世界樹の迷宮 風の翼 (交喙)
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1話

初投稿です、頑張って続けていこうと思うのでよろしくお願いします。


世界各地にそびえ立つ巨大な樹、世界樹。

世界樹の内部や地下には広大な迷宮が広がっており、それらは世界樹の迷宮と呼ばれる。

この国、ハイ・ラガードも世界樹が存在し、それ故に迷宮が存在する。

そして人々はその迷宮へ挑み続ける。

その目的は迷宮を踏破する事によって得られる名誉か、それとも世界樹の中に隠された秘密か…

また、新たなギルドが生まれ迷宮へ挑んでゆく…

 

 ●

 

鋼の棘魚亭

 

迷宮に挑む冒険者達の憩いの場である酒場であり、同時に彼らに対するクエストを紹介する場でもある。

店の店主は昔からこの店で冒険者達の旅立ちを見守っており、頼れるオヤジ、といった貫禄のある御仁である。

………と言うか酒に酔って暴れる冒険者たちを拳一つで黙らせる姿は頼りがいがある何ていうレベルではないかもしれないが。

 

 ●

 

現在の時刻はAM11:00、朝から迷宮に挑む冒険者達は既に迷宮に入り、夜に迷宮に挑む上級冒険者達も宿にてベッドに入る、故に現在店内は閑散としており、埋まってる席も一割あるかどうかといった所だ。

そしてそんな店の片隅で、二人の金髪の女性が一つのテーブルを囲んでいた。

 

いや、厳密にはその二人組の内の一人、青いコートを着た少女はテーブルに突っ伏して寝息を立てている訳だが。

 

その少女に対して同じ机を囲む女性が声をかける。

 

「ねぇ?サラサ…?」

 

「………」

 

だがサラサと呼ばれた少女は目を覚まさない。

 

「ねぇってば!」

 

「……………あによぉ」

 

再び今度は強い口調で声をかけると漸くサラサは顔を上げた。

青い目の人形のような少女だ、幼げな外見の割に低めな声と、少し釣り気味の目の影響かクールな印象を受ける。

ただ今は目の下に隈が浮かび、半分位あいた口からはヨダレが垂れているという残念な感じになってはいるが。

 

「どうしてあなたはこんな大切な日にそんな情けなーい感じになってるの!シャッキリしなさい!」

 

先程から声をかけている女性がビシィッ!という効果音が付きそうな勢いでサラサに指を突きつける。

 

「仕方ないじゃない………昨日は火薬の調合で忙しかったのよぅ………属性弾の火薬って作るの面倒なんだからさぁ………」

 

そう言うとサラサはポンポンと自分の腰に回しているウェストポーチを叩く、隙間からは火薬を入れる専用の入れ物の口が覗いている。

 

「だったらもっと早い段階で準備しておきなさいよ……」

 

少し疲れたように呟くと女性は椅子に腰を下ろし、一つため息をついた。

 

誰も気にする事も無い様な日常の中に埋もれている風景。

それが後に伝説となるギルドの誕生の瞬間だとは誰も知らない………

 

 

 ●

 

 

さっきからギャーギャーと五月蝿い相方も黙ったようなんで私はのっそりと体を起こしてそのまま伸びをする。

早い段階で準備しておけ、とセレナは言うが私の武器である銃に使用する火薬はかなりデリケートな品である故に、あまり作り置きとかはしておきたくないのだ、通常の物ならともかく属性弾のモノは特に。

ちなみにセレナと言うのは相方の事だ、一応幼馴染で、ギルドの指定している職業分類で言うならパラディン。

正直色々適当な私と違って色々と気はきくし面倒みも良い、女の私から見てもかなりいい女だと思う。

私は火薬云々言っている時点で分かると思うがガンナーだ、って私は誰に対して説明しているんだこれは。

 

「で?結局ギルドはどうするの?」

 

すると私が覚醒したことに気づいたのかセレナは窓の外へ向けていた視線をこちらに戻す、ヤバイ、ちょっと不機嫌そう。

 

「全く…あなたが「どーでもいいー」何て言うから取り敢えず私含めて二人とも登録しておいたわよ…」

 

そう言うとセレナは足元に置いてあったリュックから一枚の紙を取り出してこちらに見やすいように机の上に置く、何と言うかこの自然にこっちに気を配る動作とか本当に流石だと思う。

 

私はその紙を手に取り読み始める、本来ギルドを登録する際は大人数を一度に登録する事が多いため、手の中の書類は空白が多い。

 

「えーと…メンバーは私とセレナ、でリーダーはサラサ……………って私がリーダー!?」

 

一気に目が覚めた、この幼馴染は一体何を考えているんだ!?

