつけは。

「それに、僕の声も近すぎるぐらいに聞こえないか?」

 声の聞こえる感覚も、僕と似たようなものなんじゃないかと思った、だからこれが一番効くだろう。

『確かに、いわれてみれば……』 

 うんうん、納得してくれたようだね。

 納得してくれたとか思っちゃったけど、僕も完全に納得してるわけじゃない。

「わかってくれた?」

 最後に確認してみる。

『うん……まあ、一応は分かったよ』

 よし、これで現状認識をとりあえずは一つ終えたとして。

 

「それで、君は誰なの?」

『アタシ? アタシは、三ノ輪銀だけど(みのわぎん)……あ! そういえば須美と園子は!?』

 スミ? ソノコ? 誰だ?

『こんな自体だから色々頭からすっぽ抜けてたけど、あの二人は無事なのか? アンタは知らないか?』

「いや、知らないけど……」

 おいおい、ちょっと勝手に話を進めないでくれよ。

『そうか、なら探さないと。てっ、身体が動かないんだった! おい! アンタ、ちょっと協力してよ! 友達が危険かもしれないんだ!』

 友達が危険って、待ってくれよ。急にそんなこと言われても大混乱だよ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな事言われても、ここがどこなのかも分からないのに」 

『いいから頼むよ! お願いだから!』

「うっ……」

 

 さっきから変な状況にテンパって普通に話していたけど、僕は本来人と話すのがあまり得意ではない。

 特に女の子とは事務的なことでしか話したことが無いほど、接するのが苦手だ。 

 いや知らないけど。記憶ないし。

 でもそんな気がしただけだ。さっきと同じだ。

 記憶の消失具合が曖昧すぎる。

 

 とにかく、先までの普通は、本当に緊張しすぎて、適当に言葉を発してしまっていただけだった。

 それがだ。

 そんな奴が、女の子から強い感情をぶつけられたら、どう対処していいか分からない。

 焦る、すごく焦る。

 ましてや、頼み事だ。懇願されてしまった。

 僕はどうすればいいんだ。

 

 ――いや、どうすればいいんだじゃねえよ。

 強く、優しく、かっこよく、だろ?

 何をうろたえているんだ。

 僕は臆する心を押し殺し、強く在ろうと冷静になるべく、呼吸を落ち着ける。

「とりあえず、落ち着いて。三ノ輪さんの友達のことも視野に入れて、今後の方針を決めよう」

 自分にも言い聞かせるように、言葉を吐き出す。

『あっ――――』

 三ノ輪さんは一瞬、呆けた様な声を出して。 

『う、うん。ごめん。取り乱して……』

 落ち着きを取り戻したようで、申し訳なさそうな声音と態度だ。

 そんな風にされると逆に僕の方が申し訳ない。

 その罪悪感が僕の精神を攻撃してくる。

 胸が苦しい。罪悪感は苦しい。こんなちょっとしたものでも、変わりはない。

 心を押し殺せ。

 平常心だ。平常心。

 この程度で乱されていたら、この先やっていけないぞ。

 僕は弱い。

 けど、少なくとも性格は普通のはずだ。

 これぐらい普通に対応しなければ。

 強く、優しく、かっこよく。

「いや、いいよ。それよりこれからどうするか――――」

 

 ガチャッ。

 急に。

 僕の後ろにある、この病室のドアが開く音がした。

 驚いてビクンッ、と少し身体が跳ねた。  

 すぐさま振り返る。

 すると。

 開いたドアの前、廊下に出て直ぐの所に。

 不気味な仮面を被った、着物のような白を基調とした装束を着た人が立っていた。

 

「え……?」

 無意識に掠れた声が漏れた。

 なんで……。

 ここは病院だぞ?

 それなのに何故、こんな格好をした人間が居る?

 薄ら寒い恐怖心を感じる容姿だと思った。

 だけど、その途轍もなく宗教臭い姿に、恐怖よりも先に、嫌悪感が湧き上がった。

 僕は記憶がなくなる前、宗教が嫌いだったのか?

 そう思うぐらいの嫌悪感だった。

 

 

 死ねばいいのに、死ねばいいのに。

 何が神だよ。

 糞が。

 

        

 ――はっ、僕は何を。

 負の感情が無意識に噴き出してしまった。

 やっぱり、僕の失った記憶に――――

 

大赦(たいしゃ)の人!』

 三ノ輪さんの声に思考がさえぎられた。

「え?」

 思わず声が漏れる。

 三ノ輪さんはこの奇妙な人を知っているのか?

「ああ、起きられましたか。私はあなたを保護した大赦という組織の一員です。事情をお話したいので、まずはゆっくり話せる場所に移動しましょう」

 年嵩(としかさ)の男性の声が、仮面の中から聞こえた。

 

 

 

 

 場所は移り、今、談話室のような部屋にいる。

 透明なテーブルの両側に三人は座れそうなソファーが対にあり、僕が座っている対面のソファーに白い仮面の男性は座っている。

 こんな怪しい人に付いて来たのには、訳が在る。

 それしか選択肢が無かったからだ。

 まず僕には、記憶がほとんど無い。

 そして、何も分からないから、情報が必要だ。

 たとえ異様な格好をした人でも、事情を詳しく知っていそうなら、(わら)にでも縋りたい気持ちだ。

 逃げたとしても、何も分からなくて路頭に迷うだけだろうからね。

 三ノ輪さんから情報を得るという手も在ったけど、仮面の人は事情を深く知っているような言動をしていた。

 だから、この人から聞いた方がより多くのことを知れると思った。

 故に、話を聞くために付いて行くしかなかった。

 あと、三ノ輪さんの声は、どうやらこの仮面の人には聞こえないようだった。

 なので、三ノ輪さんは今黙っている。

 

 思想に耽っていると、別の、また仮面を被って白装束を来た人が、僕と、対面に座る仮面の男性の前にそれぞれお茶を置く。 

「あ、どうも……」

 一応礼儀なので、言っておく。

 お茶を置いた人は、一度礼をして、部屋を出て行った。

「では、よろしいですか?」

 対面の人が話を始めようと、少ししわがれた声で聞いてきた。

「あ、はい」

 少し緊張しながら答える。

 仮面の男が居住まいを正し、説明を始める。

「数日前、神樹様から信託があったのです。協力者が来ると。そしてその人を保護し、庇護せよと。その協力者が、あなたです」

「ちょ、ちょっと待ってください。シンジュサマってなんですか? 協力とかも、僕は聞いてませんよ」

 いきなりわけの分からないことを言われて、困惑してしまう。

 まあ、あんな怪物がいる時点で十分わけが分からないんだけど。

 でもそんな事一気に言われても、わからない。

「え? 神樹様を知らない? まさか。ありえないでしょう」

 仮面の男性はまるで知ってて当然の事のような反応を示した。

 誠に遺憾である。

『え? 君、神樹様知らないの? それはさすがに嘘だろ』 

 三ノ輪さんも同じような事を言う。

 え……? 常識なの? まじで?

 僕は常識の無い人間?

 あ、でも。

 

「僕、記憶が無いんです……。なので、知らないんじゃないかと……」

 そうだ、僕は記憶が無いんだ。知らなくて当然だ。

『え!? 本当なのか、それは!』

「……そう、なんですか……? ふむ、それは困りましたね……」

 仮面の男と三ノ輪さんが驚く。

 そういえば三ノ輪さんにも話していなかったな。

 仮面の男は、仮面の下の顎に手を当て、何事か思案している。

 その間に、三ノ輪さんが僕に要求する。 

『あ、君のことも驚いたけど、それより、まず須美と園子の事を聞いてみてくれよ』

 記憶喪失なんて大事を聞いたばかりなのに、友達のことを急かしてきた。

 三ノ輪さんは何事に置いても、その二人が優先らしい。   

 よっぽど友達が大切なんだな。

 まあ、強く優しくかっこよくだからな。

 三ノ輪さんのその想いは尊重しよう。

 

「わかった」

 仮面の人に聞こえないように、小声で三ノ輪さんに答える。

『ありがとう、恩に着る』

 その言葉に一つ小さく頷いてから、対面の仮面を見ながら聞く。

 よく見て気づいたが、白い仮面には大樹の様な絵が描かれている。

 

 

「あの、須美さんと園子さんって人のこと、知りませんか?」

 

 

 その言葉を発した、瞬間――。

 空気が、変わった気がした。

 凍った様に、部屋が異様な静寂に包まれた。

 そんな気がしたんだ。

 

 

 ――気がしただけ……だと思うけど。

 最初からこの部屋は僕と仮面の男性(と三ノ輪さん)だけだったんだから。

 途中お茶を置いてくれた人は居たけれど、それも一時的に少し居ただけだ。

 だから、元からこの部屋は静かだった。

 空気が変わったなんて、気のせいだ、きっと。

 

「……何故……その名を? 記憶喪失と言っていましたよね?」

 仮面の男は、真意を窺うような声音で聞いてきた。

 あ、そうじゃん。この質問は少しまずかったか?

 僕は記憶喪失だ、だから、記憶が無くて知っているはずが無いことを聞いたら怪しまれるに決まっている。

 そして怪しまれたら、聞いた理由を話さなければ教えてくれる訳が無い。

 理由を話すには、三ノ輪さんの事を話さなければならない。

 こんな仮面を付けた、対応が丁寧とはいえ、まだまだ信用ならない人に、三ノ輪さんの事を、つまり重要な情報を(さら)していいのか、という事に帰結してしまう。

 いや、でも捻って聞くことも出来ないし。しょうがなかったかな。        

 もう聞いてしまったものは仕方がない。この先の対応を考えよう。

 といっても、僕はそこまで頭が良い訳ではない。

 腹の探り合いなんて高等技術は僕には土台不可能な話だ。

 精神的にも、能力的にも。

 断言できるね。

 だから、もう直球に行こうと思う。

 嘘とかついて、後でばれても厄介だしね。

 その前に、三ノ輪さんに確認を取ってからだ。

 また小声で、尋ねる。

 

「ねえ、このままじゃ話が進まないから、三ノ輪さんの事、話しちゃってもいいかな?」

『え? うん。いいよ、別に』

 あ、良いんだ。

 あっさり承諾されてしまった。

 なんか少し拍子抜けである。

 ここまで簡単に言うんなら、この仮面の人はあまり警戒しなくてもいい人なのかな。

 先にも病室で、仮面を被っている人を知っているような事を三ノ輪さんは言っていたし。

 警戒レベルを下げてもいいのだろうか。

 まだ、分からないけれど。

 とりあえず、まずは聞こう。

「実は、三ノ輪銀さんって人の声が、僕の中から聞こえるんです。その人が、二人の事を聞いてと頼んできたので」

 自分でも頓珍漢(とんちんかん)な事を言っているのは自覚しているが、他にどう言えば良いというのだろう。

 

「……!? 三ノ輪、銀、と仰いましたか……?」

 何故か、仮面の男は動揺し、名前を再度確認してきた。

「名前、合ってるよね……?」

 声を潜めて三ノ輪さんに聞く。

 一回しか名前を聞いてないし、間違えてないか少し不安になったからだ。

『う、うん。合ってるけど……』

 三ノ輪さんも仮面の男の反応を不思議に思ったのか、上の空気味の返事だ。

「はい。三ノ輪銀さんです」

「そう、ですか……。声が聞こえるというのは、確かなことですかな? 気のせいではなく?」

「確かに聞こえます。存在していると実感できるぐらいに。気のせいや幻聴では済まないレベルです」

 真摯な目と声を意識して言う。

 三ノ輪さんは、確かにここにいる。それを心の底から確信できる。

 仮面の人はまたしばらく思案した後、答えた。

 

「………………分かりました。信じましょう。それで、鷲尾須美(わしおすみ)さんと乃木園子(のぎそのこ)さんの事を聞きたいんでしたね……?」

 あ……フルネームは知らないや。

「二人のフルネーム、それで合ってるよね?」

 またもや小声で三ノ輪さんに尋ねる。

『うん。合ってるよ』

 確認を取って、仮面の男性に向き直る。

「はい。そうです」

「ふうむ。それで、聞いたらどうしたいと?」

 三ノ輪さんに聞いてみてくれって事かな。

「その後どうするの?」

『もちろん、会いたいに決まってる』

「会いたいと言っています」

「……………………」

 

 仮面の男は腕を組んで、何事か長考している。 

 やがて考えが纏まったのか、話し出す。

「すみませんが、今会うことは、出来ないんですよ」

『なんで!?』

 三ノ輪さんが不満と怒りのこもった大きな声を出すが、仮面の男には聞こえない。

 

「それは、どうしてですか……?」

 僕が変わりに、聞いてみる。

「実は、二年前のバーテックス、あなたが戦った化け物の事ですね、その化け物との戦いで、乃木園子さんは今動ける状態ではなく、誰とも会わせる事は出来ない状況で、鷲尾須美さんは記憶を無くしていて、思い出させようとすると脳が危険な状態に陥る可能性があるので、鷲尾須美さんとして接する事は出来ないんですよ」

 

『な…………なんで……そんな……それに、二年前? どういう、ことなんだ……』

 三ノ輪さんが、とても信じられない事を聞いたように、当惑した声を出す。

 僕も三ノ輪さんの友達がそんな事になっていることに衝撃的ではあったし、同情心も抱きはしたけれど、結局は会った事も無い他人の話だ。情報として頭に入ったというだけで終わった。何も思わないというわけではないけれど。

 

「本当は、三ノ輪銀さんもその時の戦いで亡くなった筈なんですけどね……」

「『え!?』」

 見事に、僕達二人はハモった。

 今度は、僕にも実感としてくる衝撃発言だった。

 だって、今まで話していた相手の事だ。友達とまでは行かなくても、知り合いぐらいの仲にはなっているかもしれない人の事だ。

 三ノ輪さんが、二年前に亡くなっていた?

 だから、精神体のようにいるのか?

 だとして、何故僕の中に?

「まあ、その事についてはこちらで調べてみますよ」

「はあ……。そう、ですか……」

 まだ飲み込めてなくて、気の抜けた返事しか出来ない。 

 

『アタシが、死んでる……? 須美と園子も、そんなことになっていて…………あー! もう、わけわからん!』

 いろんな受け入れられない情報を詰め込まれすぎて、三ノ輪さんは混乱している。

「そういうことですので会わせる事は出来ません。鷲尾須美さんに会っても、昔の記憶に関する事には触れないで頂けると助かります」

「はい……わかりました」

「それで……何の話をしていたんでしたっけ…………ああ、そうだ、あなたの記憶が無いという話でしたね?」

「ああ、はい、そうです」

 三ノ輪さんの友達の話で、少し脱線していた。

 まあ、脱線といえるほど無駄な話ではなかったし、重要な事だったけれど。

「記憶が無いのでしたら、神樹様とか、とりあえず重要な事を色々と教えておきますね」

「お願いします」

 

 

 

 

 ――――――仮面の人との話は終わり、今は夕日が照らす道を、車の後部座席の窓越しにぼーっと眺めている。

 この車は仮面の人の組織――大赦が出してくれたものだ。

 今運転してる人はさっきまで話していた人とは別の人だ。仮面をしているから見た目だけじゃ違う人なのかすぐには判断が付かないけれど。

 先刻に教えられた色々な事を、頭の中で整理する。

 

 まず、四国以外の世界は、昔発生したウイルスによって人が住める場所ではなくなっているらしい。

 そして、神樹様とはこの世界――四国を、結界を貼って守り、資源の恵みを与えてくれている神様らしい。

 でも僕は神というのが何故かどうにも(しゃく)に障るので、この事はあまり興味が無い。

 まあ、情報は重要だけども。

 

 次に、バーテックス。あの無機質な怪物の事だ。

 バーテックス達は、結界の外に蔓延(まんえん)したウイルスから生まれ、人間を滅ぼそうと、やってくるらしい。

 人間を滅ぼしに来る巨大な怪物、ウルトラマンでも呼べよと言いたくなった。

 そして、結界を張って人間を守っている神樹様を殺してから、人を蹂躙しようとしているらしい。

 バーテックスは、それぞれ十二星座の名前を(かん)していて、そのまんま十二体いるらしい。

 

 乙女座のヴァルゴ・バーテックス。

 蟹座のキャンサー・バーテックス。

 蠍座のスコーピオ・バーテックス。

 射手座のサジタリウス・バーテックス。

 山羊座のカプリコーン・バーテックス。

 天秤座のリブラ・バーテックス。

 魚座のピスケス・バーテックス。

 牡牛座のタウラス・バーテックス。

 牡羊座のアリエス・バーテックス。

 水瓶座のアクエリアス・バーテックス。

 双子座のジェミニ・バーテックス。

 獅子座のレオ・バーテックス。

 という感じになっている。

 

 もうすでに僕が来る前に、ヴァルゴとキャンサーとスコーピオとサジタリウスと、そしてカプリコーンは倒したらしい。

 僕が来たときに倒したのは、タウラスとピスケスとリブラだと言っていた。

 つまり、後は四体だけだという。

 というか、さっきから僕、らしいばっかだな。全部聞いただけの話だから仕方ないけど。

 でも、らしいばっかで信用して良いのか? 

 与えられた情報を全て鵜呑(うの)みにするのは、馬鹿のすることだ。

 話半分に信じといた方がいいかな。

 それで自分でも見て、考えて、判断していこう。

 

 まあ、それで、そのバーテックスと戦えるのが、あの女の子達――勇者だけらしい。

 鷲尾須美さんと乃木園子さんは先代の勇者で、それでバーテックスと戦っていたという事だ。その二人と親しい友達だという事は、三ノ輪さんも勇者だったのかな。

 バーテックスは、通常の兵器では掠り傷一つ付ける事は出来ないといっていた。

 神樹の、神の力を借りた、借りれるあの子達じゃなければ倒せないと。

 勇者システムというのを、使っているらしい。

 そして僕は何故か戦える。協力者だと、神樹から神託とやらがあったから、奴らを倒す協力をしてくれと言われた。

 その代わりに、学校にも席はすでに用意してあり、生活の支援もしてくれるみたいだ。 

 僕は――――記憶も無かったし、このままでは路頭に迷うだけだったから。それに、あの子達を助けたかった。

それだけが記憶の無い僕の、唯一のやりたい事だった。だから。

 すぐに、バーテックスを倒す協力をすることを、了承した。

 

 途中まで失念していた、何故僕はバーテックスとの戦いで大怪我を負ったのに無傷なのかということも、聞いていた。 

 戦い終わって直ぐは、大怪我を負ったままだったが、少しも経たないうちに、みるみると人間とは思えない速度で回復していったらしい。そう、まるで魔法のように。

 これに関しては大赦側も知らなくて、多分僕の能力か何かだろうと、言っていた。

 勇者システムも使っていないのに戦える事といい、僕に関してもわからない事はまだ多い。

 それも、追々(おいおい)情報を得ていくしかない。

 そうして話が終わった後、なんか、スマートフォンというPDAも渡された。スマホと略すらしい。

 PDAという種類はわかるのに、スマホというその種類の中の個はわからないのかと、いい加減な記憶の無さを訝しがられた。

 だけど、それは僕に言われてもしょうがない。だってPDAってわかっちゃたんだもん。

 これで、勇者の皆とチャットとかが出来るらしい。

 僕以外の勇者は、これを使って勇者システムを起動し、変身するようだ。

 そして僕は、結城友奈というあの戦っていた女の子の内の一人の家に、戦いが終わるまで住まわして貰う事になるみたいだ。

 なんでも、神託でそうしろとなっていたらしい。よくわからんな。

 

 三ノ輪さんは、かなり落ち込んでいる。

 それはそうだ。自分が本当は死んでいるはずで、友達も知らない間に大変な事になっていたんだから。

 あれから、ずっと黙ったままだ。    

 自分の中で整理をしているんだろうけど、まだ終わりはしないだろう。

 僕は、今は待つしかない。

 

 三ノ輪さんのことは、勇者の皆には話してもいいが一般人には秘密にした方が良いだろうと言われた。

 僕もそうしたほうが良いとは思っていたので、言われるまでも無かったが。

 ただ、記憶を失った鷲尾須美さん、今は東郷美森さんという名前らしいが、その人に記憶を刺激するような事は言わないで欲しいと頼まれた。脳に異常をきたすと言っていたから、そこは気をつけないと。

 すべてを信じるわけじゃないけれど、用心するに越した事はない。

 と、色々と先に話したことを考えていると。

 

 

 ――何か異様なものが、視界に写った。

 

 

 窓の外。ガードレールの向こう。

 そこにある田んぼの中ほどに、黒い塊が見える。

 なんだ、あれは?

 最初はカラスか何かかと思ったが、すぐに違うとわかった。

 それは、黒い(もや)のようだった。

 大きさはそれほどは無い。人と同じぐらいだ。

 ずっと見ていると、酷い苦しみや悲しみや憎しみとかが、じわじわとぶつけられている様な感覚に陥る。

 あれに対して恐怖と嫌悪感が湧き上がってくる。

 こんな事はカラスでは起こりえない。

 世界にとって害にしかならない存在。

 この世ならざる醜悪なもの。

 そうとしか思えない。

 僕はこれ以上あれを見たくなくて、目を逸らした。

 懸案事項が多すぎて、さらにこんな嫌なもの増やされても、今すぐ車を出て対処する気にもならなかった。

 それにあれには近づきたくない。怖い。

 僕は自分の周りに関する記憶が一切無い、それゆえに不安も尽きないしただでさえ怖いんだ。

 あんなのに構っていられる余裕は無い。

 

 そうしている内に、車は田んぼを通り過ぎた。

 あの黒い何かは、もう見えなくなった。

 強く、優しく、かっこよくなんて考えは、完全に頭から抜けていた。

 本当に、僕はなんなんだ。

 

 

 

 



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三話 結城家へ





 結城友奈さんの家に着いた。

 送ってくれた大赦の人に礼を言って、車から出る。

 大赦の人は、そのまま車を走らせて帰っていった。

 結城友奈さんとその家族には、もう話は通してあるらしい。

 だから僕一人でも大丈夫だそうだ。

 僕としては、付いて来て紹介してから帰って欲しかったけど。 

 まあ、しょうがない。

 門を通り、玄関の前に立つ。

 

 僅かに躊躇(ためら)った後、意を決してインターホンを押す。

 ピンポーンとインターホンで毎度おなじみの音が鳴る。

 少しして、中からバタバタと足音と「はいはーい」という声が聞こえる。

 ガチャッとドアが開けられ、一人の女の子が姿を現す。

 見た瞬間。最初は誰? と思ったが、すぐにわかった。

 桜色のポニーテールをしていた、あの女の子だ。

 聞こえた声と雰囲気でわかった。

 ということは、この子が結城友奈さんか。

 今は、変身していないからか少し短めの赤髪を、小さくポニーテールに結っている。

 元気さ(ただよ)う可愛らしい女の子といった風貌(ふうぼう)だ。

 

「どうも……」

「こんばんわ! もしかして、あなたが大赦の言っていた今日から家に来る人?」

「あ、はい。そうです……」

 

 ぼそぼそと、コミュ症の様な話し方になってしまう。

 だって、やっぱり緊張してしまう。

「私は結城友奈! あの時は、助けてくれてありがとう!」

 明るい笑顔で、そんな事を言ってくれる。

 やばい。顔が熱くなってしまう。

「いや……えっと……」

 どうした! 僕! 強く優しくかっこよくだろ!

 何度も言ってるだろうが! 忘れるな!

 そうやってまごまごしていると。

 

「あ、大丈夫! 焦らなくていいから!」

 もしかして、気遣ってくれたのか?

 話すのが旨くない事を察してくれた?

「ありがとう……」

 すぐに察してフォローしてくれるとか、優しくてありがたい。

「うん! とりあえず、家に入って」

 ぎこちない動きで頷く。

「お邪魔します……」

 靴を脱いで、家に上がる。

 脱いだ靴はちゃんと揃える。

 廊下を結城さん先導で歩いていたら、彼女が振り向いて。

 

「あ! そういえば、怪我は大丈夫? いっぱい血が出てたから心配だったんだ」

「え、だ、大丈夫です。このとおりに」

 腕や足をぶんぶんと動かしてみせる。

「それより、結城さんこそ大丈夫ですか?」

 あの時見た限りじゃ、怪我は大してしていなかったように見えたけど、やっぱり女の子があんな化け物と戦っていたんだから、心配にもなる。

「私? 私は大丈夫だよ。あと、友奈でいいよ。敬語もいらないよ」

 いいのか……。

 一応初対面のようなものなんだが。

 そこはあんまり気にしないフレンドリーな正確なのかな。

 馴れ馴れしいともいうけれど、彼女からはそういう感じはしない。

 なんだか、不思議な暖かさがあるんだ。

 

「それなら、友奈……これでいいかな?」

「うん! バッチシだよ!」

 そこで少し、何かを待っているような表情と雰囲気を友奈は出す。

 ん?

 どういうことだ?

 頭を必死に高速回転させ、その意味を考える。

 僕が分かっていないと思ったのか、友奈が口を開きかけた時、結論に至る。

 

「あ、僕、名前まだ教えていなかったね。ごめん……」

 ぎりぎりだった。0.何秒の攻防だった。

 友奈さんが言う前に言えたから良かったけれど。

 もう少しで心象を悪くしていたかもしれない、危なかった。

 友奈はそういうことあまり気にするとも思えないけれど。

 会ってまだ数分も経っていないのに何がわかるんだって話だけどな。

 なんとなくそう思っただけだ。

 

「ううん。いいよ」

「ありがとう。僕は、夢河朝陽(ゆめかわあさひ)っていうんだ」

「夢河、朝陽くん、か。素敵な名前だね!」

 うお……。

 そんな満面な笑顔で言われると、たとえ社交辞令だったとしても嬉しい。   

 自分の名前を褒められるのなんて、嬉しいけれどなんかくすぐったいな。

 顔がにやけそうになるのを堪えながら、言葉を返す。

「友奈だって、いい名前じゃないか」

「えへへ、そう? なんか照れくさいな……」

 頬を赤らめながら少し俯いて笑う友奈。

 かわいい。この子可愛いぞ! 

「じゃあ、これからよろしくね!」

 眩しい。(よう)の気が眩しいっ。

 この子なんでこんなに明るいの。

 とっても素敵やん。

 

「うん。よろしく……」

「親睦の印に、はい! これあげる!」

「……? なにこれ?」

「押し花だよ! かわいいでしょ!」

 押し、花……?

 その栞みたいな紙をまじまじと見る。

 どう見てもキノコです、本当にありがとうございました。

 いやいや、まてまて。

 押し花に、キノコ? おかしいだろ。

 嫌がらせ? いや、そんなはずは。

 そんな事するような子には見えないし。何かの間違いだ。

 ちょっと変わった趣味を持ってるのかな?

 まあ、でも。

 

「ありがとう」

 こんなに可愛い子からのプレゼントだ。大切にしよう。

「それじゃあ、お父さんとお母さんにも紹介しなくちゃだから、行こう!」

 僕はキノコ押し花をポケットにしまいながら、頷いた。

 

 

 

 

 友奈の両親とも挨拶し終わり、今は夕食を一緒に頂かせて貰っている。

 友奈のお父さんは、大柄で屈強な体をした物理的に強そうな人だ。

 お母さんの方は、柔らかく微笑んでいて、穏やかで優しそうな人だ。友奈の母親のはずなのに全然老けたようには見えない。友奈と年の離れた姉と言われても信じてしまいそうだ。

 他人の家でご飯を食べさせてもらうなんて、正直萎縮してしまうけれど。

 結城さん一家は暖かくて、少しずつ緊張も解けていった。

 記憶喪失については、あまり触れられなかった。

 大赦から僕の情報は聞いているはずだし、気を使ってくれたのだろう。 

 僕は、別に聞かれてもよかったんだけど、それでもありがたかった。

 記憶が無いのは不安だし、取り戻したいとは思ってるからね。

 ご飯はすごく美味かった。家庭の味がしたね。

 急に来てあまり歓迎されないんじゃないかと懸念していたけれど、それも杞憂(きゆう)だったな。

 みんな、いい人だった。

 と、日記みたいな事を言っているが、まだ夕食中だということを忘れてはならない。

 そして食べ終わりも間近という時に。

 

「ところで、夢河君。娘はやらんからな?」

「ぅっごほっ! えぐっごほっ! がっぐげほっ! げほっごほっがほっ!」

 正面に座るお父さんが、なんか変なことを言った。

 思わず盛大にむせちゃったよ。

「お父さん! 私達まだ会ったばかりだよ! 失礼なこといわないでっ!」

 僕の隣に座る友奈さんが、即座に反発する。

「あらあら」

 お母さんが微笑ましそうに、方頬に手を当てながら傍観している。  

 ちょっと、助けてくださいよ。

「朝陽くん、水飲んで?」

 友奈が、僕がむせたからか水を、少し心配そうな顔でわたしてきた。

 やはり元気なだけじゃなく気遣いの出来る人だ。

 こんな嫁さんが欲しいね。

 

「ありがとう……」

 ありがたく水を受け取り、一気に飲み干す。

 ふう……。何とか喉のむせた感覚は無くなった。

 食事を再開しようと、味噌汁を口に流し込んで直ぐ。お父さんがまた入らんことを言った。

「なんか今の、夫婦のやり取りみたいだったぞ。本当に絶対に娘はやらんからな!?」

「うっっげがっ、げはっ! ごふっ! げふっ!」

 味噌汁がっ! 気管にっ! 入っ――ごほっ! 

 あんたっ、娘さん好きすぎるだろう! 

 親バカにも程があるっ!

「お父さんっ!!」

 友奈が一喝を入れる。

「だって、友奈は……ぶつぶつ」

 お父さんが、娘さんに怒られてしょげている。 

「ふふふふ」

 お母さんは最後までにこにこしていた。

 むしろこの人が一番強そうだ。

 母は強しっていうしね。

『……アンタ変な咳の仕方するんだな』

 そうかな?

 

 

 

「ここが、朝陽くんの部屋だよ!」

 夕食が終わった後。

 僕は、今日から住む部屋へ案内されていた。

 元々客間だったところなんだとか。

 二階の、友奈の部屋の隣だ。

 部屋は八畳ほどか、綺麗に整っている。

 家具は、ベッドに机に棚に、一通り必要な物が揃っている。

 友奈の家に住むことといい、この部屋の用意のされ具合といい、こんなに急なのに直ぐにここまで用意できるなんて、大赦はいったいどれだけ巨大な組織なんだ。

 

「明日から一緒に学校だねっ。はいこれ、鞄に、教科書にノート、それから制服」

 友奈が、学校用具一式を渡してくる。

「……うん」

 さらに、学校の用意も万端すぎる。

 これは、神託で来るのが分かってたとか言っていたし、やっぱり事前に用意していたんだろうか。

 でも、僕が学校に通うなんて言う保障はどこにも無かったはずだ。

 いくらまだ中学生で、義務教育とはいえ、それでも行きたくないといって準備した物が全て無駄になる可能性もあったはずだ。

 ちなみに、勘違いしている人も多いが義務教育というのは学校に行く義務ではなく、保護者が学校に行かせる義務だ。

 無駄になっても大赦にとっては大した損失ではなかったのか?

 そもそも、来るのが中学生の男というのは分かっていたのか?

 協力者が来るという神託があったとしか言ってなかったが、それを額面どおりに受け取ったら、年齢も性別も分かってなかった事になるじゃないか。

 ただ簡易的に伝えただけかもしれないが。

 というか神託とか宗教臭くて嫌だなあ。

 本当にそんなもので知ったのか?

 疑念が湧いたらきりが無い。

 結局、大赦はまだ完全に信用する事はできない、巨大で怪しい組織という事だな。

 

「学校には勇者部のみんなもいるから、明日みんなに紹介するね!」

「勇者部?」

 なぜに勇者?

「うん! みんなのためになることを、勇んで実施するクラブ。それが讃州中学勇者部! あと、みんなを守るために戦う事も含めて」

 そうか。それで勇者か。友奈たちの勇敢に戦う姿は、まさにそうといえるだろう。

 そういえば、大赦の人と話した時、勇者とか勇者システムとか言っていたな。

 それだけが理由ではないようだけど。

 みんなのためになることを、勇んで実施する、か……。

 

 僕も、そう出来たらいいんだけどね。

「そうか、じゃあ、楽しみにしてるよ」

「うんっ、みんなすごく優しいから、すぐに仲良くなれるよっ!」

「ああ、それは知って――――――」

 

 今、僕は、なんて言おうとした?

 知ってる? そんなわけが無いだろう。僕はまだ話した事もないのに。

 目まぐるしく流れた一日に疲れて、適当な言葉を脳が吐き出しただけか。

 よくあるじゃないか、疲れてて対応がおざなりになっている時に、ああ、はいはいそれね、知ってる。とかいうやつ。

 多分そういうのだろう。

 だからといって、今は適当に対応していいところではない。

 反省しなければ。

 

「仲良くなれたら、いいんだけどね」

 僕なんかがそうそううまく仲良くなれるのかわからないし。

 そうなりたくはあるけどね。全力で。

 何故かは分からないけど守りたい人達だ、仲が良くなれたらそれは嬉しいだろう。 

 まあ、守りたい理由は失った記憶に関しているんだろうけど。

 それ以外に思いつく理由はないし。

 友奈とはもう仲良くなれたと思ってもいいんだろうか?

 本人に聞くのは怖くて出来ないな。

 元気印な女の子だし、悪い風には思ってないとは思うが。

「きっとなれるよ、だって、朝陽くんはみんなを助けてくれたもん」

 小さなポニーテールを揺らして微笑むその姿は、とっても可愛かった。

 

 

 

 








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四話 朝の出来事

 ――――伸ばされる手、手、手。

 

 ――――振り払い、無視し、視界から遮断する。

 

 ――――僕は、クズだ……。

 

 

 

 ――――ぉ――。

 

 ん……。

 

 ――お――ぃ。

 

 んん……。

 

 ――お~い。

 

 ううん……。

 

「起きろおおおおおおおお!!」

 

「うおあっ!」

 ガバッと布団ごと上体を起こし、跳ね起きる。

「な、なんだ……?」

 しょぼしょぼする目で、辺りを見回そうとする。

「…………」

 

 ――――目の前に、女の子の顔があった。

「うおあっ!」

 ビクッと体を痙攣(けいれん)させて、後ずさる。

 本日二度目のうおあっ! である。

「やっと起きた。他の人と会う前に色々と話しておかなきゃならない事があるんだ。だから悪いけど早めに起こさせてもらったよ」

「だれ…………?」

 その人は、見た事もない銀髪の女の子だった。  

 

 服は黒を基調としたフードや紐が赤いパーカーに、裾と襟に赤いラインが在る薄いピンクのシャツ、下は赤いショートパンツに生チョコのように薄いブラウン色のストッキング。可愛い。

 ここは結城さん家だ。なら友奈の姉か妹だろうか。でも、昨日全く会わなかったし。

 髪型は友奈と似ているが、ポニーテールの位置が下の方だし、ポニーテールというよりは(くく)っていると言った方が良いかもしれない。  

 

「だれとは酷いな。銀だよ、三ノ輪銀」

「は……?」

 え、三ノ輪さん? マジで? 

 僕の中にいたはずじゃ?

 寝起きな上にいきなりな事を言われて頭が追いつかない。  

 でも、確かに三ノ輪さんの声に似ているような……。

 似ているようなっていうかそのまんまなのか?

 今までは自分の内側から聞こえてくる感じだったから、普通に外から聞くと感覚的に違う声のように思えてしまう。

 昨日はあれから喋ってなかったけど、立ち直ったのかな……。

 

「本当に、三ノ輪さん? だとして、なんで出てこれてるの?」

「正真正銘の三ノ輪さん家の銀さんだよ。時間が経つにつれて、なんか自分に出来る事がわかってきたんだよ」

「出来る事って?」

「今やってるように姿を現したり、また消す事も可能。そしてほら、浮いたりなんて事もできる」

 三ノ輪さんが浮いている。

 床から三十センチほど浮いている。

「今こうやって姿を見せているけど、本当の肉体ではないんだ。それに君とは繋がったままだ。そっちもわかるだろ?」

 確かに、三ノ輪さんとはまだ『切れた』というような感じがしない。

「うん」

「そして、姿を消してる時は、また君の中に戻る感じになると思う」

 昨日までの状態と同じになるという事か。

「姿を現す事はできるけど、一定距離までしか君と離れることも出来ないみたいだね」

 つまり、ほとんど離れて行動する事は不可能ということか。

「ふむ、わかった。それで、話しておかなきゃならないことってそれだけ?」

「いや、それもあるんだけどさ。まだ君の名前を聞いてないと思ってね。アタシは名乗ったんだから教えてくれても良いだろ?」

 

 ああ、そういえばすっかり忘れていた。

 あの時は三ノ輪さんの名前を聞いた後すぐに色々とあったから、言いそびれてしまった。  

 友奈に名前を言った時には銀は考え込んでいて、聞いてなかったのだろう。

 相手の名前だけ聞いて自分だけ名乗ってないとか、酷く不躾なことをしてしまった。

「ごめん。すっかり忘れてた。僕は夢河朝陽。どう呼んでくれても構わないよ」

「そうか。じゃあよろしくなっ! 朝陽! アタシも三ノ輪さんなんて堅苦しく呼ばなくても銀でいいからな。これから一緒にやっていかなきゃならないんだし」

 昨日から女の子に下の名前で呼んでくれと連続で言われている。

 なんだ、春の到来か? これがモテ期ってやつか?

 違いますね、はい。

「わかった。それじゃあ銀。これからよろしく」

「おう! 色々あるけど頑張ろうな!」

 自然とお互いに手を出し、握手をした。

 

 

 

 

 スマホで時間を見ると、七時になっている。

 そろそろ友奈たちも起きだしてくる頃合かと思い、着替えようと思ったが、ここで問題発生だ。

 その問題とは――――着替えだ。

 

 昨日風呂に入るときは、完全に失念していたし、銀も考え込んでいた時だから大した問題も無くスルーしてしまったが。

 僕が着替えている時と、風呂に入る時、銀には見えているのだろうか。

 ちなみに風呂に入るときに寝巻きは受け取った。大赦が着替えも用意してくれたみたいだ。

「ねえ、今から着替えたいんだけど銀には見えちゃうのかな……?」

『ん? あ、あ~~、そうか。たぶん、大丈夫だと思うよ。目立った共有をしているのは視覚だけだから。感触までは伝わらないから、朝陽が自分の体とかを見さえしなければ、問題ないはず……』

 歯切れ悪く恥ずかしそうに返答してくる。

 やっぱり銀も女の子なんだな、と思うがそんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなってくる。

 銀はちょっと前にまた姿を消して僕の中に戻っている。 

「そう、じゃあ見ないように気をつけるよ。あ、銀は着替えとか必要ないのか?」

『まあこんな状態だから必要ないと思うよ。身体が汚れているような嫌な感じもしないしな。あと、多分食べ物は食べれるけど、食べなくても大丈夫だと思う』

 ふと気になって聞いてみたが、銀は精神体のようなものだろうから着替えも食事も必要ないんだろう。 

 危なっかしくもなんとか制服に着替え終えた僕は、部屋を出る。

 

 階段を下りて洗面所に向かう。

 洗面所に入り、鏡の前に立つと、自分の姿が視界に入る。

 黒灰色の制服に身を包んだ、僕の童顔な顔が鏡に映し出されている。

 その姿に、ほんの少し違和感を感じた。ような気がする……。

 

 気のせいだとは思うけれど。デジャブみたいな感じで。

 それはともかく。

 ブレザーの上も下も黒めの灰色で、全身ねずみ色だけれど、地味オブザ地味ーな制服だけれど。

 それでも、この制服はそれなりに気に入った。  

 ちょっとポーズをとってみる。イケてる学生っぽく。

『朝陽…………アタシがいること忘れてないか?』

 あ……………………。

 

「さ、歯ブラシ歯ブラシ……」

『ごまかすんなら何もいわないけど……」

 その冷たい声を無視して、歯ブラシと洗顔を終わらせた。

 

 

 

 

 リビングに入ると、友奈のお母さんとお父さんがいた。

 リビングと繋がったダイニングの方のテーブルに新聞を開きながら親父さんが座っていて。

 友奈ママは、ダイニングにあるキッチンで朝食を作っている。

 もうめんどくさいから、呼び名は友奈ママと友奈パパでいく。

 友奈ママが僕に気づいて振り向く。

 

「あら、起きたのね。おはよう」

「おはようございます」

 友奈パパも新聞から顔を上げる。

「おう、ちゃんと起きれるんだな。おはよう」

「おはおはおはざっすっ!」

「あ゛?」

「すみません! おはようございますっ!!」

 昨日のちょっとした仕返しもこめてふざけて返したが、即座に謝った。

 どうにもこの親バカな友奈パパはからかいたくなってしまう。

 お世話になる家の大黒柱(だいこくばしら)だし、それが無くても年上の他人だしあまり失礼な事はしないほうが良いとは思うが。

 まあ、ちょっとぐらいはいいんじゃないかな、うん。

 からかうのって楽しいからね、シカタナイネ。

 

「朝陽君は起きたのに、友奈はいつもどおりまだ起きないのね。悪いけど朝陽君、友奈を起こしにいってもらえる?」

「え、あ、はい。わかりました」

 反射的に返答してしまった、けど。

 友奈を、起こす? え? いいの?

 起こすためには部屋に入らなければならない。それも女の子の部屋に。

 僕が入ってもいいのか……? 友奈はまだ寝ている状態なのに……?

 まあ頼んできたぐらいなのだから良いんだろうけど。

 じゃあ、行こうか……。

 踵を返して直ぐ。

 

「おい…………」

 後ろから低い声が聞こえた。

「こいつを友奈の部屋に行かせるとはどういうことだ。襲ったりしたらどうする」

 デスヨネー。やっぱりそう来ますよねー。

「あら、朝陽君はそんなことしない子よ。ねー」

「あ、はい。そうですね」

「昨日あったばかりのやつの何が分かるんだよ……」

 それはごもっともだけども。

「はいはい、でもあなたもそろそろ娘離れしないと友奈から嫌われちゃうわよ?」

 友奈ママがやれやれといった感じに諭す。

「それは……いや、でも、しかし…………」

 友奈パパが唸っている所に。

「朝陽君、頼んだわよ?」

 意味ありげな視線を友奈ママが送ってくる。

 ――ああ、今の内に行けという事か。

 そそくさと部屋を出る。

「あ! こら!」

 後ろから友奈パパの声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。

 

  

 

 

 僕の借りている二階の部屋の隣、そこが友奈の部屋だ。

 その部屋の前に立ち、まずはノックする。

 コンコンッ。

「友奈、起きたか?」

 返事は無い。中から音も聞こえない。

 うん。これは完全に寝てるな。

「入るよー?」

 一応確認を取ってから、ドアノブを回す。

 鍵は掛かってなかった。

 会って間もない男が止まったっていうのに、無用心すぎるだろ……。

 まあ、それだけ信頼されたっていうなら嬉しいけどさ。

 そもそも中学生が襲う度胸なんて持っているわけが無いと言われたらもう何も言えないけど。

 それはともかく、開いたからには入る。

 入った瞬間、かいだ事の無い良い香りが鼻腔をくすぐった。

 これが、女の子の匂いというやつか……。

 安心する匂いだ。あと少し煩悩が刺激される。

 

『ヘンタイ……』

「え!? なんで!?」

 心の中を読めるなんて聞いた覚えは無いぞ!?

『いや、なんとなく、勘というか、朝陽の雰囲気でそう感じただけだけど……図星だったのか?』

「え? いやあ……あはは…………」

 女の勘って奴かな? 怖いなあ……。

 部屋の中は電気が消えていてカーテンが閉められているので、朝とはいえ薄暗い。

 ドアの横にあるスイッチを押して、電気を付ける。

 すると部屋の中がよく見えるようになった。

 八畳ほどの部屋には、女の子らしい小物やぬいぐるみがある。

 時計一つ取っても花の絵柄で、とてもかわいらしい。

 うお、バランスボールなんかもある。

 ただ、部屋の隅に異彩を放つ物が飾ってある。

 絵画でも飾るような一メートルぐらいの額縁に、押し花が入れられている。

 それは、名称はわからないがピンク色の花だったり、スペードみたいな形をした葉っぱだったりと様々だ。

 押し花が趣味なのかな? 僕もプレゼントされたし。

 あ、キノコのもある。よかった。やっぱり僕がキノコの押し花を貰ったのも、友奈が少し特殊な感性を持っていただけなんだな。

 受け取った押し花は今もポケットに入れられている。

 自分の事に関して全く記憶が無い状態で、始めてもらったプレゼントだ。やはり大事にしたい。

 

 少し前に進むと、ピンクのチェック柄のベッドから頭を出した友奈の姿が見えた。

 幸せそうな顔で眠っている。

 もう起きなきゃならない時間なんですけどね……ぐっすり寝すぎでしょ。

 起きるそぶりがまったく無い。こりゃ誰も起こさなかったら遅刻確定だな。

 

「起きて、友奈」

 ――反応なし。

「おーい、友奈ー」

 ――またまた反応なし。

「ゆーうーなー!」

 ――反応ないオブザ反応なし。

 うん。

 どうしよう。

 あ、そうだカーテン開けなきゃ。

 

 シャッと緑地に白い水玉のカーテンを全開にする。

 朝の陽光が部屋へと、友奈の顔へと降り注ぐ。

「ん、んう……」

 ちょっと唸って寝返りしたが、起きようとはしていない。

 もう揺すって起こした方が良いんじゃないですかね……。

 でも、女の子の体に許可無く触っていいんだろうか。  

      

「なあ、銀。これもう揺すって起こした方が良いよね?」

『まあ、そうだな』

 銀もこのままでは埒が明かないことはわかっているのだろう。すぐにゴーサインが出た。

「友奈ー! 早く起きないと遅刻するぞー!」

 野郎とは違って小さな肩を揺すりながら耳元でがなりたてる。

「んうぅ……なあにぃ……?」

 目をしょぼしょぼさせながら起きかけている。

「友奈、朝だ。起きて」

「ん~……わかったぁ……」

 そしてやっと起き上がった。

 もう大丈夫そうだな。

「じゃあ、僕は先に一階で待ってるから」

 そう言って、部屋を後にした。

 

 

 

 ダイニングに戻った。

「ありがとうね、朝陽君」

「いえ、お礼を言われるような事では無いですよ」

 友奈パパはふてくされていた。

 大人気ねえよあんた……。

 朝食はもう出来ていたが、友奈を待ちたいのでまだ食べないで置く。

 献立は食パンに目玉焼き、ソーセージ、サラダといった一般的なものだが、美味そうだ。

 でも友奈が来るまでは、コーヒーでも(すす)りながらテレビでも見ていよう。

 何気なく見たがとんでもないニュースが流れていた。

 

『昨夜、深夜十二時ごろに猟奇的な方法で殺害されたと見られる、男性の遺体が発見されました』

 

 事務的なニュースキャスターの声がテレビから吐き出されている。

 猟奇殺人……それだけならまだ、大して気にしなかっただろう。

 でも、それが起きたのはこの地域らしい。

 犯人もまだ捕まっていないようだ。

 自分のいる場所の目と鼻の先であった話で、まだ解決していない。

 気をつけないと。

 

 ――思考に、あの黒い影の事が過ぎった。

 ……まさか、ね。

 すぐに結び付けるのは早計だ。

 何でもかんでも関連付けるのは馬鹿のすることだ。

 愚かな行為なんだ。

 早計だ。

 早計だ。

 早計なんだ。

 

 思案に耽っていると、友奈がやってきた。

「おはよう!」

 もうすっかり目は覚めたようだ。元気に挨拶をしてくる。

「おはよう」

 そして一緒に、朝食を食べた。 

 

 

 

 



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五話 登校

 登校しようと家から出てすぐ、友奈が隣の家の前に立った。

「ここは東郷さんっていう私の大親友の家なんだっ。あの時一緒に戦っていた勇者の一人だよ」

『……!?』

 嬉々とした顔で説明してくる。

 そして銀が反応した気配。

 東郷さん? ああ、鷲尾須美(わしおすみ)さんだった人か……。

 銀が気にするのも頷ける。

 記憶は刺激しないようにしないといけないんだっけか。

「へえ、そうなんだ。それで、一緒に登校しようっていうこと?」

 家の前で立ち止まったっていうことは多分そうなんだろうと思って聞く。

「うん! そうだよっ。いつも二人で登校してたからね――朝陽くんはそれでもいい……?」

 こんなところでも友奈さんは気遣ってくれる。

 そこまで気にしなくても良いんだけどな。

「ああ、構わないよ。僕もその人とは会ってみたいし」

 銀の友達がどんな人か気になってもいた。

 戦っていた時はほとんど誰ともコミュニケーションなんて取れなかったし。

 まあ、友奈だけはすごく近くで見たから覚えていたけど。

「わかったよ、それじゃあ呼ぶね」

 安堵したように微笑み、友奈は敷地内に入って行き玄関扉の前でインターホンを押す。

 僕は敷地外の門の前で待っておく。

 なんか、僕まで一緒になって入って行くのは気が引けた。

 僕は本来人見知りなんだ。

 強く優しくかっこよく常に在ろうとはしているけども。

 門前でボーっとしていたら、友奈が車椅子を引いて戻って来た。

 その車椅子に乗っている人が東郷美森(とうごうみもり)さんなのだろう。

 足が動かないのにどうやって戦うのか一瞬疑問に思ったけど、変身すればどうとでもなるのだろう。

 現に、僕が戦いに割って入ったあの時に、東郷さんもいた筈だ。

 

「おまたせっ!」

「いや、問題ない」

 少し片手を上げて答える。

『…………!? やっぱり……須美だ……それに、あのリボンは……』

 愕然としたように銀が呟く。

「まだ出てこないでよ?」

 小声で銀に忠告する。

 ここは外だ。友奈と東郷さんは説明すればいいが、一般人にも見られかねない。

 友奈に銀の事はまだ言っていなかったが、後で一気に説明すればいいだろう。

『うん……わかってるよ……』

 ちゃんと返事はしてくれた。これで冷静さを欠いて無闇に出てくる事はないだろう。

 そして、東郷さんだが。

 

 一言で言えば清楚な黒髪美人だ。

 黒髪の長髪を、中ほどで水色のリボンで括っている。

 佇まいも丁寧な感じで、まさに大和撫子といった雰囲気だ。

 あと、なにがとは言わないが、でかい。うん、でかい。

 

「はじめまして。私は東郷美森といいます」

「あ、えっと、夢河朝陽です……」

「あの時は、強力してくれてありがとうございます」

「いえ……僕がやりたかったから……」

「でも、あんまり無茶はしちゃ駄目ですよ?」

「え、あ、はい……」

 やべえ……物腰柔らかな美人って話すの超緊張する……。

「これからも一緒に頑張って行きましょう――――ところで――」

 ん……? 雰囲気が変わったような?

「……友奈ちゃんと一緒に住んでいるというのは本当ですか?」

 

 笑顔なのに、なぜか寒気がする……。

 これは――殺気か!?

 東郷さんの後ろにどす黒いオーラが見える気がする。 

 漫画だったらゴゴゴゴゴという擬音が付いてそうなレベルだ。

 これ、絶対怒ってるよね……? 

 なんで……? 僕は何かしただろうか……。

 キョドった態度が気に入らなかったのだろうか。

 いや、友奈と住んでいるのかと聞きながら怒った。ということはそれが理由なのか?

 つまり、年頃の女の子の居る家に、他人の男が一緒に住むのはいかがなものかと言いたいのか。

 確かに、それはそのとおりなんだけど、僕からは何も出来ない。

 出て行くにしても行くところもないし、お金も無い。

 大赦の人に別の所に住まわせてもらうという手もあるかもしれないが、住む場所を提供してもらって、学校の用意までしてもらっておいて、そこからさらに何かを求めるなんて事は出来ない。

 考えてみると、まだ信用し切れていない組織とはいえ結構な借りを作ってしまっているな。

 とにかく、僕に怒られても結局改善は出来ない。

 そもそも僕の所為ではない。

 うん、僕は悪くない。

 そんな理論武装を固めてから。

 

「まあ、そうですけど、すいません……」

 結局ぼそぼそと謝る。

 弱いな僕! 

「いえいえ……別に謝る必要は無いですよ……?」

 黒いオーラ纏わせながらいわれても説得力がないんだけどな。 

「ちょっと、こちらまで来てくれませんか?」

 あ、寒気のするような殺気が消えた。

 さすがに少しばかり常識が無い事で、いつまでも怒ってるという訳は無いか。

 仕方がないという事情も分かってくれてるとは思うし、そういうことなのだろう。

 そう安心して、言われたとおりに近づく。 

 すると、友奈に聞こえないように耳元まで口を近づけられ。

 

「友奈ちゃんに変な事したら、絶対に許しませんからね?」

 

 ヒエッ……。

 怖いっ! この人怖いっ!

 これもう常識の欠如に憤ってるとかそういうのじゃないだろ!

 絶対に何か別の意味だろ!

 やっぱり言動からして、友奈のことが好きすぎるが故なのかな。

 その友情は素晴らしいけど、僕に怒らないで欲しい。

「さ、学校に行きましょう」

 また一転して笑顔で東郷さんは言う。

 今度は普通に可愛い笑顔だ。

「あ、はい……」 

「……? それじゃあ三人でしゅっぱつっ」

 友奈は僕らの様子を不思議がっていたが、自分が気にする事ではないと思ったのか、そのまま元気に喋った。

 

 

 

 

 友奈が東郷さんの車椅子を引き、並んで登校する。

 男の僕が手ぶらで女の子の友奈が車椅子を押しているのもあれかなと思い、僕がやると申し出てみたが、ここは私の特等席だから誰にも譲れないよと言われてしまったので、僕は引き下がるしかなかった。

 

「友奈、東郷さん、ここら辺で昨日猟奇殺人があってまだ犯人捕まってないみたいだから、気をつけたほうが良いよ」

「え、そうなの!? 怖いなあ……早く解決するといいね」

「私も朝のニュースで見ました。最初はバーテックスとの戦いの影響かと思いましたが、バーテックスの影響による被害は事故や地震という風に現れるはずなので、明確な殺人という現象で起きた事は無いはずですから、本当に殺人事件なのでしょうね。なにはともあれ、友奈ちゃんに危険が及ばないように、早く捕まって欲しいですね」

「うん。そうだね……」

 バーテックスの被害は、事故や地震で起きるんだな。

 

 ――地震。

 なんか、その単語を聞いた瞬間、もやもやした。

 失った記憶に、関係しているのか?

 でも、記憶が無いので分かるはずもなく、すぐに思考の隅に追いやった。

   

 それにしても、猟奇事件だ。

 学校も、何かしらの対処をしてくれるといいんだけど。

 朝に出たばかりの情報なら、すぐに対処するのは難しいだろう。

 今日行ったら何か言われるとは思うけど。

 休校まではいかなかったとしても、帰る時間が早まったり、複数人で行動するようにとか言って来る可能性は高い。

 まあ、そのうち警察が何とかするよね。

 友奈たちに危険が無い内に終わって欲しいもんだよ。

 ただでさえ、というか人間間(にんげんかん)の殺人なんかよりよっぽど危険な状況に曝されてるんだから。

 さらに危険な事があるなんて御免だ。

 友奈たちには、楽しく生きて欲しい。

 そのための障害は、僕が排除しないと。

 強くならないとな。

 皆を守るために、もっと強く。

 

 

   

 数分間そのまま歩いていたら、なぜか泣いている小さな女の子が道端で立ち尽くしていた。

 年は幼稚園に入るか入らないかぐらいだろう。 

 

 ――僕はさっき、強くならなければと思った。

 それに常に、強く、優しく、かっこよくありたいと考えている。

 最近、それを忘れがちになっているが、無理やりにでもそう在らなければいけない。

 だからその三箇条を信念に、いつも念頭に置いて物事を考えねば。

 つまり、何を言いたいのかというと。

 あの女の子を、助けたい。

 そういうことだ。

 

 強く優しくかっこよくと頭の中で何回も繰り返しながら、女の子の元へと近づく。

「ん? 朝陽くんどこ行くの?」

 友奈が、突然道を外れて放れて行く僕に聞いてきた。

「ちょっとそこに泣いてる女の子がいるから、助けに行こうかと」

「え!? どこ!?」

「あそこに」

 道端で泣きじゃくる女の子を手で示す。 

「ほんとだ! じゃあ助けないと!」

「そうですね。あのままにはしておけません」

 二人とも一緒に助けようとしてくれる。

 僕は、強くなるために一人でやろうと思っていたんだけれど。

 でも、二人の気持ちを無碍(むげ)には出来ない。

 一緒にやれるなら、一緒にやるべきだ。

 

「うん、じゃあ行こう」

「うんっ!」

「了解です」

 そうして三人で、迷子だったという女の子を親の元へ送り届けた。

 

 

 

 

 なんとか女の子を助けたはいいけれど、遅刻ギリギリだ。

 急いでいかないと。

 そう思っていた矢先、また困っている人を見つけてしまった。

 信念に基づき、再度助けたはいいけれど、それからさらに困っている人に出会ってしまった。 

 さらにその次も、次も。

 

 なぜだ。

 おかしい。 

 こうも連続でトラブルにみまわれるなんて。

 

 今日はたまたま運が悪かっただけか?

 それともこの地域は困る人が多いのか?

 いや、困る人が多い地域ってなんだよ。

 それぞれ困ってる案件は別だったしそれは関係ないだろ。

 とにかくこれは完全に遅刻だな。  

 遅刻するぐらいなら放って置けばよかったかな……。   

 でも、三箇条を念頭に置いてなきゃ信念が疎かになっちゃうし。

 それに友奈と東郷さんも困ってる人達を放っておく事はしなかった。

 勇者部として、見過ごす事は出来ないとか。

 なので僕だけ先に行くのもなんかなあ、とも思って。

 結局全員遅刻する事になった。

 

 全部終わらせて、友奈は東郷さんの車椅子を押しながら学校まで三人で走っているところに、銀が。

『もしかして、アタシのトラブル体質が移っちゃったのかな……』

「え!? マジ!?」

 そんなのがあるのか。

『うん。マジだと思う。アタシも前はこれぐらい日常茶飯事だったから』

「おいおい……これがチャメシインシデントかよ。頻繁にこんな事起こってたら僕の身が持たないよ」 

 げんなりする。

 あと、僕の何気ないネタ発言もスルーされてさらに一段げんなりする。

 ちょっと。一言くらい突っ込んでくれたっていいじゃないか。

 チャメシインシデントってなんだよ! って。

 まあいいや。

 そうして初日から遅刻してしまったが、なんとか讃州中学に着いた。

 

 



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六話 学校

 友奈たちとは同じクラスになった。中学二年だ。

 これは助かった。知ってる人が居るのと居ないのとでは、天と地ほどの差があるからね。

 大赦の計らいなんだろうけど。

 席は窓際の一番後ろで、友奈と東郷さんの席とは離れてしまっているけど。

 当然のごとく教師には大目玉をっくらってしまった。

 そりゃあ初日から盛大に遅刻すればそうなる。

 それはしょうがない。

 だけど、一つだけ、いや二つ、気に食わない事がこの学校にあった。

 

 ――それは、二時間目の授業が始まる時だった。

 一時間目の授業は遅刻したのでほとんど受けていない。 

 起立、礼、とクラスの委員長か誰かが始めの号令をする。

 ここまではよかった。だが――

 

「神樹様に、拝」

 

 なんて、わけのわからないことを言ったのである。

 それになんの異も唱えるものも無く、僕以外の全員が手を合わせて頭を下げた。

 今まで気に留めていなかったが、そこで始めて黒板の上の天井近くに、神棚があるのに気がついた。

 

 ……なんだよ、それ。

 自分でもどこから来るのかわからない怒りが湧き上がった。

 なんで、神なんか、あんなものを敬うんだよ。

 でも、ここで怒ってもしょうがない事は分かっている。

 ただでさえ大遅刻をしたんだ。これ以上問題を起こす事はできない。

 だから、黙って憤りを押し殺していたんだけど……。

 

 そこでもう一つの気に入らない事だ。

 授業の科目の一つに、神道なんてものがあったのだ。

 いやもうね、神に侵食されすぎでしょって思ったね。

 どんだけだよ。

 まあ、確かに、その神樹とやらの恩恵で人はやって行けてるんだろうけどさあ…………。

 でも、なあ……。

 とりあえずその授業は適当に聞き流した。

 

 ――とまあ気に入らないところはあったが、概ね悪くは無かった。

 友奈たちもいるし、クラスメイトもいい人が多かった。

 だから、特に不自由なく学校生活は送れたといって良いだろう。

 

 ――ああ、そうそう、二時間目が終わった休み時間に、新たな勇者部の人と話したんだった。

 友奈と東郷さんと同じクラス、つまり僕が入ったクラスにもう一人いたという事だ。

 結構強気な人だったな。具体的には――――

 

 

 

「私は三好夏凜(みよしかりん)よ。アンタが協力者ね」

「あ、はい」

 

 授業が終わってすぐに、僕の席までスタスタと歩いてきて、三好さんがそう言った。

 協力者という単語を放った事から、この子も勇者部の部員だとわかる。

 色素が薄めの黒髪にツインテールで、おでこが出ていて、勝ち気な瞳をしている女の子だ。

 

「僕は夢河朝陽です。よろしく、三好さん」

 急に話しかけられてビビったが、冷静にそう答える。

「夢河ね、わかったわ。先に言っとくけどね、アンタの協力なんてなくても私たちだけで倒せてたんだからね!」

「お、おう」

 なんだ急に。

 ヤンキーかな?

 いきなりそんな事言われてもどうしたら良いか分からない。

 僕が戸惑っていると。

「それに、アンタは強力な力は持っているけど、戦い方は全っ然なってないわ」

「どういうこと?」

「戦い方がトーシロだって言ってんの!」

「はあ」

 なぜに業界用語。

「そんなんじゃいくら強い力を持っていても、いつかやられてしまうわよ。精霊もいないみたいだし」

 

 ふむ。

 一考の余地があるな。

 確かに僕は、戦闘経験なんて無い。記憶が無いから以前戦闘をした事があるかもしれないが、それだったら身体が動きを覚えているとかそういうのがあるはずだ。

 自転車の乗り方と同じで、身体が忘れることは無いと思う。

 だけど僕には、一切そんな感覚は無かった。だから以前の僕は戦った事のない人だったのだろう。

 よくは知らないけど。いや全く知らないけど。多分そうなんじゃないかなって。

 だから僕は、完全に、力を持っただけの一般人の動きをしていたと思う。

 持っている力だけは強かったから、超人的なことはできたけど。  

 それでもこれから先、戦闘技術が無い状態では、三好さんが言ったとおりにいつかやられてしまう可能性が著しく高くなる。

 

 後、僕よりも友奈達の方が防御力は上のような気がする。

 あの戦いの時、皆の動きを見て、自分で戦ってみてそんな気がした。

 精霊とか今始めて聞いたが、それと関係あるのか?

 とにかく、僕が彼女達より優れているところは、爆発的な攻撃力だけだ。

 これは早急に戦闘技術を身に付けたほうが良いだろう。  

 でもすぐに出来る様になるものじゃない。

 どうすればいいんだ?

 とりあえず走って体力をつけるか?

 それとも剣の素振りでもするか?

 今更そんな事して意味があるのか?

 …………何をすればいいかわからない。  

 そもそも三好さんが言ってきたんだから、三好さんが改善案をだな…………。

 

「なら、どうすればいいの?」

 ということで聞いてみる。

「え……? え~と、そうね……」

 あ、これ絶対考えてなかったっすね。

 改善案も考えないで言うだけ言うとか、それはただの誹謗だな~。

 良くないなあそういうの、良くないぞ~。

 

 …………。

 だーかーら、強く優しくかっこよくを忘れんなって何回も言ってるだろうが。

 ほんと、僕は駄目駄目だな。

 三好さんは唸っていたが、閃いたのか顔を上げ――

 

「あっ――そう! そうよ! 私が戦い方を教えればいいのよ!」

 渾身のドヤ顔である。

 えぇ……。

 教えるって……えぇ……。

 女の子に教えられるとか緊張するんですが。

 というか同い年の女の子に戦い方教わるとか男として情けないじゃないか。

 

 ――この考えは傲慢なフェミニストだろうか。

 でも、僕はそれでいい。

 傲慢なフェミニストでいい。

 この考え方は変えたくない。

「いや、でも会ったばかりの人に良いの?」

 あまり強く断るのもどうかと思ったので、控えめに聞いてみる。

「いいのよっ!」

「いいの!?」

 ああ、どうしよう……。

 これもう断わりにく過ぎるだろ。

 三好さんも半ば自棄(やけ)になっているような気もするけど。

 

 ――まあ、いいか。

 どっちにしろ強くはならないといけないんだし。

 この際都合が良い。

「じゃあ、悪いけど頼むよ」 

「わかったわ。ビシバシいくから覚悟しときなさいよ!」

「うん、お手柔らかに」

 そうして、三好さんは自分の席へと戻っていった。

 

 

 ――――とまあ、こんな感じな人だった。

 少し気が強めだが、悪い人ではなさそうだと思う。

 戦闘技術を教えてくれるって言っていたしね。

 あれ……? そういや何時やるって言ってなかったな。

 これ忘れられるパティーンじゃないかな?

 いや、そこまで不誠実じゃないでしょう。

 だよね……? そうだよね……?

 

 それはともかく。

 今日の授業が全て、今終わった所だ。

 やはり帰る前のSHR(ショートホームルーム)で、なるべく複数人で行動する事と、暗くなる前に帰るようにと教師が伝えてきた。 

 まあ、朝のHRでも言ったんだろうけど遅刻したしね。

 部活を一時停止するほどではないんだな。

 まだ事件が一度だけというのもあるんだろう。

 そんな悠長でいいんだろうかね。

 警察はいつも後手後手だな。

 SHRが終わった後、時間を決めてない懸念を晴らそうと三好さんの席に行こうかと一瞬思ったが、急かしてるようでなんかやだなあという思考がすぐに掻っ攫っていったので、やめた。

 だって、早く教えてもらいたいとか思ってると勘違いされたら恥ずかしいし。

 

 鞄を持って教室を出ようとする。

 すると、友奈に声を掛けられた。

「朝陽くんっ、今から勇者部に行こう!」

 あ、そうだった。

 昨日言われていたんだった。

 色々あって忘れていた。

 それに早めに帰るようにも知らされていたし、すっかり失念してしまっていた。

 というか早めに帰れといわれたのに行くんだな。

「あ、うん、そうだね」

 

 

 ――ということで、僕、友奈、東郷さん、三好さんと四人連れたって勇者部とやらの部室前まで来た。

 扉の斜め上の場所に、元々在ったであろう家庭科準備室の表札の下に、勇者部部室と書いてある表札が付いている。

 三好さんからスライド式の学校によくある扉を開けて入り、その後東郷さんを連れた友奈が開いた扉から入り、最後に僕が入って扉を閉める。

 完璧な順番だな。

 入ってすぐに、声が上がった。

 

「来たわね、今日はあまり時間が無いから早く取り掛かるわよっ、て言いたかった所だけどその前にすることがあるわね」

 声を上げた女の子は、黄色い髪色の長髪で、その髪を黒いシュシュでツーテールにしている。

 そして黒くて花の飾りが付いたチョーカーを付けていて、ツーテールの先がくるんとロールしている。

 そして、おでこがでている。

 

 僕は、こめかみのあたりで横に結んである方はツインテールといってしまうけれど、風先輩みたいにストレートっぽく下に流れて結んであるやつはツーテールと呼んでしまう。どうでもいい情報だけど。

 正式には全部ツーテールが正しいらしいが、意味は伝わるしツインテールでもいいだろと、別にどっちでもいいだろと僕は思う。

 一応僕が分けて言うツーテールとツインテールで良さも全然変わってくるけど。

 なにかちゃんとした分けた呼び方ないんですかね。まあないか。だから自分で勝手にこうして区別付けてるわけだけど。

 

「アタシは三年の、この勇者部の部長の犬吠埼風(いぬぼうざきふう)よ。あの時は強力感謝するわ」

 僕に顔を向けて話す犬吠埼先輩。

「あ、はい。どうも。夢河朝陽です」

 そういえば僕どもること多いな。

 強く優しくかっこよくと言っておきながらまだそういう所は変えられないんだなあ。

 先は長いな。

 あああ、ゴールが見えないっ。

「これからも一緒に戦ってくれると嬉しいわ。それと、勇者部の活動もねっ」

 え、あ、そういう流れになりますか。

 まあいいけれど。

 共に戦う人間の事はよく知った方が良いし、一緒にいる時間は多い方がいい筈だからね。

「よろしくおねがします」

 少し噛んでしまったが別にいいよね。よくないか。

 

「あ、あの……私は一年の犬吠埼(いつき)です。ここにいるお姉ちゃんの妹です。よろしくお願いします夢河さん」

 と、もう一人すでに部室にいた女の子が犬吠埼先輩を示しながら僕に言った。

 同じ犬吠埼なら名字で呼ぶと分かり難いな。風先輩と樹さんでいいか。

 樹さんは、この中では一番背が低い小さな可愛らしい女の子といった容姿だ。

 ショートヘアーで、頭に白い花の髪飾りを付けていて、顔の横に垂らした髪を白いリボンで小さく結っている。

 あらゆるところが小さくてキュートだ。

 うん。あらゆるところが。 

「どうも。改めて夢河朝陽です。よろしく樹さん」

 なんか最近自己紹介ばっかりしてるような気がする。

 まあ初対面ばかりなんだからしょうがない。

 記憶も無いしね。

 

「じゃあ、勇者部に入るって事でこの入部届けに必要事項を記入してね」

 用紙と鉛筆を渡される。

 ああ今書くのか。

 平らで硬い所で書かないとな。

 地面に膝を突き紙を床に置いて記入に取り掛かる。

「いやいや! そこにテーブルあるんだからそこで書きなさいよ」

 風先輩が、まず名前を書こうとしていた僕の頭上から声を掛けてきた。  

 え? あー、そういわれればそうだね。

「すんません」

 テーブルまで行き、その上で鉛筆を動かし始める。

 うんうん、まずは夢河朝陽っと……。

 黙々と記入していると後ろで―― 

 

「なんていうか……」

「朝陽くんって……」

「真面目とは少し違いますが、なんといえばいいのか……」

「あ、あはは……」

 なんか話してたけど、よく聞こえなかった。

 

 

 



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七話 勇者部

 ――――そして、入部届けも書き終わったところで。

 銀を皆に紹介しないとね。

 ということで――

 

「あの、全員揃ったところで紹介したい人がいるんだけどいいですかね……?」

 五人という人数に心を少し圧迫されながら尋ねる。

「時間がちょっと気になるけど、人を紹介したいならしょうがないわね」

「……? 遠慮なくやっていいよ!」

 風先輩と友奈が答え、他の三人も同意してくれた。

 友奈は、僕には記憶が無くかつまだ紹介できるぐらい人と知り合っているようには見えなかったからか不思議そうな反応をした後、とりあえず話を聞いてからの方が良いと思ったのか普通に答えた。

「これは僕が病院で目が覚めてすぐの時だったんですけどね――――」

 

 僕は銀と知り合った経緯とどういう存在かを説明した。

 銀がどういう存在かっていうのは僕も詳しく知っているわけじゃないが。

 それと、銀の過去関連の事は話すのを避けた。

 東郷さんの記憶を刺激して危険な目に遭わせる訳にはいかないからね。

 東郷さん以外には伝えてもいいかもしれないけど、どこでボロが出るかもわからないし、リスクは避けるべきだ。

 リスクを承知で特別言っておかなければならない理由も見つからない、結局はバーテックスさえ倒せば解決するのだから。

 そうして話し終わった後―― 

 

「どうもー……三ノ輪銀です。よろしく」

 銀が控えめに姿をポンッと現した。

 控えめになっているのは東郷さんの事もあるからかな。

「ほえー……銀ちゃんよろしくねっ!」

 驚いた後元気な笑顔の友奈。

 非日常には慣れているんだろうけど、空中に浮いた人間が突然出てくるような現象はまだ見た事のない類のものだったんだな。

「これは驚きました……三ノ輪さんよろしくお願いしますね」

「――っ、う、うん。アタシのことは銀って呼んでくれ。よろしくな……美森……」

 

 ショックを受けた表情を銀は一瞬したが、僕以外からは見えない角度だった。

 仲の良かった友達に名字で、さらにさん付けで呼ばれたからだろう。無理も無い。

「銀、ですね。それと、東郷でお願いします」

「あ――ご、ごめんっ。東郷……」

 

 今度はさすがに傷付いた様子を銀は隠せなかった。

 なんで東郷さんは名前で呼ばれるのを拒んだんだろう。銀は須美ともう呼べないのを我慢して、せめて名前でだけは呼びたいと想って美森と口にしたんだろうに。

 僕のただの推測だけれど、あながち間違ってはいないんじゃないかと思う。

 人の心なんて完全にはわかんないけどね。

 

「あっ……! 銀ちゃん。東郷さんは別に悪気があって言ったわけじゃないんだよ。東郷さんは誰にでもいつも名字で呼んでって頼んでるんだっ」

 そうだったのか。悪い風に誤解しそうで危なかった。

「そ……そうなんだ……よかった…………」

 銀は強張っていた顔を和らげ息を吐き、心底安心したように呟いた。 

「紛らわしいことを言ってしまってごめんなさい」

 東郷さんは申し訳なさそうに眉尻を下げて謝った。

 僕もどうなるかと冷や冷やしていたが、安心し、気づかれないように溜め息を吐いて体を弛緩させる。

 

 それから他の皆も挨拶を済ませ、続いて風先輩が、

「精霊の紹介もついでにやっちゃいましょうか」

 と言ったので、それもすることになった。

 精霊っていうと三好さんが教室でいっていたやつか?

 どんな存在なんだろう。

 一斉に、まるで銀のようにポンッと出現した。

 それぞれマスコットみたいな見た目をしている。

「まず私から紹介するね、この子は牛鬼(ぎゅうき)。勝手に出てくることもあって困った子だけど、とってもかわいいよ!」

 ふむ、かわいいは正義ってやつだな。

 確かに牛のご当地ゆるきゃらのようで、かわいいかもしれない。

 

 ガブッ。

 

「ぎゃあああ!!」

 噛んできたよ! 僕の頭に食らい付いてきたよこの牛野郎!

「あっ、いつもなら義輝(よしてる)を噛むのに、今日は朝陽くんのほうにいくんだね」

 義輝って誰だよ! それよりこいつを剥がしてくれ!

 ああっ、食い込んでるよこれ、牙が、牙が!

 キンコジで締め付けられる孫悟空(そんごくう)の気持ちがわかったような気がする。

 僕、本当に妙な事だけ覚えてんな。

 

「ぜぇっ……ぜぇっ……」

 なんとか力任せに牛鬼を剥がして、荒い息をつく。

 あの牛っころデンジャラスすぎんだろ……。

 恨めしげに牛鬼を見つめる。

 デンジャラスビーフはまったく悪びれずに宙を旋回している。

 くそっ、いつか焼肉にして食ってやろうか。

 

「名前も出たし、次は私ね。こいつは義輝、喋ったりもできる最高の精霊よ」

諸行無常(しょぎょうむじょう)

 鎧武者のような容姿をした精霊だ。

「といっても、諸行無常と出陣と外道め、ぐらいしか喋れないけどね」

「うっさいわね」

 別に特段かわいくもかっこよくもない精霊だが、こいつはいつもあんな目に遭ってるんだな……。

 そう思うと、なんか同情と共に親近感が湧いた。

 これが同病相憐(どうびょうあいあわ)れむってやつか。

  

 それからそれぞれ紹介をしてもらった。

 まとめるとこんな感じだ。 

 友奈の精霊、クソビーフ――もとい牛鬼。

 三好さんの精霊、義輝、被害者同盟。

 風先輩の精霊、犬神(いぬがみ)、青色の犬っぽい精霊だ。風先輩と結構仲がいいらしい。

 樹さんの精霊、木霊(こだま)、黄緑色のさわり心地のよさそうな毛玉に、葉っぱを触覚の様に二枚頭から生やしている。

 東郷さんの精霊は、三匹もいた。

 まず、青坊主(あおぼうず)、割れた卵から黄色い目と黒い手が覗いている。

 次に、刑部狸(ぎょうぶだぬき)、目隠しをして白い髭を蓄えた狸だ。

 最後に、不知火(しらぬい)、燭台に燃える青い炎、そんな感じだ。僕としては青より(あお)の方が好きだが。

 これで精霊は全部だ。

 

 風先輩が一区切りと言うように手を合わせ、言う。

「これから一緒にいるんだし、銀も勇者部の一員ね。といっても入部届けを書く必要は無いわよね。朝陽が書いたやつで二人分という事にするわ」

 確かに銀は僕の中に基本居るからな。今みたいに出る事もできるけど。

 

 風先輩と三好さんが言葉を発しだす。

「それじゃあさっそく、時間も押している事だし勇者部の活動を始めましょう」

「そうね。今日の依頼は?」

「と、言いたかったところだけど、まだ一つやる事があったわ」

「あるんかいっ、時間が押してるんじゃないの?」

「そうなんだけど、これは勇者部に入るなら言っておかないといけない事だわ。勇者部五箇条についてよ」

「ああ、そうね。それは伝えておくべきだわ」

 漫才かな?

 

 勇者部五箇条? なんだそれは、規則的なものがあるのか?

 ちょっと、部活に規則があるなんて聞いてないんよ~。

 そういうことは入る前に言っておいてくれないと。

 守れる類の事かわからないよ。

 

「朝陽、難しい顔してるけどそんなお堅いもんじゃないから大丈夫よ」

「そうなんですか?」

「そうよ。まあ、とりあえず聞いて覚えてくれれば」

「わかりました」

「じゃあ、みんないくわよ。勇者部五箇条!」

「え?」

 皆?

 

「一つ、挨拶はきちんと」

 東郷さんから始まり。

「一つ、なるべく諦めない」

 続いて三好さんが。

「一つ、よく寝て、よく食べる」

 風先輩。

「一つ、悩んだら相談」

 樹さんに。

「一つ、なせば大抵なんとかなる」

 友奈が最後に声を上げて。

 

「この五つが勇者部五箇条よ。きっちり胸に刻んどきなさい」

 終わったみたいだ。

 

 圧倒されて声が出なかった。

 だって、いきなり一人ずつ順番に声を張り上げられたら誰だって唖然としてしまう。

 ――――だけど

 

「いい、言葉ですね……」

 素直に、そう思った。

「まず、挨拶はきちんと。これは人が挨拶をする事で人との関係性の維持、活力を与えるという、そのコミュニケーションの重要さを表していて良い」

「次に、なるべく諦めない。これはすぐに諦めてしまう現代の若者に対する戒めとも取れ、なるべく諦めなければ意外と道が開けるものだよ、という優しく人の精神を後押しする意味もありこれも良い。『なるべく』というのもポイントだね、辛すぎる事をずっと諦めなくても潰れてしまう、だからなるべくという適度さも大事だ」

「よく寝て、よく食べる。これは一見陳腐なように見えて、だけどすごく重要だ。その生活リズムの安定は、健康と精神の安定をもたらす。健康と精神の安定が無ければ出来る事も出来なくなるからね」

「そして、悩んだら相談。これは会社とかでも重要な報告、連絡、相談、の『ほうれんそう』にも通ずる重要さがある。元々人は一人では生きられない生き物だ。だから協力をする必要がある。相談は一人では乗り越えられない困難を複数人で協力し解決するという非常に大事な行動だね」

「最後に、なせば大抵なんとかなる。これは個人的に一番好きだね。とても優しい言葉だ。どんなに辛い事でも、気楽に気負わずとりあえずやってみれば意外となんとかなってしまうよという、今生きるのが辛い人とかがこの上なく救われる言葉だ。本当に、すごく優しい言葉だ」

 

「と、僕の感想はこんな感じです」

 ちょっと喋りすぎてしまったな。

 というかかなりか、恥ずかしくなってきた。

 何故こうも熱くなってしまったんだろう。

 皆唖然としているじゃないか。さっきは僕が唖然とする側だったというのに。

 本当に、なんであんなに饒舌になったんだ。

 僕が羞恥と後悔に悶えていると、

 

「ありがとう朝陽くんっ! そんなこと言ってくれた人初めてだよ」

 笑顔で言う友奈。

 え、マジ? そりゃそうか……。

「ほんとにね、ここまで褒められると逆に引くわ」

「アンタは最初聞いた時、曖昧で適当とか文句つけてきたけどね」

「ちょっと、そんな昔の事持ってこないでよ」

「そこまで前じゃないでしょうに……」

 三好さんと風先輩がまた言い合いをしている。

「でも、こんなに言ってもらうのは嬉しいものがありますね」

「ですね!」

 東郷さんと樹さんは穏やかな微笑みを。

 

 なんとか好意的に受け取ってもらえたようでよかった。

 いやはや、全員にドン引きとかされたらどうしようかと……。

 なにはともあれ、勇者部五箇条、これはいいものだ。

 

 

 そして、勇者部の活動の話に戻る。

「今日は迷子の猫探しとパソコンの不具合を直す依頼ね。猫探しはアタシと樹と夏凜で行くから、パソコンの方は東郷と友奈と朝陽、それと銀にお願いするわ。朝陽と銀はまだ入ったばかりだし、最初はまだ見学でいいわ」

「「「「了解(です)」」」」

 四人の唱和に少し圧倒された後。

「りょ、了解……」

「了解だ」

 僕と銀も返事をした。

「じゃあ早速行こう!」

 友奈が元気良く拳を上げる。

 そうして、二組に分かれて部室を出た。

 

 

 

 

 今、僕ら四人はパソコン室にいる。

 銀は浮いているのを見られるのはまずいので、地面に足をつき一緒に歩いてきた。

 東郷さんがパソコンに強いらしく、ほとんど東郷さん無双だった。

 けど、友奈は東郷さんのサポートに余念が無く、見事なコンビネーションを見せていた。

 その様子を僕ら二人は後ろで突っ立って見ていた。

 一応見学という体にはなっているが、もし普通に手伝う事になっていても手を出せる余地なんてまったく無かっただろう。

 まあ、いつも仕事がパソコン関連のこれだけという訳でもないと思うし、別段それを気にすることも無いと考える。

 他の仕事で役立てばいいだけだからね。

 僕なんかが役に立つかなんてわかんないけど。

 

 ――――それにしても。

 友奈と東郷さんの頑張っている姿は、とても綺麗で、優しく、輝いて見えた。

 そう在れる二人を、すごく羨ましく思った。

 

 ……その思考に、少し引っかかりを覚えた。

 今見て思ったことは、今のが一度目だっけ…………? 

 

 

 



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八話 うどん教と男の娘

 今日の勇者部の活動はその一つだけで、終わった後また風先輩と樹さんと三好さんの三人と合流した。

 合流したのは、これから皆で『かめや』といううどん屋に行く事になったからだ。

 僕も別に異論は無かったし、一緒に行く事にした。

 

 問題なく着いた。

 その店は自動ドアではなく木造の手動でガラガラと横に開けるタイプの扉だった。

 いいね。こういう店らしい雰囲気とかも大事だね。

 内装も良い感じにうどん屋っぽく和風だ。

「いらっしゃいませー。どうぞこちらにお座り下さい」

 店員さんがやって来て、それなりに人が居る店内を少しばかり歩き、六人座れる席に案内される。

 さて、実は僕、うどんより蕎麦の方が好きなんだ。

 うどん屋ではあるけどうどんがあるなら蕎麦もあるだろうと思ってメニューを開く。

 ざる蕎麦辺りでも頼もうかな。今七月でそれなりに暑かったしね。

 だが、探すのに少し手間取った。だってメニューの最後の方にあったんだもん。

 ていうかここ蕎麦の扱い雑すぎない? ざる蕎麦とあったかい蕎麦の二種類がちょこんと最後の方に影薄く載ってただけなんだけど。

 普通それ以外にも天ぷら蕎麦とか色々あるでしょうに。

 あくまでうどん一筋にしたいけど一応蕎麦も入れておこうとかそういう考えなのかな?

 なんか頑固爺さんが経営してそうだな。

 それはともかく、皆も注文は決まったようで風先輩が店員さんを呼ぶ。

 皆が注文をし終わり、最後に僕が言う。

 

「ざる蕎麦を」

 

 ――その瞬間、皆が固まった。

 ん? なんで?

 僕なんか変なこと言ったかな?

 

「いま、なんていったの……?」

 友奈が唖然とした顔で聞いてくる。

「え? 何って、ざる蕎麦だけど?」

 なんで皆固まってるんだ?

 ただざる蕎麦を注文しただけなのに。

 まるで異星人を見るような目で一斉に注目してくる。

 なぜだ。

 

「まさかこれだけうどんがある中で蕎麦を注文するなんてね……」

「ありえないです……」

「そんな馬鹿な……」

「朝陽くんって珍しい趣味をしてるねっ……」

「アンタ、至高のうどんよりあんなのの方がいいっていうの!?」

『朝陽、おまえ正気か?』 

 

 

 …………。       

 なにいってんだこの人たち。

 こわ。

 

 

  

 全員食べ終わったので、これでもう今日は解散となった。

 あの後僕はうどん教徒共をいなし、わさびをたっぷりとつゆに入れたざる蕎麦を食べた。小学生並みの感想になってしまうが、端的に言って美味かった。

 風先輩は結構な大食らいだったな。

 いや、うどん十杯とか化け物かと……。

 

 というか僕はお金を持っていないことをすっかり忘れていた。

 友奈が一緒に住んでる身ということで変わりに払ってはくれたが。

 そんなだから女の子に奢ってもらうという情けない事態になった。

 次はこんなことは無いようにしよう。

 でもお金持ってないんだよね僕。

 中学生だから稼ぐ方法も無いし。

 どうしようか。

 まあ、お金を使う状況にしなければいいだけか。

 別にかめやで食べなくても家でご飯は食べられるしね。

 

 

 もう太陽は橙色になりかけている。 

 でも、まだぎりぎり夕方ではないかな。 

 東郷さんが車椅子なので、デイサービスの車を呼んであるみたいだ。

 それに友奈も乗るみたいなので、僕も帰る家は一緒だから乗る事になる。

 ここで他の三人とは別れ、また会うのは明日だ。

 

 車に乗って、帰り道を窓からぼけっと眺めていると。

 ピコンッというような音が車内から聞こえた。

 隣を見てみると、東郷さんと友奈が黒いPDA――もといスマホを、操作していた。

 

「なにしてるの?」

 二人揃ってしてるもんだから、気になって聞いてみる。

 

 咄嗟(とっさ)で聞いてから、思考に浮かぶ。

 ――それともあれか? 最近の若者って奴か?

 最近の若者はすぐに、暇さえあれば携帯をいじくる傾向にあると聞く。

 友奈たちも例に漏れずそうなのだろうか。

 僕も最近の若者だけれど。

 

 そんなことを考えていると、隣にいる東郷さんが答えてくれる。

 ちなみに座っている順番は足の不自由な東郷さんを真ん中にした、左から友奈、東郷さん、僕、の順だ。

 

「勇者部の皆でチャットをしているんですよ。夢河くんも同じ勇者部なので出来るはずですよ。一緒にやってみます?」

 

 ふむ。皆とチャットか、やってみたい。

 さっき別れたばかりの三人とも文字越しで話せるしね。

 

「やりたいっす。どうすれば出来るんですかね?」

「それはですね――」

 

 東郷さんに操作方法を教えてもらい、僕もチャットに加わる。

 

 

 朝陽<僕もチャット始めてみる事にしました>

 

 Fu<おぉ! 朝陽か!>

 

 karin<来たわね>

 

 ituki<よろしくおねがいしますねっ!(o^∇^o)ノ>

 

 yuna<これで六人で出来るねっ(*´∇`*)>

 

 東郷<私がやり方教えたんですよ∠(`・ω・´)>    

 

 東郷<ところで夢河くん>

 

 

 東郷<うどん。好きになりましょう?>

 

 

 宗教勧誘かな?

 うどん関連の話はもう終わったんじゃないですかね……。

 宗教勧誘はしつこいらしいが、うどん教も同じなのかな?

 振り向くと、東郷さんはニッコリと微笑んでいた。その奥で友奈もニッコリ。 

 ……こういう時は、聞き流すのが最適だよね。

 

 

 朝陽<そうっすね>

 

 karin<返事が適当すぎるわ>

 

 Fu<これはまだまだ蕎麦を信仰してると見た>

 

 ituki<ですね>

 

 yuna<どうしたもんかね~>

 

 それはこっちの台詞だよ。なぜ揃いも揃ってうどんがそんなに好きなんだ。

 

 

 東郷<こうしましょう。うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどん>

 

 yuna<そういうことだね! うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどん>

 

 Fu<うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどん>

 

 ituki<うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどん>

 

 karin<うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどん>

 

『うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどん』

 

 東郷<うどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんうどんぼた餅>

 

「あんたら怖いわっっっっ!!!!」

 

 

 

 

 あれからなんとか説得して、うどん不可侵条約をどうにか結ばせた。

 これでもう、うどんうどん言ってくる事は無いだろう。

 …………無いと……思いたい。

 

 

 閑話休題。 

 次の日になり、今日は土曜日だ。

 だから学校は休みなのだが――

 

「朝陽くんっ! 部活行くよ!」

 ――とまあ友奈が言うように、勇者部の活動は学校が休みでもあるみたいだ。

 友奈と東郷さんと、また三人一緒に登校する。

 

 家庭科準備室――ではなく勇者部の部室に着くと、風先輩、樹さん、三好さんの三人はすでに今日の活動を始めていた。

 

「おはようございまっす。風先輩今日は何するんですか?」

「おはよう。今は演劇に使う衣装を作ってるところね」

「演劇? それはいつやるんですか?」

「十月よ」

「え? まだ三ヶ月もあるじゃないですか」

 今はまだまだ暑い七月だ。太陽がじりじりと照りつき、外で蝉も鳴いている。

 

「それはそうなんだけど、演技の練習もしなきゃならないし早く作っとくに越したことはないでしょ?」

「まあ、確かに」

 

 あらゆる想定をして事前に準備をして置くのは重要な事だ。

 時間ギリギリで大丈夫だろうと高を括っていると、いざ想定外の事態に遭った時に時間に遅れたりする。 

 そんな愚を犯さないようにするには、不安要素を消すための早めの準備は必要だ。

 

 まあでも三ヶ月も前から用意をするのは少し早すぎる感もあるが、だけど勇者部には他にもやる事があるし、出来る時にやっておいたほうが良いんだろう。

 

「それじゃあ朝陽にはこれを着て貰うわね!」

 

 ――は?

 

 風先輩が差し出した物に唖然とする。

 ……これどう見ても女の子が着る服だよね。

 冗談か? 僕をおちょくっているのか?

 この、ザ・男らしいの二つ名を冠する僕に女装を薦めるなど言語道断ですわ。

 

「嫌ですよなんですかそれ」 

「演劇で使う衣装よ。一つ一応完成したんだけど、失敗したみたいでサイズが大きくなっちゃってね。そのまま使わないのもなんだし、朝陽だったら着れるかと思って」

「あら、それはいいですね」

「いいね! 私も見てみたい!」

『面白そうじゃん』

 

 おいおまえら黙ってろ。

 

「失敗したならまた作り直せばいいじゃないですか!? なんで僕がそんなの着なきゃならないんですか!!」

「だって、朝陽って結構可愛い顔してるじゃない? 絶対似合うと思って」

「私もそう思います。すごく中世的な顔立ちをしてますよね」

「そうそう絶対可愛いって!」

『着てみようぜ』

 

 おまえら……ほんともうおまえら…………。 

 

 樹さんと三好さんも興味ありげに僕を見つめている。 

「いい加減にしてくださいよ…………」

 

 僕は男らしくありたいんだ。

 強く、優しく、かっこよく。そう在れる男でいたいんだ。

 女装なんてしたらよりそれから遠くなってしまうじゃないか。

 可愛いではなく、かっこいいと言われたい。

 男に対して可愛いなんて、侮辱だよ。

 

 

 ――――まあ、そんな思いが聞き入れてもらえるはずも無く。

 僕は無理やりその衣装を着させられた。黒髪長髪のかつらまで用意されていた。

 これ本当に失敗した奴なのか……? 

 妙にひらひらした服を着た僕の姿が、今勇者部の六人という衆目に曝されている。 

 

「おおー!」

「かわいいー!!」

「これは、予想以上ですね……」

「ふん、やるじゃない」

「素敵ですー!」

『朝陽すごいな、逆に怖いよ』

 

 僕は羞恥で顔を熱くして、こう言うしかなかった――

 

「くっ、殺せっ……!」

 



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九話 鍛錬

 僕の女装という名の公開処刑と衣装作りが一区切りつき、昼になった。

 皆でかめやにうどんを食べに行こうとなり、昨日ぶりに行くことに。

 こんな短い期間にまた行って飽きないのだろうか。

 

 そうして着いた後、僕はまたうどんうどんと呪詛の様に言われないか戦々恐々としながら蕎麦を頼み、ズルズルと麺を啜る。

 昨日ざる蕎麦を頼んだので、今日は温かい露のどんぶりに入った蕎麦を堪能した。

 こちらもざる蕎麦同様、美味かった。

 心配していたうどん呪詛は唱えられることなく、完食できた。

 …………頼んだとき少しピクッと反応はしてたけど。

 

 まだ僕以外に風先輩とかが食べ終わってなかったので、待ってる間に気になった事があったから聞いてみる。

「午後は何かするんですか?」 

 午後に何をするかまだ何も聞いてなかったのだ。このまま解散か、午後にする活動がまだまだあるのか。

 

 特に誰を対象としてした質問ではなかったが、三好さんが答える。

「そうね、まだ伝えていなかったわ。みんな食べ終わったら夢河の鍛錬をする事になっているの。そのために衣装作りは午前の内に一区切りつけさせてもらうように言っていたわけ」

 

 あれ忘れていなかったのか……。

 嬉しくはあるが、正直いって僕は忘れかけていた。 

 昨日の事なのに忘れんなよ。

 痴呆かな?

 ……いや、色々と濃いイベントが起きてたら無理はないと思うんすよ、うん。

 

「私もお父さんから習った武術があるから、朝陽くんの鍛錬に協力する事になってるよ」

 あのお父さん武術習得していたのか。どうりで大柄で屈強な体をしているわけだ。

 言動からはとてもそうは見えなかったけど。

 いや、意外とそういうもんなのかな。

 同じ人間なんだし。

 

「アタシたちも今日は特に急ぎの依頼も無いし、鍛錬とかした事無かったから一緒にやってみる事になったわ」

「勇者システムが優秀だったから今まで戦ってこれたけど、やってみる価値はあると思いますね」

「私は鍛錬はできないですけれど、見ているだけでも学べる事はあると思うので」

『アタシも一緒に鍛錬はできないけど、アドバイスぐらいならできるかもしれない』

 

 三好さんは自分で行った手前、僕の鍛錬に付きっ切りで付き合ってくれるみたいだけど、結局皆で鍛錬する事になったみたいだ。

 

 

 

 僕達は今、青い海が望める砂浜にいる。

 どうやら三好さんがいつも一人で鍛錬をしている場所らしい。

 僕と三好さんは二人で向かい合っていて、他の四人は少し離れたところでそれぞれ鍛錬や見学をしている。

 広々とした砂浜は、確かに鍛錬に最適に思えた。

 結構いい場所に思えるけど他には誰一人としていない。

 実は穴場だったりするのかな。

 

「まずは私と一対一で勝負してみましょう。それからまた改善点を見極めるわ」

「うん、わかった」

 

 木刀を一本渡され、お互いに距離を一定に取り構える。

 三好さんは木刀の二刀流だ。

 それがいつもの戦闘スタイルらしい。

 確かに最初にあの、樹海って言ってたっけ? に来た時に二刀流の女の子を見たような見てないような気がする。

 戦う事に必死だったからね、あまり覚えていない。

 そして当然変身はしない、僕も能力は使わない。誰かに見られてもまずいからね。

 それにこれは戦闘技術を鍛える鍛錬だ、変身しようがしまいが大して変わらない。

 

 それにしても、二刀流とはかっこいいね。

 卓越した技術を持った人じゃないと二刀流は上手く扱えないと聞いた事があるような気がする。

 だから二刀流を使うために訓練した人じゃなければ一本だけの方が良いらしい。

 なんか妙な事だけ覚えてるな僕。

 重要な事は何一つ思い出せないのに。

 

「じゃあ、いくわよ!」

「…………っ」

 そんなことを考えてたら、試合が始まってしまった。

 緩んでいた思考を戦闘に適したように張り詰めらせ、走ってくる三好さんを目で捉え続ける。

 少し出遅れたので、僕は自分から接近をするのを止め三好さんの一挙手一投足を注視しながら待ち構えて機を窺う。

 

「ふっ!」

 三好さんが右手の木刀を僕に打ち込んできた。

 それを僕は木刀で防ぐ。

「ぐっ……」

 一撃が結構重い。防ぐために筋肉が全力で張っていて、腕が痛い。

 女の子なのになんて力なんだ。変身してもいないのに。

 

 すかさず三好さんは左手の二刀目も打ち込んでくる。

 僕は一刀目を防いでいる所だから迫りくるもう一撃を防ぐ事ができない。

 どうする?

 考えている暇は無い。

 

 ――ええいままよ!

 

 僕は、ぐちゃぐちゃと回る思考を放棄して、無理矢理斜め右前に出た。

 獣が突進するように、極限まで前かがみになりながら、自分の木刀を手放し一刀目の一撃を強引に避ける。

 

「なっ!?」

 

 僕の無謀な動きに三好さんは驚愕の声を上げる。

 その動揺の隙に、自由になった僕は迫りきていた二刀目を持っている三好さんの手首辺りを掴む。

 よし!

 そのまま掴んだ腕を振り回し、全身全霊の力を振り絞って投げ飛ばそうとする。

 三好さんは小柄な女の子だし、僕でも全力さえ出せば投げ飛ばせるかもしれないと思ったからだ。

「舐めるなあっ!!」

 

 だが――そう簡単に旨くいってはくれなかった。

 

 裂帛(れっぱく)の叫びを上げた三好さんが、投げ飛ばそうとした僕の腕を、左手の木刀を手放したその手で掴み、投げ飛ばされるのを阻止した後、

 投げられた勢いを利用して三好さんは体を一回転させ右手に持った木刀の一撃を放ってきた。

 

 こんな業に僕が対処出来る筈も無く、こめかみの辺りで寸止めされて、僕は尻餅をつく。 

「私の勝ちね」

「ああっくそ……!」

 天を仰ぎながら、悔しくて自然とそう言ってしまった。

 

 これが、日々鍛錬を積んできた者と何もしていない者との差か。

 ちょっと、いやかなり、厳しいな。

 僕は何も努力をしてこなかった。だから努力をしてきた三好さんに敵わないのは当然だけど。

 僕は能力を使っていない時ただの一般人ほどの身体能力しかないのだから。

 それでもこうも現実を正面から突きつけられると、きついものがある。

 

 女の子相手にこんなに簡単にいなされる自分が情けない。

 また傲慢なフェミニストの思考になっているが、そんなことはどうでもいい。

 強く優しくかっこよくを目指す僕としては、どうにも受け入れがたい。

 自分が未熟なだけなのはわかっているけれど。

 

「やっぱり夢河はまだまだね。身体能力が大して無いのは変身すればいいとして、技術の方が問題だわ。というかさっきにのなに? 無鉄砲すぎない?」

 

 三好さんが駄目出しをしてくる。

 まあ無鉄砲な事をしたのは自覚しているが、咄嗟にやってしまったのだ。

 あと、僕のは変身というほどのものではないの思うけどね。目の色が変わってマフラーが付いただけだし。

 目の色が変わったかどうかは僕からは見えないけど、感覚でなんとなくわかるんだ。

 それはともかく。

 

「えっと、頭で色々と考えてる時間も無くて勢いでやってしまったといいますか……」

「そう、確かに考えている時間が無い時もあるわ。でも無鉄砲な行動は実践では生きるか死ぬかの賭けよ。無闇にやるものではないわね」

「そう、だね」

 正論だ。返す言葉も無い。

 

「――――だけど、無鉄砲でもその『大胆さ』は活かせれば強力な武器になるわ。それを伸ばしていきましょう」

 

 全然駄目だと思っていたけれど、なんか褒められてしまった。

 少し嬉しい。いや、少しではないかもしれない。

 強くなるための指針を示してもらった事でも、やる気が段々と上がってくる。

 

「うん! それじゃあ、それを伸ばすためにはどうすればいいかな?」

「そうね……まずは観察よ。観察眼を鍛えるのよ」

「観察眼?」

「そう、夢河の無鉄砲ともいえる大胆さを活かすためには、相手の動きをよく見て、ここならいける、という隙を見出すことよ。そしてその後迷い無く大胆に行動に移す事。これが肝になるわ」

「それは具体的にどう重要なの?」

「大胆な行動は危険を多く伴うわ、ましてや戦場、一つ一つの行動が生死を二分の一に分ける事もある。だから絶対にいける隙間を見極める事は凄く重要なのよ」

「なるほど」

 

「――でも、これには一つ難しい部分があるわ」

「……それは?」

「見極めるといっても、戦闘中は考えている時間があまり無い、いや、ほとんど無いと言っていいわ。戦闘中は一秒の遅れですら重大な危機に陥る事がある。だから直感レベルで見極める事ができるように何度も何度も反復練習をする必要があるのよ」

「本能レベルで可能なように体に刷り込ませるってことだね」

「簡潔に言ってそのとおりよ」

 

 ふむ。これは本当に、難しいな。

 それが出来るようになるまでは、膨大な時間が必要だろう。

 だけど、バーテックスはいつ攻めてくるのかわからない。

 今日か、明日か、数日後か、数ヵ月後か。

 今すぐにだって来るかもしれないのだ。

 それなのに、悠長に鍛えている暇なんてあるのだろうか。

 やっぱり、そう簡単には強くなれないんだな。

 わかってたつもりだけど、痛感する。

 でも、何もしないよりはいいとは思う。

 能力があってこのままでも戦えるとはいえ、少しでも強くなる方法があるのならそれをやるべきだ。

 

 それを三好さんに伝えると、少し考えるそぶりを見せてからすぐに言葉を返してきた。

「そうね、時間が掛かるし、敵の襲来に間に合わない可能性の方が格段に高いわ。それでも、やらないよりはマシな筈よ」

「うん、そうだよね……」

 

「そうと決まったら、今すぐやらなくちゃね。――――友奈ー!」

「はいはーい!」 

 三好さんが呼ぶと、風先輩達と鍛錬をしていた友奈がそれを切り上げて、走りよってきた。

 

「友奈、アンタも夢河の鍛錬に協力する事になってたわよね」

「うん、そうだよ!」

「なら、交代よ。夢河と一戦交えなさい」

「わかった!」

「え? どういうこと?」

 いきなり友奈と戦えと言われて困惑してしまう。

 

「観察眼を鍛える反復練習をするためよ。友奈の動きをよく見て攻撃の隙を見定めなさい!」

「そういうことか。うん、わかったよ」

「友奈は徒手空拳(としゅくうけん)だし、これは見極めるための特訓だから夢河も木刀は使わない方がいいわ」

「うん、じゃあやろうか、友奈」

「望むところだよっ!」

 

 友奈とお互い一定の距離を取り、三好さんは少し横に離れたところ、僕と友奈の中間ぐらいの位置に立つ。

「それじゃあ」

 三好さんが片手を挙げ、

「始め!」 

 振り下ろすと同時にそう声を張り上げた。

  

 友奈が走り出す。

 僕はさっきと同じで動かず、身構える。

 まずは、観察だ。

 友奈から一瞬たりとも目を離さず、動きを見続ける。

 そして、何か隙を窺うんだ。

 

 ――だけど、隙とかなにもわからない。今は走ってきてるだけだし。

 そうこうしている内に、友奈は僕に接近する。

 

 そして、拳が放たれる、かと思いきや、

 友奈は、鋭い回し蹴りを繰り出してきた。

 それをギリギリでしゃがみ、避ける。

 友奈の足が頭を掠めていった。

 

 ――危なかった。 

 来る攻撃の予想が外れたとはいえ、友奈の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)を観察していたが故、避けられたのだ。

 ちゃんと見極めようとしていなければ、この最初の一撃で僕は負けていただろう。

 

 ――――それはともかく。

 ――――それはともかく。

 

 今僕は、友奈の、回し蹴りをした後の勢いよく伸ばされた足に釘付けだ。

 身体が触れそうな近距離で、黒ニーソでつくられた素晴らしい絶対領域から覗く、白くて柔らかそうな太もも。

 これに反応しない男はいない。

 み、見え、見えっ……。

 ギリギリでスカートの中は見えない。

 だが、それがいい。

 

「はっ!」

 ドゴオッ。

「ぐへあっ!?」

 

 そんなことに意識を割いていたら、友奈の次の一撃。

 拳を腹に入れられ吹き飛び、ノックアウトさせられる。

 

「友奈の勝ち!」

「あっ、ごめん! ちゃんと寸止めするつもりだったんだけど、加減を間違えちゃった……」

 

 友奈に腹パンされた……。

 でも、しょうがない。煩悩に支配された僕が悪い。

 友奈をよく観察していたが故の、失敗だ。

 ハニートラップかな? 

 少し違うか。

 意図的ではない。

 

『やっぱり朝陽はヘンタイだったんだな……』

 

 ――はっ!!?

 銀と視界を共有しているのを忘れていた。

 

「ち、ちがうんだよ銀。これは、その、なんていうか……」

『ふ~ん?』

「すいませんでした!!!」

 冷たい声に全力で謝る。

 

『アタシに謝られてもなあ、被害者は友奈だし』

 被害者て……。

 くっ、わざわざ自分から、あなたの太ももをガン見していましたすいません、とでも言えっていうのか。

 なんだその拷問は。

 羞恥プレイか。

 

 躊躇(ためら)ってまごついていると。

 鋭く冷たく、それでいて静かな声が僕の耳に届いた。

 

「夢河くん……? ちょっといいかしら……?」

 

 ヒエッ…………。

「ヒエッ…………」

 心の声を外に出してしまうほど、震え上がった。

 振り向いた視線の先には――微笑んだ東郷さん。

 あの、友奈に関する事なら結構クレイジーになるお人である。

 その笑みはまるで暖かくなく、凍える冷たさを宿している。

 っていうかどんな眼力だよ! あれが見えたっていうのか!

 

『あ~あ、ご愁傷様』

 銀うるさいぞ。

 

「友奈ちゃん、夏凜ちゃん、少し夢河くん借りますね」

「うん! いいよ~!」

「? わかったわ」

 

 了解しないでよ!!

 ガタガタと震えていると、東郷さんが、

「夢河くん、こちらへ、来て……?」

 その言葉に僕は逆らう事ができなかった。

 その台詞(せりふ)、エロいシチュエーションだったらよかったのに。

 

 東郷さんに近づくと、開口一番にこう聞かれた。

「友奈ちゃんの太ももを見ていましたね?」

「……っ、見ていません」

「見ていましたね?」

「見ていません」

「見ていたんですよ」

「み、見てませんっ」

 

「見たの」

 

「…………」

 

「見たの」

 

「………………はい」

 

「女性の体をいやらしい目で見るだけでなく、堂々ともせずこっそりと見るなんて、重度の軟弱っぷりね」

「別にこっそり見てたわけじゃ……」

「言い訳はよろしい!!」

「はいぃ……!」

「これは徹底的にその腐った根性を叩きなおさないといけないようね……」

「やはり基礎訓練から始めましょうか? それとも精神教育からにしますか……??フフ……」

 

 だ、だれか……助けてくれ……。

 っ! そ、そうだ。

「銀! 銀、助けてくれ!」

 最後の頼みの綱へと、手を伸ばす。

『合掌』

「ぎんんんんんんんんんんんんんんんんんんんッッ!!」

 終わった……。

 

「立派な日本男児になるまで、最後まで逃がさないわよ……集合~~ぉ!!」

 え!? なに、何が始まるの!??

 東郷さんが急に変なことを叫んだ。

 いや、さっきから十分変なことを言ってると思うけど。

 

「夢河朝陽! 気をつけぇーーーい!! 右向けぇーー、右っ! いち、にぃ!!」

 何故にフルネーム!? 

「なんですかそれ!? 軍隊か何かの真似事ですか!?」

「私の言う事が聞けんのか! 右向け、右ィ~~ッ!!」

 

 

「う、うわああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」

 

 僕は逃げ出した。

 

 

 



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十話 合体バーテックス





 あの後。

 

 即捕まった。

 そして、鬼軍曹(東郷さん)のしごきを受け、僕はボロボロになった。

 いやあ、友奈たちを総動員するのはずるいっすよ東郷さん……。

 さすがに皆に追いかけられたら逃げ切る事はできない。

 能力の無い僕は一般人程度の身体能力しかないからね。

 まあ、あのしごきで少しは鍛えられたかもしれないけど……。

 

 閑話休題、夕方になったので今日はもう帰ることになった。

 友奈と東郷さんとの帰り道で、

「夢河くんはもうこれで立派な日本男児ですね」

「そ、そうだね」

「日本男児たるもの強くなければね」

「そう、だね……」

 

 強く、か……。

 僕は、強くなれたのだろうか。

 東郷さんのあのしごきで。

 

 確かに、軍隊に入ると嫌でも精神は鍛えられるだろう。

 それに東郷さんの教育も軍隊っぽかったけど。

 でも数時間程度だしな……。

 その程度で強くなれたら僕は苦労していない。

 だから、まだまだだろう。

 全くの無意味とは言えないけどね。

 きつかったけど、鍛えられた感はあるし。 

 

 …………二度とやりたくは無いけど。

 

「今日の晩御飯なにかな~」

 そんな思想に(ふけ)っていると、友奈の、心が穏やかになるような台詞が聞こえた。

「なんだろうね……」

 穏やかな気持ちで、僕も呟いた。

 

 

 ――――そして

 

 

 ピロロ、リリリン。ピロロ、リリリン。

 

 不安を煽るような、電子音。

 

 

 さらに――

 

 時が、止まる。

 

 

「え?」

 

 なん……だ?

 空間の全てが止まった感覚。

 走っていた車の突然の静止。

 歩いていた通行人の停止。

 飛んでいたカラスの硬直。

 

 目に見えるものだけじゃない。

 空気というか、まるで空間をそのまま縫い止められた様な、そんな感覚。

 夕日すら存在感が希薄で。まるで光るだけの無機物のようだ。

 もちろん呼吸はできている。けど、これは――

 

 

『来た、か』

「来たわね…………」

「うん……」

 

 

 そんな言葉がすぐ横と頭から聞こえて、振り向く。

 見ると、友奈と東郷さんは普通に動いていた。

 二人は手にスマホを持っている。そこから電子音は聞こえていた。

 

「あ……え……?」

 どういうことか解らず、混乱する。

 言葉が上手く出ない。

 ふと、思い至り。

 自分のスマホもポケットから取り出してみると、そのスマホからも同じ電子音が発されていた。

 画面は、通常とは異なっていた。

 

 

              ――樹海化警報――

          FORESTIZE WARNING

    バーテックスが壁を通過しました。人類保護のため出勤してください。

 

 

「樹海化警報……?」

 ……なるほど、敵が来たというわけか。

 

「でも、早すぎるわ。三日前に来たばかりなのに……もっと後にしてくれればいいのに……」

「うん。だけど、来たからには戦わなきゃね」

『三日前か……その時にはまだアタシはいなかったな』

 

「これは、バーテックスが来るってことでいいんだよね?」

 スマホの画面と三人の言動から(わか)ってはいるが、(たま)らず聞く。

 

「あ、朝陽くんはまだこの現象は初めてだったっけ? これはバーテックスが攻めてきた時に樹海に入る前に起こる現象だよ」

 やはり、そうか……。

 

 僕が最初に樹海に行った時は、目覚めたらすでにそこにいた。

 だから、こうして樹海に入る前の現象は体験した事が無かった。

 その所為(せい)で動揺してしまった。

 だけどどういうことか解ってしまえば、大丈夫だ。

 呼吸を落ち着け、次第に冷静さを取り戻していく。

 

「わかった、ありがとう」

 そういった瞬間、光が視線の彼方から勢いよく迫ってきた。

 白い光に、全てが包まれる。

 

 眩しさに目を瞑ってしまって、次に(まぶた)を開いた時には、

 目の前の景色は一変していた。

 

 樹海――。

 

 神樹の(つく)り出す、神秘的な樹木や根が蔓延(はびこ)る結界。

 バーテックスを迎え撃つための、最後の砦だ。

 

『この景色、なんだか久しぶりに見るような気がするよ……』

 銀が切なげな呟きを漏らした。

 過去の友達、か……。

 僕は、掛ける言葉が思いつかなかった。 

 

「おーい! 友奈ー! 東郷ー! 朝陽ー!」 

 遠くからの大声に振り向くと、風先輩と樹さんと三好さんがこちらに向かって走って来ていた。

「あ! みんなー!」

 友奈がその声に答え、こちらからも歩み寄り合流する。

 

「じゃあさっそく、変身するわよ!」

 風先輩がそう言うと、皆スマホの画面をタップして、神秘的な光に全身が包まれる。

 その光が晴れた後、勇者部の皆は最初に会った時と同じ、不思議な和風の戦闘服に身を包んでいた。

 変身の瞬間を目の前で見て、思う。

 

 綺麗だ……。

 彼女達の姿は、他の誰よりも綺麗に見えた。

 そんな暢気(のんき)な事を、この後命のやり取りをするというのに僕は考えてしまっていた。

 それほど見惚れていたのだ。

 

 東郷さんは足が動かないけれど、戦闘服が長く垂れて、足の代わりとなっていた。

 やっぱり勇者システムでどうとでもなるんだな。

 便利な事だ、と思った。

 

『アタシと同じ服……?』

 三好さんの方に僕の視線が行った時、銀がそんなことを呟いた。

「ん? どうしたの銀?」

『……いや、いい。時間が無いだろ』 

「そう……?」

 

「朝陽も、早く戦闘態勢に入って!」

「あ、うん……」

 銀と話していたら、風先輩に急かされた。

 よし、僕も……。

 

 手の平に拳を横から打ちつけ、流麗(りゅうれい)な動作で抜剣(ばっけん)する。

 両の瞳が白銀(しろがね)(きらめ)き、白い粒子を散らしながらたなびく純白(じゅんぱく)のマフラーが(あら)われる。

 白銀の剣をその手に携え、僕は変身とも言えない様な中途半端な変身を終えた。

 

「よし! 円陣組むわよ!」

「「「「おう!」」」」

「え…………?」

 戸惑っている間に、僕以外の全員で円陣を組み終わってしまう。

「早く、朝陽くんもだよ!」

「う、うん……」

 女の子と密着するのに恥ずかしさで抵抗感を感じるが、今は時間が無い、迷っている暇は無いのだ。

 だから、流されるままに僕も友奈と三好さんの間の円陣に加わる。

 

「勇者部、ファイトー!!」

「「「「「『「おおーーーー!!!!」』」」」」」

 銀も含め、全員で声を張り上げた。

 士気が高まっていく。

 円陣を解き、皆で並んで武器を構える。

 そして、

 樹木達の向こう、遠くの方に無機物の様な化け物が、四体。

 

「来るわよ……」

 風先輩、

「四体ね……」

 三好さん、

「じゃあ、これが……」

 樹さん、

「最後の戦い……」

 友奈、

「ですか……」

 東郷さん、

『最後……あれ?』

 銀、

「…………」

 

 と皆がそれぞれ呟く。

 僕は懐に入れていた、始めて会った時に友奈から貰った押し花に手を当てる。

 目を瞑る。

 

 ――絶対に勝って、帰る。 

 決意を心の中で反芻(はんすう)した。

 死の恐怖がないわけじゃない。

 今だって、少し震えている。

 でも、みんながいる。

 一緒に戦ってくれる、みんなが。

 みんなは、少なくとも表面上は怖がっているそぶりはない。

 それなのに、男の僕が怖がっていては、始まらない。

 大丈夫だ、やれる。勇者部六人だ――戦闘はできないが銀も入れると七人か――負ける気がしない。  

 目を開け顔を上げる。 

 

 そうして僕は、観察する。

 といっても、見た目が見た目だけに、どういう種別なのかもよく分からない。

 奇怪な容姿すぎて、くまなく観察してもどの星座のバーテックスか判別できない。

 でも、その中でも一際目立つバーテックスがいた。

 他のバーテックスより一回りも二回りも巨大というのもあるが、それだけじゃない。

 雰囲気が違う、格が違う、そんな強大さを感じる。

 恐らく奴がバーテックスたちの親玉だろう。

 さすが、残りの全体で攻めてきただけはある。

 気をつけなければ……。

 

 そこまで考えて、忘れていた事に気がつく。

 わざわざ観察しなくてもスマホ見ればいいではないか、と。

 このスマホにダウンロードされている機能は色々あるが、その一つを失念してしまっていた。

 この樹海の地図と、そこにいる生物がどこにいるか、またどういうものか表示される機能だ。

 早速そのアプリを起動させる。

 

 表示された画面を見ると、四体のバーテックスがどの星座か解った。

 牡羊座と、水瓶座と、双子座と、獅子座だ。

 つまり、アリエス、アクエリアス、ジェミニ、レオということだ。

 そして一際目立っていたバーテックスは、獅子座のレオ・バーテックスだった。

 レオが親玉か。

『あ……』

「? なに銀」

『……いや、多分気のせいだ』 

「そうなの?」

『ああ……』

 今はあまり話している時間も無いし、銀がそう言うなら気にしないことにした。 

 一応スマホの画面をそのままにして、僕は正面を向いた。

 

 そして、四体のバーテックスがこちらへと接近してくる、かと思われたが――

 

 奴らはその場で、依然静止したままだ。

「なんだ……?」

 そう呟いた刹那、

 

 バーテックス四体が胎動(たいどう)しながら、二体ずつに分かれて体を混ざり合わせていく。  

「バーテックスが、合体している…………!?」

 そうとしか思えない現象が、今目の前で起きている。

「これは、やっかいそうね……」

 三好さんが歯噛みする。

「うん、でも倒さなきゃいけないことに変わりはない、やることは変わらないよ」

 友奈が皆を鼓舞(こぶ)する言葉を掛けた。 

 

 僕は直ぐにそのままにしておいたスマホの画面を見た。

 名前が、ごっちゃになっていって、ぐるぐると混ざり合っている。

 奇妙な画面だ。

 まるで文字化けでもしているかの様。

 気持ち悪い。

 

 そして、

 今ここに、結合した頂点が二体顕現(けんげん)する。

 

 画面は、正常に戻り、名前が変わっていた。

 牡羊水瓶座(おひつじみずがめざ)双子獅子座(ふたごししざ)

 そのまんま繋がった名前に変化していた。

 合体したにしても安直すぎる名前だ。

 今度こそスマホを僕はポケットにしまった。 

 

 そうして敵の容姿を、観察する。

 アリエスとアクエリアスが合体した、アリエス・アクエリアス。

 アクエリアスの水瓶の様な体から、アリエスの羊のような頭と芋虫の様な胴体が生え出ている。

 レオとジェミニが合体した、レオ・ジェミニ。

 レオの、絵に描いた下手な太陽の様な形をした胴体から、ジェミニの珍妙な腕と頭がまるで自分こそが本体だといわんばかりに生え、鎮座(ちんざ)している。

 様な、なんて曖昧な言い方だが、そうとしか言えない。

 奴らの姿形(すがたかたち)は前衛芸術のごとく、奇妙で奇怪すぎる。

 神域(しんいき)の波動が混ざり合い、辺りに響かせている。

 この波動には、総ての動物が本能的に服従してしまうほどだろう。

   

 でも、その強力な合体に、僕は違和感を覚えた。

 まるで、地を駆ける虎がいきなり機械の羽を生やし、飛翔しだしたような。

 そんな強烈な違和感。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 アリエス・アクエリアスが、先に動いた。

 大して速くは無い動きだが、近づいてくる。

 レオ・ジェミニは、まだ遠くで静止したまま。

 

 何故だ?

 強力な二体で一斉に掛かってきた方が、相手にとって有利なはずだ。

 だが、レオ・ジェミニは微動だにしない。

 それに薄ら寒い不気味さを感じた。

 

 

 



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十一話 百鬼夜行





「いくわよ!」

 風先輩が突撃の合図をし、皆で一斉に接近するアリエス・アクエリアスの元へと駆ける。

 僕はレオ・ジェミニが気になり、そちらへの警戒を怠らずに走る。

 元々レオは他のバーテックスとは格が違う感じがした。だから警戒するに越した事はないだろう。

 ――それが、(たた)った。

 

 アリエス・アクエリアスが、その身に纏う巨大な水球(すいきゅう)二つを一斉に射出してきた。

 その剛速球を、皆で一斉に避けた。

 だが、僕はレオ・ジェミニの方も見ていた所為で、反応が遅れた。

 水球の一つがぶち当たり、強烈な水の衝撃に身悶える暇もなくその中に捕らわれる。

 僕は戦闘経験が圧倒的に足りない、気をレオ・ジェミニに()き過ぎた。

 

『朝陽!』

 銀が心配の声を上げる。

 ごめん。しくってしまったよ。声には出せないが、心の中で謝る。

「んぐっ……!」

 もうすでに苦しくなってきた。

 息を整える間も無く、いきなり水の中に放り込まれたのだ。

 さほど息は続かない。

 もがいても剣を振っても、一向に水球の外へは出れない。

 泳いでも全く前へ進まない。

 ……これは、やばい。

 

「ごばっ……!」

 大量の水泡(すいほう)を吐き出してしまう。

 息が、まずいかもしれない。

『そうだっ、思い出した! 朝陽、この水を飲み干せ!』

「……!」

 なにを、言ってるんだ……。

 そんなことしたら溺れるだけじゃないか。

 

 ――いや、この状況で言っている事だ、試してみる価値はあるかもしれない。

 先代勇者の言葉だしね。

 一気に口を大きく開け飲み込もうとした。

「が、ごっ……!!」

『朝陽! なんで……!?』

 苦しい。

 尋常じゃない量の泡を吹き出した。

 やはり無理だった。もうすぐ完全に溺れてしまう。

 何故銀はあんな事を言ったんだ。

 勇者システムなら大丈夫だったのだろうか。

 それなら僕の力はそれよりも不完全で中途半端っていうことなのか。

 そういえば防御力も僕の力は勇者システムより劣っている気がするとか考えてたな。

 本当に、中途半端な力だ。

 そんな思考が薄れそうな意識の中で錯綜(さくそう)する。

 

 くそっ!

 誰かこの状況を打破してくれないかと、水球の外へ目を向ける。

 水の中だが、変身したおかげか、まるでゴーグルをつけているように視界は良好だ。

 

 水球の外では、樹さんが僕の方に走ってきていて、他の皆はアリエス・アクエリアスの対応に回った。

 樹さんの能力が一番僕を救出するのに適任だと考えたのだろう。

 樹さんのワイヤーが僕のいる水球に伸び、水球に難なく潜り込んで僕に巻きつく。

 引っ張り出される。

 樹さんに抱きとめられる。

 ふわりと甘い香りが、鼻腔(びこう)をくすぐった。

 

「大丈夫ですか!?」

「ごほっ……ごほっ……かはっ……!」

 息の限界から解放され、飲んでしまった水を吐き出す。

 身体が少しだるい。

 ずぶ濡れの僕を受け止めた樹さんは心配げな顔だ。

「っ大丈夫です……助けてくれてありがとう」

 まだ大して話したことも無いのに、こうして全力で助けてくれた事が嬉しかった。

「いえっ……」

 樹さんは僕の言葉に安心したのか表情を和らげた後、

 少し頬を染め、僕と密着していた体を離した。

 やっぱり男と体を触れさせるのは恥ずかしいのだろうか。

 僕は今水球から解放されたばかりで、照れる余裕なんてなかったが。 

 

『朝陽……ごめん、アタシが余計なこと言ったから……』

「いや、銀は悪くない。僕のために言ってくれたんだろう? 失敗ぐらい誰にだってあるさ」

 銀は戦えない分必死になって考えてくれたのだろう。そんな子を(とが)めることなんて僕にはできない。

 たとえ命の危機に瀕したとしても、だ。

 こうして僕は生きているんだから、何の問題も無い。

 

 アリエス・アクエリアスの方へ目を向ける。

 そこには、四人が奴へ強力な一撃を喰らわせる光景があった。  

 友奈が、「勇者パーンチ!」と叫びながら拳を叩きつけ。

 三好さんが二刀をクロスさせるように斬撃を浴びせ。

 風先輩が巨大化させた大剣で叩っ斬り。

 東郷さんがライフル弾を打ち込む。

 

 アリエス・アクエリアスは、それでバラバラに吹き飛んだ。

「よし!」

 思わずガッツポーズをとってしまう。

 これで一体倒し――――――

 ……? バラバラ……?

