そこに在る少女 (合縁奇縁)
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地上から離れられない月人

ここまで来たということは諸々のことを理解していると捉えていいかな?
駄目なら悪いことは言わない、今すぐにあらすじに戻るんだ。結構特殊なやり方をしていると思っているのでその点を留意してね。


 花をあしらった服に、花の簪。花の妖精かと思うような格好をしていた小さな少女は道端に倒れていた。少女を見つけた女性は彼女を家に運び込む。

怪我をしていたわけでもなく、病気であるわけでもなかった少女はしばらくして起きる。

「?」

「あら、起きた?」

 私の声に気がついたのだろう、赤と青の服を着た女性が現れる。状況を理解出来ずに首を傾げている少女の前に女性は腰掛ける。

「私は八意永琳よ。言えるかしら?」

「えーりん?」

「ええ、そうよ。貴女の名前を教えてくれる?」

 永琳がゆっくりと話してくれた言葉を理解した少女はしばらく考えていたがその後首を傾げる。

「えーりん? 私はだぁれ?」

 自分が誰なのか、何故ここにいるのか、今どういう状況なのか、少女にはわからなかった。

「貴女……記憶がないの?」

「きおく? ないの?」

「親はどこかしら?」

「いないよ?」

 少女は気にした風もなく先程と変わらず首を傾げたまま答える。自らの置かれている状況が分かっていないからか、少女は不安だと感じていないようだ。

 少女の話を聞いて永琳は暫く考え事をしていたが、一つの結論に達する。

「……そう。今日から貴女は八意花織よ」

「かおり?」

「そう花を織ると書いて花織」

 漢字を教えようと永琳は話すが少女には難しく理解していないようだ。

「まぁ、後々教えればいいわね。これからよろしくね」

 永琳が差し出した手を花織はつかんだ。

 

 

 少女が花織となって何千年も経過した。永琳は花織を知っているものを探したが何の手掛かりも見つからなかった。花織自身は特に気にした風もなく、永琳との生活に満足していた。

「診察終了〜」

「花織、お疲れ。いつも有難うね」

「どういたしまして」

 永琳がしている医者の仕事の手伝いをやっていた花織だが、今では任せられている。永琳は研究と花織のことを調べることに時間を割いていた。

「それにしても不思議ね」

「何が〜?」

「貴女全く変化してないわよね」

「えーりんもだよ」

「私は変化したわよ」

 花織は永琳に拾われたころから全く変わっていない。髪の長さなどの細部までも何も変わっていないのだ。

(心当たりとしては妖怪なのだけど……、それにしては体が弱いのよね)

 永琳が医者として活動するのは花織が倒れた時だけなのだが、ひどい時は半年近く倒れていたこともある。妖怪ではあり得ない体の弱さだ。

(花織は気にしていないみたいだけど、月への移住が考え始められた以上、急がないといけないわね)

 長い間で地上には弱肉強食の概念が生まれつつあった。その結果穢れが生まれている。そのため穢れのない月へと移住する計画が立てられているのだ。しかし、月に行ってしまえば、花織のことは一切わからなくなるかもしれない。だからこそ永琳は焦っていた。

「えーりん、また考え事? 最近忙しそう……。手伝えることはある?」

「いい子に育ったわね。既に花織には充分助けて貰っているわよ」

 永琳は花織を抱きしめて頭を撫でる。花織は恥ずかしそうにしてはいるが抵抗はしない。

「すいません、ちょっといいですか?」

 そんな二人に遠慮がちに一人の男性が声をかける。

「えっ? あ、わっ! 何時からいたの!?」

 花織は永琳の腕から慌てて抜け出す。流石に人に見られるのは恥ずかしいのだ。だが、永琳としては花織との触れ合いを邪魔された形となり、花織の後ろで怖い顔をして男性を睨んでいる。