 

「そりゃ「ギルド作って世界樹に挑みましょ!」って私を誘ったのはサラサじゃない、だったらあなたがリーダーになるのが妥当でしょ?」

 

確かにそれはそうだけど!しつこい様だけど銃に関係すること以外は適当な私と気を配るのも気を回すのも得意なセレナ、リーダーとして妥当なのは誰がどう見てもセレナの方だろう。

 

「それにもうあなたがリーダーって事で登録しちゃったからどうしようもできないわ、諦めなさい?」

 

セレナはニヤニヤと人の悪い目をしながらこっちを見ている…くそっ、この時々出る性格の悪ささえなきゃ完璧なのに!

 

「さて、目も覚めたようだし早く向日葵ちゃんのトコ言って必要なもの色々買っておきましょ?公宮から冒険者って認めてもらうために古跡ノ樹海一階のマッピングをするって言うミッションも受けなきゃだし、急がなきゃ!」

 

そう言うとセレナは立ち上がり、足元に置きっぱなしだったリュックを背負うとさっさと店を出て行ってしまう。

 

「え、あ、ちょ、待ってって!あ、おじさんこれお代ね!」

 

私はテーブルの上に30en分の硬貨を置くと、店の店主に声をかけて急いで彼女の後を追った………

 

 ●

 

シトト交易所

 

ハイ・ラガードの冒険者御用達の店。

ちょっとした日用品から迷宮に挑むのには必須の薬やアイテム、武器や防具まで幅広く取り揃えている。

ちなみに先の会話で出てきた向日葵ちゃんとはこの店の看板娘の愛称であり、向日葵のような可愛らしい笑顔と大きな向日葵の髪飾りが特徴の可愛い女の子である。

そんな彼女の笑顔につられてついつい買いすぎてしまう客も多いのだとか。

………そう言えばみんな「向日葵ちゃん向日葵ちゃん」と呼ぶ性で誰も彼女の本名を知らない………まぁ、どうでもいい事か。

 

 ●

 

「えーっと、向日葵ちゃん!メディカを3本、それからアリアドネの糸を1本、後食料と地図を書くための墨を頂戴!」

 

「あ、はい!お買い上げありがとうございます!」

 

セレナが代金を払って買ったものをリュックの中に詰め込むのを見ながら、私はふと店内の一角に目を向ける。

 

「あ…あれが世界樹の魔物から取れる素材なんだ」

 

そこには糸で縛られて一纏めになった針や、瓶詰めされた蝶の羽、良く分からないぶよぶよした物体など様々な物が一纏めにされていた。

 

そう、迷宮の中には「魔物」と呼ばれる人間に対して友好的とは言えない生物達が住んでいる、故に世界樹の迷宮に挑む冒険者達は常に命の危機に晒されるのだ。

 

……………

………

 

………うん、師匠の特訓と比べれば大したこと無さそうだ、うん、大丈夫。

ちなみに師匠は引退した冒険者で、私の父親の友人だったらしい、私が迷宮に挑みたいって決めたその日からミッチリギッチリそれはもう地獄のような修行をつけてくれた。

 

そんな師匠の特訓方式は正に実践方式、容赦ない銃撃をくぐり抜けて的を撃つ訓練(一応、流石に非殺傷の銃弾を使ってた、当たっても死なない、死ぬほど痛いだけ)とか、実際にどこかから連れてきた魔物と戦闘させられたこともあった(勿論師匠の監視付き、ピンチになったら助けてくれた、と思う)。

 

………あれ?これもしかしたら迷宮に挑むより危険だったんじゃないかな?気のせい?

