ご注文は捻デレですか? (白乃兎)
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第一羽

“青春とは嘘であり、悪である。

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。

自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

何か致命的な失敗をしても、それすら青春の証とし、思い出の1ページに刻むのだ。

例を挙げよう。彼らは万引きや集団暴行という犯罪行為に手を染めてもそれを「若気の至り」と呼ぶ。

試験で赤点を取れば、学校は勉強をするためだけの場所ではないと言いだす。

彼らは青春の二文字の前ならばどんな一般的な解釈も社会通念も捻じ曲げてみせる。彼らにかかれば嘘も秘密も、罪科も失敗さえも青春のスパイスでしかないのだ。

そして彼らはその悪に、その失敗に特別性を見出す。

自分たちの失敗は遍く青春の一部分であるが、他者の失敗は青春でなくただの失敗にして敗北であると断じるのだ。

仮に失敗することが青春の証であるのなら、友達作りに失敗した人間もまた青春ど真ん中でなければおかしいではないか。しかし、彼らはそれを認めないだろう。

なんのことはない。すべて彼らのご都合主義でしかない。

なら、それは欺瞞だろう。嘘も欺瞞も秘密も詐術も糾弾されるべきものだ。

彼らは悪だ。

ということは、逆説的に青春を謳歌していない者のほうが正しく真の正義である。

結論を言おう。

リア充爆発しろ。"

 

 

 

「なあ比企谷。私が授業で出した宿題はなんだったかな?」

 

国語教師の平塚静は額に青筋を浮かべながら、この作文を書き上げた目の腐った少年、比企谷八幡に問う。

 

「…はぁ、『高校生活を振り返って』というテーマの作文でしたが」

 

「そうだな。それで何故君は犯行声明を書き上げているんだ?君はテロリストなのか?それともバカなのか?」

 

「む、俺の国語の成績はそこそこよかった筈ですが」

 

「私はそういうことを言ってるんじゃない」

 

はあ、と平塚先生は呆れを含んだため息をつく。

 

「君は目はあれだな、腐った魚の目のようだな」

 

「そんなにDHA豊富そうに見えますか。賢そうっすね」

 

ひくっと、平塚先生の口元がつり上がる。

口の減らない問題児を相手にしていると、イライラも募るばかりと言うものだ。

 

「比企谷、この舐めた作文はなんだ?一応言い訳を聞いて………いや、止めておこう。長くなりそうだ」

 

平塚先生、英断である。

口答えの激しい、もしくは屁理屈のうまい八幡相手に言い訳など言わせれば、拳が火を吹かぬ限り止まりはしないだろう。

 

「お、俺はちゃんと高校生活を振り返ってますよ。だいたいこんなもんじゃないっすかね?」

 

「はあ、もういい。私はな、怒っているわけじゃないんだ。……確か君は部活動に入っていなかったな」

 

唐突に平塚先生の口からはそんな質問が出された。

八幡は、その後を図りかねながらも、一応返事をしておく。

 

「はい」

 

「一応聞くが、友達は?」

 

「作文にも書いたじゃないっすか。いませんよ」

 

平塚先生は、少し考えたような顔をしながら、タバコを咥え、煙を吐き出して言った。

 

「君は変わらなければ社会的に問題になりそうだからな、奉仕活動を命じよう」

 

「え、何をいきなり…」

 

八幡の声を遮るように平塚先生は続けて言った。

 

「私の知り合いにな。喫茶店を経営している奴がいるんだ。そこで奉仕活動、わかりやすく言えばアルバイトをしてきたまえ」

 

「えっ、俺の信条は働いたら負ーー」

 

「大丈夫だ。既に話はつけてある」

 

そんな八幡最後の抵抗も虚しく、平塚先生に地図を持たされ八幡は職員室を追い出された。

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで八幡は木組みの家と石畳の街に構えているラビットハウスという喫茶店で奉仕活動をすることになった。

 

「ここか。……働きたくねぇなぁ」

 

そんな文句をぶつくさ言いながらも、ラビットハウスと書かれた看板の下がっている店へと入る。

 

ラビットハウスと名のついた店なのだから中にはバニーガールでもいるのではないかと考えていた八幡だったが、そんな男の期待も虚しく消え、ポツリと哀愁に満ちた言葉が八幡の口から溢れる。

 

「うさぎ(バニーガール)はいないんだな」

 

「うちはそういう店じゃないので」

 

八幡の呟きに答えてくれたのは見た目中学生程度の少女、香風智乃、長く綺麗な白い髪の可愛い少女だった。

だが、チノ以上に八幡の目を引いたのは、チノの頭の上に乗っている、白い毛むくじゃらな生き物だった。

 

「……え、えと。ここで奉仕活動?をしに来た比企谷八幡ですけど」

 

「あなたが比企谷さんでしたか。話は父から聞いています。私の名前は香風智乃です。チノと呼んでください。頭の上のうさぎはティッピーです。……えと、とりあえず更衣室に案内します」

 

八幡の見るところ、現在店内にはチノ一人。

この年齢帯の少女が店を支えるには幾ばくか経験と責任感が足りないのでは、と八幡は感じるが、新人かつたかだか奉仕に来た八幡が口答するのは差し出がましく、心中に留めておく。

 

「申し訳ないんですが、男性用制服がバータイム用のものしかないので、これを使って下さい」

 

更衣室へ案内され、八幡は着替えを渡される。

いかにもダンディーな人が着れば似合いそうな服。

しかしながら、八幡には似合わないことは自覚していた。

 

「では」

 

そう言ってチノは退室する。

 

「仕方ないか」

 

八幡は渋々と渡された制服に着替えたのだった。

 

 

 

制服に着替えた八幡は店の説明をチノから受けると、既に仕事に取り掛かっていた。

 

八幡の仕事は主に接客とレジ。

チノの手が空いていなければコーヒーを淹れる。

 

コーヒーを淹れるといっても、まだ初心者な八幡には荷が重いので、随時教えを請う事になった。

 

調理担当はまた別の人がやっているとの事。

まだ、その人のシフトでは無いらしい。

 

「すごいですね。比企谷さん。飲み込みが早いです」

 

店内には二人しかいないこともあり、空気を読んだのかチノの方から八幡に話しかけ、そこから話が展開。

パーソナルスペースへ深く踏み込まない二人故に、二人はすでにある程度は話せるようになっていた。

 

「中学生で既に働いてる香風の方がすごいだろ 」

 

「チノと呼んでください。父もいるので混乱するでしょうし」

 

「ワシもおるしな」

 

不意にダンディーな声が店内に響く。

だが、現在店内には客はおらず、店員も八幡とチノだけ。

その声の音源ーー、

 

「このうさぎか?」

 

チノの頭に乗っているうさぎ、ティッピーが音源だと八幡は目星をつける。

 

「今のはティッピーがーー」

 

「腹話術です」

 

「いや、さすがに無理があるだろ」

 

「私、腹話術得意なんです」

 

「いや、だからーー」

 

「腹話術です」

 

チノが一歩も譲らないので、八幡は腹話術でティッピーが喋ったということにしておいた。

チノが、ほっもは安心したのも束の間。

ガラン、と音がなり一人の少女が入店する。

 

「「いらっしゃいませ」」

 

八幡とチノは同時に挨拶。

だが、その少女は客ではなかったようだ。

 

「すまない。部活の助っ人に駆り出されてて遅れた!……ん?チノ、誰だ?この目の淀んだ男は。…まさかゾンビか!?」

 

そう言って少女は八幡に向けて懐から取り出した銃を向ける。

心なしか、少女の方は緩んでいる。

 

「ひゃ、ひゃいっ」

 

いきなり美少女に銃を向けられれば一般人でも動揺する。

で、あれば、ぼっちである八幡が動揺しないはずもなく、変な声が八幡から漏れる。

 

「リゼさん。その人は新しく入ったバイトさんです」

 

「そうなのか?」

 

「ひ、比企谷八幡です」

 

「なんだ、ゾンビじゃないのか」

 

「なんで残念そうなんですかリゼさん」

 

明らかに落胆した様子を見せるリゼと呼ばれた少女。

 

「私は天々座理世。苗字だと噛むからリゼでいいよ。私も勝手に八幡って呼ぶし」

 

いきなり美少女に呼び捨てにされ、八幡は物凄く動揺する。

それはもう、腐った目が揺れるくらいに。

 

「じゃあ、私着替えてくるから」

 

そう言ってリゼは更衣室の方へ向かった。

八幡が訝しげな表情をしているのをチノは察したのか、リゼの唐突な行動へのフォローをするべく、弁明を始める。

 

「リゼさんは父親が軍人なので軍人と同じような行動をとってしまうんです」

 

誤解を招く言い回しは避け、簡潔に。

チノは話者としては申し分ないが、話を広げる資質には疎いようだ。

 

「そ、そうか。女の子がミリオタか」

 

「…?ミリオタ?」

 

「ああ、チノは知らなくていいんだ」

 

純粋なチノにはそういう用語はあまり教えない様に八幡は気をつけることにした。

なぜなら頭の上のティッピーがすごい形相で八幡を睨んでくるからである。

 

八幡としても純粋なチノの心を汚してしまうのは気が引けた。

 

そんなやり取りをしていると、リゼがラビットハウスの制服に着替え戻ってきた。

 

「チノ、八幡はどうなんだ?使えるか?」

 

「そう言うの、本人の前で話すのやめてくんない?使えないとか目の前で言われた日には枕がびしょびしょになっちゃうから」

 

「接客は先程やっていましたが問題なさそうですし、レジも問題なさそうです」

 

「メニューは覚えたか?」

 

「無茶を言うな、俺の頭はそこまで要領が良く無いんだ」

 

八幡がそう答えるとチノからメニューが手渡される。

覚えろ、との事らしく八幡はメニューを開く。

 

ブルーマウンテン、キリマンジャロ、コロンビア、オリジナルブレンド…………。

 

「マッカンがねぇ!?」

 

「どうした!?敵襲か!?」

 

八幡が突然大声を出すと、リゼはそれに反応し、モデルガンを取り出す。

接客業が帯銃していていいのかと八幡の心に浮かぶが、今はそれどころでは無い。

 

「MAXコーヒーがメニューにないじゃねぇか!」

 

「なんだ?そのMAXコーヒーっていうのは?」

 

「ただのコーヒーじゃない。コーヒーに練乳を、いや、練乳にコーヒーを入れたかのような飲み物だ」

 

「想像しただけで舌が塩辛いものを欲しているんだが…」

 

「八幡さん、そのMAXコーヒーという物はうちでは取り扱っていないんです」

 

「よし、じゃあ俺が作ろう。……と、言っても時間は掛かりそうだけどな」

 

「八幡さんが納得いくものが出来たらメニューに加えましょうか?」

 

「「チノ!?」」

 

リゼとティッピーから驚きの声が上がる。

 

「おう、俺のマッカンへの愛を見せてやる」

 

こんな感じで八幡の奉仕活動一日目は過ぎていくのだった。

 

 

 

 



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第二羽

「八幡、お前、意外と使えるな」

 

八幡の働きたくないオーラからは考えられないほど八幡は普通に働いていた事にリゼは驚いたようだ。

 

「意外とってなんだ意外とって。俺は超働いてるからな。なんなら働き過ぎで休暇を貰えるまである」

 

「まだ数時間じゃないですか」

 

「そうじゃ、そうじゃ」

 

 リゼの一言に八幡は反論し、チノは呆れた声を出す。

 八幡は初日なのにも関わらず二人ともう打ち解けたようだ。

 

 それはリゼの存在が大きいことに八幡は気が付いていた。

 ぼっちのスキル兼八幡の趣味、人間観察により、リゼの人柄を検証したところ、リゼは男女問わず気軽に話すことのできるタイプ。

 

 それにより、他人と距離を置きがちな八幡とチノの間にクッションとして入り、八幡とチノも気軽に話せる程度までは仲良くなったのだ。

 

「仕事中に何度か働きたくないという声が聞こえてきましたが、実際サボったりはしていませんでしたし、これならここで働いてもらっても大丈夫なレベルです」

 

「ワシからすればまだまだじゃ」

 

「俺の将来の夢は専業主夫だからな。俺を養ってくれる女の人と結婚する!」

 

「その目と性格じゃあ無理だな」

 

「そうですね。目はともかく、性格は直した方がいいと思います」

 

 チノ、リゼの二人に八幡の夢と性格を否定されるが、小中学校と軽いイジメを受けていた八幡はその程度のことは痛くもかゆくもない。

 むしろ、八幡の夢を許容してくれるような女性の方が少ないので、元々八幡は二人にはあまり期待はしていなかった。

 

「そう言えば八幡はどうしてラビットハウスにバイトしに来たんだ?働きたくないんだろ?」

 

「ああ、うちのアラサー教師がここで罰として奉仕活動しろって言うんだよ」

 

「罰ってなにしたんだよ。………まさか覗きとかか?」

 

「ひっ」

 

 リゼの軽い冗談をチノは信じてしまったらしく、八幡から距離をとる。

 

「おい、チノが信じちゃっただろ。やめろよ、覗きなんかしてねぇよ」

 

 図らずとも八幡は少し怒気を含んだ声になってしまった。

 

「そ、そうですか。すいません、疑ってしまって」

 

「あ、いや、別に怒ってはいないから大丈夫だ」

 

 チノは正直に八幡に頭を下げる。

 八幡は謝られ慣れていないので、どう反応していいか分からず、吃ってしまった。

 

「いや、言い出したのは私だしな。気を悪くしたなら謝る。ごめん」

 

 端から見れば目つきの悪い少年が、美少女二人に頭を下げさせているというなんともマズイ状況なのだ。

 

「いや、とりあえず二人とも頭を上げてーー」

 

「美少女二人に頭を下げさせる目つきの悪い少年。………新しい小説がかけそうです。ついでに警察に電話もかけてしまいそうです」

 

 客席に座っている女性の言葉が八幡の耳に入った。

 

「ちょっ、俺が犯罪者になる前に頭をあげてくれっ」

 

「あらー?続けてくれてもよかったんですよ?」

 

「じゃあまずその手に持った携帯電話を置きましょう」

 

 女性客がなんとも呑気なことを言うが、八幡にとっては今後の人生に関わる。

 チノとリゼも後ろで八幡が敬語を使った!などと八幡の手助けをする気はゼロのようだ。

 

「いや、さすがにこの歳で前科持ちは嫌なんで」

 

「しょうがないですね〜」

 

 ふふふ、と笑いながらも女性客は携帯をしまった。

 

「お客さんは小説家なんすか?さっき小説が書けそうって」

 

 八幡は話題を逸らすために、他の話題を提示。

 とにかくチノ、リゼの話題から引き離さないと墓穴を掘る可能性があったので、墓穴を掘る前に話を変える。

 

「はい、青山ブルーマウンテンというペンネームで書いております」

 

「え!?あの、うさぎになったバリスタを書いた!?」

 

 八幡はかなりの読書家なので、様々なジャンルの本に手を出している。

 その中の一冊に青山の書いた『うさぎになったバリスタ』というヒット小説があったのだ。

 

「はい、ご存知でしたか?」

 

「ええ、楽しく読ませていただきました。確か、映画化の話が出てたんじゃないっすか?」

 

「よくご存知で。来年上映予定らしいです」

 

「見に行きます!」

 

「ありがとうございます〜」

 

「八幡さん、注文お願いします」

 

話が一区切りつくと、チノから仕事を任せられる。

八幡は話に熱中していたので、店内に人が増え始めたのに気がつかなかったようだ。

 

「では」

 

ペコリと八幡は青山に礼をすると、自分の仕事に戻った。

 

 

 

こうして、八幡のラビットハウスでの奉仕活動初日は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様。どうだったかな?ラビットハウスでの仕事は」

 

仕事終わり、更衣室で八幡はタカヒロから今日の感想を尋ねられた。

 

「チノとリゼの二人が仕事を頑張ってて、俺だけサボるのが申し訳なかったんで、頑張ってたら疲れました」

 

「平塚君から聞いた通りだったね」

 

「そういえば、知り合いなんすか?」

 

「平塚くんはこの喫茶店のマスター、俺の親父の代の常連客だったんだ。小説家の青山くんの先輩だったらしいぞ」

 

「そ、そうなんすか!?」

 

ということは、青山ももうすぐアラサー……。

なんてことを八幡は考えてしまったが、すぐに考えるのをやめる。

 

(平塚先生なら、勘とかで俺を殴ってきそうだ)

 

実際、今平塚はくしゃみをしていたりしていなかったりする。

 

「平塚くんからは人格矯正が済むまでとのことだったが………」

 

「それ、マジだったんすか」

 

平塚から伝えられていた人格矯正。

奉仕活動をすれば治る的なことを八幡は聞いていたが、まさか本気でやろうと思っているとは知らなかった。

 

「いや、俺はその必要はないと勝手に思っている。だから君は平塚くんに殴られなくて済むようなタイミングでウチを出て行けばいい」

 

「いきなり解雇宣言っすか」

 

「いや、そういうことじゃない。ウチのチノは人見知りでね。初対面の君と今日あれだけ話せたのは奇跡と言っていい。つまり、チノ達とも仲良くしつつ、ウチで働いて、君が辞めたいと思ったらその時辞めていい」

 

つまりは、辞めるも働くも八幡の自由。

辞めたければ平塚に怒られないタイミングで辞めなさいとそういうことらしい。

 

「俺、そんな勝手にやめられるほど貢献してないですけど」

 

「なに、チノと仲良くしてくれる礼だよ。もちろん、働いてくれればその分給料も渡す」

 

「分かりました」

 

考えときます、とそう言って八幡は更衣室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

時刻は夕方。ラビットハウスからの帰宅途中、今日のことを八幡は思い返していた。

 

「働きたくないって思ってたけど、案外悪くない職場もあるんだなぁ」

 

八幡は職場とは常に上下関係やらが面倒臭く、少し働いていないそぶりを見せれば即解雇。

働いていたら次々に仕事が舞い込んでくるという鬼のような場所だと考えていた分、ラビットハウスの職場としての評価は高かった。

 

「……はっ、イカンイカン。俺には将来専業主夫になって養ってもらうという夢がーー」

 

「い、いやあぁーー!」

 

八幡が自らの夢を口にしようとした瞬間、少女の悲鳴がすぐそばの路地から聞こえてきた。

 

「よし、こういう時はスルーに限る」

 

喧嘩などろくにしない、いや、する相手もいないので八幡の戦闘能力は皆無。

故に八幡はスルーを決め込もうとする。

 

「こ、来ないでぇ!!」

 

「ぐっ」

 

八幡の心は揺れた。

ここでスルーをしてしまえば人間としてアレな感じになってしまうのではないかと。

ここで声の主を八幡が助けたとしても声の主は八幡に感謝などしてもくれない。

ならば、これはこの時だけの関係。

 

自分ならば土下座も靴舐めも余裕だと言い聞かせ、声の聞こえた路地を覗く。

 

するとそこにはウェーブのかかった金髪で中学校の制服を着た少女が涙目でその前に立ちはだかる目の腐った野良うさぎと対峙していた。

 

「は?」

 

素っ頓狂な声を漏らしてしまった八幡は悪くはない。

どんな不良が待ち受けているのかと思えばただのうさぎ。

拍子抜けである。

 

「か、噛むからぁ、これ以上近づいたら舌噛むからぁ!」

 

うさぎ相手に何を言っているのだろうと八幡は思う。

この少女がうさぎが苦手だとしてもそこまでのものなのか。

 

そんなことよりも、八幡としてはこのうさぎの目が腐っていることからどこか親近感を覚えた。

 

「ほら、虐めてやるな」

 

この一人と一羽を見ていると少女を虐める目の腐った不良、つまりは少女をいじめているうさぎが八幡の姿と被って見えたので八幡はうさぎをどかすことにした。

 

うさぎのお腹を抱えるようにしてつかみ、路地から出て地面に置いてやる。

 

するとうさぎはぴょんぴょんとどこかへ行ってしまった。

 

「なんだ、あれ」

 

「あ、えと、そ、その、助けていただいて、ありがとうござまーーヒィッ!」

 

「おい、露骨にビビるなよ、傷ついちゃうだろ」

 

少女は八幡の目を見て先ほどの目の腐ったうさぎを思い出してしまい悲鳴をあげた。

だが、八幡からすれば普通に八幡の目を見て引かれたと勘違いする。

 

「す、すいません。助けていただいたのに」

 

「慣れてるからいいよ」

 

「え、えと、お礼をーー」

 

「いらねぇよ」

 

「いえ、そんなわけには!」

 

そう言って少女は一枚の名刺大の紙を取り出し、八幡に渡す。

 

「私のバイト先の割引券です。よければ一度来てください」

 

「……フルール・ド・ラパン?いかがわしーー」

 

「ごく普通の喫茶店です!」

 

八幡の言おうとしたことがなんとなくわかったのか少女はツッコミの声を上げる。

 

「とにかく、助けていただきありがとうございました。えと、私の名前は桐間紗路です。フルールで呼んでもらえればサービスしますよ」

 

「いや、別に礼はーー」

 

「そうだ、あなたの名前も教えて頂けませんか!?」

 

最近の中学生は強引だなぁ〜と八幡は思った。

こんなナンパまがいのことをして捕まらないかなぁとも。

 

「はぁ、比企谷八幡だ」

 

「えと、比企谷さん、ですね!では、フルールでお待ちしています!失礼します」

 

そう言ってシャロと名乗った少女は走り去っていった。

 

八幡は貰った割引券に目を落とす。

 

「ハーブティー。………気が向いたら行ってみるか」

 

そう呟くと八幡も再び自宅へと向かうのであった。

 

 



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第三羽

八幡は翌日もラビットハウスに赴いた。

その際リゼがもう来ないかと思った、などと言っていたが、八幡としては平塚先生に殴られるのが怖いため、とりあえずはラビットハウスで奉仕活動という名のアルバイトをすることにした。

 

「俺のばっくれたバイトは百八まである!」

 

「何を自信に満ちた感じで言ってるんだ。仕事しろ」

 

「分かってるよ。…………客、いなくねぇか?」

 

時間帯は学校終わりの夕方。

何かと忙しい時間帯ではあるものの、客が一人もいないとなれば仕事も何もないだろう。

 

「今日はあまりお客さん来ませんね」

 

チノもうすうす感じていたようで、はあ、とカウンターでため息をつく。

 

カランカラン。

 

不意に店の戸が開く音。

 

「「「いらっしゃいませ」」」

 

仕事だ!と三人は声を揃えて客を出迎える。

この時ばかりは八幡も仕事以外することもないので真面目に対応。

 

入店してきたのは二人の中学の制服を着た少女。

片方は黒髪ロングの少女。

もう一人は昨日八幡が助けた少女、シャロだった。

 

「ふふっ、ここに来るのも久しぶりだわっ」

 

「子供の時以来ね」

 

シャロは八幡に気がつく様子はなく、席に着く。

だが、八幡はシャロに気がついたようで、シャロの視界から外れるように立つ。

ぼっちの特徴、バイト先等で顔見知りに会うと気まずくなる、である。

 

「で?なんで連れてきたの?私がカフェインを苦手にしてるの知ってるのに」

 

「シャロちゃんは最近バイトのしすぎだから、私が奢ってあげようと思って」

 

「ほ、本当!?」

 

シャロは生活面、特に金銭面ではとても苦労しているので、食事代が浮くのは非常に嬉しいことなのだ。

 

「すいませーん」

 

黒髪の少女が手を挙げ店員を呼ぶ。

その店員は勿論八幡である。

 

八幡はヘルプの視線をリゼに送るが、首を横に振られる。

はあ、と八幡は溜息をつくと、渋々と二人の少女のところへ注文を取りに行く。

 

「ご注文はお決まりになられましたでしょうか?」

 

ぼっちスキル、他人のふり。

顔見知りに使用するこのスキルは例え顔見知りであろうと、初対面ですよね?オーラをガンガン出すぼっちのスキルの一つ。

 

そこで、空気の読める少女シャロはそのオーラを敏感に感じ取る。

 

「あ、え、ええと、私はこのトーストを。千夜は?」

 

千夜と呼ばれた黒髪の少女は八幡の濁った目を見てもニコニコしながら言った。

 

「キリマンジャロをお願いするわ」

 

「かしこまりました」

 

八幡とシャロ、意外と相性がいい二人なのかもしれない。

 

八幡は無事注文を取ると、チノとリゼに注文を伝える。

チノはコーヒーを作るため豆を挽き、リゼはトーストを作りに厨房へ。

 

各々が自らの仕事に入ったところで、察しのいい少女、千夜は小声でシャロに話しかける。

 

「シャロちゃん、あの男の店員さんと知り合いなの?」

 

いきなり核心をつく千夜にシャロは驚いた顔をしながらも答える。

 

「な、なんで分かったのよ!?」

 

驚いたような声音ながらも声は小さい。

この少女二人は社会へ出ても、上手くやっていけそうである。

 

「だってあの男の人の目、凄く淀んでて、いつものシャロちゃんなら怖がるでしょう?なのに、さっきは普通だったし……」

 

「あんたは探偵かなんかなの?……でも、まあ、そうよ。昨日うさぎから助けて貰ったわ」

 

「それで惚れちゃったと」

 

「違うわよ!」

 

千夜の冗談に反応してしまい、いきなり声を大きくしたことで、厨房にいるリゼ以外のチノ、ティッピー、八幡はシャロの方を向く。

 

「あらあら、これは、もしかすると、もしかするの?」

 

「違うって言ってるでしょ!?」

 

今度はしっかりと小声で千夜に突っ込むシャロ。

千夜の方は、突っ込まれてもニコニコとした笑顔は崩さず、シャロをからかっている。

 

「八幡、トーストができたぞ。コーヒーと一緒に持って行ってくれ」

 

厨房から戻ってきたリゼが、八幡にトーストを渡す。

 

チノの入れたキリマンジャロと、トーストをお盆に乗せ、八幡はシャロ達のいるテーブルへと向かう。

 

「お待たせいたしました、キリマンジャロと、トーストになります」

 

再び初対面だよね?オーラを全開の八幡。

だが、今回は先ほどのようにはいかなかった。

 

「店員さん、シャロちゃんと友達なの?」

 

天然少女、千夜はその八幡のオーラを感じつつもあえて話しかける。

 

そんな千夜に、なっ!、と驚く八幡とシャロ。

空気を読めない女なのか?と八幡は考えたが、八幡の人間観察スキルがそれは違うと察知する。

 

(うわぁー、空気を読めないんじゃなくて、敢えて空気を読まないタイプの奴だ)

 

八幡の考えは当たっていた。

千夜は、言うなれば、小悪魔。

相手を弄ったりすることを楽しむS。

更にコミュニケーション能力もそこそこに高い。

 

八幡の最も苦手とするタイプだ。

 

「そ、そうね。昨日、うさぎから助けてもらったわ」

 

「ああ、それだけだ。じゃあ、俺は仕事にーー」

 

「ちょっと待って」

 

八幡が早々に離脱しようと動き出すと、千夜が止める。

 

「義理堅いシャロちゃんが、助けてもらって、なにもしない、なんてことはありえないでしょう?」

 

「あんた、やっぱ探偵かなんかなの!?」

 

「じゃ、俺はこれでーー」

 

シャロと千夜の漫才のようなやり取りに居づらくなったのか、八幡は再び離脱を考える。

 

「待って」

 

「ぐ、な、何でしょうか?」

 

「あ、敬語は止めて、シャロちゃんの友達なら、私の友達だしね」

 

いえ、友だちではないです、と八幡は口にしそうになったが、止めておいた。

 

「名前を教えてくれるかしら?」

 

「そんなの桐間に聞けばーー」

 

「あなた本人の口から聞きたいの」

 

「…………比企谷八幡だ」

 

渋々といった様子で八幡は自分の名前を告げる。

それにニコッとした笑顔で千夜は答える。

 

「宇治松千夜よ、千夜って呼んでね?」

 

宇治松と呼ぼうとした八幡に対し先手を打った千夜。

これまた渋々、千夜と呼ぶ事にする。

考えてみれば八幡はチノもリゼも抵抗なく名前で呼んでいる事に気がついた八幡だったが、気にしないことにした。

 

「じゃあ私もシャロでいいわよ」

 

「……………わかった」

 

「なんか私の時だけ嫌そう!?」

 

シャロは千夜と違い八幡の苦手なタイプの人間ではないため、抵抗しやすいのかもしれない。

 

「比企谷君は恥ずかしがり屋さんなのよ」

 

「違うからな?千夜の言う事を信じるなよ?」

 

「じゃあ、シャロって呼んでも問題ないわよね?」

 

「わ、分かったよ」

 

八幡は尻に敷かれるタイプだなぁと千夜もシャロも同じことを思っていた。

 

「じゃあ、シャロちゃんも、比企谷くんの事を八幡って呼ぶのよね?」

 

「え?」

 

「違うの?」

 

シャロは普通に比企谷と呼ぶつもりだったので、意外そうな顔をして千夜の顔を見る。

 

「で、でも、千夜も比企谷くんって呼んでるじゃない!」

 

「私が八幡くんって呼べばシャロちゃんもそうするのね?じゃあ、私は八幡くんって呼ぶことにするわ!」

 

完全にシャロの反応を楽しんでいる千夜だが、シャロは奥手な女の子。

千夜に弄られていると気がつくよりも、八幡と呼ぶことの羞恥心の方がシャロの脳内を占める。

 

「は、は、はははは、はち、はちま」

 

「いや、落ち着けよ。壊れた機械みたいになってるから」

 

「うるさいわね!仕方ないでしょ!?私の学校は女子校だから男子と関わる機会なんてなかったのよ!」

 

「ああ、お嬢様っぽいもんなお前」

 

「そうねー、勉強もできて、お嬢様なんて、完璧すぎるわー」

 

千夜が棒読みでそんなことを口にする理由は八幡にはわからなかったが、気にしないことにする。

 

「ほら、私に続いて、八幡」

 

「は、は、はち、八幡」

 

「もう一回」

 

「は、八幡」

 

「イジメかよ。勘弁してやったらどうだ?」

 

「ふふっ、だって面白いんだもの」

 

ニコニコと、顔を真っ赤にするシャロを見つめて楽しむ千夜。

 

シャロが八幡と吃らないで呼べるようになったのは数十分後の話であった。



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第四羽

今更ですが現在の時間軸はココアの来る少し前です。
そろそろ登場予定ではあります。


 小中高と学校は春休みへと突入し、普段であれば八幡は宿題をとっとと終わらせ、一日中ゲームや、読書三昧という日々を送っているーー、筈だった。

 だが、平塚先生から八幡は春休み中もラビットハウスへ奉仕活動へ行くようにと釘を刺されていた。

 

 そのため、例年ならば遅寝遅起きを繰り返していた八幡も、仕方がなく朝七時に起床。

 妹の比企谷小町に朝食を作ってもらっていた。

 

「ねえねえお兄ちゃん」

 

「どした?」

 

「ラビットハウスってところでアルバイトしてるんだよね?」

 

「ああ」

 

「お嫁さん候補はいる?」

 

 小町も現在中学生。

 色恋沙汰に興味を持ち始めるお年頃。

 例えそれが兄の恋愛事情であったとしても変わりはなかった。

 

「そうだなぁ、俺を養えそうという意味でなら二人いるな」

 

 チノとリゼである。

 チノはおそらくラビットハウスを継ぐであろうし、リゼも仕事の面ではとても有能なので、社会に出ても出世することだろう。

 

「もう、そんなごみぃちゃんな思考はどうでもいいよ。それより、その二人可愛い?」

 

「客観的に見ればそうなるだろうな」

 

「お兄ちゃんの意見を聞いてるの」

 

「………………可愛いんじゃないか?」

 

「なにその間」

 

「ばっか、同僚の女の子を可愛いとかすごい言い辛いんだよ」

 

 八幡とて健全な男子高校生。

 羞恥心というものもそれなりに持っている。

 普段シスコンの八幡が小町に可愛い、などと言っているのとはまた別物なのだ。

 

「小町とどっちが可愛い?」

 

「小町」

 

「うわぁ、そこで即答するあたり気持ち悪いよお兄ちゃん。でも、小町的にポイント高いよ!」

 

「はいはい」

 

 いつものようにポイントとやらを軽く聞き流す八幡。

 だが、こんなでも八幡の現状最愛の人間なのだから多少なりあざとくても問題はない。

 

(ラビットハウスの二人か。…………チノにお兄ちゃんって呼んで貰えないかな?……ハッ!?今俺は何を考えた!?煩悩退散煩悩退散)

 

 八幡は小町とのやり取りによって思考回路が狂ってしまったようだ。

 それもそれも八幡の妹への愛ゆえ。

 

「まあいいや。今度ラビットハウスに行ってもいい?」

 

「え、嫌だけど」

 

「まあ、ダメって言われても行くんだけどね」

 

「じゃあ聞くなよ」

 

「ほら、一応言っておけば、心の準備とかできるでしょ?」

 

「妹相手に心の準備とかいらねぇだろ」

 

「まあね」

 

小町はそう言うと、食卓の席に着く八幡の前にトーストとスクランブルエッグを置く。

これが比企谷家の朝である。

 

「いつもすまんな」

 

八幡はトーストを齧りながらも小町にそれとなく礼を言う。

 

「本当だよ。はやくお嫁さん作って家出て行ってよ」

 

「そこは、『それは言わない約束ですよ』っていうところ………ってかそんなに俺に出て行って欲しいの?お兄ちゃん泣いちゃうよ?」

 

「全く、このままじゃあ、小町がお兄ちゃんを養うことになっちゃうじゃん」

 

「帰ったら家に可愛い妹。…………それなら働ける!いや、やっぱ無理だわ。働きたくない」

 

「何から何までごみぃちゃんだなぁ。それに、帰ったら小町がいるのは今も同じじゃん」

 

「あ、そうだな」

 

ん?じゃあ妹さえいれば他は何もいらない?などと全くおかしな方向へと思考が飛んで行っている八幡を放って小町は内心ほくそ笑んでいた。

 

(ふふふー、小町は今からお兄ちゃんのお嫁さん候補が楽しみで仕方ないよー♪)

 

小町はあざとく、小悪魔的な部分が存在するが、根は兄を想う良い妹である。

 

 

 

 

 

 

八幡はいつも通りにラビットハウスへと赴き、最も客の来店が少ない時間帯の昼間に。

社会人は仕事であるし、学生も春休みというのもあり、大抵はどこか遠出をしていてもおかしくなく、喫茶店には客があまり来ない。

 

「今日も客少ねぇな。大丈夫か?この店」

 

「父のバータイムの方は繁盛しているので、経営の方は安定してます」

 

八幡の疑問にチノが答える。

昼はあまり客はこないラビットハウスだが、夜中は客足が伸びるらしい。

バータイムのラビットハウスを八幡は知らないためなんとも言えないが、チノの言った通りなのだろうと納得する。

 

ラビットハウスの昼も決して人が来ないわけではなく、日によって客が多く来る日もある。

 

八幡はまだバイトを始めて時間もあまり経っていないので、知らないだけだ。

 

「まあ、俺の仕事が減るのはいい事ーー」

 

八幡がそう言いかけた瞬間、カラン、と店の戸が開く音。

 

「仕事、増えたな」

 

リゼはハハッと笑いながら八幡にツッコミを入れた。

だが、八幡はそれどころではなく、今入ってきた客に視線を釘付けにされる。

 

「どうした?八幡」

 

「八幡さん?」

 

「お兄ちゃんが名前で呼ばれてる!?これはもしかしたらもしかするの!?」

 

八幡の妹、小町である。

八幡は朝のやり取りを完全に冗談だと思い聞き流していたが、まさか本当に小町がくるとは思っていなく、呆然としている。

 

「何か問題があるのか?」

 

リゼは小町がなぜそんなに狼狽えているのかがわからないので、首をかしげる。

 

「ラビットハウスの店員は全員俺を八幡って呼ぶんだよ」

 

「な、なんだ。お兄ちゃんに春が到来したのかと」

 

「ほら、さっさと帰れ」

 

八幡は自らの黒歴史をリゼ、チノに知られる前に小町を追い出しにかかる。

 

「あっ、ミルクココアをお願い」

 

だが小町はまだ退店する気はないようで、八幡に注文を言う。

それを聞いた八幡は渋々とカウンターへ戻りチノにミルクココアを作るよう伝える。

 

「八幡さんの妹なんですか?」

 

「ああ、最愛の妹だ」

 

「八幡はシスコンだったのか」

 

「ばっか、ちげぇよ。妹が大好きなだけだから」

 

「それをシスコンって言うんですよ」

 

リゼとチノは八幡に冷静なツッコミを入れる。

 

「では、八幡さん、持って行ってください」

 

小町の注文したミルクココアを作ったチノは八幡にそれを渡す。

 

「え、俺が行くの?」

 

「妹なんだし、問題ないだろ?」

 

「妹だから敬語とか使いづらいんだよ」

 

「まあいい、じゃあ私が行くよ」

 

八幡が拒否するので、仕方なしといった感じでリゼが配膳へ。

 

「お待たせしました。ミルクココアです」

 

「あ、ありがとうございます。………ところで、お名前を聞いてもいいですか?」

 

「天々座理世です」

 

あくまで客に対してなので、敬語は外さないリゼ。

それに対して小町は顔をムッとさせる。

 

「お兄ちゃんの知り合いですし、敬語はいいですよ。小町はその辺気にしませんし」

 

「そ、そうか?ところで、八幡について一つ聞いていいか?」

 

「どうぞ!何なりと!」

 

リゼが八幡に好意を抱いているのかと期待して、小町は顔を明るくしながら答える。

 

「八幡のあの捻くれは何なんだ?」

 

リゼの質問を聞いた瞬間、小町の顔は一気に暗く。

 

「お兄ちゃん、こんな可愛い人の前でも捻くれてるの?小町的にポイント低いよ」

 

「か、かかか、可愛い!?私がか!?」

 

可愛いと普段から言われ慣れていないリゼは知人の妹から可愛いと言われるだけでも、顔を赤くして狼狽える。

 

その姿を見て小町は更に追撃。

 

「ええ、かっこいい感じでありながら可愛さも兼ね備えている!是非、お兄ちゃんのお嫁さんに!」

 

「いや、私はそんな!可愛いなんて!冗談だろ?後、私は専業主夫が夢だ!とか公言する奴と、結婚するのはちょっと…」

 

「……チッ。お兄ちゃんの馬鹿!」

 

「今舌打ちした!?」

 

「え、何で俺罵倒されたの?」

 

小町の舌打ちに驚くリゼとカウンターで何故罵倒されたのかと首をかしげる八幡。

 

「まあ、お兄ちゃんはそんな変な事言ってますが、将来は小町がしっかりと社会へ送り出すので、問題はありませんよ!」

 

「まあ、八幡はなんだかんだ言いながらもしっかり働くしな」

 

「その辺も、お兄ちゃんは捻くれてるんですよねぇ」

 

「そうだな。だが、仕事面なら八幡はしっかりと自分の仕事は熟す。……問題なのは言動とかか?」

 

「それは小町も同意です」

 

「だが、チノ、えっと、カウンターにいるもう一人の女の子は意外に八幡に懐いてるぞ」

 

「………ちなみにあの子は何歳ですか?」

 

「中学一年だけどそれがどうした?」

 

はあ、と小町はため息をついて小声で呟いた。

 

「小町よりも年下かぁ、お兄ちゃん、犯罪者にならないかなぁ」

 

「小町は何歳なんだ?」

 

「中学二年生です」

 

「へぇ、出来ればチノとも仲良くしてやってくれ。チノは引っ込み思案で中々友達を作らないんだ」

 

「それくらいなら問題ないです!小町にお任せっ☆」

 

あざとくリゼに返事をして、ミルクココアを一気に飲み干すと、小町は立ち上がりチノの方へ。

 

「チノちゃん!」

 

「へ?な、なんでしょうか」

 

「小町と友達になって!」

 

お任せ、と堂々と言うものだからリゼは何かすごい作戦でもあるのか、と考えていたが、考えなしの直球勝負だった。

 

「え、あの」

 

いきなりのことに状況を把握しきれていないチノ。

だが、そんなことは御構い無しに小町は攻める。

 

「年も近いし、仲良く出来そうだよっ!」

 

「いや、だから」

 

「チノちゃんの入れてくれたココア美味しかったし!また淹れて欲しいな!」

 

「それは、ラビットハウスにくればいつでもどうぞ」

 

「本当!?やった!出来ればお兄ちゃんにも毎朝お味噌汁をーー、おっと、これはまだ早いかな」

 

危ない危ないと、小町は自らの口を塞ぐ動作。

チノには何を言おうとしたか分からなかったようだが、八幡は違ったらしく、小町にツッコミを入れる。

 

「おい、早いも遅いもなく、普通に聞くことじゃねぇだろ」

 

「いいじゃん、中学一年生の今からお店を手伝ってる子だよ?お兄ちゃんの専業主夫だって小町は叶えさせたくないけど、叶えてくれるかもしれないんだよ!」

 

「いや、なんの話ですか?」

 

「チノは嫁になんてやらんぞ!」

 

ここで、チノの頭の上に乗っているティッピーが口を挟む。

それで小町の興味は八幡の色恋沙汰からティッピーに移る。

 

「その、うさぎ?はなに!?喋ったよね!?」

 

「私の腹話術です」

 

「え、でも」

 

「私、腹話術得意なんです」

 

「あ、うん、凄いね!」

 

流石の小町といえども、立ち入れない領域だったようだ。

 

「チノはちゃんと誠実で真面目な働き者でラビットハウスを継いでくれる好青年でなければーー」

 

「ティッピーうるさいです」

 

誤魔化したいチノの意思に反し、ティッピーは次々に喋るため、ムギュとティッピーを抑えつけるチノ。

その様子を見て更にモフモフさせてー、とテンションを上げる小町。

 

客がいればこんな楽しげな雰囲気にはならなかっただろう。

 

小町のこの異常なハイテンションはチノと仲良くなるための作戦なのかと、八幡は関心する。

 

「「平和だなぁ」」

 

すっかり蚊帳の外な八幡とリゼは窓の外を見てそう呟いた。

 

 

 

 

 



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第五羽

あ、あれ?どーしてこーなった?
まっ、いっか!
ココア登場前最後になるかと思います。


 八幡がラビットハウスでの奉仕活動を命じられて早くも数週間が過ぎた。

 八幡はその間も一度も奉仕活動をサボることはなく、真面目に働いている。

 

 そのため、タカヒロさんから一日休暇をもらい、先日シャロをうさぎから助けた際に貰った割引券を使用するべく、フルール・ド・ラパンへと赴くことにした。

 

「外観はおしゃれな感じ……リア充どもの巣窟か?」

 

 八幡は店の外観を見ても素直に褒めることはせず、捻くれた言葉を呟く。

 

「とりあえず、入ってみるか」

 

 店の戸に手をかけ、中に入るとーー、

 

「いらっしゃいませー」

 

 ロップイヤーにスカート丈の短い制服。

 店の決まりなのか、歓迎のポーズ?をして八幡を迎え入れるシャロの姿が八幡の目に映った。

 

「すまん」

 

 八幡はすぐに回れ右をして退店。

 なにも見なかった事にしてさっさと帰ろうとすると、店の戸が開き、シャロが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「気持ちは分かるけど、そっちの方が恥ずかしいからやめて!」

 

 帰ろうとした八幡の腕を掴み、店内に引きずり込む。

 

「こちらへどうぞ」

 

 強引に席へ座らせたシャロ。

 八幡はされるがままに座らされ、メニューを手渡される。

 

「俺、ハーブティーの事をよく知らないんだが…」

 

「大丈夫よ。私が選んであげるから。あんたはーー、アイブライト茶なんてどう?目の疲れとかに効くわよ」

 

「俺の目、疲れてるから濁ってるわけじゃないからね?デフォルトなんだよ」

 

「まあいいじゃない。読書家だって話を聞いたわ。目、疲れるでしょ?」

 

「あ、ああ。じゃあ頼む」

 

「かしこまりました」

 

 半ば強引にメニューを決められた八幡。

 だが、それは決して嫌がらせのようなものではなく、シャロなりに八幡の事を考えて選んだことに、八幡は気が付いていた。

 それが、シャロの優しさだと。

 

 八幡はその事に敏感に気が付いていながら、偶然だと思い込ませる。

 他人が自分に優しく接してくれるなどあるわけがないと。

 せいぜい、リゼやチノのように軽い冗談を言い合ってそれで終わる関係。

 

 そこで終わらせたかった。

 それだけで八幡は満足なのだ。

 

 だから八幡は他人に深く踏み込んでいくことをしない。

 

「お待たせいたしました。アイブライト茶です。後こちら、サービスのクッキーです」

 

 シャロはお盆を持ってハーブティーとクッキーを運んできた。

 八幡はすぐに思考を切り替える。

 

「サンキュ」

 

 短く礼を言うと八幡はカップに口をつける。

 

 爽やかで、多少の苦味はあるがクセのない味。

 甘党の八幡はあまりこの様な味の飲料は口にしないが、偶にはこんなのも悪くないと思った。

 

 次に、クッキーに手をつける。

 

「………うまい」

 

 その味は自然と声が漏れてしまうほどのもの。

 一つ、また一つと八幡はクッキーを口に運ぶ。

 

「よかったわ。口に合ったようね」

 

「ああ、美味いな。このクッキーを食べにフルールに通うまである」

 

「べ、別にそこまでしなくても、言えば作ってあげるわよ。………材料費は貰うけど」

 

「これ、シャロが作ったのか?」

 

「ええ、うさぎから助けてもらったお礼なのに、ハーブティーだけで、お金も払わせるのはアレだしね。このクッキーは私が勝手に作って出しただけ」

 

 顔を多少赤くして八幡から視線を逸らしつつシャロは言う。

 

「お、おう」

 

 場所が喫茶店ではなく、公園のような場所であったなら、この二人は、顔を赤くしつつも彼氏のためにお菓子を作った彼女の構図に見えただろう。

 

 だが、ここは喫茶店。

 周りから見れば、常連客、顧客などにサービスをする店員にしか見えない。

 

 それにより、シャロが時々敬語を忘れたとしても不自然ではないし、八幡と仲良さげに喋っていてもなんの問題もない。

 

 唯一気になるところがあるとするなら、八幡の目が腐っていることだろう。

 

「この後、すぐにバイト終わるからちょっと待っててくれる?」

 

「え、もう帰ろうかとーー」

 

「言い方を間違えたわ。待ってて」

 

「……拒否権なしかよ」

 

 八幡は会計を済ませると店の外に出る。

 シャロに待ってろ、と言われ渋々と店の外から少し離れたところで待つ事にする。

 

「寒っ。もう春の筈なのに、寒いな」

 

 八幡は自らの手に息を吹きかけ、少しでも温める。

 

 そんなことをしているうちに、シャロが店から出てくる。

 店の入り口から少し離れているため、シャロはキョロキョロと周りを見て八幡を探す。

 

 八幡を見つけると駆け足で八幡に詰め寄る。

 

「待っててっていったのに」

 

 シャロは置いていかれて、店の前に八幡がいなかったのかと勘違いしているようだった。

 

「待ってたじゃねぇか」

 

「え、そうだったの?」

 

「お前が脅したんだろ」

 

「脅してないわよ。……少し、公園に寄ってもいいかしら?」

 

 シャロの提案に八幡は即答する。

 

「嫌だ、寒い、早く帰りたい。………っていつもなら言うところだが、今日はまあ、いいか」

 

「素直にいいよって言えないの?全く、これだから八幡は捻デレって言われるのよ」

 

「おい、誰だそれ広めたの」

 

 八幡の言葉を無視し、シャロは先を歩き出す。

 八幡も、はぁ、とため息をついて後に続く。

 

 二人の距離は近すぎず、遠すぎず。

 

 一、二歩分離れて歩く。

 

 二人の間に会話は生まれない。

 このような空気を嫌い、普段なら会話を振るはずのシャロも黙って歩く。

 

 八幡もその沈黙を破ることはなく、黙ってシャロの後ろを歩く。

 

 

 

 そのまま、数分。

 シャロの言ったとおり、公園に着くと、既に周りは薄暗くなりつつある。

 日中は人の出入りがある公園も、今は人の気配はない。

 

 春とはいえ、日没はまだ早いようだ。

 

 シャロは公園の中心辺りに来ると立ち止まる。

 

「私と八幡の関係はうさぎから助けた、助けられたの関係よね」

 

「そうだな」

 

「つまり、もう、助けられて、お礼もした。私たちの関係はーー」

 

「終わりだな」

 

 八幡ははっきりと、シャロにそう告げた。

 八幡も薄々と分かっていたことだ。

 

「分かってるわ。だから今日は呼んだんだし」

 

「シャロもうさぎから助けた程度で俺に優しくする必要なんてーー」

 

「言わないで。違うから。私はそんな理由で八幡に気を使ってたわけじゃない」

 

「じゃあなんでーー」

 

「友達に、なってくれないかしら」

 

 八幡は自らの耳を疑った。

 小学校、下手をすれば幼稚園から持っていなかった友達。

 

 もはや、友達などという存在を作ることを八幡はどこか諦めていた。

 

シャロはそんな八幡を放っておく、なんてことができない少女ーー、いや、そんな偽善のようなものではない。ただ純粋にシャロが八幡と親しくなりたいとそう思ったのだ。

 

「俺は、そんな軽々しく、他人を友達なんて呼べない」

 

「親密な仲になればいいんでしょう?」

 

「俺は他人に心を許すなんて出来ない」

 

「別に、友達だからって心の内を曝けだせなんて言わないわよ」

 

「リア充どもみたいな事は出来ない」

 

「私もよ。したくてもできないわ」

 

 八幡の心は揺れる。

 ここ最近、平塚先生に奉仕活動を命じられてからは、八幡は他人の心を敏感に感じることがなくなった。いや、感じ取る必要がなくなった。

 

 ラビットハウスという場所は、八幡が自分の影を薄くする必要がない場所だ。

 

 その環境にいたチノ、リゼという二人の少女。

 

 客として来店した千夜という名の少女。

 

 そして今、シャロという八幡と友人になりたいと言った少女。

 

 八幡をぼっちたらしめているものが少しずつ瓦解していくのを八幡は感じた。

 

「俺と、友達になってくれるのか?」

 

 八幡の声は震え、目頭が熱くなるのを感じた。

 

「私が頼んでるんでしょ?」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 シャロは八幡に手を差し伸べる。

 八幡はそれに応じ、シャロの手を握る。

 

 握手。ただそれだけのはずなのに八幡は久しく感じていなかった家族以外の温もりというものを感じた。

 

 パシャリ。

 

 この場に似つかわしくない機械音が鳴り響いた。

 

「「ん?」」

 

 八幡とシャロが音の方へと視線を向けると、そこには草陰に隠れている千夜がいた。

 

「あ、あんた、一体いつからーー」

 

「うさぎから助けられたーってところかしら」

 

「さ、最初からじゃないのよーっ!」

 

 千夜は逃げ出し、シャロはそれを追う。

 

 が、シャロは一度立ち止まり八幡の方を振り向き言った。

 

「またね、八幡!」

 

「ああ、またな!」

 

 八幡はシャロに手を振り、見送った。

 

 八幡は、青春ラブコメ、いや、青春も悪くないと、不覚にも思ってしまった。




な、なんかシリアスな感じ?になってしまった。
私がシャロが好きなので!シャロが好きなので(大事なことなので二回言いました)シャロに八幡の心を多少開いてもらいました。
シャロがヒロイン確定、というわけではございません。

ちょっと駆け足だったかなーって気がしますけど、気にしない方向で!

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第六羽

原作開始!
原作に沿うよりもオリジナルの方が書きやすいなぁ。


春休みも終わりに近づき、八幡、リゼは高校二年生、チノは中学二年生、シャロ、千夜は高校一年生への進級を間近にしている。

 

だが、ラビットハウスはいつも通り、経営している。

 

八幡もラビットハウスには欠かさずに奉仕活動に赴いていた。

 

現在も時間帯は朝だというのに既に制服を着てチノと共にカウンターにたっていた。

普段専業主夫が夢だと公言している八幡だが、自分の仕事はしっかりとこなす。

 

「八幡さんは春休みの宿題とか終わったんですか?」

 

「ああ、そういうのはさっさと終わらせてダラダラしたい主義なんでな」

 

「その、この問題が分からないので教えていただけないでしょうか?」

 

そう言ってチノが八幡に見せたのは数学。

中学生の問題なので、八幡にも解ける問題なのだが、八幡は顔を顰める。

 

「どうかしましたか?」

 

「すまん、数学は苦手なんだ。後でリゼに聞いたほうがいい」

 

「そうですか。分かりました」

 

チノは宿題を片付け、来客に備える。

 

「すまん、遅れた!」

 

そう言って慌ただしくリゼが入ってくる。

リゼが遅れてきたことに八幡とチノは疑問に思ったが、そんな日もあるだろうと二人は考えを同じくする。

 

寝坊、などと考えられないあたり、リゼが如何に信用されているかが分かる。

 

「今着替えてくる!」

 

「今はお客さんいないので、急がなくてもいいですよ」

 

チノがバタバタと急ぐリゼにそう言うと、リゼはホッと息を吐いてから、更衣室へ向かった。

 

カラン。

 

リゼが更衣室へ向かった次の瞬間、来客。

入ってきたのは栗色の髪をした天然そうな少女。

 

その少女は席に座るでもなく、メニューを見るわけでもなく、キョロキョロと周りを見渡し、口を開く。

 

「うさぎがいない!?」

 

これにはチノも八幡も唖然。

 

((なんだこの客))

 

チノも八幡も同じことを考える。

次にその少女の視線はチノの頭の上のティッピーに注がれる。

 

「……もじゃもじゃ?」

 

「これですか?これはティッピーと言って一応ウサギなんです」

 

「一応ってなんだよ。断言できねぇの?」

 

「ぱっと見うさぎだってわからないじゃないですか」

 

「まあな。っと、こちらの席にどうぞ」

 

八幡は自らの仕事を思い出したかのように少女を席へ案内する。

 

「ご注文は?」

 

「じゃあ、あのうさぎさん!」

 

八幡の言葉に被せるようにしてカウンターに立つチノの頭上を指差す。

 

「非売品です。………非売品だよな?」

 

少し自信が無くなりチノに確認をとる八幡。

 

「当たり前です」

 

「うーん、じゃあ、もふもふさせて!」

 

「…………」

 

八幡はどう対応していいか分からず、無言でチノに助けを求める。

そのチノも困り顔。はあ、と、ため息をついてチノはカウンターから出てくる。

 

「コーヒー一杯で一回です」

 

「じゃあ三杯!」

 

「それでいいのか」

 

八幡のツッコミは相手にされることなく、虚空に消えた。

チノはカウンターへ戻り豆を挽く。

 

「店員さん店員さん」

 

「はい?いかがいたしましたか?」

 

少女は八幡を呼び寄せる。

八幡は追加注文かと思い少女の元へ。

 

「店員さんのお名前は?」

 

「は?」

 

初対面の女子に名前を聞かれる。

思えばシャロに続き二人目か、と八幡は思った。

 

「あっ、私は保登心愛!ココアって呼んでね!」

 

「…………比企谷八幡です」

 

シャロという友達ができた八幡だが、このコミュニケーション能力に気圧され、名前を告げる。

 

「じゃあ、八幡くんだね!」

 

「ココア……頭弱そうだな」

 

八幡はボソリと呟いた。

だが、それはしっかりとココアの耳に届いた。

 

「むっ、これでも私、理系なんだよ!」

 

「意外にもほどがあるだろ。あと、頭が良い=理系じゃないからな?」

 

八幡も少女の言葉に呆れたりツッコんだり。

友達が出来たことで、少しは話せるようになってきたようだ。

 

「お待たせいたしました。コーヒー三杯です」

 

「やったー!これで三回もふもふする権利を手に入れたよ!」

 

「冷める前に飲んでください」

 

「それもそうだね」

 

そう言ってココアは運ばれてきた三つのコーヒーカップの内の一つに口をつける。

 

「この上品な香り!これはブルーマウンテンだね!」

 

「コロンビアです」

 

「この酸味、キリマンジャロ!」

 

「それがブルーマウンテンです」

 

「じゃあこれはーー甘っ!?なにこれ!?本当にコーヒー!?」

 

「それは八幡の試作MAXコーヒーです」

 

八幡は奉仕活動中にもMAXコーヒー制作は欠かさなかった。

その結果がコレである。

少なくとも、ココアには受け入れられなかった。

 

「ふむ、まだまだ甘さが足りないのか?」

 

「甘さはもう十分だよ!」

 

「MAXコーヒーがメニューに載るのはまだ先の事ですね」

 

何故だかチノにはMAXコーヒーの美味しさが理解できる。

それは、チノが甘いものが好きなのか、八幡と同類なのかは分からないが、少なくとも普通ではないようだ。

 

「よし、じゃあ早速このうさぎさんをもふもふするよ!」

 

もふもふ。モフモフ。もふもふ。

 

「いけない、よだれがーー」

 

「の、ノォォォーー!!!」

 

ココアの言葉に反応し、ティッピーがココアの腕の中で盛大に暴れる。

 

「あ、あれ?」

 

ココアもティッピーから聞こえてくる男性的な声にキョトンとする。

 

「さっさと離さんかーー!!」

 

「このうさぎ、喋るよ!?」

 

「私の腹話術です」

 

八幡はこのやり取り何度目だろうか?と疑問に思う。

毎度毎度、腹話術。

流石にチノの声であのダンディーな声は出せないよなぁ、と八幡は常々思う。

 

だが、人には触れられたくない部分がある、という事は八幡はよく理解しているので触れない。

 

「さて、もふもふしたし、香風さんを探しに行こうかな!」

 

「………?香風ならウチですが、何か御用ですか?」

 

ココアはチノの言葉を聞くとチノの手を取り、ブンブンと上下に振る。

 

「これは、運命だね!実は学校の方針で、下宿先で奉仕活動しろって言われてるんだけど、それが香風さんだったんだ!」

 

「うちで働く、ということですね。私はチノ、ここのマスターの孫です」

 

八幡は『奉仕活動』という単語に既視感を覚えたが、問題ないかと聞き流しておく。

 

「それで、ここのマスターさんは?お留守なのかな?」

 

「お爺ちゃんは去年……」

 

チノが悲しそうな声でそう呟くと、八幡はティッピーの方をじっと見つめる。

 

ティッピーはその八幡の視線に気がつくと、フイッと目をそらす。

その行動で八幡はなんとなく察する。

 

「私を姉だと思ってなんでも言ってね!」

 

ココアはガバッとチノに抱きつく。

寂しがるチノを安心させるように。

 

だが、チノはただただ困り顔。

流石にあって数分しか経っていないのに姉と言うのは無理がある。

 

「じゃあ、ココアさん、早速働いてください」

 

「分かったよ!」

 

チノに連れられココアは更衣室へ。

 

「騒がしくなりそうだなぁ」

 

静かなラビットハウスの雰囲気を気に入っていた八幡だが、ココアがここで働くことは騒がしくなることと同義であると推測する。

 

八幡はカウンターに肘をつき、はあ、とため息をついた。

 

 

 

 

 

 

なにやら更衣室で一悶着あったらしいが八幡の知るところではない。

 

それに加え、リゼがなにやら教官などと言い出し楽しそうにしているが、八幡は水を差さないようにした。

 

「では、倉庫に置いてある荷物をキッチンまで運んで欲しいのですが……」

 

「まかせて!」

 

「私も行こう」

 

「俺はここで客を待ってーー」

 

「お前も来い」

 

二人いれば十分だろ?と言おうとした八幡だったが、リゼに首根っこを捕まれ、引きずられるように倉庫へと移動する。

 

倉庫にあったのはコーヒー豆の袋、砂糖の袋。

どれも個人で買うようのものではなく、店を対象とした商品であるため大きく重い。

 

「うっ、こ、これは普通の女の子には厳しいよ」

 

大きな袋をココアは抱えるようにしてぷるぷるしながら持っている。

対する八幡とリゼは軽々と二つほど肩に担ぐ。

 

か、ココアの言葉にピクッと反応すると、ドスンと袋を下に落とす。

 

「そ、そうだな。普通の女の子には無理だな」

 

「いや、今確実に二つ持ってたよね?」

 

八幡が冷静にツッコミを入れると、リゼは、げしっ、っと八幡の脛を蹴る。

 

八幡は涙目になりながらも荷物をキッチンへと運ぶ。

 

「全く、八幡にはデリカシーというものがないな」

 

「八幡くんとリゼちゃんは仲いいね!」

 

「まあ、悪くはないかな」

 

「よーし、私もすぐに仲良くなれるようにしなきゃ!」

 

ココアはココアなりに八幡との距離を測っていたようだ。

八幡がぼっちスキルを所有しているならば、ココアは友達作りスキルを所有していると言っても過言ではない。

 

ココアはぐっと手を握り決意表明。

リゼはそれでココアの人柄についてなんとなく理解した。

 

 

 

荷物運びが終わり、接客。

だが、これは八幡やリゼが考えていたように、圧倒的なまでのコミュニケーション能力で難なくこなす。

 

だが、八幡が驚愕したのはその次の出来事だった。

 

「チノちゃん、その答えは128で、そこは367だよ」

 

先ほどと同じように、チノが宿題をしているところに、横から覗き込み、暗算で答えをスラスラと言い当てる。

 

「こ、ココア。430円のコーヒーを29杯頼んだらいくらになる?」

 

「12470だよ!」

 

「ま、負けた」

 

八幡が理系が壊滅的なことは自覚しているが、年下にまで敗北するとなると少しばかり凹むようだ。

それがココアのような馬鹿っぽい人に負けたのなら尚更に。

 

「まったく、八幡くんには言ったでしょ?私、理系なんだよ?」

 

「「「意外すぎる(すぎます)」」」

 

八幡、リゼ、チノの三人からそう言われるとココアも少し涙目に。

 

ぷんすかと拗ねるココア。

 

それをなだめにかかるチノとリゼ。

 

「はぁ、客来ねえなぁ」

 

ぽつりと八幡はそう呟いた。

その言葉とは裏腹に、もう少しの間、来客が無ければとそんなことを八幡は考えた。

 

 




ココア登場!
さて、会って3秒で友達がモットーのココアに八幡はどう出るのか。
お楽しみに。

感想評価お待ちしております。


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番外 バレンタイン

本編が進んでいないため、少々時間を飛ばし、八幡とヒロイン達の関係が変化しております。

……実は、バレンタインにするか、リゼの誕生日にするか迷いました。


街には男女がイチャコライチャコラと蔓延る今日この頃。

比企谷八幡はラビットハウスのカウンターでより一層とその濁った目を淀ませていた。

 

「リア充爆発しろ」

 

そう、本日は2月14日、つまりバレンタインである。

 

と、いうことは男女カップルがラビットハウスにも多数来店するわけで、八幡は物騒なことを呟いたのだ。

 

「全く、今日はより一段と目が濁ってるなお前は」

 

「仕方がないんだよ。こればっかりは社会が悪い。バレンタインなんてお菓子会社の陰謀だろうに」

 

「全く、男子高校生はチョコの数で競ったりするんじゃないのか?」

 

やれやれと呆れたようにリゼは問う。

 

「ふ、残念だったな!俺にそんな友達なんていねぇんだ」

 

「威張って言うことじゃないな」

 

「いーんだよ。俺がモテないのは自覚してるしな」

 

「じゃあ、そんな八幡にチョコをやろう」

 

そう言ってリゼは制服のポケットから包装された箱を取り出す。

 

「おい馬鹿、男子高校生をからかって楽しいのか?勘違いする前に止めろ」

 

「からかってなんかいないさ。八幡にはそこそこ世話になってるしな」

 

渋々、といった感じで箱を受け取り開ける。

八幡は、『引っかかったな、お前なんかにチョコなんてやるわけねーだろバーカ』なんて紙が入ってるものかと思っていたが、そんなことはなく、手作り感溢れるフォンダンショコラが入っていた。

しかも市販のものよりも大分クオリティが高く、デコレーションもされている。

 

明らかに義理チョコのクオリティではない。

だが八幡がそんなことに気がつくはずもなく、スプーンを使い口に運ぶ。

 

その際、リゼは非常にソワソワしていたが、八幡は気がつかない。

 

「う、美味い」

 

「そ、そうか!それは良かった」

 

八幡が感想を言うと、嬉嬉とした声を漏らすリゼ。

その顔は恋する乙女そのもの。

 

八幡はそんなリゼには見向きもせずにフォンダンショコラを食べている。

 

そこに、客をさばいていたチノとココアが戻ってくる。

 

「あっ、美味しそうなの食べてる!私も食べたいなー!」

 

「ダメですよココアさん。少なくとも、それはダメです」

 

チノはそんなココアを宥めるように言う。

 

「それに、私たちも渡すものがあるでしょう?」

 

「そうだった!じゃあ……はい、八幡くん、私とチノちゃんからバレンタインのプレゼントだよ!」

 

ココアとチノは二人で一つの包みを八幡に手渡す。

が、今度は八幡もすぐに開けるようなことはせず、制服のポケットに入れておく。

 

すでにリゼからもらったフォンダンショコラでお腹は一杯の様子。

 

「サンキュー、後で食うわ」

 

ここで、すいませーん、と客から声がかかる。

 

八幡が仕事に戻ろうとするとチノが八幡の服の裾を掴んで体を近づけ、小声で話しかける。

 

「これは、ココアさんと協力した物ではないので、出来はよくないかもしれませんが、良ければどうぞ」

 

そう言ってチノはココア、リゼにばれないように小さな袋を八幡の制服のポケットに入れる。

 

するとチノはすぐにパタパタと音を立てて、倉庫の方へ。

その際八幡はほんのりと赤くなったチノの顔に気が付いていた。

 

「八幡も接客に戻れ」

 

「了解」

 

八幡はすぐに注文を取りに戻る。

 

 

 

バレンタイン、ということもあり、やはり客足は伸びる。

特に男女ペアが多く、八幡はげんなりとしてくる。

 

ぼっちにはカップルの発するピンクオーラは耐え難いようだ。

 

「すいませ〜ん」

 

どこか聞いたことある呑気な呼び声に反応して八幡はすぐに注文を取りに向かう。

 

声の主は小説家、青山ブルーマウンテンだったようで、八幡は少し元気を取り戻す。

 

「珍しいっすね。こんな人の多い日にここに来るなんて」

 

青山は静かな場所を好むので、毎度ラビットハウスを訪れるのである。

なので、客足の多い今日は青山の求めているラビットハウスではない。

 

「いいえ、今日はちゃんと目的があって来ましたから」

 

「?特に新作メニューとかはないですけど……」

 

ラビットハウスに来る目的を特に見つけられない八幡は首をかしげる。

 

「はい、ハッピーバレンタインです」

 

青山は小綺麗な箱を八幡に渡す。

流石は社会人と言ったところか、有名なスイーツ店の包装紙が八幡の目に入る。

 

「いや、これは、悪いです。これ、値段もかなりーー」

 

「そんなことは気にしないで大丈夫です。八幡君は私の本を読んでくれる大切な人ですし、普段ここでお話をさせていただけるだけでもお世話になってますし」

 

「いや、そんな事でこれはーー」

 

「キリマンジャロ、お願いします」

 

強引に話を変えに来た青山に気圧され八幡は引き下がり、チノに注文を伝えに行った。

 

 

 

 

 

仕事も終わり、八幡は制服を着替えようと更衣室のロッカーを開けると、一つ包みが手紙を添えて置いてあることに気がつく。

 

その手紙には『さぷらーいず』などと書かれていたので犯人が誰かにすぐに気がついた。

 

「ココア、パン以外も作れたんだな」

 

失礼なことを呟いた八幡。

だが、言葉とは裏腹に、八幡の口元は緩んでいた。

 

 

 

八幡は着替え終わると早々に店外へ。

すると、そこにはシャロと千夜がいた。

 

「やっときたわね」

 

「シャロちゃんが早く出ちゃったからでしょ?」

 

「う、うるさいわね!言わなくていいわよそんなこと!」

 

「何の用だ?漫才を見せに来たわけじゃないだろ?」

 

「ふふっ、分かってるんじゃないの?」

 

千夜はからかうような笑みで八幡を見つめる。

いや、正確にはラビットハウスの面々から貰ったと思われる包みや袋の入った鞄を。

 

「と、いう事で、私は抹茶チョコを作ってみたわ。………あっ、いけない、用事を思い出したわ!急がなきゃー!」

 

八幡に袋を渡すと、棒読みで何かよくわからないことを告げると、千夜は運動音痴とは思えないほどのスピードで消えていった。

 

「ち、千夜ーー!?」

 

千夜の消えた後、取り残されたシャロは顔を赤くしながら切り出す。

 

「は、はい。これ。え、えと、今月厳しくて、大したものじゃないんだけど……」

 

「そんなの気にしねぇよ。それより大丈夫なのか?厳しいのにチョコなんて。しかもこれ、手作りだろ?費用くらい出すけどーー」

 

そう言って八幡は財布に手を伸ばす。

 

「い、いいわよ別に!ほら、今日はバレンタインだから!お金を貰うのは違うと思うの!」

 

「それはあれか?お返しは百倍でとかそういうやつか?」

 

「そ、そこまでしなくていいわよ」

 

呆れたようにシャロは呟く、「乙女心の分からないやつね」と。

本来ならばここで難聴系主人公顔負けの難聴スキルを発揮する八幡なのだが、今回は聞き取れたようだ。

 

「悪いな、乙女心分かんなくて。そもそも友達自体シャロしかいなくてな」

 

「そんな悲しいこというもんじゃないわよ。今日なんて特に。何人からチョコ貰ったの?」

 

「六人」

 

「モテモテね」

 

人数を告げたと同時にむすっと機嫌を悪くするシャロ。

 

「ラビットハウスの三人と、私と、千夜とーーあと一人は?」

 

「青山さんだ」

 

「……あの人もライバルなの」

 

「なんの話だ?」

 

ここにきて鈍感系主人公の力を発揮する八幡。

いまいち属性の不安定な八幡である。

 

「アンタには関係ないわよ。これは女の戦いなの」

 

「そ、そうか。その恐ろしげな戦いに俺を巻き込むなよ」

 

「無理よ、むしろアンタが中心じゃない」

 

その言葉に驚いたような顔をする八幡。

己の知らぬところで勝手に争いの中心にされれば驚きもするだろう。

 

「なにそれ、理不尽にも程があんだろ」

 

「ふふっ、八幡は少し乙女心の勉強をしたら?」

 

「俺には一生かかってもわからなそうだ」

 

「かもね。じゃあ、私も帰るわ」

 

「ああ、ありがとな」

 

八幡とシャロは互いに手を振って帰路に着いた。

 

 

 

『シャロちゃんだけじゃなくて、私の方もちゃんと見てね?』

 

そんな手紙が千夜のくれた袋に入っていたのを小町が見つけ、根掘り葉掘り聞かれたのは余談である。

 

 




リア充は砕け散れーー!!!
おっと、すいません。つい本音が。

やっぱりオリジナルを書いていた方が楽しいし、筆も進むなー。


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第七羽

後半はオリジナルです。


「この店、ラビットハウスでしょ?どうしてうさ耳付けないの?」

 

不意にココアの口からそんな疑問が放たれた。

 

「そんなことしたら違う店になってしまいます」

 

八幡もチノの意見に全面的に同意だが、ココア、チノ、リゼのそんな姿も見てみたいと思ってしまう。これでも男子高校生、仕方がないのだ。

 

「リゼちゃんはうさ耳似合いそうだよね」

 

「付けないぞ」

 

リゼはそうココアに答えてから少し黙り何かを考える。

すると唐突に顔を赤らめ叫んだ。

 

「露出度高すぎだろ!」

 

「え!?なんの話!?」

 

理不尽なツッコミに驚くココア。

ココアは理解できていないようだったが、八幡は分かった。

 

(バニーガールでも想像したな)

 

だが口には出さない八幡。

口に出そうものなら拳が飛んでくる可能性があり、下手をすれば銃を向けられる。

 

「ん?でも、じゃあどうしてラビットハウスって名前なの?」

 

「それはティッピーがこの店のマスコットだからだろ?」

 

「ぱっと見うさぎじゃねぇけどな」

 

「もふもふだし、可愛いから大丈夫だよ!でも、それだとラビットハウスよりももふもふ喫茶の方がよくないかな?」

 

「「安直だな」」

 

八幡、リゼが声を揃え即答。

だが、チノはお気に召したようで目をキラキラさせている。

 

「まあ、店名はラビットハウスのままでいいだろ。そんなことよりココア、ラテアートやってみないか?」

 

リゼが話をそらすと同時に興味のありそうなことでうまく気をそらす。

案の定、ココアはラテアートに大きな興味を示す。

 

「らてあーと?アート!?私、これでも金賞を貰ったことがーー」

 

「小学校の時町内会でーとか言うなよ」

 

八幡が先に釘をさすと、ココアは顔を俯かせ無言に。

図星だったようだ。

 

「そう言えば、八幡もやったことなかったよな」

 

「俺はコーヒー自体そんなに触らないからな」

 

八幡の基本的な仕事は接客。

コミュ障のぼっちであるはずの八幡がなぜそんな仕事をやっているかは本人もイマイチ理解していないのだが、それで今までやっていけたのだから問題ないだろう。

 

「ほら、手本としてはこんな感じだ」

 

そう言ってリゼが見せてきたのは花が描かれたコーヒー。

店で出すには十分な出来だろう。

 

「うまいな」

 

八幡は飾り気なくリゼを褒める。

するとリゼは明らかに照れた様子で答える。

 

「そ、そうか?」

 

「そうだよ!リゼちゃん、もう一個作って!」

 

「しょ、しょうがないなぁ」

 

バ、バ、バ、と効果音が付きそうなほど手際よくコーヒーに絵を描いていく。

 

「ど、どうだ?」

 

今度は戦車が描かれたコーヒー。

だが、先ほどのものとはクオリティが段違い。

最早プロレベル、なんならこれを生業にして生きていけるかもしれない。

 

「う、上手すぎるよ、って言うか人間業じゃ……」

 

「リゼの趣味全開なのが気になるけどな」

 

「う、うるさいな!ほら、お前らもやってみろ」

 

リゼに言われ、八幡とココアはコーヒーにミルクを垂らす。

八幡、ココア、ともに四苦八苦しながら描いたうさぎの絵は不恰好なものだった。

 

「………可愛い」

 

「は?」

 

だが、不恰好ながらもその絵はリゼの心を射止めたようだ。

ボソリとつぶやかれた言葉は八幡の耳に届いた。

 

だが、ココアには聞こえなかったようで、笑われたと勘違いしている。

 

「ち、チノちゃんはどう?チノちゃんはこういうの上手そうだよね」

 

「私ですか?私はーー」

 

ココアに勧められチノもコーヒーに絵を描いていく。

そして描けた絵はーー、

 

「チノちゃんも私たちの仲間だね!」

 

「「いや、それは違う」」

 

ピカソの描いたような絵に仕上がった。

それも見て八幡とリゼはまたもや声を揃えてツッコミを入れる。

案外、この二人は波長が合うのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

バイトの時間は終わり、全員が着替え終わると、リゼが寂しそうな顔をしているのを八幡は見逃さなかった。

 

「どうした?リゼ」

 

「いや、チノとココアがーーって、いや、なんでもない」

 

「ああ、ココアはラビットハウスに下宿するんだもんな。……寂しいとか思ってたりするのか?意外だな」

 

八幡はからかうようにリゼに話しかける。

リゼは八幡の思惑通り、顔を赤くして答える。

 

「わ、悪いか!……私は、ほら、友達とお泊まりとかしたことないし、楽しそうだなって」

 

「一人だって悪くないぞ?いや、むしろぼっちこそ孤高にして至高だ」

 

「なにを訳の分からないことを」

 

「冗談じゃないぞ?一人の方がいいときだってある。まあ、それが今とは限らねぇけどな」

 

「なんか無駄に説得力あるな」

 

「ぼっちマスターの俺が言うんだ。当たり前だろ?」

 

「私たちは友達だからぼっちじゃないでしょ?」

 

ひょいっと、ココアが話を聞きつけ、八幡の言葉に反論。

 

「いや、流石にそんな友達とかはーー」

 

「私のモットーは会って3秒で友達だからね!」

 

「なんだよそれ、ジャイアン顔負けの暴論だな」

 

「そうだな」

 

ジャイアン、ココアを形容するに相応しくない言葉だが、八幡もリゼも同意見。

 

ココアは頬をぷくっと膨らませ、「私、怒ってます」アピール。

その顔を見て、また八幡とリゼは口元を緩める。

 

「ココアさんは天然でやってるので、横暴、と言った感じではないですけどね」

 

「気がついたら取り込まれてるって感じだな」

 

「なんだよそれ、怖ぇな。一番厄介なタイプのやり口だろ」

 

「なんでみんな私が悪者みたいな言い方するの!?みんな友達だよね!?私だけ勘違いしてるとかないよね!?」

 

ココアは弄られ属性を発揮。

八幡、リゼ、チノは顔を見合わせ、ニヤリ、と悪い顔をする。

 

「そうだなぁ、私はココアを友達だと思ってる……多分」

 

「私は、手の掛かる妹の様に感じているので、友達かどうかと言われると……」

 

「馴れ馴れしい奴はちょっとなぁ」

 

三者ともにココアと友達とも、友達ではないとも明言せず、焦らす。

 

「みんなひどいよぉ!友達でしょ!?友達だよね!?友達って言ってよ!」

 

ココアは涙目で三人に訴えかける。

ふたたび三人は笑いあってから声を揃えて言った。

 

「「「友達だ(です)」」」

 

リゼ、チノはともかく、八幡までもがココアと友達と口にした。

ココアの人を惹きつける力は、恐ろしいものである。

 

「もちろん、私と八幡もな」

 

「私と八幡さんも友達です」

 

不意打ちのように二人に言われ、八幡は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。

 

「お、おう」

 

ここでコミュ障を発揮するあたり、まだまだ、八幡に青春がやってくるのは時間が掛かりそうである。

 

「じゃあ、私と八幡は帰るよ。途中まで一緒だからいいだろ?」

 

「ああ。どうせ拒否権もないだろうしな」

 

「お前は私をなんだと思ってるんだ!」

 

 

 

春とはいえ、夕刻ともなれば未だ肌寒さを感じる。

八幡とリゼは二人横並びで歩く。

 

二人の間には十センチ程度の隙間があるが、八幡からすれば十分に近づいた方だと言えるだろう。

 

「初対面は、面倒な奴だと思ったけどーー」

 

「おい、なんだよそれ、まぁ、自覚はしてるが」

 

「今はそうでもないし、お前といると楽しいよ」

 

「今更、お前のこと嫌いだ、とか言われても困るけどな」

 

「言わないよ。それなりに、八幡がどんな奴か知ったし、お前が何かやらかしても、何か理由があるんだなって思える程度にはお前を信用してるよ」

 

八幡はリゼに平塚先生に近しいものを感じ取った。

平塚先生とは決定的に違う、「女らしさ」をリゼは持ち合わせているが、そこはあまり大きな問題ではないのだろう。

 

「ったく、かっこいいな。危うく惚れちゃうところだった」

 

「ほ、惚れっ!?」

 

まさかの返しに、リゼは顔を赤くする。

女子校に通うリゼにとっては男子との関わりなど八幡と、家の父の部下しかなく、その手の話には疎く、耐性もない。

故に初々しい反応をするリゼ。

 

「じゃあな。俺はこっちだから」

 

未だに顔を赤くするリゼを放って八幡は別れを告げる。

リゼとは違う道を八幡は行く。

 

それをリゼは慌てたように八幡を呼び止め、一言。

 

「また明日!」

 

八幡は返答することなく、ひらひらと手を振って答えた。

 

 

 

 




もう原作無視でオリジナルをひたすら書きまくるのもいいかもしれないと思う今日この頃。


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第八羽

テストが近づいてきてしまったため、執筆を控えようと思います。
テストが終わり次第執筆を再開致しますので、ご了承ください。


「みんなで新作メニューを作ろう!私、パン作れるからみんなでパン作りだよ!」

 

「オーブンとかあるのか?」

 

八幡は呆れたようにチノに尋ねる。

ココアの性格は、八幡も大体理解しているので、八幡も即座に否定することなく対応する。

 

「はい。昔、お爺ちゃんが調子に乗って買ったのが」

 

「よーし!じゃあみんなでパンを焼いて食べよう!」

 

ココアが高らかに宣言すると、カウンターに立つリゼから、くきゅるるる、という音が。

 

「リゼちゃん、焼きたてパンはすっごい美味しいよ!」

 

「わ、分かってるよ!!」

 

リゼは顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

「まあ、生理現象だから」

 

八幡は笑いながらリゼに告げる。

 

「う、うるさい!お前はデリカシーというものを知らないのか!」

 

八幡はリゼにバシバシと叩かれ、逃げながらココア、チノと共にキッチンへ。

 

 

 

「よろしくね、八幡くん」

 

「なんで千夜がここに?」

 

「ココアちゃんに一緒にパン作りしようって誘われたの」

 

キッチンに移動したところで、ココアが千夜を連れてきたことに疑問を持つ。

だが、ココアとしては、八幡と千夜が知り合いだったことが気になるようだ。

 

「八幡くん、千夜ちゃんと知り合いなの?」

 

「ああ、まあな」

 

「私たち、友達なのよ?」

 

「それは俺も初耳なんだが……」

 

八幡の周りには他人を振り回すタイプの女性が多く、八幡も少しずつ扱いに慣れてきたようで、流すのが得意になってきている。

 

「ココアさん、この人は?」

 

チノ、リゼはラビットハウスに来たことあるとはいえ、千夜のことを知らない。

 

「この子は千夜ちゃん!友達なんだ!」

 

「よろしくね♪」

 

「よろしくお願いします」

 

「あら?それ、ワンちゃん?」

 

千夜はティッピーに興味を示し、的外れなことを口にする。

 

「ティッピーです」

 

「この子はただの毛玉じゃないんだよ!モフモフ具合が格別なの!」

 

「癒しのモフモフアイドルなのね」

 

「「誰かアンゴラうさぎって品種だって教えてやれよ」」

 

チノまでがティッピーについて特に説明もないので、八幡、リゼはいつも通り三人に突っ込む。

 

自己紹介が終わったところで、早速パン作りに取り組む五人。

 

「それにしても、ココアがパンを作れるって意外だよな」

 

