AKABAKO (万年レート1000)
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世界観補足、登場人物紹介(7/17更新)

更新分は//////○月○日更新////////で囲ってます。


作中では説明できないであろう世界観の補足です。

それとついでに軽く登場人物紹介。

 

■世界観

 AKABAKOでのpso2世界は、所謂『ゲームpso2の世界と酷似した世界の物語』では無く、『pso2というゲームの中で暮らす人々の物語』です。

 なので敵を倒せばアイテムをドロップするし、倒した敵の死体はゲームと同じく消えます。

 ただし丸っきりゲームと同じではなく、例えば原作ゲームで行くことの出来ない居住区を主人公たちは好きに歩き回れますし、浮遊大陸を歩くときは落下に注意しなければなりません。

 要するに『〇〇がおかしい? あれフォトンの力だから』で解決できるものはゲーム遵守で、『いくらフォトンがあるからっておかしくね?』という設定はゲームとは異なる設定にしています。

 尚食べ物とかは現実の世界とあんまし変わっていません。栄養を取るだけならサプリメントだけで可能ですが、それじゃ味気ないので大体の人は普通に肉やら魚やら野菜やら食べてます。

 

 

 ……あ、あと一番重要なことですが、フォトンの力で女同士でも子供が作れます。(あくまで作れるだけで同性愛自体はマイノリティですが)

 

■登場人物紹介

 

『シズク』

 クラス:レンジャー

 主武装:ガンスラッシュ

 察しが良すぎる系主人公。

 その察しの良さはかのメアリー・スーやデウス・エクス・マキナに匹敵する。

 テンションは常時PSEバーストだが意外と常識は知っている模様。(知っていると言ったが守るとは言ってない。)

 赤箱(レアドロップ)求めてアークスになった赤髪の少女。

 子供っぽい。貧乳。

 レアドロ運は無い。

 

『リィン・アークライト』

 クラス:ハンター

 主武装:ソード

 過去にトラウマを持つ系主人公。

 ツンデレの予定だったがシズクが素直すぎてツン要素の消えたデレデレ。

 性的知識はおろか恋愛系の知識にも疎く、自分の持っているシズクへの

 感情が何なのか理解ができない模様。

 何かしらの夢を持ってアークスになった青髪の少女。

 性関連以外は大人。巨乳。

 レアドロ運は結構なもの。

 

『ルイン』

 クラス:なし

 主武装:鍋とかフライパンとか

 リィンのサポートパートナー。

 リィンが正式にアークスになった翌日に作成された。

 紫色のミディアムストレートに、紫色の口紅が塗られた唇が特徴。

 リィンより遥かに大人な体型をしている。

 しかし身長は100cmくらい。

 家事全般が得意であるが、戦闘は苦手。

 あとちょこっとだけ毒舌。たまーに罵詈雑言等を吐くときも

 あるが可愛いものである。嘘です。

 

『メイ・コート』

 クラス:ファイター/ガンナー

 主武装:ツインダガー、ツインマシンガン

 先輩アークスのボケの方。空中戦大好き。

 明るい橙色の長髪をポニテにしている元気っ子。

 勝手に動くキャラナンバーワン。

 アヤのことはアーヤと呼ぶ。

 

『アヤ・サイジョウ』

 クラス:フォース/テクター

 主武装:ロッド

 先輩アークスのツッコミの方。光テクニック特化。

 黒髪で姫カットの美人で大和撫子。ただしメイには厳しい。

 メイのことはメーコと呼ぶ。

 

『キリン・アークダーティ』

 クラス:フォース/ブレイバー

 主武装:サイコウォンド

 『リン』という通称で知られる最強アークス。

 所謂『アナタ』枠であり、時間遡航(マターボード)

 色々頑張ってる凄い人。

 アフィンは遊び道具。

 

『ライトフロウ・アークライト』

 クラス:ブレイバー/ハンター

 主武装:カタナ

 リィンの姉。柔らかい笑みが特徴のお姉さん。

 フルネームだと語感が良くて好きだけど名前だけだとなんか変。

 あだ名付けようか……ライフロ、ライさん、ライライ……うーん。

 

//////5月10日更新////////

『アズサ』

 クラス:テクター/ハンター

 主武装:ウォンド

 【大日霊貴】副リーダー。

 ショタっぽいロリ。最初は使い捨てキャラの筈が妙に愛着湧いた。

 緑髪のショートヘア。ニューマン。一人称はアタシ。

 リーダーとは研修生時代からの仲らしい。

//////5月10日更新////////

 

//////7月18日更新////////

『マコト』

 クラス:ファイター/ハンター

 主武装:ガンスラッシュ

 【アナザースリー】リーダー。

 イケメン系女子。ぶっちゃけア○マスにいる同名の人をイメージしてもらえばいい。

 シズクとは違い、剣モード主体のガンスラッシュ使い。

 実は初期案では主人公だった子。ヘタレの癖に妙なところで格好いいため

 同性にモテて、総受け百合ハーレムを築く予定だった。

 

『リナ・サイス』

 クラス:フォース/テクター

 主武装:タリス

 【アナザースリー】副リーダー。

 作中一のおっぱいの持ち主。おっとりドジッ子系巨乳美女ニューマン。

 セリフ数も少なく、出番も少なく、かつキャラ的にあまり喋らないので

 作者が最も動かしづらいキャラ。今後に期待。

 

『ラヴ・D』

 クラス:レンジャー/ガンナー

 主武装:アサルトライフル

 【アナザースリー】所属の女性キャスト。

 全身ピンク色の脳内ピンク。つまり全てがピンク。

 内臓しているデータベースには淫語しか入っていないのではと思わせるほど

 下ネタが好き。ただし男性恐怖症とか付けようと思ったけど狙いすぎなのでやめた。

 両手が大人のオモチャにフォームチェンジする機能が搭載されている。(裏設定)

//////7月18日更新////////

//////12月26日更新////////

『ダークファルス【百合(リリィ)】』

 EP2開始と同時に突如ナベリウスに現れた新種のダークファルス。

 白い髪と白いドレス、そして赤い瞳を持つマトイに似た容姿を持った女の子。

 名前の由来は、出現した際に百合の花のようなオブジェの中から出てきたため。

 決して思考が百合一色だからとか、女の子同士の恋愛が大好きだからではない(棒)。

 ちなみに【若人】命名。

 戦闘能力は非常に高く、『ダーカーコアらしき赤い物体を中央に添えた、金と茜色の剣』をほぼ無限に生み出して両手に持ったり射出して戦う。

 ぶっちゃけ生み出している剣に関しては、マトイ・ヴィエルの持ってたアレを

 イメージしてもらえれば分かりやすいかと。

 【若人】に一目惚れして追い掛け回しているが、惚れた理由としては単に見た目の好みがどストライクだっただけである。

//////12月26日更新////////

 

//////7月17日更新////////

『イズミ』

 三つ編みした黒髪と赤青のオッドアイ、控えめな角と胸、そして眼鏡が特徴的な委員長的見た目のヤンキーデューマン。

 ヤンキーと言っても至極真面目な性格をしている。ただ物凄く怒りやすい。安い挑発にすぐ乗る。

 不真面目で怒られるのが嫌いで、しかも挑発を呼吸をするようにしてくるハルはまさしく天敵。

 武器はダブルセイバー。

 

『ハル』

 金色のショートヘアーでボーイッシュな顔つきをしているので、少年に見られることもよくあるトラブルメーカー。

 兎に角自由人で、しかも自分の行動を阻害されると怒るのでイズミとは滅茶苦茶相性が悪い。二人で喧嘩する様子はさながら某キャットと某マウス。

 武器はナックル。

//////7月17日更新////////

 

■レアドロの実装時期について

 正直、どのレア武器が何時実装されたかなんて憶えていないのでその辺りは適当です。

 あと幕間にも書きましたがレアリティの凄さは以下で固定とします。

 

 ☆7……コモンと変わらない

 ☆8……中堅アークス御用達

 ☆9……中堅が持っていたら自慢できる

 ☆10……大御所アークスのメイン武器になりうる

 ☆11……大御所アークスの中でも持っているのは一握り

 ☆12……『リン』のサイコウォンド以外確認されていない

 ☆13……所持者はおらず、噂だけが流れている

 

■用語について

 原作知らない人のために大事なのだけぶっきらぼうに説明します。

 

☆【フォトン】

 超万能永久期間エネルギー。

 【アークス】はこれを扱う才能が無いとなれない。

 ありとあらゆるエネルギーの代替になるうえに永久機関で、さらに

 【ダーカー】に対する特攻効果も持っています。ぱねぇ。

 

☆【アークス】

 巨大船団【オラクル】に属する超人集団。

 主人公らはこれです。仕事は未開拓の惑星に降りたって調査したり

 原生生物とバトったりダーカーSENMETUしたり色々。

 

☆【オラクル】

 宇宙を旅する巨大な船団。

 どれくらい巨大かと言うと日本二つ分くらいの船が二百とか三百とか。

 

☆【ダーカー】

 全宇宙の敵。虫とか魚とかに形を成して同族以外の全てを襲う。

 しかも倒したら【ダーカー因子】とかいう霧状の物体になって

 生物の体内に入り込んで寄生する。

 極めつけに無限沸き。フォトンで倒すと【ダーカー因子】を散布

 しないので【アークス】以外が倒しちゃ駄目、絶対。

 

☆【ダーカー因子】

 【ダーカー】が散布するウィルスみたいなやつ。

 体内に入ると寄生されて知性も理性も感情も消えてただ目の前の

 ものを破壊するDQNになる。

 【フォトン】を体内に持つ【アークス】は耐性があるから平気だという噂がある。

 

☆【ダークファルス】

 【ダーカー】の親玉。こいつらが無限沸きの原因。

 こいつらを倒さないと【ダーカー】を全滅させるのは不可能だが、

 【ダークファルス】は不死身なので死なない。これなんて無理ゲ?

 魂だけの存在で、人間やらアークスやらに寄生して活動する。

 

☆【フォトンアーツ】

 ドラクエで言う特技。

 

☆【テクニック】

 ドラクエで言う呪文。

 

☆【ジャストガード】

 ゲームではタイミング良くガードするとノーダメージ+怯まないみたいな感じ。

 この世界では一部の武器が瞬間的に【フォトン】の盾を発生させ、あらゆる衝撃

 を無効化できるという設定。

 

☆【ミラージュエスケープ】

 【テクニック】系の武器でのみ使える無敵回避。

 ただし後隙が大きい。

 

☆【クラス】

 【ハンター】、【レンジャー】、【フォース】、【ファイター】、【ガンナー】、

 【テクター】、【ブレイバー】が存在する。ようするに職業。

 その内【バウンサー】と【サモナー】も出るけどまあエピソードが進んだらね。

 

☆【ハンター】

 近接戦闘特化。

 固い。

 

☆【レンジャー】

 てっぽうとかバンバン撃つよ。

 普通。

 

☆【フォース】

 魔法使い。

 柔い。

 

☆【ファイター】

 超近接攻撃特化。

 柔い。

 

☆【ガンナー】

 二丁機関銃カコイイ

 飛ぶ。変なPA出ちゃう。

 

☆【テクター】

 所謂僧侶。

 意外と固い。

 

☆【ブレイバー】

 カタナシャキンシャキンwwかユミヤピュンピュンww

 が選べる。

 柔い。

 

☆【バウンサー】

 もうこいつ一人でいいんじゃないかな。

 

☆【サモナー】

 ひじょうしょ……ペットを駆使して戦うポケモントレーナー。

 

//////4月29日更新////////

☆【フォトナー】

 ざっくり言えばアークスとダーカーを作った全ての元凶。

//////4月29日更新////////




作者の備忘録でもある。


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Episode1 序章:幸運の祥
プロローグ


よろしくお願いします。


 10年前。

 

 憧れていたアークスが居た。

 

 彼の優しさが好きだった。

 孤児だった彼女に愛を教えてくれたのは紛れもなく彼だった。

 

 彼の強さが好きだった。

 守るべきもののために戦う強さを教えてくれたのは他でもない彼だった。

 

 そして、彼のマイルームに置いてあるウェポンホログラムに飾られたレア武器たちを見るのが何よりも好きだった。

 

 トライデントクラッシャー、バンガサジコミ、ディアボリックガント、ザッパーエッジ、クルセイドロア、etcetc……。

 数多くのレア武器を、彼は持っていた。

 

 彼は所謂コレクターという人種だったのだ。

 彼の休日には、よく一緒に武器の手入れや整理を行ったものだ。

 

 そして当然のように幼き彼女はアークスになることを決意する。

 幸いアークスになるための必須事項――フォトンの扱う才能はあった。

 

 かくして10年後――つまり現在、彼女は晴れてアークスとなった。

 

 赤箱(レア)を手に入れるために、虹箱(激レア)を手に入れるために。

 あとついでに宇宙の平和を守るために。

 

 彼女こと『シズク』は今日も今日とて惑星ナベリウスに降り立つのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「くっ……またか……」

 

 ダーカー。

 それはアークスの不倶戴天の敵。

 

 全惑星にほぼ無尽蔵に湧く正体不明の生物群。

 

 否、生物であるかどうかすら不明である。

 分かっていることは、ダーカーはアークスの敵であり、全宇宙の敵であることくらいだ。

 

「わらわらと虫のように……!」

 

 ナベリウスの綺麗な草木の間を這うように、黒色の蜘蛛型ダーカー『ダガン』が姿を現す。

 それも一体や二体ではない、五体だ。

 

 その数の多さに、新米アークスである少女――『リィン・アークライト』は舌を打つ。

 

 ダガンはダーカーの中では強い部類に入る種族では無い。

 しかしこの数の多さは、修了任務を終えたばかりであるリィンにとっては骨が折れる相手である。

 

 まだ傷の目立たない新品の『ギガッシュ』という両刃のソードを握りしめ、左右前後囲まれてしまったことを改めて確認。

 リィンは決して無能な新人ではない、むしろ彼女の同年代と比べればかなり優秀なレベルだ。危険なアークスの任を、低難易度とはいえソロで挑めてしまう程度には。

 

 しかし今回ばかりは、そのソロ活動が仇となった。

 

「痛っ……」

 

 先ほど負った足の怪我が痛む。

 

 『回復道具(モノメイト)』はもう切れてしまった。

 傷を癒す手段はもう、ない。

 

 せめて一匹……いや二匹は道連れにしてやろう。

 

 そう決心し、ソードを構えた瞬間だった。

 

「エイミング……ショット!」

 

 ――光を纏った銃弾が、ダガンを一撃で消し去った。

 

「え――」

「ショット! ショット! ショット!」

 

 さらに続けて放たれた三発の光弾が、周囲を囲んでいたダガンを貫く。

 

 あっという間に、残りのダガンは一匹だけになってしまった。

 

 リィンが慌てて振りかえると、そこには自分とそう歳が変わらないであろう少女の姿があった。

 

 赤い髪が特徴的な、可愛らしい少女だ。

 顔に似合わぬ形相でガンスラッシュを振りまわして何かを叫んでいる。

 

「あと! 一匹! 倒すなら倒して倒さないなら邪魔だからどいてー!」

「え、あ、はい! 倒します!」

 

 何故か敬語になってしまったリィン。

 残りの一匹はリィンが彼女の射線上に居るため撃てなかったようだ。

 

 自分が戦っていた敵なのだから、一匹くらい倒さなくては格好がつかない。(絶体絶命だったので今更格好つくもつかないもないと思うが)

 

 大きく後ろにソードを振り、反動を利用して全力で振り抜く!

 

「ソニックアロウ!」

 

 フォトンで出来たカマイタチがダガン目がけて一直線に飛んでいき、ダガンの堅牢な身体を真っ二つに切り裂いた。

 

 硬い甲殻を持つといっても所詮ダーカーの末端雑魚。

 タイマンならばフォトンの力を扱うアークスの敵では無い。

 

「ふ、ふぅ……」

 

 ダガンの残骸が消え、跡には黄色い菱形の物体や緑色の箱が残った。

 

 リィンは原理を良く知らないが、ダーカーや原生生物をフォトンの力で倒すとお金(メセタ)やらモノメイト等のアイテムを残していくことがあるのだ。

 

 アークス内ではこれを『ドロップアイテム』なんて呼んでいる。

 たまに赤色や虹色の箱も落とすらしく、これは『レアドロップ』といって優秀な性能の武器やアイテムが入っている文字通りのレア物だ。

 

(まあアークス歴一ヶ月に満たない私が拝めるようなものじゃないだろうけどね……っと)

 

 助けて貰ったお礼を言おうと、リィンはソードを仕舞って赤髪の少女に向き直る。

 

「あ、あの……! 助かりました、私もう駄目かと……」

「くっ……またか……」

「……え?」

 

 しかし、当の少女はまだ不穏な表情である。

 

 まさかまた敵襲が来たのかと思い周囲を見渡すも、それらしき影は無い。

 レーダーにも反応は無し……ならば彼女の表情は何故雲っているんだという疑問は。

 

 次の発言で速攻解決した。

 

「また、赤箱出なかったぁああああああああ!」

 

 赤髪の少女――シズクの慟哭がナベリウス森林エリアに響いた。

 

 これが、最初の出会い。

 後に『“剣姫”のリィン』と呼ばれる少女と、『“レア狂い”のシズク』と呼ばれる少女が巻き起こす物語の最初の一歩は、ここナベリウスで起きたのであった。



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孤独な少女

「アークライトさんってさぁ、なんか暗いよね」

 

 それは、研修時代の記憶。

 リィン・アークライトが最も荒れていた時期。

 

 無論、荒れていたといっても暴力的な意味では無く、精神的な意味だが。

 

「ちょっと実践形式の訓練で成績が良いからって調子乗ってない?」

「私、一昨日訓練一緒になったんだけどずっと仏頂面してて怖かったー」

「ウチが昨日組んだときなんて一人でどんどん進んじゃってさ、連携しようって言ったら何て言われたと思う?」

「何何?」

「『邪魔だから、後ろ下がってて』だってさー! 何様だよねー!」

「ちょっと声大きいよー聞こえちゃうじゃない」

 

 勿論、リィンには全部聞こえている。

 聞こえるように、言っているのだろう。

 

(邪魔だから、後ろ下がっててなんて言ったのは、本当に邪魔だったからだ)

(私がすぐ隣にいる状態でスライドシェーカーをぶっぱする奴と一緒に戦えるものか)

(仏頂面なのは、貴方達と違って本気で叶えたい夢があるからだ)

(遊び半分で――学生気分で研修している貴方達と私は違う)

 

 そう言い聞かせていた。

 自分は他人とは違うと言い聞かせていた。

 

 ――その言い訳こそが、何処までも子供じみた都合のいい幻想だと気付かずに。

 

 否定され続けてきた彼女も、研修を終えアークスとなった。

 

 そこでようやく気付くのだ。

 孤独は人を弱くする、と。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「うばー。レアが出ないよー。うぼぁー」

「ど、どんまい……」

 

 アークスシップ、ショップエリア。

 その一角にあるベンチに二人の少女が座っていた。

 一人は青色のツインテールと釣り目が特徴的な少女『リィン・アークライト』。

 ハンターの初期支給服であるネイバークォーツに身を包んだ美少女で、

 先ほどダガンの群れに囲まれて絶体絶命だったが助けられた方のアークスだ。

 

 もう一人は赤色のカジュアルレイヤーという髪型をした少女『シズク』。

 レンジャーの初期支給服であるガードウイングに身を包んだ変わった雰囲気の子で、

 赤箱(レア)を求めて結果的に絶体絶命のリィンを救った方のアークスだ。

 

 あの後、二人が受けていたクエストが同じだったため、パーティを組んで残り少しのノルマを達成してアークスシップに戻ってきたのであった。

 

 二人の手にはジュースの缶が一つずつ。

 助けて貰ったお礼にとリィンが二人分買ったものである。

 

「そんなにレアが欲しいの?」

「当たり前だよ! ダガンからは『ブラオレット』! ザウーダンからは『フルシリンダー』! フォンガルフからは『アステラ』! アギニスからは『ローザクレイン』! ガロンゴからは『アレスヴィス』! まだ一個もドロップしてないんだよー! 二週間は森林に籠っているのに!」

「そんなに欲しいならマイショップで他のアークスから買ったら?」

 

 マイショップというのは、アークス個人が持てる店のようなものである。

 自分に不要なレア武器やレア防具、その他アイテム等を少しでもお金にしたいアークスが売り、必要としているものが出品されていれば買うというアークス同士の売買が出来るシステムだ。

 

「自分で掘ったレアにしか興味はない!」

「そ、そう。意識が高いのね」

「この世のレア武器を自己ドロップでコンプするのが夢だからね!」

 

 シズクは眼を輝かせながら言った。

 本気なのだろう。本気で、夢を語っている。

 

 だからなのだろう。

 だから、私はこの人といるのは少し心地よいのかな、なんてリィンは思った。

 

「あ、そういえばシズクはアークスになってどれくらい?」

「ん? 二週間だよ?」

「同期!?」

 

 口をあんぐり開けて驚くリィン。

 それはそうだ、慣れた手つきでダガン四匹を瞬殺するなど新米ではありえない。

 

 最初敬語を使っていたのも先輩アークスだと思っていたからだ(その後敬語は要らないと言われたのでやめたが)、しかし同期となるとリィンの胸にふつふつと対抗心が沸いてくる。

 生粋の負けず嫌いなのだ、リィンという女は。

 

「……ま、まあ私だってダガンの四匹や五匹くらい万全の状態なら倒せるし……」

「へ?」

「あ、えっと! 何でも無い!」

 

 しまった。と内心舌打ちする。

 リィンの対人コミュニケーション能力は高くない。

 

 生来の負けず嫌いで見栄っ張り、加えて素直になれない恥ずかしがり屋。

 ツンデレという表現は微妙にずれているが――間違ってはいないだろう。

 

 そして世の中というのは創作と違い、そんな面倒くさい性格を許容できるようにはなっていない。

 自然とリィンは同期内で孤独になっていったのだ。

 

 正式にアークスになるまでは、一人でも平気だと強がってはいたものの、アークスの任務は危険が付き物である。

 孤独(ソロ)では死亡率が高くなってしまうし、そもそも難しいクエストに行く許可が降りない。

 

 かといって今更同期連中と仲良くクエストに行ける気はしなかったし、先輩アークスとのコネも持っていなかったリィンは絶賛孤立中なのであった。

 

 そんな中出会えた『偶然繋がった縁』を逃すわけにはいかない。

 

(負けず嫌いも強がりも捨てなくちゃ)

(アークスとして上に行くには、まず仲間を作ること)

 

 だが何事にも例外というものはある。

 この、赤色の髪したシズクと云う女は。

 

 レアドロップ以外に興味が無いが故の、非常識さを持っているのだ。

 

「何言っているの? そんなこと分かっているよー」

「……へ?」

「あのソニックアロウを見て改めて思ったもん、リィンはやっぱ凄いなって」

「え、改めて? やっぱ?」

 

 いきなり何を言い出すのだ、この子は。

 改めて。やっぱ。なんて。

 

 まるで、私のことを前から知っていたみたいな。

 

「あ、あの、私と貴方って初対面よね?」

「話したのは初めてかな? でもリィンは有名人だったから、たまに見てたよ」

 

 だから知っていた。

 と、笑顔でシズクは言う。

 

「は……はは……」

 

 それはつまり、リィンの一番荒れていた頃の性格――つまりは研修時代の頃を知っているというわけで。

 

(お笑い草だ……結局、一人相撲だった)

 

 何でそれを知っていながら私に近づいたのだろう。

 もしかして後で仲間内で笑い物にするつもりなのだろうか。

 

 そんなネガティブな考えが、リィンの頭でぐるぐる回る。

 

「ゆ、有名人って……悪い意味でよね? 知っているわよ」

「うん。高飛車で近寄りがたくていつも機嫌悪そうって」

「うぐっ」

 

 研修時代、同期の連中に叩かれてきた陰口がフラッシュバックする。

 

 ――アークライトさんって近寄りにくいよね。

 ――あの子、何様のつもりかしら。

 ――全然表情変化しないし、何考えているのか分かんないのよね。

 ――なんだ、やっぱ噂通りのヒトなんだね――。

 

「でも全然そんなことなかったね。やっぱ噂は噂だった」

「べ、別に私の横に並べるようなヒトがいなかっただけよ! 低次元のやつらに話を合わせるのがかったるかっただ…………え?」

 

 一瞬、耳を疑った。

 今、この娘は、何て言った?

 

「高飛車で近寄りがたいっていうのは多分本当にリィンが次元の高いところに居たんだろうね、前組んだ同期の子と比べて全然動きが違ったもん。機嫌悪そうなのは釣り目だからそう見えるだけかな? 美人だから黙っていると怖いってのもあるかも」

「え? ええ、まあ……」

 

 釣り目なのは、コンプレックスだ。

 黙っていると怖く見られるから。

 

「さっきの『私でもダガンの四五匹くらい』云々っていうセリフから推測した感じだと負けず嫌いでもあるのかな? 同期には負けたくないんだよね? 分かる分かる、あたしもリィンの戦闘を今日見て勝手にライバル認定しちゃったもん」

「ちょちょちょ、待って待って」

「ん?」

 

 全部、見抜かれている。

 全部、見抜かれていた。

 

 たった一回のクエスト――それも途中で合流したから時間にして数十分のパーティを組んだだけで。

 クエスト終了後の十数分の会話だけで。

 あるいは以前人から聞いただけの噂だけで。

 

「どうして――?」

「え? だってリィン凄く分かりやすくて可愛いんだもん」

「――――な」

 

 リィンの顔が、真っ赤に染まった。

 

 分かりやすい、なんて初めて言われた。

 

 可愛い、なんて初めて言われた。

 

 

 『自分』を、肯定されたのは初めてだった。

 

「分かりやすいわけ――無いじゃない」

「? どうしてそう思うの?」

「だって、誰も私を分かってくれなかった、誰も私を認めなかった、だから、私は……っ!」

 

 そこで、言葉が詰まった。

 

 言いたいことを、我慢したわけではない。

 言いたいことが、見つからないわけでもない。

 

 単に、嗚咽が漏れそうになったからである。

 気を抜いたら、泣いてしまいそうだった。

 

 自らの過去(コンプレックス)を、過去(トラウマ)を、

 全否定したうえで、現在(じぶん)を全肯定されて。

 

 もう、訳が分からなかった。

 

「何なの……? 本当に何なの? アナタ……」

「うーん、初対面なうえに大してリィンのことを知らないあたしが言うのもなんだけども……」

 

 リィンの言葉を遮って、シズクは口を開く。

 

 紡がれた言葉は、リィンが今最も言われたくない言葉で――

 

「泣きたい時は」

 

 ――そして、ずっと誰かに言って欲しい言葉だった。

 

「泣いた方がいいよ」

 

「――――っ」

「ほら、胸を貸してあげよう。あんま大きくないけどそこは我慢してね」

 

 シズクの両腕が広がって、リィンを包み込むように差し伸べられた。

 

 天使の様な笑顔で、リィンを受け入れようとしている。

 

 ……しかし、

 

「いや、いい」

 

 リィンは首を横に振ってそれを拒んだ。

 

 当然、シズクは不満そうな声をあげる。

 

「えー……」

「だって、ショップエリア中心部(こんなところ)で大声あげて泣くなんて恥ずかしいもの」

 

 周りを見渡す。

 ショップエリアは、アークスが利用する商店施設が沢山あるエリアだ。

 

 当然、その中心部となれば人口密度はそれなりに高い。

 

「……そっか、強いね、リィンは」

「二人きりだったら――いや、でも……」

「?」

「自分より背の低い人の胸で泣くのって態勢的にキツイかも」

 

 にやり、とリィンは笑いながら言った。

 リィンの身長162cm、シズクの身長151cm。

 

 その差11cmである。

 もしシズクの胸で泣こうと思ったら相応に屈まなければなるまい。

 

「なんだとぅー!」

「あはは」

「うばぁー!」

「何ソレ威嚇? っと、あ」

 

 うばぁーっと威嚇(?)をした拍子に、ベンチの端に置いてあったジュースの缶がシズクの身体に当たった。

 コン、と小さな音を立ててシズクのジュースはベンチから落下し、中身は床に吸われていった。

 

「あ、あぁー! あたしのジュースがー!」

「わ、ハンカチハンカチ」

 

 急いで缶を拾い上げるも、時すでに遅し。

 

 缶の中身は、数秒前の十分の一程に減っていた。

 

「うばー……」

「うわー結構減っちゃったね」

「…………ぐす」

「え」

 

 シズクの眼に、涙が溜まっていく。

 ぷるぷると震えだしたと思った瞬間、シズクはリィンの胸へ飛びこんでいた。

 

「うわ"ぁーん! あたしのジュースゥー!」

「え、ちょ!」

「うばぁー!」

「ど、どんまい……あ、ほら、私の残り飲みなよ」

「………………」

 

 ほら、とリィンは無事な方の缶――自分の分のジュースを差し出す。

 

 しかし、反応が無い。

 

「……シズク?」

「…………」

「……シズクー?」

「……ふむ」

 

 ようやく反応があったと思ったら、

 ぐにぐに、むにむに、とシズクは顔をリィンの胸に押し付け始めた。

 

 そして、一言。

 

「これは中々……」

「せいっ」

「痛ー!」

 

 容赦なき肘鉄がシズクの頭を襲う!

 

 当然の報いだった。

 

「何してんのよー!」

「いいじゃん女の子同士なんだしー。あ、あたしの触る?」

「遠慮するわ、触っても楽しくなさそうだし」

「す、少しはあるし!」

 

 言いながら、シズクは胸を寄せてあげようとした。

 寄せる分が無かった。

 

「あ……あるし……!」

「涙拭きなよ……」

 

 ハンカチを差し出そうとして、これさっきジュース拭いたやつと気付いて引っ込める。

 代わりに服の袖でシズクの涙を拭う。

 

「……ありがとぉ」

「いいわよ別に、お礼も、兼ねてるし」

「ふふふ……あのさ、もしよかったら、なんだけど」

「ん?」

「リィンと喋ってると楽しいんだ、だからあたしと友達(フレンド)になってくれない?」

 

 スッとシズクの右手がリィンに向かって差し出された。

 その手に持っているのは、パートナーカード。

 

 アークス同士が、友達(フレンド)や仲間と交換し合う名刺みたいなものだ。

 

 アークスの間では、これは友達の証として扱われたりもする。

 

「……私からも、お願いがあるの」

「うん?」

「私も……、その、シズクと話してると楽しいから、だから――」

 

 リィンも、パートナーカードを取り出した。

 初めて扱う機能だから、取り出すのに苦労してしまった。

 

「シズク、私と友達(フレンド)になってください」

「――うん、ありがとう」

 

 お互いに、差し出されたパートナーカードを受け取る。

 

 シズクとリィン。

 どちらも、心の底から嬉しそうな笑顔だった。

 




あ、マターボード使って宇宙救っているあいつは彼女らの一個先輩です。
シズクたちはイオと同期ってことになるのでそのうちイオも出したいです。



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ダガン殲滅任務・森林

ゲームで言えばシズクのレベルは12くらい、リィンは7くらい。
他の同期は高くて3くらいです。

レアを求めてひたすら周回していた人と、ぼっちだから強くあらざるを得なかった人と、
12人で囲んで戦える人たちとの差ですね。


「実はあたしもパートナーカードを交換したのは初めてなんだよね」

「へぇ」

 

 場所は打って変わって再び惑星ナベリウス。

 フレンド結成記念として、二人で任務に出陣したのだ。

 

 クエスト名は『ダガン殲滅任務・森林』。

 ダーカーを一定数以上倒すという内容のクエストだが、元々ソロでもアクシデントさえ無ければクリア可能な二人だけあって、殲滅は順調に進んでいるようだ。

 

 それこそ、歩きながら談話する程度の余裕はあるように。

 

「あれ? でもシズクって他の同期らと組んだことあるんじゃないの?」

「あー、うん、そうなんだけどねー」

 

 喋りながら、シズクは手に持った『ガンスレイヤー』というガンスラッシュの引き金を引いた。

 放たれた銃弾はダガンのコアに命中し、それによって絶命したダガンは塵となって消えた。

 

 銃と剣が一体化し、近距離と遠距離どちらにも対応できるのが特徴の武器だが、シズクは銃形態で戦うことが多い。

 クラスが射撃主体の『レンジャー』であることも関係しているが、今相方として組んでいるリィンがソード主体の『ハンター』クラスであるのも理由として大きいだろう。

 

 リィンが前で、シズクが後ろというフォーメーションが自然と出来あがっていた。

 

「あんまりこう言うのも何だけどさー、皆弱すぎる」

「うわ、ばっさり言うわね……」

「テクニックをノーチャージで連打したり、ヘッドショットを知らないレンジャーだったり、変なPAでちゃうガンナーだったり……十年前のアレで人員不足だからってアークスの水準が低くなっちゃしょうがないだろうに」

「…………」

 

 素直な子だなぁ、とリィンは思った。

 

 デリカシーが無いと言われるのも頷ける素直さだ、リィンも同期の低レベルさには呆れたこともあったけれどここまではっきり口に出せるのはある意味凄い。

 

「しかも何よりもそういう足引っ張る子に限ってレア武器ドロップするんだよ!? あたしはまだ一回も赤箱見たこと無いのに!」

「あーあー」

 

 憤りを発散するように、シズクはガンスラッシュの引き金を引いた。

 原生生物の眉間に抉りこむように着弾した弾丸は、強靭な生命力を持つ原生生物の命すら容易く奪った。

 

 ヘッドショットと云って、射撃はエネミーの頭に当てることによってその威力を倍増させる効果があるのだ。

 

「しかしさっきから私エネミーに触れていないんだけど……」

「遠距離攻撃一撃で沈むなら近接(ハンター)の出番は無いよねぇ」

「エイミングショットとはいえ一撃って……」

 

 エイミングショットというのは、ガンスラッシュのPAの一つだ。

 チャージ可能な強烈な銃撃を正確無比に繰り出せるだけの単純なPAだが、狙いがつけやすく、威力も高くて射程もある優秀なPAだ。

 

「私、同期の中では一番才能あるって教官に言われたことあるんだけど……お世辞だったのかなぁ?」

「いやいや、あたしは単にレア欲しさに何度も何度も同じクエスト行ってたらレベル上がっただけだよ」

 

 地面から赤黒い靄が立ちあがり、ダガンが沸いた瞬間その額をエイミングショットが撃ち抜いた。

 

「へぇ、どれくらい?」

「五十から数えるのやめた!」

「ごじゅっ……!?」

 

 どれだけレアが欲しかったんだ。この子。

 リィンですらこの『ダガン殲滅任務・森林』を受注するのは二度目である。

 

「あ、いや、でも私は『ナヴ・ラッピー捕獲任務』が近接のソロだと辛くて少し手こずってたからであって……あっ」

「ふふ、リィンが負けず嫌いなのは分かっているからそんな顔しなくても大丈夫だよ」

 

 と、そこまで話したところで倒したダーカーの数が規定の数に近づいていることに気付いた。

 もうそんなに倒したのか、とリィンは驚く。ソロの頃とは比べ物にならない効率だ。

 

「でも私殆ど何もやっていないような……」

「いやぁでも前に居てくれるだけで安心感あって楽だったけどね」

 

 シズクは今まで、複数を相手取るときには射撃で先制攻撃後、近寄ってきた敵を剣モードで倒すという戦法を取っていたのだが、レンジャーの物理攻撃力は低く面倒だったのだ。

 しかしリィンと組むことで、近寄ってくる敵はリィンに任せて射撃に専念できるようになり大きな火力アップとなったのであった。

 

「そ、そう?」

「うん。この調子で残り数体、倒しちゃおう――ん?」

 

 ふと、レーダーが巨大な反応を検知した。

 

 木々が揺れ、鳥たちが騒ぎだす。

 (ウーダン)(ガルフ)など比べ物にならない天を衝くような咆哮が辺りに響き渡る。

 

「何? 何?」

「これは……」

 

 空に、大きな影が浮かび上がった。

 飛行ではなく、跳躍で空高く上がった『そいつ』は当然地面へ落下を始める。

 

 ずしん、と大きな地鳴りが響く。

 

 『そいつ』は威嚇するように両の拳を打ち鳴らし、その小さい両の眼で少女ら二人を見つめた。

 

「もしかして『ロックベア』……!?」

 

 リィンが険しい表情で叫ぶ。

 『ロックベア』、『ファングバンシー』、『ファングバンサー』の名は研修時代に森林エリアで出会う危険なエネミーとして教わっているのだ。

 

 曰く、ロックベアを倒せたのなら初心者卒業と云えるらしい。

 つまりは初心者の登竜門的存在だ。

 

 二人なら勝てなくはないかもしれないが、今はダガンと散々戦闘をして消耗している。

 

 ここは一旦、退くべきだ。

 

「シズク! ここは一旦テレパイプで退いて態勢を整え」

「ヒャッハー! ロックベアちゃん『リドルモール』落としてええええええ!」

「ええええええええ!? 何突貫してるのアナタぁああああああああ!?」

 

 ロックベアが拳を打ち鳴らす。

 シズクがガンスラッシュを銃モードから剣モードに切り替える。

 リィンが慌てて飛び出す。

 

 こうして、リィンとシズクの慌ただしい初ボス戦が始まった。

 



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初めてのロックベア戦

シズクの赤髪は赤箱色。


 ロックベア。

 文字通り岩の様に強靭な太い腕から想像される通りの怪力を持ち、強靭な体毛に覆われた二足歩行のゴリラ型エネミーである。

 

 ちなみにベア、とあるが熊の一種ではない。

 

 ロックベアは所謂登竜門的なエネミーとして有名で、ロックベアが倒せるなら初心者卒業と言っても過言ではない。

 何故なら高い攻撃力を持つが、攻撃の予備動作が分かりやすくて且つ攻撃後の隙が大きいので、相手の攻撃を避け、隙を衝いて攻撃し、

 次の攻撃に備えるという戦闘の基本が出来ているかの確認になるのだ。

 

 ――と、いうのがシズクとリィンの持っているロックベアの知識の全て。

 

 二人とも戦うのは初見だ。

 まずは動きを見て予備動作等を憶えるのが重要――だというのに。

 

「レイジダンス!」

「何でシズク突っ込んでんのぉおおお!?」

 

 リィンの叫びを聞きながらも、シズクは正面からロックベアに突っ込んで銃剣を振るう。

 

 レイジダンス。

 剣モードで連続突きを放った後、銃撃による追撃を行うPAである。

 

 発生が早く威力もそこそこあり、ダガン程度なら一撃で沈められる威力を誇る……が、

 

「うわっ、硬」

「ぐるぁああああ!」

 

 全弾お腹に命中したにも関わらず、体毛が数本切れただけで銃弾は皮膚にすら届かなかった。

 (ロック)の名に恥じぬ硬い皮膚と筋肉、そして体毛の持ち主だと言えるだろう。

 

 ロックベアが拳を振り上げる。

 明らかに攻撃の予備動作だ、しかしシズクは技後の硬直で動けない。

 

「っ……こんの!」

 

 次の瞬間、リィンはロックベアとシズクの間に割り込んでいた。

 こうなることを予見して、シズクの後ろに続くように走っていたのである。

 

 フォトンを盾型に収束し、ソードに纏わせ始める。

 通常のガードでは、このロックベアの拳は止められない。

 

 ならば、と通常以上のフォトン収束を行う。

 ソード等の一部武器は、瞬間的にフォトンの盾を生成することが可能なのだ。

 

 この盾でタイミングよくガードすることを、『ジャストガード』と呼ぶ。

 

「っ……!」

 

 重い拳がフォトンの盾に激突する。

 衝撃は無い、ジャストガードが成功した証拠である。

 

「よし……成功した……!」

「ナイス!」

 

 シズクが攻撃チャンスを得たと言わんばかりにガンスラッシュの銃口をロックベアに向けた。

 一旦離れた方が良い、そう判断したリィンの考えを嘲笑うかのような行動である。

 

 フォトンの弾丸がロックベアの頭部へ命中した。

 

 ヘッドショット効果により、通常攻撃とは思えない程のダメージを叩きだす。

 

「――でも、ヘッドショットだけの所為じゃなごっふ」

「もう! 一旦下がるよ!」

 

 リィンが怒りながらシズクの腹部を掴み、無理矢理下がらせる。

 

 ロックベアと5メートル程距離を取ったところでシズクを地面に降ろした。

 

「いたた……」

「何でいきなり突っ込んでいるの!? 馬鹿なの!? 戦うにしても私が前でアナタが後ろでしょう!?」

「あーごめんごめん」

 

 ちょっと確かめたいことがあってさ、とシズクは笑う。

 リィンが庇わなかったら死んでいてもおかしくなかったのに呑気なものだ。

 

「私が庇わなかったら死んでいたんだよ? もう少し考えて行動を……」

「え? だってあのタイミングならリィンが庇えたでしょう?」

「え……?」

「リィンなら、あたしに追いついてロックベアの攻撃をジャストガードしてくれるって信じてたもん」

「なぁ……!?」

 

 かぁっとリィンの顔が赤く染まる。

 憤りと恥ずかしさと、嬉しさを混ぜて三で割ったような表情である。

 

「とっ……当然だわ! と、とと友達を守るのは! それに私ならあれくらい余裕ですし!?」

「リィンは可愛いなぁー」

 

 リィンに聞こえないように呟いてシズクは立ち上がる。

 ガンスラッシュを銃形態で構え、一歩後ろに下がった。

 

「リィン、さっきお腹と頭にそれぞれ攻撃した感じ、ロックベアの弱点は頭だ」

「さっきはそれを確かめていたのね……言ってくれれば私がやったのに」

「ごめんごめん。じゃ、頑張ろうか」

 

 瞬間。

 二人の居る地面が影で真っ黒に染まった。

 

 ロックベアのボディプレスだと気付いたのはすぐだった。

 リィンは即座にソードを構え、ジャストガードの準備をする。

 シズクは後ろにステップすることでそれをかわした。

 

「――今だ!」

 

 フォトンの盾が、ロックベアのボディプレスを受け止めた。

 

 ジャストガード成功である。

 リィンは一歩下がってロックベアの下から抜けだし、そのままソードをロックベアの頭目がけて振るった。

 

「ツイスターフォール!」

 

 縦に回転しながら敵を切り裂くソードのPAだ。

 傍目に見ると結構シュールなモーションだが、威力は折り紙つきだ。

 

(確かに……頭は柔らかい……ような)

 

 切っても切っても怯む気配が無いロックベアに辟易としながら、剣を振るう。

 時折頭を外して肩等を切ったときの感触と比べると、確かに頭に剣が当たった時は大きくダメージが入っているように感じる。

 

(でもそれをたった一度ずつの攻撃で見抜くなんて……)

 

 シズクの強みは、そこなのだろう。

 

 観察眼の才能。

 リィンとの会話の時もそうだったが、『見抜く』ことに関しては相当な才能を感じる。

 

「ぐぬぬ……クエストに出てた回数が段違いとはいえ、負けてられないなぁ」

 

 ロックベアの大振りパンチを、ジャストガードで上手くイナし反撃のソードを振るう。

 ソードを振るった腕の脇を正確無比な弾丸(エイミングショット)が通り過ぎ、追撃のようにロックベアの頭に命中した。

 

 続けざまの二連攻撃に、ようやくロックベアも頭を抑えて後ずさりをした。

 

「押してる……!?」

「よっしゃー! リドルモール落とせー!」

「まだ早いまだ早い! ……ん?」

 

 突如、ロックベアの身体に異常が起こった。

 拳で地面を打ち鳴らし、体温の上昇からか煙が立ち上る。

 

「……? 何しているの?」

 

 リィンが眉を顰める。

 威嚇だろうか? 何にせよ攻撃チャンスだ、ソードを握りしめて剣を振り上げる。

 

「ライジングエッジ!」

 

 下から上へと跳びながら大きく切り上げるPAだ。

 自身より遥かに身長が高いロックベア相手でも、これなら頭を狙うことが出来る。

 

 クリティカルヒットした子気味いい音を鳴らして剣閃がロックベアの顎から額まで切り裂く。

 我ながら良い攻撃ができた、と満足げに微笑んだのも束の間。

 

 リィンとロックベアの眼が合った。

 

「っ……!? 眼が赤く……?」

「ぐるる……」

 

 瞬間、ロックベアが視界から消えた。

 

 突然のことに驚きながら左右を見渡してもロックベアの姿は無い。

 

「リィン! 上!」

「うぇ!?」

 

 シズクからの指示を聞いて、急いで上空を仰ぎ見るリィン。

 

 そこには身体を丸めた態勢で、今にもリィンにボディプレスを喰らわせてやろうとしているロックベアの姿があった。

 

「ぐっ……」

 

 反射的に、後ろにステップ。

 

 足先の数センチ先をロックベアの巨体がプレスし、背中に嫌な汗が流れる。

 フォトンの防具を纏っているものの、これに潰されれば重症は免れないだろう。

 

「けど避けられた……反撃を――」

 

 と、ソードを振ろうと両手に力を込めた瞬間だった。

 

 ロックベアが、両腕で自身の身体を支えて逆立ちになり、そのまま再び跳躍したのだ。

 

 再び空へと跳ぶロックベア。

 狙いは勿論地上のリィン。

 

「な……!?」

 

 再びバックステップ。

 ロックベアの着地地点から逃れるように後ろに下がった。

 

 ボディプレスが再び炸裂する。

 ロックベアの着地による地響きを感じる間もなく、ロックベアは両腕を地面に付けて再び跳躍を開始した。

 

「こいつ……当たるまで跳ぶ気か!?」

「リィン! ジャストガード!」

 

 シズクの声に、はっとしてソードを構える。

 そうだ、当たるまで跳ぶならジャスガで受けてしまえばいいのだ。

 

 空に浮かぶロックベアをジッと見て、タイミングを計る。

 

「――ここ!」

 

 フォトンの盾と、ロックベアの巨体が衝突する。

 

 ジャストガードは成功だ。

 ロックベアは知能の高いエネミーではなく、ボディプレスが当たったということで跳ぶのを止め、起き上がってしまった。

 

「ライジングエッジ!」

「エイミングショット!」

 

 剣撃と銃撃が交差する。

 これにはたまらずロックベアも大きく後退し、執拗に狙われた弱点の頭からはついに血が噴き出た。

 

「ゴォオオオオオオオオオ!」

「このままとどめまで……持っていく!」

 

 とどめを刺すべく、リィンは後退したロックベアを追う。

 重たい両手剣を持っているとは思えない程軽やかな動きで距離を詰める。

 

「ライジング……」

「がぁあああっ!」

 

 しかし、さっきまでとは打って変わって俊敏な動きで右腕が振るわれた。

 

 シズクとリィンはまだ知らないことだが、ロックベアが先ほど行った地面を拳で打ち鳴らし、身体から煙を発する行動は威嚇行為ではなくて怒り状態への移行サインだ。

 

 怒り状態になったロックベアは腕力も俊敏も僅かに上がり、何より攻撃前の予備動作が短くなるのだ。

 

「危ない!」

 

 シズクが叫ぶ。

 が、それよりも早く。

 

 リィンは防護態勢に移っていた。

 

「――ふっ」

 

 フォトンの盾と、ロックベアの拳が衝突する。

 

 ジャストガード――成功である。

 

 即座にロックベアの左腕がリィン目がけて振るわれる。

 だがそれすらリィンはジャストガードで受け切った。

 

「凄い……」

 

 思わず、シズクは呟いた。

 ロックベアは攻撃の予備動作が分かりやすいとはいえ、考えてみればこの戦いの中リィンは一度たりともジャストガードを失敗してはいない。

 

 生来の反射神経と、運動神経。

 そして研修時代から続くソロプレイにより培った野生的とも云える生存本能。

 

 それが、リィンの強みだ。

 

 ロックベアの全身全霊を掛けられた大振りの拳は、またもフォトンの盾に阻まれた。

 大振りすぎる攻撃をしたロックベアは、態勢を支えきれず足を滑らせ転倒した。

 

「今だ……!」

 

 ムーンアトマイザーという、戦闘不能になった他者を回復するアイテムが使用不可なソロプレイでは一度の油断が死に繋がる。

 

 生存能力が高いハンターを選んだのも、ジャストガードが比較的し易いソードという武器を選んだのも。

 全ては独りだったから。

 

 でも、今は。

 

「シズク!」

「分かっている!」

 

 シズクが、ガンスラッシュではなくアサルトライフルを取り出してロックベアへ近づく。

 

 『ビーム』と呼ばれる種類のアサルトライフルだ。

 黒い銃口から、一発の弾丸が放たれる。

 

 『ウィークバレット』と呼ばれる、特殊弾だ。

 その効果は当てた部位を数十秒間柔らかくするという『弱体弾』。

 

 熟練のレンジャーならば短い間隔で複数回撃てる弾だが、シズクにはまだ長い間隔を開けても一発しか撃てない必殺技だ。

 

 だから、確実に当てられて効果のある(チャンス)を待っていた!

 

「ライジング……エッジィイイイイ!」

「エイミング――ショット!」

 

 元々弱点な上に、ウィークバレットによってさらに弱くなった頭部へ全力の剣撃と銃撃が放たれた。

 

 いかに生命力の高い生物でも、ここまでダメージを受ければ耐えられない。

 

 漸く、ロックベアは倒れた。

 解けて消えて、大地に還元されていく……。

 

「はぁ――はぁ――!」

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 後に残ったのは、赤く大きな結晶。

 ロックベアに、勝利した証。

 

 荒くなった息を整えて、彼女らは顔を見合せて笑いあった。

 




シズク「リィンは笑うと可愛いなぁ」
リィン「!? ななななな!?///」


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初めてのレアドロ

察しが良すぎる系主人公


 通常、ドロップアイテムとして落とすアイテムは通貨(メセタ)、回復アイテム、武器防具にグラインダーやシンセサイザーである。

 ボスを倒したからってそれが変わるわけではない。

 

 だがしかし、一定以上巨大なモンスターは『赤い結晶』を落とすのだ。

 この結晶を割ると複数のドロップアイテムが出てくるという仕組みになっている。

 

「……これが赤い結晶かぁ、思っていたより大きいね」

「この中にドロップアイテムが詰まっているんだよね! レア来いレア来い!」

 

 ロックベアを倒した跡地に、若干透けている赤い結晶が浮かんでいた。

 結晶のサイズはシズクとリィンの身長程度だ、この大きさはどんなボスエネミーでも変わらないらしい。

 

「じゃ、割ろうか」

「あたし! あたしが割る!」

「はいはい」

 

 どうぞ、とリィンは一歩後ろに下がった。

 

 シズクは溢れんばかりに目を輝かせ、ガンスラッシュを剣モードにして振りかぶった。

 

「レアドロ、来いこーい!」

 

 銃剣が振り下ろされ、ガラスが割れたような音が辺りに響き渡る。

 

 破片が気化するように消え、ポップな音を立てながらアイテムが散らばっていく。

 

「――……あ!」

 

 シズクの視界の隅を赤い物体が通り過ぎた。

 煌々と赤く輝く、小さな箱。

 

 それは彼女が求めてやまない、紛れもない赤箱《レアドロップ》だった。

 

「や……やったー! 赤箱キター!」

「え!? ホント!?」

 

 ドロップアイテムというのは、原理こそ不明だがアークスごとにドロップするアイテムが違っているのだ。

 つまりシズクにレアがドロップしても、シズクがそれを拾うまではリィンからは認識不可能ということになる。

 

 ただ、パーティを組んでいる人がレアを拾うと他の人に何故か通知が行くシステムがアークスの端末には実装されているので、レアを手に入れると他の人に何を拾ったのかがばれてしまうのだ。(この機能はパーティ内のギスギスに繋がるため一部では廃止が望まれている)

 

「何が出たの?」

「ロックベアからはリドルモールが出る筈だよー! ナックルだからレンジャーじゃ使えないけどコレクターたるあたしには何も問題が……」

 

 赤い箱を拾い、中身を確認。

 した瞬間シズクの表情が固まった。

 

 死んだ魚のような瞳で完全に静止している姿は、まるで時が止まったようで不気味である。

 

「し、シズク?」

「ろ、ろろろろろろ、ろっろっろろろ」

「シズク!? どうしたの!? 一体何が!?」

 

 白目を剥いてがたがたと震え始めた友達に不安を覚えるリィン。

 何と言うか、怖い。純粋に怖い。

 

「ろろろっろおろろろろろろろろろおおおおおおおお――」

「一体何が出たの……ってこれは――」

 

 通知が来た端末を見る。

 

 これは、ひどい。

 リィンは素直にそう思った。

 

「ロックベア……レリーフ」

 

 いらねえええええええええええ! という慟哭がナベリウス森林エリアに響き渡ったとさ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「あぶぁー。ロックベアレリィフゥー。あびゃびゃー……」

「どんまいとしか言いようがない……ほら、まだ数匹ダーカーを倒さなくちゃいけないんだからがんばろ?」

「うばー……」

 

 すっかり魂の抜けたシズクを背にしつつ、リィンは生い茂る草木に足を取られないように歩を進める。

 

 残り……三匹くらい狩ればノルマ達成なので、さくさく倒してさっさとアークスシップに戻った方がいいだろう、と判断してレーダーでダガンを探し始める。

 

「……っと、レーダーにダガン三匹の出現を確認。……シズク、戦えそう?」

「あばー」

 

 魂の抜けた顔をしながら、しっかりガンスラッシュを構えて親指を立てるシズク。

 どうやら戦えるようだ、少し安心した。

 

「……発見っと」

 

 レーダーを見ながら進むと、赤黒い靄を発しながら地面から這い出るようにダガンが三匹出現した。

 アークスのレーダーは本当に優秀だ。

 

「ソニックアロウ!」

「エイミングあばー」

 

 ソードから放たれるかまいたちと、ガンスラッシュから放たれたフォトン弾がそれぞれ敵を一蹴する。

 

 二匹のダガンが倒れ、黒い粒子を撒き散らしながら散っていく。

辛うじて攻撃から逃れた最後の一匹が突貫してくるも、ロックベアの攻撃すら全てジャストガードしてみせたリィンの反応速度を超えられず、ダガンの爪による攻撃はフォトンの盾によって阻まれた。

 

「ツイスターフォール!」

 

 縦回転と共に振り下ろされたソードがダガンの脳天を叩き割った。

 

 ぎちぎちと虫のような悲鳴をあげて、ダガンは消えて行く。

 跡には赤色の箱だけが煌々と輝いて残るばかり……。

 

 …………。

 

 ……赤色?

