Fate/Another Order (出張L)
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第一章 混沌隔離大陸ファースト・エンペラー
第1節  第八特異点


 六雄を悉く平らげ、大陸を始めて統一した偉大なる帝国。だがその実態はもはや死に体といえる。

 余りにも……余りにも偉大過ぎた始まりの男の死。思えば帝国の崩壊はそれから既に始まっていたのだろう。そして貧しい身分にも拘らず鴻鵠の志を抱いた男による反乱、それが滅びを決定づけた。

 各地で頻発する反乱、滅んだ六国の復活、取り返しようのない政治の腐敗。

 嘗てただ一国で六国を震撼させた帝国の威容はなく、ただ奸臣によって外界とは閉ざされた皇帝の住まう後宮だけがこの世の春を謳歌していた。

 今日も美女に囲まれながら、暗愚な皇帝は笑う。後宮の外がどうなっているか知ることもなく、世はまったく天下泰平と信じながら、冬にあって春を過ごす。神の視点で世を俯瞰する者がいれば、さぞ滑稽な道化に映ることだろう。

 だが道化が謳歌していた仮初の春は唐突に終わりを告げた。

 まず聞こえたのは扉を激しく蹴破る物音。この地で最も尊い冠をつけた男は、自分の楽しみを邪魔されたことに激昂すると、酒が並々と注がれた杯を壁に叩き付ける。

 

「ええぃ! 人が楽しく酒を飲んでおったのに台無しではないか! 何事だ!」

 

 この世に自分より偉い人間など一人もいない。誰一人として自分に刃向うことも、逆らうことも出来ない。そう盲信しているが故に、彼は恐れはなかった。

 女たちが只事ではない気配を察して逃げ惑うにも拘らず、彼はどこまでも傲慢に無礼者を待ち構える。

 

「――――薄汚い、これが、この様が結末か」

 

 聞くだけで魂を停止させる、絶対零度の声が後宮に響く。地獄の閻魔すら及ばぬ冷徹な気配に、後宮の女や宦官は次々に恐怖で昏倒していった。

 だが皇帝を名乗る彼は神託にも等しい『声』を受けて尚も恐れない。

 馬鹿故の盲信だけではここまでの蛮勇は発揮できまい。どれほど暗愚で馬鹿だろうと、彼は最も偉大なる男の血を受け継ぐ者。生まれついての王聖が一応は備わっているのだ。

 この後宮で唯一帯剣している彼は、装飾用の華美な剣を抜くと声を発した者に怒鳴りつけた。

 

「屑だと! き、貴様…………この……皇帝たる朕に対して……なんという不敬……赦さぬ! 無礼者め、名乗れ! 三族皆殺しにしてくれるわ!」

 

 こう言えば大臣だろうと将軍だろうと、どんな人間だろうと跪いてきた。だが今回もそうなるだろう、という楽観はいともあっさりと崩れ去る。

 〝無礼者〟は皇帝の一括に欠片も揺らぐことなく、絶対的な威厳をもって声を発する。

 

「皇帝? 下らん、下らんぞ貴様。皇帝とは朕が生み出し、朕のみに許される位よ。貴様も含め朕の後に続いた皇帝など、朕を模倣したただの偽物に過ぎぬ。

 そう、貴様の号する二世などマヤカシよ。私こそが始まりであり、終わりなのだ。最初にして最後、この朕だけが世界に唯一無二の皇帝である」

 

「なっ……生み出した、だと? そ、それにまさか……そんなわけが……だが、その御声は!」

 

 二世皇帝の足元に投げ入れられるのは、彼が最も寵愛した宦官の首だった。余程惨たらしく殺されたらしく、首となっても苦痛の色がありありと浮かんでいる。

 しかしもはや二世皇帝にとって、こんな生首など路傍の石ころも同然だった。彼は目を見開き、待つ。

 やがて黒衣の傀儡兵に守られ、真なる皇帝が二世皇帝の眼前にその龍体を現した。

 二世皇帝は恐怖の感情すら忘れ、滂沱の涙を流す。

 忘れようはずがない。

 その威容を覚えている。

 その威厳を覚えている。

 その威風を覚えている。

 彼こそが始まりの人。この中華の始まりを終わらせ、終わりを始めた最大の巨人。そして――――

 

「父、上……ッ!」

 

 二世皇帝にとって敬愛してやまぬ父だった。

 

「久しいな、我が不肖の子よ。さて、貴様には罪がある。言うまでもなく朕の帝業を継承するどころか、朕の帝国を失墜させたことだ。

 だが貴様には功もある。朕の胤から貴様のような盆暗が生まれるとは、やはり世で信じられるは我が身のみ。子などあてにしてはならぬと、貴様は自らの暗愚さをもって朕に諫言したのだ。やれ」

 

「う、うわ!」

 

 傀儡兵が二世皇帝を押さえつける。いきなりの事に慌てふためく二世皇帝だが、傀儡兵の一体が処刑刀を構えているのを見るや、自らの運命を悟る。

 

「ち、父上……わ、私とて父上の子……せ、せめて私の首は、父上の手で――――」

 

「不要」

 

「へ?」

 

 瞬間、無情に処刑刀は振り下ろされ、二世皇帝の首が落ちる。

 

「〝不要〟と言ったのだ。私が手を汚す必要性も、貴様という存在も、親子という関係性も」

 

 息子に引導を渡しながら、始まりの皇帝の眉はピクリとも動かない。

 

「陛下」

 

 傀儡兵とは格が違う見事な甲冑を装備した将軍が現れると、恭しく傅いた。

 

「申し上げます。咸陽の制圧は滞りなく完了致しました。どうか次の御指示を」

 

「出陣せよ。目標は言わずとも知っておるだろう。望む兵力をくれてやる。ここに長居するつもりはない故、出来るだけ早急に片を付けろよ。王翦」

 

「御意」

 

 戦国時代において六雄を震撼させた六虎将、その中において最も恐るべき将・王翦は主君の命に唯々諾々と従う。

 彼にはもはや保身を図る命もない。あるのは命令遂行への義務感だけだ。

 

「さて」

 

 始まりの男は生前の自分の座っていた玉座に再び腰を降ろす。

 だが嘗てと同じではない。今の彼には狂おしいほどに欲していた『永遠の命』があり、己の理想(野望)を成就するための手段と力がある。

 ここに歴史の針は致命的に狂い、新たなる特異点が生まれた。

 

 

 

 目が、覚める。

 始まりの夢を、見ていたようだ。

 

「おはようございます、先輩。今日もあまり顔色が優れないようですね。また悪い夢でも見たのですか?

 それはいけません。休める時に休むのも仕事です。なんならドクターに相談しましょうか?」

 

 起きて早々マシュが心配そうに声をかけてきてくれる。

 我ながら実に単純なことであるが、それだけで寝起きの厭な感覚は消し飛び、活力が湧いてきた。本当にマシュには助けられてばっかしで、頭が上がらない。

 

「大丈夫。今回の夢は――――ええと、首が飛んでたような気はするけど、悪夢っていう程じゃなかったし。」

 

「首が飛ぶ!? それは十分に悪夢なのでは?」

 

「いや上手くいえないんだけど、この前の倫敦へレイシフトする前に見た夢はホラー系だったけど、今回は歴史系だったというか」

 

「良く分かりませんがホラー映画と大河ドラマの違いのようなものでしょうか」

 

「うん。そんな感じ」

 

 こうして意識が覚醒した今では、夢の内容が具体的にどんなものだったかなど覚えていない。

 けれど恐い夢というよりは、恐ろしい夢だったような気がする。取り敢えずこれが正夢にならないことを祈るばかりだ。

 

「そうですか。なら良かったです」

 

「マシュ?」

 

「なんでもありません。では先輩、そろそろミーティングが始まります。管制室へ行きましょう」

 

「あれ? ミーティングは今日は昼からじゃ」

 

「なんでもカルデアスに新たな異常が発生したということで、ミーティング時間を急遽変更したらしいです」

 

「新たな異常って?」

 

「私もまだ聞いていません。ドクターのことですから話すなら先輩も一緒にした方が楽でいいと判断したのでしょう」

 

 カルデアスとは惑星に魂があるとの定義に基き、その魂を複写する事により作り出された小型の擬似天体である。

 謂わば小さな地球のコピーで、それに異常が出たということは、人類史に異常が発生したということだ。

 ソロモン王に焼却され、狂った人類史を元に戻すのがカルデアのマスターである自分の役割である。そういうことなら急いで管制室へ行った方がいいだろう。

 そしてマシュと一緒に管制室へ行くと、そこには上位者が全員死んでしまいなし崩しに責任者となってしまったロマンと、サーヴァントでありながら技術部のトップに収まっているダ・ヴィンチの二人が待っていた。

 

「おはよう。急に呼び出してしまって悪かったね。マシュも彼を連れてきてくれてありがとう。早速で悪いけど起きた異常について説明しよう。

 百聞は一見に如かずって日本の諺にもあるし、これを見てくれ」

 

「あ……!」

 

 ロマンの言う通り、カルデアスに起きた異常がなんなのかは一目で分かった。

 これまで自分が定礎復元に成功した特異点は最初の冬木も含めれば五つ。なので残る特異点は三つのはずだ。

 しかし近未来観測レンズ・シバには、四つの特異点が観測されている。

 

「ドクター! これは!」

 

「ああ、特異点が一つ増えているんだ」

 

「原因は今のところ調査中としか言えないね。なにせ時代が時代だから、これまでのようにはいかない」

 

 ダ・ヴィンチが嘆息する。常人には理解しがたい理由で本来の性別とは異なる『女性』として現界している彼女だが、彼女がどれほどの天才で万能なのかはこれまでサポートを受けてきたマスターとして良く分かっている。

 その彼女が原因が分からないと言うとは余程の事が起きているのだろう。

 

「新たに発生した特異点の時代になにか問題があるんですか?」

 

「時代に問題というより、年代が問題なのさ。いいかい、マシュ。この新しい特異点――――便宜上α特異点と仮称するが、この時代はBC.0208。つまりは紀元前さ」

 

「紀元前!」

 

 これまでレイシフトした時代で最も旧いものでも、西暦60年代のローマだった。

 一つ前にレイシフトしたのが1888年の倫敦だったこともあって、西暦を超えて遡ることに衝撃を覚える。

 

「シバは画期的発明だけど限界もあってね。西暦元年は人類史にとって正に新たなる時代の始まりだった。だからそれ以前の紀元前まで遡ると精度が一気に落ち込んでしまうし、必要とする魔力と電力も膨大なものになってしまう。

 このα特異点が発見されてから調査はしているけど、そのせいで余り順調とは言えないのが現状だ。特異点の詳細な場所も曖昧で良く分からない。しかも性質の悪いことに、この特異点はまるで周囲一帯を呑み込むように膨張していっている。本来なら念入りに調査をしてからレイシフトに移って貰いたかったんだけど……」

 

「……俺なら、大丈夫」

 

 一分一秒を争うというのならば、ここでまごついてなどいられない。危険は覚悟で今すぐにレイシフトするべきだ。

 

「あ。けどマシュは」

 

「私も問題はありません。行きましょう、先輩」

 

「無理をかけるね。ああけど詳細な場所は分からないけど、具体的な場所は判明している。レイシフト先は中国大陸だよ」

 

「中国……荊軻さんの祖国ですね」

 

「ああ。紀元前208年の中国は、中華を始めて統一した秦が倒れる直前の秦王朝末期、楚漢戦争に突入する手前の時代だ。

 秦の始皇帝は世界に『皇帝』という新たなる支配者の概念を生み出し、数々の革新的な改革を行った。紛れもなく人類史の大きなターニングポイントといえる」

 

「更に言えば次に興った漢帝国は、秦のシステムの多くを受け継いだ秦の継承者と言ってもいい王朝だ。王朝の移り変わりであるこの時代が焼却されるなんて事になれば、確実に人類史は崩壊する」

 

 ロマンの説明をダ・ヴィンチが補足する。

 二人の言う通り大帝国の崩壊は、それ自体が人理に大きな影響を与えてしまうことだ。それはローマでの一件で良く分かっている。

 

「頼むよ。ボクも出来るだけのバックアップはするから、くれぐれも気を付けて」

 

 頷いてマシュと共にレイシフトの準備をする。

 

『アンサモンプログラム、スタート。霊子変換を開始、します。レイシフト開始まで、あと3.2、1……』

 

 聞きなれたアナウンスが響き、

 

『全工程、完了。グランドオーダー、実証を開始します』

 

 特異点へのゲートが開かれた。

 海底へ落下していく感覚の後、マシュと共にゲートへ堕ちていった。

 



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第2節  名も場所も知らぬ森

人理定礎値 EX

第αの聖杯:“大漢の高祖”BC.0208 混沌隔離大陸 ファースト・エンペラー

 

 

 

 

 空間に魂が沈んでいき、次に目を開くと――――そこは一面の緑だった。青々と茂る木々に、虫達の奏でる音色。むしむしする湿度と照りつける日光。

 考えるまでもない。ここは森の中だろう。レイシフトが成功していたのなら、自分は紀元前208年の中国の何処のはずだ。

 

「イレギュラーに発生した特異点でしたので、少々不安もありましたが肉体面(フィジカル)にも精神面(メンタル)にも問題はないようです。先輩は如何ですか?」

 

「大丈夫」

 

 試しにピョンピョンとその場で跳ねて、深呼吸してみるが肉体に不備は感じられない。至って健康体だ。

 

「フォウフォウ……フォーウ!」

 

 フォウが自分も元気だと主張するように鳴き声を出す。

 自分とマシュにもフォウにも問題はない。となると早急に解決するべきなのは、自分達がいる現在地が何処か知ることだろう。聖杯を見つけ出して定礎を復元するにしても、スタートラインが何処なのか知らなければ出発のしようもないのだから。

 

「ところでドクター。ここは中国大陸のどこら辺なのでしょう。恥ずかしながら中国の地理に詳しくないので皆目見当がつきません」

 

 自分の心中を察してくれたのか、マシュがロマンに質問する。

 つくづく出来た後輩――――いや、仲間だと思う。

 

『……………』

 

「?」

 

 しかしロマンの反応は芳しくない。というより黙り込んでいた。

 わりとお喋りなロマンが沈黙するとは只事ではない。これはマシュの質問が聞こえないほど思考に没頭しているか、もしくは答えたくても答えられないかだ。

 そして空間に投影されているロマンの渋い顔からするに、

 

「もしかして、何処か分からない……とか?」

 

「っ! そうなんですか、ドクター?

 

『すまない。不甲斐ないことにその通りだ。君達がいるのが紀元前208年で居る場所もしっかり観測できているんだけどね。どうやら第三特異点の時と同じ事がそこでも起きているらしい』

 

「第三特異点というと」

 

 反射的に思い出したのはフランシス・ドレイク、黒髭、イアソンといった船長達。そして一面に広がる大海原と点在する陸地だった。

 第三特異点は聖杯の影響で歴史どころか地形そのものが歪んでしまっていた。それと同じ現象が起きているということは、

 

「中国大陸の地形が、変わっている?」

 

『恐らくそうだろう。第三特異点ほどしっちゃかめっちゃかじゃないけど、中国大陸全体が目茶苦茶に繋ぎ合せたパズルみたいになっていて、地理がまったく把握できない』

 

 現在地も分からず森の中でマシュと二人きり。もしかしてこれは所謂遭難というやつではないだろうか。

 これまでも決して優しい戦いではなかったけど、初っ端からここまでお先真っ暗なのは初めてかもしれない。

 

『あ、けど安心して欲しい。この森は然程深くはないし、人の反応が近くにある。北に真っ直ぐ行けば着くはずだよ。反応の数と弱さからたぶん小さな集落か何かだね。

 都合が良いことにそこは霊脈の上にあるみたいだから、ターミナルポイントを設置できる。先ずはその集落を目指そうか』

 

「確かにここでこうしていても無為ですからね」

 

「ああ。それにこの時代の人と話せば、この時代に起きている異変について知れるかも」

 

 当面の目標は決まった。後はロマンの案内で集落を目指すのみ――――だったのだが、その一歩を踏み出す直前。ロマンが警鐘を鳴らす。

 

『待ってくれ。君達のいる場所に複数の気配が近づいている。これは……』

 

 ロマンが言い終わるのを待たず、その気配は自分達の前に姿を見せた。

 

「あぁ? なんだこいつ等。見ねえ格好(ナリ)してやがるな」

 

「匈奴だか何かの異民族だろう。けど綺麗な顔してやがるぜ。金目のものたんまり持ってそうだ」

 

「しかも一人は女だァ! 最近やってねえしたっぷり楽しませてもらわねえとなぁ」

 

 茂みから出てきたのはボロ服を纏った野卑な男達。もはや推理するまでもなく、どっからどう見ても山賊だった。

 

「ドクター……」

 

『うん。魔力反応は一切感じられない。ただの山賊みたいだ。取り敢えず適当に戦闘不能にしてからこの時代のことを聞き出そうか』

 

「分かりました。下がっていてください、マスター」

 

「頼むよ」

 

 マシュはサーヴァントの力を継承したデミ・サーヴァントとして、幾人もの敵サーヴァント達と戦ってきた。サーヴァントは人類史に名を残した英雄偉人達ばかりだったので、一度として楽な戦いなどなく、いつもピンチの連続だった。

 そのマシュが今更ただの山賊程度に慄くはずもなく、いつもの調子で山賊の前に立った。

 

「あぁ? なんだ女ァ。やけにでっかい盾なんざ構えやがって。まさか俺達とやるつもりかい?」

 

「だったらやめときな。俺達は嘗て周文将軍の指揮下で秦を後一歩のところまで追い詰めた歴戦の豪傑」

 

「テメエみてえな細腕じゃ――――」

 

「はっ!」

 

『ぷれら!?』

 

 二秒で戦いとも言えぬ殲滅は終わる。盾の一閃であっさり三人仲良く気絶した山賊は、大地に接吻する羽目になった。

 それにしても弱い。サーヴァントと比べるまでもないにしても、これまで戦ったどの時代の兵隊より弱かった。戦いの素人である自分がはっきり『弱い』と認識できるくらいなのだから相当だろう。

 

『陳勝王の将だった周文が率いていた兵士は、殆どが碌に訓練を受けていない農民や賊崩れだった。しっかり訓練を受けたローマ兵やフランス兵と比べちゃ弱くても当然だよ。周文将軍が武器にしたのは質じゃなくて数だったしね』

 

 ロマンが補足する。

 陳勝は中国史上初めての農民反乱を起こした英雄だ。だからなのか彼等の力の根源は上流階級出身の武士ではなく、最下層から空へ向かって突き出す泥だらけの拳だったのだろう。

 といってもこの連中を見る限り兵士のモラルはかなり低そうだが。農民反乱なんて一皮むけばこんなものといえばそれまでかもしれない。

 

『それよりどうする? この三人が起きるまで待つかい。医者としての見解を言わせてもらうと、結構きつい一撃を貰っちゃっているみたいだし、命に別条はないにしても当分起きそうにないけど』

 

「……すみません。気絶させるのではなく、動けなくする程度に力を弱めるべきでした。修行不足です。努力します」

 

「フォーウ」

 

「そんなことない。マシュは十分よくやってるよ」

 

 けど困った。この三人からも情報は入手しておきたいが、出来れば早く集落へ行ってターミナルポイントを設置したい。

 この三人を連れて行くにしてもマシュに運んで貰うのは色々と抵抗があるし、かといって大の大人三人を運べるほど自分は力自慢ではなかった。

 

「仕方ない。ここに置いて――――」

 

『なっ! この反応は……っ! 不味い!! 二人とも今すぐそこから離れるんだ!』

 

「!」

 

「ドクター?」

 

「フォウ!」

 

『君達のいる場所にランクEXクラスの超級サーヴァントが凄まじい速度で接近してる!!』

 

 ランクEX。それは通常規格に当てはまらない規格外の証だ。これまでも幸運値がEXのドレイクや、妄想力(宝具)がEXの清姫などのサーヴァントはいたが、サーヴァントそのものがランクEXクラスなんていう怪物と遭遇するのは、ソロモン王を除けば初めてのことだ。

 

『理由なんてさっぱりだけど兎に角早く! 今の君達じゃ単独で相手するのは厳しすぎる!!』

 

 ロマンの言う通り。今の自分とマシュでは相手にするのは厳しいだろう。悔しいがここは逃げるしかない。だが、

 

『駄目だ。もう遅い。もう逃げられない』

 

 カルデアのダ・ヴィンチが絶望的現実を突き付けた。

 瞬間、世界が漆黒の帳に覆われる。だがそれは本当に刹那のこと。刹那自分達の世界を暗闇にしたのは、余りにも巨大な烏のように馬だった。

 軽々と6mは跳躍した黒馬は地響きをたてて地面に着地した。

 恐る恐る視線を上げる。馬上には――――――孤高の〝覇者〟がいた。

 



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第3節  神越の武

 大地を踏みつけ、悠然と君臨しているのは天馬よりも勇壮で、神馬よりも美しく、どんな名馬より雄々しい黒馬だった。

 自分は誰よりも速く駆ける。人間風情に己を御せるものか、英雄如きが自分を乗りこなせるものか、怪物などに屈するものか。毛並みよりも純黒の眼はそう告げていた。

 だがそんな馬が全幅の信頼と敬服を置いて、馬上の男に身を許している。人間にも、英雄にも、怪物にも従わないが――――今この私に乗る人だけは別だ。自分は馬なんて乗ったことのない人間だが、この馬が考えていることははっきりと分かる。

 そして偉大なる黒馬に跨る男は、正に英傑と呼ぶに相応しい威風をもっていた。

 風に靡く外套は漆黒。林のように静かな佇まいをしているが、いざ戦となれば烈火となって戦陣を圧巻するであろう迫力がある。

 なによりも目を引くのが威容にして異様な眼だった。一つの眼に二つの瞳を宿した重瞳子。自分の知識が間違っていなければ、東洋世界において聖王貴人の証とされる身体的特徴だったはずだ。

 

「…………」

 

「先、輩」

 

 声が出ない。まるで丸裸で獅子と対峙しているかのようだ。黒馬と馬上の豪傑の圧倒的気魄に、森さえ呑まれ静まっている。

 暫しの沈黙。馬上の豪傑は自分とマシュを見比べた後、ゆっくりと地面に倒れている三人の盗賊に視線を向けた。

 

「楚人じゃ」

 

 馬上の豪傑が漸く声を発する。神仙をも凌駕する佇まいに反して、その声は若々しかった。

 

「話さずとも同郷の俺には、同じ楚人は勘で分かる。そして貴様等――――」

 

「っ!!」

 

 三人の盗賊へ向けた慈しみとは対極の、魂魄すら焼き尽くす灼熱の眼光が自分達へと向けられた。

 

「楚人が分かるのと同じように、そこの盾を構えた女子(おなご)、貴様も分かるぞ。貴様に〝聖杯〟は渡さん……いや、〝聖杯〟は持たせておれぬか?」

 

「聖杯!?」

 

「というと貴方がこの時代の――――」

 

 ジル・ド・レェ然り、ロムルス然り、イアソン然り、マキリ・ゾォルケン然り。

 これまでの特異点では聖杯を持っている元凶は、最終局面に至るまでは自分達の拠点から動かないでることが多かった。だから漠然と聖杯の所有者は最後に戦うものという固定観念が芽生えつつあったのだが、それ故に衝撃は大きかった。まさか聖杯の持ち主といきなり戦う事になるだなんて。

 

「まぁどちらでも良い。死ねぃ、疾く死ねぃ。楚人の敵は皆塵(みなごろ)しよ。(ころ)して生き埋めよ。地上に生かして置かぬわ」

 

 押し寄せてくる殺意の濁流に、心が流されそうになる。

 だが駄目だ。ここで自分が倒れたらこれまでの全てが無為になってしまうし、なによりもマシュが諦めず立っているのに、マスターである自分が先に諦めるなんて出来ない。

 

「先輩。戦闘回避不可能です。交戦以外、私達の生存確率は皆無と判断します」

 

『無茶だ二人とも! 二人だけで勝てる相手じゃない! 現地の他のサーヴァントと協力しないと!』

 

「分かっている」

 

 各特異点の聖杯所持者達を倒してきたのは、自分とマシュだけの力ではない。ジャンヌ、ネロ、ドレイク、モードレッド……その時代で出逢ったサーヴァントの助けあってこそだ。二人だけではきっと勝てやしなかっただろう。

 けれど撤退しようにも、自分達の移動速度ではあの黒馬のスピードから逃れられるはずもない。かといってソロモン王のように気紛れで見逃してくれるような慢心は、この豪傑からは欠片も感じられなかった。

 故に戦うしかない。戦って血路を開く以外、道はないのだ。

 

「カカッ! 良い塩梅の気迫じゃわい。殺し甲斐が……」

 

 無骨な大矛が天を衝くように振り上げられる。

 

「あるのう!」

 

 裂帛の気合いと共に大矛が振り下ろされた。

 振り上げた矛を敵目掛けて振り下ろす。それ自体はなんの特徴もない、それこそちょっと戦を齧っただけの新兵だって出来るような初歩的動作だ。

 だというのにこの豪傑が振り下ろした大矛は全てが埒外だった。

 速度が埒外。

 重量が埒外。

 気力が埒外。

 威力が埒外。

 その他合計九百九十九にも及ぶ全てが埒外。

 本能が理解する。人間が届かぬ超越者たるサーヴァントを更に超越したEX級サーヴァントの力というものを。

 この領域の英霊が振るう矛は、それそのものが並みのサーヴァントの宝具に等しい破壊力を秘めるという絶望的事実を。

 矛は空間を薙ぎ払いながら、マシュの頭上へと降りてくる。だが

 

「宝具、展開します……!」

 

 デミ・サーヴァントであるマシュは、自分より数瞬早くそのことに思い至ったらしい。そのことが自分達の命を救った。

 擬似展開されるのは盾の英霊(シールダー)であるマシュの宝具、疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)

 あくまで擬似展開であって真の真名解放ではないため真価を発揮できないが、彼の聖剣すら防ぎきった防御だ。そして鉄壁の守りは此度も命を護った。

 弾かれる大矛。馬上の豪傑は僅かに眉を動かすと、

 

「使っておる盾も悪くない。が、使い手はまだまだじゃのう。宝具の性能を引き出せておらぬわ」

 

「くっ……!」

 

「マシュ!」

 

「感謝です」

 

 第二撃。宝具の連続展開は厳しい。かといってあの矛の一撃をまともに受けてはただではすまないだろう。受けて駄目なら躱すしかない。カルデアで支給された魔術礼装の力を使い、マシュに回避効果を付与する。

 そしてどうにか矛の第二撃も凌ぎ切った。そこからの第三、第四撃、第五撃まで回避したところで回避効果が消失した。

 魔術礼装カルデアの付与効果は優れたものばかりだが、如何せん自分の魔力量では再発動までにかなりのインターバルを要する。宝具発動に必要な魔力も溜まっていない。よって第六撃は受けるのも回避するのも不可能だ。

 

「だとすれば! マシュ、攻めるんだ!」

 

「はい!」

 

 こちらから攻勢に出る他ない。三連続攻撃の後に生まれた僅かな合間。そこへ全力の一撃を叩きこみ、戦闘継続不可能な程のダメージを与える。

 魔術礼装の付与効果の一つである〝瞬間強化〟によって攻撃力を底上げすると、マシュは盾を構えて特攻を仕掛けた。

 

「甘いわ!」

 

「かはっ!」

 

 しかし豪傑は迫りくる盾を、生身の拳で殴りつけてきた。

 マシュの持つ盾は、宝具の中でも上位に位置する一品。幾らなんでもただの拳でどうにか出来る筈がない。そんな楽観はあっさり打ち砕かれる。

 瞬間強化までかけた文字通りの全身全霊の一撃。それを豪傑の放ったただの拳は、いとも容易く凌駕してきた。

 鉄拳の衝撃は盾を貫通してマシュを襲い、吹っ飛ばされたマシュは木に叩き付けられる。

 

『な、なんて出鱈目な……。宝具である盾を単なるパンチで吹っ飛ばして、マシュにダメージを与えるなんて。め、滅茶苦茶だ……』

 

 これまで幾人ものサーヴァントを観測してきたロマンも、いや観測してきたからこそロマンの驚愕は凄まじいものだった。

 しかしロマンはまだいい方だ。当事者である自分には言葉すら出てこない。

 

『こうなったら強制的に二人をどこかへ飛ばすしか……ああ、こんな時に観測が……できなく……っ』

 

 ターミナルポイントを設置していなかっただろう。ロマンとの通信が唐突に途絶える。これで本当に自分達は孤立無援の絶体絶命に追い詰められた。

 

「まだ、です。まだ戦闘続行は、」

 

「いや終わりぞ」

 

 盾を杖にしてよろよろと立ち上がろうとするマシュに、馬上の豪傑は止めの一撃を振り下ろそうとする。

 

「やめろー!」

 

 自分なんかが助けに入ったところで意味なんてない。一緒に斬りつけられるだけ―――――そういう当然の思考すら蒸発して、気付けば自分はマシュの下へ駆けていた。

 けれどもどかしい。声はこんなにも早く届くのに、どうして体はこんなにも遅いのだ。自分の手が届くよりも早く大矛が動き、

 

「払え、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)!」

 

 刹那。颯爽と割って入った緑色の閃光が、矛を留めた。

 意識せずとも一挙手一投足が自然と華になる風靡な出で立ち。輝く貌に妖しく浮かぶ愛の黒子。共に戦った時間は短かったが、それでも忘れるはずがない。

 

「ディルムッド、さん!」

 

 残骸との戦いでスカサハにより呼び出された槍騎士、ディルムッド・オディナがそこにいた。

 

「久しいな、盾の乙女よ。月の女神の次は馬上の覇者とは。そなた等の行く手には難敵ばかりだな」

 

 ディルムッドがこの時代にいて助けてくれたということは、彼こそこの時代に召喚されたサーヴァントの一騎なのだろう。

 有難い。ディルムッドの槍捌きの冴えは以前の戦いで存分に見ている。彼ほどの英霊が味方になってくれるならば、この状況もどうにか出来るかもしれない。

 

東洋(こちら)ではなく西洋(あちら)の英霊か。西洋(あっち)には知識ばかりであんま詳しくはないが、そやつ等の味方なら俺の敵よ。槍を下ろさぬならば――――」

 

「いいや。矛を下ろすのはお前の方だぞ、覇王」

 

 長き時を生きた賢者にも、世界を旅する風来坊にもとれる掴み処のない声が森中に響き渡る。

 馬上の豪傑にとってその声は馴染みあるものだったらしく、ディルムッドへ向けようとした矛を止めた。

 

「入雲竜。何じゃ今頃?」

 

 馬上の豪傑が一際大きい木の上に視線をやる。それに釣られるように同じ方向へ顔を向けると、そこには洒落に着崩した道士服を着込んだ男がいた。

 

「天地を震わす神越の武勇はまことに伝説通りだが、ちと考えが鈍いし早計だったな。その両名はお前の敵ではないし、楚人の敵でもない。そこで転がっている三人は盗賊で、二人はそれを撃退しただけだ。その両名の時代に合わせた言い方では〝正当防衛〟というやつだよ」

 

「それは真実(まこと)か?」

 

 問いかけに必死に首を縦に動かす。

 なんというか状況が少し変な方向に向かっている。てっきりこの時代の所持者はこの豪傑なのかと思ったが、あの入雲竜との話しぶりから察するに、これは。

 

「入雲竜。貴様、最初から見ておったなら何故それを先に言わん。お蔭で無為な殺生をするところだったぞ」

 

「はは、許せ。そこの少女の健気な勇気を鑑賞したくて、ついつい止めるのが遅くなってな」

 

「相変わらず底意地の悪い男じゃわい。――――そこのマスターとサーヴァント。勘違いで襲ってすまんかったのう。なにか詫びを入れたいところじゃが、ちと俺には急ぎの要があってのう。それを片づけてからまた会おうぞ!」

 

「ちょっと、待った!」

 

 事情はさっぱりだが、兎も角なんでもいいから話を聞かせて欲しい。そう思い呼び止めたのだが、その時既に黒馬は走り去っていた。

 来た時がいきなりなら去る時もいきなりである。

 

「先輩、上を!」

 

「え? ってあの道士っぽい人もいなくなってる!」

 

 あの豪傑に続いて入雲竜と呼ばれた道士までいなくなってしまった。

 この場に残ったのは自分とマシュと縛られた盗賊三人、そしてディルムッド・オディナだけだった。

 

「何やら慌ただしいが、俺も召喚したばかりで状況を掴めていない。ここは共に行動したいのだが如何か?」

 

 まともに話の通じるサーヴァントが、これほど有難いものだと初めて痛感した。

 




「陳勝」
 中国史上初めての農民反乱の指導者。王侯将相寧んぞ種有らんや(王や将軍になるのに血筋なんて関係ないという意味)と燕雀安くんぞ鴻鵠の志を知らんや(燕や雀みたいな小さな鳥に、大きな鳥の志は分からないという意味)の名言で有名。
 元は秦に徴兵された兵士に過ぎなかったが、任地へ向かう途中で大雨に合い、期日に間に合わなくなったことで反乱を決意。仲間の呉広と共に陳勝・呉広の乱を起こした。
 国中が秦の統治に不満を持っていたことも手伝い、陳勝率いる反乱軍は爆発的に増大。遂には農民階級でありながら王位につき、国号を張楚とした。
 しかし秦将・章邯に敗れると、御者の荘賈に裏切られ殺されるという非業の死を迎える。ただ彼の起こした反乱を切っ掛けに項梁や劉邦なども各地で決起しており、陳勝の存在がなければ後の漢王朝成立もなかったかもしれない。
 また陳勝のような農民出身者が王になるというのは、当時としてはかなり画期的な事であり、これ以後の中華では陳勝と同じく血筋すら定かではない人間が『王』を名乗るという事例が頻発することになる。
 もしかしたら中華における『星の開拓者』の一人といっていいかもしれない陳勝だが、失策もかなり多く、秦を滅ぼして天下統一するには器は足りなかったと言わざるを得ないだろう。
 作者はそういうことも含めて秦末期で好きな人物の一人なのだが、残念ながらこのssでの出番はない。

「周文」
 陳勝配下の将軍。嘗て楚の項燕や春申君に仕えていたが、陳勝が反旗を翻すとその配下となる。
 そして陳勝の命を受け数十万の兵を率いて秦本国を攻めると、函谷関を突破して秦を滅亡一歩手前まで追い詰めた。函谷関は魏の信陵君でさえ落とすことが出来なかった、秦建国以来一度も抜かれたことがない要害で、函谷関失陥の報は秦を絶望のどん底に叩き込んだ。だが秦将・章邯に大敗し、函谷関は再び秦のものとなる。
 敗れた周文だったが追撃する章邯相手に粘り強く反攻し、二か月もの時間を足止めすることに成功する。そしてこれ以上戦うことは出来ないと判断すると自刎して果てた。
 項羽、章邯などの影に隠れているが秦末期における名将の一人であり、彼の稼いだ二か月という時間が、反乱勢力を大いに助ける事となる。

「章邯」
 秦王朝最後の名将。少府という文官に過ぎなかったが、周文が函谷関を突破すると、二十万の囚人を兵士として登用するという策を進言し、自らその鎮圧軍の将となる。
 将となった章邯は各地の反乱勢力を次々に破り、陳勝、項梁などといった反乱の中心人物をも死に追いやるなど凄まじい戦果をあげた。だが章邯の将才をもってしても、項羽にだけは勝てず、敗北を重ねる事になる。
 最終的に趙高に陥れられたことで項羽に降伏するが、それからが更なる悲劇の始まりだった。

「胡亥」
 クサレ脳ミソ。

「趙高」
 性悪チンナシ。





 本編中で解説すると冗長になりそうな話は、これからは後書きで補足していくことにします。今話に出てきた「入雲竜」とかはたぶん作中で説明するのでやりません。


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第4節  叫び声

 あの後ディルムッドと情報交換をしたが、本人の言う通りディルムッドは召喚直後だったせいで、この時代の事はさっぱりだった。寧ろロマンがシバを用いて観測したことなどを聞いていた自分達の方が、この時代における情報量は多く、ディルムッドにはすまないが有意義な時間だったとは言えないだろう。

 しかし情報面では無意義でも、有意義だった事もある。そう、ディルムッドが仲間になってくれたことだ。

 

「盾の乙女のマスターよ。貴方の人柄は以前の共闘で知っている。人を評せるほど大人物になったつもりはないが、騎士として貴方は信用に足る御方だ。故にどうだろうか。この特異点の乱れを治めるため、貴方を正式に我が主人(マスター)とし、この双つ槍を捧げさせてはくれまいか」

 

「ああ、勿論だ!」

 

 断る理由なんてない。ディルムッドは武勇が優れているのもそうだが、決して戦い一辺倒の猪武者ではなく、騎士としての高い武略を備えた知勇兼備の英傑である。

 あの豪傑や〝入雲竜〟とかいう道士のように一癖もある連中が蠢く時代において、ディルムッドの助けを得る事は万の軍勢を得るに等しいだろう。

 

「快活で気持ち良い御返事だ。では改めて。フィオナ騎士団が一番槍、ディルムッド・オディナ。貴方を今生の主として忠義を誓いましょう」

 

「こちらこそ。改めて宜しくお願いします、ディルムッドさん」

 

「フォウフォウフォーウ!」

 

 ディルムッドの誠実な人柄にマシュも喜んで仲間入りを歓迎する。フォウも嬉しそうに跳ねている。

 

「して。これから如何しましょうか、我が主よ」

 

「……俺はドクターの指定したポイントへ行って、ターミナルポイントを設置するのがいいと思う。マシュ、ドクターとの連絡は」

 

「駄目です。途絶えたまま応答がありません」

 

 紀元前を観測するのは難しいとロマンは言っていた。やはりその影響で通信が途絶えてしまっているのだろう。

 頼りないところもあるが、なんだかんだでロマンのアシストに助けられた事は少なくない。秦末時代についても然程詳しくないので、やはりカルデアとの通信は出来るだけ早く安定させたかった。

 それに情けない事だが、現状自分達には他にやるべき事も見つからない。ここはロマンのオーダーに従うのがベストだろう。

 

「分かりました。ならば先導はこのディルムッドにお任せを。幸い俺が召喚されたのもこの森。ある程度は地形も把握しています」

 

「ありがとう。頼むよ」

 

 ディルムッドの先導で森を進んでいく。地形を把握しているのは本当で、ディルムッドはまるで自分の庭を進むように、すいすいと木々の合間を擦り抜けていった。

 そういえばディルムッド・オディナは、グラニアとの逃避行で長い間サバイバル生活もしていたそうなので、この手の事には慣れているのかもしれない。

 歩いて十数分だろうか。ロマンが言った通り森は大した深さではなく、あっさりと外に出ることが出来た。

 そして外に出た自分達を待っていたのは――――見渡す限りの広大な大地だった。

 青々とした緑色の大地は千里に渡った広がり、万里先には巨大な山脈が聳えたつ。

 こうも広大な地平を眺めていると、思わず衝動に任せて叫び出したくなるほどだった。いやもう我慢できない。叫ぶとしよう。

 

「やっほぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「せ、先輩!?」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「いきなりどうしたのですか。まさか敵サーヴァントの精神干渉……いえ、メンタルチェック問題なしです。ディルムッドさん、これは一体なにが」

 

「盾の乙女よ。そなたのような貴婦人には分からぬかもしれないが、男子というのは広大な景色を見れば叫びたくなるもの。マスターは男子の心を解されておられる」

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「そうなんでしょうか。男心は複雑怪奇です。ミステリーです。まるで向日葵です」

 

 マシュの冷たい視線を感じるが、敢えて無視する。男子には女子に白い眼されても馬鹿になりたい時があるのだ。

 広大な大地に反響する叫び声。こうしていると自分が自然という大きな塊と一体化したような気分になる。

 そうして叫んでいると大地が自分の想いを受け止めてくれたのか、向こうからも叫び声が上がってきた。熊のような怒声に、苦痛でのたうつ断末魔。まるで戦場のような喧騒は、自分達の所までよく響いてきて、

 

「って戦争?」

 

「マスター、静かに。息を潜めて、耳を澄ませて」

 

 一転して深刻な顔になったディルムッドに従い、慌てて口を閉ざす。

 余計なノイズ(叫び声)が消えたことで、さっきより鮮明に聞こえてくる物音。フランスやローマで何度か聞いたこれは間違いなく軍勢同士が合戦している証だ。

 

「この時代の軍勢同士の戦いでしょうか。ドクターによればこの時代は戦乱記。聖杯とは無関係に軍同士が衝突していても不思議ではありません」

 

「分からない。ディルムッドは?」

 

「……生憎とアーチャーの千里眼のような遠視スキルを、俺は保有しておりません。どうされますか、マスター。ターミナルポイントの設置点へはやや遠回りになりますが」

 

 自分の任務はあくまで聖杯を回収し、人理を修復することだ。それ以外でこの時代に関わるべきではない。

 なのであれが聖杯とは無関係の戦いだとしたら、行っても骨折り損のくたびれ儲けになる。

 

「――――行こう。無駄骨になるかもしれないけど、少しでも聖杯が関わっている可能性があるなら行くべきだ」

 

 未熟とはいえ自分はマスターだ。だから二人の主人として強く自分の意志を伝える。

 

「やはりスカサハの目に狂いはなかった。マスター、その御言葉を待っていました」

 

 なにが嬉しいのかディルムッドは微笑むと、手を差し出してきた。

 

「マスターの移動速度では間に合わなくなるかもしれません。どうか俺にお掴まりを。我が敏捷値はA+、マスターを背負っても盾の乙女と容易に並走できましょう」

 

「ありがとう。マシュもそれでいいか?」

 

「え、ええ。了解しました、マシュ・キリエライト発進します」

 

 頷くと、ディルムッドの肩に掴まる。合戦をしている場所は人間の足では遠いが、サーヴァントの足なら直ぐに着ける距離だ。十分も経たずに目的地に着くことが出来た。

 息を呑んで傾斜の下を見下ろす。そこでは『秦』の旗を掲げた黒衣の軍団と『劉』の旗を掲げた軍団が戦いを繰り広げていた。

 見た限り優勢なのは秦軍。劉の軍勢は指揮官の巧みな指揮で統率されているのだが、対する秦軍へ兵士一人一人がまるで死など恐れぬかのように、腕が千切れても足が吹っ飛んでも襲い掛かっている。劉の軍団の末端兵士からすれば、妖怪でも相手にしている気分だろう。

 死兵となった無秩序な軍団は、時として統率された秩序ある軍団を上回る。眼下で起きているのはそういう戦いだった。

 チラっと横にいるマシュを見る。すると彼女の目は『劉』という旗に釘づけになっていた。

 

「先輩。秦末期の時代で『劉』の旗とくれば、やはりあの軍団の指揮をとっているのは」

 

「ああ。たぶん間違いないと思う」

 

 高祖皇帝〝劉邦〟。項羽を破り、漢王朝を開いた自分のような人間でも知っている中華の英傑だ。

 その霊格はユリウス・カエサルやロムルスといった西の皇帝たちにも引けをとらない。

 

「それだけではありません。劉邦軍と戦っている黒衣の軍団、あれは人間ではない。人間を模して作り上げられた傀儡兵です」

 

「ということは、あの黒い軍団は聖杯の関係者!」

 

「恐らくは」

 

 だというのならば話は早い。やることは一つだけだ。

 

「二人とも、劉邦軍を助けよう!」

 

 マシュとディルムッドは頷き、両軍入り乱れる戦場に突っ込んでいった。

 



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第5節  箒星乱入

 ディルムッド・オディナが崖上から颯爽と飛び降りる様は、さながら夜空を両断する箒星のようだった。

 劉邦軍にとっても秦軍にとってもまったく想像もしなかった第三者の乱入。だがしかし動揺したのは人間の軍勢である劉邦軍だけ。人を模して作り上げられただけの戦う兵器たる傀儡兵に『感情』などという余計なバグはなく、彼等は指揮官の与えた命令を機械的にこなすのみである。よって戦場に降り立つや否や十数人の傀儡兵を鎧袖一触で薙ぎ払ったディルムッドを、直ぐに敵と認識すると一斉に殺到してきた。

 

「こうも大勢に囲まれるといつぞやを思い起こす。が、温い!」

 

 傀儡兵は一体の戦闘力は見積もって訓練を受けた精鋭一人分。傀儡故の恐怖のなさを考慮すれば、大体1.5人分とするのが妥当なところだろうか。

 けれどそんな数字はディルムッドという槍の英霊を前にしては、微塵も意味を持たぬ。

 紅と黄。

 魔力殺しの槍と、消瑕の槍の槍。

 それらを自分の手足の如く自在に操りながら、襲い掛かる敵兵を次々と仕留めていく。

 古来より箒星は多くの国で不吉の象徴とされた。この中華もそのうちの一つ。今宵、不吉の箒星は秦軍に落ちた。

 

「はぁぁぁあッ!」

 

 そしてディルムッドばかりではなく、共に戦場へ降り立ったマシュもまた負けじと身の丈以上の大盾を豪快に振るう。

 心の根っこにある『優しさ』から生身の人間相手では加減してしまう盾も、相手が無命の傀儡兵であれば情け容赦は不要だ。傀儡兵の胴体を叩き壊し、頭蓋を砕き英霊の力を継承したデミ・サーヴァントの名に恥じぬ活躍をする。

 常識的に考えれば軍団同士の合戦において、個人の武勇が全体の戦術・戦略を左右することはない。だが人類史には、いるのだ。人々が抱く当たり前の常識を踏み砕き、単騎で戦局を支配する者が。

 人々はそんな彼等に豪傑、猛将など多くの呼び名を与えるが、此度の場合もっとも相応しい表現は一つしかないだろう。つまりは、英雄だ。

 二人の英雄の加勢で、劣勢だった戦局は徐々にだが変わり始めた。

 劉邦軍の兵士達も最初は未知の乱入者に戸惑っていたが、やがて彼等が自分達の味方だと気付くと、彼等に続けと叫び敵軍に突っ込んでいった。

 流れが変わり始めたことを秦軍も気付かぬ筈がない。そして流れが変わった原因は明白だったため、原因廃除のため秦軍が動きを見せた。

 

「そこの槍使い! 私が相手だ! 真の槍の冴えを見せてくれよう!」

 

 秦軍から飛び出してきたのは一際立派な鎧に身を包み、手には槍を持った騎馬武者だった。

 勝利を渇望する生々しい感情。その肉体は傀儡兵と同じものだが、中身が決定的に異なっている。

 

「成程。傀儡兵の中にあって指揮官クラスは〝人格〟を宿しているというわけか。さしずめ傀儡将といったところだな」

 

 ディルムッドはそう当りをつける。

 考えてみれば至極当たり前のことだ。ただの一兵卒であれば与えられた動作をこなすだけの機械で良いだろう。だが機械に命令を与える者は、機械ではなく人間の頭と心を持たねばならない。

 

「ならば人として相手しよう」

 

 ディルムッドが突き出す紅槍による一突き。これまでの傀儡兵であれば成す術なく討たれるだけだったろうが、そこは指揮官クラス。どうにか紅槍の一撃を捌いてみせる。けれどそれに安堵を覚えたのも束の間。一撃目以上の速度をもって繰り出された黄槍の突きが、一瞬で傀儡将の心臓部を破壊した。

 傀儡将は恐らく自分が討たれた事実に気付く間もなかっただろう。人は死ねばみな等しく骨となるとは魏の文帝の言葉であるが、傀儡である彼等は骨も残さず土へ還るだけだ。

 指揮官である傀儡将が討ち取られると、劉邦軍の士気は大いに盛り上がる。普通の人間同士の合戦であれば、秦軍の士気も落ちて追討戦に移行するという段階なのだが、そこは恐怖を知らぬ傀儡兵の軍団。指揮官の一人が討たれようとも兵士達に一切動揺はなかった。

 ただし例外もある。傀儡兵の中でも一部の者、心ある傀儡将だけは仲間の将の死に動揺もするし――――怒りもするのだ。

 

「貴様! よくも我が軍の将を!」

 

「面妖な技を使いおって。許さん!」

 

「貴様の首級をあげて、我が勲章としてくれよう」

 

 先程倒した将軍より格上の傀儡将九人が、傀儡馬を走らせながら突撃してくる。しかも今回は単騎ではなく、九人の背後には数百の傀儡兵が追随していた。

 ディルムッドはフィオナ騎士団が一番槍を務めたほどの英霊。万の軍勢が相手だろうと負ける気はしないが、流石にこの数の騎兵による突撃を相手にするのは少し骨が折れそうだ。

 

「ただし俺一人であれば、だがな」

 

 ディルムッドが不敵に笑うと、騎兵達の前に飛び出したのはマシュ。

 騎兵の突撃する正面に、歩兵が立ち塞がるなど自殺以外の何物でもない愚行である。だがマシュは決して自殺する為に騎兵の前に飛び出したのではない。

 

「宝具、展開します……!」

 

 マシュが偽装登録された真名をもって、大盾の宝具を開放する。

 出現するのは嘗て最強の聖剣すら防いだ防壁。本来は防御一辺倒の能力であるそれ。けれど相手が騎兵で、尚且つその騎兵が自分に向かって全速力で突撃してきたのであれば話は変わる。

 謂わば猛スピードで走っていた自動車がビルの壁に激突するのと同じだ。敵を蹂躙する突撃力が、そっくりそのまま自分の身を滅ぼす凶器に変わる。そして壁に激突した自動車の末路は、大抵はぺしゃんこと相場が決まっている。

 まず犠牲になったのは一番先頭を走っていた大柄の傀儡将。更にその傀儡将が率いていた騎兵が次々に防壁へ激突し、砕け散っていった。

 続く第二、第三からの傀儡将達は流石に衝突寸前で馬足を止めたが、これで騎兵の最大の武器である突撃力は失われた。後は動きの止まった騎兵を屠るのみである。

 

「巨大な壁を即座に出現させるとは面妖な技を」

 

「手配書とは人相が随分違うが…………もしやこやつ等が陛下の御探しになられている入雲竜か」

 

「どうでも良いわ。我等をここまで愚弄したツケは――――」

 

 残った八人の傀儡将達は怒気を発しながらディルムッドとマシュの二人を睨みつけた。彼等からすればいきなり現れて優勢だった戦局を覆した怨敵。その怒りも当然だろう。

 だが彼等八人は忘れていた。自分達がそもそも誰と戦っていたかを。

 

「おい、」

 

 八人の隣から不躾に発せられた声。八人の傀儡将のみならず、ディルムッドとマシュも釣られるように声の発せられた方向へ見る。

 しかし八人のうち三人の傀儡将は声を発した人間を見ることは叶わなかった。何故ならばそれよりも早く雷霆の勢いで繰り出された戟が三人の将を挽肉にしてしまったからである。

 

「戦場で余所見をするな馬鹿者共め」

 

 不意打ちとはいえ一度に三人の将をなんなく葬ったのは、立派な髭を蓄えた精悍な豪傑だった。

 傀儡兵は三人の将を一度に討ち取った豪傑に群がるが、彼はまるで怯むことなく傀儡兵をミンチへ変えていく。その戦いぶりはバーサーカーの如き猛禽ぶりでありながら、眼に映るのは冷静にして沈着な内面だった。

 

「凄い……」

 

 思わずマシュが感嘆の吐露を漏らす。すると豪傑は戟を振り回しながら、

 

「それでお前達は何者だ? さっきまでの戦働きから察するに敵ではないようだが?」

 

「失礼。名乗るのが遅れた。俺はディルムッド・オディナ。こちらの乙女は」

 

「マシュ・キリエライトです。理由あって助太刀しました。迷惑でしたでしょうか?」

 

「いや、お蔭で楽に勝てそうだ。私は義兄上……沛公劉邦様の将、樊噲。礼を言おう」

 

 樊噲。その名はマシュは勿論、英霊として時空を超えた知識を持つディルムッドも知っていた。

 呂太后の妻に持つ劉邦の義兄弟にして、挙兵以来の腹心である。劉邦軍において最強の猛将といっていいだろう。

 

「ま、待て! まだ戦いは終わっておらぬぞ!」

 

 さも自軍の勝ちは決まったも同然という風の樊噲に激怒したのは、残る傀儡将達だった。彼等は怒りの儘に樊噲を襲うが、そんな彼等に樊噲は告げる。料理人が肉を捌く時のように淡々と。

 

「終わりだよ。全て、な」

 

 瞬間。残った五人の傀儡将に神速で飛来した矢が突き刺さり、次いで現れた鎧武者が傀儡将達に止めを刺した。

 

「やるな、曹参」

 

「元肉屋に負けておられんからな。それに半分は周勃の手柄だ」

 

 劉邦軍団最強の猛将の次は、後の漢帝国二代目相国の登場だ。

 傀儡将を射貫いた周勃も名将として有名であるし、後の中華史上最長の統一王朝の創始者の軍だけあって、後の世の英雄偉人が次々に現れるものだ。

 

「さて。ディルムッドにマシュとやら。その見慣れん恰好からなんとなく事情は分かるが、話は後片付けを済ませてからにしようか」

 

 樊噲が言う。相当数の傀儡将を討ち取られたことで、秦軍は撤退する気配を出し始めている。

 ここまでくれば後は本当に戦いを終わらせるだけだ。それから劉邦軍が秦軍を完膚無きに打ち破るのに、半刻とかかりはしなかった。

 

 




「呂雉」
 劉邦の妻であり皇后。呂太后とも呼ばれる。劉邦が死ぬと事実上の女帝として漢王朝の実権を握る。
 戚夫人を殺した人豚事件や、劉邦の子を次々に暗殺し、呂氏による専横を行ったことから中国三大悪女として悪名高い。
 だが悪女といっても一般にイメージされる悪女像のように馬鹿みたいな贅沢や暴政を行ったというわけではなく、寧ろ政治的にはかなり優れた人物だった。
 司馬遷がその治世を『天下は安定していて、刑罰を用いる事は稀で罪人も少なく、民は農事に励み、衣食は豊かになった』と評していることからもそれは明らかであり、政治に関しては劉邦を超える能力を持つ女性だったと言っても過言ではないだろう。
 劉邦に嫁いだ事から始まった波乱万丈の生涯は、夫と実の息子と娘が死んでも終わることはなかった。更には彼女の死後に呂一族はクーデターにより皆殺しの憂き目にあう。或は彼女こそ劉邦の最大の被害者と言えるのかもしれない。
 余談だが後漢書によれば光武帝が活躍する新末時代に、赤眉が陵墓から盗掘した彼女の遺体を犯したという。また光武帝は彼女から皇后の地位を剥奪し、文帝の母である薄氏に高皇后の諡号を贈っている。なにこの救い皆無の鬱END。
 どうでもいい事だが基本戦いが中心の本ssにおいて彼女の出番は一切ないのであしからず。よってぐだ夫による呂雉救済ルートとかはありません。

「人豚事件」
 猿でもできる三分クッキング。材料とするは新鮮ピチピチの戚夫人!
 両手両足を包丁で華麗にカットし、毒薬を少々。声も耳も潰した達磨の目を綺麗に刳り抜いてやれば、後はもう簡単。便所に投げ込んで世にも珍しい人豚の完成です。
 これには芸術界の権威である龍之介氏も『COOL!』と大絶賛。ワイン片手に愉悦に浸るも良し、息子に見せて寿命縮めるも良し。用法・用量を守ってお使いください。

「キングダム」
 ヤングジャンプで連載中の漫画。大将軍を目指す少年・信と後の始皇帝である政を主人公としている。
 始皇帝没後の未来を扱う都合上、キングダムのネタバレが含まれる恐れるがあるので要注意。

「曹丕」
 ドS。主な犠牲者は于禁。
 三国志で作者が二番目くらいに好きな人物だが、悲しいことに本作での出番はない。


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第6節  沛公劉邦

 秦軍との戦いが終わると、そのままの流れで劉邦軍の大将――――つまり劉邦本人に面会することになった。

 定礎復元のために現地協力者が喉から手が出るほど欲しい自分達にとって、それは正に渡りに船。ローマのネロやオケアノスでのドレイクのように、劉邦が協力者になってくれればこれほど頼もしいものはないだろう。

 

「ここだ」

 

 樊噲の案内で劉邦が待つ幕舎に着く。秦軍と刃を交えていたディルムッドとマシュは勿論、崖上から二人に指示を出していた自分も、戦場が混沌としていた影響で劉邦の姿を見ることは叶わなかった。だからこれが劉邦とのファーストコンタクトである。

 今はまだ懐王の楚に仕える一介の将といえど、後には至尊の位に昇る人物。どうしても緊張してしまうが、そこは気合いでカバーだ。

 

「義兄上。我が軍に助力してくれた三名を連れて参りました」

 

「おう、通せ」

 

 幕舎から返ってきたのは一軍の将というより、山賊の親分のような粗暴さの交じった声だった。

 マスターである自分がここで躊躇している訳にはいかない。ゴクリと生唾を呑み込むみ幕舎を潜る。

 

「成程。曹参の言ってた通りだな。この国じゃ全然見ない異国の恰好だ」

 

 幕舎の中央にいるのは彫りが深く、美しい眉と口髭を生やした龍を思わせる顔立ちの男だった。身長はディルムッドとそう変わらないので180㎝あたりだろうか。合戦の直ぐ後ということもあり鎧を装備した出で立ちは、正しく秦に立ち向かう英雄そのものである。

 そして劉邦の周りには先の戦いでも姿を見た曹参や、劉邦軍団の中核を成す諸将が集まっていた。彼等も劉邦には劣るが、底知れぬ威厳を持っているように見える。

 

「にしてもそっちの嬢ちゃんはめんこい上に生脚が中々いい。お前さん達の国では女子(おなご)は皆そういう風に着飾っているのか?」

 

「い、いえ。これはデミ・サーヴァントとなった際に気付けばこういう服装になっていたといいますか。元の時代――――カルデアでは制服着用が基本です」

 

 垣間見えた英雄らしさはどこへやら。エロ爺そのものの視線をマシュの脚へ送った劉邦に、樊噲がわざとらしく咳払いする。

 

「おっと、すまねぇ。じゃあ一つ自己紹介でもしようか。俺は劉邦、楚の懐王様の将をやっている。後ろにいるこいつは蕭何。こっちが親友の盧綰で、奥にいるのが審食其だ」

 

「えと、俺は――――」

 

 自己紹介されたなら、こちらも自己紹介するのが礼儀というものだ。こちらも自分、マシュ、ディルムッドの順で名前を言ってから、その所属であるカルデアの事を話す。

 この時代にあると思わしき『聖杯』のこと。そして人類史焼却という未曽有の人災についても、こちらが知っていること全て。

 劉邦軍の面々もこの世界に異常が起きていることは知っているらしく『聖杯』について聞いても特に驚かなかったが、流石に人類史が焼き払われたという話にはどよめいていた。

 

「人類史が焼却ねぇ。驚くべきなんだろうが、話が大き過ぎてしっくりこねぇなぁ。この中華も訳の分からねえ事になってるが、なんだかんだで俺達は普通に生きてるし。本当に人類史が燃え尽きたりするのか?」

 

「信じられないのも当然だと思います。けど間違いないことです。私達がレイシフトした他の時代も一歩間違えれば崩壊してもおかしくない特異点ばかりでした。いえ何もせず放置していればきっとそうなっていたでしょう」

 

「この時代も放っておけばそうなる、って言いたげな表情だな」

 

「……はい。その通りです」

 

 マシュの説明に劉邦は顎を指で撫でながら考え込む仕草をする。人類史焼却などという突拍子のない話にどうリアクションすればいいのか悩んでいるようだった。

 

「ふー、平時なら良い子面した異民族の嬢ちゃんが胡散臭ぇこと言ってるってだけで済ませたんだがな」

 

「信じるのですか、沛公? 私には正直まったく現実的ではない妄言にしか聞こえないのですが。気の触れた狂人でもまだまともな事を言いますよ」

 

 居並ぶ甲冑を着た武官達の中にあって、数少ない文官風の恰好をした男。蕭何がそう進言した。

 マシュの説明を『妄言』と切り捨てる冷たさに一瞬ムッとくるが、自分達がこの時代の人間にとってどれほど突拍子のない話をしているかという自覚はある。直ぐに沸いた怒りを抑え込んだ。

 

「仕方ねえべ。現実的じゃねえ事が現実的に俺達に――――いや、この大陸に起きてるんだからな。思考回路も非現実的にいこうや」

 

「そう、ですね。それに未来と過去がどうであろうと、現在が無事なら私はいつも通りに仕事をするだけです」

 

 後の皇帝と宰相は、まだ一介の将と文官に過ぎぬ頃からも優れた情報認識力をもっていた。劉邦の柔軟な認識力に、蕭何は合理的に理屈をつけて納得する。

 蕭何が一度反対し、納得したことで他の諸将達の間にも『人類史焼却』という事実を受け入れる雰囲気のようなものが出来上がりつつあった。案外蕭何はこのためにわざと強い口調で反対意見を出したのかもしれない。

 

「それでいい。人類史どうたらなんざ俺達に調べようもねえし、それにあいつも似たようなこと言ってたろう? というわけだお前等。疑っても話進まねえから取り敢えずこの話は本当の事って仮定すんぞ」

 

 これで話の第一段階はクリアした。ここは少し踏み込んで、思いっきってこちらから質問するべきだろう。

 暴露すれば劉邦には聞きたいことが山ほどあるのだ。

 

「あの不躾ですまないんですけど、俺達にこの時代に起きている異常について教えてくれませんか? 俺達もこの時代へは来たばかりで良く分からなくて」

 

「異常、かぁ。そうさな、審食其」

 

「はい」

 

 劉邦が商人風の男に話を投げると、審食其と呼ばれた男は人の良さそうな顔で進み出た。

 

「説明とか俺より上手いだろう。お前から説明してやれ」

 

「分かりました。では御三名、この中華の大地の地理が著しく変容していることはご存知ですか?」

 

 頷く。ロマンの観測によって、その事だけははっきりと分かっていた。

 

「ならばその事については深くは説明致しません。が、その変容によって我々は彭城におわす懐王様や、趙救援に向かった宋義上将軍と項羽将軍とも連絡がつかなくなってしまっております。幸いこの変容が発生したのが軍団の拠点である碭にいたお蔭で、住む場所も食料もなくなるという最悪の事態だけは防げましたがね。

 そして御三方が最も気にしておられるであろう傀儡兵で構成された秦軍の事ですが――――残念ながらあれについては我々もはっきりとした事は掴めていません」

 

 宋義という男はよく知らないが、項羽といえばこの時代――――それどころか中国史上において最強の豪傑だ。味方になってくれれば非常に頼もしい存在になっただけに、連絡がとれないというのは残念である。

 

「そうですか……」

 

「しかし碭に流れてきた噂に一つ興味深いものがありました。曰く、秦の首都〝感陽〟において始皇帝が復活し、暗愚な二世皇帝と奸臣・趙高を粛清したと」

 

「っ!!」

 

 これまで各特異点で聖杯の所有者であった者達の顔が、電撃のようにフラッシュバックする。倫敦におけるマキリ・ゾォルケンは例外として、それ以外は全員が人類史に燦然と名を轟かす英雄ばかりだった。

 始皇帝。この世に初めて『皇帝』という概念を齎し、数々の偉業を成し遂げた星の開拓者。この中国史の始まりたる人物。そんな男が蘇って『聖杯』を手に入れていたとしたら、確実に世界は途轍もないことになるだろう。

 

「もしその噂が真実ならあの傀儡兵は天下に名高い兵馬俑ってやつだな。だがあいつ等に関しちゃもう一つ分かってることがあるべ。だろう?」

 

「はい。秦軍は手配書をばら撒いてまである男の事を探しています。生きて捕えた者は謀叛人や奴隷だろうと大臣として取り立てるという破格の報酬つきで。秦が狙う男の名は公孫勝。なんでも〝入雲竜〟という二つ名を持つ道士だそうで……」

 

「蘇ったってのが本当なら、また不老不死の探究でもやるのかねえ。死にたくねえって気持ちは分からんでも……いや、超物凄い滅茶分かるが、不老不死みてえな胡散臭ェもんはピンとこねえんだよなぁ。公孫勝ってやつも全然聞いたことねえ名前だし」

 

『――――〝入雲竜〟公孫勝。梁山泊に集った百八魔星の中で〝天間星〟の生まれ変わりである道士。序列第四位の好漢だね。その法術は竜を呼び、天雲すら操ってみせるという』

 

 唐突に響いた通信機越しの声に、幕舎にいる全員が十人十色の反応をする。

 

「あ?」

 

「この声は、」

 

「ドクター!」

 

 空間に浮かび上がるのは、随分と懐かしく感じられるロマンの姿だった。

 どうもかなり忙しく作業した後らしく、その頬には汗が滲んでいる。

 

『大丈夫かい、二人とも。いやぁ苦労したけど、どうにか通信を回復させることが出来たよ。ところで〝公孫勝〟なんて凄い名前が出たから反射的に答えちゃったけど、これはどういう状況だい?』

 

 劉邦軍団の諸将の困惑した視線の中、マシュと一緒にこれまでの流れを説明する。それと平行して劉邦軍団にロマンの事を紹介した。

 オカルトが強い影響力をもったこの時代である。ロマンの事を怪しげな悪霊などと勘違いされたら洒落にならない。

 

「ふーん。ドクターってのはちっと分からねえが、要するに学者様だろう。しかもなんか儒者っぽい臭いするべ」

 

 ロマンの紹介を聞き終えた劉邦は厭らしく嗤うと、何故か服をモゾモゾとして下半身を露出しようとした。

 完全に意味不明な展開に反応できなかったが、劉邦軍団の面々は違った。劉邦の親友である盧綰を始めとした人間が一斉に止めに入る。

 

「い、いかん!」

 

「やめろ劉邦! まだ年頃の女の子もいるんだぞ! お前の一物なんか見たら毒だ!」

 

「離せーーーーっ! 俺は儒者が大嫌いなんだよォーーーーッ! 儒者がいたらその冠に小便してやらねえとなぁ~~~~~! それがこの劉邦の流儀よッ! 文句あんのかコラァ!」

 

「文句だらけだよ! そこの三人と、なんか出てきた学者っぽい人も下がって! この人はやると言ったらやる人だ!」

 

 事態についていけないが取り敢えず劉邦の親友。盧綰の言う通り下がっておく。相手が見目麗しい美少女なら兎も角、中年のオッサンの小便なんて金を貰っても見たくない。

 

「…………主よ。これが我等英雄の中でも一層の輝きをもつ大英雄の一人というのが、どうにも信じられない……信じたくないのですが……」

 

「い、家康とかも戦争が恐くて脱糞したっていう逸話があるから」

 

「でも先輩。あの話は最近の研究だと捏造らしいですよ。それに本当だとしても、恐さでその……漏らしてしまうのと、沛公の下品さは全然意味合いが違うと思います」

 

「だよね」

 

『まぁまぁ、三人とも。彼のアレキサンダー大王だって長所と同じくらい短所が多かったんだ。沛公にもちゃんと長所があるから天下をとれたんだから、根気よく付き合っていってくれ。特異点修正に彼の助力は不可欠だしね』

 

 先の戦いでも劉邦軍は傀儡兵相手でも指揮官の力量で上手く戦っていたし、ロマンの言う通り劉邦は決して下品なだけの人物ではないのだろう。というより下品なだけの中年が天下を取ったなんて人類の一人として哀し過ぎるので、能力とか長所があってくれないと困る。

 

「はははははは。相変わらず軍中は騒がしい。また沛公様の悪い癖が出られましたか?」

 

 微妙なテンションで劉邦を眺めていると、そんな悪い空気を切り伏せるように爽やかな笑い声が響いてきた。

 

「ん、おう。戻ったか」

 

 入ってきたのは黒いロングコートにブーツという明らかな洋装の人物。劉邦はその人物を知っているらしく、軽い口調で言った。

 だが自分達はそれどころではない。なにせ聖杯戦争において時代錯誤な服装をしているということは、即ち。

 

「貴方って……その服装」

 

『ああ、間違いないよ。この人からサーヴァントの反応がする』

 

「サーヴァントを知っていて尚且つこの軍中にいるという事は同類は同類でも同志かね。これは僥倖、事態が事態なのに仲間になれるサーヴァントが一人も見つけられず困っていたところだ」

 

 菩薩のように染み入る笑顔を浮かべると、黒いロングコートを纏った男性は手を出し握手を求める。

 どうやら良い人のようだ。日本刀を腰に差しているので日本出身の英霊だと思うが、きっと笑顔をよく浮かべる心優しい人として有名な聖人系サーヴァントに違いない。

 

「私は土方、土方歳三だ。今はこの軍団の客将として世話になっている。沛公やディルムッド殿と比べれば碌な人物ではないが、私に出来る事であれば協力しよう」

 

 思わず吹き出す。菩薩と思った人は、よりにもよって鬼の副長だった。

 




「懐王」
 劉邦の現在の主君である楚王。
 楚が滅亡してからは羊飼いとして過ごしていたが、范増の進言を容れた項梁によって旗頭として擁立される。
 項梁を始めとした諸将(当然劉邦含め)にとって、楚の復興という大義名分を得るための傀儡君主に過ぎないのだが、本人は傀儡でいることに耐え切れなかったらしく、項梁死後は自分の実権拡大のために色々動いたりする。そして殆どが大失敗に終わる。更にその死後は項羽を倒すための劉邦の大義名分として利用されることになる。
 傀儡を嫌った懐王だったが、秦末に生まれた英雄達にとって、懐王は最初から最期まで大義の為の傀儡でしかなかった。

「懐王之約」
 楚の懐王が命じた先に関中に入った者をその土地の王にするという約束。別名、関中王争奪レース。
 劉邦が先に関中に入ったことから楚漢戦争の因縁は出来上がっていく訳なのだが、ぶっちゃけ条件的には劉邦が勝つ為の出来レースっていうレベルで劉邦超有利&項羽超不利なので、もはやレースとしての体をなしていない。
 もしかしたら劉邦を関王にする事で自分の影響力を増して、項羽の影響力を削がせるという懐王の策だったのかもしれない。或は項羽が虐☆殺しまくってることに頭を悩ませた懐王が、項羽に任せるのは不味いと判断して、劉邦に行かせたかのどちらかだろう。

「宋義」
 楚の将軍。旧楚国では代々令尹を勤めた名家だったが、項梁によって復興した西楚では高位ではなかった。
 そんな彼の運命が変わったのが項梁の戦死。彼は項梁が戦死する前、彼の驕りを諌めたが聞き入れられなかった。彼は項梁の敗北を悟り、斉への使者へ赴く際に出逢った斉の使者に『項梁は死ぬから遅れて行くように』と忠告する。
 このことが懐王の耳に入ると、彼は懐王に召し出されその信頼を得る。そして項羽、呂臣、陳嬰、英布、劉邦などを差し置いて懐王に抜擢され項梁の次の上将軍に就任し、全軍を統率することになった。
 しかし趙の救援に向かう途中で46日間も逗留するなど様々な理由があって遂に項羽がプッツン。息子共々仲良く殺害され項羽に取って代われた。なおこの項羽の行動に誰も異を唱えなかったあたり、宋義を上将軍と認めていたのは懐王だけだったのだろう。

「水滸伝」
 三国志演義、西遊記』、金瓶梅に並ぶ中国四大奇書の一つ。
 百八の魔星の生まれ変わりである好漢達が、宿命の地・梁山泊に集い、そして滅ぶまでを描いている。
 日本でも非常に有名であり、彼の里見八犬伝にも大きな影響を与えたとかなんとか。と、説明するまでもなく有名なことを説明する意義があるのかと思い始めたところで説明を閉じさせて頂く。







「後書き」
 史実通りの下品さを炸裂させた劉邦ですが、当初のプロットでは劉邦はチ○コ丸出しの状態で女に足を洗わせながらぐだ男達と面会する予定だったので、これでも結構マシになってます。


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第7節  鬼か菩薩か

 あれから劉邦軍は自分達が当初目指していた集落へ進軍することになった。

 といっても部外者に当たる自分達の要望で、いきなり劉邦軍団を動かせる筈がない。進軍先を決定させたのは自分達ではなく、土方歳三の言葉だった。

 

「北東の集落に道士風の格好をした男の目撃情報があった。公孫勝である可能性は高いと思います」

 

 後から聞いた話によると土方は生前に治安維持組織に身を置いた経験を活かし、劉邦軍団では主に情報収集担当として活動しているらしい。

 そして本隊と連絡がとれなくなった劉邦軍団が当面の戦術目標として定めているのが、入雲竜・公孫勝を秦軍より先に確保することだった。

 秦軍がどうして一介の道士に過ぎない公孫勝を血眼になって探しているかは分からない。だがあれだけ熱心に探す以上は、必ず道楽ではない確固たる理由がある。ならば公孫勝の身柄を秦より先に抑えることが出来れば、状況を打開する糸口も見えてくるはず。

 これが軍団の長たる劉邦が定めた方針であり、これには頼りないとはいえカルデアの責任者(仮)のロマンも頷いていた。

 

『こちらの解析だとあの傀儡兵の正体は90%の可能性で始皇帝の兵馬俑の反応と一致した。状況からみても始皇帝が聖杯の持ち主と考えていいと思うよ。

 そして始皇帝は史実を紐解く限り病的なまでの合理主義者だ。絶対に無駄なことはしない。もしかしたら第三特異点における「契約の箱(アーク)」並みのキーパーソンになるかもしれない。今のところは沛公の軍と行動を共にするのがベストかな。

 下品さには目を瞑る方向でいこう……。文字通り右も左も分からない状況下で、明確な戦術目標を定められるあたり高い能力を持っているのは間違いないしね』

 

 異常事態への対応力といえばオケアノスのドレイクが群を抜いていたが、彼女の場合は常識を鼻で笑いながら踏破する非常識人。常識外の世界など寧ろ彼女の故郷のようなものだ。

 一方で劉邦は常識に身を置きながら、非常識な事態に素早く対応してきている。自分も劉邦と同じで常識人寄りだから、余計に劉邦の持つ環境適応能力が際立ってみえる。

 そして恐らくこの適応力――――生き残る力というべきものこそが、劉邦を下賤の身から天上人まで伸し上がらせた武器なのだろう。

 ともあれ今は未来の皇帝より、目の前の目的である。

 森の中で出会った『入雲竜』と呼ばれた道士。恐らくあれが公孫勝だったのだろう。だとしたら北東の集落はもう立ち去った後の可能性の方が高い。無論そのことは劉邦に伝えておいたが、その集落に公孫勝の行方についての手掛かりが残っている可能性もあると劉邦が判断したため、結局軍団の進路が変わることはなかった。

 そんなわけで北東の村落への進軍中。折角なので自分達は、一足早くこの地に召喚されていたらしい土方と話すことにした。

 

「土方さんはどのくらい前にこの時代に召喚されたんですか?」

 

「かれこれ一か月ほど前になるかな。丁度この世界がこんな風になったばかりの時だよ。

 最初はかなり驚いたけどね。聖杯戦争なのに私を召喚したマスターはいないし、しかも呼び出された時代が秦王朝末期だ。私からすれば書物の世界に入ったような気分だったよ」

 

「書物の世界……。江戸時代でも中国の古典文学とか人気だったんですか?」

 

「勿論だよ。あの時代は水滸伝が大人気だったが、近藤さんなんかは特に三国志が大好きでね。中でも関羽に憧れててさ。真似して義兄弟の契りなんて結んだもんだよ」

 

 三国志の関羽といえばその勇猛さもさることながら、主に殉じた義の人として有名だ。

 新撰組局長・近藤勇が大勢が決しようとも薩長に降るを良しとしなかったのは、関羽と同じ義の心が根底に根付いていたが故なのかもしれない。

 

「だからこの時代についてもよく知ってる。私は劉邦より項羽の方が好きだったけどね。おっと、これは今の立場じゃちょっと不敬だったかな。告げ口はよしてくれよ?」

 

 そう言って土方歳三は悪戯っぽく笑う。土方歳三は初対面の印象通りの気の良い人だった。ただそれでも引っかかりを覚えてしまうのは、やはりイメージの違いがあるのだろう。

 我慢できなくなったのか。とうとうマシュが思い切って疑問をぶつけるため「あの」と声を掛けた。

 

「初めて名前を伺った時はその……少し驚きました。失礼ながら土方歳三は『鬼の副長』と呼ばれる程の、恐い人だと思っていましたから。

 なのに実際に会って話してみると全然鬼っぽくありませんでした。寧ろ菩薩です。菩薩の副長です」

 

「ぼ、菩薩は言い過ぎじゃないかなぁ。私は後世で評されているほど大した人間じゃないし菩薩だなんて恐れ多いよ」

 

「けど鬼にも見えませんよ?」

 

 マスターとしてマシュに援護射撃をすると、土方歳三は照れ臭そうに頬を掻いた。

 

「まぁ私も鬼呼ばわりされる程のことをやった自覚はあんまりないんだけどね。やっぱり宇都宮で逃げ出した兵士を斬り捨てたのが原因かなぁ。緊急時とはいえ彼には本当に可哀想なことをしてしまったよ。

 けど局中法度を作ったのは主に芹沢と近藤さんだし、あんまり規律を厳しくしてた覚えはないんだけどねえ」

 

「生前の英雄の人格が正しく後世に伝わるとは限らない」

 

「ディルムッド?」

 

「中には後世の創作が史実をねじ曲げてしまうことも多々ある。俺より後の英雄だがアーサー王の例もその一つだ。騎士王は英霊の座にも男として伝わっていたが、実際の騎士王は女だった。無論その剣の冴えは性別という下らん枠を超えた獅子の業だったが。

 土方殿も同じように後世において実像と異なる『鬼』のイメージを付与された口なのだろう」

 

 そうだ。後世に伝わる史実と事実が異なる事例を、これまで自分は何人も出会ってきた。

 冬木におけるアーサー王が少女の姿をしていたのもそうだし、人々のイメージにより英霊としての姿を失い完全に怪物(ドラキュラ)へ堕ちたヴラド三世を目にする機会もあった。

 

「だけど大丈夫ですよ、若きマスター。幸い私はドラキュラ伯爵などと違って日本以外での知名度は無きに等しい。ましてやここは古代中国、私の知名度など皆無です。鬼になんてなったりしませんよ」

 

「うん、それなら」

 

「まぁ――――――敵を拷問する時は別ですけどねぇ……フフフフ」

 

 ゾクッと首筋にナイフを当てられたような悪寒が体を凍てつかせる。

 土方が垣間見せた〝笑み〟は、これまでの柔和な頬笑みとはまったく正反対の、背筋が冷たくなる鬼の微笑だった。

 だがそれも一瞬のこと。直ぐに『鬼の副長』から『菩薩』に戻っていた。

 

「ジョークですよ。それに拷問するのは内通者と敵だけです。貴方にはやりませんよ」

 

「はは。土方さんが敵じゃなくて良かったですよ……」

 

 その時だった。前方から慌てた様子の早馬が走ってくる。

 

「伝令ー! 伝令ー!」

 

 何事かと思えば早馬は真っ直ぐ劉邦の下へ行くと、馬を降りた。

 

「どうした? 何かあったのか?」

 

「北東の村落が秦軍の襲撃を受けています! 数は約三千!」

 

「ちっ! 先を越されたか!」

 

 劉邦が舌打ちする。傀儡兵で構成された秦軍が無秩序に略奪などという蛮行に出るとは考えられない。劉邦軍と同じように公孫勝の目的情報を入手した秦軍による襲撃と考えていいだろう。

 

「だが三千ってなら大した数じゃねえな。進軍速度を上げろ! 集落へ急行するぞ!」

 

「お待ちを! その三千の中に一人とんでもない豪傑がいます。ご注意下さい!」

 

「豪傑だぁ? そんなに強ぇのか?」

 

「は、はい! もう虎が二本足で動いているような男で! 二挺の斧を振り回している黒い肌をした男です!」

 

「黒い肌に、二挺の斧……?」

 

 これに反応したのは劉邦ではなく土方だった。土方は馬足を進め、伝令に問いを投げる。

 

「一つ構わないか。その豪傑の名前は分かるか?」

 

「も、申し訳ありません! それは分かりませんでした。け、けどそいつが大声で呼んでいたので秦の大将の名前は分かりました」

 

「へぇ。どんな名だい? 六虎将の誰かじゃなけりゃいいが」

 

 興味をもった劉邦が尋ねた。

 

「宋江です、宋江と呼ばれていました!」

 

 その名を聞いた劉邦軍の反応は静かなものだった。聞いた事のない名前だし、今日倒した傀儡将と同じ歴史に名を残すこともなかった木端将だろう。そう思っているのだろう。

 だが自分達や土方など未来を知る人間達の反応はまったくの正反対。開いた口が塞がらず固まっていた。

 宋江。それは梁山泊首領にして序列一位の好漢、水滸伝における主人公の真名だった。

 



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第8節  賊徒

 水滸伝の主人公にして、星主である天魁星の生まれ変わりたる宋江。困っている人がいれば我が身を顧みることなく救いの手を差し伸べることから及時雨――――恵みの雨という二つ名をとった仁徳の人である。

 その振る舞いによる名声は中華に轟く程で、皇帝にも傅かぬ荒れくれ者も彼には敬意を払った。他の好漢達を差し置いて梁山泊首領になったのは、星主の生まれ変わりというだけではなく、彼が高い求心力と人望を持っていたが故だろう。

 しかし北東の集落にて秦軍を統率する『宋江』には、梁山泊首領としての風格も、及時雨としての徳もありはしなかった。変わりに面貌に張り付いているのは、己の欲望を隠そうともしない悪徳。甲冑だけが官軍の将校が纏う立派なものである分、余計に盗賊然とした野卑な笑みが際立っている。

 自分が殺した無辜の民を椅子代わりに腰掛け、宋江は自分の手下達に命令を飛ばす。

 

「おい、テメエ等! 幾らでも殺していいが〝入雲竜〟について知ってる奴だけは殺すなよ! ああ、あと女だっ! 年頃の顔が整った女だけは殺さず生け捕りにしろよ! 女でもブスは要らねえから殺せ! 年寄りは念入りに殺せ! 餓鬼もぶっ殺しとけ!」

 

 宋江が率いる軍隊はその全てが主君である『始皇帝』からの借り物。命なき傀儡兵だ。態々口で命令し直さずとも、与えられた命令は決して忘れず正確にこなす。だからこれは実際には唯一人に向けての命令だった。

 

「聞いてんだろうなぁ! テメエに言ってんだぞ李逵ィ!!」

 

「えぇー。全員殺しちゃ駄目なのかよ兄貴ぃ~」

 

「バッキャロウ!! 都の遊女(おんな)を置いて糞辺鄙な村まで来たの何の為だと思ってやがるんだ! この村に公孫勝がいるって聞いたからだろうがっ! 略奪と殺しはオマケだボケェ!」

 

「ちぇっ。こっちの兄貴もなんだかんだで皇帝なんかにペコペコするんだからなぁもう」

 

「五月蠅ぇバッキャロウ! いいからさっき言った奴だけは殺すんじゃねえぞ! いいか? 絶対だぞ! 絶対殺すなよ? フリじゃねえからな!」

 

「しょうがないなぁ。じゃあ俺、あっちの奴だけ殺すから他は兄貴に任せたよ」

 

 そう言って李逵と呼ばれた巨漢は、農具で武装し必死に抵抗する男達に突っ込んでいく。

 傀儡兵に混じって殺戮の宴を繰り広げる黒肌の巨漢。李逵が二挺の斧を振るう度に、男達は耳を劈く絶叫をあげながら肉体を切り刻まれ血の雨が大地に降り注ぐ。運良く李逵から逃れた者も、傀儡兵が無慈悲に突き出す槍で次々に殺されていった。

 真っ当な人間がいれば、この世に神仏はいないのかと嘆きたくなる殺戮劇。

 しかし同じ殺戮でも李逵のそれは、傀儡兵のものとは決定的に質が違った。

 傀儡兵の殺戮は作業だ。人を殺す度に一喜一憂などせず、黙々と仕事を続ける。殺される人間が命乞いしようと泣き喚こうと表情一つ変化させない。

 対して黒肌の巨漢の殺戮は本能であり、生甲斐であり、情熱であり、宿命だ。

 相手が屈強な男だろうと、女子供だろうと、年寄りだろうと一切合財なんの関係もない。ただ殺す。ひたすらに殺す。

 我こそは黒旋風、二挺斧が紡ぐ旋風は血飛沫によって黒く染まる――――自らの異名の由来を全身で体現しながら、李逵は無邪気に暴れ回っていた。

 故に彼の宿星は天殺星。その所業を善悪で測ることはできず、止める事も叶わない殺戮の化身である。

 世界広しといえど李逵を制御できるのは、同じ魔星の生まれ変わりの中で特に相性の良いものだけだろう。そして完全に李逵を心服させることが出来るのは百八魔星の中でも唯一星、首領たる宋江だけだ。

 その宋江が李逵に『暴れろ』と命じているのだから、村民が必死に命乞いしようと李逵が止まる筈がなかった。

 

「宋江将軍」

 

「あぁ?」

 

 傀儡兵の一人が縄で縛られた少女を連れてやって来る。

 人格というものがない傀儡兵だが言語機能がない訳ではない。時に伝令役もこなす傀儡兵は、必要があれば喋ることも可能だった。

 

「なんだその餓鬼は? 餓鬼食う趣味はねえって言ったろうが。要らねえからさっさと殺せ」

 

「お言葉ですが将軍。この娘、入雲竜らしき道士を見たと言っていたのですが」

 

「バッキャロウ! それを先に言え! 傀儡ってのは命令には従順でいいんだが気が利かねえのが欠点だな」

 

 そう傀儡兵に怒鳴りながらも目当ての『入雲竜』の情報を漸く得ることが出来て、宋江の口元も自然と弧を描く。皇帝の勅命で公孫勝探しに出発して早二週間。漸く得た目撃情報だった。

 宋江は笑顔で少女の首筋に刃を当てながら、猫撫で声で語り掛ける。

 

「お嬢ちゃん。〝公孫勝〟を見たっていうのは本当かい? 嘘じゃないよね、嘘だったら目玉刳り抜くよ。呂太后リスペクトして人豚にしちゃうよ。あ、いけね。この時代にゃまだねえよなぁ。人豚事件」

 

「ひっ!」

 

 宋江から立ち昇るどす黒い気配に、まだ十五にもなっていない少女は涙目で狼狽える。

 

「わ、わた……」

 

「声が小さぁい!! もっとハキハキ喋ろゴラァ!! さもねえと首切るぞ!!」

 

「ひぃ! わ、私が……ど、道士様の事を話したら、村の皆を助けて……くれ、ます、か?」

 

「え? 村人? うん、分かった分かった。いいよいいよ助ける助ける、約束するよ」

 

「本当、ですか?」

 

「もちろん。宋江嘘吐かない、俺の約束遵守力は高球クラスだから。英雄の誇りに誓っちゃうよ」

 

 白々しいまでの棒読みで宋江は言った。勿論宋江にこんな心の籠らない約束事を守るつもりなんて毛頭ありはしない。そもそもこの宋江は『英雄』ではないのだから、誓う誇りなど最初からないのだ。

 けれど絶望の底にいる少女には、薄っぺらい空手形すら救いの糸に思えてしまったのだろう。目に微かな希望の光を輝かせながら少女は口を開き、

 

「そこまでだ。無垢な童女を誑かす非道、目に余る」

 

 閃光となって奔る黄薔薇。宋江は盗賊としての生存本能に従い飛びのくと、そこに音速を超える速度で投擲された黄色い槍が突き立てられた。

 宋江は悟る。自分と同じサーヴァントがこの場に現れたという面倒臭い事実を。

 

 

 

 村落を囲っていた傀儡兵を劉邦軍団に任せ、先に囲いを突破した自分が最初に目の当たりにしたのは、少女の首筋に剣を向ける敵将・宋江の姿だった。

 

「ったく。やっとこさ入雲竜の居所が分かるかと思ったってのに、人の仕事邪魔してくれてんじゃねえよ色男。村一つ潰すだけの楽な仕事が一気に難易度激増じゃねえか」

 

「……貴様。よもや『入雲竜』の居所を探る為だけにこのような蛮行をしたというのか?」

 

「バッキャロウ。ンなわけねぇだろ。話聞く為だけに村潰すとか勿体ねえじゃねえかよ。ちゃんと女も犯すし、物資も略奪するぜ。もっとも知っての通り俺の軍は人形ばっかだから、楽しむのは俺一人だがなぁ」

 

 ディルムッドが槍を握る手に力がこもるのが、マスターである自分にも分かった。気持ちは良く分かる。なにせ自分もディルムッドと同じように鬱血するほど拳を握りしめているのだから。

 これまでもオケアノスの海賊達のように『英雄』というより『反英雄』に近いサーヴァントと出会ってきたが、ここまで俗物的な欲を垂れ流す醜悪な魂の持ち主はいなかった。

 説得は不要。この男は一刻も早く倒すべきだ。

 

「信じられません……」

 

「マシュ?」

 

 だが自分よりも歴史や古典に詳しいマシュは、怒りより困惑が強いようだった。

 

「宋江といえば百八の好漢達を束ねた梁山泊の首領。身を削っても人を助けようとした義人がどうしてこんなことを!」

 

 マシュの疑問は言われてみれば至極尤もなことである。

 宋江は梁山泊を根城にした山賊の首領だが、彼はただの賊ではない。罪なき人々を助け、国に巣食う奸臣に立ち向かう好漢達の集団こそが梁山泊であり、その頂点に立つ宋江もまた好漢なのだ。

 だというのに今自分達の目の前にいる宋江は『好漢』ではなく、罪なき人々を苦しめる『悪漢』そのものだった。

 

「く、くくくくっ、かーははははははははははははははははははははははははははははははははははっっ!!」

 

 そんな自分の疑問を察してか、実に悪人染みた邪悪さで宋江は笑った。

 

「替天行道ぉ? 五月蠅ぇぞバッキャロウ。俺は、俺だ。好漢だの梁山泊だの、ンなの知ったこちゃねえんだよ。好き勝手に飲み食いして、好き勝手に生きれりゃそれでいい。まぁ名前貸してやってる代金に、李逵みてぇに利用できるもんは利用するがな」

 

 百八魔星としての宿命や、首領としての生き様。宋江はそれら全てを他人事のようにばっさりと否定した。

 実像と現実にギャップがあることは多いが、これではまるっきりの別物である。これにはディルムッドすら怒りを忘れ、驚きに目を見開いた。

 だがこの場を最も客観的に俯瞰しているロマンには宋江の発言の中に閃くものがあったらしい。

 

『――――そうか、そういうことか!』

 

「ドクター、何か分かったんですか?」

 

『ああ。僕も水滸伝における宋江と、そこにいる宋江の性格の剥離が気になってね。だけどこれでハッキリしたよ。あれは宋江だが水滸伝における宋江じゃない。水滸伝の宋江のモデルになった、史実における賊徒・宋江なんだ!』

 

 渇いた拍手が鳴る。

 

「大・正・解~。陛下が気にするだけあって知恵が回るじゃねえか、カルデア」

 

 





「朱仝」
 梁山泊序列十二位の好漢にして、騎兵軍八虎将の第二位。
 容貌や義を重んじる人格、そして美髯公という渾名から間違いなく関羽をモデルにしたキャラと思われる。ただし梁山泊には関羽の子孫の関勝という好漢がおり盛大にキャラ被りしていたりするが、そこは気にしちゃいけない方向で。
 基本的に本編の補足をするこのおまけ解説コーナーで、どうして本編で一度も名前が出てきてない彼の紹介をしているかというと、これには彼が梁山泊に入山した経緯が『宋江』というキャラを語る上で色んな意味で欠かせないものであるため。
 というのも朱仝は美髯公の名に恥じぬ義侠の人で、役人時代から晁蓋(梁山泊の二代目首領)、宋江を助けたりしているのだが、死刑になった友人の雷横を逃がしたことで自身も流刑に合う。だが流刑地の知事に気に入られ、四歳になる知事の坊やの子守役を任せられるなど、それなりに良い流刑ライフを送っていた。
 だがそこでやって来るのが朱仝に逃がされ、梁山泊入りした雷横。雷横は朱仝に梁山泊へ入山するよう誘うが、朱仝は『一年もすれば良民に戻れるから』と言って拒否した。一生を棒に振って山賊になるより、一年務めあげて綺麗な身に戻りたいという至極当然の反応であったがこれが悲劇の幕開けとなる。
 詳しい経緯は省くが朱仝をどうしても仲間入りさせたい梁山泊は『宋江の命令で』李逵に朱仝が御守りをしている坊やを殺害。朱仝の逃げ場をなくすことで強引に仲間に引き込んだ。
 誰がどう見たって宋江と李逵の非道っぷりが際立つこのエピソード。好漢達の集まりであるはずの梁山泊が、仲間を引き込む為に幼児殺害という手段をとったことは悪い意味で印象的である。この事で宋江と李逵を嫌う水滸伝読者は多い。
 梁山泊=正義の集団とするのならば滅茶苦茶といってもいい展開のため、その為に日本で水滸伝が描かれる際は必ず改変される話でもある。
 本作でもこのエピソードをそのまま導入すると、賊徒・宋江と水滸伝・宋江が両方とも外道という酷いことになるので、この手のエピソードは全てマイルドに改変されていると脳内修正をお願いしたい。坊や殺しの一件でいえば、坊やを殺したのは李逵の『うっかり』で宋江は関わっていなかったという具合に。



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第9節  偽りの星主

 サーヴァントは英霊をクラスという霊器に収めた人型であり、基本的には生前以上の力を発揮することは有り得ない。

 けれど何事にも例外がある。その良い例が伝承や逸話を具現化した宝具を持つサーヴァントだろう。また実際の逸話ではなく、後世の脚色や捏造された伝承が高い知名度を持てば、それが宝具や英霊の人格にまで影響を与えることもある。ヴラド三世など正にその典型例といえるだろう。

 だが中には史実と伝承でまったく異なる人物像を持つ英霊もいる。

 ヴラド三世のドラキュラ像などは彼自身が生前に『怪物(ドラキュラ)』たる所業を行っているが故に――――本人にとっては不本意かもしれないが――――親和性が高い。よって史実と伝承が混ざるという事が起きるのだが、親和性が低い英霊を召喚した場合、史実と伝承のどちらの姿でも召喚される可能性がある。

 宋江という英霊もその一人。史実における宋江は北宋王朝末期に現れた盗賊の首領であり、それ以上でも以下でもなかった。もし水滸伝という物語が誕生していなければ、英霊の座に昇ることすらなかったかもしれない。そして賊徒・宋江は水滸伝における好漢・宋江とは相容れない人非人の類だった。

 史実と創作は相容れることなく、こうして英霊の座には二人の宋江が生まれた。そして自分達の前で平然と非道をやってのけた男こそ、人非人たる史実の宋江なのだ。

 もし召喚されたのが好漢たる宋江であれば頼もしい味方になってくれたかもしれないだけに、こんな畜生な男が宋江として召喚されてしまった事に残念さを覚えてならない。だが他にも気になることがあった。

 

「カルデアのことを、知っているのか!?」

 

 特異点に召喚されたサーヴァントは、聖杯に必要な知識を与えられるが、カルデアの事までは知らされない筈だ。

 なのに宋江は自分とマシュを見てはっきりと『カルデア』と断じたのである。これはおかしなことだった。

 

「そりゃ知ってるに決まってんだろうが。なんてったってお前らカルデアは、陛下が『敵』と定めた相手なんだぜ。俺の時代の馬鹿と違って、今の皇帝はちゃ~んと脳がある。敵の事くらいちゃんと教えてくれるさ。

 女と酒だって浴びるほど供給してくれるし、この時代の人間ならいくら殺して犯そうとオールオッケーという太っ腹具合。まったく皇帝陛下様々だぜ」

 

『陛下だって……? そんな筈がない。確かに倫敦に現れたソロモン王は……その、未だに信じられないけど人類史焼却の元凶だったけれど、ソロモン王が略奪許可なんて命令を出す筈が……』

 

「は? 何言ってんだ優男、男根落とすぞオラ」

 

『っ!』

 

 自分も男である。空間に映像が投影されていたわけではなかったが、ロマンが反射的に股間を庇ったのが分かった。男にとってナニを落とされるのは死刑宣告にも等しい。自分もこれには同意見である。

 そんな中、男勢で唯一そんな間抜けな動作をしなかったのは、やはりというべきかディルムッド。ハンサム過ぎて人からモゲロと言われているから、この手の脅しには耐性があるのかもしれない。と、本人が聞けば血の涙を流して憤慨しそうな事を思った。

 

「ソロモンだかニョロボンだか知らねえが、そんな野郎に仕えた覚えはねえよ。楽しく生きるためなら俺は盗賊にもなるし招安受けて官軍にもなるが、小便臭い野郎に従うのは死んでも御免だね。なんたって俺が楽しめねえからな。つぅか仕えたところで最終的に殺される予感がプンプンするし。俺が今仕えているのは――――――」

 

「…………」

 

 口の回りが良くなった宋江が、この特異点の黒幕の名を滑らせる瞬間を固唾を飲んで見守る。

 

「――――って言うわけねぇだろバッキャロウ!!」

 

 しかし水滸伝の宋江と違って、賊徒である宋江は迂闊ではなかった。自分達の意識が宋江に集中したタイミングを見計らって、傀儡兵に背後を突かせたのである。

 傀儡兵が狙うのはディルムッドでもマシュでもなく、マスターたる自分。サーヴァントを倒す手っ取り早い方法はマスター殺し、そんなセオリーに従った暗殺者のような奇襲だった。

 だが傀儡兵にあっさり不意をつかれるほどディルムッドは愚かではないし、マシュも修羅場を潜りぬけてきてはいない。あっさりと背後の傀儡兵を一撃で粉砕してみせる。

 

「話が終わったのであれば、そろそろ獲るぞ」

 

 正純にして正当な英霊であるディルムッドにとって、醜悪な賊徒の宋江は感情ではなく義務として滅ぼさねばならない敵だった。

 待ち望んだその時が訪れた事で奮起したディルムッドは抉るほど鋭く地を蹴った。最速と呼ばれるランサークラスの中でも特に鋭い敏捷値をもつディルムッドの踏み込みから逃れられる道理はなく、一瞬でディルムッドと宋江の間合いは詰めた。

 剣は届かず、弓を射るには近い――――槍の距離。この距離ではランサークラスの独壇場である。双槍の猛攻を宋江は冷や汗を流しながら手持ちの剣で捌くが、あの様子では三十秒も保たずに槍の餌食となるだろう。

 だがサーヴァント同士の戦いにおいて白兵戦など単なる前哨戦。ましてや宋江はステータスと技量を活かした白兵ではなく、スキルと宝具に秀でたサーヴァント。よって追い詰められた宋江は早々に切り札の一つをきってきた。

 英雄豪傑が跋扈する物語の主人公でありながら、宋江という人物は極めて能力が低い。

 腕っ節は大したことはなく、頭脳も並みで、容姿が優れているわけでも、高貴な血筋をひいているわけでもない。

 何故そんな男が梁山泊の首領たりえるのか? それは好漢達の魅力を引き出した上で活躍させるために、無能な首領という舞台装置が必要だったからだ。

 宋江という首領がいるからこそ梁山泊は多くの苦難に合い、そんな駄目な宋江が彼等を用い助けられる事で好漢という星々は輝くのだ。

 そして無能な宋江が好漢の力を用いる為の理由づけこそが分不相応な圧倒的名声であり、それは聖杯戦争においてスキルという形で具現化している。

 即ち、

 

「――尉遅彦章、去来一身、長鞭鉄鋳、汝豈其人――」

 

 英霊宋江は梁山泊百七星全員の宝具を使用する権利を持つということだ。

 

天威星(てんいせい)連環馬(れんかんば)

 

 星主の権限をもって、好漢序列第八位〝双鞭〟呼延灼が頼りとした宝具が此処に稼働する。

 

「な――――っ! これは鋼鉄の、騎兵です。初めて見ます、こんなもの……っ!」

 

 マシュが仰天したのは無理もない。自分だって同じ気分だ。

 宋江が宝具の真名を解放して出現したのは三十騎一列の騎兵部隊。目を引くのが人馬共に顔まで覆う鋼鉄の甲冑を装備しているということだ。しかも馬同士が鎖で連結されているせいで横への逃げ道を封じてきている。

 鋼鉄の騎兵部隊が突撃するのは無論のことディルムッド。鋼鉄の連環馬の突撃力は、通常の騎兵の突撃とは比べることすら躊躇う程のものがある。その桁違いの突撃力が直撃すれば、如何な英雄といえど死は免れないだろう。

 

「案ずるな。このようなもの横は無理でも上ならばどうかっ!」

 

 鋼鉄の騎兵は重装備故に動きは遅く、上への跳躍には弱い。そのディルムッドの判断は当たった。宙を舞ったディルムッドは体を風車の如く回転させながら、騎兵たちへ朱槍の突きを馳走していく。

 今度は宋江が驚く番だった。ディルムッドの朱槍は斬撃を容易く弾き返す重装備を容易くすり抜け、的確に騎兵の命を奪っていくのである。

 これは比喩ではない。ディルムッドの持つ朱槍は魔力殺しの槍。連環馬の重装備がどれほど堅牢だろうと、彼の朱槍をもってすれば丸裸同然だ。

 

「つまるところ相性が悪ぃなこりゃ。にしても五虎将の宝具でこの体たらくとは、やっぱ借り物じゃ俺には性能引き出せねぇ。ま、性能引き出さねえでもやりようは幾らでもあるし、何より親分なら手下を使ってナンボだよなぁ。李逵っ!」

 

「おうよ! 呼んだかい、呼んでくれたのかい兄貴!」

 

 宋江が名を怒鳴ると、喜び勇んで李逵が飛び出してくる。

 李逵。梁山泊の好漢の中で最も宋江を愛し、宋江が好きだった男は、どうやら賊徒の宋江にも変わらぬ敬愛を向けているらしかった。

 

「用がねぇのに呼ぶかバッキャロウ! さっさとこの色男をぶち殺せ! さもねぇと俺が死ぬぞ! こいつ似非風流とは一味違ぇんだよ!」

 

「へへっ。兄貴の危機とあっちゃやるっきゃねぇな! おらぁあああああああああああああ!!」

 

 虎のような雄叫びをあげて李逵がディルムッドに襲いかかる。これまで多くの無辜の民を無慈悲に刈り取った死神の斧はしかし、双槍によってしっかりと弾かれた。

 

「んおっ?