「診察かな?」

 男性が怯えていることに花織は気付かず問いかける。しかし、男性は別件で訪れていた。

「月への移住が来年と決まりました」

 男性の伝言に永琳は顔を顰める。それは花織のことを調べる時間がないということもだが、それ以上に問題があった。

「……月への、移住? 決まった?」

 永琳はその話を何度か花織にしている。しかし、その都度花織は逃げ出すのだ。理解することを拒むのだ。

「はい、決まりました。ようやくという感じですが、良かったですよ」

 何気ない世間話のつもりで男性は話す。めでたいと男性は喜ぶ。穢れのない土地に行けるのだと皆が喜んでいると話す。だが……。

「…………ッ!!」

「花織!」

 永琳の静止の声を振り切って家から飛び出す。あっという間に花織は永琳達の視界から消える。

 

 私は月の移住計画に反対をしたいわけではない。それでも聞くのは辛かった。理由は自分でもよくわからない。皆が喜んでいる中に水を差したくはないのだけど、胸が苦しくなる。

 えーりんが言っていたように昔のことが関係しているのだろうか。多分違うと思う。私は昔のことを覚えていないのではなく、最初からなかったのではないかと思っている。私の姿は幼いが生まれたばかりの姿とは言えない。しかし、それは人であるならだ。私の姿は固定されている。それは何千年と生きて分かったことだ。なら、私は最初からこの姿でもおかしくはない。もしそうならえーりんに初めてあったあの時、私は生まれたのではないだろうか。

 だけど、そう考えるとなんで月の移住計画の話を聞くと悲しくなるのか分からない。

 自分はえーりんの娘で、それだけで十分だった。でも、それじゃあ駄目だ。ちゃんと自分を知るべき時が来たのだろう。……とは言っても何をすればいいのか分からない。えーりんに相談するのが一番かな。でもえーりんは最近忙しそうだし……。自分一人でどこまで出来るだろうか。一年しかないのだ、できる限りのことをしよう。

 ……確か私は妖怪の方が近い存在なんだよね。えーりんが言っていたからそうなんだろう。なら、彼を尋ねるのがベストだろう。彼がいつもいるのは村から大分離れたところにある大樹。そこに行けば会えるだろう。

「リンクス、いる?」

「……儂の眠りを妨げるのは何者だ。それ相応の覚悟があってのことだろうな」

 声のする方、大樹の上を見ると丁度リンクスが樹から飛び降りてくるところだった。リンクスは危なげなく地面に降り立つ。リンクスは猫又、それもオオヤマネコの猫又だ。高い所から飛び降りても問題ないと分かってはいたが実際に見ると怖いものがある。