 

「『ブラオレット』だ……」

 

 リィンは赤箱を手に取り、中身を確認して呟く。

 

 それは紛れもなくシズクの求めるレア武器であるブラオレットだった。

 そして当然、リィンがレアを拾った通知はシズクにも行っているわけで……。

 

「…………あの」

「あびゃー」

「シズク、私ブラオレット出ちゃった」

「…………」

「…………あの」

「…………ぐすっ」

(泣いた!?)

 

 少しの沈黙の後、シズクの瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちてきた。

 

 流れ落ちる涙を止めようともせず、鼻を真っ赤にして眉をゆがめるその姿は誰がどう見ても紛うことなくガチ泣きだ。

 

「ひっく……ぐず……どぼじてあたしばっかレアが出ないのぉ……ダガンなんてもうすぐ討伐数が四桁超えるのにぃ……」

「四桁!? 運無さすぎじゃない!?」

「うぅ……これが噂のBUTUYOKUセンサーなのかなぁ……あたしなんてどうせ一生涯コモン武器を使って生きるんだ……ぐすっ」

 

 子供のように泣きじゃくるシズク。

 あまりにもレアが出ない為、そうとう鬱憤が溜まっていたのだろう。

不満が爆発したように涙が次から次へと溢れてくる。

 

「皆当てつけのようにレア拾いやがっでぇええええええ!」

「じゃ、じゃあこのブラオレットあげるわよ」

「え!? ホント!? ……って駄目!」

 

 一瞬顔をあげて眼を輝かせたシズクだったが、すぐに両の手で×を作った。

 差し出された赤箱を、押しのけるように拒否する。

 

 どうやらレア武器コレクターとしてのプライドがあるようだ。

 

「あたしはコレクターだから! レアは自分でドロップして集めるものだからー!」

「でも私ガンスラッシュ使わないし、シズクが持っていたほうがいいでしょう?」

「あた、あたしは、自分で出すし、ブラオレットくらい自分で出すし」

「…………」

 

 強情である。

 レア武器コレクターとは皆こんななのだろうか?

 

 ただ――。

 

(ブラオレットを見る眼が、明らかに欲しいのを我慢してそうなのよね……)

「うぅ……ぐす……」

(……にしても泣き顔可愛いわねこの子)

 

 って、今それは関係ないことである。

 頭を振って、これからどうするべきかを考える。

 

 まあ、少なくともこんなくだらないことで友達解消なんてことは勘弁である。

 

 あまり無い対人関係能力を振り絞る。

 ……むしろ今必要なのは子供をあやす能力なのだが、その辺りに気付かないが故のコミュ力不足者である。

 

「…………いや、やっぱりこのブラオレットはシズクが持つべきよ」

「? だからあたしは――」

「これは私のためよ、シズク」

「リィンのため?」

 

 首を傾げるシズク。

 しかし流石の察しの良さで、すぐにリィンが何を言おうとしたか理解したようだ。

 

「ああ、あたしがブラオレットを使うことによって火力が上がるから、これからよく一緒に組むであろうリィンも助かるってこと?」

「そ、そうよ。話しが早くて助かるわ」

「でもあたしが武器更新するよりリィンが遠距離攻撃手段(ガンスラッシュ)を持った方が殲滅力が上が――」

「いいのよ! 私はソード以外使わないから!」

「そ、そう?」

「そうよ、だからこれはアナタが持ちなさい」

 

 ぐい、っとブラオレットの入った赤箱をシズクに押し付ける。

 シズクの手が、それを手に取――らない、直前で引っ込んだ。

 

 が、その引っ込んだ手を掴み、リィンは無理矢理赤箱を持たせる。

 

「コレクションにしなくていいから、貰って欲しい。それとも、と、とと……友達からのプレゼントは受け取れない?」

「……っ。そんな、ことは、ない」

 

 ようやく、シズクは赤箱を受け取った。

 (ロックベアレリーフを除けば)初めて手に入れたレアに、自然とシズクは頬を緩める。

 

「えへへぇ、ありがとお」

 

涙でぐしゃぐしゃになった赤い顔をにへらと歪ませ、まるで玩具を買ってもらった子供のような表情で笑った。

 

 ドキリ、とリィンの胸が高鳴った。

 

「――っ、え、あ。どういたしまして」

「? どうしたの?」

「い、いや何でも無い。それより早くキャンプシップに戻ろうよ」

 

 いつまでもこんな森林エリアのど真ん中にいたら、また原生生物やダーカーとの戦闘になりかねない。

 帰還は早々にした方が良いだろう。

 

「それじゃ、帰りますか」

 

 シズクも当然その提案を受け入れた。

 こうして、初めてのパーティプレイは概ね成功に終わったのであった。

 



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ルイン登場

予定が変更になったので百合ハーレムをタグから消しました。
今後の思いつき次第ではまた追加するかも。

追記:サポートパートナーを貰えるの20レベルからというのを忘れていました。
   今更書き直せないので、AKABAKOではサポパは新人でも一人一体貰えるという
   設定に致します。誠に申し訳ございません。


「それじゃあ! あたしたちの友情に……!」

「か、かんぱーい」

 

 コップとコップが打ちあう音がマイルームに鳴り響く。

 友達記念、そしてレアドロ記念、ということでお祝いを開くことになったのだ。

 

 アークスシップ居住区には、マイルームというアークス一人一人に与えられた部屋がある。

 

 今、シズクとリィンが居るのはリィンのマイルームだ。

 広い三つの部屋と、ベランダからなるアークス標準の部屋だ。

 

 しかし、未だアークスになって二週間の新米だからか、それともリィンの性格からか、部屋のインテリアは殆ど無くてテーブルや椅子が最低限あるだけの閑散とした部屋になっていた。

 

「ホントに何にも無い部屋だねぇ」

「だから言ったじゃない、私の部屋は何も無いって」

「よぉーし、あたしのロックベアレリーフをプレゼントしてあげよう」

「やめて!」

 

 ブラオレットのお返しにね! っとアイテムパックを探り始めたシズクを止める。

 いくら閑散とした部屋でもロックベアの置物が悠々と置いてある部屋は乙女的にアウトである。

 

「あ、そうそう、ブラオレットといえばまだ現物見て無かったなぁ、今出してみてよここで」

「ん? ふふーん、見る? 見ちゃう? あたしのブラオレット、しょーがないなー」

「……随分と嬉しそうね、渡す時はあんなに渋ってたのに」

「そりゃそうだよ、リィンがくれたものだもん!」

 

 皮肉げに言った言葉だったが、シズクは笑顔でそう返した。

 そんなに喜ばれると、やはり無理矢理にでも渡して正解だったとリィンも嬉しくなる。

 

「あたし、ブラオレット(これ)大事にするね、一番大事にするよ!」

「あーはいはい、いいから見せなさいよそれ」

「照れてるー」

「照れてない」

 

 照れなくていいのにーっと言いながらシズクはブラオレットを取り出した。

 リィンは顔を赤くしながらそれを受け取る。

 

「へぇ、結構特徴的な形しているのね」

 

 何と表現するべきだろうか。

 剣モードでは、明るい緑色のフォトン刃が凹凸型に銃身を覆っていて、銃モードではそのフォトン刃が引っ込み黄色が主体のカラーリングである銃が剥き出しになっている。

 

 正直あまりガンスラッシュを使わないリィンからしたら使いづらい形状だなぁと思うのだが、能力値はガンスレイヤーよりかは全然高いので戦力アップと云えるだろう。

 

「ふふーん、これでダガン殲滅任務の効率もうなぎ昇りってもんだよ」

「いや、もう一段上のクエストに行った方がいいと思う」

「む、何ゆえ?」

 

 まだ森林で手に入るレア全部手に入ってないよ? と言った眼でリィンを見るシズク。

 何て説明したものか……とリィンが考えていると、

 

「それは、レベルの低い相手だとレアドロップ率も低くて効率が悪いということですよ糞野郎」

 

と、鈴を鳴らしたような綺麗な声がした。

いや、最後すっごい汚い言葉だったが、声自体はこれ以上ないくらい綺麗だったのだ。

 

「ちょ、『ルイン』……!」

「失礼、天然低能の糞が非常に非効率な苦行をアホな顔して二週間も続けていると聞いて、つい口を出してしまいました」

 

 毒舌すぎる口を引っ提げて隣の部屋からやってきたのは、小さすぎる少女だった。

 

 紫色のミディアムストレートに、紫の口紅で塗られた唇。

 フィーリングローブという露出が少ない服装にも関わらず、暴力的なまでに主張する胸と尻、さらにくびれた腰がその二つの……いや四つの爆弾をさらに強調していた。

 

 ……が、彼女の身長は100cm程しかない。

 それもそのはず、彼女はアークスの支援をする、サポートパートナーという機械人形なのである。

 

 新米だろうと一人一体アークスには支給され、戦闘に連れていったり家事等をやらせたり人によって様々な運用がされる便利なパートナーだ。

 

「ちょっとルイン! その口調はどうにかならないの!?」

「失礼、なりません。決して。」

「なーんーでー!?」

「わ、その子リィンのサポートパートナー?」

 

 シズクの疑問に、ルインはぺこりとお辞儀をして応えた。

 局所局所で礼儀が良いのに、何故か頻繁に毒舌を吐く謎の性質を持つ自分のサポートパートナーにリィンは溜め息を吐いた。

 

「それで、糞女(マスター)、ワタクシが先ほどの件について説明しても?」

「今なんかマスターの言い方変じゃなかった?」

「気のせいです。それより説明しても?」

「…………なるべく毒舌少なめでね」

「了解です、淫売(マスター)

 

 まあ、どうやって説明したらいいか迷っていたところだ。

 不安だが任せてみるのもいいだろう。

 

「では」

 

 と、ルインは一度隣の部屋に戻り、トレイに乗せられた料理を運んできた。

 どうやら当初の目的としては夕食を運びに来ただけだったらしい。

 

 トレイを机の上に置いて、ルインはシズクと向き合う。

 

「お初にお目にかかります、ワタクシ、ルインと申します。よろしくお願いいたします。」

「あ、あたしはシズクだよ。よろしくねルインちゃん」

「はい。では早速ですが、これからシズク様のようなおつむが足りない猿でも分かりやすいように、ダガン殲滅任務の周回を続けるという行為がいかに愚行かを語って差し上げますがよろしいでしょうか?」

「お願いします!」

 

 良い返事です、とルインは満足げに頷いた。

 元気の良い子は好きらしい。

 

「まず、シズク様はクエストに『難易度』が設定されていることはご存じですか?」

「まあ、研修で習ったからね」

「大きく別けてノーマル、ハード、ベリーハード、スーパーハード、エクストラハードの5種類ですね。当然新米のペーペーであるシズク様と糞虫(マスター)はノーマルの……しかもナベリウス森林という敵が最弱の超超初心者向けのクエストに行っていたわけです」

 

 そう、ナベリウスの森林エリアはアークスの修了研修にも用いられる程出現するエネミーが弱い星だ。

 注意するべきなのは前言った通り『ロックベア』と『ファングバンシー』、『ファングバンサー』くらいな上、その三匹の出現率は低く中々出てこない。

 

 それに加え最近までダーカーすら出てこなかったらしい。

 初心者アークスが戦闘の練習をするにはもってこいの星と言えよう。

 

「だけどそれ故に、いつまでもナベリウスで雑魚狩りをしていてもアークスの上層部は実力を認めてくれず、難易度の高いクエストに何時まで経っても進めません」

「成程ね、一理ある」

「いえそれが全てです。アークスは完全なる実力主義……ノーマル難度のナベリウスで無双できても……いえ、それが出来るならすぐにでも次の惑星――アムドゥスキアに進むべきですよこの蛆虫」

「だけど……」

「ナベリウスのレアドロップを全て集めていない、ですか? 本当にお猿さんですね、難易度が高いクエスト程レアドロップ率が上がるというのは既に証明されています」

 

 ですので色んな惑星に行き、力を付けてから高難易度のクエストでナベリウスに行った方が遥かに効率的です。

 と、ルインは容赦なき口調で言った。

 

 完全にシズクの今までの周回が無駄だと言い切った。

 

「さらに言えば貴方が欲しているノーマルで手に入るナベリウスのレアはマイショップで1050メセタで出品されているものばかりです。それは何故かというと高難易度に行けるアークスがボロボロドロップするゴミレアをマイショップに格安で売るからです」

「さらに追い打ち!?」

 

 情け容赦無しここに極まる。

 大丈夫だろうか、これシズク泣いてないだろうか。

 

 と、リィンは心配そうにシズクの顔を覗き込む。

 

 果たしてシズクは――笑っていた。

 

 嬉しそうに、笑っていた。

 

「……何を笑っているのですか? もしかしてマゾ……」

「う、うふふふ、そりゃ笑うよ、嬉しいもの。正直ダガンばっか倒すのも飽きてきたとこだったよ!」

(そりゃそうでしょうね……)

(そりゃそうだ……)

 

 リィンとサポートパートナーの心が一つになった瞬間だった。

 

 しかしまあ、成程、とリィンは頷いた。

 

 来る日も来る日もダガンばっかり倒して倒して倒す日々。

 いくらレア武器が欲しいからってそいつは飽きる。

 

 そんなところにやりがいがありそうで、かつ効率の良い方法を提示されたら。

 そりゃ嬉しい筈だ。

 

間抜(マスター)……この方、聞いていた通り変わった方ですね」

「さっきからマスターの発音が不穏だけど……まあそうね、けど悪い子じゃあないわ」

蛆虫(マスター)とお似合いですね」

「なぁっ!?」

 

 ルインの発言に、カァッと顔を赤くして恥ずかしがるリィン。

 

いやそこは怒るところでしょう? っと言おうとして、ルインは何かを察したように「ああ」と呟いた。

 

「問題ありませんマスター」

「は? え?」

「ワタクシ、そういうのに抵抗無いっていうかもっとやれって感じなので」

「……はぁ?」

 

 リィンはルインの言っている意味が分からないようだ。

 厭らしい笑みを浮かべるサポパを見て、首を傾げる。

 

「どういう……」

「よし! リィン、早速アムドゥスキアに行こう!」

「え? 今から!?」

「善は急げ、時は金なり光陰矢のごとし! 休んでいる暇などあたしたちには存在しない!」

「……とりあえずご飯くらい食べちゃおうよ」

「…………それもそうだね」

 

 ぐー、と間の抜けた音がシズクの腹から鳴った。

 テーブルに料理が並んでいたけれど、話してばかりで全然手を付けて無かったので仕方が無いだろう。

 

「でもご飯食べたら出撃だからねっ」

「はいはい」

 

 言って、フォークを持って料理に手を出す二人。

 サポートパートナーであるルインは食事の必要が無いので見ているだけである。

 

「ところで糞女(マスター)――」

「待ってルイン、食事中アナタは喋っては駄目よ」

「…………チッ」

(舌打ち!?)

 

 口が悪すぎるだろう。

 やはり返品して新しいサポパを要請すべきか、と考える。

 

(でもこの子料理家事全般かなり高性能なのよね……美味い)

「おいしーっ」

 

 足をばたばたさせて喜ぶシズク。

 その姿は完全に子供のそれだ。実年齢はリィンと同じ筈なのだが……。

 

 

 ――二十分後。

 空になった料理を前にして「ご馳走様」とリィンは両手を合わせた。

 

 シズクはまだ食べている。

 食べるのが遅い、というより食べる量が多いのだろう。

 

「あっと、ルインさっき何か言いかけてたわよね。何? まだシズクが食べているから配慮してね」

「ああ――いえ、大したことでは無いのですが」

「?」

 

 ルインがシズクを見る。

 そして端末を何やら操り、グラフや表が立ち並ぶ画面を表示させた。

 

「これは――」

「はい、シズク様のバイタル値です。この中に食事を取れば取る程上がっている数値がありまして……」

「……何が上がっているの?」

「猿でも分かるように簡単に言うと――眠気です」

 

「ごち、そー、さまー」

 

 ばたん、とシズクは倒れるように横になった。

 

 瞳を閉じ、手足をだらしなく伸ばした態勢――ようするにマジで眠っちゃう五秒前というやつだ。

 

「ちょ、ちょっとシズク? 寝るなら自分のマイルームに戻りなさいよ」

「えー、めんどいー無理ー」

「無理って……」

「リィン、泊めてー……ぐぅ」

 

 どうやら眠りに落ちてしまったようだ。

 その証拠に寝息を立てているし、ルインが操る端末にもそう表示されている。

 

(食ったら寝るって……子供か!)

「と、泊めてーって……この部屋ベッド一つしか無いんだけど……」

「マスター、それではワタクシは料理を下げて食器を洗い次第即刻休眠モードに入りますので」

「えっ、ちょ、待って二人きりになっちゃうじゃん」

 

 慌てて止めようとするリィンの手を巧みに避け、食器を片づけて素早く隣の部屋にルインは逃げ込む。

 明らかに何故か気を使われている。それも、何かいやらしい方面の気の使い方だ。

 

「ちょ、ルイン――」

「マスター、無知で鈍重なアナタにさる東方のことわざを一つ教えてあげましょう

 ――据え膳食わぬは、男の恥」

 

 それだけ言って、ぴしゃりと扉を閉じてルインは隣の部屋に行ってしまった。

 

 後に残されたのは、寝息をたてるシズクとリィンの二人だけ。

 

「意味は――分からないけど」

 

 とりあえず私男じゃない、と心の中でツッコミを入れる。

 

「さて、と……」

 

 しょうがない、これはベッドが一つしかないし、友達をいつまでも床に転がしておくのは忍びないからしょうがない、と自分に言い聞かせて立ち上がる。

 

「わ、軽い……」

 

 肩と膝の裏を持って抱き上げ――所謂お姫様だっこでシズクを持ち上げる。

 体格が中身相応の小ささなだけあって、かなり軽い。

 

「仕方ない……これは仕方ない……」

 

 ベッドの上に、起こさないようにそっと乗せた。

 スペース的に、シズクが小柄だからシングルベッドだが二人で寝れそうだ。

 

「ベッドが無いなら……仕方ないよね? いや、そもそも女二人が同じベッドで寝るくらい問題ないはず……」

 

 体温が上昇しているのを感じる。

 顔が熱くなっているのを感じる。

 胸が痛い程早鐘を叩いているのを感じる。

 

「っ――」

 

 ふと、シズクの唇に目が行った。

 紅くて柔らかそうな、瑞々しい果実のように艶やかなそれに、目を奪われた。

 

「ぁっ――」

 

 喉が渇いている。これ以上ないくらいカラカラに乾いている。

 何だこれは? 何だこの感情はと自己に問いかけても答えは出ない。

 

(男女じゃあるまいし……女同士でベッドに寝るなんて普通。普通、普通――なのに……)

 

 これは駄目だ。

 駄目だ。

 

 駄目に、決まっている。

 

 そうはっきりと確信できる何かがある。

 

 でもその何かが分からない。

 

 リィンに――恋を教えてくれる人はいなかったのだ。

 

「…………探せば毛布くらいある筈だし、それを敷いて机の上で寝よう」

 

 呟いて、毛布を探すため動きだす。

 

 隣の部屋から「へたれ」と聞こえた気がしたが、気のせいだということにしておくことにした。

 




長くなってしまった。
百合シーン書いていると指が止まらないんや……


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Episode1 第1章:零の手・月夜の尊
備えあれば憂いなし


ようやく原作キャラ登場。

今回ほぼ会話しているだけです。


「……ここにも居ない」

 

 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸エリア。

 惑星の外郭を覆うように宙を浮かぶこの大陸で、一人の少女が佇んでいた。

 

 毛先だけ赤い、蒼色のツインテールをした少女だ。

 ゼルシウスという機動性が高いピチピチのスーツのような服を身に纏い、憂いを帯びた表情で虚空を見つめている。

 

 両腕には腕に付けるタイプのツインダガー。

 複雑な鉤爪のような形状の黒い基盤に、青色のフォトン刃を纏わせており、一目見ただけでその武器が通常の規格とは異なることが見て取れた。

 

「……次は、火山洞窟の方に行ってみましょうか」

 

 ちらり、とその伏せた瞳が僅かに動き、浮遊大陸の下――火山洞窟へと向けられた。

 

 煌々と燃えたぎるマグマが、遥か上空のこの場からも見える。

 そんな場所に今から行くというのに、彼女の表情は何一つ変わらない。

 

「……――ハドレッド、一体、何処へ行ったの?」

 

 呟いて、少女は消え去った。

 煙か何かのように、そこから消え去った――否。

 

 “そこ”に居ることが、見えなくなった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 心地よいまどろみを感じながら、リィンの意識は柔らかに目覚めて行く。

 

 頭に感じる枕と布団の感触が気持ちいい。

 しかし陽の光が鬱陶しいのか、態勢を変えて光が自身に当たらないように位置を調整した。

 

 意識は半覚醒、といったところだろう。

 今が朝なのは認識しているし、もう起きる時間だということも分かっている。

 しかしこのまま放置しておいたらまた眠りに落ちてしまうことは確実だった。

 

 いつもならそろそろ、あの口汚いサポートパートナーが罵倒と共に起こしに来る頃だろう。

 

 そう結論付けて、ベッドの中で起こされるのを待つことにした。

 

(あれ……?)

(昨日、ベッドで寝たっけ?)

「あ、リィンまだ寝てるの? 起きないと駄目だよー?」

 

 聞き慣れない、しかしどこか心地よい声に、急激に眼が覚めていく。

 

「ほらほら起きてー朝だよーって、起きたね。おはよう」

「おは、よう……」

 

 ベッドから上半身だけ起き上がって、声の主を見る。

 そこにはエプロン姿のシズクがお玉を持って立っていた。

 

「…………」

「ほら、もう朝ごはん出来ちゃってるから顔洗ってきて」

「う、うん……」

 

 ベッドから起き上がって、洗面所がある隣の部屋へ向かう。

 扉を閉めて、上下左右に誰もいないことを確認。

 

 両手で顔を覆って心の中で叫ぶ。

 

(エプロン……良い!)

 

 それが萌えという感情であるということは、この時まだリィンは知らないのであった……。

 

 

 

 

 ――十分後。

 身だしなみを整え終わったリィンが食卓に戻ると、そこには白米とみそ汁、焼き魚に漬物といった和食料理が並んでいた。

 

 普段朝はトーストなリィンからすると、物珍しい光景だ。

 

「これ、シズクが作ったの?」

「うん、ルインちゃんにも手伝ってもらったけどね」

「シズク様の故郷の料理らしいです。味わって食べてくださいね糞主人(マスター)

 

 シズク、ルイン、リィンの三人で食卓を囲む。

 朝ご飯を誰かと食べるなんて久しぶりだなぁ、とシズクは笑った。

 

(私は……初めて、だな)

「白米うましうまし」

「……て、あれ? シズク、エプロン取っちゃったの?」

「そりゃご飯食べる時は取るよ?」

「そ、そっか……そうだよね」

 

 がっくしと項垂れた後、白米を口に入れる。

 美味しい。

 

「ん? 何、あたしのエプロン姿に魅了されちゃったの?」

 

 相変わらず察しの良さである。

 リィンは恥ずかしさで頬を赤くし、首を横に振って否定した。

 

「べ、別にそんなんじゃないわよ」

「ふぅん? まあいいや、それより今日はいよいよアムドゥスキア行くよ」

「昨日は誰かさんが寝堕ちして行けなかったもんね」

「うばっ」

 

 痛いところを突かれたシズクであった。

 ごくん、と白米を飲みこんで、「ごめんね」と謝った。

 

「いや、謝ることはないわよ。正直あの時間から出撃は辛いし」

「フォトンで身体的な疲労はどうにかなるよ?」

「精神的疲労が辛いのよ」

 

 戦いというのは、普通ストレスが結構溜まるのだ。

 常人なら多くても一日三回程度の出撃が限度だろう。

 

 シズクはレアへの物欲でストレスが大分緩和され、一日に何度でも出撃できるのだ。

 

(欲望の力って凄まじいわね……)

「ところでリィン、リィンもアムドゥスキア行くの初めてなんだよね?」

「え? うん、そうよ」

「じゃあちょっとアムドゥスキアについて復習しとこうよ。研修の内容、忘れてるといけないし」

「そうね、良い案だと思うわ。……ルイン、映像出せる?」

「そういうと思って用意していました」

 

 ブゥン、と宙にモニターが投影された。

 画面には一つの特異な形をした惑星が映し出される。

 

「これが惑星アムドゥスキアです」

「相変わらず変わった形してるね」

 

 外郭を覆うように星を囲う、無数の浮遊している(・・・・・・)大陸。

 さらにその大陸たちの隙間からは、星の地核部が露出している。

 

 数ある惑星の中でも特に変わった形の惑星であるといえるだろう。

 

「はい、過去にあった隕石の落下でこのような形になったらしいです。当然環境はかなり厳しく、フォトンによる守りが無ければ降り立つことすら困難です」

「でも確かこの星には知的生命体が住んでるのよね、確か…」

「龍族、だね。超越的な生命力に強靭な肉体を持っていて、更に知恵は人間以上っていう……まぁナベリウスの原生生物よりか厄介なのは確かだね」

 

 シズクが自分の目の前にも端末を作動させながら言う。

 

 生命力、肉体、知恵。

 一番厄介なのは、知恵を持っているところだろう。

 

 昨日戦ったロックベアは結果的に無傷で倒せたが、あれは攻撃が単調かつ直進的だったからだ。

 

 あれ並のパワーの持ち主が知恵を持っているとなると、相当な苦戦は必至だろう。

 

「はい、ですのでくれぐれも全滅には気を付けてください。普通に死にますので。片方が生きてればムーンアトマイザーで回復も出来るし、担いでの撤退も視野に入れることができます」

「ナベリウスみたいに鎧袖一触とは行かないだろうしね、専属のオペレーターでもいれば全滅しても転送して貰えるんだけど……」

 

 オペレーターというのは、アークスシップから現場のアークスに指示を出したり後方支援をする職業のことだ。

 その仕事はアークスのバイタルチェックから周囲の異常検出、そして強制的なキャンプシップへの転送等多岐に渡り、それ故に絶対数が少ない職業なのだ。

 

 専属のオペレーターがいる、というアークスは稀だろう。

 時に危険な任務に着く際には熟練のオペレーターがその任務限定でバックアップに着いてくれたりもするが、今は関係のない話だ。

 

「まあ居ないものをねだっててもしょうがないわ、回復アイテムを目一杯持ってけば大丈夫でしょう」

「そだね、あたしとリィンなら大丈夫大丈夫! ブラオレットもあるしね!」

 

 シャキーン、とブラオレットを取り出すシズク。

 当然まだ傷一つ無い新品だ。

 

「そうですね、糞虫(マスター)なら兎も角『火山洞窟』のエネミーくらいならシズク様がいれば余程のことがない限り大丈夫でしょう」

「私なら兎も角って……確かに実力でシズクに一歩劣ってるのは認め……認め、る、けど……そこまで差があるの?」

(すっごい悔しそうたなぁ)

「はい、確かに技量面にそこまでの差は無いですが、武器の性能にかなりの差があります」

「武器、か」

 

 呟いて、アイテムパックから今使っている武器ーーギガッシュを取り出す。

 正式にアークスになってから一週間経った頃、たまたまドロップして初期装備より強かったからそのまま使っているものだ。

 

 当然、いつかはもっと強い武器に乗りかえる時が来るだろうと思ってはいたが……。

 

「うーん、そろそろ乗り換える時が来たのかなぁ」

「ん? ついにシズクもレア武器掘りをするのかい? 火山洞窟では『シル・ディーニアン』からは『エイトオンス』! 『ディーニアン』からは『ラコニウムの杖』! 『フォードラン』からは『クシャネビュラ』! キャタドランからは『セントキルダ』に『クロススケア』! そしてなんと『ヴォル・ドラゴン』からはソードの『ザックス』が出るよ!」

「いや、私はマイショップで買うからいいよ」

「ずこー!」

 

 古きよきずっこけを披露したシズクであった。

 

「なんでよ! マイショップで買うなんて邪道よ邪道!」

「あ、ザックスが5000メセタで売ってる。買うべきかなぁ」

「もう開いてるー!?」

 

 ちなみに、5000メセタとは二、三回クエスト行けば、貯まるどころかお釣りが来る金額だ。

 

「あばぁー!」

「わ」

 

 身を乗り出してマイショップとの接続を切ろうとしてきたシズクの一撃を避ける。

 

「うーん、ザックス、安いけど形状が斧なのがなぁ……」

「あばー!」

 

 ていうか斧なのにソードなのか。

 なんてツッコミは無粋である。

 

(シズクも怒ってるし乗り換えはまたの機会でいいかなぁ? なんかあばーしか言えなくなってるし……)

「あびゃー! あばばばばー!」

 

 色んなバリエーションがあるらしい。

 思わずくすりと笑ってしまうリィンであった。

 

「あ、そうだ! えーと……シズク、これならどう?」

「あば?」

 

 マイショップでとある武器を検索し、シズクに見せる。

 安く、使い慣れていて、確実に強化になる武器だ。

 

 それに何よりシズクもこれなら許してくれるだろう。

 

「アルバギガッシュ? マイショップってコモン武器も売ってるんだね」

「ギガッシュのアップグレード版だから使い勝手もそう変わらないだろうしこれ買うよ。いいでしょ?」

 

 アルバギガッシュとはギガッシュのアップグレード版である。

 刀身に纏っていたフォトン刃が緑色から青色に変わっただけで、形状に大きな違いが無く、攻撃力も単純に上がるので良案と言えよう。

 

「うーん、んー、うばー、んー、うん、まあレアじゃないし文句は言わないよ」

「良し、じゃあ一番安いのを……」

「おっと、ストップです無知(マスター)、氷属性の武器を買うべきでしょう」

 

 と、その時購入ボタンを押し掛けたところでルインがストップをかけた。

 

「あー、確かにね」

「え? 何で?」

「シズク様は理解が速くて助かります。火山洞窟のエネミーは総じて氷属性に弱いですから、今買うなら氷属性を買うべきでしょう。」

 

 惑星アムドゥスキア・火山洞窟。

 星の地殻に自然発生した洞窟で、多くの新米アークスがナベリウス・森林の次に足を踏み入れるであろうエリアだ。

 火山洞窟で育った龍族は、熱さには当然強い。

 しかし逆に冷気には弱いのだ。

 

「武器には属性値というものが設定されています。エネミーの苦手な属性を把握して武器を使い分けるのも、一流のアークスとしては必要なことですよ」

「な、成る程ね」

 

 買おうとしていた無属性アルバギガッシュの購入を止め、氷属性アルバギガッシュを購入。

 これで数分後には宅配されてくるはずだ。

 え? 早すぎる? テレパイプとかでワープできるので当然の速度である。

 

 そして三分後、アルバギガッシュは届いた。

 傷も少ない、カタログ通り氷属性のソードだ。

 

「さて、これで準備は完了かな?」

 

 言いながらシズクは箸を置いて手を合わせた。

 丁度朝ごはんも食べ終わり、情報の復習も終わって準備完了である。

 

「そうだね、後は火山洞窟に行く許可が降りるかだけど……」

「まず降りると思いますよ、確かロックベアを倒せるかどうかが基準だったと思いますし」

 

 成程、じゃあ心配ないか。

 と、納得したところでふとリィンの頭に疑問がよぎった。

 

「……さっきからルイン色々と詳しすぎない? サポートパートナーって普通こんな博識だっけ?」

「ピッ。ソノ質問ニ対スル答エハ開発者ニヨッテロックサレテイマス」

「「!?」」

 

 今まで流暢に話していたルインが、突如無表情になり機械的な音声を発した。

 あまりに突然の出来事に固まる二人。

 

「……る、ルイン?」

「――は。すいません、今一瞬システムがダウンしてました」

「……えーと、大丈夫?」

「はい、システムオールグリーン、異常ありません」

「…………そ、そう」

 

(私、なんか厄介なサポートパートナー受け取っちゃった!?)

 

 誰かサポートパートナーに詳しい人がいたら調べて貰おう。

 そう決心したリィンであった。

 

(というか、こうなるとさっきから違和感を感じてたことも心配になってきたわ……)

 

 実はリィンには朝、起きてからずっと気になっていることがあるのだ。

 さっきまで問題ないだろうと思っていたが、あんな妙チクリンなことされたら心配にだってなる。

 

「じゃ、じゃああたし朝御飯片付けるね」

「手伝います、シズク様」

「あ、ルインちょっと待って」

 

 シズクが二人分の食器を重ねて台所に向かうのを追おうとしたルインの腕を掴み、止める。

 

 ルインは酷く不機嫌そうな顔でリィンの方に振り向いた。

 

「何か用ですか? 大気中の酸素が勿体ないので手短にお願いします」

「いきなり辛辣!? い、いや今日は何だかその辛辣さっていうか毒舌さが控えめだなって思ってどうかしたのかなって」

 

 そう。

 リィンが気になったのはそこ。

 

 今日のルインの言動を振り返ってみると、明らかに悪口毒舌が少ないのだ。

 精々マスターの発音が不穏だったくらいだろう。

 

 これは二週間とはいえ彼女と一緒に暮らしていて初めてのことだった。

 

 しかしルインは、なんだそんなことですか、と呆れたように溜め息を吐く。

 

「ワタクシだって、尊敬している人の前で礼節を弁える程度の機能は備わっているんですよ」

「尊敬……? もしかしてシズクを?」

「ええ、あの方は素晴らしいですよ」

 

 尊敬。という言葉がこの毒舌マシーンから出てきたことにまず驚き、そしてシズクの名が出てきたことにさらに驚いた。

 

「確かにシズクは(色々と)凄いと思うけど、ルインが尊敬するような部分あったっけ?」

「本当に救い用のない愚鈍っぷりですね、その頭蓋骨の中にメロンパンでも入っているんじゃないですか?」

 

(あー、いつものルインだ)

 

 少し安心感を覚えるリィンであった。

 

「説明してあげましょう。今日朝、目が覚ましたワタクシの目に入ったものは朝御飯の下準備をするシズク様の姿でした。なんと彼女はワタクシより早起きしてたのです」

「は、はぁ。朝弱くて悪かったわね」

「さらに炊事洗濯掃除全てが家事特化サポートパートナーであるワタクシに匹敵……いえ、それ以上の家事力の持ち主でした……正直勉強になりました」

「いつもその辺任せきりで悪かったわね」

「こうしてシズク様は、ワタクシにとって憧れであり尊敬の人物になったわけです」

 

 成る程、と納得したようにリィンは頷いた。

 

 要するに、家事特化サポパとして、自分より家事が出来る人間は尊敬できるのだろう。

 家事を一切やらないリィンに辛辣なのもそれが理由の一端なのかもしれない。

 

「食器洗い終わったよー」

「なんと! 流石の速度ですねシズク様」

 

 食器洗いを終えたシズクが台所から戻ってくる。

 それを手放しで褒め称えるルイン。

 

 ちなみにリィンはルインに褒められたことは無い。

 

(……ふぅん、家事、ね)

(……やってやろうじゃん)

 

 露骨に嫌なフラグを立てるリィンであった。

 

 




眠気眼で書いているから誤字脱字あったらすいません。


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一体誰ーナなんだ……

テレパイプ云々はゲームのロード画面をイメージして頂けると分かりやすいかも。



 自分の体が、フォトンの塊になって宙を飛ぶ。

 

 目の前に広がる白いリング状のフォトンレールを高速で通り抜け、一直線に目的地へ向かっていく。

 フォトンに成ることによって物理的な障害を無視し、超高速での移動を可能にしているのだ。

 

 これがテレパイプの仕組みである。

 

 テレパイプのお陰で広大なアークスシップ内を一瞬で端から端まで移動できるのだ。

 さらに他惑星とキャンプシップの行き来にも利用されていて、まさにアークスという職業を支えている機能の一つと言っても過言ではないだろう。

 

「よっと、いやぁ、何回通っても楽しいなぁテレパイプ」

「私は慣れないわ……自分がフォトンの塊になるって変な感じ」

 

 それぞれ別の感想を言いながら、シズクとリィンはテレパイプから降り立つ。

 

 場所はアークスシップ・ゲートエリア。

 アークスたちはここから様々な惑星に出撃するのだ。

 

「流石に朝は人が(まば)らね。いつも昼から出撃してたから知らなかったわ」

「あたしは見慣れた光景だなー。そう、レアドロ職人の朝は早い……朝から晩までレアを求めて惑星を飛び回るのだ……」

「何故ドキュメンタリー番組風?」

 

 突然の渋い声に律義にツッコミを入れる。

 こんな声出せたのか、この子。

 

(しかし、朝から晩まで、か)

 

 そりゃ差が付くわけだ、とリィンは溜め息を吐いた。

 

 リィンは今まで昼から出撃し、途中休憩を挟んで一日二回クエストをこなすという生活を送っていたのだ。

 

 普通ならそれでも新人にしては多い部類に入る。

 ただ、シズクが異常なだけだ。

 

(最低限。シズクの行くクエストに毎回付いていくのがこれからの最低限……そこから+αしなきゃシズクには追いつけない、か)

「あ! 見てみてリィン! クーナちゃんだ!」

 

 と、決意を新たにしたところでシズクが突然走り出した。

 ゲートエリア内にある大型のモニターに向かったようだ。

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 クーナちゃん? と疑問に思いながら、リィンはシズクを追いかける。

 

 アークスシップの所々に設置してあるモニターでは、ニュースからアニメ、宣伝まで様々な内容の映像を延々と流し続けられている。

 

 シズクが向かって行ったモニターでは、一人の可憐な少女が映し出されていた。

 

 オレンジ色の、前髪が中心で分かれているタイプのツインテール。

 『ミラセリア』という、蛍光黄緑主体の華やかな衣装を身に纏った、それはそれは顔の整った美少女だ。

 

 人で埋もれた巨大なスタジアムの中心で、スポットライトを浴びて歌と踊りを披露するその姿はまるで――。

 

「アイドル?」

「うん、今人気絶好調のアイドル『クーナ』ちゃん! あたしもファンなんだ」

「ふぅん……」

 

 大して興味無さそうに頷くリィン。

 アイドルの類は好きじゃないようだ。

 

(というか……この子よりシズクの方が可愛いと思うんだけど……)

「はぁー、可愛いなぁクーナちゃん」

 

 頬を緩ませ、シズクはクーナの映るモニターに夢中だ。

 それを見て、リィンは眉を顰めてシズクの肩に手を置いた。

 

「……シズク、アムドゥスキア行くんじゃなかったの?」

「ああっと、そうだった」

 

 思い出したかのように言って、シズクは名残惜しそうにモニターの前から離れた。

 クーナの歌う曲はまだ続いており、これからがサビというところだ。

 

(別に急いで無いんだから最後まで視聴させてあげてもいいんだけど……何かヤダ)

 

 何でだろう、とリィンは自分の感情(こと)なのに首を傾げる。

 

(最近こういうこと多いなぁ、病気だったらどうしよ)

 

 自己の中に芽生えていく初めての感情に戸惑いながら、リィンはシズクとクエストカウンターに向かって歩く。

 

 クエストカウンター。

 その名の通りアークス達がクエストを受注するカウンターである。

 

 ゲートエリアの西と東に一つずつあるが、今回二人はあえて東側に向かった。

 

 理由は一つ、東側のクエストカウンターの隣には管理官のコフィーという人がいるのだ。

 

「コフィーさん、おはよー」

「おはようございますコフィーさん」

「はい、おはようございます」

 

 コフィー。

 前髪が捻じれた、短めの白髪が目印の物腰丁寧な女性だ。

 

 アークスの職員であり、その役職は管理官。

 全アークスの実力や実績を把握し、それに応じて惑星探索の許可や新しいクエストの解放等を担当するオペレーター以上に多忙極まるお仕事である。

 

「何か用ですか? シズクさん、リィン・アークライトさん」

「惑星アムドゥスキアの探索許可を貰いに来ました」

「惑星アムドゥスキアですね、少々お待ちください」

 

 言って、コフィーは手元の端末を操作する。

 データベースにアクセスして、シズクとリィンの実績を調べているのだ。

 

 いかにコフィーが有能であれど、流石に全アークスの細かいデータを記憶しているわけではない。

 

「成る程、ロックベアは討伐済み……それも戦闘ログを見た限りでは圧倒……はい、いいでしょう。アナタ方二人に惑星アムドゥスキア・火山洞窟の探索許可を授けます」

「やった! ありがとうコフィーさん」

「仕事ですので、お礼を言われるようなことじゃありません」

 

 素っ気なく答えて、コフィーは再び端末の操作を始めた。

 二人にアムドゥスキアの探索許可が降りたことを記録しているのだろう。

 

「……これでクエストカウンターから火山洞窟のクエストが受けられます……が、くれぐれも慢心しないように、アムドゥスキアの龍族はナベリウスの原生生物とは比べ物になりません」

「分かってるよ、心配してくれてありがとねコフィーさん!」

「許可ありがとうございました、またお願いしますね」

「はい、さようなら」

 

 シズクは大きく手を振って、リィンは軽く会釈してコフィーの元を離れた。

 すると順番を待っていたであろうアークスがコフィーと話を始める。

 

「……凄いよね、コフィーさん」

「うん、全アークスの管理を一人でやってるって本当に凄い。何千何万人のアークスと顔を合わせてるのに私たちのこと覚えてたし」

「実は十二人くらいクローンがいて毎日ローテーションしてるとか」

「あはは、そんなわけないじゃない」

 

 そんな会話をしつつ、隣のクエストカウンターへ。

 東側のクエストカウンターを担当する職員は、レベッカという黒髪ロングの女性だ。

 厳しそうな顔つきからは想像のできない柔らかな声色と豊満なバストが人気の職員である。

 

「レベッカさん! おはよー!」

「おはようございますレベッカさん」

「おはよう二人とも、話は聞いていたわよ。火山洞窟に挑戦するのね?」

 

 にっこりと微笑みながら、レベッカはクエスト一覧を提示した。

 

 当然だが、今まで森林しか無かった項目に火山洞窟が追加されている。

 

「龍族生態調査……龍族を一定数以上倒すクエストね、火山洞窟で今アナタ達が受けられるのはこれだけよ」

「じゃあそれでお願いします」

「はいね。左側のスペースゲートからキャンプシップへ乗ってね」

「分かってますよー」

 

 ゲートエリアの北にある、巨大な門。

 そここそがアークスが冒険に向かうためのスペースゲートだ。

 

 スペースゲートを越えた先には、キャンプシップと呼ばれる小型の宇宙船が格納されており、アークスはそれに乗って銀河を渡り歩くのだ。

 

「よーし、キャンプシップまで競争ね!」

「ええ!? ちょっと待ちなさいよー!」

 

 忙しなくはしゃぐシズク。

 追いかけながら、リィンは無自覚に微笑んだ自分に気が付いた。

 

 新しい武器に、新しい惑星、そして一緒に戦う友。

 

 リィンは思った以上にワクワクしている自分に、より笑みを深くするのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 惑星アムドゥスキア・火山洞窟。

 その名に違わず、超高温のマグマや溶岩で構成された巨大な洞窟である。

 

 ダーカーや龍族、そしてアークスでもなければ降り立った瞬間燃え尽きて死んでしまうだろう。

 

「う、暑いわね」

「フォトンで守られているのにこの温度かー……うばー……」

 

 そんな惑星に、シズクとリィンは降り立った。

 

 辺り一面、黒い溶岩石で構成された壁と床と天井。

 そして暗い洞窟内の唯一の光源となっている紅く輝くマグマ。

 

 見ているだけで、汗が出てくるようだ。

 しかし感じる暑さとしては、真夏の猛暑日程度。

 

 そこまで体感温度を下げることができるフォトンの利便性の高さは流石の一言だ。

 

「こんな環境に住める龍族って凄いね……」

「うん……そして、早速お出ましね」

 

 灼熱の洞窟内を、ひょこひょこと可愛らしく歩く生物が一匹。

 

 『ディッグ』。

 そう呼ばれる龍族だ。

 

 身体は小さく、見た目は頭の黄色いワニのような外見だ。

 強さも龍族の中では一番弱く、体当たりくらいしかしてこない生き物である。

 

「ディッグ……それも一匹か」

「何だか可愛いわね、どうする? 私は見逃しても構わないけど……」

「いや、レアドロの確率はあるから倒すよ」

 

 腕を振るい、ブラオレットを銃モードへと変更する。

 片目を瞑り、フォトンを銃弾に変えてチャージ。

 

「エイミング……ショット!」

 

 もう見慣れたフォトンの光弾が、ディッグに向かって放たれた。

 ――が、しかし。

 

 弾はディッグの頭を僅かに掠る形で飛んでいき、そのままディッグの後方の地面に着弾した。

 

「むぅ……小さくて狙いにくい」

「じゃあ近づいて仕留めようか」

 

 言って、リィンはアルバギガッシュに手を掛ける。

 

 地を蹴って走り、一瞬でディッグとの距離を詰めた。

 

 近づいて、ようやくディッグは二人の存在に気付いたようだ。

 しかし時すでに遅し、もうリィンはソードを振りかぶっている。

 

「ツイスターフォール!」

 

 フォトンの刃が、青い剣閃を描いてディッグに叩きつけられた。

 小さな悲鳴をあげて、ディッグは後方に飛び退き態勢を整える。

 

「くっ……!」

 

 一撃では倒せなかった。

 ならば、ともう一度ソードを振るおうとしたリィンの傍を、フォトンの弾が通り過ぎた。

 

 リィンの放った弾丸だ。

 今度は無事着弾し、ディッグの脳天を貫いた。

 

「ふぅ、今度は当たった」

「ナイスショット」

 

 倒れたディッグは、ナベリウスの原生生物と同じように解けて消えた。

 跡に残るのは、ドロップアイテムだけだ。

 

「あ」

 

 と、そこでリィンはディッグの落としたアイテムを見て声をあげた。

 

 しゃがみ込んで、『それ』を手に取る。

 

「やった、PAディスクだ」

「おお、やったね!」

 

 PAディスク。

 使用することで、フォトンアーツを習得できる強化アイテムだ。

 

 フォトンアーツというのは、使用者のフォトンを消費して発動する技のこと。

 

 シズクがよく使用するエイミングショットや、リィンが先程使用したツイスターフォールもフォトンアーツの一種である。

 

 使用できる技が増えるというのは、単純に自身の強化に繋がる。

 リィンは迷わずそのPAディスクを使用するのであった。

 

「PAディスク……使用っと」

 

 落ちているディスクを拾い上げ、握り潰す。

 割れたことによって漏れでたフォトンがリィンを包み込み、吸収されていく。

 

 フォトンアーツ、習得完了である。

 

「何てフォトンアーツ?」

「『スタンコンサイド』ってやつ。試してみたいから使うけどいい?」

「いーよー」

 

 会話をしながら、歩き出す。

 

 陣形はリィンが前、シズクが後ろだ。

 二人のクラスを考えれば当然の形だろう。

 

「ぐるる……」

「がぁ!」

 

 歩みを進めると、今度は複数の龍族が威嚇しながら姿を現した。

 

 その数実に四匹。

 ディッグが二匹、ソル・ディーニアンが二匹の構成だ。

 

 いわばここは龍族の巣窟。

 敵の方が数が多くなることは当然だろう。

 

「囲まれたら不味いね、ディッグは足が遅いからソル・ディーニアンを先に片付けよう」

「うんっ」

 

 頷いて、シズクはソル・ディーニアンに視線を向けた。

 

 溶岩のような色の鱗を纏った、二足歩行のエネミーだ。

 リザードマンという表現が一番しっくりくるだろうか。

 

「ディッグと違ってヘッドショットが狙いやすくていいね……エイミングショット!」

「[舐めるな][アークス]!」

 

 放たれた弾を、ソル・ディーニアンは頭を傾けることでかわした。

 

「うば!?」

「喋った……? いえ、テレパシーね。そういえば龍族とは昔交流があって、その時の名残で龍族とは対話が可能だとか……話が通じる相手だと微妙に戦い辛いわね」

「いや、レアドロップのために彼らには死んで貰おう」

「言うと思ったわ……」

「[今度は][こちらの][番だ]」

 

 ソル・ディーニアンが、手に持った銃をシズクに向けた。

 

「銃……武器も使うって相当知識高いわね」

「リィン、お願い」

「任せて!」

 

 銃から、音もなく青白い弾が放たれる。

 それを見て、リィンはシズクの前に躍り出て剣を盾のように構えた。

 

 弾が剣に当たる瞬間、フォトンの盾が精製されそれを防ぐ。

 ジャストガード成功である。

 

「[何!?]」

「はぁあああああ!」

 

 ガードを解き、リィンは流れるように走り出した。

 狙いはまだ弾を撃っていない方のソル・ディーニアンだ。

 

 何故ならもう、弾を撃った方のソル・ディーニアンはシズクのエイミングショットで頭を貫かれているのである。

 リィンが庇ってくれると確信していたシズクは回避も防御もせずにカウンターのように弾を放ったのだ。

 

「スタンコンサイド!」

「[ぐがっ!?]」

 

 ここぞとばかりに、リィンは新しいフォトンアーツを放った。

 アルバギガッシュの腹で、敵を殴打し目眩を起こさせるという技だ。

 

「シズク!」

「任せて!」

 

 目眩を起こした相手は、当然しばらく動けない。

 つまりヘッドショット狙い放題である。

 

 ここは自分がとどめを刺すよりシズクに任せた方が良いと判断し、残りのディッグを狙いにいく。

 

「スタンコンサイド! スタンコンサイド!」

「ぐぎゃう!」「くぎゅう!」

「……便利ね、スタンコンサイド」

 

 二発、つまりディッグ二匹を一発ずつ剣で殴打して、悠々と呟く。

 

 あとはもう急所を狙うだけである。

 出来るだけ苦しまないように、一撃で葬ってあげようと剣を振り上げた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「うばーレア無しかぁ」

「まあそんな日もあるわよ」

「いやレアドロップしたことないんだけど」

「ごめん」

 

 一時間後。

 規定の討伐数まであと数匹というところで、二人はマグマから距離がある比較的熱くない岩に座って休憩中だ。

 

 『あと数匹ならちゃちゃっと片付けよう』。

 そういう考えは危険だ。敵しかいないこの場で無茶をするのは得策ではない。

 

 もし、ロックベアのようなボスエネミーと疲労状態で戦うことになったら不味いだろう。

 

 そう判断しての休憩だった。

 

「しかし龍族強いねー、頭も良いし、見た目格好良いし」

「今日戦ったやつは全部雑魚枠だったわね、あれで雑魚とかボスエネミーはどんななのかしら」

「キャタドランとヴォル・ドラゴンね、名前と見た目とレアドロップくらいしか知らないんだよね」

「アークスの研修って実技の評価点高過ぎで筆記が疎かっていうかテキトーだったわよね」

「あたしたちの代であの教官首になったらしいよ、なんでも筆記で研修生のうちに教えることの半分も教えてなかったって……ん?」

 

 会話の流れを断ち切って、シズクは首を傾げた。

 

 眼を擦って、パチパチとまばたき。

 その後また「んー?」と首を傾げた。

 

「どしたの?」

「……いや、あそこ何かない?」

「あそこ?」

 

 シズクが眼を細めながら火山洞窟のある一点を指差す。

 龍族も、ダーカーもいない、ドロップアイテムが落ちているわけでもない。

 

 つまり、何もいない。

 当然リィンの眼には黒々とした岩とマグマが映るだけである。

 

「何も無いけど……」

「うばー……うーん、あ、分かった。”何も無い”が”ある”んだ」

 

 しばらく悩んだ後、納得したかのようにシズクは頷いた。

 嬉しそうな声の割に、真剣な表情で立ち上がる。

 

「要するに、『そこには何も無い』、『そこにあるのは路傍の石だけだ』。ってあたしはそう思っているんだよ」

「はあ? 何ソレ、つまり何も無いってことじゃない」

「気配もない、姿もない、音もない、『何も無い』。ちょぉーっと、した違和感すら感じない完璧すぎる『迷彩』……? いや、『消失』? まあどっちでもいいや」

 

 ちゃきり、とシズクは静かにブラオレットを構えた。

 何もない虚空に向けて、その銃身を突きつける。

 

「姿を表せ、さもないと撃つ」

「…………」

 

 虚空に銃を向ける姿はハタから見ると滑稽で、何か痛々しい病気にかかっているんじゃないかという疑念すら浮かばせるほど愚かだった。

 

 しかし――。

 

「――――お見事、ですね」

 

 スゥーっと、幕を引くように、何も無かったところに何者かが現れた。

 

 リィンより濃い色の蒼いラフツインテール。

 その細身のプロポーションが丸わかりの、『ゼルシウス』という黄色いタイツのような服。

 

 そして一際眼を引く、両腕に装着されている異形のツインダガー。

 

 クールビューティー。

 そんな言葉が似合いそうな美少女が、突如として出現した。

 

「お聞きしてもいいですか? どうしてわたしが此処に居るとお分かりに?」

「うっそ、本当に誰か居た……」

 

 リィンが背に付けたソードに手を添えながら呟いた。

 いつでも、シズクを庇えるように気持ち前へ出る。

 

 一方――シズクは絶句していた。

 一言も、言葉を発せないでいた。

 

 何か喋ろうと、口をパクパクさせるも声が発せない。

 

「……? 何ですか? もしかしてただの勘による推測で、当てずっぽうに言っただけで本当にいるとは思っていなかった、とかですか?」

「そんなことより、アナタは誰? アークス……なの?」

「……見れば分かるでしょう、アークスですよ。訳有って素性は明かせませんがね」

 

 言って、謎の少女はリィンから視線を切ってシズクを見据える。

 値踏みするような目線だ。実際、シズクの実力を目算で計っているのだろう。

 

「……アナタ、言われた通り姿を現したのだからそろそろ銃を降ろしてくれません?」

「…………く――」

「撃とうというのなら、オススメはしませんよ。この距離なら容易く回避することが――」

「――クーナちゃん!?」

「でき――えっ」

「わ、わあああ! やっぱり本物のクーナちゃんだぁああああ! サイン! サインください!」

 

 ようやく硬直から解けたシズクは、武器を仕舞うとアイテムパックを漁りだした。

 サインを書けるようなものを探しているのだろう。

 

「……えっ? いや、その……なん――えっと、違くて」

「うばー! ペンが無い! リィン! 何か書けるモノ持ってない!?」

「えーっと、え?」

 

 さっきまでのクールさが嘘のようにうろたえる謎の少女X。

 サインサインと狂ったように繰り返すシズク。

 そして急展開に付いていけていないリィン。

 

 何だか妙なことになったなぁ、とペンを取り出しながらリィンは思ったのであった。

 




この場を借りてお詫びを致します。
昨日思い出したのですが、サポパが手に入るのレベル20からでした。
今更ゲームの設定に順守することはできないので、AKABAKO世界では
サポパは新米でも一人一つ作成可能ということにします。
誠に申し訳ございませんでした。

他にも設定違い等ございましたら教えていただけると嬉しいです。
どうにかこうにか都合の良い解釈をして上手く誤魔化しますので。


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大小小


若干クーナのキャラ崩壊注意……?
でも作者の中でクーナってこんなキャラなんですよね、
まあ逸脱しすぎてはいないと思うのでご勘弁を。


 透刃マイ。

 ゼルシウスを纏う蒼髪の美少女――クーナの持つツインダガーの名称である。

 

 通常の武器としても破格の性能を持つマイだが、この武器は他にはない特殊な能力というものが備わっている。

 

 その能力というのは、一言で言うと『存在の希薄化』。

 所有者のフォトンを大量に喰らうことで所有者の存在を希薄にし、誰にも気付かれず、気にもされず、気づいても記憶に残りにくくするという隠密機器の最高峰ともいえる性能を誇る武器である。

 

(それ、なのに……)

 

 目の前ではしゃぐ自分より幼いであろう少女は、隠密中の自分を発見した。

 それだけでもクーナは内心焦ったものだが、そこまではまだ容認できた。

 

 マイの隠密を見抜いたのは、これで二人目なのだ。

 前例がある以上、必要以上に驚いたりはしない。

 

 だが、自分の正体までも見抜かれたのは初めてだった。

 

(……始末するべきか?)