 

「人ではなく野獣の業だ。軌道は読みやすい」

 

「ごちゃごちゃ五月蠅ぇぞ! おらぁああああああああああっ!」

 

「――――!」

 

 ディルムッドの言うとおり何の合理もない野獣の業。だがとにかくパワーとスピードが凄まじかった。更には天性の本能というべき心眼によって、修練で培ったディルムッドの心眼に対抗してくる。人の言葉を喋ってはいるが、李逵は狂戦士そのものだった。

 双つ槍と二挺の斧。共に二つの得物が火花を散らし、剣戟音を響かせる。形勢はディルムッド有利だが、李逵も負けじと食いついていた。これは直ぐには決着はつかないだろう。

 しかしディルムッドが李逵を抑えてくれているならば、首領の宋江を守るのは傀儡兵だけ。

 

「マシュ」

 

「はい、先輩。マシュ・キリエライト、いきます!」

 

 ならば宋江を倒すのは、自分とマシュの役目だ。

 




「招安」
 盗賊などを帰順させて官軍にすること。
 梁山泊がこれを受け官軍として反乱勢力を討滅していくのが、水滸伝後半のストーリーである。
 なお水滸伝の宋江のモデルとなった史実の宋江も、これを受け官軍として戦っている。

「董平」
 序列第十五位の好漢で騎兵五虎将の一人。宿星は天立星。渾名は風流双槍将(笑)。そして水滸伝屈指のネタキャラ。そのネタ性の突き抜けっぷりは他の追随を許さない。
 まず光るのは戦場で『英雄双鎗将』と『風流万戸侯』の旗を掲げて戦うという自己主張っぷり。うち渾名の双槍将はディルムッドと同じく両手で二つの槍を操った事に由来するのだが、問題はそれ以外の部分である。
 というのも風流というのは彼が礼教・学問・管弦にも通じていたことに由来するのだが、水滸伝において彼が風流な描写を魅せる事は一切ない。あと旗印にしても董平は水滸伝作中で特に英雄らしい活躍もしておらず、言うまでもなく万戸侯になどなっていない。
 そして席次・能力・人格・人気の全てで自分を凌駕する花栄を差し置いて、何故か五虎将の一人に加わっているところも解せない。三国志でいうなら黄忠の代わりに魏延すら差し置いて何故か王平が五虎将になるようなものである。
 他にも太守の娘を娶るためにヒャッハーしたり、深入りした挙句に捕虜になったりと、その風流(笑)で英雄(笑)なエピソードには枚挙に暇がない。

「ニョロボン」
 みず/かくとうタイプのポケモン。初代から登場している。
 進化しようとオタマジャクシからカエルになることを良しとはせず、代わりに強靭な筋肉を得たポケモン界屈指のナイスガイ。
 特技はさいみんじゅつ。

「索超」
 コロッケ。


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第10節  突破口

 水滸伝における『宋江』は人望が高かったが腕っ節は大したことはなかった。首領として修羅場を潜り抜けてきたことを踏まえれば一兵卒よりは強いかもしれないが、三騎士のような白兵に優れたサーヴァントと戦えば一瞬で殺されるのがオチだろう。

 一方で賊徒・宋江は数万の配下を率い大宋国を荒らした首領だけあって、それなりの武勇をもっている。兵隊百人程度なら一人で相手取れるかもしれない。

 だが所詮はそれまでだ。一人で百人を相手取れると聞けば成程それは凄まじいだろう。あくまで常人の範疇では。

 サーヴァントの中でも特に戦いに秀でたセイバー、ランサー、アーチャーの『三騎士』に選ばれる英霊からすれば、百人を一人で相手取れるなど何の自慢にもなりはしない。上位の三騎士になれば一人で軽く万軍は相手取れる。

 そしてシールダー(盾の騎士)であるマシュの白兵戦闘能力は、融合した英霊が一級品だったことも手伝ってか三騎士に匹敵する程のものだ。

 李逵という厄介なボディーガードのいない今、宋江を倒す絶好のチャンスである。

 

「はぁああああっ!」

 

 裂帛の気迫でマシュが大盾による一閃を繰り出した。

 相当の重量と質量を備えた盾の一撃は、岩石すら容易く粉々にするだろう。盾としては間違った使用法のような気もするが、そこはそれ。勝てば官軍だ。

 

「舐めんなよ、小娘ぇえええ!!」

 

 が、敵である宋江が棒立ちして攻撃を受けてくれる筈もない。まともに剣での勝負を挑んでも力負けすると悟った宋江は、受けるのではなく逃げをとった。無様に地面を転がりながら盾を避けると、ニヤリと笑い星主としての言霊を唱え始める。

 敏感に悪寒を感じ取ったマシュは宋江が詩を唱え終わるよりも早く、盾で頭を叩き割ろうとするが――――無情にも勝利の女神は宋江に微笑んだ。

 

「――大刀関勝、豈雲長孫、雲長義勇、汝其後昆――」

 

 宋江が謳うは関帝の末裔たる好漢・関勝を称える詩。五虎将筆頭、天勇星の力は偽りの星主へと降りる。

 

天勇星(てんゆうせい)伏魔像関菩薩(ふくまぞうかんぼさつ)

 

 宋江の肉体を覆うように出現するは、見事な鬚髯をたくわえた青白い武者像。放出された魔力が形となったかのような像は、マシュの盾を青龍偃月刀で豪快に弾き返してみせた。

 新たに協力な護衛を得た宋江はこここそが勝負所だと見たか、逆に攻勢を仕掛けてくる。バーサーカー級の膂力で大刀を振り回す像に、厭らしいタイミングで宋江が剣で引っ掻き回すというセルフ連携にマシュの額に汗がにじみ出した。

 これが宋江の強味だ。自分が白兵戦で劣ることなど何の問題にもなりはしない。自分が弱くても彼は彼以外の好漢の力で幾らでも補うことが出来るのだから。

 マシュを信じたいがこのままでは敗北は必至。ならばマスターである自分がなんとかするしかないが、悔しい事に自分の頭をどれほど捻ろうと、あの像を打ち破る方策が見つからない。

 自分の頭が駄目ならば、他の頭を頼るだけ。カルデアに残った唯一のマスターは、凡人であるが故に人の助けを借りる事を躊躇わなかった。

 

「ドクター! あれをどうにかする方法に心当たりは!?」

 

『難しいね。宋江が使ったあれはもしかしなくても大刀・関勝の宝具。先祖である関帝の力の一部を自らに降ろす一種の降霊術だ。

 像を動かしているのは宋江だから、本物の関勝が使うより随分と単調な動きにはなっているけれど、あの像にはそれを補って余りあるパワーとスピードがある。単純計算で二対一になったようなものだし、今のマシュ一人じゃ厳しいかもしれない。

 誰か他に劉邦軍の誰かはいないのかい? サーヴァントである土方さんや、樊噲将軍や曹参将軍ならあの像とも互角に戦えるはずだ』

 

 慌てて周りを見回すが、近くに彼等の姿はなかった。いるのは傀儡兵とそれと戦う劉邦軍の兵士だけだ。頼みの綱のディルムッドも李逵を相手取っていて、マシュの助けに入れそうにない。

 この特異点での何度目かに分からぬ窮地。なにか手はないかと考えに考え、ふと天啓のように閃くものがあった。

 

「……ドクター。宋江が発動している宝具は『降霊術』みたいなもの、なんですよね?」

 

『あ、ああ。そうだけど』

 

「それとディルムッドと契約した時に、主従間のラインも結ばれましたよね?」

 

『結ばれたけど、一体何を――――?』

 

 ディルムッドは李逵と戦っていて、こちらの援護に入るのは不可能。しかしマスターには不可能を可能にする武器が備わっている。

 手の甲に視線を落とすと、そこにあったのは自身のサーヴァントに使える三度の絶対命令権たる令呪。

 本来はサーヴァントを従えるための〝楔〟たる令呪だが、サーヴァントの意思に合致する命令であれば、魔法の如き奇跡すら実現させるマスターの切り札。

 これがあれば、マシュを助けられる。

 

「ドクター。ディルムッドとの念話のバックアップお願いします。俺一人じゃちょっと自信ないんで」

 

『良く分からないけどアイディアがあるみたいだね。分かった、バックアップは任せてくれ!』

 

 なんだかんだでやはりロマンはいざという時には頼りになる人だった。数秒と経たずにディルムッドと念話が可能な状態になる。

 

「(――――ディルムッド。戦っている最中にすまないけど、一つ頼まれてくれるか? マシュが危ないんだ)」

 

『フッ。遠慮は無用です。騎士たる者、主の命であれば如何様な艱難辛苦も踏破する所存』

 

「(ありがとう)」

 

 ディルムッドに『作戦』の事を手短に説明すると念話を切る。後はタイミングだ。三画ある令呪だが作戦の都合上、チャンスは一度だけ。失敗すれば次はない。

 今にも大刀に切り伏せられそうなマシュを見ながらタイミングを測るのは精神が締め付けられる思いだったが、逸っては逆にマシュを追い詰めるだけだと自らを抑える。

 そして――――

 

『今です、我が主!』

 

 ディルムッドからの合図。それを待ちに待っていた。

 肉体の全魔術回路を隆起させる勢いで魔力を流し込み、生成された魔力を全て令呪に注ぎ込む。

 

「カルデア第四十七番目のマスターが令呪を以て命ず。――――投げろッ!」

 

 余りにも簡潔なただ一言の命令は、令呪という莫大な魔力によって奇跡へ昇華される。

 瞬間、李逵と正に熾烈な戦いを繰り広げていたディルムッドは、戦いの手を一切緩めることなく呪いの朱槍を背後に投擲した。

 猛牛の如き勢いで疾駆する槍は、吸い込まれるようにマシュを追い詰める宋江へと飛んでいく。対象をまったく見ないでここまでの正確無比な投擲をやってのけたのは、令呪のバックアップだけでは説明がつかない。

 これはディルムッドの超人的技量と令呪、二つの要因があってからこそ実現した奇襲だった。

 その奇襲に真っ先に反応したのは、生前命を狙われ慣れていた宋江。

 宋江は関菩薩像に青龍偃月刀で槍を迎撃させようとするが、

 

「――――ごッ、ぐぁっっ!」

 

 槍は関菩薩像を擦り抜け、宋江の左肩を穿った。

 宝具殺しの朱槍、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)。如何な関菩薩像といえど所詮は魔力で編まれた幻影。この槍をもってすれば単なる幻だ。

 

「く、ひゃは……。こっちを一度も見ずに……やるじゃねぇかよ。流石は……天下の英霊様だ……。俺みてぇな木っ端盗賊とは物が違うねぇ。だがなぁ、俺はサーヴァントなんだぜぇ!! こんな傷くれぇ魔力さえありゃ簡単に治っちまうんだよォ!

 しかもこいつを投擲しちまった以上、二度目はねえ。惜しかったなぁ~、命中したのが肩じゃなくて眉間なら今ので終わりだったのによぉ~。

 この盾女を縊り殺したら、李逵と一緒にテメエを血祭りだ。三対一じゃさしもの騎士様も――――」

 

「いや、終わりだよ」

 

「あン?」

 

 その時、宋江を守っていた関菩薩像が雲散する。

 

「なっ――――なん、だと……!?」

 

 最大の武器を唐突に喪失した宋江は絶句する。

 これが破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が宝具殺しの槍と言われる所以だ。

 炎を発する剣だろうと、魔術を反射する盾だろうと、必滅必中の槍だろうと――――破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)が触れている間、あらゆる魔術的効果は喪失しただの鉄と化す。

 そして関菩薩像は『降霊術』の一種。術の発動者である宋江が穿たれた以上、像が消滅するのは当然の帰結だった。

 

「マシュ、今だ! 止めを!」

 

「はい! この機は逃しません!」

 

「糞がッ! 金不可――――」

 

 激昂しながら槍を引き抜いた宋江は素早く次の宝具を発動させようとするが、勝利の女神は二度も彼に微笑んではくれなかった。

 

「はぁぁあああああっ!}

 

 マシュの突貫を遮る者はなく、大盾は宋江の胴体に突き刺さった。

 




「宋江三十六人賛」
 南宋時代に作られた宋江含めた三十六人の仲間を讃える文章。水滸伝の源流の一つ。
 そのため水滸伝における設定と食い違う文章もある。例をあげると関勝は関羽の子孫ではないとはっきりと言われている。また讃える文章のはずなのに、中には普通に貶されている好漢も何人かいたりする。

「関菩薩」
 三国志の英雄、関羽が神格化された存在。関帝、関帝聖君とも。
 中国において最も信仰を受ける神の一柱であり、英霊としてサーヴァント化すれば確実にえらいことになりそうな御方。
 なお作者は祟りが恐いので本作に御本人は出しません。


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第11節  姑息

「あっ……ぐぉぉぉおっ…………!」

 

 大盾の直撃を喰らった宋江は、血と一緒に潰れた内臓の破片を吐き出しながら地面をのたうち回る。

 人間であれば間違いなく致命傷であろう傷。でありながらまだ死んでいないのは霊体であるサーヴァント故だろう。だが致命傷一歩手前のダメージを与えることは出来た。

 

「あ、兄貴ぃぃぃぃいいいいいいいいい!!」

 

 自分の兄貴分をやられた李逵が悲痛な叫び声をあげる。だが二人のやった所業を思えば同情の余地はなかった。

 李逵を相手にしているディルムッドも兄貴分に駆け寄ろうとする李逵を、黄色い魔槍を自在に操って抑え込む。

 

「兄貴をよくもやりやがったな! 退けぇぇえええ!」

 

「悪いが通すことは出来んな」

 

 双つ槍を変幻自在に操るトリッキーな戦い方から、一本の槍を操る基本に忠実な戦い方へ。戦術をがらりと変えながらディルムッドの槍兵としての実力に欠片の衰えもなかった。むしろ槍が一本になったことで一撃の重みと速度が格段に増している。

 如何に李逵がバーサーカー級のスペックをもつ怪物だろうと、これでは宋江の下へ辿り着けないだろう。もし無理にでも突破しようとすれば、李逵は自らの命をもって己の過ちを知る事になる。この隙に自分達は負傷した宋江に止めを刺さねばなるまい。

 

「畜生、が……っ」

 

「逃がしません!」

 

 形勢不利を悟り逃げようとする宋江を逃がすまいとマシュが飛びかかる。

 宋江の敏捷はマシュより上だが、重傷を負っている宋江の動きは遅い。たちどころに追いついてマシュが止めを刺すため盾を振り被る。

 もしも宋江が『英雄』であれば、ここで終わっていただろう。しかし宋江は盗賊故に普通の英雄にはない生き汚さがあった。

 宋江は自分の吐きだした血反吐を掬うと、それをマシュに向かって投げつける。

 

「なっ!?」

 

 自分の血による目潰し。想像もしなかった行動にマシュの動きが鈍り、その隙に宋江は倒れる勢いで地面を走った。

 

「くっ、ひゃーはははははははははははははははははははっ! 甘ぇ! 爪が甘ぇんだよォォォオオオオ!」

 

 狂笑しながら走る宋江。その向かう先には――――宋江が脅迫していたあの少女がいた。

 宋江の狙いを反射的に悟ったマシュは、顔についた血反吐をぬぐうこともせず追うが、既に宋江は少女の首筋に刃を当てていた。

 

「動くなァーーーーーーッ! 動いたらこの餓鬼をぶっ殺す!!」

 

 下種な強盗犯そのものの醜悪さで宋江が怒鳴った。

 少女の命を人質にとられたマシュは、悔しげに顔を歪めながら盾を止める。

 

「再び形勢逆転だなぁ、カルデアの諸君。後一歩まで追い詰めておいて一転して王手飛車取りまで追い詰められた感想はどうよ? 人生のセンパイに聞かせてみ? なぁ、初心でバージン乙女な盾子ちゃん?」

 

「なんて、ことをっ」

 

 もし近くに壁があれば殴り砕いていたところだ。ありったけの怒りを込めて宋江を睨むが、当の本人は涼しい顔だ。

 

「卑劣漢め! 貴様は恥を知らないのか!?」

 

 李逵を抑えていたディルムッドも宋江の暴挙に殺意を剥き出しにしながら言う。

 誇り高い騎士であるディルムッドにとって、幼子を人質にとる事は自分やマシュ以上に許せぬ『悪行』なのだろう。

 

「ハッ! バッキャロウがっ。英霊(テメエ等)みてえなのと一緒にすんじゃねぇよ。俺は盗賊なんだぜ。生きる為なら親の肉だって食うし、官軍に土下座だってするんだよ。

 大体よう。どうせ餓鬼なんざ幾らでも作れんだ。人質にすることなんて大したことじゃねぇだろ。ほら、お前が今世話になってる高祖様だって自分の命惜しさに息子と娘放り出した口じゃねえか?

 つまり……俺の正しさは漢王朝の偉大なる祖が保証してくれるってわけだ。なら俺のやってることってわりと正義じゃね?」

 

「ふざけるな!」

 

 劉邦が史実においてやったことなど、宋江のやっている事と何も関係はない。

 はっきりしている事は宋江は自分の快楽の為だけにこの村で無用な殺戮を行い、追い詰められれば少女を人質にしたということだ。

 それに例え劉邦が自分の命の為に子供を犠牲にするような碌でなしだろうと、少なくとも好き好んで無辜の民を殺戮するような外道ではないだろう。

 

「女の子を離しなさい、宋江! さもないと――――」

 

「さもないと、なんだって? 人質無視して突撃でもするってか? そいつは困った、致命的だ。それやられちまったら俺もいよいよ詰みだなぁ」

 

 余裕綽々の態度は言外に『お前達には出来ないだろう?』と告げていた。

 だがそれは正しい。少女の命を無視すれば宋江を倒すことは出来るが、そんな事が出来る筈がない。

 

「大体よぉ。離せって言われて素直に人質解放するバッキャロウがいるわきゃねえだろ。大切な命綱なんだぜ」

 

「……もしその子を解放するなら、ここではお前達を見逃がす。これでどうだ?」

 

「悪くねえが保障がない。俺がこの餓鬼解放した瞬間、お前等が俺を襲ってくるかもしれねえだろ」

 

「俺達は、お前とは違う」

 

「青いねえ。だが俺は青くねえ。だからこういうのはどうだ? そこの盾女、マシュだったか。お前、足切り落とせ」

 

「なっ!?」

 

 余りにもふざけた物言いに反射的に宋江に殴りかかりにいきそうになるが、他ならぬマシュによって制された。

 

「足がなくなっちまえば追うことも出来ねえだろ? そしたら俺も鬼じゃねえ。こんな餓鬼くれてやるよ。足二本と命一つ。お得な取引じゃねえか」

 

 マシュの足を切り落として少女を助けるか、それとも少女を見殺しにして宋江を殺すか。こんなもの選べる筈がない。

 どうにかして宋江のふざけた要求を受け入れず少女を助ける方策を考えなければ。だが、

 

「分かり、ました」

 

 蒼白な顔で震えながらマシュは盾を持ち上げる。

 

「私が、足を落とします。それで」

 

「駄目だマシュ! そんなことしちゃいけない!」

 

「けれど先輩。あの子を助けるにはもうこれしか」

 

「まだ何か手はあるはずだ! なにか……なにか……」

 

「クククッ。退屈なボーイズミーガールズ実演してくれてるところ悪いけどなぁ。大人の俺は時間が押してんだよ。ここは一つ、耳でも軽く落としたら決心が固まってくれるかな?」

 

 宋江が邪悪に笑いながら少女の耳に剣を当てる。

 

「や、やめろぉぉおおお!」

 

 これから起こるであろう悲劇を想像し、叫ぶ。だがそんな叫びで宋江が心を揺らすはずもなく、それどころか嬉々として少女の耳を切り落とそうとした。

 けれど想像した悲劇が起こることはなかった。

 

「――――あ、」

 

 悲劇を止めたのは自分でもマシュでもないし、李逵を抑えているディルムッドでもない。ましてや劉邦軍の誰かでもなかった。

 宋江を止めたのは、他ならぬ『宋江』自身。少女の耳を落とそうと振り上げられた凶刃は、小刻みに震えながら停止していた。

 

「くそ、がっ……こんな時、にィ……っ」

 

 宋江は青筋が浮かび上がるほど憤激を露わにしながら、剣を振り落とそうともがく。

 これは一体全体なにが起きているというのか。これまでの言動から、よもや宋江がいきなり改心したなどというメルヘンな事はあるまい。だとすれば、

 

『――――そうか、そういうことなのか!』

 

「ドクター! 何か分かったのですか?」

 

『三国志演義の劉備、西遊記の三蔵法師。二人とも宋江と同じように物語の主人公になる過程で、良くも悪くも本来の人物像を歪められた存在だ。だけど彼等と宋江には決定的に違う点が一つある。それは、』

 

『劉備と三蔵法師は物語がなくとも英雄なのに対して、宋江は物語ありきの英雄ってことさ』

 

 ロマンの言葉をダ・ヴィンチが続ける。

 確かに二人の言う通りだ。劉備にしろ三蔵法師にせよ彼等は偉業を成し遂げた英雄だからこそ、物語の主人公として昇華された人物だ。

 故に三国志演義がなくとも劉備は英雄だという事実は揺らがないし、西遊記がなくとも三蔵法師は偉人である。

 だが宋江はそうではない。史実の宋江は王朝末に幾らでも湧いてくる盗賊の首領の一人に過ぎず、英霊たりうるほどの偉業を成し遂げた訳でもないのだ。

 

『二人と違って史実を創作が完全に凌駕している宋江は、史実上の存在として召喚されても創作上の善性の人物として反転する可能性を孕んでいる。

 史実の人物でありながら、水滸伝の好漢の宝具ばかり使うのもそのためさ。史実のあいつに宝具になるほど信仰を獲得した逸話なんてありはしないんだ』

 

『あの、ダ・ヴィンチちゃん。それが僕が言おうとした台詞なんだけど……いや、なんでもないです』

 

 だとしたらこれは千載一遇の好機かもしれない。

 善性の宋江が悪性の宋江を抑え込んでいる間ならば、人質の少女を助け出すことが出来る。

 

「うるせぇぇえええええええええええっ! カルデアの糞れ雑巾共がっ! 善人の俺なんていねぇ。つぅか良い子ちゃんの俺とか気色悪いんだよ……。

 こんな餓鬼なぁ。殺そうと思えば、簡単にぶち殺せんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「いやもう遅い」

 

「――――――な、」

 

 血走った目で宋江が振り上げた腕は、深紅のアーツを描きながらポトッと落ちた。

 そう、劉邦軍にはこの男がいた。夷人と幕臣の血に飢えた人斬りが跳梁跋扈する魔都を、暴力と暗殺の恐怖によって治めた人斬り集団の副長が。

 黒いロングコートが風に靡く。宋江の背後へ忍び寄り見事に腕を切り落としてみせたのは、嘗ての新撰組副長にして現劉邦軍諜報担当・土方歳三だった。

 

「て、テメエ! あの黒子野郎以外にもサーヴァ」

 

 問答無用。土方の繰り出す一閃は、宋江の胴体を真っ二つに両断した。

 




【元ネタ】水滸伝、宋史
【CLASS】アサシン
【マスター】なし
【真名】宋江
【性別】男
【身長・体重】177cm・54kg
【属性】中立・悪/秩序・善
【ステータス】筋力C(E) 耐久D(E) 敏捷B(D) 魔力C(A) 幸運C(E) 宝具A(EX)

【クラス別スキル】

気配遮断:D
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

【固有スキル】

女神の寵愛:B
 九天玄女からの寵愛を受けている。
 魔力と幸運を除く全ステータスがランクアップする。

カリスマ:C(A)
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力 を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、Cランクは賊の首領としては破格のものといえる。

星主:A+(EX)
 梁山泊に集った百八星の主としての権限。
 自身以外の百八星の宝具を、自分の宝具として使用することができる。
 ただし史実における賊徒としての召喚であるため、使用できるものは百八星のうち自身を除く三十五人の宝具だけである。

重複召喚:E
 一つのクラスに同姓同名の二種類の英霊が宿ってしまっている状態。
 単独のクラスで二つのクラスを兼ね備える二重召喚や、単独の英霊が複数の人格を持つ多重人格とは似て非なるスキル。
 宋江の場合〝星主〟スキルを発動する毎に判定を行い、失敗する事に重複召喚のランクが上昇していく。
 ランクがAを超えた時、賊徒としての人格は消え去り属性が反転。クラスが変貌する。






「後書き」
 とまあ漸くサーヴァントのパラメーター公開一人目です。
 FGO風のプロフィールとかは完結後のマテリアル的ななにかで出します。
 なお宋江のステにおける()内は水滸伝の宋江のステータスです。賊徒・宋江と比べると白兵などの戦闘力は下でも、戦術・戦略レベルでは上みたいな感じですね。総合的には水滸伝の宋江の方が数段上です。


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第12節  驚悪夢

 上半身と下半身を真っ二つにされては、どんな英霊であろうと死の運命から逃れられる道理はない。

 息もつかせぬ早業。土方歳三の一斬はあれだけしぶとく立ち回った宋江を一撃で黄泉路へと送ったのだ。

 ほっと胸を撫で下ろす。あのままだと本当にマシュが自分で自分の両足を切り落としかねない勢いだっただけに安堵は大きい。

 

「ありがとうございます。土方さー―――うっ!」

 

 感謝の言葉を言おうとして、思わず息を呑む。

 そこに少し前までユーモア混じりに語らった男の面影はなかった。李逵のような乱暴さも宋江のような悪辣さもないが、ディルムッドの高潔さも樊噲の猛々しさも何一つありはしない。

 土方歳三の面貌に浮かび上がるのは、ただひたすらの〝無〟のみ。

 非道に対する義憤、人殺しという咎に対する罪悪――――殺人を実行する上で余計となる感情の一切合財が失せた絶対零度の表情。それは正しく〝死神〟と渾名する他ないだろう。

 チャキッと音を立てて土方が刀を鞘に納める。

 瞬間、死神は消え去り自分やマシュが語らった土方歳三が戻ってきた。

 

「ふーっ。大丈夫だったかい二人とも。怪我はしてないかね?」

 

 驚きを通り越して見惚れるほど鮮やかな『暗殺』をやってのけた土方が、軽く息を吐き出しながら刀を鞘へ納めて言った。

 

「はい。多少のダメージはありますが、デミ・サーヴァントですので問題ありません。一時間も経たずに回復する程度です」

 

「俺も大丈夫です。傷一つないです。そもそもマシュと違って直接戦ってる訳じゃないし」

 

「いやいや。直接戦わなくても戦場にいる以上は戦死の可能性は付き纏うものさ。こんな乱戦まがいじゃ特に。これは経験則だから気を付けた方がいい」

 

「経験則?」

 

「ああ。恥ずかしながら私も流れ弾で死んだ口でね。予期せぬ一撃は本当に恐いよ。はっははははははははははははは」

 

 本人は笑っているが、生憎と自分もマシュも一緒になって笑えるほど図太くはなかった。もし一緒に笑える者がいるとすれば、死者である他のサーヴァントくらいだろう。

 ともあれ大将である宋江を倒したことで戦いの趨勢は決まった。傀儡兵は大将が死のうとまったく動きを鈍らせないが、それに対峙する劉邦軍は大将首を獲ったことで士気は鰻登りである。

 劉邦軍には既に『英霊の座』に昇る豪傑がかなりの数揃っているので、秦軍を完全に撃滅するのも時間の問題だろう。唯一残った懸念事項は、

 

「あ、兄貴……ウォォォォォオオオアアアアアアアアアーーーーーッッ! 兄貴が、兄貴が死んじまったァァァアああああアアアアアアアっっっ~~!!」

 

 濁流のような涙を流しながら、泣きじゃくる子供のように斧を振り回す李逵。溢れん悲しみが肉体のリミッターを外しているのか、その動きは旋風を通り越して竜巻だった。

 ディルムッドもここまでの馬鹿力を発揮するのは予想外だったようで、少しだけ汗が滲んでいる。

 宋江が倒れた今、李逵は秦軍で唯一サーヴァントや劉邦軍の豪傑と戦える存在だ。或は彼が兄貴分の死を乗り越えて冷静に部隊指揮をやれば話は変わってくるのだが――――幸いなことにあの様子を見る限りその心配はなさそうだ。

 幾ら李逵が限界以上の力を発揮しようと所詮は一兵卒の勇。戦略全体に影響力を与えることは出来ない。

 

「最後の一働きだ。暴れ牛を宥めてこよう。手伝ってくれるかい?」

 

「は、はい! お供します」

 

 それに宋江が倒れたならば、マシュと土方も対李逵に回ることができる。

 李逵は相当の武勇の持ち主だが、ヘラクレスのように三騎のサーヴァントを同時に相手取れる出鱈目な強さはない。これで決着はつくはずだ。

 

『あれ?』

 

 その時。ロマンが首を傾げた。

 

「……ドクター。また何か嫌な報告ですか?」

 

『あ、ごめんごめん。不安にさせちゃったみたいだね。けど安心していいよ。別に悪い報せじゃない。ここからの観測でなんだか李逵の反応が薄まってきているみたいでね』

 

「李逵の?」

 

 視線を向けると当の李逵は変わらず大暴れしていた。だがよくよく目を凝らすと体が薄まっていっているような気がする。

 

「特に致命傷を負った様子はないみたいですけど、どうなってるんですか?」

 

『今のところはなんとも。まぁ敵が弱まってるなら良いことさ。もう一押しってところだからね』

 

 気になるが、だからといってお喋りで時間を浪費している場合でもない。

 こうしている間にも劉邦軍兵士の誰かが死んでいるかもしれないのだ。疑問は後回しにして早く李逵を仕留めるべきだろう。

 しかし、

 

「くっくっくっくっくっ。三人して李逵に余所見してばっかなんてツレねぇな。妬けてくるねえ」

 

「なっ!? 宋江、まだ生きてたのか!」

 

 地獄の底から響いてくるような声に振り返る。

 広がる血溜り、切断面から零れだす臓器、青白く変色した頬。そこには上半身だけとなって尚もしぶとく現世にしがみ付く宋江の姿があった。だがそんなにも無残な姿に成り果てながら、不敵な笑みとらんらんと輝く瞳は健在だった。

 咄嗟に身構える。一方で死体を見慣れた土方の反応は冷ややかなものだった。

 

「死体が喋るな。私は墓前以外で死人と語らう趣味はない」

 

『土方副長の言う通りだよ。その宋江は消滅寸前とかじゃなくて消滅していく途中の状態だ。つまり……もう死んでいる』

 

 死ぬ寸前でも直前でもなく、死にゆく最中。本来ならばもう消滅している筈なのを、本人の強靭な意思で現世に留まる時間を眺めているだけに過ぎない。

 こうなってしまえばオケアノスにいたキャスターの『修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)』をもってしても癒せないだろう。

 

「……無駄に苦しむだけだ。さっさと消滅した方が良い」

 

 宋江は情けをかけるに値しない男だったが、地獄の苦しみを味わいながら生にしがみつく男を放置するというのも、それはそれで後ろ髪を引かれるものがある。

 だからせめてもの情けとして忠告した。そんな宋江の返答は、

 

「くくくくくっ、ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 狂笑。夥しい血を吐き出しながら宋江は邪悪な笑い声をあげる。

 皮肉にもそれが完全な駄目押しとなり、みるみる宋江の体が薄まっていった。

 

「俺みてえなクズで下種な畜生にまで憐れみかけてくれるなんざ、お前等は大したお人好しだよカルデア。感動するねぇ、お涙頂戴ものだねぇ。だからお前等は――――爪が甘ぇんだよ」

 

「っ!」

 

 猛烈に嫌な予感がした。根拠はないが宋江をこのままにしておくのは不味い。

 

「お返しに魔法の言葉を教えよう」

 

「マシュ、土方さん! 宋江を――――」

 

天罡星(てんこうせい)驚悪夢天下泰平(きょうあくむてんかたいへい)

 

 死にゆく宋江は己の全魔力・全生命力を宝具を解放する動力へ変換する。文字通りの命懸け。宝具を解放した瞬間、宋江は完全にこの世から消滅した。

 そう、その筈だったのだ。最後に解放された宝具が全てを引っくり返す。悲劇は喜劇に、現実は夢に。

 刹那の暗転。

 変わったものは何もない。景色も、時代も、自分自身も、マシュも、土方も。全てが暗転する前と変わらずそこにあった。唯一つの例外を除いて。

 

「〝ハッ! 夢か!〟ってな」

 

 自分達の目の前には死んだはずの宋江が、五体満足でさも当然のように立っていた。

 これには自分やマシュ、サーヴァントである土方さえも驚愕の余り言葉も出ない。ただ絶句する。

 

『し、信じ、られない……。再生能力だとか死者蘇生だとかそういう次元じゃないぞ……。宋江が致命傷を負ったという事実自体がなかったことになってる……!』

 

「起きた事象をなかったことにした? 信じられません。まさか歴史を書き換えたとでも言うんですか!?」

 

 過去改変。不可能と知りつつも人が求めて止まない禁断の果実。(三次元)を生きる人間では届かぬ、次元を超える奇跡だ。2015年になり人類の叡智は殆どの奇蹟を魔術へと堕としたが、未だにそれ(時間旅行)は魔法の一つとして存在し続けている。

 そんな聖杯を用いなければ出来ないような奇跡を、宋江はやってのけたとでもいうのだろうか。幾ら宋江が百八星の宝具を全て使う権利を持っているからといって滅茶苦茶だ。

 

「どうよ? やっぱり最高の手品は最後までとっておかねぇとなぁ! 理解したかバッキャロウ共。テメエ等が幾ら俺を焼こうと煮ようと無駄だ。俺は自分が死んだという事実だってなかったことに出来る。つまりテメエ等に最初から勝ち目なんざなかったんだよ」

 

 悔しいが宋江に言い返してやることは出来ない。死んだという事実すらなかったことに出来るなら、比喩ではなく宋江は無敵だ。どうやったって勝てっこない。

 

「それはどうかな」

 

「なに?」

 

 しかし絶望的事実を振り払うように、土方歳三は冷静に反論した。

 

「起きた現実をなかったことにする宝具。なるほど恐ろしい。実にインチキ臭いものだ。だがもし本当に自由に過去を好き勝手改変できるなら、お前のような下郎が誰かの配下に収まっている筈がない。呼保義の渾名通りとっくに至尊の座へ昇っているだろう。そうしていないという事はその能力、穴があると見た」

 

「ほー。東の方にある島国の小僧にしちゃ敏いじゃねえか」

 

 関心したように宋江が手を叩く。嘘を吐いているようにも見えないので、土方の読みは正しかったらしい。

 宋江は手を叩きながら鋭く周囲を見回す。話している間に全体の戦いは完全に決着がついているようだった。もう直ぐにでも劉邦軍の猛将たちがここに駆け付けるだろう。盗賊の首領だけあって宋江の決断は素早かった。

 

「李逵! 撤退だ、ずらかるぞ!」

 

「あ、兄貴!? うわっ!」

 

 瞬間。ディルムッドと戦っていた李逵が忽然と消滅する。本当に一瞬の出来事に最速の槍兵をもってしても追撃は出来なかった。

 令呪による空間転移か、また妙な宝具でも使ったのか。ともかく李逵は消え、残るは宋江のみ。そしてその宋江も既に逃げるための殿を用意していた。

 

「気張れよ連環馬ァ! 俺が逃げ切るまでなぁ!」

 

 宋江が呼び出したのは鋼鉄の騎兵部隊。宋江を追おうとする自分達に、頑強な騎兵が城壁のように立ち塞がる。

 そして騎兵達を掃討し終えた時、既に宋江の姿は何処にもありはしなかった。

 

 




「原本水滸伝」
 大本である水滸伝の原作には最初に作られた百回本と、百回本に田虎・王慶との戦いを加えた百二十回本、そして梁山泊に108の好漢が集結したところで終わる七十回本の三種類が存在している。
 日本で一番認知されているのは百二十回本だが、本場中国では七十回本が一番人気がある模様。

「七十回本」
 清時代の批評家・金聖歎が梁山泊が招安を受けて官軍になる七十二回以降の話は、面白くない『蛇足』であるとして、七十二回以降を切り捨て全七十回の七十回本を復刻版と主張して世に送り出した水滸伝。金聖歎はかなり宋江のことが嫌いらしく――――気持ちは分かる――――宋江の事をかなり批判的に描いている。その批判ぶりはアンチ小説と呼んでも差し支えない。
 ラストには百八星全員が官軍にとっ掴まって処刑される――――という夢を副首領・盧俊義が見て、驚いて目を覚ますと『天下泰平』と記された額がかかっていたというエピソードで物語は締めくくられる。要するに賊徒である好漢達の死=天下泰平であると暗示しているわけである。まぁ好漢達の中には李逵とか李逵とか李逵みたいに、どう考えても好漢じゃない奴も結構いるので的外れということでもないが。それに招安後の水滸伝はそれ以前と比べてあんまり面白くないのでぶった切りたくなる気持ちも分かる。
 今話で宋江が使用した宝具は、この夢オチENDが元ネタ。


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第13節  死んだ馬

 将である宋江こそ取り逃がしたものの、どうにか秦軍を追い払う事に成功した劉邦軍は、当初の予定通り公孫勝についての情報を聞く事にした。

 震えながら劉邦の前に立つのは、宋江に人質にされていた少女である。先の虐殺の恐怖が残っているせいで、少女の肩は小刻みに震えていた。

 顔色は蒼白で、とても公孫勝について証言が出来るような状態ではない。

 無理もないだろう。集落の民が話しているのを耳に挟んだのだが、あの少女は宋江の襲撃で両親を失っているそうだ。両親を失い自分もあわや殺されそうな目に合いながら、冷静さを保てる子供などいやしないだろう。

 

「あの、沛公。あんな事があったばかりですし、もうちょっと日を置いてからにした方が……」

 

 樊噲を始めとした劉邦軍の将達は何も言わないので、マシュが恐る恐るそう提案する。

 惨劇に見舞われ心に深い傷を負った少女への当たり前の配慮。けれどその配慮が当たり前なのは現代においてのことだ。残念ながら古代中国、それも乱世において現代の倫理観は通用しない。

 

「駄目だ」

 

「け、けれど」

 

「俺達は別にこの集落を助けに来たんじゃねえ。あくまで公孫勝の行方について聞きにきただけだ。大体な、日を置くってったってその間に兵士を食わせる飯――――は、うちの飯番がなんとかするとして、軍をここに駐留させるにゃ色々と用意がいるんだぞ。

 その間に唯一の拠点が秦に落とされっちまったら、本国や項羽将軍のいる本隊と連絡がとれねえ俺達は、全員纏めて秦に降伏でもするしか生きる見込みがねえんだぞ。いや降伏しても親玉の俺を秦が許してくれるとは思わねえけどな。配下のために我が身を犠牲にってのも御免だし、そうなったら身分も名前も放り捨てて逃げるっきゃねえか。乞食にまで身を窶せばどうにか生きていけんだろ」、

 

「義兄上。話が脱線してます。客将達が引いているのであんまり本音を暴露しないで下さい」

 

「樊噲の指摘に賛同です。そりゃ昔の貴方は碌に仕事もせずに食っちゃ寝している極潰しの類でしたが、なにを間違ったか今や楚国の重鎮の一人なのです。それに相応しい言動を心がけるべきかと。あと私をどこからともなく兵糧を生みだす魔法の壺扱いしないで下さい」

 

「そう言うなよ。そこの魔法の壺が言う通り、俺なんて年がら年じゅう酒と女と博打の事しか考えてなかった屑の小悪党なんだぜ。幾ら取り繕ったって育ちの悪さは隠せねえよ。流石に項羽将軍とついでに壊王様相手にゃ必死こいて取り繕うけどな」

 

 蕭何の切実な訴えは華麗にスルーしつつ劉邦が言い訳する。

 冬木市ではアーサー王。フランスではヴラド三世、ローマではネロやカエサルなどのローマ皇帝に後の征服王であるアレキサンダー。この他にも色々な王や皇帝を目にしてきたが、自分を『屑の小悪党』などと評する人は初めてだ。

 時代的にまだ皇帝でも王でもないからなのかもしれないが、この劉邦なら皇帝になってからも同じような事を言っていそうだった。

 

「長くなったが、そいうわけで日を置くっていうのはなしだ。あー、納得して頂けたかね、客将殿」

 

 少女の事を思うならば、やはり日を置くべきだと主張したい。しかし、

 

『二人とも、ここは沛公に賛成しておこう。特異点修復には沛公の軍は不可欠だし、ここで衝突して決別なんてことになったらアウトだ。

 それに……これから僕は酷く冷たい事を言うよ。今回の虐殺や少女が傷を負ったという事実も、特異点が修復されれば全てはなかったことになる。二人のことだし、だから見捨てていいなんて暴論には納得しないだろうけど、やはりここは我慢してくれ』

 

 先程ターミナルポイントを設置したことで、ロマンからの念話は厭になるほど正確だった。

 マシュはうつむき、鬱血するほど手を握りしめている。幾ら特異点修復の為で、事が終わればなかったことになるといっても、マシュには少女の傷を開いてまで情報を得ようとするなんて選択はないのだろう。だからこれは自分の役割だ。

 

「分かりました。情報を聞きましょう」

 

「せ、先輩?」

 

「マシュもいいね」

 

 敢えて命令するように強い語彙で確認する。

 

「……了解、です。すみませんマスター。私のせいで……」

 

「マシュはそのままでいいんだよ」

 

 最前線で命のやり取りをしているマシュと違って、自分は後ろで指示を出すだけなのだ。

 だったらせめてマシュの代わりに業くらいは背負いたい。

 

 

「客将方も納得してくれて良かったぜ。じゃあ早速だが公孫勝って道士についての話を聞かせてもらおうか」

 

「…………え、あ……」

 

「ん? 怯えるこたぁねえよ。変に隠し事したりせずに知ってることを全部喋ればいいんだ。どんな些細な事だったとしても俺達は秦軍みたく虐殺とかしねえよ。ちゃんと恩賞だって出すぜ。親が死んじまったんなら生きていくにも金が要るだろう」

 

 人間の『生きようとする底力』は侮れるものではない。少女の反応に自分はそのことを思い知る事になった。

 証言すれば金を出す。この単純な餌を劉邦が出した途端、くすんでいた少女の眼に生命の灯が宿ったのだ。

 

「こ……公孫、勝…………っていう人なのかは分かりません……名前は聞いて、ませんでしたから……。けど道士みたいな格好をした人とは、会って話しました」

 

「ほう。何を話した?」

 

「……あんまり、大したことは。天気の話とか、日々の生活の話とかばかりで……。そういえば道士様は、帰り際に桃をとっていきました」

 

「桃?」

 

「……は、はい。自分と知り合いの分で二つ要ると仰って……」

 

 桃というキーワードに思い当たるものがあって「あっ!」と声を挙げる。

 

「どうした?」

 

「俺とマシュが出会った『入雲竜』も桃を食べてました! 間違いありません!」

 

「となると公孫勝の知り合いってのは、お前達にいきなり襲いかかってきたっていう騎兵かぁ。こりゃ振り出しに戻っちまったかな。お前達は公孫勝の行き先については分からねえんだろう?」

 

「はい。お役に立てずにすみません」

 

「構わねえよ。その時は俺達や秦が狙ってるなんて知らなかったんだろう? それに役になら十分たってもらってるさ。これまでの働きでな。ありがてえもんだよ」

 

 手をパタパタと振りつつ劉邦はマシュの謝罪をあっさりと流し、逆に感謝の言葉を伝えてくる。

 少女に対して冷たい態度をとったと思えば、一転してこの懐の深さ。器が大きいのだか小さいのだかいまいち掴めない。

 

「あ……あの……」

 

「おっと悪ぃ悪ぃ。ちゃんと話してくれたんだ。その分は払うさ。おい」

 

 蕭何が恩賞の入った袋を手渡す。それを受け取った少女は中を覗き込み、仰天した。

 

「は、沛公様! こ……これ!」

 

「ん? 少なかったか?」

 

「お……多すぎ……ますっ! こんなに……沢山……なんて……。私、大した事を話せて……ないのに……」

 

「なぁに気にするな。死んだ馬の骨を買っただけだ」

 

「?」

 

「お前の面倒はこの集落の長にするよう申し付けてある。達者に生きろよ」

 

「は、はい! あ……ありがとうございます! 沛公様、この御恩は決して……忘れません……」

 

 少女は頭を地面に擦り付けるほど感謝しながら出て行く。

 両親を失った少女がこれから先どうやって生きていくのか心配だったが、あの調子だと問題はなさそうだ。

 

「(あの女の子への対応で冷たい印象を受けましたが、やはり漢王朝を興す徳者です。ちゃんとあの子の事も考えていたんですね)」

 

 マシュが主従間のラインを通じて、少しだけ嬉しそうに言う。

 自分もそう素直に思いたいのだが『死馬の骨を買う』故事を知っているだけに厳めしい表情を浮かべてしまった。

 大した情報を持っていない少女にあれだけの恩賞を出せば、噂を聞いた少女以上の情報を持っている者はこぞって劉邦を訪ねてくるだろう。しかも集落の者達への人気取りにもなる。

 徳者の仮面に潜む打算と計算。士は恩賞欲しさに劉邦の下へ馳せ参じ、何も解らぬ民衆は彼こそ大徳の王と拍手喝采する。

 なんとなくだが劉邦がどうして自分より遥かに強い項羽を倒して皇帝となれたのか分かったような気がした。

 



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第14節  腸の蛇

 集落から撤退し、自軍の陣に戻った宋江は荒れに荒れていた。

 外道でもなんだかんだで一軍の将たる器量はあるため配下に八つ当たりこそしていなかったが、それでも顔に浮かぶ不機嫌さは隠しようもない程である。

 それに『配下』にこそ当たらなかったが『所有物』に対してはそうではなかった。宋江の幕舎には首を刎ねられたり、胴体を引き裂かれたりして惨殺された女の死骸が数体ほど転がっている。彼女達は宋江が方々の村で略奪した〝戦利品〟だった。

 

「ああくそっ……腹立たしい……っ! 忌々しいんだよ……糞がっ!」

 

 唾を吐き捨て、宋江は足元に転がっていた石ころを踏み砕く。

 しかし石を砕き、女を惨殺しようと宋江の表情は一向に曇る事はなかった。

 

「兄貴ぃ~。そんなピリピリしないでもっと気楽にいこうよ」

 

「あぁ?」

 

 兄貴分の苛立ちを見兼ねて李逵が宥めるように言った。

 

「今回は劉邦に邪魔されたけど、百八の魔星は巡り合う運命にあるんだ。今の兄貴は知らないかもしれないけど、呉先生が言ってた事だから間違いない! だからいつかあの皇帝の言った通り公孫勝と会えるって!」

 

 李逵としては足りない頭で精一杯に絞り出した言葉なのだろう。しかしながら李逵の慰めは宋江の苛立ちに油を注いだだけだった。

 

「宿命だって?」

 

 血管を浮かび上がらせる程の怒気を発し、宋江は剣を李逵に突き付けた。

 

「何度言えば分かるんだバッキャロウがッ!! 百八星も梁山泊も知らねえ! 宿命なんざ俺とは一切合財関係ねぇ!」

 

「わわわ。落ち着いてくれよ、兄貴。別に俺は兄貴を怒らせるつもりはなくて……」

 

「だったら黙って寝てろ! テメエに出来ることなんざ斧振り回して敵ぶっ殺すだけだろうがっ! 余計なことしてんじゃねえ!」

 

「ご、ごめんよ」

 

 敵軍には悪鬼の如き殺戮ぶりで鉄牛と恐れられた李逵も、宋江相手には借りてきた猫だった。

 身長2mの巨漢が幼子のように怒鳴られしゅんとする様は一見シュールだったが、李逵が子供がそのまま大きくなったような性格をしているだけあって違和感はない。

 

「っていうかテメエ。俺が陛下の言いつけを守れなかったことに苛々しているだとか、そんなお目出たい勘違いしてるんじゃねえだろうな?」

 

「え? 違うの?」

 

「バッキャロウ。上品な英雄様と違って俺様は下品で下劣で下種な盗賊なんだぜ。自分より強ぇ相手に逃げ出すなんざ日常茶飯事。自分が助かる為なら役人の足だって舐める男だぜ。任務放棄して逃げることなんざどってことねえっての」

 

「じゃあ何に怒ってるんだ?」

 

「決まってんだろうが。これだ……忌々しい『宋江』だ」

 

 宋江が指さしたのは自分自身。より正確には宋江の中に存在するもう一人の『宋江』だ。

 賊徒の宋江と水滸伝の宋江。

 オリジナルなのは前者であるが、信仰と知名度は圧倒的に後者が上回る。宋江が賊徒としての宝具を一切持たず、水滸伝における伝承を具現化した宝具ばかりを保有するのもそれ故だ。

 中国四大奇書の主役格だけあって『宋江』のスキルと宝具は実に優秀だ。相性が良ければ宝具を使い分けて、相手を完全に封殺することだってできるだろう。

 だが水滸伝の『宋江』を、本来の担い手ではない賊徒・宋江が利用すれば当然ながら負債を支払わなければならない。宋江にとってそれは創作による自己の塗り潰しという形で現れる。

 百八星の宝具を昨日だけで三連続での使用。そのせいで宋江の精神に創作の『宋江』の意識が芽生えつつあった。

 今日自分の所有物を処分しようとした時や、人質とした少女を殺そうとした時に手が止まったのも、宋江の内の『宋江』が足を引っ張ったせいである。

 

「自分の肉体を内側から食われている気分だ……。気色が悪い……気分が悪い……頭がどうにかなりそうだ……俺じゃない俺が、俺に成り替わって俺になろうとしてやがる……」

 

 生前から宋江は自分が幸せに生きる為ならなんでもやってきた。

 村が飢饉になれば自分を食おうとした親を返り討ちにして食い物にしたし、盗賊に襲われた時はこれも返り討ちにして自分の子分にしてやった。盗賊の首領になってからは殺人、略奪、密売、強姦と大抵の悪事はやった。

 百人に聞けば百人が、千人に聞けば千人が。宋江の事を生きる価値のない外道と蔑むだろう。だがところがどっこい。宋江は正義や法の裁きなんて受けることなく、招安を受けてほどほどに活躍した後はのんびりとした老後を送り、大宋国滅亡を眺めながら家族に見守られる中で死んだ。しかも水滸伝なんていう創作物の影響で今や昭烈帝と並ぶ英雄扱いである。

 しかし、

 

「正義や法からも逃れてきた俺も、流石に自分の中にいる奴をどうこうできねえ……。形のねえ奴ってのは殺せねえのが胸糞悪ぃ」

 

 宋江が出来る対処法といえば『気をしっかりと保つこと』くらいである。

 対処法と言うには余りにもチープだが、これ以外に大した打開案がないのだから仕方がない。

 

「兄貴も大変なんだな。よし! じゃあ俺が一肌脱ぐよ! 任せておいてくれ!」

 

「テメエが?」

 

「応! 〝いじゅつ〟とか〝まじゅつ〟はさっぱりだけど、肉を解体するのは得意なんだ! 兄貴のために猪でも捕まえてきて捌いてやるよ! 困った時は美味い物と美味い酒を飲むに限るぜ! そうすりゃ病も怪我も一発で治る!」

 

 無邪気に笑う李逵に宋江は自然と頬が緩み、無意識のうちに口が動いていた。

 

「ははは、李逵。素晴らしいが説だが、もしそれが本当なら安道全はお役御免になってしまうぞ」

 

 宋江は李逵の提案をすげなく却下したと思いながら水を一気に煽る。

 李逵相手に怒鳴り散らしたからなのか、一時は吐きだしたくなるほど騒がしかった心は落ち着きを取り戻していた。

 これでこれ以上は八つ当たりをせずに済みそうである。

 

「危なくなりゃ使うしかねえが、そうじゃねえ時は百八星共の宝具を使うのは控えねえとならねえか。特に関勝の宝具は負担が強ぇ。叶うなら二度と使いたくねえな」

 

「大丈夫だって。宋江の兄貴はどれだけ追い詰められてもなんだかんだ生きてきたんだ。なんとかなるって」

 

「テメエの知る『宋江』と俺を一緒にすんじゃねえ」

 

「一緒になんかしてないって! 今の兄貴が前の兄貴と違う事は馬鹿だけど分かってるよ。けど俺は今の兄貴も昔の兄貴も好きだから、やっぱり宋江の兄貴は兄貴な訳で、だから俺も兄貴が今だろうと昔だろうと兄貴で…………あれ? 俺は何を言おうとしてたんだ?」

 

「俺が知るかよ」

 

 途中で文章が脳のキャパシティーを超えてしまい、ショートした李逵はキョトンとしていた。

 だが李逵は「とにかく!」と前置きすると、

 

「俺は死んだ後だって兄貴の一兵卒さ。兄貴の行く先ならとことん付き合うぜ!」

 

「…………そうかよ」

 

 宋江はどうして自分に李逵が盲目的な深愛を向けるか欠片も理解できなかったが、私情を抜かせば李逵は頼もしい戦力である。

 カルデアの連中がよりにもよって劉邦軍と共同戦線を張っていることもあるし、李逵にはこれまで以上に働いて貰わなければならなかった。

 

『宋江将軍』

 

 伝令の傀儡兵が幕舎に入ってくる。

 また都の皇帝からの追加命令かもしれない。げんなりしながら宋江は口を開く。

 

「どうした?」

 

『李大将軍がお目見えです』

 

「なんだとっ!」

 

 李というのは中華では有り触れた姓だが、傀儡兵が大将軍という役職つきで呼ぶ李姓の持ち主は一人しかいない。

 つまり秦帝国六虎将が一人、李信だ。

 その時だった。大秦帝国を象徴する黒揃えの甲冑を装備した男が、まるで我が家にでも帰ってきたかのような堂々とした佇まいで幕舎に入ってきた。

 黙して尚も万軍を従えるに余りある風格は正に大将軍のそれ。宋江にとっては上官でもある人物の来訪に、宋江は普段の野卑さを包みこむように礼をする。

 

「これはこれは李将軍。感陽の守護の任についておられる筈の貴方がどうしてここに?」

 

「その様子だと公孫勝は見付かってないようだな」

 

「…………残念ながら。して、軍規に則り首でも斬りますか?」

 

 もしそうならば李信は上官ではなく敵だ。率いている傀儡兵も全員敵に回るが、こちらには李逵がいる。殺せずとも逃げることは出来るはずだ。

 逃げた後は身を隠すか、劉邦軍にでも降伏するのがベストだろう。カルデアの連中は自分に敵愾心をもっているが、劉邦ならば自分が『使える』と判断すれば受け入れるはずだ。

 

「一銭にもならんお前の首など欲しくはない。だから逃げる算段なんてする必要はないぞ」

 

「おや、なんのことだか」

 

「まぁいい。それより陛下の方針が変更になった。公孫勝探しは一時中断。まずは劉邦軍とカルデアを潰すのを先とする」

 

「劉邦を始めとした抵抗勢力潰しは、王大将軍率いる本隊が役目を終えて帰還してからの筈では?」

 

 六虎将最強にして最優の名将である王翦。彼は始皇帝にとってこの時代で何を置いてでも果たさねばならぬ役目のため出兵中である。

 他の六虎将のみならず聖杯を用いて呼びだしたサーヴァントを多数揃えての軍勢は、秦帝国の本隊と言えるだろう。

 その本隊を出せば劉邦軍など羽虫のようなもの。楽に踏み潰せる。だから今は劉邦軍は泳がせておいて、公孫勝捜索を優先。掃除は本隊が帰還してからというのが秦の、というより始皇帝の方針だった。

 だというのにいきなりの方針転換。

 宋江は始皇帝とは付き合いが長い訳ではないが、少なくとも自分の意見をコロコロと翻すような生易しい男ではなかった。

 つまり方針転換するには相応の理由があるのだろう。

 

「カルデアだ」

 

 そして李信は簡潔に、これ以上ないほど的確に理由を告げた。

 

「劉邦軍だけならまだしも、カルデアまでもが加わったとあれば泳がせたままにはしておけん。カルデアの戦力は盾のデミ・サーヴァントが一人だけだが、これまでの特異点でも連中は無数の野良サーヴァントを仲間に引き入れ定礎を復元させてきた。放置しておけばこの時代でも一大戦力を築き上げる可能性がある」

 

「だから今潰すと?」

 

「鎮火するなら小火のうちにやっておきたいからな。……だから先んじて仕掛けてもある」

 

「ほう」

 

 王翦の影に隠れがちだが、李信もまた六雄のうち燕と斉の二国を滅亡させた名将の一人。

 その行動は風のように迅速だった。

 

 




「六虎将軍」
 秦国においてその勇壮さを称えられた六人の将軍。
 王翦、蒙武、桓騎、李信、王賁、蒙恬の六人がこれに該当する。


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第15節  疑心

 公孫勝を見つけ出すという目的を遂げられなかった劉邦軍は、一先ず拠点である碭の城へと戻った。

 カルデアには劉邦軍から離れて独自に公孫勝捜索を続行するという道もあったが、それはロマンとディルムッドの二人が反対したことで却下となった。

 中国大陸は広い。しかも加えて特異点化の影響で地理が滅茶苦茶になっているのである。大陸を駆けずり回って虱潰しに探すなんていうのは現実的ではない以上、ある程度の情報力を備えている劉邦軍と共に拠点へ戻るのがベストだというのがロマンの考え。そして敵の戦力が分からない以上、戦力分散の愚を犯すのは宜しくないというのがディルムッドの考えだった。

 ディルムッドの指摘は正しい。あの始皇帝が聖杯を握っているのであれば、支配下にあるサーヴァントが宋江と李逵の二人だけというのは考え難い。確実に他にもサーヴァントがいるはずだ。これまでの特異点を踏まえるに最低でも後二人以上いるのは固い。

 対してカルデアのサーヴァントはマシュと、現地で契約したディルムッドの二騎だけ。土方はあくまで劉邦軍の将だ。

 宋江と李逵の二人だけでも手古摺ったというのに、他のサーヴァントまで一緒になって襲われれば一溜まりもないだろう。

 理由は違えどもカルデアの司令官(仮)と一向で最も修羅場を潜り抜けてきているディルムッドの意見が合致すれば、それに異を唱える者は誰もいない。こうしてカルデアも劉邦軍と一緒に碭へ向かう事になった。

 軍を伴っての移動である。傀儡兵のように休みなしで行軍できる筈もなく、丸一日を費やして碭へ到着した時には既に日は落ちかけていた。

 

「昨日は色々あってお前さん達も疲れたべ。無理して体調崩されでもしたら俺達にとっても大損なんだ。今日はゆっくり休むといい。土方、部屋を案内してやれ」

 

 デミ・サーヴァントであるマシュはそうでもないが、マスターの方は生身の人間である。慣れぬ時代と国にきてからの激戦に次ぐ激戦。疲労は溜まりに溜まっていた。それ故に二つ返事で頷き、用意された部屋に案内されて行った。劉邦の瞳に潜む冷たい色に誰一人として気付かぬままに。

 そして夜の帳が落ち、カルデアの面々が寝静まった頃。

 

「沛公。土方歳三、戻りました」

 

 カルデアの面々を『劉邦の命令』で見張っていた土方が、報告の為に劉邦のいる部屋へ入ってきた。

 

「入れ」

 

 土方が来ることを事前に知っていた劉邦は、平時であれば親友と弟にしか踏み入らせない自室へあっさりと入る許可を出す。

 入室すると劉邦の他に樊噲と夏侯嬰の二人が控えていた。両名とも挙兵以前から劉邦と付き合いのあった側近中の側近である。武勇もさることながら『忠誠心』という点でも劉邦軍でトップクラスの人物といえるだろう。

 

「おう、御苦労。それでカルデアの連中はどうだった? 裏切りの相談でもしてやがったか?」

 

「――――」

 

 危ないところを助けられ、つい先刻には気遣う言葉をかけた相手に対して、劉邦は臆面もなく疑いを口にする。

 土方はカルデアに見せた『気の良い歳さん』でも『冷血な死神』でもない事務的表情で淡々と答えた。

 

「いえ。気配を殺して監視していましたが、少し今後のことを相談しただけで直ぐに眠りにつきました。純粋なサーヴァントであるディルムッド・オディナは眠らず主人の護衛に務めていましたが、少なくとも裏切りや内通の様子は欠片も」

 

「そうかい。あの色男はまだ良く分からねえが、坊主と嬢ちゃんは狡い真似できそうにねえ面構えだったから予想通りだわな」

 

 劉邦の記憶に新しいのは、公孫勝の情報を聞き出す際にマシュが少女を庇ったことだ。それからのやり取りも実に清く美しいものだった。

 ああいう人間は裏切りや内通などの『外れた』真似はやらないだろう。仮に理由あって裏切るにしても真っ向からやってくるはずだ。

 

「義兄上。余り言いたくはないのですが、警戒し過ぎでは? 確かに彼等は異国……それどころか異なる時代の人間だそうですが、我々を助けてくれたのですよ」

 

「そうだぜ、兄貴」

 

 樊噲の意見に同調したのは夏侯嬰。

 

「二人だけじゃねえ。腹を割って話せばあのディルムッドも中々良い奴だったぜ。もうちっと信用していいと思うがな」

 

「――――まぁ、一理あるな。だが二人とも忘れてるべ。あの連中はうちの将になった土方と違って、あくまでも客将。もっといや一時的な共闘関係に過ぎねえんだぜ。今は目的が一緒だから一緒に戦ってるが、もし俺達の目的が変わったら敵に回ってもおかしくねぇんだ」

 

「目的が変わる……義兄上は秦打倒を止めるおつもりなのですか!?」

 

「声がでけぇよ」

 

「し、失礼しました。しかし反乱を起こした我々が今更になって矛を収めるなど出来るのですか?」

 

「さぁな。だが俺はあの項羽と違って特に秦に怨みがあるってわけでもねえ。ぶっちゃけ秦が天下を牛耳ろうと過去と未来が焼却されてようと『今』の俺がそこそこ幸せに生きてられるんならそれで良い」

 

 劉邦がこれまで秦相手に命懸けの戦いを繰り広げてきたのは、なし崩し的に反逆者になった自分が生き延びるには、秦を討ち滅ぼす以外に道がなかったからだ。

 もし始皇帝復活により状況が変わりつつあるのならば、態々秦を倒さずとも生き延びる道が見つかるかもしれない。だったらそちらの道に移るだけだ。

 生憎と劉邦は世の英雄のような大層な正義なんてありはしない。天下を統べる大望なんて欠片もないし、民草が苦しもうと自分に関りがないなら激しくどうでもいい。だからこんな英雄らしからぬ選択肢も普通に考慮に入れるのだ。

 

「まぁ始皇帝つったらガチガチの法家で有名だ。都合よくそんな道が見つかるとも思えねえし、となるとやっぱ戦うしかねえんだろうが。

 その為にもカルデアの連中とも良い関係を築いていきたい。あいつ等の戦力は大きいし、敵に回すことだけは避けたいからな。

 ただ口を酸っぱくして言っておくが、お前等も『信用』はしても『信頼』まではするなよ。あいつ等は所詮は外様。最低限離反の可能性は頭に入れておけ」

 

「「…………」」

 

 二人の忠臣は神妙に頷く。知恵者という訳ではないが地頭はそれなりの二人は、共に劉邦がどうして自分達にだけその話をしたかも弁えていた。

 

「土方も悪かったな。新参のお前にこんな仕事させて」

 

「気遣いは不要です。私も生前は新撰組――――治安組織の副長だった身。内を固める意義は理解しているつもりです」

 

 それなりの知名度を得た組織で新撰組ほど内ゲバの多かった組織は珍しい。脱走者なんて数えるのが馬鹿らしくなる程であるし、幹部級の隊士や果ては先代局長までもが粛清によって命を落としている。土方も副長として内部粛清を行ったことも一度や二度では済まない。

 そんな土方だからこそ劉邦から与えられた命令に文句などつけず従ったのだ。恐らく劉邦はそういう性質を見抜いたからこそ、新参である土方にこういった仕事を任せたのだろう。

 

「治安組織ねえ。そういやお前はこの時代より千年以上も先の未来の英雄だったな」

 

「はい。大ざっぱには二千年ほど先の未来で生まれました。といっても自分が〝英霊〟なんてものに祀り上げられていることには違和感を感じますが」

 

「だったら正しい人類史における俺の未来も知ってるってわけだ」

 

「知りたいのですか?」

 

「どうだろ。知りたいような気もするし、知りたくねえ気もする。知れば未来に対する覚悟は出来るんだろうが、知っちまったら最後もう未来が確定しちまいそうでなぁ」

 

 更に言うなら人類史は焼却されているとのことなので、特異点修復をしない限り未来を知ったとしても無意味だ。

 しかも修復したら修復したらでこの会話も『なかったこと』になるので、やはりどちらにしても無意味である。

 

「やっぱやめとくわ。下手に聞いたら藪をつついて蛇を出しそうだ。祟り神には触らないのが吉ってもんだべ」

 

 過去と現在でさえ重い荷物だというのに、未来まで背負うなんて御免蒙る。劉邦はあっさりと未来を振り払った。

 

 



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第16節  迷宮の中の暗殺者

 数々の『星の開拓者』の発明によって人工の明かりを手に入れた現代社会とは異なり、古代においては夜というのは完全な暗闇を差す。

 ここは劉邦軍の拠点なので篝火などの明かりはあるにはあるが、それだって現代と比べれば蛍のように小さなものだ。

 しかしそこは腐っても未来の皇帝が率いる軍。まだまだ未完成で未熟な所はあれど優秀な将に従う兵士達である。夜間といえど警備が疎かになるようなことはなく、いつ夜襲があっても対応できるような防備が固められていた。

 そんな城塞を見下ろしながら、男は口元にゆっくりと孤を描く。

 2mを軽く超える巨体と、それに見合った隆々とした肉体は、どれほど風雨に晒されてもビクともしない巨岩のようだった。

 

「良い夜だ。忍び込むには良い塩梅……暗殺にはうってつけだ」

 

 明らかに人間を超越した風格を持つ男は、始皇帝の『聖杯』により呼び出されたサーヴァントが一騎。クラスはアサシン。即ち、暗殺者である。

 暗殺者である彼が敵陣を見下ろしているということは、これから彼がやることは明白というものだろう。

 男と共に幾多の困難を潜りぬけてきた白い外套が、男に合図するように風になびく。そして男は自分の身長を凌駕する鉄棒を軽々背負うと、敵拠点に向かって思いっきり跳躍した。

 埒外の脚力を受けた大地に罅が入り、その勢いのままに飛んだ男は空を飛ぶ勢いで城内へと突入する。跳躍時は地面を砕いた両足はしかし、着地する時は一切の音をたてることはなかった。

 そのまま男は厳重な警備をすり抜ける様に掻い潜りながら敵の本丸に侵入を果たす。アサシンのクラス別技能、気配遮断は伊達ではない。人間レベルでは厳重な警備も、アサシンにとっては何の意味もなしはしない。男の気配遮断スキルは本職である『山の翁』には劣るAランクだが、それでも十分すぎた。

 

(さぁてと。劉邦の寝所は……こっちだな)

 

 初めて来る城だというのに、男はすいすいと迷いなく進んでいく。

 生前数々の偉業を成し遂げた彼は、初めての場所だろうとある程度は勘で目的地に辿り着くことができるのだ。本職の暗殺者ではないが、暗殺者としては実に優秀な技能だろう。

 

『劉邦軍とカルデアは両方とも面倒な敵だ。だが強い敵と強いまま戦うことはない――――と、王翦将軍なら仰るだろう。いつかの轍を踏むのは嫌だし、ここは生前の王翦将軍の説教を活かさせて貰おう。というわけで命令だ。劉邦を暗殺してきてくれ』

 

 マシュ・キリエライトというデミ・サーヴァントが四六時中べったりくっついているカルデアのマスターは、暗殺するには厳しい相手だ。だからこその劉邦狙い。

 劉邦軍は良くも悪くも劉邦の軍隊だ。一部の例外はあるものの幹部といえる者は大体が劉邦の顔馴染みや、妻の一族である呂一族である。しかも劉邦には自分以外に高い実力をもつ親族が誰一人としていない。劉邦さえ死んでしまえば、劉邦軍団は瓦解するのは明白であった。そして英雄であって英霊ではなくサーヴァントではない劉邦は、殺すのも比較的容易い。

 だからこそ李信は劉邦暗殺を命じたのだ。尤もそこに自分の仕えた王朝を潰した男への復讐心がないかといわれれば難しいところであるが。

 

(ここだな)

 

 劉邦の寝所に着くと男は素早く内部に忍び込む。

 日々の疲れのせいか劉邦は完全に熟睡しており、カバのようなイビキをかきながら熟睡していた。

 李信と違い彼には劉邦に対して特別な因縁などありはしない。東洋史における最重要人物の一人であることは知識として知っているし一定の敬意も払うが、西洋出身の彼にはそこまで深い思い入れなどはなかった。

 だから振り上げられた鉄棒はなんの躊躇もなく振り下ろされ、

 

「させるかっ!」

 

 雷光のように割って入った豪傑によって打ち払われた。

 

「ほう」

 

 深夜。一人で主君を警護していたのは劉邦軍一の猛将・樊噲。

 自分の腕を痺れさせるほどの剣撃を放った樊噲に、男は目をほんの僅かに輝かせる。

 

「義兄上! 起きて下さい! 刺客です!」

 

 樊噲が怒鳴り声一歩手前の大声で叫ぶと、眠りこけていた劉邦は飛び跳ねるように覚醒した。

 

「な、なんだとぅ! 裏切りか? 裏切りなのかコンチクショウ!」

 

「落ち着いて下さい義兄上。この男、中華では見ない顔立ち……ディルムッドと同じ、明らかな異人です」

 

「……成程。おいそこのデカいの。テメエは始皇帝(・・・)の刺客だな?」

 

「ほぉ。うちの大将が始皇帝殿だってことは伝わってるのか」

 

「――――!」

 

 劉邦と樊噲の目つきが変わる。

 

「それとも鎌掛けのつもりだったか? どっちにせよ隠すことでもないしどうでもいいがなぁ。けれど驚いた。大した力は込めてなかったとはいえ、俺の鉄棒を弾くような豪の者を寝所に控えさせておくとはな」

 

「へっ。俺ぁ用心深ぇんだよ」

 

 樊噲の叫びが届いたからか外がにわかに騒がしくなる。生疑心の強い劉邦のことだ。樊噲が叫ぶと兵士達を突入するよう手配でもしていたのだろう。

 男は軽く嘆息する。情けないがここまでの不手際を晒した以上、暗殺は失敗という他ない。

 

「さて、刺客よ。義兄上に手を出して生きて帰れると思うな。はぁぁあああっ!」

 

 熊を一撃で縊り殺す剛腕で樊噲は剣を振り下ろした。

 まだ英霊ではない人間でありながら、その剛力は並みのサーヴァントを置き去りにするものがあった。宋江あたりならば耐えきれず吹っ飛んでいた事だろう。

 だが侮るな、東洋の豪傑。東に豪傑あれば、西には英傑がいると知るがいい。

 樊噲の剣撃を鉄棒で真っ向から受け止めると、

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 あろうことか逆に押し返した。

 

「なっ!」

 

 まさか最も自身のある純粋な『腕力』で負けるとは露ほども思っていなかった樊噲は、予想外の事態に驚愕を露わにする。

 アサシンはマスター殺しに特化していて正面からの戦闘では最弱。そのセオリーは彼には通用しない。

 今でこそアサシンのクラスとして現界しているが、彼は本来ランサーやバーサーカーのクラスで召喚されてもなんらおかしくない大英雄。真っ向勝負でも彼はAランクを軽く超えるサーヴァントなのだ。

 

「暴露すればヘラクレスを倒したカルデアと戦いたかったが、お前のような豪の者とやり合えるのは嬉しい誤算だよ。さぁ! 存分に殺し合おうじゃないかッ!」

 

 暗殺者とは思えぬ清々しいほど直球の殺意。もしこれがただの戦場であれば樊噲も進んで応じたのだが、相手と状況が悪すぎた。

 樊噲は冷や汗を流しながら主君に進言する。

 

「義兄上! 早くお逃げを! 私一人では抑えきれぬかもしれませぬ!」

 

「おう! 言われずとも任せた!」

 

 部下を見捨てず一緒に戦う――――なんていう気は劉邦には一切ありはしない。

 樊噲よりも早く暗殺者の実力を見抜いた劉邦は、樊噲が進言した時には既に逃げ出そうとしていた。しかし、

 

「逃しはしないぞ。暗殺は失敗したが、ちゃんと最低限の役目は果たさせて貰う」

 

 そう言って男は鉄棒を杖のように立てると、

 

万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)

 

 瞬間。雷光の真名もつ怪物(ミノタウロス)を閉じ込めた神話の迷宮が劉邦と樊噲を呑み込んだ。

 

 




 書いた話を保存せず消してしまうという痛恨の「うっかり」をやらかしてしまい、更新が遅れてすみません。
 ディルムッドを除いて東洋鯖(主に中華)ラッシュが続いてましたので、秦側に西洋英霊を出しました。作中にヒントはかなり出ているので真名はもうバレバレだと思いますが。


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第17節  二兎を追う者

 カルデアの感知能力は決して低くはない。近くにサーヴァントがいれば即座に反応をキャッチすることが出来る程度には。

 だからこそ劉邦の寝所で『宝具』が発動したことは直ぐに管制のロマンに伝わった。

 

『二人とも起きてくれ! 緊急事態だっ!』

 

 最初は素人ではあったが既に幾度となく実戦を経験した若きカルデアのマスターは、ロマンの慌てた声を聞いて反射的に飛び起きる。マスターがマスターなら相棒であるサーヴァントもサーヴァント。マシュもマスターと同じく眠りの状態から一気に脳味噌を覚醒させた。

 

「ドクター、何があったんですか?」

 

『今さっき沛公の寝所で急に宝具反応をキャッチしたんだ!』

 

「宝具を!」

 

 驚天動地の事態にマシュが目を丸くし、冷たい汗を流す。

 この城内にいるサーヴァントはマシュを除けば二人。ディルムッドと土方歳三だ。うちディルムッドはここにいるし、劉邦軍の将である土方が主君の寝所で宝具を発動するような真似をする筈がない。

 となれば何が起きているのかは明白だった。

 

「沛公の下へ急ごう。敵サーヴァントの、急襲だ……クラスは、たぶんアサシンっ!」

 

「先輩? どうしてアサシンだと断言出来るんですか?」

 

「――――城の警備は厳重。その上、マスターの御仲間であるドクターは二十四時間体制で周囲を観測している。それを掻い潜って劉邦の寝所に侵入できるサーヴァントがいるとすれば、それは気配遮断スキルをもつアサシンのみ。そうですね、マスター」

 

「うん。そうだ」

 

 ディルムッドの説明に首を縦に振る。

 アサシンは基本七クラス中で最も直接の戦闘力は弱い傾向があるが、こと隠密行動にかけては比類ない。

 

「侵入してきたのがアサシンなら目的は十中八九、沛公を暗殺すること……! 先輩、行きましょう!」

 

「ああ!」

 

 劉邦軍にとっての『劉邦』は要であり柱だ。ただでさえ大陸が滅茶苦茶なことになっている中、劉邦軍が一定の統率を保っているのは劉邦という優れたリーダーがいるお蔭である。

 その劉邦がいなくなれば劉邦軍は四散、とてもではないが秦軍と対するなど出来なくなるだろう。それだけは避けなければならないことだ。

 部屋を勢いよく飛び出すと劉邦の部屋へ走る。劉邦の部屋の場所は知らされてはいなかったが、ロマンが宝具が発動した座標をナビゲーションしてくれているので問題はない。

 

「失礼します! 沛公は無事で――――わっ」

 

「……なんだ、君達か。驚かせてくれるな。うっかり斬り捨ててしまいそうだったよ」

 

 自分達より先に寝所に着いていたらしい土方が抜いていた刀を納める。土方と一緒にいた夏侯嬰と盧綰も警戒を解いて抜きかけていた剣から手を放した。

 しかし本当に危ないところだった。もしほんの一瞬でも土方が気付くのが遅ければ、今頃自分の首は胴から離れていただろう。

 

「失礼した。俺もマスターも寝所に押し入る非礼は承知していたが、ここで宝具が解放されたことを察知したのでな。沛公に万が一があっては不味いと思い参上した次第」

 

 斬り捨てられかけた衝撃で二の句が告げられなかった自分に代わり、ディルムッドがここにきた理由を説明する。

 

「分かってるって。俺達も似たような口だしな」

 

「ところでここで何が?」

 

「御覧の通りさ」

 

 盧綰が指を差す。そこにあったのは明らかな激戦の後だった。床のそこかしらは踏み抜かれていて、周りの壁には皹が入っている。

 脳裏に過ぎるのは劉邦の死という最悪の結果。だが幸いなことに劉邦が殺されていた場合、そこにあるべきもの。即ち劉邦の死体はなかった。

 

「沛公は何処へ?」

 

「分からない。夏侯嬰が最初に兵と入った時には既に劉邦は何処にもいなくなってたらしい。だったよな?」

 

「ああ、その通りだぜ。けどこの時間、劉兄貴には樊噲が警護についていた。暗殺者が項将軍のような怪物でもない限り樊噲が遅れをとるとは思えねえ。必ず生きているはずだ!」

 

「問題は沛公と一緒にその樊噲殿もいなくなってしまわれていることなのだがね。……なぁ、カルデアの魔術師殿。姿は見せないが聞いているのだろう?」

 

「ドクター。呼んでますよ?」

 

『うん。もちろん聞いているとも。宝具解放反応を最初にキャッチしたのも僕だからね』

 

「ならば尋ねたい。私はサーヴァントの身ではあるが魔術については、聖杯が与えた以上のものは何も知らない。だから私にはこの神隠しの正体に皆目見当がつかないが、魔術師である貴方ならば何か分かるのではないだろうか?」

 

 盧綰と夏侯嬰の目に希望の光が宿る。だがそれは自分とマシュも一緒だった。

 自分はマスターといっても素人。マシュも魔術の知識と実力では似たようなもの。ディルムッドは神話の出身であっても魔術については専門ではない。

 つまりロマンこそが唯一の知恵ある『魔術師』であり、ロマンだけが突破口を開く知識を持っている人間なのだ。

 

『うぅ。ここまで期待されるなんてちょっと感動。他の特異点とかだと僕以外に優秀なサポートがいたりしてイマイチ活躍できなか……おっと、無駄話はよそう。結論から神隠しの原因は分かったよ』

 

「!」

 

『というより今解析が終わったところさ。……マシュ達二人は心して聞いて欲しい。沛公が消えたのは固有結界に類似した結界に呑まれたからだよ。神話において最大級の知名度をもつ大迷宮にね』

 

「ドクター、それってまさか」

 

『第三特異点でのデータが残っているから100%間違いないよ。沛公と樊将軍を閉じ込めているのは万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)だ』

 

 雷光のようにフラッシュバックしたのはオケアノスでのアステリオスとの出会い。

 そういえばこの部屋の何処からか発せられる陰鬱な気配は、オケアノスで潜った迷宮に近いものがある。

 

「だけどドクター! アステリオスは!」

 

 神話では怪物(ミノタウロス)だったなんて関係ない。自分達が出会い仲間になった英雄《アステリオス》はこんなことはしないはずだ。

 オケアノスで迷宮を展開したのだってエウリュアレを守るためで邪悪な目的の為ではなかった。

 

『アステリオスの事はちゃんと覚えているよ。だけど第一特異点でバーサーク状態になったサーヴァント達を忘れたのかい? ああやって精神を弄られたら嘗ては味方だったサーヴァントが牙を剥くことだってあるよ。そこは覚悟しておいた方が良い』

 

「…………」

 

『といっても恐らくこの迷宮を展開しているのはアステリオスじゃない筈だけどね』

 

「え?」

 

『忘れたのかい? 状況から考えてここに忍び込んだのは十中八九アサシンのサーヴァントだ。バーサーカーのアステリオスが暗殺なんて出来る筈ないだろう?』

 

「あ」

 

 言われてみればそうだった。

 バーサーカーほどアサシンと対極のクラスはない。理性が吹っ飛び戦闘本能を剥き出しにしたバーサーカーでは、厳重な警備を敷かれている城へ侵入するなど無理だろう。サーヴァントには複数のクラス適正を持つ者もいるが、アステリオスにはアサシンの適正はない。

 

「けれどドクター。宝具は英霊の象徴、基本的にその英霊だけの『貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)』です。アステリオスさん以外に迷宮宝具を展開できるサーヴァントなんているんでしょうか?」

 

『二人、いる』

 

「二人も!?」

 

『一人はギリシャ神話における名工ダイダロス。迷宮(ラビリュントス)の建造者である彼なら同じ迷宮宝具を保有してもなんら不思議じゃない。

 ただしもしダイダロスがサーヴァント化するなら該当するクラスはほぼ確実にキャスター。アサシンになることはほぼ有り得ないし、なったとしても樊将軍に一撃で切り伏せられて終わりだ。迷宮を造った者、閉じ込められた者。そのどちらでもないのなら残る可能性は〝踏破した者〟』

 

「まさか――――」

 

 ロマンの説明にサーヴァントである土方が眉を動かした。ディルムッドもまた恐るべき予感に目を見開いた。

 

『ミノタウロスの討伐を成し遂げた英霊テセウス。ギリシャ神話においてあのヘラクレスと双璧をなす大英雄だ』

 

 ヘラクレスの出鱈目な強さを知っているせいで、それと双璧をなす英雄という事実に戦慄を禁じ得ない。

 もしそんなサーヴァントが劉邦と樊噲を迷宮に閉じ込めているとすれば、

 

「二人が危ない! ドクター、迷宮に入ることは出来るんですか!?」

 

『可能だよ。そもそも迷宮とは来るもの拒まずの出ていくことを許さずが基本だからね。入ることはそう難しくはないのさ。問題は迷宮の中にいる沛公をどうやって見つけるかどうかだけど』

 

「じゃあ――――」

 

「土方! 土方はいるかっ!」

 

 迷宮に入ろうとした時だった。顔面を蒼白にした曹参が慌てた様子で入ってくる。

 

「どうされましたか、将軍?」

 

「秦軍が一斉攻撃を仕掛けてきた。敵はいつもの傀儡兵に、あの宋江とかいう良く分からん術を使う男もいる。我等だけでは陥落は必至だ。直ぐに来てくれ……!」

 

 サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントだけ。これは聖杯戦争における鉄則だ。

 この時代には樊噲のようにサーヴァントと真っ向勝負できる人間もいるが、英雄であって英霊でない彼等はサーヴァントのような宝具は持っていない。宋江が宝具を出してきたならば普通の将だけで相手するのは厳しいだろう。城を守るなら最低一人はサーヴァントが必要だ。かといって迷宮に閉じ込められている劉邦を助けなければ劉邦軍は瓦解。

 城と劉邦。どちらを失っても終わりなら、どうするべきか。

 

「……仕方ないな。じゃあ俺と夏侯嬰、そして土方の三人は城の守りへ回ろう。カルデアの三人、すまないけど劉邦を任せて良いか?」

 

 決断を下したのは劉邦の親友である盧綰。

 

「宜しいのですか?」

 

「劉邦と城。どっちを失っても終わりなら両方守るしかないだろ。そのために危ない橋渡る必要あるなら渡るさ。俺達は挙兵からずっとそうやってきたんだ。今回も賭けるよ」

 

 実の兄弟との仲が良くない劉邦にとって、親友の盧綰は肉親以上の存在である。その盧綰の決断に誰もが頷いた。

 

「じゃあ劉邦を頼んだぞ」

 

「任せてください」

 

 信用されたならそれに応えなければ廃るというものだ。ロマンが開いた迷宮へ続くゲートに、マシュとディルムッドの二人と一緒に飛び込む。

 なんとしても劉邦を見つけ出し、助けなければならない。この特異点において劉邦こそが最大の鍵なのだから。

 




……泣き言を言わせて下さい。そろそろ主人公の名前を一切表記せず書くのがきつくなってきました。きのこ先生……! デフォルトネームが欲しいです……。


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第18節  グレートフル・ラック

 使用者は違えど発動された宝具は同じである。そのため再び入ったラビリンスは以前のそれと変化はなかった。

 ラビリンスを徘徊する髑髏のモンスター達。迷宮の奥から臭ってくる瘴気と、心を締め付けてくる閉塞感。オケアノスで体感したものと一切違いはない。

 違いがあるとすればそれは迷宮ではなく自分達の方だろう。あの時は自分達以外にもランクにしてEXという規格外の幸運値をもつドレイクがいた。故に本来なら脱出不可能の迷宮も『運良く』攻略できたわけだが、今回はそうはいかない。

 

「ドクター。沛公と樊噲将軍……それとテセウスのいる座標とかは分かりますか?」

 

『すまない。ダ・ヴィンチちゃんと頑張ってはいるんだけどね。流石にその迷宮内ではサーチが上手く働かない』

 

「そうですか」

 

 一度入れば脱出不可能だからこその大迷宮。その不可能を可能にしたからこそテセウスは英雄となったのだ。やはりというべきかカルデアの技術で一朝一夕でどうにかなるようなものではなかったらしい。

 

『けど朗報もあるよ。具体的な場所は不明でも、その迷宮内にはサーヴァント反応以外にも二つの生体反応がある。死んでしまえば生体反応は感知されないから、沛公と樊将軍の二人が生存しているのは間違いないよ』

 

「本当ですか! これで後はお二方を見つけるだけですね、先輩」

 

「それが難しいんだけどね。でも良かったよ」

 

 死を賭して迷宮に入ってみれば、そこには躯となった二人が転がっていた――――なんて酷いオチは免れたようでなによりだ。

 後は迷宮内を彷徨っている二人を発見すれば一先ずの目的は達成される。問題となるのは、どうやってこの迷宮から二人の人間を見つけ出すかだが。

 

「ディルムッド。なにか迷宮について良い攻略法とかは知らないか?」

 

 困った時のサーヴァント頼み。この中で一番修羅場(女性関連のものではなく)を潜りぬけているディルムッドに尋ねてみる。

 

「有名な迷宮の攻略法としては壁に左手をつけながら進む『左手法』などがありますが、これは内部にスタートとゴールがある前提で有効な手法。この迷宮では使えないでしょう。

 まして我等の目的は迷宮から出ることではなく、迷宮内にいる二人を発見すること。申し訳ありませんが俺に出来る助言など精々物音に注意を払い進むという常識的なことしか。

 二人を発見できるよう大声を出しながら進むという手もありますが、こちらは迷宮に潜むテセウスに我等の居場所を教えているようなもの。余りお勧めは出来ません」

 

「むむむ……」

 

 やはり現実にはゲームなどにはよくある裏技や手軽な攻略法などないらしい。こうなったら地道に足で探しまわる他ないだろう。

 外では土方達が秦相手に防衛戦を繰り広げているので出来る限り直ぐに迷宮を脱出したかったが、他に手段がないのならばやむを得ない。

 覚悟を決める。こうなれば一日でも一週間でも……いいや例え一カ月費やそうとも、絶対に二人を見つけ出して脱出するのだ。

 

「お。あのデカイのかと思えばカルデアの三人組がいるべ。おーい、樊噲! 助けが来たみてえだぞー!」

 

「って見付かるの早っ!」

 

 余りの呆気なさに思わずツッコミを入れてしまう。

 悲壮な決意を裏切るように余裕綽々といった様子で手を振りながらやって来たのは劉邦。一緒に取り込まれていた樊噲もいる。

 これには難しい顔で迷路の蘊蓄を語っていたディルムッドの目が点だ。

 

「悪ぃな。あのデカいのの目的は俺みたいだし、察するにお前さん達は俺を助けにこんな所に来たんだろう? 外様だってのに迷惑かけたな」

 

「私からも礼を言わせてくれ。幸い義兄上と合流できはしたが、出口が見つからず困っていたところだ」

 

 劉邦と樊噲は笑顔だが、こちらとしてはいきなり過ぎる展開についていけない。

 

「あ、あの。つかぬ事を尋ねますが沛公はどうして私達の場所が?」

 

「ん? どうしても何もお前たちを見つけたのは偶然だべ。いや流石の俺もいきなり始皇帝の墓みたいな所に閉じ込められて最初は混乱したぜ。けどちょっと歩いたら樊噲と合流できたし、こうしてお前たちとも会えたしなんとかなるもんだな。ははははははははっ!」

 

『……理屈も道理もまるで無視した迷宮攻略。これはあれだね。キャプテン・ドレイクと同じだ。出鱈目な幸運のなせる技だよ』

 

 無知とは恐いものだ。呑気に笑う劉邦には自分が神話の迷宮を潜りぬけたなんていう実感はないのだろう。

 戦闘で直接的な影響力があるわけではないが、勝利の女神を優先的に引き寄せる。幸運の重要性を改めて認識した。

 

「そんなことより沛公、外では秦軍が攻勢をかけています。今は土方さんや曹参将軍が指揮をとってますけど、敵にはサーヴァントの宋江もいます。直ぐに戻らないと」

 

「な、なにぃ! つぅことはデカいのの狙いは俺を閉じ込めてる間に城を落とすことだったのか……? やべぇな、急いで戻らねえと。三人とも、早ぇところ出口に案内してくれ」

 

 旗上げから数々の困難を乗り越えてきた劉邦には、今がどれほど不味い状況なのか瞬時に分かったのだろう。冷や汗を流しながら急かしてくる。

 だが心苦しいことに自分の口は劉邦の望む答えを言う事が出来ない。

 

「……………出口は、ありません」

 

「え?」

 

「俺達はドクターの開いたゲート――――空間の裂け目みたいなものから迷宮に侵入してきたから、明確な入口から入ってきたわけじゃないんです」

 

「だったらあの儒者みてえな道士にまた開けて貰えばいいじゃねえか?」

 

『無理ですよ、沛公。迷宮は中に入った者を逃さないための牢獄。入る事は簡単でも、出るのは難しい。こちらから沛公様達を脱出させるのは無理です』

 

「お、おいおい。おっかねえこと言わねえでくれよ。いやぁ、困っちゃうなぁ~。驚いちゃうなぁ~。そんな顔してちゃんと脱出方法はあるんだろ! な、な、な? こんな所に一生幽閉なんて死ぬことの次に御免だぞ」

 

「安心してください。脱出方法はあります。それはテセウスを――――この迷宮を発動した者を倒すことです」

 

「それって、俺を殺そうとしたデカいのを殺せってことか?」

 

「……はい」

 

 アステリオスの迷宮はアステリオス自身の任意、またはアステリオスを倒すことで解除することが出来た。

 所有者が別だろうと宝具が同じなら解除方法も同じなのは道理。迷宮の主であるテセウスがこの迷宮から消えれば、発動者を失った宝具は消滅するはずだ。

 

「しゃあねぇ。あんなのと戦うなんざ二度とは御免だが、戦わねえと死ぬってならやるしかねえ。カルデアの諸君、そして樊噲! 頑張れよ!」

 

「……………」

 

 即座に戦う覚悟を決めたのは流石だが、自分自身でまるで戦う気がないのは如何なものだろうか。

 君子危うきに近寄らずなんて諺もあるのである意味主君としては正解なのかもしれないが、そこはかとない駄目人間臭が漂うのは何故だろう。

 

「まぁ確かに義兄上を襲った――――テセウスと言うのでしたか? そのテセウスは中々の豪の者でしたが、目算ではディルムッド殿とマシュ殿の二人の助力を得られるのなら勝てない相手ではない」

 

「樊将軍。それは英雄テセウスを知らないが故の驕りというものだ。テセウスは彼のヘラクレスと並び称されたほどの大英雄。保有する宝具が迷宮だけとは思えない。まだ何か奥の手を隠し持っているはず。油断は禁物だ」

 

「むっ。ディルムッド殿にそうまで言わせるか。西方の事は知らないが、貴殿ほどの武人がそう言うのであれば頷こう」

 

「――――やだやだ。ヘラクレスと並び称される、なんて。どうせなら過大評価じゃなくて過小評価してくれたら楽なんだがねえ」

 

「っ!」

 

 その時だった。柱のように巨大な鉄棒が、轟音をたてながら劉邦の頭蓋目掛けて振り下ろされた。

 




 補足ですが劉邦の幸運値はドレイク姐さんと同じEXランクです。


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第19節  迷宮の死闘

 鉄棒が劉邦の頭蓋を粉々にする寸前、樊噲の剣とディルムッドの双つ槍が割って入る。

 迷宮に響き渡るの雷鳴のような金属音。迷宮の外壁が人間の極限の武の衝突に慄いた。果たして烈風を纏って振り下ろされた鉄棒は――――劉邦の頭より10㎝ほどの距離で停止していた。

 

(停止……だって? そんな馬鹿な!)