「リンクス、高いところは危ないって何度も言っているでしょ!」

「ん、なんだ? ああ、花織か。いつも言っているように高い所の方が安全なこともある」

「……例えば?」

「危険な生物から隠れることが出来る」

「リンクスが危険と思う生物なんていないと思うんだけど……。妖怪頭だったっけ? そんなのなんでしょ?」

「まぁ、ここいらの妖怪の中では儂は別格だがの。それでも知恵あるものには負ける」

「……想像できない」

 リンクスが知恵あるものと称するのは人間だ。だけど、どんなに策を弄したところで、リンクスの前では無駄だと思う。それほど彼は強力な存在だ。

「そうだな、お前がまだ幼い頃に永琳という奴に痛い目に合わされたこともあるぞ」

「えーりんに?」

「ああ、あの時ほど人を化かして失敗したと思ったことはない」

「えーりんは驚いた程度では怒らないよ?」

「化かしたのはお前の方だ。そしたら泣いてな。あの人間が鬼のような形相で攻撃してきおった」

 えーりんが怒るところなんて想像できないけど……。でも普段怒らない人が怒ると怖いってよく聞くからえーりんもそうなのかな。

「まぁ、昔話はいい。わざわざお前がここまで足を運んだのにはそれ相応の理由があるのだろう?」

「うん、私のことについて知りたいの。知っていることはない?」

「それは儂に能力を使えと言っているのか?」

 リンクスが睨んでくるが首を横に降る。全てを見通す程度の能力とリンクスが言う力を嫌っていることは知っている。だからそれは最初から当てにするつもりはなかった。

「リンクスが今知っていることだけでいいから教えてくれない?」

「……どうして知りたい? お前は過去など気にしないと言っていたはずだ」

「知るべき時が来たんだと思うから」

 暫くリンクスと睨み合いをしていたが私が折れないと分かったのか、リンクスは呆れたようにため息をついた。

「知っても得するようなことはないぞ」

「……!? 知っているの!?」

「儂が分かるのは断片だけだ。詳しいことはわからん」

「知っていることがあるのですね?」

「知ってもいいことなど何もないぞ?」

「それでも教えてください」

 リンクスの瞳が彷徨う。まるで此処ではない何処かを見ているように彷徨う。それはリンクスが能力を使っている時の様子だ。

「……やはり変わらんか。酷な話になる。覚悟を決めろよ」

「はい」

「お前は人ではない。いや、人でもないという表現が正しいか。儂みたいな妖怪でもない」

「なら私は何なのですか?」

「存在しないものだ」

「……存在しない? でも、私は確かに此処にいるよ?」

「ならば、それはどう説明する?」

「……え? な、何これ!?」

 リンクスが前脚で指した私の右手は薄くなっていく。それに気付いたら、次は左手、右足、左足。どんどん消えていっているようだ。

「リンクス! 何したの!? やだ! 消えたくない!」

「知って得することなどないと言っただろう?」

「やだやだやだ! えーりん!」

 えーりんの名前を呼んでも此処にはいない。助けて、助けて。消えたくない。

「花織!!!」

 聞こえるはずない聞きなれた声。気が付いたら抱きしめられていた。

「えー、りん?」

「そうよ、大丈夫。貴女は確かに此処にいるわ」

「えーりんが、そう言うならだいじょうぶだよね」

「ええ、大丈夫よ」

 何時も私を助けてくれた、愛しいえーりんの声。私はだからえーりんに任せて意識を手放した。

 

 

 花織が意識を手放して永琳がリンクスを睨んでいた。

「私の娘に何をしたのか、説明してもらうわよ」

「質の悪い化かしだ。妖怪としてはおかしくないだろう?」

「その程度で花織が狼狽えるはずないでしょう? 真実を話しなさい!」

「ふふふ、儂は真実しか話しておらんよ。ちょいと、右手の輪郭をぼやかした。儂はそれしかしておらん」

「右手だけ?」

 永琳の問いかけにリンクスは頷く。左手、右足、左足は関係ないと告げる。

「……どういうこと? 嘘を言っているんじゃないでしょうね?」

「あれ以上化かしていたなら本当に消えていたからな。儂としてもそれは望まんよ」

「貴方は花織のことを何か知っているの?」

「知らんよ。ただこの瞳で見通せないものは存在しないとだけ言っておこう」

「全部お見通しとでも言いたいの? なら教えなさい」

「気になるなら花織に聞くといい。素直に話すかはわからんがな」

 リンクスは言いたいことだけを言い、樹の上に登る。残された永琳は苛立たしげに樹を蹴り、花織を抱えて家に戻る。

 

 

 あれから花織が目を覚ます気配はない。怪我があるわけでも、病を患っているわけでもないのに、目を覚まさないのだ。

「……三日後に出発なんだけど」

 花織が寝ている間に月への移住計画の実行日は目前へと迫っていた。永琳は優しく香の頭を撫でながら返事の帰ってこない花織に声をかける。

「皆は月へ移住するつもりみたいね。花織はどうしたい?」

 永琳は花織が嫌というのなら行かないことも検討していた。周りの人が永琳を頼りにしていることは永琳自身自覚していることであった。それでも彼女は花織の意志を優先したかった。

「寝坊助ね、もう出発も目前よ。早く起きなさい」

 寂しさを紛らわせるようにおどける。しかし花織からの返事はない。

「はぁ、診察の時間ね。また後で来るわ」

 永琳は寝たきりの花織の頭を愛おしそうに撫でて、診察へと向かった。

 