「私の家はパン屋なんだ!ベーカリー保登っていって結構人気なんだよ!」

 

「へ、へえ」

 

いきなりココアが熱く語り始めたので八幡は聞き流しておく。

 

「それはさておき、パン作りは少しのミスが完成度を左右する戦いなんだよ!」

 

「こ、ココアが熱いな!じゃあ、今日はお前を教官役に任命だ!」

 

「任せて!」

 

サー、と敬礼しながらココア、リゼが調子に乗り始める。

それにより、冷静な二人と、天然な一人はそれぞれ別々の言葉をつぶやく。

 

「暑苦しいです」

 

「リゼがボケに回ったらツッコミの人手がたりねぇな」

 

「私も仲間に」

 

三者三様、最早ラビットハウスでのココアの突発的な行動を起こすことに早くも慣れつつあるのだった。

 

「さて、みんなはパンの材料は何を持ってきたのかな?私は焼うどんパンを作るよ!」

 

「私は冷蔵庫にあったイクラと鮭と納豆を」

 

「私は自家製あずきと梅、海苔を持ってきました」

 

「俺は練乳を」

 

「私はマーマレードと、いちごジャムなんだが。これ、パン作りだよな?」

 

リゼ以外まともな材料を持ってきていなかった。

急遽作ることになったのだから仕方がないといえばそうなのだが、それにしてもまともな材料がない。

が、なんとかなるだろうとリゼ以外の全員がそう思っていた。

 

 

 

結果から言えば、なんとかなった。

それぞれがユニークな材料を使用して作ったパンだったが、ココアの指導もあり、スムーズに作業を行うことができた。

 

現在はオーブンで焼いているので、それぞれが、オーブンを覗いていたり、疲れていたり。

 

「おじいちゃんが焼かれています」

 

おじいちゃんパンなるパンを作ったチノがなんともバイオレンスな方向に誤解されそうな事を言っている。

 

「ふぅ、やっぱりパン作りは楽しいね」

 

本日のMVPであるココアが満足げにしている。

 

「ふう、疲れたけど楽しかったわ。今日は誘ってくれてありがとうねココアちゃん」

 

そんなココアに千夜はお礼を言うため、座り込んでいたところを立ち上がりココアに寄る。

 

「どういたしまして!」

 

「八幡くんともそれなりに話せたし」

 

千夜はそれとなく八幡に視線を送る。

ココアもそれに釣られて八幡の方を見る。

 

「おい、なんでこの流れで俺?二人でワイワイキャッキャやっとけよ」

 

「あら、寂しそうだったから声をかけてあげたのよ?」

 

「寂しくはないな。特にココアとかが騒がしくて」

 

「私そんなにうるさいかな!?」

 

「ココアちゃんはうるさいっていうより賑やかで明るいって感じよ」

 

「そ、そっか。よかった」

 

ココアは自分がうるさく嫌われている物かと邪推してしまったが、千夜のフォローにより、ほっとする。

 

「まあ、結局のところうるさいんだけどな」

 

「やっぱり私うるさい!?」

 

「八幡くん、せっかくココアちゃんが傷つかないように言ってあげたのにダメじゃない」

 

「千夜ちゃんの優しさが今は痛いよ」

 

シクシクとココアはチノの方へと慰められに行く。

 

リゼはコーヒーを淹れると言ってカウンターへと向かったので、会話は必然的に千夜と八幡の二人になるわけで。

 

「シャロちゃんが友達になったって言ってたからどんな人か気になってたのよね」

 

「期待はずれもいいところだろ?」

 

自虐的に八幡は微笑む。

だが、千夜はフルフルと首を横に振る。

 

「そんなことないわ。男の人があんまり得意じゃないシャロちゃんが友達になれた理由が分かったわ」

 

「何かしたか?」

 

「今日、パン作りの時、ずっと周りに気を配ってたでしょ?」

 

「ぼっちは人間観察が趣味なんだよ」

 

「それにしてもさりげなくココアちゃんの指導が滞りなく進むように材料を用意してたりしたでしょ?」

 

「よく気がついたな」

 

確かに八幡はリゼと共にココアのサポートに徹していた。だが、基本的に八幡はリゼの陰に隠れ、目立つようなことはしていなかった。

 

「ふふふ。さりげなく優しいところ、女の子的にポイント高いわよ?」

 

「あれ?なんで千夜もポイントとか言ってんの?流行ってんの?うちの妹もポイントとか言うんだが……」

 

「あらそう?その妹さんとは仲良くなれそうね」

 

「止めてくれ」

 

千夜と小町が意気投合した時、八幡が一番被害を受けるのは目に見えていたので、八幡は拒否。

 

「でも、妹さんの前に八幡くんと友達にならなきゃね」

 

「は?なんでいきなり」

 

「だって、八幡くん、私の事、友達だって思ってないでしょ?」

 

「まあ、ココアの友達だから、友達の友達だな」

 

「やっぱり。だから、ね?私と友達になりましょう?」

 

「………分かったよ」

 

こういう場合、基本的に八幡には拒否権が存在しない。

が、八幡は表に出している嫌そうなオーラの割りに、本心では嫌がっていない。

 

「ふふっ、じゃあ、よろしくね?」

 

千夜は八幡に先ほどまでのような小悪魔的な笑顔ではなく、年相応の可愛らしい笑顔でそう告げるとココア達の方へ。

 

「……最近、プロのぼっち失格かなって思い始めた」

 

不意に八幡の口からそんな言葉が漏れた。

だが実際、この頃八幡には友達が五人も増えた。

これはぼっちの八幡からすれば、大きな進歩であり、八幡をぼっちたらしめていた物が消えたということである。

 

「いいことだろ?」

 

「リゼ、……コーヒーは?」

 

「ああ、忘れてたよ。で?どうだ?ぼっちを卒業した気分は」

 

「……悪くない。リゼ、わざと俺と千夜を二人にしたな?」

 

「ココアとチノは自然に二人くっつくけど、私があの場にいたら邪魔だったろ?」

 

「そうでもないさ」

 

「そうか?」

 

「そうだ」

 

リゼのさりげない心遣いに、八幡は感謝しつつ、焼きあがるパンの美味しそうな匂いに、グゥゥ、と腹を鳴らせた。

 

「焼きたてのパンは美味しいらしいぞ?」

 

先ほどの仕返しのように、笑みを浮かべてリゼは八幡にそう言った。

 

「うるせーよ」

 

八幡は恥ずかしそうにそう言った。

 

 



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第九羽

かなーり、遅れてしまいました。
すいませんm(_ _)m
テストは終わったんですが、筆が勢いづかなくて……

では、どうぞ。


『パン作りに招待してくれたお礼に、ウチの喫茶店に招待するわ♫』

 

千夜からそのようなことを言われ、ココア、チノ、リゼ、八幡、ティッピーは千夜の家へ向かっている。

 

「ラビットハウスは大丈夫なのか?今、タカヒロさんしかいないだろ?」

 

八幡から疑問が発された。

だが、もっともな質問である。

 

現在、八幡を入れて四人のアルバイトがラビットハウスで働いている。

 

だが、現在その全員が出払っている。

時刻は昼過ぎ、ラビットハウスを訪れる客は少ないとはいえ最も客足が伸びる時間と言っても過言ではない。

 

それをタカヒロ一人で捌くのは厳しくないかと八幡は疑問に持ったのだ。

 

「大丈夫です。父は元々軍人ですし」

 

「「えっ!?」」

 

反応したのはリゼと八幡。

 

八幡は純粋に驚愕から。リゼはこんな近くに同類がいたのか、という意味での驚愕だった。

 

「いや、軍人関係なーー「それなら大丈夫だな!」えっ」

 

八幡は軍人でも難しいものは難しいのではないかとツッコミを入れようとしたところで、リゼの声が割り飲んだ。

 

いつもツッコミのリゼがボケになると八幡には手に負えなくなる。

 

「軍人は万能だからな、私もタカヒロさん一人じゃあ心配だったが、軍人なら問題無しだ!」

 

「リゼちゃんは軍人ファンなのかな?」

 

「ファンというよりはマニアといった方が正しい気がします」

 

「いや、いっそオタクまである」

 

「父親が軍人だから、その影響かのう」

 

「う、うるさい!なんだっていいだろう!」

 

三人と一匹から指摘を受けて少し恥ずかしくなったリゼが顔を赤くして叫ぶ。

 

「いやいや、別に趣味は人それぞれだからいいんだよ?私だってチノちゃんティッピーと一緒にモフモフするのが趣味なんだから!」

 

「やめてください!………八幡さんは趣味とかあるんですか?」

 

「読書とか、人間観察とかなら」

 

「予想通りじゃ」

 

読書ならともかく、人間観察は大分趣味としては異質なのだが、そこは元ぼっちな八幡だから仕方がないと納得するチノ。

チノとしては、先ほどからちょくちょく喋る頭上のティッピーの方が気になるのだった。

 

「いや、納得なのか!?」

 

またもやリゼが叫ぶ。

だがチノが八幡の考えを理解したことで、チノまでが天然とはいえボケに回ることに八幡は驚いた。

 

「八幡さんのことはなんとなく理解できるようになりました。……最初は意味不明でしたが、今は簡単です」

 

「チノ、………お兄ちゃんって――」

 

「呼びません!何ココアさんみたいなことを言ってるんですか」

 

「ココアに毒されたようじゃな」

 

八幡はチノの言葉に感動し半分無意識にそんなことを口走っていた。

そしてそれに反応する自称姉一名。

 

「八幡くんもライバルなんだね、……チノちゃんの兄姉の座を賭けて勝負だよ!」

 

「ぼっちだからってなめるなよ。たとえ相手がココアでも――」

 

「とりあえず、ウチの前で勝負するのはやめてもらえるかしら」

 

いつの間にやら千夜の家、甘兎庵へと到着していたようで、着物姿の千夜が苦笑いで八幡とココアの勝負を止めた。

 

「ご、ごめんね千夜ちゃん」

 

「悪かった」

 

ココア、八幡共に千夜に頭をさげる。

だが、千夜は怒った様子はなく、いつもの笑顔で二人に声をかける。

 

「許すわ♪だって、見てて面白かったもの」

 

店の邪魔にはなるが、千夜的には面白い事だったのでプラマイゼロということでお咎めなし。

 

「お詫びに、お金落としていくから!」

 

「まあ、喫茶店だしな、なんか食ってくわ」

 

「私も、おじいちゃんがライバル視していた喫茶店の味を確かめてみたいです」

 

「チノ!?ダメじゃ!虫歯にーームグッ」

 

「私も食べてくよ」

 

乗り気な四人と、チノに黙らされた一匹は店内へと入る。

すると、千夜がくるりと体を反転させ、八幡たちに向かって一言。

 

「いらっしゃいませ、ようこそ甘兎庵へ♪」

 

和風な店内。

ラビットハウスとは違い、客もこの時間帯からちらほらと見える。

 

だが、全員の目に止まったのは店内中央にある台。

その上に鎮座する黒うさぎだった。

 

「うさぎの置物?可愛い!」

 

「ココアちゃん、それ、本物よ。うちの看板うさぎ、あんこよ」

 

ココアは真っ先にあんこに触りに行った。

チノも触りたそうにうずうずしている。

 

「チノも行ってきたらどうだ?」

 

「なっ、ワシがおるからいいじゃろ!チノ?なんでそっちにーー」

 

八幡の勧めにより、チノは動く。

頭上のティッピーが騒がしくしているが、チノは完全無視。

 

少し緊張気味にチノはあんこの耳へと手を伸ばす。

 

「なんで、チノはあんな慎重なんだ?」

 

「ああ、八幡は知らないのか。チノのやつ、ティッピー以外の動物に何故だか懐かれないんだよ」

 

「へぇ」

 

「でも、ウチのあんこは大人しいから大丈夫だと思うわ」

 

千夜が言った通り、チノがあんこに触れても、あんこは台座に鎮座している。

 

そして、チノがあんこを抱き上げ、ティッピーの代わりに頭へ乗せようとーー次の瞬間、あんこはティッピーへと体当たりをかました。

 

「ギャーーー」

 

ティッピーはチノの頭から落ち、その後もあんこに追いかけ回されている。

そしてそのまま店の奥へ。

 

「大人しいんじゃなかったのか?」

 

「恋、じゃないかしら。あんこも漸く可愛い兎を見つけられたのね」

 

「え?ティッピーはオスだろ?」

 

「メスですよ」

 

「「「え!?」」」

 

八幡、リゼ、ココアは驚きの表情を浮かべる。

チノの腹話術とやらで話されるティッピーの声はダンディーな声。

ゆえに、全員がティッピーがオスであると勘違いをしていた。

 

「まあ、いっか!千夜ちゃん!メニューはこれ?」

 

「そうよ、でもーー」

 

リゼ、チノ、八幡はメニューを覗き込むと、頭にハテナマークを浮かべる。

 

「なんだよ、このメニュー。必殺技一覧表?」

 

「確かに、何がなんだかわからないな」

 

「……煌めく三宝珠……なんですか?これは」

 

他にも、雪原の赤宝石や、和風らしからぬ横文字のフローズン・エバーグリーンや、トワイライト・オーシャンなど名前からは想像もつかないようなメニュー名になっている。

 

唯一困惑していないココア。

 

「抹茶パフェに、クリーム餡蜜白玉ぜんざいもいいなぁ」

 

「なぜわかる」

 

「わからない俺たちがおかしいのか?」

 

「八幡さん、私たちはいたって正常のはずです」

 

だよなぁ、と、八幡はココアの感性に呆れつつも注文。

リゼ、チノもよく分かっていないながらもフィーリングでメニューを選んでいた。

 

「じゃあ、まずは、抹茶のラテアートからどうぞ♪」

 

「浮世絵!?リゼとはまた違った絵の上手さだな」

 

「和風が全面に押し出されてるな」

 

「それほどでも。私、北斎様に憧れてるの」

 

千夜の出してきた抹茶には富士山など、富嶽三十六景のような風景が描かれている。

 

「千夜ちゃん凄いね!私やチノちゃんより全然うまいよ!」

 

「私を引き合いに出さないでください!」

 

それぞれが感想を述べつつも、ラテアートを崩すのを惜しみながら抹茶に口に付ける。

 

「それで、これが注文の品ね」

 

「海に映る月と星々って白玉ぜんざいだったんだな」

 

「花の都三つ子の宝石はあんみつに団子が刺さってます」

 

「フローズン・エバーグリーン。予想通りの抹茶のかき氷だったな。千夜、練乳をとってくれ」

 

「黄金の鯱スペシャル……すごい豪華だね!」

 

それぞれが自らの注文した品に驚いたり、予想通りだったりと面白い反応をしているのを見て楽しんでいる千夜。

 

「「「「美味しい」」」」

 

全員が注文の品を口に運ぶと同時に同じ言葉をを口にする。

 

「八幡くん、私、それも食べたいなぁー」

 

ココアがちらりと八幡の方を見る。

 

「自分で頼めよ」

 

「………ダメ?」

 

上目づかい。これが意識してやっていたのなら、あざといで済ませていた八幡なのだが、ココアの場合は無意識。

これには八幡も敵わなかったようで。

 

「少しだけな。あと、自分のスプーンをーー」

 

「ありがとう!」

 

八幡が言い切る前に、八幡のスプーンを使ってココアはフローズン・エバーグリーンを口に運ぶ。

 

「んー、おいしい!」

 

「おい、話聞けよ。ていうか、俺がそのスプーン使えなくなっちゃうだろ」

 

「あらー、八幡くん、ごめんなさいね。今、スプーンは全部洗っててそれしかないの。だから、それを使ってね」

 

「おい、止めろよ。棒読みで言っても説得力ねーから」

 

「ココアさん、私も下さい」

 

「うん、いいよー。はい、あーん」

 

「おい、話聞いてる?」

 

八幡の物を八幡のスプーンを使って勝手に食べさせ始めるココア。

チノはすいませんと一度八幡に目配せしてから八幡のスプーンに口をつける。

 

「……美味しいです」

 

「だよね!八幡くんに悪いから、私のもあげるね!はい、あーん」

 

「いや、ちょっ」

 

ズイッと今度はココアのスプーンを突きつけられる八幡。

助けて、という視線をリゼに八幡は送る。

 

だが、フイっと視線を逸らされてしまう。

 

今度は千夜に視線を送る八幡。

だが、にこやかな笑みしか返してくれない。

 

最後にチノ。

察することができないのか頭にハテナマークを浮かべている。

 

南無三!と八幡は意を決してココアのスプーンに口をつける。

 

「どう?美味しい?」

 

「………甘い」

 

そんなこんなで、千夜の喫茶店、甘兎庵を堪能したのだった。

 

 

 

「悪い、千夜のところに忘れ物したわ」

 

甘兎庵からの帰り道、八幡はスマホを忘れたことに気がつき、一人引き返した。

 

すると、甘兎庵の前で掃き掃除をしている千夜がいたので、八幡は声をかけーー、

 

「千夜、俺のスマホを知らなーー」

 

「千夜ー、お風呂貸してくれない?」

 

かける前に、甘兎庵の隣の物置小屋?から出てきたシャロに遮られた。

 

「いいわよ。ついでに八幡くんもどう?」

 

「え!?どうしてここに!?っていうか、今の、見た?」

 

「いや、別にシャロがお嬢様とか、そんなの関係無かったし、お嬢様じゃなくても変わらないから」

 

「ああそう、まあ、勘違いさせたままもアレだったしね。ちょうどよかったわ」

 

「他の人はシャロちゃんをお嬢様だって勘違いするとそこから勘違いが止まらなくて、言い出せなくていつも困ってるのよね」

 

「う、うるさいわね!仕方ないじゃない!」

 

八幡はシャロがお嬢様なんだなーと軽く思っていた程度なので、そこまで驚きはしなかった。

 

「はい、これ、八幡くんのスマホでしょ?」

 

「ああ、サンキュー」

 

「まったく、待ち受けが女の子とのツーショットだなんてやるわね!」

 

実際はそんなことをはなく、普通に初期設定のままの待ち受けなのだが、千夜の発言により、シャロは勘違い。

 

「そ、そうなの?」

 

「違うからな、おいやめろよ。俺がそんな写真をとるような女子なんていねーから」

 

即座に否定する八幡。

だが、千夜の扱いは未だになれないようだ。

 

「じゃあ、今三人で撮りましょう!」

 

「あ、それいいわね」

 

「いや、一人撮影に回らなきゃーー」

 

スッと千夜は懐から自撮り棒を取り出した。

 

「わかったよ」

 

こうして、八幡のスマホの待ち受け画面は男一人に女子二人の、男ならば嫉妬をおぼえるような画像になったのだった。

 

 

 

 




まあ、とりあえずは原作沿いで。
気が向いたらオリジナルを入れたいと思います。


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第十羽

さて、オリジナルなのですが、今回は登場キャラがアレだったので、話が大きく膨らみませんでした。
………次こそは!


時刻は昼過ぎ。八幡と小町は学校の制服のまま、二人公園を歩いていた。

 

「お兄ちゃん、最近どうなの?」

 

下校中、偶然にも小町に遭遇した八幡は小町と一緒に家路についていた。

 

「どうって、なにがだ?」

 

「ほら、ラビットハウスとか」

 

「どうって言われても……友達が出来たってくらいかな」

 

八幡は何気なくそう口にするが、それを聞いた小町は盛大に驚く。

 

「ええっ!?お、お兄ちゃんに友達!?しかも、ラビットハウスってことは、女友達!?」

 

「おい、妹よ、お兄ちゃんをなんだと思ってるんだ」

 

「え?口を開けば捻くれたような事しか言わない目の腐った高校生?」

 

「ま、まあ、否定はしない」

 

酷い言われようだが、実際その通りなのだから否定ができない八幡。

 

「いや、だって事実だし。比企谷八幡がお兄ちゃんじゃなかったら小町は絶対に近寄らないし。で、そんなお兄ちゃんに女友達!?しかもあの可愛い三人だよね!?」

 

「ああ、ココア、チノ、リゼだな。ラビットハウス以外ならシャロとか、千夜も友達か?」

 

「……ぜ、全員女の子?」

 

「その名前で男はねぇだろ」

 

八幡がそう言うと小町は、確かにと頷いたあと、一度大きく息を吸って、叫ぶ。

 

「お、お兄ちゃんに春が来たああぁぁぁ!」

 

時間帯は昼、場所は遊具等があるわけではないが、それなり広いため人がそれなりに集まる公園。

小町は周囲の人の目線を集めているが気にしない。

 

「それはねーよ。あくまで友達だ」

 

「甘い、甘いよお兄ちゃん!男女間の友情なんて愛情と同じなんだよ!」

 

「そんな、ラブコメじゃあるまいし」

 

漫画の読みすぎだろ、と一蹴する八幡だが、小町はそんな風には思っていないようだった。

 

「はぁ、これだからお兄ちゃんはごみぃちゃんなんだよ」

 

「え?俺が悪いの?」

 

小町の言い分が正しいのかも、と不意に思ってしまった八幡だったが、いやいや、と我に帰る。

 

「お兄ちゃん、その捻デレを治さないと一生結婚できないよ。お兄ちゃんの性格を容認出来て、養ってくれる人なんて小町以外いないと思うよ?今の、小町的にポイント高い♪」

 

「百歩、いや、千歩くらい譲って専業主夫の夢は諦めたとしよう。だが、この性格は多分治らんぞ」

 

「だよねぇ、お兄ちゃんの性格がマトモになる時は、お兄ちゃんの目が綺麗になる時だもんねぇ」

 

「おい、それは遠回しに俺の目は治らないって言いたいのか?」

 

八幡の目が病気のような扱いを受けているが、八幡の目が一番腐っていたのは、ラビットハウスに行く前の高校一年生の時期だ。

その時期に比べれば、現在の八幡の目は優しくなった方だと言える。

 

それもラビットハウスへ行くようになってからだと勘のいい小町は気づいていたし、それゆえに八幡にはこれからもラビットハウスに通ってもらわなければならないのだ。

 

「違うよ、お兄ちゃんは性格と目さえなんとかなればそこそこイケメンなんだけど…」

 

「ふっ、小町もついにお兄ちゃんのハイスペックさに気がついたか」

 

「性格と目がなんとかなってないからハイスペックじゃないんだよ」

 

「………まあ、そうだな」

 

「成績とかも文系科目はそこそこいいのに、もったいないよ」

 

心底呆れたように八幡を見る小町。

だが、八幡も自覚しているのだ。

八幡だってなりたくてこんな風になったわけではない。

 

「社会が悪い!だから俺は悪くない!」

 

どこかの某過負荷(マイナス)さんのようなことを口走る八幡。

八幡も過負荷(マイナス)よりなのだから冗談に聞こえないのが笑えない。

 

「これだからお兄ちゃんは八幡なんだよ」

 

「ついに八幡が悪口みたいになってんぞ」

 

兄妹だからこそここまで軽口を叩き合っているが、これが血のつながりもない他人同士ならば、険悪なムードになっていることだろう。

 

だからこそ、それに目をつけたのか、一人の女性が比企谷兄妹に話しかける。

 

「あら?随分と仲が良い兄妹ですね」

 

「「え?」」

 

突然話しかけられたことに驚きながらも声の方に振り返る二人。

その声の主は小説家青山ブルーマウンテンだった。

 

「あ、青山さん」

 

「はい、そちらはーー八幡さん、でしたよね?」

 

「はい、比企谷八幡です。よく知ってましたね」

 

「ラビットハウスの店員さんがそうおっしゃっていたので、なんとなく名前だけではありますが。失礼でしたか?」

 

「いえ、光栄です」

 

青山と八幡の二人で話が進んでいくので、しびれを切らした小町が八幡に問いかける。

 

「ねえ、お兄ちゃん。この人は?」

 

「ああ、小説家の青山ブルーマウンテン先生だ。俺のよく読んでる本も書いてる、有名作家だな」

 

「なんで、そんな有名作家さんと知り合いなの?」

 

「ラビットハウスの常連なんだよ」

 

ラビットハウス、常連、の単語を耳にした小町はキラリと目を光らせた。

 

「どうも、青山さん。私は比企谷八幡の妹の比企谷小町と申します。お兄ちゃんから青山さんの本の話を伺っています」

 

実際八幡は家でそんな話をした覚えはなかったのだが、ここで話の腰を折ると小町に怒られそうだったので、口は出さないことにする。

 

それよりも小町の処世術とでもいうべきか、会話の組み立てが非常にうまく、元ぼっちで会話もろくに出来ない八幡は兄妹でどうしてここまでの差が、と落ち込んでいた。

 

「そうなんですか?嬉しいです」

 

「ええ!兄は家では本を読んでいるかゲームをしているかのどっちかなのでーー」

 

小町に妙なスイッチが入ったことを確認した八幡は、道の端に置かれていたベンチに腰掛けると、空を見上げる。

 

「空が青いな」

 

その後、小町と青山の会話は十数分ほど続いた。

 

 

 

小町と青山の長話が終わり、再び公園の中を歩き出す二人。

 

「いやー、お兄ちゃんにあんな年上ヒロインがいたなんて驚きだよ!」

 

「ヒロインじゃねえよ。流石に歳が離れすぎだろ」

 

「そうなの?若く見えるけど…」

 

「平塚先生の後輩って言ってたから、平塚先生をギリアラサーだとして二十五歳。すると青山さんは最低でも二十三歳だ。俺とは七歳差だよ」

 

八幡は高校二年生になりたての十六歳。

だが、平塚先生が二十五歳という確信はなく、三十歳に近ければ近いほど更に二人の年は離れていく。

そこまで年齢が離れていたら流石に八幡の守備範囲から外れてしまう。

 

「ふーん、チノちゃんとの三歳差はokなのかな?小町より年下だからオススメはしないよ?」

 

「オススメってなんだよ。商売じゃないんだから」

 

「まあ、チノちゃんは良い子だから気にしないけどね!」

 

中々恋バナから離れてくれない小町に疲れを感じながらも八幡歩く。

 

すると、偶然か、見覚えのある中学の制服を着た二人の少女が公園の中に見えた。

二人は何やら木の上を見ているようだ。

 

「なんだろうね、あれ」

 

小町が不思議に感じたのか、持ち前のコミュニケーション能力を使い話しかけに行く。

 

「どうしたのー?」

 

八幡は小町のコミュニケーション能力の高さに驚きながらも、追いかける。

 

「あそこー、マヤちゃんの帽子が木に引っかかっちゃったの」

 

「うー、調子に乗って帽子を投げなきゃよかった」

 

「今日は体育がなかったから元気が有り余ってるんだよねー」

 

上を見れば、身長が百四十センチ程度の二人では届きそうもない高さに帽子が引っかかっている。

 

「うーん、小町じゃ届かないかな。お兄ちゃん」

 

「ハイハイ」

 

「お兄ちゃん優しい!小町的にポイント高いよ」

 

一人で公園を歩いている際に見かけたらきっとスルーしていただろう八幡だが、今は小町と一緒だ。

 

小町と一緒の時にそんな薄情な行動をしてしまうと、家で冷たく接されるのは必至。

すると、八幡の選択肢は一つしかなかった。

 

「よっ」

 

八幡の身長は普段は猫背なので、そこまで高くないように見えるが、背を伸ばし、ジャンプをすればそこそこの高さがある。

 

「「とれた!」」

 

中学生二人が声を揃えて、叫ぶ。

そして、年上で更に目の腐っている八幡の元へ寄る。

 

「ありがとうございます。ほら、マヤちゃんも」

 

「わかってるよ。私の帽子をとってくれてありがとね目の腐った人!」

 

「マヤちゃん!失礼だよ」

 

「事実だから気にしなくていいんだよ!」

 

「なんで小町が答えるんだよ」

 

八幡が呆れたように言うと、アハハ、と笑う中学生二人。

 

そんなこんなで、珍しく八幡の下校は騒がしかったのだった。

 

 

 




最後の中学生二人、一体何マメ隊なんだー!
まあ、マヤの名前が出ているのでお察しですね。
感想評価沢山貰えると執筆速度が上がるんだけどなー(チラッ

に、日間ランキング入りだとおぉぉぉ!!??(3/19現在)
感想評価お気に入り登録誠にありがとうございます!
これからも執筆頑張ります!


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第十一羽

感想評価を求めたら、めっさ感想評価増えたのでテンション上がって更新速度もアップだぜ!

前話の時間軸はココア達が初めてシャロと会ったときと同時刻という設定ですので、ココア達は既にシャロを知っている、ということで話が進行いたします。



「みんな!シャロちゃんが大変なの!」

 

ラビットハウスにていつもの四人が働いていると、突然ものすごい勢いでラビットハウスの戸が開かれた。

 

入ってきたのは千夜。

運動が苦手なはずの千夜が息を荒くし汗をかいている。

それだけで、どれだけ大変なことが起こったか察することが出来る。

 

「千夜ちゃん、落ち着いて!」

 

「何があったんですか?」

 

千夜は一度大きく深呼吸をして落ち着くと、懐から一枚のチラシを取り出した。

 

「ここでシャロちゃんがバイトしてるって、きっといかがわしい店に違いないわ!」

 

千夜が取り出したチラシはフルール・ド・ラパンの広告だった。

確かにうさ耳のシルエットと、『心も体も癒します』というキャッチコピーが記載されているので、千夜のような天然は勘違いしてもおかしくはない。

 

「いや、フルールはただの喫茶店ーー」

 

「聞けない!怖くて本人に聞けないわ!」

 

八幡が真実を教えようとしたが、千夜に遮られる。

この状態の千夜には何を言っても聞かなそうなので諦める八幡。

 

「どうやって止めたらいいのかしら?」

 

「仕事が終わったらみんなで行ってみようよ」

 

いかがわしい店かもしれないという話なのになかなか根性のあることを言い出すココア。

 

「潜入ですね」

 

チノのそんな一言に今まで冷静だったリゼが熱くなる。

そして、八幡はその時点で大きく話を訂正することを完全に諦める。

 

「お前ら、ゴーストになる覚悟はあるのか!」

 

「ちょっとあるよー」

 

「ねぇよ」

 

「潜入を甘く見るなぁ!」

 

軍隊関係のことが話に関わると熱くなるリゼ。

八幡とチノは完全に蚊帳の外。

ついていけるのはココアと、なんとなーく合わせている千夜の二人だけだった。

 

「また面倒なことになりそうだな」

 

「いいじゃないですか。楽しいのはいいことですよ」

 

「それしても、どこでシャロと知り合ったんだ?」

 

八幡の知らないうちに、ラビットハウスの面々とシャロが知り合いになっていることに疑問を持った八幡。

 

「先日、コーヒーカップ…買いに行った際に会ったんです。リゼさんと同じ高校らしくて、友達になりました」

 

「ってことは、あいつもお嬢様学校なのか。……イメージ通りだな」

 

「ですね」

 

八幡とチノは会話を終わらせると仕事へ。

幸いなことに、客はもうおらず、残っている仕事もそう多くはない。

フルールへ行くのもそう時間はかからないだろう。

 

「よし、私について来い!」

 

「「いえっさぁ!!」」

 

ああ、いつもの騒がしくなるパターンだ、と八幡とチノは思いながらも、仕事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

「ここみたいだね」

 

コソコソと、フルール・ド・ラパンの店の前までやってきた五人だが、八幡だけさっさとフルールの中へ。

だが、他四人はそれには気付いていない様子。

 

「いいか?慎重に覗くんだぞ。せーのっ」

 

リゼの掛け声と同時に店の中を覗く。

四人の視線の先にはーー、

 

「いらっしゃいませーって、八幡どうしたの?」

 

「シャロこれから騒がしくなると思うから、先に謝っとく。悪りぃな」

 

「え?なんの話って、なんかいるー!?」

 

ロップイヤーとスカート丈の短い制服を着ているシャロと堂々と中へ入っていく八幡がいた。

 

「おお、八幡、堂々と入っていくとは…潜入とは別のジャンルだが、センスがあるな!」

 

「ほら、リゼちゃん私たちも中に入るよ」

 

外で覗いていた四人はシャロに気づかれた事でさっさと中へ入っていく。

 

「ここは、ハーブティーがメインの喫茶店よ、ハーブには体に良い色んな効果があるの。そんなフルールに何しに来たの?」

 

シャロがいかがわしい店でバイトしているのを止めに来た筈なのだが、ココアはそんなことは忘れていたようで。

 

「私はシャロちゃんに会いに来ただけだよ?」

 

「シャロさんがいかがわしいお店でアルバイトしてるって聞いたのですが……いかがわしいってなんですか?」

 

「こんなことだろうと思った」

 

チノとリゼも気にしていなかったらしく、シャロに会いに来ただけのようだ。

 

そしてシャロは一番怪しい千夜へと目を向ける。

 

「………その制服素敵ね!」

 

「アンタが犯人かー!ていうか、八幡がいてなんで私がそんな

変なバイトしてるって話になってんのよ」

 

「なんで八幡くん?」

 

「だって、八幡ウチに来たことあるじゃない」

 

「察してくれ」

 

「ええ!?八幡くん、まさか……シャロちゃんとそんな関係に!?」

 

「ああわかったわ。千夜が無視したり引っ掻き回したのね」

 

流石は空気の読める少女シャロ。

八幡の疲れたような反応に、どんな状況だったのかを察する。

 

「それにしても、シャロちゃんうさ耳かわいーね。すっごい似合ってるよ!」

 

「て、店長の趣味なのよ。恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないで。……り、リゼ先輩も何でジロジロ見てるんですか?」

 

「なあ八幡、私、ロップイヤー似合うかな?」

 

「……なんで俺に聞くんだよ。ココアとかでいいだろ」

 

非常に答えにくい質問が八幡を襲う。

なんとか逃れようと、ココアの方へと転換させようとする八幡。

 

「ほら、男の感想とかの方が重要だったりするんだよ」

 

「………似合うんじゃねぇの」

 

そっけなく、小声で八幡は告げる。

出来ればスルーして欲しかった八幡なのだが、それは周りの少女たちが許さなかった。

 

「ねえ八幡、私は?私は実物がここにあるんだから答えられるわよね?」

 

シャロが追撃。

味方だと思っていただけに、予想外の方向からの攻撃に対処出来ず、ごまかすための策を考えていなかった八幡。

 

「ねえ、どう?」

 

「なにこれ、いじめ?………に、似合ってるよ」

 

ぶつくさ文句を言いながらも問い詰められたことにより仕方なく口を破る八幡。

 

その答えにふふっと笑顔を浮かべるシャロ。

 

八幡はこれで終わったと、やりきった感を出しているのだが、前二人とのやりとりが他のメンバーにも影響を与えてしまった。

 

「ねえ、八幡くん、私はどうかしら。可愛いと思う?」

 

千夜の新たな攻撃に八幡は戦慄する。

前のリゼとシャロからの質問に対しては似合うか否かで答えればそれでよかった。

だが、千夜はその方法を潰し、可愛いか否かで答えさせようとしているのだ。

 

「いや、ま、待とうぜ、ほら、実物見てないし」

 

「シャロちゃん、それ借りるわね」

 

ヒョイっと千夜はシャロの頭からロップイヤーを奪い、自らの頭上へ。

八幡の逃げ道をさらに潰しにかかる。

 

「これで、実物が見れたでしょ?で、どう?可愛いかしら」

 

八幡は救いを求めてリゼ、シャロの方へ視線を飛ばす。

 

だが、リゼは諦めろと首を横に振り、シャロも目をそらされてしまう。

 

「………可愛くなくはない」

 

「むぅ、求めてた答えと違うけど、まあいいわ♪じゃあ次はココアちゃんね」

 

ぷくっと頬を膨らませた千夜だが、まあいいわと笑顔になり、ロップイヤーをココアへ渡す。

 

「おい待て、なんで一人ずつに感想を言わなきゃいけないみたいな感じになってんの?」

 

八幡の制止の声もむなしく、ココアの頭にロップイヤーが装着される。

 

「どうかな、可愛い?」

 

上目遣いで、八幡に尋ねるココア。

だが、それはココアの求めていた答えとは違うものを口にさせる。

 

「あざとい」

 

一蹴である。

ココアが狙ってあざとくしてあるわけではないのを八幡は理解しているが、丁度よく逃げ道が出来たので利用させてもらったといったところだろうか。

 

「酷いよ八幡くん!なんで私だけそんな感じ!?」

 

だが、涙目で訴えるココアに、八幡の心は揺れた。

八幡は罪悪感を感じ仕方なく、もう一度、今度は違う答えを口にする。

 

「か、可愛いよ」

 

目線をココアに合わせないようにしながらココアにそう告げると、涙目から一転。

ココアの顔はパアッと笑顔になる。

 

「えへへぇ、ありがとね八幡くん」

 

「お、おう」

 

「じゃあ最後はチノちゃんだね」

 

巻き込まれないように、と息を潜めていたチノだったが、ココアがチノの事を忘れるはずもなく捕まってしまうチノ。

 

「わ、私は結構ですから!」

 

「ほらほら、そんなこと言わずにー」

 

無理やりロップイヤーをつけられたチノだが、最後の抵抗といったところか、八幡に見られないようリゼの背中に回る。

 

「ほら、チノ。お前も八幡に見てもらったらどうだ」

 

「ど、どうしてリゼさんまで、ちょっと、ココアさん!」

 

背中をグイグイと押され無理やり八幡の前に。

チノは恥ずかしがりながらも諦めた様子で抵抗するのをやめる。

 

「わ、笑っていいんですよ。似合わないってーー」

 

チノはバカにしてくれて構わないと、罵倒の言葉を求めるが、八幡の答えは違った。

 

「毎日、俺に味噌汁を作ってくれ」

 

 

 

 

 

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

八幡の口からとんでもない言葉が放たれる。

チノは顔を真っ赤にして口をパクパクと動かし、八幡の顔を見つめる。

他の四人も何が起こったのが理解できずに呆然と立ち尽くす。

 

対する八幡は自分が何を言ったかあまり理解していないのか、平然としてーー、

 

(や、やってしまったあぁぁぁぁ!!!)

 

平然としていなかった。内心恐ろしいほど後悔していた。

 

(何言っちゃってんの俺!?中学生に告白!?シャレにならねぇよ!フラれて、今後ラビットハウスの空気が悪くなるだけだろぉ!)

 

八幡はロップイヤーチノのあまりの破壊力に告白まがいの言葉を口にしてしまったのだ。

 

「あ、あ、あ、あの、その、あ、あぅぅ」

 

チノもチノで頭が混乱しているようで、何度も吃り、最後には頭から蒸気を出して気絶してしまった。

 

そして、漸く頭の中を整理し終えた八幡は、一言。

 

「すまん、今の無し」

 

このあと八幡は説教されたり問い詰められたりで、グロッキーになるのだった。

 

 

 




チノちゃんマジ天使(挨拶)
今回は原作通りのフルールの話のはずだったのに…まっ、いいか!

さて、今回も感想評価ドシドシ送ってくれていいんですぜ?


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第十二羽

みんなチノちゃん好きすぎやろ。
前回の感想数半端なかったで。

さて、今回は原作沿いで、長くなったので分割しました。


ザーザーと、雨音がラビットハウス店内にも聞こえてくる。

店内は静かで、客は遊びに来ている千夜とシャロだけ。

 

「今日は雨であんまりお客さんこないね」

 

「いつも客は多い方じゃないけどな。まあ、天候はどうしようもないからな。……私そういえば傘持ってきてないな。帰りどうしよう」

 

「いざとなったらウチに泊まればいいですよ」

 

客がいないことで、私語を慎む必要がないのが唯一の利点だろう。

だが、経営的にはマズイ事なので、普段から店員同士の会話が多いラビットハウスはマズイのではないかと八幡は最近思い始めていた。

 

「私たちがここに来た時は晴れてたのに」

 

「きっと千夜の日頃の行いのせいよ」

 

「きっとシャロちゃんがラビットハウスにくるなんて珍しいことがあったからだね」

 

「えっ!?私のせい!?」

 

ココアからなんとも理不尽な事を言われガックリと項垂れるシャロ。

 

「ほら、シャロこれでも飲んで元気出せよ」

 

八幡はスッとマグカップを差し出す。

その中身はただのコーヒーではなくMAXコーヒー。

さりげなくシャロを味見役にしたのだが、相手が悪かった。

 

「ありがと。………」

 

「シャロちゃん、コーヒーはーー」

 

「分かってるわよ。まあ、八幡がせっかく淹れてくれたし」

 

そう言ってマグカップに口をつけるシャロ。

シャロはカフェインで酔うという珍しすぎる体質。

それを心配した千夜だったが、カフェインよりも、糖分の方が強いのがMAXコーヒー。

 

「あ、甘っ!な、何これ!?」

 

マッカンを知らない人が飲むと必ず第一声が「甘い」。

基本的には甘すぎるので敬遠されがちな飲み物なのだが、八幡は愛飲している。

 

「マッカンことMAXコーヒーだ。うまいだろ」

 

「いや、甘すぎじゃない!?」

 

「まあ、全部飲めばシャロもきっとマッカンの虜になるはずだ。いや、むしろ虜になれ」

 

「なによそれ。まあ、口つけちゃったし飲むけど」

 

グイッと今度はマグカップを一気に傾けるシャロ。

それを見た千夜は何かを期待しているような表情に。

 

 

 

そして三分後。

 

「みんなー今日は私と遊んでくれてありがとー!」

 

「いつでも遊びにきていいんだよ?」

 

「いいの?行く行くー!」

 

シャロのテンションが普段では考えられないほど高くなる。

それを見て八幡、リゼ、チノは「えっ?」と驚いた表情を見せる。

 

「チノちゃん、ふわふわー」

 

「ココアが増えたみたいだな」

 

「ああ、シャロはこっち側だと思ってたんだが……こんな隠し技を持っていたとは」

 

八幡としてはチノ、リゼとシャロは基本的に暴走しがちなココアと千夜のストッパー的な役割をする。

だからこそ、このメンバーのボケとツッコミのバランスが取れているわけで、一人でもボケ側へ行ってしまうと途端に収集がつかなくなる。

 

「いぇーい、はちまーん、飲んでるー?」

 

ついに八幡にまで絡み始めるシャロに、八幡は「げっ」と口にしてしまう。

 

「いや、店員が仕事中に飲んでたらダメだろ」

 

「もー、八幡は冷たいわねー。そんな硬いこと言わないで、ね?いいでしょ?私の淹れたコーヒーが飲めないって言うの?」

 

「いや、シャロは淹れてねえだろ。淹れるのはチノの仕事だ」

 

「もー、八幡はいつも捻くれてるんだからー」

 

シャロは普段とは違いグイグイと八幡の方へと詰め寄り、話の展開も普段とは違った感じだ。

 

「千夜ちゃん、シャロちゃんどうしたの?」

 

「シャロちゃんはカフェインで酔う体質なの」

 

「珍しすぎるだろ。…シャロは酔った時の事を覚えてるのか?」

 

「あやふやな感じらしいわ。まあ、覚えてないんじゃない?」

 

「シャロさん、コーヒー一杯で顔真っ赤です」

 

外野はシャロの体質について話し合っているが、八幡はそれどころではなく、どうにかしてシャロを引きはがさなければならない。

 

「し、シャロ?離れてくれると嬉しいんだがーー」

 

「八幡は私が嫌いなの!?」

 

「言ってねぇよ、元ぼっちに女子とのスキンシップは難易度高すぎるんだよ」

 

「じゃあ私で練習しましょう!」

 

「いや、話聞いてた?っておい、なに飛びかかろうとしてんだ」

 

シャロは助走をつけて八幡に飛びかかろうとーーしたが、寸前で躓きビターンと床に倒れる。

 

「お、おい!大丈夫か?」

 

シャロは目を回して倒れていた。

八幡は少しホッとしたが、すぐにシャロの対処にかかる。

 

「千夜、シャロを持って帰ってくれ」

 

「わかったわ」

 

「でも、外は大雨だよ?」

 

シャロを持って帰ろうにも外は大雨、傘を持ってきていない千夜はシャロを持って帰ることなど不可能だろう。

 

「でしたら、ウチに泊まっていってください。部屋は空いていますので。リゼさんもどうですか?」

 

「いいのか!?」

 

友達とお泊りなどしたことがないリゼは食いつきが激しい。

すぐにケータイで家族に連絡し、泊りの許可を取る。

 

「んじゃあ、俺は帰るわ」

 

八幡も傘は持っていなかったが、流石に女だらけのラビットハウスに泊まるのは憚られた。

 

が、この好機を見逃さないのが千夜である。

 

「八幡くんもここに泊まったらどうかしら?ねえ、チノちゃん」

 

「はい、八幡さんもどうですか?部屋は余っていますし、着替えは父のを使えば大丈夫ですよ?」

 

「いや、着替えはいらないから傘だけ貸してくれ。そうすれば帰れる」

 

タカヒロがいるとはいえ、女子率が圧倒的に高い場所に泊まるというのは八幡にとって高難易度のことなのだ。

つまり、出来ることならすぐに帰りたい。

 

「八幡さん、現在傘は修理中でありません」

 

だが、チノは追い打ちをかけるようにそう口にした。

 

「いや、嘘だろ、さっき倉庫に予備の傘がーー」

 

「ありません」

 

「いや、だからーー」

 

「少なくとも八幡さんに貸す傘はありません」

 

「チノ、そんなに俺を虐めたいのか?」

 

「い、いえ、そういうわけではなくてですね……」

 

チノは何としても八幡にラビットハウスに泊まってもらおうとしているらしい。

 

それは少なからず先日のフルールでの八幡の告白もどきが関係しているようだ。

 

「八幡、諦めろ。チノは中々に頑固なんだ」

 

「くっ、まだだっ!」

 

そう言って八幡が懐から取り出したのはスマホ。

小町に電話して傘を持ってきてもらおう作戦である。

 

「もしもし、小町?」

 

『どーしたのお兄ちゃん』

 

「傘を持って行くのを忘れてな、すまんが傘を持ってラビットハウスまで迎えに来てくれないか?このままだとラビットハウスに泊まることになるんだよ」

 

八幡痛恨のミスをやらかしてしまう。

最後の一言は完全に余計だった。

小町の性格上、そんなことを口にしてしまうとーー、

 

『無理、嫌だよ。お兄ちゃんは小町をこの雨の中ラビットハウスまで行かせるっていうの?ラビットハウスに泊めてもらったほうがいいよ!幸い明日は休日だよ!』

 

こうなる。

小町までもが八幡の敵に回ってしまい四面楚歌の状態に。

 

「いや、そこをなんとかーー」

 

『あっ、ゴメンお兄ちゃん、小町は勉強中だったのです!じゃあね!』

 

プツッと通話が切れる音。

 

「な、なぜだマイエンジェル」

 

小町(エンジェル)に裏切られ項垂れる八幡。

ここまでくると流石に八幡も腹をくくる。

 

「仕方ないな」

 

「ついに八幡くんはラビットハウスに泊まることにーー」

 

「走って帰ろう」

 

「それでも帰るの!?」

 

八幡はラビットハウスの戸を開け、外の様子を見る。

だが、天は八幡を見捨てたのか、ピカッと白い光が天に迸った。

 

ゴロゴロ。

 

「雷までなったらさすがの八幡くんも泊まるしかないんじゃないかしら」

 

「この悪天候の中傘もなしで帰るのは危険だ。大人しく泊まれ」

 

「八幡くんとのお泊り楽しみだなー!」

 

「私たちは気にしませんから泊まっていってください」

 

「う、うぅ、あれ?私…」

 

それぞれが八幡に死刑宣告と同様の言葉を放つ。

ついでにシャロも眼を覚ます。

 

「寝る部屋は別、夜10時以降の接触は禁止!これ絶対な」

 

八幡が妥協し、泊まるにあたってのルールを提示してきた。

それを聞くとココア、チノ、リゼの三人があからさまに顔を暗くする。

 

「大丈夫だよ、夜こっそり忍び込めば」

 

「そうだな、せっかくの泊まりなのに夜更かししないのはつまらないしな」

 

「ウチは部屋の中から鍵はかけられないので問題ないですね」

 

「ふふっ、楽しくなりそうね」

 

「なんの話?」

 

「おい、聞こえてるからな」

 

八幡のラビットハウスでの夜は騒がしくなりそうだった。

 




感想評価もっともっとくれてええんやで?


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第十三羽

遅れてしまいすいません。
宿題とか宿題とか、部活に追われて手がつけられない状態でした。
春休み二週間ないのに宿題の量半端なさすぎだろォ。

今回は少し長め。
宿題の合間に進めたものなのでクオリティは下がってしまったかもですが、ご了承ください。


チノの部屋に現在ココア、チノ、リゼ、八幡が集まっており、シャロと千夜は風呂に入っている。

 

千夜達が風呂に入る前、お約束のように千夜が八幡に「覗かないでね?」とニコニコしながら言ったのだが、八幡はいたって冷静に「犯罪者にはなりたくないんでな」と返した。

 

そんなやり取りのあとチノの部屋に入れられたのだが、そこには、中学生の制服を着たココアがいた。

 

「見て見て八幡くん、似合う?」

 

チノの中学の制服がびっくりするほど似合っているココア。

 

「あれだな、精神年齢が中学生レベルだから似合ってんだな」

 

「酷い!私は高校生だよ!」

 

「一理ある」

 

「リゼちゃんまで!?」

 

八幡のココア精神年齢中学生発言に同意するリゼ。

その横のチノも声には出していないもののコクコクと頷いている。

 

「もー、八幡くんはどうしていつも私にだけそんなー」

 

ブーブーの文句を言うココア。

八幡がココアを普段からぞんざいに扱うことに腹を立てているようだ。

八幡を上目遣いで見ながらぷくっと頬を膨らませる事で怒ってますアピール。

 

最初は八幡もこれだけで多少心が揺らいでいたのだが、最近の八幡は妙に女子に関わる機会が多い。

むしろ男友達ゼロで女友達しかいないまであるのだ。

 

そんな環境で少しずつ鍛えられている八幡は動じずに返す。

 

「はいはい、あざといあざとい」

 

「お前、本当に最近ココアの扱い雑じゃないか?」

 

「ココアさんですから仕方ないといえばそうなんですけどね」

 

ココアの扱いが雑なことにはみんな気がついているようだが気にはしていない様子。

 

「うわーん、みんながいじめるー!こうなったら、リゼちゃんにこのチノちゃんの制服を来てもらうしかないね!」

 

「いや、どんな起承転結があってそうなった!?」

 

いきなり矛先を向けられたリゼはツッコミをココアに入れるが、聞く耳持たないココアは、リゼの服を脱がしにかかる。

 

「なっ」

 

「は、八幡!部屋の外に出てろ!の、覗いたら撃つからな!」

 

「わ、分かった」

 

服を脱がされ始めたことに焦ったリゼは咄嗟の判断で八幡を追い出すことに成功。

あられもない姿を八幡に見られることを防ぐ。

 

一方八幡は、少し顔を赤くしたが、すぐに頭を振って切り替える。

今からこんなことでは今晩危ないかもしれない。

八幡とて男子高校生、こんな女だらけの家に止まるとなれば理性がガリガリ削られてしまう。

 

それでなくとも今ラビットハウスにいる女子陣はグイグイ来るのだ。

なるべくATフィールドを張り対抗しようと心に決める八幡だったが、敵は部屋の中だけではなく、外にもいたようで。

 

「あら?どうして八幡くんは部屋の外に?」

 

「みんなを怒らせるようなことでもしたの?」

 

千夜と、シャロである。

だが、その服装はチノの寝巻き。

 

可愛らしくある程度のフリルがあしらってある。

千夜もよく似合っているのだが、シャロはさらにすごい。

 

「お嬢様だな」

 

「でしょ?八幡くんもそう思うわよね」

 

「チノちゃんのパジャマが可愛いからよ」

 

「元がいいからなんでも似合うのよね。ね?八幡くんもそう思うでしょう?」

 

ここで八幡に話を振るあたり千夜らしい。

だが、ATフィールドをつい先ほど張ったばかり。

ここは、抵抗の意思を見せる。

 

「なんで毎回こういう時に俺に話を振るんだよ」

 

「男の子の感想は大事でしょ?それとも八幡くんはシャロちゃんが可愛くないとでもいうの?」

 

「し、正直に言っていいのよ。似合ってないって」

 

パリーンと、ATフィールドが割れる音がした。

卑怯だと、八幡は思った。

 

千夜の質問の仕方にシャロの言葉。

これは答えざるを得ない状況ではないか。

 

「に、似合ってなくないから安心しろ」

 

「そ、そう。あ、ありがと」

 

八幡もシャロも眼を合わせようとしない。

それをふふふっと笑う千夜。

 

「八幡くん、まだ部屋に入れないのかしら?」

 

「知らん、万が一があったら嫌だから俺からは入らんぞ」

 

「じゃあ、確認してあげるわね」

 

ガチャリと、千夜だけが中を覗き込む。

すると、すぐに閉めて、満面の笑みで八幡へ告げる。

 

「入ってokよ!」

 

「その笑顔が怖いんだが」

 

「何か企んでるの?」

 

いいからいいからと、八幡をドア前まで移動させる。

流石に着替え中ということはないだろう。

流石の千夜もその辺はわきまえているはずだ。

 

そう信じて八幡は戸を開ける。

 

「は、八幡?」

 

リゼが真っ先に眼に入る。

そして釘付けに。

 

リゼは既にココアによってチノの中学の制服に着替え終わっていた。

非常に似合っているし、リゼは女子にしては身長が高く、足も長いので、チノの制服ではスカート丈が少し短く足の大部分を晒している。

 

「わ、悪くないんじゃねぇか?」

 

「八幡くんの反応が私の時と全然違う!?」

 

「リゼさんが着て八幡さんにほめられるとなぜだか敗北感がします」

 

「ふふふっ」

 

「リゼ先輩、似合ってます!」

 

「着替える!もう着替えるから八幡はでていけ!」

 

またもや部屋の外に追い出される八幡。

 

しばらくすると、部屋の中からココアとチノが出てくる。

八幡は、もう一人部屋へと行きたいのだが、チノが中々部屋へと案内してくれないのだ。

 

「八幡さん、リゼさんの着替えはもう終わりました。今度は私たちがお風呂へ入ってきます」

 

「八幡くん」

 

「……なんだ?」

 

「覗かないでーー」

 

バタン。

 

途中まで聞いて、何を言おうとしたのか八幡は察した。

そして、最後まで聞くことなく、部屋へと戻った。

 

 

 

その後、チノとココアが風呂から上がるとリゼ、八幡の順で風呂に入った。

その際風呂が入浴剤でココア風呂になっていたのだが、八幡は気にする余裕はなかった。

 

そしてチノの部屋。

八幡は未だに寝室へと案内されない。

 

女子五人と同室で寝るなど八幡はなんとしても避けたいところ。

早めにチノから部屋を聞き出さなくてはならない。

 

なのだがーー、

 

「みんなのとっておきの怪談を聞かせて?」

 

そんな千夜の言葉をきっかけにトークがものすごく盛り上がっているのだ。

その話の流れをぶった切るのは憚られる。

 

そして、八幡そっちのけで、女子トークはコロコロと話が変わっていく。

 

「みんな、気になる男の子とかいないのかしら?」

 

そして、話を振るのはやはり千夜。

こんな女子の恋話なんてされると、八幡は居心地が悪くて仕方がない。

 

できることならさっさと逃走したいところだった。

 

「うーん、私の高校、シャロもだけど女子高だからなぁ」

 

「ですね、でも、リゼ先輩、モテるじゃないですか。女子にですけど」

 

「敬われるのは嬉しいんだけど、一女子高生としてはなぁ」

 

「私も、身近な男子って八幡だけなのよねぇ。ココアと千夜はどうなの?」

 

お嬢様学校組は、特に恋愛ごとはない様子。

そして、一般JK組へ話が振られる。

 

「うーん、男の子とはあんまり私は喋らないわ。それこそ八幡くんくらいね。ココアちゃんは?」

 

「私なんて身近な八幡くんにすらぞんざいに扱われてるんだよ?」

 

それなのに学校でなんて、とテンションが下がり気味なココア。

先ほど八幡に雑に扱われたのが堪えた様子。

 

だが、八幡はステルスヒッキーを全力行使で話の輪には入らない。

 

「チノちゃんはどう?まあ、お姉ちゃんを差し置いて、好きな人なんてーー」

 

「…………え、えと、その、気になる人なら」

 

頬を赤らめてそう口にしたチノを見て八幡は「天使」と口にしてしまったが、幸いなことに誰にも気づかれてはいない様子。

 

「だ、誰!?お姉ちゃんはそんな、許さないよ!?」

 

「姉じゃないです」

 

チノは先ほどからチラチラと八幡の方を見ている。

その視線にいち早く気が付いたのは千夜とシャロ。

 

千夜は八幡をからかうために、シャロはそれを阻止するために迅速に動いた。

 

「ねえ、八幡くん、一人で寂しいでしょう?輪に入りましょう?」

 

「八幡、逃げなさい、千夜のいつものパターンよ!」

 

輪に引き込もうとする千夜を羽交い締めで止める。

だが、敵は他にもいたのだ。

 

八幡が部屋から出ようとするのをココアが阻止。

 

「さっきまで扱いが雑だったから、そのお返しだよ!」

 

リゼは諦めろといった表情。

唯一ついていけていないチノはオロオロとしている。

 

「…わ、わかったよ」

 

八幡を加えた六人で輪になりトーク再開。

 

「で?この前のチノちゃんへのフルールでの告白はなんだったの?」

 

いきなりぶち込んでくる千夜。

だが、それには意外にも冷静に対応する八幡。

 

「チノの妹オーラが凄かったんでな」

 

「チノちゃんは渡さないよ!」

 

「ココアのじゃないだろ」

 

「チノちゃんも大変ね」

 

「あらあら、モテモテねチノちゃん」

 

チノは八幡の言葉を聞いて少し落胆したような様子を見せたか、そこまで大げさだったわけではなく、誰にも気づかれることはなかった。

 

「八幡さんにとって、私は妹なんですか?」

 

「妹分って感じだな」

 

「………今はそれで構いません」

 

「?」

 

妙なところで鈍感スキルを発動させる八幡はチノの真意に気がつかない。

 

そして、その後も中々八幡は寝室を教えてもらえず、五人が話し疲れて寝た後、タカヒロに部屋へと案内されたのだった。

 

 

 

 

 

 

深夜、ラビットハウス。

あれだけ騒がしかったラビットハウスには人の声はしなくなり、聞こえるのは雷と豪雨の音だけ。

 

その中、新たに床が軋む音が増えた。

 

「う〜、寝る前にトイレに行っておけばよかったなぁ。みんな寝てるし、雷は鳴ってるし、暗いし。……こ、怖くなんてないんだから!」

 

ココアは、尿意によって目を覚まし、暗闇の中一人トイレへと向かっていた。

 

ピカッ……ゴロゴロ。

 

雷が鳴るたびにココアは体をビクッと震わせる。

すでにココアの目には涙がたまっている。

 

「や、やっぱり止めよう。だ、大丈夫。朝までならきっとーー」

 

ガタン!

 

「ひうっ」

 

暴風により窓が叩かれ大きな音を立てる。

それにびっくりしてその場にへたり込んでしまうココア。

 

「う、うぅ。だ、誰かぁ」

 

ココアの涙腺は決壊寸前である。

 

へたり込んでいるココアに一つの人影が近く。

 

ピカッ。

 

直後、雷が光る。

その光で人影の存在に気がついたココアはさらに体を震わせる。

 

「ひっ、だ、誰?」

 

「ひっ、とか言うなよ。昔ゾンビとかって呼ばれてたトラウマが蘇っただろ」

ココアの泣きそうな声に八幡は少し動揺しながらも答える。

すると、ココアの涙腺は決壊。

 

「は、八幡くんっ!!」

 

ダキッ。

 

ココアは即座に立ち上がると八幡の胸めがけて飛び込んだ。

 

(えぇぇぇぇ!!??ナニコレナニコレナニコレ、柔らかい柔らかい、いい匂いーーー!!??)

 

内心物凄く動揺した八幡だったが、ココアのすすり泣きを聞き正気に戻った。

 

「で?どうした」

 

「ぐすっ、……そ、その」

 

羞恥心から頬を赤らめ、八幡から顔を背け、一言。

 

「と、トイレに……」

 

「ちょうど俺も行きたかったところだ」

 

それだけ言うと八幡はココアの手を引き、トイレへと向かう。

 

(昔、小町ともこんなことしたなぁ)

 

お兄ちゃんスキルを発揮する八幡。

ココアは就寝前、扱いが雑だったことなどすっかり忘れ、今はこの大きな手を握り、歩を進めた。

 

 

 

「じゃあ、俺はこっちだから」

 

トイレを済ませ、部屋に戻ろうとする八幡だったが、寝巻きの裾を離してくれないココア。

 

「おい、部屋に戻るだけなら一人でもーー」

 

「……みんな、寝てるから、その、一人怖くて」

 

「いや、俺にどうしろと」

 

「……一緒に寝よ?」

 

あざとい。これは誰が見てもそう言っただろう。

だが、八幡は息を飲んだ。

 

昼間のように、からかわれたことで浮かべた涙ではなく、純粋に恐怖から出る涙と、懇願する目。

 

男ならば、保護欲をそそられること間違いなし。

少なくとも、八幡は胸をATフィールドごと貫かれた。

 

「いや、でも」

 

「私が寝るまで。お願い」

 

「………わかったよ」

 

だが、ココアが向かったのは他四人が眠る部屋ではなく、八幡の寝室。

八幡は、ココアの涙を見てしまったために断り切れなかった。

 

 

 

そして翌日の朝、八幡の寝室から、八幡だけではなく、ココアが出てきたことで騒ぎが起きるのだが、それはまた別の話だろう。

 

 

 




ココアちゃんマジ天使(挨拶)

お泊まり会&ココア回。
お泊りの描写が薄くてすいません。
ココアの可愛さに免じて許して☆

感想評価待ってます!


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第十四羽

いつのまにやらお気に入り登録が1000件突破しておりました。
このような拙作をお気に入り登録していただきありがとうございます。
時々日間ランキングの方にもこの作品が載っているようで。
これは一重に読者の皆様のおかげです。
これからも読者の皆様の期待を裏切らぬよう努力する所存でございます。


学校帰りに八幡は、今日のアルバイトが休みだということをチノから知らされた。

 

それにより、途中までラビットハウスまで足を運んでいたためにそのまま帰宅するのはもったいないと考え、ラビットハウスからさほど遠くない図書館へと足を運んだ。

 

「いつも思うけど、デケェなこの図書館」

 

各フロアごとの天井はなく吹き抜けのようになっていて、壁際の本棚もかなり高く積まれている。

 

八幡はこれでも文学少年。

本を読むときは基本的にここに足を運ぶ。

 

今回はテスト前の勉強のために足を運んだのだが、八幡にしては珍しく学生の味方サイゼではなく、図書館をチョイスした。

 

一階はそこそこ人が多かったので、二階へと上がり、テーブルに勉強道具を広げる。

 

八幡は文系特化型。

実際に八幡は私立文系の大学を目指しているので、理系はそこまで必要はないのだが、テストの点数が悪ければ留年の可能性もある。

そこで広げたのは数学。

 

渋い顔をしながらも、問題集の問題を解いていく。

 

 

 

数分後、八幡の手がピタリと止まった。

休憩ではなく、問題の途中。

つまりは問題が分からないわけだ。

 

仕方ないと八幡は解説を見ようとカバンに手を伸ばすが、

 

「あー、家に忘れたか」

 

カバンを漁っても問題集の答えはなかった。

 

「仕方ない、飛ばすか」

 

「よければお教えしましょうか?」

 

「はっ?」

 

後ろから突然声をかけられて驚きながら八幡は振り向く。

するとそこには神出鬼没の小説家青山ブルーマウンテンの姿があった。

 

「えっと……」

 

「こう見えて私、頭がいいんですよ」

 

「こう言っちゃアレですけど、意外ですね」

 

「あらあら、中々ストレートにおっしゃるんですね。傷つきます」

 

わざとらしくシクシクといった動作を取る青山さんに八幡は狼狽える。

青山さんはラビットハウスのメンバーや、千夜、シャロとはまた違ったトリッキーな性格をしているので、八幡には扱いきれない部分があるのだが、そこは青山さんも大人。

一方的に相手を振り回すようなことはしない。

 

「この問題でよろしいでしょうか?」

 

一通り八幡をからかうと、八幡の開いている問題集とノートにを目を落とす。

 

「あ、はい」

 

「ここはですね、先にこっちを計算してから、そこに代入するとーーーー」

 

青山さんは八幡の隣の席に座ると、教師のようなわかりやすい説明を展開していく。

 

そんな感じで、青山さんの説明は進んでいく。

小説家なのだから文系タイプの人かと八幡は思っていたが、万能タイプの人間だったらしく、八幡の頭の中にスラスラと説明の内容が入っていく。

 

「おぉ、解けた」

 

「よく出来ましたー」

 

パチパチと控えめに手を叩く青山さん。

 

「青山さんって文系だと思ってました」

 

「ふふっ小説家なんてやってますから、そう思われがちなのですが、意外に両方いけるんですよ?」

 

「頭いいんですね。……どうして小説家を目指したんですか?青山さんの頭だったらもっと職を選べたでしょうに」

 

ふと、八幡の頭に素朴な疑問が浮かび上がった。

実際その通りなのだ。

小説家のように売れなければ儲からないという不安定な職業を選んだのか。

 

「それはですね、ラビットハウスのマスターさんが背中を押してくれたんです」

 

「ラビットハウスのマスター?」

 

「はい、現在はいらっしゃらないようですが、私は学生時代からあそこの常連で、よく小説を書いてはマスターに感想を聞かせてもらっていたんです。それで、これは小説家になるしかないっ!てなったんですよ」

 

「最後雑でしたね」

 

「気にしないでくださいな」

 

八幡にはそのラビットハウスのマスターが誰だかわからなかったが、青山さんには青山さんなりの理由があって今の仕事をやっている、ということはよくわかった。

 

「八幡さんは最近はどうですか?」

 

今度は青山さんの方から質問が投げかけられた。

 

「どう、と言うと?」

 

「そうですねぇ、花の高校生活ですから、恋愛とかどうでしょう?」

 

その質問を聞くと、自虐モードに入った八幡は自らの目を指差して口を開く。

 

「この目で恋愛とかできると思います?」

 

そんな八幡のいつも通りの自虐。

青山さんは予想外の答えを出した。

 

「そんなことないですよ。思慮深さ、周りをよく観察しているようなちゃんとした目です」

 

ズイッと八幡の目を顔を近づけて覗き込む青山さん。

青山さんの目には八幡が映っている。

八幡は青山さんの目に映る自分、普段の距離からではあまり気にしていなかったが、白く綺麗な肌。

 

それらを一通り見てから、八幡は現状に気がついた。

 

「ちょっ、ち、近いです」

 

「………ぁ」

 

ガタッと椅子を引いて離れる八幡。

青山さんの方も自分が何をしていたのかに気がつき顔を赤くする。

 

「す、すいません。つい」

 

「い、いや、別に、なんとも」

 

二人の間に妙な空気が生まれてしまった。

八幡は今ので、青山さんを年上の女性として認識してしまった。

 

惚れる、とまではいかないが、青山さんの少し幼さが残る大人な魅力にやられてしまった、ということなのだ。

 

対する青山さんも青山さんで、八幡の目、顔をしっかりと目に焼き付けた。

 

青山さんが通っていた高校はリゼやシャロと同じく女子校。

つまりは男との関わりをあまり持たなかった青山さんはこのようなことに対しての耐性があまりない。

 

そして八幡の顔はなかなかにイケメン。

青山さんから言わせれば、八幡の澱んだ目もマイナスポイントにはなり得ない。

 

年下とはいえ、耐性のない青山さんに意識するなという方が無理である。

 

つまるところ、青山さんも八幡を恋に落ちたとまではいかなくとも、八幡を男性として認識してしまったのだ。

 

「やっぱり八幡さん、目、悪くないじゃないですか」

 

「この目をそんな風に言ってくれるのは青山さんぐらいですよ」

 

……………。

 

気まずい。

あんなことがあった後に会話が長く続くわけもなく、当然無言の空間が出来上がる。

 

「えと、青山さんが、平塚静先生と知り合いって本当ですか?」

 

いつかタカヒロから聞いたことでこの無言の空間を打破した八幡。

コミュ障元ぼっちにしては中々のファインプレーである。

 

「ああ、静先輩ですか?ええ、私と同じ高校で、仲良くさせていただきました。なんとも男らしい人でした。よくラビットハウスで奢って頂いたんです」

 

「男より男らしくてモテないんですよね、あの人」

 

「ふふっ、静先輩らしいですね」

 

互いに同じ知り合いがいるとその人の会話で盛り上がる法則。

それにより、気まずい空気が取り払われる。

 

だが、ここで八幡はやらかしてしまう。

 

「青山さんは恋愛方面はどうなんですか?流石に平塚先生みたいに合コンとか全敗とかは……」

 

自ら地雷を踏みに行く八幡。

青山さんはピシッと固まり、頰が引きつる。

 

「え、えぇと、小説家というのは、出会いが無い職業でして。私、女子校出身ですし……」

 

「すっ、すいません」

 

目に見えて落胆する青山さんにペコペコと頭をさげる八幡。

平塚先生のようにそのことに触れられて殴ったりはしないが、やはり婚活、というのは一部の人間からしたらなんとも高いハードルのようだ。

 

「お、俺が二十歳になったら一緒に飲みに行きましょう!」

 

「その頃私はアラサー……はぁ」

 

「この人、めんどくせぇ」

 

青山さんには聞こえないよう八幡はそう呟いた。

普段はお気に入りの作家で、先ほども勉強も教えてもらったことから尊敬しているが、一度婚活系の話題を振ると自虐に走ってしまうようだ。

 

「今時は中高生からもう彼氏とか作ってるんですよ?そんな中私は彼氏いない歴=年齢。はぁ」

 

「だ、大丈夫っすよ!ほら、ラビットハウスでバイトしてるココア達もまだ彼氏とかいないって話ですし」

 

「あの可愛らしい方たちですか?」

 

「青山さんは美人なんだから出会いさえあれば、結婚できると思います」

 

なぜ八幡が青山さんを慰める方向になってしまったのか。

そして、青山さんも青山さんで、しょんぼりしてしまっている。

 

「私の周りの男性って、タカヒロさんと八幡さんしかいないんですけど……」

 

「ほら、合コンとかあるじゃないっすか。今時はネットも流行ってるし出会いだけならどうとでもなるんじゃ?」

 

八幡はそこまでして出会いを求めていないし、そもそもついこの間までぼっち街道をひた走っていたので、詳しくはないのだが、青山さんに元気を出させるだけならば問題はない。

 

「いいえ、出会い系サイト?みたいなのは怖いので嫌です」

 

「じゃあ、言いにくいですけど、タカヒロさん?」

 

タカヒロの妻、つまりチノの母を八幡は見ない。

ラビットハウスにはいないようなので、離婚したのか故人なのかは謎である。

 

「いえ、それはマスターにお叱りを受けそうですし、ここは八幡さんはどうでしょう?」

 

「えっ、いやいや、ほら、正気に戻って下さい。俺はまだ未成年ですよ?………いや、でもありなのか?青山さんは小説家として成功してるし、俺を専業主夫として養ってくれるのではー」

 

八幡のダメ人間モードのスイッチが入ってしまった。

青山さんはそれをニコニコと見つめている。

自虐モードは解除されたようである。

 

「ふふっ、悩んでくれてるんですか?」

 

悩んでいるということは、青山さんが八幡の恋人になれる可能性が少なからず存在しているということ。

 

「青山さん、からかうのはーー」

 

明らかにからかわれていることに気がついた八幡は青山さんに文句を言おうとする。

だが、そこに横槍が入る。

 

「あれっ?八幡くん、なんでここにいるの?」

 

「こんにちは、八幡さん」

 

ココアとチノ。

八幡はココアが図書館に来たことにひどく驚いた。

 

ココアはいかにも本を読んでいたらそのまま寝てしまうタイプなので図書館には足を運ぶような人ではないと思っていた。

 

青山さんは潮時と考えたのか、腰を上げて仕事に戻るようだ。

立ち上がる際に、八幡の耳に口を寄せて一言。

 

「八幡さんが二十歳になったら飲みに行きましょう」

 

それだけ言うと青山さんはそそくさと去ってしまった。

 

「何してたの?あの人は?」

 

「ラビットハウスの常連客だよ。勉強を教えてもらってた」

 

「八幡くんも?今、千夜ちゃんとシャロちゃんとで勉強会の最中なんだ。八幡くんも混ざろう!」

 

ココアは八幡の荷物をパパッと纏めると、移動の準備を済ませ、チノは座っている八幡に立つように促す。

 

「さぁ、みんなで私のテスト赤点回避を目指そう!」

 

「そんなことだろうと思った」

 

「ココアさんですから」

 

やれやれとため息を吐きながら、八幡はココアたちの後ろについていくのだった。

 

 

 




感想評価を待ってまーす。
感想評価の量に比例して更新速度も上がる……かも。

早くチマメのマメとモカさんをだしたいのだが、未だ原作一巻。
……モカさんが遠い。
もうオリジナルで一章、モカさんの一強時代(モカさん正ヒロインの話)を書こうかなぁとか思う今日この頃。


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第十五羽

………感想数に比例して更新速度が早まる、なんて言ったのに遅くなってすいませんでしたあぁぁぁ!