 

 樊噲の剛力は戦場で何度も目の当たりにしてきた。劉邦軍随一の豪傑という伝承は嘘偽りはなく、樊噲が全力で拳を振り上げれば巨岩すら砕いてしまうだろう。そしてディルムッドの腕力もまた三騎士クラスの一角を預かるだけあって中々のものである。

 その二人が割って入って鉄棒を〝停止〟させることしか出来ていないのだ。相手は一人。並みの豪傑であれば押し返せて然るべきというのに。あの大男テセウスは樊噲とディルムッドの筋力にたった一人で拮抗してみせているのだ。

 

「こっ……のっ! 舐めるな!!」

 

 樊噲は力自慢の自分がよりにもよって力比べで劣っていることに歯噛みし、鬼の形相を浮かべながら剣を押し込んでいく。樊噲の念は鬼神に通じたか、徐々にだがテセウスの鉄棒が返され始めていった。

 拮抗が崩れる。その事を誰よりも素早く認識したのは当のテセウス自身。無益な力比べをあっさり止め、テセウスはとんと軽く地を蹴って後ろへ跳んだ。

 

「やるなぁ。打ち合いで手が痺れたのは生前以来だ。さっきの暗殺を防いだ事といい大した腕力だよ。そっちの色男の素早さも凄いもんだし。これだから聖杯戦争ってやつは楽をさせてくれないぜ」

 

 迷宮の閉塞感とは正反対の朗らかさでテセウスは樊噲とディルムッドを称える。同時にテセウスは気配を断つことを止めたせいで蒸せるほどの威圧感が発せられ始めた。

 英霊テセウス。そのプレッシャーは彼のヘラクレスを比べても劣るものではない。迷宮に潜む暗殺者の面は掻き消え、堂々たる武人がそこに立っていた。

 

「この気魄、やはり御身は魔術師(メイガス)が言った通り海神の子たるテセウスか」

 

「んー。当りをつけてるみたいだな。こりゃ〝ミノタウロス〟って嘘吐いても信じられんかねえ。おうとも、察しの通りのテセウスだよ」

 

「……ミノタウロスじゃない。アステリオスだ」

 

 気付けばそんな言葉が自然と口から出ていた。

 いきなり怒気を発した事に驚いたのかテセウスが目を丸くする。

 

「アステリ、オス? どこかで聞いたような……あ! そういえばミノタウロスの真名がそんな名前だったな! というとお前達が一緒に特異点を攻略したサーヴァントの中にアレがいたのか?」

 

「そうだ」

 

 首を縦に振って肯定する。

 生前のテセウスがアステリオスを『討伐』したことにとやかく言うつもりはない。事情があったとはいえ生前のアステリオスは紛れもなく人を殺す怪物だったのだから。

 だが自分達が出会ったアステリオスは決して怪物などではなく、絆を紡いだ仲間だった。そのアステリオスを怪物(ミノタウロス)呼ばわりすることは納得できない。

 

「そいつは悪いことをしたかねえ。だが『怪物』として殺される罪業を背負ったミノス王の倅が、よもや世界を救う英雄の一人になるなんて奇妙なこともあるものだ」

 

 くつくつとテセウスは笑う。

 

「これだから世の中は面白い。死んでからもこんな愉快な思いを出来るなんて『英霊』なんてものになった甲斐があったもんだねぇ。そうは思わないか、ご同類」

 

 テセウスが目を向けたのは、この中では唯一純粋な『英霊』であるディルムッド。ディルムッドはやや渋い顔で、

 

「さて、それは時と場合によるだろう。サーヴァントという二度目の生で良き出会いがあればそうだが、中には巡り合わせが悪い者もいる。

 此度の俺は良きマスターとの出会いに恵まれたが、貴殿はどうだ? 誇り高き勇者を暗殺者に身を窶させた主君は、貴殿にとって良きマスターと言えるのか?」

 

「敵である俺を心配してくれるのかい?」

 

「違う。ただ俺は貴殿の勇名を惜しむだけだ」

 

「はは。称賛は嬉しいが、勇者なんて実際には貧乏くじを引くのが役目みたいなもんだ。やりたくない事や危ない事でも一人率先してやらにゃならん。

 だから俺に面白い話を聞かせてくれたカルデアのマスターと、そこで一人で逃げ出そうとしている狡い男を殺さねば」

 

「ぎくっ!」

 

 テセウスの鋭い殺意を浴びて、ディルムッドが話している間に一人で逃げ出そうとしていた劉邦が冷や汗をかく。

 ディルムッドは嘆息し、マシュも呆れた目を劉邦へ向ける。一方で慣れている樊噲は平常運転だ。

 

『……沛公。忠告しておきますけど、迷宮内にはキメラのようなモンスターも徘徊しているので一人で逃げるのは逆に危険ですよ』

 

「ま、マジで?」

 

『はい』

 

「よーし! 樊噲、そしてカルデアの諸君! あのデカいのをさくっとやっちまえ!」

 

「……………あれが未来の東洋の帝王とはねぇ。本当に世界はユニークだ」

 

「こればかりは同意しよう」

 

「お蔭で場が白けた。ここは出直して再戦の機を、と言いたいが俺も与えられた仕事は果たさにゃならん。本当は迷宮に誘い込んで放置していても良かったんだが、そいつの出鱈目な幸運だと放っておくと脱出されそうだし。悪いが死んでもらうぞ」

 

 テセウスが自身の身長をも超える巨大な鉄棒を抱え直した。口元が弧を描いて笑うテセウス。だがその笑みは先の朗らかな笑みとは対極の、獲物を狩る猛禽類のそれである。

 ディルムッド、マシュ、樊噲の三人は其々の得物を構えて待ちの姿勢をとった。

 

「こちらはディルムッド殿とマシュ殿を加えて三人。どれほど名高き武人かは知らんが、勝てると思うのか?」

 

 樊噲が言う。それは三人の力量を踏まえれば極普通の問いかけであったが、テセウスには通じぬ言葉でもあった。

 

「正直厳しいねえ。だがここにいるのが俺ではなくヘラクレスなら相手が千人だろうと軽く捻っただろうさ。だったら『双璧』なんて分不相応な評価を受けている俺が退くわけにいかねえだろう」

 

 テセウスの背に命令達成の義務の他に友の誇りが背負われる。

 古今無双の英雄の中で大英雄とまで謳われるのは極僅か。そして大英雄たりうる条件とは単騎にて万軍と英霊達を相手取れるということ。その力がここに披露される。

 

「どらぁぁああああッ!」

 

 最初に仕掛けてきたのはテセウス。テセウスは強烈な踏み込みで砲弾のようにディルムッド達に突貫してきた。

 常人には捉えられぬ速度ではあるが、この場にいる三人はしっかりとテセウスの動きを補足している。真正面から全速力で突っ込んでくる敵などサーヴァントからすれば良い的に過ぎない。三人は即席の連携でカウンターを仕掛けた。

 

「おっと!」

 

 だがカウンターを読み切ったテセウスは三人の間合いにはいる直前、思いっきり上へ跳ぶことで難を逃れた。

 アステリオスから奪い取ったものとはいえ、この大迷宮はテセウスにとってホームグラウンドに等しい。テセウスは勝手知ったる迷宮の壁や天井を踏み場に連続跳躍しながら、トリッキーな動きで三人を攻め立ててきた。

 

「巨体なのになんて速さ!」

 

 マシュが戦慄する。これまでの特異点でも素早くトリッキーな動きをするサーヴァントはそれなりにいたが、そこにヘラクレスに匹敵する怪力の持ち主という条件を加えれば該当するのはテセウスだけだ。

 残像が残るような速度で嵐のように繰り出される鉄棒。この猛攻に三人は上手く連携をとることができず押されていった。

 しかし三人とてただやられている訳ではない。防御に徹しながらも目を凝らし、テセウスのトリッキーな動きに体を慣らせていった。

 そもトリッキーな戦法など所詮は小手先。慣れぬが故に初見では戸惑うが、慣れさえすれば対処は出来る。

 最初に〝心眼〟スキルを保有するディルムッドが、次に猛将たる樊噲が、一番遅れてデミ・サーヴァントであるマシュが。其々テセウスの動きの流れを把握する。

 流れさえ把握してしまえば、その流れを呑み込んでしまえばいい。

 連携を取り戻した三人は三次元的な動きをするテセウスを、三方向から獲物に喰らいつく鮫のように同時に掛かる。

 ただしテセウスは鮫に食われるほど弱くはない。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 気焔を吐きながら豪快に鉄棒を薙ぐテセウス。

 ランクにしてA+。純粋たる筋力ではアステリオスに一歩譲るも、際立った技量がその差を追い抜く。テセウスの鉄棒の一閃はそれ自体が凡百のサーヴァントを殺しうる必殺だった。

 

「……っ!」

 

 テセウスの鉄棒は竜に踏み潰されようと砕かれない凄まじい強度を誇るが、宝具のように特別な魔術的付与効果は皆無だ。よってディルムッドの魔力殺しの槍は役に立たず、英霊ではない樊噲は宝具を保有してはいない。

 だからこそこの場で活きるのは〝守り〟を真骨頂とするマシュ・キリエライト。

 マシュはシールダーとしてのスキルにより自身の防御能力を強化。そしてテセウスの鉄棒を見事に弾き返した。

 

「今が――――っ」

 

「好機――――!」

 

 ディルムッドと樊噲が同時に得物による攻撃を繰り出す。狙いは急所たる心臓と頭。

 テセウスにはヘラクレスの『十二の試練(ゴッドハンド)』のような不死性はない。これが通ればテセウスは死に、こちらの勝利だ。

 この場にいる誰もが勝利の女神の微笑みを垣間見た――――その瞬間だった。

 テセウスの口元が、不気味に弧を描く。

 

「やべぇぞ! 樊噲、俺が危ねえ!」

 

「なっ!?」

 

 皮肉な事に誰よりも早くテセウスの狙いに気付いたのは、三人の戦いを逃げ腰で見ていた劉邦だった。だが彼の忠実な義弟が反応するよりも早く、テセウスは弾かれた鉄棒を自らの『足』にして壁を蹴って跳躍していた。

 テセウスが跳んでいく先は劉邦のいる場所。遅れて樊噲が兄の窮地に気付くが時既に遅し。テセウスは劉邦を間合いに捉えていた。

 

「最初から俺の狙いはお前を殺すことなんでねえ。初志貫徹だっ!」

 

「う、畜生ぉぉぉぉぉおおお!」

 

 意外なことに迫りくるテセウスに対して劉邦は背を向けて逃げ出すような真似はしなかった。恐らくそんな行動をとってもテセウスから逃げられないと瞬間的に理解したのだろう。故に劉邦は剣を抜き放ち迎撃しようとした。

 けれどそれもまた無謀だ。劉邦個人の武勇は樊噲とは比べるまでもなく脆弱。例え劉邦が完全装備でテセウスが徒手空拳だったとしても秒殺されるだろう。

 だから誰もが――――樊噲すらもが絶望と共に劉邦の死を確信した。

 しかしながらそれは劉邦という英雄を余りにも過小評価していると言わざるを得ないだろう。

 確かに劉邦には万軍を相手取る武勇などありはしない。百万の軍を指揮する統率力もないし、類稀な魔術の腕も持ってはいないだろう。

 代わりに劉邦には一つ他の追随を許さぬ才能がある。〝生き延びる〟という才能が。

 死を前にして極限にまで高まった生存本能は、劉邦に文字通り火をつけた。

 

「――――なに?」

 

 劉邦の剣から吹き上がるのは万物を焦土と化す赤龍の赫焉。

 それは劉邦が剣を投げやりに振り下ろしたことで解放され、魂すら蒸発させる業火となってテセウスに襲い掛かった。

 

「ぐっ、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 劉邦が放った炎は後の世における漢王朝四百年の『信仰』が作り上げた龍の息吹き。

 如何に無自覚で放った故に正規のそれより火力がかなり抑えられているとはいえ、これにはテセウスといえど参らざるを得ない。

 霊核を焼かれる激痛にテセウスが苦悶の雄叫びをあげた。

 

「え、な、なにこれ? なんか火が出たぞ、火がァーーーーー!」

 

「落ち着いてください沛公。ともかくチャンスです!」

 

「いやいやいやいや。お前ぇおかしいべ。如何にも平凡面してんのに、なんでそんなに冷静なの? 俺、いつの間にか仙人とかになっちゃってたわけ?」

 

「ディルムッド! マシュ! 樊噲将軍! 今です!!」

 

 テセウスは龍炎に焼かれていて完全に隙だらけだ。今ならば確実に倒せる。

 劉邦が剣から炎を出したことなんて大したことではない。剣からビームやらなにやら出すサーヴァントなんて幾らでも見てきた。そんなことは後で考えればいい。

 

「我ながら情けないねぇ。漢王朝の祖、中華の赤き竜。ちっとばかし侮り過ぎてたなぁ、これは」

 

 炎に焼かれながらテセウスは自分に止めを刺しにくる三人を眺める。傍目にはそれは生存を諦めたように見えたが、数々の冒険を乗り越えた勇者は龍に焼き尽くされるほど軟な精神はしていなかった。

 テセウスが懐から取り出したのは短剣だった。短剣には赤い糸がついており、糸は亜空間へと伸びている。

 伝承に曰く、勇者テセウスは入口の扉に結び付けた赤い糸を導にして、攻略不可能なラビリンスから見事脱出を果たしたという。

 この迷宮がアステリオスを殺すことで略奪したものだとすれば、さしずめそれは英霊テセウスが持つ本来の象徴。迷宮を攻略するための脱出宝具。

 

手繰りし活路への糸導(アリアドネ)

 

 真名解放がなされた瞬間、テセウスの姿は迷宮から忽然と消えていた。

 

 

 




【元ネタ】ギリシャ神話
【CLASS】アサシン
【マスター】???
【真名】テセウス
【性別】男
【身長・体重】230cm・147kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力A+ 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具B

【クラス別スキル】

気配遮断:A
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を絶てば発見することは極めて困難である。
 ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【固有スキル】

神性:B
 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
 伝承において海神ポセイドンの息子とされる。

隠遁術:A++
 罠を掻い潜り、目的地に到達する才覚。同ランク以下の障害物を無力化する。
 迷宮攻略、敵拠点への潜入の際に大きな補正を得る。

心眼(偽):B
 直感・第六感による危険回避。

勇猛:B
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【宝具】

万古不易の大迷宮(ケイオス・ラビュリントス)
ランク:EX
種別:迷宮宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 ミノタウロスが封じ込められていた迷宮の具現化。
 一旦具現化してからは、「迷宮」という概念への知名度によって道筋が形成される。
 この迷宮から脱出する方法は三つ。
 一つ目は正規の手段で迷宮の出口を探し出すこと。ただしこの方法には同ランク以上の幸運、または迷宮攻略のためのスキルが不可欠である。
 二つ目は特別な対迷宮宝具を用いること。
 三つ目は発動者を迷宮内から排除、つまりは討ち滅ぼす事である。
 うち一つ目と二つ目の方法がとれるサーヴァントは極めて少ないため、事実上脱出するには発動者を倒す他ない。

手繰りし活路への糸導(アリアドネ)
ランク:D
種別:対迷宮宝具
レンジ:1~10
最大捕捉:7人
 アリアドネがテセウスを助けるため渡した赤い麻糸。
 予め赤糸を結びつけておくことで、如何なる障害も無視してその座標軸に空間跳躍し離脱する。


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第20節  土方歳三

 テセウスは消え去った。ただし倒したことで消滅したのではなく、宝具による空間転移という形で。

 自分達を捕えていた大迷宮が崩壊していく。迷宮内に発動者であるテセウスがいなくなったことで核を失ったからだろう。地震にもびくともしないビルだって柱がなければ脆く崩れ去るのと同じだ。

 兎も角これで迷宮からの脱出は果たした。後は劉邦と一緒に攻めてきた秦を追い払えば万事解決――――なんて考えが甘い幻想であると、自分達は直ぐに思い知る事となった。

 

「先、輩。これ、は……?」

 

「くそっ! 一足遅かった!」

 

 外界に戻ってきた自分達が最初に感じたのは灼熱。劉邦の寝所は今や火の海に包まれていた。

 マシュが咄嗟にシールダーのスキルで守ってくれたので、炎が自分達を焼くことはなかったが、この炎の勢いはもはや止めようがないのは明らかである。そして遠方から聞こえてくる兵士達の悲鳴が、もはやこの城が陥落したという絶望的現実をこれ以上ないほどに告げていた。

 この事態に歴戦の英霊であるディルムッドと、将の樊噲は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 軍組織とは確固たる拠点と補給を確保することによって成り立つ。それのない軍など単なる賊に過ぎない。地理が滅茶苦茶になった混沌大陸(α特異点)において、確固たる拠点を失うということは軍の崩壊を意味していた。

 

「あちゃ~。この様子じゃ碭は落ちちまったみてえだなぁ~」

 

 だが軍の長たる劉邦は『最悪の事態』を想定していたのか、まったく何でもないことのように言った。

 出会ってから姑息さばかり目立つ劉邦だが、一応人類史における屈指の大英雄の一人であることに違いはない。漢王朝四百年の歴史を築き上げた業績と偉業は、アレキサンダー大王やユリウス・カエサル、そして始皇帝にも劣るものではないだろう。

 もしかしたら彼には何か打開策があるのかもしれない。

 

「沛公。どうしますか?」

 

「はは、どうするかだって?」

 

 瞬間、劉邦の笑顔が吹き飛んだ。

 

「ンなことこっちが聞きてぇはボケェえええっッ!! なんなの、これ!? 変なデカいのに寝込みを襲われるわ、剣からなんか火が出るわ、死ぬ思いして迷宮から出たら今度は城陥落!?

 呪われてんのか畜生! やってられるか糞! なんで俺はいつもいつも少し流れがこっちに向いてきた瞬間に絶体絶命の窮地に陥るんだよ!」

 

 ダムを決壊させた濁流のように劉邦が溜まりに溜まった不満をぶちまける。その剣幕は樊噲が諫言を躊躇う程のものがあった。

 だがしかし無理もないかもしれない。劉邦からすれば気付けば自分の住んでいる国の地形が滅茶苦茶になって、英霊率いる傀儡兵の集団と孤立無援の状態で戦う羽目になっているのだ。魔術について一切知識のない劉邦からすれば、文字通り右も左も分からない中で戦ってきたわけである。寧ろ劉邦はよくやってきた方だろう。

 それに劉邦という男は自分の命の危機にただ泣きわめくほど愚かな男ではない。

 

「問題はこっからどうすっかだな。城が落ちてんのは間違いねえとして、せめて生き残って踏ん張ってる奴等がいるのか、敵がどんくらいの規模かくれえは把握しておきてえべ。じゃねえと逃げるに逃げられん」

 

「逃げる前提なんですか?」

 

「勝てねえ戦にゃ逃げるのが最適よ。城を枕に討ち死にってのは俺の性質じゃねえし、魏咎のように民のために我が身を犠牲になんてのも怖気が奔るしな。生きて生きて……生き延びてやるさ。生きてさえいりゃ運が巡ってくることもあるだろう」

 

 劉邦から吐き出されたのは一切の虚飾のない剥き出しの本音。

 生きる。生きて生きて生き延びる。例え肉親を犠牲にしようと、民草を囮にしようと、忠実な家臣を生け贄としようと己だけは絶対に生き延びてみせる。

 見方によっては醜悪な、けれど否定できぬ輝きがそこにはあった。

 

『――――なるほど。剥き出しになった生の感情。貪欲で原始的な生存欲求はそれ故に合理性がある。始皇帝ほどじゃないにしても私の最良のパトロンに少し通じるところがあるな。こんな男だからこそ生々しい欲望渦巻くの戦乱の時代を最終的に生き延びられたというわけか。

 ああ、生き延びることこそ何よりも優先される。正に道理だとも。死ねば人は終わる。魂が天に召されようと地へ堕ちようと、死んでしまえばこの現実世界になんら影響を及ぼすことが出来なくなるんだ。だったら全てを犠牲にして生き延びないとね』

 

 ロマンと共にモニタリングしているダ・ヴィンチは、いつになく熱の籠った声で捲し立てた。

 西洋圏とは様々な面で異なる東洋世界。その礎を築き上げた英雄を目にしたことは、万能の天才の心を揺るがすものがあったのかもしれない。

 ふと横にいるディルムッドに視線を向ける。ディルムッドは発することもなく、静かに見定めるよう劉邦という男を直視していた。

 万能の天才ダ・ヴィンチは劉邦の生き汚さを〝良し〟と評したが、果たして騎士たるディルムッドの内心は如何なものなのか。それはマスターである自分にも窺い知ることは出来なかった。

 

「義兄上にカルデアの皆様方も。どうやら悠長に話している時間もなさそうですよ」

 

「みたいだね」

 

 自分達が迷宮から脱出したのを嗅ぎつけたのか傀儡兵が寝所に集まり出していた。

 数はざっと三十体ほど。サーヴァント級の実力者がこちらには三人もいるので三十体の傀儡兵など物の数ではないが、ちんたら戦っていては次から次へ湧いてくるのは経験則で知っている。手早く片付けて脱出するべきだろう。

 しかし樊噲やディルムッドが掃討に出るよりも早く、傀儡兵は突風のように現れた黒い影によってバラバラに切り刻まれた。

 

「沛公! 戦列にサーヴァントらしき巨漢が加わったのでもしやと思いましたが、やはり迷宮から帰還を果たされていましたか」

 

「土方さん!」

 

「マシュ……それに。いや、礼を言わせてくれ。よくぞ沛公を連れ戻してくれた。お蔭で不幸の中から幸を一つだけ拾うことが出来そうだ」

 

 土方は微笑み礼をもって謝意を告げた。純粋たる感謝に僅かに空気が和らぎかけるが、樊噲の渋い声が一気に現実へ引き戻す。

 

「それより土方。察するに城は落ちたのだろう? 我々は一刻も早く義兄上を連れて脱出せねばならん」

 

「ご安心を。脱出路は確保してあります。こちらへ」

 

 考えている時間はなさそうだ。この火炎地獄のただ中にいれば待っているのは死という末路だけ。逃げた先に絶望が待っていようとも、絶望の中にある一筋の希望を信じて今は逃げるが勝ちである。

 土方の案内で自分と劉邦達は炎上する城を全速力で脱出する。

 

「それより土方。外にはお前だけじゃなく曹参、夏侯嬰、周勃達もいたはずだろう。なのにどうしてこうも短時間で城が落ちた? 敵軍は余程の大軍だったのか?」

 

 走りながら樊噲がそう問うた。

 土方が劉邦軍に入ったのは当然ながらこの時代が特異点化した後なので、土方歳三は軍中でも一番の新参者といえる。そんな土方が軍の幹部たりえているのは彼の能力を見抜いた劉邦の采配もあるが、土方歳三が将として強い人間的魅力を持っていたからでもある。記録において新撰組隊士から母親の如くに慕われたという史実に偽りはなく、土方はその人柄で劉邦軍の古参達とも良き関係を築くことが出来たのだ。

 だからこそ樊噲は解せないのだろう。同じく古参たる将達に土方歳三という男までいて、どうしてこんなにも早く城が陥落してしまったのかが。

 

「いや。秦軍を率いていた将の一人は以前と同じ宋江。彼の使う数々の『宝具』は厄介なものでしたが、敵軍の数は寧ろ先の一戦のせいで減っていた程ですよ。敵将が宋江だけなら私は兎も角、曹参将軍達なら十分持ち堪えられたでしょう。

 けれど秦軍を率いていた将は宋江だけではなかった。もう一人いたのですよ。……嘗て六国を滅ぼした秦国の大将軍が一人、李信が」

 

「り、李信だとぉ!?」

 

 これに驚愕を露わにしたのは、劉邦だった。

 

「馬鹿言うんじゃねえ! 李信含めた秦の六虎将はもう寿命なり粛清なりで全員くたばったはずだろうがっ! なんで死んだ李信が将になって―――――って、そういやサーヴァントってのは死人が蘇ってどうたらこーたらするって類の呪いだったな。親玉が始皇帝だとすると他の六虎将も蘇ってやがんのか? 王翦はまだしもお願いだから白起まで蘇ってこないでくれよ。あんなん項羽の次に相手にしたくねえよ」

 

 劉邦が泣き言を言うなんて……いや、いつものように言っているが、それでもここまで取り乱すあたり相当だろう。

 ただ生憎と自分は始皇帝、劉邦なんていう有名所は知っているが『李信』なる人物については知らないのでしっくりこなかった。

 けれど問題はない。こういう時の為にカルデアには頼りになる知恵袋(バックアップ)がいるのだから。

 

「そういうわけでドクター。李信とか六虎将ってなんなんですか?」

 

『どういうわけかは知らないけど、六虎将っていうのは秦国で特に勇壮さを称えられた六人の将軍達の事だよ。アーサー王伝説の円卓の騎士とか三国志の五虎将みたく最強の六人みたいな感じで捉えてくれればいいよ』

 

「成程。その李信という将軍はその一人というわけなんですね?」

 

『うん、マシュの言う通りだよ。けど李信に関しては記録があんまり残ってないから、僕も余り詳しい事は分からないんだけどね。というか李信は本人より子孫の方がとんでもないのが多いし』

 

 活躍すれば必ず歴史に残る訳ではない。極端な話だが全人類が裸足で逃げ出すほどの偉業を成し遂げた人物であろうと、その偉業を誰一人として後世に伝えなければ、後世の人間は誰一人としてそれを知る事はない。

 歴史書は必ずしも真実をありのままに語るものではないが、そもそも語られていない歴史というのも人類史には多々あるものだ。李信もそういう余り活躍を後世に伝えられなかった英雄なのだろう。

 

「沛公! ご無事でしたか!」

 

 南門から出ると劉邦軍の将の一人が馬を走らせてくる。将は馬からするりと降りると跪き、

 

「どうかこの馬をお使いください。敵将が気付く前にお逃げくだされ」

 

「この手際の良さ。うちの軍は逃げ足だけなら項羽軍にも負けねえべ」

 

 苦笑いしながらの劉邦の言葉に返答できた者は誰もいなかった。

 

 

 

 総大将である劉邦が自虐するだけあって劉邦軍の撤退は実に鮮やかなものだった。

 敵軍を率いる将の一人は李信。秦国六虎将の中でも特に電撃戦と速攻に秀でた猛将である。だからこそ劉邦軍は李信が城を完全に落とし切る僅かな間に一気呵成の退却を成した。

 これが楚漢戦争時の劉邦であれば他の居城や陣地へ逃げ込み、追手に対して執拗なゲリラ戦を仕掛けることで出血を強要するという厭らしい戦術に打って出ただろう。しかしながら碭以外に拠点を持たない今の劉邦軍にはそれは出来ない。劉邦軍のとれる道はあてのない放浪という最も不味いものだけだ。

 拠点を失った軍は脆い。蕭何の手腕により放浪中でも食料が枯渇するという最悪の事態にこそ陥ってはいないが、既に将来を不安視して兵卒からどんどん逃亡者が出始めている。対策として見張りをたてても見張りの兵ごと逃げ出すという有様に、さしもの劉邦や名将達もお手上げだった。後の好敵手が辿る末路と余りにも似通った状況は歴史の皮肉を感じざるを得ないだろう。

 

「随分と、寂しくなっちゃったね」

 

 カルデアのマスターである自分は、あくまで劉邦軍にとっては『客』という立場だ。だから軍が崩壊を始めている現状も劉邦軍の諸将ほどショックではないが、こう真綿で首を絞められていくようにゆっくり崩れていく只中に身を置くのは辛いものがある。

 

「はい。これまで幕舎にいた警護の兵隊の方々がいなくなってます。恐らく私達に兵を回すほどの余分がなくなってきているのだと考えられます。……護衛兵の関さんと張さんと漫才トークが聞けなくなって寂しいですね、先輩」

 

「うん。あの人達、まだ残ってるのかなぁ」

 

「どちらにしても生きておられることを祈るばかりです」

 

 最初の護衛兵だった呂さんと董さんの二人は真っ先に脱走したというし、二人も逃げてしまったのかもしれない。

 逃げたとしても大陸は滅茶苦茶だ。生きていくのは難しいだろうが、幾ら二千年以上前の人間だろうと言葉を交えた人には生を全うして欲しいと思うばかりだ。

 

「なにやら浮かない顔だね、二人とも。こんな状況だから無理もないことだけど」

 

 自分達の幕舎に入ってきたのは、黒いコートを羽織った土方歳三だった。

 軍が放浪中のせいか若干の疲労感はあるが、兵隊と違って顔には生気がしっかりとある。これは何も彼がサーヴァントの身だからではないだろう。

 

「土方さん! どうですか、その状況は?」

 

「変わりなし、絶望真っ只中さ。軍中はもう完全にお通夜ムードだよ。あ、沛公含めた半分くらいは夜逃げムードだったよ」

 

「大丈夫なんですか、この軍」

 

「一応まだぎりぎりのところで軍としての纏まりは保っているよ。ちゃんと中核の将達は全員残っているし。そこは流石と称賛する他ないね。新撰組(うち)ならとっくに隊長の半分くらいはいなくなってるよ」

 

「そこは笑うところなのでしょうか?」

 

 マシュがツッコミを入れると土方は笑った。笑うしかないという笑いだった。

 

「けどやはり絶望的な事には変わりはない。この大陸の地理が滅茶苦茶になって嘗ての自領の場所すら定かじゃなく、向かう先も行く当てもなし。皮肉な事にそのせいで脱走兵も帰る場所がなくて抑え気味なのは幸いだけどね。

 そして城を落とした李信だって城を落とした程度で満足するほど生温くはないだろう。私ならこの機会に劉邦軍壊滅を狙って追撃を仕掛けるし、たぶん李信も既に動いているはずだ。

 軍がこんな有様なのに李信率いる秦軍と戦ったら十中八九全滅。私や君達が奮闘すればサーヴァント戦では勝利を掴めるかもしれないけどね。遠からず劉邦軍は終わりだよ」

 

「それにしては御身は泰然と構えているな」

 

「貴方にはそう見えるかい?」

 

 ディルムッドの槍のような詩的に土方は神妙な顔付になった。

 

「そうでした! 土方さんは確か蝦夷地では連戦連勝負け知らずの常勝将軍! 彼の二股口の戦いでは自軍の倍以上の新政府軍を撤退させた事もあると聞きます。もしやなにか秘策があるのでは?」

 

 マシュは日本人ではないが、ロマンがわりと日本通な事が影響してそれなりに日本には詳しいほうだ。新撰組についても普通の英霊以上に良く知っているし、新撰組の活躍を描く物語において土方歳三といえば名将というイメージが強い。

 だからこそ土方歳三ならばなんとかしてくれるのではないか。マシュにはそういう期待が見えた。

 

「……期待を裏切るのは酷だけど、ないよ。私が泰然としていられるのは単に負け慣れているだけだ」

 

「!」

 

「〝常勝将軍〟なんてメダカを龍と呼ぶくらいの過大評価だよ。私は古の英霊達のように負け戦を勝ち戦にしたことなんて一度もない。勝った戦は勝てる戦だけだし、そもそも苦渋を舐めさせられた経験の方が多い。

 二股口の戦いだって〝数〟以外の条件が圧倒的有利だったから勝てただけ。他の戦地へ派遣されていたら惨敗していたよ。これは断言できる。

 後世ではやたらと持ち上げられているが土方歳三なんてその程度の人物。沛公やディルムッド殿のような真の英霊と肩を並べるには不相応な男だ」

 

「――――東方の侍よ。あまり己を卑下するものではない」

 

 浪々と語る土方に何も返せない中で『待った』をかけたのは、西洋の騎士であるディルムッドだった。

 

「ディルムッド殿?」

 

「俺は貴公の事を聖杯が与えた知識以上は知らんが、聞くところによれば新撰組なる治安組織の副長で後には長となったそうだな。

 問うが貴公に付き従った者達の中に貴公を慕う者はいなかったのか? そうではないだろう。貴公の過去は知らずとも今を知る俺には分かる。貴公には命を賭けて付き従った武士(もののふ)達がいたはずだ。

 ならば己を下げるな。それは転じて貴公に従った者達まで貶める行為に繋がるぞ」

 

 将の気持ちは将になった者にしか分からない。ディルムッドは将ではなく、どちらかといえば将に付き従う側の英霊だ。

 だが――――否、だからこそ〝付き従う立場〟として将に言えることがあった。

 

「忠告、痛み入る。胸に染みるよ。けどね、思ってしまうのさ。私達は幕臣としての誠のため薩奸長賊と戦ってきたが、本当にそれは正しかったのか、とね。

 散々尊王攘夷を叫んでいた癖して掌返して夷狄と手を結び、ずっと何もしてこなかった朝廷をさも日ノ本の正統が如く揚々と担ぎ上げて、卑劣な手段で三百年日ノ本を守り続けた幕府への恩を忘れ弓引いた薩長共。連中を敵と定め戦う事に生前はなんの疑問も抱いていなかったが、一度死んで後世を知れば私の目にも見えてくるものはある。

 幕府を倒した薩長は作ってしまったんだよ。清にも夷狄にも負けぬ強い国を。日本が列強の一角たる露西亜をも破るほどの成長を遂げたのは間違いなく薩長の功だ」

 

「土方さん……」

 

 自分達の前で土方は悩みを吐き出す。そこに鬼の副長も菩薩もいない。そこにいたのは当たり前に悩む等身大の一人の男だった。

 

「まったく英霊召喚というのは残酷なシステムだよ。先を知らず死んだ者にも、こうして冷酷に真実(未来)を教えてくれる。

 薩長の作った国が正しかったならば、私達の戦いは間違いだったのか。蝦夷地で薩長に反抗を続けたのは日本の歩みの足を引っ張る事に過ぎなかったのか。新撰組はあるべきではなかったのか。

 主義主張も善悪も気にせず戦えれば楽なんだがね。近藤さん亡き新撰組の長を継いだ者には許されない。それは逃げだ。

 私よりも遥かに先を見据えていた榎本さんなら何か解を持っているのかもしれないけれどね。不明な私は迷うばかりで答えは一向に見付からない」

 

 今度はディルムッドも何も言いはしなかった。騎士として〝従う者〟としての発言に意味はない。もし土方歳三に何かを言える者がいるとすれば、それは王侯や将軍のような人の上に立つ者だけだろう。それも土方歳三のように『歴史の流れ』という残酷なものに押し流された経験のある者だけ。

 当然だが自分にそんな経験は一度もなく、だからこそ何も言えなかった。しかしマシュは、

 

「私は人の上に立った経験がないので、土方さんの悩みに知った風な口を利けません。けれど結果論で行動が間違いだと決めつけるのは、違う……と、思いたいです」

 

 迷いながらも絞り出したマシュの答えに、土方はまるで年の離れた兄のように微笑む。

 

「すまないね。悪い空気を更に悪くしてしまったようだ。特異点の解決とは関係ないことだし気にしないでくれ。

 大丈夫だよ。こんな悩みで刀を鈍らせたりしない。私の過去の戦いの是非は兎も角、人類史焼却を防ぐという大義は絶対的に正しいもののはずだ。正邪がはっきりしているのなら迷いようがないさ」

 

 もしかしたら自分は幸運だったのかもしれない。

 人類史焼却という未曽有の悪行をなしたソロモンは悪であり、それを倒そうとする自分達は必然的に善側に立っている。立ってしまえている。

 これでソロモンがやった事が人類史の焼却などではなく、ある種の救済であれば自分も土方のように己の善悪について悩んでいたかもしれない。

 

「もし。宜しいでしょうか?」

 

 そんな時、幕舎の外から兵士の声がした。

 

「あ、はい。なんですか?」

 

「申し上げます。沛公様がお呼びです。直ぐにお越しください」

 

「沛公が? 分かった。行こう」

 

 劉邦が態々自分達を呼ぶという事は何かがあったのだろう。

 待たせては悪いので土方と一緒に劉邦の幕舎へ急いだ。言うまでもなくマシュとディルムッドの二人を同伴である。

 

 

 

「おう、来たか」

 

 幕舎では既に劉邦軍の諸将が勢揃いしていた。どうやら自分達が一番ビリッケツらしい。

 

「どうしたのですか? まさかまた敵が――――」

 

「いいや。今回は朗報だぜ。なんと偵察の兵が沛を見つけたって言うんだ!」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 沛公と劉邦が呼ばれている事からも分かる通り、沛というのは劉邦が挙兵した最初の本拠地である。

 劉邦が正式に楚の幹部となってからは既に本拠地は映っていたが、それでも特異点化前までは劉邦の領土の一つだった。その沛が見つかったという事は、劉邦軍は当てのない放浪生活から解放されるという事を意味していた。

 

「おう。ここから北に進んだ所にあったらしい。沛にゃ秦軍もいねえみてえだし、あそこに戻ればどうにか軍を立て直せる。これで九死に一生を得られそう、」

 

「御注進! 御注進!」

 

「どうした! 今は重要な軍議中だぞ」

 

「し、秦軍の追手が直ぐそこまで迫っています! このままでは追いつかれます」

 

「このタイミングで!?」

 

 天国から一転しての地獄。

 敵軍を率いるは猛将・李信と賊徒・宋江。李信は速攻に秀で、宋江は数々の宝具を操る難敵だ。捉えられれば一貫の終わりである。

 

「沛公。このまま沛へ逃げたとして間に合うかどうか。もし途中で追いつかれれば全滅は必至。ここは誰か殿を命じになられるのが最良かと」

 

 諸将が顔を青褪める中、蕭何が冷静に提案する。

 

「……殿、か」

 

 確かにそれが一番最良の決断には違いない。全員で逃げて全員死ぬより、一部を犠牲にしてそれ以外が助かるのが賢い判断というものである。

 故に劉邦は素早く蕭何の提案を容れ、殿を用いる事を決めた。

 けれどここで問題となるのは人選である。殿に選ばれた将は確実に生きては帰れないだろう。なにせ相手が相手だ。生きて戻れると楽観するほうがどうかしている。

 下手な人間を選べば役目を放棄して逃げ出す危険性がある。かといって樊噲や夏侯嬰のような自分の懐刀を切り捨てるのには抵抗があった。

 しかし樊噲のような猛将や曹参のような戦上手でなければ、秦軍相手に殿の役目をこなせないにも確か。

 

「沛公。では私が――――」

 

 真っ先に名乗り出たのは樊噲。それを見て劉邦も『残念だが止むを得ない。残された子に報いることで供養としよう』と思いかけた時だった。

 

「待たれよ樊将軍。貴方は沛公の義弟、軽々しく命を投げ捨てるものではない。私がやりましょう」

 

 樊噲を制して土方歳三が名乗り出た。

 

「土方さんが!?」

 

 これに最も驚いたのは土方と縁の深いカルデアの面々。特にマシュだった。

 劉邦は目を細め、土方の面構えを見る。それで腹は決まった。

 

「……土方か。兵はどれだけいる?」

 

「無用、一人で十分です。これでもサーヴァント、数を補う切り札は持っています故」

 

 一人で足止めなど普通なら笑い飛ばすか叱りつけるかしたところだが、これまで散々サーヴァントの出鱈目な奇跡の数々を目の当たりにしてきた劉邦である。土方の答えにゆっくり頷いた。

 

「分かった。任せたぞ」

 

「御意」

 

 死にゆく我が身に語る言葉はない。そう告げる様に土方は颯爽と幕舎を出て行こうとする。

 マシュがそれを止めようとするが、土方は笑って首を横へ振った。

 

「そんな顔をするな。誰か一人が死ぬのであれば、死者である私が真っ先に死ぬべきだろう」

 

 死神の憑いたサムライを止める事は誰にも出来ない。

 土方歳三は劉邦に無言の別れを告げ、一人で最後の戦場へと赴いて行った。

 

 




「後書き」
 ちょっと急ぎ足ですが、このままダラダラやっていても仕方ないので土方さんの退き口。たぶん秀吉ルートはありません。この流れで次回も土方さんのターンです。
 しかしそろそろ公孫勝とか出さないと不味い。始皇帝なんかラスボスなのに最初しか出てない……。


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第21節  誠の旗

 殿を引き受けた土方は一人、広がる荒野にて秦軍を待ち受けた。

 寡兵にて大軍を相手にする場合、軍勢が一度に通れない場所で戦うのがベストであるし、その方法で土方は生前白星を稼いだ事もある。だが今回同じ手は使えなった。これは土方の戦術力云々ではなく、単純に待ち受けるに適した地がないことが原因である。

 これが神話の大英雄であれば地形を引き剥がすも塗り替えるも自在なのだろうが、生憎と土方歳三は英霊としての格は三流二流。そんな大層な宝具は持っていない。土方が頼りと出来るのは己自身と、後は口に出すと恥ずかしい限りだが『生前の繋がり』くらいだ。

 対する敵は古の大将軍率いる強壮なる軍勢。更には百八の魔星を支配する偽りの星主。

 

「――――なんと。十分ではないか」

 

 土方が回顧するのは英霊となる前の自分の生涯。

 思い返してみれば行き当たりばったりな人生だった。将軍護衛と攘夷活動をするため上京した筈が、何故か京都で治安維持組織をやることになって、最期は蝦夷地で流れ弾に当たって死亡である。時代の流れに逆らい続けた癖に、その場の流れに流され続けてきた生涯といってもいいだろう。薩摩や長州を嘲笑うことなど出来ない。自分が唯一ぶれなかったのは精々が佐幕であるということくらいである。

 こうしてサーヴァントという形で蘇っても自分の生涯を振り返り悩むばかり。お世辞にも創作で持て囃されるような大人物ではない。

 だがそんな自分にもこの時代では確かな役目が与えられた。

 漢王朝を開いた偉大なる高祖。豊国大明神をも凌駕する大出世を遂げた稀代の英傑。そして、

 

(カルデアの若きマスターにマシュ・キリエライト……。二人ともまだまだ未熟な限りだが、だからこそ無限の可能性がある。焼却された人類史において二人は人類の――――いや、この星に残った唯一の希望)

 

 希望を守り、繋ぐ。それが土方歳三がこの時代に召喚された意味なのだろう。

 地面が微かに揺れる。土方の三半規管には馬蹄が大地を蹴る音が聞こえてきた。秦軍のお出ましである。

 漆黒の鎧で統一された傀儡兵は、生身の人間で構成された軍隊では有り得ぬ速度で地平線の彼方より出現した。傀儡兵は一人立ち塞がる土方など目もくれず、それこそ路傍の石ころのように眼中に入れず通り過ぎようとする。

 

「全軍、止まれ!!」

 

 猛牛を思わせる秦軍の歩みは一つの怒号によって整然と停止する。

 自然と重みの乗った声は万軍を指揮する将たる証。傀儡兵の中より馬を進ませてきたのは、雑兵とは及びもつかぬ見事な甲冑を装備した騎兵。

 前回の戦いは夜だったせいで姿を見てはいないが。同じく人を率いた将としての本能で分かる。あの男こそが秦軍の大将であると。続いて宋江とテセウスも姿を見せた。

 

「黒いロングコートに脇差し。宋江、あれが?」

 

「ええそうですよ。あいつが俺を腰斬(やって)くれやがった土方ですよ大将軍閣下。ったく下半身全部バッサリとか糞宦官でもやらねー経験させてくれやがって。

 こんな所に一人で突っ立ってるってことは感動的にも一人で俺達を足止めしようって魂胆なんでしょうし、さっさとぶち殺しましょうや。やられた俺が言っても説得力ねえかもしれねーですけど、あいつ大して強くないんで数で囲ってボコれば楽勝ですよ」

 

 宋江の見下した発言に対して、言われた土方の心には小石が落とされたほどの揺らぎもなかった。

 土方歳三は他者からの侮辱を平然と受け流せる立派な人物ではないが、事実を指摘されて怒るほどの小人ではない。宋江の言う通り土方歳三の個人的武勇などは、神話や古代の豪傑と比べれば実に細やかなものだ。大軍団を一人で相手取るなど夢想に等しいだろう。剣士としては格上の沖田、斎藤、永倉が出来なかったことを自分が出来る筈がない。

 

「さて、それはどうかな」

 

「は?」

 

「八割方お前の考えで正解だろうが、何事も決めつけてかかってはいかん。もしもということもある」

 

 宋江の諫言を受けるまでもなく土方歳三の実力を李信は看破している。李信は電光石火の電撃戦こそ得意とする稀代の猛将だが、断じて考えなしの蛮勇の徒ではなく、その本質は戦場にいる一分一秒毎に戦いの空気を吸って成長する学習能力にこそあるのだ。一介の賊徒・宋江に分かる程の事が察せぬ筈がない。

 だから李信が敢えて全軍に停止を命じたのは、土方歳三がこの場所に留まったもう一つの可能性について一応の確認をするためだった。

 

「念の為に問うが――――土方歳三。我が軍に降伏する気はあるか?」

 

「……それは殿軍(しんがり)を引き受けた者に対して問う台詞ではありませんな」

 

「降伏するために敢えて殿軍を引き受けた可能性もあるだろ。もし考えてなかったのなら良い機会だ。改めて考えてみるといい」

 

「冷酷非情で知られる始皇帝麾下の大将軍とは思えない発言だ。そうやって油断して刀を置いたところを襲おうという魂胆を疑うねえ」

 

 李信は嘆息する。否定しないあたり自分の主君が冷酷な人物という認識はあるのだろう。

 

「確かに陛下は役に立たぬ人間や、己の意に添わぬ人間に対しては酷薄だ。だが有用な人材には寛容でもある。東夷の出身であるなどは関係ない。元より秦とは外国人を重用することで覇権を握った国。君の現在の主たる劉邦やカルデアでさえ降るというのであれば陛下は用いるだろう。

 改めて勧告しよう。土方歳三、降伏し我が軍門に降れ。さすればお前はこの宋江と同じく秦将の一人として迎え入れられるだろう。後の創作で過剰に持て囃された結果の英傑ではなく、真の偉業を成し遂げた英雄になる最後の機会だぞ」

 

「秦の将か。悪くない」

 

 土方歳三は一般に蝦夷共和国とも呼ばれる榎本政権下において閣僚ではあったが、それは新政府の閣僚職と比べればガラスの刀のようなものだった。見栄えは美しいが切れ味も実用性もなく、しかも脆く壊れ易い。

 だが李信の誘いに乗ればサーヴァントの身である事実は変わらないが、押しも押されぬ大帝国の将の一人となれる。活躍次第では李信と同じ大将軍という天上の地位まで昇ることすら夢ではなくなるだろう。

 鬼だなんだのと呼ばれようと土方とて人の子である。立身出世や名誉に興味がないと言えば嘘になる。

 

「が、その申し出は駄目だ。受け入れられない」

 

 土方歳三は大人物ではない。なにを間違ったか後世では持ち上げられているが、長州の桂や薩摩の西郷のように真の偉業を成し遂げた英雄でもないだろう。

 けれどそんな自分にも譲れぬものがある。真の偉業は成し遂げずとも、誠の生き様があったのだ。

 

「生憎と私は死ぬまで降伏しなかったどうしようもない馬鹿でね。自分でも賢くないとは思っているが、なんだかんだで死ぬまで貫いてしまったものを捨てたら私は自分を許せなくなる」

 

「分かった」

 

 土方の決意に李信はさしたる反応を見せない。生前幾つもの国を自らの手で滅ぼしてきた李信にとって、この手の覚悟などは見飽きたものなのだろう。

 

「全軍、構えろ」

 

「やっとですかい。ゴキブリ掃除はちゃっちゃと済まして本命を追うとしましょうかねえ」

 

「油断するんじゃねえぞ宋江。相手が俺やお前と同じサーヴァントってのを失念するな」

 

「バッキャロウ。ヤクザが警察相手に油断なんかするわきゃねえだろうが。そいつはこっちの台詞なんだよ、大英雄様よぉ~」

 

 傀儡兵が一斉に槍衾を揃え、宋江とテセウスの二騎も己の得物を出す。

 李信は合理主義を指針とする始皇帝の配下。故に土方の覚悟に敬意を表して一騎打ち云々などという展開になることはなく、李信は冷静に数の暴力という最も信頼に足る力を動かしてきた。

 何度も言うようだが土方歳三には大軍団を一人で相手する力などない。英霊化にあたって幾らか生前より肉体の規格(スペック)が上昇しているとはいえ限界がある。

 仮に傀儡兵だけはどうにかなったとしても、敵軍には李信、テセウス、宋江という実力者までいるのだ。これでは足止めどころか瞬殺されるのがオチだろう。

 しかし土方は名将ではないかもしれないが愚将ではない。劉邦に一人で十分と啖呵をきったのは、きちんとした根拠あってのことである。

 要するに一人で駄目なら皆の力を借りればいいのだ。

 

「――――大将軍李信、英霊テセウス。私には君達のように華々しい戦果や偉業がやるわけでもない。この人類史に影響といえるだけのものを残さなかった。

 ああ、宋江。物語によって本来の人物像を完全に上塗りされたお前には共感すら覚えるよ。だが勝手に共感して勝手に否定してすまないが、私とお前は違う。何故ならばお前と違って俺には確かに誇れる誠があるのだから」

 

 土方の纏っていた黒いロングコートが粒子となって雲散すると、変わりに装備されたのは新撰組の隊服として余りにも有名で、そのために確固たる信仰を得るに至った浅葱色の羽織だった。

 

「芹沢が持ってきた時はダサくて着る気がしなかったが、今となってはこれも懐かしい」

 

 笑いながら掲げたのは新撰組の象徴たる〝誠〟の旗印。

 出身も身分すら超えて多くの志士達がこの旗の下に集い、共に生き、語らい、戦った新撰組の誇り。

 常勝将軍や幕末屈指の名将など後世の作り上げた虚飾の英雄像に過ぎないかもしれない。新撰組など人類史という大きな枠組みにおいてはあってもなくても変わらぬ路傍の石ころに過ぎぬのかもしれない。

 それでも自分達が『誠の旗』の下で戦ったあの日々は嘘偽りない本物なのだ。例え神仏や帝だろうと、これだけは覆せない。させなどしない。

 土方が掲げた『誠の旗』に秦軍は目もくれなかった。足の速い騎兵を先頭にして一瞬で踏み潰さんと土方に迫ってくる。

 

「情けない事を言ってすまないが、私一人じゃ殿軍の役目をこなせそうにない。頼む。もう一度、私と一緒に戦ってくれ」

 

 迫りくる騎兵には目もくれず土方は虚空に向かって話しかける。

 その瞬間。突撃してきた十体はただの一体の例外もなく解体された。

 

「水臭いじゃないか(とし)。頼まれるまでもなくお前が窮地にあるなら俺は力は惜しまんぞ」

 

「というか頼まれなくたって駆けつけますよ! 土方さんとまた一緒に戦えるなら」

 

 サーヴァントである土方は自分の『宝具』がどういうもので、発動した場合どのような現象が起きるのかも予め知っていた。

 けれど懐かしい声を聞いた瞬間、土方の胸中を満たしたのは喜びだった。思わず目から熱いものが流れそうになるのを、土方は副長として努めて抑え込む。

 

「近藤さん、沖田。私も同じ気分だよ。またこうして二人と『新撰組』として戦えるんだから……っ!」

 

「土方さん。近藤局長や沖田隊長と再会できて嬉しいのは分かるけど、俺達も忘れちゃ困るぜ。入隊時期は遅くたって俺達だってアンタに惚れぬいて誠を背負った隊士なんだから。

 っていうか沖田隊長って本当に女の子だったんっスね。山野からは聞いてたけど酒の席の冗談と思ってたんで驚きましたよ」

 

「俺は隊長のことを冗談の種にするほど悪党じゃないぞ。あ、沖田隊長! またお会いできて光栄です!」

 

「拙僧も及ばずながら参上した。土方殿、終生を御供することは出来なかった身でよければ、どうかこの身を役立てて頂きたい」

 

 大野、山野、それに斎藤一諾斎。一番隊隊士だった山野を除けば、京都を出てからの仲間達も『誠の旗』に集まった。

 そして土方の掲げた旗をさも当然のように手にとって揚げた者が一人。

 

「俺の仕事とらないで下さいよ。旗持ちは俺の役目でしょ、土方さん」

 

 そう言って悪童のように笑ったのは尾関雅次郎。

 尾関の発言に土方も近藤も沖田も誰も異を唱えなかった、そう、やはり新撰組の旗はこの男が持っていてこそ〝らしい〟というものだろう。

 

「知らない顔に見ない顔が半々。私の死んだ後もなにかと大変だったそうだね」

 

「俺は気が進まないが人類史焼却なんて非常時じゃ仕方ない。手を貸してやる。それとも粛清組の手なんて無用か?」

 

「離反しておいて今更なにをと思うかもしれないですけど、どうかまた一緒に戦わせて下さい!」

 

 次に土方の前に現れたのは意外な人物達。

 山南敬助に武田観柳斎、そして藤堂平助。三人とも内部粛清によって新撰組自らの手で殺めてしまった隊長達である。

 自分達を憎んで然るべき彼等までもが来てくれたことに、土方は感激を抑えきれず、副長として毅然としていなければならないにも拘らず破顔してしまった。

 

「ああ……ああ、勿論だとも! 一緒に戦おう!」

 

「んんっ? 山南さんや藤堂はさておき観柳斎まで許されたってことは俺達途中離脱組の参加も問題ねえよな」

 

「よく言うぜ原田。近藤さんと土方が揃って駄目って言っても勝手に参戦する癖によ」

 

「あったりめえだろうがっ! 史書で眺めるだけだった古の名将相手に戦えるなんて面白ぇ戦! 参戦しなきゃ男が廃るってもんよ!」

 

「そりゃそうだ。ああくそっ! 密航してでも露西亜との戦に出張ってりゃ良かったぜ!」

 

「新八。日露戦争時の自分の年齢をもう一度思い出してみろ」

 

「ちぇっ。いいよなお前ぇは。西南戦争で薩摩人共を殺しまくれたんだからな。流石は天下の新政府の警察官様だ」

 

「――――――新八。鼻の穴を三つに増やしたいのか?」

 

「おっ! 喧嘩か? いいねぇ! やれやれ、やっちまえ! お前等がやりあって白黒つけりゃ後世の最強議論が短縮されるぞ!」

 

「こらこら。永倉も斎藤も折角こうして皆が集まったのに早速身内同士でやり合ってどうするんだい? 原田も煽らないで」

 

「はは、は」

 

 同じ旗に集えども重んずるべきものの違いによって袂を分かった斎藤、永倉、原田。もう会えないと思っていた三人に会えた嬉しさに土方の胸ははち切れんばかりだった。更には土方含めた全隊士に〝源さん〟と親しまれた井上源三郎。彼の丸っこい頬笑みを見るだけで、土方の口内には彼の漬けたタクアンの味が蘇ってきた。

 近藤勇、土方歳三、沖田総司、井上源三郎、山南敬助、斎藤一、藤堂平助、原田左之助。これで初期新撰組の中核を担った試衛館組は全員が揃った。

 そして最後に現れたのは土方亡き後の新撰組の幕を一身に承った相馬主計。

 

「こうして局長や副長や隊長達が勢揃いすると壮観ですね。一人の隊士としてこの光景の末席を汚せただけで新撰組に入って良かったと思える程に」

 

「〝末席〟なんて何を言ってる?」

 

 土方は相馬主計の肩を掴むと、最前列に並ばせる。位置的にそこは近藤と土方に挟まれる――――見方によっては相馬主計こそが頭であるかのような場所だった。

 当然そんな場所に引っ張り出された相馬主計は恐れ多いと慌てる。だが隊士の誰もそれに異議を唱えることはなかった。

 近藤や土方のように頭として華々しい活躍をした訳ではない。相馬主計が最後の新撰組局長としてやったのは敗戦処理。賊軍の将としての責任をとることだ。だがそれが華々しい活躍などより遥かに過酷で厳しい戦いであったことを、近藤も土方も――――否、全ての隊士が知っていた。

 相馬主計の目から一筋の涙が伝う。けれど誰もそれを指摘しない。それが男の礼儀だった。

 

「どうだ、真の英雄達。これが私の生涯。私が唯一お天道様に誇れるものだ」

 

 集まった隊士はばらばらだ。隊服一つとってもダンダラ羽織や黄染め黒染めに洋装などなどが入り乱れている。本物の武士階級出身者もいれば商人出や農民出に坊主出までいた。

 だが彼等にはたった一つだけ共通点がある。〝誠の旗〟の下で共に戦ったという繋がりが。

 京を震撼させた最強の剣客集団は、この古の大陸にて再び集結した。

 

「行くぞぉぉぉおおおおおおおおおッ!!」

 

 三局長による号令。敵軍総数が自軍の数十倍以上などもはや彼等の目には入らない。

 壬生の狼達は我が意を得たとばかりに獲物の腹へ喰らい付いていった。

 




【元ネタ】新撰組
【CLASS】アサシン
【マスター】???
【真名】土方歳三
【性別】男
【身長・体重】168cm・58kg
【属性】秩序・悪
【ステータス】筋力C 耐久E 敏捷A 魔力C 幸運C 宝具B

【クラス別スキル】

気配遮断:A
 暗殺者として自身の気配を断つ。隠密行動に適している。
 自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【固有スキル】

拷問技術:A
 拷問器具や日本刀を使ったダメージにプラス補正がかかる。

カリスマ:D(B)
 大軍団を指揮する天性の才能。
 隊士達から母のように慕われていたという。

軍略:E(C)
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 土方本人の将才は並みよりやや上といった程度だが、後世のイメージと過大評価により名将に匹敵する指揮能力を獲得している。

【宝具】

誓いの羽織(ちかいのはおり)
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1
最大捕捉:1人
 浅葱色の羽織。幕末に京を震撼させた人斬り集団「新選組」の余りに有名な装束が宝具へと昇華されたもの。
 装備することによりパラメーターを向上させ、カリスマと軍略のランクを上昇させる。

誠の旗(まことのはた)
ランク:B++
種別:対軍宝具
レンジ:1~80
最大捕捉:300人
 誠の一字を掲げる新選組の隊旗。この旗を掲げた一定範囲内の空間に新選組の隊士を召喚することが出来る。
 各々の隊士は全員が独立したサーヴァントであるが、宝具は持たず戦闘能力はピンキリである。
 他にも全員がランクE-相当の『単独行動』スキルを保有しているため、短時間であればマスター不在でも活動可能。
 この旗は新選組の隊長格は全て保有しており、発動者の心象により召喚される隊士の面子や性格が多少変化する。
 土方が使用した場合、試衛館から蝦夷地までの歴代隊士が一堂に会することになる。


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第22節  新撰組

 新撰組とは人斬り集団であり、刀こそが新撰組最大にして最強の武器であるとイメージする人間は多い。だが京都での治安維持活動ではまだしも、新撰組の活動した時代において戦場の主役は刀ではなく銃や大砲である。

 隊長陣であれば銃や大砲などより疾く動きいかようにも対処出来るが、一般隊士達はそうもいかず、必然的に新撰組が戦場で使ったのは刀より銃の方が多かった。

 刀では銃には勝てない。剣客集団新撰組にある種の浪漫を抱く人間には残酷だが、これが現実というものだ。

 では聖杯戦争においてもそれは正しいか?

 否……否だ。

 確かに現実においてはそうであろう。刀など旧時代の産物に成り果てただろう。

 されど〝現実〟より〝空想〟が力を持つものこそが〝英霊〟であり、聖杯戦争だ。

 新撰組こそ最強の剣客集団。刀を武器にしてこその新撰組。新撰組の刃には銃や大砲も恐れ戦く。

 そういった後世の人々の信仰は〝英霊の座〟にも届き、この紀元前においても確かな力を新撰組に与えていた。

 ましてや対サーヴァント戦においては単純な火力ではなく、神秘の格こそが物を言う。新撰組が人々の信仰に反した大砲や銃を武器として使っても、それではサーヴァントや傀儡兵に大きなダメージを与える事は出来ないだろう。

 長くなったがつまりどういうことかというと、

 

「全軍、抜刀!!」

 

「遮二無二に突っ込め! 目についた奴を片っぱしから斬り伏せろ!」

 

「捕縛無用。とにかく斬れ! 斬れ! 斬れ!」

 

 抜刀突撃こそが〝新撰組〟にとって最強無敵の戦術ということだ。歴代局長の命令が雷のように轟き、狼の群れは嬉々として傀儡兵に突撃していく。

 恐れを知らぬ傀儡兵はそれ故に一般兵よりも強いが、自らの将に心酔し狂奔した兵士は時として信じ難いほどの爆発力を生みだす。

 その爆発力が発揮された時、ただのしがない一兵卒は豪傑となり、一万の軍勢は百万の軍勢に互するようになる。嘗て李信が二十万の軍勢を率いて楚に攻め込んだ際、とある将率いる軍によって完膚無きまでに叩きのめされたように。

 秦軍を率いる李信からすれば生前の自身の負け戦をもう一度見せつけられているようなものだろう。一頭の大狼に率いられた狼の群れは、群がる傀儡兵を次々に斬り伏せていっていた。

 

「おいおい、どうすんだよ大将軍様ぁ~。考えなしの馬鹿な特攻かと思ったが中々どうして敵さんやりますぜ? 傀儡兵なんざ替えが幾らでも効く上に量産可能な駒に過ぎないつっても、全滅ってのは流石に不味くねえですかい。俺は責任とんの御免ですぜ」

 

「責任はとるさ。それが一番上にいる人間の仕事だ。それと宋江、これは考えなしの特攻じゃない。考えあっての特攻だ」

 

「へ?」

 

「一か所に纏まって戦えば、俺が迷宮展開して新撰組一同全員仲良く閉じ込められる危険性がある。だから無謀だろうと敵味方入り乱れる乱戦に持ち込む必要があったってことだよ」

 

「なるへそ。よく考えてることで」

 

 テセウスの『万古不易の大迷宮』は大雑把に発動範囲を設定することは出来ても、細かな対象の選別は出来ない。よってこのように乱戦に持ち込まれてしまえば発動は困難になるのだ。

 土方はそれを見抜いたからこそリスクを度外視して突撃を命じたのだろう。

 

「けどそれじゃ初手は完全に持ってかれちゃったってことじゃねえですか。副将として健気に意見を言わせて貰うと撤退した方がいいんじゃねえですかい?

 燃え盛ってるところを鎮火するのは面倒でしょう。火を消すなら燃え尽きた所の方が楽にやれますよ」

 

「一理ある。だが土方の狙いは時間稼ぎ。こちらが一時でも撤退してしまえば、土方は自分の命を失うことなく目的を達成することになる。よって却下だ」

 

「なら、」

 

「やはり……」

 

 李信の背後に大岩のような体躯の傀儡将が集まりだす。一般の傀儡兵と違って確固たる意志のある彼等は、生前においても李信の配下として武功を重ねた将軍達である。

 その多くは残念ながら名を史書に記される事はなかったが、彼等の武勇は新撰組隊長陣にも引けをとるものではないだろう。

 李信から大将軍としての威厳ある面持ちは失せ、代わりに本能を剥き出しにした戦士の顔が露わになった。

 

「目には目を! 血には血を! 殺しには殺しを! 命令だ、野郎共! 倭人共を殺して殺して殺しまくれ!」

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!』

 

 もしこの場にいたのが王翦であれば、無駄な出血を抑えつつ確実に土方を殺すような戦術を駆使したことだろう。そういう戦い方で王翦は楚の軍神を破ったのだから。

 だがここにいるのは李信だ。王翦ではない。

 王翦のやり方の合理性は理解しているし、慎重に戦う事の重要性も生前に覚えているが、人間には向き不向きというものがある。王翦のやり方は李信には出来ない。無理にやったところで力の半分も出し切れまい。

 ならば李信は己のやり方をもって新撰組討滅にかかる。

 

「おらぁああああああああああああっ!」

 

 傀儡将を率いた李信は自ら先頭になって乱戦に突っ込んでいった。

 正気ではない。大将軍にして総司令官たる人物が、何が起こるか分からない乱戦に自ら突撃するなど。現代でいえば警視総監が単身で暴徒の群れに突っ込むようなものである。

 けれどテセウスと宋江、そして近藤や土方には感じとれた。暴挙とすらいえる李信の行為は、新撰組に傾きかけた流れを取り戻しつつあるということを。

 李信が大矛を振るう度に隊士は吹っ飛ばされていく。殺せずとも態勢が崩れるだけで十分だ。それだけで殺到する傀儡兵が命を刈り取ってくれるのだから。

 

「ったく、これだから英雄様ってのは嫌になるぜ。突撃一つで簡単に流れを持っていっちまうんだから。狡くて矮小な俺様は雑魚そうな奴と適当に戦って御茶を濁すとしますわ。テセウスの大将はどうするんで?」

 

「聞きたいか?」

 

「ああ、俺も人にバッキャロウなんて言えねえわ。聞くまでもなかったわ」

 

 諦めたように嘆息する。真実に英雄たるのは李信だけではなくテセウスもだ。いや寧ろ英雄性という点においてテセウスは李信よりも遥か高みにある。

 要するにこの英雄らしい英雄が、目の前で繰り広げられている大乱戦(ごちそう)に喰らい付かないなど有り得ないということだ。

 傀儡馬を乗り捨てると、鉄棒を担いだテセウスは獰猛に乱戦へ割って入っていく。

 彼のヘラクレスと並び称される英雄(かいぶつ)の参戦は傾きかけていた天秤を完全に秦側へ落とした。

 李信に匹敵する首級の乱入に新撰組隊士達の狙いが一斉にテセウスへ向かうが、そんな事など関係ないとばかりに大英雄は鉄棒を振り回す。

 テセウスの暴れっぷりは擬人化したサイクロンのようだった。刀による斬撃を目茶苦茶に吹き飛ばしながら、酷い時は味方諸共に敵を粉砕する。

 李信の武が人の頂きたる武なら、さしずめテセウスの武とは人智を超えた神域の武だ。相手が人間であれば強くとも大勢で囲って戦えば勝機はあろう。だが神域の英雄には人間がどれだけ集まろうと勝てはしない。

 もし半神の英雄たるテセウスに勝てる者がいるとすれば、それは人でありながら魔人の領域にまで到達した達人の中の達人だけだろう。

 

「沖田、永倉、斎藤はテセウスを斬れ! 一番隊、二番隊、三番隊は三隊長に近付く傀儡兵を駆逐しろ!」

 

 乱戦下にありながら指示を飛ばしたのは土方――――ではなく近藤勇。

 沖田、永倉、斎藤は剣豪揃いの新撰組にあって、剣技を魔剣の域にまで押し上げた新撰組最強の剣士たち。彼等であれば神域の英雄たるテセウスとも戦える。

 その判断は的確で、この戦況ではこの上なく正しいものだろう。しかしながら驚嘆すべきは、これが乱戦下で出された指示ということだろう。

 近藤は別に一人で後方に下がって、上から戦況をしていた訳ではない。あくまで一人の剣士として自らも乱戦に参加していた。

 だというのに近藤は敵と命懸けの殺し合いをしながら、周囲にも目を配り、的確な指示を出してみせたのだ。

 近代戦における指揮力では土方に劣るが、乱戦下においての指揮力では土方を凌駕する。池田屋事件で活きた右も左も分からぬ乱戦下での名指揮っぷりは、この戦いでも活きた。

 

「原田と平助は俺と一緒に李大将軍の相手だ! 源さんと原田は呼保義(宋江)を抑えろ」

 

『おう!』

 

 呼ばれた四人が力強く返事をする。そこで言い忘れていたことを思い出した近藤は、井上と原田の二人に補足する。

 

「源さんに原田。さっきから天下の大侠者殿はやる気がないようだからな。虎の尻尾は踏まないようにやれ」

 

 土方によって呼び出された新撰組隊士は、土方の持つ一部情報を共有する。だからこそ近藤は初めて見る『宋江』の人柄も知っていたし、彼がこの戦いに積極的な姿勢ではないことも悟る事が出来た。

 そして局長である近藤は隊長達含めた他隊士と違い、しっかりと土方と戦略目的を共有している。だから自分達がただの時間稼ぎの囮に過ぎないことも承知していたし、それ故に宋江を本気にさせるリスクを犯してまで、命を狙う事の無意味さを知っていた。

 

「さーてと。そいじゃ原田、平助。行くとしようか。今宵の虎鉄は血に飢えている。幸いご馳走は腐るほどある! お前達の刀にも存分に血を吸わせてやれ!」

 

「へっ。俺の得物は刀じゃなくて槍だぜ、近藤さん。やっぱ狙うなら大将首ってね。沖田達には悪いが大将は俺の槍が掻っ攫わせてもらうぜ」

 

「先陣はきれませんでしたけど、大将へ一番に斬りかかる御役は譲れません」

 

 命令を出し終えた近藤は威厳ある局長から、腹を空かせた狼の顔付きになる。剣客集団たる新撰組において槍こそを頼りとする原田と、常に先陣をきった藤堂もまた近藤に倣った。

 近藤、原田、藤堂。三人が三人ともセイバーのクラスで召喚されても問題ないほどの技量を誇る剣士である。その三人が蒸せるほどの剣気を漲らせ自分に突っ込んでくる事を、李信は疾風のように認識した。

 

(どうやら狙いは俺の首……いや、ああ言ってはいても討ち取ることは二の次。俺を足止めして、ついでに口も塞ごうってわけか)

 

 この乱戦下にあって李信は近藤と同じように、否、それ以上に正しく戦局を把握していた。ここで李信が三人の対処に手間取り指揮力を発揮する余力を失えば。負けるとは言わないがかなりの出血を強いられることになる。

 新撰組の目的が秦軍の足止めならば、李信の目的はあくまで劉邦の討伐。ここで余計な犠牲と時間をかけるのは得策ではない。

 そこまで頭を回転させていた李信は、次の瞬間には反射的本能でこの戦いを最小の犠牲と時間で終わらせる手段をとっていた。

 

「な、なにぃ!?」

 

 真っ先に驚愕したのは原田。李信が箒星のような勢いで走らせた軍馬は、近藤達に突撃攻撃を仕掛けてくるのかと思いや、その直前で大きく跳躍したのである。

 2mや3mどころではない。下手すれば城壁すら飛び越えてしまうほどの大跳躍。そして馬が行く先には、

 

「ま、不味い! 歳、避けろぉ!!」

 

「――――!」

 

 李信が狙ったのは、傀儡兵を次々に斬り捨てていた土方歳三。

 新撰組の隊士は一人一人が独立したサーヴァントではあるが、彼等を呼びだしているのは土方の『誠の旗』の効果であって聖杯ではない。

 よって土方歳三さえ消えてしまえば、隊士達は存在を維持することが出来ず自然消滅するのが道理である。魔術や宝具についてなどまるで門外漢で無知に等しい李信ではあるが、彼はそのことを将としての直感で見抜いてみせたのだ。

 

「――――――悪いな。大将首をとるのは、俺の矛だぁぁぁあッ!」

 

「くっ」

 

 土方は迫っていた傀儡兵を蹴り飛ばし回避しようとするが、既に李信は直ぐそこまで迫っていた。

 李信の振り落とす大鉾は稲妻である。一撃が地面を抉り、巨岩を砕く。ここに更に軍馬による突進力までもが加われば、その破壊力は長城の一角すら粉々に粉砕するほどだろう。

 避けれないならば防ぐというのは正しい選択ではあるが、そもそもこの破壊力を正面から防ぐ術を土方は持っていなかった。

 

(死ぬ、のか……ここで、こんなところで?)

 

 汗が滲む。瞳孔が開く。

 

(死ぬのは恐くなんてない。だが……――――まだ私は……役割を、果たしきっていない。ここで死ぬわけには――――)

 

 

 

 土方が今正に死を迎えようとしている頃、沖田、永倉、斎藤もまた窮地に追い込まれていた。

 

「どうした? 壬生狼とやらもこんなもんかい」

 

 脂汗が流れる三隊長と違って、テセウスの方は汗一つかかずに平然と鉄棒を背負っている。これには数々の修羅場を切り抜けてきた隊長も厳しい顔つきになった。

 だがそれでも数々の敗北を経験し自然と負け慣れている三隊長は、この程度の窮地で折れはしない。

 口頭で示し合わせるまでもなく、動きを同調させた連携で三方向から完全同時に斬りかかった。

 一の太刀を避けても、二の太刀が。二の太刀を躱しても参の太刀が首を落とす。回避不能、逃げ場なき刀の牢獄。

 

「こんなんじゃ時間が足りないぞぉ!」

 

 されど半神の大英雄を閉じ込めるには、致命的なまでに速さが足りていなかった。牢獄が完成するよりも素早く、鉄棒の一振りが鉄格子を粉々に砕いてしまう。

 

「やっぱり生前のようにはいきませんね」

 

「この連携なら桂どころか宮本武蔵だってやれる自信はあったんだがな……この体が恨めしいぜ」

 

「仕方がない。俺達は所詮は主人(マスター)のいない野良犬(サーヴァント)。野良犬の餌じゃ壬生の狼の腹は膨れんさ」

 

 斎藤が冷静に自分達が追い詰められている原因を指摘する。

 土方の『誠の旗』で呼び出された彼等は、扱いとしてはマスターのいないはぐれサーヴァントに近い。Eランク程度の単独行動スキルがあるので暫くの戦闘行動には問題ないが、それでも肉体のスペックは十分の一程度まで落ち込んでしまっていた。

 三人の剣士としての技量が並はずれていることもあって、それでも並みのサーヴァントなら問題なく戦えるだろう。しかし相手はテセウス。ギリシャ神話の大英雄である。例え三人がかりだろうと落ちたスペックで相手するには厳し過ぎる相手だ。

 

「もう抗いは終わりか? ならこっちからやるぞ!」

 

 大地を砕きながら突進してくるテセウス。さながらそれは大砲の砲弾が自分に差し迫ってくるような絶望感を三人に与えた。

 

「どうしますか? 永倉さんが掻き乱して、私と斎藤さんで三段突きでも叩きこみますか? これなら防げませんし、当たりさえすればどうにかなります」

 

「いや、俺たちの今の速度じゃ当てるのがしんどいだろ。縮地(歩法)で補うってったって限度があるぞ」

 

「けどこのままじゃ半刻も経たずに私達全員死にますよ」

 

「そりゃそうだが」

 

 相談しながらも三人はテセウスの繰り出す暴撃を、足りない速度を足捌きで補いながら回避していく。

 百回斬られようと死なない頑強さを誇るテセウスとは異なり、三人は鉄棒の一撃が掠りさえすれば昇天しまう耐久力しか持たない。それ故に回避も必死だった。

 

「せめて後一人……俺達と並ぶ奴がいれば、殺せないまでも保たせることは出来るんだが」

 

 斎藤がそう零すが、それは無理な相談というものだった。

 新撰組においてこの三人は正しく最強なのである。近藤や土方といった役職として上の人間も、単純な剣技では三人には及ばない。他の隊長達にしてもそれは同じだ。

 この三人に肩を並べるような隊士が、いきなり現れるなんて都合の良い話が、

 

「ああ。そういえばお前がいたな」

 

 斎藤は意地の悪い笑みを浮かべて、雷光のように戦いに割って入った二刀流の剣士に言う。

 現れるや否やテセウスの鉄棒を弾き飛ばすという技量を発揮した剣士は、斎藤の姿を見ると一瞬だけ殺気を向けたが。直ぐに目の前の敵へ向き直った。

 

「――――服部武雄」

 

 佐幕と勤王。相容れぬ思想によって新撰組から袂を分った御陵衛士。その中にあって最強の男がそこにいた。

 

 

 

 服部武雄の乱入とほぼ同時に、土方にも救いの手が差しのべられていた。

 土方がまず聞いたのは鼓膜を破壊するような爆発音。それは大砲によるものだった。横合いから飛んできた不意の砲撃には流石の李信もどうしようもなく、盾で防いで致命こそ免れたが軍馬ごと弾き飛ばされてしまっていた。

 新撰組にあってこれほど正確無比な砲撃を行える者は一人だけ。元新撰組砲術師範にして御陵衛士、阿部十郎である。そして阿部がいるということは、

 

「土方君。私の死後、陛下の軍と悪くない戦いをしたと聞き及んだが、この分だと武勇譚は誇張されたもののようだ」

 

「伊東、甲子太郎……どうしてここにいる?」

 

「まるで幽霊でも見ているような顔だな、土方。私がここにいるのがおかしいか?」

 

「ああ、おかしいとも。君からすれば私……いや、新撰組そのものが許し難い怨敵のはずだ。藤堂はまだしも、どうしてお前が新撰組を助けるような真似をする」

 

 土方の『誠の旗』は新撰組隊士を呼び出す宝具だが、召喚するか否かについては呼びだされる側の意思に委ねられる。だから呼びだす側と不仲な人間は来ることはない。

 新撰組によって卑劣な方法で粛清された伊東と御陵衛士など正にその最たるものだろう。

 

「愚問だな。私がお前達のような道徳のない卑劣漢を助けなどするか。平助ならまだしも、お前などの呼びかけに応える気など更々ない。だがこれはただの聖杯戦争じゃなく人類史の未来がかかった戦いなのだろう? ならば癪だが参上するしかないだろう」

 

 そう言って伊東は強い決意を秘めた瞳で刀を抜き放つ。

 

「人類史が滅びようとしているのに勤王も佐幕もあるものか!」

 

「ふ、はははははははははははははははははははははっ! 確かにそうだ。人類史が焼却されているのに生前のいざこざを持ちだすなんて馬鹿だったよ」

 

 新撰組と御陵衛士。志の違いによって別たれた道は今一つに。

 人類史を護るという普遍的責務のため、ここに陵墓の守護者は狼に立ち戻る。

 

「「行くぞ」」

 

 そして――――

 



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第23節  釈迦の掌

 絢爛な花火も終わる時は呆気ないもの。この中華にて一華咲かせてみせた新撰組の終幕もまた同じだった。

 核となる『旗印』が破壊されたのか、新撰組の隊士が現界できる魔力を失ったのか、もしくは召喚者である土方歳三が討ち取られたのか。もはや李信は愚か如何な名将すら把握不可能なほどに混沌と化した戦況では真実は分からない。

 しかしこうして新撰組が消え去り、土方歳三の気配もないということは、戦いは終わったという証左である。

 

「どれくらい減った?」

 

「半数ってところじゃねえですかい。騎兵ゼロの千にも満たねえ木っ端軍でよくもまあ減らしたもんだと敢闘賞くれてやりたい気分になりましたよ」

 

「逆敢闘賞が何を偉そうに言ってんだ」

 

 李信の問いに飄々と答えた宋江に、テセウスの振り下ろした鉄棒が炸裂する。

 

「痛っ! でけぇ鉄棒で頭叩いてんじゃねえよバッキャロウ! 頭蓋陥没しかけただろうがコラ!」

 

「サボってた罰だ。安心しろ、峰内だ」

 

「鉄棒に峰なんかねえだろ! ああくそっ! ちゃんと最低限の働きはしてただろうがっ!」

 

「狗コロの最低限と虎の最小限は違うんだよ」

 

 軍の副将という職にありながら、漫才めいたどつきあいを演じる宋江とテセウスを流し見て、李信は嘆息する。

 宋江とテセウス。出身も霊格も時代もまるで異なる二騎のサーヴァント。二人がこういう風に暴力混じりのやり取りをするのは初めてではないが、これはこれで上手く嵌まっているのだろう。

 同族嫌悪という言葉がある通り、人間というのは下手に性質が近いと逆に反発するもの。テセウスと宋江ほど性質が違う方が寧ろ上手く関係を築けるのかもしれない。

 

「二人ともそこまでにしておけ。いい加減にしないと帰還した後、陛下に報告せねばならんぞ。我が国の法の厳格さは予め教えたはずだが?」

 

 咳払いしながら李信が軽く叱責する。その顔付きは既に戦士から将のものへと戻っていた。

 

「へいへい。お宅の御国さんの法が厳しいのは重々承知してますから、労役は御免だから勘弁してくだせえよっと」

 

「刑罰なんてのは目には目を、で十分だと思うがなぁ。おっと政道批判も法律違反だったか。ははははははははは! これも聞かなかったことにしてくれ。サーヴァントの手前、マスターである皇帝を裏切る事も出来ないからな!」

 

 サーヴァントである二騎は本来俗世の法如きに縛られるような存在ではない。しかし此度においては例外が適用されるだろう。

 なにせ二人を召喚したのは始皇帝であり、この世の法の支配者もまた始皇帝。よって彼等は否応なく始皇帝の布いた法に従わねばならぬ制約を課せられているのだ。

 

「しかしまさか半数も獲られるとは。項燕の時もそうだったが将に心酔しきった兵ほど恐いものはないな」

 

 李信の目には土方歳三の指揮能力は優れてはいたが無理をしているようにも見えた。大方後世において身の丈以上の信仰を受けた影響だろう。自画自賛になるが将としての能力は自分と比べてかなり劣るだろう。

 しかしこと『配下の兵から慕われる』という能力に関して土方は李信と同等、いやそれ以上のものがあった。流石にあの項燕には劣るにしても、あれほど兵に慕われる将は中々いない。

 

「出きれば俺の副将にしたいくらいだったが、贅沢言っても仕方ねえか。宋江、テセウス! 少し時間をとられ過ぎた。急いで劉邦を追うぞ!