 

 ……あれ? ここは……、家、だね。確か私はリンクスに私のことを聞きに行って……。

「えーりんが来たから任せたんだ」

 リンクスを尋ねて、私について分かったことがある。寝ている間、私は私のことを理解した。

「どれくらい寝ていたんだろう?」

 理解したことは膨大だった。長い間、寝ていたとしても不思議ではない。月の移住は実行された後でなければいいのだけど……。

 とりあえず、私は診察室を覗くことにする。えーりんがいるとしたら、そこか研究室のどちらかだ。

「えーりん、いる?」

「……花織!?」

 どうやらえーりんは診察をしているところみたいだった。私の声に反応して、患者をそっちのけで私に駆け寄ってきて、抱きしめられる。

「えーりん、私は後でいいから! 患者がいるんでしょ!?」

「患者なんてどうでもいいのよ。花織の方が大切だわ」

「えーりん、嬉しいけどそんなこと言ったら駄目だよ?」

「花織様気にしないでいいですよ」

「そうよ、貴女が起きてくれたことに比べれば些細なことよ」

 些細なのかな。えーりんは診察をそっちのけにしているので、えーりんの腕から抜け出し私が引き継ぐ。

「うん、症状は軽い風邪だね。あれ? あの薬で大丈夫なんだけど……、ない?」

「そう言えば三カ月前に切れていたわね」

「切れたら補充しようよ……」

 えーりんならすぐ作れるため簡単な薬の作り置きはしない。だけど、私は切れる前に補充していく。

 あれ? 三カ月前? 一体私はどれくらい寝ていたのだろうか?

「花織様、私のことはいいですよ。約一年間寝ていた花織様と永琳様は御話したいでしょうし、私はこれで」

 約一年間!? 月への移住までの期日はどれくらい残っているのだろうか?

 驚いている間に患者は出て行ったようだった。

「花織、貴女のことについて分かったことはあるの?」

「…………ううん、分からなかった」

「……そう」

 えーりんに嘘をつくのは心が咎める。だが、正直に話せる内容ではなかった。えーりんはきっと私が正直に話していないことを気付いている。でも聞いてこなかった。それは嬉しかった。きっと話すのが辛いと思って、気遣ってくれているのだろう。

「そう言えば移住っていつになっているの?」

「三日後よ」

「そっか、もう時間はないんだね」

「そうね。花織、貴女はどうしたいの? 貴女が月に行きたくないというのなら私は残ってもいいと思っているわ」

 えーりんの提案に私は嬉しくてニヤニヤとしてしまう。えーりんが私を大切にしてくれていることが分かって嬉しくなる。でも、えーりんは此処の人達に大切な人だ。月に行ってもそれは変わらないだろう。

「私はえーりんと一緒ならどこでも行きたいよ? だから月への移住でも気にしないよ」

「良かったわ。私も此処の人達を放っておくのは気が引けたからね」

 えーりん自身、自分が此処で大切な役割を持っていると気付いていたのだろう。だから、悩んでいたんだ。それでも私を優先しようとしてくれた。私は幸せ者だね。

「あ、えーりんが昔着ていた服貰える? あの赤と青の服」

「あの服? 評判が悪かったのよね。服なら他にも……」

 周りに奇抜な格好と言われて着るのをやめたらしい服。それでも私はあの服が良かった。

「あれが良いの!」

「……そう? まぁ好きにしていいわよ」

「有難う」

 その後、私はえーりんと色んなことを話した。医学のこと、月のこと、今までのこと。楽しかった思い出を忘れないように、刻み付けるように私はえーりんと昔話に花を咲かせた。

 

 