次はきっと早く!(フラグ)


無事に定期テストを乗り越えた八幡は今日もラビットハウスで仕事をこなす。

 

「今日の恋愛運は上々です。年下の水玉を身につけた人に誘惑されるでしょう」

 

そんなチノの言葉が八幡の耳に入った。

ふと、そちらを見てみるとチノがいつも通りティッピーを頭に乗せお客さんに空になったコーヒーカップの底を見せていた。

 

「リゼ、あれは?」

 

「私も気になる!」

 

疑問に思った八幡とココアがカウンターに立っていたリゼに聞く。

 

「あれはコーヒー占いだよ。頼まれたらやるんだ、チノのはよく当たるって評判だしな」

 

「カフェ・ド・マンシーって言うんです。おじいちゃんのカフェ・ド・マンシーは当たりすぎて怖いと評判でした」

 

接客を終えたチノがカウンターへと戻ってくる。

 

「喫茶店じゃなくて占い師で食っていけるんじゃねえか?」

 

「いえ、私はカプチーノでしか当たりませんから」

 

「十分すごいよ!私なんて靴を飛ばすお天気占いしか出来ないからね!」

 

「リゼは出来るか?」

 

何かと器用なリゼなら占いも出来るのではないかと八幡は考えた。

 

「いや、私はーー」

 

リゼは手を銃の形にして自らの顳顬へ。

 

「これぐらいかな」

 

「物騒だなおい」

 

「私は運勢とかあんまり気にしないから」

 

花の女子高生がなんとも夢のない話をしているものである。

だが、八幡的にはそちらの方が、嬉しかったりする。

 

リゼが、今時のJKをやっていたら即座にここのバイトを諦めるであろう。

 

「チノちゃん!私も………か、カフェ、えと、ド………マンサー?やりたい!」

 

「カフェ・ド・マンシーです」

 

「じゃあコーヒー淹れるから」

 

リゼも少なからず興味を持ったようで進んでコーヒーを淹れる。

 

「私が占ってあげるよ!」

 

「当たる気がしないんだが」

 

八幡としてはチノにやってもらいたかったのだが、ココアがやりたいと言い出した。

八幡は元々占いにそれほど興味を持っているわけでもないので、コーヒーを飲み干すとマグカップをココアへ渡す。

 

「むむむ、………チノちゃん、お手本見せて」

 

ココアのことだから適当にでもいうのかと思いきや、まずは経験者に託す。

 

「結局私がやるんですか」

 

「どれ、ワシが見てやろう」

 

久方ぶりにティッピーが口を開くが、それについて言及するとチノが怖いので誰も触れない。

 

「ふむ、八幡は、子供と戯れてる姿が見えるな。肉体が子供か、精神年齢が子供かは分からんが」

 

それを聞くと真っ先に八幡はココアの方を見る。

普段ならばここでココアがその視線に気がつき騒ぎ出すのだが、今回は占いの方が重要らしく、お手本を見たココアはチノ、リゼにマグカップを渡している。

 

リゼの後、チノもココアの占いを受けていたがココアなので、当たるかどうかは怪しいところだった。

 

 

 

 

 

 

その後、バイトはタカヒロの厚意により早々に切り上げることができたので、まだ夕方にも関わらず八幡は帰路についていた。

 

「帰っても暇だな」

 

普段ならばまだバイトの時間なのでやることがなくなる。

八幡はフラッと公園の方へ足を向けた。

特に理由があるわけでもなく、完全な気まぐれである。

 

専業主夫を希望している八幡が進んで外にいる時間を長くするなど、八幡自ら驚くような事態なのだが、足を運びたくなったのだから仕方がないだろう。

 

公園は相も変わらず静かである。

 

しばしば視界の端に野良うさぎが映る。

 

「何でこの街こんなうさぎに溢れてんだよ」

 

うさぎ、うさき、うさぎ。

 

この街で見る動物は基本的にうさぎのみである。

犬猫の類は見ない。鳥も、たまに空を飛んでいるのを見かけるぐらい。

 

圧倒的にうさぎ率が高いのだ。

何ともうさぎが苦手なシャロに優しくない街である。

 

だが、うさぎが大好きなココアにとっては優しい街だろう。

 

「なんだこのうさぎー!」

 

「目がどよーんってしてるねー」

 

どこか聞き覚えがあるような声が聞こえてきた。

声のした方を見てみると、いつぞやの帽子を木に引っ掛けた中学生が、一匹のうさぎと戯れていた。

 

さらに、八幡はそのうさぎにも微妙に見覚えがあった。

あの目が腐った親近感の湧くうさぎ。

シャロと初めて会ったときのうさぎだ。

 

「あー!メグ、あっちにも目が腐ったにいちゃんがいるぞ!……って、ゾンビのにいちゃん!」

 

「ま、マヤちゃん!失礼だよ!」

 

中学生二人、マヤ、メグと互いを呼び合っている事から八幡をゾンビ呼びしている方がマヤ、宥めている方がメグといったところだろう。

 

「前も二人でこの公園にいたな」

 

「この公園は私たちの縄張りなんだ!というわけで通行料を貰わないとな〜」

 

チラッチラッとアイスの屋台の方をマヤは見る。

八幡に奢らせようという魂胆らしい。

ほぼ初対面の人に物を買わせようというあたり、恐ろしさを八幡は感じた。

 

「マヤちゃん、いつからここが私たちの縄張りになったの?」

 

「馬鹿メグ!アイスを奢ってもらえなくなるじゃんか!」

 

「いや、何で奢ってもらえると思ってんだよ」

 

「いやー、ハハッ」

 

笑ってごまかそうとするマヤ。

中学生ながら逞しいことこの上ない。

 

「お名前は何ていうんですか?」

 

メグが八幡に自己紹介を求める。

マヤの様子から八幡と関わることがあると判断し、互いに名前を知らないのは不便だと判断したようだ。

 

この子もなかなかに聡明である。

 

「比企谷八幡だ。決してゾンビなんかではない」

 

「私はマヤだよ!」

「私はメグです!」

 

ほぼ同時のタイミングで自己紹介をするマヤメグ。

先程から中々に面白いコンビである。

 

八幡としては苗字の方を教えて欲しかったのだが、この調子では名前で呼べと言われているようなものなので諦める。

 

「それにしてもゾンビのにいちゃん」

 

「ねぇ、自己紹介聞いてた?比企谷八幡だって言ったろ」

 

「そうだよマヤちゃん、比企谷さんに失礼だよっ!」

 

「わかったよ、じゃあ八幡!」

 

いきなり名前で呼ぶマヤ。

さらには呼び捨て。

 

「なんだよ」

 

「私たちと遊ぼうぜ!」

 

「それはいい考えだねー」

 

高校生に物怖じせず遊びに誘う中学生。

ツッコミ役であろうメグもさして気にした様子はない。

 

八幡としても家に帰っても暇なだけなので、付き合ってもいいかなと考えた。

 

「で?何すんだ?」

 

「んー、メグー、なんかある?」

 

「え!?……えーと、えーと」

 

「いや、無理に決めなくてもいいんだが」

 

誘った割には何をするかを考えていなかった様子。

 

「うさぎさんと遊ぶ!」

 

「よし!それだ!」

 

「…………まぁいいか」

 

再び先ほどの目の腐ったうさぎに駆け寄るマヤメグ。

うさぎは嫌がる様子はなく、二人に触られている。

 

「八幡も来いよー」

 

「比企谷さん、触り心地抜群ですよー」

 

八幡は動物にはあまり好かれないので、あまりふれあい動物的なことはしないのだが、このうさぎなら大人しいので何とかなるかと、手を伸ばす。

 

八幡が屈み、手がうさぎの頭に触れる瞬間、ダッとうさぎは距離をとった。

 

「………どんまい」

 

「すごい速さで逃げたねー」

 

マヤとメグが八幡の肩に手を置きながら慰める。

 

「いやいいんだ。動物には好かれないし、むしろ人間にも好かれないまである」

 

マヤはうさぎと八幡の目を指差してから言った。

 

「きっと同族嫌悪ってやつだな!」

 

マヤの言葉に反論できないのが少し悔しい八幡だった。

 

 

 

その後も日が傾き始めるまで、マヤメグ(主にマヤ)に振り回された八幡。

 

「いやー、楽しかったな!」

 

「年上の人と遊ぶのは初めてだったしねー」

 

「………疲れた」

 

いつの間にやら八幡が真ん中で、その両手には二人の手が握られている。

 

これは体力が底をつきかけた八幡を強引にマヤとメグが引っ張っているだけで、決して八幡がやましいことを考えていた、何てことはない。

 

当初、暇つぶしと考えていたのだが予想以上に体力を使った八幡。

もう帰りたい、と八幡は普段通りのオーラを取り戻した。

 

「最近はチノ、家の仕事で忙しかったし、二人だと遊びの範囲が狭いんだよなー」

 

「そうだね」

 

やはりか、と八幡は納得。

初対面の際、チノと同じ制服を着ていたし、今日遊んでいる中、時々チノという単語が聞こえてきた。

 

「チノっていうと、香風チノの、事か?」

 

「八幡知ってるのか?」

 

「世間は狭いんだねー」

 

「バイト先がラビットハウスなんだよ。チノと遊びたけりゃラビットハウスって喫茶店に来ればいいぞ。幸い、人員は足りてるから、チノ一人抜けても問題はない」

 

チノは申し訳なさそうにするだろうけどな、と続ける。

 

「確かに!」

 

「チノちゃん、真面目だからねー」

 

さて、と八幡は足を自宅へ向ける。

 

「じゃあな」

 

「また遊ぼうな!!」

 

「今日はありがとうございましたー」

 

マヤメグに別れの言葉を告げ、漸く家路に着くことができた八幡。

 

 

 

「チノといい、マヤ、メグといい、小学生にしか見えねぇな」

 

本人たちの前では決して言えない事を、八幡はぽつりと呟いた。

 

 

 




か、感想評価の数に比例して更新速度が早くなるよ!←懲りない奴。


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第十六羽

うーん、これじゃない感が否めないなぁ。





八幡は、ココア、チノ、リゼ、千夜、シャロ、更には小町に囲まれていた。

 

「八幡、観念しろ」

 

「そうだよお兄ちゃん、何事も諦めが大事だよ?」

 

「八幡さん、逃げようなんて思わないで下さいね?」

 

「ふふふっ、楽しくなってきたわね♪」

 

「私たちから逃げられるわけないんだから!」

 

「はぁ、八幡、気持ちは分からなくもないけど、流石にどうにもならないわ」

 

全員が敵のこの状態。

八幡の天使である小町すらも敵に回ってしまっているのだ、八幡にはどうすることもできないだろう。

 

「……ぐっ、ま、まだ死にたくないし」

 

必死の抵抗だが、出てきたのはわけのわからない言葉。

 

「八幡、何が嫌なんだ」

 

「嫌に決まってるだろ、何が楽しくてこのメンバーでーー」

 

最近何かと流されがちな八幡がここまで拒否するもの。

それはーーー、

 

「温泉プールなんて行かなきゃなんねえんだ!」

 

意外にしょぼかった。

むしろ、このメンバーでプールに行けるのなら金を払ってまで行くという人すらいるはずだ。

 

「みんなで行った方が楽しいでしょ?」

 

ココア的には八幡も当然ついてくると思っていたので、ここまで八幡が抵抗しているのが意外だというような顔をしている。

 

そして、小町から何か背を押されチノが八幡の前へ進みでる。

 

「八幡さんがいないのはさみしいです」

 

「「ぐはっ」」

 

チノが、胸の前で手をキュッと握り、上目遣いで「寂しい」と。

 

この一人っ子なのにもかかわらず圧倒的妹オーラに八幡だけではなく、自称姉のココアもハートブレイク。

 

「さ、さすがチノちゃん、小町もびっくりするほど天然あざとい」

 

チノをけしかけた本人でさえも驚愕の可愛さ。

 

「こいつら妹に弱すぎだろ」

 

「リゼちゃん、この世にはシスコンっていう特殊な人もいてね」

 

「ちょっと千夜、リゼ先輩に変なこと吹き込まないで!」

 

八幡の敗北を確信している面子はもう八幡を落としにかかる必要はないと説得すらしない。

 

「だ、だが、み、水着は!俺の水着は家だ!だからーー」

 

勝った、そう一瞬でも思ってしまった八幡。

確かに、いつもの五人だったのならば、これで切り抜けられたのかもしれない。

 

だか今日は小町がいる。

 

「ああそれなら」

 

「シャロさんからメールを貰ったから、小町が持ってきてるよ」

 

こんな時にシャロの気配りが仇となった。

唯一の味方だと思っていたシャロにまで逃げ道をふさがれたらどうしようもない。

 

「だ、だがな、そもそも男女でそんな場所に行くのはーー」

 

それでも何とか逃れようとする八幡。

 

「お兄ちゃん、いい加減にしないと怒るよ?」

 

「行きます、むしろ行かせてください」

 

それをたった一言で制する妹小町。

今までの問答はいったい何だったのか。

 

「お前、本当に妹に弱すぎだろ」

 

そんなリゼの一言に返す言葉もない八幡であった。

 

 

 

 

 

 

木組みの家と石畳の街。

そこには様々なスポットがある。

 

圧倒的な本を所有する図書館、かなりの敷地面積とうさぎが常に敷地内に存在する公園。

 

そして、この温泉プールもこの街のスポットの一つである。

 

お城のような外観。

建物内も広く、温泉、プールと複数浴槽が存在する。

 

それらはしっかりとした造りなので、泳ぎを本気で楽しむことも可能であり、温泉で体を癒すのも可能。

 

八幡は早々に水着に着替えると、風呂、プールを一通りどんな感じか確認する。

 

「思ってた以上だな。………てか、この街何でこんなに設備充実してんだ」

 

この街に住む人間の素朴な疑問である。

だが、それはきっと触れてはいけないことなのだろう。

気にしないほうが、きっと楽しく過ごせる。

 

「わー!広いねー!」

 

「ココアさん、走ると転びますよ」

 

するとそこに騒がしい声が入ってくる。

子供のようにはしゃぐココアとそれをたしなめるチノ。

これではどっちが姉でどっちが妹なのか。

 

「水着で温泉って初めてなの」

 

「私もだ」

 

「最近は私も温泉とか来ないのよね。……お金なくて」

 

「小町は友達とたまに来たりするので、前来たのも結構最近です」

 

続いて千夜、リゼ、シャロ、小町も更衣室から出てくる。

 

八幡はなるべく全員の水着姿を目に入れないように努力したのだが、何らかの力が働いて、八幡の目は自然と六人の方へ。

 

リゼ、千夜、ココアはそれぞれにあった色のビキニで、露出が多い。

 

シャロ、小町はフリルがあしらわれているビキニより一段階胸部の露出が少ないものを。

 

チノは子供が着るスクール水着のようなタイプのものを。

 

(リゼ、千夜はわかってたけど、ココアも何がとは言わないが、思いの外大きいーーイカンイカン、煩悩退散煩悩退散)

 

他人から見れば、こんな美少女六人に囲まれている八幡は幸せなのだろう。

だが、八幡からすれば理性との戦い。

ここは逃げに徹しようとーー、

 

「八幡、私、深いプールで泳いだことないんだ。教えてくれないか?」

 

逃げに徹しようとした八幡をいきなり捉えるリゼの一言。

 

「意外ですね、先輩は何でもそつなくこなせると思ってました」

 

「なら、向こうに二十五メートルプールがありますからどーぞ練習してきてください、今ならコーチにお兄ちゃんをつけますから!」

 

再び小町が動き出す。

小町の策略、八幡はそれに逆らえない。

妹に歯向かうとあとあと困るのは自分だと八幡はよく理解している。

 

「………シャロ、お前も来い」

 

せめてもの抵抗でシャロも連れて行く。

この状態で二人きりというのはよろしくないからである。

 

「よし!今日はお前たち二人が教官だな!」

 

この調子のリゼとなら甘い空気にはならないだろう。

シャロもやれやれと少し呆れている様子だった。

 

 

 

「とりあえず、ビート板を使ってバタ足から始めるか」

 

準備運動をすませプールに入った八幡たち三人。

このプールにはビート板などの小道具も準備されている。

 

「あ、私、手を引っ張るやつがやりたい」

 

「…………シャロ」

 

「わかったわよ」

 

八幡の心境を察したシャロはリゼの手を持つ。

 

「じゃあ、行きますよリゼしぇん!?」

 

「「どうした!?」」

 

突然シャロが奇声を発して、リゼの手を離しプールサイドへ。

足を伸ばそうとしていることから推測するに。

 

「………あしつった」

 

「じゃあ、シャロは休んでてくれ。八幡、引っ張ってくれ」

 

「いや、ビート板の方がーーあれ?」

 

先ほどまであったビート板がなくなっている。

キョロキョロと見回しても見当たらない。

 

「お兄ちゃーん、これ借りるねー!」

 

少し離れた風呂から小町が手にビート板を持って手を振っている。

とことん兄の逃げ道をふさぐ妹である。

 

「ほら、八幡」

 

ここでさらに拒否をすればリゼから疑問を持たれる。

八幡が正直に「理性が持たなそうだからヤダ」とでも言おうものならリゼから蔑みの目で見られるのは必至。

八幡的にはバイト先の同僚にこれからそんな目で見られるのは避けたい。

 

「………わーったよ」

 

そう、ただ手を繋ぐだけ。

男としては勘違いしてしまいそうなシチュエーションだが、八幡は勘違いなどしない。

 

リゼと手をつなぎ、引っ張る。

バタ足の練習をしながら、リゼは口を開く。

 

「悪いな八幡、このメンバーの中に男一人は辛いだろ?」

 

「今更かよ、もう気にしてねーよ」

 

このタイミングで謝られても困るだけなので軽く流す八幡。

 

「だ、だがな八幡」

 

「だから気にしてな、うわっ」

 

会話に気を取られていた八幡が足を滑らせ水中へ。

 

その間、バタ足をしていたことによりうつ伏せ状態で少し前へ進んでいる。

そこに喋っていたところで水中へと入ってしまったために酸素が足りなくなった八幡が顔を上に向け、急いで浮き上がってくるとーー、

 

「なっーーー!?」

 

(な、なんか柔らかい物がーーー!!!???)

 

八幡が水中から顔を出そうとしたところはリゼの胸部。

つまり八幡はリゼの胸に顔を埋めている状態なのだ。

 

八幡は早々にそのポジションから抜け出す。

 

「そ、その、す、すまん」

 

「ーーーー」

 

顔を真っ赤にしてプルプルと震えているリゼ。

それは羞恥心からか怒りからか。

八幡にとってはどちらも社会的に死ねる要因となりうる。

 

「い、今のは事故だし、私が喋りかけてたのが悪いからな」

 

顔を真っ赤にしながらも、八幡は悪くないと言ってくるあたりリゼの優しさなのだろう。

事故だから仕方がない、これはリゼだから言ってくれたのであって他の女性ならば悲鳴を上げられても文句は言えない。

 

「す、すいません」

 

敬語になってしまう八幡。

その八幡の顔も少々赤くなっている。

 

その後、リゼの泳ぐ練習はシャロに受け継がれ、無事泳げるようになったのだった。

 

 

 

 

 




はい、リゼ回?でした。
展開が結構強引でしたね。

プール回はこれで終わらせるのがもったいない気がするんですけど、すると本当に原作の進行が遅くなるので、今回で終了かな?

感想評価待ってますぜ?


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第十七羽

GWだから調子に乗って7000字弱。
過去最長の1話になってしまった。

長くて読み辛かったらごめーんね☆





ぷくーっ、つーん。

そんな擬音がつきそうなほど、チノの頬は膨らみ、機嫌悪いですオーラが滲み出ていた。

 

チノは普段から感情が大きく顔に出るタイプではないので、見る人が見れば変わりはないと言うだろうが、少なくとも八幡にはチノの機嫌が悪く見える。

 

そんな状態で仕事をしているものだから、八幡はどうすればいいのか分からない。

 

「おい、八幡、ココア、チノの機嫌悪くないか?」

 

「やっぱ、リゼもそう思うか」

 

リゼも八幡と同意見だったらしくチノの機嫌をさらに損ねないように立ち回っていたようだ。

 

「そう?チノちゃんはいつも私にツンツンだよ?」

 

思い返してみれば、ココアはチノからもかなりぞんざいに扱われている。

 

「……直接聞くか」

 

ココアに聞いても答えがでないと判断した八幡はチノに直接起こっている内容を聞くことに。

 

「チノ、ちょっといいか?」

 

「何でしょう」

 

「チノ、怒ってないか?主に、ココアに対してとか」

 

チノの怒りの矛先がココアかは定かでないが、八幡、リゼに心当たりがない以上、最有力候補はココアである。

 

「……実は昨日ーー」

 

 

 

理由を聞き出したところ、毎日少しずつやるのが楽しみだったパズルをココアにいつの間にやらほぼ完成させられていたらしい。

しかも1ピース足りないというおまけ付き。

 

「そりゃ凹むな」

 

「ココアさんに悪気がないのは分かってますが、ショックだったんです」

 

「悪気があったら陰湿にも程があんだろ」

 

「まぁ、ココアだからそれはないだろ」

 

八幡、リゼがだいたいの内容を把握。

リゼはココアの方へ事情を説明に行く。

 

「私、お姉ちゃん失格だぁー!」

 

すると唐突にココアは飛び出していった。

 

「ど、どうする?」

 

「そのうち帰ってくんじゃねぇの?」

 

「ココアさんですし、心配しなくてもすぐ帰ってきますよ」

 

チノも八幡も気にした様子はない。

リゼは少し心配そうにしている。

 

「チノ、許してやったらどうだ?」

 

八幡としてもこれ以上職場の空気が悪くなられても困るだけ。

ココアとチノならば、放っておけばすぐに仲直りしそうなものだが、早いに越したことはないので、チノに仲直りを促す。

 

「私も怒ったままというのは嫌なのですが………その、冷たい態度を取ってしまった以上、話しかけるのに少し抵抗が」

 

確かに喧嘩と言ってもおそらくはチノが一方的に怒っているだけ。

一人で勝手に怒って謝るというのは少々勇気がいる。

 

「ココアなら気にしないだろ」

 

「ですが」

 

「じゃあ、ちょっとココアに話聞いてくるよ。今は客も少ないから大丈夫だろ」

 

リゼは二人を心配してか、ココアを追って外へ出る。

 

「……オカン」

 

「リゼさんに言ったらきっと怒られますよ」

 

「だ、黙っててくれ」

 

「私としても、ラビットハウスで流血沙汰は嫌なので黙っています」

 

「え?流血?」

 

予想以上の仕打ちがチノの口から発されたので、想像してみると、銃を持ったリゼが自分を追いかけてくる姿が目に浮かぶ。

流血とは銃に撃たれてのことだろう。

 

「あれ、モデルガンだよな?本物だったら俺死ぬんだが」

 

「黙っておきますから心配しないでください」

 

「バイトの先輩がマジ天使な件について」

 

「何変なこと言ってるんですか」

 

八幡がラノベのタイトルのようなことを口にしたが、チノがそれを理解できるはずがなく冗談として受け取られる。

 

「チノは他の人を立てて家事上手、真面目で働き者」

 

「……?何が言いたいんですか?」

 

はっきりとしない八幡の意図がいまいちつかめないチノ。

 

「チノが中学生じゃなかったら、養ってくださいって言ってるところだったなぁって事だよ」

 

「………へっ?」

 

最近の八幡はかなりグイグイと本音を話すようになっている。

中学時代などは度重なるイジメ等から他人に本心など明かさず、心すら閉じていたというのに。

 

「え、え、ええ!?えと、つ、つまりそれは」

 

「これをタカヒロさんの前で言ったら冗談抜きで殺されそうだからこれも他言無用で頼む」

 

八幡はタカヒロが元軍人であるということをリゼ、青山さんからチラッと聞いている。

なので、先ほどの発言が知られればどうなることか分からないので、これも黙っていてもらう他なかった。

 

「私が中学生じゃなかったらどうしてたんですか?」

 

「それ聞く?」

 

「はい、気になります」

 

八幡の頭に『私、気になります!』と有名なセリフが浮かび上がってくる。

現在のチノは正にそれ、上目遣いで、ぐいぐいと押してくるタイプ。

 

八幡は、いや、男ならばこの頼み方をされればまず断ることは不可能である。

 

「チノが同い年か、少なくとも高校生だったら、告白して振られるまである」

 

「………ふふっ、振られちゃうんですね。八幡さんらしいです」

 

「いや、普通に考えて目が腐ってて専業主夫希望の男の告白受ける人っているのか?」

 

「自覚してるなら、一つでも直したほうがいいと思いますよ」

 

もっともな意見である。

目が腐っていなければイケメン自称する八幡。

だが、確かに本人が言うように八幡の顔は整っている。

 

性格、目のどちらかを直すだけでも女子から少なくとも異性として認識されることだろう。

 

「難しい話だな。専業主夫を諦めるか目を治すか。………不可能だな」

 

「諦めちゃうんですね」

 

「気長に、受け入れてくれる人を待つとするよ」

 

「し、仕方ないですね、なら私がーー」

 

チノは何と口にしようとしたのだろうか。

とても真剣な表情だったのを八幡は見た。

自然とこれはふざけて聞いていいものではないと理解した八幡はしっかりとチノの言葉に耳を傾ける。

 

だがそれは外から遮られる形となった。

 

「チノちゃん!新しいパズル買ってきたから許して!」

 

「すまん、止めきれなかった」

 

かなり大きめなパズルを買ってきたココア。

概要を見れば八千ピースのうさぎのパズル。

 

何か言おうとしていたチノは自分が何を言おうとしていたのかを理解し、顔を赤く染めている。

 

リゼが疲れている様子からどうにか止めようとしたことが伺えるが、それも無駄に終わってしまったようだ。

 

「………ココアさんのばか」

 

「ええっ!?なんで!?」

 

チノの機嫌を余計に悪くしてしまったココア。

このままいくと土下座までする勢いである。

 

「八幡、何かあったのか?」

 

「起こりそうなのをココアが止めたんだよ」

 

「ふむ、よくわかんないが、間が悪かったんだな」

 

ココアだから仕方ない、なぜかそれだけで片付けられるのだからココアは不憫である。

 

 

 

 

 

 

「で、私たちはパズルを手伝うために呼ばれたわけね」

 

「楽しそうでいいじゃない」

 

「悪いな、八千ピースを四人で一日で終わらせるのがそもそも無理な話なんだ。助けてくれると助かる」

 

八幡はいつになっても終わるめどが立たないパズルの進行を早めるため、シャロと千夜を呼び出した。

 

このパズルはココアがチノのために買ってきたはずなのだが、多すぎて片付かないため、ココアが参加。

更にリゼ、八幡と巻き込まれて今に至るわけである。

 

事情を説明するや否や、さっさとパズルの方へ没頭する八幡。

八幡はぼっちだったので、一人遊びを極めた。

なので、パズルのような一人で遊べるものに取り組む際は完全に周りとの意思疎通などをシャットアウトし、一人熱中するのだ。

 

「す、すごい集中力ね。八幡もリゼ先輩も」

 

「私にはこれを止めることはできないよ」

 

「ココアちゃんは単純作業とかすぐに投げ出しそうね」

 

「ココアさんですから」

 

八幡とリゼが黙々とパズルをする様に感想を言っていたはずが、いつの間にやらココアを弄る方へと話が転換する。

ココアが「ひどいよ!」などと叫んでいても一切気をそらすことなくパズルに集中する二人。

 

その二人の様子に影響されてか自然と静かにみんなパズルとにらめっこを始めたのだった。

 

 

沈黙を破ったのはシャロ。

空気を読むことに長けたシャロは、みんなの集中が途切れ始め、沈黙を破るにふさわしい最高のタイミングで言葉を発する。

 

「少しお腹空かない?」

 

バイト上がりの夕方。

早い家ならば夕食の時間帯。

みんなの意見が統一する話を振るあたり流石である。

 

「じゃあ、私がホットケーキを作ってくるよ!」

 

「私も手伝います」

 

ウトウトし始めていたココアが立ち上がり部屋を出て行く。

ココア一人だと心配なのかチノもあとに続いた。

 

「二人、自然と仲直りしたみたいだな」

 

リゼも少し疲れた様子でみんなに話しかける。

八幡もペースが落ち、周りを認識し始めた様子で、リゼの話に耳を傾けた。

 

「喧嘩してたんですか!?」

 

「いつも通りに見えたけど」

 

「ココアはともかく、チノはあんまり感情を表に出すタイプじゃないからな」

 

八幡の意見に、千夜とシャロはなるほど、と納得した様子。

二人はココアの性格上、自分から喧嘩を売ったわけではなく、いつの間にか恨み?を買われていたのだろうと即座に答えにたどり着く。

 

即座にその回答にたどり着く千夜とシャロはココアとチノをよく理解している。

 

「チノも本気で怒ってるわけじゃないし、そろそろいつも通りにーー」

 

リゼがそう口にしようとした途端、バタン!も勢いよく扉が開く。

その奥から涙目のココアが。

 

「チノちゃんが口聞いてくれないよぉ!」

 

「部屋を出て行って数分で何があったんだよ」

 

呆れたように八幡はココアに尋ねた。

 

「チノちゃんの顔に焼けたホットケーキを落としちゃって」

 

「「「「それはココア(ちゃん)が悪い!」」」」

 

満場一致でギルティである。

少ない情報量で即座に何があったかを察する四人。

 

悪気がなくともココアは人を怒らせるのが得意なようだ。

 

 

 

ココアが再び退室してから数分後、部屋に残った四人はパズルをしていた手を完全に止め、談笑していた。

話の内容は、主にココアとチノについてである。

 

「ココアちゃんって面白いわよね」

 

「俺は面白いって言うより騒がしいっていう方が強いな」

 

「確かに落ち着かないよな」

 

「誰にでもあの態度なのは一周回って長所じゃない?」

 

それぞれがココアについての感想を述べる。

八幡はこの話題が出た当初、女子は裏で他人の悪口を言いまくる人種だと信じていたものだからどんな暴言が飛び出すのかとビクビクしていたのだが、この三人は純粋だったようで、悪口など飛び交うことはなかった。

 

「その点チノはすごい大人びてるよな。ちょくちょく年相応な部分が出てくるが」

 

「チノちゃんはココアちゃんとは別の意味で可愛いわ♪」

 

「ココアが妹にしたいって言ってるのが分からなくはないわ」

 

「ラビットハウスのバイトで私とチノの二人の時よりは表情が増えたんだよ。これもココアパワーか?」

 

こんな内容が四人の間で飛び交っていた。

そんな中、再びバタン!と勢いよく扉が開いた。

 

「ココアさんがケチャップで死んでます!」

 

「構って欲しいんだよ」

 

チノが慌てた様子で戸を開けてきたので何事かと思った四人だが、思いの外くだらない、ココアらしい内容だった。

 

 

 

そんなこんなで、ココアとチノの仲直りをし、パズルも無事完成したのだった。

 

 

 

帰路に着いた八幡とリゼ。

この二人で帰るのはいつぶりかと八幡は考える。

 

思えば、ラビットハウスに来て間もない頃に一度こんなことがあったくらいかと思い出す。

 

あれ以来八幡は別段帰る時間をリゼに合わせているわけでもないので、必然的に着替えが早く終わる八幡が先に帰るので、同じ時間に帰ることはなかなかないのである。

 

「久しぶりだな、八幡と二人で帰るのは」

 

リゼも同じことを考えていたらしい。

やはり、八幡は八幡を取り巻く少女たちと波長が合うらしい。

 

「最初はぼっちオーラを垂れ流していたが、だいぶ丸くなったな」

 

「あのメンツに毎日のように揉まれちゃあ、まあ、そうなるわな」

 

「ははっ、大変そうだな」

 

「他人事かよ」

 

「私はいつもツッコミだったりで八幡側だろ?」

 

確かにリゼは基本的に八幡と同じ側だ。

ツッコミだったり、ストッパーだったり。

たまに二人のうちのどちらかがボケに回ることがあるが、それは特殊な事例だ。

 

「それは、助かってるよ。この女だらけのメンバーでリゼだけは女子!って感じがしないんだよなあ」

 

「どういう意味だ!」

 

言ってから「しまった」という顔をする八幡だが、時既に遅し。

リゼのCQCが八幡に炸裂。

 

だが、リゼもそこまで本気ではないので八幡も笑いながら「痛い痛い」などと叫んでいる。

 

八幡が今一番悩ましいのは女子陣のスキンシップへの戸惑いのなさである。

男子高校生としては理性的な面でもなかなか厳しいものがある。

 

八幡に一通り仕返しをして満足したのか、リゼは八幡を解放する。

 

「チノと何か話したんだろ?」

 

「ああ、チノが高校生だったら告白して俺が振られてるなって話をしたんだよ」

 

「振られる前提なのが八幡らしいな」

 

「リゼはココアと何か話したのか?」

 

「特にないよ。いつも通りだ」

 

互いにココアとチノの仲を心配して取り持つように動いたのだが必要はなかったなと互いに笑いあう。

 

「私たちはいつもココアに振り回されるな」

 

「ここまでくれば諦めがつくな」

 

「だな。………それにしても、八幡もチノのこと好きすぎだろ」

 

「チノは天使だからな」

 

「お前が女子にそんなこと言うようになるとは、人は変わるもんだな」

 

ニヤニヤと、リゼは八幡の失言を掘り返していく。

八幡は自分の発言を後悔する。

最近の八幡は、ATフィールドが薄くなってきている。

 

八幡は、少し気を強く持ち直そうと決意した。

 

「じゃあ、私はどうだ?」

 

このままの勢いなら、八幡からさらに黒歴史的な発言を言わせようとするリゼ。

 

「どうって?」

 

「チノは天使だろ?じゃあ、私は?」

 

「……オカン?」

 

「お前、喧嘩売ってるのか?」

 

リゼのこめかみにピキっと青筋が浮かんだ(きがした)ので、オカン以外のリゼを形容する言葉を探す八幡。

 

「面倒見のいい、みんなのお母さん的な立ち位置かな」

 

「あんまり変わってないんだが……じゃあ八幡はオトンだな」

 

リゼは特に何も考えずにその言葉を口にしたのだろう。

八幡もその意味も深く考えなかった。

 

「いやいや、俺が結婚するのは俺を養ってくれる人と決めてるんだ」

 

「ん?結婚?」

 

「いや、オトンってことは相手がいるわけでーー」

 

そこまで口にして漸く互いに何を言っていたのかを少し理解し始めた二人。

 

「……私がオカンなら、そうなるのか」

 

「俺がオトンならな」

 

チノとココアが子供、するとその両親がリゼと八幡という流れになる。

 

「いや、だが俺は養ってくれる人じゃなければーー」

 

そこまで八幡は口にしてから、改めてリゼのスペックを考え始めた。

 

リゼは容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能。

仕事もそつなくこなし、軍人のお偉いさんを父に持つお嬢様。

 

(あれ?リゼなら俺を養えそうじゃね?)

 

「ふむ、リゼ、将来俺を養う気はないか?」

 

「お前はいきなり何を言い出すんだ!」

 

顔を赤くして叫ぶリゼ。

周りの視線を集めるが機にする様子はない。

 

「すまん、失言だった。忘れてくれ」

 

八幡的には、自分のそれなりに波長があって自分を養ってくれそうな人となると、中々見つからないので、ついそう口にしまった。

 

以前の八幡ならば絶対にありえないことなのだが、やはり八幡の気が緩んでいるのが原因だろう。

 

「八幡、私としては、旦那はしっかりした男がいいんだが」

 

なぜか真面目に将来の結婚相手を考え始めたリゼ。

八幡は口うるさく働きたくないなどと言ってはいるものの、今まで一度もラビットハウスのバイトはサボったことはないし、仕事の手際もいい、

 

目はともかくとして、性格さえもう少しまともなら結婚相手として申し分ないのではないかと考えてしまった。

 

そんなことを自然に頭に浮かべた恥ずかしさからリゼの顔はさらに赤く染まる。

 

「親父は過保護だからそのうちお見合いとか進めてきそうで嫌だなぁ」

 

「お嬢様だな」

 

「私は嫌なんだよ。愛してくれてるのはわかるんだが、結婚相手とかは自分で見つけたい」

 

「その見つけた相手がお見合いに乗り込んできて、『その縁談ちょっと待ったー!』とか言うのか?」

 

「そんな漫画みたいな」

 

なぜこの二人は真面目に結婚について語り合っているのか。

恋人同士でもないのに。

 

これが二人の中の良さからなのか、互いに恋心を宿しているのかは未だ謎である。

 

「なら、八幡がやってくれないか?私、部活の助っ人で演劇やるんだけど、いつも王子役でな。たまにはお姫様役がやりたい」

 

「俺じゃ力不足だろ?」

 

「そんなことないさ」

 

「リゼの周りに他に男がいないからそう思うんだ」

 

なぜかこんなところでリゼを疑う八幡。

微妙なところで気を引き締め直したからこんなことになったのか。

 

「八幡だからさ」

 

「俺には王子役は似合わん。やるなら、姫をさらう小悪党役だよ」

 

「それでも、ちゃんと私をさらってくれるだろう?」

 

「さあな。っと、じゃあ、俺はこっちだから」

 

「ああ、またな!八幡」

 

手を上げて返事をする八幡。

それはいつかの再現のようで。

 

だが、明らかに違うものがあった。

 

先ほどまで一緒に歩いていた時の二人の距離?

確かに前回よりも縮まり、それこそ恋人同士のように肩が触れ合うほどの距離だった。

 

二人の親密度?

確かに距離からも見て取れるように二人は前よりも仲が深まっているだろう。

 

だが、上二つのどちらでもない。

 

遠回しな言い方をするのであれば、『心の距離感』と言い表す。

明らかに会話の内容が、二人の互いへ対する接し方が違っていた。

 

物理的なものではなく、精神的なもの。

具体的なものではなく、抽象的なもの。

 

だが、確かにそれは感じ取れる、曖昧なものだった。

 

ゆえに、一人家路に着く八幡とリゼの頬は緩んでいるのだろう。

 

 

 




チノ&リゼ回でした!
少しずつ関係を進めていきます。
じれったくてすいません!

で、でも、全員分のルート回収しないといけないから、他も好感度上げしないと!(ギャルゲ脳)



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だから比企谷八幡は逃げられない

今回のサブタイトルは俺ガイル風です。
原作一巻を18話にしてようやく書き終えたので調子に乗ってオリジナル。

さあ、お手本がない分拙いストーリーをとくとご覧あれ!




放課後、八幡は平塚先生に職員室に呼び出され、職員室を、訪れた。

 

「で?どうだ、比企谷」

 

「どうだってなにがっすか?」

 

「最近の君は、目はまだ腐っているが、どんよりとしたオーラはだいぶ薄れてきた。これも、ラビットハウスで奉仕活動をしているからかな?」

 

つまり、八幡をラビットハウスに送った人間として、近況報告を聞きたいということなのだろう。

 

「まあ、環境は悪くないっす」

 

「どうだ?友達とかはできたか?」

 

「……まぁ、五人?ですかね」

 

八幡は少し恥ずかしそうに、そう口にした。

その様子に平塚先生は、「おぉ」と少し驚いた様子を見せる。

 

「変わったな君は。……ちなみに、その五人に女子は何人いるんだ?」

 

「五人です」

 

「そ、そそ、そうか。で、でも、恋仲には発展していないだろう?」

 

かなり動揺しながら平塚先生は尋ねる。

それはアラサーになっても未だに恋人がいないからであろう。

 

「先生、まだ独り身なんすか。心配しなくてもいなーー、ぐっ」

 

八幡が言い切る前に、八幡の鳩尾に拳が突き刺さる。

ボクサーも目を見張るようなパンチに、八幡はもう平塚先生の前でこのような話題はしないと心に決める。

 

「まあ、それはともかくとして、携帯をだしたまえ。メールアドレスの交換というやつだ」

 

「え、嫌です」

 

「あ?」

 

「喜んで」

 

メアドの交換を速攻で断った八幡だが、ドスの効いた声と恐ろしい目つきで睨まれてしまっては断れないだろう。

 

「はい」

 

八幡は平塚先生にスマホをポンと投げ渡す。

 

「随分と簡単に渡すんだな」

 

「見られてまずいものなんてありませんから」

 

「ふっ、君らしいーー!?」

 

「どうしました?」

 

平塚先生は唐突に八幡のスマホの画面を見て硬直した。

不思議に思った八幡が、自らのスマホの画面を覗き込む。

 

「げっ」

 

「ひ、ひ、比企谷、これは、ど、どういうことだ?」

 

平塚先生が指し示す「コレ」とは、八幡のスマホの待ち受け画面。

すなわち、以前シャロ、千夜と甘兎庵の前で撮影した写真だった。

 

この写真において八幡と二人の距離はとても近い。

八幡を真ん中に置き、両脇にシャロと千夜。

その絵面はまるで恋人同士のように距離を詰めているのだ。

 

手こそ繋いでいないが、見る人が見れば両手に花状態のハーレム野郎が写っているのだ。

 

千夜に待受をこれにされて以来、別に変える必要もないと考えていたのが仇になった。

 

「えー、えーとですね?」

 

目の光が消えた平塚先生は、無言でメアドを交換。

すると無言で八幡にスマホを返す。

 

「バッカヤローー!!!」

 

平塚先生は泣きながら職員室を飛び出していった。

 

「ほんと、誰かもらってやれよ」

 

八幡は平塚先生の消えた職員室でそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

GW(ゴールデンウィーク)初日の朝。

ラビットハウスでの奉仕活動も休みだとタカヒロさんに告げられた時には八幡は狂喜乱舞して舞い上がった。

なので、GWは八幡はだら寝とゲーム、読書に勤しもうと前日の夜に決めていたのだが、朝七時、怒涛のメールラッシュによって目が覚めた。

 

「怖えよ、何?呪いのメール?」

 

着信履歴を見てみると、一つの名前だけが載っている。

 

差出人:平塚静

差出人:平塚静

差出人:平塚静

差出人:平塚静

差出人:平塚静

 

何これ。

超怖いんですけど!?

 

これが八幡の率直な感想だった。

先日平塚先生とメールアドレスを交換したのは間違いだったかと考えてしまうほどに。

 

ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど平塚先生の名前が載っている。

その中で、最新のメールを開くと、更に怖かった。

 

差出人:平塚静

題名「平塚静です。メール確認したられ んらくを下さい」

本文

「比企谷くん、GW中半分は奉仕活動も休みだという話をラビットハウスさんから連絡をいただきました。

なので、急遽GW仕様の奉仕を計画しています。

折り返し連絡を下さ い。

もし かして、まだ寝ていますか(笑)

カノジョトデートチュウ、ナンテナイデスヨネ?

先ほどからメールや電話をしているの ですが返信がないの で心配です。

ねぇ、本当は見ているんじゃ ないですか?

ねぇ、見てるんでしょ?

 

 

でんわ でろ」

 

スッ、と八幡はメールを閉じる。

すると未読のメールも一斉に削除。

ゴミ箱からも削除。

そしてスマホの電源をOFFに。

 

「よし、何もなかった。二度寝しよう」

 

布団を体にかけて現実逃避を決行する。

だが、それは第三者によって防がれてしまう。

 

「お兄ちゃん!」

 

小町が当然バン!と勢いよく戸を開け八幡の身体にかかっている布団を引っぺがす。

 

「小町とお出かけしよう!」

 

「嫌だ」

 

「うわぁー即答。小町的にポイント低いよ」

 

やれやれと小町はぶれない八幡に呆れながらも話を続ける。

 

「お兄ちゃんは今呪いのメールを見てしまったんだ。だから寝る」

 

「バカなこと言ってないで早く着替えて!荷物は小町がまとめて置いてあるから!」

 

荷物?と首を傾げた八幡だが、強引に小町に起こされたので眠気もなく、渋々と着替える八幡。

小町はその間後ろを向いているが、部屋からは出ない。

これは八幡を逃がさないための措置だろう。

 

「で?どこにーー」

 

「さあ、お兄ちゃん、これ持って!」

 

小町が部屋の外に置いてあった、旅行などにでも使えそうな大きめなカバンを八幡に渡す。

 

「ほらほら、早く」

 

ぐいぐいと、八幡は玄関まで追いやられる。

されるがままに八幡は追いやられ、ついに玄関の外へ。

 

「さあ、いってらっしゃーい」

 

すると小町はドアの前で立ち止まり八幡に手を振る。

八幡は何のことだと、問い詰めようとしたがそれはかなわなかった。

 

ガシッと八幡の肩を掴む存在がいたからである。

 

「ひ、平塚先生?」

 

「さあ、行くぞ比企谷!」

 

「じゃあねお兄ちゃん!小町は行かないけど、お土産よろしくねー」

 

あっけらかんとそう口にする小町。

八幡は先ほど「小町とお出かけ」という単語を耳にしたのだが、それは嘘だったと、八幡を陥れるための罠だったとそういうことらしい。

 

妹の頼みを断ることのできない八幡を陥れるための巧妙な罠。

 

八幡は平塚先生により家の前に停めてあった車の助手席へ引きずり込み、なすすべもなく、連れ出されるのだった。

 

 

 

走行する車の中、もうすでに諦めた八幡が助手席に座って平塚先生に話しかける。

 

「で?なんで小町のことを知ってるんですか?」

 

「ああ、タカヒロさんから、その娘さんに君の妹のメールアドレスを聞いて、協力して貰ったんだ。君がラビットハウスにいないタイミングを見計らって、数日前にラビットハウスで顔合わせも済んでいる。GW中、友達を家に泊まらせたかったらしい」

 

「ってことは、コレ、泊まりなんすか?」

 

驚愕の事実である。

八幡は日帰りでさっさと帰ることを考えていたのに。

 

つまり、タカヒロ→チノ→小町のルートで平塚先生は八幡を陥れ、あろうことか泊まりで奉仕活動をしなければならないらしい。

 

一通り自分が嵌められた流れを理解する八幡。

ふと窓の外を覗くと、木組みの家と石畳の街からは少しずつ離れて行っている。

 

「どこに行くんすか?」

 

「ついてからのお楽しみ、というやつだ。途中で私の知り合いも拾っていく」

 

「元ぼっちで現コミュ症にそれはきついですよ」

 

「問題ないさ。そういうことは全く気にしない奴だからな」

 

それならば、少しずつコミュニケーション能力が向上しつつある自分ならばいけるか?とまだ見ぬ平塚先生の知り合いとやらの対策を考えていた八幡。

 

考えていたのだがーー。

 

 

 

「静さん、お久しぶりです〜」

 

「ああ、久しぶりだな翠」

 

「青山さんの下の名前、翠って言うんですね」

 

平塚先生の知り合いは八幡の知り合いである青山ブルーマウンテンだった。

 

「青山さんではなく、翠さんでもいいんですよ?私だけ八幡さん、とお呼びするのもあれですし」

 

「やめときます」

 

赤の他人どころか、普通に知り合いが乗ってきたときには八幡も少し驚いた。

平塚先生の知り合いが八幡にとっては赤の他人だった場合微妙な空気が流れて場を悪くするのは確実だったので、八幡としては助かった。

 

むしろ、こんな仲よさげに互いを下の名前で呼ばない?などとリア充カップルのような事を繰り広げているせいで、平塚先生の運転が荒く、オーラが黒くなっている方が問題だった。

 

「私は比企谷が翠と知り合いだということに驚いてるんだが」

 

片手でハンドルを握りながら、窓を開けタバコを吸う姿がとても様になる平塚先生が、八幡と青山さんに尋ねる。

 

「私、まだラビットハウスに通ってるんです」

 

「そういうことか」

 

「あの時の静さんは男らしかったです」

 

青山さんの言葉からラビットハウスのカウンターテーブルで、ブラックコーヒーを頼む平塚先生の姿が目に浮かんでしまった八幡。

 

「男より男らしいから平塚先生はモテないんじゃ?」

 

キキィィーー。

 

八幡がそんなことを言うものだから平塚先生は運転中なのにもかかわらず激しく動揺。

蛇行運転をしてしまうが、幸いなことに前後左右とも車はいない。

 

「ひ、比企谷、どういうことだ?」

 

自分がなぜモテないかの原因が判明しそうなので激しく食いつく平塚先生。

食いつきすぎて前を向いていないので危ない。

 

「わかります。静さんは昔から男よりも男らしいので、女子にとてもモテていましたから」

 

「ち、ちなみに、翠は今、か、彼氏とかいるのか?」

 

ものすごく震えた声で平塚先生は青山さんにそう尋ねた。

それはいてほしくないという願望と後輩にすら彼氏がいるのに自分がいないという恐怖感からだろう。

 

「私は未だに小説一筋ですから」

 

「青山さん、GWに平塚先生のお供なんかして、原稿は大丈夫なんすか?」

 

「…………あ、あははは〜」

 

小説のネタが思いつかず、こちらに逃げてきた人間の反応が青山さんからは帰ってきた。

 

「あまり凛を困らせるなよ」

 

「あ、あはは〜」

 

ちなみに、凛とは、青山さんの担当のことであり、真手凛というのが彼女の名前だが、八幡は何の話かもわからないので、窓の外を眺めることにした。

 

景色はだんだんと街から自然へと移り変わっている。

この先には特に何があるわけでもないと八幡は記憶しているが、平塚先生が言うには泊まりで奉仕活動できる場所があるはずである。

 

八幡は二人の会話を小耳に挟みながらも、窓の外を延々眺め続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

数時間に及ぶ距離を走った末についたのは大自然と言っても差し支えのないほどの山と川の世界だった。

 

「比企谷、着いたぞ」

 

目に映るのは幾つかのバンガロー。

寝泊まりはここでするのだろうと八幡はあたりをつけておくが、男子は自分一人。

久しぶりに完全ぼっち空間ができることを少し楽しみに思いながらも、八幡は下車した。

 

「すごいですね。これなら小説のイメージも浮かぶかもしれません」

 

静かな大自然の中にガヤガヤと騒がしい一団が居た。

小中学生レベルの子供達が引率の教師?の声の元、整列をしている。

 

「比企谷、今回の奉仕活動は、あのちびっこ軍団を裏から支える事。つまりは教師側のサポートだ。ちなみに、あれは幾つかの小中学校合同でキャンプ参加希望者を集めているからまとまりがなくて大変だぞ」

 

「俺にはハードル高くないっすか?」

 

「まあまあ、私も手伝いますし」

 

「君と翠の他にもあと一人こちら側がーー、おっ、いたいた」

 

平塚先生が少し離れたところにいる女性に手を振る。

彼女がもう一人の引率支援。

ていうかやっぱり女の人かよ!と八幡は思ってしまったりする。

 

少し赤みがかかった長い茶髪。

幼さを少し残しながらも整った美人さんといった顔立ち。

ボン!と形容するにふさわしい胸。

スラッと伸びる細く長い足。

 

超絶美人のお姉さん系がそこにはいた。

 

「ふむふむ、君が静ちゃんの言う問題児だね?」

 

八幡は引率側なのに、どうして問題児側として見られているのかという視線を平塚先生にやるが、フイっと目をそらされてしまった。

 

「結構頼りっきりになると思いますが、宜しくお願いします」

 

最低限の礼儀は見せておく八幡にニコッと微笑み口を開く。

 

「うん!お姉ちゃんに任せなさいっ!」

 

ピカァー!っと彼女の背後が圧倒的姉オーラにより光った気がした。

 

ああ、学校でモテる、俺にとっては高嶺の花のような存在。

そんな彼女と数日間やっていくとなると自分のことで先が思いやられる八幡。

 

そして、八幡は何となくではあるが今の台詞に聞き覚えがあるような気がした。

 

「あっ、八幡の兄貴ー!」

 

「ま、マヤちゃん!並ばなきゃだめだよー!」

 

テンションが下がっているからか、幻聴まで聞こえてくる始末。

そう、これは幻聴であり、幻覚。

 

八幡には自分に駆け寄ってくる中学生二人なんて見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サブキャラ大集合!
あっ、あの最後のお姉さんキャラは誰なんだー(棒)

オリジナルは何話か続くので、原作を進めろ!なんて言わないでくれると嬉しいな☆

あと、次回投稿か次の次の投稿は、定期テスト等が色々重なり、かなーり遅れると思います。
申し訳ありませんm(_ _)m

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思いのほか比企谷八幡は頼りになる

オリジナル2話目投下!
ちょい長めの7,000字弱。
……テスト前なのに何やってんだろ。




「保登モカです!よろしくね!」

 

「青山翠です〜」

 

八幡は、ココアと同じように『姉』を自称する少女、モカが小・中学生にワイワイと囲まれながら自己紹介する様子をぼんやりと眺めていた。

 

今は、『三日間お手伝いをしてくれるお兄さんお姉さんと仲良くなりましょう!』タイムである。

 

八幡は名前を一言で自己紹介終了。

それに比べて「お姉ちゃんに任せなさいっ!」と堂々と八幡に言い放った少女、保登モカは持ち前のコミュニケーション能力で、小・中学生に早々に好かれたのだった。

 

八幡はモカの自己紹介を聞いた際、彼女の苗字「保登」に聞き覚えがあったのだが、勘違いだろうと軽く流しておいた。

 

青山さんの自己紹介も中々に受けが良かった。

というよりは、おっとりとして優しそうなオーラを常日頃から溢れさせていれば嫌われる要素などない。

八幡が意外に思ったのは、青山さんが「青山翠」と本名で名乗ったことである。

 

流石にこのような場でペンネームは使用しないのか、と八幡は作家の裏表を使い分けている青山さんに感心していたりする。

 

キャンプ運営スタッフは八幡以外大人気。

八幡はむしろ避けられている感が否めない。

 

だが、八幡と元々面識のあるマヤとメグは八幡のそばでワイワイと騒いでいた。

 

「八幡の兄貴はあの中に混ざらないの?」

 

「いや、俺にはあの人たちみたいなコミュ力はないからな」

 

「あの二人のお姉さん大人気だね〜」

 

マヤ、メグも先ほどまでは、モカや青山さんの方にいたのだが、一人輪から外れていた八幡を見かねて二人は八幡のところに来たのだ。

 

本来ならば八幡が面倒を見る側だというのに、逆に面倒を見られているこの状態に八幡は少し危機感を覚えている。

 

「八幡の兄貴はこのあと何するか知ってる?」

 

キャンプに来たはいいが、何を行うかは明かされていなかったようで、今後の予定を八幡に尋ねる。

 

「知らん」

 

「使えねー!」

 

八幡も当日に平塚先生に引っ張り出されたのだ。

予定など知るはずがなく、もうこのまま働かなくていいのでは?と若干ダメ人間な思考に陥り始める八幡。

 

「次は、この自然の中を探索するオリエンテーリングだ。森の中に設置されているお題をクリアしながらゴールを目指すんだ」

 

見かねた平塚先生が、八幡にフォローを入れる。

実際彼女が何も知らせていないのだから仕方がない。

 

ほら、と平塚先生は今後の予定表を八幡に渡す。

 

「君らは見たらダメだぞ」

 

「えー!いいじゃんかー!」

 

「どうして秘密なんですか〜?」

 

ぴょんぴょんと飛び跳ねて、八幡の手にある予定表を覗き込もうとするマヤとメグ。

 

それを平塚先生がたしなめるように言った。

 

「次何があるかわからない方が、楽しみが増すだろう?」

 

「「そうか(そうだね)!」」

 

納得!といった感じで顔を見合わせるマヤとメグ。

 

「の、割にはオリエンテーリングの事はすぐに教えましたね」

 

「どうせすぐ始まるんだ、一つくらいは構いはしないさ。っと、ほら、君たち、集合だ」

 

「仲良くなろう!」タイムの終了。

現地のインストラクターたちが生徒を集め、オリエンテーリングの説明するようだ。

 

それに伴い、イベント進行補佐である八幡、青山、モカの三人も平塚先生とインストラクターの人に説明を受ける。

 

「君たちにやってもらいたいのは、誘導と監視。しっかりと整備されてはいるが、危険がないとは言い切れない。この辺りに立って見ておいてほしい」

 

地図を見せられながら説明される三人。

立っておいて欲しいと言われた場所は川辺。

子供とは水辺が好きなもので、つい行ってしまう傾向があるので、それを防ぐための措置だろう。

 

「じゃあ私が!」

 

挙手したのはモカ。

何とも積極的な少女である。

 

「わ、私は、長時間炎天下にさらされるのはちょっと」

 

渋い顔をする青山さん。

小説家なので、体力があるわけではなく、少しずつ気温が高くなりつつあるこの季節は厳しいようだ。

 

「じゃあ、比企谷。君がモカと二人で川辺にいてくれ。なるべく子供達には見えないように頼む」

 

「お、俺はゴール地点で飲み物を配る係がーー」

 

「いいな?」

 

「……うす」

 

八幡的には見知らぬ少女と二人きりの状態で炎天下の中さらされるのは厳しい。

ラビットハウスやその他の二人の女子たちと関わってきたことで多少は改善されたが、未だコミュ症なのは変わりない。

 

が、それも平塚先生により仕事の変更はかなわず。

 

「大丈夫だよ?八幡くん、だったよね。不安なのはわかるけど、一緒に頑張ろう!」

 

(不安なのはあなたと一緒にいることとか、俺の体力が持つか、とかその辺なんだけど)

 

微妙に勘違いしているモカに内心突っ込む八幡。

だが、知り合って数十分なのだから八幡という人間を理解できていないのも仕方ない。

 

こうして、八幡は半ば強引にモカと関わることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

太陽の光を綺麗に反射し光る川。

その傍に生い茂る木々。

葉の隙間を通り抜け、肌を照らす太陽光。

 

ザ・キャンプといったような場所に配置されてしまった八幡。

しかもなるべく小中学生の前には出ないようにとのこと。

 

つまり、オリエンテーリングの時間はほぼモカと二人きりの状態なのである。

 

「八幡くんは、どうして静ちゃんに問題児扱いされてるの?」

 

コミュ力が恐ろしいほど高いモカの前では、八幡のコミュ症という弊害など全く気にせず懐へ。

 

「えと、作文を提出したら、なぜか」

 

「どんな作文?」

 

「高校生活を振り返って、みたいなお題でした」

 

「それをどう書いたら問題児扱いされるのかな!?」

 

学生時代でも優等生であったモカにとって、作文を提出しただけで問題児扱いなどわけのわからないことであった。

 

「……保登さんは、平塚先生とはどんな関係で?」

 

少し気になっていたことを八幡はモカに聞いた。

呼び方は保登さん、と他人行儀な感じにモカは一瞬顔を顰めたが、追求する様子もなく、質問に答える。

 

「静ちゃんは、私の高校時代の先生なんだよ」

 

「へぇ、てことは保登さんは意外に若いんですか?」

 

「意外って何かな?私はまだピッチピチの十九歳だよ!」

 

女性に年齢の話は禁句と言うが、モカはそんな気にした様子はないようで、自分の年齢を明かす。

 

「未成年だったんですか」

 

「何で君はさっきから私の年齢を上に見積もるのかな!?」

 

「『お姉ちゃんに任せなさいっ!』とか言ってたんで、お姉ちゃんと呼べるほど人生経験を積んだものかと」

 

さりげなく八幡は『お姉ちゃんに任せなさいっ!』の部分だけ裏声を使う。

 

これがモカでなければキモいで一蹴されていただろうが、モカは感性が多少普通ではない。

 

「ふふっ、八幡くん、面白いね。ちなみに、私は実の妹がいるので、人生経験というよりも姉としての経験から姉を自称しているのです!」

 

「結局自称かよ」

 

モカの天然ボケ?に反応してつい敬語が抜けてしまった八幡。

それにモカは反応する。

 

「おお!八幡くんようやく敬語が抜けたね!このまま保登さん、からモカお姉ちゃんに呼び方を変えてもいいんだよ?」

 

むしろ、「モカお姉ちゃん」って呼んで?と八幡がそう呼ぶのを期待している。

 

「お姉ちゃんは死んでもつけねーよ」

 

「おお、いいね!敬語が完全に抜けて私たちは友達から姉弟だね!」

 

「そもそも友達じゃないんで。そもそも敬語は人を敬うときに使う言葉遣いであって、敬う必要のない人には使わなくてもいいという事なんだ」

 

「それって遠回しに私が尊敬する必要はないって言ってるの!?……でも姉弟なら敬語はいらないよね」

 

「冗談ですよ、保登さん。俺たち友達じゃないですか」

 

「そんなに私の弟になるの嫌!?」

 

八幡はココアを弄る時の要領で次々にモカを弄る。

モカの反応がココアにとても近いので、八幡もつい調子に乗ってしまうのだ。

モカが、魔王系の姉だったならば、八幡の対応もまた違ったことだろう。

 

(そういや、ココアの苗字も保登だったような?)

 

先ほどの疑問についての答えが自分の中で出されたが、直接モカに「妹の名前ってココア?」と聞くのも八幡はなぜか嫌だった。

 

「全く、八幡くんは私をもっと丁寧に扱うべきだと思うよ!」

 

「俺の身近にあなたのような人がいるので、つい」

 

八幡は頑なにモカを名前で呼ばない。

モカもそれには気が付いているのだが、モカはココアと違い有能なのだ。

八幡が心に抱える傷にそれとなく気が付いたのかもしれない。

 

モカとしては、いや、姉としてはそんな八幡を放っておけないのだが、今この状況下でそれを聞くのはモカとしても避けたい。

 

だからモカはこの状況では八幡との距離を縮めることを選択する。

 

そんなことを考えていると、ワイワイガヤガヤと、中学生のグループがこちらに向かってくる。

 

「川だ!」「入ったらきもちよさそー!」「入っちゃう?」「入りてー」

 

など、森を抜け体が暑くなった人にとっては絶好の場所というべきだろう。

 

気の早い男子たちはすでに着ていたTシャツを脱ごうとしている。

それを女子がキャー、と軽い悲鳴を上げているのが今の状況。

 

「さて、八幡くん、出番だよ!」

 

「やっぱ俺も行くのか」

 

働きたくねぇなぁと愚痴を漏らしながら八幡は木の陰から出る。

モカもそれに続く形で中学生の前へ。

 

「みんな、ここは泳いじゃだめだよ。オリエンテーリングを進めよう!」

 

モカは笑顔で中学生に話しかける。

だが、中学生とは難しい年頃で、年上が何かを言っただけでは聞かない場合がある。

 

「えー」「何でダメなの?」「誰も見てないし!二人以外」

 

と、川に入るのを止められた中学生、主に男子は文句をこぼしている。

 

「ここは急に深くなるところもあるし、大人の目があるところで、ね?」

 

「お姉さんと、ゾンビの人がいるじゃん」「そーだ、泳ごう!」

 

何とも聞き分けのない男子中学生である。

このような自己中な人間があるから社会は悪い方へと進んでいくのだ、と社会のことについて考え出す。

 

「ほら、浅いとこだけだから!」「服は濡らさねーから!」「お姉さんが黙ってくれれば!な?」

 

完全に川に入る気である。

モカも聞く耳を持たない中学生を相手にオロオロと困っている。

 

このまま中学生を川に入れたらどうなるか。

八幡は考える。

 

バレたら平塚先生に怒られる=殴られる。

下手をすれば奉仕活動の追加、延長も現実的に。

せっかくの休みが全部消える。

 

この流れが八幡の頭の中で完成してしまった。

八幡としてはこれ以上奉仕活動が増えるのは勘弁願いたいところである。

 

なので、八幡はなるべく平静を装い、中学生を止める方へ動く。

 

「お前ら、ここにこのキャンプの今後の予定が書いてある」

 

え?とモカも含めた全員が八幡に注目する。

 

「この予定には、オリエンテーリングの後、スタッフが昼食の用意を終えるまでの約一時間、水遊びと書いてある」

 

八幡は平塚先生には見せるなと言われていた予定表を見せながら説明する。

 

「つまり、だ。今ここで川に入るとしても三十分も入れないだろう。さらに、入ったことがバレたらその水遊びの時間も説教で潰れる可能性がある。すると、今ここは我慢して、このあとの一時間を全員が集まってる中で楽しんだ方が得じゃないか?」

 

「た、確かに」「後で水遊びの時間があるなら…」「確かに水着持ってきてるしな!」

 

明確なデメリットを示すことで八幡は説得に成功したようだ。

八幡としても平塚先生に殴られ奉仕活動延長などという最悪の未来を避けられたことにホッとする。

 

八幡は自分の出番は終わりだとでも言うように、一歩後ろに下がる。

その際、あとは任せたという視線をモカに送る。

 

その視線に気が付いたモカはコクリと頷くと、パンパンと手を鳴らし、自分の話を聞くよう促す。

 

「よし!じゃあ皆、ここはオリエンテーリングの中間地点。あと半分頑張って行こう!ちなみに、オリエンテーリングの中のクイズに全問正解してゴールまで行くとご褒美もあるからね!」

 

ご褒美に反応したのか、中学生たちは川に向いていた視線を、ゴールの方向へと視線を移すとまた喋りながら先へ進んでいった。

 

「元気だな、中学生」

 

八幡はもともとインドア派。川遊びなど考えたこともなかった。

 

「八幡くん、ありがとね」

 

モカは、一組目で既に疲れを見せている八幡に呆れながらもお礼を言う。

八幡としては自分のためだったのだが、それでもモカは手助けしてもらったので、最低限の礼儀を見せる。

 

「べつに、俺の仕事でもあるんだ。礼を言われるようなことじゃない」

 

「ふふっ、全く、素直じゃないなぁー」

 

二人はまた木の陰に身を隠そうと動くが、すぐに次の中学生組が来てしまった。

 

「あっ、メグー!川があるよー!」

 

「ま、マヤちゃん待ってー!」

 

マヤ、メグを先頭に走ってくる中学生組。

グループの全員が女子だというのに中々アグレッシブな中学生である。

 

「げっ」

 

「また元気そうな娘たちが来たね!」

 

「八幡の兄貴とモカの姉貴だー!」

 

「ほんとだー」

 

マヤとメグは脇目も振らずに八幡とモカの元へ。

マヤはすでにモカとも打ち解け姉貴と呼ぶほどの仲になっているのかと驚愕する八幡。

 

「こんなとこで何してんの?」

 

「楽しそうだねー」

 

「楽しくはないな。仕事だから」

 

「そう?私は楽しいよ?」

 

「まあいいや、あとどれぐらいで、コレ終わるの?」

 

「半分くらいだ」

 

「えー!」

 

八幡がオリエンテーリングの残りのおおよそを伝えると露骨に嫌な顔をするマヤ。

 

「マヤちゃんは早く川に入りたいんだよねー」

 

「何でこのあと水遊びって知ってんだ?」

 

「さっき予定表を覗き見たんだ〜」

 

おっとりした性格のはずのメグは意外にそういうところを見ているようだ。

で、メグからマヤへとその情報が流れた事により、マヤとメグはこんなオリエンテーリングより水遊びの方がよっぽど楽しみらしい。

 

「でもほら、水着は着てないけど足だけならいけるよ!」

 

いつの間にか靴と靴下を脱いでちゃっかり川に入っているマヤ。

それを見たモカは慌ててマヤを止めに入る。

 

「ほら、早く川から出て!」

 

モカも靴と靴下を脱いで裸足になると川に入っていく。

川に入れないためにここで監視しているのに、自分が入ってしまっては本末転倒ではないのか。

 

「じゃあ、あれやりたい!手を繋いでシャンプするやつ!」

 

マヤが言っているのはよく家族がやるアレの事だ。

子供が真ん中に入り、父と母がその子供を腕力で持ち上げ、真ん中の子供は浮いている状態になるアレである。

 

川でそれをやると、ジャンプした際に水しぶきが舞い、普通にやるよりも少し面白かったりするのだ。

 

「しょうがないなぁ」

 

チラッと八幡を見るモカ。

マヤを川から出すために八幡も手伝えとのことなのだろう。

 

この仕事を任され、失敗した暁には平塚先生からの説教を避けられない。

もうすでに「中学生が川に入らないように」というのは守れなかったわけだが、だからと言ってそのまま川に入れていていいというわけでもないだろう。

 

しぶしぶと八幡も裸足になると八幡、マヤ、モカの順で手を繋く。

 

「マヤちゃんいいなぁ」「家族みたーい」「ずるーい!」

 

と様々な言葉が他のメンバーから飛び交うが「あとで水遊びの時間にやってやるから」ということで落ち着きを見せる。

だがマヤは「今がいい!」との事なので仕方なくといった感じだ。

 

「じゃあ行くよ?八幡くんもいい?」

 

「さっさと終わらせようぜ」

 

「1・2の3!」

 

マヤの掛け声で八幡とモカは腕をあげ真ん中のマヤを持ち上げる。

マヤは思いっきり水面を蹴り上げたので、正面にいたマヤのグループメンバーに水がかかる。

 

「いえーい!」

 

マヤは空中で足をバタバタさせ暴れ始める。

八幡は問題ないのだが、モカはーー。

 

「ちょ、マヤちゃん!?」

 

モカはマヤが暴れたことによりバランスを崩す。

不幸なことにここは川の中。

 

石などがごろついているので足場が悪く、モカは足を滑らせ水の中へ。

手をつないでいたマヤ、さらに八幡も引っ張られ水の中へ。

 

「だ、大丈夫ですかー?」

 

メグは三人を心配するように

三人は尻もちをつく。

 

川は意外にも水かさがあり、八幡のひざ下5センチといったところ。

そんなところで盛大に転べば、全身ずぶ濡れになる。

 

「あー、楽しかった!」

 

マヤは全身ずぶ濡れだが、満足したようで靴を履く。

八幡も別に大した問題はなく、川から出る。

モカも二人に続いて川から上がるが、メグ、八幡はモカの違和感に気がついた。

 

「も、モカお姉さん。……その」

 

「え、えと、み、見てない」

 

「え?何が?」

 

モカは自分の姿を確認する。

今更だが、モカの服装は最近暑くなってきていることもあり、シャツ一枚に7部丈のズボン。

つまり、上のシャツは薄く、水に濡れると、透けて下着が見えるわけで。

 

自分の今の姿を理解したモカは一気に顔を真っ赤に。

 

「み、見たよね」

 

「………見てないです」

 

 

 

この後二人の間に少し気まずい空気が流れたのだった。

 

そして余談だが、ずぶ濡れで戻った八幡とモカ、マヤは平塚先生にこってりしぼられた。

 

 

 




…八幡がただのラッキースケベ野郎にしか見えなくたってきた。
だが、私は気にしない!俺ガイル原作でも一回あったし、セーフでしょ?

因みにこのキャンプは二泊三日の予定。
つまり!モカさんだけでなく、青山さんも攻略可能!?
じゃなくて、さっさと原作進めろよ!という方は申し訳ございませんm(_ _)m

テスト前最後の投稿でした。
次回投稿は二週間後になると思いますので、ご了承下い。

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時には保登モカも姉としてではなく

更新再開!



八幡、モカ、マヤは平塚先生からの説教を受け、先ほどようやく解放されたところである。

説教が終わると同時にマヤは川で遊ぶため外へ飛び出し、八幡とモカは微妙に気まずい空気に包まれている。

 

今ほど八幡はシャロやココアの存在を恋しく感じたことはない。

この二人は基本的に気まずい空気を打破するべく動いてくれる。

シャロは持ち前の処世術で。

ココアは天然ながらも場の空気を和ませる。

そのコミュ力を八幡は分けて欲しかった。

 

「………」

 

「………」

 

互いに沈黙を保つ。

八幡もモカも、目線がぶつかれば離れまたぶつかり離れるの繰り返し。

これが恋人同士ならば初々しいの一言で片がつくのだが、生憎この二人はそんな関係ではない。

 

さらに今回の件は明確に誰が悪いかと言われても明言できないのがまた厄介である。

 

八幡が見てしまったのは不可抗力であるし、モカも足を滑らせてしまったのは故意ではない。

誰に一番非があるかと問われれば、マヤが悪いのだろうが、現在マヤはここにはいない。

 

(……気まずい。でも黙ってここから出て行くのもダメな気がする。てかなんなの?最近こんなの多くない?ついこの前まで何もしなかったくせして最近になってラブコメの神様やる気出しすぎじゃないですかね。降臨するなら妹の神様とかにしろよ、そしたら信仰しちゃうから)

 

(お、男の人に下着を見られたことなんて初めてで……うわぁぁぁ!!……もっと大人な下着をつけてきたら良かったのかな?いやいや、第一、見られないならそれに越したことはなくて、で、でも見られちゃったわけだから………は、八幡くんのばかぁぁぁぁ、もうわかんないよぉ)

 

第三者から見ればかなり重い空気なのだが、二人の心情を察することができるのならなんて事のない事件だ。

 

((誰でもいいから助けてっ!))

 

この気まずい空気の打破を頼みたい二人。

八幡はともかく、モカは八幡の事が嫌いになったから無言なのではない。

羞恥心はあれど、嫌悪感はない。

 

むしろ八幡の面倒臭がりながらもしっかりと仕事に取り組む様は好感を持てる。

 

おそらく、モカには他人を嫌うということはできない。

ならば、下着を見られた際の感情は羞恥心のみが残る。

 

「………は、八幡くん?」

 

意を決してモカから八幡へと話しかける。

 

「ひゃい!」

 

いきなり話しかけられたことにより声が上ずり奇声を上げる。

その様子を見たモカはクスリと笑うと、八幡に手を伸ばし言った。

 

「八幡くん!川に入ろう!」

 

「……は?」

 

 

 

モカの誘いにより、休憩時間だったのが、川に入らなければならなくなった八幡。

普段ならば速攻で断るような提案だったのだが、八幡はモカの下着を見てしまった罪悪感もあり断れなかった。

 

で、現在八幡はよくあるトランクス型の水着を着て、川ではしゃぐ小・中学生を川岸から眺めているところだった。

モカは未だに着替えているらしく来ない様子。

 

すると、そんな八幡に美人な女性が一人近づいて行く。

 

「静さんの説教は終わったんですか?」

 

「っ!」

 

青山ブルーマウンテンこと、青山翠その人である。

そして八幡は青山さんに目が釘付けに。

 

その美しい白く細い肢体。

パーカーを羽織っているが、ファスナーを閉めていないために間から見える豊かな胸。

 

それらが純白のビキニによって更に引き立てられ男の目を釘付けにするのだろう。

少なくとも八幡はそうだった。

 

「……青山さん」

 

「はいなんでしょう?」

 

「本当に平塚先生の後輩なんすか?」

 

「………?えっとどういうことでしょう?」

 

平塚先生といえば、残念系美人。

その後輩の青山さんもそれにどこか準ずる形で残念な部分があると八幡は勝手に思ってしまっていたのだ。

 

だが、青山さんは性格良し器量好し、自由人ではあるが常識の範囲内。

今の水着姿を見た感じでは着痩せするタイプらしく、何がとは言わないが、かなりある。

 

「いえ、なんでも」

 

「はぁ。……そういえばモカさんとは大丈夫ですか?先ほど微妙な空気だったのを見かけたので」

 

「……大丈夫とは言えない……と思います。保登さんに誘われて川に来ましたが、目的が不明瞭なので」

 

「純粋に遊びたいだけじゃないんですか?モカさん、意外と子供っぽいところがありましたし」

 

姉を自称しているモカではあるが、年上、またはモカの勢いに呑まれない者はモカの子供らしい一面を垣間見ることができる。

 

だが、モカの『姉』というものが、上っ面だけの仮面ではなく、本心で姉として相手と関わっているのが感じられる。

 

「だといいんですけど」

 

八幡としてはこのまま川に沈められるのでは!?などと危惧していたりするが、モカの性格上それはないと信じたいところである。

 

「……それにしても八幡さん」

 

「なんすか?」

 

ちらっと青山さんは八幡を上から下まで眺めてから口を開く。

 

「八幡さん、意外に体が引き締まってますね」

 

ペタペタと八幡のお腹を触ってくる青山さん。

 

「ふぁっ、えっ、ちょっ」

 

八幡の体は基本的に家に引きこもっている人間にしてはだいぶ引き締まっている方だと言える。

 

割れてはいないが、余計な肉もついていない腹筋。

もう少し努力をするだけで割れることだろう。

上腕二頭筋の方も同様である。

 

「とりあえず、触るのやめましょうか」

 

八幡が女子に求める鉄則。

無闇矢鱈にスキンシップを行わない。

意味深な発言は控える。

 

これをおろそかにしてしまえば勘違いからの告白、そして玉砕までの流れは明確に頭に浮かぶ。

 

「すいません、つい。……お詫びと言ってはなんですが、私の、触ります?」

 

「えっ」

 

いきなり鉄則を破りに行く青山さん。

 

(触るってどこをですか!?胸とか触っちゃっていいんですか!?)

 

八幡は悩む。

ここは断るべきではないかと。

だが、女性の素肌に触れるという数少ない機会。

欲望と理性を天秤にかける。

 

そして、八幡の決断はーー、

 

「け、結構です」

 

流石は理性の化け物と称されることはある八幡。

男ならば断りがたい申し出を断った。

 

「そうですか。でも、私のお腹、意外に贅肉少ないんですよ?」

 

「……俺にどうしろと」

 

まあ、そうだろうなと八幡は少し残念そうにしながらもホッとする。

というか、八幡が青山さんのお腹をまさぐる姿もだいぶ犯罪くさいので、触る場所は問題ではないのだろう。

 

「あら?八幡さん、少々顔が赤いようですが」

 

「暑いですから」

 

そんな茶番を青山さんと繰り広げていると、八幡の待ち人が歩いてくる。

 

「は、八幡くん?」

 

声をかけられ、八幡は声のした方を向く。

八幡、本日二度目の絶句。

 

これまた白く美しい肢体をさらけ出し、豊満な胸をビキニにより強調。

モカのイメージにあったピンクとオレンジの水着。

パーカーを手にしているのは恥ずかしさから隠すためだろう。

 

「どう、かな。似合う?」

 

「に、似合ってる」

 

珍しく八幡が正直な感想をストレートに答えた。

モカはそれを聞いて、えへへ、と少し照れた様子。

 

「え、えっとね、み、水着も、その下着も似たようなものでしょ?だ、だから、わ、忘れてくれると」

 

「す、すまん。忘れる」

 

「わ、私こそ素っ気なくなっちゃってごめんね」

 

「いや、俺が悪かった訳だし」

 

仲直り?をしてモカはパーカーを羽織る。

図らずも青山さんと同じ格好になったモカ。

二人ともスタイルが圧倒的に良いので、パーカーの上からでも山が盛り上がっているのがよくわかる。

 

「じゃあ、遊ぼう!」

 

「いや、じゃあなんでパーカー着たんだよ」

 

「は、恥ずかしいから?」

 

「なんでその水着を選んだし」

 

「お、お母さんがいつの間にか私が用意してたのとすり替えたんだよ!」

 

だが、今モカが着ている水着が仲直りの一端を担ったので、強く母を非難出来ないのが少し悔しそうだ。

 

「まあいいや!八幡くん、遊ぼう!」

 

モカが八幡の手を取り、ズンズンと強引に川の方へ。

だが、そこに待ったがかかる。

 

「比企谷、モカ、少しいいか?」

 

「っ!……ど、どうしたの?静ちゃん」

 

モカは立ち止まった瞬間に少し苦い顔をしたが、すぐに普段通りの笑顔に戻ると平塚先生に話を聞く。

 

「すまない、今日の昼食用にベーカリー保登で焼きたてのパンを注文していてな、それの受け取りをお願いしたいんだ」

 

ベーカリー保登、八幡はその単語に聞き覚えがあった。

 

(確か、ココアの実家がベーカリー保登だったような?)

 

ぼっちは記憶力がいい。

よくわからない理屈だが、何気なくココアが言っていた一言を八幡は覚えているし、モカには妹がいるらしい。

これはもう確定だろう。

 

八幡がそんなことを考えている傍でモカと平塚先生は話を進める。

 

「いいけど、徒歩で?ここからだと結構あるよ」

 

「すまない、今はキャンプファイアーやら色々準備が立て込んでいてな、車を出せる人がいないんだ。モカと、比企谷に頼みたい。翠、お前も仕事だ」

 

「せ、せっかく水着に着替えたのに」

 

「すまない、比企谷、そういうことだ。場所はモカが知っている。頼んだぞ」

 

「ういっす」

 

八幡とモカは、水着に着替えたのに、結局川に入ることなく着替えることとなった。

 

 

 

水着から着替えると、ベーカリー保登へと向かうため、八幡とモカは二人で出かける。

 

「じゃあ、しゅっぱーつ!」

 

「……」

 

「しんこー!って言うんだよ!八幡くん!」

 

ノリの悪い八幡に掛け声を言わせたいモカだが、八幡としては恥ずかしいだけなのでスルーする八幡。

二人はこんなバラバラな感じで、パン屋を目指す。

 

「そういえば、そのパン屋って片道どれくらいなんだ?」

 

「片道二十分かな。ベーカリー保登はね!雑誌の取材も来たんだよ!凄いでしょ!」

 

「えっと、保登っていうと」

 

「うん!私の家なんだよ!」

 

どうして八幡の周辺の少女たちは家が飲食店なのだろうか。

八幡の周りにはモカを含め四人が実家が飲食店である。

しかも、今から向かうベーカリー保登はココアの実家だと思われる。

 

 

 

そんな他愛もない談笑を続けながら歩くこと十分。

 

キャンプ場から離れるにつれて、少しずつ道の傾斜が険しくなってくる。

あまり整備されていないルートを通っているのか木の幹などが、多い。

 

「本当にこっちなのか?」

 

「そうだよ。こっちが近道なんだ。何せ昼食まであと一時間だからね。急がなきゃ間に合わないよ!」

 

「いや、まだ時間はあるし走らなくてもーー」

 

「キャッ」

 

少し、駆け足気味に進み始めるモカ。

だが、その所為か、モカは木の幹に足を取られ転んでしまう。

 

「い、いたたた」

 

「大丈夫か?」

 

「うん、だいじょーーうっ」

 

立ち上がろうとするモカだが、足に痛みが走ったようで崩れてしまう。

モカは痛みが走った方の足をみると、かなり赤く腫れている。

 

「あちゃー」

 

「これ、今転んだからこうなったわけじゃないよな」

 

「えっと、マヤちゃんと八幡くんと、川で転んだ時に少し痛めたらしくて、さっき水着で河原にいた時に気がついたんだけど、大丈夫かなって」

 

「で、この有様か」

 

「う、ご、ごめんね」

 

現在はパン屋とキャンプ場の中間地点。

戻るにも少し遠い距離だろう。

 

「どうする?」

 

「えと、家に行けばスクーターがあるから、帰りはそれでいけるんだけど」

 

後十分程度の距離だが、足を痛めて歩くには少し遠い距離だろう。

 

「……はぁ、仕方ないか」

 

すっ、と八幡はモカの前でしゃがみ背を向けた。

モカはそれが何を意味しているのか理解できなかった様子で、首を傾げている。

 

「えっと、どうしたの?」

 

「おい、おんぶしてやるっていう俺のさりげない優しさをスルーしようとすんな」

 

「ええっ!?いいよ、だって、重いし」

 

「昼の罪滅ぼしだからこれぐらいやらせろ。ほら」

 

「……あ、ありがと」

 

「……あっ」

 

モカが八幡の背中に乗ると、八幡は気がついたかのように声を上げる。

 

「できればあんまり近づかないでもらえると」

 

「え?………ご、ごご、ごめん!」

 

おんぶ状態で体を近づけると、モカのようにスタイルの良い女性はその大きな双丘が当たるわけで。

八幡もモカも、顔を赤くしながら、進む。

 

先ほどまでの道中とは一転して会話が途絶える。

この状況ならば仕方がないといえばそれまで。

今回はラッキースケベのようなものは発動していないのでただ単に気まずいだけだ。

 

「えと、八幡君?」

 

そんな空気の中またもやモカから切り出した。

 

「私の呼び方のことなんだけどね」

 

「え?保登じゃダメなのか?言っとくが、お姉ちゃんとは呼ばないぞ」

 

「ううん、違うの」

 

モカには一人の妹と弟が二人も存在する。

 

故に、モカは姉なのだ。

やんちゃな三人の弟妹を相手に生きてきたモカは姉としてのスキルが多彩に存在し、その能力を社会でも生かしている。

それゆえの『お姉ちゃんに任せなさい』。

モカは自分が姉だと、姉であらなければならないのだとそう心のどこかで思ってしまっている。

 

だから、八幡に要求する呼び名は二文字。

 

「モカって呼んで?」

 

姉であらなければならないモカ。

だが、大きな背中を知ってしまったのだ。

 

姉であるのに、自らを姉ではなくしてしまうような背中に今まさに背負われている。

 

姉として頼られるのではなく、一人の人間、または女として甘えられる存在に出会ってしまった。

 

親ではない、肉親ではない、赤の他人である八幡の背中を知ってしまったのだ。

 

おそらく、恋愛感情ではない、そうモカは思っている。

お姉ちゃんである自分が年下の八幡に、ましてや出会って一日の少年に恋愛感情を抱くなどありえないと。

 

だが、「モカって呼んで?」と要求したモカの顔は赤かった。

 

ーーこれはきっと暑さのせいだ。

 

八幡も、モカの普段とは違う空気を感じ取った様子。

安易に「嫌だ」などとは答えない。

 

そして、八幡には許されたとはいえ、モカの下着を見てしまったという罪と、モカの事を嫌っていない、むしろ好感を持てるという、モカをモカと呼ぶだけの要素が揃ってしまっている。

 

だから八幡の答えは。

 

「分かったよーーモカ」

 

「ーーっ。うん!よろしい!」

 

モカは八幡の背中で姉としてではなく、女としての満面の笑顔を浮かべた。

 

 

 

「ここだよ」

 

八幡の頑張りもあり、おおよそ二十分ほどでベーカリー保登へとたどり着いた二人。

 

玄関の外でモカを背中から降ろすと、モカは店の戸を開け、八幡を中へ入るように促し一言。

 

「いらっしゃいませ!ようこそベーカリー保登へ!」

 

「俺が買うんじゃないけどな」

 

「あら、モカ、お友達?」

 

奥からモカに似た一人の女性が出てきた。

モカに似ているのでモカの姉だろうか?と八幡は予想する。

 

「うす」

 

ぺこりと頭をさげる八幡。

女性は八幡をジッと見つめた後に口を開く。

 

「どうもこんにちは。モカの母です」

 

「はっ!?母!?姉じゃなくて!?」

 

「お母さんだよ」

 

「ふふっ、私、まだまだ若く見えるのね」

 

上機嫌なモカ母。

パタパタと一度店の奥に入ると、大きめの柳籠を二つほど手に持ってきた。

 

「平塚さんから話は伺ってるわ。はい」

 

八幡はカゴを受け取ると、お金を渡す。

これであとは帰るだけである。

 

「それにしても……モカの彼氏さん?」

 

ニヤニヤとしながらモカ母は言った。

 

「おっ、お母さん!」

 

顔を赤くして叫ぶモカ。

だがそれは母のニヤけ顏をより強くするだけだった。

 

「ふふっ、あら?モカ満更でもないんじゃーー」

 

「はっ、八幡くん!帰るよ!あとお母さん、スクーター乗ってくから!」

 

八幡の手を引きさっさと店を出るモカ。

 

「またいらっしゃいねー」

 

なんて若々しくおっとりとした母なのだろうか。

下手をすれば平塚先生よりもーー、なんて後で平塚先生に殴られそうなことを考えていると、モカがスクーターを持ってくる。

 

「パンは後ろのボックスに入れて、八幡くんは私の後ろに乗ろうか」

 

「えっ、いや、それは」

 

「さっきはわたしが八幡くんの背中に捕まったからね。今度は逆だよ!」

 

「モカのその考え方はイマイチわからん」

 

八幡がモカと名前で呼ぶとモカは笑顔に。

その笑顔に八幡はハートを射抜かれそうになる。

 

「ほら、じゃあ捕まって!」

 

八幡はモカの後ろに乗ると、おずおずとお腹に手を回し捕まる。

 

八幡の鼻をいい匂いとモカの長髪がくすぐった。

 

「しゅっぱーつ!」

 

「し、しんこー!」

 

今度は八幡も掛け声をぎこちないながらも叫ぶのだった。

 

 

 

 

 




モカが落ちたかな?
さてさて、未だにキャンプ1日目昼。
先は長いでごわす。

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やはり青山翠はマイペースである

………遅れました。
難産でして、筆が進みませんでした。
申し訳ありません。


ベーカリー保登から戻った八幡とモカ。

思い返せばなかなか気恥ずかしい発言やら行動をしていたが、戻ったあとに気まずくなるなんてことはなく、普通に接することができていた。

 

「八幡くん、そっちに配膳お願い」

 

「了解」

 

「え、えーと、私は何をすれば」

 

「翠、もっとキビキビ動けんのか」

 

しっかりと働く八幡とモカに対して青山さんはおっとりしすぎて置いていかれている感が否めない。

それに平塚先生は呆れているが、青山さんだから仕方がないと割り切っている様子。

 

無事配膳が終わると食堂になだれ込んでくる小中学生。

運営側もテーブルに着く。

八幡はモカと青山さんに挟まれる形で座る。

その向かいにはマヤとメグ。

 

知り合い組でガッチリと固められることになった八幡。

 

「このパンおいしーね」

 

今日の昼食は定番のカレー……かと思いきやバイキング方式で様々な料理を自分で持ってくるスタイル。

カレーは二日目の夕食の際にみんなで作るとのこと。

 

「ふっふーん、ウチで作ってるパンなんだよ!」

 

「えー!すごいですね!」

 

どうだ!と自慢げに胸を張るモカとそれを純粋な目で褒めるメグ。

マヤもパンをお気に召したらしく口いっぱいに頬張って頬が膨らんでいる。

 

「本当に美味しいです〜。これぞまさしく絶品というやつでしょう」

 

青山さんからも大絶賛なベーカリー保登。

これならばココアの作るパンが美味しいのも頷ける。

 

「八幡の兄貴にモカの姉貴。そういえば、むぐ。ふぁっひはほへんへ」

 

パンを口に入れながら喋るマヤ。

結局話の本題が全く見えてこない。

 

だが、メグはマヤの言おうとしていることを正確に汲み取り翻訳する。

 

「えっと、マヤちゃんはさっきはごめんねって言ってるの」

 

「むぐむぐ、ごくん。そう!さっき、私のせいで怒られたでしょ?」

 

さっき、とはマヤの所為で川へ三人揃ってダイブしたので平塚先生から説教を受けたことを言っているのだろう。

 

「私は気にしてないよ?」

 

「パンを食べながら謝ってる時点で本気で謝る気ないだろ」

 

「でも、私のワガママの所為だからさ。謝っておかなきゃって」

 

「意外に律儀なんだな」

 

八幡はマヤの評価を上方修正した。

もっと勢いだけの子だと思っていた八幡だが、実は考えているタイプだとわかって感心する。

 

「私だってそんなにバカじゃないんだよ?」

 

「マヤちゃんは影響されやすいだけで頭いいんだよねー」

 

マヤが何かをしてメグがサポートといういいコンビ。

だが二人ともどこか抜けたところがあるので、冷静に物事を考えるチノのようなタイプが加わればもっといい形に落ち着くのではと八幡は考える。

 

「ふふっ、みなさん仲が良いですね。私も混ぜてください」

 

「「「いいよー!」」」

 

マヤとメグだけでなくモカも声を揃えて青山さんのお願いを了承。

 

「八幡さんもよろしいでしょうか?」

 

「こいつらがいいなら俺も問題はありません」

 

「ありがとうございます」

 

女子三人から許可が出たというのに八幡にも聞くのが青山さんらしいといえばそうなのだろう。

 

おっとりしていてもしっかりするところはしっかりしている。

それが仕事のこととなるとまた別なのだが、若くして有名な作家となったのだから仕事方面でもそれなりに頑張っているのだろう。

 

「マヤちゃんとメグちゃんは同じ中学なの?」

 

「そうだよ。本当なら私たちともう一人でいつメンなんだけどね!」

 

「チノちゃんは家の手伝いでこれなかったんだよねー」

 

モカは確証はないがココアの姉。

八幡は元々知ってはいたがマヤとメグもチノの友達。

 

(世間ってこんなに狭かったっけ?)