 

 物騒なことを考える。

 だが、彼女の仕事を考えると、不穏分子は潰しておくのが常だ。

 

「クーナちゃん?」

「あ、いや……えっと、アナタ、名前は?」

「サインに名前書いてくれるの!? やった、あたしはシズク! この子はリィンだよ!」

「……シズクに、リィンですね」

 

 やはり知らない名前だ。

 有名なアークスでは、ない。

 

 始末しても、揉み消すのは容易いだろう。

 

(……けど)

 

 ペンと、色紙代わりであろう自分の曲が入ったミュージックディスクを

 純粋な目で渡してくるシズクを見て、クーナは毒気を抜かれたように溜め息を吐いた。

 

(……やはり向いてませんね……わたしにこの仕事は……)

 

「……お察しの通り、わたしはクーナです」

「知ってる! サインプリーズ!」

「……見ての通り、今のわたしはアイドルとして動いている訳ではありません。サインはまた別の機会に……」

 

 してください、と言いかけて、クーナは眉を八の字にして今にも泣きそうなシズクを見てしまった。

 

 これには、勝てない。

 クーナは言いかけた言葉を飲みこんだ。

 

「……いえ、そうですね、わたしの質問に幾つか答えて頂けたらサインを書いてあげましょう」

「マジで!? やったー! 何でも訊いてよ!」

 

 シズクは諸手をあげて喜んだ。

 

 クーナは今流行のトップアイドル、サイン一つ貰うのもかなりの苦労が要るのだ。

 それを質問に答えるだけで貰える、なんて言ったらクーナのファンが聞いたら発狂して羨ましがるだろう。

 

「まず、どうしてわたしが居たことが分かったのですか? わたしは完全に気配も姿も消していた筈なのですが」

「うーん、それについてはあたしも説明しづらいんだけど……」

 

 うーん、と考え込むシズク。

 どう説明したらいいか、迷っているようだ。

 

「……説明できないということは……勘ということですか?」

「大雑把に言えばそうなんだけど……なんというか、クーナちゃんの立っている『そこ』と、」

 

 シズクはクーナの足元を指差した。

 その後、本当に何もない、ただの地面を指差す。

 

「本当に何もない『そこ』とで、見ている時の感覚が違ったって感じ」

「ふむ……? イマイチ要領を得ませんね……」

「具体的にどう違ったとかは分かんないから、まあ勘……かな?」

「結局は勘ですか」

 

 勘とはなんか微妙にちょっと違うような感じがするんだけどねーっと笑うシズク。

 

 否。笑う、というか今のシズクは常時笑顔である。

 憧れのアイドルと実際に話ができて心底嬉しそうだ。

 

 テンションフルパワーマックス状態である。

 

「では次の質問ですが……」

「ふっふっふ、スリーサイズ以外ならお答えしよう!」

「……。わたしがアイドルのクーナだと何故分かったのですか?」

「え? 見れば分かるじゃん」

 

 いや分かんないわよ、とリィンは心の中でつっこんだ。

 髪の色から服装まで、何から何まで違う。

 

 だが確かに、言われてみれば顔に面影はある……か。

 

「見れば分かる……? 姿恰好はおろか、口調や性格まで違うというのにですか?」

「うん、寧ろそれでバレないと思ってたの?」

「心外ですね……今まで正体を見破られたことなどありません」

「あ、でも最初少しだけ迷ったかな」

 

 今までニコニコしながらクーナと眼を合わせて話していたシズクが、ふいに視線を落とした。

 視線の先には、ゼルシウスという薄い防御に覆われたクーナの胸部。

 

 つまりおっぱいをガン見して、一言。

 

「胸が、テレビで見た時より大分小さく――」

「黙りなさい」

 

 刹那。

 透刃マイの刃が、シズクの首筋に押しつけられた。

 

 冷たいフォトンの感触に、思わずごくりと喉を鳴らす。

 

「ちょ、シズク!」

 

 リィンがソードに手を掛けながら、シズクの名を叫ぶ。

 クーナが少し力を入れればシズクの首は飛ぶ。

 

 ……が、刃はすぐに下げられた。

 

「…………失礼、取り乱しました」

「いや、あたしこそごめん」

「シ、シズク大丈夫?」

 

 リィンが心配そうにシズクの首元を覗き込む。

 薄皮一枚、切れていない。全くの無傷だ。

 

「全く……他人の身体的特徴に突っ込むなんて野暮ですよ」

 

 言いながら、クーナは一瞬だけちらりとシズクの胸を視界に入れた。

 

 普段であれば気に留めないような行動だったが、タイミングもありシズクは敏感に反応する。

 

「クーナちゃん、今あたしの胸見て『勝った』とか思ったでしょ」

「っ!? そ、そんなことありませんよ」

「うばー! 分かるんだからねそういうの!」

「ぐっ……ですが先に胸の話をしてきたのはそっちでしょう」

 

 ぎゃーぎゃーわーわーと、貧乳同士の醜い争いが始まった。

 

 正直貧乳具合ではどっちもどっちである。

 

「言っとくけど、あたしまだ成長期真っ最中だからこれから大きくなるんだからねー!」

「それを言うならわたしもまだ十六、全然成長の余地はあります」

「ぐぬぬ」

「ま、アナタのような幼女フェイスが巨乳になってしまったら児童ポルノ法に引っかかってしまうかもしれませんし無乳で丁度いいんじゃないですか?」

「うばっ。……あ、アイドルとしてパッドで誤魔化すのってどうなのかなぁ?」

「うぐっ、……いいんですよ、アイドルというのは夢を与える仕事なのですから」

 

「ちょ、ちょっと何で喧嘩になっているのよ」

 

 二人の低次元な煽り合いに、たまらずリィンは横から口を出した。

 

 当然、二人の視線はリィンに注がれる。

 

 そう。

 

 貧乳二人とは次元の違うC……いやDカップはあるであろう巨乳(リィン)による仲裁など、

 今の二人にはこれ以上ないくらいの煽りとなってしまうのであった。

 

 ――動いたのは、同時だった。

 

「シンフォニックドライブ!」

「エイミングショット!」

「ちょっ、ジャ、ジャストガード!」

 

 蹴撃と銃弾が交差し、リィンの生成したフォトンの盾に激突した。

 辺りに大きな衝突音が響き渡る。

 

「ちぃっ、その胸抉り損ねたか」

「今のを防ぐとは……新米の癖に――いえ、巨乳のくせにやりますね」

「ふ、二人とも変なテンションになってるから落ち着こう? ね?」

 

 自分がキレたら終わりだ、もう収集付かない。

 と、リィンは急に攻撃された怒りを抑えながら言葉を紡ぐ。

 

「ほら、胸の大きさなんてどうでもいいじゃない。小さいのが好きだって人もいるわよ」

「そのおっきくて柔らかそうなのを揉ませてくれれば落ち着くかも」

「わたしも興味あります」

「スタンコンサイド!」

 

 抑えきれなかった。

 ソードの腹部分での殴打を狙うが、シズクとクーナはこれを間一髪で避けた。

 

「ちょっと一回頭冷やそうか!」

「うばぁー! その乳揉ませろー!」

「これより巨乳討伐任務を開始します……」

 

 こうして三人のじゃれ合いの様な戦いが始まった。

 

 けど良く考えたら二対一なのでリィンに勝ち目はないのであった……。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「それでは、わたしはそろそろ任務に戻ります」

 

 少し遊びすぎました、とクーナは額の汗を拭きながら言った。

 

 場所は先ほどまでと変わらず火山洞窟の一角。

 リィンが胸を抑えて涙目で体操座りしている横で、シズクとクーナは手を振り合った。

 

「またねクーナちゃん! これからも応援してるよ!」

「ありがとうございます。……ですが、わたしがアイドルのクーナだということはくれぐれも内密にお願いしますね」

「分かっているよー、あれでしょ? アイドルだからって警戒を緩めたお偉いさんとかから情報を引きだして、その情報に応じて今のアークスモードのクーナちゃんが仕事をするとかそういうのでしょ? それなら広める訳にはいかないもんねー」

「……アナタはホント底が知れませんね」

 

 合ってた? と笑うシズク。

 ノーコメントにしておきます。と首を竦めるクーナ。

 

「どうやらその鋭さ、察しの良さがアナタの武器のようですね。……忠告しておきますが、不用意に色々なことに突っ込まない方がいいですよ」

 

 世の中には、察してはいけないことや、見抜いてはいけないことがある。

 無意識だろうと意識的だろうと、知ってはいけないこともある。

 

「わたしの標的が、アナタたちにならないことを祈っています」

「……ああ、仕事ってそういう」

「あと、『例の件』について何か分かったらお願いしますね」

「うん、任せてー」

 

 その言葉を聞いて、クーナは微笑みながらゆっくりと姿を消した。

 

 まだそこに居るだろうにもう見えない。

 

 シズクにだって、『ああ何となくそこに居る気がする』程度にしか分からない。

 

「サイン、ありがとねー!」

 

 スタイリッシュな文面で書かれたクーナのサイン入りミュージックディスクを振りながら、シズクは叫んだ。

 

 どういたしまして、と聞こえた気がした。

 

「ふぅー、いやぁまさかクーナちゃんとこんなところで会えるなんてねー」

「ぅう……すっごい揉まれた……」

「ほらリィン、そろそろ残りの分龍族倒してデータ採らなきゃ」

 

 そう、クーナの登場ですっかり忘れていたが今は『龍族生態調査』というクエストの真っ最中なのだ。

 

 龍族を倒し、データを採取して龍族の生態等を調査するクエストだ。

 とはいっても、龍族の生態の大部分は判明しているので最近は生態の調査というより、近頃アムドゥスキアにも増えてきたダーカーによる龍族への影響を調べるという意味合いが強い。

 

 以上、重要そうだけどシズクら一般アークスには何ら関係の無いクエスト詳細でした。

 

 今更過ぎる。

 もう数匹倒せばクリアだ。

 

「もー、いつまでもいじけてないでお仕事するよー?」

「うぅ……もげるかと思ったわ」

「ちょっと悪ノリしちゃっね、ごめん」

 

 ごめんねー、とリィンの頭を撫でる。

 

 しばらく撫で続けると、リィンは漸くゆっくりと立ち上がった。

 

「別にいいわよ、……少し、楽しかったし」

「リィン………………マゾなの?」

「違うわよ! 何でそうなんのよ! もういいからさっさと残りのノルマ達成するわよ!」

「あはは、了解」

 

 笑いながら、二人は火山洞窟を再び歩き出した。

 

 丁度よく現れた数匹の龍族(ディーニアン)を狩り、ノルマ達成。

 

 二人の初アムドゥスキア探索は成功に終わったのだった。

 

 

 

 

 

「あ、ディーニアンがレア落とした」

「うばぁあああああああ!? 何でリィンだけえええええ!?」

 

 リィンは 『ラコニウムの杖』 を てにいれた!

 





この前採掘基地防衛線行ったら床ペロしちゃってやっちまったとか思ってたら、
シズクという名前の人が復活させてくれて運命を感じた。





その後キャラクターサーチでシズクの名前を検索したらシズクめっちゃ居ることを知った。



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ブレイバー

感想は喉から手が出る程欲しいけど感想クレクレ君にはなりたくない創作者のジレンマ。

多分大半の作者が共感出来る筈。


「うーむ……」

 

 アークスシップ・ショップエリア。

 その片隅に目立たないがマイルームショップという店がある。

 

 文字通り、マイルームに設置する家具等を売っている店だ。

 

 どうしても戦闘関連が優先されるアークス業のあおりを受けて、こんな隅っこの目立たない所に配置されているが、品ぞろえは一流で利用客は意外と多い。

 

 そんな店の前で、ハンター向けの服であるネイバークォーツに身を包んだ青髪の少女――リィン・アークライトは顎に手を当てて唸った。

 

「買うべきか……買わざるべきか……買うならソファでいいか、ベッドにすべきか……」

「あれ? リィン?」

「へ?」

 

 聞き慣れない声で突然名前を呼ばれ、驚いて振り返る。

 

 背後に居たのは、二人組の女性アークスだった。

 

 一人は、エーデルゼリンという身体のラインがはっきりと分かる長袖と短パン、そしてハイニーソと絶対領域が特徴的な服を着た、角の生えたデューマンの少女。

 もう一人は、ジェンダーピラートというフリルのあしらわれた戦闘服を纏った赤髪ポニーテールで美人のヒューマン。

 

 デューマンの少女――『イオ』はリィンと同期の研修生だった少女だ。

 彼女はブレイバーという新設されたクラスを希望したため、アザナミという名前のアークスに師事する形での研修となっていたのであまり交流は無かったが、リィンにとって会話ができる数少ない知り合いである。

 

「あら、イオじゃない。久しぶり」

「久しぶりだな、元気にしてたか?」

「まあ、それなりにね。……ところでそっちの人は?」

 

 挨拶もそこそこに、リィンは視線をイオの隣にいるポニーテールの美人に向けた。

 

 改めて見ると、美人に加えてかなりのプロポーションの持ち主だ。

 イオのスタイルはシズクと同レベルなので、並んでいると年の離れた姉と妹のように見える。

 

「ああ、この人は『アザナミ』さん。オレにブレイバーのいろはを教えてくれた……まあ有り体に言えば師匠、かな?」

「会うのは初めてだねぇ、リィンちゃん。ブレイバーの指南役をやらせてもらっているアザナミだよ、よろしく」

「あ、よろしくお願いします。……私のことご存じなんですか?」

「まあね、今期の新米でブレイバーの素質がある子はチェックしてあるよー」

 

 ブレイバーの広報も担当しているからねぇ、とアザナミは陽気に笑う。

 

 ブレイバーというのは、ハンターやレンジャーのようなクラスの一つ。

 ただ新設されたばかりであり、まだまだ人口も少ないようだ。

 

「私にブレイバーの素質が?」

「お? 興味ある? じゃあちょっとブレイバーについて説明しちゃおっかなー」

「アザナミさん、この後『センパイ』の所に行くんじゃ……」

「まーまーちょっとだけ、ね」

 

 可愛らしくウィンクするアザナミに、イオは溜め息を吐きつつも了承した。

 基本的に上下関係はアザナミが上らしい。

 

「ああいや、時間が無いならまたの機会でも……」

「大丈夫大丈夫、パパっと説明しちゃうから興味が合ったら使ってみてね」

 

 気楽そうに言って、アザナミは懐から一本の武器を取り出した。

 

 カタナ。

 そう呼ばれるブレイバーの主武装の一つだ。

 

「ブレイバーっていうのは初の打撃射撃複合クラス! 近距離ではこの『カタナ』で敵をズバズバ切り裂いて、」

「遠距離ではこの『バレットボウ』で攻撃するんだ」

 

 そう言ってイオが取りだしたのは、アーチ状の基盤に弦を張ったような武器だ。

 『強弓』、あるいは『バレットボウ』と呼ばれるブレイバーのもう一つの武装。

 

「『カタナ』に、『バレットボウ』……」

「リィンちゃんにオススメしたいのはずばりカタナだね! ギアの効果発動はジャストガード依存だし、ジャストガードに成功したときに反撃もできるしね。ジャストガード、得意なんでしょう?」

「まあ、得意というか必然的に上手くなったというか……いえ、まだまだなんですけどね」

 

 ソロだった頃、戦闘不能が死に直結していたから必死に練習したのだ。

 今ではその技術がシズクを守るために役だっているのだから、練習して損は無かったと言える。

 

「またまた謙遜しちゃってー、ロックベアを無傷で倒した新米なんて今期では君たちだけだったよ」

「んー、まあそれは二人だったわけですし。火力出すのは相方に任せられたから防御に集中できたのも大きいんですよね」

(他の同期連中は四人前後でパーティ組んでるのが殆どなんだけどな……)

 

 イオが心の中でツッコむ。

 

 素直に褒められても素直に受け取れないところは変わっていないらしい。

 

(……まあでも、何処か明るくなったかな……?)

「まあ兎に角ブレイバー、一度試してみてよ。最近では有名どころのアークスにも使っている人はいるんだよー? このままじゃ流行に乗り遅れちゃうよー?」

「有名どころ? 『六芒均衡』とかですか?」

「え? ああいや、……んー、流石にあの辺はレベルが違い過ぎるから……他の有名どころというと……ほら、聞いたこと無い? チーム【銀楼の翼】所属の『サカモト』、【アイスコフィン】所属の『イヴ』とか」

「全然知りませんね」

 

 即答である。

 これには流石のアザナミもがっくりと肩を落とした。

 

 「ええ! そんなに有名な人もやっているならやってみようかなぁ」となるのを狙っていたのだろう、実際プレゼンの手法としては悪くないが、相手がその有名人を知らないなら効果半減以下である。

 

「そっかー、うーん……あ、ほら【ギブミーエクゼ】の……」

「そもそもそのチーム名すら聞いたことが……」

「ぐぬぬ……しょうがない、これはまだ確定情報じゃないから黙っておこうと思ってんだけど……」

 

 アザナミが、流石にこれは知っているだろう、と秘めておいたとっておきの有名人を口にする。

 

「チーム【大日霊貴】の……」

 

 瞬間――

 

「『ライトフロウ・アークライト』も、ブレイバーにクラス替えを予定しているそうだよ」

 

 ――リィンの表情に、曇りが表れた。

 

 アークライト。

 リィンと何かしら関係のある人物なのは、間違いないだろう。

 

「……ん? あれ? アークライトってことはもしかして……」

 

 アザナミが、口に出してようやく気付いたとばかりに言う。

 

「……血縁者、です。私の」

「へぇ! ということはあのライトフロウの妹ってことなんだね! 成程、それは才能があるわけ「アザナミさん」」

 

 アザナミのセリフを遮るように、リィンは言葉を発した。

 

 その表情は、暗い。

 

 まるで、思い出したくないことを、思い出してしまったかのように。

 

「すいません、ちょっと用事を思い出したので帰ります」

「え? あ、ああ……」

「ブレイバーの件は、少し考えさせてください。……それでは」

 

 ぺこり、と頭を下げてリィンはその場を後にした。

 

 マイルームショップの前には、イオとアザナミだけが取り残される。

 

「…………もしかして、わたし地雷踏んだ?」

「みたいだな、お姉さんにコンプレックスでもあるのか?」

「あー……優秀な姉を持つと妹は辛い、みたいなのかな? 悪い言い方しちゃったなぁ……」

 

 今度謝ろう、と言って二人も移動を始めるのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ――――流石はライトフロウ嬢の妹だね。

 ――――妹さんは立派なお姉さんを持ててよかったわねえ。

 ――――テストで満点? 凄いわ、お姉さん譲りの優秀さね!

 

 

 ――――周りの言うことなんて気にしなくていいわよ。

 ――――お姉ちゃんは、アナタが頑張ってることを知っている。

 ――――私はずっと、アナタの味方よリィン。

 

「忘れろ、私」

 

 アークスシップ・女子寮。

 その廊下を、リィンは俯きながら歩いていた。

 

「忘れろ、忘れろ、忘れろ、今日は何も無かった。無かった、無かった」

 

 呪詛のように呟き続ける。

 

 自分に思い込ませるように。

 自分に言い聞かせるように。

 

「私に、姉なんていない」

 

 自分の部屋の前に立つ。

 

 今日は早いけど寝てしまおう。

 丁度良く、今日はシズクと話しあって休息日にした日だ。

 

 アークスにとって身体は資本。

 たまの休みくらい、昼間から寝てても誰も文句は言わないだろう。

 

 そう思い、扉を開いた。

 

 シズクがエプロン姿で台所に立っていた。

 

「……………………へ?」

「あ、おかえりー。お邪魔してるよー」

「……え? あれ? 何でいるの?」

 

 鍵は掛けていた筈である。

 ていうかルインに留守番させていた筈である。

 

「休みの日にすることが無いから遊びに来た!」

「あ、うん……って、どうやって入ったの?」

「え? 普通にルインちゃんに開けて貰ったけど」

「そ、そう……で、そのルインは何処に?」

「買い出しに行ったよ!」

「…………」

 

 あ、あのサポートパートナー主がいない部屋に他人を勝手に上がり込ませておいて、

 その客に留守番させて出かけやがったー!?

 

 空いた口が塞がらないとはまさにこのことである。

 そんなリィンの表情から察したのか、シズクは苦笑いをしながら申し訳なさそうに口を開く。

 

「……駄目だった?」

「え!? あ、いやシズクなら別にいいんだけど、通信の一つでも送ってくれればよかったのにって」

「あーそうだったね、今度から気を付けるよ」

 

 そう言って笑って、シズクは台所から出てベッドに腰掛けた。

 

 どうやら昼ごはんの支度が一区切りしたようだ。

 多分もう部屋主のリィンより台所周りの事情に詳しいのだろう、なんて思った。

 

(よく考えたらまだシズクと知り合って一週間くらいなのよね……順応性が高いというか懐に入り込むのが上手いというか……)

「あ、ところでさー」

 

 シズクにベッドを取られてしまったので、何処に座ろうかと悩んでいると(ていうかこう言う時のためにソファかベッドを買おうか迷っていたのだった、今思い出した)シズクが口を開いた。

 

「何かあった?」

「――っ」

 

 まるでテストの点数何点だった? みたいな軽い口調だ。

 

 けど、おそらく確信しているのだろう。

 

 察しているのだろう、何かがあったことを。

 

「んー、何か些細なことで昔あった嫌なことを思い出しちゃって忘れようと必死になっているような顔してたからさ、どうしたのかなって」

「……相変わらず鋭いわね」

「合ってた?」

 

 ほぼ百点満点だ。

 

 が、素直に認めるのも癪なのでリィンは「大体ね」と微笑んだ。

 

 大したことじゃない、と伝えようとした微笑みだったが、シズクは「ん」と両手を差し出した。

 

 ハグのポーズ、である。

 

「ふっふっふ、二人きりだから遠慮しなくていいぞよ」

「…………」

「さあカモンガール! あたしの平坦な胸で存分に癒されるが良いさ!」

 

 ドヤ顔で言い放つシズク。

 

 彼女なりの励ましだ、道化を演じることでツッコミを入れさせ、リィンの心の闇を少しでも晴らしてやろうという試みである。

 

 ――だが、色々と察しの良いシズクにも察せないことは幾つかある。

 

 例えば、過去の詳細。

 いくらなんでも昔あったことの詳しいことは分からない。

 

 例えば、細かい心情。

 簡単な喜怒哀楽と、それに付随する情報くらいしか流石に分からない。

 

 そして今回想定外だったのは――リィンの心の傷は、闇は。

 

 彼女にプライドを捨てさせるには充分な痛みだったということだ。

 

「そう、ね」

「え?」

「泣きはしないけど、胸は貸してもらうわ」

「…………え?」

 

 広げた両腕の中に入り込んで、リィンはシズクの平坦な胸に頭を押しつけた。

 

 シズクがベッドに座っているので身長差が凄いことになっているが、そこはリィンが床に膝を立てて座れば丁度良かった。

 

「え、ちょ、ちょっと」

「何よ、カモンって言ったじゃない」

「い、言ったけどまさか本当に来るとは思わなかったっていうかなんというか……」

 

 すん、と息をすればシズクの香りが胸一杯に広がった。

 まだ幼い、ミルクの様な香り。

 

(落ち着く……何だか今なら良く眠れそう)

 

 ゆっくりと背中に腕をまわして、目を閉じた。

 

 甘いミルクのような匂いと、顔面に感じる微かに柔らかい感触が心地よくて眠ってしまいそうだ。

 

 一方、シズクの頬は真っ赤に染まっていた。

 

 差し出した両手はリィンの背中に回すことも無く、行き場を求めて宙をさまよっている。

 

(あ、あれー? こういう初心なのはリィンの役回りじゃなかったのー?)

 

 心で自問自答するも、答えは出ない。

 そもそもシズク自身、リィンと違って愛だの恋だのを知識と知っているが経験は無いのだ。

 

 このままじゃ恥ずか死する、昼ごはんの準備があるからとか言ってどいて貰おう。

 

 そう決心して、シズクは自身の胸に顔を埋めるリィンに声をかけた。

 

「…………り、リィン?」

「…………」

 

 返事が無い。

 もう一度呼びかけてみるが、やはり返事は無い。

 

「……もしや」

 

 耳を傾けてみる。

 すると、微かに寝息が聞こえてきた。

 

 どうやら眠ってしまったようだ。

 器用な態勢で寝るなー、と感心したように呟いて、シズクはようやく緊張が解けたように両手をリィンの背に置いた。

 

「……ルインちゃんが帰ってきたらなんて説明しよう」

 

 リィンの両腕が腰をがっつりと拘束していて、動けないしほどけない。

 起こすのも忍びないので、しばらくはこのまま放置しておくしかないだろう。

 

 どうせなら寝顔の一つでも見てやろうと身体を捻るも、胸に顔を埋められている以上それは無理な話だった。

 

「この態勢じゃ寝顔見れないな……」

 

 諦めて倒れ込むように、ベッドに寝転がる。

 リィンがシズクにのしかかる形になったが、アークスであるシズクには女性一人分の体重くらい無いも同然である。

 

「ぁー……なんかあたしも眠くなってきた」

 

 リィンの青髪を梳くように撫でて、欠伸を一つ。

 重くなってきた目蓋は多少の抵抗などモノともせず、やがて完全に閉じ切った。

 

 かしゃり、とシャッターを鳴らしたような音が聞こえた気がしたが、それを気にするような気力はシズクにはもう残っておらず、ゆっくりと眠りに落ちて行くのであった。




今気付いたけど話数が2桁行ったのに男性が一回も出てきてないや(どうでもいい)


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対ヴォル・ドラゴン!

 龍族は強力な種族である。

 

 剣を振るえばダーカーの甲殻など一閃にして切り捨てられる。

 銃を撃てばダーカーの額など軽く貫ける。

 杖を振るえばダーカーから受けた傷など一瞬で回復する。

 

 だがしかし、アークスは龍族にダーカーの処理は任せろと言う。

 

 理由は一つ。

 ダーカーは、フォトンで倒さない限り死なないのだ。

 

 龍族がダーカーを倒すと、細菌のように超小型化したダーカーは龍族の体内に入り込み、浸食を始める。

 

 ダーカーの最も恐ろしい性質は、強さでも数でも無い、その浸食性。

 アークス以外の全ての生物に寄生し、身体を乗っ取って暴走させる。

 

 完全に消滅させるにはフォトンが扱えるアークスが倒す他ない。

 だから、ダーカーの処理はアークスに任せるべきなのだが……。

 

 自身達が最強だと信じて疑わない誇り高き種族――龍族は、何時まで経ってもアークスに任せることを是としないのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「ヴォル・ドラゴンを?」

「そそ、今日はそいつを倒そうかと思って」

 

 惑星アムドゥスキア・火山洞窟。

 もう慣れた足取りで、シズクとリィンの二人は燃え盛る溶岩地帯を歩いていた。

 

「ヴォル・ドラゴンを倒せるだけの実力があれば、『惑星リリーパ』の探索許可も降りると思うんだよね」

「まあ、そうね。でもヴォル・ドラゴンが何処に居るか分かるの?」

「ボスは奥地にいるのが基本でしょう?」

 

 ヴォル・ドラゴン。

 火山洞窟の王と呼ばれる巨大龍族。

 

 その力は強大で、口から放たれる火炎は岩すら溶かし、地中のマグマすら自在に操る様は

 まさに王と呼ばれるに相応しいボスエネミーだ。

 

「……ああ、それでさっきから奥に奥に進んでいるのね」

「キャタドランも結構奥地にいたじゃん? だからヴォル・ドラゴンはさらに奥かなって」

 

 現在、二人は火山洞窟の最深部間近まで来ていた。

 

 奥地に行けば行くほど龍族にとっても大事な場所なのか、出てくるエネミーは強くなっていったが倒せない程ではない。

 

「ぐるるぁ!」

「――ふ」

 

 岩陰から不意打ちしてきた剣を持った龍族――シル・ディーニアンの攻撃をリィンは受け止め、そのまま数合斬り合った後スタンコンサイドで怯ませた。

 そこをシズクがヘッドショットで仕留める。

 

 このパターンが、今の所二人にできる最も効率的な討伐法だ。

 まだ難易度の低い現状ではこれだけで大半の龍族は沈んでいった。

 

 勿論龍族とて馬鹿ではない。

 一人がリィンと斬り合い、その隙に射手であるシズクを狙う等賢い攻め方をする者も居たが、それも問題ない。

 

 そもそも森林でのレア掘りで現段階にしては鍛えに鍛えていたシズクは、地力からして桁違いだ。

 

「レイジダンス!」

 

 接近してきた龍族を剣モードに切り替えて仕留める。

 

 射撃だけではなく、近接攻撃も出来るのがガンスラッシュの強みだ。

 

「……ん?」

「お」

 

 ふと、気付くと二人は洞窟内としては非常に広い空間に辿りついていた。

 

 入り組んだ通路のような形ではなく、まるで体育館のような広大な空間。

 

 この時のシズク達が知る由もないが、龍族の間ではこう呼ばれている部屋だ。

 

 

 その名も、『王の部屋』。

 

 

「広いね……でも広いのに、エネミーが一匹もいやしない」

「…………シズク、レーダーに巨大な敵影あり。来るよ」

「え? 来るって……何処から?」

「多分、下」

 

 その瞬間、部屋の中央付近の地面が山のようにせり上がった。

 

 硬い溶岩石で出来た地中を軽々と割って、その龍は悠々と姿を現していく。

 

 鉄より硬いであろう頑強な鱗と甲殻はマグマによって朱く照らされ、

 天を覆い隠さんと広がる翼は見る者に畏怖を与え、

 

 そして何より物語に出てくる『龍』そのものな見た目は、王と呼ばれるに値する威圧感を発していた。

 

「ヴォル・ドラゴン……!」

「ほんっとーに奥に居たねえ」

 

 それぞれの武器に手を掛ける。

 

 奴も二人のアークスに気付いたようだ。

 

 龍族にとって、アークスは基本的に見敵必殺。

 完全に敵として認識されているのだ、ヴォル・ドラゴンにとっても二人を見逃す理由はない。

 

 地面が――否、広場全体が揺れる程の大咆哮が辺り一面に響き渡る。

 

「戦闘準備万端って感じだわね」

「大丈夫! あたしたち二人に倒せない敵なんて無い!」

 

 灼熱の火山洞窟で、少女二人と巨大な龍が向き合った。

 

 戦闘行動、開始。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 今でこそベテランと呼ばれるほどになったアークスたちに、初めて壁を感じたのは何と戦ったときだった? という質問をすると、答えは大体三つに分かれる。

 

 まず、スノウバンシーとスノウバンサー。

 凍土と呼ばれるナベリウスの寒冷地域に生息する大型の獣型エネミー。

 

 次に、クォーツ・ドラゴン。

 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸エリアで主に見かける流星のように綺麗なドラゴン。

 

 そして、三つの中で最も多い答えがヴォル・ドラゴンだ。

 実力こそ上記二体に及ばないものの、まだ武器やフォトンアーツが揃っていない新米の時に戦うというのが理由として大きいだろう。

 

 実際、アークス上層部としてもヴォル・ドラゴンは一種の基準として考えているようである。

 ロックベアは登竜門として優秀だが、それでも四人で殴れば新米でも倒すのは容易い。

 

 しかしヴォル・ドラゴンは、雑魚アークスがいくら群れようと倒せない理由がある。

 

 それが、これだ。

 

「――っ硬い!」

 

 リィンが苦悶の表情で叫ぶ。

 

 痺れる腕で必死にソードを握り、今度こそはと腕を振るうもフォトンの刃はヴォル・ドラゴンの甲殻にかすり傷を負わせるのみに終わった。

 

 硬すぎる――少なくとも、今のリィンでは文字通り歯が立たない。

 

「エイミングショ――」

「[コロス!]」

 

 ヴォル・ドラゴンの口から火炎が放射される。

 

 銃剣を構えていたシズクは咄嗟に身体を横に転がし、それを紙一重でかわした。

 

 もし直撃すれば、ただでは済まないだろう。

 フォトンの防護があっても生きていられるかどうか……。

 

「駄目だー! 頭と背中にある角なら攻撃も通りそうなんだけど、あいつの正面に立つの怖い!」

「こっちも駄目……! 鱗に刃がまるで通らない」

 

 転がった勢いのまま走り、シズクはリィンと合流した。

 会話をしながらも互いにヴォル・ドラゴンから眼を離さない。

 

「くっ……やっぱ私が正面に立って囮になるしか……」

「危険すぎるよ! ジャストガードにも限界はあるでしょ!?」

「でもそれしか……っ!」

「[グルル……!]」

 

 突如、二人のいる周辺に影ができた。

 

 空を見上げると、そこには空高く飛ぶヴォル・ドラゴンの姿。

 飛行からのボディプレスだ。だが、威力も範囲もロックベアのそれとは格が違う!

 

「くっ……!」

 

 シズクの背を押し、リィンはソードを構える。

 

 ジャストガードの構えだ。

 タイミングを合わせ、一瞬生成できるフォトンの盾で攻撃を受け切る――!

 

「ぐっぅぅううううう!」

 

 大きな衝撃が、リィンを襲う。

 フォトンの盾でヴォル・ドラゴンのプレスは防いだものの、ヴォル・ドラゴンが地面に降り立った衝撃で地面が揺れ、マグマが噴き出る。

 

 既にフォトンの盾は消えている。

 常時展開しているフォトンの防護があるとはいえ、灼熱のマグマはリィンの身を焼いた。

 

「す、スタンコンサイド!」

 

 歯を食いしばり、目の前にある自身より大きいヴォル・ドラゴンの顔面に剣の腹を叩き込んだ。

 

 並の龍族なら一撃で目眩を起こすような強烈な一撃だ。

 これでチャンスを作り、形勢の逆転を狙う。

 

 ――なんていう甘い考えは、即座に破られた。

 

「[オワリダ!]」

「――なっ!?」

 

 ヴォル・ドラゴンは、目眩など起こしていなかった。

 それどころか、怯みもしない。何事も無かったかのように、リィンを滅ぼさんと攻撃態勢に移っている。

 

 これがヴォル・ドラゴンか。

 これが地獄の王か。

 

(ジャストガード――間に合わ、ない!)

 

 龍の角が、リィンの脇腹を貫いた。

 

 辛うじて心臓を貫かれるのを回避できたのは、流石の反射神経と云うべきだろう。

 

 ただ――致命傷という意味では何一つ変わらなかった。

 

「――――あがっ」

「リィン!」

 

 悲痛な表情で叫ぶ。

 

 突き上げられて宙を舞ったリィンの落下点に駆け寄ったが間に合わず、リィンは地面に叩き付けれた。

 

「待ってて、今ムーンアトマイザーを……」

「[シネ!]」

「っ!」

 

 回復アイテムを使用しようとした瞬間、ヴォル・ドラゴンは二人に向かって火炎を吐いた。

 

 急いでリィンの肩と膝を救いあげるように掴み、抱えて跳ぶ。

 火炎が直線的な軌道でしか飛んでこないのがまだ救いだった、それなら避けることだけなら容易い。

 

「て、テレパイプ!」

 

 携帯用のテレパイプを宙へと放る。

 小型の代わりに、キャンプシップとしか繋げない簡易版のテレパイプだが、今はそれで充分すぎる程充分だ。

 

「[ニガサン!]」

 

 ヴォル・ドラゴンが、地を駆けてシズクに迫る。

 

 まるで巨大な岩山が突進してくるような威圧感だ。

 速度はそこまでないが、掠っただけで身体を持って行かれそうである。

 

「いいや逃げるね!」

 

 リィンを抱えながら、テレパイプにアクセス。

 モニターに転送しますか? という表示が出たので、『はい』をタッチ。

 

 その瞬間、シズクとリィンはその場から消え去った。

 

 数瞬後に、その跡をヴォル・ドラゴンが通り過ぎる。

 

「[……フン、ニガシタカ]」

 

 外敵が居なくなった空間で、火山洞窟の王は悔しそうに呟いた。

 

 ああやって消え去ったアークスは追っても無駄なことを、この龍は良く分かっている。

 アークスと戦うのは初めてではないのだろう。

 

 こうなっては仕方が無い。

 敵も居なくなったことだし腹ごしらえでもしようかとヴォル・ドラゴンは歩き始めた。

 

「[……ム?]」

 

 ふと、気付くと黒い霧が火山洞窟の隅に沸いていた。

 

 そこから数匹の蜘蛛のようなダーカーが現れ、果敢にもヴォル・ドラゴンへ挑み始める。

 

「[ダーカーカ……忌々シイゴミドモメ]」

 

 一匹残さず、鏖殺してやる。

 そう叫び、ヴォル・ドラゴンはダーカーの蹂躙を始めた。

 

 その行動が、自身の首を絞めていることも知らずに。

 




初敗北。

次回、リベンジする力を付けるため、
彼女たちは全アークス共通の敵に挑むのであった。


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対ドゥドゥ!

モニカスはまだ居ません。
ドゥドゥの厭らしさが上手く表現できなくて時間喰ってしまった。



 アークスにとって、敗北は必ずしも死では無い。

 

 勿論敗北しても死にはしないという意味では無い。

 どんなに気を付けても死ぬ時は死ぬし、その時は誰にでも来る。

 

 だが、死ににくくすることは出来る。

 その一番簡単な方法はパーティを組むことだろう。

 

 仲間がいれば、テレパイプで逃げることもできるし、

 戦闘不能時限定回復道具(ムーンアトマイザー)で蘇生させることだって出来る。

 

「リィン! 起きて!」

「…………ぅ」

 

 金色の光る粒子が辺り一面に広がる。

 

 ムーンアトマイザーの効果だ。

 劇薬であるという理由から瀕死の重傷時にしか使用を許されていない、アークス随一の回復薬。

 

 その効果は瀕死からだろうと一瞬で戦える状態まで回復させる超回復。

 

 デメリットはソロでは使えないことと、発動まで時間がかかることくらいだろう。

 

 パーティで行動するアークスの必需品とも呼べるアイテムだ。

 

「――――ぁ、しず、ク?」

「リィン! よかったぁ、間に合った」

 

 だが、そんな万能にも思える回復アイテムのムーンアトマイザーも当然死亡した人間を復活させることはできない。

 お腹に大穴を開けて、今にも死んでしまいそうだったリィンが無事眼を覚ましたことにシズクは心から安堵のため息を吐くのであった。

 

「……ここ、は、キャンプシップ?」

「うん、リィンが倒れた後テレパイプで逃げたの」

「そっか……負けたのね、私たち」

 

 むくり、とリィンは起き上がった。

 

 もうすでにお腹の傷は塞がっている。

 多少身体は痛むが、充分に行動可能な体力を取り戻していた。

 

 フォトンによる治癒促進と、ムーンアトマイザーの回復力が成せる技だ。

 

「うん、完敗だったね」

「……っあー、悔しいわ。勝負にすらなってなかったじゃない」

 

 顔に手を当て、先ほどの戦いを思い出す。

 

 龍の王、ヴォル・ドラゴン。

 刃が通らない硬い鱗にフォトンの防護を容易く貫く攻撃力の持ち主。

 

 勝てる要素が見当たらなかった。

 

 こちらはいくら攻撃しても無駄だというのに、あっちは一撃でこちらの体力を根こそぎ吹き飛ばす。

 

「あんなの……どうしろっていうのよ」

「まー、今のままじゃ絶対無理だね」

 

 強くなるしかない。

 そう言って、シズクは立ち上がってキャンプシップの操縦席へと向かった。

 

「強くなるって……どうやって?」

「レベル上げ、マグ育成、スキル取得、色々あるけどやっぱ今のあたしたちに必用なのはあれでしょう」

 

 キャンプシップの端末を操作して、行き先をアークスシップに帰還と設定する。

 これで数分後には無事アークスシップに帰れるだろう。

 

「装備の、強化だよ」

「な……!?」

 

 リィンは驚きの声をあげた。

 

 装備強化。

 その言葉を聞くだけで泡を吹いて倒れるアークスも多いと聞く地獄の苦行。

 

 まだ体験こそしたことないが、その悪名は研修時代から耳にタコが出来るほど聞かされてきた。

 

「本気なのシズク……本気で、”彼”に挑むというの……!?」

「仕方ないよ、どのみち避けては通れない道なんだから」

 

 シズクの覚悟は決まっているようだ。

 それならば、リィンだって覚悟を決めるしかない。

 

 ”彼”に挑むのも嫌だが、シズクに先を行かれるのはもっと嫌だ。

 

 リィンも、覚悟を決めたように頷いた。

 

「『ドゥドゥ』……奴に挑む時が来たわね」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 アークスの使用する武器・防具(ユニット)には『+値』という概念が存在する。

 『ブラオレット+1』のように武器名の後ろに+が付き、その数値の高さによって武器の強さが強化されていくのだ。

 

 例えば無強化のブラオレットと、最大強化(+10)のブラオレットを比べてみると一目瞭然。

 その攻撃力は二倍近い差がつくのだ。つまり武器の強化はアークスとして活動するのなら必須ともいえる行動である。

 

 そして、その『+値』を増やしてくれるのが、アイテムラボショップという店なのだが、いかんせん金が掛るしグラインダーというアイテムも必要で、そして何よりも――

 

 

 アイテムラボショップの店員が、度し難い程に人間の屑なのだ。

 

 

 

 

 

「ふっざけンじゃねえぞゴラァ!」

「ふざけてんじゃねえぞ!」

 

 ショップエリア・アイテムラボショップ前。

 

 そこで、二人の男が眉間に皺を寄せて叫んでいた。

 

 一人は、赤いショートウルフと呼ばれる短髪が似合う精悍な顔つきの男。

 顔面にある左頬から右目近くまで届く巨大な傷跡が特徴的な好青年だ。

 

 もう一人は、白いオールバックの顔に刺青を入れた柄の悪い巨漢。

 同じく顔面に傷があるが、赤髪の青年と違ってその形は顔の中心に×印を描くように刻まれているのが特徴的だ。

 

 赤髪の青年の名は『ゼノ』。

 白髪の青年の名は『ゲッテムハルト』。

 

 二人とも、アークス内では有名人だ。

 特にその仲の悪さは有名で、旧知の仲とは思えないほど険悪な関係は新人の耳にすら入ってきている。

 

 顔を突き合わせればあっという間に一触即発となり、本来戦闘行為全般が禁じられているショップエリアで喧嘩が始まったのも一度や二度で済まない。

 

 なので、二人並んで怒鳴り声をあげる彼らの姿を見るのは、アークスにとってそれほど珍しいことではない。

 

 だがしかし、今日に限っては様子がおかしい。

 

 何故なら――。

 

「どうなってンだこの野郎! +7から強化を初めて大量のメセタと、大量のグラインダーを消費して、結果出来たのが+3の武器とかてめェ調子こいてんじゃねェぞ!」

「どういうことだオイオイオイ! 95%を三つ落とすとかありえねえだろ! 俺の5スロ武器がたったの2スロになっちゃったじゃねえか! 何万メセタ掛けたと思ってやがんだ!」

 

 そう。

 彼らの怒りの矛先は、忌むべき腐れ縁に向けられたものではない。

 

 ではその怒りは誰に向けたものなのか。

 

 その答えは、彼らの眼の前にあった。

 

「――ふっふっふ」

 

 奴は、不敵な笑みを絶やさない。

 どれだけ憎まれようとも、どれだけ嫌われようとも、どれだけ凄まれても、

 

 奴は言うのだ。

 ありったけの嘲笑と感謝を込めて、厭らしい笑みと共に。

 

「素晴らしく運が無いなぁ、君たちは」

「「てめぇ『ドゥドゥ』ぶっ殺す!」」

 

 ゼノとゲッテムハルトが同時に奴――ドゥドゥの胸倉を掴んだ。

 

 アークスがアークスの職員に手をあげることなど、許されてはいない。

 それに加えてショップエリアでの暴力沙汰は御法度だ。

 

 つまり、アークスはドゥドゥに暴力を振るうことはできないのである。

 

「ちょっとゼノ! 落ち着きなさいって!」

「ゲッテムハルト様、気持ちは大変分かりますが落ち着いて下さい。ここで殺してしまっては不味いです」

 

 今にも傷害事件が起きてしまいそうな状態を見かねて、後ろで見ていた女性二人が止めに入った。

 

 ゼノの腕を掴んで止めたのは、『エコー』というゼノの幼馴染だ。

 金髪にツインテール、そしてバリスティックコードという胸元が大きく開いた赤い衣装が特徴的なニューマンの女性である。

 

 そしてゲッテムハルトの後ろで控えめに進言した方の女性は、『メルフォンシーナ』というニューマンだ。

 深緑色の前髪が目元を隠している髪型と、ニューマンにしても長めの耳、そして控えめな性格に似合わない大きな胸が特徴的である。

 

 ちなみにニューマン、というのはヒューマンより耳が長くてフォトンの扱いに長けた種族である。

 

「チッ! んなこたわかってンだよ……おい、シーナァ!」

「はい、ゲッテムハルト様」

「行くぞ、腹いせにダーカーでもぶっ殺しにな」

「承知いたしました。それではエコー様、ゼノ様、失礼致します」

 

 先にドゥドゥから手を離したのは、意外にも普段からゼノより圧倒的に気が荒いゲッテムハルトだった。

 

 彼にしては随分と物分かりの良い態度に、エコーは首を傾げたがそれよりも今優先すべきはいまだにドゥドゥから手を離さない幼馴染を止めることだ。

 

「いい加減にしなさいよゼノ! 素材ならまた集めればいいでしょう!?」

「ぐ……けどよぉ、エコー」

「けど、じゃない! 大体ね、ドゥドゥ(こいつ)はアークス職員という立場と、装備強化するのが(一応)一番上手いっていう自分の能力を利用して殴られないのを分かっていながら人を煽る最低最悪のクズ野郎よ、そんなの相手するだけ損じゃない」

「……わーったよ」

「私の評価、酷過ぎじゃないかね?」

「いやどう考えても適切だっつの!」

 

 言いながら、ようやくゼノはドゥドゥから手を離し、踵を返して二人はアイテムラボ前を立ち去った。

 

「また来たまえ」

 

 徹頭徹尾、客を煽るような声色だ。

 

 文面だけ見るとショップ店員として普通のことを言っているだけなのに、何故かむかついてくるのは逆にもう才能としかいえないだろう。

 

 ……と、まあそんな無残な男二人の爆死を一部始終見ていた青髪ツインテールことリィン・アークライトは、隣にいるシズクに呟いた。

 

「……ねぇ、やっぱやめない?」

「……あたしも嫌だけどこれが一番強くなる近道には違いないんだよねぇ」

 

 諦めたように溜め息を吐いて、二人はドゥドゥの元へ歩み寄った。

 

 改めて、リィンはドゥドゥの姿を目にいれる。

 

 まず目を引くのは毒々しい紫色の帽子と服。

 ただのアークス職員指定の服なのだが、彼に限ってはその色が恐ろしく似合っている。

 髪は黒く蛇のようにうねっており、鼻の下には彼の笑みを何倍も厭らしく見せる髭が生えていた。

 

 ドゥドゥは、近寄ってきた二人を発見すると、笑みを浮かべた。

 営業スマイル等ではない、この笑みはどう考えてもそんな綺麗な笑みではない。

 

 これは、獲物が来たことを喜ぶ微笑みだ。

 

「ふっふっふ、何用かね?」

「あ、えっと武器の強化をお願いします」

「おっと、それだけでは分からないな。武器の強化というのは大雑把に分けても三種類に別れるのだよ。もしかしてお嬢さん方は新米のアークスかね?」

 

 ならば分かりやすく説明しようか、とドゥドゥは端末を素早く操作して新米用の説明図を立ちあげた。

 ドゥドゥの手作りである。仕事は出来るし、能力もあるところがこの男の憎らしいところなのだ。

 

「お、お願いします」

「ふっふっふ、そう警戒しなくともよいさ。仕事だからね、真面目に説明くらいするさ」

 

 真面目に仕事はするが、誠実にはしない。

 それがドゥドゥという男である。

 

「武器の強化は先ほども言った通り大雑把に三種類に別れる……まず第一に『+値』の強化、『属性値』の強化、そして『特殊能力』の付加だ。見たところ今日の用件は『+値』の強化かな?」

 

 シズクとリィンは頷いた。

 シズクのブラオレットは+1、リィンのアルバギガッシュは+0、そんな状態である以上+値の強化は最優先事項だ。

 

「よろしい、ならば+値の強化について説明しよう。+値の強化にまず必要なのは(メセタ)とグラインダーというアイテムだ、持っているかね?」

「一応は……」

 

 アイテムパックを確認する。

 グラインダーはエネミーの落とすアイテムの一つだ、必然的に彼女らのアイテムパックにはグラインダーがそれなりの量溜まっていた。

 

 が、それでも見る人が見れば不安になる量だ。

 果たしてこれで足りるのか――と。

 

「+値は一度強化するごとに一つ上がる……かもしれない。上がらないかもしれないしもしかしたら下がるかもしれない。そこは君たちの運次第だな」

「うば、下がることもあるんですね……」

「+値の強化というものは、非常に繊細で難しい。失敗することだってそれはあるのだよ」

 

 そう。それが武器強化の難易度を上げている部分だ。

 

 例えばブラオレットの強化にかかる費用は960メセタ。

 これは一般的な昼ごはん一食分に近い値段だ。

 

 +0から+10にするには最低金額9600メセタかかるという計算になる。

 この時点で相当お高いが、+値の下降や現状維持が重なればそれだけ費用はかさんでいく。

 

 しかも成功率は低い。

 終わってみれば数万メセタを消費したにも関わらず+7や8どまりなこともざらに有り得ることである。

 

 ちなみに強化費用は武器のレア度に依存するため、レア度7どまりのブラオレットは960メセタで済むが仮にレア度12の武器を強化しようとしたら一度+をあげるだけで(上がらないときもある)21000メセタもの大金が失われるのだ。

 

「さて、それではどちらから強化をする?」

「じゃあ、あたしからお願いします!」

 

 シズクはブラオレットを取り出し、ドゥドゥに渡した。

 彼はそれをとても丁寧に受け取って、レアリティを調べ値段を提示する。

 

「ふむ、ブラオレットは一回の強化ごとに960メセタ。グラインダーは一つ」

「高いなぁ……持ってけドロボー!」

 

 シズクの総資産は、四万メセタとちょっとだ。

 新人にしては多め、だが稼いでいるアークスから見るとはした金もいいところといった具合だ。

 