 

「サラサー!準備できたし、そろそろ行くわよー!」

 

セレナの声で思考の中に沈んでいた意識が急浮上してくる、セレナの背中には荷物で大きくなったリュックが背負われていた。

 

「ああ、うん、今行く!」

 

鋼の棘魚亭の時に引き続き、私は急いでセレナの後を追う………やっぱりセレナがリーダーをやるべきなんじゃないだろうか?

 

 ●

 

ラガード公宮

 

ハイ・ラガードを収める国の中心。

しかし現在公主は体調を崩しており、殆どの仕事は大臣が行っている。

大臣はかなり昔から公主の補佐をしてきたらしいご老人で、腰は曲がっているがボケなどとは程遠い芯の通った御仁である。

少々気難しい所はあるが、実際は好々爺といった感じで、常に街の事や迷宮に挑む冒険者の事を気にかけている。

ちなみに、時々公女が姿を見せることもある。

衛子と建を打ち合わせている姿を見ることもあり、公女は実は凄腕の戦士ではないか、と言う噂もある………

 

 ●

 

「さて」

 

大臣は私達をはっきり正面から見据える、何度か会った事はあったが、ここまで真剣な目をしているのは初めてだ。

 

「ふむ、世界樹へ挑む、か…」

 

手に持った杖で床をトントンと叩きながら考え込むように俯く。

 

「ふむ、君たちは既に公国民、ギルドを作り世界樹へ挑むのは自由じゃ、しかし…」

 

そう言うと大臣は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

「君たちは若すぎる、よって外部から来た冒険者を公国民として認めるための試験と同じものを課そう…この羊皮紙に古跡ノ樹海一階の地図の一部を制作してもらう、詳しいことは樹海の入って直ぐに常駐している衛子に聞くといい。」

 

「はい、分かりました!」

 

この地図の作成は迷宮へ挑む冒険者への登竜門のようなものだ、私は大臣から羊皮紙を受け取ると深く頭を下げた。

 

「うむ、君たちの活躍に期待しておるぞ………ところで」

 

大臣の目が私に向けられる。

 

「サラサ………と言ったか、もしや、ザインの娘かの?」

 

「え?あ、ハイ!そうです!」

 

ザインと言うのは私の父親の名前だ。

 

「うむ、彼は非常に優秀な冒険者じゃった………ここに居るという事は、彼と同じ道に進む決意をしたのじゃな…」

 

先ほどの厳しい目では無く、孫の成長を喜ぶ祖父のような目で私を見る。

 

「彼の後を追うとしたらそれはまた厳しい道のりになるじゃろう…じゃが、この老体は君ならきっと出来ると信じておるよ…おっとそれから」

 

大臣は今度は私ではなくセレナの方へ目を向ける。

 

「確か君はセレナ君じゃったな……何度か衛子と一緒に訓練しているところを見たことがある。」

 

「あ、ハイ!何時もお世話になってます!」

 

私が師匠に師事を仰いでいた一方、セレナはこの街の衛子と一緒に訓練をしていたらしい。

 

「実は、君の事を気にしていた衛子がおってな…ほれ、あいつじゃ」

 

大臣が壁際を見ると、一人の衛子が何か大きな荷物を持って出てきた、セレナが衛子の方へ向かうと一言二言話した後に、その荷物を貰って戻ってきた…凄く良い笑顔だ。

 

「セレナ、何それ?」

 

気になったので率直に聞いてみる、するとセレナはその場で荷物を覆っていた布を解いた。

 

「訓練してくれた衛子の人がね、選別替わりに持って行けって!」

 

中から出てきたのは新品のタワーシールドだ、表面に剣を象った意匠が描かれている。

 

「彼女の期待に応えられるように頑張るつもりよ!」

 

そう言いながらセレナはタワーシールドを背負った、しかし彼女…って事はさっきの衛子は女性だったのか、あれだけいい笑顔だったから漸く春でも来たのかと思ったのに………

 

 ●

 