 

これらが全て木組みの家と石畳の街を中心に動き、それが回り回ってこんな田舎でも運命が交差する。

 

「仲のいい三人組って憧れるなー。私は弟妹の世話で忙しかったから遊べる時間が少なくて」

 

「私も後輩や静さんに追いかけ回されたりで遊ぶことはあまりなかったですー」

 

「そもそも友達がいなかったからそれ以前の問題だったんだよなぁ」

 

それぞれが自らの過去の学生時代を頭に浮かべそれぞれの学生時代について感想を述べる。

だが、そのどれもがどこか華やかさに欠けるものだった。

 

「いや、みんな暗くない!?」

 

「私たちは仲良く楽しく遊べてるから余計悲しく感じちゃうねー」

 

「「「え?」」」

 

自分たちが悲しい学生時代を送ってきたとは微塵も思わない八幡、モカ、青山さん。

実際に、八幡以外は友達もいれば遊ぶこともたくさんあった。

 

だが、遊びよりも優先されることがあった。

それだけのことなのだ。

 

「よし!じゃあメグ、私たちがこの三人と遊んであげよう!」

 

「いいねー!」

 

「俺たちが遊んでもらう側かよ」

 

微妙に上から目線な気がしなくもないが、マヤもメグも好意からの発言なので気に触れない。

 

「私はいいよ!妹分と遊ぶのも姉の役目!」

 

「新しい小説のネタになるかもしれませんし」

 

モカと青山さんはノリノリで遊ぶことを了承。

八幡も渋々といった感じではあるが、コクリと頷く。

 

その様子を見たマヤが嬉しそうにウンウンと首を縦にふると残っていたパンを一気に口の中に入れると立ち上がる。

 

「ふぁあ、あほほー!」

 

マヤが「じゃあ遊ぼう!」と言ったのをその場にいる全員が理解した。

すると元々完食していたモカ、青山さんも立ち上がると、マヤは二人の手を引いて外へ出ようとする。

 

だが、まだ完食していなかったメグと八幡は置いていかれる形に。

 

「先に行っててー!」

 

「分かった!すぐに来いよ!」

 

マヤとメグがそんなカッコよさげなやり取りをするとマヤは二人を連れて外へ。

 

「………ありがとうねー、八幡くん」

 

「何がだ?」

 

唐突にお礼を言うメグ。

お礼を言われるようなことをしたか?と八幡は首をかしげる。

 

「マヤちゃんを怒らないでくれてることとか、ご飯食べ終わるの遅い私を待ってくれてることとか」

 

八幡に配膳された昼食の皿の上には既に何も乗っていない。

八幡はコップに手を伸ばし水を飲む。

 

「ほら、食後は少し落ち着く時間がほしいからな。別に待ってるわけじゃねえよ」

 

「八幡くんは、捻デレさんなんだねー」

 

「おい、本当それ誰が広めてんの?俺の知らないところでそんな頭の悪そうな単語が爆発的に広まってんだけど」

 

小町が考え出した単語の「捻デレ」だが、小町とあまり関わりのない人がそれを知っていたりすることが多々存在しているので、八幡は驚いている。

 

「八幡くん」

 

「……早く食べないとマヤとかは飽きて戻ってくるぞ」

 

「いっぱい遊ぼうね」

 

おっとりとしたメグは満面の笑みを八幡に向ける。

すると、その後は会話もしなくなりモグモグと自分のペースながらもしっかりとパンも口に入れ始めた。

 

「ったく、元ぼっちの俺に遊び相手とか。少し前までの俺が見たらどうなることやら」

 

そんな八幡のどうでもいい呟きはメグの耳には届かなかった。

 

 

 

「おっそいよー!八幡もメグも待ってたんだからな!」

 

「おい、しれっと俺を呼び捨てしたな」

 

「八幡くん、ほら、私たち友達だからいらないよねってことだよ!」

 

つい先ほどまで八幡のことを「八幡の兄貴」と呼んでいたのだが、モカの入れ知恵か「八幡」と呼び捨てで呼ぶようになったマヤ。

 

「でも、青山さんは治らなかったですね」

 

「私はタメ口というのが苦手で」

 

青山さんも呼び捨てにチャレンジしてみたようだが、癖なのか敬語で話してしまうようだ。

 

「八幡さんは私のこと、『翠』って呼んでいいんですよ?」

 

「青山さんが俺のことを『八幡』って呼んだら考えましょう」

 

青山さんからの提案に対抗する八幡。

青山さんがタメ口で話すのが苦手だと知った直後にそんな提案をする八幡はSの気質があるのかもしれない。

 

「あらー。なら頑張って八幡って呼ばないといけませんねー」

 

「「「今呼んだ!」」」

 

青山さんとしては何気なく口を開いたつもりだったのだろう。

だが、速攻で八幡を『八幡』と呼び捨てで呼ぶ事に成功した?

 

実際今のは八幡を呼んだわけではなく、八幡という単語を口にしただけだろう。

が、八幡は八幡と呼んだら翠と呼ぶと約束をしてしまった。

 

「では、八幡さん。翠と」

 

既に『八幡さん』に呼び方が戻っているが約束は約束。

 

モカマヤメグの三人の「早く呼んであげて」オーラに気圧された八幡は渋々と口を開く。

 

「……わかりましたよ。翠さん」

 

「呼び捨てでお願いします」

 

さん付けでは納得しないと青山さんは敬称を取るように八幡に告げる。

 

「………翠」

 

少し恥ずかしさを覚えつつも八幡は翠と口にする。

 

「はい♪何でしょう八幡さん」

 

青山さんは美しくも可愛い大人の笑顔を八幡に向けた。

それは平塚先生のような威圧感のある少し怖い笑顔のようなものでなく、柔らかなものだった。

 

「じゃ、青山さんに戻しますね」

 

「「「「ええっ!?」」」」

 

淡白に、スッパリと元の呼び名に戻した八幡に一同驚きを隠せない。

 

「ど、どうしてでしょうか?」

 

「青山さんも結局『八幡さん』って呼んでるじゃないですか」

 

八幡は自分が敬称をつけて呼ばれているのに自分だけ呼び捨てと言うのが納得いかないらしい。

それにしては八幡は敬称をつけて呼ばれているチノの事は呼び捨てなのだが、青山さんは知らないので、突っ込まれることはない。

 

「まぁ、少しずつ慣れていきますので、私が呼び捨てで八幡さんを呼べるようになったら、翠、と呼んでくださいね」

 

「……覚えておきます」

 

八幡は年上に弱いタイプなのかもしれない。

実際青山さん、モカ、平塚先生にいいように丸め込まれているのだから否定するのが難しいところだ。

 

「さて、何して遊ぼうか!」

 

呼び名についての話に飽きたらしいマヤが話をぶった切り、遊びへと方向を転換した。

 

「はい!私、今度こそ川に行きたい!」

 

川に入ろうとした段階で止められてしまったのがよっぽど悔しかったのか、モカは挙手して提案。

 

「怪我人はダメだろ」

 

足をひねっているモカは怪我の悪化の可能性も考えると川遊びなどは控えるべき遊びである。

それを考え、八幡はモカの提案を却下。

 

「でも、水切りとかなら大丈夫じゃないかなー」

 

メグが妥協案を提案してくれたので、曇ったモカの顔がぱあっと明るくなる。

それを見た八幡は呆れ顔をするも止めることはない。

 

「よぉし!じゃあ水切りしよーぜ!」

 

「「おー!」」

 

「「お、おー?」」

 

元気よく掛け声に乗るモカとメグに対し、ノリに乗り切れない八幡と青山さん。

 

思いの外、インドア派とアウトドア派のバランスが取れたメンバーになっている。

 

八幡は駆け出すマヤ、メグ、モカの背中を追いかけながら、青山さんと二人アイコンタクト。

 

ーー楽しいですね。

 

ーー否定はしません。

 

八幡と青山さんの心が通じ合った瞬間だった。

 

 

 

結局、このメンバーの遊びは、夕食の時間になり平塚先生に呼び戻されるまで続いた。

 

 

 

 

 




そろそろ、なろうの方の活動を再開しようかと考えているので、更新頻度が全体的に遅くなるかもです。

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そして比企谷八幡は二人の女神に包まれる

ぐぐぅ、漸く1日目終了でごぜぇます。
燃え尽きそうなんで2日目3日目は駆け足で行こうかと思います。

今回は真面目な話です。


夕食の支度を始める小中学生のサポートに回る大人達。

八幡は、この光景を今までに数度目にしてきた。

だが、そのどの光景にも自分の居場所はなく、常に陰で見ていただけか、白い目で見られながらもインストラクターの人にやらされるかのどちらかだった。

 

だが、今現在、八幡の目に映るのは、自らを迎え入れてくれる数人の少女たち。

 

マヤ、メグ、モカ、青山さん。

 

彼女達は八幡を否定することはないし、八幡の事を少なからず思ってくれる。

 

だから、八幡は今この場所が、心地良いと、不覚にも思ってしまっているのだ。

 

「はちまーん、見てみて!二刀流!」

 

「マヤちゃんカッコいいねー」

 

「コラ、危ないでしょ!」

 

「マヤさん、かっこいいです」

 

子供用の包丁二丁を手に持ち、まな板の上にある野菜に狙いを定めるマヤを褒めるのはメグと青山さん。

 

それを咎めるのがモカ。

 

マイペースな二人はマヤを褒め、調子に乗らないようモカがたしなめる。

 

マヤは同意を求めようと八幡に向けてポーズをとったりしているが、八幡は大きく反応することはなく、「危ねぇぞ」とぶっきらぼうに、だが、言葉の節に優しさを感じる言葉をかけるのみである。

 

「比企谷、君も参加したまえ」

 

「うっす」

 

平塚先生に背を押された八幡は輪の中へ。

大人組が三人に中学生二人となんともアンバランスな班ができてしまった。

 

「俺はーー」

 

ぐるりとメンバーを見渡し、自らの仕事を考える。

モカに料理の心配はいらないだろうし、青山さんもジャイアンカレーのようなものを作るような人ではない。

マヤメグもその辺は弁えているはずである。

 

「はぁ、薪作りか」

 

キャンプ場ではガスコンロがなく、かまどでの調理となる。

 

それには薪が必要。

本来ならば男のインストラクターの人間か、男子中学生がやるものなのだろうが、あいにくこの班に男子は八幡しかいない。

 

薪作りと言っても鉈で木を割るなんて危ないことはしない。

もともとそれなりの大きさの木が用意してあり、それを手なり足なりを使ってかまどにちょうどいい大きさに折るだけだ。

 

ふと目をやると、平塚先生が男前な感じに木をたたき折っている。

そんな平塚先生に呆れつつ、八幡は平塚先生の元へ。

 

「カッコいいっすね」

 

八幡は話しかけつつ、手頃な木を手に取り、バキバキと木を折る。

 

「ああ、君か。私に男が寄ってきたのかと思ったよ」

 

「少なくとも今の平塚先生を見て寄って行く人なんてそうそういないっすよ」

 

「いや、これ、意外にストレス解消になるんだ。………ついこの間も友人が結婚報告を……くそっ、死ねっ」

 

メキメキ。そんな音を立てて、それなりの太さの木がいともたやすく折れる。

そんな平塚先生に男性のインストラクターは苦笑い。

 

「それで、君の方はどうかね?」

 

「どう?っていうと?」

 

「例えば、モカとはどんな感じだ?」

 

幾つかの木を折りながら八幡はどんなものかと考える。

………友達、なのだろうかと八幡はふと頭に浮かべる。

少なくともお互いに名前で呼び合うくらいの仲にはなっているのだから友達と呼んでも差し支えないのではないだろうか。

 

「まあ、悪くはないと思います。……向こうがどう思ってるかはわかんないっすけど」

 

「モカは意外に難儀な子でな。だが、君たちの様子を見るに、比企谷、君はモカに嫌われているなんてことはない」

 

「だといいんすけど」

 

「比企谷、もう少しモカを、いや、君を認めている人を信じてみたらどうだ?」

 

八幡には友達ができた。

だが、そこにはまだ怯えがある。

 

嫌われる、嫌がられる、無視られる、虐められる。

 

そんな過去を経験した八幡は確かにトラウマというものを形成した。

そしてそれは全て八幡の捻れた性格という形で現れた。

 

つまり、八幡の意識不覚では、未だに嫌われるのを嫌がっている。

 

最近の八幡の周りには何人かの『優しい』少女たちがいる。

 

だが、その優しさを八幡は踏みにじっていないだろうか、報いられてはいないのだろうか。

 

そんなことが八幡の頭によぎるのだ。

 

無論、八幡を嫌うなど、その少女たちにとっては冗談でもありえないことだ。

 

だが、その思いは八幡には届いていなかった。

 

「俺は、どうしたいんでしょうね」

 

友達、もう諦めていた存在が、シャロという少女を始めとして、増えた。

 

「比企谷、君は変わったよ。私が最初に君を呼び出した時よりと比べれば格段に。だが、君自身がその変化についていけてない」

 

「……」

 

自覚はあるのか、八幡は黙りこくったまま平塚先生の話に耳を傾ける。

八幡は木を折る手をいつの間にか止めていた。

 

「比企谷、自分がどうしたいのか。本当はわかってるんだろう?」

 

「……それは」

 

比企谷八幡の願い。

それはきっとひどく曖昧で、言葉にしがたいものだ。

 

八幡は怖がっている。

その八幡の願いである関係性に至ることを。

 

八幡の周りの少女たちが、それを拒まないということは、八幡も理解している。

足りないのは八幡の勇気。

 

シャロに友達になって欲しいと言われた時のように、勇気が欲しかった。

差し伸べられた手を取る勇気が。

 

「比企谷。奉仕活動と別にもう一つ。モカ、翠のどちらかに心の内を明かしてこい」

 

「そりゃまた、難しいっすね」

 

「君ならできるさ。私の教え子なんだ、できてもらわないと困る」

 

「……ほんと、なんで結婚できないんだアンタ」

 

八幡の心からの言葉だった。

八幡は平塚先生ともう少しだけ年が近ければきっと、平塚先生に心底惚れていたに違いない。

 

八幡は、薪をそれなりの量を作り終えると、ふと、モカと青山さんの方へと目をやった。

 

するとそれに気がついた様子の二人は、ふわっと、優しく柔らかな笑みを八幡に送ったのだった。

 

 

 

 

 

 

夕食後、八幡は一人バンガロー内で就寝の準備を整えていた。

時刻は、9時。

小・中学生のバンガローはおそらく消灯の時間帯。

 

インストラクターの人たちは明日の打ち合わせに少々の時間を取られているようだったが、八幡たち有志の人間は免除されているようだ。

 

八幡は、バンガローの窓から見える空に目を向ける。

都会では決して見ることのできない星が浮かんでいる。

 

普段なら星には興味など持たない八幡だったが、なぜか、今は外に出てほしでも眺めていたい気分だった。

 

 

 

「夜は意外に寒いな」

 

ふらりと外に出た八幡は寒さに少し体を腕で抱くようにする。

大自然では気温の変化が激しいようで、八幡は関心する。

 

「「八幡くん(さん)?」」

 

普通ならば、聞こえないはずの声が八幡の耳に届く。

 

「モカに、翠さん。……もう消灯の時間だろ?」

 

「「静さん(ちゃん)に外で風に当たってみろって」」

 

「……あの人は余計なお節介を」

 

はあ、と八幡は平塚先生に呆れつつも、感謝する。

こんな場で、こんな状況でなければ八幡は心の内を開かせないだろうから。

 

「少し、話を聞いてもらいたい」

 

「いいよ。なんでも話して」

 

「大人として、八幡さんの友人として、しっかりと聞かせてもらいます」

 

やはり、二人は優しい。

そう、八幡は感じた。

八幡の纏う真剣な雰囲気を敏感に感じ取った二人は普段のマイペースなオーラはどこへ消えたのかと言いたいほどに真剣な顔つきで答えたのだ。

 

「これは、俺の友達の友達の話なんだがーー」

 

八幡は語り出した。

自らの黒歴史となるであろう話を。

 

「そいつは、ぼっちでな。友達なんかいなくて、見れば笑っちまうぐらいの勘違い野郎だった。そんなやつが、小中学校と過ごすうちに、イジメられ、好きな女の子に告白すれば翌日にはみんなが知っててまたそれをネタに弄られるそんな奴だった。そして、人を信じないように、避けるようになった」

 

モカと青山さんはひどく悲しそうな目をしながら八幡の言葉に黙って耳を傾ける。

 

「でも、そんなやつに転機が訪れたんだ。一つのバイト先で、そんなどうしようもないような奴を受け入れてくれるような奴らがいたんだよ。そいつらは優しくて、そんな馬鹿に近づいて、踏み込んで、いつしか捻くれたそいつの心に居座るくらいの存在になってた」

 

チノはこんな自分を頼りになると慕ってくれた。

 

リゼはこんな自分の隣に立ってくれた。

 

ココアはこんな自分の懐に嫌がる素振りなど見せず踏み込んでくれた。

 

シャロはこんな自分と友達になってくれた。

 

千夜はこんな自分に一つの形に残る思い出(写真)をくれた。

 

「だから今は怖いんだ。それを、そいつらとの関係を失うのが。自分の至らなさを自分が一番知ってるから。自分から踏み込めば相手を傷つけるかもしれない。これ以上相手を近づければ傷つけてしまうかもしれない。それがひどく怖い」

 

八幡は自分の目頭が少しずつ熱くなるのを感じた。

無様に、女の子の前で涙を流す。

そんな自分も、平塚先生に背を押されなければ動けない自分も八幡は大嫌いだった。

 

「だから、どうすればいいか、分からないんだ。離れれば、互いに傷つかずにすむ。でも、そいつにとって、その繋がりは失いたくないものなんだ」

 

嗚咽が漏れる。

必死にこらえようとしていた涙も、既にとめどなく流れる。

その涙が、八幡の頬を冷やす。

八幡の体を、心を冷やす、

 

「どうすればーー」

 

八幡が、うつむき、二人に問いかけようとした瞬間。

 

ふわっ、と八幡は暖かい何かに前後から包まれた。

 

「八幡くんは、怖がりなんだね。君は君が思ってる以上に強いんだよ?」

 

前から、そんな優しい声が聞こえる。

 

「八幡さん、もう少し自分を信用してあげてください。あなたは、あなたが思っている以上にすごい人なんです」

 

後ろから、そんな温かい声が聞こえる。

 

ーーそれでも、自分が信じられないなら。

 

 

 

「「八幡を信じる私を信じて」」

 

 

 

八幡をそんな二人の言葉が温めた。

頬をつたる涙も、気温も、既に冷たいとは感じなかった。

 

八幡はそのぬくもりに包まれたまま、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 




ちなみに、八幡の頭は二人の女神の胸の中。

じ、次回投稿、早めにしたいけど遅れそうです。

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なぜか比企谷八幡は争いの渦中にいる

※キャラ崩壊注意!
苦手な方はプラウザバックをお勧めいたします。

申し訳ありません。遅くなりました。
それと、次回投稿も定期テストのため遅れます。
ご了承ください。


ふと、比企谷八幡の目は覚める。

寝覚めは悪くない。むしろ最高ではないだろうか。

いつ自分は布団についたのだろうか?と少し思考してーー、

 

「お、俺はなんであんな恥ずかしいことをぉぉぉ!!!」

 

頭に枕をかぶり布団に丸くなって悶える。

 

(死にたい!死にたいよぉう!もう今日あの二人に会いたくないよぉ!)

 

バタバタゴロゴロ。布団の上で跳ねたり転がったりを繰り返す八幡。

 

ゴン。

 

転がった末に、壁にぶつかりようやく静かになる八幡。

 

「死にたい」

 

羞恥心から死にたくなった八幡。

このままでは八幡の死因は恥ずか死になってしまうことだろう。

 

コンコンと、そんな八幡のいるバンガローの戸を叩く人が。

 

「八幡くん?起きてる?」

 

羞恥心の元凶の一人モカの声だった。

 

「八幡さーん?」

 

もう一人の元凶である青山さんの声。

 

すでに八幡は包囲されているらしい。

うぐっ、と声を漏らす八幡だったが、すぐに冷静になるように努め、落ち着いたところで戸の外に向かって声をかける。

 

「ああ、入っていいぞ」

 

ガチャリと入ってきた二人は既に寝巻きではなく動きやすい服装へ着替えている。

もしや寝坊して呼び出しに?と八幡は考え、その後に起こるであろう平塚先生の鉄拳制裁を想像して身震いする。

 

「…………お、おはよう」

 

「おはようございます」

 

少し気まずそうなモカに比べてマイペースにニコニコしている青山さん。

 

「どうしたんだ?」

 

とりあえず、昨夜のことには触れないでオーラを出しつつも、ここに来た理由を尋ねる。

 

「昨日、八幡くん、外で寝ちゃったでしょ?だから、目覚ましとかセットしてないとダメだから私たちが起こしに来たんだ」

 

寝坊で八幡を叩き起こしに来たわけではなく、善意で八幡を起こしに来ただけのようだ。

 

「でも、心配なかったみたいですね」

 

「……昨日は、寝心地がよかったんで」

 

八幡が、八幡らしくない発言をしたことにより少し驚いた様子を見せる二人は、お互いに顔を見合わせると、すぐに八幡の方へ顔の向きを戻す。

 

すると、二人は八幡に向けてふわりと優しい笑みを向けた。

 

「少しは、意識を改めたのかな?」

 

「いい傾向ですー」

 

「まだ、自分に自信が持てたわけじゃない、けど、少しずつ、変わっていこうって思ったんだ」

 

「うんうん。お姉ちゃんは弟君が頑張ってるのが嬉しいよ!」

 

「いや、まだ姉になるの諦めてなかったのかよ」

 

モカの弟になる気はない!と突っぱねる八幡。

だが、モカはニヤリと悪者顔をしながらぼそりと呟く。

 

「昨日の夜私の胸の中でなぐさめられてたのは誰だっけなー?」

 

「!?」

 

「あー、でしたら私も八幡さんのお姉さんですね〜」

 

「ちょっ」

 

そこを言われると反論できない八幡。

確かに、八幡は二人の胸の中で涙を流した。

その羞恥心と、二人の豊満な胸の中にいたという二つの理由から八幡の顔は赤く染まる。

 

「い、いや違うぞ!昨日のあれは、姉というよりは母性に近いものだ!だから姉ではない!」

 

胸は母性の象徴。そんなところからも来ているこの八幡の言い訳。

苦し紛れにもほどがある。

 

「うーん。母性かー。青山さんは結婚の予定とかないんですか?」

 

図らずも八幡は話題転換に成功したようだ。

だが、今度は別の火種を放っているとは知る由もなく。

 

「……結婚ですかー。あ、アハハー。……小説一筋だったので、そのような事は」

 

目に見えて意気消沈する青山さん。

その様子を見てアタフタしながらも地雷を踏み抜いたモカは青山さんを慰めようと言葉をかけるが、それも効果はない様子。

 

「平塚先生といい、早く誰か貰ってあげてっ。じゃないと俺が貰っちゃうよ!」

 

普段なら平塚先生に心の中で言っていること。

だが、今回ばかりは不思議と口に出してしまった八幡。

それは昨夜のことが関係しているのかは定かではないが、八幡にとっては少し、大胆なことを言ってしまった。

 

「も、貰ってくれるんですか?だったらお願いしたいなー、なんて」

 

「だ、ダメですよ!青山さん!ほ、ほら、八幡くんはまだ学生だし、捻くれてるし!目怖いし!」

 

「おい、事実だけど傷ついちゃうだろ。そもそも青山さんは俺の理想の女性像とはーー」

 

八幡の結婚したい女性の条件。

・八幡を養ってくれる→映画化も決まった大人気作家。

・八幡と相性がいい→悪くはない。むしろいい方。

・八幡の性格を許容してくれる→昨夜のことからもわかるように許容してくれる。

 

「あ、あれ?」

 

少しマイペースすぎる部分もあるが、殆どが八幡の理想の女性像と一致。

 

「八幡さんの理想と、どうなんですか?」

 

かなり興味深々に食いついてくる青山さん。

モカは、なんとか青山さんを食い止めようとするが、普段見せないような突破力で青山さんはモカをおしのける、

 

「……ほぼ俺の理想です」

 

「まぁ、嬉しいです。では、式は何時頃にーー」

 

もうそんな段階まで話が飛躍している青山さん。

その様子から自分に未だに恋人がいないことに危機感を感じているらしい。

 

「あ、青山さん!あなたは勘違いしています!」

 

ドン!とそんな効果音が着きそうな勢いでモカはそう言い放った。

 

「え?」

 

頭にハテナマークを浮かべる青山さん。

モカはなぜ自分がこんな必死に青山さんと八幡がくっつくのを阻止しようとしているのか自分で疑問に思いながらも、続ける。

 

「青山さん、あなたは結婚を分かってない!結婚っていうのは好き合っている二人のゴール地点!つまり、八幡くんと、青山さんはそれに当てはまらない!なぜなら一方は理想の女性だから、もう一方は婚期を逃さないために。これのどこに愛があるんですかー!」

 

「いや、色々と妥協した夫婦だって世の中にはーー」

 

「シャラップ!」

 

八幡がモカの言い分に抗議しようとするも即座に口を閉じる結果になった。

 

「でも、私は八幡さんのこと、好きですよ?」

 

「!?」

 

八幡は青山さんの言った言葉を一瞬理解できずにいたが、すぐに理解したのか顔をまたもや赤くする。

 

「ふっふっふー、それは愛じゃなく、好意!ゆえに、結婚などと口にするのもおこがましいのです!」

 

青山さんにビシッと、指を向け、言い張るモカ。

だが、ただ一方的に言われるだけの青山さんではない。

 

「モカさんの言いたいことはわかりました。でも、私と八幡さんの関係が、このボランティアのたった一日で全貌を晒したとお思いですか?」

 

「!?ま、まさか」

 

「そう、私たちの関係は、八幡さんからの強い要望でなるべく世間に見せないようにしていた。そうは考えませんでしたか?」

 

「つ、つまり八幡くんと青山さんはすでに恋仲に!?」

 

「まぁ、恋仲ではありませんけど」

 

かなりそれっぽいことを言っておきながらあっさりと八幡との恋仲を否定。

それにモカはほっとした様子を見せる。

 

そこをすかさず攻めるのが青山翠。

その姿にいつものおっとりした青山ブルーマウンテンの姿は見えない。

 

「あらー?どうしてモカさんは、そんな私と八幡さんの関係について口を出すんですか?」

 

「そ、それはっ」

 

薄々気付き始めている、モカ。

自分が八幡に感じている感情に。

 

「モカさんこそ、いい年なんですからそろそろ彼氏の一人や二人」

 

「いや、二人はダメだろ」

 

「八幡さん、黙りましょう」

 

「……はい」

 

あの優しかった青山さんはどこへ消えてしまったのか、本気で八幡はそう思ってしまった。

 

「ぐ、で、でも私はーー」

 

「彼氏、いたことあります?」

 

「……ないです」

 

姉として弟妹のために奔走していたモカは色恋沙汰にうつつを抜かしている暇などなかったのだ。

 

「そんな人が、人の色恋沙汰に口を出すんですか?」

 

ビュオォォォー。

 

八幡は青山さんの周りで吹雪が吹き荒れているような錯覚を覚える。

そう、それはまさしく、『氷の女王』と呼ぶにふさわしい様子。

 

「うっ。……彼氏がいればいいんですね?なら、八幡くん。私の彼氏になって」

 

「!?」

 

八幡は思った。

朝からどうしてこんな修羅場になった?と。

先ほどからなんでこんな女同士の口論に巻き込まれなければならないのか、と。

 

「そ、それは今モカさんが自分で言っていたように、愛がないから認められないのでは?」

 

「私が言ったのは結婚について。恋人同士については言及していません」

 

バチバチバチと二人は火花を散らし合う。

 

八幡は既に涙目であった。

何が悲しくて、昨夜抱きしめられながら慰められた女性に泣かされなければならないのか。

 

「モカさんは、八幡さんの理想の女性像と一致していますか?」

 

「え?」

 

黙れと言われたり問いかけられたり、どうにも釈然としない八幡だが、今の青山さんの冷たい目で見られながら何かを言われると、その通りにしなければならないとなぜか思ってしまうから不思議である。

 

モカの八幡に対する接し方は青山さんとほぼ同じ。

なら、決定打は八幡を養えるかどうか。

 

そこを考えてしまうとーー

 

「そう言われると、青山さんの方が俺の理想には近いっていうか青山さんがほぼ俺の理想だったり……」

 

今日の八幡はいったいどうしてしまったというのか。

昨夜の出来事があったとはいえ、いささか正直過ぎではないだろうか?これでは捻デレではなくなってしまう。

 

「とのことですが?少なくとも私の方が八幡さんからの好感度は高いとみていいのでは?」

 

「ぐぬぬ」

 

まだこの戦いは激化するのかと八幡が現実逃避を始めかけたその時。

 

ガチャリと部屋の戸が開けられた。

 

「お前ら、比企谷を起こしてくると言ってどれだけ経ったと思ってる。そろそろ準備の時間だ」

 

八幡にとって救世主が現れた。

 

その後、冷静になった青山さんとモカは自分たちが何を言っていたのかを理性で理解し、互いに謝ったり八幡に頭を下げたりを繰り返し、二人の黒歴史となったのだった。

 

 

 

 




キャラ崩壊するのは八幡だと思った?残念青山さんでした!
それと、2日目3日目は駆け足と言ったな、それは嘘だ!

……すいません、駆け足にしようと思ったんですけど、ちょっとモカさんと青山さんとの絡みを一回しっかり書きたくて。
次こそは!(フラグ)

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こうして保登モカも前へと進む

短いぃ!
ごめんなさい。

今章ラストです!



キャンプファイアー。

それは、キャンプをする上で欠かすことのできないイベントである。

 

二日目も滞りなく過ぎ、辺りは暗くなっている。

そして、キャンプの花、キャンプファイアーの時間である。

 

すでに参加者はぞろぞろと集まっており、八幡たち運営側はキャンプファイアーのための薪、火種の作成に奔走していたが、それも終え、残りは火をつけるのみとなっていた。

 

八幡、モカ、青山さんの三人は一通りの仕事を終え、点火を見守れば今日の仕事は終わりと言い渡されているので、少々暇をしていた。

 

「二日目もそろそろ終わりですね」

 

不意に青山さんがそう口にした。

 

「…そうですね」

 

八幡と青山さんはまだしも、モカは普段会おうとしても会えない場所。

少し物悲しさがあるのかモカの顔は陰りを見せる。

 

「モカさんはこの辺に住んでいるんでしたね。すると、次お会いするのはいつになるか。さみしいですー」

 

「モカの家はあのパン屋だから遠いな」

 

木組みの家と石畳の街からベーカリー保登までは車でも数時間はかかる結構な距離だ。

 

「八幡くん、キャンプが終わっても私たちの関係は終わったりしたいよね?」

 

「いや、どんな関係だよ」

 

「……八幡くんが私の胸に顔をうずめるぐらいの関係?」

 

顔を赤らめ恥ずかしがりながらもモカは具体的に関係性を口にした。

それを聞いた八幡も顔を赤くし、目線を左右に泳がせてから、弁解しようとする。

 

「い、いや、確かに間違ってない。間違ってないが説明不足だろ」

 

「うーん、じゃあ友達」

 

渋々といった様子でモカはそう口にする。

 

「なんで不満そうなんだよ。俺と友達は嫌だってか?傷ついちゃうだろ」

 

「そうじゃないよ。私は八幡くんと友達以上の関係を望んでいるんだよ!」

 

八幡はその言葉の意味を考えるように黙り込んでから、少し間を開けて現状と対比する。

 

「少なくとも、胸に抱かれた時点で友達の域は超えてる気がするな」

 

「すると、私たちは……親友?」

 

「俺は出会ってすぐの人間を親友と呼べるほど馴れ馴れしくないんでな」

 

出会って三秒で友達がモットーのモカの妹を知ってるけどな、と八幡は内心考えながらもモカとの関係を考える。

 

友達?確かに親しい間柄にはなった。

だが、それは八幡とモカとの関係を表すのには少々適切ではない。

 

親友?八幡も言っていた通り、それにしてはお互いを知らないし、共にいた時間も少ない。

 

恋人?互いに一定以上の好意を向けてはいるが今の所八幡はモカに恋心を抱いてはいない。

 

「俺とモカの関係はーー」

 

八幡が口にしようとした瞬間、ブワァッと一気に辺りが明るくなった。

 

「……キャンプファイアー、始まったね」

 

いつの間にか青山さんは八幡たちのそばから離れ平塚先生の方にいた。

その気遣いに八幡は感謝しつつ、控えめにモカの手を取る。

 

モカは八幡らしくないそんな行動に驚きつつ、控えめに握られた手をしっかりと握り直す。

 

「踊ろう、八幡くん」

 

「ああ」

 

周りはすでに輪になったり踊ったりとキャンプ最後の夜を思う存分に楽しみ始めている。

 

八幡は踊り方なんて知りはしない。

そもそも一緒にダンスを踊ってくれるような友達がいなかった八幡に踊りをしろという方が酷なのだ。

だから踊りの主導権はモカが握っている。

 

だが、モカはそれがひどく嬉しかった。

捻くれていて、自分が信じられなくて、他人も信じられない。そんな八幡に踊る時だけでも頼られているということが。

 

八幡はモカが背を押さずともいずれは自らの力で前に進んでいたのだろう。

それを昨夜モカと青山さんが強引に背を押した、手を引いた。

 

だが、八幡は少しずつ前に進んでいた。

それにモカは気が付いている。

 

それでも、自分の姉としてのちっぽけなプライドが八幡の背を押させた。

 

いつも弟妹を相手にしていた時ははっきりと言えた「お姉ちゃんに任せなさい」という言葉が、八幡を前にして言えなくなった。

 

八幡ならばモカに頼らずとも前に進める。

それがひどく悲しかった。

 

いつも"頼られていた"モカが、"頼って欲しい"そう思った。

 

頼られたい。それがモカの姉としての誇示。

 

頼りたがらない八幡に頼られたい。

姉として頼られたい。

姉としてではなくでも、頼られたい。

 

モカは八幡の背を借りた。

なら、次は自分が背を見せる番だとそう自分に言い聞かせ、昨夜必死になって八幡の心を開かせた。

 

それが八幡にとってどう影響を与えたのかは分からない。

 

でもーー、

 

「うおっ、わ、悪い」

 

「ううん。楽しいからいいの」

 

少し申し訳なさげに笑う八幡を見て、モカは姉としてではなく一人の人間として頼られることを覚えた。

 

前日は頼ることを教えられ、今日は頼られることを教えられる。

 

こんなモカにとって革新的な二日間はモカにとって初めてで刺激的だった。

 

「八幡くん、次は足を右に」

 

「お、おう」

 

ぎこちないながらも少しずつ踊りを覚えようと努力する八幡。

そんな八幡を優しく微笑みながら指導するモカ。

 

(ああ、そうだ。私が欲しい八幡くんとの関係は)

 

頼り頼られ、隣に立つ。

どちらかが足を止めても手をとって引っ張りあっていけるような関係に。

 

きっと、その関係の上位互換が夫婦なのだろう。

 

でも、モカは多くを望まない。

今はまだーー、

 

「八幡くん」

 

「なんだ?今話しかけられると足踏んじゃうんだけど」

 

なんとも格好悪い八幡。

そんな八幡でも好きになってしまったのだから自分の負けだとモカは思った。

 

「私、君のパートナーになりたい」

 

その時のモカの顔は、キャンプファイアーにも劣らない、明るく美しく、輝いていた。

 

 

 

 

翌日、キャンプも終わりを迎える。

すでに小中学生は帰宅用のバスへ乗り込み出発してしまった。

 

八幡、青山さん、平塚先生も、車へ乗り込む前に、モカへと別れを告げようとしていた。

 

「すまなかったな、比企谷の相手、疲れなかったか?」

 

「平塚先生、俺のことなんだと」

 

「ヒモ志望のダメ人間」

 

「くっ、間違ってないから言い返せない」

 

そんな二人のやりとりを見てくすりと笑うモカ。

 

「いいなぁ静ちゃん。楽しそうで」

 

「む?お前も教師を目指してみるか?こんな問題児がいるから中々大変だぞ?」

 

「確かに大変そうだね」

 

「おい、認めちゃうのかよ」

 

軽口を叩く三人はまるで本当の姉弟のように青山さんには見えた。

 

「寂しくなっちゃうなぁ。この二日間が楽しかったから」

 

「なら、今度はお前がこっちに来ればいいだろう」

 

「それだぁ!」

 

平塚先生の提案に名案!とばかりに反応するモカ。

 

木組みの家と石畳の街にモカが来たら、なんて八幡は想像してしまう。

 

八幡の頭の中ではなんとも賑やかになること間違いなしな絵面が浮かんだ。

 

「青山さんもありがとうございました」

 

「いえいえ、私こそ楽しませていただきました」

 

一時はバチバチと火花を散らしあった二人だが、今は二人とも別れを惜しんでいた。

 

「……負けませんよ」

 

これはきっと、婚期を逃さないための女の戦い。

その宣戦布告。

 

「ふふっ、こちらこそ」

 

ぐっ、と硬く握手を交わす青山さんとモカ。

その姿は親友のように八幡の目には写った。

 

「八幡くん。楽しかったよ、ありがとう!」

 

「いや、こっちも礼を言わないといけないようなことしてもらったから」

 

一通り挨拶を終えると三人は車へ乗り込む。

最後に車の窓を開けそれぞれが一言ずつ。

 

「じゃあな、モカ。達者でな」

 

「お元気で」

 

平塚先生と青山さんがそうモカに伝えたところで、モカはあっ!と何かを思いついたような仕草をすると、八幡の座る助手席の方へと移動する。

 

「な、なんだ?」

 

最後の最後に何かやらかさないかと心配になる八幡。

 

「はい、これ、私の家の住所とか、郵便番号とか。何かあったら手紙とか送ってきてね」

 

「なにかって、そんなこと物騒な感じにはなんねぇよ」

 

「それでもだよ」

 

ふっ、と一息置いてから、モカは八幡の前でしっかりとポーズを決め一言。

 

お姉ちゃん(パートナー)に任せなさい!」

 

「……そんなに頼らねぇよ」

 

「ちょっとは、頼ってくれるんだ?」

 

恥ずかしさから八幡は車の窓を閉める。

 

程なくして、平塚先生の車はエンジンをかけると発進する。

 

モカは、その車が見えなくなるまで手を振り続けた。

 

 

 

 

 

「どうだった?」

 

八幡たちを見送った後、足を痛めていることも忘れダンスやらなんやらしていたモカの足は悪化。

母親にスクーターで迎えに来てもらい、今はその帰り。

 

母の背中につかまっているモカだが、ふと、感想がモカの口から漏れた。

 

「八幡くんの背中、大きかったな」

 

「あら?ふふふっ、ついにモカに春が来たのかしら?」

 

「お、お母さん!そんなんじゃ……」

 

いいよどむモカ。

そして母に自分の思いの一端を伝える。

 

「ねえ、お母さん」

 

「なあに?」

 

「次、今度はキャンプじゃなくて、木組みの家と石畳の街に泊まりで行きたい」

 

「あらあらうふふ。そこにはココアもいるし、愛しの彼もいるし、足が治って、ウチに貢献したら行ってきなさい」

 

「うん!頑張る!」

 

そんなやり取りをスクーターの上で繰り広げながら、モカは想い人に思い馳せる。

 

 




……端折った感半端ないっす。
スンマセン。

次話からはタイトルもごちうさ風に戻して、メインキャラのターンへ戻ります!

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第十八羽

戻って木組みの家と石畳の街です。
と、言っても今回は……。


ゴールデンウィークも終わり、八幡的にはゴロゴロしたりない感がある。

 

幸いなことにタカヒロさんは八幡がゴールデンウィーク中も奉仕活動をしていたことを知っていたようで、ゴールデンウィークが開けても数日はバイトに来なくてもいいと連絡をくれたので、厚意に甘え八幡は放課後を怠惰に過ごしていた。

 

「お兄ちゃん。ちょっと雰囲気変わった?」

 

八幡ら最愛の妹小町にそんな質問を投げかけられた。

八幡としてはラビットハウスでの仕事も入っておらず、いつも通りにだらだらグダグダとゲームをしていただけなのだが、小町には少し変わったように見えたようだ。

 

「……?どした、なんかあったのか?」

 

「それはこっちのセリフだよ!いつも通りごみぃちゃんな部分もあるけど、小町はお兄ちゃんの少しの変化も見逃さないよ!あ、今の小町的にポイント高い♪」

 

「特に何かを意識してるわけじゃないんだがな」

 

「うーん、でも、やっぱなんか違うよ。目は腐ってるけど、雰囲気は腐ってないもん」

 

「なに?俺ってそんな存在から腐ってるような人間だったの?」

 

十数年小町と過ごしてきて衝撃の事実を伝えられた八幡。

だが、八幡としても大きく何かを変えたということはない。

 

あえて言うならばモカ、青山さんの包み込むような優しさに触れ、自己評価を改め始めたくらいだ。

 

だが、その程度で何か変わったなどとは八幡は微塵も思わないし、まだ表に出ていないものであるので、そんな何か変わったなどという期待もしていなかった。

 

「うーん。気のせいかなぁ?でも、うーん」

 

うんうんと深く考え込む小町。

そんな悩む小町も可愛いと八幡は内心思っているとスマートフォンが震える。

自分に連絡してくるような人間はアマゾンぐらいではなかったか?と思いながらもスマートフォンに目を落とす。

 

八幡に連絡したのはチノ。

何やら人手が異様に足りないとの事。

 

ラビットハウスにそんな客が来るものか?と失礼なことを頭に浮かべた八幡だが、おそらくココア、リゼが暴走もしくは大遅刻でもしているのだろうと原因を予測。

 

バイト先の店長の娘からとはいえ、出勤しろと言われればしなければならないのが仕事をする人間の辛いところである。

 

スマホの電源を切ると、財布とスマホを無造作にポケットに突っ込むと、ソファに深く腰掛けていた重い腰を上げ、小町に外出の旨を伝える。

 

「ちょっとラビットハウスに行ってくるわ」

 

「ん?おぉ、いってらっしゃいお兄ちゃん!」

 

未だに八幡の変わった原因等を考えていたのか、はたまた全く無関係なことを考えていたのか、定かではないが思考の海から出た小町は八幡に手を振りながら応答する。

 

ゴールデンウィークの内容が大分濃かったので、ラビットハウスに行くのも久しぶりな気を覚えながらも、八幡はラビットハウスへと足を運ぶ。

 

 

 

 

カランカランと音を立てラビットハウスの戸を開く。

案の定客はいなかったが、店員もいなかった。

カウンターにティッピーは乗っているがチノはいない。

 

「申し訳ありません八幡さん。なぜか皆さん来なくて」

 

チノが奥から申し訳なさそうな顔をしながら出てきた。

 

「仕事だからな。仕方がない。なんなら今働いてる分将来働かないまである」

 

「相変わらずですね」

 

「じゃあ、着替えてくる」

 

「八幡さん、今日は八幡さんはお休みの予定でしたので、制服の方は洗濯中なんです」

 

いきなりバイトのシフトが変わればそんなこともあるだろうと八幡は申し訳なさそうな顔をしているチノの頭にポンと手を乗せ問題ないという旨を伝える。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

だが、それに驚いた様子のチノ。

八幡の考えはチノには伝わらなかったようである。

 

「別に、そんな申し訳なさそうな顔しなくてもいいってことだよ」

 

先ほどからなにやらそんな顔をし続けているチノに八幡はそう告げる。

 

「そんな顔、してましたか?」

 

「してたね、超してた。そんな申し訳なさそうな顔してるけど、悪いのはチノじゃない、ココアとリゼだろ?」

 

「まぁ、そうですね」

 

「なら、チノは遅刻してきた二人を叱ってやるぐらいでいいだろ」

 

「そうでしょうか?」

 

「そうだろ」

 

ふふっとチノは一度優しく微笑む。

八幡もそれと同じく笑う。

 

「八幡さん、少し変わりましたね。何かあったんですか?」

 

「それ、小町にも言われたんだが。そんな変わったか?」

 

「少し変わりました。雰囲気とか、言動が。何かあったんですか?」

 

何か、と問われ、いいよどむ八幡。

キャンプ中に起こった出来事はごく単純なことなのだが、それをそのまま説明すると、「お姉さん二人の胸の中で泣いたから!」という、わけのわからない誤解を招きまくる説明になる。

 

「何か、と言われれば黒歴史が一つ増えたくらいだな」

 

「それだと悪い方にしか変わらないのでは?」

 

雰囲気が変わったとはいえ、やはり八幡は八幡であることに少し呆れつつも安心した様子でチノは問いかける。

 

「……ちょっと人間の優しさってのを知ったんだよ」

 

「優しさ、ですか?」

 

「俺みたいなエリートぼっちになるといじめとかザラでな。人間不信気味になるぐらいだったんだが、最近、世界が俺に優しい気がするんだ」

 

死亡フラグが乱立しそうなセリフを吐く八幡だが、チノにはそんなことはわかるはずもなく真剣に八幡の言葉を受け止める。

 

「……私は今まで八幡さんと一緒にいて、気づいてあげられなかったなんてーー」

 

チノという少女は慈愛、優しさに溢れた少女だ。

チノは普段の表情の変化が乏しいが、自らと近しい人間に対しては、かなり分かりやすく感情を表す。

 

八幡はチノと関わってきた時間でそれを理解していたし、八幡がチノにとって近しい存在であるということも薄々わかっていた。

 

だからこそ、今チノは八幡の過去を、八幡の心境を理解できていなかったことを悔いている。

 

そんな優しいチノに悲しげな顔をさせたままであることが許せなかった。

 

ゆえに、八幡はチノに言葉をかける。

 

「チノも、俺にとっては優しい世界の一部なんだよ」

 

「え?」

 

「ラビットハウスにきてから、変わったんだ。きっかけは色々ありすぎてどれかわからない。でも、チノがその一端なんだよ。多分、チノがいなかったら俺は変われなかったと思う」

 

自分は今何を言っているのだろうか。

後から後悔するのは目に見えているのに、八幡は目の前の少女の優しさに答えなければならないという念に駆られ、口を動かす。

 

「だから、ありがとな」

 

ポカンと一瞬何を言われたのかと理解が及ばなかったチノだが、しっかりと八幡の言葉は耳に届いた。

そして、理解するのに数秒。

 

「ふふっ」

 

チノの口から自然と笑いがこみ上げてきた。

 

「やっぱり八幡さん、変わりました。前はそんなことをいう人じゃありませんでしたから」

 

「だろうな、出来るなら今のことは忘れてほしいくらいだ。また一つ、黒歴史が増えただけだからな」

 

「仕方がありませんから、私は少しの間八幡さんに優しくしてあげようと思います」

 

唐突にチノはそんなことを口にした。

八幡からすればチノはもう十分優しいのだが、チノ的には意識しての優しさというよりはチノの人柄ゆえの優しさが大きかった。

 

それを、はっきりと八幡に対して優しさを向けようと言うのだ。

 

「どうしたんだよ」

 

「八幡さんだけ恥ずかしい思いをしているようなので、これでおあいこじゃないですか」

 

「いや、そうなんだけど。……いや、そうなの?」

 

なにやらおかしな方向に話が逸れている。

が、チノは嬉しそうな表情で八幡を見ている。

 

カウンターの上でティッピーがなにやらぶつくさ文句を言っているようだったが、今はチノの耳にそんな言葉は届かなければ、八幡にも届いていない。

 

完全に二人の空間が出来上がっていた。

 

「なにか、ありますか?八幡さん」

 

「ふむ、じゃあ、お兄ちゃんって呼んで?」

 

裏声で、できるだけココアの雰囲気でそう八幡は言い放った。

ココアはいつも一蹴されて終わりなので、どうなのだろうか、という八幡の好奇心がそんな頼みごとをしてしまった。

 

望みを叶えることが優しさなのかとも八幡は思ったが、頼みを聞いてくれる分得をしたとそう思うことにした。

 

「むぅ、どうしてココアさんといい、八幡さんも……わたし、そんな年下オーラ出てますか?」

 

「なんか、チノに兄として慕われたら、世界最強の兄になれる気がして」

 

何をわけのわからないことを口走っているのかと八幡は自分に問いかけたが、答えはでず、チノを期待の眼差しで見る、

 

チノは「全く、しょうがない八幡さんですね」とぼそりとつぶやいてから、上目遣いで八幡を見て口を開く。

 

「……お兄ちゃん、これからもよろしくお願いします」

 

「ぐはっ」

 

想像以上の破壊力に八幡はノックアウト。

その様子を見たチノは慌てる。

 

「だ、だだ、大丈夫ですか!?はちま、お兄ちゃん」

 

「ぐふっ」

 

八幡の要望に答えているだけのチノなのだが、追い打ちをかけていることに気が付いていないチノ。

 

「も、もう大丈夫だ。あと、お兄ちゃんももういい」

 

普段から小町からお兄ちゃんと呼ばれているが、チノから言われるのとは違う威力がある。

 

あざとい小町に、天然なチノ。

 

八幡的にはあざとさには耐性がついているがチノのようなタイプには耐性がなく、大ダメージを食らってしまったようだ。

 

「これって、優しくするのとなんか違わないですか?」

 

今更ながら事実に気がつくチノ。

八幡はギクリと表情を固くする。

 

「……チノはいつも通りにしてくれるだけで、十分優しいから気を使わなくてもいいんだ」

 

「あの」

 

「チノ、チノはいつも通りでいいんだ」

 

話を逸らしにかかる八幡をジト目で見るチノ。

 

「さて、仕事でもするか!」

 

「話を逸らさないでください!」

 

頬を膨らませて怒るチノを見て和みながらも八幡は仕事に取り掛かる。

 

こんな職場ならば、働いても構わないかもしれないと、八幡らしからぬことを考えながら仕事をこなす八幡。

そんな八幡がまたもや緩んだ口から言葉が漏れる。

 

「コーヒーの匂い、か」

 

「安心する匂いじゃろ」

 

チノは奥に下がっていないはずなのに、チノの腹話術の声がする。

その声の発生源はティッピー。

と言っても、八幡は薄々感づいていたことなので今更大きく驚くようなことはしない。

 

「人前で喋って、チノに怒られるぞ?」

 

「今はおまえさんしかいないからな」

 

「適当な爺さんだな」

 

端から見れば目の濁った男と兎に見えない兎が会話しているというシュール極まりない絵面である。

 

「チノも最近はコーヒー以外の匂いが安心するなどと言っておってな」

 

「ハーブティーだったり、緑茶だろ?」

 

「あとは、太陽みたいな匂い。最後にーー」

 

「お、お爺ちゃん!」

 

「も、もがっ」

 

あと一つの匂いを言いかけたところで、チノが慌てた様子でティッピーの口をふさぐ。

 

「……腹話術で「無理があるだろ」……ですね」

 

流石に手遅れだとチノは観念した。

 

「で、ティッピー、最後の一つは?」

 

「それはおまむぐっ」

 

「おじいちゃんは口が軽すぎです。八幡さんも聞かないでください」

 

「了解。仕事に戻るわ」

 

八幡は匂いについて聞くことを諦め、制服を着ていないため奥での仕事をこなすために引っ込む。

 

「全く、おじいちゃん」

 

「なんじゃ、チノよ」

 

「次喋ろうとしたらもうおじいちゃんとは口を聞きません」

 

「わかった、絶対に言わん!」

 

孫娘はやはり可愛いようでティッピーはすぐに口を固く結んだよ!とアピール。

 

「それにしても、匂いですか。……八幡さんの匂いは、お父さんとはまた違った安心できる匂いです」

 

チノは誰もいない店内でぼそりと呟いた。

 

 




漸くGWを終わらせ日常回へ。
なのにシリアスが微妙に入る。
もっとほっこりが書きたいのニィィィ!
まだ未攻略キャラがたくさんいるので次々攻略していきますよー!

あ、そういえば!お気に入り登録数2,000件突破いたしました。
私の作品をこんなにも多くの人が読んでいると思うとモチベがアゲ⤴︎アゲ⤴︎です!
有難うございます!

これからも白乃兎と『ご注文は捻デレですか?』をよろしくお願いいたします。

感想評価待ってまぁす!


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第十九羽

…………遅れてサァセンしたぁ!
いや、一発ネタの短編を書いてたら遅れてしまったのです。



「俺、そんなに変わったかな?」

 

「家に押しかけてきたと思ったら何よ、いきなり」

 

今度こそちゃんとした休暇をもらった八幡は、周りから変わった!と言われるので、それを確かめようとシャロの家を訪ねた。

 

これも以前の八幡ならばありえない行為だろう。

休日に、女子の家に遊びに行く。

 

以前の八幡が聞いたならば「なにそのリア充」などと口走っていることだろう。

 

「変わった?八幡ね、人っていうのはそんな簡単にーー」

 

変わらない。そう言いかけたシャロだが、一度よく考えるようにしながら八幡を観察する。

 

そして、言い直すように口を開く。

 

「八幡、なんか変わった?」

 

「いや、それを確かめに来たんだよ」

 

「じゃあ、変わったと思うわ。何かあったの?まぁ、変わったって言っても…雰囲気が柔らかくなった程度だけど」

 

「まぁ、色々あったんだよ」

 

色々ねぇ、と何があったか考えるシャロ。

男が変わる理由。

それは何時だって女が起因だ。

 

果たしてシャロはその答えにたどり着けるのか。

 

「……小町ちゃんに怒られた?」

 

「確かに小町に怒られたら変わらざるをえないが違う」

 

「チノちゃんにーー」

 

「それも違う。お前は一体俺のことをなんだと思ってるんだ」

 

「え?シスコン」

 

「正解だけど腑に落ちねぇ」

 

確かにシスコンだけれども、妹に弱いけれどもとぶつくさ文句をいう八幡。

実際シスコンなので否定はできないのだが、何でもかんでも妹が関係しているということはない。

 

「……彼女でもできた?」

 

「………俺に、いると思うか?」

 

「思わないわ」

 

シャロの無慈悲な一言にぐっさりとハートを傷つけられた八幡。

平塚先生ほどではないが、彼女いない歴=年齢の八幡はその辺少しナイーブになっているのだ。

 

「そもそも彼女ができたくらいじゃ俺は変わらん」

 

「そうかしら?意外とコロっといきそうなイメージよ?」

 

確かに昔はそうだったのだが、ことごとくリアルに裏切られてきた八幡はすでに脱チョロインに成功しているのだ。

 

「俺は小町以外の尻に敷かれるつもりはない!」

 

代わりに、激シスコンの称号を手にしたが、それは言わないお約束である。

 

「そういうことじゃないんだけど。……まぁ、このままだと真相に近づける気がしないから、ここらで追求はやめにするわ」

 

「それが賢いと思うな」

 

「あんたが変わったかって聞きにくるから理由を聞いたのよ!?」

 

「……そういえばそうだったな」

 

「目的見失ってんじゃないわよ。………それより聞きたいことがあるんだけど」

 

今度はシャロからの質問。

八幡は質問をしに来た側なので、その対価としてこちらも質問に答えるのは当然のことであると考えているので、コクリと頷いて肯定の意思を示す。

 

「なんで私のところに来たの?」

 

「………それは、遠回しに早く帰れって言ってるのか?」

 

「そうじゃなくて!なんで私に変わったかを聞きに来たの?リゼ先輩とかの方がいい気がするけど」

 

なんとも答えにくい質問が飛んできたものだと八幡は質問することを許可したのを後悔した。

 

「……なんで?……うーん。……強いて言うなら」

 

「言うなら?」

 

「最初はシャロにすべきだと思ったからだな。……まあ、チノにはすでに聞いたけど」

 

八幡にとってはシャロは初めての友達であるし、八幡が変わるきっかけの存在である。

 

未だ人を信じられなかった八幡の心の扉を開けたのがモカと青山さんであるならば、扉の鍵を開けたのがシャロである。

ならば、自覚は薄いとはいえ、変わった自分を最初に見せるべきはシャロだと無意識に感じていたのかもしれない。

 

「……まぁ、深くは聞かないことにしといてあげるわ」

 

「そうしてくれるとありがたいな」

 

「それにしても………雰囲気は変わったのに目は変わらないのね」

 

雰囲気が変わったならば目も変わってもよさそうなものだが、頑固汚れのようになかなか取れないようである。

 

「ふっ、これは呪いで、俺を一生養ってくれる人が現れないと治らないんだ」

 

「何バカなこと言ってるの?そんな人いるわけないじゃない」

 

「ふっ、舐めるなよ?養ってくれそうな人なら既にいるんだ!」

 

「うそ!?」

 

青山さんの事ではあるが名前は伏せておく八幡。

ここで名前を出しておいて、青山さんから後で「何の話?」なんて言われた時に言い訳が効くようにしているあたり八幡はヘタレである。

 

「……その人に何か言われて変わったの?」

 

「ち、違うぞ?」

 

大正解である。

何かを言われたわけではないが、その人のおかげで変わったことには違いない。

わずかな情報量の中、正確に答えにたどり着くシャロは探偵のようである。

 

「まぁ、恋をすれば人は変わるって言うしね」

 

「……恋?」

 

「違うの?」

 

「違うな」

 

確かに養ってくれるみたいなことは言っていたが、モカに恋人でもないのに!と指摘されていたことを思い出す。

 

つまり八幡も青山さんも互いに好意は抱いているが、それが恋愛感情であるなどとは言っていないし、八幡からすれば青山さんに好かれるようなことをした覚えもない。

 

「なんだ、恋じゃないの」

 

「なんで残念そうなんだよ」

 

「女子校に通ってるとそういう話題から離れるのよ。すると、知り合いの恋バナとか面白そうじゃない?」

 

「お前、意外に黒いのな」

 

八幡はずっとシャロのことを気が利き、空気も読め、なんでもできる完璧少女だと思っていたのだが、そんなシャロにも黒い部分があるということに驚いた様子。

 

「いつも周りのお嬢様たちと話題を合わせてるのよ?気の許せる友達の前でくらい愚痴を言ったっていいでしょ」

 

「苦労してるのな」

 

「本当よ」

 

そんなたわいもない話をしているとトントントンと戸を叩く音が玄関から聞こえる。

 

「はーい」

 

シャロが立ち上がり玄関へ向かう。

程なくして、シャロが戻ってくる。

 

「千夜の帰りが遅くて千夜のおばあちゃんが心配してるから探しに行くわ。八幡も来なさい」

 

「………お前、ほんと苦労してんのな」

 

学校ではお嬢様に話を合わせ、家では千夜が暴走しすぎないように手綱を握る。

 

八幡は次シャロの家に来たならば、たくさん愚痴を聞いてやろうと、そう決めた。

 

 

 

 

千夜を探しに、川の土手を二人歩く八幡とシャロ。

 

「で?なんでこんなところに?」

 

「球技大会がもうすぐあるって言ってたからココアと練習してるんじゃないかって思って」

 

それならば運動が不得意なイメージの千夜が土手などにいても不思議ではないなと納得する。

 

数分歩いていると、シャロの予想通り土手下でバレーの練習をしているココア、千夜、チノ、リゼがいた。

 

「千夜!帰りが遅いっておばあさんが心配してたわよ!」

 

土手の上から千夜に声をかけるシャロ。

八幡とシャロは千夜を探しに来ただけなのだが、千夜から見ればまるでーー、

 

「あら?シャロちゃん、八幡くんとデート?」

 

とんでもない爆弾を千夜は投下した。

 

「「「「「ええっ!?」」」」」

 

八幡、シャロだけではなく、下にいたココア、リゼ、チノまで驚きの声を上げる。

 

「おばあさんに言われてアンタを探しに来ただけよ!」

 

誤解を生む前に真っ先に否定に入るシャロ。

その顔は日が傾いてきたからかはわからないが少し赤みを帯びていた。

 

なーんだ、とつまらなさそうな顔をする千夜。

八幡とシャロからしたらちっともつまらなくない。

 

「そうだ!八幡くんとシャロちゃんもバレーやろうよ!」

 

そんなココアの誘いの結果。

 

ココア、シャロ、チノvsリゼ、千夜、八幡の構図が出来上がった。

 

「「なんでこんなことに」」

 

八幡とシャロのため息が重なった。

 

「ココア、リゼ先輩に勝てる気がしないんだけど」

 

「リゼさんは運動神経がいいですからね」

 

「大丈夫!これを使えば!」

 

と、どこからか缶コーヒーを取り出すココアを尻目にリゼにこの集まりの目的を八幡は聞くことにした。

 

「リゼ、この集まりの目的は?」

 

「千夜の練習だ」

 

「よろしくね、二人とも」

 

つまり、八幡とリゼは千夜のサポートに回ればいいのだろう。

 

「さあ、じゃあ始めるよ!」

 

ココアの開始の合図と共に練習試合?が開始。

「バレーボール大好きー!」

 

「千夜!」

 

カフェイン酔いしたシャロから、サーブ。

アンダーによる山なりの軌道なので、危なげなく八幡がレシーブ。

 

「え!?……えいっ」

 

八幡としてはトスをして欲しくて千夜にボールを渡したのだが、その予想に反して、千夜はスパイクを放つ。

 

「ふぎゃっ」

 

放たれたボールはココアの顔面へ吸い込まれるようにして直撃。

 

「……リゼ」

 

「ああ、そのための練習だ」

 

なんとなく状況を察した八幡。

どうせ、千夜の放つスパイクは全てココアの頭部に当たるのだろうと勝手な推測をした八幡だが、間違っていないので、リゼも八幡の言わんとしていることを察して肯定。

 

次はリゼからのサーブ。

そのボールはチノに向かっていくのだが、それをココアが横取り。

 

「チノちゃんにいいところを見せるんだぁ!」

 

「へーい!」

 

ココアの強引なサーブレシーブからシャロがスパイク。

八幡はトスって知ってる?と言いたくなったがぐっとこらえ、レシーブ。

 

今度はリゼに。

 

「千夜、リゼのを見とけ!」

 

パスッと短く音を立てリゼはトス。

八幡に上げられたトス。

 

それを八幡は誰もいないところを確認して相手コートにスパイク。

 

「今のリゼのやつをやろう」

 

「私にできるかしら?」

 

「私たちが千夜に取りやすいボールを回すよ」

 

八幡チームは全員協力して頑張ろう!的な雰囲気を醸し出している反面、ココアチームはソロプレイ。

 

シャロはカフェインにより暴走。

ココアもチノにいいところを見せるため暴走。

チノは未だにボールに触れていないという謎な状態である。

 

「あの、ココアさん、みんなで協力ーー」

 

「待ってて!私が頑張って逆転するから」

 

「聞いてない!?」

 

そんな感じで試合は再開。

再びリゼのサーブから始まり、ココア、シャロのアグレッシブな動きでボールが帰ってくる。

 

「千夜!」

 

八幡は本当にぼっちなのかというレベルでチームスポーツであるバレーの完璧なレシーブを決める。

 

ボールは高く上がり、山形の軌道を描いて千夜の元へ。

 

「えいっ」

 

今度はスパイクではなく、しっかりとしたトスを上げることに成功する千夜。

 

「リゼ、もう帰りたいから決めてくれ」

 

「うおおおおぉぉ!」

 

八幡の声援?を受けパシンと音を立てボールを打つリゼ。

そのボールはココアたちのコートに落ちる。

 

「やったな」

 

「できたじゃないか!」

 

「八幡くん、リゼちゃん、ありがとう!」

 

ココアとシャロは二人でボールを追いかけ回ったせいか疲労により撃沈。

 

今日はそのまま解散することになった。

 

 

 

バレーの練習も終了し、解散後、やはり八幡はリゼと帰路につく。

 

「なんか、帰るときっていつもお前と一緒な気がするな」

 

リゼの感想に八幡も確かに、と感じながら口を開く。

 

「家の方向が同じなんだからそうもなるだろ」

 

「………そういえば八幡。お前、雰囲気とか変わったな」

 

「やっぱ変わってんのか」

 

みんなから言われるなぁと、そんなに変わったかなぁと自覚があまりない八幡。

変わった原因に心当たりがあっても、何かを変えた覚えはないのだからそれも仕方がないことではあるが。

 

「ぼっちオーラが薄まったよ」

 

「おい、微妙に変わってねぇだろ」

 

「いやいや、変わったよ。今なら……小悪党から皮肉屋の騎士くらいにはなれるさ」

 

いつぞやの帰り道に話したことの続き。

小悪党から皮肉屋の騎士にランクアップしたらしい。

だが、まだまだ王子様とは程遠い。

 

「そもそもお姫様が逞しいんじゃ、その騎士の出る幕もないだろ」

 

「不埒者はCQCで成敗してくれる!……みたいな感じか?」

 

八幡の言葉にノリノリで答えるリゼ。

 

「なんならお前が王子様で俺が………給仕の召使い?」

 

「お前は私の助けなんか必要なさそうだけどな」

 

「お互い様だ」

 

だから二人は対等な関係であり、今も互いを支えるような関係なのだろう。

 

そして、いつもの、八幡とリゼが別れる場所。

 

だが、今回は言葉なく別れる。

 

バトル漫画にありがちな「もはや言葉などいらぬな」みたいな状況に他の人間が見たら驚くことだろうが、八幡とリゼは当然のようにそのまま歩き去っていく。

 

でもやはり、二人は口に笑みを浮かべて去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 




遅れたのにこのクオリティ。
マジですいません。
………誰か私の書いた短編の続き書かへん?
ダンまち+このすばなんだけど(丸投げ)

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番外 ヤンデレター

比企谷八幡誕生記念番外編。

本編とは今回は関係ないです。
いやマジで。

文字数も少ないし完全蛇足ですので読み飛ばし可です。


私、保登モカは、妹のココアから送られてきた文通に目を通していた。

 

そして、読み進めているうちに、その手紙に書かれていた二文字に驚いた。

 

《それでね、『八幡』くんがーーー、》

 

八幡くん?どうしてココアから八幡の名前が出てくるのだろうか?

そう思って手紙を読み進める。

 

《八幡くんって素直じゃないお兄ちゃんみたいなんだよね。それでね、ちょっと色々あって抱きついちゃった。すごーく恥ずかしかったんだけど、後から千夜ちゃんに撮ってもらった写真を見たら私も八幡くんも変な顔してたんだー!その時の写真も入れといたよ》

 

そんな文章を読んで、同封されていた写真を調べる。

 

すると、我が妹ココアが八幡君に抱きついている写真が一枚。

 

びりっ。

 

不意に写真からそんな音が聞こえる。

二つに裂けるとまではいっていないが、切れ込みが入っている。

まったく、ココアったら安物の紙を使ったわね?

そう、私の手に力が入ったなんてことは絶対にない。

 

えっと、ココアが八幡君に抱きついた?………ふふっ。私なんて下着を見られたしおんぶもされたしスクーターで後ろから抱きつかれてるし、胸に埋めたもん。だから気にしない。うん………キニシナイ。

 

ふと気になり、他に同封されている写真を一枚一枚見ていく。

すると、我が妹ココアが誰かに抱きついている写真や、戯れている写真が一番多く、その次に多かったのが、ぶっきらぼうな顔をしている八幡君に密着している女の子たちの写真だった。

 

八幡君に頭を撫でられているチノちゃんという子。

 

八幡くんと二人至近距離で並んで歩いているリゼちゃんという子。

 

八幡くんと二人して仲良くココアをなだめているシャロちゃんという子。

 

八幡くんと黒いうさぎと戯れている千夜ちゃんという子。

 

「………ふ、ふふっ。さ、さすが八幡くん。モテモテだねぇ」

 

自分の頬が引きつっているのを感じる。

だが、私はこれくらいでは動じない。

正妻の余裕というやつだ。

 

そんな感じで写真を見ていくと、最後の一枚が私の心を酷く動じさせた。

 

八幡くんを後ろから抱きしめるような形で青山さんが抱きついている写真。

八幡くんもまんざらでもないような顔をしている。

 

だが、何よりも腹がたつのは青山さんが完全にカメラ目線だということ。

それはつまり、私に喧嘩を売っているとそういう解釈をして構わないはずだ。

 

これだから彼女は。

思えばキャンプの時からかなりの頻度で八幡君に絡んでいた気がする。

 

八幡くんは私のものだというのに。

 

………障害が多いなぁ。

まぁ、潰せばいいんだけど。

 

私はその揺れる心情のままココアに返信の手紙をーー書こうとして、宛先を変更。

宛先は比企谷八幡。

 

キャンプ終了後に八幡くんから律儀に自分の住所と郵便番号を教えてくれたので、それを利用。

 

数十分後、八幡君に向けた手紙を書き終える。

 

『八幡くんへ。

あのキャンプから早数週間。

お変わりないですか?

やはり夏は暑さに気をつけないとね。

ま、八幡くんの事だから大丈夫だよね。

ゆかた姿の私の写真を同封したよ!

ルンバを踊りながら、撮ったやつだから

さぁ!踊ろう!みたいになっちゃった。

なかなかテンション高めでウザ

いかもしれないけど許して!

 

【二枚目へ】

 

さてさて、前書きが長くなっちゃった。

本題に入るね。

八月八日って八幡くんの誕生日だよね?

八幡くんって今好きな子とかいるのかなぁ?

お姉さん(相棒)的には気になるんだよなぁ。

八幡くんに好きな子とかいなかったら八日の日に花火大会がそっちであるみたいだからそれに合わせて私が八幡君のために行ってあげるね?

それでそのまま夜の街に消えるのもいいかも!

そうじゃなくても、八月八日には絶対行くから!

 

それとも

 

【三枚目へ】

 

すごーく八幡くんはかっこいいから

きになる子を誘ったりしたのかな?

だめだよ?八幡くんには私がいるでし

ょ?

 

【四枚目へ】

 

なんちゃって!びっくりした?

さてさて、今回のところはこれくらいにしておくよ!

また手紙書くからね!

 

P.S.

ココアからの文通で八幡くんの日常を見ました。

………女の子多くない?

ダメダヨ。ワタシガーー、【字が荒れていて読めない】』

 

「あはっ」

 

我ながらなかなかの出来である。

さて、これを八幡君へ遅れば私のことも意識してくれるよね?

 

 

 

† † †

 

「お兄ちゃーん。お兄ちゃん宛に手紙が届いてるよ!保登モカさんだって!」

 

我が最愛の妹小町から手紙を渡される。

小町は俺に手紙を渡すと、早く、早く!と目で急かしてくる。

俺宛の手紙など見てなにが面白いのか。

 

「だってお兄ちゃん宛に女の人から手紙だよ!?これはおもしろ………お兄ちゃんがいじめられてないか確認しないといけないでしょ!」

 

「いや、本音聞こえたんだけど……てか、モカからだし、そんな変な内容じゃないよう。……今の八幡的にポイント高いよな」

 

「小町的にはポイント超低いよ」

 

俺渾身のダジャレだったのだが、バッサリと切り捨てられてしまう。

辛口小町も可愛いけどね!

 

「てか早く開けてよお兄ちゃん!」

 

「わかったよ」

 

小町から手渡されたハサミで封を切ると中からは手紙と数枚の写真。

 

「……なんだこれ」

 

モカが浴衣姿で踊っている写真が数枚と、少し浴衣がはだけた花魁のような姿になった写真が数枚。

こんな写真を送りつけてモカはなにがしたいのか。

 

「……お、お兄ちゃん。この美人さん誰?」

 

「ココアの姉」

 

「なんでこんな美人さんとお兄ちゃんが!?……これは事件だよ大事件だよ!小町的にポイント高すぎるよ!」

 

確かにモカは美人の部類に入るのだろうが、モカも中々に残念系ヒロインなのだ。

普段は完璧なのに、節々でココアのようなオーラを出すのはやはり血筋。

 

「で、手紙は?」

 

「わーってるよ」

 

四枚の手紙だが、一枚一枚の文字数が少ないのは何か意味があるのだろうか?

モカに限ってそんな頭の良さそうなことをするとは思えないが、とりあえず目を通す。

 

なぜか、手紙から黒いオーラのようなものが見えるのはきっと気のせいだ。

 

もしくは、モカが念能力者なのだ。

具現化系かな?

ちなみに俺は特質系で常時目に凝をかけている。

オーラで目が腐るのかすげえな。

 

なんてバカなことを考えるている余裕も少しずつなくなる。

 

隣から手紙を覗き込んでいる小町も少し顔を青くしている。

 

「お、お兄ちゃん。この手紙の一枚目と三枚目」

 

「ああ」

 

俺が気づいてしまった、気づかなければ良かったことに小町も気づいてしまったようだ。

 

「「怖っ」」

 

図らずも同時に声を上げた俺と小町。

なにこの手紙!

てか、青山さんになんの恨みが!?

 

「お兄ちゃん、どこでこんな女の人ひっかけてきたの!モテないからってこんな人に手を出したらダメでしょ!小町的にポイント低いよ!」

 

「いや、前はこんなんじゃなかったんだけど」

 

「ていうかもう少しでこの人来ちゃうじゃん!……小町、八日は友達の家に泊まるから」

 

「待て小町!俺を置いてかないで!」

 

我が妹は危険を感じたらしく、早々に撤退を決め込んだ。

だが、俺の言いたいのはモカが来ることではなく。

 

「小町に誕生日を祝ってもらえないのは嫌だ!」

 

「うわぁ。シスコンだなぁ」

 

「なんとでも言え」

 

小町に祝ってもらえなければその日俺の枕はびしょびしょに濡れることになるだろう。

 

逆に祝われればもうプレゼントなんていらない。

妹さえいればいい!

 

そんなバカな事を考えていると、ピンポーンとインターホンが鳴る。

 

「はいはーい」

 

小町がすくっと立ち上がり玄関に向かう。

ガチャリと戸を開ける音と、小町が驚く声が聞こえる。

 

「小町?どしたー」

 

俺も誰が来たのか少し気になり、玄関に脚を運ぶ。

するとそこにはーー、

 

「あはっ、来ちゃった」

 

手紙の送り主、保登モカが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やったね八幡、モカからのバースデーカードだよ(白目)

一応言っておくとモカの手紙の1、3枚目は縦読みですよ。
すっげぇクオリティ低いのが嫌になるっす。

感想評価待ってます!


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第二十羽

あの、前回のヤンデレ回。
いつもの倍くらい感想来たんだけど。
もっと批判が飛んでくると思ったら、そうでもなし。

あれ?ハーメルンはヤンデレ好きが多い?

これはヤンデレエンドも書くしかないか!(使命感)


ほくほくと、もわもわと、ラビットハウス内でなんとも美味しそうな香りが充満している。

 

現在は、ココアがラビットハウスの新メニュー開拓のためパンの試作を作っている最中である。

 

その匂いに空腹感を覚える八幡。

思えば、ベーカリー保登でもこんな美味しそうな匂いを感じていたなぁと八幡は思い返す。

 

くぅぅ。

 

不意に、そんな小さく可愛らしい音が音が八幡の耳に入ってきた。

とても小さな音で、店内に客がいれば気がつかなかっただろう。

 

音の発生源は?と店内を見渡すと、若干顔を赤くして、さりげなくお腹を押さえているチノが目に入った。

 

「出来たー!」

 

オーブンのあるキッチンの方からココアの元気な声が聞こえてくる。

流れから察するにパンが焼けたのだろう。

 

パンしか焼けないココアだが、パンに関しては一流半のココア。

味は保障されていると言っていい。

 

「みんな!パンの試食をしてくれない?」

 

ココアが焼きたてでいい香りのするパンを複数持ってくる。

八幡だけでなく、リゼとチノもその香りに食欲をそそられている。

 

だが、チノとリゼは、ハッ、と我に帰ると、

 

「今日はちょっと」

 

「私も結構です」

 

パンの試食を断った。

 

「じゃ、俺はもらうな」

 

あち、とパンの熱さに少し手間取りながらも八幡はパンを口に運ぶ。

 

「ん、うまいな。さすがココアパンだけはよく出来てる」

 

「えへへー!……あれ?パンだけ?」

 

「そんなことより、リゼとチノはいいのか?」

 

「そうだよ!いつも食べてくれるのに!」

 

さりげなく話題をそらす八幡。

ココアはちょろいので基本的にこれだけで誤魔化されてくれるのだ。

 

「「食べたい気分じゃ……」」

 

「私にはもう飽きたのね!」

 

言葉だけだと勘違いを生みそうなセリフを吐くココアに呆れる八幡、チノ、リゼ。

 

「私じゃあ、食べきれないし……」

 

チラッ。

 

ちらちらと八幡の方を見るココア。

その目は懇願するような目。

 

普段のポンコツココアならば八幡は断れるのだが、こうなると八幡は弱い。

 

「はぁ、まぁ、おれが食べるからいいよ」

 

「ありがとう八幡くん!私も頑張るから!」

 

ココアはそう言って自分の作ったパンを口いっぱいに頬張る。

頬がハムスターのように膨らむココア。

 

一体何がしたいのか、八幡は呆れながらも、八幡の最近の楽しみであるココアパンの試食をするのだった。

 

 

 

そして、ココアの挑戦は続く。

 

ある日は

 

「甘くなくて低カロリーなパンを作ったよ!」

 

味やカロリーに工夫をしてみたり。

 

「ふむ、うまい」

 

だが、八幡しか食べず敗北。

 

ある日は

 

「出来立てホカホカのパンだよ!」

 

フランスパン、ロールパンなどパンの定番を詰め合わせたもの。

 

「うまい」

 

これもまた八幡しか食べず敗北。

 

メロンパン、ロールパンなどの菓子パン。

 

「ムグムグ」

 

八幡しか(ry

 

「こ、今度こそは!」

 

涙目のココアは更に工夫を凝らす。

 

コロッケサンド等の惣菜パン、一口で食べられるお手軽パン。

 

だがやはり、チノとリゼは口にしなかった。

 

 

 

「チノちゃん口開けて!」

 

そして、パン以外の要因を探ることにしたらしいココア。

ココアはチノが虫歯かどうかを疑っているようだ。

 

「……リゼ、お前はいいのか?」

 

「な、なにがだ?」

 

八幡はココアがチノに気を取られているうちに小声で話しかける。

 

「お前は虫歯だろ?」

 

「……そ、そそ、そんなわけないだろ!?」

 

「分かりやすすぎだっつーの」

 

八幡に指摘され逃げ場はないと悟ったリゼは手を挙げ降参のポーズ。

 

「リゼのパンを食べない理由はなんとなく分かったんだが、チノの方はわかんないんだよな」

 

「……チノも虫歯じゃなくてか?」

 

「チノはお前と違って甘いものを食べ過ぎたりしてないだろ」

 

「なんだと!私がお菓子大好きで、歯磨きもちゃんとしないズボラだって言いたいのか!」

 

「そこまで言ってねぇよ」

 

だが、実際丁寧に歯を磨いていれば虫歯になんてならないわけで。

しかし、それを口にすると八幡はCQCでもプレゼントされそうなので心のうちに止めおく。

 

「チノちゃん!歯医者は行かなきゃダメだよ!」

 

ココアの中ではチノが虫歯であると断定されたらしい。

 

「リゼちゃんは、十分痩せてるんだから大丈夫だよ!」

 

リゼはダイエットに勤しんでいると勘違いされているらしい。

 

迷推理にもほどがあると一瞬考えたが、あながち間違ってもいないことに気がついた八幡。

 

「リゼ、歯医者行けよ。なんかココアが不憫だ」

 

ココアは二人が自分の作ったパンを食べてくれないことですでに涙目。

それを流石にかわいそうだと感じた八幡はリゼに歯医者に行くことを勧める。

 

「うっ。……歯医者、音、怖い」

 

「銃声を嬉々として聞く人間がなにを言ってるんだ。お前も軍人ならシャキッとしろ」

 

「う、うぅ〜。あの音だけは、あの音だけはダメなんだぁ」

 

リゼの普段とは違って弱々しい姿を初めて見た八幡。

なんともめんどくさい奴だと考えてしまったが、人には苦手な物の一つや二つは存在しているのだから仕方がないと割り切る。

 

バン!