 確かに皆の攻撃は強力だ。神の力を借りているんだから。

 でも、だけど、 

 

 アリエス・アクエリアスの体の破片が、砂とならず留まっている。

 これは、どういう意味か。

 その破片が振動し、グロテスクに(うごめ)く。

 まだ、倒せていない――

 ということだ。

 

 振動が極限に達し、膨張(ぼうちょう)、膨張、膨張。

 辺り一帯、数百にも及ぶであろう膨張の嵐。

 そして、

 

 百鬼夜行(ひゃっきやこう)が、現出する。

 破片がそれぞれ元の大きさまで膨張した、数えるのも嫌になるくらいのアリエス・アクエリアスが生誕していた。

 牡羊座の目の部分が、不気味に光っている。

 

「なんだよ……これ……」

『おかしいだろ……』

「まずいわね……」

「なんなのよこれ!」

「うそ……」

「こんなの、どうやったら……」

「みんな、大丈夫……なはず……」

 

 それぞれ動揺の声が上がる。

 友奈でさえポジティブさが弱まっているほどだ。

  

 ――アリエス・アクエリアスが、水球を一斉に射出した。

 皆動揺はしていたが、咄嗟に回避行動はとった。

 それでも、数百はあるであろう水球を避けることはできないだろうと皆思った。

 だが――避けれた。

 なぜか。

 

 奴らは僕達の方には数個ほどしか放ってこなかったからだ。

 その他は、四方八方意味のない場所へと射出していた。

 それでも新たになぜ、という疑問が出る。

 すぐにわかった。

 

 視界全てが水球に、隙間を作りながらも埋め尽くされていたからだ。

 空間全域に張り巡らされた水球は、まるで絡め捕る蜘蛛の巣のようで――

 そして、

 

 神滅(しんめつ)の砲撃が、放たれる。

 

 ここに来て、レオ・ジェミニが動いたのだ。

 水球の間にある隙間を通って、大気をも破壊する暴虐(ぼうぎゃく)の嵐を撒き散らしながら、レオ・ジェミニの砲撃が襲い来る。

 

 ――――僕を狙って。 

 避けることも防御することもできなかった。

 アリエス・アクエリアスの増殖に衝撃を受けすぎて、レオ・ジェミニへの注意が完全に削がれていた。

 だから、僕は大ダメージを負うはずだった。

 

 ――僕の前に、躍り出る影。

 桜色のポニーテール、友奈だ。

 正面、砲撃が来る方から、抱きしめられる。

 衝撃。

 巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が(はし)った。

 吹っ飛ばされる。

 何度も、バウンドしながら。

 視界が揺れすぎて、なにがなんだかわからない。

 また衝撃が奔ったかと思うと、止まる。

 友奈が、僕を抱きしめたまま木に背を打ち付けている。

 吹っ飛ばされている間も、僕はまったく痛みを感じなかった。

 友奈が、地面にバウンドする度に僕の体を庇っていたことを理解した。

 

 情けなさすぎるだろ……。

 なにをやってるんだ、僕は。

「前の、おかえしだよ」

 友奈が笑ってそう言った。

 前のとは、僕が最初に来た時友奈の前に助けに入ったことだろうか。     

 それでも、庇われるんじゃなくて守りたかった。

「友奈は、大丈夫なの……?」

「私? 私は平気、精霊のバリアがあるからね」

 よく見ると、友奈の背と木の間に牛鬼が桜色の障壁を張っていた。

 友奈も見る限りは傷を負っていない。

 精霊のバリアって凄いんだな。

 デンジャラスビーフとか思ってごめん、友奈を助けてくれてありがとう。

 そう、牛鬼に目で伝えた。

 解った様子はなかったが。

 

 光が、視界の端に写った。

 振り向くと、レオ・ジェミニは離れた位置にいる皆にも砲撃を放っていた。  

 なんとかギリギリ避けれて入るようだが、ジリ貧だ。

 空、遠い場所、高速で縦横無尽(じゅうおうむじん)に移動しながら、水球の隙間を縫って町一つ一撃で消し飛ばしそうな砲撃を放つ、レオ・ジェミニ。 

 

 その光景に、戦慄した。

 奴らは、巧妙な作戦によりこの状況を造り出したんだ。

 まず、アリエス・アクエリアスを単騎でけしかけ、バーテックスを修復させず破壊する僕を無力化。

 そして、他の皆の攻撃をわざとその身に受け、体をバラバラにして増殖。

 水球を空間全域に張り巡らせ、行動を阻害、その隙間を縫って安全地帯から強力な砲撃をレオ・ジェミニが放つ。

 さらに、僕たちは跳ぶことはできても飛ぶことはできない。

 

 恐るべき智恵だ。

 奴らは見た目から動物並みの知性しか持っていないかと思っていたが、そんなことはなかった。

 もしかしたら人間並みの知性を持っているかもしれないほど奴らは狡猾(こうかつ)だった。

 

 ――どうすればいい?

 どうすれば、この状況を打開できる?

 場はすでに、こちらが阻止を考える間も無く調(ととの)えられてしまったのだ。

 その盤面を引っ繰り返す方法は?

 

 ――くそっ、すぐに思いつかない!

 焦燥感と恐怖ばかりが(つの)り、思うように考えられない。

 頭の中はあらゆる思考が氾濫(はんらん)し、整理がつかない。 

 ちくしょうっ!

 

 考えてる時間がもったいなくて、急いで皆の元へと走る。

 友奈もそれに続いた。

 

 唯一遠距離攻撃のできる東郷さんが銃撃を放っているが、レオ・ジェミニは巨体に似合わず素早く、高速で移動、ことごとく避けられていた。

 これもジリ貧な状況の要因となっている。

 それにしても、なぜ数百個もある水球で攻撃しなかったのだろうか?

 少し思考し、考え至る。

 僕達がそれをもし防いだ後の強力な手が無かったからか?

 確かに、この手の方が安全で打ち破られにくい策だろう。

 そんなとこまで考えられるのか、あの化け物共は。

 改めて戦慄する。

 

 皆の所に合流する。

 だが、そこは砲撃の雨降る死の地帯だ。

 すぐにこちらにも、天からの槍に見紛う砲撃が放たれる。

「ぐっ……!」

 掠る擦れ擦れで避ける。

 超近距離で砲撃が地面に当たり、弾け、僕は吹き飛ばされる。

「朝陽くん!」

 ごろごろと地を転がり、直ぐに起き上がる。

 砲撃が降り注いだ場所は、クレーターになっている。

 あんなの精霊のバリアがない上に直撃でもしようものなら、血も残さず蒸発させられてしまうだろう。

 直ぐに起き上がったはいいが、多分打撲ぐらいはしている。

 一応変身はしているから、打撲程度で済んだのだろう。

 痛みがじんじんと伝わってくる。

 

 皆焦りの表情を浮かべている、早くこの状況を打開しなければ。

 ああ、考えている時間が惜しい。

 この張り巡らされた水球さえどうにかできればいいんだ。

 だったら、水球なんか破壊すればいい。

 バーテックスの体を修復させずに消し飛ばせる剣なんだ、だったら、水球ぐらい同じく消し飛ばせるだろ。 

 やってやる。

「うおおお!」

 水球目掛けて我武者羅(がむしゃら)に走る。

 

「夢河なにやってるの! また捕り込まれるわよっ!?」 

「夢河くん、待って! 今作戦を」 

 三好さんと東郷さんが制止するが、止まらない。止まれない。

 止まったところで、どうやったらこの状況を変えられるっていうんだ。

 砲撃をなんとか避け、白の長剣で弾きながら地面近くにある水球まで辿り着き、

 純白の剣を振るう。

 これで破壊――

 

 できなかった。

 手ごたえがほとんどなく、水の中に剣は吸い込まれた。

 全く切れなかった。

 剣を抜こうとするが、抜けない。

 囚われている。

 僕の手首も水に覆われ、ここから離脱することもできない。

 

 どうしてだよ!? 

 バーテックスを消し飛ばせるし、砲撃も弾けたのに!

 なのにどうしてこんな……。

 馬鹿だ。完全に馬鹿だ。

 なにを一人で突っ走っていたんだ僕は。

『朝陽、まずいぞ……早く抜けないと上から――』

 頭上、光が迸る。

 顔を上げると、

 

 神滅の砲撃が、隕石のごとく迫り来ていた。

 

 



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十二話 水の世界

「あ…………」

 恐怖で、膝が崩れ横に倒れた。

 それだけは幸運だった、おかげで直撃だけは免れたのだから。       

 だが、

 消し飛ぶ。

 左腕、左脇腹、左足、消失。

 血が、壊れた貯水機のように噴出す。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 痛みが限界を突破し、叫ぶ事しかできない。

 砲撃が地面で爆発した衝撃波で、ボロ雑巾の様に吹き飛ぶ。

 即死はしなかったが、致命傷は致命傷。

 吹き飛びながら、走馬灯のようにゆっくりと動く景色を見ながら、考える。

 死の間際って、本当にこうなるんだな。

 どうでもいいけど。

 僕はもう直ぐ死ぬ。

 数分と経たず、死ぬ。

 嫌だ、痛い、怖い。

 

『朝陽!!』

「朝陽くんっ!!」

「夢河くん!!」

「夢河!!」

「朝陽!!」

「夢河さん!!」

 

 皆が何かを叫んでいる、聞こえない、わからない。

 もう、終わりなのか。

 だが、思考が回らない極限状態で、ふと生まれる。

 強く、優しく、かっこよく。

 僕の、全然達成できていない目標。

 走馬灯みたいな状況だからなのか、なんなのか、その考えが出てきたんだ。

 出てきたからには、考える。

 

 ――強くとは? 精神的にも物理的にも負けずにいることだ。

 ――優しくとは? 皆のことを想い考えることだ。

 ――かっこよくとは? こんな無様な姿じゃない、一人で突っ走るみたいな愚かな行動も言動もしない、前の二つができる人間のことだ。

 

 なら、僕は?

 ――――何も出来ていないじゃないか。 

 前から前から、考えるだけ考えて、何もやれていなかったじゃないか。

 それでこのまま、死ぬのか?

 ふざけるなよ、それじゃあ僕の人生はなんだったんだ。

 何も成し遂げられずに、消えたくない。

 考えるだけじゃなく、行動に移したい。

 弱いのは、もうたくさんだ。

 強く、ありたいよ。

 なら、行動に移そう。

 でも、どうやって?

 僕はもう死ぬぞ?

 そういえば、僕が死んだら銀はどうなるんだろう。

 精神体として幽霊のように放り出される? それとも僕諸共消える?

 わからない、わからないから悪い方を想定しておくべきだ。

 僕が死んだら、銀も死ぬかもしれない。

 なら、絶対に死ぬわけにはいかないじゃないか。

 でも、僕はほぼ半身が吹っ飛んで血も流しすぎている。

 どうやって生きる?

 ここから死なないなんて誰ができようか。

 

 

 …………。

 ………………。

 ……………………。

 

 

 ――――――――――できるだろう?

 僕なら、できるんだよ。

 そうできる力を与えられているんだから。

 誰から?

 わからない。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 とにかく出来ると解るんだ、だったらやらなければ。 

 でも、なんでこんな状況になってようやくわかるんだ。

 さっきまでそんなことまったく知らなかった。

 最初に白銀の剣を呼び出した時だって、土壇場になって突然理解できた。

 なぜだ?

 ……今は、考えることではないかな。

 考えることは、後でいくらでも出来る。

 

 なら、いこうか。

 勝ちに。

 そして、今度こそ必ず、

 強く、優しく、かっこよくなろう。

 決意を強固に、走馬灯のような思考が終わった。

 

 

 ――――――――っ!

 光が、溢れている。

 破滅とは違う、純白の、希望を象徴するような光。

 僕は吹き飛ばされたまま、地面に落ち、転がる。

 転がって、止まって、倒れた。 

 だが。

 溢れている光が、僕の損傷した部位に集まる。

 痛みはもう無い、安らぎすら覚える。

 そうして、

 僕の体は、全くの無傷で、再生した。

『朝陽……』

 銀が驚いた風に呟く。

 血も体中を十分に流れている。

 これで、戦える。

 すぐに立ちあがる。

 スムーズに、体は動いた。

 

 先の砲撃で吹き飛ばされたので、水球からは解放されていた。

 だから動ける。

 砲撃が、再度放たれる。

 だがそれを、白銀の剣で弾く。

 腕にビリビリと痛みが奔る。

 ずっと弾き続けることはできない。持って後何回だろうか。

 さて、ここからどうする?

 皆のことを想い考える、とさっき考えたな。

 どうするべきかわからなければ、一人で突っ走らずに皆を頼ればいい。

 皆の意思を、尊重すべきだ。

 そうすれば、打開策が見つかるはずだ。

 勇者部五箇条の一つ、悩んだら相談、だね。

 

「朝陽くん、大丈夫なの……!?」

 友奈が心配と困惑を含んだ声音で聞いてくる。

「うん、大丈夫」

 安心させるように、僕は笑った。

「朝陽……くん…………」

 

「銀は何か異常ない?」

 僕が死に掛けたので、銀の存在に何かしら問題が起きていないか心配になった。

『ああ、アタシは大丈夫だ』

「そう、よかった」

 安心した。

 そして、皆に向き直る。 

 

「皆、頼む、これからどうすればいいか教えてくれ」

 ずいぶん情けない台詞だが、勇者部の皆を信頼して協力すべきなんだ。

 かっこよくは在りたいが、こんなことでかっこつけてもしょうがない。

 僕にとってのかっこよくはそこじゃないんだ。

 話している間も、砲撃は放たれている。

 それを避け、弾きながらなんとか話す。

 東郷さんが苦々しげに、

「実は、作戦を一つ思いつきはしたんですが、穴も多くかなり無謀な策なので難しいと思います……もっと別の策を考えた方がいいかと、まだ思いつきませんが……」

 それでも、一つ策はあるのか。

「他のみんなは?」

「満開ゲージも溜まってないし、難しいわね」

 風先輩がそう零す。

 満開ゲージってなんだ?

 ……まあ、今はそれはいい。難しいと言っているし。

 他の全員も首を振る。銀も、考えてはいるが思いつかないと言った。

 なら、一つでもあるならそれを聞いてみよう。

「東郷さんが考えた策、とりあえず聞いてみてもいいかな? それから判断するよ」

「わかりました」

 砲撃を掻い潜りながら、東郷さんの言葉を聞く。

 体力が、少し厳しくなってきた。

 早くしないと。

 

 話が終わる。  

 東郷さんは早く簡単に説明してくれた。

 このジリ貧な状況をちゃんと解ってくれてるんだろう。

 聞いて判断した結果。

 僕は、直ぐに決行した方が良いと思った。

 この状況も長くは続かない。

 あと数分もすれば、体力の限界が来て砲撃に押し負けるであろう。 

 だが、無謀かもしれなくても策があるなら、実行してみるべきだ。

 今こそ、三好さんから教えられた『大胆さ』を活かす時だ。

 勇者部五箇条の一つ、なせば大抵なんとかなる、だよ。  

 

 そう皆に伝えると、

「そうだね、やってみよう!」

『うん、アタシもそれでいいと思う』

「時間もありませんしね」

「やるからには必ず成功させるわよ!」

「私も、頑張ります!」

「よし! 勇者部一同、一丸となってあいつらに思い知らせてやりましょう!」

  

 全員の了承を得た。

 作戦、開始だ!

 

 

 

 まず、東郷さん、三好さん、樹さん、風先輩の四人が動く。

 東郷さんが銃撃で、大量のアリエス・アクエリアスを集中的に攻撃する。

 その間にできる隙を、三好さんが二刀を力強く振り、砲撃を防いでフォローする。 

 そして犬吠埼姉妹も、風先輩が大剣でフォローしつつ樹さんがワイヤーによってアリエス・アクエリアスを切り刻んでいく。

 水球を動かしてきたりしていたが、それもなんとか避けれている。

 僕は離れて戦況を判断している。

 友奈も、拳では今行動するとリスクが高かったので僕の隣にいた。

 僕たち二人とも、今はまだ動く時ではない。

 砲撃がこちらへ放たれた時は、二人で弾きなんとか凌いだ。

 

 そうして、何十体かアリエス・アクエリアスを倒しただろうか。

 水球の包囲網が、少し薄くなった。

 ここまでは、順調だ。

 作戦は、次の段階に移行する。

 

「よし! これぐらいでいい! 次にいく!」

 叫んで伝える。

 僕の声を合図に、皆で一箇所に集まる。

「いくわよ!」

 風先輩が声を上げ、大剣を最大まで巨大化させる。

 まるで巨人の武器だ。

 その柄を、全員で持つ。

「僕が合図をする! そのタイミングで頼む!」

 全員が柄を強く持ち直し、身構える。

「いっせーのーでっっ!!」

 勇者部全員で振りかぶり、全力で投げた。

 ――レオ・ジェミニまで一直線に。

 

 巨大な槍と化した大剣は、量を減らした水球を吹き散らしながら飛んでいく。

 そして、レオ・ジェミニに到達、

 しなかった。

 砲撃が、放たれる。

 大剣は、それに落とされた。

 

 ――――だが、ここまでは想定内だ。

 すでに、僕と友奈は走り出していた。

 友奈が僕を抱える。

 そして、全力で跳躍。

 一部の水球の群れが、大剣によって吹き散らされた空へと。

 だけど、それだけでは届かない。

 跳躍が失速したところで、友奈は抱えていた僕を全力で投げた。

 勇者の力を利用した、二段ジャンプだ。

 

 そうしてようやく、僕はレオ・ジェミニの目の前に到達する。

 これが、僕たちの策。

 少しでもイレギュラーがあれば破綻する、強引な作戦だった。

 だが、実った。

 あとは僕がこの白銀の聖剣を振り下ろすだけだ。

 

「くらえっ!」

 レオ・ジェミニに、振り下ろした。

 

 だが――――

 当たらなかった。

 

「なっ……!」

 レオ・ジェミニは、瞬速で、バックステップをするようにかわしたのだ。

 こいつは、高い機動力を持っていた。

 それが、計算に入っていなかった。

 あと数十センチ、足りなかった。

 剣を振り切った状態で、僕は固まる。

 大きな隙。

 

 神滅砲撃が、超至近距離で放たれる。

 それで、全てが終わる。

 

 ――――――――そんなの、認められるかっ!!

 

 ここで勝てないで、なにが強く優しくかっこよくだ!

 そう、勇者部五箇条の一つ、『なるべく諦めない』。

 僕には力がある、あるのなら、どこまでも引き出せばいい。

 どこまでも、だ!

 

 

 刹那の時の中――

 なにかが、胎動(たいどう)する感覚。

 そして、弾ける。

 首に巻かれている、純白の粒子を散らすマフラーが、粒子となって弾け、

 その大量の粒子が、白銀の剣へと集まる。

 希望の光、眩く、輝く。

 純白の光り宿す、白銀の聖剣へと成った。

 

 砲撃が、迫る。

 後、0.1秒と掛からず直撃する。

 普通なら、ここから防ぐことはできない。

 そう、普通なら。

 

 白銀の聖剣が、振り切った状態から、刹那、神速の切り返しをする。

 僕はほとんど力を入れていない。オートカウンターといっていい。

 白閃(はくせん)

 砲撃と白が、衝突する。

 ――――砲撃が、跡形も無く消滅した。

 

「終わりだよ」

 希望の光り輝く、白銀の聖剣を振り下ろした。

 先の様に空ぶることはしない、その斬撃は伸び、奴に容易(たやす)く命中する。

 光が、爆発する。

 世界が、白く染まる。

 納まった時には、レオ・ジェミニは御魂(みたま)ごと真っ二つになっていた。

 終焉。

 レオ・ジェミニは、砂となり消えた。

 

 僕は、勇者部五箇条の一つを思い出していた。

「ほら……なんとかなった……」

 なせば大抵、なんとかなる。

 

 

 

 レオ・ジェミニを倒した後、足場も無く高所から落ちていく。

 粒子となって剣に集まったマフラーは、再度マフラーへと戻っていた。

 それと同時に白銀の剣の光も消えた。

 

 この後、どうすればいいんだっけ?

 倒した後のことを考えていなかった。

 このまま地面に落ちたら、さすがにただじゃ済まない。

 良くて大怪我、悪かったら死ぬ。

 でも、どうすることもできず落下していく。

 地が、迫る。

『朝陽っ……』

 ああ、銀、どうしよう……。

 

 と、ワイヤーの網が張られた。

 樹さんか。

 そこに落ちる。

 だが、落下の勢いで突っ切ってしまった。

 地面が、もう目の前まで迫る。

 といっても、ワイヤーのおかげで勢いはだいぶ殺されたので死ぬことはないだろう。

 

 そして地面に激突する、と思ったところで視界に入ってくる人影。

 受け止められる。

「朝陽くん、怪我してない……!?」

 友奈だった。

 思い切り抱きしめられているので、柔らかい身体が思いきり密着し、女の子特有の甘い匂いがしてドギマギする、と同時に強い安心感を感じる。

 いや、さっきも抱えられてる時に密着してたか。

 まあそんなこと考える余裕など当然無かったけど。

 心配げな瞳に、答える。

「うん、どこも怪我してない、大丈夫」

「よかった……」

 安心してくれたようだ。優しげな微笑みを浮かべている。

「それと、やったねっ!」

 そして、燦々(さんさん)と輝く太陽のような満面の笑みで労ってくれる。

 その表情に、見惚れる。

 間近でそんな顔見せられたら、照れてしまうよ。

 でも、凄く嬉しい。

 ああ、この暖かい柔らかさと甘くいい香りに、全てを委ねてしまいたい。 

 

 

「え………………」

 ん?

 友奈が唐突に、そんな声を漏らした。

「友奈、どうしたの?」

 怪訝に思って、聞く。 

 まさか心の中を覗かれたんじゃ、と危惧していると、

「あれ……」

 友奈が指差した先を振り返って、そんな暢気な思考は即座に吹っ飛んだ。

 

 数百対に及んでいたアリエス・アクエリアスが、再度合体していく。

 戦慄する。

 増殖したとはいっても、大きさは元と変わらないやつらが総て一つになる。

 その意味を考えると、

 汗がこめかみを垂れ落ち、焦りが募っていく。

 あとは鈍足なやつらを、殲滅するだけだと思っていた。

 だから、レオ・ジェミニを倒した時点で勝ったと、安心してしまった。

 でも、そんなのは傲慢な慢心だった。

 

 そして――

 牡羊座と水瓶座の名を冠したバーテックスの、その頂点が、顕現する。

 アリエス・アクエリアス・クラスター。 

 それが、水の神罰を下す頂点の名だ。

 

 もう、止まらない――――。

 レオ・バーテックスよりもさらに巨大なレオ・ジェミニの、そのさらに数倍はあるアリエス・アクエリアスが出現したと思ってから、何をする間もなかった。

 

 

 ――――――世界が、総て水と化す。

「がぼっ…………!!??」

 気づいた時には、空間全域が、水の世界になっていた。

 まるで、海の中になんの前触れも無く瞬間移動させられたかのようだ。

 アリエス・アクエリアス・クラスターは、天高くに鎮座している。

 このままだと、溺れ殺される。 

 直ぐに理解した。あの化け物をこの世から消さない限りは、この水の世界は終わらないと。

 理解したと同時に、泳いで奴の元に向かう。

 皆も理解したのだろう、僕と同時に泳ぎ始めた。

 だが、全然進まない。

 アリエス・アクエリアス・クラスターが、瀑布(ばくふ)のように叩きつける水流を流してきているからだ。

 もう、限界が近い。

 水の世界になる前に、息を吸う間もなかった。全然酸素が足りない。

 先にも、似たような状況にはなった、だが、これはその比ではない。

 水球の中なら、引っ張り出してもらえばよかった。

 だけど、世界の総てが水に成っているこの状況では、どうすることもできない。

 奴を、倒す以外には。

 だが、暴力的な水流の前に、一向に前に進む事ができない。

 奴への道程(みちのり)が、エベレストの山頂よりも遠く思える。

「ぐっ……がっ……」

 もう……限界か……。

 皆も、息が限界に来ているように見える。

 やばい、まずい、どうすれば――――

 

 

 ――どうすれば、じゃないだろう?

 僕なら、こんなもの、打破できるんだよ。

 完膚なきまでに、不条理に、叩き潰せるんだよ。

 その力が、与えられているんだから。

 ――誰から? 

 知るか。

 ――――やってやる。

 

 

 白きマフラーが、また弾け、四散する。

 そしてその粒子が、白銀の剣へと集まっていく。

 剣が全て純白の光に包まれ、形状を変化させていく。

 変形が終わった時には、僕の手に巨大な白銀に輝く聖槍(せいそう)が握られていた。

 逆手(さかて)に持ち直す。 

 

 白き剛槍(ごうそう)を、全身全霊で()って投擲した。 

 

 ドオォッッッッッッッッ!!!!!!

 

 全く減速することなく、光り輝く轟槍(ごうそう)は水の化け物目掛けて飛翔する。

 そして――

 

 奴の体を、中心から貫いた。

 それでも白き聖槍は、止まることなく空の果てまで飛んでいく。

 御魂を貫かれ、破壊されたアリエス・アクエリアス・クラスターは、砂となって消えた。

 水も世界から、消失する。

 そのまま皆揃って地面に落ちる。

 水流の所為であまり進めなかったのが幸いした、たいした高さではなく全員怪我も無い。

 

「ごほっ……がほごほっ……」

 皆、水を結構飲んでしまったみたいだが。

 それでも、誰一人欠けることなく、敵は全て倒した。

 よかった……。

 これでもう、戦いは終わりなんだよね。

 安心して、息を深く深く吐くと同時に、視界が白く包まれた。

 

 



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十三話 疑念

 目を開けると、学校の屋上だった。

 周りを見ると、皆もいる。

 どうやら戻ってこれたようだ。

 最初に樹海から戻ってきた時は気絶してたし、どう戻るのかは詳しく知らなかった。

 普通に帰れたし、何も心配する事はなかったみたいだが。

 屋上から望める夕日を眺めながら、胸を撫で下ろす。

 これでもうバーテックスは来ない。

 今後は、あんな戦いをする必要無いのだ。 

 平和に、なったのかな……。

 とりあえず、僕たちは日常を歩んでいけるだろう。

 これから皆と、楽しく愉快で痛快でワンダフルな日常が待っているのだ。

 最高だなあ。

 明日はなにしよう。

 なんて物思いに耽っていると、

 

「朝陽くん、すごいよっ!」

「アンタの女子力は最大級ね!」

『やったなっ、本当にやったな! 朝陽!』

「わあっ!」

 

 友奈と風先輩と、銀まで姿を現して抱きついてきた。

 というか女子力ってなんだよ、僕は男子だよ!

 あと苦しいやら恥ずかしいやら嬉しいやらで困る!

 すごい困る!

 そしてやわらかい!

 おっぱい!

 

 テンションが可笑しくなってきた。

 東郷さんは殺気を放ってくるかと思いきやなんか羨ましそうな目で見てるし、樹さんは苦笑、三好さんは呆れた顔をしている。

 

「いや~、最後のあれは本当にダメかと思ったわ」

「夢河くんがいなかったらどうなっていたか分かりませんもんね」

 風先輩と東郷さんがそんなことを言っているけれど。

 

「僕は、ただ必死なだけだったけどね」

 ただただ我武者羅(がむしゃら)で、ぎりぎりな所を走っていただけだ。

「それでもすごいですよっ」

 樹さんもそんな僕に笑顔で言葉を向けてくれる。

「まあ、根性あったじゃない」

 三好さんも、一番弟子が大成(たいせい)して嬉しい師匠のような、有り体に言ってよくやったというような笑みを向けてくれる。

 

 僕は、こんなに褒められてもいいんだろうか。

 皆の力があったから、レオ・ジェミニだって倒せたのだ。僕一人では到底叶わなかっただろう。

 勇者部の力で奴らを殲滅できたといって過言は無い。

 勇者部五箇条を胸に僕は戦ったのだから。

 ここまで言われて嬉しくないわけがないが、なんだか身の丈に合っていないようでむず痒い。

 

「明日は、お役目も終わったし祝勝会ということで皆でカラオケに行きましょう!」

「おお、いいですねそれ!」

 風先輩が宣言し、友奈が乗り良く賛成する。誰も異を唱えることは無かった。

 僕もそうだが。

 明日は日曜日だしね。

「午後二時半あたりに学校に集合してから行くって感じでいいかしら?」

 皆同意する。

 

 カラオケか……楽しみだな。

「これでもう、みんな楽しく過ごせるね!」

 友奈はそういって、桜咲く笑みを浮かべていた。

 

 

 

 家に帰り、夕食の席で友奈が両親に伝えた。

「私たちのお役目、今日で終わったんだよっ」

「おお、それは本当か!?」

「よかったわ」

 友奈パパとママは、心底安堵したように祝ってくれた。

 当然だ、自分の娘が危険な戦いに(おもむ)いていて心配しない親はいないだろう。

 まあ、まったくいない事は無いかもしれないが、今はそんな特殊な事情を抱えた極少数の事などどうでもいい。

 人類対化け物の戦争から解放された友奈を、安心の笑みで喜んで迎えている二人を見て、そう思った。

 

「…………」 

 いや。

 待て。

 そもそも、この両親は友奈がバーテックスと戦っている事を知っていたのか?

 知っていたとして、愛する娘をそんな死地に送り込むだろうか?

 友奈パパも溺愛している様子だったのに。僕は身をもって知っている。

 大赦に適当にはぐらかされて、大事なお役目とかそういう風にしか伝えられていなかったんじゃないのか?

 

 聞いてみたい。

 知っていたのか、知らなかったのか。

 凄く聞いてみたかった。

 だけどその反面、怖くもあった。

 だって、もし知っていた上で友奈を死地に送り込んでいたとしたら、これはなんだ。

 この暖かな光景はなんなんだ、ということになる。

 偽りに塗れた、どす黒く腐臭漂う光景に様変わりしてしまうじゃないか。 

 そんなのは嫌だ。そんなことは認められない。

 この光景が偽りの筈が無い。

 もしそうだったら僕は耐えられない。

 これは強く優しくかっこよくとは関係ない、そんなこと、いくら強い人間でも平然としていられる訳が無いのだから。

 信じていた事が偽りだと知って、動揺しない人間はいない。

 それに対して思い入れがあればあるほど、そうなるだろう。

 逆になにに対しても興味が無いような奴がいれば、毛ほども揺れないだろうが、僕は友奈達に無関心ではない、完全にその逆だ。

 だから、僕は聞くことができなかった。

 返答を聞くことが恐ろしくて堪らなかった。

 僕は静かに、今見えているものが絶対の真実であると信じて、夕食の席のお茶をすするしかなかった。

 

「明日はご馳走ね」

 友奈ママが優しい微笑みを見せながらそんな言葉を発したが、僕はもうその微笑みを純粋に信じることができなかった。

 

 

 

 

 経過は、順調。

 

 驚くほどに、順調。

 

 (かげ)は、笑う、笑う、笑う。

 

 道化のパフォーマンスに、喜悦(きえつ)する。

 

 まだまだ演目は終わっていない。

 

 舞台設定を考えなくては。

 

 さあ、ここからだ。

 

 

 

 

 深く広がる、青。

 

 その清涼なる青に、異物。

 

 黒い異物が、複数。

 

 (いな)、複数どころではない。大量。

 

 その異物は、人間。

 

 広がる青に浮かぶ、人々。

 

 動かない。

 

 波に揺れるその人型達は、自らは微動だにしない。

 

 静かに、浮かび続ける。

 

 動かない、動かない、動かない。

 

 骸達は、不気味に静謐(せいひつ)だ。

 

 

 

 

 …………朝の陽光が眩しい。

 チュンチュン、チュンチュン。

 安っぽい銃声ではない、外でスズメが鳴いている。

 

 ――と思ったが、全然そんなことは無かった。

 いつものそんな清々しい朝ではなかった。

 

 ザザーーーーーーーーーーーーーーー。

 

 大雨が降っていた。

 朝の陽光なんてまったく見えない、暗く陰気な空だけだ。

 スズメの声も当然聞こえない。

 この豪雨、どぶとか水が溢れるレベルじゃないだろうか。

 こんなに雨が降ってると、カラオケにいけるのか不安になってくる。

 後でチャットで聞いてみよう。

 昨日はあんなこと考えてしまった所為で、あまり眠れなかった。

 あ~、俺二時間しか寝てないわ~、今日二時間しか眠れなかったわ~。という奴である。

 まあ僕はそんなうざい寝てない自慢などしないが。 

 とにかく僕はその影響で、身体が気だるい。

 ああ、もっと寝ていたい。

 時計を見ると朝七時だった。

 もう起きないと学校に間に合わせるのが辛いだろう。

 寝たい、起きなきゃ、寝たい、起きなきゃ。

 相反する思考がせめぎ合うが、なんとか起きなきゃという思考の方に軍配が上がったようで、だらだらと体を起こす。

 

 なにげにかなり気に入っている黒灰色の制服へと着替えを済ませ、下に下りる。

 洗面所に行き、鏡を見るが、今日は陰気な顔をしていた。

『うわっ、酷い顔してるな朝陽。大丈夫か?』

 寝不足と大雨のダブルコンボだからね……それと、昨日の事も……。

「ま、まあちょっと寝不足でね……」

『なにかあったのか? といってもあたしはずっと一緒にいたか。心配事か?』

「い、いや、昨日戦ったし疲れただけだよ……」

「そうか?」

 言っても要らぬ不信感をぶちまけるだけだろうし、ごまかすことにした。

 銀は釈然としてないような声音だが。

『ああそれと、おはよう朝陽』

「うん、おはよう銀」

 まあ、昨日の疑心は忘れよう。

 考えても意味が無い。 

 時間と労力を無駄にするだけだ。

 精神を蝕むだけだ。

 だから忘れよう。

 うん、それがいい。

 そんな結論を出し、歯磨きと洗顔を済ませた。

 

 

 リビングへと顔を出す。

 友奈ママがこちらに気づき、

「おはよう。休みなのに早いわね、友奈にも見習わせたいわ。て、あら? 制服?」

 ん? 休み?

 ああ、そうだった。今日休みだった。

 昨日土曜日、今日日曜日、完全に休みだったわ。

 というかカラオケ行く約束してたじゃん。忘れるなよ。

 ちょっと寝ぼけてたのかもしれない。

 休みならもっと寝ていてもよかったかな。

 まあ、早起きは三文(さんもん)の徳ともいうしね。

 

 ……だけど、制服はこのままでいいや。

 この制服気に入ったんだし、休みの日に来ても別に問題ないだろ。 

 むしろこれから毎日来てもいいな。

 それに僕はファッションセンスとかそういうのわからないし、下手に服選んで変な服着て嫌な風に思われるのやだし。 

 予備の制服と合わせて交互に着れば良いし。

 これでいいな、うん、この黒灰色の制服がいい。

 夏とかそういうのは気にしない。

 

「おはようございます。休みなのはそうなんですけど、この制服気に入ったので休みでも着ようかと」

 実際は休みなのを忘れていただけだが、それを伝える必要も無いだろう。

「そうなの? 変わった趣味してるのね」

「いやあ、あはは……」

「休みということを忘れていただけじゃないのか?」

 う……鋭いな友奈パパ。娘に付く悪い虫をよく観察しているみたいだ。自分で悪い虫って言っちゃうのかよ。

 敵の情報は必要だからね、さすが武人といったところだ。

「お父さんもおはようございます。そんなことより、友奈はまた起きてないようなので起こしてきますね」

「悪いわね、お願いするわ」

「いえ、居候の身ですので」

「あからさまにごまかしやがったな。あと俺はお前の父親じゃねえ」

 そんな最後の声は無視して、友奈の部屋へと階段を上った。

 

 普通に、明るく話せたな……。

 実際あの人たちが何か変わっているわけじゃない。

 話してみれば、後は簡単だった。

 

 

「友奈ー朝だぞー」

 どうせ寝てるだろうと思ってバンッとドアを開けて、ノックもせずに友奈の部屋に入る。

 案の定、電気は付いておらず、薄暗い部屋で友奈は寝たままだった。

 ドアを開けた後に気づいたが、もし着替え中だったらやばかったな。

 そんなラッキースケベなんて起こらなかったが。

 友奈の朝の弱さに感謝すべきか嘆くべきか。

 それはさておき、友奈を起こそう。

 体を揺するのが手っ取り早いということは前に学習済みだ。

 ベッドに近づく。

 手を伸ばす。

 友奈の肩を揺さぶった。

 ガシッ。

 その手を掴まれた。

 

「ふぁっ!?」

 なななななんどすえ!?

 混乱のあまりなんとか弁になっていると、すう、すう、という寝息が聞こえてきた。

 見ると、友奈は僕の右腕を抱き枕にして眠っている。

「ね、寝ぼけているのか……?」

 多分そうだろう。目を完全に閉じているし寝息も穏やかで規則的だ。

 というか。

 腕に、あたっているんだけど。

 やわらかくて、暖かいんだけど。

 決して大きいとはいえないが、女性らしいふくらみを持った胸が僕の腕に接触している。

 大きくはないといったが東郷さんは例外なのだ、中学生ならこれくらいの大きさでも普通といえるんじゃないだろうか。

 まあ、とにかく、うん――――やばい。

 

 ラッキースケベなんて起こらなかったとかいった矢先にこれだよ! 

 いや嬉しくないわけじゃないけど心臓に悪いよ!

「友奈……ちょっと……」

 声を投げかけてみるが、ぐっすりと寝ている。

 くそっ、幸せそうな顔してるよ。

 僕もある意味幸せだけれど。

 

 …………もう、このままでいいんじゃないかな。

 うん、放してくれそうもないし、起きるまで別にこのままでも――――

 

「はいどーーーーーーーーーーーーーーーん!」

 

「ぐっはああああああああああ!!??」

 ドンガラガッシャーン!

 大げさな擬音だが、僕の中ではこのぐらいのことは起きた。

 椅子を巻き込みながら吹っ飛んだだけだけど。

 だけってことはないか、ちょっと痛い。

 そんな暴挙(ぼうきょ)に出たのは、僕の目の前に浮遊している三ノ輪さん()の銀さんである。

 

「なにしてくれてんの!? 暴力ヒロインなの!?」 

「朝陽がヘンタイだから悪いんだろー」

 ジト目で睨んでくる。

「ヘンタイ!? 今のどこにヘンタイ要素が!? 不可抗力だよ!?」

「たとえ最初は不可抗力だったとしても、なんですぐに振りほどかなかったんだ?」

「ぐっ……」

 確かにやましい気持ちが芽生えなかったといえば嘘になる。

 そのままの状況を維持しようと思考を無理やり納得させていた感も否めない。

 だから友奈のために突き飛ばされても仕方がない。

 痛いところを突かれたというような考えが顔に出ていたのか、

「ほら、やっぱり朝陽はヘンタイだ」

 と銀は言ってきた。

 

「ぐああああああああ」

 頭を抱える。

 完 全 論 破。

 強く優しくかっこよくとはなんだったのか。

 いや、戦いが終わって気が緩んでただけだ。

 きっとそうだ。

  

 その後友奈をなんとか起こし、朝食を食べたのだった。



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十四話 友奈と銀と





 朝食を食べ終わり自室でくつろいでいると、メールが来た。

 スマートフォンは戦闘の最中で壊れてしまったかと思っていたが、奇跡的に無事だった。

 偶然スマホが入っているポケットには攻撃が当たらなかったみたいだ。

 まあ壊れていたとしても、大赦が支給してくれるようだけど。

 それはともかく、誰かと思い開いてみると、大赦からだった。

 どんな用件かと呼んでみる。

 バーテックスの襲撃は終わったと見られるので、用意してあるマンションに明日から移住するように、というような事が書いてあった。 

 そういえば、大赦から友奈の家に居れるのは戦いが終わるまでと言われていたな。

 まだ結城家に着てから四日目なのに、もう出て行かなくてはならないのか。

 戦いが終わるまでということで泊めてもらっていたから、しょうがない事なのだろうけど。

 そもそもなんで結城家に泊まることになったのか結局詳しくは分からなかったな。

 神託がどうとか言っていたが、何故そんな信託が来たのかが分からない。

 といっても、それはさして重要ではないと思う。

 結城家に泊まるか泊まらないかで何かが特段変わるとも思えないし。

 今はそれよりも、今日が友奈がいる家に居れる最後の日だということだ。

 最後に、何か思い出を残しておきたい。

 

 そんなことを考えながら、勇者部のチャットを開いてみる。

 凄まじい大雨だし、カラオケがどうなるか確かめておきたかったからだ。

 東郷さんは車椅子だからきついんじゃないだろうか。

 開いた画面には、

 

Fu<雨が酷すぎるからカラオケ今日は中止になるかもしれないわ>

 

Fu<とりあえず昼まで様子見>

 

 ということが書いてあった。

 やっぱそうなるよね。

 この豪雨だもんね。

 凄い雨音がうるさいし。

 通り雨の可能性もあるから、昼まで様子見ってことにしたんだろうけど。

 まあ、その考えには僕も賛成だ。

 スマホをポケットにしまい、一息吐く。

 昼までなにしよう。

 

 …………僕の力って、本当になんなんだろうな。

 脈絡(みゃくらく)が無いが、気になっていたことがふと頭に浮かんだ。

 いきなり強力な力を出せたりするし、あんなに強大なバーテックスを一撃で倒したりできるし、どんだけチートなんだって話だけど。

 でも、得体が知れない。

 まったくこんな力が使える心当たりは無いんだ、どんな力なのかもわからない。

 いや、まったくってことは無いか、失った記憶の中にあるかもしれない。

 それでも、得体の知れない強大な力というのは、たとえ自分のでも心地が悪いというものだ。 

 確かに皆を守れる頼りになる力だけど、どんな力か情報が全く無いと、何か悪い事がいつか起きるんじゃないかと不安になってしまう。

 

 ――といっても、結局考えても分かることではないというのは変わらないし、敵はもう全部倒して終わったのだから力を使う場面ももう来ないだろうし、そんなことに思考を割いても不毛かな。

 記憶が戻れば別だが、戻る気配も無いしね。

 まあ、今はそんなことよりこの家に居れる最後の日なのだから、今日何をするかを考えよう。

 雨が土砂降りで当然家から出る事はできないから、家の中で何かをする事になるが。

 友奈や銀と遊ぶのが無難か。

 よし、そうと決まったら即行動だ。

 

「銀、見ての通りこの雨だし、昼辺りに風先輩から連絡が来るまで友奈と三人でなんかしようか」

『おう、いいけど、なにするんだ?』

「まだ決めてない、友奈も交えて考えてみようかと」

『そうか、家の中で三人でやるとなると選択肢は限られてくるかな』

「そうなんだよねえ」

 と言いながら立ち上がり、部屋を出る。

 隣にある友奈の部屋の前に立ち、ノックをする。

 

「僕だけど、入っていい?」

「うん、入っていいよー」

 と中から聞こえたので、ドアを開ける。

「友奈、チャットは見た?」

 友奈は寝転がっていたベッドから体を起こしながら答える。

「見たよ、凄い雨だもんね、てるてるぼうず作って置けばよかったかなあ」

「ははは、こんな雨じゃあ一つだと足りなさそうだね」

 

「それにしても、朝陽くん今日休みなのに制服なんだね」

「あ、うん。この制服気に入ったもんでね」

「そうなんだ、似合ってると思ってたけどそこまで気に入ってたんだね!」

「そ、そう……?」

 自分の好きな服を着て似合ってると言われると結構嬉しいな。

 でも制服に似合ってるもなにもあるのだろうか。

 

「それはそうと、銀も入れて三人でなんかして遊ぼう、昼まで暇だしね」

「いいよー、なにする?」

「それを今から三人で考えようかなって」

 銀が姿を現す。

「そういうことかー、じゃあどうしよ」

 友奈は腕を組み、う~むと考えている。

「三人だから何かゲーム的なものがいいよな」

 銀がそう言う。 

 ゲームか、そうだねそれぐらいか。

 テレビゲームだとテレビが下のリビングぐらいにしか無いし、友奈の両親がいる場でってのもなあ。

 アナログゲームならこの部屋とかでもできるし、そっちの方がいいかな。

 そもそも友奈がテレビゲームとか持ってるか知らないけどね。

「何かパーティーゲームみたいなのないかな? ボードゲームとか」

 そう友奈に聞くと、

「あ、それなら色々あるよ! ちょっと待っててね」

 友奈はそう答えた後、クローゼットを開いて奥のほうをがさごそと探している。

 そしてなんか色々と腕に抱えて出てくる。

「えっと、トランプとジェンガと人生ゲームと、あとツイスターゲームかな」

 

 …………ん?

「え? ツ、ツイ……ツイッター?」

「朝陽、呟くやつじゃない。ツイスターだ。ところでツイスターゲームってなんだ?」

「ツイスター? 竜巻かな?」

「朝陽、わかっていってるだろ……」

 ジロリと銀に睨まれた。

 う……。

 

「ま、まあそうだね。ところでなんでそんなものを友奈が持ってるの?」

 意外すぎるんだが。

「お母さんが前に買ってきたんだよ」

 おいいいいいい! 友奈ママなにやってんの!?

 おっとりした顔してなに娘にツイスターゲームなんてあげてんの!?

 ……いや、待て。僕の頭が煩悩まみれなだけで普通にそういうゲームなんだと思って買ってきただけなんじゃないのか。

 ただのゲームとして。

 うん、きっとそうだろう。そうじゃなきゃおかしい。

 Sex in a box(エッチ箱)なんていう蔑称があることは棚に上げる。

 そう自分を納得させ、銀に軽くツイスターゲームの説明をする。

「ほう、面白そうじゃん」

 そうかな?

 確かにゲームとしてみて、普通に面白い……かな?

 わかんないや。

「じゃあ、とりあえず全部やろうか!」

 銀がそんなことを言う。

「全部? 時間的に大丈夫かなあ」 

「私も銀ちゃんの意見に賛成、とりあえず全部やってみよう!」

「うーん、二人がいうなら別にいいか」

 ちょっと早めにやれば良いだけだしね。

 そんなこんなで、遊ぶことになった。

 

 

 

 空気が張り詰めている。

 真剣な表情で僕は友奈の手札のカードを吟味し、表情を窺う。

 

 ……ぐっ、隙がなさすぎるっ。

 友奈の表情はまるで動かない。常時微笑んだ状態だ。

 全部のカードへ手を掛けていっても、全く顔が変わらない。

 そのポーカーフェイスはまるで能面のようだ。

 友奈にこんな特技が合ったなんて。

 というか、

 怖い。

 この友奈怖い。

 全く表情が微動だにしないんだよ? 怖いよ。

 もう、心理戦は無理だな。

 表情が変わらないんじゃ考えても無意味だ、適当に選ぼう。

 右隅の一枚を取った。

 ふう。

 ジョーカーではなかった、スペードのエースだった。

 安心、順調。

 

 ――といっても、ジョーカーは今銀の手元にあるんだろうけど。

 なんというかノリで、ね。

 ジョーカーだったらどうしよう、みたいな反応をしてみたかっただけだ。

 自分の手札にあったもう一枚のスペードのエースと一緒に、三人で座ってる輪の中心部分に在るカード溜まりに放る。

 

 そう、僕たちは今ババ抜きをしている。

 まあトランプの定番だね。

 トランプで遊ぶ時、大体最初に頭に思い浮かぶのがババ抜きだよね。

 時間も比較的他のより掛かんないし、今の状況に最適だ。

 ということで、ババ抜きを最初にやる事が決まるのに全く時間は掛からなかった。

 で、今に至る。

 

 次は友奈が銀のカードを引く番だ。

 友奈が手を銀のカードに近づける。

 銀は順番に左からカードに掛けられていく手に面白いように反応していた。

 途中までは普段どおりの表情だったが、真ん中のカードに手を掛けたとたん、よっしゃっといわんばかりの喜色満面な顔になった。

 わかりやすすぎる……。

 さっきもそれでジョーカーが銀の手元に行ったことが丸わかりだった。

 案の定真ん中のカードは引かれることなく、友奈はその横のカードを引いた。

 肩を落とす銀。 

 南無、三。

 

「やったー」

 友奈が笑顔で両手を上げる。

 結局友奈が一位となり、僕が続き、銀が最後までジョーカーを持ちビリとなった。

 

「次こそは勝つ!」

 銀がそう息巻いている中、次のゲームが始まる。

 ジェンガだ。

 最初は順調に抜いては積まれと続いていく。

 次第にブロックのタワーは不安定になっていく。

 ここからが本番といっていいだろう。

 

「わわっと……よし!」  

 銀が危なげにブロックを抜き、一番上に乗せた。

 次は僕の番だ。

 まるでジェンガのブロックを引き抜くかのような慎重さでジェンガのブロックを引き抜かなければ(?)

 とにかく慎重に、繊細な動きでゆっくりと引き抜くんだ。

 息を吸って、吐く。

 心を落ち着ける。

 そして、

 

 体はジェンガで出来ている。

 

 血潮(ちしお)は木で心はブロック。

 

 (いく)たびの遊技場を越えて不敗。

 

 ただ一度の敗走もなく、

 

 ただ一度の勝利もなし。

 (にな)い手はここに独り、

 ジェンガの丘で木を()つ。

 

 ならば我が生涯に意味は不要(いら)ず。

 

 この体は、

 

 無限のジェンガで出来ていた。

 

 意味不明な詠唱を呟きながら、ジェンガを繊細な動作で引き抜いた。

 一番上にトスンと乗せる。

 

「おお、朝陽くん今の動きすごかったよ。まるでジェンガのブロックを引き抜くかのような慎重さでジェンガのブロックを引き抜いてたよ」

「全くタワーが揺れてなかったな。本当に、まるでジェンガのブロックを引き抜くかのような慎重さでジェンガのブロックを引き抜いてたな」

 

 ……二人とも日本語おかしくない? 

 

 

 次は人生ゲームだ。

 ちなみにジェンガは銀がブロックタワーをクラッシュさせて終わった。

 うん、銀、残念だったね(暗黒微笑)。

 ちょっと僕さっきから変なノリになってるね。

 まあいいかな。 

 

 ――おっと、僕の番だ。

 ルーレットを回す。

 僕はここまで順調に進めてきた。

 それなりに良い会社に入り、結婚もし、社長にまで上り詰めていた。

 この調子で一番になってやる。

 ルーレットが止まる。

 四だ。

 駒を四マス進める。

 止まったマスは、

 

 ――――会社倒産。

 

 ピエアアアアアアアアアアア!!

「あっはっはっはっは! 朝陽、倒産だってよ!」

 銀が爆笑している。

「あ、朝陽くん、惜しかったね……ぷふっ」

 友奈も笑っている。

 ――――ちくしょうっ!

 次は、次こそはっ。 

 友奈は順調に進み、銀がルーレットを回す。

 止まったマスは、

 

 宝くじで三億円。

 

「よっしゃあ!」

 銀が思いきりガッツポーズをする。

「銀ちゃんすごい!」

 ぐぬぬぬぬ。  

 僕の番だ。

 ルーレットを気合を入れて回す。

 ここで挽回する!

 駒を進めて、止まったマスは、

 

 離婚、仕事に就けない、浮浪者。

 

 ヴェアアアアアアアアアアア!!

「ぶわははははは! 倒産に続いて離婚とか、転落人生すぎるだろ朝陽ぃ!」

 銀がまた大爆笑する。

「あはははは、朝陽くん運がなさすぎだよお」

 友奈にもまた笑われた。

 ――――こんちくしょうっ!

 

 そうして人生ゲームは終わった。

 結果は惨敗。僕は転落し続けた。

 銀はあの後もいいマスを連発させ、一位となった。

 友奈は順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な感じで普通にゴールした。  

 そして最後のゲームに移る。

 

 



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十五話 友奈と銀とその後友奈と





 ツイスターゲーム。

 ついに来てしまった。

 ていうか本当にやるのこれ?

 色々と問題なんじゃないんですかねえ。

「ルーレットを回す役の人が必要だよね、だから僕は棄権する事にするよ」

 さすがにあれで密着しすぎるのはまずいと思ってそう提案する。

「え? 朝陽くんやらないの?」

「ここまで皆でやったんだから最後も皆でやったほうが良いだろ」

 いやいやそうは言ってもね、こう、ね?

 

 僕の理性が持つかどうかわかりません。

「でも、ルーレットどうするの……?」

 どうにかこの理由で逃げれないだろうか。

「順番にすればいいんじゃないかな。そうすれば全員と対戦できるよ」

 やはりその隙を突かれてしまったか、もう打つ手がない。

 いや、断ろうとすれば全力で拒否すればいいだけだ。

 だけど、ここで無理に断って空気が読めない行動をするのも嫌だった。

 嫌な風に思われたくないのだ。

 だが、しかし、うーん。

「ま、まあ、とりあえず二人からどうぞ。僕は後でいいから」

 結局先延ばしにした。

 ヘタレかな。

 でも責任も取れる覚悟もないのに変なことする方が間違ってると僕は思う。

 誠実じゃなければ意味がないのだ。

 

 二人がツイスターゲームのシートの上に座る。

「じゃあ、お願い朝陽くん」

「どんとこーい!」

 準備が出来たようなのでルーレットを回す。

 

 

 …………あれからルーレットを回し続けたわけなんだけど。

 今、凄い光景が目の前にある。

 

「ん、あっ、あ、朝陽くん、次はぁ……」

「あ、朝陽、早く、ルーレットを回してくれ、んっ、あっ……」 

 

 そこには、歪な体勢で密着し、くんずほぐれつする美少女二人がいた。

 うん、凄く、百合百合しいです。

 ああ、ああ、青少年のなんかが危ない!

 僕個人的には百合は好みじゃないんだけどなあ。

 でもこの光景からは目が離せないんだよなぁ。

 どうしてだろうなあ。

 

「朝陽くん、はやくぅ……」

 友奈がこちらに振り返りながら言ってくる。

「う、うん、すぐに回すよ」

 ちょっと、そんな悩ましげな目で見ないでくださいよ。

 下半身が反応してしまうじゃないですか。

 無心を意識しながらルーレットを回す。

 カラカラとしばらく回転した後、止まる。

 

「友奈、右手を青に」

「ええっ、あおぉ……」  

 友奈が戸惑ったような声を上げるが、無理も無い。

 銀の体と絡まっている状態な上に、青は銀の体の向こう側にあるからだ。

 全力で体と手を伸ばしてギリギリいけるかどうかという場所だ。

 友奈は無理やり手を伸ばす。

「んんんっ……」

 力んで体を伸ばしている。

 その時に銀と身体がより密着し、胸と胸が押し付け合わされたり足と足もさらに絡まる。

 

「おっふぉおおっ」

 はっ――変な声が出てしまった。

 だから、僕は百合には興味ないんだってばっ。 

 本当に違うんだって。

 だが目を放せない、瞼は目一杯見開かれている。

 ガン見である。

 なぜ。

 なんでだ。

 何故僕はこんなに、瞳を痛いほどに上下に伸ばして、網膜に目の前の光景を焼き付けているんだ。

「いや、でも違うから、興味ないから」

 声に出して自分に言い聞かせる。

 そうやって行動と思考が一致しないで見続けていると、

 

「ああっ!」

「うおっ!」

 友奈が後少し届かず体勢を崩して、銀共々倒れた。

 ……と同時にスマホの着信音が二つ鳴った。

 僕と友奈のスマホからだ。

 何かと思い取り出し、見てみる。

 風先輩からのメールだった。

 画面には、カラオケはまた後日大雨が降ってない日にやるという(むね)が書かれていた。

 窓の外を見てみると、大雨は弱まりを見せることなく轟々と降り続いている。

 確かにこれじゃあ中止になるのは当然と言えよう。

 危ないしね。

 大雨が降ってない日、ていうことは少しぐらいの雨ならその日はカラオケに行くということかな。 

 だったら明日にでも行けるかもしれない。

 明日月曜日で学校だけど放課後に行けば良いしね。

 と、

 

「友奈も着信着てたみたいだけど風先輩からだよね?」

 体勢を立て直しスマホを見ていた友奈が顔を上げる。

「そうだよ、てことは朝陽くんも?」

「うん、カラオケ中止っていう内容だけど友奈も同じだよね?」

「そうだね、同じだよ、残念だけどまた今度だね」

 少し眉尻を下げながら友奈が言う。

 一斉送信だったんだろうな。

「ということはもう今日は家から出る事はないかな」

 スマホの時間を見てみると、もう昼だ。

 昼ご飯の時間だ。

 ――そういえば。

 

「友奈って僕が今日一杯でこの家から出て行くって知ってるよね?」

 自然に遊んでたけどそれ聞くの忘れてた。

「ええっ!? 聞いてないよ! そうなの!?」

 物凄く驚いている。

 どうやら知らなかったみたいだ。

 情報伝達の齟齬が。

 まあ急な話だったからね。

 戦いが終わるまでっていうことは事前に知っているはずだが、まさかそんなすぐに出て行くとは思っていなかったんだろう。

 

「もっといられないの?」

 寂しげな顔で聞いてくる。

 なんだかこそばゆい。

「でも、戦いが終わるまでってことだったし、仕方がないよ」

 友奈は視線を落とし、

「……そっか」

 と呟く。

 友奈は天真爛漫(てんしんらんまん)だが、我侭(わがまま)な人間ではない。

 ちゃんと気遣いが出来る人なんだ。

 元気に振舞っていながら、考えている所はしっかりと考えている。

 数日しか過ごしていないが、それは分かった。

 だから、直ぐに引き下がったのだろう。

 いつまでも他人の家に居候するわけにもいかないから、こればかりはしょうがない。

 一拍(いっぱく)気まずいような沈黙が流れる。

 

 だけど友奈はすぐに顔を上げて、

「だったら今日中に思い出、いっぱいいっぱいつくらないと!」 

 友奈は張り切ってそう言ってくれた。

 僕も思い出を作りたいと思っていたから、それが嬉しかった。

 まあ、この家から出て行くだけで普通に毎日学校とかで会えるんだけどね。

 でもやっぱりこの家に入れるのは最後だから。

 少し寂しいと思ってしまうのは仕方がない。

 

「二人ともご飯よー」

 下の階から友奈ママの呼び声が聞こえた。

 昼ご飯が出来たらしい。

 あ、これツイスター逃れるチャンスじゃないか?

 そうだ、竜巻は回避するべきだ。

 災害なんて、来ない方が良い。

 溢れ出る煩悩を払いのける。

 僕は全力で竜巻から逃げるぞ。

 

「呼んでるし行こうか」

「うん、お昼ご飯何かな~」

 ウキウキ顔で友奈は立ち上がる。

 銀は僕の中に戻り、二人で階下へ向かった。

 そうして僕は、有耶無耶(うやむや)の内にツイスターゲームを回避したのだった。

 

 ――――少し残念に思うのは避けられなかったが。 

 

 

 

 その日の夜。

 今日は、友奈と銀とで遊び倒した。

 思い出をしっかりと頭に刻み込めたと思う。

 夕ご飯も、豪勢な料理だった。

 居候の身であんなに豪華なの口に入れるのは気が引けた。 

 少しだけ食べて止めようとしたら、もっと食べろといわれて断れずに食べたけど。

 まあ、美味しかった。

 

 そして今は就寝前。

 もうそろそろ寝ようかと思っていた頃。

 コンコンっと明日から僕の部屋ではなくなるこの部屋のドアがノックされた。

「入っていい?」

 友奈だった。

「うん、いいよ」

 僕が答えると、友奈がドアを開けて入ってくる。

 就寝前の時間帯だからかパジャマ姿だった。

 薄いピンク色で、(えり)(そで)(すそ)にレースが付いているとても可愛らしいパジャマだ。

 髪は結んでおらず肩口をくすぐるストレートだ。 

 なんか新鮮で、凄く良い。

 ここ数日一緒に住んでたけどパジャマ姿を見たのは初めてだった。

 本当に、可愛い。

 

「こんな時間に何の用?」

 この時間に、それもパジャマの状態で来たのは初めてだったので気になって聞く。

「ちょっと、朝陽くんと話したいことがあって」

 真面目な雰囲気を友奈の表情から悟る。

「それじゃあ、アタシは席を外した方が良いかな?」 

 銀が出てきて友奈に尋ねる。

「うん、二人きりの方がいいかも……ごめんね」

 申し訳なさそうに友奈が言う。

「いいってことよ」

 銀は快活に笑ってそう返す。

「私の部屋使っちゃっていいから」

「おう」

 そうして銀は部屋を出て行った。

 

 …………。

「……えっと、とりあえず座って?」

「あ、うん……」

 友奈が立ったままだったので座るよう促す。

 僕の前にとんび座りで腰を落とす。

 一拍置いて友奈は喋りだす。

 

「……そこまで重要な話というわけじゃないんだけど、聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

「そう、本当にあまり重要じゃないんだけどねっ」

 友奈が苦笑しながら両手を振る。

 ちょっといつもと様子が違う。

 なにか遠慮しているような感じだ。

 何を遠慮する事があるんだろう。

「朝陽くんは、なんであそこまでして戦ってくれたのかなって……」

「……? どういうこと?」

 いまいち詳しい意味がわからなくて聞き返す。

「えっとつまりね、私たちはもう同じ勇者部の仲間で友達だけど、あってまだ少ししか経ってないよね」

「うん」

 友達だとちゃんと思ってもらえてたんだね、よかった。

「朝陽くんは始めて会った時も守ってくれたけど、今回はあんな死んじゃうような大怪我まで負ってたのに、それでも必死になって戦ってくれた、笑いかけてもくれた。確かにバーテックスを倒さないと全てが終わってしまうけど、それでも記憶がなくて会って間もない人たちばかりの中戦った。それがなんでかなって…………」

 

「……そう……かな……」

 確かに僕は、皆と会って間もない。

 そんな人間があそこまで必死に守ろうとするのは、傍から見て不思議に思うかもしれない。

 でも。

「朝陽くん、悪く言っているわけじゃないんだよ、私、すごく嬉しかったんだ。でも、なんでそこまでしてくれるのかなって思って」 

 そうか、ただ僕の行動の原理を知りたかったのか。

 遠慮がちだったのはそういう意味か。

 僕の個人的なことでもあるから、聞いていいか迷っていたんだな。

 これぐらいどうってことないのに。

 優しいな、友奈は。

 

「わかった、じゃあ僕の思いを話すよ」

「……話してくれるの?」

「うん、それぐらい問題ないよ」

「ありがとう」

 友奈は優しく微笑んだ。

 

 そうして僕は、話し出す。

「僕は記憶が無いけれど、友奈たちを始めてみた時思ったんだ。守りたいって」

「守りたい…………それは、なんで?」

「僕にもわからないんだ、ただ、そんな想いが溢れてきたんだ」

「そうなんだ……」

 友奈は思い耽るように黙る。

「それで、僕は記憶が無かったから、その自分から湧き上がってきた想いを実行する以外にやることが無かったんだ。もちろん、勇者部に入って皆と仲良くなって誰も失いたくないと思うようになっていたよ。けど、最初の行動原理はそれだったんだ。記憶が無くて、唯一その想いしか僕には無かったから、だから記憶が戻るまではそのためだけに生きようって考えたんだ。いわば生きる目的だね」

 それが、僕の理由。

 

 一呼吸置いて。

「最初は、震えるほど怖かったんだ。記憶が無くて、知ってる人が一人もいなくて、でも、皆と出会ってからは、そんなの吹き飛んでしまったんだ。皆がいたから、怖くなかった。だから、凄く感謝してるんだ」

 思わず顔が綻んでしまう。

「本当に、皆のおかげなんだ……」

 感謝の念を、吐き出す。

 

 

 全部話し終えた後、友奈が喋りだす。

「ありがとう、話してくれて」

 笑顔でそう言った。

「さっきも言ったけど、これぐらいどうってことないよ」

 友奈は首を振り、

「ううん、それでもちゃんと言ってくれて嬉しかったよ」

 そんな言葉を掛けてくれた。

「でもそれだと、もう目的は達成されちゃったね」

 確かにそうだった。

「これからはどうするの?」

 これから、か。

 そうだね……。

「もう皆のことは好きになっちゃったから、勇者部で楽しく過ごしていくことかな。それが次の生きる目的かな」

 そんな気恥ずかしい本音を、吐露(とろ)する。 

「だったら、これからは目的達成されまくりだねっ」

「そうかもね」

 そうだといい。

 いや、きっとそうなんだろう。

 バーテックスはもう全て倒したのだから。

 

「私たちはこれからも、ずっと仲間で、友達だよ」

 友奈は満開の桜のような笑顔で、そんな嬉しいことを言ってくれた。

 

 



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十六話 水死体

 ――――あれから、一週間が経った。

 結局、大雨は一週間も振り続けた。

 それこそ大雨洪水警報が出るほどに。

 

 やはりあの雨は、アリエス・アクエリアスの世界を全て水に変えた攻撃の被害だと僕は思った。

 一週間雷も鳴らず風も大して吹かず大雨だけが降り続けるというのも不自然だと思ったし、タイミングも良過ぎる。

 それを皆に話したら、僕と同じ見解だった。

 だから多分あのバーテックスの影響なんだろう。

 全く、余計なことしてくれたよ。

 

 なのでまだ打ち上げのカラオケには行けていない。

 というか、今日行く。

 今日はまさに台風一過といったような快晴だからだ。

 青い空は透き通り、太陽が眩しい。

 台風じゃなくて厳密には大雨だけだったけどね、似たようなもんだろうけれど。

 それに、今日から夏休みに入ったんだ。

 だから時間的にも天気的にも完全に問題ない。

 

 僕は新しい家、というか部屋、から出て待ち合わせの学校前を目指し歩く。

 カラオケ屋で待ち合わせるのも悪くないだろうが、僕はその場所を知らない。

 それで、なんだったら全員で待ち合わせして一緒に行こうとなったわけだ。

 新しい住処は大赦の人も使っているマンションで、そこの一室を義務教育が終わって独り立ちできるまで貸してもらえることになった。

 結構快適な部屋だった。当然トイレも風呂もあるし内装もシンプルで普通にいい感じだ。

 広い部屋はあまり好きじゃないので、八畳ほどの部屋は過ごしやすくてよかった、僕としては六畳でもよかったけれど。

 

 そのマンションには三好さんも住んでいるが、別の階の離れた部屋だ。

 さすがに隣にはならなかった、残ってる部屋の関係があって。

 それでも同じマンションなので、学校への登校時には鉢合わせして一緒に行ったりはした。

 

 ほら今も、マンションをエレベーターで降りて建物の外へ出ると、三好さんの背中が見えた。 

 小走りで近づいて声を掛ける。

「三好さん、おはよう」  

「ん? ああ夢河ね、おはよう……ってなんで制服?」」

 三好さんも振り向いて挨拶を返してくれた。

 そして友奈のときと同じ質問をされる。

「ああ、これ? この黒灰色な感じが異様に気に入っちゃって。休日でも着るようにしてるんだ」

 着ている制服を示しながら説明する。

「ふーん、そうなんだ」

「うん、そうなの」

 三好さんはさして興味のなさそうに返した。

 逆に興味があったらそれはそれでどうなのって話だけど。

「見てるだけで暑苦しいわね」

「ええ……!?」

 だが、僕は着るぞ。制服、制服っていいじゃないか。

 

 僕は三好さんの隣に並び、一緒に歩く。

 …………。

 無言で黙々と足を進めるのもなんだし、何か話そう。

「祝勝会、遅くなっちゃったね」

「そうね」

「三好さんは歌とか何が好きなの?」

 話題を今日のことにしてみる。

「別に、特にないわよ」

「そう……」

 やばい、会話があまり続かない。

 え~とっ……何話そう。

 あ、そうだ。

「僕結構お金入ったから、今回はちゃんと払えるよ。むしろ皆の分奢れるまであるね」

 

 そう、僕は大赦から結構な額の金銭を貰った。

 生活費はもうマンションに移ったときから貰ってるのに、それに上乗せしてくれた。

 バーテックスを倒すのに協力してくれた分の給料だと言っていた。

 僕はまだ中学生なのに給料を受け取ってもいいのかと思ったが、こんなご時勢だし、肉親もいないしまあいいかと考えを改めた。

 なので僕の懐は今、かなり潤っている。

 怪しい組織とかいって大赦を警戒してた僕だけど、なんかこうも色々してもらってると頭が上がらないな。

 実質僕の保護者代わりみたいな状況だし。

 完全に僕の被害妄想だったのかもしれない。

「そうなの? でも自分の分は自分で払えるわ」

「そ、そう」

 ああ、なんか僕空回ってるなあ。

 ええい、とりあえず話すぞ。

「ところで三好さん――」

 

「それ」

「へ?」

 言葉を遮られ間抜けな声を出してしまう。

 三好さんは正面を向いて歩き続けながら、僕に告げた。

「その三好さんってのやめて。夏凜でいいわ、私も夢河じゃなくて朝陽って呼ぶから」

 少し不機嫌そうな顔でそんなことを言われた。

「……え?」

 なんで急に……?

 僕の反応が鈍かったからか、三好さんは立ち止まってこちらに振り向き、言葉を続けた。

「私たちはもう命を預け戦った仲間よ、なのに未だ他人行儀に名字呼びなんて嫌じゃない。それに、アンタは勇者部の一員なんだし。あ、東郷は例外ね」 

 ああ、そういうことか。

 ――確かに、そうだね。

 僕も親しくなる事には是が非でもない。

 よし。

「うん、わかったよ、夏凜さん。これでいいかな?」

 なんか前にも同じ台詞を言ったなと思う。

 友奈の時にも、これでいいかな? って。

「アンタ友奈と銀は呼び捨てなんだから、夏凜でいいわよ。私も朝陽って呼ぶから」

「そ、そう?」

 名前を呼び捨てする女の子がこうも増えてくると、腰が引けてしまう。

 今更だろうけど。

「じゃ、じゃあ夏凜って呼ばせてもらうよ」

「ん、それでいいわ朝陽」

 夏凜は少しだけ口元を緩ませて、微笑んだ。

 

 

 

 それから皆と学校前で合流してから、カラオケ屋に着いた。

 制服については、まだ知らない全員に突っ込まれた。

 これで説明するのは四回目である。

 こんな事態になってまで着たかったのかというと、まあ、着たかったんだ。

 服が違うだけで精神的にも少し違うと僕は思うし。

 部屋に入ってからは銀が姿を現し、七人という大所帯でカラオケをすることになる。

 全員ソファーに座り、誰から歌うのかと思いきや。 

 

「みんな、あのニュースって見た?」

 風先輩がやけに真剣な顔で、そんなことを言い出した。

 あのニュース?

 僕が今住んでいる部屋にはテレビが無い。

 だから見ようもないし、知らなかった。

 

「ニュースってもしかして、水死体のことですか?」

 東郷さんがそう聞いた。

 水、死体……?

 そんな不穏な単語を聞いて僕は、

 

 なんだ、それは。

 もう、全部終わったんじゃないのか。

 まだ、なにかあるのか。

 

 と、不安な気持ちになった。

「そうよ」 

 東郷さんの言葉に風先輩が肯定する。

「あ、私もそれ聞いたよ」

 友奈が声を上げ、銀以外の他の皆も見たこと、聞いたことがあると言った。

 友奈はニュースは見ていなかったようだが、友達が話しているのを聞いたらしい。

 夏凜も小耳に挟んだんだとか、僕と同じでそもそも家にテレビがないみたいだからニュースを見ようにも見れないようだ。

 スマホはあるけど定期的にニュースの項目を確認しているわけじゃないから知らなかったということだろう。僕もそうだし。

 つまり僕と銀だけが知らなかったのか。

 ちょっと情弱すぎたかな。

 もっと色々見ておくべきだったか。

 せめてニュースくらいは。

 それと銀が知らなかったのは、僕が知らなければずっと一緒にいた銀が知りようもないのは当然だからだ。

 それはともかく。 

 

「水死体ってなんですか? 詳しく聞かせて下さい」

「アタシも知らないぞ?」

 それが非常に気になったので、聞いてみる。銀も続く。

「朝陽と銀は知らなかったのね、じゃあ説明するわ。他のみんなは相互認識も兼ねて聞いてね」   

 

 と、少し間を置き。

「簡潔に言うと、一週間前にここから少し離れた海岸で、数百人の溺死体が浮いていたのを発見されたらしいわ」

「「す、数百!?」」

 銀と一緒に驚いてしまった。

 いや、でも、数百って。

 多すぎじゃないか?

「それは、なんで……?」

 根本的な疑問が口から漏れた。

「まだ完全にはわかってないみたいだけど、恐らくあの合体したバーテックスの影響だと思うわ。大赦も同じ見解だったし」

 

 そうか、奴の所為か。

 あの合体したバーテックス――――アリエス・アクエリアス・クラスターは、水の世界を現出させ、樹海を深海へと変えた。

 大雨だけが奴の影響で起きた現象だと思っていたけど、溺死体もあの化け物の所為なのか。

 それに僕たちがその能力で溺れかけた事と、水関連の事象が同じだ。 

 ならあのバーテックスの所為で起きた事件と考えて間違いないのかもしれない。

 人が殺すにしても、数百人も海で溺死させるなんて出来るわけが無いし。というかそんなことをする意味が無い。

 そういう殺し方がいいというサイコパスだったとしても、それだけの人を海に溺れさせるのにどれだけの労力が要るだろうか。

 どちらにしろ現実的ではない。

 集団自殺にしても、数百人も海で死にたいなんて考える人が一同に集まるとも思えない。

 だからきっとそうなんだろう。

 

「前までならバーテックスの樹海へ攻撃による被害は、地震や事故という形で起きていたけど、今回は今までに例の無い合体したバーテックスが来たから、例外的な被害があったのかもしれないわね」

 そう風先輩は言った後。

「それに、猟奇事件の影響で最近まであった近隣地域の警戒が、解かれたじゃない。それも今の話と関係があるんだけどさ」

 さらに新たな情報を出す。

 さすがにそれは僕も知っている、何しろ学校からちゃんと通達があったし、帰る時間をあまり気にしなくてよくなったからだ。

 いやまあ中学生だからそれ相応に帰る時間は気にするけど、近隣地域の警戒があった時ほどじゃない。

 

「最初の猟奇事件だけど、殺され方が不自然すぎたから犯人への手掛かりが全く掴めていないそうよ」

「不自然な殺され方ってどういうことですか?」

 風先輩の話に僕が間を刺す。

「それは、ちょっと言い難いんだけどさ、結構エグいわよ……?」

「構いませんよ」

 皆も頷く。

 ここまで聞いてそこだけ聞かないなんて、この場にいる全員出来よう筈も無かった。

「そう、じゃあいうわよ。切り立った崖の先で、船の船首の様に突き出た木の杭に、股から肩までを貫かれて吊るされた殺され方よ」

 

「「「「「「………………」」」」」」

 皆、絶句した。

 想像以上の、常軌を逸した殺害方法に戦慄した。

 全員黙っていると、風先輩がまた口を開いた。

「この杭で貫かれて吊るされるっていうのは、昔にあった拷問方法らしいわ。だから犯人は被害者に相当な恨みを持っていると推測されたんだけど、恨みを持っている人間は見つからなかったみたいね、まあ人の恨みなんてどこで買ってるかわからないけど、それにしたってこのやり方は常軌を逸しすぎているわね」

 その通りだと思った。この現代でそんな本の中でしか出てこないような拷問をして殺すなんて、あまりにも現実味が無い。

 

「その突然現れた杭にも、指紋が一切出てこなくて拭き取られた痕跡すらなかったみたいよ。さらに周りにも証拠になるようなものは出てこなかったから捜査が難航していたようなんだけど」

 ――そうか。

「そこでさっきの話に繋がるんですね」

 僕が聞くと、風先輩が肯定する。

「そうよ、今までは明確に人が殺されるという事象が起きてなかったから、最初の猟奇事件はどれだけ奇妙でも人の手によるものだと思われてたんだけど、今回の水死体の事があってから話が変わったわ。今までに例の無いバーテックスが起こした現象と捉えて調査しているみたいね」

 

 そうか……。

 …………ん?

「でも、最初の事件が起きる前の戦いでは、バーッテクスは合体してませんでしたよね? 水死体の件は例の無い合体バーテックスで説明が付きますけど、その前の時は合体せずにバーテックスが三体来ただけなのに、事故や地震じゃなくて人が直接殺される現象が起きるなんて変じゃないですか」

 それが気になって、風先輩に質問する。

「そうね、そこは大赦も不思議に思っていて、それも含めて調査中らしいわ」

 つまり現段階では解っていないのか。

 うーん、難しい。

 結局調査のしようなんてあるのだろうか。

 

「だから勇者システムの入ったスマホは、戦いが終わったから回収される予定だったけど、念のためにもう少し持って置くようにと大赦側から通達があったわ」

 念のため、か……。

 もう、あんな事起きなければいいんだけどな。

 

「これでこの話は終わりね、最後に何か質問は?」

 ふと思い、それを聞く。

「そういえば僕達中学生の子供なのに、なんで大赦はこんなこと伝えたんですか?」

 こういう事はわざわざ知らせないで大人の内だけで調べるものだろう。

 その疑問に風先輩が答える。

「バーテックスに関する事だから、勇者であるアタシ達にも伝えておいた方が良いと思ったんでしょう。それをみんなにも知らせて置くようにってアタシは頼まれたわけ」

 そうか、僕達は決して無関係ではないから伝えておいた方が良いと判断したのか。

「でもま、中学生のアタシ達に出来ることなんて何もないから、知った上で、もし何か見つけたら報告するぐらいでしょうね。大赦も知らせておくだけでそこらへんの期待はしていないでしょう、多分気休めよ」

「そうですか、わかりました」

 僕が了解の意を示すと、一呼吸置いて。

 

「それじゃあ真面目な話はもう終わり。祝勝会ということで始めたカラオケは、色々あって出鼻をくじかれた感が否めないけれど、それでも一応バーテックスは全体倒してやることやったんだから盛大に楽しみましょう!」

 風先輩のその言葉で、祝勝会は始まった。

 

 

 



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十七話 カラオケ





「――そしたら、絶対、見えてくる♪ 本気の時ほど、無限のパワーが、溢れて来るんだよ♪」

「「はい! はい! はい! はい!」」

 風先輩がノリノリで体を左右に揺らしながら、マイク片手に歌っている。

 友奈はタンバリンを叩きながら合いの手を入れている。

 銀も合いの手を友奈と一緒に入れながら、タンバリンとマラカスを両手に一つずつ持って交互に振っている。

 東郷さんはマラカスを両手に静かに振っている。

 そして夏凜は紙パックの野菜ジュースをストローを咥えて飲んでいて。

 樹さんは平たい機械を操作して歌を選んでいる。

 僕は黙って聞いていた。

 さらにクレイジービーフこと――この呼び方はもうやめたんだったか――牛鬼がポテチやらポッキーやらの食べ物の食べかすを口元に纏わり付かせながら貪り食っている。

 

 そうして曲が終わり、

「いえーい! 聞いてくれてありがとうっ!」

 腕を上げた風先輩のおでこが一瞬煌びやかに光った気がした。

 まあ気のせいだろう、おでこが光るわけ無いじゃないですか。

 はは、気のせいですよほんとに。 

 それにしても風先輩歌上手かったな、先陣を切るに相応しい歌声だったんじゃないだろうか。

 風先輩が席に戻る。

「お姉ちゃん上手っ」

 樹さんが拍手しながら言った。

「んふふ、ありがと」

 ピースしながら風先輩はそう返した。

 

「ちょっと、ごめんね」

 友奈がそう断ってから、樹さんの前にあった、なんていう名前なのか知らないが歌を選ぶ機械を手に取った。

「ねえねえ夏凜ちゃん、この歌知ってる?」

 友奈が夏凜にその機械の画面を見せながら聞いた。

 夏凜はストローから口を離し、

「ん、一応知ってるけど……」 

 ぶっきらぼうにそう答える。

「じゃあ一緒に歌おう」

「え!? な、なんで私が、べつにカラオケにきたからって歌わなきゃいけないわけじゃないでしょ」

 夏凜は歌うのに抵抗があるのかそんな抗弁を試みている。

 と、

「そうだよね~アタシの後じゃ~、ご、め、ん、ね~」

 風先輩が片手を頬に当てとある一点に指を刺しながら言葉を発した。

 その指の先には、

 

 92点。

 

 風先輩の歌の点数だ。

 それが棚の上に置かれている液晶画面にでかでかと映っていた。 

 それを見て夏凜は数瞬沈黙し、

「――友奈、マイクをよこしなさい」

 そう呟いた。

「え?」

 友奈が突然の態度の豹変に呆けていると、

「早く!」

「は、はい!」

 大声で怒鳴り急かし、友奈が急いで夏凜の手の上にマイクを乗せる。

 やる気満々である。

 僕はただただ、見守るのみである。

 

 

「「ちゃっちゃっちゃちゃちゃ、ちゃちゃちゃちゃ、let's go! ちゃっちゃっちゃ、ほら! ハートのカタチ、○△□(マルサンカクシカク)♪」」

 二人とも体を揺らしながら息ぴったりに歌っている。

 それにしてもかわいい歌詞だな。二人が歌う事でよりかわいさが倍増されていると思う。

 友奈は友奈らしさが現れていて可愛らしく、夏凜は逆にいつもの雰囲気とは真逆の歌詞にギャップ萌えってやつを感じる。

 うん、いいね。

 

 そうこうしている内に二人は歌い終わり、息を吐きながらソファーに座る。

「夏凜ちゃん上手じゃん」

「ふ、これくらい当然よ」

 友奈が褒めると、嬉しかったのか夏凜は頬を染めて勝気な言葉を吐いた。

 歌の採点が出る。

 

 92点。

 

 風先輩と同じ点数だ。

「……今日はこれぐらいで勘弁してあげるわ」

「お、おう」

 そんな感じで勝負だったのかどうなのかよく分からないものは終わった。

 

 

「こんな日々が~、ずっと続きますように~♪ 広がる空は~愛や希望で溢れて~♪」

 僕は今、もの凄く聞き惚れている。

 樹さんがこんなに歌が上手いとは知らなかった。

 月並みな言葉になってしまうが、まるで天使の歌声のようだ。

 皆も静かに聴き入っている。

 とても綺麗で、心が震える歌声だ。

 何度でも聞きたくなってしまう。

 

 そうして名残惜しさを残しながら歌は終わった。

 樹さんが静かにしめる。

 もっと聞いていたかった。

 その思いが溢れて僕はつい、言ってしまった。

 

「あの、mp3で樹さんのその歌貰えませんか?」

「え!?」

 樹さんは突然の申し出に驚く。

 そりゃそうだろう。僕も無意識下で自然にこんなこと聞いてしまったが即座に後悔した。

 自分の歌声をmp3で下さいなんていきなり言われたら誰だって引く。ましてやプロでないのなら。僕だってそんなこと言われたら全力で遠慮する。

 後悔と羞恥で顔を熱くして俯いていると。

 

「あ、えっと、あのあの……私の歌なんかで、いいんですか……?」

 そんなことを頬を染めてあたふたしながら樹さんは言った。

「えっ…………引かないんですか……?」 

 僕が恐る恐る聞くと。

「いいえ、少し驚きましたけど、嬉しかったですよ。私の歌声を気に入ってもらえて」

 はにかみながら樹さんはそう言った。

 天使や……。歌声だけでなく性格まで天使や……。

 そう感慨に耽っていると風先輩が、

「樹の歌は一級品だからね、朝陽が気に入るのも無理ないわ」

 腕を組み嬉しそうにうんうんと頷いている。

 妹のことが本当に好きなのだろう、まるで自分のことのように喜んでいる。

「それじゃあ今度、録音して送りますねっ」

 最後にそういって樹さんは席に戻った。

 スマホに送るということか、そういえば音楽を聞ける機器を僕はスマホ以外に持っていなかった。

 ミュージックプレイヤーでも買っておこうか要検討だな。

 しばらくはスマホでいいかもしれないけど。

 ああ、そうだ。イヤホンかヘッドホン持ってないや。それは買っておかないと。

 まあ、何はともあれ楽しみだ。

  