 とりあえず九回分のメセタとグラインダーをドゥドゥに差し出す。

 

 ドゥドゥはそれを見てにやりと笑い、九回分の武器強化を行った。

 

「素晴らしく――」

 

 数分後、ブラオレットは強化された姿でシズクの手元に戻ってきた。

 

 見た目は変わらない。

 だが、明らかに強化前とは違うフォトンの輝きを感じる。

 

「運がないなぁ、君は」

「成程、これが――噂の武器強化なのね」

 

 シズクは、手元に戻ってきたブラオレット+5をドゥドゥに突き返し、もう五回分のメセタとグラインダーを差し出した。

 

 数分後、ブラオレット+4が帰ってきた。

 

「何で下がってんのよ!」

「ふむ、失敗のようだね」

「他人事のようにぃいいいいい!」

 

 十回分のメセタとグラインダーを叩きつける。

 

 数分後、ブラオレット+6が帰ってきた。

 

「素晴らしく運がないなぁ、君は」

「馬鹿な……有り得ない……こんなことが……!」

 

 シズクの背後に、ざわ……ざわ……と謎の擬音語が見えるようである。

 心なしか顎とか尖って見えてきた。

 

「ちょ、ちょっとシズク?」

「限界一杯まで行く……! 今更引き戻れない……!」 

 

 シズクは持っているグラインダーの数分の、メセタとグラインダーを差し出した。

 

 その回数実に十五回。

 今までのと合わせて合計消費メセタ37440也。

 

 と、まあそうして出来あがったブラオレット+7をまじまじと見つめ、シズクはぽつりと呟いた。

 

「…………ドゥドゥ死ね」

「素晴らしく運が無いな君は(笑)」

「うばぁあああ! リィン! 離して! ちょっと試し打ちするだけだから! あの紫色にヘッドショットするだけだから!」

「駄目に決まっているでしょ! 落ち着いて!」

 

 語尾に括弧笑いが付いていそうな口調で煽るドゥドゥに銃口を向けようとするアークスと、それを止める相方のアークス。

 アイテムラボショップ前では比較的良く見る光景である。

 

 ドゥドゥは慣れたようにシズクをスルーし、リィンに「次は君の番かね?」と訊ねる。

 

「え? あ、はいお願いします」

「リィン! 気を付けなよ! こいつは噂通りの悪魔だよ!」

「ふっふっふ。何を言う、君の運が無いだけではないのかね?」

「うっばぁあああああああ!」

 

 どうどう、とシズクを抑えながらリィンはアルバギガッシュを差し出した。

 

「ふむ、コモン武器か……これなら一回720メセタにグラインダー一つかね」

 

 +0からなので、10回分のメセタとグラインダーをリィンは差し出した。

 

 数分後、アルバギガッシュ+10がリィンの手元に戻ってきた。

 

「うびゃああああああああああああああああ!?」

「素晴らしく運が良いな、君は」

「あ、ありがとうございます」

「何で!? リィンだけ+10何で!? 胸? 胸なの? 胸が大きい子には成功率サービスしているんだろそうだろ答えろよドゥドゥゥウウウウウ!」

 

 そんな訳がない。

 単純にレアリティの問題だ。

 

 武器強化は、レアリティが高い程難易度は高くなり費用もかさむ。

 コモン武器であるアルバギガッシュとレア武器のブラオレットの強化成功率が大幅に違うのは当然といえるだろう。

 

(――まあ、それを踏まえたうえでも十連続成功は素晴らしく運がいいがね)

「さて、それでは武器の強化は終わったしユニットの強化でもしていくかね?」

「無視!?」

「あ、そうですね、お願いしま――」

 

 す。といいかけたその時だった。

 

 ショップエリアの天井が、赤く染まった。

 正確には、緊急事態と書かれた赤い画面が所狭しと映し出されたのだ。

 

『緊急警報発令。アークス船団周辺宙域に、多数のダーカーの反応が接近しつつあります。』

 

 同時に、アナウンスが流れる。

 普段ショップエリアに流れている落ち着いた雰囲気の音楽も、尋常じゃない事態を表すようなおどろおどろしい音楽へと変更された。

 

「な、何?」

「これは――緊急クエストか」

 

 ショップエリアのアークスたちが一斉に蠢きだす。

 アークス船団周辺宙域に多数のダーカーが接近中。つまりそれはアークスシップが、ダーカー襲撃にあう可能性が高いということなのだ。

 そういった緊急性の高いクエストは『緊急クエスト』として、全アークスが一斉に参加する大規模な討伐作戦が行われるのである。

 

「のんびりユニット強化している場合じゃないわね……」

「行こうリィン、アイテムとか買ったり色々準備しなくちゃ」

 

 さっきまでの発狂ぶりが嘘のように、シズクは冷静に準備を始めた。

 

 アークスシップが襲われるということは、それだけの事態なのだ。

 何せ自分等の居住区域が襲われるわけだし、一般市民の人々にも危険が及ぶまさに緊急事態。

 

 そして何よりも――。

 

「シズク、随分張りきっているわね」

「そりゃそうだよ、だって緊急クエストでのレア入手報告って何故か普通のクエストよりも多いんだもん」

「ああ……成程」

 

 リィンは納得したように頷いて、溜息を吐いたのであった。



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市街地緊急

アッシュは犠牲になったのだ……。
作者のクーナ→『アナタ』←マトイの百合三角関係が書きたいという欲望……その犠牲にな……。


「やべぇ! もう緊急クエスト始まってるじゃん!」

 

 緊急クエストが始まったことで、閑散としたアークスシップ・ゲートエリアに若い男の声が響いた。

 

 男は駆け足でクエストカウンターに向かうと、レベッカにクエスト参加の意を伝える。

 

「もー、『アフィン』さん。突然だったとはいえ緊急任務なんですからもっと早く来てくださいね」

「す、すいません……! 急いで行きま――むぐ」

 

 受注が完了し、急いでキャンプシップに乗り込もうとアフィンが振り向くと、背後にいたアークスの女性にぶつかってしまった。

 アフィンより頭一つ分背の高い人だ。

 つまり正面衝突した場合アフィンの顔面がその女性の胸に埋まった形になるわけで……。

 

「ご、ごめんなさい! 急いでたんです!」

 

 顔を真っ赤にしながら急いで後ずさるアフィン。

 しかしすぐ後ろにはクエストカウンターがあるので、勢い付けて後退したアフィンの背はカウンターの角に打ちつけられた。

 

 柔らかさの後にきた唐突な痛みに思わずアフィンは変な声を漏らしながら床に転がる。

 

 その様子に、女性はくすりと笑った。

 

「アフィン、私だよ」

「いてて……ん? あ、相棒だったのか」

 

 アフィンは、顔見知りだったことにほっと胸をなでおろす。

 

 相棒、と呼ばれたその女性は倒れたアフィンに手を伸ばし、立つように促した。

 アフィンはその手を躊躇い無く取ると、笑いながらもう一度「ごめんな」と謝った。

 

「相棒も緊急クエストに出遅れたのか? 丁度いいや、一緒に行かないか?」

「勿論いいわよ。……でも」

 

 スペースゲートに向かおうとしたアフィンの肩に、女性は左手を置いた。

 

 その表情は笑顔だ。

 怖くなるほど、冷たい笑顔。

 

「胸に顔突っ込んだ落とし前は、付けて貰うわよ?」

「……な、何をすれば……」

「一週間女装して過ごすか、一週間ぬれバスタオルMだけ着て過ごすか好きな方を選びなさい」

「どちらにせよ社会的に死ぬじゃねーか!」

 

 クエスト終わるまでに考えときなさいよ、と笑って女性はさっさとスペースゲートをくぐってキャンプシップに行ってしまった。

 

 土下座すれば許して貰えるだろうか、なんて考えながら、アフィンは重い足取りでキャンプシップに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 アークスシップというのは、実は複数存在する。

 とはいってもそれはそうだろう、あくまで船という形である以上乗員数には限界がある。

 

 数兆数億に膨れ上がった人口を支えるために、複数のシップを作るのは当然といえるだろう。

 

 そして、今回ダーカーの襲撃にあったアークスシップの名前は、第二十七番艦『リリィ』。

 アークスの絶対数は少なく、市街地部分が大半を占める一般人の住まう船だ。

 

 当然そんな防護の薄い船が襲撃に対する対策を怠っているわけがなく、市民でも使える防護装置、いざとなれば身を隠せるシェルター完備。

 さらにはアークスの多いシップとの距離が近く、救援にもすぐに向かえるようになっているのだ。

 

「市街地で戦うのは……初めてだね」

「そうね」

 

 そんな市街地が多い船での討伐作戦ということで、当然シズクとリィンの二人は市街地に降り立った。

 

 見慣れた光景である筈の市街地は、平和時とは打って変わって騒がしく、そして悲惨だった。

 

 ビルは倒壊し、家の壁は穴だらけ、店は全て閉まり道路もとてもじゃないが車を走らせられるような状態ではなさそうだ。

 

「酷い状態ね……」

「もう皆戦っているよ、あたしたちも急ごう」

 

 耳を澄ませれば、あちこちで戦いの音が聞こえてくる。

 銃撃音、悲鳴、咆哮、爆発と音のバリエーションは豊かだが、それらはすべて戦いによって生じているものだろう。

 

 普段は車道として使われているであろう道を駆ける。

 目指すは、戦闘の音が聞こえてくる場所だ。そこで他のアークスと合流するのが一先ずの目標だろう。

 

「……っと」

「うわ……」

 

 と、まあしかしそう上手くいかないのが世の中というものである。

 

 二人の行く手を阻むように、大量のダーカーが地面から這うように沸き出てきたのだ。

 

 その数、ダガン七匹にカルターゴ五匹、加えて見たことのないカマキリのようなダーカーが二匹。

 普段の任務ではとても出会わないような大群だ。

 

「シズク……私が前に出るから後方支援お願い」

「おっけー……いつものだね」

 

 ソードを構えて、リィンは前に出た。

 同時に蜘蛛型ダーカーのダガンが先陣をきって突撃を仕掛けてくる。

 

「はぁああああ!」

 

 アルバギガッシュを横一閃に振る。

 フォトンの刃は青い剣閃を描いてダガンを真っ二つに切り裂いた。

 

「……へぇ」

 

 続けて剣を振るいながら、リィンはにやりと笑った。

 

 切れ味、強度、威力。

 全てが上がっている。成る程、これが最大強化の成果か。

 

 ダガンを五匹ほど倒したところで、リィンはちらりと見たことないカマキリ型ダーカーに目をやった。

 

 さっきからじりじりと近寄ってくるばかりで、特に何かしてくるわけでもない。

 見た感じ明らかに戦闘タイプのダーカーなんだけどなぁ、と思いながら剣を振るう。

 

 次の瞬間、カマキリのようなダーカーは消え去った。

 

「……え?」

「リィ――!」

 

 シズクが、リィン後ろ! と叫ぼうとした。

 その瞬間、シズクの眼の前にも黒い刃が迫る。

 

 何が起こったのか?

 説明するのは簡単である。カマキリ型ダーカーが瞬間移動をしてそれぞれリィンの背後、シズクの眼の前に突然現れ出ただけである。

 

 『プレディカーダ』。

 後に彼女等が名を知ることになるこのダーカーの最大の特徴は瞬間移動。

 

 鋭い鎌のような腕を瞬間移動と共に振るい、多くのアークスを葬ってきたダーカーの精鋭である。

 

 リィンは即座に振り返る――しかし遅い、もうすでに死神の鎌は振りあげられている。

 シズクは動けない――あまりに突然のことに、ただただ固まるだけである。

 

 鈍く光る黒鎌が、二人の首を――。

 

「――イル・グランツ」

「エルダーリベリオン――!」

 

 膨大な星の光弾が、

 鉄すら破砕する銃弾の雨が、

 

 鎌を振り下ろそうとしているプレディカーダの側面を削り取るように襲撃した。

 

「――な」

「うば!?」

 

 衝撃で吹き飛んだプレディカーダは無残な姿で宙を飛び、地面に激突。

 

 そのまま赤黒い霧となって消滅した。

 

「あっぶねぇー、あと数秒遅れてたらあの子ら首チョンパだったぜ」

「急に走り出すと思ったら……まあ、今回は良い方向に動いたのでよしとしましょう」

 

 あまりに突然の出来事に固まる二人に近づく影が二つ。

 

 明るい橙色の長髪をポニーテールにしている快活な女性と、艶やかな黒髪をした大和撫子な雰囲気の女性だ。

 

「やーあ少女たちよ、無事かい? 無事だろう? そりゃあそうさ、ウチらが助けたからな。いいよいいよ、許す、お礼の言葉を存分に言うがよい」

「何キャラよ」

「ぐびゃあ」

 

 ずびしっとツッコミを入れる黒髪女性。

 内臓を抉るように放たれたツッコミに、ポニーテールの方は思わず女子にあるまじき悲鳴をあげた。

 

「あ、あの、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 その様子を見てようやく硬直の解けた二人は、顔を見合わせた後同時に頭を下げる。

 

「げほっ、え? ああ、気にするなよベイベー。人を助けるのはアークスとして当然のこと、お礼なんて要らないのサ……」

「アナタさっき凄い傲慢そうにお礼欲しがってたじゃないの」

 

 ポニテ女性の登頂部にチョップが炸裂した。

 夫婦漫才かな? とシズクとリィンの心が一つになったところで、ふとまだ残っていた筈のダーカーが消えていることに気づいた。

 

 首を傾げる二人。

 その様子を見て察したように、黒髪女性は口を開いた。

 

「この辺にいたダーカーなら倒しておいたわよ」

「ええ!?」

「い、いつの間に……」

「プレディカーダ倒す前にちょろっとね、低レベルなダーカーだったから余裕余裕」

「ぷれでぃかーだ?」

 

 リィンが疑問符を浮かべた。

 ちなみにシズクはさっきのカマキリ型ダーカーのことだろうなぁ、と察している。

 

「ああ、さっきのカマキリ型ダーカーのことだよ、プレディカーダを知らないってことは新米かな?」

 

 ポニテの質問に頷くリィンとシズク。

 その瞬間、ポニテ女性の目がキラリと輝いた。

 

「ちょ、アーヤ聞いた!? 後輩だよ後輩! ついにウチらにも後輩ができたんだよ!」

「聞いていたわよメーコ、後輩が出来て嬉しいのは分かるけど落ちつきなさい」

「これが落ち着いてられっかよ! こーはい! こーはい!」

「落ち着きなさい」

「げろしゃぶっ!」

 

 黒髪女性の拳がポニテ女性の腹にめり込んだ。

 俗に言う腹パンである。

 

「えっと、アナタたちの名前は?」

「あ、あたしはシズクです。こっちが……」

「リィンです」

「そう、シズクちゃんにリィンちゃんね。紹介が遅れて悪かったわね、私は『アヤ・サイジョウ』。こっちの頭悪そうなのは……」

「『メイ・コート』だよー!」

 

 良い角度で腹パンは決まった筈だが、何事も無かったかのようにポニテ女性ことメイは自身の名を告げた。

 

「復活早いわね」

「ふっふっふー、デッドラインオートメイト発動したからね!」

 

 デッドラインオートメイトとは、その名の通り死の淵(デッドライン)まで体力が削れた時、自働で回復アイテム(メイト)を使用するスキルのことだ。

 

 スキルとは何かという疑問については後日説明するとしよう。

 

(腹パンでデッドラインまで削れたのかこの人……)

(腹パンで瀕死……)

「わお、何だか後輩の視線が冷たいんだがアーヤなんかした?」

「メーコ、話が進まないから少し黙ってて。……コホン、えっとね、よかったらなんだけど私たちとパーティを組まない?」

「「パーティを?」」

 

 パーティというのは、ようするに一緒にクエストを受けるグループである。

 パーティを組んでいなくても戦闘区域で他のアークスに会うことはあり、共闘することもあるがパーティを組むとなるとただの共闘とは話が変わってくる。

 

 何せ、クエストの成功失敗判定はパーティ単位で行っているのだ。

 弱いアークスでも、強い人と同じパーティに入っていればどんな難しいクエストでもクリアできるという仕様だ。

 

 だが、それは逆に言えば強い人からしたら弱い人とパーティを組むなど友達でもない限り御免だろう。

 なので基本的にパーティというのは実力の近い人たちで組むものだ。

 

 メイ・コートとアヤ・サイジョウは明らかにシズクやリィンよりも格上だ。

 自分たちとパーティを組む必要なんてあるのか? という疑念が二人の頭に浮かぶ。

 

「そ、……ああ、安心して頂戴。決して親切心で言っているわけじゃなくて、下心ありの発言だから」

「言い切りますね……下心とは?」

「それはまだ秘密」

 

 人差し指を立てて唇に当て、にっこりとほほ笑むアヤ。

 

 言う気は無いらしい。

 

「……どう思う、シズク」

「んー……まあ、下心に関しては八割方予想は付いてるから大丈夫じゃない?」

「シズクがそう言うなら……」

 

 シズクの察しの良さ、鋭さについては既にリィンはかなりの信頼を置いている。

 シズクが大丈夫というのなら大丈夫なのだろう、リィンはゆっくり頷いた。

 

「決まりね」

「よっろしくね! シズク! リィン! ウチのことはメイ先輩と呼ぶがよい!」

「はい、よろしくお願いします。メイ先輩、アヤ先輩」

「うばー、出来る限り足引っ張らないように頑張ります」

 

 アヤからパーティ招待のメールが飛んできたので、承認。

 パーティはアークスの規定で四人までと決まっているので、これで最大人数だ。

 

 メイ・コートとアヤ・サイジョウ。

 この先輩アークス達との出会いが二人のこれからに大きな影響を及ぼすことに、まだシズクですら気付いていないのであった。 




メイ・コートとアヤ・サイジョウ登場。
明るい子と冷静な子の百合いいよね……。


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『リン』

何と言うかアークスって強過ぎというか、他の作品に出張したらそりゃ無双できるわなと書いてて思いました。
戦闘不能から即座に回復するアイテム、無敵時間、PP自動回復、故にほぼ無限にレスタ使用可能、PBやAISによる超範囲に向けた超火力などなどチートにも程がある。
そんなアークスでも殲滅しきれないダーカーや倒せないダークファルス、そしてそのダークファルスを無限に量産できる深遠なる闇……。

PSO2ってインフレvsインフレだったんだなと改めて思いました。

さて、そんなチート揃いのアークス内でもぶっちぎりのチート、登場です。


「グレンテッセン!」

「ギ・ゾンデ……!」

「――ワンポイント」

「デッドリーサークル!」

「マスターシュゥゥゥゥゥゥット!」

 

 剣閃が、雷撃が、銃撃が、黒き尖兵たちを葬り去っていく。

 

 崩壊した市街地を十二人のアークスたちが、ダーカーを薙ぎ払いながら突き進んでいた。

 

 無尽蔵に、無制限に沸いて出てくるダーカーは確かに厄介だ。

 アークスの総数に掛ける一万をしても、ダーカーの総数には及ばないだろう。

 

 ならば何故アークスが今までダーカーに滅ぼされなかったのか。

 圧倒的な数の暴力というものに晒されながら、どうして生き延びてこられたのか。

 

 その答えは、単純に明快。

 

 個の強さ。

 

「シフト……」

 

 鞭のようなポニーテールを振りまわしながら空を駆け、メイ・コートは愛銃の『Tヤスミノコフ2000H』を上下左右360度隙間なく乱射する。

 が、しかしその弾はメイが周囲に貼ったフォトンの膜によって動きを止めた――ただし、運動エネルギーは保ったままだ。

 

「ピリオドー!」

 

 瞬間、膜は消え無数に撒き散らかされた弾丸は一斉に全方位へと撒き散らされた。

 

 その一発だけで、周囲に居た数匹のダーカーが消滅した。

 

「ちょっと、危ないわね」

 

 そしてその弾丸の雨を軽く避けながら、黒髪姫カットの美女――アヤ・サイジョウは周囲のフォトンを身に集めて行く。

 

 魔法――テクニックは主に大気中に存在するフォトンを利用して発動する。

 そのための準備(チャージ)だ。別にしなくてもテクニックを放つことはできるが威力・範囲は大きく落ちる。

 

「――ギ・グランツ」

 

 アヤが手に持った月と時計を模した(ロッド)――『トワイライトルーン』を天に掲げた。

 瞬間、アヤを中心に六枚の光刃が花弁のように開いて周囲を切り刻む。

 

 下半身と上半身が二つに別れたダーカーが、昆虫のような悲鳴をあげて消滅した。

 

「ふぅ……この辺りは片付いたかな?」

「やー流石にこれだけ人数いると楽だねえ」

 

 余裕の表情で空中に着地し、メイは笑った。

 確かに十二人という人数は、多く感じるがダーカーの数は数百である。

 

 それでも余裕――そう、アークスというのは一人一人が一騎当千の猛者なのだ。

 

 ただ一つの、例外を除けば。

 

「ぜぇ――ぜぇ――」

「うばー! 流石に疲れる……」

 

 そう、新米である。

 アークスの死亡率は新米に極端に偏っているのだ。

 

 まだ周りと比べて弱いから仕方が無い話なのだが、新米が死亡しやすい現状は、アークスにとっても今後の課題だろう。

 

「はっはっは、懐かしいなぁ、ウチもこの前まであんな感じだった」

「いやでも一度も戦闘不能になってないなら優秀な方じゃない?」

「あ、あの……レスタをしてもらってよろしいでしょうか?」

 

 頭から血を流しつつ、リィンはアヤにそう訊ねた。

 アヤのクラスであるフォースは、所謂魔法使いであり当然回復魔法(レスタ)も使えるのだ。

 

「はいはい、レスタ」

「おー……傷が治っていく」

 

 緑色の風がアヤを中心に広がり、その範囲に入っていたシズクとリィンを癒していく。

 

 傷は塞がり、体力も回復。

 さらにレスタを唱えるためのフォトンは大気中から無限に賄えるのだ。

 

 つまり数の暴力による消耗戦が全く持って通用しない。

 ――と、いうよりも、ダーカーという数の暴力が大得意の敵に対する技術が進歩した結果といえよう。

 

「――と、またお客さんだ」

 

 メイが再びツインマシンガンを構える。

 

 先ほど殲滅したエリアから五十メートルも移動していない十字路。

 普段大都会の中心部として建設された道路なだけあってかなり広い面積だ。

 

 その十字路に、ぎっちりとダーカーが詰まっていた。

 中型のダーカーは、ダガンの母艦である『ブリアーダ』が約三十匹、便器のような形状が特徴の『カルターゴ』が約二十匹、先ほどシズクとリィンを一歩手前まで追い詰めた『プレディカーダ』が十匹その子型版である『ディカーダ』が二十匹。

 小型の蜘蛛型ダーカー、『ダガン』に至っては最早数え切れない。

 

 もしゲームだったら確実に処理落ちしているであろう大量のダーカーに、

 

 十二人のアークスは、全く怯むことなく悠々と武器を取り出しながらそれに向かっていった。

 

「ほんっとう、……ヴォル・ドラゴンに負けるまでは私結構強い方だと思っていたんだけど……」

「うばー……一期上の先輩ってだけでこんなに変わってくるのかーって感じだよね」

 

 その中で、シズクとリィンもそれぞれ武器を構える。

 

 如何にアークスが一騎当千と言っても、これだけ数が居れば殲滅にはそれなりに時間がかかる。

 当然新米である自分たちもそれ相応の働きをしなければならな――。

 

「うおー! お前ら前開けろー! 道開けろー! 『リン』の野郎が来るぞー!」

「「「「「「いいいいいいいいい!?」」」」」」

「え?」

「え?」

 

 ならなくなくなった。

 

 後方から、何か怪物からでも逃げてきたかのような形相の男がそう叫んだ瞬間、その場に居たシズクとリィン以外の全アークスが道を開けるように道路の隅に寄ったのだ。

 

「二人とも、こっち寄って!」

 

 突然の事態に付いていけない二人も手を引かれ、道路の隅に移動する。

 

「え、ちょ――何が……」

「皆、ありがと」

 

 静かに――だが凛としていて良く通る声が、響いた。

 

 声の主は、『カースドコート』と呼ばれる黒いコートに身を包んだ一人の女性。

 背の高く、美少年にも見える精悍な顔つきのヒューマン。

 

 片目が隠れるように伸びた黒い前髪と、足元まで伸びたツインテール。

 髪の隙間から見える赤眼で、大量のダーカーを見据えながら手に持った『サイコウォンド』と呼ばれる最強クラスの青く輝くロッドを構えた。

 

「フォイエ」

 

 瞬間、直径十メートルは越えるであろう火の玉が十字路に居たダーカーを薙ぎ払った。

 

 唱えたのは、ほぼ全てのアークスが最初に習うであろう初級炎テクニック。

 直径一メートル程の火の玉を放ち、敵を攻撃する単純明快なテクニックである。

 

 もっとも、それを大量のフォトンにより極限まで拡大させて十数メートルの火の玉にして放てるアークスなんて、彼女以外いないだろう。

 

 一発のフォイエで半分以上消滅したダーカーを見て、シズクとリィンはあんぐりと口を開けた。

 

 メイやアヤ、そして周りの先輩アークスたちを見て、『いつか自分たちもあの人たちのように』と思った。

 そして同時に、『頑張れば達成できそうな目標』として見定めた。

 

 だけど、あれは無理だ。

 あれは規格外すぎる。

 

 シズクは生涯を賭けても自分はあのレベルになれないことを察し、

 極度の負けず嫌いであるリィンですら彼女に勝つのは諦めた。

 

「フォイエフォイエフォイエ……っとよし全滅、次行こう」

 

 その後、似たような規模の炎弾を三発放って『リン』は十字路を右に曲がって去っていった。

 

「おーい! 待ってくれよ相棒!」

 

 ……と、その後を金髪の少年が追って行く。

 どうやら彼女のパーティメンバーのようだが、彼女に振りまわされているのが見て取れた。。

 

「あー、行ったか……相変わらず馬鹿みたいな火力ねぇ彼女」

「はっはっは、見て見てアーヤ、この二人空いた口が塞がらないみたいよ」

「まあ当然よね……」

「アノ」

 

 先に口を開いたのは、リィンだった。

 シズクはいまだに固まっている……いや、

 

 何かを、考えている。

 

「イマノハハイッタイ、ナンデスカ?」

「彼女は通称『リン』、ウチらの同期であり次期六芒均衡候補である――まあなんか凄い感じのやつよ」

「説明が雑! ていうか同期!?」

 

 と、いうことはシズクたちの一期上な筈である。

 つまりは数カ月先輩なだけである。

 

「な、な、な」

「深く考えては駄目よリィンちゃん、あれはマジで例外だから」

「そーそー、あれ多分神様から特典能力貰った異世界からの転生者とかそんなのだから」

「何? その設定」

「数年前に流行ったラノベの設定」

 

 言って、メイとアヤは立ちあがった。

 まだ任務は終わっていないのだ、十字路の右側は『リン』が行ったから問題ないだろうから左に曲がろうか、真っ直ぐ行こうかとメイとアヤは相談を始めた。

 

 と、そこでリィンはいまだに固まったままのシズクに気付いた。

 確かにさっきのにはびっくりしたが、そんな長時間固まる程か? とシズクの肩に手を置いた。

 

「シズク?」

「うば!? あ、えあ、リィン?」

「どうしたのそんな固まって、まだ任務は終わってないわよ?」

「い、いや何でも無いよ? ちょっとボーっとしちゃって」

「ふぅん? めずら――」

「おーい、そろそろ行動開始だよー」

 

 メイに呼ばれ、二人は会話を打ち切って走りだした。

 

 空はまだ黒ずんでいるものの、あちこちから聞こえていた戦闘音は大分おさまってきている。

 

 市街地殲滅作戦の終わりも、近い。

 

 




はい、この作品でも他のPSO2作品の例にもれず『アナタ』さんこと『リン』ちゃん、チートです。
三桁以上のダーカーを薙ぎ払うフォイエとか使ってるけどサイコウォンド持ってるから当然だね、やっぱサイコウォンドは最高だぜ!





……え? サイコウォンドはエルダーからドロップ? まだエルダー出て無いじゃん?

細かいことは、ええやん?(ええやん?)


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【コートハイム】

エピソード4楽しいのおおおおおお!



 『六芒均衡』。

 それはアークスの中でもとりわけ優れた技量を持つ、"アークスの象徴"。

 

 作戦指揮権や通常のアークスには与えられていない情報へのアクセス権限等、特権とも呼べる数々の権利を持ち得る六人の称号である。

 

 ――まあ、もっとも今は諸事情により五人しか居なかったりするし、一部精神年齢が低過ぎて代表と呼ぶには些か不安の残る面々もいるが……。

 

 それでも六芒均衡は、まず間違いなくアークスという組織の『決戦兵器』と呼べよう。

 

 

 

「ギシャアアアアアアアアア!」

 

 市街地中心部にあるドーム型の競技場で、一匹の巨大ダーカーが金切り声をあげた。

 

 名をダークラグネ。

 ダガンが成長したような見た目をした巨大な蜘蛛型ダーカーだ。

 

 そのサイズは足一本でアークスの身長の約二倍。

 数居るダーカーの中でも、一際アークス達に恐れられる存在である。

 

「イル――イルイルイルイルイル」

 

 ――が、今回ばかりは相手が悪い。

 

 相対するは黒いコートを身に纏った一人のアークス。

 名をキリン・アークダーティ。通称『リン』。

 

 数か月前にアークスになったばかりでありながら、『もうアイツ六芒均衡より強いんじゃね?』と噂される正真正銘文字通りの化物である。

 

「……フォイエ」

 

 大気中のフォトンが揺れ、急激な速度で収束、からの解放。

 舞い上げられた六つのフォトンは、赤い軌跡を描いて天まで昇りつめた後、直径三十メートル程の隕石を形取り、一拍置いてダークラグネに降り注いだ。

 

 イル・フォイエ。

 フォイエ系最強のテクニック。

 

 消費するフォトンもチャージの時間も他のテクニックとは比べ物に成らない程かかる大魔法。

 代わりに『擬似的に再現した隕石を降らせる』という単純にして明快な効果は非常に強力だ。

 

「ゴギャァアアアアアアア!」

 

 それを、六発。

 勿論、普通なら連続で放てるモノではない、通常のアークスなら順番に撃っても二発で息切れしてしまうだろう。

 

 規格外も規格外。

 

 いや。

 

 むしろ、例外。

 

「流石だなー、相棒は」

「アフィン、ウィークバレットくらい撃ってくれよ」

「要らねえだろ……どう考えてもオーバーキルだってのこれ……」

 

 見るも無残な姿になってしまったダークラグネに、思わず合掌してしまいそうなアフィンであった。

 

 尚、擁護しておくと戦闘中アフィンはなにもしてなかったわけではなく、ダークラグネの取り巻きである雑魚を引き付けるという役割を担っていたのだ。

 

「ところで周りの雑魚は?」

「とっくに倒したよ、ほら、その辺にドロップアイテム転がってるだろ?」

「おお……修了検定の時ダガン数匹にびびってたアフィンがよくここまで……」

「へへ、俺だって成長してるんだぜ」

 

『敵司令塔の消滅を確認しました。アークス各員は、周囲の残党処理をした後随時帰還してください』

 

 ダークラグネが赤い結晶を残して消滅したところで、アークス各員にオペレーターからの通信が入った。

 

 こういった大規模な作戦ではベテランオペレーターが一人で複数のアークスを担当するのだ。

 

 ちなみに今通信を行ったのは良い歳してるのにツインテールが似合うことで有名なベテランオペレーター、ブリギッタさんである。

 

「お。作戦終了みたいだな」

「そうね、この辺りにはダーカーもいないみたいだし……帰還しよっか」

「おー」

 

 頷いて、アフィンはテレパイプを使用した。

 目の前に青い輪でできたゲートにアクセスし、帰還を選択する。

 

 次の瞬間には、二人は市街地からキャンプシップへと座標を移していた。

 

「ところでアフィン」

「ん? 何だよ相棒」

「女装かバスタオル、どっちがいいか決めた?」

「あっ」

 

 すっかり忘れていたようである。

 そんなアフィンの反応に、リンはニッコリと笑った。

 

「決めてないってことは、私が決めていいってことよね?」

「いや、待て相棒、落ち着け、謝る。謝るから! 土下座でも何でもするから許してくれ!」

「ん? 今何でもするって言ったよね?」

 

 リンの笑みが、邪悪なそれに変わっていく。

 アフィンは顔面蒼白になりながら、せめて命は助かるようにと祈ることしかできなかった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 残党処理。

 その命令が出てからシズクらが所属していた十二人は、パーティごとに別れての行動を始めた。

 

 もう司令塔が倒れ、新たなダーカーが出現しない以上大群でダーカーが現れることも無いので、残党処理の効率を考えた結果パーティごとに別れての行動となったのだ。

 

 と、いうことで四人での行動となったシズク、リィン、メイ、アヤの四人は単独、あるいは少数で行動しているダーカーを蹴散らしつつ、余裕綽々と市街地を歩いているのであった。

 

「思ったんだけどさ」

「ん?」

 

 リィンがダガンの攻撃をジャストガードで受け止め、その隙を突いてシズクがダガンに止めを刺す。

 

 そんな一連の戦闘を見て、メイはぽつりと言葉を漏らす。

 

「リィンの戦い方って……なんか騎士(ナイト)っぽくない?」

「あー、分かるわ。ジャストガードが上手いから安心して前を任せられるわね」

「ちょ、いきなり何ですかもう」

 

 照れ臭そうに頬をかくリィン。

 ジャストガードは、リィンにとって一番自信の持てる技だ。それが褒められて嬉しいのだろう。

 

「言うなら(シズク)を守る騎士ってとこかな? 格好いいね」

「えっ」

「あはは、もしかして本当に『そういう』関係だったりして」

「ちちちち違いますよもう!」

 

 頬を真っ赤に染めて否定する。

 もうその態度からして察せられるモノだが、リィン自身自分の気持ちに気が付いていないのだからどうしようもない。

 

「あらあら」

「うふふ」

「ぜ、絶対勘違いされてるー!? ほ、ほら、シズクも違うって言ってやって!」

「まあ、『そういう』関係ではないけど確かにリィンって戦闘中格好いいよね」

「なっ……!」

 

 リィンの頬が、というか顔全体がより真っ赤に染まった。

 

「おやおや見てください奥さん、あれが青春ってやつですよ」

「あらまぁ、私たちにもあんな時代があったわねぇ」

「先輩たち充分若いでしょ! ていうか、別に、格好いいなんて言われても全然嬉しくないんだからねっ!」

 

 テンプレートなツンデレ発言をしつつ、リィンは先頭に躍り出た。

 真っ赤な頬を見せたくないのだろう。

 

「ところで戦闘中は格好いいわけだけど普段はどうなの?」

「普段のリィンは可愛いですよ!」

「へぇー」

「ほほー」

「もう! まだ残党処理終わってないんですから! 油断しすぎですよ!」

 

 明らかな照れ隠し発言をしつつ、リィンは他の三人にばれない様に頬を緩ませた。

 

 何だかんだ言って、可愛いと言われるのは嬉しいようである。

 

「…………成程、可愛いわね」

「でしょー?」

「うっさい!」

 

『市街地全体のダーカー反応消滅を確認。作戦は修了です、アークス各員は随時帰還してください』

 

 と、そんな和やかな雰囲気のまま、オペレーターからのアナウンスが流れた。

 

 市街地殲滅作戦完了である。

 オペレーターから帰還用のテレパイプがあちこちに設置されるので、あとはそれを使ってキャンプシップに帰れば終わりである。

 

「さ、帰りましょっか」

 

 順番にテレパイプへ入り、キャンプシップへ帰還。

 

 遠い惑星に行っていたわけではないので、ものの数分でアークスシップに帰れるだろう。

 

「いいっていいってお礼なんて」

 

 キャンプシップに入って、開口一番にメイが言った。

 

 開口一番である。

 つまりまだ誰も何も言っていないのだ。

 

「まだ何も言ってませんよ……」

「はっはっは、細かいことは気にするな」

 

 快活に笑うメイ。

 気持ちの良い人だなぁ、とシズクは呆れながらも微笑んだ。

 

 と、そこで思い出したかのようにリィンが口を開く。

 

「あ、そういえば先輩の言ってた『下心』って結局何だったんですか?」

「ん? ああ、そうね。ささっとその話しちゃいましょうか」

 

 言って、アヤはカードを一枚取りだした。

 パートナーカード……に似ているが少し違う。

 

「……これは?」

「これは『チームカード』って言ってね、『チーム』に所属している証みたいなものなの」

 

 チームというのは、まあようするに仲の良い者同士、または利害の一致等によって組まれる『即席では無い繋がり』である。

 個人的な集まりと思いきや、結構チーム対抗でのイベント等も行われることもあるためチームに所属するアークスは意外と多い。

 

 メイとアヤも、その中の一人なのだろう。

 

「ウチらのチーム名は【コートハイム】。たった二人の小規模チームなのだ」

「だからまあ、気が合って優秀な新人が居たらスカウトしようと思ってたのよ。それが下心」

 

 成程、とシズクとリィンは頷いた。

 

「それで、どうでした? 私たちはお眼鏡に叶いました?」

「そりゃもう、満点だじぇー。実力もこれから伸びるだろうし、話してて楽しかったし、何より二人とも可愛いし」

 

 メイがサムズアップをしながらリィンの問いに答えた。

 実際、この二人は新人の中では最大級の『当たり』といえるだろう。

 

「どう? よかったら入らない? 【コートハイム】に」

「是非! ……と言いたいところですが、一つだけ訊きたいことがあります」

「……何?」

 

 キャンプシップの窓から見える景色が、宇宙から室内に変わった。

 アークスシップに到着したようだ。

 

「【コートハイム】の目的……いや、目標はなんですか?」

「へへ、名前聞いて分からない?」

 

 シズクの問いに、メイ・コートは笑顔で答える。

 コートハイム。その意味は、『コートの家』。

 

「ウチら【コートハイム】が目指すものはたった一つ!」

「"家族のようなチーム"、よ」

 

 家族のようなチーム。

 その言葉を聞いた瞬間、二人は顔を見合わせて頷きあった。

 

 断る理由が無い。

 

 こうして、シズクとリィンはチーム【コートハイム】に入団することになったのであった。




あ、ちなみに作者はシップ9で麒麟という名前でサイコウォンド振りまわしています。
リンのモデルは自キャラです。(動かしやすいから)


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宴前

「へー、アヤさんとメイさんって幼馴染だったんですね」

「そーなのよ、かれこれ0歳児からの腐れ縁ってやつよ」

 

 ショップエリア・アイテムショップ前。

 青髪ツインテールの少女リィン・アークライトと、橙色のポニーテールをした少女メイ・コートは雑談しながら買い物に勤しんでいた。

 

 リィンとシズクの【コートハイム】入団祝い、ということで簡単なパーティを開くことになったのだ。

 

 そんなわけで料理出来ない組(リィンとメイ)は緊急クエストで消費した回復アイテム等の消耗品の買い出し、料理できる組(シズクとアヤ)は居住区にあるショッピングモールで食材の買い出しをしているのであった。

 

 買い物が終わった後は、『チームカウンター』というチームに関するあれこれを担うカウンターで正式に二人を【コートハイム】の一員として登録する予定だ。

 

「そっちはどうなの? シズクとはどれくらいの付き合い?」

「一週間くらいですね」

「短っ!? それにしては仲良いわね」

「んー、何かシズクと居ると落ち着くんですよね」

 

 素直になれないため本音を語れずに孤立を深めてしまうリィンにとって、

 ひたすらに素直で他人の本音を察する力を持つシズクの隣はかなり心地よいのだろう。

 

「ふーん、まあ付き合いの長さと仲の良さは関係ないよな」

「そうですね、あ、でもシズクといるとたまに変な感じになるんですよね」

「変な?」

「えっと、こう……些細なことでイラッと来たり、心臓がどきっと跳ねたり……」

「お、おう……」

 

 なーるほどなー、そういう関係かぁーっと納得しながら、メイは会計を終わらせた。

 買う物の量が違うので、こっちの組の方が買い物が終わるのは早い。

 

 相方達が買い物終了するまで、もう少しかかるだろう。

 と、いうことで暇を潰すためにどうしようかと考え始めたところで、ショップエリアに怒号が響いた。

 

 声の発声原はやはりというか何というか、アイテムラボ前――ようするにドゥドゥの前だった。

 

「てめぇコラドゥドゥ! 俺のサーハリング+8が+4まで落ちたんだけどぉ!?」

「素晴らしく運が無いなぁ君は」

 

 大柄の男が、ドゥドゥに掴みかからんとする勢いで捲し立てていた。

 それを見て、メイは呆れたように溜息を吐く。

 

「まぁーたやってるよドゥドゥ……」

「やっぱメイさんもドゥドゥには苦い思い出が……?」

「うん、絶対いつかあいつぶん殴る」

 

 じっとりとした瞳でドゥドゥを見据えるメイ。

 本当に全アークスの恨みを買っているんだなぁとリィンは苦笑いした。

 

「リィンは奴にもう挑んだ?」

「あ、はい。武器だけですが」

 

 考えたら武器を強化するという行為を"挑む"って表現するのもおかしな話だ。

 

「今日の朝、ヴォルドラゴンに挑んだんですが負けてしまいまして、それでリベンジのために強化したんです」

「あー、ヴォルドラ強いよねぇ、ウチらも一回負けたわ。強化は無事終わったの?」

防具(ユニット)がまだです。緊急終わった後、強化するつもりでしたが……」

「あ、じゃあウチらの昔使っていたやつあげるよ」

「え? いいんですか?」

 

 いーのいーのと笑うメイ。

 こういった先輩から後輩へのお下がりの受け渡しも、チームならではといえよう。

 

「あ、ありがとうございます」

「はっはっは、崇めよ讃えよ」

「え、えっと、ははー」

 

 両手を挙げて、神様を祀るような動作をするリィン。

 

 なにこの生き物可愛い、とメイは内心癒されるのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 そんな風にリィンとメイが微笑ましいやり取りをしている一方で、場面はシズクとアヤに移る。

 

 シズクは子供っぽいが意外と常識的で、アヤはメイに対して以外は大和撫子そのものだ。

 そんな二人が一緒に買い物している姿はまるで親子か歳の離れた姉妹を見ているようで、非常に微笑まし……。

 

「シズクちゃん! あっちで刺身半額セールが始まったわ!」

「あたしが行きます! 先輩は卵を!」

「任せて!」

 

 ……かったらよかったのになぁ。

 

 居住区の一角にあるショッピングモールの割引セール。

 その食品売り場は、当然のように主婦で溢れかえっていた。

 

「ちょっと、どきなさいよ!」

「このマグロはあたしのよ!」

 

 ふとましいおばちゃんが、刺身に手を伸ばしたシズクを押しのけそれを手にする。

 おひとり様一つだけ、なんて表記は子供を連れてきている主婦にとって大した縛りではなく、隣にあったイカの刺身も取られてしまった。

 

「ぐぅ……! おばちゃんパワー恐るべし……!」

 

 体格が比較的小柄なシズクは、こういった場ではかなり不利だ。

 フォトンを全力で行使すればこんな人波数の内にも入らないが、アークスが市街地でフォトンの力を振るうのは基本的に禁止されている。

 

「だけどあたしも十数年間――何もしなかったわけじゃない!」

 

 跳躍。

 身長、体重、全てにおいておばちゃんたちに負けているシズクが選んだ行為は、空中戦。

 

 セールのワゴンに手を伸ばすおばちゃんの肩に足を乗せ、前にジャンプ。

 おばちゃんたちの肉壁を飛び越えることで、ようやく戦いの舞台へと躍り出た。

 

「もらったぁああああああああ!」

「甘いわね嬢ちゃん!」

「な……!?」

 

 手を伸ばした先にあったアジの刺身を、横から掠め取られた。

 馬鹿な、確かに今のタイミング、シズクが最速だった筈。

 

「十数年……実に短い年月だわね」

「こちとら数十年主婦やってんのよぉおおおお!」

「ぐっ……!」

 

 再び、シズクはおばちゃんたちに追いやられて集団の外に放り出された。

 

 こうなってはもう無理だ。

 刺身は諦めた方が良い。

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

 立ちあがり、呟く。

 

 負けを認めて、それでいいのか? っと。

 

「経験の差は……才能で埋める。体格の差は、心で埋める!」

 

 ぞくり、と刺身に殺到するおばちゃん連中の背筋が凍った。

 

 思わず皆が皆シズクの方を振り返り、驚愕する。

 

「……ふ、どうやらあたしたちはとんでもない"獣"を呼び起こしてしまったのかもしれないね」

「若さとは怖いものだねぇ……」

「あの子、良い主婦になるよ……なんせ」

 

 まだ目が、死んでいない。

 

 シズクは駆けだした。

 さっきと同じように、おばちゃんを足場にして高く跳躍!

 

「その手は通用しないよ!」

 

 が、狙った獲物は先に獲られた。

 そう、跳躍する分刺身との距離があってシズクの手は一拍遅れてしまうのだ。

 

 このままではさっきの二の舞になってしまう。

 

「諦めて……たまるかあああああああああ!」

 

 だが、一拍遅れるということは、次があるということだ。

 最初に狙った獲物が取られても、次の獲物にスイッチする時間は充分にある!

 

 手を伸ばす。

 刺身……ではない、おばちゃんの腕に、だ。

 

 刺身を取った腕に蛇のように巻き付き、その手から刺身を払いのける。

 

 獲物は上空に舞った。

 

 そう。空中戦ならば、日ごろから鍛えていて、なおかつ身軽なシズクの独壇場だ。

 

「この娘……最初からこれを狙って……!」

「貰ったぁああああああああああ!」

 

 二度目の跳躍。

 

 追いつけるものは、誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで大勝利!」

「お、おう……」

 

 ところかわってリィンのマイルーム。

 チームへの正式登録は五秒で完了したので描写はカットだ。

 

 両手一杯に買い物袋を抱えて満足げな相方に、リィンとメイは苦笑いしか返せなかった。

 

「いやぁ、シズクちゃん予想以上に戦力になったわ……これからもよろしくね」

「はい! 先輩も凄かったですよー、まさか『おばちゃん'sウォール』にあんな突破法があるとは……」

「シズクちゃんの使った上から攻める方法……通称『フライングゲット零式』は威力は高いけど隙も大きいから気を付けたほうがいいわ……これからはさっき教えた通り『オンザフライ-九十九の舞-』を軸に戦法を組み立てるべきよ」

「了解しました!」

 

 シズクはアヤの言葉にびしっと敬礼をした。

 随分と仲良くなったものである。

 

 一方、料理できない組であるリィンとアヤは、額に汗をかいて焦り始めた。

 

「リィン……さっきの会話、何割くらい理解できた?」

「い、一割くらい……です」

「拙いぞ……このままじゃ【コートハイム】の"女子力ある方"と"女子力ない方"で区分けされてしまう……リィン! 何か女子っぽいことをするんだ!」

「え!? え、え、えーっと……きゃ、きゃはっ♪」

 

 両手をグーにして顔の前に持ってきて、片足を曲げたポーズ。

 所謂ぶりっこポーズ、である。

 

「女子力たったの5……まあ可愛いからいっか」

「女子力低いのに可愛いとはこれ如何に」

「あざとい、だがそれがいい」

 

 上から順に、アヤ、メイ、シズクの感想である。

 女子力的には散々だが、逆にそれが良い。

 

「さて、じゃあ台所借りるわよ。シズク、手伝って」

「あいあいさー」

「あ、ワタクシも手伝いますよ」

 

 と、そこで台所に居たルインが入ってきた。

 両手にはお盆に乗ったお茶が三つ。おそらくリィン以外のために用意したのだろう。

 

「お。リィンのサポートパートナー? よろしくね」

 

 アヤが髪を後ろに縛りながら立ち上がった。

 それに続くように料理が出来る組、すなわちシズクとルインが台所へと向かう。

 

 料理出来る組が居間から居なくなったところで、メイは「あっ」と思い出したようにリィンに話しかけた。

 

「あ、そうだリィン……て、大丈夫? 顔真っ赤だぜ?」

「当たり前でしょう……私は何であんなことを……」

「いや、うん、可愛かったよ?」

「メイさんか突然無茶ぶりするから……」

「ごめーぬ」

 

 欠片も誠意の感じられない謝罪の言葉である。

 

 ていうか多分謝る気がさらさら無いのだろう。

 

「はぁ……まあいいです。それで、何か言いかけてましたけど何ですか?」

「ああ、リィンにこれをやろうと思って」

 

 言って、メイは端末から大量の書籍データをリィンに送信した。

 

「? 何ですかこれ?」

「ウチが子供の頃読んでた少女漫画」

「……漫画、ですか。あんまし読んだことないんですよね」

「それ読んで恋愛について勉強した方がいい、マジで」

「れ、恋愛……」

 

 確かに色恋沙汰に詳しく無いという自覚をリィンは持っている。

 だがそれがアークス業に何の関係があるんだ? と疑問に思いながら、何気なしにリィンは漫画のページを開いた。

 

 瞬間閉じた。

 

「ちょ……!」

「どしたん?」

「い、いきなり男女で手を繋いでるシーンから始まったんですけど! もしかして少女漫画とか言ってイヤらしい本渡したんじゃないですか!?」

「正真正銘全年齢向けの健全恋愛漫画だよコノヤロウ」

 

 これは重症だ、一体どういう教育をすればこんな純情に育つのかメイには想像も付かなかった。

 

「少女漫画、読んだこと無いの? これくらい普通だよ?」

「こ、これが普通なんですか? 最近の子供は進んでますね……」

「いやその本ウチが子供の頃読んでたやつだから」

 

 一昔どころか二昔前の作品である。

 それも、最近の子供は知らないようなマイナー作品だ。

 

「まさかこの歳で情操教育をすることになるとは……あ、念のため聞くけど子供の作り方って知ってるよね?」

「し、シッテマスヨ」

(絶対知らないな……)

 

 完全に目が泳いでいるリィンであった。

 

 ここまで何も知らないとキャラ作りなのではと疑いたくもなるが、リィンの場合マジで無知なのだ。

 

 それが偶然なのか、それとも故意に誰かがそうなるように教育した成果なのか。

 

 それはまだ、メイには分からない。

 

「し、知ってますけど認識に相違があるかもしれないので、確認のために……そう確認のために子供の作り方をご教授願ってもいいですかね?」

「え? うーん……」

 

 あくまで知っている体でいるリィンに内心笑いながら、メイは少し言葉に詰まった。

 

 こんな純情な子に真実を教えたら卒倒してしまうのではないか? という心配が頭に浮かんだのだ。

 

「え、えっと……」

「な、何ですか? もしかしてメイさんも……じゃない、メイさんは知らなかったり?」

「あーっと、そう、キス、よ」

「え?」

 

「舌と舌を絡めた大人のキスをすると子供が出来るの」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「おまたせー……ってうわ! リィン顔真っ赤! どしたの!?」

 

 台所から食器を運びながら出てきたシズクが開口一番に驚きの声をあげた。

 

 理由は当然、リィンの顔が真っ赤な上に頭から湯気を噴いているのだ。

 普通に驚くだろう。

 

「ホントね……大丈夫? 体調悪いなら休んでてもいいけど……」

「だ、ダイジョウブデス」

 

 カクカクと頷くリィン。

 どうみても大丈夫には見えない。

 

「メーコ……」

「さ、最悪は回避したし」

 

 ジロリ、とアヤがメイを睨む。

 メイはバツが悪そうにアヤから目を逸らした。

 

「ほ、ホントに大丈夫ですから! それよりお腹空きましたしご飯食べましょう!」

「……メーコ、後で説明しなさいよ」

「ういっす」

 

 不服そうにしながら、シズクとアヤは皿を並べていく。

 野菜を中心とした、女性に優しいメニューだ。

 

 しかし、些か量が少ない。

 

「あれ? これだけ?」

「これは前菜よ、ルインちゃんが残りは自分がやるからいいってさ」

「『折角チームメンバー同士の交流を深める場だから、そっちを優先してください』ってね、良いサポパだねぇ」

「ルイン……」

 

 その優しさを少しでもいいから私に分けてください。

 なんて考えながら、リィンはシズクから食器を受け取り、それを並べていく。

 

 アヤもシズクも東の方出身だからなのか、和食中心だ。

 

 いただきます、と皆で合掌。

 

 【コートハイム】初のパーティが始まるのであった。

 




リィンは設定上16歳です。
16の巨乳美少女が無知……自案発生待った無しですね!


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宴後

宴中は無いよ。




無いよ。


「ぷはー! 食った食った」

 

 粗方の料理が無くなったところで、メイ・コートは女子にあるまじきセリフを吐きながら倒れ込んだ。

 

 アヤの膝を枕にして、寝転がる。

 所謂膝枕である。

 

「こら、行儀悪いでしょうが」

「いてっ。いーじゃん別にー」

「はぁ……」

 

 ずびし、と額にチョップを入れられても退く気配の無い幼馴染にアヤは溜め息を吐くと、特にメイを退かすことをせずに食後の茶を口に含んだ。

 

 仲良いわねぇ、なんて思いつつリィンも食後の茶を啜る。

 こんな大人数でご飯を食べるなんて初めてだったが、楽しかった。

 

害虫(マスター)

「ん? 何?」

 

 そんな風にホッと息を吐いていると、てけてけとルインが小声で話しかけながら近づいてきた。

 

 相変わらずマスターの発音が不穏だが、もう慣れた。

 

「今がチャンスですよ、あの二人が先行したことで大分ハードルが下がっています」

「……? 何がよ?」

「分からないんですか? 本当に愚鈍ですね、膝枕ですよ、膝枕」

 

 シズク様の膝、空いてますよ?