 俺達と違ってあっちはまともな人間の軍隊。休まず走ればまだ間に合うはずだ。ここから先の沛城に連中が着く前に片を付ける!」

 

 部隊の再編成のため李信が宋江とテセウスから離れる。その瞬間、

 

「大将軍李信、首級(みしるし)頂戴(ちょうだい)する――――っ!」

 

 地に伏した狼は黒影となって飛び出した。

 李信の獰猛な眼光と土方の鋭利な眼光が交差する。刹那、雷光のように李信は土方の最期の狙いを理解した。

 土方の『誠の旗』は強制解除されたのではなく、任意によるもの。李信の将器をもってすら状況の把握を不可能にするほどの混戦状態に持ち込んだのは、土方歳三の死を確認できないようにするため。

 全てはこの一瞬。秦軍の誰もが勝利を確信し、李信がテセウスと宋江から離れるこの刹那の好機を作りださんがための布石。

 李信は今更ながらに思い出す。土方歳三のクラスはアサシン。その本領は暗殺にこそあるということを。

 土方の刀が李信の心臓部を破壊するのと、土方の霊核を傀儡兵達が串刺しにするのはほぼ同時のことだった。

 

「ごほっ……これで、やっとお役目御免かな」

 

 激しく吐血しながら土方は壮絶に笑みを浮かべる。

 土方の狙いは勿論足止め最優先だったが、一つ獲れるならばと狙っていたのは李信の命だった。

 宋江では例の摩訶不思議な宝具の力で蘇る可能性があるし、テセウスほど格の高い英霊となると果たして自分の刀で奪えるか怪しかったというのがその理由である。

 なにより軍を率いる大将の首を撮るという事には、理屈以上の意義があることを土方は経験で知っていた。

 

「野良狼一匹と大将軍。到底釣り合う命じゃないが、これも戦の流儀。よくあることと諦めてくれ」

 

 霊核が破壊されたことで薄れゆく土方の体。サーヴァントが死ねば後には何も残らない。この時代にあるはずのない生命は、最初からなかったもののように幻と消えるが運命(さだめ)である。だが、

 

「確かに釣り合う命じゃあないな」

 

「――――なに? …………! そ、その体は……!?」

 

 李信の辿る運命は土方とは違っていた。土方と同じく心臓部を破壊され死んだ李信の体は、あろうことか土塊となり崩れていっていた。

 通常のサーヴァントでは絶対に起こりえぬこの現象。けれどそれは土方はこの時代で何度も目撃していた。

 それはそう傀儡兵を斬り伏せた時、彼等が辿る末路と寸分違わず同じものだったのである。

 

「まさか貴方はサーヴァントではなく……」

 

 サーヴァントと比して聊かも劣ることのない武勇と、卓越した将器を備えた英雄は、

 

「――――傀儡兵の一人に過ぎなかったとでもいうのか?」

 

「その通り。尤も通常の傀儡兵と違って傀儡将――――特に俺含めた六虎将は特別製だがな。ちゃんと生前の能力を完全に引き出せるよう調整されているし、宿っている魂もちゃんと本物さ。

 だが陛下からすれば俺達六虎将も傀儡兵も替えが効く上に再生産も可能な駒。俺やここにいる傀儡兵なんて陛下にとっては小指程度のものだろうな」

 

 李信は憐れむように目を細める。

 

「小指と命懸けで殺し合った気分はどうだ?」

 

 そう最期に言い残して李信の体は完全にただの土塊となった。これまでどれほど過酷な殺陣を繰り広げてもつかなかった土方の膝が、ゆっくりと地面へ落ちる。

 李信一人にサーヴァントである自分一人の命が必要だった。だが李信に匹敵する将はまだ五人もいる上、下手すれば復活すらするという。しかもそれは始皇帝という一人のサーヴァントの力の一部に過ぎないのだ。

 なんという出鱈目か。反則もいいところだ。

 これではサーヴァントが幾らいようと勝てる訳がない。最初からこの戦いには絶望しか残されていなかったのだ。

 

(いや……)

 

 そこで土方は思いなおす。

 この世に完全無敵の存在などいない。一見すると完全に映っても必ずなにか弱点や欠陥があるはずなのだ。

 ならばまだ希望はある。サーヴァント一人一人では及ばずとも、劉邦軍にはサーヴァントの力を束ねられるマスターがいる。

 そもサーヴァントとマスターは一心同体。二つ揃ってこそ真の力が発揮される。人類史最後のマスターである彼ならば、必ず始皇帝に対する突破口を見つけられるはずだ。

 

「頼んだぞ……カルデア」

 

 最後に淡い希望を胸に灯し、土方歳三は消滅した。

 そして後には将を喪失し沈黙する傀儡兵とニ騎のサーヴァントだけが残される。

 

「どうすんだよ。俺らの大将死んじまいやがったよ。これからどうすんだ?」

 

「李信が死んだ事は自然と始皇に伝わるだろう。なんたってあいつは始皇帝の宝具なんだからな。差し当たっては大将の最後の命令である劉邦を追えってのを実行するべきだろう」

 

「あいよ。んじゃ総大将は任せたぜ」

 

「なんだ? いいのか?」

 

「下手に大将やって失敗したら責任とることになるからな。俺様は気楽な副将でいさせて貰うぜ」

 

 宋江の狡い理由にもテセウスは嫌な顔一つせず笑うと、その巨体を傀儡馬に乗せる。

 

「んじゃま改めて…………全軍、行軍開始だ!!」

 

 大将を失っても軍は止まらない。テセウスと宋江率いる秦軍は、劉邦軍に迫ろうとしていた。

 




「ダンダラ羽織」
 新撰組の隊服として御馴染の浅葱色の羽織。
 現代でこそ格好良く見えるが浅葱色は田舎侍の象徴だったため、当時の隊士には相当ださく映ったらしく、土方さんは着ることをかなり嫌がったらしい。

「芹沢鴨」
 新撰組局長筆頭。新撰組のトップといえば近藤、土方が先ず思い浮かぶが事実上新撰組という組織の基盤を築き上げたのは誰であろう芹沢鴨である。
 伝わる話によると大層な乱暴者だったそうで、商家への強盗紛いの押し借りなど朝飯前。逆らう商家は焼き討ち、むかつく力士は斬り捨て、他人の妾はレイポォという水滸伝の好漢を思わせるような御仁。
 そんな乱暴さが災いしてか、最終的には近藤一派による暗殺で命を落とす。なおその際、レ○プして寝取った妾も一緒に殺されてたりする。新撰組ェ。
 新撰組からしたら一面ボスにして黒幕みたいな人。

「沖田総司」
 まんま桜セイバーです。

「斎藤一」
 悪・即・斬! 百回くらい牙突させて、百回くらい修正した。

「永倉新八」
 新撰組二番隊隊長にして、隊長としては数少ない明治維新後も生き延びた人物の一人。
 剣の実力もさることながら新選組顛末記の著者として有名で、これが新撰組再評価に繋がったことを思えば、新撰組の人気を作り上げた人物といっても過言ではないかもしれない。
 なお日清戦争が始まると55歳にして抜刀隊に志願して断られたというエピソードが残っている。

「御陵衛士」
 新撰組参謀の伊東甲子太郎が近藤との思想の違いから離脱し、分離独立した組織。
 最終的に斎藤さんの華麗なるスパイ作戦と、新撰組の卑劣な作戦によって粛清される。

「伊東甲子太郎」
 新撰組参謀にして御陵衛士の盟主。
 近藤を筆頭とする新撰組が佐幕派なのに対して、伊東は勤皇倒幕の思想を持っており、それが両者が道を違う原因となった。

「新撰組最強」
 みんな大好き最強議論。もちろん新撰組においても最強議論は盛んで、特に沖田、永倉、斎藤の三人がよく名前が上がる事が多い。
 これは数々の証言が根拠ではあるが、結局のところ三人が命懸けで斬り合いして白黒はっきりつけた訳ではないので、本当に一番強いのが誰かは不明である。
 ちなみにこの三人以外で名前が挙がるのが御陵衛士である服部武雄。彼は御陵衛士が新撰組の待ち伏せにあった際、三十人もの新撰組相手に味方を逃がすため一人で孤軍奮闘したという記録が残っている。
 この手の議論で勝手に最強を決めてしまうのも無粋なので、本作では四人全員最強の一人という扱いである。


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第24節  二大文明

 悠久と刹那の境界、始まりの男は暗がりに沈殿する静かなまどろみの中にあった。

 物心ついた時という表現はよく使われるが、その時というのは人によってまちまちであろう。中には己が赤子であった頃の記憶など覚えてはいないだろうが、中にはうっすらとでもその当時の記憶を持ち続けている者もいる。数えきれないほど膨れ上がった人類。一人一人に聞いて回れば自分が母親の胎内から現世に生まれ落ちる瞬間を記憶しているという希少種だっているはずだ。

 尤も大多数の人間は生まれた瞬間や赤子の頃の記憶など持たず、ある日突然ふとした拍子に『自分がこの世界に生きている』ということに気付かされ、記憶するのである。そして東洋世界における始まりの巨人である男もまた、その大多数の中に含まれていた。ただ少し大多数の人間と違う所をあげるなら、男が物心ついたのが人並み以上に遅かったことだろう。

 始皇帝が皇帝となる前。男がまだ少年と呼ばれる年齢であった時代。自分が何者であるかも知らなかった原初の記憶。

 まず初めに思い出せる感情は憎悪だ。

 男や女に金持ち平民貧乏人に巨漢小躯と人間という生き物には様々な種類があったし、同じような人間でも微妙な差異があり、一人として完全に同じ人間はいなかった。だがそんな彼等にたった一つ共通することは、自分を見ると憎悪を向けるということだった。それは自分と同じように人々から憎悪を向けられていた『母親』という種類の人間も例外ではない。寧ろ母は自身より弱い唯一の存在である少年に対して、誰よりも苛烈に憎悪を注いだ。

 殴られ、蹴られなどの暴力は当たり前の日常で、罵詈雑言を聞かなかった日は一日としてない。

 親から愛情を注がれて育った子が、自然と人を愛することを覚えるのならば。

 自分以外の全てから憎悪を注がれて育った少年が、自然と人を憎むことを覚えたのはきっと自然な流れだったのだろう。

 母親からの惜しみない嫌悪と、周りの人々の熱心な憎悪。そして聞くに堪えない罵詈雑言を子守唄に育った少年は、物心ついた瞬間より当たり前のようにこの世全てを憎んでいた。

 世界が憎い、国家が憎い。この不条理で不合理な世界が憎い。この世で信じられるのは自分だけ、他は全て憎むべきものだ。

 少年がその出自と立場故に憎まれながらも殺さないように、と最低限の手心を加えられていたのは不幸中の幸いか。或いは不幸中の不幸か。

 そんな少年に初めて憎悪以外の感情が向けられたのは、有り体に言えば情勢の変化だった。少年の父が秦国の太子に使命されたのである。

 瞬間、少年にとっての世界は一変した。

 天下を伺う虎狼の国が秦ならば、少年が人質として過ごした趙は弱弱しく衰えた犬の国である。

 趙は四十万の兵士を秦によって生き埋めにされたことから秦を憎んでいたが、他への憎悪と自分の命なら後者を選ぶのが人間というもの。

 これまで憎悪を向けていた人間達は一転して少年に怯えるようになり、中には媚び諂い許しを乞う者まで現れ出した。

 自分を甚振ることに熱心だった自称義侠の士が、涙と涎で醜い顔を晒しながら跪いた記憶は忘れられない。

 口元が弧を描き、人生初めての陶酔感が胸を占める。この時、初めて少年は恐怖による支配の有効性を覚えたのだ。

 まどろみが終わる。自らの指の一本が折られた感覚が、始皇帝の意識を強制的に浮上させた。

 

「――――………………李信が、討たれたか」

 

 囁くほど小さい声。けれどその声は自然と広がった。

 居並ぶ文官達は玉座の皇帝の声を聞いた途端、ざわめきたつ。

 

「へ、陛下! 討たれたとは……李大将軍が、賊にやられたということですか!」

 

「そんなまさか! 李大将軍は秦国が誇る六虎将が御一人。こんなことは前代未聞ですぞ」

 

「喧しい」

 

『――――――っ』

 

 始皇帝が絶対零度の目を向けると、百以上の文官が一斉に口を噤む。

 この場にいる文武官の多くは傀儡兵でもサーヴァントでもなく、この時代で始皇帝が登用された者達。つまりは聖杯戦争や特異点について詳しい知識を持たぬただの人間だ。

 だがそんな彼等全員が知っている。皇帝の不興を買えば命がないということを。

 

「朕に同じ事を何遍も繰り返させるつもりか? 鬱陶しい煩わしいは阿呆共。余り巡りが遅いなら貴様等の首を挿げ替えても構わんのだぞ。

 李信は討たれた。状況から考えて劉邦軍に味方するサーヴァントの何某かだろう。或いはカルデアということもあるかもしれん。詳細は直にテセウスなり宋江なりが寄越すだろう。

 ゆえお前達が語らうべき事とは、李信を討った劉邦軍をどうするかだ。どうした、さっさと申せ。口が飾りだというのならば削り落として宦官の餌とするぞ」

 

 始皇帝は恐怖によって君臨する暴君ではあるが、二代皇帝とは異なり自分にとって都合のよい言葉しか聞かぬ暗君ではない。逆に重臣の職にありながら発言せずにいる事こそを怒る人物である。だからこそ発言を求められた家臣達は恐怖を押し殺しながらも口を開いた。

 

「……恐れながら申し上げます。考えますに劉邦やカルデアなどは、例えるなら盗人のようなもので根絶する事は難しく、かといって滅ぼしたところでさしたる益になりませぬ。

 王翦将軍が陛下の大望のため遠征している現在、本土の守りを削ってまで滅ぼす価値のある相手ではございません。であれば王翦将軍率いる本軍の帰還と李信将軍の再生産を待ち、全てを終わらせた後の仕上げとして一気呵成に滅ぼされるが宜しいかと」

 

「いやいや。小火も放置していれば山を焼く程の火種となりましょう。ここは咸陽の守りを割いてでも討伐に力を入れるべきところですぞ。

 このような事を申しては不敬となりましょうが、先の陳勝なる賊の乱とて胡亥様が素早く対策をとらなかったこそ、あそこまでの大事となったのです。同じ過ちを二度繰り返す愚を犯すことはありませぬ」

 

「いっそ劉邦なる者に降伏すれば罪を許すと恩赦などを出してみればどうだろうか。上手くいけば邪魔な敵が消えて、こちらの戦力の増強にもなるという一石二鳥だ」

 

「馬鹿な! 秦は法をもって治めることを是とする国。法を犯す賊を許すなど、この大秦帝国の基盤を揺るがしかねぬ!」

 

「やはり劉邦は一刻も早く討伐するべきだ!」

 

 文武官の議論を冷たく見下ろす始皇帝。

 その怜悧な思考回路は文武官の出す意見の吟味――――ではなく、自分に近しい意見の持ち主とそうでないもの。有用な意見を出す者とそうでないものの選別を行っていた。

 二世皇帝・胡亥は建設的遺産を何一つとして残しはしなかったが、負の遺産はたっぷりと残していた。その一つが人材である。胡亥が宦官に操られるがまま行った粛清により、李斯を筆頭とした有能な人材が悉く宮中から消えてしまった。

 特に始皇帝にとって李斯の死はショックが大きかった。始皇帝は他人を誰一人信頼することはないし、それは李斯とて例外ではないが、李斯は始皇帝が最も信用した男であった。

 もしもこの場に李斯がいれば、このような議論は一分で片付いただろう。

 だが今の始皇帝には、生前の始皇帝にはない家臣もいた。

 

「――――底意地が悪いぞ始皇帝。決まり切った答えが内にあるならば不要なことだ。このようなことで測れるものなどありはしない」

 

 黒と黄金の痩躯。瞳は邪気のない清らかなものだが、同時に刀のような鋭利さがある。

 色素のない白髪は手がまるで加えられず伸ばされるがままだが、それでも不快感がないのは、この男の魂が芯から澄み切っているからだろう。

 サーヴァントを知らぬ唯人でも有無を言わさぬ圧倒的存在密度。その霊格は始皇帝と比しても些かも劣るものではなかった。

 

「……――――カルナ」

 

 もしもこの場にカルデアの人間がいれば絶句したに違いない。

 黄金の鎧を纏い、神殺しの槍を担う最強の戦士(クシャトリア)。死の征服者。それこそが英霊カルナ。インド神話にて語られし最強の英雄である。

 正しく現在の秦における最強の戦力からの意見に対して始皇帝は、

 

「棒打ち百度の刑に処する」

 

 冷たくそう言い捨てた。

 

「口を閉ざせ下郎。お前に与えた職責は我が近衛。朕の身を守護するが役割。そしてそれ以上のものを与えた覚えはない。官を兼ねる事は許さん。不満があるならば――――」

 

「不満だと? お前の指摘は至極正しい。オレはお前のサーヴァントであり、ならばお前の国が敷く法に従うのが道理だろう。

 元より理解していた。甘んじて罰は受けよう。だが嘗ての主人に『一言少ない』という的確な忠告を受け取ったのでな。鬱陶しいだろうが口は閉ざさん。悪く思え」

 

「棒打ち百追加だ」

 

「傀儡兵を一万二万援軍に送ろうと対サーヴァント戦では効果が薄い。かといってオレ以外のサーヴァントは殆どが王翦と共に出陣して留守。であれば残っているオレが行かせる。そう考えていたのだろう。

 オレに否はない。主人であるお前が命令するのであれば従おう。しかし合理と数理こそを絶対とするお前にとってはそぐわぬ決断だ。

 今ある最大戦力を投入するならば、お前自身を数に含めるべきだろう。確率としてはそちらの方が高くなる」

 

 暗に自ら親征しろというカルナの言葉に、これまでカルナの存在感に押されていた群臣達がざわめき立つ。

 けれどカルナの指摘は中々正鵠をついていた。この秦で最も強いサーヴァントは他でもない始皇帝自身である。その始皇帝とカルナが二人揃って劉邦軍へ向かえば、ほぼ確実に殲滅することが叶うだろう。

 そのことを始皇帝が分からぬ筈がない。だが、

 

「話にならん」

 

 始皇帝はあっさりカルナの意見を却下した。

 

「天が動いて政道が務まるか。皇帝の役割とは法を整備運用することであって、兵卒が如く自ら弓を引く事ではない。自ら戦場を馳せるなど実に愚かしい馬鹿の所業よ」

 

「官を兼ねない。なるほどそれは臣下だけではなくお前自身にも適用するということか」

 

「皇帝も所詮は役職の一つに過ぎん。ただその職責に値するのが一人しかいないというだけのことだ。分かったか? 分かったのならば棒打ち千回だ。常人なら二十度は死ぬが、英雄ならば耐えろよ。

 罰が終われば将軍位をくれてやるから、さっさとテセウスと宋江と合流し劉邦とカルデアを始末してこい。一つ忠告するがもし寝返れば、死ぬ程度で許されるとは思わないことだ」

 

「無用な心配だな」

 

 棒打ちの処罰を受けるため、兵士に連れられながらもカルナの白貌には始皇帝に対しての悪感情はない。

 反抗すれば容易く始皇帝から逃れることも出来るだろうに、毅然と構えながらも決して忠節をなくさずに太陽の威風を押しとどめていた。

 

「この世全てを憎みながら、お前は人々を殺すのではなく治めることを望んだ。その矛盾を理解しているか、始まりの皇帝よ。お前がその矛盾を抱き続ける限り、我が槍はお前の敵の悉くを薙ぎ払おう」

 

 始皇帝は何も言わず宮中から出ていくカルナを見送る。

 この日、カルデアにとっては最悪の敵が咸陽を発った。

 

 




【元ネタ】中国史
【CLASS】ルーラー
【マスター】???
【真名】始皇帝(嬴政)
【性別】男
【身長・体重】179cm・50kg
【属性】混沌・善
【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運A 宝具EX

【クラス別スキル】

対魔力:A
 A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではルーラーに傷をつけられない。

真名看破:B
 ルーラーとして召喚されると、直接遭遇した全てのサーヴァントの真名及びステータス情報が自動的に明かされる。
 ただし、隠蔽能力を持つサーヴァントに対しては、幸運値の判定が必要になる。

神明裁決:A
 ルーラーとしての最高特権。
 此度の聖杯戦争ではルーラー自身が召喚したサーヴァントの令呪のみ保有する。

【固有スキル】

皇帝特権:EX
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
 ランクがA以上の場合、肉体面での負荷(神性など)すら獲得する。

気配感知:A+
 最高クラスの気配感知能力。
 龍脈を通じて遠距離の気配を察知する事が可能であり、
 近距離ならば同ランクまでの【気配遮断】を無効化する事ができる。

星の開拓者:EX
 人類史においてターニングポイントになった英雄に与えられる特殊スキル。
 あらゆる難航、難行が“不可能なまま”“実現可能な出来事”になる。


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第25節  英雄推参

「土方さんは大丈夫でしょうか」

 

 沛への行軍途中、マシュが暗い顔でポツリと漏らした。土方歳三の安否。それを気にしない者など劉邦軍にはいないだろう。

 だけど誰もその話をしようとしないのは、きっと考えるのが厭だからだ。

 

「…………」

 

 だから自分もマシュの言葉に応える事が出来ず、無言でうつむいてしまった。そんな自分に助け舟を出したのは、或は止めを刺したのは横を進む劉邦だった。

 

「野暮なこと聞くなよ。相手は六虎将の李信にテセウスとかいうデカブツに宋江とかいう訳の分からん野郎までいるんだぜ。生きちゃいねえだろうよ」

 

 誰もが簡単に辿り着く、けれど務めて辿り着こうとしない答えを劉邦は冷たく言い放つ。

 自分もマシュも言い返せない中、回線を開いたロマンが口を開く。

 

『けれど沛公。普通ならそうでも土方さんはサーヴァントだ。宝具を上手く用いてどうにか逃げ延びている可能性も……』

 

「それだけじゃねえべ。俺はまるっきり逆だからなんとなく分かるんだよ」

 

「逆?」

 

「俺がこうして軍の大将やってんのは生きるためだ。けどあの野郎はなんとなく死ぬために戦ってたような気がするんだよなぁ。こういうの武人的には死に場所を探していたっていうのかい?」

 

「……一理ある」

 

「ディルムッド?」

 

「死にたがりと言うほど積極的ではなかったが、彼は自分の命の使い処を考えていた節がある。一度死んだサーヴァントの身でさえこれなのだから、生前はそれこそ死神に憑かれたような人生だったのだろうな。

 だからマシュ殿も彼を置いて逃げたことを気に病む必要はない。俺が土方歳三なら、自分のことで貴女が苦しむことこそを嫌うだろう。」

 

 土方歳三には「吾輩はすでに死神にとりつかれたる也」と語ったというエピソードが残っている。それに土方と新撰組は勝利して華々しく咲き誇った大輪ではなく、華々しくも時代の風に吹き散る桜。その生き様が滅びに向かうのは必定だったのかもしれない。

 けれど、それでも自分は土方歳三という侍ともっと一緒に戦いたかった。この蒼天の下で語り合いたかった。こう思ってしまうのは侮辱になるだろうか。

 

「そう、ですね。ディルムッドさんの言う通りです。心配をおかけしました」

 

「――――秦を、始皇帝を倒そう。きっとそれが土方さんへの弔いになる」

 

 息を吐き出し、自分の魂に刻み付けるように言う。

 自分達が特異点の修復に失敗すれば、土方歳三は犬死になってしまう。そうとだけはしたくはない。

 

「ま、今は逃げるしかねえわけだが」

 

 決心を新たにしたところで劉邦がオチをつけた。

 

「けれど義兄上。沛まではもう少しです。沛で軍を立て直したら秦軍相手に再び戦を挑みましょう。今度こそ遅れはとりません」

 

 テセウス相手に力負けした樊噲は雪辱戦に燃えていた。

 自他共に認める劉邦軍最強の猛将は、その看板を背負っているだけに自らの武には譲れぬものがあるのだろう。

 

「ああ。それと〝入雲竜〟の捜索も引き続きやんねえとな。項羽将軍の本隊と連絡がとれねえ以上、俺達だけで秦を滅ぼすなんざ夢のまた夢だべ。どうしたって切り札がいる」

 

『世知辛いけど沛公の仰ることは尤もだね。現状の戦力じゃ秦軍を倒すには足らなすぎる』

 

 土方が討ち死にしてしまったと仮定して、こちら側のサーヴァントはマシュとディルムッドのたった二人だけ。逆に秦軍には最低でも始皇帝、李信、テセウス、宋江、李逵の五人。これでは分が悪いどころの話ではない。

 その秦軍が何よりも優先して探し求めているのが入雲竜・公孫勝。彼を見つけ、味方に引き入れる事が状況を打開する一手になる可能性は高い。

 

「報告します!」

 

 深い思考は兵士の悲鳴めいた叫び声で強制的に終わらせられた。

 

「秦軍が直ぐそこまで迫っています!」

 

「ちっ! もう追って来やがったか! 流石に土方だけじゃきつかったか……にしても妙だな。大将の李信の旗が見えねえぞ」

 

「――――大将首であれば、副長が獲られた」

 

 劉邦の疑問に答えたのは、空気に溶け込むように潜んでいた侍だった。

 

「お前ぇは?」

 

「失礼。拙者、新撰組監察の山崎烝という者。副長の宝具にて呼び出された隊士が一人にござる。副長の最期の命にて沛公への伝令役を賜った次第」

 

 土方歳三の最終宝具は『誠の旗』を核とすることで、新撰組隊士を連続召喚するというもの。

 呼ばれた隊士達はEランク相当の単独行動スキルを持ったマスター不在のサーヴァントであり、数時間の戦闘行動が可能だ。ただし同時に核である旗や、召喚者である土方歳三を失えば道連れになるという欠点もはらんでいる。

 だが例外なのが新撰組監察である山崎烝。監察である彼の単独行動スキルのランクは他の隊士を上回るBランク。それだけあれば例え核である旗と召喚者を失おうとも、短時間であれば生存することが可能なのだ。

 土方はその特徴に目をつけ、彼を最後のメッセンジャーに選んだのだろう。

 

「気が利くじゃねえか。それで確認するが李信は土方が討ったんだな?」

 

「間違いなく。が、大将李信の正体は始皇帝が操る傀儡将に過ぎず、サーヴァントに非ず。時が経てば復活も有り得るとのことなり」

 

 山崎烝より齎された土方の土産に、劉邦のみならずその場に居合わせた全員が固まった。

 

『な、なんだって!? 李信の反応はサーヴァントと比べても遜色のないものだったのに……それが宝具の一つに過ぎない……。はは、流石は始皇帝なんて……渇いた声しか出てこないよ……』

 

「サーヴァント級の戦力を自由に派兵して戦わせる。そんなのは、まるで――――」

 

 マシュの言わんとしている事は分かる。宝具である将と軍のみを動かし、自らは動かないまま大事を成す。

 それはまるで七十二の魔神柱を各時代に楔として撃ち込んだ魔術王ソロモンそのものだった。

 

「マシュ。今はそんなこと考えている場合じゃない。それより目の前の敵と戦おう」

 

「マスターの仰る通りだな。大将がいないのであれば軍の統率力は衰えていよう。見た限り数も随分と目減りしているようだ。テセウスと宋江の二将を狙い撃ちすれば」

 

「勝機がある?」

 

「あるっちゃあるが厳しいべ。だってこっちの軍は強行軍のせいでクタクタなのに対して、あちらさんは人形だから疲れ知れずなんだぜ。正直勝てる気がしねえよ。それでもやるっきゃねえわけだが」

 

 ディルムッドが抱かせた希望は、劉邦によってあっさり砕かれる。いや現状を鑑みるに少しでも可能性があるだけで十分希望と呼ぶに値するのかもしれない。

 この特異点にレイシフトして何度目かに分からぬ窮地。中でも今回は極め付きだ。なにせ逃げようがない。

 だが自分達は忘れていた。子供でも分かる絶体絶命のピンチ。そんな時にこそ人類史にて燦然と輝く英雄(彼等)はやってくるのだと。

 

「ほう。あちらの軍はサーヴァント以外は全員人形なのか。そいつは良い事を聞いたな。見る手間が省けた」

 

 さも今日の天気を訪ねるような気楽さで、その男は現れた。

 瞬間。雲一つない蒼天を埋め尽くす勢いで超速生成される矢の数々。矢は雲のように空の色を塗り替え、遂には日輪の陽射しすら遮ってしまった。

 そして男が合図をするように腕を振り下ろすと、矢が一斉に秦軍へと殺到した。

 

「これは……」

 

「凄い。一万本……いえ、百万本もの矢が秦軍に降り注いでます」

 

「テーブル――――もとい大盾持ちのデミ・サーヴァントに、白い服を着た最後のマスター。聞いていた特徴通りだな。アンタ達を探していたぜ、カルデア。ようやっと仕えるべき善きマスターに巡り合えた」

 

「貴方は?」

 

「アーラシュ、御覧の通りサーヴァントだよ。早速だが勝手に助太刀させて貰ったぜ。遅れて馳せ参じた延滞料はこれで支払えたかな」

 

 百万の矢を降らせるという途轍もないことをやってみせた規格外の弓兵(アーチャー)は、そう言ってニヤリと笑った。

 

『アーラシュ・ザ・アーチャー。ペルシャにおける救世の英雄か! まさか彼ほどの英雄がこの土壇場で味方についてくれるなんて、まだ勝利の女神は僕達を見捨てた訳じゃなさそうだ』

 

 日本生まれの自分にはペルシャの英雄なんて言われても、さっぱり思いつくものはない。だがロマンの興奮した口調からして相当の大英雄なのだろう。

 一方でいきなりの奇跡の御業に目を丸くしていた劉邦だったが、そこは際立った修正力で目の前の非常識を呑み込んで、現実に復帰していた。

 

「良く分からねえが土方と同じサーヴァントなのか。そいじゃあの妖術紛いの矢の雨も納得だべ。面も実に立派なもんじゃねえか」

 

「――――漢の高祖か」

 

「あん? 高祖?」

 

 英霊であるアーラシュは劉邦の事を一方的に知っているが、生身の人間である劉邦は自分の未来すら知りえない。高祖と呼ばれた劉邦は首を傾げる。

 

「おっと、こちらの話だ。ところで俺が馳せ参じたのは最後のマスターの下だが、どうやらマスターは今はアンタと行動を共にしているらしい。だったら俺の矢もアンタのものとして使うといい。それともアンタ自身に忠誠を誓わない男は要らねえかい?」

 

「冗談言うんじゃねえよ。忠誠誓ってねえ奴以外お役御免なんてやってたら俺の軍はにっちもさっちもいかねえっての。歓迎するぜ、サーヴァントさんよ」

 

「悠長に話をしている暇はないぞ」

 

 助けに来てくれたのはアーラシュだけではなかった。嘗て聞いた凛とした声にマシュは顔を輝かせる。

 死に装束を思わせる白い着物、頭には風流な白花が一輪、裾に潜ませしは匕首。見間違いはずもなく彼女は――――

 

「荊軻さん!」

 

「ローマ以来になるな。フフフ、男子三日会わざれば刮目して見よという言葉はあるが、正にその意味を実感するよ」

 

「荊軻だとぉ? 始皇帝暗殺を引き受けた義侠の士じゃねえか。風の噂で実は女人だったと聞いたことはあったが、まさか本当だったとはねぇ。とっくの昔に死んだ筈のアンタがこうして生きているってことは、アンタもサーヴァントってわけか?」

 

 劉邦がアーラシュの時以上に驚き声をあげた。劉邦が何よりも尊敬する人物こそは天下の義侠たる信陵君であり、劉邦自身も侠者とは交流のある男である。

 当然のように身命を賭して始皇帝暗殺に挑んだ侠者・荊軻の名前は知っていた。

 

「御明察だ。名高い〝三人目〟の主君だけあって慧眼だな。それより出会い頭に矢の雨を喰らって秦軍が撤退を始めた。今の内に沛城に逃げ込むことを勧める」

 

「アンタほどの侠客の助言だ。甘えさせてもらうぜ。というわけで全軍、逃げろぉぉおおおおおおおおお!!」

 

 逃げ足にかけては劉邦は稀代の名将である。劉邦の鋭い指示の下で、劉邦軍は一糸乱れぬ動きで逃げ始めた。

 



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第26節  竜の行方

 アーラシュと荊軻、二人のサーヴァントは喜びと、それに勝るほどの恐れをもって劉邦軍に迎え入れられた。

 無理もない。サーヴァントであっても同じ国と時代出身の荊軻とは違い、アーラシュは異民族的容貌をしている上にあの矢の雨だ。

 迷信が強く残っているこの時代の人間からすれば、アーラシュは鬼神のように映るだろう。その証拠に沛城の会議場に並ぶ文武官達の目には明らかな警戒心が宿っている。

 そんな雰囲気に耐えられなくなったマシュは、空気を変えるべく口火を切った。

 

「アーラシュさんと荊軻さんは一緒に行動されてたんですか?」

 

 敏いアーラシュはマシュの心中を察してか、こちらを安心させるような穏やかな笑みを浮かべる。

 

「いいや。俺は現界してからこっち秦軍から民を守りつつ適当にフラフラしていた口でな。彼女とは俺がこの辺りを流れている時にパッタリと出くわしてな。マスターのあてもなかったんで、そっから行動を共にしたというわけさ」

 

「そうだったんですか」

 

 サーヴァントであるマシュが会話しているのに、マスターの自分がだんまりしてられない。

 アーラシュの隣にいるサーヴァント、荊軻に目を向けながら口を開く。

 

「じゃあ荊軻もアーラシュみたくフラフラと?」

 

「フフフ。風の吹くがままに流れるのも悪くはないがな。私はこれでも始皇帝を狙った刺客。だったらやることは一つだろう?」

 

 荊軻のサーヴァントとしてのクラスは暗殺者。そして彼女は刺客(アサシン)として歴史に名を残した人物。

 必然的に自分の脳裏にはあの二文字が思い浮かぶ。

 

「まさか暗殺……!?」

 

「ああ。そのつもりで咸陽へ潜入した」

 

「つもりで、ってことは出来なかったのかい」

 

 やはり同時代の人物だけあって劉邦は荊軻に興味津津らしい。どことなく子供めいた顔でそう尋ねた。

 

「恥ずかしながらな。潜入中、ざっと五百ほど暗殺計画を経ててみたんだが、どれも上手くいきそうになくてね」

 

「へぇ。傍若無人で知られる義侠が弱気じゃねえか」

 

「僅かな可能性にも命を賭けられるのは勇者だが、勝ち目のない戦いに命を賭けるのは匹夫の勇だ。私は匹夫になるつもりはない」

 

「道理だな。だが勝ち目がないと分かっていても、戦わねばならぬ時もある」

 

 実直な声が会議場に染み入るように響く。

 自分の横に控えていたディルムッドは回顧するように両目を瞑っている。果たしてその目蓋の裏に映るのは己自身か、それとも生前の主君の姿か。

 そんなディルムッドの姿に、天下の義侠も感じ入るところがあったらしく楚々と笑う。

 

「話せるじゃないか色男。どうだい、今夜あたり酒でも付き合わないか? 私もこれでも女人なのでな。どうせ飲むなら良い男とがいい」

 

「貴婦人からの誘いであれば騎士として断る訳にもいかん。が、今はより優先すべき事があろう。酒は事が終わってからでお願いする」

 

「焦らし方を心得ているな、悪い男め」

 

「おーい、お二人さーん。俺達放っておいて勝手に乳繰り合う約束たててんじゃねえべ。ただでさえ俺もここ最近はご無沙汰で溜まりに溜まってんだからよ。

 今日辺り適当に女見繕って抱かねえと勢いでマシュの嬢ちゃんにいけない夜襲かけっちまいそうだ」

 

「っ!」

 

 劉邦のストレートなセクハラ発言に、反射的にマシュは盾を翳す。

 

「マシュに手を出すなら、流石に怒りますよ」

 

「冗談だべ。おっかない顔しねえでも寝取ったりしねえよ。つぅか襲ったところで返り討ちになりそうだし。

 いや、そんな話はどうでもいいんだ。で、荊軻殿。アンタほどの人物が暗殺できねえって匙を投げるって事は、そんなに始皇帝の守りは厳重ってことなのかい?」

 

「そうではない。護衛の兵など寧ろ秦王時代より減っているくらいだ。だが始皇帝はランクA以上の気配感知スキルがある。気配遮断のランクがそれ以下の私では、迂闊に近づけば途端に見付かってしまうだろう。

 ましてや始皇帝は私を始めとした数々の暗殺者に狙われ、そしてその悉くから逃れたという事実がある。三人目である〝張良〟については、私より沛公の方が詳しかろう」

 

「ああ。話の種に聞いた事があるぜ」

 

 三人目の暗殺者こそは、後に劉邦の軍師として天下に名を轟かす張良。太公望、諸葛孔明に並ぶ中国三大軍師の一人だ。

 この時代、彼はまだ正式に劉邦の家臣となってはいないが、既に面識はあり何度かの戦を共闘したこともある。劉邦にとっては親しみすらある人物だろう。

 

「だが暗殺から逃れまくったからってなんなんだ? 人間、死ぬ時になりゃ死ぬだろう」

 

「生前であればそうなのだがな。生憎と始皇帝は英霊だ。三度、暗殺から逃れたという事実はある種の概念防御となって奴を護っている。恐らく百人の名だたる暗殺者が力を合わせたところで、あの男の命を奪う事は叶うまいよ。

 強いて可能性をあげるとすればあげるとすれば、奴が玉座から立ち上がり自ら剣を抜いた時だな。アサシンの気配遮断スキルが戦闘に移るとランクダウンするように、戦闘に移れば奴の気配感知スキルもランクダウンするやもしれん」

 

「スキルだなんだのってのは詳しく知らねえが、アンタがそう言うんなら暗殺は無理かぁ。正直それで解決したら一番楽だったんだがなぁ」

 

「そう気落ちするな。確かに暗殺こそ出来なかったが、幾つか情報は仕入れてきた。聖杯についてな」

 

「聖杯? 始皇帝が持っているんじゃないのか?」

 

 あの李信は傀儡将だった訳だが、テセウスと宋江は確実にサーヴァントだ。

 サーヴァントを自らの支配下として操っているということは、秦が聖杯を握っているという証拠だろう。

 

「いや。恐らく始皇帝が聖杯を持っているのは間違いない。遠目だが一度奴が聖杯を使ってサーヴァントを召喚する所を目撃したからな。

 しかしこれは知っているか? 秦国六虎将筆頭にして最高の名将。軍神・王翦がサーヴァントと傀儡将と共に六十万の兵を率いて北方へ向かった」

 

「ろ、六十万!?」

 

「…………おーし、野郎共ぉー! 乞食に身をやつして逃げるぞー!!」

 

 戦国時代に終止符(ピリオド)をうった将軍が、サーヴァントと一緒に六十万の兵を率いている。

 この絶望的報告に劉邦は素早く夜逃げの準備を始めていた。この対応の迅速さ。仲間としては情けないと嘆くべきか、逞しいと褒めるべきなのか。

 

「早まるな。ここは感陽から南方にある地。北方は逆だ」

 

「え? そうなの?」

 

 溜息混じりに荊軻が言うと、漸く劉邦は夜逃げの支度を止める。

 

「それは安心しましたけど、どうして沛公を無視して北方へ? まさか北方にも沛公のように秦に抵抗する勢力が残っているんですか?」

 

「それは分からない。生憎と敵勢力の名までは聞けなかった故な。だが一つだけ興味深い話を聞けた。なんでも王翦将軍の遠征の目的は『聖杯』を手に入れることらしい」

 

「え、け、けれど聖杯は始皇帝が持っていると――――」

 

『そういうことか』

 

 これまで黙っていたロマンが、深刻さを露骨なほどに感じさせる深い声色で呟く。

 

「ドクター、何か分かったんですか?」

 

『第三特異点の時と同じだよ。あの特異点にはドレイク船長の聖杯と、もう一つの聖杯があっただろう? そしてこのα特異点も第三特異点のように地形が目茶苦茶になっている。ということは』

 

「聖杯が二つ存在している証拠、ということか」

 

 この特異点がオケアノスと同じように地理が目茶苦茶になっていた原因が漸く分かった。

 始皇帝の聖杯と、第三勢力の聖杯。二つの聖杯が同時に存在するという矛盾が、今回の異常を引き起こしていたのだろう。

 

『不味いことになってきたね。秦だけでも厄介なのに、もう一つの聖杯だなんて。第三特異点じゃ聖杯の所有者だったドレイク船長が味方だったから良いけれど、この特異点もそうだとは限らないし。これは始皇帝を倒すのを急がないと取り返しのつかない事になるかも』

 

「良く分からねえが俺達の知らねえ第三勢力がいるってことなんだべ。だったらそいつ等と始皇帝が殺し合ってボロボロになったところを襲えば大勝利じゃねえのか?」

 

『そう単純な話じゃないんですよ沛公。始皇帝でもその第三勢力でも、どっちが勝とうと聖杯は勝者の物になる。そして聖杯一つあればその過程で失った損失を埋めるなんて朝飯前』

 

「つまり勝った方は確実に強くなっちまうと。今ですらひーこら言ってんのに更に強大化しちまったらお手上げだな」

 

『はい。だからその前に始皇帝を倒さなければなりません』

 

 咸陽に潜入していた荊軻がいるので幸い道は迷わずに済む。

 それにアーラシュと荊軻が仲間に加わったことで戦力は増強している。これならば宋江とテセウスも倒せるし、始皇帝を討ち取る事も不可能ではないのかもしれない。

 だがそこでアーラシュが待ったをかけた。

 

「そう急くなよ、カルデアの魔術師。強いては事を仕損じるぜ。こういう時こそ急がば回れだ」

 

「アーラシュ。何か考えがあるのか?」

 

「秦軍が血眼になって〝公孫勝〟って道士を捜してるのは知っているだろう? 咸陽を攻めるならそいつを味方に引き入れてからの方がいい」

 

「けど居場所が……」

 

「アーチャーの千里眼を舐めるなよ。ここから東に5kmほどの山で惰眠を貪っている道士服着たサーヴァントがいる。たぶんそいつが公孫勝だろう」

 

「!」

 

 これまで散々探しても見つからなかった公孫勝。その居場所が漸く分かった事に目を見開く。

 

「やっとこさ見付かったか。ったく人騒がしな道士様だぜ。そいじゃ公孫勝とやらのいる山に行くとするかねえ」

 

「まだテセウスと宋江の軍は虎視眈々と沛を狙っています。念の為にもサーヴァントの方々はここに残って頂くべきでしょう。大した距離ではありませんし、なんなら私が一っ走り行ってきますが」

 

「――――待て。公孫勝という男は道士だが、同時に侠者でもある。〝太公望〟を迎えに行くならばそれなりの礼があるだろう」

 

 太公望というのは比喩だろう。古の文王は太公望を得る為に自ら彼が釣りをしている所に足を運び、のみならず釣りが終わるまで嫌な顔せず待った。

 賢者を迎えるには相応の礼を払わねばならない。この手の逸話なら『三顧の礼』が特に有名だろう。

 荊軻の諫言に劉邦は頬を掻きながら、

 

「太公望が公孫勝だとすると、俺が文王かぁ? 公孫勝はどうだか知らねえが、俺みてえなのが文王たぁ随分と過大評価してくれるじゃねえか」

 

「……これでも過小評価なのだが」

 

「は?」

 

「こちらの話だ。沛公と、それにカルデアのマスターであるお前も行くべきだな」

 

 劉邦軍のトップである劉邦が行くのであれば、サーヴァント達のマスターである自分が行くのが道理というもの。

 荊軻の言葉に黙って頷く。

 

「分かった。けど念の為にサーヴァントの誰かが一緒に来てくれると嬉しいんだけど」

 

「はい。サーヴァントと会うのであれば当然そうした方がいいでしょう。問題は誰が残り、誰が共をするのかですが。もし許されるならばこのディルムッド。マスターの御供をしたく」

 

「……秦軍対策にそこのアーラシュって兄ちゃんには残ってて貰いてえな」

 

 誰が残り、誰が行くのか。事がサーヴァントという超常存在が関わるせいで、劉邦軍の将達も簡単には決められない。

 結局、話が纏まったのは三十分後のことだった。

 



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第27節  侠者

 三十分にも渡る議論で自分と劉邦と同行するサーヴァントはマシュとディルムッドの二人に決定した。

 アーラシュと荊軻の二人には悪いが、彼等は留守番である。特にアーラシュは味方サーヴァントでは唯一の対軍戦を得意とするサーヴァント。沛を守るためにもアーラシュには残って貰わなければならなかった。劉邦軍からは樊噲を始めとした腕自慢の将が何人か。だが曹参を筆頭とした将軍の殆どは沛を守るため居残りである。

 アーラシュが言った通り沛城から公孫勝のいるという山までは然程距離がある訳ではない。大軍での移動でもないので出立して直ぐに目的の山に到着した。

 

「ここが公孫勝のいる山、かぁ。道士がいるっていうからもっと霊験あらたかな山をイメージしたんだけど、普通の山だな」

 

『そうだね。でもミスター・カマンガーが言ってたことは確かだよ。この山の頂上付近にサーヴァント反応がある。それもレイシフトした直後に会った例の道士とまったく同じ波長だ』

 

「じゃあやっぱりあの時の道士が――――」

 

「〝入雲竜〟公孫勝、だったんですね」

 

「このまま案山子になってても仕方ねえ。道士様とやらに会い行こうや」

 

「はい」

 

 護衛の樊噲とディルムッドを先頭にして山を登り始める。

 どうやら山には道術による結界が張られているらしく、途中でエネミーの類に出くわすような事はなかった。

 然程大きな山ではなかったので程なくして頂上に着いた。そこに――――その男はいた。

 洒落に着崩した道士服と、夜闇を流し込んだように艶やかな黒髪。間違いなくその男は、馬上の豪傑と共に自分達の前に現れたサーヴァントだった。

 

「これが公孫勝か。しかし……眠っていますね、マスター。無礼にも」

 

 直ぐ近くにサーヴァントとマスターがいるというのに、公孫勝は岩の上で寝転がったまま一向に起きる気配がない。これにはディルムッドが渋い顔をした。

 しかしそれは公孫勝が来訪者に気付かぬほど抜けているからではない。来訪者に気付いているというのに知らぬ存ぜぬとばかりに敢えて目覚めようとしない事に対してだ。

 サーヴァントは同じサーヴァントの気配を察知できる。無能者ならいざ知れず座に〝英霊〟として祀られたサーヴァントが、例え寝ていたとしてもここまでの距離に近付かれても気付かないなんて事は有り得ないのである。

 だからこれは寝ているのではなく単なる狸寝入り。公孫勝は来客と知っていながら知らぬ存ぜぬを決め込んでいるだけなのだ。

 ディルムッド・オディナのような礼節こそを信望するサーヴァントにとって、これは侮辱にも等しいことだろう。

 

「如何されますか? マスターの御下命あれば直ぐに叩き起こしますが?」

 

「落ち着いてディルムッド。その勢いで叩き起こしたら目を覚まさせるどころか永眠するから。二度と起きなくなるから」

 

「そうそう。こういうのは信陵君に倣って根気が大事だぜ」

 

「では沛公はこのまま待つのが正解だと?」

 

「おうよ。賢者を招くには相応の作法が必要ってやつさね。ま、太公望を気取りたいってんなら望み通りにしてやろうじゃねえか」

 

『――――ははは。これは手厳しいな、沛公――――』

 

「!」

 

 現実からではなく、夢の底から響いてくるような声。白い霧があたりに立ち込めると、岩の上で寝ていた公孫勝が枯葉となって消える。

 

「だがそう虐めてくれるな。男子たるもの憧れる英雄偉人の真似をしてみたくなるもの。盾持ちの少女は兎も角として、我が同輩たる男性諸君ならば覚えがあろう? 童心が顔を出したが故の悪戯。許されよ」

 

「どうやら嘘っぱちじゃなく本物の道士みてえだな」

 

 道士と一口に言っても玉石混合だ。公孫勝のように神仙一歩手前の規格外の怪物もいれば、道士とは名ばかりの単なる詐欺師の類までいる。

 だが公孫勝が挨拶代わりに見せつけた『白霧』だけでも手品などではない本物の道術だった。劉邦の公孫勝を見る目が露骨に変わった。

 

「何において『本物』とするかにもよるがね。道術を扱う者を道士と言うならその通りだが、師から課せられた修行をほっぽりだして神仙にならず人界でぐーたらしている私が果たして真に道士と呼べるかは疑問だ。

 西洋魔術世界においては私のような人間を〝魔術使い〟と呼称するらしいが、それに則るなら道術使いとでも呼ぶのが適切だろう」

 

「道士でいいだろう面倒臭ぇ。んな細かな違いなんて俺みてえな俗人にゃ分からねえよ」

 

「然様か。して沛公に人類最後のマスターよ。何用で参った? よもや私みたいな浪人と世間話に興じに来た訳でもなかろう」

 

 公孫勝の黒真珠の双眸がこちらの心を見透かすように向けられた。

 アーラシュの千里眼が人の心すら透視するように、この道士もまた同格の『眼』を持っている可能性がある。ここは下手な小細工は不要、玉砕覚悟で本音をぶつけるべきだろう。

 

「……単刀直入にお願いします。俺達と一緒に戦って欲しい」

 

「念の為に聞いておくが、それは始皇帝とか?」

 

「はい」

 

「アンタも道士だってんなら知っているだろう。秦軍はどういう訳か知らねえがアンタの事を血眼になって探してやがる。秦ってのは捕まりゃ基本死刑、良くて強制労働な虎狼の国だ。秦に捕まるくれえなら、いっちょ俺達と一緒に秦をぶっ潰してみねえかい?」

 

 自分の直球なお願いに、劉邦が理屈に合った勧誘を添える。

 客観的に吟味して悪い話ではないはずだ。公孫勝にとっても人類史焼却は阻止したいことだろうし、始皇帝に抵抗する者同士が手を結ぶ事は身を護る事にも繋がるだろう。

 

「フフフフフ。彼の劉邦の麾下に入り始皇帝と戦う、となぁ。男子として中々に心惹かれるが、生憎と体は惹かれんな。私を安眠から引きずり出すには足りんよ」

 

 しかし公孫勝の口から出たのは、はっきりとした拒絶の意だった。

 

「秦と始皇帝を倒したいなら勝手にやれ。私はこの山で惰眠を貪りながら高みの見物をさせて貰おう。なに、応援くらいはするさ」

 

「そ、そんな……」

 

 マシュが信じられないといった顔をする。人類史が焼却すれば、必然的に水滸伝という物語も燃え尽きる。それは公孫勝にとって己の死よりも許し難い事柄のはずだ。

 よもや公孫勝程の男がそれを分かってない訳ではあるまい。全て分かった上でこの男は拒否したのだ。

 これに同じサーヴァントであるディルムッドが進み出ると、怒気すら滲ませて公孫勝に視線を向ける。

 

「公孫勝。お前もまた特異点へのカウンターとして呼ばれたサーヴァントの一人だろう。だというのにその責務を捨て自らの安楽に浸るというのか?

 このような事は言いたくはないが、もしもマスター達が始皇帝に敗れる事があれば、それは人類史の終わりを意味する。もし貴公に英霊としての誇りがあるのであれば、力を貸してくれはすまいか」」

 

「気持ちの良い台詞だ。裏表もなく純粋にマスターと人類史を救おうという義務感がお前にそう言わせているのだろう。女垂らしの双槍使いなのは同じというのに、つくづくどこぞの誰かとは大違いだ。だからこそ余計に心苦しい。私からの解答は変わらず『否』だよ、輝きの一番槍殿。

 サーヴァントなのだからサーヴァントとしての責務を果たせ。至極尤もだ。だが私は既に私がやるべき責務は済ませてしまったのでね。こうして今も現界しているのは余暇のようなものなのだよ」

 

「責務を、果たしただと?」

 

「ともかく私は戦うつもりはない。私のような者のために足を運んでくれて悪いがお引き取り願おう」

 

 呑気に欠伸をしながら岩の上に身を投げ出すと、最初の時のように寝っ転がる。

 

「アンタを追ってる秦軍はどうするつもりだ? 俺達がやられりゃ直にこの山にも秦が来るぞ」

 

「その時は尻尾撒いて退散するだけさ。これでも魔星の生まれ変わりだ。流石に一人で始皇帝を倒すなんて出来ないが、逃げ回るくらいなら出来る」

 

「ちっとばかし始皇帝舐めてねえか? 秦の始皇帝ってのはテメエが考えている以上に恐ぇぞ」

 

 生前の始皇帝を目の当たりにした劉邦の言葉は真に迫るものがあった。それでも公孫勝は動かない。

 

「そうなれば大人しく自刎しておさらばするよ。幾ら始皇帝だって死んだ人間を追ってはこれないだろう? なにせあの御仁は『死』を最も疎んじた皇帝だ」

 

 この調子では梃子でも動かないだろう。入雲竜・公孫勝、初めて言葉を交わした時から一筋縄ではいかない予感はしたが、これ程までとは想像もつかなかった。

 嫌がるサーヴァントを無理矢理に仲間に引き入れたって仕方ない。ここは一旦帰ろう――――と、普段ならば言う所なのだが、今は一刻を争う状況だ。これは根拠のない直感だが、もしここで公孫勝に味方になって貰わないと全部が台無しになる気がする。

 なんとか公孫勝を味方にする『材料』はないだろうか。そう脳味噌を働かせていると、ふと思いつく事が一つだけあった。正直気が進まないが、手段を選んでいる場合ではない。

 

「……公孫勝。貴方が桃をとっていった村を覚えていますか?」

 

「うん? それは覚えているとも。あの桃は中々に美味であったからな。それがどうかしたか?」

 

「襲われました。貴方がいると思った秦軍によって。多くの人が、犠牲になりました」

 

 今でも思い出せる。公孫勝の情報を得るというただそれだけの為に虐殺された人々の事を。殺された人の中には年端もいかぬ少女や妊婦、赤子だっていた。

 もしも公孫勝に人の死を悼む心があるのならば、

 

「だから?」

 

「!」

 

「あの村が襲われたのは私のせいだとでも? とんだ責任転嫁だ。ある男が包丁で人を刺し殺したとして、君はその責任を男に包丁を売った店にまで求めるのか?

 違うだろう。例え私があの村を訪れた事が原因となったとて、あの村を襲った全ての責任は秦軍のものだし、その罪過も全て秦軍のものだ。私は何も悪くない。だから贖罪の為に共に戦ってくれと言う提案は受け入れられないな」

 

「……分かりました」

 

 今度こそ、終わりだ。ここまで言って駄目なら、もうどうやったって無理だろう。

 仕方なく山を下りようと踵を返すと、何故か素知らぬ顔で一番に下山しようとしている公孫勝がいた。

 

「何をしているんだ? 早く山を下りるぞ。秦を潰すのだろう」

 

「って、ええぇえええ!?」

 

 意味が分からない。どうしてあれだけ説得しても無反応だった公孫勝が、いきなりやる気になっているのか。

 

「公孫勝さん!? 共闘は嫌なのでは?」

 

 自分の驚きを代弁するようにマシュが訊いた。

 

「ああ、嫌だとも。自分の犯した罪を償うならまだ我慢もするが、自分のせいでもない罪を贖罪するなんて真っ平御免だ。これでもヤクザ者なのでね。だがな、あの村で私は村人の好意で二つの桃を頂戴した。であればこの駄賃は払わねばなるまい」

 

「贖罪に命を張るつもりはなくても、桃の駄賃の為ならば命張る、か。騎士が奉じる〝忠〟ではない。つまるところこれこそが――――」

 

 自らの信ずる〝義〟に命を賭ける侠の精神なのだろう。

 そう、自分は荊軻の助言を思い出すべきだった。公孫勝という男は道士である前に、梁山泊に集いし侠客。この男を動かせるのは利でも忠でもなく、ただ義のみだったということを。

 

「これで役者は揃った。じゃあ一つ秦の奴らを」

 

「――――殴りに行こうか」

 

 そこに浮世離れした道士は何処にもいなかった。

 獰猛に笑いながら殺意を剥き出しにしているのは、梁山泊の頭領が一人〝天間星〟公孫勝だ。

 




 ジャンヌ・オルタが遂に実装されました。ルーラーからアヴェンジャーにクラスチェンジしたのは予想外でしたが、確かにルーラーより”らしい〟クラスなので納得といえば納得です。
 しかし五章ピックアップで自重しておいて正解でした。お蔭で万全の状態でガチャという名の地獄にカミカゼアタックできます。ジャンヌ・オルタは第三次のssのためにも絶対手に入れなければならないので玉砕覚悟でいきます。では読者の皆様。また逢う日までお元気で。


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第28節  公孫勝

 公孫勝を味方に引き入れた一向は、直ぐに沛城へ戻ると軍の編成を急いだ。未だ虎視眈々と沛城を狙う秦軍を打ち破る為である。

 

「マスター、戻ったぞ」

 

 劉邦の指示で敵軍の偵察に出ていた荊軻とアーラシュの二人が戻ってくる。

 気配遮断スキルを持つ荊軻と、千里眼で遠目の聞くアーラシュ。偵察にはうってつけの人材だ。サーヴァントについて碌な知識を持たないというのに、こうも上手く人使うのは『将の将』と呼ばれた男の面目躍如といったところか。

 

「荊軻、アーラシュ。どうだった?」

 

「咸陽からの援軍が到着したらしくにわかに騒がしくなっていたよ。沛公の読み通り今日中に仕掛けてくるだろうな」

 

 自分達が公孫勝を勧誘しに行っている間、敵軍は援軍要請をしていたらしい。

 以前アーラシュが矢の雨を降らした際にあっさり軍を引いた事といい、テセウスと宋江の二騎は中々慎重な立ち回りをするようだ。

 

「援軍が来るのが俺達が戻った後で幸いだったぜ。お蔭でこっちも用意万端だ。碭での借りを返してやらねえとな。特にテセウスとかいうデカブツ。あいつには随分と恐い思いさせられたから絶対ここでぶっ殺してやる。ついでに小便でもひっかけてやらぁ! かっかっかっ!」

 

 自分達が有利になってきた途端に下品な闘争心を発揮する劉邦。

 後の漢王朝の高祖なのは分かっているが、相変わらず言動の方はとてもそうは思えないほどだった。アーラシュとディルムッドの二人など劉邦の言動に怒りを通り越して呆れ気味である。

 劉邦といえば能力は低くても不思議な魅力(カリスマ)で人に好かれ、天下を征したというイメージがあったが、この特異点にきてから通説というやつに裏切られっぱなしだ。

 

「沛公。余りこのような事は言いたくないですけど、その言い方は余りにも大人げないというか狡いというか」

 

 劉邦のセクハラ被害を一身に受けるマシュがおずおずと苦言を呈する。すると劉邦はあっさりと「悪ぃな」と謝った。

 相手がマシュのような少女だと劉邦も気が柔らかくなるらしい。

 

『はは。まぁやる気があるのは良いことだよ。始皇帝のいる咸陽に攻め込むには目の前のテセウスと宋江をどうにかしないといけないからね。両方とも厄介な相手だし、出来ればここで二人とも倒してしまいたいところだ』

 

「確かにあの二人は強かった。そしてしぶとかった……」

 

 宝具によって如何なる苦境からも瞬時に離脱する事を可能とするテセウス。致命傷を負ったとしてもその事実を夢にすることで復活してしまう宋江。

 本人の戦闘力の高さは勿論だが、その生存力の高さこそが最も恐ろしい。

 

「大丈夫です。今は私達だけじゃなくアーラシュさんと荊軻さん、それに公孫勝さんが味方として一緒に戦ってくれますから。

 敵が大英雄でもきっと勝てると確信します。私は直感スキルがないので法廷に持ち込める証拠品にはなりませんが、断言します」

 

 デミ・サーヴァントであるマシュはただの人間とサーヴァントが融合した存在だ。だからマシュはサーヴァントの頼もしさを文字通り身を持って知っている。

 故その声からは溢れんばかりの信頼と期待が込められていた。

 

「期待されたら応えるのが英雄(俺達)の仕事だ。任せておきな、いざとなれば我が身を賭してもマスターに勝利を捧げよう――――と、格好良く決めるだけにしときたかったんだがな。マスター、一つ悪い報せがある」

 

 頼もしく胸を張ったアーラシュだが、後半になると声のトーンを落として言った。

 アーラシュ程の英雄が深刻な顔をするということは、余程の事があったらしい虎穴に入る気分で尋ねる。

 

「なにかあったのか?」

 

「ああ。とびっきり〝強い〟のが居たぜ、援軍の中にな」

 

『まさか新しいサーヴァントが!?』

 

 アーラシュは頷いた。

 

「遠目にちらっと視ただけだがな。あの日輪が具現したが如き輝きは一度みたら忘れられん。しかも血肉と一体化した黄金の鎧とくれば真名にも察しがつく。

 インド神話に語られし不死身の英雄。太陽神スーリアが子にして、神々の王(インドラ)すら凌駕する武威を誇る死の征服者。英霊カルナ」

 

『か、カルナァ!? インド神話でも最強クラスの大英雄じゃないか! なんでそんなEX級サーヴァントが始皇帝についているんだい?』

 

 魔術師であるロマンの叫びはもはや悲鳴にも近かった。なにせカルナといえば英霊としても最上級の格を持つ英霊中の英霊。これが敵に回るなど鬼神も裸足で逃げ出すほどの悪夢だ。

 

『おっと忘れたのかいロマニ。英霊カルナといえば一度請われればどんな難行でも快く引き受ける施しの英雄。だったらきっと請われたんだろうさ。味方になってくれとね』

 

 ダ・ヴィンチの冷静な推察にロマンも少しだけ落ち着きを取り戻した。

 

『……カルナに秦より先に接触出来なかったのは痛手だな。仲間になってくれれば最高に頼もしかったろうに。

 だけどこれは不味い事になったぞ。カルナは万全であれば単騎で三界を征すると謳われた武人だ。カルナが出張って来たとなれば数的有利なんて簡単に引っ繰り返るぞ。この城だってカルナの槍の一振りで吹っ飛びかねない』

 

「そ、そんなにやべぇのか?」

 

 ロマンがあれほど大騒ぎをすれば、英霊に対して無知の劉邦にも恐怖は伝播する。劉邦の顔は見て分かるほど真っ青になっていた。

 

『ええ、そんなにやばいんですよ沛公。カルナ程のサーヴァントとなると、もはや天災のようなものと認識した方が適切です。人智が及ばない』

 

「人智が及ばない相手ならば、私が相手を務めるのが筋だな」

 

「公孫勝!」

 

 ふらりと姿を現したのは仲間になったばかりの公孫勝。沛へ戻ってから「適当に街を散策してくる」と言ったっきり姿を消していたのだが、流石に戦の前に戻るくらいの協調性は持ち合わせていたようだ。

 敵にカルナがいると知ったサーヴァントは一様に表情を強張らせたものだが、公孫勝の方は相も変わらず人を喰った慇懃無礼さを隠しもしない。けれど今はその態度が頼もしかった。

 

「任せていいのか? 敵はカルナ――――最強のサーヴァントだぞ」

 

「高祖と人類最後のマスターという大人物二人直々に勧誘されたのだ。それだけの働きをせねば梁山泊の名折れというものだろう。相手が相手だ。全力で掛かったとて殺し切れはすまいが、抑え込むくらいはやろうさ」

 

「分かった。それじゃあカルナは公孫勝に任せて、俺達はテセウスと宋江の二人をどうにかする事を考えよう」

 

「ほう。私が忠告するのも妙な話だが、信じていいのか? 私の実力をまだマスターは知らぬだろう。もしかしたら口ばかり大きいだけの小人かもしれんのだぞ」

 

「それでも信じる。俺みたいな凡人が出来るのは、信じることくらいだから」

 

 自分にはマシュのように盾で皆を守ることは出来ない。ディルムッドのように真っ先に敵陣に斬り込むことも、アーラシュのように軍団を丸ごと相手するなど夢のまた夢だ。

 だったら自分はせめて彼等を信じるべきだろう。自らは矢面に立てないなら、矢面に立つ者を信頼しなくては戦いなんて出来ない。

 

「――――クッ。合点がいったわ。初めて会った時からマスターは誰かに似ていると思っていたが、そうか。我等が首領・宋江殿の面影があるのだな」

 

「宋江というのは、もしかしなくても秦軍の将である宋江ではなく」

 

「ああ。水滸伝の主人公たる宋江殿のことだ。私が俗世において主と仰いだ二人目の男だよ。これは愉快なことになったな。宋江殿の面影あるマスターの下で、(じん)の宋江殿と戦う事になろうとは。

 これだから下界というのは面白い。こればかりは代わり映えのない仙界では味わえぬ悦楽よ。人に留まるため修行を止めた甲斐があったというものだ」

 

 猪肉を骨ごと噛み砕きながら公孫勝は嗤う。

 神仙(不老不死)の器を持ちながら、敢えて(定命)に留まった道士。地に属しながら人と天を知る稀有な英霊。天にて妖しく輝く魔星が、日輪に挑むのは近い。

 

 

 

 最強の〝援軍〟を得た秦軍は、今度こそカルデアと劉邦という脅威を消すべく動き始めた。

 咸陽から新たに加わったものも合わせて傀儡兵の総数は十万。しかしテセウスと宋江の二将た頼りにしているのはそんな木っ端兵などではなかった。

 こんな兵隊など単なる数合わせの端役。サーヴァント相手取るには心許ない。二騎のサーヴァントにとって真に〝援軍〟足りえるのは唯一人だけ。そしてその唯一人こそが百万の軍勢を上回る程の魔人だったのだ。

 

「まさかアンタが来てくれるとはな、太陽の御子殿」

 

 テセウスが意外な目で横を歩く黄金のサーヴァント、カルナを見た。

 始皇帝(ルーラー)に聖杯で呼ばれたテセウスと宋江は、ルーラーの神明裁決により令呪の縛りを受けている。謂わば自分の命を握られているに等しい状態であり、それ故に始皇帝から信用されているわけだ。

 けれどカルナはそうではない。カルナは始皇帝の召喚したサーヴァントではなく、ディルムッドや土方歳三と同じ野良サーヴァント。そのため王翦の遠征軍にも李信の公孫勝捜索軍にも加わらず、始皇帝の目が届く咸陽に留め置かれていたのだ。

 それがこうして出張ってきたという事は、事態は刻一刻と動いているということだろう。それが良い方向か悪い方向かは分からないが。

 

「解せねえな。お前は俺みてぇな()貰えりゃワンワン吠える忠犬じゃねえ。友情努力に義理人情大好きな陛下が一番大嫌いな人種だろうに。よく陛下が自分の手元から離したもんだよ。

 まさか陛下が賄賂で揺れてくれるほど楽勝じゃあるめえし。なぁ後学のために教えてくれよ。どんな手ぇ使った?」

 

「どんな手と言われても、俺には父母より賜ったこの手しかないが」

 

「そういう意味じゃねえよバッキャロウ! 俺はあの冷血皇帝様の心を動かすような手練手管を知りてえんだよ。いざという時に役立つだろうが」

 

「オレは言うべきと思った事を甘さずに言い切っただけだ。勧めはしないぞ。鎧の護りのあるオレと違って、お前に棒打ち千は痛いだろう」

 

「ど、どんな説得したんだ……? まさか陛下ってそういう趣味が……。というかカルナ、もしかしてM?」

 

「カルナ殿に馬鹿宋江、お喋りはおしまいだ。敵さんも城から出てきたぞ」

 

 劉邦軍も馬鹿ではない。サーヴァント相手に宝具でもないただの城で籠城戦を挑む事がどれだけ愚策か分かっているらしい。城から出て野戦での勝負をする算段のようだ。

 斥候によって劉邦軍に新たにアーラシュと荊軻の二騎が加わった事は知っている。特にアーラシュの矢は対軍戦において極めて厄介だ。下手すれば軍が全滅する可能性もある。

 しかしそれはカルナが軍に加わるまでの話。アーラシュが如何な大英雄といえどカルナには及ばない。カルナが加わった今、劉邦軍など一息に吹き飛ばせるだろう。

 

「そいじゃカルナ殿。早速だがお得意のブラフマーストラで城ごと吹っ飛ばしてくれよ~」

 

 ブラフマーストラはインド神話の上位英雄の多くが共通して保有する宝具だ。特にカルナの炎熱属性を付与された一撃は、核兵器に匹敵する破壊力と規模を誇るという。

 沛城も軍勢も矢の雨も核兵器と比べれば玩具のようなものだ。軍事技術が高度に発展すれば戦争はボタン戦争と化すものだが、カルナの宝具は正にそれを現すものだろう。

 だがカルナはテセウスの命に首を横に振った。

 

「楽観だな。敵も案山子ではない。容易くはいかせてくれんぞ」

 

「らしいな」

 

 テセウスの剛腕によって振るわれた鉄棒が、矢のように降り注いだ落雷を薙ぎ払う。その余波で味方の傀儡兵が何体か大破したが、その程度は些細な犠牲である。

 

「こっちがカルナ殿を得たように、敵もまた星を得たらしい」

 

 劉邦軍の先頭。並み居る猛将豪傑を差し置いて、まるで我こそが軍団長とでもいうような高慢を放ちながら、一人の道士がこちらを睥睨している。

 先の落雷は自然現象ではなく、あの道士によって引き起こされた術だ。

 道術という西洋魔術とは思想体系も形態も異なる術理。されど大自然を自在に操る程の使い手となると、英霊の座にも僅かしかいまい。

 

「おい、宋江」

 

「ああ、間違いねえよ。俺の中の魔星(ほし)が疼いていやがる。義兄弟(きょうだい)との再会がよっぽど嬉しいらしい。あいつだ……あいつが俺達が、陛下が探し求めていた道士! 公孫勝の野郎だっ!!」

 

 始皇帝は公孫勝の命ではなく、身柄を欲している。よってブラフマーストラで纏めて抹殺という手は使えない。そしてこの中で公孫勝を生け捕りに出来る程の英霊は一人だけだ。

 

「カルナ殿、公孫勝は任せたぞ」

 

「承った。無理に捕えたところで星を繋ぎとめる事など出来はすまいが、それがあの男の望みでもある。ならばオレは星を縛る鎖となるまで」

 

 日輪の灼熱と共にカルナの手に出現するのは神殺しの槍。神々の王すら扱えぬ窮極の神威だった。

 

 

 

 劉邦にも他のサーヴァントにも目もくれず、一直線に自分に向かってくるカルナを前にして公孫勝は愉し気だ。

 全身から生気を漲らせ、可視化した仙力が黒いオーラとなって立ち昇っている。

 

「沛公。先の約定通りカルナの相手は私がやろう。そちらに気を回す余裕はない。巻き込まれたくないのならば下がっていろ」

 

 蒼天の雲が逃げるように去り、変わり黒雲が龍の如く蜷局を巻いた。

 地表を焼きながら迫る日輪の御子たるカルナと、黒雲の中心に在る公孫勝。両者の視線が交錯すると天地がざわめき、黒雲から雷鳴が轟いた。

 相手は単騎で三界を征する英雄。であれば小細工は無為無用。初手にて鬼札を出す事こそがこの場では最上。

 

「梁山泊天罡星三十六星序列第四位〝入雲竜〟公孫勝。どうか天帝も照覧あれ。未だ側まで昇れぬ未熟者の拙い芸ではあるが、無聊の慰めにはなりましょう。いざ、いざ―――――いざ!」

 

 神速で九字の印を結び、公孫勝は己の奥義たる祝詞を唱える。

 

故人西辭黄鶴樓(こじんにしのほうこうかくろうをじし)煙花三月下揚州(えんかさんがつようしゅうにくだる)孤帆遠影碧空盡(こはんのえんえい、へきくうにつき)惟見長江天際流(ただみるちょうこうのてんさいになぐるるを)

 

 印を結び終えた。祝詞も唱えた。であれば後は真名を告げることによって、この心象を『根源』へと届かせるのみ。

 

天間星(てんかんせい)正法五雷天罡(しょうぼうごらいてんこう)

 

 両儀に別れ、四象と廻し、八卦を束ねた世界の理。

 魔星が祈りは此れを逆転せしめ、その心象に描かれた祈りは全ての『根源』たる太極図によって形成される。

 地が震え、天は嘶いた。黒雲が日輪を包み込み、黄泉路の歌が響く。

 いつの間にか公孫勝は地表より消えていた。代わり聞こえたのは巨大な足音。

 戦場にいる全ての命が――――人間ばかりではなく、虫や畜生すらが聳える光景に息を呑む。そこには荘厳な鎧を身に纏った山のような巨躯の神兵達が、地を這う人間達を見下ろしていた。

 

「さぁ、三界を征する太陽の御子よ。この地、出来るものならば征服してみせろ」

 

 公孫勝の姿は神兵の肩の上に。

 未だ神秘が色濃く残る紀元前の世。ここに神話の闘争が幕を開けた。

 




【元ネタ】水滸伝
【CLASS】キャスター
【マスター】なし
【真名】公孫勝
【性別】男
【身長・体重】180cm・66kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具A

【クラス別スキル】

陣地作成:B+
 道士として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 防衛に優れた“要塞”を形成することが可能。

道具作成:B
 魔力を帯びた器具を作成できる。

【固有スキル】

道術:A+++(EX)
 西洋魔術とは異なる魔術体系である道術をどれほど極めているかのランク。
 ランクA+++ともなれば神仙一歩手前といえる。

反骨の相:C
 一つの場所に留まらず、一つの主君に殉じることのできぬ運命。
 自らは王の器ではなく、また、自らの王と道を別つ運命を定められた孤高の星である。
 同ランクの「カリスマ」を無効化する。

神算鬼謀:A+
 軍師・参謀としてどれだけ策謀に秀でているかの数値。
 大軍師たる智多星には一歩譲るものの、ランクA+ともなれば十分に名軍師たる器量である。

【宝具】

天間星(てんかんせい)正法五雷天罡(しょうぼうごらいてんこう)
ランク:A++(EX)
種別:対国宝具
レンジ:2~99
最大捕捉:999人
 公孫勝が師より授けられた五雷正法の奥義。
 極まった内功により〝太極〟あるいは〝根源〟への回線を繋ぎ、
 自らの心象風景に思い描いた魔神、神将、竜を具現化し使役する。
 この宝具発動中、公孫勝は他一切の道術を発動できなくなる。


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第29節  日輪の神威

 山のような巨体を誇る神兵が身の丈に比例した大盾と大矛を手に戦場を闊歩する威容は、もはや巨神が荒れ狂う神々の闘争であった。

 公孫勝という一人の道士が心中にて思い描いた神兵達は、この世の外側たる『太極図』によって具象化されている。よって呼び出された神兵は一体一体が〝神〟を冠するだけの神話を内包していた。

 神の兵たる巨人に人間の力は無力。傀儡兵の放つ矢はその全てが弾き返され、神兵が歩く度に大地は震え、傀儡兵は押し潰される。

 

――――されど神兵の威容に怯むことなく、真っ向から立ち向かう英霊が一騎。

 

 神代を生きたカルナにとって、神の巨兵などとっくの昔に乗り越えた偉業だ。

 インドラすら対決を回避したほどの武人であるカルナが、今更神兵如きに怯む道理などなく、膝を屈する筈もない。

 カルナの握る神殺しの槍に宿りしは、太陽神の神性を示す炎熱の魔力。

 太陽の翼を背から噴出させるその姿は一筋の光線のようですらあった。神兵も雷にも並ぶ速度を捕捉出来ず、彼等が振るう矛は悉くが空を切る。

 大きいものが必ずしも小さいものを凌駕するとは限らない。確かに大きければ大きいほど単純に(パワー)防御(ガード)も上がるだろう。だがその代償として小回りはきかなくなってしまう。

 無論カルナ程の大英雄であれば単純な力押しで神兵を倒すことも出来るだろう。だがカルナの強味は圧倒的宝具やスキルのみならず、その極まった武芸の技量にこそある。

 黄金の鎧による無敵の防御性能による不死性。

 ブラフマーストラや魔力放出スキルによる馬鹿げた火力。

 鎧を失う代償はあるものの、一度解き放てば全てを決する神殺しの槍。

 そして他の追随を許さぬ超人的技量。

 おおよそ英霊が強味とする全ての要素において最上級を誇るが故にこそ、英霊カルナは〝最強〟のサーヴァントなのだ。更に言えば大英雄らしからぬ謙虚さと、心を丸裸にしてしまうほどの眼力を持つカルナには油断慢心の類とも縁がない。

 だから相手が一介の道士が生み出した幻想(神兵)が相手だろうと、カルナは己が持ちうる全てを用いて最善最良の戦いを実行するのだ。

 魔力放出は飛翔以外は抑え、神兵の懐に入ることを狙い――――ここはという瞬間にだけ魔力を攻撃に回して、槍の一薙ぎによって一刀両断する。

 神兵を操る公孫勝にもカルナの戦法は分かった。けれど分かるからといって対策がとれるわけではない。

 彼を知り己を知れば百戦危うからず、とは孫子の兵法書にある有名な言葉だが、それだけで勝てるほど戦いとは甘いものではないのだ。世の中には対策してもどうしようもない敵というものがいて、カルナはそういう類の敵だった。

 

「フッ――――やはり、物が違う。まるで天に向かって唾を吐いている気分だぞ。こうも私が苦戦するなど生前では師以外は有り得なかった。これは白旗をあげるべきかな」

 

「嘘を吐くならマシなものを吐け。貴様の顔は降参しようとする者のそれとは程遠い」

 

 灼熱の槍で神兵の腕を切り飛ばしながらカルナが鋭く言った。

 これには公孫勝も苦笑する。道士として心を閉ざす術は体得していたのだが、カルナの目はそれすらも突き破ってしまうらしい。

 

「お天道様に嘘は吐けんな。ならば私も、もっと気張ろうか」

 

 神兵ではカルナに太刀打ち出来ない。幾ら〝神〟を冠しようと所詮はただの兵。人々の記憶にも残ることなき無貌無名の巨人では、大英雄を殺すことなど夢のまた夢だ。

 ならば公孫勝が己が心象に形作るのは、名もなき兵士などではなく確固たる名を与えられた伝説。

 東方には緑色の鱗の龍を。南方には紅蓮の羽根をもつ不死鳥を。西方には白い体毛の虎を。北方には蛇を体に巻き付けた亀を。

 公孫勝の内にある心象風景を一つの宇宙(中心)として成立する四神相応。

 太極に通じる祈りは、人々の集合無意識に記憶された神獣を地上に顕現させる。即ち、

 

「起きろ、木偶の坊共。中華を犯す日輪のお出ましだ。我が身を護れよ。青龍、朱雀、白虎、玄武」

 

 公孫勝が乗っている者を除いた全ての神兵が消え去り、代わりに現れるのは四方を司る霊獣達。天の四方を護る霊獣は、天たる公孫勝を守護すべく異国の(日輪)に牙をむく。

 如何に公孫勝が道術によって呼び出したものとはいえ、人々の確固たる信仰を受けた四神は一体一体が魔術王の魔神柱に匹敵する怪物だ。並みのサーヴァントなど一息で蹂躙してしまうだろう。

 だが今更言うまでもなくカルナは並みから著しく外れた英霊。敵が四神だろうと怯むことはない。

 神兵とはまるで違う神威の出現にもカルナはリアクションを起こさず、手始めとばかりに神殺しの槍を容赦なく玄武の甲羅に叩きつけた。

 真名を解放していないとはいえカルナの槍は世にも珍しい対神宝具。神の名を持つ霊獣にも正しく作用し、ただの一撃で玄武の甲羅には罅が入った。だが、

 

「――――罅が、消えた」

 

 これまでどんな事にも動じなかったカルナの眉が、初めて微かに動いた。

 

歩兵()なら幾らでもくれてやるが、金将は易々とはとらせぬよ」

 

「破損した霊獣を更に己の想像で補填したか。素晴らしい腕前だな。これ程の術者でありながら人に留まる男も珍しい」

 

「御身ほどの称賛であれば素直に受け取るよ。情け容赦はしないがね」

 

 青龍、朱雀、白虎、そして再生した玄武が一斉にカルナに喰らい付いてくる。

 カルナは神速の飛翔で四神の攻撃を回避していくが、幾ら槍を叩きつけようと四神は即座に再生してしまう。

 不死身の四神が相手ではさしものカルナも圧倒的不利――――のように傍からは見えるかもしれないが、術者たる公孫勝からしてみれば寧ろ形勢は自分の方が不利だった。

 なにせこれまで公孫勝の生み出した神兵と四神は、ただの一度もカルナに有効打を与えることが出来ていない。これまで何度か四神の爪牙がカルナを捉えた事はあったが、それも黄金の鎧が齎す理不尽なまでの回復能力によって即座に癒されてしまう。

 それに四神の再生力はあくまで公孫勝自身の内力を用いてのもの。いずれ底がつく。カルナの方も魔力が無限ではない以上、このまま続けば先に燃料が尽きた方が自然敗北することになるだろう。

 

(だがまぁ、これはこれで悪くない。良い塩梅だ)

 

 公孫勝は元々自分がカルナを倒せるとなど思っていないし、その動きを封じる事が出きれば良いとすら思っている。ならばこの状態は好ましいものとすら言えるのかもしれない。

 とはいえカルナ程の英霊がこんな消耗戦に付き合ってくれるかと問われえば、そんな筈もないのだが。

 

「――――父よ、威光を!」

 

 これまで抑えられていた炎熱の魔力が、その一言によって一斉解放される。

 最大出力の魔力放出は火山の噴火にも等しかった。カルナを襲う四神が弾き飛ばされる程には。

 しかしカルナが狙うのは四神ではなく、術者たる公孫勝。

 

「意外とせっかちだな。こうも早くから王将狙いとはな……!」

 

 四神にせよ神兵にせよ共通するのは公孫勝が呼びだした夢幻に過ぎぬということ。よって公孫勝が消えれば自然と夢も消える運命にある。

 いや何も殺す必要性すらない。この奥義は公孫勝が己の内功を全て注ぎ込むことによって成立しているのだ。ならば痛手を受けるなりして内功が僅かにでも乱れれば奥義は終わることだろう。そして最悪な事に術の影響で公孫勝本人の戦闘力は女子供にすら劣るほどに低下していた。

 

「悪くない選択だが少々迂闊ではないかな。私の渾名を忘れたのか?」

 

 カルナの行く手を塞ぐように、黒雲より現れ出でるは金色の龍。

 公孫勝は東西南北を司る四神を呼び出した。ならば中央を司る黄龍を呼び出しているのが道理というものだろう。

 人智を超えた術を操り、時に嵐を起こし、雷を落とし、雲を動かし、そして龍を呼ぶ。

 故に公孫勝の渾名は〝入雲竜〟。梁山泊に迫る敵の悉くを払いのけた鬼神の銘である。

 

「呉用には負けるが私も〝軍師〟なのでね。本陣の守りを疎かにするほど抜けてはいないさ。どうかね日輪の御子よ。楽しめているかな?」

 

 金色の龍の咆哮は地平線の遥か彼方まで震わせ、それに呼応するように四神は荒れ狂う怒りを叫んだ。

 これが命を掛けた全身全霊の全力。生前もこれ程までに術を全開にした事はなかったが、カルナはそれだけの価値がある相手と判断した。

 

「ここまで披露したのだ。私も足止めなどとせせこましい事は考えまい。獲りにいくぞ、カルナ」

 

 カルナは始皇帝の命令で自分を殺す事が出来ない。そうと分かりながらも公孫勝はカルナの命を奪うことに遠慮はない。

 元よりこれは戦争。史上まったく同条件で行われる戦争などありはしない。ならば手心を加える必要もありはしなかった。

 

 

 

 劉邦軍は公孫勝、秦軍はカルナ。二人ともが一騎で戦局を左右する実力をもった戦略級サーヴァントだ。だが両軍ともが全く同じタイミングで戦略級サーヴァントを戦線に投入したせいで、両騎の力が相殺されて戦局に与える影響力がゼロになってしまっているのは皮肉だろう。

 カルナと公孫勝の戦いが決着がつかないのであれば、戦いを決するのは神話ではなく人の戦い。それを素早く認識した劉邦は全軍に総攻撃を命じた。

 数は秦軍が勝るが、劉邦軍はサーヴァントの数で勝る。更に言えばサーヴァント以外の将も粒揃いだ。これならば十分勝ち目があると計算した上での命令である。

 

「さーて。二番煎じとは芸がないがこれも役目だ。もう一雨降らすとしようか」

 

 前線から離れた城壁から秦軍を睥睨しながら、アーラシュは自らの得物たる弓を構える。

 単騎にて万の矢を降らす矢生成スキルに、自ら放てば一軍を吹き飛ばすほどの威力を発揮する矢。アーラシュほど対軍戦闘能力に秀でたサーヴァントは稀だろう。

 劉邦が秦相手に勝算ありと見たのも、アーラシュの存在によるところが大きかった。

 

(あちらさんは凄まじい勢いで突っ込んでくるな。乱戦に持ち込んで矢の雨を防ごうって魂胆だろう…………単純だが良い手だ。味方を射る(フレンドリーファイヤ)云々以前に英霊(既に死んでいる身)の俺が今を生きる人間を殺すのは御免だ)

 

 英霊である己が討つのは同じサーヴァントと、そして傀儡兵や魔獣のような人外のみ。それが英霊たるアーラシュが自らに課した誇りだった。

 だから屋の雨を降らすのは乱戦に持ち込まれる前の一度きりで打ち止め。そこからは自ら弓を引いての狙撃に徹することになる。

 とはいえそれだけでも十分に敵兵の数は減らせるだろうし、マスターや劉邦も一々文句は言わないだろう。マスター辺りは寧ろ賛同してくれそうだ。

 

「行くぜぇ! お人形さんの軍隊はさっさと土塊に戻りな」

 

 アーラシュのスキルによって矢が宙に生成されていく。だが生成される矢が千に達したところで、アーラシュは視界の端に小さな赤糸があるのを見た。

 マスターより聞いた敵の情報、秦軍に味方している怪物殺しの大英雄の真名が雷光のように脳内を駆け巡る。決断は一瞬だった。敵への一斉掃射を放棄したアーラシュは、猫のようにその場から飛び跳ねた。

 落雷めいた爆音が響き、城壁の一角が粉砕される。

 

「弓兵だけあって目端が利くようだな、ペルシャの大英雄殿」

 

 赤い糸を辿った空間転移による奇襲を仕掛けてきたのは、アーラシュが睨んだ通りテセウスだった。

 自分が破壊した城壁の破片を踏み砕きながら、山のような大男はぬっと土煙から姿を現す。

 

「そう言うお前こそ大した剛腕じゃねえか、ギリシャの大英雄殿。にしても不意打ちなんて随分と姑息な挨拶じゃないか。ヘラクレスと双璧をなす英傑とは思えんぞ」

 

「英雄ってのは往々にして汚れ役なもんさ。お宅の大将の一人程じゃねえが俺も随分と生前は汚れた身でね。今更こんくらいはどうってことない。

 それにアンタを放っておくと痛い目合いそうなんでね。先んじて潰しに来させてもらった」

 

「クラス通りだが総大将が暗殺って、いいのか?」

 

「いいんだよ。王だなんだつっても指揮なら宋江の方が上手ぇ。上手ぇ方が指揮した方が勝率は上がるだろう」

 

「そりゃそうだ。だがな、サーヴァント一人でどうこう出来るほど弱くはねえぞ。劉邦軍もカルデアも」

 

「質は数で埋めるだろうよ。それに――――」

 

 噎せ返るほど濃密な闘気がテセウスから立ち昇る。

 

「お前をさっさと潰せばあっちの加勢にもいけるだろう」

 

「面白ぇ。やれるもんならやってみな」

 

 弓兵の本領は長距離からの狙撃であって、面と向かい合っての白兵では不利。ましてや相手は神話に名高い怪物を真っ向から破った程の英雄(かいぶつ)である。如何にアーラシュとて厳しい戦いを強いられるだろう。

 だが英雄にとって困難とは立ち向かい乗り越えるものであって、尻尾撒いて逃げるものではない。壁が高ければ高いほど心は震えるというものだ。

 鉄棒を手に駆けるテセウス。アーラシュは久方ぶりの昂揚感を覚えながら、弓を引いた。

 



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第30節  黒い旋風

 テセウスからいきなり指揮権を放り渡された宋江だったが、伊達に始皇帝から副将を任じられた訳ではない。即座に軍を纏め上げると劉邦軍への総攻撃を開始した。

 カルナは公孫勝を、テセウスはアーラシュを相手にしている以上、両騎の助けは期待出来ない。

 

「こっちは俺一人。あちらさんにゃサーヴァントが二人にデミ・サーヴァントが一人。だがやりようやあるんだよ糞野郎が。人形共ォ! サーヴァントも将軍格も関係ねえ! 命令はたった一つだ。とにかく目についた人間を片っ端に殺せ! 質はどうでもいい! とにかく数を殺せ!