私達はラガード公宮を出て、世界樹の迷宮、その入口に向かう。

明るい日の光に照らされる入口は私達新米冒険者を歓迎しているようでもあって、逆に全ての侵入者を拒むような冷たい雰囲気もあった。

私達は覚悟を決めて迷宮に足を踏み入れる。

 

 

強い緑の匂いを含む風を浴びながら。

 

私達のギルド、「風の翼」の冒険が始まった。



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2話

文章のあいだあいだに入る文章が妙にメタメタしい事があります。


ハイ・ラガードの世界樹の迷宮第一層:古跡ノ樹海

一階の時点ではまだまだ生息している魔物も弱く、戦闘能力の無い一般人でも十分に準備すれば探索できる。

但し時折上階から強力な魔物が下りてくる事もあり、油断は禁物。

北方の国であるハイ・ラガードにありながらその気候はかなり温暖で、常に青々とした広葉樹の森が広がっている。

 

 ●

 

私達は古跡ノ樹海の中を進む。

樹海の中は北方のハイ・ラガードに存在するとは思えないほど暖かく、時折綺麗な蝶が飛んでいたりする。

 

「ねぇ、サラサ?」

 

この蝶は綺麗な紫色をしていて、そんな蝶が飛び交うこの花畑の中で昼ご飯を食べればきっと楽しい時間になるだろう。

 

「流石にそろそろ、現実逃避するのも止めないと、本格的にマズイと思うわよ?」

 

………ただし、その蝶が人の顔ほども大きくて、しかも人が死ぬほどの猛毒を持っていなければ、の話だが。

 

そろそろ現実を見よう。

 

現在私達「風の翼」と+αは

 

樹海の花畑の中で

 

物凄い数の毒吹きアゲハに囲まれて正に窮地に陥っているのであった………

 

 ●

 

毒吹きアゲハ

 

古樹ノ樹海に生息する毒を持ったアゲハ蝶。

かなり強力な毒を含む鱗粉をたっぷり付けたとても綺麗な紫色の羽が特徴。

ある意味世界樹の迷宮の代名詞、読者の中に冒険者が居たならばきっと一度はお世話になっているだろう………色々な意味で。

 

 ●

 

さて、

 

どうしてこんな事になったか、と言えば話は少し前に遡る。

 

迷宮に踏み込んだ私達は衛子に連れられて迷宮の奥へと進んでいった。

どうやら入口から地図を制作するのではなく、連れて行かれた先から入口への地図を作成しろ、と言う事らしい。

 

「…結構奥まで行くのね?」

 

セレナが少し不安げにこちらに話しかける、私もセレナも戦闘や探索に関して訓練はしていたが、実際に樹海に入るのは初めてだ。

 

「………所で、ここまでの道順…覚えてる?」

 

私がセレナに問いかけると彼女の表情が固まった…

 

 

 

更にいくつもの道を曲がり…すっかり道順も忘れた頃にやっと衛士の足は止まる。

 

「…この辺りでいいだろう。さあ、これが君たちのミッションの始まりだ。」

 

衛士はそう告げると、不安そうに辺りを見ている私たちを励ますように言葉を続けた。

 

「ここから街までの道程を地図に描いて帰るのが任務となる」

 

そういうと、衛士は私たちの持つまだ新しい地図を指差す。

 

「では、これで話はお終いだ。私は一足先に戻って、街への入り口で待っている君たちが無事、地図を描いてたどりつくのを楽しみに待っているよ。」

 

そう告げると、衛士はその場から立ち去ろうとするが、不意に顔をあげて私たちを見る。

「そうそう…、忘れる所だった。新米冒険者である君たちに念のためこれを授けよう」

 

衛士はそういうと、背負い袋からメディカを取り出した。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

私はそれを受け取ると、シトト交易所でセレナが買っておいてくれたリュックにそれを詰める。

既にセレナが幾つか買っておいてはくれたが数があるに越したことはない。

 

「樹海は辛く危険なところだ。十分注意して進むんだな」

 

衛士は朗らかにそう告げると鎧を鳴らしながら、君たちの前から歩き去っていく…。

 

「………これが小説なら「さぁ、先に進みたまえ!君たちの冒険の始まりだ。」って文が入るあたりかしらね?」

 