 そんな思考に耽っていたら、

「ちょっと休憩してお菓子食べよう」

 と友奈が言い出した。

「さ、食べて食べてっ」

 友奈はそう皆に言うが、明らかに目が据わっていない。

 友奈……お前……。

「ねえ、友奈」

「うん? なに朝陽くん?」

 首を可愛らしく傾げる友奈。

「現実を見ろ」

 僕はテーブルの上を指し示す。

 そこにはお菓子なんて一つも残っておらず、あるのは食べ散らかされたお菓子の袋と腹をパンパンに膨らませて寝ている牛鬼だけだ。

 あ、今ゲップした。

 汚い、さすが牛鬼汚い。

 これはクレイジービーフですわ。

「え?」

 友奈は僕の言葉に、目の前にある現実を徐々に受け止め顔を悲しげにしていく。

「残ってない!」

 完全に受け止め終えたのか友奈はそう叫んだ。

「うう~~」

 唸りながら涙を流す。

「ふふ、牛鬼はほんとによく食べますね」

 樹さんが微笑みながら呟く。

「食べすぎだよ~」

 涙ながらに友奈が嘆く。

 とその時、

 

 ~~~~♪

 

 部屋に備え付けられたスピーカーからやけに国歌っぽい音楽が流れてきた。

「あ、私が入れた曲」

 そして東郷さんがそう言った瞬間。

「「「「――!」」」」

 友奈、風先輩、樹さん、銀と、僕と夏凜以外の計四名がはっとなった顔をして急に姿勢よく立ち上がった。

 さらにビシィッと言いながら手敬礼を一斉にする。

 どっかの咲畑(さきはた)さんかな?

 というか――

 

「なんだこれは!?」

 僕が皆の突然の奇行に驚愕していると夏凜が、

「ああこれね、東郷が歌うときはいつもこうなのよ。銀は初めてのはずなのによく反応したわね」

 呆れながら僕に説明した。

 いつもって。

 

「我ら、古今(ここん)、無双~♪ 三国(みくに)を~守る為に~♪ いざや、立ち上がりし~♪」

 僕は唖然としながら。

 夏凜は呆れながらもどこか悪くなさそうに。 

 他の四人は歌が終わるまでずっと直立して敬礼しながら微動だにしなかった。

 

「はぁ……」

 東郷さんが歌い終わり、マイクを口から離して一息吐く。

 歌が終わると、俊敏な動きで何事も無かったように四人は着席した。

 銀も同じ反応をしていたのは過去に、鷲尾須美さんの時に一緒に歌ったことでもあるのだろう。

  

「東郷さんって珍しい趣味してるんだね、国歌とか好きなの?」

「うん、お国は大好きよ」

 満面の笑みで東郷さんはそう答えた。

 

 

「たった一人、守れないでぇ! 生きてゆく甲斐が~ないィ! 殴りかかるぅ! 悲しみさえェ! 全身で打ちのめすだろう!」

 銀は今、気分がハイになったように歌っている。

 身振り手振りを交えながら、拳を握り込んだり、目に炎が揺らいでるんじゃないかと思うほど熱い様は、まさに熱唱という言葉が相応しい。

 その熱唱している曲は、某鏡の世界に入って戦う仮面ライダーの挿入歌だ。

 聞いたことがない人には、滅茶苦茶かっこいい曲なので是非オススメしたい曲だ。

 というか銀は少し少年っぽいところがあると思っていたがこんな曲を歌ったりするんだな。

 ますますそれっぽいなと感じる。

 

 本当に、その熱唱する様は、とても勇ましいと思った。

 思ったので、歌が終わった直後に拍手しながらこう言った。

 

「いやあ銀、勇ましかったし、かっこよかったよ。すごく男らしかった! まさに(おとこ)の鏡だね!」

 

「アタシは女だ!!」

 怒られてしまった。

 わりとマジな切れ方である。 

 激おこぷんぷん丸だ、いや、ムカ着火ファイヤーまでいってるかもしれない。

 反省。

 

 

 僕が丁重に謝って許しを貰い、銀が席に戻ると皆の視線が僕に向いた。

 え、な、なに。そんなに一斉に見て。

 何故僕を見る、止めて、視線恐怖症になっちゃうっ!

 まあ冗談は置いておいて、何故僕に視線が向けられたのかはわかる。

 何せカラオケの始まりから今までずっと避けていたことだからなおさら。

 

「さあ、次は朝陽が歌う番よ!」

 風先輩の言葉通り、つまりそういうことだ。

 僕は、人前で歌うとか考えただけで胃が痛くなるほど歌いたくない。   

 だから比較的歌わないオーラを出していたつもりだったんだけど、それでもごまかせる限度があった。

 当たり前だ、僕以外の全員が一通り歌ってしまったのなら必然的に僕に順番が回ってくる。

 だが僕は回避したい。

 それとなく断わりを入れようかな。

 ――いや、でも待てよ。

 ここで断ったらせっかくの祝勝会の騒いで楽しむムードが台無しになってしまうんじゃないか?

 それは駄目だ。僕はこの今の空気が心地いいのだ。

 萎えさせてはいけない。

 いや、でも、だけど。

 う、歌いたくない。

 すんげえ歌いたくない。

 

「せっかくだけど、僕は人前で歌うのはちょっと……」

 やっぱり断ってしまった。

「えぇ~」

 風先輩が頬を膨らませてぶーたれる。

「私、朝陽くんの歌聴いてみたかったんだけどな」

 友奈が残念そうに言った。

 うぐっ……。

「そうだぞ朝陽ー歌えよー、一人だけ歌わないなんてずるいぞー」

 ジト目で銀。

 あ、これまだ少しだけ根に持ってるな。

 ……んぐう……しょうがない。

「じゃあ、一応曲だけ見てみるよ……」

 とりあえず曲を選ぶ振りをして、時間を稼いでこの状況から逃れる策を練ろうと思った。

 名称不明の機械を手に取り、曲目を流し見ながら思考を続ける。

 だが、いい案は依然として浮かばない。

 焦っているのもそれを助長していた。

 と、

 

 そんな時、ある曲名が目に入った。

 それを見た瞬間、画面を止めてつい見入ってしまった。

 なんというかこう、途轍(とてつ)もなく気になったというか、ビビビッときたのである。

 僕は無意識に、それがさも当然のことであるかのように、その曲を入れてしまった。

 歌いたくないなんて考えはもうどこかへ吹き飛んでしまった。

 僕は立ち上がり、マイクを取る。

 

「お、歌う気になったか」

 風先輩がそう言う中、僕は取り憑かれたかのように無言で曲が流れるのを待つ。

 そうして、曲が流れ始めた。

「ん、ずいぶん可愛らしいイントロですね」

 東郷さんが呟いた後、僕は思い切り歌いだした。

 

「こころぴょんぴょん待ち? 考えるふりして、もうちょっと、近づいちゃえ♪ 簡単には、教えないっ♪ こんなに好きなことは、内緒なの~♪」

 

 皆唖然として口をあんぐりと開けているが、そんなことはどうでもいい。

 歌詞は自然と知っていた。

 なんで知っているのかなんて、そんなことは分からないけど。

「ふわふわどきどき内緒ですよ♪ はじめがかんじん、つんだつーんだ♪ ふわふわどきどき内緒だって♪ いたずら笑顔で、ぴょん♪ ぴょん♪」

 ああ^~こころがぴょんぴょんするんじゃあ^~。

 

 

 

 死にたい。

 ソファーに座って頭を抱えながら、暗いオーラを背負い俯く。

 僕は今、自殺志願者の中でもトップに位置するだろうぐらい死にたい。 

 むしろ一位取るまである。

 大げさだけど。

 なんで人前で、それも女の子の前であの歌を歌ったんだ。

 どんなチョイスだ。僕は馬鹿か、馬鹿なのか。  

 男の声であんなキュートな歌詞とか、聞き苦しいにも程がある。

 あああああああああああああ、ほんとに、何故歌った!

 

「あ、朝陽くん、大丈夫だよ、かわいかったよ!」

「そうですよ、すごく楽しそうでした!」

 友奈と樹さんが頬に汗を垂らしながら励ましてくれるが、僕の心は晴れない。

 こころぴょんぴょんどころか、こころどんよりだ。

 それにかわいかったのは曲の方で僕の歌じゃないでしょう。 

 というか男なのにかわいいとか言われても嬉しくない。

 でも楽しくはあったのか?

 わからない。少なくとも歌ってる間はこころぴょんぴょんしていた。

 ってうかこころぴょんぴょんってなんだよ。

 ますます、ずーんとする。

「あわあわっ、朝陽くん元気出して~!」

 友奈の慌てた叫びが木霊した。 

 

 

 ――そうして僕らの祝勝会は、終わっていった。

 まあ、最後にあれだったが、とても楽しかったことは間違いない。

 

 

 



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十八話 三ノ輪家へ

 祝勝会という名のカラオケから一日後、つまり次の日。

 早朝一番に、姿を現して銀は、真摯な瞳でこう言った。

 

「頼みがあるんだ……」

 

 ――それから朝食や、朝にやることが終わった後、直ぐに僕たちは家を出た。

 夏休みだから当然学校はないし、勇者部の活動も今日は休みだったからだ。

 銀は僕に、ある場所に行って欲しいと頼んだ。

 ここからは少々遠いらしいので、電車を使う必要がある。

 少し前までの僕なら、お金を持っていなかったので電車なんて乗れなかったが、今は大赦から受け取った給料があるからなにも問題はない。

 相も変わらず僕は、休みなのに制服を着ている。

 銀は外だから姿を消して僕の中に戻っている。

 銀から道を聞きながら駅まで歩いて行き、切符を買い電車に乗る。

 ゴトンゴトンと鳴る電車に揺れること、数十分。

 銀に指定された駅に、降り立った。

 

「ふう……」

 一息吐く。

 駅前を見渡しても、特に変わったものはない。

 見たことのない土地、というだけだ。

 さらに銀に案内されながら、歩き続ける。

 長いような短いような時間歩き続けて、夏の日差しに熱いな、と袖で額に付いた汗を拭っていたら。

 

『ここだ』

 

 銀が、そう声を上げた。  

 僕は立ち止まり、その場所を見上げる。

 そこは、和風の一軒家だった。

 

『あんまり変わってないな、アタシの家は……』

 

 そう、僕は、生前に住んでいた自分の家に連れて行ってくれと銀に頼まれて、ここにやって来たのだ。

 家族の姿を見たかったんだろう。

 目を覚ましてから一刻も早く会いたかったんじゃないのかと思って、何故今まで言わなかったのだろうと考えたが、直ぐに思いなおす。

 まだ数日しか経っていないが、銀と最初に会ってから、色々とあった。

 僕が金銭を持っていなかったし、自分や周りの変わりすぎた状況への心の整理もあって、タイミングが掴めなかったのだろう。

 それに銀は亡くなったことになっている、僕から離れられないのに今更会いに行っていいものかと考えていたのかもしれない。

 全部、僕の推測だけれど。 

 

「じゃあ、入る?」

 聞くと、意外な事に銀はこう言った。

『いや、いい。会おうと思ってきたわけじゃないから。ただ、一目見ておきたかったんだ。弟が元気にやってるかどうか』

「そうなんだ」

 銀には弟がいたのか。

 どんな人だろう。

 そもそも何歳なのか知らないけど。

『だからちょっと塀の上から覗き込んで、中にいる弟を見れたらなって思ったんだけど……いけるか?』

「え、誰かに見つかったらまずくない……?」

 塀から他人の家を覗き込んでいる人物なんて、どこからどう見ても不審者だ。

『大丈夫だって、今は周りに人は居ないしちょっと覗くだけだから』

「で、でも……」

 やっぱりもし気づかずに誰か来たらどうしていいか分からないし、警察に通報されたらと思うと踏ん切りがつかない。

 そうやって家の真ん前でまごまごしていると、

 

「あら? 誰かしら?」

 三ノ輪家の玄関が開き、女性の声がした。

 そちらへ視線を向けると、銀が呟いた。

 

『母ちゃん……』 

 どうやら銀の母親らしい。

 まあ、銀の家から出てくる何十歳かぐらいの女性なんて、それぐらいしかいないだろうけど。   

 とはいえ、家の前で立ち止まっているところを見つかってしまった。

 ここからどうしようかな……。

 

 

 

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます……」

 銀の母親からお茶を出される。

 とりあえず一口啜る。

 あつっ。

 緊張して飲んだものだから、少し口の中を火傷してしまった。

「まさか銀のお友達が来るなんて思わなかったわ」

 僕は苦し紛れに、銀の昔の友達ということにしてあの場を乗り切った。

 まあ友達なのは間違いないし、完全な嘘は言っていないはずだ。

 そのまま流れで家に入ることになってしまったけれど。

 

 今更この時期に来る理由として、もう一つ言葉を重ねておく。

「前にちょっと世話になったことがあって、僕も最近になってここに来れるぐらいには心の整理が付いたので、訪問しに来ました次第であります」

 最後らへん丁寧口調になりすぎたが、世話になっているのも本当だ。

 僕は、銀が近くにいてくれることで支えられているものがある。 

「そうなの…………」

 銀の母親は、寂しげに言葉を漏らした。

 やはり自分の娘を早くに亡くした傷は、まだ完全には癒え切っていないのだろう。

 

「おかーさん、このひとだ~れ?」

 銀の母親に、さっきからしがみついていた幼い男の子がそう母に尋ねた。

「……お母さんの知り合いよ」

 優しい声音で銀の弟に言った。

 姉の死を、思い出させるようなことはしたくないんだろう。  

 そもそも伝えているかどうかも知らないけど。    

 思っていたよりも銀の弟はずっと小さかった。

 まだ三歳ぐらいであろう。 

 やんちゃで元気いっぱいな小学生を想像していたが、これには意表を突かれた。

 こんなに小さい子を残して、銀はいってしまったのか。

 やるせなかったろう、どうしようもない感情に支配されただろう。

 それでも、銀は元気に振舞っていた。

 とても、強い人間だ。

 …………憧れる。

 

 

 それから銀の仏壇に線香を上げて、御暇(おいとま)することになった。 

 駅までの道を、ゆったりと歩く。

 

「あれで、本当によかったの……?」

『ああ、母ちゃんはもうちょっと時間が掛かりそうだったけど、弟は元気に育っていた、だからその姿を見れただけで満足だ』

「そっか……」

 結局銀は家の中で、会うことも喋ることも一切せず、見ていただけだった。

 銀がいいというのなら、これ以上僕から言えることは何もない。

 

「というか銀に線香上げるのは、変な気分だったよ」

 家に上がった形式上上げないわけにはいかなかったけど。

『うん、アタシも変な気分だった』

「そっか……そりゃそうだよね」

『まあな』

「ははっ」

『ふふっ』

 

 少し寂しげな空気漂う帰り道。

 二人揃って、笑った。 

 

 

 

 

 黒。

 

 蠢く。狂気に廻る。

 

 闇に、廻り続ける。

 

 静かに、ゆっくりと、だが確実に、侵食していく。

 

 ゆらゆらと、ぐらぐらと、ぐちゅぐちゅと、漂い、這い寄って来る。

 

 少しずつ、少しずつ、闇よりも黒い絶望が、滲み、塗り潰す。

 

 近づく黒い足音は、まだ遠く。

 

 時は、まだ熟さない。

 

 ……まだ――――――。

 

 

 

  

 (きらめ)く太陽。踏みしめる熱い砂。なんともいえない潮の匂い。気持ちのいい波の音。

 つまり。

 夏だ! 海だ! 海水浴だー!

 ということだ。

 

 

 僕達は、勇者部全員で旅行に来ていた。

 大赦が、お役目を果たしたご褒美的な報酬的なお礼的なもので用意してくれたのだ。

 そして泊まる旅館のすぐ近くに、この海水浴が出来る海があるというわけである。

 ビーチパラソルを立てて、ビニールシートを敷いていると、皆も着替え終わったのかやって来た。

 なにげに銀も水着を着て姿を現している。

 勇者部の誰かに借りたのかな?

 僕は急だったので学校指定の水着だ。

 まあ、男の水着なんて変なものでない限りなんだっていいだろう。

 ブーメランパンツとか。

 あれはない。

  

「ほら朝陽、なんか感想言いなさいよ」

「えぇ……」

 僕なんかが感想なんておこがましいというか恥ずかしいというか。

 とにかく本人に言うのはちょっと……。

 友奈も期待したような瞳を向けてきているが、それでもやっぱり恥ずかしい。

「アンタ、まさかこんなに粒ぞろい前にして何も言わないなんてことないわよね? ハーレム王?」

「誰がハーレム王ですか!!」

「あんた」

 思い切り指を刺された。

「どこがですか!?」

「まさか自覚ないとは言わせないわよ、こ~んなに美少女に囲まれて、同じ部に入っている。これをハーレムといわずなんというか!」

 確かに、最初に会った時から思っていたが、皆美少女の部類に入るだろう。

 風先輩、だからって自分で言うかなあ。

「別にそういう目で見られてるわけじゃないんだから、ハーレムとは言わないでしょう……」

 恋愛的な目で僕なんかが見られるはずがない。

 そう反論するが、

「とにかく! ハーレムを享受しているんだからみんなの水着の感想ぐらいいなさいよねっ、それが女の子に対する礼儀ってもんよ」   

 聞いちゃいない。

 はあ、もういいや。

 ここまでいわれて感想言わなかったら、それこそ男が廃るってもんだ。

 そう、強く、優しく、かっこよくなのだ。

 

「じゃあ、え~と」

 まずは友奈の感想から言うか。

 僕が目を向けると、友奈は両手を後ろに回し、少し潤んだ瞳で頬を赤らめ、上目遣いになった。

 な、なんだよ……。

 見られるのが恥ずかしいのかな……。

 可愛すぎる反応に目を逸らしそうになるが、感想をいうためには見なければ。

 友奈は、ピンク地に白いフリルの付いた水着を着ていた。

 下はスカート状になっていて、友奈に似合った可愛い水着だと思う。

「えっと、うん、友奈、すごく、とてつもなく、僕好みで、かわいい、よ…………」

 ガッチガチに緊張して、途切れ途切れな言葉になってしまった。

 情けない、命の掛かってない状況では強く優しくかっこよくを維持できないのか。

 平和で、気分が緩んでしまっているのだろう。

 だがそれを押して、考えを通さなければ。

 

「えへへ、そうかな? ……ありがとう朝陽くん」

 照れながらはにかむ友奈は、とても可愛い。 

 そして僕は、連続で感想を言った。

 

「うん、銀は、活発な感じが似合ってる」

 銀は競泳水着に似た青色に(ふち)が白い水着を着ていた。元気な銀に似合った水着だと思う。

 

「東郷さんは、セクシーで、とっても綺麗だよ」

 東郷さんは白地に横にスカイブルーのラインが入った、多分セパレート水着って奴かな? だけど上は胸の部分をリボンで結んであるだけなので綺麗なへそが覗いていて、やっぱりセクシーだ。下はホットパンツのような形状だ。

 

「夏凜は、引き締まった体に健康的な水着がいいね」

 夏凜は鍛えられたスレンダーな体に、赤と白のストライプの水着を着ている。上はビキニっぽい感じで下は東郷さんと似てショートパンツのような形状だ。

 

「樹さんは、かなりキュートで小動物的な可愛らしさがあると思う」

 樹さんは下がスカート状のワンピース水着だ、明るい緑地にカラフルに他の色が付いていて、セクシーさよりも可愛らしさを表している。

 

「風先輩は、大胆で曲線的な美しさがいい感じなんじゃないかな」

 風先輩はオレンジの地にハートの柄が付いた、シンプルなビキニタイプだ。だがそのシンプルさが彼女の魅力を引き出しているといえる。

 

 ――ぜえっ、ぜえっ……。

 これで、どうだっ……。

 順番に、なんとか頭をフル回転させ、少ない語彙を搾り出して答える。

 

「上出来よ、さすがハーレム王!」

 風先輩がぐっと親指を立てる。

 もう突っ込まないぞ。

「ああ、朝陽、頑張ったな!」

 労うように笑ってくれる銀だが、頬が少し染まっている。

「なんといいますか、男の人にこんなこといわれたのは初めてなので、戸惑ってしまうわ……」

 頬を染めながら微笑む東郷さん。

「私は、その、可愛らしいなんて、そんなことないですよっ……」

 樹さんが顔を真っ赤にしながら俯いて、もじもじしている。

「私はっ、別に感想言われたくて着たんじゃないんだけどっ」

 夏凜は頬を赤くしながらそっぽを向いた。

 そう言ってはいるが、夏凜も皆と同じで満更でもなさそうだった。

 

 皆にそんな反応をされまくると、こっちの方が恥かしくなってしまう。

 なんだ、なんだこの状況は。

 ハーレムか、本当にハーレムなのか。

 ついに来た、ニューヘヴンなのか。

 まあそれはないか。

 ないない。

 だって僕だし。

 そりゃ褒められれば誰だって嬉しいし、ましてや水着なら頬を染めるほど恥ずかしくなるだろう。 

 むしろ彼女達の年頃なら照れてしかるべきだろう。

 それを無駄に恋愛的に捉えるのはよくない。

 恋愛脳はよくない。

 勘違いして後でダメージを追うのは自分なのだから。

 

「それじゃあ泳ごっかー!」

 風先輩のその言葉から、海水浴は開始されたのだった。

 

 



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十九話 海水浴に美味い料理

「東郷さん、どう?」

「ええ、とっても気持ちいいわ、友奈ちゃん」

「朝陽くん、は、気持ちよさそうだね」

「うん、まあね」

 友奈が東郷さんの水に浮く車椅子を持ちながら、海の浅めの部分を漂っている。

 僕も最初から激しく動く気にはならず、体を思いきり弛緩させて一緒に漂う。

 ああ、やっぱりのんびりが一番だよね。

 

 少し潜水してみる。

 ゴーグルがないのであまり視界は良好とはいえないが、周りをぐるりと見渡す。

 と、

 ある一点で僕は動きを止めた。

 それは東郷さんと友奈の方角。

 方角というかすぐ隣にいるんだけど。

 僕の視界には、でっかいマンボウが二匹、水面をふよんふよんと浮いていた。

 その二匹に僕は釘付けになる。

 おっぱ、おおおっぱ、お、お……おっぱい!

 有り体にいって東郷さんの胸である。

 視界が不安定とはいえ、ここまで近くだとそれなりに見えなくもない。

 僕のテンションは夏休み&旅行&海水浴で、少し変になっている。

 その影響もあって、僕はその白くやわらかそうな双球に、視線が固定されてしまったのだ。

 釘付けだ。

 もう他のところに眼球が動ない。

 何してんだ僕。

 エロガキかよ。

 馬鹿かよ。

 だが止めない。

 息が続く限り眺めていると、 

 

「はい、どーーーーーーーーーーーーーーーーん!」

 

「ごっばあああああああああああ!!??」

 ドンバラバッシャーン!

 僕に思い切り突進するというふざけた暴挙に出た者がいた。

 三ノ輪さん家の銀さんである。

 というか前にも同じようなことがあった気がする。

「だから暴力ヒロインは嫌われるっていったでしょうが! 僕に恨みでもあるの!?」 海に浮かぶ銀に抗議の声を上げる。 

「朝陽がヘンタイだから悪い! 今からアタシと泳ぎで競争だ! 負けたら再度制裁になるからな!」

「なんて横暴な!?」

「正妻!?」

 ほら、友奈も制裁なんて酷いこといけないって驚いてるよ。

 意味合いが少し違う気がしたが、気のせいだろう。

 

 だが、僕の返事も聞かずに銀はバタフライで泳いでいってしまった。

 このまま放置してもいいが、それだと後で負けたから制裁とかいわれて、何をされるかわからない。

 僕はすぐさま銀を追った。

 バタ足で。

 

 

 ――まあ、負けた。

 そりゃそうだろう。

 僕の運動神経は決して良いとは言えない。

 バーテックスの時は、能力のおかげで戦えているだけだ。

 バタフライが上手い者と、バタ足でしか泳げない者。

 どちらが勝つかなんて最初から分かり切っていた。  

 でも制裁は別に受けなかった。

 そもそも競争とか言っておいてどこまでとか言ってなかったから、ルールがガバガバだ。

 銀はフライングしてたようなもんだし。

 結局、遠くまで泳いだ挙句、砂浜の方まで泳いで戻ってくるという遠泳のような競争もどきをしただけだった。

 銀はその後、元気に友奈たちの方へ行った。

 なんだったんだ。

 体力がかなり削られてしまった。

 海水浴序盤からこれだよ。

 ほんとに、なんなん。

 一息吐く。

 すると、

 

 バンッ!

 

 ビーチボールが僕の顔に、まるでドッジボールのごとくぶつけられた。

「本当になんなん!?」

 さすがに僕も疲れたところにこの仕打ちは腹が立った。

 ボールの飛んできた方に目を向ける。

  

「ぶわっははは! 朝陽キレイに正面から当たったわね!」

 風先輩が笑い転げていた。

 ああーもう。ああー。

 ちょっと、イラッとしちゃったかなー?

 近くに落ちたビーチボールをむんずと掴み、風先輩へとお返しのようにドッジボールのごとく投球した。

「へぶっ!?」

 笑い転げている風先輩にクリーンヒット。

 ふははは。

「やったわね!」

 風先輩も少し熱くなったのか、勢いよく投げ返してきた。

 だがビーチボールごとき、強く投げた程度で顔面でもなければ大して痛くない。

 身構えていた僕は、余裕で己の肉体を使い正面から受け止める。

「なっ!?」

 動じない僕に風先輩が驚く。

 僕はターミネーターの如く無傷で立つ。

 ボールを再度持ち構える。

 投げる。

 

 ブオンッ。

 勢いをつけて右腕の力をフルに使って投げた。

 だが、ハイテンション()つ変に力が入ってしまい、大暴投となった。

「あっはは! どこに投げてんのよ朝陽!」

 風先輩が指差して笑うが、

 

 バンッ!

 

「はぶっ!?」

「「あ」」

 その大暴投は、見事近くにいた夏凜に直撃した。

「アンタたちねえ、いい加減にしなさいよ!」

 近くにいた、お前が悪い。  

 なんてことを言ってる場合じゃない。

「優れた戦士はボール競技でも強いってとこを見せてやるわ!」

 

 夏凜が参戦した!

 

 

 ――そこからは、完全に泥仕合だった。

 ぶつけられたその瞬間の感情に任せて、投げては投げ返しての繰り返し。

 三人とも砂だらけになり、血みどろの戦場と化した。

 なんて大げさなものではなく、ただ三人でテンションに任せて騒いだだけのような気がする。

 最終的に三人とも疲れ果て、共倒れで終わった。

 遠泳で疲れた矢先にこれだ。

 僕はもうへとへとになり、海水で砂を洗い落としてから敷いておいたビニールシートにばたりと倒れた。

 ああ、ビーチパラソル最高。

 さっきまで燦々と輝く太陽の下にいたから、日陰が心地良い。

「うう~」

 

「はい、これどうぞ」

 向けられた声に顔を上げると、樹さんが両手に持った缶ジュースの一つをこちらに差し出していた。

「ありがとう」

 体を起こしてから、礼を言って受け取る。

 トロピカルジュースだった。

 ひんやりとしていて気持ちいい。 

 樹さんが僕の隣に座る。

 周りを見ると、他の皆ものんびりと缶ジュースを飲んでいた。

 プシュッとプルタブを開け、喉に流し込む。

 通り抜ける清涼な液体が心をほぐす。

 樹さんも一口飲んだ後、微笑んで言った。

「いっぱい騒いでましたね、すごく楽しそうでしたよ、夢河さん」

「そ、そうですかね……?」

 なんだか恥ずかしい。

 

 …………。  

 そのまま静かに、ジュースを時たま飲む音と波の音、海水浴客の喧騒だけが支配して、沈黙の時間が続く。

 あ、カモメが飛んでる。

 

「あの、夢河さん」

「ん?」

 ジュースを口に当てながら、目を向ける。

 樹さんが再び、話しかけてきた。

「ありがとうございますね」 

 ……?

「なにがですか?」

 いきなりお礼を言われてしまったが、心当たりがない。

「えっと、夢河さんが来なかったら、あの時バーテックスを倒せなかったと思って、今、こうやって楽しく過ごせてるのは、夢河さんのおかげもあったからだと思うんです、だから、ありがとうございます」

 ああ、そういうことか……。

「でも、僕の力だけじゃ倒せなかったと思うし、やっぱり皆でやったから成せたことだとしか考えられないから、お礼をいわれるようなことじゃないですよ」 

 むしろお礼を言いたいのはこっちだろう。

「それでも、私は感謝してます、それと、敬語はいらないですよ。私は年下ですので」

 そういえば、樹さんは年下だったな。

 対応が丁寧なので、敬語で接しなければならないような感覚を抱いていた。

「……そ、それじゃあ、樹ちゃん、で、いいかな……? 後、僕も名前で問題ないから……」

 何故だか緊張してしまった。

 ちゃん付けとかしたことないような気がする。

 だからだろうか。

「はいっ、いいですよ、朝陽さんっ」

 その笑顔はやわらかく、優しさに溢れていた。

 青く、眩しい空を見上げる。

 こうやって皆と過ごす日常は、とても大切で、これ以上無いくらい楽しいと思った。

 

 

 

 夕日が海を染める頃、旅館に帰ってきた。

 今、僕達の前には鯛やら蟹やらの豪華な食事が並べられている。

 夕食だ。

 僕は制服だが、皆浴衣に着替えて、この旅館特有の和風の部屋にいる。

 

「「「「「おお~!」」」」」

 友奈、夏凜、風先輩、樹ちゃん、銀が感嘆の声を上げる。

「すごいご馳走!」

「蟹です、蟹がいます!」   

「鯛だぞ朝陽鯛! めでたいってことか!」

 続いて友奈と樹ちゃん、そして銀がはしゃいだ声を出す。

「しかもカニカマじゃないよ、本物だよ! ご無沙汰してます、結城友奈ですー」 

 蟹の爪をカチカチと弄びながら、何故か蟹に挨拶をしている友奈。

「あのー、部屋間違ってませんか……? ちょっとアタシたちには豪華すぎるような……」

 風先輩が頬に汗を垂らしながら、料理を持ってきた旅館の女将(おかみ)の人に聞く。

 いくらバーテックスと戦ったとはいえ、中学生相手に出される豪華すぎる料理の数々に萎縮してしまったのだろう。

 僕だって――ああいいですいいです、お茶漬けとかでいいですから僕は、とか言いたい気分である。

「とんでもございません、どうぞ、ごゆっくり」

 だが女将の人は、柔和な笑みを湛えたままそれだけを言い、(ふすま)を閉じて出て行った。

 …………少しその態度が気になったが、客にたいする態度なら普通かな? と思い思考から外した。

「私たち、好待遇みたい」  

「ここは大赦がらみの旅館だし、お役目を果たしたご褒美ってことじゃない?」

 東郷さんが呟き、それに夏凜が返す。

 まあ確かに、命を賭けて戦って世界を守ったんだし、これぐらいの手厚い歓迎をされることもあるかな。

 むしろされて然るべきなんじゃ?

「つ、つまり食べちゃってもいいと……」

 わくわくした顔で風先輩が喉を鳴らす。

「では」

 東郷さんがそう言い、続いて、

「「「「「「いただきます」」」」」」」

 全員で合掌し、食べ始める。

 風先輩と銀が速攻で箸を食べ物と自分の口へ往復を始めさせ、それを夏凜が呆れた様子で見つめる。

「そうだ! せっかくだから撮っておこ~、家族に自慢するんだっ」

 友奈が思いついたように言い、スマホを取り出してカメラ部分を料理に向ける。

 あの両親か、写真を見せられた時のほっこりしたような顔が頭に容易に浮かぶ。

「アタシも、思い出して味わえるように」

「じゃあ私も」

 風先輩と樹ちゃんもスマホを取り出す。

 次々と写真が撮られていく。

 

 料理の写真。

 風先輩と夏凜が蟹を丸ごと持ちながら写っている写真。

 友奈が鯛とキスをする0.5秒前といったような写真。おいそこ変われ鯛風情が。

 友奈が撮った他全員がピースしている写真。銀は満面の笑みでダブルピースをしていて、夏凜が照れたように目を逸らしながらダブルピースをしている。二人以外は片手でピースをしているので、対照的な二人が印象深い。というか照れてるのにダブルピースしちゃうとか可愛いなおい。

 友奈だけ入ってないのはあれだと思い、その後に僕のスマホで取った女の子だけの写真もある。 

 

「場所的に私がお母さんするから、おかわりしたい人は言ってね」

 東郷さんがそう言いながら、自分の隣にある釜に手を置いて示す。 

「東郷が母親か、厳しそう」

「確かに」

「うん」

 夏凜の言葉に銀と僕が速攻で続く。

「門限を破る子は柱に張り付けます」

「「「ひぃ!」」」

 

「まあまあおまえそこまでしなくても」

「あなたが甘やかすから」

「おいおい夫婦か」

 友奈が声を低くしてお父さんのように言い、東郷さんがそれに乗った後夏凜が突っ込む。

 ……。

 百合は嫌ですよ? 

 

「時々言ってるけどさ、いつかこういうの日常的に食べられる身分になりたいわね~、自分で稼ぐなり、いい男見つけるなりで」

 おいおい、いい男ならここに……いないか。 

「後者は女子力が足りませぬ」

 風先輩がそう言って樹ちゃんが即座に返す。

 結構ツッコミが辛辣である。

「そうかな? この浴衣姿から匂い立ってこない~?」

 一昔前のグラビアアイドルのように頭の後ろと腰に手を当ててくねくねする風先輩。 女子力……? これが……?

 

「ちょっと夏凜! 刺身は人数分なんだから同じの二つ取ったらだめよ!」 

「ぶつぶついってるのが悪いのよ」

 風先輩の戯言を全スルーして夏凜は刺身を食べていたようだ。

「っていうか、女子力いうなら東郷の所作を見習いなさいよ」

 そう言って夏凜は東郷さんへ顎を向けた。

 東郷さんはお吸い物の蓋を開けるのも、箸を持つのも、お吸い物を啜る動作一つ取っても大和撫子といった感じで完璧だった。

「おお~ただ普通に食べているだけなのに」

「うつくしいです!」

「さすがお嬢様、やるわね」

「そ、そんなに見られたら、食べづらいです」

 頬を赤くする東郷さん。

「まあ、私もそこそこマナーにはうるさいけど、ね」

 最後のねの部分で迷い箸をしていた挙句刺し箸をした夏凜。

 マナー?

「それがすでにアウトです」

 さらに手皿までしている夏凜に樹ちゃんがツッコム。

「え!? うそ!?」

 怒涛のマナー違反連続コンボだった。

 逆に拍手を送りたい。

 

「ま、まあ、あまり細かいことは気にしなくても」

「そう! 食事は楽しむのが一番!」

「最低限のマナーだけ守ってりゃいいのよ~!」

「その通りだなあ!」

「おおー! そうだそうだ!」

 友奈の言葉に夏凜と風先輩と銀が全力で乗っかり、友奈がさらに煽る。

 なにげに銀もガツガツと食べていたから便乗したのだろう。

 

「こういう時は団結するんだ」

 樹ちゃんがまたも辛辣なツッコミを入れた。 

 

 

 テーブルにある料理が少なくなってきた頃。

 突然風先輩が、

「うああ、アタシの邪眼がさらなる生贄を求めているうぬぬぬにゅお゛」

 中二病のつもりなのかそんなことを言い出した。

 本当の厨二病を知らない言い様だなあ!?

 まあそんなことはどうでもいい。

「ごはん、おかわりだそうです」

「おお、通訳した」

「つーか普通に言え」

 やはり姉妹なのか樹ちゃんがすぐに翻訳し、友奈と夏凜が反応する。

「三杯目だから遠慮してんの」

「居候か!」

 夏凜の言葉は最近まで居候をしていた僕に――別に突き刺さらなかった。

 僕あんまり食べる方じゃないしね。

 いっても二杯くらいだ。

 居候している時は一杯がほとんどだったけど。

「はいはい」

 東郷さんがそう言いながら風先輩の茶碗を受け取る。

 

「おかずも少なくなってきたわねー……は――!」

 風先輩が呟き、何かに気づいたのか顔を上向ける。

 その視線の先には――神棚。

 僕は、顔を(しか)めた。

 やはり神関連のものはどうにも気にくわない。

「たしかお供え物って、時間が経てば自分で食べてしまってもいいのよね」

 風先輩が亡者のような顔をして神棚に供えられている饅頭(まんじゅう)に手を伸ばした。

「わわあっ、そうですけど止めましょうよ~!」

「あははっ、冗談よ冗談」

 友奈が止めるが、風先輩はあっけらかんと笑って手をヒラヒラと振りながらそう言った。

「冗談に聞こえないっての」

「先輩がお供え物に手を付ける前に、次行こう次っ、樹ちゃん次は何するんだっけ」

 友奈がそう聞いて、樹ちゃんはこう宣言した。

「このあとは、皆でお風呂です!」

 

 



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二十話 絶望の黒

 というわけで、温泉だ。

 銀は一旦僕から離れて皆と一緒に入ることになった。

 服を脱衣所で脱ぎ、温泉とを隔てるスライド式のドアを開ける。

 うん、いい感じだ。

 温泉から漂う湯気、(ふち)の岩、夜の月、いい雰囲気だ。

 泊まっている人が少ないのか、この時間帯でも誰も入っていない。

 まず体と頭を洗い、湯に浸かる。

「あ゛あ゛~」

 おっさんみたいな声が出てしまった。

 それぐらい気持ちよかったのだ、仕方がない。

 左にある壁の向こう側には、皆がいるのだろう。

 声が聞こえてくる。

 

「ああ~」

 風先輩の声。

「は~」 

 これは東郷さんだな。

「ふい~」

 銀。

「いいお湯~」

 友奈。

「疲れが吹っ飛ぶわ~」

 風先輩。

「はふ~」

 樹ちゃん。

「確かに、生き返るわね」

 夏凜。

 声が聞こえるたびに誰の声か頭の中で確認する。

「てかなんでそんな端のほうにいるの?」

「んぐ!? 別に、偶然よ、偶然」

「はは~ん?」

「な、なによ」

「女同士でなに照れてんだか、うふーんっあは~ん」

 風先輩が立ち上がったのか水のザバッとした音が聞こえた。

「べ、別に照れてないしっ!」

 

「こんだけ広いと泳ぎたくなるよね」 

 友奈の声と、本当に泳いでるような音。

「だめよ、友奈ちゃん」

「あぷっ、はあ~い、ぶくぶくぶくぶく」

 

「うへへへへ――」

 風先輩の変な笑い声。

「お、どうしました?」

「――へへへ、普段何を食べてればそこまでメガロポリスな感じになるのかちょっとだけでも、コツとか教えていただけると」

「うんうんっ」

 樹ちゃんがそれに追従するような声。

「確かに、さらに増してドデンと大きくなってるからな」

 鷲尾さんの時からでかかったのか、それはすごいな。

 もう天性だね。至宝だね。

 というか銀、あまり東郷さんの過去について話したらまずいんじゃ。

 忘れかけていたけど、記憶を刺激したら危ないと大赦に言われていたはずだ。

 まあ皆温泉で気が緩んでるのか、声を聞いている限りでは特に気にした風はないが。

「う、普通に生活しているだけです」

「いやいやそんなご謙遜」

 

「はーいっ! お背中流しまーす!」

「ひいいいいいいぃぃ!」

 少し遠くからそんな叫び声が聞こえた。

「背中流すの上手いって、お母さんに褒められたこともあるんだよー! ま、か、せ、てー!」 

「ちょ、ちょちょ、くすぐったいってばー!」

 

 

 うん、皆楽しそうで何よりだ。

 息を吐き出し、声への集中を解く。

 壁の近くで聞き耳を立てていたが、ここの壁筒抜けなんじゃないかな。

 まあ壁の上は何も(へだ)たっていないからそういうもんなんだろうけど。 

 露天風呂だしね。

 んん~やっぱり温泉っていいなあ。

 伸びをして、身体を解す。

 視線を巡らせる。

 

 ――――――ふと。

 

 違和感。

 そんな感覚が意識を駆け抜けた。

 何故?

 再度、視線を巡らせる。

 ――何か、可笑しいものが視界を掠った気がした。

 その掠った位置を探す。

 いや、もう解ってたのかもしれない。

 

 視界の隅。

 

 岩の陰。

 

 隠れるように、強烈な違和感。

 

 見たくない。

 絶対に見たくないと思った。

 だから、白々しくも探すなんて時間稼ぎな行動をした。

 なのに。

 見たくないけれど、視線は自然とそちらに行ってしまった。

 まるで、引き寄せられるように。

 そして、

「――――っ!」

 

 黒。

 闇を煮詰めた、黒。

 

 黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。

  

 闇、絶望の体現。

 

 黒い(もや)、または影。

 

 心は硬直。さりとて無温でなく、極寒。

 

 恐怖。恐怖が支配する。

 

 圧倒的な、凍てついた恐怖。

 

 恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。

 

 恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐。 

 そのどうしようもなく湧き上がってくる、いや――無理やり湧き上がらされた様な感情が、濁流の様に叩きつけられる。

 

 信念も何もかも呑み込み、押し流され忘れ去られる。

 

 怖い。

 怖い……。

 怖いっ――!! 

 

 嫌だ。

 嫌だよ。

 嫌だッ――――!!!

 

 精神が蝕まれる。

 徹底的に陵辱されていく。 

 そうして僕は――――

 

 限界に――達した。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 脇目も振らず、お湯から出て走り出す。

 目指すは、人。

 人の居る場所。

 最も近いのは、隣。

 皆がいる場所。

 暖かい場所。

 思考は、誰かそばにいて欲しい、それだけ。

 他は、遥か彼方。

 隔たる壁は、高かった。だがそんなものは、関係ない。

 能力を少しだけ、発現させる。

 体から少し白い粒子が舞い、瞳が一瞬光る。

 跳躍。

 壁をいともたやすく、飛び越えた。

 着水音。

 皆が驚いてこちらを見ている。

 構わず、走り寄る。

 一番近くにいた、赤髪の少女に抱きつく。

「わっ!? ど、どうしたの」

「助けて助けて助けて助けて、助けてよ…………」

 情けなく涙を流しながら懇願してしがみつく。

 この時の僕は、正常ではなかった。

 いきなり女湯に飛び込んできたのだ、言うまでもない。

 問答無用で追い出されても何も文句は言えないだろう。

 それでも、友奈はそうしなかった。

 

 僕の異常を、一瞬で悟ってくれた。

 

「お、落ち着いて朝陽くん、私がいるから、ここにいるから……」

 背中に回される、手。

 暖かい。

「落ち着いて、深呼吸。すぅーはー、すぅーはーって、ね」

 言われるがままに、深呼吸をしていく。

 少しずつ、心が安定していく。

 しばらくして、落ち着いてきた。

「あぁ…………」

 それとともに、視界が暗くなってくる。

 まるで泣き疲れた子供のように。

 意識が、途切れる。

 途切れる寸前。

 

「朝陽くん、大丈夫だよ」

 ――ぎゅっと、体を思い切り抱きしめられる感覚がした。

 

 

 

 

 ――――意識が、暗い底から浮上していく。

 瞼を、ゆっくりと開ける。

 瞬きを繰り返し、視界をはっきりさせていく。

 ……この天井は、見たことないな。

 なんか旅館みたいな天井だ。

 ん?

 ああ、そうだ、旅館だったわここ。

 それで、僕は何をしていたんだっけ?

 ご飯食べて、温泉入って……その後は?

 思い出せない……。

 

「あ、朝陽くん起きた……?」 

 心配そうな友奈の顔が、天井を隠して僕の目の前に来た。

「う、うん」

 か、顔が近い。

 友奈の顔を避けるようにして起き上がる。

 ここは僕らが借りている旅館の部屋だ。

 

「――大丈夫……?」

 友奈がまた心配げに聞いてきた。

 他の皆も不安な表情でこちらを見ている。

「うん、大丈夫だよ、それよりなにがあったの? 僕温泉入ってるところから先が記憶にないんだけど」

「え、覚えてないの……?」

 友奈が驚いて聞いてくる。

 僕は頷く。

 何か重大な事でもあったのだろうか。

 いや、覚えてないという時点ですでにまずい事態が起きたことを証明しているのか?

 温泉でのぼせて倒れただけという可能性もあるが。

 

「あの時朝陽くんは、急に私たちが入ってる温泉に飛び込んできたと思ったら、なにかにすごい怯えているように抱きついてきたんだよ」

 え…………。

「どういうこと……?」

「それはこっちが聞きたいぞ朝陽」

 銀がそう言うが、覚えていないのだ。

 女湯を覗くどころか飛び込むなんてイカれた真似を僕がするとは思えないが、記憶が飛んでるので言われたことを信じるしかない。

 それに友奈がそんな嘘をつくとは思えないし。

 

「一体なんだったのよ…………」

 風先輩のその言葉が、今のこの状況を簡潔に言い表していた。

 

 

 結局、有耶無耶(うやむや)のまま僕になにがあったのかは分からなかった。

 女湯で気絶した僕の着替えは、旅館の人がやってくれたらしい。

 その点は助かった、皆みたいな年頃の女の子に着替えさせてもらうなんて、男として一生物の恥だ。

 とりあえず僕の異常は、思い出すまで待つしかないという結論に至った。

 誰も原因を見ていないし、思い出せなければ対処の仕様がないからだ。

 体に異常も見当たらないし。

 なにはともあれ、もう就寝時間だ。

 僕は男なので、当然別部屋で一人で寝ることになる。

 その部屋に敷かれた一つだけぽつんとある布団に入る。

「皆は一緒で、僕だけ一人ってのはやっぱり寂しいけど、こればっかりはしょうがないか」         

 そんな呟きを漏らしてしまう。

 

『朝陽、一人じゃないぞ』

「――あ、そうだった、銀がいたんだよね」

『忘れんなよな』

「ごめんごめん、一人じゃなくて助かったよ」

 一人だと思った矢先に出てきた人の温もりが、心強い。

「おやすみ、銀」

『おう、おやすみ朝陽』

 そうして僕は、さっきまで意識を失っていたにもかかわらず、ゆったりとした眠りへと落ちていった。

 

 

 

 朝陽が布団に入った頃。

 勇者部の女の子達が集まる部屋にて。

 

「私は端っこ」

「アタシは部長だから真ん中」

「お、すかさず樹ちゃんが隣に付いた、じゃあ私は東郷さんのとーなりっ」

「うんっ」

 皆でどこに布団に寝るか話し合っている。

 

「女五人集まって旅の夜、どんな話をするかわかるわよね夏凜?」   

「え、えっと、辛かった修行の体験談、とか?」

「違う」

「正解は、日本という国のあり方について存分に語る、です」

「それも違う!」

「樹、正解は?」

「コイバナ……?」

「そうそれよ! 恋の話よ!」

「もう一度お願いします」

「こ、恋の話よ、何度も言わせないで……」

「で、では、誰かに恋をしている人……」

 

 友奈が頬を染めながら、該当者は手を上げるようにと促す。

「「「「「…………」」」」」

 沈黙が部屋に満ちる。

「そういうアンタは何かあるの風」

 頬杖を突きながら夏凜。

「そうね、あれは二年の時だったわね、私がチア部の助っ人したとき、そのチア姿に惚れた奴がいてさ、まあデートしないかとか言われたりしたもんよっ、もんよー!」

「うんうん、なるほど……ん?」

 夏凜がしらーっとした表情と雰囲気を醸し出している他の面々に気づく。

「アンタたち、落ち着いてるわね」

「この話十回目っス」

 樹も口調がぶれてしまうほどしらっとしている。

「えぇ……」

 

「なによぉ」

「それしか浮いた話ないのね」

「あるだけいいでしょ」

「で、断ったの?」

「だってさ、同年代の男子ってなんか子供に見えるもん、そいつも端末にいやらしい画像入れて、休み時間に男子達で見てるようなやつだって知ってたからさー」

 

「じゃあ朝陽は?」

 

 一瞬の間。

「朝陽は……どうだろうね、確かに子供っぽいところはあるけど、どうだろうね?」

 風が夏凜の質問を、他の皆にも拡散させる。

 友奈が少し頬を染めながら俯き、皆もどうなんだろうと思索に耽っている。

 

「というか、アタシ達が積極的にかかわっている男子って、朝陽ぐらいしかいないじゃん」

「そういえば、そうですね」

 皆がそれに気づき、嫌でも意識をする。

「そういや、いつの間にか朝陽、夏凜のこと三好さんじゃなくて夏凜って呼んでるわよね」

「そ、それがどうしたのよ」

「いや~何かあったのかなあって」

「別にないわよっ! 肩を共にした仲間だからいつまでも名字呼びなんて堅苦しいと思っただけよ。それに名前呼びなら風も同じじゃない」

「アタシは樹と姉妹だから名字呼びしたらややこしくなるでしょ、それはノーカンよ」

「そうはそうだけど……」

 そこに樹が助け舟を出すように言った。

「私も名前で呼ぶようにして、朝陽さんには敬語をやめてもらったけど、同じ勇者部の一員で、それも私のほうが年下なのに、いつまでもさん付けというのも変な感じだと思ったから変えるようにしただけだよ」

「ふ~ん、そうなんだ」

 風が期待はずれだといわんばかりな声を出す。

 

「それじゃあ、え~と――あ、そういえば友奈って最初っから朝陽に友奈って呼ばれてたわよね。なんかあったの?」

「え、ええっ!? わ、私ですかっ!?」

 自分に話の矛先を向けられて狼狽する友奈。

 その赤く染まった顔を目ざとく見て、風が言う。

「なに顔赤くしちゃってんの~、やっぱり何かあるの?」

「わ、わかりませんよ私にも……ただ、少し気になってはいます」 

 

 純粋に、自分たちのことを始めて必死になって守ってくれた異性のことを。

 そのシチュエーションは、まだ十三歳の少女の心を揺るがすには十分といえた。

 それは他の皆にも当てはまるが、友奈だけなのは単純に一緒にいた時間の差だろうか、ただそれだと銀にもいえる。

 それとも単純に好みだろうか。

 結局は人により、人の心など曖昧で、解らないものだ。

 時間とか理屈じゃないんだ。

 ただ、いつの間にかそうなっている。

 

「友奈ちゃん……まさか、そんなはずないわよね……?」

 東郷が驚愕と不安の眼差しで友奈に詰め寄る。

 自分を救ってくれて、今までずっと拠り所だった親友がとられてしまいそうで、焦りと寂しさと不安が押し寄せてきたのだ。

「そんなはずってなに東郷さん……さっきも言ったように、私にもモヤモヤしててわかんないよ……」

 友奈はそういってるが、その頬を染めて恥ずかしそうにしている姿は、東郷には初恋に悩む少女にしか見えなかった。

 

「友奈ちゃんが遠くに行っちゃうのは嫌……だけど夢河くんは悪い人じゃないし、友奈ちゃんを任せられるかもしれない…………それでも……」

 ぶつぶつと、誰にも聞こえない小声で呟く東郷。

 たとえ危惧しているとおりになったとしても、離れ離れになるわけではないことは解っている、親友なのも変わらないし、会おうと思えばいつでも会えるだろう、それでも、気持ち的に今よりも離れてしまうような気がしてしまうのだ。

 故に、不安が募る。

 

「じゃあ友奈は朝陽のことが気になってるんだね!」

 目をキラキラさせている風と樹、そして興味を持った顔をしている夏凜。

「確かに気になってはいますけど……それだけですよ……」

 いつになく弱気な友奈の声に、皆珍しく思う。

 

 そうして夜は、更けていった。

 一人の不安を、残したまま。

 



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二十一話 イネスへ





 旅館から帰ってきて、数日後。

 またもや銀が、頼んできた。

  

「須美――いや、今は東郷かな、その東郷ともっと昔みたいに仲良くしたいんだ」

 そう、東郷さんとの関係の事である。

「今までは少し気まずかったりしてあまり関われてなかったけど、それじゃ駄目だと思ったんだ。アタシと須美と園子は、親友なんだから。だから協力してくれ、頼む!」

「うん、いいよ」

 この日は勇者部が休みだった。

 断る理由も無かったし、僕も皆には仲良くしてほしい。

 だから、即頷いた。

 

 

 ――――そして今、大型ショッピングモール、『イネス』へとやってきた。

 東郷さんに、ショッピングモールへ銀と一緒に遊びに行かないかとメールしたら、了承の返事を貰えたからである。

 東郷さんの車椅子を押して歩き、電車に乗り、そしてまた歩き、ここに着いた。

 そういえば、東郷さんが家から出てきて会った時の様子がいつもと違った気がしたけど、気のせいかな?

 具体的にどう様子が違ったのかは解らなかったが、なんか雰囲気的に違った気がしたのだ。

 やっぱり気のせいかな? まあいいや。

 何かをした覚えもないし、僕もメンツがこの三人だけというのに少し緊張していたから、東郷さんも多分それだろう。   

  

「どこからいく?」

 僕は特に行きたい所もないし、今日は銀の頼みで来たから二人にどこに行きたいか聞く。

「東郷はどこか行きたい場所ある?」

 姿を現している銀が聞く。

 生前の知り合いに見つかる可能性はあるが、たとえ見られたとして誰がすでに亡くなった人が生きてると思うだろうか。

 恐ろしく似ているだけの誰かとしか普通は思わないだろう。

 銀への何かしらの執着心さえなければ。

 だから多分大丈夫だ。

「私はどこでもいいけれど、他にないなら考えるわ」 

「そうか、ならとりあえずゲーセン行こうぜ!」

 銀がそう言って、まずゲームセンターに行くことになった。

 

 

「敵兵の皆さん、今度は数で来ようというのね? 受けて立ちます。行くわよ三ノ輪さん!」

「おう! それと三ノ輪さんじゃなくて銀でいいぞ東郷」

「うんっ、銀、右側お願いね」 

 今、ガンシューティングゲームを二人がやっている。

 ゲーセンのシューティングはゾンビを打つのが主流だろうけど、これは敵が兵士だ。

 二人の様子を見ていると、かなりいい感じに仲良くなってきてるんじゃないかなと思う。

 

「くっ……ぐっ……」

 銀はそれなりに撃ち漏らしたりしている。

 シューティングはあまり得意ではないのかな。

 ダン、ダン、ダン、ダン、ダン。

 ヒット、ヒット、ヒット、ヒット、ヒット。 

 東郷さんは百発百中だ。

 銀が撃ち漏らした分も上手くフォローしている。

「ここらで、一掃させてもらいます!」 

 

 うまくやっているようだし、今は二人をそっとしておいて、僕は少しぶらついてみようかな。

 適当にゲーセン内をうろつく。

 こうしてみると、やっぱりいろんなゲームがある。

 でも特にやりたいものも見つからず、散歩のように歩き回る。

 と、

 

 目に留まった。

 クレーンゲームのガラスを隔てた景品。

 四角いそれなりに大きい箱に入っているもの。 

 

 ――ご○文はう○ぎで○か? コ○ア8/1スケールフィギュア。

 

 それに、僕の魂の底から刺激された。

 コ○ア、コ○アじゃないか!

 発売なんてされてなかったはずだぞ! どうした! おい!

 すげえ、すげえぞ! 取るしかねえ! これは取るしかねえからな僕!

 すぐさま両替機に直行し、お札を硬貨に変える。

 そしてクレーンゲームの前に立ち、戦闘態勢に移る。

 

「これより、コ○ア救出作戦に移る」

 変なノリになりながら、五百円効果を投入。

 これにより一気に三回挑戦可能。

 一回二百円だから、一発で取れそうにない物を狙う時はこちらの方がお得なのだ。

 

 ――さあ、聖戦の始まりだ。 

 

 

 

 十数分後。

 

 ああ、ああ、ああ…………。

 どうしよう。

 

 ま っ た く 取 れ な い。

    

 これでもかというほど取れない。

 すでに一万円ぐらい吹っ飛んでいる。

 確かに普通フィギュアはそれぐらいの値段はするけど、さすがにクレーンゲームでこの散財は財布にきつすぎる。

 一万円だぞ一万円。

 結構な給料が入ったとはいえ、中学生にはかなりの大金だ。

 おかしい、なぜこうなった。

 僕は絶望的にクレーンゲームが下手なのか。

 でもここまで来て取れずに諦める事などできない、無駄に一万円消し飛ばすだけなんて嫌だ。

 それにあのフィギュアを絶対に諦めたくない、物凄く欲しい。

 だから僕は硬貨を入れる。

 さらに五百円投下。

 ――だが、また失敗。

 

「も゛う゛い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」 

 フィギュアを取れず、クレーンゲームの前で、

 

 半泣きで叫ぶ中学生男子の図が、そこにあった。 

  

 打ちひしがれていると、肩をポンッと叩かれた。

 ゾンビのように振り返ると、苦笑している銀と東郷さんがいた。

「どうした朝陽、何か欲しいのか?」

 打ちひしがれているところを見られていたのかな……。

 本当はフィギュアが欲しいなんて知られたくなかったけど、見られたら悲鳴を上げるレベルだったけど。

 ――もういい、恥も外聞も掻き捨ててやる。

「うん……あれが凄く欲しいんだけど全然取れないんだ……」

 僕はご○文はう○ぎで○か? コ○ア8/1スケールフィギュアを指差す。

「そんなに取れないのか?」

「うん……一万円くらいこの醜悪機械に呑まれた……」 

「そんなにか!?」

「どれだけ欲しかったんですか……」

 東郷さんは呆れ気味だ。

 そりゃそうだ。

 

「しょうがない、アタシがやってみるよ」

「いいの……?」

「おう、問題ない」

「ありがとう銀……」

 その心遣いに感謝する。

 感謝するが、僕がこんなにやって取れなかったんだ。

 他の人がやってもそう都合良くは取れないだろう。

 そんな諦めの気持ちを抱いたまま、銀が挑戦するのを見ていた。 

 

 

 ――――取れた。

 は?

 一発で取れてしまった。

 え?

「おっ、なんか結構簡単に取れたぞ」

 僕の苦労はなんだったの?

 あの十数分の死闘はなんだったの?

 なんであっさりとれちゃってるの?

 だったら僕が何回もやってる時どこかで取れてくれてもよかったんじゃないの?

 と、そんな理不尽に対する非常に納得しがたい感情があった。

 あった、けど。

 

「ありがとう銀! ほんっとありがとう! 感謝する! やっぱり持つべきものは友達だね!」 

 フィギュアを手に入れれたのはやっぱり嬉しかったため、全力で銀に感謝した。

「あははははっ、朝陽そんなにこれが欲しかったのかよ」

「ああ、凄く欲しかった」

「真顔かよ、朝陽って結構なオタクだったんだな」

「まあね」

「というかそれはカラオケの時に思いっきり片鱗どころか全面出してたか」

「ま、まあね」

「この前もなんか漫画みたいな小説買ってたしな」

「ま、ま、まあね」

 ライトノベル、ラノベのことである。

 僕はこの前樹ちゃんの歌を聞くためのヘッドホンと共に、ラノベを買ったのだ。

 それもベッタベタのハーレムラブコメバトルものの。

 そりゃ気づかれるわな。

「朝陽は気にしてるようだけど、あたしはそういうの気にしないから別に隠す必要はないんだぞ?」 

「あ、ありがとう」

 ぐう聖。

「勇者部の皆も、気にしないと思うよ夢河くん、私も気にしないから」

「そ、そうなの……?」

 皆ぐう聖。

 やさしい世界。

 ありがとう。

 ありがとう!

 

「さて、銀、次はどこに行く?」

「うーん、そうだなあ――じゃああそこに行こう!」

 そう二人が言って、歩き出す。

 今は銀が東郷さんの車椅子を押している。

 僕は、それに続いた。

 

「――あっ、待って二人とも!」

「ん? なんだ?」

「なにかあったの?」

 

「ちょっとね、あれを皆で撮りたいなって」

 僕はプリントシールだかプリクラだかの機械を指差した。

 

 

『画面を見て、キメ顔を作ってネ♪』

 は? キメ顔? 

 僕はキメ顔でそう言ったなの?

 自分で撮りたいとは言ったけど、実はこういうの一切やったことない。

 過去の記憶が無いから本当にそうかはわからないけど、とにかく今はやったことないも同然だ。

 だから急にそんなこと機械に言われて戸惑ってしまう。

 というかこの機械の口調絶妙に腹立つな。

 人をイラつかせる天才かな?

 キメ顔……キメ顔……。

「ほら朝陽、ぼーっとするなよ、もう始まるぞ」

 え?

『撮るよー? 3,2,1、はい、チーズ♪』

 パシャッ。

 妙に気に障る口調が響き終わると同時に、写真を撮る音が鳴った。

『この顔をシールにしてイイかな?』

「よくないです」

 僕は即答した。

 いやだってさ、僕の顔酷いよ? この戸惑ったような間抜けな顔。

 まるでブサイク童貞が超絶美少女複数人に詰め寄られているような顔だ。そのままボコられるまである。

 ボコられちゃうのかよ。

 というかどんなかおだよ。

 自分で言ってなんだけど。

 とにかく、この表情はナッシングだ。

 

「え~、よく撮れてんじゃん、朝陽は間抜け顔だけど」

「そうね、よく撮れてると思うわ、夢河くんは間抜け顔だけど」

「ひどいっ」

 

 それから。

 ――まあ、ちゃんと取り直してはくれた。

 東郷さんを真ん中にして、左に僕、右に銀という立ち位置で、東郷さんは自然体で微笑み、銀はお日様のような笑みでピースをしている。

 もちろん僕は間抜け顔ではなく、かといってキメ顔もできなかったからまるで証明写真のような表情だが、間の抜けた顔よりも何倍もマシだ。

 

 そして銀がプリシーの機械で書いた文字がでかでかと鎮座している。

 親 友――と。

 

 

 

「おお、色々と店が変わってたけどちゃんとここは残ってた!」

 僕らはフードコートのジェラート店へやって来た。

「ここの醤油ジェラートが最高なんだよ」

 東郷さんは車椅子に乗ったままで、銀を真ん中にしてベンチに三人並んで座る。

「へえ~」

 全く惹かれねえ。

 アイスに醤油ってなんだよ。

 僕はチョコ味のジェラートを持っている。

 東郷さんは宇治金時味だ。

 なんというか、すごく、らしい。

 東郷さんはどんだけ()が好きなんだ。 

 ちなみにこれらのアイスはカップではなくコーンタイプだ。

 一口食べる。

 うん、うまい。チョコ美味い。

 やっぱり甘いものは()い。

 甘いものは女の子が好きなイメージあるけど、男だって好きなやつは好きだ。

 僕はその一人というだけなのだ。 

 

「なあなあ、絶対美味いから食ってみろよ、ほら」

 銀がそういってジェラートを店で貰ったスプーンで掬い、僕の口の前に差し出してきた。

「えぇ……だって、醤油じゃん。アイスは甘いからいいんでしょうが」

「そんなこと言わずに騙されたと思ってっ、とりあえず一口食えよ、な?」

 まあそこまで言われたら別に拒むこともないか。

 僕はしょうがないと一息吐き、口を開こうとする。

 

 ――いや、待て。

 今更気づいたがこれ間接キ――

「ええいじれったい!」

「むぐっ!?」

 銀が躊躇った僕に痺れを切らして無理矢理口にスプーンを突っ込んできた。

 危ないから! 喉にスプーン刺さったらどうしてくれるんだよ!

 ああ違う、それよりも間接キスだ、不可抗力とはいえしてしまった。

 不可抗力っていうか抵抗空しく無理矢理って感じだけど。

 あれ? 無理矢理キスってエロくね? 

 

「で、どうだ?」

「え?」

「味だよ味、美味かったか?」

「ああー……」

 正直言ってそれどころじゃなかったので味なんて覚えていない。

 でもまた口にスプーン突っ込まれるのも面倒だし、適当にお茶を濁しておこう。

「ウン、ケッコウヨカッタンジャナイカナ」

「そうか美味いか! いや~、やっとこの味を理解してくれる人が現れたよ」

「ハハハハ」  

 ぬか喜びをさせてしまったかな。

 すまぬ、すまぬ。

 そんなふざけたやり取りをしていた時。 

 

「なんだか、懐かしい味な気がするわ」

 東郷さんがそう呟いたのを耳にした。

「……っ」

 銀がそれに反応した。

 無理もない、東郷さんの記憶を刺激してしまったら、脳が危険な状態に陥ると聞かされているのだ。

 じゃあなんでイネスへ来たのか、ということになってしまうが。

 そこは前に友奈たちとここに来た事もあると聞いていたからだと思う。

 だから場所に来た程度で記憶が刺激される事は無いと考えたのだろう。

 イネスは思い入れのある場所だから、リスクがあまりないのならここが良かったという事なのだろう。

 明確に、思い出させようという意思を持って話したりさえしなければ大丈夫だと。

 だが、今東郷さんは懐かしい味な気がすると言った。

 食べ物はまずかったのか。

 場所までは良くても、思い出の食べ物は記憶を刺激するに足るものだったのか。 

 僕はもっと気をつけるべきだったか。

 軽率だったろうか。 

 銀だけの判断に任せたのはいけなかったのだろうか。

 そんな思考が渦巻いていたら、

 

「ん? なに二人共?」

 キョトンとした顔で東郷さんが言う。

「え……? 東郷、大丈夫なのか……?」

 銀は困惑した様子だ。

 僕もそうだ。東郷さんは記憶を刺激されても平然としているのだから。

「大丈夫って、なにが?」

「いや、いいんだ。僕らの勘違いだった」

「そう……?」

 とりあえず、これ以上記憶への刺激をさせるべきではないと、僕は話を遮り終わらせた。

 

 考えてみたが、少し程度の刺激なら問題ないということだろうか。  

 前にも記憶が無い状態で友奈たちと来たのなら、少しも記憶が影響を受けないというのもよく考えてみれば可笑しいような気もする。

 つまり、ある程度は大丈夫なのだろう。

 そのある程度の線引きが曖昧だが、とりあえず場所と思い出の食べ物は問題ないということは分かった。

 まあ何はともあれ、東郷さんに危険が及ばなくて良かった。

 

 

 

 風が気持ちいい屋上。

 日はもうすぐ茜色に染まりそうだ。

 僕達はジェラートを食べ終わった後、色々とイネスの店を回り、最後にこの屋上に来ていた。

 他に人は()らず閑散としているが、だからこそ、良いところだと思った。

 静かで、なんだかいい。

「いい景色ね」

「だろ? アタシのオススメスポットだ」

「でも、一つだけ気になるわ……」

「ああ、まあそうだな……」

 東郷さんと銀が見つめる先。

 そこには、無残に破壊されて上に沿った大橋があった。

 それだけが、この景色の一点だけの汚点だ。

「今日は楽しかったわ。誘ってくれてありがとう」 

 東郷さんが僕と銀を見て微笑んだ。

「アタシが東郷と遊びたかったんだから、礼なんて言わなくていいんだよ」 

「僕は銀の提案に乗っかっただけだからね、僕にその言葉を向ける必要はないよ」

 

「そう……でも、よかったわ…………」

 その(こと)()には、僕が考えるのとは別の意味が込められている気がした。 

 

 

 

 夜の東郷家。

 その自室で、私は写真を眺める。

 今日三人で撮ったプリントシールだ。

「本当に、楽しかった」

 不安を拭い去るために、夢河くんという人間を改めて見定めるために、誘いに乗った自分が恥ずかしくなるくらいに。

 銀と夢河くんと遊ぶのは、友奈ちゃんと一緒にいる時に匹敵するくらい安らいだ。

 なんでかはわからないけど、銀には昔からの友達のような親しみも感じる。

 

「親友、か……」 

 どっかりと書かれて、強調された写真内の文字。

 私の親友は、友奈ちゃん意外はいないと思っていた。

 風先輩は先輩で、樹ちゃんは後輩で、夏凜ちゃんは最近お役目を経てできた友達で。

 みんな大切な友達だけど、親友というのはもっと違うもののように思っていた。

 だから、親友という言葉に当てはまるのは友奈ちゃんしかいないと、そんな考えを固定していた。

 間違いだったのかもしれない。

 親友は、早々出来るものではないけれど、出来ることもあるのだ。

 それを今日、知った。

 銀とは、親友になれるかもしれない。

 夢河くんとも、なれるかもしれない。

 そんな暖かさを感じた。

 そう思ったら、不安は和らいで行った。

 友奈ちゃんはもちろん親友だ。だからなにがあってもその関係が切れることは無い。

 たとえ誰かのもとへ行っても、会えなくなるわけじゃない。

 親友は、親友なんだから。

 

 夢河くんも、純粋な人だ。

 裏があるようにも、見えない。

 二年前の私と同じように記憶が無いのに、混乱したり暗くなったりせず、明るくいれている、夢河くんは強いのだ。 

 あの人なら、友奈ちゃんに悪い事が起きるとは思えない。

 そもそも友奈ちゃんが選ぶ相手なら、大丈夫だろう。

 ちょっと早とちり気味な気もするけど、考えておいて損はないはずだ。

 一気に二人も親友が増えるかもしれない。

 その事実に、心が躍った。

 分かっていたことの筈だけど、私は、一人じゃない。 

 皆が――勇者部の仲間が、友達が、親友が――いる。

 ちょっとした不安が消えた安らぎと共に、私はプリントシールをしまい、電気を消して、布団に入り就寝した。



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二十二話 キモダメシ

 

 拡散、拡散、拡散。

 

 黒が、ばら撒かれる。

 

 混沌の時は近く。

 

 道化の踊りもピークが近い。

 

 メインディッシュを待つ陰は、不気味な笑みを湛え。

 

 (ただ)整える事に専念し、その時を待つ。

 

 アア、待ち遠しい。

 

 早く、速く、疾く、ハヤク。

 

 観タイ――。

 

 

 

 

 まるで、世界の終わりだ。

 

 ――何故、見捨てた? 

 ――何故他人なんか助けなければならない?

 

 ――助けようと思えば助けられたはずだ。

 ――僕にそんな余裕はない。

 

 ――必死に助けようとしている人もいた。

 ――他人と一緒にするな。

 

 ――本当に余裕はなかったのか?

 ――…………。

 

 ――助けられたんじゃないのか?

 ――…………。

 

 ――助けられたんだろ?

 ――そうかもしれない。

 

 ――なのに見捨てた。無視した、振り払った、踏み潰した。

 ――そうだね。

 

 ――お前はクズだな。

 ――僕はクズなのか?

 

 ――どうしようも無いほど醜い奴だ。

 ――僕は醜いのか?

 

 ――僕は善人でも普通でもない、ただの卑しいクズだ。

 ――嫌だ。

 

 ――認めなかろうと、醜いクズだ。

 ――やめろ。

 

 ――クズ。

 ――やめろっていってるだろ!

 

 ――クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズ。

 ――黙れ!

 

 ――黙ったところでなんになる? 僕がどうしようもないクズだという事実は変わらない。

 ――それでも僕はそんなの嫌だ! そんなのは、絶対に、絶対にっ!

 

 ――善人じゃない。

 ――嫌だ。僕はそれが良かったんだ。

 

 ――愚か者だ。

 ――僕は善人がいい。そう在りたい。

 

 ――なら、変わるしかない。

 ――どうやって?

 

 ――醜いクズの、反対。自分の理想を考えればいい。

 ――自分の、理想。

 

 ――偽りでも、実践していけば真実にできる。

 

 ――だから、理想の仮面を被れよ、クズ――

 

 

 

 

 夏休みが明けた。

 今日からまた学校だ。

 といっても、学校自体は勇者部の活動で夏休みの間に何回も行ったけど。

 夏休みは、色々とあった。

 カラオケに、海に、イネスに、他にも一杯楽しんだ。

 勇者部の活動にも勤しんだし、皆と遊びに遊んで凄く充実した。

 皆との仲も、かなり良好だと思う。

 勇者部の皆、大好きだ。

 最上に楽しい日常って、こういうことをいうんだなあ。

 本当に、幸せな毎日だ。

 今日から授業とか始まるけど、全然苦じゃない。

 面倒臭くはあるけど、充実してるし、嫌じゃない。

 夏休みの宿題はちょくちょく夜に進めて普通に終わらせたから大丈夫だし。  

 何も問題はない。

 この大切で特別な日常で、僕は生きていく。

 皆で勝ち取った、この平和な毎日を。

 

 

「「「「「「調査依頼?」」」」」」

「そうよ、方々から同じ調査依頼がきてるのよ」

 授業が終わり、勇者部に皆揃った途端、風先輩が宣言したのだ。

 調査依頼が着たから、今日それをやると。

 それにしても、同じ依頼が被って複数来たことなんて、少なくとも僕が勇者部に入ってからは初めてだ。

「どんな依頼なのよ」

 夏凜が率直に聞く。

「それがね、最近この学校の中や近隣で変な黒い影だか靄だかが出るらしいのよ」

 

 黒い、靄。

 頭に、その単語が引っかかった。

 だけど、直ぐにその引っかかりは、思考の海に溶けていった。

 

「それを見た人は皆揃って、『あれは良くないもの』だと感じたみたいだわ。悪霊とか噂されているくらいよ。といってもアタシはあんまり信じられないんだけどね。幽霊なんて。だけどこんなに依頼が来てるから、受けないわけにもいかないじゃない?」

「そうね」

 

「警察に頼むのは駄目ですかね?」

 僕は、そんな頓珍漢(とんちんかん)なことを口走ってしまった。 

 言った瞬間自分でも馬鹿かと思った。

「あのねぇ朝陽、警察が幽霊なんて事件性の無いもので動くわけないでしょ。大赦でもそんな調査しないわよ。だから勇者部に白羽の矢が立ったんじゃない」

 案の定、呆れた表情と声音で風先輩に諭された。

「そりゃそうですよね、すいません」

 ううむ、なんであんなこと言ってしまったんだろう。

 

「それじゃあ幽霊調査が今日の活動ですね」

『肝試しみたいなもんだな、いいね楽しそうじゃん』

 友奈と銀は結構乗り気だ。

「そういうこと、夜に出る頻度が高いらしいから夜に学校で調査ね」

「夜ですか、先生方に許可は取ったんですか?」

 東郷さんが根本的な問題をぶつける。

「大丈夫、アタシがちゃんと取っといたわよ」

「さすが部長ですねっ」

 友奈が言うとおり、風先輩は色々とあれなところもあるが、ちゃんと部長らしいところもあるのだ。

 尊敬できる先輩といえるだろう。

 

「でも、アタシは今日大事な用事があるから行けないのよね。悪いけど他のメンバーで調査はお願い」

「あれ? お姉ちゃん今日何か用事あったっけ?」

「……っ、あ、あるのよっ、言ってなかったけど大事な用事が……」

「そうなの……?」

「とかいって、ただ幽霊が怖いだけなんじゃないの?」

 夏凜がイタズラげな笑みで風先輩をからかう。

「そそそそ、そんなわけないじゃない! アタシは別に怖いわけじゃ……」

「動揺しすぎでしょ……」

「ど、動揺なんてしてないわよ!」

「風は幽霊が怖いのね、一つ弱点を見つけたわ」

「だから違うっていってるでしょー!」

「じゃあ夜行けるわよね?」

「うぐっ……」

「用事ないんでしょ? 樹」

「はい、私が知る限りは」

「ほら、樹も言ってるじゃない、行けるんでしょ?」

「さ、さっきも言ったけど樹に言ってなかっただけだって……」

「本当にそうかしら?」

 皆に――疑いの視線――ジト目を一斉に向けられる風先輩。

 というか疑いどころかこの様子じゃ確定だろうけど。 

 やがてその視線に耐え切れなくなったのか、

「う、う、うわああああああああああ!」

 

 風先輩は逃げ出した! 

 ……尊敬できる先輩?

 

 

 

 結局、風先輩も半ば無理矢理行くことになった。

 言いだしっぺが用事も無いのに自分だけ行かないというのはどうなのという意見の総意があったからだ。

 

 そして夜。

 学校の廊下。

「お姉ちゃんそんなに怖いの?」

「ここここ、怖くなんてないわよ!」  

「じゃあなんで私の後ろに隠れてるの……」

 樹ちゃんが苦笑しながら風先輩に言う。

 やっぱり怖いようで、自分の妹の背中に隠れて歩いている。 

 

 思ったが、幽霊なんかよりバーテックスの方が怖いんじゃないかな。

 いるかも分からない上に、悪霊でも無かったら害も無いだろう相手と。

 人類の脅威で、完全に殺すための攻撃を放ってくる化け物。

 どっちが怖いかは明らかに後者だと思うんだけど。

 いや、『わからない』、というのは恐怖を覚えるものだし人によるか?

 ホラーでも、その脅威がどういうものか分からないから怖いという感情が引き出されるのだ。

 タネが分かってしまえばただ対処しなければならない脅威に成り下がってしまう。

 だから幽霊の方が怖いのか?

 いや、でも、僕はバーテックスの方が怖いが。

 あいつら殺す気マンマンで強力な攻撃放ってくるし。

 やっぱり人によるのだろうか。

 そんな意味の無い事を考えていると、  

 

「そういえば、この学校には七不思議なんてものがありましたね」

 東郷さんがこの状況でそんなことを話し出した。

「な、七不思議!?」

 風先輩が過剰に反応する。

「あっそれ私も聞いたことあります。どんなのがありましたっけ?」

「そうですね、一つは、定番ではありますが理科室の人体模型が動き出す、というのがありますね」

 

 ドガッ。

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

 いててっ。

「なななな、なによ! なにが起きたのよ!」

「すいません躓いてドアにぶつかりました」

「こんなタイミングで躓かないでよ!」

「すいません」

 それでも躓いてしまったものは仕方がない。

 弁明すると決してわざとではない。

 夜の学校は月明かりぐらいしか照らしてくれるものが無い。

 当然懐中電灯はあるが今持っているのは東郷さんと樹ちゃんと夏凜だし、照らしているのは前の方だ。

 だから、こう暗いと少し足元がおぼつかないのだ。

 というか、今ちょうど理科室の前辺りに来た時に東郷さんは今の話をしたけど、それは意図的かな?

 だとしたらいい性格してるねえ。

 案外イタズラ好きかな?

 なんだか可愛い。

 真面目っぽいのに――っていうか実際真面目だけど――イタズラ好きというのは可愛い。

 そんなふうに、わいのわいのと僕らは進んでいった。

 

 

 しばらく探索を続けた。

 一階、二階、三階と、ほとんど見回り終えた。

 だが、一向に依頼にあった黒い影だか靄は、見つからない。

 本当にそんなの出るのか?

 ただの見間違いじゃないのか?

 それこそ単なる影を幽霊だと見間違えたとか。

 よくある話だ。

 

『全然見つからねー!』

「見つからないね~」

「そうね、本当にそんなのいるの?」

「アタシも見たこと無いわよ、でも依頼が何件もきてるのよ?」

「もしかしたらイタズラだったとか?」

「その可能性はありますね、こうもくまなく探してるのに出ないとなると、今日はもうあまり遅くならないうちに帰った方がいいのではないでしょうか?」 

  

 皆諦めムードだ。

 やっぱりそんなものいないんだ。

 バーテックスとか精霊とかがいる時点で、なにがいても可笑しくは無いとも思いはするが。

 そもそも銀自体が幽霊みたいなものと言われてしまえば何も言い返せないけど。

 それでも、今回は誰かのイタズラという線が濃厚なんじゃないだろうか。

 黒い影とか、いかにもそんなことする馬鹿が思いつきそうな、何の捻りも無い陳腐な内容だ。

 今日はもう帰った方がいいな、うん。

 ――――――――――。   

 

 

「え――――」

 誰かが、そんな言葉を漏らした。

 でも、僕には、それが誰なのか特定する余裕は無かった。

 僕達の、目の前。

 そこに突然、何の脈絡も無く、現れた。

 

 黒い、黒い、靄が。

 

 脳が、鮮烈に刺激された。

 一瞬で、記憶がフラッシュバックする。

 思い出した。

 思い出した。思い出してしまった。

 

 最初に、結城家へ大赦の車で送られた時に窓の外に見た、異質なモノ。

 次に、旅館の露天風呂の片隅に見た、異質な黒。

 

 記憶の奥に閉じ込めていた、その二回の遭遇に、記憶の扉を強引にこじ開けられて思い起こされた。

 

「……っ」

 楽観していた自分が馬鹿にしか思えなくなる。なにを考えていたんだ僕は。

 こんな世界じゃ、なにが起きても可笑しくはないと思っていたのに。

 自分の浅はかさが嫌になる。

 

 いや、良く考えたら、というか良く考えなくても楽観とかそういうのじゃない。

 僕は思いだしたくなかったんだ。

 記憶の奥にどうにかして閉じ込めて起きたかったから、楽観の皮を被った思考逃避をしていたんだ。

 あんな――あんな、魂の根底から汚泥で汚して、寒いという概念を濃縮したものを擦り付けられるような、醜悪で、絶望で、深淵な、この世に在ってはいけないもの。

 今だって、記憶から塵一つ残さず消し去りたいぐらいだ。

 でも、できない。

 否が応にも、存在を思い知らされる。

 

 そんな精神状態だけど、腹の底から出ようとする悲鳴を、無理矢理呑み込む。

 ここでまた、情けなく悲鳴を上げることは許されない。 

 気絶して、忘れて逃げることも許されない。

 

 だって今は、皆も共にこの醜悪な黒と遭遇してしまっているから。

 あれを見て、目を見開いて硬直してしまっている大切な皆を、このまま置いて自分だけ弱さに逃げることは許されない。

 だから、今は勇気の残りカスを絞ってでも、行動に起こさなければ。

 

 強く、優しく、かっこよく――――

 

「みんなっ! 逃げるぞっ!!」

 僕が力の限り叫ぶと、皆は、はっとしたように硬直が解ける。

 あれに立ち向かう度量は、僕には無い。

 気絶してしまいそうなほどの恐怖を背負ったまま、戦えるはずが無い。

 だけど、皆と一緒に逃げる事はできる。

 その手助けは、できる。

 

「走れっ! 早くっ!」

 僕がそう叫んで直ぐ、全員で走り出す。

 振り返ることはしない。したくない。

 

 振り返ったら目の前にいて、一瞬で殺される。

 そんな想像が、妄想が、頭にチラついて離れないからだ。

 

 そうして昇降口に辿り着き、靴も履き替えず皆で飛び出す。

 学校から離れようと、それぞれの家の方面にバラけることなく固まって走り続けた。

 全員の荒い息遣いと、乱雑な足音だけが、暗い夜道に聞こえる。

 誰もが必死に走り続けていると、いつの間にか、まだ車が走っている人通りがあるところまで着いていた。

 

「はあっ……はあっ……」

 皆膝に手を突いて息を整える。

 恐怖に強張った心も、ゆっくりと落ち着けていく。

 呼吸がそれぞれ落ち着いてきた頃。

 

「あれ……なんだったのよ……」

「わからないわ、でも、すごく嫌な感じがした」

 風先輩と夏凜が気怠そうに言った。

 

「実は僕、前に二回ほどあれを見たことがあるんです」

「二回も!? ……もしかしてその一回って…………」

 友奈が察した事に、答える。

「うん……あの温泉の時だよ、さっき思い出した」

 自分で言って思う。

 そもそも、忘れるほどの恐怖ってなんなんだ。

 あれには、もっと別の醜悪で異質な、想像も付かないような何かがあるはずだ。

 でないと、記憶の奥に無理矢理閉じ込めていた説明が付かない。

「やはり、そうですか……」 

 神妙な表情で東郷さんが顎に手を当てる。

「最初に一回はどこで見たんですか……?」

 樹ちゃんの疑問にも、答える。

「最初に友奈の家に行く途中、大赦の車の中で窓の外の田んぼにいたのを見たんだよ」

「そんなに前から見てたのか!?」

 今は姿を現している銀が驚く。

「銀も一緒にいたはずだけどね……」

「それは、あの時は色々あって周りを見てなかったし……」

 まあ、それはしょうがない。

 あの時銀は一気に受け入れられない情報を知らされて、考える時間が必要だったのだから。

 僕の中に居て、周りの視界も遮断していたのだろう。

 

「とにかく、今日はもう帰りましょう。あの黒いのについてはアタシが大赦に報告しておくわ。あんなののさばらせて置けないしね」 

 風先輩がそう言って、今日は解散となった。

 

 

 ――黒い靄から走って逃げていた時。

 最後まで、僕は振り返ることはしなかった。

 だけど、昇降口に着き、その靴箱の向こうにある扉の方面に向く時、横目で一度見えてしまった。

 

 ――あの黒は追いかけるそぶりも見せず、現れた時と同じ場所で、唯そこに佇んでいた。 



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二十三話 襲撃





 後日学校に行ったら、風先輩が大赦にあの黒い靄の事を報告したと皆に伝えてきた。

 大赦はそれを今調査中らしい。

 だから、その内あれがなんなのか解るだろう。

  

 思ったが、僕以外の皆は、僕ほどあの黒い靄を見ても恐怖は感じていなかったように見える。

 初見で、悲鳴も上げず気絶もしなかったのだから。

 依頼をしてきた人たちも恐らく同じだろう、ここ最近気絶した人が頻発しているなんて聞いていないから。

 

 ――何故僕は黒い靄にあれほどの忌避と恐怖を感じるのだろう。

 

 思えば、僕に関しては分からない事だらけだ。

 記憶が無い理由もわからない。

 自分の能力がどういうものか、何故そんな能力を持っているかもわからない。

 そういえば、戦闘の最中に誰かから与えられたものだと感じた。

 それが誰からなのかもわからない。

 

 懸案事項が多い。

 不安な事が多すぎる。

 

 ――でも、考えたところでわからない。

 推測はできるが、可能性が多すぎて意味が無い。

 全く的外れな結論に至ってしまうかもしれない。

 

 結局、大赦の調査待ちか……。

 そう結論付け、僕は今日の勇者部の活動に勤しむのだった。

 

 

 

 ――――数日経った。

 特に何も起きないまま、いつもどおりに学校へ行き、神樹への拝もいつもどおりスルーして、授業を普通に受け、勇者部の活動をする。

 

 この、いつもの流れが過ぎて行った。

 大赦の調査も終わったという報告は受けていない。

 そんなすぐに終わるものでもないだろうけど。

 不安は募るばかりだ。

 

 今日も勇者部の活動――今回は迷子の猫探しだった――が終わり、家に帰ってきた。

「ただいま」

 誰も居ないマンションの部屋内に向かって呟く。

『ただいま、そしておかえり朝陽』

 銀が僕のくだらない呟きに言葉を返してくれる。

 やっぱり、一緒にいてくれる人というのはありがたい。

「おかえり銀」

 僕も銀の言葉に返す。 

 

 教科書やノートやらが入った鞄を部屋の床に放り、洗面所で手洗いうがいをする。

 今日の晩飯はなににしようかな、などと考えていたら。

 

 

 ――――ピーンポーン。

 

 

 この部屋のチャイムが鳴った。

 誰だろう?

 僕の部屋を訪ねてくる人なんて、勇者部の皆ぐらいしか思い浮かばない。

 というかそれ以外良く知った人がいない。

 今日やる分の依頼が終わって皆帰ったばかりなのに、僕に言い忘れた事でもあるのだろうか。

 でも、それならメールやらチャットやらで送ればいいことだ。

 なら何故? 別の誰かか? でもそれだと誰が?

「銀は、誰がくるか心当たりある?」

『アタシには無いな』

 銀にも心当たりは無いのか。 

 

 僕は訝しみながらドアの前に立つ。

 迂闊にそのままドアを開けることはしない。

 不安に思ったら、とことん用心しなければ。

 だから、声を掛ける。 

「どなたですか?」

 返答は、

 

「大赦の者です、話すことがあるのでやって参りました」    

 なんだ……大赦の人か……。

 ほっと息を吐く。

 声からして、四、五十代の男性だと思う。

 大赦は、最初は何かと怪しんで警戒してしまったが、そう悪い組織ではない。

 色々よくしてもらったし、むしろ疑ってしまったら失礼だ。

 だから何かしら僕個人に用があるんだと思って、ドアを開けた。

 

 そう、僕は、開けてしまったんだ。

 

 

 

 

 ――――――目の前に、銃口があった。

 

 

 

 

「――え?」

 意味が、解らなかった。

 頭が、真っ白になった。

 

 なんで、銃口が目の前にある?

 なぜ、仮面を付けた大赦の人が、拳銃を持っている?

 何故、それを僕に向ける?

 

 思考が、纏まらない。

 わけが、分からない。

 どういうことだ。

 混乱する。

 すると――

 

「お前の所為だ…………」

 

 煮え滾る業火の様な、憎悪の声が、目の前の仮面の下から聞こえた。  

 と、共に。

 

 殺気が膨れ上がった。

『朝陽っ!!』

「――――っ!」

 

 銀が叫んでくれなければ、危なかった。

 そうでなければ、突然の事態に放心していたところを無残にやられていただろう。

 

 銃声――。

 

 銀の声に放心から立ち直った僕は、咄嗟に横に飛び退いた。

 能力を一瞬だけ寸時に発動させたから、飛び退いた速度は常人をはるかに超えるだろう。

 だが、やはり弾丸の速度は侮れない。

 銀の忠言で早めに行動できてたとはいえ、この至近距離から発射された銃弾を完全に避け切ることは出来なかった。

 

 こめかみを抉り、血を撒き散らせながら通り過ぎていく銃弾。

 僕は全力で飛び退いた勢いのまま、狭い玄関の壁に激突した。

 

「つうっ……!」

 こめかみの痛みと、壁にぶつかった体の痛みで呻いた。  

 だが、このまま痛みに悶えている場合じゃない。

 直ぐに離脱しなければ呆気無く打ち抜かれてしまうだろう。

 

『朝陽っ、早く、逃げないとっ!』

「――わかってるっ!」

 言いながら後ろに跳ぶ。

 

 パンッ――

 

 再度拳銃の銃声が鳴り響く。

「ぐうっ……!」

 今度は、左上腕に銃弾がめり込んだ。

 その衝撃と痛みと動揺で、着地に失敗して尻餅をつく。

 けれど、飛び退けた事に変わりは無いので、リビングにまで来れていた。

 

 それでもまだ、玄関から一直線に障害物が無い状態だ。

 これでは敵の射程範囲内だ。

 

 横に転がりながら能力を完全に発動させようとする。

 だが、奴が引き金に力を入れるのにそう時間は掛からなかった。

 

 パンッ――

 

 またの銃声。

 転がっている最中の右足に被弾した。

「うぐっ……!」

 能力の発動が阻害され、漂い始めていた白い粒子は雲散霧消(うさんむしょう)した。

 

 酷くダメージを受けてしまったが、玄関からの死角には辿り着けた。 

 このまま奴がリビングまで乗り込んでくる前に、能力を完全に発動させて迎え撃つなり窓から逃げるなりしないと。

 

 僕は、逃げる方を選択した。

 立ち向かったところでこの傷ついた体で勝てるかもわからないし、そもそも殺さずに無効化とかできる自信が無い。

 バーテックスみたいな完全な化け物はともかく、人間を殺す事はできない。

 何の理由もなく、そう簡単には。

 

 能力を発動してさえいれば、マンションの高さぐらいは大丈夫だろう。

 だから直ぐに、その体に鞭打って立ち上がり、窓の方へ向かった。

 奴は後ろから足音を立て迫り来ている。

 もう一秒も無い。

 焦る。

 焦燥感と恐怖で心臓がバクバクと鳴っている。

 窓に辿り着くまでに剣を取り出し能力を発動させた。

 マフラーの粒子漂う空中に、僕の血が流れ落ちて嫌なコントラストを表している。

 

 涙が出てくる。

 なんで僕が撃たれなくてはならないんだ。

 信じるんじゃなかった。

 銃なんて持ち出してくる連中だった。

 大赦なんて、神なんか信仰してる組織信じるんじゃなかった。

 色々して貰ってるからといって、警戒を解くべきじゃなかった。

 僕は単純だ。

 だから足元を掬われる。

 そもそもして貰っていたと言ったって、全部場所とか物だ。

 なんだ、僕は物で釣られて懐柔された馬鹿か。

 なんなんだよ僕は、全然かっこよくない。 

  

 そして窓に辿り着き、開けている時間も無いと思い白銀の剣を横に薙ぎ、窓を破壊する。

 やっと脱出できる。

 逃げれると希望が差した。

 そう思った。   

 

 

 ――――窓の縁から、銃口が向けられた。

 

 

 他にも、いたのだ。

 大赦の刺客が。

 逃走ルートに選ばれるであろう窓の外に、上から体を命綱で吊って、抜かりなく別の者が待ち伏せていたのだ。

 完全に虚を突かれた僕は、対応できなかった。

 不意打ちに一瞬で対処なんて、僕にはできなかった。

 

 パンッ――

 

 僕の額に一直線に、銃弾が飛ぶ。

 終わる。

 その鉄鉛(てつなまり)が脳天を貫いて、血と脳漿を撒き散らし、何も成せずに僕は終わる。

 理不尽な終焉。

 それが現実。

 その、筈だった。 

 

 そう、筈、だった

 刹那――。

 

 

 

 ピロロ、リリリン。ピロロ、リリリン。

 

 

 

 不安を煽る、電子音。

 もう鳴る筈の無い、電子音。

 だが今の僕にとって、救いとなった電子音。

 

 ――樹海化警報が、狭い部屋に鳴り響いた。

 

 僕の視界の、数センチもない目の前で弾丸は止まっていた。

 あと少しで死ぬところだった恐怖と、助かった安堵とで体から力が抜け尻餅をつく。

 

「はぁ……はぁ……」

 全身からどっと汗が吹き出る。

 死ぬかと思った……。

 怖かった……。

 震えが止まらない。

 泣き叫んでしまいたい。

 でも。

 

 それでも僕は、強く在らないと……。

 そう在らないといけない。そう在りたいんだ。

 

『朝陽……』

 銀の気遣うような声が聞こえるが、今は荒い息を整えるので精一杯で、何も言う事ができない。

「はぁ……はぁ――」 

 

 息と心を整えていると、視界が白く染まった。

 

 

 

 視界が戻ると、そこには不思議な色合いをした樹海が広がっていた。

 いつもの、奴らと戦う結界である。

 人類最後の防衛線だ。

 まあいつものといっても、僕はここに来るのはまだ三回目だが。

 何回も来たいような場所ではないけれど。

 そもそもなんでまたこんなところに移動させられているんだ。

 もう戦いは終わったんじゃないのか。

 祝勝会までしたのに、空気読めよ。

 大赦もなんで僕を殺しに来たんだ。

 僕が何したっていうんだ。

 皆は無事なのだろうか。

 皆のところにも大赦の奴らが襲いに行っているかもしれない。

 だとしたら心配だ。

 といっても今は樹海、この近くにいるはずだ。  

 

 そうやって色々な思考を浮かべてみるが、やはり痛い。

 当然だ。三箇所も撃たれたのだから。

 むしろ三発喰らって、全部致命傷にはならない部分で済んだことは幸運だ。

 不幸中の幸いでしかないけれど。

 幸いといっても、この程度で済んでよかったといっても、痛いものは痛いんだ。

 まだ血がドクドクと流れ続けている。

 早く、止血だけでもしないと、まずい。  

 そもそも致命傷にならない部分といったが完全に素人判断だ。

 もしかしたら動脈が傷つけられているかもしれない。

 だとしたらやばい。

  

「朝陽くんっ!」

 友奈の声が聞こえた。

「また樹海に来ちゃったけど、バーテックスは全部倒し――――」 

「――朝陽くん大丈夫!?」

 友奈が東郷さんの車椅子を押しながら急いで近づいてくる。

 二人は怪我をした様子はない。

 良かった。無事みたいだ。

 そして僕のすぐ近くで膝を突く。

「酷い怪我、早く治療しないと!」

 こんなに狼狽して焦った友奈は、始めてみるかもしれない。

「でも応急処置ってどうしたらいいの東郷さん!?」  

 友奈が振り返って聞く。

「え、えっと、とりあえず止血しないと、ハンカチを出して、後それと太ももと頭の傷はハンカチじゃ長さが足りないから他の布を、といっても他の布なんて無いから私たちの服を破って使うしかないと思う。傷の洗浄は綺麗な水が無いから今はできないわ」

 東郷さんも動揺して、止血方法を並べる。

「東郷さん、銃弾がめり込んでるんだけど、そのまま布で覆っちゃって大丈夫なのかな……?」

 僕はそういう知識はあまり無いけれど、不安に思って尋ねた。

「銃弾!? だとしたら、戦場では壊死しないようにナイフで抉り出したりするって読んだことあるけど、でも素人がやっても危険なだけだし、やっぱりとりあえず止血するしかないと思うわ。後で急いで病院に行かないと……危ないかもしれない……」

 思ったよりもまずい状態だったみたいだ。

 良く考えたら銃で撃たれたんだし当然か。

 でもバーテックスを倒すまでは、戻る事はできない。

 

 東郷さんの話を聞き終わると、友奈と東郷さんは迷わず自分の服を引き裂いて、止血に当たってくれた。

 迷わずそんなことをしてくれるほど親しく思ってくれていることが分かって、凄く嬉しかった。

 左上腕に友奈のハンカチが巻かれ、右太腿と頭にはそれぞれの服の布が巻かれた。

 

 そうこうしている内に、他の皆もやってきていた。 

「朝陽!? どうしたのよその怪我!?」

 風先輩達もやはり驚き聞いてくる。

 もうここで大赦についても話してしまおう。

「えっと、聞いて下さい、僕は――――」

 でも、僕の言葉は中断された。

 

 視界の遠くに、あの無機物の様な化け物の姿が見えたからだ。

「――っ、来たわね。朝陽動ける!? 動けないなら後ろで待ってて! みんな、早く変身するわよ」

 風先輩がそう言い、皆変身していく。

 僕はもう大赦に襲われたときに変身済みだ。

 動けるかどうかは――分からない。

 だけど、動かざるを得ないだろう。

 

 襲来したバーテックスは、三体。

 既に合体しているような異形だ。

 いや、合体しているのか?

 というか、三体の内の一体、体の部分部分が、見たことがあるような気がした。

 僕はスマホを直ぐに取り出してアプリを起動させる。

 地図上に映し出された画面を見て、愕然とする。

 滅茶苦茶だ。

 

 映し出された画面には、山羊双子双子座、射手蟹蠍座、乙女牡牛魚座、と書かれたバーテックスの星座が表示された。

 三体合体バーテックスが、三体もいる。

 それに、全部もうすでに倒したバーテックスだ。

 双子座が二体いるのは、双子だからだろうか。

 意味が解らない。どうなっている。

 

『やっぱり、そうだったのか……』

「やっぱりってなに銀?」

 銀の呟きが引っ掛かり聞く。

『前回の戦いの時にいたバーテックスの一体、多分アタシ前に戦った事がある』

「え!? そうなの!? なんで言ってくれなかったのさ」

『あれで戦いは終わりって聞いてたし、気のせいかと思ったんだ。それに終わったなら終わったで、水を差したくなかった』

「そう、か」

 それでも、懸念事項なら言って欲しかったと思う。

 いや、言ったところで何かできたわけでもないか。

 どっちにしろ、後の祭りだ。

 そんなことは今はいい。

『あの牙みたいなのが手足になってる奴と、変な顔に(はさみ)と針が生えてる奴、前回と同じで合体してるよう見えるけど、多分二年前に戦った事があるやつと同じだと――――』

 

 

 それ以上は、聞けなかった。

 (はや)すぎた。

 いくらなんでも化け物過ぎる。   

 一瞬、瞬きをする前までは、まだ遠くにいた筈だ。

 なのに、瞬きの刹那の後、瞼を開いたら。

 

 ――目の前に、牙の四肢を持つ怪物が、迫っていた。

 

 両腕を振りかぶった姿勢で、いきなり直ぐ目前に現れたのだ。  

 僕は、動けなかった。

 何も、できなかった。

 ただ、その凶牙(きょうが)を受け入れる事しかできなかった。

 

 衝撃。

 

 身体が、グチャグチャにかき回されるような感覚。

 骨が全て粉々に粉砕されるような、虚無の感覚。

 表現しようの無い、滅茶苦茶な感覚。

 

 意識が、途絶した。

 

 



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二十四話 神速のバーテックス

「いやああああああああああああああああああ!!」

 叩き飛ばされながらも私は、自分に降りかかった衝撃ではない別のことに悲鳴を上げる。

 今、一瞬の内に起きたことが、信じられない。

 夢河くんがっ、夢河くんがっ……。

 し――

 

 そんなこと、考えたくない。

 そんなことあってはならない。

 落ち着くのよ東郷美森。

 彼は前にも完全な致命傷を受けても大丈夫だったじゃない。

 だから今度も大丈夫なはず。

 そう、大丈夫。夢河くんは死んだりしない。

 夢河くんは生きる。だから大丈夫。

 急いで、心を落ち着ける。

 今は、動揺していられる状況ではないから。

 

 先の急襲で、状況は芳しくない。

 牙の四肢を持った人間体の奇妙なバーテックス、それが私と夢河くんを叩き飛ばすと同時に、他の二体も攻撃を仕掛けてきた。

 その二体は私と夢河くん以外の皆に、それぞれ集中攻撃を仕掛け、片や動きを止め、片や吹き飛ばしに掛かってきた。  

 私たちは見事に分断された。

 

 私と夢河くん、友奈ちゃんと夏凜ちゃん、風先輩と樹ちゃん。

 ご丁寧に二人ずつ。

 だから今、あの凄まじく疾いバーテックスを私は対処しなければならない。

 動揺している場合じゃない。

 そんなことしていたらあっという間に殺されてしまう。

 精霊のバリアがあるから死ぬ事はないと信じたいけど、過信は禁物だ。

 

 私は空中で、精霊の――不知火(しらぬい)の力を使って――短銃を現出させる。  

 中距離銃と長距離銃よりは、今の状況に適している。

 敵は、途轍もなく疾い。だから、今はとにかく攻撃を当てて近づけさせないようにするのが先決だ。

 そのため、一番軽く、取り回しの利きやすい短銃が丁度良い。

 

 即座に照準をバーテックスに定め、撃ち放つ。

 空色に光る弾丸は、その不気味な姿目掛けて寸分の狂い無く飛翔していく。

 だが、バーテックスの姿がまるで消えてしまったかのようにその場からいなくなる。

 あまりにも容易く、避けられた。

 まさしく神速だ。

 まるで当てられる気がしない。

 こんな化け物に、どうやって勝てと。

 周囲を一目で見回すが、何処にいるのか分からない。

 

 刹那――影が差した。

 ――上。

 振り向く間も無く、凄まじい衝撃が奔る。

 牙のような腕を真上から叩きつけられ、吹き飛ばされる。

 パシッ。

 カラスが罅割れるかのような音が、鼓膜を打った。

 地面に勢いよく叩きつけられ、精霊のバリアに守られてはいるが、少しバウンドし、また衝撃が体に伝わる。

 その衝撃に、呻く。

 だが呻いている時間も無い。敵の姿を視界に捉えようと、目を向ける。

 敵よりも先に視界に入ったものに、驚愕する。

 見ると、今まで傷一つ付かなかった、強力無比を誇っていた精霊のバリアが(ひび)割れている。

 さっきの音はこのバリアが罅割れる音だったのだ。

 ありえない。今までのバーテックスの攻撃を受けても、必ず防げていた精霊のバリアが、たった二回の攻撃で罅割れるなど常軌を逸している。

 この神速のバーテックスは、それほどまでに強大だというのか。

 神速のごとき疾さ、精霊のバリアを罅割らさせる程の剛力。  

 今までのバーテックスとは、違う。

 そう思い知らされた。

 怖い。

 精霊のバリアが敗れてしまったら、絶対に安全ではなくなる。

 死んでしまうかもしれない。

 でも、ただ怯えているだけの時間を、与えてはくれなかった。

 

 ――また一瞬で目の前に現れる神速のバーテックス。

 銃を構える時間も与えられなかった。

 この攻撃を受けたら、もうバリアが持つかは分からない。

 それでも、刹那の後に来るであろう衝撃に備えることしかできない。

 

 心は、不安と焦りと恐れに、満たされていた。

 

 

 

 

 虚無だった身体の感覚が、戻っていく。

 純白の光に、包まれている。

 バラバラな骨も、無茶苦茶に断裂した筋繊維も、元の形に修復されていく。 

 銃弾は摘出され、正常な健康体に戻っていく。 

 

 そうして僕は、全くの無傷の、完全回復を果たした。

 まるでRPGの、全回復魔法でも使ったように。

 いや、この場合は『使われた』か。

 自分の意思でそうできたわけではない。ただそうなっただけだ。

 僕自身は、完全にあの時死んだと思った。 

 だけど、こうして僕は生きている。

 生かされている。

 何か得体の知れない力に。

 死ぬよりはいいけれど、勝手に体を弄くられているようで気分の良いものじゃない。

 

『朝陽、大丈夫か……?』

 銀が心配そうに声を掛けてきた。

「僕は大丈夫だよ、それより銀は何か異常ない?」

 さっき身体が滅茶苦茶になって死に掛けたのだ、前にも確認した事があるが、銀の存在に何か問題が起きていないか心配になった。だから今回も聞いた。

『アタシは問題ないよ』

「それならよかった」

 

 直ぐに話を切り上げて、今の状況に思考を巡らす。

 戦場では一分一秒が命取りになるのだ。

 死の恐怖なんかに、怯えている時間もない。

 今はそんなもの、忘れればいい。

 現実感のないこの状況なら、感覚が麻痺してるから気にしないようにすればいい。

 皆は、どこだ。

 戦っているはずだ。僕も一緒に戦わないと。

 直ぐに辺りを見回すが、見えるのは樹海の根ばかり。

 そうだ、スマホで連絡を取ればいいんだ。

 みんなで話せる通信機能があったはずだ。

 

 だけれど、、皆からの通信は今聞こえない。

 そんな余裕がないのか?

 確かに戦闘中に通信なんてできるほど、今回の敵は甘くないように思える。

 僕は一瞬でボロ雑巾みたいにされてしまったし。

 それはともかく。

 皆どこに――

 

 ――東郷さんが、上から落ちてきた。

 叩き付けられるように。

「あ――」

 守らないと。

 絶対に僕が、守らないと。

 皆だけは、失いたくないんだ。

 そう思った瞬間――。

 

 白い粒子を漂わせ、(なび)いていたマフラーが唐突に弾けた。

 粒子が空中で広がり、粒の様な形状から薄い光へと変わっていく。

 その白い光が、体に纏わり付き、浸透していく。

 身体が、存在が、作り変えられていく感覚。

 そうして。

 

 僕の身体は、先とは別物へと()った。

 

 その間、刹那の出来事。

 体に白銀の光を纏い、僕は東郷さんの元へと一瞬で跳び走る。

 その動きは、正に超越した疾さ。

 超速だ。 

 人間から別次元へと逸脱した、超越の疾さ。

 そして、その速さに耐えうる身体強度。

 さらに、高速の戦いに対応するための目と、卓越した剣術と戦闘技能。

 それがこの、僕の作り変えられた体の主な機能だ。

 

 剣術と戦闘技能が入り込んでくる感覚は、言いようもない気持ち悪さがあった。何しろしたことのない経験が、勘が、混ぜ込まれたのだから。

 普通なら、ただの常人が凄まじい速さを手に入れても、視界も見えないほど目まぐるしく変わり、行動の判断が直ぐに出来ずに無用の長物のなるだろう。

 だが、僕の作り変えられた身体はそんなところもカバーされているらしい。

 馬鹿げているにも程がある、ふざけた力だ。

 こんなんじゃ、鍛錬をした意味があるのかももう分からない。

 だが在るのなら、思う存分に利用させてもらうだけだ。

 一秒も経たない内に、東郷さんの元へ辿り着く。

 その直前。

 

 牙の四肢を持つバーテックスが、東郷さんの直ぐ傍に出現した。

 僕には見えていた。

 奴は、神速で以って東郷さんの前に現れたのだ。

 凶牙を振り下ろすバーテックス。

 東郷さんを殺すために振り下ろされる。

 

 そんなことはさせない。

 僕はそのときが訪れる前に、その間に割り込む。

 白銀の聖剣を(かざ)す。

 激突。

 バーテックスの凶牙と、僕の聖剣が甲高い音を鳴らしてぶつかり合った。

 だが、今までのようにバーテックスの装甲を破壊する事はできなかった。

 ただ、武器と武器同士が()ち合う。その現象だけが起こった。

 武器ではなく体にそのまま直撃したら、僕なんて一瞬で肉の塊へと変えられてしまうだろう剛撃。

 このバーテックスは、今までのバーテックスとは違う。

 お互いの武器の、一度の交わりだけで、そう理解した。 

 これでは、みんなとスマホで通信できる余裕なんてない。

 みんなの方の敵も強力なのだろう、だから通信が全く音沙汰なかったのだ。  

  

 剣と牙を弾き合って、僕と奴は距離を取る。

 その間に東郷さんが起き上がってきた。

「ありがとう夢河くん」

 僕は東郷さんの言葉に答えようとした。

 出来なかった。

 バーテックスが神速で距離を詰めてきたからだ。

 振るわれる牙の腕を剣で受け止める。

 横に薙いでくるもう一方の腕を、無理矢理最初の牙を受け流しながらまた剣で受け止める。

 だが、さらに脚の牙を奴は叩き付けてきた。

 受け止めていた腕を強引に弾いて、その剛脚の前に出す。

 前に出せただけで、今度は、しっかりと力を入れれなかった。

 叩き飛ばされる。

 体を倒れさせないように、なんとか姿勢を維持しようと地面に足を付け、引き摺る。

 だが、それは隙になる。

 神速でバーテックスは僕の前に躍り出てくると、その剛牙を突き出す。

 

 銃声が、鳴り響く。

 バーテックスは、避けるために攻撃を中断して体を捻った。

 東郷さんの援護射撃だ。

 助かった、けれど、驚愕する。

 奴は、スナイパーライフルの弾を、避けたのだ。

 それも、撃ち放たれた後に。

 正に、神速のごとき疾さだからこそできた芸当だろう。 

 

 だが。

「僕も、速さにおいては他の追随を許さなくなったんだよね」

 己の作り変えられた体を自負し、鼓舞する。

 今度は此方(こちら)から、奴へと距離を詰めた。

 奴が神速なら、僕は超越した速さ、超速だ。

 振り下ろした白銀の剣を、神速のバーテックスはその剛牙で以って受け止めてくる。

 凄まじい膂力だ。此方から振り下ろしたのに押されそうなほど。

 それでも、体重を掛け上から攻撃した僕の方に分があった。

 牙を弾き、超速の白閃を何度も奔らせる。 

 その(ことごと)くを、このバーテックスは神速で対応してくる。

 超速と神速の剣戟が繰り広げられる。

 

 ここまでやっても、一撃も奴へは届かない。

 何しろこのバーテックスは、両腕も、両足も、武器なんだ。

 攻撃が通る箇所は、胴体、肩、頭だけだ。

 三箇所もあれば十分かもしれないが、奴にはその四肢の牙がある。

 それで防がれては、そう簡単に剣を届かせてはくれない。

 

 高速の剣戟を続ける僕とバーテックス。

 そのコロシアムに、一石が投じられた。

 東郷さんの狙撃だ。

 この、お互いにお互いの剣筋に集中している剣戟の最中なら、命中するはず。

 そんな確信を持って放たれた弾丸だったのだろう。

 だが――。

 

 この超速と神速の剣戟の中で、バーテックスは、

 風を切って飛来した弾丸を、避けたのだ。

 それでも完全に避ける事はできなかったようで、肩を抉りはした。

 だが、それだけだ。奴に大したダメージは入っていない。

 驚嘆に値するほどの神速。このバーテックスはどれほど疾いのか。

 

 だけれど、奴は避けた刹那に隙ができた。

 一瞬ほどしかない隙だろう。

 だが、その一瞬さえあれば、超速の僕にとって大きな隙だ。

 神速、それは結構。けれど僕も超速だ。

 

 手に持った白刃(はくじん)を幾重にも奔らせる。

 バーテックスの装甲に、命中していく。

 今度は奴が、吹き飛ぶ番だ。

 白刃の猛攻により、吹き飛ぶバーテックス。

 装甲も所々破損している。

 ここでやっと、奴に一矢報いれたのだ。

 

 そう、一矢報いれた。

 その事実が、仇となってしまった。

 油断してしまったのだ。

 奴に攻撃が当たり、勝機が見えたことで。

 一呼吸、置いてしまったんだ。

 

 緑光弾(りょくこうだん)の雨が、正面から迫る。

 牙の四肢を持つバーテックスは、人間でいう口の辺りにある射出口から、吹き飛ばされながら機関銃のごとき弾雨を吐き出してきた。

 隙を突き返された上に、無数の緑光弾だ。

 避けられない。

 雨を避ける事ができるものがいないように、この光弾の雨を完全に避ける事は出来ない。     

 

 ――だが。

 だけれど。

 それでも。

 乗り切れる筈だ。

 今の僕なら。

 こんなところでやられてたまるか。

 超速となった僕を舐めるな。

 強引にでも、突破してやる。

 

 その手に携えた白刃を、超速で振るい続ける。

 雨の一滴一滴を切り消していくように、緑色の光弾を消滅させていく。

 縦横無尽に奔る白閃。

 それは、あたかも光の壁のようだった。

 だけれど、全てを斬れているわけじゃない。

 斬り漏らした緑光弾が、体の方々に掠りぶち当たり、消耗していく。

 破壊力は奴の牙の剛撃ほどではないから、まだ耐えられている。

 それでも血は出る。骨に皹が入る。

 僕の体力か、バーテックスの緑光弾か。

 どっちが先に尽きるかの勝負だ。

  

 果たして結果は。

 銃声。

 僕の、いや僕達の、勝ちだ。

 なんとか弾雨を乗り切れた。

 東郷さんの援護射撃のおかげで、弾雨を途切れさせる事に成功したのだ。

 その間に僕はバーテックスに肉迫する。

 奴は弾を大量に撃って途切れたところに隙が出来ている。

 接近するのは簡単な筈だ。

 

 ――されど、窮地はやって来る。

 弾が一旦途切れた筈の発射口から、放たれる光。

 レーザーじみた怪光線が、眼前に迫り来る。

 僕は奴に肉迫するために、勢いを付けて跳んでしまっている。

 避ける事など、出来なかった。

 身体全体に凄まじい衝撃が奔る。

 咄嗟に剣を盾にしたが、怪光線に叩き飛ばされ、錐揉(きりも)みしながら地面に落ちる。

「ぐっ、うっ……」

 樹海の木の根に落ちた痛みに、呻く。

 内臓が何個かイカれたような気がする。

 骨も何本も折れている。

 直ぐに、立てない。

 それほどの攻撃を受けた。

 だけれど、それを待ってくれるほどバーテックスに人情なんてものはない。

 僕を確実に滅殺しようと、神速で迫り来る牙の四肢を持つバーテックス。

 

 その姿は、命を刈り取りに来た天からの使者そのものだった。

 

 



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二十五話 友奈と夏凛

 私は、遠く正面にいる敵を見据える。

 前に戦った事があるような気がする見た目の、バーテックスだ。

 美術館に飾られている様な変な顔に大口が開いた本体に、右腕の様に伸びるエビみたいな尻尾にその先に光る鋭い針。左腕にカニの鋏が三本合って、白い板の様なものが後ろに六枚浮いている。

 ヘンテコな姿だ。

 

 そんなことより、東郷さんが心配だ。

 さっき、バーテックスに一斉に攻撃された後に大きな悲鳴を上げていた。

 何かあったのかもしれない。

 大怪我を負ったのかもしれない。

 それに、他のみんなとも分断されてしまった。

 みんな心配だ。

 助けに行きたい。

 今すぐにでも行きたいけれど。

 

「友奈、来るわよ!」

 バーテックスの口から放たれた、無数の光の矢が襲い来る。

「――っ」

 夏凜ちゃんの声に行きたい気持ちを一旦落ち着け、光の矢を横に飛んで避ける。

 みんなのところに行きたくても、あのヘンテコなバーテックスが私たちに攻撃を集中させてる今、この目の前の敵を倒さない限り皆と合流することはできない。 

 スマホで通信をしようとしても、その隙を突かれてしまうだけだろう。 

 

 だから夏凜ちゃんと一緒にあのバーテックスを倒して、皆を助けに行く。

 それが、今やるべきこと。

 

 二人で、走り出す。

 バーテックスは遠くにいる、何百メートルかくらい先だ。

 まずは近づかなければ、攻撃を当てる事もできない。

 私は近接格闘、夏凜ちゃんは二刀流の刀使いだ、遠距離攻撃は不可能。

 だから何はともあれ、接近する必要がある。

 

 すると、バーテックスは背後にある六枚の白い板を様々な場所に放ち、展開させた。

 それを見て、気づいた私は夏凜ちゃんに言う。

「夏凜ちゃん、あの板は反射板だよ! 矢を反射させてくると思うから気をつけて!」「わかったわ!」

 以前戦った、見た目が似ているバーテックスがそんな戦法を取ってきた事を、反射板を見て思い出した。

 あの時は、二体のバーテックスが協力してその戦法をした。

 今回は一体だけだ。

 やっぱり合体バーテックスなのかもしれない。

 スマホで確認する前に戦いに入ってしまったから、確信出来ないけど。

 でも、そうだとしたら二人で倒すのは厳しいぐらいの強敵だ、気を引き締めないと。

 

 予想したとおり、バーテックスは光の矢を連続で反射させて襲い掛からせてきた。

 避けながら、走る事は止めない。

 だけど、分かった事がある。

 あの光の矢、前よりもかなり速い。

 反射板から軌道を変えてくる事が分かっていたのに、掠ってしまったほどだ。

 精霊のバリアで防いだから、無傷だけど。

 それに威力も上がっている。

 外れた矢は、地面を小さなクレーターの様に穿った。

 樹海が傷付いている。

 早く倒さないと。

 

 矢は速いけど、なんとか少し体を掠った程度で済ませられたまま、徐々に近づけている。

 勇者システムの力は凄くて、何百メートルの間を埋めるのなんて直ぐだ。

 このまま、一気に肉迫する。

 と、そう考えた一瞬後に。

 

 ヘンテコな見た目をしたバーテックスの、右腕の鋭い針。

 その先端が、白く、光った。

 私と夏凜ちゃんは、閃光の眩しさに目を背けてしまう。

 失敗だった。

 思わず目を背けてしまったけれど、そうするべきじゃなかった。

 

 巨大な白い光弾が、迫る。

 バーテックスは、針の先端から白い光弾を生成して、放ってきたのだ。

 光の矢ほど速くは無かった。

 でも、閃光に目を背けてしまったのと、同時に光の矢も迫り来たことで、避けられなかった。

 光の矢を咄嗟に避けたところで、二人とも白い光弾をまともに喰らってしまった   いつものとおりに精霊のバリアが一瞬で展開される。

 激しい衝撃。

 これもいつもどおりに、痛みは無い。

 精霊のバリアが振動する。

 吹き飛ばされる。

 

 二人とも立ち上がった時には、吹き飛んだ事で敵との距離がそれなりに引き離されてしまった。   

 簡単に近づけない。

 徹底的な遠距離型だ。

 どうにかして接近しないとこのまま何も出来ずにやられてしまう。

 作戦は。

 考えてみる。

 何も思いつかない。

 それでも、こんなところで負けられない。

  

「友奈! この程度でへばったわけじゃないでしょうね!」

「もちろんだよ!」

 夏凜ちゃんもやる気マンマンだ。

「気合入れていくわよ!」

「うんっ!」

 

 また二人で、走り出す。

「はああああっ!」

 夏凜ちゃんは裂帛の勢いで白い光弾を切り裂く。

 私も、負けてられないっ。

「勇者パンチ!」 

 襲い来た巨大な光弾に拳を打ちつけて消滅させる。

 

 二人で協力して、怒涛の勢いで駆けて行く。

 自然と私たちの息は、ぴったりだった。

 私が光の矢を避けて白い光弾に対処できない時、夏凜ちゃんが割って入ってその光弾を切り裂いて守ってくれる。

 夏凜ちゃんが光の矢を避けて白い光弾を避けれない時、今度は私が割って入って光弾を拳で霧散させて守る。

 

 そうやって、どんどんバーテックスとの距離を縮めていく。

 無傷とは行かず、光の矢も、白い光弾も当たってしまったけど、精霊のバリアがあるからなんとか進めれた。

 もう直ぐ、辿り着く。

 バーテックス本体へ攻撃の届く範囲まで。

 早く倒して、皆と合流するんだ。

 そうして、バーテックスとの距離はもう、後二十メートルぐらいへと――

  

 その時。   

 あと一っ跳びでバーテックスに肉迫できるというその瞬間。

 赤光(しゃっこう)が、反射板から瞬いた。

 赤いレーザーが反射板から放たれたんだ。

 

 え!? あれって反射するだけじゃなかったの!?

 私と夏凜ちゃんはそんな風に驚いた。

 完全に不意打ちだ。

 今から避けたくても、避けられない。

 私は来る衝撃に身構えた。

 でも。

 衝撃は、やってこなかった。

   

 視界に差す影。

 翻る赤い衣装。

 夏凜ちゃんが、私の前に出ていた。

 

「ぐううっ……!」

 夏凜ちゃんは赤いレーザーに正面から当たって吹き飛ばされる。

 私を庇ってくれたんだ。

「夏凜ちゃん!」

 叩き飛ばされ、倒れた夏凜ちゃんの方を向いて叫ぶ。

 見ると、強力な精霊のバリアに皹が入っていた。

 うそっ、と驚愕してしまう。

 精霊のバリアは壊れない。それが私達の認識だったはず。

 その認識が、音を立てて崩れ去っていく。

 精霊のバリアは、絶対ではないんだ。

 

 すると、降ってきた感情。

 恐怖が、湧き上がった。

 だって、今までは、絶対安全な精霊のバリアがあったから、精神的に楽な部分があったんだと思う。

 ――ううん、楽な部部分があったどころじゃない。そのおかげで、死の恐怖をあまり感じずに来れたのだ。

 でも、精霊のバリアが絶対ではなくなってしまった。

 死んでしまうかもしれない。

 それは、怖い。

 

 ――――――――――でも。

 今は、そんなこと言ってられない。

 時間が無いんだ。

 無理矢理に恐怖を押し込めて、いつもどおりに戦えばいいだけだ。

 今はそうするしかない。

 だって、大切な人達が死んでしまう方が、よっぽど嫌だから。 

 

 夏凜ちゃんが心配でならない。

 今すぐに助けに行かないと。

 死の恐怖なんかより、夏凜ちゃんが傷付いてしまう方が嫌だ。

 夏凜ちゃんへ向けて、走り出そうとした。

 けれど。

 

「友奈! 今が攻撃を当てるチャンスよ! 私に構わず早く行きなさい!」

 夏凜ちゃんは、鬼気迫る表情でそう叫んだ。

 確かに、今が最大のチャンスだ。今すぐに行動しなければ次は無いかもしれない。

 だけど。

 だけど。

 私は勝つために仲間を置き去りになんて出来ない。

 そんなことして勝っても、意味がない。

 誰かが傷付いたら、駄目なんだ。

 誰かが辛い思いをするぐらいなら、私が頑張るって決めたんだ。

 

「友奈!! 早く!!」

 夏凜ちゃんがさっきよりも強く叫ぶけど、私は聞かない。

 チャンスはもうやって来ないかもしれないけれど、来る可能性も無いわけじゃないんだ。

 勇者部五箇条の一つ、なるべく諦めない。

 そして、さらに一つ、なせば大抵なんとかなる。

 チャンスなんて、自分でもう一回作ればいいんだ。

 

 結論を自分の中で出して、夏凜ちゃんの元に走り出す。

「バカ!」

 夏凜ちゃんが怒ってるけど、許して欲しい。

 私は、こうするって決めたんだ。

 後でにぼしをプレゼントしようかな。

 

 それに、考えてた時間で既に攻撃できる時間は無くなっちゃってたけどね。 

 直ぐに決められなかった時点で、夏凜ちゃんを助けに走る以外に選択肢は無かったんだ。

 赤いレーザーが、倒れた夏凜ちゃんに続けて放たれる。

「夏凜ちゃんを、傷つけるなあああああ!!」

 振りかぶった拳を、赤いレーザーへと思い切り叩き付けた。

 赤光(しゃっこう)雲散霧消(うさんむしょう)させて、夏凜ちゃんを腕に抱えて下がる。

 離れて直ぐ、元居た場所に次のレーザーが来て地面を抉った。

  

「バカ友奈! どうすんのよ!」

 怒ってるからなのか、顔を赤くして声を上げる夏凜ちゃん。

「夏凜ちゃん」

「なによ」

「夏凜ちゃんは一回のチャンスを逃したぐらいで、私達が負けちゃうと思うの?」

 

 はっとした顔をした後、不敵な笑みを直ぐに浮かべて。

「そんなわけないじゃない。私が、私達が、一回どころか何回のチャンスを逃したところで、負けるはずがない!」

「そのとおりだよ夏凜ちゃん!」 

 私も、その笑みに笑って返した。

 

 瞬間――

 

 私達の動きが、鈍った。

 疲労とか、痛みとかじゃない。

 もっと別の、外的要因。

 体を包む、変な感覚。

 まるで雲の中にいるような、不思議な浮遊感。

 

 人一人分の大きさはある複数の泡が、私達を包んでいた。

 いつの間に!?

 

 敵の罠に掛かってしまった。

 気づかない内に、普通ではない泡が私達の動きを止めていた。

 

 ――そして、橙色(だいだいいろ)の光が強く輝いた。

 まるで辺り一帯が夕焼けに染まった様に見えた。

 破滅を感じさせる、夕焼けの様な光。

 

 バーテックスが、その大口から橙色の巨大光線を撃ち放ってきたんだ。

 このまともに動けない状態じゃ、到底避ける事は出来ない巨大さ。 

 

 だから私は、巨大光線に背を向けて、抱えていた夏凜ちゃんを強く抱きしめた。

 そうして目に写る夕焼け色が、最大限まで明るくなった瞬間。

 目が回っちゃうような衝撃が、私の体を駆け抜けた。

 



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二十六話 樹と風

 私は、少し離れた位置にいる、今戦うべきバーテックスを見る。

 魚のように身体が伸びていて、尾の部分には何かの発射口が付いている。

 人でいう首の部分に巨大な白いリボンが巻かれて、ベルが下げられている。

 そして、頭部には綺麗な曲線を描いた太い角が二本突き出ている。

 

 どこかで見た事あるような敵だ。

 部分部分が、完全に前に戦った事があるバーテックスに酷似している。

 前と同じで、合体バーテックスなのかな。

 分からないけど、今はこのバーテックスを倒さないと。

 

「樹、来るわよ」

 お姉ちゃんがそういった瞬間、バーテックスが動いた。

 硬い地面に何の抵抗もなく潜った。

 まるっきり、頭の先までその姿が見えなくなる。

 これではどこにいるか分からない。

 

 いつどこから襲撃されてもいいように、身構える。

 潜行する音も、振動も、何も感じ取れない。

 全てが無音。静寂。

 風も吹かず、ただ私とお姉ちゃんが身構えて立っているだけ。

 だけど敵は存在している。

 闇に紛れ、虎視眈々(こしたんたん)と命を狙っている敵が。

 緊張する。汗が頬を垂れて来る。

  

 ――そして。 

 その不気味な静寂の空間に。

 不可解で、不快な音が、響き渡った。 

 前に一度、聴いた事がある音。

 二度と聴きたくなかった、音。

 勇者システムを持たない常人が聞いたら、脳神経の隅々まで破壊されてしまいそうな、そんな狂音。

 

 束縛の怪音波が、鳴り響いている。

 頭が痛い、脳が揺さぶられる。

 思わず耳を塞ぐ。

 不快で痛くて、動けない。

 

 なんとか気力を振り絞って音の発生源を探ってみるけど、わからない。

 辺りに反響して、どこからなのか見当すら付けられない。

 こんな音、在ってはならないのに。

 音は、みんなを幸せにするものなのに。

 

 瞬間――。

 視界が全て、白に覆われる。

 間髪入れずに来る、衝撃。

 叩き飛ばされた後、解った。

 間近まで接近したバーテックスのリボンが、思い切り薙ぎ払われたんだ。

 

 さらにバーテックスは、尾の先の発射口を地面から出す。

 その暗い深淵のような発射口から、丸い物体を複数射出してきた。

 吹き飛ばされながらも私はワイヤーで、お姉ちゃんは大剣で迫る物体を切り払う。

 爆発。

 丸い物体は、爆弾だった。

 爆風に、さらに吹き飛ばされる。

 

 なんとか地に足を付けて、体勢を整える。

 バーテックスは、また爆弾を複数射出してきた。

 今度は、さっきよりも数がずっと多い。

 

「ここはアタシに任せなさい!」

 お姉ちゃんがそう言って、前に出る。

 

 お姉ちゃんは大剣を巨大化させて、面の方で大量の爆弾を薙ぎ払った。

 だけど、少しその範囲内から外れて残った爆弾があった。

 私がフォローしないと。

 ワイヤーを操って残った爆弾を切り刻む。

 

 爆発の嵐で、爆煙が辺りを包み込む。

 周りがよく見えない。

 お姉ちゃんが前から下がって来た。

「ごめん樹、フォローありがとう」   

「ううん、お姉ちゃんをフォローするのは私の役目だから」

 お姉ちゃんは頼れるけれど、少し失敗したときは私が支える。

 もう追いかけるだけじゃないと、決めたんだ。

 

 煙が晴れていく。

 完全に煙が無くなった頃には、バーテックスの姿は消えていた。

 また地面を潜行しているんだろう。 

   

 そして、怪音波がまた鳴らされる。

 脳髄を揺さぶられるような不快感が突き抜ける。

 

「ああもう! 鬱陶しい戦い方ね!」

 お姉ちゃんが頭を抑えながら悪態をつく。

 本当にその通りだ。私も今回ばかりは怒りのボルテージが高い。

 音のこんな使い方、やっぱり許せない。

 音はみんなを幸せにするもの。

 こんな音はこの世界に存在してちゃいけない。

 なんとしても、消滅させなければ。

 私は、考える。

 こんな音を発するバーテックスを倒す方法を。

 地中にいるバーテックスを見つける方法を。

 考えている間も、頭が軋む中バーテックスの居所を探すけど、やっぱりわからない。

 思いつけなければ、ジリ貧だ。

 なにか、なにかないのかな。

 今あるものを考える。

 といっても、そこまで多くはない。

 お姉ちゃんの大剣、スマホ、私のワイヤー、樹海の大樹。

 ん? ワイヤー……?

 ワイヤー……ワイヤー……。

 そうだ!

 

「お姉ちゃん、私に考えがあるから、試させて」

「わかったわ。一発かましてやりなさい、樹」

 そう言ってお姉ちゃんはニカッと笑った。

 

 私はバーテックスに気づかれないように、慎重に行動に移す。

 行動に移すといっても、場所はここから一歩も動かない。

 ワイヤーを辺り一帯に静かに張り巡らせる。

 

 ワイヤーは、音で振動するはず。

 つまり、その振動が一番強くなっている場所。

 怪音波の発生源。

 そこに、バーテックスがいるということなんだ。  

 普通のワイヤーでは、どこの部分が強く振動しているかなんて解らなかったと思う。

 

 でも、この黄緑色に煌くワイヤーは、普通のワイヤーじゃない。

 神樹様に与えられた力、いわば神の力を借りたものなんだ。

 ワイヤーに感覚を集中させれば、きっと必ず解るはず。  

 勇者の力を、見せてやります。

 

 怪音波に集中を乱されながらも、感覚を総動員させて振動が一番強い箇所を探る。

 どこ。

 どこ。

 どこ。

 探り続ける。

 早く見つけなければ、また不意に姿を現して攻撃を仕掛けてくる前に。    

 怪音波が蝕み続ける中、集中力を間断なく無理矢理絞る。

 そうやって、ワイヤーの感覚を辿って行った。

 ――そうして

  

「――見つけた」

 

 とうとう、敵の居所を探り当てた。

 かなり近くだった。

 敵は着実に接近していたようだ。

 

 その一寸後に、敵が地中から姿を半分だけ現した。

 危なかった、あと少し見つけるのが遅かったら、不意の攻撃を受けていたところだった。

 だけど居場所を探り当て、出てくる事を予期していた私には、対処は容易かった。

 

「ええいっ!」

 振るわれた巨大質量のリボンを、ワイヤーで瞬時に絡め取り、締め上げる。

 魚を釣り上げるように、地面から引き摺り出した。

 これでバーテックスの動きは封じられた。

 

「ナイスよ樹!」

 お姉ちゃんが、威信伝心とわかっていたように、バーテックスに肉迫する。

 そして、その巨大質量の白いリボンを、大剣を思い切り振り下ろして、叩っ斬った。

 

 ――よし、ここで始めて、この不愉快なバーテックスに一撃入れることができた。

 ここからだ。

 ここから一気に、畳み掛ける。

 

 ――――刹那。

 

 世界が一瞬にして、真っ白に塗り潰された。

 

 

 

 