 三日という時はあっという間だ。花織はロケットに乗って永琳と離れる地上を見下ろしていた。

「……ねぇ、えーりん」

「何? 新しい土地で不安?」

「ううん、私はえーりんの娘になれて嬉しかった。幸せだったよ」

「突然、どうし……!?」

 永琳は花織を見て戦慄する。その姿が薄く透けているのだ。

「花織。それは!!」

「うん、そろそろ限界みたい。私の活動範囲を出てしまうんだね」

「どういうことよ!」

「私は月には行けない。だから此処でお別れ」

 花織の力、存在する程度の能力。花織は人や妖怪ではなくて能力だ。能力で存在しているだけ。だから、花織は存在しない者なのだ。そしてその能力は地上でしか使えない。しかし、それを花織は説明しない。きっと月で永琳は必要な人物だから、言ってしまえば止まるから、彼女は何も言わなかった。

「えーりん、私は貴女の娘で幸せでした」

 花織は笑顔でそう告げ、永琳に貰った赤と青の服を残して消えた。

 

 

「花織、本当に良かったのか?」

 かつて村だったところで花織は月を見上げていた。その隣にリンクスは並び、問いかける。

 花織は何かを言うわけでもなく、静かに頷く。

「お前は、この広大な地上で一人生きていくのか」

「……リンクスもやっぱり限界?」

「ああ、儂以外はもうおらんよ。覚えている者が皆して月に行ってしまったからな。力があった儂でも、もう限界だ」

 苦笑するリンクスの輪郭はぼやけている。消えるのも時間の問題だろう。

「……そっかぁ」

「ああ、そうだ」

「なら、じゃあね、なんだね」

「……そうだな」

 花織は月から視線を離さない。今、下を向いてしまえば泣いてしまうから。決めていたことだから、涙は流したくないと、月を、上を向いたままで下を向かない。

「お前と話せて楽しかったよ。最後まで会話する相手がいるとはなんとも…………」

「リンクス?」

 不自然に途切れた言葉に花織が視線を月から外す。しかし、その先に大きな猫の姿はない。

「最後まで言ってから……消えてよ」

 花織の言葉に反応を示せる相手はいない。もう存在しない。

「これで、私は、一人だ……」

 花織は涙を流さないように一人で月を眺めていた。

 




呟きのコーナー!
作者とは関係ない投稿者が勝手に何かをやっていくだけのコーナー。本人に承認は貰っているので深くは言わないで!
まず一言。前書き後書きって思った以上に考えさせられる。こんなに時間を使うとは……。楽しんでいるからいいんですけどね。
後思ったのは代理投稿でもこの緊張。普通に投稿している人は凄いと思いました、まる。


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向日葵畑の守護霊

さて、第二話投稿! タグに何をつければいいのかと今更ながらに思い始めた。……指定も警告タグ以外特になかったしいいよね♪
お気に入りが既にいることに驚愕した。こんなに早くする人もいるんだね。
作者と次会うのはいつになるのやらと言う投稿者です。……まぁ、会えた時に次の話が出来ていることを祈りながら投稿しよう。


 かつて村だった場所。えーりんと過ごしていた場所。月への移住に伴いただの平原となっていたが、此処から私は離れるつもりはなかった。それに平原だったのも何千年も前の話だ。黄色の花の種をまいて育てていた結果、一面に広がる黄色の花畑が出来上がっていた。

「一年に数本ずつ増やすとしても何千年と繰り返すと凄いことになるんだね」

 最初の二、三本だったころが懐かしい。あれはあれで趣があったとは思うけど、私は今の花畑が好きだ。数が増えた分、世話をするのは大変だけど……目標もあるので苦痛ではない。

「あ、人が来た。最近多いなぁ」

 長い間で人が生まれたと知った時は嬉しかった。でも、関わろうとは思わなかった。私の存在は異質だ。それは能力であるということもだが、それ以上に何万年と存在し続けたからだ。えーりん達は気にしなかったが、他の人間がそうであるとは限らない。むしろ、昨今の人間は異質な存在に怯えている節がある。

「……む」

 花が珍しいのか花を摘もうとする人は何人かいる。そういう人から花を守るのも今では慣れたものだ。

 存在する程度の能力は強弱がつけられる。とても弱くしてしまえば私を認識できるものはいなくなる。殆ど存在しない状態になるのだから当然だろう。そして、存在を薄くした後に、ターゲットに近づき、えーりんに学んだ睡眠薬を口に投げ込む。