肩を竦めてセレナに問いかける、しつこい様だがここまでの道順などもう覚えていない。

 

「取り敢えず最低限のヒントはあるみたいね、今の場所はこの辺りみたい。」

 

セレナは私に地図を見せる、入口から大分離れた辺りに小さく赤丸が書かれていた…ここが今私たちがいる場所と言う事なんだろう。

 

「はー…ここから入口までの地図を書けって、結構な大仕事じゃない。」

 

「まぁ地図の制作は樹海に潜る上で欠かせないわ…あんまりグズグズして日が暮れると危ないし、早く始めましょ?」

 

私はセレナの言葉に頷き、リュックを背負い、ホルスターから銃を抜いて歩き出した。

 

 

 ●

 

 

私は今、草陰に隠れて銃を構えている。

 

標的は目の前の広場をウロウロしている針ネズミだ。

 

狙いを定めて…こちらに背を向けた瞬間に………撃つ!

 

パァン!と言う銃声が響くのと同時に、針ネズミがその頭部から血を流して倒れた。

何度かビクビクと痙攣し、その動きが完全に止まるのを確認して立ち上がり、一つ息をついた。

 

針ネズミの死体に近づき、素材となる針を引き抜いていく、一撃で倒したため、長い針も何本か取れた。

 

抜き取った針を軽く糸で縛って纏め、それをリュックの中に放り込む。

 

一連の動作が終わり一息つくと、丁度辺りを偵察に行っていたセレナが戻ってくる所だった。

 

途中で一悶着あったのか、少し鎧が汚れていた。

 

「お帰り、何かあった?」

 

「取り敢えずあの先は行き止まりだったからその分の地図は書いてきたわ…後は森マイマイが居たから狩って来たくらいね、あいつ思ったより固くて手こずっちゃったわ…」

 

ほら、と言いながら彼女は殻のカケラが入った袋を見せる、量的に3,4体分はありそうだ。

 

「お疲れ、私は今針ネズミを倒して剥ぎ取ったトコ…そろそろ進みましょ、あんまり――――!?」

 

先を急ぐことを進言しようとして、その言葉を止める。

 

「…どうしたの?」

 

「シッ!…今、なにか聞こえた…」

 

そのまま耳を澄ませる、風に揺れてこの葉が揺れる音…小鳥の鳴き声…それに混じって、何か聞こえる。

 

「………けてくれ!」

 

「!」

 

そしてそれが何かを認識し、私は駆け出した、直ぐ後をセレナが追ってくる。

 

「ちょ、ちょっとサラサ!何が聞こえたの!?」

 

今更ながら、私はセレナと比べると耳が良い…故にそれはハッキリ聞こえていた。

 

「誰かが助けを呼んでる!多分…男の人!」

 

突然目の前の視界が開ける。

 

桃色の花が咲き誇る花畑だ、周囲には魔物の気配もなく、ただ花が風に揺られているのみ。

 

その景色を綺麗だと思う暇もなく私達はその花畑の中へ駆け出す、花畑の中央の辺りで助けを呼ぶ声が聞こえていた…

 

 ●

 

花畑

 

危険な樹海の中とは言え、花畑が広がっているような綺麗な風景もある。

だがその花畑が安全な場所とは限らない。

蝶とか、!!ああっと!!とか、あのF.O.E.とか。

 

 ●

 

僕は倒れて息絶え絶えになっている妹に対してキュアをかけ続ける。

 

僕と妹は公国薬泉院で見習いをしているメディックだ、基本的に樹海へ潜ることは無い。

 

だが時折薬泉院の職員が迷宮へ潜ることもある。

 

薬泉院で使用している薬も、シトト交易所へ卸している薬も、その材料は樹海の中で採取できるものだ。

 

そしてこの花畑にはごくごく僅かながらネクタル、という薬の材料になる「小さな花」と言う花が採れる。

 

もう少し樹海の奥まで踏み込めば群生地も有るのだが…冒険者でもない自分達がそこまで踏み込むのは無謀と言うものだ。

 

故に殆ど魔物も出ない、樹海の入口に程近いここで採取をしていたのだが…

 

「何で…何で今日に限って…!」

 