 と、ルインは事もなさげに囁いた。

 

「ぶっ」

 

 思わず、茶を噴きだす。

 

「ななな、そんなことできるわけないでしょ……!」

「はぁ……羞恥心でチャンスを無碍にするなんて愚か愚か……まあこれを見ても同じことが言えますかね?」

「……これって?」

 

 ブゥン、とリィンの眼の前にモニターが表示される。

 画像データのようだ。その内容は、なんとシズクの胸に顔を埋めて寝息を立てるリィンの画像。

 

「な――!? これはいつぞやの……」

「ふっふっふ、ご安心ください。これはまだワタクシが個人的に『使用』しているだけ……ですが、ワタクシに逆らえばどうなるかはおわかりですよね?」

「マスターを脅すつもり!?」

 

 ちなみにこのやりとり、全て小声で行われているので他の三人には届いていません。

 

(そもそも『使用』って何なの……? 何に使ってるの……!?)

「さて、どうしますかマァスター……」

「くっ……後でその画像消させなさいよ……!」

 

 本当に正規のサポートパートナーなのかアイツは、なんて愚痴りながらリィンは態勢を動かしてシズクの方ににじり寄った。

 丁度席は隣である。後は寝転べば、ジャスト膝枕。

 

 シズクの眩しい肌色の太ももはすぐそこである。

 

「し、シズク……失礼します!」

「うわっ、と」

 

 意を決して、リィンはシズクの太ももに飛び込んだ。

 瞬間、側頭部に柔らかい感触が広がる。

 

 マシュマロように柔らかいのに弾力があり、

 肌は絹豆腐のようにすべすべな不思議な感触。

 

 言葉で言い表すのなら――至高、だろう。

 

「ちょ、ちょっとリィン……?」

「う、うわわ、あ、でもすごい……柔らかくてすべすべで……」

 

 流石に恥ずかしそうにするシズク。

 リィンは顔を赤くしながらも、膝枕を堪能している。

 

「あらあら」

「まあまあ」

 

 そんな光景を見て、先輩二人は微笑ましいものを見るようなまなざしで二人を眺めるのだった。

 

「ほ、ほら先輩たちも見てるから!」

「ん、うん、ごめん……」

 

 名残惜しそうに、リィンは頭をあげて態勢を戻した。

 その表情はどことなく悲しそうだ。

 

「も、もーどうしたのさ、いきなり」

「いや、えっと……嫌だった?」

「別に嫌じゃ無かったけど……」

 

 あの先輩二人が「青春だねぇ」とか言って見てくるのが、やだ。

 と呟くシズク。

 

「え? なんて?」

「別に何でもー? あたしお皿洗ってくるね」

 

 言って、シズクは足早に台所へ行ってしまった。

 

 そんな彼女の姿を見て、リィンはじろりとルインを睨む。

 しかしルインは良い画が撮れたと満足そうに鼻息を鳴らすのであった。

 

「ルイン……あんたのせいで……」

「ん? ああもしかしてシズク様が怒ってしまったとか考えているのですか? ふふ、あれは照れ隠しですよどう考えても」

「はぁ? いやいやあれはどう考えても怒ってたでしょうが! ねえ先輩方!」

「いや、今のはどう考えても照れ隠しだろ」

「照れ隠しでしょうね」

「あ、あれ?」

 

 サポートパートナー以上に人間の感情が分からないリィンであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「もぉー……なんでたまに積極的になるかなぁ……」

 

 皿を洗いながら、シズクは一人呟いた。

 

 普段あんなに恥ずかしがり屋なのに、性的な常識がないから時々こっちを驚かしてくる。

 厄介極まりない。

 

「……二人きりなら別にいいのに」

 

 口を尖らせながら出た言葉は、無意識に出た言葉だった。

 

 ハッとして辺りを見渡し、誰も聞いていないことを確認。

 幸いにも、台所には誰もいなかった。

 

「シズク様」

「うば!?」

 

 びくぅ! っとシズクの身体が跳ねた。

 思わず皿を落としそうになったが、寸でのところでそれを回避する。

 

「せ、セーフ。えっと、何かなルインちゃん」

「いえ、皿洗いを引きつぎに来ました。今日は親睦を深める会なのですから、こういった雑務はワタクシに任せてください」

「う、うばー……でも」

「でもじゃありません、そもそも雑務はワタクシの仕事なのですから」

 

 ルインの言葉に、渋々といった感じに従うシズク。

 

 正直、まださっきの膝枕についての照れが残っていたから戻りたくないのだが、仕方がない。

 

 なるべく普通に振舞おう。

 そう決意して、シズクは扉を開いた。

 

 瞬間、彼女は慟哭する。

 叫び声をあげることすらできず、ただただ目を見開く。

 

 何故なら居間に入った彼女が見たモノは――

 

 ――唇を重ね合う、先輩たちの姿だった。

 

「……え?」

「むぐっ!?」

 

 先にシズクの来訪に気付いたのは、メイだった。

 上に乗っていたアヤをどかすために叩く。

 

「ちょ、ちょっとアーヤ! 見てる! シズクが見てるから!」

「んー? あ、ホントね」

「ホントね、じゃないよ! だからやめとこうって言ったのに!」

 

 涙目であるメイと違い、アヤは大分余裕そうだ。

 アヤは渋々メイの上から退くと、ふぅ、と溜め息を吐いた。

 

「落ち着きなさい、メーコ。最初からこのつもりだったもの」

「はぁ?」

「カミングアウトはするつもりだったわ、チームとして活動する以上いずれバレることだしね……シズク」

「は、はい」

 

 唐突に名前を呼ばれ、戸惑うシズク。

 いつもの察しっぷりが嘘のように動揺している。

 

「見ての通り私たちは付き合ってるわ」

「あ、いえ、それは何となく最初から分かってたんですけど……」

「えっ」

 

 前言撤回、察しっぷりは健在だった。

 

「あたしが驚いているのはどっちかというとメイ先輩がネコだってことですね」

「ねねねネコちゃうし!」

 

 勿論、唐突なキスシーンにもびっくりしましたけど、と付け加える。

 どうやらもうすでに平静を取り戻したようだ。

 

「……見抜かれてたか、凄いわね」

「えー? そうですか? お二人ともかなり分かりやすかったですよ?」

 

 ちなみにリィンは欠片も気付いていません。

 

「ところでリィンは何処ですか?」

「ああ、あの子ならお手洗いに行ったわよ」

「ちょっと待ってちょっと待って、何事も無かったかのように今の会話を終わらせないで!?」

 

 あっさりしすぎなアヤとシズクの態度に、メイは思わずツッコミに入った。

 

 ツッコミを入れたい箇所が、二三個ある。

 

「まずアーヤ! カミングアウトする予定だったからあんなに強引にキスしてきたってこと!?」

「うん、そうよ」

「なら普通にカミングアウトしろやぁああああああああああ!」

 

 ご尤もなツッコミである。

 わざわざキスしている場面を見せつける必要性は皆無だ。

 

「ああ、だってアナタが膝枕要求してくるもんだからムラムラしちゃって……」

「ひ、人の所為にしないでくれないかなぁ!」

 

 息を荒げながら怒るメイと、涼しい顔したアヤ。

 成程、本来こういう関係なんだなぁ、とシズクは納得するように頷いた。

 

「次にシズク!」

「はい?」

「もうちょっと驚いてよ!」

「充分驚きましたよ?」

 

 それこそ、腰を抜かすほど驚いた。

 だがまあ、元から恋人同士なんだろうなぁ察しが付いていたので心にストンと落とせたのだ。

 

「はぁ……はぁ……まあ、もう少し言いたいことがあるけど、リィンもそろそろ戻ってくるだろうし勘弁してやろう」

「流石リーダー、心が広いわね。後でもっかいキスしたげるわ」

「うばー、いちゃいちゃしますねぇ」

 

 呆れるように、シズクは呟いた。

 

 同時にチームメンバーがこの二人だけだったことに得心する。

 

 こんないちゃいちゃされたら、ねぇ?

 

「ただいまです、と……あ、シズク」

「うば、リィン……」

 

 と、そこでお手洗いから帰ってきたリィンと目が合った。

 

 少し気まずい……。

 ルインの仕業だということは何となく察しているシズクだが、それでも、その。

 

 太ももを伝ったリィンのか細い髪の毛の感触が。

 あのむず痒さが。

 

 あの時に、考えてしまったことが。

 

 シズクの頭から離れないのだ。

 

「…………えっと、その」

「…………」

 

 沈黙が流れる。

 リィンもリィンで、シズクの太ももの感触を思い出してしまったらしい。

 

 互いに赤箱のように顔を赤くし、見つめ合う。

 口を先に開いたのは、リィンだった。

 

「あの……ごめんね、嫌だったよね?」

「え?」

「ルインに無理矢理やれって言ってきたからやったことだけど……いえ、これは言い訳ね」

 

 本当に、ごめんなさい。

 と、リィンは頭を下げた。

 

 それを見て、シズクは焦る。

 

「ちょ、ちょ、何で謝るの!?」

「え?」

「えっと、その……あたしは嫌じゃ無かったから、謝らなくてもいいよ」

 

 『何でこんなラブコメちっくなことをしなくちゃいけないんだろう。』

 『あたしはただアークスになってレアドロを掘りたかっただけなのに。』

 

 ちょっと前なら、シズクはそう思っていただろう。

 いや、今も少し、そう思っているかもしれない。

 

 それでも――。

 

(まあ、ドキドキしちゃったものはしょうがないか)

 

 ああそうか、あたしも乙女だったのか。

 なんて思いながら、シズクはリィンの手を取った。

 

「わ、シズク……?」

「えっと、もし、よかったらなんだけど……今度はあたしに膝枕してくれないかな?」

「うぇ!?」

 

 シズクの提案に、リィンは声をあげて驚く。

 しかし少し考えて、リィンは意を決したように頷いた。

 

「初々しいねぇ……アーヤにもあんな時代が……あったっけ?」

「メーコにはあったわよ」

 

 リィンに膝枕されながら、シズクは考える。

 一体何時からなのか、それと何故なのか。

 

 数秒ほど考えて得た結論は、至極単純なものだったせいか、シズクは思わず一人笑ってしまうのであった。




間に合えばバレンタイン特別編を明日中に投稿します。

間に合えば。


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【番外編】バレンタインデー

間に合ったー!
書きたいとこ全部書いてたら文字数が多くなってしまった。


全年齢対象ですから大したことないですけど、
ちょっとだけえっちぃの注意。


 バレンタインデー。

 それは甘くほろ苦い恋のイベント。

 

 恋する気持ちをチョコレートに乗せて、想い人へと届けるのだ。

 

「――最近」

 

 アークスシップ・ショップエリア。

 そこに降り立ったリィンは、一人ごちる。

 

「ショップエリアの内装が変わってるわね」

 

 ショップエリアの中央にはモニュメントがあるのだが、いつもは緑色のキューブが浮いているだけのそこには、数日前からピンクの巨大なハートが浮かんでいるのだ。

 

 何でかしら、と五分ほど考えた末、分からなかったので諦めて当初の目的であったマイルームショップに向かう。

 

 買うか買うまいか迷っていたソファを、買うことに決めたのだ。

 

 理由としては、チームの加入が一番大きいだろう。

 知り合いが増えた以上は来客も増える、そうなったとき、ソファもあった方が便利なのは明白だった。

 

「お、リィンじゃん」

「あ、メイさん」

 

 と、そこでバッタリと【コートハイム】のリーダー、メイ・コートと遭遇した。

 

 橙色のロングポニテが特徴的な、『オーヴァルロード陽』と呼ばれる服を纏った快活な女性だ。

 

「買い物か?」

「はい、ソファを買おうかと」

「おーいいねぇー、でもそんなの買っちゃったら入り浸っちゃうぜ?」

「あはは」

 

 話しながら、一緒にショップエリアを歩く。

 メイはリィンが話さなくても割りと勝手に色々と話を振ってくれるので、リィン的には話しやすい相手である。

 

「あ、そういえばさ」

「はい?」

「後でチョコ渡したいからウチのマイルーム来いよ」

 

 ごめん、今渡せればよかったんだけど手持ちに無い、と軽くメイは頭を下げた。

 

「…………チョコ?」

「ああ、今日バレンタインデーだからな。……あ、もしかしてリィン、まだ用意してないとかか?」

「え、あ、ええっと、まあ、はい」

 

 存在自体を忘れていた、なんてとてもじゃないけど言えないリィンであった。

 

「まーウチは料理できないから市販のちょっと高いだけのチョコだけどな。リィンもそうするつもりだったのか?」

「えっと……まだ未定です」

「えー? もう当日だよ? いい加減決めなきゃ駄目だぜ」

「あ、あはは……」

 

 と、そこまで会話したところでマイルームショップに到着。

 メイは他に用事があったのか、何処かに行ってしまった。

 

「ああ……」

 

 一人になり、落ち着いたところでリィンは呟く。

 

「ほんとどうしよう……」

 

 とりあえず、リィンは通信機を取り出した。

 数少ないアドレスリストから、一人を選択する。

 

『今? チョコ作ってるよー』

「そ、そう」

『ふっふっふ、チョコは毎年お父さんに作ってたからね、自信あるから楽しみにしてて!』

 

 念のため、シズクもバレンタインデーを忘れているんじゃないかという一縷の望みにかけてシズクに電話をかけてみるリィンであったが、当然そんなことはなかった。

 

 通話を切り、再び溜め息を吐く。

 

 こうなっては仕方が無い。

 今からでもショッピングモールに向かい、市販で良いからチョコレートを買うべきだろう。

 

(と、いうわけでお菓子売り場にやってきたわけですが……)

 

 アークスシップ・市街地。

 そのショッピングモールの一角にあるお菓子売り場。

 

 普段は子供連れの家族で賑わっているスペースだが、今日は打って変わって女の子だらけだ。

 

(装飾もハートとかリボンとかになってるし……何か落ち着かないわね)

 

 女子力というものを何処かにぶん投げた思考をしながら、リィンは店内に入った。

 

「うわぁ……」

 

 見渡す限りのチョコ、チョコ、チョコ。

 そしてそれを求める女子、女子、女子。

 

 バレンタイン効果って凄いなと思いながら、店内を歩き回って物色を始める。

 

 ホワイトチョコ、イチゴチョコ、アーモンドチョコ。

 色々ありすぎて、どれがいいのか良く分からない。シズクに何チョコが良いか訊けばよかったと少し後悔した。

 

 まあ普通のが一番だろう、ということで一番シンプルなデザインのチョコレートを選択。

 シズクと、アヤとメイと、後一応ルインの分だけカゴに入れた。

 

(バレンタインを家族以外にあげるなんて初めてだけど……)

(喜んでくれると、いいな)

 

「あ、リィンちゃん?」

「え?」

 

 レジを済まし、帰ろうとしたところでリィンに声をかける女性が一人。

 

 前髪が片目隠れた赤色のポニーテールが特徴的なお姉さん。

 ブレイバークラス創設者の、アザナミだ。

 

「アザナミさん……でしたっけ?」

「わお! 覚えててくれて嬉しいよ。その買い物袋を見るにバレンタインのチョコを買いに来たのかな?」

「ええまあ、アザナミさんも?」

 

 アザナミの持っている買い物袋は、リィンの持っているものと同じようだ。

 当然、アザナミは「そうだよ」と頷いた。

 

「ああ、そういえばこの前はごめんね? あの、お姉さんのこと」

「何言っているんですかアザナミさん、私に姉なんていませんよ?」

「え?」

「イマセンヨ?」

「う、うん……そうだったね」

 

 思っていたよりも闇は深いみたいだねぇ、とアザナミは冷や汗をかいた。

 

 この話題は、全力で転換するべきだろう。

 

「そ、それはそうとリィンちゃんは誰にチョコあげるの? もしかして彼氏とか?」

「へ? いやいや友チョコですよ、彼氏なんていません」

「えー? 本当かい? だって手作りするつもりでしょ?」

「え?」

 

 リィンは首を傾げた。

 

 手作りなんてする気はない。というかやったことない。

 普通に今買ったチョコをそのまま渡すつもりだ。

 

「またまたーとぼけちゃってー、だってそのチョコって『手作り用チョコレート』でしょ?」

「……え?」

 

 買い物袋の中身を、再び確認する。

 

 シンプルすぎる、ただビニール袋に包まれただけかと思っていた板チョコの袋には、

 小さい文字で『手作り用』と書かれていた。

 

「……え? え?」

「いやー若いっていいねぇ。おっと、この後用事があるんだった」

 

 それじゃ、と言ってアザナミは去っていった。

 

 嵐の様な人だ。

 だが何処か憎めないのは本人の性質ゆえだろう。

 

「……どうしよう」

 

 レシートは、邪魔だから貰わなかった。

 返品は不可だろう。でもこれをこのまま渡すのは論外。

 

 新しいのを買うのも手だが、この量のチョコを一人で消費できるかと言ったら厳しい。

 

(チョコって……)

(溶かして好きな形に固めるだけだよね?)

 

 ふと、リィンの頭をとある考えが過った。

 

 そう。

 

 手作り用チョコレートを買ってしまったのなら、手作りしちゃえばいいじゃないかという考えが。

 

 当然リィンは料理などしたことはない。

 だがしかし、チョコレートを溶かして固めるだけならば、私にもできるのではないか?

 

「やってやる……」

 

 ぽつりと、呟く。

 

 もう、女子力無いなんて言わせない。

 やればできるということを証明してやろう。

 

 その決意が吉と出るか凶と出るか。

 それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ぞくり、とリィンのサポートパートナーであるルインの背筋が震えた。

 

 サポートパートナーは風邪を引かない。

 というか背筋が震えるわけもないのだが。

 

「……?」

 

 疑問符を浮かべながら、布団のシーツを翻してベランダに干す。

 乾燥機は持っていないので、こうして疑似太陽に晒して乾かすしかないのだ。

 

「にゃー」

「っと、黒猫ですか」

 

 ふと気付くと、ベランダの欄干に黒い猫が居た。

 黒猫は当然のようにルインの前を横切り、隣の部屋のベランダに行ってしまった。

 

「……隣の部屋で飼っているのでしょうか? 可愛いですね、今度糞虫(マスター)に進言してみましょう」

 

 洗濯が終わり、今度は台所へ向かう。

 次は夕飯の準備だ。サポパに休みなどない。

 

「む……?」

 

 ふと目に入った、一つのマグカップ。

 シズクが自分用にと置いていった物だ。

 

 そのマグカップの持ち手が、少しだけひび割れていた。

 

「割れている……何故?」

 

 確か新品をわざわざ買った、と言っていた筈だ。

 こうも早く割れるのはおかしい。

 

「もしかしてこの前洗った時に……? そうだとしたら弁償しなくてはいけませんけど……」

 

 でも洗った時割れたら気付くわよねぇ、と不思議に思いながら買っておいた食材に手を伸ばす。

 

 野菜各種に、鳥肉、そしてお米とカレールー。そしてチョコレート。

 バレンタインということで、チョコを隠し味にしたカレーライスにする予定だ。

 

「ただいまー」

「おっと」

 

 主人が帰ってきたので、サポパとしてはお出迎えせざるをえない。

 台所を出て、礼儀正しく腰を折る。

 

「おかえりなさいマスター(糞虫)

「今逆じゃ無かった?」

「は? 何がですか?」

 

 気のせいならいいんだけど、とリィンは買い物袋を持ったまま台所に入った。

 

 その行動に、ルインは疑問符を浮かべる。

 

「どうしたんですか、その買い物袋は……チョコレート?」

「ご名答よルイン、バレンタインだもの、女子として当然よ」

 

 当日まで忘れていた女子のセリフである。

 

「はぁ、ところでワタクシの分はありますか?」

「当然よ……って、ああ、サポパって食べられないんだっけ?」

「いえ、食事は必要無いだけで一応消化機能もあります。他のエネルギーで賄えるというだけですね」

 

 というわけで、貰えるものは貰います。

 そう言ってルインは両手を差し出した。

 

「ふふ、焦らないのルイン」

「? 何ですか? どうせ既製品なのでしょう?」

「……これを見なさい」

 

 買い物袋から、一枚チョコレートを取り出す。

 その袋には、『手作り用』の言葉が書いてあった。

 

「ああ……間違えて手作り用のやつ買ってしまったんですね? 大丈夫ですよ、少々硬いですが量はありますし鈍間(マスター)らしさも出てると思いますよ」

「ち、違うわよ! 手作りしようと思ったの!」

「な……!?」

 

 ルインは目を見開いて驚いた。

 完全に想定外の言葉だったのだろう、どうせバレンタインなんて忘れているだろうと思っていたのに、憶えていてチョコを買ってきただけでも驚きなのに、チョコを手作りしようと言うのだ。

 

「人間って……成長するんですね……」

「そ、そんなわけだから台所使うわね?」

「手伝いますか?」

 

 ルインの提案に、リィンは首を横に振った。

 チョコを溶かして、固めるだけなのだ。流石に一人で出来るだろう。

 

「そうですか……なら多分収納場所が分からないでしょうから道具の準備だけしますね」

「ありがとう」

 

 なんか優しいルインって気持ち悪いな、と思いながらリィンはお礼を言った。

 毒舌も鳴りを潜めているし、本当に家事をやる人には優しくするのだろう。

 

 数分後、リィンはエプロン姿で台所に立っていた。

 

 目の前には、ボウルや金型等のチョコ作りに必要な器具がより取り見取り。

 何時の間にこんなの買ったんだという料理器具も盛りだくさんだ。

 

(どうしよう……)

(一体何から手を出せばいいか分からない……)

 

 素直にルインにやり方を訊けばよかったかもしれない、と後悔しながら、とりあえずチョコを溶かすことを目標にしようとリィンは動き出す。

 

 マイルームのキッチンはフォトン式システムキッチンと言って、フォトンを流しながらボタンを押すことによってフォトンの力で無限に水もお湯も火も使用可能な超便利万能キッチンである。

 

 だがまあ、そんなことすら知らないリィンはチョコを持って右左を見渡し、呟く。

 

「火は何処かしら……」

 

 数分程考えて、やはりそれしかない、とリィンは一度チョコを置いた。

 

「ルイーン、ちょっと出かけてくるねー」

「え? は、はぁ何処に?」

「クラスカウンター。フォースになれば火を使えるでしょう?」

「フォイエ!?」

 

 思わずツッコミをしながら、ルインはリィンを止めた。

 まさか火の起こし方も知らないとは……と戦慄しながら、ルインはキッチンの説明を一通り始める。

 

「成程……こんな風に火を起こせるのね」

「はぁ……しかし、何で火なんですか? お湯ならさっと出るの……に……」

 

「よーし、溶かすぞー」

 

 リィンは刻んでもいないチョコを入れたボウルに、下から火を当て始めた。

 一応説明しておくとチョコの溶かし方としては間違い中の間違いである。

 

「ルイン・ストライク!」

「ごふぅ!」

 

 ルインの飛び蹴りがリィンの脇腹に炸裂した。

 サポートパートナーがマスターに攻撃するというのは前代未聞である。

 

「いったぁ……! 何するのよ!」

「何しているんですか! チョコを溶かす時は湯せんと言ってお湯を使って溶かすんですよ!」

「そうなの!?」

 

 火を止めながら、ルインは怒る。

 マスターを叱るサポパなど訊いたことも無い。

 

「手順が分からないなら素直に訊けばいいんですよ」

「う、うんそうだね……でも本当にルインが正規のサポパなのか怪しくなってきたわね」

「ワタクシは正真正銘正規のサポートパートナーですわよ」

 

 そう言い切るルインを横目で見ながら、リィンはボウルにお湯を張っていく。

 その中にチョコを突っ込もうとした瞬間、再びルインの蹴りがリィンのスネを襲った。

 

「いったぁあああい!?」

「だから分からなかったら訊けって言っているでしょう! もういいです! ここからはワタクシの指示通りに作ってください!」

 

 ちなみに湯せんというのはお湯を張った大きめのボウルに刻んだチョコの入った小さめのボウルを浮かべ、お湯の温度でチョコを溶かしていく作業のことである。

 

 決してチョコを直接火に当てようとしたり、お湯にチョコをぶちこんだりしてはいけないぞ。

 

「ぐぅ……い、いや今日こそ私の女子力が低くないことを証明するために……」

「もうそんなの随分前から最底辺なことが証明されてますよ! ほら、包丁でチョコを刻んで! ……あ、違います! 左手は猫の手です! そんなんじゃ指斬りますよ!」

「あいたぁー!」

「手遅れでした!」

 

 女二人、騒がしく喧しくチョコを作っていく。

 

 そうして、あっという間に空も黒くなっていくのであった……。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「リィンー、お邪魔するよー」

 

 ウィン、と扉が開き、シズクはリィンのマイルームに入室した。

 

 両手で抱えているのは、チョコレートの入った箱だ。

 落とさないように、慎重に歩みを進める。

 

「い、いらっしゃい」

 

 ひょこっと台所からリィンが顔だけ出して返事をした。

 チョコは出来た。でも……。

 

「あ、えっと、チョコわざわざ持ってきてくれたの?」

「うん! 自信作だよー、なんと……」

 

 と、そこまで言ったところでシズクは気付く。

 部屋に漂うチョコの香りと、リィンの手に刻まれた切り傷や火傷の跡に。

 

 大体のことを察したシズクは、チョコを後ろ手に隠した。

 

「……や! でも先にリィンのチョコを頂戴!」

「え? どうして……?」

「いいからいいから! さー楽しみだなぁ、リィンのチョコ!」

 

 言いながら、丸テーブルの傍にあるクッションにシズクは腰をかけた。

 

「そんなに期待しないで欲しいんだけど……」

 

 苦笑いをしながら、リィンは台所から小さな袋を一つ、持ち出した。

 

 袋の中には、ハート型のチョコレートが数個入っている。

 本当に、溶かして形を整えて固めただけのチョコレートだ。

 

 それなのに、形は崩れているし個によってバラバラだしで、控えめにいって悲惨な出来だった。

 

「お待たせー、見た目悪いけど、一応手作りチョコ」

「わぁ、ありがと」

 

 にっこりと、微笑みながらシズクはチョコを受け取った。

 早速袋を開けて、中身を取り出す。

 

「早速だけど食べていい?」

「ど、どうぞ……溶かして固めただけだから、味は大丈夫だと思う」

 

 パクリと一つ口に入れる。

 なんというか、うん、普通のチョコだ。

 

(ただ……)

(リィンが頑張って作ったというだけで妙においしく感じる……)

 

 チョコを飲みこんで、素直に「美味しいよ」と感想を言った。

 するとリィンの表情がパァッと明るくなったので、思わず自分も笑顔になるシズクであった。

 

「そう、よかったぁ……」

「これ一人で頑張ったの?」

「え? えっと、いえ、ルインにも少し手伝ってもらったわ」

 

 少し、どころじゃなく手伝って貰ってない箇所が無いくらいだ。

 まあこれくらいの見栄は、可愛いものだろう。

 

「じゃ、次はあたしのチョコね。はいハッピーバレンタイン」

「あ、ありがと……」

 

 既製品ではないのか、と疑う程綺麗に包装されたチョコレートだ。

 

 リボンを解き、袋を開けて箱の蓋を開ける。

 箱の中には、それはもう芸術品と呼べる程綺麗な黒いタルトが入っていた。

 

「自信作、シズク特製チョコタルトだよ!」

「う、うわぁ……凄い。食べても良いの?」

「勿論!」

 

 既に切り分けられていたので、一切れ手にとって、口に運ぶ。

 

「ふわ……」

 

 豊満なチョコの甘みと香りが口一杯に広がる。

 甘さだけではなく、絶妙なほろ苦さも持っていてくどさを感じさせなくなっているようだ。

 

「おい、しい……こんなの先に出されてたら私チョコ渡せなかったわ」

「だから先に受け取ったんだよ?」

「…………」

 

 良く分かってらっしゃる、とリィンは微妙な表情をしながらチョコタルトを口に運ぶ。

 本当に美味しい、自分好みの味だ。

 

「……来年は、私も本気出すわ」

「うばー、楽しみにしてるよ」

 

 と、そこでリィンは思い出したように台所へ向かった。

 持ってきたのは、袋に入った星型のチョコを二袋。

 

「それは?」

「アヤさんとメイさん用のチョコよ、あの二人にも渡さなきゃ」

「ああ、そうね……ところであたしのと形が違うんだね」

「? ええ、なんかルインがシズクのチョコはハートにすべきだって」

 

 ハート好きだっけ? シズク。

 なんてのたまうリィンに頭を抱えながら、シズクは立ちあがった。

 

 その頬は、若干赤い。

 

「ま、まあね……じゃ、どうせだし一緒にチョコ届けに行きますか」

「そうね、一回シズクのマイルームに寄った方が良い? 今チョコ持ってないみたいだけど……」

「アイテムパックに入ってるから大丈夫」

 

 チョコも入るんだね、アイテムパック。

 うん、なんか入った。

 

 みたいな会話をしつつ、二人でマイルームを出る。

 

 時刻は夜の九時を回っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 時は少し巻き戻る。

 

 夜の八時。

 場所はメイのマイルーム。

 

「はいアーヤ。チョコ」

「いつも通り既製品ね……まあ突然手作り持ってこられても困るけど」

 

 店頭でラッピングしてもらったであろう少し高価なチョコを、アヤはお礼も言わずに受け取った。

 

 お礼なんて言わなくても伝わっているし、アヤとて一々そんなもの言うつもりはない。

 幼馴染とはそういうものだ。

 

「じゃあ私も」

 

 言って、アヤは懐から軽くラッピングされた袋を取り出した。

 中身はトリュフチョコ。球形に丸めたガナッシュをクーベルチュールチョコレートで覆ったチョコレートである。

 

 袋からチョコレートを取り出して、ベッドに座っているメイに近づく。

 そしてチョコを持った手を、彼女に差し出した。

 

「はい、あーん」

「う……んー、あーん」

 

 少し躊躇ったが、素直に口を開けるメイ。

 ……が、アヤはメイの口にチョコが入る寸前、その手を引っ込めた。

 

「むぅ、何?」

「んっふっふ」

 

 ぱくり、とアヤはチョコレートを口に含んだ。

 

 まさか、とアヤの頬が赤くなっていく。

 

「ん」

「く、口移し?」

「んん」

 

 頷くアヤ。

 ちょっと心の準備させて、と言おうとした瞬間、両手首を取られてベッドに押し付けられた。

 

「むぐっ」

 

 唇と唇が、重なりあう。

 アヤの唾液で少し溶けたチョコが、絡めた舌を通してメイの中に入っていく。

 

 甘い甘いチョコレートが、溶けて、唾液と混じることで官能的な痺れがメイの脳髄を侵していった。

 

「んっ……く……んぐ」

「っ……ん、ぷはっ」

 

 チョコを全て移したところで、アヤは唇と舌を離した。

 息を荒げながら、首を傾げる。

 

「美味しい?」

「っはー……はー……なんか、味良くわかんなかった……」

「じゃ、もう一回ね」

 

 妖艶な笑みを浮かべて、再びアヤはトリュフチョコを口に含んだ。

 抵抗しても無駄なことを、メイは良く知っている。

 

 この幼馴染は……なんていうか、結構エロエロなのだ。

 

「ふっ……んん……」

「ん……」

 

 静かな部屋に、水音と微かな嬌声だけが響く。

 

 数分の時が流れただろうか。

 もうすでに、口内のチョコレートは溶けて消えているというのに、二人の唇はまだ離れない。

 

「ん……メーコ……」

「ぷはっ……な、長いよアーヤ」

 

 数秒後、ようやく離された唇と唇の間には、二人の唾液が交わった糸が伝っている。

 舌と舌を絡める、大人のキスというやつだ。勿論これだけで子供は出来たりしない。

 

「……ひぁ!?」

 

 アヤの指がメイの胸部に触れた。

 同時に、首筋を舌で撫でられメイは思わず悲鳴をあげる。

 

「……メーコ、知ってる? チョコレートって媚薬効果があるらしいわよ?」

「へ、へぇー……んっ!?」

 

 首筋に、軽く歯を立てられる。

 それだけのことで、メイの身体に甘い痺れが走った。

 

「メーコ、いい?」

「え、ええっと……ま、待って、ちょっと待って」

「はぁ……初めてでもあるまいし……」

「んぅ……待ってって言ってるじゃん!」

 

 服の上から敏感な部分を撫でられる。

 それだけで、メイの身体から力が抜けていく。

 

 耳に、甘い吐息が吹かれる。

 それだけで、メイの身体は痺れて動けなくなる。

 

 どうしようもなく、抵抗の意思が薄れていく。

 

「――服、脱がすわね」

「…………ん、ま、電気消して……」

「嫌」

 

 全部、見せて。

 そう耳元で呟かれればもうメイに抵抗の意思は無くなった。

 

 ポニーテールを解かれ、柔らかい枕に頭を乗せられる。

 

 足の間を割るようにアヤの膝が置かれ、両手はベッドに押し付けられ身体を隠すことができない体勢にされた。

 これで完全に、押し倒された状態だ。最早まな板の上の鯉である。

 

 せめて優しく食べられますように、とメイは目を瞑った。

 

 次の瞬間。

 

「せんぱーい、いますー?」

 

 シズクの、声が、した。

 部屋の入り口からだ。当然、チョコレートを渡しに来たのだろうと予測できる。

 

「あれ? 返事がないわね、メイさんもアヤさんもいないのかしら?」

「うーん、でもリィンさっきメイさんにチョコレート渡すからマイルーム来いって言われてたんでしょ?」

 

 リィンも、いるのか。

 

 アヤの顔が引きつった。

 シズクだけなら、既にカミングアウトしているから察してくれるだろう。

 

 だが、リィンにはアヤとメイが恋人同士なのをばらしていない。

 理由としては、メイ曰く「まだ刺激が強いから」、らしい。

 

「あ、アーヤ、離れて。リィンがこんなシーン見たら失神しそう」

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

 酷いお預けだ。

 アヤは滅茶苦茶悔しそうに、メイの上から退いた。

 

 服装を整え、メイのポニーテールを結んでから「こっちよー」と呼びよせる。

 

 少しして、後輩二人は先輩らのいる寝室におずおずと入ってきた。

 

「ああ、寝室に居たんですね」

「ハッピーバレンタインです、先輩」

 

 朗らかな笑みでチョコを渡してくる後輩二人。

 

 可愛い後輩にチョコを貰えて嬉しい気持ちと、情事を邪魔されて煩わしい気持ちが重なり合って、何だか複雑な気持ちだとアヤはくすりと笑った。

 

「……何笑ってるの? アーヤ」

「え? いや、うーん……『後輩可愛いなー』って気持ちと、『イイとこだったのに邪魔しやがって!』って気持ちが混ざり合って、なんか複雑だなって思って」

「ふぅん…………耳、貸して」

 

 ぽそり、とメイはアヤに耳打ちした。

 

 それを聞いた瞬間、アヤは枕に顔を埋める。

 今の表情を見られない為に。

 

「アーヤ?」

「アヤさん?」

「先輩? どうしました?」

 

 自分の作ったチョコを、美味しい美味しいと食べてくれる可愛い後輩と、

 『私も』なんて短い言葉をわざわざ耳打ちで伝えてくるいじらしい恋人に、

 

 囲われて過ごすこの時間が、嬉し過ぎてついにやけてしまったのだ。

 

「あっはっは、アーヤ、耳まで真っ赤」

「……うっさいわね、メーコのくせに」

「何です? メイさんさっきアヤさんになんて耳打ちしたんですか?」

「秘密ー」

 

 リィンの疑問に、メイは唇の前に人差し指を立てて答えた。

 

 話す気はないようだ。

 むぅ、とリィンは頬を膨らめる。

 

「ああホント……こんな楽しいバレンタインは初めてだわ」

「バレンタインだけじゃないぜ? チームなんだから、これからもっと楽しいことをこの四人で過ごせるんだよ」

 

 春夏秋冬。

 色々なイベントがある。

 イベントだけじゃなく、何気ない日常もある。

 

 これからは、この四人で……。

 

「そう、ね。ふふ、何だか楽しみだわ。これから、か」

 

 でも、まだバレンタインは終わっていない。

 明日のことは明日馳せるとして、今日をもっと楽しもう。

 

(チーム、組んでよかったわね)

「まあでもそれはそうと……」

 

 アヤはメイの耳に口を近づける。

 後輩二人に聞こえないように、小声でぽつりと耳打ちした。

 

 瞬間、メイの顔が真っ赤に染まる。

 

 囁かれた言葉は、たった一言。

 

『二人が帰ったら、続きをね』

 

 アークスたちの、甘い甘いバレンタインデーは、まだまだ続く。

 




何と言うか作者の描写力無さ過ぎて欠片もえっちくなかったね、ごめんね。

だが私は謝らない。

あとどうあがいても本文中に入れれなかったからここに書くけど、
ルインは披露困ぱいで寝込みました。精神的にやられてしまったようです。


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リベンジ! ヴォル・ドラゴン(前半)

ようやく戦闘パート。
ヴォル・ドラゴンは最初苦戦したなぁ、と実装当初のことを思い出しました。


 地獄の王、ヴォル・ドラゴンは知っていた。

 

 アークスという存在の、異常なる成長速度を知っていた。

 

 だからこそ、彼は新米らしきアークスを取り逃がしたことを後悔したのだ。

 数か月あれば、アークスは見間違えるほど強くなる。

 

 それこそ、下手をすれば自身を倒せる程度には強くなるだろう。

 

 だが――。

 

「ぐぎゃぁあああああああああああああああ!」

 

 吼える。

 狂ったように、吼え、暴れ、喰らい、憎み、また吼える。

 

 最早その瞳に理性など見られない。

 あるのはただ狂気のみ。

 

 シズクとリィンを撃退した、かのヴォル・ドラゴン。

 地獄の王とまで呼ばれた火山洞窟の主の頭部で、赤黒く輝く肉の芽らしき核が鈍く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 アークスが強くなる方法というのは大きく分けて五つある。

 

 まず、レベル上げ。

 エネミーを倒した時に体内に蓄積されるEXPと呼ばれる特殊なフォトンが一定量溜まると、アークスの能力が数段階上がる。

 この現象が、RPGのレベル上げみたいだから皆レベル上げと呼んでいるのだ。

 

 二つ目、装備の強化。

 ドゥドゥとの熾烈な戦いに挑むことで、武器防具の強化ができる。

 最大強化した装備は、無強化の装備と比べて倍は強くなると言われているので、これが最もアークスとしての力量を手っ取り早く高める方法と言えよう(勿論ドゥドゥに勝てればの話だが)。

 また、『クラフト』と呼ばれる手段もあるが、これはまた今度語ろう。

 

 三つ目、スキル振り。

 アークスにはスキルと呼ばれる特殊能力が眠っており、『クラスカウンター』と呼ばれる場所で掛けられているリミッターを外すことができるのだ。

 一般的に、一つレベルが上がれば一つスキルを取得できると言われていて、もし無理をしてレベルが足りないのにスキルを解除すると肉体が爆発四散して死ぬらしい。

 

 四つ目、フォトンアーツの習得。

 単純に新しい技が増えるのは強化のうえ、PAディスクにはレベルが設定されているので既に習得しているフォトンアーツでもレベルが上がれば威力が上がるなどの恩恵があるのだ。

 

 五つ目、マグの育成。

 『マグ』、と呼ばれる小型のアークス支援デバイスがアークスには一人一つ以上支給されている。

 マグには様々な支援システムが備わっているのだ。

 『直接的フォトン補填システム』を始め、『瞬間的補助システム』や『回復道具生成システム』。

 マグを育てれば育てるだけ、アークス自身が強化される画期的なシステムなのである。

 

「準備……完了、かな」

「そうだね」

 

 市街地緊急で、レベルは上げた。

 

 ドゥドゥとの戦いを(リィンは)制し、武器を強化した。

 

 先輩からのお下がりだが防具も強化した。

 

 レベルが上がったことでスキルを解除した。

 

 先輩が余ったPAディスクを譲ってくれた。

 

 マグも育成を進め多少強化された。

 

 準備は完了だ。

 そう、ヴォル・ドラゴンにリベンジするための。

 

「ふぉっふぉっふぉ、モニターしてるから頑張りたまえよ若人よ」

「何キャラよ……ま、私たちが出張ったら簡単に勝てちゃうからね」

 

 頑張ってね、とアヤは手を振った。

 

 先輩二人に見送られながら、シズクとリィンはキャンプシップに乗り込む。

 行先は勿論火山洞窟だ。

 

「うばー……しかし先輩らにはお世話になってばっかだね」

「ホントね、先輩から後輩へお下がりを渡すこと自体は、チームでは良くある話らしいけど……」

 

 それでも、いつか恩返ししなきゃね。

 

 と、話しながら待機すること数分。

 火山洞窟に到着した二人は、意気揚々とキャンプシップから降り立った。

 

 と、そこで途端に通信機が鳴り響いた。

 

「ん? あれ、通信だ」

「私にも」

 

 耳に手を当て、通話モードをオンにする二人。

 聞こえてきたのは、凛とした大和撫子のような声。

 

『もしもし、二人とも聞こえてる?』

「アヤさん? 一体どうしたんですか?」

『二人にはまだ話していなかったけど、実は私オペレーターの資格も持っているのよ』

「「はぁっ!?」」

 

 二人は声を重ねて驚いた。

 前にも言ったが、オペレーターという職業はハードルが非常に高く、絶対数の少ない花型職業だ。

 

 それをアークスとの兼業で取得するなどハッキリ言って正気の沙汰ではない。

 

『まあ今までメーコと二人きりだったから実践経験は殆ど無いのよね、だから今回直接の手伝いはしないけどこういう形で参加させてもらっていいかしら?』

「うばー! 勿論ですよ! ありがたいです!」

「アークスとしても強いのにオペレーターもできるなんて……むむむ、凄いですね」

『最初はオペレーターだけの予定だったんだけどね、メーコが一人じゃ寂しいって言うから頑張って……ちょ、こらメーコ、邪魔しないの。何? 余計なこと喋るな? いーじゃない別にこれくらい』

 

「仲睦まじいわねぇ、ホント」

「幼馴染なんだっけ? 先輩ら」

「そうらしいわね」

 

 昔からずっと一緒にいるんだから、そりゃ仲良くなるわよねぇと呟いて、リィンはふと考える。

 

 もしシズクが幼馴染だったら、どうなっていたんだろう、と。

 

『じゃあ張りきっていきましょうか』

「うばー、オペレート頼みますよ先輩……あれ? リィンどうしたのぼーっとしちゃって」

「……はっ!? い、いや何でも無いのよ」

 

 頭を振って気持ちを立て直す。

 戦場で妄想にふけるのは流石に拙い。

 

「さ、さあ進みましょうシズク。いつまでもこんな浅いところにいてもヴォルドラには会えないわ」

「? そうだねっ、アイツは奥地に居ることが多いから……兎に角進もう」

『……二人ともちょっと待って』

 

 歩みを進むようとした矢先、アヤからストップがかかった。

 

「どうしたんですか?」

『おかしい……前方に巨大な敵勢反応を確認、二人とも下がって』

「っ!?」

 

 次の瞬間、地面が割れた。

 

 溶岩とマグマで構成された黒い地面を豆腐のように容易く開いて、そいつは姿を表した。

 

 地獄を這う王者。

 ヴォル・ドラゴンだ。

 

『な、なんでこんな浅いところに!?』

「ごっぎゃぁあああああああ!」

 

 王者が吼える。

 理性を失った瞳で、狂気のままに吼える。

 

「……侵食核が付いてるね」

「うん、とっても辛そう」

 

 侵食核。

 それはダーカーに侵食された証。

 

 ダーカーの恐ろしいところは、圧倒的な物量もそうだが、それよりも他生物を侵食する性質にある。

 ダーカーは倒されると、ダーカー因子と呼ばれる粒子を散布するのだ。

 

 ダーカー因子を体内に取り込みすぎた者は、このヴォル・ドラゴンのように理性を失い、ただ破壊衝動のままに暴れるダーカーの尖兵にされてしまう。

 

 そんなダーカー因子にも弱点はある。フォトンだ。

 フォトンを使って倒せばダーカー因子は散布されないし、微量のダーカー因子程度なら浄化することもできる。

 

 だからダーカーを倒せるのは……いや、倒していいのはフォトンの扱えるアークスだけなのだ。

 

「突然のお出ましには驚いたけど……」

「そもそもあたしたちはお前を倒しに来たんだよね、ヴォル・ドラゴン」

 

 奥地に行く手間が省けてよかったわ、とリィンはソードを構える。

 シズクも数歩下がり、リィンが前衛、シズクが後衛といういつものフォーメーションを作り上げた。

 

 モニターの向こうで、アヤはにやりと笑う。

 やはりこの子らは逸材だ。突然のヴォル・ドラゴン来襲にも左程焦らず対応し、何よりも覚悟ができている。

 

『侵食核が付いたエネミーは体力、攻撃力が大幅に上昇しているから注意よ二人とも!』

「らじゃー!」

「了解! ……行くわよ新スキル……! 『ガードスタンス』!」

 

 リィンがスキル名を宣言した瞬間、蒼い光に包まれた。

 

 ガードスタンス。

 その効果は攻撃に使用するフォトンを防御に回すことによって、多少攻撃力は下がるが防御力が飛躍的に上がるというものだ。

 

 最前線に出てパーティの盾役を担うリィンにはうってつけのスキルと言えるだろう。

 

「はぁああああああ!」

 

 咆哮をあげながら、正面から斬りかかる。

 角が弱点なのは把握済みだ、先輩らから教えて貰った。

 

「よし、ダメージ通った!」

「うぐるぅうるあああああああああ!」

 

 前は感じなかった手ごたえを感じた。

 武器を強化した甲斐はあったようだ。

 

 しかし、正面から斬りかかるという行為はリスクのある行為だ。

 当然だがエネミーの攻撃は正面から正面への攻撃が多い、特にヴォル・ドラゴンは口からの火炎ブレスや噛みつき、角を用いた突き上げ等の強烈な攻撃を正面から行ってくるので普通は正面には立たないように立ち回る必要がある。

 

「[シネ!]」

 

 自身の身長よりでかいヴォル・ドラゴンの顔が、がばりと開いた。

 

 体内の火炎を練り上げ、ブレスとして吐き出す。

 火炎ブレスだ、高威力だが直線的で比較的避けやすい攻撃だが、至近距離で放たれたそれは到底避けられるものではない。

 

「ジャストガード!」

 

 避けられないなら、受ければ良い。

 リィンはフォトンの盾は瞬間的に生成し、炎を防いだ。

 

「ぐるぅらああああああ!」

「やぁあああああ!」

 

 剣を振るい、ヴォル・ドラゴンの顔に、角に傷を付けていく。

 勿論ヴォル・ドラゴンも黙って斬られるわけはなく、牙を、爪を、角を火炎を振るいリィンを滅そうと吼える。

 

「――エイミングショット」

 

 剣撃と爪撃の狭間を縫って、シズクは光の弾を放った。

 狙いはヴォル・ドラゴンの弱点である頭の角。

 

 エイミングショットは単発高火力のフォトンアーツ。

 狙いを正確に定めなければならず、チャージも必要なフォトンアーツだが弱点を衝いた時の火力は相当なものである。

 

「ぐるるる……!」

「おっと、シズクの方には行かせないわよ? 『ウォークライ』!」

 

 リィンが赤い光を発した。

 ハンタースキル・ウォークライは周囲のエネミーの注意を自分に向けるスキルだ。

 

 当然のことだがエネミーはより自分の脅威となる存在を先に排除しようとする。

 ヴォル・ドラゴンの巨体で一直線にシズクに突進でもされたら流石のリィンも止めようがないので、こういった注意を集めるスキルもまた盾役として必須といえるだろう。

 

『二人とも、イイ感じよ、このまま攻撃を続けて』

「言われなくとも!」

「そのつもりでっす!」

 

 至近距離で正面からリィンがヴォル・ドラゴンと殴り合い、

 遠距離からシズクが弱点を正確に狙って射撃する。

 

 ここまでは、理想の形で戦えている。

 

 だがしかし、相手は地獄の王、ヴォル・ドラゴン。

 正気を失っていても、その強さは健在だ。

 

「……む!?」

 

 ヴォル・ドラゴンは身体を180度旋回し、尻尾による攻撃を仕掛けてきた。

 突然の新たな行動パターンに驚きつつもリィンはジャストガードでそれをイナした。

 

「[コロス!]」

 

 リィンに背を向けたまま、ヴォル・ドラゴンは両手を交互に地面に叩きつけた。

 

「一体何を……」

『リィン! 下に気を付けて! シズクも!』

「下?」

 

 足元を見る。

 じわり、と何かが広がるように足元の地面が真っ赤に染まっていき――。

 

 マグマが爆発するように火柱をあげた。

 

「ぐぁ――!?」

 

 噴出したマグマがリィンの身体を空中に押し上げる。

 超高温のマグマを一身に受ければ、いくらアークスといえどノーダメージでは済まない。

 

 以前のリィンならば、瀕死に追い込まれてもおかしくはなかっただろう。

 

 だが、強化された今ならば――。

 

「リィン! 大丈夫!? ……っと! あぶなっ」

 

 一拍遅れてシズクの足元にもマグマが噴出したが、危なげなく回避した。

 遠距離から攻撃していた分、回避もしやすいのだろう。

 

 リィンの見た目華奢な身体が、地面に叩きつけられた。

 が、即座に両手を地面につけて縦に回転しながら態勢を立て直し、着陸。

 

 『ジャストリバーサル』という態勢を立て直すスキルだ。

 

「げほ……大丈夫よシズク、心配しないで。……しかし驚いたわね、マグマまで操るなんて」

 

 アイテムパックからモノメイトを取り出して、それを飲む。

 モノメイトは回復アイテム(メイト)の中でも最も飲みやすく、量も少ないが回復量も少ないアイテムだ。

 

 だがそれだけで、リィンのバイタルはほぼ全快へと回復した。

 ガードスタンスと新しい防具恐るべし、とリィンは笑みを浮かべた。

 

『リィンちゃん、後ろ気を付けてね』

「後ろ?」

 

 アヤに言われて、背後を振り返る。

 そこにはマグマの溜まり場があった。

 

 火山洞窟にはちらほらとこういったマグマの溜まり場が存在するのだ。

 フォトンを纏ったアークスにとって凄い熱いお風呂くらいの温度にしか感じないが、それはつまり軽度の火傷くらいならあり得るということである。

 

「危ないわね……あと数cm吹き飛ばされてたらマグマにダイナミックダイブするところだったわ……」

『リィンちゃん! 前!』

「……分かっています!」

 

 即座に前方に向き直り、ソードを盾のように構えるリィン。

 そのコンマ数秒後にヴォル・ドラゴンの突進攻撃がリィンのソードに衝突した。

 

 ジャストガードは失敗……だが剣で受けとめることは出来たのでダメージは大分軽減できた。

 

「ぐ、う……」

 

 しかし、体重差による力負けは如何ともし辛い。

 数秒粘ったもののリィンは吹き飛ばされ、結局マグマにダイナミックダイブすることになってしまった。

 

「あっつい! あっついわマグマ!」

 

 あまりの熱さにピョンピョン跳ねながらリィンはマグマの溜まり場からの脱出を試みる。

 今追撃を受けたらやばいかもしれない、とリィンは横目でちらりとヴォル・ドラゴンの様子を窺った。

 

 視界の先に、ヴォル・ドラゴンの姿は無かった。

 

「……あれ?」

『リィン、ヴォル・ドラゴンはマグマの中に潜ったわ……こうなる前に決着をつけたかったけど仕方ないわね』

「?」

『ここからが本番よ』

 

 ずしん、と地鳴りが響いた。

 

 噴き出すマグマと共に、地面の一部が盛り上がる。

 ヴォル・ドラゴンは、ゆっくりとその亀裂から這い出てきた。

 

 だがしかし、その姿はリィンとシズクが知る姿ではなかった。

 

 全身に、黄金の鎧を身に纏っているような姿と言うべきだろう。

 弱点である筈の角すら覆う輝く鎧を見て、二人は気を引き締め直した。

 

 アヤの言う通り、戦いはここからが本番である。




Q.ガードスタンスってマグマ噴出攻撃には関係なくない?
A. ああ!