 あと傀儡将共ォ! テメエ等は人身御供だ。化物染みた猛将やサーヴァントの肉壁になって一分一秒でも長く足止めしなぁ! どうせ土塊の命だ、俺様のためゴミのように投げ捨てなぁ!! ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「宋江殿、なにを血迷った命令を……っ!」

 

「五月蠅ぇぞコラ。人形は『はい』か『分かりました』だけ答えてりゃいいんだよバッキャロウが」

 

「むむむ……」

 

「なにが〝むむむ〟だ!」

 

 一般的な傀儡兵とは異なり傀儡将には確固たる人格を持っているが、主人の命令には服従するという機構が備わっているのは同じだ。こればっかりは李信のような六虎将クラスですら変わらない。

 そしてテセウスによって指揮権が譲渡されているため、この場にいる全ての秦軍は宋江の命令には絶対服従しなければならないのだ。宋江の悪辣な命は全秦軍に伝わって、傀儡兵は機械的に傀儡将は狂った狼のように軍勢へ突撃していく。

 始皇帝さえ生きていれば幾らでも大量生産できる傀儡兵と違って、人的資源というやつは有限だ。特に今の劉邦の領土は沛だけ。如何に劉邦軍に天下の名宰相がいようと、徴兵して補填するのにも限界があるだろう。

 宋江が外道の悪漢なのは疑いようがないが、決して愚将ではない。残酷にして悪辣ではあるがその命令には一定の理が確かにあった。

 

「ゲロ臭ェサーヴァント戦なんざやってらんねえが、職責分の仕事しねえと皇帝陛下様にどやされっからな。山賊らしい狡いやり方で血ィ流させてやんよ。

 さーてと。じゃあ俺様は大将らしく一番安全な後方に引っ込むとしようか。サーヴァント戦に持ち込まれりゃ折角の素晴らしい作戦が水の泡だ」

 

 カルナと公孫勝の規格外の神話の戦い、軍同士の人間の戦い。その両方に背を向けて宋江は後方へ逃れる。

 本音を吐露すれば軍を率いる戦いはまだしも、直接戦う羽目になるのは避けたかった。時間を置いて小康状態にまで落ち着いてはいるが、既に宋江の内側にはもう一人の『宋江』が根付いてしまっている。対サーヴァント戦になれば百八星の力を借りることになるのは必至だ。そうすれば収まりかけた病は再び宋江の心を蝕み始める。

 そして善性という毒が全身に回ったその時、賊徒・宋江は消えるのだ。

 

〝消える〟

 

 そう、消えるのだ。死ぬのではなく、消える。宋江という器だけはそのままに、中身だけが入れ替わってしまう。

 生前は自分の命以上に大切なものなど何もなかった宋江だが、自分が自分でなくなるくらいなら死んだ方がマシだった。しかも成り替わる自分がよりにもよって『義理人情と人助けが大好きな好漢様』だなんて虫唾が奔る思いである。

 だが劉邦もカルデアも宋江の狙いに気付かないほど馬鹿ではなかったし、気付いて手をこまねくほど愚かでもなかった。

 群がる傀儡将には目もくれず一騎のサーヴァントが真っ直ぐ宋江目掛けて突っ込んでくる。

 

「逃がしません! 貴方を放っておけば罪もない人の血が流れ続ける……。ここで、絶対に倒します!」

 

 マシュ・キリエライト。以前自分を殺すほどに追い詰めてくれたデミ・サーヴァント。

 宋江は邪に破顔すると剣を抜き放った。

 

「くかっ! だから言ったろうがっ! 青いんだよぉ!!」

 

 大方自分の傍に傀儡将がいないのを見て今こそ好機と判断したのだろう。

 しかし自分の命が一番可愛い宋江は、自分の護衛を疎かにすることだけはしない。ちゃんと自分が襲われた時のために、不本意だが一番頼もしい護衛は控えさせているのだ。

 星主としての権限による百八星の宝具の借用ではない。星主たる宋江自身が保有する宝具を起動させる。

 

「目覚めろ、殺戮の凶星。天魁星(てんかいせい)鉄牛(てつぎゅう)ッッ!!」

 

 真名解放した瞬間、黒肌の獣が眠りより覚めた。

 

「待ってたぜ兄貴ぃ! やっと沢山殺していい時間なんだな!!」

 

「なっ――――!?」

 

 空間を突き破るように突如として出現した李逵が、嬉々としてマシュへと襲い掛かっていった。

 いきなりの李逵の出現に戸惑うマシュ。対して人を殺すために生まれてきた李逵は殺しに関して一切の躊躇がない。それがマシュのような見目麗しい少女であろうと李逵は平等に楽しんで殺戮する。

 二挺斧を風車のように回転させながら李逵は凶刃をマシュの柔肌目掛けて振り下ろした。

 

「避けろ、マシュ!」

 

 斧が柔肌を蹂躙する寸前、マスターの令呪による強制がマシュを逃れさせる。空しく空振りする二挺斧。李逵は一瞬だけ仰天するが、直ぐに殺意の笑みを浮かべながら追撃を仕掛けた。

 もし正規のサーヴァントとして呼ばれれば確実にバーサーカーのクラスを宛がわれるであろう李逵の猛攻は、仇名の黒旋風が示すように嵐の如きものだった。

 鍛え上げた人の技ではなく、天然に身に着けた獣の業。滅茶苦茶に振るわれる斧の一撃一撃が、サーヴァントの霊格ごと叩き殺す必殺だった。

 だが多くのサーヴァントが攻勢に秀でている中で、マシュ・キリエライトはシールダーという守勢に秀でたイレギュラークラスのデミ・サーヴァント。攻めでこそ李逵には及ばないが、逆に守りに関しては李逵の遥か上をいく。

 李逵の嵐の猛攻を、マシュは山の如く堅牢さで耐え凌いでいた。

 

「どうして李逵がいきなり。ドクター! 宋江の傍に他のサーヴァントはいないんじゃなかったのでは?」

 

 二挺斧を盾で捌きながらマシュが怒る。

 

『……いや、サーヴァント反応はなかったよ。だが李逵が出現する直前に宝具反応は確認できた』

 

「ということは、まさか李逵は土方さんの〝誠の旗〟と同系統のサーヴァントを呼び出す宝具で呼ばれた独立サーヴァント!?」

 

「いい勘してるじゃないか!」

 

 なにが嬉しいのか満面の笑みで応えたのは李逵だった。

 

「そうさ、俺は兄貴の一部として座へ昇った……兄貴の一番の子分なんだよ! だから死んだ後も兄貴の一兵卒! 兄貴のためなら誰だって何だって好き勝手一杯殺すんだよ!!」

 

 李逵が振り撒くのは子供のように無邪気な好意と殺意。

 百八星中で最も凶悪にして、最も宋江を慕い愛した男。それが李逵だ。それは宋江から後の憂いを断つために毒酒を渡されて尚も変わることはなかった。李逵の無垢な忠心は座にも通じ、彼は単独の英霊ではなく宋江の宝具(一部)として昇華された。

 故にこそ李逵は何よりも愛する首領の下で思う存分に暴威を奮う。

 

「ですが、それはおかしい。李逵……さん。貴方は、間違っている」

 

「あァ? 俺が兄貴を大事にする気持ちのどこが間違ってるっていうんだい!」

 

「前提です! 貴方が兄貴と慕うその人は『宋江』であって『宋江』ではありません! 貴方の兄貴分なのは水滸伝における好漢の宋江のはず。そこにいる男は好漢などとは程遠り悪漢です! 貴方が忠義を捧げた人じゃありません」

 

 李逵が仕えたのは梁山泊の首領たる宋江であって、例え同名同一起源の人物だろうと賊徒・宋江とは別人である。ならば態々従う必要もなく、親分と慕う所以もない。

 マシュの指摘は一分の好きもなく正論だった。真っ当な人間であれば反論の余地もなく納得するだろう。ただ生憎と狂乱と殺戮の申し子には人の論理など通じはしない。

 

「間違ってんのはお前ぇだよ、女ァ!」

 

「っ!」

 

「善だの悪だの下らねえ! 俺の魂が兄貴は兄貴だと言ってるんでい! それが全部だっ!!」

 

 理屈もひったくれもない無茶苦茶な解答に、正論を説いたはずのマシュの方が気圧されてしまう。

 李逵が宋江こそを唯一無二の親分として慕ったのは、なにも宋江が好漢だったからではない。そもそも李逵には物の善悪を考えるだけの頭などありはしないのだ。李逵にとって人を判断する基準があるとすれば好悪くらいである。マシュに間違いがあったとすれば、その事に気付かなかったことだろう。尤も李逵のような獣の心理を把握することなど、真っ当な倫理観を持つマシュには出来ないことだろうが。

 李逵から遠回しに水滸伝の『宋江』と同じ扱いをされた宋江は、不快感を露わにしながらも形勢の不利を悟っていた。

 

(チッ。どうやらあの糞餓鬼に憑いてやがる野郎、相当のサーヴァントらしいな。いざ平静を取り戻してみりゃ李逵の攻めがまるで通りやがらねえ。本体が消えた後の絞りカスの癖しやがって熟練の技量は健在ってどんな化物だよ)

 

 しかも李逵が全ての攻撃に全力を注ぎこんでいるのに対して、マシュはペース配分を考えて要所要所で力を抑えている。このまま続けば先に李逵がばてて負けるだろう。

 李逵は自分を好漢の『宋江』と同一視している事といい腹立たしい男だが、あれはあれで自分の可愛い子分であることには違いない。大切な護衛として以上にここで失う事は避けたかった。

 

「しゃあねえな」

 

 流石に自ら加勢に入るつもりはないが、李逵の背を押すくらいは親分としての務めだろう。

 使いたくはなかった『星主』の権利を己が内より引き出す。呼び起こす魔星()は天殺星。即ち李逵の宿星だ。

 

「風有大小、不辨雌雄、山谷之中、遇爾亦凶」

 

 宋江の宝具である李逵は、サーヴァントであっても英霊ではないので自らの宝具すら持っていない。

 だが主である宋江が『星主』としての権利を行使することによって、李逵に自身の宝具を使わせることは可能なのだ」

 

「天殺星・黒旋風」

 

 黒い風が李逵の全身を鎧甲冑のように纏わりついていく。

 触れるだけで生命を削り取る呪いの凶つ風。殺戮の化身が象徴とする宝具もまた殺戮の具現の如き代物だった。

 

「おお、おおおおおおおおおおっ!」

 

 英霊としての力を取り戻した李逵が、凶つ風を纏った事による昂揚感に身を震わせた。

 

「使いたくねえ力使って宝具をくれてやったんだ。さっさと盾女を殺しやがれ」

 

「任せてくれ兄貴! この力がありゃもっと沢山殺せるぜ!」

 

 マシュの融合元であるサーヴァントは最上級の存在だ。本人であれば李逵が宝具を使おうと勝てるような相手ではない。

 だが李逵の黒旋風の殺戮呪詛は肉体だけではなく精神すら犯す劇薬。マシュの純白とすら言えるほど無垢な精神は格好の獲物だろう。これで十分戦えるはずだ。

 宋江はマシュの事を李逵に任せて引き上げる。その刹那、

 

「逃がさん」

 

 乱戦から跳躍してきたのは緑色の槍兵――――ディルムッド・オディナ。その手に携えるは呪いの黄槍。

 

「いい加減に往生しろ、賊徒ッ!」

 

 渾身の力を込めて投擲された黄槍が稲妻のように迫る。宋江は慌てて馬を走らせるが、それはディルムッド・オディナの槍と比べ余りにも遅すぎる動きだった。

 心臓が破裂し、全身を巡る血が爆ぜる。ディルムッドの槍は正確に宋江の心臓に命中していた。

 



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第31節  夢重現実のアポリア

 ディルムッド・オディナが携える双つ槍が一つ『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』が齎す傷は絶対だ。

 通常の槍が命を削り取るのならば、この槍は命の総量そのものを削ぎ落とす。よって如何な不死性を持つ者だろうと、この槍に傷つけられれば最期、それが癒える事は永久にない。

 同じケルト神話を由来とするクー・フーリンの魔槍(ゲイボルク)のように治らぬ傷を与える宝具は数多い。しかしそれらの宝具の大抵はそれを超える神秘による回復というある種の力技でどうにかなってしまうが、必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)にはそういう抜け道が一切ないのだ。

 個人差はあれど平均して高い回復力を備えるサーヴァント戦において『必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)』は極めて有用な宝具といえよう。

 そして必滅の呪詛は、英雄の運命(さだめ)とすらいえる非業の死から逃げ切った宋江にも等しく襲い掛かった。

 無理難題に等しい入団試験を潜り抜けた者だけが入ることを許されるフィオナ騎士団。その中にあって一番槍を務めた程の男がディルムッド。彼の一槍は宋江の心臓を完全に滅ぼしていた。

 

「がっ――――あっ――――」

 

 心臓はサーヴァントの霊核であり、頭部と並ぶ最大の急所である。しかも〝必滅の黄薔薇〟によって破壊された心臓は再生することもなく、宋江の総身を巡っていた魔力の循環は停止した。

 体は仰け反り、充血した眼は一面の青を焼き付ける。

 必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の呪いを解く方法はたった一つ。呪いの発生源である槍を破壊する事のみ。死にゆく宋江にそれを実行できない以上、死は不可避だ。

 

――――だが例外がある。

 

 ここに成立するのは最悪のジョーク。

 現実は虚構へ堕ち、虚構こそが現実へ成り替わる。即ち、

 

天罡星(てんこうせい)驚悪夢天下泰平(きょうあくむてんかたいへい)

 

 マシュと戦う李逵から黒旋風が消え、入れ替わるように発動するのは宋江含めた百八星のみに作用する冗談のような反則(インチキ)

 必滅の呪詛を受けた筈の心臓が復元する。みるみるうちに宋江の血色は巻戻り、ふてぶてしい余裕顔が戻ってくる。

 再生ではない、回復ではない。これは事実を夢にすることで実際に起きた出来事を『なかった』ことにする歴史の改変だ。

 決して癒せぬ傷を与えるという呪詛も『傷を与えた』という結果が消えてしまえば、呪いも自然と消える。何故なら最初から傷など与えてなどいないのだから。そういう風に歴史は変わったのだ。

 

「ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハ! 残念だったな騎士様ぁ~! 生憎と生き汚さには定評のある宋江様なんでなァ! そう簡単には死なねぇンだよ!!」

 

「――――了解している」

 

「へ?」

 

 狂笑する宋江の眼前には、既にディルムッドが迫っていた。

 慌てて宋江も剣を抜き放つが、それよりも一歩早く裂帛の気迫で放たれた〝破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)〟と”必滅の黄薔薇《ゲイ・ボウ》〟の連続突きが宋江の体に十数の穴を空けた。

 疑いようなき致命を負った宋江は、もう一度渾身の力を込めて宝具を発動し、自分の死の運命を夢と変える。だが、

 

「逃がしはしない!」

 

 どれだけ死から逃げようと、ディルムッドはどこまでも追いすがってくる。

 

「死にたくなければ何度でも蘇るがいい。その代わり蘇る度に俺が貴様を殺す」

 

「このっ、糞騎士がぁぁああああああああッ!」

 

 宋江の『驚悪夢』はその性質上、どんなダメージや呪いを受けようと瞬時に全快復できるという極めて厄介な宝具だ。ただし過去改変という『魔法』の域にある神秘を行使するため、単純な超再生能力よりも消費する魔力は多くなる。

 ただでさえ李逵を呼び出していて常時魔力が使用されている中で過去改変を連続して使用していれば、直ぐに魔力が尽きる。

 その事を察した宋江は形振り構わず逃げ出そうとするが、ディルムッドの俊足がそれを許してくれない。

 進退窮まった宋江は自分への不可も構わずに、更なる百八星の宝具を使用する決断をする。

 

「金不可辱、亦忌在穢、盍鑄長殳、羽林是衛」

 

 星主によって呼び起こす魔星の名は天佑星。金槍手の渾名をもつ宋国において林冲に次ぐ槍の担い手。

 彼が象徴する宝具こそ、この場を潜り抜ける活路と信じて。

 

天佑星(てんゆうせい)賽唐猊(さいとうげい)

 

 宋江の体を薄羽で編まれた鎧が覆う。眩い金色の輝きを放つそれは、剣も矢もまるで通さぬ無敵の鎧だ。獅子より強いと謳われた甲冑は、例え英霊の宝具であろうと弾いてのけるだろう。

 そして賽唐猊は見事に役割を果たす。ディルムッドの放った必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)を見事に弾き返してのけたのだ。

 

「……ほう。大した鎧だ」

 

 閃光の軌跡を描く一槍は鋼だろうと容易く貫こう。それ程の威力を受けて尚も賽唐猊の輝きに陰りが差す事はない。

 英霊と武装たる宝具は基本的に一心同体だが、中には両者の天秤が釣り合わぬ場合もある。賽唐猊もその類だ。呪いの黄槍すら通じぬそれは、担い手たる魔星をも凌駕する格を備えている。

 偽りの星主として知識としてはあっても性能を間近で見るのは初めてだった宋江は、この実績を持って真に賽唐猊の性能を知った。

 これ程の代物であれば突破するにはランクA以上の宝具による破壊力が必須だろう。そしてランサーたるディルムッド・オディナにAランク宝具はない。

 

「くくくくっ、ヒヒヒヒヒヒ、ヒャーハハハハハハハハハハハハハッッ!! ようやっと運が向いてきやがったなぁ~! この鎧さえありゃテメエのチンケな槍は通じねえ!」

 

 自分の有利を確信した宋江はこれまでの受け身から一転して攻勢に転ずる。

 鎧の防御力を盲信した自分の身を顧みない捨て身の乱撃はしかし、誉れ高き双槍の騎士を相手取るには余りにも無謀であった。

 必滅の呪詛を宿した魔槍はなるほど通じない。それはその通りだ。まったく否はないとも。

 だが、しかし――――双槍の騎士が頼りとするもう一振りはその限りではない。

 

「払え、破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)

 

 静かに騎士は己が槍の真名を告げる。宋江が自らの突撃の愚かさを悟るのと、彼の槍に魔槍が突き刺さるのは同時だった。

 刃に触れる一切の魔力効果を打ち消す呪槍は、賽唐猊の無敵の神秘すらも消し去り、それに守られた宋江の命を貫いたのである。

 黄槍(ゲイ・ボウ)のような必滅の呪いはないとはいえ、穿たれた箇所は心臓。つまりは致命傷だ。

 

「お、おお……ッ」

 

 死にゆく我が身。だがそんな終わりなど認めてなるものかという狂信が、宋江の目に光を灯す。

 

(てん)……罡星(こうせい)…………驚悪夢天下泰平(きょうあくむてんかたいへい)ィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 ここに発動する三度目の悪魔的悪戯。宋江が致命傷を負ったという事実は『なかった』ことになり、五体満足の宋江が現実に取って代わる。

 だがもう宋江には最初の時のような嘲笑を浮かべる余裕などありはしなかった。

 

「うごっ…げほっ! げほっ……うぇあああああ、うっあああああぁうぉえあぉあえ!!」

 

 下呂を吐き散らし、嗚咽を漏らしながら宋江は地面に蹲る。

 総身は末期の薬物中毒者の禁断症状のように震え、目は白濁し、青くなった血管が顔面から浮き出ていた。

 

「始まったか」

 

「ぅおあぎぃぁ……ディルムッドォォ! まさか、テメ、エの目的はッオレを殺すことじゃ……なくっ」

 

「その様子だとカルデアの魔術師(メイガス)の読みは正しかったとみえる。半信半疑だったのだが上手くいったらしいな」

 

 賊徒に過ぎぬ宋江が身に余る『星主』たる権利を行使した代価は、偽りから本物へ成るという反転(えいてん)である。

 自らの醜悪な欲望のためだけに自らの生存を祈り続けた当然の報い。正史に刻まれし偽りは消え、伝承に記されし本物の英霊が宋江の内より浮上する。

 完全なる英雄・宋江という魂を容れてしまえば一つだけの(クラス)は満杯だ。雑魂といえど他の魂の入る余地などはない。であれば賊徒・宋江の魂が消え去るのもまた自然というものだろう。

 

「ふざ、けるなァ……こんな糞みてえな、終わり……認め……」

 

「ならばお得意の反則で自分が宝具を発動したという事実を『なかった』ことにでもするがいい。出来るものならな」

 

「!」

 

 あの反則(インチキ)は宝具〝驚悪夢〟という夢をもって、現実を虚構へ貶める魔の悪戯。だが夢の中で夢を見る人間などいないだろう。

 夢は重複しない。宋江の反則は現実を夢にすることは出来ても、夢である驚悪夢を夢にすることは出来ないのだ。

 夢を積み重ねた現実は不変である。謂わばこれは夢の行き止まり。逃れられない十三階段に宋江は自ら足を踏み入れてしまったのだ。

 

「名を残して消えろ、賊徒」

 



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第32節  勅命

 脳回路という深海に散らばる幾多もの記憶の破片(ピース)。それらが加速度的に圧倒的なまでの〝白〟に浸食され、砕け散っていく。

 頭の天辺から指先、つま先まで。ゆっくり、ゆっくり、だけど着実に塗り替わっていく。

 止まらない。止める事が出来ない。そんな意思、もうドロドロになって溶けてしまっているから。

 抵抗を止めれば、沈むのは一瞬。器に注がれる白酒は、心地よい陶酔感を伴いながら醜い賊徒の魂を浄化していく。

 体中の汚れが剥がれ落ち、透明な水面へと落ちていく。

 足から、胸へ、そして頭の天辺まで。底へ、底へ沈んでいく。なんて心地よいのだろうか。

 

「ああ――――そうだ」

 

 世界が欲しているのは自分ではない。大衆が求めているのは自分ではない。

 所詮は賊徒たる宋江など人類史において毛ほどの価値もない小物だ。英雄たるに相応しい高潔さも義侠もなく、かといって天地を喰らう程に豪快な欲望すら持ち合わせない。英雄としても反英雄としても中途半端な、歴史という舞台を騒がせるエキストラ。それが宋史に語られる〝宋江〟という男だ。

 だから変わる、いや代わらなければ。

 有り触れた下らない小人物たる宋江はさっさと舞台から永久退場して、梁山泊首領にして義侠の魔星たる大人物である宋江に出番を明け渡すのだ。

 きっとそれが世界が、大衆が、自分以外の全ての人間が望んでいることだろうから。

 

「……るか……ろ」

 

 小指が微かに震えた。全ての人間が退場を願う中で、たった一人で続行を願う者が在る。

 

「……かぁ……よ……」

 

 記憶の砕け散った深海の底で、剥き出しの悪性が咆哮する。

 

「知るかよ、バッキャロォォオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 視界が開け、意識が急速に現実へと浮上した。

 

「知るかよ……知らねぇよ知るかよテメエ等の望みや大衆娯楽なんざ知らねえんだよバッキャロウ!」

 

 汚物を口から撒き散らし、ドロリと濁った眼で目の前にいる本物の英雄(ディルムッド)を睨みつけた。

 

「百八の魔星が主に梁山泊首領だぁ? なんだそりゃ? 妄想も大概にしろ聞いた事ねえぞバッキャロウッ! 水滸伝だと? ンな小説なんざ俺ぁ聞いたことねえよ糞がっ!」

 

 よろよろと剣を杖にして立ち上がる。もう何が何だか分からない。生前の自分の記憶なんてとうに全部砕け散っていて、もはや断片的映像しか浮かんでこなかった。

 けれど叫んでいるのだ。宋江の脳味噌や心臓とも異なる、けれど胸の内にある何かが〝違う〟と。自分はこんなものではないと。

 

「俺は――――俺だ。俺だけが――――俺だ。王朝末期にゃ吐いて捨てるほどいる雑多な賊の木っ端親分。英霊の末席すら汚せねえ候補にすらなれねえ石ころ。それが俺だ。それだけが俺なんだよ!!」

 

 必要とあれば親兄弟だろうと殺すし、姑息なことや卑劣なことも平然とやる。女は犯すし、金は奪うし、弱い物虐めが日々の仕事というロクデナシの外道の屑だ。

 そして生き残る為ならいけ好かない官軍に降伏し、首輪で繋がれた狗にでもなろう。

 だが誰がなんと言おうと自分だけは譲ってやらない。

 

「世の民草共が水滸伝の宋江を望もうが渡さねえよ。テメエ等と違って俺ぁ他人のことなんざどうでもいいからなァ。ククククククッカカカカヒャーヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 雄叫びのように笑いながら宋江は総身から鬼気を立ち昇らせる。

 

「剥き出しの悪性が己が内にある善性に打ち克ったか」

 

 追い込み反転させたと思った敵が、予想外にも己が善性に打ち勝つ様を目の当たりにしたディルムッドは嘆息する。これが善と悪が逆ならば素直に尊敬に値するのだが、結果が真逆では純粋な英霊であるディルムッドとしては反応に困るところだった。

 だが思い直す。反転しなかったとしてもやるべき事は変わらない。目の前の邪悪、賊徒・宋江を消し去る。それが騎士としての使命の筈だ。

 ディルムッドは玲瓏な闘気を滲ませながら双槍を向ける。

 頭上で聖獣が一つ、玄武が日輪の灼熱に焼かれ爆ぜた。その爆発の残光がスポットライトのように宋江の邪悪な笑みを照らし出しす。

 笑っているが、実のところ宋江は限界だ。既に反転現象は不可避なほどに進み、星主の浸食は霊核まで達している。謂わば崖の端っこに爪先だけ引っかけて落ちないよう踏ん張っているような状況なのだ。

 意識を保ち立ち続けるだけで精一杯。戦闘など以ての外、宝具の発動など論外である。ディルムッドが槍を放てば、抵抗することも出来ないまま宋江の命は絶たれるだろう。けれど、

 

〝勅を下す〟

 

 されど宋江の脳内に直接響いてきた傲岸なる声が、その未来を覆す。

 

〝『死ぬまで』『戦え』〟

 

 今主の主君(飼い主)から令呪をもって下されたのは、一人でも多くの敵を道連れにして玉砕しろという遠まわしな死刑宣告。

 普段の宋江ならば何がなんでも突っぱねたい命であるが、今の宋江にとっては福音だった。

 二画の令呪による強制力が宋江に再び戦う力を――――最期を飾る力を与える。

 

「ヒヒヒヒヒヒ、ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!! さっすがは始皇帝!! 俺の時代にいた馬鹿とは何もかもが比べ物にならねえなぁおい!! ゴミのリサイクルから処理まで全部が合理的だなぁ!!

 いいぜぇ、殺ってやる! 旅は道連れ世は情けってなぁ!! どうせ死ぬんなら賑やかな方が上等だぁ! 李逵ィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

「なんだい兄貴? 俺、今いいところなんだけど」

 

 笑いながらマシュを殺そうと斧を目茶苦茶に振り回していた李逵だが、宋江の声が聞こえると殺戮の手を止め距離をとった。

 そんな李逵に宋江は言ってやる。李逵がもっとも好きな命令を。

 

「最期の命令だ。人間を殺せ、出来る限り沢山。遠慮せず思いっきりやれ」

 

 好漢の兄貴分を持ち、自身も好漢という縛りに囚われたため出来なかった無差別殺戮。その禁断の果実が悪漢たる宋江によって李逵に与えられた。

 一瞬面食らっていた李逵だったが、直ぐに無邪気に破顔する。

 

「はは、ははははははは! やったやった! じゃあもう皇帝だろうが官軍だろうが民百姓だろうが遠慮せず殺していいのかい!?」

 

「おうよ」

 

「くぅ~! こうしちゃいれねえ! こんな機会は二度とねえんだ! こんな女一人じゃなく、もっと一杯いる所を殺しに行こう!」

 

 李逵が目を向けたのは先程まで戦っていたマシュでもなければ劉邦軍でもない。沛の城だった。

 沛城内には当然ながら民が住んでいる。それも数でいえば劉邦軍の総数よりも多くだけの人間がいるのだ。より沢山の獲物がいる場所を見た李逵は、劉邦軍など放り出して沛城へと向かっていった。

 

「いかせません! あそこへは決して!」

 

 それを許すマシュではない。李逵の行く道をマシュが必死になって塞いだ。

 だが李逵は止まらない。マシュに道を遮られても、呼吸するような自然さで取り敢えず適当に近くにいる命を奪う。

 例えそれが味方の傀儡将だろうと、或いは人間ですらない犬畜生だろうとお構いなしだ。

 

「いいねぇ。やっぱ男の花道は派手じゃねえといけねぇなぁ」

 

「くっ! 貴様……!」

 

 李逵の暴走を止めるべく、ディルムッドが鬼の形相となって宋江へ襲いかかってきた。しかし宋江とて自分の最期をあっさりと終わらせるつもりはない。

 宋江が己の内より引き出すのは百八魔星の力ではない。宋江が保有し、それが賊徒たる〝宋江〟の魂によって歪んだ事で誕生した正真正銘〝宋江〟だけの宝具。

 梁山泊首領たる宋江が渾名は『及時雨』。宝具にまで昇華された信仰は一度真名を解放すれば、傷は愚か病や呪いすら癒す恵みの雨となって降り注ぐだろう。

 

「不假稱王、而呼保義、豈若狂卓、專犯忌諱」

 

 しかしここにいるのは好漢に非ず、卑劣畜生な悪漢である。であれば人々を癒す『恵みの雨』は、あらゆる傷や病を悪化させる『呪いの雨』となって降り注ぐだろう。

 

天魁星(てんかいせい)及時雨(きゅうじう)

 

 果たして真名は解放され、宋江を中心とした半径数kmに毒でも溶かしこんだような黒い雨が降り注いだ。

 五体満足で健康な無傷の兵士は「妙な雨が突然降るものだ」という感想を抱く。だがちょっとでも傷を負っていた兵士は直ぐに雨の異常を身を持って知った。

 

「あ、ああ! 俺の指が……指がぁぁああああああああ!」

 

「ゲホッ……グァ……胸が、痛ぇ……助けてくれぇえええ!」

 

「な、なんなんだこれ……!? 傷がどんどん広がって……ぎぃあああああああああああああああああ~~~!」

 

 ある者は傷を負った指がなくなり、ある者は持病が急速に悪化して死に絶え、ある者は傷が開いて死んだ。

 惨劇は止まらない。土台ここは戦場。無傷で健康な人間など極僅かだ。そしてそれ以外の殆どの人間にとって『呪いの雨』は致命的だった。

 しかも恐ろしいことに、この『呪いの雨』は敵のみならず味方であるはずの秦軍にすら猛威を奮っていた。完全なる無機物である傀儡兵は流石に影響がないようだったが、仮初の命を与えられている傀儡将達は宋江への呪詛を吐きながら死んでいく。その様はさながら地獄の釜が開いたようであった。

 

「あの馬鹿め、言い付けを破りやがって」

 

「……!」

 

 アーラシュと戦っていたテセウス、公孫勝と戦っていたカルナも一時攻撃を止めて、呪いの雨の発生源を睨む。

 

「敵味方お構いなしとは……なんという下種な宝具を。もはや許さん! 貴様はサーヴァントとしてではなく、悪鬼として殺す――――!」

 

「俺みてぇな小物をテメエみたいな英雄様が悪鬼呼ばわりたぁ嬉しいねえ!! けど近づかせねえよ! 地軸星(ちじくせい)轟天雷(ごうてんらい)ッ!」

 

 ディルムッドの接近を阻むように、宋江の背後から出現した無数の砲が火を噴く。

 狙いはお世辞にも正確とは言えないが、余りにも膨大な数の砲による弾幕に、俊足のディルムッドをもってしても潜り抜けるのは至難だった。

 

「これは……天星ではなく地星の宝具。反転が限界まで進んだのが原因か」

 

 恐らく自分が現界するのに必要な魔力すら惜し気もなく注ぎ込んで、宋江はやたらめったらに砲撃を放ちながら、戦場の呪いの雨を降らし続ける。

 その間にも敵味方どころか人間非人間の区別なく、あらゆる命が消えていく。

 刻一刻と失われていく無数の命。最期の断末魔は交響曲のように響き渡った。

 劉邦軍やカルデアどころか、テセウスやカルナといった秦側のサーヴァントまでもが目の前の敵を忘れて宋江を止めるため駆ける。

 

「ククククッ、ヒャーハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 呪いと殺戮の渦。その中心にあって宋江だけが地獄の王のように狂笑する。

 その命が果てる瞬間まで。

 

 




【元ネタ】水滸伝、宋史
【CLASS】アサシン
【マスター】なし
【真名】宋江
【性別】男
【身長・体重】177cm・54kg
【属性】中立・悪/秩序・善
【ステータス】筋力C(E) 耐久D(E) 敏捷B(D) 魔力C(A) 幸運C(E) 宝具A(EX)

【クラス別スキル】

気配遮断:D
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。

【固有スキル】

女神の寵愛:B
 九天玄女からの寵愛を受けている。
 魔力と幸運を除く全ステータスがランクアップする。

カリスマ:C(A)
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力 を向上させる。
 カリスマは稀有な才能で、Cランクは賊の首領としては破格のものといえる。

星主:A+(EX)
 梁山泊に集った百八星の主としての権限。
 自身以外の百八星の宝具を、自分の宝具として使用することができる。
 ただし史実における賊徒としての召喚であるため、使用できるものは百八星のうち自身を除く三十五人の宝具だけである。

重複召喚:E
 一つのクラスに同姓同名の二種類の英霊が宿ってしまっている状態。
 単独のクラスで二つのクラスを兼ね備える二重召喚や、単独の英霊が複数の人格を持つ多重人格とは似て非なるスキル。
 宋江の場合〝星主〟スキルを発動する毎に判定を行い、失敗する事に重複召喚のランクが上昇していく。
 ランクがAを超えた時、賊徒としての人格は消え去り属性が反転。クラスが変貌する。

【宝具】

天魁星(てんがいせい)及時雨(きゅうじう)
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:1~72
最大捕捉:300人
 好漢序列第一位、宋江の宝具。
 本来の効果は味方全員を癒す恵みの雨を降らせるものであるが、
 悪漢たる宋江が人格の主導権を握っている影響で効果が反転。
 傷や病、呪詛などを悪化させる呪いの雨を降らせる効果となっている。

百八魔星(ひゃくはちませい)梁山泊(りょうざんぱく)
ランク:―(A++)
種別:対軍宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 固有結界。百八星の宿命の地にして彼等の魂が還る場所。即ち〝梁山泊〟を形成し、百八の好漢達を連続召喚する。
 好漢達の中で星主にして首領たる宋江だけが発動できる固有結界だが、その心象は宋江のものではなく、水滸伝を愛した全ての人間が思い描いた夢現である。
 そのため水滸伝における好漢ではなく、史実における宋江には発動できず失われている。



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第33節  賊徒、散る

 目覚めた時、宋江の目に最初に飛び込んできたのは、自分を見下ろす無数の目だった。

 

「あぁ? こりゃァ…………」

 

「気付いたみてえだな」

 

「ン? テメエは劉邦に……カルデアの青っちいマスターちゃんとお供のサーヴァント達、かぁ。目覚めし時計にしちゃ随分と豪勢だなぁ……っと」

 

 立ち上がろうとして気付く。足がない。膝から先が何かに圧し潰されたようにグチャグチャになっていて、骨だけが突き出ている。

 ないのは足だけではなく両腕もだった。どうやら自分は所謂達磨にされているらしい。

 連中が自分のような外道を前にしてまったく警戒心がない理由が分かった。なるほどこれでは文字通り手も足も出ない。おまけに魔力も枯渇とくれば宋江に出来ることなど呼吸することくらいだろう。

 

「なぁ。宝具を発動してから脳内麻薬やらアドレナリンやらが分泌しまくってテンションがおかしくなっちまってよぉ。途中からの記憶が全然ねえんだけど、一体なにがどうして俺はこんなことになってやがんだ?」

 

「見捨てられたってより見限られたんだよ」

 

「あぁ?」

 

「例の『黒い雨』が降ってから、カルナとテセウスが戦い放り出してお前を止めに行ってな。で、邪魔者がいなくなったアーラシュがその隙に李逵って黒瓢箪の脳天吹っ飛ばした。

 後は狂ったように暴れてたテメエをうちの樊噲が足潰して、荊軻殿が腕削ぎ落して、ディルムッドが槍で切り刻んでしめえだべ。お仲間の二人はテメエが達磨になった後、さっさと残った軍隊と一緒に逃げてったよ」

 

 劉邦の説明は成程納得できるものだった。

 宋江の『及時雨』は敵味方区別なく呪いの雨を降らせる無差別殺戮宝具。呪いの影響を受けないのは宋江自身と子分である李逵くらいだ。その無差別性を懸念した李信とテセウス両方から、使用は固く禁じられていた。

 主君である始皇帝からの命令があった――――というのは言い訳にならない。始皇帝はあくまで『死ぬまで戦え』と命じただけで、宝具の開帳を命じた訳ではないのだから。よって宋江がテセウスから見限られたというのも極々当然の話だった。及時雨の事を知らなかったカルナにまで見限られたのは、彼がテセウス以上に高潔な英霊故だろう。あの手の輩は無辜の民への被害というものを何よりも嫌うものだ。

 

「だろうな。副将の俺がこんな様で寝転がってんだ。勝ちじゃねえってことは分かるさ。だがな、俺が一番気になっているのは戦いの経過じゃねえ結果だ。なぁ、教えてくれや。俺はなんで生きているんだ?」

 

 劉邦軍にとって宋江は因縁ある敵将だ。怨みも憎しみも積もる程にあろう。

 だというのに宋江は生きている。しかも本来ならとっくに死んでいるところを、公孫勝が術を使って強引に延命させているのだ。

 

「決まってんだろう」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべた劉邦が合図をすると、見るも悍ましい拷問器具を持った役人が近づいてくる。

 汚職と不正に塗れた北宋末期を生きた宋江だ。これから自分が何をされようとしているのか直ぐに分かった。

 

「死ぬ前にテメエにゃ吐いて貰わねえとならねえことが山ほどあるんだよ」

 

「ククククッ。おいおい〝拷問〟かぁ? よせよせ、俺はサーヴァントなんだぜぇ。そんなもんで口割らねえよ。さっさと殺っちまいな」

 

「それはどうかな」

 

 宋江の嘲りに『否』を告げたのはディルムッド。

 本来なら倒した敵にも敬意を忘れない騎士道の担い手も、下種相手にかける情けはないらしく、拷問を止める気はさらさらないようだった。

 

「確かに〝英霊〟たるサーヴァントが拷問などで易々と口を割る事はない。英霊という精霊域まで魂を昇華させた〝人間〟の精神は、苦痛で折れるほど軟弱ではないからな。

 ただしそれは我等〝英霊〟に限っての話だ。貴様のような薄汚い小悪党には当て嵌まらない」

 

「……!」

 

 図星だった。

 

「土方が逝っちまってたのが惜しかったなぁ。あいつなら目玉が飛びですほどエグい拷問やれたんだが。ま、土方にゃ及ばねえがあいつのお礼参りって意味も含めて盛大にやるか」

 

「待て。冷静になろう、俺は冷静だ。落ち着いて紳士的に話し合おうじゃないか。俺、人を痛めつける趣味はあっても痛い目に合うの嫌なんだよぉ~。靴もぺろぺろ舐めるからさぁ、許して?」

 

「清々しいまでに腐りきっているな、貴様。もはや怒りを通り越して呆れを覚える」

 

「なんだか相手にすんのが馬鹿らしくなってきたぜ」

 

 ディルムッドとアーラシュは二人して疲れたように嘆息した。

 しかし宋江はへらへらと笑いながら、

 

「ヒヒヒヒヒヒ。最高の褒め言葉だね。根っこから腐ってるからこそ、変に正義の英雄様に討伐されることもなくのうのうと生き長らえたんだよ。

 あれだよなぁ。俺が思うに反英雄とか怪物とかいう連中は、変な所で誇りとかプライドがあるから英雄相手に殺されんのさ。尻尾撒いて逃げたり、媚び諂って命乞いすりゃ助かったかもしれねえのに」

 

「無駄口はいい。最初の質問だ。お前の親玉は始皇帝……間違いねえべ?」

 

「違います。僕ちゃんの上司は英雄王ギルガメッシュちゃまでちゅ」

 

「公孫勝」

 

 劉邦が言うと、公孫勝が高圧電流を流し込んだ。

 

「ぎょぉぉおおあがあああああああああああああああ!! 始皇帝です始皇帝、間違いないです」

 

「じゃあ次の質問だ」

 

「ったく公孫勝よぉ~。李逵はあんなにも従順だったのに、お前ときたら遠慮ねぇなぁ。一応俺も〝宋江〟なんだぜ」

 

「知っているとも。李逵は図体ばかりが立派な小児だが、だからこそ本質を素直に見抜く。貴方の『子分達の幸せを願っている』という唯一の人間的美点は、我等が首領と仰いだあの御方とまったく同じものだ。

 だから私はマスターや他のサーヴァントと違って、貴方の非道に対しての怒りはない。けれど私はカルデアのサーヴァントであり、劉邦軍の一員でもある。故、怨みはないが貴方を傷つける。怨め、そしてすまないが遠慮もしない。覚悟はしてくれ」

 

「おっかねえな」

 

 流石は道士でありながら梁山泊の頭領を務めたヤクザ者だ。いい具合に殺伐としている。

 痛いのが厭なら大人しく質問に答えるが吉だろう。

 

「宋江」

 

「なんだい、お次は青いマスターちゃんかい。なんだよ小僧。痛いの嫌だからおじさん何でも答えちゃうよ?」

 

「……この特異点に〝聖杯〟は二つあるのか?」

 

「ヒュー。そこまで分かってんのか。意外と劉邦軍の情報力も馬鹿に出来ねえな」

 

 劉邦軍などどうせ始皇帝が聖杯持っているラスボス、などという誤った情報しか持っていないだろう。これまでそう思っていた宋江は、敵が予想外に現状を理解していたことに素直に感嘆した。

 

「じゃあやっぱり!?」

 

「おうよ。この特異点には聖杯が二つある。一つ目の聖杯の所有者は〝蒼い狼〟チンギス・ハン」

 

「チン……ギス・ハンだって?」

 

 この時代の人間を除く全てが、宋江の出した名前を聞いた途端に動揺を露わにした。

 

「アレクサンドロス大王と唯一並び立つ最悪の征服王。征服した領土なら大王の倍だ。中華の歴史をぶち壊すのにこれほど打ってつけの人選はねえだろうよ。

 そう。本来なら魔術王によって使わされた〝蒼い狼〟に中華の地は喰らい尽くされる……筈だったんだよ。そこに待ったをかけたのがもう一つの聖杯を持っている陛下だ。いや正確に言や最初に一つだけだったところを、うちの陛下が別の特異点から殴り込みを駆けたんだがな」

 

『待ってくれ! 別の特異点だって!? そんなのカルデアスからは観測してないぞ!』

 

 宋江の発言が余程信じられないのか、ロマンが顔面を蒼白にして叫ぶ。

 

「そりゃそうだろうさ。なんてったってお宅らが観測してマスターを派遣するよりも早く、その特異点に召喚された陛下が所有者をぶっ殺して聖杯を確保しちまったんだからな」

 

 始皇帝が呼ばれた特異点がカルデアに浮かび上がったのは、丁度マシュ達が倫敦でニコラ・テスラや魔術王と戦っていた最も過酷だった時のこと。

 ロマンがそちらに気を取られて新たな特異点の出現に気付けなかったのは無理もないことだろう。あの時は他の事に気を回している余裕などありはしなかったのだから。

 しかし記憶には残らずとも一度でも特異点として浮上したのならば記録が残っているはず。その事に思い当たったマシュが言う。

 

「ドクター、カルデアスの履歴を!」

 

『もうやってるよ! …………本当だ。1189年の日本に極短期間だけ特異点が浮上した記録が残ってる……』

 

「ちっちばかし前のことなのに懐かしいねぇ。わりと大変だったんだぜ。とち狂った坊主が聖杯使って義経とその郎党を蘇らせててよぉ。

 魔術王としちゃ義経に兄殺しでもさせて人理崩壊させる算段だったんだろうが、よりにもよって『始皇帝』なんてもんが呼ばれっちまった時点で全部ご破算だ。

 強かったぜぇ、陛下は。百万の軍勢を率いる古今無双の六虎将。義経一党もこれにゃ敢え無く打ち首獄門。当時義経側だった俺様は一度ぶっ殺されてからの再召喚再契約って裏技で生き延びたがな」

 

「ちょっと待ってくれ! それじゃ始皇帝は魔術王の配下じゃなくて、ディルムッド達と同じ人理修復のために呼ばれたサーヴァントなのか!?」

 

「ハッ! だから前にも言ったろうが。『そんな野郎に仕えた覚えはねえ』ってな。人理焼却? ふざけんじゃねえよ。酒も女も子分も燃やしっちまった世界なんざ面白くねえだろうが。

 生き延びる為ならわりと何でもする俺だが、人理焼却なんて糞ふざけたことしやがる小便野郎に仕えるのだけは御免だね。だから天地が引っ繰り返っても有り得ねえが、陛下が魔術王に跪くことがありゃ俺も縁切りだよ」

 

「独力で聖杯を奪還して特異点を修復するなんて……なんていう規格外」

 

 特異点の修復はそう易々と成功できるものではない。多くの仲間の力を借りて、知恵を凝らして力を絞って漸く成し遂げられる偉業なのだ。

 その偉業をたった一人で成し遂げてしまった始皇帝に、マシュは戦慄を隠せない様子だった。

 

『けどそれなら始皇帝は自身が召喚された上での役目は終えている筈だ。なのにどうして新たな特異点に乗り込んだりしたんだ?』

 

 ロマンが当然の疑問を尋ねる。

 

「さぁな。俺は所詮陛下にとっちゃ駒の一つ。陛下の最終的目的まで知らされてねえよ。興味もなかったし。ただこれは勘だがな。きっと陛下の望みってのは、お前等カルデアの望みの先にあるんだろうよ」

 

「俺達の先……」

 

「クククククッ。話は尽きねえが残念ながら延命も流石に時間切れみてえだな」

 

 体が透けていき、存在感が希薄になっていく。

 元々達磨にされた時から霊核はボロボロで死んでいないのが不思議なほどだった。如何に術による延命があったとはいえ、ここまで保ったほうが不思議なくらいだろう。

 

「……公孫勝」

 

 劉邦の視線に公孫勝は黙って首を振る。如何に彼の技量をもってしてもこれ以上の延命は不可能だった。

 

「おぉ、小僧。気紛れに最後に一つだけアドバイスしてやる。青い感情で陛下に挑むのは止めておけ。ありゃ法家の権化、合理と数理の化身だ。愛やら友情やら義理人情だのじゃ『理屈』しかねえ始皇帝には絶対に勝てねえ。

 始皇帝を倒すものがあるとすりゃ、それは数字だ。始皇帝に関しちゃ番狂わせは起きねえ。1は1のまま0は0だ。じゃねえと矛盾するからな。もしも〝矛盾〟したならば、きっとそれが――――」

 

 最後に呟いた言葉は泡沫に消える。

 こうして最もカルデアに憎しみを植え付け、最も下種らしい振る舞いをした賊徒は消えていった。

 

 




 やっと宋江死んだ……


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第34節  始皇激怒

 時は劉邦軍がテセウス及び宋江の両将率いる秦軍を、見事に撃退した数刻前まで遡る。

 特異点発生前も後も変わらず大秦帝国の政治の中心であった宮殿は、凍てつく程の沈黙に包まれていた。

 玉座に座する始皇帝は眉間に皺を寄せ、常日頃の数百倍の硬度の鉄面皮を貼りつけている。群臣達も余りのことに始皇帝の顔色を伺うことすら忘れ絶句していた。

 彼等の視線が注がれているのは、裁きを待つ死刑囚のように始皇帝の眼前に跪く二人の将軍。その背には神妙にて沙汰を待つ傀儡将達もいたが、誰一人としてそちらに目を向ける者はいなかった。

 二将軍の出で立ちは正に敗軍の将というもので、実際その印象に誤りはない。二人は戦に敗北し、こうして始皇帝に事と次第を報告するために戻ってきたのである。

 これだけなら珍しくもない話であるが、その一人が秦国に知らぬ者なき名将・王翦だというのが二重の意味で最悪だった。

 

「同じ事を二度も聞くのは無駄だと知っているのだがな。サーヴァントとして老いと無縁の身となったというのに、どうにも朕は耳が遠くなったようだ。

 王翦将軍。もう一度だけ答えろ。今、なんと申した?」

 

 怒鳴っている訳ではない。息を荒げている訳でもない。だが始皇帝は静かに、そして確実に激怒していた。

 徹底した合理主義者の冷血漢の始皇帝だが、その本質は激情家である。絶対零度の氷塊に閉じ込められているだけで、心の奥底にはマグマよりも熱い感情が煮えたぎっている。この冷たい問いかけは、その一部が氷塊よりあふれ出たようなもの。

 絶対君主である始皇帝の怒りは、それだけで一国が滅びる原因にすらなりうる程のものだ。如何な気骨の士であろうと、これを浴びれば気絶は免れないだろう。

 だが始皇帝に跪く王翦もまた音に聞こえし英傑である。国を滅ぼした英雄が、今更国を滅ぼす怒りに慌てふためくことはなく、毅然とした表情で真っ直ぐと始皇帝に応えた。

 

「臣、陛下より六十万の兵を与えながらも、みすみすこれを失い、敗北したるは全て我が責によるところ。今は土塊の身といえど、この上は如何なる御裁きをも受ける覚悟でございまする」

 

 敗軍の将となったのが王翦だったのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 もしこれが他の者であれば始皇帝の激情は完全に爆発し、その怒りを沈むのに総大将とその三賊全員の血が必要だったことだろう。だがそうはならなかった。

 王翦が六虎将筆頭にして最高の名将たる所以は、なにも単純に戦に強いからではない。

 純粋なる武勇と破壊力であれば蒙武が上回るし、奇襲などの電撃戦では李信の方が強いだろう。

 王翦には蒙武の武勇も李信の疾さもない。だが王翦はとにかく負けないのだ。どのような戦いにおいても『確実に勝てる』という状況を作り出した上で、絶対に負けない戦い方をする。もしも王翦が負ける事があるとすれば、それは『確実に勝てる』という算段が出来ていないにも拘らず、強引に出陣させられた場合だけだ。

 今回のチンギス・ハンとの一戦は、始皇帝にとっても負けの許されない戦いであった。劉邦軍のような反乱軍の生き残り相手の戦とは訳が違うのである。

 故に王翦が勝つために必要とした要求は全て呑んだし、寧ろそれ以上の用意を整えてやった。なのに負けたのである。しかも総大将である王翦自らが出頭してくるほどの惨敗で。

 どうして負けたのか――――膨れ上がった疑問は怒りすら呑み込んで、始皇帝を落ち着かせた。

 

「敗因は?」

 

「……!」

 

「傀儡兵六十万、六虎将三人、対騎馬民族に特化したサーヴァントを三騎、指揮能力をもつサーヴァントがお前の隣にいる男含めて二騎、更にはキャスターとアサシンを二騎ずつ。

 全てだ……朕はお前の出した要求全てに応えたはずだ。これだけあれば『勝てる』というお前の言を信じて。これだけ膳立てを整えてやったというのに、よもやただ負けたなどとは言わぬな」

 

 相手が〝蒼い狼〟チンギス・ハンだったなどというのは言い訳にならない。少なくとも始皇帝はそんなことで納得はしない。

 敵がチンギス・ハンだろうとアレクサンドロス大王だろうとユリウス・カエサルだろうと、無敵の将軍・王翦が『勝てる』と言った戦力を与えたのだ。

 なのに負けたのである。であれば責任の所在を突き止めるより、敗因を聞き出す必要がある。

 

「……チンギス・ハンとの戦いは、一進一退なれど僅かに我が軍の優勢に進んでおりました。しかし戦いの最中に一人の騎兵が乱入してきたのです」

 

「サーヴァントか?」

 

「それは間違いなく。あれはサーヴァントだったよ。馬に乗っていたし、ライダーのサーヴァントだろうな」

 

 始皇帝の問いに応えたのは王翦ではなく、その隣にいた将だった。

 鎧の衣装は王翦と同じ中華系だが、体に秘めた魔力量は傀儡将の器では到底収まらない。

 物静かな佇まいでありながら、自然と発せられる龍の如き気迫は王翦どころか始皇帝にも劣らぬものがあった。

 始皇帝が聖杯を用いて呼びだしたサーヴァントの中でも、戦闘力・指揮能力の双方において特に優れた男である。これで主君に対しての忠実さがあれば外様(サーヴァント)でありながら大将軍に任じられた程の逸材なのだが、彼は令呪に縛られながらも忠義を誓うことを良しとはしなかったため、一時契約の客将という立場にいた。

 だからなのか始皇帝に対して特に畏まることもなく、群臣達の非難の目に晒されながらも憮然とした態度を崩す事はなかった。

 

「恐らくは聖杯のカウンターとして呼ばれたサーヴァントの一騎なのでしょう。あのライダーは戦場に現れるや否や我が軍と敵軍を無差別に攻撃していきました。

 我が軍もモンゴル軍もサーヴァントを向かわせ邪魔なライダーを排除しようと動いたのですが、奴は単独でその悉くを返り討ちに。

 このままでは不味いとモンゴル軍と一時休戦し、総力をもってライダーと当たったのですが、それでも倒せず。やがて公孫勝と思われるキャスターが、多数の神獣・神兵を率いてライダーの加勢に現れ………」

 

〝壊滅した〟

 

 王翦のその言葉は、無音の宮殿内に重々しく伝わっていった。

 

「公孫勝はその後、どうした?」

 

「傀儡兵の斥候に追わせましたが……見失いました」

 

 たった一人のサーヴァントによって秦軍とモンゴル軍双方が壊滅したなどと、常人であれば到底信じられる話ではない。突如として隕石が降ってきた、という法螺の方がまだ信憑性があるくらいだろう。

 けれどこの場にいる中で始皇帝だけは王翦の弁明を世迷言と切り捨てるつもりはなかった。

 何故ならば始皇帝本人が1189年の特異点で自ら実証しているからである。強力無比な一騎のサーヴァントは、万軍を凌駕しうると。

 極めて我の強く自尊心の強い始皇帝だが、英霊の座には自らに比する英霊がいる事は憎々しく思いながらも承知している。もしそんなサーヴァントが出現したのならば由々しき事態だ。

 

「それでそのライダーはどんなサーヴァントだった? 我が軍とモンゴル軍を壊滅せしめたということは、余程強力な宝具なり特殊能力を持っていたのだろう」

 

「…………陛下。それが」

 

「どうした? なにを躊躇している」

 

「いえ、それが………何も、使わなかったのです」

 

「なに?」

 

「あのライダーには万軍を焼き払う聖剣も、如何なる武器を跳ね返す不死身の肉体も何もなかった。奴にあったのは極まった武芸と人間として究極域に達した身体能力。それだけでした。

 ただそれだけ……そう、それだけに我が軍は成す術もなく滅ぼされたのです。悪夢のような光景でした。降りかかる対人、対軍宝具の悉くが純然たる力に捻じ伏せられていった。私の描いた戦略が、戦術が個人の武勇で引っ繰り返った。こうして命を拾った今でも信じられない。あれはなんだったのか」

 

「馬鹿を言うな――――!」

 

 サーヴァントの強さとは〝宝具〟の強さと言い換えてもいい。白兵戦や魔術戦などサーヴァントにとっては小手調べに過ぎず、宝具同士の激突こそが勝敗を分ける。

 中には英霊の技量に宝具が追い付いていないタイプもあるし、最底辺の格のサーヴァントには宝具すら持たぬ雑魚もいるだろう。しかし宝具や特殊能力を一切持たず、単純な武のみで英霊軍団を壊滅させるような化物など有り得ない。

 ただ始皇帝の冷静な部分は囁いていた。これは傀儡将である王翦から齎された情報。傀儡将が主である始皇帝に対して嘘を言う筈がない。ならばこの報告は紛れもない真実であるのだと。

 王翦から齎された衝撃の情報は、法家の権化たる始皇帝をもってして冷静さを取り戻すのに一分の時間を要した。

 

「…………一つ、この不才の身で分かったことがあります。あのライダーの武は正に神越。我が生涯に出逢った数々の豪傑もあれと比べれば木っ端。されどあの戦の流れを本能的に見抜く重瞳は、嘗て私が戦った項燕と同じものでした」

 

「!」

 

 二代目を継いだ愚帝によって凋落するより以前、まだ始皇帝が中華統一という偉業を成し遂げる更に前。宰相として李斯という傑物を置き、古今無双の六虎将を軍事の頂点とした秦は全盛にあった。

 その全盛期の秦軍を全滅せしめた男こそが項燕。秦における最後にして最大の宿敵である、大楚国に名を轟かせた鬼将である。

 モンゴル及び秦の両軍を単騎にて圧倒せしめ、項燕に通じる眼力を持つ。これだけの情報があればその真名は自然と察しがついた。

 

「――――敵は項羽か」

 

「恐らくは」

 

 史実において実際に秦を降伏させたのは劉邦だが、章邯率いる秦の主力を散々に打ち破り引導を渡したのは項羽だ。劉邦など例えるなら瀕死の虎に止めだけ刺したようなもの。仮に百人の劉邦がいても、一人の項羽がいなければ秦が滅びる事はなかっただろう。

 謂わば秦にとっては呼吸する大災厄にも等しい存在だ。サーヴァントとしての力量が埒外なのは勿論、秦を滅ぼしたという歴史的事実が始皇帝のような秦国出身のサーヴァントには毒として働く。そういう意味ではチンギス・ハンよりも相性の悪い天敵とすらいえるかもしれない。

 

「同時代を生きる〝項羽〟は特異点化の際に弾きだしたが、よもやサーヴァントとしての〝項羽〟までこの地に呼ばれているとはな。これが〝運命〟だと? 忌々しいぞ吐き気がする」

 

 自分が死んで直ぐの時代にレイシフトしたのが拙かったのか。1189年では予想外なほどスムーズに事が運んだ反動がきたのか、どうにも予定が狂ってばかりだ。

 思考を切り替える。魔術王麾下にあったチンギス・ハンがやられたことで、全体の戦略図は大きく変わった。

 これまではチンギス・ハン討伐に力を注いできたが、これから優先すべきは項羽の捜索及び抹殺。公孫勝の捕縛や劉邦軍の撃滅などは後で幾らでも出来る。

 

「ああ、しかしその前に雑事を一つ片付けておかねばな」

 

 直後。王翦の後ろに控えていた傀儡兵の一人に、無数の槍衾が突き刺さった。

 群臣達は元より王翦やその隣のサーヴァントすらが驚愕を露わに傀儡兵を見る。

 

「―――――――フフフ。賓客を迎えるにしては不作法じゃないか」

 

 傀儡兵――――の皮を被った〝何者か〟は、彼を突き刺していた傀儡兵達が呑み込まれるように消えた。

 渇いた拍手の音が反響する。皮を脱ぎ捨てた男は、如何な手品か天井を歩きながら始皇帝に歩み寄ってきた。

 

「だけど私の擬態を見抜いていたのは流石だ。いつから気付いた、と問うのは無粋だね。察するに最初から分かっていて放置していたんだろう?」

 

 男は天井から飛び降りると、音もなく地面に着地する。

 危ういながら否応なく惹きつけられる魔性の色気。蕩けた銀細工のような佇まい。妖しく艶やかな王気を放ちながら、瞳の奥には澄み切った蒼穹が広がっている。整った唇から微かに覗くのは、幾人もの生き血を啜った純白の牙だった。

 この男こそがチンギス・ハン。中華を犯せし者。〝蒼き狼〟と異名をとった魔人。彼のイスカンダルと唯一比肩する東の征服王だ。

 

「そこの王翦の指揮ぶりは史書を読み解いた以上。我が愛し子等とは比べるまでもないが、傀儡兵の仕組みも使い捨ての雑兵としては中々。ここに居並ぶ群臣達とて私を前にして逃げ出さないとは、中々肝が据わっている。実に……実に喰らい甲斐のある獲物だ。食欲が疼く。胃袋が渇く。こんなにも欲情したのは久方ぶりだ。

 なぁ。これは勧告というよりかは提案なのだがね。私の物にならないか? 君達の兵力を、能力を、勇気を――――私に捧げておくれ。その代わり私は君達に『幸福』を与えよう」

 

「朕の暗殺を企てた賊は多いが、我が前に立ちながら降伏せよなどと言う精神障害者は初めてだ」

 

「仏頂面するなよ。これは君の為でもあるんだ。人間というのは究極的には自分の幸福の為に生きる。そして『幸福』というのは領土を拡大したり、人間を支配したりすることじゃ決して得られない。握手をしよう。私の手をとれよ、嬴政。私がお前に幸せを教えてやる」

 

 始皇帝からの返答は降り注ぐ矢だった。

 

「無礼者が。その薄汚い唇で〝私〟の名を呼ぶとは。もはやその命が存在する事を許容できん。褒美だ。貴様は皇帝としてではなく、サーヴァントとして殺す」

 

「フフフ。私も死んだふりなんて無様を晒して項羽から逃げてきた身だ。薄汚いというのは否定せんよ」

 

 始皇帝が玉座から立ち上がると、亜空間より現れた白銀の甲冑が装備される。

 自らの提案を無碍にされたチンギス・ハンだったが、特に激昂した様子はなく、寧ろこれから自分が奪う事になる命の大きさに笑みさえ浮かべてみせた

 中華を支配した最初の皇帝。

 中華を凌辱した災厄の皇帝。

 ここに人類史に名だたる二帝が正面より激突した。

 




 更新遅れて申し訳ありません。諸事情あってあれやこれやと試行錯誤していて遅くなりました。
 さて、これから始皇帝VSチンギス・ハンになるわけですが、物語の流れとしてはこの戦い。ぶっちゃけあれです。FateルートにおけるアーチャーVSバーサーカーです。UBWルートの伏線のためキンクリして戦いの結果だけ描かれたあのイベントです。
 始皇帝のガチバトルは主人公とのラストバトルまでとっておきたいので、本来ならこの戦いもカットすべきところなのですが……………始皇帝VSチンギス・ハンを見たいという読者の方が多いと思われるので次話でやります。
 ただやはり物語の流れ的にはカットしたい話ですので、異例の事ですがもし始皇帝VSチンギス・ハンに特に興味を抱かれない方や、流れの本筋を重要視される方は、次々話でさくっと戦いの結果だけ書くので、次話は飛ばして見ないで下さい。
 唐突なお願いで申し訳ありませんが、出来ればご一考を。では。


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第35節  二帝血戦

 開幕を告げる鐘はなく、玉座から立ち上がった皇帝の無言の命令で〝戦争〟は始まった。

 そう、これは戦争であって戦闘ではない。サーヴァントが万軍に匹敵する単騎であるが故にではなく、始皇帝とチンギス・ハンの戦いは正しく戦争なのだ。

 まるで見えないゲートを通ってきたように無数の傀儡兵が出現。数はざっと五百。槍や弓で完全武装した傀儡兵は、全てを見下すように立つチンギス・ハンに襲い掛かる。

 それは先程の焼き直しだったが、一つ異なるのは傀儡兵の中に少なくない数の傀儡将が混ざっていたことだろう。完全なる無機物である傀儡兵と違い、擬似生命を与えられた傀儡将は我先にとチンギス・ハンへと迫り――――、

 

「触れるな、むさ苦しいぞ貴様等」

 

 腕の一薙ぎによって、悉くが砕き散らかされた。

 

「どうした贏政。大陸中から財宝を掻き集めた『陵墓』の底が、まさかこの程度じゃないだろう? さっさと本丸を晒せ。さもないと……都の人間老若男女全て食い散らかすぞ」

 

 中性的な色香を漂わせながら、チンギス・ハンは猛禽類めいた殺意を覗かせる。

 チンギス・ハンは本気だった。もしも始皇帝がこのまま『本気』を出し渋るようならば、その代償にこの咸陽はそこに住まう民草ごと地図から消失する事になるだろう。

 いや下手すればこの特異点に住まう全ての命だって喰らい尽くす。如何な反英雄だろうとやらぬ暴挙もチンギス・ハンならばやりかねない。なにせ彼の胃袋は底なしだ。

 

「……陛下。恐れながら申し上げます」

 

 静かに王翦が口を開く。

 互いに総大将だったため実際に剣を交えることこそなかったが、軍団同士で鎬を削った王翦は誰よりもチンギス・ハンの危険性を認識していた。

 如何に始皇帝とはいえ本気を出さずに倒せるような相手ではない。それ故に王翦は主君の不興を買う事を覚悟して、宝具の開帳を求めた。

 

「良い。あれは時間稼ぎの捨て石だ」

 

 徹底した合理主義者である始皇帝にとって、本来油断や慢心は程遠いものだ。

 チンギス・ハンとの戦争や劉邦の討滅戦において自ら親征しなかったのは、官を兼ねないという原則を守るためであって、別に敵を舐めていたからではない。

 しかしその枷は鎧を纏った瞬間に消えている。であればもはや始皇帝に力を出し惜しむ理由などありはしなかった。

 

「奪い犯すだけの獣、蒙昧なる蛮人。喰らえど喰らえど満足せぬ――――無限の欲望。貴様の在り方は我が帝国において最も罪深い。

 故に死ね。我が法において判決した。貴様は死罪、骨すら我が世には残しはせん」

 

 世界の理を歪ませるほどの圧倒的な自我。それが現実世界を呑み込み、始皇帝はチンギス・ハンを自らの〝夢〟へ引きずり込む。

 チンギス・ハンが次に目を開けると、景色は一変していた。

 紫炎の天下に聳えるのは巨万の富と人民の血によって築き上げられた巨大な陵墓。陵墓の頂点にある玉座の前には始皇帝が君臨し、隣には秦最高の名将・王翦が控える。そして陵墓を守護するのは漆黒の鎧を装備した百万の軍勢だ。

 

「これが秦始皇帝陵。噂に違わぬ絢爛ぶりだが無為の極みだ。人ば死ねば骨、骨壺としてコレは無駄が過ぎる。合理主義者であれば分からぬ筈のない答えだが……。フフフ、どうやら見た目通りじゃないらしい」

 

 ねっとりと挑発するように言うチンギス・ハンだが、一方で展開された陵墓の途轍もなさは認識していた。

 これは自身の心象で現実を塗り替える固有結界とは似て非なる、自身の心象を世界に付け足す大魔術。

 この世界は正しく始皇帝にとって『夢の世界』であり、全てが始皇帝を中心に廻る。もしもチンギス・ハンの宝具が固有結界の類であれば、夢に夢をぶつけて拮抗できたのだが、無い物ねだりは出来ない。

 

「黙れ。貴様に発言の権利はない。貴様に行動の権利はない。貴様に生きる権利はない。大人しく頭を垂れ、裁きを待て」

 

「断る、と言ったらどうする?」

 

「死ね」

 

 始皇帝が隣にいる王翦に視線を向ける。傀儡将の頂点であり六虎将筆頭たる王翦は始皇帝の無言の命令を察すると、腕をあげ全軍に号令した。

 途端に石造のように固まっていた傀儡兵達が一斉に動き出す。百万の軍勢が一糸乱れぬ行軍する様は芸術的ですらあり、用兵を僅かでも知る者であれば王翦の将器に戦慄することだろう。

 チンギス・ハンは前にも王翦の指揮ぶりを目の当たりにしたことがあるが、改めてその凄まじさを認識せざるを得なかった。

 万軍に匹敵するサーヴァントにとって雑兵百万など厄介であれ致命的脅威という訳ではない。しかし指揮をとるのが王翦ほどの名将となると話は変わってくる。王翦が自らの軍略を総動員して百万の軍勢を動かせば、大英雄すら殺す脅威と化けるだろう。

 

「誘いを断られたのは残念だ。そしてそれ以上に――――〝危険〟だな」

 

 己が生前戦った誰よりも強大な『皇帝』を前に、チンギス・ハンは笑みを消す。

 この百万の軍勢すら始皇帝にとっては己の力の一欠片に過ぎない。恐らくあの陵墓には大陸中から集めた神代の宝貝やら秘宝が腐るほど眠っているのだろう。噂に名高い英雄王の蔵と比べれば劣るだろうが、それでも十分に驚異的だ。

 念入りに殺すべき相手だ。遊んでいる余裕などありはしない。油断なく速やかに如何なる方法を用いても排除するべきだ。

 だが頭ではそう分かっているのに〝本能〟が疼くのだ。

 喰らえ、

 喰らえ、

 喰らえ、

 喰らえ、

 喰らい尽くせ。

 極上の獲物を骨すら残さず喰らい尽くせ。

 

〝喰らう〟

 

 チンギス・ハンの心臓より深い所に刻み込まれた魂の起源。暗黒の王道が鎌首をもたげた。

 そも然り。勝利の美酒も、女も、財宝も、国も、誇りも、魂すらも。より強大な相手から奪ったほうが快楽は深くなるのが道理というものだろう。

 故に――――、

 

「眠りから覚めろ、私の可愛い戦奴達。〝略奪(食事)〟の時間だ」

 

 チンギス・ハンという巨大な魂に溶けあっていた幾千もの魂。それが蒼き狼の呼びかけにより蠢き、溢れだした。

 発動された〝四頭の駿馬、四匹の狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)は始皇帝の兵馬俑と同じく己の軍勢を呼び出し戦わせる宝具だ。単騎にて天地と渡り合った神代の英雄と違い、一軍の将として戦場を馳せた英霊にとっては必須ともいえる能力といえよう。

 チンギス・ハンの号令により大陵墓へと流れだした軍勢は約数千。彼等は名前こそないものの、チンギス・ハン麾下にあって征服戦争を戦い抜いた歴戦の勇者たちである。

 

「さぁ、喰らえ」

 

『オオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーッッ!!』

 

 そして一方で彼等は飢えた獣である。生粋の遊牧の民である彼等にとって〝略奪〟とは生きる糧であり娯楽であり……日常だ。

 チンギス・ハンと同じく彼等は始皇帝という極上の獲物を前に、嘗てないほど奮起して猛然と突撃する。当然の如く傀儡兵がそれを許すはずもなく、騎兵達の行く手を遮った。

 傀儡兵総兵力百万に対して、チンギス・ハンから溢れ出た騎兵の総数は二千未満。本来いるべき四駿四狗も戦列には存在しない。チンギス・ハンを除いたモンゴルの一騎当千の英傑達は、既に覇王と入雲竜によって失われてしまった。

 純然な兵力では比べるまでもなく始皇帝優位である。そして将の力量でも始皇帝が優位だ。

 西の征服王が人類史上随一の戦術家ということで勘違いされやすいが、チンギス・ハンが秀でているのは『戦略』であり『戦術』は然程飛びぬけている訳ではない。戦略では王翦は愚か始皇帝すら凌駕するだろうが、こと戦術指揮官としての能力は王翦に及ばないだろう。

 しかしモンゴル騎兵軍が始皇帝の傀儡兵に勝る点が一つだけあった。

 

「むぅ……いつみても見事な」

 

 感嘆の吐息を漏らしたのは王翦。

 王翦の視線の先でモンゴル騎兵達は揺れる馬上を物ともせず平然と強弓を引くと、次々に傀儡兵達を射貫いていった。恐怖知らずの傀儡兵は射貫かれながらも致命傷でさえなければ突撃を続けるが、そういう連中は荒れ狂う馬蹄によって容赦なく踏み砕かれた。

 馬上で弓を引くというのは想像を遥かに超えて難しい。馬を乗りこなす事さえ訓練が要るのだ。そこから更に弓を射て敵兵に命中させるなど、もはや一つの絶技と言い換えてもいいだろう。秦人でこれが出来るのは極一部の将だけだ。

 しかしモンゴル騎兵達遊牧民族にとって、乗馬というのは生活の一部であり、馬を手足のように操るなど訳のないことである。

 秦軍の兵士は本当にただの『兵隊』でしかないが、モンゴル軍の兵は一人一人が人馬一体の馬術をこなす勇者なのだ。

 一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れは、一頭の狼に率いられた羊の群れに敗れるとはナポレオン・ボナパルトの言葉であるが、モンゴル軍は謂わば一頭の蒼い大狼(ヴェアヴォルフ)に率いられた狼の軍勢だ。その破壊力は他の追随を許さない。

 もしあの騎兵軍団と互角の戦術で張り合える者がいるとすれば、恐らくはアレキサンダー大王かボナパルトくらいだろう。

 

「敵を褒めている暇があるのか」

 

「陛下?」

 

「あれを見よ」

 

 始皇帝の指さした方向へ王翦が視線を向ければ、丁度傀儡将の一体がモンゴル騎兵に討ち取られているところだった。

 そこまでなら別におかしな光景ではない。だが異常は次の瞬間に現れた。

 

「……ゥェア………オオ……」

 

 核を破壊され倒れた傀儡将が一向に土塊へ戻らない。それどころか屍人(グール)めいた低い唸り声をあげながら立ち上がる。

 秦国の将たる黒い鎧が剥がれ落ちて、代わりにモンゴル騎兵が纏う軽装となり、顔や体格もモンゴル騎兵のそれへ塗り替わってしまっていた。

 そして傀儡将だったモンゴル騎兵は雄叫びをあげながら戦列に加わっていく。チンギス・ハン麾下の勇者の一人として。

 

「これは、まさかチンギス・ハンの宝具は殺した相手を己の部下として取り込むというのですか……」

 

「違う。取り込んでいるのではない。奪い喰らった〝命〟を餌にして、己の魂にへばり付いている雑魂を上書きしているのだ。

 大方チンギス・ハンが独力で呼び出せる騎兵の総数はそう多くはないのだろう。項羽との戦いで消耗している事を加味したとしても、万全だったところで一万も呼び出せまい」

 

 だがそんなことはチンギス・ハンにとって問題にならないのだ。一万という元手さえあれば、そこから周りの命や死体を喰らうことで幾らでも数を増やす事が出来るのだから。

 王翦は始皇帝の横顔を見ると、傀儡将ではなく一人の人間の魂として心中で感謝する。もしも始皇帝がこの特異点に現れる事がなければ、カルデアがレイシフトする頃にはこの大陸はチンギス・ハンの戦奴で埋め尽くされ、もはや手遅れになっていたことだろう。

 

「凄まじい宝具です。彼の大王と並ぶ征服王は伊達ではないということですな。が、そういうことなら対処は容易」

 

 王翦は傀儡将を後方での指揮に徹しさせ、最前線中の最前線を傀儡兵だけで固める。

 チンギス・ハンの『四頭の駿馬、四匹の狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)』は命や死体を喰らうことで数をネズミ算式に増やしていく。しかし擬似生命を与えられている傀儡将とは異なり、傀儡兵はただの無機物だ。幾ら連中が傀儡兵を倒そうと、戦奴に上書きすることは出来ない。

 こうして傀儡兵でひたすら消耗戦を強いていけば、やがて圧倒的物量差でチンギス・ハンの手駒を削り取ることができるだろう。だが、

 

「フフフフフフ」

 

「――――っ!」

 

 自軍が不利なことくらい気付かぬ筈がないというのに、チンギス・ハンは依然として余裕のまま。蠱惑的な笑みさえ浮かべながら、こちらを手招きさえしていた。

 安い挑発には違いない。しかし唯一絶対たる〝皇帝〟を挑発するなど、安かろうと高かろうと三賊皆殺しにしても飽き足らぬ大罪である。

 チンギス・ハンの誘いは、始皇帝の激情家としての本質を刺激するに十分すぎた。

 

「王翦」

 

「はっ!」

 

「そのままモンゴルの狗コロ共を閉じ込めておけ」

 

「……――御意」

 

 始皇帝の怒りに反応して、陵墓に眠る〝モノ〟が稼働を始める。

 余りにも巨大過ぎる体積が内部で蠢いたことで、陵墓のみならずこの世界全体に地響きが発生した。

 

「王翦、知っているか? 我が死後、無知蒙昧共は水害は皇帝の不徳によって起きると信じたそうだ」

 

「然様ですか」

 

「だが私は違う。始まりにして唯一皇帝たる〝朕〟にとって森羅万象は我が意のままに動けば良い。起こすも鎮めるも我が心次第よ」

 

 瞬間、陵墓より黄河を思わせる濁流が吐き出された。

 始皇帝が眠る地下宮殿には人口の星々が天蓋を照らし、不死の妙薬たる水銀が溶け込んだ海が広がるという。

 この世界は隅々に至るまでが始皇帝の夢だ。故に星々や大会すらが始皇帝の思うが儘に動き、操ることが可能だ。そういう法則がまかり通ってしまう。

 

「王翦、狗コロ共を逃すなよ」

 

「御意。……捨て駒にしても心を痛めずに済むのが、傀儡兵の利点ですな」

 

「下らん。どちらでも同じことだ」

 

 地面を割りながら濁流はチンギス・ハンとその軍勢に向かって押し寄せていく。その過程で何千何万もの傀儡兵が巻き添えになったが始皇帝は気にも留めない。

 人間同士の戦争においては無類の強さを発揮するモンゴル騎兵も、相手が天災そのものではどうしようもなかった。チンギス・ハン含めて悉くが激流に呑み込まれていく。

 両腕を動かし濁流を操る姿は、まるでオーケストラの指揮者のようであった。

 

「――――潰れろ」

 

 始皇帝が右腕を握りしめる。

 それを合図にモンゴル騎兵を呑み込んだ濁流が内側に猛烈な勢いで閉じた。どんな鋼鉄すらジャンクに変える圧倒的水圧に、濁流に呑まれた騎兵は成す術なく全滅する。

 唯一人を除けば、だが。

 

「――――っ!」

 

 握りしめた手が小刻みに震える。世界そのものの圧力に、たった一人で抗う強靭な魂があった。

 瞬間。濁流が割れ、中より蒼影が飛び出してくる。

 

「今の愛し子等ではここまでが限界か。だが十分よ、ここまで引き出せば底にも予測がつく」

 

「おのれが! 耐えろと命じた覚えはないぞ、狼が!」

 

 宙に浮かぶ巨大な水球が形を変え、無数の蛇となって腹より逃れたチンギス・ハンへ殺到する。

 水蛇による全方向からの同時攻撃。それをチンギス・ハンは曲芸めいた動きで軽々と回避していった。傀儡兵も包囲しながら迫るが、チンギス・ハンが爪を振り下ろすと、まるで竜巻に巻き込まれたように消し飛ぶ。

 

「さて、政。私は勧誘も勧告も一度きりなんだが、君の想像を絶する財宝を惜しむ故に例外的だが二度言おう。私の物となり、その力を私に捧げろ。

 統一も法家も法治主義も総じて下らん。人類社会とは時に自らの愚かさから目をそむけるため、そういった思想を考えては悦に浸るが、私からすれば全てが茶番に等しい。

 社会とはもっと単純で下らないものだ。奪い、喰らうことこそ人の性、人の快楽、人の喜び。俗なる物こそが真理よ。我が手をとれ、政」

 

「黙れ」

 

「つれない男だ。だが――――」

 

 瞬間。チンギス・ハンの総身を覆うオーラが変わる。始皇帝という男の力量を確かめるための虚仮脅しの殺意から、その命を根こそぎ奪い殺さんとする鬼気へと。

 

「まずは勘違いを正せ。私がお前に挑むのではない。お前がこの私に挑むのだ。たかが中華一つを支配したに過ぎぬ小さき王よ」

 

 チンギス・ハンが征服した国土は彼のイスカンダルの倍近く。支配領域においてチンギス・ハンに並び立つ英雄は人類史に一人たりとも存在しない。そんな偉大なる帝王は腕を広げ、地獄に君臨する魔王のように始皇帝を挑発した。

 

「戯言を」

 

 支配面積の大きさは英雄の格を測る指標の一つではあるが、何もそれが全てではない。確かにチンギス・ハンは征服領域において随一だが、全ての英霊達の頂点に君臨するのは彼ではなく別の英霊である。

 そもそも中華の長い歴史において始皇帝を超える国土を支配した皇帝など、彼の死後には数多く存在するのだ。だが彼等全員が始皇帝を超える英霊かと言えばNOである。

 チンギス・ハンと始皇帝がどちらが上か下かなどは見方によって幾らでも変わるし、チンギス・ハンも本心から始皇帝を中華一つを支配したに過ぎない帝王と侮っている訳ではないだろう。これは単なる挑発だ。

 そう、挑発。

 始皇帝もそんなことは重々承知している。しかし始皇帝の強烈な自尊心と自我は、そういった挑発すら徹底して潰さないと気が済まない。

 六国を滅ぼし、中華の財の悉くを収集した始皇(至高)の陵墓。

 人類の叡智全てを貯蔵する英雄王の蔵という特級の例外さえ除けば、財の総量は人類史随一。その中には仙界の秘蔵秘匿の宝貝すら眠っている。

 始皇帝が己の陵墓より取り出したるは、仙界の鉄によって鍛えられた巨大な手裏剣。

 本来宝貝とは仙人が作り出した仙人のための武具であり、例え英霊であろうと仙人以外には決して扱えない代物だ。それは生前仙人になろうとして失敗した始皇帝も同様である。

 だがこの宝具〝秦始皇陵墓〟においては例外が適用される。

 ここは始皇帝の願望を実現する、始皇帝の夢の世界。故にこの世界においては始皇帝の夢が、全て現実として実現してしまう。当然ながら『仙人になりたい』という強固な渇欲もまた、この夢幻世界においては現実として具象するのだ。

 

「集え灼雷、万象焼き払う焔となって。征け、火竜鏢(かりゅうひょう)――――ッ!」

 

 真名解放。始皇帝の投げた手裏剣は、火竜の息吹を撒き散らかしながら目標へかっ飛んでいった。

 空間を巻き込んで猛る業炎の大車輪――――質量と規模こそ水銀の海の方が上だったが、貫通力と一点の破壊力において火竜鏢はそれを遥かに上回る。直撃すれば並みのサーヴァントなら、否、上級サーヴァントでも即死は免れないだろう。戦略眼に優れるチンギス・ハンは即座に火竜鏢の危険性を理解すると、水銀の海のように受けるのを待たず、早々に回避を選択した。

 蒼き狼の血を宿すチンギス・ハンの跳躍は雷光とも見間違わんばかりのもの。マッハ10で飛来してきた火竜鏢を紙一重で躱すが、

 

「なに!?」

 

 ここにきて初めてチンギス・ハンの面貌に驚愕が浮かび上がった。

 マッハ10、時速にして12240㎞/hで飛来した火竜鏢が、まったく減速せず直角に曲がり躱したチンギス・ハンを追尾してきたのである。

 

「火竜鏢、狙った獲物は決して逃がさぬ百発百中の宝貝。回避の術はない」

 

「――――っ!」

 

 死刑宣告のように始皇帝が言ったのと、火竜鏢がチンギス・ハンに命中したのはまったくの同時だった。

 マッハ10の物理破壊力と鋼すら溶かす炎熱による同時滅殺。人間を殺すには過剰過ぎる火力には、如何な大英雄といえど耐え切るなど不可能である。

 

『―――――――恐れ入ったよ、これが仙界の宝貝というものか』

 

「なに!?」

 

 だからこそ爆煙の中よりチンギス・ハンの声が響いてきた時、始皇帝は先程の彼とまったく同じ反応をすることになった。

 

『私の生まれた時代は、宝貝だの仙術だのの類は悉くが地下に潜るか天に追放されるかしていて碌に残っていなかった。こうして直に受けて確信したよ。なるほど馬鹿げている。こんなものが飛び交う戦場では、馬や弓なんぞ耄碌しきった婆並みに役に立つまい』

 

「……なにをした? 何故生きている」

 

 これが不死の逸話をもつサーヴァントであれば、火竜鏢の直撃に耐えた事も分かる。座に登録された数多の英霊の中には、宝貝による一撃すらビクともしない怪物だっているのかもしれないのだから。

 しかしチンギス・ハンは神話伝説由来の英霊ではなく、史実に刻まれた〝人〟の英霊。宝貝の直撃を喰らって生き延びれる道理がないのだ。

 

『フフフ。〝底〟を晒したな、政。もう分かった、そろそろこの戦争というお遊戯も終わりにするとしよう』

 

「お遊戯、だと?」

 

 チンギス・ハンの嘲りに反応したのは始皇帝ではなく、隣に控えた王翦だった。

 

『その通り、お遊戯――――遊戯(ゲーム)だよ。神からすれば、我々の軍略も兵法も気紛れ一つで叩き潰せる盤上の遊戯(チェスゲーム)に過ぎん』

 

「貴様がそれを言うのか、チンギス・ハン」

 

『私だから言えるのさ』

 

 地獄の底から響いてきたような冷めた声に王翦は戦慄する。

 爆煙の中で僅かに輝いた赤い光。アレは人間のものではなくなっていた。

 

『数千数万に張り巡らせた戦術戦略なんぞ〝一つの天災〟によって万象崩れ去る運命。泣け、震え、喚け、慄け――――――そして知れ』

 

 

――――――〝蒼き狼(イェケ・モンゴル・ウルス)

 

 

 最初に夢幻世界に轟いたのは、黄昏を震わす狼の咆哮だった。

 世界が軋む。途轍もない規模の現象が〝誕生〟したことで、この空間そのものが悲鳴をあげていた。

 

「ヌゥ、ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ! この……っ! なにを……ッ!」

 

 この夢幻(せかい)が終わって、もし生まれたモノが解き放たれれば現実(せかい)が終わる。そう人間としての本能が直感した始皇帝は、皇帝らしい威厳などかなぐり捨てて必死に自らの夢を維持した。

 元朝秘史に曰く、上天より命ありて生まれたる蒼き狼ありき。

 其れはモンゴル人全ての祖。

 其れは誇り高きトーテム。

 其れはチンギス・ハン。

 其れは蒼き狼。

 人類史を犯せしは、勇壮なりしモンゴル帝国(イェケ・モンゴル・ウルス)

 

「――――っ」

 

 爆煙が晴れ先ず目についたのは、蒼い体毛に覆われた巨大な前足。そして視線は胴体から頭部へ、更にはその全貌へ。

 其れは狼だった。空のように美しい蒼い体毛をもつ蒼き狼。血のように赤い双眸は、それが神の血を宿した神獣(トーテム)である証だった。

 

「これが貴様か」

 

『そうだとも、これが私だ』

 

 身に宿る神霊の血を媒介にした神代回帰。人間から神獣へと神化。蒼き狼と同一視され、また自ら神として崇められているが故に登録された規格外宝具だ。

 宝貝が通用しなかったのも当たり前というものだ。

 ここにいるのは蒼き狼。存在そのものが権能に等しい神霊である。人狼(ルー・ガルー)は愚か神狼(ヴァナルガンド)をも上回りかねない神威に、一介の宝貝が通じる筈がない。

 神を傷つける事が出来るのは、それを殺すためのモノか、または同じ神か、或は星だけだろう。

 

『さあ、お前の血肉を貪らせろ――――政ッ!!』

 

 蒼き狼(チンギス・ハン)の疾走はもはや完全に音を、人智を置き去りにしていた。ただ走る、それだけで周囲の空間と環境を蹂躙し吹き飛ばしていく。

 傀儡兵が大量の鎖を投げつけて蒼き狼を拘束しようとするが、人造による人を捕えるための鎖で神狼を捕えられる筈がない。蒼き狼が疾走の際に出す風圧によって、鎖はその肌に触れることも出来ずに吹き飛んでいった。

 攻撃力と防御力もそうだが、蒼き狼はスピードが凄まじい。まずあの速度を潰さない限り、攻撃を当てることすら至難だ。

 始皇帝は陵墓に納められた捕縛用宝具と宝貝を全て投入して蒼き狼を捕えようとする。

 

『言っただろう? お遊戯は御終いだ』

 

 時に躱し、時に弾き、時に破壊する。

 自分に迫る百以上もの宝具宝貝の雨を、蒼き狼はこともなげに対処していった。

 始皇帝は歯噛みする。もしも蒼き狼が考えなしの狂戦士(バーサーカー)や猛獣の類ならば対処法はまだ幾らでもあっただろう。だが蒼き狼は天災そのものの力を振るいながら、チンギス・ハンという世界史有数の天才の頭脳を持っているのだ。

 天才と天災の融合。例えるならば人間の知能をもったハリケーンだ。

 なるほど戦術戦略がお遊戯と豪語するのも頷ける話である。これほど出鱈目な力の前では、軍隊という1の積み重ねを効率よく動かす軍略なんぞ何の意味も持たないだろう。

 

「王翦、下がっていろ」

 

「陛下! 危険です、どうか御下がりを。ここは――――」

 

「私に任せろ、などと言うまいな。ここではお前は役に立たん。お前こそ下がっていろ」

 

 始皇帝は『使えない』と判断した者に対しては、極端なほどに冷酷だった。それは建国の大功臣である王翦とて例外ではない。

 

「…………仰せのままに」

 

 そんな始皇帝の性根を知り尽くしている王翦は、文句一つ零さず引き下がる。もしもここで王翦が文句を言っていたら、始皇帝は傀儡将の身だろうと構わず死の制裁を下していただろう。

 王翦を下がらせた始皇帝は、縦横無尽に夢幻世界を駆け回る狡猾なる悪狼を真っ直ぐ睥睨する。

 

「〝底〟を晒しただと? 私の宝具がこの陵墓(世界)だけだと都合の良い夢想を信じたのだとすれば貴様の底が浅いわ」

 

 始まりの皇帝であるが故に始皇帝。そして始まりを行うが故の始皇帝だ。

 秦始皇帝陵は始皇帝を象徴する宝具(史実)ではあるが、高位の英霊が複数の宝具を持つように、始皇帝もまた複数の宝具(業績)を持つ。

 其れは偉大なる帝国を、野蛮なる異民族から守るための防壁。七雄が建造し、始皇帝によって繋がれ――――そして現代にまで残った普遍的遺産。

 

「遥か彼方まで聳えよ、万里の長城(ディー・ヒネーズィッシェ・マオアー)」」

 

 真名解放。始皇帝にとって陵墓に匹敵するほど有名な逸話がここに顕現する。

 宝具〝万里の長城〟はその名が示す通り攻撃のためのものではなく防御のための結界宝具。異民族(特に騎馬民族)に対して防御力が激増するという特性をもつ始皇帝が誇る楯である。

 だが人智の及ばぬ蒼き狼を相手にした、始皇帝の長城の使い方も人智の及ばぬものだった。

 出現した長城が蛇のように伸びて、蒼き狼の巨大な胴体に巻き付いていく。

 

『――――――ッ!?』

 

 蒼き狼が苦悶の呻きを漏らす。正真正銘の〝神〟である蒼き狼にや如何な長城の圧倒的質量といえど、一切ダメージは届くことはない。だというのに苦悶したのだ。

 そのトリックは始皇帝のスキルにある。

 

〝皇帝特権〟

 

 皇帝またはそれに類する地位に至ったものだけが保有できるこのスキルは、どんなスキルであろうと本人が望めば一時的に獲得できるという極めて強力なものだ。

 始まりの皇帝である始皇帝は当然の如くこのスキルを保持し、しかもそのランクは規格外のEX。これによって一時的に〝神殺し〟のスキルを獲得し、蒼き狼を傷つける権利を得ているのだ。

 

『―――――――ウゥ、ガァ』

 

 チンギス・ハンもまた皇帝特権によって、始皇帝の〝神殺し〟を相殺させようとする。

 だが届かない。神秘はより強い神秘によって破られるが運命(さだめ)。始まりの皇帝である始皇帝は、いうなれば〝皇帝〟という概念の原典(オリジナル)である。

 派生品が原典を凌駕することはない。チンギス・ハンの皇帝特権も評価規格外のEXだが、皇帝のオリジナルである始皇帝には届かないのだ。

 

「狼の棺桶にするには国費が惜しいな。が、貴様には特例を認めてやる」

 

 長城という縄で動きを拘束されていた蒼き狼へ追い打ちをかけるように、水銀の海が長城ごと蒼き狼を覆い尽くした。

 それでも足りぬとばかりに百万の傀儡兵を元の土塊へ戻すと、土塊が水銀の海を更に覆うように固まっていった。

 万里の長城、水銀の海、土塊。三重の大圧力による圧殺。世界そのものが蒼き狼という一つの生命を完膚なきに殺そうと全霊を尽くしていた。

 しかし――――――

 

『――――――――――――ォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!』

 

「まだ動く、だと……?」

 

 太陽すら怯ませる遠吠えが響き渡る。ブラックホールの中心のような超重力に圧し潰されながら、蒼き狼は死んではいなかった。

 三重の圧力を自らの力だけで押し返し、這い出てこようとしている。

 追い詰めた者と、追い詰められた者。その立場が逆転した。

 この超圧力は比喩ぬきでこの世界の全霊を注いだものである。土塊を傀儡兵に再構築するのにも時間がかかるし、蒼き狼を捕えられたのは『万里の長城』という奥の手を知らなかったが故に不意を付けたからで二度目はない。万全の状態ならいざ知れず、この戦いでかなり消耗した始皇帝では、圧力から逃れた蒼き狼をもう一度捕まえるのは限りなく不可能に近いのだ。

 つまり蒼き狼が三重の圧力を喰い破った時、始皇帝の敗北は揺るがぬ運命として確定する。

 土塊に罅が入り、水銀の海より赤い眼光が輝いた。

 限界が近い。このまま踏ん張ったところで敗北の運命を長引かせるだけにしかならないだろう。

 この窮地を脱する方法はただ一つ。神霊をも殺す究極至高の一矢をもって、蒼き狼を一撃のもとに滅ぼし尽くすことのみ。

 生憎と始皇帝はそんな宝具は現実に保有していない。現実的にそんな策は実行不可能だ。――――そう、現実世界においては。

 

「…………止むを得ん。魔術王との決戦まで晒すまいと決めてはいたが」

 

 ここに始皇帝は正真正銘最後の鬼札(ジョーカー)を切る覚悟を決めた。

 魔術王ソロモンの『千里眼』は過去・現在・未来まで見通す。果たしてこの夢幻世界まで視ているかは分からないが、細心の注意を払って出来れば温存しておきたかったとっておき。しかしここで鬼札を切らなければ、敗北は必至。そうなっては元も子もない。