 

唐突にラビットハウスの戸が開けはなたれる。

扉から入ってきたのはシャロ。

まだ学校の制服を着ているところを見るに学校から直でここにきたようだ。

 

「リゼ先輩!私が低カロリーお菓子を作ってきました!」

 

いつの間にかリゼがダイエット中だという噂が広まったらしく、シャロが助太刀にやってきた。

 

「………」

 

だが、リゼはシャロの持ってきたお菓子を物凄い眼力でひたすら睨むだけで、手をつける様子もない。

 

食べたくとも歯が痛くてそれどころではないのだろうが、シャロはそれを勘違い。

 

「ひ、貧乳ぽっちゃりは去りますー!」

 

「しゃ、シャロさんは太ってなんかないです!」

 

勘違いして逃走しようとしたシャロに意外にもチノが待ったをかける。

 

「私のほうが……」

 

しょぼんと、自分の体を見下ろすように顔を俯かせるチノ。

 

そしてその行動で八幡はチノがダイエットに勤しんでいたのかと理解した。

 

「分かったよ、食べるよ」

 

一方リゼはココアに泣きつかれ、渋々とお菓子、パンを口に運ぶ。

 

すると途端にリゼは口を押さえてしゃがみ込む。

 

「え?」

 

ココアはこの一連の流れを見て全てを察したようだ。

 

「え、えと、チノちゃんがダイエットをしてて、リゼちゃんが虫歯だったの!?」

 

チノなんて太ったなどと気にするような体型はしていない。

リゼは単純に歯医者に行きたくないだけと面倒な理由。

 

つまるところ、今回に関してはココアが何か騒ぎを起こしたわけではない。

頭の片隅でココアを疑っていた自分を戒める八幡。

 

「チノは太ってなんかないだろ?」

 

「ココアさんは私のことをふわふわとかふかふかって馬鹿にするじゃないですか」

 

「私のせい!?」

 

前言撤回である。

おもっくそココアが原因でチノが食事制限をしていたようだ。

 

「先輩、歯医者行きますよ!」

 

「や、やめてくれぇ!」

 

ラビットハウスの玄関口ではシャロがリゼの首根っこを掴んで歯医者に連行しようとしていた。

 

「シャロ」

 

「なに?」

 

「は、八幡!」

 

歯医者にリゼを連行しようとしたシャロを八幡は呼び止める。

リゼは救世主!とでもいう顔をして八幡を見る。

 

「しっかり連行しろよ」

 

「もちろん」

 

「う、裏切り者ーー!!!」

 

そもそもリゼの味方などしていなかったのになんて言い草だと八幡は内心文句を言うが、シャロならばきちんと歯医者に連行してくれるので、報いにはなるだろう。

 

「……八幡さん」

 

「どうした?」

 

八幡のそばにより、小さめの声で話しかけるチノ。

 

「私、太ってませんか?」

 

「太ってねぇだろ。チノで太ってたら世界の半分以上が肥満だろ」

 

「ほんとですか?」

 

「嘘なんかつかねぇよ」

 

八幡にお墨付きを貰いホッとするチノ。

女の子的には体重の増減は死活問題。

たとえ中学生のチノであろうと変わりはしない。

 

そんなこんなで、騒がしい(主にココアのせいで)ラビットハウスの一日は終わりを迎えた。

 

 

 

ラビットハウスでの仕事を終え、八幡は一人帰路についていた。

 

夕日が登り、周りが赤く染まり始めているようにも思える時間帯。

 

リゼはシャロに連行されたまま、帰らぬ人となったため、八幡一人での帰宅。

 

だが、そんな八幡を追いかける人影。

八幡は、すぐに逃げ出そうとーー、

 

「ちょっ!?ま、待ってよ八幡くん!」

 

不審者かと思いきやココアだった。

 

「どうした?なんでそんな疲れてんの?」

 

「八幡くんが逃げようとするなら急いだんだよ!」

 

もーっ、とココアは怒ってるアピールをするが、八幡的にはあざといの一言に尽きる。

 

「で、どうした?」

 

「はい、これ」

 

ココアが八幡に差し出したのはパンのたくさん入ったカゴ。

 

「余っちゃったから、八幡くんにおすそ分け。小町ちゃんと食べてね」

 

「サンキューな」

 

八幡としてはそこらの市販のパンよりも美味しいココアのパンを食べられるのは嬉しいので、素直に礼を言う。

 

「お礼を言うのは私の方だよ」

 

「なんでだよ」

 

八幡としては礼を言われるようなことなどしていない。

そんな状態で礼を言われても嬉しくもなんともない。

 

「八幡くんは、チノちゃんとリゼちゃんが私のパンを食べなかった時、ずっと一人美味しそうに食べてくれたから」

 

「そんなことで?」

 

美味しいものを美味しいと言って自分の好きなだけ食べただけの八幡なのだが、ココアとしてはそれは非常に嬉しいことだったようだ。

 

「そんなことじゃないよ!私、嬉しかったんだよ?二人が私のパンを食べてくれなくなって、私のパンが嫌われたんじゃないかって思ったけど、八幡くんは一人美味しそうにたくさん食べてくれたの、嬉しかった」

 

面と向かって、真剣な顔でココアにこんなことを言われたのは初めてかもしれないと、八幡は思った。

 

「別に、大したことじゃないだろ」

 

「でも、何かお礼をさせて欲しいな」

 

「じゃあ、またパン作ってくれ。それでいい」

 

「そんなんじゃなくても、なんでもいいんだよ?」

 

そんなこと言われても、八幡はココアに個人的なお願いなど持っていない。

強いて言うならもう少し落ち着いて行動してほしいという事くらいである。

 

「いや、特にないな」

 

「えぇ!?」

 

ココアとしては八幡にお礼をしなくては気が済まない。

なんとか、自分にできる八幡への礼を考えてーー、

 

「八幡くん」

 

少し、緊張感のある声で、ココアは八幡の名を呼んだ。

 

「どうしーー」

 

どうした?と返答しようとしたところで、八幡は言葉を詰まらせた。

 

八幡は自分の頬に何か柔らかいものが当たる感触がして、ココアの顔が八幡の顔のすぐそばにある。

 

つまりは、そういうことだ。

 

「………今はこれぐらいしか、私には出来ないけど、もっと、ちゃんとしたお礼、考えてくるっ」

 

夕日のせいか、顔を真っ赤に染めたココアは、そう言い残すと一目散に去っていった。

 

そして、その時のココアの顔に負けず劣らず、八幡の顔も赤く染まっていた。

 

 




ココア回でしたね。
あれ?頬とはいえキス一番乗り?
いや、チマメが一番だったら犯罪臭ヤバイんだけどね。

さて、次は誰を攻略しようかな?

感想評価待ってまぁす!


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第二十一羽

迫り来る終焉、だが、我は未だ使命をやり残している。
時の神、クロノスよ!今しばらく、我に猶予を与えてはくれぬか!
訳:夏休みが終わりそう。でも宿題終わってない。もっと時間が欲しいぃ!


学校帰り、唐突に、比企谷八幡は甘いものが食べたくなった。

幸いなことに、ラビットハウスでのバイトまでは時間がある。

 

普段ならば金をそんなことには使わない八幡だが、最近はバイト代で財布の中が豊かな八幡。

偶には何か買うのもいいかなと甘兎庵へと足を向けることにした。

 

 

 

カランと戸を開ける八幡。

そして、その八幡の目に真っ先に飛び込んできたものはーー

 

「あら、八幡くん、いらっしゃい」

 

「………」

 

大胆にも太ももを晒し、背中合わせで銃を構える千夜とリゼの姿だった。

 

八幡はその光景事態は結構いつも通りだったのだが、一つ違和感を覚え、尋ねる。

 

「なんでリゼが甘兎庵の制服を?」

 

「今日からリゼちゃんはうちでもバイトをすることになったの」

 

「そういうことか。……雪原の赤宝石と抹茶で」

 

「了解よ♪」

 

リゼが着物を着ているという疑問が解消された八幡は千夜に注文すると、スマホを取り出し、暇つぶしに勤しむ。

 

「銃を構えてたのはスルーなのか!?」

 

今まで黙り込んでいたリゼが唐突に声を荒げる。

 

「……いつものことだろ?」

 

「………否定できないのが悔しいな」

 

リゼが今まで黙っていたのはツッコミ待ちだったからなのだろうかと少し疑問に思った八幡だったが、リゼが現在不満そうな顔をしているところから、自分らしからぬボケのポジションに立っていたことが不服で、それを八幡が目にしてしまったからなんとも言えない状態だったのだなと察する。

 

八幡からすれば十分リゼも個性的かつボケキャラなのだが、それはリゼの名誉のために伏せておくことにする。

 

「お待たせしましたー。雪原の赤宝石と抹茶です」

 

「おう、サンキュ……抹茶が迷彩柄なのは仕様か?」

 

「千夜!それは止めろと言っただろ!」

 

「うふふっ、お客さんが八幡くんだったから、つい」

 

「俺なら別にこんななんとも言えない品を出しても問題ないって事か!?」

 

「その反応が見たかったのよ!」

 

グッと親指を立てる千夜に呆れつつも運ばれてきた雪原の赤宝石(苺大福)を口に運ぶ。

 

「そうだ、お前には言ってなかったな。私、今日から少しの間バイト掛け持ちするから、ラビットハウスのシフトを少し変えてもらったから。よろしく」

 

「了解。……意外だな。お前はそんなに金が入り用になるような奴じゃないと思ってたんだが」

 

「父の日のプレゼントを……な」

 

少し恥ずかしそうにそう口にしたリゼ。

バイトを掛け持ちするほど高価なものを買うつもりかと聞きたかったが、何か事情があるのだろうと黙っておくことにする。

 

(あれ?さっきから俺リゼの事察しすぎじゃね?以心伝心じゃねぇか!……全然考えを読み取れてないパターンだな)

 

「偉いわよねぇリゼちゃんは」

 

「律儀だからなリゼは」

 

「な、なんだよ二人とも」

 

二人に褒められ、恥ずかしそうにするリゼ。

そんなリゼの姿を見て、顔を見合わせる八幡と千夜。

 

ニヤリ。

 

そんな効果音が着きそうな悪い顔を八幡と千夜は浮かべる。

 

「全く、リゼちゃんは私たち女の子のあこがれよー」

 

「男子達からも大人気なんだろうなぁー」

 

「リゼちゃんだもの当たり前じゃない?」

 

「そうだな、愚問だったな」

 

「「リゼ(ちゃん)だもんなぁー」」

 

八幡と千夜の口撃にみるみる顔を赤くするリゼ。

 

「お、お前ら私をからかってるな!」

 

そんなリゼの苦し紛れの抵抗。

 

「「もちろん」」

 

即答である。

しかも口裏を合わせたわけでもないのに、寸分の狂いも無くシンクロしてそう言い放った。

 

「よーし、喧嘩なら買うぞ!」

 

「赤くなったリゼちゃん、可愛かったわ!」

 

「この苺に負けず劣らずの赤さだったな」

 

苺大福の中の苺を指差しながら八幡は更にリゼをからかう。

 

「今も可愛いくらい赤いわ♪」

 

「耳まで真っ赤だな」

 

さらに追撃。

 

「……顔洗ってくるからっ」

 

逃げるようにリゼは店の奥へと消えていった。

そして、リゼに声が聞こえなくなったであろうタイミングを見計らって千夜は八幡に一言。

 

「ナイスよ八幡くん!」

 

「中々有意義なサービスだったな。これからも甘兎名物にしたらどうだ?」

 

「それいいわね!」

 

「よくないからな!」

 

店の奥からリゼが叫ぶ。

聞こえないと思っていたが存外リゼは聴力が高いようだ。

 

「ふふっ、八幡くんのノリが前より良くなってて楽しいわ」

 

「心に余裕ができたんでな」

 

「私とコンビを組んで芸人を目指さない?」

 

「目指さない」

 

「むー、ココアちゃんも入れてトリオなら?」

 

「ボケが二人とか捌ききれねぇよ」

 

実際ココアと千夜の二人がボケに回れば八幡はツッコミを追付かせることはできないだろう。

 

「ならリゼちゃんも入れて四人組!」

 

「ふむ、それは悩みどころだな」

 

「悩むな!」

 

店の奥からまだ少し赤い顔をしながらリゼが出てくる。

 

甘兎でのバイト初日がこれでは先が思いやられると、リゼはため息をついた。

 

 

 

 

 

 

また唐突に、八幡はハーブティーが飲みたくなった。

特に理由もないが、飲みたいものは仕方がない。

ラビットハウスに行く前にフルールにでも寄るかと、足を向ける八幡。

 

 

 

カラン。

 

フルールに到着し、その戸を開けるとーー、

 

「いらっしゃいませー」

 

フルールの制服を着て、シャロも以前やっていたポーズをしているリゼが八幡の目に入った。

 

「すいません、間違えました」

 

八幡は即座に回れ右。

フルールの戸を開け、退店準備。

 

「ちょっ、ま、待て!」

 

「いや、分かってるから、何も言うな」

 

それだけ伝えると八幡はフルールから出ようとーー、

 

「分かってない!絶対わかってない!」

 

したところでリゼに止められた。

 

「リゼ先輩はウチでバイトを始めたのよ。父の日のためにね」

 

「なんだ、そうだったか」

 

「なんだと思ってたんだ!」

 

リゼが可愛い服を着たがってフルールでバイトを始めたのかと八幡は思っていたが、勘違いだったようだ。

 

「あ、アイブライト茶で」

 

「分かったわ」

 

シャロに注文すると、八幡はリゼを上から下まで、舐めるようにとまでは言わないが、それなりにしっかりと見る。

 

「……お前が着ると、その制服、いかがわしさが増すな」

 

「なんでだ!?シャロにも言われたし、本当なのか?」

 

「シャロはいいんだ。だが、リゼは……なんかな」

 

おそらくはシャロとは段違いの胸部装甲が原因だということは薄々わかっているのだが、それを口にすればシャロにもリゼにも殺されかねないので八幡はお茶を濁しておく。

 

リゼがなぜか唸っているが、八幡は無視。

下手に口出しすればCQCの餌食になりかねない。

触らぬ神に祟りなし作戦である。

 

「お待たせ」

 

そんななかシャロが注文の品を運んでくる。

 

「サンキュー」

 

ズズッと八幡は運ばれてきたお茶を啜る。

一口飲んで、落ち着いてから、八幡はリゼに問いかける。

 

「そんなバイトを掛け持ちして、何を買うんだ?」

 

父の日のために、そこまで高価なものを買うのかと、そう八幡は問う。

 

「ああ、親父が楽しみにしていたワインを割ってしまってな。せめて罪滅ぼしのためにと思ってな」

 

つまり、ワインを買おうと言っている。

が、八幡はワインが、かなり高価であることを知っている。

 

しかし、八幡は今のリゼの努力を根底から崩すようなことを言いたくはなかったし、今のリゼの働きっぷりを見ていると、そんな無慈悲なことは口にはできなかった。

 

八幡は、一日一日の仕事量が多くなったリゼの為に、ラビットハウスでは、リゼの仕事分まで働こうと心に決める。

 

「そうか、頑張れよ」

 

「私は鍛えてるからな!大丈夫だ!」

 

二の腕に手を当て、任せろ!と言ったポーズのリゼ。

しかし、

 

「その服装で言われてもカッコ良くはないな」

 

「う、うるさい!というかなんでお前は私が他の店でバイトしてる時に限ってその店に来るんだー!」

 

リゼがバイトしている時をピンポイントで当て、来店する八幡には何らかの力が働いているようだった。

 

 

 

父の日も終わり、リゼはバイトを普通にラビットハウスへ絞り、いつも通り働くことに。

 

リゼの話では、ワインは高価で買えなかったのでワイングラスを父に送ったという。

 

 

 

放課後、八幡はラビットハウスに向かっていた。

今日は別に何かを食べたいなどという気も起きなかったので、バイトの時間までまだ少しあるが、早めに行くことにした。

 

しかしーー、

 

カァカァ。

 

空で、カラスが鳴く声が聞こえる。

 

「この時間に鳴くのは珍しーー、はっ!?」

 

八幡が空を見上げると、ひゅー、と勢いよく黒い物体が落ちてくるのが目に入った。

回避行動に移ろうとした八幡だが、間に合うことはなく、八幡の頭に吸い込まれるように落ちる。

 

ドスッ。

 

「ぐっ」

 

中々に質量のあるものが落ちてきたことが感覚でわかったが、その物体そのものは硬くはない様子だった。

 

一体何が落ちてきたのかと八幡は頭に乗った物体を退かす。

 

「……お前か」

 

八幡の頭に落ちてきたのはあんこ。

甘兎庵のマスコット的存在であった。

 

「届けに行くか」

 

幸いにも時間はある。

八幡はあんこを頭に乗せ、チノの真似!なんて内心馬鹿なことを考えながらも、甘兎庵に足を運ぶ。

 

 

 

「いらっしゃいませー。あら、八幡くん。……あんこ?どうしてそこに?」

 

千夜はあんこが空の旅をしていたことに気がついていなかったようで呑気に店で働いていた。

 

「空から降ってきたんだよ」

 

不思議なこともあるもんだなとつぶやきながら八幡はあんこを定位置の台座の上に乗せた。

 

「あら、ごめんなさい。あんこ、よくカラスに攫われるの」

 

「いや、意味わかんないんだが」

 

「不思議よねぇ」

 

カラスに攫われることはわかっているらしいが、なぜ攫われるかはわかっていない様子。

自分のペットが攫われているというのに呑気な飼い主である。

 

しかし、攫われる当人もたいして気にした様子はない。

 

飼い主に似たのだろうかと八幡は首を傾げたが、少なからず千夜には似ていないので謎が深まるばかりである。

 

「さて、俺は帰るーー」

 

そう口にしかけたところで、八幡は千夜が寂しげ目をしているのに気がついた。

 

「どうかしたか?」

 

自分が何かしてしまったか?と考えた八幡だが、心当たりはない。

 

「顔に出てた?」

 

「いや、なんとなく、だな」

 

千夜からすれば表に出していたつもりはなかったのだろうが、お得意のボケ倒しが発動しなかった時点で八幡は違和感を感じていた。

 

「リゼちゃんが、バイトをやめちゃったの」

 

「父の日が終わったからな」

 

八幡は千夜が言わんとしていることを理解した。

つまるところ、千夜は寂しいのだろう。

 

甘兎は千夜と同年代のアルバイターがいない。

期間限定とはいえ、リゼが甘兎で働いていて嬉しかったが、父の日が終わり、リゼがいなくなってしまったので寂しいと、そういうことなのだろう。

 

それはシャロにも言えることなのだろうが、シャロはバイトの達人。

社畜のシャロはそんな感情はほとんど捨て去ってしまったに違いない。

 

しかし、千夜は家の手伝いであり、遊びたい盛り。

シャロのように働かなければならない理由などないが、働いている人間。

 

偶には寂しさを感じるのも仕方なしといったところだろう。

 

「………気が変わった。抹茶をくれ」

 

「え?わ、わかったわ」

 

客席に座ると、注文を言う八幡。

 

『すまん、今日はバイトを休む』

 

チノに手短にそうメールをする。

 

その間に千夜が抹茶を作り終え、運んできた。

 

「お待たせしましたー」

 

千夜は未だ寂しそうな目をしながら抹茶を運んできた。

そんな千夜を見かねて、八幡は一言千夜に告げる。

 

「この一杯で閉店間際まで粘ってやる」

 

第三者が聞けば傍迷惑な客としか取れない言葉。

だが、それを聞いた千夜は、ぱあっと、顔を輝かせた。

 

「ふふっ、ありがとう八幡くん」

 

ふにゅっ。

 

「ふわっひゃいっ!?」

 

裏返った声で、意味のわからない声を発した八幡。

八幡の腕に千夜の豊満な胸を押し付けて抱きつく千夜が悪いのだ。

 

「な、何してんだよ!」

 

「ふふっ、ごめんなさい。……千夜月、食べる?奢るわよ?」

 

「……いただきます」

 

「すぐ持ってくるわね!」

 

パタパタと今度は嬉しそうな顔で、嬉しそうな足音を立て、奥へと消えていった。

 

ピロリン。

 

八幡のスマホがメールを受信した音を立てる。

 

『今度は私がお前の分まで働いてやる!byリゼ

私としても八幡さんはたくさん働いていたので、一日くらい目をつぶります』

 

チノのケータイで、リゼが返信してきたことに少し驚き、チノの優しさに心打たれる八幡。

 

八幡は抹茶をすすりながら、帰りがおそくなることで、家で夕飯を作って待っている小町に怒られるなぁと気を落としながら言い訳の言葉を考えることにした。

 

 

 

余談ではあるが、千夜とその祖母にもてなされ、色々食べてしまった八幡は家でこってり小町に絞られた。

 

「……千夜のお婆ちゃん、優しかった」

 

「お兄ちゃん、ちゃんと反省してんの?」

 

「すいません」

 

 

 

 




はい、千夜回でごぜぇました。
一人、また一人と攻略していきますぜ!

感想評価待ってます。


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第二十二羽

遅れて申し訳ございません。
学校行事が忙しかったり、先日まで風邪を引いていたりで、執筆が遅れてしまいました。




空は青く、淀みのない真っ白な雲が少し漂う。

まさにいい天気の典型である。

 

そんな天気の中比企谷八幡は、引きこもり精神全開で、家でゲームへと洒落込んでいた。

 

最近は何かとアグレッシブだった八幡だが、やはり根っこのところはあまり変わらないらしい。

 

「ねぇ、ごみぃちゃん」

 

「なぁに?小町ちゃん。ナチュラルにゴミ扱いされてお兄ちゃん悲しい」

 

「いや、こんないい天気なのに家で引きこもってるんだからごみぃちゃんでいいでしょ?そもそも、バイトは?」

 

「休み」

 

「また?」

 

最近は何かと理由をつけてラビットハウスに行けなかったりという事態が多発しているように思われるが、八幡はしっかり仕事をしているし、ばっくれた事も未だにない。

 

「タカヒロさんはスゲーできる大人だからな。はっきり言うとラビットハウスの集客量ならなんも問題はない。人手が足りなかったら連絡くらいくるだろうしな」

 

実際、タカヒロさんは倒産目前だった前代マスターの落ち込んでいた経営をその圧倒的な敏腕さで切り抜けたのだ。

高校生のアルバイトが一人二人欠けたくらいで、店がどうにかなる事はない。

 

「じゃあお兄ちゃん、小町からお願いがあります」

 

「断る。嫌な予感しかしない」

 

「お兄ちゃん、まだ何も言ってないのに即答は小町的にポイント低いよ」

 

「GWのキャンプ強制連行を忘れたとは言わせない」

 

「それに関しては忘れてほしいな。キャンプのおかげでごみぃちゃんがお兄ちゃんに進化したんだから!」

 

ごめーんね☆と軽く謝りながら、それでも小町は悪くないとそんな話の方向に持ち込む小町は悪魔に見える。

 

「それに、今日は普通に小町がお兄ちゃんとお出かけしたいのです!」

 

「……はぁ、わーったよ」

 

「やったー、それじゃ、四十秒で支度してね!」

 

パタパタと小町は自分の部屋へと消えていく。

八幡も重い腰を上げると、ため息をつきながら意趣返しに四十秒以上かけて準備してやろうと考えるのだった。

 

 

 

 

「それにしても、この街は店がわかりやすくていいよな」

 

小町に連れられ外出した八幡が、この街を見てポツリと感想を漏らす。

 

木組みの家と石畳の街は、職業ごとに屋根の色が決められているらしく、一目で何を生業としているのかがはっきりする。

 

「初めて知った時は小町もびっくりしたなぁ。……リゼさんがモデルガンショップをやるとしたら何色なんだろう?」

 

「きっと迷彩だろ」

 

「変なお店だね」

 

迷彩色な屋根のモデルガンショップなど趣味全開すぎて、その手の人間しか寄り付かなそうである。

 

「で、どこに行きたいんだよ」

 

「うーん、どこに行きたい、とかはないんだよなぁ。強いて言うなら、お兄ちゃんと一緒にいたい!今の小町的にポイント高い♪」

 

「帰る」

 

「わー!待って待って!」

 

くるりと踵を返した八幡の前に立ち両手を広げて阻止する八幡。

 

「小町、服欲しいな」

 

「棒読みに聞こえるのは気のせいか?」

 

「さて、目的地も決まったしレッツゴー!」

 

あぁ、めんどくさい。

 

そんな事を口にできない八幡は小町にどれだけ圧力をかけられているのか、八幡がシスコンなだけなのか。

 

 

 

小町に連れられ服屋にやってきた八幡。

小町は鼻歌を歌いながら服を選んでいる。

 

だが、小町が見ているのは男性服のみ。

 

「お兄ちゃん!これ試着してみて!」

 

「小町、自分の服はーー」

 

「お兄ちゃんの服がださいから選びに来てんでしょ!」

 

「えぇ」

 

八幡はジーンズにTシャツ、上にパーカーと簡単な服装。

八幡的には全然それで構わないのだが、小町的には不合格らしい。

 

「ほら、今俺金持ってないし」

 

「なんで持ってきてないの!馬鹿なの?死ぬの?」

 

「適当に財布ごと持ってきたから中身を確認しなかったんだよ」

 

金は多少持っていても、服を買うには足りない。

 

「全く、これだからお兄ちゃんは」

 

元はと言えば小町がどこに行くかも知らせずに服屋に来たのが悪いのだが、八幡に対してぶつぶつと文句を言っている。

 

「じゃあ、しょうがない。お兄ちゃん、他のところにーー」

 

シャッ。

 

試着室のカーテンの開く音がなぜか二人には大きく聞こえ、ついそちらの方を見る。

 

「こ、これで大丈夫なのか?」

 

「いい!いいですよお客様!」

 

いつもとは一風変わった服装、髪型をしているリゼの姿がそこにはあった。

 

髪は下ろしウェーブをかけ、いつものようなカジュアルなものではなく、清楚と形容するのが正しい服装。

 

「………誰だお前」

 

ぼそりと八幡はそんな事を呟いてしまった。

その声は小さいながらも試着室の前に立つリゼと店員の耳に入ると。

 

「な、な、なあっ!なんでお前がぁっ!」

 

「お知り合いの方ですか。どうです?今の彼女の服装!」

 

さすがは服屋の店員。

目が合った瞬間にポケモントレーナーのごとく有無を言わさず話しかけてくる。

 

「すごい!すごく可愛いですよリゼさん!いつもの女子(笑)はどこ行っちゃったんですか!」

 

「失礼だなお前!」

 

ズバッとものを言ってしまう小町。

だが、そう言われてもおかしくはないくらい、普段のリゼから見れば大変身である。

そんな姿を見られたからかリゼは顔を赤くしている。

 

「いや、でも、いいんじゃね?そっちの方がラビットハウスに客来るだろ」

 

「それ完全に店員目当てだろ!」

 

「リゼさんは元がいいんだからそれなりの格好したらちゃんと女の子ですね!」

 

「だからお前は私をなんだと思ってるんだ!」

 

小町が先ほどからグサリグサリとリゼを言葉の刃で攻め立てる。

流石の八幡といえど、そんなSっけ全開の小町にドン引きしている。

 

「それではお客さま、こちら全部でーーー」

 

「お前は勝手に買わせるな!いや、買うけど、買うけど!なんか納得いかない!」

 

リゼは服を買うとそれを試着したまま、元の服を紙袋へ入れ、強制退店させられたのだった。

 

 

 

そのままリゼは小町に捕まり、三人で行動する事になった。

リゼとしては今の格好で知り合いと行動するのが恥ずかしかったのか帰ろうとしたが、小町にがっちりと腕を掴まれ逃げられない。

 

「いやー、お兄ちゃん、こんな美人さんなリゼさんと行動できるとは男冥利に尽きるんじゃない?」

 

「いや、普段からラビットハウスで一緒にいるだろ」

 

「普段は美人さんって言うより軍人さんじゃん」

 

「否定できないのが悔しい」

 

だったら普段から女の子らしくしろ、という話なのだが、八幡も小町も黙っておく。

これ以上リゼを弄ると本気で帰りかねない。

 

八幡としては別にどちらでもいいのだが、小町は八幡と二人で行動するよりはリゼも一緒の方が楽しいのだろう。

 

「それで、私を捕まえて、どこに行くつもりなんだ?」

 

「うーん、どうしよう?」

 

「そもそも何も考えずに出てきたからな」

 

結局、どこに行くかも決めていない小町だが、小町的にはリゼを捕まえた時点でだいぶ満足していたりする。

 

「じゃあ、公園の方でうさぎと戯れに行こう!」

 

「何を今更」

 

この街ではうさぎなど毎日のように目にできる。

 

「いいの!普段捻くれてるお兄ちゃんの相手をしてるから、たまには小町にも癒しが必要でしょ」

 

そうと決まればしゅっぱーつ!とリゼの腕をグイグイと引っ張る小町。

それを後ろから渋々とついていく八幡。

 

そんな三人に声をかける人が二人。

 

「リゼさん?」

 

「へ?」

 

「あれ、八幡くんと小町ちゃんも!」

 

チノとココアである。

 

「あれ?リゼちゃんじゃない?」

 

「でも、八幡さんと小町さんも一緒にいますし」

 

普段の格好ならともかく、今の清楚系リゼの姿ではココアとチノにはリゼだと認識できないようだ。

 

「私、ロゼ、と言います」

 

こんな姿は私じゃない!とでもいうかのようにさらっと偽名を口にするリゼ。

 

「でも、リゼーー」

 

「ロゼと言います」

 

ゴリ押しである。

問答無用でロゼという架空の人物をでっち上げるリゼ。

 

「ココアさんにチノちゃん、この人はロゼさんと言って、最近仲良くなった人なんです」

 

先ほど散々弄った罪滅ぼしからか、リゼの援護に入る小町。

 

「それにしてもびっくりです。ロゼさんによく似た人がうちの喫茶店にいるんですよ」

 

純粋なチノは完全にリゼをロゼとして認識してしまったらしい。

 

「そ、そうなんですか。ぜひ行ってみたいです」

 

八幡は思った。

お前は誰だと。

清楚な格好で丁寧な言葉遣い。

普段のリゼと比べると完全に別人である。

 

「ラビットハウスと言います、是非いらしてください」

 

「小町ちゃんもいつでも遊びに来てね!」

 

「はい!また遊びに行きます!」

 

「コーヒーを飲みに来いよ」

 

完全に友達の家感覚でラビットハウスに遊びに来られても八幡としては小町に黒歴史をバラされかねないのであまり喜べないのである。

 

それでは、とチノは礼すると歩き出す。

ココアは名残惜しそうにしながらも手を振って別れを告げる。

 

小町もロゼの正体がばれるのを防ぐためにココアたちを引き止めはしない。

 

「ふぅ、助かった」

 

「名演技だったな。さすが演劇部の助っ人」

 

「まあ、あれくらいなら」

 

「で、ロゼさんはどうやってリゼのいる時にラビットハウスに行くんだ?」

 

「……もうロゼが現れる事はない」

 

その場しのぎで適当な事を言っていたため、その先のことを考えていなかったという風なリゼ。

 

「え、もうロゼさんはいなくなっちゃうんですか?」

 

「そうだ、ロゼがいなくなるのは寂しい」

 

小町と八幡はロゼという名前を連呼する。

その度にリゼは顔を赤くしプルプル震えている。

 

「ロゼの名前で呼ぶなぁ!」

 

自分で決めた偽名だというのに何を恥ずかしがっているのやら、とさらに追撃をかけながら三人は公園に足を運んだ。

 

 

 

いつもの公園。

うさぎ達の憩いの場でもあり、人間たちの静かに落ち着く場所でもある。

 

「いやー、もふもふだよ。癒されるよ」

 

小町はうさぎを抱き上げ、ほおに擦り付けている。

八幡はそんな天使な小町スマホで激写。

 

「おい、そこのシスコン」

 

「なんだよ」

 

「変態にしか見えないからやめとけ」

 

「兄が妹を愛するのに周囲の目なんか気にしてられるか!」

 

「お兄ちゃんキモいよ」

 

どこまでシスコンをこじらせれば気がすむのか、八幡はリゼに指摘され渋々小町を撮るのを止める。

 

パシャリ。

 

「おい、今何を撮った?」

 

「何って、ロゼだけど」

 

小町の代わりにといった様子で八幡は自然な流れでリゼをカメラに収める。

 

「消せ!」

 

「断る」

 

ダッシュで逃げる八幡とそれを追うリゼ。

だが、いつもと違って今のリゼは走るのに向かない服装。

 

当然八幡に追いつけるわけもなく、逃してしまう。

 

「あら?八幡さん」

 

「……青山さん」

 

リゼが落ち着くまで身を隠してようと公園内をぶらついていた八幡に、青山さんが話しかける。

 

キャンプが終わってから始めての邂逅。

八幡としてはあまり会いたくないというよりかは、気まずい相手ではあった。

 

「この間キャンプで、ほとんどずっと一緒にいたのに、久しぶりな感じがします」

 

「その節はお世話になりました」

 

ーーあなたのおかげで俺は変われた。

 

内心では青山に礼を言っているが絶対に口にはしない八幡。

これが八幡が捻デレと呼ばれている原因の一つなのだろう。

 

「そうだ八幡さーー、八幡は《うさぎになったバリスタ》の映画、見てくれたんでしょうか?」

 

ついに公開しましたよ!と自慢げに話す青山さん。

八幡は呼び捨てにされた事に一瞬戸惑うが、すぐに正気に戻ると質問に答える。

 

「いや、まだっす。でも、絶対見に行きます」

 

「ちなみに、私はまだ見てません」

 

「え、原作者なのに?」

 

普通は、原作者が制作現場に立っていろいろと指摘するものなのではないだろうか?

 

「私は、映像化が楽しみで、出来るまで私は見ませんって言ってしまったんです」

 

「劇場でみたいって事ですか?」

 

「はい。ですから、キャストの皆さんにはお会いしたんですけど、どんな映画に仕上がっているかはまったくわからないんです」

 

今時珍しい事をしているが、自分の書いている小説が映画かともなればそれなりに嬉しいし、見るのが楽しみにもなるのだろう。

 

「そうだ、八幡さーー、八幡、今度一緒に見に行きませんか?デートのお誘いというやつです」

 

未だ呼び捨てには全然慣れていないようで、毎回言い直している青山さん。

 

八幡としては呼び捨てにされた事などまるで頭に入らず、デートに誘われたという事実しか頭に入ってこなかった。

 

「ちょうど私はペアチケットを監督さんから渡されたんです。編集さんと見たらいかがですかって」

 

「じゃあ編集さんを誘いましょうよ」

 

「いえ、私は八幡と一緒に見たいんです」

 

「なんでそんな強情なんすか」

 

別に八幡でなくとも構わないし、それこそ編集を誘えばいいのではないだろうか?

 

「編集さんと見るよりも、ファンの方と見た方が、嬉しいからです」

 

読者を大切にするその姿勢に八幡はすこし感動した。

 

「分かりました。ご一緒させてもらいますね」

 

「はい、楽しみにしてますね」

 

デートの約束を取り付けた八幡。

青山さんもどことなく嬉しそうな顔をしている。

 

お兄ちゃーん。

 

不意に、そんな八幡を呼ぶ小町の声が聞こえた。

 

「っと、妹が呼んでるんで、俺は行きます」

 

「そうですか。ではまた」

 

手をひらひらと振る青山さんに、会釈をする八幡。

 

「青山さーー、“翠”。映画、楽しみにしてますね」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

八幡は人生初のデート!と一瞬喜びかけたが、よくよく考えれば青山ブルーマウンテンの近しいファンなら誰でも良かったわけで、と、ネガティヴな思考に陥ったのだった。

 

 

 




ちなみに言っておきますと、未だ青山さんは八幡に恋愛感情を抱いておりません。
リゼもまだグレーゾーンといったところでしょうか。

まぁ、好意を抱いているのは確かなので落ちるのも時間の問題かな、といったところです。

逆に既に落ちているのはココア、モカ、チノ、ギリギリ千夜くらいですかね?チノはもう少し明確なイベントを書くつもりです。

今回執筆が遅れてしまいましたが、決してエタッたわけではございませんのであしからず。

感想評価お待ちしております。


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第二十三羽

なんかこの前久々に日間ランキングあさってたらこの作品があったんだけど。
あれれぇ?おっかしいぞー、って眼をこすっちゃったよ。

みなさんありがとー!
今回はいつもよりちょい長めの5000字です。


時刻は約三時。

学生たちの下校が始まり、ラビットハウスにもちらほら客の姿が見える。

 

丁度一人新しく客が入ってきた。

八幡はチノに目配せをして、自分が行くという旨を伝えると、コクリとチノは頷いた。

 

ココアとリゼが遅れていないので必然的に八幡が率先して注文を取りに行かなければならないのだ。

 

が、八幡は慣れた様子で注文を取りに行く。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「えと、キリマンジャロと、ココア特製トーストを」

 

「かしこまりました」

 

客に一礼すると、八幡はチノに注文を伝える。

チノは了解ですと短く返事をするとコーヒーを淹れ始める。

 

その間に八幡は厨房に下がるとココア特製トーストを焼く。

本来ならばココアかリゼの仕事だが、八幡でもできる事で、その二人がいないのだから八幡が働く。

 

暫くしてトーストを焼き上げると、チノの元へ。

チノもちょうどコーヒーを淹れ終えた所らしく、カチャリとお盆の上にカップを乗せた。

 

「俺が行く」

 

「わかりました。では、お願いします」

 

八幡は基本的によく働く。

普段は働きたくないだの、専業主夫になりたいだのダメ人間的言動をしているが、いざ仕事を割り振られるとしっかりと仕事をこなす。

 

「お待たせいたしました。キリマンジャロとココア特製トーストでございます」

 

「ありがとう」

 

再び客に会釈をすると八幡はカウンターに戻る。

そこでも八幡は働く。

 

先ほどまで使用していたコーヒカップを洗い始める。

これはチノも隣に立って二人で洗う。

その二人の姿はラビットハウスの制服を着ていなければそれ相応の関係に見える事だろう。

 

「お会計お願いします」

 

先ほどの客が会計のために八幡かチノのどちらかを呼ぶ。

すると今度はチノが八幡に目配せをすると、二人は洗い物をして濡れた手を手早く拭うと、それぞれ仕事にとりかかる。

 

八幡は食べ終えた食器を下げるためにテーブルへ。

チノは会計をするためにレジへ。

 

客が会計を済ませ「ごちそうさま」と一言言って退店すると、八幡とチノは声を揃えて、

 

「「またのご来店をお待ちしています」」

 

客の入店から退店まで、コンビネーション抜群の八幡とチノだった。

 

「か、かっけー!」

 

「かっこいい〜」

 

その一部始終を見ていたマヤとメグは感嘆の声を漏らす。

チノと遊ぶためにラビットハウスまで来たが、八幡もいたので、八幡とチノの仕事風景を見てみたい!なんて事になったのだ。

 

「八幡もチノもかっこいいな!」

 

「アイコンタクトだけで動いてたりしたね〜」

 

二人の完璧ともいえる仕事ぶりを見ていたマヤとメグはパチパチパチと手を叩く。

 

「私たちもやりたーい!な、メグ」

 

「そうだね。私もマヤちゃんと、二人みたいに働きたいな〜」

 

「「いいでしょ?チノ(ちゃん)」」

 

じーっと、チノはマヤとメグに乞うような視線を向けられううっ、と後ずさり。

チノの一存で二人をお試しで働かせるかを悩んでいるのだろう。

 

どうしたらいいかわからず、チノは八幡に視線を送る。

すると、その視線を追うように、今度は八幡に視線を送るマヤとメグ。

 

「いいんじゃねぇの?ココアとリゼもいないし、年齢もチノと同じだから、客への言葉遣いさえ気をつけてくれれば問題ねぇだろ」

 

「……そうですね。ではマヤさんメグさんこちらへ。制服に着替えましょう」

 

「ココアとリゼがいなくても、ラビットハウスは騒がしいな」

 

率直な感想を八幡はぼそりと呟いた。

 

 

 

「「いらっしゃいませー」」

 

ココアの制服をメグが、リゼの制服をマヤが着て、二人は接客の方へと回る。

 

普段は能天気な二人とはいえ、善悪の分別はつく中学生。

同じ中学生のチノができる事を、二人ができない理由はなかった。

 

「ちゃんと敬語を使ってるし、佇まいは店員のそれかと言われると微妙だが、まぁ及第点じゃないか?」

 

「そうですね。心配していましたが、なんともないようで良かったです」

 

普段の騒がしいマヤメグをよく知っているチノからすればとても心配だったようだが、それも杞憂に終わったようだ。

 

「はちまーん、指名が入ったよー!」

 

唐突にマヤがそんな事を叫びだした。

 

?とクエスチョンマークを頭に浮かべる八幡とチノ。

ラビットハウスにそんな制度もサービスも無かったはず、とマヤの方に目をやると、そこには小さく手を振る青山ブルーマウンテンの姿があった。

 

「………ご指名ですよ。よかったですね八幡さん」

 

「いや、なんで怒ってんの?」

 

「怒ってません!」

 

頬を膨らませるチノに怒っていないなどと言われても説得力の欠片もない。

が、その原因理由を解明よりも、知り合いとはいえ客として来た青山さんの相手を八幡は優先する。

 

カウンターから出て青山さんの元へと向かう八幡の背に向けてチノはぼそりと呟いた。

 

「……せっかくココアさんもリゼさんもいなかったのに」

 

そんなチノの呟きは誰の耳に入る事もなく虚空に消えた。

 

「お待たせいたしました。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

八幡のできる限りの営業スマイルで、青山さんに対応する。

こんなところで黒歴史を暴露されたくない八幡は全力で青山さんを他人のふりをしているのだ。

 

だが、マイペースな青山はそんな事を気にした様子もなく話を切り出す。

 

「映画、いつにします?」

 

「あなたって人は」

 

はぁ、とため息をつき諦めたように接客モードをオフにする八幡。

 

「私、八幡の連絡先を知らない事にあの後気づいたので、ここに来ちゃいました」

 

「……それは盲点でした」

 

八幡が事前に青山さんに連絡先を教えていたのならば、わざわざラビットハウスにまでこんな話をしに来なかった訳だ。

 

「あ、そういえば気が付いたんですけど、私が呼び捨てにする人って八幡一人だけなんですよ」

 

「……どう答えろと?」

 

「高校時代からの付き合いの編集さんもちゃん付けですし、静さんにも敬称はつけてます。……ね?」

 

「いや、だからどう答えろと」

 

キャンプの日に、ほとんどその場の流れが原因とはいえ、青山さんが八幡を呼び捨てにするようになったが、他の人の敬称は外れないようだ。

 

「それに初めて敬称をつけなかった人が男性なんですよ?人生って何があると分かりませんねぇ」

 

「ブルーマウンテンでよろしいですか?かしこまりまし「わー、すいません、本題に移ります」はぁ」

 

「今度の休日、土曜日の朝十時はどうでしょうか?」

 

漸く本題に移った青山さんに少し呆れつつも、八幡は答える。

 

「わかりました。場所は?」

 

「いつもの公園で」

 

「了解です」

 

前置きだけでどれだけ時間をかけたのか、本題の短さでより青山さんのマイペースさが露呈する。

 

「では、映画の際に、先ほどの話の続きをしましょうね?」

 

「結構です」

 

「ふふふっ、あ、ブルーマウンテンでお願いします」

 

「かしこまりました」

 

デート?の日程を決めるとそそくさと立ち去る八幡。

これ以上青山さんといると、キャンプに同行していたマヤメグの二人には何か勘付かれそうな気がしたのだ。

 

「チノ、ブルーマウンテン。配膳はマヤかメグに任せる」

 

「………楽しそうでしたね」

 

「どこをどう見たら楽しそうに見えたんだ」

 

「口では無愛想でしたけど、顔はそうでもありませんでしたよ」

 

「……自覚はないんだが」

 

プイッと八幡から視線を外すとコーヒーを淹れ始めるチノ。

何故か怒っているチノに八幡は困った表情をして、チノの友人であるマヤメグに視線を送る。

 

「チノが拗ねてる!」

 

「チノちゃん拗ねてるのー?」

 

「え、なんで?」

 

「拗ねてません!」

 

マヤが拗ねてる、なんて適当な事を切り出すものだからメグと八幡もそれに便乗。

 

心外な事を言われたチノは余計に機嫌を悪くする。

 

「おい、余計に機嫌悪くなったじゃねぇか」

 

「……ゴメン」

 

「マヤちゃーん!」

 

どうする?と三人が作戦会議。

三人寄ればなんとやら、である。

 

「あぁ!メグ、あんなところにゾンビがー」

 

「キャー、こわいよー」

 

「………」

 

「これはバリスタの力で倒してもらうしかない!」

 

「お願いチノちゃん!」

 

なぜかゾンビ役をやらされる事になった八幡。

これでチノの機嫌が良くなるならばゾンビ役をやるのも吝かではないのだが、八幡としては、こんな寸劇でチノの機嫌がよくなるとは思えなかった。

 

「メグさん。遊んでないでコーヒーを持って行ってください」

 

「「ダメだった!?」」

 

「当たり前だ」

 

何故こんな寸劇でチノの機嫌がよくなると二人は思ったのか謎である。

 

「むー、チノ、笑ってくれると思ったのに」

 

「笑っても嘲笑止まりだよ」

 

八幡、マヤメグが困り顔をしていると、バタン!とかなりの勢いでラビットハウスの戸が開いた。

 

「ごめん!補習で遅れちゃったー!……えぇ!?私の制服を着た新人さん!?もしかして私リストラ!?」

 

ココア、襲来。

あぁ、面倒なのが来た。

そう八幡とチノは内心思っていた。

 

「チノー、いい加減機嫌直してよー!このさっき拾ったモコモコあげるからー」

 

どこから拾ってきたのか、いつもはチノの頭に乗っているはずのティッピーがマヤの腕の中にいる。

 

「リゼちゃんが縮んだ!?……あれ、違う人?」

 

「リゼ?この制服の持ち主?……あ、銃が入ってる」

 

制服のポケットから銃を取り出すマヤ。

リゼはなんて物を制服に忍ばせているのか。

 

「マヤさん、そんな物騒なものと一緒にティッピーを持たないでください!」

 

「チノちゃん、状況説明してよぉ!」

 

先程から何の説明もなしに八幡、チノの正規ラビットハウスメンバーからことごとく無視を食らっているココアがついにチノに泣きついた。

 

「はぁ、二人は、私のクラスメイトのマヤさんとメグさんです」

 

「マヤでーす」

 

「メグでーす」

 

「……後二人増えたら悪と戦えそうだね?」

 

それはなんてプリティーでキュアキュアした戦士の話なのだろうか。

 

「ばっかお前、プリキュア舐めんな!中高生なら誰でもなれるわけじゃねぇんだぞ!」

 

「なんか怒られた!?」

 

先程までココアをスルーしていた八幡がプリキュア、またはそれに準ずる話題になった途端に話に参加し始めた。

 

「チノちゃんいいなぁー、こんな優しそうなお姉さんがいて。それに、八幡くんもいるし」

 

純粋なメグの掛け値なしの賛辞が送られる。

 

「いえいえ、姉らしい事なんてなにもー。あっ、これ、パンのおすそ分け!」

 

「更に料理もできるなんて!」

 

「ココアさんはパンしかまともに作れないんですよ!騙されないでください!」

 

ココアの出来る姉イメージを払拭しようとチノはメグの眼を覚まさせようとする。

メグは純粋で物事を簡単に信じ込みやすい性格をしている。

 

人と関わるのがあまり得意ではないチノにはいい友人だなぁと、八幡は兄のような事を一人考えていた。

 

バタン!

 

ココアに引き続き、またもや荒々しくラビットハウスの戸を勢いよく開く人が一人。

 

リゼである。

 

「すまない!部活の助っ人に駆り出されて!」

 

「リゼちゃーん。見てみて、私の新しい妹たち!」

 

「よくわからんが嘘をつくな嘘を」

 

「リゼ、よく来てくれた!」

 

八幡が、救世主!といった表情でリゼに呼びかけた。

 

「八幡に何があった!?」

 

先ほどからツッコミの出来る人間が不足していたので、八幡一人では手に負えなかったのである。

いつもならば真人間のチノすら、今回はなぜか機嫌が悪く、八幡の味方にはなってくれない様子。

 

「このモデルガンとコンバットナイフってお姉さんの?」

 

「ああ、あと、リゼでいいぞ」

 

「お前はなんてモンを制服に忍ばせてんだ」

 

一気に賑やかになったラビットハウス。

客からすればなんとも居づらい空気なのだろうが、幸いにも今客としてここにいるのは青山ブルーマウンテン一人。

 

そんな青山さんは騒がしくするココア、マヤ、メグ、リゼの輪から抜け出しているチノを見逃さなかった。

 

ちょいちょい、とチノに向かって手をこまねく青山さん。

チノはそれを追加注文だと思い、青山さんの元へ。

 

「お待たせいたしました」

 

「ラビットハウスのマスターのお孫さん、ですよね?」

 

「はい、そうですが」

 

注文ではない話しぶりに、チノは少し尻込みしてしまう。

八幡と先ほど仲よさそうに話しをしていた人なので、悪い人で話はないのは分かっているが、顔を知っているだけで親しく話すのはチノには難易度が高かった。

 

「何か、悩んでいらっしゃる様子。深くはお聞きしませんが、とても、“大切な方達”に囲まれているのですね」

 

チノは、青山さんの言葉を聞くと、まだ賑やかに話をしている彼女らへと眼を向ける。

 

「はい。私の、友達です」

 

チノは八幡に対して怒っているわけではない。

確かに、八幡と二人きり、というのはチノが少なからず望んでいる状況ではあるが、それ以上に“みんなといる時間”がチノにとっては大切なもの。

 

だが、チノを取り巻く環境が八幡、ココアの襲来によって変わった。

 

その結果、以前はチノを中心に置いていた環境が変わり、八幡、ココアと中心にいる人物が増えた。

それにより、チノが少し孤独を感じてしまっても仕方のない事だった。

 

「そう友達。でしたら、尻込みする必要はないはずです。見たところ、みんなあなたの事がお好きな様子ですよ」

 

「………有難うございます」

 

ペコリと深く礼をするとチノは輪の中へと入っていく。

 

「有難うございます。翠は、人の相談に乗るのが得意なんですね。……俺の時みたいに」

 

チノの様子が少しおかしい事に気がついてきた八幡。

だが自分では何かをしてやる事はできない。

 

だから、八幡は青山さんを頼った。

 

何か青山さんに直接頼んだわけではない。

ただ、キャンプの時のように、八幡は翠に目で訴えただけ。

 

翠はその視線に込められた八幡の想いを正確に読み取った。

それだけの話。

 

「ふふふっ、これでも、人生の先輩ですから。見栄を張っているだけですよ」

 

「……翠には、頭が上がりません」

 

八幡は青山さんと話をしながら、賑やかな輪の中で普段は冷静なチノが、年相応に小さいながらも笑みを浮かべているのをじっと見つめていた。

 

 

 

 

 

 




……あぁ、チノの相談相手、最初は八幡のつもりだったのに、青山さんの圧倒的オーラに敗北した。

感想評価、待ってまぁす!


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第二十四羽

遅れました。難産でした。
そして、分割です。

べっ、別に続きを書き終えるのに時間がかかるから分割投稿したわけじゃないんだからね!


静かな公園の中、ふと見渡せばうさぎがちらほらと飛び跳ねている。

少しずつ高い位置へと登りつつある日は木々の間からそのうさぎ達を優しく照らしている。

 

朝の優しい日が木々を通し優しくうさぎ達を照らし出す。

そんな、この街ではありふれているようで、意外に目にできない風景。

 

それを見ているだけでも、暇をすることはない、そんな風景。

 

休日の朝十時前。

普段から仕事をしている大人達も一部を除き休み。

朝から公園に来るような人など、朝のランニングでも日課にしているような人間か、比企谷八幡のように、誰かと待ち合わせをしているような人間だけである。

 

「……小町め」

 

青山さんとのデート(仮)当日。

まだ青山さんとの約束の時間までは時間が少しあるのにも関わらず、八幡が公園のベンチで一人座って待っているのは小町が「女の人は待たせちゃダメ!」なんて言い八幡をさっさと家から追い出したからである。

 

だが、早く家から追い出されたおかげか、普段ではあまり眼にできないような風景を見ることができたのだから早起きは三文の徳という言葉もあながち間違ってはいないな、なんて八幡は考えていた。

 

「おはようございます」

 

そんな文学少年的な思考にふけっていると、耳に覚えのある声が八幡の耳に届く。

 

八幡の目にはいつものように大人ながらも少しあどけなさが残る青山さんが映る。

 

「おはようございます」

 

「待たせてしまいましたか?」

 

「数分ほど。まぁ、俺が早く家を追い出されただけなので気にしないでください」

 

「……いまのやり取り、恋人同士みたいじゃありませんでした?」

 

「行きますよ」

 

青山さんのからかうような言葉をガンスルー。

映画の時間までは少し時間があるが、このまま留まっていても八幡が青山さんにからかわれる運命が眼に見えていた。

 

「……男の人と並んで歩くのも、八幡が初めてかもしれないです」

 

「どんだけ周りに男性がいないんすか」

 

「八幡とタカヒロさん、マスター以外の男性とは特に話をしたこともありません」

 

青山さんの様な大人の女性が、周りに男の影すら見えないなど、八幡からすれば意外にもほどがあった。

 

確かに青山さんは恋愛関係にとても疎い様子だが、容姿端麗、性格もおっとりしていて優しく、この若さにして小説家として大成功を収めている。

詰まる所、超優良物件である。

 

男よりも男らしい平塚先生ならばまだしも、そんな青山さんが男性と恋愛関係を作ったことがないのは驚きを隠しえない事実である。

 

「八幡だって静さんが『比企谷は見た目通りのダメ人間だから彼女なんてあと数十年はできないぞ!むしろ、私より先に結婚なんてしやがったら許さん』とかっておっしゃってました」

 

「平塚先生どんだけだよ」

 

「静さんは男らしいですね」

 

「男らしすぎですよ。……平塚先生、普通にしてれば優良物件なのに」

 

平塚先生も容姿も悪くなく、高校教師という安定した職についており、男らしすぎる性格と、結婚関係のことにがっつく悪癖さえ直せば結婚も遠くはないだろう。

 

「静さんはそろそろ婚期を逃してしまいますから」

 

「……その理屈で言えば、翠もそろそろ婚期、逃しますよね?」

 

その言葉で、青山さんは引きつった笑みを浮かべ硬直する。

八幡は意図せず地雷を踏み抜いてしまったようだ。

 

「………その時は、静さんと二人一日中飲み明かします」

 

「平塚先生も結婚出来ない前提な口ぶりですね?でも、翠が一人行き遅れる可能性もーー」

 

そこまで八幡が口に出した時、ガシッと青山さんは八幡の肩に手を置いた。

その意図を八幡はうまく汲み取れていなかったし、青山さんの顔は俯いていて表情をうかがうこともできない。

 

程なくして、青山さんは顔を上げイイ笑顔で八幡に告げる。

良い笑顔ではない。イイ笑顔で、である。

 

「その時は八幡に貰って貰いますね?」

 

男ならば多少なりともときめくセリフ。

だが、八幡は背筋に悪寒を感じた。

 

その笑顔と言葉の裏で「これ以上言及したらーー、ワカルナ?」と耳元で低い声で囁かれたような錯覚に八幡は陥った。

 

「………ごめんなさい」

 

「ふふふっ、いつか隣に素敵な男性を侍らせて、行き遅れた八幡を笑ってあげますね?」

 

「いや、マジでごめんなさい。だから、その笑顔を引っ込めてっ!」

 

数分後まで、青山さんはその笑顔のままだった。

 

 

 

映画館に到着すると、流れるように青山さんはポップコーンのLサイズ一つに、コーラのMサイズを二つを注文。

コーラを一つ八幡へと差し出す。

 

「ありがとうございます。いくらでした?」

 

「大丈夫です。私が誘ったんですから、私が払います」

 

「いや、でも」

 

「いいんです。むしろこれだけの出費であの外出をあまりしたがらないことで有名な八幡を連れてこれたなら安いものです」

 

「いや、どこで有名なんすか」

 

「静さんからの情報です」

 

八幡は別に平塚先生にそんな情報を与えた事はなかったのだが、八幡からにじみ出るオーラが既に自宅にこもる人間のオーラだったのだろうと勝手に解釈する。

 

「それに、私大人ですから、子供の分を払うのは当たり前ですよ?」

 

「いや、高校生はすでに子供から脱却してるようなーー」

 

「人の胸の中で泣いちゃうような子は子供だと思いません?」

 

「ちょ、いや、その、スンマセン、黙るんでその事を掘り返すのは勘弁してください」

 

自らの黒歴史をほじくり返された八幡はあえなく撃沈。

大人しく青山さんの厚意に甘えることにした。

 

「ふふふっ、この話をすれば八幡は大人しくなってくれるんですね。一つ、いいことを見つけてしまいました」

 

「いや、そんなことすぐ忘れてください。できれば俺が羞恥心で死ぬ前に」

 

「先ほどの婚期云々の話の仕返しだと思ってください」

 

「くそっ、何故だ数分前の俺!なぜ俺はあんなことを!」

 

もはや八幡のキャラがブレッブレになってきたところで青山さんの仕返しは終了。

シアター内に入ると大人しく観客席に腰掛ける二人。

 

周りを見渡せば大盛況、といった様子ですでに客席が埋まりつつあった。

 

「はい、ポップコーンは私の膝の間に挟んでおいておくので、好きに取っていってくださいね」

 

肘掛にはコーラを置いているので、ポップコーンは置けない。

それで仕方なくと言った様子で青山さんは自らの太ももでポップコーンのカップを挟む。

 

「いや、もうその時点で取る気なくなったんですけど」

 

「?」

 

八幡は映画館などという暗闇の中で、女性の太ももに挟まれたカップの中にあるポップコーンに手を伸ばす度胸など微塵も有りはしなかった。

 

青山さんは案の定そういったことには鈍い様子で首をかしげる。

 

そうこうしているうちに、CM、最新映画情報が流れ出す。

 

そこまでくると、流石に私語を慎み、映画を見ることだけに集中し始める。

 

定番の映画泥棒のパントマイムも終わり、青山ブルーマウンテン作、『うさぎになったバリスタ』がスクリーンに映し出される。

 

八幡は原作ファンで、映画化すると聞いたときにはどうなることかと心配したが、いざ見てみると青山作品の強みがよく表現されているなと感心しながらもスクリーンを見つめる。

 

が、不意に八幡の肩に何か力が加わるのを感じた。

こちら側には青山さんが座っていなかったか?と思いつつ隣に目を配るとそこには八幡の肩を枕代わりとしてねむりこける青山ブルーマウンテンの姿があった。

 

おい原作者!と八幡は青山さんを起こそうとしたが、青山さんのあどけない寝顔をみると、起こすことが申し訳なく感じてしまい、起こすことを断念。

 

だがその判断は愚策となる。

この状態では自らの青山さんの頭が載せられた肩から香る女性らしい、いい匂いがすることに八幡は悩まされることになってしまった。

 

そして八幡は中盤以降の映画の内容を、あまり集中して見ることができなかった。

 

 

 

映画も終わり、映画館の外へと出た二人。

 

「本当にごめんなさい」

 

「いや、気にしてはいないですよ」

 

青山さんは映画鑑賞後に八幡の態度がギクシャクしてしまっていることを、八幡の肩を枕にしてしまったことに腹を立てていると勘違いをしているようだ。

しかし、実際は、いい匂いのした青山さんと目を合わせるのが気まずいだけなのである。

 

「しょ、しょんな事よりも、翠は映画なんで途中で寝ちゃったんですか?」

 

なんとか動揺を隠そうと話題転換を試みる八幡だが、噛んで、吃って、目線がブレブレの三拍子で全く動揺を隠せていない。

 

「え、えーと、昨日、つきっきりで編集さんに小説書かされていて眠かったんです」

 

「いや、映画行った意味ないじゃないですか」

 

「いえ、八幡とこうして喋れてるので私は満足だったりします」

 

「それとこれとは別でしょうに。てか、俺と喋ることなんて罰ゲームと等しいですよ。あっ、目から汗が」

 

そんな卑屈なことを口にする八幡に表情をムッとさせる青山さん。

 

「八幡はまだそんなこと言ってるんですか?もう一度胸を貸しましょうか?」

 

「………け、結構です」

 

「いまの間はなんですか?」

 

「なんでもないです」

 

決して青山さんの胸に視線をやったことで、八幡の理性が揺らいだなんてことはない。

 

「さて次はどこへ行きましょうか?」

 

一度気持ちを切り替え、デート(仮)の今後についての話題を振る青山さん。

 

「え、映画終わったから帰るんじゃないんですか?」

 

しかしやはりそこは八幡。

安定の帰宅宣言である。

 

「だめです。珍しく今日は私の編集さん公認の休暇なので、めいっぱい遊ぶんです」

 

「その割りには映画寝てましたけどね」

 

「あ、あはは〜」

 

笑ってごまかす青山さんに呆れた様子でため息をつく八幡。

二人のお決まりのやり取りになってきたような気がするのは気のせいではない筈である。

 

「で、どうしましょうか?時間的にはお昼ですが、八幡は何かいいお店を知ってませんか?」

 

「サイゼですかね?」

 

「却下です」

 

笑顔で即答され、解せぬ、という顔をする八幡。

 

「八幡、仮にも女性と二人でお出かけしているんですよ?そこは男の見せ所だと思うんです」

 

「男女平等論を押す俺はそんな固定観念にはとらわれないんです。なんなら全部女性に丸投げするまであります」

 

「で、どうしましょうか?時間的にはお昼ですが、八幡は何かいいお店を知っていませんか?」

 

「無限ループって怖くね?」

 

八幡は仕方なく、女性受けをしそうな店を頭をフル回転させ探す事にした。

 

 

 

余談ではあるが、結局昼食は青山さんのチョイスした店で済ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後半に続く。(後半もまた難産な模様)
分割しなかったらもう一週間くらいかかりそうだったので分割です。
でも分割したらしたでまた遅れそうな気がーーゲフンゲフン、まあ、頑張って投稿速度を上げます。

そしてこの話を投稿して「あれ?青山さん回多くね?」って思った。
次終わったらメインヒロイン攻略再開するから待って!
マジで!

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第二十五羽

な、難産でごぜぇました。
時間かかった割に5000字程度と少ないですが、楽しんでいただければ幸いです。


現在、八幡と青山さんは本屋へと赴いていた。

二人の共通の趣味といえば、本関係のものなので、必然的に二人は本屋へと行き着いた。

 

「そんじゃ、三十分後に出口に集合で」

 

「え?」

 

青山さんは流れるように別行動を取ろうとした八幡に一瞬惚けたような顔をしたが、すぐに我に帰る。

 

「え、何か問題が?」

 

「いえ、なぜ当たり前のように別行動をとろうとしているんですか?」

 

「本屋で一緒に行動とか、意味あります?」

 

「今、執筆が滞っているので、なにか刺激にならないかな、と」

 

八幡の見て回る本は基本的にライトノベル系の本である。

対して青山さんはそっちの方面の本については疎い。

 

それ故に、行動を共にしても八幡は青山さんを楽しませることはできないと判断しての別行動のつもりだったのだが、青山さんとしては納得がいかないようだ。

 

「でも、俺が見るのはライトノベルですよ?青山さんのような純小説家には肌が合わないかと」

 

「私は確かにそっち方面の作家ではありません。ですが、ライトノベルからでも学ぶものがあるんです」

 

「まぁ、俺は構いませんが……こう言っちゃあれですけど、世間一般ではドン引きされるようなものがあったりもしますよ?」

 

本当にいいんですか?と念を押す八幡。

 

「ええ」

 

仕方なしと言った様子で、青山さんを引き連れライトノベルの棚へ。

 

ライトノベルの棚を見つけ、一瞥。

パッと見ただけでもだいぶ際どい表紙が数冊並んでいる。

 

一部の男子陣からすれば当たり前のような光景ではあるが、青山さんのような人間からすれば、だいぶいかがわしいものである。

 

「………」

 

八幡は黙って自らが読んでいる数シリーズの最新刊が出ていないかを確認する。

 

青山さんは珍しげに、ライトノベルを手に取っている。

その表紙は、所謂裸ワイシャツな少女が描かれている。

 

「これは……いかがわしいです」

 

「ライトノベルとは、こう言うものです。翠には馴染みがないでしょう」

 

「ええ、八幡を含めた一部の人はこのようないかがわしいものを読んでいるのですね」

 

「いや、いかがわしいもの、と言う表現方法には語弊があります。これは、世の人間を釣るためにこのような表紙にしているだけで、内容はそこまでいかがわしいものにはなってないです」

 

八幡の言い分は正しいが、一部のラノベには表紙のようにいかがわしいようなものも存在するが、R18には達しないものばかりなので、問題はないはずだ。

 

「ちなみに、この作品はどの様な内容なのかご存知ですか?」

 

「俺はそれ読んでないんで詳しくは知らないんすけど、恋愛学園日常流血系SFバトルファンタジー、みたいなコンセプトらしいですよ」

 

「………すいません、もう少しゆっくり言ってくれませんか?」

 

「SF異世界転移系日常パンデミック戦記です」

 

「あら?さっきと違いません?」

 

「気のせいです」

 

ラノベに疎い青山さんからすれば、そのラノベのコンセプトはまるで呪文のように聞こえたことだろう。

 

「………八幡はこのような本がお好きなのですか?」

 

「そう言うわけではないですよ。最近はそっち方面に走っていますが、多方面に手を伸ばしてるので。でも、まぁ、好きですよ」

 

別に八幡はライトノベルだけを好んで読んでいるわけではない。

友達などいなかった八幡は、昔の名だたる文豪達の書いた名作は既にほとんど読破したし、読み返しもした。

 

中学生後半辺りから、中二病の発症に伴いラノベに手を伸ばし、その影響で、現在も読んでいるというだけの話だ。

 

「……私も、こういうものを書いてみようかと思います」

 

「翠は今の作風で全然構わないと思うんですが」

 

「いいえ、今の時代、時代の流れについていけない者はすべからく取り残されてしまいます。なら私も、新たな波に乗ろうと考えているだけです」

 

「で、本音は?」

 

「新作のネタが思いつかないので、新しい方面に手を伸ばそうかと」

 

編集さんも大変である。

実は今日の休日は、本のネタが切れてしまった青山さんの気分転換のために与えられようなものだったりする。

 

が、いざ担当の小説家が戻ってきたらラノベの知識をこさえて帰ってくるなどと予想できるはずもない。

 

「……別に、他のジャンルからネタを引っ張ってこようとしなくてもよくないですか?」

 

「どうしてでしょうか?」

 

「うさぎになったバリスタのモデルってラビットハウスですよね?」

 

「はい。そうですよ。私が学生時代の頃のラビットハウスをモデルにしています」

 

「それなら、今のラビットハウスをモデルにしてみるとか。幸いなことに、今のラビットハウスとその周りは愉快になっています」

 

天然自称姉、軍人少女にマイペース和菓子屋、カフェインアルバイターに中学生三人組。

そんな愉快な人間が集まるラビットハウスを題材にしようと思えば、いくらでもネタが出てきそうなものである。

 

「………言われてみるとそうですね。ちょうど近くに、面白い人もいますし」

 

「……なんで俺の方をじっと見つめてるんですか」

 

「うふふっ」

 

八幡の問いに答えない青山さんだが、青山さんの不穏な笑いに意図を理解した八幡。

 

「いや、俺とかモデルにしたら完全ぼっちのイタイ小説の出来上がりですからやめた方がいいですから」

 

「さて、題材も決まったことですし、取材のため図書館でお話を聞いても?休日にまで仕事をする作家にファンである八幡が協力しない、とかありませんよね?」

 

「ぐ、た、確かに俺はあなたのファンですが、俺じゃなくてもあなたの助けになる人物はいるはずでーー」

 

「八幡をモデルにしようとしてるんですよ?モデルである八幡以上に何かを与えてくれる人なんていませんよ」

 

「じゃあ、モデルを変えるとかーー」

 

「嫌です。決めました。私、八幡をモデルに書くこの本でベストセラーを取ります」

 

「いや、その心がけは立派ですが、いかんせんモデルが悪すぎるから」

 

なんとか説得をしようと試みる八幡だが、青山さんは頑なに譲らない。

だが、八幡としても、自分がモデルの小説など恥ずかしくて仕方がない。

 

「それでは、図書館に行きましょう」

 

「え、あ、ちょっ」

 

八幡の腕は、青山さんの腕に絡まれ、逃げることがかなわない様子。

 

ちなみに、その腕を組んだ二人は側からみれば年の差カップルに見えたとか見えなかったとか。

 

 

 

場所は変わって図書館の上階。

この階にはあまり人が来ないので、多少会話をしても問題ないのだ。

 

八幡としては、映画デート?に来たはずが、いつの間にやら青山さんの仕事の手伝い、ましてや自らがモデルの本の執筆に協力しなければならないと言うなんとも言い難い状況になっていた。

 

「八幡が人を信じられなくなった理由はキャンプの時に聞きましたし……あれからの心情の変化とかを聞かせてもらえればいいので」

 

「………真面目に俺を主役のモデルにするんですか?」

 

「はい」

 

「……まず条件として、俺の名前は絶対に伏せてください。そもそも俺の名前なんて知ってる人はごく僅かですが、それでもなるべく俺の名前は出さないでください」

 

妥協した八幡は、条件付きで、青山さんの取材を受けることに決めたようだ。

だがそれでも八幡の顔は渋い顔である。

 

「それはもちろんです。守秘義務、と言うやつですね」

 

「次に、名前だけじゃなく、完全に俺だとわかってしまう言動も避けてください。妹大好き!とか、マッカンうめぇ!とか」

 

「それこそ知っている人はごく一部の人だと思いますが……分かりました」

 

「とりあえずは、こんな感じです。あとは俺が羞恥心から読まないような作品に仕上げるのもやめてください」

 

「ふふっ、承りました」

 

はぁ、とため息をついた八幡。

ここまできてしまったのだから腹をくくるしかない、と自らの黒歴史を脳内からピックアップする。

 

「では、先ほどの質問。心情の変化ですね」

 

むず痒そうに、恥ずかしそうに、頰をかきながら八幡はあれからの自らの心の内を明かす。

 

「モカと翠に自分の過去と心情をぶちまけてから、だいぶ楽になりました。こんな馬鹿みたいな奴の、馬鹿みたいな言葉を最後まで聞いてくれた人って初めてでしたから」

 

ポツリポツリと話し始めた八幡の顔は赤い。

だが、それでも八幡が話をやめないのは、八幡なりの恩返し。

自分が変わるきっかけをくれた人への最大限の感謝である。

 

執筆活動への協力、なんて形で恩を返す八幡はやはり捻くれている。

 

「一度心に余裕ができて、よくよく考えてみました。ココアも、リゼもチノも千夜もシャロも、みんな俺のことを受け入れてくれた。モカなんて、隣に立ちたい(パートナーになりたい)なんて言ってくれた。でもそれは冗談なんかじゃなく、嘘なんかじゃなく、心からの言葉だって、気づけた」

 

八幡は傷つけられることを恐れていた。

そのせいで、自分に悪意なく近づいてくる人間ともどこか一線を引いてしまっていた。

 

それを取り除いてくれたのが青山翠と保登モカである。

 

「嘘と悪意であふれた現実の中に、本物があるって気づかせてもらえた。なら、その本物を得るに値する人間になるにはって考えた」

 

「だから、八幡のボッチオーラが薄れて、物腰が少し柔らかくなったんですね」

 

本物が手に入ってくるのを待つのではなく、手にするために自分から動く。

これまで受動的な八幡が、能動的に動いた。

 

「本物が欲しくても、自分が手を伸ばさないんじゃ手に入らないでしょう?」

 

「そうですね。……その本物って言葉の響き、好きです。使わせてもらっても?」

 

「構いませんよ」

 

青山さんも、八幡の言葉の一つ一つを真剣に受け止め、いつの間にやら手にしていた万年筆でメモ帳に書き込む。

 

休日の図書館で仕事をする青山さんと、その手伝いをする八幡。

二人とも進んで仕事をするようなタイプではないだけにひどく珍しい光景である。

 

だが、そう茶化す人など今はいない。

二人は図書館の閉館時間間際まで話を続けたのだった。

 

 

 

日は傾き、すでに薄暗くなってきている街。

二人は、本日のスタート地点である公園へと戻ってきていた。

 

「今日はありがとうございました。映画を見るのに誘ったのに寝てしまったり、最後には私の仕事のお手伝いまでしてもらって」

 

「大丈夫です。なんだかんだ悪くはなかったですし」

 

楽しかった、とは言わないのが比企谷八幡である。

楽しかった、と言って仕舞えばそれこそ本物のデートのようになってしまう。

羞恥心から、八幡はそう口には出来ない。

 

「あ、そういえば思ったんですけど、私たち自然に呼び捨てで呼び合えていると思いません?」

 

「まぁ、そうですね」

 

「では今度はもう一段階上に行きましょう!」

 

「と、いうと?」

 

「敬語はやめてください。ちなみに私は敬語を外して喋ることはできませんから、八幡だけですけどね」

 

自分は敬語を外せないが、八幡は外せとなんとも強引な青山さん。

 

「てか、一段階上とか言ってますけど、最終的に何を目指すんすか」

 

「………ゆくゆくは私のゴーストライターになっていただけたらな、と」

 

「絶対やりません」

 

そのうち青山さん本人はゴーストライターに仕事を任せ放浪する未来が目に浮かんだ八幡は速攻でその申し出を断る。

 

「とまぁ、冗談はさておき」

 

「絶対冗談じゃなかったですよね?」

 

「八幡とこうして喋ってると、私は楽しいです」

 

青山さんからなんとも恥ずかしいセリフが飛んできて、いきなりのことに対応が遅れ顔を赤くして黙り込んでしまう八幡。

 

「ですから、もっと楽しく会話をするためには、敬語なんて言う見えない壁を取り除けばいいのでは、と思いまして」

 

「………まぁ、いいか。敬語っていうと敬われるべき人間に使うものだからな」

 

「……あれ?私、尊敬できませんか?」

 

「青山ブルーマウンテンは尊敬してますが、青山翠は尊敬してない」

 

きっぱりと断ずる八幡。

映画では誘った張本人が熟睡。

八幡を本の題材に選ぶという愚行。

数々の黒歴史の発掘及び増産。

 

これだけのことを一日に起されれば、尊敬の念も薄れると言うものである。

 

「結果的に敬語は外れましたが、釈然としません」

 

「だったらもっと尊敬されるような大人にならなきゃな」

 

「そうですね。私、クールでかっこいい大人の女性を目指してみようと思います」

 

「無理です」

 

「即答!?」

 

楽しそうに笑って話す二人。

敬語があってもなくても変わらない笑顔だが、青山さんはどことなく嬉しそうな表情を浮かべている気がしなくもない。

 

それは、八幡との距離が縮まったからなのか、純粋に楽しんでいるだけなのか。

 

本を書くために知った八幡の様々な姿。

 

きっと、その得た情報と、青山さんが知っている比企谷八幡の今の姿を合わせ本を書き上げた時、何かが変わるのだろう。

 

今はまだ(・・)恋愛感情を抱いていない。

だが、文字で青山翠の中の比企谷八幡を書き上げた時、それは新たな姿へと変わる。

そんな予感が、青山さんの中ではあった。

 

「では、八幡。本当に今日はありがとうございました」

 

「俺もそれなりに楽しめた」

 

「今度は八幡が主役の映画を観に行きましょうか」

 

「昔の自分を映像で見るとかそれなんて罰ゲームだよ」

 

ははっ、とお互いに笑い合って一息。

 

(ベストセラー、必ずとります)

 

(期待してます)

 

最後に視線で誓いを再度伝える青山さん。

それに、視線で答える八幡。

 

そして、二人は踵を返した。

 

一人は本物に手を伸ばすため。

 

一人は本物に手を伸ばす男の物語を綴るため。

 

 

 

確固たる目標を持って、二人は帰路に着いた。

 

 

 




とりあえず青山さんのターンは一旦終了。
青山回が多い割に関係はじれったく進みませんが、あとはフラグを立ててありますので、お待ちください。

ごちうさ5巻を読んで、リゼの可愛さを再確認したからもしかしたらオリジナルリゼ回をぶち込むかもしれません。

感想評価をお待ちしております。


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第二十六羽

思いの外早く仕上がったので投稿。
最近は甘い感じが続いていたので、原作消化&日常回です。

ハッピーハロウィーン!で、ございます。


いつものように、客足の少ないラビットハウス。

その上に、いつも騒がしいココアが今はいない。

今ラビットハウスにいるのは八幡、チノ、リゼの比較的常識的な人間のみ。

 

つまりはーー、

 

「「「今日も平和だ(です)」」」

 

暇なのだ。

 

「ココアがマメの二人をつれて職業インタビューに行ってから騒がしかった店内が一転したな」

 

普段振り回されているリゼが素直な感想を言葉にする。

それには八幡もチノも激しく同意だった。

 

「ココアがいないと暇だな」

 

八幡も八幡で多様な捉え方のできる言葉を口にする。

 

「ココアさんがいないと余計なトラブルも起きませんからね」

 

「カップを割ったり立ったまま寝てたり、転んだり、いつもアイツは忙しいからな」

 

………………

 

訪れる静寂。

ムードメーカーであるココアがいなくなった途端に、会話のネタも、仕事も無くなって、ただただ暇な三人。

 

これはまずい、とリゼは焦ったように口を開く。

 

「このままだと殺られてしまう!」

 

「「なにに!?」」

 

「この空気にだ!」

 

ああ、面倒なスイッチが入った。

 

八幡とチノの心情は一致した。

二人はリゼとは違って、静寂を好むタイプ。

この空気は悪くはないと感じていたのだが、リゼに変なスイッチが入ったからにはこの空気は消えてしまう。

 

「働くんだ!動くんだ!このままでは死んでしまう!」

 

「………で、なにすんだ?」

 

こうなったからにはもう止めることは不可能と分かりきっているので、渋々ながら八幡はリゼの話を聞くことにした。

 

「よく聞いてくれた比企谷二等兵!」

 

「俺、一番下っ端なのね」

 

「この空気に負けないように鍛錬だ!」

 

「り、リゼさん、店内なので発砲とかはちょっと」

 

「そんなことはしない!私をなんだと思ってるんだ!」

 

無駄に高くなったリゼのテンションだが、ツッコミを入れるところは入れるという謎の器用さを見せるリゼ。

 

チノはリゼがいつ拳銃を取り出すか気が気ではない。

 

「まずは、客がいないうちにもう一度店内の掃除だ!急げ!」

 

ダダダダっと店の奥へ掃除道具を取りに行ってしまったリゼ。

その光景を見て困り顔で八幡に視線を送るチノ。

 

「は、八幡さん」

 

「チノ、諦めろ」

 

「………そうですね」

 

はぁ、とため息をついた二人は渋々とリゼの後を追い、掃除道具を取りに行く。

 

 

 

そこからラビットハウスの先ほどまでの静かさは一転しバタバタと激しい音をさせる空間へと変貌した。

 

「八幡!手が止まってるぞ!あと二分で窓拭きを終わらせろ!」

 

「め、めんどくせぇ」

 

「口答えするな!」

 

リゼは八幡に指示を飛ばしながら、自らも箒がけ。

八幡はどんよりとしたオーラを発しながらもダラダラと窓拭きをする。

 

「チノ!テーブルを拭き終わったらカウンターだ!」

 

「……リゼさん、今日そんな綺麗にしなくても」

 

「チノ、そんなことじゃあ大きくならないぞ!」

 

「これとそれにどんな関係が!?」

 

チノもなんでこんなことに、と文句をリゼに聞こえないように呟きながらもリゼの指示通りに働くチノ。

 

「おい八幡!私の死角でサボろうとしても無駄だ!罰としてお前の仕事は倍だ!」

 

「ぐっ、なぜバレた」

 

無謀にもサボりを敢行した八幡は無様にも仕事量を増やされる。

 

「こらチノ!これぐらいでへばるな!」

 

「す、少し休憩をーー」

 

「まだ始めたばかりだろう!」

 

「うぅ」

 

体力のあまりないチノが一息つけばリゼは目ざとく見つけてを動かせる。

 

「「なんでこんなことに」」

 

「こらそこ!聞こえてるぞ!」

 

こうなったリゼは手がつけられない。

リゼが納得するまで八幡とチノは働き続けるしかないのだ。

 

「次は倉庫の整理だ!」

 

私の後に続け!と片腕を築き上げリゼは倉庫へ向かう。

チノは店番にティッピーをカウンターに残し八幡と共にリゼを追う。

 

「八幡!」

 

「あいよ」

 

「え、えぇ……」

 

リゼを満足させなければ終わらないと判断した八幡は段々と仕事を真面目に取り掛かり始める。

 

リゼのアイコンタクトとよく意味のわからないハンドシグナルだけで八幡は的確にリゼの意思を汲み取り動く。

 

が、チノはリゼからの合図には対応できずにその場であたふたしている。

 

「チノ」

 

それに気がついた八幡は、普段のバイト時の様にアイコンタクトでリゼの意図を伝える。

 

リゼ→八幡→チノ、という面倒な意思伝達の仕方だが、言葉を使わない分圧倒的に時短になり作業効率は上がる。

 

リゼの指示通りチノがコーヒー豆の袋を種類ごとに分け、八幡とリゼが以前よりも取り出しやすい位置に移動させる。

なんだかんだ倉庫には物が置かれがちなので整理しなければ後から面倒なことになりかねない。

 

更にココアがラビットハウスにきてから、パン作りの為の道具なども倉庫に追加されたので、その確認と小麦粉やジャムの在庫確認も忘れず行う。

 

リゼと八幡が細かく在庫をチェックして、チノがそこから判断し発注すべき品をピックアップ。

後でタカヒロさんに報告するためにメモを取る。

 

タカヒロさんはこの喫茶店のマスターとはいえ、主に夜のバータイムで働いて昼はアルバイト組に大体を任せているので、こちら側の確認等は月に一、二度程度の頻度でしか行わない。

 

故に、アルバイト組がこうして偶に確認する必要があった。

 

「ん、八幡さん」

 

「分かった。リゼ」

 

「分かった、私と八幡ですぐに行ってくる」

 

数あるコーヒー豆の一つの残りが心もとなくなっている。

チノは時間が空いている今仕入れた方が良いと判断し、八幡とリゼに買ってくるよう頼んだのだ。

 

それだけのやり取りを名前を呼んで、少しの情報を与えただけで大体理解してしまうこの三人も中々に壊れてきている。

 

最初は面倒臭がっていた八幡とチノも笑顔を見せながら働くようになっていた。

 

 

 

そんなこんなで仕事は一通り終了。

 

「「つ、疲れたぁ」」

 

八幡とチノはだらしなく客席に座り、机に突っ伏していた。

 

「お疲れ様」

 

あまり疲れを見せていない様子のリゼは、二人を労う様に、二人の好みに合わせて作られた甘めのコーヒーをコトリと机に置いた。

先ほどまであんなにも面倒臭かったリゼが急に女子力高めの乙女になったことに八幡は呆れつつもコーヒーに手を伸ばす。

 

「おぅ、サンキューリゼ」

 

「ありがとうございます」

 

「私も休憩」

 

リゼも先に座ると三人でコーヒーを啜る。

先ほどまで騒がしかったのがまた一転して落ち着いた空気が戻ってきた。

 

「………もう、当分は働きたくない」

 

「八幡さんがまた変なことを……と言いたいところですが私も同じ気分です」

 

「まったく、二人は軟弱な精神が染み付いてるぞ!」

 

「お前と比べればそりゃそうだろ」

 

流石のリゼもこのタイミングで口答えした八幡に何かペナルティを課すような鬼のようなことはしなかった。

 

「……そういえばチノは職業インタビューはいいのか?」

 

「私は父にインタビューしたので問題ありません」

 

「「なんかずるいな」」

 

「ずるくないです」

 

学校の宿題を簡単に終わらせられるような環境にいると、他の人から羨ましがられるものである。

 

「そう言えば私もやったな、職業インタビュー」

 

「お前のことだから軍事基地とかに行ったりしたのか?」

 

「リゼさんが訓練に混じってても違和感ないです」

 

「本当に失礼だなお前ら!………私は花屋にインタビューしたよ」

 

「何その乙女。誰だよ」

 

先ほどまで軍隊じみた仕事をやらされていた八幡は信じられないとばかりにツッコム。

 

「あの時は私も幼かった」

 

「いや、普通のことだと思いますが」

 

「リゼってたまに乙女な一面が見え隠れするよな。なんなの?乙女なの?」

 

「乙女だよ!」

 

先ほどの苦行の仕返しのようにリゼを弄る八幡。

チノもそれを咎めるようなことはせず、むしろ援護する、と言うような雰囲気すら出している。

 

「そうですよ八幡さん。リゼさんは可愛い乙女じゃないですか」

 

「ふむ、そうか、そうだったな。リゼは可愛い乙女だったな」

 

「な、な、な、かわ、可愛いなんてぇ……」

 

あの凛々しかったリゼの顔は赤くなり、声も尻すぼみに消えていく。

 

そんな姿のリゼを見て、攻撃するならここだ!と八幡の中の本能が叫ぶ。

 

「お前がいつもみたいにカジュアルな感じじゃなくて清楚な服を着ればロゼみたいに可愛らしくて美しくなれるのになぁ」

 

そう言って八幡はスマホのフォルダの中から先日撮影したロゼの写真をちらつかせる。

 

「なあっ!お、おい八幡!まだそれ消してなかったのか!」

 

「ロゼさん、いつになったらラビットハウスに来てくれるのでしょうか?」

 

チノはロゼの正体がリゼだと言うことに気がついていないので純粋にそんな言葉を発するが、リゼとしてはあの姿はただの黒歴史。

できれば触れてもらいたくない話題である。

 

「チノ、ロゼは優しいからきっときてくれるさ。なぁ、リゼ。お前もそう思うだろ?」

 

「お、お前ぇ」

 

「そうですね、ロゼさんのような美しくて誠実そうな方が約束を破るとは思えませんから」

 

「ぐ、は、八幡!」

 

チノからの純粋な信頼により、罪悪感に苛まれているリゼは、そのやるせない怒りと恥ずかしさを八幡に向けるほかなかった。

だが、チノの前でそれをぶつけてしまえばロゼの正体がリゼだとバレてしまう。

 

これ以上近しい人にそれを知られてはリゼとしては生きていけないことだろう。

 

「さて、リゼ。何か言うことは?」

 

「……調子に乗ってすいませんでした。だからもうやめてくれーー!!!」

 

その後一週間は軍人モードリゼはなりを潜め、おとなしくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先日、30万UAを突破しました。
思いつき半分で書き始めたこの作品がこんなたくさんの方に読んでもらえるとは思ってもいませんでした。
これからも宜しくお願い致します。

それはさておき、原作2巻終了。
30話ちょいかけてようやく2巻。
5巻とか更にあと30話以上かかるんじゃね?