ただリィンが効果あると勘違いしているだけです。
初心者によくある勘違いです。


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リベンジ! ヴォル・ドラゴン(後半)

遅くなりました。

書きかけのデータが吹き飛んだんや……ホンマすいまへん……。



 命の危機を感じた時、強き敵と戦う時。

 生物には自信の形状を変化させ、命を守ることがあるという。

 

 例えばカメレオンは体色を変化させ、敵の眼を欺く。

 例えばハリセンボンは身体を針だらけにして敵から逃げる。

 

 そう、多くの形状変化する生物に言えることだが、形状を変化させる理由は『生き延びるため』や『逃げるため』が多い。

 

 だが違う。

 地獄の王、ヴォル・ドラゴンは違う。

 

 『敵を薙ぎ払うため』、彼はその形状を変化させる。

 

 溶岩やマグマを身に纏い、鎧とするヴォル・ドラゴンの最終形態。

 

 黄金状態とも呼ばれるほど輝く身体は、シズクの銃撃も、リィンの斬撃も通すことは無いであろう。

 

 ただ唯一、攻撃の通りそうな箇所は――

 

「尻尾の結晶、だね」

 

 シズクが呟く。

 

 その言葉に、オペレーター中のアヤは感心するように口笛を吹いた。

 

 ヴォル・ドラゴンの尻尾の先端部分には、淡い桃色の結晶が付いているのだ。

 

 そこだけは、この状態になっても鎧を纏わずに剥き出しのままである。

 さらに言えば、原理はアヤも知らないが結晶を壊すとヴォル・ドラゴンの黄金状態は解除されるのだ。

 

 加えて結晶破壊後は大きな隙が出来る。

 

 オペレーター用のモニターに映し出されたヴォル・ドラゴンの大まかな残り体力を見る限り、結晶破壊後の隙を上手く付けば倒しきることも可能だろう。

 

『正解よシズクちゃん、ヴォル・ドラゴンは尻尾の結晶を破壊されるとあの形態は解除されて、大きな隙を晒してくれるわ。リィンちゃんは今まで通り前方でタゲ取り、シズクちゃんはヴォル・ドラゴンの後方に回って尻尾の結晶破壊を試みて頂戴』

「了解です」

「ヤー!」

 

 指示を受けて、シズクは武器をブラオレットからアサルトライフルに変えた。

 弱体弾(ウィークバレット)を撃つためだ。尻尾の結晶を脆く変え、一気に破壊するつもりだろう。

 

「ウォークライ!」

 

 リィンも再びウォークライのスキルを発動。

 赤い光を放ち、ヴォル・ドラゴンの注意を自らに向ける。

 

『リィンちゃん気を付けてね、この状態のヴォル・ドラゴンはさっきまでの比じゃないわよ』

「はい!」

「ォオオオオオオオオ!」

 

 ヴォル・ドラゴンが咆哮をあげながら、尻尾を鞭のようにしならせる。

 先端の結晶をハンマーのようにしてリィンに叩きつけた!

 

「この程度……!」

 

 最早この程度の攻撃ではリィンの防御(ジャストガード)は崩せない。

 

 落ち着いてフォトンの盾で受け止めて、反撃してやろうと剣を振り上げた瞬間。

 

 ――振り子の要領で、ヴォル・ドラゴンの尻尾が再びリィンを襲った。

 

「んなっ!?」

 

 流石の反射神経でぎりぎりソードで受け止めることに成功したが、ジャストガードには失敗してしまった。

 

 衝撃を受け止めきられず、二、三歩後ずさる。

 

(威力が……さっきより上がってる)

 

 手の痺れをフォトンで誤魔化しながら、リィンは息を整える……。

 

 ……暇なく、ヴォル・ドラゴンが追撃を仕掛けてきた。

 

「ぐるるぅあああああああ!」

「ああもう!」

 

 牙が、爪が、火炎が、さっきまでとは比較にならない速度と威力でリィンに襲いかかる。

 

 避けて受けて受けて受けて避けて受けて掠って受ける。

 一進一退なんてとてもじゃないけど言えない防戦一方だ。

 

 まだ? と一瞬シズクに視線を向けるも、シズクはシズクで苦労しているようだ。

 

 尻尾の先端という、事あるごとにひょこひょこ動く部位を正確に狙うのは難しいのだろう。

 慣れないアサルトライフルを使っているのもあって、結晶破壊はまだまだ時間がかかりそうだ。

 

「きっついなぁ……」

 

 モノメイトをぐびりと飲む。

 モノメイトの所持数は残り五個。

 

 より回復量の多いアイテムは使っている暇が無いことを考えると、心もとない数字だろう。

 

「っと……!」

「[コレデ……オワリダ!]」

 

 右腕を振り上げ、地面に叩きつける。

 左腕を振り上げ、地面に叩きつける。

 

 ヴォル・ドラゴンは交互にそれを繰り返し始めた。

 

『さっきのマグマ噴出だわ、足元に気を付けなさい』

「了解です……っと」

 

 足元が赤く光ったのを見て、リィンはその場を離れる。

 次の瞬間、マグマが地面から噴出した。

 

 マグマすら操るとは、流石地獄の王。

 

 なんて感心しながら、リィンとシズクは走り回る。

 明らかに先ほどの二倍くらい多くマグマが噴出していて、一か所にとどまっていると次の瞬間にはお陀仏だ。

 

「ぐるぁああああああ!」

「ええ?!」

 

 マグマを噴出させながら、ヴォル・ドラゴンは動きだした。

 

 角を使った突進攻撃を、辛うじて受けとめるが同時に足元が光り出す。

 全力で身体を駆動させて後方にバネのように跳んだが、右足が微かにマグマに掠ってしまった。

 

「ちょ……マグマ出しながら攻撃とか反則でしょう!?」

『喋ってる暇なんて無いわよ! 下!』

「うわっと!」

 

 着地した地面が赤く光りだした。

 間髪いれずにすかさず跳躍。

 

 一拍遅れて吹き出したマグマを尻目に見ながら、リィンは大きく息を吸い込んだ。

 

「シズク! 尻尾破壊まだ!?」

「まだっていうか無理! マグマ避けながら精密射撃なんて無理!」

 

 見ればシズクは、立ち上がるマグマを避けることで精一杯のようだ。

 

 武器を腰に仕舞って、全速力で走り回っている姿が見える。

 

 もういっそガンスラに持ち変えた方がいいのでは? とリィンは思ったが、その場合折角装填したウィークバレットが消えてしまうのだ。

 

 それは勿体ない。

 ウィークバレットが着弾した箇所を攻撃したときのダメージは、通常火力の二倍以上なのである。

 

(兎に角耐えるしかない、か)

 

 今は我慢の時だろう。

 リィンも武器を仕舞い、走りだす。

 

 勿論柄に手を掛けいつでも防御態勢に移れるようにして――だが、武器を仕舞うだけでも移動速度は大分変ってくるのだ。

 

「がぁあああああ!」

 

 放たれる火炎。

 しかし標的には当たらない。

 

 龍族は元より頭の良い種族だ。

 平時なら走り回る敵に直線的な火炎ブレスを放っても楽にかわされることをすぐに理解し別の攻撃パターンに変化させただろう。

 

 しかし今のヴォル・ドラゴンは暴走状態。

 ダーカーに侵食された生物はただひたすらに破壊衝動の赴くままに暴れ回るだけなのだ。

 

 それ故に、攻撃パターンが単調になりやすい。

 またも放たれた無造作な火炎ブレスをリィンは悠々とかわし、これならばと尻尾に向かう。

 

 ゆらゆらと揺れて射撃しづらい尻尾の先端も、近づいて斬りかかるならば話は別だ。

 

 抜刀からの、縦斬り。

 斬るというより叩き壊すように振るわれた剣は、目論見通り結晶の一部を砕くことに成功した。

 

 だが追撃はしない、寧ろそこからすぐに離れるように、リィンはソードを振るった勢いを利用してそのまま駆け抜けた。

 

 一拍置いて、地面からマグマが吹き上がる。

 

 追撃の一つでもしていたら、まず避けられなかっただろう。

 

「おお……」

 

 そんなリィンの一連の動作を見て、シズクは感嘆の声をあげた。

 

 負けてられない。

 呟いて、シズクは武器に手を掛け走り出す。

 

 遠距離で狙えないのなら、近距離射撃をしようという魂胆だ。

 ヘイトがリィンに向かっている今、下手したら零距離射撃すら可能だろう。

 

「む?」

 

 だがそう上手くいかないのが世の常である。

 

 ヴォル・ドラゴンは羽根を羽ばたかせ、空へと飛び立った。

 

 洞窟の天井ギリギリの位置まで辿り着くと、そこでホバリングをして眼下のアークスを見下すように顔を地面に向ける。

 

『これは……超火炎弾!? マズイ……!』

 

 超火炎弾とは。

 天井ギリギリまで飛ばなければ自身すら傷ついてしまう攻撃範囲と、熟練のアークスすら即死に至らしめる超火力を併せ持つ巨大な火炎弾を吐きだすヴォル・ドラゴンの文字通り必殺技である。

 

 この技を出させる前に倒すのが対ヴォル・ドラゴン戦の必須事項とされるほど、脅威の技だ。

 

 しかし欠点はある。

 発射までの溜めが長いというところだ。

 

『今のうちに撤退を……! 強制送還はクエスト失敗になっちゃうからテレパイプを……いや、その前に二人に説明を――』

「これは……」

「これって……」

 

 オペレーター室であたふたと焦るアヤとは対照的に、現場のアークス二人、シズクとリィンは落ち着いた様子で口を開く。

 

 お互いに示しあわせたわけでもなく、全く同じ言葉を同時に呟いた。

 

「「攻撃チャンス、だね」よね」

『っ!?』

 

 瞬間、二人の視線が交差する。

 

 それだけで、互いにするべきことは決まった。

 

 アイコンタクトなんて上等なものじゃない。

 ましてや、言葉を交わす暇なんてあったわけがない。

 

 シズクは、察した。

 リィンが何をしたいのかを目線だけで察し、そのための最善の行動を始めだけだ。

 

 リィンは、信じた。

 シズクならばきっと察してくれるという信頼。根拠なき可能性に賭けて迷いなく動いた。

 

「ウィークバレット!」

 

 ヴォル・ドラゴンの口先に、一目で即死級だと分かる膨大な火炎エネルギーが溜められていく。

 

 だがそんなものには目もくれず、シズクはアサルトライフルの引き金を引いた。

 

 ウィークバレットはあっさりと尻尾の結晶に着弾した。

 

 それはそうだ、ホバリングで空中に静止しているのなら、尻尾の結晶も静止しているのだから当てるのは簡単なのだ。

 

 着弾を確認後、シズクはアサルトライフルを投げ捨てた。

 可能な限り身を軽くして、走る。

 

 ヴォル・ドラゴンの真下まで移動して、バレーボールのトスのような姿勢でリィンに向き直り、笑った。

 

 察した通りだった、とシズクは思いながら、走ってきたリィンの足を両手で支える。

 そしてそのまま上空へと放り投げるように打ち上げた!

 

 シズクを踏み台にした跳躍。

 これこそがリィンの思い浮かんだ作戦――!

 

「作戦ってほど、上等じゃあないけどね」

 

 空中で、リィンは呟く。

 

 剣が尻尾に届く、一歩手前。

 届けば楽だったんだけど、と自分の計画性の無さに呆れながら、

 

 リィンはソードを、槍投げのように逆手に持った。

 

「この距離ならーー外さない!」

 

 剣を、投擲。

 フォトンアーツとはとても呼べない粗雑なフォームから放たれたアルバギガッシュは、さりとてフォトンによる力添えで相当な速度と威力で一直線に飛翔し、

 

 弱点と化した尻尾の結晶に、深々と突き刺さった。

 

「グ……!」

 

 ぴしり、と突き刺さった箇所からひび割れが始まった。

 

 亀裂は止まることなく結晶全体に渡り、そしてついには――

 

「ォオオオオオオオオ!」

 

 ――ガラスが弾けるような音と共に、破裂した。

 

 瞬間、ヴォル・ドラゴンの口先に溜まっていたエネルギーは無惨にも飛散し消え、飛行状態すら保てないのかぐらりとその身を傾ける。

 

「よし! ……とっ」

 

 当然、リィンも飛べやしない。

 跳躍の頂点まで行ったら後は落ちるだけだ。

 

 着地のこと考えてなかった、とまたも計画性の無さを露見させつつ、まあ死にはしないとそのまま自由落下に身を任せるリィン。

 

「おっと」

 

 しかし地面に衝突する直前、リィンの身体をシズクが受け止めた。

 両手で肩と膝裏を支える態勢……まあ要するにお姫様だっこである。

 

「リィン、ナイスだったよ。大丈夫だった?」

「だ、だだだだだ大丈夫だからお、降ろして」

 

 顔を赤くしてじたばたと暴れるリィン。

 

 直後、大きな地鳴りと共にヴォル・ドラゴンも地面と衝突した。

 

 軽い地震が起きる程の衝撃の中、シズクはゆっくりとリィンを降ろす。

 そして投げ捨てたアサルトライフルを拾い、構えた。

 

「さて、とどめをさそう、リィン」

「わ、わかってるわよ……えーと、私のソードはっと……」

 

 投げたアルバギガッシュはすぐに見つかった。マグマの中に。

 

 手遅れだった。

 アルバギガッシュは刀身からずぶずぶとマグマ溜まりに埋もれていき、すぐにその姿は見えなくなってしまった。

 

 そんなコントみたいな光景に、リィンはあんぐりと口を開ける。

 

「せ、折角強化したのにー!」

「リィン、落ち込んでる場合じゃないよ!」

 

 ヴォル・ドラゴンはまだ動かない。

 しかし死んだわけではないのだ、数十秒あれば起き上がり、尻尾の結晶も復活させまた暴れ始めるだろう。

 

 マグマに潜り、何処へ行ったか分からない武器を探すという行為は、普通の人基準で言えば火傷しかねないほど熱くてドロリとした液体から物を探すようなものだ。

 

 そんなことをしていたら、ヴォル・ドラゴンは復活してしまうだろうし、何よりそんなことしたくない。

 

「で、でも武器が無くちゃ追撃だってできな――」

「ん」

 

 ん、とシズクが差し出したものは、ブラオレット。

 

 ブラオレットの武器種であるガンスラッシュの最大の特徴、それはありとあらゆるクラスで使用可能という万能性。

 

 当然ハンターであるリィンにも、使用可能である。

 

「あ、ありがと」

「侵食核にウィークバレット撃ち込むから、とどめお願いね!」

「……ええ!」

 

 がしゃり、とシズクがウィークバレットを新たにアサルトライフルへ装填する音を背に、リィンは走り出した。

 

 見ればヴォル・ドラゴンは尻尾を地面に突き刺しているようだ。

 おそらく結晶を生成しているのだろう。

 

「けど、アヤさんの言ってた通り隙だらけね」

 

 リィンはブラオレットを銃モードから剣モードに切り替える。

 凸凹の不思議な形をした緑色のフォトン刃が、剥き出しになり微かに光を放つ。

 

「ウィークバレット!」

 

 一発の銃声と共に、ヴォル・ドラゴンの侵食核にウィークバレットが貼り付けられた。

 それを見て、リィンは高らかにブラオレットを振り上げる。

 

「これで……」

 

 跳ぶ。

 自身の背より大きなヴォル・ドラゴンの顔に付いた侵食核目掛けて一直線に。

 

 銃剣を、降り降ろす。

 

「終わりよ!」

 

 ぐちゃっ! とまるで昆虫の卵を叩き割ったような嫌な音を鳴らし、侵食核はひしゃげて潰れた。

 

 その瞬間、ヴォル・ドラゴンの瞳に一瞬だけ生気が宿り、消えた。

 

 その後ゆっくりと、巨体はなだれ落ちるように地面へと横たわっていく。

 

 やがて、動きは完全に止まった。

 

 もう動くことはない。

 完全なる、死である。

 

「……はぁ……はぁ……」

「か、……勝った?」

 

 リィンがそう呟いた瞬間、ヴォル・ドラゴンの死体が溶けて消えた。

 

 跡に残ったのは、赤い結晶だけ。

 それはまさしく、勝利の証と言えるだろう。

 

 火山洞窟に少女二人の歓声が響き渡った。

 

 リベンジ、完了である。




Q.ヴォル・ドラゴンが第一形態から一気に最終形態になったのは何故?
A.wikiにヴォルドラはマグマに潜ると一気に最終形態になるって書いてあったから。


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自己不明

せめて週一ペースは守りたいのに……


「成程、ね」

 

 キャンプシップ内部。

 ヴォル・ドラゴンを倒し、火山洞窟から帰還中の船内でリィンは顔を綻ばせながら頷く。

 

「シズクの気持ち、分かった気がするわ。確かにお目当てのレアがドロップした時の感覚は得難い者があるわね」

 

 リィンが手に持っているソードは、+10まで強化したアルバギガッシュではなかった。

 

 黒く長い柄の左右に黄色い円形のフォトン刃が付いた、斧の様な形状のソード。

 『ザックス』と呼ばれる、ヴォル・ドラゴンからのレアドロップアイテムである。

 

 そう、先ほど無事リベンジを果たしたヴォル・ドラゴンが落としてくれたのだ。

 諸々あってアルバギガッシュをロストしてしまったので非常に有難かった。

 

「うばー」

「し、シズクもレアドロップしてよかったわね。なんだっだかしら? 『レッグ/ヴォルテール』? わ、わあレア防具羨ましいわ、防御力って大事だもの」

「うばー」

「そ、それに見た目もヴォルドラの尻尾みたいで可愛いじゃない。絶対ザックスより当たりよ、レア度も高いし」

「うばー」

「うわあああああん! やっぱ何言ってもうばーとしか応えてくれないぃいいいいいいいい!」

 

 『ぬ』と『ね』の区別が付いて無さそうな表情でうわ言のように『うばー』と口癖を吐くシズク。

 原因は言わずもがな、またレア武器を手に入れたのがリィンで、シズクにはレアだが防具がドロップしたのだった。

 

 レアドロに貴賎はある。

 ましてやシズクのコレクト対象はあくまでレア武器なのだ。レアなら何でもよいというなら森林でロックベアレリーフが落ちたときも喜んでいただろう。

 

「ほ、ほらもうすぐアークスシップに着くからいい加減立ち直ろう? 大丈夫だって、そのうちシズクもレア武器拾えるわよ」

「うばぁあ……ニクイ、レアブキヲヘイゼントテニイレルキサマガニクイ……」

「キャラ変わってるわよ……」

 

 幸いなことにアークスシップに着いたころにはシズクのキャラは戻ってくれた。

 

 落ち込むときには酷く落ち込むが、立ち直りも早いらしい。

 本当、子供っぽい人だ。

 

「さて……」

 

 アークスシップに帰航し、ゲートエリアに降り立つ。

 リィンはキョロキョロと辺りを見渡した後、「んん?」と首を傾げた。

 

 てっきり、先輩らの出迎えがあると思っていたのだ。

 いや別に出迎えを期待していたわけではないが、あの先輩らの性格上、お疲れの一言くらい言うために待機してるものだと思っていたのだが……。

 

「あーはっはっはっはっはっはっは! ひーっ!」

 

 ふと、聞き覚えがある声の爆笑が耳に入った。

 声の方向を見てみると、やはりというべきか腹を抱えて爆笑するポニーテール先輩のメイ。

 

 爆笑こそないが口を抑え、耳まで真っ赤にして笑いをこらえている大和撫子先輩のアヤと、何処かで見た覚えがある金髪黒眼の少女(?)、そして真っ黒なコートに身を包んだ長身の女性――『リン』。

 

 その四人が、なにやら屯っているではないか。

 

 そういえば、先輩らはあの『リン』と同期だと言っていた。

 交流があるのだろうか、なんて思いながら二人はその集団に近づいていく。

 

「ぷ、くくく。あ、アフィン……そういう趣味があるなら服とか貸してあげたのに……」

「だからちげーって! 相棒に無理矢理こんな格好させられてんの!」

「ひーっ! あ、ははは! あはっ! げほっ! げほげほ! おえっ! ふ、くくくく! あーははは! げほ」

「メイは笑いすぎだろ! 大丈夫かおい!」

「あのー」

 

 盛りあがる会話に水を差すように、シズクは集団に話しかけた。

 

 一斉に、四人の視線がシズクとリィンに向く。

 集まった視線にリィンは一瞬怯んだが、シズクは表情一つ変えず言葉を紡ぐ。

 

「ただいま戻りました、先輩」

「お、お帰りなさいシズクちゃん、リィンちゃん」

「く、ふーっふーっ……はっ……はっ……お、おつかれ」

「メイさん大丈夫ですか……?」

 

 息絶え絶えなメイの様子に、リィンは呆れたように言って背中を擦り始めた。

 その様子を見て、『リン』がアヤに声をかける。

 

「……アヤ、この子らは誰?」

「チームの後輩よ、ほら、この前話した」

「ああ、新しい子が入ったって言ってたな」

 

 スッと『リン』の手が差し出される。

 握手、だろう。二人は少し躊躇ったあと、順番に握手をかわした。

 

「私のことは『リン』と呼んでくれ、えっと……」

「シズクです」

「り、リィン・アークライトです」

「む、リィン? アークライト?」

 

 『リン』が困ったように眉を顰めた。

 何だろう、と首を傾げるリィンだが、その理由は大したことではなく……。

 

「困ったな、『リン』と『リィン』、名前が似てて呼ぶのに不便だ」

「あ、そ、そうですね。『リン』さんは本名を何て言うんですか?」

「それがね、『キリン・アークダーティ』っていうのよ」

「本名まで似てますね……」

 

 変な偶然もあるものだなぁ、とリィンは苦笑いを浮かべた。

 まあ『リン』と『リィン』、似ていてもそうそう間違えないだろうということで結論付いた。

 

 間違えても、然したる問題はないだろうしね。

 

「それで……」

 

 ちらり、とリィンはもう一人の初対面である金髪の少女(?)を見る。

 

 シャドウパティシエプロンと言う、黒色のゴスロリやメイド服に近い服を身に纏い、恥ずかしそうに顔を赤らめている姿はパッと見美少女だ。

 しかし、なんだか顔つきと身体付きが男っぽい。

 

 そう、まるで女装した男の子みたいな感じだ。

 それもかなりクオリティが高い。

 

「あー……えっと、俺の名前はアフィン。『無理矢理』こんな格好させられてるがれっきとした男だ」

 

 無理矢理、を強調しながら女装男子――アフィンは軽く会釈をした。

 

 そんなアフィンの姿を見て、またもアヤとメイは「ぶふぅ!」と噴きだすように笑う。

 

「ぷ、ふ、くっ……あ、あはははは! やっぱ無理! 似合いすぎててもう笑える!」

「ぷ、ぷすくす……駄目よメーコ、無理矢理着せられてるんだから笑っちゃ……っぶふぅ……!」

「……お前ら……」

 

 冷えた眼で二人を見るアフィン。

 もう怒りとか羞恥とか、その辺のラインはとうに飛び越えたような達観の眼差しだ。

 

「相棒……もういいだろ? 着替えさせてくれよ」

「はぁ? もうお前の元の服とか燃えるごみに捨てたが?」

「ちょっ!?」

 

 冗談だ冗談、と笑って『リン』はアフィンのものらしき服を取り出した。

 

 しかし渡す気はないらしく、すぐアイテムパックに仕舞った。

 

 ……何だか『リン』さん、想像と違って結構愉快な人だな、とリィンは思わず苦笑い。

 アークス内でも最強クラスの人と聞いていたから、もっとこう、近寄りがたい感じかと思っていた。

 

「……ん?」

 

 そういえば、さっきからシズクが喋ってないな、と振りかえる。

 

 シズクは、何やら真剣な表情で『リン』を見つめていた。

 羨望の眼差し? 憧れの眼差し? ……いや、あれは。

 

 何かを、探っている?

 あの、市街地で初めて『リン』を見た時と同じように?

 

 いや、違う。

 似ているけど、違う。

 

 この目は、あの時の……クーナを発見したときの目だ。

 

「…………『リン』、さん」

「ん?」

 

 弾む会話の隙間を縫うように、シズクは『リン』に向かって口を開けた。

 躊躇いながら、迷いながら、それでも絞り出すように言葉を紡ぐ。

 

「あの、えっと……物凄く、失礼なことをは承知なのですが……一つ訊いてもよろしいでしょうか」

 

 うじうじと、シズクらしくない態度だ。

 いつもなら訊きたいことはスリーサイズだろうが体重だろうが年齢だろうが、ずばっと訊いてしまうほど無神経なのに、珍しい。

 

「そんな畏まらなくていいわよ、同じ一般アークスなんだから」

 

 分類上は、である。

 

 『リン』は、そんな煮え切れない態度のシズクに大人な態度で応えた。

 

 膝を曲げ、目線の高さをシズクに合わせる。

 成人男性より背の高い『リン』と、中学生くらいのシズクが並ぶとまるでというか完全に子供と大人だ。

 

「で、何?」

「ええっと……『リン』さんって――」

 

 

 

「――子供いたり、しますか?」

 

 その問いに、まずメイの腹筋が崩壊した。

 

 釣られるように、アヤとアフィンも噴きだして転倒。

 立っていられないようだ。

 

 そして、問われた当の本人は……。

 

「………………え?」

 

 笑顔のまま、固まった。

 

 膝を曲げた中腰の姿勢から、一ミリも動かない。

 

「え? え? えーっとぉ……?」

「あ、ご、ごめんなさい! 居るわけないですよね!? えっと、その、あの……失礼します!」

 

 『リン』が固まっている間に、シズクは逃げ出した。

 先輩らは、まだ爆笑から立ち直れていない。

 

「て、ことは私が追うしかないじゃない! すいません先輩方! 失礼します!」

「ちょっと待って!」

 

 シズクを追おうとしたリィンの腕を、『リン』の手が掴んだ。

 必至の形相で、捲し立てるように言葉を吐く。

 

「わ、私そんな……! 子供いるように見えるかなぁ!? た、確かに身長は高いから大人に見えるかもだけどまだじゅうろ――」

「大丈夫です! 若い! 若いですから! 多分シズクなりのジョークですよ! そんな涙目にならないでください!」

 

 宥めてから、リィンはシズクを追うように走りだす。

 

 背後から聞こえるアヤ、メイ、アフィンの煽り声とテクニックチャージ音は気にしないようにして、リィンはシズクの向かった居住区域――つまり、

 

 シズクのマイルームへと足を運ぶのであった。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 シズクのマイルームは、実はリィンのマイルームからそう遠くない位置にある。

 

 部屋三つ分離れているだけである。

 なのだが、何だかんだリィンがシズクのマイルームに入るのはこれで初めてだ。

 

(こっちから行かなくても、勝手に私の部屋に来るのよね……)

 

 朝起きたらキッチンでルインと一緒に朝ごはんを作っていたりするのだ。

 嫌では無いのだが、朝からシズクがエプロン姿で台所に立っているのを見るのは心臓に悪い。

 

 なんか鼓動が早くなるのだ。

 なんなんだろあれ。

 

「と、閑話休題……」

 

 呟いて、深呼吸してからマイルームの扉を開ける。

 

「シズク、入るわよ」

 

 部屋の中は、予想通り綺麗に片付いていた。

 緑黄色中心の優しげで、温かい雰囲気の家具は掃除が行き届いているのか汚れ一つなく、

 女の子らしいモフモフのぬいぐるみが主張しすぎることもなく、部屋の調度品としてあちこちに置かれていた。

 

 リィンは、自分の殺風景かつ実用品しか置いていない部屋と比べて少し悔しがりつつも、キョロキョロとシズクを探す。

 

 シズクはすぐに見つかった。

 シックな雰囲気のベッドの上で、うつ伏せになって枕に顔を埋めている。

 

「シズク?」

「……うばぁぁぁ」

 

 呼び掛けると、力ない返事(?)が返ってきた。

 

 なんて切り出そうか、と考えながら寄り添うようにリィンはベッドに腰かけた。

 

「さっきはどうしたの? 突然……」

「……あたしにも分かんないよぉー、あーもう絶対変な子だと思われたー……」

「分かんないことないでしょ、自分のことなんだし」

 

 それにシズクは元々比較的変な子だと思う、という言葉をリィンは飲み込んだ。

 親しき仲にもうんたらかんたら。

 

「うばー……分かんないよ……なんかね、クーナちゃんの時と同じ感じ」

「…………」

「何で分かったのかが分からない……んにゃ、何でそう思ったのかが分からない、かな」

 

 勘、とは少し違う。

 

 自分の知らないことを自分が知っているという圧倒的違和感。

 

「そもそも」

「…………」

「あたしって、何?」

「シズク」

 

 シズクの自問自答に、リィンは即答した。

 

「貴女はシズクよ、それ以外ないじゃない」

「……そうかな」

「そうよ。ていうか何よさっきから、中二病? 邪気眼が疼くの?」

「うばー……」

 

 確かにそんな感じの発言だった、と少し後悔。

 枕に顔を埋めていてよかった、今自分の顔はひどく赤いだろうから。

 

「正直、私にはシズクが何を言いたいのかさっぱり分かんないわ」

「…………」

 

 それはそうだ。

 何せ、自分でも分からないのだから。

 

「でも……」

「……?」

「落ち込んだとき、どうされると嬉しいかは、この前学んだわ」

「……え?」

 

 ちらり、と顔を傾けて枕から眼をだし、シズクはリィンを見る。

 

 リィンは両手を広げてこちらに差し出していた。

 ようするに、ハグ待ちの態勢である。

 

「……胸、貸す?」

「……え、あ」

「…………」

「……えっと、その……」

「……何を今更照れてるのよ、火山洞窟で散々揉んだくせに」

「あ、あのときは雰囲気がコメディだったから……」

 

 ようやく、枕から顔を上げる。

 多分顔、赤いんだろうけど、もう気にならなかった。

 

 だってリィンの顔も真っ赤なのだ。

 

「……で、どうするの? 要らないなら、別にそれでもいいけど」

「貸してください」

 

 即答、アンド敬語。

 

 加えて土下座に近いくらい、ベッドの上で頭を下げた。

 

「……ん」

「うばぁー……柔らかい……」

 

 ぎゅうっとシズクの頭を、胸元に抱き寄せる。

 この前、シズクにこうやってされたとき、物凄く落ち着いたことを思い出しながら。

 

「うばー……これは凄い……人を駄目にするおっぱいやー」

「何よそれ」

「前も思ったけどリィンって大きいのに形がいいよね、素晴らしい」

「褒めてるの?」

「超褒めてる」

 

 あまり嬉しくは無いなぁ、とリィンは自分の胸を堪能するようにぐりぐりと顔を動かすシズクの髪を撫でる。

 

 赤髪の根元が、黒い。

 地毛じゃなくて染めてたんだ、なんて考えつつ口を開く。

 

「それで、なんで『リン』さんにあんなこと訊いたのか私にも分かりやすく説明して頂戴」

「えー、難しい」

「頑張って」

「うばー、んー……………………リィンはさ」

 

 しばらく押し黙った後、シズクはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 

「アークスになった理由ってある?」

「理由?」

「あたしはね、二つあるんだ」

 

 リィンの返事を待たずに、シズクは話を続ける。

 

 どうやら質問というよりは、話しの導入の一環らしい。

 

「一つは」

「レアドロ?」

「……うん、正解。でもそれが二番目の理由」

「え!?」

 

 正直、レアドロ以外にも理由があったことにまず驚いたのに、まさかのレアドロは二番目発言。

 これには流石に驚きを隠せないリィンであった。

 

「じゃ、じゃあ一番目は?」

「一番目は……」

 

 少し、シズクは言葉に詰まった。

 言うべきか、今更になって迷ったのだろう。

 

 が、数秒して、腹が決まったのか話しを続ける。

 

「一番目の理由は、あたしのお母さんを探すこと」

「……お母さんを?」

「結構、ありきたりな話なんだけど……あたし捨て子だったの」

「……ああ」

 

 そこまで言われれば、リィンでもなんとなく話が予想できた。

 

「でも運よく親切なアークスに拾われたの、……本当に運が良かったんだね、本当の本当に良い人でさ、拾ったあたしを我が子のように育ててくれて、ここまで大きくなれたの」

「…………」

「愛も、優しさも、繋がりの大切さも、全部その人……お父さんに教えてもらった。でも――」

「…………」

「お母さんってものを、あたしは知らなかった」

「だから――?」

「うん、だから、アークスになれば、色々な惑星に行けるし色々な人と交流が持てるから、あたしの実のお母さんにも会えるかもしれないって」

 

 それでアークスを目指したの。

 反芻するように、シズクは言った。

 

「……成程、ね」

 

 シズクの頭を撫でながら、リィンは頷く。

 胸に顔を埋めながらの会話なので、イマイチシリアスになりきれない。

 

「でも今の話と、『リン』さんを子持ち扱いした件は何か関係あるの?」

「そこがあたし的にも謎なんだけど……あたしの中の、何かが囁いたの」

「……何て?」

「『この人は、あたしのお母さんかもしれない』って」

「…………ぅ、うーん? 年齢的に無理ない?」

「だからすっごく悩んだんだよね、でも――」

 

 でも、と言ったところでシズクは「やっぱ何でもない」と話を切り上げた。

 

 流石に、その先は言えなかった。

 荒唐無稽すぎて、信じる信じないの話じゃないのだ。

 

(不思議よね……そんな言葉、今まで聞いたことも見たことも無いのに……)

(自然と浮かんできた……『リン』さんを見た瞬間――)

 

 ――あれ? この人『時間遡航』の痕跡があるじゃん。

 ――ならあたしのお母さんがこの人でも矛盾はないな。

 

 そう、思った。

 時間遡航なんて単語、今まで知りもしなかったのに思った。

 

(本当――あたしは――)

(何、なんだろう)

 

 リィンの柔らかい胸に包まれながら、そんなことを考える。

 

 でもすぐに考えても栓無きことだと、思考を打ち切る。

 

 そう、あたしはシズクなのだ。

 それでいい、少なくとも、今は。

 

 




ホワイトデー番外編書きたかったけど間に合わなかったよごめんぬ。

アフィンがリンに送るお菓子を女子力皆無のリィンに選んでもらった結果酷い目にあう話考えてたんだけど、まあ来年まで続いてたら今度こそ書こう。


それはさておきようやくEpisode1 第1章:零の手・月夜の尊も終わりです。
先輩らが持つ武器の潜在能力名がサブタイトルでした。
個人的に格好いい潜在能力名ランキング上位に入る二つです。

サブタイトルはその章に関係あるレア武器の潜在能力名だったり、潜在能力名自体が章に合っている場合だったりしますので、サブタイトルの潜在持ち武器が必ず出るわけではないのであしからず。



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【幕間】ドゥドゥ弱体化期間

思い付きネタ。


レア武器についてですが、基本エピソード1の現在でも☆13まで全部出土します。
ただ各レアリティごとの凄さは以下で終始統一します。

☆7→コモンとあんま変わらん
☆8→中堅アークス御用達
☆9→大型チームの中核的存在はわりと持ってる
☆10→強者の証
☆11→強者中の強者の証
☆12→『リン』のサイコウォンドしか確認されていない
☆13→誰も持っていない


 ショップエリア・アイテムラボショップ。

 

 言わずと知れたドゥドゥの居城である。

 法外な値段を払うことで武器防具を強化できるが、その成功率は高くない……という悪魔のようなシステムが成り立っている、アークスによってはダーカーより忌み嫌われているショップだ。

 

 何よりも厄介なのは、アークスにとって武器防具の強化は必須事項であり、強くなるためには避けて通れない道だと言うことだろう。

 

 ドゥドゥの心底人を馬鹿にした厭らしい笑みから放たれる

 「素晴らしく運がないな、君は」や、「ふむ、失敗じゃないかな?」

 等の言葉がトラウマになってしまうアークスは九割を越えてしまっているのだ。

 

 そんな嫌われものが、何故役職を下ろされないのか?

 

 その問いの答えは一つ、腕が優秀だから。

 

 アイテム強化というカテゴリーで、彼に敵うものは一人とていない。

 元々天文学的数字だった武器強化を、腕一つで実現可能にした彼の代わりなどいないのだ。

 

 だから彼は、今日も爆死したアークスを煽るのだ。

 趣味が悪いと罵られようが、決して己のキャラを曲げることなく。

 

 ――だが、

 

「ぐ、ぬ……」

 

 アイテムラボの奥の部屋。

 装備強化マシンや、装備強化に関する機密や秘密が詰まったその部屋で、一人の男が苦しそうに呻いた。

 

 毒々しい紫の帽子に、同じく毒々しい紫のスーツ、

 その人となりを表すかのように捻れた黒い髪とヒゲ。

 

 名をドゥドゥ。

 全アークスの怨みを背負いながらも常に涼しい顔を崩さない彼の額には、珍しく汗が滴っていた。

 

「くっ、またこの日がやってきてしまったか……」

 

 彼の手には、ウィンドウに表示された一通のメール。

 それとメールに添付されてきた複雑な形の機械。

 

 メールは、装備強化の成功率を上昇させることができるアップデートプログラムの試作品が出来たことを伝える内容であり、

 送られた機械はそのプログラムが入ったソフトウェアである。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ドゥドゥ弱体化期間。

 

 そう揶揄される期間が、オラクルには存在する。

 

 何ヵ月かに一度、不規則ながらも装備の強化成功率が上がるという期間だ。

 その理由は、アークス開発部からの試作品運用試験が主なものである。

 

 コストの問題や、試作品であるということから1週間という短い間だが、強化成功率は5%から10%ほど上がるのだ。

 

 たかが10%と思うかもしれないが、これはかなり大きい。

 特に特殊能力付与に関しては90%(体感では50%)が100%になるのだ。

 

 絶対に成功する、という安心感は大きい。

 何せ装備強化はお金がかなりかかるのだ。

 

 特殊能力付与だけではなく、+値強化も目に見えるくらい成功するので、ドゥドゥ弱体化期間にしか装備強化しないというアークスも出てくるほどだ。

 

 そして、今日はその弱体化期間の初日。

 

 故に、ショップエリアの人口密度はとんでもないことになっていた。

 

「うっわ……」

 

 弱体化期間と聞いて、拾ったザックスを強化しようとショップエリアに降り立ったリィンは即座に顔をひきつらせた。

 

 まず目につくのが、アイテムラボ前の長蛇の列。

 某夢の遊園地の人気アトラクションに匹敵する数のアークスが、メセタや武器防具を抱えて並ぶ様はなんというかシュールだ。

 

 さらに、列を外れたところで強化を完了させたアークスが目に隈を浮かばせながら仲間に自慢したり歓喜したりする姿や、

 逆に弱体化期間だというのに爆死した運のないアークスたちの死体がそこらに転がっているのが目にはいる。

 

「……とりあえず、並びましょうか」

 

 二時間くらい待つことになりそうね、とリィンは考えながら、列の最後尾に向かう。

 

 こんなに並んでたら煽ってる暇も無いんじゃないかしら、とリィンはちらりとドゥドゥの方に眼を向けた。

 

「うわああああああああ! 95%落ちたぁああああああ!」

 

 その瞬間、先頭の男が頭を抱えて膝から崩れ落ちた。

 

 どうやらやらかしてしまったらしい。

 ドゥドゥはそんな男に向けて、いつものように、厭らしく口元を歪めて言葉を放つ。

 

「素晴らしく運がないな、君は」

「ぐ、ぐぅううううううう!」

 

 ああ、こんなときでも平常運転なのね、と諦めたようにリィンは溜め息を吐いて、手元にウィンドウを開く。

 

 前借りた少女漫画でも読みながら、待つことにしたようだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 一方、最前列では熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 

「はっはっはぁ! ドゥドゥさんよぉ! 気分はどうだい!? ストレートで+10まで強化された気分はよぉおお!」

「くっ……素晴らしく運がいいな、君は」

 

 頭の眩しいおじさんが、いつもの仕返しと言わんばかりに笑いながら完成した武器をドゥドゥに見せびらかした後、上機嫌にアイテムラボから去った。

 

 休む暇なく、次のアークスがドゥドゥの前に現れる。

 

 シャープな眼鏡をかけた、知的な雰囲気の男性だ。

 

「おおっと、やっと僕の番ですか。前回90%を三つ落とされたリベンジ、果たさせて貰いますよ」

 

 言って、男は武器と素材を取り出す。

 

 その武器のレアリティは9、それだけでこの男がアークスとして優秀だと分かるレア武器だ。

 

「とはいっても、武器も素材の組合せも前と同じ……いやぁ、怖いなぁ! 90%で落とされるの怖いなぁ! ……あ、そーいえば今能力追加成功率って10%上がってるんでしたっけー! いやぁ、100%成功っていいもんですねぇ! あーひゃっひゃ!」

「ぐぬぬ……成功だ」

「ふん!」

 

 当然能力付与は成功し、男は武器を奪い取るようにドゥドゥから受け取ると、足早にその場を去っていった。

 

 そしてすぐにまた新たな客がやってくる。

 

 弱体化期間が始まって早半日、ずっとこのペースである。

 

 ドゥドゥも、流石に疲労の色が濃い。

 だが休み時間はまだまだ先である。

 

 これだから嫌なんだと内心溜め息を吐く。

 

「こいつの強化を、お願いしようか」

 

 トン、とその男が武器をカウンターに置いた瞬間、周囲のアークスたちがざわめいた。

 

 ドゥドゥも思わず眼を見開く。

 

 それは、現在確認されている武器の中でも最高峰に近い、激レア武器。

 レアリティ10、『ブリューナク』。

 

 薙刀のような形状と、蒼白く光る刃が特徴的なパルチザンに分類される武器である。

 

「す、すげぇ、ブリューナクだ……」

「実物なんて初めて見たぜ……ん? あいつ何処かで見たような……」

「確かに何処かで……あ! 思い出した! あいつ【銀楼の翼】の副リーダー、『カーマ・セィヌ』だ!」

 

 周囲のざわつきが、より大きくなった。

 

 【銀楼の翼】というチームは、数多くあるチームの中でもかなり有名なチームなのだ。

 

 その実力もさることながら、チーム員全員がイケメンというのが有名な要因としてかなり大きいだろう。

 やはりというべきか主に婦女子の方々に人気があり、ファンクラブまで結成されている大型チームだ。

 

 そして今ドゥドゥと対峙しているこの男――『カーマ・セィヌ』はそのチームの副リーダー。

 輝くような銀髪と、鷹のように鋭い金色の瞳、そしてビジュアル系バンドのような顔つきは確かにイケメンと名乗るに相応しい見た目をしていた。

 

「ふむ、しかしこのレベルの武器となると、強化費用が嵩むが大丈夫かね?」

「ふん、問題ない。グラインダーもこうして999個用意させてもらった。+10になるまで頼むよドゥドゥ」

「ほう、任せたまえ」

 

 数分後、ブリューナク+4が出来あがった。

 

 …………。

 まさかの即堕ち二コマどころか行間すら無しである。

 

「…………」

「素晴らしく運が無いな、君は……」

 

 流石のドゥドゥですら、同情を含んだ声色になってしまった。

 地味にレアボイスである。

 

「…………ごふっ」

「うわー! カーマ・セィヌが吐血して倒れたぞ!」

「顔が真っ青だ! 急いでメディカルセンターに!」

「……また来たまえ」

 

 周囲のアークスに抱えられ、メディカルセンターへと運ばれていくイケメンを見送った後、再びドゥドゥの前に強化希望のアークスが現れる。

 

 今週は終始こんな風に慌ただしいのだろう、なんて憂いながらドゥドゥは厭らしい笑顔を作る。

 

「ふっふっふ、何用かね?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「なんだ、今日はショップエリアが騒がしいな」

「ああ、今日から強化成功率が上がっていますからね。仕方が無いでしょう」

 

 ショップエリアの最上階には、まるで展望台のような円状の通路がある。

 

 そこを通りながら、白色の鋭角なフォルムが特徴なキャスト――名を『レギアス』

 ――が下のアイテムラボ前を見ながら呟いた一言に、隣を歩くニューマンがそう応えた。

 

 ニューマンの名は『カスラ』。

 黄緑の髪に、道化のような丸く大きい帽子とシャープなグラサンが特徴的な男だ。

 

「ふむ、今日がその日だったか……それにしても人が多いというか……流石に彼一人で捌ける人数ではないのではないか?」

「とはいっても彼の代わりは居ませんからね……ある意味アークスで一番重要な人物と言えるかもしれません」

「しかし、強化期間が来るたびにこれでは他の店も迷惑だろう、何か対策を考えなければな……」

「そうですねぇ……」

 

 レギアスに言われて、カスラは顎に手を当てて少し考えるように仕草を見せた。

 

 足を止めてアイテムラボの様子をしばらく伺った後、「ふぅむ」と息を吐く。

 

 アイテムラボ内では、ドゥドゥが休む暇なく働いている。

 こうして遠目に見ているだけなら勤勉な職員に見えるのだけれどなぁ……。

 

「ドゥドゥのクローンを――いえ、やめておきましょう」

 

 出かけた言葉を、カスラは即座に飲みこんだ。

 複数のドゥドゥが一斉に煽ってくる様子を想像し、吐き気を催したのだ。

 

「そ、そうですね、では彼に弟子をとらせてみるのはどうでしょうか?」

「弟子を?」

「要は強化できる人材を増やせばいいわけですからね……今までもちょくちょく打診はしていたのですが、丁度いいですし本腰入れて探してみましょうか」

「……丁度いい?」

「おっと、失言でした。忘れてください」

 

 胡散臭そうにそう言って、カスラは歩みを再開した。

 問うても無駄なのだろう、とレギアスも続くようにその場を去る。

 

 後日、『モニカ』と呼ばれる才能溢れる少女がドゥドゥの弟子としてその才覚を表していくのだが……。

 

 それはまだ、先の話だ。

 




モニカ登場フラグが立ちました。

あとリィンのザックスは無事+10になりました。


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Episode1 第2章:大日霊貴
数カ月後


グワナーダ「あれ?」
スノウ夫「俺達の」
スノウ妻「出番は?」
マイザー「ウィーンガシャンウィーンガシャン」

キャタドラン「あ? んなもんねぇよ」


 地下坑道エリア。

 

 岩と砂で構成された、惑星リリーパの地下に存在する広大な空洞を利用した坑道だ。

 

 なんのために作られたのか、なんのために存在しているのか一切不明。

 そこにはもう人の気配はなく、ただ機甲種と呼ばれる数多の防衛ロボが闊歩する機械の国に成り果てているのであった。

 

 そんな坑道エリアの一角。

 坑道という名の通り、蟻の巣のように張り巡らされた幅の狭い通路を抜けた先に、そいつはいた。

 

 巨大戦艦ビッグヴァーダー。

 約ヴォル・ドラゴン十六匹分に比肩する超弩級の機甲種だ。

 

 正面にはあらゆるものを塵に還すレーザー砲が四門。

 その死角をカバーするように左右二門ずつ、合計四門の機銃が配置されている。

 

 側面には左右それぞれ三門ずつ、機銃と地上から艦上までカバーできる可変式のロケット砲が睨みを利かせているようだ。

 

 さらに、武装は艦上にまで配置されている……と、いうより艦上のほうが多い。

 

 合計十二門のミサイルハッチに火炎放射機四門、

 さらにエネミーの核にして本体のクレーンロボには肩にミサイル二門、腰に機銃四門、腹部にはレーザー等々を放てる大砲……。

 

 まさに、巨大戦艦。

 

 そう言わざるをえない超兵器だ。

 

 ヴォル・ドラゴンのような、自然に生まれた強者とは違う人殺しの兵器。

 

 知的生命体が、知的生命体を殺すためだけに産み出した心無き強者。

 

 そんな。

 

 そんな超弩級戦艦の、さらに上空。

 地下坑道の天井スレスレの高さで、ポニーテールの少女ーーメイ・コートは舞うように両手のツインマシンガンを構えた。

 

「バレットスコール!」

 

 銃弾の雨が、ビッグヴァーダーに降り注ぐ。

 

 常識では考えられないほど堅牢なビッグヴァーダーの装甲は、そんな豆鉄砲など通しはしない。

 

 だが、ミサイル発射口や機銃などは別だ。

 稼働部である以上、壊す方法はいくらでもある。

 

 肩口にある二門のミサイル発射口は、銃弾の雨に降られ爆発。

 粉々に砕け散った。

 

「うわー、メイ先輩居ないと思ったらあんな高いところまで……」

「馬鹿だから高いところが好きなのよあの子」

 

 黒髪姫カットの麗人ーーアヤ・サイジョウが呆れたように溜め息を吐く。

 壊し辛い箇所である肩口ミサイルを破壊したというのに、酷い言い草だ。

 

「ラ・グランツ」

 

 冷静な口調のまま、アヤは手に持ったトワイライトムーンというロッドを振るう。

 

 放たれた光のビームは、クレーンロボの腰部分に着いている機銃を正確に射抜き、破壊した。

 

 戦闘開始から数十分。

 四十五あるビッグヴァーダーの武装は、アヤとメイ二人だけで半分まで減らされていた。

 

 そしてーー

 

「アディションバレット!」

「ノヴァストライク!」

 

 ブラオレットから放たれた散弾と、横方向に回転しながら放たれた斬撃が、左右それぞれのミサイルハッチを薙ぎ倒した。

 

 これで残りの武装は三つ。

 クレーンロボのアームと主砲を残すのみ。

 

 如何に強力な武装を持とうとも、

 如何に大量の武装を持とうとも、

 

 ビッグヴァーダーは、対人兵器ではない。

 巨大戦艦という括りは、人の形をしながらも人為らざるアークス相手には相性が悪すぎるのだ。

 

 射角外から主砲を壊され、機銃の死角を衝かれ艦上への浸入を許し、

 ホーミング性能を持たないミサイルは見てから回避されリロードの隙を衝かれ壊された。

 

 そんな絶望的な状況でも、愚直なAIは尚も攻撃行動を続ける。

 

 撤退を命じる司令官も、奇策を弄する艦長もいない。

 

 何より可哀想なのは、そんな状態を嘆く感情すらないことだろう。

 

「『チェイントリガー』! からのバレットスコール!」

「『フォトンフレア』……! 喰らいなさい、イル・グランツ!」

 

 銃弾と光弾の嵐が、威力上昇系スキルを纏って放たれる。

 

 クレーンロボのアーム部分は結合部をあっけなく破壊され、音をたてながら地面へと転がり落ちた。

 

 せめて一矢報いようと(そんな感情もないのだが)、ビッグヴァーダーは腹部に隠した最後の武装である大砲を剥き出しにした。

 

 少しのチャージの後、蒼白い極太レーザーが盤面を凪ぎ払うように放たれる。

 

「リィン!」

「ええ!」

 

 が、それすらも阻まれた。

 

 斧のようなソード――ザックスを前に掲げ、ジャストガード。

 それによって、リィンの後ろに咄嗟に隠れたシズクも無傷に終わる。

 

 アヤはフォースの武器のみ使えるミラージュエスケープと呼ばれる技術でレーザーを回避し、

 メイはそもそもビッグヴァーダーの背丈以上の高度にいるので当たらない。

 

 どんなに発展した科学だろうと、フォトンのような超お手軽永久機関エネルギーでも使わない限り、弾を放った後は隙ができる。

 

 ビッグヴァーダーが、大砲を装甲の中に再び隠すまで約五秒。

 

 チーム【コートハイム】は、その隙を逃すような、素人アークスの集まりではない。

 

 瞬時に大砲へとシズクの放ったウィークバレットが着弾した。

 

 その瞬間、メイは急降下しながら武器をツインダガーと呼ばれる逆手持ち二刀流の武器に持ち変える。

 『クロススケア』という、十字型の刃が特徴的な武器だ。

 

「フォールノクターン!」

 

 急降下の勢いを利用した斬撃は、ウィークバレットの効果もあって容易く大砲を根本から切り落とした。

 

「ラ・グランツ!」

 

 一拍遅れて、アヤのテクニックが突き刺さる。

 

 それによって、クレーンロボが部品を幾つか飛ばしながら小さく爆発した。

 どうやら、腹部を出し隠しする装甲の稼働部が壊れたようだ。

 

 装甲内の弱点(コア)が、丸見えだ。

 シズクは容赦なくそこにもウィークバレットを撃ち込む。

 

 武装を全て奪われたビッグヴァーダーに、出来ることはもう一つもない。

 とどめとばかりに、リィンはビッグヴァーダーの身体を駆け上がり、武器にフォトンを込める。

 

 リィンの髪と同じ色をした、青い光刃がザックスから立ち上った。

 

「オーバー……エンドォオオオオオオオ!」

 

 降り下ろされたフォトンの刃が、コアを貫き破壊する。

 

「――――」

 

 一瞬の静寂の後、クレーンロボの頭が爆発して吹き飛んだ。

 

 それを機に、ビッグヴァーダーの身体が、歯車が、ネジが、

 ありとあらゆるビッグヴァーダーを構成していた部品がはぜて飛んでいく。

 

 チーム【コートハイム】の、勝利だ。

 

「いぃやっほぉーい!」

「うばっ」

「きゃっ」

 

 歓喜の声をあげながら、メイは後輩二人に飛び込んだ。

 

 がしり、と肩を寄せて抱き締める。

 

「シズク! ウィークバレット上達してきたな! リィンもとどめのタイミングいい感じだったぞ!」

「あ、ありがとうございます」

「ありがとうございま……あっ」

 

 先輩に褒められて、照れるリィンとシズク。

 が、しかし何かを察したようにシズクがサッと顔を青くした。

 

「ちょ、せんぱ」

「いやー! 今日は祝勝会だね! シズクのご馳走楽しみにしてるよ!」

「や、やめ……離し……」

「おっと」

 

 メイの腕を押し退け、逃げようとしたシズクだったがそれは拒まれた。

 シズクを抱き締める腕の力は、最早攻撃行為と言えるほど力が籠っているようだ。

 

「? どうしたのシズク?」

 

 と、リィンが疑問符を浮かべた瞬間、リィンの足元が小さく爆発した。

 そこでようやく周囲を見渡し、リィンも何かに気付いたように声をあげた。

 

「ば、爆発する?」

 

 そう、ビッグヴァーダーは機械である。

 それも、火薬を大量に積んだ巨大兵器である。

 

 そんなものが壊れたら、どうなるかなんて自明の理。

 

 大 爆 発

 

 である。

 

「うばー! 離せー!」

「ちょ、やだ、先輩離して!」

「うわっはっは、いやいやビッグヴァーダー初見と言ったらこれでしょう。体験しとかないと損だよ? 天井スレスレまでフライハイすることなんてそうそうないよ?」

「そんな体験で喜ぶのなんて先輩だけでーー」

 

 す。と最後までセリフを紡げなかった。

 

 足元からの大爆発が、全ての声を掻き消した。

 シズクとリィンの悲鳴も、メイの歓声も。

 

「やれやれ……」

 

 天井スレスレまでフライハイした三人を見上げながら、一人こっそりと大爆発から逃れていたアヤは苦笑しつつも、フォトンを溜め始める。

 