 始皇帝の手に弓矢が出現する。それは陵墓に貯蔵された宝具神宝と比べれば貧相にすら映る、現実世界では魚一匹殺すのがやっとの雑多品でしかない。だが、

 

「■■■■■、■■■■■」

 

 解放された宝具は、一矢にて神霊の命を終わらせた。

 




【元ネタ】元朝秘史
【CLASS】ライダー
【マスター】???
【真名】チンギス・ハン
【性別】男性
【身長・体重】184cm・70kg
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力A(C) 耐久B(D) 敏捷A+(C) 魔力A 幸運B 宝具A++
【クラス別スキル】

対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:A+
 騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。

【固有スキル】

戦略:B
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦略的直感力。
 自らの対軍宝具や対国宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具、対国宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。

カリスマ:A-
 軍団を指揮する天性の才能。
 団体戦闘において、自軍の能力を向上させるが、自身の敵と属性が〝善〟の者からは激しい嫌悪感を持たれ易い。
 反面属性が〝悪〟の者に対しては効果が増加する。

皇帝特権:EX
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
 ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら獲得できる。

神性:A(C)
 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
 太祖として狼神と鹿神をもち、故国では自身も神として信仰を集めている。
 チンギス・ハンのランクは本来Cであるが、宝具を限定解放しているためランクが上昇している。

【宝具】

四頭の駿馬、四匹の狗(ドルベン・クルウド・ドルベン・ノガス)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:1~60
最大捕捉:300人
 ライダーの〝心象〟によって構築された生前の配下の生霊を、生命もしくは屍体に憑依させることで〝屍人兵〟として使役する。
 人狼の王による殺戮の輪廻転生。屍人兵によって殺された者も輪廻に取り込まれ、屍人兵と化す。
 ただしチンギス・ハンに匹敵、或は凌駕する魂を持つ存在を屍人とすることは出来ない。
 チンギス・ハンに流れる〝神霊の血〟を餌にして屍人兵を呼び出すことも出来るが、その際は宝具〝蒼き狼〟を完全解放出来なくなる。

蒼き狼(イェケ・モンゴル・ウルス)
ランク:EX
種別:対国宝具
レンジ:―
最大捕捉:1人
 〝四頭の駿馬、四匹の狗〟を封じることで発動できるライダーの切り札。
 ライダーの肉体に流れる神霊の血を、彼自身が獲得した神性と信仰により増幅。
 モンゴル人の祖とされる神獣〝蒼き狼〟の姿へと変成する。
 人智の及ばぬ暴威は天災にも等しい。
 現界している場所が神代の息吹きが残る紀元前のため、現代では不可能の〝権能〟を発揮することができる。
 またライダーはこの宝具を常に限定解放しており、そのため一分パラメーターと神性スキルが跳ねあがっている。


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第36節  サクリファイス

 鬼札(ジョーカー)を切ったことで威容を誇った『秦始皇帝陵』は消え、夢幻に取り込まれた者は現実へ帰還する。

 宮殿に現れたのは始皇帝、王翦。そして胴体が消し飛び、頭だけがどうにか残った蒼狼の死体。

 人類史上最大の征服面積を誇る大帝というのは伊達ではない。自らに並び立つ者などいない唯我独尊の始皇帝だったが、チンギス・ハンがその実力において己に匹敵したことは認めざるを得ない事実だった。

 疲労困憊。魔力体力を絞り切った始皇帝は、力なく床に膝をつける。

 初めて目にする光景に夢幻に取り込まれなかった群臣達はざわめくが、そのことに一々叱責する余力のないほどに始皇帝は消耗しきっていた。

 故に仕留めたとはずの蒼狼の死体が微かに動いたことに、始皇帝は気付くことができなかった。

 

「陛下ッ!」

 

「――――っ!」

 

 最初にそれに気付いた王翦が声を張り上げ、漸く始皇帝も異変を悟る。

 だがもう遅い。チンギス・ハンの命は消えども邪念は消えず。それに突き動かされて蒼き狼の頭が跳ねるように飛び、あの世への道連れにせんと始皇帝に喰らいかかってきた。

 

「おの、れ……おのれぇ! 往生際の悪い狼がッ!」

 

 精根尽き果てた始皇帝に蒼き狼の牙より逃れる術などありはしない。

 夢幻世界であれば始皇帝の夢である〝不死〟の護りがあったが、現実世界において始皇帝の肉体はただの人のそれである。神の牙が突き刺されば即死は免れない。それでも負けず劣らず往生際の悪い始皇帝は、血走った眼で剣を抜き放ち、額目掛けて投げつけた。

 無駄としか思えない始皇帝の足掻き。だがその生への執念が運命(さだめ)を覆したか、逃れようのない死の淵より始皇帝は突き飛ばされた。

 

「な、に?」

 

 体が壁へ叩き付けられる数瞬、始皇帝は見た。自分を庇うように突き飛ばした王翦が微かに笑っていたのを。

 

「龍体への御無礼、御許しを」

 

 王翦の体が蒼き狼に呑み込まれる。蒼き狼の牙は土塊に宿った魂すら噛み砕き――――そこで限界が訪れ、蒼き狼は今度こそ光の粒子となって完全消滅した。

 

「へ、陛下! ご無事ですか!」

 

 群臣が慌てて駆け寄ってくるが、始皇帝の耳には入らない。始皇帝の思考回路を埋め尽くしているのは、ひたすらの疑問だった。

 

「…………何故だ。何故だ解せんぞどうなっている。傀儡将である王翦が朕を守るのは当然。そういう絡繰りになっている。だがどうして笑う。笑う必要がどこにあった」

 

 傀儡将としての役目通りに始皇帝を守るため動いたのであれば、その表情に浮かび上がるのは作業をするように淡々としたもののはず。断じて笑みなどではない。

 王翦の人柄を知り人間感情の機微に敏い者がいれば、その疑問にはあっさりと答えたことだろう。最期の笑みはなんだかんだで幾度となく人類史を救ってくれた恩人であり、自らの名前を人類史に刻む切っ掛けを与えてくれた主君に恩返しを出来た充足感によるものだと。

 だが始皇帝は気付かない、いや気付けない。人間として極まった頭脳を持ちながら、始皇帝は感情の機微については子供より無知なのだ。故に答えは出ず、気持ち悪い疑問だけが頭に残る。

 

「……おい、■■■」

 

 不快感を振り払うと、始皇帝はあたふたとする群臣の中で一人憮然と佇む客将へ声をかけた。

 

「なんだい。言っとくが俺はチンギス・ハンを殺すまでって契約で客将になったんだ。そのチンギス・ハンも死んだことだし、さっさと令呪で自害を命じるなりしな。なんなら勝手に首掻っ切ろうか」

 

「雇い主に獲物を仕留めさせておいて、自分の手柄気取りとは滑稽だ。こんな様ではお前の手下共の程度も知れるというものだ」

 

「……痛いところをつくね。俺は兎も角、同朋まで貶されたんじゃ無視もできん。分かった、一度だけだ。あと一度だけ仕事をする。それで今度こそ終わりにしてくれよ。それで俺は何をすればいい?」

 

「函谷関の蒙武に合流しろ」

 

「そういやまだあの御仁が残っていたか」

 

 秦国六虎将筆頭にして最優の将は王翦だが、純粋な武勇において最強なのは蒙武だ。

 六虎将の殆どを出征させた始皇帝だったが、万が一のために蒙武だけは拠点の守りに残しておいたのである。

 

「劉邦軍に公孫勝が加わったことで戦いの前提が変わった。もし奴等の中にそのことに気付ける者が一人でもいれば、先ず間違いなく感陽へ進軍してくるだろう。

 お前は蒙武と共に一分一秒でも長く劉邦を足止めしろ。朕が快復する時間を稼ぐために身を挺せ」

 

「秦国最強の蒙武将軍に、カルナやテセウスなんて大英雄もいれば劉邦軍だけなら十分やれないことはないと思うがね」

 

「カルナとテセウスの二人は感陽まで引き上げさせる。戦うのはお前と蒙武の二人だけだ」

 

「なるほど、項羽対策か」

 

 チンギス・ハンが『聖杯』を所持していなかったことを鑑みて、現在この特異点の聖杯は項羽が所持している可能性が高い。そしてチンギス・ハンから聖杯を奪った項羽が次に狙うのは、先ず間違いなく始皇帝だ。

 カルデアと連合している劉邦軍もまた始皇帝の首級を狙っている。こちらには項羽ほどずば抜けた単騎はいないものの、かなりの数のサーヴァントが集まっていて侮れる敵ではない。

 項羽と劉邦。史実において秦国を滅ぼした両雄が、まるでそれをなぞる様に揃って敵対する現状は、迷信の類を信じない始皇帝をもってしても気味悪さを感じずにはいられなかった。

 だが逆に言えばこの両雄さえ倒してしまえば、この特異点は陥落するということでもある。

 定石に従うならば各個撃破するのが一番だ。単騎における武勇と将としての才覚がずば抜けている項羽が劉邦軍と合流すれば、下手したらチンギス・ハンのモンゴル軍を凌駕する脅威となるのだから。

 けれど劉邦は兎も角、単騎で行動している項羽は捕捉困難だ。項羽の愛馬の移動速度を踏まえれば、この両雄の合流は不可避に近い。

 故に始皇帝は『項羽と劉邦』が合流して連合するという最悪を前提とした上で、それを滅ぼすための用意をするつもりなのだ。

 

(カルナとテセウスだけじゃ項羽と劉邦軍を纏めて相手するのはきつい。だが始皇帝っていう鬼札が加われば戦力差は引っ繰り返る。そのためなら俺と蒙武を捨て駒にしても惜しくはないってことか。

 まぁ当然の判断だな。一人の英雄の力が万の人間を上回るように、一人の大英雄の力は百の英雄を凌駕する。項羽なんてその究極体だ。

 にしても初めて中華を統一した皇帝なだけはある。俺のように戦場を這いずり回った経験皆無の癖してこの采配。戦術はどうだか知らんが戦略眼なら俺以上だろうなぁ)

 

 捨て駒にされた事に不快感はなかった。元々人類史を守るという共通目的のために、使い捨ての傭兵として主従契約を結んだ身である。

 心情としてはカルデア側だが、始皇帝が魔術王を倒して野望を成就させるという未来もありといえばありだ。

 高祖と戦うのは少し気が引けるが、だからといって手を抜くのは男が廃る。少しだけ男の中にやる気が湧いてきた。

 

「あい分かった、ご要望通り身を粉にして働いてくるぜ。ただそのためにちょっとばかし手勢を分けて欲しいんだが」

 

「傀儡兵なら殆ど土塊にした。5000しか出せんぞ」

 

「傀儡は要らん。生きてる兵士をくれ。それなら一万は出せるだろう」

 

「普通の兵士ではサーヴァントを傷つけることは出来んぞ」

 

それがいいのさ(・・・・・・・)

 

「いいだろう、考えがあるのならばくれてやる。」

 

 始皇帝の了解をとった男は口端を釣り上げ壮絶に笑う。

 将である男もまた始皇帝の言う『戦いの前提』が変わったことを理解していた。だからこそ生きた兵士達が活きるのである。感情に疎い始皇帝は気付かないことだろうが。

 

「傀儡と違って人間は生産に時間がかかる。無駄遣いはするなよ、劉玄徳」

 

 三国志演義の主人公であり、下手すれば劉邦以上の知名度を誇る英雄。

 だが演義において〝大徳〟と称えられたこととは裏腹に、そこにあるのは冷酷無情な鬼の貌だった。

 

 




 水滸伝の主人公に引き続き、三国志の主人公の劉備です。これで四大奇書のうち二人の主人公登場ですね。ぶっちゃけると本当はプロット前の超初期段階で特異点が秦末じゃなくて三国志だった時のナビゲーターだったのを再利用しただけなんですけど。
 メインじゃないから三国時代であるはずだった孔明との絡みも、呂布との絡みもありません。すまない……。
 ちなみに三蔵法師は出ません。というか出せません。チンギス・ハンのせいで一回プロット書き換えているので、もう彼女を入れる余裕がないのです。すまない、お師さん……本当にすまない……。
 え? 金瓶梅はどうしたかって? Fateのようなバトル作品で西門慶のようなヤリチン出しても仕方ないので出ません。本当にすまない……。けど今思えば代わりに武松を出しておけば、と思ったり思わなかったり。


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第37節  劉邦強行

 宋江から重要な情報を聞き出す事に成功したものの、あの戦いで劉邦軍が失ったものは多かった。

 打って出た兵士の半数以上が戦死し、生き残ったほぼ全員が重軽傷。幸いサーヴァント達と樊噲や曹参のような一線級の猛将は無事だったが、史記に記された将の何人かも還らぬ人となった。

 戦いそのものは優勢だったというのに、こんな全滅に近い結果になってしまったのは、宋江が最期に使った無差別殺戮宝具〝天魁星(てんがいせい)及時雨(きゅうじう)のせいだろう。恵みの雨が反転した呪いの雨は、敵味方の区別すらなく死を撒き散らしていった。

 五体満足で無事な兵士は沛城の守りに残った少数の兵だけ。並みの指揮官ならここは軍の再編に専念するところだろう。しかし劉邦は違った。

 

「なっ! 無傷の兵士だけを率いて咸陽へ強行するなど……正気ですか義兄上!?」

 

 劉邦の決定に真っ先に驚愕を露わにさせたのは樊噲だった。他の諸将も樊噲ほど大袈裟なリアクションこそなかったが、彼と同じ内心であることは表情が告げていた。

 そんな反応も予想していたらしく劉邦は落ち着いた顔のまま飄々と言う。

 

「正気だよ。俺が酔ってるように見えるのか?」

 

「い、いえ……素面に映りますが、しかし……私には無謀としか……」

 

「樊噲の言う通りです! 陳勝王の周文将軍が十万以上の軍勢を率いても咸陽に至ることが出来なかったのです。ましてや今現在〝秦〟にいるのは暗愚な二世皇帝ではなく始皇帝……。咸陽どころか手前の函谷関で堰き止められ全滅するのがオチです」

 

 樊噲に続いて蕭何も口を酸っぱく反対意見を唱える。

 後方支援はさておき軍事における才能は皆無の蕭何だったが、だからこそその意見は誰もが納得する一般論でもあった。

 

「だろうな。これがまともな〝戦争〟なら、そもそも今の俺達じゃ戦いにすらならねえだろうよ。だがもう戦いの前提が変わったんだ」

 

「というと?」

 

「これは俺達よりも……『お前達』の方が分かり易いかもしれないな」

 

 劉邦の鋭い眼光がディルムッドを始めとするサーヴァント達からマシュへ、そして最後にマスターである自分へ注がれる。

 きっと劉邦は試しているのだろう。自分の協力者であって配下ではなく、かといって呑み込むのも難しいく戦力的に切り捨てる事も出来ないカルデアは、劉邦にとっては未だに扱い方を決めかねない存在だ。

 これまでは見逃されていたのは単純に戦力が少なかったからだろう。前は劉邦の配下に土方歳三というサーヴァントがいて、樊噲を始めとする猛将や数万の軍団がいた。対してこちらの戦力はマシュとディルムッドの二人だけ。この戦力差こそが共闘関係でありながら劉邦を上、カルデアを下というふうに分けていたのだ。

 だがそれはもう過去の話。公孫勝はカルデアの味方なのか劉邦軍の味方なのか良く分からないので除外するとしても、カルデアのマスターである自分の下にはアーラシュ、荊軻という二人のサーヴァントが加わった。

 うちアーラシュは弓矢生成スキルをフル活用することで、宝具を用いずとも対軍級の広範囲攻撃を行う事が出来る。軍略云々の次元ではなく、アーラシュ一人がいれば劉邦軍の兵力なんて何の脅威でもなくなってしまうのだ。流石に樊噲クラスの武将はそれだけでは倒せないが、そこは他のサーヴァントに任せればいい。

 ここにきてカルデアと劉邦軍の戦力比は逆転した。もしも自分がマスターとして劉邦軍の制圧を命じれば、きっと一日もかからずに完了するだろう。

 

(だから俺が、どれだけ知恵が回るのか試した上で、今後どうするかについて決めるつもりなのか)

 

 これまで一緒に戦ってきて劉邦の人格らしいものは少しだが掴めてきた。

 少なくとも一般的にイメージされる『本人は臆病で戦下手だが人を惹きつけるカリスマ性と憎めない愛嬌がある』なんていうのは完全に出鱈目だろう。

 まず戦下手どころか采配は中々見事だし、他の特異点で出会った王達のような強烈なカリスマ性も感じられない。臆病で生き意地が汚いのは確かにその通りだが、この男は自分が生き延びる為なら、困難にも立ち向かう決断力を持っている。

 同時に自分にとって不利益と判断した者であれば、自分の腹心だろうと粛清するほどの冷酷さも持ち合わせているだろう。

 

(劉邦は馬鹿じゃないし、たぶんここで俺が答えられなくても殺されたりとかはないかな。ここで俺が死ねばどうなるかくらい分かるだろうし。

 けど答えるのと答えないのどっちが正解なんだ? 答えられたら頭が回るから危険と思われそうだし、ここは答えられない風を装ったほうがいいかな? あ、でもそれだと良いように扱われるとか認識されそうだな。……頭がこんがらがってきたな。ぐちぐち悩んでも仕方ない。ともかく考えてみよう。戦いの前提が変わったってどういうことだ?)

 

 これまでで前提が引っくり返るほどの出来事といえば、やはり宋江から情報を入手したことだろう。

 あれのせいで始皇帝以外にもチンギス・ハンという第三勢力がいると分かって、どちらかが一方の聖杯を奪うまでに片方を倒さなければという話になったのだった。

 一瞬これが正解かと思ったが、どうも違うような気がする。違和感が拭えないのだ。そもそも凶悪な第三勢力がいるなら、それこそもっと戦力を集めてからの方が良いだろう。わざわざ少ない戦力で咸陽へ強行する必要などない。

 

(というより少数の戦力での強襲作戦なんて劉邦が一番嫌がりそうな戦術なんだよな。やらないと死ぬような状況で勝算があるならやるだろうけど、普通ならそんな無茶はしない。だけど劉邦はやろうとしている。ということは勝算がある? いや、そもそも…………戦力は本当に少ないのか(・・・・・・・・・・・)?)

 

 劉邦軍、兵力、サーヴァント、マスター、傀儡兵。

 それらのピースを一つ一つ繋ぎ合せて行き、それが頭の中で一つの絵柄になった。

 

「――――――そういうことか」

 

「先輩、沛公の言葉の意味が分かったんですか?」

 

「ああ。たぶん沛公は敵の軍団だとか城壁だとか、そんなことはもう問題じゃなくなっているって言いたいんだ」

 

「どういうことだ! 敵の傀儡兵共は脅威だし、函谷関は信陵君ですら突破できなかった要所だぞ。問題大有りではないか?」

 

「簡単なことですよ樊噲将軍。傀儡兵が一万いようと十万いようとアーラシュが矢を降らせれば簡単に殲滅できる」

 

 諸将の視線がアーラシュに集中する。当のアーラシュはなんでもなさそうに「ま、そんくらいは楽勝だな」と言った。

 それが世迷言ではない事は、この前の秦軍との戦いで目の当たりにしたばかり。反論する者は誰一人としていなかった。

 

「そしてどんな城壁だろうと公孫勝の呼びだした神兵なら、簡単に蹴り壊す――――いや、踏み潰せる(・・・・・)

 

 今度は道士の癖して肉を頬張る公孫勝に視線が集中した。公孫勝は「出来んことはないな、疲れるが」と平然と言ってのける。

 こちらも証拠は全員が目撃しているので反論は出なかった。

 

「なるほどな。軍団全員が英霊という常識外れならまだしも、ただの人間の兵士を幾ら引き連れて行ってもこれからの戦いでは大して役に立たない。それどころか行軍が遅くなる上に余計な兵糧を消費するだけ邪魔になる」

 

「だったら落とした拠点を維持するための最小限の兵力だけ引き連れ、咸陽へ強襲をかけるほうが良い、か」

 

「それにモタモタしていたら始皇帝かチンギス・ハンのどちらかが更なる聖杯の力を使い、手の出しようがない存在になってしまうかもしれません」

 

 ディルムッド、荊軻、マシュが説明するように言うと諸将も納得したようだった。

 どうやら『期待』には答えられたようで、劉邦がくつくつと笑う。

 

「ありがとうよ、カルデアの。お前さんが説明してくれた御蔭で説得力が増したべ。それで改めてお願いするんだが、これからも俺達に『協力』してくれるか?」

 

「はい。俺達の目的はあくまで特異点の修復ですから。こちらこそ『共闘』させて下さい。ただ軍の指揮とかは全然さっぱりなんでご迷惑かけちゃうかもしれませんけど」

 

 自分達は共に戦う仲間であって、配下ではない。そういう意味を含ませて言う。

 

「おう、任せときな。俺も戦なんざド素人だったが、場数はそこそこ潜り抜けた。実戦経験皆無の都の坊ちゃん将軍よりゃ出来ると思うぜ」

 

 こちらの意図を読み取ったのか劉邦はニヤリと口端を釣り上げた。この様子だと少なくとも自分達を捨て駒として切り捨てるようなことはしないだろう。

 どうやら自分はちゃんと正解を選ぶ事が出来たようだ。

 

 

 

 善は急げというやつで軍議が終わると劉邦軍は直ぐに出征した。付き従うのは曹参、樊噲を筆頭とする未来の英霊達と、僅かな兵士達だけ。言うまでもなく自分達カルデアとサーヴァント全員がこれに同道している。

 チンギス・ハンの『聖杯』と、始皇帝の『聖杯』。

 二つの異なる『聖杯』の影響で中国大陸の地理は目茶苦茶になっているが、咸陽に潜入していた荊軻が案内役を買って出てくれたため迷うことはなかった。

 途中蜀の桟道を通った際に劉邦が『死んでもこんなとこに住みたくねえな』とぼやいていたが――――敢えて何も言うまい。いずれ通る道だ。

 しかしこの行軍が想定外の敵兵だった。

 なにせ地理が目茶苦茶なため、山道を歩いていたかと思えば急に平野になったり、猛暑の中だったらいきなり極寒になったりするのである。兵士の何人かはこの急激過ぎる環境の変化に耐えられず脱落してしまった。嫌がらせのようにちょくちょく傀儡兵の一団が襲いかかってきたのもそれに拍車をかけた。

 御蔭で劉邦軍が函谷関に到着したのは、予定より一日遅れだった。

 

「さーてと。函谷関の将は荊軻殿の話じゃ蒙武だったっけな。おい、アーラシュ。お前さん、確か目が良いんだったな。ちっと旗を確認してもらえるかい?」

 

「お安い御用さ」

 

 劉邦に頼まれたアーラシュは持ち前の千里眼で、城壁の上ではためいている無数の旗を注視した。

 弓兵(アーチャー)が遠目が利くのは基本的なことだが、アーラシュの千里眼はアーチャークラスの中でも頭二つ飛びぬけている。

 未来視や心すら見透かす千里眼をもってすれば、遠方の旗に書かれている文字を読むなど屁の河童だ。

 

「旗の字は……『もう』が一番多いな。それに『劉』の旗も幾つかあるぞ」

 

「劉? 秦に俺と同じ劉姓の将がいるなんて初めて聞いたな」

 

「――――!」

 

「……先輩」

 

「分かってる、マシュ」

 

 確かにこの時代においては『劉』という姓はそう多くないかもしれない。

 だが劉邦が漢王朝を創り上げた事を切っ掛けとして、劉という姓は中華全体に広がっていった。

 つまりこの時代にはおらずとも、後の時代には大勢いるのだ。劉という姓を持つ将軍が、劉という姓をもつ英霊が。

 

「沛公。もしかしたら」

 

「マシュのお嬢ちゃん口閉じて。聞きたくない、現実から目背きたい。でも分かったべ。いるんだろう? 俺達の知らねえ新手のサーヴァントがよ。

 あのカルナとかいう化物にテセウスっていうデカブツに六虎将最強の蒙武だけでも厭なのに、もう一体サーヴァントがいるなんて笑えねえぞ糞!」

 

「その心配はねえみてえだぜ」

 

「どういうことだ?」

 

「ちっと千里眼で〝視〟たんだがな。サーヴァントらしい魔力が一つしかねえ。個人的な考えだがこの関所は時間稼ぎの捨て駒で、カルナやテセウスのような本命は咸陽で待ち構えてるんじゃねえのか」

 

「だったら話は早ぇ。公孫勝、籠城している奴等の城をいっちょ神兵で踏み潰して――――」

 

 劉邦が公孫勝にそう言った直後、函谷関の城門が開くと、中から一軍が飛び出してくる。

 軍団の先頭で他より一周り大きい黒馬に跨り、通常の二倍の体積がある戟を持っているのが蒙武だろう。猛虎のような迫力は、傀儡将でありながら並みのサーヴァントを軽く超えていた。

 

「全軍、突撃ィィィィィィィィィィィィイイイイ!! 道士の小細工なんぞ踏み潰せ、劉邦軍を血祭りにしろォッ!!」

 

 鼓膜が破れるのではないかと危惧する大音量。

 兵力はあちらが上だが、こちらにはサーヴァントや樊噲のような猛将達がいる。まともに戦えば十分勝てるだろう。

 

「籠城は無意味と悟って打って出たってか。だがどっちも間違いだぜ。ほらアーラシュ、お前の仕事だべ。さっさと出てきた傀儡兵共を纏めてぶっ壊してくれよ」

 

 アーラシュの矢生成による矢の雨。単純だがこれで敵の軍団は壊滅だ。

 それから残った蒙武を全員のサーヴァントで袋叩きにすれば、無傷で函谷関を陥落させられるだろう。

 

「……無理だ」

 

 しかしアーラシュから発せられたのは予想外の言葉。

 

「は? 無理って、なんで?」

 

「単純な話さ。幾ら俺でもないものを壊すことはできん」

 

「いや目の前にいるじゃねえか。近づいてきてるしさっさとやってくれよ」

 

「傀儡兵じゃない」

 

「じゃあなんだって…………そういうことか」

 

 土塊にしては血色が良すぎる肌、顔に浮かび上がった生々しいまでの死への恐怖感と敵への殺意。

 これらの符号がどうしようもない事実を告げていた。

 

「あれは全員、生きている〝人間〟だ」

 

 函谷関の城壁の上で、一人のサーヴァントが笑みを浮かべた。



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第38節  最強の武将

 劉邦軍が函谷関に押し寄せてくる暫し前。六虎将最強で知られる蒙武は、咸陽より援軍を率いてやってきた一人の将軍(サーヴァント)を出迎えた。言うまでもなく劉備のことである。

 

「玄徳か」

 

「久しいな将軍。俺が召喚されて以来だ」

 

 厳めしい顔で出迎えた蒙武とは対照的に、劉備の態度は飄々としたものだった。正規の将軍と客将の差が如実に現れている。

 

「……貴様はモンゴル軍を倒すまでの客将だったと記憶しているが?」

 

「残念ながら契約変更だ。モンゴル相手にちょっとばかし不甲斐ない戦をしちまったんでね。最後にもう一働きすることになったのさ」

 

「例の敗戦の事は聞き及んでいる。李信や倅なら兎も角、〝王翦〟が項燕の孫に遅れをとるとは信じられん」

 

「信じられん気持ちは分かるが事実だよ。項羽の武勇は俺も見たが、あれは反則ってもんじゃない。呂布は俺と義弟達の三人で十分抑え込めたが、あれを相手にするとなるなら更に三倍は要るとみるね」

 

「お前にそこまで言わせるか……玄徳」

 

 剛力無双にして剛健な武人である蒙武は、劉備に対しては欠片も好意を抱いていない。

 劉備が客将という立場であることも一つだが、最大の理由は劉玄徳という男が生前裏切りと離反を繰り返したからである。

 しかし蒙武は猛将ではあるが、断じて武勇だけの猪ではない。将軍としての冷静で客観的な視点が、劉備の将才と武勇を正しく評価していた。

 その劉備がこれだけ言うのだから、項羽という男の武は相当のものなのだろう。自然と武人としての血が熱を帯び始めた。

 

「で、貴様が引き連れてきた兵隊はなんだ?」

 

 蒙武は親指で劉備の連れてきた援軍、傀儡兵ではない生きた秦兵達を指さす。

 通常の軍隊である劉邦軍が、傀儡兵とそれなりに戦えたという事実だけを抜き出しても、傀儡兵一体と生身の兵士一人の戦闘力はそこまで隔絶した差がある訳ではない。腕っ節の強い兵士ならば一人でも傀儡兵を倒すことは可能だろう。

 しかしこれから秦が主に相手にするのは人間の軍隊ではなく、サーヴァントの集団である。魔力を持たない兵士が百万いようと一兆いようと、霊体であるサーヴァントに傷一つ負わせることは出来ない。他ならぬサーヴァントである劉備がそれを知らぬ筈がないだろう。となれば、

 

「仮にも陛下に将として任じられた男が、態々役立たずを連れてくる筈がない。なにを考えている?」

 

「肉壁は無力であればあるほど良いからな」

 

「……肉壁?」

 

「アンタもアーラシュや公孫勝が高祖の軍に加わったってのは聞いてるだろう。聞くところによれば件の二人は対軍・対城級の攻撃を素でやる化物だそうだからな。そいつらにかかれば天下の函谷関もデカい的さ。だが城内に傀儡兵やサーヴァントのみならず、生きた人間もいるとなると……どうなる?」

 

「どうもせん。傀儡(にんぎょう)だろうと兵士(にんげん)だろうと敵兵ならば討つだけだ。討って戦手柄とするだけだ。なんの違いがある? 寧ろ敵が傀儡(にんぎょう)である方がやる気が出んわ」

 

「アンタならそう答えるだろうな。だがアンタ以外の――――清廉潔白にして高潔な英霊様はそうじゃあない。例えば……カルナだ。英霊には死者(サーヴァント)生者(人間)を殺すことに忌避感を持つ輩がそこそこいる。話を聞く限りじゃカルデアもその性質だろう」

 

「読めたぞ。そういうことか」

 

 生身の兵士達は対サーヴァント戦において限りなく無力だろう。聖杯戦争においては明確な弱者といっていい。

 だが相手が高潔な英霊であればある程に、その無力さが長城すら超える鉄壁の守りとして機能するのだ。

 

「俺が長坂坡で曹操から逃げる時に使った手でな。曹操にゃあんまり通用しなかったし、高祖相手にゃ意味もねえことだろうが、カルデアの甘ちゃん相手なら効果覿面だろうよ」

 

 この策が悪辣なのは弱者を盾にするところもそうだが、もし形振り構わず襲ってきたのならば『虐殺者』の汚名を被せてしまえることだろう。

 肉壁に躊躇したのならそれで良し。覚悟を決めて攻撃したとしても、肉壁を削り切るのに相応の時間がかかり、しかも虐殺者として名を穢されてしまうという三段構え。

 

「仁徳の君子とは持ち上げられたものだな。後世の人間が貴様の素顔を知れば自刎するやもしれん」

 

「本物の悪党ってのは、善人面してるもんさ。往々にしてな」

 

 劉備が懐より煙草を取り出すと、慣れた手つきでマッチで火をつけた。

 

「なんだそれは?」

 

「討伐軍にいたキャスターに作らせた。俺のいた時代にはなかったものだが悪くない。制作者死亡で生産停止しちまったのが難点だが。吸うかい?」

 

「要らん」

 

「そう。…………――――って、戟なんて持って何処へ行く気だい?」

 

「武人が己の武具を持つのならば行き先は一つ。貴様も分かるだろう」

 

 蒙武の視線は劉備ではなく、城壁の外へ向けられていた。

 王翦が統率された軍団と緻密な計算を武器とする将なら、蒙武の強味はなんといっても隔絶した武勇にある。自ら先頭にたって敵兵を薙ぎ払い、敵将を討ち取る事で流れを引き寄せる――――腕に覚えのある将であれば誰もが理想とする戦法こそが、蒙武を六虎将の座に押し上げたのだ。

 しかし籠城戦においては残念ながら蒙武の強味はまったく活かせない。ならば強味を活かせる戦いをするだけだ。

 

「打って出るのか。だったら傀儡兵と生身の兵士の混成軍で行くといい」

 

「人形は要らん。連れて行くのは生きた兵士だけだ」

 

「……なんだって?」

 

「劉備。貴様の小狡い策は気に入らんが、真っ当な兵隊を連れてきたことは感謝する。不敬を覚悟で言うがな。傀儡兵なんぞ下らん人形遊びよ。

 俺は戦場で血反吐を吐き、部下を地獄へ同道させ、殺した敵兵の憎悪を一身に浴びながら戦ってきた。その痛みこそが、戦争の証よ。そして痛みを覚える行為だからこそ、それは人間がやるべきだ」

 

「理解はできるが、それをよりにもよって傀儡将のアンタが言うかい」

 

「俺は将軍――――軍人だ。陛下が望むのであれば、気に入らん命令だろうと従おう。それに血なんぞ通っておらんはずなのに熱く滾るものがあるのだ。この熱さが、俺が人形(にんぎょう)ではないと教えている」

 

 血の通わぬ傀儡の肉体、傀儡兵を用いて戦う始皇帝の戦略。その全てが蒙武は気に入らない。それでも軍人としての『矜持』と武人としての『本能』が、蒙武という豪傑を留めている。

 実際その面貌に浮かび上がった修羅の如き戦気は実に生々しいものだった。

 

「出陣する。留守は任せたぞ」

 

 城門が開き、秦国最強の猛将が討って出る。付き従うのは全てが血肉の通った生身の兵士達。

 傀儡を使った遊戯(ゲーム)ではない、本物の戦争が始まった。

 

 

 

 これまで飛竜(ワイバーン)やホムンクルスの軍団と散々戦ってきたので、どんなものが出てこようと驚かない自信はあったが、ここにきて人間の軍団というのは一周回って驚愕だった。

 秦にはもう前線へ送り出せるほどの傀儡兵はいないのか、はたまた他の理由なのかは分からない。だが下手に魔獣魔物の軍団が出てくるよりは数段厄介な事になった。

 相手が人間ならアーラシュや公孫勝に纏めて一掃して貰う訳にもいかない。これまでの特異点でもやってきたように追い払うか気絶させるかするのが吉なのだが、万を超える数がその難易度を著しく跳ね上げていた。

 

「面倒なことになってきやがったな」

 

 軽く舌打ちしながらアーラシュは矢生成スキルで鏃が丸くした矢を生成する。そして一秒に数十発という人間の限界を完全に超えた早撃ちで、兵士達を次々に昏倒させていくが、それでも秦兵の突撃を止める事は叶わない。

 蒙武という秦人にとっては伝説の猛将に率いられた軍勢は、異様なほどの戦意で矢にも怯まずに突き進んでくる。

 

「まったくだ。本当は咸陽まで休みたかったが、この分だとそういうわけにもいかなそうだな」

 

 億劫そうに馬より降りた公孫勝は、内功を練りながら印を結ぶと術を発動させた。術によって現れたのは、劉邦軍とまったく同じ鎧を纏った数万の兵士達。

 体色や雰囲気は人間と寸分変わらないが、内実は公孫勝の術によって幻を実体化させた幻影兵である。神兵や神獣の類では不殺なんて器用な真似は出来ないが、この幻影兵ならば劉邦軍の数を補填できる上に器用に戦えて一石二鳥だ。

 

「沛公。手数は揃えた。これなら戦にもなろう。だから撤退という考えは捨てて頂けるな」

 

「人の脳内読むなよ、道士ってのはおっかねえな。ったく、にしても矢の雨なり神兵なりで吹っ飛ばしゃ終わりだってのに英霊ってのは面倒臭ぇ生物だよ」

 

「そう言ってくれるな。貴方もいずれ成るのだから。――――尤も、貴方なら英霊になっても殺人を躊躇などすまいが」

 

「えー、陳勝や項羽ならまだしも俺みてえな小悪党でも英霊になっちまうのかよ。英霊ってのも安いもんだ」

 

「………………まぁ、そういうことにしておこう」

 

 知らぬとは本人とばかり。流石の公孫勝もこれには口ごもった。

 だが今の劉邦に将来皇帝になって王朝を開くなどと教えても信じられるものではないだろう。なにせ史実を知っている自分もコレが皇帝になるなんて信じられない。

 

「だが出来ねえっていうのに無理強いしても仕方ねえか。ただし言っとくがカルデア。俺はお前等の流儀には合わせねえぞ」

 

 劉邦は己の死の気配に冷や汗を滲ませながら剣を抜き放って、自らの軍団に合図する。

 アーラシュや公孫勝とは異なり劉邦はこの時代の人間。それも元々が楚の将として秦打倒のため戦ってきた男である。相手が生身の兵士だろうと殺すことになんの躊躇もない。

 

「敵は傀儡じゃねえ、これまで通りの人間だ! 恐れる必要はねえ、以前のように戦って殺せ!」

 

 人間であるが故に纏めて一掃できなくても、人間であるが故に傀儡兵よりは脆く弱い。

 劉邦のみならず誰もが抱いたその考えは、直ぐに打ち破られる事になる。

 最初に劉邦軍に到達したのは、駿馬に跨った蒙武。

 

「ふんっ!!」

 

 馬で劉邦軍兵士を踏み殺しながら、蒙武は気魄と共に戟を一閃。五人の兵士を纏めて斬り殺した。

 将が最初に戦手柄をあげれば、付き従う兵士も熱狂的にそれに倣う。

 劉邦軍も迎撃するのだが、驚くべきことに秦兵は槍を突き刺したくらいでは止まらなかった。致命傷を負っても眼光が消えることはなく、逆に最期の力を振り絞り一人でも多くの兵士を道連れにしていく。傀儡兵相手の戦では見慣れた光景だが、それを生身の兵士がやると底冷えするほどの鬼気があった。

 それに輪をかけているのが最前線で暴れ回る蒙武だった。六虎将最強の評判通り、李信を超える武勇で次々の兵士を薙ぎ払う姿は、神話の英雄と比してもなんら劣るものではない。

 秦兵の想像を絶する士気に、真っ当な神経の劉邦軍は散々に破られ、持ち場で踏ん張っているのは人格のない幻影兵だけという有様だった。

 

「畜生。なんなんだよ秦兵のこの強さは。まるで項羽将軍に率いられた楚兵じゃねえかよ」

 

 全軍の指揮を執っている劉邦は、今にも撤退命令を下しそうなほど顔面を蒼白にしながら言う。だが劉邦をここまで震わすほどに秦軍の強さは異常なのだ。

 猛将・ 蒙武の獅子奮迅の活躍に全軍が狂奔した結果というだけでは説明がつかない。一体全体なにが秦兵達をここまで奮起させているというのか。

 

「難しく考える必要はないさ、マスター」

 

「荊軻さん……?」

 

「特異点だ人理修正だのと言っても、それを知っているのはサーヴァントや極一部の人間だけだ。事情を知らぬ民草からすれば我々は単なる侵略者に過ぎん」

 

「そ、それじゃ秦の兵士達があんなに強い理由っていうのは!」

 

 目を見開くマシュに、荊軻は重々しく頷いた。

 

「自分の生まれた国を守るためだよ」

 

 合点がいく。現代のように戦時国際法なんてものがない古代中国において、滅ぼされた国に住む民衆がどういう目に合うかなんて分かり切ったことだ。

 親を守れ。

 子を守れ。

 友を守れ。

 皆を守れ。

 そして秦帝国を守れ。

 彼等の魂の雄叫びが聞こえてくるかのようだった。

 人はなにかを得ようとするより、元からあるものを守ろうとする感情が強いという。ならば国を守るという彼等の精神力は如何程のものがあるだろうか。

 あの秦兵達は間違いなくただの人間だが、その精神はこの一時のみに限り英雄と化していた。

 

「先輩、このままでは持ちません。私も行きます」

 

「マシュ……――――分かった、頼む」

 

 正直な話、ああも生々しい殺し合いにマシュを行かせる事には抵抗があった。だがマシュの決意は覚悟に満ちていて、マスターである自分には止めることは出来なかった。

 マシュは凄惨な殺し合いを前にしても目を背けず、それどころか「はい!」と強く言うと、地獄の最前線へと突貫していく。

 

「うら若き乙女に戦わせて己は安穏としていては男が廃りますな。マスター、どうかこのディルムッドに御命令あれ。見るに敵軍の主柱はあの猛将。あの男さえ討ち取れば流れを引き込むことも出来ましょう」

 

 ディルムッドの言う通りだ。一人一人が英雄に比する精神の輝きを放っているとはいえ、それを支えているのは蒙武という一人の大将軍だ。

 蒙武さえ倒す事が出来れば、あの恐るべき軍勢相手でもなんとかなるだろう。

 

「荊軻、マスターの身は任せたぞ」

 

 最速のサーヴァントの名に違わぬ俊足で、ディルムッドは戦場を縫うように駆けていく。

 狙うは大将・蒙武の首ただ一つだ。けれどディルムッドを妨害するように、巨漢の将軍が立ち塞がる。

 

「カルデアのディルムッド・オディナだな」

 

「我等が将がお相手するまでもない。我等でその小綺麗なそっ首落としてくれるわ」

 

 生前から蒙武に付き従い、今生においても傀儡将として蒙武の麾下にある二人の巨漢は、大槌と大斧でディルムッドを妨害する。

 

「邪魔を」

 

 敵が人間ならまだしも、傀儡将であるなら素通りする訳にもいかない。

 将を射んとする者はまず馬。足を止めたディルムッドは目にもとまらぬ見事な槍捌きで巨漢が乗る馬の足を払った。

 

「うおおっ!?」

 

「なんと――――!?」

 

 余りにも素早い攻撃に二人の巨漢は受け身をとる間すらなかった。ディルムッドは迅速に二人の喉元を槍で突き刺し、止めを刺す。

 邪魔者の始末を終えたディルムッドは改めて蒙武の下へ急ぐが、遅れたディルムッドに先んじて大将首を狙う騎兵が一影。劉邦軍の武官筆頭、曹参だ。

 

「蒙武、死人はいい加減に……墓へ帰れ!」

 

 劉邦軍の猛将といえば樊噲がまず浮かぶが、史実において数十箇所の傷を負いながら前線で戦ったと語られる曹参も負けてはいない。腕力では樊噲に勝てないが、技の冴えならば曹参が上をいく。

 蒙武が無造作に振るった戟を軽く槍でいなすと、お返しとばかりに高速の突きを放った。

 

「俺の戟をこうも容易く捌くとは、貴様も後々の英雄か。名乗れ」

 

「劉邦軍武官筆頭、曹敬伯」

 

「ほう。貴様が〝曹参〟か」

 

 名を聞いた蒙武が合点がいったように笑みを深める。

 曹参はこの時代はまだ劉邦軍の一武官に過ぎないが、後には数々の大功をあげ漢王朝建国の英雄となる男だ。しかも子孫には三国志最大の英雄の一人である曹操がいるときている。主君・始皇帝の影響で時空を超えた知識を持つ蒙武が興味を示すのは当然といえよう。

 

「面白い。力を晒せ、この俺に――――っ!」

 

 だが蒙武の興味を引くということは、猛虎の如き武威を真正面から浴びるということと同義である。曹参からしたら溜まったものではないだろう。

 大の大人三人がかりでも持ち上げられないであろう戟を軽々と振るいながら、蒙武は嘗て中華最強と畏怖された武勇を容赦なく曹参に叩き付けてきた。

 

「くっ……! 六虎将最強、これほどか……っ!」

 

 想像を軽く超える武に曹参は自分を守るだけで精一杯だった。もし少しでも攻撃する素振りを見せれば、その瞬間に蒙武の戟は曹参を抉り屠るだろう。

 そんな曹参を助けるため幻影兵達が背後から蒙武を襲うが、

 

「邪魔をするなァッ!!」

 

 思わず呼吸を止めるほどの大括。傀儡兵と同じく心を持たぬ筈の幻影兵が気圧され、硬直する。木偶となった幻影兵を蒙武は容赦なく斬り屠った。

 

「次は貴様だ」

 

「っ!」

 

 爛々と輝く眼に囚われ、曹参からすれば生きた心地がしなかっただろう。

 理屈ではなく本能で自分の死を感じ取った曹参は一騎打ちを投げ出すと、たまらず後方へ引いていった。

 

「逃がさん」

 

 蒙武にとっては敵将、それも未来の英雄を屠る千載一遇の機会を逃す筈がない。蒙武は馬を全力で疾走させ、逃げる曹参の背中を追う。

 しかしふと蒙武は途中で馬足を止め、曹参を追うのを止めてしまう。

 一体何があったのかと訝しんでいると、疑問に答えるようにロマンが低い声で言う。

 

『…………気を付けてくれ。サーヴァントが一騎、とんでもない速度でここに近付いてきている。僕達がこの特異点で最初に観測したのと同じ反応だ』

 

「同じって、それって」

 

 瞬間だった。轟音と共に数十人の秦兵が土煙と共に吹き飛んだ。

 天地を呑み込むほどの雄大な氣が、将のみならず敵味方の一兵卒にまで伝播していく。間違いなく、いる。ロマンをしてランクEX級とまで評された底知れぬ存在が――――遂に現れたのだ。

 

「項……将軍」

 

「項羽殿、なのか……」

 

 素顔を知る劉邦軍の兵士達がどよめく。劉邦の宿敵として知られる項羽だが、今の劉邦軍にとっては項羽はまだ頼もしい味方の筈である。だが劉邦軍を包み込んだ感情は歓喜ではなく畏怖。

 そしてそれは劉邦軍のみならず敵対している秦軍もまた同じ。故郷を守るという大義すらが、項羽という一人の武将が醸し出す覇気によって凍て付いていた。

 さっきまであれだけ激しい戦いが繰り広げられていたのが嘘のようである。寒々しいほどの静寂の中を、項羽だけが悠然と馬首を進めていった。

 

「秦国六虎将が一人、蒙武じゃな」

 

「如何にも。そういう貴様は項燕の孫の項羽だな。なるほど面影がある」

 

 蒙武がそう言うと、項羽は白い歯を剥き出しにして壮絶に嗤った。

 

「何が可笑しい? いや何がそんなに嬉しい」

 

「嬉しいともさ! 王翦と共に楚を犯し、我等が父母を殺した憎い怨敵がッ! 殺して怨み晴らす前に寿命なんぞで勝手にくたばった腰抜けがッ! 土塊とはいえ生きて俺の前にいるんじゃからのう。クカ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ! これが嗤わずにおられるかい!! 貴様等に殺された楚人も歓喜で震えておるわ!!」

 

 項羽の総身から漏れ出す絶するほどの復讐心に、固唾を飲んで見守っていた兵士の何人かがたまらずショック死する。

 なんとも甘い蜜の味を噛み締めながら笑う様は、もはや鬼と評することすら躊躇われる〝魔〟の類だった。

 

「復讐か。それもまた将が背負うべき業よ。貴様が滅ぼした六国の怨嗟を叩きつけてくるなら、真っ向から叩き返してやる」

 

「心意気は天晴よ! じゃが許さん、死んでも許さん。王翦は逃がしたが貴様は逃さんわい。そっ首落として(ころ)す」

 

 純黒の鬼氣を噴出させる項羽と対照的に、威風堂々とした清廉な闘気を発する蒙武。戦場を包み込むような山のような雄大な氣は、項羽の殺氣に心を圧し折られていた秦兵の心をも立ち直らせた。

 項羽は矛を、蒙武は戟を。己の得物を目の前の敵へ向け、視線が交錯する。戦場の誰も、サーヴァントですら割って入る事の出来ない、ある種の神聖な闘技場の気配が二人の周囲にはあった。

 これぞ戦場の華。一対一の殺し合いが万軍の決着を左右する大一番、一騎打ちだ。

 戦国時代末期において〝無双〟の域に達した武人と、この時代において〝無双〟の域に達した武人。異なる時代で〝最強〟を謳われた二人の豪傑が正面より激突する。

 すとん、と納得した。

 咸陽を強襲するという劉邦の決断も、函谷関における苦難も、もしかしたらこの特異点での全ての戦いすらが。

 この一騎打ちを実現するために、神が作り上げたものなのだと。

 

「征くぞ、項羽」

 

 蒙武が進軍する。一人なのに〝進軍〟など奇妙なことだが、蒙武には一個にして軍を思わせるほどの圧力があった。

 項羽は動かない。蒙武が攻めてきたのに対して、項羽は待ち構える事を選んだのだ。矛を握る手を強め、項羽は待ちの姿勢を崩さない。

 そして遂に蒙武が死闘の始まりを告げる一斬を振り下ろし、

 

――――天を裂く雷霆のような爆音が轟いた。

 

 土塊を撒き散らしながら、馬ごと真っ二つに両断された蒙武の死体が大地を転がる。

 両軍が静寂に包まれた。劉邦軍からの歓喜も、秦軍の悲鳴すらあがらない。

 一騎打ちへの燃えるような期待、運命的ですらある神の用意した対戦カード。それら全てが項羽の振った一斬で全て終わった。たった一撃で決着してしまった。

 現実に起こったのは血沸き肉躍る死闘でも、身を削り合う血戦でもなく、ただひたすらの圧倒だった。

 蒙武の死体を項羽は冷酷に見下ろすと、

 

「まずは一つじゃ」

 

 嗜虐的に口端を釣り上げた項羽は、劉邦軍と秦軍の中心で堂々と言い放つ。

 

「我等が父母の仇が一人、蒙武! この項羽が討ち取ったーーーーッ!」




【元ネタ】史記
【クラス】ライダー
【マスター】???
【真名】項羽
【性別】男性
【身長・体重】196cm・81kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力A+ 耐久A 敏捷B(EX) 魔力E 幸運C 宝具―

【クラス別スキル】

対魔力:D
 一工程シングルアクションによる魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

人馬一体:A++
 馬を操ることに特化した騎乗の才能。
 騎乗するのが馬であれば、呼吸を同一化させ自分の体のように操ることができる。
 通常の騎乗スキルとしてはランクB程度の効果を発揮する。

【固有スキル】

空の境地:EX
 〝武〟の深淵に到達した証であり称号。武という概念における〝究極の一(アルティメット・ワン)
 残念ながら、純然たる武芸において項羽を凌駕する者は地球上には存在しない。
 このスキルを保有するものがサーヴァントとして召喚された場合、混じり気のない武を披露するため全ての宝具はオミットされる。

カリスマ:C++
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
 項羽のカリスマ性は戦場においてこそ真価を発揮する。

勇猛:A+
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【Weapon】

『烏騅』
 項羽の愛馬。人の身で大陸と天地を畏怖された項羽に付き従った烏騅もまた、名馬でありながら神馬を超えるほどの頂きに上り詰めている。
 なお項羽のパラメーターにおける敏捷値EXは、項羽ではなく烏騅のものである。


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第39節  桃園結義

 天を突く項羽の一括は戦場全体を震え上がらせた。

 秦帝国にとって蒙武はただの将ではない。中華統一という史上誰にも成しえなかった偉業を達成し、秦という国が最も輝いていた時代。その時代を築き上げた一人であり、六虎将においても最強と謳われた彼は、秦人の男子であれば憧れない者などいない『英雄』なのだ。

 その『英雄』が木端兵の如く一撃にて両断され、ボロ雑巾のように討ち捨てられたのである。秦人からすれば天が落ちてきたような衝撃だろう。

 さっきまで天上知らずだった士気は一瞬にして最下層へ叩き落とされ、秦軍の兵士の中には膝をつくものまで出る始末だった。

 結果論ではあるが、もし蒙武が引き連れてきたのが傀儡兵ならばこうはならなかっただろう。良くも悪くも人間の兵士の強味と弱味が如実に表れていた。

 そして対する劉邦軍はといえば。

 

「――――何を呆けてやがる!」

 

 いきなりの項羽来援に度肝を抜かれていた兵士達が、自分達の大将の怒鳴り声によって我に帰る。

 

「項羽将軍があの蒙武を討ち取ったんだぞ! 呆けてねえで突撃だッ!」

 

 後の高祖だけあって劉邦の機を計る目は確かだった。戦いの流れが完全に切り替わった事をいの一番に悟ると、肺から全ての空気を絞り出して全軍へ号令をかける。

 一度我に帰ると劉邦軍の兵士たちの士気は一気に高まった。追い詰められた側が一転して立場を逆転させると、これまでやられてきた恨みが起爆剤となって大いに盛り上がる。劉邦軍の兵士達はこれまで散々やられた復讐をせんと、燃え上がる火の勢いで秦軍を攻め立てた。

 樊噲が、曹参が、劉邦軍の将達も兵士たちの熱狂に引きずられるように戦場に切り込んでいく。

 

「きっせぇぇえええええええええええええええいッ!」

 

 だが将と兵士達の猛攻も、誰よりも前で秦軍相手に戦う項羽の獅子奮迅ぶりには劣った。

 項羽が矛を一薙ぎするだけで数十の兵士が宙を舞いながら消し飛び、騎兵は馬ごと消滅する。その光景はまるで項羽に近付いた兵士達が片っぱしから溶けているようであった。

 項羽の祖父である項燕然り、土方歳三の率いた新撰組然り、三百で二百万を堰き止めたレオダニス王然り。

 英雄と呼ばれる将の多くは、自らの存在で兵士を熱狂的に狂信させる魔力を持っている。

 狂信した兵士は強い。一人が敵兵に十倍する勇者になり、眠りすら忘れ万里を踏破する豪傑となり、命すら投げ捨てる烈士と化す。

 中でも項羽という男が戦場において発する魔力は桁外れだった。項羽の武勇に引きずられるように将軍達は潜在的能力を限界を超えるほどに引き出され、兵士達は疲れや恐怖すら忘れ敵兵を薙ぎ倒していく。

 死者であるが故に生者より客観した視線を持っているサーヴァント達は、静かに己の得物を下ろした。

 もはやサーヴァントである彼等が力を振るう必要もない。数の上ではまだ秦軍の方が優勢だが、戦いには決着がついていた。

 心を根元から折られた秦兵が、我先にと戦場から離脱していく。その殆どは城へ逃げて行ったが、中には完全に理性が吹き飛びあらぬ方向へ逃げている者までいる様だった。

 秦軍には蒙武以外にも将はいたが、彼等が幾ら呼びかけようと逃げることを留まらせる事は出来なかった。なにせ他ならぬ将ですら、兵士と一緒になって逃げ出しているのだから。

 もはや踏ん張っているのは生前から蒙武の配下だった傀儡将だけだ。後は逃げるか、逃げる前に殺されるかである。

 

「これじゃもう虐殺じゃないか」

 

「……マスター。気分が悪いのなら幕舎で休むといい」

 

 鬱血するほど手を握りしめ絞り出す自分を、刑かが心配そうに覗き込む。

 

「こんな光景。戦国の世を生きた私には見慣れたものだが、マスターにとっては違うだろう」

 

「ありがとう。でもマシュを置いてはいけないし、目を背けたくない」

 

「立派な覚悟だが、止めはしないのか?」

 

「――ああ」

 

 劉邦軍と一緒になって攻めて置いて、いざ勝ちがほぼ決まったから加減しろだなんて、まるで神様気取りなことを言いえるほど自分は厚顔にはなれない。

 ただこれも戦の常であり現実、なんていう在り来たりな理由では納得したくはなかったし、開き直る事も御免だった。

 

「そうか。敢えて何も問わないよ。すまんな……私は戦争があるのが当たり前の時代を生きた人間だ。どう声をかければ良いかわからない」

 

「いいんだ。きっと俺が甘いんだから」

 

 所長がいれば怒鳴られるだろうな、と思いながら天を仰ぐ。そして嬉々として秦兵を殺戮する項羽を見た。

 

「ごめん、前言撤回だ」

 

 もうこの頃になると戦いには完全に決着がついていた。

 劉邦軍も追撃は程々にして城以外へ逃げる者は追わず、降参する者は殺さず捕えるに留め始めていた。なのに項羽だけが一人殺戮を続けている。

 神を気取るほど厚顔ではない……ない、が。これを見て見ぬふり出来るほど人間は捨ててない。

 気付けば自分は項羽に向かって駆け出していた。

 

「無茶をするな、マスター! 流れ矢にでも当たったらどうするつもりだ、私が行こう!」

 

 けいかはあっさり走る自分を抜き去ると、鷹のような俊敏さで暴れ回る項羽へ向かっていった。

 言葉は無用。項羽の戦いを止められるのは言葉ではなく武だ。今にも秦の年若い兵士へ矛を降り下ろそうとする項羽の後頭部へ、けいかは迷わず毒塗りの短剣を投げつける。

 平凡なサーヴァント相手なら下手したら必殺になりかねない一撃だったが、項羽は振り返らずに矛を一振りしてこれを弾く。

 

「サーヴァントじゃな。始皇の手先にも見えんが」

 

「如何にも。私はカルデアに与するサーヴァントの一人だよ。端的に言えば始皇帝とは敵対する身さ」

 

「衛の訛りがあるのう。名乗れ」

 

「けいか。暗殺一つ碌にこなせん風来坊さ、西楚の覇王殿」

 

「――――納得したわ。身一つで始皇めの命を狙った烈士が秦に組するはずがないのう」

 

「訂正してくれ。図体だけが立派な付添はどうでもいいが、あの場には己の首を捧げたはんおき将軍もいた。私一人で挑んだ訳ではない」

 

 もっとも命を預かりながら役目をこなせなかったわけだが、とけいかは自嘲するように言った。

 

「噂に聞いた通り気持ちの良い士よの。女子(おなご)であったのは意外じゃが。で、改めて問おうぞ。何故俺の邪魔をした? 秦の敵というのならば何の真似じゃ?」

 

「それはこちらの台詞だ。もう戦いの決着はついたろう。無益に人は殺すものではない。手を引け」

 

「〝決着〟がついた、じゃと?」

 

 これまでけいかへ向けていた敬意が途端に殺意へ切り替わった。

 

「ついておらん、ついておらんわ! なにも決着しておらん! 秦は楚を滅ぼし、王を弄んだ下種の国よ! 墓の下より蘇った身であろうと、この恨みは忘れられんわ。

 あまつさえ甦った始皇帝のために戦うなんぞ、それだけで三賊処刑しようと許せぬ大罪よ。秦人は皆塵しじゃ、逃げようと容赦せん」

 

「……秦を恨む気持ちは分かるがな。だが私のマスターならこう言うだろう」

 

『なら俺は始皇帝の敵だけど、お前の敵だ』

 

 図らずも自分の言葉とけいかの言葉が重なる。

 けいかは得意に「な?」と項羽へ目配せしていたが、今はどうでもいいので置いておく。

 

「あの時の小僧……そうか貴様が公孫勝の言っておったカルデアだったか」

 

「……復讐の正否云々について言うつもりはない。でも無益に人を殺すなら、誰だろうと俺は敵対する。殺すのなら俺を殺してからにしろ」

 

「小僧扱いしたことは訂正しよう。中々に肝が座っておる。腕っ節は弱そうじゃが良き将となれる面構えじゃ。じゃが将にならんとするのなら自重を覚えるのも重要よ。俺が言っても欠片も説得力がないがのう」

 

 項羽という男は味方にはこの上なく優しいのとは対照的に、敵に対してはとことん苛烈だったということでも知られる。故に項羽が矛を振り上げた時には死を覚悟した。

 きーん、という剣戟音が鳴る。

 

「……?」

 

 慌てて自分の首を確認するが、ちゃんと胴体とくっついている。代わりに地面にはけいかの使うものとは異なる短剣が落ちていた。

 

「隙丸出しだったが、近くに覇王がいれば首一つ獲れんか。やれやれ、御先祖はどんな魔法でこんなのを倒したんだか」

 

 龍の意匠を施された甲冑を装備した騎兵は、やれやれと肩をすくませる。

 その顔付きにはどことなく劉邦の面影があった。

 

「貴様……劉備。王翦と一緒に逃げた貴様がなんの用じゃ?」

 

「劉備!?」

 

 ここにきて霊格云々はさておき、知名度であれば劉邦以上の大物の登場に絶句する。

 三国志演義の主人公、劉備。彼の諸葛孔明の主君であり、蜀漢を建国した大徳の皇帝だ。

 

「こっちも色々あるんだよ、複雑な事情が。まったくアンタっていう一人のせいで俺の描いた戦略台無しだよ。ま、それはいいさ。御蔭でやることがシンプルになった」

 

 微かな甘い咆哮を香わせ、桃の花が舞う。

 劉備を中心として吹き荒れる花吹雪は、項羽をも取り込んで周辺を異界化していった。

 この現象は何度かみたことがあった。魔術の奥義にして魔術師にとっての到達点の一つ、固有結界が発動する前触れである。

 

「アンタを一秒でも長く閉じ込める。それが現状俺が出来る唯一の〝仕事〟だ」

 

 劉備が天へ掲げたのは、挙兵前に鍛冶屋で誂えた雌雄一対の剣。剣に重なり合うように掲げられた青龍偃月刀と蛇矛を幻視したのは決して錯覚などではないだろう。

 漢の高祖である劉邦が俗欲で人を統べ、中興の祖である光武帝が才気によって天を統べるならば、劉備は鬼神すら引き裂けぬ義兄弟の絆をもって地平を統べた。

 

「我等三人。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、同年、同月、同日に死せん事を願わん。皇天后土よ、実にこの心を鑑みよ。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし」

 

 〝桃園結義(とうえんのちかい)

 

 ここに覇業の始まりを告げた誓いは具現した。

 何の宝具を持たぬ項羽に結界より逃れる神通力などありはしない。桃園に呑み込まれ、劉備と項羽の姿は世界から消え去った。

 



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第40節  遅延

 最初の大苦境が嘘のように、鉄壁の函谷関はあっさりと陥落した。

 これで周文に続き劉邦は函谷関を突破した二人目の男になったわけだが、周文やそれ以前の挑戦者達の時とは条件が違い過ぎるので褒められたものではないだろう。

 なにせ蒙武と劉備という二人の守将を失い、函谷関に残っていたのは一般兵と僅かな傀儡兵だけ。数体の傀儡兵を侵入したディルムッドとアーラシュと荊軻の三人が始末して、公孫勝が道術で城門を吹き飛ばせば後は征圧して終わりである。カルナ、テセウスといった大英雄との死闘も覚悟していただけに、このあっさりとした陥落は拍子抜けだった。

 終わってみれば兵士に犠牲者は出たものの、将軍格とサーヴァントは全員無事。完勝、といってもいいだろう。

 ただ一つ完全勝利に水を差していたのは、

 

「項将軍はまだ戻らねえか?」

 

「はい」

 

 劉邦の問いに黙って頷く。

 事実上劉邦軍を勝利に導いだ最大の功労者である項羽は、劉備の固有結界に取り込まれたっきり戻ってはいなかった。

 劉邦軍が咸陽を目前にして進撃を中止したのも、兵士達への休息という理由は勿論だが、項羽が行方不明になっているからである。

 

「だがもうあれから二日経ってんだぞ。劉備とやらの〝こーゆーけっかい〟はそんなに凄ぇものなのか?」

 

『固有結界です、沛公。魔術師にとっての到達点の一つ、心象風景で現実世界を上書きする大禁呪。それに取り込まれた以上、脱出するには術を解除するしかありません』

 

 解説が板についてきたロマンが説明する。

 魔術について無知の劉邦は話の半分も分かってはいないようだったが、要点だけは呑み込めているようで無言でうんうん頷いていた。

 

「その呪いを解く方法は?」

 

『術者自身が解除するか、時間切れで自然解除されるのを待つか、もしくは術者を倒すか……その三つが現実的な方法ですね』

 

「ってことはなんだべ? その劉備ってのはあの項羽将軍相手に二日も殺されずに粘ってんのかよ。なにそいつ、鬼の末裔かなんかか? 先祖誰だよ」

 

 お前だよ、と声を大にして言いたかったが自重する。言っても信じてくれないだろうし、話が余計にややこしくなるだけだ。

 しかし幾ら固有結界という反則技を用いたとはいえ、秦国最強の武勇をもって知られる蒙武を一刀のもとに両断した項羽を二日に渡って足止めするとは信じられないことである。あの神越の武勇を目の当たりにしたからこそ、劉邦が戦慄する気持ちも良く分かった。三国志演義において主役格とされるだけはある。

 

「にしても参ったな。兵糧(メシ)の都合もあるし、いつまでも咸陽を目の前にしてグダグダやってるわけにもいかねえべ。早いところ決めねえとな」

 

「劉兄貴。項羽将軍を……置き去りにするのかい?」

 

 夏侯嬰が厳しい顔になって言う。表だって口にこそ出していないが、項羽に対して不義を働く事を反対しているのは明らかだった。

 これは夏侯嬰がなにも侠者で侠に反するから反対しているのではない。項羽も劉邦も楚の懐王に仕える軍閥の長ではあるが、懐王を主導的に擁立したのは項羽の叔父である項梁。劉邦は後からそれに加わっただけだ。

 実力、兵力、名声のどれをとっても項羽は劉邦の〝上〟なのである。しかも項羽は味方には優しいが、敵には想像を絶するほどの苛烈さで有名な男だ。

 もし置き去りなんてことをして項羽の怒りを買えば、劉邦どころか劉邦に付き従う家臣団全員が生き埋めにされかねない。

 

「いや」

 

 だが軍中で誰よりも我が身の愛しい劉邦がその危険性を把握していない筈がなかった。

 

「ちゃんと項羽将軍に事情を説明するための人間は残す。盧綰、お前に頼みたいんだがいいか?」

 

 外様であるカルデアとサーヴァントは秦攻略の戦力的にも論外だし、樊?や曹参のような将達も秦と戦うのに必須なので除外。

 その上で劉邦が選んだのは幼馴染であり兄弟同然に育った盧綰だった。盧綰であれば劉邦の代理が務まるだけの格はあるし、秦攻略に必須となる人材という訳でもない。現状で最適の人選だった。

 

「えー、俺かぁ」

 

 指名された盧綰といえば、困った表情で頭を掻いた。

 しかし残念ながら盧綰を庇う人間は誰もいない。盧綰以上の敵役がいなかったというのもあるが、それ以上にあの項羽相手に無礼の弁解をする役目なんて誰もやりたがらなかったのだ。

 

「下手すりゃ始皇帝を倒すこと以上に重大な役目だからな。親友のお前にしか頼めねえ。引き受けてくれねえか?」

 

 劉邦という男は決して高徳の人ではないし、世間一般に流布されるイメージほど愛嬌や魅力がある訳でもない。

 ただいずれ中華を統一する男だけあって、劉邦にもそれなりの魅力というのが備わっていて、利害など関係なくついてきてくれる人間もいる。

 樊?や果光栄がそれであり、親友の盧綰も同じだった。

 

「兄弟分のお前にそこまで言われちゃ断れないよ。任せておいてくれ。どうにか弁解してみせる」

 

「ありがとうよ。それに無礼を働くつっても理由が始皇帝打倒のためってなら項羽将軍もそう怒らねえだろ。あの御仁の秦への恨みは、俺達なんざとは比べ物にならねえんだからな」

 

「……そうだな」

 

 劉邦軍の中核をなす人物は、その殆どが劉邦が亭長(小役人)だった頃の友人知人だ。小役人の劉邦の友人なので項羽のように六国の重鎮の末裔なんている筈がない。

 勿論秦の苛酷な政治には苦しめられてきたので恨みが皆無という訳ではないのだが、やはり項羽や他の反乱軍の長達に比べると一歩引いた立場にあるのは事実だった。

 この秦に対する恨みの深さこそが項羽と劉邦に二雄の運命を分ける一因にもなるのだが、少なくともこの特異点においては関係のないことである。

 

「御蔭でちょっとは気分も楽になったよ。それにそうだよな、幾ら項羽将軍でも流石に味方をいきなり殺すほどじゃないよな?」

 

「いや、それはそうだろう」

 

「おい! そこは嘘でも頷いておくとこだろ!」

 

「悪ぃ悪ぃ。うん、項羽殿はお前のこと殺したりしねえべ。個人的な予想じゃ寧ろ『何を下らん議論で時間を無駄にしておったんじゃ貴様等は。そんな暇あるんならとっとと攻め入らんかい』って怒鳴ると思うべ」

 

「よう分かっておるのう。食えぬ奴じゃわい、貴様は」

 

「――――――――ひょ?」

 

 鬼がいた。訂正、項羽がいた。

 会議場の入り口で腕を組み立つ姿は、古の武成王の如き風格を漂わせている。

 劉邦のみならず諸将全員が口を縫うように会話を止めた。静寂の真っただ中を、項羽はゆっくりと歩き劉邦の眼前に立った。

 

「漢王」

 

「へ? 王?」

 

「間違えた、忘れよ。沛公、始皇帝打倒する気があるのならば直ぐに出立することじゃ。もしや手遅れになるぞ。

 貴様の言葉を借りるのであれば……何を下らん議論で時間を無駄にしておったんじゃ貴様等は。そんな暇あるんならとっとと攻め入らんかいってとこかのう」

 

「あー、早く攻めたいお気持ちは重々承知ですが、手遅れとは一体?」

 

 相手が年長者であろうと無礼で傲慢な態度をとるのが当たり前の劉邦も、項羽という不世出の超人相手には畏まった態度をとる。

 元々教養のない人間なのでお世辞にも見事とはいえないが、それでも必死に礼を取り繕おうとする必死さは感じられた。

 

「劉備の奴。この俺を桃園なんぞに閉じ込めおって何をするかと思えば、せせこましく立ち回るばかりで俺を殺す気がまるでない。御蔭で要らぬ時間がかかってしまったわ。

 令呪で縛られた奴が飼い主の意に反する事をするとは思えんし、始皇帝が奴に時間稼ぎを命じたんじゃろう。時間を稼ごうとするということは、始皇帝は早く攻められとうない理由がある筈じゃ。故に攻める、徹底して迅速に攻める。これぞ最適解よ」

 

 一理はある、あるが……余りにも単純な論理だった。

 しかし戦の流れを直感的に見抜くことにかけて項羽は天才的である。立場の差もあって劉邦には無碍には出来なかった。

 

「とはいえじゃ。これは貴様の軍であって俺の軍じゃない。俺に命令権はないのう」

 

「……!」

 

 項羽から僅かに殺気が立ち昇る。主君の窮地とみた樊?とかこうえいの二人が素早く立ち上がるが、

 

「早合点するでない」

 

 落ち着いた声に、割って入ろうとした二人が立ち止まる。

 

「なにも軍権を渡さねば斬るなどとは言わん。言葉通りの意味じゃ。俺は意見は言うが、決めるのはお前ぞ。貴様の軍の道は貴様が決めよ。

 出立せぬのであれば良し。その時は俺一人で咸陽へ乗り込み始皇帝を斬り殺すだけじゃ」

 

 他の人間がいえば絵空事でも、項羽が言うと真実味があるのだから恐ろしい。

 カルナやテセウスといった大英雄に守られた始皇帝をそう簡単に討てるとは思わないが、項羽ならばもしかしたらと思わせる迫力があった。

 

「……分かりました。出立しましょう」

 

 暫し目を瞑り塾考した劉邦は、十秒ほどで目を開き答えた。

 

「義兄上、宜しいので}

 

「ああ。こと戦に関しちゃ項羽将軍以上の人を俺は知らん。その将軍が早く攻める方が良いって仰るんだからそうだろう。

 曹参、聞いての通りだ。なるべく早く準備しろ。それが整い次第、秦帝国首都を陥とす」

 

「――――――御意」

 

 元々は庶民や小役人だろうと、これまで数々の修羅場を潜りぬけてきた事で劉邦軍も一端の『軍団』へ成長している。

 頭である劉邦が一度決断すれば早いものだった。武官筆頭の曹参を中心にして出立の用意が急速に整えられていく。

 

「そうじゃった沛公」

 

「なんです?」

 

「カルデアの連中と会いたい。以前一度迷惑をかけたことがあるのでのう。構わんな?」

 

「は、はぁ。構いませんけど」

 

 いつもなら少し考えてから決断する劉邦も、項羽の敵意すら感じさせる有無を言わさぬプレッシャーに即答してしまった。

 用は済んだとばかりに去っていく項羽の背を見つめながら、劉邦は素朴な疑問を感じた。

 

「なんか俺に対して当たりがきついなぁ。なんか俺、項羽将軍を怒らせるような真似したか?」

 

 残念ながら劉邦の疑問に答えられる人間は、この『時代』には誰一人としていなかった。

 

 




【元ネタ】正史三国志、三国志演義
【CLASS】セイバー
【マスター】???
【真名】劉備
【性別】男性
【身長・体重】173cm・54kg
【属性】中立・善
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷C 魔力A 幸運A 宝具A++

【クラス別スキル】

対魔力:A
 A以下の魔術は全てキャンセル。事実上、現代の魔術師ではセイバーに傷をつけられない。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】

カリスマ:A
 大軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
 Aランクはおおよそ人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。

敗軍の雄:A++
 負け戦において消耗を最小限に留め、戦場から撤退する能力。
 ランクA++ともなると戦場で討ち取る事は限りなく難しい。

皇帝特権:B
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ獲得できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。

【宝具】

桃園結義(とうえんのちかい)
ランク:EX
種別:対軍宝具
レンジ:2~100
最大捕捉:1000人
 固有結界。
 展開されるのは三人の漢が義兄弟の契りを結んだ桃園であり、必然としてそこに在るのは劉備、関羽、張飛の三人の英雄である。
 この宝具は三人の英雄が共有する心象風景だが、同時に三国志演義の読者達の思い描いた心象でもある。魔術師ではない劉備が固有結界の発動を可能にするのはそれ故。
 なお同年、同月、同日に死せん事を願わん、という誓い通り固有結界を解除するには劉備、関羽、張飛を同時に倒すしかない。
 もし同時に倒さなかった場合、死した豪傑は死の淵より蘇る事になるだろう。
 ただし史実通りに関羽、張飛、劉備の順番で倒された場合はその限りではない。

『雌雄一対の剣』
ランク:C
種別:対人宝具
レンジ:1~4
最大捕捉:1人
 劉備が挙兵の際に作らせた双剣。
 自身の与えるダメージを倍加させ、自身の被ダメージを半減させる。

三国鼎立(てんかさんぶんのけい)
ランク:A+
種別:対国宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 結界、城塞、領土、拠点等の三分の一を自分の領土とし、パラメーターなどを向上させる。
 対結界・対要塞において極めて有用な宝具ではあるが、この宝具発動中スキル〝敗軍の雄〟は発動しなくなる。


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第41節  覇王会合

 項羽将軍が直接会って話したいとのことで、自分達カルデアのメンバーは函谷関の一室で集合していた。

 本当はマシュだけで他のサーヴァントの皆は出陣の準備を手伝って貰いたかったのだが、全員が口を揃えて『万が一のために』と護衛として残る事を譲らなかったのである。助け舟を求めたマシュまで無言で頷く始末で、史実の項羽より先に四面楚歌を体験してしまった。

 結局カルデア側でも劉邦側でもない公孫勝だけが出陣の手伝いで、他のサーヴァント全員は自分の護衛ということで残った。これだけサーヴァント達に警戒感を持たせてしまうなんて、自分は不甲斐ないマスターだ……とは思うものの、先日の項羽の暴れぶりを思い出せばなるほど皆の気持ちも理解できる。

 項羽の要件は会って話すことだけだそうだが、もし罷り間違って項羽と敵対するような羽目になれば、きっとマシュ一人だけでは倒すどころか逃げることすら叶わないだろう。それほど項羽の武勇は常軌を逸しているのだ。

 

「――――俺じゃ。入って良いかのう」

 

 待っていること暫し。入り口の前で項羽の声がした。

 てっきり霊体化した状態で壁を擦り抜けて現れると思っていたので少し驚く。項羽という男は結構礼儀正しい人物らしい。

 唾を呑み込みどもらないよう「どうぞ」と言うと、項羽が堂々と部屋に足を踏み入れてきた。

 

「ほほう。洋の東西の英霊がこうも一か所に集まっておると壮観じゃのう」

 

 項羽の重瞳子が最初にディルムッドを捉え、アーラシュ、荊軻、マシュと順々に見ていき最後に自分で止まった。

 

「そこの小――――いやあれだけの肝っ玉を見せた男を小僧扱いは出きんのう。カルデアのマスターよ、先ずは以前の非礼を詫びようぞ」

 

「マスター。項羽と前に何かあったのか?」

 

 差し支えなければ教えて欲しい、と荊軻が言った。

 項羽が自分達と戦ったのはこの特異点にレイシフトして直後である。後から仲間になったアーラシュと荊軻の二人は当然その事を知らない。

 二人にも事情を説明しておいた方がいいだろう。

 

「俺達がこの特異点に来て直ぐ山賊に襲われたんだ。山賊そのものはマシュが簡単に気絶させてくれたんだけど、その山賊が楚の出身だったらしくて――――」

 

「楚人を襲う始皇帝の走狗と誤解した俺が誤って襲ってしもうたのよ。その節はすまんかったのう」

 

「いいよ、終わった事じゃないか」

 

 あの時はこちらも項羽の事を端から敵と認識していた節もあるし、そういう意味では御相子だろう。

 それに項羽はなんだかんだで先の戦闘で自分達を助けてくれた。今更怨みになんて思ってはいない。

 

「カルデアの事は公孫勝に聞いた。各時代の特異点を巡り、人理を修復しておるとか。立派なもんじゃ。俺がお前の年頃の時は、未だ反乱の狼煙もあげられておらんかったというのにのう」

 

「そんな俺なんてマスター候補の中で偶々一人生き残っただけで。これまでの特異点だって俺じゃなくてマシュや他の皆が頑張ってくれたからどうにかなったんですよ。俺自身はそう大したものじゃありません」

 

「謙遜は要らん。俺相手にああも堂々と物を言う男が凡夫なら、人類の九割が凡夫未満の匹夫じゃて」

 

「項羽将軍の言う通りです。フランスでも、ローマでも、オケアノスでも、ロンドンでも。先輩の的確な指揮と指示がなければ到底人理修復は叶いませんでした。英霊の座に登録待ったなしの大活躍です!」

 

「そ、それは止めて欲しいかな」

 

 苦笑いしながら遠慮の意を伝える。

 マスターとして戦うだけでも大変なのに、今度は英霊となりサーヴァント化するなんて冗談ではない。自分は極普通に死んで極普通に輪廻転生するなり審判を迎えるなりするのがお似合いだ。

 

「けど本当に年齢が若いから偉いってものでもないですよ。そりゃアレクサンドロス大王みたいに若い頃からバリバリ活躍する英雄もいるけど、ユリウス・カエサルみたいに遅咲きの英雄もいるじゃないですか」

 

「アレクサンドロス大王にユリウス・カエサルとな? その顔付きは直接会ったことがあると見たがのう?」

 

 項羽が我が意を得たりとばかりに笑う。

 

「……ご、御明察通りです。まぁアレクサンドロス大王の方は全盛期じゃなくて子供の姿でしたけど」

 

 アレクサンドロス大王とユリウス・カエサル。両雄とも人類史において稀代の名将であり〝(キング)〟。奇しくも両名ともに第二特異点での邂逅だった。

 

「子供の頃? そういう召喚もあるのか?」

 

『普通の聖杯戦争なら基本的に全盛期の姿で召喚されるから有り得ないんですけどね。今回の聖杯戦争は事情が特殊ですから』

 

「なんじゃこの節々に怯儒が染みた声は?」

 

『……どうして僕は毎度こんな扱いなんだ。一応最高責任者なのに』

 

 姿は見えないがロマンがガクッと膝をついて落ち込んでいるのが気配で分かった。

 これまでも地味にロマンには助けられてきているし、カルデアの人間は自分含めて能力の高さは認めているのだが、それでもこんな感じなのはキャラが原因だろう。

 だがロマンもこれまでの扱いで耐性が出来たのが直ぐに立ち直ると、

 

『改めまして大王。ボクはロマニ・アーキマン、カルデアのオペレート担当で一応は彼等の上官ということになります。ロマンとお呼びください』

 

「そうか。…………では一つ、ちと聞きたいことがある」

 

『なんでしょう? ボクに答えられる事であれば』

 

「公孫勝に聞いた。カルデアには召喚されたサーヴァントが多く滞在しておるそうじゃのう」

 

『ええ』

 

「その中に虞はおるか?」

 

『――――――!』

 

 覇王と天地に畏怖された項羽が、虞と慈しみすら持って呼ぶ人物は人類史に一人しかいない。

 虞美人草としてヒナゲシの別名にもなった、中国四大美人にも数えられる絶世の美姫である。そして覇王・項羽が愛した唯一の女性だ。

 戦場で活躍した逸話は無論皆無だが、マタ・ハリやアンデルセンなどを始め十分な知名度と信仰があれば武勇がなくとも英霊足り得る。その点でいえば虞姫は十分条件を満たしているだろう。しかし、

 

『――――――覇王。貴方の妻である虞姫は……』

 

「臆病ではあるが思いやりのある男だのう。嘘を吐くか迷わんでいい。本当の事を言ってくれ」

 

『……はい。貴方の妻の虞姫は、カルデアにはいません』

 

「―――――――――――――…………………………………………………………そうか」

 

 深い、深い溜息だった。

 寂しげに微笑む顔には、隠しようのない無念が滲み出ている。

 そこに秦軍を一人で震撼させた覇王の姿はない。ここにいるのは妻を愛する一人の男だった。

 

「あ、あの!」

 

 溜まらずマシュが項羽に声をかけた。

 

「この特異点の何処かにはきっと虞姫さんもいるはずです。今は無理でも、始皇帝を倒してからでも探しに行けば」

 

「無駄じゃ。始皇帝の奴めは余程俺の事が邪魔なようでのう。大陸が二つの聖杯で生まれた力で混沌隔離する際、俺と俺が率いた軍を全て切り離した。

 俺の傍には片時も離れず虞がおったからのう。この時代の俺や楚将と共に虞も特異点の外じゃろう」

 

 特異点の外へ行くには、特異点を修復し混沌隔離大陸を元通りにするしかない。

 だがそれをすれば聖杯により召喚されたはぐれサーヴァントである項羽は、この時代に留まる事は出来ないのだ。

 

「それでも諦めきれず役目を終えてから騅と共に大陸中を駆けずり回ったんじゃがな。やはり無為だったよ」

 

 そう言って項羽は天を仰ぐ。

 

「一目だけでも会いたかったんじゃがのう」

 

 清姫、ジル・ド・レェ、アルテミスと歪んだり過剰だったりしても純粋な愛をもつサーヴァントと出会った影響だろうか。

 孤独に笑う項羽を見たら自然と口が動いていた。

 

「まだ可能性はある」

 

「……なに?」

 

 項羽どころか他のサーヴァント達まで驚きの視線を自分に向ける。

 けれど口に出してしまった以上はもう止められない。どんな低い確率だろうと堂々と言ってやろう。

 

「この特異点の修復が終わってからでもいい。カルデアで項羽と虞姫の二人を召喚すれば再会できる」

 

 それは低すぎる確率だった。一口に英霊といってもその総数は軽く億を超える程いるのだ。

 誰が召喚されるか未知数のシステムを用いて、その中から狙い通り二人の英霊を引き当てるなんて、宝くじで一等を引くよりも難しいことだろう。

 それでも可能性がゼロではないのなら、きっとその未来はあるのだ。

 

「くっ、かっかっかっかっかっ! なるほどのう! これは一本とられたわ! 始皇帝を討つ理由が一つ増えてしまったわい!」

 

 さっきの寂しげな表情が嘘のように項羽が快活に笑う。

 元気が出てくれたようでなによりだ。この特異点が終わった後に大きな宿題をこなす必要が出来たが、そこはマスターとして頑張るしかないだろう。

 

「喜びに水を差すようですまないが忘れてはいないか、西楚の覇王よ。敵は始皇帝だけではない。チンギス・ハンもまた始皇帝に劣らぬ難敵。これを倒さずして人類史の未来はない」

 

「あ」

 

 ディルムッドの言うことは尤もだった。

 そもそもこの大陸がオケアノスのように地理が滅茶苦茶になったのは、二つの異なる聖杯が同時に存在した事が原因である。

 というより魔術王から聖杯を与えられたのはチンギス・ハンの方なので、そちらを倒さずには人理修復も糞もない。だが、

 

「ん? チンギス・ハンの持っておった〝聖杯〟なら公孫勝と二人でとっくに奪い取ってきたぞ。ほれ」

 

「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 まさかの展開に項羽以外の全員が絶叫した。ディルムッドなんで目から血涙でも流す勢いで絶叫した。

 けれど現実は小説より奇なりというやつで、項羽がおもむろに取り出したそれは見間違え用もなく正真正銘の聖杯だった。

 

「な、ななななななななななな」

 

「どうした? 要らんのか?」

 

「いりますいります! すまない、(ローマ)はいりますでござるかーwwww」

 

「センパイ、口調がおかしなことになってます。色々混ざってます」

 

 マシュのツッコミでごほんと咳払いして我に戻る。そういえば公孫勝は劉邦と一緒に勧誘しに行った際、もう役目は果たした云々と言っていたが、きっとこのことを指していたのだろう。

 

「けどどうして公孫勝さんはこの事を教えてくれなかったのでしょう?」

 

「聞かれなかったから、とでも宣うじゃろうな。あいつはそういう男じゃ」

 

「……すまないマスター。私が同じ侠者として一発殴っておく……本当にすまない……」

 

「うん、お願い」

 

 同士討ちは軍隊が一番やってはいけないことの一つだが、今回ばかりは止めはしない。

 何故ならばこれは同士討ちではなく修正だ。殴り合い(から)というやつだ。

 ともあれ項羽から聖杯を受け取り、残すは始皇帝の持つ聖杯だけである。

 

「そうだ、項羽将軍。これからの戦いの事で一つ頼みたいことがあるんだけど」

 

「なんじゃ?」

 

「襲ってきた兵士を返り討ちにすることは、止めはしない。でも過度な虐殺はやめてくれ」

 

「…………いいじゃろう」

 

「っ! ほ、本当に?」

 

 意外にあっさりOKを貰えて拍子抜けする。もしかしてその場しのぎの口から出任せなのでは、と下種の勘繰りが浮かんだが直ぐに否定する。

 項羽はこういう卑怯な嘘を吐く人間ではないし、嘘をついているようにも見えない。

 

「どうせこの特異点で秦人共を殺しても意味もないしのう。なにより俺は一度お前等を誤って殺そうとした負い目もある。従うのも仕方なしじゃろう」

 

「じゃ、じゃあもう一つ……沛公のことだけど」

 

 生前の項羽は劉邦に敗れ、自害に追い込まれた。つまり項羽にとって劉邦は、自分を殺した怨敵そのものである。

 軍議の場で剣を抜かなかったが、もし項羽が劉邦に対して牙を剥けば劉邦軍はおしまいだ。

 

「安心せい。劉邦に対して怨みは無論ある。じゃが戦後に伯父上を始めとした一族を保護してもろうたしのう。秦ほど怨み骨髄というわけではない。なにより俺を滅ぼしたのは劉邦ではない。天が俺を滅ぼしたのだ。ならば劉邦を恨んでも是非もない」

 普通の聖杯戦争で出逢えば無論殺すが、俺も状況が特殊ということくらいは理解しておる。奴への殺意は抑えようとも。尤も奴の面見ていると殺気が漏れるがそれは許せよ」

 

「ありがとう」

 

「礼は不要よ。それに奴の宝具は始皇を討つに有用じゃしな」

 

『え? 沛公はサーヴァントではなく人間ですよ。宝具なんて持ってませんよ』

 

「なんじゃ気付いておらんかったのか。奴はサーヴァントぞ。といってもそのものではなく公孫勝曰く擬似サーヴァントのようなものらしいがのう」

 

『なっ――――!?』

 

 項羽から告げられた衝撃の新事実に硬直する。

 だがよくよく考えれば思い当たる節があった。迷宮でテセウスに殺されそうになった時、劉邦は剣から龍炎を出してこれを退けたではないか。

 あれから色々あってその事を話題にしている暇がなかったため忘れていたが、あれは絶対にただの人間の出来る事ではない。明らかな神秘の行使である。

 

『生身の〝劉邦〟を英霊としての〝劉邦〟が依代にしているのか。確かに生前の本人自身なら依代としては完璧だけど』

 

『おやおやロマニ。ちょっと目を離している隙に面白いことになっているようだね。死後のサーヴァントが生前の自身を依代に現界する。確かに妙なことだが似たような例が他にないわけじゃない。

 恐らく今回の事は聖杯が二つある事で歪みが多くなったことと、死後と生前の二人の同一存在が同時存在することによる反動みたいなものだろうね。経緯が無茶なせいで未覚醒のようだし。

 項王が同じ目にあってないのは、単純に生前の自分が特異点の外に弾かれているせいだろう』

 

 ダ・ヴィンチが私見を述べる。

 

「じゃあ沛公にこの事を伝えて、英霊としての力を引き出して貰わないと」

 

「やめておけ。言われた程度で力を出せるならとっくに出せておるじゃろう。奴が力を引き出せるのは、恐らく奴自身の命が危機に晒された時だけじゃ。奴はそういう男よ」

 

「はは……」

 

「あと俺が生身ではなくサーヴァントというのは漢王には内密にな。余計な事を言って変に気を緩められても面倒じゃ」

 

 さっきから嫌な意味での信用を伺わせる発言ばかりだが、どれも否定できないのが辛い。

 項羽との約束と劉邦の秘密、そしてチンギス・ハンの死。多くの情報が流れるように出てきた、最後の平和な一時はこうして過ぎていった。

 

 



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第42節  始皇迎撃

 自らに縋る声で始皇帝は眠りより目覚めた。

 

「おお、陛下! お目覚めになられましたか!」

 

 居並ぶ重臣達、自身を護る傀儡兵士。見慣れた光景だが、唯一の違いは群臣の恐怖が内にある主君ではなく外へ向けられていることだった。

 有事以外では決して起こすなと申し付けてあったにも関わらず、群臣達が自分を起こす事を躊躇わなかったことと、恐怖の方向性から始皇帝は状況を即座に理解する。

 

「叛徒共が攻めよせて来たか。この咸陽まで」

 

 忌々しさから玉座を破壊しそうな衝動にかられるが、始皇帝は「非合理だ」と強引に怒りを抑えつける。

 三国志演義の主役格というわりに劉備も案外と大したことがない。

 もし目の前にいれば八つ裂きにして責任をとらせたが、もういないのであれば是非もないだろう。先祖である劉邦を代わりに八つ裂きにして済ますだけだ。

 だが始皇帝は劉備に対して激しい怒りを抱きながら、同時に劉備の能力については正当な評価をしていた。

 あの劉備が時間稼ぎに徹したのならば、最低でも一カ月は保つ。しかもかんこくかんには六虎将最強の武勇を誇る蒙武もいたのだ。

 それがこうも短時間で突破されたということは、計算することも出来ぬ規格外の援軍が劉邦軍に加勢したとしか考えられない。

 つまりは――――

 

(項羽と劉邦が合流したか)

 

 史実において秦帝国を滅ぼし、その後の天下を争った二大英傑。その両雄が今正に手を組んで咸陽の外にいるのだ。

 想定しうる限り最悪の状況といえる。せめてチンギス・ハンの襲撃さえなければと思わずにはいられない。あれさえなければ始皇帝は万全の状態で項羽と劉邦を迎え撃つ事が出来ただろう。

 だが今の始皇帝はまだ万全ではない。これまで静養に努めた御蔭でカルナやテセウスといったサーヴァントの方は万全だが、肝心の始皇帝自身はまだ回復しきっていなかった。

 幸いにして気力体力の方は十全に戻りはしている。けれど項羽のような己の武こそを頼りとする英霊とは異なり、始皇帝は宝具の圧倒的物量で敵を制圧するタイプの英霊である。

 気力十分でも宝具が回復しなければ何の意味もない。

 水銀の海なんて殆どが蒸発したままだし、特に傀儡兵の消耗は顕著だ。

 傀儡兵は始皇帝にとって将棋でいう〝歩〟でありチェスにおける〝ポーン〟である。戦略の要ではないが、戦略を構成する上で欠かせぬ土台でもある。これが碌にないというのは大き過ぎる痛手だった。

 