トリックオアトリート!感想評価くれなきゃイタズラするぞ!


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第二十七羽

うーむ、ペースが中々上がらないなぁ。





「見て見て八幡くん、私のティッピー!」

 

ココアは、ピンクの自転車を指差し、謎な発言をする。

ココアはこの自転車をチノがティッピーを頭に乗せているように頭の上に乗せるというのか。

 

「八幡、ココアの自転車の名前だ。ティラノピンク、略してティッピーらしい」

 

なにがどうなってそんな発想がココアの頭に浮かんだのかは全くわからない八幡だったが、問いただせば長くなると判断した八幡はこれ以上聞かないことにした。

 

「あ、そう。で、なんで急に連れ出した?」

 

「私、自転車乗れないから練習に付き合って欲しいんだ!」

 

「リゼ一人いればよくね?」

 

リゼは基本的になんでもできる女。

八幡が付き添う理由はない。

 

「ほら、リゼちゃんだけだと、ね?」

 

「あぁ」

 

八幡は先日のリゼ軍人モードを思い出した。

自転車の特訓ごときでそんなスパルタ訓練をされてはココアもたまった者ではないだろう。

だから八幡をストッパーとして呼び出したとそういうことらしい。

 

「とりあえず華麗にドリフトを決められるくらいには乗れるようになりたいな!」

 

「そんなの私もできないよ」

 

「「えっ」」

 

リゼがドリフトをできないと聞いて驚きの声を挙げる二人。

 

「おい、お前らは私をなんだと思ってるんだ」

 

「だってお前、休日とか自転車でその辺のチンピラ従えてドリフトとかウィリーとかやってんだろ?」

 

「やってない!」

 

「だってリゼちゃん休日はバイクで華麗に技を決めてるんじゃーー」

 

「免許持ってないし!」

 

「「さて、練習しようか」」

 

「投げっぱなしか!」

 

一通りリゼ弄りを済ませると自転車にまたがるココア。

サドルは意外と高くしてるように見えたのだが、余裕でココアは地面に足をつける。

 

足長い。

 

思えばココアも女子としてはなかなかの体をしているのだ。

いつものお馬鹿アンドあざといでココアを馬鹿にしてきた八幡ではあるが、そのことに今更気がついた。

 

「で、どうすんの?いきなり坂道でも全速力で下る?」

 

「えぇ!?私死んじゃうよ!」

 

「流石にそれは無理だろ。まずは足で地面を蹴ってバランスをとるところから始めよう」

 

「「普通だ!」」

 

「当たり前だ!」

 

………。

 

チラッ、チラッ。

 

………チラッ。

 

「なんだよ」

 

「後ろで支えてくれないの?」

 

またがったまま、足を動かさずに八幡とリゼの方ばかりに目線をやっているかと思えば、そんなことを期待していたようだ。

 

「リゼ」

 

「普通は男のお前がやるんじゃないのか!?」

 

「リゼちゃん!」

 

「……わかったよ」

 

「リゼちゃんはいい教官になれるよ」

 

「そ、そんなに褒めてもスピードしか出ないぞ!」

 

ギュオオォォォ。

 

そんな効果音がつきそうな勢いでリゼは自転車を押し始める。

 

「ちょ、り、リゼちゃんはや、速すぎ!は、八幡くーーーん」

 

だんだんと遠ざかっていくココアの悲鳴。

もうこのまま帰ってもいいのではなかろうかと八幡は考えたのだが、後で面倒な事態になっても困るので、歩いてついていくことにした。

 

 

 

それから数十分後。

ココアの特訓は順調に進み、とりあえず自分一人で走行することはできるようにはなったのだが、なにぶん不安定なので、未だにリゼと八幡はすぐにフォローできる位置に陣取っている。

 

すると、ココアはバイトに向かう途中のシャロを見つけ、近づいていく。

 

キキッ。がしゃん。

 

ブレーキをかけたのだが、そこでバランスを崩したココアは転んでしまう。

 

唐突に目の前に現れ、自転車で転んだココアに驚くシャロ。

そんなシャロにココアは自転車の荷台を親指でクイッと指差しながら一言。

 

「乗ってく?」

 

「今転んだわよね!?」

 

当然のツッコミである。

 

「すまんなシャロ。バイトまで時間はどれくらいだ?」

 

シャロに申し訳なさそうに問いかける八幡。

その声でシャロは八幡とリゼの存在に気がついたようだ。

 

「あ、八幡にリゼ先輩。えと、あと十数分ね」

 

「バイト先まで、ココアに付き合ってくれないか?二人乗りのコツを掴みたいらしくてな」

 

一人での走行すらも不安定なココアだが、目標は高く、チノを後ろに乗せて走行すること。

故に、今補佐がいるこのタイミングで練習しておきたいのだろう。

 

「まぁ、それくらいなら。その代わり、安全運転しなさいよ!」

 

「任せてよ!」

 

シャロを荷台に乗せ、走り始めたココア。

しかし、まだ慣れてもいないからか、グラグラと揺れながら自転車は進んでいく。

 

八幡とリゼは先程よりも早足ですぐフォロー出来るように並走する。

 

ぐらり。

 

「キャッ」

 

案の定、ココアの自転車のバランスは崩れ、後ろに乗っていたシャロの体は自転車から離れ横に投げ出してしまう。

 

八幡はすぐにそれに反応。

倒れて来たシャロの体をすぐに受け止める。

 

その結果、八幡の腕の中にシャロがいるという、道端で抱き合うカップルのように見えてしまってもそれは仕方のないことなのだ。

 

「大丈夫か?」

 

「え、えぇ、ありがとう」

 

すぐにシャロの無事を確認し、無事だったことにホッとする八幡。

シャロも、助けてくれた八幡の目をしっかりと見て礼をする。

 

その後数秒間、そのままの体制でじっと二人は見つめ合ってーー

 

「私の方も心配してよぉ!」

 

ココアの叫びでハッと我に帰る二人。

すると、今の状況を理解した八幡とシャロは顔を赤く染めてバッと体を離す。

 

「す、すまん」

 

「い、いや、べべ、別に大丈夫!」

 

「リゼちゃーん!八幡くんとシャロちゃんがラブコメしてて構ってくれないよぉ!」

 

「元々はお前が倒れたことがきっかけだろ」

 

リゼに泣きついたココアだがリゼにもあしらわれてしまい涙目のココア。

 

「さ、さあ!もう一度頑張るのよココア!」

 

恥ずかしさを誤魔化すように大きな声を出して、もう一度自転車の荷台に乗るシャロ。

 

「……いいなぁ」

 

ココアがポツリとそう漏らした言葉は幸いなことに、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

シャー。

 

タッタッタッ。

 

無事シャロをバイト先に送り届けたココアはほぼ完璧に自転車を乗りこなせるようになっていた。

そのため、八幡とリゼはランニング。

 

あまり体力がある方ではない八幡としては困りものだが、リゼも同じ距離を走っているので、男子としては女子に負けたくはないという無駄なプライドによって走るのをやめなかった。

 

「すごいじゃないかココア。こんな短時間で自転車を乗りこなすなんて」

 

走りながらココアに話しかけるというなんとも余裕なリゼ。息もあまり乱れておらず、八幡はギョッとする。

 

「えへへ、リゼちゃんと八幡くんのおかげだよ」

 

「俺はほとんどなにもやってねぇだろ」

 

「そんなことないよ?転んでも八幡くんが受け止めてくれるって信じてるから転ぶのが怖くなかったもん」

 

恐怖心があるのとないのとでは上達速度が圧倒的に違うようだ。

 

「このまま気持ちよくて、どこまでも走れそうだよ」

 

「このままココアの家まで走っていくか!」

 

「行っちゃう!?」

 

「いや無理だろ。山とか登んないといけないだろ」

 

「それもそうだね。……あれ?八幡くんにうちの場所教えたっけ?」

 

「ん?……まぁ、なんでもいいだろ」

 

「そうだね!」

 

別にモカとのことを隠しているわけではないのだが、伝えたら伝えたで問いただされそうなので黙っている八幡。

 

「じゃあ、私の家は無理だから、リゼちゃんと八幡くんの家に寄ってから帰ろう!」

 

「「家にはいれないぞ」」

 

「送ってくだけだよ!?」

 

ココアのことだからずかずかと中に入っていくものかと、二人は思っていたのだが、流石のココアもそこまで常識がないわけではないらしい。

 

「じゃあまずリゼちゃんのお家だね!」

 

「よし、じゃあ、スピード上げるぞ!」

 

「よーし、負けないよ!」

 

唐突にスピードを上げたココアとリゼに、出遅れた八幡。

体力もそんなに残っているわけではなく、見失わないのに精一杯な八幡であった。

 

 

 

リゼを家に送り届けた八幡とココア。

つぎは八幡が家に帰るだけなのだが、先ほどまでのダッシュで体力のそこが尽きた八幡は、息を荒げ、リゼ宅から少し離れたところで息を整えるのに務めていた。

 

「はぁはぁ、なぜ休日にこんなに走らなければいけないのか」

 

「こ、ごめんね八幡くん。はい、お茶」

 

気を利かせて近くの自販機でお茶を買って来たココア。

流石に自分のために来てもらって走らせて、で申し訳なく思い始めたようだ。

 

「よし、八幡くん、私の後ろに乗ろう!」

 

「いや、なにがよし!だよ」

 

「八幡くんが疲れてるから私が乗せてってあげるってことだよ?」

 

「んなことはわかってる」

 

「なにがダメなの?」

 

恥ずかしいから、なんて八幡の口からはとても言えない。

なぜなら口にするのも恥ずかしいからである。

恥ずかしい、なんて言ってしまえば下心ありありなのがバレてしまう。

 

ココアにそれがバレるということは即ち八幡が変態であるという情報が急速で拡散されるのと同義である。

 

「………ほら、あれが、それで、これだから無理なんだよ」

 

「え?なに?もう一回言って?」

 

「………いや、いいわ」

 

なんとか誤魔化そうと試みる八幡だが、遠回しな拒否はココアには通じず、直接も言えない。

一体どうすれば良いのか。

 

別に誰かの後ろになること自体は、モカでも既に経験済みであるが、モカの妹のココアにまで手を出してしまえばそれこそ誑しみたいになってしまう(手遅れな気がしなくもないが)。

 

「さあ、乗って!」

 

「いや、だから」

 

「……お願い」

 

「う、ぐっ」

 

涙目で、上目遣いで八幡を見上げるように八幡にお願いという名の絶対遵守の力をココアは発動させる。

 

「わかったよ」

 

「やったっ、じゃあ乗って!」

 

自転車に跨りココアは前を向く。

 

「乗った?」

 

「ああ」

 

「よーし、しゅっぱーつ!」

 

ガッ!

 

…………ガッ!

 

…………ガッ!

 

 

「進まない!?」

 

ペダルをどれだけ強く踏み込んでも前に進まない事に驚いたココアだが、すぐに元凶が誰だか理解する。

 

「もー、なにやってるの!?」

 

「いたずら」

 

八幡は荷台に乗らず、荷台を掴んで踏ん張り自転車が動かないようにしていただけである。

 

これが八幡のせめてもの抵抗なのだが、すぐに打ち砕かれ、渋々と荷台に座る。

 

「ほら、八幡くん、捕まって!」

 

「……あ、あぁ」

 

ギュッ。

 

「えへへぇ。八幡くんはあったかいね」

 

「うるさい」

 

よーし!と気を取り直してココアはもう一度息を吸って一声。

 

「しゅっぱーつ!」

 

「し、しんこー!」

 

いつかのように、暖かい存在に抱きつきながら八幡は声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 




モカの時の再現ですね。
さすがは保登家。次は二人の母と同じことをやるに違いない(確信)

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第二十八羽

最近寒いですね。
東京は雪も降りましたし、皆さんお体にお気をつけください。

……あと、みんな感想で人妻攻略とか言いすぎぃ!
しないからね?ココア母攻略とかしないからね?


ココアのいないラビットハウスは、やはり静けさに包まれ、客もいない店内はただ店外の音のみが微かに聞こえるだけ。

 

そんな中、チノが、思い出したかのように話を切り出す。

 

「そういえば、今日からうちにマヤさんとメグさんが泊まりにきます」

 

「ココアがいない時に、アイツが喜びそうな事が起こるな」

 

リゼは少しココアに同情した様子で、ぽつりと呟いた。

 

ラビットハウスのムードメーカーのココアは千夜と勉強合宿をするためにラビットハウスを離れ、甘兎庵へと赴いているのだ。

 

「ココアがいなくてもあの二人がいればだいぶ騒がしくなるな」

 

「あの二人、八幡さんと遊ぶ!と言って楽しみにしていましたよ」

 

「お前、いつからそんな懐かれたんだ?」

 

「……心当たりがないとは言わんが、大したことはしてないぞ」

 

あのキャンプで、それなりに面倒見のいい八幡はマヤとメグと遊んでやったりしていた。

 

その結果、目は腐っているが優しいお兄さんとしてあの二人の中では定着したようだ。

 

バタン!

 

「たのもー!」

 

「こ、この店は私たちが占拠したー!」

 

噂をすればなんとやら。

マヤとメグは期待通り?に騒がしく入店。

 

「マヤさん、メグさん、とりあえずウチの制服に着替えて下さい」

 

開幕の渾身のギャグを思いっきりスルーされたことに驚くマヤとメグだったが、ラビットハウスの制服を久しぶりに着れると聞いて喜んで更衣室へ向かう。

 

その際、リゼの制服をマヤが着たがったため、リゼもしょうがないなぁ、とぼやきつつ更衣室へ。

 

「……客、いないけどな」

 

「やかましいわ!」

 

ガランとした店内を一瞥してから八幡はそう呟いた。

そのつぶやきに、反応したのはティッピー。

 

「客のいない喫茶店に店員五人。いつも思ってたんだが、経営の方大丈夫なの?」

 

「お主に心配されんでも、来るときは来る!」

 

「まぁ、バータイムもあるし、経営が落ち込むとは思ってない」

 

「なにおぅ!アイツに頼らんでもワシの喫茶店だけでやっていける!」

 

やはり、自分が建てた喫茶店を息子であるタカヒロが牛耳っていることに僅かながらも不満がある様子のティッピー。

 

「まぁ、店員の件はチノが友達を作るのに役立っておるから、減らすこともできんじゃろ」

 

「チノに甘いな」

 

「甘やかしたくもなるじゃろう?」

 

「否定はしない」

 

男二人?の奇妙な会話をしていると着替えを終えたマヤとメグが更衣室から出てきた。

 

マヤがリゼの制服。

メグがココアの制服。

リゼがバータイム用の女性用制服。

 

それぞれサイズが少しあっていないからかぶかぶかだったりする部分もあるが、様にはなっているのは、二回目だからなのか、風格が出てきたからなのかは定かではない。

 

「よーし!じゃあバリバリ働くよ!」

 

「が、頑張りまーす!」

 

「……なにを?」

 

ガランとした店内をまた一瞥してからぼそりとチノとリゼだけに聞こえるように呟いた八幡。

 

実質、皿洗いや掃除などは八幡たちがすでに終わらせているし、客がいない今やる事はない。

 

「ど、どうしましょうか。せっかく二人がやる気を出しているのでなんとかしてあげたいのですが」

 

ちらり、とチノがマヤとメグの方へ視線を向ける。

 

「見てー!メグ!ツインテール!」

 

「マヤちゃん可愛いー!私もリゼさんのマネしてやってみようかなー」

 

「やっちゃえやっちゃえ!」

 

別に仕事がない現状でも十分楽しそうである。

 

「なんか、このまま放っておいても良さそうじゃないか?客も今はいないだけだし、何人かはいつも通り来るだろ」

 

リゼの言い分が最もなので、頷いて答える八幡とチノ。

さて、と八幡は何かを思いついたかのように足を裏手の方へ向ける。

 

「その間はリゼが二人の面倒を見ておくんだぞ。俺は裏で客が来るときに備えて英気を養っとくから」

 

「逃げるな!お前もチマメ隊の相手をしろよ!」

 

「「「チマメ隊ってなに(なんですか)!?」」」

 

「え?ほら、ちっこいの三人でわかりにくいからまとめて呼ぼうと思って。……そんなことより八幡!私だけじゃこの園児たちの相手は出来ない!」

 

「「「園児!?」」」

 

先程からリゼがどんどんチマメ隊に対してぶっ込んでいくが、リゼは特に意識した様子もないことから、結構本心から出た言葉だったりするのだろうう。

 

「いやいや、リゼお姉さんがいればなんとかなるから問題ない。ほら、チマメ隊、お姉さんが遊んでくれるってよ」

 

「八幡さんまで!」

 

完全に子供扱いされているチマメ隊だが、やはり子供扱いしている二人は何食わぬ顔で会話を続けている。

 

「そもそも、私と八幡は同い年なんだからお姉さんもなにもないだろう!」

 

「なに言ってんだ、俺なんて常に童心を忘れない男だ。でもリゼはオシャレにも気を使っちゃう大人ぶってる乙女さんだから問題ない」

 

「まだあの時のことを引きずるか!」

 

ワイワイガヤガヤと普段そこまで店内でうるさくすることのない二人が騒いでいる事にチノはうろたえながら事の成り行きを見守っている。

 

マヤとメグはティッピーを箒片手に追いかけ回す。

 

やはり、ココアがいずとも、ラビットハウスに陽気は絶えない。

 

 

 

 

ラビットハウスでの仕事もひと段落。

 

「温泉プールに行きたい!」

 

そんなマヤの発言をきっかけに一行は温泉プールへと訪れていた。

 

水着はレンタルして、早速飛び込むマヤとメグ。

リゼはやれやれと呆れつつも、保護者の様な立場に板についている。

 

「おじいちゃん、八幡さん、クラスメイトを家に泊めるのは初めてなので、どうもてなせばいいかわからないんです。どうすればいいでしょうか?」

 

「こういうのはぼっちの俺に聞くもんじゃねぇだろ。こういうのが得意なココアは今いないし、どうしたもんか」

 

チノと八幡は首を傾げる。

二人は積極的に人と関わることを苦手としている人種なので、このようなことには疎く、大人なティッピーへと意見の最速の視線を送る。

 

「ありのままのお前で接すればいい」

 

高く、女性のような声がティッピーから、発せられたかのように一瞬思い驚いた二人だが、すぐにその声の真の発生源に気がついた。

 

「青山さん!」

 

「なんでここにいんだよ。神出鬼没にもほどがあるだろ」

 

「執筆の息抜きに来ちゃいました」

 

「ここにはよく来るんですか?」

 

「アイデアを探しに時々来るんです」

 

そんな雑談をしていると、パシャパシャと水音を立てながらマヤとメグが近づいてくる。

 

「あれ?青山さんもいるー」

 

のほほんとした表情でそんなことを言うメグだが、その他にはそこそこ大きめの水鉄砲が握られている。

 

「リゼに買ってもらったんだー。六人いるし、二手に分かれて銃撃戦やろう!」

 

「ほら、水鉄砲」

 

リゼは遠目から青山さんのことを認識していたのかしっかりと六人分の水鉄砲を買ってきていた。

 

「後で払う」

 

「いいよ、これくらい。それにしても、久しぶりの銃撃戦かー!」

 

「子供かよ」

 

チーム分けの結果、

マヤメグ八幡チーム対チノリゼ青山チームになった。

 

「「頑張ろー!」」

 

「テンション高いな」

 

どうするどうする?と三人集まり作戦会議。

 

「隠れて後ろからバーン!でいいんじゃね?」

 

マヤのなんとも雑な作戦が提案される。

 

「わ、私、隠れるの苦手だよぉ〜」

 

「水の中に潜って近づけばいいだろ」

 

「その手があった!八幡、まさか天才!?」

 

「まぁな」

 

「よーし、じゃあ私は八幡さんについていくね!」

 

「今の作戦は!?」

 

茶番のような作戦会議を終え、試合開始のホイッスルが鳴る。

 

先ほどの作戦会議は何処へやら、三人とも散り散りになりそれぞれ身を隠す。

 

(この銃撃戦で気をつけなきゃいけないのはリゼ。どうっすっかな)

 

なんだかんだ言いつつも、サバゲーのようなこの状況をちゃっかり楽しんでいる八幡はまだまだ子供のようである。

 

壁に身を隠しつつ、リゼを捜索する八幡。

だが、リゼを探すことに気を回しすぎた八幡は、背後から近づいてくる別の影に気がつかなかった。

 

「動かないでくださいね」

 

ふにょり。

 

「ふあっ?」

 

なんとも間抜けな声を出した八幡の背後からクスクスと笑い声がきこえ、その声で誰かを判断。

まさかのダークホース青山翠である。

 

青山さんもマヤとメグから隠れつつ八幡の背後を取っているので、自然と体が密着し柔らかな感触をこの状況で楽しんでいる八幡。

 

「マヤさんとメグさんの居場所を教えてください」

 

「ぐ、ずるいぞ!そんな凶器(胸器)まで持ち出して!」

 

「?」

 

なんのことかさっぱりな様子の青山さん。

天然でこんなことをされてはひとたまりもない八幡。

 

ここまでか、と八幡が諦める直前。

 

ぴゅっ、と青山さんの顔に水が発射される。

 

「あ、あらー」

 

「は、八幡さん、助けに来たよー!」

 

まさかのメグである。

 

それによって少し残念に思いながら八幡も凶器(胸器)から解放される。

 

「やられちゃいました」

 

「助かった」

 

「えへへー!」

 

おっとりしているのであまりこのようなゲームは得意ではないメグは褒められて嬉しそうである。

 

「じゃあ、次はチノちゃんを倒しに行こう!」

 

「いや、まずはリゼだろ」

 

再び身を隠す二人。

今度は水中へ身を潜める。

 

最中から顔を少しだけ覗かせ、周囲を観察。

 

すると、ツンツン、と八幡はメグから合図を送られる。

 

ーーチノちゃん発見。

 

ーー了解、二手に分かれて挟み撃ち。

 

ーーわかったー!

 

戦場において合図とは最低限かつ的確に行われるべきものである。

それをこの素人たちは素人なりに上手くやりとりしている。

 

スススッ、と水中で移動し、メグはチノの正面から、八幡は背後から接近する。

 

ーーー今っ!

 

「チノちゃんかくごー!」

 

「えっ、メグさん!?」

 

唐突に現れたメグに驚いた様子のチノ。

そして、それに気を取られ背後の八幡には気がつかない。

 

もらった!

 

八幡とメグはそう確信した。

 

ビュピュッ。

 

「えっ!?あうぅ、やられました」

 

「やったー!二人目だ!」

 

「後は、リゼだけーーーメグっ!」

 

「えっ?あっ」

 

八幡はとっさにメグに声をかけるがそれも虚しく、メグは撃ち抜かれてしまった。

 

「やっぱりお前は残ってるか八幡」

 

「はぁ、勝てる気がしないが少なくとも、一矢報いてやるよ」

 

ゴゴゴゴゴ。

そんな効果音が付きそうな二人の対峙。

 

まず始めに動いたのは八幡だった。

 

軍人の娘のリゼに対して馬鹿正直に射撃しても避けられるだけ。

 

ならば、と八幡はリゼの足元に射撃。

 

リゼはそれをバックステップで華麗に回避。

 

八幡は追撃とばかりに、回避行動を取っているリゼの胴体を狙い射撃。水をあまり消費しないよう短く連射。

 

が、それもリゼの前には無力。

スライディングの要領でかがみ、銃弾はリゼの頭上を通過する。

 

そして再び対峙する形になる。

 

「今度は私からいくぞっ!」

 

すぐ射撃を回避できるよう身構えた八幡だが、リゼはその予想に反して射撃をせず接近。

 

八幡との距離を詰めにかかる。

八幡は接近戦では分が悪いと距離を離そうと試みるが、少し遅く、リゼは八幡の行動を制限するように八幡の両サイドを射撃。当たることはないが、横方向に身動きが取れない。

 

ならば、八幡が取れる行動は一つ、まっすぐ突っ込むことのみである。

 

二人は互いに向かって走り、銃を構えて射撃態勢に。

 

そして、二人はトリガーにかけた指をひくーー!!!

 

 

 

唐突ではあるが、ここは温泉(・・)プールである。

当然、体を洗うための場も男女別の仕切と見えないようにするための仕切り、プール内でのルールと、その仕切りの場に見張りの人がいるとはいえ、温泉(・・)プールである。

 

当然、体を洗うため、石鹸等を使用する。

そうなれば、当然泡が出るわけで。

 

つるっ。

 

「う、うわっ」

 

すると当然、床は滑りやすいわけで。

 

リゼは足を滑らせ、そのまま八幡へダイブ。

リゼを迎え撃とうと同じく走っていた八幡は抱きしめるように受け止めるが、勢いは殺すことはできず、リゼを抱いたまま、プールの中へとドボン。

 

「プハッ、ご、ごめん八幡」

 

「いや、俺もちょっと調子に乗った」

 

互いの無事を確認するとともに謝罪をする二人………もちろん身を寄せたまま。

 

しかし、そんなちょっといい雰囲気を壊す小さな存在が一人。

 

「くらえっ!」

 

ピュピュッ!

 

マヤの射撃によって味方である八幡もろともリゼを撃ち抜くマヤ。

 

「「うわっ」」

 

「やったー!私の勝ちー!」

 

マヤは一人勝ち残ったことを報告するため、メグの方へと勝利の報告へ。

 

八幡とリゼはしばし呆然とした後に、「「あっ!」」と今の状態がどんなことになっているかに気がついた。

 

「こ、この変態っ!」

 

ここまで密着していれば、やはりそのたわわに実った双丘は八幡の胸板に押し付けられている。

しかも、今は水着一枚という薄着。

 

羞恥心によってリゼは八幡に拳を向けた。

 

「……理不尽じゃね?ガクッ」

 

「………あぁ!ごめん八幡!つい!」

 

 

 

無事?に銃撃戦を終えた六人は一息いれるため休憩。

 

「せんせー、お風呂上がりにコーヒー牛乳のもー!」

 

メグはそういって抱えたコーヒー牛乳をリゼと八幡に差し出す。

 

「「先生?」」

 

「メグ、八幡とリゼのこと先生って!」

 

ケラケラとメグのたまにある言い間違いに笑う。

その指摘で自分の言い間違いに気がつきメグは顔を赤く染める。

 

「だって、八幡さんは国語の先生でリゼさんは体育の先生みたいなんだもん」

 

「……教官ではなく、先生、か」

 

「ちょっと嬉しそうだな」

 

「う、うるさい!……で、青山さんはなぜ隠れる?」

 

「……先生と言われて、編集さんが私を捕まえに来たのかと」

 

「……逃げてきたのか?」

 

八幡から、なんとも言えない圧力が発される。

それもそのはず、青山さんは次回作は八幡を主人公のモデルにすると言い切った。

ならば、モデルになった身としては手抜きなどは絶対に許さない。

サボって不出来なものになって仕舞えばそれは八幡の黒歴史が暴露されるだけのものになってしまうからだ。

 

「え、あ、あの、八幡、書いてますよ?書いてますけど、やっぱり休みって必要だと思いません?」

 

青山さんはものすごくうろたえながらも、八幡に弁解を始める。

 

「……あの二人仲良いね。……まさか恋人!?」

 

マヤが中学生特有のすぐ恋愛方向に持っていく現象が発生。

 

「どうしましょう八幡、恋人なんて言われちゃいました」

 

「青山さん、考え直せ!まだ間に合う!」

 

「恋人さんなんだー」

 

「おいリゼ、お前は俺をなんだと思ってんだ。あと、違うから」

 

恋人同士という事実を否定。

ちょーっと仲がいいくらいの関係であると八幡は認識している。

 

「さて、着替えて帰るぞ!」

 

「チノー!夜中はなにしようか!」

 

「えっ、な、なにをーー、く、クロスワードパズル?」

 

「一人用じゃん!」

 

そんな会話を始めたチマメ隊をよそに、八幡とリゼはひそひそと話を始める。

 

「八幡、あいつらのために、遊べるものを買ってやらないか?」

 

「……お前も甘いな」

 

「チノがそれで友達と楽しめるなら安いと思わないか?」

 

「水鉄砲分多く、俺が出す」

 

「お前も譲らないな」

 

「別に、一応男だからな。養われる気はあっても施しを受ける気は無い」

 

「はいはい」

 

もはや子供を甘やかす夫婦の図にしか見えないのはきっと気のせいではない。

 

 

 

八幡とリゼだけチマメ隊と別に帰宅するように見せかけ、二人でボードゲームを買って、タカヒロさんに渡してきたのだった。

 

「なんでタカヒロさんに渡したんだよ」

 

「……なんか、気恥ずかしいだろ?」

 

「恥ずかしがり屋め」

 

「お前だって、『リゼが手渡してこい。俺は待ってるから』とか言ってただろ」

 

あまり似ていない八幡のモノマネを織り交ぜながら八幡に反論するリゼ。

 

「……だって恥ずかしいだろ」

 

「恥ずかしがり屋め」

 

「「うっさい」」

 

そう言って、二人は笑いながら帰路に着いたのだった。

 

 

 

 




やはり出てきてしまう青山さん。
ぐっ、お、お前は好感度十分高いから後でいいんだよぉ!

あれ?最近ココアラビットハウスにいなくね?

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番外 聖夜のうさぎたち

メリークリスマス!
と、言うわけでクリスマス番外編です。

合計文字数15000字弱とアホみたいに長くなってしまいました。
でも、一応いくつか区切りがあるので、長くて読んでられねぇ!と言う方はそれを目安に休憩なさってください。

それでは、過去最長かつ甘々なクリスマスをお楽しみください。


プシューッ、という電車の停車音が耳に響き、体に少しの揺れが生じる。

それとともに沈んでいた意識が覚醒し、眠りから覚めたことを理解した。

 

思えば前日の夜までは働きづめで、あまり睡眠時間が取れなかった。

気がつかぬうちに睡魔に襲われ、眠ってしまったのだろう。

 

窓の外を見れば、随分と懐かしい、独特の駅の光景が広がっている。

 

「やべっ」

 

目的の『木組みの家と石畳の街』に到着したことを知ると、自らの荷物を引っ掴んですぐに下車。

 

随分と久しぶりにこの街に来たが、記憶は錆びついておらず、迷うことなく駅を出ることができた。

 

外は、しんしんと雪が降っていて明るくはなかったが、白く彩られた街の姿はまた美しいものだった。

 

ボストンバッグを肩にかけ、懐かしの場所へと足を運ぶことにした。

 

事前に連絡をしていたわけでもなければ、目的の人物たちがその場所にいるという確信もない。

だが、妙な確信が持てた。

 

懐かしの何年たっても変わらぬ美しい外観を楽しみながら、未だに鮮明に記憶されている道を歩いていく。

 

途中、積もった雪に足を取られながらも、一歩、また一歩と目的地へ足を向ける。

 

変わらぬ道、変わらぬ風景。

そして、変わりのない、変わって欲しくない、そのままの形で残っていてほしい場所。

 

《Rabbit House》と掲げられたウサギの看板。

 

その戸に今手をかけ、開け放つ。

 

 

比企谷八幡、六年ぶりの、ラビットハウス入店である。

 

 

まず目に入ったのは、クリスマス用に飾り付けられた煌びやかな店内。

そして、せわしなく動く八人の女性店員の姿。

 

あぁ、変わっていなかった。

 

そのことに嬉しさと少しだけの寂しさが心に生まれるのを感じる。

 

「いらっしゃいませ!……!!??」

 

まず俺に声をかけてきたのはムードメーカーである保登ココア。

 

背は幾分か伸びた程度。髪は前よりも伸ばしてはいるが、肩より少し長い程度。

しかし、少しモカのように大人っぽくなった気がしなくもない。

 

俺が来店するなどとは思ってもいなかったのだろう、驚愕の色が見て取れる。

 

俺の予想では、ココアはここで騒ぎ出す。

いつものマイペースで明るい声で八幡くん!なんて騒ぎ出して、他の奴らにもそれが伝染。

なんとも騒がしい店員陣。と言う情景が目に浮かぶ。

 

浮かんだのだがーー、

 

「こちらの席へどうぞ。ご注文がお決まりでしたらお呼びください」

 

「!?」

 

誰だお前は。

俺の知っている保登ココアではない。

なぜそんなにもおしとやかになった?

なんでそんな大人な女性!みたいなオーラを出しているんだ。

 

おぉ、なんか去り際まですこしかっこいいーー

 

ドテン。

 

足を自分の足に引っ掛け転倒。

 

ああ、なんか安心した。

この一見大人な女は紛れもなくココアだと理解した。

 

クリスマスということもあり、店内はとても賑やかで、ココアを含めたラビットハウス三人組、千夜、シャロ、マヤメグ、翠の懐かしいメンバーがラビットハウスで働いている光景を眺めると、結構みんな大人っぽくなっていることに気がついた。

 

ぐるりと見渡して何よりも目を引いたのがーー、

 

白く美しい長髪。

幼さがほとんど抜けた顔。

美しいと表現できるプロポーション。

何よりも佇まいが妹ではなく、大人の女性である。

 

あのチノが立派な女性に育ったものだとどこか感慨深いものを感じる。

 

他メンバーも全員が大人っぽくなっており、六年前までこんな女性たちと共に青春を過ごしていたなどと誰が信じてくれると言うのか。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

呼んでもいないのにココアが俺のところまで注文を取りに来た。

他にも客はたくさんいるし、絶賛店員を呼んでいる客もいると言うのに何故俺のところに来たのか。

 

「じゃあ、ココアで」

 

「ええっ!?」

 

ぼんっ、と一気に顔を赤くし、えっ、えっ!?となにやらひどく動揺した様子のココア。

ココアを注文することのなにが悪いと言うのか。

 

外が寒かったから温かいものが欲しいだけなのに。

 

「え、えと……仕事終わった後に、ね?」

 

「いや、なんでだよ。ココアなんだから時間もかからないしすぐだろ?」

 

「ええっ!?え、いや、あの、確かに未経験だけど、さすがにそんな早く済まないし、他のお客さんもいるのに……」

 

だからなぜそんなにも動揺しているのか。

 

「未経験?お前そんな仕事してなかったっけ?」

 

「そんな仕事してないよっ!私をなんだと思ってるの!」

 

え?確かにココアは高校時代のバイトで日向ぼっこばっかりでサボり気味だったとはいえココアくらい淹れたことあるだろう。

 

「えぇ、意味わかんないんだけど。じゃあ、ミルクココアでもなんでもいいからチノに淹れてきてもらえ」

 

「え?ちょ、八幡くん、初めてなのにそんな高度なプレイをーー」

 

「そこの人!注文いいか!」

 

「はーい」

 

ココアがトリップし始め、話が進まないと踏んだ俺は最も有能かつ、あまり騒ぎ立てなさそうなシャロを呼ぶ。

 

「ちょっとココア、なにやってんのよ。すいませんお客様。うちの店員がご迷惑をおかけしました。ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「………」

 

なにこの有能な美人。

元々尊敬されるべき人間だったシャロの顔からは幼さが抜け、完全な美人になっていた。

身長や胸こそあまり大きくなってはいないが、それでも超絶美人と呼べるシャロに俺は言葉を失う。

 

「……と、とりあえずMAXコーヒーで」

 

「あれ!?私じゃないの?」

 

唐突に復活したココア。

そして自分が勘違いしていたことに気がついたのか顔を真っ赤にして「〜〜〜っっ!!」と声にならない声をあげて店の奥に走り去っていった。

 

「変わらないな。あいつは」

 

「でしょ?私たちはココアに呼び出されてここにいるのよ。ココアはいつも私たちの中心にいたから。八幡はどうしてここに?」

 

やはり。

思った通りにシャロは俺に最初から気がついていたようだし、俺の意図を汲んでか騒ぎ立てないでいてくれる。

養ってください!

 

「いいだろ、会社から休みをもらったんだ。どこに行こうが俺の勝手だ」

 

「その貴重な休みにここに来てくれるアンタってほんと捻デレよね」

 

「未だにその謎ワードを使ってんのか。結局捻デレって何なんだよ」

 

「ふふっ。じゃあ、仕事に戻るわ。閉店後にパーティーをやるから、MAXコーヒーでも飲んで待ってなさい」

 

ひらひらと手を振って返事をする。

ココアとシャロには俺の存在を明かしてしまったが、他の奴らはどうなのだろうか?

 

千夜、リゼ、チノあたりは俺のことに気がついても良さそうなもだが。

 

てか、マヤにメグも最初に会った時は小学生か?なんて思ったが今見てみると、急成長ってレベルじゃないくらい大人な女性になってるんだけど。

 

人って六年でそんな変わるもんだっけ?

 

ほら、千夜、リゼなんてあんまし変わってないし。

……あれ、リゼの髪型がかわってる。

 

あいつらは元々、体としては大人に近かったし。どこが、とは言わないが。

身長も元々低くはなかった。

唯一変わったことといえば、やはりみんなと同じように顔やオーラが大人になった事くらいだろう。

 

さて、あとはーー

 

あー、翠は、うん。

老けてない。

まだまだ美人。

 

でも、もう三十路越えーー

 

シュカッ。

 

俺の座るテーブルにフォークがどこからともなく飛んで来て刺さった。

 

すいません。

もうこんな失礼なことは考えません。

 

平塚先生といい、なんで大人ってこんなに怖いの!?

 

これ以上変なことを考えていると今度はナイフが飛んできそうだったので、おとなしく待つことにした。

 

 

 

ーーまたのご来店、お待ちしています!

 

俺以外の全ての客が退店。

 

「さて、じゃあパーティーの始まりだよ!」

 

「ココア、立札をクローズに変えるのが先でしょ?」

 

残っている客が俺だと知っているココアとシャロは早くパーティーを開きたいらしく落ち着きがない。

 

「え、でもまだお客さんがーー」

 

「ほら、八幡くんも座ってないで手伝ってよ!」

 

「……ぇ、八幡さん?」

 

「おう」

 

チノは俺の存在に気がついていなかったらしい。

しかし、他の面々は気がついていたようで、別に驚いたりはしていなかった。

 

接客中に手振ってきたりしてたからな。

 

「……色々言いたいことはありますが。ーーお帰りなさい」

 

「ただいま」

 

涙を目頭に溜めながらチノは俺にただいまと言った。

ラビットハウスは客にとっても店員にとっても第二の家のように。そんなコンセプトだった覚えがある。

 

「八幡!お前、目がもう腐ってないな!一瞬誰かわかんなかったよ!」

 

「お前もツインテじゃなくてポニーテールに髪型変えたんだな」

 

「もう子供っぽいと思ってな。変か?」

 

「……私服にエプロン着用で台所立ってくんない?」

 

「な、何を言ってるんだ!」

 

なぜ怒鳴られるのか。

なんかリゼの今の雰囲気が人妻のようだったから正直に感想を言っただけなのに。

 

「ねぇ、八幡くん」

 

「どうした?千夜」

 

「私ね、甘兎庵に永久就職してくれる男性を募集してるんだけど」

 

「そこ!何やってんのよ!」

 

千夜が何やら勧誘をしてきたようだが、即座にシャロに連れ去られてしまった。

 

「八幡八幡」

 

「今度は翠か。なんだよ。ゴーストライターに永久就職とかなら聞かないぞ」

 

「…………なんでもありません」

 

「おい」

 

久しぶりに会って成長したかと思ったら全員いつものノリだった。

ちょっと成長した?なんて思った俺が馬鹿みたいだった。

 

「八幡八幡!」

 

「八幡さん八幡さん!」

 

今度はチマメのマとメが話しかけてきた。

こいつらもどうせあの頃から中身は大して変わってないんだろうなと思いつつ、適当にあしらう準備をしておく。

 

「見て見て!お色気ぽーず!」

 

「じゃ、じゃーん!」

 

そう言うと唐突にマヤとメグは肩をはだけさせた。

……何がしたいのだろう?

 

………いや、何がしたいのだろう?

 

「マヤさんメグさん!何やってるんですか!」

 

チノが怒ったー!と叫びながら逃げるマヤとメグ。

 

チノは相変わらず振り回されているらしい。

頑張れチノ。俺は応援しているぞ。

 

「もう、あの二人は全く」

 

「お疲れ」

 

「もう、ここには来てくれないのかと思いました」

 

寂しそうな顔でチノはそう告げた。

 

「まぁ、今日は、な」

 

歯切れ悪く俺はそう誤魔化した。

チノからしたらなぜお茶を濁したのか分からなかっただろう。

 

いや、ここにいる誰にも理解できなかっただろう。

 

比企谷八幡。一世一代のさぷらいず。

 

そのために、今日俺はここにきた。

 

 

ーー、後で二人きりで話がしたい。

 

 

ラビットハウスの中にいる彼女達。

そのうちの一人にぼそりと耳元で呟いた。

 

彼女はなんのことかわからない様子だった。

 

俺は、彼女がこれを渡したらどんな反応をするかと考えながらコートのポケットに入っている小箱を弄んだ。

 

 

 

 

 

_____________________________________________________

 

 

彼女にあの冬、指輪を渡してから早一年。

結婚後初めてのクリスマスを迎えた。

 

 

 

♢比企谷(保登)心愛の場合

 

「さ、さむぃ」

 

そんな情けない言葉とともに、俺は自宅の扉を開ける。

世の中はクリスマス真っ只中だと言うのに俺は本日も仕事でろくにクリスマスを楽しむことなどできなかった。

 

「たでーま」

 

えっ!?バタバタドタドタ。

 

そんな騒がしい声と音が部屋の奥から聞こえてきた。

亭主が帰ってきただけで何をそんなに焦る必要があると言うのか。

 

まさかとは思うが浮気ではないだろうか?

そうなれば泣き喚いて罪悪感を誘った後に慰謝料を踏んだくって離婚してやろうと決め、リビングの戸を開く。

 

「は、八幡くん、早いよぉ」

 

体の要所をリボンで隠しただけの格好の我が嫁。

比企谷心愛が倒れた大きめのプレゼントボックスの中に入っていた。

 

「……何やってんの。おまえ」

 

「……お、お帰りなさいあなた」

 

この流れで予定通りに話を進めようとする我が嫁の精神に脱帽する(予定があったかは知らないが)。

 

「ご飯にする?お風呂にする?それともわ・た・し?」

 

「全部外で済ませてきた」

 

…………。

 

………。

 

……。

 

 

「………ぇ、ぇぇと、そっか」

 

あ、やばい。

ちょっとした八幡ジョークが真面目に受け取られてしまった。

待って待って!やめて泣かないで!

目尻に大粒の涙とか溜めないで!

 

「すまん、嘘だ」

 

「えぇ!?嘘なの!?クリスマスになんでそんな嘘つくの!」

 

「すまんと思ってる」

 

全く、八幡くんは全く、もー!とココアはぷんぷん怒ってますアピール。

非常に可愛いのだが、そんなことよりもココアの露出度の高さのことで俺は先程から頭がいっぱいである。

 

本当にリボンだけで自分の体のごく一部を隠しているらしく、怒ってますアピールをしているココアの双丘が揺れるのだ。

 

ゆさゆさ。

 

ぷるぷる。

ぼく、悪いスライムじゃないよ。

 

ぐっ、これが万乳引力か!

 

「もー、とりあえず、ご飯にするよ?」

 

「あ、あぁ」

 

前かがみになっていたのはバレていないだろうか?

クリスマスだからといってあんな際どい格好を許した覚えはお父さんありませんよ!

 

「召し上がれ♡」

 

ココアは自分の胸に飛び込んでこいとばかりに両手を広げる。

 

「で、ご飯は?」

 

「わ・た・し」

 

「チェンジで」

 

「なんでぇ!?クリスマスだよ!?性なる夜だよ?」

 

こいつはどこでそんな言葉を学んできたのだろうか。

もはやあざといとかそう言うレベルを通り過ぎてただのビッチに成り下がっている気がする。

 

「ていうか、この一連の流れ。誰の入れ知恵?」

 

「最近お友達になったいろはちゃん!八幡くんの八幡くんが元気になるって!」

 

聞き覚えがある名前が登場したがとりあえずスルーするのが正解だろう。

 

「はぁ。とりあえず、ご飯にしてくれ。お前を頂くと飯を食う前に寝落ちする」

 

「はーい」

 

ココアはそう言ってはだかリボンな状態のままエプロンをつけ、途中まで準備してあったらしい夕飯の支度を始めた。

 

え、その格好で料理するの?

俺、前かがみになっちゃうから。

前かがみになりすぎて地面に頭を擦り付けるまである。

 

グリグリ。

 

地面に頭を擦り付けても煩悩は退散しなかった。

 

もんもんと。

 

むらむらと。

 

台所に立つココアのふりふりと左右に動くおしりをなるべく、なるべく見ないようにしながら、俺は煩悩退散に勤めたのだった。

 

 

 

このあと、美味しくご飯(両方)を頂きました。

 

 

 

 

 

♢比企谷(香風)智乃の場合。

 

繋がれた俺よりも一回り小さい柔らかい手に俺は意識を向けながらイルミネーション輝く街中を二人歩いていた。

 

「どこへ行くんですか?」

 

二人きりのディナーを終えた俺とチノ。

俺は行きたい場所がある、とだけ伝えて手を握りながら先導していた。

 

「人が多いとこ」

 

チノが人が多い場所が苦手だと知りながらそう口にする。

 

「……八幡さんは意地悪です」

 

「何を今更」

 

チノと結婚してから一年程だが、結構な頻度でからかっている気がする。

 

だって、うちの嫁可愛いから。

そもそも、比企谷(・・・)智乃と呼ばれただけで未だに顔を赤くするチノが悪い。

 

「でも、嫌じゃないです」

 

そんなことを頬を赤らめながら言うのだからたまらない。

ココアがかつて妹にしたいと連呼していたのに共感してしまう。

 

いや、今は俺の嫁なのだけれども。

 

雪がしんしんと降る中でもつなぐ手は暖かくて、かつての俺ならこんな日は寒い!なんて言って外へ出なかったのに、今はチノと二人でならどこへだって言っても構わないと思える。

 

結婚とは人を変えるものだなと我ながら思ってしまう。

 

そんな馬鹿なことを考えながら歩いていると、いつの間にやら目的の場所へとたどり着いていた。

 

「着いたぞ」

 

「……ぁ、わぁ、すごい、凄いです!」

 

そこは先ほどチノに告げた様な人の多いところではない。

静かで、誰もいないような高台。

 

だが、そんな場所でも、クリスマスの夜景は美しく映る。

 

「会社の休み時間で昼飯を食うために街を徘徊してたら偶然見つけてな。たまにはこんなのもいいかな、と」

 

一時、俺とチノの間に会話は生まれなかった。

しかし、繋がれた手は更に硬く繋がれ、その手から自分もチノも体が熱くなっているのが感じられる。

 

「八幡さん」

 

先に沈黙を破ったのはチノだった。

チノは繋がれた手を振りほどき、俺の体の正面に立つ。

 

手を振りほどくなどチノにしては非常に珍しい行為だ。

それ故に俺はチノの行動を予測できなかった。

 

ちゅっ。

 

チノは恥ずかしやりなので、自分から愛情表現をすると言うことが非常に少ない。

だからこそ、一瞬自分が何をされているのか理解するのにに時間がかかった。

 

だが、答えはすぐに出る。

 

チノの綺麗な顔が鼻先にあり唇には柔らかい感触。

俺の胸元で服を握っている手も、精一杯背伸びをして俺と顔を近づけようと、頑張っていることも。

 

「……ぁ」

 

でもやはり、身長差からか、唇が触れ合ったのはほんの一瞬。

チノは顔を離すときに顔を赤らめながらも少し悲しそうな顔をしているのを見てしまった。

 

きっと彼女のことだから自分からも愛情表現がしたいとかそんな感じだろう。

 

俺は無言でチノの手を取って強引に引き寄せると膝を曲げチノに目線を合わせる。

 

そして、チノのピンク色の唇へと自らのそれを近づけた。

 

「メリークリスマス。チノ」

 

「メリークリスマスです八幡さん」

 

 

 

 

 

♢比企谷(天々座)理世の場合

 

世間は今クリスマス。

しかし結婚一年目の新婚さんな我が比企谷夫妻は外出をしておらず、家にてまったりしている。

 

だって昨日はあんなに買い物とかデートに連れ回されたし今日はいいかなって、いや、今日は勘弁してくださいって頭を下げました。

 

なので俺とリゼはソファに座りながらテレビをつけ二人手をつないでいるだけである。

 

だが、クリスマスという日は特に面白い番組を何か放送しているわけではない。

 

つまるところ、暇なのだ。

 

リゼは繋いでいない方の手で結ばれていない自分の髪を少し弄りながら口を開いた。

 

「なぁ、八幡」

 

「どうした?」

 

「子供、欲しくないか?」

 

んん?

 

「………唐突だな」

 

「そうでもないさ。私たちはラビットハウスでは保護者的立ち位置だっただろ?だから、子供がいたらこんなのかなぁって思ったりしたわけだ」

 

まあ、リゼは意外と世話焼きなので、言っている意味がわからないこともない。

 

でも、唐突に、子供欲しくない?なんて聞かれても返答に困ると言うものだ。

 

「で?」

 

「どうせ暇なんだし、ベッドで子作りに励んでもいいかなって」

 

「おいおい待てよ恥ずかしがり屋のリゼさんや」

 

「どうした?」

 

なんでだよ、いつもならこう言うことは顔を真っ赤にして恥ずかしがりながら言っていたリゼさんがどうして今日に限って何事もないように口にできるんですかね。

 

「子供が欲しいって、詰まる所、そういう事をするってことでいいよな?」

 

「なんだ?恥ずかしいのか、今更じゃないか」

 

「いつも恥ずかしがってたお前が言うな!」

 

なぜだ?いつもならたじたじのリゼがなぜこんなにもぐいぐいと攻めてくるのだろうか。

 

比企谷リゼの覚醒なのだろうか。

目覚めちゃったのだろうか。

 

しかし、俺は目ざとく少し赤みがかかったリゼの耳に気がついてしまった。

 

なるほど、つまるところ、ポーカーフェイスと言うやつか。

先ほどまでの名誉挽回のため俺は反撃を開始する。

 

「そうだな、子供か。何人欲しい?サッカーできるくらい?22人?」

 

「二チーム分!?い、いや、確かにサッカーはその人数だけど、それは流石に」

 

「大丈夫、俺頑張るから。毎日毎日機械的に腰を振り続けるだけだからな!」

 

「まさかの作業!?い、いや、そんな愛がない行為はーー」

 

「大丈夫!俺はお前を愛してるからな!」

 

「この流れでそれは卑怯だ!」

 

ぐいぐいとまくしたてる俺に狼狽え、先程までの勢いは何処へやら。

華麗なる形勢逆転である。

 

はぁ、はぁ、はぁ、とツッコミ疲れたのか息を荒げるリゼ。

……冷静になると俺もとんでも無いことを口走っていた。

 

「……すまん、調子に乗った」

 

「いや、私が変なこと言ったから」

 

互いにキャラではないようなことをひたすらに口走ったせいで無駄に変な空気になってしまった。

クリスマスに俺たちは何をしているのか。

 

「……なあ、八幡。私との子供を作るの、嫌か?」

 

いきなり真面目な顔になって、繋いだ手を少し強く握りながらリゼはそう言った。

 

「どうしてだ?」

 

「……だって、お前、いつもゴム付けるじゃないか」

 

ふむ、詰まる所、俺がゴムをつけて行為に及ぶのはリゼとの間に子供を作りたくないと考えていると思われているらしい。

 

大切な嫁を不安にさせてしまったのは俺の失態である。

ならば、俺の本心を持ってリゼを慰めるしかないだろう。

 

「…もう少し二人の時間が欲しかったんだよ。言わせんな恥ずかしい」

 

「そ、そそ、そうか」

 

俺が歯の浮くようなセリフを口にするとリゼは安堵のため息をつく。

 

「でも、もう結婚一年だもんな。そろそろ頃合いか」

 

俺はそう言うと繋いでいた手を離し、リゼの膝下と背中に手を回しその体を抱き上げる。

所謂お姫様だっこである。

 

「へ?ちょ、な、何を!」

 

「この流れでわからんか?」

 

「い、いや、わかるけど!」

 

「今日はつけないから覚悟しとけよ」

 

「わかった!わかったから降ろしてくれ!これ結構恥ずかしいんだ!」

 

そんなリゼの叫びを無視して、俺は寝室へとリゼを運びこんだのだった。

 

 

 

 

 

♢比企谷(宇治松)千夜の場合

 

ふと、自分の腹のあたりに圧迫感を感じて目が覚めた。

すでに窓からは光が差し込んでいることから朝が来て嫁が起こしにでもきたのだろう。

 

「おはよう、八幡くん」

 

比企谷千夜。

我が嫁にして、絶賛俺の上にまたがっている天然小悪魔系の嫁である。

 

「おはよう。……で、何それ?」

 

現在の千夜の服装はいわゆるミニスカサンタ服というやつである。

胸元もかなり大きく開いており、千夜の巨乳がすでに溢れそうである。

 

「今日はクリスマスじゃない?だから私が八幡くんのサンタさんになってあげようと思って」

 

すでにその格好がプレゼントになっているとは死んでも言わない。

なぜなら黙っていればプレゼントがもらえそうだから!

 

「で?そのサンタさんは何をプレゼントしてくれるんだ?」

 

「……何が欲しい?」

 

「考えてなかったのかよ」

 

「だって、八幡くん何も欲しがらないから」

 

確かに俺は千夜の前で何かが欲しいと言ったことはないが人並みに物欲はある。

 

だが、今はそれ以上に性欲が勝ってしまいそうである。

これで、千夜が欲しい、なんて言おうものなら千夜はまず間違いなく了承する。

だがそれではまずい。

 

せっかくのリア充となって迎えたクリスマスを朝からそのような行為で棒に振るのはもったいないと言うものだ。

 

「千夜が欲しい」

 

だめだった。

理性が負けた。

むしろ理性なんてなかったと言わんばかりに戸惑いなく口からこの言葉が出た。

 

「ふふっ。そんなものでいいの?」

 

「立派なものだろ」

 

特にそのメロンとか。

 

おっと、今日の俺は一体どうしたと言うのか。

先程から性欲旺盛すぎて捻デレの「ひ」の字も見えないではないか。

 

いかんいかん。

気を引き締めねば。

 

「じゃあ、どうぞ♪」

 

「ちょ、やっぱ今のなし!」

 

だめだ。

やはりクリスマスなのだから楽しまなくては。

もっと外出とか色々あるだろう。

 

そうだ、今こそ脱引きこもり!

 

「その前に!デートに行こう!」

 

「?別にいいけれど、八幡くんの嫌いな人混みよ?クリスマスだから人も多いだろうし」

 

「大丈夫だ!問題ない!だからとりあえず俺の上から降りて着替えてくれ!」

 

「はぁい」

 

今日の千夜は聞き分けが良くて助かった。

たまに頑固になる時があるので、その時は梃子でも動かないのだ。

 

「八幡くん」

 

「どした?」

 

「どう?この服」

 

部屋を出て行く前に千夜がくるりと振り返り問いかけてきた。

 

そういえば、言ってなかった。

 

「世界一かわいいよ」

 

「ふふっ、嬉しい♪」

 

こうして、比企谷家にしては珍しく、賑やかにクリスマスを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

♢比企谷(桐間)紗路の場合

 

比企谷家のソファにて、俺とシャロは二人並んで腰掛ける。

時間は昼時。

だが、朝が早くなかったせいか、朝ごはんを食べてからあまり時間は経っておらず、昼食を食べるのは憚られる。

 

すると、俺の隣に座るシャロが口を開く。

 

「今日は絶対外には出ないわ!」

 

唐突に引きこもり宣言をしだす比企谷シャロさん。

一体どうしたと言うのか?

 

確かに彼女は俺だけに働かせるのは申し訳ないとか言う理由で自分も働いて家にお金を入れてくれる。

俺だけの給料でも十分養えるほど稼いでると自負しているが、シャロ的には金じゃないらしい。

 

「今日くらいは外に出ずに、家で怠惰に過ごすのよ!八幡」

 

「……文句はないが、一応今日はクリスマスだぞ」

 

「関係ないわ!外に出ると疲れるもの。八幡も人混みが嫌いだからいいでしょ?」

 

どうやら、日頃働いているから今日くらいは何もしたくないとそう言うことらしい。

 

「わかった。じゃあ、洗濯とかしてくるから用があったら呼んでくれ」

 

そう言って俺は立ち上がろうと腰をあげる。

 

きゅ。

 

しかしながら、シャロは俺の服の裾を掴んで離さない。

これではあまり動けないのだが。

 

「八幡も、今日くらいはいいわよ。洗濯物一日分なんて明日やればいいのよ明日」

 

普段のシャロからは考えられないような言葉が飛んできたことに俺は驚愕を隠せない。

 

几帳面で毎日欠かさず家事もこなし続けるシャロがこんな怠惰なことを言い出すなんて予想だにしていなかった。

 

「二人で、ゆっくり過ごしましょう。八幡だって昨日は仕事だったでしょ?」

 

「……そうだな」

 

しかし、あまり我が儘を言わない家内の言葉も無碍にはできない。

ならば黙って彼女に従うことにする。

 

シャロは俺が浮かせた腰を再び下ろすのを確認すると、俺の方に自分の頭を乗せてきた。

 

「あれから、一年ね。早いものだわ」

 

俺がシャロに指輪を渡してから一年。

シャロは何故か自らの指にはつけず首からチェーンで下げているのだ。

 

「なんで、指につけないんだ?」

 

シャロの首に光るチェーンを見ながら俺はシャロに尋ねた。

 

「だって、汚れちゃうじゃない。手につけてると」

 

「だから首に?」

 

「……なるべく心臓に近い方が、暖かいから」

 

中々に乙女チックな発言である。

指よりはもっと自分の命の源に近いところにつけることで、ありがたみを噛み締めると言ったところか。

 

「嬉しいことを言ってくれるな」

 

俺はそう言いながら隣に座るシャロを一度立つように促す。

 

クエスチョンマークを頭に浮かべながらも立つシャロ。

俺はそのシャロのすぐ後ろに座ると、シャロを座らせる。

 

するとシャロは自然に俺の股の間に腰を下ろす。

そのシャロの体にぎゅっと抱きつく。

 

所謂あすなろ抱きである。

 

「……あと五時間くらいこのままで」

 

「流石に腹が減るから無理だ」

 

「むぅ。じゃあご飯の後もまたこれやって」

 

「仰せのままに」

 

たまには、働き者の嫁をとことん甘やかすのもいいだろう。

 

ぎゅうっと、さらにシャロの体を強く自分の体に引き付ける。

シャロもそれに答えるように、シャロの体の前で組まれている俺の手に自分の手を添える。

 

結局俺のクリスマスはこれだけでほぼ一日を使い果たした。

 

 

 

 

 

♢比企谷(青山)翠の場合

 

かぽーん。

 

温泉独特の音が耳に響く。

 

ちゃぷん、と身を動かすと水音が聞こえる。

 

「あぁぁ〜」

 

体にお湯が染み渡る。

仕事で疲れた体にはやはり温泉が一番だと思う。

 

カラカラ。

 

今度は引き戸が開けられる音がする。

 

「どうですか?八幡」

 

「最高」

 

誰が来たかなど確認するまでもない。比企谷翠が体にバスタオルを巻いて脱衣所を出てきた。

 

現在俺たちはクリスマスに休日を取り、温泉旅行中である。

冬なのもあり、露天の所々には白く雪が積もっている。

 

ふぁさっ。

 

体に巻いてあるバスタオルを外すような音がする。

その音で少し翠の裸体を見たいという願望に囚われかけたが、温泉でそのような煩悩は無粋以外のなにものでもない。

 

「ふふっ、見たければ振り返ってもいいんですよ?」

 

「何を今更」

 

翠が俺の内心を見透かしたように後ろから話しかけてくるが、出来る限り冷静に返す。

 

「では、失礼します」

 

俺の隣にすっと片足ずつお湯に入れる翠。

白くスラッとした綺麗な足が目に入る。

次に太もも。そこから少しずつ翠の美しい体が視界にーーハッ、イカンイカン。平常心平常心。

 

そんなバカなことを考えていると、翠は肩までしっかりとお湯に浸かっている。

幸いなことに?お湯の色は乳白色なので、翠の体がはっきりと見えることはない。

 

「ふふっ、メリークリスマスですね八幡」

 

温泉にクリスマスとはお世辞にも合う組み合わせとは言い難い。

本当に翠は小説家なのだろうか。

 

「温泉に入りながらその言葉を聞くとは思わなかったな」

 

「サンタさんサンタさん。私は子供が欲しいです」

 

「サンタ俺かよ」

 

「他にいますか?」

 

「いねぇな」

 

俺以外の人間が翠に子供を授けようものならその人間をさんざん呪った後に殺してやる。

 

「私、婚期を逃した人間ですからそろそろ子供を産んどかないと体力的に心配なんです」

 

「なんでお前はこのタイミングでそれを言うかな」

 

「お互い裸だからです」

 

「場所を考えろって言ってんだ」

 

「じゃあ部屋に戻ったらいいんですか?」

 

「ここはごく普通の旅館だ。決してそのような行為に至るための場所じゃない」

 

全く、このマイペース過ぎる嫁のせいで毎日と振り回されたりと大変だったが、今年も終わりに近づいたところでこんな爆弾をぶち込んでくるとは思いもよらなかった。

 

ふにゅっ。

 

「おい、何をしている」

 

翠の双丘が俺の腕に押し付けられている。

ここは温泉。つまり、裸である。

 

そのような行為をしようと思えばいつでも出来る状態なのだ。

 

「ふふっ、当ててるんです」

 

「聞いてねぇし、分かりきってるわ。あんまし誘惑するなよな。理性がもたん」

 

「いいじゃないですか。旅行なんですし羽目を外しましょう」

 

「時と場合を考えろって言ってんだ。だからーー」

 

ちゅっ。

 

「とりあえず、これで我慢しとけ」

 

「はーい、旦那様」

 

翠の要望には答えられなかったが、それでも嬉しそうな翠の顔を見て幸せを感じる。

 

「そうだ、八幡、背中を流します。このスポンジを使えば綺麗になりますよ」

 

そう言って翠は自分のたわわに実った胸を腕で少し持ち上げる。

 

「……お願いします」

 

やはり、男というのは煩悩に勝てないのであった。

 

 

 

 

 

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クリスマス一週間前に一通の手紙が届いた。

 

【クリスマスの日、うちに来てください。お店のお手伝いもよろしくね!お客さんも八幡くんの事気にしてるみたいだし】

 

どうせ俺には予定なんてないし、せっかく彼女が招待してくれたのならと、一昔前なら断っていたはずのお誘いに乗り彼女の元を訪れることにした。

 

と言うよりも、俺があそこで働いたのは去年のクリスマス前後の一週間のみ。

 

なのになぜ、そんな俺の話が広まっているのだろうか。

 

 

 

◯保登モカの場合。

 

 

 

ワイワイガヤガヤ。

 

今日も今日とてベーカリー保登は大繁盛である。

 

今日はクリスマスということもあり、さぷらいずが大好きな俺の嫁兼ベーカリー保登の看板娘のモカ考案のクリスマスキャンペーンを実施中なのである。

 

そんなことで仕事が休みでダラダラするはずだった俺まで駆り出され絶賛仕事中である。

 

「おねぇちゃんこれくださーい」

 

小さな女の子がレジに立つモカに向かってトレイに乗せてあるパンを差し出す。

 

俺はそれをモカから受け取ると流れるように袋に詰める。

 

それをモカに返却するとお金の換算をちょうど終えたモカが女の子に手渡す。

 

「ありがとう、お姉ちゃん、お兄ちゃん!」

 

「八幡くん!まだまだお客さんはいるからね!ペース上げるよ!」

 

「……俺、会社員なのに。パン屋の店員じゃないのに」

 

ぶつくさ文句を言うが、モカには基本的に逆らえない俺は渋々とモカの指示通りに仕事を進めていく。

 

「文句を言いながらも働いてくれる八幡くんが大好きだよ!」

 

「じゃあ文句ましましで仕事量を減らそう」

 

「別に文句を言ってる八幡くんが好きなわけじゃないからね!?」

 

そんなくだらない話を仕事中だと言うのに口にしてしまうのはこの職場の空気が緩いからか、それを聞いているお客さんたちが微笑ましそうにこちらを見守ってくれるからかはわからないが、こんな職場も悪くない。

 

「あんたら、結婚しとるのかい?」

 

客をさばいていると、当然話しかけてくるような気さくなお客さんもいるわけで。

 

お年を召したおばあちゃんがモカに好奇心からか話しかけていた。

 

もちろん、それに対応するのはモカ。

俺は知らんぷりを決め込む。

 

ただ、今回は少し話題がマセた内容で、モカも戸惑っているらしい。

 

「え、えぇと、私と、後ろの人のことですか?」

 

「もちろんさぁ」

 

「まだ、結婚してないです」

 

あはは、と少し引きつった笑みを浮かべながらモカは対処する。

 

「あんた、だめだよ。ほら、そこのあんただよ!」

 

どうやら俺のことを言っているらしい。

困り顔でモカに助けを求めるが、モカは諦めて、といわんばかりの表情である。

 

「男見せなよ!モカちゃんきっと待ってるよ!なぁ?モカちゃん」

 

「えぇ!?……あの、そのぉ」

 

「ここに来る客はみんなモカちゃんのこと大好きだからね、泣かせたら承知しないよ!」

 

「……肝に命じておきます」

 

ここで返答を間違えたらきっと客全員から大ブーイングを食らっていただろう。

だが、おばあちゃんは今の俺の返答に満足したように頷いた。

 

「うんうん、結婚したら教えてよ!みんなお祝いするからさ。なぁ?」

 

あばあちゃんは店内にいる全員に同意を求めるようにくるりと振り返って呼びかける。

 

「モカちゃん!幸せになー!」「お姉ちゃんおめでとー」「羨ましいな!妬ましいな!」

 

おばあちゃんの呼びかけに答えるように客たちは答える。

これも、モカの人望によるものが大きいだろう。

 

気になるのは、結婚はしてないのに、した感じで話が進んでいるところである。

 

幸せにな!もなにもまだ俺はプロポーズしていないし、答えも貰っていない。

 

だが、ここまでくれば、もう言ってしまうしかないだろう。

 

「モカ、後で話がーー」

 

「ほら、あんたらも空気を読みな!さっさと出るよ!」

 

俺が後で二人で話をしたいと言う旨を伝えようとすると、その前におばあちゃんが遮った。

てか、後でって言ったのに。

今じゃねぇよ!

 

しかし、空気を読んでしまった客たちはゾロゾロと店内から出て行く。

 

最後におばあちゃんが出て行く前に、くるりと振り向き俺に向かって、グッと親指を立てる。

 

 

 

ここまで周りに気を使われて、周りに流されて。

 

きっと、俺は最後の一押しが欲しかったのだ。

 

俺が去年のクリスマスにモカに指輪を渡すことをためらい、結局渡せなかったのは、勇気がなかったから。

 

モカを俺なんかが、なんて卑屈にものを考えたせいだ。

 

でも、半ば強制とはいえここまで場を整えられてしまったら男を見せるしかないだろう。

 

「なぁ、モカ」

 

「は、はいっ!」

 

なんて言えばいいだろう。

結局のところ、これはこんなところで女性がときめくような洒落たセリフを言えない。

 

でも、それでも俺の気持ちを伝えるために、言葉を選ぶ。

 

「俺は、変われたかな?」

 

あぁ、俺は一体何を言ってるんだ。

違う、そうじゃない、そんなことを言いたいんじゃない。

 

「うん。変わったよ。すごく変わった。あの人を信じようとしなかった八幡くんが、こんなにも」

 

君の言葉で俺は救われた。

 

 

 

だから、一生かけて君に恩返しがしたい。

 

君の姉であろうとする在り方が好きだ。

 

君のどんな時でも笑顔で誰かのためになろうとする姿勢が好きだ。

 

君のやわらかで優しく、思わず見とれてしまいそうな笑顔が好きだ。

 

君の実は脆くて寂しがりやなところも好きだ。

 

 

 

だから、俺が君に送る言葉はただ一つ。

 

 

 

「俺の、本物になって欲しいっ(結婚してください)

 

ああ、情けない。

震えた声で、俺はモカに伝えた。

後は、君の答えを待つだけだ。

 

すると、君はその美しい顔に涙を浮かべて、俺がこの世で一番好きな笑顔を浮かべて口を開く。

 

「よろこんでっ」

 

俺たちはその言葉を皮切りにどちらからともなく互いに近寄りーー

 

 

 

ーーー熱く、口づけを交わしたのだ(本物を手にしたのだ)

 

 

 

 




一応、それぞれのヒロイン達にテーマがあったりするお話です。
……マヤとメグがいないって?
べっ別に時間が足りなかったとか文字数が多すぎるからカットしたとかじゃないんだからね!

おそらくこれが今年最後の投稿です。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。

感想評価をお待ちしています。
普段感想を書かない方でもお気軽に感想をお送りください。


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第二十九羽

分割しました。
今回は前編、次回後編でございます。


時刻は午後十時過ぎ。

八幡はリビングでスマートフォンを片手にコーヒーを淹れていた。

 

すると唐突にメールの着信を知らせる音がなる。

【差出人:シャロ

件名:無題

本文:たすけて】

 

「なんだこれ」

 

「どしたのお兄ちゃん」

 

小町は八幡の淹れてくれたコーヒーを飲むために二階の自室でしていた受験勉強を一時中断しリビングでクッションを抱いてゴロゴロしながら、唐突によくわからないことを言い出した八幡に問いかける。

「いや、なんかシャロから変なメールが送られてきて」

 

「ふーん。なんて?」

 

「助けて、だとよ」

 

ぴくり、と小町のアホ毛が何かに反応したかのように動いた。

 

「お兄ちゃん、それは事件だよ!」

 

上で寝ている両親のことを考えてか控えめに叫ぶ小町。

そんな小町に呆れる八幡。

 

「この街で事件なんかここ数年起こってないらしいぞ。いたって平和な街だここは」

 

「わからないよ、シャロさんは美人だから変な人に狙われてるかわかったものじゃないんだよ!」

 

「いや、じゃあどうしろってんだよ」

 

「それは当然、お兄ちゃんはシャロさんを助けに行くべきなんだよ!」

 

今は街の明かりもポツポツと消え始めている夜中の十時。

そんな中不確定情報だけで外出することなど八幡はお断りであった。

 

「いや、どうせ誤送信とかなんかだろ。あいつの家の隣には千夜だって住んでるんだぞ。そもそも、俺に送られてくる事自体おかしいんだ」

 

「女の子にはそんなのどうしようもない時だってあるんだよ!きっと一応でも男のお兄ちゃんを頼るしかなかったんだよ!」

 

なんとも自らの兄である八幡をバカにしたような物言いで八幡に詰め寄る小町。

 

「お前が俺のことどう思ってるのか追求したいところだがそれは置いといて、……連絡するなら俺よりリゼの方がいいだろ」

 

「さて、お兄ちゃん、コーヒーを飲んだら小町は勉強に戻るよ」

 

完全に今の八幡の話に納得してしまった小町は、今の今まで助けに行くべきだ!なんて姿勢を取っていたがコロッと姿勢を変えた。

 

それによって、男の八幡よりも女のリゼの方がどのような面においても頼られているというリゼの圧倒的人望を八幡は再確認した。

 

ピンポーン。

 

すると唐突に来客を知らせるチャイムが鳴る。

 

「おにーちゃん出てー」

 

「あいよ」

 

小町に言われるままに玄関まで行くとサンダルを履き、のぞき穴から誰が来たのかを確認。

 

八幡は外にある人物が自らの知り合いだったことから、警察沙汰が起こるような心配はないと断じて戸を開ける。

 

「どうした?シャロ」

 

夜遅くに比企谷家を訪ねてきた人物は先ほどまで話題にあがっていた人物、シャロであった。

 

「も、物置でいいから貸してくれないかしら」

 

パジャマ姿で、足元を見ればサンダルのシャロ。

その格好のままシャロは外を歩いてきたらしい。

 

とりあえず事情を聞くため八幡はシャロを家にあげる。

 

「お兄ちゃん、誰だったー、ってシャロさんじゃないですか!どうしたんですかウチをこんな時間に訪ねてきて!」

 

「お、お邪魔します」

 

時間も時間なので、申し訳なさそうにおずおずと頭を下げてリビングに入るシャロ。

 

「とりあえず、コーヒー飲むか?一応カフェインレス」

 

「ありがとう、頂くわ」

 

シャロをソファに座るように促し、シャロは小町の隣に腰掛ける。

八幡はコーヒーをコポコポと三つのマグカップに注ぎ始める。

その間、小町が事情を聞き出すという示し合わせたわけではないが役割分担が自然と出来てしまった。

 

「で、どうしたんですか?シャロさん」

 

「さ、最近ウチで怪奇現象が起きてて、今日も家に帰ったら部屋に草が少し盛られてたり、ガタガタギシギシ変な音が聞こえたりするし」

 

少し怯えた様子でシャロは小町と八幡に事情を明かした。

 

「はぁ、お兄ちゃん」

 

八幡に向かってゴミを見るような目を向ける小町。

その嫌悪の視線を向けられ少し威圧される八幡。

 

「なんだよ」

 

「だめだよ?嫌がらせは」

 

「は、八幡だったの!?」

 

「そんなわけないだろ。おい小町、変なこと吹き込むな」

 

てへっ、と可愛く舌を出してごまかす小町。

これはシャロの怯えを和らげる小町流のジョークだった。

 

「まぁ、お兄ちゃんのことは置いといて、それで、シャロさんはウチに逃げてきたわけですね?」

 

「そうなの」

 

「うい、コーヒーお待たせ」

 

お盆に入れてコーヒーを運んできた八幡は、小町とシャロの前にコーヒーを置くと、L字ソファの二人の座っていない側に腰掛ける。

 

「で?なんでうちに来た?千夜が隣に住んでんだろ」

 

「はぁ、ごみぃちゃん。なんでそれなの?なんでいきなりそんなバカなこと言うの?そんなの困ってる女の子に聞くことじゃないよ?」

 

「……で?なんでうちに来たんだ?てか、俺お前に家の場所教えたっけ?」

 

「ああ、それはーー」

 

八幡のちょっとした疑問に言葉なく答えるようにして、小町の方へと視線を向けるシャロ。

 

「……テヘッ☆」

 

「お前か」

 

いつの間にやら八幡の知らぬところで八幡の家が小町を通じてシャロに教えられていたらしい。

 

「……最初は千夜に電話したわよ。……でも、多分寝てるわ」

 

「ああ」

 

千夜はきっと、シャロが助けを求めているとも知らずに熟睡していることだろう。

そして後日、なんで私を頼ってくれなかったの!?と騒ぎだすに違いない。

 

「じゃあリゼは?」

 

「リゼ先輩、意外と子供だから……」

 

リゼはシャロの家に異変が起きていると知るや否や夜中にも関わらず銃を持って押しかけるに違いない。

 

どうやら、比企谷家を選んだのは消去法によるものだったらしい。

だが、これ幸いと小町は目をキラリと光らせる。

 

「じゃあシャロさん!是非共今日はウチに泊まっていってください!」

 

「は?」

 

「……でも、押しかけておいて言うのもあれだけど、迷惑じゃあ」

 

「そんなことあるわけないじゃないですか!是非泊まっていってーー」

 

そこまで小町が口にしたところで、わざとらしく「あっ」と何かを思い出したような声を出した。

 

「あーっと、失念していました。ウチは手狭ですから寝る場所がありません!小町ったらうっかり屋さん☆」

 

八幡は小町が何かを企んでいることを口ぶりからすぐに察したが、こうなってしまった小町を止めることなど八幡には不可能である。

 

「小町の部屋で一緒にお話をしながらお休みするのも良いのですが、小町はこれでも受験生!そうなると消去法でお兄ちゃんの部屋で寝てもらうことになってしまいます!」

 

「……私は別に毛布だけ貸してもらえれば廊下でも」

 

「ダメです!女の子がそんなところで寝るとかありえません!なので、お兄ちゃんは自分の部屋に布団を敷いてそっちで寝て、シャロさんをベットに寝かしてあげてね♡」

 

「……俺がソファで寝るよ。シャロも嫌だろうしな」

 

「べ、別にそんなことはないわよ」

 

「お兄ちゃんはどうせ『ソファで寝たから寝違えて体が痛い。よし、これは学校を休むしかない!』とか言い出すからちゃんと布団で寝てね」

 

八幡の思考を読み次々と八幡の逃げ場を潰す策士小町。

 

「いや、そんなことーー言うかもしれないけど」

 

「はいはい文句言わないの。ほら、お兄ちゃんは布団を持って部屋に行く!……シャロさん!」

 

「なぁに?小町ちゃん」

 

「お兄ちゃんに襲われそうになったら叫んでくださいね」

 

「おい」

 

八幡の小町を戒めるような視線が強くなってきたところで小町はカップに残っていたコーヒーを一気飲み。

逃げるようにそそくさと小町はリビングを去って行った。

 

「……はぁ、じゃあ、俺はここで寝てるから。二階の俺の部屋で寝といてくれ」

 

「……私がなんでここにきたか忘れたの?」

 

「いや、覚えてるけど」

 

「八幡は、怖がる女の子を一人で寝かせる駄目男なの?」

 

そもそもダメ人間である八幡には痛くもかゆくもない言葉だったが、涙目のシャロに頼まれて仕舞えば、渋々とそれを受け入れるしかない。

 

「わーったよ、ちょっと待ってろ」

 

布団を取りに行くためシャロに背を向けた八幡の後ろでシャロはホッと安堵の息を漏らしていた。

 

 

 

布団も敷き終わり、あとは消灯して寝るだけ。

シャロは八幡のベッドに先ほど八幡が引っ張り出してきた枕と掛け布団を受け取り、ベッドに腰を下ろしていた。

 

「八幡、意外と部屋は綺麗にしてるのね」

 

「俺は余計なものは置かない主義なんでな」

 

流れる静寂。

二人は自他ともに認める友達同士である。

 

だが、言ってしまえばその程度の関係である。

八幡にとっての友達とは多少なりとも特別な意味を持つ。

しかし、だからと言って女の子と二人きりで寝室にいるなどと予想だにできない事態である。当然のごとく八幡はひどく動揺している。

しかし、それをシャロに悟られないように必死に隠しているあたり男を見せていると言えなくはない。

 

「ね、寝るか?」

 

「えっ、えぇ、そうしましょう」

 

気まずい空気に耐えかねて発した言葉は裏返り、挙動不審に話しかける八幡。

それに返事をするシャロも緊張した様子である。

 

パチンと消灯する部屋。

二人は暗闇の中布団へ入る。

 

互いの呼吸の音がかすかに聞こえる。

 

ただそれだけのことなのに八幡とシャロはひどく緊張していた。眠気など襲ってくるはずもない。

冴えた目で二人はただ真っ暗な天井を一点に見つめているだけである。

 

「ねぇ、八幡」

 

「なんだ?」

 

「……家の怪奇現象、どうすればいいかしら?」

 

このまま八幡の家に逃げているだけでは一向に解決しない問題である。

 

「明日、リゼを呼べよ」

 

「八幡は来てくれないの?」

 

「リゼ一人いれば問題ないだろ」

 

「……本気でそう思ってる?」

 

「……」

 

一概にはそう言えない。

リゼは基本的には面倒見がいいのだが、偶に面倒な暴走の仕方をする。

シャロとて、好き好んでいつ爆発するかもわからない爆弾を単体で家にあげるのは危険だと判断したのだろう。

 

「明日、放課後にお前の家によればいいか?」

 

「迷惑をかけるわね」

 

「気にすんな」

 

八幡の優しさにふふっ、と笑うシャロ。

なんだかんだ言ってシャロが同年代で一番頼りにしているのは八幡なのかもしれない。

 

「ねぇ、八幡」

 

「どした?」

 

「おやすみ」

 

「あぁ、おやすみ」

 

そう言って、二人は眠りについた。

 

 

 

ドサッ。

 

そんな布団に何か自分とは別の重さが加わる音で八幡は目を覚ました。

 

一体何事かと、顔だけを音のした方へむける。

すると、八幡の目線の先、いや鼻の先にあったのは、白く綺麗な肌に金色のくせっ毛。女の子らしく長い睫毛。

そんな特徴のある人物が八幡の隣で寝ていた。

 

「ーーっつ!?」

 

声にならない声が八幡の口から漏れた。

とっさにシャロから離れようと八幡は寝返りをうとうとする。

 

キュッ。

 

「んなっ!」

 

八幡のパジャマの袖を掴んで離さないシャロのせいで八幡はシャロから離れることができない。

 

(寝てんのになんでこんな強く掴んでんだよ!)