「レスタ、チャージしときましょうか……」

 

 爆発音が止んで、二人分の悲鳴と一人の歓声が段々と近づいてくることを感じながら、アヤは少し楽しそうに呟くのであった。

 

 




グワ・スノ夫・スノ妻・マイザー・キャタ「かませさんチィーッスwwww」

ビッグヴァーダー「うぅ……SH帯なら……! SH帯なら……!」


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祝勝会

最近一話一話の量が長くならないように気を付けているんだけど、長いのと短いのとどっちのがいいのかなぁ


「かんぱーい!」

 

 マイルームに、快活な少女の声が一つ響き渡る。

 祝勝会。ということでチームコートハイムのメンバーはいつものようにリィンのマイルームに集まったのだ。

 

 ちなみに何故いつもリィンのマイルームかというと、他の部屋より広くて(家具が少ないため)、掃除が行き届いている(ルインによって)からである。

 

「……かんぱーい」

「…………乾杯です」

 

 元気一杯(いつもどおり)のメイとは対照的に、後輩二人の反応は冷ややかであった。

 

 高らかに掲げられたメイのグラスを無視し、二人してアヤのグラスのみに乾杯した。

 

「ちょ、ちょっとやだなー二人とも、こっち! こっちにも乾杯頂戴!」

「え? 何か言いましたか低所恐怖症先輩。」

「あの、大丈夫ですか? 高高度中毒先輩、地面に足が着いてますよ?」

「うわぁぁーん! 後輩が辛辣! アーヤ助けて!」

「ふふ、助けて欲しいなら……」

 

 アヤは微笑みながら、グラスを置いて自身の両手首をくっ付けて前に出した後、左手で丸を作って右手の人差し指と中指をそのなかに突き刺した。

 

 ジェスチャーだということは、この場の全員が理解できた。

 しかしリィンのみ意味が分からなかったようで、首を傾げる。

 

「何です? 今の」

「ふふ、秘密。で、どうするのメーコ? 顔が赤いけど大丈夫?」

「う、あ……えーっと……せ――」

「せ?」

 

 ちらり、とメイは後輩二人に目を配らせた。

 シズクは顔を赤くしながら目をそらし、

 リィンは興味が料理に移ったようでこちらを見てもいなかった。

 

「……せ、背に腹は変えられぬ……!」

「ふふ、交渉成立ね」

 

 にやり、とアヤが笑う。

 あ、早まったかなと後悔するも、もう遅い。

 

「二人とも、メーコも悪気があってやったわけじゃないのよ」

「悪気が無かったとしてもあたしが死にかけたっていう事実は変わらないんですよっ!」

「シズク、この中で一番防御力低いもんね……」

 

 遠距離職であるレンジャーで、かつ防具も初期防具を+10にしただけなシズクは【コートハイム】の中で一番脆いのだ。

 なので戦闘中は自然とリィンの後ろで射撃していることが専らである。

 

 そんな紙防御が、遥か上空から落下してしまうと流石のアークスでも瀕死になってしまうのだ。

 

「ええ、だからお詫びの印として……これを」

「? チケットデータ?」

 

 端末同士の通信で、二枚のチケットがシズクとリィンにそれぞれ贈られる。

 

 その中身を確認した瞬間、シズクは音を立てながらソファから立ちあがった。

 

「な……!? これ……は!?」

「ちょ、アーヤそれは……!」

「大人気アイドルクーナ……ライブチケット?」

 

 チケットには、派手な文字でそう書かれていた。

 

 クーナ。

 今人気絶頂中のアイドルである。

 

 チケットを取るのは困難に困難を重ね、その倍率は超一流大学に合格するよりも難しいと呼ばれるほどである。

 

 かくいうシズクもクーナの大ファンである。

 リィンも、以前少し縁があってクーナと話した際に興味を持って、機会があればライブ等に行ってみたいと思っていたところだったのだ。

 

「い、いいんですかこんなの……」

「いいのいいの、二人分あるからアナタ達で行ってきなさい。ね、メーコ?」

「う、ぐ……う、うん」

 

 下唇を噛んで、汗をだらだら流して、血涙を滴らせる様はどうみても未練たらたらだ。

 

 アーヤと二人で行くつもりだったのだろう、そんな姿を見てしまうと、何だか申し訳なくなってきた。

 

「あ、あの、やっぱ悪いですから返しますよこれ」

「別にそこまで怒っていたわけじゃないですし……」

「え!? ホント!?」

「駄目よ、あげたものを突っ返されるのは好きじゃないの」

 

 送信し返したデータを、アヤは即送り返した。

 

「あ、アーヤぁ……」

「……そんな目をしても駄目、アナタの軽率な行動が招いた結果なんだから」

「あ、もしかして……」

 

 そんなやりとりを見て、シズクは察した。

 からかうような口調でアヤに言う。

 

「メイ先輩がクーナちゃんにキャーキャー言ってるのが嫌なんですか?」

「…………」

 

 静寂が、流れた。

 

 全員の視線が、アヤに集まる。

 

「…………え、……え?」

 

 数秒して、ようやくアヤは言葉を理解したように頬をカァっと染めた。

 図星、だったのだろう。その顔は珍しく耳まで赤い。

 

「ふーん? 嫉妬? 嫉妬だったの?」

 

 にやにや、と一転攻勢に回りだすメイ。

 あ、これは後で痛い目見るパターンだなとシズクは静かに察した。

 

「ち、違うわよ調子に乗らないで……」

「えー? もー、素直に言えばいいのにー。ほら、言っていいよ? 『メーコは私だけを見てればいいのよ! 抱いて!』って」

「…………メーコ」

「え? 何? 抱いて?」

「今夜は覚悟しときなさいよ?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

『緊急クエスト発生――アークス各員は、クエストカウンターに向かい、任務への参加を――』

 

「ふわぁ……」

「むにゃ……」

「先輩たち眠たそうですね、夜更かしでもしたんですか?」

 

 翌日の朝。

 朝早くから発生した緊急クエストに参加するべく、ゲートエリアに集まった【コートハイム】のメンバー。

 

 眠たげに欠伸をし、目を擦るアヤとメイにリィンは純粋な瞳で言い放った。

 この瞳の前で「エッチなことしてました」なんて言える猛者がこの世に何人いるというのだろうか。

 

「シズク……やっぱいい加減リィンに情操教育した方がいいんじゃない?」

「え? いや、うーん。でもここまで重症だと何処から手を付けたらいいか……」

「いっそベッドの上でとか」

「ぶっ!?」

 

 ひそひそと、リィンに聞こえないように話すシズクとメイ。

 小学生レベル――いや、それ以下の性知識しか持たないリィンのことを危惧しているのだ。

 

「い、いやですね、それは流石に焦り過ぎというか、あたしとしてはもう少しじっくりと仲を深めたいというか……」

「ところでぶっちゃけどうなの? シズクってリィンのこと好きなの? あ、ライクじゃなくてラブな意味で」

「…………ノーコメントでお願いします」

「えー? いーじゃんよー、言っちゃいなよー」

「ほ、ほらもうナベリウス着きましたよ」

 

 誤魔化すようにそう言って、シズクはテレプールの方に駆けていった。

 青いねぇ、なんて笑いながら、メイもそれに付いていくように歩きだす。

 

「今回の緊急クエスト、何だっけ?」

「あーえっと、『ファングバンサー討伐』です」

「げぇ」

 

 リィンがクエスト名を言った瞬間、メイは顔を歪ませた。

 

 ファングバンサー。

 ほぼ常に雌雄一対で行動するファング夫妻と呼ばれる種族の雄の方。

 

 獅子のような形状の原生生物であり、その実力はナベリウスの頂点と呼ばれている程である。

 

 強靭な爪と牙に、俊敏な動きを可能とする筋肉量。

 強敵であることは疑いようも無い事実だろう。

 

「当然雌の方もいるんだろうなぁ……あーやだやだ」

「そんなに強いんですか? 確かに初心者キラーとは聞きますけど……」

「まあ、四人でやれば勝てるだろうけど結構辛い戦いになるだろうね」

「現地に着いたら他のアークスと合流すべきね」

 

 そんな風に作戦を立てつつ、四人でテレプールに跳び込む。

 

 自身の身体がフォトンに変換され、空間を飛び越えていく感覚を身に受けながら。

 

 【コートハイム】の四人は、惑星ナベリウスに降り立つのだった。

 




フラグ建て回。(絶対回収するとは言っていない。)


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緊急クエスト:ファングバンサー討伐

ファング夫「おっと、出番かwアークスなんて一捻りにしてやるぜw」
ファング妻「どっかの出番が無かった雪犬夫妻の分まで頑張ってきますわw」
スノウ夫「ぐぬぬ……」
スノウ妻「ぐすん……」


「チェイントリガー!」

 

 チェイントリガー。

 ガンナー固有のスキルであるこのスキルは、ガンナーの最終兵器とも言えるスキルである。

 

 刻印を相手に撃ちこみ、同じ箇所を攻撃することで『チェイン』と呼ばれる特殊なフォトンを蓄積させ、

 そのチェインが溜まった部位にフォトンアーツを撃ちこむことで威力を増大させるというスキルである。

 

 手間が掛る分、その威力増加は強大である。

 少しのチェインでも、ウィークバレットを越える倍率を誇り、ヘッドショットも合わせれば並のボスエネミーは簡単に沈んでしまうのだ。

 

「ぐごぉぉぉ……」

 

 ずしぃん、とロックベアが顔を抑えながら倒れた。

 そのまま、塵となって消えて赤い結晶だけが残る。

 

「よし、楽勝!」

「メーコ、こっちも終わったわ」

 

 ずしぃん、ともう一つ地鳴りが響く。

 ロックベアが、もう一匹倒れた音だ。

 

 ロックベア二体同時出現。

 そう珍しいケースでは無い、こういう時の為のチームということで、二手に分かれロックベアを討伐したのだった。

 

「しかし、こんな浅いところにロックベアが複数たあ珍しいな」

「ファングバンサー出現の影響でしょうね、いつものナベリウスとは思わない方がいいわね……」

「レアドロこいこいー♪」

「シズクはホントぶれないなぁ」

 

 先輩二人が真面目な話をしている後ろで、

 ばこん、と赤い結晶をブラオレットで叩き割るシズク。

 当然というか何と言うか、レアは出なかった。

 

 安定のレアドロ運である。

 

「うばー……」

「あ、ロックベアレリーフ出たわ。シズク、いる?」

「要りません!」

 

 即答である。

 まあロックベアレリーフが欲しいと答える人の方が珍しいだろう。

 

「さて、無駄話してないで進むわよ、早いところ他のパーティとも合流しなきゃだし」

「はーい」

「おー」

 

 盾役であるリィンを先頭に、殿をメイが務めて行進を開始する。

 適当に雑談しながらも、原生生物とダーカーを蹴散らして進む。

 

 雑談しながら進むその姿は人によっては不真面目に見えるかもしれないが、それは違う。

 

 ここは戦場で、彼女らはプロのアークスである。

 

 戦場で最もしてはいけないことは、恐怖や緊張で身体が動かなくなること。

 故に、彼女らは平常時と同じように雑談を交わすのだ。

 

 いつも通り、動くために。

 

 ――尤も、それを意識的に実行しているのは、この中ではメイだけである。

 理由としては、リーダーであること、ムードメーカーであることなど色々あるが、

 

 一番の理由は――

 

「おっと、来たぞ」

 

 雑談を打ち切るように、メイが足を止める。

 それに反応して、他の三人も足を止めた。

 

 地鳴りが二つ。

 前と後ろ、狭い通路に閉じ込めるように、二匹のゴリラ型エネミーが同時に出現した。

 

「またロックベアですか? さっきと同じように二手に別れて……」

「いや待てリィン、あれは……」

「ロックベアじゃ、無いですね」

 

 メイとシズクに静止され、改めてロックベアらしきエネミーを見直す。

 

 確かに、いつものロックベアとは姿が違うようだ。

 形自体は変わらない……だが、若干だが色が違う。

 

「ログベルト……ね」

 

 アヤが表情を歪ませながら、呟いた。

 

 ログベルト。

 ロックベアのレア種である。

 

 レア種というのは、所謂突然変異だ。

 体毛や皮膚の色が違ったり、身体の形状が原種と異なっていたりとエネミーよって様々だが、

 

 全てのレア種に共通している事項が二つある。

 

 一つは、原種より強いということ。

 

 そしてもう一つは――

 

「レア種……てことはレアドロップ率も当然高いんですよね?」

「うん? え、あ、うん」

 

 そうと決まれば、とシズクはブラオレットを構えた。

 

 ヤル気マンマンである。

 

 そんなシズクを見て、アヤは考える。

 チームの副リーダーとして、撤退を進言するか、戦うことを進言するか。

 

 レア種が二体。

 しかしレア種といっても所詮はロックベア。

 

 勝ち目は充分にあるだろう。

 ここは、チームとして箔をつけるために戦うべき――

 

 ――なんて、考えは。

 

「がるぅあああああああああ!」

 

 一瞬にして、砕け散った。

 

「っ!?」

 

 突然の咆哮。

 ログベルト……ではない!

 

 もっと違う……! もっとヤバイ何かが!

 木々をかぎ分けこっちにーー!

 

「全員……! 跳べぇえええええ!」

 

 メイの叫び声に従うように、全員がその場を跳び回避行動を行った。

 

 果たしてその判断は、正解だった。

 

「ぐるぅああああああ!」

 

 狂ったような雄叫びをあげながら、それは現れた。

 

 数瞬前までメイが立っていた空間を削り取るように爪を振るい、

 朱色のたてがみを振り回して空に吼える。

 

 ファングバンサー……否!

 ファングバンサーのレア種……バンサ・オング!

 

 しかも……、

 

「し、侵食核付き!?」

 

 バンサ・オングの頭には、赤黒い卵のような物体が一つ。

 

 ダーカーに侵食されている、証である。

 

 そして、知っての通り侵食核の付いたエネミーは、通常個体より強い!

 

「そ、そんな……ただでさえレアエネミーなんて厄介なのに、それが三体も……」

「まだだ! リィン後ろぉ!」

「え――――」

 

 

「ぐるぉおおおおああああああ!」

 

 

 さらにもう一体、草木を掻き分け浸食エネミーが飛び出した。

 

 バンサ・オングに、負けず劣らずの朱い毛を持つ、獅子型エネミー。

 

 名をバンサ・ドンナ。

 バンサ・オングの雌バージョンである。

 

 当然その強さも、雄であるバンサ・オングと比べて遜色はない。

 

「じ、ジャストがー!」

 

 間に合わない。

 そう判断する暇も無かった。

 

 辛うじて武器で爪を受け止められたのは、奇跡だったのだろう。

 

「ぐっーー!?」

 

 ジャストガードもせず、受け止めただけでは吹き飛ぶのは当然リィンの方だった。

 

 地から足が離れ、そのまま通路の壁に衝突。

 ソードで爪を受けることが出来なかったら、間違いなく即死していたことが容易に想像できる一撃だった。

 

「リィン! くっ……テレパイプ使います!」

「おねが……シズクちゃん! ログベルトからも視線を外さないで!」

「え、あ!」

 

 しまった、と後悔してももう遅い。

 バンサ夫妻の登場によって、すっかり空気になっていたがログベルトもまた、コートハイムにとっては適性レベル外のレアエネミー。

 

 振り返れば、両腕を広げて既に攻撃態勢のログベルトが居た。

 

「うばっ!?」

 

 がしり、と両手で掴まれる。

 シズクの身長よりも大きいログベルトの手のひらに掴まれたシズクには、当然ながら腕も足も封じられ、抵抗することすら不可能だ。

 

「ぐ、この……あ!」

 

 ポロリ、とシズクの手から使おうとしていたテレパイプが落ちた。

 しかし当然そんなもの気にすることはなく、ログベルトはシズクを持った右手を大きく振りかぶる。

 

「ちょ」

「ごああああああ!」

 

 そしてそのまま、遥か空までぶん投げた。

 

「うばあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ…………!」

 

 ビッグヴァーダーのときより遥かに高く、より遠くにシズクは飛んでいった。

 あっという間に、目の届かぬ範囲まで。

 

「し、シズクー!」

「リィン! 人の心配している場合じゃないよ!」

「! くっ……!」

 

 バンサ・ドンナの爪を、間一髪でかわして距離を取る。

 指示が無ければ、危ないタイミングだった、とリィンは気を引き締め直した。

 

「こいつは……結構ヤバイわね……」

 

 そんなことを嘯くメイ。

 それが強がりだということは、リィンでも察することができた。

 

 ロックベアのレアエネミー、ログベルトが二匹。

 ファングバンサーのレアエネミー、バンサ・オングの侵食核付きが一匹。

 ファングバンシーのレアエネミー、バンサ・ドンナの侵食核付きが一匹。

 

 一匹一匹が、四人がかりでも苦戦するであろう強敵だ。

 それに加えてこちらの一人が早々に戦場離脱させられた。

 

 結構、ヤバイのではない。

 

 かなり、ヤバイのだ。

 

「しかもこいつら……!」

「テレパイプを使う暇もくれねぇ!」

 

 岩をも砕く拳が、

 地面を割るフライングプレスが、

 鉄も切り裂く爪撃が、

 音だけで周囲の物体を吹き飛ばす咆哮が、

 

 絶え間なく三人に降りかかる。

 

「あー! 『リン』とか通りかからないかなー!」

「無駄口叩いてないで、戦いなさい!」

「ちゃんと戦いながら無駄口叩いてるよ!」

「…………!」

 

 リィンは攻撃を捌きながら、やはり先輩は凄い、と思った。

 

 自分は喋る余裕なんて無い。

 どころか、呼吸をするタイミングすら掴みかねているのが現状だ。

 

(私が相手してるのはログベルト一匹……なのに)

(アヤさんはバンサ・オング、メイさんはバンサ・ドンナにログベルト……)

 

 ぎりぃ、と歯噛みする。

 忘れられがちだが、リィンは負けず嫌いなのだ。

 

(せめて……早いところこのログベルトを倒して……)

(先輩に加勢しないと……!)

 

 危ない、考えだ。

 早期決着を望めば、焦りが生まれる。

 

 焦りが生まれれば、隙が生まれる。

 

「くっ……ライジング……エッジ!」

 

 縦にソードを振り上げながらの回転攻撃をするフォトンアーツ。

 

 フォトンアーツは強力な技だ。

 使いどころさえ間違えなければ、それはアークスにとって大きな武器となる。

 

 だが――リィンは間違えた。

 使いどころを、間違えた。

 

「……あ、しまっ……」

 

 タイミングが早かったのだろう。

 丁度、ログベルトが腕を振り上げ終えた瞬間、技後の硬直がリィンを襲った。

 

 一秒。

 たった一秒の、隙。

 

 しかし、この極限状態においての一秒は。

 

 余りにも、致命的な隙だった。

 

「っ――!」

 

 ログベルトの豪腕が唸る。

 ジャストガードは失敗し、リィンはログベルトの拳をソード越しとはいえもろに喰らった。

 

 リィンの身体が宙に浮く。

 

 如何にフォトンで身を固めようとも、体重が変わるわけではない。

 ログベルトの豪腕を正面から受けた少女が吹き飛ぶのは自明の理であろう。

 

「がっ……!」

 

 悲劇は連鎖する。

 ぎりぎり保たれていた仮初の均衡は、呆気なく崩れ落ちるものである。

 

「し――」

 

 リィンと戦っていたログベルトが、

 

「しまった――っ!」

「ゴアアアアアアア!」

 

 バンサ・ドンナ相手に立ち回るアヤに向かって走り出した!

 

「アヤ……さん!」

「分かってる……けどこれは……!」

 

 バンサ・ドンナの噛みつきをミラージュエスケープでかわす。

 ミラージュエスケープはテクニック用の武器である、ロッド、タリス、ウォンドを装備している時のみ使える特殊な回避方法だ。

 

 フォトンにより、自身の位相をずらして全ての攻撃をすり抜けながら移動する無敵回避である。

 大気中に存在するフォトンの扱いに長けた、テクニック用武器だからこそ出来る芸当なのだ。

 

「くっ……」

 

 だが、強い技には代償があるというもの。

 ミラージュエスケープの代償は、回避後の隙。

 

 一秒。

 あらゆる行動が取れなくなる、隙。

 

 何度も言うが、極限状態の戦場に於いてその一秒は致命的となり得る数字だ。

 

 ログベルトの拳が、アヤに襲いかかった。

 

 骨や内臓、その他諸々がぶち折られる音と共に。

 アヤは直撃を喰らいボロ雑巾のように吹き飛んだ。

 

「あ、アヤさん!」

「アーヤ!」

 

 思わず、アヤの方に視線を向けるメイ。

 一つのミスが連鎖するように悪循環を呼び、

 

「あっ」

「ぐるぅああああああああああああ!」

 

 戦線は急速に、崩壊していく。

 

「ゴアアアアアアア!」

 

 空中で大立ち回りをしていたメイの身体を、バンサ・オングの爪が叩き落とした。

 

 その瞬間、ログベルトが宙を舞う。

 

 フライングプレス。

 ロックベアと変わらぬモーションのそれはしかとてロックベアとは比べ物にならない威力を誇る。

 

「がはっ……!」

 

 叩き落とされた直後の追撃は、流石に避け切れなかった。

 

 ログベルトの全体重をその身に受けることとなり、堪らずメイは口から血反吐を零す。

 

 フォトンの守りが無かったら、死んでいてもおかしくない致命傷。

 

 そう、致命傷ということは、まだ死んではいない。

 

 だが、

 

「ぐるる……」

「ウホッ! ウホッ!」

 

 獣に囲まれたこの状況で、このダメージはもう死んだも同然だろう。

 

 後は緩やかに止めを刺されるだけ。

 

 アヤも、同じような状況だ。

 右腕が変な方向に曲がり、ロッドを持つことすらできない。

 

 絶体絶命。

 動けるのは、リィンしかいない。

 

 こんな状況で、リィンが取れる行動は。

 パーティの盾役として、取れる行動は一つだけだろう。

 

 『ウォークライ』。

 全てのエネミーのヘイトを、自身に集約させるハンタースキル。

 

 だが、それを使用するということは、四匹のエネミー全てをリィンが相手取らなければいけないということになる。

 

 ――自分に、捌ききれるのだろうか?

 

 そんな不安げな声が、心のどこかから聞こえてきた。

 

「なんて、迷っている暇なんてない……!」

 

 立ち上がり、ザックスを天に掲げる。

 フォトンを練り上げ、四匹のエネミーに向かって声高々に叫ぶーー!

 

「ウォークラ「ウォークライ」……!?」

 

 リィンの放った赤い光をかき消すように、後方からより強い光が放たれた。

 

 瞬間、四匹のエネミーは倒れ動けないメイとアヤから目を離し、赤い光を放ったアークスを標的に定める。

 

 ゆっくりと、ウォークライを使用したアークスはリィンを庇うように前に出る。

 

 その姿を目にして、リィンは目を見開いた。

 

「あ――……」

 

 ユーノーカリスと呼ばれる、神聖な礼装を戦闘用にアレンジした美しいバトルドレス。

 一目で業物と分かる腰に付けた和刀型のカタナ。

 

 そして、リィンと全く同じ色の青い長髪。

 

「もう大丈夫よ」

 

 にっこりと、柔らかな笑みで彼女は微笑む。

 その笑みを、リィンは良く知っている。

 

 誰よりもよく知っている。

 知っているが――会いたくは無かった。

 

 決して、逢いたくは無かった。

 

「お、ねえちゃん……!」

「ん。後はお姉ちゃんに任せなさい」

 

 リィンの姉――『ライトフロウ・アークライト』はそう言って、武器に手を掛ける。

 

 レアエネミーたちの視線を受けながら、涼しい顔で、言い放つ。

 

「チーム【大日霊貴】リーダー、ライトフロウ・アークライト。推して参ります」

 




スノウ妻「ねぇねぇwwww出番かと思ったらレア種に出番取られたけど今どんな気持ちwwねぇwwwねぇwww」
スノウ夫「『アークスなんて一捻りにしてやるぜ(キリッ』だっておwwwwwww」
ファング夫「……」
ファング妻「……」
スノウ夫「ん?」
スノウ妻「あれ?」
スノウ夫妻「「し、死んでる……!?」」


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ライトフロウ・アークライトの実力

「ふむ……」

 

 ふむ、ふむ、ふむ、とリィンの姉――ライトフロウはレアエネミー四匹、死にかけのメイとアヤ、そしてリィンを順番に確認する。

 

 レアエネミーは、様子を窺っているようだ。

 ダーカーに侵食されて失われるモノは理性と、感情と知性。

 

 野生の勘は、健在だ。

 

 故にダーカー因子によって暴走中のバンサ夫妻も安易には飛びかからない。

 

 目の前にいる青髪のアークスが、並みじゃないことを本能で察知しているのだろう。

 

 それならば。

 

「アズサ」

「ほいほいっと」

 

 リィンの後ろから、軽い調子の声がした。

 思わずリィンが振り向くと、そこには三人のアークスが居た。

 

 全員、一目で一流だと分かる装備をしている。

 チーム【大日霊貴】のメンバーなのだろう。

 

 その中の『アズサ』と呼ばれた少女か少年なのか判断が付きづらいショートカットのニューマンが前に出た。

 

 手に持っているのは、大幣型のウォンド。

 『無月大幣』。そう呼ばれる☆11の超レア武器だ。

 

「レスタ!」

 

 放ったのは、回復テクニックのレスタ。

 緑色の光が術者を中心に広がり、覆った範囲内のアークスを回復する便利なテクニックである。

 

 その汎用性から同じテクニックを使うクラスであるアヤも使うのだが、アズサと呼ばれた少女のレスタは一味違った。

 

 光の範囲が、馬鹿みたいに広いのだ。

 アヤの使うレスタの、二倍はあるだろう。

 

 『テリトリーバースト』に、『ワイドサポート』。

 そう呼ばれる、テクタースキルの効果である。

 

「おおー」

「これは……」

 

 癒しの光は、メイとアヤ、リィンの三人を一度に癒し始めた。

 早戻しのビデオみたいに、折れた骨がくっつき、抉れた肉が再生し、流れ落ちた血液が補充される。

 

 勿論一切の痛み等は無い。

 

 もう既に、クエスト開始時と同じ万全の態勢で戦闘復帰可能である。

 

「私のとは、比べ物にならない回復力ね……」

 

 アヤはそう呟きながら、治った右腕でロッドを握り直す。

 

 メイも、即座に立ち直り再び空へ。

 今度は叩き落とされまいと、より高く。

 

「ホーニィ、貴女はウィークバレットで全体を支援、その後バンサ・ドンナを」

「了解」

「ヒノ、貴方はホーニィを護衛してください、『サテライトカノン』の邪魔はさせぬよう」

「おう」

 

 ホーニィと呼ばれたポニーテールのような頭部装甲が特徴の女キャストと、ヒノと呼ばれた渋い顔をした巨漢の男性ヒューマンがバンサ・ドンナに向かって走り出す。

 

 ホーニィはアサルトライフルを持ったレンジャー。

 ヒノはパルチザンを持ったハンターのようだ。

 

「リーダー! アタシはどうすればいい?」

「アズサはログベルトを二体ともお願い、ゾンディ殴りで適当に相手しておいて」

「分かった!」

 

 先程レスタを使った少年にも見える少女、アズサが二体のログベルトに突貫していった。

 

 指示を出し終え、ライトフロウは残りの一体――バンサ・オングを見据える。

 

 タイマンでやるつもりなのだろう、一歩、二歩とゆっくり近づいていく。

 

「リィン!」

「は、はいっ!?」

 

 その時、突然メイに呼ばれてリィンの身体がびくりと跳ねた。

 

 姉に見惚れていたわけではない――むしろ、見ないようにしていた。

 

「何ボーッとしてるの、ウチらも手伝わなくちゃ」

「あ、はいっ、今行きます」

 

 気持ちを切り替えるように、リィンは頬を叩いてからザックスを握り直す。

 

 そしてログベルトの方に走っていった。

 

「ふふ……」

 

 そんなリィンの姿を見て、ライトフロウは優しく微笑む。

 妹がアークスとして立派に戦っているのが嬉しいのか、はたまた別の意味があるのかは分からないが――。

 

「ぐるるる」

「おっと、いい加減待ちわびた?」

 

 バンサ・オングの放った唸り声に、ライトフロウもまた意識を戦闘へと向ける。

 

 ヴォル・ドラゴンほどではないが、バンサ・オングもまたデカイ。

 体格差は十倍以上だ。

 

 だがしかし、アークスにとってはこの程度日常茶飯事。

 怯むような、ことではない。

 

「ぐるぉおおおおああああ!」

「『カタナコンバット』」

 

 スキル名を呟いた瞬間、ライトフロウの顔つきが変わった。

 穏やかな瞳から、凛々しい鷹の様な瞳に。

 

 バンサ・オングの飛びかかり攻撃は、――果たして、空を切った。

 誰もいない地面に突き立てられた爪を抜き取り、バンサ・オングは敵は何処に行ったと周囲を見渡す。

 

「グレン……」

 

 ライトフロウは、バンサ・オングの後方右。

 後ろ足に向かって、今まさに刀を抜き放とうとしているところであった。

 

「テッセン!」

 

 一閃。

 鞘から解き放たれた刀身は、目にも止まらぬ速度でバンサ・オングの後ろ足を切り裂いた。

 

 部位破壊が無事成功したことを確認しつつ、ライトフロウはカタナを鞘に収めた。

 

「ぐおおおおおお!?」

 

 爪が割れ、肉も切り裂かれれば流石のバンサ・オングも堪らず情けない声をあげて怯むしかない。

 

 そしてその怯みは、隙となって再びライトフロウの攻撃チャンスとなる。

 

「ハトウリンドウ!」

 

 ライトフロウが次に放ったのは、地を這う衝撃波のフォトンアーツ。

 この衝撃波の特異なところは、衝撃波の先端になるほど威力が上昇するが飛距離はそれほどでもないという、

 まさに中距離専用ともいえる性能をしているところだ。

 

 そんな技を、後ろ足のすぐ傍という近距離でライトフロウが使ったのはミス――ではない。

 

 脚の間を縫うように、腹と地面の間を射抜くように。

 正確無比に放たれた衝撃波は、先端部分の最も威力が高い距離でバンサ・オングの頭を切り裂いた!

 

 バンサ・オングとて生物。

 頭は弱点である。

 

「ぐおっ……!?」

 

 キンッとカタナを鞘に収める。

 カタナはフォトンアーツを撃つごとに、一々鞘に刀身を収める必要があるのだ。

 

 主な理由は、二つ。

 

 一つは、鞘にフォトンを貯めているため、刀身にフォトンを纏わすための下準備。

 一つは、居合い抜きをするため。

 

 居合い抜きというのは、要するに鞘から刀身を抜き放つ勢いで切り裂く高速剣術。

 カタナという形状を利用した最速の型。

 

 ブレイバーのカタナは、居合いを利用することによって、全武器の中でもトップクラスの速度で攻撃できるのである。

 

「がぁあああ!」

 

 反撃、とばかりにバンサ・オングの後ろ蹴りが放たれる。

 予備動作見え見えの、単調な攻撃にライトフロウは、

 

「ありがとね」

 

 敢えて、受けた。

 

 鞘を盾に、ジャストガード。

 その瞬間、滑るような動きで鞘から刀を抜き放ち、反撃の斬撃を放った。

 

「『ジャストカウンター』」

 

 ジャストガードのその先、ジャストカウンター。

 ジャストガードに成功したときカウンターでカタナを振り抜く、ソードには真似できない技。

 

 さらにカタナにとってジャストカウンターは、ただの反撃では終わらない。

 

「カタナギア……解放」

 

 ライトフロウの身体が、紫色のフォトンオーラに包まれた。

 

 『ギア』、と呼ばれる大半の武器に存在する拡張機能の力である。

 ストック式のフォトンの塊を一時的に武器へ貯蔵し、その量によって武器の威力が上がったり消費することによって一時的に超火力を出したりと、

 武器ごとに様々な恩恵を受けられる、アークスの基本スキルである。

 

 そして――カタナのギアが持つ力は『解放』。

 貯蔵したギアを、ジャストカウンターをキーにして全て解き放ち、自身の力に変える。

 

 爆発的なフォトンの奔流が、ライトフロウ・アークライトの戦闘能力を急激に上昇させていく……!

 

「サクラエンド」

 

 音速で二度、X状に斬りつける。

 カタナギアで底上げされた斬撃は、容赦なくバンサ・オングの左足を斬りつけた。

 

 滑り止めの爪が破壊され、バンサ・オングは再び怯む。

 

「ハトウリンドウ」

 

 まだまだライトフロウのターンは続く。

 怯んだ隙を狙われ、再び脚の隙間から地を這う衝撃波がバンサ・オングの頭を切り裂く。

 

「グレンテッセン」

 

 さらに、超高速移動からの一閃。

 左腕を狙った斬撃は、正確無比にヒットしバンサ・オングの左爪を破壊した。

 

 そして三度バンサ・オングは怯んで隙を見せる。

 

 そう。

 

 これは怯みハメである。

 上級アークスのみに許された、部位破壊による怯みと弱点攻撃を交互に行う外道中の外道技。

 

 だがしかし、命のやりとりである以上卑怯という言葉は存在しないのだと言わんばかりに、

 

「ハトウリンドウ」

 

 左腕の傍の位置から、正確に衝撃波の先端を右腕に当てた。

 

 その衝撃で、右腕の爪も破壊される。

 そして、隙が生まれる。

 

 最早バンサ・オングの身体はボロボロだ。

 

 とどめ、とばかりにゆっくりとライトフロウはカタナを抜いた。

 

「――『コンバット』」

 

 くるり、とバンサ・オングに背を向ける。

 その刀身に映し出された野獣を細めた瞳で見つめながら、勢いよくその和刀――『華散王』を鞘に納めた。

 

「『フィニッシュ』」

 

 キィン――っと綺麗で、静かに、……それでいて良く響く音が鳴った。

 

 鞘に刀身を納める音――ではなく、斬撃音。

 

 周囲一帯を全て薙ぎ払うような、円状の広範囲高威力の斬撃。

 

 『コンバットフィニッシュ』という、『カタナコンバット』からの派生スキルだ。

 詳しくは省くが、要するに斬った分だけ強化される、円状超広範囲超威力というカタナの切り札(ワイルドカード)

 

 バンサ・オングが、流石に耐えられず、倒れた。

 否、オングだけではない。

 

 バンサ・ドンナも、二匹のログベルトも、倒れた。

 

 【大日霊貴】や、【コートハイム】のメンバーがとどめを刺した、のではない。

 

 三匹とも、コンバットフィニッシュの余波に巻き込まれたのだ。

 

「あら」

 

 さっきまでの、凛々しい顔は何処へやら。

 一転して柔らかい笑みを浮かべながら、ライトフロウ・アークライトは言葉を紡ぐ。

 

「ごめんなさい、そっちのとどめも刺しちゃったわ」

 

 【大日霊貴】のメンバーは、いつものことかと呆れ顔。

 【コートハイム】のメンバーは、なんじゃこりゃあと呆け顔。

 

 これが、ライトフロウ・アークライトの実力(ちから)

 『アークライト家』始まって以来の天才と呼ばれた、彼女の力である。

 




【大日霊貴】
『アズサ』……【大日霊貴】副リーダー、ショタっぽいロリのテクター。
『ホーニィ』……【大日霊貴】メンバー、ポニテキャス子。レンジャー。
『ヒノ』……【大日霊貴】の古株メンバー、おっさんパルチハンター。


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だいっきらい

「しかし分からないねぇ……」

 

 ショップエリアの一角にあるカフェ。

 一般人からアークスまで幅広く顧客を取るその店で、一人の女性が資料片手に呟いた。

 

 名をアザナミ。

 知る人ぞ知るブレイバーの創始者である。

 

「何がですか? アザナミさん」

 

 同じく、カフェの対面席でココアを飲みながら何かの資料を読み更けていたミドルヘアのデューマン、イオがアザナミに向かってあどけない表情で訊ねた。

 

 アザナミの持つ資料に書かれているのは、ブレイバーを体験してくれているアークスの名簿である。

 当然ブレイバー広告係であるアザナミが作成したものなので、分からないことなど無いと思うのだが……。

 

「ああいや、リィンちゃんの姉のことだよ。どーもコンプレックスというか、毛嫌いしているみたいだったじゃない?」

「んー? そう、ですね。どちらかといえば、『優秀な姉と比べられて育ったから、姉を恨んでるわ』じゃなくて、『姉? いや私に姉なんてイナイヨ(強調)』みたいな感じでしたね」

「そ、そうだね」

 

 イオは友達少ない割に他人の機微に敏感だなぁ、という言葉をアザナミは口に出さないように気を付けながら頷く。

 むしろ、他人の機微に敏感だから友達が少ないのだろうか。

 

「で、それがどうかしたんですか?」

「いや、それから気になってリィンちゃんの姉……ライトフロウ・アークライトさんについて調べてみたんだけど……」

「何か後ろ暗い噂でもありました?」

「いや……それが、全くないのよ」

 

 アザナミが資料をイオにも展開した。

 画面に映し出されたのは、ライトフロウ・アークライトの活動履歴。

 

「清廉潔白、品行補正、成績優秀八方美人、眉目秀麗……綺麗な四字熟語を挙げればどれもこれも当てはまる天才美女ってわけだね。……正直、リィンちゃんがあれほどまでに嫌っている理由が嫉妬以外に思いつかないレベル」

「でも、リィンの態度からはそう見えない……ふぅん」

 

 ま、家族にしか知られてない秘密とかもあるかもだけどさぁ、と、そう纏めてアザナミはコーヒーを口に含んだ。

 

「……ああ、そういえばおれこの前ライトフロウさんに話しかけられたよ」

「へぇ? 何か言われたのかい?」

「ええっと……確か、リィンの」

 

 リィンのマイルーム番号知らないですか? アナタ同期ですよね? って。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「や、助かりましたわ」

 

 レアエネミー四体が消え、再出現が無いことも確認後、メイがそう切り出した。

 

 目線の先にはライトフロウ・アークライト。リーダー同士の対話ということである。

 

「冗談抜きで、死ぬとこだった」

「いえいえ、アークス同士は助け合うものですから」

 

 そう言って、微笑む。

 優しげな顔に良く似合う、柔和な表情に思わずメイの頬が微かに赤くなる。

 

「……ところで、ライトフロウ……『アークライト』ってことは……」

「はい、そこのリィン・アークライトの姉です」

 

 そこの、とライトフロウはアヤの背後に隠れながら姉の様子を伺っているリィンに目線を移す。

 リィンは、その目線から逃れるようにアヤの背中に完全に隠れた。

 

「やっぱり! 髪色もそうだけど、顔つきがなんとなく似ているよね。リィンも大きくなったらこんな美女になるのかね」

「ふふふ、美女なんていやそんな……まあ、その妹はなんだか隠れてしまってますが」

「ん? あれ、ホントだ。おーいリィン、どしたの?」

 

「リィン?」

 

 アヤが手で押して、前に出そうとしても抵抗して出てこない。

 なんというか、その表情は何処か怯えているようにも見える。

 

「リィン、どうしたの? 久しぶりじゃない」

「っ」

 

 姉が声をかけると、リィンの身体がびくりと震えた。

 明らかに尋常な様子じゃあない。

 

「もーどうして今まで連絡くれなかったの? アークスになったらお姉ちゃんに連絡するようあれほど――」

「わ、私は……」

 

 ようやく、リィンは口を開いた。

 絞り出すような声で、視線すら合わせずに。

 

「アナタを、姉だなんて思っちゃいない……」

「え、……え?」

「助けてくれたことには、礼を言うけど……うぅ……」

 

 気持ち悪そうに、リィンは口を手で抑えた。

 今にも吐きそうで、今にも泣きそうだ。

 

「……すいません先輩ら、ちょっと、体調悪いので帰ります……」

「え、あえ、ちょっとリィン! 待ちなさい! どういうことなの!? 暫く会わない間に、一体何が!?」

「……オネエチャンなんか――

 

 

 ――だいっきらい」

 

 

 間違えても追ってこないでよね、と言い残し、リィンはシズクの落としたテレパイプを拾い上げて使用した。

 

 リィンの姿が、消える。

 後に残された人たちの表情は、困惑ばかり。

 

 【コートハイム】の二人は、リィンの見たことも無い姿に困惑し、

 【大日霊貴】のメンバーは、散々聞かされてきたリーダーの妹像が、想像と遥かに違うことに。

 

 リーダーからの話では、姉に何時もベタベタと甘えてきた可愛い妹だと聞いていたのに。

 

「あ、あの、リーダー……元気出して」

「蛇蝎の如く嫌われてましたねぇ」

「ちょっとホーニィ! もうちょっとオブラートに包んであげて!」

「…………」

「リーダー」

 

 呆けるリーダーの肩に、メンバー最年長であるヒノが手を置く。

 

「親離れ……姉離れは、誰にだって来るものだ。意味も無く、反抗したくなる時がな」

「そうですよリーダー、こういうときは黙って見守るのが大人の務め、むしろ成長を喜ぶべきでしょう」

「…………」

「リーダー?」

 

 突っ立ったまま、微動だにしないリーダーを見つめるメンバーたち。

 数秒して、ポニテキャストのホーニィがライトフロウの胸に耳を傾けた。

 

「……! う、嘘……心音が……」

「え!?」

「聞こえる」

「紛らわしいわ!」

 

 スパァン! とアズサの鋭いツッコミがホーニィを襲った。

 

「…………」

 

 が、ライトフロウの様子は変わらない。

 魂の抜けたように、リィンが消えた箇所を見つめるばかりである。

 

「……これは重症じゃな……」

「私らの漫才に反応無しなんて……」

 

 どうしたものか、と考える【大日霊貴】のメンバー三人。

 困ったことに、現在緊急クエストの真っ最中なのだ。

 

「どうしたのかねぇ、リィンのやつ」

「リィンも心配だけど、私たちにはもう一人心配しなくちゃいけない子がいるわよ」

「え? ああ……」

「シズク、大丈夫かしら」

 

 通信機に耳を当てながら、アヤは心配そうに言う。

 

 戦闘序盤にログベルトに投げ飛ばされたシズクは、今、一体どうしているだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「うばぁああああああああああああああああああああああああ!」

 

 時は少し遡る。

 

 原生生物が闊歩する緑豊かな惑星、ナベリウス。

 

 その上空。

 

 赤髪の幼さが残る女の子――つまるところシズクが奇声をあげながら空を飛んでいた。

 

 むしろ、ぶっ飛んでいた。

 

「死ぬ! 死ぬ! 普通に死んじゃう! ログベルトめぇえええええええええええ!」

 

 アークスというのは基本的に頑丈であるが、その個人差は激しい。

 例えばライトフロウ・アークライト並のアークスともなれば、上空一万メートルから落ちたとしても「痛い」の一言で済むだろう。

 

 しかしシズクは未熟だ。

 未熟な上に、耐久が高いとも言えないクラスのレンジャー。

 

 地面に着弾するまで残り数秒――数秒後、シズクの命もそこで終わってしまうだろう。

 

「……うば! そうだ着地の瞬間にムーンアトマイザーを投げとけば……!」

 

 案を思いつき、シズクはアイテムパックを漁る。

 

 瀕死からも即座に復活できるムーンアトマイザーを投げておけば、一度致命傷を負うものの死ぬことは無いだろう。

 

 この作戦の欠点は二つ。

 一つは投げるタイミングを間違えたら終わりだということ。

 一つは成功しても瀕死の重傷を負うという『痛み』を喰らうこと。

 

 死ぬほどの痛みは、死ぬほど辛いだろう。

 

「でも、死ぬよりはマシだぁああああああああああ!」

 

 ムーンアトマイザーの蓋を開け、投げる。

 

 その数瞬後、シズクは地面に衝突した。

 

 軽い地響きと、大量の土煙りが巻きあがる。

 一拍遅れてムーンアトマイザーによる金色の光が辺りを包みこむ。

 

 果たしてシズクは、むくりと起き上がった。

 

「……うばー、全身がバラバラに砕け散った瞬間に即座に回復する感触…………何ともいえぬ」

 

 顔を青くしながら、自身が作ったクレーターから這い出るように姿を表すシズク。

 外傷はほぼ無い、ムーンアトマイザーの回復は無事働いてくれたようだ。

 

「でも……ちょっとコスチュームの損傷が酷いや、大事な部分が隠れているのが不幸中の幸いか……」

 

 シズクの普段身に纏っている戦闘服、『ガードウィング』はかなり損傷してしまっていた。

 袖は破れ、装甲は剥がれ、正直女子として大事な部分が漏れていないことが奇跡な程の損傷率だ。

 

「これは買い替えかなぁ……」

 

 これ以上コスチュームが損傷しないように注意して動きながら、辺りを見渡す。

 

 見たことが無い、エリアだった。

 

 不思議、としか表現のしようがない色の塔。

 用途不明の壊れた人工物。森林エリアとは毛色の違う硬質な植物。

 

「ええっと……森林エリアではない……当然凍土エリアでもない……と、なると……遺跡エリア?」

 

 惑星ナベリウス・遺跡エリア。

 ナベリウスの最奥地に存在する遺跡らしき建造物が立ち並ぶ危険地帯。

 

 まだ、シズクには探索が許可されていないエリアである。

 

「まずいなぁ……テレパイプも落としちゃったし、とりあえず先輩らに通信して迎えに……」

 

 と、そこで思い出す。

 数分前、森林エリアで繰り広げられたレアエネミー四匹とかいう観測部しっかりしろ言いたくなるような事態を。

 

 もしもまだあの戦闘が続いているのなら、今連絡するのはまずい。

 一瞬でも気を逸らしてしまえばそれが致命傷になりかねない。

 

「……しばらく、向こうからの連絡を待つか」

 

 そう決断して、シズクは歩き出す。

 派手に落ちてきたのだ、音や砂煙を辿って原生生物やらが集まってくる可能性を考えたのだ。

 

 そしてできることなら森林エリアか、凍土エリアに行きたい。

 何故なら、遺跡エリアはシズクにとって無許可のエリア。

 

 無許可、ということが意味することはただ一つ。

 

 エネミーが、シズクの適正レベル外。

 すなわち、沸きでてくる全てのエネミーがシズクより強いのである。

 

「……げぇ」

 

 ずももも、と地面から赤黒い靄が立ち上がる。

 

 靄はやがて形を成していき、一つ目の巨人のような姿を取った。

 

 それも一匹や二匹ではなく、複数。

 

「うびゃー……大ピンチだなぁ」

 

 ブラオレットを構える。

 敵が出てくるのは、仕方が無い、予想の範囲内だ。

 

 むしろ大型エネミーが出てこなかっただけ、運が良かっただろう。

 

「さて……助けが来るまで持ちこたえられるかどうか……」

 

 引き気味に、呟く。

 別に倒す必要はない、ただ、時間を稼げればいい。

 

 ダーカーが吼える。

 口も無い癖に、高らかに。

 

 戦闘、開始である。

 そういえば一人で戦うのは久しぶりだ、なんて思った。




アザナミ「……で、ライトフロウさんにリィンの部屋番号教えたの?」
イオ「え? いや教えるも何もリィンの部屋番号なんて知らないですよ?」
アザナミ「え? ……。あ……(察し)」


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自覚

書きたいこと詰めたら長くなっちゃった。


 気持ち悪い。

 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。

 

 どうして、どうして今なのか。

 

 流石に、生涯会わないことは無理だとは思っていた。

 何かしらの偶然が重なり、会合してしまうこともあるだろうとは思っていた。

 

 だけど何故、よりにもよって今。

 

 シズクが傍にいない、今。

 

「シズク……」

 

 思わず呟く。

 恐らく世界で唯一、自分の精神を、心を、癒せるその人の名前を。

 

「シズク……シズク……」

 

 顔が見たい、声が聞きたい、あの慎ましい胸に抱きつきたい。

 

 会いたい。

 会いたい。

 会いたい。

 

「……そうだ、連絡を……!」

 

 せめて声を聞きたい、……というか、投げ飛ばされてからの安否の確認すらまだしてない。

 

 どれだけ動揺してたのだと、自分で自分が滑稽に思えてくる。

 

 端末から通信機を開き、耳に手を当てる。

 

 昔ながらのコール音が響く。

 一回、二回、三回……十回目に達したところで、留守番電話に切り替わった。

 

『お相手が電波の届かないところにいるか――』

 

 無機質な電子音声が流れ、リィンの肩が目に見えて落胆した。

 

 留守番電話を切断する気にもなれず、フラフラと歩き出す。

 

 マイルームへと続く廊下を、壁に当たりながら歩く。

 呼吸が、辛い。目の前が涙で滲む。思考がぐるぐるして、上手く纏まらない。

 

 シズク。シズク。シズク。

 

 会いたい。

 

 会いたくて、仕方が無い。

 

「……UJIMUSHI(マスター)?」

 

 気が付けば、自室に辿りついていた。

 

 リィンのサポートパートナーである、ルインがその小さな体躯の小さな首を傾げる。

 紫色の髪と口紅が特徴的で、癒しとは正反対に位置しているであろう彼女を見て、

 リィンはなんだか無性に安心した。

 

 平時ならあり得ぬ現象だ。

 

「どうしたんですか? そんなゴ○○○とムカデを磨り潰して混ぜたところに腐った牛乳をかけて、そこを拭いた年季の入った雑巾を嗅いだ……みたいな顔して、今緊急クエスト中ですよね?」

「ルイン……」

 

 嗚呼。

 なんだかいつもは確実にツッコミを入れているであろう汚い毒舌も、今のリィンには心地よく響いた。

 

 罵声している筈なのに、うっすらと笑みを浮かべるリィンのことを心底気持ち悪いと内心罵倒しながら、ルインは主を部屋に迎え入れた。

 

 落ち込んでいるようだし、暖かいお茶でも入れてやるかと台所に向かおうとして――。

 

「ぐえ」

 

 ――突如、抱きしめられた。

 誰、と思考するまでもなく、リィンにである。

 

「ちょ、何ですか変態(マスター)

「…………」

 

 無言。

 無言で、ゆっくりと、

 

 リィンはルインの豊満な胸に顔を埋めた。

 

「きゃんっ!?」

「………………固い」

「そりゃーそーですよ! ワタクシ機械100%ですもの!」

「はぁ……」

 

 溜め息を吐きながらも、胸に顔を埋めた状態のままリィンは移動する。

 歩いた先にあるのは、ベッドだ。

 

「ぎゃーっ!」

 

 倒れ込むように、ベッドへルインを押し倒す。

 リィンの腕から逃れようとルインは抵抗を試みるが、サポパとアークスでは力の差が激しく、その抵抗は無意味に終わった。

 

「変態! 変態マスター! サポパへの性的行為は法律で禁止されているんですよ!?」

「ちょっと黙ってルイン。今アナタを脳内でシズクに変換してる最中だから」

「最低ですね!?」

 

 ルインのツッコミを無視し、シズクーシズクーとうめき声をあげるリィン。

 明らかに尋常じゃない様子に、ルインは仕方ないなと一つ溜め息を吐いた。

 

「どーしたんですか? 話を聞くくらいならワタクシにも出来ますよ」

「いやだからシズクに脳内変換中だから黙ってて?」

「慰めようと思ったらこれですよ!」

「……………………冗談よ」

「大分間が空きましたねぇ……。ま、いいです、主人のメンタルケアもサポートパートナーの仕事ですし?」

 

 好きに脳内変換してください、と諦めたように脱力するルイン。

 ならば遠慮なく、とリィンは抱きしめる力を強くした。

 

「なんというか……ホント、色欲魔(マスター)はシズク様が好きですね」

「ん、む……ま、まあ……うん」

「いいですねぇ、恋。ワタクシも機械の身体じゃなければしてみたかったですよ」

「ふぅん………………ん? 恋?」

 

 はてなを頭上に浮かべるリィン。

 その様子を見て、ルインは呆れた顔で溜め息を吐いた。

 

「まさか自覚が無いんですか?」

「いや、だって、恋も何も女同士……」

「フォトンの力で同性でも子供が産める以上そんなの関係ないですよ! ……フォトンの力で同性でも子供が産めるんですよ!」

「何で二回言ったの?」

「大事なことだからです」

 

 大事なことらしかった。

 力説するルインに、若干引きながらもリィンは考える。

 

 恋、か。

 

「や、でも少女漫画曰く恋っていうのはもっとこう……神秘的というか……運命的というか……」

「本気でシズク様への気持ちが恋じゃないって言っているなら今後飯抜きですよ?」

「強制的!?」

「大体……」

 

 ぐいっと、ルインはリィンの頭を掴んで胸から引き離した。

 紫色の鋭い瞳で、青色の潤んだ瞳を見つめながら、言葉を紡ぐ。

 

「落ち込んでいる時に、傍に居てほしいと、抱きしめてほしいと思える相手なんですよね?」

「う……うん」

「それが恋じゃなかったら、一体何だって言うんですか」

 

 ごもっともである。

 

 友人では、抱きしめてほしいとまでは思わないだろう。

 家族では、傍に居るのは当たり前であり、居てほしいとは思わないだろう。

 

「こ、い……? これが……?」

 

 カァッとリィンの顔が赤く染まっていく。

 ようやく、自覚したかぁ、とルインは今日何度目かの溜め息を吐いた。 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「スリラープロード!」

 

 フォトンの弾丸が詰まった弾倉を放り投げ、それを撃つ。

 瞬間、弾倉は爆発し、連鎖的にフォトンの弾丸も衝撃を撒き散らす。

 

 ダーカーが一匹、霧散して消えた。

 だが、まだ終わらない。沸いたダーカーは一匹ではないのだ。

 

 ダーカーの攻撃が、迫る。

 (リィン)がいない、それだけで、その攻撃は容赦なくシズクを襲う。

 

 それを避ける、その手間でシズクの攻撃頻度は下がっていく。

 当然、全ての攻撃を避けることは不可能で、そのたびに回復してさらに攻撃頻度は下がる。

 

「うばー……リィンがいないだけで……こうも違うのか、ていうかアタシがリィンの居る戦いに慣れ過ぎただけなのか……」

 

 返す刃で魚型ダーカーを断ちきり、一歩下がる。

 瞬間、元居た場所に鉄球のようなダーカーの腕が通り過ぎた。

 

 余裕そうな行動に見えて、結構ぎりぎりである。

 

「ああもう……リィン、リィン、リィンがいればぁ……」

 

 奇しくもほぼ同じ時間帯に互いを欲しがるリィンとシズクであった。

 もっとも、その理由は大分違うが。

 

 ブラオレットから、銃弾が放たれる。

 弾丸は巨人型ダーカーの目玉中央を正確に射抜き、貫通。

 

 ダーカーは、霧となって消滅した。

 

「はーっ……はーっ……此処ら一帯は、全滅したかな?」

 

 肩で息をしながら、武器を仕舞う。

 大分、消耗してしまった。一帯のダーカーを殲滅しただけなのに、もう回復アイテムが心許ない。

 

「こんなんじゃ、大型エネミーが出てきたらやばいなぁ……うばば……もう此処を動かずに連絡を……うば!?」

 

 アヤ辺りに連絡を入れようとして端末を手にかけたシズクが、突如素っ頓狂な叫び声をあげた。

 

「うばー!? 端末が壊れてる! 通信できねーっ! やばい! やばいよ危険度が急激にマックス! おのれダーカーめ通信手段から断つとは卑劣な!」

 

 戦闘中、ダメージを受けた際に壊れたであろう通信端末を見て、珍しくガチ焦りなシズクである。

 しかしそれも当然かもしれない。通信ができないということは、最早シズクに生き残る道は現地のアークスに保護してもらうのみである。

 

 そう。

 緊急クエスト中で、人が少ないこの時間帯に、である。

 

「………………本格的に、大ピンチだねこれは」

 

 とりあえず、疲れたので適当な建造物に座り込む。

 一人で戦うのって、こんなに疲れたっけ? とか考えながら。

 

「…………向こうは大丈夫、かなぁ……レアエネミー四体て……」

 

 空を見上げながら、考えるのは仲間の生死。

 無事だとは思うが、それでも心配は拭えない。

 

「……でも、確かレア種ってベリーハード帯から現れるエネミーの筈。そんな存在がアークスの観測部を見逃していた……?」

 

 クエストの難易度というものは、その『地帯』に存在するエネミーの強さによって変わる。

 

 ノーマル、ハード、ベリーハード、スーパーハード。

 四段階に別れていて、【コートハイム】が担当したのはハードの地帯。

 

 レアエネミーは、ベリーハード地帯以上でないと出てこない。

 と、いうよりも、レアエネミーが出るか否かで区分分けされていると言っても過言ではない。

 

 つまり、前提なのである。

 ハード以下のクエストに、レアエネミーが出ないことは『前提』。

 

 それを見逃すことなど、有り得ない。

 

「なら可能性としては――ベリーハード地帯にある縄張りから、走ってきた?」

 

 いやいや、と頭を横に振る。

 野生の獣にとって、縄張りというのは重要なものだ。

 

 それを態々放棄して、未開の土地に進出するなんて余程の……それこそ、

 

 自身よりも遥かに強い『ナニカ』が表れでもしない限り――。

 

「――っ」

 

 ぞくり、とシズクの背が震えた。

 幼い少女の姿をしていても、アークスである限りはその感覚は常人の数十倍。

 

 特に、直感に関しては全アークスの中でもシズクはピカイチだろう。

 

 それはシズクも、自覚している。

 だから自分の第六感が警報を鳴らした瞬間、跳んだ。

 

 一拍遅れて、黒く巨大な塊が飛来した。

 シズクの座っていた建造物を、がりがりと削って止まる。

 

「ゼッシュ……レイ、ダ……?」

 

 そのダーカーを、シズクは見覚えがあった。

 確か――研修生時代、教官に好奇心で質問した際に教えてくれた。

 

 最強クラスの大型ダーカー。

 その名はゼッシュレイダ。

 

 巨大な、亀のような形をした大型エネミーで、その最大の脅威は『固さ』と『速さ』。 

 

 頭部と、胸部にしか弱点が無い上に、胸部の弱点はダウンさせない限り露出せず、頭部は位置が高い上に亀の様な外見に違わず甲羅の中に引っ込めることが可能。

 それに加えて弱点以外は軒並み固い、それこそヴォル・ドラゴン等とは比較にならないほどに。

 

 さらに、足が遅い代わりに甲羅の隙間からジェット噴射のようにエネルギーを噴出し、高速での移動も可能にしているのだ。

 それで弱い訳が無い。厄介で、面倒で、できれば戦いたくない相手だ。

 

(こいつか……!?)