「止むを得ん。忌々しいがアレを使うか」

 

 漆黒の軍団と六国に恐怖された秦兵の写し身たる傀儡兵は使えない。だが始皇帝にはまだ兵力の当てがあった。

 本来これは戦などに使うものでもないのだが、現有戦力がそれを許してはくれない。

 

「カルナ、テセウス」

 

「――――――」

 

「おう、遂に天下分け目の一戦だな」

 

 明朗快活に笑う巨漢の豪傑に対して、肉体と一体化した黄金の鎧を纏う槍兵は静かなものだ。

 これより人類史の未来を奪い合う戦いが始まるというのに、カルナはまったくの自然体のまま、最初出会った時から変わらぬ全てを見透かす双眸を始皇帝へ向けている。

 

「貴様等の役目は分かっているな。朕の命じた役目を各々こなせ」

 

「あいよ。ここまできたんなら俺も最後まで付き合うさ。不敬は特例で許せよ? 我が友は否定的な意見を持つかもしれんが、少なくとも俺もアンタの作る未来にはちと興味がある。存分に働くさ。宋江や他の連中がいないのがちと残念だが」

 

 テセウスはいい。テセウスは始皇帝が『聖杯』により召喚したサーヴァントの一騎である。

 なんだかんだで始皇帝の目指すものにも肯定的であるし、欲望を隠そうともしないことも分かりやすい。なによりルーラーたる始皇帝にはテセウスの令呪があるので、仮に裏切ったとしても即座に始末できる。

 けれど英霊カルナ、彼は違う。

 彼は始皇帝の召喚したサーヴァントではなく、聖杯によって招かれたはぐれサーヴァントの一騎。よって始皇帝はカルナの令呪を保持してはいない。

 では始皇帝の目指す未来に賛同しているのかといえばそうでもなく、大っぴらに否定もしていないが肯定もしない中立のスタンスを貫いている。

 始皇帝にとっての項羽が計算不能な敵ならば、カルナは最も理解不能な味方だった。

 今は自分に匹敵する規格外の力量を惜しむが故に生かしてはいるが、用済みになればいの一番に粛清するだろうと始皇帝は確信していた。

 

「カルナ、貴様にもう一度だけ聞く。貴様はどうして朕に従う?」

 

従僕(サーヴァント)が主人に従うのは自然なことと思うが」

 

「そういう意味ではない。どうして貴様は朕の臣下に甘んじている。人理修復が目的ならばチンギス・ハンがいなくなった時点で果たされているだろう。テセウスのように令呪の縛りもなく、六虎将のように傀儡の身でもなく、かといって宋江のように金、地位、女を求めるでもなし。朕には、貴様が分からん。何か朕には言えぬ野心でも秘めているのではないのか?」

 

「単純な命題を複雑に考えるな。お前はオレのことを過大に評価し過ぎている。オレはお前の理想を超える野心(ユメ)を抱くほど大した人物ではないし、そもそも深い考えなど何一つない。

 オレはただオレの槍を求めた主人のために働いているだけだし、それ以外の理由は特にない」

 

「ならお前は誰の言うことでも聞くとでもいうのか? どんな人間でも主人として認め、どんな命令にも従うというのか?」

 

「それも過大評価だ。オレは忠実な男ではない。前にも言ったはずだぞ、始皇帝。この世全てを憎みながら殺すのではなく治める事を選んだ孤独な男よ。お前がその矛盾を抱え続ける限りにおいて、我が槍はお前の敵を悉く焼き払うと」

 

「矛盾……矛盾だと? 阿呆か貴様は、無知蒙昧めが。朕に矛盾など欠片もない」

 

 この中華の誰もが始皇帝が殺意を向ければ、たちどころに平服して許しを乞うた。

 群臣や諸将は無論のこと、旧六国の王すらもが例外なく。

 ただし英霊カルナは濁流の殺意を真っ向から浴びながらも、柳のように佇むだけだ。鋭利な眼光はそのままに。

 

「いや矛盾は明らかだ。お前は明らかにおかしい行動をしている。武芸に生きた俺には上手く適当な表現が見つからないが、こういうものを『意味不明』というのか?」

 

「……余程、死にたいと見える」

 

 剣を抜刀すると、ぴたりとカルナの首筋へ当てる。

 暗殺されかけた教訓から始皇帝が鍛冶師に造らせた儀礼用の装飾が施されながらも、兵器としての切れ味を備えた名剣だ。黄金の鎧に身を護られていようと、カルナが無抵抗なら首を落とすくらいは容易だろう。

 

「自ら死のうとは思わんが、お前がオレの首を欲するなら持っていくがいい。余り値打ちなどはないので心苦しいが」

 

「落ち着きなって陛下。敵と戦う前に味方の戦力削いでどうするんだ」

 

 テセウスがやれやれと嘆息しながら割って入る。

 

「それにカルナ殿を殺すのは俺の役割だろ(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

「……そうだな」

 

 義理人情の話は嫌いだが、合理性のある諫言ならば始皇帝としても聞き届ける事に否はない。

 剣を鞘へ納め、カルナを解放する。

 

「今は殺さん。叛徒共を鎮圧するのに貴様の宝具はまだ必要だ。しかしこの戦いが終われば……」

 

 もはや理解できない兵器などは不要。さっさと首を刎ねて始末する。

 

「承知した。であればこれが俺の最後の務めだ。望み通りお前の敵を全霊で打倒するとしよう」

 

「やれやれだよ、カルナ殿も不器用な。んじゃ陛下、俺も行ってきますよ」

 

 カルナとテセウスが並んで宮廷より出て行く。

 厄介物のカルナを追い払い始皇帝が一息ついたところで、おろおろとこちらを伺う群臣達が目についた。

 

「何をしている。貴様等もさっさと宮廷より出て行け。邪魔だ」

 

『ぎょ、御意!!』

 

 どうやら始皇帝の殺意に余程恐々としていたのだろう。群臣達は雲の子を散らすように退散していった。

 宮廷に残るは一人、始皇帝のみ。始まりの皇帝は玉座で静かに叛徒を待つ。

 

 




 とんでもないことに気付きました。今登場サーヴァントを見比べてみたら、なんとマシュを除けば荊軻さんしか女性サーヴァントがいません。原作の特異点は序章の冬木を除けば最低六人は女性サーヴァントがいたのに、幾らなんでも一人だけってどういうことやねん……。どんだけ女っ気ないねん。こないなもん喜ぶのホモの安珍だけやないかい。あ、そうか。だからディルムッドにとっては天国なんだ!
 とまあ女っ気のない本特異点ですが、もうラストバトルという終盤で女性鯖を追加する枠なんてもう皆無ですので、この作品は女っ気のないまま終わりを迎えそうです。


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第43節  過去・現在・未来

 秦帝国首都〝咸陽〟。この大陸の政治の全てを執り行われるそこは、中華の――――いや東洋世界の中心とすらいえるだろう。

 城壁の威容はそれだけで外敵の心を折るほどで、聖杯の存在する影響なのか周辺一帯の魔力が咸陽へと吸われているようだった。

 深く肺に溜まった空気を吐き出し、代わりに新鮮な酸素を流し込む。

 とうとうここまで辿り着いた。ここまでくれば余計な回り道も躊躇いも不要。後は攻めて、聖杯を持つ始皇帝を倒すだけだ。

 だが始皇帝側も攻められることを座して待つほど呑気ではなく、城門が開くとそこから黒衣の軍勢が現れる。

 

「傀儡兵じゃねえな。全員、人間の兵隊だ」

 

 千里眼で瞬時に正体を見抜いたアーラシュが言う。

 

「なんだ? また肉壁作戦か?」

 

「同じ手とは芸がないのう。章邯であればもっとマシな手を使おうぞ。秦は人を失ったようじゃのう」

 

 劉邦と項羽が二人して呆れる。

 生身の兵士を用いてアーラシュと公孫勝の対軍攻撃を封じる作戦は、確かに以前は上手く嵌まった。しかし相手が生身の人間であろうと欠片も手心を加える事のない項羽が仲間になったことで、そのような作戦はもはや殆ど意味をなさなくなっている。

 

「いやあながち無駄とも言えんだろう」

 

「荊軻殿は意味があるって?」

 

「ああ。確かに殆ど意味はないかもしれないが、逆に言えば僅かには意味がある。あの秦軍を蹴散らすのに時間をとられている少しの間に良からぬ事でも企んでいるのやもしれない」

 

『或はそうやって焦りを触発させておいて、城内部へ誘い込む罠か……だね』

 

 荊軻の意見にダ・ヴィンチが反対意見を付け足す。

 秦軍の数は然程多くはないし、サーヴァント抜きでも劉邦軍なら十分戦えるだろう。ならば秦軍は無視して自分達だけ先に城内へ突入するというのも一つの手だ。サーヴァントの跳躍力をもってすれば、城壁を飛び越えることだって容易いのだから。

 それに秦軍を倒してから全軍で突入するというのは安全策ではあるが、同時に無駄に被害が増える可能性が高い。サーヴァント戦に一般兵士が巻き込まれる危険性が高いのは勿論だが、都に入った劉邦軍兵士達が民衆に一切乱暴することなく紳士的に振る舞うと信じれるほど、この時代は甘くはないのだから。

 

「沛公。沛公はあの秦軍をお願いします。俺達はその間に城内に侵入して始皇帝を倒しますから」

 

「ほほう」

 

 自分の結論を聞いた項羽が、闘争心を剥き出しにしながら口端を釣り上げた。対する劉邦は腕を組みながら、

 

「手柄を独り占めするつもりか? …………と、普通の戦なら勘繰ったべ。だがどうせ始皇帝を討ち取りゃ全てがなかったことになる茶番で、欲の皮突っ張る必要はねえよな。

 ようし。ここは俺達に任せて先に行けぇ! ちゃっちゃと始皇帝倒して、世界を元通りにしてきてくれよな!」

 

 グッと笑いながら劉邦は格好良く自分達の背中を押してくれた。

 秦軍と対峙しながらそう言う劉邦は、正に英雄と呼ぶに相応しく颯爽としていて、もしこれが初対面であれば確実に騙されただろう。

 長い付き合いの自分はもう騙されない。どうせ咸陽へ突入して始皇帝と戦うより、外で秦軍相手にする方が楽だしいざという時に逃げやすい――――そんな打算が最近読めるようになってきた。

 劉邦といい宋江といい劉備といい、この特異点に来てからやたら生き汚いサーヴァントと出会ってきたせいで、汚れた方向に知恵が働くようになってしまった自分が憎い。果たしてこれは成長といえるのだろうか。

 

「カッカッカッカッカッ! やはり人類最後のマスターは言うことが一味違うわ。正直ありがたいわい。実はさっきから武者震いが止まらなくてのう。片時も忘れず憎悪した始皇帝が直ぐ近くにいるというだけで今にも飛び出しそうだったんじゃ」

 

 烏騅に跨る項羽は、自らの矛を握りしめ前へ進み出た。歯を剥き出しに激しく滾りながら咸陽を睥睨する様は、中華を震撼させた覇王の名に違わぬ迫力がある。

 

「どらぁああああああッ!」

 

 気魄一閃。項羽は大矛を渾身の力で振り下ろした。

 空間が拉げるかのような突風が吹き荒れる。地面へ叩き付けられた大矛の破壊力は電流のように地面を伝わり、衝撃波は地割れを起こしながら咸陽の城門目掛けて突き進んでいく。

 天災すら引き起こす武の進撃を人間が止められる筈がない。進行方向上にいた兵士は、咸陽の城門と共に吹き飛んでいった。

 

「血路は開いた。これで邪魔者はいなくなったのう」

 

「じゃ、邪魔者はいなくなったって? え? は? な、なんなんだべこれ!? 流石におかしいだろ!」

 

 劉邦も項羽の滅茶苦茶な攻撃に開いた口が塞がらないようだった。それは自分達も同じ。

 項羽の武勇がとんでもないことは知っていたが、流石にこれはぶっ飛んでいる。遠当てという次元ではない。

 

「ではな、カルデアよ。悪いが先に―――――おっと、忘れものをするところじゃった」

 

「は?」

 

 そう言って項羽は問答無用に劉邦の首根っこを掴むと自分の後ろに乗せる。余りの早業に樊噲と夏侯嬰も呆気にとられて対応出来なかった。

 

「こ、項羽将軍なにを!」

 

「火事場でないと目覚めんのなら火事場に放り込んでやるわい。騅よ、お前もこのような下品な男を乗せることなぞ不本意じゃろう。だがお前の苦しみは俺の苦しみよ。俺も耐える故に耐えよ」

 

 主の言葉に騅は了承するように嘶く。元より騅に否などはない。騅にとって項羽の行く道こそが己の道であり、項羽と別れる事こそが己の死である。

 劉邦の事は騅も嫌いだが、項羽と共に戦場を駆ける喜びと比べれば、劉邦を乗せることの不快感など微々たるものだ。

 だが騅は納得しても訳の分からない内に乗せられてしまった劉邦はそうはいかない。自分の命が惑星よりも大事な男は全力で抵抗する。

 

「項羽将軍、待った待った! 俺みたいな雑魚を連れてっても役に立たないべ! 連れてくんなら樊噲の方が一兆倍役に立つからそっちにしてくれ! というか俺、全軍の指揮とか――――」

 

「喧しい。仮にも俺を滅ぼした英雄ならばしゃきっとせんかい。覚悟を決めぃ! 行くぞ!」

 

「いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 英雄らしく戦場を馳せる西楚の覇王と、英雄らしからぬ悲鳴をあげる大漢の高祖。

 まるで二人の性格の違いを如実に現すかのように、対照的な声をあげながら両雄は咸陽へと突入していった。

 

「くっ! 項羽の奴め、どんな考えがあるか知らないが義兄上まで連れて行くとはなんてことを! こうなれば私も」

 

「待て樊噲」

 

 激怒し項羽を追おうとした樊噲を止めたのは曹参だった。

 

「何故止める?」

 

「劉邦様が項羽将軍に連れて行かれた上に、お前まで追って行ったら全軍の指揮が滞る。そもそも咸陽の中にいるのはサーヴァントとかいう鬼神めいた奴等なんだぞ。人間のお前が行っても邪魔になるだけだろう」

 

「――――む」

 

 猪のような腕っ節の強さと落ち着いた理性を併せ持つ樊噲は、曹参の言葉にある理を認めざるを得なかった。

 曹参は疲れた顔でこちらに視線を送ると、

 

「劉邦様を頼まれてはくれるか? あんな人でも我が軍にとってはいてくれないと困る人なのだ」

 

「最初からそのつもりです。けど沛公を見つけてから一度ここに戻っている暇はないかもしれません」

 

「分かっている。敵将を前にして逃げる訳にもいかんだろうからな」

 

「じゃあそういうことで公孫勝」

 

「何用だ?」

 

「俺達全員が城へ突入して残った劉邦軍に秦がなにかしないとも限らない。だから公孫勝はもしもの時のために残って欲しいんだ」

 

「あい分かった。留守は任せろ、私もそちらのほうが楽ができる。……それになるほど私は万が一の時のために必要だ」

 

「?」

 

 含みのある公孫勝の言い方が気になるが、今はそのことを追及している場合ではない。

 今は急いで項羽と劉邦を追わなければ。

 

「マシュ、ディルムッド、アーラシュ、荊軻」

 

 この特異点で仲間になってくれたサーヴァント達の真名を呼ぶ。

 彼等の為にも、そして自分達へ未来を繋げるために散っていった土方のためにも――――立ち止まる訳にはいかないのだ。

 

「戦闘開始だ、行くぞ!!」

 

 

 

「項羽と劉邦、始皇帝。どっちが勝つにせよ負けるにせよ、とうとうこの特異点もおしまいだね」

 

 雲に浮かぶ霊山の山頂でその少年は、用意された台本を読み上げるような自然さで言った。

 いや果たしてその男は本当に〝少年〟なのだろうか。真っ白な白髪と全てを見透かすような眼、そしてなによりも大樹のように深く静謐な気配。見た目こそ中性的な少年のそれだが、雰囲気は百を生きた長老のようだった。

 少年の星のように黄色い双眸はぼんやりと雲海を眺めている。言うまでもなくそこに咸陽などはなく、戦の光景もありはしない。だがその程度の事は問題になりはしないのだ。なにせ少年の千里眼をもってすれば目の前を見るかの如き容易さで過去・現在・未来を見通してしまうのだから。

 だから少年は雲を眺めながら咸陽の景色を視ていたし、遥かな特異点の先にある〝神殿〟とそこにいる〝王〟の姿すら視認していた。もっともそれは向こうも同じだろうが。

 

「信」

 

「なんでしょう、老子」

 

 少年が名を呼ぶと、信と呼ばれた青年は書物を読み耽るのを止め振り返った。

 

「君は結局何もしなかったけど、これで良かったのかい?」

 

 少年は素朴な疑問から、一応自分の教え子となる弟子に尋ねる。

 

「構いませんよ。だって仮に僕の才能でこの特異点を修復したとして、それって最後には全部なかったことになるんでしょう」

 

 信はそういった方面の才能はなかったので、師匠のように仙術を自在に操る事も出来ないし、魔術や聖杯戦争についても詳しい訳ではない。

 ただ師から聞いたことで特異点についての具体的詳細は聞き及んでいた。

 

「だったら興味ないですよ。僕の望みは僕の才能を存分に振るい、才に相応しい地位へ至ること。一国の王となる事こそが我が願い。

 劉邦とやらに協力してやって秦を倒しても、事が終われば僕の功績はなくなってしまう。僕は元通りの股夫に逆戻りです。それじゃあ意味がないんですよ。

 僕は僕の王になる夢のためになら命だって懸けられますけどね、天下万民なんていう有象無象の凡夫のために命を賭ける必要性はないでしょう」

 

 信の言葉からは自分の『才能』に対する絶対的自信と自負に満ち満ちていた。

 老子はそれを増長とは思わない。増長とは自らの力に酔って、自らを身の丈以上のものと思い上がることを指す。信には当てはまらない。

 師匠といっても老子が信に教えを授けた事はない。老子がしたのは自分が持っていた兵法書を貸し与えてやっただけである。ただそれだけで信は水を吸うように兵法を吸収していき、文字を読むことすら覚束なかった男が一週間もする頃には内容を諳んじれるまでになっていた。

 無論兵法書を丸暗記するだけで名将になれるわけではない。趙の趙括の例を出すまでもなく、実勢経験や人の命の重みを知らなければそれは生兵法に過ぎず、本物の臨機応変の兵法を相手にすれば容易くボロが出る。

 そう、普通の天才ならば。

 信は単なる天才などではない。信じ難いことだが信は兵法書を丸暗記し幾つかの戦場を見て回っただけで、既に秦国六虎将をも呑み込むほどの将才を目覚めさせていた。

 森羅万象を識る老子をもってすら規格外と断言できる天賦。

 本人はまだ知らぬことだが――――後の世において〝国士無双〟と謳われるのは自然の道理というものだろう。

 

「そういう老子こそ手出ししなくていいんですか? 始皇帝だけじゃなくて、魔術王とかいうのとも老子なら戦えるんじゃないんですか?」

 

「遠見持ちは強者の別名じゃない。特にボクはね。ソロモンどころかボクじゃ魔神柱一つ倒せないよ」

 

「詭弁を。負けることもないでしょう」

 

「そもそも勝ち負けには然程意味なんてない。物事はどれほど些細なものだろうと巡り巡って循環する。負ければ敗北の運命が循環し、勝てば勝利の運命が循環する。辿り着く先は虚無、始まりの場所は虚無。起源と結論は常に同じ。ただそこに至る過程が無限連鎖するだけなんだ」

 

「相変わらず貴方の仰ることは理解できない。要するにソロモンを止める気はないと?」

 

「人類史焼却も一つの自然の摂理。それに抗うカルデアもまた一つの自然。この世に不自然なものはなく、万象全てが自然(ボク)だ。争う理由が見当たらないな」

 

「貴方は、ずっとそうして傍観者でいればいい。僕はそうはならない。いずれ地上へ下り、僕の才能で『韓信』の名を天下に知らしめてやる。

 過去大勢の凡夫共が僕の大望に気付かず笑ったが、いずれ至尊の座についた時は逆に笑ってやろう。そう、僕はいずれ王となる男だ!」

 

 だが今はまだこの男が世に出る時ではない。

 国士無双は未だ地に伏せ時を待つ。

 そして老子は今もこれからも自然と生きていくだろう。例え人類史が欠片も残さず燃え尽きようとも。

 下界では項羽と劉邦、始皇帝の戦いが遂に始まろうとしていた。

 




 尺の都合で出番がないんなら、マーリン的なゲスト出演だけでもやろうという……。
 すまない……韓信は単独鯖で出したかったけど尺がなかったんだ……本当にすまない…………。あと韓信の兵法の師匠が太上老君とか100%捏造設定なんだ……すまない……本当にすまない……。だからこの元ニートが一体どこで兵法学んだのか知っている人がいれば教えて欲しい……。


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第44節  咸陽突入

 項羽の起こした地割れで城門が吹き飛んでいたこともあって、城内への侵入は容易だった。

 中へ入ってからは生前にもこの特異点でも咸陽へ来た事のある荊軻の出番である。既に咸陽内の秘密通路に至るまで調べ尽くした荊軻の案内で、真っ直ぐ秦の王宮へ走った。

 自分達に気付いた衛兵が気付いて襲い掛かってきたりもしたが、それはアーラシュとディルムッドが手早く片付けてくれた。結果的に無関係な民を恐がらせてしまっているが、状況が状況なのでそこは目を瞑るしかない。

 欺瞞だとは思うが、恐がらせてしまった民には心中で詫びる。

 

「アーラシュ! カルナとテセウスが襲ってくる気配は!? 特にテセウス!」

 

 全力疾走しながら横を並走するアーラシュへ聞いた。

 規格外の存在密度を誇り隠しようのない魔力を持つカルナは兎も角、テセウスは気配遮断スキルを保有するアサシンのサーヴァントである。この街中で移動中の不意をついてこないとも限らない。

 

「少なくとも近くに気配はないから心配しなくていいぜ。アーチャーの〝眼〟を信頼してくれ。仮にテセウスがどこかしらに潜んでいようと、攻撃してきた瞬間に矢を喰らわせてやる」

 

「頼もしいな」

 

「ええ、まったくです。相手がギリシャ神話の大英雄ならアーラシュさんはペルシャの大英雄です。まったく負けてません! むしろ私の主観では勝ってます!」

 

「期待が重いな。だがそれに応えてこその英雄だ。任せときな」

 

 アーラシュは元気づけるように胸板を叩き人を安心させる笑みを浮かべた。

 そう、自分達は決して孤立無援などではない。人類史を巡る長い旅路には常にアーラシュやディルムッド、そして荊軻のような仲間達との出会いがあった。彼等の力こそがこれまでの特異点を攻略できた原動力であり力なのである。

 カルナとテセウス、更には未だ姿を見せぬ始皇帝。

 いずれも強力無比な敵ではあろう。だが幾ら強くても相手が〝個〟に過ぎないのならば勝ち目はある。

 相手が単騎でくるならばこちらは群騎で。敵が己が力を頼るなら、こっちは皆の力を頼るのだ。

 きっとそれが始皇帝を倒す最適解であろう。

 

「止まれ! これより先を何処と心得る!」

 

「陛下の住まわれる皇宮なるぞ!」

 

 傀儡兵ではない近衛兵がこちらを認識するや槍を突き出してくる。

 やはり皇帝の身を守護することを任とする近衛兵は、傀儡兵とも他の一般兵とも迫力からして違っていた。立派なのは鎧だけではなく中身もだろう。槍を構える姿一つすらが洗練されていた。

 彼等は始皇帝の敵であれば一人が十人を斬る猛者である。彼等の瞳には自らの主君を守るという強い決意が宿っていた。

 分かっている。彼等にとって悪とはこちらだ。何も知らない彼等にとって――――いや、仮に全てを知っていたとしても、彼等からすれば自分達は薄汚い侵略者に過ぎないのだと。

 だが既に覚悟は済ませた。躊躇いや甘さはもう置いてきている。ならば、

 

「マシュ!」

 

 そこで敢えてディルムッドや他のサーヴァントではなく、マシュの名を叫んだのはどうしてか。

 

「はい! 押し通ります!」

 

 マシュは悲壮な覚悟を込めて返事をしながら、盾を前に突き出し近衛兵を突き飛ばす。

 命はとりはしない。殺さず後遺症も残らぬよう絶妙な手加減のされた峰打ちだ。

 それを偽善だと、傲慢だと笑うなら笑えばいい。覚悟を決めようとどうしようと、これがカルデアの、

 

(いや俺達のやり方だ)

 

 否定されようと、覆すつもりはなかった。

 近衛兵を気絶させ、邪魔する者はいなくなった。ならば後は本丸へ乗り込んで始皇帝を討つのみ。一気呵成に皇宮へと飛び込んだ。

 

「――――おぉ! お前ぇらか! 来ると思ってたぞ畜生! 待ってたべ!」

 

「…………え?」

 

 皇宮へ突入して最初に目に飛び込んできたのは、カルナでもテセウスでも始皇帝ですらなく、壁を背に剣を構えている劉邦だった。

 項羽に連れ去られてから酷い目にあったらしく、顔面中から汗が垂れている。正直汚い。

 

「あの。沛公、ここで何をしているんでしょう? 項羽将軍の姿も見えませんけど」

 

「それなんだけど聞いてくれよマシュの嬢ちゃん! 項羽の野郎、皇宮に入った途端に俺のことほったらかして一人で行っちまったんだぜ! 四面楚歌に追い込まれれば貴様も目覚めるかもしれんとか言ってよ! つぅか四面楚歌ってなんだべ! そんな言葉聞いた事ねえべ! 四面から楚の歌が聞こえるからなんだってんだよ!」

 

「そりゃそうだ」

 

 なにせ項羽と劉邦の最終決戦が元ネタだ。四面楚歌なんて言葉はまだ誕生すらしていない。

 しかしどうやら項羽は劉邦を敢えて敵中に孤立させることで、劉邦の生存本能を刺激し、憑依しているサーヴァントの力を目覚めさせようとしたのだろう。

 強引過ぎる上に滅茶苦茶な荒療治だが、一定の効果はあったらしい。

 視線を劉邦の足元で土塊と化している傀儡兵達へ向ける。数はざっと五十といったところだろうか。樊噲や曹参といった猛将ならこのくらいの数は平然と倒しそうだが、少なくとも『人間』の劉邦に出来る事ではない。

 

「これだけの数の傀儡兵を一人で倒したんですか?」

 

「ん、おお! そうだべ。これが火事場の馬鹿力って本当にあるんだな。もしかしてこれが俺も豪傑の仲間入りか? 隠された自分の才能に惚れ惚れしそうだぜ。

 というか見てくれよ。前にデカブツに襲われた時に出た火! 気合い入れたら出せるようになったべ」

 

 劉邦が自慢げに剣から龍炎を灯す。どうもまだ自覚はないが、意図的に力を引き出せるようになっているらしい。項羽のやったことはあながち間違っていなかったのかもしれない。

 本当ならロマンやダ・ヴィンチの指導で劉邦には完全に力を引き出せるようになって貰いたいのだが、今は敵の居城のど真ん中である。そんな暇はない。

 一刻も早く始皇帝の所へ行かなくては。

 

「でもそう簡単に辿り着かせては、くれないよな」

 

 余りにも絶望的障害の登場に絶句するを通り越して笑ってしまう。

 刃のように鍛え抜かれた痩身と、肉体と一体化した黄金の鎧。手に持っているのは神々の王(インドラ)すら持て余した神殺しの槍。

 マハーバラダにおける不死身の英雄。死の征服者(カルナ)が始皇帝への道を塞ぐように現れた。

 

「カルナ……、先に行った項羽将軍はどうしたんだ?」

 

 中華最強の項羽が遅れをとることなど普通では有り得ないが、カルナは普通とは対極に位置するサーヴァントである。もしやの不安から訊いた。

 

「あの男の相手はテセウスが担当することになっている」

 

「テセウスが?」

 

 ということは此処にいるのはカルナだけで、他のサーヴァントはいないのだろう。

 取り敢えず安心する。カルナと一緒にもう一人のサーヴァントを相手にするなんて難行、とてもではないがやってられない。

 

「視界の端には捉えていたが、こうして顔を突き合わせるのは初めてだな、施しの英雄よ。インドの大英雄同じ弓使いとしちゃ弓の腕を競い合ってみたかったが、見たところ槍兵(ランサー)の召喚らしいしまたの機会に預けておくぜ」

 

 自分と同じ『大英雄』と称えられる者との対面に、アーラシュは一人の英霊として喜びを隠せてはいないようだった。

 カルナにもアーラシュの裏表のない賛辞は届いたようで、ほんの微かに笑みを浮かべたように見えた。

 

「それはこちらも同じだ、人の世に生まれた最後の神話を具現する男よ。オレの弓と貴様の弓、どちらが勝るか願わくば存分に試し合いたいものだ。

 だがオレが始皇帝より命じられた事はお前達の抹殺だ。ここは通さぬし逃がしもできない。悪く思え」

 

 奇襲姦策など不要。最強の英雄は真正面から堂々と闘気でこちらを呑み込んでくる。これがサーヴァントの中でも規格外のEX級サーヴァントの迫力なのだろう。

 気力で負ける訳にはいかない。自分を奮起させ、カルナの濁流のような闘気を受け止める。

 

「迷いのない瞳だな。己の中の正しさを疑わぬ――――――よくない目だ」

 

「なんだって?」

 

 迷いのない瞳がよくない。カルナの言っている事の意味が分らず間抜けにも聞き返してしまう。

 

「〝一言少ない〟という嘗ての主人の教えを実行するため、念には念を入れ一時間ほどお前の時間を貰いたいところだが、現在の主人はせっかちでな。オレがお前達と要らぬ会話をする事が許せぬらしい。

 尤もな意見だ。これから殺し合う敵と情を芽生えさせるような真似をすれば、オレの槍も或いは鈍るやもしれん。マスターが的確な助言を与えてくれたのであれば、サーヴァントであるオレは従うだけだな」

 

 カルナの全身から発せられるのは、鋼鉄すら溶かし尽くす灼熱だった。人々に豊穣の恵みを与える日輪の神性が、ここに敵となって牙をむく。

 冷や汗が止まらない。カルナは白兵一転特化型の項羽とは違い、武芸と宝具が両方とも並はずれたサーヴァント。項羽ならば通じる絡め手も一切通じないと覚悟したほうがいい。

 はっきり言ってこの特異点で出会った中で最強のサーヴァントだ。純然たる戦闘力で互角に戦えるのは項羽くらいだろう。

 

「なぁおいどうすんだべ!? 敵さんやる気満々だけど、あれってもしかしなくても公孫勝の神兵軍団と一人でやりあってた怪物じゃねえか。どうすんだよ、勝ち目はあんのか?」

 

 劉邦が震え声で情けないことを言う。

 こちらの戦力はマシュ、ディルムッド、アーラシュ、荊軻の四人。擬似サーヴァントとして目覚めつつある劉邦も加えれば五人だ。対する敵はカルナ一人、テセウスの姿は見受けられない。

 となると五対一でこちらが優勢なのだが、カルナという大英雄にとって五対一程度の不利など誤差のようなものだ。

 カルナがもしあの『神殺しの槍』を解放すれば、敵が千だろうと万だろうと燃やし尽くせるのは道理なのだから。

 

「沛公、覚悟を決めて下さい。相手は逃げる事なんて許してくれませんから、倒して突破する以外に生き延びる道はありません」

 

「だよなぁ。逃げたところをあの光線みたいので撃たれちまったら仕方ねえし。しゃあねえべ」

 

 逃げることに活路はないと悟った劉邦は、さっきまでの慌てようが嘘のように剣を構え冷たい殺気を剥き出しにする。

 これまで散々無様を晒してきた劉邦だが、仮にも身一つから天下をとった男だ。いざという時の肝の据わりようと度胸は並み大抵のものではなかった。

 

「殺さねえと生きられねえってんなら殺ってやらぁ! 野郎共、カルナをぶっ殺して始皇帝の首級獲るぞぉぉぉぉおおおおおおおおお!」

 

 生の感情を丸出しにした一括。果たしてそれが開戦の号砲となった。

 カルナという一人の英雄を倒すため、五人の英雄が地を蹴った。

 

 

 

 劉邦を傀儡兵のど真ん中へ放り込んだ項羽は、騅が駆けるがままに宮中を疾走していた。

 荊軻と同じく項羽も生前この皇宮に入った事はあるが、生憎と昔のことなので道順などまるで覚えてない。ために項羽は敵の気配する方向へ突進しては、目についた秦人及び敵を見敵必殺するという方針をとっていた。

 まともな人間ならば不可能な選択も、項羽という埒外の超人にはあっさり可能不能は引っくり返る。

 結果的に皇宮の壁という壁は烏騅の突進で穴だらけになり、床には秦人の死体と傀儡兵の残骸が死屍累々としていて、この皇宮を建造する事に勢力した大臣が生きていれば卒倒するような惨状となっていた。

 

「……怪しい個所をこうも潰しても、見つけられんとは妙じゃのう」

 

 始皇帝もまたカルナと同じくEX級のサーヴァント。その巨大過ぎる気配は隠すという次元を超えている。

 それでもやろうとすれば始皇帝は皇帝特権のスキルを用いた気配遮断も可能なのだが、項羽は本能的に『あの傲岸な始皇帝が暗殺者のようにコソコソと闇に隠れる真似はしない』と直感していた。

 

「となると奴め。なんかよう分からん呪いの品でも用いて気配を錯覚させておるのかのう。奴の墓を暴いた時、宝物と一緒に使い道のよう分からん道具も出てきおったし……その類か」

 

 腕を組んで項羽は深い溜息をつく。

 戦争や一騎打ちでは無敵の強さを誇る項羽も、生憎と魔術だの呪いだのは完全に無知だ。

 アサシンの使う気配遮断なら、幾らサーヴァントのスキルとはいえ究極的には本人の技だ。こちらも気力で見破る事は出来る。魔術や宝具を使った気配の隠蔽ともなると、完全な門外漢の項羽ではお手上げだった。

 

「止むをえんのう。いの一番に始皇帝を殺すため抜け駆けしたが、一度カルデアの連中の所へ戻るとしようかのう。あそこにはケイかもおるし、まどろっこしい魔術が相手でもなんとかなるじゃろ」

 

 学はなくとも頭は悪くない項羽は、自分にはお手上げと悟ると退くことを選ぶ。

 どうやらカルデアは敵のサーヴァントと交戦状態にあるようだし、援軍にもなるだろう。

 

「――――む」

 

 しかし項羽は背後から良からぬ気を感じると、取り敢えずそこへ矛を振り下ろしておいた。

 項羽の腕力に耐えきれず粉砕される柱。だがその寸前、巨影が飛び出すと地面にシュタッと着地した。

 

「危ない危ない。逃げるのが一秒でも遅れてれば脱落だったぜ。まったく攻撃する前に気付くなんて、噂には聞いていたがおっかない御仁だよ」

 

「貴様ぁ。始皇帝の飼い犬じゃな。名乗れぃ……いや、名乗る必要などないわい。狗に墓標なぞ要らん。死ね、死ね、これより(ころ)すぞ貴様」

 

「おっかないもんだ。バーサーカーより狂ってるね。ただ余り俺を舐めないことだ。断言しよう、お前は俺を殺せない」

 

「良くぞ言った。ならば証明してみるがいいわい!」

 

「おうとも。万古不易の大迷宮(ケイオス・ラビュリントス)!」

 

「――――!」

 

 項羽を喰らうように、怪物(ミノタウロス)を封じた迷宮が展開される。

 英霊の座において宝具を持たず、魔術を知らず、ただ武のみで最強の頂きに君臨する項羽。

 だがしかしそれ故に空間を犯す迷宮より逃れる術もありはしなかった。

 




『次章予告』

 嘗て悲劇があった。

「人民よ、私は無実のうちに死ぬ」

 革命の狂乱により、

「私は私の死を作り出した者を許す。私の血が二度とフランスに落ちることのないように神に祈りたい」

 フランスは国を最も愛した王を、自らの意思のもと断頭台へかけた。

「ごめんなさいね、わざとではありませんのよ」

 国王と同じほどに国民を愛した王妃もまた、断頭台の露へと消えた。

共和国万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 共和国万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)! 共和国万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)!」

 王と王妃を死に追いやった国民は満面の笑みで拍手喝采を送り、一人の死刑執行人は黄昏に馳せる。

「認めない……」

 待ち受ける悲劇に声をあげたのは果たして誰だったのか。
 魔術王より〝聖杯〟は彼の地へと届けられ、果たしてここに王政復古はなった。

「国王万歳! 王妃万歳! フランス万歳!」

 パンがないのであればパンを与えよう。ワインがないのならばワインを。偽りとはいえ神の子の血を受けた杯。それくらいはやってのけよう。
 王と王妃の処刑、恐怖政治、粛清の嵐。
 それらは全て忘却へ葬られ、革命の精神はそのままに誰よりも国民を愛した王により完結する絶対革命王政。
 理想国家は誕生した。

――――人類史焼却を代償として。

「子が母を愛するように、余は余を生んだフランス革命を愛している。だがそれがフランスという国を愛する理由にはならないだろう?」

「人類史救済! 人理修復! これなる大義と比べればフランス一国の平和と安寧など塵芥(ゴミ)同然! くひひひひひ、どうですかぁマスター。悩む事すら許されない絶対的正義に身を置く感想は?」

 フランスという舞台を用いて、人類史に己を咲き誇らせた皇帝。
 悪辣に美徳を囁き、美麗に悪徳を囁く営業悪魔(メフィストフェレス)
 人喰い鬼と悪魔を従え、ここにグランドオーダーは始まる。

――――築かれるは屍山血河、ここに正義と悪は逆転する。

 より大いなる大義のために、正義を駆逐せよ。
 例え哀れな犠牲者の抱いたほんの細やかな幸せを踏み躙ることになろうとも。
 それは残酷なまでに正義の行いなのだから。

「マシュ……俺は……人類史のためにという大義のために、この国を滅ぼすよ」

――――これは未来を奪い取る物語。

人理定礎値 A
第βの聖杯:“コルシカの人喰い鬼”AD1793. 絶対革命王政 ヴェルサイユ

紀元前2016年7月26日投稿開始予定!








……という夢をみたのさ!
 ごめんなさい。石を投げないで下さい。
 まあ真面目な話をするとフランス革命編の構想自体はあるのですが、楚漢戦争編が終わったら第三次聖杯戦争を再開する必要があるので、フランス革命編はやるとしてもかなり先のことになりそうです。


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第45節  大英雄との死闘

 ギリシャ神話においてメドゥーサと並び最も有名な怪物たるミノタウロス。彼を閉じ込めた大迷宮は取り込まれれば脱出不可能の牢獄だ。なにかしらの特殊スキルか、劉邦のような規格外の幸運でもない限り普通に脱出する事は不可能といえるだろう。

 そして宿敵の劉邦と違い項羽には規格外の幸運なんてないし、迷宮を攻略するようなスキルもない。よって項羽が大迷宮を脱出する方法は一つ。迷宮内に隠れるテセウスを探し出し、これを討ち取ることのみ。さすれば支柱を失った迷宮はたちどころに消滅するだろう。

 ここまでは始皇帝とテセウスの狙い通りに進んでいた。

 項羽は始皇帝と同じEX級のサーヴァントではあるが、始皇帝のような万能さはない。真っ向勝負ならば最強でも、搦め手には弱いのが項羽の最大の弱点である。

 確かにテセウスが項羽と正面から戦えば敗北は必至であろう。いや奇襲や暗殺という手段をもってしても限りなく不可能だ。

 しかし勝利を捨てて、ひたすらに足止めを狙うのであれば話は別。

 敵を逃がさないことに秀でた大迷宮(ラビリンス)

 敵から逃げ出すことに秀でた赤糸導(アリアドネ)

 この二つの宝具を同時に運用すれば、例え相手が項羽でも魔力が続く限り永遠に閉じ込められる。

 始皇帝とテセウスの狙いはまったく戦術的に隙がなく、半ば成功したといっていいだろう。敵が項羽でなければの話だが。

 

「どこじゃぁ! 何処におるかテセウス! 出てきて戦わんか匹夫めがっ!」

 

「おいおい、無茶苦茶というか滅茶苦茶だな」

 

 項羽はまともに迷宮を進むなんていう、真っ当な人間らしいことを端からやりはしなかった。

 あろうことか項羽は烏騅を全力で走らせたかと思うと、感じ取ったテセウスの気配目掛けて〝真っ直ぐ〟に向かってきたのだ。

 言うまでもないことだが、迷宮の道は直線ではなく入り組んでいる。真っ直ぐ進みなどすれば、直ぐに壁に激突してしまうだろう。

 実際激突した。そして突き破った。ミノタウロスの怪力が直撃しようとビクともしない迷宮の壁を、まるで障子か何かの如く。

 これには神代の英雄であるテセウスも唖然とせざるをえなかった。このようなインチキ染みた迷宮攻略法、他に出来るとすればテセウスの知る限りではヘラクレスくらいだろう。

 

「……ヘラクレスか」

 

 生前の友を思い出して、テセウスは一瞬戦いを忘れる。ギリシャの英雄ならば誰もが理想とする英雄の中の英雄。もしも彼が今の自分を見ればどう思うだろうか。

 

「らしくなく、女々しいことを考えた」

 

 気の迷いを振り払う。というより考えるまでもなかった。この場にヘラクレスがいたのならば、戦いの最中に別の事を考えるなと注意されるだけだろう。

 そう、己は英雄だ。世界が〝悪〟と判断した者ならば例え性根が〝善〟であろうと殺し、世界が〝善〟と判断した者ならば性根が〝悪〟であろうと命懸けで守る。輝かしい栄光を纏った、汚れ仕事の専門家だ。

 今の自分が属する世界の王――――始皇帝は自らに逆らう全てを〝悪〟と見做している。であればその走狗たる自分は、徹底して悪を殺すのみ。

 

「もっとも殺すことが出来ないのが情けない限りだが、与えられた命令くらいは果たさんと英雄の名折れなんでね」

 

 迷宮全体に反響する項羽の罵声から逃げるように、テセウスは『手繰りし活路への糸導(アリアドネ)』による空間転移を実行する。

 入れ替わるように先程までテセウスのいた場所に項羽が辿り着くが、既にテセウスは迷宮の反対側へ転移した後だった。

 

「しゃらくさいのう……」

 

 気配感知のようにスキル化された能力ではなく、一定以上の力量の武人ならば等しく保持する気配を読む力。中華史上最強の武勇を誇る項羽は、それもまた埒外の域に達している。項羽の重瞳子は即座にテセウスの転移した場所を捕捉した。

 

「行くぞ騅」

 

 頷くように嘶くと、騅は主の命じるがまま迷宮の壁へ突進していく。

 マッハを軽く突破する騅の突進は、それ自体が対城宝具のようなものだ。壁を粉々に粉砕しながら〝真っ直ぐ〟テセウスの所へ向かう。

 

「根競べだな、これは」

 

 迷宮の反対側でテセウスは溜息をつく。幸せが逃げていくような気がしたが、どうせ人並みの幸せなどサーヴァントの身の上で望んでいないのでどうでも良かった。

 自分が項羽をここに閉じ込めている間に、カルナがカルデアを始末してくれればそれで良し。作戦は滞りなく成功だ。

 しかし如何にカルナといえど、敵は四つの特異点を見事修復してみせたカルデア。万が一ということも十分あり得るだろう。

 もしもカルナが敗れるような事があったならば、

 

「つくづく面倒なもんだよ、英雄って職業は」

 

 欝々とした感情を振り払うため、もう一度テセウスは溜息をついた。

 

 

 

 全身から炎熱の魔力を放出させたカルナにとって『移動』一つですら命を奪う攻撃に化ける。背中に炎翼を現出させジェット噴射のように突っ込んでくるカルナは、さながらミサイル弾頭だった。

 カルナもまた大英雄。通常攻撃一つ一つが並みのサーヴァントの宝具に匹敵するだけの破壊力を秘めている。

 

「マシュ、ディルムッド! 頼む!」

 

「はい!」

 

「御意!」

 

 この中の面子で最も白兵に秀でているのは盾の騎士であるマシュと、槍の騎士であるディルムッドだ。

 カルナの槍をまともに防げるのはこの二人しかいない。

 そして序盤の戦いの流れを決定する初撃が、カルナより繰り出される。

 

「はっ――――!」

 

 突貫の勢いを乗せて放たれた突きは、閃光を置き去りにするような速度で容赦なくディルムッドを狙う。

 破魔と呪詛。異なる二つの効果を持つ双槍を変幻自在に操るディルムッドは、カルナのような一撃必殺の決定力こそないものの、堅実に強く厄介なサーヴァントだ。特に決定力のなさを味方が補ってくれる多対一の戦闘においては、嫌らしいほどの強味を発揮する。

 カルナは即座にそれを見抜き、まずはディルムッドから倒すことにしたのだろう。

 

「マシュ!」

 

「任せて下さい」

 

 だがディルムッドとマシュはこの混沌隔離大陸で出逢ってから、最も長くマシュと最前線で戦ってきた者同士。

 数々の激戦を潜り抜けたことで連携は熟練の域に達している。

 最小限の声かけとアイコンタクトでディルムッドの意思を悟ると、マシュはカルナの槍という死の入り口へ臆さず踏み出していった。

 多くのサーヴァントが攻めに秀でている中で、守りにおいてこそ本領を発揮するのがシールダーのクラス。

 マシュは盾を槍の進行方向上の左斜めから突き出し、槍の矛先を外す。ほんの僅かに軌道がずれてしまえば、最速のランサークラスであるディルムッドにとって躱すことは然程難しい事ではない。

 渾身の一撃を躱されるということは、自らの隙を晒すこと。如何なカルナといえど例外ではない。その出来た隙をディルムッドは瞬時に突いた。

 完璧なタイミングでのカウンター。超人的技量で黄槍はどうにか避けたが、もう片方からは逃れられなかった。破魔の紅槍がカルナの左肩を突き刺す。

 カルナの肉体と一体化した『黄金の鎧』は日輪の神威の具現。あらゆる干渉を十分の一にまで削減する最高峰の防御宝具だ。

 しかしディルムッドの『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』は、あらゆる宝具の効果を打ち消す宝具殺しの槍。黄金の鎧の防御効果を無視して、カルナに確かなダメージを与えた。

 先ずは一手、こちらが先取した。決着がついたわけではないが、これで流れは掴めたはず。

 

「不味い、下がれディルムッド!」

 

 そんな楽観はアーラシュの怒声によりあっさり打ち消された。

 左肩を突き刺されたカルナはしかし、まるで怯んではいなかった。炎熱の魔力を脚に集中させると、思いっきりディルムッドを蹴り抜く。

 

「かはっ!」

 

 蹴り飛ばされたディルムッドを一瞥することもなく、カルナが次に狙ったのはマシュ。

 カルナの片眼に魔力が集中していく。あれは間違いなく宝具が発動する兆候だ。

 

「マシュ、魔力を防御に全集中だ!」

 

「……っ! は、はい! センパイ!」

 

 反射的に飛び出した指示は、結果的にはこの上なく適切だった。

 ブラフマーストラ。インド神話の英雄にとって奥義たる技は、カルナの鋭い眼光から光線のように放たれる。

 必殺必中の奥義たるブラフマーストラだったが、発動速度を優先して炎熱の魔力が付与されなかったからだろう。マシュの盾はブラフマーストラをどうにか防ぎ切った。

 だがカルナは戦いでは徹底的に容赦という言葉がない。ブラフマーストラを防いだマシュへ更なる追撃をしかけてくる。

 

「させねえよ!」

 

 マシュを救うべくアーラシュが援護射撃に高速で弓を放った。カルナとしては護りの要であるマシュはディルムッドと並んで優先して倒したい相手である。けれど血気にはやって大事を見誤るほどカルナは馬鹿ではない。

 東方の大英雄の矢はカルナをもってしても片手間で防げるようなものではなかった。マシュへの追撃を放棄すると、カルナは槍で全ての矢を叩き落す。

 カルナが矢を叩き落すことに意識を向ければ、背中から斬りかかるのは暗殺者である荊軻だった。

 ただ人間なら即死させる毒塗りの刃も、鎧に守られたカルナ相手では分が悪すぎた。矢を叩き落しながらカルナは首を荊軻へ向け、その視線で姿を捉える。

 槍兵(ランサー)であると同時に砲兵(ランチャー)でもあるカルナにとって、視界に捉える事は砲口を向けるも同じ。

 必殺のブラフマーストラがまたしても放たれる――――寸前で。

 

「おらぁあああ! 俺のこと忘れてんじゃねえべ!」

 

 ここにきて伏兵・劉邦がカルナへ斬りかかる。

 擬似サーヴァントとして半覚醒している劉邦は、宝具の解放こそまだおぼつかないが身体能力は英霊のものとなっている。

 剣が龍炎を纏っていることも相まって、その斬撃は洒落にならない威力をもっていた。

 尤も覚醒しようとどうしようと劉邦が、武力でカルナに勝るなんて事が有り得る訳がなく、カルナが槍を一薙ぎするとあっさり吹っ飛んでいった。

 

「畜生~! なんか強くなったかと思ったけどこの様か糞野郎ぉぉぉお!」

 

 悪態をつきながら致命傷どころか重症すらないのは、劉邦の幸運と自己保存能力の高さ故だろう。

 それに劉邦の行動は無駄ではなかった。カルナがほんの僅かに劉邦に時間をとられている間に、カルデアの槍兵が戻ってきたのだから。

 

「おぉぉおおおおおおおおおおお!!」

 

 雄叫びをあげながらディルムッドは、バーサーカーすら圧倒する闘気を漲らせカルナに迫った。

 貴婦人の心を溶かす美貌と礼節ある態度から勘違いされがちだが、ディルムッドもまた命を賭けた闘争に血を滾らせる戦士である。その戦士の血がカルナという武人を前にして完全に目覚めていた。

 ディルムッドにはカルナの蹴りによるダメージがあるのだが、羅刹の気迫で槍を振るう姿には負傷による技の鈍りはない。

 神殺しの槍と双槍が火花を散らし、ディルムッドの奮迅を他全員でサポートする。

 早くも戦いは拮抗状態になりつつあった。

 

 

 




 感想欄でそこそこ指摘されてますが、第六章と本作で微妙に展開が被ってしまいました。具体的にはカルデア来る前に聖杯奪還とか、国同士の戦争状態とか。
 六章風に配役するならこんな感じでしょうか。

エジプト=秦帝国
ハサン村=劉邦軍
円卓=チンギス・ハン
十字軍=義経郎党

 六章と比べると項羽とかいうサイヤ人が味方にいるのと、チンギス・ハンの勢力がカルデアに関わる前に始皇帝にやられるので、難易度は六章より低いでしょうね。というか円卓が化物過ぎる。なぁにこれぇ。
 余談ですがオジさんの再臨素材が鬼畜です。もし当てて最終再臨までしようという方がいるのであれば、相当の時間を使うことは覚悟して下さい。めっちゃ辛いです、実体験です。


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第46節  流星と日輪、そして龍炎

 戦いが始まってからどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 マシュ、ディルムッド、アーラシュ、荊軻、そして劉邦。五人ものサーヴァント(うち二名はデミ・サーヴァントと擬似サーヴァント)で一斉攻撃しているのに、一向にカルナの武威が衰えることはない。

 それどころかカルナの灼熱はこちらの闘志を燃料にして更に燃え上がっているようですらあった。

 

「落ちろぉぉぉぉおおおおお!」

 

 アーラシュ渾身の一矢がカルナの腹部に突き刺さった。カルデアのある2016年においては旧時代の遺物に等しい矢も、アーラシュという神代の英雄が放てば大砲にも勝る兵器である。

 だというのにカルナはまったく怯まない。確かに矢は直撃してダメージも通っているのに、まったく槍を鈍らせず自らの命を奪いに来る敵を薙ぎ払う。

 こちらが攻めれば、カルナが押し返し、またこちらが攻め返す。そんな繰り返しが都合十度繰り広げられていた。

 だが城壁の外には万が一のために公孫勝が控えているし、テセウスを倒した項羽が駆け付けてくれる可能性もある。このまま粘って戦いを長引かせるというのも一つの手かもしれない。

 

『――――消耗戦を考えているならよしたほうがいい。そいつは悪手さ』

 

「ダ・ヴィンチちゃん?」

 

『超高速で戦闘してるせいで見難いかもしれないが、よく目を凝らしてカルナを観察してみるんだ。そうすれば分かるよ』

 

 調子の軽いダ・ヴィンチだが万能の天才と呼ばれた観察眼は本物だ。

 アドバイスに素直に従って五騎のサーヴァント相手に獅子奮迅の武勇を披露するカルナを凝視する。

 自分はお世辞にも優秀なマスターではないが、サーヴァントを見た数なら誰にも負けない自信があった。その経験のお蔭で直ぐに異常に気付く。

 

「これまでマシュ達が与えた傷が……なくなっている!?」

 

『カルナの〝日輪よ、具足となれ《カヴァーチャ&クンダーラ》〟はあらゆるダメージを九割削減するだけじゃない。鎧を纏う者に強力な自己治癒能力を与える効果を持っているんだ』

 

 ロマンが補足する。

 物理・魔力問わずあらゆるダメージを十分の一にし、尚且つ再生能力を与える。これではまるで、

 

「――――弱点が、ない。それじゃ……不死身じゃないか」

 

『そうだよ。だからこその死の征服者。単騎にて天・地・人の三界を征するとまで謳われた不死身の英雄なんだ』

 

「なにか攻略法はないんですか!?」

 

『あるよ。鎧によって不死身なら鎧を剥がしてしまえばいい。神話ではバラモン僧に化けたインドラが姑息な手を使って鎧をカルナより譲り受けたんだ」

 

「譲り受けたって、見返りもなしに!?」

 

 英霊にとって宝具とは己の半身である。鎧が肉体と完全に一体化しているカルナにとっては、もはや己自身といっても過言ではないだろう。

 それを譲るなんて、英霊ではない人間の自分にも到底信じられる話ではなかった。

 

『普通はやらないさ。私もやらない。だがそれをやるのが〝施しの英雄〟カルナなんだ。まぁインドラもその余りの高潔さに報いて、鎧の代償として〝神殺しの槍〟を与えたんだけどね』

 

「神殺しの槍?」

 

『神々の王であるインドラですら使いこなせなかった最強の槍だよ。まぁどう考えても割に合わない取引だね。なにせ鎧を失った事が原因で彼は異父弟であるアルジュナに敗死したんだし。しかも結局貰った槍は一度も使われることもなかったしね』

 

 それがカルナがランサーとして召喚された因果なのだろう。

 となると灼熱を纏った光槍というのが、インドラから与えられた一品ということか。

 

「ところでダ・ヴィンチちゃん」

 

『なんだい?』

 

「今の状況で俺達にインドラと同じことが出来ると思う?」

 

『無理だね!』

 

 天才は清々しいほどの笑顔で断言した。正直気休めでいいから5%は確率があるくらい言って欲しかったが、甘い妄想に逃げている場合ではない。

 マシュ達サーヴァントの役目が戦う事なら、マスターである自分の役目は突破口を見つけ出すことだ。

 

(考えるんだ……不死身の英雄も最強の英雄だっているかもしれない……でも完全無敵の英雄なんている筈がないんだ! 必ず何か倒す方法があるはず……っ!)

 

 カルナは鎧を代償として、インドラより神殺しの槍を得た。

 しかしサーヴァントであるカルナは〝黄金の鎧〟と〝神殺しの槍〟を同時に装備しているという反則状態である。

 

(まてよ)

 

 カルナは伝承において鎧の代償として、神殺しの槍を譲り受けた。

 そして黄金の鎧とは異なり、カルナは神殺しの槍をただの槍として操るばかりで、宝具としての真価たる真名解放をする気配が一向にない。

 単純に切り札を温存しているだけなのかもしれないが、もし迂闊に真名解放出来ない理由があるとしたら。その理由が自分の予想する通りだったのならば、突破口はある。

 

(だけどそれをやるには、カルナが〝神殺しの槍〟を使わざるを得ない状況に追い込まないと駄目だ。でも公孫勝の神兵や四神だって独力で倒す英雄なんだぞ。それを超える宝具なんて――――――)

 

 ある筈がない。そう、ないのだ。カルナをもってして切り札を使わずにはいられない宝具なんてある筈が、

 

「マスター、嬉しいが余計な気遣いは不要だぜ」

 

「アーラシュ!?」

 

「これでも千里眼持ちなんでな。マスターの狙いは分かった。心配するな、俺に任せておけ」

 

「駄目だ!」

 

 朗らかに笑うアーラシュだが、許せる筈がない。

 なるほど以前に聞いたアーラシュの〝宝具〟ならば、カルナの神殺しの槍を引き出すことも出来るだろう。これが真っ当な宝具ならば自分からアーラシュに宝具を使うよう頼んでいたかもしれない。

 だけど駄目なのだ。他のサーヴァントなら兎も角、アーラシュだけには宝具を使わせてはいけない。だってそれは、

 

「気にするな、俺は何もお前の為にやるんじゃないんだ。英雄としてだとか関係なく、俺は人間が好きだから好きなようにやってるんだよ」

 

 多くの敵を殺すのではなく、敵味方の殺し合いを止める為に自らの命を捧げた男は、今再び人類史を救うために弓をとる。

 アーラシュとは沛からの付き合いだが、一緒に戦った掛け替えのない仲間だ。だから分かってしまう。この覚悟は止められない。

 

「全員、下がれ! いっちょデカいのぶっ放すぜ!」

 

 アーラシュの宝具がどういうものかを知るのは自分だけではない。マシュやディルムッド達、そして劉邦も予めアーラシュ自身により教えられていた。

 同じ正純な英霊としてアーラシュの覚悟に誰よりも共感するディルムッドは意を汲んだ。自らもまた命を賭して大事をなそうとした侠者である荊軻もそれに倣い、劉邦は真っ先にに避難した。

 だがマシュだけはその場に留まって叫ぶ。

 

「アーラシュさん、けどそれは!」

 

「マシュ、アーラシュの言う通りに……」

 

「!」

 

「……マスターとして命、」

 

「いえセンパイ、分かりました」

 

 マスターではなく敢えてセンパイと言ってマシュは遅れて退避した。悔しさで強く噛まれたせいだろう。下唇からは血が滲んでいた。

 そしてアーラシュの覚悟を察したのは味方ではなく、敵対者であるカルナもまた同じ。

 

「自らの命を賭すか、アーチャー。お前の献身にはブラフマーストラでは届かんな。ならばこちらも命を賭そう。お前の献身は尊いものであるが、オレにも譲れぬものがある。我が槍をもってそれを薙ぎ払おう」

 

 カルナの黄金の鎧が肉体より剥離していき、代わりに〝神殺しの槍〟が圧倒的熱量と共に真の力を目覚めさせていく。

 幸か不幸か予想は正しかったらしい。黄金の鎧の代償に得た〝神殺しの槍〟の真価を発揮するのは、鎧の喪失こそが条件だったのだ。

 

「陽のいと聖なる主よ。あらゆる叡智、尊厳、力をあたえたもう輝きの主よ」

 

「神々の王の慈悲を知れ」

 

「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」

 

「インドラよ、刮目しろ」

 

「さあ、月と星を創りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ」

 

「絶滅とは是、この一刺」

 

 照らすは日輪、夜空を流れるは星。ここに万象は慄き、宿命は結実する。

 インドとペルシャの大英雄が、自らの秘蔵秘奥をここに解放した。

 

「────流星一条(ステラ)ァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 先に放たれるはアーラシュが流星。文字通りの命を賭した一矢は星となって、日輪を堕とすべく奔る。

 嘗て十年以上もの戦乱に苦しむ国を救うため、アーラシュは究極の一矢によって大地を割った。割れた大地は『国境』となり国には彼の願い通りの平和が齎された。

 だが大地を割るという神ならぬ身以外には許されぬ絶技を行った代償に、アーラシュは自らの肉体を五体四散させ息絶えたという。

 自らの命を代償として発動する〝特攻宝具〟。それがアーラシュが象徴とする宝具(きせき)だった。射程距離2500㎞。最も速き流星をも超える速度で、アーラシュの魂は一条の光となって日輪(カルナ)へと向かっていく。

 アーラシュが罅の入った顔で笑う。これでいいのだと。これは自分が望んだ結末だから気にするなと。救国の英雄は死の間際でも自分ではなく他者を気遣っていた。

 だが次の瞬間アーラシュの笑みが凍りついた。

 

「灼き尽くせ、日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)!」

 

 背より噴出するは眩き炎翼、射貫くは刃の眼光、顕現するは神々の王(インドラ)すら持て余したほどの絶望(きせき)

 神の如き絶技を、神をも殺す暴威が蹂躙する。

 流星が削り取られていく破砕音。核融合にも等しいエネルギーを稼働させた光槍は、加速度的にアーラシュの流星を呑み込もうとしていた。

 決して侮っていた訳ではない。

 英霊カルナが鎧を代償に得た光槍。であればその威力もまた相当のものだということは覚悟していた。けれど一方でこうも思っていたのだ。アーラシュの命を賭した一矢に勝る威力ではないだろうとも。

 楽観のツケはここに払われる。神殺しの業火は流星を呑み込み、そして自分達をも焼きつくさんと迫っていた。その光景はさながら太陽が地表に墜落しているかのようである。

 逃げ場はない。天災に対して人間がとれる対抗策は〝避難〟だけだ。だからこそ逃げ場がない事は、自分達が確実に死ぬという未来をこれ以上なく教えていた。

 

「もう諦め――――ら、れるかぁぁぁあああ!」

 

 逃げ場所がないのならば、立ち向かうだけだ。

 目の前に障害物があるのならば、叩き壊して前へ進む。

 

「マシュ、宝具の解放を! アレを相殺するんだ!」

 

「先輩……。はい、了解しました! 真名偽装登録、いけますマスター!」

 

 アーラシュの流星は完全に呑み込まれたわけではない。カルナの光槍の破壊力をマシュの盾で削減する事が出来れば、まだ押し返す可能性はある。幸いマシュはまだこの戦いの最中に一度も宝具を使用していない。発動条件は整っている。

 アーラシュの横に並び立ったマシュは、デミ・サーヴァントとして継承した〝宝具〟を展開する。

 

「擬似展開/人理の礎《ロード・カルデアス》」

 

 マシュは未だ自分に力を託した英霊の正体を知らないが故に、宝具の真名も偽装登録されたものに過ぎない。

 されど特異点Fにおいてアーサー王の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を防ぎきった防御性能は最高峰のものだ。

 エクスカリバーほど最高の相性というわけではないが、見事に〝神殺しの槍〟の威力を削減する。だが、

 

「そんなっ! まだ……!?」

 

「マシュの盾の力が加わっても、止められないのか?」

 

 なんという出鱈目か。灼熱の輝きは盾によって一時的に堰きとめられはしたものの、尚もこちらを喰らいつくさんと迫ってきた。

 心が折れる。今度こそ〝詰み《チェック》だ。対軍・対城規模の宝具に対抗策があるのはアーラシュとマシュの二人だけ。ディルムッドと荊軻の宝具は共に対人宝具。あの灼熱に対しては無力だ。

 

「おいおい。なんだよ諦めちまったのか?」

 

 膝をつきそうになったその時、それを引きとめるように飄々とした男の声が背後にかかる。

 

「……沛公?」

 

 劉邦は背中で剣を担ぎながら、まるで軽く一仕事するかのような気楽さで前へと躍り出た。

 

「けどまあ仕方ねえべ。〝諦める〟ってのはネガティブな響きだし、諦めなって応援はよく聞くけど、実際問題なんでもかんでも諦めねえのは無理だべ。かくいう俺も皇帝になって死ぬまで(・・・・・・・・・・)小さいことからデカいことまで何百回何千回は諦めた。でもな」

 

 劉邦の剣に龍炎が宿る。轟々と森が焼けているかのように鮮烈に。

 

「――――俺は俺の命だけは、絶対に諦めねえ」

 

「さっき皇帝になってって、まさか沛公」

 

 項羽は言っていた。劉邦は自分の命が危険に晒されないでもしない限り覚醒することはないと。であれば死に直面し、剣から炎を発している劉邦は。

 それを裏付けるように劉邦の鎧が変化していく。楚の一将軍のそれだった鎧は、皇帝が纏うのに相応しい武神が如き赤き甲冑へ。

 

「スキル〝皇帝権限〟発動。対象アーラシュ、付与スキル:魔力放出」

 

「なっ――――!」

 

 劉邦が二本の指で罅入ったアーラシュを指差した途端、消滅しかけていた流星が一気に輝きを増す。

 これが劉邦のサーヴァントとしてのスキル。恐らくは自身が様々なスキルを獲得する〝皇帝特権〟とは反対に、劉邦の〝皇帝権限〟は味方にスキルを付与する能力なのだろう。

 流星が力を取り戻したのは、アーラシュが魔力放出スキルを獲得したことによって、出力が上昇したことが原因に違いない。

 魔力放出スキルによって傾いていた天秤が水平になる。流星と灼熱は互いが互いを喰い合うように拮抗していた。

 

「まだだ!」

 

 故にここはもう一手加え、天秤を完全にこちらへ傾けさせる。

 劉邦の剣を覆っていた龍炎が更に火力を増していく。それはきっと白帝の子である大蛇を殺した逸話が具現化した、劉邦の剣士(セイバー)としての宝具。

 であればその刃には神殺し、竜殺し、蛇殺し、王殺しの特攻効果をもつ。英霊カルナは竜でも蛇でもないが、太陽神スーリアの子である半神。特攻効果は十二分に効果を発揮する。

 

「――――斬白蛇剣《せきていはくじゃをきる》」

 

 流星に龍炎の力が加わり、灼熱を逆に押し返していく。

 カルナに退却の意思はない。悟るように痩身は流星と龍炎に呑み込まれていった。

 




【元ネタ】史記
【CLASS】セイバー
【マスター】???
【真名】劉邦
【性別】男
【身長・体重】180cm・72kg
【属性】中立・悪
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運EX 宝具A++

【クラス別スキル】

対魔力;B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】

自己保存:B
 高い幸運と生き汚さにより、マスターが無事な限り殆どの危機から逃れることができる。

カリスマ(偽):A
 大軍団を統率する人心掌握術。
 Aランクはおよそ人間が出来得る限り最高峰の手腕といえよう。
 劉邦が持つ天性の才能としてのカリスマ性はDランクである。

単独行動:A
 マスター不在でも行動できる。
 ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

皇帝権限:EX
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ対象とした相手に付与できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
 ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら付与させられる。
 なお付与するスキルのランクは、対象となった人物の素養に左右される。

【宝具】

斬白蛇剣(せきていはくじゃをきる)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:1~50
最大捕捉:500人
 赤帝(赤龍)の子である劉邦が、白帝の子である大蛇を切り伏せたという後世の逸話が昇華された宝具。
 猛り狂う赤龍の赫焉が如き息吹により、敵対者を殲滅する。
 伝承により王に類する者や、神性を持つ者、蛇・竜属性の持ち主に対してはダメージが増加する。








……一応この作品のナビゲーター枠なのに、終盤になって漸くステータス公開されるのが劉邦クオリティ。ステータスがまずまずなのは、白蛇を斬ったという逸話とセイバークラスによるブースト。だけど王妃のマリーすら筋力Dなので、生涯にわたって前線で戦い続けた劉邦はCくらいあっても罰は当たらないと思うのですが……どうじゃろ。え? ガチムチな癖に筋力Dの弓兵がいるって? 知ら管。
 なおサーヴァントとしての劉邦は絶対生き残るマン。しかも兄貴のような純粋なしぶとさではなく、単独行動スキルもあってマスター死んでも自分だけは生き残るような奴です。


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第47節  崩壊

 もはや幾つ目になるか分からない壁を粉砕したところで、項羽は騅の足を止めさせ嘆息する。

 劉邦相手に散々攻城戦をさせられた経験から根競べには自信があった項羽も、テセウスの逃げ足にはうんざりだった。

 

「キリがないのう」

 

 幾ら騅の速度が埒外の域にあったとしても、壁を破壊しながらの移動では流石にスピードは落ちる。対してテセウスはこの迷宮内ならば宝具を使うことで何処へでも瞬間移動する事が可能だ。

 瞬間移動するための『導』たる糸を断ち切ろうかとも考えたが、残念ながらアリアドネの糸は発動するその瞬間まで不可視状態になっているのでそれも難しい。そもそも仮に見えていたとしても、迷宮中の糸を全て断ち切るというのは現実的ではないだろう。仮に実行したとしても、また糸を張り巡らせられればイタチゴッコになりかねない。

 

「普通の聖杯戦争ならば魔力切れを狙うところじゃが、始皇の狗であるならば彼奴も聖杯による加護があろうしな。さて、どうしたものかのう」

 

 神をも超える武を持つ項羽にとって、大抵の事は力技で解決できるし、これまでもそうしてきた。

 しかし力技でどうにかならないのならば知恵を凝らすしかない。とはいえ項羽は戦術を組み立てることは兎も角、策謀を考えるのは苦手だった。

 

「范僧がおれば良い策を思い付けたじゃろうがないもの強請りは出来んわい。ならば――――」

 

 右手に意識を集中し、全身の血をエネルギーとして燃やしながら矛を背中まで振り上げる。

 分かっていることだ。幾ら考えたところで自分は軍師ではなく、策士でもない。公孫勝であれば妙な術でこの迷宮から脱出する法術なりでも使えるのかもしれないが、生憎とそういったものも知らない。

 西楚の覇王〝項羽〟が頼りとするは智でも術でもなく〝武〟だ。武をもって天下を号するが故の覇王である。

 自分が王なんてものの器ではないことは自覚しているが、それでもこの身は配下の望みに応えて覇道を謳った。故に覇王の覇道が、このような迷宮風情に囚われるなどあってはならぬことである。

 

「雄ォォォォォオオオオオオッ!!」

 

 空気が一瞬で燃え尽きるほどの気炎を吐きだしながら、項羽が全力で矛を振り下ろした。

 落雷が落ちたような轟音が迷宮中に反響する。

 

「なっ!」

 

 いきなりの事に迷宮の反対側にいるテセウスも驚きを隠せない。

 

「血迷ったのか? 何もない場所を攻撃するなんて。それとも何か狙いが―――――おっ!?」

 

 二度目の轟音に迷宮が揺れる。だがそれでも終わらない。三度、四度、五度、六度、七度と。轟音は大きくなっているのに、その間隔は段々と短くなっている。

 

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 テセウスのいる場所には轟音が鳴り響いただけだったが〝震源地〟はそういうわけにいかない。

 轟音の正体とは矛が迷宮の壁を粉砕した音であり、必然そこには破壊された壁の残骸が転がる。

 

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 騅の馬蹄が瓦礫を踏み砕きながら迷宮中を駆け回る。そして馬上の項羽は無差別的に手あたり次第周囲を破壊していった。

 項羽の目にはもはや逃げ回るテセウスなんて映っていない。項羽の視界にある彼の敵は、この迷宮そのものと化していた。

 

「おいおい、マジかよ」

 

 ここにきて漸くテセウスにも項羽の狙いが分かった。

 項羽のやっていることは実に単純明快。この大迷宮そのものを壊そうとしているのだ。

 扉に鍵がかかってるなら、扉ごと壊せばいいという脳筋思考には、さしもの大英雄も呆れを通り越して称賛する他なかった。

 

「まったくミノタウロスを閉じ込めるほどの迷宮なんだぞ? それをぶっ壊してどうにかするだぁ? しかも宝具も使わず生身で」

 

 出鱈目にも程がある。対サーヴァント戦におけるセオリーがまるで通じない。

 

「もうやだあいつ」

 

 テセウスも武人として高名な武人との戦いは望むところだが、アレの相手をするのは金を貰ったって御免だった。

 だがテセウスもそう呑気にぼやいてはいられない。このままだと本当に項羽は迷宮そのものを破壊して脱出してしまう。

 事此処に至れば迷宮は不要。テセウスは決断した。

 

「――――――む」

 

 迷宮が消えていく。といっても項羽に破壊されたのではない。発動者自身が任意で宝具を解除したことによる消滅だ。

 無差別破壊を行っていた項羽も、自分の閉じ込められていた世界が消えていく光景に手を止める。無限の如き面積を誇った迷宮が消滅すれば、項羽とテセウスの両騎は有限の宮中の廊下へと戻ってきた。

 

「その様子じゃ観念したようじゃのう。もう逃がさん、貴様のそっ首落として(ころ)す。サーヴァントで良かったのう。一族がおらぬのならば要るのは貴様の命一つじゃ」

 

「観念? 観念だと? は、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーーっ!!」

 

 迷宮を解除せざるを得ない状況にまで追い込まれ、不利なのは誰がどう見たってテセウスだった。

 なのにテセウスは寧ろ自分が項羽を追いこんだとでもいうように、宮中どころか空にまで響くほどの声で笑った。

 

「俺は可笑しいことを言ったか?」

 

「くくくっ、ひひひひひひ。ああ可笑しいね。そっ首落とすだぁ? なんだよ。もうこの俺に勝ったつもりでいるのか?

 あんまり舐めてんじゃねえぞ、小僧。俺を誰だと思っていやがる? テセウスだぞ。あのヘラクレスと双璧となすと謳われた唯一の男だぞ。

 テメエとは英霊としての格が違ぇんだ。分かったさっさと家帰って小便でもして寝ろ小僧。そうすりゃ命だけはとらんでおいてやる」

 

「――――言いたいことはそれだけか?」

 

 もはや項羽には漲るような殺気も、破戒の笑みすらない。あるのはひたすらに目の前の生命体が存在することを許せぬという必滅の意思だけ。

 テセウスの挑発は見事なまでにプライドの高い項羽の誇りを汚していた。この項羽に睨まれた以上、もはや命はないも同じ。

 

「では死ねィ!」

 

 騅が一瞬でテセウスとの距離を詰める。テセウスは鉄棒で迎え撃つが、大英雄の技量をもってしても項羽の矛と数合交えるのが限界だった。

 鉄棒を手から弾かれると、矛は容赦なくテセウスの頭上へ落とされた。

 双璧と並び称されるヘラクレスとは違い、テセウスには神に祝福された不死性なんて便利なものはない。頭に矛が叩きつけられれば死ぬしかなかった。だからこそ、

 

「――――な、にィ!?」

 

 脳天に矛を叩きつけられながらテセウスが死ななかった事に、項羽は今日最大の衝撃を受けた。

 

「知らなかったか? 聖杯戦争ではな、宝具(きりふだ)ってやつは、いざという時のためにとっておくもんなんだよ」

 

 テセウスの手から出現してのは、黒い西洋剣。

 人ならざる者によって刀身に描かれた妖精文字。同胞を斬り殺したことで魔に染まりはしたものの、無骨なまでの機能美はまるで損なわれていない。

 東洋の英雄である項羽でも一目で分かる。これはテセウスが振るうようなものではない、それどころかギリシャのものですらありはしない。

 これは彼の騎士団において最も強いと称えられた騎士だけに許された、星の聖剣と並ぶ神造兵器。その真名は、

 

「――――無毀なる湖光(アロンダイト)!」

 

 決して折れぬ無毀の魔剣は、一斬にて最も速き者――――騅の首を落とした。

 

 

 

 戦いの終わりは、一人の英雄の死を意味していた。

 アーラシュの全身が罅割れ、粒子となり四散していく。

 これが人の身でありながら神の如き御業を披露する代償。究極の絶技の代価としてアーラシュは己の命を失う。そこに例外はない。

 

「一時はひやっとしたが、どうやら〝やった〟みたいだな」

 

 爆煙の中を見詰めながらアーラシュはほっとしたように息を吐く。

 目を逸らさない。アーラシュは自分が勝手にやった事だと言ったが、最初にその方法を思いついてしまったのは自分だし、なによりサーヴァントの責任はマスターの責任である。

 だからアーラシュが死ぬのは、誰がなんと言おうと自分の咎なのだ。

 

「アーラシュ……」

 

 謝罪を口にしようとして、止める。

 それはきっとアーラシュの覚悟に泥を塗る行為だ。もしこの場でマスターである自分が口にすべき言葉があるのだとすれば、それは謝罪などではなく。

 

「ありがとう」

 

 精一杯の感謝を、アーラシュに告げた。

 

「満足だ。その言葉だけで報酬としちゃ十分過ぎる。……もうちっと話したかったが、そろそろ限界か。俺はここまでだが、マスター。お前はちゃんと始皇帝を……いや、何も言わんでおこう」

 

「?」

 

「答えは自分で出せ、それがお前にとっての正解だ」

 

 終わりの時がくる。

 ペルシャに平和を齎した当方の大英雄は、最期まで年上の兄のような気さく表情のまま消えていった。

 一つの戦いが終わっても、この戦争は終わらない。

 

「行きましょう、先輩」

 

 マシュの言葉に頷く。アーラシュの死を無駄にしないためにも、自分達は始皇帝を倒さねばならない。死を悼む時間はないのだ。なのに、

 

「―――――先に言ったはずだ。ここは通さぬし、逃がしもしないと」

 

「嘘、だろ?」

 

「そんな……!」

 

「おいおい冗談だろ!?」

 

 爆煙が晴れ、そこに在り得ぬ者が立ち塞がる。

 不死身を誇る黄金の鎧は剥がれ落ち、流星と龍炎によって身を焼かれながら、まだ英霊カルナは死んでいなかった。

 不退転の覚悟に満ちた眼光を向けたまま、柳のように佇んでいる。

 あれだけやってまだ倒し切れなかったという事実に絶望しそうになるが、そこでディルムッドが「いや」と冷静に断ずる。

 

「東方の大英雄の言に偽りはない。英霊カルナは間違いなく死んでいる。だがとても信じられんが、彼は自身の意思の力だけで、死の運命を捻じ伏せているのだ」

 

「――!」

 

 想像を絶する精神に戦慄を隠せない。

 ディルムッドの語った言葉に嘘はなかった。冷静になってよく観察すれば、こうしている間にもカルナは全身から夥しいほどの血を流しているし、もはや実体化する事も困難なのか体が薄まっている。

 宝具だの、英霊の格だのという次元ではない。自然法則、物理法則、魔術法則の全てにカルナは自分の意思一つで抗っているのだ。

 

「分かりません……私には。英霊カルナ、どうして貴方程の人物がそこまで始皇帝に尽くすんですか? 間違っています、こんなことは」

 

 マシュの抱いた疑問は自分と同じだった。

 カルナはただの大英雄ではない。インド神話において神々の王すら驚嘆させた高潔な魂をもつ施しの英雄なのだ。なのにどうして彼は始皇帝に尽くすのか、その理由が皆目見当もつかない。

 

「愚問だな。分かり切った質問をするな、シールダー。この地に召喚したオレの槍を、誰よりも早く強く求めたのがあの男だった。サーヴァントが主人に尽くすことに何の不思議がある」

 

 だがカルナにとっては自分達の『疑問』こそが『疑問』だったらしい。心底不思議そうな顔で言った。

 

「それに間違っているのはどちらだ。人類最後のマスターとそのサーヴァント、お前達は正しいのか」

 

「なに、を……」

 

「人理修復、人類史救済。巨大すぎる大義だ。対立する者は問答の余地なく悪となる程の。故に問おう、最後のマスター。お前の正義と対極する〝正義〟が立ち塞がったのならば、どういう答えを出す?」

 

 対極の正義。

 自分達がこれまで倒してきた敵は、疑いようのなく倒すべき悪だった。

 彼等を倒さねば人類史が焼却されてしまうから、世界を救うために彼等を倒す。

 そこに疑問の余地はなく、自分の正しさについて迷うことも殆どなかった。

 

「これからお前が戦う事になる男はそういう相手だ。覚悟はしておけ」

 

「――――話は終わったか? んじゃさっさと殺すべ」

 

「!」

 

 劉邦が剣を担いだまま進み出る。

 

「幾ら凄ぇ根性があろうと首飛ばせば死ぬんだろう。あの鎧がなけりゃ俺でも叩き斬れるだろう」

 

 カルナの問いかけに〝答え〟を出せぬ自分とは違い、中華の覇者として大陸を駆けた劉邦は、そのような問題などとっくに自分なりの答えを出してしまっている。

 話し合いが終わったとみて、早々に幕を下ろしにかかった。

 冷たいが正しい判断だ。止められない。

 

「無理だな」

 

「なに?」

 

「オレの首級を持っていく相手は既に決まっている。お前にオレは殺せない」

 

「ボロボロの体で大した自信だ。じゃあ誰なら殺せるって?」

 

 その時だった。カルナの首に巻き付いた赤い糸が浮かび上がってきた。

 さながれ絞首台の縄のようにかかったそれは、ただの糸ではなくアリアドネの糸。つまり、

 

「俺だ」

 

 糸を導にしての空間転移。

 一瞬にしてカルナの背後に現れたテセウスは、漆黒の西洋剣にてカルナを背後から斬り捨てた。

 



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第48節  絶対的な死

 予想もしなかった衝撃的な光景に絶句する。

 テセウスの西洋剣によって斬りつけられたカルナは、これまでの往生際の悪さが嘘のように、あっさりと自らの死を受け入れた。まるで最初からその為に生にしがみ付いていたかのように。

 

「……――――すまんな。汚れ仕事を押し付けた」

 

「気にするな。こういう役割は慣れている」

 

 一瞬同士討ちかと勘繰ったが、カルナには背後から自分を斬りつけたテセウスに怒りを向けるどころか、申し訳なさそうな表情をしていた。それはテセウスも同様で、とても裏切りによる同士討ちをしたとは思えない。

 英霊カルナが消える。絶望的な暴威を惜しげもなく見せつけた最強のサーヴァントの一角が、粒子となって消滅していく。

 何はともあれこれで敵側の最強戦力の一角を削げた。敵も残すは始皇帝と目の前のテセウスだけ。天秤はこちらに大きく傾いた筈だ。だというのに、

 

(なんだ、この胸騒ぎは)

 

 まだ何も終わってもいないし、天秤が傾いてなどいない。

 カルナという英霊は確かに消えた筈なのに、カルナの神威そのものが闇に潜んでこちらを伺っている。上手く言葉に出来ないが、そんな悪寒がするのだ。

 

「どう、して……」

 

「マシュ?」

 

 唇を震わせながら、マシュが大きく目を見開いてテセウスを――――より正しくはテセウスの持つ剣を凝視していた。

 マシュがここまで動揺するなど尋常ではない。あの西洋剣になにかあるのかと自分も視線を集中させる。

 黒い刀身とそこに描かれた妖精文字。どことなく見覚えがあったが、残念ながらそれを何処で見たのかは思い出せなかった。

 

「マシュ、あの剣がどうしたんだ?」

 

「有り得ないんです……テセウスが……いいえ、彼以外の騎士があの剣を持つことは有り得ないことなんです!」

 

「初見で気付いたか。これまでの特異点で知っていたのか、それとも」

 

「答えて下さい! どうして貴方がその剣を持っているんですか! 無毀なる湖光(アロンダイト)を!」

 

「!」

 

 マシュの言葉を起爆剤に、奥底に眠っていた記憶が猛烈な勢いで蘇ってくる。

 自分があの剣を見たのは第一特異点であるオルレアン。バーサーカーとして自分達に襲い掛かって来たサー・ランスロットが、最後の切り札に解放してきた宝具だ。

 

「どうしてって? これが俺の宝具だからだよ」

 

「誤魔化しは無意味です。無毀なる湖光(アロンダイト)は円卓最強を謳われたサー・ランスロットにのみ許された剣。貴方のものではないはずです」

 

 異なる英霊が同一の宝具を保有する事例は珍しいが皆無というわけではない。

 例えばジークフリートのバルムンクだ。あの魔剣はジークフリート死後も持ち主を次々と変えた曰くつきの宝具のため、ジークフリート以外にもバルムンクを宝具とする英霊は存在する。

 ギリシャ神話関連でいえばヘラクレスの剣であるマルミドワーズは、後にアーサー王の手に渡ったという伝承もあった。

 しかしだ。少なくともサー・ランスロットのアロンダイトを、嘗てテセウスが保有していたなんて事実は如何なる伝承を紐解いても存在しない。

 

「別に誤魔化しなんてしてねえさ。ちゃんと真実をあるがま――――ぐおっ!?」

 

 会話をぶった切るように、テセウスの眉間に毒塗りの匕首が命中する。

 下手人は言うまでもなく荊軻。テセウスが自分達と会話している不意をついた早業は、流石は暗殺者(アサシン)と言う他なかった。

 

「荊軻さん、まだ話の途中なのに!」

 

「すまんな。が、私は戦場にて敵を屠る将ではなく、闇にて命を伺う刺客。会話中だろうとなんだろうと隙を晒した敵を見逃すことは出来んさ。それに……まったく情けない。生前のみならず今生においても失敗するとはな」

 

 悔しげに吐息を漏らす荊軻にどういうことか尋ねようとするが、直ぐにその答えは現れた。

 

「その道理は理解できるが、せめて話し終えるまでは待ってほしかったなぁ。テティスの加護がなければ危なかったぞ」

 

 からん、と汚れ一つない匕首が床に落ちた。

 荊軻の投げつけた匕首は、傷一つで即死させるほどの猛毒が塗られている。しかしテセウスの肉体にはまったく毒が作用していなかった。

 何故かなど一目瞭然である。眉間に匕首を喰らいながら、テセウスには傷一つとしてついていなかったのだ。

 

「弾くどころかまったく通っていないな。無毀なる湖光|(アロンダイト)の次は……テティスの加護……まさかアキレウスの不死身の肉体か?