「花を見るだけならいいんだけど……摘むのは見逃せないよ」

 眠らせるのは簡単だ。えーりんの薬は効き目がいいし、妖怪であっても通用する。だけど、問題は眠らせた後だ。

「意識のない人間を運ぶのって大変なんだよね」

 私の見た目は未だに幼い少女のままだ。えーりんと出会った時から何も変わらない。そのため、意識のない大きな人間を運ぶのは骨が折れる。とは言え、此処においておくことも出来ない。

「はぁ……」

 私は大きくため息をついて、人間を引き摺ることにした。

 

 

 黄色の花畑、向日葵畑は人里では有名だった。花織は村に入ったことはない。そのため噂に、ましてや有名になっているなど思ってもいないのだが、花畑に人が多く来るようになったのはそのような背景がある。

「おい、聞いたか? また、向日葵の守護霊が出たんだってよ」

 向日葵畑は美しいだけではなく、怖い噂もある。男達はそのことについて噂話をしていた。その話に興味を持ったのか日傘をさした女性、風見幽香が歩み寄る。

「向日葵の守護霊?」

「おや? あんた知らないのかい? 向日葵畑には幽霊がいるんだよ」

「ふぅん、守護霊ってことは悪い奴ではないみたいだけど?」

「向日葵の守護霊であって一概に良いとも言えないんだよ。ただまぁ、向日葵を傷つけようとしないことだね」

 言うまでもなく、花織のことなのだが、姿を見せることがないことから、幽霊だと言われていた。また、向日葵を守っていることから守護霊と言われている。

 今では追い返すのに慣れてはいるのだが、初めての時は強力な薬を使ったため、数ヶ月寝たきりにした。後遺症などはないのだが、村人が怯えるには十分過ぎる事件だった。

「今晩あたり向日葵畑に行ってみましょうか」

「いやいや、今晩はやめておいた方がいい」

「それはまたどうして?」

「満月は幽霊が姿を現わすんだよ。泣き声を聞いたって奴もいる。今では満月の夜は誰も近づかない」

「へぇ、面白い話ね」

「っと、俺らはこれから力仕事があるんだ。いいか、満月の夜には向日葵畑に近付かないようにしろよ」

 男達が去った後、幽香は一人で考え込む。

(今晩は向日葵畑には誰も近づかないのね。それはいいことを聞いたわ。幽霊と言われているのは妖怪か何かでしょうし問題はないわね)

 幽香自身人間ではなく、妖怪だ。持っている能力は戦闘向きではないのだが、妖力と身体能力は高い。そのため、彼女に逆らえる妖怪は限られている。少なくとも彼女は彼女より強い妖怪をまだ知らない。

 だからこそ、男性の忠告より彼女は自らのしたいことを優先させる。

「向日葵畑に行きましょうか」

 まだ見ぬ花畑に心を躍らせて彼女は足を動かす。

 

 