キュアをかけ続けるが妹の顔色は一向に良くならない、自分のキュアの回復力の低さもそうだが、妹の体を蝕む毒の強さもかなりのモノなのだろう。

 

毒を始めとする状態異常を回復させるリフレッシュはまだ習っておらず、万能薬のテリアカβを持ってきていない、一先ずとは言え体力を回復させるメディカは先の戦闘の最中に使ってしまった。

 

が、妹を死なせないために僕はキュアをかけ続けようと手を伸ばした、…が

 

フッと力が抜けて意識を失いそうになる、尻餅をついた痛みで目を覚ました僕は気づいた。

 

自分のTP…この場合は魔力が切れたのだ。

 

最悪の状態だった、妹の体は未だに毒に蝕まれ続けている、今から彼女を背負って街に戻ったとしても間に合わない。

 

そして最悪の事態が重なる。

 

花の桃色と樹海の緑の中に紫色がちらりと見えた…あの魔物が戻ってきたのだ。

 

「誰か!誰か助けてくれ!」

 

妹を背負って叫ぶ、助けが来るとは思っていない、広い樹海で自分の声を聞きつけてくれる人が居るとは思っていない。

 

それでも叫ばずには居られなかった、自分は良い、妹だけでも助けて欲しいと思って。

 

そして

 

銃声が響き、目の前に飛び出してきた一匹の蝶が、僕の目の前で吹き飛んだ…

 

 ●

 

公国薬泉院

 

「超執刀!」「ねーよ!」

どこかで見たことがある男が院長を務める薬泉院、石化や戦闘不能の治療をしてくれる場所。

エトリアの同じような施設では薬品の販売も行っていたが、どうやらここでは交易所に卸す事にしたらしい。

彼の他には良く糸を忘れるこれまたどこかで見たことのある女性が助手をしている。

 

 ●

 

「大丈夫ですか!?」

 

私は吹き飛ばした蝶の事は置いておいて、私は白衣の男性に駆け寄る。

 

メガネをかけた何処か温和な雰囲気のする男だ、背にはオレンジ色の髪をした白衣を着た女の子が背負われている。

 

「…毒吹きアゲハ?」

 

セレナが私が撃ち殺した蝶を見て疑問の声を上げるが、今はそれ所じゃない。

 

「あ、あの!テリアカβ持ってませんか?妹がアゲハの毒にやられて…!」

 

私はセレナを見るが、無言で首を振られた、テリアカは買っていないらしい。

 

となれば…

 

私はウェストポーチから特殊用の火薬入れを取り出し、その中から緑色の火薬を銃に詰め、更に術式が彫り込まれた銃弾を装填する。

 

そして私はそれを少女の頭に向けて構える。

 

「え…ちょ、ちょっと待ってください!一体何を…!」

 

男が慌てるのも構わず私は引き金を引いた。

 

狙い違わず放たれた弾丸はそのまま少女の頭を粉砕…

 

などという事は無く当たった瞬間に緑色の光を放って消滅した。

 

「…大丈夫そうね」

 

少女の顔入りは大分良くなっていた、呼吸も落ち着いているから一応は問題ないだろう。

 

「ドラッグバレッド…ホント何が役に立つか分からないわ…」

 

ガンナーの使う弾丸は一種類だけではない、属性を付加された特殊弾というものがある。

 

これはアルケミストがその術式を刻み込んだ弾丸を特殊調合された火薬を用いて打ち出すことで、擬似的に術式の効果を再現したものだ。

 

そしてその中の特殊なものがこのドラッグバレッドだ。

 

これに刻み込まれているのはリフレッシュの魔法、但しリフレッシュは術式の類ではなく、メディックの特殊な技術を使った魔法なので、実際なぜそんな弾丸が作れるのかは弾丸に術式を書き込んだアルケミストしか知らない…

 

テリアカβが一般で販売されている現状ではあまり意味がないと私は思っていたのだが、師匠が「万が一もある、何かに役立つかもしれないから覚えておけ」と言ったのでしぶしぶ覚えたのだ、本当に、しかもこんなに速い段階で必要になるとは思わなかったが…