 私にはまったく意味が分からん。ディルムッド、そっちはどうだ? 体系は違えど同じ神話由来のサーヴァントだろう」

 

「同じくだ。ギリシャ由来のサーヴァントなら何か分かるのかもしれんが、俺には皆目見当がつかん」

 

 残念ながらこの特異点にいるギリシャ神話出身のサーヴァントはテセウスのみだ。

 こんなことならアステリオスやエウリュアレを始めギリシャ神話出身のサーヴァントが多くいた第三特異点で、ギリシャ神話の英霊について色々聞いておけばよかった。

 

「さて。ではカルナに代わり役目をこなすとしよう。話の流れをぶった切ったのはそちらだ。文句はつけるなよ」

 

 全身にはアキレウスの不死性。

 右手にはランスロットの魔剣。

 強力という以外には全く共通点のない二騎のサーヴァントの宝具を、如何な魔法か一つの身に宿したサーヴァントは、キメラすら逃げ出すほどの気迫で仕掛けてきた。

 

「ちっ! 良く分かんねえがやるしかねぇぞ!」

 

 サー・ランスロットの『無毀なる湖光(アロンダイト)』は決して刃毀れせず、その所有者の全てのパラメーターを1ランク上昇させる魔力を持つ。

 アキレウスの『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス))』は神性を持つ者以外からの攻撃を無効化するという。

 最強の剣と、無敵の鎧。それを振るうはヘラクレスと双璧をなす武芸を誇るテセウス。下手すればカルナに匹敵しかねないほどの難敵だ。

 劉邦の『皇帝権限』で神性を付与することで『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス))』は対処出来なくもないが、それとて決して万能ではないのだ。

 

「テェェェェェェェェェェセウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 

 厳しい戦いは避けられない――――という不安は、壁を粉砕した雄叫びによってあっさり吹き飛んだ。

 羅刹もかくやという形相で現れたのは、馬を喪失し孤高の覇王と化した項羽。その鬼気は真に一人となったことで、極限にまで高められもはや猛毒だった。ここに民草がいれば殺気を浴びただけで即死してしまったことだろう。

 

「ちっ。鬱陶しいのが追ってきやがったよ」

 

 夕食に蟲が混入していたのを発見したかのような顔を浮かべたテセウスは、アロンダイトを構え項羽を迎え撃とうとする。

 だが即座にアロンダイトだけでは凌げないと悟ったテセウスは、更なる驚天動地の宝具を行使してきた。

 

「『第六の応報(アブソリュート・デッド)』!」

 

 絶対的な死(アブソリュート・デッド)。そう叫んだテセウスの手より出現したのは、あろうことかカルナの神殺しの槍だった。

 魔剣と槍。長さの異なる得物を巧みに使いこなし、テセウスは項羽の矛を受けきった。

 

「今度はカルナの宝具まで!?」

 

 英霊の宝具は一人につき一人が原則だが、大英雄クラスになれば二つ三つ保有する者もザラである。

 だから大英雄であるところのテセウスが宝具を複数所持することは別に不思議ではないが、幾らなんでもラインナップが滅茶苦茶過ぎだ。

 しかも槍だけではなく、テセウスの全身を覆い始めたのは黄金の鎧。

 テセウスは魔剣と神殺しの槍を同時に振るい、全身から灼熱の魔力を放出させながら項羽の怒涛の連撃を防いでいく。項羽の超人的武勇はそれすら抉じ開けてテセウスの肉体に矛を届かせていたが、アキレウスとカルナの『不死身』がダメージを通さない。

 

『ふーん。そういうことねー。あれにはそういう意味があったわけだ』

 

 誰もがテセウスの使う宝具に首を傾げる中、ダ・ヴィンチ一人だけが一人でうんうんと頷いていた。

 

「ダ・ヴィンチちゃんにはテセウスの宝具が分かったんですか!?」

 

『もちのロンさ! あれは略奪の因果応報。英霊テセウスがアテナイへの旅路で行った六度の天誅が具現化した宝具だ。原理は極めて単純。自分が殺した相手のものを任意で奪い取る。宝具は愚か才能(スキル)さえもね。殺害必死でも問答は無用というわけだ』

 

「じゃあテセウスがカルナを殺したのは!」

 

『そう、同士討ちなんかじゃない。最初からカルナは自分の宝具とスキルを与えるために、わざとテセウスに殺されたんだよ!』

 

『待ってくれダ・ヴィンチちゃん! ということはテセウスはアキレウス、ランスロット、カルナの全てのスキルと宝具を兼ね備えているってことじゃないか! こんなの勝てっこない!』

 

『落ち着けロマニ。あれが六度による応報が具現化した宝具なら、奪える〝モノ〟も六つが限界のはずだ。七つ目を奪おうとすれば、奪ったものを一つ破棄しなくてはならないと見たよ。

 今から考えればアステリオスの「万古不易の大迷宮《ケイオス・ラビュリントス》」は生前に殺したことで、元々奪い取ってあった宝具なんだろうね』

 

『なら良かった――――って、全然気休めにならないよ! 六つだって十分すぎるほどヤバい相手じゃないか!』

 

 カルナや始皇帝のように最初から最強なのではなく、立ち回りによっては最強すら凌駕する力を得るサーヴァント。それが英霊テセウス。

 綺羅星の如きギリシャ神話の英霊達の中で、ヘラクレスと双璧をなすと謳われただけある。恐ろしいサーヴァントだ。

 今だって出鱈目な強さを誇る項羽相手に互角どころか優勢に戦っている。こうしてはいられない。自分達も項羽に加勢してテセウスを倒さねば。

 

「――――手を出すなぁ!」

 

「!」

 

 けど項羽は自分の考えを察したかのように怒鳴り声で制止してきた。

 

「こやつは俺の獲物ぞ! 騅の仇じゃ、誰にも渡さんわ。誰にも譲らんわ。こやつを(ころ)すのは俺じゃ。貴様等には始皇の首級を譲ってやるわ。そちらを(ころ)せい。無論、俺がこやつを(ころ)すまでに獲れればの話じゃがのう」

 

 項羽が愛馬に乗らず一人で現れたことから予想できたが、やはり騅はテセウスによって殺されてしまったのだろう。 

 人馬一体の馬術と神馬にも比肩するだけの疾さ。それだけあって尚も項羽には誰もついていけない。なんとなく悲しい気分になった。

 

「……ああなった項羽は誰にも止められねえよ。ここはあいつに任せて、さっさと始皇帝をぶっ殺すが吉だべ」

 

「そうだな」

 

 劉邦の言葉に頷く。今は押されている項羽だが、彼がそう簡単に負けるとも思えない。

 ここは項羽に従って、始皇帝を倒しに行くべきだろう。如何にテセウスが出鱈目だろうと、始皇帝さえ倒せば決着がつくのだから。

 項羽とテセウスの常軌を逸した激闘を後目に、始皇帝の待つ玉座の間へと急いだ。

 




【元ネタ】ギリシャ神話
【CLASS】アサシン
【マスター】始皇帝
【真名】テセウス
【性別】男
【身長・体重】230cm・147kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力A+ 耐久B 敏捷A 魔力B 幸運C 宝具B

【クラス別スキル】

気配遮断:A
 サーヴァントとしての気配を断つ。隠密行動に適している。
 完全に気配を絶てば発見することは極めて困難である。
 ただし自らが攻撃態勢に移ると気配遮断のランクは大きく落ちる。

【固有スキル】

神性:B
 神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
 伝承において海神ポセイドンの息子とされる。

隠遁術:A++
 罠を掻い潜り、目的地に到達する才覚。同ランク以下の障害物を無力化する。
 迷宮攻略、敵拠点への潜入の際に大きな補正を得る。

心眼(偽):B
 直感・第六感による危険回避。

勇猛:B
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【宝具】

手繰りし活路への糸導(アリアドネ)
ランク:D
種別:対迷宮宝具
レンジ:1~10
最大捕捉:7人
 アリアドネがテセウスを助けるため渡した赤い麻糸。
 予め赤糸を結びつけておくことで、如何なる障害も無視してその座標軸に空間跳躍し離脱する。

第六の応報(アブソリュート・デッド)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:―
最大捕捉:1人
 テセウスの真の宝具。自分が殺した相手の〝宝具〟または〝スキル〟を自分のものにすることが出来る。
 この宝具の効果で奪えるものは最大で六つまで。それ以上の獲得には、ストックしてあるものを破棄しなければならない。
 なお生前殺したアステリオスの〝大迷宮〟は、既に奪ったものとして初期状態からストックされている。

万古不易の大迷宮(ケイオス・ラビュリントス)
ランク:EX
種別:迷宮宝具
レンジ:???
最大捕捉:???
 ミノタウロスが封じ込められていた迷宮の具現化。
 一旦具現化してからは、「迷宮」という概念への知名度によって道筋が形成される。
 この迷宮から脱出する方法は三つ。
 一つ目は正規の手段で迷宮の出口を探し出すこと。ただしこの方法には同ランク以上の幸運、または迷宮攻略のためのスキルが不可欠である。
 二つ目は特別な対迷宮宝具を用いること。
 三つ目は発動者を迷宮内から排除、つまりは討ち滅ぼす事である。
 うち一つ目と二つ目の方法がとれるサーヴァントは極めて少ないため、事実上脱出するには発動者を倒す他ない。
 正確にはテセウスの宝具ではなく、生前殺したアステリオスの宝具である。









 テセウスは初期はヘラクレスやアキレウスほどぶっ飛んだ強さはないけれど、上手く立ち回ればヘラクレス以上のチートになれるかもしれない可能性のサーヴァントです。まあ七騎が基本の普通の聖杯戦争ではかなり難しいでしょうけど。けどムーンセルの聖杯戦争とはかなり相性が良いかも。
 補足すると設定上ランスロットとアキレウスを殺害していることになるテセウスですが、これは彼が別に二人を倒したとかそういう話ではなく、始皇帝がランスロットとアキレウスを自分の手駒として呼んだけど従う気がなかったので、令呪で拘束してからテセウスに殺害させて宝具だけ奪っただけです。



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第49節  統一

 中華の政治機構の中心だけあって宮中は迷路のように入り組んでいたが、荊軻という案内人とロマンのナビゲートのお蔭で迷う事はなかった。

 この特異点にレイシフトしてから漸く――――自分達は、始まりの男の待つ場所へ足を踏み入れた。

 

「辿り着いたか。インドとギリシャの大英雄とやらも他愛ない」

 

 咄嗟に歯を食いしばって耐えた。部屋に踏み入れた途端に降りかかってきたのは重力に百倍する程の重圧を伴った声。

 一切の情を排除した無機質さと、世界を焼くほどの憤怒。矛盾した二つを宿したそれに絶望したくなる。これが……こんなものが人間の発した音とでもいうのか。

 覚悟して顔を上げた。果たしてそこにその男はいた。

 包む皇帝服は水徳たる秦帝国象徴する黒。この世全てを憎悪する黒瞳は、底が見えないほど深く暗い。

 厳格という言葉すら足りない程の冷貌には、人間が人間であれば持ち合わせる喜びも、哀しみも、楽しみの感情もない。ただひたすらの〝怒り〟が男の感情を満たしていた。

 これが中国史の始まりたる男。皇帝という概念を始めて地上へ齎した星の開拓者。法家の権化、合理主義の究極。

 

「お前が――――始皇帝か?」

 

 中華だけではなく〝この世全て〟におけるファースト・エンペラー。

 独力で特異点修復という偉業を成し遂げ、この時代に乗り込んできたカルデアの敵。

 

「朕を知るのであれば貴様は何故そこに立っている。誰が朕の前で起立を許可した。平伏しろ。頭が高いぞ、頭を垂れ許しを請え」

 

「っ!」

 

 傲慢そのものの命令口調だったが、始皇帝の言葉には問答無用で人を従順させてしまう〝威〟がある。

 自分はこれまで多くの特異点で様々な皇帝や王と出会い、時に戦ってきた。その中には名君と呼べる者もいたし、後の世に暴君と畏怖された者もいた。しかしこの男ほど説明不能の〝絶対感〟を放つ皇帝は誰一人としていなかった。

 気を抜くと体が勝手に跪きそうになる。生物であれば誰もが持つ危機意識が最大限の警鐘を鳴らしていた。この男に従わねば死ぬ、と。

 だが、

 

「断る!」

 

「………………」

 

「俺はお前の家臣じゃない。お前に頭を下げる覚えは、ないぞ!」

 

 人類最後のマスターだなんだのと言っても、結局のところマスターである自分はマシュのように自分で戦う事は出来ない。

 だからこそ絶対に心で屈することだけは出来なかった。例え相手が項羽だろうと、始皇帝だろうと。

 

「理解が及んでいるのか? 今の啖呵だけで貴様は秦の法律を十以上は踏み躙ったぞ」

 

「聞こえなかったのか、始皇帝。我が主は貴様の臣ではないと言ったのだ。お前がどのような法を敷こうとそれは構うまいさ。だが我が主にまで貴様の法を強いる事は俺が許さん」

 

「そうだな。我等が今生にて従うべき法があるとすれば、それはマスターの命のみだ。お前ではないぞ始皇帝……いいや敢えて秦王政と呼ばせてもらおうか? 嘗て果たせなかった太子の頼み、ここで果たさせてもらうぞ」

 

 ディルムッドの挑発に荊軻も続く。

 殆どのサーヴァントは生前に何かしらの未練を残している。荊軻は自分の生き方を悔いてはいないが、その最期に一つの未練を残した。

 それこそが秦王暗殺。何億分の一かの運命の巡りあわせにより、彼女は未練を雪ぐ機会を得たのだ。

 

「貴様、あの時の刺客か」

 

「私の顔を覚えていたとは予想外に嬉しいな。無粋な横槍……いや薬箱を投げつける者はいない。存分に逢瀬を愉しもうじゃないか。こちらにはあの時の連れの兆倍頼もしい味方もいるが許せ」

 

「ふん。貴様風情にもはや用などないわ。朕の関心は――――」

 

 始皇帝の視線が一瞬だけ劉邦に止まると、憎悪が黒い瘴気となって溢れだした。

 

「お、俺ぇ!?」

 

 始皇帝に睨まれた劉邦が素っ頓狂な叫びをあげる。

 

「黙っていろ匹夫、口を閉ざせ下郎が」

 

「うわー。やべえ、めっちゃ恨まれてるべ俺。項羽ほど目茶苦茶やってはいねえんだが、やっぱ史書で好き勝手に悪口書かせたのが原因か?」

 

 今も昔も歴史書を記すのは往々にして勝者であり、勝者によって都合良く書かれる傾向が強い。それは劉邦と彼の開いた漢王朝にも当てはまるのだ。

 漢王朝の史書は基本的に劉邦と漢を正当にして贔屓気味に書いており、逆に項羽や始皇帝などは意図的に悪く描写されている。漢書などその最たるものであるし、有名な史記においてもその傾向は伺える。

 結果的に始皇帝は始まりの皇帝でありながら皇帝の悪例とされ、逆に劉邦は皇帝の好例としてしばしば対比されることとなったのだ。始皇帝が劉邦へ怒りを向けるのは当然といえば当然である。

 

「品のない男よ。良い、貴様は後で車裂きにする故、震えながら沙汰を待て。朕にはお前などよりも気になる者がいる。言うまでもなく貴様等のことだ、カルデア」

 

「!」

 

「回収した五つの聖杯、人理修復を成し遂げてきた実力、英霊召喚システム――――その全てに価値がある。認めよう、お前達には使い道があると」

 

「何が言いたい?」

 

「故に死以外の道を与える。聖杯を献上し、朕に降伏せよ。さすれば功をもって罪を相殺し、相応の待遇をもって迎え入れよう」

 

「なっ!?」

 

 まさか倒すべき相手から勧誘を受けるとは思わなかった。

 マシュだけではなくモニタリングしているロマンまで絶句しているのが伝わってくる。

 

「……どういう、つもりだ?」

 

「魔術王を確実に殺す為には戦力は幾らあっても足らん。貴様等の思想は理解できんが、貴様等の実績と能力は評価できる。この特異点で喪った駒も、貴様等と聖杯を得れば十二分に補填できよう」

 

 宋江が言っていた。始皇帝は独力で人理を修復し、魔術王と敵対していると。この分だと宋江の言っていた事は事実なのだろう。始皇帝の冷貌には、魔術王への確かな怒りが垣間見えた。

 自分達の目的は今更確認するまでもなく人類史救済と魔術王の打倒である。始皇帝が同じように魔術王打倒を目的とするのならば、共闘するというのは悪い選択ではない。

 

『甘い誘惑に乗っちゃ駄目だ!』

 

 ロマンが焦った口調で割って入る。

 

『相手は冷酷非情で有名な始皇帝だ! 使い道がなくなったら殺されるに決まってるし、もしかしたら降伏して油断したところを殺そうという魂胆かもしれない』

 

「その声はカルデアの宮廷魔術師だな。朕は貴様にも言っているのだぞ。その慎重さと組織を回す実務力もまた得難い。大臣の席が幾つか空いているぞ?」

 

『…………みんな。もしかしたら始皇帝はすっごい良い人かもしれない』

 

「ドクター! なにを真っ先に甘い誘いに乗っているんですか!?」

 

 あっさり陥落しかけた風雲ロマン城に、マシュが本気で怒った。

 

『ご、ごめん! でも第一印象で僕をこんな褒めてくれたサーヴァントは初めてだし』

 

 中国史上でも屈指の偉人に手放しで称賛された事がよっぽど嬉しかったらしく、ロマンは喜色を滲ませながら弁解する。

 もしかしたら散々サーヴァントに低評価を喰らっていたのを気にしていたのかもしれない。

 

「朕の前で密談に耽るとは呆れた傲慢さだ。して答えはどうだ? もっとも答えなど聞くまでもない。なにせ否と言えば貴様等の命はここで尽きるのだからな」

 

 始皇帝の背後の空間が蠢き、そこから無数の人ならざる者の気配が放たれた。

 項羽によれば始皇帝の宝具は十中八九が、大陸中の財宝秘宝をかき集めた陵墓を展開することだという。きっと空間の揺らぎの先にその陵墓があり、そこには数万を超す傀儡兵が犇めいているのだろう。

 

「…………」

 

 隣にいるマシュ、そしてサーヴァント達に視線を向ける。皆の表情が全幅の信頼とともに判断は委ねると言っていた。

 最後に劉邦。カルデアのサーヴァントではなく、かといって人類史よりも自分の命が大切という――――この英雄らしからぬ大英雄は、始皇帝の甘言を前に堂々としていた。

 

「俺はいいべ。きっと史書で散々あいつと秦のネガキャンしたのを恨まれてるんだろうな。降伏しても許されねえなら、俺にゃ戦うしか道はねえべ。

 まあお前がどうするかはお前に任せる。俺が説得したところで意味なんざねえだろうしな」

 

〝ただしお前がそちらを選んだ瞬間、俺はお前達の敵だ〟

 

 言葉にはされなかったが、劉邦の視線はそう言っていた。

 始皇帝に降伏して劉邦を倒すか、降伏をはねのけ劉邦と一緒に始皇帝と戦うか。道は二つに一つ。

 

「……答える前に、一つ教えてくれ」

 

「必要か?」

 

「必須だ」

 

 これまでの敵ならば、自分はきっと迷いなく始皇帝の誘いを拒絶して戦う事を選んでいただろう。実際今も降伏しようなんてまったく考えていない。

 だが相手の話や考えもまったく聞かずに、感情のままに拒絶するのはきっと間違っている。

 カルナは言っていた。始皇帝は絶対悪ではなく自分達とは対極の正義であると。ならば自分は正面からその正義を問い質さねばならない。

 倒すのも、降伏するのも。全てはその後だ。

 

「お前の目的は、魔術王を倒して人類史を取り戻すことなのか?」

 

 もしも頷いてくれるのであれば、臣下にはなれないが共に戦う事は出来る。握手を求める心の準備はできていた。だが、

 

「否定はせん。狭義における目的ではある。しかし魔術王の打倒など朕にとっては通過点に過ぎぬ」

 

「通過点……? じゃあ魔術王を倒して、その後にどうするつもりなんだ!?」

 

「吠えるな喧しい。むしろ問い質したいのはこちらだ現代人。。朕が死してより2000年以上。お前達は一体なにをやっていた?

 紀元前を超え21世紀になっても異なる国が存在し、異なる政治体制を敷き、異なる法をもって治め、異なる元首を仰ぎ、異なる神を信じ、異なる言葉を喋り、異なる通貨を使う。なんだというのだこの有り様は。不合理だ、不利益だ、無駄が過ぎるぞ。

 英霊として未来を知った朕の失望は貴様等には決して分かるまい。朕が永劫不滅にして不老不死たる身であれば、世界にかような無様な歴史を歩ませることはなかっただろう。やはり信じられるは我のみ。我が血を継いだだけの出来損ないと貴様等人類は、自らの愚行をもってその事を証明したのだ」

 

「じゃあ貴方の目的というのは!?」

 

「統一だ。異なる国は要らん。異なる政治思想も要らん。異なる法も要らん。異なる元首も要らん。異なる神も要らん。異なる言葉も要らん。異なる通貨も要らん。全てが無駄だ。

 世界には一つの国があれば良く、一つの政治思想があれば良く、一つの法があれば良く、一人の皇帝があれば良く、一つの信仰があれば良く、一つの言葉があれば良く、一つの通貨があれば良い。

 統一国家、統一思想、統一神、統一言語、統一通貨―――――そしてそれらに君臨する唯一皇帝こそが朕であり、それらを統べるものこそが我が法だ」

 

 春秋戦国時代。異なる国々が存在する事が当たり前だった時代で、不断の意思のもとで統一こそを目指した男。それは死して英霊となっても変わることはなかったのだろう。

 むしろ生前では知りえなかった『地球』という巨大なものを認識したことで、統一思想は究極的なまでの広がりをみせていた。

 

「夢物語と笑うか? 道理である。朕が生前と同じ定命の身であれば確かにその通りよ。だが今の朕はサーヴァント。煩わしい老いや寿命とも無縁よ。不老不死を得た朕であれば不可能などない。世界統一と恒久平和。蒙昧共では届かぬ理想も、朕にとっては現実的目標だ。

 しかし統べるべき世界が、魔術王によって人類史ごと焼却されていてはどうしようもない。故、先ずは魔術王を殺す。それが終われば聖杯をもって現代に甦り、我が帝業を成すのみだ」

 

 人類史の未来を揺るがす発言をしているというのに、始皇帝には一切の迷いもなければ躊躇もない。彼は自らの正義を寸分も疑っていなかった。

 漸く悟る。聖者でも偽善者(エゴイスト)でもなく、ただひたすらに己の正義こそを絶対とする究極の独善家、それが始皇帝という男の真実だった。

 

「馬鹿げたことを。始皇帝よ、如何に自我があろうと我等は所詮サーヴァント。過去の亡霊に過ぎん。今の世界を変える資格を持つ者は、今を生きる人間だけ。そんな当たり前すらお前は分からないのか?」

 

 この場で最も正純な英霊であろうディルムッドが、英霊を代表して始皇帝の野心に否を叫ぶ。

 ディルムッドの言葉は正しい英霊であれば誰もが頷く正論ではあったが、残念ながら始皇帝はまるで揺らがない。

 

「――――下らん」

 

「なに?」

 

「今を変える権利を持つ者は、今を生きる人間だけだと? 下らんわ。義理人情の話なんぞ理解できんし吐き気を催す。

 朕に進言するのであれば、ただ合と理をもって語るがよい! なぜ! 今を生きる人間だけが! 権利を持つのか! さぁ、理屈をもって証明してみせよ! さぁ!!」

 

 こちらを馬鹿にしているのでも、ディルムッドを挑発しているのでもない。始皇帝は本気で理解できぬものを目の当たりにした不快感から激怒していた。

 どうやら自分はまた一つ思い違いをしたらしい。始皇帝は合理主義の究極なのではない。この男は合理的なもの以外を理解出来ないのだ。きっと親子の情や、男女の恋や、他者への思いやりや、理屈のない感情全てがこの男には理解不能で不快なものとしか認識できていないのだろう。きっと彼自身がただの一度も他の誰かに愛されたことがなかったから。

 

――――始皇帝は人の心が、分からないのだ。

 

 一度は始皇帝の野心に義憤したディルムッドだったが、そこにはもう怒りではなく憐れみだけがあった。

 もはや問答に意味はない。始皇帝の心はどうしようもないほどに手遅れだ。

 始皇帝の正義は不変だし、自分の意思もまた始皇帝の正義に屈さないと吠えている。であれば負ける訳にもいかない。

 

「返答は決まった。俺は……俺達は、お前に従わない。お前を倒して、未来を取り戻す」

 

「最も愚かな道を選んだな。良いだろう、ならばそのような愚昧は我が臣には不要。貴様等を殺し、聖杯を回収するのみだ」

 

 始皇帝の語る統一思想を全面否定するつもりはなかった。自分は本能的に凍えるような寒さを感じたが、人によっては楽園と思うのかもしれない。

 けれど世に絶対的な真理などありはしないから、自分は自分の信じる選択をする。例え相手の正義を踏み躙ることになろうとも、こちらの我を通す。

 カルナの言葉が染みる。きっと戦国の世を生きた英雄達は、自分と同じような事を悩み、そして決断してきたのだろう。

 玉座に腰掛けたまま始皇帝は魔力を胎動させ、始まりにして終の夢をもって現実世界を歪め始める。

 

「顕現せよ我が帝業、永遠至高なる夢幻城――――――秦始皇帝陵」

 

 世界の理を歪ませるほどの圧倒的な自我に現実は歪み、ここに始皇帝を永遠に祀る陵墓が出現した。

 心象風景をもって現実を上書きする固有結界とは似て非なる、現実に自らの夢を付け足す大禁呪。待ち構えるは無数の傀儡兵達。

 改めて理解した。この特異点で散々苦しめられた傀儡兵も、始皇帝にとってはこの『宝具』の一分に過ぎないのだと。

 疑う余地なく嘗てない強敵ではあるが、負けるつもりはない。だってこれは――――未来を奪い合う戦いなのだから。

 



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第50節  覇道と王道

 星々の煌めきで昼のように明るい夜天、絢爛にして贅の極地に達した陵墓。中心に座するは唯一帝。それが〝始皇帝〟が作り出した夢幻世界だった。

 玉座の始皇帝を守護するように立ち並ぶは黒衣の傀儡兵達。始皇帝の近衛だけあって装備の質が一般兵より一回りは上だった。ざっと見た限り総数は一万といったところか。

 

「流石の物量作戦ですが、これならどうにかなりそうですね、先輩」

 

 第二特異点やこの特異点で軍団規模の戦争の経験を多く積んだマシュは、今更一万の近衛軍団を見た程度で臆しはしない。

 それに一人のサーヴァントが有する戦力として一万は凄い数字に思えるが、サーヴァント一騎が万人に匹敵する強さを誇る事を鑑みれば、このくらいは十分に対処可能な数字である。

 ディルムッドや荊軻のように対人宝具しか持たぬサーヴァントだけでは手古摺ったかもしれないが、こちらにはサーヴァントとして覚醒した劉邦がいるのだ。恐らく劉邦が龍炎を放てば、それだけで近衛兵軍団を壊滅させる事が出来るだろう。

 とはいえ自分もいい加減素人ではいられない。対サーヴァント戦における楽観は愚考の別名だと、これまでの経験から分かっていた。始皇帝であればまだ何か仕掛けてくるはずだ。

 

「下らん脳天気さよ。我が総力がこの程度なわけがなかろう」

 

 自分の悲観的予想は、やはりというべきか敵中する。近衛軍団どころか陵墓全体を囲むように、地下より五十万に迫る程の傀儡兵が這い出てきた。

 

「……覚悟はしていたが、これ程とは」

 

「まったく万軍に比肩しうる単騎がサーヴァントだというのに、本当に万軍を出してくる奴がいるか」

 

 ディルムッドと荊軻はもはや恐れるを通り越して呆れていた。

 両騎ともサーヴァントだけあってこの大軍勢にもまったく臆していないのは心強いが、参った。

 劉邦軍やチンギス・ハンとの戦争で少なくとも六十万以上は消費している筈なので、予備兵力は最悪でも十万が限界と睨んでいただけに、その五倍の兵団が出てきたことに驚愕を禁じ得ない。

 総数が五十万ともなると劉邦の龍炎だけで対処するのは厳しいだろう。こんな事なら後詰の公孫勝と一時合流しておけば良かったと今更の後悔にかられた。

 

「……あっ! 先輩、見て下さい。あの傀儡兵、これまでのものと違って凄く奇妙です」

 

「どうしたんだ?」

 

「鎧です。傀儡兵の鎧が」

 

「鎧? ……――――あっ!」

 

 マシュに指摘されて漸く気付けた。五十万という数ばかりに目を奪われていたが、よく観察すると傀儡兵の鎧がバラバラなのだ。

 それは決して近衛兵、将と兵卒の違いという格的なものではない。秦の兵士は生身の兵隊も傀儡兵も黒に統一された鎧を装備していたが、新たに現れた傀儡兵は赤や薄緑や茶色などまったく統一性がない。まるで異なる軍団同士が連合したかのような印象を覚える。

 

「……………………おいおい。性質の悪い冗談だべ、こりゃ」

 

「これが始皇帝なりの征服か」

 

 自分達を置き去りにして、始皇帝と同時代を生きた劉邦と荊軻だけが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

『二人とも! 分かったなら教えてくれ! あの傀儡兵は一体なんなんだい?』

 

 ロマンが自分の思ったことを代弁するように問いかけた。

 荊軻は悼むように目を瞑ると、静かな怒気を放ちながら口を開く。

 

「……あれはな。秦によって滅ぼされた楚・斉・燕・趙・魏・韓……六国の軍団の装備とまるっきり同じなんだよ」

 

「なんだって!?」

 

「――――同じではない」

 

 怒りと共に放たれた荊軻の指摘を、始皇帝は冷厳に否定する。

 

「装備の質・兵の練度。全てにおいて六国のそれを凌駕するよう作っている」

 

「……悪趣味だべ。秦は全てにおいて六国を上回ったって証明のつもりか? それとも国土ばかりじゃなくて歴史も征服したってか?」

 

「察しが良いな、両方だ」

 

 珍しく本気で引いている劉邦に、始皇帝は邪悪な喜びの滲んだ声色で応えた。もしかしたら自分の『始皇帝は人の心が分からない』という評はある一点においては間違っていたかもしれない。

 始皇帝が単純に不合理なものを理解出来ないならば、こんな歪んだ虚栄心と嗜虐心を満たすような所業はしないだろう。

 余り歴史や神話に敏くない自分ですら知っている始皇帝のエピソード。

 曰く、彼は幼い日は人質の子として、周囲の人間全てに憎まれながら育ったという。

 もしそのエピソードが正しいのならば、人の心を理解できぬ始皇帝は――――例外として〝憎悪〟だけは理解するのかもしれない。

 

「本来は観賞用。戦に使うような代物ではないが――――いけるな、王翦」

 

「無論」

 

 全員がギョッとして始皇帝の隣を凝視する。いつの間にかそこには秦国を象徴する黒一色に統一された甲冑を纏った将軍が控えていた。だが驚いたのは将の存在ではなく名前にである。

 王翦といえば六虎将筆頭にして最高と謳われた名将中の名将。項羽の祖父である項燕を破り、戦国時代に引導を渡した大英雄だ。

 

「傀儡兵十万を生産できる魔力を注いで、貴様の脳味噌を拾い上げたのだ。それだけの成果はあげろ」

 

「相手は四つの聖杯探索を成し遂げたカルデアに漢の高祖。必勝を誓うことは出来ませぬな。が、陛下が御求めになるのであれば力を尽くしましょう。元より私には他の五将軍のような武はないので、身体がただの傀儡兵でも頭が十全ならば問題はありません」

 

 王翦は自らが先頭に立って敵軍を打ち破る蒙武や李信とは反対。自らを最も安全な位置に置き、その辣腕を振るう将である。

 その指揮能力の真髄を自分達は直ぐに目の当たりにする事になった。

 王翦が腕を上げる。ただそれだけの合図でバラバラの鎧の傀儡兵が、一糸乱れぬ統一された動きで陣形を組んだのである。

 信じられない。幾ら指揮官の命令を100%機械的に実行できる傀儡兵といえど、指示を出しているのは機械ではなく人格をもった王翦という将なのだ。

 五十万の兵隊を寸分の誤差なく完全同時に動かすとなると、最低でも数百以上を並列思考する必要があるだろう。

 計算を凌駕する将才をもつ項燕を、計算をもって討ち滅ぼした王翦の将才。噂に違わぬといったところか。

 覚悟はとうに決めた筈なのに、ここまでのものを見せられると絶望的になる。

 ひたすら対軍宝具を連打すれば五十万といえど倒せるかもしれないが、始皇帝は傀儡兵以外にも切り札を隠しているような気配もあるし序盤からの宝具連続解放は余りにも危険だ。

 

「ひひひひひひ。秦の六虎将筆頭、大した奴が出てきたじゃねえか」

 

「劉邦?」

 

 自分が打開策を思案していると、劉邦が人を食った笑みで前へ出た。手に握られているのは、皇帝らしく華美でありながら将軍らしい実を兼ねた帝王の剣(おうけん)

 

「目には目を。物量相手にゃ超物量で潰すのが一番だべ。敵が六虎将筆頭ならこっちは〝三傑〟に諸侯王に列侯が大陸が足らんほど沢山! 負けねえよ」

 

 劉邦を中心に大風が起こり、始皇帝の夢幻世界を浸食し始めた。

 

「――――まさか高祖。お前の宝具は……!」

 

 まるで似たようなものを見たことがあるのか、ディルムッドが目を見開いた。

 そうしている間にも大風は徐々に規模を増していき、始皇帝の夜天を切り裂いていった。

 

 

 

 同時刻。

 項羽とテセウスの戦いも佳境を迎えていた。いや佳境を超えて終幕に近いかもしれない。なにせ傍から見れば戦いの趨勢がついたことが明らかなのだから。

 もっとも劉邦やカルデアが盲信とは正反対の結果ではあったが。

 

「…………まったくお前もよくやるぜ。今の俺相手に生身だけでこうも戦うなんて、どんだけ理屈に合わん男なんだ」

 

 溜息を吐きながら所々に傷を負ったテセウスが、矛を砕かれ剣一本となった項羽へ語り掛ける。項羽は無言だ。だが兜は割れ、全身から血を流した姿は敗軍の将そのものの容貌である。

 別に項羽が弱かった訳ではない。ただ今回ばかりは相手が悪かったとしか言えない。

 テセウスが宝具『第六の応報(アブソリュート・デッド)』によって宝具とスキルを略奪したのはランスロット、アキレウス、カルナ。いずれも一つの叙事詩・神話を代表する大英雄だ。

 自身も含めればテセウスは実に四人の大英雄の力を身に宿しているという反則状態である。

 しかもアキレウスの『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』は神性を持たぬ項羽に対して無敵の防御性能を発揮する上に、あらゆるダメージを十分の一まで削減するカルナの『黄金の鎧』まであるという鬼畜仕様だ。

 普通なら傷一つ与えることも出来ず敗北するだけなのだが、そこで常識が通用しないのが項羽という男なわけで。

 

「というかなんで神性を持ってないお前が、踵以外に普通にダメージ通してるんだよ。概念防御を気力と根性だけで理屈無視して突破する奴なんて流石に知らんぞ。

 俺も一端の英雄として互いの武を競うのは嫌いじゃないが、お前相手だと競おうという気すら起きんな」

 

 実際に戦ったテセウスには、大陸が混沌隔離する際に始皇帝が今生きている項羽を追いやった理由が痛いほど分かった。

 始皇帝のような合理的な計算を絶対とする男にとって、計算の通用しない項羽というのは天敵の一人だろう。

 

「まぁいい。じゃあ決着(ケリ)をつけようか。奪った力を使うなんて卑怯、だなんて失望するような事は言うなよ。奪ったもので戦うなんて世の常、戦の常だ!」

 

 戦いを諦めてしまったのか、項羽は地を向いたまま動かない。そんな項羽をテセウスは容赦なくアロンダイトと神殺しの槍の一剣一槍で仕留めにかかった。

 

「――――――ッッッ!!!」

 

 だが自分の勝利を確信したテセウスは、極大の悪寒を感じて飛びのいた。

 心臓が裏返るほど早鐘をうつ。気のせいや臆病風などではない。英雄として数々の修羅場を潜り抜けた経験が告げていた。あのまま迂闊に攻めていれば、確実に終わっていたと。

 

「…………」

 

 項羽がゆっくりと視線をあげる。

 テセウスは絶句した。項羽の目には最初のような燃えるような憤怒はない。代わりにあったのは、胸を突き刺すような哀しみ。

 

「情けないのう。またか……また俺一人だけが残ってしまった」

 

 生前の時代に召喚されるという億に一つの幸運に恵まれながら、最愛の女性に出会うという細やかな望みも果たせなかった。

 現界してより常に共にあった愛馬をも喪失した。

 兄弟たる兵士達もおらず、またしても自らは滅びようとしている。

 全てを失った孤独感。そして――――どうしようもない無力感。

 一睨みで万軍を恐怖させた覇王は孤高だった。誰も彼の強さに追随できず、最期には一人残される。

 テセウスは己が致命的な過ちを犯した事を悟った。これまでテセウスは項羽という怪物をどうやって追い詰めて倒すかと考えてきたが、それこそが最大の墓穴。この男を追い詰めてはいけなかったのだ。項羽を倒すなら追い詰める余地すらなく、一息のうちに勝負を終わらせるべきだった。

 四面楚歌。この孤独による哀しみが、覇王の覇気を目覚めさせた。項羽が握りしめしは、いずれ三国の魔王の手へと渡る覇王の剣(おうけん)

 

「あの時は王であったが故に、(運命)が死を望むならば死んでやった。じゃが今の俺にそのような責任はない。(運命)が俺を殺すのじゃったら、逆に(すべて)を喰らってくれようぞ」

 

「なっ!」

 

 周囲の瓦礫が震えるように浮かび上がって砕け散る。地面は大きく揺れ始め、天空の雲は逃げるように去っていった。

 魔術だとか宝具だとかそういう次元ではない。これはこの惑星そのものが項羽という個人の覇気に恐れをなしているのだ。

 

力拔山兮(ちからやまをぬき)氣蓋世(きはよをおおう)

 

 星に住まう一人の人間が、星をも呑み込むという逆転現象。ここに項羽はこの世の理より外れる。

 

時不利兮(ときりあらずして)騅不逝(すいゆかず)

 

 奇しくも項羽が自らの覇道の結末を詠うのと同時に、始皇帝と対峙する劉邦も自らの切り札を解き放とうとしていた。

 

「狸寝入りすんじゃねえぞ野郎共。俺が死んじまえばテメエ等の功績も名声も全部パーだ。それが嫌なら力を貸しやがれ」

 

 武をもって天下を平らげた皇帝らしい荒々しい口調で、劉邦は地下の英霊達に号令する。夢幻世界に吹き荒れる大風は、星々の煌めく夜天に雲を躍らせた。

 劉邦は自らの王道の結果を堂々と謳いあげる。

 

大風起兮(たいふうおこりて)雲飛揚(くもひようす)

 

 歴史の敗者と勝者の(うた)は、全てが対極だった。

 項羽が胸を締め付ける切なさを詠えば、劉邦は高らかに泰平を謳いあげる。

 

騅不逝兮(すいのゆかざる)可奈何(いかんすべき)

 

威加海内兮(いかいだいにくわわりて)歸故郷(こきょうにかえる)

 

 項羽が騅が走らなくなったことを嘆けば、劉邦は懐かしの故郷へ帰ったことに歓喜する。

 礼節を知り人を愛しながら孤高たる項羽と、礼節を知らず人を貶しながらも連帯する劉邦。

 西楚と高祖。

 覇者と王者。

 覇王と皇帝。

 

虞兮虞兮奈若何(ぐやぐやなんじをいかんせん)

 

安得猛士(いずくにかもうしをえて)兮守四方(しほうをまもらしめん)

 

 孤高の覇道と俗欲の王道がここに顕在する。

 

『――――始めようか』

 

 テセウスの前には全てを超越した孤高の覇王。始皇帝の前には百万の軍勢を従えた俗欲の皇帝。

 単騎と軍勢。項羽と劉邦はここに対極の究極にて戦いの真の開幕を告げた。

 

 




【元ネタ】史記
【CLASS】セイバー
【マスター】???
【真名】劉邦
【性別】男
【身長・体重】180cm・72kg
【属性】中立・悪
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A 幸運EX 宝具A++

【クラス別スキル】

対魔力;B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、
 魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。

【固有スキル】

自己保存:B
 高い幸運と生き汚さにより、マスターが無事な限り殆どの危機から逃れることができる。

カリスマ(偽):A
 大軍団を統率する人心掌握術。
 Aランクはおよそ人間が出来得る限り最高峰の手腕といえよう。
 劉邦が持つ天性の才能としてのカリスマ性はDランクである。

単独行動:A
 マスター不在でも行動できる。
 ただし宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターのバックアップが必要。

皇帝権限:EX
 本来持ち得ないスキルも、本人が主張する事で短期間だけ対象とした相手に付与できる。
 該当するスキルは騎乗、剣術、芸術、カリスマ、軍略、等。
 ランクA以上ならば、肉体面での負荷(神性など)すら付与させられる。
 なお付与するスキルのランクは、対象となった人物の素養に左右される。

【宝具】

大漢風(だいかんふう)
ランク:A
種別:対軍宝具
レンジ:1~30
最大捕捉:100人
 自分自身の霊格を下げることで、生前の配下を自らのサーヴァントとして使役する。
 呼び出されたサーヴァントは英霊としてのスキルと宝具を有するが、代償として自分自身の他の宝具を発動することは出来なくなる。
 召喚できる最大数は呼び出す英霊によって変わるが、三傑クラスになると二人が限界である。

斬白蛇剣(せきていはくじゃをきる)
ランク:A+
種別:対軍宝具
レンジ:1~50
最大捕捉:500人
 赤帝(赤龍)の子である劉邦が、白帝の子である大蛇を切り伏せたという後世の逸話が昇華された宝具。
 猛り狂う赤龍の赫焉が如き息吹により、敵対者を殲滅する。
 伝承により王に類する者や、神性を持つ者、蛇・竜属性の持ち主に対してはダメージが増加する。
 
大風歌(たいふうのうた)
ランク:EX
種別:対国宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:1000
 固有結界。
 日輪が照り輝く大地に、自分に仕えた名将・参謀・豪傑を自身のサーヴァントとして呼び出す。
 項羽の孤高の覇道と対極の、俗欲の王道。
 卒に将たるは易く、将に将たるは難しと国士無双の韓信に言われた劉邦の象徴。
 西の大帝が持つ〝王の軍勢〟と同質の宝具であるが、劉邦は〝絆〟ではなく〝欲望〟と〝利害〟で配下を統率する。
 そのため粛清された将や、謀叛を起こした将すら、利害が一致すれば馳せ参じる可能性がある。



【元ネタ】史記
【クラス】ライダー
【マスター】???
【真名】項羽
【性別】男性
【身長・体重】196cm・81kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】筋力A+ 耐久A 敏捷B(EX) 魔力E 幸運C 宝具―

【クラス別スキル】

対魔力:D
 一工程シングルアクションによる魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

人馬一体:A++
 馬を操ることに特化した騎乗の才能。
 騎乗するのが馬であれば、呼吸を同一化させ自分の体の一部のように操ることができる。
 通常の騎乗スキルとしてはランクB程度の効果を発揮する。

【固有スキル】

空の境地:EX
 〝武〟の深淵に到達した証であり称号。武という概念における〝究極の一(アルティメット・ワン)
 残念ながら、純然たる武芸において項羽を凌駕する者は地球上には存在しない。
 このスキルを保有するものがサーヴァントとして召喚された場合、純然たる武を披露するため全ての宝具はオミットされる。

カリスマ:C++
 軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
 項羽のカリスマ性は戦場においてこそ真価を発揮する。

勇猛:A+
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

垓下歌(がいかのうた)
ランク:―
種別:対己奥義
レンジ:―
最大捕捉:1人
 中華史上最強の英傑たる項羽の覇氣。
 愛した女性、愛馬の全てを喪失、遣る瀬無い無力感――――項羽が深い哀しみを抱くことで初めて覚醒する。
 劉邦の俗欲の王道と対極の、孤高の覇道。
 〝覇王〟項羽が体の内に内包する氣が地球という惑星の氣を逸脱することで、項羽はあらゆる因果律・世界法則に縛られぬ存在と化す。
 その在り方はもはや地球外生命体(インベーダー)にも等しい。



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第51節  ジョーカー

 咸陽内部では項羽と劉邦の二人が遂にやらかしたようだった。

 城壁を攻める劉邦軍も、それを守る秦兵達もまったく気づいていないようだが、同じサーヴァントである道術を極めた公孫勝にはそれくらい手に取るように分かる。流石に過去・現在・未来の森羅万象を見通す太上老君には到底及ばないにしても、遠見持ちの真似事程度ならば公孫勝にも出きるのだ。

 アーラシュが逝ってしまったのは残念ではあるが、感情を排して語るのであれば悪くない結果でもある。その代償としてカルナという超級サーヴァントを一人倒す事が出来たのだから。

 単純なサーヴァントの数では、カルデア・劉邦の連合軍は秦を凌駕している。例えこちらに犠牲を出す事になろうとも、一人一殺さえ成功すれば勝利は得られるのだ。いや今なら二人一殺だったとしてもお釣りがくる。

 

「いつか森で出会った時は取るに足らん力であったのに、あれよこれよと大陸を駆けずり回っているうちに至強をも倒しうる強さを得た……か。

 フフフフフフ。きっと汝等は他の特異点でもそうやって元凶を倒してきたのだろうな。もしも君がマスターではなく、一人の人間として戦乱の世に生まれれば、人類史がどんな色を見せたか気になるところだ。いや惜しい惜しい」

 

 単騎を呑み込む軍勢を呼び出す劉邦の宝具と、軍勢を超越する単騎を成す項羽の奥義。

 性質こそ対極なれどランクは共に評価規格外。これで戦力比は持ち直したといえるだろう。

 だがまだ足りない。項羽の方は公孫勝の目をもっても理解不能なので推し量ることは出来ないが、劉邦の方は分かる。

 劉邦は生き延びる能力こそ始皇帝を上回るだろうが、正面からのぶつかり合いでは始皇帝には勝てない。

 何と戦ったのか知らないが始皇帝は想像以上に消耗しているが、彼には聖杯という無限に等しい魔力を得ている。しかも秦始皇帝陵以外にもまだ宝具を幾つか隠し持っている節もあった。

 イレギュラーであるカルデアの面々がいるから100%負けるとは言えないが、劉邦の軍勢が完全だったとしても始皇帝の方がまだ優位だろう。

 自分が野次馬を止めて加勢すれば天秤を動かす事は出来るだろうが、

 

「くっ――――恨んでくれるな、カルデア。憎んでくれるな、高祖。私はそちらには行けんようだ」

 

 苦笑しながら公孫勝は空を見上げる。

 項羽の覇氣に慄いて雲は退散していたが、だからこそ徐々に蒼天に黒が滲んでいくのが一目で分かった。

 まるで青い画用紙に墨汁を垂らしたかのように、黒はみるみると蒼を浸食していく。

 現代より遥かに迷信が力をもつこの時代。こんな現象が起きれば驚きのあまり気絶する者くらい出そうなものだが、そういうような事は起きなかった。

 理由は単純。公孫勝以外の誰もこれに気付いていないのだ。きっとサーヴァントや魔術師にしかこれは認識できないのだろう。

 もしここに劉邦がいれば擬似サーヴァントである彼の影響を受けて、樊噲や曹参あたりは気付いたかもしれないが、そんな仮定に意味はなかろう。

 重要なのはこれに気付けているのが公孫勝のみということで、

 

「公孫勝! なにを一人でぼんやり空など眺めている! 手が空いているのならば加勢くらいしろ!」

 

 必然的に傍から見た公孫勝は回りが必死に戦う中、一人サボっているように映る訳で、樊噲から怒りの催促が放たれるのも当たり前だった。

 

「さてさて。盲目とは恐いもの、はて説明したものか」

 

 肩を竦める。公孫勝は人でなしの類ではあるが、自分を客観的に見ることは出来る。

 だから真実をありのままに説明しても、普段の行いのせいで単なる言い訳にしか聞こえないだろうということも分かっていた。

 

「さしずめ狼少年というやつだな。参った参った。人間とは目に映るものを信じるもの。目に映らぬものを信じさせる事は実に難しい。だから見えるようにしよう」

 

 ポンと樊噲の肩に手を置くと、公孫勝は道術をもって樊噲の内に眠る素養を引っ張り出す。

 魔術師ではないとはいえ樊噲もまた英霊の座に行く事の確定している英霊候補。道術でほんの少し背中を押してやれば『視力』を上げる事は造作もない。

 

「なにを――――なっ! なんだあの空は!?」

 

「漸く気付いたか。結構結構、百聞は一見に如かずとは至言よな」

 

「平静にしている場合か! あれはなんだ、天変地異の前触れか!?」

 

「惜しいな。天変地異ではなく人変人異、魔術王の前触れだ」

 

「魔術王というのは確か、この大陸を目茶苦茶にして人類史を焼き払ったという……」

 

「左様。全ての元凶だ」

 

「一大事ではないか! 始皇帝だけでも難敵というのに、そんな得体の知れん悪鬼の如き者まで現れれば我々はどうなる!?」

 

「楽観的に判断するに全滅だな」

 

 既に人類史焼却を終わった仕事として片付けた魔術王が、この段階で本腰を入れてカルデアを潰しにかかる筈はない。

 だとすれば第四特異点で現れたのと同じ、単なる一仕事終えた後の気紛れでここにレイシフトしようとしているのだろう。まったく傍迷惑極まりない。

 

「カルデア以外に人類史修復を行う始皇帝に目をつけたか、それとも項王の姿がその目に映らなくなった事に興味を覚えたか。どちらにせよ不味い事態よ。

 例え気紛れによる顕現に過ぎずとも、その気紛れで世界を滅ぼせるのがグランドキャスター。カルデアや項王と高祖は眼前の敵に精一杯でこれに気付いてすらおらんだろう。老子であれば対抗できそうなものだが、あの御方は例え宇宙が爆発しようが転寝しているような人。何もしてはくれんだろう。となると魔術王を止められるのは私一人だけということになるな」

 

 公孫勝は黒空の中心、レイシフトの基点を看破すると鬼の眼光を向ける。

 恐らくこれより這い出てこようとしているのは、生前どころか英霊になってからも御目に掛かった事のない強者。魔術師のサーヴァントの頂点、最強にして最悪の魔術王だ。

 本来グランドキャスターである魔術王には、魔術師である限り絶対的に立ち向かう事は出来ない。恐らく魔法使いと呼ばれる者ですら例外ではないだろう。

 しかし公孫勝はキャスターではあっても、魔術師ではない。西洋に根差した魔術とは根本より異なる神秘を操る道士だ。通常のキャスターのようにまったく手も足もでないという事にはならないだろう。

 

「……一人で大丈夫なのか? 相手は始皇よりも悪い相手なのだろう」

 

「加勢は無用。倒すことは出来ずとも、この時代に来させない事くらいは出来る。忘れたのか? 私はこれでも始皇帝が『絶対に生け捕りにしろ』とまで厳命した程の人物なのだぞ」

 

 全身から漲る内功はカルナを相手にした時以上の、嘗てない高ぶりを見せていた。

 一度目を瞑り気を全身に染みらせた公孫勝は、溜めこんだ気を全解放するようにカッと目を見開いた。

 公孫勝の指が目にもとまらぬ速度で印を結んでいく。カルナ戦で披露した奥義のものではない。これは師より授けられた門外不出の秘伝にして秘奥。道術の一つの到達点である秘奥義だ。

 

大鵬飛兮振八裔(たいほうとんではちえいのふるい)中天摧兮(ちゅうてんにくだけて)力不済(ちからすくわず)余風激兮萬世(よふうはばんせいにげきし)游扶桑兮挂石袂(ふそうにあそんでさへいをかく)後人得之伝此(こうじんこれをえてこれをつたう)仲尼亡乎(ちゅうじほろびたるかな)誰為出涕(だれかためになみだをでださん)

 

 ある詩人の臨終の作を詠唱として選んだのはどういう理由があったからか。詠唱を終えた公孫勝は天を挑発するように笑う。

 

「魔術王よ。御身の気分も理解はできるが、それは余りにも無粋というもの。やることがないなら、厠へ行ってさっさと寝るがいい。――――――最終口伝。天間星(てんかんせい)秘正法五雷天罡(ひしょうぼうごらいてんこう)

 

 遂に解き放たれた公孫勝最後にして最終宝具。

 神兵を始めとした数々の現象を目の当たりにした樊噲は、何が起こるのかと固唾をのんで見守っていたが、予想に反して何も起きる事はなかった。

 

「ど、どうした!? 何も起こったように見えないが、一体なにがあったんだ?」

 

「それでいい」

 

「は?」

 

「何も起きない。何も起こさせない事こそ我が秘奥義なのだから」

 

 怪訝な顔をする樊噲に、公孫勝は答えを教えるべく空を指差す。

 それで公孫勝の言葉の意味を悟った樊噲は「あっ!」と叫んだ。

 

「空が、元通りになっている」

 

「……我が秘奥義は、対象とした者の全ての術を一時的に封じる。魔術だの道術だのも霊基の差など問答無用で〝全て〟封じる。

 特異点へのレイシフトも、七十二の魔神を使役する召喚術も結局のところは全て魔術。我が秘奥には通用せん」

 

「…………あの始皇帝が『絶対に生け捕りにしろ』とまで厳命して、貴方を捜索した理由に合点がいった。正に魔術師殺し」

 

 魔術を用いないサーヴァントに対しては何の意味もない公孫勝の秘奥だが、魔術をメインに扱う魔術師にとっては天敵だ。それは魔術王とて例外ではない。

 始皇帝が魔術王を倒そうとしていたのであれば、公孫勝の秘奥はこれ以上のないジョーカーとして機能するだろう。

 

「そう褒めるな……魔術師殺しなど、過大評価は好かん。それ名乗るにはこれには幾つか致命的な欠点が二つほどあってな」

 

「欠点?」

 

「まず一つ。この秘奥は魔術を封じるだけで、宝具は封じられんこと。魔術王の武器は魔術だけではない。その規格外の宝具もまた魔術王の強味なのだ。魔術を封じようと宝具への対処法がなければ魔術王は倒せん。

 それともう一つ……………こちらがより致命的だが」

 

「っ! 公孫勝!」

 

 言い終えるよりも前に、玉のような汗を流した公孫勝が地面に倒れる。

 樊噲が慌てて駆け寄ると、公孫勝の顔色は真っ青で重病人そのものといった様子だった。

 

「相手の術を封じる代償に、私自身の術もまた封じられること。しかも内功全てを秘奥へ注ぐため、立っていることすら覚束なくなる。これでは到底魔術師殺しなど名乗れんよ……今の私なら……幼子だろうと殺せよう……。

 すまんが樊将軍、幕舎まで運んでくれ。日差しが強くて熱中症になってしまいそうだ。あと水をくれ……水を……」

 

「ええぃ注文の多い!」

 

 樊噲は倒れた公孫勝を米俵のように担ぎあげると、曹参に事情を説明して一人撤退した。

 余り納得はいかないが、公孫勝が戦いで重要な役割を果たしたのは間違いない。つまらない理由で死なすわけにはいかなかった。

 

「あとは任せたぞ……皆よ」

 

 最後に公孫勝らしからぬ真摯な応援な言葉を残すと、公孫勝の目蓋はゆっくりと閉じられた。

 

「………………くっ、公孫勝! らしくなく無理をして!」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「ZZZ……」

 

「って寝てるだけか!!」

 

 取り敢えず樊噲は自分の義務として公孫勝の頭をひっぱたいておいた。

 

 




【元ネタ】水滸伝
【CLASS】キャスター
【マスター】なし
【真名】公孫勝
【性別】男
【身長・体重】180cm・66kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具A

【クラス別スキル】

陣地作成:B+
 道士として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 防衛に優れた“要塞”を形成することが可能。

道具作成:B
 魔力を帯びた器具を作成できる。

【固有スキル】

道術:A+++(EX)
 西洋魔術とは異なる魔術体系である道術をどれほど極めているかのランク。
 ランクA+++ともなれば神仙一歩手前といえる。

反骨の相:C
 一つの場所に留まらず、一つの主君に殉じることのできぬ運命。
 自らは王の器ではなく、また、自らの王と道を別つ運命を定められた孤高の星である。
 同ランクの「カリスマ」を無効化する。

神算鬼謀:A+
 軍師・参謀としてどれだけ策謀に秀でているかの数値。
 大軍師たる智多星には一歩譲るものの、ランクA+ともなれば十分に名軍師たる器量である。

【宝具】

天間星(てんかんせい)正法五雷天罡(しょうぼうごらいてんこう)
ランク:A++(EX)
種別:対国宝具
レンジ:2~99
最大捕捉:999人
 公孫勝が師より授けられた五雷正法の奥義。
 極まった内功により〝太極〟あるいは〝根源〟への回線を繋ぎ、
 自らの心象風景に思い描いた魔神、神将、竜を具現化し使役する。
 この宝具発動中、公孫勝は他一切の道術を発動できなくなる。

天間星(てんかんせい)秘正法五雷天罡(ひしょうぼうごらいてんこう)
ランク:EX
種別:対術宝具
レンジ:1~2
最大捕捉:1人
 公孫勝が師より授けられた秘奥義。
 自身の道術を封印することで、対象の術を封印する。
 この宝具を発動している間、公孫勝は一切道術を使うことが出来なくなるが、相手も魔術・仙術・呪術を含める一切が使用不能となる。
 なおこの宝具発動中、公孫勝は自身の内功全てを注いでいるため、子供にすら力負けするほど弱体化してしまう。










 ようやっと始皇帝が序盤から公孫勝を探してた伏線らしきものが回収できました。
 一見するとキャスターキラーな公孫勝の秘奥義ですが、作中で本人が言ってた通り、使うと自分が戦えなくなるので一対一が基本の普通の聖杯戦争じゃ完全に欠陥品です。自陣営が公孫勝以外にも戦力を有していて、尚且つ敵に公孫勝を術だけで凌駕する強敵がいて初めて割に合います。だからこそ始皇帝からしたら対ソロモン戦のために喉から手が出るほど欲しい人材なわけですが。


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第52節  秦王朝VS漢王朝

 戦争において数とは単純に強味だ。

 人類史において少数の兵力で大軍を打ち破った逸話が語られる事が多い。これはありがちな美談にも共通する事であるが、それらが脚光を浴びてきたのはそれが稀な事例だからだ。

 多少指揮官に差があろうとも、戦争は多くの兵を集めた方が勝つ。

 科学技術が著しく進歩した現代の戦争においては話は変わってくるのだが、少なくともそれがこの〝時代〟における常識だった。

 そしてサーヴァント、始皇帝の最大の武器の一つがそれといっていい。

 傀儡兵の圧倒的と形容するしかない物量は、一騎当千の武勇や対軍すらも呑み込むだけの〝力〟である。

 数々の戦いを通して総数はかなり目減りしたが、予備兵力を導入したことである程度は補填済み。更にその指揮をとるのは秦帝国最優の王翦将軍だ。

 無理な再生産のせいで戦闘スペックこそ通常の傀儡兵と同レベルしかない王翦だが、元より彼に個人的武勇などは不要。その頭脳のみが無事であれば、王翦は十分に実力を発揮する事が出来る。

 だが総数にして五十万という圧倒的物量による優位性は、百万というそれを超える物量によって覆されていた。

 

「これが……劉邦の…………いや〝大漢の高祖〟の最終宝具」

 

 味方だと分かっているのに、緊張から唾を飲み込む。

 嘗て出会ってきたサーヴァントの中には、自らの軍勢を呼び出す宝具を持つサーヴァントもいたが、純然たる〝数〟において劉邦の宝具は頭一つ飛びぬけていた。

 なにせ百万である。都市どころか一つの国家すら形成しうるほどの数が、唯一人のサーヴァントによって呼び寄せられたのだ。

 しかもこの軍勢はただ数ばかりに秀でている訳ではない。

 軍勢の殆どを構成するのは、英雄ですらない名もなき兵士達だったが、中には当然のように兵を率いる将もいる。

 樊噲、曹参、かこうえい、かんえいといった見知った将や、まだ見た事のない綺羅星の如き将軍達。

 いや将だけではない。一計をもって大事をなす軍師に、国家を運営する政治家、口先で国を転がす弁士の姿もあった。

 実感する。中華の礎を築き上げた、漢王朝建国の功臣達が一堂に介しているのだということを。

 

「〝逆転〟したな始皇帝。どうよ、これが仁徳の差ってやつだべ」

 

 欠片も自分が高徳の人とは思っていないだろうに、始皇帝をおちょくるため劉邦は得意顔で言った。

 だが劉邦が中華を統一した英雄ならば、始皇帝は初めて中華を統一した英雄である。物量を引っ繰り返されたくらいで動揺するほど軟ではなかった。

 固有結界によって、始皇帝の〝夢〟は絶対のものではなくなったが、未だに夢幻世界は健在である。更に言うならば傀儡兵は始皇帝にとって数ある手札の一つに過ぎず、彼には他にも武器があるのだ。

 

「下らん。百万の軍勢だと? それがどうした。その程度で〝朕〟を玉座より立たせるには足らんわ」

 

 玉座に座りながら始皇帝が肘を上げる。

 それが合図だということは一目で分かった。けれど五十万の傀儡兵は動く素振りを見せない。かといって陵墓内より新戦力が現れるというようなこともなかった。

 ならば始皇帝は一体なにに対して合図をしたのか。何を〝動け〟と命じたのか。

 解答はけいかにより齎された。

 

「マスター、上だ!」

 

「上って…………なっ!?」

 

 人でも地でもないならば、動いていたのは星だった。

 夢幻世界を覆う夜天。それを彩る星々が流れるように動き出している。劉邦の固有結界が夢幻世界と鬩ぎ合っているせいで、幸いにして自分達の頭上に星はない。

 だがそれでも数えるのも馬鹿らしい星が始皇帝の命によって動き、劉邦軍の兵士達を〝照準〟していた。

 

『なんてこった! 気を付けるんだ皆! あの光っているのは星なんかじゃないぞ!』

 

 誰よりも早く〝魔術師〟であるロマンが星の正体に気付き叫んだ。

 

『あれは全て魔力が込められた〝宝石〟だ! どうにかして防いでくれ!』

 

「宝石……ということは宝石魔術ですか!」

 

 第四特異点で戦った宝石魔術師(ヴァン・ホーエンハイム)の記憶があるからだろう。保存不能なはずの魔力を保存できる宝石魔術の強味はマシュも理解していた。いや盾持ちとして常に最前線に立ったマシュだからこそ誰よりも理解していたというべきか。

 劉邦軍を宝石魔術の一斉射撃より守るべく、マシュが最前線へと飛び出して盾を構える。

 

「頼んだマシュ!」

 

「はい先輩、宝具……展開します!」

 

 相性があったとはいえアーサー王の『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の一撃すら防いだ盾ならば、宝石魔術を防ぐ事は訳のないことだ。

 まして始皇帝はホーエンハイムのような『魔術師』ではない。ならば宝石の魔力を活かしきることは出来ず、やれるのは魔力をエネルギーとして放出することくらいのはずだ。

 その予想は正しく、夜天の宝石が放ったのは魔力を光線として放つ単純な攻撃だった。一本一本の光を束にしても『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の輝きには到底及ばない。

 これならば問題ない―――――その確信を、始皇帝は悪魔的に踏み躙ってくる。

 

「〝焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)〟」

 

 きっとそれは真名解放だったのだろう。

 秦始皇帝陵、万里の長城と並ぶ始皇帝を語る上で絶対的に欠かせぬもう一つの逸話。

 即ち、焚書坑儒。

 帝国にとって害となる学問思想を末梢しようとした弾圧行為の具現化。苛烈なる圧政の概念。

 聖杯戦争においてその力は、宝具封印という最悪の形で現れる。

 

「そん、な……盾が……」

 

 焚書坑儒の宝具としてのランクはA+。これを撥ね退けるには、それ以上の神秘(ランク)の宝具でなければならない。

 だからEXランクを誇る劉邦の固有結界を封印することは出来ないが、Dランクの『人理の礎(ロード・カルデアス)』を封じる事は可能だった。

 解放されかけた防壁が役目を果たす事なく輝きを消す。それはこれまで自分達を護ってくれていた『守り』が失われた事を意味していた。

 そして盾が消えたのならば、もはや宝石の光線を遮るものはなにもない。

 

「不敬であるぞ。皇帝の裁きとは絶対である。変更は……ない」

 

「盾持ちぃ! ともかく必死こいて守れぇ!」

 

 劉邦の悲鳴じみた号令で盾を装備した兵士達が光線を受け止める。とはいえ宝具でもないただの盾では光線を完全に防ぎきる事は出来ない。

 兵士達が次々に光線に貫かれて消滅していく。流石に将軍格は防いでいたが、英雄であっても戦士ではない政治家系の功臣達の中には光線で殺される者もいた。

 

「王翦、援護射撃はくれてやった。後はお前がやれ」

 

「はっ」

 

 王翦の号令で遂に五十万の秦軍が一斉に動き出した。劉邦の呼び出した百万と比べれば半数に過ぎないとはいえ、五十万もの傀儡兵が一糸乱れぬ動きで進軍する様は壮観である。

 合理性を極限にまで突き詰めた用兵はある種の芸術性すら持っていた。けれど劉邦とて王朝開闢の大英雄。決して負けてはいない。

 

「うぉぉおぉおおおおおお!? 楽勝モードと思ったらまたこれかよ!? ビームとか反則だべ!! インチキだべ!! レッドカード要求するべ! 退場しろやオラァ!!」

 

 負けてないはずだ、たぶん。

 

「先輩、顔が引きつってます」

 

「だ、大丈夫なはず……うん、きっと。これまでも危機は山ほどあったけど、なんだかんだで乗り越えてきたし。俺達も頑張ろう!」

 

「マスターの仰る通り。相手が始皇となれば打ち倒すのに劉邦は適任といえるが、だからといって何もしないというのも英霊の名折れ」

 

 有言実行。ディルムッドは疾風のように敵陣へ跳躍すると、手始めとばかりに十体の傀儡兵を破壊した。

 合理性を突き詰めれば無骨さにも芸術性が宿るのは、なにも用兵だけではない。ディルムッドの槍技の冴えもまた独特の美しさを滲みだしていた。

 中華に根付いたものとは異なる、流麗な武芸に劉邦軍の諸将達は息を呑む。

 

「一番槍は頂いたぞ。始皇の威に臆したのであれば、大人しくそこで見物しているといい。貴殿等に代わって、大将首も頂戴してくるとしよう」

 

 動かない劉邦軍に振り向いたディルムッドは露悪的に言った。

 ディルムッドは英霊の中でも特に誇り高い男であり、彼が悪意をもって人を侮辱するなどということは、相手が余程の外道でもない限り有り得ない。

 これはある種の鼓舞だ。敢えて挑発的発言をすることで負けん気を焚き付ける。戦場のみならずスポーツや勉強といった極々有り触れたものにおいても使われる手だ。

 だが単純だが効果は覿面。

 如何に殆どが〝利害〟で結ばれた軍といえど、劉邦軍の諸将は紛れもない英雄達だ。彼等は自分達が漢王朝建国を成し遂げた一人だということに誇りを抱いている。

 他国の騎士にこうも言われて黙っているようでは英雄たりえない。

 

「言われてしまったな。だが反論はすまいさ。我等が後世に語られるべき〝英雄〟たるならば、汚名は行動によって雪ぐべき。だろう?」

 

「まったくだ。兄貴の為とありゃ俺は火の中水の中。しかも人類史を守る戦とありゃな。やる気しか出ねえよ」

 

「相変わらずだな夏侯嬰、それに樊噲も。樊噲なんか粛清されかけたのに本当によく駆け付けたよな」

 

「誰しも過ちはあります。皇帝であれば過ちは深く取り返しのつかない事になるもの。恨みが皆無と言えば嘘になりますが、私はそれ以上の恩を義兄上に受けた事を忘れるつもりはありません。

 それにそう仰る盧綰殿こそ義兄上によって謀叛人の疑いをかけられ、匈奴へ亡命した口ではないですか?」

 

「俺はほら。勝手に疑心暗鬼になって敵と内通した俺自身にも責任はあったし…………なにより俺にとっちゃ劉邦は皇帝って前に友達だからな。友達を助けるのに理由はいらないだろ」

 

「貴方も変わりませんね」

 

 劉邦軍の中核を成した最古参の将達が旧交を温めながら、各々の武器を構える。

 居並ぶ一騎当千、百戦錬磨の猛将名将。彼等の陣頭に立ち、自ら剣を抜いて号令するは劉邦軍武官筆頭――――曹参。

 数十箇所の傷を負いながら最前線に立ち続け、漢王朝二人目の相国にまで登りつめた英雄。

 蒙武によって打ち負かされた未熟さは、膨大な実戦経験によって削ぎ落とされ、その風格は大将軍どころか一国の宰相たるに相応しいものとなっていた。

 

「――――四百年の歴史を築いた漢の勇者達よ、これは人類史救世の戦である! 秦帝国なにするものぞ! 全軍、突撃――――ッ!!」

 

 綺羅星の如き猛将に率いられ、百万の軍勢が五十万の傀儡兵に雪崩れ込んでいく。

 夜空の宝石により魔力光線を放つという予想外の攻撃に一時臆したものの、一度火がつけば劉邦軍の力というのは凄まじかった。

 兵士一人一人の力は傀儡兵に劣る。だが樊噲を始めとする猛将に率いられた兵卒は、気力で傀儡兵を上回る爆発力を発揮して、敵兵を駆逐していった。

 

「……いや。だけどまだ、足りない……。このままじゃ勝てない……」

 

 人知を超えたサーヴァント同士の戦いを目の当たりにしてきたからだろうか。こうして後方にいると、戦いの流れのようなものがなんとなく見えてきた。

 確かに樊噲などの猛将名将がいる場所でこそ劉邦軍は傀儡兵を押しているが、全体的には傀儡兵が劉邦軍をじわじわと呑み込みつつあった。

 原因は依然として続く宝石による光線……ではない。それだけならば互角にこそなれど、押されまではしなかっただろう。

 

「ひひひひひひひひ。人類最後のマスター殿の視線が痛いねえ。そうさ、押されてんのは俺のせいだべ」

 

「――――!」

 

 自分の心を読んだように、劉邦が自虐する。

 

「そんな、ことは……」

 

「世事はいらんべ。俺が満足に動かせんのは十万が限界。百万の軍勢は容量オーバーってやつだ」

 

「十万を満足に動かせるだけでも、十分に将としては立派と思います」

 

 マシュの言うことは自分も同意見だった。

 例え兵法を勉強して軍略を学ぼうと、並みの人間には千人を統率する事すら難しいだろう。ましてやこの時代には通信機のような便利な機械もありはしないのだ。

 一万を統率出来るならば将としては十分合格点。十万を統率できる劉邦は、十分に名将と呼ぶに値する軍略をもっているといっていい。

 

「マシュの嬢ちゃんは嬉しいこと言ってくれんな。まぁ褒め言葉は素直に受け取っておくべ。実際一流程度なら勝つ自信はあるし。けどちっとばかし相手が悪いべ」

 

 敵は王翦。数多の名将すら霞む六虎将最優の怪物(えいゆう)だ。

 名将(にんげん)では怪物(えいゆう)には勝てない。怪物(えいゆう)を倒せるのは、同じ怪物(えいゆう)だけだ。

 

「ま、だからといって負けるつもりはねえ。俺の指揮じゃ勝てねえなら、俺以外のやつに指揮させりゃいいんだからなぁ。手札はエースが沢山にジョーカーが三枚。だが百万の軍勢を口笛吹きながら操れるような怪物(えいゆう)は一人しかいねえべ」

 

 劉邦が口端を釣り上げる。楚漢戦争についてそこそこの知識がある者ならば、劉邦が誰に指揮を委ねようとしているかなどは考えるまでもないことだろう。

 漢の三傑。一人でも欠けていれば漢王朝成立はなかったとまで囁かれる大功臣が一人。

 軍略においてはあの項羽をさしおいて楚漢戦争において〝最強〟の称号を欲しいままにする大英雄。その名は、

 

「――――韓信」

 

 劉邦が名を呼んだ。だが反応がない。

 

「…………韓信!」

 

 もう一回呼んでみた。

 

「…………か、韓信?」

 

 更にもう一回、今度は恐る恐る呼んでみた。

 

「――――――韓信ンンンンッッ!!!!」

 

 最後に全力で叫ぶように名前を呼んでみた。

 けれど幾ら名前を呼ぼうと韓信は現れない。影も形も出てこなかった。

 

「どうなっとんじゃゴラァ! なんで肝心の韓信がいねぇんだべ! 自称百万の将なら百万の兵士用意してやったんなら来いや!!」

 

「韓信だけじゃありませんよ 主だったところでは他に英布と彭越もいません。あと呂氏一族全員も」

 

「ちょ、張良!」

 

 嘆息しながら劉邦に進言したのは、女人のように細い体の軍師だった。

 

「懐かしいなおい……って再会喜んでる場合じゃねえべ! 主君の俺とついでに人類史が大ピンチなのに、どうして来ねえんだあいつ等は!」

 

「…………貴方が粛清したからでしょうが」

 

 太公望、諸葛孔明に並ぶ神域の軍師は、目を半月にしながら容赦なく劉邦の非を指摘した。

 劉邦の最終宝具『大風歌(たいふうのうた)』は生前の自らの軍勢を呼び出すという規格外宝具だが、土方の『誠の旗』と同じで召喚されるか否かは相手側の裁量に委ねられる。

 樊噲は忠誠から、盧綰は友情から。其々生前に劉邦に粛清されかけながらも馳せ参じたが、全員に二人のような態度を期待するのは無理というものだろう。

 韓信、英布、彭越。将としての器であれば三者は曹参、樊噲すら及ばない。特に韓信に至っては皇帝たる劉邦すら軽く凌駕する戦争の怪物だ。

 だが忠誠心という観点で測るならば、彼等は樊噲に遠く及ばないだろう。

 そもそもこの三人は劉邦が好きだから仕えたのではなく、劉邦の出す恩賞目当てに従った者達。彼等に無私の忠節を期待する方が見当違いというものだ。

 

「まてまて。よく考えりゃ韓信粛清したのは俺じゃなくて呂雉と蕭何だし、英布の奴なんか自分から裏切った口じゃねえか!

 大体あいつ等も日頃の行動に問題があったからぶっ殺される羽目になったんだべ。俺だけが悪者扱いされんのは納得いかんべ」

 

「仰る通りです。ですが殺された側は理屈なしに殺した者を恨むものです。それに王翦に対抗するには韓信の力は不可欠。ここは陛下が大人になって頂かねば」

 

「その口振りじゃ策はあるんだな?」

 

 猜疑心深く人をよく罵る悪癖のある劉邦だが、正しい進言を見抜き柔軟に受け容れるのが最大の美点である。

 韓信達に対する苛立ちを封印した劉邦は、信頼する軍師に発言を促した。

 

「韓信とて人類史が焼却されるのは本意ではないでしょうし、始皇が覇権を握るのも避けたいことでしょう。無辜の民が幾ら犠牲になろうと韓信は心を揺らしませんが、自分の死後の名声が奪われる事は彼にとって許容できぬことですから」

 

 人類史焼却がなされれば韓信の功績も纏めて吹き飛ぶのは言うまでもないことだ。けれど始皇帝が首尾よく目的を果たした場合でも、確実に歴史は焼き払われるだろう。

 始皇帝の行うのはあくまで焚書坑儒(政策)の一貫としてであり、魔術王の人理焼却と違って比喩的なものであるが、韓信からすればどっちだろうと同じようなものだ。

 

「ここは陛下が下手に出て彼の自尊心をくすぐり、こんこんと利害を説けば必ずや韓信は馳せ参じるでしょう。さすれば秦軍五十万とて物の数ではありません。戦術的優位と戦略的優位を確保してしまえば、韓信が負ける事は天地が引っ繰り返っても有り得ないのですから」

 

「相変わらずの慧眼だね、張良殿。けど私なら〝必ず〟を〝確実〟にするのにもう一手加える」

 

 張良の隣に背の高い美しい容貌の男が並ぶ。

 軍師なのだろうと一目で分かったが、張良と比べると何処か妖しい色香を放つ男だった。

 

「陳平か。悪い予感しかしねえがどんな策だべ?」

 

「説得役は酈食其を推薦します。韓信は彼に負い目がありますから。自分の才をなにより誇る癖に小心なところがある韓信の罪悪感を良い具合に突いてくれるでしょう。

 ついでに粛清の実行者の蕭何様と呂太后様を見せしめに殺せば韓信も溜飲を下げるんじゃないかな? あ、呂太后様がここに来る筈ないですよね。なら代わりに息子の恵帝様を殺すというのがいいかもしれません。

 ここまでやれば韓信も絶対に重い腰あげますよ。蕭何様は正面きっての戦争じゃ直接役に立たないし、恵帝様は元から御嫌いでしょう?」

 

「っ!?」

 

 板を流れる水のように常人なら吐き気を催す策謀を語っていく。

 韓信との交渉役に酈食其を勧めたところはまだしも、善良な主君が後半の策を聞けば陳平を怒鳴り声で叱責したかもしれない。

 

「待って下さい! 恵帝というのは……沛公の、いえ高祖の実の息子だったと記憶しています。息子を殺せと進言するなんて、何を考えているんですか?」

 

「なにって、この戦に勝つことだよ。戦に勝つ為に息子を犠牲にするなんてよくある話じゃないか。子供なんて女さえいれば幾らでも増やせるんだし、一人くらい殺したって補填は効くよ。

 ああ。恵帝殺したら叔父にあたる樊噲が不満を抱く事を警戒しているのかな? けど樊噲がいなくなった穴なんて、韓信一人いれば埋めるのは容易だよ。韓信一人を得るは一国を味方にするより価値があるからね」

 

 陳平の悪辣な発言は止まらない。最悪なのは道徳や良識を無視するのであれば、それが極めて有効な策ということだった。

 劉邦は苦笑する。陳平の策の有用性を理解しながらも、それは出来ないと語るような笑みだった。……ただし良心の呵責とは別の理由で。

 

「蕭何は流石の俺でも殺せねえべ。あいつは無条件で信頼に値する人間じゃねえが、この場には来る程度の義理深さはあるし、功績が途方もなくデカすぎる。

 ついでに盈も駄目だ。韓信を得る為ならあれを殺す程度は安いもんだが、そもそも呂雉と一緒でこの場に召喚されてねえからな。だが酈食其に交渉役を任せるってのは良案だ。直ぐにやらせよう」

 

「陛下ならそう仰ると思って既に酈食其に伝えておきました。間もなく戻ってくるでしょう。韓信を連れて」

 

「仕事が早ぇな張良。あと陳平、進言が心なしか生前(まえ)より毒々しくなってねえか?」

 

生前(まえ)は保身とかも考えないといけないから、ちゃんと歯に衣着せてましたからね。だけど死んじゃった今で保身なんてしても仕方ないでしょう」

 

「頼りになる奴等だよまったく」

 

 戦う将ではなく知恵袋たる軍師や、交渉役までいる幅の広さがこの固有結界の強味だった。

 




 更新が遅れて申し訳ないです。現在「第三次」の更新再開にあたって大幅な改訂作業中でして。改訂だけなら直ぐ終わるだろと思われるかもしれませんが、キャラを増やしたり減らしたり、果ては主人公の名前や設定まで、現在の設定に合わせてリブートしているのでかなり時間をとられています。話の流れもかなり変わってるので、ぶっちゃけ改めて投稿し直すことを考えるレベルです。フ○ンチェ○カなんて書くのが結構大変で。
 というわけで次も遅れる可能性が大です。


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第53節  西楚の覇王

――――垓下歌(がいかのうた)

 

 項羽は神をも超えた武勇を誇る代償として、彼が英霊として本来持ちうる宝具を全てオミットされている。

 魔術師が魔術を行使するため自身に語りかける言葉を詠うように、項羽は自らの詩を詠ったが『垓下歌(がいかのうた)』は項羽の宝具ではない。

 生涯を唯一つの目的に捧げた武芸者が『分身』という解答へ到達したように、これは生涯の最果てへと至った項羽が目覚めさせた解答である。

 人々の信仰によって成り立つ宝具とは違う、本人のみに由来する武の究極。種も仕掛けも信仰すら存在しない奥義ともいうべきものだ。

 

〝我を滅ぼすは劉邦に非ず、我を滅ぼすは天である〟

 

 そう信じて疑わなかった項羽が開眼させたのは、自らをこの世の摂理より解き放つ力。

 項羽の内包した気を哀しみと嘆きにより無限大に増幅させ、自らを星という頸木から外れた地球外生命体(インベーダー)と化すある種のバグである。

 なるほど凄まじい。元より項羽の武は理屈を超越してきたが、言うなればこれは自らを理屈の対象外とする外法だ。

 運命干渉、未来予知。そういったものから解き放たれた項羽は無敵にすら思えるだろう。もしもこの奥義を宝具のようにランク付けするのであれば、評価規格外(EX)の判定を得るは確実だろう。

 だが実のところこの奥義は、戦争における〝手札〟として押し並べて強力という訳ではない。

 気の完全開放により身体能力こそ向上したが、逆にいえばそれだけである。運命干渉が効かなくなったとはいうが、純粋なる破壊力に対する耐性はまったくありはしない。

 弱いとはいえないし平均的でもないだろう。けれど例えば始皇帝のようなEX級のサーヴァントの有する宝具と比べれば、かなり見劣りするのは否めない。

 

(あくまで計算上は……そうなんだ、が!)

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 項羽の仕掛けてくる猛攻撃を全身全霊で捌きながら、余りにも単純明快な武力に冷や汗を流す。

 中華の中心たる秦の王宮は、既に影すら見えぬ有り様だった。

 重さ、速さ、そして技巧。全てにおいて英霊の究極たる項羽の攻撃は、余波だけで宮殿を破壊するには十分過ぎた。場所が場所のため無辜の民の犠牲こそないが、兵士や官吏の何百人かは瓦礫の下敷きになっているはずだ。

 真っ当な英霊としては――――というより秦の将軍としての良心に従うならば、テセウスは彼等を助け出すべきなのだろう。

 しかし生憎とテセウスにそんな余裕などなかった。もし欠片でも人助けなんて余分なものに気を回せば、その瞬間テセウスの肉体は細切れに引き裂かれるだろう。

 

「おい項羽。お前も英霊なら、ほんのちょっとは回りの被害を考えて戦ったらどうだ?」

 

 苦しむ人間に手を差し伸べる事が出来ないなら、せめて口くらいは出しておくべきだろう。テセウスは咎めるように項羽へ言い放った。

 これで敵がディルムッドやマシュ・キリエライトだとかいうデミ・サーヴァントなら罪悪感によって技を鈍らせたかもしれない。しかしテセウスの戦っているのは項羽だった。

 

「――――知らぬわ」

 

 考える素振りすらなく、項羽はテセウスの追及を斬り捨てた。

 

「無益な殺しはせぬとマスターと約を結んだ故、やたらと殺すことは勘弁してやるわ。じゃが殺さないよう加減して不利益を被る状況であれば、躊躇う必要などありはせん。

 秦の狗共が瓦礫に押し潰されようと知ったことか。運悪く巻き込まれたのなら、それは楚人に代わって天が下した裁きじゃ。苦しみながら死ねばよい」

 

 項羽の口元は歪な三日月を描いていた。

 こういう性質の〝笑み〟にテセウスは覚えがある。これは復讐という極上の甘味を味わう鬼の笑みだ。

 

「そういえばこの国で最も有名な復讐者(アヴェンジャー)はお前と同郷だったか。色々と……納得したなァ!!」

 

 ランスロットより奪った剣を振って近づく項羽を跳ね返す。

 剣に宿るのはカルナの有した日輪の灼熱。絶対的な死(アブソリュート・デッド)によってテセウスが奪えるのは宝具だけではない。カルナの保有スキルである『魔力放出(炎)』もまた、テセウスの血肉となって息づいていた。

 運命干渉の無効化なんていう限定的過ぎる護りを度外視すれば、身体能力向上なんて有り触れた効果しかもたない奥義。だがそれを発動させたのが項羽というだけで、下手なEX宝具を超える脅威となる。きっと今の項羽なら、万全の始皇帝とだって自らの武のみで互角に戦えるだろう。

 ギリシャ神話最強たる親友(ヘラクレス)ならまだしも、自分(テセウス)では中華最強の武に届かない。

 だが――――、

 

「悪いがな、俺も色々と背負いこんでるんだよ」

 

 自分のなした偉業(罪業)の象徴であるアステリオス。

 トロイア戦争にて名高き俊足のアキレウス。

 華のキャメロットにおいて理想と称えられたサー・ランスロット

 そして己の意思で力を託してくれたカルナ。

 テセウスの身には四人の英雄の力が宿っている。

 アキレウスとランスロットからは文字通りに奪っただけに過ぎないが、令呪の縛りに屈するを良しとはせず始皇帝に抗った高潔な精神には敬意を持つ。

 彼等の力の一部を奪った自分が無様に負ければ、それは彼等に対しても申し訳がたたない。

、自分が汚れる事は一向に構わないが、それだけはテセウスにとって許容出来ぬことだった。

 

「貴様の事情なぞ知らぬわ。貴様が誰であろうと、俺は秦に組する連中を皆塵す。それだけじゃ!」

 

 剣戟がテセウスの肩を掠める。

 地球外生命体(インベーダー)に等しい項羽は一撃一撃が、この星の概念上からすれば観測不能な正体不明(アンノウン)だ。

 神性をもたぬ者からの攻撃を無効化する『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』は碌に機能を発揮していない。

 敵が神性持ちでなければ絶対的な無敵性を発揮する『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』も、それが通用しない相手にはアキレス腱という致命的急所を作るデメリットとしてしか機能しないのだ。

(不死身は惜しいが、使えんものを纏っていても仕方ないな)

 

 決断は即決。テセウスは『勇者の不凋花(アンドレアス・アマラントス)』を一時的に解除する。

 本来なら外せぬ装備ですら、一時解除が可能なのが『絶対的な死(アブソリュート・デッド)』の強味の一つだ。これでアキレス腱は弱点ではなくなった。

 ならばもはや恐れるものは何もない。

 テセウスの全身を覆うは、絶対無敵の日輪の神性。

 例え首を落とされようと、残った頭で喉元に喰らいついて殺してみせよう。

 

「攻守逆転だ小僧。こっからは限界無視でいくぞ」

 

 自分自身に流れる悉く炎へと変換し、体内で循環させていく。

 聖杯のバックアップを受けたテセウスの魔力は無尽蔵。汲めども汲めども魔力は尽きない。灼熱はテセウスの全身を覆い尽くし、炎翼を背中より放出させた。

 太陽の高温はテセウスの武具のみならず、思考回路まで沸騰させる勢いだったが、驚異的な集中力で自らの意思を繋ぎとめる。

 

「喰らいなァ――――ッ!」

 

「ぬっ!」

 

 これまで怒涛の猛攻を続けてきた項羽が、初めて受けに回る。

 炎を槍に纏わせての刺突。技と呼ぶには躊躇われる槍において基本的過ぎる一撃はしかし、今のテセウスが行えば対軍宝具級の必殺へと化ける。

 槍から伸びた炎は一条の光線となって伸び、蒼天を真っ二つに引き裂いた。

 サーヴァントといえど扱える魔力量は差がある。テセウスの扱える魔力量はカルナのそれには及ばないため、これまでテセウスは魔力放出(炎)を自分の限界域に抑えて扱ってきた。

 だがそのリミッターをテセウスは外す。自分の限界域を超えた、カルナの神威を再現するために。

 無論代償は大きい。自分の限界を超えた魔力放出は、テセウスの魂そのものを削る行為だ。このまま魔力放出を続ければ肉体がオーバーヒートして再起不能、下手すれば消滅する危険性だってある。

 しかしそれがなんだというのだ。

 自分の命こそ至上というのは一つの真理ではあるが、勝利の為なら真理すら薙ぎ倒すのが英雄というもの。

 項羽を殺せるならば、安い犠牲だ。

 炎翼で超高速で飛び回りながら、無毀なる湖光へ炎熱の魔力を流し込んでいく。

 カルナの魔力を最大で流し込めば、大抵の宝具は耐え切れず砕けるのがオチである。けれど『無毀』という単純明快なる概念を有する神造兵装は、どれだけ魔力を流し込もうがビクともしない。

 アロンダイトに内包されていた湖の乙女の魔力と、カルナの有する太陽神スーリアの魔力。

 湖光と日光。

 二つの光が混ざり合い、蒼い炎がアロンダイトを覆った。

 

「――――オモシロイ」

 

 復讐の悦楽ではなく、武人としての本能が項羽の口端を釣り上げさせた。

 天地すら震えあがった項羽の氣、それが手に持った剣へと集約されていく。

 

縛鎖全焼(アロンダイト)廃塵極光(クンダーラ)!」

 

「――――――ッ!」

 

 高らかに宝具の名を開放するテセウスと、無言のまま裂帛の気合いで剣を振るう項羽。

 ここに対極至高の〝斬撃〟が激突した。

 

 

 

「箒星が……咸陽内より天へ昇ったのか……? それにこの只ならぬ振動……城壁の中では何が起きているのだ?」

 

 テセウスと項羽の激戦は、公孫勝を連れて戦場を離れた樊噲にも感じ取る事が出来た。

 先程から断続的に揺れる地面。咸陽から響き渡る衝撃音。そして天を覆い尽くすほどの熱気と、まるで呼応するかのように輝きを増す太陽。

 明らかに異常だった。

 

「…………カル、ナではない……な……これは、くくく……テセウスめ、大層な事をやらかしたな」

 

「公孫勝! 目を覚ましたのか!?」

 

「直ぐ近くで神々の戦い――――いや、それすら置き去りにした何かが行われているというのに、怠惰に微睡めるほど私は肝は据わっておらんよ」

 

「中のことが分かるのか?」

 

「今の私は遠見の術も使えぬが、これでも〝軍師〟なのでな。見えずとも推理はできる」

 

 神算鬼謀。名だたる軍師の証たるスキルをA+ランクで保有する公孫勝は、道士であると同時に知恵者でもある。

 諸葛孔明や張良に及びはせずとも、持っている情報の断片から答えを導き出す事は容易いことだった。

 

「この異常の原因は……テセウスと項羽の戦いによって引き起こされたものだ……。沛公は今頃はカル…デアの面々と共に……始皇帝と……相対しているだろう。これには……巻き込まれて、おらぬと……思う」

 

「そ、そうか」

 

 劉邦とカルデアは始皇帝。項羽はテセウス。

 上手く分かれたものだ、と公孫勝は思う。項羽とテセウスの戦いがどうなるかは未知数だが、こちらは言うなれば局地戦。どちらが勝とうと大局にさしたる影響はない。

 こちらの『王』とあちらの『王』のどちらかが勝つか。即ち始皇帝との戦いの趨勢が、この星の未来を決める事になるだろう。

 

「……やれやれ。魔術王なんぞが余計な野次馬根性を出さねば観戦できたのだがなぁ。………すまんが将軍……そろそろ起きているのが怠くなってきた……眠らせて、貰うぞ……」

 

 目蓋を閉ざす。

 きっと次に目を覚ました時には、全ての決着がついていることだろう。



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第54節  大漢の高祖

 始皇帝を頂点とする秦軍と、劉邦を頂点とする漢軍による正面対決。歴史家であれば涎を垂らしかねない好カードであったが、戦いの流れは完全に秦側にあった。

 劉邦が喉を枯れるほど自軍を鼓舞し、指示を出そうとも、六虎将最優の王翦の采配はそれを嘲笑うかのように上回っていく。

 傀儡将はサーヴァントではないので、英霊としての宝具は持たない。しかし英雄としての才能(スキル)は生前通りに保有している。

 王翦の有するスキルはBランクの〝戦略〟とCランクの〝軍略〟。清々しいまでの指揮官型のスキル構成は、そのまま彼の将としての力量を露わしていた。

 劉邦は王翦にはないカリスマ性でどうにか差分を埋めようとはしていたが、始皇帝が繰り出してくる援護射撃がそれを無為とする。

 マシュやディルムッドといったサーヴァントの奮戦は一騎当千の英雄に相応しい見事なものだったが、それも趨勢を左右するには至らない。

 アーラシュが欠けてしまった重みが改めて圧し掛かってくる。

 劉邦と外に残った公孫勝を除外すれば、彼だけが対軍戦能力を持っていた。

 カルナという壁を超えるにアーラシュの死は不可避なものであったが、それでも思わずにはいられない。もしもアーラシュがここにいれば、弓矢生成による矢の雨で傀儡兵を一掃できたものをと。

 

「畜生! おいマシュの嬢ちゃんでもディルムッドでも誰でもいい!、敵軍纏めて吹き飛ばすEX宝具とか持ってねえのか!? このままじゃジリ貧だべ!」

 

「そんなものがあれば、とっくに使っている!」

 

「同じくです!」

 

 劉邦の無茶ぶりに最前線で戦う二人は至極もっともな反論をしてきた。

 これには劉邦もぐうの音が出ずに口を噤む。

 

「陛下。無駄口を戦いている暇があるなら指揮に集中を。負けますよ?」

 

「陳平! お前も呑気にくつろいでんじゃねえべ! なんか策出せ策! 王翦と始皇帝をいい具合に疑心暗鬼に陥らせた挙句に憤死させるようなエグいのはねえのか!?」

 

「ははははははははは、可笑しなことを言いますね。謀略っていうのは人を欺くものなんですよ。傀儡相手(にんぎょう)には通じませんよ」

 

 完全なる無機物の傀儡兵と異なり、傀儡将は人間の心を有してはいるといっても、やはり本質的には始皇帝の人形に過ぎない。

 蒙武のように強烈過ぎる闘争本能があるなら話は別なのかもしれないが、傀儡に徹している王翦相手には効果はないだろう。

 

「笑いながら役立たず宣言してんじゃねえべ! 陳平だけじゃねえ……お前等仮にも建国の功臣だろうが! 王翦一人に負けてんじゃねえべ!」

 

「手厳しいですね。でも陛下、人間には向き不向きや才能の有無がありますから。曹参殿や樊噲殿がどれだけ奮起しようと、王翦の将才には及びませんよ。あ、もちろん陛下自身も含めて」

 

「……事実だが、一言余計だべ。生前なら粛清(ころ)してたぞ」

 

 冗談まじりに物騒な事を口走る劉邦だが、実際には冗談でもなんでもなかった。天下統一をなした覇者が後に疑心暗鬼の皇帝病にかかって功臣を粛清した例は数多く、劉邦もその例には漏れない。

 劉邦は受けた恨みは忘れない男なので、陳平が生前も今のように皮肉をぶちまけていたならば、確実に寿命は縮まったことだろう。

 

「怒らないで下さいよ陛下。だって時間的にもう直ぐのはずですから」

 

「もう直ぐ? …………っていうと」

 

「しょうか殿が兵站、張良殿が戦略ならば――――〝戦術〟は適任者に任せましょうよ。ねえ、韓信殿」

 

 劉邦の求めに対する合意が成立し、固有結界内に新たに一人の人間が召喚された。

 負の意味で大衆に埋没できない冴えない風貌と、最上位の将帥しか纏う事を許されぬ煌びやかな甲冑。一見するとアンバランスな組み合わせが、実に噛み合っているのは、男が自分の才能に圧倒的な自信を滲ませているからだろう。

 百万の軍勢が連続召喚された迫力と比べれば、その男が現れた事に対する反応は静かなものだった。だがその男の能力を知る劉邦にとっては、百万の軍勢に数倍する援軍が駆けつけたも同じである。

 

「遅かったじゃねえか韓信。遅刻は軍規違反で斬首だべ?」

 

「――――やれるものならどうぞ。王翦を凌駕する唯一の人材を殺せるものならばね。それと生憎だけど僕はもう貴方の配下であるという認識は持ってないよ。

 結果的には僕がなれなかった皇帝になった英雄として尊重はするけど、尊敬はしない。ここへだってれきいきへの罪滅ぼしがなければ来るつもりはなかったよ」

 

「別にそれでいいべ。今俺が欲しいのは無能な聖人君子じゃねえ。性格が悪くても有能な奴だ」

 

「采配の巧みさは変わらないようで憎らしいよ。それじゃあ指揮権を貰うよ」

 

 劉邦から軍の指揮権をもぎ取るように奪った韓信は、聞き取りが困難なほどの速度で兵を率いる将達に指示を飛ばしていく。

 軍団を一つの生き物に例えるなら、総司令官とは頭脳に当たる。頭が入れ替わった劉邦軍は別人のように機敏に動き始めた。

 

「これが国士無双、噂に違わぬといったところか」

 

 動きの変化は最前線にて槍を振るうディルムッドにも分かった。

 劉邦の指揮が特別悪かったわけではない。それどころか十分に良い采配だったが、韓信という男は常人が想像する『最良』を軽々と越えていく戦術の怪物だ。良将止まりの劉邦の軍略など、韓信からすれば並みと変わらない。

 

「…………………っ」

 

 これに焦りを覚えたのは敵将である王翦。

 名将は名将を知る。主君の手前、表情には欠片も出さなかったが、王翦はこと戦術において韓信が自分を凌駕する化物であることを早々に理解してしまっていた。

 これで蒙武や李信など他の六虎将であれば、名を汚すまいと奮起しただろう。だがそういったプライドと遠いというのが王翦の短所であり長所だった。

 

「陛下、状況が変わりました。韓信の軍略は私の上にあります。このまま戦えば負けるでしょう」

 

「下らんぞ。貴様は六虎将筆頭たる秦帝国最優の将だろうが。貴様の敗北が朕の威光を汚すことになるのは理解していような。不利な状況でも覆してみせるのが六虎将の務めだろうが」

 

「それは他の者に