 焦る。

 焦る。

 夢河くんが、敵のカウンターをもろに受けてしまった。

 今、倒れて動けない状態の夢河くん。

 その夢河くんに、牙の四肢を持つ神速のバーテックスが、止めを刺そうと迫ろうとしている。

 

 私が何とかしないと、夢河くんが、死んでしまう。

 ――怖い。

 親友になれるかもしれない人が、死んでしまう。

 ――怖い。

 大切な人がいなくなるのは、嫌だ。

 ――怖い。

 

 ――だけど。 

   

 今は、そんなことを考えている場合じゃない。

 全ての思考を遮断して、冷静に集中しなければならない時だ。

 そうしなければ、失ってしまうだけだ。

 深呼吸なんてしている時間もない。

 心を殺し、急速に落ち着ける。

 

 あのバーテックスは、恐ろしく疾い。 

 だから、軌道を読む。

 でなければ当たらない。

 幸い今は、最大のチャンスと言っていい。

 バーテックスは必ず、夢河くんに止めを刺そうと迫るからだ。

 その軌道上に、照準を滑らせる。

 ――直ぐ後に、神速のバーテックスが動いた。

 

 戦闘において、一番隙ができる瞬間がある。 

 それは、敵を仕留めたと確信した、その瞬間。 

 今が、その時。

 

 自分の銃の腕にも自信がある。

 勇者部の皆と共に、今までこれで戦ってきた。

 そんなプライドもある。

 だから。

 そう何回も避け続けられてたまるものですか。

 舐めないで下さい!

 

 バーテックスが照準に入る前に、引き金を絞った。

 

 ダアンッッ!!!

 

 敵の疾さと、軌道を読んで放たれた長距離銃の弾丸。

 そのアンチマテリアルライフルを優に超える威力の銃弾は。

 

 ――見事神速のバーテックスに命中し、装甲を欠損させながら奴は吹き飛んだ。

 

 

 

 命を刈り取りに来た天からの使者は、僕の視界から消えていった。

 東郷さんが、助けてくれたんだ。

 後でお礼を言わないと。

 そのためには、立って、戦って、勝たないといけない。

 奴はまだ生きているだろう、あれで倒せたとは思えない。

 

 けれど、今ちょっと体中が痛すぎて、動けない。

 当然だ、骨が何本も折れていて、内臓も傷ついているんだから。

 苦しい。

 息もひゅーひゅーと鳴って、上手く呼吸が出来ない。 

 

 ――だが。

 そんな事は、関係なかった。

 些末事(さまつごと)だった。

 気にするほどの事ではなかった。

 

 白銀の光が溢れ、僕の体に集束していく。

 体中が暖かくなり、充足感と安らぎに満ちていく。

 あっという間に、骨も、内臓も、元通りになった。

 痛みも完全に無い。

 馬鹿げた力だ。

 そう思った。

 

 でも、今はその馬鹿げた力を利用させてもらう。

 全快した僕は、立ち上がって戦線に復帰する。

 バーテックスも、立ち上がってきた。

 

 見ると、バーテックスの体の再生はすでに始まっていて、銃弾に打ち抜かれた装甲は見る見る修復されていっている。

 倒せているとは思っていなかったけど、思わず舌打ちしてしまう。

 やはりそう簡単には倒せないか。

 だけれどここまでダメージを受けていないと、どうやって倒せるか分からなくなってくる。

 だからといって、戦わないわけにはいかないのだけれど。

 逃げ場なんて、無いのだから。



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二十七話 白銀の光弾

 今度は僕が先制を取ろうと、超速で跳び走る。

 神速のバーテックスも、動き出す。

 聖剣と剛牙(ごうが)が、激突する。  

 衝突地点から剛風が吹き荒れ、樹海の大樹たちを揺らす。

 お互いの一撃が、拮抗する。 

 

 聖剣と剛牙が弾き合い、また超速と神速の剣戟(けんげき)が始まる。

 白閃と牙閃が、紡ぎ合う。

 白刃を十(ひらめ)かせれば、奴も剛牙を十閃かせてくる。

 終わりが無いように思えてくる。

 無限に続く剣戟。

 まるで戦争奴隷だ。

 このままでは、ただジリ貧になるだけだ。 

 何か別の手はないか。

 

 究極の剣戟を繰り広げながら、割けるほんの少しの思考で、考える。

 今までの情報を、掻き集める。

 何かないか。

 何か状況を変えるもの。

 白刃を手繰りながら、微弱に思考し続ける。

 

 と。

 向こうもこの状況を変えたかったのか、口の発射口を向けてきた。

 また緑光弾か怪光線を発射するつもりなのだろう。

 だがそれは、悪手だ。

 発射口を向ける間は、先程までの神速を奴は出せていない。

 

 ――その隙を見逃す狙撃手はいない。

   

 風を切り裂いて飛んできた弾丸が、奴のこめかみといえる部分にぶち当たった。

 剣戟は中断され、吹き飛ばされていくバーテックス。

 

 それによってできた時間の隙間。

 その間に、僕は作戦を考え付いていた。

 今すぐに追撃を仕掛けたところで、避けられるか防御されて決定打にはならないだろう。

 だから別の、やり方をする。

 

「東郷さん、少し奴を引き付けてくれないかな」   

 この僅かな隙にスマホを取り出し、東郷さんに通信する。

 ――だが。

  

 返事は、なかった。

 何故か。

 手触りの違和感に、今気づいた。

 手に持つスマホを見る。

 

 スマホは、壊れていた。 

 画面は割れ、外装は歪んでいる。

 当然だ。あれだけ叩き飛ばされて、全身傷だらけだったんだ。機械なんて簡単に壊れてしまう。

 むしろバラバラになっていないのが不思議なくらいだ。

 戦いが始まる前連絡を取ろうとした時、あの時に壊れていなかったのも、奇跡といえる。

 最初に叩き飛ばされてボロ雑巾みたいになった時は、運良くスマホに牙も地面も強くは当たらなかったのだろう。

 皆のスマホが壊れないのは、ひとえに精霊のバリアのおかげなのだ。

 

 とはいえ、このままでは東郷さんと意思疎通ができない。

 仕方なく、奴が起き上がってくる前に東郷さんがいる位置まで超速で移動する。  

 だが、そこまで待ってくれる訳が無かった。

 東郷さんに近づく僕の後ろから、神速で迫るバーテックス。

 くそっ。

 

 このままではまずいと、東郷さんにある程度近づけたところで振り向き、奴の攻撃に備える。

 そして、大声で叫んだ。

「東郷さん!! 僕に考えがある!! 奴を引き付けてくれ!!」

 この距離なら、大声で叫べば聞こえるはずだ。

 バーテックスに人語が理解できるかはわからないけど、理解できない事に賭ける。

「わかったわ!!」

 その困難な頼みに、東郷さんは即座に良い返事を返してくれた。

 

 と同時に、神速のバーテックスがその剛牙を振り下ろしてきた。

 白銀の刃で迎え撃つ。

 強力な力がぶつかり合い、辺りに衝撃が駆け抜ける。

 力の拮抗。

 僕はそれを逸らし、弾く。

 そして、全力で地を蹴り、奴から離れる。

 

 バーテックスは僕を追撃しようとするが、そこに東郷さんの弾丸が放たれる。

 奴は弾丸を神速で避ける。けれど、注意は東郷さんへ行った。

 どうやら人語は理解できないみたいだ。

 理解していたら、あんな言葉を聞いて僕への注意を少しでも逸らすはずがない。      

 東郷さんは、上下逆さに見える形状の中距離銃を二挺取り出した。

 そして、ショットガンのように拡散する空色の光弾を、無数にばら撒いていく。

 中距離銃をガンスピンのように手馴れた風に回転させ、リロードを瞬時にする。

 その後即座に、拡散する弾を無数に放つ。

 流麗さを感じるほどの華麗な銃捌きだ。

 これ程の苛烈な猛攻でなら、上手く時間を稼いでくれるだろう。

 

 僕はその間に、やるべき事をやる。

 目を閉じ、息を吸い、吐く。

 意識を、集中する。

 纏う白銀の粒子に意識を傾け、イメージを強く形成して叩き付け続ける。

 白い粒子を集め、個々に細かな球体状に密集させ、無数に圧縮させる。

 イメージを強くし続け、やがてそれらが形と成った。 

 ――燦然(さんぜん)と輝く白銀の光弾。

 それらを無数に、自らの周りに形成した。

 

 僕が考え至った作戦は、要するにこの白銀の力の応用だ。 

 今までこの力は、様々な形となって、状況に合わせた能力になった。

 だったらその、都合の良い能力を、僕自身が意図的に発生させられないかと思ったのだ。

 そして見事それは、成す事が出来た。

 やってみれば、簡単だった。

 無数の光弾にしたのは、バーテックスの緑光弾を見て、そこから思考に至ったことからだ。

 神速の疾さを誇る奴には、攻撃が当たりにく過ぎる。

 剣戟をしても、ジリ貧になり、体力を削られていくだけだ。

 だったら、奴と同じように無数の光弾を(つく)って、面制圧をすればいい。

 いくら速かろうと、避ける事ができる範囲全てに攻撃を仕掛けられれば、避けようがない。

 

 まあ、この策は先に東郷さんが奴を足止めするためにしてしまった形になったけど、東郷さんの弾丸だけでは火力不足だ。

 僕の光弾と合わせれば、奴に致命傷を与えれるはず。

 今まで僕の攻撃はバーテックスを再生させずに打ち倒してきた。その白銀の力で創り出した大破壊力の光弾。

 それを今、一気にぶつける。

 

「さあ、いけ」

 聖剣の剣先を神速のバーテックスへと向け、イメージを強くするために言葉を放つ。

 と、同時に、無数の白銀の光弾が一斉に発射された。

 超速で風を引き裂きながら、狙い(たが)わずバーテックスへ向かって飛んでいく光弾の群れ。   

 

 それと時同じく、東郷さんが、空色の弾丸を牙で弾き掻い潜って接近したバーテックスの一撃を受けて吹き飛ばされていた。

 精霊のバリアが、その剛牙の一撃で全壊してしまっていた。

 

 ――だが、その攻撃後の僅かな硬直は、今この瞬間、致命的な隙となる。

 東郷さんが時間を稼いでくれたおかげで、成せた戦略と隙だった。 

 

 奴の横腹へ殺到する白銀の光弾。

 避けようと体を捻っていたが、無駄だ。

 広範囲に放たれた無数の光弾は、バーテックスの抵抗空しく幾つも命中していった。

 着弾すると同時に弾が爆裂して行き、爆煙が吹き荒れる。

 よし。

 

 手応えを感じながら、東郷さんの元に向かう。

 バリアが全損していたから、怪我がないか心配になったのだ。

 

「東郷さん、大丈夫?」

 直ぐ近くまで走り寄ると、倒れている東郷さんを助け起こしながら僕はそう言った。

「――ええ、大丈夫、怪我はないわ」

 そう答えて微笑む彼女の顔には一筋だけ切り傷があったが、他は見た限り本当に怪我はなさそうだ。

 僕はハンカチを取り出して、東郷さんの傷の血をなるべく痛くないように丁寧に拭った。

 絆創膏とかは持ち合わせていないので、これぐらいしか出来ない。

「あっ――ありがとう夢河くん……」

 頬を染める東郷さん。

 そんなに照れられるとこっちまで顔が熱くなってきてしまう。   

「あ、私が洗って返すから……」

「いや、いいよこれぐらい……」

 血がハンカチに付いたのを気にしたようだけど、僕は断った。

 これぐらい自分の家の洗濯機で洗える。

 東郷さんが気にする必要はない。

 そこまで考えて、あの不気味な仮面が脳裏をチラついた。

 もうあのマンションには戻れないという事実を思い出した。

 ……今は考えないようにする。 

 

 それはともかく。

 僕は余計なことをしてしまっただろうか。 

 ただ心配だったからした行動だから特に考えていなかったが、少しキザっぽかっただろうか。

 なんだか気恥ずかしい空気が流れている。

 そんな空気を振り払うように、もう倒せたはずの敵を方へ顔を向けた。

 白銀の光弾が爆裂した事によって出来た煙が、徐々に消えていく。

 やがて、そのほとんどが吹き消えた。

 そして、その先に神速のバーテックスの屍が――――

 

 ――無かった。

 

 奴は、あれだけの攻撃を受けてまだ立っていた。

「嘘……だろ……」

 なんで、砂になってないんだよ。

 どれだけ、タフなんだよ。

 

 もちろん、無傷というわけではない。

 バーテックスの体の部位は、肩も胴体も頭も、所々欠損している。 

 さすがに僕の剣を受けれる牙の腕と足に傷は無かったが、結構なダメージとなっているように見える。

 だが、まだまだ動くには支障がなさそうだ。

 白銀の光弾では、火力が足りなかったのだ。 

 

「……っ!」

 さらに、驚くべき事に気づいた。

 バーテックスの身体が、再生していっている。

 今まで僕の攻撃では一切再生する事がなかったバーテックスの身体が、じわじわと装甲を再構成しているのだ。

 他の皆の攻撃を喰らった時よりは遅めではあるが、しかし確実に再生している。

 僕の攻撃も、通用しなくなってきてるのか……。

 

 この状況から、どうやれば奴を打ち倒す事が出来るのか、思い浮かばない。

 もう僕の少ない知恵では、あれ以上の策は引き出せない。

 奴は、倒せるのか……?

 でも、ダメージが通らないわけではない。

 諦めるのは早すぎる。

 それはわかっている。

 けれど、決定打がない。

 ここから先の戦法をどうすればいいのか。

 ただ正面から剣で切りに行くのは、無策過ぎる。

 また長い長い剣戟が続いて、ジリ貧になるだけだ。

 確かに極限の剣戟の最中なら、その隙に東郷さんの弾丸を命中させる事が出来た。

 けれど、奴はその傷を直ぐに再生させてしまう。

 それでは意味がない。

 延々と僕の体力が尽きるまで繰り返しになるだけだ。

 そして体力が尽きれば、僕の身があの剛牙に蹂躙される。

 どうすればいい。

 考えている時間は無い。

 バーテックスは直ぐにでも神速で迫ってくるだろう。

 体感時間が遅くなった思考の中で、考える、考える。

 …………考え至る。

 

 ――そうだ、勇者部五箇条……。

 その一つ、悩んだら相談。

 今僕の隣には、東郷さんがいる。

 そして銀も、僕の中にいる。

 そうだ、どうすればいいかわからないなら、ここにいる二人に聞けばいいんだ。

「東郷さ――――」

 

「夢河くん」

 話しかけようとしたら、僕の発した声よりも力強い声に遮られてしまった。

「なに……?」

 先に東郷さんの言葉を聞こうと言葉を返した。

 

「満開ゲージが溜まったわ。今度は夢河くんがバーテックスを引き付けてもらえるかしら」

 その言葉を聞いて、僕が相談するまでもなく方針が決まった。

 

 



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二十八話 神槍/大爆発

 橙色の巨大光線をまともに受けてしまった私たちは、否応無くかなりの距離を吹き飛ばされた。

 地面にぶつかって、転がって、止まった時。

 視界に納めたバーッテクスは、攻撃の届かない遥か遠くだった。

 振り出しに戻ってしまった。

 

 ……ううん、振り出しよりも悪いかもしれないなあ。

 夏凜ちゃんの精霊のバリアは罅割れている。

 そして、私の精霊のバリアも、さっき受けた巨大光線によって放射状に罅割れて、一部が完全に割れてなくなっている。

 最初よりも防御が薄くなった状態で、また最初からスタートしないといけない。

 そんな状態で勝てるかどうかもわからない。

 だけど――――

 

「諦めるわけには、いかない!」

「そう、ね!」

 夏凜ちゃんと一緒に、立ち上がる。

 何度だって、立ち上がる。

 勇者部は、負けない。

 勝って、みんなの所に行かないと。

「いくよ、夏凜ちゃんっ!」

「わかってるわ、友奈っ!」

 二人同時に、走り出す。

 勇者システムによって強化された脚力は、悠々とバーテックスとの距離を詰める。

 

 作戦は無い。

 打てる良い手なんて、手元に無い。

 だから、愚直な気合の、正面突破。

 それをするしかない。

 だけど、絶対に勝つという気概は揺るがない。

 策は無くとも、勝利をその手に掴むために、前に進む。

 ただ、それだけ。 

 他のみんなに助けを乞うこともできない、みんなもバーテックスの相手で大変だろうし、正面にいるバーテックスが遠くに分断されたみんなの所に行くまでみすみす見逃してくれるはずもない。

 だから、勝つために前に進むしかない。

 走る、走る、走る。

 

 だが、それを見て黙っている敵はいるはずがない。

 先に隠していた手の内を見せたバーテックスは、それらを惜しみなく使ってきた。

 

 無数の光の矢。

 反射板の赤光(しゃっこう)

 尖針(せんしん)の白い光弾。

 大口からの橙色の巨大光線。

 

 それらが、私たちを近づかせまいと乱舞する。

 敵の攻撃は、先よりも苛烈さが一段と増している。

 その破壊光の弾幕の中、ただひたすらに避け、弾き。ひた走る。

 

「「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」」

 二人で叫んで、意思を、弱音を吐きそうになる心を、奮い立たせながら。

 

 意志力だけで何でもかんでもどうにかなるなんて思ってはいない。

 それぐらいは私でもわかってる。

 勇者部五箇条に、なせば大抵なんとかなる、があるけれど。

 なせば大抵なんとかなるとはいっても、『大抵』と入っていることから解るように、全部が全部なんとかなるというわけじゃない。

 それでも、今はこうすることしかできないし、成せなければ負けて終わってしまうだけなんだ。

 だから、ただただひたすらに、敵を倒そうと前に進む。

 無理でもなんでも、負けるわけにはいかないから。

 負けたら、世界が、全ての人の命が、全部が、終わってしまうんだ。

 そんなことは、許せないから。

 

 割れたバリアの合間を縫って光の矢が肩を掠っていく。 

 赤光を受けて、バリアに新しい皹が入っていく。

 夏凜ちゃんのバリアにも、皹だけじゃなく割れた部分ができた。

 どんどん、バリアも体力も消耗していっている。

 

 それでも、まだ負けていない。

 負けていないなら、動けるのなら、勝つことは諦めない。  

 手も足も、動く。まだ全然、戦える。

 

 先よりも敵の攻撃は、弾幕といえるほど苛烈で、容赦ない徹底的な制圧射撃だ。

 だけど、私たちはさっきよりも戦えている。

 息は荒くて、体のあちこちが痛くて、バリアも破損しているのに。

 頭は冴え渡り、動きも的確で、夏凜ちゃんとのコンビネーションも鮮麗されていっている。

 人間は極限状態に陥ると、こうも直ぐに変わるものなのか。

 火事場の馬鹿力っていう奴なのかな。

 とにかく私たちは、まだギリギリなところで、戦えている。

 

 飛んできた光弾や光線を、自分で対処できるものとできないものを瞬時に見分けて、弾き、避け、お互いが助けに入る。

 その間も体力やバリアは消耗し続けるけど、集中力も気合も、全く衰えていない。

 

 極限状態の中での火事場の馬鹿力、その中で生まれた突発的な、だが長年一緒に訓練を積んできたような鮮麗されたコンビネーション。

 それらが生んだ怒涛の顧みの無い行軍に、少しずつ敵に迫る事ができている。

 

 このまま押し切れれば、いける。

 その希望が見えた。

 だから、その希望を信じて、行動し続ける。

 血が出ても、痛くても、構わない。

 そんなことより、希望に向かって手を伸ばして、前に進む。

 その方が重要だ。

 

 ――――だが、その希望を嘲笑うように、合成バーテックスは新たな動きを見せた。

 

 バーテックスは、体を少し上に傾けた。

 二つある口の、上の大口に突き刺さっている巨大な淡黄色(たんこうしょく)の物体が、超高速で小刻みに振動する。

 

 その物体は、巨大な柱の様な投槍(とうそう)だ。

 

 貧弱な人間など、掠っただけで原形を留めなくなるであろう神槍(しんそう)

 淡黄色の神槍が、溜める間を置いてから、

 ――天高く、空に、射出された。

 

 私たちは、避ける事ができない。

 なぜか。

 一目瞭然だ。

 バーテックスは、一連の動作をする間、無数の光の矢も、反射板の赤光も、尖針の白い光弾も、間断なく放ち続けていたのだから。

 この攻撃の苛烈さの中、大きく移動する事なんて不可能だ。

 

 天から迫る極大の神槍。

 避けれない、けれど迫る。

 迫る。

 迫る。

 迫る。

 襲い来る。

 避けれない。

 隕石のごとく飛来してくる神槍は、まるで終わりを告げる神様のお達しの様だった。

 

 ――私たちは、一歩もそこから動けないまま、神槍は着弾、巨大な爆発が辺り一面を吹き飛ばした。 

 

 

 

 

 ――大爆発。

 バーテックスは、自らの体から、白い閃光を伴う超巨大爆発を引き起こした。

 強引に大気が振動し、地を揺るがす巨大爆発。

 樹海の大樹さえ何本か一瞬にして消滅した。

 リボンを叩き斬って直ぐのお姉ちゃんは、バーテックスの至近距離にいた。

 そんなお姉ちゃんは、爆発を全面から最大威力で受けてしまった。 

 ガラスが盛大に割れるような音が耳に入った。 

 離れた距離にいた私まで、その爆発で吹き飛ばされる。

 私の精霊のバリアに、皹が入った。

 皹すら入るわけのない、強力無比のバリアに。

 怖い、と思った。

 けど、今は。

 

 地面を転がって、止まる。 

 お姉ちゃんは!?

 至近距離であの爆発、心配でたまらない。

 視線を必死に走らせ、お姉ちゃんを探す。

 見つけた、倒れている。

 お姉ちゃんの精霊のバリアは、全損していた。

 精霊の犬神(いぬがみ)が、所在なく浮遊している。

 無理もない、離れた位置にいた私のバリアだって罅割れたんだ。

 至近距離であんな爆撃されたら、大ダメージを負って当然だ。

 

「お姉ちゃん!」

 姉の下に、走り寄る。

「大丈夫!?」  

 言いながら、助け起こそうとする。

「……大丈夫よ樹、心配ないわ……」

 でもお姉ちゃんは、私が助け起こす前に自分で起き上がった。

「いつつつ……」

 見ると、体のあちこちに打撲や擦り傷がある。

 バリアがなくなった後、吹き飛ばされて地面に体をぶつけて転がった時に負った怪我なんだと推測した。

「お姉ちゃんのバリアはもうないから、私が積極的に前に出るよ。無理しないで」

 私もバリアが絶対ではないというこの状況が、怖くないわけじゃない。

 ものすごく怖い。

 死んじゃうのは、嫌だ。

 でも、お姉ちゃんが死んでしまうのは、もっと嫌だ。

 バリアが全部なくなったお姉ちゃんの方が、死んでしまう確率が高いんだ。

 だから、私が前に出るしかない。

 

「…………わかったわ、樹も無理しないように」

「うん」

 お姉ちゃんは少し考えた後、頷きながら返事をした。

 今の状態で前に出ても、危険なだけで意味がないことをわかってくれたみたいだ。

 納得いかないけどしょうがないといった思いが顔に出てたけど、お姉ちゃんは私に頼ってくれてもいいんだよ。

 何の気兼ねもなく、頼っていいんだよ。

 私たちは、姉妹なんだから。 

 

 それを伝えようとしたら、また耳障りな怪音波が耳を貫いて脳に届いて来た。

 バーテックスは、自分の爆発では一切傷を負わないみたいだ。

 とはいっても、自分の攻撃で傷をもし負っていたら間抜けと言わざるを得ないと思うけど。 

 私たちは即座に戦闘態勢に戻った。

 

 ワイヤーをまた張り巡らせて、敵の位置を探る。

 もうバーテックスの位置が分からなくて翻弄される事はない。

 とはいえ、ちょっとばかりまずい状況かもしれない。

 お姉ちゃんのバリアは、バーテックスの大爆発によって、全て割れてなくなってしまった。  

 そして、私たちはあの怪音波バーテックスに至近距離爆発という能力があることを知った。

 

 迂闊に、動けない。

 リボンはもう無いけど、至近距離爆発が怖くて近づけないし、離れていても状況は泥沼化する。

 どういう戦法を取れば、安全に倒せるんだろう。

 それがわからない。 

 

 もうワイヤーで敵の場所は特定できている。接近してきたとしても即座に離れれば爆発を受ける事もない。

 けど、敵に攻撃を当てるには?

 ワイヤーで中距離攻撃しかないのかな。

 それともお姉ちゃんの大剣を投げる?

 でも、それだとその後のお姉ちゃんの武器がなくなってしまう。

 その一撃で仕留められるならいいけど、望みは薄いと思う。

 

 怪音波による頭のキリキリとした痛みに耳を押さえてなんとか耐える。

 そうして思考の海を漂っていると、

 

 ――バーテックスの潜行速度が、急上昇した。

 

 その上、一直線にこちらに迫ってくる。

 近づかれたら、危険だ。

 また爆発を受けたら、今度こそ窮地に陥るかもしれない。

 

「お姉ちゃん、凄い速さでバーテックスが泳いできてる! 離れた方がいいよ!」

 即座に二人で、怪音波を撒き散らしながら迫るバーテックスから、離れる。

 

「――っ!」

 勇者システムの力をフルに使って、離れても離れても、バーテックスは誘導魚雷のように追尾して泳ぎ迫る。

 虚を突くように、バーテックスが地中から飛び跳ねて、突進してきた。

 まるで獲物に喰らい付くホホジロザメのようだ。

 

 ギリギリで横に飛んで、脇に避ける。

 しかし、バーテックスはその瞬間、眩い光を体中から放った。

 一寸後(いっすんあと)に訪れる、爆発。

 先よりは小規模だけど、それでも十分に強力な爆発。

 破壊することに特化した暴力的な衝撃を、その身に受けた。

 

 精霊のバリアがさらに罅割れる音を聞きながら、吹き飛ばされる。

 目の端に見ると、一部が完全に割れていた。

 私が前にいたから、お姉ちゃんはたいした怪我はしていない。

 お姉ちゃんにバリアがないからと、前もって前に出ておいてよかった。

 だけど、二人ともまだ地に足が付かない状態で、衝撃により空中を飛んでいる。

 その体制の悪い状況を突いて、バーテックスは爆弾を尾末(びまつ)にある発射口から複数射出してきた。

 私は爆弾を、萌葱色(もえぎいろ)に煌くワイヤーで次々と切り刻んだ。

 切り刻まれて爆発した爆弾の煙に、視界を塞がれる。

 その煙を突っ切って、バーテックスが氷山を砕かんばかりの突進をしてきた。

 避けられない。

 突進なら、吹き飛ばされるだろうけど、まだ精霊のバリアで耐えられるはず。

 そう思って――思わなくてもそうしたと思うけど――お姉ちゃんに突進の衝撃が及ばないように、その身に攻撃を受けようとする。

 刹那。

 

 バーテックスから、何かを溜めるような光が瞬いた。

 

 きっと、大爆発だ。と直感した。

 さっきの小規模爆発とは違う、最初の超巨大爆発に近い規模。

 この溜め時間は、それを予感させるのに十分だった。

 突進ならまだしも、そんな爆発を耐えられるかわからない。

 精霊のバリアが全壊するだけじゃ済まないかもしれない。

 だけど、お姉ちゃんはバリアがもう全くないんだ。

 バリアの残っている私がお姉ちゃんを守らないと。

 避けれないのなら、私が受けるしかない。

 覚悟を決めて、盾になるべく身構える。

 

 ――すると。

 肩に触れる感触があった。

 振り向くと、お姉ちゃんが私の肩に触れている。

 そして。

 前に、進み出た。

 危ない、と私が叫ぶ前に、

 

 網膜を焼き尽くすような閃光が、視覚を虚無へと誘った。 

 

 



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二十九話 鉄槌の砲撃

 剣閃が(はし)る、奔る、奔る。

 よく砕けないものだと思うほど、白刃と剛牙が衝突し合う。

 常人ではなにをしているかさっぱり理解できないほどの、超越した速さで剣戟を繰り広げる。

 流れ星の大軍が入り乱れて戦争をしているかのような剣閃が、交じり合う。

 そうして、何度も何度も神速のバーテックスとの攻防を繰り返す。 

 

 東郷さんに頼まれた時間稼ぎをしているが、少しばかり、いやかなり厳しい。

 向こうは、無尽蔵の体力があるのではないかと思うほど、疲れを知らずに牙を叩きつけてくる。

 対してこちらは、汗を滝のように掻き、息もぜえぜえと荒く、限界に近い。

 水分をたっぷりと補給した後、ぶっ倒れて惰眠を貪りたいぐらいだ。 

 それでも、勝利をその手に掴むために、みんなを守るために、そんなことをしている場合じゃない。

 東郷さんが確実に一撃を入れられる分の隙を作り出さなければならない。

 それが今の僕の役目だ。

 

「うおああああああああ!!」

 気迫を上げるために、力の限り叫ぶ。

 気を強く持って、動きの鈍りそうな体に鞭を打ち、隙を作り出すための攻撃を乱打し続ける。

 勢いを加速させる。もっと、速く、速く、速く。

 魂よ枯れろと、一滴残らず力を絞って敵に注ぐ。

 

 その最中で、一つの技を使う。

 さっきまでの戦闘では、とても実用的とは言えなかったであろう技を。

 

 一瞬だけ、己の速さと力のバランスを崩す。

 速さが減退する代わりに、力が上昇した。

 今この瞬間に全てを注いで隙を作ろうとしているからこそ、意味のある技。

 最初に使っていても、攻撃後に速さで負けてカウンターを喰らうだけで終わったであろう技。

 それを今、この一瞬だけ、速さの衰えをを限界まで縮小して、代わりに体力を底の底まで絞り出して、使う。

 そうして――――先よりも強力で、極力と成った、白刃を振るう。

 

 山を切り刻まんばかりの白閃を、バーテックスに叩きつけた。

 バーテックスは剛牙を弾かれ、大きな隙ができる。

 ――今だ。   

 

 極神(きょくしん)の鉄槌の如き巨大な空色の砲撃が、神速のバーテックスを打ち抜いた。

 引き付けていた時間は、とても長く思えたが、実際には数秒程度だろう。

 だがこの数秒の時間稼ぎと、敵に大きな隙を作ったことで、東郷さんのの最大の攻撃が、決まる。 

 無数に、吸い込まれるように、バーテックスに空色の砲撃が打ち込まれていく。

 

 満開システム。

 そんなものがあると聞いたのは、いつだっただろうか。

 僕は限界を出し、底を付いた体力では体を支えきれず、地面に前のめりに倒れこみながら考える。

 

 前回の戦いが終わった後だったのは確実。

 とにかく僕は、その話を風先輩からすでに聞かされていた。

 もう戦いはないと思っていたから、一応伝えておくということだったけれど。

 今、それが役に立っている。東郷さんが満開をしたからだ。

 簡単に言えば、満開をすると、強力な力を出せるらしい。

 だが、満開をするためにはゲージを最大まで溜めなければならない。

 そのゲージはそれぞれ花弁の刻印として、増えていくようだ。

 ゲージを溜めるには、敵に攻撃を命中させたり、逆に攻撃を精霊のバリアで受けたりする必要があるらしい。

 つまり、勇者システムの力を使えば使うほど、ゲージが溜まっていく。

 それを聞いたとき僕は、まるでゲームの様だ、と思った。

 ゲームならよかったのに。

 でも、これはゲームじゃない。

 これはリアルな、人類とバーテックスの戦争だ。

 現実の、自分たちの命の掛かった、戦いだ。

 だからやれる手は何でも使い、全力で敵を殲滅する。 

 

 うつ伏せに倒れ、荒く呼吸を繰り返しながら、顔を上げる。

 東郷さんは、白を基調とした空色のラインが入っている巫女装束のような姿に変わっていた。

 本物の神聖な巫女のようだ、と思った。

 その東郷さんが、白と空と金の色を宿した巨大な戦艦のようなものに乗っている。

 重厚で神聖さを感じる戦艦だ。

 八門ある砲身から、間断なく空色の砲撃が、バーテックスを塵と化さんと放たれ続けている。

 一撃も外さず、一発でも超威力であろう砲撃を、間断なく命中させ続ける。    

 

 その頼もしい姿は、全てを任せたくなってしまいそうな安堵感を湧き上がらせる。

 数秒間、あるいは数十秒間、極神の鉄槌のような砲撃が放たれ、命中する音だけが響き渡っていた。

 満開の力は強力すぎるほどに強力だ。

 まるで核兵器のように。

 ゲージを溜めた必殺技は、強いと相場が決まっている。

 満開も例外ではないのだろう。

 僕の得体の知れない力と、どちらが強いだろうか。

 そんな意味の無い思考が浮かんだ。 

 

 やがて、東郷さんの砲撃が止んだ。

 倒した、そう思った。

 そう確信するに値する強力な力だった。

 さっきはそう思って倒せなかったけど、必殺技を命中させて倒れない敵なんていないだろう。

 先の僕の、ちゃっちい攻撃とは違う。

 しかも何回も、数えるのも嫌になるくらい命中させている。

 だから、倒せていなければ可笑しい。

 非常識だ、理不尽だ。

 だって覚醒した必殺技だ、必殺なのだから、相手は生命活動を停止してしかるべきなんだ。

 その筈だ。

 その筈、なのに。

 

 

 ――――なのに、なんで。 

 奴は、生きているんだ。 

  

 神速のバーテックスは、立っていた。

 まるで自分こそが理不尽の体現だといわんばかりに、存在を誇示(こじ)していた。 

 確かに満開の力は強力無比だった。

 それは、奴の満身創痍といった風体を見ればわかる。

 身体は所々欠損し、白銀の聖剣でも破壊できなかった剛牙も、三分の一ほど破損している。

 

 だけど、倒せなかった。

 体の修復も現在進行形で進んでいる。

 跡形もなくなっていても不思議ではなかった一斉砲撃だったのに、体を維持し、立っている。

 常軌を逸した生命力だ。

 

 それでも、満身創痍なんだ。

 今から直ぐに奴へと接近して白刃を振るえば、倒せたかもしれない。

 だけど、僕らは動けなかった。

 完全に気圧されていた。畏怖してしまったのだ。

 東郷さんは砲撃を打ち尽くして、再装填までに時間が掛かるのだろう。

 でも、僕は今動かなければいけなかったのに。

 そういう場面だったのに。

 動けなかった。

 ただ殲滅するべき対象である敵に、畏怖してしまった。

 どうしようもなく、弱くて愚かだった。

 でも、ここまでやっても倒せなかった相手だ。ここで攻めても、また何らかの方法で(しの)がれて、手痛い反撃を喰らうかもしれない。

 そんな不安が渦巻いて、行動できなかった。

 慎重になりすぎたのかもしれない。 

 

 故に。

 

 神速のバーテックスに、次の行動を許してしまう。

 

 両手両足の剛牙を、ここが自分の領域だとばかりに、地面に突き立てた。

 割れる樹海の根、大地。大樹が悲鳴を上げたように思えた。

 パイルバンカーを打ち込んだかのように、地に完全に喰い刺さる牙。 

 

 なにを、しているんだ……?

 (わか)らなかった、そんなことをする意味が。

 僕達に攻撃が届いているわけでもない。

 理解不能な行動に困惑して、迂闊に近づくことができない。

 でも、警戒するに越した事はない。

 そもそも、戦闘中はあらゆることに警戒しておくべきだ。

 

 今すぐに肉迫すれば、白閃を奔らせて切り殺す事は可能だろうか?

 わからない、もしかしたら僕をおびき寄せるための罠かもしれないんだ。

 得体の知れない行動には、最大限の警戒をする。

 それが正しいと思った。

 普通ならそれが正しいだろう。

 警戒し、襲い来る脅威に対策を練って対処する。

 それが無難、安定の戦法。

 だから、僕はミスをしたわけじゃなかった。 

 

 ――ただ。

 ――その選択が、今回は間違いだったというだけの話だ。

  

 刹那。

 地が、揺れる。

 三半規管が狂い、立っていられないほどの大振動が世界を揺るがす。

 ――未曾有(みぞう)の大地震が、カプリコーンの手によって引き起こされたのだ。

 

 大地が割れ、大樹が倒れて行く。

 だけど、僕は。

 その地震よりも、重大な何かに意識を持っていかれていた。

 頭が強烈に痛い。

 気が狂いそうだ。

 痛い、痛い、痛い。

 地震の揺れで膝を突いたまま、頭を掻き毟るように抱える。

 壮絶な痛みに、悲鳴すら上げれず、ただ口から喘ぐように息が漏れる。

 その痛みの中で、脳の中核、魂の奥が、刺激される。

 何度も針の先で突くように、刺激され、やがて覚醒へと導かれる。

 記憶が、段々と浮き上がってくる。

 そして――峻烈(しゅんれつ)な光のように、目の奥で何かが瞬いた。

 

 ――記憶が一部、鮮明に、完全に、思い出された。

 

  



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三十話 白桜色の豪腕と純赤の六刀

 地に着弾した神槍(しんそう)により、辺り一面が吹き飛ばされる。

 樹海の大樹が何本も、一瞬で塵も残さず消滅した。

 強烈な爆風と衝撃波で、消滅しなかった大樹も大きく揺れ、軋みを上げる。

 辺り一面が焦土と化した。

 煙に包まれて、何も見えない。    

 それでも、着弾して数百メートル圏内は、何もかも跡形もなく消し炭になっているだろう。

 誰もがそう予測する一撃だった。

 まさに神槍と呼ぶべき天からの裁きのような攻撃だった。

 

 やがて、煙が晴れていく。

 そこには、何もない灰色の大地だけが広がっている筈だった。

 だが。

 立っている影が、二つ。

 あの一撃を受けて、消滅せず、倒れることも無く、立っている。

 常識を超越した二つの影は、煙が完全に晴れると共に姿を現す。

 

 満開を果たした、友奈と夏凜が傷一つ無く立っていた。

 友奈は、桜色のラインが所々入っている白い巫女服のような装束の姿に変わり。

 神の力を借りた神聖さ漂う、二つの白桜色(はくおうしょく)豪腕(ごうわん)が、両肩の横に自分の腕のごとく浮遊している。

 夏凜は、赤色のラインが奔っている白い巫女服のような装束の姿だ。 

 そして、左右に二本ずつ、四本の鮮烈な赤色の腕が浮遊し、巨大で長大な刀身が純赤(じゅんせき)に染まった刀を、それぞれの腕に持っている。己の手でも純赤に変わった二本の刀を携えているので、計六本の六刀流となっている。

 

 ――そうして、ここに敵を殲滅せんと美麗(びれい)絢爛(けんらん)な巫女が、顕現した。 

 

 

 

 満開をした私は、その豪腕を即座に天へと叩き付けた。

 夏凜ちゃんも全く同じタイミングで、六本の赤刀(せきとう)を叩き付けた。

 衝撃が、爆裂する。

 体の芯から軋みを上げるような衝撃が体を駆け抜ける。  

 それでも、一歩も後退はしない。押し負けることにもならない。

 私たち二人は、天から降り来た神槍を、完璧に受け止めていた。

 動きを止められ推進力を全て失った神槍は、もはやただの鉄骨のようなものだ。

 二人同時に、弾く。

 神槍は、遥か遠くまで放物線を描きながら飛んで行った。

 

「夏凜ちゃん、行くよ!」

「ええ! 私たちの本気、見せてやるわよ!」

 

 同時に、地を蹴る。

 地面に足を付けず、私たちは先よりも格段に上がった速さで、バーテックスへと接近する。

 走る必要はない。満開状態の私たちは空を飛翔することが出来るから。 

 バーテックスはそれを見るなり、即座に全力の攻撃を放ってくる。

 

 無数の光の矢。

 反射板の赤光。

 尖針の白い光弾。

 大口からの橙色の巨大光線。

 

 無数の弾幕が、襲い来る。

 だけど、さっきまでの私たちでも、持ちこたえることはできていた。少しずつでも敵に迫ることはできていた。

 だから、満開を果たした今の私たちなら、敵じゃない。

 

 光の矢を片腕の豪腕と、夏凜ちゃんの大太刀で薙ぎ、

 反射板の赤光と尖針の白い光弾を両豪腕の二連拳打と、夏凜ちゃんの回転斬りで打ち砕き、

 大口からの巨大光線を、両手を組んで振り下ろしたハンマーナックルと、六刀同時振り下ろしで木っ端微塵にする。

 

 避ける必要すらない。

 精霊のバリアも満開をした瞬間全回復したが、それで受けることもしなくていい。

 敵の攻撃は(ことごと)く打ち砕く。

 私たちの行軍は、速度を落とすことなく止まらない。

 ただただ無心に弾幕を薙ぎ払いながら、前に進む。

 

 満開の力は絶大だ。

 何の苦もなく敵に接近できている。

 怖いくらいに。

 本当に、怖いくらいに身に余る力だ。

 でも、今はこの力に思う存分頼ることにする。

 勝つために、守るために。

 

 ――そうして、進み続けた先。

 ようやく私たちは、苛烈な弾幕を突破し、このヘンテコなバーテックスに肉迫することができた。

   

 徹底的な遠距離型であるこのバーテックスは、近づかれたら何もできない。

 ならこれで、私たちの勝ちだ。

 白桜色の豪腕を、全力で繰り出す。

「勇者パ――」

 気を奮い立たせるために叫ぼうとした。途中で止められた。

 動かない。

 豪腕を繰り出すことはできなかった。

 身体が動かなかった。

 

 バーテックスの泡だ。

 忘れていたわけじゃない、それなりに警戒もしていた。

 だけど、こんなに疾い泡だとは思っていなかった。

 先に泡に捕まった時は、気づいたら取り込まれていた。

 だから、気づかれないように忍ばせていたんだと思っていた。

 違った。

 あの泡は普通の泡じゃない、バーテックスが生み出す泡なんだから。

 尋常じゃない速さで操ることができるんだろう。

 それに気づけなかった。

 だから今、動けず、拘束されている。 

 

 先とは違って、何倍も数が多い大量の泡で拘束されているから、満開の力を以ってしてもそう簡単に抜け出せない。

 見ると、夏凜ちゃんもこの不可思議な泡に、拘束されていた。

 早く抜け出さないとまずい。

 だけど、全力でもがいても、直ぐには抜け出せそうにない。    

 

 バーテックスの、先端に針を持った尻尾みたいな腕が、蠢動(しゅんどう)した。

 尖針が、白いオーラを纏った。

 何か来る。見て悟った。

 ちょ、ちょっと待って、と思った。

 けど、待ってくれるわけもない。

 

 夏凜ちゃんも、(はさみ)を三本同時に突き出されていた。

 バーテックスが、白いオーラを纏った強力な針の一突きを繰り出す。

 針、刺突という概念を突き詰めたような突きだ。

 その極針(ごくしん)は、私に向かって一直線に、凄まじい速さで迫る。

 身体はまだ泡に拘束されたままだ。

 けど。

 ここで負けるわけにはいかない。

「あああああああ!!」  

 なんとか、さっきからずっともがいていた甲斐あって、腕だけは動かせるようになった。

 豪腕を即座に前でクロスさせて、極針を防ぐ。

 衝撃波で、周りの泡が吹き飛ぶ。

 貫通はされなかったけど、豪腕が少し砕け、欠けた。

 吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 

 夏凜ちゃんも、鋏に叩き飛ばされたみたいだ。

 徹底的な遠距離型なんかじゃなかった。

 接近戦もできる、万能型だった。

 甘く見ていたわけじゃない。

 だけど、もっと別の可能性を考えておくべきだった。 

 そもそも最初から針も鋏も見えていたわけだから、ちゃんと警戒しない方がおかしかった。

 いや、警戒してなかったわけじゃない、あそこまで接近できたら、満開をした私たちのほうが速いという自信があった。

 けど、予想外に疾い泡で、何もかも予定が狂わされた。

 もう考えてもしょうがないけど。

 とにかく、やることは変わらない。

 バーテックスを倒すだけだ。

 

 バーテックスが泡を、何個も私たちに向けて放ってくる。

 今度は奇襲ではなかったから、満開をした私たちなら避けられる。

 二人で避けながら、バーテックスに肉迫する。   

 極針(ごくしん)剛鋏(ごうきょう)が、また道を(はば)む。

 泡がなければ、殴り壊すか、弾き退けるか逸らすかして、本体に攻撃を叩き込むのは簡単だったかもしれない。

 だけど、そのもしもに意味は無い。

 今こうして、泡に邪魔されて思うように針に対処できていないのだから。

 

「――っ」

 泡を避けた隙を突いて放たれる、オーラを纏った極針を豪腕でギリギリ逸らす。

 そのまま攻撃に転じる前に、また泡が飛んできて回避に徹さざるを得なくなる。

 

「夏凜ちゃん、このままじゃまずいよ……!」

「……っ! 私に、考えが、あるわっ!」

 夏凜ちゃんが泡と剛鋏に対処しながら、途切れ途切れに答え返してくれる。

 その考えに頼ってみようと思った。

 少しの間、ジリ貧のまま針と泡を凌いでいると、夏凜ちゃんが叫んだ。

 

「友奈、下がって!」

 言われたとおりに、直ぐに下がった。

 できるだけ大きく下がった。

 夏凜ちゃんの背中を見ると、体を捻って六刀を大きく構えていた。

 

「喰らいなさい!!」

 そして、その大太刀四本と赤刀二本で、大きく捻りを加えた横薙ぎをした。

 いや、違う。

 横薙ぎじゃない。

 回転斬り。

 大回転斬りだ。

 竜巻のような突風が辺りに散らされる。 

 衝撃波も巻き起こる。

 私は距離を置いて下がっていたのと豪腕を盾にしたことで、さほど影響は無かった。

 だけど、敵の方は違う。

 

 突風と衝撃波が晴れたときには、泡が全て消し去られていた。

 さすが夏凜ちゃん。

 凄い。

 今度にぼしとサプリをプレゼントしよう。

 

「友奈、今よ!」 

「うんっ!」

 ここだ。

 ここが、今一番の隙だ。

 畳み掛けないわけにはいかない。

 満開のスピードで、肉迫する。

 最後の抵抗とばかりに、白いオーラを纏った極針と、三本の剛鋏が襲い来る。

 

 私は豪腕を勢いよく振りかぶった。

 夏凜ちゃんも全ての刀で居合いの構えを取った。

 そして。

 

 豪腕と極針、赤の六刀と、三本の剛鋏が激突する。

 泡に注意を向ける必要がない今、全ての力と集中を豪腕に注げている。

 少しの間鍔迫(つばぜ)り合った後、極針が砕け散った。

 夏凜ちゃんも、純赤の刀で、全ての剛鋏を切り落としていた。

 

「これで――」

「――終わりっ!」

 私と夏凜ちゃん、繋いで叫ぶと同時。

 バーテックスの本体、前衛芸術のような顔面。

 

 その顔面に私は、両の豪腕を肩よ外れろとばかりに思い切り振りかぶって叩きつけ、 夏凜ちゃんは純赤(じゅんせき)の六刀を再度居合いのように溜めてから、合わせて一閃させた。

  

 砕き、めり込む豪腕。奥まで切り込まれる純赤の六刀。

 へしゃげて粉々になるバーテックスの顔面。

 奥の奥まで、潰されて、切り刻まれて、粉々になっている。

 封印の儀なんてする必要もなく、御魂ごと完全に破壊されている。

 

 バーテックスは一瞬の後、砂となって消えた。

 ――そうして今回の、私たち二人の戦いは終わった。

 

 

 ――――地が、揺れた。

 

 



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三十一話 怪音波不愉快バーテックス






 前に進み出た姉。

 私の代わりに盾になろうとしている。

 けど、お姉ちゃんは今、精霊のバリアが一片もない。

 そんなことしたらお姉ちゃんが死んでしまう。

 駄目だ。

 私が盾になった方が、二人とも死なずに済むのに。

 大きなダメージにはなるだろうけど、そっちの方が天と地ほどの差もマシなのに。

 なのに、お姉ちゃんは前に出てしまった。

 駄目だ。危ない。死んじゃやだ。

 その背中に手を伸ばそうとする。

 

 けれど、その手が届く前に、

 ――閃光と衝撃が辺りを包んだ。

 

 吹き飛ばされる。

 爆風が視界を塞ぐ。

 思わず目を瞑る。

 直ぐ目の前にいたお姉ちゃんも、私の正面にぶつかってきて、二人一緒に吹き飛ばされる。

 私は、お姉ちゃんであろう柔らかいものを抱きしめると、さらに来る衝撃に備えた。

 地面に激突する。

 

 爆風は収まった。  

 でも、目を開けられない。

 怖い。

 今目を開けたら、目の前に血塗れのただの物体となった姉がいるんじゃないかと思うと、怖くて目を開けられない。

 身体が震える。

 涙が出そうになる。

 早く目を開けて立たないと、バーテックスにこのままやられてしまうかもしれないのに。

 動けない、立てない。

 自分に怪我は対してなく、身体は十分動いて戦えるのに。

 目を開けるのが怖くてなにも出来ない。

 ああ、いっそこのままお姉ちゃんと――

 

「樹、早く放してくれると嬉しいんだけど……」

 ――――。

「ふぇ……?」

 涙の溜まった瞳を開ける。

「ふぇ、ってなにかわいい声出してんのよ」

 苦笑と共に声を発するお姉ちゃんは、血塗れどころか少しの傷すら負ってなかった。

 ピンピンしていた。

 そういえば、今思い出してみると、抱きしめていた時に一滴も血みたいな液体の湿った感触はなかったし、そんな臭いもしなかった。

 気が動転していて、そんなことにも気づかなかった。

 私の心配や恐怖はなんだったのかと言いたくなるほど、その姿はいつも通りだった。

 いや。

 違う。いつも通りの姿ではない。

 

 いつもの戦闘服とは違う、もっと神聖さを直に感じる、巫女さんっぽい服に変わっている。

 というか満開だろう。

 傷を負っていない状況からして、簡単に推測できる。

 全損していたバリアも、全快している。

 さっきは所在なく浮遊していた犬神が、今は自信満々に胸を張っている。

 ゲージがもう溜まっていたんだ。

 これにも気づいてなかった。

 私はやっぱりまだまだだなあ。

 

「ほら、敵が来ちゃうわよ。そろそろ放して、立って」  

「あ、うん」

 お姉ちゃんを腕から解放して、先に立ったお姉ちゃんが手を差し伸べてくれたので、その手を取って立ち上がる。

 

 怪音波不愉快バーテックスは、また地面を潜行しているようだ。

 そうしてまた、怪音波を鳴らし続けている。

 とことん慎重なバーテックスだ。

 もう臆病者のレッテルを貼り付けてもいいぐらいだと思う。

 お姉ちゃんは満開をしているからか、さっきほど怪音波に苦しんでいる様子はない。 

「樹も満開をしておいた方がいいわよ」

「うん、そうだね。しておくよ」

 私のゲージも溜まってるんだった。

 言われるまでそのまま戦うつもりでいた。

 わたしも満開をできることを少し失念してしまっていた。

 バーテックスの怪音波の所為だ。

 きっとそうだ、と思いたい。

 私はそんなにドジじゃない。

 そういうのは友奈さんの役目だ。

 友奈さんには悪いけど。

 

 そうこうしていると、不愉快バーテックスの爆弾が十個ほど一気に飛来してきた。

 まだこっちが話してるのに。

 その話してる間に、爆弾を用意していたんだろうけど。

 とにかく。

 待ってくれないのなら、とことんやってやるだけなのだ。

 

「満開」

 ゲージが満タンになった状態で、満開をしようと強く意識した時、それは訪れる。

 体から力が湧き上がってくる。

 先ほどまでとは比べ物にならないほどの力。   

 魂が昇華(しょうか)していくような、全能感。

 それと共に、衣装が変わっていく。

 私も巫女さんっぽい装束に、再変身した。

 背中の直ぐ後ろに、萌葱色(もえぎいろ)の輪っかが浮かび、その輪を回るようにして花の(つぼみ)のようなものが付いていて、その蕾の先からワイヤーが伸びている。

 ワイヤーが、さっきまでのが駄菓子のひもグミレベルの量だとしたら、大盛りうどんをひっくり返したかのような無数の量に変化している。

 さらに強度も格段に上がっている。感覚で解った。

 (ひび)割れていた私のバリアも、始めから傷なんてなかったように元通りになった。

 これで勝てない敵なんていないと思えるほどのパワーアップ具合だ。

 怪音波の影響も、だいぶ軽減されている。

 頭のキリキリとした痛みは、頭痛ほどまで抑えられている。 

 それでもただの頭痛というほど軽くは感じないけど。

 相手は腐っても人類の敵だということだ。

 

 もうそこまで迫る爆弾。

 お姉ちゃんが大剣を横薙ぎに振るって、六個ほど一度に掃い落とし、爆散させた。

 残った四個が、私に迫る。

 だがそんなものは、今の私たちには通用しない。

 

 無数のワイヤーで、絡め捕り、刻む。

 爆弾は私に辿り着く前に、四散した。

 超余裕だ。

 負ける気がしない。

 あまり調子に乗りすぎると痛い目に遭いそうだけど。

 とりあえず冷静に、慎重に。

 

 バーテックスが再度地面に潜る。

 だけど、私は既にワイヤーを辺り一帯に張り巡らせていた。

 あの不愉快な存在がどこにいるか、手に取るようにわかる。

 バーテックスの学習能力は凄いはずだったけど、ワイヤーで居場所がバレているのは知られていないのか、馬鹿の一つ覚えのように怪音波を発し続けている。

 

 そのバーテックスが、戦法を変えてきた。

 私たちからどんどん離れていく。

 そうして逃げながら、時折発射口を地面から顔を出させては、爆弾を射出してきた。

 引き撃ち。

 自分の身の安全だけを考えた戦い方。

 満開の力を強大と見たバーテックスは、完全な逃げの一手を出してきた。

 

 私は、臆病者のレッテルを、あの不愉快なバーテックスに、思い切り、念入りに、貼り付けてやることにした。  

 いや、安全な戦法は必要だというのは解ってるけど。

 無謀に正面から戦って死んでしまったら意味がないのだし。

 でも、あのバーテックスが音を侮辱しすぎてるにも程があるので、ついキツイ言い方になってしまう。

 存在が許せないのだ。

 

 音は、みんなを幸せにするもの。

 音楽は、みんなが楽しい気持ちや、色々な感情になれて、尊いもの。

 それが私の信念だ。

 

 それを、ただ害をなすために使うなんて、殺すために使おうなんて、許せない。

 これを最大限の侮辱といわず、なんといおうか。

  

 だから、絶対に倒す。慈悲なんて少しも掛けない。

 もとよりバーテックスは倒すべき人類の敵だけど。

 

 とにかく、追いかける。

 逃げるのなら、追いかけて倒す。

 

「お姉ちゃん、敵はずっと逃げながら攻撃してきてるから、追いかけるよ! 私が先に行くから付いてきて!」

「了解よ樹!」

 敵の位置がわかる私が先導して、バーテックスに接近していく。

 

 バーテックスは魚雷のような速さで逃げながら、爆弾を何度も引き撃ちしてくる。

 それを私たちは、ワイヤーと大剣で爆発四散させながら、追いかける。

 満開の力で、スピードも上がっている。

 けれど、ほかよりも強化度が低いのか、それとも魚の姿をしているバーテックスの泳ぐ速度が度を越して速いのか、なかなか追いつけない。

 攻撃範囲に入れることが、難しい。

 このままでは延々と追いかけっこを続けることになってしまう。

 ワイヤーで釣り上げようにも、直ぐに発射口を地中に引っ込めてしまって、空振りに終わる。

 さっきまでとは違い、バーテックスは警戒度を著しく上げている。ワイヤーで絡め捕ろうにも、爆弾を発射して即座に戻られては、何回やっても同じだ。

 先に釣り上げることができたのは、その警戒度の違いということなんだろう。 

 

 何か手はないのだろうか。

 追いかけながら、爆弾を掃い落としながら、考える。

 

 …………。

 ドッ。

 爆弾を切り刻む。

 …………。 

 ボンッ。

 爆弾が大剣に叩き潰される。

 …………。

 ボボンッ。

 ワイヤーと大剣で爆弾を薙ぎ掃う。

 

 ――思いついた。

 過去の記憶から参考にした。

 前回の戦いの記憶だ。

 

 さて、思いついたはいいけど、お姉ちゃんに伝えなきゃ始まらない。  

 一人でできるものではないから。

 と、ここで、思い出す。

 

 この前朝陽さんから借りた本に、パロールというものがあった。

 ちなみにアニメとか漫画みたいな、かわいい女の子が表紙になっている小説である。

 かなり重くてハードでエグさ満天な話だったけど、面白かった。

 読んだ日はちょっと怖くて、お姉ちゃんの布団で一緒に寝たのは内緒だ。

 とにかくそれはいいとして。

 

 パロールだ。

 それは、簡単に言えば、人が何を言いたいか、どんな意思を伝えたいか、いや、伝えたくなくても、どう思っているか、そういうものが、言葉じゃなくても、仕草とか、表情とか、別のいろんな要素で伝わるというものだった。

 

 後でネットで調べてみたら言語がどうたらとか出てきたけど、よくわからなかった。

 言葉じゃなくてもとか言っちゃったけど、まあそこらへんはいいや。

 

 ここまで色々考えておいて、つまり私が何をしたいかというと。

 アイコンタクトというものをしてみたい。というだけなんだよね。

 アイコンタクトも、パロールの一種だろう。だから、長年姉妹をやってきた私たちなら、できると思ったんだ。 

 

 もちろん、悠長だとは自分でも解っているけど、あの不愉快なバーテックスにはこのぐらい余裕を持って、侮辱して、敵としての尊厳を貶めて倒すのがちょうどいいんだもん。 

 満開もしているから、多分大丈夫。

 その慢心はいけないかもしれないけど。

 とにかく、こうするって決めちゃったんだ。

 それに、喋るよりもアイコンタクトで瞬時に情報伝達できたほうが、戦闘時の隙があまり生じなくていいとも思うし。

 というちょっとした言い訳を付け加えてみる。

 

 爆弾を切り刻み、お姉ちゃんの方に顔を向ける。

 お姉ちゃんも、私が顔をじっと見てることに気づいてこちらを向く。

 そして、目に意思を宿らしてアイコンタクトを送る。

 こうして欲しい。こういう作戦なんだ、と。

 念のために、腕や目の動きも使ってなんとか伝えようとしてみる。

 ブンブンッ。

 チラチラッ。

 これじゃあアイコンタクトじゃなくってジェスチャーかな? まあいいや。 

 

 ――果たして、結果は。

 ――お姉ちゃんは、苦笑を漏らした。

 これは、伝わったと考えていいのかな。

 それとも、自分でも思ったけど意味不明で奇怪な動きをこの戦闘の最中でしている馬鹿な妹に、苦笑を禁じえなかったということなのかな。

 やばい。考えてみたら、どう考えても後者としか思えなかった。

 どうしよう。なんで私はあんなことをしたんだろう。

 今になって冷静になったが、これではただの頭のオカシイ人だ。

 だってやってみたかったんだもん。

 そんなことを思ってみても、こんな命に関わる状況なときに、ふざけた行動をとってしまったことに変わりはない。

 いくら強力な力を得ても、どんな予想外なことでも起こって、命を落としたりすることがあるのが戦場なのに。

 すごい自己嫌悪が湧き上がってくる。

 こんなところで奇行をするなんて、本当にどうかして――

 

 ――お姉ちゃんにがっしりと体を抱えられた。

 

「ふぇ?」

 ――うそ。

 お姉ちゃんの身体は弓のようにしなり――。

 ――まさか。

 引き絞り――。

 ――伝わっていた?

 そして――勢いをつけてバーテックスの方向へ放った。

 私の、身体を。

 

「えぇ……?」

 本当にまさかと思うが、私が考えていた作戦通りな行動に、信じるしかない。

 ちょっと、引いてしまったけど。

 あれで伝わるのか。

 お姉ちゃんはどういう神経をしているんだろう。

 それほど私たちの絆が深いということなら、悪くはないけど。

 

 とにかく、作戦が動いたなら、気を引き締めないと。

 私が思いついた策は、要するに、前に友奈さんが夢河さんを投げたのと一緒のことをしているだけだ。

 これで、足りないスピードを補って、バーテックスに届く。

 

 近づけば近づくほど、怪音波の影響で頭の痛みが増すけど、満開をして影響が軽減されているおかげか、まだ耐えられなくもない痛みだ。

 そして、辿り着く。

 潜行しているバーテックスの、真上に。

 

 ここから全力で集中だ。

 一瞬の見極めが大事。

 一秒でも遅れたら駄目。

 発射口を出した瞬間が、勝負の時。

 

 発射口が、爆弾を今にも射出しようと、地面から顔を出した。

 ――今だっ。

 ワイヤーを真上という至近距離から放った。

 発射口をぎゅうっと締め上げ、絡め捕る。

 よしっ、成功した。

 そのまま、先のように釣り上げる。

 発射口を直ぐに切り刻む事もできるけど、ここから確実に仕留めるために、まだ大きく釣り上げるだけに留める。

 

 天高くへ向けて、バーテックスを投げ上げた。

 ワイヤーの拘束で勢いが止まらないように、ワイヤーを解いた。

 バーテックスは空を跳ぶ。

 次は――

 

 バーテックスが、怪音波を鳴らし続けるベルを、体から切り離した。

 落下するベル。

 そのベルが、

 爆発した。

 砕け散るベル。

 これでベルはなくなった。

 けど。

 

 リ゛イイイイイイイイイィィィィィィィィィィン!!

 

「――――――っ!!」

 先までの怪音波とは違う、大音響の、数千人規模の人間の脳を破壊し尽くしてしまいそうな、不快も不愉快も通り越した、殺人的な怪音波が響き渡った。

 (うずくま)る。

 立っていられない。

 耳を塞ぐ暇もなく、かなり近くで耳に入ってしまった。

 満開をして凄まじいパワーアップをしたとはいえ、これほどの攻撃を受けたらひとたまりもなかった。

 頭がグチャグチャだ。

 痛みが反射するように何度も来て、立とうとする筋肉を弛緩させる。

 回復するには、少し時間が掛かる。

 

 ――光が、輝いた。

 落下してくるバーテックスが、爆発を起こそうとしているんだろう。

 離れないと、まずい。

 でも、動けない。

 さすがに至近距離大爆発は、満開でも耐えられるか怪しい。

 普通の爆発なら大丈夫だろうけど、バーテックスの起こす爆発は、前提として攻撃の次元が違う気がする。

 動けない。

 空しく緩慢に、手や足を少し動かすことしかできない。

 ここから移動は、とてもではないが今は不可能。

 

 落ちてくるバーテックスの影と、その体から発される光が、地に落ちた視界に写る。

 なんとか、精霊のバリアがもってくれることを祈るしかない。

 ふと。

 影と光が、遠ざかったように見えた。

 違う。

 遠ざかったんだ。 

 少し、顔を上げる。

 

 お姉ちゃんが、巨木のような大剣の平を向けて振り切って、バーテックスを天へ叩き飛ばしていた。

 天高くで、大爆発が起こる。

 暴風と衝撃波が吹きつけたが、それだけだった。

 助かった。

 お姉ちゃんは離れた位置にいたから、あの怪音波の影響は、全く受けなかったわけはないと思うけど、私よりは軽微だったんだろう。  

 だから、動けた。私を助けてくれた。

 やっぱりお姉ちゃんはすごい。

 

 再度落ちてくるバーテックス。

 陸に揚げられた魚のように、空しく尾をしならせながら。 

 そのバーテックスが、また、光を放ちだした。

 ――二連続爆発。

 

 さっきまでそんなことできていなかった。

 なぜここにきて。

 隠していたのだろうか。

 ここぞという時のために。

 それとも、ベルがなくなったことでリミッター的なものがなくなったとか、そういうのなのかな。

 ――今は、そんなことはどうでもいい。

 お姉ちゃんは、大剣を振り切って直ぐだから、あの爆発には対応できない。

 私は、今なら、少しは動ける。

 ワイヤーの操作くらい、できる。

 お姉ちゃんのためなら、そのぐらいわけない。

 今度は、私が助ける番だ。

 

 ワイヤーを瞬時に操り、お姉ちゃんよりもっと上、バーテックスの落下してくる地点に、蜘蛛の巣のように、だけど鉄板のように厚く、張り巡らせた。

 そのワイヤーの盾に落ちるバーテックス。

 爆発。

 衝撃波と爆風がこちらまで来たけど、怪我をするレベルじゃない。

 爆発によって、ワイヤーの盾は全て吹き散らされた。

 また、落下し始めるバーテックス。

 ――そこに。

 

 ――大きな大きな、巨木のような大剣が、突き刺さった。

 お姉ちゃんが、最大まで巨大化させた大剣を、思い切り投げ槍のように投げたんだ。

 その大剣は、あの不愉快だったバーテックスを貫通している。

 装甲を砕き、身体の芯にある御魂(みたま)まで食い込んで、突き刺さっている。

 まるで(あゆ)の串焼きのように。

 一瞬のあと。

 バーテックスは砂となって、消えた。

 

 勝った……。

 私たちは、なんとか勝利を勝ち取った。

 生き延びることができた。

 身体も、結構動けるようになってきた。

 お姉ちゃんも、大事無い。

 あの怪音波不愉快バーテックスは――もういない。 

 私の信念の方が、(まさ)ったのだ。

 音は、みんなを幸せにするものだ。

「よかったぁ……」

 一息吐く。

 

 

 ――――地が、揺れた。

 

 



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三十二話 漆黒の三日月





 ――僕は……自分が割と悪人ではないと思っていた。

 事実、普通に生きてきた。

 普通の、凡人だった。

 特に悪い事もせず、ただ普通に過ごし、普通に学校へ行って、普通にアニメや漫画が好きで。

 無神論者な、ただの、少し人見知りな一般人として生きていた。

 

 なのに。

 変わってしまった。

 いや、誰でもきっかけさえあれば、そうなったのかもしれない。

 いつもの毎日を過ごしていた僕は、突然、唐突に、脈絡もなく――非日常に遭った。

   

 ――首都直下型大地震、震度八。

 未曾有(みぞう)の地震の前に、日本は崩壊しかけた。

 そんな馬鹿げた、だけどいつ来ても可笑しくなかった、ありふれた非日常は、僕の全てを壊した。

 両親も祖父母は、僕の知らないところで死んだ。

 少なかった友人も、死んだ。

 特に仲が良くもないクラスメイト達も、何人か死んだ。

 

 それも大きな事だった。無視できないほど、大きな事ではあった。

 だけど。

 僕の根底からの変革が起きてしまったのは、それが原因ではなかった。

 

 それは、一面瓦礫の山と化した景色を、虚ろにふらふらと、歩いている時だった。

 家族が全員いなくなった僕は、どこに行けばいいのかもわからないまま、ただ歩いていた。 

 避難所か何か、ないかと、探していたのかもしれない。

 良く考えなくても学校とかに行けばよかったんだと思うが、その時は気が動転していて、そんな考えすら浮かんでこなかった。

 避難所とか、意識したことが特になかったのもあるだろう。

 そうして、幽鬼(ゆうき)のようにふらふらと進んでいた僕の耳に、声が聞こえた。

 

 ――た……す、け……て……。

 

 僕はゆっくりと辺りを見回した。

 その小さな声は、瓦礫の下から聞こえてきていた。

 よく聞こえなかったけど、多分少女の声だったかもしれない。 

 直ぐに助けようかとも思った。けど。

 その瓦礫は、下手に動かすと僕まで巻き添えを食らいそうな、不安定さだった。

 でも――善人なら、普通なら、なんとか助けようと試みただろう。

 たとえ無理で諦めてしまったとしても、誰か他の人も呼ぶか、とにかく、試みるぐらいは普通するだろう。

 

 ――僕は、しなかった。

 

 無視して、聞かなかったことにした。

 無気力に、そのまま歩き始めた。

 意気消沈していたから、そんな余裕はなかったから、傷付いていて何も考えられなかったから、そんな風にいくつも言い訳は考えられるけど、結局僕が助けられたかもしれない人を、見捨てたことに変わりはない。

 他人に、無関心すぎた。

 どうでもいい。って、思ってしまったんだ。

 知らない他人の命なんて、どうでもいいと。

 もう大切な人たちなんて、いなくなってしまった。近しい人たちは、全員死んでしまった。

 だから、もう全てがどうでもよくなっていたんだ。

 

 そのまま僕は、歩き続けた。

 呻く人たちに、手を何回も伸ばされた。

 その度に、無視して、振り払って、視界から遮断した。

 明らかに助けられる人だって、誰かがやるだろうと見捨てた。

 女だろうと、子供だろうと、見捨てた。

 泣いていても、通り掛った僕だけが希望と救いを求めた人も、見捨てた。

 他の無事な人が、なんとか助けようと必死になっている中、僕はただ俯いて、歩き続けた。

 

 ――――僕は、どうしようもないクズだ。

 

 その結果、そんなことに気がついた。

 わかってしまった。

 自分が、善人なんかじゃないって。

 その上、普通でもないって。

 いや、もしかしたらこれが普通なのかもしれない。

 みんな、結局他人なんてどうでもいいのかもしれない。

 でも、僕は、凡人でも一般人でもなくなってしまったと、思ったんだ。

 

 ――ただの、クズだ。

 ――本物の小者、愚か者、クズだ。

  

 それを、理解してしまった。

 だって、助けられた人を無視して見捨てた。僕が殺したようなものだ。

 本当に、どうしようもない。

 

 そうして、歩き続けていたら、ふと立ち止まって、思った。

 

 ――嫌だ。

 ――善人がよかった。

 

 そんな感情が、強く湧き上がってきた。

 ならなんで、僕は見捨てたんだ。

 もう、取り返しが付かなかった。

 頭の中が、グチャグチャだった。

 それでも善人がよかった。だからなんとか挽回できないかと、必死に走った。

 歩いてきた軌跡を戻った。

 無気力にぼうっとしながら歩いていたけど、必死に記憶を辿って、戻った。まだ助けられるんじゃないかって。 

 長い道を、息を切らせながら、足が棒のようになっても、走った。

 

 ――死んでいた。

  

 僕は無神論者だったけど、改めて、神なんていないと思った。

 助けて神様なんて言っても、この状況は覆らない。

 

 鉄筋が腹に突き刺さっていて、出血多量で死んでいる人。

 足が瓦礫に潰されていて、こちらも恐らく出血多量。

 瓦礫に埋もれていた人は、手が切れて血が出ても、必死に掘り起こした。

 すでに、死んでいた。また出血多量なのかな。

 

 僕に助けを求めていた人たちは、ほとんど事切れていた。

 ほとんどに入っていない人たちは、その場にいなかった。

 誰か僕以外の人に、助けられたのかもしれない。

 でも、ほとんど僕の所為で死んでいた。

 僕が助けようとしても、死んでいたかもしれない。

 でも、死んでいなかったかもしれない。

 僕が、殺した。

 完全に取り返しが付かない。

 死んだ人は戻ってこない。

 僕は善人には成れない。

 愚か者。

 愚かすぎて、笑いが込み上げてきそうだ。

 全然、笑えないけど。

 

 ――でも、善人がいい。クズは嫌だ。凡人も少し違う。やっぱり善人だ。

 ――強くて、優しくて、かっこいい。理想の、存在。

 

 それが、よかった。

 他なんて、考えられなかった。

 でも僕は、そんな存在とは程遠い。

 こんなことをしておいて、まだ善人でいたいとか思ってしまっている、愚か者だ。

 それでも醜いクズは嫌だ。 

 だったら、どうすればいい。

 なんとか、するしかない。

 そうして思い至ったのが――

 

 理想の仮面を被る。

 

 これしかないと思った。

 偽りでも、ずっと実践していれば、事実になると思った。

 性格も、矯正できると考えた。

 だから僕は、それから、強く優しくかっこよくを念頭に置いた。

 

 ――――結果的に言うと、僕はそれをまともに出来ていなかったわけだけど。

 

 

 

 頭が、ものすごく痛い。

 激痛が、絶え間なくやって来る。

「う、ううう……あ、う゛あ゛あ゛……!」

 頭が粉砕されるような激痛に呻き声が漏れる。

 

 思い出してしまった。

 こんな記憶なら、思い出したくなかった。

 一部に過ぎないけど、まだ全部わかったわけじゃないけど。

 こんなもの思い出しても、何の特にもならない。

 それになんで、頭が痛いんだ。

 記憶が刺激されて思い出しただけじゃないか。

 なんでこんなに、気が狂いそうなほどに、痛いんだ。

 

『朝陽、どうした!?』

 銀の心配そうな声が聞こえる。

 でも、答えている余裕はない。

 ただ、痛い。

 

 痛い。

 いたい。

 イタイ。

 

 痛い、だけじゃない。

 気持ち悪い。

 吐き気とかではない、形容しがたい気持ち悪さ。

 ぐるぐると、体の中をかき混ぜられているかのようだ。

 何かがせめぎあっているような感覚も、する。

 でも、よくわからない。

 わからないけど、得体の知れない気持ち悪さと、喰い散らかされているような頭痛、それらが絶え間なく、蹂躙してくる。

 

 耐え……られナイ……。

 キツイなんて……もんじゃない。

 そんなこと……考えている余裕すらなくなっている。

 思考が……どんどん……うまくできなくなっていく。 

 

 地震……。

 テキ……。 

 センメツ、しないと……。

 こんな、地震なんかオコスヤツハ、消さなイト……。

 テキは……コロさないと……。

 

 まだ、地は揺れ続けている。

 大樹が、何本も倒れていく。

 地割れが、起きる。

 

 テキが、こちらに顔の部分を向けた。

 レーザーじみた極太(ごくぶと)の怪光線が、放たれた。

 テキのコウゲキが、ボクをコロそうと迫る。

 コロ、サレル……?

 ボクを、コロスノカ……?

 ミンナと一緒に、いられなくするのか……?

 ボクは、大切なミンナがいれば、それでいいのに――。

 

 ――フザケルナ。

 フザケルナ、フザケルナ、フザケルナ、フザケルナッ!

 ――コロシテヤル。

 テキは全て、コロシテヤル!

 何もかも、コロシテヤル!!

 

 ガチリと、スイッチが切り替わったような、奇妙な感覚。

 その一瞬あと。

 刹那の時の中で、暴走的な、変化が起きる。

 

 反転。

 変色。

 変わる世界。

 

 穢れ無き白銀が、歪んだ漆黒へと変色していく。

 純白のマフラーが、顕現したと同時に、漆黒へと変質した。

 瞳が、白銀から、漆黒の光へと、反転する。

 白銀の聖剣、その白刃が、変質する。

 漆黒の刃へと堕ち、形状が、大きく変化していく。

 粒子化した後、両の腕に纏わり付き、形を形成していく。

 白銀の剣よりも、一回りも二回りも巨大になる。

 鎌のように、反った形状に変化、鎌そのものではなく、曲刀のような、逆鎌の形。

 

 ――漆黒の三日月が、両の腕に、侵食、住み着き、固定された。  

 

 その姿は、死神の様。

 瞳は暗黒に不気味に光り、闇よりも黒い深淵のごときマフラーが邪悪な粒子を漂わせながらなびいている。

 両腕の三日月は、死神の鎌のようで。

 破滅的な、変身を遂げた愚者が、たたずむ。

 いや――――

 動いた。

 

 

 襲い来る怪光線。

 漆黒の三日月を、叩き付けた。

 瞬間。

 跡形もなく、怪光線は、消滅した。

 地を、蹴る。

 蹴った地面が、砕ける。

 

 敵の前に、一瞬で来た。

 ――シネ。

 漆黒の三日月を、再度叩き付けた。

 吹き飛んだ。

 相手に対応など、させなかった。

 ――いや、対応してたか。

 ヤツの防御に回した牙ごと、破壊しながら叩き飛ばしただけだ。

 

 吹き飛びながらテキは、無数の緑光弾を、放ってきた。

 再度地を蹴り、そのまま弾幕に突っ込む。

 両の三日月を、薙ぎ払う。

 一瞬で弾幕は、塵も残さず消えた。

 ヤツに、肉迫する。

 

 この一発で、決めてやる。

 深淵のマフラーが、弾ける。

 その暗黒の粒子が、両腕の三日月に、集中していく。

 漆黒の三日月が、深淵で、暗黒な光の輝きを、纏った。

 

 右腕のの三日月を、思い切り叩き付けた。

 爆発。

 漆黒の爆発が、起こされた。

 一瞬で、視界が黒に染まる。

 僕に、ダメージは無い。

 これは僕の内から出る、能力だ。

 その能力で、傷は負わない。

 ボクの……ノウリョクじゃないけど。

 誰かの、チカラだ。

 気味が悪い。強い、チカラ。 

 

 黒い大爆発が、治まった。

 治まった時には、   

 辺り一面が、クレーターと化していた。

 樹海が、滅茶苦茶になっている。

 バーテックスは、装甲が跡形もなく蒸発し、再生も追いつかずに無残に御魂(みたま)を晒していた。

  

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

 痛い。 

 痛い痛いいたいいたいイタイイタイ。

 サッキヨリモ、頭が、イタイ……。

 カラダモ……イタイ……。

 ナン、デダ……。

 このチカラを、ツカッタカラ……?

 ソンナ……バカナ。

 

「■■■■■■■■!!」 

 

 ア、アァ……。

 ――コロス。

  

 コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。

 

 スベテ――コロシテヤル。

 

 漆黒の粒子纏う三日月を、振り下ろした。

 

 

 

 ――――テキハ、ドコダ。

 動くものが目に写る。

 テキハ、コロサナイト。

 何か、言っている。

 

「ゆ――わく――目を――して!」

 ナンダ?

 ワカラナイ。

 マア、イイカ。

 テキガナニヲイッテイヨウト、カンケイナイ。 

『やめろ朝陽!!』

 ウルサイ。

  

 一瞬で肉薄。

 漆黒の三日月を、薙いだ。

 防がれた。

 フセガレタ?

 新手ノテキダ。

 その豪腕と、漆黒の三日月が、押し合っている。

 

「あ――ひ――くん――どうし――んなこ――の! 元にも――て!」

 ウルサイ。

 テキハダマッテ、ボクニコロサレテイレバイインダ。

 もう片方の三日月を、叩きつける。

 ――また別の敵が現れて、フセガレタ。

 一体何体イルンダ。

 ツギカラツギヘト、テキガデテクル。

 五体か――。

 ――カンケイナイ。

 コロス、ダケダ。

 

 縦横無尽に、超速で移動する。

 テキハ、翻弄サレテイル。 

 イッキニ、コロス。

 

「満――い!」 

 テキノチカラガ、イッキニツヨマッタ。

 早く一体でも数を減らさないと、マズイカモシレナイ。

 

 動き回り、テキに斬り付け続ける。

 だが、多くは防がれる。

 バリアのようなもので、まともに傷が付けられない。

 なんだ、コイツラハ……?

 五体、バリア。

 

 ――――ッッ!!

 イ、ツア゛ッ!

 頭が、痛い。

 僕は動きを、止めざるを得なかった。

 記憶。

 みんな。

 テキ。

 痛い。

 コロサナイト。

 勇者部。

 

 ――っ。

 気づいた時には、敵五人に囲まれていた。

 

「目を覚ましなさいっ!!」

 砲撃、豪腕、刀、大剣、ワイヤー、それらが一斉に、僕に叩き込まれた。

 漆黒の三日月をクロスさせて防いだ。

 

 ――意識が、途切れた。

 

 



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三十三話 再開、そして散華

「あさ――く――起き――」

 意識が、暗い底から、浮上していく。

「朝陽く――きて」

 ぼんやりとした脳が、覚醒していく。

「朝陽くんっ」

 瞼を開ける。

「朝陽くん! 起きて!」   

 目の前に、友奈の顔があった。

 

「うおあっ」

 飛び起きて後ずさる。

 前にもこんなことあったような……?  

 ――ああ、前に銀とも同じことがあったなあ。

 もう、懐かしく感じる。

 それほど前の出来事じゃないはずなのに。

 

「あれ? そういえばどうしてこんなところにいるんだ?」

 周りを見回す。

 夕日が漂う空が少し眩しく、鳥居と(ほこら)が直ぐ傍らにあり、近くにボロボロに壊れて高く反り上がったまま放置された大きな橋が見えた。

 友奈と、東郷さんと、実体化した銀がいる。

 みんな変身していないし、見える景色的にここは樹海じゃない。

 何が起きたんだ?

 僕は東郷さんと一緒にバーテックスと戦っていて、それで――

 そうだ、大地震をバーテックスが起こしたんだ。そしたら頭が痛くなって、記憶が一部戻って、それから――――

 思い出せない。

 その先は、ぽっかりと開いた黒い穴のように、思い出せない。

 地続きに、さっき起きた時からの光景に繋がるだけだ。

「一体、何が起きたんだ……?」

 困惑する。

 

「朝陽くん」

「え?」

 友奈が、真剣そうな、心配そうな表情で話しかけてきた。

「大丈夫? 体のどこも痛くない?」

「あ、うん……」

 体のあちこちを触ってみたが、特段痛い場所はない。

「よかった~」

 安堵したように溜め息を吐く友奈、東郷さん、銀。    

 

「夢河くん、さっきの事は、覚えてる……?」

 東郷さんが、少し歯切れ悪く聞いてきた。

「さっきの事? っていうと僕、バーテックスが地震起こした後の記憶が何故かないんだけど、そのときに何かあったの?」

「覚えて、ないんだね……」

「うん……なんかごめん……」 

 東郷さんは、不安げに俯いた。

 そのただならぬ様子に、僕も不安を抱いた。

「なにがあったの……?」

 恐る恐る聞く。

 不安げな東郷さんを気遣ってか、銀が口を開いた。

「朝陽、それはアタシから説明す――」

 

「ずっと呼んでいたよ~、わっしー、ミノさん、会いたかった~」

 そこに、聞き覚えの無い声が割り込んだ。

 みんな一斉に驚き、振り返る。

 祠の裏の方から声がした。

「まさか……」

 銀が呟いた。

 四人で顔を見合わせて頷き、声の方へと向かう。

 ――その時に、少し友奈と東郷さんの挙動がおかしいような気がした。

 いや、明らかにおかしい。

 だけど、今は声の元に向かうのが先決だと思った。 

 それについては、後に回す。

  

 祠の裏の方に着くと、そこには、白いベッドが景色とのアンバランスさを醸し出しながら鎮座しており、

 そのベッドに、病衣の下の体がほとんど包帯で隠された少女が上体を起こしていた。

 口と左目だけは包帯に巻かれていなくて、可愛らしい金色がかった黒の瞳が覗いている。

 儚げで神秘的な姿に、こんなところにベッドと大怪我を負った少女がいたという驚きもあったが、それよりも、名画を鑑賞したかのように引き込まれ、見惚れた。

 

「ようやく呼び出しに成功したよ~わっしー、ミノさん」

 間延びしていて、聞いていると心が落ち着く声だ。

「え、わっしー……? 鷲? 三野さん? っていうか、なんでこんなところにベッドがどーんと……」

 友奈が不思議そうに言葉を零す。

 

「園子……園子じゃないか!」 

 銀が叫んで、ベッドの少女に走り寄った。

「どうしたんだよその怪我は……!?」

 そのまま控えめに抱き付く。

「わあっ、ミノさん大胆~」

「茶化すなよ、ずっと会いたかったんだぞ」

「うん、私もだよ~。ミノさんの話を聞いた時は、本当にびっくりしたよ」

 

 前に大赦の人から聞いた話の記憶を手繰る。

 園子……? 確か先代勇者だっけか。

 ということは、わっしーとミノさんって何のことかと思ったけど、鷲尾須美と銀のことか。

 あれ……? でも、東郷さんの記憶って刺激したらまずいんじゃなかったっけ? 

 僕も乃木さんに近づいていって、東郷さんに聞こえないように小声で耳打ちする。

 

「あの、東郷さんの記憶って刺激しない方がいいって聞いたんですけど、わっしーとか言っちゃっていいんですか……?」

 乃木さんは、眉を八の字にしたような顔をして、

「あ~……多分それ嘘だよ、大赦の人から聞いたんだよね?」

 そう言った。

「え……? 嘘なのかよ!?」

 すぐ近くにいた銀が驚く。

 僕も驚く。 

 

 え?

 嘘?

 ――――そうか……考えてみれば十分すぎるくらいその可能性があった。

 僕は、大赦に殺されかけたんだ。

 今まで与えられていた情報も、嘘がある可能性は非常に高くなっていたんだ。

 それに、前にイネスに行って少し記憶が刺激されていたけど、なんともなかった。

 思えばあの時から疑って掛かるべきだった。

 というかそもそも最初の最初に銀がそのまま銀として東郷さんの前に現れたときに、何もなかったんだ。

 何も問題なく進んでいたから、そのときは気づきもしなかった。

 あまりにもスムーズに銀を紹介してしまっていたけど、あれは軽率だった。

 まあ結局は、銀を最初に紹介したことに問題はなかったんだけど。

 大赦に騙されていたわけだし。

 本当に、何を馬鹿正直にさっきまで信じていたんだ。

 

「じゃあ、伝えて思い出させても大丈夫ってことですか?」

 乃木さんは微妙な表情をして、答えた。

「う~ん、思い出してもらう事ができたら、それはその方が絶対いいんだけどね~」

「無理、なんですか……?」

「わかんない……でも、思い出せないなら、無理に伝えてもわっしーが辛いだけだと思うんだ……」

「あ――そうですよね……」

 納得し、聞きたいことを聞き終えた僕は少し下がる。

 

 乃木さんがみんなに向き直る。

「私はわっしーとミノさんが戦ってたのを感じて、ずっと呼んでたんだよ」

「……えっと、朝陽くんと銀ちゃんの知り合い……?」

 友奈が戸惑った様子で聞いてきた。   

「僕は一応初対面だよ。話には聞いていたけど……」

「アタシは前からの友達だ。須美とも一緒に……」

 

「じゃあそのわっしーって誰ですか? ミノさんは銀ちゃんってわかったけど、この場でもう一人って、朝陽くん……?」

「ううん、僕じゃないよ」

 消去法で言ったんだろうけど、鷲要素が僕には一切無い。

「なら、東郷さんの知り合い……?」

 

 東郷さんは、ゆっくりと首を振った。

「いいえ……初対面だわ」

「あ~……」乃木さんは一度溜め息を吐きながら目を閉じて「ははっ……」無理矢理笑ったように、力無く笑みを浮かべた。   

 恐らく伝えることは、今諦めたのだろう。

 僕は、こういう空気は苦手かもしれない。

 悲しいのは、誰でも嫌だろうけど。

 

「わっしーっていうのはね、私とミノさんの大切なお友達の名前なんだ。いつもその子のことを考えていてね、最近は、ミノさんのことも一緒に考えていたけど。つい口に出ちゃうんだよ。ごめんね」

 友奈が一歩前に出て。 

「あの、私たちを、呼んだんですか……?」

「うん、その祠」

 視線を祠へと向けて乃木さんが言う。

「これ、うちの学校にもある……」

「うん、同じだね」

 東郷さんが同意する。

「あ、あれか」

 僕も思い出す。

 そういえばどでんと屋上の風景に不釣合いに置いてあったな。

 神とか嫌だったからスルーしてたけど。

「バーテックスとの戦いが終わった後なら、その祠使って呼べると思ってね」

 驚いたように友奈と東郷さんが乃木さんを見る。

 二人で顔を見合わせ、少し前に出る。

「バーテックスを、ご存知なんですか……?」

 

 僕は、乃木さんが話すのに任せることにした。

 といっても、乃木さんについては銀たちと同じ先代勇者って事ぐらいしか知らないけど。

「一応、あなたの先輩ってことになるのかな、私、乃木園子っていうんだよ」

「さ、讃州中学、結城友奈ですっ」

「友奈ちゃん」  

「東郷、美森です」

「美森ちゃん……か」

「あ、僕は夢河朝陽です」

「朝陽くんについては実はちょっと前から知ってるんだ。その辺も含めて今から話すんだけど」

 

 そうなのか。大赦の人が話したのかな。

 元々新しい協力者という体だったし。

 その辺も含めて話すって僕の事で何かあるのか。

 あるか。大赦に殺されかけたし。 

 

 友奈が喋りだす。

「先輩というのはつまり、乃木さんも」

「うん、私も勇者として戦ってたんだ。二人のお友達と一緒に、えいえいおーってね、今はこんなになっちゃったけどね」

 

「夢河くんと銀は、知ってたの……?」

 少し非難するような視線を東郷さんに向けられた。

 なんで教えてくれなかったのか、と言いたいんだろう。

 東郷さんの記憶を刺激しては駄目だと思ってたし、言う必要も無いと思っていた。

 東郷さん以外には言って置けば良かったかもしれなかったけど、バーテックスさえ倒せば、そんなことは関係ないと考えて結局言わなかった。

 でも、今では事情も変わってくるか。

 倒したはずのバーテックスは出てきたし、なんか合体してるし、前より格段に強くなってるし。変な黒い靄もいたし。

 情報はなんでも多い方がいい。先代勇者や、以前の戦いのことなら、なにかのヒントになるかもしれなかった。

 だけど、ちょっと前までは東郷さんのことも考えて言わない方が良いと思っていた。

 言い訳だろうか、僕の過失だという事に変わりはない。

 やっぱり言っておいた方がよかったかな、仲間なんだし、友達なんだし。

 そういう事情は伝えておいた方が信頼関係的にも良かったな。

 後悔の感情が湧いてくる。

 いたたまれない気持ちで一杯になる。

 

「知ってはいたけど、言う必要は無いと思っていたんだ。ちょっと前までははただバーテックスをすべて倒して解決だと考えていたから。今は……色々あるからわからないけど……。でも、やっぱり言っておいた方がよかったよね。ごめん……」

 頭を下げる。

「アタシも、朝陽と一緒で……ごめん」

 銀も続いて頭を下げる。

 

「そうなんだ……」首を振って、「ううん、謝らないで。事情があったんだろうし。私こそ、考えが及ばなくてごめんなさい」優しく微笑んでくれた。「そうだよ、落ち込まないで」友奈も。

 僕の様子から、言ったこと意外に事情があると察したのだろう。結局は、大赦に騙されていた事情なわけだけど。

 二人とも、優しい。

 でも、失敗は失敗だ。たとえ結果的には大きな失敗とはいえなくても。

 僕の判断だから、銀も悪くない。

 ちゃんと受け止めて、次に備えないと。

 じゃないと、繰り返すだけだ。

 一間(ひとま)置いて。   

 

「あの、バ、バーテックスが、先輩をこんな酷い目に合わせたんですか」

 友奈が眉を八の字にして悲しそうに尋ねる。

「ああ、うーんとね、敵じゃないよ、私これでもそこそこ強かったんだから。えーと……あ、そうだそうだ、友奈ちゃんは満開、したんだよね」

「え……」

「わーって咲いてわーって強くなるやつ」

「あ、はい、しました。わーって、強くなりました」

「私も、しました」  

 僕のは、違うな……。

 勇者システムとは違うのだから、当たり前だけど。

「そっか……咲き誇った華は、その後どうなると思う?」

 乃木さんは、意味深に言葉を放つ。

「満開の後に、散華という隠された機能があるんだよ」

「散、華……華が散るの散華」

 東郷さんが呟く。

「満開の後、体のどこかが、不自由になったはずだよ」 

 

「……っ」

「え、それって……」

 二人とも、あっと言うような顔をした。

「なに、まさか、どこか変に、なってるの……?」

 僕は言葉が途切れ途切れになってしまいながら、二人に聞いた。

 さっき挙動が少しおかしいと感じたが、まさかそれなのか?

「私がいた時は、無かったよな……?」

「うん、ミノさんがいなくなっちゃってからすぐ後に完成したものだからね」 

 銀の疑問に乃木さんが答える。

 

 そして友奈と東郷さんが、

「実は、さっきから左腕が動かないんだよね……他は、わかんないけど……」

「私は、多分左耳が聞こえない……あと、息が、さっきより少し苦しいかも……」

 そう、言った。

 息が苦しいって、もしかして、肺か……?

 肺は一つでも生きていけるっていうけど、普通に歩いただけでも息切れするらしいし、当然スポーツなんてもってのほかだ、東郷さんはすでにスポーツできる体ではなかったが、でも……。

 それだって、きっと、元々その散華の所為だろう。

 過去にも、勇者として戦っていたみたいだし。

 話の流れから推測すると、園子もそれなのか?

 それと、友奈は左腕だけと言ったが、本当にそれだけだろうか?

 東郷さんが新しく二つ失ったのに、友奈だけ一つだなんてありえるだろうか?

 恐らく、無い。友奈は後一つ何かを失っている。

 今じゃ気づけない場所なのだろう。たとえば味覚とか。

  

「それが散華。神の力を振るった満開の代償。華一つ咲けば、一つ散る。華二つ咲けば、二つ散る。その代わり、決して勇者は、死ぬ事はないんだよ」

「死なない……」

 東郷さんが、深刻そうに呟いた。

 

 死なない……か。

「乃木さん……それはもう、その安全はもう、なくなってしまったよ」

「え……?」

「今回来たバーテックスは、壊れないはずの精霊のバリアを、壊してきたんだ」

 乃木さんは目を見開き、深呼吸してから、

「――その怪我は、そういうことだったんだね…………」

 東郷さんと友奈の擦り傷を見て、乃木さんは悟る。

「うん、だから、死なないなんてことは無いんだ……死ぬ可能性は、あるんだ……」

「そう、なんだね……」

「うん……」

「ひどいね……」

 酷く悲しげに、呟いた。

「うん…………」

 

 また乃木さんは深呼吸をして、一間置いた。

「そして私は、戦い続けて今みたいになっちゃったんだ。元からぼーっとするのが特技でよかったかなって、全然動けないのはきついからね」

「い、痛むんですか……」

 友奈は震える拳を握り締めている。

「痛みは無いよ、敵にやられたものじゃないから。満開して、戦い続けてこうなっちゃっただけ。敵はちゃんと撃退したよ」  

「満開して、戦い続けた」

「じゃあ、その体は代償で」

「うん」

「「「――っ」」」

 少し強い風が、通り抜けた。

 みんなの髪を、揺らしていく。

 

「ど、どうして……どうして私たちが……」

 友奈はスマホを握り締めてそう言った。

「いつの時代だって、神様に見初められて供物となったのは、無垢な少女だから。穢れ無き身だからこそ、大いなる力を宿せる。その力の代償として身体の一部を神樹様に供物として捧げていく。それが勇者システム」

 勇者、システム……。

 じゃあ僕の力は、なんだ?

 僕は、無垢でも、少女でもない。

「私たちが、供物……?」

 東郷さんの体は震えている。

「大人たちは神樹様の力を宿す事ができないから、私たちがやるしかないとはいえ、ひどい話だよね」

「ひどすぎるだろ……」

 銀は顔をしかめながら、歯を食いしばって、拳を握り締めていた。

 

「なんだよ、それ……」

 理不尽じゃないか。

 力の代償? 知るかよそんなこと。

 勝手に戦わせて、勝手に奪うなんて、ひどすぎる。

 たとえ戦えるのが皆しかいなくても、戦わないと人類が滅ぶとしても、そんなことはどうでもいい。

 勇者部の皆が笑って過ごせないのなら、意味がない。

 他がどうなろうと、皆が幸せじゃなければ意味がない。

 

 東郷さんが震える声で言葉を零した。

「それじゃあ、私たちはこれから、体の機能を失い続けて……」

 友奈が東郷さんの震える手を即座に握る。

「でも、十二体のバーテックスも、後から来た強いバーテックスたちも、倒したんだから、大丈夫だよ東郷さん」 

「友奈ちゃん……」

「倒したのは凄いよね、私たちの時は追い返すのが精一杯だったから」

「そうなんですよ! もう、戦わなくていいはずなんです……!」

 園子は静かに瞬きして「そうだといいね……」

 

 本当に、そうだろうか……?

 まだ、来るんじゃないのか……?

 全体倒したと思ったら、また来たんだ。

 なら、まだ来る可能性は十分にある。

 結局は、今の言葉は気休めなのだろう。

 来る可能性もあるが、来ない可能性もある。来ない可能性は限りなく薄そうだけど。

 悪い可能性の方が、大体当たるものだ。

  

「そ、それで、失った部分は、ずっとこのままなんですか? みんなは、治らないんですか……?」

「治りたいよね、私も治りたいよ。歩いて、友達を抱きしめに行きたいよ」

「園子……」

 銀は悲しげに親友を見つめてから、抱きしめた。

「今は、アタシだけでごめんな……」

「……ううん」

 乃木さんは瞳を潤ませながら、弱々しく小さな声で言った。

 そこにいつか、東郷さんが――鷲尾須美さんが加わる事ができたら、どれだけいいことか。

 僕は、切に願う事しかできなかった。

 

「友奈ちゃんっ」

 東郷さんが声を上げた。

 振り向く。

 

 大赦の人たちが、両手の指じゃ足りないくらいの人数で、やってきた。

 囲まれている。

「大赦の人たち……」

 友奈が見回して、困惑している。

 

 何をしに来たんだ……? 

 さっきみたいに僕を殺しに来たのか……?

 それとも、この真実を知ってしまった僕たち全員を口止め、または殺すのか……?

 いや、そんなことをして何の意味がある?

 人類を守る兵を無駄に減らすだけだ。

 でも、僕を殺すというのはするかもしれない。

 かもしれないじゃない、事実殺されかけた。

 なんで殺されなければならないのかはわからないけど。

 どうする、どうする。

 ――もう、『やってしまおうか』?

 殺されるぐらいなら……。

 

「彼女達を傷付けたら、許さないよ」

 その一声で、大赦の人間達は乃木さんの方へ一斉に顔を向けた。

「私が呼んだ、大切なお客様だから、あれだけ言ったのに、会わせてくれないんだもん、だから自力で呼んじゃったよ」

 大赦の人たちは、また全員一斉に跪いた。

 まるで軍隊のような統率された動きだ。

 僕を攻撃してくる様子は……ない。

 乃木さんに助けてもらったのか?

 とりあえず、助かった。

 

「えっ、え……」

 たった一人の少女に大の大人達が跪いたものだから、友奈が戸惑っている。

「私は、いまや半分神様みたいなものだからね、崇められちゃってるんだ」

 

 神? 崇める? 馬鹿げている。

 神なんて、嫌いだ。 

 乃木さんは神なんかじゃない。

 

「安心してね、あなた達も丁重に、元の町に送ってもらえるから。悲しませてごめんね、大赦の人たちも、このシステムを隠すのは、一つの思いやりではあると思うんだよ」

 

 思いやり? そんな、馬鹿な。

 たとえそうだったとしても、みんなに酷い事態を強いている事に変わりはない。

 僕はそんなことで、彼女達を害するものを許しはしない。

 

「……でも、私はそういうの、ちゃんと、言って欲しかったから」

 

 乃木さんの手の甲に、滴が落ちる。

 涙が、静かに流れていた。

「園子……」

 銀は抱きしめる力を、強めた。

 

「わかってたら、友達と、もっともっと、たくさん遊んで……だから、伝えておきたくて」

 東郷さんが車椅子を動かして、乃木さんのすぐ側まで近寄った。

 そして、手で涙を掬い取った。

「……ふふっ、そのリボン、似合ってるね」

「ああ、前から思ってたけど、すごく似合ってるよな……」

 優しく微笑みながら乃木さんと銀が、東郷さんにその言葉を向けた。

 東郷さんが震える手で水色のリボンを触りながら、言った。

「このリボンは、とても大事なものなの……それだけは覚えてる、けど、ごめんなさい。私、思い出せなくて……」

 東郷さんの両目からも、涙が流れ出している。

「す――東郷……」

「仕方がないよ」

 銀と園子がそう言葉を掛けた。

 

「方法はっ! このシステムを変える方法は無いんですか!」

 友奈が、悲痛に叫んだ。

「神樹様の力を使えるのは勇者だけ。そして勇者になれるのはごくごく一部、私たちだけなんだよ」

 友奈の瞳も、潤んでいる。今にも涙が零れ出しそうだ。

 

「――だったら、僕が戦う。僕だけで、何とかしてみせる」

 

 僕には満開の代償なんてものは無いから、戦える。

 だから、決然と、言ったつもりだった。

 大切な女の子たちを守るために戦う、そう男らしく宣言したつもりだった。

 だけど――

 

「それも、だめなんだ……」

 乃木さんから返ってきた言葉は、そんなものだった。

 

 



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三十四話 真実

「え……だめって、どういうことですか……?」

 予想外の返答に、わけもわからずただ疑問を返す。

 僕が戦って勝ちさえすれば、みんなは何も失わずに済む。

 だったら、そっちの方が絶対に良いはずだろ。

 なんで……。

 

 嫌な予感が(つの)った。

 まだ、乃木さんから聞いてない話がある。

 さっき、僕のことを知っていて、その辺も含めて話すと言っていた。

 僕の知らない僕のことについて、なにか乃木さんは知っている。

 動悸が激しくなっていく。

 嫌な予感は、全く拭えない。

 

「こっちの話も、酷く辛い話になっちゃうけど、ごめんね……」

 そう前置きを乃木さんはした。

 

 やめてくれよ。

 そんなこと言われたら、より不安になっちゃうじゃないか。

 さすがに、さっきの話ほど悪いわけがない。

 そうそう散華みたいな悪い話があってたまるか。

 だから、そんな辛そうな顔をしないでくれ。

 そんな辛い話じゃないはずだろう?

 ねえ、そう言ってよ。

 

 乃木さんは一呼吸置いて、話し出した。

「最近起きてた、猟奇事件とか、数百人の水死体の話は知ってる?」

 

「あ、はい……一応話には聞いてます」

 話が飛んだように思えて、返答が歯切れ悪くなってしまった。

 カラオケの時に聞いた話を思い出す。

 でも、何故ここでその話なのだろう。

 言ったからには、僕に関係があるのだろうけど。

 

「それについて大赦が動いて、合体して現れたバーテックスの所為だっていうことになってたのも知ってる?」

「知ってます」

「それね、実際は違ったんだ」

 

 違う……?

 そんな馬鹿な。 

「バーテックスの所為じゃないなら、他に何が原因になれるんです……?」 

 他の原因が思い当たらない。

 バーテックスみたいな超常の理不尽でもなければ、あんなふざけた事はできない。

 

 ――いや。

 僕は、目を逸らしている。

 そんな簡単な推測ぐらいできている。

 でも、考えたくないだけだ。

 だって、もしそれが本当だったら――

 

「朝陽くん、あなたの力が、原因だったんだ」 

 

 ほ、ん……とう、だった、ら……。

「そんな……そんな馬鹿な話があるわけ……っ!」

 

「無理かもしれないけど、落ち着いて聞いて。大丈夫、朝陽くん自体の所為じゃないから」

 動揺する僕に、乃木さんは安心させてくれようとしたのか、そんな言葉を掛けてくれた。

 でも、安心できるはずもなかった。

 動悸は、さっきよりも激しく、心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらいに、バクバクと暴れている。

 それでも、なんとか深呼吸して、聞く体勢だけは整える。

 

「続きを、お願いします……」

 膝が崩れそうになりながら、話を促した。

 

「朝陽くん……」

 友奈が、僕の右手を握ってくれた。

 いくらか、心が和らいだ。

 東郷さんと銀も、僕に心配そうな顔を向けていた。

 僕は一人じゃない。

 一人じゃないけど。

 

「うん、じゃあ続き……その力はね、使ってしまうと、強力な希望の力の、奇跡の対価として、絶望が形を持って襲って、その襲われた誰かは、絶望を味わった上で死んじゃうんだって……それが、朝陽くんたちが見た黒い靄の正体なんだよ」

 

 なんだよ、それ……。

 意味わかんないよ……。

 あれが、僕が生み出したもの?

 

 ――――だから、なのか……?

 だから僕は、あれに他の人以上の忌避と恐怖を感じたのか?

 あれの危険度を、自分が一番知っていたから。

 自分が生み出してしまったものを、本能的に感じ取っていたんじゃないのか?

 どうしようもないそれから、意識は逃げたかったのではないか?

 だから気絶までした。その現実から逃げるために。

 自己防衛本能が、働いたんだ。

 真実は分からない。

 普通ならそんなことで気絶するなんてありえない。

 しかし、超常の力だ。

 どんなことでも起こり得る可能性がある。

 だから、そんな気がする。

 ふざけんな。

  

「そしてその力は、神樹様じゃない別の神様から与えられたものなんだって」   

 

「はは……は……」

 乾いた笑いが漏れてしまう。

 あんなに強い力が、何のリスクも代償もなく、使えるわけがなかったんだ。

 そんな当たり前の論理に、気づけなかった。

 友奈の握る力が、強くなった。

 僕は力なく言葉を吐き出す。

「別の神って、なんですか。他にも神なんてものがいるんですか……」

 

「うん、いるよ。まず、先に言っておかないといけない事があるんだけど、四国以外、結界の外はウイルスだらけで、そこからバーテックスが生み出されてやってくるって聞いてるよね」

「そう聞いてはいます……」

 全面的には信じてはいなかったけど。

 

「それも嘘で、本当は神樹様じゃない別の神、『天の神』が、人類を滅ぼそうとして、四国以外を死の世界に変えてしまったけど、大地に根付いた土着神(どちゃくしん)の神様が寄り集まって、神樹様になって、結界を張ってなんとか四国だけは守ってくれた。そして、バーテックスはその天の神が創り出した存在なんだ」

 

「天の神、ね……」

「神様が……」

「マジかよ……」

「そんなのって……」

 

 僕、友奈、銀、東郷さんがそれぞれの反応をする。

 やっぱり神なんて、碌なもんじゃない。

 

「よく考えたら、ウイルスから出たものに頂点(バーテックス)なんて名付けるはずないよね」    

 

 全く持ってその通りだった。

 思慮が足りなかった。

 浅慮だった。

 もっと、色々考えておくべきだった。

 それが分かっていたとしても、だからどうするという話にはなってしまうけど。

 

「そしてね、朝陽くんに力を与えた神様は、その天の神とも違う神なんだよ」

 

「まだ、いるんですか……」

「うん、いたみたいだね。私も聞いたとき耳を疑ったよ」 

 

 確かに、神話では神は何柱もいる。

 けど実際にそんなに神がいるなんて聞かされても、酷く現実味がない。

 一柱でもいる時点で僕にとっては異常だったけど。

 記憶が無くても、馴染みがないというのはなんとなく分かった。

 戻った一部の記憶でも、僕は無神論者だったし。 

 

「その神はね、遠い遠い異国の神らしいんだけど、最初は神樹様に協力するといって、朝陽くんを送り込んだんだ。それでね、朝陽くんはバーテックスを倒すのに協力してくれたでしょ?」

 

 思い起こされる三度の戦い。僕はみんなとバーテックスを倒してきた。

 どの戦いも死にそうな目にあったけど、なんとか切り抜けてきた。

 だけど、それは……。

 

「でも朝陽くんの力は、人を何人も殺してしまう恐ろしい代償を持ったものだった。それを知って神樹様は異国の神を問い詰めようとしたんだけど、もうコンタクトを取れる場所にはいなかった。そして神樹様は気がついたんだ」

 

「――その神は、天の神と同じ敵だって」

 

 ああ…………この世界は、なんて無慈悲なんだ。

 僕は、敵の、神なんかの手先だった……?

 なんなんだよ……。

 本当に、なんなんだ……。  

 

「だから、朝陽くんは力を使わないで欲しいの。使ってしまったら、また多くの人たちが死んでしまうから……」

「――でも、それだったらみんなはどうすれば助かるんだ……!」

 どうしようもない現実に、苛立ちをぶつけてしまった。

「それは……」

「無理だろ! だったら、僕が戦うしかないじゃないか……!」

 乃木さんはなにも悪くないのに。言っても仕方ないのに。

「でも、朝陽くんはその所為で狙われたんだよ!」

「え……?」

 

 狙われた?

 もしかして。

 

「大赦の人でね、水死体の時に家族を失った人がいたんだよ。その人が、朝陽くんを殺そうとしたでしょ……? その人に続いて、大赦の強硬派な人たちが動いたんだ。今は他の大赦の人が鎮圧しているところで、だから襲われる心配はないけど」

 

 僕を撃ってきたあの人たちか。

 『お前の所為だ』、そう仮面の奥で、憎悪を煮え滾らせながら言っていた。

 ……本当に、僕の所為じゃないか。

 

「だったら……だったらどうすればいいんだよ…………」 

 どうやったら、みんな笑っていられるんだ……。

 どうやったら、勇者部のみんなは……。

 

「とにかく力は使わないで。朝陽くんは悪くないよ。知らなかったんだから、悪い神様に操られていただけなんだから」

「悪くない!? そんなわけないじゃないですか! 知らなかったじゃ済まされない事もある……!」

 取り返しが付かない事が、あるんだ。

 近しい人を殺された人たちは、誰も赦してはくれないだろう。 

 人が死んで、知らなかったからと、はいそうですかとはならない。

  

「それでも、みんなを守ろうとしてくれただけなんだよね。私の大切なお友達を守ってくれて、ありがとう」

 

「……っ」

 その優しい言葉に、(すが)りそうになる。

 僕の罪を赦したばかりか、ありがとうなんて……。

 そんな言葉、僕には送られる資格なんて無いのに。

 

 友奈が動かない左手を乗せて、無理矢理両手を使って僕の右手を握りながら、

「朝陽くん、大丈夫だよ」

 ふわりと微笑んで、そんな言葉を向けてくれた。

「そうだぞ朝陽、アタシたちがついてる」

「夢河くんは、ただ必死に守ろうとしてくれただけよ」

 みんな暖かく、僕を優しい言葉で包んでくれる。

 その優しさに、浸かりたくなる。胸に飛び込んで、泣き喚きたくなる。

 けど。

 けど……。

  

 強く優しくかっこよくは、どこに行ってしまったんだよ……。

 こんなの、強くも、優しくも、かっこよくも無い。

 情けない。ただただ情けなくて、弱い。

 ここは本当だったら、かっこよく解決策を見出して、みんなを助けるはずなのに。

 散華の不安もあるだろうに、なんで僕なんかに優しくするんだ。

 そんな余裕無いはずだろう? 友奈も東郷さんも、みんな不安なはずだ。

 なのに、なんで……。

 なんでそんなに、優しいんだ……。

 

「でも……僕は、僕は…………」

 上手く言葉が紡げない。  

 

 頭がぐちゃぐちゃになる。

 でも、ここで逃げ出すのは駄目だ。

 どうすればいいか考えろ。

 誰かに聞くんじゃなくて、自分で答えを見つけ出せ。

 悪人じゃなく、凡人でもなく、善人がいいのなら。

 それぐらい、やって見せろ。

 何か方法は無いか。

 散華がいけない、僕の力を使えないのがいけない、バーテックス、天の神という敵がいけない。

 いけない事だらけだ。

 どれか一つでも、まず解決する方法は……?

 

「返してあげて。彼女達の町へ」

 何も言えず黙っていると、乃木さんがそう話を終えた。

 それを受けて、了解しましたとでも言うように、大赦の人たちが合掌した。

 ふざけるな。

 神、神、神と、もううんざりだ。

「いつでも待ってるよ。大丈夫、こうして会った以上、もう大赦側も、あなたの存在をあやふやにはしないだろうから」

 最後に向けた言葉は、東郷さんに向けてだろう。

 色々とまだ疑問もあった。けど、伝えられた真実が衝撃的すぎてこれ以上聞く気力が出なかった。

 

 

 

 大赦の人が運転する、帰りの車の中。

 銀は僕の中に戻っており、後部座席に友奈と東郷さんと三人で座っている。

 戦闘中に壊れたスマホは、新しいのに変えて貰った。

 こんな状況になっても、いまだに大赦の恩恵を受けなければならない事実にやるせないものを感じる。

 記憶を保存するカードは壊れていなかったので、データは引き継げている。

 樹ちゃんの歌を入れていたから、それが消えなくて良かった。

 パソコンも持ってないし、バックアップは取れていない。

 このスマホから消えたらもう無くなってしまうんだ。

 また頼んでデータを貰えばいいのかもしれないけど。

 再度頼むのも、なんか恥ずかしい。そこまで聴きたいのかと思われるのも。

 

 友奈が決意を固めたような顔をした後、東郷さんと僕にいきなり抱きついてきた。

「ゆ、友奈ちゃん」

「ど、どうしたんだ……?」

「勇者部五箇条、なるべく諦めない」

 なるべく……諦めない……。 

 

「友奈ちゃん……」

 東郷さんからも擦り寄って、涙がまたその目から出ている。

 不安が決壊したのだろう。

 僕も、泣きそうだ。

 この、人の温もりは、容易く涙腺を弱くする。

 二人の女の子の、暖かくて柔らかくて安心する匂いがして、安らぎに身を投げ出したい。

 このまま、わんわん泣きたい。

 でも、泣いてはいけない。

 友奈の動かない左腕が、僕の体に当たっている。

 それによって嫌でも散華を想起させられる。

 優しい暖かさに、冷水を浴びせられたように。

 だから、僕は今、泣いている場合じゃない。

 僕は、みんなを守らなくてはいけないのだから。

 強くならなくては、いけないのだから。

 

「東郷さん、朝陽くん、大丈夫だよ。私、ずっと一緒にいるから。何とかする方法を、見つけて見せるから」

「友奈ちゃあん、夢河くぅん……」

 弱々しく、東郷さんは僕たち二人に身を委ねていた。

 決然と前を見る友奈。

 友奈は、強い。

 まだ希望を捨てず、他人を気遣っている。

 

 僕は――。

 僕は…………。

 

 二人を抱き返した。

 涙は流さない。

 ただその瞳には、暗い炎が宿っていた。

 方法は、ある。

 



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三十五話 大赦へ

 翌日。

 大赦関係の病院で、朝から勇者部の五人は検査を受けていた。

 検査なんかしても、結局散華で失った機能が戻るわけじゃないのに。

 それでも一応しておかなければならないのだろう。

 それに、友奈と夏凛と風先輩は、戦闘で傷をそれなりに負っていたみたいだ。

 それはちゃんと病院で診てもらった方がいいだろう。

 

 僕はその間に、やっておかなければならないことがある。 

 通勤ラッシュが過ぎた後の道を、僕は歩く。

 

 昨夜銀から、聞き逃していた昨日の戦いの最中の記憶の欠落の部分を聞いた。

 暴走しているみたいだった、と銀は言っていた。

 やはりあの力は、危険だ。

 不安定で不確定で、自分の力な気がしない。

 

 それより、僕は、あろうことかみんなに剣を向けてしまった。

 暴走とか、関係ない。

 僕は守りたい人たちを殺してしまうところだった。それが事実だ。

 どうしようもない。駄目な野郎だ。

 償わないと。 

 みんなを守らないと。

 焦る。

 胸が不快にざわざわする。

 早く、みんなをあのクソ野郎共から救わないと。 

 

 僕は今、大赦に向かって歩いている。

 大赦の場所は、スマホの地図を見ればわかった。

 一般にも認知されている組織だ、場所が分からないということにはならなかった。

 自転車は持っていない、バイクも車も乗れない。

 だから、歩くしかない。

 走って体力を消耗してしまうのも得策ではなかった。

 これから、存分に体力を使わなくてはいけないのだから。

 

 僕が大赦に向かう事は、大赦の人間と勇者部のみんなに、知られるわけにも、怪しまれるわけにもいかなかった。

 だから、みんなが検査を受けている今が行動するには望ましかった。

 できることなら昨日の内にも、行動したくて堪らなかったけど。

   

 ネットのニュースを、僕は早朝に見てしまった。

 後悔した。

 もう完全に騒ぎのレベルになっていた、昨日数百人の死者が出たと。

 また水死体や、あと生き埋めとからしい。

 なんで、苦しみが長続きする死に方ばかりなんだ。

 乃木さんは絶望が形を成して襲うと言っていた。絶望させたいからそんな殺し方なのか?

 狂ってる。

 それと、戦闘の最中に派手に樹海も壊してしまった。

 その結果、大事故が起きた。

 ニュースで見た情報だけど、死者が数十人は出たらしい。

 それも入れれば死者の数はさらに上乗せされる。

 僕の所為で、前のと合わせてもう四桁も人が死んだ。

 耐えられない。考えたくない。

 僕の所為じゃないと言われたけど、素直にそうと思えない。

 だから、考えたくない。

 心の奥に無理矢理押し込み続ける。

 そう簡単に、忘れられなんてしないけど。

 でも今は、勇者部のみんなのことを考えなければ。

 そのことだけを考えていればいい。

 今はその問題の解決が先決だ。

 そうして今、大赦へと向かっている。

 

 勇者部のみんなに知られてしまったら、絶対に止められる。

 大赦に知られてしまったら、何をされるかわからない。

 捕らわれるか、殺されるか。

 

 僕が考え至った方法は、実にシンプルで脳筋な方法だったからだ。

 神樹に直談判する。

 これだけだ。

 

 僕の力についても、バーテックスや天の神についての解決方法は思いつかなかったが、散華についてはこれだけ思いついた。

 解決方法ともいえないような、お粗末な考えだが。

 それでも、可能性があるならやるしかない。

 どっちにしろ待っていても悲劇しかないのだから。

 

 神樹は、大赦に祀られていると聞いた。

 だから、神樹に散華を止めさせるように、友奈や東郷さんの体を返せと、声高々に言うだけだ。

 もちろん、簡単ではないだろう。

  

『朝陽、どこに向かってるんだ?』

 最初の障害が君か……。

 忘れていたわけじゃない。

 だけど、いつも一緒にいると案外気づかないものだ。

 あの五人が止めるなら、銀が止めないはず無いじゃないか。

 しかも遠ざける事もできない。僕と銀は一心同体だから。

 

 いや、本当に気づいていなかったのか?

 違う、結局僕は、自分のしている事に正しいか確信が持てないんだ。

  

「どこでもいいだろう」

 どこに行くとも言えず、そっけなく返してしまう。

『どこでもいいって…………もしかして、何かよくないこと考えてるんじゃないだろうな?』

 どうしてこうも、女の勘というやつは鋭いのだろう。

 それともそれは関係ないか? 僕が分かりやすいだけなのだろうか。

『こっちは、大赦の方向だな』

「そうだね」

『昨日、大赦の位置を調べていたな』

「そうだね」

『さっき、地図を確認したな』

「そうだね」

 

『朝陽……お前大赦に行って何をするつもりだ?』

 …………。

「なにも」

『そんなわけないだろう! やめろ朝陽考え直せ、みんなに相談するんだ!』

 必死の叫びに、不安とか、色々張り詰めたものが、一気に爆発した。

 

「相談してなんになる!? どうしようもないだろう!? だったら僕がこうするしかないじゃないか! そうしないと、勇者部のみんなが……」

『みんなで考えれば何か方法が見つかるはずだ! 一人で突っ走るな!』

「そんなうまくいくはずないだろ! みんなで考えて、結局方法が見つからなくて、肩寄せあって終わりまで震えてろってのか!? 冗談じゃない」

『なんで見つからないなんて思うんだ! 一人で考えて無茶するよりもみんなで考えれば何かもっといい手が出てくるだろ!』

「出てくるわけないよ! だってどう考えたって絶望しかないじゃないか!」 

『この程度絶望なもんか! そうやって諦めて自暴自棄になっても破滅するだけだ!』

「諦めなくたって同じだよ、いくら強い意思を持っていてもどうにもならないこともある」

『だったら今やろうとしてるその方法でいいから、みんなを頼れ。どうして一人でやろうとするんだ』

 

 その言葉に、一瞬迷いそうになった。

 だけど。

 脳裏に、東郷さんの弱々しく折れそうな泣き声、泣き顔、友奈の悲壮な決意の表情。

 フラッシュバックのように、その光景が瞬いた。

 

「もうみんなを傷付かせたくないんだ。辛い思いをさせたくない。そうなるぐらいだったら、全部僕が請け負う」

『それはみんなだって同じだ、アタシだって朝陽には傷ついて欲しくない。みんな大切な人に傷付いて欲しくないから、協力して頼って、一緒にやるんだ』

「それでも、勇者部のみんなだけは、守りたいんだ、笑っていて欲しいんだ」

『お前が不幸になったらみんな笑えないぞ、意地でも行かせないからな』

 

 そう言うと銀は姿を実体化させて、僕の腕を後方に引っ張った。

「やめてくれよ。もうここまで来たんだ、今更引き返せるかよ」

「まだ余裕で間に合うだろ、大赦に乗り込んだわけじゃないんだ」

「でも、やること決めてここまで歩いてきたんだ。なのにすぐに意見を変えるなんて馬鹿げてる」

「別に馬鹿げてないだろ。元々よくない意見だったんだ、すぐに変えていいだろ」

「行かせてくれ、僕はみんなを守りたいだけなんだ」

「意地になるなよ、取り返しが付かなくなるぞ」

「もうなってるよ」 

 

 話している間にも、ぐいぐいとお互い引っ張り続けている。

 もう、何を言ったところで行かしてはくれそうにない。

 だったら――

「本当なら君も連れて行きたくなんてないんだ。銀だって大切な人の一人だ」

「そうかよ、残念だったな、アタシはどこまでもついていくぞ。それでも今は絶対に行かせないけどな」

 

 能力を発動する。

 手の平に拳を打ち付けて白銀の聖剣を引き抜く。

 マフラーが翻り、瞳が白銀に煌き、白刃がその手に携えられる。

 

「なっ!?」

「悪いけど、黙っててもらうよ」

 この能力は、かなり万能だ。

 まあ、その代わりにくそったれな代償があるんだけど。

「その力は使っちゃいけないって園子が言ってただろ!」

「でも使わないと何もできない」

 結局、僕は……。

 

 頭の中でイメージを強くする。

 内に在る銀の存在を、一時的に閉じ込めておくような感覚で。

 強く強く、想像する。

 その空想が、力を引き出す感覚と、重なり合った。

 そして、白銀の力が発動する。

 

「――わっ!?」

 銀は僕の中に強制的に戻され、出て来れなくなった。

 声も聞こえない。

 成功したようだ。

 

 ……これだけで何人死ぬんだろう。

 この力の代償は、いやらしく狡猾だ。

 知らない誰かが死ぬ。関係ない誰かが死ぬ。

 僕と、その周りの大切な人が被害を被ったことがない。

 もしかしたら偶然かもしれない。たまたま友奈たちや僕に何も起こらなかっただけかもしれない。

 けれど、夜の学校で黒い靄に出くわしはしたけど、追ってはこなかったし。

 そのことも考えると、偶然じゃない可能性も十分にある。

 そして、偶然じゃなかったら、この代償は本当に性格が悪い。

 犠牲になるのは、知らない誰かなんだ。大切な人じゃない。

 だから、必要に迫られた時には切り捨てられてしまう。

 そうやって何度も何度も使ってしまう。

 自分や近しい人が犠牲になるのなら、すぐにでも使うのを止めてしまうだろう。

 だけど、知らない誰かだ。どうでもいい誰かだ。

 だから使う人は、使ってしまう。弱い人間は、特に。どんどん殺人という罪の沼に沈んでいってしまう。

 

 この剣は、いかにも聖剣といったような神聖な白銀色をしている。どこが聖剣だ、こんなの醜悪な魔剣じゃないか。

 聖剣面するな。僕は聖剣が良かった。

 本当に、その遠い遠い異国の神とやらは、狡猾でくそったれな神様だ。

 

 ――考えるだけもう無駄だ。

 僕は使ってしまった。

 自分の意思で、使った。

 自分の意思で、殺したんだ。

 知らなかったわけでもない。

 知っていて、やった。

 僕は正真正銘の殺人者だ。

 大量殺人者だ。

 人殺し。

 

 …………善人が良かったはずなのにな。

 もう、意味がない。

 勇者部のみんなを守れれば、それでいい。

   

 そうして僕は、走り出す。

 大赦までは、もうそれなりに近い距離だ。

 能力を発動した今なら、もう走ったほうがいい。

 この超化された身体能力なら、すぐに着くだろう。

 一般人に少し見られるかも知らないが、かまいやしない。

 今はそれどころではないのだから。

 まあ、大した騒ぎにはならないだろう。

 非現実を少し見た程度で、人は簡単にそれを信じられるものではないし。

 見間違いとかで済まされてしまうだろうね。

 僕は、無心で跳び走った。

 

 

 

 ――大赦の手前まで来た。

 和風な、寺のような、旅館のような、そんな巨大な建物だ。

 巨大といっても、縦には長くない。

 二階建てかな、だけど、横に長い。

 

 どこに、神樹は祀られているのかな。

 多分、予想でしかないけど、建物の中心辺りか、それとも最奥か。

 神樹っていうぐらいだから木だろうし、神を祀るのならそこらへんだろう。

 一般人にそうそう見せられるものじゃないと思うし、もしも傷でも付けられたら大事だ。

 内や奥に、隠しておきたいだろう。

 だから、中心を調べた後、一番奥の方だ。   

 

 建物の、側面辺りから入ろう。

 スニーキングなんてしたことないけど、正面から突っ込むよりは戦闘を避けられるだろうし、なるべくなら、戦いたくない。

 そう決めて、大赦の建物に近づいた。

 塀の側面に、足音を極力立てないように、慎重に回った。

 僕はプロじゃないから、完全に足音を消すなんてことはできないけど。

 それでもできるだけ音を立てず、身を屈めながら小走りした。

 何とか塀の側面に着く。

 

 大丈夫、ここまで気づかれていないはず。

 しゃがんで、一度深呼吸して緊張を解す。

 そしていざ、最大限の警戒をして塀に手をつこうとした。

 

 

 できなかった。

 何故なら――

 

 ブオッ。

 風を切る音。

 振り向く時間など無かった。

 咄嗟に飛び退く。

 顎を擦れ擦れで拳が空を打った。

 

 最大限の警戒をしていたはずなのに、直前まで気づけなかった。

 振り向いて姿を確認してからでは、確実に命中していただろう。 

 

 剣を、構えなんてわからないから適当に前に構えて、突然襲ってきた敵と相対する。

 白い着物に、名称は知らないが縦に長い黒い帽子のような物、そして樹木が描かれた白い仮面。   

 大赦の人間だ。

 銃を持たず、拳を構えている。よほど自分の武技に自信があるのだろう。

 そして警戒していたにも拘らず、僕に気付かせなかったこと。

 これらの情報から、相当な手練れだと解った。

 

 それでも何故、と別の疑問が浮かんだ。

 僕は誰にも怪しまれないようにここ(大赦)まで来たはずだ。

 なのに待ち伏せされたかのように襲撃を受けた。

 いや、待ち伏せされていたのか。

 なぜ?

 バレていた? どこで?

 所詮は素人なりの怪しまれないようにという心掛けだ。

 プロからしたら分かってしまう綻びでもあったのだろうか。

 

「何故ここに来る事がわかったんだ? と言いたげな顔をしているな」

 仮面の下からくぐもった声が飛んできた。

「――っ」

 思考が読まれた?

 顔に出ていたのか?

 僕はそこまでわかりやすいだろうか。

 

 いや、それよりこの声は……。

「お前の持っているスマートフォン、それに発信機が埋め込まれている。だからお前の居場所なんて全部筒抜けだったというわけさ」

「なん、だって……」

 即座にポケットからスマホを取り出して見る。

 何も変わっている様子はない。埋め込まれていると言っていたから当然だ。 

 

「汚いぞ!」

「大人は汚いんだよ」

 怒りに任せて持っていたスマホを地面に思い切り叩きつけた。

 ガシャンッ! と音を立てて壊れる。

 ああ……もう樹ちゃんの歌が聴けない。

 少し後悔した。

 でも、結局壊す以外に無かっただろう。

 

「なんでそんなこと僕に教えるんだ」

 教えなかったらこれからも僕の位置は筒抜けだっただろうに。

 教えた所為で、現にこうして発信機入りのスマホは僕に壊された。

 これから先同じ手は通用しない。

 また渡されても壊すだけだ。

 

「俺なりのお前に対する情とか親しみってやつかもな」

 仮面の下で、少し寂しげにそう言った。

 もう、完全に察した。

 たとえ声がくぐもっていても、分かってしまうものなんだなと思った。

 

「…………やっぱり、あなたは……」  

「ああ……」

 大赦の武人は、仮面を取って答えた。

 その下の顔は、

「俺は大赦で働いてるんだよ」

 

 数日だけだけど、一緒に暮らした――

 

 友奈パパだった。

 

 



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三十六話 仮面の武人

 その顔を。

 友奈の父親の顔を見た瞬間。

 沸々と、怒りが腹の底から湧き上がって来た。

「なんで……なんで、なんだよ!!」

 今までの、友奈の両親に対する疑心。忘れていた、不安。

 全部、今戻ってきて、解放された。

 これじゃあ、あの時の僕の嫌な想像が当たってると、突きつけられているようなものじゃないか。

 

「知っていたのか!? 傷付くと、死んでしまうかもしれないとわかっていて、友奈を戦場に送り込むことを良しとしたのか!?」

 あの時に聞けなかったことを、怒りと失望を籠めて叩き付けた。

 

「俺だって嫌だった。でも仕方がないんだ」

 友奈の動かなくなった左腕と、苦しそうな東郷さんが脳裏に過ぎる。

「仕方がない!? ふざけるな! 仕方がないなんてことがあるものか! 自分の娘の命だぞ!?」

「友奈は勇者適正が一番高い。そして数いる勇者候補の中から選ばれてしまった。バーテックスと戦えるのは勇者しかいないから、友奈たちが戦わなければどっちにしろ人類は全滅だ。人類が全滅したら当然友奈も死んでしまう。だから戦ってもらうしかない」

「それでも、まだ子供なのに、女の子なのに、戦わせるなんてひどいだろっ!」

「それしか手はないんだ、たとえ酷でも、やってもらうしかない」

「ふざけんなよ! それでも何とかするのが大人の役目だろ!」

 

「喚くなガキが!!」

「――っ!」

 突然怒鳴られて、畏縮してしまった。

「青いんだよ、お前は。結局お前も子供なんだよ。世の中にはどうにもならないことがある。どれだけ願っても、神樹様に祈っても、どうにもならないんだ……」

 その悲痛な表情は、やりきれないものがありながら、諦める事しかできなかった感情を浮き上がらせていた。

 

 分かっている。

 

 大赦は、悪ではない。

 たとえ道理に反することをしていたとしても、必要悪だって。

 人類を守るために、四苦八苦しているんだって。

 心を痛めながら、誰かがやらなければいけないことをやっているんだって。

 みんなのことだって、最大限に気遣って、本当は傷付かせたくなんてないことは。

 分かっていた。

 そんなことは、分かっている。

 十分に、分かっている。

 だけど、僕は納得しない。

 そんなことどうでもいい。

 みんなが不幸なら、意味がない。

 人類の存亡なんて、知らない。

 みんなが犠牲になって、人類が生き残るのなら。

 そんな人類、滅んでしまえばいい。

 人類が滅んだら、みんなも死んでしまう?

 でも、このままでいてもみんなは不幸なままだ。

 結局、僕がすることは変わらない。  

 

「引くんだ朝陽」

「なにを……」

 そんなことできるわけ――

「俺が一人で来た理由がわからないのか?」 

「…………」

「大赦の連中は、お前を容赦なく殺すぞ」

 重苦しい声で、そう断言された。

「何しろ害を撒き散らす敵の使者だ。今まで先走った奴ら意外に見逃されていたのは、園子様に言われたのと、力を使いさえしなければ害は無いからだ。だから自分の意思でこれからも使っていくと思われたら最後、殺される」

 様ってなんだよ、いい年したおっさんが女子中学生相手に様付けって、これだから宗教ってのは解らない。

 乃木さんは神なんかじゃないんだぞ。

「もう使ってるよ。見ればわかるだろ」

 僕はその白刃を見せ付けるように掲げた。

「それでも俺は、お前を説得しに来た。少しとはいえ、同じ屋根の下で暮らしたんだ。そんなんで死なれちゃ寝覚めが悪いからな」