 幽香が向日葵畑に着いた時には辺りは暗くなっていた。

「これだと、起きている花も少な……?」

 夜になれば花も眠りにつく。幽香が花と会話が出来るとはいえ寝ている相手には意味をなさない。そのため、会話は出来ないはずだった。

 しかし、向日葵は一つの例外もなく、起きていた。数多の向日葵の中で一つか二つ起きていても不思議ではない。しかし全てとなると異常だった。

「何で起きているの……?」

『花織が月を見ているから』

『花織が泣いているから』

『花織が心配だから』

 幽香のつい零してしまった問いに向日葵達は一斉に答える。花々は花織のことを思って起きているのだ。自分達を大切にしてくれる花織が心配だから起きているのだ。

 何千年と花織を見た人間や妖怪はいない。しかし、花々はちゃんと花織を見ていた。自分達を育ててくれた花織を見ていた。

「その花織は何者なの?」

『何千年と大切にしてくれている人』

『何千年と守ってくれている人』

『大切な母親』

 花織に目的があることを花々は知っている。しかし、そんなことは関係ないのだ。目的のためであろうと自分達を大切にしてくれているという事実は変わらないのだから。

「向日葵の守護霊のことみたいね」

『向日葵の守護霊?』

『花織は人』

「何千年と生きている者が人とは思えないわよ。妖怪でしょ?」

 実際は何万、下手したら億と存在している。しかし、花織は人として存在しているため、花々は人であると認識している。

『花織は長生き』

『それでも人』

「へぇ、花織と言う人に会わせてくれない?」

 普段なら花々は断っていた内容。花織が人と会わないようにしているのを花々は知っているので教えないようにしていた。

『私達の願いを叶えてくれるなら』

『花織の居場所を教える』

『教えてもいないと思うかも』

『見つけられないかも』

『それでいいなら教える』

「その願いって言うのは?」

『『『ーーーーーー』』』

「分かったわ」

 花々の願い事に幽香は頷く。

『『『有難う』』』

 

 

 夜空に浮かぶのは満月。あそこにえーりんがいるのだ。

「遠いなぁ」

 あそこで皆生活しているのだろう。えーりんは医者として頼られているのだろうか。案外研究にのめり込んでいるかもしれない。

「……行きたかったな」

 何千年という時が経っても変わらない思い。願い。決して叶わない願い。

「…………遠いなぁ」

 手を伸ばしてみても月どころか、周りの向日葵を越すこともない。

「月からはまだ、見えないよね」

 向日葵畑がいくら大きくなっても月からは見えないだろう。それに向日葵達は太陽の方を向いていて、月にはそっぽを向いているのだ。綺麗なところを見せるなんて不可能だろう。

「皆、何しているのかな?」

 月にいる人で一番思い入れが深いのはえーりんだが、医者として活動していた私の知り合いは結構多い。そうでなくても、何千年と生活していたのだ。親しい人も何人もいた。

「皆、月にいるんだけどね」

 後悔はしないと決めていたはずなのに、一人になったことを嘆いている。自分で選んだはずなのに、どうしようもなく悲しくなる。

「え? 本当に此処にいるの?」

 考え込んでいる間にどうやら人が迷い込んだようだ。向日葵の背が高いため迷子になる人も時々いた。こんな深くに入ろうと思う人自体が少ないのだけど……。

 振り向くとそこには日傘をもった女性が立っていた。……どうやら人ではなく妖怪のようだ。

「はぁ、いるけど見つからないね。本当みたいね」

 いるけど見つからない? まるで私のことみたいだ。だけど流石にそれはないだろう。私は誰かに見つかったことさえないのだから。

「じゃあ、こっちも願いを叶えようか」

 彼女が何かをするのなら、止めるべきだ。向日葵の害をなす可能性もある。だから私はいつものように睡眠薬を取り出し口に放り込もうとした。だが、まるで私の動きを捉えたかのように彼女は口を固く閉ざした。

 見えている!? いや、それにしては私を見ていない。でも、困った。散布する薬もあるにはある。だが、向日葵に影響が出てしまう。

「花織いるんでしょう? 見なさい」

 彼女が何故私の名前を知っているのか、そんなこと気にならない程のことが起きた。

「……あぁ、貴方達は私に気づいていたんだ」

 向日葵が全て月に向かって咲いている。えーりんが見ているかなんて関係ない。私のために向日葵達がしてくれたのだ。

「……有難う、有難う」

 涙が溢れて前が見えなくなる。えーりん、此処にもまだ私を思ってくれるものはいたよ……。

 

 

 あれから向日葵に囲まれたこの場所で一晩泣き明かした。昨日の出来事が夢であったかのように向日葵達は今は太陽に向かって咲いている。

「昨日の妖怪さんにはお礼を言わないと……」

 あの妖怪が何かをしてくれたのは確実だった。向日葵達にも一つ一つお礼を言うつもりだが、妖怪さんにも言いたい。

「それにしても妖怪か……。リンクスとは話してたなぁ」

 妖怪達は陽気な者が多かった。驚かして笑って、驚かされても笑って、楽しいことが好きな者が多かった。昔の人と今の人が違うように、昔の妖怪と今の妖怪は違うことは承知の上だ。