 

自分のパジャマの裾を掴んでいるシャロの手を外そうと思考錯誤してみる八幡だが、シャロの握力が意外にも強いため外すことがかなわない。

 

「……いいでしょ?少しだけだから」

 

「起きてたのか?」

 

「えぇ、少しお手洗いに行ってきただけよ」

 

「で、なんで俺のとこで寝てんだよ」

 

「ない?夜たまに寂しくなることって」

 

ーーそんなこと言われたら、強く断れないではないか。……そう言えば、俺もあの時は。

 

ギュッ。

 

「……ぇ」

 

八幡は隣で寝ているシャロの顔を自分の胸元へ押しつけるようにして体ごと引き寄せ抱きしめた。

あの時、八幡があの二人にされたように。

 

状況としてはきっと似ているのだろう。

 

シャロは一人暮らしを高校生ながらしている。

隣に千夜が住んでいるとはいえ夜は基本的に孤独である。

 

人間は孤独を感じると、少し心が冷えて弱くなる。

 

そんな冷えた心を少しでもシャロの“友達”である八幡は温めてやりたかった。

その孤独がどれだけ辛いかを八幡は身に染みてわかっていたから。

 

「ぇ、えと、はちぁ、八幡!?」

 

「……何も言うな」

 

「……ぅん」

 

八幡もシャロも自分の体が、心が温まるのがわかる。

 

シャロは抱きしめられたことなど久しぶりだ。

親は二人とも出稼ぎに行っているし、シャロはココアのように誰かに抱きつくことなどない。

 

だからこそ、ハグという方法で愛情を表現することに飢えている。

 

ぎゅぅぅ。

 

シャロは寝転びながらも八幡の背中に手を回し、自分の体を更に八幡へと寄せる。

 

「……ありがとね」

 

シャロは八幡の胸に顔をうずめたまま、そう小さく口にした。

 

 

 

 

 




青山さんとモカが頭角を表すまでメインヒロインでは?と噂されていたシャロがメインヒロインの座を奪い返すためにやってきた!

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第三十羽

遅れて申し訳ございません。

今回の29話30話は前編後編の物なので、前回のクリスマス番外を28話と29話の間に位置を変更しました。



シャロと夜を共にした日の翌日。

八幡は放課後になると、学校から直接シャロの家へと向かうことにした。

 

「それにしても、シャロの不憫さは異常だよな」

 

毎度毎度、シャロばかりこのような目に遭っている気がする。

それで今回は家で怪奇現象多発ときたもんだ。

これを不憫と言わずしてなんと言うのか。

 

「シャロがどうしたんだ?」

 

ポツリと八幡が漏らした独り言を聞かれていたようで、ものすごく聞き覚えのある声が八幡の耳に届く。

 

「……なんだ、リゼか」

 

「なんだってなんだよ。で、シャロがなんだって?」

 

「シャロの家で怪奇現象が起きてらしい」

 

「怪奇現象?……これは私の出番だな!」

 

リゼはそう言うとどこからか拳銃を取り出した。

怪奇現象だと言っているのに、拳銃でどうやって解決するのか謎であるし、下手をすればただシャロの家に風穴がいくつもできるだけである。

 

「銃は使うなよ?」

 

「…………使わないよ」

 

「おい、今の間はなんなのか聞かせてもらおうか」

 

やはりリゼはシャロの家でも銃を抜く気満々だったようだ。

 

 

 

歩くこと数分、八幡とリゼはシャロの家の前へと到着。

すると、丁度隣の甘兎庵の前で千夜が箒がけをしているところだった。

 

「あら?八幡くんにリゼちゃん。どうしたの?」

 

「千夜は聞いてないんだったか」

 

「何を?」

 

「シャロの家で怪奇現象が多発してることを」

 

やはり、シャロの予想が的中したようだ。

千夜はシャロが助けを求めていた時点で既に夢の中。

 

その後もシャロからのSOSメールに気がつくことなく一日を過ごしていたらしい。

 

「そ、そうなの!?」

 

千夜は今更ながらその事を知ったようで箒を手に持ったまま、シャロの家の戸を勢いよく開け放った。

 

バァン!

 

「な、何事ぉ!?」

 

「シャロちゃん!どうして、どうして私に言ってくれなかったの!?」

 

唐突に侵入してきた千夜に驚くシャロ。

さらに千夜に肩を掴まれグラグラと前後に揺らされる。

 

そんな漫才のようなことをやっている二人に構わず、八幡とリゼはシャロの家の中へ。

 

玄関からさらに中へ入り、リビングへ。

すると部屋の真ん中に山形を作るようにして雑誌が一冊ポツンと置かれていた。

しかも、カタカタとひとりでに動きながらである。

 

「すげぇな、早速怪奇現象じゃん。シャロの被害者レベル高すぎだろ」

 

「私、ポルターガイストって初めて見た。八幡、ちょっと私と雑誌を一緒にビデオ撮ってくれないか?」

 

こちらはこちらで呑気にビデオ撮影を始める八幡とリゼ。

なんとも緊張感のないことである。

 

「八幡に先輩、何してるんですか!?」

 

千夜から解放されたらしいシャロが部屋に入ってきた。

シャロはひとりでに動く雑誌を指摘すべきなのか、のんきにビデオ撮影をしてたら八幡とリゼを叱るべきなのか。

 

どちらにしてもシャロからすればめんどくさい事である。

 

「ふーむ、甘兎の隣に幽霊屋敷。……これは売れるわ!」

 

そしてシャロを悩ませる原因は増加する。

ここぞとばかりにボケ倒す千夜に、もっと他に怪奇現象は起きていないか探し始めるリゼ。

 

「………ほんと、ひでぇなこの状況」

 

さすがに今のシャロの状況が不憫すぎて、八幡はそんな言葉をポツリと漏らしたのだった。

 

 

 

五分後。

漸くテンションが高かったリゼと千夜も落ち着き、雑誌も未だにカタカタ音を立てている。

 

五分も同じものをカタカタと動かし続けるとは中々根性のある幽霊である。

 

「ま、そろそろ種明かししてもいい頃だろ」

 

八幡はマジシャンのような言い回しをしながら雑誌に手をかけ、バッ!と勢いよく雑誌を持ち上げる。

 

すると、雑誌の下にはシャロが最も苦手とする生き物。

うさぎの存在がそこにはあったのだ。

 

しかも、かつてシャロを幾度となく日常的に困らせていた不良うさぎであるとの情報がリゼの口から八幡へと伝えられる。

 

このうさぎがなぜか大量発生している町で、シャロの家のようにボロい感じの家だと、うさぎが侵入するくらい楽勝なのだろう。

 

「……なんで、私ばっかこんな目に」

 

騒がしい連中が乗り込んできたかと思えば次はうさぎ。

シャロはついに泣き崩れる。

 

この状況には流石の八幡も同情せざるを得ないだろう。

リゼと千夜をシャロの家に上げてしまった原因は八幡が担っているのだから罪悪感も感じてしまう。

 

「ほれ、不良うさぎ、ここはダメだ。家主がうさぎ嫌いだからな」

 

八幡も流石にボケることはせず、不良うさぎを追い出しにかかる。

 

しかし、不良うさぎは八幡の横を素通りしてシャロの元へとぴょこぴょこと移動する。

口には何か草のようなものを咥えている。

 

それをシャロの前でポトリと置くと、どう?と首をかしげる不良うさぎ。

もしかしなくとも家賃のつもりなのだろう。

 

「「なんて義理堅い不良だ」」

 

八幡とリゼが感嘆の声を漏らすが、シャロは自分が苦手なうさぎが近づいてきたのに怯える。

それに加えて、うさぎがシャロに家賃がわりとしておいた草を見て目を見開いている。

 

「あら?これって、シャロちゃんが庭で育ててるハーブじゃない」

 

「もうやだぁ」

 

「げ、元気出せよシャロ」

 

「ここまでくるといっそ清々しいな」

 

うさぎが差し出した物が、自分の家で育ててるハーブだと知ると更に意気消沈のシャロ。

不幸が続いて散々である。

 

「でも、ここまでちゃんとしてるうさぎならシャロちゃんが家で飼ってもいいんじゃないかしら?」

 

「ばっ、バカ言わないでよ!そんなの無理に決まってるでしょ!」

 

「シャロのうさぎ嫌いを治すチャンスだ!なんなら私が教官になってうさぎ克服のため訓練してやってもいい!」

 

千夜、リゼ、不良うさぎに見つめられ、うさぎの滞在を許可するように求める視線をひしひしと受けるシャロは最後の望みと言わんばかりに八幡へと救援要請の視線を送る。

 

しかし、八幡としても、そんな視線を送られて出来ることなどない。

確かに、シャロがうさぎ嫌いで困っているとはいえ、うさぎなど実質無害。

そこまでして追い出しにかかるほどの動物でもない。

 

「……はぁ、シャロ。お前がうさぎを好んでないのは知ってる。でも、ここまで誠意を見せてるうさぎなんだ。お前もうさぎ克服のために今日だけお試しで飼ってみたらどうだ?」

 

「八幡まで、私を陥れようとするのね」

 

最後の望みであった八幡からも裏切りにあったシャロは項垂れる。

 

三人と一羽に見つめられるシャロ。

うぅ、と唸りながらシャロは自分の中でうさぎを家で飼った場合のリスクリターンを考えているのだろう。

 

「……お、お試しだけよ!一週間であなたをチェックするからね!」

 

ついに折れたのか、シャロはうさぎに向かって契約内容を突きつける。

 

「じゃあ名前を考えましょう!ごまぼたもち、とかどうかしら?」

 

「いいな、それ。非常食にぴったりだ」

 

「お前らうさぎを食べるのか!?」

 

千夜がお菓子の名前をうさぎにつけようとすれば八幡は便乗して適当なことを口にする。

それにリゼは突っ込みながらも、結構真剣にうさぎの名前を考えているらしい。

 

「お試しだけだから名前なんていらないんじゃ……」

 

なぜか既にシャロの正規のペットとして皆に認知され始めている事実に項垂れながらもなんだかんだ名前を考えているらしく、先程からブツブツとイギリス人に居そうな名前が次々に上がっている。

 

「よし!じゃあお前は今日からワイルドギースだ!」

 

「シャロの意思は無視かよ」

 

静寂を破り勝手にリゼはうさぎの名前をワイルドギースに決定。

 

「せ、センパイが考えた名前だし、無碍にはーー」

 

「嫌なら嫌って言っていいぞシャロ。絶対リゼの趣味で名付けただろうし」

 

八幡的にはそんな可愛げのない名前よりかはもっとうさぎにつけるに相応しい名前、またはシャロの好みの名前を付けるべきではと提案する。

 

「あら?やっぱりワイルドギースは律儀なのね」

 

「いいぞ!ワイルドギース!このまま訓練していけば私の部下にしてやってもいいぞワイルドギース!」

 

しかし、八幡の提案を他所に、リゼと千夜はすでにワイルドギースと連呼している。

 

「……もう、手遅れだと思わない?」

 

「……すまん」

 

もはや罪悪感だったり、シャロへの同情だったりでお腹いっぱいの八幡。

 

「でもこの子、この名前気に入ったみたいよ?」

 

「そうなの?……そうね。意外と似合ってるかも」

 

シャロは膝を抱えるようにして屈むと、ワイルドギースと出来るだけ顔を近づけると、ふわっと優しくワイルドギースに微笑んだ。

 

その笑顔を、八幡、千夜、リゼは少し驚いたように顔を見合わせる。

 

「じゃあ、私たちは帰るか」

 

「そうね、私も掃除の続きをしなきゃ」

 

千夜とリゼはもうここにいる理由はないとばかりにさっさとシャロの家から出て行ってしまった。

 

「……あいつら、何しに来たんだ?」

 

「連れてきたのは八幡だけどね」

 

「すまんと思ってる」

 

「……悪いと思ってるなら、ワイルドギースの小屋を作るの、手伝って」

 

「まぁ、そんくらいならな」

 

木材を切ったりするのにシャロ一人で、というのもなかなか大変だろうが男手が一つでもあれば、難なく作り上げることが出来そうである。

 

「じゃあ、今日のところは俺も帰るよ」

 

「分かったわ。小屋作りの時は連絡する」

 

八幡はそんなに長居をしては迷惑だろうと、さっさと玄関へ。靴を履いて、ドアノブに手をかけると、シャロに声をかけられる。

 

「今日も、昨日も、ありがとね」

 

「気にすんなよ。俺がやりたくてやったことだ」

 

「それでも、嬉しかったから」

 

先ほど、ワイルドギースに見せた笑顔よりも、もっと美しい笑顔で、シャロはそう言った。

そんなシャロの笑顔に八幡が見惚れるのは仕方のないことだろう。

 

更に追い討ちをかけるように、ぼすっ、と音を立てシャロが体勢を崩し八幡の胸へと飛び込んだ。

八幡は急なことながらもしっかりとシャロを抱きとめる。

 

シャロを後ろから押し、体勢を崩した犯人は不良うさぎのワイルドギースであった。

 

「ぁ、は、八幡」

 

昨日も布団の中で抱きしめられた。

しかし、あの時とは少し事情が違う。

昨夜は寂しさに呑まれていたシャロ。

しかし、今は寂しさはない。

 

つまり、生まれるのは寂しさを埋める暖かさではなく、別の感情だ。

 

「………そろそろ、離れてくれ」

 

「ぁ、ご、ごめーー」

 

シャロがそう言って八幡から身を離そうとしたその瞬間。

 

ガチャリと扉が開く音がした。

 

「シャロさん?いらっしゃいますか。……ぇ」

 

戸を開けて入ってきたのは頭にティッピーを乗せたチノだった。

 

「……ぁ、ぇと、ノックしても返事がなくて、だからそのっ、ご、ごめんなさい!」

 

チノは数瞬、目の前の光景に呆然としたが、すぐに正気を取り戻すと、すぐにシャロの家から出て行った。

 

シャロは人に今の状況を人に見られた事に顔をリンゴのように赤く染め、パタパタと家の奥へと引っ込んでいった。

 

しかし、八幡は今の状況を見られたことの羞恥心よりも、困惑の気持ちが大きかった。

 

チノの顔を八幡は見てしまったのだ。

 

 

 

あの感情の起伏が大きくないチノが顔を歪めていた。

そんなチノの悲しげな顔を。

 

 

 

 




【活動報告に今後についてのことを投稿しています。作品投稿についての大事なことなので、気になる人は覗いてやってください】

さぁ、やってまいりました修羅場ルート(修羅場になるかは未定)。
ようやく回ってきたチノのターン、

次回八幡死す!デュエルスタンバイ!

感想評価待ってます。


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第三十一羽

前回の終わり方で一年執筆停止は流石にモヤモヤする!読者も私も!
と言うわけで、おそらくこれが私の今年最後の投稿になると思われます。
宣言通り、受験終わるまであもう書かないぞ!(フラグ)


八幡がシャロと抱き合っているところをチノに見られた翌日、八幡はいつものようにラビットハウスへと向かい制服に着替え、自分の役割を淡々とこなす。

 

いつもとさして変わらぬ日常ではあるが、一つ変化があるとするならそれは、チノが八幡と目を合わせなくなったことだ。

 

八幡も、確かに気まずい現場を見られたし、純情なチノがその現場を目撃してしまったことで気まずいと言うことは理解しているが、それにしても八幡は今日一度もチノと目を合わせることができていないし、言葉すらも交わしていなかった。

 

(んでもってーー)

 

「ココアさん!日向ぼっこしてないでちゃんと働いてください!」

 

「えぇ!?私ちゃんと働いてるよ!?」

 

「ココアさんの気持ちは今も窓際で日向ぼっこしてます!」

 

「それちょっと理不尽じゃない!?」

 

(ーーチノの機嫌がすこぶる悪い)

 

珍しく働いているココアに向かってなんとも理不尽な叱責を飛ばすという、チノらしからぬ行動に出ている。

 

それにより、ココアはチノちゃんは反抗期だぁ!と先程から涙目で働いている。

 

機嫌が悪く、八幡とは話そうとも目を合わせようともしない。

 

それだけの条件が揃えばラビットハウスのオカン(リゼ)が八幡とチノとの間に何かあったと察するのもさして難しいことではなかった。

 

チノが表での仕事にひと段落つけ、一度裏に入った瞬間、リゼは素早く八幡の元へ。

そして、これ以上チノを刺激しないよう、八幡の耳に口を寄せ最小限の声でチノに聞こえないように喋りかける。

 

「単刀直入に言う。何があった?」

 

「……心当たりはなくはないんだが」

 

「どうせ八幡が悪いんだろう。ほら、私も一緒にごめんなさいしてやるから謝りに行くぞ」

 

リゼとしても職場の雰囲気がこれ以上悪いままにしておくのは好ましくなく、早急にいつものほんわかラビットハウスに戻すため、とりあえず八幡に謝るよう促す。

 

「いや、怒らせてる、とかではないはずなんだがなぁ」

 

八幡としてはチノとの関係に傷をつけるような行動はしていない。

だが、チノは実際に腹を立てているし、その原因が八幡であることも明白である。

 

「………よし、八幡。脱げ」

 

「……ごめん、俺露出癖とかないから」

 

「そういうことじゃない!私服に着替えて来いと言ったんだ」

 

「分かんねぇよ。どんだけ略してんだ」

 

八幡はリゼの企みを呑み込めず、行動を起こさない。

私服に着替えて何をしろというのか。

 

「いいか、八幡。今日一日だけ、私とココアだけでラビットハウスを回してやる。だからお前はその間にチノを連れて遊んでくればいい」

 

「……リゼ、お前ってやつは」

 

「おっと、八幡。礼はいらないぞ。これはこれからもここで働くために職場の空気を悪くしたくないという私情だ。断じてお前たちのためじゃないんだからな」

 

リゼは少し恥ずかしそうに八幡から目をそらす。

八幡はそんな不器用ながらも他人を思うリゼの行動に心を打たれつつも率直な意見を告げる。

 

「ーー俺がチノを連れて遊びに行くとこなんて知ってると思うか?」

 

「せっかく私がいいこと言ったのにぶち壊しじゃないか!」

 

 

 

 

追い出されるように八幡とチノはラビットハウスから出ると、行くあてもなく、途方に暮れている状態だった。

 

「……どうすんだこの状況」

 

「……私は八幡さんと二人で息抜きをしてこいと無理やりリゼさんに言われただけなのでなんとも言えません」

 

気まずい空気が漂う中、二人してどうしたものかと首をひねる。

 

「とりあえず、私は適当にそこらへんを歩いて来ます。リゼさんには八幡さんと二人でと言われましたが、二人で歩いているところをシャロさんに見られても困るでしょう?」

 

含みのあるチノらしからぬ言葉遣いで八幡を突き放すと、チノは一人スタスタと歩き出す。

 

「ま、待ってくれ」

 

が、八幡は歩き出したチノの手をとっさに掴み、チノの足を止めさせる。

 

「っ、は、八幡さん、シャロさんに見られたら勘違いされてしまいますよ?」

 

「勘違いしてるのはお前の方だ。別に俺はシャロと付き合ったりしてない」

 

「ぇ……付き合ってもいない女性と八幡さんは抱き合ってしまうようなダメな人だったんですね」

 

チノは一瞬惚けたような顔をしたが、すぐに我に帰り辛辣な言葉を八幡に浴びせかける。

やはり怒っているのが普段のチノとの対比で明らかである。

 

「いや、あれは事故だったし、抱き合うと言うのも少し語弊がーー」

 

「冗談です」

 

くすっ、とチノは微笑むと握られた手をもぞもぞと動かし、しっかりとつなぎ直す。

 

「では、行きましょうか八幡さん。私、市場の方を見て回りたいです」

 

「おう……それはそれとしてこの手はーー」

 

「ダメですか?」

 

「ダメじゃない。そうだな、はぐれてもいけないし、お兄ちゃんとしてはむしろ繋いでたいまである」

 

『お兄ちゃん』その言葉をチノが聞くと少し苦い顔をするが、八幡に気取られないよういつものチノの表情に戻る。

 

「では、行きましょう」

 

 

 

「八幡さん、この小物をラビットハウスに飾れば味が出ると思いませんか?」

 

「……中学生から味、なんて言葉を聞くとは思わんかった」

 

ふと目に入った雑貨屋に欲しいものなど特になく入ってみたり。

 

 

 

「これをリゼに買って帰ろう」

 

「……怒られますよ」

 

うさ耳カチューシャをリゼに買って帰ろうとしたり。

 

「じゃあチノがつけてみるか?」

 

「なんでそうなるんですか。というか、前もうさ耳で八幡さん遊んでましたよね」

 

それをチノに着けさせようとしたり。

 

 

 

「これを使ってみたらどうでしょう?」

 

「何?アイマスクをつけたらこの目も隠せるってか?遠回しにディスるのやめてもらえます?」

 

八幡の腐眼を隠すアイテムをチノが見繕ったり。

 

 

 

「これなんかつけてみたらいいんじゃないか?」

 

「そ、そうでしょうか?このような髪留めは使わないのでーー、どうでしょうか?」

 

「あー、うん、似合ってるぞ?」

 

「なんで疑問系なんですか」

 

チノの髪飾りを見繕いに来るものの、杜撰な八幡の感想にチノが頬を膨らませたり。

 

 

 

「八幡さん、この眼鏡をかけてみてください」

 

「なんでさっきから俺の眼をカモフラージュする方向のものしか買いに来てねぇんだよ」

 

「……八幡さん、似合ってますよ」

 

「あ、そう?」

 

やはり八幡の眼をどうにかするための眼鏡を見に来たり。

 

 

 

「お揃いのキーホルダーですね」

 

「まぁ、携帯に付けとくよ」

 

「私もそうします」

 

二人お揃いのキーホルダーを買ってみたり。

 

 

 

とにかく、いろんな場所を周り、仲のいい兄妹(・・)のように二人は一日を過ごして行った。

 

 

 

そして最後の締めとして、二人は街を一望できる高台のようなところに足を運んだ。

 

すでに日は落ちかけ、オレンジに街を染め上げている。

街を流れる川や、風情の感じられる建造物の数々がその光景を一段と素晴らしいものへと押し上げている。

 

「今日は楽しかったです」

 

「そうだな。バイトを途中でほっぽりだして来た価値は少なくともあったな」

 

「リゼさんには感謝しないといけませんね」

 

八幡はチノと喋りながらも様子の変化に気がついていた。

それは、先ほどまでの買い物の際には見受けられなかった影。

 

この高台に登ってから、チノの顔に一縷の影が差している。

 

それを敏感に感じ取った八幡はチノの口から何があったのかを打ち明けられるまでは自分からは話しかけないよう配慮する。

 

そして、今日初めての長い沈黙が二人の間に流れる。

 

 

 

 

 

「……八幡さんは私のことをどう思ってますか?」

 

 

 

 

 

沈黙を破って八幡に投げかけられたその言葉は、決して軽くない、その文面以上の意味を含んでいた。

 

「どうっていうと?」

 

この問いには簡単に答えてはいけない。

そう八幡は感じ取り、チノの質問の真意を探ろうとする。

 

「例えば、ですけど。これ」

 

チノは未だに繋がれたままのチノと八幡の手を少し持ち上げる。

 

「私は、とてもドキドキしてたんです。八幡さんの手はおっきくて、暖かくて。でも、八幡さんは小町さんと同じように手をつないでいるだけなんだと思います」

 

チノは辛そうに、苦しそうに、その言葉を口にする。

次の言葉を勇気をもって、覚悟を持って紡ぐために、チノは一度大きく深呼吸をした。

 

そして、口を開く。

 

「私はどれだけ頑張ってもあなたの妹にしかなれないんですか?」

 

『妹』それは血の繋がりを関係なしに、八幡やココアがチノに対して求めるものだ。

しかし、チノはそれを望まない。

 

チノは今日片手で数えられる数しか解かれることのなかった繋がれた手を乱暴に振り払った。

 

「嫌なんです。八幡さんが私のことを妹として見ていることが耐えられないんです!どうしてですか!どうして、私は妹なんですか!私だって、シャロさんみたいにっ!」

 

チノの普段からは考えられないほど、悲痛で、喉が張り裂けそうな声で八幡に語りかける。

そんなチノの目には涙が浮かんでいる。

 

「私は、八幡さんの妹じゃない!私は、八幡さんのことっ一人の男の人としてみてるんですっ!」

 

八幡はチノの言葉を受け止めきれなかった。

チノからその言葉が放たれ、理解するのに数瞬。

理解してから、それを受け入れるのにもまた少しの時間を要した。

 

「八幡さんのことが好きなのに!私はっ、妹としてしか見られない。そんなの、そんなのはもう嫌なんです!」

 

好きな人から恋愛対象としてみられていないのがどれだけ辛いことなのか八幡には及びもつかない。

でもきっと、辛くて受け入れ難くて、チノの喉から悲痛な声が漏れるくらいには、きっと悲しいことなのだろう。

 

だからこそ、今こうやって嗚咽を漏らし、本音を漏らし、涙を流しているのだ。

 

八幡はチノと目を合わせていることができなくなって空を仰いだ。

空はすでに暗くなり始めていた。

八幡があの二人に自分を信じることを教えられた日のように、すでに辺りは暗くなっている。

 

だからこそ、あの日のことを八幡はこんな時にまで思い出し、他人に求めてしまう。

 

「……ごめんチノ。俺はーー」

 

「そう、ですよね、私なんかが、八幡さんとなんて」

 

八幡の言葉にチノは落胆しさらに涙を流す。

チノにとってはもはや死体蹴りに等しい言葉だ。

 

「そうじゃない、そうじゃないんだ。俺は、本物が欲しいんだ」

 

「ほん、もの?」

 

八幡の本音を今、チノに打ち明ける。

 

「そうだ。俺は確かに前よりも人のことを信じるようになって、何かを疑うことから入るよりも信じようと思えるようになって、自分を信じようと思えた。でも、まだ本物を手にできてないんだよ。俺にとっての本物が、まだ分からない」

 

あの日、八幡は二人に『自分を信じる私を信じて』とそう言われた。

でも、やっぱり、どこか自分には本物と呼べるものが手に入れることができないんじゃないかと卑屈な考えを頭の片隅にもっていた。

 

発されたそれは、チノの告白に対する返事ではない。

でも確かに、八幡は求めているのだ。

 

自分のことを好きと言ってくれたチノに求めている。

 

ならば、チノの願うことは

 

「私は八幡さんの本物になれるでしょうか?その資格は私にありますか?」

 

「さあな、何せ俺もその本物が何かもわかってない」

 

ハハッと乾いた笑いを漏らす八幡。

 

チノは、今の八幡の言葉をもう一度胸の内でよく噛みしめ、涙で濡れた両目をぐしぐしと拭う。

 

泣いてなどいられない。

そんな暇があるのなら八幡の本物になれる努力をすこしでも。

 

「私、八幡さんの本物になりたいです」

 

そう強く言い切ったチノの顔はもう悲痛な悲しみに支配された顔ではなく、いっぱしの女の顔だった。

 

「めんどくさい男だぞ?俺は」

 

「ふふっ、そんなの、今更です」

 

チノはもう一度、八幡の手を握った。

 

 

 

ラビットハウスへの帰路。

その手を繋いだ二人の男女は兄妹としてではなくて、二人の男女として周りの目に映ったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




……あっれ、なんかチノが告白してる。
なんでだ?こんなはずじゃーー、まっいっか!

感想評価待ってまーす。


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if『青谷八翠』

新年あけましておめで投稿。
予約投稿につき、本人は新年ハーメルンには浮上しておりません。


ーーー勝手に勘違いして、勝手に裏切られて、勝手に失望した。

 

言葉にすればただそれだけだ。

 

無様で、ダサくて、カッコ悪い。そんなことはわかりきっている。

でも、それでも俺は、どこか希望を持っていたのだろう。

 

それが、その僅かな願望が、先の運命を大きく変えることになるとは、思いもしなかったけれど。

 

 

 

 

 

「比企谷、一つ頼みがある」

 

始まりは同級生のそんな一言。

男勝りな性格と態度で男女分け隔てなく接することができる平塚からの頼み。

 

受ける理由もなければ断る理由もない。

特に俺と平塚が親しいという事もない。

 

なぜその頼みとやらを俺にしたのか、今でもわからない。

 

だが、もっとわからないのはーー

 

「とりあえず、話を聞かせろ」

 

俺が、その頼みを受けてしまったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーこの後の予定は

 

そんな言葉を言い慣れてしまった自分。

かつては専業主婦になりたいと豪語していた自分だが、どうしてこうなってしまったのかと今更になって後悔している俺がいる。

 

「うぅ、売れるのは嬉しいですけど、仕事が増えていくのは嬉しくないです」

 

「恨むなら、売れる作品を書いてしまった自分を恨め」

 

「いえ、優秀な助手が私を優秀な作家に導いてしまったということで、あなたを恨みます」

 

「そら、売れてもらわねぇと困るしな。俺の給料的な面で」

 

あの時、教室で軽はずみに受けてしまった頼みごとから数年。

その頼みごとは既に年単位でいまだ継続中で、俺の仕事へと成り果てている。

 

「八幡くん」

 

「……休みなら今月はもうないぞ」

 

「うぅ、ラビットハウスに行く時間すらもらえないこの生活、とんだブラック小説家です」

 

「ブラック企業の間違いだろ。ブラック小説家なら黒いのは青山だろうが」

 

「ふっふっふ、八幡くん、黒い私、見てみたくないーーあたっ」

 

また面倒なことをほざき始めたバカの頭に軽く手刀をくらわせる。

いつまでたってもマイペースで、俺を困らせてくるこいつは、こんな扱いで構わないだろうと思ってから早数年。

 

青山の面倒というか世話を焼き始めてからも早数年。

思えば結構最初の方から俺の青山に対する態度はこんなものであったと思う。

 

今となっては売れっ子小説家である彼女だが、その程度で俺のコイツの扱いなど変わりはしない。

 

「でもま、休みがないのは事実だけどな」

 

主に俺の。

 

「そうなんです!私が仕事を投げ出して、ふらっとどこかへ放浪しても放浪開始から三十分と待たないで八幡くんは私のことを捕まえてしまいますし」

 

「お前のいきそうな場所なんてすぐ分かるんだよ。伊達にお前に迷惑かけ続けられてねぇよ」

 

学生時代から放浪グセのあるこいつは登校中ですら自分の気の向くままの方へ行ったり来たり。

部活も行ったり来たり。

一つの場所に止まるということを知らないのだ。

 

そんな奴の面倒を何年も見ていれば連れ戻すのにもそんな時間はかからなくなって来ている。

 

「私だって、女の端くれ。おしゃれの時間だってショッピングの時間だって、恋をする時間だってほしいです」

 

「俺はお前のその時間を全て奪って金を貰ってるんでな。それは聞けない相談だ」

 

「……ぐすん」

 

「休みなら、今回の作品の熱が冷めてからだ。それからなら新作を書きつつ、おしゃれなりショッピングなり、恋なり好きにするといい」

 

「ぶー、八幡くんはけちんぼです」

 

「てか、お前は言うほどおしゃれにも買い物にも恋にも興味ねぇだろ。この前寝巻きのまま仕事場にいたのはどこのどいつだ」

 

青山翠とは中々に自分のことに無頓着な人間で、最低限の身だしなみには気をつけるものの、予想以上にだらしがない女なのである。

 

俺が仕事場の整理整頓をした回数は数知れず。

青山が締め切りを破った回数も数知れず。

 

「仕事場は仕事をする場所です、おしゃれをするところではありませんよ」

 

「散らかしていい場所でもないけどな。それに、寝巻きで仕事するってどんだけだよ。完全にニートじゃねぇか」

 

「八幡くんだって頻繁にジャージ姿で仕事場にいるじゃないですか」

 

「お前の原稿の提出が遅いから徹夜なんだよ!」

 

「ふふ、ご迷惑をおかけします」

 

悪びれる様子もなく、笑顔でそんなことを言われても全く報われないというものだ。

 

「そういえば、八幡くんから今回の作品の感想を聞いてませんでしたね。どうだったでしょうか?」

 

「まぁ、あれだ、当分お前に休みは来ないくらいの出来だ」

 

「ふふ、捻デレさんですね」

 

 

 

ーーーそんな日々が日常になって

 

 

 

 

 

変化の時が訪れるーーー

 

 

 

 

 

【青山ブルーマウンテン最新作、怒涛の大ヒット】

 

〈大人気小説家青山ブルーマウンテンによる最新作。青山作品初のノンフィクション!?果たして、この作品に込められた思いとはーー?〉

 

 

 

 

 

俺が、彼女に出会って得たものはなんだろう。

失ったものは?

 

そんな損得でしかものを判断できない自分が嫌になる。

 

ーーノンフィクション、か。まぁ、悪くはないな。

 

なんだそれは。俺が本当に感じていたのはそんな回りくどい物ではなかったはずだ。

 

嫌いな自分の、嫌いな部分。

醜くて、みっともなくて仕方がない。

 

でも彼女はそんな俺との物語を作品として作り上げた。

 

言わずともわかる、聞かずともわかる。

 

この作品は俺と彼女のケジメなのだ。

 

これまでの俺と青山翠を綴った、二度と書かれることのないであろう、最初で最後のノンフィクション。

 

きっと彼女自身も書けと言われても二度とは書けない。

 

それでいいのだと、俺は思っている。

彼女の作品は今までの人生を手繰り寄せたもの。

 

その人生をもう一度なぞることなどしなくていい。

 

だから俺はこの本を読み返さない。

読み返す必要もない。

 

なぜなら、全て俺の中に綴られているものだから。

 

 

 

ーーーだが、物語とは紡がれ、繋がっていくものだ。

 

紙の上では完結していても、現実(ノンフィクション)は続いていく。

 

 

 

「ねぇ、八幡くん。アフターストーリーはお好みですか?」

 

「嫌いではねぇよ」

 

「なら、こんな終わりの先があっても構いませんよね?」

 

フッと彼女の唇が俺の唇に触れた。

それは甘く、柔らかく暖かいものだった。

 

「そうだな、じゃあこんな小話があっても問題はないだろ?」

 

白く細い左の薬指に指輪をはめ込む。

 

「ふふっ、悪くない小話です」

 

「人気作家に褒められたなら、上出来だな」

 

初めて味わったその味は、暖かさは、信頼はーー

 

 

 

二度と忘れる事のない味だった。

 

 

 

 

 

そんなアフターのアフター。

 

 

「あ、それと八幡くん、婚約したんですからいい加減翠って呼んでください。あ、あと愛も囁いてください」

 

「………わーったよ、世界一愛してるよ翠」

 

「ぶー、心がこもってません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 

『この本は私の自己満足です。ただ書きたくて、伝えたくて、知って欲しくて。だから、この本を届けたかった。

 

あなたの知恵を、努力を、苦労を、そして青春を。決して無駄だったとは言わせたくなかったから。

 

これは感謝と謝罪、そして淡いこの気持ち。

私があなたに出会ってからの全て。

みんなに理解されなくていい。ただ、ほんの一握りでも理解してくれる人がいたならば、きっとあなたは報われると思うから。

 

ーー青山ブルーマウンテン』

 

 

 

 

 

 




どうも受験期真っ盛りの白乃兎でございます。
おひさしぶりです。

もし八幡が青山と同世代だったら。という一発ネタ。だから短い。
完全別話。本編との関わりなし。
青山さん世代なので他に強力なライバルが存在しないため、特にヒロインレースが勃発する事もなくゴールイン。
なお、平塚先生は安定の独身な模様。

八幡独白(本の導入)→青山との出会いのきっかけ→日常→新作の作品説明→八幡の本への感想→アフター→本のあとがき。

というなんとも面倒な構成。
ちなみにタイトルの『青谷(せいこく)八翠(はっすい)』は青山さんの本の題名になっております。

本編よりも八幡が他人と距離を取っていて、青山さんのことを婚約するまで苗字で呼んでいたりする設定。



浪人したらもう一年待ってね(ぼそっ


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第三十二羽

本日をもちまして、【凍結解除】と相成ります。
今まで待ってくださっていた読者の皆様方に多大なる感謝を!

お知らせが活動報告に書かれてますので、覗いてやってくださいな。

ちなみに、ラブライブの新作短編(執筆勘取り戻し用の自己満足作品)を投稿しましたのでそちらも良ければ(露骨な宣伝)


彼は目つきの怖い男性だ。

 

彼は捻くれた男性だ。

 

彼は鈍感な男性だ。

 

 

 

ーーー彼は残酷な男性だ。

 

 

 

 

 

私は、ラビットハウスの中では最年少で、身長も高くなく、発育もお世辞にもいいとは言えない。

 

だからこそ、立ち振る舞いには少なからず気をつけているし、子供扱いされないように自分のことは自分でやっている。

 

なるべく自分で。

 

それが、私の精一杯の背のびで、強がりで、意地でもあった。

でも、みんな、私のちっぽけな意地を破っていく。

 

「チノはカウンターを頼むよ」

 

リゼさんはそう言っていつもコーヒー豆の入った袋を私から奪い去っていく。

 

「チノはココアを叩き起こしてくれ」

 

八幡さんはそう言ってちょっとした私のミスを、私に気取られないように修正していく。

 

「お姉ちゃんにまかせなさぁい!」

 

ココアさんは、いつも私を子供扱いしてくる。

 

時には、私は誰の妹か、なんて言い出して三人して私を妹扱いしてくる。

私は、誰かの妹であるつもりなどないし、なるつもりもない。

 

それなのに、どうして?

 

 

 

ーーあなたにとって私は妹でしかないのですか?

 

 

 

 

 

 

自室のベッド上で膝を抱えて悶える。

そんな行動をとるのは、何か後悔している人間以外はいないだろう。

 

「うぅ、なんであんな恥ずかしいことを…」

 

八幡に自分の思いを告げたチノだが、やはり、と言うべきか、自分の心を正直に打ち明けたはいいが、絶賛後悔中だった。

 

比企谷八幡という男は、別段何か突出して優れているわけではない。

 

ただ、世の中を穿ったような言動をして、人の心情、特に悪意や羞恥と言ったものに敏感な男だ。

 

「私はどうして八幡さんを好きになってしまったのでしょうか」

 

確かにチノは男性と接する機会が極端に少ない。

ラビットハウスにはあまり男性客は来ないし、学校も女子校ゆえ、男性教師、父のタカヒロ、八幡くらいしか周りに男はいない。

 

だからと言ってチノは、一番身近で年の近い男である八幡に無条件で惚れるような人間ではなかったはずだ。

 

しかも、チノだけではなく、ほか複数名の女性が八幡の周りにいる。

 

その女性たちが八幡に対して一様に恋心を抱いているのかは定かではないが、少なからず好意は抱いているのは人の感情を理解することが得意ではないチノにだってわかっていた。

 

「シャロさんは、八幡さんのことが好きなのでしょうか」

 

チノが八幡に想いを告げるトリガーとなったのは、シャロ宅で八幡とシャロが抱き合っていたことだ。

 

八幡によってそれは求愛行動ではないと誤解は解かれたものの、あの時にチノはしっかりと見てしまっていた。

 

八幡に抱きつきつつも、決して嫌がっていない、それどころか恋する乙女のような顔をしていたシャロの姿を。

 

「…八幡さんの、ばか」

 

ポツリと口から出たその言葉は誰もいないチノの部屋で、誰に聞かれるわけでもなく虚空に消える。

 

 

 

ーーはずだった。

 

「チノちゃん!」

 

バタン!

 

「ふぁっ!?」

 

「あ、その反応、可愛い!」

 

「へ、部屋に入るときはノックくらいしてください!」

 

きっと、ココアがしっかりとノックをしていたとしても、そのノックの音でチノが先程のような反応を見せることは変わらないだろう。

 

「ふっふっふー、チノちゃん、私は聞いてしまったよ!」

 

びくり。

 

その言葉に、チノは恐れ慄いた。

 

あのココアに。

そう、よりにもよって、あのココアに、だ。

 

「な、何をでしょう?」

 

あのめんどくさいココアに、チノが八幡に対して抱いてる気持ちを知られてしまったとなれば、それはラビットハウス崩壊の危機ーー!?

 

そんなバカバカしい思考がチノの中に駆け巡り、チノが混乱しているところで、ココアは口を開いた。

 

「チノちゃん、実はーー」

 

お姉ちゃん、恋愛なんて許しませんよ!

八幡くんにはチノちゃんは任せられないよ!

リゼちゃんに頼んで八幡くんの暗殺を……

 

そんなセリフがココアの口から飛び出てくることを予想してーー

 

「実はまだ八幡くんと仲直りできてないんでしょー!」

 

「………はい、実はそうなんです」

 

「帰ってきてからもそわそわしてるなーっと思ってたらやっぱりそうだったんだね」

 

なんかよくわからないけれど、ココアさんがバカでよかった。そう心からチノは実感した。

そしてココアの勝手な勘違いにチノはすかさず乗っかっていく。

 

「うんうん、でもチノちゃん!陰口はダメだよー。チノちゃんはいつまでも純粋で可愛くいてね!」

 

「ココアさんは私のなんなんですか」

 

「当然、お姉ちゃん!」

 

「何が当然なんですか」

 

えっへん、と胸を張るココアにいつものように振る舞うチノ。

先程の動揺はしっかりと隠し通せたようだ。

 

「それより、チノちゃん!」

 

「はい、なんでしょうか」

 

「私が、八幡くんとの仲直りに協力してあげるよ!」

 

…めんどくさい。

 

チノはそう思わずにはいられなかった。

しかし、チノが誤魔化すために嘘をついてしまったことが原因でもあるので、因果応報というべきか。

 

「しかし、協力、と言われましても。どのようにですか?」

 

「うん!やっぱり、しっかりお互いの本音を話し合うべきだよ!」

 

「………本音、ですか?」

 

「うん!二人だけじゃなくて、私が間に入ればきっと話もスムーズになるはずだよ!」

 

「ココアさんが仲介役に……」

 

二人とも、喧嘩しちゃダメー!

ほらほら、二人とも笑って笑って!

はい、これで仲直り!(強引)

 

「いえ、自分でなんとかします」

 

「あれぇ!?」

 

なんでーー!?ココアがそんな叫びをあげるがチノの知ったことではない。

 

というかそもそもの話、もう喧嘩などしていないのだからココアが動くというのは場を余計ややこしくするだけという一切合切無駄な行いでしかない。

 

「私もそろそろ、姉離れするべきかな、と」

 

チノにしては珍しく、冗談を口にした。

そもそもチノはココアのことを一度たりとも姉だと思ったことなどないのだが、まぁ、ココアの介入を防ぐにはちょうどいい言葉であるのは間違いない!と思っての発言だった。

 

「あ、姉離れ!?ダメだよ、チノちゃん!お姉ちゃんは姉離れなんて許しません!断固反対です!」

 

「今や私も立派な大人、大人な私はお姉ちゃんに頼ったりはしないのです」

 

「チノちゃんは可愛いからまだ大人じゃありません!まだまだ子供だからー!」

 

だから姉離れはー!と姉の面目丸潰れなココアはチノに手を合わせ頭を下げて頼み込む。

 

「頭を上げてください。そもそも私はココアさんの妹じゃないですから」

 

「むぅ〜、あ、それでね!八幡くんのことなんだけど!」

 

「それは自分でなんとかしますって言ったばかりじゃないですか」

 

「そっちじゃなくて!」

 

じゃあどっちのことですか、とため息まじりに、それでもしっかりとココアの話を聞こうとするチノ。

いったいどっちが姉なんだかわからないのが、ラビットハウスの姉妹(妹不承認)クオリティ。

 

「八幡くんが私の仕事を取っちゃう話だよ!」

 

「脈絡がなさすぎますよ。それに、八幡さんがココアさんの仕事をとってるんじゃなくて、ココアさんがサボってやってない仕事を八幡さんが『俺、働きすぎじゃね?もう俺のノルマ終わってね?』とか言いながら渋々やっているんですよ」

 

「あ、チノちゃん、八幡くんの声真似上手!」

 

話がコロコロ変わっていく。

それがココアの持ち味でもあり、話し下手な八幡や、チノとしてもココアの尽きることのないトークはありがたいところだ。

 

そんなマシンガンココアトークはひたすらに、それこそ、夕飯時まで続くかと思われた。

 

しかし、この場には別の客が招待されていた。

 

コンコン。

 

チノの部屋の扉が叩かれる音がして、ようやっとココアのマシンガントークが止まる。それにほっと、一息ついてチノは客に部屋に入るよう促した。

 

「なんで、今日のバイトから追い出されたのにまたここに来なきゃいけねぇんだよ」

 

「!?」

 

「あ、八幡くん、遅いよー」

 

「なぜ八幡さんが!?」

 

「私が呼んだの!」

 

「なんで呼び出されたのかは全く説明されてねぇけど」

 

「八幡くんがチノちゃんと喧嘩してるからだよー!」

 

その話は続いていたのか!それどころか水面下でココアの仲直り計画(強制)が進行していたことにチノは驚きを隠せない。

 

「……」

 

おいどういうことだ、そんな視線がチノを射抜く。

そんな八幡の視線に、チノは少し申し訳なさそうな顔をしながらも、目をそらす。

 

「さぁ、二人とも、仲直り!」

 

「「……」」

 

どうする?

どうしましょう?

 

みたいな視線をお互いに送り、誤解を解くのはチノに任せた。

いやいや、八幡さんならこのよくわからない状況をなんとかしてくれると信じてますよ。

 

みたいに互いに無言でココアの対処を押し付け合う。

 

その二人の沈黙を仲違いによるものだと勘違いしたココアはさらに勘違いを加速させる。

 

「もー!二人とも仲直り!お姉ちゃん怒るよ!」

 

ぷんすかぴー。

 

そんな効果音が似合うココアの憤慨によって、八幡とチノはなんともいえない心持ちである。

 

「「ご、ごめんなさい」」

 

結果、二人は謝罪した。

ココアに。

 

 

 

「ぜ、全部私の勘違いだったなんて……」

 

結局、八幡とチノがすでに仲直りしていることを知らされ、ココアは自分の行動が、はやとちりからの無駄な行動力を発揮し、事態をよくわからない方向へと発展させただけだということを理解して凹んでいた。

 

「で、俺はなんで呼びつけられたの?帰っていい?」

 

「いいと思いますよ。本当に、どうして八幡さんはここに呼ばれたんですか?」

 

「わーん、二人がいじめるよーー!!」

 

二人して無駄に気苦労を重ねたことに対する報復として、ココア弄りを敢行する。

 

「全く、ココアさんは全くです」

 

「何と言ってもココアだからなぁ」

 

「元はと言えばチノちゃんが帰って来てからもなんか変にそわそわしてるからだよ!」

 

「なっ、そ、そんなことありません!そわそわなんてしてません!してませんからね、八幡さん!そこのところ勘違いしないでください!」

 

「してねぇよ。なんでチノまで切れ気味なの?」

 

自分の気持ちを吐露した影響か、チノは大分感情表現が豊かになっている。

以前ならば言わなかったような冗談や、軽口を口にするようになったのは、ココアや八幡のおかげなのだろう。

 

「あ、そういえば聞いてなかったんだけど、なんで八幡くんとチノちゃんは喧嘩してたの?」

 

「別に喧嘩してたわけじゃねぇんだけどな」

 

「私が少し避けてただけです」

 

「……避けてたってはっきり言われると傷つくものがあるな」

 

それも、チノのような純真無垢な子に言われるとダメージは計り知れないものである。

 

「チノちゃんに避けられる八幡くん、お兄ちゃん失格だね!」

 

「悪りぃな、ココア。俺はお兄ちゃん辞めたんだ」

 

「へ?」

 

拍子抜けしたようなココアの返事に、まぁそんな反応になるよな、と苦笑する八幡。その八幡を見て、満足気に頷くチノ。

 

「八幡くんは妹大戦から戦線離脱するって事でいいの?」

 

「俺にはもう小町もいるしな」

 

「ふっふーん。じゃあチノちゃん!この大戦に勝利したお姉ちゃんに一言どうぞ!」

 

「私、姉離れします」

 

「それはだめぇー!」

 

相変わらずココアはチノの事を妹扱いしているが、八幡は妹として扱うような言動を止めた。

 

まずは言葉から。

あとは、これからのラビットハウスでのバイトの中でチノへの扱いを対等なものとして立たせてくれればチノは満足である。

 

 

 

妹という呪いにかけられたチノは第一の兄、八幡を打ち倒した。

次なる敵はココア。絶対無敵の自称姉である。

 

「チノちゃんは、私の妹なのー!!」

 

チノの戦いは、まだまだ、先が長い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




活動報告で今後についても記載していますので、気になる方は読んでやってください(2回目)

凍結中に下さった感想には随時返信していく予定です。

感想評価、お願いします!


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第三十三羽

遅れて申し訳ないです。
三月って中々忙しいもので執筆時間が取れないもので。

それに加えて中々ごちうさの雰囲気とか原作を読んだ上での執筆感が戻らなくて。


下校の道のりを限界までショートカットすることにより、帰宅時間を早め、ラビットハウスに行くまでのダラダラする時間を作る。

これが、最近の八幡が試みていたことである。

 

渡る橋を変えたみたり、路地を通ってみたり。

普通ならば通らないようなところを通る事によって時間短縮になるのではないかという実験に励んでいた八幡だったが、遂に帰宅タイムを更新する道のりを発見した。

 

それは、下校中にある公園の横断である。

なんだかんだ、いつもの下校道中のギミックをなんとかする方が早く帰宅できることが発見されたのだ。

 

だから八幡は、近頃下校中に公園の中に入っていく。

しかし、公園というものは人が集まる憩いの場。

 

故に、人との出会いというものが存在し、それは八幡の下校を妨げることになる。

 

「はちまーん、助けてよはちまーん!」

 

「ま、マヤちゃん、まずは何のことか説明をしなきゃ」

 

「すいませんご迷惑をおかけします」

 

つまるところ、八幡はチマメ隊につかまったのだ。

メグが申し訳なさそうな顔をしているが、チマメ隊の主導権を握っているのはマヤなのでそんなことはお構いなしである。

 

「で、用件は?」

 

「今度写生大会があるんだけどねー」

 

「私は特に絵が苦手なので、どうにかしないといけなくて」

 

思い起こせばチノの描く絵はかなり個性的であった。

大人になれば個性というものは何物にも代えがたいものなのだが、中学生は周りと自分だけ異質であることを何よりも嫌うお年頃である。

 

「そういうのはリゼか、お節介焼きな自称姉にでもーー」

 

「お姉ちゃんに任せなさーい!!」

 

「私にもね♪」

 

八幡が言い切る前に話を聞いていたのか割り込んできたココア。

千夜もつれているところを見ると、八幡と同様に下校中だったのだろう。

 

「あとはこの二人が何とかしてくれるから、俺はもう帰っていいな」

 

「まったく、八幡は全体の輪を乱してダメだなー」

 

「もちろん帰っちゃだめよ♪」

 

八幡がココアと千夜に全部放り投げて帰ろうとしたころ、マヤと千夜に袖を引かれた。

逃走失敗である。

 

「俺にできることなんてなんもねぇよ」

 

「芸術はひらめきとの勝負よ?人数は多いほうがいいわ」

 

「別に勝負事ではありませんがこのメンバーで八幡さんに抜けられると困ります」

 

チノは明言は避けたもののかなり今のメンツがチノ的に不安であると発言した。

それもそのはず、チマメのマとメのボケ二人に加えて自称姉と天然少女もいるとなればツッコミはチノ一人だと間に合わないのは必至である。

 

「わかったよ、で?題材とかは決まってるのか?」

 

「人物画を描くなら千夜さんが絵になりそうだね」

 

「大和なでしこって感じだもんね」

 

「ありがとううれしいわ」

 

「御覧の通り決まってません」

 

絶賛題材探し中であるようだ。

描くものは自由とはいえ、人物画は難易度が高いだろう。

そこで八幡は題材となるものの厳選から始めることにした。

 

「千夜を描くよりも建物のほうが簡単でいいのが描けるだろ。幸いこの町なら絵の題材になるような建物はいっぱいあるしな」

 

「私より建物のほうが好きなのね。悲しいわ、しくしく」

 

「あー、泣かしたー。八幡、女の子を泣かしたらダメなんだぞ」

 

「え、え、今の何かダメだった?」

 

嘘泣きとはわかっているものの、女の子を泣かしてしまうという事態に加え、その相手が千夜、かつ周りに攻め立てられているという状況が八幡をより困惑させた。

 

「しくしく」

 

「千夜ちゃん、元気出して」

 

「八幡くんの女なかせー!」

 

責め立てられた八幡はどうすればいいかわからず、つい最近泣かしたばかりのチノに助けを求める視線をおくる。

しかしながら帰ってきたのはやれやれといった表情で自分で何とかしろと言わんばかりの視線。

今の状況に耐え切れず、ついぞ八幡は口を割る。

 

「ご、ごめんなさい」

 

なぜ責められているのかわからない八幡だったがとりあえず泣いた女の子は強く男が勝てるわけがないと父親の無様な姿から知っていたので、謝ることにした。

 

「しくしく、私は八幡くんにとって建物よりも興味のない存在なのね」

 

「もっと誠意を込めて謝らないとダメだよ!」

 

「その、取り敢えず、無機物なこの町の建造物よりかは、千夜の方が絵になるのは間違いないから、うん、そう言うことだから」

 

よくわからないが、八幡はまた千夜の謎な琴線に触れないように慎重に言葉を選んだ結果、なんとも謝っているのかそうではないのかわからない言葉を口にした。

 

「むー、期待してたのとは違ったけど、それで我慢するわ」

 

ケロリと嘘泣きをやめた千夜はぷくりと頬を膨らませ不満の意を八幡に示す。

 

「俺に何か期待する方が間違いだろ」

 

 

 

 

 

ココアの「絵になるといえばフルールじゃないかな?」という発言により一同はフルール前まで足を運んでいた。

確かにフルールは外装・内装ともに非常におしゃれなので、ココアにしてはいい提案だと八幡は感心した。

 

「見てみてー、画家っぽいポーズ!」

 

鉛筆を題材と平行に立ててその物の遠近感、サイズを図るために用いられる仕草だがマヤは絶対に意味を理解して使っていない。

マヤは所謂形から入るタイプなのだろう。

 

「おぉ!それいいねー!」

 

「チノちゃん、これでいいかなー?」

 

「よくわかりませんがいいと思ますよ」

 

そんなマヤにつられてココア、メグ、チノまで同様のポーズをとる。

傍から見ればなにやら女集団がフルールに呪いでもかけているのかといった様子に外野の八幡はあきれ顔である。

千夜は千夜で今のこのシュールな光景をにこにこと楽しんで傍観している。

 

「千夜、止めて来いよ」

 

「うふふ、楽しそうだからいいんじゃないかしら?」

 

「完全にあいつら変質者なんだけど」

 

フルールは店の壁がガラス張りになっているため中の客や店員は完全に困惑することだろう。

実際、アルバイト中のシャロが困り顔で変質者四人を見ている。

 

「ほら、シャロが困ってる」

 

「シャロちゃんはいつもあっち側よね」

 

「振り回されるのが宿命だよな」

 

シャロは八幡と千夜が変質者四人に連れ添っているのを見つけたようで、これをなんとかしろと手でわちゃわちゃとジェスチャーを送って来ている。

 

「あら?もうこんな時間、私は甘兎庵の仕事があるから、ここら辺で失礼するわね」

 

「あ、おい、俺にこれを押し付けてくな!」

 

「ココアちゃん、この子たち、お願いね」

 

「任せてー!」

 

千夜は元々甘兎庵の仕事があったとはいえ、なかなか面倒なタイミングで八幡を置き去りにして行く。

しかし、これも先ほどの八幡の発言の意趣返しだとすれば、自業自得と言わざるを得ない。

 

「よーし、みんな、構図はこんな感じでーー」

 

何やらココアが指揮を取り始めたが、そろそろ周りの視線が痛くなって来た八幡は早々にこの場を立ち去れるように動く。

 

「チノ、俺たちもそろそろラビットハウスの方に行くぞ」

 

「もうこんな時間でしたか、ココアさん、行きますよ」

 

「私たちも付いてく!いいでしょ?」

 

「迷惑じゃなかったらいいかなー?八幡くん」

 

「いいよいいよ!妹が増えるのは大歓迎だよ!」

 

この場から離れることには成功したものの、騒ぎはまだまだ続くようである。

 

 

 

 

 

場所をさらに移し、ラビットハウス内でチマメ隊+ココアは絵画についてあーでもないこーでもないと頭をひねっている。

 

「リゼ、よろしく」

 

「いや、私はーー」

 

「リゼは絵を描くのが得意だってよ!」

 

「お、おい!」

 

八幡はリゼに面倒事の大部分を押し付ける方へとシフトした。

八幡は絵のなんたるかを知っているわけでもなければ特段絵が上手いわけでもない。

ならば、絵に詳しくなくとも、絵心のあることがラテアートからもよくわかるリゼになんとかしてもらうのが妥当だろう。

 

「じゃあ、みんなでティッピーを描こう!ほら、八幡くんも」

 

ココアが全員に紙と鉛筆を配り、第一回ラビットハウス写生大会が開催された。

 

「むむ、ティッピーを描こうとしたら綿あめみたいになっちゃった」

 

「わたしもー」

 

「形がシンプルだからな、特徴付け辛いんだろ」

 

みんながあくせくする中、リゼだけがシャカシャカと一人鉛筆を止まることなく動かしている。

 

「わー、リゼさんすごい」

「わっ、リゼすごい!」

「流石リゼさんです」

 

リゼの描いているティッピーは陰影から立体感、毛並みなど、細かくかつリアルに描かれており、少なくとも困っているチマメ隊を惹きつけ、頼りたくなるくらいにはよく描けていた。

 

リゼさん、リゼー、とリゼを救世主だ!と言わんばかりに取り囲み、絵を描くコツだとか、どうしたらそんな風に描けるようになるの、とかを聞いている。

 

「妹たちがとられたー!」

 

三人がリゼばかり頼りにするものだからココアは八幡に泣きついた。

とはいえ、八幡もココアも絵に関してのアドバイスが出せるわけでもなければ、絵が上手いわけでもない。

 

「俺らが助けになれることでもないしな、姉ならどっしりと構えとけよ」

 

「そうですね、あまり狼狽えていては姉として頼ってもらえなくなってしまいますよ」

 

いつからいたのか、青山は狼狽えているココアにアドバイスを送る。

するとココアは慌ててキリッとした顔を作る。

手遅れ感が否めないがその向上心には感心しないこともない。

 

「チノさんもそんなに悲観することありませんよ」

 

自分の個性的な絵をあまり良く思っておらず出来ることならば見せることをしたくないものなのだろう。

 

「チノさんの個性の色は素晴らしいものです。せっかくいいものを持っていらっしゃるのですからもっと堂々と見せてください、ね?」

 

「そーだな。チノは気にしすぎだろ」

 

青山と八幡はチノの個性を否定しない。

否定だけでは人は伸びない。

肯定して、褒めて伸ばすことも大事であることを二人は知っているのだ。

 

そして、その大人びた二人の対応を見てココアは学ぶ。

一人前の姉に近づくためには妹をしっかり褒めて成長させることにより、より頼られることになるのでは?と考えた。

 

「みんな、頑張ってるねー!サービスのアイスコーヒーだよ」

 

「淹れたの私だけどな」

 

まずは絵を描いているシスターズに近づきコーヒーを運ぶ、その際に違和感なくごく自然に描いている作品を褒めることができればーー

 

「ココアさん、今日は少しだけしっかりしてますね」

 

「本当!?やったー!青山さん、八幡くん、チノちゃんにほめられたよ!」

 

「気づけココア、逆になってるぞ」

 

リゼの呟きはココアの耳に届くことはなく、ココアは妹を褒めて伸ばすことを実行することなく、終わってしまった。

 

ココアの立派な姉への道はまだまだ遠いようである。

 

 

 

「てか、結局なんの絵を描いてたんだ?途中でティッピー描くの諦めてたろ」

 

「あー、シャロを描いてたんだ!」

 

「建物はやっぱちょっと難しくって」

 

「シャロさんには事後承諾をもらう予定です」

 

「やっぱ不憫だ」

 

八幡はシャロの圧倒的なまでの被害者っぷりにもはや呆れるしかないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぐぅぅ、原作消化がこんなに難しかったとは…

感想評価お待ちしております。


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第三十四羽

ーー新友が親友になって心友になる。

この時期になるとそんな言葉を思い出します。
出会いの季節ですしね。


男女二人で外を歩く。

それはデートと呼べる行為なのだろうか。

例えば、帰り道が同じだけの男女が顔見知り程度の関係で帰路を共にしていればそれはデートなのだろうか?

 

それがデートと呼べるものだとするのならば、いったい比企谷八幡はデートを何度経験したことだろうか。

 

なんの因果か八幡の周りには近頃女子が集まる機会が多い。

……そもそも学校では友人などいないのだからラビットハウス周辺に集まる女子と話す機会が多いだけではあるが、その女性陣とはよく買い出しや世間話などをする仲ではあるのだ。

 

「つまり俺は今この瞬間もデートをしているということでいいのか?」

 

「なに馬鹿を言ってるんだ。帰り道が同じになっただけだろうに」

 

しかし、リゼからすればこれはデートではないらしい。

期待などしていなかった八幡としては別になんとも思うことはないが。

 

「それにしても珍しいな、八幡がこっちから帰ってるなんて」

 

そう、普段ならば下校途中にリゼと八幡が鉢合わせするなんてことはない。

 

「いつものルートだと面倒ごとに巻き込まれる可能性があるからな」

 

前回チマメ隊プラスココア千夜に捕まった反省を活かして次なる帰宅ルートを通っていた八幡は偶然リゼと鉢合わせしたのだ。

八幡としてはリゼは自ら面倒ごとを持ち込むことは滅多にないので、この出会いは全く忌避することではなかった。

 

「なんだかんだ言ってお前は面倒見てるから嫌じゃないと思ってたんだが」

 

「出来ることなら避けたいが、直面してから逃げるのは違うだろ」

 

「だからお前は捻デレって言われるんだよ」

 

「お前らからしか言われねぇよ」

 

何気ない会話をしながら落ち着いて帰宅することができる。

それがなんと素晴らしいことかと八幡はしみじみと感じながら歩く。

 

「チマメ隊とも遊んであげてるじゃないか。ココアの謎の行動にも付き合ってるしな。口では文句言うのに」

 

「文句言っても聞いてくれないんだよ」

 

「本当に嫌なら完全に拒絶するような奴だろ、お前は」

 

「拒絶から入ってもいい事ないって教えられたからな」

 

「お前が人の教えを素直に受け取る?」

 

「おい、俺のことなんだと思ってんだ」

 

「いや、お前は人の教えをひねくれて受け取った挙句屁理屈で丸めて捨てるような人間だろう?」

 

「失礼だな、そんなことは……」

 

ない、とは言えない八幡。

リゼは八幡という人間をよく理解しているようだった。

 

「むっ、何か視線を感じないか?」

 

唐突に、リゼはそんなことを口にした。

そんな人の気配、そこか!みたいな事を言われても八幡は完全なる凡人であるので全く同調しかねる。

 

「そこか、誰だ!出てこい!」

 

近くの茂みに向かって声を張り上げるリゼ。

そんなとこに隠れてるのを見つけるリゼも隠れる人も大概だと八幡は変に感心する。

 

が、視線の主はそんなところには居らず、全く違うところから現れる。

 

「さっすがリゼ!よく気づいたねー!」

 

視線の主、マヤが現れたのはリゼと八幡の後ろの方の物陰で、リゼの思っていた茂みとは全く関係なかった。

 

「おい」

 

「……何も言うな」

 

「どうしたの?」

 

「リゼがちょっと痛かっただけだ」

 

顔を真っ赤にして俯いているリゼを疑問に思ったマヤだったが、八幡は空気を読んで深く言及することを避けたのだった。

 

 

 

 

 

「で、なんで尾行なんてしてたんだ?」

 

マヤがチノとメグと共にいないということに加え、リゼを追っかけていたという事態に八幡は疑問を抱きそうマヤに尋ねた。

 

「んー、ちょっとリゼに聞きたいことがあったんだけど、デート中だし悪いかなーって思って」

 

意外にも気を使う、という事をしていたマヤを見直した八幡。

マヤはもっと行動派で周りをひたすら自分のペースに乗せて行くタイプだと思っていたので、八幡の中のマヤのイメージが少し変わった瞬間だった。

 

「デートじゃないって言ってるのに。なんでそうなるんだ」

 

「言ったっけ?」

 

「八幡に、だけどな」

 

デート像、というものは人によって違うらしい。

二人にその気は無くともマヤにはデートに見えたようだ。

 

「まぁいい。よし、じゃあお前に尾行を教えてやろう!」

 

「いや、別に尾行にそんな興味はーー」

 

「ターゲットはーー、あの人だ!」

 

マヤの言葉を聞かず、リゼは勝手に話を進めて行く。

面倒な性格をした方のリゼ参上である。

 

「あ、青ブルマだ!」

 

「その略し方はやめとけ」

 

リゼが尾行対象に選んだのは神出鬼没の小説家、青山ブルーマウンテンであった。

 

「でもさー、リゼ」

 

「どうした?」

 

「青山さん、こっち見てるよ?」

 

マヤの指摘通り、青山さんを尾行対象に選んだはいいが、そもそも青山さんが尾行側を窺っている。

最初から気づかれていては尾行も何もない。

 

「あら?見つかってしまいましたかー」

 

「どうしてこっちを見てたのー?」

 

「尾行失敗、か」

 

一人落ち込んでいるリゼは放置しマヤは青山さんの事情を聞くことに。

もはや元の目的は何処へやらだが、本人が楽しんでいるのだから問題ないだろう。

 

「少し、八幡を観察していました」

 

「俺?」

 

「八幡見てて楽しい?」

 

マヤ的には楽しくないらしく、リゼに尋ねてみるマヤ。

そもそも行動派のマヤに観察という、どちらかといえば体の動きを要さないものは肌に合わないようだ。

 

「楽しくないだろ」

 

「失礼だな」

 

「いえ、そんなに」

 

「失礼だな!?」

 

観察していた本人からもそんなに面白くないと評価されてしまった八幡。勝手に観察されてつまらないと評価されるという理不尽。

 

「で?なんでつまんない八幡を観察してたの?」

 

「ねぇ、なんなの?イジメ?つまんない人間だって言われてんの?」

 

「次の小説のネタを求めて観察していたのですが、仕事を絡めて八幡を観察してもつまらなかったです」

 

「良かったね八幡。仕事抜きで見たら面白いって」

 

「いや、別に嬉しくないし」

 

 

 

 

 

「あ、ジェラート売ってる!」

 

「……ほら、お母さん」

 

「誰がお母さんだ!」

 

場所は変わって公園。

八幡にはマヤの聞きたいことがどのようなものかはわからないが、落ち着いて話の出来そうな場所を選んで移したというなんとも他人思いの珍しい行動により公園が選ばれた。

 

「ありがとー八幡!」

 

「いや、何も言ってないし。買えって?俺に買えって?」

 

渋々財布を出す八幡がジェラートの屋台に向かうとなんとも奇遇なことに売り子をやっているのはシャロだった。

 

「……バイトか」

 

「そ、そうよ」

 

少し前にシャロが八幡に抱きつくなんて事態が発生したことを互いに思い出し、二人とも少し気まずい空気になってしまった。

 

「私これがいい!」

 

「はいはい、リゼは?」

 

「私もいいのか?」

 

「八幡が男を見せるなんて珍しいわね。あ、リゼ先輩、メニューこちらです」

 

「意外に値段が安かったからな」

 

「理由が男らしくねー!」

 

 

 

ジェラート片手に屋台近くのベンチに座り、漸く本題へ。

 

「あのさ、リゼは学校楽しい?」

 

「そうだな、少し肌に合わないところもあるけど、楽しいし、いいところだよ」

 

「八幡は?」

 

「楽しくない」

 

「進路に悩める後輩の不安を煽るようなことを言うな!」

 

進路相談を持ちかけられているというなんとも先輩らしい状況にリゼは少し嬉しいのか口を緩ませていたがどこまでも八幡な八幡に呆れるリゼ。

 

「リゼとか八幡はさ、ココアたちと学校違うじゃん?」

 

「ラビットハウスはみんな違う高校だな」

 

「そもそもお前らのとこ女子校だしなぁ」

 

「それでも、楽しい?」

 

マヤの言わんとしていることが、察しのいい八幡とリゼには分かった。

マヤは不安で、寂しいのだ。

 

チノやメグと離れた高校生活というものを想起して不安でリゼに話を持ちかけた。

 

「私は楽しいよ」

 

「そうだな、悪くはない」

 

「本当に?もしチノとメグと同じ高校に行けないことになったらそのまま会わなくなって、みたいにならない?」

 

「お前の考えてる親友ってやつがその程度ならそうなんじゃねぇの?」

 

「お前はもっと優しい言い回しはできないのか!」

 

悩んでいるマヤに対してあえて八幡は強めの言葉を投げかけた。

それは決してマヤを傷つける為の言葉ではなく、マヤの言葉を引き出すための言葉だ。

 

「八幡の言い方は悪かったが、本当の親友なら学校が違っても一緒に遊べるさ。実際、高校が違うやつらが集まってるのを知ってるだろ?」

 

「そっか、そうだよね。親友だもんね」

 

「てか、そんな不安なら確かめればいいじゃねぇか。その親友ってやつにさ」

 

「え?」

 

八幡は、座っているベンチの後方にある茂みに目を向けた。

するとその茂みがガサガサと動き、二つの人影が飛び出し、マヤに近づいた。

 

「マヤさんがそんなことを考えてたなんて」

 

「私たちはずっと一緒だよ〜!」

 

「二人ともいたの!?」

 

ワイワイキャッキャといつものチマメ隊のムードである。

この三人が学校が離れたくらいで別れるような仲ではないのは誰の目からも明らかであるだろう。

 

「リゼちゃーん!」

 

「八幡くんも先輩らしいことするのね」

 

「「……なんでいるんだ」」

 

そして、そのさらに後ろの茂みからはココアと千夜の二人組が飛び出し一箇所に集まった。

 

チノとメグが八幡たちを尾行していたことを八幡とリゼは把握していたが、この二人に関しては全く気づいていなかったので驚きを隠せない。

 

そしてまたいつものメンバーが集まって、会話が始まり楽しげなムードの中誰もが笑顔になる。

 

年も学校も離れているメンバーがこうして一つに集まって話している状況を八幡たちはよく理解していた。

 

だからこそ、マヤには離れることはないと断言できた。

しかし、それは他人からの言葉であり、マヤの不安を拭い去るには及ばない。

 

だが、今この状況はマヤに実感と確信を与えた。

このメンバーは決して離れることのない不断の絆で結ばれているのだと。

 

「八幡、リゼ!ありがとう!」

 

「どういたしまして」「大したことじゃねぇよ」

 

ぶっきらぼうにでも少し照れ臭そうに二人はそう答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




八幡はどれだけ帰宅ルートを変えようともイベント回避は不可能。
学校に行かなくてもココアが家に押しかけてくる。
「大魔王からは逃げられない」

感想評価待ってます。切実に!
モチベが上がるんや!筆が乗りやすくなるんや!


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第三十五羽

更新遅れてしまい本当に申し訳ないです。

あれだ、言い訳はたくさんあるのだが、マジでただの言い訳なので見苦しいだけなのでその辺は言いません。
……新生活って大変なんだなって。
あと途中ラブライブのSS思いついて書いたけどラスト思い付かなかったり。バンドリも書いて見たけどやっぱり微妙な出来になったり。(言い訳マシンガン)



【Fromシャロ 衛生兵!衛生兵ー!】

 

八幡の元にシャロにしては非常に珍しいことに、意味のわからないメールが届いた。

 

シャロが取る行動に大きな無駄や無意味な行動は含まれないということを八幡はこれまでの経験やシャロの人間性を鑑みて判断することができるため、余計に困惑した。

 

衛生兵という単語的に考えるならば怪我をしてしまったから助けろ、という意味に受け取れる。

しかしながら、その場合に真っ先に頼るのは八幡ではなく家がすぐ隣の千夜であるはず。

こんなに要領を得ないメールを送って来るということはかなり切羽詰まった状況であると判断できーーピロリン。

 

【From千夜 いつもの公園に集合ね♪】

 

またもや八幡の元に謎のメールが送られてきた。

今度は千夜で、文面的に先ほどのシャロのメールと無関係ではなさそうである。

 

というか、また公園か。と八幡は一人愚痴をこぼす。

近頃公園でイベントが起きすぎではなかろうか。

 

どうしたものか、と八幡は考える。

シャロからの呼び出し、という点が八幡の判断を鈍らせている。

シャロは聡明な人間であり、人の感情を読むのに長けている。

故に、面倒を嫌う八幡をどうでもいいことで呼び出すということはしない。

 

つまり、八幡に頼らざるを得ない状況の可能性が高いが、不安要素としては千夜の追加メールである。

テンパってしまったシャロのフォローをした形なのは明白だが、千夜が関わっている時点でシリアスになりきれないところがある。

 

ギャグかシリアスか。

八幡を待ち受けるのはどちらか、それが八幡の懸念であり、即座に呼び出しに応じようとしない理由だ。

 

ピロロロロ。

 

三度着信音。今度はメールではなく電話。

画面を見るとシャロからの着信である。

 

『は、八幡ー!はやく!りじぇしぇんぱいがー!』

 

ふむ、と八幡は一人納得をした。

リゼはシャロにとって憧れの先輩である。

 

しばしばとんでもない行動をとるリゼではあるが、基本優等生の成績優秀スポーツ万能容姿端麗の完璧超人であり、お嬢様校でも適応して生活できるだけのコミュニケーション力もある。

 

そんな憧れの先輩に何かあったとなればシャロが焦るのも分からなくはない。

 

「すぐ行く」

 

八幡はそれだけ言って電話を切ると財布とスマホをズボンに突っ込むと、珍しく足を過分に動かして指定された場所へと向かった。

 

 

 

 

 

「は、恥ずかしいから降ろして欲しいんだが」

 

「ダメです!リゼ先輩は怪我してるんですから!」

 

「恥ずかしいのは同じだ。耐えろ」

 

「ふふふっ、リゼちゃん顔真っ赤にして可愛いわ」

 

シャロからの救援要請は詰まる所リゼが足をくじいたからなんとかしろ、との依頼だった。

 

とりあえず八幡がリゼを背負って家まで送る、という形に落ち着いたものの、男子が女子を背負う、という行為は羞恥心を煽るものであると同時に視線を集める。

 

つまり、八幡とリゼは羞恥心に苛まれている状況であった。

 

(全体的に柔らかいしいい匂いするって、ダメだ、無心。煩悩退散!)

 

(おんぶされたのとかいつ以来だっけ。こいつ、結構体つきしっかりしてて背中も広いな)

 

(八幡が転んだりしたら一巻の終わりっ、私が八幡とリゼ先輩の障害を取り除かなきゃ!)