「放っておいてくれ、どっちにしろみんなに酷いことをした時点で、大赦は敵だ。戦闘になることはわかっていた。殺そうとするなら、こっちも殺すだけだ」

「――朝陽、ここが最後の引き返せるラインだ。これ以上は無い。今すぐ考え直して帰るんだ」

 

「答えはNOだ。僕は進ませてもらう」

「そうか――」

 そう言って友奈パパは仮面を付け直した。

 雰囲気が、一瞬で変わった。

「なら俺も、容赦はしない」 

 圧倒的気迫を背負った武人(ぶじん)に様変わりした。

 

「お前がその力をこれからも使っていくというのなら、俺もお前を殺す。これ以上犠牲を出すわけにはいかない」

 さっきまでの私的な言動をしていた情を持ったおっさんから、冷酷に仕事をこなす戦闘員へと変貌する。

 

 

 ――姿が、消えた。

 いや、消えたわけじゃない、そう見えただけだ。

 仮面の武人は、僕の左前に一瞬で移動した。  

 別に何か特別な能力を持っているわけではないはずだ。

 なのにこの動き、尋常じゃない。

 友奈は武術をお父さんから教わったと言っていた。

 やはりさっき思ったように、相当な手練れ、武術の達人、そんなところだ。

 多分あの動き、一瞬で距離を詰める動きは、縮地(しゅくち)というやつだろう。

 本で読んだりした事ぐらいはある。

 武術に精通したものでないと使えない歩方だ。

 でも、能力を発動した僕は超人的な身体能力を持っている。

 

 繰り出された拳を、ギリギリで避けた。

 避けれたが、ギリギリだ、この人間を超えた身体能力を以ってしても。不意を突かれたのもあるだろうけど。

 続けて二打、三打と拳が放たれる。

 それを避ける、避ける。今度は不意を撃たれたわけでもないのに、まだギリギリだ。

 速さはこちらの方が圧倒的なはずなのに。

 それなのに、擦れ擦れで避ける事しかできない。

 

 つまり、技術はあちらの方が圧倒的な所為で、開きが埋められている。

 そういうことなんだろう。

 鍛錬だって、僕は結局、あの一回しかしていない。

 一回しただけでは、意味がないのに。

 血肉に、成るはずがないのに。

 それでも、超常の力のおかげで、今までなんとかなって来た。

 それに、色々あって、鍛錬なんてする暇が無かった。

 ――いや、あった。

 でも、僕はみんなとの日常を優先してしまった。

 楽しくて楽しくて、他に意識なんて、向けたくなかった。

 そのツケが、今やってきている。

 

 ――でも、こっちだって圧倒されてばかりいるわけじゃない。

 拳を避けて直ぐ、白刃を横薙ぎに振った。

 能力で底上げされたこの速度を、何の能力も持たない人間ごときを捉えられないはずがない。

 向こうが殺そうとしてくるなら、僕も殺してやる。

 その憎たらしい仮面に白刃が直撃する。

 ――その筈だった。

 

 鉄を叩くような、鈍い音。

 ありえない。

 僕は瞠目した。

 仮面の武人はあろうことか、剣の腹を殴って軌道を逸らしたのだ。

 言ってやれるほど簡単な事じゃない。とんでもない技巧(ぎこう)だ。

 迫り来る剣閃を正確に捉えて殴るなど、人間業じゃない。

 しかもただの剣閃じゃない。能力で身体能力が人を超えた状態での剣閃だ。

 技術は何もなくとも、普通の人間には目視できるかも怪しいほどの剣だったのに。

 でもこの人は人間のはずだ。

 それほどの、武術家なのか。

 超越した武技を会得した人間。

 いったいどれだけの年月をそれに費やしたんだ。

 結局、バーテックスと戦えていないくせに。

 みんなに戦わせるしか能がないくせに。

 バーテックスを倒し続けた僕がどうして、こんなところで躓かなきゃならないんだ。

      

 何度も白刃を振る、振る、振る。

 その度に剣の腹が殴られ、軌道を逸らされ回避される。

 白刃を振り切った後の隙に、拳を入れられる。

 それを何度もギリギリで回避する。

 

 ――やっぱり、使わずに勝てはしないよね。 

 まだ中途半端に迷っていた。

 本当に僕は駄目だ。

 でもこんなジリ貧を続けている場合ではない。

 こうして戦っている内に、もしかしたら別の大赦のやつらも来てしまうかもしれないし。

 それはこの人が来ないようにしてくれたのかもしれないけど、最初から一人で来たんだし。

 それでも絶対に来ないとも言い切れない。

 だから、早々に終わらせてもらう。

 

 技術が足りないのなら、神速のバーテックスと戦った時のように技術も能力で引き出せばいいだけのことだ。

 強く己の内側に念じる。

 剣の、戦闘の技術をその身に宿せと。

 内に存在する醜悪な力へと、そのイメージが注ぎ込まれた。

 ――そうして、発動する。

 

 刹那の間にマフラーが弾け、粒子化する。

 白銀の粒子が体中に染み渡り、身体が、存在が変革されていく。

 一気に、高みへと技術が成った。

 本来なら、人生を剣に捧げて、何十年修行してようやく辿り着けるか着けないか、それほどの剣の腕が宿る。

 後は、容易だった。

 

 仮面の武人の拳をいとも容易く回避し、剣の柄を頭に叩き込んだ。

「ぐぅあっ……!」

 仮面が割れて、破片が飛び散った。

 その一撃だけで、仮面の武人は倒れて動けなくなった。

 簡単だ。簡単すぎる。

 バーテックスという化け物に比べたら、何の超常の能力も持たない人間なんて、所詮雑魚に過ぎない。

 だけどこれで何人も死ぬ。

   

「どうした……? 殺さないのか……?」

 そのまま歩き出そうとした僕の背中に、倒れ伏した仮面の武人の声が掛けられた。

 しばらくは動けないだろう。

 技術が伴った僕には、手加減ぐらいできた。

 殺さずに無効化する技術すら持っているから。

 でももしかすると、早く病院に連れて行かないとやばいかもしれない。

 ……知ったことじゃないけど。

「うるさい……」

 振り返らずに立ち止まって一言だけ言うと、僕は塀を飛び越え、大赦の建物へと走り出した。 

 

 

 ――結局、殺せなかった。

 明確に、この手で、目の前で、人を殺すなんてできなかった。

 もう数え切れないほどの人を殺したのに、さらに増えたところで大して変わりはしないのに。

 なのにまだ僕は、中途半端だ。

 見えないところでの死は実感がないから、力が使えているだけなのだろうか。

 そうでなければ、さっき殺せたはずだ。

 それとも友奈の父親だったからなのか。

 殺して、友奈に嫌われるのが嫌だったのか。

 そうかもしれない。

 でも、今この瞬間、知らない誰かをこの手に握る剣で切り殺せるかと考えたら、わからない。

 結局、決意も覚悟も何もかも、中途半端なんだ。

 ぐらぐらと揺れて、固まらない。

 強い芯が、欲しい。

 願ったところで、手に入れれるものではないけど。

 自分自身が変わらない限り。

 

 それでも、みんなを救いたくて、守りたいというこの感情だけは本物だから。

 そうだと、自分で確信できるから。

 だから、それだけは間違えずに、唯一の行動の指針にして、進むんだ。   

 僕にはそれしか、無いから。

 

 もうすでに来ていることがバレているなら、隠れながら進んでも意味がない。

 だから、大赦へそのまま走って突っ込んでいく。

 側面から来たので、わざわざまた正面に回りなおしてドアを開けて入るのも馬鹿らしい。

 だから、そのまま側面の壁に向かって走る。

 接近し、壁に白刃を横薙ぎに叩きつける。

 木製の壁が爆散し、辺りに木片が飛び散った。

 開いたその穴から大赦内部に入り込む。

 少し前に進むと、すぐに大赦の連中が数人やってきた。

 

 数は――七人か。

 その全てがごつい銃を持っていた。

 お前らは軍隊かよ。宗教組織じゃないのかよ。

 いや、むしろだからこそ持っていても不思議じゃないのか?

 ハンドガンではない、あれは、サブマシンガンだかアサルトライフルだか、そういう系のやつだろう。形と大きさからして。

 少し距離があるから、どっちなのか明確には分からない。

 そもそも近くで見れたとして、銃の種類とかそんなに詳しくはないから、解るわけでもないだろうけど。

 とにかく今重要なのは、あの銃はハンドガン――拳銃より強力な銃だということだ。 弾数も拳銃よりも大幅に多い。連射もできる。

 

 ――それが一斉に、七人の銃からばら撒かれた。

 今僕がいる場所は、四、五メートルの幅がある廊下みたいなところだ。というか多分廊下だ。

 この狭い場所では、走り回って避ける事ができない。 

 さっきの、剣や戦闘の技術が身に付く力は、一旦消してしまっていた。

 だから、銃弾を正面から避けることも切り落とすこともできない。

 一旦消したのは、持続させていればいるほど人が死ぬと思ったからだ。

 未だに、僕はそんなことを気にしている。

 馬鹿だ。

 その所為で窮地に陥っていたら意味がない。

 そして今からイメージして発動させる時間も無い。

 弾丸の速度は、侮れないから。

 どうする?

 考えている時間は無い。

 今は命の危機に思考時間が加速されているが、それでも時間が無い。

 切り抜ける方法、何か方法――

 

 あった。

 簡単な事だった。

 先にやった事と同じ事をすればいいだけだった。

 僕は即座に、自分の横にある壁に白閃を奔らせた。

 剣を振り切る前から、直ぐに砕けて無くなった壁の向こうに身を投げ出す。  

 後ろを銃弾の軍隊が通過していく。

 転がって受身を取り立ち上がる。

  

 奴らの方へは向かわず、そのまま建物の中心を目指す。

 銃を持っているし、力を使わずに簡単に無力化するのは厳しい。

 奴らは組織だ、何人いるか分からないんだ、いちいち相手をしていられない。

 

 中心へ向かうだけなら、わざわざ用意された道を通る必要はない。

 だから壁を剣で壊しながら一直線に中心へ向かう。

 壁が破砕されるかなり大きな音が出てしまうが、構うものか。

 途中で鉢合わせても、構わず突き進む。

 仮面の武人ならともかく、他の連中相手なら、速さは僕の方が圧倒的に上だ。    だから壁を壊す音を立てようが鉢合わせようが、全力で進んで距離を話せばいいだけのことだ。

 

 そうして中心部。

 たどり着いたそこは、いかにもな両開きの扉がある広間だった。

 神樹がいるのは奥の方ではなく、中心部で正解だったようだ。

 だけど、この広間には大赦の連中が十人待ち構えていた。

 そうだよね、一番入られたくない部分に人を配置しておくのは当然だった。

  

 ――だから、僕はすでに力を使っていた。

 ここを突破すればすぐなんだ。行かせて貰う。

 先に武人との戦いで使った能力をその身に宿し、一瞬で正面にいた一人へ間合いを詰める。

 サブマシンガンだかアサルトライフルを撃たせる暇など与えない。

 剣の柄を、死なないように頭に叩き込んだ。

 他の奴らが急いで僕に銃口を向けるが――遅い。

 一人、また一人と、剣の柄で殴り倒していく。

 放たれた銃弾も、易々と切り伏せる。

 

 ――そして、全員を地に伏せさせた。

 追っ手が来る前に、早く行かなければ。

 少し重い両開きの扉を押して、中に入った。

 



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三十七話 そのまた真実

 サアッと、風が吹き抜けたような気がした。室内なのに。

 その部屋――部屋と言っていいのかわからないが――の中には、芝生が敷き詰められていた。

 当然外ではなく壁もあるが、かなり広い。天井の高さも何階分か位ある。

 外から建物を見たときは、二階建てに見えたのに。

 見えない部分に在ったのか?

 

 まるで草原のようなその場所の中心に、ポツンと大樹が一本立っていた。

 ――あれが、神樹か。

 神樹とか大層な名前で呼ばれるほどの大きさはないように見える。

 精々普通の木よりは一周りも二周りも巨大だというだけだ。

 

 けれど、何か普通の木とは違うものを感じるのも事実だった。    

 よく説明できないが、何かが、違う。

 これが、神ってやつか。

 

 その時。

 突然、聴覚ではなく脳内に、声が――声というよりも直接言葉が送られるみたいな感じだけど――響いた。

『憐れな使者よ、我が幹に触れよ』

 ざわざわと、神樹の葉が揺れた。

「今のは、神樹か……?」

 状況、伝えられた言葉、言葉使いから、推測した。

如何(いか)にも、我は、神樹である』  

 やっぱり、そうか。

 というか憐れなってなんだよ。喧嘩売ってんのか。

「神って、喋れるもんなのか?」

『これも喋っているわけではないが――人間相手なら信託を受け取れる者でも曖昧さは否めない。お主はやはり混じっている』

「混じっている?」

 ……まあいい。それはともかくだ。

 

「あんたに話がある」

 単刀直入に切り出す。

『その前に、我が幹に触れよ。我が体内で話そう。追手が来ては不味(まず)かろう』

 確かに、そうだ。

 話を邪魔されては意味がない。

 体内というのが少し気になるが、背に腹は代えられない。

「わかった」

 神樹の目の前まで行き、幹に手を触れる。

 すると。

 ずぶずぶと、手が幹に沈み始めた。

 

「……っ」

 少し驚いたが、そのまま入り込んでいく。

 これは攻撃では、ないはずだ。

 頭が入った瞬間、平衡感覚が崩れ、視界が真っ白になり、世界が歪んだような感覚に襲われた。

 しばらくするとそれは収まり、視界が開けた。

 目に映るもの全て、根だった。

 巨大な円筒の中みたいなところだ。

 円筒といっても、狭くはない。何百メートルも横幅があるように見える。

 上はどこまであるかわからない、横と下は全てが根だった。

 僅かに虹色に光っている。

 まるで樹海だ。

 樹海は神樹が生み出したものだから、当然か。

 ここが神樹の体内。

 

『まずは、全ての情報を伝えておこう』

 ()めつ(すが)めつ体内を見渡していると、神樹が話しかけてきた。

 情報?

「なんでそんなことするんだ?」

 僕にそんなもの与える理由が思いつかない。

『知って置いた方が良いと考えたからだ。我にもそれぐらいの慈悲はある』

 慈悲?

「いったいなんなんだ……?」

 うまく意図が掴めない返事だ。 

 

『まず最初に、お主はこの世界の人間ではない』

「は?」

 いや――は? ではない。

 多分、薄々感付いていた。

 過去からか、別の世界からか、と。事実は後者のようだけど。

 だって、バーテックスとの戦いの時に戻った、一部の記憶。

 

 ――首都直下地震って、どこだ?     

 

 この四国で、過去にそんな未曾有の地震があったと聞いたことはない。

 調べたわけではないけれど、あの記憶の僕の体格からして、まだ地震の爪痕がどこかに残っていなければ可笑しい。

 それに、年齢も可笑しかったような。

 僕は中学生のはずなのに、高校生ぐらいだったような。

 そんな気がする。

  

『この世界とは別の、天の神に人類が蹂躙されなかった平行世界。そこにお主は住んでいた』

 平行、世界。

 違った未来を歩んだ、別の世界。

『お主を送り込んだ異国の神が、そこで巨大な地震を起こしたのだ』

 な――――

「あれが、神の所為だっていうのか!?」

『如何にも』

 奥歯が無意識に噛みしめられギリッと音が鳴った。

「一体……そのくそったれな神はどういう奴なんだよ!」

 

『機械仕掛けの神、『デウス・エクス・マキナ』という名前だ』

 

「デウス……エクス……マキナ……」

 どこかで聞いたような聞かないような、そんな名前だ。

 前の世界で聞いたことがあるのかもしれない。

 創作物とかでだろうけど。

 中二臭い長ったらしい名前だ。

 

『デウス・エクス・マキナは、それから選別した。この神世紀の世界に転生させる人間を』

「なんで、そんなことしたんだよ……地震とか、転生とか、そんなことしてそいつに何のメリットがあるんだよ」

『奴は、己の享楽のことしか考えていない異端の神だ』

 そんな奴が、神でいていいのか。

 本当に、神って何なんだ。

 天の神といいデウス・エクス・マキナといい、ふざけた奴らばかりだ。

 死んでしまえ、全て。 

 

『そして、デウス・エクス・マキナはこの世界のことを、勇者達のことを、夢として多くの人間に見せた。その中で自分が気に入った反応を見せた人間を一人、転生させた。つまりその人間が、お主だ』

 だから、か。

 だから、僕はみんなのことを少し知っていたのか。

 最初に見た時から、話してもいないのに、あんなにも守りたいと思ったのか。

「気に入った反応って、どんなのだよ」

『そこまでは我でも知るところではない。ただ、推測はできる。お主が一番戦う意思を持っていたのではないのかと』

 

 みんなを、守りたいと思ったことか……?

 わからないが、そんな気はする。

 だって、僕が戦う気概を見せなければ、デウス・エクス・マキナの享楽として意味がないから。

 やる気のないやつを見ても、面白くもなんともないだろう。

 

『最初に結城友奈の家にお主を住まわせろと伝えたのも、その時は敵だと知らなかったデウス・エクス・マキナがそうしろと言ってきたからだ。大方、お主が結城友奈に何か反応を示したからであろう』

「僕が、友奈に……」

 確かに、少し気になってはいるが。

 そんなことまで、そのくそったれな神に仕組まれていたのか。

 ふざけるな。どこまで人を嘲笑って、翻弄すれば気が済むんだ。

 

『転生させるために元の世界のお主をデウス・エクス・マキナは殺した。そして、勇者たちと同じぐらいの年齢に調整し、元勇者である三ノ輪銀の魂を騙されていた我から受け取り、その魂を使ってお主をこの世界に転生させた。勇者ほどの強い魂でないと転生させても支障が出るからだ。だからお主の中には三ノ輪銀がいたのだ』

   

 な、ん……だよ、それ……。

 僕が、元の世界で一度殺された?

 銀の魂を使った?

 さっきから、情報が多くて、ぶっとんでて、目眩を起こしそうになる。

 

 ――僕は、そもそもなんであんなにも神が嫌いだったんだ?

 色々と知った今ならともかく、前から僕は嫌っていた。  

 無神論者だったとしても、少し過剰に過ぎるほどだろう。

 つまり僕は、デウス・エクス・マキナにされた事を、心のどこかで感じ取っていたんじゃないのか?

 デウス・エクス・マキナの力が僕の中にあるんだ、だからそうだったとして不思議ではない。

 だから僕は、忌避して、嫌悪していたんだ。   

 

『記憶がほとんど無かったのは力の代償であろうな、それ以外の理由もある可能性があるが、あの享楽的な神の事だ、確信は持てん』

 代償か、僕はデウス・エクス・マキナに、勝手に殺された挙句、代償として記憶を奪われて、代償で沢山の人を殺して…………なんなんだよ、ちくしょう。

 

『本来無垢な少女のみが授かる事の出来る神の力をお主が扱う事が出来たのは、三ノ輪銀の魂がお主の内に在ったからであろう』

 乃木さんは、勇者システムは無垢は少女のみが扱えると言っていた。

 その時浮かんだ疑問が、今神樹から答えられた。

 

『バーテックスが、回を追うごとに強くなっていたのは分かったか?』 

「強、く……」

 思考の中を、神速のバーテックスが過ぎった。

『それは、お主が使った力をデウス・エクス・マキナが利用して、自分が鑑賞する舞台をより自分好みするためにバーテックスを強化していたからだ。自分の力を直接干渉させることはできなかったようだが、お主と力が繋がっておるからな、それを利用してお主が使った力を応用してバーテックスを変化させたのであろう』 

 

 最初の頃は、僕の攻撃でバーテックスは再生しなかった。

 だけど、最近戦ったバーテックスは、早くはなかったが(しっか)りと再生していた。

 強くなっていた証拠だろう。

 

「つまり、僕の所為ってことじゃないか……」

 結局それは、変わらない。

 真実を知って、デウス・エクス・マキナが元凶だとわかっても、変わらない。

  

『お主の所為かは意見が分かれるところだとは思うが、無意識とはいえその一端を担っていたのは事実であろう』

「…………」

『これで我の話は終わりだ。お主も言いたいことがあってここまで来たのだろう?』

 そうだ……僕の本命は今の話じゃない。

 僕の所為だとか、デウス・エクス・マキナとか――そういうのは今はいい。

 それよりも、勇者部のみんなのことだ。そっちの方が何よりも優先すべきことだ。

 僕はここに来た要件を、話す。 

 

 

「みんなの散華を取り消せ」

 簡潔に、ただ一言述べた。

 

『断る』

 そうして返って来たのは、簡潔な一言だった。

 

「どうして……!? 彼女たちは何も悪いことをしていないのに……!」

『悪いことをしているしていないの問題ではない。満開とは、人の身に余る人知を超えた力だ。それを扱うためには供物が必要だ。大きな力を貸す代償なのだから、そう簡単に取り消す事はできない』

「そんな…………」

 

 他の手は……。

 何かないか。

 考えろ。

 散華を取り消す。

 体を返してもらう。

 人知を超えた力。

 供物が必要。

 力の代償。

 

 そんな色々な言葉の羅列が、脳内を駆け巡る。

 思考がぐるぐると回る。

 あ――。

 

「だったら、僕の力をあんたに捧げて取り消す事はできないか?」

 これなら、代償を肩代わりできる。

 供物を別のものにして、みんなの体は返してもらえばいい。

 そうすれば解決だ。

 けれど――

 

 そう簡単に物事は進んでくれなかった。

 

『不可能だ。その力はむしろ悪影響を及ぼす。我がデウス・エクス・マキナの力を取り込んだら、最悪の事態になる可能性が出てくる』

 無理、か。

 だったら、どうすれば。

 何か。

 何か……。

 焦る。

 息が荒くなる。

 心臓がドクドクと脈打つ。

 どうしようもない不安に胸を掻き毟りたくなる。

 

『お主の命を捧げれば、あるいは可能かもしれんがな』

 

「な……!?」 

 嘘、だろ。

「僕の力は悪影響を与えるんじゃなったのか!?」

『お主が死んだ後なら別だ。その後に余計な力とお主の体と魂を分ければいい』

 そんな……そんなこと……。

 

 ……いや、みんなを助けたいのならするべきだ。

 それだけが目的なら迷わずすべきなんだ。

 僕はそれだけを願って、ここまで来たんじゃないか。

 

 ――なのに。

 なのに僕は、決断できないでいる。

 

 なんでなんだよ。

 なんで、僕はこんなにも……。

 こんなにも、弱いんだ。

 

 ――いや。

「僕が死んだら銀はどうなる」

 それが、まだ分かっていなかった。

 銀まで消えてしまったら、意味がない。

 みんな悲しむし、僕もそんなこと認めない。

 だから、神樹に聞いてみた。

 

『我の下に魂が戻るだけだ』

 分かり難いな。もっと分かりやすく話せよ。

 僕はイラつきながら再度聞いた。

「それで、銀の意識はどうなる。消えてしまうんじゃないのか?」

 それが、重要なんだ。

 

『確かに、消えるな』

「それならまた死んでしまうのと同じじゃないか!」

『そもそも一度尽きた命だ。元に戻るだけだろう。勇敢な勇者だったが、仕方がない』

「ふざけるな」

 

 仕方がないわけがない

 僕が犠牲になって、銀も死んだら意味がない。

 そんなことは、あってはならない。

 そもそも、たとえ意識があったとしても、銀がみんなと離れるのも駄目だ。

 銀が一人になってしまうし、みんなも銀と離れたくないだろう。 

 最初の質問だけで十分だった。

  

 

 ――――いや、違う。

 僕は卑怯だ。臆病者だ。

 確かに銀のことは、看過できない重要事項だった。

 けれど、それとは関係なく。

 

 ――結局僕は、自分が死にたくないだけだ。

 自分の命を投げ出す事が、できないだけだ。

 だって、死ぬのは怖い。

 みんなと一緒にいられないのは嫌だ。

 みんなの傍に、いつまでもいたい。

 あの勇者部という居場所は、これ以上なく、心地良いんだ。

 

 今まで戦って来れたのは、自分とみんなの命を守るためだ。

 みんなも自分も、誰一人としていなくなったら意味がないんだ。

 だから、命の危険が常に付き纏っていても、戦って来れた。

 

 だけど、今回のは違う。

 自分の命を差し出すというのは、自分の死が確定してしまっている。

 今までみたいに我武者羅に戦えばいいってもんじゃない。

 それを決断したら、確実に死ぬんだ。死んだら意味ないじゃないか。

 みんなと一緒にいられないなら、何も意味がないじゃないか。 

 だから、僕は決断できない。

 自分が死にたくないから。

 大量殺人を犯しておいて、絶対に自分は死にたくないんだ。

 誰かこんなにもクズな僕を殺してくれ。でも、死にたくない。

 

「ははっ……」

 変な笑いが出る。

 自分の愚かさに嫌気が差す。

 僕が何も言えず(うつむ)き、黙っていると、神樹が言葉を送り付けてきた。

 

『――まあよい。聞いてみただけだ。どちらにしろ、先程お主は全てを知っていた上で、自分の意思で力を使ってしまった。これは、我にとって看過できることではない』  

 大体返答の予想はつくが、言ってみる。

「それで、どうするんだ?」

『すまないが殺させてもらう』

 

 はっ。結局それかよ。

 聞いてみただけとか、だったら最初から聞くな。

 死んでしまえ。神なんか。

 碌な奴らがいない。

 僕も碌な奴じゃないけど。

 

 交渉は、決裂だ。

 



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三十八話 僕はクズだ

 神樹の言葉が届いてから、一瞬の間が空いた。

 一寸の静寂。後。

 空気が、変質した。

 

 ――刹那。

 大地が、鳴動した。

「――っ」

 僕はたたらを踏んで、膝立ちになる。

 鳴動は加速する。

 そして――

 

 巨樹の根が、四方八方、地面と壁から、無数に飛び出してきた。

 

 視界一杯に、根、根、根だ。

 巨根は一本一本が、横幅だけで何メートルもあるだろう。

 長さは、目測で到底図れるレベルではなかった。

 その全ての巨根の先が、杭の如く鋭く尖っている。

 あれで僕を刺し殺そうって魂胆か。

 あのでかさだと、刺し殺すというよりも押し潰すになりそうだけど。

 

 ――どうすればいい。

 神樹と戦っても、意味がない。

 たとえ倒せたとしても、神樹がいなくなってしまったら、人類は滅亡だ。

 勇者部のみんなも死んでしまう。

 だからといって、こいつは散華を取り消してくれない。

 どうすればいい。

 それなら、どうすればいいんだよ。

 

「散華を、取り消せよ!! みんなの身体を、記憶を、返せよ!!」

 天に向かって、叫んだ言葉は、空しく響き。

 返答は、巨樹の杭によって為された。 

 

「――っ!」

 速、過ぎるっ……。

 横に大きく飛んだが、余裕を持って避けれなかった。

 真横を、新幹線が通ったかのようだった。

 そのぐらい擦れ擦れのところでしか、避けれなかった。

 少しでも飛距離が足らなければ、確実に串刺しになっていた。

 あの質量で、どうしてこんな速さが出せるんだ。

 神だからか、超常の存在だからか。

 くそったれめ。

 

 このままでは、何もできずにやられる。

 すぐに決断した。

 能力を発動させる。

 変身は元からしたままだったが、そこからさらに超速と技術を、力によって引き出した。

 白銀のマフラーが弾け、粒子化し、体に染み付き、浸透する。   

 

 これで、戦える。

 無数の、巨根の杭が迫る。

 それは、やはり速い。

 さっき新幹線に例えたが、それなんか目じゃないほど速い。

 超速と成った僕をして、まだ速い。

 それが、無数だ。

 尋常ではない。

 

 僕は、何とか避ける。

 寸でのところで、避け続ける。

 それでも、数が多い。圧倒的に多い。

 全部は、無理だ。

 無理だったものは、白刃で斬り付けた。

 

 斬れた。穿ったし、抉れもした。

 だが、完全に破壊はできなかった。

 現にまだその杭は健在で、動いてもいる。

 すぐにまた攻撃に加わってくるだろう。

 一本だけで、これだ。

 この強度の巨根の杭が、数え切れないほどの量、空間を縦横無尽に行き交い、狙いを定めてくる。

 

「こんな力があるなら、何故みんなに戦わせた! 自分で戦えよクソ神!」

『この自らの体内だからお主に対して攻撃ができるのであって、普段は世界への恵みの供給と結界に力を使っている影響で、バーテックスや天の神と戦うことは出来ない』 

 

 だからか。だから僕を体内に誘い込んだのか。

 話をするためだとか理由を付けて。

 くそっ、まんまと嵌められた。

 

 無数の杭が、襲い来る。

 避け、掠れ、また紙一重で避け、白刃を叩き付けて迎撃する。

 ジリ貧だ。

 このままでは体力を消耗していって、いずれやられる。

 どっちにしろ勝てたとして、神樹を殺してしまっては不味い。

 散華を取り消させたいが、了承させる前に僕が死んでしまう。

 

 今は、逃げるしかない。

 逃げた先で、どうすればいいかなんてわからないけど。

 それでも今ここで死んでも意味がない。

 とにかく、逃げる。そう決めた。

 

 壁に向かって、跳び奔る。

 無数の杭が、追い縋って来る。

 それに、前からも巨根の杭が迫る。

 だが、止まってはいけない。

 止まったら、後ろから串刺しにされるか、押し潰される。

 前からくるやつは、何とかするしかない。

 

 超速の流星と成って、ただひた走る。

 前から来た杭は、片っ端から白刃で跳ね除け、穿ち、道を開いて行く。

 横からも、来た。

 前から、横から、巨大な杭が、間断なく迫って来る。

 

 僕は肩を、脇腹を、抉られながらも、迎撃し、奔ることは止めない。

 抉られた腹からは腸が飛び出し、血を口から吐き散らしながらも、止まらない。

 

 もうすぐ、壁だ。

 だが、出口があるわけじゃない。強固な、神樹内の壁だ。

 結界ぐらい高硬度な可能性は高い。

 それでも、破壊して脱出する以外に生き延びる術はない。

 

 力を、使う。

 強力な、一撃。

 それが今必要なんだ。 

 過去に、レオ・ジェミニやアリエス・アクエリアス・クラスターを一撃で粉砕してきた、強力無比な一撃。

 イメージし、魂に繋げ、引き出す。 

 

 身体に浸透していた白銀の粒子が、身体から抜け外へ放出された。

 それから、無数の粒子が白刃へと移る。

 白刃が、純白に光り輝く。

 光の剣と化した聖剣を、前方に力の限り振り下ろす。

 剣閃は伸び、元の剣の大きさでは届かないところまで、白刃を届かせる。

 凄まじい衝撃音が鳴り響き、 

 

 壁の根の一部を、白い一撃は跡形も無く消し飛ばした。

 これで、出られる……。

 血を流し続けて、息も絶え絶えになりながら、足が(もつ)れそうになりながら、開いた出口へと無心で走る。

 

 

 ――急に、暗くなった。

 曇り空になったみたいに。

 辺りに影が、差したんだ。

 何故?

 考えるまでもなかった。

 咄嗟に、剣を頭上に掲げた。

  

 その一瞬後に来た、衝撃。

 無数の巨根の杭が、四方八方、横から、上から、後ろから、さらに斜め前からも、逃げ場なく一斉に突き出された。

 強力無比の一撃を放つために、超速と技術が解けていた。その隙を、突かれた。

 

 グシャッ、と嫌な音が聞こえた。

 僕の身体が潰れる音だ。

 咄嗟に頭だけはガードしたので、即死は免れた。

 だが、痛みなんて感じる余裕がないほど、徹底的に潰されている。

 頭以外は、ぐちゃぐちゃだ。

 身体が弛緩し、意識が急速に遠のいていく。

 普通なら、ここで数秒立たずと死ぬ。完全に助からない。

 ――そう、普通なら。

 

 白銀の粒子が、ズタボロな身体から拡散し、湧き出る。

 手に持っていた剣が、光の剣と成って、自動的に周りの杭を切り散らす。

 そして、身体に粒子が大量に入り込み、傷が見る間に回復していく。

 本当に、ゲームのHP完全回復魔法を使用したかのように。不気味に再生する。

 強制的に、生き長らえさせられる。

 僕は生きていたいから、今はそれに文句は言えないけれど。

 

 回復後、僕は間髪入れずに走り出し、開いた壁の外へと、脱出することに成功した。

   

 

 

 

 ――それから。

 僕は大赦から逃げ帰って、かといってどこにも行けず、真昼間の街を、ただ彷徨っていた。

 マンションの借りていた部屋は、大赦に抑えられているし。

 かといって勇者部のみんなに会いに行くことも、できなかった。

 僕は、失敗した。

 一人で突っ走って、一人で自滅した。ただ無駄に力を使っただけだ。

 みんなに合わせる顔がない。

 みんなに会うのが、怖い。

 何人死ぬんだろう……。  

 かなり、力を使ってしまった。

 もう考えたくない。

 考えたくなくても、思考は次々と出てきてしまうけれど。

 

 力無く幽鬼の様にふらふらと河川敷を歩いていると、高架橋があった。

 その高架下が、ちょうど陰になって隠れやすそうな場所だと思った。

 大赦は、僕を探しているだろうから。隠れないと、見つかって襲撃される。

 ふらふらと、河川敷の雑草を踏み締めながら下って、高架下に辿り着く。

 壁に背を預けて、倒れるように座った。

 

 

 ――――もう何もかも、嫌だ。

 何も、考えたくない。

 全部全部、放り出したい。

 

 懐に入れてある、友奈に最初に会った時に貰った栞を取り出した。

 潰さないように、大切に握りしめた。

 樹ちゃんの歌が、聞きたくなった。

 スマホを取り出そうとした。

 どこを探してもなかった。

 ああ、そうだった。

 壊してしまった。聞けないんだった。

 

 脳内で、流すことにした。

 歌詞は、覚えている。

  

 ――出会えてよかった。

 ――木漏れ日、眩しい森の中。

 ――風はいつもあったかくて。

 ――心ほぐれてく。

 ――こんな日々がずっと続きますように。

 ――広がる空は、愛や希望で溢れて。

 ――この声が届くまで、歌い続けるから。

 ――いつも、いつも、ありがとう。

 

 本当に、あんな日々がずっと続けばよかったのに。

 みんなと勇者部の活動をしたり、遊んだりした日々が頭の中を駆け巡っていく。

 

 ――もう、戻れないのかな。

 嫌だな。

 嫌だよ。

 嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 なんとしてでもあの日々に帰りたい。

 

 

 ――――――どうやって?

  

 

 もう、戻れない。

 僕は自分の意思で、人を殺してしてしまったんだ。

 前までの、あの力にそんな代償があるなんて知らなかったからという言い訳も通用しない。元々知らなかったでは済まされないことだったけれど。

 僕は、みんなを守るために他の人間を切り捨てた。僕が、殺したんだ。

 結局僕は強くも、優しくも、かっこよくも、成れなかった。

 ただの弱い凡人で、クズだ。殺されても文句が言えない。

 僕はそれだけのことをしてしまった。むしろ殺してくれ。

 

 ――――いや、嘘だ。死にたくない。みんなと一緒にいたい。他の人間なんてどうでもいい。

 結局それが本音だ。僕はそんな、正真正銘のクズなんだ。

 だって、みんなを失うぐらいなら力を使った方がよかった。

 僕は後悔をしていない。

 楽しかった日々に戻れないことは、後悔してもしきれないほど後悔しているけれど。

 それでも、力を使わなかったところで散華はそのままだから、結局あの日々へは戻れない。

 力を使っても、散華を取り消させることは失敗してしまったけれど。

 何も、成せていない。

 ただ無駄に力を使って、無駄に人の命を犠牲にしただけだ。

 どうしようもないほど愚か者だ。

 

 ――だけど。

 だけれど。

 もしもやり直せたとしても、僕はまた、同じ選択をするだろう。

 みんなを救うための、守るための行動をするだろう。

 唯々(ただただ)、愚直に。

 だから、僕はもう既に終わっている。  

 自分とみんなのことしか、考えていないのだから。――いや。

 僕は、じぶ――――考えたくない。

 その先の思考を、握り潰した。

 破滅一直線だ。

 引き返せないところまで、破滅の道を辿って来てしまった。

 もう、終わりだ……。

 

 ……僕は、終わった。

 そう、終わったんだ。

 終わったということは、もう何もないってことだ。

 だから、何もないはずなんだ。

 ――けれど。

 終わったけれど。

 それでも。

 せめてみんなだけは、絶対に、必ず、守ろう――。

 

 

 ――――――――――いや。

 そんな殊勝な考えは、持てなかった。

 どうしようもない愚か者だ。

 

 

 僕は、みんなと一緒にいたいんだ。

 みんなと、楽しく生きていきたいんだ。

 他の事なんて、どうでもいい。

 死にたくないし、みんなと共に在りたい。

 ただ、それだけだ。

 

 ………………僕は、クズだ。

 



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三十九話 蛇遣い座

 検査と怪我の治療が終わった私たちは、お昼頃に病院から解放された。

 怪我は大きなものは無く、日常生活に支障をきたすほどではなかった。

 包帯とか大げさにちょっと巻かれてるけど。

 

 病院から出た後、とりあえずみんなで勇者部の部室に集まった。

 昨日の話をみんなで相談するためだ。

 朝陽くんも電話やメールで呼んだんだけど、返事は返って来なかったし、部室にも来なかった。

 それで、嫌な予感がした。

 朝陽くんは、一度大赦の人に殺されそうになった。

 何かが起きているのかもしれない。

 東郷さんも同じことを思ったみたいで、心配そうにすぐに探すべきだと言った。

 風先輩たちは、まず昨日聞いた話というやつを教えてと言ったけど、今は一刻を争うかもしれなかった。

 だから、後で絶対に話すからと言って、とにかく今は朝陽くんをみんなで探そうとなった。

 それからは、話し合う間もなく、みんなで探し回った。

 大赦にも行ってみたけど、建物がボロボロになっていて、朝陽くんもいなかった。

 大赦の人に聞いても、どこにいるかはわからなかった。

 何も、答えてくれなかった。

 どうして、重要なことばかり隠すの……。 

 

 そして夕刻。

 赤い赤い夕陽に、世界が照らされる時刻。 

 探しても全然見つからなくて、とりあえず情報を整理しようと、またみんなで部室に集まった。

 そうして全員が集まって、いざ話し出そうとした時。

 

 部室内にいる全員のスマホに、同時にメールが来た。

 みんな何事かと一斉にメールを開いた。

 大赦からのメールのようだ。

 こんなことが書かれていた。

 

『夢川朝陽を殺せ。奴は敵だ』

 

 ただ、それだけ。

 何も教えてくれなかったのに、なんでそんなことだけは言ってくるの……?

 ひどいよ。

 散華の事なら、知っていたとしても私は戦ったと思う。

 だから、教えてくれなかったことは悲しいけど、やることは変わらなかった。

 だけど、朝陽くんを殺せだなんて、あんまりだよ……。

 今まで、ずっと私たちと戦ってきた、同じ時間を過ごしてきた、勇者部の一員なんだよ。

 本当は弱いのに、私たちを必死に守ろうとしてくれた、大切な仲間なんだ。

 ――私たちを、もっと頼ってほしいけど。

 殺すなんて、ありえない。

 いなくなるなんて、ありえない。

    

「東郷さん、夏凛ちゃん、風先輩、樹ちゃん――朝陽くんを守ろう」

 皆一様に、真剣な表情で頷いた。

 と、その瞬間。

 

 ピロロ、リリリン。ピロロ、リリリン。

 

 不安を煽るような、電子音。

 樹海化警報が、勇者部の部室に鳴り響いた。

 

 

 

 

 急に、雑草をざわめかせ、顔に吹き付けていた夕暮れの風が、ピタリと止んだ。

 顔を上げると、高架下に生えた雑草が、風にあおられた状態のまま、静止していた。

 自然にそうなることはあり得ない。

 普通じゃない状況。

 あらゆる物が止まった状況。

 

「樹海化か……」

 力無く呟いた。

 来るの、早すぎるだろ。

 もっと、待ってくれてもよかったのに。

 

 ――僕は結局、どうすればいいんだろう。

 分からない。

 分からないけど、とにかくみんなは守ろう。

 

 視界が、白く染まった。

 

 そうして、樹海に降り立つ。

 周りを見ると、みんなもいた。

 

「朝陽くんっ!」

 友奈が走り寄って来る。

 動かなくなった左腕は、ギプスで固定されている。

 さらに、包帯を身体の所々に巻いていた。

 前回の戦いでそんな傷を負っていたのか……?

 気づけなかった。

 服の下に隠れていたのだろう。

 痛がっている様子もなかったし。

 戦わせたくない。

 さらに強く思った。

 

「大丈夫!? 何もなかった!?」

「夢河くん、誰にも襲われなかった? 銀も大丈夫?」

 友奈と東郷さんがすごく心配そうに聞いてきた。

 

 なんで。

 東郷さん、あの時泣いてたじゃないか。

 なのに、なんで僕の心配なんてしてるんだよ。

 自分が、辛いはずなのに。

 泣いてしまうほど、辛いはずなのに。

 

「今までどこにいたのよ」

「みんなで町中探し回ったのよ?」

 夏凛、風先輩、樹ちゃんもそれぞれ僕に詰め寄って来る。

 樹ちゃんは喋る事無く、全身と表情でみんなと同じような意を表している。

 何故、喋らないんだ?

 

 ――喋れないのか?

 夏凛と風先輩はそれぞれ右目と左目を、眼帯で覆っていた。

 そして夏凛と風先輩も身体の所々に包帯を巻いていた。

 前回の戦いは、相当きつかったんだろう。分断されてしまったし。

 それ以外は、全部、散華の影響か。

 いや、包帯も散華で失った部分かもしれない。友奈も包帯をしていたから戦闘の傷だと思ったけれど。

 どっちにしろ、戦ったからそうなってしまった事である事に変わりはないが。 

 

「僕は……」

 何を言えばいいんだろう。

 大赦に殴り込んで、無駄に力を使って、失敗しておめおめと逃げ帰ってきましたって、そう言えばいいのか?

 ――言えるわけがない。

 

「何も……無かったよ……銀も大丈夫だ」

 声が、少し上擦ってしまった。

「朝陽くんは……嘘が下手だね……」

 友奈が、優しく微笑んでそう言った。

「なん、で……」

「そんな顔してれば、誰だってわかるよ」

 そんな顔? 僕は、どんな顔をしているんだ?

 自分の顔を手で触るが、わからない。

 

 僕は友奈の顔を見ていられなくなって、スマホを取り出そうとした。

 なかった。

 また、壊してしまったことを忘れていた。

 でもこのままだと、敵の情報が分からない。

 

「友奈、スマホを貸してくれ。今持ってないんだ。敵の情報が知りたい」

 先の話を誤魔化す意味でも、すぐに貸してほしい。

「その前に、何かあったのか話して。それまでは絶対に貸さないよ」

「……っ」

 強い意志を宿した瞳で僕の目を見てくる友奈。

 誤魔化すことはできない……か。

 他のみんなを見回すも、誰一人話すまで貸してくれそうにない。

 敵の情報はどんなことでも重要だ。手に入るなら手に入れておいた方がいい。

 ここでぐずぐずしていてもバーテックスがすぐにやって来てしまう。

 

「ああ……。あった……よ。あったさ。あったけど、今は敵と戦うことが先だろ……戦いが終わったら話すよ。後、銀が大丈夫なのは本当だ。これは嘘じゃない」 

 友奈は僕の目を凝視してから。

「――うん、わかった。じゃあこの戦いが終わったら絶対に話してね。でも、戦うのは私たちだけ。朝陽くんは力を使っちゃだめだからね。みんなもそれで、いい?」

 

「アタシたちはその事情をまだ知らないけど、友奈がそう言うならここはその判断に任せるわ」

 風先輩がそう返して、それぞれ頷く。

 だけど僕は、頷かなかった。

 そこから察したのか、友奈は念を押すように言ってきた。

「朝陽くん……? 戦っちゃだめだよ?」

「約束は……できない。みんなで倒せるなら、それでいいけど。もしも怪我したり、危険な状況になったら、僕は迷わず戦うよ」

「だめだよ。力を使ったら人がいっぱい死んじゃうんだよっ!」

「友奈ちゃんの言う通りだよ夢河くん。ここは私たちに任せて。自分の意思でその力を使ってしまったら、夢河くんは本当の人殺しになってしまう。夢河くんを、人殺しにしたくないの」

 

 ――もう、手遅れだよ。

 東郷さんの言葉に、そんな一言が喉の奥から出掛かった。

 だけどその一言は、言えなかった。

 

「……わかった。だけどそれなら、絶対に倒して、戻って来てほしい」

「うんっ、必ずみんな無事で、敵をやっつけて帰って来るよ」

 笑顔で頷く友奈。

 とりあえずはそれで納得してくれたようで、友奈はスマホを渡してくれた。

 樹海の地図に、敵のアイコンが表示されていた。

 

 ――獅子蛇遣い座。 

  

 獅子……『蛇遣い座』?

 蛇遣い座――オフィウクス。

 その姿形(すがたかたち)と巨大さと、前衛芸術の様なのは他のバーテックスと変わらないが、人形(ひとがた)をしていて腕も足も人と同じ位置にあり、胡坐(あぐら)をかいて座ったまま浮いている。 

 そして、奇妙な壺の様な物をその両手に抱えている。

 吹き付ける威圧感が、他とは違う。

 そんな感じがした。 

 

 バーテックスは、十二体ではなかったけれど、それでも十二種類だと思っていた。

 合体して、厄介な別物になっていたけど、それでも黄道十二星座以外はいないと思っていた。

 実際、いないといっていた。

 なのに、十三体目。

 蛇遣い座は確かに黄道にはあるが、十二星座には入っていない。

 それが今、獅子座と合体してレオ・オフィウクスと成り、視界の向こうから進行して来ていた。

 

「来たわね」

「ええ――みんな行くわよ!」

 夏凛と風先輩がそう言葉を放つと、五人は変身して新手のバーテックスへと跳んで行った。

 友奈は変身すると、動かなかった左腕が動くようになっていた。

 勇者システムが戦闘のために補助をしてくれているんだろう。

 

 みんなの接近を感じ取ってか、レオ・オフィウクスはピタリと進行を止め、空中に静止した。

 それに構わずみんなは接近していく。東郷さんは少し離れた位置でスナイパーライフルを構えて待機した。まずは様子見ということか。

 

 そして――――

 

 嫌な悪寒が、全身を虫が這うように駆け巡った。

 ガンガンと脳内が警鐘で埋め尽くされる。

 レオ・オフィウクス。

 あれは駄目だ。あいつはいけない。

 危険すぎる。強力だ。

 ああ、特に駄目なのはあの壺だ。早く壊さないと。

 取り返しがつかない。

 そう思った瞬間、僕は咄嗟に、無意識で叫んだ。

 

「東郷さん!! 早くあの壺みたいなのを打ち抜いてくれ!!」

 ダアンッ!!

 

 即座に空色の弾丸が、放たれた。

 さすが東郷さん。突然の大声に戸惑うことなく実行してくれた。

 まさに熟練の狙撃手だ。

 

 空色の弾丸は壺に吸い込まれるように一瞬で飛び、着弾した。

 衝撃音。煙が上がる。

「よしっ」

 思わず小さくガッツポーズをした。  

 だが、ぬか喜びに終わる。

 

「――なっ」

 壺は、健在だった。

 傷一つ、付いていない。

 なんでだよ。確かに当たっただろ。

 狙撃銃の弾だぞ、無傷なんて可笑しいじゃないか。

 

 ――そうして危険で強力な脅威は、野に放たれる。

 

 レオ・オフィウクスが壺を掲げると、その中から前衛芸術の様な蛇だかミミズだか判別しづらい、奇妙な、生き物と言ってもいいかすら判らない動き回る物体が、うじゃうじゃと湧いてきた。

 その総数は、パッと見では分からない。

 視界を埋め尽くすほどの、無数の蛇であろう生物が、友奈たちを囲んだ。

 

 場違いにも。神樹と戦法が被ってるじゃないか。なんて思ってしまった。

 だが、効果的で効率的な戦法であることに変わりはない。

 厄介な相手だ。

 なにしろ対処がし難い。

 

 

 ――――――視界が白に埋め尽くされた。

 目が痛い。眩しい。なんだ急に。

 そんなことを思っている場合じゃない。

 無数の蛇の口であろう部分から、白いレーザー状の砲撃が、放たれたんだ。

 轟音が響き渡り、樹海を騒めかせる。

 轟音が止み、視界が完全に晴れた時には、酷い有り様だった。

 ふざけた光景だった。

 ありえない。なんだよ。理不尽だ。

 

 ――五人とも倒れ伏して、精霊のバリアが跡形も無く粉微塵に砕け散っていた。

 息は、多分あるように見える。

 考えたくもないけど、部位の欠損もないはずだ。遠くて良くは分からないけど。

 少し離れていた東郷さんまで、あれを同じように食らったのか。

 可笑しい。

 確かに精霊のバリアは前回の戦いで過信しすぎるのは良くないと解っていた。

 みんなもそれぐらいちゃんと解っていて、気を付けていたはずだ。

 それに、もともと強力無比を誇っていたバリアだぞ。

 なのに、これはなんだ。 

 一撃で跡形も無くなっている。

 本当に強力なバリアなのかと疑いたくなる。

 対処する間もなかったというのか。

 それほど砲撃が速くて、超威力だったっていうのかよ。

 奴が、敵が、レオ・オフィウクスが、

 化け物過ぎるんだ。

 

 

 



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四十話 それでも僕は力を使う

 ――――もう、待っている場合ではないのではないだろうか。

 力を使ってはいけないとか、そんなこと今更だ。

 

 でも、みんなと約束した。   

 必ずみんな無事で、敵を倒して帰って来るって。

 友奈はそう言った。

 その言葉を信じられなくてどうする。

 勇者部のみんなを信じないで、他の何を信じられるっていうんだ。

 

 でも、相手がこれほどの力を持っているなんてあの時は分かっていなかった。

 それなら、取り返しがつかなくなる前に早く助けに行かないと。

 本当に取り返しがつかなくなったら、後悔してもし切れない。

 後悔なんて通り越してぶっ壊れそうだけど。

 

 でも、だけど、いやそれでも。

 そんな思考が行っては来ては無意味に徘徊している間に、時は無情にも無くなっていた。

 

 二射目の、白いレーザー状の砲撃が、放たれる。

 

「――――っ!!」

 今から飛び出して行っても、間に合わない。

 

 どうしよう。

 

 どうしようじゃねえよ。

 僕が優柔不断に迷っていたからこうなったんだろうが。

 ふざけんなふざけるな。僕はどうしてこうも地に足が付かないんだ。

 時間を掛けずに即断即決で自信を持って行動できたらいいのに。

 そんな強い人間に成れたら何もかもどうにかなりそうなのに。

 だけどもう、遅い。

 

 砲撃はみんなに命中し――

 

「「「「「満開!!!!」」」」」

 

 それなりに遠く離れたこの場所まで聞こえるほどの大音声(だいおんじょう)で、みんなが叫んだ。

 同時に。

 白桜色(はくおうしょく)の豪腕に、空色の砲撃に、純赤(じゅんせき)の六刀に、萌葱色(もえぎいろ)のワイヤーに、大樹のような大剣に。

 白の砲撃が跳ね返る、消滅する、逸らされる。

 

 僕が行かずとも、あの状況をみんなは乗り切った。

 僕は、信じてそのまま待っているべきだった。

 そういうことなのだろうか。

 

 だけど。

 満開だ。

 またあの代償を伴う神の力を使ったんだ。

 だが、この局面なら使わざるを得ないだろう。

 そうしないと今ここで死ぬ。

 それでも僕は、また散華で失われることに絶望的な気分だ。

 みんなに満開させるぐらいなら、最初から一人で戦った方が良かったのではないか? あの包帯を見た時点で、意地でもみんなに戦うことを諦めて貰うべきだったんじゃないか?

 

 そう思ってしまう。

 そんな考えが浮かんできてしまうんだ。

 任せて待っていたのは自分なのに。

 それなら迷わずに最初から自分が行けばよかったんだ。

 中途半端な愚か者め。クズ野郎め。

 そんな風に自分に悪態をついても、何も変わりはしないけど。

 

 でもこれなら、みんなは大丈夫かもしれない。

 かもしれないじゃない。大丈夫なんだ。

 信じて待つんだ。

 満開の力は強力だ。

 それが五人、一気に戦力として戦っている。

 前回の戦いみたいに分断されているわけではない。

 これなら、いける。

 

 

 次々と放たれる蛇の砲撃、それをみんなは全員で協力しながら迎撃する。

 その中で、遠距離攻撃をできる東郷さんが、戦艦の砲台を一部蛇へと向けた。

 放たれる空色の砲撃。

 着弾。

 爆音。

 蛇は数匹ほど消し飛んだ。

 そう、消し飛んだんだ。 

 身体を欠損させて、爆裂して、動けないほどに。

 

 ――確かに、消し飛んだんだ。

 その筈なんだ。

 なのに。

 

 蛇共は、一瞬で再生した。

 瞬く間に、蛇は原形を取り戻した。

 まるでビデオテープを巻き戻したかのようだ。

 バーテックスは元々再生能力を保有しているが、ここまでの速さではなかった。

 ましてや満開後の攻撃に、この再生速度は度を越している。

 それにあの蛇は本体ではないだろう。見た限り遠くに鎮座している人形(ひとがた)が本体のはずだ。

 無数の蛇全てが、倒しても倒しても瞬時に再生する。 

 

 驚異的な再生能力。

 恐らくレオ・オフィウクスは、そんな能力を持っているのだろう。

 馬鹿げている。卑怯だ。早く殺されろ。

 僕が言えた事ではないけれど。

 

 東郷さんは何度も空色の砲撃を、無数の蛇共に撃ち込んだ。

 爆音。爆音。爆音。

 爆裂。四散。焼失。

 

 だが――瞬時に再生する。

 

 このままでは切りが無いことが解ったのであろう東郷さんが、人形(ひとがた)の本体へ向けて空色の砲撃を放った。

 けれど、砲撃が辿り着く前に複数の蛇が本体の前に移動し、肉壁となって守った。 

 そして刹那の間に再生する。

 

 ジリ貧だ。

 なにか打開策を取らないと、このまま体力を消耗していって危険だ。

 それはみんなも、見ているだけの僕なんかよりも解っているのか、すぐに行動に移し出した。

 

 東郷さんが蛇の砲撃の迎撃を主に請け負い、本体目指してみんなで進んで行く。

 だが、かなり無理矢理な行軍だ。

 それでも、それしか手は無いと敢行したのだろう。

 結局本体を叩かなければ倒せない。

 蛇を倒したところで、すぐに再生されるのなら意味がない。

 RPGのボス戦で、周りの雑魚を無視してボスのみにダメージを与えた方がいい場合と同じ状況だ。

 雑魚を倒してからがいい場合もあるが、今の戦況ではそれは悪手だ。

  

 砲撃の雨が絶え間なく続く中、激しく迎撃しながらみんなは進んで行く。

 満開でさらに強力になったバリアが傷ついて、破壊されて、身体が爆炎で焼き焦がされても、それでもみんなは進んで行く。

 

 もどかしい。

 飛び出して行きたくて堪らない。

 誰かが傷つく度に、足が前に踏み出しそうになる。

 でも、信じて待たなければならない。

 何度も脳内で友奈の言葉を反芻し、何とか踏みとどまらせている。

 

『うんっ、必ずみんな無事で、敵をやっつけて帰って来るよ』

 

 友奈はそう言っていた。

 言ったんだ。

 ちゃんと言っていたんだ。

 優しい笑顔をして、必ずと言葉を発したんだ。

 だから、待たなければ。

 絶対に勝つと、信じなければ。

 生きて帰ってくると、信じるんだ。

 

 そうこうしている内に、みんなはレオ・オフィウクスに肉薄しつつあった。

 そこでまた、無数の蛇が一斉砲撃を放った。

 みんなも一斉に迎撃する。

 

 ――そして、一瞬の間ができる。

 蛇が一斉砲撃をした後の、間隙(かんげき)

 迎撃した後の、僅かな硬直時間。

 一斉砲撃後だから、すぐには、少なくとも一瞬後には、次の攻撃は来ないだろうという気の緩みの瞬間。 

 

 そこに、不意を打った攻撃が差し込まれる。

 

 レオ・オフィウクスの本体。

 その口が、裂けんばかりに大きく広げられた。

 口裂け女も裸足で逃げ出すほど、大きく大きく。

 

 ――深淵の様な口腔の奥が、白く光った。

 

 刹那の後に、特大のレーザー砲撃が吐き出された。

 都市を一撃で焦土と化せるだろう太く巨大な砲撃は、固まって迎撃していた四人の元に、一直線に吸い込まれていく。

     

 真正面から、東郷さん以外の四人に命中した。

 爆音。

 爆音なんてものじゃない。

 空気が震撼し、風圧が吹き付ける。

 着弾点から巨大なクレーターと化し、鼓膜が破れそうな凄まじい音がどこまでも響き渡る。

 

「みんな!」

 心臓が締め付けられるようだ。

 東郷さんは少し離れていたから免れたが、他の四人は何の防御も避けることもできず、あれほどの攻撃を食らってしまった。

 心臓が早鐘を打ち過ぎて、痛いくらいだ。

 みんなが死んでしまうんじゃないかという不安に押し潰されそうになる。

 

 ――そして僕はその不安に、勝てなかった。

 みんなにあの特大砲撃が命中したのを見た瞬間から、すでに走り出していた。

 我慢など、できなかった。

 

 四人は倒れている、クレーターの真ん中で、いまだ動けず倒れている。

 その倒れている四人に、再度特大砲撃が放たれる。

 空気を押し潰しながら、白の砲撃が迫る。 

 

「止めろこのやろおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!」

 刹那の間に、剣を抜き、力を使って超速と成る。

 時間も空間も何もかも置き去りにして、守りたい人達の元へと一瞬で辿り着いた。 

 迫り来る砲撃の前に、立つ。

 

 白刃を叩き付けて、砲撃を受け止める。

「ぐっ……!」

 衝撃が発破されない。

 普通、砲撃っていったら着弾した瞬間に爆発するはずだ。

 なのに本体から放たれた砲撃は、爆発せず残って、その破壊的なエネルギーを保ったまま、押し潰そうと勢いを衰えさせずに進んでくる。

 強力過ぎる一撃に、押され気味になる。

 足を引き摺り、後退してしまう。

 

 空色の砲撃が、白い特大の砲撃に撃ち込まれた。

 東郷さんの援護だ。

 連続で撃ち込まれる東郷さんの砲撃。

 そのおかげで、後退することはなくなった。

 だが、消滅させるには至っていない。

 耐えているだけだ。

 

「来ちゃ、だめだよ……!」

 僕の背中に、友奈が言葉を投げた。

 激情に駆られて、叫んだ。

「来なかったら、やられてた! 嫌なんだよそんなの!」

 叫びながら、力を使う。

 白銀の粒子が舞い、集まる。

 白刃を、光り輝く聖剣と化させた。

 押されていた砲撃を、聖剣を振り抜いて、打ち砕く。

 砲撃は消滅し、静かになった。

 

「とにかく、こいつはやばい相手だ。協力しないと倒せない」

「でも――」

「――来る」

 友奈の言葉を遮る。

 また蛇が、砲撃の雨を再開させたからだ。

 蛇の無数の砲撃が襲い来る。

 

 友奈は今は話している場合じゃないと分かったのか、

「あとでいっぱい文句言わせてもらうからね!」

 と言いながら立ち上がり、レーザー砲撃に豪腕を叩き付けて迎撃し始める。

 夏凛も、風先輩も、樹ちゃんも一緒に立ち上がり、迎撃した。

 僕も白刃を振り、砲撃を次々と消失させた。

 だけど、このまま迎撃していてもさっきの二の舞だ。

 

 僕はすでに考えていた作戦を伝える。

「とにかくあそこでふんぞり返ってる本体をやらないと意味がない。僕がこの蛇共は全て引き付けるから、みんなはその間に本体を倒してくれ」

 砲撃を、また一撃消滅させる。

「朝陽一人で出来るの……!?」

 大剣を振りながら風先輩が言った。

「大丈夫です。多分向こうにいる東郷さんが援護してくれると思うので」

 恐らく察してくれるだろう。

 人数が少ない方を援護するはずだ。

 それに、東郷さんは状況を見極められない人じゃない。

 この砲撃の雨の中、スマホで連絡を取ることもできないし。

 僕のスマホはないけれど。

 

「それじゃあ、頼んだよ」

 僕はそう言って、みんなの返事も聞かない内に跳び上がった。

 引き付けると言ったはいいが、方法は大して考えていない。

 だから、咄嗟に思いつける行動をしていく。

 とにかく、何が何でもみんなには攻撃させず、僕だけに引き付けるんだ。

 蛇は無数だ。難しいだろう。

 一匹もみんなの元には向かわせない、砲撃を行かせないというのは、至難の業だ。

 だけど、やるしかない。

 やると言ったからには、やる。

 これぐらい、やってみせろ。

 

 だから、跳んだんだ。

 とりあえず、跳んでみたんだ。

 飛行できるわけでもないのにこんな事しようものなら、無防備な的になる。

 そんな僕を、狙ってくるはずだ。

 

 ――ほら、来た。

 無数にいる半分くらい、いや、六、七割ぐらいか、が僕に向かってレーザー砲撃を前後左右から放ってきた。

 だが別の、残りの四、三割くらいの蛇は、本体に向けて走りだしているみんなに放った。

 

 やばい。

 まずい。

 どうしよう。

 引き付けるって言ったのに。

 みんなは僕を信じて本体に向かったっていうのに。 

 東郷さん頼む。

 そんな時の東郷さんだ。

 大丈夫だ。彼女ならやってくれる。

 僕はそれを信じて、今は目の前に迫る砲撃を何とかするべきだ。

 一撃一撃ならこの白刃を振るえば何とか消せはする。

 だが、この量だと少し削って後は命中だ。

 そうして僕は物言わぬ肉塊となる。

 だけど、これを乗り切る手なんて余裕で在る。

 力を使えばいいだけだ。

 

 もうすでに結構使ってしまっている?

 関係ない人間が大量に死ぬ?

 知るか、そんなこと。

 今更だ。

 僕はとにかく今を乗り切らなければならないんだ!

 余計な思考を振り払い、気を奮い立たせる。 

 

 力を、引き出す。

 粒子が、白刃に染み付く。

 光り輝く聖剣と化し、膨脹し、両手剣(ツーハンデッドソード)になる。

 

 それを横薙ぎに振り抜き、その勢いのまま一回転する。

 つまり、回転切りだ。

 振るわれた聖剣は、剣閃を拡大させる。

 その剣閃に砲撃がぶち当たったと同時に、砲撃は消滅していく。

 連続した爆発音を轟かせ、僕に来たレーザー砲撃は一瞬で全て破壊された。 

 

 その後、僕は重力に任せて自由落下する。

 すぐにみんなの方を見ると、期待通りに東郷さんが空色の砲撃でレーザー砲撃を打ち落としてくれたみたいだ。

 みんな無事に、本体に辿り着けるだろう。

 

 ――――そんな時に、一斉に白いレーザー砲撃が、本体に辿り着きそうな四人に放たれた。

 くそっ。

 そう旨くはいかせてくれないってのか。

 力を引き出す。

 粒子が全身に行き渡る。

 超速と成る。

 間に合ってくれ。

 

 レーザー砲撃と競争をする。

 いけ。

 行け。

 行けよ!

 追い越せ。

 何もかも追い越せ。

 今の僕は、何者よりも速いんだ!

 

 風を切る感覚すら追い越し、レーザーが遅く見えてくる。

 届け。

 もう少しだ。

 行け!

 並列した。

 僕はレーザー砲撃と並走している。

 前には出れなかった。

 だけど、それで十分だ。

 僕は、ただの競争をしているわけではないのだから。

 

 また、力を引き出す。

 今度はさらに、剣閃を長く伸ばす。

 白刃が、白銀に輝く大剣と成る。 

 

 一気に、真上に向かって半円状に振り抜く。

 その範囲には、全てのレーザー砲撃があった。

 どこまでも、高く高く剣閃が伸び、レーザー砲撃を一撃も漏らすことなく破壊した。

 爆音が何度も連続し、煙が立ち込める。

 煙が晴れた頃には、砲撃など一光(ひとひかり)も無かった。  

 

「よう」

 言葉が通じるかなど分からないが、僕は剣先を向けながら挑発する。

「お前らの相手はこの僕だ、全身全霊の力を持って、僕だけを潰しに掛かれ」

 一呼吸し、

「でないと、死ぬぞ?」

 そう余裕たっぷりに言ってやった。

 

 蛇共は一斉に、僕へとその口腔を向けた。

 

 



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四十一話 私を叩いて

 後ろで爆発が起きたけど、振り向かずに進む。

 朝陽くんと東郷さんが蛇を必ず引き付けてくれているから、振り向く必要はない。

 朝陽くんには力を使って欲しくないけど、もうここまで来たらしょうがない。

 しょうがない事ではないけれど、今考えていても仕方がないんだ。

 とりあえず今は、私と夏凛ちゃんと風先輩と樹ちゃんでバーテックスをやっつけて、後の事はそれから考えればいい。

 倒す事に考えを集中していないと、大きなミスに繋がるかもしれない。

 だから今は、あの、座って空中に浮いている、人みたいな形をした巨大なバーテックスを倒す。

 それだけを考える。

 

 その巨人が、口腔を、顔が見えなくなってしまうくらいに開いた。

 

 さっきの、すごく太くてデカい砲撃だ。

 その予備動作。

 あれに当たったら、一溜まりもない。

 防御できるのかも怪しい。

 避けるしかない。

 

 特大砲撃が巨人の大口から放たれる。

 みんな一斉に、飛び退いた。 

 巨大な砲撃だから、少しでも遅れると避けれないかもしれない。

 今回は何とか、避けれた。

 地面に砲撃が当たって、鼓膜が破れそうな轟音が響き渡る。

 爆風が吹き付けて、さらに飛ばされる。

 空中でバランスを取って、着地する。

 樹ちゃんが転んじゃったけど、風先輩に支えられてすぐに立った。

 みんな避けれたみたいだし、この一発は、乗り切った。 

 

 ――巨人が、動き出す。

 

 今までずっと、胡坐(あぐら)座りをしてその場から動かなかったけど、動き出した。

 まず、地面に足を付けた。

 ゆっくりと立ち上がって、辺りに大きな影を落とす。 

 何十メートルもある巨人へと成った。

 座ってる時よりも、威圧感が凄い。

 立ち上がるだけで、こんなにも違う。

 蟻みたいに踏み潰されてしまいそうだ。

 巨人は、私たちに顔を向けている。

 その間は隙だらけに見えたけど、威圧されてしまって動けなかった。

 立ち上がる動作に当たっただけでも、羽虫の様に弾き飛ばされてしまいそうに見えて仕方がなかった。

 

 巨大な腕が、地面の影を濃くしながら襲い来る。

 壺を片手に持っているから、片腕だけだ。

 だけど。

 それでも、巨大だ。

 身体の奥から根源的恐怖が滲み出してきそうだ。

 

 ――そう、あくまできそうなだけだ。

 ギリギリ、滲み出してはいない。

 今まで幾多の戦いを乗り越えてきたんだ、そう簡単に怖がったりしない。

 それでも、ギリギリだけど。

 

「ここは私に任せてください!」

 私はそう叫んで、跳び上がって飛行した。

 巨人の腕に自ら飛び込んでいく。

 白桜色の豪腕を思いっきり振りかぶる。

 最大の勢いを付けて、右の豪腕を叩き付けた。

 全身に伝わる衝撃。

 拮抗。

 どちらも押されず押さず、力の押し付け合いをしている。

 使っているのは自分の直接の右腕じゃないのに、右腕が痺れてきている。 

 でも、この隙に出来ることがある。

 

 夏凛ちゃん、風先輩、樹ちゃんがバーテックスに接近する。

 今バーテックスは私と拳をぶつけ合っていて、動けない。

 樹ちゃんがワイヤーで手足を縛り付け、風先輩が大剣を左足に叩き付け、夏凛ちゃんが刀で右足を斬り付けた。

 衝撃音。

 満開の力は凄い。

 バーテックスの両足とも、吹き飛んだ。

 私は拳を押し付けて、一旦離れる。

 バーテックスはバランスを崩していたから、簡単だった。 

 大地に横倒しになろうと倒れていくバーテックス。

 その間、ずっと私の方に顔を向けていた。

 

 特大の砲撃が、真っ暗な大口から放たれる。

 

 だけど、私はそれを予測していた。

 だって、バーテックスはずっとこっちを見ていた、さすがに気づく。

 満開の力で飛行して、何とか避ける。

 風圧で少し吹き飛んでしまったが、食らったわけじゃないから問題ない。

 これで、バーテックスはそのまま倒れるだけだ。

 倒れた後なら、勝つのは簡単。

 

 ――そう思っていた。

 

 バーテックスが片手に持っていた壺。

 それを、倒れながら放り投げた。

 ただの、壺だ。

 こっちに、向かってくるわけじゃない。

 他の三人の方に、飛んで行っているわけでもない。 

 だけど。

 

 壺が、突然甲高い音を立てながら爆発した。

 それで壺が破壊されただけなら、よかった。

 でも、違った。

 バラバラになった破片は、私たちに物凄い速さで降り注いだ。  

 

 あれは、爆弾だ。

 前に、東郷さんに教えてもらったことがある。

 手榴弾(しゅりゅうだん)だったか、手榴弾(てりゅうだん)だったか、どっちか忘れたけど。

 とにかく、手榴弾という爆弾だ。  

 

 この不意打ちには、誰も対応できなかった。

 高速で飛来する破片の群れが、私たちのバリアに何個も突き刺さる。

 バーテックスの倒れる音が聞こえた。

 

 でも、私たちはそれどころじゃない。

 バリアの罅割れていた部分を破壊され、腕に突き刺さる。

 何とか避けようと身を捩るけど、意味を成さない。

 咄嗟に身を捩ってしまったけど、すぐに気づいて豪腕を前でクロスして盾にする。

 

 そうやって、なんとか乗り切った。

 

「はぁ……はぁ……」

 痛みと疲労と緊張で、息が荒くなる。

 なんとか今の攻撃を凌ぐ事が出来た安堵感もあるだろう。

 汗も、いっぱい出ている。

 

「みんなは!?」

 声に出してしまいながら、辺りを見回す。

 他の三人も、私とほとんど同じ状況だ。

 バリアはボロボロだし、破片が所々に刺さっているし、武器で防いだから何とかまだ動ける状態。

 満開の力があったから、この程度で済んだともいえる。

 満開がなくて、バーテックス製の手榴弾なんて食らってしまったら、一瞬で死んでしまうだろう。

 破片が刺さるだけで済むわけがない。

 

 バーテックスを見ると、私たちが手榴弾に気を取られている内に、足を再生させたのかぴんぴんしている。

 それでも早い。

 手榴弾に気を取られていたといっても、時間にすればほんの少しだ。

 満開の攻撃を受けておいて、その間に完全に再生しているなんて、あの蛇と同等の再生力だ。

 バーテックスにも手榴弾の破片が飛んできたのか、身体の所々に刺さっているけど、 即座に修復され、身体から押し出されて破片は地面に落ちていく。

 バーテックス自身には手榴弾なんて聞かないんだ。

 だからあんな、自分も巻き込まれる至近距離で、爆弾なんて投げれたんだ。

   

 勝てる方法は、何があるんだろう――?

 考える。考える。

 けど。

 思いつく前に。

 ――来た。

 

 巨人バーテックスが、特大の砲撃を口から発射して来た。

 風先輩と樹ちゃんの方に砲撃は行った。

 なんとか避けてくれることを信じる。

 

 ――こっちも、対処しないといけないから。

 私の方には、巨大な足による蹴り上げが来た。

 夏凛ちゃんの方には、右拳の叩き付けが行った。

 巨大質量の格闘攻撃は、風圧を伴い、ビルが丸々一つ迫ってくるような圧迫感が襲い来る。

 今度は左の豪腕を使って、蹴り上げてくる足に殴りつける。

 衝撃波が衝突点から起こり、空気を揺らす。

 夏凛ちゃんも、六本の刀を拳に叩き付けたみたいだ。

 

 このまま拮抗させるのは、大きな隙になる。

 だからすぐに距離を取ろうと思った。

 さっきの二の舞にはしたくないから。

 けど、衝突した時に少しも隙が出来ないなんてことは無い。

 その、数秒か、一瞬かの隙に、左拳が飛んで来た。

 

 右の豪腕で、何とか防ぐ。

 だけど、力をあまり入れることができなかった。

 叩き飛ばされる。

 計算して飛ばしたのか、飛んだ先に夏凛ちゃんがいた。

 

「え? ちょ!?」

「夏凛ちゃんどいてええええええ!」

 叫ぶも空しく、夏凛ちゃんに激突した。

 

「ぐっ……!」

「わっ……!」

 それでも勢いは止まらず、一緒に吹き飛ばされる。

 樹海の根に、叩き付けられる。

 

「っつううぅ……」

「いたたた……」

 顔を上げて、状況を確認する。

 夏凛ちゃんに抱き付く形で、私が上になって倒れていた。

 

「わっ、夏凛ちゃんごめん! 立てる?」

 すぐに飛び起きて、手を伸ばす。

 

「あ、うん……だいじょう――――友奈!!」

「へ?」

 夏凛ちゃんが物凄い速さで私の後ろに跳んだ。

 背中の方から、デカい塊同士がぶつかったような衝突音と、風圧と衝撃波が襲った。

 それにより前につんのめった後、すぐに振り向くと、夏凛ちゃんが刀で巨人バーテックスの足を受け止めていた。

 私は後ろから蹴り上げられそうになっていたみたいだ。

 夏凛ちゃんが助けてくれなかったら、まずかった。

 あとで煮干しをプレゼントしよう。

 

 それはともかく、早く加勢しないと。

「はあっ!」

 白桜色の豪腕を、夏凛ちゃんと鍔迫り合いをしている足に殴り付ける。

 満開をした二人の、同時箇所攻撃に、流石の巨人バーテックスも足を弾き返される。

 装甲も少し破壊したけど、即座に修復された。

 バーテックスは、足を弾き返されても転ぶことなく、バランスを取って、さらにバックステップもして後退した。

 

 このまま続けていても、埒が明かない。

 でも、さっきからずっと考えてるけど、あの再生速度のバーテックスを倒す手段は浮かんでこない。

 早く対策を見つけないと、その行動をするための体力が無くなってしまう。

 早く閃かないと。

 

 早く。

 早く。

 早く。

 ――――――。

 

 

 気づく。

 考え至る。

 ピコーンというやつだ。

 

 

 頭を叩いたら閃くんじゃないかな?

 

 

 そんな考えが浮かんで来た。

 ほら、昔のテレビも叩くと直るっていうし。

 関係ないかな?

 まあなくてもあってもどっちでもいいや。

 でも自分でやると手加減しちゃいそう。

 他の人にやってもらおう。

 ちょうど隣に、夏凛ちゃんがいる。

 頼んでみよう。

 最悪煮干しに上乗せしてサプリも上げればいいし。

 最悪って何だろう。

 そういえば前の戦闘でもプレゼントしようとか思ってたけどしてないや。

 じゃあ煮干し大盛りにしなきゃ。

  

「夏凛ちゃん! 私の頭を思いっきり叩いて!」 

 

「はあっ!!?? アンタ急に何言ってんのよ!? ここは戦場よ!?」

「戦場だからだよ。バーテックスを倒すために必要なの」

「ふざけてる場合じゃないのよ! 仲間の頭ぶっ叩いて戦況が変わるならとっくにぶっ叩いてるわよ!」

「確かにそうだね!」

「ならなんで言ったのよ!」

 

 ええい、うるさい夏凛ちゃん。

 早く私の頭を叩けばいいんだよ。

 そうすれば何もかも解決――

 

 ゴンッ。

 

「あいた~~~~~~っ!」

 頭に鈍い衝撃が奔った。

 思わず両手で頭を抱える。

 痛い。

 これをやったのは、夏凛ちゃんではない。

 だって目の前にいるし。

 殴る動作してないし。

 振り向く。

 

「友奈。アンタね、ストレス溜まるのも混乱するのも分かるけど、今はそれどころじゃないでしょ。お願いだから気を引き締めて。ここを乗り切りましょう」

「風先輩……」

 そう。私の脳天に拳骨を落としたのは、駄目な部下を見るような眼をした風先輩だ。

「それで、みんなで頑張って終わったら、ストレスも何もかもパーッとみんなで晴らすのよ。だからそこまでは、ね?」

 

 私は、ストレスがたまっていたのだろうか?

 混乱していたのだろうか?

 

 ――多分、していたんだろうな。

 だって、そうでもなきゃ自分の頭を戦闘中なのに叩けなんて、言うわけない。

 そんなに私は弱かったのかな。

 そうでもないつもりだったんだけど。

 

 でも最近、色々な事が起こった。

 厳しい戦いの連続。

 散華について。

 朝陽くんについて。

 そんな色々が重なったせいなのかな。

 風先輩が言うように、気を引き締めなきゃ。

 みんなが悲しまないように、私がなんとかしなきゃだもんね。

 私だけじゃなく、みんなと一緒に頑張ってもいかないと。

 一人だけでは、駄目だ。

 みんなで、協力して頑張るんだ。  

 支え合って、進んで行くんだ。

 だから私も、ちゃんとしないと。 

 

「目が覚めました風先輩。冷静に考えます」

「うん。それならいいのよ」

 風先輩は微笑んで頷く。

 特大砲撃を避けたことで、離れた位置に風先輩と樹ちゃんは居たはずだけど、巨人バーテックスが後退したことで、合流してきたみたいだ。

 樹ちゃんもここに居る。

 

 バーテックスはまた、少し遠くから特大砲撃を放ってきた。

 遠めだったので、危なげなくみんなで散開して避ける。

 牽制のつもりで放ったのかな。

 向こうも慎重になっている。

 驚異的な再生能力を持っていても、決定打に欠ける戦闘に打開策を練っているのかもしてない。

 それだったら、こっちも打開策を打たせてもらうだけだ。

 

 実は、さっき風先輩に拳骨を落とされた時に、思いついていた。

 訳が分からないが、閃いてしまったのだ。

 だからって戦闘になるたびにそうボコスカと叩かれるのは嫌だけど。

 ただの偶然だと思うし。

 とにかく、思いついた。 

 

 ――封印の儀というやつを、忘れていたと。

 

 最近は、朝陽くんの力や満開で、バンバンそのまま倒せていた。

 だから、封印の儀ってなんだっけ? と思うぐらい失念していた。

 封印の儀さん、ごめんなさい。

 でも、今回のバーテックスの再生力は異常だ。

 それなら、封印の儀で御霊を露出させて、それを破壊すれば倒せる。

 そんな簡単なことに、すぐに思い至れなかった。

 みんなも言ってきてないことから、忘れているみたいだけど。

 とにかく、思い出せたのだからそれはいい。

 あとはそれを、やるだけなんだ。

 

「みんな聞いて! 倒す方法思いついたよ!」

 封印の儀のことを、みんなに伝えた。

「盲点だったわ……」

「すっかり忘れてたわね」

 夏凛ちゃんが額に手を当てて言葉を零す。

 風先輩が呆れたように続けて、樹ちゃんがこくこくと頷いていた。

 

「じゃあさっそく行動に移りましょう! 散開して囲むわよ!」

「はい!」

「おう!」

 風先輩が行動開始の声を上げると、私と夏凛ちゃんは短く答えて、樹ちゃんは強く頷いた。



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四十二話 私は諦めない

 それぞれ飛び立つ。

 満開の力で飛行して、巨人バーテックスの元に向かう。

 バーテックスは、飛行している私たちに特大砲撃を放ってきた。

 だけど、一発くらいなら何とか避けられる。

 衝撃波と風圧を撒き散らしながら、特大砲撃はあらぬ方向へ飛んでいく。

 地面を砕き、空気を揺らす。

 だけど、みんな避けれている。

 多かったら、厳しかったけど。

 後ろで蛇達を止めてくれている、朝陽くんと東郷さんのおかげだ。

 それによって、巨人の特大砲撃だけで済んでいる。

 私達は何度も特大砲撃だけを避けながら、巨人バーテックスに肉薄した。

   

 近づいてすぐ、格闘攻撃を仕掛けられる。

 迫り来た右拳の殴りを、豪腕の横殴りで逸らして、駆ける。

 少し衝撃によろめいてしまったけど、何とか体勢を立て直して進む。

 みんなもそれぞれ、蹴りや拳を、避け、逸らし、何とか乗り切った。

 

 乗り切った後、四方に散らばって、即座にみんなでバーテックスを囲んだ。

「封印の儀、いくわよ!」

「了解!」

「任せなさい!」

 和風の白い魔法陣みたいなものが、バーテックスの下に出現する。

 バーテックスは、一瞬動きを止めた。

「とっとと御霊をベロンッと出しなさい!」

「早く倒されて! 朝陽くんが戦ってるの!」

「消えろ!」

 それぞれ魂を込めた言霊(ことだま)をぶつける。

 すると魔法陣から、カラフルな花弁のような光の粒が大量に溢れ出し、バーテックスは完全に動きを止めた。

 

 そして。

 御霊が巨人バーテックスの腹から、吐き出される。

 いつも通りの、角ばったコマの様な見た目だ。 

 

 

 ――――刹那。

 目の前が、見えなくなった。

 白、白。

 目が痛いほどの白が、視界を埋め尽くした。

 なぜ目が痛いか。

 それは、光だからだ。

 なんの?

 それは――

 

 

 強烈な衝撃が、全身に奔る。

 その場から、ジェットコースターでいきなり移動させられたように、吹き飛ぶ。

 地面に、樹海の根に、何度もバウンドして身体を打ち付けながら、遠く飛ばされる。

 痛みと混乱と視界の大きい揺れで、何も考えられないまま転がり飛び続け。

 

 やっと、止まった。

 

 何が、起きたの?

 全身傷だらけで、痛くて痛くて、血が出てて、倒れてて、すぐに、立ち上がれそうもなくて。

 御霊を、破壊しようとしていたはずだ。

 それで、御霊が出てきて。

 それから?

 すぐ後には、こんなことになった。

 なんで?

 顔を、痛みが奔りながらも持ち上げて、辺りを見回す。

 

「――っ!」

 前方。

 遠く向こうの方。

 

 ――――そこに、全方位に砲撃を間断なく放ち続ける、御霊が浮遊していた。

 あれに、やられたんだ。

 それで、吹き飛ばされたんだ。

 至近距離から、みんな直撃を受けてしまっただろう。

 それぞれ飛ばされたはずだ。

 みんな無事かな。

 無事でいてほしい。

 無事じゃなきゃ、嫌だ。

 

 シュウシュウ、とか、ジュワッ、とか、そんな奇妙な音が耳に入った。

 音がした方向に目を向けると、枯れていた。

 巨樹が。

 枯れている。

 樹海が、枯れていってる。

 カラフルな色をした根達が、シュウシュウと音を立てて黒ずんでいく。

 

 確か、前に風先輩が言ってたっけ。

 長い間バーテックスを封印してると、樹海が枯れて現実世界に悪い影響が出るって。

 魔法陣みたいなのに出ている数字は、私たち勇者のパワー残量で、零になるとバーテックスを押さえつけられなくなって、倒せなくなるって。

 

 なら、早く立ち上がって、倒さないと。

 手遅れに、なる前に。

 

「……っ……んっ……」 

 何とか、痛みに耐えながら立ち上がる。

 血がポタポタと、地面に落ちて、樹海に赤い染みを作る。

 でも、腕も、足も、まだまだ動く。

 動けるのなら、戦える。

 だから、バーテックスを倒す。

 

 最初はよろめきながらだったけど、走り出す。

 途中から、よろめくことはなくなった。

 走る。

 走れる。

 いまだに御霊は砲撃を止めることは無い。

 もうすぐ、その砲撃の射程範囲に入る。

 それでも足は、止めない。

 

 ――入った。砲撃の射程範囲に。

 砲撃はすぐに目の前に、やって来る。

 白桜色の豪腕を、叩き付けた。

 数秒の拮抗。

 その後、砲撃は豪腕に吹き散らされ、消滅した。 

 

 全然、戦える。

 特大砲撃ほど、強い砲撃というわけじゃない。

 消滅させられる範囲内の力だ。

 

 だけど、間髪入れずに砲撃はやって来る。

 それを、何度も何度も、交互に、豪腕を叩き付けて消滅させていく。

 少しずつ、前に進んでいく。

 

「あああああああああああああ!!」

 声が、聞こえた。

 張り上げている、叫んでいる声が、聞こえた。

 この声は、夏凛ちゃんかな。

 悲鳴とかじゃない。

 裂帛の気負いを入れているような声だ。

 夏凛ちゃんも、近づいてきている。

 私と同じように。

 そういうことなんだろう。

 それなら、風先輩も樹ちゃんも同じはずだ。

 ダメージがひどくなければ、多分来ている。

 見回す余裕がない。

 状況確認が出来ない。 

 間断なく、砲撃は次々と来る。

 視界は常に白一色だ。

 これ倒せるの?

 いや、駄目だ、疑問に思ってはいけない。

 倒せると信じて前に突き進む以外に、結局やれることは無いのだから。

 だけど、冷静さも必要だ。

 冷静に、諦めることなく、進む。

 このまま砲撃を消滅させながら御霊に近づいて、攻撃を浴びせればいい。

 本当にそうなのかな?

 そもそもこんなに進むのが遅くて、体力が持つのかな?

 分からない。けど、進むしかない。

 今にも、倒れそうだけど。

 痛みと疲労で、砲撃に対処するのが、厳しくなってきている。

 このままじゃ……。

 なにか、打開策。

 別の、方法。

 冷静に、状況判断をして、考えるんだ。

 冷静、冷静、冷静。

 

 ――あ、忘れてた。

 前回の戦いで、初めて満開をした。

 その時に、戦いの後変わったことがある。 

 

 精霊が、増えたんだ。

 火車(かしゃ)っていう、かわいい火の猫みたいな精霊。

 その子の力を、使ってなかった。

 それを、試してみよう。

 そうすれば、何か変わるかもしれない。

 かもじゃない。変わるんだ。

 だって、新しい仲間の力なんだから。

 

「火車、来て!」

 呼んで間を絶たず、火車は私の横に現れた。

 すると、白桜色の豪腕が、赤く燃え上がった。

 私はまったく、熱くない。

 これは特別な炎だ。

 精霊の力。

 その炎と、元の牛鬼の力が合わさり、破壊力がさらに増す。

 砲撃を消滅させることができる時間が、短縮された。

 

「炎の勇者パンチ!」

 自分を鼓舞するために叫びながら、豪腕を繰り出す。

 砲撃は、数秒の拮抗だったのが、一秒くらいに短縮された。

 前より格段に効率が良くなり、進んで行く。

 近づく。

 もうすぐ、御霊に辿り着けそう。

 前が良く見えないから、距離からの憶測でしかないけど。

 もうすぐなんだ。

 あれを破壊すれば、こっちの勝ちなんだ。

 だから、私の身体、動いて。

 ちゃんと、動いて。

 もっと、動いて。

 鈍く、なってるよ。

 せっかく、火車の力も使って、良い方に向かってるのに。

 動けなくなったら、意味ないじゃん。

 体力が、底をつきそうだ。

 腕が、上がらなくなっていく。

 だけど、無理矢理持ち上げて、砲撃に叩き付ける。

 もっと、もっと、もっと。

 前へ、前へ、前へ。

 叩き付ける、殴り付ける、連続で、交互に。 

 

 ――御霊が、見えてきた。

 相変わらず、砲撃を間断なく全方位に放っている。

 エネルギーに底が無いのではないかと思うほど、ずっと、一撃放っては、間髪入れずに次の一撃を放っている。 

 あれにもうちょっと近づくだけで、炎の豪腕を叩き付けて破壊することができる。

 前へ、前へ。

 殴り付ける、殴り付ける。

 近づいている。

 着実に近づいている。

 あと、少しだ。

 あと、ほんのちょっと頑張れば、倒せるんだ。

 だから、動いてよ。

 血が出てるけど、痛いけど、頑張ってよ。

 無理矢理に、何度も何度も身体を動かす。

 ただ、殴り付けて、前に進むことだけを考える。

 ゆっくりでも、進んで行く。

 

 ――着いた。

 御霊に、炎の豪腕を叩き付けられる範囲内。

 すぐ、近く。

 横に、みんなの姿もある気がする。

 三人も、私と一緒で新しい精霊の力を使ったのかな。

 そういえば、夏凛ちゃんだけは新しい精霊がいなくて、悔しそうにしてたっけ。

 その代わり義輝が強化されてたけど。その力を使ったのかな。

 この至近距離だ。砲撃も、威力も速度も、最大になっている場所。

 早く、御霊を壊さないと、こっちが持たない。

 砲撃を放った後の、ほんの少しの、数秒もない間隙(かんげき)

 そこで、一気に畳みかける。

 

 

 ――――――。

 

 ――前もうまく見えない白い世界が、さらに、眩く輝いて、染まった。

 

 

 衝撃。

 衝撃?

 衝撃かすら疑問に思うほどの、尋常ではない衝撃が、襲った。

 これには、何の抵抗も出来なかった。

 吹き飛ばされる。

 ジェット機でいきなり運ばれたかのように、吹き飛ぶ。

 もう、何も見えない。

 視界が、良く分からない。

 何もかも、分からない。

 何が、起きたんだろう。

 推測は出来る。

 というかそれしかないだろう。

 御霊が、何かをしたんだ。

 多分、眩く、さらに強い光が見えたから、大方、間断なく放っていた砲撃より、さらに強い砲撃を一斉射したんだろう。

 それには、体力がほとんど無かった私は、どうすることも出来なかった。

 なせば大抵なんとかなるのに。

 もっと、やれるはずなのに。

 どうして、踏み止まれなかったんだろう。

 全身全霊を尽くして、ほんの少しでも踏み止まれれば、ただ一撃豪腕を叩き付けるだけで、勝てたのに。

 だけど私は、吹き飛ばされた。

 今は、他の三人の誰かが吹き飛ばされないでいて、御霊を破壊してくれることを祈るしかない。

 私がもっと強かったら、朝陽くんに戦わせることも無かったのに。

 朝陽くんに戦わせた上で、倒すことも出来ないなんて。

 もっと、強くなりたい。

 誰も傷つかせたくない。

 朝陽くんに、笑っていてほしい。

 地面にぶつかり、何度も転がって、止まる。

 全身傷だらけで、仰向けに倒れる。

 立てない、動けない、感覚がいくらか無い。

 息はヒューヒューと荒く、視界は鮮明ではない。

 見上げた空は、青くなくて、白い雲も無くて、

 淡い白色に、染まっていた。

 

 

 ――――いや。

 諦めちゃだめだ。

 弱気になっちゃだめだ。

 ここで終わってしまうなんて、そんなのいいはずがない。

 辛くても無理でも、立たなくちゃ。

 勇者部五箇条、なるべく諦めない。

 弱気も何もかも吹き飛ばして、立ち上がるんだ。

 そして、御霊を壊す。

 バーテックスを倒す。

 そうすれば、今回の戦いは終わる。

 だったら、立つんだ。

 立って、前に進んで、豪腕で以って御霊を壊す。

 ただそれだけでいい。

 それだけで、解決。

 みんなを、守れる。

 

「……っ……っ……!」

 痛みに耐えながら、腕をついて体を起こそうとする。

 やっぱり痛いけど、これぐらい耐えて見せる。

 じっとしてたところで、痛いものは痛いままだ。

 だったら、行動するべきなんだ。

 やってみせる。

「……っ、はぁっ……っ」

 何とか、体を起こせた。

 血が(したた)る。

 地面は赤く汚れる。

 骨がどこか、折れているかもしれない。

 それでも、立ち上がる。

 足を動かし、ぎこちなくても、立つ。

 立った。

 いけた。

 後は、前に進む、そして、御霊を壊すだけでいい。

 

 私は、諦めない。



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四十三話 勇者パンチ

 蛇の砲撃が、一斉に僕に向けて放たれる。

 避ける事は、出来ない。

 この量、速度、どれを取っても避けるのは容易ではない。

 だったら、真正面から潰せばいい。

 力を、使えばいい。

 何度も。

 何度でも。

 

 念じる。

 引き出す。

 白銀の粒子が、剣に集まる。

 煌めく聖剣を、真一文字に振り抜く。

 白閃。

 剣閃が伸び、砲撃全てに命中する。

 爆発。

 爆発。

 爆発。

 砲撃は、(ことごと)く爆散していく。

 爆発の煙が晴れても、蛇共は僕から目を逸らす事無く、ずっと体をこちらに向けている。

 

 どうやら、僕を一番に排除すべき脅威と認識してくれたようだ。

 それでいい。今は時間を稼がなければならない。

 これで引き付ける事が、出来る。

 

「さあ、来い。来い。何度でも来い! 全て粉砕してやる!」

 僕の言葉を聞いたからではないだろうが、蛇が再度砲撃をしてくる。

 それを、力をまた引き出して対処しようとした。

 だが、空色の砲撃が、蛇のレーザー砲撃に飛んできて、それは中断される。

 東郷さんは、戦艦に八門ある空色の砲撃と、さらにファンネルの様な宙を飛び交う複数の機械を操っている。

 そのファンネルからは、空色のビームが射出されている。

 

 遠隔誘導攻撃端末といったところか。

 東郷さんは何らかの理由で新しい武器が使えるようになったということなのか?

 満開をしたからなのだろうか。僕はその辺を知らない。

 でも今はそれはいい。重要なことではない。

 戦いに、集中だ。

 

 東郷さんは、八門から発射される砲撃と、遠隔誘導攻撃端末のビーム。

 その大量の遠距離武器を巧みに操り、東郷さんは蛇のレーザー砲撃を全て消滅させていった。

 

 だけど、全て消滅させた後に、すぐにまた蛇共はレーザー砲撃を放ってくる。

 今度は、一斉ではない。

 半分が、最初に来た。

 東郷さんは、砲撃やビームを大量に撃った後だ。

 すぐには撃つことは出来ないだろう。

 だから僕が、また力を引き出して、対処しなければならない。

 念じて、引き出す。

 絢爛(けんらん)に光り輝く聖剣へと、再度成らせる。

 横薙ぎに、振り抜く。

 砲撃は、爆発し、消滅する。

 だが、間髪入れずに、一斉に放たなかった残りの半分の蛇が、レーザー砲撃を放ってくる。

 僕は、剣を振り抜いたばかりだ。

 対処、出来ない。

 直撃する、かと思われた。

 

 だけど、東郷さんが頑張ってくれた。

 空色の砲撃と攻撃端末のビームが、砲撃に降り注ぎ、僕は護られる。

 砲撃はまた全て、消滅した。

 

 これを続けていれば、時間を稼げる。

 何も蛇共を再生させずに駆逐しなければならないわけではない。

 四人が本体の蛇遣いを倒すまで、時間を稼ぐことさえ出来ればいいんだ。

 

 蛇共は、また砲撃を放とうとしている。

 だが、今度も、手を変えてきた。

 蛇は全て、僕を向いていない。

 かといって、東郷さんの方を向いているわけでも、本体に向かった四人の方向に向いているわけでもない。  

 

 下だ。

 地面。

 蛇共は、真下を向いている。

 何故?

 何の意味がある?

 そこには誰もいないぞ。

 疑問が脳裏を通り過ぎていくが、そんなことはすぐに蛇共が教えてくれた。

 真下に、一斉に放たれるレーザー砲撃。

 すると、どうなるか。

 どうなったか。

 こうなった。

 

 地面に、樹海の根に、砲撃は爆発し、爆散しながらぶち当たる。

 地が砕け、根もバラバラに吹き飛び、樹海が攻撃される。

 だが、奴らの本命はそれじゃない。

 樹海が攻撃されているのは、この行動の副産物に過ぎない。

 

 吹き飛んだ地面が、巨樹の根が、僕と東郷さんの視界を、塞ぐ。

 飛び散った地の塊と、根の破片が僕に降り注ぐ。

 これが、蛇共が狙った事だろう。

 

 間髪入れずに、再度レーザー砲撃が一斉に放たれる。

 いろんな角度から、砲撃が迫り来る。

 だが、視界は不明瞭。

 降り注ぐ地面の欠片や根に対処するために、剣を振っている。

 振らなければ、爆散されて凄まじい速さで加速された根に、身を蹂躙されるだろう。

 それでも全て防げるわけじゃない。根の破片は腹に突き刺さり、肩に突き刺さり、腕に突き刺さり、身体を掠めていく。

 超速化していたら別だっただろうが、力を引き出す間もなかった。

 このままでは、砲撃に対応できない。

 

 東郷さんの、戦艦砲撃が放たれる。

 巻き上げられた地面に視界を邪魔されながらも、僕に当たらない範囲で撃ってくれたのだ。

 砲撃ではなく、蛇を狙っている。

 蛇は即座に再生してしまうが、攻撃は中断されると思ったのだろう。

 空色の砲撃は、蛇に直撃していった。

 レーザー砲撃は無事、中断されていった。

 だけど、全ての蛇に命中させられたわけではない。

 当然だ、視界は明瞭ではないのだから。

 その残った蛇のレーザー砲撃は、僕へと襲い来る。

 かといって、避けられない。

 飛んでくる地面や根の破片を捌くので精一杯だ。

 でも、このままでは消し炭になってしまう。

 何とか、跳ぼうとする。

 けど、無理だった。身体を捻る事ぐらいしか出来なかった。

 複数の砲撃が僕のすぐ近く、または隣、地面、身体に直接、命中した。

 ボロ雑巾の様に、吹き飛ばされる。

 身体の色々な部位が、千切れ飛んだ。

 赤い鮮血が樹海に水を撒く。

 ズザッと地面に身体を擦られながら、バウンドして転がっていく。

 痛い。痛かったと言った方が良い。もうそんな感覚すらない。

 破片が刺さってた時の方が、凄まじく痛かった。

 というか、普通ならもう数秒もしないうちに死ぬ。

 だけど僕は――

 

 転がりが止まって、倒れている僕。

 白銀の粒子がブワッと沸き出す。

 身体に満遍なく、隙間なく、浸透する。

 快感と不快感が、同時にやって来る。

 暖かいような、寒いような、相反する感覚。

 千切れた身体は再生され、血液は満たされ、感覚も戻って来る。

 そうして無理矢理、命を繋ぎ止められる。

 エリクサー。そんな単語が頭に浮かんだ。

 無理矢理生かされるでも、別にいい。

 僕は、死にたくなんてないから。

   

 全快したら、即座に立ち上がった。

 蛇もすぐに再生したのだろう、無数の蛇は、全て健在だ。

 間を置かず、蛇は次の行動に出た。

 こいつらは、手を変え品を変え、襲って来るな。

 猪みたいに、単純な一つの事しか出来ない奴らだったら、どれだけ楽だったろう。

 

 そんな僕の思いが届いたのか、蛇共は突進してきた。

 勿論、猪みたいに単純ではなかったけれど。

 むしろ、今まで蛇共がした中で、一番厄介な攻撃だ。

 無数の蛇が、それぞれ規則性も無く、時間を空けて、動きも変えて、突進してくる。

 僕にも、東郷さんの方にも。

 その上、突進だけではない。

 砲撃も、やはり規則性なく、放ってくる。

 スクランブル交差点のようだ。

 こんな殺伐としてはいないけど。

 白刃で蛇を跡形も無く吹き飛ばしても、奴らは即座に再生する。

 砲撃を消滅させても、規則性なくまた次の砲撃がやって来る。

 しかも、全方位だ。

 無理だ。

 こんなの、どう対処すればいいんだ。

 考えろ。

 そんな時間は無い。

 でも考えろ。 

 

 僕は、すぐに判断した。

 即断即決だ。

 でないと死ぬ。

 力を急いで引き出し、超速へと成る。

 突進してきた蛇を切り飛ばす。飛んでくる砲撃を破壊する。

 全方位に神経を研ぎ澄ませ、斬って、斬って、斬りまくる。

 東郷さんは、砲撃を、攻撃端末のビームを、何発も何発も撃っている。

 いつまで、持ってくれるだろうか。

 僕も、超速の超人へと、成りはした。

 だけど、なにしろ数が多すぎる。

 その上、囲まれている。

 突進からの咬み付きで、脇腹が抉られる。

 砲撃が近くの地面に衝突した衝撃波で、身体が軋む。

 時間が経つごとに、大きく消耗していく。

 間断なく襲い来る蛇と砲撃。

 いくら倒しても、消滅させても、切りが無い。

 それでもみんなが本体を倒すまで、ここは乗り切ってみせる。

 僕が時間を稼ぐって、言ったんだ。

 なら、それぐらい全うして見せろ。

 やるんだ、僕は。

 やれるんだ、僕は。

 やる。

 やる。

 やる。

 やる。

 やれない訳がない。

 いつ終わるかも分からない砲撃の雨の中、ひたすら剣を振り続ける。   

 身体を、動かし続ける。

 東郷さんが心配だ。

 まだ持っているだろうか。

 確かめる余裕すらない。

 それでも剣は振り続ける。

 身体が抉られ、へしゃげる。

 意識が朦朧としてきても、剣だけは振り続ける。

 身体が満足に動けなくなっても、勝手に力が全回復させて来る。

 だから、振り続ける。

 何度も。

 何度でも。

 幾らでも。

 振る、薙ぐ、叩き付ける。

 

 そうして、どれくらい経っただろう。

 何回、蛇と砲撃を消し飛ばしただろう。

 いきなり、急に、一瞬で――

 

 蛇共が、方向転換をした。

 

 それはもう、統率されたように一斉に。

 四人の、行った方向に。

 蛇遣いの、本体がいる方向に。

 一斉に、飛んでいく。

 見ると、本体の身体から御霊が出ていた。

 それが、砲撃を全方位に間断なく放っている。

 

 ――御霊が露出したから、本体を守ることを優先したのか。

 だけど、そうはさせるか。

 一瞬だけ、東郷さんの方を振り返る。

 戦艦がほぼ崩壊して、ふらふらと今にも墜落しそうだったが、生きている。

 ちゃんと、生きている。

 それさえ分かれば、問題ない。

 

 僕は前に向き直り、蛇共を追おうとした。

 レーザー砲撃が、放たれる。

 全ての蛇が、本体に向かったわけではなかった。

 残った、三分の一ほどの蛇が、僕の邪魔をする。

 砲撃を、放ってくる。

 突進からの咬み付きを、仕掛けてくる。

 

「邪魔を、するなああああああああああ!!」

 いったん超速を解除し、力を引き出す。

 白銀の粒子が白刃に集まり、光り輝く両手剣(ツヴァイヘンダー)へと成る。

 真一文字に、ツヴァイヘンダーを薙ぐ。

 前を塞ぐ、邪魔な蛇共は一瞬で消滅した。

 

 ――だが、刹那の後には再生している。

 

 先に行った蛇共は、もう御霊に辿り着きそうだ。

 みんなが、危ない。

 まずい。

 どうする。

 早くしないと。

 蛇が邪魔だ。

 だけど蛇は倒せない。

 倒せないのなら、相手をしている意味は無い。

 時間稼ぎは、今の状況では意味を無くした。

 なら、どうすればいい。

 御霊は、すでに露出している。

 だったら、それを破壊して終わらせればいい。

 本体を倒せば、蛇共も消えるだろう。

 消えるはずだ。

 消えてくれないと困る。

 離れたここから、御霊を破壊する。

 蛇共が邪魔で、近づくことは出来ないから。

 たとえ近づけても、あの全方位砲撃をどう対処すればいいかは分からないけど。

 とにかく、ここからあの御霊を壊せばいい。

 その方法は、知っている。

 前にも、やったことだ。

 強力な遠距離攻撃。

 僕は前にも、一度それをやった。

 だが、間断なく砲撃と突進はやって来る。

 それを気にせず、避けながら、自らの奥底に念じる。  

 

 白銀の粒子が、白刃に纏わり付く。

 白刃は、形状を変化させていく。

 白き剛槍へと、成った。

 総てを貫く聖槍。

 アリエス・アクエリアス・クラスターを貫いた、最強の投槍。

 

 蛇共が、突進してくる。

 構わず、全身全霊を以って投擲する。

 

 ドオォッッッッッッッッ!!!!!!

 

 蛇共が、僕に喰らい付く。

 四肢を、喰い千切られる。

 だが、倒れ行く中、僕は見る。

 

 聖槍は、御霊が全方位に間断なく放っている砲撃すら貫いた。

 けれど、減速した。

 二撃ほど砲撃を浴びせられた聖槍は、著しく速度が落ちた。

 でも、遅いというほどではない。

 まだ、貫ける範囲の威力はあるはず。

 そう思った。

 聖槍が御霊まで辿り着く。

 そのまま、貫く――そんな想像が頭を駆け抜けた。

 けれど、想像だけで終わった。

 そんなに甘くなかった。

 希望的観測は、裏切られる。

 白銀の聖槍は、御霊を貫けず、ほんの少し抉っただけで完全に勢いが消失し、粒子となり消えて無くなった。

 

 ――終わった。

 聖槍が効かなかった時点で、僕に打つ手は無い。

 四肢は、蛇共に喰い千切られとうに亡い。

 動ける身体が今は無い。

 動けなければ、何も出来ない。

 

 絶望。

 

 その二文字が、脳裏に浮かび上がった。

 ここで、終わりなのか?

 こんなところで、終わりなのか?

 なんでだよ。嫌だよ。ふざけんなよ。

 何か方法は無いのか。

 四肢が無くとも、思考は続いている。

 だから、何か。

 けど、身体が無ければ考えがあっても実行できないのは同じ事。

 無理だ。

 終わりだ。

 このまま僕達は――――――

 

 桜色が、視界に映った。

 それは、遠く。

 御霊の近く。

 (なび)く桜色。

 翻る桜色。

 

 それは。

 あの色は。

 

「勇者パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンチ!!!!」

 ――友奈だ。

 

 ここまで届くほどの、友奈の叫び。

 そのすぐ後。

 固く重い物体同士が激しくぶつかり合ったような、衝撃音。

 友奈が、白桜色の豪腕を、御霊に叩き付けた。  

 

 御霊は罅割れ、瓦解し、砕け散った。

 

 刹那の間。

 御霊が破壊されたことで、巨人バーテックスは砂となって消えた。

 同時に蛇共も、砂となって消える。

 

 僕は、血を体中から噴き出させながら倒れる。

 だけど構わない。

 襲って来る蛇共はもういない。

 そして僕は、すぐに全快するのだから。

 それを邪魔されることは無い。

 ほら、来た。

 白銀の粒子が、身体に浸透する。

 身体が、急速に再生されていく。

 僕はすぐに、元の傷一つ無い健康な状態へと戻った。

 

 視界が、白く染まる。

 樹海から、元の世界へと帰還する。

 

 



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四十四話 歯を食いしばれ

 樹海から戻ると、学校の屋上だった。

 夕暮れの太陽が、屋上のコンクリートを朱く染め上げている。

 

「みんなは!?」

 見回すと、勇者部五人とも、倒れていた。

 全員身体から、血を流している。

 煤けている、ボロボロだ。

 友奈の腕が、樹ちゃんの足が、あらぬ方向に曲がっている。

 内臓は、大丈夫だろうか。

 全員、満身創痍だ。

 特に友奈の怪我が、酷い。

 すぐに救急治療室にでも行かないと、死んでしまうのではないか。

 

「なんでだよ……」

 なんで、こんなことになってるんだよ。

 可笑しい。僕はちゃんと引き付けた、御霊も破壊した、敵を倒したんだ。

 なのに、なんでみんなは今にも死にそうなんだよ。 

「ふざけてる」

 馬鹿げてる。

 なんでこうも救いのないことばっかり……。

 嫌になる。

 

「朝陽、くん……大丈夫……?」

 友奈が顔を上げて、そんなことを言ってきた。

「僕は大丈夫だよ。そんなことより自分の心配してよ。今にも死にそうじゃないか」

 こんな時まで、僕なんかの心配しないでくれよ。

「私は大丈夫だよ。きっと、病院に行けば……いっ!」

 友奈が少し身じろぎをした途端、苦痛の声を上げる。

「やっぱり大丈夫じゃないじゃないか! そのまま動かないで」

 どうしよう……。

 僕は友奈の傍にしゃがみ、考える。

 いや、考えている暇があったら早く救急車を呼ぶべきだ。

 それとも病院じゃなくて大赦に電話をした方が良いか?

 勇者の事なら大赦に任せた方が良いのかもしれない。

 でも。

 

 ――――僕なら、治せるんじゃないか?

  

 僕は自分が死にそうになった時、全回復する。

 大きな代償と引き換えだけれど、どんな傷も完全に治せる。

 だったら、僕以外にも使えるのではないか?

 試してみる価値はある。

 

「待ってて、すぐに治すから。みんなに辛い思いなんて、させないから」

 僕は、意識を集中する。

 力を、呼び起こす。

 白銀の粒子が、湧き出てくる。

 黄昏時の空に、白く光る粒達が舞う。

 それはさぞ、幻想的な光景に映っただろう。

 

「夢河くん、駄目だよ。どうして……」 

 東郷さんが、僕に悲しそうな顔を向けて言葉を投げかけてきた。

 僕がやろうとしていることを、悟ったらしい。

「このままだとみんな危ない。だから僕が助ける」

「駄目だよ。人を殺してまで今しなきゃいけないことじゃない。救急車を呼んで。そうすればみんな助かるから」

「分からないよそんなの。内臓が傷ついてるかもしれないじゃないか。僕がここで行動しなかったことで、後遺症が残ったり死んでしまったりしたら、悔やんでも悔やみきれない」   

「後悔するのは、人を殺してしまっても同じだよ……」

「もうすでにやってしまった事だ。今更少し増えたところで大して変わらない」

「それでも、無闇にやっていいことじゃないよ。そうやってずるずるとやっていったら、本当に取り返しがつかないところまでいっちゃうよ……」

「それでも僕は、みんなが一番大切なんだ。勇者部が、僕の全てなんだ。だからやる」

「夢河くん……」

 

 東郷さんは悲痛な表情をして、それ以上何も言わなかった。

 白銀の粒子は五人の元に集まってゆき、身体に染み込んでいく。

 見る見るうちに、五人の傷は治っていく。 

 あらぬ方向に折れていた腕が、足が、正常な位置に戻り、固定される。

 血が流れていた傷が、塞がっていく。

 足りない血も、補充される。

 まるで時を巻き戻すように、ビデオの巻き戻しをするように、治っていく。

 修復されていく。

 そして。

 みんなは、完璧な健康状態へと、成った。

「これで……大丈夫だ」

 それでも、散華を治すことは出来ないんだろうけど。 

 

「治っ……た……?」

 風先輩たちが、体を起こして身を動かしたり触ったりして、確かめている。

 どうやら、問題無いようだ。

 でも、散華で失った部位は失ったままのようだ。

 それでも、命に関わる怪我は、ちゃんと治った。

 

 緊張の糸が、切れた。

 そして、ふと冷静になった。

 冷静になって、頭に強く浮かんできてしまった事がある。

 

 ――嫌われた。

 

 僕は、人殺しだ。

 今も、人殺しの力を使ってしまった。

 事情を知っている友奈と東郷さんの方を見る。

 二人とも、悲しそうな顔で僕を見つめていた。

 

 僕にはそれが、非難しているように見えて――。

 

 やめてくれよ……。

 嫌わないでくれ。

 そんな目で見ないでくれ。

 嫌だ。

 (いや)だ。

 厭だ。

 嫌われたくない。

 僕はみんなに笑っていてほしくて。

 みんなに、一緒にいてほしくて。

 ただ僕は、それだけなのに。

 

「……っ」

 僕は、走り出す。

 屋上の扉へと、走り出す。

 これ以上、この場に居られなかった。

 耐えられそうになかった。

 嫌われていることを確信してしまったら、僕は潰れてしまう。

 だから、見ないようにした。

 聞かないようにした。

 逃げ出したんだ。

 

「朝陽くん!」

「夢河くん!」

 後ろで友奈と東郷さんが僕を呼んだが、振り返らない。

 屋上の扉に手を掛け、開ける。

「待って! 待ってよ! 私たちは――」

 

 ガタンッ。

 屋上の扉が閉まる音で、それ以上は聞こえなかった。

 

 

 

「はあっ……はあっ……はあっ」

 走る、走る、走る。

 走り続ける。

 階段を何段も飛ばして下り。

 学校から飛び出して、道路を走っていく。

 逢魔が時の空は、気分をさらに落ち込ませ、悲しみに拍車をかける。

 ただただ僕は、(うつむ)きながら、足を動かし続ける。

 何もかもから、逃げだすように。

 嫌なこと全部、考えないように。

 どうしようもないほど弱い心を、守るために。

 息が切れても、苦しくなっても、足を動かし続けた。

 汗が滝のように溢れても、走れなくなっても、ずっと――。

 

 

 どれくらい、走っただろう。

 走れなくなってから、どれくらい歩いただろう。

 僕はいつの間にか、先程の樹海に行く前にいた高架下(こうかした)に、また辿り着いていた。

 歩くのも限界に近かった僕は、なんとなくまた同じ高架下にとぼとぼと入った。

 そのまましゃがんで、(うずく)る。 

 そうすると、(いや)な思考がぐるぐると回り、精神を掻き乱す。

 

 ――絶対に、嫌われたと思った。

 だから怖くて、僕は逃げ出したんだ。

 だってそうだろう、僕は人殺しだ。

 犯してはならない、罪。

 重い、罪。

 一度やってしまったら、絶対に戻ることができない一線。

 それをやってしまった。

 一度どころか、何度も何度も何度も何度も。

 僕は、勇者部失格だ。

 人のためになることを勇んで実施なんて、出来なかった。

 害しか与えていない。自分とみんなの事しか考えていない。

 

 

 ――いや……自分の事しか、考えていない。

 

 

 死にたい気分だ。だけど自殺なんてしたくない。僕は生きていたい。

 みんなとずっと一緒にいたい。

 一緒に楽しく笑っていたい。

 だけど、僕はもう嫌われてしまっただろう。

 それどころじゃ済まないかもしれない、だって人殺しだ。大量殺人者だ。

 生きてみんなと一緒にいたいのに、嫌われるのは怖い。だから戻る事ができない。

 怖い。

 戻って嫌われている事を完全に認識してしまったら、僕は壊れてしまう。

 それこそ自殺してしまう。だけど死にたくない、それでもみんなと共に在りたい。

 どうすればいいかわからない。

 分からない。

 判らない。

 わからないよ……。

 僕はどうすればいいんだ……。

 

 

 ――――そもそも、なんで僕がこんな目に合わなくてはならないんだ。

 どうして、僕なんだ。

 平穏に暮らしたいのが、そんなに駄目なのか。

 みんなの傍に居たいだけなのに、それはいけないことなのか。

 ふざけるな。

 ふざけるな。

 巫山戯(ふざけ)るな。

 理不尽だ。

 不条理だ。

 こんな世界、消えて無くなれ。

 理不尽なのが普通なのか?

 だったら、そんなものが普通だなんていうのなら、そんな世界死んでしまえ。

 そういうもんだ、なんて割り切れるわけがない。

 もう嫌だ。

 

 嫌だ。

 

 嫌だ!

 

 嫌だ!!

 

 誰か、助けて……。

 もう僕は、立ち上がれない……。

 涙が、濁流の様に頬を伝う。

 嗚咽が、漏れ出ていく。

 なんで、僕は泣いてるんだよ。

 泣く資格なんか、無いのに。

 無理矢理にでも、我慢するべきものなのに。

 僕が泣いたら、死んでしまった人達をさらに侮辱することになる。

 だから絶対に、泣くなんて行為はしてはいけないのに。

 自業自得なのに、なんで涙が溢れて止まらないんだよ。  

 拭っても拭っても、残りの一滴まで流そうとするかのように、次から次へと溢れてくる。

 泣くなよ。泣くなよ! 泣くなよ!!

 少しでも我慢しようと、下唇を思い切り噛む。

 切ってしまい、鉄の味を舌で感じる。

 情けない。

 僕は僕が嫌いだ。

 大っ嫌いだ。

 こんなに弱く卑怯な自分が、殺したいぐらい嫌いだ。

 でも、死にたくはない。

 そんなところも、嫌いだ。

 でも、しょうがないじゃないか。僕は中学生だぞ。いや、高校生だったか? どっちでもいいよ、僕はとにかく弱いんだ。

 そんな言い訳が一瞬で浮かんでくるところも、本当に大っ嫌いだ。

 嫌いだから、変わりたかったんだ。

 けれど、僕は変われなかった。

 変わりたかった、でもそう簡単に変われなかった。

 たいした努力もできなかった、愚か者だ。

 そもそも、努力する気なんてあったのか?

 それすら疑わしい。

 強く、優しく、かっこよくなんて、結局僕には無理なんだよ。

 善人になんて、成れない。

 僕は、自分勝手だから。

 エゴの塊だから。

 クズだから。

 愚か者だから。

 

 

 ――でも、善人がよかったんだ。

 善人。

 強い人間。

 優しい人間。

 かっこいい人間。

 好かれる人。

 ヒーロー。

 救世主。

 英雄。

 主人公。

 

 僕は、そんなものに成りたかったんだ。

 空々しいその空想に、狂おしいほど憧れたんだ。  

 僕はそれが、好きだった。

 そういうのが好きだから、成りたかった。 

 醜い現実なんて、全てそれで塗り替えてしまいたかった。

 でも僕は、成れなかった。

 本音だって、かけ離れてる。 

 

 みんなの、傍に居たいよ。

 他の人間なんてクソくらえだ。死んでしまえ。どうでもいいんだよ知るかよ。僕の見る世界には勇者部のみんなさえいればいいんだよ。他は路傍の石と同じ価値しか持たない。みんなを不幸にするようなやつがいたら殺してやる。代償を伴う力だって何度も使ってやる。邪魔するやつは皆殺しだ。みんなが笑っていればいい。

 

 ほら、僕は自分の事しか考えていない。

 だってみんなは、自分だけが良ければそれでいいなんて考えていないから。

 僕に、そんな事して欲しいなんて思っていないから。

 だって彼女たちは、勇者部なんだ。

 人のためになることを勇んで実施できる人達なんだ。

 身内他人関係なく、みんなはそれができる。

 だからこれは、僕がそうしたいだけ。

 みんなの意思なんて関係無く、僕がみんなの傍に居たいだけ。僕がみんなに笑っていて欲しいだけ。

 そのためにどんなことでもする。

 そんなものが、受け入れてもらえるわけがない。

 嫌われてしまう。

 もう何もかも嫌だ。

 たすけて。

 助けて。

 (たす)けて。

 僕はどうす――――

 

 

「歯ぁ食いしばれぇ!!!!」

 

 

 頬に、強い衝撃。

 何をされたのかも解らないまま、冷たいコンクリートに倒れこむ。

 左頬がジンジンする。

 痛い。

 何が起きたのか確かめようと、顔を上げる。

 

 そこには、右拳を振り切った姿勢の銀がいた。

 

 僕は、銀に殴られたのか。

「僕の中に、封じておいたはずなんだけどな」

 痛む左頬に手を当て、起き上がりながら言葉を零す。

 あの時、力を使って銀を封印した。今まで出てこれなかったはずだ。

 

「時間が経つにつれて力は弱まっていたんだよ。ようやく出てこれるようになった」

「そう……」

 常時強く封印しておいてくれるパターンじゃなかったのか。

 今となっては、どうでもいいけど。

「それで、何の用だよ、銀」

 投げやりに言葉をぶつける。

「何の用、だって? ふざけるなよ朝陽。お前ならわかってるはずだろ」

「…………」

「アタシを頼れ。みんなを頼れ。なんとかしてやるし、みんなもきっとなんとかしてくれる」

「無理だよ……」

「無理じゃない。絶対に」

「無理なんだよ! 僕は人殺しだ! もう取り返しがつかないんだ!」

「そうだ、もうやってしまった事に取り返しはつかない。だけどな、何も出来ない訳じゃない」

「何が出来るっていうんだよ」

「それをみんなで考えるんだ。頼って頼られて、お互いの力を合わせればどんなことでもなんとかなる」

「綺麗事だよ。実際は無理だ。どうにもならないこともある」

「綺麗事でもなんでも、そうやって何もせず縮こまってるよりは何倍もいいだろ」  

「やっても無理で、また絶望するよりはいいよ」

「勇者部五箇条を忘れたのかよ! あんなに好きだっただろ! 引くぐらい熱く語ってただろ!」

「勇者部……五箇条」

 

 そんなこと、頭の中からすっぽり抜けていた。

 確かに僕は、いい言葉だと思っていた。

 なのに、いろんなことがありすぎて、好きだったそれを、忘れていた。 

 考えている余裕なんて、なかった。

 弱さが表出しすぎて、それに流されているだけだった。

 行動の指針にしたいぐらいだったのに。

 勇者部五箇条、実践したかったのに。

 弱さに、押し隠されていた。

 愚かすぎて、嫌になる。

 勇者部五箇条、今でもちゃんと、覚えているのに。

 

 挨拶はきちんと。

 なるべく諦めない。

 よく寝て、よく食べる。

 悩んだら相談。

 なせば大抵なんとかなる。

 

 その五つだ。

 一字一句、間違ってなどいないはずだ。

 なのに僕は、どれ一つとしてやれていない。

 いや、挨拶はきちんとと、よく寝てよく食べるは出来ていたかもな。

 最近は出来てないか。

 でも、一番重要な三つが出来ていなかった。

 悩んだら相談なんて、特にそうだ。

 一人で突っ走って、一人で失敗して、一人で絶望して。

 今も一人で、(うずくま)っていた。

 

 だけど。

 銀がいてくれた。

 僕を、今も引っ張り上げようとしてくれている。

 どん底まで落ちた僕を、強い瞳をして、手を差し伸べてくれている。

 なのに、僕はこのままでいいのか?

 一人で潰れて、このまま終わって、いいのか?

 でも……。

 でも…………。

 

「朝陽くん…………」

 銀とは違う声がして、顔を上げる。

 そこには友奈。それに、東郷さんも、夏凛も、樹ちゃんも、風先輩もいる。

 僕を、追いかけてきたのか。

「私たちがいるよ。みんなが、朝陽くんを助けるよ。だって、朝陽くんは勇者部の一員なんだから」

「僕は、自分の事しか考えていないのに……か?」

 不安で不安で、何もかも不安で、そんな事を聞いてしまった。

 

「たとえそうだったとしても、それでも、朝陽くんがしてくれたことは本当だよ」

「僕が、何をしてやれたっていうんだよ。散華は治らない。敵はまだまだやって来る。挙句の果てに人殺しだ」

「一人一人の人間に出来ることなんて限られているよ。だから協力して、みんなで頑張るんだよ」

「僕は自分が嫌いだ。死ねばいいのに。殺してやりたい。今すぐ死にたいぐらいだ」

 嘘だ。死にたくなんてない。

「そんなのダメだよ! 朝陽くんは私たちにとって、大切な人だもん!」

 大切な……人。

 

「僕……が? そんな馬鹿な。こんなに弱いのにか……?」

「弱くてもいいよ。これから強くなっていけばいいんだから。私たちも協力するから……もしも無理でも、みんな嫌ったりしないよ」

「僕の未来は、破滅だぞ……?」 

「どんな未来に進んだって、私たちはずっと友達で、仲間で、勇者部だよ」

「…………」

 なんで……そんなに……。

 

「夢河くん、私も一緒だよ」

「東郷さん……」

 顔を向けると、東郷さんは優しく微笑んでいた。

「あなたは、私たちのために戦ってくれた。いつも、私たちのために行動してくれていた。だけど、辛い思いを一人で背負わないで。もっと、私たちを頼って」

 東郷さん、この前、泣いてたはずだろ。

 なんで、なんでこんなにも、優しいんだよ。

 自分が、何とかしてほしいはずなのに。

 なんで、僕にそんな顔を向けてくれるんだよ。

 

 夏凛も、少し前に踏み出して言葉をぶつけてくる。

「そうよ。朝陽がいなかったらバーテックスにやられていた戦いがあったもの。もっと自分に自信を持ちなさい。アンタがやらなきゃ、人類滅亡だったわよ」

「自信を持つって、人殺しておいて自信なんてつかないよ……」

「私たちも背負うわ。償え切れなくても、それでも償っていけばいい」

「なんでみんなに背負わせなくちゃいけないんだよ。そんなの疫病神じゃないか」

「ああっもうっ! わからず屋ねアンタは!」

 

「朝陽」

 すると夏凛を遮って、いつになく真剣な顔で風先輩が前に出た。

「アタシたちもさっき友奈と東郷から話を聞いたけど、まだ困惑している部分もある。けどね、これだけは確かよ」

 一呼吸置いて、風先輩は言った。

 

「アタシたち勇者部は、困ってる人を助ける。もちろん、それは部員だって同じよ」

 

「あ――――」

 そうか。

 みんなは、

 どこまでいっても、勇者部なんだ。

 僕とは違って、勇者。

 そう生きれる。そう在れる。そんな存在。

 だから僕は、好きになったのかな。

 何よりも、何を犠牲にしてでも守りたいと思うほど。

 

『私たちは、みんな朝陽さんの味方ですよ。どんなことがあっても、みんながあなたに手を伸ばします。だから、立ち上がってください。そしてみんなで、何もかも打ち砕きましょう』

 樹ちゃんも、微笑みながら優しい表情をして、スケッチブックに書いた文字を見せて来た。

 樹ちゃんは今喋れないから、文字に書いてまで、僕にそんな優しい言葉を伝えてくれた。

 

 こんなに、駄目な所を露呈(ろてい)させてるのに。

 こんなに、どうしようもない人間だってことをさらけ出しているのに。

 それでも、みんなは、手を伸ばしてくれる。

 どうしてこんなにも、みんなは優しいんだ。

 再び、涙が出てくる。

 女の子の前で泣くなんて、最悪にかっこ悪いのに。

 滂沱(ぼうだ)の如く、涙は流れる。

 僕は、勇者部が大好きだ。

 友奈が、東郷さんが、銀が、樹ちゃんが、風先輩が、夏凛が、

 みんな、大好きだ。

 

「君には殴られてばっかりだったね」

 銀に、そんな言葉を向ける。

 過去を思い返せば、さっきので通算三回目だ。

「お前の言葉を借りれば、アタシは暴力ヒロインだからな」

 そんな皮肉で返してきた。

「ははっ……そうか」

 泣きながら、少し笑ってしまった。

 

 一息吐いて、僕は聞く。

 一つ一つの言葉に、友奈は言葉を返してくれた。

 

「僕は頼りないけど、折れそうになることも山ほどあると思うけど、それでも、みんなは一緒にいてくれる……?」

「折れそうになったら支え合えばいいんだよ。大丈夫、みんな一緒だよ」

 

「僕は善人に成りたかった。でも、成れなかった」

「成りたいなら、私たちが協力するよ。成れなくても、傍にいるよ」

 

「人を、殺してしまった……」

「赦されないことだよ。だけど、逃げちゃダメなことだよ。背負ってでも、生きて行かなくちゃいけない。それでも罪に耐えきれなくて、辛くなったらそばにいるから、どんなに辛くても、一緒にいるから。それに、本当に悪いのは朝陽くんに酷いことした神様だよ。大丈夫。朝陽くんは後悔をしている。自分のしてしまった事を悔やんでいる。正しくないことだって解っている。だったら、まだ大丈夫。怖くなくなってしまったら、迷いがなくなってしまったら、それこそ終わりだから」

 

「僕、後悔してないぞ……駄目じゃないか……」

「ううん、朝陽くんは後悔してるよ。だって、そうじゃなかったらそんなに悩まないし、辛そうな顔なんてしないから」

 

「のうのうと生きていくことを、殺された人に近しい人は絶対に赦してくれない」

「私たちは、絶対に生きていてほしいよ。だから生きて。朝陽くんがどんなことをしてしまっても、嫌いになんてなれないよ」

 

 友奈はそう言って、右手を伸ばしてくれた。

 その手は、力にみなぎって、希望に満ち溢れているような気がした。

 僕はその手を、掴む。

 友奈の左腕は、今もギプスで固定され、動かない。

 それを見て、改めて思う。

 終わらせない。終わらせてたまるか。 

 絶対に、何とかする。

 みんなを不幸になんて、させない。

 

 散華も、天の神も、デウス・エクス・マキナの事も、全部なんとかして見せる。

 僕一人では絶対に無理だったけど、みんなと一緒なら、きっとなんとかなる。

 重い罪を背負ってでも、生きていける。

 終わらない償いの日々を、潰れずに歩いて行ける。

 生きていてほしいって、こんな僕に言ってくれたから。

 手を掴んだ友奈に引っ張られ、立ち上がる。

 みんなの顔を、一人一人見ていく。

 誰一人、絶望なんてしていなかった。

 その瞳の輝きは、強い。

 

 僕はもう絶対に、諦めたりなんてしない。

 躓いたって、倒れたって、何度でも立ち上がって見せる。

 何もかもみんなと共に打ち砕いて、希望を掴み取ってやる。

 何が神だ。全部ぶっ飛ばしてやろうじゃないか。勇者なら、それが出来る。

 みんなと一緒なら、なんだって。

 

 ――――刹那。  

 

 何の前触れもなく、全身の力が抜けた。

 何もかも、ごっそりと奪い取られるような感覚。

 何もかも、元の場所に戻されるような感覚。

 変えられていた詰め物が、元の馴染んだ詰め物に変えられていくような、不思議な感覚。

 強制的に、身体を弄り回されているような、不快感。

 時は一瞬。

 されど感覚は永遠。

 どこまでも続くかと思われた不快感は、意識の途絶と、

「朝陽くんっ!」

 友奈の声を最後に、終わりを告げた。 



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四十五話 初恋

 夢を、見ていた。

 遠い昔のように思える。

 だけど、それは昔なんてほど離れていなくて。

 少し前程度だろう時間しか、経っていない。

 そんな、少し前に見ただろう、夢。

 

 そう、僕が勇者部のみんなと出会う前の、少し今から、前の話だ。

 

    

 ――僕は、夢を見ていた。

 地震で絶望した日に、就寝した夜。

 なかなか寝付けなかったけれど、疲れからなんとか意識が落ちた、夜。

 不思議な、夢を。

 通例なら、僕にとって夢とは、見たとしてもどうでもいいものか、訳の分からないものか、悪夢か、大抵それくらいしか見れない。

 それに、起きたら忘れていることなど、多くの人と同じように日常茶飯事だ。

 特にその日は、悪夢を見るだろうと思っていた。

 絶望した日だ、当然と言える。

 だけど、その夜に見た夢は、違った。

 どうでもいい夢でも、訳の分からない夢でも、悪夢でも、なかった。

 そのどれとも、全く違ったんだ。

 

 意識は鮮明。

 圧倒的な現実感。

 まるでそこで、生きているかのようだった。

 僕はその場所で、幽霊みたいな存在だった。

 扱いがとかではなく、存在として。

 幽霊みたいに彷徨(さまよ)いながら、時には勝手に場面転換され、その世界を見て渡った。

 

 いや、その世界というよりも、五人の少女たちのあらゆる行動、場面を見て回った。

 勇者部の、五人の事だ。

 僕が望んで、見て回ったわけではない。

 まるで、『見ろ』と強制されているかのように、勇者部の活動を、勇者たちの戦う姿を、何度も見た。

 勇者部の部室。街の至る所。樹海。全て渡り歩いた。 

 

 そうして僕は、その中で、勇者部に惹かれていった。

 他人のために、ここまでやれる勇者部を、眩しく思った。

 依頼があれば、何でもやりとおすその心根を、見習いたいと感じた。

 命を賭けた戦いにまで身を投じれる、その心が羨ましかった。

 あらゆる人に手を伸ばす、その善性に憧憬(しょうけい)の念を抱いた。

 仲間同士で仲が良くて、その中に混ざりたいと思った。   

 

 勇者部のその在り方に、どうしようもなく憧れたんだ。

 

 その中で、特に一人の女の子に、強く惹かれた。

 友奈だ。

 僕は友奈の、勇者部の活動に取り組む姿を、バーテックスと気丈に戦う姿を見て、色んな友奈の発した言葉を聞いて――

 時間が経つにつれて、徐々に、強く、惹かれていった。

 簡単に言えば、好きになってしまったんだ。

 結城友奈という女の子のことを。

 他のみんなも魅力的な女の子だったけど、僕は、友奈を好きになったんだ。

 想いが溢れ出して、止まらなかった。

 初めて僕は、恋なんてものをしたんだ。

 自分でも恥ずかしくなった。だって、夢だ。

 夢に出てきた子を、しかも初めて夢に見た女の子を、好きになるなんて。

 誰かに知られたら、笑われるか、気持ち悪がられる。 

 それに高三の癖に、初恋を中学二年生にしてしまうなんて、とんだロリコンだ。

 だけど今の僕は中学二年生だ。詭弁だけれど。

 実際に高三だったのは変わらない。十八歳だったのは変わらない。

 

 それでも僕は、好きになってしまったんだ。

 想いを止めることなんて、出来なかった。

 初恋なら、尚更。

 好きなものは、好きなんだ。