 

「さて、早く街に戻りましょ、地図も殆ど書けたし…………」

 

言いかけて、すぐそれが不可能だと悟る。

 

辺り一面の紫色

 

凄まじい数の毒吹きアゲハが私たちを囲むように飛び回っていた…

 

 ●

 

ここで話は冒頭に戻る。

 

銃声が響きまた一匹の蝶が絶命する、地面は既に蝶の死骸で紫色に染まっているというのに辺りを飛ぶ蝶は一向に減ったように見えない。

 

次を、と火薬を銃に詰めようとした所で体が異常を訴える、一つ舌打ちして入れる火薬をドラッグバレッドの物に変えて自分を撃つ。

 

さっきからこれの繰り返しだ、しかもドラッグバレッドの弾丸も火薬も限りがある、弾丸は一度撃てば彫られた術式に傷が付くし、火薬なんて言うまでもない。

 

唯一の救いといえばセレナが毒耐性のアクセサリを持っていた事か、彼女は今メディックの二人を守りつつ迎撃に回って貰っている。

 

そしてそこで一瞬とはいえ気を抜いたのが不味かった。

 

ドンッ!という凄まじい衝撃を受けて倒れる、倒れる寸前に見たのは私の死角になる方向から体当たりしてきたらしい毒吹きアゲハだ。

 

それだけじゃなく不運が重なる。

 

ガシャン、と言う音とともにドラッグバレッド用の火薬入れが中身をまき散らしながら地面に転がった。

 

「まず…!………最悪だ!」

 

慌てて拾い上げるが中身は撒き散らされて殆ど残っていない、もう一発分あるかないか…

 

私は体当たりしてきたアゲハを撃ち落とし立ち上がる、体当りされた左肩が痛む、と言うよりも明らかに蝶がぶつかったダメージじゃない、見た目は蝶でもやっぱり魔物という事だろう…

 

………もうドラッグバレッドは撃てない、しかし今この状況逃げる事も不可能だろう。

 

となると何とか出来る方法は、一つしか無い。

 

「セレナ!」

 

私は相棒に一つ、リクエストをする。

 

「いい、絶対にその二人、守りきってよ!」

 

え、とセレナがこっちを見るのも気にせず、私は辺りの地形を読み取る。

 

………木の幹の凹凸、飛び出した岩、そして、蝶の体の形や硬さ…

 

師匠から教わった、未完成の必殺技!

 

「ここぉ!」

 

引き金を引く、一発の弾丸が飛び出す。

 

少し息を吸いすぎた性で体に毒が回り始める、だけど今は関係ない。

 

弾丸は蝶が居る空間とは全く見当違いの方向に飛び、木の幹に当たる。

だが銃弾はそこでめり込まずに跳ね返り、別の方向に飛んでいた蝶を貫く

蝶に当たったことによって少し方向を曲げた弾丸は今度は地面から飛び出していた岩に辺り、更に反射…

そして更に蝶を貫き、再び別の物に当たって反射、蝶に当たり、また反射、それを繰り返す。

 

ガンナーの所謂必殺技の一つ、跳弾。

 

辺りの地形を読み取り、一発の弾丸を持って複数の敵を撃ち倒す。

 

しかしサラサはまだこの跳弾を上手く使えないでいた、と言うよりそもそも跳弾を使いこなせるのはかなりの腕前を持ったごく一部の優秀なガンナーのみ、そのごく一部の優秀なガンナーを師事していたとは言え、やはりそれはまだ未完成だった。

 

「あっ…」

 

木の幹に当たった弾丸はそのまま跳ね返らずに木の幹にめり込んだ、辺りを飛ぶ蝶は殆ど撃ち落とせたものの、まだほんの僅かながら残っていた。

 

「そん…」

 

な、と言おうとするがその前に私の体は地面に倒れ伏していた、興奮した事もあってかかなり早く毒が体に回ってしまったらしい。

 

僅かに残った蝶がこちらに体当たりを仕掛けようとしている、多分当たったらタダでは済まないに違いない。

 

私はそっと目を閉じようとして…

 

「お、おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

メディックの男が杖を手にこちらに走ってくる事に気づいた。

 

しかしメディックはそもそも前衛で戦うことも少ない、あの杖で蝶を殴った所で大したダメージにならないだろう事は目に見えている。

 

やめなさい、そう叫ぼうとしたが…

 

その時、私の想像を超えた事が起こった。

 

「妹のォ!」

 

男が杖を振り上げる、そして…

 

「恩人にィ!」

 

その瞬間細身の彼の全身の筋肉が膨れ上がった!