 それでも妖怪と言えばリンクスみたいな存在を思い出してしまう。

「どこにいるんだろう?」

 向日葵は私よりも背が高い。私自身が低いというのもあるのだが、向日葵自体が高いというのも理由だ。周りを見渡しても茎の緑しか見えない。

 こんな中で妖怪を探すのは一苦労だ。向日葵畑に存在している妖怪がいるのは確かだからどこかにいるはずなんだけど……。

「皆、元気に育ち過ぎだよ……」

「それは貴女が大切に育てたからでしょう?」

「きゃ!?」

 後ろから聞こえた声に思わず飛び上がる。昨日も思ったのだが妖怪さんは私を見ることが出来ているのだろうか……。

「……本当に此処にいるの?」

 ……あ、どうやら見えてないみたいだ。なら、どうして私が此処にいると分かったのだろうか?

「貴女が私を探していると聞いたから此処まで来たのよ。姿ぐらい見せたらどうなの?」

「あ、うん」

 私は能力を少し強める。きっとこれで妖怪さんにも見えるだろう。

「初めまして? 八意花織です。昨晩は有難う御座いました」

「御丁寧に有難う。私は風見幽香よ」

 風見さんは私の頭に手を置き撫でてくる。私は風見さんより年上なのだけど……。

「聞いていた以上に可愛らしいわね」

「私は貴女より長い年月生きているのですが……」

「可愛らしさに年月は関係ないわ」

 風見さんはどうやら手を止めるつもりはないようだ。えーりんにもされていたこともあり、私は頭を撫でられることは好きだ。気恥ずかしくはあるが自分から振り払うことはしない。

「それに私も随分と長生きをしている方よ」

 それでも私よりは短いと断言出来る。何せ妖怪は一度いなくなっているのだ。それを確認した私よりも長いということはない。

「私から見たらまだまだ短い方だよ」

 私以上に生きているのは月にいる人だけだろう。

「何千年生きているのかしら?」

「少なくとも単位が違うよ」

「貴女、本当に人なの?」

「人として存在しているのは確かだよ」

 人ではないのだが、人として現在存在しているのは確かだ。それに長寿な人もいるだろう。えーりんとかは人でも数千年以上生きている。昔の普通であって、今の人では到底考えられないことだから納得はしてもらえないだろう。

「へぇ、まあなんでもいいや」

「気にしないの?」

「年月より人となりの方が私は大切だと思うわ」

「……有難う」

 彼女は偏見なく接してくれるようだ。私の存在は特異だ。それを恐れるのは人だけではなく妖怪も私に恐れをなす。原因は姿を見せずに眠らせていくことなのかもしれないけど……。

「私がここで生活しても構わない?」

「え? う、うん。いいけど……、いいの?」

 この向日葵畑に人はよく来るが会話できる相手はそういないだろう。孤独の辛さは知っている。ここにいるより村にいた方がいいのではないだろうか……。

「こんな向日葵に囲まれて生活してみたいのよ」

「そ、そう? なら、これからよろしくね」

「ええ、よろしく」

 気が付けば幽香さんと共に生活することになっていたが、後悔はなかった。それどころか、二人となった生活をどこか楽しみにしている私がいた。

 いつかくる別れまで、この親切で優しい妖怪と一緒に生活し続けよう。かつて、えーりんと共にいたように……。

 




呟きのコーナー!
コーナーの詳しい説明は割愛!
この作品はどうやら他の人に見せていたことがあるらしく、そのため投稿しているらしい。意味はよく分からん!
でも本当に意外だったのはお気に入りがあったこと。投稿者と言う立場でも喜んでしまった。こんな特殊な投稿の仕方をしているということもあっていないと思っていた。予想がはずれちゃたぜ!


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