 ――だけど、夢には終わりが、やって来る。

 

 そうして僕は、その想いを胸に抱いたまま、眠りから覚めた。

 気づいた時には、記憶が無かった。

 

 

 

 ――意識が、暗闇から浮上していく。

 瞼を、ゆっくりと開ける。

「朝陽くん!」

「夢河くん、起きた?」

 目の前に、友奈と東郷さんの顔があった。

 心配そうな顔。

 何度も、そんな顔をさせてしまっている気がする。

 もうできるだけ、そんな顔はさせたくない。

 

「うん。起きた」

 上体を起こす。

「ここは……勇者部?」

 広がった視界を見ると、勇者部の部室にいた。

 みんな、居る。全員揃って、もう少しで夜になりそうな部室にいた。

 夕日は、沈みそうだ。空に紫が混じっている。

 完全下校時刻まで、あと少しなんじゃないだろうか。

「急に倒れた夢河くんをみんなで運んだのよ。それより、身体とか大丈夫?」 

 東郷さんが説明してくれる。

 身体の調子を確かめてみる。

「……大丈夫。何か不調というわけじゃないよ。でも、変わったことはあるかな」

 

 そう、さっき、起きた時からすでに気が付いていた。

「変わったこと?」

 友奈が首を捻る。

「説明してみなさい朝陽」

 風先輩が僕に言葉を向ける。

 僕は説明を始める。

 

「はい。多分、いや確実に。僕に与えられていた力は無くなりました。そして、記憶が全て戻りました」

 

 一瞬の静寂。

 薄暗い部室に、そんな隙間の静が立ち込めた。 

 そして時、一瞬経て。

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

 五人の驚きの声が、重なった。

「ほ、ほんと?」

 友奈が確認してくる。

「ほんと」

「あの力が無くなったのはよかったけど、記憶って、全部? 小さい頃のまで?」

「うん。そうだよ東郷さん」

「急に倒れたと思ったら、本当急に思い出したわね」

 風先輩が思案するように言った。

「何が起きたのかしら」

 夏凛も腕を組んで考え込んでいる。

 樹ちゃんも難しげな顔。

 

「あの、多分ですけど、僕分かります」

「そうなの朝陽くん?」

「それは、取り戻した記憶から?」

 友奈と東郷さんが言葉を放つ。

「記憶の方とは関係ないと思うけど。神樹に伝えられた事と、あと感覚で」

「感覚って……でも、神樹様に伝えられた事って?」

 風先輩が聞いてくる。

「そういえば戦いが終わったら話すって約束してましたけど、それと関係あるんです。実は僕、皆が検査受けてる時に大赦を襲撃してきたんですけど、その時に――」

「ちょ、ちょっと待って! 大赦に襲撃!? アンタそんな事したの!?」

 皆驚愕する。

 当然だ。馬鹿な事をしたってことは分かってる。

「えっと……言い訳もできません」 

 僕は、やってしまった。

 それは、変わらないから。

 償っていくしかない。

 償いきれなくとも、償っていくことに意味がある。

 そのはずだ。

 

「そういえば大赦の建物がボロボロになってたけど、あれって朝陽くんがやったの?」

「まあ、うん……」

「もうしないでね……?」

 また心配そうな顔。

「うん……」

「私達を絶対に頼ってね、皆で何とかするんだよ」

「悩んだら相談だよ、夢河くん」

 東郷さんも続いて言ってくる。

「わかってるよ」

「それならよかったよ」

 友奈は笑顔になり、そう言った。

 記憶が戻った今、友奈の笑顔は前よりも僕の心を揺らめかせる気がした。

 

「友奈ちゃんを、あまり心配させないでね……?」

「うん。東郷さんにも、皆にも、極力心配は掛けさせないようにするよ」

 笑っていて、欲しいから。

 切迫した状況だと、難しいかもしれないけど。

 それでも、心配は掛けさせないように努力すべきだ。

 一呼吸置いて、また僕は話し出す。

 

「話を戻していいですか?」

「あ、ああ、いいわよ。話して」

 風先輩に聞くと、まだ戸惑いが残っていながらも了承の返事をくれた。

「襲撃とは言いましたが、神樹に散華を取り消させるために直談判しに行った、という方が正確ですね、まあ襲撃でも間違いはないんですが」

 なにしろ大赦の人と戦って建物も壊した。むしろ襲撃以外の何物でもないだろう。

「その時に、神樹から聞いたんですけど――」

 僕は神樹から聞いた色々な情報を皆に伝えた。

 

 銀の事。

 僕はこの世界の人間ではなくて、別の世界からデウス・エクス・マキナという神に目を付けられて転生させられて来た事。

 バーテックスがどんどん強くなっていったのは、僕が使う力をデウス・エクス・マキナが利用したからという事。

 友奈の家に最初連れられて行った理由、は言う必要は無いから言わなかったが、大方先程見た夢が原因だろう。僕が何か反応を示したからと、神樹は言っていた。デウス・エクス・マキナは、その一番反応を示した人間の家に住まわせるつもりだったのだろう。それが友奈だったというだけだ。

 神樹に攻撃された事も、伝えた。

 信じている神に友達が殺されそうになったなんて、伝えるのは躊躇われた。

 けど、これからのためにも情報共有は必要だ。

 

「だから多分、力が無くなったっていう事は、そのデウス・エクス・マキナに返却された事で僕の記憶が戻って来たんじゃないかと思います。記憶も、力の代償で奪われたんだと神樹が言っていましたから。なんでデウス・エクス・マキナがそんなことをしたかは、分からないですけど」

「そうだったんだ……」

「夢河くん……」

「デウス・エクス・マキナ、か。聞いたこともないわね」

「どうしようもない神ね、そいつ。神樹様も神樹様だけど」

 友奈、東郷さん、風先輩、夏凛、樹ちゃんがそれぞれ反応を示す。

 樹ちゃんはこくこくと夏凛の言葉に頷いていた。 

 

「でも、大丈夫。私たちがついてるよ。力になるから、何でも言ってね」

「うん……」

 友奈は、友奈たちは、勇者部の誰かが危機的状況に陥れば、こうして全力で力になるのだろう。

 それが、誰でも。

 今は、僕なんだ。

 これからは、頼る。

 ちゃんと、あの時そう決めた。

 だから僕も、皆に頼ってもらえるように、強くならなければ。

 

「とにかく、力が無くなったんですけど、僕はこれからどうやって戦えばいいのかな……」

 なにしろ、唯一の力だった。

 あの力がなければ、僕はただの凡人だ。

 何の力もない。 

 再起を決意したはいいけど、最初から躓いている。

 

「あんな力は、ない方が良いよ」

 友奈が、言った。

 確かに、そうだ。

 あれを使えば、人が死んでしまう。

 僕は一度やってしまって、もう後戻りは出来ないけど。

 だけど、一度やってしまったら、後は何回やっても同じだなんて考えてはいけない。

 もう、そんな風に考えるのは、駄目だ。

 これ以上、罪を重ねてはいけない。

 だから絶対に使ってはいけない。

 善人なら、そんな思考をするだろう。

 勇者なら、きっとそう考える。

 だから僕も、そう考えよう。

 使いたくても、もう使えはしないけれど。

 一度使ってしまった時点で、善人とは言えないけれど。

 それでも。

 

 でも、この先どうやって戦う?

 誰とも戦わずに済むとは思えない。

 敵はまだ、存在しているのだから。 

 

「朝陽、大丈夫だ」

 その時、僕の肩にポンと手が乗せられた。

「銀……」

 銀だった。

 先程までずっと話に加わってなかったけど、このタイミングで僕に話しかけてきた。

 今は、姿が現出している。

「余計な力が無くなったおかげで、アタシの力が使えるようになった」

「銀の、力……?」

「ああ。アタシが勇者やってた時に使ってた力だ」

「それがあれば、僕はまた戦える?」

「百人力だろ?」

 銀は不敵に笑って、そう言った。

 頼もしい。

 素直に、そう思った。

「うん、そうだね」

 だから僕も、笑った。

 

「じゃあ朝陽はこれからも戦えるってことね。なら、問題はこれからどうするかってことか」

 風先輩が仕切り直すように言葉を放った。

 皆で、考える。

 

 デウス・エクス・マキナや天の神とは、戦闘に持ち込むことすら今はできない。

 何しろ奴らは天高く、結界の外に存在するのだろうから。

 だから、目下の問題は最後の一つ、神樹のことだ。散華のことだ。

 僕はまだ神樹に狙われているだろう。

 僕の力はもう無いけれど、神樹がそれを把握しているかは分からないのだから。

 把握していれば別かもしれないが、悪い方の可能性を考えて行動した方がいい。

 そうなると、まともに動くこともできない。

 だから、神樹の元にまた行って、説得するしかない。

 僕一人では無理だと諦めただろう。

 だけど、皆がいる。

 

 話し合って、そういう結論が出た。    

 後は、皆とやり遂げるだけだ。

 

「行くよ。朝陽くん。私たちでなにもかも、なんとかしよう!」

 友奈の言葉と共に、僕は勇者部部室のドアに歩み寄った。

 

 

 プツンッ――――――

 

 

 刹那の間すらなく、場面が、視界が、

 

 ――変容した。



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四十六話 なにもわからなくて

「――――――――――っ」

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。 

 

 場面が、変わった。

 変わる世界。

 視界は酩酊。

 思考は強直。

 心音は早鐘。

 

 ――――僕は、決意を新たに、部室を皆と共に出たところのはずだった。

 その、はずなんだ。

 それ以外、ありえないはずなんだ。

 ありえてはいけないんだ。

 

 なのに。

 なんだ、これは。

 どういう、ことだ。

 訳が、分からない。

 誰か説明してくれ。

 思考を放棄したくなる。

 

 ――――――だけど。

 だけど、僕はもう、絶対に諦めないって決めたんだ。

 躓いても、立ち上がって見せるって。 

 強くなるって。

 皆に手を伸ばしてもらったあの時から、誓ったんだ。

 

 だから、何とかするんだ。

 今の現状を。

 現実を直視して、対処に当たる。

 冷静に、状況を把握して、行動する。

 それを、確実に実行に移さなければ。

 

 とりあえず、見える視界から判断すると、ここは樹海。

 樹海化警報は鳴っていない。

 飛ばされる前の世界の停止も見ていない。

 けれど、樹海にしか見えない場所。

 それが、ここだ。

 不思議な色合いの根っこが跋扈(ばっこ)する、樹海だ。

 

 周りを見回す。

 友奈が、居た。

 

「友奈!」

 背を向けている友奈に走り寄った。

「朝陽くん……?」

 困惑した表情の友奈が振り返る。

「こ、ここ。どこなんだろうね?」

 少し噛んでしまったが、友奈に聞く。

「私も、分からない……勇者部の部室を出て、そこから先はすぐにこの場所にいたと思う」

 どうやら友奈も僕と同じ認識みたいだ。

「一体、何が起こったんだ……」

「やっぱり、樹海にいるなら樹海化かな?」

 

 確かにここは樹海にしか見えない。

 けど、樹海に来る前に起きる現象は何もなかった。

 本当に、気づいた時にはここで突っ立っていたんだ。

 まるで時間が切り取られたかのように。

 なら――

「樹海化の前の現象が無かったけど、樹海に来ている。つまり、樹海化ではあるけど、いつもの樹海化とは違うものなのかな……?」

 わからない。

 憶測でしかない。

 けれど、推測しか今はできない。

 というかそのまんまで、何も解っていないのと変わらない。

 

「……あれ? 他のみんなは?」

 友奈が、ふとそんなことを言った。

「え……?」

 僕も見まわして、僕ら二人だけだと今更気づく。

 遠くにいるかもしれないと目を凝らしても、耳を澄ましても、誰もいる様子は無い。

 風も吹かない樹海に、不気味な静けさだけが充満している。

「あ、銀は!?」

 自分の内にいる女の子に、呼びかける。

「銀! ねえ銀! 聞こえてるなら返事してくれ!」

 

 無音。

 返ってくる返事など、一切なかった。

 自分の内に銀がいる感覚は、あるような、ないような、良く分からない感覚だ。

 でも、いくら待っても返答は無いし、出てくる様子もない。

 ということは――

「銀も、居ない……?」

 一体、どういうことなんだ?

 

「今まで、音すら届かないほど遠くに離れて来たことって、あるかな……?」

 銀以外のみんなは、すごく遠くにいる可能性もあると思って、聞いてみる。

「最初に樹海に来たとき――でも、そんなに離れてたわけじゃなかったし、やっぱり、なかったと思う……」

「そうか……」

 だとしたら、僕たち二人だけしかいない?

 決めつけるのは早いが、最悪を想定しておいて損は無いはずだ。

 でも、そうだと仮定して、なぜ?

 僕ら二人だけしか樹海に来てなくて、樹海にくる過程も可笑しかった。

 何が起きている?

 

「くっそ……わからない……」

 片手で額を押さえる。

 考えても考えても、結論は出ない。

「友奈はこの状況、何か分からない?」

 勇者部五箇条の、悩んだら相談だと思って、友奈に聞いてみる。

「ううん、さっぱりだよ。でもやっぱり、敵が来るのかな?」

 

 敵。

 そうか、敵は、樹海化だとしたらやって来る。

 状況は不明瞭なことばかりだけど、敵が来る可能性があるのなら、最大限に警戒をしておかなければ。

 訳が分からない状況に陥った時点で、警戒はしていたが、さらにそれを強める。

 

 友奈は、こんな状況だけど混乱せずに気丈に振る舞っている。

 僕も、負けていられない。

 

 

「あ――」

 友奈が一音を喉から漏らした。

「なにかあった?」

 

「向こうに、何か見える」

 と、遠く遠くの空を、指差す。

 僕も、目を凝らす。

 空中にある、小さな影が見えた。

 まだ距離は遠く、小さな飛ぶ影の全容は見えない。

 だが、徐々に徐々に、近づいてきている。

 僕たちの方に――。

 

 結構な速さで、接近してきている。

 近づくにつれて、その影の姿が、露わになった。

 

 巨大な白い口に、白い袋が付いたような形状。

 顎に、髭のような数本の糸状の物体がぶら下がっているが、目も鼻も耳もない。

 バーテックスか?

 でも、それほど大きいわけでもない。

 人間からしたら十分に巨大だが、バーテックスほどではない。

 けれど樹海にいる人間以外の動くものなど、バーテックス以外にありえない。

 

 とりあえず、スマホで確かめた方がいいだろう。

 けれど僕は、スマホを持っていない。

「友奈、あれが何なのか確かめてくれる?」

「もう確かめたよ」

 そう言って、すぐにスマホの画面を見せてくれる。

 

 『星屑(ほしくず)

 

 そんな文字だけが、地図上の僕ら二人から離れた位置にあった。

 とにかく、星屑という名前は分かった。

 バーテックス関連なのかは分からないが、『星』と名が付いているのなら、星座の名が付いているバーテックスと同類だろう。

 ならば敵だ。戦わないと。

 

「友奈、変身するぞ!」

「うん!」

 右の手を拳にして、左の掌に打ち付ける。

 徐々に両手を話していくと、白銀の色が――

 出てこない。

 忘れていた。

 僕はもう、あの力は使えない。

 いつもの癖で自然に使おうとしてしまったが、たとえ在ったとしてもあの力はもう使わないと決めたはずだ。

 なのになんで僕は使おうとしてるんだよ。馬鹿か。

 

 頭を振って意識を切り替える。

 今は自分を責めている場合ではない。

 敵がやって来てるんだ。

 

「銀。銀の力が使えるようになったって言ってたよね? それを今貸してくれよ」

 戦う術を求めて、自らの内にいる銀に呼びかける。

 されど、返事は無い。

 さっき確かめたとおりに、銀はいない。

 これでは、戦えない。

 僕は今、ただの凡人だ。

 友奈に、任せるしかない。

 

「あれ? ……変身できない!」

「え?」

 見ると、友奈は何度もスマホの画面をタップしているが、何も起きていない。

 いつものように、不思議な光が沸き上がって、衣装が変わらない。

「え、変身、できないの……?」

「うん……」

 焦った瞳で、友奈は答えた。

 

 なぜ?

 なんで変身できない?

 ここは樹海のはずだ。

 神樹の結界内のはずだ。

 ならば、神樹の影響下にあって変身が出来ないなど、起こり得るわけがない。

 起こり得てはいけないんだ。

 なのに、変身できない。 

 

 不味い。

 僕は今、ただの凡人。

 友奈も、変身できない。

 これでは、戦える者がいない。

 他のみんなは、なぜかいないし。

   

 されど、星屑は迫る。

 けれど、戦う術がない。

 超常の力を持たない僕らは、憐れな捕食対象に過ぎない。

 立ち向かっても、即座に殺されるだけだ。

 逃げないと。

 

 けど、何処へ?

 ここは樹海だ。

 恐らく樹海だ。

 敵を殲滅しなければ、元の世界へは返れない。

 逃げて、意味があるのか?

 しかし、奴を倒せる算段があるわけでも無く。

 

「朝陽くん! とにかく今は逃げるしかないよ!」

 友奈に手を取られ、最初は足を(もつ)らせながら、走る。

 友奈の言う通り、今は逃げるしかないのかもしれない。

 逃げて、どうにかなるのかなんて、分からないけど。

 

 でも、今ここにいない皆が、見つかるかもしれない。

 そして他の誰かは、変身が出来る状態かもしれない。

 もしそうだったら万々歳だ。

 そんな都合のいいこと起きてくれたら、泣いて喜ぶ。

 けど、現実は甘くなくて。

 

 まず、逃げようと走り出すのが遅かった。

 そして、星屑という化け物は、普通の人間よりも圧倒的な速さで飛来している。

 地を走るしかない人間とは違って、空も自由自在に飛んでいる。

 

 追いつかれないはずが無く。

 星屑の大口は、もうそこまで迫っている。

 ゴパアッと開かれた顎門(あぎと)

 その口腔は、何もかも飲み込んでしまいそうな暗さを秘めていた。

 

 ――――追いつかれる。

 

 確実に。

 結実に。

 現実に。

 一寸後には、暗い口腔に飲み込まれてしまうだろう。

 

 だけど、友奈にそんなことはさせない。

 させてたまるか。

 友奈がいなくなったら、意味が無い。

 化け物風情が、友奈を失わせていいはずがない。

 誰だろうと、友奈を殺させていいはずがない。

 

 だが、今この瞬間に目の前の敵を屠れる術など、持ち合わせていない。

 けど、友奈だけは絶対に殺させてたまるか。

 

 僕は友奈を、横に突き飛ばす。

「わっ!?」

 友奈は驚いた声を出した後、化け物の直線範囲から外れて転がった。

 擦り傷とかを負ってしまったかもしれないが、死ぬよりはいいと無駄な思考を振り解く。

 この後逃げ切ってくれることを、祈るしかない。

 

 ――僕はもう、駄目だから。

 

 走る速度を落とさないために、後ろは今振り向けないが、目の前にあるのは、全てを覆ってしまいそうな影。

 僕を飲み込む、影だ。

 星屑がすぐ後ろまで迫っている証拠。

 

 がくんっ、と僕の動きが強制的に止められた。

 星屑の巨大な歯に、(くわ)えられたんだ。

 僕の下半身は、今化け物の暗い口腔の中だ。

 あ、怖い。

 と、一瞬そんな思考が浮かび上がった後。

 

 巨大な歯と歯の間の距離が、零になった。

 

 ぐしゃっ、と嫌な音が、聞こえた。

 僕の肉が、潰れる音だ。

 痛みは、どうだろう。

 感じる余裕もないのかもしれない。

 でも今は、ただただ怖い。

 死は怖すぎた。 

 こんなにも、怖いと思ってなかった。

 怖い、怖い、怖い。

 けれど、いくら怖がろうと、僕にはもう来ることが確定してしまっていて。

 あの不気味な力がなくなった僕は、ただの人間は、上半身と下半身を別にされたら、死ぬ。

 当たり前のことだ。

 身体が二つに分かたれ、上半身だけの僕は、地面に落下していく。

 どちゃっ、と地に血と共に、落ちた。

   

 薄れゆく最後の視界の中に映ったのは。

 目を見開いて呆然とした、友奈の姿だった。 



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四十七話 死への恐怖

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。 

 

 僕の意識は、在った。

 

 生きていた。

 立っていた。

 けれど、先までの光景とは、繋がりが無い。

 僕は、星屑という化け物に喰い殺されたはずだ。

 なのに、無傷で立っている。

 上半身と下半身も、繋がっている。

 なぜだ?

 わからない。

 混乱して、困惑する。

 生きていたのはいい。それはいい。

 死にたくなかったし、死は途轍もなく怖かった。

 だから、生きていたのは泣いて歓喜したいほどの幸福だった。

 

 けれど、意味が解らない。

 死んだのに、生きていた。

 矛盾している。

 

 それに、目の前の光景は。

 最初にあの、この樹海に来た時と全く同じで。

 まるで時間が巻き戻ったかのような、そんな錯覚に囚われる。

 

 ――いや。

 巻き戻っているのか?

 もしくは過去に意識だけが戻った。

 要するにタイムリープ。

 どっちでもいい、今の僕にとって、然程大きな違いなどない。

 周りを見渡してみる。

 友奈が、居た。

 先の時に、最初にこの樹海に訪れた時に、見回して友奈を見つけた時と同じ場所。

 

 その場所に、彼女は立っていた。

 強烈なデジャブ。

 いや、デジャブよりも鮮明。

 再度見回しても、友奈以外はいない。

 それも同じだ。

 本当に、戻ったのか?

 まだ確証はできない。

 だから、先の時と同じ行動をとってみる。

 

「友奈!」

 背を向けている友奈に走り寄った。

「朝陽くん……?」

 困惑した表情の友奈が振り返る。

 ここまで、同じ。

 

「戻ってるよね?」

 ストレートに、聞いてみる。

 さっきとは違う言葉だが、これが一番手っ取り早い。

「え……? なにが?」

「だから、星屑とかいう奴がやって来て、僕がそいつに殺されて……」

「朝陽くん、何のことを言っているの?」

 怪訝そうな顔。

 友奈は、『前』の記憶が無いのか?

 

「友奈は、ここに来る前どこにいたの?」

「多分、勇者部の部室を出て、そこから先はすぐにこの場所にいたと思う。朝陽くんは違うの?」

 さっきと同じだ。

 僕もさっきまでは、そうだった。

 だけど、今は違う。

 何が起きたのかは分からないけど、恐らく過去に戻った。

 それも、僕だけが。

 妄想じみた話だけど、現に僕は身体を二つに別たれたのに、生きている。

 デウス・エクス・マキナの力のように、強力な人知を超えた力が働いたのなら別だけど、光景も場所も全て戻っている意味がそれだと説明が付かない。

 人知を超えた力っていうのは、同じかもしれないけれど。

 だって、時間遡行だ。

 普通ならあり得ない。

 だけど、超常の力というものは、得てしてそういうことを起こすものだ。

 身をもって、知っている。

 なら、これは神が起こした現象なのだろうか?

 それなら、誰が?

 神樹か? デウス・エクス・マキナか? はたまた天の神か?

 普通に考えれば、僕に都合のいい現象なのだから、人類の味方である神樹か?

 でも、神樹は今、僕を殺そうとしているはずだ。なのに助ける意味がない。

 ならば、デウス・エクス・マキナか? けど、デウス・エクス・マキナは僕から力を全て強制返却させた。なのに、まだ生き長らえさせてくる意味が解らない。

 天の神の線は、まず理由が何も思い浮かばないし、その線は無いだろう。

 なら、誰が起こした現象なんだ?

 分からない。

 情報が少なすぎる。

 

 ――けれど、今はそんなこと、どうでもいいのかもしれない。

 もうすぐ、星屑という化け物がやって来る。

 僕を喰い殺した、化け物が。

 遠くの空を、振り仰ぐ。

 空を飛ぶ影が、見えた。

 

「銀! やっぱりいないのか!? 銀、返事をしてくれ!」

 必死に、決死に、呼びかける。

 されど返答はさっきと同じで全く無く。力は亡く。心は泣く。

 戦える力は、ない。

 だけど、また殺されるのは嫌だ。

 あんな死の恐怖は、もうごめんだ。

 頼ってはいけないと分かっていて、右拳を何度も左掌に打ち付けるも、一向に白銀色は見えてこない。

 

「友奈、変身はできる……?」

 淡い期待を込めて、聞いてみる。

「…………できない」

 友奈はまたスマホを何度もタップしているけれど、変身ができないのは変わらないみたいだ。

 焦りを込めた表情で、僕を見てくる。

 結局戦えないのも、変わらない。

 力を持った状態でやり直せてたら、どれだけ安堵しただろう。

 だけど、無理だ。

 何も、良い方向に変わっていない。

 今すぐ、逃げないと。

 逃げるのが遅ければ、『前』の二の舞だ。

 

「逃げるよ友奈」

 友奈の手を取って、すぐに走り出す。

「え? え?」

 戸惑ったまま足を縺れさせて、それでも何とか体勢を整えてついてきてくれる友奈。

「朝陽くん、逃げるってどこへ?」

「分からない。だけど、戦える術がないのなら、逃げるしかない」

「うん……そうだね」

 地を蹴り、走る。

 走る、走る、走る。

 

 星屑は、どこまで来ている?

 気になって、振り向いた。

 振り向かなければよかった。

 後悔した。

 星屑は、まだ少し離れている。

 先程視認した時よりも、ずいぶん近くだが、それでもまだ攻撃される位置ではない。

 だけど、僕は、星屑のその姿を、見てしまった。

 見てしまったんだ。

 

 巨大な歯がズラリと並んだ大口。

 白い袋が付いたような形状。

 顎に、髭のような数本の糸状の物体。

 目も鼻も耳もない、無貌(むぼう)

 

 それを、視界に収めた瞬間。

 僕は、動けなくなった。

 

「朝陽くん!?」

 いきなり僕が止まったことで、手を繋いでいた友奈がつんのめるが、構う事が出来ない。

 何故か。

 全身が震えて、動けないからだ。

 恐怖に、支配されてしまった。

 見るまではまだ大丈夫だったのに、視認した途端にこれだ。

 死の恐怖が、化け物に対する恐怖が、一度死んだ記憶と共に刺激された。

 怖い。

 無理だ。

 こんな恐怖、押し殺せない。

 だって、僕はあいつに、殺されたんだ。

 あの巨大な歯で、喰い千切られたんだ。

 あの時した決意も、全て恐怖に押し流されて、薄れていく。

 

「朝陽くん! お願いだから今は走って!」

 友奈が叫ぶ、しかし体は呼応してくれない。

 星屑が、近づいてくる。

 接近してくる。

 もうすぐ、ここに到達する。

 僕たちを殺しに。

 さっきみたいに、あの歯を血で汚すために。

 

「うああああああっっ…………」

 情けなく呻きながら、蹲る。

「こうなったら、私が引っ張ってでも連れてくよ!」

 腕を引っ張られる。

「んーっ……んーっ……!」

 全力で、唸りながらも持ち上げようとしてくれている。

 けれど変身していない今の状態で、女の子が男の体を持ち上げることなどできない。

 加えて友奈は散華で左腕が使えない。絶対に不可能だ。

 

 僕が立って、走れればそれでよかったのに、まだ身体はいうことを聞いてくれない。

 本能が、警鐘を鳴らしているというのに。

 もうすぐ死んでしまうから走れと、警笛が鳴っているというのに。

 それでも、恐怖に竦んだこのどうしようもない木偶人形のような体は、動いてくれない。

 少し経つと、引っ張って連れていくことは諦めたのか、スマホをいじりだした。 

 

「お願い、お願いだから、変身してっ……」

 けれど、呼応は無く。変身はできない。

 僕が、立てれば、いいのに。

 何故、立てない?

 恐怖ぐらい、吹き飛ばせよ。

 何なんだよ僕は。強くなるって、決意しただろ。

 諦めないって、躓いても迷っても、立ち上がるって。

 なのに、なんでだよ。

 立てよ。クソ野郎。

 このクズが、早く立てよ。

 

 ――――影が、差した。 

 

「朝陽くんは、殺させない!」

 振り向くと、友奈が僕の前で、大口を開く星屑の前で、両手を広げて立っていた。

 駄目だ。

 そんなことしたら、友奈が死んでしまう。

 許容できない。駄目だ。駄目だ。

 駄目なのに。

 身体は動いてくれない。立って、くれない。

 どうしようもない僕の心は、恐怖に染まったまま。

 化け物の、深淵のような穴が、友奈をそこへ(いざな)わんと迫った。

 

 今すぐ、立て!

 立って、友奈を突き飛ばせ!

 そうしないと、あの化け物に友奈が殺されるぞ!

 何度も自分の心に叫ぶ。

 なのに。

 それなのに、足が竦んで立つ事が出来ない。

 立とうとしても、足に力が入らず無様に地を転がっただけだ。

 死ねよ、友奈を守れない僕など死んでしまえ。

 役立たずが。   

 這ってでも、友奈を護ろうとした。

 無様でも、守れればいい。

 そう思った。

 けれど、だけど、しかし、されど。

 その願いは、叶わなかった。

 敵わなかった。適わなかった。 

 

 僕の目の前で、星屑の凶悪な歯が閉じられ、血飛沫が上がった。

 

「あ……ああ……」

 友奈が……友奈が……。

「あああああ……ああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 僕は、立ち上がった。

 遅い。

 今さら体が動いた。

 怒りで体が動いた。

 怒り、悲しみ、憤怒、憎悪、悲哀、悔しさ、無力感。

 ごちゃまぜに心を掻き乱し、心を狂わせる。

 憤怒に任せて、友奈を失わせた、存在してはいけない化け物に突っ込む。 

 血に濡れた歯が、再度開き、閉じられた。

 

 気づいた時には、僕の右腕は亡くなっていた。

「ぎいいいいいいいいいいいい!!」

 血があり得ない量、噴き出す。

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 怖い。恐い。

 思い知った。

 戦いが、こんなにも悲惨なものだと。 

 死とは、こんなにも酷く、醜く、恐く、悔しく、悲しいものだと。

 心の奥、魂までに、思い知らされた。

 

 今まで戦って来れたのは、感覚が麻痺していただけだ。

 強力な力に頼って、増長していただけだ。

 戦いとはこういうものだった。

 痛みとはこういうものだった。

 死にたくない。誰か、変われるものなら変わってくれ。

 けれど、変わってくれるものなどいるはずもなく。

 大切な人も、もう居なく。

 

 深淵のような、闇を讃えた口腔は、僕を飲み込んだ。

 

 

 



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四十八話 打開策

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。 

 

 僕の意識は、在った。

 

 この場所にいるのは、これで三度目。

 さっきと、この樹海に来た時と、また同じ光景。

 確信する。やはり最初に、戻っていると。

 なら――――

 

「友奈っ!?」

 友奈が、いるはずだ。

 生きているはずだ。

 生きてなきゃ可笑しい。

 生きてなければ僕は死ぬ。

 目を血眼にしながら、探す。

 はたして――――

 

「朝陽くん……?」

 友奈は、いた。

 寸分違わぬ姿で、前の時と全く同じ場所に。

 生きていた。

 生きていたんだ。

 生きていたんだ!

 

「友奈!」

 すぐさま走り寄る。

「わぷっ!? 朝陽くん!? どうしたの!?」

 思わず、抱きしめてしまった。

 僕の胸に顔が(うず)まっていて、ジタバタする友奈。

 嫌がっているかもしれない。

 でも、本当にここにいるのか確かめたかったんだ。確信したかったんだ。

 大丈夫だ。友奈の感触も、匂いも、温かさも、ちゃんとある。

 友奈は、ここに、存在している。

 意思を持って、何者にも侵される事無く、存在している。

 

「朝陽くん……? 泣いてるの……?」

「え……?」

 心配そうな友奈に指摘されて気づいたら、僕の頬は濡れていた。 

 けれど、これは嬉し泣きだ。

 だって、友奈が生きていたんだ。

 嬉しすぎて、涙が出るなんて当然のことだ。

 友奈が、ぎゅっと抱き返してきた。

 

「私がいるから、大丈夫だよ。みんなで立ち向かうって決めたもんね。だから、泣くことなんてないんだよ。何かあったら、みんなで解決すればいいんだから」

「うん……うん……」 

 僕は二度、頷いた。

 ここにみんなはいないけれど、友奈しかいないけれど、それでも、僕はその言葉に救われる。

 だからまだ、立ち上がれる。

 もうあんな思いはしたくない。

 友奈が殺される光景なんて、見たくない。

 絶対に、守って見せる。

 この命に、代えてでも。

 

「友奈、悪いけど今は何も聞かずに一緒に逃げてくれ」

 抱きしめていた友奈を話し、精一杯の真面目な声色を出して言う。

「うん、いいよ」

 友奈は、即答した。

「え、自分で言っといてなんだけど、そんなすぐに判断しちゃっていいの……?」

「だって朝陽くん、今すごく焦ってる。きっと時間が無いんだよね」

 確かに、時間は無い。

 星屑は今も接近しているだろうし、変身も前に二回ともできなかったから、今回もできない可能性は高い。

 だからすぐに逃げて、隠れる必要がある。

 変身ができるかどうか確かめるのは、隠れてからでもいい。

「けど、それにしたって――」

 

「私は、朝陽くんを信じてるから」

 

 桜咲く微笑み。

「あ…………」

 こんな状況だってのに。

 僕は、見惚れてしまった。

 

「だから早く、行こう」

 硬直していた僕は、友奈に手を引かれて走り出す。

 僕が手を引いて、守らなければならないのに。

 僕の方が、守られているみたいだ。 

 だけど。

 友奈のその信頼には、応えなければいけない。

「朝陽くん、どっちに行けばいい?」 

「こっち」

 今度は僕が、友奈の手を引っ張る。

 とにかく、星屑がやってくる方向から、できるだけ反対方向に。

 行けるところまで、遠くに。

 そして隠れて、それから解決策を考える。

 走る、走る。

 今回は恐怖に足が竦むことなく立って、走れている。

 もうあんなことは、繰り返したくないから。

 二人で一緒に、両の足を動かし続けた。

 

 

 

 僕たちは今、樹海の、大きな根の下。

 影になっている部分に、隠れている。

 星屑の方が圧倒的に速いから、奴に視認される前にどこかに隠れる必要があった。

 ここは神樹の根が跋扈する樹海だ。だから、こういう隠れる事ができる場所はいくらでもある。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 友奈と二人で、影に座り込んで息を整える。

 しばらくすると、喋れるほどになった。

「友奈、変身はできる?」

 希望は薄いけれど、一応聞いてみた。

 もしも変身できたら、跳び上がって喜ぶけど。

「ちょっと待っててね」

 友奈はスマホを取り出して、画面をタップする。

 けれど、変化はない。

 何度もタップするが、何も起こらない。

「無理みたい……」

「やっぱり、そうか……」

 期待はあまりしていなかったが、それでも落胆は隠せない。

 

 僕も銀に呼び掛けたり、拳を掌に打ち付けてあの力が使えないか試してみたが、無理だった。

 銀からの返事は依然として無いし、白銀色は出てこない。

 白銀色は、出てきたとしてどうするんだということになってしまうけれど。

 この状況を打開する事が出来る力に縋りたいんだ。

 だけど、もう絶対に使わないと決めたんだ。

 どっちにしろ使えないから意味の無い葛藤だってのは解っている。

 けれど、使えたとしてまた僕が使ってしまうようなら、変われていない。

 同じような間違いを繰り返すだけだ。 

 人間そう簡単に変われるものではないと解ってはいる、しかし、変わろうとする意識さえなくなったら、終わってしまう。

 だからあの力が在ったとしても、絶対に、必ず、何が遭っても、行使してはいけない。

 

「朝陽くん、それで、何があったの?」

 思考の波を泳いでいると、友奈が話しかけてきた。

 そうだ。まだ友奈に一緒に逃げてきた理由について話していなかった。

「そうだね、話すけど、すごく荒唐無稽だよ?」

「それでも話してみて。それに、荒唐無稽なら今さらだよ」

 

 それは、この樹海に来てからのことか、それとも最初にバーテックス関連の問題に巻き込まれたときからのことか。

 どっちでもいいことだけれど。

 だけれど、友奈の言ったことは、それもそうかと思うには十分だった。

 本当に、今さらだ。

 

「じゃあ話すけど。星屑っていう、バーテックスと同類だと思う化け物が来てるんだ。そして、今も確認したように変身はできない。戦う力がないんだ。他のみんなもいない、僕たちだけなんだ。そうして僕は、僕たちは、殺された。だけど、最初にこの樹海に来た時に戻っていたんだ。つまり、時間が戻っていた、過去に戻っていた。今は、三回目だよ」

 一気に話してしまったけれど、もっと順序立てて説明すればよかったかな。

 こんなこと一気に捲し立てられても理解が追い付かないだろう。

 説明とか、苦手だ。

 

「えーっと、つまり、バーテックスみたいなのが今も私たちを探してるってこと?」

「まあ、簡単に言えばそうだね。目下の問題はそいつが襲って来るからだし」

 死んでもループするというのは、問題というよりもただ不可思議だというだけで、むしろ助かっている。

 戻っていなければ、あの時に死んでそれで終わっていたはずだから。

「それで、三回目? 過去に戻ったっていうのが、荒唐無稽なこと?」

「うん。そうだよ。信じられないかもしれないけど」

 友奈は僕の下手な説明でも、順番になんとか噛み砕いていってくれている。

 

「本当に荒唐無稽だけど、信じるよ。だって、朝陽くんの様子を見れば一発でわかるもん」

「わかる?」

「うん、嘘を吐いてないって顔に書いてあるから」

 友奈は笑って、そう言った。

「え」

 やはり僕は、そんなにもわかりやすいのだろうか?

 前にも、顔を見ればわかるとか言われた。

 でも顔に出やすいとか、自分ではわからない。

 普通にしてるつもりなんだけどな。

 

「とりあえず信じたけど、これからどうしよう?」

「どうしよう、か……僕も分からないんだ……だから隠れてるんだけど」

 しばらく二人で黙り込む。

 けれど、黙って考え込んでも、打開策は僕の脳から弾き出されてこない。

「一体どうすれば…………」

 

「そうだ! ここは樹海なんだから、神樹様に助けてもらうのはどう?」

「神樹に……?」

「変身できないのは、神樹様に何かあったからかもしれない。だから、直接助けてもらえばいいんだよ」

「そう、か」

 そうなのだろうか?

 確かに、変身ができないのは、理由があるはずだ。

 神樹に何かあったのなら、その理由に直結する。

 けれど、何かあったなら何かあったで、僕たちを助けれる状況なのだろうか?

 そもそも、友奈はともかく僕を助けてくれるだろうか?

 でも、僕にはもうあの力がない。ならば可能性はあるか?

 色々な疑問が、懸念事項が、頭を流動する。

 

「それか、この樹海が今までの樹海と違うなら、探し回っていれば何か解決する方法がある可能性もあるよ」

 この樹海内に、解決法。

 今までと違うのなら、確かに何かあるかもしれない。

 薄い希望だけれど、零ではない。

 化け物を斃せる何かが、在るかもしれない。

 

「だから希望を捨てず、二人で頑張ろう。力を合わせれば、きっとなんとかなるよ。なせば大抵、なんとかなるだよ」

「うん。勇者部五箇条は、忘れずにいないと」

 それを意識して、実行していかないと。

 

「それじゃあ――――」

 とりあえず立って動こうか。

 そう言おうとした。

 言おうとしたんだ。

 けど。

 言えなかった。

 

「あ――」

 星屑が、恐悪な歯をギラつかせながら、僕たちのいる根の陰を、覗き込んでいた。

 奴に目なんてないけれど、目が合った気がした。

 

「朝陽くん……あれが……?」

 友奈の言葉には、受け答える事が出来なかった。

 声が思うように出せない。息すら詰まる、止まる。

 状況にのまれてしまっている。この後呑まれることになるんだろうけど。

 慣れない冗談が思考から出た。

 全然笑えない。

 

 大口を開け、獲物に飛び掛かる猛獣の如く突っ込んでくる。

 猛獣など可愛いものだ、と思えるほど、星屑という化け物の歯は、口腔は、狂気に兇器(きょうき)じみていて、恐ろしい。

 

 今の僕たちの速さなど、星屑に比べれば赤子のようなものだ。

 ここまで接近されて逃げられるわけがない。

 避けられるかも怪しい。

 というか無理だ。出来るわけないだろ。

 でも。

 

 誰かが代わりに襲われていれば、別かもしれない。

 どっちにしろ今は、奴は友奈に一直線に突進している。

 飛び出す以外の選択肢など、無かった。

 地を蹴り、跳び、友奈を突き飛ばす。

「あ……」

 友奈の声。

 聞こえる同時。

 また一回目と同じような状況だな、と、そんな冷静だか呑気だか分からない思考が、脳裏で浮かんだ。 

 

 当然、友奈を突き飛ばしたらその位置に僕が来るわけで。

 友奈の元いた位置に僕がいれば、どうなるかなんて誰でも解る。

 

 僕は兇器に、喰い千切られた。

 血飛沫が上がる。 

 一瞬で、意識は闇に呑まれた。

 

 

 



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四十九話 凡人は抗う

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。   

 

 僕の意識は、在った。

 

 四度目の景色。

 また、戻った。

 いつまで、戻れる?

 あと何回、失敗してもいい?

 有限? それとも無限?

 わからない。

 分からない解らない。何も。

 

 

 でも、やるしかない。

 友奈は、殺させない。

 たとえ何回身代わりになっても、護って見せる。

 僕が先に死ねば、戻るのだから。

 友奈を殺させないようには、出来る。

 

 とにかく、今は友奈が言っていた、神樹に助けを求めるという方法を実行してみるべきだ。

 それが無理だったら、この、見た目だけはいつも通りで、来る過程が違った樹海で、何かないか探すしかない。

 

「友奈! このままだとやばいからついてきてくれ!」

「え? 朝陽くん!?」

 説明は最小。

 何か言うのは助かった時でいい。

 一々戻るたびに説明などしていられない。

 星屑は今も迫っているのだから。

 強引に友奈の手を取り、走り出す。

 

 大赦にいた時の姿より、何倍も巨大な巨樹の元へ。

 幸い、神樹が見える方面は星屑がやってくる方向とはちょうど逆方向だ。

 走りながらも、叫ぶ。

 

「神樹! 聞こえてるなら、僕たちを助けてくれ!」

「朝陽くん!?」

 友奈の言葉に、応じてあげる事が出来ない。

 今は、何が何でも助からなければならないから。

 だから、叫ぶ。

 神樹に、声が届くかもしれないと考えたからだ。

 ここは樹海、神樹の結界内のはずだ。

 自分の結界内のことは全て把握しているという可能性に、期待した。

 全てでなくても、ある程度は把握している可能性でもいい。

 どっちでもいいから、声が届いて、助けてくれればそれでいい。

 

「神樹! いるんだろ!? なあ、いるって言ってくれよ! この目に姿は見えてるんだぞ! 助けてくれよ! …………もう、友奈だけでもいいから!!」

 自分も、死にたくない。

 死にたくないし、みんなと共に在りたい。

 けど、僕を助けないといけないことで、どちらも助からないのなら。

 友奈だけでも、助かってほしい。

 死にたくない。でも友奈にはもっと死んでほしくない。

 だから。

 僕も絶対に助かりたいだなんて、厚かましいことは言わないから。

 友奈だけでも、助けてくれ。

 

 されど、返事はない。

 無反応。

 無反動。

 無感情。

 空しく自分の叫びだけが、木霊する。

 

「神だから敬えって言うんなら、敬うから……敬いますから! 毎日祈って、毎日お供え物して、感謝を忘れませんから! だから、どうか、友奈だけでも助けてください! 神樹様!!」

 

 情けなく、最悪にかっこ悪いことだって叫ぶ。

 返事はどれだけ待っても、先と同じで来ない。

 ここまで言ったのに、助けてくれる様子が一切ない。

 助ける気がないのか、聞こえていないのか、それとも助けられる状況にないのか。

 巨大な神樹を見た限り、何もいつもと変わっている様子はない。

 けれど、見えないところで何かが起こっている可能性もある。

 

 もっと近づいてみるしかないのか。

 真下ぐらいまで行って話しかけないと聞こえないというのもあり得る。

 

「朝陽くん、さっきからどうしたの……? あまりにも必死だったからついてきたけど、何があったの?」

 心配そうな顔。

 そんな顔ばかり、見ている気がする。

 もうさせたくないって、思ったはずなのに。

 切羽詰まっている今の状況では、どうすることもできない。

 

 気になって、振り返った。

 星屑は、もう視認できるところまでやって来ていた。

 ここから走って、あの巨樹の元に僕らが着くのが先か。

 それとも奴が僕らを食い殺すのが先か。

 そんな勝負に、なってしまった。

 神樹までの距離は、まだ遠い。

 

 

 ――当然、間に合わなかった。

 星屑の速さは僕たちより圧倒的。

 加えて神樹までの距離もあった。

 次第に距離を詰められて行き。

 

 もう、目の前だ。

 星屑が。

 化け物が。

 僕を何度も殺してきた、巨大な歯が。

 

 ――友奈に、迫る。

 もうこのまま逃げ切ることは不可能。

 結局僕は、前の時とまた同じ行動をとるしかない。

 

 友奈を突き飛ばす。

 奴の射線上に僕が来る。

 喰い千切られる。

 血飛沫が舞う。

 感覚が無くなる。

 生命が亡くなる。

 意識が、なくなった。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 五回目のトライ。

 直ぐに行動に、移すべきだ。

 時間が惜しい。

 何事も素早く。

 相手はこっちより何倍も速いんだ。いくら急いでも足りない。

 

「友奈!」

 説明せず、手を取って引っ張った。

「――!? 朝陽くん!? どうしたの? どうして引っ張るの?」

 僕は何も言わない。言えない。 

 話している時間が惜しい。

 迅速に行動する。

 

 樹海に蔓延(はびこ)る根に、隠れながら、息を潜めながら、慎重に進む。

 あの歯の化け物に、絶対に気づかれないように。

「朝陽くん、今からどうするかだけ教えて……」

「話している時間はない。けど、とにかく今は息を潜めて、音をあまり立てないで、僕と一緒に来て」

「うん……なら今は、そうするよ。後で聞くからね」

「そうしてくれ」

 根の陰に隠れながら、意識を研ぎ澄ませる。

 僅かな音でも聞き取れるように。

 奴が飛行する音が、聞き取れるように。

 何も聞こえなくて、視界に奴が映らなかったら、足を進める。

 そして、隠れる。

 そしてまた、意識を研ぎ澄ませる。

 問題ないと判断したら、進む。

 友奈も黙って、付いてきてくれた。

 

 幾らか進んだとき。

 根に隠れて、聴覚を研ぎ澄ませる。

 少し、違和感があった。

 陰から空を見上げる。

 

 星屑の白い身体が一部、視界に映った。

 見えた瞬間、即座に隠れる。

 危なかった。

 奴は今、振り向こうとしていた。

 少しでも隠れるのが遅ければ、見つかっていただろう。

 僕は友奈に振り向いて、自分の口に指を一本立てて当てた。

 絶対に今は喋ってはいけない。音を立ててはいけないということを示すポーズだ。

 友奈は解ったようで、最小限の動きで頷いた。

 そのまま、しばらく僕と友奈は息を潜める。

 心臓が早鐘を打ち、見つかったら殺されるという緊張感に胃が悲鳴を上げる。

 熱くもないのに、汗が頬を伝う。

 どれくらい時間が経ったか、分からない。

 一分か、数分か、十数分か。

 とにかく、いなくなったと判断して、陰から少し出て確認した。

 

 星屑は、いなくなっていた。

 別の場所に探しに行ったのだろう。

 ほっと一息吐き、また友奈と移動を開始する。

 

 

 

 そうして。

 辿り着いた。

 慎重に慎重を積み重ねた結果だ。

 途中危うく見つかりそうになったが、なんとか辿り着けた。

 これで、助かるはずだ。

 

 念のため神樹の幹に手を当てながら、話す。

 こうしとかないと僕の声が聞こえない可能性も否定できない。

「神樹、助けてくれ。今の僕たちではあの化け物は倒せない。だから、僕たちを助けてくれ」

 返事はない。

 さっきまでと、同じ。

 

「神樹様、私からもお願いします! どうか私たちを助けてください!」

 友奈も、僕がしようとしていることを察して声を上げてくれた。

 けれど、返答はない。

 

「神樹…………神樹様、友奈だけでもいいので、助けてください。なんでもしますから……」

 返答は、無い。

 何も、無い。

 

「駄目だよ朝陽くん、私だけなんて。二人で助からなきゃ意味ないよ」

 だけど、どうすればいいっていうんだよ。

「聞こえてるんなら、早くしてくれ! もうそこまで迫ってるんだ!」

 神樹は、葉さえ揺れていない。

 一切。一枚たりとも揺れていない。

 全部見えるわけではないから見える範囲では、になってしまうけど、何も動いていない。

 前に大赦で見た神樹みたいに、他とは違う何か、みたいな感覚もしない。

 神聖さが無いんだ。

 神って感じがしない。

 幹に触った時にも思ったが、生命を感じなかった。

 まるで造花を触っているようだった。

 ただの、でかいだけの木にしか思えない。

 もっと言えば、普通の木にすら思えない。

 死んだ大樹。

 そんな言葉が似合うような様間(さまあい)

 神樹は、どうしたんだ?

 生きているのか?

 とにかく、応えは無い。

 つまり、助けてはもらえない。

 神樹は、頼れない。

 意図的に助けていないにしろ、助ける事が出来ないにしろ。

 どっちにしろ、神樹に助けてもらえる可能性はゼロだと思っていい。

 そんな結論に、達した。

 

 ここまで、苦労してきたのに……。

 そもそも友奈が変身できない時点で、助けてもらえる可能性は低かった。

 勇者システムは、神樹の力を借りて作ったものなのだから。

 でも僕は、小さな可能性に縋りたかった。

 手が無かったから。

 けれど、とんだ骨折り損だ。

 

 

 影が、差した。

 僕は、察した。

 諦めの気持ちを抱えながら、振り向く。

 

 狂気に兇器(きょうき)じみた巨歯(きょし)を持つ、化け物が目の前にいた。

 

 星屑は友奈に狙いを定め――

「させるかよ」

 僕は友奈の前に立つ。

 瞬間。

 喰らい付いてきた星屑に噛み千切られ、

 

 血飛沫を撒き散らしながら、僕の意識はまた暗い闇の底へと落ちた。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 六回目。

 まだ僕は戻れる。

 やり直せる。

 だから諦めてはいけない。

 何か方法があるはずだ。

 躓いても立ち上がるんだ。

 僕はやる。

 やり遂げる。

 やらなければならない。

 友奈を、守る。

 

 今回は、どうする?

 確か、友奈はもう一つ言っていた。

 神樹に助けを求める以外に、もう一つ。

 

 この樹海が今までの樹海と違うなら、探し回っていれば何か解決する方法がある可能性もある。

 だったか。

 確か、そうだった気がする。

 なら、それを行動に移そう。

 まだ、手が無いわけじゃないんだ。

 薄い希望でも、縋れる希望がある。

 それなら僕は、手を伸ばす。

 

 それと、気づいたことがある。

 星屑は、友奈を執拗に、優先的に、狙っている。

 なぜかは分からない。けど、奴はまず友奈を狙う。

 今までも僕が先に死ぬのは決まって友奈を庇った時だ。友奈が先に殺された時はその後すぐに僕も殺されたから、友奈だけを狙っているわけではないんだろうけれど。

 気づきはしたが、だからといって、何がどう変わるわけでもない。

 僕のやることは、変わらない。

 友奈を守る。

 先に友奈が殺されるというのなら、身を投げ出してでも護る。

 それだけだ。

 

「友奈!」

 僕はまた、友奈の手を取り走り出す。

 

 

 

 ――――どれぐらい動き続けただろう。

 何十分? 何時間?

 よくもまあ今まで見つからないで移動し続けれたものだ。

 

 隠れる。

 走り、探す。

 息を潜める。

 奔り、探す。

 気配を消す。

 はしり、探す。

 

 そんな行動を。ずっと続けていた。

 何度も奴に見つかりそうになりながら、気を張り詰めて、何か解決策がこの樹海にないか、探し続けた。

 

 けど。

 けれど、見つからない。

 何もない。

 大樹や、巨大な根があるのみで、他の何かなど見つかることは無かった。

 

 

「どうしよう…………」

 途方に暮れた。

 何をすればいいか分からなくなった。

 打てる手は打つ。

 だけど、打てる手が分からない。

 それが無ければ、何も出来ない。

 

「朝陽くん……ずっとついてきたけど、困ってるなら私を頼って」

 立ち尽くす僕に、友奈がそう言ってきた。

 けれど、友奈に教えてもらったことをしたんだ。

 それが二つとも、無理だったんだ。

 今話して、なんになる?

 

 

 いや。

 ――――勇者部五箇条だ。

 悩んだら相談。

 話してどうにかならないとしても、話すべきだ。

 一度話したことがあったとしても、その時に話したことを試して無理だったとしても、話すべきなんだ。

 結局、やるべきことが分からないのだから、話した方がいい。

 だから、話しても何にもならない訳が無い。

 少なくとも、心の整理は出来るはずだ。

 

 僕は今までの経緯を全て話した。

 

「そう、だったんだ……」

 友奈は沈痛な表情をして少し俯く。

「辛かったんだね……すごく、辛かったんだね……ごめんね、覚えていなくて」

 なんで、いつも……。

「なんでこんな時なのに、そんなこと言うんだよ……友奈が優先的に狙われてるんだよ? 怖くないの?」

「怖いよ。けど、朝陽くんが辛そうだから……なんとかしてあげたいんだよ」

「僕はただ、友奈を守りたいだけなんだ。守れないから、辛いんだ。だから、そんなこと言ってくれなくても、僕に弱さをぶつけてもいいんだ。僕が絶対に、守るから」

 

 でも、力がない。

 前みたいに、超常の力なんて一切ない。

 ただの凡人な知力と身体能力しか持ち合わせていない。

 何の力も無い一人間でしかない今の僕に、誰かを守れるわけがない。

 けど、守りたいんだ。

 幸い、何の力がないとは言っても、何度もやり直せるんだ。

 だから何回やっても、何度失敗しても、チャンスは巡って来る。

 その中に、ただの弱い凡人でも何かできる一回が、在るかもしれないんだ。

 だから僕は、諦めるわけにはいかない。

 友奈を失うわけにはいかないんだ。

 生きて、一緒に帰るんだ。

 

「朝陽くんは優しいね。なら、一緒に頑張ろう。一緒に考えて、二人の力を合わせて、あんな変なやつやっつけよう」

 友奈は、咲き乱れる桜の様に、優しく微笑んだ。

 

 僕の心は、その桜に包まれるように軽くなった。

 その笑顔さえあれば、どんな困難にも立ち向かえる気がした。

 何度躓いても、転んでも、立ち上がれるような気がした。

 絶対に諦めない思いが、湧き上がって止まらない気がした。

 気がした。

 気がした。

 

 なのに。

 

 視界が鮮血に染まる。

 笑顔が、無に帰す。

 儚く散る桜のように、その笑顔は一瞬にしてこの世界から亡くなった。

 飛び散った赤いナニカが、僕の身体を、顔を汚す。

  

 目の前には、兇器の口。

 赤く濡らした、凶悪で醜悪な歯。

 

 白い化け物が、(わら)った様に見えた。

 

 

「このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」

 

 

 僕は殴りかかった。

 

 喰われた。

 

 



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五十話 凡人は憔悴する

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 七回目。

 幸運の数字だ。今回でどうにかなってくれてもいいんじゃないか?

 ははははは。ねえ、なってよ。

 どうにかなってよ。

 ならなきゃ死ね。死ぬ。死なない。死にたくない。

 もう嫌だ。

 

 

 友奈の手を取る。

「え? 朝陽くん? どうしたの?」

 引っ張って、走る。

「ねえ、なんで何も言わないの……?」

 走る、走る。

「少し恐いよ……今の朝陽くん……」

 ただただ無心で、全力疾走した。

 

 

 とりあえず、どうすればいいか分からない。

 友奈と二人で協力? そう言った友奈は殺されてしまった。

 僕の目の前で。

 優しく笑ってくれていたのに。

 なのに、一瞬にして消えてしまった。

 いとも容易く、簡単に。

 それなのに、友奈をさらに危険な目に合わせるなんて、出来るわけないじゃないか。

 あの笑顔が、何の慈悲も躊躇いもなく、ゴミみたいに潰されてしまうんだ。

 突然にして、理不尽に。

 そんなことがあっていいはずがない。

 誰が認めようとも、僕は絶対に認めない。

 

 

 走った先。

 当然、何もない。

 大樹と根しかない。

 ここは樹海なんだ。当たり前だ。

 

 当たり前じゃなければよかったのに。

 薄い希望が実現すればよかった。

 それがよかった。

 僕はそれがよかったんだ。

 なんでそうならない?

 

 ……大樹と根しかないなら。

 その大樹と根に、活路を見出せばいい。

 自分でも何を言っているか解らない。

 でもそれしかないんだから、仕方がないじゃないか。

 他に案があるのなら、それを選んでいた。

 でも、無かったんだ。

 

 僕はそこら中に跋扈する根の一つを適当に選んで、近寄る。

 道具なんて何もない。

 スマホすらない。

 だから、素手だ。

 根を、殴る。

 掻き毟る。

 手が痛い。凄く痛い。

 けど殴る、掻き毟る。

 結構頑丈だ。

 そりゃそうか、神樹の根だもんな。

 ただの根なわけがない。

 

「朝陽くん!? なにしてるの!?」

 それでもこの根の中に、何かあの化け物を斃せる武器とか力とか便利アイテムとか眠ってるかもしれない。

 そんな可能性ゼロに等しいってことぐらい解っている。

 でも、何をすればいいのかも分からない。

 どうやったら友奈を守れるのか、分からないんだ……。

 だから、思いついたのならその方法を実行するしかないじゃないか。

 たとえ希望とも言えない希望だったとしても、手を伸ばすしかない。

 意味の無い行為でも、せざるを得ないんだ。

 何かしてないと、気が狂いそうなんだ。

 もう狂ってるかもしれないけど。

 

「止めて!! 手がボロボロだよ! なんでそんなことするの!」

 友奈が僕の手を掴んだ。

「待ってて」

 その手を、振り払う。

「きゃっ」

 友奈が尻餅をついてしまった。

 罪悪感が沸き上がる。

 でも、今は一刻を争うんだ。

 言葉を掛けている時間も惜しい。

 

 殴る。殴る。

 掻き毟る。掻き毟る。

 たとえ拳が潰れようとも、爪が剥がれ落ちようとも。

 痛くとも辛かろうとも。

 その先に希望があると信じて行動を止めない。

 また、爪が一個、剥がれ落ちた。

 僕の血に塗れた根は、まだ一センチも削れていない。

 いったいいつになったら、中程まで削れる?

 分からない。途方もない。

 けど、やるしかない。

 削る。削る。 

 

「朝陽くん……!」

 友奈が涙を流しながら、僕の腰に抱き着いてきた。

 だけど僕は止めない。

 無心に、無感情に、掘削(くっさく)する為に手を動かし続ける。

 

 殴る。掻き毟る。削る。爪が剥がれる。血が噴き出す。痛すぎる。削る。手の感覚が無くなっていく。手がただの削るための道具と化す。削る。

 

 

 削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る削る。

 

 

 それでも、一センチいかない。

 だが削る。

 赤い手を、動かす。

 

「朝陽くん! 私だって怒るんだからね!」

 頬に衝撃。

 作業は中断され、僕は倒れる。

 痛む頬に手を当てながら、顔を上げる。

 触った頬が、血に塗れた。

 どうやら友奈に殴られたようだ。

 衝撃の感触と、拳を固めていることから本気で殴られたのだろう。

 結構、痛いし。

 爪が剥がれた手ほどじゃないけど。

 

「どんな理由があるかは知らないけど、そんなことしちゃだめだよ。自分を痛めつけるだけで、何にもならないよ……」

 酷く、悲しそうな顔だ。

 僕は、君に笑っていてほしいのに。

 誰が、悲しませた?

 僕だ。

 

 

 ――影が、差した。

 

 

 友奈の、後ろ。

 白い化け物が、いた。

 

「? 朝陽くん……?」

 僕の様子が急変したのを不思議に思ったのか、友奈は首を傾げている。

 傾げた後、僕の視線が後ろに行っていることが解ったのか、振り向こうと――

 

 星屑が、大口を開き、喰らい付こうとした。

 僕はすでに、動作に入っていた。

 友奈を引き倒し、巨大な歯の前に、僕が立つ。

 

 その後は、前の何回ともと同じ。

 僕は喰い千切られ、血の噴水を上げて絶命した。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 八回目。

 

 一度、地面を掘ってみようかという思考が浮かんだ。

 だけど、その後すぐに友奈の酷く悲しそうな顔が、馬鹿な思考を上書きした。

 

 地面を掘るなんて、根を削るのと、大差ないじゃないか。

 道具もないから、また素手になる。

 また、大して進まずに手がボロボロになるだけだ。

 石を永遠と積み上げる行為に似た、意味の無い事じゃないか。

 確かに根や地面の中に何かある可能性はゼロではない。

 けれど、それは悪魔の証明だ。

 確かめる事は出来ない。

 

 

 ――――だったら、どうする?

 

 

 分からない。考えても思いつかない。考えたくない。どうすればいい。誰か教えてくれ。

 こんな無能で役立たずな凡人でも、友奈を助ける事が出来る方法を教えてくれ。

 されど、誰も教えてくれるわけがない。

 ここには僕と、友奈しかいないのだから。

 

 だから、友奈に聞けばいい。

 さっきもそう思っていたじゃないか。

 馬鹿か僕は。

 悩んだら相談だろうが。

 なせば大抵なんとかなるんだよ。

 なるべく諦めるなよ。

 挨拶はきちんとしろよ。

 よく寝てよく食べろよ。

 

 勇者部五箇条、忘れるな。

 忘れない。忘れたくない。

 とにかく相談だ。

 

 ――たとえ、すでにしていて解決していないとしても。

 

「友奈……」

「……朝陽くん?」

 友奈が振り返って、顔を心配そうに歪めた。

 また、その顔か。

 僕のせいなんだろうけど。

「友奈、どうしたの……?」

「顔色が、すごく悪いよ。大丈夫……?」

 大丈夫じゃない。

「大丈夫だよ」

 全然大丈夫じゃない。

「本当に大丈夫……?」

「大丈夫……」

「でも――」

「大丈夫だって言ってるだろっ!!」

「ひぅっ!」

 友奈はびくっと身を震わせた。

 

「あ――」

 怯えさせてしまった。

 怒鳴ることなかったのに。

 友奈は何も悪くないのに。

 悲しむ顔はもう見たくないって思っていたのに。

 守りたい人に当たるなんて、最低だ。

 最低最悪の男だ。

 

「ごめん……ごめんなさい……僕は、そんなつもりじゃなかった……」

 ただただ、狼狽えて謝る事しか出来なかった。

 なのに。

 

「ううん、私こそごめんね。でも、何があったか話して。全力で力になるから」

 また友奈は、そんな優しい言葉を掛けてくれた。

 こんな最低な野郎に。

 力強い瞳をして、僕を見据えてくる。

 その瞳には、何もかも打ち砕いてしまいそうな、物語の主人公のような意志の強さが垣間見えた。

 僕は、その友奈の思いに、応えなくてはいけない。

 絶対になんとかしてくれると信じて。

 僕がなんとかしなくてはいけないのに、何も出来ないから。

 何も出来ない、弱い人間だから。

 だから、自分以外の人間を頼って、力を貸してもらうしかない。

 そうしなければ、弱者は潰されるだけだ。

 弱者が潰れないためには、自らが何とかして強くなるか、誰かに力を貸してもらう。

 そのどちらかが必要なんだ。

 

「事情まで話している時間はない。だから、今必要なことだけを話すよ」

「うん。それでいいよ」

「とりあえず走りながら話そう。その理由も今から説明する」

「わかったよ」

 僕は、友奈の手を取って走り出す。

「あっ」

 友奈が、手を握った瞬間に声を出したが、気にしない。

 今は、手を握ることに照れている場合じゃないから。

 走りながら、話し始める。

 

「端的に説明するよ。今、化け物が僕たちを殺そうと迫ってきている。そして、ここには僕たち以外には誰もいないし、変身も出来ない。けれど僕たちはその化け物を倒さないと助からない。何の力も持たない僕たちはどうする? っていう話なんだ」

 

「そう、なんだ……」

 友奈は深刻そうに黙り込む。

「前にも、相談はしたんだ……けど、その時に話した方法では駄目だった。神樹を頼るのも、この樹海に何かないか探すのも」

「前?」

「それは今はいい。とにかくそれ以外の何か解決策はないの? 僕には分からないんだ……」

 友奈はしばらく考えた後。

 

「なら、二人で何とか協力してそいつをやっつけるっていうのは?」

「無理だ」

 あんな化け物、ただの何の力も無い人間が倒せるわけがない。

 兵器を持ってきても、バーテックスみたいに再生するやつだったら倒せないんだ。

 超常の力でもないと、無理だ。

 そのことを、友奈に伝えた。

 

「なら、樹海の端まで行って、なんとか結界の外に出てみるっていうのは? みんながここにいないなら、結界の外にいるかもしれないし、そのみんなは変身出来るかもしれない。外は天の神が滅ぼしちゃったって言ってたから敵がいる可能性は高いけど、今の状況からして背に腹は代えられないよ」

 

 それは、いいかもしれない。

 結界の外に出られるかは分からないけど、出られなくて無意味な結果になってしまうかもしれないけど。

 試してみる価値はある。

 結局、他に方法なんて、思いつかないのだから。

 

「じゃあ、それにしてみるよ。他に方法はもうない?」

 最終確認。

「う~ん、多分ないと思う。とりあえず今は、思いつかない」

「そうか……」

 これが失敗したら、もう他の手は無いのか……。

 本当にないのかは分からない。

 けど、友奈は思いつかないと言った。

 これ以上可能性のある案なんて出てこないだろう。

 

 とにかく。

 やるしかない、か。

 

「それじゃあ今から、壁に向かって隠れながら移動しよう」

「うんっ」

 そう言って僕たちは、根に隠れるために方向転換した。

 

 

 

 ――移動した。

 何度も隠れながら移動した。

 前の時と同じように、星屑に見つかりそうになりながら、慎重に慎重を期して、移動した。

 そうして――。

 

 衝撃。

 額に、顔に、身体の前面に。

 前からの反発があって、後ろに倒れこむ。

 

「朝陽くん!? 怪我はない?」

「いつつ……うん、多分ないよ」

 衝撃と反発があって転んだだけだ。

「よかった……」

 友奈は安堵したように一息吐く。

 でも、壁にぶつかったような衝撃があったんだ。

 立ち上がって、手を前に伸ばしながら少し先に進んでみる。

 何か、硬いものに触れた。

 それは平面で、縦に伸びている。

 つまり。

 

「ここが樹海の端……」

 

 そういうことなんだろう。

 端がどういう風になっているかは知らなかった。

 透明な壁のようなものがあったのか。

 この先は、見えているとおりの光景なのか?

 違うだろう、多分そう見えるだけ。

 外は、天の神に滅ぼされた。

 だから、見えている範囲みたいな、今は樹海化しているから具体的には分からないけど、こんなに、結界内と大差ない状態じゃないはずだ。

 とにかく、この壁を何とかして、外に出なければ。

 

 とりあえず思い切り殴ってみる。

 右の拳を引き絞って、放った。

 透明な壁に、結界に、僕の拳がぶち当たる。

 一瞬の衝撃の後。

 跳ね返された。

 たたらを踏む。

 

「いってえっ…………」

 殴った拳は、凄まじく痛かった。

 まるでダイヤモンドを殴ったかのように、硬く、痛く、壊せる気がしない。

 

「待って。これは神樹様が創った結界なんだから、神樹様に頼めばいいんだよ」

 でも、神樹は助けてくれなかった。

 友奈は結界に手を当てて、言葉を発した。

「神樹様、私たちをこの外に出してください」

 

 数十秒、待った。

 沈黙が、静寂が、支配する。

 何も、変化はない。

 

「無理、みたい……」

 友奈は落胆した表情をして、結界から手を放した。

 やはり今神樹は、一切頼りにならない。

 けれどすぐに気を取り直したように顔を上げて。

 

「なら、私も!」

 友奈も拳を握って、振り抜いた。

「勇者パンチ!」

 結界に拳が衝突するが。

「わぁっ!」

 跳ね返され、尻餅をつく。

「いったああああいっ!」

 右の手をぶんぶん振りながら痛がっている。

 

 ――無理、なのか?

 

 結界を破ることは出来ない?

 ただの人間が、神の創った結界を破るなんてことは、不可能?

 

 そうかもしれない。

 でも。

 それでももう、この方法しかないんだ。

 なんとしてでもやるしかない。

 

「なるべく諦めない、だろ。諦めるな。諦めるな。諦めるな!」

 自分に、言い聞かせる。

 

 拳を叩き付ける。

 跳ね返される。

 拳を殴り付ける。

 反発作用が働く。

 拳を振り抜く。

 反動が襲う。

 

 何度も何度も、拳をぶつけ続けた。

 友奈も、一緒になってパンチを繰り出している。

 どこも強度は同じだと解ったら、一箇所だけを集中して、一緒に叩き続けた。

 

 それでも、ビクともしない。

 一切、ダメージが蓄積されているようにも思えない。

 

 

 無理。無意味。無駄。痛いだけ。徒労。終わった。絶望。死ぬ。助からない。助けられない。守れない。護れない。救われない。救えない。何も出来ない。

 

 

 そんな(いや)な言葉が、次々と頭の中を埋め尽くしていく。

 

「お願い。開いて。壊れて。外に出して!」

 友奈が叫ぶも、変わらない。

「友奈、もういい。こればっかりは無理だ。物理的に無理だ。だから、無理しないでくれ」

 友奈は、左腕が使えない。

 だからずっと右の拳だけで叩き付け続けている。

 きっと僕より痛いはずだ。

「今無理しなきゃ、いつ無理するの。無理でもなんでも、やるしかないよ!」

 そういって、まだ右拳を振り続ける。

「確かにそうなんだけど、これはしょうがないだろ。それだったら別の方法を考えるべきだ」

 結界は、少しも揺らいでるようには見えないんだ。

 いくら諦めなくたって、壊せるものではないだろう。

 少なくとも、ただの人間には。

 今の僕たちでは、確実に不可能だ。

 

「別の、方法……」

 そこでようやく、友奈は殴るのを止めてくれた。

 友奈の右手は、赤く腫れあがっている。

「別の方法だ。何かほかに、ない……?」

 さっき、無いと言われたし、今は思いつかないとも友奈は言っていた。

 それは覚えているが、結局他の解決策を考え付けなければ、ここで終わりだ。

 だから、僕も考える。

 

「やっぱり、何が何でもその敵を倒すしかないと思う」

 友奈はそう言う。

 結局、それなのか。

「でも、無理なんだ……。前までの、超常の力を振るえてた僕たちなら容易に倒せてたかもしれない。けど、今の何の力も持たない僕たち二人でかかったとしても、勝てる確率はゼロと言っていい。五分五分でも、一分ですらもない。ゼロなんだ。あんなの倒すなんて、絶対に不可能だよ」

 

 事実、何度も殺されて来た。

 あの歯に、何度も噛み千切られて来たんだ。

 あそこまで殺されて、絶対的な力の差を体の芯にまで思い知らされて、斃せると思う方がどうかしている。

 友奈は何も知らないけれど、無理だと分かってもらうしかない。

 

 あの化け物には、勝てない。 

 

「でも! それでも! それ以外に方法なんて…………」

 友奈は黙り込んでしまった。

 

 ないのか。

 なにかないのか。

 方法。解決策。逃げ道。抜け道。弱点。

 なにか。

 弱点?

 星屑には、弱点はあるのだろうか?

 いや、在ったとしても今の僕たちでは圧倒的に力量不足だ。

 どの道斃せない。

 本当にそうなのか?

 弱点があるのなら、たとえ何回失敗しても続ければ、なんとかどこかで斃せるんじゃないか?

 でも、まず弱点が分からない。

 そんなものがあるのかも分からない。

 知る方法も分からない。

 じゃあ、どうすればいいんだよ。

 他に方法なんて、あるのかよ。

 友奈は思いつかないと言った。

 僕も思いつかない。 

 何度頭を捻っても、出てこないんだ。

 焦りも疲労もあるけど、それでも何とか案を引き出そうとこねくり回しても、何も閃きなんて来ない。

 知恵熱が出そうなぐらい考えても考えても、良い回答は弾き出されない。

 

 色々、試したんだ。

 何回も何回も死にながら、試したんだ。

 でも、そのどれも旨くいかなかった。

 何もできずに、殺されてきた。

 それでも、戻れたんだ。

 何度も過去に。

 やり直す機会が何度も与えられてきた。

 だから、今までずっと、足掻いて来たっていうのに。

 なのに。

 もう、手は尽きたのか?

 こんなにも早く、終わるのか?

 ふざけんなよ。

 嫌だよ。

 でも、何か手はあるのか?

 ない。

 ないんだ。

 なにも、ないんだよ。

 

 

 ――影が、差した。

 

 

「あぁ…………」

 もう、来たのか。

 随分、早いんですね。

 遅いくらいか?

 なら、随分遅いんですねえ化け物さん。

 ははははは。

 なんで僕はくっそ遅いアンタに勝てないんですか?

 オカシイじゃないっすか。

 おかしいでしょ。

 可笑しいって。

 ふざけんなくそ。

 

 星屑は、友奈に飛び掛かった。

 いつもいつも友奈ばかり狙いやがって。

 死ねよ、ロリコンかよこの屑が。

 星屑だけにお前は屑だ。

 そんな意味不明な悪態をついても、この化け物は倒せない。

 どんな罵詈雑言を並べても、敵を斃せるわけじゃないんだ。

 それでも死ねよこの化け物。

 

「あさ――」

 友奈をこれまで通りに、突き飛ばす。

 そしてこれまで通りに、僕は喰い千切られる。

 これまで通りに鮮血が噴き出し、舞い。

 これまで通りに意識が、閉ざされた。

 

 

 



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五十一話 くるい狂いクルイ

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 九回目。

 

 何もかも考えたくない。思いたくない。頭を働かせたくない。

 何度失敗したと思ってるんだ。

 手は尽きたんだ。

 万策は尽きたんだよ。

 何回戻ればいいんだよ。

 もうこの際死なせてくれ。

 死にたくないけど、死なせてくれ。

 

 ――でも、友奈が死ぬなんてことはあってはならない。

 だけど、守る方法が無い。

 いや――。

『友奈を守る』方法なら、一つだけあるか。

 

 僕が代わりに死に続ければいいだけだ。

 

 いつまで続くかは、分からないけれど。

 いつかどこかで、戻れないかもしれない。

 無限のように続くループが、ぷつっと途切れて、突然の終わりを迎えるかもしれない。

 されど、それに関して僕に出来ることなんてない。

 どんな力が働いて戻っているのか知る由もないから。

 知ったとして、何の力も無い僕ではどっちにしろ何も出来ない。

 

 それに関することだろうが関係しないことだろうが、結局僕は何も出来ていないけれど。

 斃すことも、逃げることも無理だ。

 だったら、これからどうすればいいんだよ。

 わかんないよ。

 わかんない、分からない、判らない、解りたくない。

 このまま死に続けるだけだなんて、受け入れられるわけない。

 けれど、何が出来るわけでもない。

 詰んでいる。

 

 

 もう、いい。

 もういいよ。

 とにかく、逃げよう。

 逃げるんだ。

 逃げきれ。

 むしろ飛べ。

 跳べ。飛べ。

 

 僕は友奈に近づいて、また手を取った。

「? あさ――」

 有無を言わせず、引っ張って走る。

 

 走る。

 奔る。

 (はし)る。

 

 愚直に、無心に、走る事だけを考える。

 他の余計なことは考えない。

 耳に入れない。

 視界に入れない。

 ただただ、走る。

 

 

 走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

 

 

 僕はスプリンターだ。

 僕はチーターよりも速い。

 新幹線よりも速い。

 神よりも疾い。

 何もかも速い。

 早い。

 速い。

 疾い。

 

 何もかもから逃げきれるんだ。

 だって何よりも速いから。

 僕は超速の神だふはははは。

 みんな遅いな。

 そんなんで僕を殺せるのか?

 僕はこんなにも速いぞははは。

   

 ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあほらしははははあははははははははははははははは。

 

 

 ――影が、差した。

 

 

 ちょっと曇ってきたかな?

 今日は天気が悪いのか。

 僕は何よりも速いんだから追いつかれることはない。

 

 でも雨振られたらヤダなあ。

 やだなあ。

 ヤダなあ。

 嫌だなあ。

 厭だよ。

 

 腕を動かす。

 友奈を突き飛ばす。

 いつものこと。

 

 僕は速いけど。

 速いから大丈夫だけど。

 だけどいつもの行動はしないとね。

 生活リズムが狂ってしまうよ。

 

 あれ?

 僕は何者よりも速いんだ。

 だから足が止められることなんてないんだ。

 自分から止まらない限りないんだよ。

 だったら僕は自分から止まったのか。

 そっかー。止まる理由なんてなかったけど自分で止まったのか―。

 

 兇器(きょうき)の歯に挟まれた僕は、喰い千切られて死んだ。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 十回目。

 

 とうとう二桁に到達したぜ。

 おめでと―、拍手―、パチパチパチ。

 めでたいから今回で解決だな。

 十回目ボーナスだよ。

 ポイントが貯まったんだ。

 つまり斃せるんだ。あの訳の分からない化け物を。

 ポイント貯まったんだからその分でパワーアーップ、みたいな。

 右腕が疼く。疼くぞお。

 そのポイント分の力が右腕に集約している気がする。

 気がする。

 気がする。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 僕は突っ込む。

 前へ前へ、進む。

 友奈には後ろで待っててもらおう。

 僕が倒してくるのだから。

 最強の、この僕が。

 

 

 ――――見えて来た。

 青くない空から、飛来してくる白い影。

 

 奴だ。

 星屑だ。

 化け物だ。

 怪物だ。

 斃すべき敵。

 殺すべき宿敵。

 倒せる難敵。

 

 僕へと真っ直ぐ降下してくる。

 友奈を優先的に狙っていたはずだが、友奈を置いて先に来たからか、迷わず僕を殺そうとしてくる。

 効率重視か。

 機械的ともいえる。

 だがそんなもの関係ない。

 僕にとっては好都合だ。

 力が溢れてくる気がする。

 その力を溜める。

 右腕に集中させ、奴を待ち構える。

 

 来てる。来てる。

 いいぞ、そのまま来い。

 貴様が飛来し、僕の右手に触れた瞬間、星屑という化け物の死が確定するんだからな。

 あらゆる触れた存在を掻き消す事の出来る能力、消失の死腕(アームレクイエム)

 そんな能力が、僕に宿っている気がした。

 この最強の右腕が、貴様を屠ってやる。

 

 倒すべき悪は、巨大な歯を持つ口腔を目一杯開き、降下してくる。

 そして僕の目の前まで迫り。

 

 僕は右腕を突き出す。

 さあ、消失しろ。

 お前の負けだ化け物。

 

 

 僕は狂気に兇器じみた恐歯に喰い千切られ、紅い鮮血を撒き散らしながら息絶えた。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 ――――――――――。

 ――――――――――――。

 

 殺された。

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 ――――――――――。

 ――――――――――――。

 

 死んだ。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 ――――――――――。

 ――――――――――――。

 

 絶命した。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 ――――――――――。

 ――――――――――――。

 

 意識が閉ざされた。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 何十回目だっけ?

 忘れた。

 一々覚えてるわけないじゃん。

 ははははは。

 

 あ、星屑が来た。

 あはははははは! 僕死にまーす☆ SI、NU☆

 

 喰われた。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 死の恐怖。失う無力。

 もう沢山だ。

 何もかも、思い知らされた。

 根付いたその恐怖に、屈している。

 何もやりたくない。動きたくない。

 僕は寝てるよ。

 

 ――――――――――。

 

 喰い千切られた。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 起こさないでくれ。

 もう終わりでいいじゃないか。

 いい加減寝させてくれ。

 永遠に。

 

 ――――――――――。 

 

 歯に身体が分断された。

 

 

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 身体が裂断された。

 

 

 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 命は捩じ切られた。

 

 

 ――。

 喰われた。

 

 ――――。

 食われた。

 

 ――――――。

 断裂させられた。

 

 ――――――――。

 裂断を起こされた。

 

 ――――――――――。

 捩じ切られた。

 

 ――――――――――――。

 殺された。

 

 ――――――――――――――。

 死なされた。

 

 ――――――――――――――――。

 絶命した。

 

 ――――――――――――――――――。

 息絶えた。

 

 ――――――――――――――――――――。

 意識が暗闇の底に落ちた。

 

 ――――――――――――――――――――――。

 命が終わった。

 

 ――――――――――――――――――――――――。

 くわれた。食われた。喰われた。クワレタ。



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五十二話 乃木園子という少女





 気づいた時。

 急に。

 脈絡なく。

 ぶつ切りの様に。

 一寸で。

 一瞬で。

 刹那の間すらなく。

 

 僕の意識は、在った。

 

 …………?

 

 いつもと違う。

 景色が違う。

 在り方が違う。

 

 根が無い。

 大樹が無い。

 僕は立っていない。

 

 壁に寄りかかって座ったまま、首を動かす気力すらすでになく、目だけで辺りを見回す。

 

 部屋内に二台だけある机。

 パソコン。

 脚立。

 スライドドア。

 棚に掛けられた濃い緑色のカーテン。

 

 有り体に言ってしまえば、勇者部の部室だった。

 

 そして、友奈が居ない。

 僕一人だけだ。

 なぜ?

 あの地獄は終わったのか?

 終わったのなら、それでいい。

 でも、友奈はどうしたんだ。

 生きているのか。ちゃんと無事なのか。

 それが分からない。

 生きていると良い。

 それで、あの空間から解放されているといい。

 けど、楽観は出来ない。

 いつもいつも、痛い目に遭って来た。

 楽観していても、裏切られた時の反動がでかいだけだ。

 

 そもそも、あの時から意味わかんないんだよ。

 いきなりいつもと違う感じで樹海にいるわ、戦える術はないわ、何度も殺されて過去に戻るわ、そしたらまた急に別の場所に飛ばされるわ。

 うんざりだ。御免だ。もう沢山だ。

 終わってくれ。

 何もかも、もう嫌なんだ。

 やりたくない。動きたくない。考えたくない。思いたくない。

 圧倒的な力の前で、無力な人間は、何も出来ない。

 思想も、信念も、決意も、正義も、想いも、優しさも、悲しみも、怒りも、憎悪も、総てが意味を成さない。

 力が伴わなければ、結局潰されるだけなんだ。

 

 

「朝陽くん、大丈夫……じゃないよね」

 その時、誰も居ないように見えたこの部屋に、声が響いた。

 綺麗な声だ。優しい声だ。耳に心地いい。

 棚の陰になって、ここからでは見えなかった場所から、その声の人物は現れた。

 一人の女の子が、その場所にはいた、その子は、綺麗な茶色の長髪をした、おっとりしたような可愛い子だった。

 讃州(さんしゅう)中学の制服を着ている。

 靴下にフリルが付いていて、可愛らしい。

 

「だ……れ……?」

 声が、うまく出せなかった。

 気力が、湧かない。

 体の機能を動かしたくない。

 それでも、誰か知りたかったんだ。

 

「私は乃木園子だよ」

「乃木……さん……?」

 確かに、言われてみればその金色掛かった黒の瞳は、見たことがある。

 この声も、聞いたことがある。

 でも、乃木さんは全身包帯だらけで、身体を全く動かせなかったはずだ。

 だからこそ、乃木さんだと判らなかったともいえるけれど。

 綺麗な茶髪も、白い肌も、見るのは初めてだ。

 こんなに、可愛かったのか。

 呑気だが、心の底からそう思ってしまった。

 

 乃木さんは歩み寄ってくると、壁に(もた)れて力無く座る僕の横に、ちょこんと膝を抱えて三角座りをした。

「乃木さん、これはどうなっているんだ。何もかも、解らないんだ……判らないんだ」

 乃木さんがいる理由も、何が起こっているのかも、一片たりとも、何も。

 

「園子でいいよ」

「え……?」

「私の呼び方」

「そんな、いきなり……」

 

「私も朝陽くんのこと『ゆめゆめ』って呼ぶから。敬語もいらないよ」

 

 ……?

 ゆめゆめ。

 え? あだ名?

 ていうかなんでそんな可愛いあだ名なんだ。

 僕には似合わないよ。

 

「え、ゆめゆめ……? なんで、それ……?」

 だから思わず、聞き返してしまった。

 

「ゆめゆめはかわいい顔してるから、なんかゆめゆめだと思ったんだよ。他にも『さっひー』とか『あさりん』とかあったんだけど、やっぱりゆめゆめだよ」

 なんでそんなにも女の子みたいなあだ名ばっかりなんだよ。

 と思ったが。

 そう思いはしたけれど。

 そんなほんわりとした笑顔を見せられたら、まあ、いいや。となってしまった。

 女の子の笑顔には、敵わない。

 僕は女ったらしだろうか。

 でも、みんなそうなんじゃないかな。

 知らないけど。

 

「でもほんとなんで急に、そんな親しみを込めた呼び方にしようと思ったんですか……?」

「んー、わっしーのお友達だし、これから話していくんだからそっちの方がいいかなーって」

 ほんわり笑顔。

「そ、そうですか……」

 なんだか気が抜けてしまった。

 

「あと、まだ敬語になってるよ、ゆめゆめ」

「……あ、うん」

 自分ではない地球外生命体の名前で呼ばれているようで、一瞬反応が遅れてしまった。

 でも。

 だけれど。

 

 いやじゃない。

 

 素直に、そう思った。

 むず痒くも、暖かい。

 そんなかんじ。

 

 閑話休題。

「園子……さん、それで、結局今、どうなっているの?」

 話を戻して、事情を聞いた。

 なんだか気恥ずかしくて、さん付けしてしまったけれど、いいよね。

「んむ~、さんもいらないんだけどなあ。ちゃんと園子って言ってよ。それかあだ名」

 ()くなかったか。

「じゃ、じゃあ、園子……」

「うん、園子だよ~」

 パッと笑顔。

 何だこの子可愛すぎる。

 

「って、それはそうと誤魔化さないでよ。僕は現状を聞いてるんだ」

 さっきから聞いても別の話に上書きされているような気がした。

「んー、誤魔化していたわけじゃないんだけどね、結論からいうと教えることは出来ないんだよ。ごめんね」

 園子は困り顔で言った。

 

 …………。

 え。

 教えられないって。

 それだけ?

 

 なんだよ。

 

 なんだよ、それ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ……いくらなんでもそれはないよ。今まで僕がどんな目にあって来たか分かってるの!? 地獄だったぞ。いや、地獄すら生ぬるいほどだった」

 思い出したくもない光景が脳裏にフラッシュバックする。

 

 痛み。

 血。

 絶望。

 肉の潰れる音。

 死の恐怖。

 守れない。

 無力。

 化け物。

 

 精神を苛んで、犯していく。

 園子と会って少し戻っていた気力が、ごっそりと削ぎ落とされていく。

 

「ううっ……あ、ぁぅ……うぁ……」

 頭を抱える。

 蹲る。

 何も、考えたくない。

 記憶を、消し去りたい。

 消えて、無くなりたい。

 

 

 ――――。

 ふわっと、甘く好い香りが鼻孔を包んだ。

 柔らかく、暖かい感触。

 聖母に抱かれているような、安心感。

 

 僕は、園子に抱きしめられていた。

 

「辛かったよね。だから、焦らなくてもいいよ。ゆっくりでも。時間はあるんだから」

 一つ一つの言葉を、丁寧に届けるように。

「ここではお腹が空くことも、眠くなることもないから。ゆっくり、ね」

 かけられる言葉は暖かく、憔悴した心に染み込んでいく。

「でも、また立ち上がって、頑張ってね。いくらでも休んでいいから、何度でも弱音を吐いていいから、絶対に頑張って。酷なのは解ってるけど、頑張って」

「うん……うん……ごめん、ありがとう」

 情けなくも、熱い液体が眼孔から流れ出てしまう。

 僕は一体、女の子の前で何度泣けば、気が済むんだ。

 かっこ悪いのは解ってる。

 我慢したいけど、せき止めたいけど、無理なんだ。

 止めたくても停めたくても、涙は理性とは裏腹に、体内で生成されて頬を伝う。

 

 僕はしばらくそのまま、園子に抱きしめられながら嗚咽を漏らした。

 

 

 ――涙が出なくなり、高ぶる感情が静まった頃。

 僕と園子は、二人並んで体育座りをしていた。

 しばらく沈黙に包まれる。

 でも、その沈黙で落ち着かないという感情は生まれなくて。

 穏やかな、時だと思った。

 ずっとこの空間に身を委ねていたい。

 心やすまる。

 でも、僕は頑張らなくてはいけないみたいだ。

 結局、何も解ってはいないけれど、とにかく頑張らなくてはいけないみたいだ。

 

 だが、どうすればいい?

 敵うことがないことをやって、何の意味がある?

 何も出来ないならば、辛い思いをするだけじゃないか。

 なのに、頑張るって、無理だよ。

 

「あれはいったいなんなんだ? 僕はもう、死にたくないし、死なせたくない。あんなのもう沢山だ」

 何も解らなければ、対処のしようもないじゃないか。

 それでどうやって立ち上がれっていうんだよ。 

 僕はそれを踏み越えられるほど、強くはないんだ。

 教えてくれなくちゃ、判んないよ。 

 

「それでも、立ち向かって」

「でも――」

「本当に、ゆっくりでもいいから」

「…………」

「教えてしまったら、意味が無いんだ。だから、本当にごめんね……」

 

 そんな顔されたら、もう、何も言えないじゃないか。

 優しく、悲しく、悔しく、労わるような、そんな表情。

 色々な感情が混ぜ込められた、しかし強く優しい、表情。

 僕のことを思って言ってくれてるんだっていうことが、ありありと伝わって来て。

 何も、それ以上言えるわけがない。

 言ったら、とことん最低に堕ちていく。

 

「そうだ。今は、楽しいことを話そう」

 そんな事を、唐突に園子は切り出した。

「私、この制服着るの初めてなんだ~。可愛いよね~ここの制服」

「なんで、急に……?」

 そんなことを言いだしたのか。

「ゆっくりでいいんだよ。だから、今は心を回復させることに専念して。嫌なこと考えないで、楽しいこと考えるんだよ」

 ふんわりと、微笑みながらそんな言葉をくれた。

 

 楽しむ、か。

 確かに、今は何も嫌なことは考えたくない。

 だったら、その言葉に甘えても、いいのではないか。

 少なくとも今ぐらいは、いいのではないか。

 そう、思った。

 思ったから、そうしよう。

 楽しいこと。楽しいこと。

 頭の中から嫌なことを排斥して、楽しいことで埋めていく。

 

「うん。そうだね。楽しいこと、今は考えるよ」

「今はそれで、いいんだよ」

「うん。ありがとう」

 心が、少しだけ穏やかになったような気がした。

 

 

「話は戻るけど。ここの制服は可愛いんだけど。男の子の制服は、地味ーだよね」

「は?」

「なんか全身鼠色で、面白みのある装飾も柄も何もないっていうか~」

「ちょっとまってよ。制服良いでしょ」

「ええ~、ゆめゆめあの制服っていうか、その制服好きなの~?」

 僕は今、讃州中学のその制服を着ている。

 今というか、いつもだけど。

「ああ、そうだよ。いつも、休みの日にもずっと着ているぐらいだよ。なんなら一生着ていたい」

「そこまで!? ……そう思うほど好きになる要素あるかな~?」

「なくてもあっても、僕は制服がいいの」

「いいの?」

「うん。制服はいい。制服だ」

「なんでそこまで好きなの?」

「なんでって、そりゃあ――」

 なんでだ?

 

 自分の趣味に合ってるから。違う。

 灰色が好きだから。違う。

 勇者部のみんなと同じ学校の制服だから。これも違う。

 ならば、なんでだ?

 

「ゆめゆめの言動からして、その服というよりも制服に重きを置いているように聞こえるんだけど」

「制服…………」

 

 そうか。

 僕は、制服だから好きだったんだ。

 制服だから、着たかったんだ。

 

 それは、前にいた世界での、心の変化だったのだろう。

 あの日、地震が起こった日。

 その時に。

 僕は死の間際の状況になって、分かったんだ。

 あの日常が、つまらない退屈で平凡な学校生活を、結構気に入ってたんだ、と。

 友達も、大していなくて、打ち込むことも特になかったけど。

 それでも、その日常が、大切だったんだ。

 失くしてしまってから、もう戻れなくなってから、気づいた。

 それに、高校三年だった。

 大学に行くお金もなかったし、もうすぐ学校に行くという日常が終わってしまう時だった。

 そんな時に、あんなことが起こった。

 だから僕は、制服に執着していたんだろう。

 終わらせたくなかったんだ。

 制服を着ているのが当たり前の日常を。

 必死に繋ぎ止めておかないと、すぐに終わってしまいそうで、怖かったんだ。

 だから僕は制服を、いつもいつも、着ていたんだ。

 

 そんな、別に言わなくてもいいことを園子に伝えた。

 ついでに、ついでにしていい問題ではないけど、園子も知らないであろう神樹から聞いて、皆にも話したことを伝える。

 話を伝える前提として、説明が必要だと思ったからだ。

 

「そうだったんだ……辛かったよね」

 白く柔らかい手が、僕の頭にのせられた。

 そのまま撫でられてしまう。

「…………」

 子ども扱いされているようで、少し釈然としないけれど。

 嫌じゃなかった。

 むしろ、心地よかった。

 

「――って、今はそういう話じゃなくて、楽しい話をするんだったよ。暗い話は一旦忘れよう」

 園子はそう言って、話を変えた。

 

「そういえば、わっしー達の居る部室ってこんな感じなんだね~。私始めて来たよ~」

 部室内を見回しながら園子は感慨深げに言った。

「ここでわっしーも、ミノさんも、皆と一緒に楽しくやってるんだね~。いいな~」

 その言葉は、寂しさを帯びているように感じた。

「園子も来ればいいよ」

 だから、そんな言葉が自然と零れた。

 けれど園子は苦笑しながら。

「無理だよ、私は。動けないもん。それに、大赦の人たちが許してくれないし」

「そんなの、解決すればいい。僕が……僕たちが、何とかする」

 僕一人では、何も出来ないことは解っている。

 思い知っている。

 だから、勇者部の皆と共に解決するんだ。

 

「ゆめゆめは、優しいね……」

「僕は、そんなんじゃないよ……」

 優しくなんて、これっぽっちもない。

 自分の好きな人たちは、大切にしたいだけだ。

 

「――って、まただよ。気づけば暗い話だよ。楽しい話しないと」

 と、また園子は気を取り直して。

「それじゃあお互いのことを話してみよう」

 そう話を振ってきた。 

 

「お互いのこと、といわれても僕の話なんて面白いこと何にもないと思うけどな」

「そんなことないよ。これから仲良くする相手のことは色々知りたいよ。いいから話してみて。なんなら私の方から話すけど」

「ん、じゃあ、園子からお願い」

「うん、ゆめゆめがそういうなら私から」

 一間置いて。

 

「私は、ぼーっとすることと小説を書くのが趣味なんだよ」

「そうなんだ。ぼーっとすることって趣味に入るのかな」

「多分入るんじゃないかなあ」

「そっか」

「まあ、小説は身体が動かなくなってから書けてないんだけどね」

「じゃあずっとぼーっとしてたの?」

「ううん、大赦の人とカードの麻雀を手伝ってもらいながらやったりして、それなりに暇は潰せてたよ」

「そっか……」

「書いてたのは恋愛小説なんだけどね、ゆめゆめもよければ読んでみてよ~無理にはいわないけど」

「いや、読むよ。僕もそういうの好きだから。まあ僕が基本好きなのはオタクコンテンツだけど、そういうのもいける口だから」

「そうなんだ。でも大丈夫。百合だからオタクさんにもぴったり合ってると思うよ~」

 満面の笑み。

「え? 百合?」

「うん、百合。女の子同士の恋愛だよ~」

「へ、へぇ……百合かあ~……」

 笑みを顔に張り付けながら、頬に汗が垂れる。

 やばい。百合は好きじゃないなんて言えない。

 この流れで言えるわけないじゃないか。

 言える人は空気読めなさすぎか、鋼の心を持っているかのどっちかだよ。

 

 ――いや、まてよ。

 逆にいいのではないだろうか。

 ここは読んでみて、百合を好きになってみるのは。

 園子が書いたものなら、どんなものでも読んでみたいし。

 僕はこの短時間で、それほどの事が思えるぐらいに、園子に心を許していた。

 それで好きになれれば、万々歳ではないか。

 楽しめるものは、多い方が良いし。

 いろんなジャンルを楽しめるようになりたい。

 ここは、新しい境地を開拓してみるのも悪くない。

 その小説が面白ければの話だけれど。

 

「それじゃあ今度読んでみるよ」

「ありがと~感想聞かせてね」

「うん。必ず」

 一間置いて。 

 

「今度はゆめゆめのこと聞かせてよ」

「僕のこと、ね。やっぱりそんな面白い話じゃないよ。それにさっき趣味は言ったし」

「面白いとか面白くないとかじゃないよ。趣味以外にも聞かせて」

「……まあ、いいけど。といっても、言えることはそんなにないけど」

「そのそんなにない少しでもいいよ」

 

 目線を斜め上に向けて少し思考を巡らせてから、話し出す。

「僕は勇者部の皆のことが好きで、その活動とかみんなと遊ぶのが楽しかったよ」

 かなり小学生並みの言葉が僕の口から吐き出された。

 もっと良い言い方があったのではないだろうか。

「そのゆーしゃ部って、どんな活動してるの?」

「人のためになることを勇んで実施するクラブ、だから依頼があったら雑用からなんでも、大体のことはするよ」

「だから勇者部なんだ」

「うん。そこで過ごす日々は、すごく楽しかったよ。一緒に遊ぶのは当然として、ゴミ拾いだろうと、なんだろうと」

「私もわっしーとミノさんと過ごした毎日は、本当に楽しかったな~」

「だよね。やっぱり皆だと楽しいよね」

「うん。本当に」

 そう言って園子は、感慨深げに目を細めた。

 

「それでね――――」

 

 それから。

 

 園子と、しばらくこの穏やかな時間を過ごした。

 長い時間、話した。

 結構な時間、園子と共に過ごした。

 それはとても、心やすまる時であったのは、確かだ。

 

 だから。

 それがあまりにも、楽しかったものだから。

 僕は聞いた。

「なんで、僕にこんなことしてくれるの?」

 話に水を差すようだったけど、思わず口から出た。

 あんまりにも、僕は救われてしまったから。

「ゆめゆめはわっしーとミノさんの大切な人だから、だから私も助ける――――最初は、そんな気持ちだったけど。今は私自身も本心から、助けたいと思うよ」

 園子は陽だまりのような笑顔で、そう言った。

「ありがとう……」

 涙が出そうになるのを我慢しながら、僕はそう返した。

 

「まだ、頑張れそうにはない?」

「…………頑張るって、やっぱりあの樹海のことだよね」

「うん」

「……星屑とかいう化け物から、逃げるか倒すかしないといけない状況のことだよね」

「うん。逃げるんじゃなくて、倒すじゃないといけないんだけどね」

「無理だよ……」

 

 無理だ。

 倒すって、どうすれば倒せるんだよ。

「何の力も無い状態で、敵なんか倒せないよ……」

「それでもなんだよ。たとえそうだったとしても、立ち向かうことが大事なんだよ」

「どういうこと……?」

「これ以上は伝えられないよ」

「そう……」

 結局、解決する方法を教えてくれるわけじゃないってことか。

「それでも、勝たないとずっとこのままなんだよね…………」

「そうだね、でも、さっきも言ったようにゆっくりでもいいよ。時間が迫ってるわけじゃないから」

「ゆっくり、か……具体的にはいつまでいいの?」

 

「いつまででもいいけど、永遠は駄目だよ。それに、これを言っちゃうのは躊躇われるんだけど、ゆめゆめだってあの樹海にいる友奈ちゃんを助けたいでしょ?」

 

 確かに、そうだ。

 確かにどころじゃない。そうなんだ。

 僕は友奈を、助けたい。

 今までこの場所に来てからは考えないようにしていたけど。やっぱり助けたいのは変わらない。

 だって、好きな女の子だ。

 なにをしてでも、守りたい。

 だけど、その何をしてでもの、何をすればいいのか分からないんだ。

 だから逃げていた。

 考えないようにして、ここに居る今は大丈夫だって勝手に思って。

 優しい時間に、身を浸らせていた。

 自分の為すべきことから、目を逸らして閉じ籠っていた。

 

 でも僕は、友奈をあの悪夢から守りたい。

 あの地獄を、消し去りたい。

 それは、何も変わっていない。

 僕は、友奈のことが大好きなんだから。

 

 されど、恐怖心は蝕む。

 こびりついて離れない死の恐怖が、痛みへの忌避が、心を揺さぶり、いたぶる。

 何度も殺された。歯に肉が食い込み、千切られ、命が刈り取られていく感触。

 あんなもの、一度だって味わいたくないのに、何度も何度も味わった。

 考えるだけで、身体が震えてくる。

 立ち上がりたいのに、立ち上がれない。

 僕の決意は、こんなものだったのか?

 僕の想いは、この程度のものだったのか?

 立ち向かわなければならない。

 それは分かっている。

 そうしたいと思っている。

 なのに、動き出す事が出来ない。

 なんでだよくそ。

 終わってる。

 終わりたくない。

 僕はどうしていつもいつも……。 

 

「ゆめゆめ。怖い?」

「怖いよ……」

 素直な気持ちを吐き出した。

「まだ時間かかりそう?」

「時間かけたところで、どうにかなるのかな……」

 ゆっくり心を落ち着けて、やる気になって、それで?

 その後、やる気出してやったところで、何も出来ないのは変わらないじゃないか。

 また、殺され続ける。

「さっきも言ったけど、立ち向かう意思が重要で、必要なんだよ」

「そんな意思持てないよ。僕は強くないから……」

「それでも、だよ」

「そんなのは蛮勇だ。無謀だよ」

「ゆめゆめは、強くなりたい?」

「そりゃなれるならどうにかして強くなりたいよ。でもさ――」

 

「ゆめゆめ」

 

 その声色は、今まで以上に真剣味を帯びていて。

 しっかりと僕の瞳を覗き込んで、心に強く伝えるように、言葉を紡ぎ始めた。

 

「強くありたいと願うゆめゆめの気持ちはわかるよ。私も、昔に強くないせいで失ったことがあるから。でもね、そんな無理をしてわざわざ強くなる必要なんてないんだよ。強くなることは本当の気持ちを消すことじゃない。そんなところで、強がらなくてもいいんだ。だから、弱くてもいいんだよ」

 

 僕は、しばらく声も出せず、園子を見つめた。

 弱くてもいい。

 そんな発想、今まで一欠片も無かった。

 いつもいつも、強くなりたい。強くありたい。強くあらなければ。

 そんなことばっかり考えていた。

 だから、その考えは天啓のように、新しい道だと意識の中に滑り込んだ。

 

「弱く、てもいい……」

「うん。弱くてもいいんだよ。ありのままで、やっていけば」

「ありのままで、どうにかなるの……?」

「気持ちを無理に変える必要がないだけだよ。どれだけ弱い気持ちを抱えてても、正しいと思って決めた行動を止めなければいいんだよ」

「行動を、止めない……」

「うん。行動することを止めさえしなければ、何かを成すことが必ず出来るとまでは言わないけど、後悔だけはしないはずだよ」

「後悔しない、か……それでもするかもしれないよ」

「たとえしたとしてもだよ」

「正しいと決めても、間違うことだってある」

「間違ってもだよ」

「矛盾してるよ……」

「矛盾してたとしてもだよ」

 なんだそれは。

「弱いままだと、そのうち破綻する。擦り切れる」

「だったら、他の誰かに支えてもらえばいいんだよ」

「助けてくれる人なんて、いないかもしれない。今いたとしても、というかいるけど、必ずどこかで別れが来る。やっぱりどこかで破滅するよ」

「ゆめゆめは、わっしーたち信じられない?」

「……ずるいよ、そんな言い方」

「うん。私も言って思った。ごめんね」

「なんで謝るんだよ……」

「ゆめゆめはめんどくさいね」

「そうかもね……」

「でも、私だって支えるよ」

「……僕たち、会って間もないよね。前に会った時を含めても」

「時間なんて、関係ないよ」

「僕はそんな短時間で慕われるような人間じゃないぞ」

「それを決めるのはゆめゆめでも、他の誰でもないよ。私が決めるよ」

「……結局、どうすればいいんだよ」

「無理に強くならなければいいんだよ」

「でも、強くならないとそのうちこの理不尽な世界に潰される」

「そんなの無視して、自分なりの正しさを以って進み続ければいいんだよ。行動は止めないで」

「君の言い分は穴だらけだ」

「それでも、何もしないよりはいいと思うけどな」

「それだって詭弁だ」

「詭弁じゃない意見なんて、この世のどこにもないよ」

「屁理屈だ」

「屁理屈だよ」

「認めるのかよ」

「何の支障も無いからね、私たちはただ決めて、行動するだけだよ。結局正解なんて、誰にもわからないんだから」

「ははっ、なんだよ、それ…………」

 一度息を吐き、脱力する。

 

 

「でも――――」

 

 

「めちゃくちゃ憧れる」

 

 

「そんな生き方、できたらいいなって思う」

 だって、悩みがほとんど吹っ飛びそうだ。

「できるよ。誰にだって、それをやってやれないことはないよ」

「できない人だっているだろ。僕みたいに弱いやつとか。いうほど簡単なことじゃないだろ」

「でも、この世界で生きて行く限り何かしらしていかないといけないんだよ」

 …………。

「本当に、弱くてもいいの……?」

「うん。案外なんとかなるものだよ」

「なってないから、聞いてるんだけどな……」

「それでも、自分で決めて、前に進み続けるんだよ。結局それしかできないし、後悔しても、間違っていたとしても、何もしなければ、やっぱり同じことだから。だったら、何かをちゃんと、自分がしてた方が良いよ。信じて、突き進むんだよ」

「そう、かな……」

「少なくとも私はそう思うな」

「…………」

 

 僕にはまだ、わからない。

 それで本当にいいのかも、疑ってしまう。

 

 けど――

 

 今よりは、変われる気がする。

 

 園子の言った考え方は、今の僕よりは、少しでも良い方に傾くんじゃないか。

 そんな気も、するんだ。

 何の解決にもなっていないような考えだけど、それでも。

 自分の心を騙しているだけだったとしても。たとえ開き直りの一種でも。自棄でも。

 

 僕は、その思想に救われるのかもしれない。

 

 目を閉じ、思考を、感情を、整理する。

 息を深く吸い、ゆっくりと吐き出す。 

 

 弱くてもいい。

 正しいと思って決めた行動を止めない。

 開き直りでもなんでも、ぶっ潰れて再起不能になるよりはマシ。

 

 僕は、諦めない。

 敵うとか、適わないとかじゃないんだ。やるんだ。

 出来る出来ないじゃない。

 やるかやらないかだ。

 出来るからやる。出来ないならやらないなんて、甘えだ。

 やるんだ、僕は。

 望んだ結末を掴み取るために、行動するんだ。

 そう、決めた。 

 

 目を開ける。

「でも、あと少しだけ、少しだけでいいから、まだここに居てもいい?」

 決めたけれど、この安らかな空間に、まだ留まっていたいと思ってしまった。

 僕は、弱いから。

 でも、もう無理にその精神性を直す気は、ない。

 向上心を無くすのは良くないだろうけれど、そこは無理をするところではない。

 それを園子に、教えてもらったから。

 

「うん。いいよ。好きなだけ休んで。その後に、また立ち上がってくれればいいから」

「ありがとう。なら、遠慮なくそうさせてもらうよ」

 そう言って、後。

 僕はしばらくの間、この空間に身を委ねた。

 園子と、二人肩を並べて座りながら。

 

 

 ――――――――――。

 

 

「よし」

 どれくらい経ったのか。

 感覚では、それなりに。

 数十分か数時間かは分からないけど、十分に休めたと思う。

 言葉と共に、僕は決然と立った。

 

「もういくの?」

 園子は僕を見上げて、微笑みながら言った。

「うん。いつまでもは、駄目だし。友奈が待ってるから」

「そう。頑張ってね」

「うん。頑張る」

 

 前を向いて歩き出そうとした。

 けど。

 なんとなく伝えたくなって、振り返る。

 

「僕は、君も好きになってしまったよ。絶対に守りたい一人。だから、何かあったら遠慮なく言ってくれ。全身全霊で以って助けるから。動かない身体だって、なんとかして見せる。僕一人では無理だけど、きっと、勇者部のみんなとなら」

 僕は君に助けられた、だから今度は、僕が助ける。

 

 沈黙。

 音が無い時間。

 返事が少し待っても返ってこなかったので、ん? と思って見ると。

 園子はポカーンと少し頬を染めながら目と口を開いていた。

 

「ゆめゆめ、それってみんなに言ってるの?」

 そして、良くわからないことを聞いてきた。

「え。思ってはいたけど言ったのは初めてかも。なんか気分で」

「初めてならまだいいけど、あんまりそういうこと、女の子にほいほい言うものじゃないよ。勘違いされちゃうからね」

「勘違い? いや……ないって。僕なんかがそんなの、ありえないって」

 僕みたいな人間に惚れるとか、むしろどういう思考回路からそうなったの? って問い質したくなるぐらいだし。

「ゆめゆめ、そういうのは謙遜とはいわないよ。逆に相手を傷付けることもあるんだから」

「そう、なの……? でも、僕は自分を良い風には思えないよ」

「なら、相手のことを考えて」

 やけにマジな顔で言われてしまった。

 そこまでのことなのか?

「う、うん。努力する……」

 けれど一応、そう答えた方が良い気がして、圧倒されながらも口を動かした。

「うんっ。努力して。でも、嬉しかったよ。男の子にそういうこと言われたの初めてだったから。最初の一言二言以外は、別に言ってもいいと思うし」

 柔らかい微笑みでそう言われてしまった。

 嬉しかったんなら別にいいんじゃないかとも思うけれど、反論はしないでおこう。

「じゃ、じゃあ、僕行くから」

 気を取り直して僕は言った。

 

「この部室のドアを開けて出れば、また行けるから」

「わかった」

 

「いってらっしゃい」

「うん。いってきます」

 

 園子は手を振って、見送ってくれた。

 僕はドアに真っ直ぐ向かって歩き。

 

 時。

 

 ――弱くてもいいなんて言ったけど、それも、一つの強さなんだよ――

 

 そんな言葉が、極々小さな声で聞こえた気がした。

 でも、きっと気のせいだろう。

 きっと。

 

 だって僕は、強くなんてなれないから。

 

 僕は聞こえなかったふりをして、自分を騙す。

 僕は弱いまま、好きにやっていい。

 そう思わないと、この先やっていけないから。

 心の防衛。先に、進む。

 

 目の前のスライドドアを開け放った。

 ドアの外は、白く染まっていて、何があるかも分からない。

 けれど、一歩を踏み出す。

 この一歩は、ただの一歩じゃない。

 僕の気持ちが定まった、新たなる一歩だ。

 

 もう僕は、迷ったりなんてしない。

 弱さを背負って、生きていく。

 

 ドアの外に出るとともに、意識は一瞬、飛ばされた。



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五十三話 たとえ弱くても

 気づいた時には、視界は晴れていた。

 

 そこら中に乱立する不思議な色合いの根。

 青くない空。

 樹海だ。

 

 あの樹海に、戻って来た。

 僕は、ここで起こる地獄を乗り越えなければならない。

 

 当然怖いし、嫌だ。

 今すぐ逃げだしたい。

 

 けれど、その弱い感情を抱えて、消さなくても、強くなくてもいいから、行動するんだ。

 前に、進むんだ。

 

 結局、逃げるではなく倒さないといけないと園子は言っていた。

 そういえば友奈も、方法を全部試した後倒す以外に思いつかないと言っていた。

 

 なんだ。道はその時から決まっていたも同然じゃないか。

 僕が決断できていなかっただけだ。

 でも今は、違う。

 

 斃すしかないのなら、そのための行動を止めない。

 奴を斃す、作戦を考える。

 何の力も無くて、道具も兵器も無くて、出来ることなんて限られている。

 それでも、思考し続ける。

 

 無かろうが何だろうが、やる。

 蛮勇でもなんでも、やる。

 やるしかないのだから、やる。

 

 僕は星屑を、必ず、殺す。

 

 ならば如何様(いかよう)にして奴を殺すか。

 その方法を、考える。

 無くても、考える。

 亡くとも、思索する。

 

 なにかないか?

 なにがある?

 考えろ。

 考えろ。

 考えろ。

 

 化け物をこの世から消滅させる、手を。

 

 

 

「友奈、来てくれ」

 (つたな)い作戦を練った僕は、今やろうとしていることからして友奈も連れて行った方がいいと判断し、声を掛けた。

 いつも通りに振り返った友奈に説明を最小限して、走り出す。

 

 まずは、隠れる。

 そこからだ。

 逃げのようにも見える隠れるという行為。

 だけどこれは、逃げるための隠れじゃない。

 徹底抗戦のためのだ。

 隠れるという行為をするうえで、友奈を置いていくのは下策だ。

 だからついて来てもらった。

 僕だけ隠れても、友奈が見つかったら意味が無いから。

 

 友奈と走り、適当な、陰になって身を潜められそうな根を探す。

 見つけた。

 ここは根が氾濫する樹海だ。すぐに見つかるのは当然といえた。

 即座に身を低くして入り込む。

 そして、片膝立ちにしゃがんで影の外の様子を窺う。 

 

 星屑は、まだこの辺には来ていない。

 少しの間、息を潜め、待つ。

 

 そうして、時間が幾ばくか、経った。

 

 ――来た。

 

 白の化け物は、僕らを食い殺そうと、辺りを見回しながら飛行し探している。

 後は、隙を見て実行するだけだ。

 けれど、高い。

 奴の飛行する高さが、上過ぎる。

 これだと、実行に移せない。

 

 しかし、焦ってはいけない。

 焦ったところで、状況は良い方向に傾くわけではない。

 待つんだ。

 チャンスが、降って来るのを。

 そしてそのチャンスを見逃さず、掴み取るんだ。

 何度も来るようなものではないから。

 

 だから、集中して、息を最大限に潜めて、待つ。

 そして隙を見逃さず、確実に行動する。

 それだけだ。

 それだけを、やればいいだけなんだ。

 

 待つ。

 控える。

 待機する。

 

 集中。集中。集中。

 

 星屑は、もっとよく見ようとしたのか、下の方に降りてきて、探し始めた。

 そして、今は僕らの方に背を向けている。

 

 ――今だ。

 

 これこそが、チャンス。

 待っていた、見逃してはいけない隙だ。

 その隙を認めた瞬間。僕は走り出す。

 

 根の陰から姿を晒し、大地を踏みしめながら化け物へと突撃していく。

 まだ、奴は僕に気づいていない。

 いける。

 とんだ間抜けだ。

 絶対的な力を持っているが故の傲慢。

 ならば、その隙を遠慮なく弱者である僕は突かせてもらうだけだ。

 

 奇襲。

 戦闘において最も有効であろう、戦法。

 僕の考えた作戦など、幼稚を通り越しているかもしれない。

 けれど、考え付いたのなら、手がまだあると、その思考に至ったのなら。

 やるべきなんだ。

 

 僕は星屑に、肉薄する。

 もうすぐ、手を伸ばせば触れる事が出来る距離だ。

 奴は、今頃僕の接近に気づいたようで、振り向こうとしている。

 

 だが、遅い。

 

 僕は右腕を、振りかぶる。

 武器なんて無い。

 力なんて亡い。

 在るのはこの身一つだけ。

 だから、殴る蹴るの肉体攻撃しか、僕に出来る攻撃は、今ない。

 それでも、やると決めた。

 だから僕は、右拳を振り抜く。

 白く曲線を描く、袋のような胴体部分に、打突を激突させた。

 

 手に伝わる、感触、衝撃。

 感触は、硬くも無く、柔らかくも無いような、不可思議な感覚。

 衝撃は、反動の痛みが在るような、無いような、気持ちの悪い感覚。

 

 手応えは、あまりない。

 化け物は、完全に振り向く。

 

 口以外は軟らかいなんて、一縷の希望を願った策だった。

 けれど、そんなやわな体を、この化け物はしていなかった。

 凡人の拳は、化け物には届かない。

 

「くそっ」

 喰らい付いてくる星屑を、なんとか横に転がって避ける。

 友奈がこっちに来ているのが見えたが、見ていられなくて飛び出してきたのだろう。僕はあまり説明をしていなかったから。特攻するなんて言えるわけが無かった。

 だが、今は一瞬の油断が命取りだ。意識の外に、飛ばす。

 まだ、攻撃できないわけじゃない。

 瞬時に立ち上がり、胴体へと拳を叩き付ける。

 されど、奴の皮膚を拳が貫くことはなかった。

 怯ませることすら、出来ていない。

 さらに二打、三打、拳を全力で殴り付ける。

 だが、結果は同じ。

 こいつは平然と、僕へと無貌(むぼう)を向ける。

 くそっくそっ!

 

 再度白の化け物は、喰らい付いてきた。

 為す術なく僕は、その巨大な口腔の餌食となった。

 血飛沫が舞い。肉が潰れ。

 意識が、黒に染まった。

 

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 まだやれる。

 死の恐怖はある。

 痛みの恐怖はある。

 けれど、やる。

 行動は、止めない。

 それで、いい。

 

 次の手だ。

 次にすることを考えろ。

 

 何か、無いか。

 思案、思索、思考、し続ける。

 

 ――――――――――。

 

 ――――――――――――――――――――。

 

 思いつけなくて、喰われた。

 

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 諦めなどしない。

 策なんて無くて、無残に殺されようとも。

 僕はもう迷わないって、決めたんだ。

 ただやりたいことを、やるべきだと思ったことをやる。

 それだけだ。

 愚直に、進み続ける。

 

 ――――――――――。

 

 ――――――――――――――――――――。

 

 策はまた、閃くことはなかった。

 喰われた。

 

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 考える考える。

 脳が焼き切れてもいいといわんばかりに。

 知恵熱なんて通り越せ。

 希望の光を灯す事の出来る策を。

 道を切り開ける可能性を。

 探り出せ。

 

 ―――――。

 

 思い至った。

 考え付いた。

 天啓のように閃いた。

 

 と同時。

 時間は着実に迫っていたようで。

 

 僕はまた友奈を庇って、喰われた。

 

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 たった一つだけ、至る事の出来た策。

 殺されてもなお考えることを止めなかった結果、勝ち取る事の出来た方法。

 これ以上の策は、無いのではないかと思う。

 だから、これが最後の、チャンスだ。

 この作戦を、戦法を、成功させる。

 それに全身全霊を掛ける。

 もしも無理だったとしても、諦めることはないけれど。

 たとえ魂がすり減ろうとも、必ず奴を殺す。

 

 僕は即座に、実行に移した。

 走り出す。

 友奈には話し掛けずに、そのまま置いていく。

 今からやることに、逃げる必要も、隠れる必要も、一切無いからだ。

 まずは走る。

 とにかく突っ込む。

 愚かな蛮勇。

 されど、道を切り開こうとする英雄。

 考え無しの特攻ではない。

 これは、希望へ向かって走る、抗う者の進行だ。

 

 走り続けた。

 大地を踏み締め、風を裂き、凡人の速度で、ただ足を動かし続けた。

 疲れる、汗が出る。

 僕は別に、足が速いわけではない。

 凡人の凡人なりの、遅すぎも無ければ早くも無い足。

 そんな面白味の無い走り。

 されど、心は奮い立つ。

 やってやろうじゃないか。

 思い知らせてやろう。

 凡人だろうが弱者だろうが、噛み付けない訳じゃないってことを。

 なんの力も無くても、抗えるんだってことを。

 あのふざけた化け物に。

 星屑に、存在の奥まで、嫌というほど教えてやる。

 

 空を悠々と浮遊する、白い影が見えてきた。

 こちらを視認したのか、一直線に下降してくる。

 さあ、こい。

 僕は今、最高に負ける気がしないぞ。

 

 肉薄する大口。

 見る者を慄かせるその巨大な口腔が、目一杯開かれた。

 白く恐ろしい歯が、あと数秒も無い内に僕を潰すだろう。

 けれど、その時こそが最大の好機。

 

 僕は、その闇よりも暗い(あな)に、飛び込――

 

 失敗した。

 速さが、足りなかった。

 僕は閉じられた歯に引っかかり、喰い千切られた。

 

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 間抜けだ。

 飛んで火にいる夏の虫とはまさにあのことだろう。

 でも、まだやる。

 肉に歯が食い込むあの気持ちの悪い感触は、一瞬とて感じたくはない。

 けどやる。

 絶対にこの程度で、いや、もう何があろうと、諦めてたまるか。

 行動だけは、止めてたまるか。

 たとえ思考停止だったとしても、動き続けるんだ。

 弱くてもいい。心が磨り減ってもいい。やることは、やれ。

 

 もう一度、挑戦だ。

 何度失敗しようとも。

 何度だって、やり直せるのだから。

 むしろ、恵まれているといえる。

 辛かろうと、痛かろうと、チャンスがもらえるんだ。

 一回死んで終わりという現実は、今ここにはない。

 それに慣れてしまってはいけないけれど、今はそれを最大限有効活用させてもらうだけだ。

 幾度殺されようと、奴を、化け物を、必ず殺してやる。

 

 僕はまた、走り出す。

 一直線に、迷いない足取りで。

 まだまだ、僕は行ける。

 どこまでだって。

 

 

 だけど。

 今度も、駄目だった。

 僕は星屑が目の前に迫ると、前に飛んで、突っ込んで、足が奴の歯に引っかかって千切られた。

 その後は、胴体も一緒だ。

 

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 まだまだ。

 まだまだだ。

 心が折れようとも。

 やるに決まってんだろ。

 やれないわけがない。

 僕は、やれるんだ。

 自分に言い聞かせ続ける。

 僕は弱いから。

 けれど、身体は動かせ。

 何も考えなくったっていい。

 嫌なこと全部、今は思考から飛ばせ。

 恐怖も無力も、何もかも。

 消し飛ばして前に進め。

 

 ―――――。

 

 僕は肉薄する星屑の眼前に飛び出した。

 今回は、服が歯に引っかかった。

 そのまま空高くまで星屑は浮遊していく。

 徐々に遠くなる地面。

 暴れたとしても、落ちて死ぬだけだろう。

 怖い。

 高いって。高すぎるって。

 これ絶対死ぬって。

 けれどすぐに星屑の身体に掴まるのは、巨大な歯に一瞬躊躇してしまった。

 その一瞬の躊躇が、命取りとなる。

 

 そうして、星屑は口を大きく開けた。

 歯に制服が挟まっていた僕は当然、重力に逆らうことなどできずに自由落下する。

 暴力的な風が吹き付ける。

 心臓にきゅっと嫌な感覚がした。

 落ちる夢なら見たことはあるけれど、実際に落ちるのなんて初めてだ。

 こんな体験、一度とてしたくなかったけど。

 最近、一度も体験したくないこと体感しすぎだろ。

 地が驚異的な速度で迫り。

 最後に見た光景は、何の変哲もない地面だった。

 僕の意識は、瞬時に暗転した。

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 ―――――。

 

 死んだ。

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 ――――――――――。

 

 喰われた。

 

 

 

 僕の意識は、在った。

 

 愚直でいいんだ。

 今は、それでいいんだ。

 何度も何度も何度も何度も殺されても、立ち上がってやる。

 どうだ、ゾンビみたいだろクソ野郎。

 恐れ慄け星屑。

 化け物風情が、人間様に楯突いてんじゃねえよ。

 必ず刃を、その命に突き立ててやるからな。 

 だから、震えて待ってろ。

 

 僕は通例通りに、走り出す。

 走り続けていると、前方の空から星屑が飛来してくる。

 目の前にまで下降し、迫る化け物。

 ここまで、先までの展開と同じ。

 

 だけど、今度こそ。

 奴は、巨大な上下の歯の距離を、最大限まで開かせる。

 無力な人間を呑み込まんとする深淵、口腔。

 呑み込もうってんなら、思い通りにしてやる。

 僕の作戦は、それ自体なんだからな。

 

 地面を全力で蹴る。

 跳ぶ。

 暗い口内に向かって、己から突っ込む。

 さっきまでの数回は、ここで失敗した。

 速度が足りなかったりして、歯に喰い潰され、分断されてきた。

 

 だけど。

 今回は、違った。

 

 僕は星屑の大口の中へと、身体を滑り込ませることに成功した。

 これが、僕の拙い作戦。

 外側が駄目ならば、内側から攻撃を加えればいい。

 そんな単純な、けれど唯一の道。

 凡人でも出来る、無謀な戦法。

 けれど無限にやり直せるのなら、試してみる価値のある方法。

 

 されど、完全に旨くはいかなかった。

 左腕が、上腕辺りで歯に挟まり、強力な圧力により僕の左腕は千切られた。

 

「――っ! ……っ! ぁあっ!」

 必死に、耐える。

 無理矢理、痛みなんて思考から弾き出す。

 そんなこと、簡単にできないけれど。

 死に物狂いでやれ。

 消せなくてもいい、極力気にするな。

 気にしないなんて無理だ。けど行動だけは止めるな。

 今が、やっと掴み取った最大のチャンスなんだ。

 

 暴れろ。

 とことん暴れろ。

 一寸法師のように。

 この化け物の闇よりも(くら)い体内で、生命を脅かす大打撃を与えてやるんだ。

 

「ああああああああああああ!!」

 叫ぶ。痛みなんて、知るか。