 

「手を!出すなァァァァ!ヘヴィィィィィィ!ストライクゥゥゥゥゥ!!!」

 

凄まじい勢いで振り下ろされた杖の一撃によって、蝶の姿が掻き消える。

 

何と言えばいいのだろうか?

 

叩き落とす、や、千切飛ぶ、ならまだ何となく分かる。

 

だが今、あの蝶は「ボッ!」と言う音と共に消滅したようにしか見えなかった。

 

「あ、あはは…」

 

乾いた笑いしか出ない、が。

 

取り敢えず私は、助かったようだ…

 

 ●

 

ヘヴィストライク

 

ある意味メディックの必殺技。

メディックはその名の通り、回復や復活に関するスキルを多く覚える、が、その中で異色を放つのがこのヘヴィストライクである。

回復職のメディックの技でありながら初代世界樹の迷宮では全職業トップ3に入るほどの火力を叩き出した。

ハイ・ラガード(世界樹の迷宮Ⅱ)では弱体化したものの、それでも強力なスキルである。

ちなみに習得前提はATK(攻撃力)ブーストがMAXと、VIT(体力)ブーストが5(最大10なので半分)と、メディックの本分とはかけ離れてるといっても良いだろう。

 

 ●

 

何とか死地を脱した私達は無事地図の作成を完了させ、街に戻ってきた。

ちなみにこのミッション中に毒吹きアゲハの大群と遭遇し戦闘した事を公宮にて報告したのだが、そもそも毒吹きアゲハは二階以上に出る魔物であり、その大群を倒してということで追加でボーナスが出た。

さらにセレナはなんやかんやであの毒吹きアゲハの素材を回収してきており、それを売ったことで一財産できた。

と言う事もあり、現在私達は鋼の棘魚亭にてささやかながら宴を行っていた。

 

しかしどうやら一階に毒吹きアゲハが出た事やそれを倒した事はかなり広く知られてしまったようで、気づけばこのささやかな宴会はこの酒場全体を使った大規模な宴会になりつつあった。

題して、「新たな有力ギルドの誕生を祝う会」、だそうで。

とは言え今ここに居る連中はただ何か名目をつけて騒ぎたいだけだろうが…。

 

そんな宴もそろそろお開き、と言った所で私達の机に一人の男がやってきた、あの時のメディックの男性だ、妹と言っていた少女は居ないようだが。

 

「風の翼の皆さん、今回は有難うございました!」

 

席に着くなり彼は頭を机に擦り付けるように下げ、私とセレナは彼を宥めるのに四苦八苦する羽目になったがまぁその話は置いておこう。

 

何だかんだで彼との話は盛り上がり、色々な事を聞けた。

 

まず、彼の名前はキリコ、と言うらしい、メディックの両親がとある所で見つけたとても古い文献に載っていた名医の名前から拝借したんだとか。

実は昔から力は強かったのだが、治療の腕前はイマイチだということ。

彼の妹は体力は消耗していたものの、命に別状はなく今は自宅で休んでいるらしいという事。

 

話も一通り終わり、さて私達も宿に帰ろうか、と言う所になって彼が何やら言いたそうにしていることに気づく。

 

「…どうしたの?」

 

セレナが問いかけると彼は「たはは…」と笑い。

 

「え、えーと…実は「冒険者に迷惑をかけるとは何事だー!」って上司に言われちゃって…薬泉院クビになっちゃいまして…」

 

そして彼は再び頭を下げて、叫ぶように言った。

 

「お願いします!僕を風の翼に入れてください!」

 

 

 

………こうして、ギルド『風の翼』に新たなメンバー、「撲殺医師」ことキリコが加入したのであった。



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