 

(ほほえま〜)

 

二人はそんなことを考えながら顔を赤く染め、シャロは八幡がつまづいたりしないよう道に障害物がないかを逐一確認し、千夜はそれを楽しげに眺めるという奇妙な一行が出来上がっていた。

 

「そもそもなんでリゼが足なんて挫いたんだ?」

 

「体育の授業でちょっとな」

 

「……リゼも人間だったのか」

 

「どういう意味だ」

 

八幡の中のリゼ像は完璧超人からネジ何本かとった感じである。

少しネジの外れた部分もあるが基本なんでもソツなくこなす。

それが八幡のリゼへの勝手なイメージだった。

 

「お前がそんな歩けなくなるほど体育で足を痛める人間だとは思わなかったよ」

 

「それは……褒められてるのか?」

 

「まぁ、褒めてる」

 

「歩けなくなったのはリゼちゃんの自業自得だけどね」

 

「お、おい!千夜!」

 

「リゼ、お前やっぱりリゼだったよ」

 

「よくわからんけど褒められてないのはわかるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだよ、これ」

 

「お、お城?」

 

「メイドさんとかいそうなお家ね」

 

リゼ宅に着くと、まずは八幡とシャロがその家の大きさに圧倒された。

ポカンと口を大きくだらしなく開け、その巨大な家を見上げた。

 

「なんか門の前にSPみたいなのがいるのは気のせいか?」

 

「大丈夫よ八幡、幻覚だから」

 

「立派な門、ウチ(甘兎庵)にもつけようかしら」

 

三人とも言いたい放題である。

とはいうものの、三人とも比較的庶民であるし、仕方のない反応といえばそれまでである。

 

「おい、なんか黒服のSPさんがこっち見てるぞ」

 

「奇遇ね八幡、私にもそう見えるわ」

 

「ウチの前にも武士を配置しようかしら」

 

「いい加減現実逃避はやめろ!」

 

リゼの一括により正気を取り戻した八幡とシャロは少し怯えながらも門へと近づく。

 

「「お嬢!おかえりなさいませ!」」

 

「あぁ、ご苦労、友達連れてきたから一緒に通してくれ」

 

比較的すんなりと通してもらえたこともあり拍子抜けな八幡とシャロだった。

 

「総員に告ぐ、お嬢の周りには近づくな。ボーイフレンドも一緒だ。何が言いたいかはわかるな?」

 

『了解!』

 

「お、おい!お前ら、余計な気をつかうな!ただの友達だからな!」

 

余計な気遣いを回されているのを聞き取ったリゼは八幡の背の上から叫んで抗議した。

 

 

 

八幡は一人部屋の外の長い廊下で、窓から見ることのできる広い庭を眺めていた。

 

他三人は、制服のままはあれだろうということでリゼの部屋内で絶賛着替え中である。

少し扉を開けて隙間から覗き見れば男としては命を差し出しても悔いはないほどの光景が広がっているのだろうと、煩悩に八幡は悩まされた。

 

八幡は「リゼの体、柔らかかったな」と今の状況からか、先ほどリゼを背負った時の感触を強く想起した。

 

「君が比企谷くんかな?」

 

「ふぁっ!?」

 

そんな邪な考えを抱く八幡に声をかけたのは強面フェイスに眼帯をつけた男性だった。

 

「は、はい」

 

「リゼから話は聞いている。なかなかに面白い男らしいじゃないか」

 

「や、そんな事ないと思うんですが」

 

「目を見ればわかる。君のその目は世の中を冷静に見ることのできる目だ」

 

「初めて言われましたけど」

 

「リゼを頼むよ。リゼはあれで子供っぽいからな」

 

「それはよく理解してます」

 

「ふむ、君とならリゼトークをしても良さそーー」

 

「親父!何八幡に変なこと言ってるんだ!」

 

バタン!と私服のリゼが挫いた方の足を引きずりながら戸を勢いよく開けた。

 

「親父さんだったんですか」

 

「ふっ、伝えない方が色々話せると思ったからな」

 

「いいから親父は向こう行っててくれ!」

 

リゼに背を押され早々に追いやられてしまった親父さん。

八幡としてはなんとも相手にし辛かったのでありがたい行為ではあったが、娘の心配をしていることはよくわかったので、不憫に思うところもあった。

 

「親父に何か吹き込まれたか?」

 

「いや、なにも」

 

改めて八幡はリゼの方に向き直る。

上から下まで一通り今のリゼの姿に目を通すと、リゼはその視線を察知して、ムスッと顔をしかめさせた。

 

「なにか言いたいことがあるなら聞くぞ?」

 

「いや、ラフな姿初めて見たから新鮮だっただけだ」

 

「……そうか」

 

あたりざわりのない八幡の感想を聞いてリゼはなんとも微妙な表情である。八幡の女子に対するコメントがなっていない事が理由ではあるが、コメンテーターが八幡である故致し方ないことである。

 

「とりあえず、部屋に入ってくれ」

 

中にいたのはなぜかメイド服に着替えたシャロと千夜。

ロングスカートのメイドといった清楚な服装をシャロや千夜が着ると元の素材の良さも相まってか非常に似合っている。

 

特にシャロは仕草一つとっても気品溢れる感じがすごく、熟練のメイド長にも見える。

 

「せっかく着替えたから何かメイドっぽいことをして見たいわ」

 

「遊びに来たんじゃないのよ!リゼ先輩、何かお手伝いできることありますか?私が先輩の足になりますから!」

 

そもそもリゼの家には黒服さんたちが多数いるのでそんなことをする必要はないが、リゼのために何かをしたいというシャロの無駄な気遣いが発揮される。

 

「いや、別に大丈夫だからそれよりも何かして遊ぶーー」

 

「リゼちゃん!大丈夫!?」

 

「すいませんリゼさん、連絡もなくお訪ねしてしまって」

 

バタン!と再び戸は勢いよく開かれる。

この部屋の扉、酷使されすぎではなかろうかと八幡は扉に同情した。

 

それはともかく、唐突にココアとチノは現れた。

ココアとチノがリゼに駆け寄って心配している姿を見てニコニコと微笑ましそうに眺めている千夜が八幡の目に入る。

 

「二人を呼んだの、お前だろ」

 

「ふふっ、賑やかで楽しいでしょう?」

 

「あれ?千夜ちゃんにシャロちゃん?なんでメイド服?いーなー、私もメイド服着たい!」

 

「メイド服、初めて見ました」

 

リゼの元気な姿を見て安心したのもつかの間、ココアはメイド服に興味を持ち始めた。

チノも初めて本物を見たようで、興味津々な様子。

 

「リゼちゃん!二人分いいかな!」

 

「わ、私もですか?」

 

「あ、あぁ、使ってないお古だし、構わないけど」

 

「やったー!八幡くん、私の立派なメイド姿見せてあげるよ!」

 

「絶対仕事しないメイドの出来上がりだな」

 

「ココアさんですから」

 

普段のラビットハウスでの仕事を見るに制服をメイド服へと変えたところで仕事ぶりは変わりはしないことは明白だった。

 

 

 

着替えが済むとメイド四人組はどこからか掃除用具を持ち出してきた。

 

「よーし、それじゃあ屋敷のお掃除だ!」

 

「「どうしてこうなった」」

 

八幡とリゼはこの止まらない流れについていけていない。

ココアの圧倒的場の制圧力。

一度動き出せば止まらない暴走マシーンである。

 

「ねぇ、シャロちゃん私のメイドターン、どうかしら?……ゔっ」

 

「駄メイドじゃない!」

 

「チノちゃんメイド服も似合うね!」

 

「ココアさん、絶対に物を壊さないでくださいね。きっと高いものばかりですよ」

 

がやがやと騒ぎ立てながら四人は部屋から出て行った。

リゼには絶対安静と言い部屋に取り残して。

 

「……おいてかれた」

 

「……だな。まぁ、シャロとチノがいれば問題はねぇだろ」

 

女子高生の部屋にその部屋の主と二人きり。

八幡にとっても、リゼにとっても中々に刺激的な状況なのは間違いなかった。

 

「とっ、とりあえずゲームでもするか?」

 

「……シューティング系のゲームだろ」

 

「む、なんでわかったんだ?」

 

「リゼだしな」

 

リゼはコントローラーを八幡に渡すと、テレビをつけてゲームを起動する。

 

部屋の外からは何やら忙しなく動き回るような音が聞こえてくるがどうせココアがなんかやったんだろうと八幡とリゼは気に留めない。

 

「あ、やば、回復する」

 

「了解、交代な。終わったら右よろしく」

 

「わかった」

 

 

 

 

「あ、おい、そこ罠あるぞ」

 

「げ、もっと早く言えよ」

 

 

 

 

「ヘッドショット決まったな」

 

「さっき外してたのチャラにしただけだろ」

 

 

 

 

「八幡、FF(フレンドリーファイア)するな!」

 

「しょうがないだろ、初心者だぞ」

 

 

 

「やるじゃないか」

 

「まぁ、操作自体は難しくなかったしリゼのおこぼれに預かった感半端なかったけどな」

 

 

 

「リゼちゃーん、掃除終わったよって、あれ?」

 

「どうかしましたか?」

 

メイド四人娘が部屋に戻ると八幡とリゼは四人が戻ってきたことに気づかないほどにはゲームに熱中かつ白熱していた。

 

「くっそ、リゼ!復活地点に先回りして即殺はセコイだろ!」

 

「これも作戦だ、戦闘においてセコイとかない!」

 

「くらえ」

 

「手榴弾で相打ち!?姑息な手を使うなお前は!」

 

「勝てばよかろうなのだ!」

 

協力プレイから対戦まで、様々なゲームを漁りプレイし続けた結果互いに熱くなっていったのである。

 

「二人ともなんか熱いね」

 

「普段の二人では考えられませんね」

 

「八幡も珍しくはしゃいでるわね」

 

「二人の新たな一面ね」

 

四人は普段とは違う二人のムードについていけず、輪の中に入る事を躊躇っている。

対人懐柔の得意なココアですら戸惑うのだからよっぽどである。

 

「あっ、わ、私バイトがあるんだった!り、リゼ先輩!私はこれで失礼します!」

 

「おー、シャロ、ありがとな」

 

「じゃあ私もそろそろお婆ちゃんの手伝いしないといけないし戻るわね」

 

「ココアさん、私たちもあまり長居しても迷惑でしょうし、戻りましょう」

 

「うん!リゼちゃんお大事にね!」

 

八幡を残して四人はさっさとお暇してしまった。

八幡一人だけ残っているという状況である。

 

流石に一人でそれなりに親しい女の子の部屋にいる、という状況を耐え難く感じた八幡は腰を上げた。

 

「それじゃ、俺もそろそろーー」

 

「ま、待ってくれ!」

 

「どうした?」

 

「も、もう少し遊んでかないか?」

 

リゼは比較的真面目で普通の女子高校生ではあるが、家が特殊であるが故に、趣味も特殊。

それ故に学校の友人を家に誘うなどということはほとんどない。

 

「……いや、今日はもう帰るわ」

 

「そ、そうか、分かった」

 

目に見えてリゼはシュンと気を落とす。

趣味の合う人間と遊びたい。

それは人が誰しも思うことで、友達のいない八幡とて何度も考えたことだった。

 

「また、暇な時に遊びに来る」

 

「っつ!あぁ、いつでも来い!」

 

だから八幡は手を差し伸べた。

自分が昔とは違う事を確かめるように。

 

昔の自分と同じ悩みを抱えたリゼを救うように。

 

だから、差し伸べられた側のリゼも、差し伸べたがわの八幡も、まんざらでもない顔で別れを告げた。

 

 

 

 




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第三十六羽

……前回よりは更新間隔短い、よな?


世間は今クリスマスという年に一度のイベントを迎え賑わっている。

もちろん、クリスマスともなればいつもは客足の少ないラビットハウスとて大賑わいの大忙しである。

 

それこそ、その後に企画されているクリスマスパーティの事を考える余裕はないくらいには。

 

「八幡、これ二番テーブル!」

 

「了解」

 

「ココアさんコーヒー淹れました。運んでください」

 

「わかったよ!」

 

「チノー、これ食べていい?」

 

「マヤちゃん!それお客さんのだからダメだよー!」

 

リゼ、八幡、チノ、ココア、マヤ、メグ。

ラビットハウス勢に加えてマ、メを味方としてラビットハウスの店員たちは息つく暇なく働く。

さらに、タカヒロさんという強力なバータイムの働き手まで加えたメンバーである。

 

「リゼ、タカヒロさん!ミックスサンド、パンケーキ二つずつ追加!」

 

「了解、三番とこの品上がった、持ってってくれ!」

 

「くっそ、あと三十秒待ってくれ」

 

「ココアさん休んでる暇ないですよ!」

 

「わかったよ!」

 

「メグーこれそっちに運ぶの手伝って」

 

「わっ、こ、こんなに」

 

クリスマス限定メニューや通常メニュー。

様々な種類の品に加えてコーヒー店を謳うだけのコーヒーの種類。

 

これだけの品物が揃っているラビットハウス。

多くの品数を作らなくてはならず、客足も衰えることを知らない。

店員側は客を捌くのでてんやわんやで、それこそマヤとメグの力を借りてもなお人手が足りていないのが現状である。

 

そもそもどうして普段のラビットハウスは品数多く静かで雰囲気もあるというのに客が少ないのかが謎である、と八幡は常々感じていたが、今はそんなことを考えている暇すらない。

 

「ココア!会計頼んだ」

 

「二名様ご案内でーす!」

 

「チノちゃん、ブルーマウンテンとモンブランと、それと、えっと」

 

「め、メグさん落ち着いて下さい」

 

注文の量が多く正確にオーダーを伝えるのも一苦労な状況。

普段の四人組だけでは絶対に間に合わない仕事量だが、今日はラビットハウスクリスマスバージョン。

今日のラビットハウスは一味も二味も違うのだ。

 

「シャロちゃん、加勢するわよっ!」

 

「……仕事終わりなのに、また仕事」

 

仕事後のクリスマスパーティの招待客をさらに店員として迎え入れることにより戦力アップである。

千夜もシャロも働く女子高生。戦力として換算するには十分すぎる助っ人である。

 

「夕焼けの糸上がったわ!」

 

「「「勝手に名前を変えるな!」」」

 

たとえ厨房を混乱させようとも、助っ人なのだ。

 

「八幡!適度にサボってるのが見えてるわよ!」

 

「……」

 

シャロが来たことにより仕事の回転率が上がった。

それすなわち八幡の仕事が減るという超理論を導き出した八幡は周りにバレないよう少し仕事ペースを落としていたのだが、シャロには一瞬で見抜かれてしまう。

 

「うさみみー!」「さわらせてー!」「私もつけたーい」

 

「へへー、可愛いでしょ?」

 

「このうさ耳は選ばれしものにしかつけられないんだけどね」

 

マヤとメグは会計待ちの親の側で暇をしている子供客に話しかけて、楽しませる。

料理以外でもサービスを届けるという点で明るく接しやすいこの二人は非常に強力だと言わざるを得ない。

 

「ラビットハウスがいつもと全然違います」

 

「いつもはもっと静かだしな」

 

「でも、みなさん楽しそうです」

 

八幡とチノは静かな場所こそを好むような人種だった。

しかし、こんな場所も悪くない、そう思えるくらいには、今の環境に毒されていることを改めて認識させられたのだった。

 

 

 

 

 

『おつかれメリークリスマース!!』

 

ラビットハウスも営業時間の終わりを迎え、静けさを取り戻すと思われたがそんなことはなく、賑やかにラビットハウスを彩っている。

 

「後は私とタカヒロさんで料理を出しますから、楽しんでてくださいね」

 

ラビットハウスバータイムの制服を着た青山翠がいつの間にか店内で動き回って働いていた。

神出鬼没な小説家、ついに店員に化けて侵入である。

 

「ていうか、翠、料理できたのか」

 

「ふふっ、私料理もできてしまうような、できる女なんですよ?」

 

微笑みながら青山さんは厨房へと引っ込んで行く。

 

「ところでココア、なに?この招待状」

 

【さぁ、聖なるような時間だ、来るがよい!】

 

「「「はぁ」」」

 

ココアは先日、自分から進んでクリスマスパーティーの招待状作成係に立候補して、この招待状を書き上げたのだが、八幡、リゼ、チノはその招待状の内容を知らされておらず、当初より懸念されていたココアのおバカが発揮されていたようだ。

 

「でもカッコよくね?」

 

「来るがよいー、って、言いたくなるね」

 

「ココアちゃんらしくて私は好きよ」

 

マヤとメグには意外にも好評。

千夜は千夜で、らしいコメントである。

 

そんなクリスマスでも通常運転なメンバーがたわいもない会話、クリスマスだというのにいつも通りな会話をしていると、青山さんが料理を運んできた。

 

『おぉーー!!!』

 

全員から驚愕の声が挙がる。

運ばれて来たのはクリスマスでは定番のターキーである。

 

ラビットハウスらしからぬ料理が厨房から運ばれて来た。

それも厨房から運ばれて来たということは手作りのターキーという事だ。

つまりこれをタカヒロさんか青山さんのどちらかが作ったという事になるがーー。

 

「タカヒロさんの力作ですよ」

 

『ですよねー』

 

満場一致で声が挙がった。

そう、青山翠、または青山ブルーマウンテンという女にはこんな高度なものを作ることはできない。

よく青山さんの料理事情を知らないもののなんとなくそうなんだろうなと勝手に皆んなが思っていたようだ。

 

「では、私も参加させていただきますね?」

 

「よーし、じゃあクリスマス定番、プレゼント交換ターイム!」

 

そうココアが合図すると全員、前もって用意しておいたプレゼントを懐から取り出した。

 

 

 

 

 

時を遡ること一週間。

木組みの家と石畳の街ではクリスマス一月前から街全体はクリスマス色へと色を変える。

 

そんなリア充のための街へと姿を変えた街の広場、それもクリスマスツリーの飾られる広場へと八幡は呼び出されていた。

 

「……さみぃ」

 

「待たせてしまいましたか?」

 

「待った、寒い、帰りたい」

 

集合して早々に文句を口にする八幡にたいして、申し訳なさそうにする呼び出し人、青山翠。

 

「で?要件は?」

 

八幡はなぜか要件を告げられることなく呼び出されることが多い。

もはや諦めの域に達した八幡は嫌々ながらも小町に家を追い出されたのだった。

 

「クリスマスパーティへの招待状をいただいたのですが、今時の子たちってプレゼントって何を渡せばいいかわからなくて」

 

要件はプレゼント交換で回す物を選びへの協力らしい。

 

「ジェネレーションギャップが発生するやつだな」

 

「むむ、私ももう歳ですか」

 

「平塚先生にぶっ飛ばされるぞ」

 

渋々と八幡はイルミネーション輝く街へと繰り出していった。

その隣を歩く青山さん。

大人びて見られがちな八幡と若く見られがちな青山さん。

その二人が並んで歩いている。

 

周りの目からはどう映るのかは、明白であった。

 

 

 

「こんなものはどうでしょう?」

 

「薔薇の匂いの石鹸?……わかんねぇ」

 

意外におしゃれかつ実用的なものをプレゼント交換で回そうとしている青山さんにセンスのかけらもない八幡はアドバイスする側として呼ばれたにも関わらず、さっそく足手まといである。

 

ちなみに、真面目にプレゼントを選び始める前は互いにこれ似合うんじゃないですか?なんてデートみたいな行為を繰り返していたのだが、いい加減本題に入ろうとどちらからともなく発言して漸く本格的なプレゼント選びに力を入れ始めたのだ。

 

「最近の高校生のトレンドを教えていただければいいんですよ?」

 

「……わかんねぇ」

 

しかしぼっちであり、なおかつトレンドなどにはみじんも興味がない八幡はアドバイスなどできるはずもなかった。

 

「むー、八幡は何をプレゼントで回す予定なのでしょう?」

 

「え?なんか適当に女子受けしそうなものを翠に聞こうと思って今日は来たんだけど」

 

青山さんは八幡にアドバイスをもらいに来たが、八幡も青山さんにアドバイスをもらいに来たというなんともおかしな構図が出来上がっていた。

 

八幡に呼び出しの要件が伝えられていない弊害がここに来て生まれてしまったようである。

 

「しょうがないですね、では、私はこれにします」

 

青山さんは少し前に手にとっていたものをカゴに入れた。

 

「え?さっきのやつか?でもこれ、男用じゃ」

 

「大丈夫です」

 

「なんで?」

 

青山さんはくすっと微笑むと自信に満ち溢れた顔で告げる。

 

「私のプレゼントは八幡のところに回りますから」

 

 

 

 

 

じんぐるべーる、たったらたー♪

 

陽気な音楽を流すココアのスマホを手に持ち曲を止める係に任ぜられたタカヒロさんがプレゼント交換を見守る中、滞りなくプレゼントは回って行く。

 

くるくるとみんなが選んできたプレゼントが自分の元から隣の人へ。

大中小と様々なものが九人の輪を回って行く。

 

ーー♪、ーー♪、ーー………。

 

曲が止まりそれぞれがプレゼントを回す手を止める。

 

「よーし、じゃあみんな開けよう!」

 

ココアの掛け声でみんなが自分の手元にあるプレゼントを開ける。

 

 

「これ、大事に使いますね」

 

「安物でごめんね、チノちゃん」

 

シャロからチノへ。コーヒーカップ。

 

 

「カッコいいな!」

 

「でしょ!」

 

マヤからリゼに、うさぎの兵隊の人形。

 

 

「かわいー!」

 

「マジなパンだよ!」

 

ココアからメグヘ、マジパン。

 

 

「あら?」

 

「ふふっ、是非ともよろしくおねがいします」

 

千夜から青山さん。甘兎庵無料券。

 

 

「これから寒くなるし、ありがたいわ」

 

「すいません、こんなものしか思いつかなくて」

 

チノから千夜。うさぎの刺繍のついた手袋。

 

 

「かわいいシャーペンね」

 

「文房具屋で見つけて可愛かったのでー」

 

メグからシャロへ。デフォルメされたうさぎの絵がプリントされたシャーペン。

 

 

「わっ、美味しそー!」

 

「お菓子とかの方が、誰でも喜んでくれるかなって」

 

リゼからココア。クッキーの詰め合わせ。

 

 

 

八幡が自分に回って来た紙袋を開けると、紺色のマフラーが姿を見せた。

 

「……マジか」

 

八幡が驚いたように青山さんの顔を見ると、青山さんはニコリと笑みを浮かべ、八幡の驚き顔に応えたのだった。

 

 

 

 

 

「なんだこれー!」

 

「マヤちゃんどうしたの?」

 

マヤの元へ回って来たプレゼントは少し、いやかなり怖いウサギのぬいぐるみ。

 

八幡は全てを知っている青山さんにジッとジト目を向けられていることに気がつくと、スッと目をそらすのだった。

 

八幡からマヤ。奇妙なうさぎのぬいぐるみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全員攻略のハーレム回だと思った?
残念、青山回でした!

感想評価をお待ちしております。
安易に更新速度は感想数に依存するとか言えねぇって身にしみました。


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第三十七羽

近頃は気温差激しくてんてこ舞いしています白乃兎です。
今回はオリジナル回です。

あ、あとみなさん、モカさんはもうちょっと待って!
モカさんまでに他のヒロインの好感度上げとかないと追いつけなくなりそうだし!


季節は冬。

冬という季節はその寒さをもって人間の体に負荷をかける。

その結果人間の体はウイルスに侵され病気にかかる。

 

つまりなにが言いたいのかというと、だ。

 

「珍しいね、お兄ちゃんが風邪をひくなんて」

 

比企谷八幡は風邪をひいたのだ。

三十八度ぴったり。

マスクをつけて、布団に潜り込んでいる。

 

「悪いな、小町」

 

「んーん、お兄ちゃんバイト頑張ってるって聞いてるし、疲れが溜まったんでしょ?無理しないでね。あ、今の小町的にポイント高い!」

 

「はいはい」

 

鼻声で適当な返事しかできていないところを見るに、本当に八幡は弱っているようだ。

 

「じゃあお兄ちゃん、小町は少し出かけて来るけど、大人しくしてるんだよ」

 

「わかってる」

 

小町が出て行くと八幡はすぐに目を瞑り、眠る態勢を整える。

しかし、風邪の症状がひどい時というのは、頭痛に見舞われ、喉を正体不明の痛みが襲い、なかなか寝付けないものだ。

頭がぼぉっとするので何かを考えるということもままならない状況である。

 

「……さむぃ」

 

分厚い布団に包まれているにもかかわらず寒気は八幡を襲う。

小町もおらず、孤独の中風邪の症状に苦しめられる八幡。

 

(そーいや、ラビットハウスに連絡入れてねぇな)

 

今日も今日とて愉快な仲間と共にラビットハウスで働く予定が入っていたにもかかわらず、欠勤する旨を誰にも伝えていなかったことに八幡は気がついたが、スマホもどこにあるかも体を起こさねばわからないし、それだけの気力は今の八幡は持っていなかった。

 

薄れゆく視界、意識朧げの中、物音と人影を見た気がした。

 

 

 

 

 

八幡が目を開けるとあまりにひどかった頭痛も多少は収まり、体のだるさも引いてはいた。

しかし、依然として熱がそれなりにあることは自覚できるほどではあるようだ、と八幡は冷静に自分の状況を判断した。

 

「……ん?」

 

なにか、頭にひんやりとするものが乗せてあることに気がつく。

八幡が眠りにつく前はタオルなどは乗せていなかった。

何時間寝ていたかは知らないが、帰宅した小町が定期的にタオルを変えてくれていたのかと八幡は考えたがその考えは外れることとなった。

 

「あ、起きたのね、八幡くん」

 

「……なんで千夜がここにいるんだ」

 

八幡の起床に気がついた千夜が顔を出す。

その他にはなぜか長ネギやらニンニクやらと色々握られているが八幡は気にしないことにした。

 

「小町ちゃんと外ですれ違って、八幡くんが風邪をひいたっていうから看病に来ちゃった」

 

「あぁ、そうか。助かる」

 

「ふふっ、困った時はお互い様よ」

 

千夜は微笑みながら八幡の額に乗せられているタオルの温度を確認し、まだ冷たいのを確認すると、手に持っていたニンニクを輪にしたような物を八幡の首にかけた。

 

「これは?」

 

「にんにくを首にかけると風邪が治るって知らない?」

 

「……へそに梅干しとか?」

 

「あら、八幡くんも知ってるの?」

 

「安っぽい迷信だろ」

 

八幡という人間はそのようななんの根拠もない治療法を信じたりはしない。

 

「病は気からって言うでしょ」

 

「お前も信じてないだろ、その口ぶりからして」

 

「いいのよ、気休め程度でも」

 

気休め程度だろうと、患者の病状を少しでも良くしようとする千夜の心意気に八幡は感心した。

 

「はい、これ風邪薬。水はペットボトルで枕元に置いてあるから」

 

「お、おぉ」

 

渡された薬を飲みながらこの千夜は偽物なのではないかと八幡は疑う。

あの千夜がこんなに面倒見がいいはずがない!と。

 

「飲んだら服を脱いでくれるかしら」

 

「んん"!?」

 

飲みかけた薬が危うく逆流である。

唐突な発言に八幡は驚いたのか、風邪によって冷静な判断が失われたのか。

 

「ほら、汗を拭いてあげるから」

 

「お、おぉ」

 

言われた通りにパジャマの上を脱ぐと八幡は背を向けた。

ヒヤリ、と冷たいものが背にあたりビクッと八幡は身を震わせる。

その新鮮な反応に千夜はくすりと笑みを浮かべながらも優しく、丁寧に八幡の背中をぬぐっていく。

 

腕をとって脇の下、首の後ろ。

そのまま手を伸ばして体の前面をぬぐっていく。

 

「あ、あの、千夜さん?」

 

「強かったかしら?」

 

上ずった声で八幡は言外に語りかけるも千夜には届かなかった。

 

状況的には千夜が八幡の背中から体の前面に手を伸ばし抱きついているような状況。

それに加え豊満な二つの果実が押し付けられている。

八幡的にはだいぶありがたい状況であり、困る状況だった。

 

しかし、厚意で体を拭いてもらってるわけだし、黙って拭いてもらうのがいいよね。という下心アリアリの判断を下した八幡は、「胸の方をもっと」と口にした。

 

「ふふっ、今日の八幡くんは甘えんぼさんね」

 

八幡の要望通り、八幡の胸元を重点的にぬぐっていく。ついでに千夜の胸も先ほどよりも押し付けられる状況に。

どちらが八幡の要望だったかは触れないでおくのが人情というものである。

 

体も拭き終わり、千夜に渡された新たなパジャマに着替えた八幡。

なぜ千夜が八幡の着替えの位置を把握しているかなどは八幡は聞かない。散々世話してもらって非難するのも憚られたのだ。

 

「じゃあ、今度は熱を計りましょう」

 

八幡の前髪を千夜の手がかき揚げ、千夜の額を八幡の額と接触させる。体温計とか探せばあるだろ、なんて考えは八幡の頭には浮かぶことなく、ただ、千夜の目、まつ毛、肌、鼻、唇といったパーツに目を奪われる。

 

(こいつ、綺麗な顔してるんだな)

 

純粋に、八幡はそんな感想を抱いた。

そこには劣情は一切として抱くことなく、ただ素直なもの。

 

「三十七度強ってところかしら。まだ熱いわ」

 

「なんで今ので大体の熱とか分かるんだよ」

 

「シャロちゃんによくやってあげたから」

 

普段の千夜の挙動からは汲み取ることのできない、相手のことを考えたその言動は、風邪で弱った八幡の心を少なからず動かした。

 

「じゃあ、あとはしっかり寝て風邪を治してね」

 

「ああ、その、サンキューな」

 

「ふふっ、八幡くんのいつもとは違う一面を見れて嬉しかったわ」

 

「よいしょっと」

 

体をベッドから出し、千夜の見送りと施錠をしようとする八幡を、千夜が制した。

 

「八幡くんが寝るまではここにいるわ」

 

「そこまでしてもらわなくても」

 

「いいのよ、風邪の時って一人だと不安でしょう?」

 

「……ヤバイ、千夜の優しさで涙が出そう。俺を一人家に取り残した小町に見習わせたい」

 

くすくすと笑う千夜。

人の愉快な行動を見てよく笑う千夜ではあるが、このようなことを起因として笑う千夜を見るのは八幡としては珍しいものだった。

 

「鍵はポストに入れておけばいいかしら?」

 

「ああ、ほんと、ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

側に人の気配を感じながら、でも決してその存在を邪魔だと感じることなく、八幡の意識は薄れていった。

 

 

 

 

 

八幡さ何やら騒がしい声や物音で目が覚めた。

朝に比べると比較的軽くなった体を起こす。

 

すると、何やらCQCのような体術で捕まっているココアと、それを行なっているリゼ。

呆れ顔で傍観しているチノの姿があった。

 

「なにやってんの、お前ら」

 

「あ、おはよう八幡くん」

 

「八幡さんが風邪をひいたと小町さんから連絡が来たので、お見舞いに来ました」

 

「あ、これお見舞いの品。つまらないものだけど」

 

漫画やドラマの中でしか見ないようなフルーツの詰め合わせバスケット。

こんな豪華なものをホイと出して来るのはタカヒロさん、天々座宅のどちらかであるのは間違いない。

 

「おぉ、初めて本物を見た。ありがとな」

 

「やったよチノちゃん!褒められた!」

 

「用意したのはリゼさんじゃないですか。ココアさんは関係ありません」

 

「八幡のおでこにのってるタオルを交換したのもチノだし、ココアは何もやってないな」

 

「……八幡くんが早く元気出るようにおまじないをかけてあげたよ?」

 

震え声でココアは自分の功績を主張するものの、誰からも認めてもらえずに涙目である。

 

「あ、そうだ。八幡、食欲はどうだ?」

 

「ん、軽いものなら食べても問題なさそうだ」

 

「おかゆがあったので、温めて来ますね」

 

「チノちゃん!私がやる!」

 

何もやっていないという汚名返上のため、ココアはチノを抑え部屋を出て行く。

 

「そーいや、小町は?」

 

「私たちが来た時はいましたけど、どこか行ってしまいましたよ」

 

「えぇ、病床の兄を捨てどこへ行こうというのだ妹よ」

 

「でも、おかゆ作ってくれたんだろ?いい妹さんじゃないか」

 

八幡の体を気遣って定番の品おかゆを作ってくれた事には感謝ではあるが、八幡の意識外での行動なので、本当に小町が作ったかも怪しいのだ。

もしかしたら一度帰宅した母親が作ってくれたのではないか、とか。

 

「八幡さん、熱を測ってみてください。顔色はちゃんとしてますが、一応です」

 

体温計を手渡され、脇に挟んで熱を計る。

ふと、八幡は先ほどのことを思い出して、額に手を当てる。

 

「八幡さんはおでこで熱がわかる人ですか?」

 

「いや、俺はわかんねぇな」

 

ピピピッと完了音がなり、確認すると三十七と二。多少熱は出ているものの、順調に回復に向かっている証拠である。

 

「さぁ!八幡くん!出来たよ、おかゆ」

 

「作ったのココアじゃないだろ」

 

「はい、あーん!」

 

八幡のことを看病したという事実を多めに欲しているのか、しなくていいことまで、してくるココア。

 

「ココアさん、子供じゃないんですから」

 

「自分のペースで食べさせてやれよ」

 

「自分で食うからスプーンと皿だけ渡してくれ」

 

「なんかみんな酷くない!?」

 

おかゆなんていつぶりに食べただろうかと八幡は懐かしさを覚える。

以前風邪で寝込んだ時小町はおかゆなんてつくってくれた覚えはないなぁ、なんて事を考えながらおかゆを口に運ぶ。

 

「……ん?」

 

八幡は口に広がる味に違和感を覚えた。

小町の味付けじゃない。

 

薄く弱った胃に優しい塩加減と、中心に置かれた梅干し。

 

そもそもうちに梅干しなんて置いてないし、おかゆのためだけに小町が梅干しを買って来るとも思えない。

故にこれは小町の作ったものではない。

 

と、いうことは、これを作ってくれたのは……

 

八幡はとりあえず、風邪が治ったら甘兎庵でお金を落として行くことに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




千夜に看病されたい。
無防備な千夜にお世話されたい。

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第三十八羽

……ホントさーせん。
別にエタったとかじゃないんです。
ちょっとこの話に関しては無理矢理なところとかございましてですね。


大人っぽさ、とは何だろうか。

そう問われた時、確固たる答えは存在するのか。

そもそもこの語用における大人の定義とは?

そう考えた時、その問いの答えを出すことは非常に難しいものであるだろう。

 

だが少なくともーー

 

「こちら、アフタヌーンティーセットになります」

 

「え、頼んでないんですけど」

 

「あちらのお客様からです」

 

離れたテーブルで親指を立てているココアのような人間のことではないのは間違いない。

 

 

 

八幡を始めとするいつもの高校生五人組とチマメ隊の八人はココア主催進級おめでとう茶会に呼ばれ町の喫茶店に足を運んでいた。

 

その際に、大所帯で来店したので机は離さざるを得ない状況になったため、ココア、リゼ、シャロ、千夜の四人とチマメ隊プラス八幡の四人グループに分かれてそれぞれが会話を嗜んでいた。

 

「八幡くんだけ離れちゃったねー」

 

「流れるように八幡さんだけこっちでしたね」

 

「実は嫌われてるとか!?」

 

「おいやめろ、ありえそうだろ」

 

「そんなことよりさー」

 

「俺が嫌われてるのがそんなことなの?」

 

マヤの話題転換の早さに驚きを隠せない八幡。

このタイミングで話を切られてはこの先嫌われていやしないかとビクビクしながら過ごす日々の開幕である。

 

「私も大人っぽくなりたいなーって思うんだよね」

 

「大人っぽいって例えばどんな感じですか?」

 

「後輩にお茶してこうぜ!って誘ってみたい」

 

「誘うだけなら誰だってできるけどな」

 

重要なのは如何にして年上の威厳を見せつけつつお茶に誘うかである。

 

「君可愛いね〜、お茶してかない?」

 

「メグ、それナンパ!」

 

「八幡さんならどう誘いますか?」

 

チノからそんな質問が八幡に飛んで行くが、そんなこと答えるまでもない愚問であった。

 

「誘う相手がいない」

 

「悲しい!」

 

「八幡くんが誘ってくれたら私ついて行くよ〜」

 

「その気遣いが辛い」

 

メグに慰めの言葉をもらうが、女子中学生に慰めからの言葉など虚しいだけである。

 

「ほら、あれ!シャロの紅茶を飲んでるとことか!」

 

マヤが指差す先には少し離れた席に座るシャロの姿。

その他にはティーカップが握られており、粛々と紅茶を飲む姿はまさしくお嬢様。

 

確かにシャロの立ち振る舞いは女性以前に人間として見習うべきものであろう。

 

「あんな高校生になりたいな〜」

 

「大人の女性って感じですよね」

 

「気品を感じるよね」

 

シャロ、べた褒めである。

何をしようとも評価の上がらないココアに対して、シャロは何をしてもだいたい評価が上がってしまう。

 

「これ、まだ使えますか?」

 

シャロが懐から割引券を取り出し、店員に見せる。

その行為自体にはなんら大人っぽさは演出されていないが、その行為の主がシャロであるならばーー

 

「抜け目ないです」

 

「憧れちゃうね〜」

 

「もうわかんねぇな」

 

チノとメグには好感触を与えることができるのだ。

これが、シャロの身に纏う雰囲気による大人の演出である。

 

「それはそうと、これ!ココアがくれたやつ食べようよー!お腹空いちゃった」

 

「あ、待ってマヤちゃん!これを食べるのにも順番があるって聞いたことがあるよ!」

 

「えぇ!?めんどくさ!」

 

マヤの知識により、これまた余計な課題がチマメ隊の前に現れてしまった。

 

「これを順番通りに食べることができなければ」

 

「大人のレディーには」

 

「なれない!?」

 

「んなわけねぇだろ」

 

八幡のツッコミ虚しくチマメ隊は頭をひねる。周りを見渡して他の客が同じものを頼んでいないか、などを確認するものの見つけることはできなかったようだ。

 

じー。

 

じろじろ。

 

じーーー。

 

八幡が紅茶を飲んで、三人の行く末を見守っていると、視線が送られて来る。

完全に手詰まりのチマメ隊が八幡に救援要請を送っているのだ。

 

「八幡さんって、物知りですよね」

 

「……こういうのは別に本場のイギリスとかでも口うるさくは言われたりしないんだぞ」

 

「知っているなら教えていただけませんか?」

 

「ねぇ、聞いてる?別にどうだっていいんだぞ」

 

「でも知っているに越したことはないじゃないですか」

 

八幡が知識としてティーセットの食べ方を知っていることを目ざとく察知したチノは八幡から聞き出そうとする。

 

別段、隠すようなものでもないが、少し年長者としてお茶の楽しみ方というのを教えるために八幡は口をつぐむことにした。

……八幡にお茶を楽しんだ経験などないが。それでも、である。

 

「あ、向こうにも同じのが運ばれてきたよ」

 

「真似するチャンスだね~」

 

チマメ隊の視線は八幡からJKズへと移った。

それを敏感に察知した千夜、ココアは案の定というべきか奇行に走る。

 

「みんな、私の相対性理論の説明どうだった?」

 

「一般と特殊なら特殊により趣を感じるわ」

 

「今どきは般若心経の暗唱なんて余裕よね」

 

ココア、千夜そして意外なことにシャロまでが訳の分からない会話を始めた。

しかし八幡には何となくその会話に至るまでの流れが読めてしまった。

 

どうせココアか千夜のどちらかがチマメ隊の視線に気づいてその視線の意味を曲解した結果、自分たちが尊敬すべき姉としてふさわしいか監視されている。などと勘違いし、尊敬って言ったらやっぱ知的な人!という志向に至ったココアと便乗した二人というような構図なのだろう。と八幡は予想した。

 

実際リゼはあきれ顔で三人の会話を聞き流しているだけのように見える。

 

「よくわかんないけど会話を楽しんでるっぽくね?」

 

「大人っぽい会話ってなんだろー?」

 

「高校生なんてしょうもない話しかしてないぞ」

 

「夢が壊れるようなことを言わないでください」

 

近頃のちびっこ女子たちはJKという存在に夢を抱きすぎではなかろうか。

アホなJK、天然JK、バイト漬け苦学生、ミリオタお嬢様というような変化球しか周りにいないものだから現実逃避していると言われれば八幡としては納得いくものであるが、きっとそうではないのだから謎である。

 

「この前兄貴を初めてパシリに使ったよ!」

 

「それはむしろ子供じゃない?」

 

「おま、それやめとけよ。お兄ちゃんは傷つくんだからな」

 

「じゃあー、ラビットハウスのバータイムにお邪魔しちゃおうかな〜」

 

マヤの失敗を受けて今度はメグが大人っぽいトークを切り出す。

今時の中学生の観点から見た大人、とは。

 

「夜更かししてしまいましょう」

 

「別に高校生は夜行性じゃないんだぞ」

 

チマメ隊の謎の大人トークに冷静なツッコミを入れ続けるも、さしたる効果はない様子である。

 

仕方ない、と八幡はスマホを取り出し、リゼへとメールを送る。

すると、すぐにリゼはメールの着信に気づいたようで、スマホを取り出しているのが八幡の席から見えた。

 

「どうしたんだ?」

 

席を立って、八幡たちの席まで移動して来たリゼ。

ココアたちの終わらぬ姉トークに呆れて逃げて来る口実に八幡のメールを使ったようだ。

 

「大人なリゼを見せつけてやってくれ」

 

「どうしたんだ!?」

 

今までの話の流れをさっぱり理解していないリゼに無茶振りをする八幡。

 

「ティーセットの食べ方を知りたいんですけど」

 

「なんかココアたちはなかなか食べないし」

 

「どうしたらいいかわからなくて」

 

「……大人はどこから来たんだ?」

 

「ティーセットをマナーよく食べられるのが大人っぽいんじゃねぇかって話だよ」

 

そんなの八幡がどうにか教えてやればいいだろうに、とぶつくさと呟いたリゼだったが、恐らくは八幡ではなくJKであるリゼが言った方が効果が見込めるのである。

 

「マナーっていうのは楽しく食べるためのものなんだから楽しめれば何だっていいんだよ」

 

ふわっと笑顔を浮かべてそうチマメ隊に諭すリゼ。

その様は人生経験を積んだ年上のようで。

 

「「「分かりました、教官!」」」

 

敬礼を持ってその言葉に感謝の意を伝えるチマメ隊。

これこそ尊敬される姉の姿というものではないだろうか。

少し、毛色が違うのは否めないが。

 

「あ、そうだ。大人っぽい会話ってどうすればいいの?」

 

「お、大人っぽい?」

 

ティーセット問題が解決したので、次の問題である。

こちらの方が難問で、リゼとしてもどう答えたものか困りものだ。

 

「落ち着いてものを見る、とか」

 

ふんわりとした意見ではあるが、物事に対して落ち着いて取り組むというのは大人の姿の一つではないのだろうか。

しかしその意見でいけばーー

 

「ココアはまだ子供だと」

 

「さすがココア」

 

「ココアちゃんはねー」

 

「ココアさんですから」

 

「別にそういうつもりで言ったんじゃないぞ!?」

 

意図せずしてココアを刺し殺してしまったリゼ。

ココアの普段の行いがアレであるので仕方ないと言えばそれまでである。

 

「なになにー?みんな盛り上がってる?」

 

話の中心人物が、八幡たちの机まで乗り込んで来た。

タイムリーである。

 

「盛り上がってるよー!」

 

「ココアちゃんのおかげだねー」

 

「流石はココアさんです」

 

「なんかよくわからないけどありがとー!」

 

チマメ隊の発言を褒め言葉と受け取ったココア。

知らぬが仏とはまさにこのこと。

 

「席も空いたみたいだし、みんなでお話ししましょ」

 

店員に許可を取ったらしく、机の移動を開始する千夜。

なにやら顔を赤くするシャロ。

思い返せば先ほど色即是空やら空即是色やらと呟いていた気がする。

自らの行いを恥じているらしい。

 

「よーし、じゃあみんなで席替えじゃんけんだよ!」

 

じゃーんけーん。

と聞きなれた掛け声を八幡は耳にしながら、今こうしてこの場にいることのできる理由を考えた。

 

それはきっと、ココアの人を惹きつける力があってこそなのだろうな、と少し心の中で感謝するが、口に出すと調子にのる気がしたので、留めておく。

 

じゃんけんの結果で後輩たちと一番遠くの席になって凹んでいるココアだが、そんな愉快なココアだからこそ、こうして人が集まるのだろうな、とも少しそのココアの性質に敬意を抱く。

 

「こうなったらやけ食いだよ!」

 

「おい、ティーセットはサンドイッチ、スコーン、ケーキの順で食べるのがマナーだろ」

 

「さっき八幡くんがマナーとかそんなに気にしないって言ってたの聞こえてたからね!?」

 

新学年、新学期。

退屈はしなさそうだと、八幡は確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




完全なる繋ぎ、原作消化回。

なお、次回投稿はモカ襲来による構想を練るためより投稿頻度が遅れる模様。
いや、だってせっかくモカさんくるのに、原作沿いだけじゃつまんないでしょ!

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第三十九羽

今日の騒がしいラビットハウスの一日は、ココアの一言から始まった。

 

「もうすぐ、お姉ちゃんが来ます!」

 

「あ、八幡、それはこっちによろしく」

 

「了解」

 

「ココアさん、サボってないで働いてください」

 

ココアの姉が来る。

その言葉は八幡、リゼ、チノの三人には深く響かないようだった。

それぞれが自分の立場から離れることなく、ココアの話を受け流した。

 

「聞いてよー!」

 

「聞いたじゃないか」

 

「それを聞いた私たちはなにをすればいいんですか?」

 

「リゼちゃんとチノちゃんが冷たいよー!」

 

ココアに対して遠慮なく塩対応を取るリゼとチノに負け、八幡に泣きつくココア。

 

「で、姉が来るからどうしたんだよ」

 

ひっつくココアを引き剥がし、ココアの意図を探りを一応入れる八幡。

しかし八幡の顔には呆れの表情が張り付いている。

 

「うん、お姉ちゃんがくるからみんなにはーー」

 

「妹にはなりませんよ」「ならないな」「弟も嫌だ」

 

「みんなはエスパーなの!?」

 

満場一致でココアの意図を把握していた。

ココアの生態はもはや周知の事実であるようだ。

 

「ココアの行動は単純だからな」

 

「何かにつけて姉の立場を主張してきますし」

 

「えへへー、みんなが私のことをわかってくれて嬉しい!」

 

わかってる、とはいうもののココアとそれなりに付き合いのある人間は誰でもわかることである。

当然、今はいないが千夜やシャロも同様だろう。

 

「ココアさんのお姉さんですか」

 

「強烈な人なんだろうな」

 

「そんなのじゃないよ!すごくかっこよくて優しいんだから!」

 

意外にポンコツだけどな

 

ぼそりと八幡が漏らすもココアの耳には入らなかったようだ。

 

「つまり、ココアの姉にいいところを見せたいんだろ?」

 

「リゼちゃん!手伝ってくれるの?」

 

リゼはそっぽを向きながら、頰を朱に染めツンデレちっくにココアに答える。

 

「家族にいいところを見せたいっていうなら、まぁ、手伝うよ」

 

つまりココアは自分の成長具合や、いかにしっかりとした生活を送っているかということを姉に見せつけることにより、認めてもらいたいのだろう。

 

そんなココアの健気な一面を見て仕舞えば、人が良いリゼはころりと持っていかれてしまっても致し方のないことである。

 

「じゃあ、リゼはこれからラビットハウス内じゃ妹って事で」

 

「年上の妹って、変な感じです」

 

「妹になることを認めたわけじゃないぞ!?」

 

「とりあえずみんな、私のことをお姉ちゃんってーー」

 

「「「呼ばない!」」」

 

というか、みんながココアのことをお姉ちゃんと呼んであれば明らかに不自然であるし、必ずボロが出る。

そしてココアが強要したことがモカに露呈するとドン引きは必至である。

 

「ココアの成長具合を見せる、か」

 

「ココアさん、最初から特になにも変わってませんよね」

 

「初志貫徹、大事だよな」

 

「みんな酷い!」

 

普段からのほほーんとしているツケが回ってきたのか、ココアがラビットハウスに来てそれなりの時間が経ったが、明確にコレといった成長報告ができない。

 

しまいには「私まさか成長してない?」などと目をうるうるさせる始末。

流石にそんなココアの姿を見て焦った三人は顔を見合わせコクリ、と頷くとすぐさま行動に移った。

 

「こ、ココアお姉ちゃん、パンってどうすればいいんだっけ?火炎放射器で炙るんだったか?」

 

「お姉ちゃん、私間違ってコーヒー豆を一桁多く頼んでしまって」

 

「姉貴、養って。俺働きたくない」

 

涙を見せられれば弱すぎる三人はココアの要望に応えるべく、ココアを姉として頼り始めた。

 

「こんなのいつものみんなじゃないよー!」

 

せっかくココアを姉として頼ったはいいものの、それをココアが受け入れられないという謎の事態が発生

 

「お前なぁ」

 

「ココアさんのために」

 

「やってるんだぞ!」

 

せっかく羞恥心を抑えて妹、弟の演技をしたというのにこれは酷いとブーイングがココアへ飛ぶ。

 

「じゃあ、どうすればいいんだよ」

 

「一度コーヒーを入れますね。落ち着きましょう」

 

「あ!私が入れるよ!」

 

「それにしても、ココアの成長したところか」

 

「成長ってもんがすぐに目に見えたら世の誰もが伸び悩んでるなんて葛藤しねぇんだよなぁ」

 

そもそも成長した形というものはすぐわかりやすい形で目に見えるようになるわけではない。

それ故に四人は頭を悩ませているのだ。

 

「身長、とか?」

 

「苦し紛れすぎるし、微々たるものだろ。そもそも、そういう成長ってことでもないしな」

 

八幡とリゼはうんうんとうなりながら頭を抱える。

 

「わざわざこの街に来たのに何の成果も得られませんでした!って堂々とした態度でいればいいんじゃねぇか?」

 

「それは最終手段すぎるだろ…」

 

この街にココアが来てから変わったものはたくさんある。しかしながらそれはココアが変わったのではなく、ココアによって変えられたものである。

八幡もリゼもチノもココアとかかわることによる変化はあった。しかし受動的なその三人とかかわることでココアに変化はあるかといわれると悩ましい。

 

「へいっ、おまち!ココア特製コーヒーだよっ」

 

「ココアさんは淹れてないです。ココアさんはラテアートの部分だけで……ぁ」

 

「あー、これがあったか」

 

「最初は完全に小学校低学年のお絵かきだったもんな」

 

「えへへ」

 

元がひどかったとはいえ、今このコーヒーに描かれている花はそれなりに花としての見てくれをしている。初期の何とも言えないラテアートと比べれば大きな進歩である。

 

「よーし!お姉ちゃんを驚かせるぞー!」

 

えいえいおー!とココアは拳を突き上げた。

 

 

 

 

 

「ね、ねぇお母さんこの服はどうかな?」

 

「モカも大胆な服を着るようになったのね。ココアに大人っぽさを見せつけたいから?」

 

木組みの家と石畳の町へ行くために、旅行鞄に荷物を絶賛詰め込んでいる最中のモカは母親に服のチェックをお願いしていた。

 

「ま、まぁそんなかんじかな」

 

ココアに大人の威厳を見せつけるというには些か大胆すぎる服装をモカは手に持っていた。胸元が開いており両肩も露出してしまうような服。まるで色気を出して男を誘惑しに行くかのような服である。ただ妹に会いに行くだけならばもっとおとなしい清楚な服装でも構わないだろうというのに。

 

「八幡君に会いに行くのかしら?」

 

「え、ええええ!?ちちち、ちがうよ!?」

 

「大胆な服もいいけれど男の子は清楚な女の子が好きなものよ」

 

「男の子は関係ないけど、分かった」

 

「でもここぞというときに大胆な服で胸を押し付けながら迫れば、八幡君だってきっとイチコロだと思うわ」

 

「い、いちころ……八幡くんは関係ないけどわかった」

 

八幡は関係がない。そう口では言っているものの、八幡を意識してるのはまるわかりであった。ココアといいモカといい、隠し事のできない姉妹である。

 

「あと、化粧もいいけど、男の子は自然な感じが好きだったりするから厚化粧には気を付けてね。二人きりになったら押し倒しちゃうのも……」

 

「八幡くんは関係ないってば!」

 

「うふふ、じゃあアドバイスはいらないかしら?」

 

「……いり、ます」

 

母による男を落とすテクニックをモカは顔を赤くしながらも真剣に学んでいたのだった。

 

 

 

 

 



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第四十羽

オリジナルを書くインスピレーションを失ってしまった…
ので、匿名で短編集書いてて遅くなりました。
日刊にも載って調子乗って完全にこっち疎かに。

いただいた感想には返信出来ておりませんが、全て目を通してますので、引き続き感想をお書きいただければと。


ココアの姉であるモカが木組みの家と石畳の街にくる当日。

ラビットハウスの中でココアはそわそわと落ち着かない様子を見せていた。

 

「ココアさん。もっと落ち着いてください」

 

「ココアのお姉さんはそんな頼りないのか?」

 

「そんなことないけどやっぱり不安だよ。お姉ちゃんケータイとか持ってないから」

 

「迎えに行ってきたらどうですか?お店は私たちで事足りますし」

 

実際、昼下がりのラビットハウスはいつも通り客足が少なかった。

 

「ありがとう!行ってくるね」

 

ラビットハウスの制服を着たままココアはモカを探しに飛び出していった。

しかし八幡には不安が一つ。

 

「ココアすれ違いになりそうだな」

 

「いや、さすがに大丈夫じゃないか?」

 

「ココアさんなら道草とかしてしまいそうです」

 

ココアが姉の心配をして外へ出たというのに、八幡、リゼ、チノの三人はココアの心配しかしていなかった。

ココアの性格やら何やらをよく理解している三人だからこその心配である。

 

しばらくするとチノのケータイにウサギの写真がココアから送られてきた。

案の定道草を食っていたようである。

 

「さすがココア。俺たちの期待を裏切らない」

 

「高校生としてしっかりしてほしいものです」

 

「まぁ、これがココアだからなぁ」

 

もう慣れたものだと、ただただあきれる三人。先日、成長したところを考えていたというのに成長していないところばかり露呈してくるのはどうしてなのだろうか。

 

「姉、かぁ」

 

ぼそりとリゼは独り言ちた。それは一人っ子の男勝りなリゼだからこそ、出てしまった哀愁の混じったつぶやき。そしてそれはなんとなしにつぶやかれたものであった。

しかしそのつぶやきを今の八幡とチノは聞き逃さなかった。

 

「俺が兄になってやろうか?」

 

「まったく、リゼさんはさみしがりです。私がお姉ちゃんになってあげます」

 

「お前らこういうときばっか結託するのやめろ!」

 

顔を赤くしてリゼは叫ぶ。

そんな時、カラン、とラビットハウスの扉は開き客が来店したことを伝える。

 

「「「いらっしゃ……いませ」」」

 

今の今までふざけていたのに客が来たとたんに切り替えられるこの三人は非常に有能であることがわかる。

しかしそんな三人といえど、今来店した客の異質さに驚き、挨拶を詰まらせた。

 

グラサンにマスク、帽子をかぶった見るからに怪しい客が来店したのだ。

 

「ど、どうしましょう」

 

「薬の運び屋かなんかか?」

 

不審者の正体をあれやこれやと予測するリゼとチノとは対照的に八幡はあきれ返っていた。

 

(この姉あってのあの妹なんだろうなぁ)

 

この意外にポンコツな姉がいたから完全にポンコツな妹であるココアが出来上がったのだろう。

そう、この怪しい客の正体はココアの姉であるモカである。何のつもりかは知らないが変装をして来店したらしい。

 

「いらっしゃいませ。こちらメニューになります」

 

「あ、ありがとうございます」

 

変装モカは声を低くして八幡に正体を隠しているつもりなのだろうが、バレバレである。

 

「ご注文がお決まりになりましたらお声掛けください」

 

どう声を掛けたらいいかわからなかった八幡はとりあえず普通に客として扱うことにした。

 

「八幡さん大丈夫でしたか?」

 

「完全に運び屋だろ?」

 

「いや、大丈夫だろ。ふつうにお客さんとして対応しておけばいいよ」

 

注文いいですかと低いだみ声で呼び出される。

 

「次は私が行くよ」

 

さながら戦場に赴く兵士のような顔もちで注文を取りに行くリゼが危険な橋を渡るなら皆で一緒にだ!と凄まじい姉御気質を発揮しているがまぁ無駄なことであるのをまだリゼは知らない。

 

「普通にコーヒーとパンを注文された」

 

「他何注文すんだよ」

 

喫茶店で怪しいものなど注文する運び屋など存在するはずもないのだ。

 

「じゃあ私パン焼いてくる」

 

「裏にコーヒー豆取りに行ってきます。ちょうど手元の豆が切れているものを注文されたので」

 

チノとリゼは、注文の品を用意するために一度裏へと入っていった。

それすなわち今表には八幡と不審者モカの二人だけである。

 

「……なにしてんだ」

 

カウンターから八幡は少し離れた位置に座っているモカへと話しかけた。

 

「なな、何のことだい?」

 

頑張って声色と口調を変えて正体を隠そうと奮闘しているが手遅れにもほどがある。

まぁいいけど、とこれ以上の追及を控えた八幡。

 

「今淹れますね」

 

裏から戻ってきたチノがコーヒーを入れ始めた。

しかし八幡は空気の読める男。不安がるチノやリゼにあの客の正体を伝えることはできるがモカを思ってそっとしておくことにした。

 

「パン焼けたぞ」

 

「コーヒーも淹れました。次は私が行きます」

 

「だ、大丈夫か?私が行ってもいいんだ?」

 

「私はこの店の跡継ぎですから。こんなことどうって事ありません」

 

やはりチノも覚悟を決めて注文の二品を不審者のもとへと運ぶ。

 

「こちら注文の品です」

 

「あ、ありがとうございます」

 

店内をきょろきょろ見回しながらモカはマスクを外した。おそらくはココアを探しているのだろうがココアは店の外へとモカを探しに旅立ってしまったので今は不在である。

 

さてどうしたものかと、八幡が頭を悩ませていると、突然バン!と机を叩いた時のような音がした。

八幡、リゼ、チノの三人は音の発生源である不審者モカの方に目をやった。

 

「このパンもちもちが足りない!」

 

そしてそう叫んだ見た目不審者。これは完全に通報されても文句を言えないやつだよなぁと八幡は内心つぶやくも、不審者の不審者ムーブはとどまるところをしらず、それどころかさらに加速していく。

持ち込んでいた、キャリーバッグを開くと中には白い粉。もはや言い訳のしようもない不審者である。

 

「やっぱり薬の運び屋か!?」

 

「つつつ、通報を」

 

動揺が止まらない二人。仕方がないから事態を好転させるため八幡は動く。

 

 

「お前は一体誰なんだー(棒読み)」

 

「ふっふっふ。私は……私です!」

 

そう言い放った不審者はつけていたマスク、サングラス、帽子を外し高らかに名乗りを上げた!

 

「しってた」

 

しかしながらわれらが八幡はノリが悪いことで有名。ごく冷静に淡々と返した。

そんなことよりこいつらに事情を説明しろと。

 

「ココアの姉のモカです」

 

「「ああ、なるほど」」

 

今までの奇行がココアの姉であると暴露しただけで納得されてしまった。モカは自分を恥じると同時に、ココアがしっかりやれているのか不安になった。

 

「チノちゃん、リゼちゃんかわいい!写真で見る以上の可愛さだよ」

 

しかし姉はそんなことではめげない。シスコンを発動させ偽妹であるチノとリゼをかわいがる方向へとシフト。

二人まとめて抱きしめこれでもかと二人を撫でまわし、もふもふする。もふもふされている二人は顔を真っ赤に染めあうあうとうなっている。そんな互いが女だからこそできる行動を八幡は蚊帳の外で眺めるだけしかできないし輪に入ることなどないと高をくくっていた。

 

「八幡くんも久しぶりだね〜空気を読んでくれてお姉ちゃんはうれしいよー」

 

二人を解放したモカは、八幡の頭をその豊満な胸に抱きよせ頭をこれでもかと撫でまわす。

 

「「んなっ!?」」

 

異性を抱きしめるという行動を躊躇なく行ったモカに驚きを隠せないチノとリゼ。八幡も驚きと胸に顔を埋められていることから声を出すことができない。しかし抵抗をあまりしていないことから考えるにまんざらでもないというか、八幡も男の子であるといったところだろう。

 

「そういえば、ココアはどこへ行ったの?」

 

「ココアさんならモカさんを探しに外へ行ってしまいました」

 

「もぅ、相変わらずそそっかしいんだから」

 

「モカさんもウチに泊まっていくんですよね。お部屋に案内します」

 

「ありがとうチノちゃん。ココアの言う通りいい子だねー」

 

ココアと手紙の上でやり取りしているためモカはココアの周りの人間をなんとなく理解している。ただし、ココアの主観的な情報が多いためモカは実際会って、ココアの話が本当かどうか確かめているようだ。

 

 

 

モカは荷物を部屋に置いてくると、すぐに三人のところへと戻ってきた。保登家からこのラビットハウスまではかなりの距離があるので、長旅であったはず。しかし、モカは疲れを見せない。

 

「どっかに行っちゃったココアの代わりに私が手伝うよ!」

 

さすがはお姉ちゃん。妹が抜けたことによる穴は姉が補完する。しかしモカには一つ誤算があった。

 

「モカさんは休んでて大丈夫ですよ。長旅でお疲れでしょうし」

 

「ココアもそのうち帰ってくると思うし大丈夫ですよ」

 

「ううん、大丈夫。お姉ちゃんにまかせなさい!」

 

ココアのようななんちゃってお姉ちゃんではない。本物の姉による圧倒的オーラを今日が初対面のチノとリゼは見せつけられる。

 

「ココアはいてもいなくても仕事量は変わんねぇから休んでていいぞ」

 

そう。これこそがモカの誤算。ココアという女は普段仕事という仕事をしない。ゆえにココアが抜けたとしても穴など生まれることはないのだ。

 

「ココアは日向ぼっこしてるかぼーっとしてるかのどっちかだもんな」

 

「えぇ!?」

 

手紙ではココアが自分のことをどのように伝えているかはわからないが少なくともモカはココアがしっかり働いているものだと思っていたようだ。

 

「ま、まぁココアはしっかりとムードメーカーの役割は果たしてますよ」

 

ココアがあまり働いていないという事実にショックを受けたモカに対して謎のフォローを入れるリゼ。それによりリゼちゃん優しいね〜と墓穴を掘る形でリゼはまたもふもふされてしまうのだった。

 

「やはりココアさんのお姉さんですね。もふもふしたがるところとかそっくりです」

 

「そこでそっくりとかいってもモカもココアもうれしくないだろ」

 

「……八幡さんはモカさんのこと呼び捨てなんですね」

 

じとー、とチノは八幡のことをかわいらしく睨んでいる。年上で美人でおっぱいが大きいお姉さんと自分の好きな人が仲が良いというのはあまりチノとしては喜ばしいことではないのだ。

 

「……ぁぁ、モカとはGWの時に知り合ってな」

 

チノが八幡をにらむという珍しい事態に八幡は少ししり込みする。

 

「八幡くんは相変わらず捻デレさんなのかな?」

 

リゼをもふもふして開放しないままチノと八幡のほうへとモカは寄ってきた。

リゼは顔を真っ赤にしながらも八幡とチノに救助要請を二人にしているが助けたことにより今度は自分がもふられてしまうを恐れ、助け出せずにいた。

 

「八幡さんは捻デレです」

 

「捻デレだな」

 

「おいやめろ俺の知らないところで妙な共通の見解をつくるな」

 

ラビットハウスの面々とモカがすっかり打ち解けにぎやかに会話を弾ませていると、そこに一人店に入ってくる人物がいた。そしてその姿は先ほどの不審者モカに酷似したものだった。しかし四人は動じない。

 

「ココア、それはダサい!」

 

「「「これが姉妹か」」」

 

モカの捜索から帰ってきたココアは姉妹であることを感じさせる恰好をしていた。しかし先ほどとは異なるのは、変装しているココアにみんなが気を使わないということである。

開幕のモカのダサいというド直球な感想をぶつけるほどだ。

先ほどは気を使ってきた八幡もココアには容赦がない。心をものの数秒で折られてしまったココアは半泣きで変装を解いた。

 

「元気そうでよかった」

 

変装を解いたココアを優しく抱きしめるモカ。ココアの謎の行動を見て元気と判断したのはよくわからないが、実際元気なのでそこは姉妹ならではの見解なのだろう。モカに迎え入れられたココアはモカの胸の中へ飛び込んだ。

 

「えへへ」

 

普段姉として?の威厳を保ちたいココアは誰かにあからさまに甘えに行くなんてことはないのだが、自らの姉には子供っぽいというか、妹らしい一面も見せるのだなと、ココアを除くラビットハウス三人衆は物珍しいものを見るように眺めていた。

それがココアにとっては恥ずかしいことだったのか、モカからパッと離れて咳ばらいをするとチノを後ろから抱きしめて、

 

「甘えん坊のココアのままじゃないんだよ!私だってもう立派なお姉ちゃんなんだからね!」

 

そういい放った。姉であるモカに自分が少しでも大人っぽく見せたいという妹心なのだろう。

しかし子供っぽさは隠しきれておらず、その姿はほめてほめて、としっぽを振る犬のようである。

 

一方のモカもそれに対するカウンターを放つかのように、

 

「今日から数日間ここラビットハウスに泊めてもらうことになったんだ!」

 

と脈絡なく言い放った。その姿はやはり、何かを期待する犬のようであり、二人に血のつながりを感じさせた。

そんなモカのカウンターに対してココアはさらにカウンターとしてコーヒーカップをモカに差し出した。

 

「これ、ラテアートっていうんだけど。どうかな?」

 

先日見つけたココアの成長の証。それをモカに見せつけた。

 

ココアの成長だぞ

 

ぼそりと八幡はモカに告げた。

ココアはモカに子ども扱いされたくない。しかし成長したことは褒めてもらいたい。そんな複雑な感情を抱えるココアにモカはどう対処するか迷っていた。

そこに八幡のいや、八幡、リゼ、チノの三人からの助言である。いつもココアに多少なりとも支えられ元気づけられている三人からのココアへの少しばかりの恩返し。

それをモカの口から届けてもらうのだ。

 

「ーーがんばったね、ココア」

 

ただ一言、たったこれだけの言葉にどれだけの思いが込められていることか。そしてこの言葉にココアは何を感じるかは本人たちにしかわかりえないことだろう。

しかし、ずっと憧れていた姉からの掛け値なしの言葉を受けてココアは、

 

「うん、がんばったよ」

 

満面の笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第四十一羽

まぁ、少々シリアス回といったところです。
短くてすいません。


モカの襲来によって普段以上に騒がしかったラビットハウスだったが、八幡とリゼの帰宅に伴って、少しだけ喫茶店らしい静けさを取り戻した。

普段以上に騒がしかったことにより、八幡は普段以上に疲労を蓄積させ帰路についていた。

 

すると突然、パッと視界から光が消え、顔と背中に違和感を感じた。

 

「だーれだ」

 

なにやらご機嫌で聞き覚えのある声が背後から聞こえたことにより、顔の違和感が彼女の手であることと、背中の違和感が何かも八幡は理解した。

 

「……ココアとチノに構ってなくていいのか」

 

問いに対して答えることをせずに八幡は背後の人物へと話しかけた。

すると八幡の視界は明かりを取り戻した。振り返るとそこには八幡の予想通りニコニコ笑顔のモカがたたずんでいた。

 

「お泊りだから時間はたっぷりあるから大丈夫。八幡くんともお話ししたかったし」

 

「いや、別にわざわざ今から話する必要なくねぇか?」

 

もう夕暮れ時、モカは数日間この街に滞在するのだから、そんな急いで話をする必要はないのである。

しかしながら今日のモカは少々強引だった。

 

「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」

 

「しない、帰る」

 

「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」

 

「しない。話聞いてた?」

 

「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」

 

「いや、あのだから……」

 

「八幡くん、お姉ちゃんとお茶しよう」

 

「……わかったよ」

 

謎の無限ループに突入したことで八幡は自分に拒否権がないことを悟ると、渋々ながらモカの提案に乗ることに。

 

「大丈夫、私のおごりだから!」

 

「そこじゃないんだが……」

 

「じゃあ、お薦めの喫茶店に案内して」

 

「仮にも喫茶店勤務の男に別の喫茶店に案内しろと」

 

「いいからいいから」

 

なんとなくだが面倒な雰囲気を醸し出しているモカを回避しようとした八幡だったがそれもかなわず、渋々ではあるが近場の喫茶店、フルールへと案内した。

 

「いらっしゃいませ」

 

見知らぬ女を連れた八幡の入店に頬を引きつらせて対応をするシャロ。

先日も八幡とシャロの間にあんなことがあったのにもう別の女を連れていれば、八幡とシャロの関係が恋人同士でなかったとしても複雑なところがある。

 

「へー、かわいいとこだね。八幡くんの趣味だったりする?」

 

「ち、違うし」

 

メイドちっくな服装にロップイヤーを装備した店員たち。八幡は趣味ではないとは声を大きくしては言えなかった。

ひきつった笑顔で接客を行うシャロに案内されて二人は席に着く。

 

「わざわざ、別の場所で話したいことってなんだ。ラビットハウスでもよかったろ」

 

「うーん、あの子たちの前じゃ話づらいこともあるし」

 

天然であることを除けば比較的まともであるモカがしゃべりづらいというのだからどんな爆弾が投下されるのかと八幡は恐れおののいた。

 

「か、金ならないぞ」

 

「……ココアたちに八幡くんが泣いちゃった話とかしてもいいんだよ?」

 

カツアゲを疑われたモカは少し黒い笑顔を浮かべながらそう口にした。

八幡の口からは「ひえっ」と怯えをはらんだ声が漏れる。

 

「すいませんでした」

 

親父の背中を見て育った八幡は女性を怒らせた時の対処法《謝り倒す》を習得している。

真っ先に頭を下げ謝罪。

すでに弱味を握られている八幡はこの保登モカという女性に二度と勝てる気がしなかった。

 

くすくすと笑って黒い笑顔をひっこめたモカは少しまじめな顔もちで八幡に話しかける。

 

「自分は好きになれた?」

 

その一言で八幡はモカが何を話そうとしているのかを理解した。

 

「……どうだろうな。でも、前ほど人との距離は開いてない気がする」

 

「うん、ならいいんだ。お姉ちゃんは弟のことが心配だったのです」

 

「……弟じゃねえよ。その、あれだろ」

 

ーーパートナー、なんだろ

 

あの日モカが口にした願いを八幡は覚えていた。

それだけでモカは心のうちからあふれ出る感情が止まらない。口角が自然と吊り上がる。

その言葉を口にした八幡本人は恥ずかしさゆえか、顔を赤く染めモカから顔をそらしている。

 

「ふふっ、やっぱり八幡くんは捻デレさんだねー」

 

身を乗り出しうりうりーと八幡の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。

 

「……結局、どういう意味のパートナーなのかは知らないんだが」

 

「どういう意味だと思う?」

 

モカは妖艶な笑みを浮かべている。

その笑みに八幡は不覚にもどきりとさせられ、勘違い的思考を巡らせた。

 

パートナー。それはゴールデンウィークのような活動の際の?はたまた、こうしてモカがこっちに来た時に案内などのサポートで?もしくは……恋人的な意味で、なのだろうか。

 

『八幡さんのことが好きなのに』

 

そんなチノの言葉を思い出したからか、八幡はモカにまでそんな事を期待してしまった。そんなことはあり得ないと八幡は分かっているのに。

自分を信じることと、恋愛感情とは別。

 

迂闊に恋愛へと手を出せば今までの関係などたやすく崩れ去ってしまうということを八幡は知っている。

こんな自分を信じてくれたモカとの関係を壊すことは八幡にはできなかった。

 

「……モカは、どんな俺を求めてる?」

 

モカの問いかけに答える言葉ではなく、口から漏れ出したのは、あの時以来の弱音だった。

唐突な質問で、分かりづらい弱音。しかし、モカはその言葉に敏感に反応した。そして笑みを浮かべる。

きっと八幡は変わったからこそ嫌われたくない、好かれていたいと話すのだ。

確かに人の心など他人にはわかるはずもない。だが、たとえそんな不可能なことを望むようになったとしたならばそれは間違いなく八幡の成長である。

 

「八幡くんは私に求められたいのかな?」

 

あえてモカはからかうような口調で、質問を質問で返した。

 

「……正確には嫌われたくない」

 

顔を俯かせながら八幡はぼそりとそうつぶやいた。

 

モカは八幡にとって文字通り恩人である。

自分を好きになろうとしたきっかけになった人に嫌われるのではやはり比企谷八幡という男はその程度の男なのだとまた八幡は自分を嫌いになることだろう。

 

「ね、八幡くん」

 

モカは少し身を乗り出し俯く八幡の頬を両手を添えてフェイスアップさせた。

そしてその濁った眼としっかり向き合う。

 

「私は、八幡くんが好きだよ。きっとね、ココアも、チノちゃんもリゼちゃんも八幡くんのこと嫌いだなんて絶対に思ってない。だから大丈夫」

 

その言葉は、恋愛とか友愛とかから出た言葉ではない。

モカは八幡の前であまり姉としてふるまわない。自分の弱みをさらけ出し対等にふるまおうと心がける。

そしてそのことを八幡はわかっている。

だから、今の言葉が決して慰めなんかではないこともわかっている。

 

「臆病なのはあの時から変わってないんだね」

 

「一年もたってないのにそんな変われるわけないだろ」

 

「変わりましたよ。八幡は」

 

不意に八幡とモカ以外の第三者の声がしたと思えば、八幡の隣の席に腰かけたのは青山翠その人であった。

まるであの時の再現のようなキャスティングであるが場所が喫茶店で、ひそかに話を盗み聞いているうさ耳を付けた小柄な店員がいることがあの時との違い。

 

「青山さん」

 

「お久しぶりです、モカさん」

 

「なんでここにいるんだ」

 

「近頃小説のネタのために八幡の後をつけているのはここだけの話です」

 

話だけ聞けば完全に犯罪臭のするものだったが八幡は翠の事情を知っている。

しかしモカはその事情を知らないのでもしやこの青山翠という女相当なメンヘラなのではと恐れおののいていた。

 

「きっとそれが八幡が意識することがかなわないほどのものだったとしても。それでもあなたは変わりました」

 

「自分でも意識することができないものが変化したといわれてもな」

 

「自分のことって自分じゃ意外と気が付かないものだよ」

 

結局比企谷八幡という男は自己を肯定できる人間ではなかったのだ。

ゆえに他人に肯定してもらわないと自己の変化を認めることさえできない。

ぼっちを自称していたにもかかわらず他人によってしか自己肯定を可能としない八幡はなんと滑稽なことか。

しかし、それでも八幡はそれでいいのだ。人と距離を置こうとした八幡と人付き合いをしていくならそれで正しいのだ。

 

「他人に認められて自分を認めればいいって教えてあげたでしょ」

 

「私たちが文字通り体を張って教えてあげたこと忘れたとは言わせませんよ」

 

「……あんなの、忘れられないだろ」

 

八幡はそう告げると気恥ずかしさから顔を伏せた。八幡のその姿にモカと翠は顔を見合わせてくすくすと笑いあった。

 

 

 

 

 

モカと対面して座り楽しそうに談笑する八幡のその姿を陰から見ていたシャロ。

はじめはココアの姉とはいえあんな美人と八幡が話していることから八幡が騙されているのではないかと思ってしまった。

 

しかし、話を聞いていると、八幡の胸の内、悩みを聞くことができたのだ。

 

それを聞いてしまったからにはシャロという少女は何もしないということができるほど薄情な女ではなかった。

翠まで参戦したことには驚いたが、シャロは一つ心に決めた。

 

 

 

――とりあえず、大人で包容力のある女を目指そう、と。

 

 

 

 

 

 




…シャロ、違うそうじゃ無い。


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まだ待ってくれてる人とかおるんか…?


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第四十二羽

毎度毎度納得いくものが書きあがらないし思いつかないとかやってると気が付くと時間が過ぎている。


「青い空!」

 

「白い雲!」

 

「かっ、輝く湖!」

 

「重たい瞼」

 

「「「ピクニックーー!!」」」

 

上から順番にモカ、ココア、千夜、八幡である。

元気三人娘の掛け声に苦笑いをするのがいつもの振り回され隊である、リゼ、シャロ、チノ、八幡である。

八幡に至っては休日を寝て過ごそうとしている時に家に突撃されたたき起こされて連行されたのである。

 

「眠たい。なぜこんなことに」

 

「事の始まりはココアさんとモカさんの勝負から始まりました……」

 

「チノちゃん、意外と乗り気ね」

 

語り部ちっくに原因を告げたチノ。意外にテンションが高いところをみると、ピクニック開催は強引だったものの、たのしみではあったらしい。

 

千夜はココアによって招集されたのち、持ち前のテンションですぐにモカと意気投合。

一方で少しおいていかれているのがリゼ、シャロ、八幡であった。

 

「さすがはココアの姉といったところか」

 

「姉妹そろってより強力になった感じですね」

 

「あの姉あってこの妹なんだろうな」

 

三人が少し離れたところで会話をしていると、モカはそれを見逃さずに三人に迫った。

 

「テンションの低い子たちはこうだー 」

 

三人まとめてモカにもふもふ(抱きしめ)をくらった。

三人の美少女と密着できた八幡としては役得であるが、恥ずかしがりやなリゼとシャロは顔を真っ赤にしてあうあうと悶えている。

 

外野からは友達が全員妹に!?なんて騒いでいるものもいるが総スルーを食らっていた。

 

「いつまでもふってんだ」

 

「んふー、恥ずかしがらないの」

 

「恥じらいを持つべきはモカだと思うんだが」

 

その八幡の言葉をモカは頭で何度か咀嚼する。すると、八幡の言わんとすることが分かったのか、ぱっと離れる。

モカは顔を赤く染め上げると、自分の胸を両手を交差させて隠す。

 

「ご、ごめんね」

 

「いや、別に……」

 

チノ、シャロ、リゼという常識的女性陣から八幡にジト目が送られるが、八幡は悪くないので無視することにした。

すると今度は八幡、リゼ、シャロの三人にココアが抱き着いた。

 

「みんなは私の妹なんだからねー!」

 

モカに盗られまいとした行動だったのだろうが、先ほどと異なるのはココアでは赤面をしないということである。

 

「ココア、あつい」

 

「くるしい」

 

「……」

 

シャロとリゼはココアに抱きしめられたとしても赤面することなく通常のトーンで返し、八幡は先ほど同様無言で何かを堪能していた。

 

相も変わらずチノからは冷ややかな視線が送られてくる。

 

「……俺、悪くないだろ」

 

「知りません」

 

「……モカ、チノがもふもふされたいって」

 

「そ、そんなこと言ってません!」

 

「遠慮しなくていいんだぞー」

 

うりうりー、と問答無用でチノをもふもふするモカ。

けしかけた八幡は早々にココアからの拘束から脱し、巻き込まれないようにモカのそばからフェードアウトしていた。

 

「八幡くん」

 

「ん、どうした」

 

八幡の逃げた先にいた千夜に少し寂しげなトーンで話しかけられる。

気落ちする千夜は意外とどうでもいいことで落ち込んでいたりするので、あまり気負うことなく八幡は千夜に問いかけた。

 

「……私だけ、モカさんにもココアちゃんにももふもふされないの」

 

案の定というべきか、かなりどうでもいい悩みを抱えていた千夜にあきれてすぐには言葉が出なかった。

八幡の無言によってできた時間に千夜は畳みかけるように言葉を紡ぐ。

 

「私はもふもふしたくならない体なのかしら」

 

「そんなことない」

 

即答だった。恐ろしいまでに即答だった。

なぜなら八幡はできることなら千夜をもふもふしたいからである。

最近、下心があふれてやまない八幡であるが、年頃の男の子はそんなものなのである。

 

「そう?ならーー」

 

次に発される言葉は八幡を苦しめることになると八幡は理解していながら千夜の口をふさぐことをしなかった。

 

「八幡くんが私をもふもふしてくれるかしら」

 

両手を広げ八幡を受け入れる形を整えた千夜。

下心のない純真無垢な千夜に下心満載な八幡は一瞬躊躇する。

しかし、千夜の方から求めてきたのだから捕まることはないだろうという非常に都合のいい解釈を行った八幡は手を広げて千夜に近づきーー

 

「なにしてんのよ!」

 

シャロに頭をたたかれて正気に戻らされた八幡。

内心ほっとしつつも、もったいないという気持ちを併せ持っていた。

 

「……もふもふ?」

 

そもそも八幡としてはもふもふするということがどういうことなのかわかっていない。

愛玩動物をもふもふするということはその体毛を堪能するということなのだろうが、人間にそれを適応した場合どういうことなのだろうか。

それゆえに、疑問形でしかシャロに答えることはできなかった。

 

「そういうことを言ってるんじゃないわよ」

 

「シャロちゃんも一緒に八幡くんにもふもふされる?」

 

「されない!」

 

「ここにも私の妹たちを自分の妹にしようとする人がー!」

 

「妹にしようとしてない」

 

「じゃあ、私が妹に立候補!」

 

そう言って手を挙げたのは最年長であるモカ。

モカの外見は高校生といわれても信じられるほどの若さではあるが、気持ち的な問題で妹としては扱いづらい。

 

「おい、年長者」

 

ココア、千夜のいつもの振り回しに加えてモカまで悪乗りを始めたらこの場は中々収まらない。

ピクニックの醍醐味、外での食事にはまだ時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

謎の騒ぎも収束し、レジャーシートをしいて七人仲良く屋外でパンを食べる。

さすがパン屋の娘たちといったところか、店に出しても何の問題もないクオリティのパンがずらり。

 

「……うぅ、太らないかしら」

 

「お前は一番そういうの気にする必要ないだろ」

 

シャロがメロンパンを片手に体重の心配を始めたので八幡は自分の見解を話した。

事実、シャロは小柄で細い。ほかのメンバーもモデル顔負けの体形なので比較しづらいが、シャロも身長と胸以外は完璧といって差し支えない体形をしている。

 

「そ、そうかしら」

 

「シャロちゃんは太りやすいっていつも悩んでるの」

 

「あんたはいつも余計なことをー!」

 

「シャロちゃんは太ってないよ」

 

「そうそう、モデルさんみたいな腰の細さだよ」

 

どうどうとなだめる保登姉妹。この姉妹もモデル腰はモデル顔負けであるので、慰めにはなり得なかった。

騒がしいなと、あきれているリゼとチノも細くリゼに至ってはもはやモデルそのものである。

チノもその白い肌は他の追随を許さないほどである。

 

よくよく考えてみれば八幡はすごいメンバーと一緒にいるなと神様に感謝をしてしまうほどであった。

 

「お前ら全員体重とか気にする必要なんてないだろ」

 

八幡がふと思ったことを口にした瞬間千夜以外の視線が八幡に集中した。

そんな状況に蛇に睨まれた蛙のように固まってしまった八幡。

 

「八幡くん、体重を気にしなくなった瞬間から女の子は女の子じゃなくなっていくの」

 

モカが妙に説得力のある言葉に返す言葉もない八幡。

女の子はかわいくあろうとするからかわいいとはよく言ったものである。

 

しかし男子(八幡)からすればこの場にいる全員が体重を気にする必要のない容姿をしているし、シャロあたりはむしろもっと食べたほうがいいのではないかと思うほどには細く簡単に折れてしまいそうな体をしている。

女子って難しい、そう強く思った八幡はこの件について強く追及することをやめた。

 

「んん”っ」

 

突如八幡の口の中に広がるのは異常なまでの辛さ。八幡が口にしたのはただのパンであったにもかかわらずこんな味に襲われているということはーー

 

涙目でモカの方を見ると何やらにやにやとしている。

間違いなく犯人はモカである。

 

「さぷらーいず」

 

モカと八幡以外は何が起こっているのか状況が理解できていないようだった。

 

「一つだけものすごい辛いマスタードパンを作っておいたんだ」

 

「八幡くん、これを飲んで」

 

千夜から渡された紙コップ、その中に入った緑色の液体を八幡は何も考えず口の中に流し込んだ。

 

「んぐっ!?」

 

再び八幡の口の中を異様な味が支配した。

 

「特製青汁よ 」

 

辛さに引き続き苦みに襲われた八幡。

無事この後に開催されるボートレースを欠席したのだった。

 

 

 

 

 

「くっそ、あいつらマジで許さん」

 

いまだに口の中に不愉快な感覚が残る八幡は五人がボートで遊ぶ中レジャーシートで寝ころんでいた。

 

「大丈夫?気分悪いなら帰ったほうがいいんじゃない?」

 

一人八幡を残すのが悪いとこの場に残ったのはシャロだった。

チノも残ると主張したがココアに強制連行されていった。

 

寝ころぶ男と、その傍らに腰かける少女。青い空に自然。何とも絵になる光景である。

 

「体調は問題ない。気持ち的には腹立たしいことこの上ないが」

 

数瞬、二人の間に沈黙が落ちる。しかし八幡はこの沈黙を気まずいものだとは感じなかった。

それはシャロとの関係性やシャロの人の良さを分かっているからだろう。

 

この沈黙を破ったのはシャロだった。

 

「……八幡は、自分のことが嫌いなの?」

 

あの時、フルールで盗み聞きしていた内容について、シャロは踏み込んだ。

 

「あぁ、大嫌いだ」

 

「私も、自分のこと、好きじゃなかった。でも、今はちがう」

 

「あぁ、なんとなくわかるよ」

 

シャロは、自分が嫌で、少しでも好きになるためにひたすら努力をする人間だということは、バイトや勉学にいそしむ彼女を知っているからこそ理解できた。

 

「こんな私でも、みんな、私に優しくしてくれたから」

 

ーーみんなが好きでいてくれる私のことを、私は嫌いになれない

 

シャロは、みんなのことが大好きだから、みんなが好きなものを嫌いになれないのだ。

 

「八幡はみんなのこと嫌い?」

 

「いや、好きだよ」

 

八幡の口から出るのは掛け値なしの本音。

だからこそ、シャロは笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、私の言いたいことわかるわよね」

 

八幡が好きな人たちの好きなものを自分の偏見、主観だけで嫌いになるのか。

それとも、八幡が認めた人達の好きなものを自分も好きになろうと努力するのか。

 

「私は、八幡が好きよ。どこがって言われても、困らないくらいには好きになれるところはいっぱいある。だから、私の好きなものを八幡にも好きになってほしい」

 

この好きという言葉。言わなくてもそれとなく伝わるその思いが口にされたことでよりその言葉は重みを増す。

好きなものを好きな人と共有したい。ただそれだけのこと。

 

だから、きっと八幡が八幡を好きになるということも難しいことでは決してないのだろう。

唯一の不安要素であった八幡の好きな人たちが八幡のことを好いているかどうか。

それすらもチノやシャロが言葉で表している以上、八幡には逃げ場がないのだった。

 

だから八幡は決意を新たに一歩を踏み出す。

 

「お前たちと出会えてよかった」

 

自分を認めてくれる人間と出会えたことのなんと幸福なことか。

 

それをかみしめると八幡の頬が自然と緩んだ。

 

 

 

周りに都市の喧騒など感じられない八幡の立つ場所に風が駆け抜ける。

前髪が持ち上がり、八幡の視界に映った光景は湖で遊ぶ八幡の好きな人たち。

しかし、その光景は以前よりも輝いて見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




別に最終回なわけではありません。
なんか最終回みたいな終わりだったけど。

少しづつ八幡の心情の変化を書いてきたけど表現できてたらいいなぁ。

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