 アドレナリンを掻き出せ。

 ドバドバドバドバ、溢れ出させろ。

 殴る。蹴る。噛み付く。我が侭な子供のように、ジタバタと暴れまわる。

 獣のように、食らい付く。

 星屑の体内は、ブニュブニュとしたような感触だ。四方八方気持ちの悪い肉が囲んだ世界。

 その肉に、本能を剥き出しにした無力な人間が、噛み付く。

 けれど、食い千切ることは出来ない。

 僕の顎の力など、たかが知れている。

 顎だけ強かったとしても、歯が折れる。

 今も折れそうだ。だけど、それでも食らい付く。

 拳を叩き付けようとも、肉を突き破ることは出来ない。

 だけど、殴るんだ。

 蹴っても、、この化け物の体を傷つけることは出来ない。

 しかし、蹴るんだ。

 こいつはバーテックスと同じような存在だからか、血も出ない。通っている様子も無い。

 されど、殺せない存在ではないはずだ。

 左腕から着実に、壊れたスプリンクラーのように僕の血液は失われていっている。

 だが、まだ動けるんだ。

 だったら、最後まで全力で足掻くんだ。

 

 星屑は体内にいる異物が鬱陶しいのか、先程から常時暴れ回っている。

 いいぞ、もっと鬱陶しがれ。

 そして僕を敵と認識しろ。

 僕は憐れな捕食対象じゃない。

 僕は、お前の命を脅かす敵だ。

 お前を殺す、明確なる脅威だ。

 

 暴れる。暴れる。暴れる。暴れる。

 血で血を洗う、暴れ合い。

 僕はお前を、殺す。

 絶対に、殺す。

 必ず、殺す。

 なにがなんでも、殺す。

 貴様みたいな化け物が存在するなど、誰が許そうとこの僕が許さない。

 僕の大切な人を、一度でも殺した罪は重いぞ。

 お前の生命を、魂を以ってして、償わせてやる。

 

 ――刹那。

 

 星屑の体内が、蠢動(しゅんどう)した。

 心臓が跳ね上がるのではないかと思うほど、その不意の現象に驚愕した。

 何が起こって――

 

 奴は、この期に及んで最後の手を持っていた。

 僕は体内の振動に身体を転がり回され、翻弄されながらその脅威を、視認した。

 星屑の大口から漏れる僅かな光を受けてギラつくのは、歯。

 無数の、小さな歯。

 

 星屑は、体内で大量の口を、肉を変形させて生み出した。

 膨大な数の気持ちの悪い粘ついた口腔が、視界を埋め尽くす。

 

 これは、まずい。

  

 思った瞬間。

 その兇器達は、一斉に僕の身体に喰らい付いて来た。

 異物を排斥しようと、消化しようと噛み付く、咬み付く。

 

「うぐっあああああ!!」

 全身を貪られる痛みに、喉の奥から声が吐き出される。

 

 もう、無理なのか。

 

 また、いつものように殺されるのか。

 

 それで再チャレンジって?

 

 そんなに簡単に諦めていいのか?

 

 次があるからって、今回は駄目だったから諦めようって。

 

 そんなんで、いいのか?

 

 

 ――よくない。

 

 全然、よくないんだよ。

 

 人生、そうやり直せるものじゃないんだ。

 今はやり直せる、けれどこの先は、一回きりなんだ。

 

 今に、全てを掛けろ。

 今に、魂を燃やし尽くせ。

 今しかないと、駆け抜けろ。

 これで駄目だったら、何もかも駄目だと思い込め。

 振り返る暇なんて与えてくれないんだ。

 世界は残酷だ。

 

 だけど、それでも――

 

 やるしか、ないんだ!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああっっ!!」

 斃すべき敵に、爪を突き立てろ。

 なんでもいい。こいつの命を削る事が出来る、そんな方法。

 目に映る全てから、探り出せ。

 視界は、ほとんど暗闇。

 そして、無数の粘ついた口。

 それだけだ。

 だが、それだけでいい。

 

「喰らえ、化け物ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 固め、引き絞った拳を、無数に在る小さな口の一つに、解き放った。

 ドンッ、という音が聞こえたような、感覚。

 まるで内臓に直接打撃を与えたような、手ごたえ。

 

「――っ」

 星屑は声を出さない。

 そんな器官この化け物には無いだろう。

 けれど僕には、こいつが悲鳴を上げたように、思えた。

 現に今、身を捩らせているのか、苦しんでジタバタと暴れているのか、体内は目まぐるしく動いている。

 

 ――きた。

 今が、今こそが、転機だ。

 この絶対的だった化け物に、一矢報いる事が出来た。

 怯ませる事を成した。

 

 やってやる――。

 

 口腔に突っ込んだ手を、滅茶苦茶に動かす。

 口の中を、ぐちゃぐちゃに掻き回す。

 爪を突き立て、肉をブチブチと削ぎ落とす。

 引っ掻き回し、ズタズタにしていく。

 

「――ッ――ッ」

 星屑が、悲鳴を、苦鳴を、強めたような感覚がした。

 

「ははっ、死ねよ、死ね、このまま死んでしまえ化け物!!」

 掻き回す掻き回す掻き回す。

 もうこいつの内臓は、修復不可能な状態だろう。

 それでも、さらに掻き回す。

 この化け物が、消滅するまで。

 星屑が、命を終わらせるまで。

 僕はこいつを殺すための行動を、止めない。

 

 絶対に、殺してやる。

 

 ――――血飛沫が、舞った。

 僕の顔を紅い液体が汚す。

 むせ返るような嫌な臭い。

 

 なにが、起こった?

 僕は小さな口の中を、掻き回すことができない。

 なぜ?

 

 僕の右手が、その小さき口腔に生えた歯に、喰い千切られたからだ。

 

「あああああ!!」

 僕は、両手を失った。

 足は、無数の口に喰らい付かれていて。ピクリとも動かせない。

 

 ――万事休す。

 

 ここで、終わるのか?

 また死んで、戻るのか?

 駄目だろ、そんなの。

 次があると思ってはいけないんだよ。

 そんなことでは、この先やっていけないんだ。

 今、この化け物を殺さないと、この先の戦いを乗り越えられない。

 心が、負ける。

 

 されど、体中が無数の口に食い破られていく。

「ぐっ――ぎぃ――」

 痛い。

 何度も痛みは味わってきた。

 けれど、こんなものには一生慣れることはないだろう。

 だって、凄く痛いんだ。

 叫んで暴れ回りたいほどの、嫌な厭な痛みなんだ。

 

 やっと、一矢報いる事が出来たのに。

 怯ませて、これからだって時なのに。

 こんなところで、終わるのか。

 ふざけるな。

 嫌だ。

 僕は乗り越えて、踏み越えて、先に進むんだ。

 こんなところで、諦められるか。

 僕は、弱くたって、潰されずに生きて行きたいんだ。

 弱者は弾き出されて、潰されて、勝手に消えていけなんて。

 そんな現実、くそくらえだ。 

 

「僕は、生きて行くんだ! 前に、進むんだ! だから邪魔するな化け物!!」

 

 されど、その空しい叫びは、()けて消えて無くなる。

 そのはずだった。

 

 僕はここで、どれだけ諦めなかろうと。膝を絶対につかないと意地を張ろうと。

 何もできずに、死ぬはずだった。

 

 一矢だけ報いて、終わるはずだった。

 

 けれど。

 だけど。

 されど。

 僕は、一人ではなかったみたいだ。

 

 

『朝陽、よく頑張ったな。合格らしいぞ』

 

 

 ポン、と。

 僕の頭に、優しく強く、柔らかい小さな手が、乗せられた気がした。

 この声は――。

 

 瞬間。

 

 僕の右手が存在した部分に、眩い光が、集束した。

 一寸後には、僕の右手は在った。

 そして、その手に握られている、剣のように刃が縦に長い、幅広の斧。

 超常の力。敵を殲滅するための、武器。

 

『朝陽。やってやれ!』

 

 僕は一瞬、戸惑った。

 けれどすぐに、色々無駄なことを考えるのは止めた。

 今はやるべきことを、やる。

 

「ああ! 銀!」

 ありがとう。

 そう小さく呟いて、僕はその手に握りしめた斧を横薙ぎに振り払った。

 

 たったそれだけで。

 僕に喰らい付いていた無数の口は、斬り散らされ、四散した。

 笑ってしまうぐらい、強力過ぎる超常の力。

 

「これで、終わりだ化け物」

 

 斧を、一閃、二閃、三閃目は過多。

 振った、斬り付けた、叩き付けた。

 

 星屑という化け物の身体は易々と切り裂かれ、致命的なダメージ、欠損を負い。

 絶対的だった化け物は、人を捕食する脅威は、簡単に、あっさりと、それが自然だというように。

 

 粒子となって消滅した。

 死んだ。

 

 星屑の身体が亡くなり、宙に放り出された僕は。

 迫り来る地面を眺めながら、ひとりごちた。

 

「やっぱり、雑魚だったんじゃないか。あの化け物」

 今まで戦ってきたバーテックスに比べたら、全然大したことない。

 なんだか拍子抜けしてしまった。

 でも。

 

「ああ……よかった……」

 一歩、乗り越える事が出来た安心感と共に。

 

 視界は、刹那の間に白く染まった。



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五十四話 踏み越える

 視界が徐々に、不明瞭から明瞭に。

 鮮明になった時には、僕は立っていた。

 

「ここは……?」

 芝生が敷き詰められた、広い部屋。

 真ん中に一本だけポツンと立っている大樹。

 僕はその大樹の、目の前に突っ立っていた。

 

『我の、神樹の間だ』

 伝えられる一瞬前には結論に至っていた。

 わざわざ言ったりしないけれど。

 

『合格だ。お主を神にしてやろう』

「は?」

 こいつは何を言ってるんだ?

 神の癖に頭がイカれたのか?

 

 いや、それよりこの状況はどうなっている?

 僕はあの地獄を終わらせた。

 そして、今神樹の目の前にいる。

 その上、神樹は訳の分からないことを(のたま)った。

 つまり、どういうことだ? 

 

『記憶は戻っているはずだ。思い出してみろ』

 記憶?

 記憶…………。

 あ。

 

 フラッシュバックのように。

 色々な情景が、頭に次々と浮かんで来た。

 そうして僕は、思い出す。

 事の経緯を。

 

 

 

 

 あの時。

 星屑という化け物が存在する樹海に飛ばされる直前。

 勇者部のみんなと共に部室を出たところから記憶は始まる。

 そこでは、部室を出た瞬間に場面が変わったりなどしなかった。

 

 皆と共にそのまま学校を出て、大赦へと向かうために歩き出した。

 リノリウムの廊下を歩いていき、夕方の人のほとんど居ない校内に七人の足音が反響する。

 しばらく歩いていると、無言で歩くのに耐えかねたのか誰からともなく喋り始めた。

 

「なんか、いつの間にかこんなところまで来てしまってたわね……」

 風先輩が感慨深げに呟く。

「確かに、大赦に乗り込むとか訳の分かんない状況になってるわね」

 夏凛がその返答を求めているのかいないのか分からない言葉に応える。

「いつからでしたっけね」

「色々あったからね」

 東郷さんと友奈も話に加わる。

『諸行無常、ですね』

「なに義輝(よしてる)みたいなこと言ってんのよ」

 メモ帳に書いた樹ちゃんの言葉に風先輩が返す。

 スケッチブックだとポケットに入らないので、今はスケッチブックよりも小さいが動き回っても問題ないメモ帳にすると樹ちゃんは部室で言っていた。というか書いていた。風先輩も言ってんのよとか言ったけど。どっちでもいいよね。実際言っているようなもんだし。

 

「ほんっと、朝陽は騒がせてくれたからな~」

「……言い返しにくい冗談はやめてくれよ銀」

「事実だしな~」

 だからなんだって。

「それはともかく銀は誰かに見られたらまずいだろっ。僕の中に戻っててくれ」

「今はほとんど人居ないんだから別に良いだろ」

「念のためだって」

「しょうがないな」

 

 そんなことを話している内に、昇降口に辿り着き、寂寥感の漂うオレンジの光差す靴箱で上靴から外靴に履き替える。

 僕は倒れたみたいだけど、わざわざ靴まで履き替えさせてくれてたんだな。

 なんだか少し悪いような気がする。考えすぎか。

 トントンとつま先を地面につけて、足の位置を整える。

 そうしてみんなで、歩き出す。

 

 校庭を抜け、正門へ。

 その間も、黙っているのが嫌なのか、それぞれ言葉を発している。

 正門を抜けると、普通の道へ。

 

「そういえば朝陽、大赦に乗り込んだって言ってたじゃない?」

 風先輩がサアサアと木を揺らす風に乗せて、言の葉を僕に流した。

「そうですね……早々と黒歴史入りした出来事ですけど……」

 軽々しく冗談で流していいことではないか。

 黒歴史とかふざけたこと言ってる問題じゃない。色々やってしまったし。 

 友奈パパ大丈夫かな。

 僕が気にする資格はないだろうけど。

 大赦の建物も、修理費とかどうなんだろう。

 これも気にする資格はない。

 自己嫌悪。

 そんな気分が下降する思考をしていた。 

 

「それさ、朝陽が行ってなきゃ、アタシが行ってたわよ」

 だから、その風先輩の言葉は、すぐに頭に入ってこなかった。

「え?」

「だからさ、アンタが行ってなきゃアタシが大赦に乗り込んで、ぶっ潰してたわよっていうこと」

「はあ」

 まだ状況を理解しきれていなくて、気の無い返事をしてしまう。

 すると。

『お姉ちゃん!? そんなこと考えてたの!?』

 樹ちゃんが風先輩の前に物凄い速さで出てきて、メモ帳を眼前に突き付けた。

「あ……」

 しまったというような表情。

「確かに風ならやりかねないわね」

「それどういう意味よ夏凛」

 

「どうして乗り込む可能性があったんですか?」

 友奈が根本的なことを聞く。

「だって、樹の声がでなくなっちゃったじゃない。それを今でも(はらわた)が煮えくり返ってるぐらい許してないわよアタシは。色々な事が目まぐるしく起こってなかったら絶対にやってたわ」

 怒りを声に滲ませて、風先輩は語った。

『お姉ちゃん。やらなかったから良かったけど、そんな事絶対にしないでよね? 私はそんな事して欲しくないから』

 眉を下げながらメモ帳を再度突き出す樹ちゃん。

「樹……」

『わかった?』

「……わかったわよ。大丈夫。もう朝陽がやっちゃったしやることもないわよ」

 うっ……。

 なんか心が痛い。

 

 樹ちゃんは納得したのか、頷いてメモ帳を仕舞った。

「何はともあれ、今こうして全員で歩けているのは良いことですね」

「だね、東郷さん」

 東郷さんと友奈が会話を一旦締めた。

 

 そのままみんなで他愛もない話をしながら歩いて行く。

 夕空は、いつしか夜空へと変容し。

 大赦の建物が次第に見えて来た。

 その建物は、まだ修復作業が進んでおらず、なんとか体裁を保とうとしているレベルだ。

 これを僕がやったんだ。

 後悔してはいけない。

 気にしないのもいけない。

 ただ事実として、受け止めるんだ。

 修理の手伝いは……全てが終わってからでないと無理だけど。 

 僕なんかが手伝っていいのかも分からないけれど。

 

 そうして、辿り着いた大赦前。

 誰も、歩いている姿は見受けられない。

 あんなことがあった後だ、色んな人が走り回っていても可笑しくないと思ったのだけど。

 何なら僕を探しているとも思っていたのに。

 というかその方が自然だろう。

 だけど、誰も見当たらない。

 少なくとも外には。

 

「さあ、行くわよ」

 風先輩が切り出し。

 皆揃って敷地内に足を踏み出す。

 

 今は考えても仕方ないか。

 とにかくやることをやるだけだ。

 

 そうして歩き出す。

 神樹の元に辿り着くために。

 大赦の建物へと一直線に、六人からなる集団は歩く。

 走りたいところだけど、東郷さんもいるので無理だ。

 変身は、今はしないみたいだ。

 別に戦いに行くために行くわけではないのだから。

 説得だ。出来るのかは分からないけれど。

 皆がいる。

   

 ――翻る影。

 

 前方。

 視界に割り込む人物。

 

「誰!?」

「とりあえず止まるわよ!」

 友奈と風先輩がそう言葉を発し、皆一斉に足を止める。

 

「殺してやる……クソガキが……」

 その人物から発される憎悪の言の葉。

 聞いたことのある声だと、思った。

 何処(どこ)でだ?

 大赦の人だということは分かる。

 大赦の着物を着ていて、大樹の描かれた仮面に黒い縦長の帽子を被っているからだ。

 全員大赦の人はその恰好をしているから、区別がつかない。

 精々声か背格好ぐらいでしか。

 でも――

 

「お前は絶対に、赦さない……」

 この声は……。

 忘れたくとも、忘れられなかったのかもしれない。

 心に黒くこびり付いた、罪の証。

 罪状は、殺人。

 この人は、きっと――。

 

「みんな、ここは僕にやらせて――いいや、僕がやらなくちゃならない。それがきっと、責任だから」

 僕は皆より前に出て、そう伝える。

 

「朝陽くん……この人は……」

「夢河くん、大丈夫……?」

 雰囲気と、僕と仮面の人の言動で察したのか、友奈と東郷さんが気に掛ける言葉を掛けてくる。

 

「大丈夫だよ。僕はもう、そこに目を背けたりなんてしないから」

 (しっか)りと、前方の復讐者を目に捉える。

 僕が、近しい人を、力を使ったことで死なせてしまった、残された人を。

 僕の住んでいたマンションの部屋に押し入って、殺そうとしてきたあの人を。

 

「そうね、アンタがやらなきゃいけないことだわ。ちゃんと責任を全うしてくるのよ」

「向き合ってきなさい朝陽。みんなで、見守ってるから」

『頑張ってくださいっ』

 夏凛、風先輩、樹ちゃんもメモ帳に書いて、言葉を送ってくれた。

 

 僕は前を再度向き、口を動かす。

「銀、力を貸してくれ」

『おう。思う存分、使ってくれ』

 銀が言った刹那の後。

 僕の両の掌の前が光る。

 その光が収まった時には。

 両の手に剣のような幅広の斧が顕現していた。

 両方とも順手に握り込む。

 これで僕は、戦える。 

 あんな力なんて無くても、脅威を退ける事が出来る。

 銀のおかげだ。

 

「人生最後の会話は終わったか?」

 拳銃を懐から取り出しながら、大赦の人は言葉を発した。

 

 この人は、僕を襲撃した後鎮圧されて、多分あんなことをしたのだから拘束されていたはずだ。

 よく知らないから、恐らくという予測でしかないけれど。

 けれど、そうだと仮定して、拘束されていたところを抜け出して、その上銃まで奪ってきたとなると、尋常ではない意志力が必要だ。

 それは、想像もできないほどの執念。

 大切な人を殺された怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、悔しさ、全ての負の感情を燃料にして、復讐心という炎を燃え上がらせた結果なのだろう。

 

 それほど僕を殺したいのか……。

 当然だ。僕だって勇者部の誰かを殺されたら、目の前の復讐鬼と同じになると確信できる。

 やりきれない思いがこみ上げてくる。

 けれど。

 僕は同情する資格などない。

 悲しむ資格などない。

 僕がやったことなのだから。

 それでも、僕はこんなところで死んでやるわけにはいかない。

 前へ進むために、邪魔するものは排除しなければならない。

 それが誰であろうと踏み越えて、目的を達成しなければならないんだ。

 

 でも、ならば何故、視認してすぐに攻撃を仕掛けてこなかったんだ?

 わざわざ話が終わるのを待つなんて、漫画の中だけだろう。

 他のみんなを巻き込まないため? それとも本当に最後の会話ぐらいはさせてやろうという考え?

 わからない。

 結局他人の理論など、解り得ない。

 分かりたくとも、解れない。

 それでも僕は、阻むのなら敵対するだけだ。

 

「今すぐ、死ね」

 発砲。

 僕は擦れ擦れで、弾丸を避ける。

 

 一瞬にして、戦闘の火蓋は切って落とされた。

 ここからは、復讐者と僕の戦いだ。

 何者も入る余地のない、一つと一つのぶつかり合い。

 どちらが悪かと聞かれれば、僕の方かもしれない。

 殺された者と、殺した者。

 百人中百人が、後者と答えるであろう。

 されど今は、そんな事関係なく。

 お互いの目的のため、絶対に許容できない相手を潰し合うだけの戦闘者。

 ただの一人と一人の、戦い。

 勝つのは悪でも善でもない。ただ強かった方が勝つ。それだけの、争い。

 正義など、何処にも無く。

 感情以外は、とうに亡く。

 戦う者の心は泣く。

 どちらかが倒れるまで、戦い続けるだけ。

 

 身体能力は、銀の力のおかげで少し強化されている。

 でなければ弾丸を避けることなど出来なかった。

 こんな大斧を振り回すなど不可能だった。

 されど、デウス・エクス・マキナの力ほど、動けるわけでもない。

 弾丸をギリギリ避けれる。そのぐらいの速さ。

 二本の斧を振り回せる、そのぐらいの腕力と技量。

 それ以上は、無い。

 けれど、それで十分。いや、十二分。

 少なくとも、この戦いでは。

 

 銃弾を避けた後、僕は即座に、一直線に復讐者へと走る。

 向こうは飛び道具、こちらは近接武器だけ、離れていれば不利になるだけ。

 逆に近距離戦になれば、身体能力で勝るこちらに分がある。

 ならばいち早く、接近しなければならない。

 

「殺してやる! 殺してやる!」

 発砲。発砲。

 瞬間的に飛来する銃弾。

 今度は幅広の斧二本を、面を横にしクロスして盾にした。

 キンッキンッ、と金属同士の衝突音が間近で弾ける。

 手に伝わる衝撃。けれどそれで斧を手放すことはない。

 

 発砲。発砲。

 今度は足を、狙ってきた。

 斧を盾にしている位置とは違う箇所。

 いくらこの斧が巨大だからといって、体全体を覆えるほどではない。

 だが、銃口を常に凝視し、次に何処へ撃ってくるか事前に知っていれば、対処できない攻撃ではない。

 簡単なことではないけれど、今の身体能力ならそれが可能だ。

 僕は斧の盾の位置を下げ、防御した。

 また金属質な音が火花と共に弾ける。

 

 その後も発砲されるが、悉く斧でガードする。

「くそがっ!」

 弾が無くなったのか、拳銃を苛立ちの言葉と共に投げつけてきた。

 けれど、そんなもの避けるまでもない。避ける必要が無い。

 それでも一応前方に構えていた斧に当たって、地面に落ちた。

 

 これで敵の武器は、無くなった。

 後は、僕が目の前の敵を倒せばいいだけ。

 それだけだ。

 

 僕は肉薄する。

 武器の無い超常の力を持たない者になど、負ける要素はない。

 これで終わる。

 

 時。

 仮面を被っているから判らない。

 けれど。

 復讐者が、ほくそ笑んだような気がした。

 刹那の後。

 

 ――――復讐者は、懐から拳銃よりも大型な銃を取り出してきた。

 

 サブマシンガン、かアサルトライフル。

 とにかく中距離銃。

 きっと、そんな戦争でしか見ないような銃。

 僕が肉薄してくるのを待った、隠し玉。

 

 意識は、その銃を一瞬で見ていた。

 けれど僕の身体は、反応してくれない。

 前屈みに走っていたから、急に止まることも、方向転換も出来ない。

 いや、今の身体能力なら無理矢理やれば出来るかもしれないが、一瞬では無理だ。

 目の前の復讐者は、その一瞬の間に引き金を絞って弾丸を僕の身体に撃ち込めてしまう。

 どうする――

 考える間も無く、引き金は絞られた。

 

「朝陽!!」

 

 激突。衝撃。反発作用。

 体は左へと、移動。突き飛ばされる。

 銀が実体化して、僕を突き飛ばしたんだ。

 反動で銀も後退している。

 その僕と銀の間を、弾丸の特攻部隊が通り過ぎた。

 

 突き飛ばされたことでバランスを崩し、倒れる。

 だが、即座に立ち上がろうとする。

 次の銃弾が来る前に、片を付けなければならない。

 さすがにあの量は、避け切るのは至難の業だ。

 立ち上がりながら走り出す。

 走り出すといっても、敵はすぐ目の前だ。

 左の斧を、峰を向けて横に振り抜く。

 中距離銃を弾き飛ばす。

 パパンッ。

 その時に引き金が少しの間絞られ、僕の腕を銃弾が掠めていく。

 けれど、大した怪我じゃない。

 今度こそ。

 右の斧も、峰を向けて相手を行動不能にしようと薙ぐ。

 だが、彼の執念は桁が違うのか、まだ終わらない。

 

 懐に手を入れ、ナイフを抜き出してきた。

 そうして突き出されるナイフ。

 向こうの方が獲物が小さい分、速さは相手の方が上。

 だが、身体能力は僕の方が上。

 されど、このままだと結果的に相討ちだ。

 今だけは、スピードの差は埋められている。

 

 けど、ここで負けてやる訳にはいかないんだ。

 もう片方の斧を盾にし、ナイフを防ぐ。

 金属音。

 僕の獲物は、二つだ。

 この程度のこと、造作もない。

 即座にもう片方の斧の峰を打ち付けた。

 ナイフを手放しながら、倒れる復讐者。

 空しくカラカラと音を立てながら、ナイフは地へと落ちた。

 戦闘不能。

 多分、そのはずだ。

 彼は、倒れたまま動けずにいるのだから。

 

「殺してやる……娘を、返せ……」

 それでもまだ呪詛を言の葉にして、僕にぶつけ続けてくる。

 僕は、娘さんを失わせてしまったのか。

 …………。

 受け止めなくてはならない。

 受け止めたくなくとも、受け止めなくてはならない。

 大丈夫、皆がいる。

 辛くなったら、一緒にいてくれる。

 そう言ってくれたのだから、信じて突き進むんだ。

 

「僕は、赦されなくてもいいですよ……」

「殺してやる」

「そう思って貰っても構いません」

「なんでお前が生きている」

「生きたいからです」

「死ね」

「嫌です」

 

 話すことなど無い。

 僕は償いをする、ここで死んでやるわけにはいかない。たとえ悪人でもいい。僕は自分の願いのために、目的のために、大切な人たちのために、他人の思いを踏み躙る。恨んでくれて構わない。たとえ許されなくても僕は償いをする。クズでも悪人でも醜い凡人でもいい。ただ、前に進む。

 今は償いよりも、目的を達成しなけらばならないけれど。

 いや、それも償いの範疇か。

 多分だけれど。

 

「朝陽くん、終わった……?」

 友奈達が歩み寄って来た。

「終わったよ」

「その人は、大丈夫だよね?」

「多分」

「多分?」

「生きてはいるよ。ちゃんと刃は当てなかったし」

「だったら、問題ないかな……?」

「うん。問題ないよ。じゃあ、行こうか、みんな」

 

 そうして、歩き出そうとした。

 

「後ろ!」

 

「え?」

 

 唐突に夏凛が叫んだ。

 後ろと言うからには、振り返ってみた。

 眼前に、刃物の切っ先が迫っていた。

 一瞬後には、鮮血が宙を彩るであろう。

 

 倒れていた大赦の人は、落ちていたナイフを拾って再度手に持ち、僕に突き出してきたのだ。

 行動不能確認が、甘かった。

 確りと、何かで縛っておくとかするべきだった。

 もう遅い。

 無意味な仮定。

 愚かさ肯定。

 僕はどこまでも、まだまだだった。

 

 されど。

 その刃は、僕の眼球をズタズタにする前に、止められた。

 横から伸びてきた手に。

 けど、勇者部の誰でもなかった。

 

 精悍な顔つきをした、凛々しい男性。

 大赦の服を着ているが、仮面を付けていない。

 年齢は、わからない。二十代ぐらいだろうか?

 

「ふっ」

 息を吐き、その男性は復讐者の関節を極めた。

「あっぐっ……」

 仮面の下から苦鳴が聞こえた。

 そして仮面の人の体を倒し、首に手を回してスリーパーホールドを男性は仕掛けた。

 しばらく経つと。

 意識が落ちたのか、だらんと仮面の人の身体が弛緩した。

 

「ふうっ……」

 完全に意識が無いのを確認した後、凛々しき男性は息を吐きながら立ち上がった。

 

 一瞬の間。

 そして。

「アニキ!?」

 夏凛のそんな叫びが空気に響いた。

 

 え? アニキ?

 兄貴ってことは、あれか。

 夏凛のお兄さんか。

 いたのか、兄。

 兄弟がいるってことすら初耳だ。

 いや、まだそうと決まったわけではない。

 そう呼んでいるだけの親しい人という可能性もある。

 

「やあ夏凛。元気にやってるか? そちらの人達は初対面だね。初めまして、夏凛の兄、三好春信(はるのぶ)です」 

 本当に兄だった。

 

「夏凛ちゃんの、お兄ちゃん!?」

 友奈が心底驚いたような表情を見せる。

「この人が……」

「話には聞いてたけど、会ったことはないのよね」

「さっきの動き、結構やるな」

 そして、東郷さん、風先輩、銀、と喋り。

 樹ちゃんが物珍しそうな顔で三好春信さんを見ていた。

 

「この人はこちらの不手際で抜け出してしまってね。迷惑掛けてしまった事は謝るよ」

 倒れている大赦の人を見ながら、三好春信さんはそう言った。

 だけど、迷惑ならこちらの方が掛けているような気がする。

 復讐者との対峙も、元はと言えば僕が撒いた種なのだから。

 

「僕を、殺さないんですか……?」

 今の状況で僕にとって一番重要かもしれないことを聞いた。

「ああ、それはもう大丈夫だよ。先程神樹様から神託が下ったんだ。言い訳するわけではないけれど、それに対応する影響でこの人が抜け出す隙を作ってしまった事は否めないね」

「神託? どんな?」

 気になり過ぎて、思わず敬語が抜けてしまった。

「夢河朝陽君の歪な力はもうないから、殺す必要はないという神託だよ」

 

 殺す必要はない。

 必要があったら、この人は僕を殺していたのだろうか。

 なんだか、半歩下がってしまった。

 僕はやっぱり、大赦があまり好きになれない。

 

 そういえば、最初ここに来たとき大赦の人が全く見当たらなかった。

 一人も姿が見えなかったのは、その神託が浸透するまでの間だったということか。

 

「それと、もう一つ。神樹様からの御達しがある。夢河君を連れてきてほしいというね。だから今から神樹様のところに案内する、付いて来てくれ」

 話を早々と先に進められて、対応が追い付かない。

 

「それって、問題ないんですか? 夢河くんに本当に何もしないんですか?」

 東郷さんがまだ疑いが完全に晴れていないことを示すように、質問した。

 僕は一度神樹に殺されかけている。

 確かに神樹の元に今から行こうとはしていた。

 けれど、向こうから来いと言われると、警戒してしまうのは当然だ。

 

「そこは信じてもらうしかないね。けれど、力はもうなくなったのだろう? だったら、こちらが危害を加えるメリットが無いと僕は思うけどね。人を一人殺すデメリットもある」

 メリット。デメリット。

 こういう話でのその単語は、嫌な言葉だ。

「う~ん……信じていいのかしら?」

 風先輩が難しい顔で唸る。

 

「信じましょう」

 夏凛が、話に割り込むように言い放った。

「けれど、夏凛ちゃん……」

「私が保証するわ。アニキは、多分そういう卑怯なことはしない人だから」

 すぐには納得できない東郷さんに、俯きがちにそう言った。

 

 というか、僕のことなのに、なんで東郷さんに話任せてるんだよ。

 馬鹿か。

 すぐに行動に、言動に移す。

「なら僕は、夏凛を信じてみるよ。東郷さんも、それでいい?」

「……うん。夢河くんがそう決めたのなら」

 少し間が空いたが、納得してくれたかは分からないけれど、了承してくれた。

「大丈夫だよ東郷さん。夏凛ちゃんが信じてるなら、きっと、絶対大丈夫」

「うん。ありがとう友奈ちゃん」

 友奈の言葉に、東郷さんは顔を綻ばせる。

 

「話は終わったようだね。それじゃあ、ついて来て」

 そう言って、三好春信さんは先に歩き出した。

 僕たちは、無言でその後に続く。

 

 この先に、想いを馳せながら。

 



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五十五話 現人神

「あの、そういえばあの人、あのままにしておいて良かったんですか?」

「ん? ああ、心配ないよ。他の者が運んでくれてるから」

 

 大赦の建物内部を歩きながら、三好春信さんに外で倒れたままであろう大赦の人について聞くが、一先ず安心できる返答が返って来た。

 あのまま野ざらしなのも何だし、意識を取り戻してまた襲われるのも勘弁してほしい。

 

 無言で皆揃って歩いて行く。

 所々壊れ、崩壊している建物内を、練り歩く。

 そうして何時しか、辿り着く。

 神樹が居る部屋の、両扉の前に。

 

「ここからは君たちだけで行ってくれ」

 三好春信さんはそう言って、踵を返そうとした。

 どうやらここまでのようだ。

 後は僕たちと神樹だけで、話を済ませということか。

 

 その去っていこうとしている姿を目で追っていたら、あるものが視界に入った。

 夏凛の、いつもと違う、見たことも無い表情だ。

 口もパクパクと開閉させている。

 何かを言おうとして、でもなかなか言い出せない。

 そういう感情を体現している様子だ。

 僕が見てまるわかりなのだから、誰が見ても解ってしまうほど、夏凛はその感情を表に出している。

 風先輩はニヤニヤとしているし、友奈と東郷さんと樹ちゃんは微笑ましいものを見つめるように、銀はあまり良く解ってない様子。

 

 それでも三好春信さんは気づかずに、というか視界に入ってないから気づけって方が無理なんだろうけど、足を進めていく。

 夏凛はまた口を開き、声が少し出たが、結局口をつぐみ。

 もう話す前に彼女の兄は去って行ってしまうだろうと思った矢先。

 

「あ、アニキ!」

「ん?」

 ようやく夏凛は、つっかえながらも叫んだ。

 三好春信さんはその声に振り向く。

「なんだい夏凛?」

「え、えっと……」

 口ごもり。

「すぅーはぁーすぅーはぁー」

 深呼吸をして。

 

「あ、案内してくれて、ありがと……」

 と、頬を赤くしながら小さな声で言った。

 

「うん」

 兄は微笑みの表情を妹へ向けて。

 今度こそ、踵を返し去っていく。

 

 僕は、二人の関係を一切知らないけれど。

 なんだか暖かいものを感じた。

 良好な関係なのかは分からないけれど、少なくとも悪い関係ではないと思った。

 

 

「夏凛やったじゃないっ」

「頑張ったね!」

「事情はよく知らないけど、良い選択が出来たと思うわ」

『夏凛さんかわいいですっ』

「よくわからなかったけど、兄貴のことが大好きってことだな」

「あんたらうるさいわよ!」

 やいのやいのと皆が喋っていき、夏凛が耐え切れなくなったのか最後に顔を真っ赤にしながら反応する。

 なんだか、一時流れた穏やかな空気が、心地いい。

 

「とにかく、さっさと行くわよ」

 夏凛がそう言って早々と歩き出す。

「あ、ちょっと夏凛」

 風先輩が言うのも聞かずに、夏凛は両開きの扉の片方を押して開けていく。

「それじゃあ僕たちも行きましょう」

 このまま留まっていても意味はないと思い、僕はそう言った。

「まあ、そうね。行きましょう」

 風先輩はすぐにそう応え、自分も歩いて行く。

 皆もそれに倣い、友奈は東郷さんの車椅子を押して、歩き出す。

 

 そうして入る、神樹が中心に根を張っている、草原のような部屋へ。

 全員が入った後、バタンッと音を響かせて扉が閉まる。

  

 風も無いのに、サアサアと神樹の葉が揺れる。

『来たか』

「おう、来てやったぞ」

 直接感覚へと送られるような意志を受け取り、僕はぞんざいに応える。

 どうも、神相手だと態度が悪くなってしまう。

 嫌いなのが隠し切れない。

 (むし)ろ全力で溢れさせてしまっている。

 それを直す気も無いけど。

 

『一つ提案があって、今回は呼ばせてもらった』

「提案?」

 神樹が僕に何を提案することなんて在るというんだ。

 全く見当がつかない。

 

「朝陽くん、神樹様の言葉が解るの?」

「え?」

 友奈がそんなことを言ってきた。

「もしかして友奈には解らないの?」

「うん」

「友奈ちゃんだけじゃないわ。私もよ」

「アタシも」

「私もよ」

「アタシもだ」

 東郷さん、風先輩、夏凛、銀と、喋り、樹ちゃんは頷いていた。

 え、それって。 

 

「つまり朝陽だけが神樹様の言葉を理解できるってこと?」

 風先輩がそんな結論を口にした。

「……どうして?」

 僕だけ?

 

『お主は、混じっておるからな』

「前にも聞いたけど、その混じってるってなんなんだよ?」

 神樹の迂遠な言い方に少し苛立ちながら聞く。

『それが今から伝える「提案」に関する事だ』

 なら、それをさっさと言えよ。

 そう言葉に出す前に、話を遮って大声が木霊した。

「それはそうと、神樹様! 樹の声を戻して下さい! こんなの納得できません!」

 風先輩だ。

 樹ちゃんのことがとても大切なのだろう。

 数刻前に、僕がやらなきゃやってたと言ってたことからも。

 樹ちゃんは、悲しげなような、心配げなような表情をしている。 

 風先輩のことが、気がかりなのか。

 姉妹揃って、お互いのことが凄く大切なんだ。

 

『それに関しても、今から話す事と関わりが在るといえる。待っておれ』

「今から話す事とも関係あるから待っててくれと言っています」

 神樹の返答を伝える。

「……なら。いいけど」

 風先輩は逸る気持ちを抑えるように、渋々と一旦引き下がった。

 

『あまり長く待たせても意味は無い。話すぞ』

 僕は頷いた。

「今から話し始めるみたい」

 皆に伝える。

 少し緊張感が漂った。

 

『まず、天の神のみでも厄介だったことが、デウス・エクス・マキナが加わった事で早急な対処が必要なほど追い詰められた状況だ』

 神樹が前提から話し始める。

 もう本題だけ言ってくれればいいのに。

 でもそれだと解らないか。

『そこで、お主のデウス・エクス・マキナの力は、失われた』

『それによって可能となった方策がある。それが成れば最短で彼奴(きゃつ)らを斃す事が出来る』

『だが、それは非常に危険な方法だ。お主も、勇者達も、我にとっても』

『具体的に説明をすれば、お主の中には、デウス・エクス・マキナの力が染み付いておる』

「え?」

 あんな力が、まだ……?

「どういうことだよ」

『今話している途中だ。待っていろ』

 僕は黙った。

『そしてその馴染んだ神の力を己の物とする事が出来れば、お主は現人神(あらひとがみ)へと成る』

「現人神?」

『人で在るにも拘らず、神でも在る者の事だ』

 神って……。

 僕が神だなんて、お笑いだ。

 絶対に崇拝したくない。

「でもそれだったら神の力を何度も使っていた友奈達も同じじゃないか?」

『勇者たちの力は我が貸し与ええているに過ぎない。お主は完全に一度譲渡されていた。そして、何度も神の力を行使した。だから馴染んでおるのだ』

 そういうものなのか。

『混じっていると言ったのは、そういうことだ。我の意思が完全に伝わるのも、神に近い存在へと既に成っているからであろう』

 だから、僕が神とか笑えない冗談だって。

「でも代償があったら使えないぞ」

 またあのような力を使うわけにはいかない。

『代償はない。自らが神と成るのだから、己の力を行使するのにそんなもの必要にはならない』

「神に成る事への副作用、デメリットは?」

「無い。力を持った、上位の存在へと成るだけだ」

 なら、問題ないか。

『今すぐにでもお主を現人神にして、天の神達を屠って来てほしいところだが、なにしろ危険が伴う。そう簡単に実行に移すことは出来ない」

「……だったら、どうするんだよ?」

『お主に試練を与える。それをもし成し遂げる事が出来たら、その方法を実行しよう』

「試練? そんなもの受けてなんになる?」

『それを成し遂げる力が在りさえすれば、その方法の成功率は格段に上がる』

「だから、それをしろってのか?」

『そうだ。最初に提案と言ったはずだ。だが、断るのならそれでも構わない。他の方法も在ることは在る。非常に可能性は低く、厳しいがな』

「樹ちゃんの声については――散華の話とは、どう繋がるんだよ」

『敵である二柱の神を斃してしまえば、もう代償は必要ない。その時には勇者達の全ての供物を返すと約束しよう』

 そういうことか。

 

 試練…………。

 受けて、僕がそれを為せれば、天上に存在する神共を殺す事が出来る。

 他の方法って、本当にあるのか? 非常に厳しいとか言っているが。

 結局、提案と言っておいて強制なような気がしてならない。

 でも、それで僕が力を手に入れて、敵をすべて斃したらもう後は辛いことなんてないんじゃないか?

 みんなの身体も元に戻って、平穏が訪れて、ハッピーエンド。

 大嫌いな神になんて成りたくないけれど、背に腹は代えられない。

 なら、受ける以外に選択肢なんて、無いじゃないか。

 だが、一人でこんな重要なこと決めていいのか?

 良くないだろ。

 悩んだら相談だ。

 僕は振り返る。

 

「みんな、今聞いたことを話すよ」

 そうして、少し時間は掛かったが、説明した。

 

「なるほどね……」

 風先輩はそう呟き、皆も考え込んでいる様子。

「本当に、現人神に成ることに何も悪い影響はないの……?」

 東郷さんがいち早くそう聞いてきた。

「ないと聞いたよ」

「でも、別の存在になっちゃうんでしょ?」

「そうだとしても、僕は僕、だと思うよ。ただ他の人と違った力を持ってしまっているだけの。それだったら今までと大差ないんじゃないかと思う」

「でも…………」

 そう言ったあと数秒の間を置き。

「危険な方法、とは具体的にどのような?」

 質問を変えて来た。

「あ、そういえば聞いてなかった。今から聞くよ」

「頼むね」

 そうして神樹に向けて、口を開こうとして。

『話は聞こえておる。具体的に説明すると、我の力をまず勇者達を経由してお主に送り、デウス・エクス・マキナの力を我の力を以ってしてお主の制御下に置く。この方法の危険点は、お主の精神が鈍り耐え切れなくなった時、デウス・エクス・マキナの力が勇者達と我に逆流し、悪影響が在るという点だ』

「なんでみんなを間に挟む必要があるんだ?」

 直接僕に送ってくれればみんなへのリスクはないのに。

『直接送ると、力が多く強すぎて制御が出来ん。我の力を何度も使っての戦闘経験のある勇者達を通して力を縮小してからでないと、九割九分失敗する』

「……そうか。悪影響っていうのは具体的には?」

『良くて精神や記憶の異常、悪ければ死ぬ』

 死ぬ、ね…………。

 どっちだろうと、必ず回避しなければならない。

「……わかった」

 

 言ってから、今聞いた話を皆に再度説明した。

「――そのリスクは怖いけど、でも、このままでも結局……だけど、神に成るってそう簡単に…………」

 東郷さんは考え込んでしまった。

「う~ん……」

 風先輩も思考の海に潜ったみたいだ。顎に手を当てて眉間に皺を寄せている。

 

「私は――朝陽くんがそうしたいなら、いいよ」

「え?」

「朝陽の心は決まってるんだろ? だったらアタシもそれに従うよ」

「え? ……え?」

 

「どうして僕がやる気前提なの?」

 友奈と銀が言って来ることが、わからない。

 僕は、一言もやるなんていってないのに。

 

 すると二人は、僕の顔を同時に指差して。

「「顔に書いてある」」

 なんて言ってのけた。

 

 僕は本当に、そこまでわかりやすいのだろうか。

 確かに、やるしかないのではないかと考えてはいた。

 けれど、絶対にこうしなければならないと確信をもって思っていた訳ではない。

 だというのに、僕の顔はやることしか考えていなかったみたいだ。

 全然全く、自覚はないけれど。

 

「そうね、ここは、そうするしかないのかも……」

 風先輩が顎に当てていた手を下ろして、そう言った。

「本当に、いいんでしょうか……」

 東郷さんはまだ納得はし切れていない様子。

「確かにリスクは大きい。けれど、得るものも多い。ハイリスクハイリターンよ。でも、そのリターンを得られれば、一気に解決へと道は開けるわ。酷い戦闘だって、最短で終わらせられる。散華だって、取り戻すのに一番の近道よ」

「…………」

 風先輩のその言葉に、まだ思案気に渋る様子の東郷さんだが。

「大丈夫だよ東郷さん。みんなで頑張れば必ず成功するって。なせば大抵なんとかなる、だよ」

「安心しろ東郷。やってやろう、みんなで」

「友奈ちゃん、銀……」

 友奈と銀が笑顔を向けてそう声を掛けると、表情が和らいだ。

 数秒の間。

「うん。そうね。やってみるべきかもしれないわ」

 東郷さんが、承諾してくれた。

 

「私はもちろん構わないわよ。なんだって乗り越えてやるわ」

『私も、みんながいるし、みんながそう言うならやってもいいと思います』

 夏凛と樹ちゃんも、それぞれ声と文字で応えてくれた。

 

「これで全員の意向は決まったわ。朝陽、それでいいわね?」

「あ……はい。結局、やるしかないと思いますから」

「最初は朝陽くん一人で頑張らなくちゃいけないけど、いける?」

「多分――いいや、絶対にやってみせるよ」

 友奈の言葉に、決然と返した。

「それなら、信じて待ってるね」

 目の前の微笑みがあれば、頑張れる。

 そう思った。

「よし、決まり。勇者部ファイトよ」

 風先輩が喋り終わると、誰からともなく手を前に出した。

 その手の平を重ねていく。

 

「勇者部ーファイトー!!」

「「「「「「おおーーーーーー!!!」」」」」」

 一斉に手を挙げて、叫んだ。

 久しぶりに、やった気がする。

 前にやったのは肩組んでのやつだったか?

 

 一呼吸して、僕は神樹の方へ振り向く。

「決まったぞ神樹。僕らはやる」

『よかろう。では、試練を始める』

 どんとこい。

 なにが来たって、諦めてたまるか。

 僕は、成さなければならない、為すべきことを、成して見せる。

 

 そうして、意識は一瞬、無へと落ちた。

 

 

 

 

 記憶を辿った僕は、ようやく現実へと帰還する。

 確かに、そんな事があった。

 記憶が、戻っている。

 ならば、あの樹海や星屑は、試練だったというわけか?

 何度も殺されて、何度も戻るあの世界が?

 神に成る為の試練だ。そう簡単なものではないとは思っていた。

 けれど、あれほどのものとは思っていなかった。

 いや、想像していなかった。

 漠然とした苦難を脳裏に描いていただけだ。

 先見が甘すぎる。

 もっと、慎重になれ。頭を働かせろ。

 まあ、合格したみたいだし結果オーライではあるのだけれど。

 後悔は、していない。だって僕は、大切なことを知れたから。

 それでも、二度とあんなことは、御免だ。

 

『思い出したか?』

「…………ああ。とんでもないもん用意してくれたな」

『そうでないと試練の意味が無い』

「はは……そうか……」

 もう何か言う気にもなれない。

 文句を言ってもしょうがない。

 

「そういえば、なんでさっきまで部室を出た先の記憶が無かったんだ?」

『試練だと知っていたら試練の意味が薄くなるからだ』

 だから、少し前までの状態にするために記憶を途切れさせたのか。

 しょうがないとはいえ、勝手に記憶を弄らないでほしい。

 もう終わったことだし抗議しても話が長くなるだけだからどうでもいいけど。

 

 嘆息しながら、周りを見回す。

 この神樹がいる部屋には、試練の前同様、勇者部の六人がいた。

 けれど、試練前とは違う点が一つ。

 

 園子もいたのだ。

 ベッドごと、寝たままで。

 どうやって来たんだろう?

 

「やったね朝陽くんっ!」

 友奈が東郷さんの車椅子を押しながら小走りで寄って来て、満面の笑顔で言葉を送ってくれた。

「夢河くん、すごいよ」

 東郷さんも微笑みを湛えて。

「朝陽、やればできるじゃないか!」

 銀も。

「あとは、力を制御するだけね!」

 風先輩も。

「よくやったわ。けど、まだ気を緩めるんじゃないわよ」

 夏凛も。

 樹ちゃんも、笑みを募らせながら走って来た。

 

「みんな……。そうだ、まだ終わってないよね」

 本格的に喜ぶのは、力を制御出来てからだ。

 だから、まだ。

 

「園子は、なんでここに?」

 僕はとりあえず、今ある疑問を解消したかった。

「私は、ゆめゆめ達が色々大変なことになっているのを知って、精霊の力を使って様子を見ていたんだけど、ゆめゆめがあんまりな状態だったから助けちゃった」

 

「ゆめゆめ?」

 友奈達が首を傾げていたが、まあいい。

 

「助けるって、どうやってやったの?」

 別に聞かなくてもいいことかもしれないが、なんとなく気になった。

「私の精霊はいっぱいいるんだけどね、その子達の力を使って神樹様の試練に割り込んだんだよ。そうして創った空間が、あの場所」

 園子と居た勇者部の部室のことか。

「神樹様は私のしたことを強制的に止めさせることも出来たんだと思うけど、黙認してくれたんだよ。でも、試練についての情報は伝えちゃ駄目だって伝えられてね、だから話せなかったんだ」

「そう、だったんだ」

 僕は、色んな人に助けられて今ここに居るんだ。

 そんなことを、再確認した。

 

「それと、最後の銀は何だったんだ? 僕は星屑に負けて殺されそうになったのに、銀が合格だって言って力を使って倒したけど、つまり倒す前に合格してたってことだよね?」

『試練の合格条件が、神の手先である絶対的な、普通の人間では敵うことがない敵に、何の力も無くとも一矢報いること、だからだ』

「一矢、報いる……」

 確かにあの時、星屑の腹の中で食い殺される前に。

 僕は奴を怯ませることに、一矢報いることに成功していた。

 だからか。

 園子があの部室で、立ち向かってと言ったのもそういう理由か。

『ただの人間が、神の手先を怯ませることなど、ほとんど不可能だからな』

 そんな無理難題を仕掛けたのか。

 試練だから、そのぐらいでないと意味が無いのかもしれないけれど。

『だが、試練を乗り越え、その中で胆力、精神力が鍛えられた今のお主ならば、為すべきことを成し遂げられるであろう。さあ、現人神にしてやる』

 

「待て」

『なんだ?』

「まだ一つだけ疑問がある」

『言ってみろ』

「友奈が積極的に狙われていた理由だ。それと、あの樹海の友奈は今ここに居る友奈と同じなのか?」

『最上位に守りたいと思っている者を守り通せるか、守る為に最後まで抗い、動けるかが重要だった。だからお主以外に守られるべき存在が必要だったのだ。だが心配する必要はない。あれは我が創造した同じ人格と記憶を持つ試練の中だけの複製に過ぎない』

「…………」

 たとえ複製でも、友奈をあんな目に遭わせるのは許しがたい。

 神とかいう存在は価値観から人間とは異なっているのかもしれない。

 だからそんな言葉を易々と吐けるんだ。

 

「みんなは試練を見ていた訳じゃないんだよな?」

『乃木園子以外は見ていない。三ノ輪銀も最後に力を貸した時だけだ』

「そうか…………」

 もし見ていたら、東郷さんが神樹様という呼び方をすることは一生なくなっていただろう。 

 

『余計な話は終わりだ。早速始めるぞ』

「……ああ」

『勇者達は我の幹に身体の一部を触れさせ、そしてお主は勇者達の身体の一部に触れていろ。三ノ輪銀と乃木園子はしなくてよい。三ノ輪銀は今やお主の一部でもあるし、乃木園子は耐えられる肉体にないからな』

「わかった」

 

 皆に伝える。

「じゃあ、やるわよみんな!」

「「「「はい(おう)!」」」」

 すぐに行動に移った。

 勇者部の五人――友奈、東郷さん、夏凛、風先輩、樹ちゃんは――神樹の幹に手を触れて、もう片方の手で僕の手を握った。

 

『では、始めるぞ。気を最後まで、強く持て。そして必ず耐えろ』

  

 そうして、始まる。

 別の存在へと至る、儀式が。

 

 

 

 ――――伝わってくる。

 理解し得ない、大きな力が。

 勇者部のみんなと握った手を通して、膨大な何かが。

 僕の身体を通り、その奥の魂にまで、辿って来る。

 それは、己の、絶対に誰にも触れられない場所に触れられる不快感。

 心臓を、いつでも握り潰せるぞと言わんばかりに撫で回される途方もない恐怖。

 少しでも気を緩めたら精神崩壊してしまいそうな、心を圧迫する膨大。

 神の力が充満し、十分に、重要な部分に滞る。

 

 目の前にいる五人も、顔を歪めて耐えている。

 皆だって、直接奥まで送られる僕ほどではないにしろ、この力に耐えているんだ。

 この程度で根を上げてたまるか。

 僕は、乗り越えて、くそったれな神共なんかぶっ殺して、平穏を勝ち取るんだ。

 そのためなら、神でもなんでも成ってやる。

 化け物を倒すには化け物に成るしかない。そういえばそんな言葉があったな。

 神を倒すには、神か。

 上等だ。

 僕は最強の神に成って、敵を殲滅する。

 だから、こんなところで立ち止まってなんていられないんだ。

 

「ぐ……っ……く――ッ、あ……」

 それでも呻き声は漏れてしまう。

 されど、奥歯を噛み締めて耐える。

 耐える、耐える、耐える。

 

 体の中で、蠢く力。

 強制的に魂にまで染み付かせる、強大な不定。

 強烈なだるさ、耐えるために力む力さえ奪われていく。

 それでも耐えなければいけない。

 理論も道理も跳ね返して、為さなければならない。

 

「あ――」

 力が、強まった。

 

 神の、浸食。

 

 意識の望郷。

 白の視界。

 見える終末。

 忘却彼方。

 墜ちる星々。

 錯綜意識。

 歪む海原。

 沈む大地。

 暴風縦横。

 人々営み。

 生物輪転。

 精神軋む。

 心の崩れ。

 魂揺れる。

 

「――――っ!」

 膝を突く。

 されど手は離さない。

 皆と繋がっているこの手だけは、離してはならない。

 

「朝陽くん、頑張って……!」

「夢河くん……!」

 

 もう周囲の音も、ほとんど聞こえない。

 今誰かが何か言った気もするけれど、誰が喋ったのかも、その内容も分からない。

 このまま、この時点で、前までの僕なら、屈していただろう。

 だけど、今の僕は、違うんだ。

 違うはずなんだ。

 違っていなきゃいけないんだ。

 試練を経て、少しは変わっている。

 僕は、必ずこの苦難を乗り越えなければならない。

 無様に膝を突いても、這い蹲ってでも、為さなければならないことがある。

 絶対に、諦めない。

 負けるかよこの野郎。

 ぶっ飛ばしてやるよこんちくしょう。

 

 

 ――あ、きつい。

 きつくない。

 辛い……。

 辛くない。

 もう無理だ。

 無理じゃない。

 きつすぎるんだよ。

 僕は元気だ。

 こんなん耐えられるかよ。

 余裕だ。

 もう何も考えたくない。

 感じろ。

 投げ出そう。

 投げ出すかよ馬鹿野郎。

 諦めよう。

 絶対に諦めるわけない。

 

 己の存在全てに移動し、定着し、振動し、細胞結合のような過程。

 さらに、浸食が、強まる。

 

「……っ! ――っ …………ッ ――――ッ」

 辛い。

 きつい。

 

 辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい辛いきつい。

 

 もういやだ。

 嫌だ(いや)(いや)だ嫌だ厭だ否だ嫌だ厭だ否だ嫌だ厭だ否だ嫌だ厭だ否だ嫌だ厭だ否だ。

 

 やめてくれ終わりにしてくれ助けてくれ守ってくれ救ってくれ愛してくれ優しくしてくれ包んでくれ抱いてくれ。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。

 

 それでも。

 この手は、離さない。

 

 

 

 

「――くん」

 意識が。

「あ――くん」

 徐々に。

「あさ――くん」

 表出。

「朝陽くんっ」

 意識が、浮き上がって来た。

 

「…………っ」

 瞼を開ける。

「見たことない、天井だな……」

 いや、あるか。

 遠く、高い。

 神樹が立っている、広い部屋だ。

 敷き詰められた草が、背中にチクチクとする。

 これ人工なのかな。

 そんなふうな、どうでもいいことばかり頭に浮かんでくる。

 で、何があったんだっけ?

 なんか、ふわふわする。

 高揚感とも違う、全能感。

 今の僕なら、なんか、凄いこと、出来るんじゃない?

 よく、わかんないけど。

 頭が、回らない。

 もう少し、寝ていたい気分。

 

「朝陽くん! やったね!」

 柔らかく、暖かい感触。

 甘くいい香り。

 安らかな、心地。

 視界に、赤髪が映る。

 友奈か。

 おう、僕はやったぞ。

 何をやったか知らないけど。

 でも、とにかくやったんだ。

 成し遂げた。

 力が漲る。

 有り余るほどに。

 

『あと少しで危なかったが、よく耐えた。これでお主はもう(ただ)の人ではない。現人神、夢河朝陽だ』

「あら、ひと、がみ…………」

 ああ、そうだった。

 僕は、耐えきったのか。

 神、ね……。

 実感、湧かないなあ。

 ただ、なんか、凄い感じというか。

 人じゃないんだってのは、漠然と感じる。

 それと途方もない力。

 今の僕なら一瞬で町一つ破壊しつくせそう。

 そんな事絶対にしないけど。

 たった一人の人間がこんなに大きい力を持っていてもいいんだろうか。

 いや、僕はもうただの人じゃないか。

 神だ。

 何も知らない人に言ったら一笑に付されそうだけど、神なんだ。

 人と神が合わさった存在、現人神。

 一応人間でもあるから、完全に別者に成ったわけではない。

 多分、だけど。

 とにかく僕はそう信じる。

 だって、力とか存在以外は――人間としての夢河朝陽は――何も変わってなどいないと確信できるから。

 記憶も感情も、何もかも前と同じだ。

 だから、僕は僕だ。

 神なんて存在が半分を占めているけれど、それでも僕なんだ。

 そう思えるから、僕は前を向いて、歩いて行ける。

 

(みな)暫くの間休んでいるといい。次の敵の襲来までは問題ない。その時になったら、あとはお主らに任せる。人類の命運はお主らに掛かっておるからな。必ずや天の神を、デウス・エクス・マキナを、退けて見せてくれ』



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五十六話 決戦の前に

 暖かい日差しが心穏やかにする。

 白い雲は所々に点在しているが、気持ちのいい晴れた青い空。

 窓の外では小鳥が元気に飛んでいる。

 教師の、黒板に白いチョークを走らせるリズミカルな音。

 無言でペンを走らせる音が耳をくすぐる。

 今は、二時限目の授業だ。

 僕は窓際の一番後ろという転入生の特権のような席に座り、ノートも取らずにぼんやりと窓の外を眺めていた。

 

 最終決戦前の束の間の休暇。

 そんな時に、真面目に授業を受ける気になどならなかった。

 東郷さんと夏凛はちゃんとノートを取っているように見えるけど。

 友奈は、どうだろう。ウトウトとしているように見える。

 もうすぐ十月になる陽気は、ポカポカとして暖かい。

 夏と秋の間のような、過ごしやすい気候。

 眠くなるのも無理はない。

 リズミカルなタンタンッというチョークの音もそれを助長させている。

 僕も、寝ようかな……。

 友奈は完全に寝ている訳じゃないけれど。

 今寝たら僕だけサボり魔っぽくなってしまうけれど。

 別に、良いか。

 眠いし。

 眠いから寝る。これ自然。

 生物として正しい在り方。

 睡眠は大事だ。

 寝よ。

 堂々と僕は机に突っ伏した。

 

 

 

「――――あっさひくーんっ!」

「んあっ……?」

 目が覚めた。

 口の端に垂れたよだれを袖で拭きながら顔を上げると、友奈がいた。

「もしかしてずっと寝てたの? もうお昼だよ、一緒にお弁当食べよ」

「あ、ああ、うん……」

 苦笑する友奈に、寝ぼけた返事を返す。

 そうか、昼か。

 結構寝たな。

 

 というか教師起こさないのかよ。

 三時間分の教師三人、職務怠慢なんじゃないの?

 ちょっと違うか。

 まあいいや。ぐっすり眠れたし。

 鞄から弁当を出し、みんなで東郷さんの近くに集まる。

 近くにある空いている机を東郷さんの机に合わせて座る。

 この席の人達が戻ってきたら迷惑極まりないかもな、とは思ったけどまあ長居しなければいいだろう。

 今空いてるんだし。

 皆で弁当を広げ、

「「「「いただきます」」」」

 と手を合わせ、食事を始める。

 友奈の左手は動かないが、右利きだから一人で食事は可能なようだ。

 

「前から見てて思ってたけど、朝陽くん料理できるんだね」

 友奈が僕の弁当を見ながらそう言ってきた。

「できるって程じゃないけどね、最低限だよ。これだって少し覚えれば誰でも作れるものだし」

 僕の今日の弁当は、一言でいうとのり弁だ。

 醤油を付けて海苔をご飯に乗せただけのものと、砂糖を入れて甘くした卵焼きと、マル○ンのハンバーグと、プチトマト。

 本当に、簡単すぎるレシピだ。

 東郷さんや風先輩に比べたら、とても料理が出来るだなんて胸を張れるものではない。

 あの二人は凄い、いいお嫁さんになるね。

 

「それでも私にとっては凄いよ。私なんてお湯を沸かすぐらいしか――――ううん、今度また、頑張ってみるよ」

「? うん」

 話が曲がり自己完結されてしまった。

 東郷さんは微笑んで友奈の方を見ている。

 夏凛はにぼしを貪っている。

 東郷さんは今の友奈の言動の意味が解るのか?

 夏凛は置いといて。

 

「じゃあ朝陽くんのおかず、私のおかずと一つ交換しようよ。朝陽くんの料理食べてみたいな」

「なにがじゃあなのか分からないけど、いいよ。何が欲しい?」

「卵焼き!」

「一番メインなやつ来たね。はい」

 僕は弁当箱を前に差し出し、卵焼きを一つ友奈は取った。

「朝陽くんは何が欲しい?」

「えーと、僕はね――」

 友奈の弁当は、彩り豊かだ。

 友奈自身は作れないとさっき言っていたから、両親のどちらかが作ったのだろう。

 というか十中八九母親の方だろうけど。

 

「たこさんウインナーで」

 全部美味しそうだけれど、無難に良さそうなものを選んだ。

「はい」

 僕の弁当箱に綺麗な形のたこが投入される。

「そのたこさんウインナーは美味しいよ。お母さんの料理は何でも美味しいけどね」

 笑顔で友奈。

 やっぱり友奈ママの方だったか。

 

 早速口にウインナーを運ぶ。友奈も卵焼きを運ぶ。

「うまっ」

「おいしい!」

 同時に口走った。

 

 

「あっ、そういえば夏凛ちゃん。はいこれ!」

 唐突に友奈は鞄からどっさりと煮干しを取り出した。三袋ほど。

「はいこれ、って言われても急に何……?」

 夏凛は訝しげに首を捻っている。

「私にとっては急じゃないんだよ。とにかく受け取って。いらないならしょうがないけど」

「いや、いるわよ。煮干しはいくらあっても困らないし。ありがたく頂くわ。でもこんなに貰っていいの?」

 煮干しを受け取りながら申し訳なさそうに言う。

「いいのいいの。これは私なりの感謝の気持ちだから」

 笑顔で手を軽く横に振りながら友奈。

「……そう?」

 夏凛は渋々と理解を示した。

 

 

 弁当も食べ終わってきた頃。

 東郷さんが切り出す。

「私今日ぼた餅を作ってきたの、勇者部のみんなで食べようと思ってたのだけど、いっぱい作りすぎちゃったから今も少しだけ食べる?」

「食べる食べる―!」

「貰うわ」

「うん」

 

 皆一斉に、あんこあんこした餡子色のぼた餅を口に運ぶ。

「「「うまいっ!」」」

 甘くて心(ほぐ)される美味しさ。

 やっぱり東郷さんこそが料理オブマイスターだ。

 

 

 

 

 放課後。

 僕たちは勇者部の部室に居た。

 けど。

「今日は体育館で演劇の練習よ。文化祭までもう時間も無いから急がないとね」

 風先輩のその一言で体育館へと移動した。

 体育館ではバレー部が練習をしているが、広いから壇上の方は使わせてもらえるようだ。

 

「台本は前にみんなと相談しながら書いて出来上がっているから、あとは演技だけね。衣装も舞台セットも概ね出来てるし」

 色々なことが起こる前にしていた勇者部の活動が懐かしい。

 そんなに日は経っていないはずなのに。

 で、どういう台本だっけ?

 大まかには覚えているが、細かいところまでは頭からすっぽ抜けている。

 

「あの、台本って僕の分もありますか?」

「もちろんよ。みんなの分ちゃんとあるわ。実際に演技するのはアタシと友奈と朝陽だけだけどね」

「助かります」

 

 そこまで厚くはない台本を受け取る。

 むしろ厚かったら困りそうだけど。

 一ページずつ捲っていって、台本を確認していく。

 …………。

 ――――。

 うん。

 これ、あれだわ。

 あれっつーか、もうアレ。

 最後らへんだけ、アレ。

 

「風先輩。本当にこの脚本でいいんですか?」

「いいのよ」

「ぶっ飛びすぎてて反感買いそうですけど」

「それでもいいの」

「なんだこの超展開は! クソ脚本は! 帰るわ。ってなる人がいるんじゃないかと思うんですけど」

「それでもいいの!」

「世界観とも合ってないし……」

「いいの!」

 いいって言われてもなあ……。

 やっぱり、これはなあ。

「何度も聞くようだけどやっぱりこれは――」

「いいの!!」

 言葉を遮られてしまった。

 そこまでこだわっているのか。

 そんなにこれがいいのかなあ。

 

「そもそもアンタが喋りたくないって言ったのも原因なんだからね」

「うっ……」

 そこを突かれると痛い。

 もともと僕は舞台になんて立ちたくなくて、他の三人同様裏方がよかったのに。

 でも裏方をやるには人数が多くなりすぎるし、それだと何もすることがなくなってしまう。

 裏方は大事だから、僕よりも優秀な東郷さんと樹ちゃんを抜かすわけにはいかないし。

 夏凛とはどっこいどっこいだったけど、彼女は出たくないようで、押し付けられた形だ。

 くそっ、にぼっしーめ。

 

「まあ喋りたくないとはいっても、一言だけはいってもらうわよ、大声で」

「ええ!? 話が違うじゃないですか!」

「重要な台詞なの、これだけは朝陽自身の口から言ってもらわないと、これでも減らしまくったんだから」

「でも……」

「一言だけなんだからそれぐらいは言いなさい」

「そんなあぁ……」

 

「朝陽くん、頑張って。朝陽くんならできるよ」

 友奈が僕の様子に苦笑しながら言って来る。

「友奈、助けてくれ。無理だって」

「ここはやろう朝陽くん。この役は朝陽くんにやってもらいたいの。みんなもそうでしょ?」

 友奈が振り返って他四人全員に聞く。

 三人は笑顔で頷く。

 夏凛は。私がやることにならなくてよかったー……。という思考がだだ漏れな表情で頷いた。

 にぼっしー…………。

 

 僕の心の嘆きは聞き入れてもらえなかった。

 これも日常の試練ってやつか。

 

 ――――まあ。

 しょうがないかな。

 なんだかんだいって、楽しいし。

 多分。

 

 

 

 

 次の日。

 学校はいつも通りに(つつが)なく終業時間まで辿り着き、放課後。

 今日は、勇者部全員で河川敷のゴミ拾いをすることとなった。

 ちなみにこの河川敷は僕が一人で蹲っていたところとは別の場所だ。

 東郷さんは身体的に無理なので、少し離れたところで依頼のスケジュールや演劇の台本の読み直しなどをしている。

 

 

 ――――ゴミ拾いを始めてから、それなりの時が経った。

 空は橙色に染まり掛け、ゴミも少なくなってきた。

 

 僕はゴミ袋に空き缶を放ると、腰を上げて一息吐く。

 この辺でいいか。

 僕は(かね)てより決めていた行動に移ろうと思う。

 今、ちょうどおあつらえ向きな状況なんだ。

 皆、散らばってゴミを拾っている。 

 

 一人一人と、最終決戦の前に話がしたいんだ。

 そんなこと、もっと前に出来たかもしれないけれど、なんか、タイミングが掴めなかったんだ。

 わざわざ呼び出してまでするのも違うと思ったし、みんなが一人になる機会もほとんど無かった。

 だから、今しかない。

 誰も、二人以上で固まってゴミ拾いをしていないこの間隙(かんげき)にしか。

 一人一人と向き合ってちゃんと話せる機会が最後になるかもしれないなんて、思いたくないけど。

 それでも今、話したいんだ。

 

 まずは、銀だ。

 今ここに居るしね。

 距離なんて一ミリどころかもっと離れていない。

 いつも変わらず、そばに居てくれた存在。

 

「銀、少し話をしようか」

『ん? いいぞ』 

 僕は昼と夕方の中間の、僅かな時間しか訪れない日を眺めながら。

「銀と最初に会った時。衝撃的だったよね」

 そんな一番最初の頃のことを、言葉に出した。

『ああ、あれはな……驚かないやつはいないだろうな』

「凄く戸惑ってたもんね」

『むしろあれで戸惑わなかったらそいつはどこかおかしいと思うぞ』

「確かに」

 思わず笑いが漏れる。

『笑うところじゃないと思うけど』

「そうかもしれないけど、こういう思い出話っていうの? あんまりしたことないからさ」

『そうか』

「うん」

 

 一呼吸置いて、さらに話す事を探す。

 探し当て、言の葉へと変換する。

「僕ら二人は今までずっと一緒にいたけど、嫌じゃなかった?」

『? 全然』

 なんでそんなことを聞くのかと心底不思議そうな声音。

 むしろその反応の方が心底不思議だと思うんだけど。

「僕が男ってのもあるけど、色々不自由もあったと思うんだよ」

 さらに畳みかける。

 別に否定的なことを言われたい訳じゃない。

 けど、聞きたいんだ。

 不安だからかもしれない。

 負い目があるからかもしれない。

 それでも、銀の心からの言葉をちゃんと聞きたいんだ。

 

『そんなことはないぞ。平和な日は毎日楽しくやれていたし、辛い状況の時も頑張れた。朝陽のことは嫌いじゃないし、大事な友達だって思ってるよ』

「……本当に?」

『今そんな嘘ついてなんになるんだよ。嫌だったらとっくに言ってるよ。まさかここまで一緒にいてアタシの性格を全く把握できていない訳じゃないよな?』

 苦笑しながら言う気配。

「まあ、そうだね……」

 銀は真っ直ぐだ。 

 

「最後まで、戦いが終わるまで、一緒にいてくれる?」

『当然だ。終わった後も、このままだったらそれはそれでもいいかなって思ってる。アタシは一度死んじまった命だしな』

「ありがとう。でも、なんとか自由に出来るように尽力するよ」

 やはりずっとこのままは、銀に悪いと思う。

 何かある度に甘えてしまいそうだ。

 僕はいつも甘えてばかりの、甘ちゃんだけど。

 それでも、このままは駄目な気がした。 

 

『そんなことはしなくてもいいのに』

「それでも銀のために何かしたいんだ」

 恩返しが、したいんだ。

『そっか……なら、許可する!』

「うん。許可制なのはなんだか変だけど」

『そこはアタシの意思も尊重してくれよ』

「それはその通りなんだけど――まあいいや」

『なんだよ朝陽、最後まで言えよ』

「いやいいって」

『アタシとお前の仲だろ?』

「そういう問題じゃないって」

 銀との話は、この辺でいいだろう。

 

 

 

 銀の追及を適当にあしらった後、隅の方で資料かなんかを読んでいる東郷さんのいる場所へと足を運んだ。

 

「東郷さん」

「ん? なに夢河くん?」

 紙の束から顔を上げて東郷さんは応えた。

「ちょっと話をしたくて。今いい?」

「いいわよ」

 そう言って読んでいた紙束を閉じた。

「それで、何の用?」

「いや、用ってほどではないんだ。ただ話をしたいんだ」

「そうなの。なら話しましょう」

 微笑んで東郷さんは言った。

 

「東郷さんは、もう大丈夫なの?」

「大丈夫って?」

「えっと、東郷さんあの時泣いてたからさ、その次に会った時からは問題なさそうにしてたけど、気になってね」

「あ、まだ覚えてたんだ……恥ずかしいわ」

 赤面して目線を下に向ける東郷さん。

「そりゃ数日前の事だし、そう簡単には忘れられないよ」

「そうよね……」

 数秒の沈黙。

 

「でも、もう大丈夫よ。あと少しで終わりだもんね」

 本当に大丈夫そうに、東郷さんは笑顔になった。

「あれだけの悲しみが、なんで、もう無くなったの……?」

 立ち直れるのが、早い。

 なぜそこまで強く在れるんだ。

 そう思って、それが羨ましくて、つい聞いてしまった。

 

「無くなったわけじゃないけれど、きっと夢河くんがなんとかしてくれるって、信じられるから」

「僕はそこまで頼られるような強いやつじゃないよ。全力は尽くすけど」

「なら、問題ないわ。今や夢河くんは神様だものね」

「やめてくれよ。僕は人でもあるんだ」

「そうね、私たちと同じ人だわ。けど、一般の人からは夢河様とか朝陽様とか呼ばれたりするかもしれないわよ」

「嫌だなあそれは。誰にも現人神とか言う気はないし、来ないとは思うけど」

「冗談よ」

 鈴を転がしたように小さく笑いながら東郷さんは言った。

 

「冗談なのか。結構真面目に受け取っちゃったよ。本当にありそうなことだったし」

「もしそんな時が来たら、私たちも神様と友達の人って注目されてしまうわね」

「ならお相子だ」

「うん」

 また笑う東郷さん。

 

「強いな、東郷さんは」

 素直に信じる事が出来て、頼れて、立ち直れる。

 それは強さだ。

「私は強くないわ。夢河くんの方が強いわよ」

「僕は強くないよ」

「でも、最後まで戦うんでしょう?」

「それはまあ」

「ちゃんと前に進むのよね?」

「うん。そう決めたから」

 

「やっぱり、夢河くんは強いよ」

「違うよ。僕は強くなんてないよ」

 ただ、そうするしかないだけで。

「それでも私は……私にとっては、強いと思う」

 東郷さんは、僕の心を包み込んでしまいそうな、優しい表情。

 

「そう、なのかな……」

「うん、だから頼りにしてるわね。ヒーローくん」

 え。

「やめてよ。ヒーローとか……」

 ヒーローとか。

 ほんとに、ほんとに……。

 ヒーロー。

 

「朝陽、顔がニヤついてるぞ」

 唐突に銀が右斜め前に現れて言った。

「うわっ。いきなりすぎだろ銀」

「なんか朝陽が調子に乗りそうだったから」

 頭の後ろに両腕を回してジト目をしながら両足をプラプラと揺らす銀。

「うるさいな、憧れなんだよ、ヒーローとかそういうの。だからそう言われて嬉しくないはずがないの!」

 自分で自分のことを、そんな風には思えないけどさ。

 でも、そう言われて嬉しくないはずがない。

 僕に限らないで、男ならほとんどそうなのではないか。

 多分だけど。

 

「銀も、最後まで一緒に頑張りましょうね」

「ああ、みんなで一緒に、な」

「ええ。私たちは親友よ」

 両手を前に出す東郷さん。

 ?

 銀はその左手を握った。

 

「ほら、朝陽も」

 あ、そういうことか。

 よし、それなら。

 僕は東郷さんの右手を握った。

 そして、銀の左手も。

 手で繋がったトライアングル。

 そんなものが完成した。 

 僕らは三人とも、笑顔だ。

「親友だ。ずっと変わらない、ね」

「うんっ」

「ああ」

 そうやって三人で、友情を確かめ合った。

 

 

 

「ちょっといいですか?」

 ゴミを拾っている背に、呼びかける。

 振り返った拍子に揺れるツーテール。

「朝陽? なにか用?」

 我らが部長。風先輩。

「もうすぐ全てが終わると思うので、話がしたくて」

「ゴミ拾いなら、もうすぐ終わるわね」

「その話ではないんですけど」

「なら作戦確認?」

「そういうのでも、ないんですけど……」

「わかった、いいわよ」

 態度を変えての、即答。

 

「もしかしてからかってました?」

「気分を和ませるためよ」

「別に緊張も何もしていなかったんですが」

「それでもよ」

 

「……もしかしなくてもからかってたとかじゃなくて本気で言ってました?」

「……そんなことないわよ」

「今の間は何ですかね」

「間なんてあったかしら?」

「まあいいですけど」

「いいなら言わないでよ」

 少し頬を膨らます先輩。

 

 一間置いて、僕は話し出す。

「今まで色々と情けないところばかりでしたけど、ここから最後までは、全力で頑張りますから、新しい夢河朝陽を見ててください」

「あまり気負いすぎないようにね」

「今気負わずにいつ気負うんですか」

「朝陽は、今までも頑張ってたし、頑張ってるわよ」

「弱くて弱い僕は、それじゃ足りなかったんですよ」

「十分頑張ってるわ。見てればわかる。みんなもそう思ってるはずよ」

「風先輩…………」

 胸が、暖かくなった。

 

「先輩として見てても、頑張ってる後輩は応援したくなるわ。だけど、背負い過ぎないようにね。勇者部の部員として、励みなさい」

 風先輩は、本当に先輩だなあ。

「実年齢は僕の方が圧倒的に上ですけどね」

「先輩に口答えするんじゃないの。ここでは今のアンタは中二よ、そしてアタシは中三。それに朝陽だってアタシのこと先輩って呼んでるじゃない」

「なんかそう呼ぶ方がしっくりくるんですよ」

「それだったらアタシはちゃんと先輩ってことじゃない」

「そうかもしれませんね」

「覚えておいてね、アタシはアンタの先輩で、いつでも頼っていい存在なんだからね」

 

「あ……」

 言外に伝えたいことを悟る。

 先輩ということになっているのだから、思う存分頼れと。

 何のてらいも遠慮も無く、相談して頼っていいと。

 多分、きっと、僕の妄想じゃなければそう言いたいのだと思った。

 本当に、優しく頼れる先輩だな。

「はい……」

「うん、よろしい」

 目が、潤みそうだった。

 

 

 

「樹ちゃん」

『なんですか?』

 スケッチブックにペンで文字を書いて樹ちゃんは応えてくれた。

「ごめんね。スマホがもうないから、樹ちゃんの歌、せっかくもらったのに無くなってしまった」

『謝る必要はありません。私は、自分の歌を好きって言ってもらえて嬉しかったですよ。それに、データは私のパソコンに残ってますから、いつでもまた渡せます』

「そうか。ありがとう」

『歌はいつだって元気をくれます。だから、元気が無くなったら、挫けそうになったら、歌を聞くか、歌うかしましょう。そうしたら、きっと前を向く力になるはずですから』

 確かに、音楽の力は凄いと思う。

 あんなにも感情が動かされるのだから。

「今度、ミュージックプレーヤー買うよ。そしたら、また樹ちゃんの歌が欲しいな」

『大歓迎ですよ。その時はすぐに言ってくださいね』

「うん。また、今度僕も本貸そうか?」

『はい、また色々読んでみたいです。今度のは、楽しい話がいいな』

「前のはちょっと重すぎたかな」

『そうですね。面白かったですけど、私には重すぎるところもありました』

 苦笑しながら樹ちゃんは言う。

「自分が好きだからつい貸してしまったけど、次はラブコメとかにするよ」

『あ、それがいいですっ』

「じゃあ今度はそれで」

『はい。その時に私の歌も持ってきますね』

 

 一呼吸。

「最後まで、一緒に頑張ろうね」

『はいっ。みんなで、なんとかしましょう』

 その笑顔は、絶対になんとかなるということに一切の疑いを持たない、純粋なものだった。

 

「声、必ず取り戻そう。生歌も聴きたいから」

 笑顔をさらに輝かせ、樹ちゃんは頷いた。

 必ず、みんなと共に終わらせてやる。

 そして、樹ちゃんの歌をまた聴くんだ。

 

 

 

「夏凛、話をしよう」

「話? なんの?」

「なんのでもいいけど、とにかく話」

「そう。話ね」

「うん、話」

「まあ、とりあえず煮干し食べなさい」

「なぜ」

「美味しいからよ」

「本当に好きなんだね」

 そんなことはないのだろうけど、いつも食べているような気がする。

「栄養満点なのよ、当然じゃない」

「当然かあ」

 煮干しを少し貰いながら、思わず苦笑が漏れた。

 好きなことは悪いことでも別に変なことでもないけど。なんだか思わず笑みが零れてしまったんだ。

 まあ、美味いけど。 

 

「そういえばあれから色々あって、鍛錬してないわね」

 ボリボリと煮干しをむさぼりながら夏凛。

 食べるか話すかどっちかにしなよ。

 でも確かに、鍛錬は一度しかしていない。

 これでは意味がほとんどない。

 

「今度また稽古をつけてやるわ」

「え……もう後は最後の戦いだけだし、それが終わったら必要ないんじゃ……」

 終わったら、戦う機会など一切ないと言ってもいいだろう。

 少なくとも、鍛錬が必要なほどのことは。

 

「たるんでるわよ! 日ごろの鍛錬が精神を引き締めるの! アンタはただでさえ情けないんだからそれぐらいしないと駄目なのよ」

「そういう、もんなのかな……」

「そういうものなのよ」

「じゃあ、少し、頼もうかな」

 僕みたいな人間は、精神を引き締めておいた方が良いだろう。

「ええ、頼まれるわ。そして戦友として、最後の戦い、背中預けるわよ」

「うん、任せてくれ」

「神に成ったからって朝陽が情けないのは変わらないんだから、どんと私にも背中は任せなさいよ」

「頼りにしてる」

「当然よ。私は昔から鍛錬を続けた戦士よ。戦いで頼りにされなければ話にならないわ」

 

「夏凛は強くて、かっこいいな」

 いつも夏凛は、気高いと思う。

「……戦士なんだから当たり前よ!」

 彼女の頬は、少し頬が赤らんでいるように見えた。

 

 

 

「友奈、話を――」

 ガッ。

 つま先に硬い感触。

 バランスが崩れる。

 前につんのめり倒れていく。

 目の前に友奈。

 

 なんてベタな……!

 ここで躓くとか、ゴミでも落ちていたのか。

 それとも河川敷だし石か。

 

 違う。そんなことはいいんだ。

 僕は、このままだとテンプレよろしく友奈に倒れ込んで押し倒してしまい、みたいなラッキースケベ展開に突入してしまう。

 いや、嬉しくはあるんだけれども。ワザとじゃないという免罪符もある。

 けれどやっぱり、誠実に対応したいんだ。

 清い関係を僕は望む。

 だからこれは駄目だ。

 といっても、走馬灯の様に思考していても身体はどうすることも出来ず。

 ただ倒れていくのみだ。

 僕は友奈に覆いかぶさる形に――

 

「おっと。朝陽くん大丈夫?」

 ならなかった。

 友奈の反応は素早く、僕の胸に右腕を当て体重を支え、倒れ込むのを防いだ。

 ラッキースケベ殺し、だと……!?

「問題ないよ……」

 天然でイベントを潰すとは、末恐ろしいな。

 なんの末なのかは知らないけど。

 

「ならよかった――ん? この感触は何だろう?」

「え、感触?」

 友奈が触れているのは、僕の胸の部分。

 その部分の制服には、胸ポケットがある。

 胸ポケットには僕は何を入れていたか。

「あ、これのことかな」

 友奈から離れて、僕はポケットの中に入っている物を出した。

「あ! それって」

「うん。友奈の家に初めて行った時に貰ったあの(しおり)だよ」

 キノコの。

「わあ、まだ持っててくれてたんだね」

 花開くように友奈は笑顔になった。

「いつもここに入れて持ってたさ。御守り替わりみたいなもんだよ」

「肌身離さず持っていてくれるなんて、嬉しいなあ」

「友奈は押し花が好きなんだなあ」

 僕も自分の趣味にはかなりの熱意を持っていると自負できるから、その気持ちは解る。

「それもあるけど……――――」

 頬を少し赤らめながら言う友奈だが、後半は小さすぎて聞こえなかった。

 ちなみに僕は難聴ではない。本当に、小声というものは全くもって聞き取りづらいものなんだ。

「贅沢を言うと、普通に花の押し花も欲しいなって思ったり思わなかったり」

「なら今度、一緒にお花摘みに行こうよ!」

 満面の笑顔。

 …………。

 

「うん。でもそのセリフは駄目だと思うよ」

 トイレ的な意味で。

「ん……?」

 僕の言ってることの意味がすぐには理解できずに思考している様子。

 そして気づいたのか、はっ、と顔を真っ赤に染め。

「あ、私なに言ってるんだろう……」

 数秒の沈黙。

「でもでも、そういう意味じゃなくって!」

「うん、わかってる。花が咲いているところに押し花の花を摘むために行くのは、僕も一緒に行きたいな。花は、嫌いじゃないしね」

 趣味を合わせてるとかじゃなくて、素直に花は綺麗だと思う。

 凄く興味があるわけではないけれど、興味が無いわけでもない。普通のちょっと上ぐらいだ。

 

「なら、全部終わったら今度行こう。ふ、二人で……」

「うん。僕も行きたい」

 そんな時が訪れるように、下を向いたりせず、前を向いて進むんだ。

 

「朝陽くん。神様になったからって、一人で背負わないでね。朝陽くんは朝陽くんなんだから。みんなで頑張って、なんとかしよう」

「ありがとう。問題ないさ、わかってる」

「諦めないで、みんなで全部全部、終わらせよう」

「うん。諦めないよ」

「諦めなければ、きっと――ううん、絶対になんとかなるよ」

 微笑みを浮かべて、言葉を連ねてくる。

「朝陽くんは、弱いところもあるかもしれないけど、ちゃんと強いところもあるね」

「それ、さっき東郷さんにも同じようなこと言われたなあ」

「そっか。私も言うけど、朝陽くんのその行動に起こせる勇気は、強さなんだよ」

 

「勇気は、強さ……」

 勇気、か。

 僕には、そんなものがあったのか。

「うん。強さで、一つの才能。だから、胸を張って前を見ればいいんだよ」

「……ありがとう」

 弱くて、絶対に強くは成れないと思っていた。

 それでも前に進みたくて、行動し続けた。

 それ自体が強さだったなんて、考えもしていなかった。

 気づけたことに、感謝する。

 

「だから朝陽くんは、勇気の神様だね」

「え?」

「だから、勇気の神様」

「いや、聞こえてなかったわけじゃなくて、なんでその、名前?」

 僕には荷が勝ちすぎる大層な名称だ。

 何より言っちゃ悪いけどダサい。

「朝陽くんは勇気をもって前に進めるとこが良いところなんだから、ピッタリの神様だと思ったんだ」

「ピッタリって……」

「ちょうど今度の演劇の役的にも合ってるし、朝陽くんは朝陽くんだけど、神様としてのいい名前だと私は思うんだけどな」

「う、うん。まあ、好きにして」

 笑顔で友奈が言うものだから、そのぐらい別にいいかと考えた。

 全然、僕には相応しくない名前だと思いはするけれど。

 

「この先どんなことがあっても、私はずっと、一緒にいるからね」

 

 頬を赤く朱く染めて、とびっきりの笑顔だった。

 完全に夕方になった今の視界では、それが本当に赤く染まっているのかどうかは、定かではなかったけれど。

 さっき、銀にも似たようなことを言われた。

 本当に、君たちは――

「優しいんだね」

 物凄く。

 こんなにもいい子を、守りたいと思った。

 もっともっと、際限なく好きになる。

 

「ううん」

 けれど僕の言葉に友奈は、寂しいような、安堵したような感情を湛えた表情をした。

 僕は、何かを間違ったのだろうか。

 

「朝陽くん、秋の花だと、コスモスとかがいいんだよ。あと、アゲラタム、ウメモドキ、菊、キンモクセイ、シュウカイドウ、スイバ、センニチコウ、ゼラニウム、タマスダレ、ナデシコ、ネジバナ、ホトトギス、ワレモコウ――さつまいもにも、ちゃんと花はあるんだよ?」

「う、うん」

 

 今は九月、確かに秋だけど。

 すごい勢いで色んな花の名前を挙げられたが、一気過ぎて頭に入らなかった。

 頬を朱に染めながら何かを期待するような瞳を向けられているような気がするが、わからない。

 多分気がするだけだろう。

 そうじゃなかったとしても、判らない。

 誰かが僕なんかのことを異性的に好きになるなんてありえないと思うし。

 勘違いして今の関係を壊したくない。

 今のこの優しいぬるま湯が、心地いいんだ。

  

 やがて数十秒が経ち。

「と、とにかく今度、押し花のお花取りに行こうねっ」

 そう友奈が言ってきたので、僕もその流れに乗った。

「うん。必ず」

「絶対、だからねっ」

「わかってる」

 

 そうして奇妙な雰囲気のまま、会話は終わりを告げた。

 

 

 




 友奈の言った花の名前、それぞれの花言葉は花一つにつき、色によっても意味が変わり複数ありますが、一つだけそれぞれ挙げると、
 コスモスは「乙女の愛情」、アゲラタムは「幸せを得る」、ウメモドキは「深い愛情」、菊は「私はあなたを愛する」、キンモクセイは「初恋」、シュウカイドウは「片思い」、スイバは「愛情」、センニチコウは「変わらぬ愛」、ゼラニウムは「君ありて幸福」、タマスダレは「期待」、ナデシコは「大胆」、ネジバナは「思慕」、ホトトギスは「秘めた思い」、ワレモコウは「変化」、さつまいもは「乙女の純情」となっております。


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五十七話 現人神の力

 次の日。

 学校は、いつも通りに何の問題も無く全ての授業を終えた。

 そうして、放課後。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 いつもの、どこの学校にも存在するであろうチャイム。

 学校中に響き渡る。

 ――と。

 

 ピロロ、リリリン。ピロロ、リリリン。

 

 不安を煽るような、電子音。

 樹海化警報が鳴り響く。

 人も時計の針も、空に漂う雲すら停止し、世界が静止する。

 

 この警報音も現象も最後か。

 これで終わりだ。

 終わらせてやる。

 皆と共に。

 

 白い光が景色の彼方から押し寄せてきて、

 ――僕の視界は、白に呑まれた。

 

 

 眩しい光に思わず瞑ってしまった目を開ける。

 世界は樹海に、変貌していた。

 皆も此処(ここ)に居る。

 

 スマホを一斉に取り出し、皆は変身し、勇者へと煌びやかに現身(げんしん)した。

 その姿は、それぞれ違わず勇ましく、気高い。

 世界を、人を守るヒーロー達の姿だ。

 

 僕も、戦う準備をする。

 右手を拳に固め、高く腕を、降り上げる。

 そしてその拳を、己の心臓の位置に叩き付ける。

 

 ドクンッ――。

 

 叩き付けた位置が、純白であり、白金(しろかね)である色合いの光を放ち出した。

 

 そして(いずる)は、純白の聖剣。

 

 心臓から顕現し、自動的に、絢爛(けんらん)な光を放ちながら抜き放たれる。

 そうして、僕の眼前に今か今かと主を待つ様に浮遊した。

 

 その聖剣は、何ものにも染まらない。

 一切の異物が無い白。

 その秘めた力は、清廉潔白な聖の力。

 不純なる魔は、僅かも混入していない。

 本物の、前までのような偽剣の魔剣とは違う、完全な聖剣。

 僕が望んでいた、正しく、護る為だけの力。

 

 聖剣を、手に取る。  

 その瞬間。僕の姿は変革される。

 白銀のコートが翻り。

 白金のマフラーを靡かせ。

 白よりも白い白髪へと変色し。

 両の瞳は白金の煌めきを持つ。

 白銀と白金の粒子が周囲を(かしず)く様に舞っている。

 人ならざる者。

 現人神(あらひとがみ)

 希望の光輝く、神々しき純白の神へと、僕は成った。

 

 その容姿は、荘厳。

 外面だけは、聖心を持ち、邪心など一欠片も存在しないかに見える純白の神。

 されど内面は、泥臭く弱い人間。

 不完全でアンバランスな存在。

 しかし秘めたる力は、これまでとは比べるのも浅はかなほど強大。

 総てを為し得る、神の力。

 この力で僕は、皆を護り、総てを、何もかも、終わらせてやる。

 辛いこと、悲しいこと、理不尽なこと。

 全部全部斬って、消滅させてやる。

 

 結局は、強大なる暴力にはより強大なる暴力で以ってしか対処が出来ない。

 それは悲しい。酷く哀しい。

 それでも、斃さなければ大切な人たちが不幸になってしまう敵がいるんだ。

 説得の余地も、引いてくれる余地も無い敵。

 だったらそんな存在、叩き潰すしかないじゃないか。

 理不尽だけを与えてくる邪魔な障害は、排除して前に進む以外はない。

 だから、前言撤回になってしまうけれど。

 この聖剣は、決して正しいものなんかではない。強大な暴力の権化だ。

 けれど、僕は護る為に敵を斃す。

 皆との日々を、まだ続けたいから。

 日常が、愛しいから。

 勝って、僕たちは帰るんだ。

 あの場所に。

 

 だから前に進み続ける。行動し続ける。

 それを勇気という強さだと、皆に教えられた。

 勇気の神だと、友奈は名前を付けてくれた。

 少々抵抗のある名前だが、悪くない。

 せっかく現人神なんてふざけた者に成ったのだから、決めておこう。

 僕は、勇気の神だ。

 

『朝陽、アタシも行く。出来るだろ?』

「…………御見通しってわけか」

『そりゃお前の中にいるからな』

「でもブランクがあると思うし、いきなりは危ないんじゃ……」

『そんなやわな鍛え方はしていなかったぞ。いいから最後ぐらい、一緒に戦わせてくれよ』

 そんな言い方されたら、断りにく過ぎるじゃないか。

「わかった……けど無理はしないでくれ」

『ああ、当然。みんなで帰らないといけないもんな』

「それならいいんだ」

 

 言って、僕は意識を集中する。

 そうして内側へ、神の力を行使する。

 僕の隣が強く光り輝く。

 光が晴れると、そこには勇者へと変身した銀が立っていた。

 紅い衣装は、どことなく夏凛の衣装に似ている。

 手に持つ剣のような二本の斧は、僕が大赦の人とやり合った時に使った斧と全く同じものだ。

 それを右の斧を順手に、左の斧を逆手に持っている。

 ただのいつもの実体化とは違う。存在としての力が今生きている人間と変わらない。

 現人神の力を使えばこれぐらいは出来るというのは自分の力であるから知っていたが、銀は二年も実戦をしていないから戦うのは控えた方が良いと思っていた。

 けれど、結局気づかれて押し切られてしまった。

 満開までは出来ないから、言ったように無理をしないことを信じるだけだ。 

 

 前を(しっか)りと向く。

 遠くの前方から、バーテックスの軍勢が出現し進行して来ていた。

 その光景は、圧巻。

 視界を埋め尽くす、異形達。

 

 十二体の、黄道十二星座全てのバーテックス。

 そして、無数の、軽く四桁は超えるであろう星屑の群れ。

 合体バーテックスがいないことは幸いだが、数は圧倒的。

 それにこれから合体しない保証もない。

 だが今していないのなら、する前に早急に斃してしまう必要がある。

 

「「「「満開」」」」

 神聖な五色の光が辺りに輝いた。

 見ると、豪腕や戦艦が視界に飛び込んできた。 

 

「な……! なんでみんな満開してるの!? 散華が――」

「これで最後でしょ、朝陽くん。だったら、全ての力を使うべきだよ。終わったら全部返ってくるんだから大丈夫」

 決然とした表情を皆はしている。

 意思は固いようだ。

 みんなも、全力ということか。

 確かに、最後なのだから持てる力は行使すべきだ。

 終わったら供物は戻ってくる。ならば代償はないも同じ。

 かといって抵抗がなくなるわけではないが、皆が決めたのなら僕がどうこう言えることじゃない。

 

「なら、必ず勝たないとね」

「「「「うん(おう)!」」」」

 皆は答え、樹ちゃんは力強く頷いた。

 

「――って今気づいたけれど銀も戦えるの?」

 東郷さんが銀を見て驚き、言った。

「ああ。朝陽の力のおかげだ」

「大丈夫なの?」 

「無理はしないように言ってあるから多分大丈夫なんじゃないかな。銀次第だけど」

 東郷さんの心配げな声に僕は応える。

「問題ないって。アタシは満開が使えないからそこまで無理は出来ない」

「……うん、そういうなら信じるわ」

 何とか東郷さんは納得したみたいだ。

 

 

「――来てるわよ!」

 風先輩が叫ぶと同時、風切り音。

 前を向くと、風先輩が大剣を振り切って星屑を一体消滅させたところだった。

 色々ごちゃごちゃとやっている内に敵はそこまでやって来ていたみたいだ。

 最後なのに締まらない。

 けど、そんなこと考えている場合じゃない。

 戦って、勝つ。それだけだ。

 

 即座に戦闘態勢に皆移行した。

 銀は斧で星屑を叩き切る。

 ブランクがあるはずなのに、その姿と身のこなしはそれを感じさせないほどに手慣れていた。

 あの調子なら銀は問題なさそうだ。

 よく考えたら、二年といってもずっと体が衰えることないまま寝ていたようなものだからあまり関係が無いのかもしれない。

 

「さて、神の力とやら。どこまであの化け物たちに通用するか試してやる」

 通用しないと困るなんてレベルではないほど窮地に立たされるが、問題ないだろう。

 溢れ出る力がそんな余裕を出させてくれる。

 何だってやってやれる気分だ。

 

 純白の聖剣を一薙ぎした。

 白閃。

 白発。

 爆白。 

 辺りが神々しき純白に包まれた。

 白の世界が元の樹海に戻ると、

 

 ――目の前の星屑が、一気に三桁ほど、一瞬で消失していた。

 

 圧倒的な神の力。

 それを今初めて本当の意味で、体感したような気がした。

 一体だけで、あれだけ殺されてなんとか一矢報いた星屑が、まるで虫けらのように消えていく。

 その力に高揚しなかったと言えば嘘になる。けれど慢心しても、力に溺れてもいけない。

 それは後に破滅を招く。

 最後なのだから、気を引き締めろ。

 

 皆も星屑共を次々と斃して行っている。

 急激な速度で星屑は数を減らしていった。

 

 東郷さんの戦艦の砲撃がサジタリウス・バーテックスを打ち抜いた。

 そのただ一撃で、サジタリウスの御霊(みたま)は砕け砂となって死を現した。

 聖剣を振り薙いだ。

 そのただ一振りで、タウラス・バーテックスとジェミニ・バーテックスは砂となって消えた。

 満開と現人神の力は、強大な化け物であるバーテックスを全く怖くない雑魚へと変えた。

 

 圧倒的に、安全に敵が排除できる。

 僕はこれが、よかったんだ。

 誰も辛い思いなんてしない。ぬるま湯。

 誰だって、傷付きたくなんて、死にたくなんてないのだから。

 僕をゲームの駒なんかにしたデウス・エクス・マキナは、不満だろうけどな。

  

 

 次々と、僕らは敵を殲滅していく。

 僕も満開時の皆みたいに空を飛ぶことも出来る。現人神に成った今ならその程度造作もない。

 容易く、調子が良い。

 これは作業だ。気を抜かずに淡々と対処していればいい。

 敵が来たら聖剣を振るだけ。

 敵に近づいて聖剣を振るだけ。

 それだけで、化け物共は死んでいく。

 

 レオ・バーテックスが――バーテックスの親玉と言える存在が砲撃を放ってきた。

 剣を一振り。

 (かすみ)の様に砲撃は消滅した。

 その後。

 刹那の間にレオの眼前へと移動する。

 超速を超えた、神速すら凌駕する(はや)さ。

 次の砲撃を撃たせる時など与えない。

 純白の制なる聖剣を振り下ろす。

 空間を白き斬光が奔った。

 荘厳なる斬撃が空間ごと切断する。

 レオ・バーテックスは、中央から真っ二つに別たれた。

 一瞬後。

 砂と成って消えていく。

 

 その後も僕たちは、易々とバーテックス共を蹴散らしていった。

 苦戦などない。

 疲れなどない。

 傷などない。

 容易な、勝ち(いくさ)

 そうして――

 

 僕たちは、全てのバーテックスと星屑を雲散霧消(うさんむしょう)させた。

 

 

 されど。

「ここからだ」

「みんな、行くわよ!」

 風先輩の言葉と共に。

 全員、前方の空に向かって飛んでいく。

 満開が出来ないことで飛べない銀は東郷さんの戦艦に一緒に乗っている。

 云わばさっきまでのは前哨戦。本の小手調べ。楽なのはここまで。 

 ここからが、正念場。

 

 樹海の隅、結界の最大距離の場所へと辿り着く。

 神樹が僕たちの目の前の結界をトンネルのように開いた。

 通れということだろう。

 

 

 ――この穴を通った先には、回避出来ない苦難が待っている。

 それは苦しくて、辛いこと。一歩間違うだけで死んでしまうかもしれない。

 それでも、進むんだ。

 どの道後戻りは出来ない。

 ここで立ち止まっても、逃げても、苦難が無い選択肢などない。

 だったら、進んで、終わらせれば後はもう何も脅威が無い道を、選ぶべきなんだ。

 この結界の穴を通って、天の神とデウス・エクス・マキナを倒す。

 それさえ出来れば、終わり。

 だから。

 動け、僕の足。

 竦んでいる場合じゃない。

 現人神の力を体感しただろ。この力さえあればなんだって打ち倒して見せられるはずだろ。

 こんなのは武者震いだ。

 この期に及んで僕は震えてなんていない。

 これはただの高揚。

 今からくそったれな神を屠る事が出来るという興奮。

 その筈だ。

 そうでなくてはいけない。

 ここまで来て震えてるなんて、まるで成長していないじゃないか。

 そんなことあってはならないんだ。

 僕は、少しは変わったはずなのだから。

 勇気を出せ。

 僕は勇気の神だろう。

 友奈がそう言ってくれたんだ。

 なら体現しないでどうする。

 勇気を持って、一歩踏み出せ。

 正しいと思って信じた行動を、止めるな。

 ただただ愚直に、進め。

 勇気だ、勇気。

 なせば大抵、なんとかなるんだ。

 だったら、やって見せろ、為して見せろ。

 諦めずに、体を動かすんだ。

 

 震えが次第に、収まってきた。

「朝陽くん」

 と、友奈の声。

 顔を上げる。

「私たちは朝陽くんを信じてる、だから朝陽くんも信じて」

 絶対の自信を持った微笑み。

「うん……」

 ここで信じられなかったら、男が廃るだろう。

 最後まで心配かけて、そんなことを言わせてしまったのだから。

 みんなをちゃんと頼るって、一人では突っ走らないって、決めたんだ。

 決めたことは、忘れてはいけない。

 辛かったら、頼る。

 全力で寄り掛かる。

 大丈夫、僕ならやれる。

 みんながいるのだから。

 一人ではない。何人も僕には心強い味方がいる。

 だったら、恐れることなど何もない。

 勇気を、失ってはいけない。

 僕は勇気の神なのだから。

 

「行こうか」

 僕は一言いい、歩き出す。

 皆も、少し遅れて歩き出す。

 ここからが本当の、最後の戦いだ。



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五十八話 天の神

 結界の外に出ると、そこはまさに地獄の世界だった。

 辺り一面は溶岩の海と化し、宙には星屑が所々で蠢いている。

 この場所が、かつては人が住んでいた場所なんて信じられない。

 悪魔の住処と言われた方がしっくりくるだろう。

 切り立つ岸壁は、草原だったのだろうか、道路だったのだろうか。

 無機質な岩肌からは、その断片すら判りはしない。

 

 これを、神がやったんだ。

 神って、なんなんだ。

 人間にとっての神って、そんなものじゃなかったはずだろ。

 もっと、人が安心できるような、素晴らしい存在じゃなかったのかよ。

 神樹は、こんなことするやつに比べたら良心的な善い神の部類だろう。

 人類を、護ってくれているのだから。

 どうしても好きには、なれないけどさ。

 

 皆も衝撃を受けていたようで、数秒沈黙する。

 けれどすぐに立ち直り。

 皆揃って、さらに上に向かって飛翔して行く。

 移動している最中、星屑は襲って来なかった。

 もう星屑程度をけしかけても、ほとんど意味を成さないと理解したのだろうか。

 着実に、天へと進んで行く。

 宇宙にすら到達しそうなほど、天に昇って行く。

 そうして――

 

 ようやく辿り着く。

 目の前には、紅く熱い太陽。

 否、ただの太陽ではない。

 

『来ましたか』

 それは、神々しき聖なる炎を身に纏う。

『戦うのでしょう? 野蛮な人の子よ』

 その身総てが焔の存在。

『終わらせますよ。ええ、終わらせます。貴方達を排除して人の時代は終わり、次の、もっと素晴らしい生命体の時代となるでしょう』

 焔の身体は、数メートルはある巨人のようで、(かお)の無い人の女性の形をしている。

『さあ、行きますよ。愚かなる人の子達』

 天の神。

 またの名を天照大神(あまてらすおおみかみ)

 外の世界を地獄へと変貌させた、人類の敵。

 

 詳しい名前は神樹から聞いた。

 聞いたところで、どうなるというものでもないけれど。

 神樹から聞いたと言えば、天の神も殺してはいけないと伝えられた。

 殺してしまったら天からの恵みが無くなってしまうかららしい。

 主に太陽の光とか。

 天の神がいなくなったら、世界は暗闇に包まれるのだと。

 だからまずは、説得する。

 聞き入れてくれなかったら、実力行使しかない。

 殺さない程度に力を消耗させ、人類を攻撃しないように確約させる。

 そんなただ殺すよりも難しいことをやってのけなければならない。

 だけど、やってやる。

 不可能ではないのなら、為して見せる。

 

 天の神は見た目通り、太陽――焔を使って来るのだろう。

 相手は神だ。

 僕も神だけれど、一筋縄ではいかないだろう。

 けれど後は、勝って帰るだけなんだ。

 絶対に、諦めない。

 

「待ってくれ。出来れば戦いたくない。人類を滅ぼそうとするのを止めてくれさえすればいいんだ」

 返答は――

 

 

 ――爆炎。

 爆音。

 (ばく)なる爆焔が、視界を埋め尽くした。

 聖なる炎の波が、押し寄せてくる。

 

 やはり、説得なんて今更か。

 何百年も前から変わらず人類の敵なんだ。

 そう簡単に意見を変えてくれる訳がない。

 それでも一言も無く攻撃とは、にべもなさすぎる。

 言葉では、届く余地が無いということか。

 だったら、望み通りに戦ってやる。

 そうして認めさせてやる。

  

 聖剣を炎に叩き付けた。

 だが炎は一瞬では消えない。

 バーテックスのように容易に切り裂けない。

 これが、神か。

 上位存在の力の凄まじさをひしひしと感じる。

 少し剣が押され、下がる。

 剣で炎を防ぐことを可能としているのは、(ひとえ)にこの聖剣のおかげだ。

 神の聖剣でなければ、為す術なく炎に呑まれていただろう。

 他の皆も、満開の武装をそれぞれ叩き付け、払い、放った。

 全員の攻撃が命中して(ようや)く、聖なる炎は消滅した。 

 

「天の神さん、攻撃を止めて! 話を聞いて!」   

「そうよ! 話ぐらい冷静にちゃんと聞いてよ!」

「攻撃はその後にもできるでしょうが!」

「意思疎通をしなければ何も始まらないでしょう!」

「アタシたちは、こんな争いをしたい訳じゃない!」

 友奈から始まり、風先輩、夏凛、東郷さん、銀とそれぞれ説得の言葉を投げかける。 皆は神の声を聴くことは出来ないが、一瞬の間すらない攻撃に返答が無かったのが解ったのだろう。

 だが――

 

五月蠅(うるさ)い。人類の事など聞くまでもなく知っています。その結果がこれということ』

 天の神は聞き入れない。

 

「その凝り固まった価値観でこっちは迷惑被ってるんだ!」

『人類の方が、迷惑を掛けているでしょう?』

 

 膨大なる火炎の海が爆生(ばくせい)される。

 朱い津波が押し寄せてくる。

 先の炎の波よりも、強力な攻撃。

 このままでは、防ぎ切るのは難しいだろう。

 

「ならこっちも、本格的に力を使うべきか」

 バーテックスは純粋な聖剣のみで簡単に斃せていた。

 けれど今戦っているのは神だ。

 今まで温存していたが、ここからは使うべきだろう。

 温存していたのは、前までと違ってこの現人神の力は借り物ではない。

 だから無限に行使することは出来ず、使える力の量には限りがある。

 解りやすく例えるならRPGのMPみたいなものだ。

 前までは、そのMPを自分ではなく別の無限貯蔵庫から引き出していたような感覚。

 デウス・エクス・マキナの力も、無限ではないだろうけれど。 

 

 自らの内へと、念じ、イメージを叩き込む。

 そうして、能力が発現する。

 やることは、今まで力を使っていた時と然程変わらない。

 されど醜悪な代償は、もう在りはしない。

 

 傅く様に漂っていた白金の粒子が、純白なる聖剣に集う。

 純白の聖剣が、さらに白く光り輝き、エネルギーが付与される。

 

 その聖剣を、真一文字に振り薙いだ。

 白き斬撃が聖剣から放たれ、広範囲に飛翔して()く。

 

 火炎の海へと真正面からぶつかり合った。

 轟音と共に白き斬撃と火炎の海は対消滅した。

 

 奴の遠距離攻撃は厄介だ。接近する必要がある。

 説得は、あの様子では今は何を言っても頑なな返事しか返ってこないだろう。

 ならば、戦うしかない。

 

 一瞬で白金の粒子を体中に行き渡らせ、疾風と成って天の神に肉薄する。

 聖剣を振り下ろした。

 だが、切り裂く感触は無い。しかし嫌な手応えなら、在る。

 天の神は、右手の平に小型の太陽を生成して、僕の聖剣をその太陽を盾の様にして防いできた。

 押せない。けれど押し返されることも無い。

 

『神に成ったばかりの人間風情が、良い気にならないことです』

 確かにこちらはつい最近人から神に変わったばかりだ。

 向こうは生まれた時から途方もない年月神をやってきている。

 格が違う。

 けれど、そんなことはどうでもいい。僕はただ、勇気をもって前に進み続けるだけだ。

 

 爆。

 聖剣と拮抗していた太陽が、爆散した。

 ただの、爆発じゃない。

 爆弾の爆発などとは比べ物にならない。

 水素爆弾を膨大な数爆発させたような、空間を揺るがす破壊の化身の如き爆発。

 数千万度の火炎が荒れ狂う。

 

 一瞬でボロ雑巾の様に吹き飛ばされた。

 しかし、大きなダメージはない。

 聖剣を楯にしたからだ。

 咄嗟に傅く粒子をエネルギーに変換させてぶつけていなかったら、危なかったけれど。

 少し肌が焦げはしたが、軽傷で済ます事が出来た。

 距離は取られてしまったが。

 吹き飛ばされながら体制を整える。

 

「「大丈夫!? 朝陽(夢河)くん?」」

「問題ないよ。今の僕はそう簡単にやられたりしないから」

 友奈と東郷さんに心配ないと返事をする。

 確かに少し痛いが、少しだ。

 この程度で根を上げる訳がない。

 上げてたまるか。

 

「天の神さんだってこんなことしたい訳じゃないでしょ! もうする必要が無いんだよ! だからちゃんと話を聞いて!」

『黙りなさい』

 友奈の声掛けを天の神は一蹴し、

 

 ――レーザーのような、炎を凝縮したものを放ってきた。

 友奈一人に向けての一点攻撃。

 それほど癇に障ったのか、聞きたくないのか。

 

 この攻撃は、速い。

 虚を突かれた友奈には対応できそうにない。

 ならば僕が、楯と成ろう。

 

 粒子を一瞬で行き渡らせ、瞬間加速でレーザーの前に出る。

 聖剣を楯とし、レーザーを受けた。

 爆発。

 炎に焼かれながら吹き飛ぶ。

 

「朝陽くん!?」

「今は無理だ。戦ってくれ」

 焼かれたが、まだまだ問題ない。

 また粒子をエネルギー化させたので直撃を食らった訳じゃない。

 身体の動きに支障はないし、熱くて痛いが、耐えられる。

 死ぬわけじゃないんだ。

 だから何も気にすることはない。

 神の力さまさまだ。

 

「――うん。そうだよね。わかった」

 友奈は一瞬の逡巡の後、本格的に戦うことを決めてくれた。

 皆も今のを見たなら解ってくれているだろう。今説得しても効果は薄いと。

 

「行くわよみんな!」

 風先輩の号令。

 一斉に、全員で天の神に飛び掛かった。

 遠、中距離の東郷さんと樹ちゃんは少し離れているが。

 銀は満開でないから近づくと危険、それを十分解っているようで斧を一本投擲していた。

 

 勇者部全員の一撃が一気に叩き込まれる。

 だが。

 風切り音。

 空を切る。

 手応えが、一切無い。

 目の前には天の神の姿が在り、今その場所に聖剣を振ったはずなのに、だ。

 

 すると。

 目の前の天の神の姿が(かすみ)の様に消滅した。

「なんだ……?」

 皆も不思議がっている様子。

 倒、した……?

 

 ――圧迫感。

 瞬間的に顕現した圧迫感に、振り仰ぐ。

 先に天の神が手の平に生成した小型の太陽よりも一回り巨大な、中型の太陽が複数、僕達を囲んでいた。

 奴はまだ倒れていない。

 囲んで攻撃したと思ったら、囲まれていた。

 まんまと敵の策に嵌められた。

 手応えが無かった天の神は、恐らく幻影かなんかだろう。

 

 全方位から僕達に向かって太陽は放たれた。

 避けることは出来ない。

 逃げ場所が無い。

 対処するしかない。

 あの太陽は強力だ。

 現人神の僕はともかく、みんなは防御出来るだろうか。

 けれど、この量を、さらに全方位となると、僕一人で対処することは出来ない。

 みんなを信じるしかない。

  

 内に念じ、傅く様に漂う白金の粒子が聖剣に纏わり付いて浸透する。

 白よりも白く煌めき輝く大剣と化させた聖剣を振り薙ぐ。

 中型太陽を二、三個爆散させた。

 皆もそれぞれ満開武装を駆使して太陽の対処に当たっている音が響く。

 そして何かが割れる音も鼓膜に届く。

 

 太陽が全て消滅し、静けさを取り戻した空間で振り返る。

 そこには、バリアが粉々になって吹き飛んだ状態のみんなが荒い息を吐いていた。

 神の力は強力。

 それは解っていたつもりだった。

 けれど、まさか満開のバリアが一瞬で全員分壊されるだなんて、考えていなかった。

 改めて神の桁外れの力を思い知る。

 こんな早くから、バリアが無くなってしまったのだから。

 

「みんな大丈夫!?」

「「「「「大丈夫」」」」」

 樹ちゃん以外の全員から一字一句違わない言葉が返ってきた。

 樹ちゃんも同じ言葉だと言うように力強く頷いていた。

 そんな様子を見たら、これ以上何かを言うのは無粋な気がした。

 それにそんな時間を天の神は与えてくれないだろう。

 

 だがここからは、一瞬の油断がみんなの命取りとなる。

 精霊のバリアが無ければその身に直接ダメージを受けるのだから。

 一緒に来たことを少し後悔した。

 けれど今更だ。来てしまったのだから、嘆いている暇があったら護れ。

 皆の決意を、無駄にするな。

 

 しかし、皆の安否を確認している間に、追撃の隙を与えてしまった。

 天の神は、本物の太陽と見紛うかのような、己の巨大な体よりもさらに巨大な焔の球体を生成した。

 破壊力が先までの攻撃より絶大であろうことは、視界に収めた瞬間から理解してしまう。

 

 聖剣で斬撃を伸ばしても、飛ばしても防ぎ切れるかどうか。

 爆散した火炎が皆に当たってしまうかもしれない。いや、その可能性が高い。

 バリアが無い今、それだけは回避しなければならない。

 全員の攻撃を命中させても、やはり被害は免れないだろう。

 だけど。

 絶対に、誰一人失わせなんてしない。

 僕が、護る。

 絶対の楯と成ろう。

 

 ――そうだ。楯だ。

 あまりにも簡単な発想だった。

 普通過ぎて、逆に今まで気づかなかった。

 太陽が、放たれた。

 

 内に念じる。イメージを叩き付ける。

 傅く様に漂っていた白金の粒子。

 そしてさらに、靡いていた純白のマフラーが弾け粒子と成る。

 膨大な量の煌めき輝く粒子が太陽と僕らの間に集まり、形を成していく。

 そうして(いずる)は、円く平たな、装飾の施された白銀。

 

 ――絶対防御の純白の楯。

 

 そんな神器を、形成した。太陽が接近するまでの刹那の間の出来事。

 攻撃は楯で防げばいい。

 そんなシンプルな発想から生まれたものだ。

 

 焔の球体が純白の楯に激突する。

 凄まじい轟音がこの地獄と化した空間に響き渡る。

 球体と楯が、攻撃と防御が(せめ)ぎ合う。

 数秒の後。

 火炎の球体は次第に威力と規模を衰えさせ、消滅した。

 純白の楯は(ひび)一つ入っていない。

 まさに絶対防御。

 護る事のみに特化した最強の楯。

 

 されど、何度も易々と使う事は出来ない。

 力の消耗が激しいからだ。

 形成できるのはあと数回ぐらいか。

 

 火炎の球体が消滅して直ぐに、皆は天の神へと攻撃を仕掛けた。

 相手が攻撃を放った直後の隙を狙ったんだ。

 

 だが、空振る。

 豪腕も砲撃もワイヤーも大剣も刀も斧も、当たらない。

 避けられているわけではない。

 先の時と同じで、幻影かと思ったがそれとも少し違う。

 陽炎(かげろう)の様に天の神の姿は揺らめいていて、距離や場所が旨く把握できないのだ。

 太陽神だから、陽炎を神格化させた能力を使えるということか。

 さっきの幻影もそれと同じ。

 神に成った今だから、同じ存在である相手の能力にそんな推測が立てられた。 

 

 しかし、どうやって攻撃を当てる?

 このままでは一向にこちらの攻撃だけ命中しない。

 一方的な展開へとなるだろう。

 

 されど、敵は待ってくれない。

 天の神は陽炎の能力を使ったまま肉薄して来た。

 距離や場所が、掴めない。

 判らない。

 これでは、どの方向に避ければいいのかすら判断できない。

 

 ――――でも。

 手が無い訳じゃない。

 

 奴は、最大限まで近づいてきた。

 僕達の、目の前まで。

 この距離まで近づかれれば、流石に場所が把握できないことはない。

 ここだ――。

 

 己の内に強く念じる。

 イメージを叩き付ける。

 

 天の神は、両掌を此方(こちら)へ向けた。

 その手の平の前が、眩い光を放った。

 

 巨大新星爆発。

 そんな天体すら破壊してしまう超威力の攻撃を、この近距離で放とうとしているのを直感した。

 

 だが僕は、既に手を打っていた。

 絶対防御の純白の楯が、天の神の目の前に、刹那の間に形成される。

 

 多大な威力を誇る一撃が、放たれた。

 楯は一瞬で罅割れ、バラバラの破片となって消失した。

 けれど新星爆発の威力はほとんど軽減され、僕達は吹き飛ばされるだけで済んだ。

 

 東郷さんの戦艦の上に僕は落ち、叩き付けられる。

「ぐっ……!」

 衝撃に呻く。

「夢河くん大丈夫!?」

「朝陽、怪我はないか!?」 

 戦艦に乗っていた東郷さんと銀が声を掛けてくる。

 

「大丈夫。僕よりもあちらさんの方がやばいんじゃないかな」

「あちらさん?」

 天の神の方を振り仰ぐ。

 

 そこには、炎の身体が部分部分に削れている天の神がいた。

 結構な傷を負っていることが一目で解る。

 どうやら旨くいったようだ。

 

 天の神は爆発を自分の目の前で起こしたんだ。自分には被害が無い前方のみに衝撃が行く攻撃だったんだろうが、そこで僕の楯が目の前に現れた。

 それによって新星爆発が跳ね返り、天の神も爆発の被害を受けた。

 あの絶対防御の楯が跡形も無く破壊されるほどの威力だったのだから、軽傷で済む訳がない。



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五十九話 神々の戦い

「そろそろ話を聞いてくれてもいいと思うんだけど」

 天の神に話しかける。

 傷を負った今なら応じてくれるかもと思った。

 しかし。

 

『まだですよ。まだ少し傷を負っただけです。この程度で負けはしません』

 どうやら、長く生きているだけあって頭が固いようだ。

 不毛な戦いを、まだ続けるつもりか。

 どっちが愚かなんだ。

「そうかい」

 だったら僕も、容赦はしない。

 殺すことはできないけれど。

 容赦なんて最初からしていなかったけれど。

 応えてくれるまで、攻撃を当ててやる。

 

 天の神は陽炎の能力を使い、距離を取った。

 追い縋って攻撃したいが、距離や場所が旨く把握できない状態で追いかけても、手痛い反撃を食らうだけだろう。

 

 そうして何もする事が出来ないまま、奴に次の攻撃に移らせてしまう。

 天の神は、無数の小型の太陽弾を生成してきた。

 空を埋め尽くしてしまいそうな量。

 恒星(こうせい)の如き漂う太陽弾は、その一つ一つが小島一つを焼き尽くしてしまうほどの威力を持っているだろう。

 この量だと、純白の楯でなければ防ぎ切れない。

 何度も発動は出来ないのに、このままでは不味い。

 楯を形成できなくなった瞬間、窮地に立たされる。

 

 されど今形成しないという選択肢はなく。

 僕は再度、絶対防御の楯を形成した。

「みんな! 楯の中心ぐらいに集まって!」

 いくら強固な楯を用いようと、防ぐ範囲から外れていたら意味が無い。

 即座に全員、楯の前に集まった。

 

 放たれる無数の小型太陽。

 降り注ぐ隕石の様に襲い来る。

 だが、その総てを純白の楯によって防ぐ。

 筈だった。

「なっ――!」

 楯の横を通りすぎて行った太陽弾が、直角にありえない軌道変更をした。

 無数に在った小型太陽の、約半数ほどが横から挟むように殺到して来る。 

 

 楯を形成している今、全力の対処が出来ない。

 能力を発動しない状態の聖剣のみだ。

 皆はバリアがもう無い。

 だが全員を護り切るなど不可能。

 

 ――信じるしかない。

 僕一人で戦っている訳じゃないんだ。

 このぐらいの攻撃、みんななら耐えきれると信じるんだ。

 みんなだって弱くはない。

 だから、信じて自分に出来ることをするしか、今やれることはないんだ。

 

 聖剣を襲い来た小型太陽に向けて薙ぐ。

 力を調整し、消滅させるのではなく弾く。

 そうして弾いた小型太陽は、別の太陽とぶつかり合い爆散して消滅した。

 皆も、どうにか小型太陽を消滅させていっている。

 だが、数が多すぎる。

 半数減っても、かなりの数だ。

 全てを対処しきるのは、無理だった。

 

 聖剣を振り下ろして消滅させた直後に、別の太陽弾が脇腹に直撃する。

 衝撃で骨が砕け、一瞬で脇腹周辺の皮膚が焼き尽くされる。

「ぐっ――ふっ――!」

 壮絶な痛み。

 神樹の試練で、痛みに慣れることはなくとも、まだ前よりも耐えられるぐらいにはなった。

 だから、これぐらい、どうってことはない。

 痛いけれど。

 涙が出そうなほど痛いけれど。

 

 また、命中した。

 体中が、痛い。

 熱いというよりも、痛い。

 

 みんなは、どうなっている?

 振り向いた。

 太陽弾が、皆にも直撃して爆発したところだった。

「そんな!?」

 バリアが無い状態であの攻撃を食らったら、ただでは済まない。

 軽傷でも済まない。

 良くて重症、悪ければ死ぬ。

 

 しかし、そのどちらにもならなかった。

 爆発の煙が晴れた頃、皆は傷を負うことなくそこにいた。

 何故?

 バリアも、元に戻っている。

 小型太陽を防いだからか罅割れたりしているが、先程までの様に全損はしていない。

 

 ――そうか。

 視界に入った状況証拠のみの推測だが、理解した。

 みんなは、満開をしたんだ。

 一度満開を解いてから、再度満開して精霊のバリアを最初の状態に戻した。

 そういうことなのだろう。

 普段ならそんな散華を大量に負う行為できなかっただろう。

 けれど今は違う。最後の戦いなのだから幾らでも満開が出来る。

 詳しく皆に聞くのは、戦闘中だから無理だが。

 終わった後にでも聞いたり聞かなかったりすればいい。

 何はともあれ――

 

 聖剣を振り薙いだ。

 小型太陽が消滅する。

 ――この攻撃は、乗り切った。

 

 小型太陽は総て無くなっていた。

 楯も壊れて既に粒子と成って四散している。

 

 しかし、満身創痍。

 みんなは、なんとか大丈夫そうだ。バリアは割れているけれど。

 だが僕は、動くのも辛い。

 戦える状態ではない。

 全身火傷を負い、骨が何本も折れている。死に体だ。

  

 されど、問題はない。

 今痛いのは問題だが、というか既に感覚が無くなってきているが。

 大局に支障はない。

 

 内に念じる。

 イメージを叩き付ける。

 傅く様に漂う白金の粒子とマフラーに戻っていた粒子が、再度弾け、身体に染み込み、効果を発揮する。

 それだけで、傷は完全に癒えた。

 粉々に折れた骨は元通りだし、肌も黒く焦げている箇所は一つも無い。

 前までは無理矢理生かされていたが、今は、自分から生きようと発動する必要がある。

 けれど、全回復魔法を何度か使えるようなものだ。

 何度も無限に使うことは出来ないが、それでも便利で強力な力だと実感する。

 

 周りに目を走らせ、状況を確認する。

 距離を取られたままでは、また遠距離から狙われるだけだ。

 投槍を使ってもいいが、あれは一直線すぎて当たらないだろう。

 斬撃を飛ばしても同じようなもの。攻撃後の隙を突かれるだけだ。

 東郷さんの戦艦の砲撃もあるが、威力面で心許ない。

 やはり何とかして接近戦に持ち込まないと。

 離れていては、分はあちらのみにある。

 多分、恐らく。

 戦略によっては遠距離でも行けるのかもしれないが、今の僕には思いつかない。

 それに接近戦の方が勝ち目があることは間違いないと思う。

 だからとにかく、接近したい。

 

 僕一人では陽炎の能力に対処できず、無理だっただろう。

 けれど、僕は一人ではないんだ。

 現人神であり、力を皆より持っている自分がどうしてもメインで戦うことになってしまうが、それでも一人ではないんだ。

 だから打てる手の幅は、無限とまでは言わないが、大きく広がっている。

 

「みんな。奴に接近したいから協力してくれ」

 皆は即座に頷いてくれた。

 そうしてすぐに行動へと移した。

 

 一斉に、空を駆ける。

 天の神は中型の太陽を五個生成して放ってきた。

 

「ここは私たちに任せて!」

 友奈がそう言葉を発すると同時に、皆は太陽に向かって飛翔した。

 ここは彼女たちに任せて僕は天の神を叩くことだけを考えていればいい。

 

 天の神へと肉薄していく。

 奴には陽炎の能力が在る。

 けど、対策を考えていない訳じゃない。

 

 己の内に念じる。どういう形で力を発現させるのか、詳しく、細かく、イメージして現人神の力へと叩き付ける。

 万能の力という部分は、前と変わっていない。

 だからコンピューターのように細かく指示を打ち込んでおけば、その通りに発現するはず。

 

 天の神の距離も場所も不鮮明で、判らない。

 けれど、この方法なら。

 

 傅く様に漂っていた白金の粒子が聖剣に纏わり付き染み込む。

 純白の聖剣が、さらに白く光り輝く。

 指示された通りの力の装飾が付与された状態へと昇華する。

 

 近づいているつもりだけれど、天の神との距離は縮まっているのか縮まっていないのかすら判らない。

 けれど、前に、天の神のいるであろう方向に向かって飛び進んではいるんだ。

 なら、策に支障はない。

 

 ――気づいた時には、体が動いていた。

 僕の真横。右に聖剣は自動的に振られた。

 遅れて気づく。

 真横には、いつの間にか天の神がいた。

 しかし僕は、聖剣に効果を付与させていた。

 

 ――敵が接近時、自動的に剣がその方向に振られるように、と。

 前にも一度やった事のある、オートカウンターだ。

 

 そうして、光り輝く聖剣は天の神へと刃を届かせ、

 ――なかった。

 敵の姿は、霞と消える。

 幻影。

 本体ではない、能力で創り出したもの。

 

 左上から、気配。

 振り仰ぐ。

 天の神が、右手の平に太陽を生成して振りかぶっていた。

 こちらが、本体。

 天の神の右手が振り下ろされる。

 

 されど、僕はこのままやられない。

 聖剣はまだ輝きを失っていないのだから。

 それは、付与された効果が続いている証。

 既に、僕が天の神を認識する前から、聖剣は動いていた。

 

 付与した効果は、二つ。

 二度のオートカウンターだ。

 一撃目は、幻影で命中しないだろうと踏んでの予防線として二度にして置いた。

 その分力を多く消費することになるが、結果としてはそれでよかった。

 天の神は予測通りに、幻影を使ってきてくれたのだから。

 

 極白(ごくはく)に輝く聖剣と、緋色に業と輝く太陽が激突する。

 神仏同士の正面からのぶつかり合い。

 大気は震撼し、衝突点から莫大な衝撃波が発生する。

 力は、拮抗。

 こちらが少し押したかと思えば、あちらに押し返される。

 一瞬でも気を緩めたら、お互い押し切られるだろう。

 でも、これは言っておきたい。

 集中力を切らさず、力も緩めず、僕は叫ぶ。

 

「神樹もそうだったが、お前らなんで自分で戦わねえんだよ!」

 神樹には、理由があったけど。

 こいつは、何かを結界で護っているわけでも、バーテックスさえ創らなければ何かを供給している訳でもない。

 ならなんで、最初から自分で人類を滅亡させなかったんだ。

 尖兵を創り出して、送り出すだけ。

 まだるっこしいじわじわとした遅々(ちち)として進まない戦略。

 まるで戦隊ものの敵組織のような。

 デウス・エクス・マキナみたいに享楽的ならともかく、天の神はそうではない筈だ。

 それにこれほどの強大な力も持っている。

 最初から本気を出していれば、人類なんて一瞬で木っ端微塵だったのではないか?

 なのに、なぜ?

 

『…………』

 天の神は何も言わない。

 鍔迫り合いをしているようなものだから、気を抜けないだけかもしれない。

 けど、僕は言葉を発する事が出来た。

 なら天の神も何かを言えない訳ではないだろう。

 言わないだけだ。

 つまり、結論は。

 

 ――迷っているんじゃないのか?

 天の神は、人類を滅ぼすことをまだ迷っている部分があった。

 だから自分から出向かず、バーテックスを送るだけだった。

 ただ慎重だっただけかもしれない。

 自分が出向いてもしもの負けてしまう可能性を嫌っただけかもしれない。

 けれど、それだったらこの無言は何だ?

 やはり迷っているということではないのか。

 僕はそう思いたい。

 その可能性に、賭けてみる。

 もしもそうだったら、説得の余地はまだ存在しているのだから。

 

 僕の横を通過する者たちの気配。

 天の神が豪腕を、砲撃を、剣斧を、赤刀を、大剣を、ワイヤーの一撃を、その身に受ける。

 六人が天の神の攻撃を凌ぎ、加勢にやって来てくれたのだ。

 

 天の神が体勢を崩したことで、鍔迫り合いは中断される。

 即座に陽炎の能力を駆使し、天の神は僕らから距離を取った。

 

「わかっただろ。僕たちは貴方を倒せる。だからもう戦いは止めよう。人類を攻撃するのを止めてくれ」

 少し柔らかめの言葉を放つ。

 攻撃を加えた後の柔らかめの言葉など、脅迫と何も変わらないだろうけれど。

 そもそも言ってる事自体が完全に脅迫だけれど。

 もっと良い言葉があったのではないか。

 それでも、天の神は迷っているはずなんだ。

 だから刺々しい言葉遣いでより印象を悪くするのもどうかと思う。

「そうだよ、こんなこと意味ないよ。だから話を聞いてください!」

 友奈達が、僕の拙い説得を繋いでくれる。

 

『戯言をほざかないでください……ワタシはまだ倒れていません』

 されどまだ、届かない。

 

 もっと消耗しないと、聞く耳持たないのか。

 ならばとことん、付き合ってやる。

 話を聞いてくれるまで、何度でも。

 内に念じる。イメージを叩き付ける。

 聖剣が光り輝く。

 

 天の神は、再度攻撃を開始して来た。

 太陽の生成。

 僕達は身構える。

 しかし、それがこちらに放たれることはなかった。

 

 天に向けて放たれる。

 僕たちの頭上。

 危険を感じ、即座に皆この場から離れようとした。

 だが。

 

 閃光。

 明滅。

 視界の混乱。

 

 轟音。

 震撼。

 爆雷。

 轟雷。

 

 宙に滞空した太陽から、(いかずち)(ほとばし)った。

 まるで天の裁きだとでもいうかのように、刹那の間に電気という暴力が襲い来る。

 この目暗ましと同時の避けるという意思すら抱く前に到達する攻撃は、容易に回避は出来ない。

 

 されど、僕は既に剣へと力の装飾を施していた。

 雷を、光を認知する前から、聖剣は動き出している。

 振り上げられる聖剣。

 神の雷へと吸い込まれるように迎撃した。

 爆散し、煙を巻き起こしながら雷はエネルギーを消失した。

 

 ――上からの、脅威の気配。

 空に滞空していた太陽が、煙を散らしながら隕石の如く落下してくる。

 不味い。

 先の様に二度のオートカウンターにしておけばよかった。

 力を使い過ぎないようにと温存を優先させてしまった結果だ。

 そうしないと後に響くと思った。

 まだ、デウス・エクス・マキナは姿を現していないのだから。

 けれど、相手は神なんだ。出し惜しみしている場合ではなかった。

 全力で、力を積極的に枯渇させるレベルで戦わなければ、後に響くどころか今やられる。

 

 内に念じる。イメージを叩き付ける。

 しかし、間に合わない。

 太陽は力を聖剣に付与する前に、墜落するだろう。

 

 砲撃が太陽へと命中する。

 豪腕が殴り付けられる。

 大剣が叩き込まれる。

 赤刀が斬り込まれる。

 ワイヤーを絡み付かせた斧が振り薙がれる。

 

 落下する太陽は、それで爆散した。

 また僕は、一人で焦ってしまった。

 一人ではないというのに。

 ミスしても補ってくれる仲間がいるんだ。

 感情に流されず、そのことを忘れるな。

 今は、思うように戦えばいいだけだ。

 

 爆散する太陽。その火の破片に雑じって、接近する強大。

 天の神が、僕の目の前まで肉薄した。

 その右手には、焔剣(えんけん)

 太陽を剣の形に固定したような、星剣(せいけん)

 剣の刀身は常に太陽フレアが起きており、爆発し続けている。

 振り下ろされる。

 

 聖剣が白よりも白く光り輝く。

 ――装飾は、永続ホーミング。

 ――あの焔剣が消滅するまで、喰らい付け。

 

 (しろ)(あか)が衝突し、交わり、荒れ狂う。

 聖剣と焔剣の剣戟。幾度となく切り結ぶ。

 爆発する太陽フレアのエネルギーは、聖剣の粒子をエネルギー化しぶつけ、相殺する。

 この剣戟は、剣士同士が魂を()ち合わせるような崇高なものじゃない。

 向こうは純粋な剣の腕、しかしこちらは能力によるごり押し。

 噛み合わず、勝つ為の力を行使し、無理矢理押し付けるだけ。

 されど敵を倒すための戦いなのだから、それでいい。

 勝てればいいのだ。

 僕は戦闘を楽しみたい訳でも、より高みへと至りたい訳でもない。

 ただ、総てを終わらせて平穏を勝ち取りたいだけだ。

 

 天の神が振り薙いだなら、聖剣も振り薙がれる。

 焔剣を振り下ろしたなら、聖剣は振り上げられる。

 振り上げられたら、振り下ろす。

 袈裟には、逆から。

 逆袈裟にも、逆から。

 何度も何度も、正確無比なカウンターが稼動する。

 

 けれど、力の消耗が激しい。

 今は互角の戦いを出来ているように見えるが、ギリギリのところを踏み止まっているだけだ。

 力が先に枯渇したら、勝てる道は極端に狭まれる。

 

 だがこれは、一対一の戦いではない。

 僕はやれることを全力でやる。

 そしてそれで足りなければ――

 

 ワイヤーが天の神の焔剣に絡みついた。

 ――誰かが補ってくれるのを信じればいい。

 

 満開の武装とはいえ、細いワイヤーではあの焔剣にすぐに切れるどころかその前に焼き尽くされてしまう。

 されど、一瞬あれば十分。

 

 一瞬の隙。そこに能力の解除と同時に白の斬撃を入り込ませた。

 天の神の胴体に聖剣が奔る。

 攻撃した後になって思ったが、殺さずに打ち負かさないといけないのに完全に殺す気の一撃を放っていた。

 神なのだからこのぐらいで死にはしないだろうけれど。

 むしろ殺す気で行かなければこちらが死にそうだ。

 

 僕の攻撃が命中したことで天の神の胴体は一部散り、削れ、怯む。

 さらに続いて皆が一斉に攻撃を叩き込む。

 豪腕が胴体に食い込み、砲撃が肩に命中し、赤刀が左腕を斬り裂き、大剣が肩に振り下ろされ、ワイヤーで絡めた斧が足に叩き付けられる。

 

 その後天の神は手の平から小爆発を起こし、僕が軽傷を負い怯み、皆がバリアで防いでいる隙に陽炎の能力も駆使して一旦下がり距離を取った。

 

 流石に天の神も消耗して来ているようで、肩で荒い息を吐いている雰囲気。

 だが戦える力はまだまだ残されているだろう。

 こちらも消耗はしているが、全然戦える。

 

『よろしい。貴方達の力は解りました。全身全霊で以って相手をしましょう。それで、終わりです』

 天の神が、そう言った。

 



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六十話 絶対の楯

 今まで全力を出していなかったとでも言いたいのか。

 僕達の力がどれほどのものか、戦闘スタイルを理解してから、対処することにしていたということか。

 最初から全ての力を使っても、相手がどんな手を使って来るか解っていなければリスクが大きい、慎重な戦法を天の神は取っていた。

 だがその様子見の間に消耗させられたのは、僕たちの利点だ。

 ここからそれがどう響いてくるかが、勝敗を左右するかもしれない。

 どう転ぼうが、負けるつもりはないが。

 今までが全力でないのなら、僕もさらに力を惜しみなく使うしかないか。

 

 内に念じる。イメージを叩き付ける。

 傅く様に漂う粒子、それが聖剣に纏わり付き、染み込み、浸透する。

 マフラーが弾け、粒子と成り僕の全身に入り込み、行き渡る。

 聖剣が月白(げっぱく)に光り輝いた。

 

 ――力の装飾は、強大なる神の斬撃。身体能力をさらに超化。戦闘技術の卓越化。 

 

 

 天の神の両手に二刀、太陽フレアを起こし続ける焔剣が握られた。

 そして、姿がぶれる。

 ぶれて、離れる。

 無数の天の神が視覚に認識される。

 つまり無数の幻影。

 さらに距離の不覚。

 

 無数の天の神が、肉薄する。襲い来る。

 されど、奴は一柱。

 どれかが本物。

 判ったところで、距離が判らない。

 だが。

 月白の刃は、天の神の焔剣を受け止めた。

 

 幻影と姿は同じであろうとも、近づけば本物の質、格というものが嫌というほど伝わる。

 普通ならその時点で判ったところで、反撃などする暇なく攻撃を受けるだろう。

 けれど僕だって、神なんだ。

 反応して見せるさ。

 現人神夢河朝陽を、なめるなよ。

 

 しかし右の刃を防げても、左の刃は防げない。

 こちらの武器は一つなのだから。

 ここが二刀流の一番厄介な所だ。

 

 けれど、問題ない。

 振り下ろされた二刀目の焔剣は、皆が防いでくれた。

 

 

『そうやって、人類はいつも争いを続けて来ました』

 天の神が、急に話し始めた。

 どういう風の吹き回しだ?

 今まで僕らの話に耳を貸さずにいたのに。

 ようやく話す気になってくれたのだろうか。

「貴方も暴力によって人類と争っているだろう」

 刃と刃が、弾かれる。

『愚かな人類を滅ぼす手段が他になかっただけです』

 再度聖剣と焔剣と満開武装がぶつかり合う。

「確かに争いはいけないが、それだったら貴方も人間と同じだ。貴方のしていることは本末転倒、意味が無い」

 今までよりもさらに大規模の、焔剣の刀身、太陽フレアの爆発。

 粒子をエネルギーとして爆発させ、相殺する。

『けれど人類が存在する限り争いも無くなりません』

 切り結ぶ。

「考えが極端すぎるんだよ」

 火炎と粒子が荒れ狂う。

『ならばどうすれば争いが無くなりますか』

 皆のバリアが砕かれる。即座に再度満開をした。

「争いは無くならないかもしれない。けど人間だって馬鹿じゃない。いつかはもっと良くなるはずだ。過ちを犯しても、それから学んで、きっといつかは」

 白と(あか)が、交じり弾く。

『もう待ってなどいられません。昔から何千年と見てきましたが何も変わってなどいないではないですか。人類は過ちを繰り返す。これから変わりなどしないでしょう』

 二刀の焔剣と、何合も斬り合う。

「確かに争いを繰り返す人間はいるだろう。けど、悪い人間ばかりじゃない。昔から()い人間だっていつでもいただろ」

 衝撃波、プラズマ、神の雷が縦横無尽に飛び交う。

『けれどそれでも争いは消えない』

 剣、焔、超常、周り(まわ)る。

「消えなくてもいいじゃないか。わざわざ消す事じゃない。色んな人間がいる。それでいいじゃないか」

 消耗。お互い体力は削られていく。

『それでは何も良くなどならない』

 感覚で無心で反応する。剣を振る身体を動かす。

「無理に良くする必要があるか」

 天の神の剣技はかなり卓越している。人では到達できない場所に至っているだろう。だが僕も能力で剣技なら頂点に近い、それに七対一だ。負ける訳がない。そう思いたい。

『ある。神として、より良い世界に導くのは当然です』

 剣戟。剣閃。交戦。抗戦。

「どうやら話し合っても無駄なようだね」

 魂の、信念の、想いのぶつかり合い。されど分かり合うことはない。少なくとも僕は。

『そうです、認めさせたいのならワタシを打ち負かして見せて下さい。そうしたら後少しだけ信じてもいいですよ』

 聖剣、焔剣、雷、豪腕、砲撃、赤刀、大剣、ワイヤー、剣斧、入り乱れる。

「結局、戦うことになるんだな」

 月白(げっぱく)の聖剣と(あか)の焔剣が斬撃を交わす。

 

「天の神さん、絶対になんとかして見せるから、安心して待っていて、そのための勇者部なんだから」

「そうよ、今は昔よりも道徳が大切にされている。授業にも多く採用されている。前より少しずつ変わっているのだから」

 友奈と東郷さんが僕の言葉から話している内容を察して天の神に言う。

 

『ならば、これを凌いで見せなさい』

 天の神もかなり消耗して来ているように見える。力ももうすぐ枯渇するはず。

 これが最大の一撃になるだろう。

 

 刹那の間に両の焔剣が白色光を蓄える。

 刀身の太陽フレアが一度総て治まる。

 一瞬静寂、訪れ。

 爆縮。

 圧縮。

 太陽フレアの宇宙規模の爆発が圧縮され、絶大なる神域の力が創造される。

 その力は、惑星を容易く破壊し得る一撃。

 コロナプラズマは数億万、いや数兆万度に加熱されている。

 数万キロの爆発を何倍にも圧縮した、破壊という概念が埋め尽くした神の一撃。

 正しく天照(太陽の神)の名を持つに相応しい具現。 

 二刀の焔剣が、振り下ろされる。

 

 されど僕も、黙って見ていた訳じゃない。

 現人神の力を、発動する準備を整えていた。

 刹那の(とき)

 

 ――創成せよ――

 

 白の城が、具像する。

 

 絶対防御の月白の楯。

 

 月白色に煌めく円く巨大な楯の形成。

 全力で内から力を引き出し、吸い出し、絞り出して創造した最硬の楯。

 総ての暴力を跳ね除ける、絶対の護り。

 加減などしない。

 したら一瞬で蒸発させられてしまうだろう。

 だから僕の総てで以って、貴方を倒す。

 斃すではなく、倒す。

 これで、最後だ。

 

 破壊の焔剣と、最硬の月白楯が衝突。

 爆縮されていた焔剣のエネルギーの開放。

 衝撃波。

 辺りに散る。

 神域の力を持たない、借りない者なら、一寸で塵のように霧散してしまう暴力的な衝撃。

 荒れ狂い、有れ狂う。

 

 直ぐに、決着は訪れる。

 時間など必要ない。必要とされない。

 力が衝突した瞬間から、結果は既に決まっているのだから。

 結論。

 

 僕は、打ち勝った。

 

 天の神が、後方に吹き飛ぶ。

 焔剣は、消失。

 月楯は、健在。

 

 されど、天の神は多大なる傷は負っていない。

 全く負っていない訳ではないが、軽減されている。

 先の二の舞にならないように、何らかの対策をしていたのか。

 

 ――けれど、これで終わりだ。

 僕は、一人ではないのだから。

 

 吹き飛ばされた天の神に、六人の勇者が追い縋る。

 天の神は、とても力を行使出来る状態にない。

 

 空色の砲撃が八門、放射され狙い違わず命中する。

 

 純赤の六刀が、火炎の体を斬り刻む。

 

 大木の大剣が、押し潰すように振り下ろされる。

 

 萌葱色(もえぎいろ)の鋭きワイヤーが、絡み切る。

 

 鈍色の勇ましき剣斧が、螺旋を描き叩き下ろされる。

 

「勇者パアアアアアアアアンチッッ!!!!」

 白桜色の豪腕が、引き絞られ、裂帛の気合と共に加速し、殴り付けられる。

 

 

『――――――――――ッ」

 天の神は、(くずお)れ、宙に膝を突いた。

 決定的な一撃を与えることに、成功したと確信する。

 疲弊し、もう立てないだろう。

 

「これで、いいか……? 凌いだぞ。勝ったぞ」

『はい……そうですね』

 一間。一呼吸。

『信じても、よいのでしょうか……これほどまでの強く良く善く好い思いを感じたのは初めてです。負けるというのも、初めてです…………』

 (かお)の無い顔を上げ、天の神は言葉を続ける。

『もしかしたら、貴方達なら……特に、そこの六人なら――――――――』

 刹那。

 

 

『フハハッ――好い見世物だったぞ』

 嫌で(いや)(いや)だと思うべき不快な声が、脳に響いた。

 



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六十一話 魔王

 ――っ!?

 なんだ?

 聞いたことのない、不快な声。

 声というよりも、意思そのまま。

 反する、相容れない存在だと、一瞬で理解する。

 正体に至り、確信する。

「ここで、くるのか……!」

 アイツは。

 

 天の神が、中心から黒く染まって行く。

 (あか)が、漆黒に浸食される。

 まるで、乗っ取るかのように。

 融合を為していく。

 そうして、渦巻き、凝固し。

 完全に、黒に染まる。

 

 姿の変貌。

 全身漆黒に包まれた、異様。

 巨大さは、天の神と変わらず数メートルの巨人。しかし。

 黒い太陽の様に黒く昏く燃え盛り。

 悪魔のような二本の捻じれた傲角(ごうかく)

 巨大な、禍々しくも雄々しい悪魔のような羽。

 伝説に在る竜のような、泰然と揺られている尻尾。

 異様を威容と魅せる、烏羽色(からすばいろ)のマント。

 強靭な二本の足で宙に立ち、その四肢から伸びる爪は鋭利。

 死肉のような赤の、両の瞳。

 その姿は正に、『魔王』という名が相応しい暗闇。

 

 総てを仕組んだ張本人。

 僕にとっての宿敵。

 絶対に存在を認めてはならない相手。

 

『魔王らしいであろう? やはりラスボスはこうでなくてはな』

 得意げに言うクソゴミクズ神。

「おいお前」

『ん?』

「デウス・エクス・マキナだな?」

『その通りだ。道化よ』

「そうかい…………そうかいそうかい」

 ぶっ殺す。

 

 けれど先走って突っ込んではいけない。

 さすがにそれぐらいは学んでいる。

 

「確かに魔王ってゆーか悪魔ってゆーか、そんな感じだな」

「あれが、朝陽くんにひどいことした神……」

「禍々しくて、凄く嫌な感じがするわ。けど、許せない。絶対に倒さないと」

「これは天の神よりも強いかもしれないわね。でも、これで本当に最後よ」

「そう、あと一回勝てばいいのよ」

 銀の暢気な言葉から始まり、友奈、東郷さん、風先輩、夏凛と口を開く。

 最後にこくこくと頷く樹ちゃん。

 

「そんな姿をしていたなんてね。通りで非道なことも平気でする奴だと納得したよ」

『いや? この姿はついさっき創り上げたものだが。ラスボスらしさを演出したのだよ。普段のワレは形など無い不定形だ。それでどうだ? 正に「悪」であろう?』

 なんだ、こいつ。

 楽しむような、嘲笑うような、巫山戯(ふざけ)た口調。

 こんな奴が神とか世界終わってんな。

 僕が神な時点でもう終わってるかもしれないけれど。

 というか既に四国以外は終わってたなそういえば。

 

「なぜそんな姿をする? 意味は? 意図は?」

 奴が答える理由なんてないだろうけど、思わず口から出た。

『ラスボスとは、第二形態があるものだろう? だから天照というラスボスの第二形態として登場したまでだ。ゲームのようにやられてはやらないがな』

 しかしわざわざデウス・エクス・マキナは答えた。本当に何を考えているのか。

 前々から思っていたがデウス・エクス・マキナは長い。デウスでいい。

 むしろクソ神でいい。

 

「お前、なにがしたいんだ」

『最後の最後まで順調に話を進ませ、終わり間近で全てを破壊し強制的に終焉へと導く。それがワレの目的!』

 そういえば、神樹がデウスは享楽的な神と言っていたな。

 まさかこれほどそのまんまだとは想像していなかったけれど。

「天の神は無事なのか? 合意ではなく無理矢理に見えたけど。まさか消したとか言わないよな?」

 少し焦りながら聞く。

 天の神がいなくなったら、色々と不味い。

『いや? 死んではおらんよ。融合した。傷を負い力を消耗した天照を乗っ取っただけだ』

「何のメリットがあるんだよ」

『だ か ら! その方が真のラスボスっぽいであろう?』

 

 ぽいってなんだよぽいって。

 神のくせにお前はどっかの艦隊か。それともぴょんぴょんしてんのか。

 そんな理由で人――ではないけど意思ある存在の身体乗っ取って良いと思ってんのかよ。

 イカれてる。とても解り合えるものではないし、分かりたくもない。

 神ってこんな奴ばっか。

 神すら生み出す創造神とやらがもしいたら、そいつは馬鹿だ。真正の馬鹿だ。

 もしくは性格がボロい針金よりも捻じ曲がっている。

 

「もういい。お前みたいな奴と話しても無駄だ」

 一呼吸。吸って吐く。

 これで、本当の本当に、最後だ。

 なら、あと少しだけ頑張れるはずだろう? 勇気の神。

 

「みんな、行こう。ここで、全員で、終わらせる」

 皆の返事が耳に届くか届かないかの内に、僕はもう動き出していた。

 力は結構消耗している方だ。

 天の神と戦う前の五割くらいには。

 けれど神の力は膨大。五割とはいえ元が多いからまだまだ戦闘に支障はない。

 一回の戦闘分の力なら、残っているはず。

 だがデウスは天の神よりも強いだろう。

 元がどっちが強いとかは知らないが、天の神の身体と融合を果たしたのなら、単純計算で神二柱分の力を持っていることになる。

 ならば出し惜しみなどしない。最初から全力で行かせてもらう。

 

 内に念じる。イメージを叩き付ける。

 聖剣が白よりも白い光を纏――

 

「……っ!!」

 背中に衝撃。

 速度を増し、吹き飛ばされる。

 デウスは、前方にいたはず。

 何が起きたのか、何をされたのか、解らない。

 食らい合い増殖だけを繰り返していた星屑の群れに頭から突っ込んだ。

 視界が(いや)な白一色。

 

「きゃあっ!!」

 見えないところで、みんなの声。

 僕みたいに吹き飛ばされたのか?

 

『もう少し話させてくれてもよいだろうに。折角の終章なのだぞ?』

 上の方から脳に伝わってくる、腐海の様に不快な声。

 言葉からして今のはデウスにやられたことは間違いないだろう。

 しかしどうやって?

 

 星屑共を聖剣の一薙ぎで消滅させて、体勢を整え見上げる。

 自らは絶対者だと言わんばかりに悠然とデウスは宙に佇んでいた。

 動きが読めない。次にどう行動してくるか分からない。

 それよりもみんなだ。辺りを見る。

 皆は少し距離がある前方にいた。

 大きな外傷は見当たらないが、というか遠くて良く見えないけど、大丈夫そうではある。

 多分だけど。そう思いたい。

 

 もしかして、僕達は、手加減されたのか?

 僕も防御していた訳でもないのに怪我なんてないし、みんなも怪我はなさそう。

 あんな奴に、僕は手加減されたのか。

 くそっ……。

 

「話ってなんだよ……何を話したいんだよ」

 思考も何も読めない相手だ。

 話をしたいというのなら、話させてやろう。そこから隙を窺う、見つけ出す。

 

『何でもよいぞ。何を話したい?』

 は?

「お前が話したいって言ったんだろうが!」

『それはそうだなフハハハ。で? 何を話したい?』

 このクソ神が。

「死ね」

『嫌だが?』

「なんなんだよ!」

 ふざけやがって。

『フハハハ』

「殺す」

 聖剣を構えた。

『話はさせてくれないのか?』

「お、ま、え、が、ふざけた応対するからだろ!!」

 

「朝陽くん落ち着いて!」

 頭に血が上っていた僕は、いつの間にか近くにいた友奈の声で黙った。

 神相手だと、どうしても感情が制御できずに刺々しくなってしまうが、デウスはさらに気にくわない性格をしている。

 そのせいで冷静さを欠いてしまったが、友奈が引き戻してくれた。

 あのままだったらいいように感情を誘導されていただろう。

 そしてそのままなんらかの策に嵌められていたかもしれない。

 奴のからかいに乗るな。

 冷静、冷静にやるべきことをやれ。

 

「ありがとう友奈。僕は大丈夫だ」

「うん。しっかりね」

 一間開けて。

 

「なら聞くが、なぜあの時、力をお前に、記憶を僕に戻した?」

 河川敷の下で倒れた時のことだ。

『ん? ああ、あれか。劇のシーンの一環だよ』

「は?」

 待て、冷静だ冷静。

 深呼吸。

 

「劇? シーン? ちょっと、いやかなり分からない」

『分からないのか!? この程度のことが!!?? プフーーーーww道化よwwお前頭悪すぎwwww』

 ぷっつん。

「ぶっ殺すぞオラァ!! なめてんのかこのクソ神が!!」

 馬鹿にしやがって! 正面から話せよ! 斜に構えて見下して適当に応対しやがって!

 一歩間違えば死ぬ緊張感とか、色々吹っ飛んで訳が分からなくなった。

 

「朝陽くん!」

「夢河くん!」

「「「朝陽!」」」

 

「――は。あ……ごめん、みんな」

 即冷静さなんて壊されてしまった。

 落ち着け馬鹿。なにやってんだ。

 僕はここまで沸点低くなかったはずなんだけれど。

 

「何を言われたのか知らないけど、とりあえずアイツの口車に乗るのは止めなさい。気にすることじゃないわ。ましてや敵の言うことよ」

「そう、ですね……」

 風先輩の言うことはもっともだ。 

 気にしない。気にするな。

 デウスは敵だ。

 出てくる言葉なんて(すべ)て総て一蹴しろ。

 反感ではなく、ただただ一蹴。

 

「それより天の神さんはどうなったの?」

 東郷さんが聞いてきた。

 そういえば神と話せるのは僕だけなんだから情報の共有をしないといけないのを忘れていた。

 普通に神と話していると、ついみんなも話を全部把握しているものだと錯覚してしまうことがある。  

 

 デウスを警戒しながら、奴から聞いた、今は乗っ取られて融合しているということを皆に伝えた。

 

「つまり、天の神さんを殺さずにあの神を倒す方法を探さないと、このままだと何も手が打てないということね」

「そう、だね」

 そうだった。

 方法なんて考えずに、デウスを斃すことだけ考えていた。

 しっかりしろ僕。

 最後くらい、しっかりやれ。

 勇気の神なんだろう?

 だったら、体現して見せろ。大言して魅せろ。

 僕は、なにがあっても、とりあえず、やりたいことはやる。為すべきことは、為す。 今やりたいことは、デウスを斃し、天の神を救出し、この不毛な戦いを終わらせることだ。

 そして第一に、みんなを護ることだ。

 他は良いから、とりあえずそれだけは為せ。

 良くないこともあるけど、とにかく今はそれをやれ。

 

 だが天の神の救出は、どうやれば出来る?

 融合しているんだ、そうそう簡単に切り離すことなど不可能。

 デウスが自分からしない限りは、難しい。

 

 ――難しい?

 何故、僕はそう思った?

 難しいではなく、不可能だろう。

 なのに、僕は自然と、難しいと思った。

 

 つまり、簡単ではないが、出来なくはないと思ったということ。

 

 出来るのか? そんなこと?

 でも、そんな気がした。

 現人神の直感とか、そういうのなのかもしれない。

 自分の力のことは、感覚レベルで理解しているのかもしれない。

 生まれつき体の動かし方を知っているのと同じように。

 とにかく、可能ならば、やるとしよう。

 

 大言して、魅せろ。

「とりあえず方法なら、僕が何とかするよ。みんなはアイツを斃すことに集中して欲――――」

 

『――そろそろ終わったかあ? 待ちくたびれてしまうのだがフハハハ』

 

 気だけはデウスの方に配って警戒していたが、ここで水を差されるとは思っていなかった。

 いやむしろ、アイツならそういうタイミングで声を掛けるのか。

「どうも……待っててくれて嬉しいよ。涙が出るくらいにね」

 話は終わってないけれど。

『そうか! なら泣け! 鳴け! ()け! (わめ)け!』

 うっっっっっっっっっっぜえ!

 平常心、平常心。

「でも話はまだ終わってなかったんだよなあ」

『そうか、なら終われ!』

「お前が終わらせたんだよ」

『そう! ワレは終わらせる者! フハハハ』

「はははは」

『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ』

 もうこいつとコミュニケーション取るのやめようかな。

 

 そうだ、ここは戦場なんだ。

 死地。死ぬかもしれない血生臭い場だ。

 なのに、デウスはそれを相手に感じさせない。

 意味の無い会話に相手を引き込む。

 これは奴の作戦なのだろうか。

 好き勝手やってるようにしか見えないけれど。

 

「――つまり、天の神さんのことは夢河くんがなんとかするってことでいいのかな?」

 僕が言いかけていた言葉を途中までの部分で――と言ってもほとんど伝えることは出来ていたと思うけど――理解してくれたのか東郷さんが確認して来た。

「あ、うん……」  

「なら、私たちは気にせず戦えばいいんだね」

「うん。そうだよ」

 友奈の言葉に、僕は断言する。

 失敗など考えない。

 そんなのは失敗した時でいいのだから。

「それじゃあやりますか! 天の神を救出してアレを倒して終わりよ」

 風先輩がそう締めた。

 

『なあ』

 あ?

 

 衝戟(しょうげき)

 回転。

 凄まじい痛み。

 瞬時に消失。

 吹き飛ぶ。

 血を撒き散らしながら。骨や内臓を落としながら。

 潰れた果実の様に、無残に堕ちる。

 

 内に念じる。イメージを叩き付ける。

 粒子が体中に浸透し、全快する。 

 即座に吹き飛ぶ体を静止させた。

 僕の数メートル下は、溶岩が蠢く様に流れていた。  

 危なかった。

 後少し遅ければ溶岩に突っ込んでいた。 

 

 デウスを見上げる。

 みんなは見当たらない。

 警戒はしていた。気を配っていた。

 なのに、反応できなかった。

 不意ではなかったというのに。

 来た瞬間に聖剣を叩き付けてやろうと考えながら話していたというのに。

 奴の動きが、分からなかった。

 

『なに? 敵の前で会話とかなめてんの? さすがのワレも何度も待たぬぞ?』

「黙れよクソ野郎……」

 それでも共有しなきゃいけない情報があるんだ。

 

『だが今のワレは魔王。王というからには少しは寛容であらんとな。(むし)ろ感謝もしよう。ありがとう! 褒美に死をくれてやろう』

「ふざけるな!」

『い、や、だ、な! フハハハ!』

 もう、なんなんだ。

 一向に話が進まない。

 奴との会話は無意味だとさっき解ったはずなのに。

 気づけばまた相手にしている。

 ペースに乗るな。自分のするべきことだけ覚えてろ。

 

『本当にふざけてなどいないぞ? 偽りなく感謝はしているからな』

「は? なんでお前が僕に感謝するんだよ」

『するさ。ワレの敷いたレールの上を順調に運行してくれて感謝する! 面白いように確りと望み通りに動いてくれたぞ。実際に面白かったがな。フハハハハ!』

「ああ、そう。死ね」

 あくまで心は乱さない。

 アイツは劇の監督気取りの変人(変神)だ。

 変なやつの言うことに、真正面から受け止めるのは無駄だ。

 

 ――と。

 みんなの姿が、視界の向こうに映った。

 無事だったようだ。

 合流しようと宙を駆ける。

 

『まあ、そろそろいい加減、始めるとするか。ずっとこのままでは退屈だしな』

 魔王の薄ら寒い、そんな言葉が脳に伝わった。

 



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六十二話 二人へ届け

 ゾクッ――――――

 悪寒が奔った。

 警鐘が煩く叩き鳴らされる。

 警笛が荒々しく吹き鳴らされる。

 

 闇。

 闇が視えた。

 それは闇黒。

 闇黒の、粒子。

 

 気づいた時。何時の間にか。

 デウスが目の前にいた。

 漆黒の光に染まった魔王の右手が、振り下ろされる。

 聖剣を振り上げたい。

 されど、不可。

 身体が動く前に、デウスの魔手は僕に届く。

 斬撃。

 受けた傷は惨劇。

 黒き爪に裂かれた僕の身体は、血を噴出させながら人形のように力無く倒れ行く。

 

 ――内に念じる。イメージを叩き付ける。

 全回復魔法と言える現象を起こした。

 そして、それでは終わらせない。

 今の状態のままでは即座に殺される。

 

 さらに施す力の装飾。

 ――速く疾く、今までよりももっと速く。デウスに対抗できるほどの速度。そして、デウスの攻撃に対抗できるほどの破壊力を聖剣に。

 白金の粒子をふんだんに消費する。

 

 現人神だって、神なんだ。

 相手が神二柱分とはいえ、いつまでもやられたままでたまるか。

 

 身体を起こすと共に月白(げっぱく)に煌めく聖剣を振り上げた。

 再度振り下ろされる漆黒の爪と聖剣が激突する。

 力は拮抗……やや押され気味。

 

『ほう? 楽しませてみろよ?』

 剣と爪が弾き合う。

 その後何度も切り結ぶ。

 やはり全体的に押され気味。

 

 ワイヤーがデウスの左腕に絡まる。

 友奈、風先輩、夏凛がそれぞれの武器を振りかぶりながら肉薄した。

 その間もデウスの右手は僕と交戦したままだ。

 魔王の左腕が、闇黒色に輝く。爪が黒の光刃と化す。

 その黒は、ワイヤーをも侵した。

 縛られているにも拘らずデウスは左腕を飛び掛かってきた三人に向かって薙ぐ。  

 バリアを割られながら三人は吹き飛ぶ。

 ワイヤーもその攻撃で千切られた。 

 そのままデウスは左腕を切り返し、右手と渡り合うのに精一杯だった僕に漆黒の爪が命中する。

 腹を裂かれ、僕も吹き飛ばされる。

 回復。

 腸が垂れていた腹は元に戻る。

 

『あれ? あれあれ? ワレを殺すのではなかったのか?』

 端的に言うと強い。

 むかつくことを言って来るが、強いことに変わりはない。

 どうすれば対抗できる?

 解答なんて、考えている暇もない。

 ならばシンプルに、単純に。

 数だ。

 

 でも、出来るか?

 それよりも、彼女をまた戦いの場に出してしまっていいのか。

 しかし、僕は全力で頼ると決めた。

 だが、彼女には頼れなどと言われていない。その場合はただの迷惑でしかないだろう。

 助けたいと一度だけは言われたけれど。

 でもそれはその時のことで、今ではない。

 なら、頼るのはいけないのでは?

 

 デウスの体から暗黒色の粒子が溢れ出す。

 総てを呑み込み、事象を変革する力。

 僕の前の力の、母体となる能力。

 一応今の力の、元でもあるのか。

 こんな奴の力と同じだなんて、認めたくないけれど。

 

 僕は勇気の神という現人神だ。こんな邪神なんかではない。

 まだまだ抵抗のある名前ではあるが。

 

 闇黒の粒子がデウスの両手に纏わり付き、発光し、定着する。

 漆黒の凶爪(きょうそう)と化した。

 視界からデウスが、消失する。

 

 後ろに聖剣を振った。

 鋭い爪に受け止められた。

 デウスは一瞬で僕の後ろに回っていたのだ。

 だが流れるような動作で左の爪がこちらに向けて薙がれる。

 そのスピードは、この世に例えられるものなど無いほどの速さ。

 だけど。

 

「う、おおおおおおっ!!?」

 右の爪と押し合いながら体を少し無理をして倒し、何とか避けることに成功する。

 身体擦れ擦れを鋭き漆黒の凶爪が通り過ぎ、風に煽られる。

 

 そうして視界の端に移る、三人の姿。

 一瞬の隙を見抜いて、デウスの背に向けて友奈、風先輩、夏凛がそれぞれの武器を繰り出す。

 されど、簡単に攻撃を通らせてくれる魔王ではなかった。

 

 (しな)る竜の如き尾。

 魔王を打ち取ろうとした勇者達を、風を切って放たれた鞭のような一撃で弾き飛ばす。

 バリアの割れる音と共に三人は吹き飛ばされた。

 結局、さっきとほとんど同じ流れだ。 

 

 腹に、途轍もない衝撃。

 

「か――はっ……!」

 身体が、くの字に折られる。

 魔王の黒き強靭な足が、僕の腹に食い込んだ。

 杭のように、足先の爪が腹を裂き突き刺さる。

 肺の空気が全て吐き出される。

 胃液と血が逆流し、吐血した。

 そのまま蹴り飛ばされる。

 

 東郷さんの砲撃が放たれた音が聞こえた。

 だが、命中した爆発音は聞こえない。

 当たらなかったのか。

 避けられたのか。

 全員で掛かって、これなのか。 

 

 錐揉(きりも)みしながら風圧に翻弄される。

 痛ってえ……。

 手に爪が在るのなら、足にも当然、人の体など瞬時に(むくろ)と化させる事の出来る鋭い爪がある。それは解っていた。

 闇黒色の粒子で強化されていない部分だったとはいえ、警戒はしていた。

 それでもこのざまだけれど。

 けれど、まだ回復を使う時じゃない。

 ここで使っては、力の無駄遣いだ。

 吐血したし、腹から血は出ている。

 でも、今の僕はただの人間じゃない。

 これぐらいで死ねるか。耐えれるだろ。いや耐えろ。

 痛いのは、嫌だけれど。

 本当にやばくなったら、即使うけれど。

 力が枯渇して負けるのは、もっと嫌なんだ。

 

 痛みに耐えながら体制を整える。

 骨が折れていないことを祈るしかない。

 多分、ギリギリ折れていないと思うけど。

 

『弱い! 弱すぎるぞ道化と勇者達よ! もっと強いはずだろう? そこを叩き潰すのが良いというのに!』

「うるさいぞこの異常者」

 

『もっと本気出せ。やはり何か切っ掛けが必要か?』

 僕はさっきから本気だ。

 命が掛かっているのに本気にならない奴なんているわけないだろうが。

 

『ならば話そう。ワレの与えていた力に人を殺す代償が在ったであろう?』

「……それが、どうした?」

 思い出したくもないこと。

 されど、忘れてもいけないこと。

 僕は背負っていかなければいけないのだから。

 

『その代償な、実はワレが殺していただけであって、代償でも何でもないのだよ』

「――え」

 そんな、馬鹿な。

「本当、なのか……?」

 

『本当だ』

 

「…………お前のことだ。どうせ嘘なんだろ?」

『いや? 嘘ではないぞ? これを知れば希望が湧くだろう? だからそれで本気を出してもらおうと思ってな』

「本当に、本当なのか?」

『嘘を吐いてなんになる? 道化に本気を出してもらわねばならないのだぞ』

 

 本当、なんだ……。

 ちゃんとした理由があるのならば、嘘ではないのだろう。

 僕は、背負わなくてもいいのか?

 もっと、楽に生きれるのか?

 希望の光が、見えた気がした。

 安堵の息を吐く。

 僕は、この戦いが終わっても終わらない償いの道を歩まなくてもいい。

 なら、今前方に存在する魔王に打ち勝てば、僕はみんなと楽しく、何を気にすることも無く生きて行ける。

 背負って生きて行くつもりではあった。終わらない償いの道を歩む覚悟は出来てはいた。

 けれど、その重荷が無くなると分かると、やはり嬉しく思ってしまう。

 辛いのなんて、誰だって嫌だから。

 僕は――――

 

 

 

 

『――ま、嘘なんだがな。フハハハハハハ!』

 

 は?

 脳が理解を遅らす。

 心が信じることを拒む。

 けれど次第に解っていく。

 分かりたくない。

 

『善良な一般人が道化の所為で無残に苦しみながら死んだのは本当のことだぞ。真実だ。紛れもなく変わらない事実だ。フハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

 嘘。

 嘘、嘘、嘘、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘うそうそウソ。

 

『ねえ? どんな気持ち? 今どんな気持ちだ道化よ? フハッ!』

 

「――貴様あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 …………っ。

 平常心、冷静。

 ――――無理だッ!

 

 デウスに向かって疾駆(しっく)する。

 風を追い越し、一秒と経たず。

 目の前まで肉薄した。

 こいつは動かない。

 なら。

 

 今すぐぶっ殺してやる。

 

 全ての白金の粒子を、聖剣の刀身のみに集める。

 纏わり、染み込み、浸透し、直視できないほど月白色に強く輝く。

 今出せる、最強の一撃だ。

 現人神の力を攻撃の一点に特化させ創り上げた。

 

 死ね。悪神が。

 

 月白の聖剣を、全身全霊を以って振り下ろした。

 

 空振った。

 

 避けられた。

 容易に、簡単に、児戯だと言わんばかりに。

 身体を少し逸らしただけの動きで、回避された。

 聖剣の斬撃は何にも届かず。

 ただ空しく空を切って――空間を断裂させた。

 

『ん?』

 破壊された空間は、世界の復元力によって修正される。

 その時に、何が起こるか。

 

 ブラックホールのような、周囲に在るもの全てを巻き込んだ吸い込み。

 その余波の、何ものをも破壊する衝撃波。

 

 意図的ではなかったが、僕ごと巻き込んで、そんな現象が起きる。

 筈だった。

 

 闇黒色の粒子が、刹那の間にデウスの身体から溢れ出し。

 断裂した空間に殺到し、眩く光り輝いた。

 その光が治まった時には。

 空間の断裂は影も形も無くなっていた。

 

「朝陽(夢河)(くん)!!」

 友奈達の叫ぶ声。

 

 腹に違和感。

「ごふっ…………」

 血を大量に吐き出した。

 震える頭をゆっくりと動かし、下方を見る。

 

 デウスの右手が、僕の腹を貫いていた。

 

『今のは危なかったぞ道化。容易に避けて講釈の一つでも垂れてやろうかと思っていたが、予測より強力な一撃であった。だが――』

 右手が無造作に振られ、放り投げられた。

 腹と口から血を撒き散らしながら吹き飛ぶ。

『ワレには、届かなかったな』

 ちく……しょ、う……。

 

 意識が…………。

 乱暴に、重力に逆らえずに吹き飛んでいると。

 背中に、クッションがぶつかるような感覚。

 その後、柔らかい感触。

 身体に回される両腕。

 

 僕は友奈に、抱き留められていた。

 

「朝陽くん、死んじゃだめだよっ」

 今にも涙が溢れ出そうな顔で言う友奈。

「死な、ない……よ。これ、ぐらいでは、僕は、死ねない……」

 意識が飛びそうになるのを胆力を総動員して耐えながら、内に念じる。

 イメージを魂に叩き付ける。

 

 僕の周囲に漂う白金の粒子が身体に染み込み全身に浸透し。

 傷は総て、癒えた。

 腹に空いた穴は元通りの綺麗な状態に戻っている。

 無くなった血も十分な量、体中を行き交っている。

 

「これで大丈夫だ」

 体を起こしながら僕は言った。

「どこも痛くない?」

 だけどまだ友奈は心配げな顔。

「全く」

 だから僕は、余裕だ平気だと示すように、拳を胸に当てた。

「ならいいんだけど……」

 少しは安心してくれたのか友奈は微笑した。

 集まってきた皆にも、大丈夫だと示すように身体を大きく振った。

 

 酷くやられて少し冷静になった。

 友奈の心配そうな顔をまた見てしまった影響の方が大きいかもしれないけれど。

 今は怒りに翻弄されている場合じゃない。

 切り替えだ切り替え。

 元々罪を背負う覚悟も、終わらない償いの道を歩む決意も済んでいたことなのだから。

 今更だ。今更解放されようだなんて、考えてはいけない。 

 

 

『それで? 道化よ、いつまでも待ってくれてると思うなよ。どうやってワレを倒すのだ? 早く覚醒しろよ。お前主人公が良いんだろ?』

 待ってくれるだなんて甘えたことは考えていなかったけど。

 デウスへ向けていた意識は一秒とて外してはいない。

 

 けれど、先のように迷っている場合ではないのかもしれない。

「だったら、魅せてやるよ。僕たちの力を」

 僕は銀の方を向く。

「銀! ちょっと体(いじく)るけどいいかな!」

「ええっ!? なんでだ!?」

「覚醒してみないかって聞いてる!」

「オーケーだ!」

 

 即答した銀に向けて、そして、もう一人の仲間に向けて意識を集中する。

 やってみなくてはやれる確証なんてなかったけれど。やれる気がするんだ。

 いや、絶対に為せ。

 失敗など考えるな。

 現人神の力は強大なんだ。何せ神の力だ。

 荒唐無稽な、ありえない無茶苦茶を起こしてやる。

 覚醒って、そういうもんだろう?

 恰好よくて、相手にとっては理不尽で。

 それでいて最高の希望に溢れた、必然の奇跡。

 今の僕になら、それぐらい出来る。

 むしろ出来なければ可笑しい。

 なせば大抵なんとかなる。

 なんとか、してみせる!

 

「さあ! 来てくれ、園子! そして二人とも、満開だ!」



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六十三話 狂なる魔王

 現人神の力を惜しげもなく使い、能力を発現させる粒子をどこまでもどこまでも遠くへと届ける。

 空間を超え、越え。()え。()え。

 それはその者の魂にまで辿り着き、現象を発現させる。

 

 眩き荘厳。

 傍らに二つの強大。

 光の柱が立ち上る。

 

 その光の中から新成する、二人の勇者。

 可憐ながら、死の淵へと踏み込むことを恐れない勇ましさを持つ者達。

 

 一人は、全身を鈍色(にびいろ)の甲冑で覆った重装兵。

 されど巫女ともとれる布や装飾も散見される乙女。

 両の手には幅広の、重厚な楯――いや、斧。

 楯の如き斧。

 何ものをも通さず己が前に出るという意思を具現した姿。

 

 楯の装甲騎士。

 

 彼女――三ノ輪銀は満開を果たし、その身を堅牢な鎧と化した。

 

 

 そしてもう一人。

 彼女は黒み掛かった紫の、巫女のような戦闘装束に身を包み。

 失った体の補助をする装飾が、全身に巻き付き浮遊している姿。

 その手に持つは、自在の槍。

 

 精工で頑強な作りの柄。

 けれど何よりも目を引くのが、その穂先。

 攻撃のために不可欠な刃は、柄から分離し、されど根本では繋がっていると確信する凝固。

 そして刃は一つではない。

 何十と従者の如く漂う刃。

 ひとたび命令されれば精密な動きで敵を斬り、突き、鮮血で濡らす修羅の剣鬼。

 精密技巧の自在槍。

 

 それを持ち操るのは、絹のような茶色の長髪を靡かせる可憐な少女。

 彼女――乃木園子は、遠くの空間から請われ呼応し、満開を果たして現れた。

 

 

 僕が先刻考えた策。

 しかし策なんてほど、高尚ではない単純。

 

 七人で無理なら、八人で戦えばいい。

 

 誰でも思い付く、それこそ小さな子供でも思い至れるシンプル。

 さらに銀も、まともにやり合えるほどに戦力強化。

 百人力と言える。

 

「園子、ごめん……君を戦いの場にまた引きずり出してしまった」

 園子は過去に何度も満開し、体が動かなくなるまで散華し戦った。

 そうして二年間、不自由な生活を送ってきた。

 もう十分傷付いて、苦しんだんだ。

 それは他の皆も同じようなものかもしれないけど、皆には頼ってと言われた。でも園子には言われていない。

 こうしないと活路が見出せなかったとはいえ、申し訳ない気持ちは拭えない。

 

「ううん」

 それでも園子は、首を振った。

「私も、みんなを護りたいから。もう、誰も失いたくなんてないから、戦えるのなら、喜んで望むよ。だからこそゆめゆめの呼び出しにも答えたんだしね」

 そう言って力強く微笑んだ。

 ならば僕がそれを否定することなどできない。したくない。

「ありがとう」

 ただそれだけ伝えて、一緒に戦ってもらう。

 

『フハハハハハハハハッ! それがお前の覚醒か』

「ああ、そうだよ。僕はみんなの力を借りる。そうして前に進むんだ』

『ハンッ』

 鼻で笑われた。

『期待外れだぞ道化よ。もっと独りよがりで孤独で強い最強フォームに成れよ』

「僕は十分独りよがりだよ」

『――――違いない』

 

 闇黒の粒子が、デウスの体中から溢れた。

 両の腕に集中し、漆黒の凶爪(きょうそう)と化す。

 姿が、ぶれる。

 高速移動。

 神速移動。

 目で、追えはする。

 しかし、だからといって簡単に対応できるかは別問題。

 

 左斜め前方。

 そこから()る、黒き爪。

 輝く聖剣を振り上げ、受ける。

 金属質な衝突音。

 重い。

 腕が痺れる。

 

 左手の凶爪が繰り出される。

 またまた同じ流れ。

 このままいけば、また押し負ける。

 けれど。

 

 重く鈍い衝突音。

 揺れる銀色の(ふさ)

 煌めく鈍色の甲冑。

 

 銀が二本の楯斧(じゅんふ)を楯とし、凶爪を防いでいた。

「これぐらい余裕余裕! 案外神ってのもたいしたことないな」

 不敵な笑みを見せ、実際余裕ばかりではないだろうが危なげなく楯で受けている銀。

 

 そうして背後から迫る剣鬼。

 園子の操る槍の穂先が数十、魔王の背中へと殺到し、届く。

 切り刻まれるマント。羽。刃が背中に突き刺さる。

 

 ――怯んだ。

 その隙が生じると同時に。

 五人は動く。

 

 豪腕が、砲撃が、赤刀が、大剣が、ワイヤーが。

 殴る、命中する、斬り込まれる、叩き下ろされる、斬り裂く。

 

 ――僕達はここで、(ようや)く魔王に傷を負わせることに成功した。

 一人では到底かなわなかった。七人でも無理だった。けれど八人でなら。 

   

 暗黒色の粒子が溢れ、デウスの姿が消失する。

 気づいた時には、奴は距離を取った前方にいた。

 

『フム。なるほど。確かに弱くはない。なら、これはどうだ?』

 溢れる。溢れる溢れる。

 噴水のように溢れる漆黒。

 粒子が、デウスの両手、さらに両足、尾、二本の捻じれた角にまで纏わり浸透する。

 

 ――動いた。

 放たれるは、竜尾の一撃。鞭の様に横を一閃する。

 月白に輝く聖剣を、

「アタシに任せろっ!」

 銀の声に剣を振ろうとする手を止める。

 

 前に出る装甲騎士。

 二枚の楯を絶対と信頼し、魔竜の尾を受け止める。

 

 ここから先の行動。

 僕は、頭に思い描く。

 みんなが、そう行動すると、疑いも無く信じることにした。

 だから僕は、そうなった時だけを考え、動き出す。

 

 唸る右手。

 その凶爪を、六本の赤刀を持つ夏凛が受け、剣戟を開始する。

 翻る左手。

 その恐爪(きょうそう)に、大樹の如き大剣が叩き付けられ、風先輩が鍔迫り合いを始める。

 迫る右足。

 その蹴撃(しゅうげき)を、萌葱色(もえぎいろ)の煌めくワイヤーを操る樹ちゃんが、絡めとる。

 (まわ)る左足。

 その業撃(ごうげき)を、空色の砲撃を放つ東郷さんが、連続で命中させ動きを封じる。

 突進する捻じれた傲角(ごうかく)

 その傲撃(ごうげき)に、白桜色の豪腕が勢いよく殴り付けられ、突進が止まる。

 全ての攻撃を止められ、全身で暴れようと蠢動した魔王。

 その身体に、園子が操る数十の剣鬼が突き刺さる。

 

 ――道は開けた。 

 

 魔王の胸前へと肉薄する。

 手に持つ月白色に光り(ひか)る聖剣。

 その煌めく刃の切っ先を、斃すべき敵へと向ける。

 されどまだ、殺してはいけない。

 天の神を救出しなければならない。

 殺さずに、動けないほどの傷を負わせる。

 殺しはしないが、殺すつもりで。

 矛盾を孕んだ一撃を、この悪辣なる魔王へと届かせる。

 

 聖剣を、突き出した。

 胸へと届く一瞬。

 発光する刃を、粒子を送ってさらに強く強く光り輝かせる。

 

 そうして刃は。

 黒き強靭な砲弾をも跳ね返すであろう胸の中心へと、貫き入り込み。

 根元まで魔王の体内へと達し、その役目を全うした。

 

 

 ――――静寂。

「……終わった?」

 誰かがそんな言葉を漏らした。

 動かない魔王を見上げる。

 赤の瞳は、生気が宿っているようには見えない。

 最初からこいつにそんなもの在ったかどうかは忘れたけれど。

 

 ……そうだ。そんなことより今は天の神を助――――――

 生気の亡い赤の瞳が、黒く暗く、瞬き煌めき、闇に輝いた。

 

 悪寒が全身を駆け巡り、魂をも震わせる。

 やばい。不味い。逃げろ。

 そう思った時には、既に遅かった。

 

 突き、貫き、切り裂く刃。

 漆黒の刃。

 僕の全身は、蹂躙された。

 

 倒れ、宙から墜ち行く。

 血を撒き散らし、意識を繋ぎ止めながら念じる。

 回復するイメージを、叩き付ける。

 傷は治り、回復は成った。

 

 重力に逆らい体勢を立て直し、見上げる。

 皆は刃を精霊のバリアで防いだのか傷はない。

 再度満開をする破目にはなったかもしれないが。

 

 いや。それよりも。それよりも。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッッ!!!!』

 

 咆哮。

 魔王の咆哮が轟く。

 

 デウスは――魔王は、その姿が変貌している。

 数メートルの巨躯は、その体積を何倍にも膨れ上がらせ。

 全身から漆黒の刃を無数に生やし。

 その瞳は黒く輝いている。

 黒き巨城。

 地獄の山脈。

 まさに蹂躙する絶対者。魔王。

 

 ――第三形態。

 そんな単語が、脳裏に浮かんだ。

 

 その異様は、先の咆哮は、とても正気であるとは思えない。

 正気というよりも、意識。意思。

 そんな感情というものが全く感じられない。

 いや、意思なら一つだけ確実に在るか。

 

 僕達を必ず殺すという殺意。

 

 それしかない。

 それ以外奴には無い。

 それ自体凶暴。

 

 意識無き暴力は、何となるか。

 獣。

 獣だ。漆黒の獣。

 従獄(じゅうごく)凶獣(きょうじゅう)

 そんな存在が、今、解き放たれる。

 

『■■■■ッ!』

 消えた。

 されどそう見えるだけ。

 その筈。

 

 漆黒の剣閃が閃く。

 渦を巻き、刃の嵐と成って蹂躙する。

 

 精霊のバリア。

 割れる音。割れる音。

 割れる。割れる。割れる。割れる。

 

 皆の、七人の精霊のバリアは、一瞬にして粉微塵に砕けた。 

 

 意味が解らない。

 馬鹿げている。

 何が起きている。

 ふざけんな。

 さっきまでの流れ、勝つとこだっただろ。

 あのまま倒して、終わりだっただろ。

 なぜこんな―― 

 

 背中に衝撃。痛撃。裂斬。寧ろ全身。

「――っ――ぁっ――」

 痛みに喘ぎながら落ちていく。

 だが耐えながら、内に念じる,イメージを叩き付ける。

 全回復。

 粒子に包まれ、浸透する。

 為せた。

 まだ、戦えるんだ。

 体制を整え――――

 

 消失。

 消滅。

 無くなる。

 亡くなる。

 消える。力。

 

 変身が、解けた。

 消える白。

 コートもマフラーも聖剣も、ない。

 髪も瞳も平凡な黒へと戻る。

 

 何故。

 なぜ?

 答えはすぐに出た。

 知っていた。

 理解できない訳が無かった。

 自分の力のことなのだから。

 

 力の枯渇。

 現人神の力を行使するエネルギー残量が無くなった。

 MPが底を着いた。

 あれだけ豪快に、無遠慮に、惜しみなく使いまくっていたのだ。当然の結果と言える。

 それでもこんな時に、力が無くならなくてもいいじゃないか。

 

 ふざけるな。ふざけんな。ふざけんな。ふざけんな。

 なんでだよ! 今戦えないと駄目なんだよ。

 最後なんだ。これが終われば、やっと平穏が訪れるんだ。

 なのに、ここで終わるなんて、許せない。納得できない。

 誰でもいい、力をくれ。

 貸すでもいい。とにかく奴を倒せる力を。

 みんなか。みんなに任せればいいのか?

 でも、バリアが一瞬で粉々にされるほどの相手だ。

 もっと強い力が必要なんじゃないのか。

 どうすればいい。

 どうすれば、この状況を打開できる。

 

 僕はただただ、普通の人と成り果てた肉体は重力に逆らえず、自由落下していくだけ。

 何もできずに、落ちていく。墜ちていく。堕ちていく。

 

『■■■■■■ッ!』

 狂獣の咆哮。

 風を切り刻みながら進行する恐ろしき獣。

 

 僕は、まだ終わりたくない。

 終わりたくないんだ。

 やめてくれ。終わらせないでくれ。

 前に進まなくてはならないんだ。

 こんなところで立ち止まってなんていられないんだ。

 だから。

 だからっ…………。

 

「力を……」

 身体は漆黒の刃に蹂躙され、四散し、霧散し、原型など残らなかった。



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六十四話 勇者、合体。

「朝陽くん!」

 

 彼の姿は、もう見えない。

 けど、朝陽くんが死んでしまうなんて、ありえない。

 朝陽くんは、勇気の神様なんだから。

 そんな神様が、こんなところで居なくなっていい訳がない。

 彼は、ここから進んで行けるというのに。その道を絶つなんて誰にも許されない。

 

 ――――でも、本当のところ、素直な唯一だけを言ってしまえば。

 ただただ大好きな人に、居なくなってほしくない。

 離れたくない。

 一緒に、楽しく過ごしていきたい。

 そんな穏やかな日々をみんなと、朝陽くんと。

 だから。

 こんなところで誰か一人でも、欠けていいはずなんかないんだ。

 

「朝陽くん!!」

 

 どんな力でもいい。

 神樹様でも、天の神様でも、勇者の何かでも。なんでもいいから。

 朝陽くんを助けるために、届いて。

 

 祈り。願い。強い想い。

 勇者の力。真の勇者の力。

 集まり。集い。意味を成す。

 

「朝陽(夢河)(くん)(ゆめゆめ)!!!!」

  

 どんな方法でもいい。

 だから、朝陽くんを助けて。

 

 

 

 ――朝陽くん――

 ――夢河くん――

 ――朝陽――

 ――朝陽――

 ――朝陽――

 ――ゆめゆめ――

 ――朝陽さん――

 

 みんなの声が、聞こえた気がした。

 聞こえるというよりも、伝わってくるような。そんな感覚。

 僕は死んだのではないのか?

 視界は真っ暗だ。何も見えない。

 完全に体は、細切れを通り越して飛散したはずだ。

 多分。

 そもそも僕からは確認する前に意識が落ちた。

 全部感覚だ。

 だからもしかしたら僕は生きているのかもしれない。

 それとも意識だけ?

 

 …………っ。

 なにか、良く解らない力が入り込んできているような感じがする。

 けれど、不快ではなく暖かく、力強いもの。

 しかし、今の自分の状態が、分からない。

 いや、まて、分かるかもしれない。

 僕は、全知全能とまではいわないが、神だ。一応神だ。

 そんな存在が、自分の身体の事ぐらい分からなくてどうする。

 意識を集中させろ。

 分かろうと考えろ。

 そうすれば、分かるはず。知れるはず。

 

 …………。

 ――――――。

 そうか。

 僕は今、魂と精神だけの状態か。

 肉体はデウスに壊された。

 でも、僕は今意識があるし完全に死んだわけではない。

 それに、流れ込んでいた力。

 これは神樹の、勇者の力だ。

 

 ――まだ、出来ることは在る。

 やれる。やってみせる。

 そう、どんなに突拍子もないことだろうと。

 どんなにありえないことだろうと、為して見せられるのが、僕の現人神としての力のはずだ。

 万能の能力。

 そう言うのなら、万能だと豪語するのなら。

 ありえないぶっ飛んだ凄いこと、起こす事ぐらいやってから言え。

 それぐらい、容易くはなくとも、やってやれないことはないと。

 証明して魅せろ。

 

 意識を、枯渇した力の代わりに流れ込んできた勇者の力に向ける。

 

 ――巨大化した敵は、どうやって倒すと思う?

 誰に問うわけでもなく、戯言を思う。

 ――そう、合体ロボだ。

 戦隊特撮に必ず在ると言っていいアレ。

 今から成るのは、ロボではないけれど。

 

 みんな、僕に力を、貸してくれ。

 全力で、頼る。

 どこまでもどこまでも。やれるはずだ。

 僕は、僕たちはここまで来たんだ。やれないはずがない。

 みんながいる、まだ負けていない。

 絞り出せ。循環させろ。全てに総てを、行き渡らせろ。

 ひとつに、ヒトツに、一つに。

 肉体を、魂を、一つに。

 究極の、絶対の、一へと。

 万能、万象、現象、発現。

 融合。合体。力の集結。

 ――暗闇に、光が差した。

 

 

 視界が、戻る。

 地獄へと変貌させられた、溶岩だらけの世界が眼下に見える。

 そして前方には、漆黒の刃を生やした悪しき獣、デウス。

 

 僕は、みんなの魂を文字通り一つにした。

 存在を一つにしたことで、みんなで、八人で一人の存在へと成った。

 その効果で力が全員分行き交い、現人神の力がまた戻ってくる。

 勇者部の力全てが一つに凝縮された。勇者の神。

 そんな、僕が考え得る究極。

 

 その姿は、傅く様に漂っていた粒子が無いということ以外は、現人神の時の僕と今は変わらない。

 桜、水色、赤、緑、黄、鈍色、黒紫、白。

 八色の輝きに包まれているということ以外は。

 

『えっ? え? これどうなってるの?』

『な、なにがどうなって……』

『だ、誰か説明してよ!』

『でも、なんだか暖かいです』

『そうだね、ポカポカしてるね』

『こんな訳の分からないこと出来るのは、朝陽?』

『朝陽! 分かってるなら説明してくれ!』

 友奈、東郷さん、夏凛、樹ちゃん、園子、風先輩、銀と順番に脳内で喋り出す。

 肉声で話している訳ではないから、樹ちゃんの言葉もしっかり伝わってくる。

 

『簡単に言えば僕ら八人は合体した。そんで凄く強くなった』

『『『『『『『はぁ?』』』』』』』

『そう言いたくなるのも分かるけど、内に意識を向けてみてくれ。そうすれば自然と解るはず』

 

 

『■■■■■■■■■■ッッ!』

 魔王が咆哮を上げ、動き出した。

 螺旋を描き、風を切り刻みながら暴虐の嵐は向かって来る。

 その速度は、凄まじい。

 だけど、今の僕達なら視認できないことはない。

 

「銀! ここは頼む!」

 ここは銀の能力が適任だと判断した。

『ああもう! 分からないけど判ったよ! とにかくやってみる!』

「銀ならやれるはずだ」

『当たり前だろ!』

 

 姿の、変格。

 夢河朝陽の姿から、三ノ輪銀の姿へと。

 鈍色の装甲騎士は両の楯斧を前に突き出す。

 その楯へと正面から衝突する魔王。

 以前までならここで防ぎ切れずに吹き飛ばされていただろう。

 けれど、八人の力が集束した今なら。

 最大限、現人神の力で高められた勇者の能力は、その力を神域へと届かせている。

 楯へ掛かる重量へ耐え、腕が痺れながらも、数メートル後退するにとどまった。

 魔王の勢いも、今この瞬間には止まっている。

 

 再び夢河朝陽の姿へと戻り、聖剣を振り下ろす。

 その刃は、魔王へと命中し、斬り裂いた。

『■■ッ』

 魔王の呻き声。

 その後一瞬で暴風と成り、デウスは後方へと距離を取った。

 だけど。

「逃がすか――――東郷さん!」

『わかったわ!』

 ここは遠距離のエキスパートである東郷さんに任せる。

 

 再度、姿の変格。

 夢河朝陽から、東郷美森の姿へと。

 搭乗する戦艦は、砲口総てをデウスへと向ける。

 相手は暴風の如く移動し続けている。それを狙い撃ちするのは至難の業。

 されど放たれる空色の砲撃。

『■■ッ』

 ()き声。

 狙い違わず、縦横無尽に飛行する魔王に命中させた。

 東郷さんなら、偏差射撃などお手の物だろう。

 奴の動きが視える今なら、それは可能な域だ。 

 

 撃墜後、怒り狂った獣のように、デウスは漆黒の刃を煌めかせて接近してくる。 

 対抗する準備をしようと思った瞬時。

 デウスの体から暗黒色の粒子が溢れた。

 消失する魔王。

 気配の断絶。

 奴の居場所が、分からない。

 気配を探っても、完全な断絶を果たした魔王の気配は、(つゆ)ほども感知することは不可能。

 ――刹那の時、気配の現れ。

 左後ろ。

 その方向に聖剣を振る。

 空振った。

 時間差攻撃だ。奴は一瞬急停止した。

 剣を切り返そうとする。

 しかし、目の前まで迫っている漆黒の刃。

 

 姿の、変格。

 夢河朝陽から、犬吠埼樹へと。

 これは僕の意思ではない。自然、樹ちゃんからだ。

 ワイヤーがデウスの腕に、体に、全身に絡みつく。

 デウスの動きは、それで止まり、僕たちに刃が届くことは無かった。

 そして。

 

 姿の、変格。

 犬吠埼樹から、犬吠埼風へと。

 大剣を即座に巨大化させ、拘束が解けた瞬間のデウスへと叩き下ろす。

 超重量の攻撃力を誇る大樹のような大剣の一撃を、真正面からデウスは食らった。

 漆黒の刃が、一本ほど千切れ飛んだ。

 

 暗黒色の粒子が、溢れる。

 溢れて、纏わり、全身暗黒色の粒子に包まれるデウス。

 刹那の後、消失。

『ここは私に任せなさい!』

 

 姿の、変格。

 犬吠埼風から、三好夏凛へと。

 刹那の間の瞬間移動を続け、総ての方向から襲い来る魔王。

 その漆黒の刃を、赤の刃で受ける、受ける、受ける。

 四本の巨大な赤刀と、二本の赤刀を華麗に操り、縦横無尽の刹那の剣線に対抗する戦士。

 その姿は、長年修行を続けて来た力強さ、技術の高さ、絶対の自信が窺える。

 赤と黒の剣戟。

 繰り返され、反り返され、剣返される。

 暫く続いた剣戟。

 赤の刃が漆黒の刃を跳ね上げ、黒の肉体に刀をめり込ませたことで、一瞬止まる。

 

 姿の、変格。

 三好夏凛から、結城友奈へと。

「勇者パアアアアアンチッ!」

 一瞬止まったデウスへと、白桜色の豪腕が加速され、繰り出される。

 魔王のどてっぱらへと拳を殴り付け、めり込ませ、吹き飛ばす。

 

 姿の、変格。

 結城友奈から、乃木園子へと。

 自在槍の穂先。

 その数十の剣鬼達を操り、吹き飛んだデウスへと差し向ける。

 体勢を整える暇など与えない。

 剣鬼達で魔王を囲み、全方向から突き、斬り付け、抉り荒らす。

 

『■■■■ッッ■■■■ッ!』

 呻き、喘ぎ、暴れ、咆哮する魔王。

 

 その間にも肉薄する園子(僕達)

 移動しながらも、穂先たちの精密な操作を実行できる園子は、相当な器用さを持っているのだろう。

 

『さあ、そろそろ終わりにしようか、魔王』

 姿の、変格。

 乃木園子から、夢河朝陽へと。

 魔王の眼前へと肉薄した僕達。

 聖剣を振りかぶる。

 横へと振り抜き、魔王の首へと走らせた剣閃。

 刹那の後。

 デウスの首は胴体から離れ、暗黒色の粒子を撒き散らした。

 

 

 

「…………今度こそ、終わった……?」

『終わってないぞ?』

 ズリュリと、厭な音。

 胸から生える黒いナニカ。

 溢れる血液。

「ごはっ……」

『『『『『『『――っ』』』』』』』

 ふざけた量、吐血する。

 血の嫌な味が口中に広がる。

 痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 痛みが、増幅されている感覚。痛みという概念そのものを存在全てに刻まれているような、壮絶。

『朝陽、くん……』

『い、た……い』

『な……』

『こ、れ、ぐらい……』

『…………っ』

『い……ったいなぁ……』

『んくっ……』

 みんなの、苦しげな声が脳内に響く。

 そうか。身体が同じだから、痛みも全員感じているんだ。

 ならば、早くこの状況から脱しないと。

 意識が飛びそうなほどの痛みに耐えながら、ゆっくりと振り向いた。

 

 そこには、不定形の黒い炎が在った。

 見れば僕の胸から生えた黒いものも、不定形で揺らめいている。

 なんだ、これは……?

 

『っ……私が』

 姿の、変格。

 夢河朝陽から、乃木園子へと。

 数十の槍の穂先が黒い不定形へと殺到し、怯ませた。

 胸を貫いていた黒も外れる。

 即座にバックステップ。距離を取った。

 

『今度は僕が』

 姿の変格。

 乃木園子から、夢河朝陽へと。

 マフラーが弾け、穴の開いた胸へと補填するように集まる。

 一瞬眩い光を放った後、傷は完全に無くなっていた。

 

 顔を上げる。

 そこには、黒い炎のような、不定形。

「なんだ、その姿は」

『この姿か? 本来の形に戻っただけだ。ここまで来たらさすがに本気を出さねばいけないからな』

「さっきまで自我無くしてなかったか? なんで普通に喋ってんだよ」

『先程のは自動で発動する第三形態みたいなものだな。この姿はそれが倒された時の最後の砦と言える。ワレの本来の姿は不定形だと最初に言ったであろう?』

「つまりその状態のお前を倒せば今度こそ終わりってわけだ」

『その通りだ。だがあの姿を維持していた分の力も使える故、そう簡単ではないぞ?』

「やってみせるさ。みんなと一緒なら」

『ハンッ。ならやって魅せろ。道化が』

 

 



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六十五話 傲慢と理不尽

 消える黒。

 消えて、失せて、()けて、溶ける。

 聖剣を振り上げる。

 剣戟の様な衝突音。

 黒との交差。

 デウスは頭上に存在していた。

 目に見えないほどの速さなんてものではない。

 空間転移。ワープ。そんな類の、超越した超常。

 不定形から生えた黒い剣状のものが、聖剣と刃を打ち合わせている。

 

 姿の変格。夢河朝陽から三ノ輪銀へと。

 黒い剣状のものと打ち合わせている得物が、聖剣から右の楯斧へと変貌を遂げる。

 左の楯斧を叩き付ける。

 暗黒色の粒子が、刹那の間にデウスの存在から放出され弾ける。

 空間転移。僕達の横。

 左の楯斧は避けられた。

 伸びる剣状の黒。

 

 姿の変格。三ノ輪銀から、東郷美森へと。

 姿が変わると共に、巨大な戦艦が一瞬にして現れる。

 そんな質量のものが瞬時にして存在を確立させた。

 現出する範囲内にいたデウスは、反動で戦艦に弾き飛ばされる。

 だが剣状の黒は、その長さを伸ばした。

 咄嗟に避ける。が。

「ぐぅっ……」

 東郷さんの痛みに耐える声。

 黒は脇腹を抉って行った。

 姿の変格。東郷美森から、乃木園子へと。

 槍の穂先。数十の剣鬼が少し距離の開いたデウスへと飛び掛かる。

 弾き飛ばされて、今は隙が出来ているだろう。

 

 暗黒粒子の爆発。

 僕らの傍らに、異物。

 物ではない。異。

 総てを呑み込む、ブラックホール。

 そんなふざけた現象を、奴は起こした。

 一瞬で槍の穂先たちは吸い込まれる。

 

 姿の変格。乃木園子から、犬吠埼樹へと。

 現人神の力をふんだんに使い、吸い込みをこの瞬間だけ超越。萌葱色のワイヤーを伸ばし、延ばし。デウスへと巻き付け絡み付ける。

 これで道連れにしてやる。それが嫌ならば――

 瞬時にブラックホールは消失した。

 デウスが共に呑み込まれることを嫌って解除したのだろう。

 剣状の黒がワイヤーを斬り裂いた。

 その間に。

 姿の変格。犬吠埼樹から、夢河朝陽へと。

 マフラーが弾け、体中に浸透し、何者をも超える速さと成る。

 刹那。

 デウスの眼前へと肉薄した。

 

 姿の変格。夢河朝陽から、三好夏凛へと。

 紅く(つや)めく大太刀を、二本同時に振り下ろす。

 伸びる二本の剣状の黒。

 ギインッと金属質な音。

 大太刀を受け止めた。

 残る二本の大太刀を流れるように続けて振る。

 さらに不定形の体内から生える剣状の黒。

 金属音。受け止められる。

 残った二本の、通常の大きさの赤刀を斬り付けた。

 生えて増える剣状の黒。

 六本の全ての刀を受け防がれた。

 刃を押し合い。鍔迫り合いの終結。後。剣戟が始まる。

 

 六本の赤刀と六本の剣状の黒。咄嗟、交差。弾き、斬り合う。

 振り下ろし。薙ぎ。振り上げ。切り。袈裟掛け。斬り。

 お互い、姿の変化や粒子を使う事すら出来る隙の無い攻防。

 一瞬。刃の煌めき。瞬時。金属音。刹那。閃の交差。

 何十年と剣の道に人生を捧げた者同士の決闘の如き、刃の交戦。

 赤刀が剣状の黒を弾き、剣状の黒が赤刀を弾く。

 流れ、流し。滑り、滑らせる。

 と。

 

 刀と黒が衝突、隙間、一瞬存在。

 その隙間に、右手に持つ赤刀を滑り込ませる。

 だがそれは、愚策。

 打ち取る刹那が、最も隙が出来やすい。

 刀が不定形のデウスに届く前に剣状の黒に斬り裂かれるか貫かれるか。

 だがそれも、一人だけならばの話。

 

 姿の変格。三好夏凛から、結城友奈へと。

 隙間に入り込ませた赤刀が、一瞬にして太く屈強な豪腕へと成り替わる。

 質量変化の衝撃で周りの剣状の黒は弾き飛ばされる。

 豪腕は不定形へと直撃した。

 拳が振り抜かれ、吹き飛ぶデウス。

 

 姿の変格。結城友奈から、夢河朝陽へと。

 内に念じる想像を叩き付ける。

 刹那の間に準備を終えた。

 聖剣をデウスに向かって投擲。

 同時。

 マフラーが弾け、聖剣を追いかけるように粒子が散り、刀身に纏わり付く。

 投槍に変化させるよりも、遠距離というほどまだ離れていないデウスにはこちらの方が早い。

 破壊力強化の施された聖剣がデウスを猛追(もうつい)する。

 その刃を突き立て――

 デウスは身を捻り、間一髪で聖剣を避けた。白の粒子と成って消える剣。

 その後、この手に聖剣は姿を現す。

 マフラーの端を少量粒子と化させ、傷つき血が流れる脇腹を癒した。

 お互い距離が離れ、一連の攻防が休止する。

 

「お前は解りやすい悪だ。悪以外が存在に無い。敵が全てお前みたいに悪だけならよかったのに。大赦の人とやり合った時の方がよっぽど辛かったぞ。この小物が」

『ハンッ。言っているがいい道化。貴様の信念は間違っている。弱すぎる貴様がそう簡単に強くなれる筈などない。お前が強さだと思っているものは、偽りの強さだ。お前は、弱いままだ』

「たとえ間違っていたとしても、僕はそうやって前に進む。別の考えが在って、誰かに否定されたとしても、僕の信念はそれなんだ。誰かに与えられたものだとしても、大切な人達から与えられた信念なんだ。好きなように言え、だが僕も好きなようにやってやる」

『ほざけ小童(こわっぱ)

 

 白と黒の、粒子、神の力の爆発。

 

『神とは何で出来ていると思う?』

『「傲慢と理不尽」』

 即答にデウスなんかとハモってしまった。

「聞いといて自分で言うな」

『フハハハ』

 

 背後。攻撃の気配。しかしデウスは前方に存在。

 瞬時。僕達は駆動し、移動する。

 デウスの背後に到達。

 聖剣を袈裟に振り下ろす。

 不定形の消失。

 聖剣は何も捉えはしなかった。

 背後。気配。

 されど反応は、不可。

 斬撃。背が切り刻まれる。肉が裂け、骨が切られ、血が撒き散った。

 身体は力を無くし、墜ちていく。

 内に念じる、想像を叩き付ける。

 背に受けた傷は癒えた。

 

 暗黒色の粒子が不定形から溢れ、溢れ、爆発。効果。現象。

 空気、空間、概念が揺れる、狂う。

 瞬時に視界から無へと変化する黒。

 されど此方(こちら)も、刹那。移動。

 ()ち合う白と黒の刃。

 痛み。飛び散る血液。

 聖剣に触れていない、別の剣状の黒に肩を斬り裂かれた。

 

 聖剣を押し、鍔迫り合いを終了させ再度、刹那の移動。

 内に念じる、想像を叩き付ける。聖剣が月白色に輝く。

 デウスも再度不定形の姿を消し、瞬時に現れる。

 襲い来る六本の剣状の黒。

 身を屈め、腕を斬り裂かれながらも聖剣を薙ぐ。

 その剣線上には、剣状の黒が存在する。

 けれど聖剣は、その剣を擦り抜けた。

 先程聖剣に施した能力の装飾は、あらゆる武器と認識されるものの擦り抜け。

 

 されど聖剣の月白に輝く刀身は、不定形すら通り過ぎた。

 デウスは傷を一切負っていない。

 

「なんで……」

『不思議か道化? フハハハッ。我が先程己自身に施した力は、(あまね)く総ての攻撃の無効化だ』

「な……」

 なんだよ、それ。

「ふざけんなよチート野郎」

『お前が言うか? フハハハッ! 我は物語を終焉させるご都合主義の神だぞ。この程度当然だ』

 

 後方に飛んで距離を取り。内に念じる、想像を叩き付ける。

 裂かれて血に塗れた肩や腕が回復――

「しない!?」

 依然傷は傷のまま、断続的に痛みを与えてくる。

 

『フハハハハッ! ワレの施した装飾の概念が一つだけだと誰が云った? ワレの手で負わされた傷は回復など不可だ』

「それ、さっきのも、こっちに教える理由あるか?」

『より絶望を感じるだろう?』

「小物が」

『ハンッ』

 

 金属音。瞬時に移動し、白と黒の刃が奏でた。

 こうなったら何が何でも攻撃を当ててやる。

 

 姿の変格。夢河朝陽から、東郷美森へと。

 刹那の間に顕現した戦艦の巨大質量に、デウスは吹き飛ぶ。

 だが一瞬、剣状の黒に胸を浅く斬り裂かれた。

「――当てて見せます」

 八門の砲口が咆哮し、空色に光る砲撃が撃ち出される。

 激突、衝撃、爆発。

 吹き飛ばされ隙だらけのデウスに全弾命中した。

 一呼吸後。

 爆発で上がった煙が晴れ、姿が見える。

 されど――無傷。

 

 姿の変格。東郷美森から夢河朝陽へと。

 内に念じる、想像を叩き付ける。

 月白色に聖剣の刀身が煌めき輝く。

 

「なぜその力を最初から使わなかった? 舐めてるのか?」

『神とは何で出来ていると云った?』

「……傲慢と理不尽」

『つまりそういうことだ』

 意味分かんねえよ。

 

 移動、移動、移動。加速、加速、加速。

 背後を取り、背後を取られ。死角を捉え、捉えられ。

 斬る、無傷。斬られ、足を負傷。

 そもそもこいつに、背後なんてあるのか?

 姿形は不定形。前も後ろも無いように見える。

 唯一、剣状の黒の生え方で判断しているだけだ。

 

「全方向見えるのか?」

『答えると思うか?』

「お前意味分かんねえよ」

 気まぐれで答えたり答えなかったり。

『フハハハ。よく言われそうだが言われない。なにしろワレは神故に』

「それは気の毒に。僕が何度でも言ってやるよ」

 

 剣、交差。一瞬、鍔迫り合い。

 姿の変格。夢河朝陽から犬吠埼風へと。

 鍔迫り合っていた長剣ほどの長さ大きさの聖剣が、大剣へと変化。

「はあああっ!」

 刹那の後にやってくる他五本の剣状の黒諸共、薙ぎ払う。

 そのまま遠心力に任せ、一回転。

 刹那、大剣を巨大化。大樹のような巨大。

 デウスへと叩き付ける。

 吹き飛ぶデウス。しかし無傷。

 

 姿の変格。犬吠埼風から犬吠埼樹へと。

 何本ものワイヤーを伸ばし、吹き飛ぶデウスに絡みつける。

 ギリギリと締め上げ、引き裂こうとワイヤーに全力を注ぐ。

 だが一片たりとも奴の身体は崩れない。 

 

 姿の変格。犬吠埼樹から乃木園子へと。

 ワイヤーは解除されるが、一瞬、今まで縛られていた残留の隙が在る。

 数十の剣鬼は、その隙に喰らい付く。

 四方八方から自在槍の穂先が襲い、突いた。

 けれど、刃は一ミリも入り込まない。

 

 姿の変格。乃木園子から夢河朝陽へと。

 刹那、デウスの背後だと思われる個所へと移動。

 聖剣を振り下ろす。

 剣状の黒は迷いなく聖剣を受けた。

 続けて他五本の黒が切り貫こうと襲い来る。

 

 姿の変格。夢河朝陽から三ノ輪銀へと。

 受けられた聖剣が右の楯斧へと成り替わる。

 左の幅広の楯斧が他三本の黒を防ぐ。

 二本は厚い甲冑を割り砕かれながらも、護る為の装甲で防ぎ切った。

 右の楯斧を薙ぎ、一本の剣状の黒を掃う。

 そのまま右の装飾が散りばめられた超重量の楯斧を切り返し、デウスへと叩き付けた。

 だが、無傷。

   

 姿の変格。三ノ輪銀から三好夏凛へと。

 楯に受けられて勢いを止めていた剣状の黒を、卓越した剣技で弾き、掃った。

 赤き大太刀をデウスに斬り付ける。

 傷は無い。

 

 再度剣状の黒を、腹を切られながらも全て弾いた。

 姿の変格。三好夏凛から結城友奈へと。

 黒が弾かれた間隙(かんげき)に、一瞬の時を要し、白桜色の両の豪腕を振り上げ、ブースト、加速。

 二つの固く堅く硬い拳を、殴り付けた。

 叩き飛ばされるデウス。

 されど――

 無傷。

 

 くそっ!

 姿の変格。結城友奈から夢河朝陽へと。

 内に念じる、想像を叩き付ける。

 ――この刃で貫き、傷付け、攻撃を届かせることだけを概念に込める。

 早く。速く。(はや)く。

 

 月白色に輝いた聖剣を刹那、投擲した。

 視界から消失する聖剣。

 後、聖剣はデウスの元に存在。

 刃を突き立てる。

 しかし、無効化。

 

「僕だって――今は僕達だって神なんだ。全然全く攻撃が通らないなんて、可笑しいだろ」

 全員の、性質の違った攻撃を命中させたというのに、どれ一つとして掠り傷すら付けられない。

『ぽっと出の現人神風情が何を言っている? ワレは年季が違うのだよ』

「だったら殺して証明してやるよ」

『出来るものならな』

 

 手元に戻した聖剣で一太刀。二太刀。何合も斬り合う。

 だが、こちらの傷だけが増えていく一方。

 腕を、肩を、胸を、腹を、足を。斬られ、裂かれ。血が飛び散り、流れる。

 金属音。衝突音。金属音。甲高い音。金属音。肉の裂かれる音。金属音。肉の斬られる音。

 やばい。不味い。

 

「――っらあああっ!!」

 何とか剣戟の合間を強引に縫ってデウスに蹴りを入れ、後方に勢い良く飛ぶ。

 あのまま斬り合いを続けていたらその内切り刻まれていた。 

 何度も空中バックステップをし、距離を多めに取って、荒い息を吐く。 

 

 だが奴は追って来ない。

 余裕のつもりなのだろうか。

 その慢心が身を滅ぼすってことを教えてやる。

 



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六十六話 勇者の剣

 しかし傷を一切付けられないとなると、どうすればいいのか。

 というか。

 

 痛い。

 端的に言って凄く痛い。

 傷は癒せない、回復できない。

 それでも全身が痛く。流れる血は止められない。

 ズキズキと、ドクドクと、痛みは絶えることなく苦しみを与えてくる。

 

「みんな……凄く痛いんだけど……まだ、耐えられる……?」

『これぐらいへっちゃらだよ!』

『私を舐めないでよね。この程度何でもないわ!』

『アタシは部長よ。根を上げてたまるもんですか!』

『問題ありません!』

『みんなで終わらせるのよ。こんなところで諦めないわ!』

『まだまだいけるよ。倒すまでは頑張らないとね』

『アタシは全然大丈夫だけど、朝陽もまだまだいけるよな?』

 友奈、夏凛、風先輩、樹ちゃん、東郷さん、園子、銀が即答で応えた。

 全員、一気に。

 

「僕は聖徳太子じゃないんだけどなあ」

 だけど、良好な返事だというのは解った。

「……はははっ! みんな、大好きだ!」

『『『『『『『――――っ!』』』』』』』

 なんだか言葉にならない想いが溢れてきて、笑いが込み上げてきて、そんなことを口走ってしまった。

 本当に、何としてでもこれから先の世界に、みんなは生きていてほしい。

 だから――自分が辛い思いをするこんな策が、思い付いてしまう。

 

 今出来る攻撃が一つとして効かないならば、どんな手を使ってでも効く術を生み出してしまえばいい。

 ――そう、どんな手を使ってでも。

 

 内に念じる、念じる、念じる。

 想像を創造とする為に、脳に、精神に、心に、魂に、イメージを叩き付ける。

 今まで通りじゃ駄目なんだ。

 もっと、もっと、もっと、もっと――強く為す事の出来る力を。

 

 何のリスクも無く、そんな事出来るはずはないと分かっている。

 だからこそ、自分が辛い目に、苦しくて嫌な目に合うことは、百も承知。

 それでも、だとしても、僕はこの戦いを終わらせて、みんなに生きてほしい。

 その笑顔を、こんな世の中でも刻み続けてほしい。

 

 護りたいんだ。

 けれど今のままでは、護れない。

 もうこの手しかない。

 総てを持って行ってもいい。

 僕の記憶も、想いも、命も、存在も、何もかも持っていけ。

 その代わり、魔王を打ち斃す事の出来る術を、この手に。

 そこに、天の神を救出する術も追加。

 贅沢だ、何てのは分かっている。それでも、やるしかないんだ。

 破壊と救世(きゅうせい)の力を併せ持つ、極限。

 それさえ完成すれば、後はみんなに任せれば必ずやってくれる。

 だってみんなは、勇者なんだから。

 

 何もかも、自分から無くなっていくような感覚。

 無くなって、亡くなって、なくなって。

 怖い、恐い、怖い、恐い。

 痛くはないのに、途轍もなく――怖い。

 自分が無に成っていくというのは、普段だったら全く想像できないほどの喪失感と恐怖に襲われる。

 そんな知らなくてもいいことを知った。

 だけれど、止めることはしない。

 ここで止めたら、全滅なんだ。

 やるしかない。やるしかない。やるしかない。

 言い聞かせる。

 そうしないと、今にも僕は逃げ出しそうだから。

 だから、気を張って最後まで――――――

 

 

『『『『『『『なにをしてるの!!??』』』』』』』

 大音声(だいおんじょう)で、耳元で怒鳴られたようだった。

 同時に。

 自分の総てが無くなっていくような感覚は、途切れた。

 

「な、なにみんな……? 今、あいつを斃す方法を実行していたところなんだけど…………」

『アタシらが、今朝陽が何をしようとしていたか解っていないと思っているのか?』

『全て筒抜けですよ。なにしろ今私たちは夢河くんの中にいますから』

『ゆめゆめは背負い過ぎだよ』

『勇者部部員のくせに、他の仲間を差し置いて一人だけ先に行こうとしてるんじゃないわよ』

『ほんと、変わらないわね』

『みんなを頼って。最後まで』

『誰一人として、嫌だなんて思いませんから』

 銀、東郷さん、園子、風先輩、夏凛、友奈、樹ちゃんが、それぞれ順番に云って来る。

 涙が出そうになった。みんなの優しさに対しての嬉しさと、何も変われていない自分への遣る瀬無さで。

 それでもやっぱりまた、救われてしまった。

 彼女たち勇者は、人を強制的に幸福へと引っ張り込んでしまう。

 泥のように沈むだけの弱く在ることを受け入れた弱者を、問答無用で救ってしまう。

 こうして今も、引っ張り上げられた。

 でも。

 今は、泣いている暇もないよな。

 

「だったら、どうする……?」

 返ってくる答えは、分かっていたような気もするし、分かっていなかったような気もする。

 けれど、一応訊いた。

 

『あいつを斃すために持って行かれる色んなもの、みんなで分け合えばいいんだよ。そうすれば失うものなんて、ほとんどないはず。

 だって、八人もいるんだもん。私たちも力を分けるから、みんなで戦おう』

 友奈は笑顔で、そう云ったんだと思う。

「うん…………」

 そんな方法、みんなをも犠牲にする方法、思いつけなかった。

 いや、一瞬は頭に浮かんでいたのかもしれないけれど、すぐにありえないと揉み消したのだろう。

 だけど今は、頼るって決めたんだ。

 ここまで云われたら、あんな方法怖くて本当は止めたかった僕は、縋ってしまう。

 ――――――――――。

 

「本当に、そんなんでいいのか……?」

 よくない。

 全然、よくなんてない。

 恰好悪い。

 駄目だ。

 どうにかしないといけないって、このままじゃいけないって、少しは、何かやらなくてはならないんだってことは、分かる。

 分かるなら、やらなければ。

 本当に出来るかなんてのは分からないし、僕の力は無限大ではない。

 何も為せることなく、終わるかもしれない。

 それでも、知る事が出来たからには、そうしたいと思ったからには、やるべきなんだ。

 

「みんな、その案は、一つだけ納得できない」

『……? どの辺?』

 友奈の言葉、全員の意思だろう。

「みんなも失うってとこだ。そんな事全力でして、たとえ八人いたって、ほとんど失わないなんてありえないだろ」

『…………』

「――だから、失わずに、斃すぞ。救うぞ」

 

『出来るの?』

 園子の疑問に。

「出来る。出来なくちゃいけない。総ての力をみんなで全力で出して、僕の万能発現の力に全部注ぎ込めば、いける可能性がゼロではないと思う」

 先程のやり方よりは、可能性は著しく低くなるだろう。

 それでも、失わないで済む道があるのなら、それを選びたい。

 

『――――そう、なら、わかった。勇者部五箇条、なせば大抵なんとかなる。だよね』

 友奈が応える。

「ああ、そういうことだ」

 そうでも思わないと、やれる気がしない。

『しょうがないわね。確かにその方が良いとは思うから、それでいいわよ』

『いっちょかますか!』

『やってやるわよ!』

『なるべく諦めない、です』

『大丈夫よね。みんないるもんね』

『ふふ、なんだか何でもできそうだね』

 風先輩、銀、夏凛、樹ちゃん、東郷さん、園子が言葉を僕の内で発する。

 

「じゃあ、頼む。やり方は解る?」

 なんとなく感覚で解る、と皆は答えた。

 僕の内にいることで分かることもあるのだろう。

『始めよう』

「うん」

 友奈の言葉に頷く。

 

 目を閉じる。真っ暗な視界。集中を高める。

 内に念じる、念じる、念じる。

 想念を送り続ける。

 想像を創造とする為に、脳に、精神に、心に、魂に、存在総てに、(あまね)(すべ)てに、イメージを叩き付ける。

 

 何かが、注ぎ込まれるような感覚。

 膨大な量が、次々に注ぎ込まれていく。

 だが、まだまだ足りない。

 全てを解決する奇跡の発現は、容易ではない。

 けれど、絶え間なく注がれる勇者の力。

 膨れ上がっていく万能。

 白の粒子が漂い、数を増やしていく。

 このまま、どこまでも。

 

『――なにを、している?』

 深く深く、深淵から漏れた啼き声のような伝わり。

『それは危険だなぁぁ? 今まで存在してきた中で最上の危険を感じるぞ』

 ここにきて、デウスは動いた。

『やらせると思うかあ? 阻止するに決まっているだろぉぉう?』

 それは速く、早い。

『――なあ、道化?』

 

 風切り音すら追い抜く。

 聖剣を薙いだ。

 金属音。

 剣状の黒と刃が合う。  

『朝陽くん!? 大丈夫!?』

「……問題ないよ友奈。みんなはそのまま続けて。僕が時間を稼ぐ」

『持たせられるの……?』

「やってみせるよ東郷さん。やらなくちゃならないんだ。今、出来なくてはいけないんだ」

『頼んだわよ朝陽』

 風先輩の言葉に。

「はい。頼まれます。大船に乗ったつもりで任せてください」

 全身傷だらけの状態からのスタートだけど、絶対に。

 

『ハンッ。泥船だろう?』

 残り五本、剣状の黒が襲い来る。

 万能の能力は、魔王を斃すための発現に使っている最中だから、使えない。

 それでも、凌がなければ。

 

「――づぁああっ!」

 裂帛の気合を(ほとばし)らせ、聖剣を振る。

 黒を一本、弾き。

 黒を二本目、逸らし。

 三本目、流し。

 四本目、体を捻り、避け。

 五本目を弾き、六本目にぶつけ威力を相殺する。

 

 しかし完璧には、出来なかった。

 腕や足、胴体を所々裂かれ、傷がさらに深くなった。

 痛い。

 けれど、動かなければ。

 痛みはみんなも感じているだろう。それでも絶えることなく、力を注いでくれているのだから。

 

 黒が蠢く。

 交差。抗戦。咄嗟。剣線。

 直感で、今まで死線を潜り抜けて来た戦闘経験だけを頼りに、剣を振る。

 視界の隅に黒が映ったら、振る。

 視界に移らなくとも、死の気配を少しでも感知すれば振る。

 デウスが暗黒粒子の力を使わないのは、攻撃無効と回復無効の効果を働かせているからだろう。

 だったら、条件は同じだ。

 こちらは斬り合いで凌げばいいだけ。

 向こうは完成する前に僕達を殺せばいいだけ。

 簡単なことではないし、簡単に殺されてもやらない。

 されど本質は、単純。

 

 剣状の黒が振られる。

 聖剣を振る。

 金属音。

 衝突音。

 連続音。

 剣線。剣閃。剣戦。入り乱れる。

 

 動けば血が流れて行き、動かなくても血が流れて行き、消耗する。

 痛みは連続し、神経を焦がす。

 だけど、それでも、足を止める訳にはいかない。

 

 剣戟。身体を斬られる。

 剣撃。体を裂かれる。

 剣激。骨に(ひび)が入る。

 

 後少し、少しだけ、時間を稼げばいい。

 ならばこんな痛みや傷、なんてことはない。

 もうすぐ終わる。

 その精神さえあれば、寧ろいつまでだって、この敵と剣を交え続けられる。

 

 止まるな。停まるな。留まるな。

 死線。四閃。交差。

 唯々(ただただ)気を張って、役目を果たせ。

 全身から血液が流れだしていようと、常人なら既に瀕死状態であろうと、全身を速く動かし続ける。

 

 剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。剣。

 振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。

 

『足り、ない……』

『もっとだ。もっと出せる力を絞るんだ。最後の一滴まで』

 

 誰の声も聞こえない。

 聞こえるのは剣が奏でる音と、己と相手の風切り音のみ。

 無心に、直感で、剣を身体を操作。

 ただ時間を稼ぎ、その時が来るまで生き残ることだけを目的に。

 

『もっともっともっともっと!』

『これ以上は……』

 

 何度でも、幾らでも、何回だろうと、死の刃を耐え切って見せる。

 痛くとも苦しくとも何だろうとも。

 剣。避ける。振る。傷。

 いつまでだろうと。永遠だろうと、続けてやる。

 

『足りなくても、どうやっても、注ぐしかない! 勇者パワアアアアアッッ!』 

 

 感情など、切り捨てろ。

 痛いなど、辛いなど、苦しいなど、逃げたいなど、総て凡て全て、不要。

 総てを無くせば、何が起きようとどうなろうと、たとえ命尽きたとしても、斬り続けられる。

 

 ――――。一つ、注がれる一人から、力が他より高まった。

 高まったなんてものではない、膨大。

 注がれるモノの性質で、なんとなく誰が誰かは、判る。

 友奈だ。

 また、君なのか。

 前から、少し何かが違うと思わなくもなかったけれど。

 ここにきて、こんなところで、この局面で覚醒なんて。

 友奈、やっぱり君は、僕よりも主人公らしいかもしれない。

 性格も、考えも、性質も、何もかも。

 真の勇者。

 そんな名称が、しっくりきてしまうような。

 もしかしたら、なにかが関係あるのかもしれないけれど。

 それを僕が知ることは、ないだろう。

 だって――

 

 もう、終わるのだから。

 

「いける。ありがとうみんな。これなら、これだけあれば失敗することはないよ。完全な絶対を創れる」

 

『朝陽くん……頑張って』

『夢河くん……後は貴方に』

『全部、任せたからな……朝陽』

 

 力が注がれることはなくなり、皆の意識が飛んでしまったような喪失感。

 恐らく、力を使い過ぎ枯渇し、眠ってしまっただけだろう。

 ならば後は、銀に()われたように全部任せてもらえばいい。

 

『フハハッ…………ッ』

 デウスは、一瞬にして距離を取り後方へと退いた。 

 

 

 ――その剣は、勇壮――

 物語の勇者のみがその剣に触れることを許され。

 その剣は巨悪を斬る為だけに存在を許され、

 それ以外では深く眠る存在。

 幾星霜(いくせいそう)(とき)を経ても朽ちることなく、錆びることなく、唯々そこに在り続ける。

 遍く事象に奇跡を介入させ、強制的に解決へと導いてしまう光。

 都合よく、何もかもを壊してしまえる強大。

 顕現したら最後、大多数が悪と判断する側は、勝利の道が潰える。

 

 ――創成せよ。

「勇者の(つるぎ)

 

 右手に携えていた聖剣、白金の粒子を靡かせるマフラー、消失。

 変わりに右手に現れるは、何の変哲もない剣。

 鉄で出来ているかのような無骨な刀身。

 金の如き、しかし金メッキにも見える(つば)

 柄も変哲のない灰。持ち心地も特筆する点などない。

 されど内に秘めたものは、最強という概念。

 物語を強制的に解決へと導く、勇者が所有する剣。

 

「デウス。終わりだ」

『フハッ、ハハハハ……! 果たしてそうかな?』

「魔王は、勇者に倒されるために存在するんだよ。だから消えろ、悪だけしかない都合のいい存在め」

『ならやってみろ――――やれるものならな』

「やるさ」

 

 



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最終話 刃を突き立てろ

 勇者の剣を強く握り、魔王へ突き立てようと移動する直後。

 

『おっと。待て。その剣を捨ててもらおうか。ワレの内に存在する天の神を生かしたいのならな』

「小物が。そんなものは脅しにはならない。この剣はお前と天の神を切り離す」

『知っているとも。十分に犇々(ひしひし)とそれを視るだけで伝わってくる。ワレの云っているのは別のことだ』

「…………そういうことか」

『そういうことだ』

 この剣を捨てなければ、天の神を殺すということ。

 乗っ取り融合している今ならば瞬時にそれは可能だろう。

「下種が」

『なんとでも言うがいい。ワレはここで死ぬわけにはいかないのでな。使える手は何だろうと使うさ』

 

 ここで死ぬぐらいならば、みんなが死んでしまうぐらいならば、天の神を見捨てるという選択もある。

 けれど、天の神が存在しなくなったら太陽が消える、天からの恵み総てが。

 そうなれば神樹の恵みのみで人間は生きられるのか分からない。

 そんな打算もある。でも。

 ここで見捨てたら、僕は何も変われない。

 単純に、今まで非道なことをしてきた神だとしても、助けたい。

 見捨てることは、したくない。

 そう、思った。 

 だったら――

 

『そうだ。それでいい』

 僕の手から剣は、滑り落ちた。

 墜ちながら粒子となって消えていく。

 

 されど諦めてはいけない。

 ここで死んでも、意味が無いのだから。

 何か別の手を、模索するんだ。

 

『動くな。力を一片たりとも使うな。その瞬間天の神を殺す』

 だとすれば、どうすれば打開できる。

「くたばれクソ神」

 こんな言霊、意味を持たない。

『黙れよ道化が。お前は強い力を手に入れて護ることに酔っている。それは自己愛。自己陶酔だ。

 お前は何もかも間違っている。ヒーロー願望、承認欲求。自分が認められたいだけ。自分が良い思いをしたいだけだ。

 弱い偽善者。主人公気取り。

 ワレが劇の中の主人公に据えてやっただけのことだというのに。それが無ければお前のような道化などそこら辺にいる小童と変わらない』

「そうかい。だけど、たとえそうだとしても。僕の弱さを全てさらけ出してもみんなは受け入れてくれたんだ。好きに言ってろこの野郎。僕はやりたいようにやる。好きに生きてやる」

『ガキだな』

「敵でしかない貴様の云うことなど知るか。間違っていたら正してくれる人たちがいる。自分なりに考えてもいる。だから思うように生きるだけだ」

『そうか。もう終わるがな』

「お前がな」

 

 剣状の黒が一本、蛇のように伸びて延びて貫こうと凄まじい速さで此方(こちら)に接近。

 反射で避けようとしてしまった。

『動くなよ? フハッ』

 どうにかしないと。

 このままじゃ死ぬ。

 でも、考えてる暇も、どうすればいいのかも――

 

 ドッ。と腹に衝撃。

 黒に貫かれた。

 痛い。

 痛い。痛い。痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 ただ貫かれた痛みなんていうものではない。

 痛みという概念が、魂にまで連続的に届けられているような、壮絶。

 これも、奴の能力か。

 そういえばさっきも、同じようなことがあった。

 

「い……っ……ひっ……」

 変な声が、喉から漏れる。

 痛い。

 状況を覆す策を考えなければならないというのに、痛みで全てが覆い尽くされる。

 それでも考えろ。

 でないとこのまま終わる。

 痛い。

 

『このまま苦しんで絶望して死ね』

 痛い。

 なんでもいい。理由などいい。とにかくあの悪神、邪神を殺す方法を。

 殺せればいい。奴を動く事無く、悟らせる事無く、刹那の間に殺す。

 痛い。

 脳が熱い。焼き切れそうだ。

 意識を必死に繋ぎ止めなければ、すぐにでも堕ちて終わってしまう。

 痛い。

 だけど少し考えれば分かる。勇者の剣以外に、魔王を打倒する術はないと。

 ならば、その刃を奴に気づかれないように届かせるしかない。

 痛い。

 悟られないように、繊細に、静かに、()つ精工に。

 創り出すしか。

 痛い。

 念じろ。

 痛い。

 念じる。

 痛い。

 力を使う予兆さえ見せるな。

 苦しい。ただ苦しんでいるだけに見せろ。

 痛い。

 死ぬ前に、やり通さなければ。

 繊細に。美麗に。流麗に。清流に。潜ませろ。潜ませろ。そしてもう一度創り上げろ。

 痛い。

 創れ、作れ、造れ。創れ、作れ、造れ。創れ、作れ、造れ。創れ、作れ、造れ。

 少しずつ、だが確実に、出来上がっていく。

 

 痛い痛い痛い痛い!

 理屈なんてどうだっていい!

 理由だってどうだっていい!

 思考も思想も、何もかも今は無意味だ。

 ただただ。敵に悟られないように創り上げる。

 それだけでいい。

 それだけ出来れば、後は簡単だ。

 生かせちゃおけない相手を、逝かせるための手段のみに集中しろ!

 終わらせる。終わらせる!

 帰る! 還る!

 創って何もかも一切合切、幕引きだ。

 想像しろ。創造しろ。想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造想像創造。

 

 

「なあ」

『最後の言葉か?』

「お前の負けだよ」

 

 

 魔王の、頭上。

 そこに、灰の柄、金の鍔――刀身が数センチほどしかない折れたような剣が、出現。

 粗末だ。気づかれないようにと制約がある以上、ここまでしか創れなかった。

 されど、その刀身に秘めた絶対の概念は強固。

 魔王を打ち滅ぼす、勇者が携える剣だ。

 勇者の剣は、重力に従って魔王へと落ちていく。

 

『――ッ!』

 瞬時に気づかれた。

 剣状の黒が勇者の剣を咄嗟に跳ね除けた。

 しかし、けれど、奴は刀身に触れてしまったようだ。

 ただそれだけで、最強の剣の効果は発揮される。

 

 離別。別離。存在遠く。

 デウスと天の神は、存在をそれぞれに別たれた。

 黒と緋が、投げ出されるように、完全分離。

 

 ――僕は既に、魔王へと剣が落下し始めた瞬間から動き出していた。

 腹を貫いている黒を無理矢理引き抜き、血が溢れ出し、けれど満身創痍の身体を気にせず酷使する。

 早く! 速く! 疾く!

 今だけは、誰よりも疾くなくちゃならない!

 ここだけなんだ。ここで、終わりなんだ!

 だから、最大の速さをこの瞬間に!

 白の粒子が、迸った。 

 

 刹那を超え。時すら止まったかのように感じる移動を為し、魔王に跳ね除けられた落ちていく剣の柄を手に取り、掴み、強く握り込む。

「あああああああああああっっ!!!!」

 叫ぶ。叫ぶ。

 もう何もかも、総て凡て総て、一切合切。

 どうだってよく、何も考えられず、この剣を!

 愚直に一直線に、一つ、ぶつけたい!

 刹那。刹那。刹那。

 魔王に肉薄。

 剣状の黒を荒れ狂わせ、暴れさせ、暴虐の嵐を()る魔王。

 そんなもの、知るか!

 突っ込む。屈む。掻い潜る。進む。斬られる裂かれる叩き付けられる。

 進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。進む。

 ――到達。

 

 無心で、何も言わず、云わず、思わず、その短く小さな刀身を、

 

 不定形に、突き立てた。

 

 

 

 

 リノリウムの白い床を、靴裏から音を立てながら歩く。

 病院の人に見つからないように周りに注意しながら、進む。

 

 ――今日は、文化祭当日。

 天の神を救出し、デウス・エクス・マキナを斃してから少し経つ。

 

 滞りなく万事が解決していた。

 神樹が散華の供物を返して、みんなの身体は元に戻ったし。

 園子は讃州中学にもう少ししたら入る予定らしいし、勇者部にもきっと入るだろう。

 

 天の神もちゃんと生きているし、改心もしてくれた。

 人類はこれからもっと頑張らなければいけなくなりそうだけど。

 さもなくばまた天の神が滅ぼすとか云いかねない。 

 

 銀は、生き返るなんてことにはならなかったけれど、僕からどこまでも離れても問題ないようにはなった。

 僕が現人神に成った影響だ。

 現人神としての魂が強固に一つ創られたことで、銀の魂を借りていた状態を脱した、ということみたいだ。

 自分の感覚と、神樹の言によるところだけど。

 まあつまり、厳密には生き返りはしなかったけれども、銀は銀で僕に縛られずに暮らしていけるってことだ。

 それは、僕が望んでいた結果とほとんど同じだ。

 だから、満足している。  

 銀も「自由だー!」なんて言っていたし。少なくとも悪くは思っていないだろう。

 

 ちなみに僕らが一つの存在に成ったあの合体は、戦いの後解除した。

 解除できないなんて笑えない話にはなっていない。

 もともと僕がやったことだし、それが出来ることは解っていたけれど。

  

 償いも、ちゃんと毎日していかなければ。

 生きれなかった人たちの分も生きるなんて厚かましいことは言わない。

 ただ日々を送って、人のためになることを率先してやって生きて行く。

 そんなことしても、なにも殺してしまった人達は思わないし、変わらない。

 残された人たちは何をしても恨むだろう。

 でも、何もしないよりは、何かが違うはずだから。

 きっと。

 だから、とりあえず自分が正しいと思ったことを行動に移してみる。

 そして潰れそうになったら、みんなを頼ればいい。

 そうして模索しながらも、進んで行こう。

 頼ってばかりじゃいけないかもしれないとは思う。

 何年も、何十年も頼るなんてことは無理だし駄目だ。

 だけど、頼ってと言われた。

 なら今は、今だけでも、頼っていよう。

 

 言葉にしてしまうと陳腐だけれど、やっぱり愛は人を救うんだって、思った。

 人を愛するって、愛されるって、必要不可欠なんだ。

 みんなへの愛、みんなからの愛、それがあるから、頑張れる。

 

 何はともあれ、ようやく色々と、解決して終わった感じだ。

 まだまだ細かい問題もあるかもしれないけれど。

 ずっとこの平和は続かないかもしれないけれど。

 ずっとなんて、絶対にありえないとしても。

 それでも、今は平和で、問題なく毎日が在る。

 そういうことなら、いいんじゃないかと思う。

 

 

「おい。何普通に病院抜け出そうとしてんだ」

「あん?」

 振り向くと、友奈パパ。

 病衣から私服に着替えた上、玄関まで一直線に歩いていたから、ばれたのか。

 いくら制服好きと言っても通常服ぐらい持っている。

 

 そう、僕はまだ入院期間を終えていないのに、病院を抜け出そうとリノリウムの上をせっせと歩いていたのだ。

 今日は文化祭。

 僕ら勇者部の演劇がある日。

 僕が戦いの傷を結構な量肩代わりした影響で――痛みはみんなにも伝わっていたけれど――僕だけまだ退院できていない。

 現人神の人外治癒力でだいぶ楽にはなったものの。まだ退院はさせてもらえない。

 あの力を使えば一発で全回復だろうけれど、なるべく神なんてものの力は使いたくないんだ。

 だから今日の演劇は僕抜きでやることになっていた。

 けれどそうは問屋が卸さない。僕は出るぞ。

 それに中学二年の文化祭は、今日だけ。

 前の世界では、何のイベントも起きずにただ飯食って過ごしただけの文化祭。

 役なんてやりたくなかったけれど、貴重な一度だけの――二回目の――文化祭を逃してたまるか。

 そういうのは大事にしたい。

 なのに病院で一日無駄に過ごせというのは酷なんじゃないのか。納得できない。

 と思った次第で、こうしてもうすぐ病院の正面玄関なのだが。

 ここでこのおっさんだ。

 

「こんにちは。なんでこんなところにいるんですか?」

「おう。ちょっと体術の鍛錬を張り切り過ぎてな。腰を痛めた」

「もう歳なんじゃないんですか? 前戦った時も僕が勝ちましたし」

「馬鹿言え。次にやったら俺が勝つ」

「いやいや腰痛めといてなに言ってるんですか。僕が勝ちますよ」

「いやいやいや俺だ」

「僕です」

「俺だ」

 

 もう一度こんなふうに会話が出来るようになるなんて、あの時は思っていなかった。

 数日前に会った時、なんだか普通に話してしまって、流れるように以前の会話。

 後腐れなく、前のことは前のことと、男特有の適当さと馬鹿さがなんだかんだと融和し、こんな関係に戻った。

 自分でも驚いている。

 一生気まずい関係になると確信していたから、尚更。

 まあ、なんとかなったならよかったと思う。

 

「というかそれよりも」

 演劇の時間が迫っている。

 ロビーの時計を見ると、あと数十分。

 全力で走らないとやばい。

「なんだ?」

「時間ないんで、失礼します」

 挨拶もそこそこに腰痛めおじさんの横を通り抜けて走り出す。

「あ、おう……あ! 病院から出るなよ! なに考えてんだ!」

「ここはひとつ見逃してください!」

「駄目だ! それと病院で走るな!」

 

「病院で叫ぶな」

 どっかの知らない人に、そんなことを言われていた。

 いや、僕も言われたのか?

 

 

 

 ――――――。

「グーハッハッハ。結局、世界は嫌なことだらけだろ。辛いことだらけだろ。お前も見て見ぬふりをして堕落してしまうがいい!」

 風先輩(ふん)する魔王が、舞台上で腕を広げ台詞を言う。

「いやだ」

 友奈扮する勇者が、それに台詞を返す。

「足掻くな! 現実の冷たさに凍えろ!」

「そんなの気持ちの持ちようだ!」

「なに!?」

「大切だと思えば友達になれる、互いを想えば、何倍でも強くなれる、無限に根性が湧いてくる。世界には嫌なことも、悲しいことも、自分だけではどうにもならないことも沢山ある。だけど。大好きな人がいれば、挫けるわけがない。諦めるわけがない。大好きな人がいるのだから。何度でも立ち上がる。だから、勇者は絶対、負けないんだ!」

 友奈が剣で斬りかかる。風先輩の扮する魔王は手の平を翳し。

「魔王バリア!」

「うわあああ!」

 跳ね返されたように倒れる友奈。

 起き上がり、膝を突いて友奈の台詞。

「強い……」

 苦境に立たされる。

「結局、そんなことを言ったところで力がなければ何も出来ないんだ! これで終わりだ!」

 手の平を友奈に向ける風先輩。

 

 ――そこに現れる、白き仮面を付けたヒーロー。

 魔王と勇者の間に立つ。

「な、なにやつ!」

 魔王が戸惑う。

「勇気仮面、参上!」

 これは僕の台詞。

 滅茶苦茶恥ずかしい。

 顔が熱い。

 仮面の下汗まみれ。

 死にたい。

 

「それでも、信じ合える仲間がいる! 助けてくれる、味方が!」

 友奈が意気揚々と台詞を叫ぶ。

「ぬぅっ! 一人が二人になったところで、この魔王の力の前には無力!」

 勇者と二人で剣を持って斬りかかる勇気仮面。

 風先輩に当たらないように、魔王へと斬り付けた。

 倒れる魔王。

「ぐっ、おぅっ! 何だ、この力は」

「これが、頼って頼られた。人と人との力だよ」

「そう、か」

 そうして、演劇は終わった。

 僕は終始心臓がバクバクと動悸して、全力疾走してきたのもあり体中汗まみれ。

    

 …………この後、当然のごとく病院に送り返された。

 文化祭後、勇気仮面がしばらく一般来客で見ていた子供たちの間で流行ったとか流行らなかったとか。

 

 

 

 ――――数日経った。

 天気のいい日の、穏やかな昼間。

 花畑に、友奈と来ていた。

 これはデートか。デートなのか!?

 と少し緊張気味。

 前に約束した、押し花に使う花を一緒に摘みに行くというやつを今日しようとなったから起きた出来事だが。

 気持ちのいい風が吹き付け、秋の花たちがそよぐ。 

 

「朝陽くん。あんまり摘み過ぎないようにね。多くても数本だよ」

「なんで?」

「花たちの命を手折(たお)って作られる芸術だから、無闇に散らしちゃいけないんだよ」

「そう、か。確かに」

「うんっ。だから少しだけ、気に入った花をね」

「わかった」

 

 しばらく、花を見て歩いた。

 どれも綺麗だが、選定するとなるとどれがいいのか分からない。

 むしろ先の話を聞いたら摘むのが躊躇われる。

 一本ぐらいでいいかな。

 

「朝陽くん」

「ん? なに?」

「色々終わってから、毎日、どう?」

「どうと言われても、まあ、何事もなく楽しく生きれてるけど」

「それならよかった」

 微笑み。

 花畑が背景だと、より絵になる。

 

「この花、押し花にしてプレゼントするね」

 そう言って友奈は、紅い花を見せて来た。

「この花は?」

 何度か見たことはある気がする。有名な花なのかな。

「コスモスだよ。これは紅いけど、白いのもあるね」

「綺麗だね」

「でしょ? 白もいいけど、今回はこれを渡したいんだ」

「そうか。うん、ありがとう」

 一間空いた。

「朝陽くん。今じゃなくて、後でね、この紅いコスモスの花言葉、調べてほしいんだ」

 頬を朱く染めて、上目遣い。

 胸を突かれるそんな仕草に硬直して、僕は何度も頷いた。

 

 

 ――その日、マンションに帰ってスマホで調べた。

 紅いコスモスの花言葉は、調和――そして、愛情。

 愛情。

 …………。

 愛情!?

 

 

 おわり

 

 

 




 これにて完結。
 初心者の好き勝手やりまくった未熟な文章に最後まで付き合っていただきありがとうございます。
 全話読んでくれた人には感謝感激雨あられです。


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番外編 ちょっとしたその後

要望があったので、本当にタイトル通りちょっとしたものですが書いてみました。


「はぁっ……はぁっ……」

 息を切らして僕は路地裏に立つ。

 にゃ~~、と鳴き声。

 正面には、三毛猫。

 

「さあ、こっちへおいで。怖くないから。恐くないコワくない」

 ブンブン。

 笑顔を張り付け猫じゃらしを振りながら近づく。

 三毛猫ちゃんは猫じゃらしに釘付け。メスかどうかは知らないけど。 

 ブンブン。

 

「ほら、こっちきて」

 動きが止まった三毛猫に手を伸ばして抱き上げようとした。

 ヒュンッ。

「ぎゃああああっ!!」

 その手を引っ掻かれた。

 俊敏に走り出す三毛猫。

 逃げられた。

 

「くそっ! 待ってくれ!」

 僕は追った。

 

 

 勇者部の依頼。迷い猫探し。

 それを、僕は今一人でやっていた。

 今回はこれぐらい僕一人でやって見せると豪語し半ば無理矢理任させてもらったが、厳しい。

 迷い猫探しと言うのは思っていたよりも難しいものだった。

 なにしろどこにいるか見当がほとんどつかない状態からスタートだ。

 範囲も飼い主の家を中心としたものだということは解るがどこまでなのか。とにかく広い。

 さらに猫は俊敏。逃げられたらまた追いかけて、見失ったらまた探さなければならない。

 現人神の力は例によってなるべく使いたくないし。

 そんな訳で、僕はこの依頼に今苦戦している。

 

 

 夕刻。

 手や顔に引っ掻き傷を負いながら猫を(ようや)く捕まえた僕がいた。

 何時間経ったんだ。

 なんか一週間分の体力使ったような気がする。

 まあとりあえず、届けよう。

 

 飼い主の家へとトボトボと歩き出した。 

 海沿いの夕日が綺麗な道を進んで行く。

 そういやこの砂浜で一度だけの鍛錬とかしたなあ。

 またやるとか言ってたけどいつやるのやら。

 今みたいに疲れてるときは勘弁してほしい。

 

 と。

 前方。

 銀髪の元気溌剌娘。

 何やらわちゃわちゃとやっている様子。

 近づく。

 

「銀、なにやってるの?」

 振り向きクルンッと揺れる銀髪。

「ああ、朝陽か――ってすごい顔だな。どうした?」

「この三毛猫さんに引っ掻かれた」

 視線を猫へ。

「それはそれは……苦労したことが見ただけで分かるよ」

 苦笑する銀。

 僕も思わず苦笑。

 引っ掻き傷が痛くてうまくできなかった。

「それはそうとそっちはそっちでどうしたの?」

「ああそうだった。実はこの子たちが喧嘩しててさ。仲裁してたところだよ」

「喧嘩?」

 銀の後ろを見ると、小学校低学年ほどだろう少年二人。

 

「だから勇気仮面の方がかっこいいって言ってるだろ!」

 へ……?

「そんなどこの誰だかわからないやつよりも仮面ライダーの方がかっこいいに決まってるだろ!」

 …………。

 あーー……。

 僕は悪くないはずだ。

 うんうん。

 僕だってあの役は望んだわけでもなかったし。

 それに絶対に圧倒的に比べるのもおこがましいくらいに仮面ライダーの方がかっこいい。

 これは譲れないぞ少年Aよ。

 まあそんな自分の感情は置いといて止めよう。

 

「ちょっと君たち、そんなことで争うものじゃない。好きなものは人それぞれだ。自分が好きでいればそれでいいじゃないか」

 近づきながらそう言葉を発する。

「うるせえっ!」

「口出しすんなっ!」

 ドッ! ドゴッ!

「ほっ!? ふごおっ!?」

 激痛。

 股間を二連続で少年AとBに蹴られた。

 (うずくま)る。

「いこうぜ」

「おう」

 そうして同じ敵を共有した少年たちは勝手に喧嘩を止めて去って行った。

 

「待てやこのクソガキ共があ!」

「まあまあ。朝陽大人げないぞ」

「僕は中二だ! まだ子供だぞ!」

「実年齢はそうでもなかったと思うけどな」

「う……」

 痛いところを突かれた。

 十八歳だったっけ。完全に中学二年の感覚でいた。

「いやでも、十八歳って子供と大人の中間みたいなもんでしょ? なら子供の範疇に入れても――」

「屁理屈言わない」

「……はい」

 立ち上がる。

「それはともかく」

「切り替え速いな」

 銀の言葉は無視して。

「楽しく生きれてる? って聞き方は変かな。楽しく暮らせてる?」

「変なこと聞くんだな。全然何も問題なく楽しくいれてるぞ。弟や母ちゃんには会うつもりはないけど、住む場所は大赦がマンション用意してくれたし、朝陽と部屋近いし、自分なりにやってるよ」

 銀は僕と同じで人間の寿命を超越してしまったような存在だ。

 確かにまた逢って、確実に自分より先に弟が逝ってしまう事実を背負うのも酷だろう。

 それ以外にも色々あるだろうが、銀が決めたことならどうこう言うつもりはない。

「そっか。ならいいんだ」

「おう。朝陽も楽しくやっていけよ」

「うん……僕はこの子届けなきゃだから、もう行くよ」

「また明日な」

 手を上げて答えながら、僕は飼い主の家目指して走った。

 

 

 楽しく、か……。

 僕はこの日常を生きている。

 けれど楽しくと、そう心から言うためには、僕は今一つ重大な案件を抱えている。

 

 友奈の告白だかどうだか良く分からないものへの対処だ。

 紅いコスモスの押し花は、肌身離さず持ち歩いてはいる。

 勿論僕は友奈のことが好きだけど、もし間違っていたらと思うと踏み出せない。

 愛情ってのは友情って意味かもしれないし、友達への愛って可能性があるんだ。

 それに調和という花言葉もあった。全部終わって平和になった証としてプレゼントするよという意味かもしれない。

 さらに、何も言っていなくても友奈はいつも通りに接して来たし、そういうつもりではなかったんじゃないかとも思う。

 でもそういうことだったら返事返さないとやばいし何より僕も友奈と恋人になれるならなりたい。

 ……どうしよう。

 わからない。踏み出せない。

 …………神の力で何とかならないかなあ。

 無理だよなあ。

 あああこれからどうすればいいんだ。

 

 そんな風に懊悩しながら僕は。

 にゃーにゃー鳴く三毛猫ちゃんを飼い主に届けた。

 

 

 

 次の日。放課後。

 勇者部の部室で。

 

「それでね、女子力っていうのはやっぱりうどんなのよ」

「お姉ちゃんなに言ってるの……」

「またアホなことを」

「なによ夏凛! だったら女子力は何だっていうのよ」

「なんでもいいわよ」

「ふん。アタシの言葉を否定できないから逃げるのね」

「どうしてそうなるのよ!」

「あははは……落ち着いて夏凛ちゃん」

「女子力とはぼた餅よ」

「須美もなに言ってんだよ……」

「女子力とは~、真面目に言っちゃうと女の子らしさだよね」

「まあ風先輩のは女子力(嘲笑)だから」

「ねえ、今の笑いは何!? 今の小馬鹿にしたような表情は何!?」

 

 元々人は多い方だったけど、八人となると賑やかすぎるほど賑やかだ。

 園子も勇者部に入り、こんな風景ももはや日常と化している。

 東郷さんの記憶も少しずつ戻って来ているようで、銀も須美と呼ぶことが多く、園子もわっしーと呼んでいる。

 さらに足も動くようになり、車イスは必要なくなった。むしろ走り回っているレベルで、万能黒髪美人爆誕である。

 友奈はいつも通りの笑顔でこの空間にいる。

 やはりわからない。

 意味深にチラチラ頬でも染めながら見てくれると分かりやすいのだけれど、そんな動きは一切見せていない。

 うーーーーーーーーーん………………。

 

 眉間に皺を寄せていると、園子がみんなの輪から外れてこちらにとてとてとやって来た。

「ゆめゆめ、なにか悩んでいるようだね」

「ん~……? まあ、ね」

 隠したところでもっと追及されるだけだろうと思い、曖昧に答える。

 

「お姉さんに言ってみなさい。恋の悩みだね。そうだよね。きっとそうだよね!」

 目をキラキラさせて。

 話すまで逃がさないと言わんばかり。

 この目シイタケみたいだな。

 

 とはいえ図星。

 なんでわかった。

 これが女の感か?

 嗅覚凄すぎだろどんな原理だよ。

 

「違うよ」

「嘘だよね!」

「ほんとだって」

「そんなわけないよね!」

「そんなわけあるんだなあこれが」

「相談して!」

「……僕の話聞いてる?」

「相談して!」

「僕の――」

「相談して!」

 

「…………はああぁぁぁぁぁ」

 デカいデカい溜め息。

 しょうがない。

 どっちにしろどうすればいいのか分からず八方塞がりだったんだ。

 ならば相談してみるのも悪くない。

 それで解決できればそちらの方が良いし。

「実は――」

 

 友奈から押し花をプレゼントされ、その花言葉を調べてと言われ、花言葉が調和と愛情だったことを話した。

 

「それは告白だね完全に! ゆーゆの不器用な遠回しのいじらしくも可愛い告白だよ!」

 勢いに圧倒される。

「そんな、断言できるほどなの……?」

「なにを賭けてもいいくらいだよ。女の子として保証してあげる」

「そ、そう……?」

「そうなの。ゆめゆめはゆーゆのこと好き?」

「ま、まあそりゃね。うん……」

「だったら今すぐにでもゆめゆめから告白すべきだよ。女の子はいつだって男の子から告白されたいものだからね」

「そういうもんなの?」

「そういうものなの」

 満面の笑顔。

 どうしてこんなに楽しそうなのだろう。

 

 ……でも。

 そうか。

 告白だったのか。

 …………。

 だったら、僕も……。

 けど、怖いな。

 園子を信じない訳じゃないけど、万が一ってこともあるし。

 やっぱり、怖い。

 ……まだ、少し考えてもいいだろう。

 園子の言ってることが事実だったとして、まだ数日ぐらいなら時間はあるだろう。

 うん。まだ大丈夫なはず。 

 ちゃんと数日、真剣に考えよう。

 

「相談に乗ってくれてありがとう。それを踏まえて考えてみるよ」

「ええ~! 今すぐパパッと愛をぶつけようよ~。絶対に受け入れてくれるんだよ?」

「まあまあ、こっちにも心の準備ってものがあるから……」

「ん~~」

 園子は不満そうにむくれて唸っていた。

 

 

 

 銀と夏凛との帰り道。

 この二人とは帰る所が大赦の用意したマンションという同じ場所だから、こうして一緒に帰ることが多い。

 登校も共にすることは多い。

 だからといって、ぺちゃくちゃと頻繁にお喋りしている訳でもないけれど。

 全く喋らないということもないぐらいか。

 別に仲が悪いという訳ではない。

 ただこの組み合わせだと静かなものだ。ということ。

 でも今日は、いつもよりも話す。

 

「ねえ夏凛」

「なに?」

「煮干し好きだよね」

「当然よ」

「なんでそんなに好きなの?」

「栄養満点で美味しいからよ」

「そっか。好きとそんなに堂々と正直に言えるのって、どんな気持ちから?」

「どんな気持ちからって、好きなものは好きなんだから、好きでいいじゃない」

「……具体的には?」

「だから、好きなら好きって言って何も問題ないじゃないって話」

「そう、か」

 好きなら好きで、正直に言えばいいということか。

 確かに、そうだ。

 紛れもなく正論だ。

 だからといって、そう簡単にできることでもないけれど。

 でも、それが一番いいのかもしれない。

 

「さっきから好き好き好き好きってなんだ? 朝陽と夏凛はそういう仲なのか?」

 全部聞いていた訳ではないだろう銀が適当に茶々を入れて来た。

「なっ! そういう仲じゃないわよ! 話聞いてた!?」

 顔を真っ赤に染める夏凛。

「あんまり」

「なら勝手な変なこと言わないでよ!」

「あははは」

「何がおかしいのよ!」

「いや、顔凄く赤くて面白いなって」

「なにを――――――!?」

 

 夏凛の雰囲気ががらりと変わった。

「朝陽! 後ろ!」

 辺りの空気も変貌する。

 日常から離れたものへと。

 

 聖剣を手に生み出した。

 後ろへ翳す。

 キインッ、と金属同士のぶつかり合う音。

 振り向く。

 

 そこにはナイフを手にした青年。

「お前が殺したのか!? そう聞いたぞこのクソガキ!」

 僕がデウスの力を使った代償で亡くなった人を、大切に思っていた人。

 また、か……。

 

 これで、戦いが終わってから襲われるのは三度目。

 なぜこんなことになっているのかというと。

 最初に僕に復讐しようとしていた大赦の人が、変死体で死んだのは夢河朝陽という男がやったことだ。と広めたらしい。

 まだ復讐を諦めていなかったようだ。

 当然そんな与太話にしか聞こえないことほとんどの者が信じなかったけれど。

 それでも大切な人を失って追い詰められた人間は、遣り切れなく潰れそうな感情をぶつける相手が欲しかったのだろう。

 こうして少数いるだろうその人たちに、たまに襲われるようになった。

 たまにというか、これで三度目だけど。

 

「加勢するわよ」

「駄目だ。これは僕がやらなくちゃならないことだ」

 夏凛を制する。

 これは僕がしたことの尻拭い。

 誰の力も借りずに、ちゃんとやらなければならないことだ。

 

「お前が殺したんだろ!?」

「そうですよ」

「なんでだ! あいつが殺されなくてはならない理由なんてないはずだ!」

「そうですね」

 本当に。

「なんでお前が生きている!? お前が死ねよ! 返せよ! あいつを返せよ……!」

「すみません……それはどちらも無理です」

 

 鍔迫り合っていたナイフを弾く。

 剣の柄を首筋に叩き込んで気絶させた。

 

「大赦には連絡しといたわ」

「うん。ありがとう」

「しっかし多いよなあ。厳密には朝陽の所為じゃないっていうのに」

「銀、その言葉はありがたいけど、結局僕が自分の意思でやってしまった事だから」

「う~ん……」

 

 気絶したこの人のその後の処理は、大赦がやってくれるだろう。

 後処理は自分にはできないから仕方ないとしても、それ以外はやった。

 大赦の人たちが来たら、真っ直ぐ帰ろう。

 

 

 

 次の日。

 放課後。

 またまた勇者部部室。

 その前。

 クラスが同じ面々。僕、友奈、東郷さん、夏凛。

 ガラガラっとドアをスライドさせて部室内に入る。

 友奈も後ろから続いて入ってくる。

 

 そうしてそのまま東郷さんか夏凛が続けて入ってくるものだと思っていた。

 ガラガラバタンッ!! ガチャ。

 後ろの扉は勢いよく閉まった。その後鍵を閉められた。

 意味が分からない。

 

「なにしてんねん」

 思わずエセ関西弁。

「お二人でごゆっくり~」

 園子の声。

 かっちりと理解のピースがはまった。

 なんてベタな!

「園子が元の仕掛け人か」

「そうだよ~今日は二人きりでゆっくり話すといいよ~それで先の世界へレッツゴー」

「うるせえよ開けてくれ」

「いやだよ~」

「これも友奈ちゃんのためよ」

「吉報を待ってますね」

「部員のために色々するのも部長の務めよ」

「さっさと終わらせなさい」

「朝陽頑張れ」

 ふざけんな恋愛脳共!

 

「朝陽くん」

 後ろから掛けられる声。

「な、なに友奈」

「閉じ込められちゃったの?」

「そうみたい」

「何かの遊び?」

「ど、どうなんだろう」

 先程の話は扉とほぼ離れていない僕しか聞いていない。

 友奈はいきなり事情も知らずに僕と二人きりにされたことになる。

「と、とりあえず出よう」

 ガチャガチャガタガタバタンバタン。

 乱暴に何度も開けようとしても当然の如く扉は開かない。

「そ、そうだ窓」

 ここは一階。

 ならば窓からなら簡単に出られる。

 ふふ、この程度で僕を思い通りに出来ると思うなよ。

 

 窓を見ると、ガムテープまみれだった。

「…………」

 それはもう、ギッチギチに。

 時間を掛ければ剥がして開けれなくもないとは思うが、めんどくさくなってきた。

 その執念を別に生かしてほしい。

「はあぁぁ……」

 溜め息、後。

「まあいいや。話したら出してくれるみたいだし、とりあえず話そう友奈」

「うん……いいけど」

「あ、ちょっと待っててね」

 

 ドンッ!

「「「「「「わぁっ!?」」」」」」 

 

 扉の前で聞き耳を立てている興味津々な乙女たちをドアに蹴りを入れて退散させた。

 ふう。

 とはいえ、せっかくの機会だ。

 利用はさせてもらおう。

 心の準備は、あまりできているとはいいがたいが、よくよく考えたらそんなもの一生できる気がしない。

 だったら、いつやっても同じなのではないのかと。

 もう当たって砕ければいいんじゃないのかと。

 砕けたら再起不能になりそうだけれど。

 あれ? そう考えたら怖くなってきた。

 どうしよう。

 

「朝陽くん?」

「あ、はい」

「お話しするんでしょ?」

「ま、まあ、そうだね」

「なんの?」

「なんの、か……」

「……?」

 言え、僕。言ってしまえ。もういったらあとは楽だろう?

 いえ。言え。YEY。

「ちょっとセグウェイ乗りたくなってきたよ」

「セグウェイって何?」

「セグウェイはセグウェイだよ」

「?」

 友奈はさっきから顔中ハテナまみれだなあ。

 まったく、誰のせいだ。

 

「友奈、好きです。付き合ってください」

 

「へ……?」

 みるみる動揺が広がるように、顔が赤くなっていく友奈。

「だから、女の子としてあなたが好きです。もっと近くに居たいです。恋人になってください」

「え……? え……?」

「どう、かな?」

「どう、って……」

 沈黙、数秒。

 されど何分にも感じられる、精神圧迫。

「こちらこそ、よろしくお願いします……私も、好きです」

「ほ、ほんと?」

「うん。嘘なんて何もない、本当の気持ちだよ」

 柔らかい微笑み。

 ……や、や、や、

 

「やったああああああああ!」

「わ!?」

「ありがとうありがとう! 大好きだ友奈!」

 思い切り抱きしめる。

 というよりも抱き付く。

 

「あ、朝陽くん。ま、まだこれは恥ずかしいよ……それにちょっと苦しい」

「ご、ごめんっ。つい、嬉しくて」

「ううん。私も、嫌じゃないから」

 

 

 ガラガラッ。

「おめでとーー!!」

「おめでとうございます!」

「やるときはやるじゃない」

「これからゆーゆとゆめゆめはラブラブだね!」

「頑張ったな朝陽!」

「友奈ちゃん……うっ……うっ」

「東郷さんどうして泣いてるの!?」

 

 わちゃくちゃ。揉みくちゃ。

 一気に騒がしくなった。 

 ていうか聞いてるんじゃねえよ。

 話してる間にこっそり戻ってきたのか。

 でも。

 だけど。

 けれど。

 なんだか嬉し恥ずかしくて、この騒がしさが心地よくて、友奈も頬を染めながら笑顔でいて、

 幸せだな。と思った。

 

「朝陽くん」

「ん?」

「これからもっと、よろしくお願いします」

 友奈の、飛び切りの笑顔。

「うん。よろしく」

「うん! ……大好きだよ、朝陽くんっ」

 

 

 

 本当におわり



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