(こいつが出現したから……レアエネミー共が逃げ出したのか!?)

 

 いいや、違う。

 一瞬で、シズクは自分の頭に生まれた考えを掻き消す。

 

 咄嗟のことで一瞬判らなかったが、ゼッシュレイダは良く見るとボロボロだった。

 堅牢な筈の腕と脚はところどころが欠け、特徴である甲羅ですら要所要所が砕けていた。

 

 態勢も変だ。

 亀という形状を取っている以上、仰向けになったら早々起きられないというのに、ゼッシュレイダの態勢は誰がどう見ても転んで起き上がれない亀のそれだった。

 

 つまり、このゼッシュレイダを『ぶっ飛ばした』何かがいる、というわけで……。

 

「どうしたよダーカー! てめーのでかい図体は飾りかァ?」

 

 居た。

 シズクの居た位置から、50m以上は離れている場所にある窪みから悠々と出てくる男が一人。

 

 成程、あんなところで戦っていたならシズクも気が付かない筈である。

 ていうかあんな遠くからここまでゼッシュレイダを吹っ飛ばすとは、一体何者だよと顔を確認。

 

 した瞬間、シズクの顔が引き攣った。

 

「くふふっ、だがまあ、前哨戦程度にはなったぜ?」

 

 特徴的な、顔面の半分を覆う刺青。

 左上から右下まで両断するように刻まれた傷跡。

 

 青味のかかった白髪を後ろに流している、その、一目で誰だか判別のつく大柄の青年。

 

 『ゲッテムハルト』。

 殆どのアークスが知っている、アークス随一の有名人(もんだいじ)である。

 

「失礼」

「うばぁ!?」

 

 突如、シズクの肩に手が置かれた。

 驚いて振り返ると、そこには少女が一人。

 

 目元まで隠れている深緑の髪が特徴な、童顔の女性である。

 

 低い身長と、キャンディークラウンと呼ばれるポップな衣装を着ているから幼げに見えるが、

 リィンにも負けず劣らずの戦闘力(バスト)は、確かにその女性が少女ではなく大人の女性であることを語っていた。

 

(し、身長は同じくらいなのに……)

(世の中って不公平っ!)

 

 て、今はボケている場合じゃない。

 ゲッテムハルトには、いつも従者の女の子が付いているという話を聞いたことがある。

 

 確か名前は、『メルフォンシーナ』。

 

「もうすぐ終わりそうですが……すぐにここを離れることをおススメします。ゲッテムハルト様は、周りへの配慮など――」

「メルフォンシーナさんですよね!? お願いがあるんですけど聞いてもらっていいですか!?」

「え、あ? は、はい……」

 

 突然の懇願に、困惑しながらも頷くメルフォンシーナ。

 シズクは涙交じりに、頭を下げた。

 

「て、テレパイプ……もしくは通信機器を貸して下さぁい!」

 

 ちなみに、涙の意味はただ一つ。

 メルフォンシーナのおかげでゲッテムハルトに話しかけなくても済んだという安堵、である。

 

 顔面刺青の強面狂戦士とか女子的に怖すぎるのであった。




ゼッシュレイダはソロだと本当にめんどくさくて嫌いです。


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消えない闇

短め


「うばー……」

 

 キャンプシップに横たわって、シズクは脱力するように息を吐いた。

 

 あの後、メルフォンシーナに通信機器を借りて迎えを貰うことに成功したのだ。

 そして今、キャンプシップ備え付けの通信機器でアヤと連絡を取り、チームメイトの無事を確認した。

 

 シズクが気を抜いて、ずるずると壁をずり落ちるように座りこんだのは、仕方が無いだろう。

 

 圧倒的安堵。

 あの状況からの、全員無事という奇跡。

 

 最大まで張りつめていた緊張感が、解けていく。

 眠気すら感じるほどに、精神が弛緩していく。

 

 だから、仕方が無いだろう。

 シズクが『それ』を見逃したのは、仕方が無いことだったのだろう。

 

 尤も、見逃して正解だったのかもしれない。

 今のシズクにはどうしようもないことだし、見てしまったら、凡百なアークスと違いシズクには『それ』が何か理解できてしまうから。

 

 遥か遠くにあって、シズクの乗っているキャンプシップからは豆粒ほどのサイズにしか見えない惑星ナベリウス。

 

 それと同じサイズ(・・・・・)の、黒い塊がナベリウスから飛び立っていった。

 

 ダーカーのような、黒と赤を基調としたイカのようなナニカ。

 一目見れば、この距離でもシズクはそいつが何なのか理解できただろう。

 

 ただやはり――見なくて正解だったとは思う。

 ただ悪戯に、恐怖を煽られるだけだ。

 

 『そいつ』は、ダーカーにして、ダーカーに非ず。

 

 破壊と闘争の象徴。

 万象を破壊する力を持つ、強き者との闘争のみを望む『深淵に至りし巨なる躯』。

 

 『ダークファルス【巨躯(エルダー)】』。

 

 惑星サイズの闘争狂いが、アークスシップを襲撃するまで――残り数時間。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 リィンのマイルーム。

 初期状態からソファが増えたくらいのシンプルな部屋で、部屋主であるリィンは悩んでいた。

 

 悩んでいた、というか、苦悶していた。

 

 原因は当然というか、シズクについて。

 彼女に抱く感情が恋なのかどうなのか、往生際悪くも考えているのだ。

 

 もう殆ど、答えは出ているというのに。

 

「マスター、ワタクシそろそろ晩御飯の支度をしたいのですが……」

「恋……? いやいやだって……テミスでの緊急クエストの時は何とも……でも、うーん……」

「マスターいい加減……」

 

 と、その時だった。

 

 リィンの通信機が、無機質な電子音を鳴らした。

 端末を操作し、発信者の名前を見るとそこにはでかでかと低所恐怖症先輩と映し出されていた。

 

「もしもし、メイさん?」

『もしもしー、リィン? 調子はどう?』

 

 通話を繋ぎ、耳に手を当てるとメイの声が聞こえてきた。

 そういえば調子が悪いと言って離脱したっけかと思いだす。

 

「大丈夫です、横になってたら大分良くなりました」

『それはよかった。心配してたんだぜ、ウチも、アーヤも』

「はい……すいません」

『それで本題なんだけど、良い知らせと良いのか悪いのかウチらには判断できない微妙な感じが癖になる知らせとあるけど、どっちから聞きたい?』

「…………んん?」

 

 そこは良い知らせと悪い知らせと言うのが普通ではないのか? と思いながら、リィンはとりあえず良い知らせからと頼んだ。

 

『あいよ、シズクから無事だという連絡が来たぞ。今キャンプシップで帰還中だってさ』

「ホントですか!?」

 

 がばり、とリィンは横たわった姿勢から起き上がった。

 それによって拘束の解かれたルインがキッチンへ逃げていったが、リィンは気付いてすらいない。

 

『なんとかチームメンバー全員、危機を乗り越えたことになるな、よかったよかった』

「はい……本当に、よかった」

 

 ふはーっと安心するように息を吐いて再びベッドへと倒れこむ。

 信じてはいたが、やはり心配なものは心配だったのだ。

 

『それで、もうひとつの知らせの方なんだけど』

「あ、はい、何でしょう」

『アンタのお姉さんがもう一度会って話したいってさ』

 

 瞬間、リィンの顔から笑みが消えた。

 

『ウチは、話すべきだと思う』

「…………」

『本当に何で避けられてるのか分からないらしいし、必要なら頭だって下げるって言ってるんだ』

「…………」

『それに、家族が仲悪いっていうのは……個人的に嫌だ。誤解かもしれないんだから、とりあえず一回思いの丈をぶつけるべきだと思う』

「…………」

『……リィン?』

「そっか……」

 

 ようやく、リィンは口を開いた。

 その声色は、酷く冷たい。

 

 数秒前の、喜びの声が嘘のように。

 

「分からないんだ、ふぅん」

 

『リィン?』

「いいですよ」

 

 むくり、とリィンはベッドから起き上がった。

 

「話しましょう、ハッキリさせないと、アイツはしつこいでしょうから」

『そっかそっか、よかった、じゃあ場所はメールで送るわ』

「はい……あ、でも会うのはシズクが帰ってきてからでお願いします」

『……精神安定剤として?』

「それも、ありますが……」

 

 何より、シズクには知っておいて欲しかった。

 自分の過去を、知って欲しかった。

 

 それが恋愛感情から来る衝動なのかは分からないけど。

 

『じゃあ、後で』

 

 プツン、と通信が切れる。

 

 目を閉じて、開けて、閉じて、深く呼吸をする。

 

 大丈夫。

 シズクが隣に居てくれれば、耐えられる。

 

 そう自分に言い聞かせてから、リィンは部屋を出た。

 

 歩きながら、整理する。

 思い出を心の引き出しから探る作業は必要ない。

 

 だって、忘れたことなど無いのだ。

 忘れていないことを、どうやって思い出すというのだ。

 

 だから整理するだけだ。

 思い出にすら出来ない、トラウマを。

 

 はじめから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、過去回。
復活したは良いものの碌に描写されずに倒される未来しか見えないエルダーさんの明日はどっちだ。


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リィンの過去

オリ設定注意。


 アークライト家の歴史を語ろうとするならば、時代をアークス創設期まで遡らなければならない。

 

 何故ならば、アークライトという姓は、アークスの誕生と共に生まれたからだ。

 

 第一世代のアークスの試供品(サンプル)

 かの『レギアス』や『マリア』よりも早く彼は生まれた。

 

 『エルステス・アークライト』

 闇を払う(ライト)に、そして次世代の為の方舟(アーク)となるべく生まれた最初の一人。

 

 彼は強かった。

 『とりあえず物は試しに』で造られた存在であるにも関わらず、最強だった。

 

 彼の後に生まれたアークスたちが、暫くの間『失敗作』の烙印を押され続けるほどだった。

 彼が強すぎるだけだ、とフォトナーが気付くまで、一年掛った。

 

 ……細かい歴史を語ると長くなるため割愛するが、彼は人生のほぼ全てを戦場で過ごしたとされている。

 

 仲間を守るために剣を振り、

 未来を照らす為に剣を掲げた。

 

 二十年ほど戦い続けて、最後は二対一頭のダークファルスから仲間を守るために死亡。

 

 英雄として、墓石に名を刻むこととなった。

 

 ――そう、『アークライト家』というのは、『エルステス・アークライト』を祖先とする直流の戦闘一族。

 

 家訓は『守るために強くあれ』。

 『強くなくてはアークライトを名乗れない』、強さ至上主義。

 

 リィン・アークライトは、そんなある意味時代に合った家に生まれ落ちた。

 アークライトに相応しい才能を、問題なく持ち合わせて。

 

 

 ――――だが。

 

 六年、歳を取り、リィンは幼心ながら悟った。

 

 悟らざるを、得なかった。

 

 姉である、ライトフロウ・アークライト。

 彼女には決して勝てないことを。

 

 『歴代最強のアークライト』。

 

 ライトフロウ・アークライトが十五歳に成り、アークスに就任した一年後、彼女は既にそう称されていた。

 

 初代すら越えた、超越的な才能。

 両親の『基準』が、大きく跳ね上がったのは無理も無いだろう。

 

 尤も、リィンはリィンで並以上の才能を有していたので、極端な虐待にあったわけではないが――。

 

 それでも。

 

『流石はライトフロウ嬢の妹ね』

『お姉さんのように頑張れよ』

『妹さんも将来有望ねぇ』

『妹ちゃん、流石にライトフロウさんと比べたらあれだけど伊達にアークライトじゃないなぁ』

 

 リィンの年齢が二桁に達する頃には。

 

 リィン・アークライトは、リィン・アークライトではなく。

 『ライトフロウ・アークライトの妹』としか見られなくなっていた。

 

 

 

 

『リィン』

 

 ――――ただ一人を、除いて。

 

『周りの言うことなんて気にしなくていいわよ』

『お姉ちゃんは、アナタが頑張ってることを知っている』

『私はずっと、アナタの味方よリィン』

 

 皮肉なことに、唯一リィンを”見てくれた”のは、姉だった。

 

 リィンはデレた。

 あっさりと、陥落した。

 

 そもそもリィンは割とチョロイ方なのだ。

 一度落ちたらあとは一直線だった。

 

 姉の隣に立つ。

 すなわち、【大日霊貴】に入団することがリィンの目標になるのはそう遅くは無かった。

 

 アークスの養成施設に入り、たった一人力を磨いた。

 

 群れず、媚びず、ただひたすらに姉の背中を追い続けた。

 

『アークライトさんってさぁ、なんか暗いよね』

 

 何を言われても平気だった。

 

『ちょっと実践形式の訓練で成績が良いからって調子乗ってない?』

 

 姉のこと以外、全てがどうでもよかった。

 

 それでいいと思っていた。

 そうじゃなきゃいけないとも思っていた。

 

 そんな日々の終わりは――唐突だった。

 

 リィン・アークライト、15歳。

 すなわち現在から1年前。

 

 歪な姉妹の関係は、かくも当然のように崩れ落ちることになる。

 

 

 ――――その日は、久しぶりに姉の帰省日だった。

 

 ライトフロウ・アークライトが【大日霊貴】のチームリーダーに就任したことによって、多忙となっていたのだ。

 それ故に、姉妹が会うのは実に約一年ぶりのことだった。

 

 楽しい一日だった。

 これ以上無いくらい、充実した一日だった。

 

 姉と楽しくお喋りして、訓練に付き合ってもらって、……流石にもう一緒にお風呂に入ることは無かったが。

 

 ……そして、夜が訪れた。

 少しでも沢山話そうと、少しでも沢山一緒にいようと、リィンはいつもより手早く入浴を済ました。

 

 女子らしからぬ烏の行水を終え、リィンは廊下を歩く。

 リビングで待っている筈の姉に向かって、一直線に。

 

『――――』

『ん?』

 

 ふと、自室の前を通り過ぎる際に声がした。

 

 誰も、居ない筈なのに? とリィンは足を止める。

 

『――ぁ――ぉ』

『……?』

 

 間違いなく、リィンの自室から誰かの声が漏れていた。

 もしや、不審者が侵入したか? っとリィンは音を立てないように注意しながら扉に耳を当てた。

 

『……全くもう、リィンったらすっかり大きくなっちゃって』

『……!?』

『さて、どうしちゃおう(・・・・・・・)かしら……』

 

 声の主は、姉だった。

 

 しかも、聞こえてくる言葉は、何処か不穏な雰囲気を纏っていた。

 

 一体、何が――。

 

 静かに、音を立てないように、リィンは扉をゆっくりと少しだけ開けて隙間から室内を覗き込んだ。

 

 そこには――――――。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「そこには、下着姿で、私のパンツを頭に被って、私の箪笥やごみ箱を漁る姉の姿があったわ」

「「「「………………」」」」

「しかも良く見たら着ている下着は私のだったわ」

 

 【大日霊貴】の、チームルーム。

 その一角にある来客用のエリアには、六人のアークスが集まっていた。

 

 【コートハイム】のメイ・コート、アヤ・サイジョウ、シズク、リィン・アークライト。

 そして、【大日霊貴】からはアズサ、ライトフロウ・アークライト。

 

 リィンの表情は、最早真顔。

 ライトフロウの表情は、おおよそ女性がしていいものではない程の、絶望顔。

 その他の面子は、揃いもそろって驚愕顔だ。

 

「その後、姉が居ない間に姉の部屋を捜索しました」

「――――っ、ちょ……! リィン! 待って! お姉ちゃんが悪かったからそれは言わないで!」

「続々と見つかりましたよ、無くしたと思ってた下着、リコーダーの先っぽ、抜け毛を束ねて作ったアクセサリ……」

「それは……!」

「極めつけに……」

 

 姉の制止を無視して、リィンは続ける。

 嫌悪感を隠さずに、姉を睨めつけながら。

 

「私の使用済み生理用品を、保管してアルバムのように綴じていたのを見た瞬間、吐き気がしました」

 

 うわぁ……っと誰かがドン引きするように呟いた。

 

 いや、誰かがではなく、この場にいる全員が呟いた言葉かもしれなかった。

 

「…………! ……っ!」

 

 ライトフロウは、何か言おうと口をパクパクさせたが、

 結局言い訳が見つからなかったのか、静かに崩れ落ちた。

 

「……じゃあ、私は帰ります。今日はちょっと――疲れたので」

 

 リィンは、座っていた来客用のソファから腰をあげた。

 

 もう二度と近寄らないで、等とは、もう言う必要すらないだろう。

 

 冷めた眼で姉を一瞥し、リィンはシズクの手を取った。

 

「シズク、ごめんね、行こう?」

「……謝らなくていいよ、アタシもリィンの過去は知りたかったし」

 

 シズクも立ち上がり、それを見て、メイとアヤもその場を立つ。

 一歩、メイがライトフロウに近づいた。

 

「メーコ」

「……分かってるよ、今この場じゃあ、何を言っても無駄だよね」

 

 ひっそりと、二人でそんな意味深な会話を交わした後、「それじゃあ、失礼します」と二人はチームルームから出ていった。

 

「ほらシズク、私たちも」

「うん……でもごめん、先に行ってて」

「?」

「すぐ追いかけるから」

 

 疑問符を浮かべるリィンに、微笑みながらシズクは言った。

 繋いでいた手を離し、少し寂しげにしながらリィンも先輩らに続くように部屋を出た。

 

 残ったのは、アズサと、ライトフロウと、シズク。

 

「…………何か用? この通り、ウチのチームリーダーは傷心だからこれ以上責めないで欲しいんだけど」

「大丈夫です、一言質問するだけなので」

 

 ソファを立ち、対面に位置する意気消沈中のライトフロウに近づいて、一言。

 

「リィンが年の割に性知識が少ないのはアナタの仕業ですか?」

「――――っ」

 

 びくり、とライトフロウの肩が揺れた。

 

 それだけで、返答としては充分だった。

 

「そうですか」

 

 それだけ言って、シズクも礼を一つした後立ち去った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 姉が信じられなくなった。

 姉の優しさが、打算にしか見えなくなった。

 姉の微笑みが、気持ち悪いモノにしか見えなくなった。

 

 少し思考を巡らせて、自分が自分として周囲から見られなくなった原因はそもそも姉だという考えに至った。

 

 全てがマッチポンプに思えた。

 

 そしてリィンは孤独となった。

 誰からも『見られて』いない、本当の孤独。

 

 1が0になっただけ。

 ただそれだけだと思っていた。

 

 思っていないと、やってられなかった。

 

 偽りだったとしても、間違いだったとしても、

 隣に誰かが居てくれる安心感を、知ってしまっていた。

 

 歩み寄ってくる人も居た。

 それでも彼女は素直になれなかった。

 

 歩み寄ろうとした。

 もう時は既に遅かった。

 

 孤独を辛いと思いながら、それを誤魔化すために吼えることしか彼女には出来なかった。

 

 だから、必然だったのかもしれない。

 

 否――当然、なのだろう。

 

 言わずとも、察してくれて。

 素直になれなくても、察してくれる。

 

 ずっと、ずっと泣いている心を『見つけて』くれた。

 

 彼女(シズク)に恋をしたのは、至極当然のことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ――――その夜、全アークスに向けて、緊急の警報が届いた。

 

 内容は、『ダークファルスが接近中』。

 アークスたちの、長い夜が始まろうとしていた。

 

 




次回、ダークファルスエルダー襲来。
果たしてライトフロウ・アークライトのメンタルは大丈夫なのか。


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猛る黒曜の暴腕①

次回、ダークファルス戦と言ったな。


あれは嘘だ。


 ライトフロウ・アークライトのマイルーム。

 

 そこはチームメンバーですら入ったことが無い、一つの聖域と化していた。

 

 チームメンバーでもあり、同期でずっと一緒に行動してきたアズサですらその部屋に上がらせてもらえないという。

 

 当然、ライトフロウ・アークライト程の有名人がマイルームをひた隠しにし続けているともなれば、色々な噂が流れた。

 

 私生活は、意外とずぼらで散らかり放題だとか。

 本当に限られた人しか入れない極楽浄土が広がっているだとか。

 

 有象無象の仮説が沢山流れた。

 

 しかしその中のどれもこれも、的外れ。

 

 真実は――。

 

「リィン」

 

 まず目につくのが、壁一杯に貼られた妹の写真。

 正面から撮ったもの、不意打ちで撮ったもの、どうみても盗撮なもの。

 

 様々な角度と種類と年代の妹写真が、気持ち悪い程に広がっていた。

 

 さらに、家具にはデフォルメされた妹を描いたイラスト(お手製)が所狭しと貼られており、

 図書館に置いてあるようなサイズの本棚は、妹のアルバムだけでギチギチに埋まっていた。

 

 そう。

 ライトフロウ・アークライトが部屋に他人を招けない理由。

 

 それはもう見て貰って分かる通り、装飾が妹一色だからなのである。

 

 こんな部屋を見た人間の反応は、百人中百人がドン引きだろう。

 

「ま、マスター……い、いえお姉ちゃん」

「んー? 何? リィン」

 

 青髪ツインテールの、リィンそっくりに造られたサポートパートナーを抱いて、ライトフロウはベッドに横たわっていた。

 

 3種類のリィン抱き枕に囲まれて、リィンそっくりのサポパを抱き、小さい頃から貯めに貯めたリィンの声を録音したものをイヤホンで聞きながら寝る。

 

 それがライトフロウ・アークライトの就寝スタイルであった。

 

「あの、そんな辛そうに抱かないでください」

「…………」

「マス……お姉ちゃんが私を妹様の代替品にしていることはもう諦めました。でも、その…………」

 

 サポートパートナーは、上手く言葉が紡げない。

 主人のメディカルをチェックすれば、彼女のメンタルが今かなり危険な状態であることは一目瞭然だ。

 

 けれど普段なら、この部屋に立ち並ぶ妹グッズと触れあえば大体のメンタルリカバリーはできていた。

 でも今日は違う。むしろ、妹グッズに触れれば触れるほど精神がぶれていく。

 

「今日は、一緒に寝るのはやめておいた方がいいと思います」

「………………そう、ね」

 

 腕の力が緩んだのを確認して、リィンそっくりのサポートパートナーはゆっくりと腕の中から抜けだした。

 そして、寝室から一礼して退出していった。

 

「はぁ……」

 

 溜め息を一つ吐き、ライトフロウはボイスレコーダーを手に取った。

 咳払いを何度かして喉を調整し、声を捻りだすように放つ。

 

「お姉ちゃん!」

 

 リィンそっくりの声。

 声帯が似通った、姉妹ならではの荒技である。

 

「ごめんねお姉ちゃん……私、お姉ちゃんに酷いこと言っちゃった……これからも仲良しでいてくれる?」

 

 ピ、とそこでボイスレコーダーを止め、リィンの姿が印刷された抱き枕にボイスレコーダーを差し込む。

 

 そして、再生。

 

『お姉ちゃん! ……ごめんねお姉ちゃん……私、お姉ちゃんに酷いこと言っちゃった……これからも仲良しでいてくれる?』

「いーのよ! リィン! 全っ然気にして無いから! お姉ちゃんこそごめんねぇ!」

 

 ぎゅうっと抱き枕を抱きしめる。

 そのまま印刷されたリィンの唇付近に唇を重ね、じゅるじゅると音を立てて吸いだした。

 

「んちゅ……はっ、リィンはぁはぁ……はぁはぁ……………………はぁー……」

 

 唾液塗れになった抱き枕を離し、大きく溜め息を吐く。

 

 いつもならこの調子で一時間は続けていたであろう行為も、続かない。

 続ければ続けるほど、心が蝕まれていくようだ。

 

「リィン…………」

 

 仰向けになって、天井を見上げる。

 天井には、一番お気に入りである、笑顔の写真が貼ってある。

 

 もうあの笑顔は、自分に向くことは無いのだろう。

 

「うっ……ぐ……」

 

 ボロボロと、涙が溢れてきた。

 堤防が崩れたかのように、次から次へと大粒の涙が滴り落ちる。

 

 妹との思い出が、走馬灯のように姉の頭を駆け廻る。

 

 100点のテストを褒められて喜ぶリィン。

 自分の背中で、嬉しそうにはしゃぐリィン。

 怖い夢を見て、一緒に寝ようと枕を抱くリィン。

 リボンをプレゼントされて笑顔を見せるリィン。

 

 ツインテールが似合うね、と褒められて顔を赤くするリィン。

 

「ぅぅ……ずるっ……りぃ……ん」

 

 と、その時彼女の端末が通信を受信した。

 緊急連絡の際の、着信音だ。

 

 しかしライトフロウは、煩く鳴る端末の電源を落とし、そのまま眠りに着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 少し時間は遡る。

 

 【大日霊貴】のチームルームから出て、先輩らは、それぞれのマイルームへ。

 シズクとリィンは、リィンのマイルームへそれぞれ向かった。

 

 「今日はもう休み」というリーダーの言葉に従った結果であった。

 

 そして、マイルームに入ったタイミングで、リィンは左右のリボンを解いた。

 重力に従って髪は落ち、ツインテールはストレートロングに早変わり。

 

「ん? リィン、お風呂入るの?」

 

 リィンの部屋にわがもの顔でソファに寝転がるシズクが言う。

 

 色々あった濃厚な一日だったが、もう時刻は夜と言っても良い時刻。

 

 しかして寝るには早い時刻だ。

 小学生だって、まだ起きているだろう。

 

「いや……いい加減、ツインテールやめようと思って。子供っぽいしね」

「…………ふぅん」

「……どうせシズクは、察してるだろうし言うけど……」

 

 一瞬迷った後、リボンをゴミ箱に捨ててリィンはシズクに向き直る。

 

「昔、お姉ちゃんに言われたの。ツインテールが似合うねって」

「…………」

「それから、ずっとこの髪型で居た……変態行為が発覚した後も、ずっと」

 

 それは多分、最後の砦だったのだろう。

 もしかしたら全部全部リィンの勘違いで、姉は何も悪くなくて、リィンの勘違いしてごめんなさいで済む話だったのかもしれないという。

 

 希望。

 

 最後に残った、姉への愛。

 

「リボンも、お姉ちゃんが誕生日にくれたお気に入り……」

「リィン、もういいよ。分かった、分かったから――」

「……泣かないわよ」

「分かってる」

 

 分かってる、と言いながら、シズクはゴミ箱からリボンを一本掬いだした。

 

 埃を払って、リィンの後ろに回る。

 

「シズク?」

「『髪を降ろしたままだと、大嫌いな姉にそっくりだから』」

 

 きゅっとリボンで長い髪を、一つに纏める。

 アップ気味のポニーテールだ。赤いリボンが、青いリィンの髪によく映える。

 

「……てことに、しとくといいよ」

「……ん」

 

 相変わらず察しが良い。

 リィンがリボンを捨てる時、一瞬躊躇ったところを見逃さなかったのだろう。

 

「優しい子だねぇ……」

「? 今何か言った?」

「何も」

 

 リィンに聞こえないように呟いて、シズクはリィンの後ろを離れた。

 

「…………シズ――」

『アークス各員に緊急連絡』

 

 と、何かリィンが言いかけたところで警報が鳴り響いた。

 

 緊急クエストの、警報である。

 またか、とシズクは溜め息吐いた。

 

 今日はもう疲れたし、緊急クエストは強制出動ではない。

 スルーして今日は休もう、と決めた。

 

 が、次の一言を聞いた瞬間、二人の表情に緊張が走る。

 

『ダークファルスの反応が接近中です。アークス各員は、出撃の準備を――』

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 『ダークファルス』。

 オラクルに所属する人間で、その名を知らぬものは無いだろう。

 

 全宇宙の敵。

 アークスにとって不倶戴天の相手。

 

 『ダーカー』の、発生源(おやだま)である。

 

 そう。ダーカーというのはダークファルスより生み出された――否。

 ダークファルスから、『漏れ出た』ものと言っても過言ではないのである。

 

 ダークファルスが居る限り、ダーカーは無限に出現する。

 つまり、ダークファルスを倒さない限り戦いは終わらない。

 

 それなのに、ダークファルスは不死。

 死なない。滅する手段が、存在しない。

 

 終わらない戦いを、アークスは強いられている。

 

 ただし――”それだけ”なら、アークスは何とかしてしまう。

 ダーカーが無限のように、フォトンも無限なのだから、手段は幾らでもある。

 

 何とかできない理由は、二つ。

 

 一つはダークファルスそのものが、馬鹿みたいに強いこと。

 六芒均衡クラスのアークスが三人程集まって、ようやく喰らいつける程の強さ。

 

 言わずもがな六芒均衡クラスのアークスなど、現在のオラクルには六人しかいない。

 

 六人いれば何とかなりそう?

 確かにそうだ、ダークファルスが、一体ならば。

 

 そう。

 もう一つの理由は――。

 

 『ダークファルス』は、今現在確認されているだけで『五体』いるという、絶望的な戦力差。

 

「――――さぁ」

 

 オラクルから少し離れた宇宙空間から、ダークファルス【巨躯(エルダー)】は嬉しそうに呟く。

 

 【巨躯(エルダー)】の名の通り巨大な体躯を持つダークファルスである。

 そのサイズは惑星並み、指先だけでヴォル・ドラゴンすら潰せる極大サイズ。

 

「熱き闘争を――始めよう――!」

 

 がしり(・・・)と、【巨躯】が手元にあった”星”を掴んだ。

 星を、まるでドッヂボールのようにして振りかぶる。

 

 全艦退避。

 オラクル中にその命令が響き渡った直後、【巨躯】は星をオラクル向かってぶん投げた!

 

 星は流星となりオラクルを襲う。

 しかし、そこは流石長年ダーカーと戦い続けてきたオラクル船団。

 

 その流星を、間一髪と言えど完璧に回避した。

 

「ふはははははははは!」

 

 哄笑が宇宙に響く。

 

 惑星をも投げ飛ばす巨大な絶望の化身。

 

「我が名は、ダークファルス【巨躯(エルダー)】也……! アークスよ、良き闘争をしようぞ!」

 

 ダークファルス【巨躯(エルダー)】は楽しそうに名乗り上げた。

 

 八本の腕を振り上げて、赤い瞳を光らせて。

 無限とも思える眷族と共に、オラクル船団へと突貫し始めた。

 

 アークスvsダークファルス。

 その戦いの火蓋が、切られた。




次回こそはダークファルス戦に入ります。


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猛る黒曜の暴腕②

あ、ちなみにシズクは『リン』を子持ち扱いしたことを行間で詫びて仲直りしてます。


 ダークファルス【巨躯(エルダー)

 40年前、アークスに大戦争を仕掛けてきたダークファルスである。

 

 結果としては、『レギアス』、『初代カスラ』、『初代クラリスクレイス』の三人を中心にして立ち回り、

 初代クラリスクレイスの犠牲もあって【巨躯(エルダー)】の封印に成功した。

 

 そう。

 封印に、である。

 

 当時のアークスの最高戦力である三人を動員し、その中の一人が命を賭した結果が封印である。

 

 ダークファルスは倒せない。

 でも最高戦力者を一人犠牲にすれば辛うじて封印できる。

 

 そんな絶望的な事実を、他のアークスに伝えるわけにはいかない。

 そう判断した上層部は、一つの結論を出した。

 

 『ダークファルス【巨躯】は、三英雄が一人クラリスクレイスを犠牲の元消滅させた』。

 

 そんな優しい嘘を、吐くことを決めた。

 士気の低下を防ぐためには仕方が無いだろう。

 

 しかし、現在。

 40年の月日を経て、ダークファルス【巨躯】はゲッテムハルトを寄り代とし復活を果たした。

 

 飽くなき闘争を求め、再び。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 アークスシップ・ゲートエリア。

 

 クエストカウンターがあるそのエリアは、ダークファルス襲撃を受けてかつてないほど騒然としていた。

 

 何故今更【巨躯】が復活したんだ?

 消滅させた筈だろう?

 勝算はあるのか?

 

 等と、様々な疑問や憶測、不安が入り乱れている。

 

 そんな中、【コートハイム】の面々も当然ゲートエリアに集まっていた。

 

 疲れている、なんて言ってられない。

 敵はダークファルスなのだ。

 

「ダークファルス【巨躯】って」

 

 消費アイテムの数を確認しながら、シズクは口を開く。

 その様子は、新人とは思えない程に落ち着いている。

 

 こういうとこ、この子凄いなと思いながら、メイとアヤはシズクの言葉に耳を傾けた。

 

「何十年も前に倒したんですよね?」

「そうね、レギアス、初代カスラ、初代クラリスクレイスによって消滅させた……と言われていたわ」

「でも今復活してアークスシップを襲いに来てる……なーんかキナ臭いねぇ」

 

「消滅させたっていうのが嘘、だったとかですかね?」

 

 武器の整備を終えたリィンが、会話に入ってきた。

 

「シズク、アナタ何か分からない?」

「無茶言わないでよー、三英雄の力を持ってもダークファルスを消滅させられなくて、仕方なく封印したけどダークファルスが倒せないなんて事実、他のアークスが聞いたら士気の低下に繋がるとかで誤魔化してたんじゃないかっていう推測したけどあくまで推測だし」

「ぶほっ」

 

 突如、妙な声がした。

 

 シズクが振り返ると、そこには黒髪ロングツインテールに黒いコート、それと赤い瞳が特徴なアークス。

 

 キリン・アークダーティ。

 通称『リン』が居た。

 

「あ、『リン』さん」

「や、やあ【コートハイム】の皆……」

 

 何処か動揺した様子のリンに、シズク以外の一同は疑問符を浮かべながら挨拶した。(シズクは何かを察したように頷いた)

 

「『リン』、当然アナタも出撃()るのよね?」

「ああ、勿論だ」

「うばー、リンさんが居るならアタシらの仕事無いんじゃ?」

「馬鹿言うな、私が三人居ても、あれには敵わない」

「うばっ」

 

 シズクの顔から、笑みが消えた。

 他の面々にも、目に見えて動揺が走ったことが分かった。

 

 少し脅かしすぎたかな、と『リン』は反省反省と心の中で反芻した。

 

「ま、だからアークス全体で挑むんだ。心配ないよ、【コートハイム】の担当は多分眷族相手だしな」

「眷族?」

 

 疑問符を浮かべるシズクとリィン。

 それを見て、「ああ、そういえば説明してなかったな」とメイが口を挟んだ。

 

「今回、ウチらのような小規模チームは【巨躯】本体とは戦わないのよ」

「え、そうなんですか?」

「【巨躯】は、『ファルス・アーム』っていう眷族を文字通り身を削って産み出しているんよ、ウチらの役目はそいつらを倒してエルダー本体の体積を削ること」

 

 ある程度小さくなったら本体をこいつみたいな精鋭部隊が倒す予定だって、とメイはリンに視線を向けた。

 

「あ、ちなみにファルス・アームには個体差があるらしいのよ。強さによっていつもみたいに難易度分けされるから、私らは難易度ハードで受けるわよ」

 

 アヤの補足説明を受けてシズクとリィンと、メイが頷いた。

 知らなかったらしい、アヤの視線がメイに突き刺さる。

 

「さっきチームリーダーには先行して情報が伝えられたでしょうがー」

「痛い痛い! ごめん! ごめんてアーヤ!」

 

 ビシビシとアヤのチョップがメイを襲う。

 

「全くもう、アナタはホント、リーダーなんだからしっかりしなさい」

「うう……だって細かいことはアーヤの方が得意じゃん……」

「それでもリーダーはメーコでしょうが」

「あいたーっ」

 

 びしぃ、とデコピンがメイのおでこに炸裂した。

 

 そんな二人の微笑ましいやり取りを眺めながら、『リン』は口を開く。

 

「ま、そういう訳だ。適正レベル以上の敵と戦わされるわけじゃないから安心して」

「それはよかったです……そういえば、アタシまだ【巨躯】の姿を見てないんですけど見ることできますか?」

「ん、そうなの? ちょっと待ってね……」

 

 言って、『リン』は宙に浮かぶモニターを開いた。

 端末を操作し、ディレクトリを開いていく。

 

 少しして、モニターにダークファルス【巨躯】の姿が映し出された。

 【巨躯】を監視している衛星から送られているリアルタイム映像だ。

 

 それを見て、リィンは「うわっ」と嫌そうな顔をした。

 

「うわ、なんか禍々しいですね……」

「そうね、映像からも威圧感が伝わってきそう――」

「あれ? ゲッテムハルトさん?」

 

 唐突に、シズクがそう言葉を漏らした。

 

 瞬間、『リン』が目を見開いた。

 

 ゲッテムハルトがダークファルスの器にされてしまったことは、

 今はまだ当事者たちだけの秘密である。

 

 シズクが知っているわけが、無い情報。

 

「し、シズク……アナタ見てたの?」

「へ? 何をですか?」

(無意識……!?)「え、いや、何をって……!」

 

 その時だった。

 ピピピ、と電子音が鳴り響く。

 

 『リン』の通信機器からだ。

 耳に手を当てて通話をオンにする。

 

「……もしもし?」

『よー相棒、そろそろ作戦行動開始だぜ、今何処にいるんだ?』

「何だアフィンか、……分かった、今からそっち向かう」

『おー了解』

 

 短い会話を終え、通信を切る。

 シズクがゲッテムハルトの名を呟いた件に関して聞くべきことがあるが、それで【巨躯】討伐作戦に遅れでもしたらコトだろう。

 

「仕方ない……悪いがそろそろ作戦開始のようだ」

「あ、そうなんですね。引きとめてしまってごめんなさい」

「いや、謝るようなことじゃないさ。……シズク、後で時間取れるか?」

「え? あ、はい」

「話がある、戦闘が終わったら何処かで食事でもしないか?」

「ええ!?」

 

 驚きの声をあげたのは、シズクではなくリィンだった。

 

「だ、だ、駄目ですよ! 二人で食事なんてで、デートじゃないですか!」

「は、はあ?」

「リィン、『リン』さんにそのつもりは一切無いと思うよ」

「で、でも……」

 

「そもそも」

 

 二の句に困るリィンを見かねてか、メイが口を挟んだ。

 にやにやしながら、からかうように言う。

 

「シズクがデートするからってリィンに何か関係あるの?」

「うぐっ」

 

 それを言われると、何も言えないリィンであった。

 まさかシズクが好きだから――等と言える筈も無く。

 

「なあリィン」

「…………何ですか? 『リン』さん」

 

 黙り込んでしまったリィンに、『リン』が話しかけた。

 その表情は、真剣なものだ。

 

「すまない、今はまだ一般のアークスには情報開示がされていないことを話すつもりなんだ。デートではないから安心してくれ」

「…………」

「……っと、いい加減行かなくちゃな。それじゃあ、武運を祈る」

 

 言って、『リン』はその場を立ち去った。

 

 その後少しして、緊急クエスト開始のアナウンスがエリアに響き渡る。

 

 作戦行動、開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば色々あってタイミングを逃してたけど……」

 

 【巨躯】に破壊され、残骸となったアークスシップに降り立ちながら、メイは口を開く。

 お得意の、意識的に行う雑談である。いつも通りに動くために、いつも通り軽口を叩く。

 

「シズクとリィンがモデルチェンジしてるな」

「ああ、それ私もさっきから気になってたのよ」

 

 先輩二人に言われて、改めて二人は自身の姿を見直した。

 

 シズクは、ボロボロになったガードウィングの代わりにアークス研修生の頃のコスチュームを着ている。

 研修生服といっても、デザイン・機能面共に優れていて研修後も愛用するアークスは多いのである。

 

 そしてリィンはツインテールを止めてポニーテールになっている。

 子供らしさが消えて、美人度が上がっているのは気のせいではないだろう。

 

「諸君! 無駄話はそこまでだ!」

 

 と、雑談を切り裂くように快活な男の声が響いた。

 

 この場にいる、男以外のアークスの視線が男に突き刺さる。

 

 スポーツ刈りの、白い髪をした男だ。

 狼のように鋭い目つきが特徴的な精悍な男である。

 

「俺は【銀楼の翼】所属のヒキトゥーテ・ヤク! 他に適任がいないようなら現場指揮は俺に一任して頂きたいがよろしいだろうか?」

 

 この場に居る男――ヒキトゥーテ・ヤク以外の十一人にざわめきが起きた。

 

 【銀楼の翼】というチームは、【大日霊貴】に次ぐと言われる有名チーム。

 難易度ハードに【銀楼の翼】所属のアークスがいることに、周囲のアークスは驚きを隠せないようだ。

 

「【銀楼の翼】……一流チームじゃないか、どうしてそんな人が難易度ハードに?」

 

 藍色のショートカットが特徴的な女性が戸惑いながらも質問した。

 

 ヒキトゥーテは、「その疑問は尤もだろう」と予測していたように頷いた。

 

「本来、俺の適正レベルはベリーハードだ。だが、今このハード帯に混ざっていることには当然理由がある」

「理由……?」

「だがまあ、貴様らが知るようなことではない。それよりも異論が無いようなら俺が現場指揮を執る……無いようだな?」

 

 此処に居る誰も、言葉を挟まなかった。

 

 当然だろう、現場指揮なんて責任が要りそうなモノ、積極的にやりたがっている奴がいるならやらせるのが人と言うものだ。

 ましてやそいつが自分たちより格上ならば尚更だ。

 

「それでは作戦開始まで残り三十秒。各員の名前とクラスを把握させてくれ」

 

 ヒキトゥーテは全体を見渡しながら言った。

 三十秒で憶えきれるのか? という疑問もあったが、全員、素直に名前とクラスを彼に告げる。

 

「【システムリトル】リーダー、ステラだ。クラスはハンターよ」藍色の女性が言う。

「同じく【システムリトル】所属、ハルナ。クラスはレンジャー」バンダナを巻いた少女が言う。

「無所属、イリーガル・ハウバー。クラスはファイター/ハンター」黒衣の青年が呟く。

「むしょぞーく、あいか。ふぉーすよ」頭の緩そうな白髪の幼女がけらけらと笑いながら言う。

「【アナザースリー】リーダーのマコトよ。クラスはファイター」黒髪の短髪少女が言う。

「あ、【アナザースリー】所属、リナ・サイスです……。く、クラスはフォースです」気弱そうな巨乳美女が言う。

「【アナザースリー】所属のラヴ・Dですよ。クラスはレンジャーでぇす」ピンク色の装甲が特徴のキャスト女が言う。

 

 これで、【コートハイム】とヒキトゥーテ以外を除いて自己紹介を終えたことになる。

 次は【コートハイム】の番だろう。

 

「【コートハイム】リーダーのメイ・コートよん。クラスはファイター/ガンナーだじぇ」

「【コートハイム】所属、アヤ・サイジョウよ。クラスはフォース/テクター」

「同上、シズクでっす。クラスはレンジャー」

「同上、リィン・アーク…………リィンよ、クラスはハンター」

 

 アークライト姓を名乗らない理由はただ一つ。

 『え? あのライトフロウの妹?』と言われるのが、嫌なだけ。

 

「『サブクラス』持ちですら俺を含めて四人か……まあハードならそんなものか」

 

 ヒキトゥーテは落胆するようにそう呟いた。

 

 その様子にムッとする者も居たが、今はそんなことで争っている場合じゃない。

 戦いはもうすぐ始まるのだ。

 

『最前線への転送が間もなく行われます』

 

 唐突に、通信機からオペレーターの声が聞こえてきた。

 冷静に、ただ事実だけを述べるようなそんな口調だ。

 

『第一次作戦は、ファルス・アームを駆逐し、本体を消耗させることが目標です』

 

 戦闘の舞台は、ここより広い破棄されたアークスシップの上。 

 テレポーターを用い、そこに跳ぶのだ。

 

『……これまでの戦闘とは別次元の過酷な戦いになることが予想されます』

 

 十二人全員が、無言でテレポーターの上に乗る。

 

『……どうか、ご無事で』

 

 そして視界が光に包まれた。

 




気付いたら新キャラが大量に登場してた。


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猛る黒曜の暴腕③

え? 登場人物に女性多すぎ?
もっと男性を出せ? キャスト男に至っては一回も出てないぞ?

AKABAKO世界でのアークス男女比率は2016年のアークス調査報告書での
男性30%、女性70%を遵守しているだけです(キリッ


「リーダーは何してんだよ!」

 

 破棄されたアークスシップの上で、まだ幼さの残る少女の怒声が響く。

 

 ここは前線も前線の最前線。

 難易度ベリーハードのさらに上、スーパーハードレベルのファルス・アームと戦う前の待機地帯。

 

「落ち着きなさい、アーチェ」

 

 落ち着きなさい、と冷静な口調で少女を窘めたのは耳の長い茶髪の女性。

 『恋鳳凰』と呼ばれる☆11ロッドを持ったニューマンである。

 

「んなこと言ったってよー、もう作戦開始まで時間がねえぜ?」

 

 アーチェと呼ばれた橙髪の少女は、その端正な顔に似合わない眉間に皺を寄せた表情で言う。

 

 『碇星砲』と呼ばれる☆11(激レア)ランチャーを椅子にして、ぷりぷりと怒っている姿は可愛らしくも恐ろしい。

 

「アズサ、リーダーに連絡は着いたか?」

「んー……着かないなぁ」

「どうすんだよ! 【大日霊貴】のリーダーがダークファルスとの対決に不参加だなんて拙いだろ!?」

「だから落ち着きなさいって、アーチェ」

「落ち着いてられるかよ! こうなりゃ今から直接部屋に乗りこんで……!」

 

 ランチャーから立ち上がろうとしたアーチェの身体を、アズサの腕が止めた。

 

「アタシが行くよ」

 

 アズサは、周りにいる十一人の【大日霊貴】メンバーに向かって言う。

 幼い容姿に似合わない大人びた表情で、軽やかに。

 

「あのシスコンリーダーの部屋に、行ってくる」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 遥か遠くに見える、ダークファルス【巨躯】。

 その身体が僅かに、ほんの僅かに削れ、ファルス・アームとなって動きだす。

 

 【巨躯】にとっては角質が取れた程度の大きさでも、

 そのサイズはロックベアと同等かそれ以上。

 

 そんな存在が、四匹。

 連なってアークスの一団へと向かっていく。

 

「あれが、ファルス・アーム……」

 

 戦場と成り得る破棄されたアークスシップ上に降り立った直後、四匹のファルス・アームが【コートハイム】含む十二人に向かってきた。

 

 その名の通り、見た目は手そのもの。

 人の手に、黒い外殻が付与された感じである。

 

 手の、親指と小指に当たる部分が脚。

 そして人差し指と中指と薬指に当たる部分が頭。

 

 手首と手のひらの部分には、ダーカーの証たる赤いコアが鈍く輝いていた。

 

「本当にまんま『アーム』なんだね」

「どっかのカードゲームであんなのいたなぁ」

「こらそこ! 無駄口を叩くな!」

 

 シズクとメイが軽口を叩くと、即座にヒキトゥーテの叱咤が飛ぶ。

 

 やりにくいなぁ、とメイは溜め息を吐いた。

 

「来るぞ! 情報によれば弱点は手首! レンジャーは手首にウィークバレットを絶やすな!」

「了解」

「うふふ、リストカットならぬリストショット……うふふ」

「うばー」

 

 【システムリトル】のバンダナ少女と、【アナザースリー】のピンクキャスト、そしてシズクがまず前に出る。

 

 続いてハンターとファイター、ガンナーがレンジャー三人娘の後ろですぐ攻撃できるように待機。

 最後尾でフォースがテクニックをチャージ。

 

 決して間違った指揮じゃあないだろう。

 ただし、凡百の域を出ないが。

 

 列車のように連なってこちらに来たファルス・アームは、シップ上空まで来ると四匹に分解し、地に足を降ろす。

 

 三つの頭で咆哮した後、目の前のアークス達を打倒しようとそれぞれ行動を始めた。

 

「うばー……結構でかいや、回り込まないと手首狙えないな」

 

 ぼやきながら、シズクは走る。

 

 近場にいて、そして他のレンジャーとは狙いが被っていないファルス・アーム目がけて一直線に。

 

 が、その行動は無意味に終わった。

 狙っていたファルス・アームが、突如空に浮かんだのである。

 

「うば?」

 

 すいーっと音も無くファルス・アームはシズクの上空を通過し、

 

 身体全体を所謂『チョップ』の形に変えて、最後衛に居たフォースの団体へとその身を振り下ろした。

 

「きゃーっ!?」

「うわー」

「くっ……!」

 

 巨乳美女ニューマンと、白髪幼女と、アヤがミラージュエスケープを使用してその場から離れ、辛うじて回避に成功した。

 

 攻撃を外したファルス・アームは、ゆっくりと元の二足歩行形態に戻った。

 

「こらぁー! そんな簡単に前衛が突破されてどうする!」

「無茶いうなし! 今のはどうしようもないよ!」

「くっ……! うちのリーダーなら止めていたというのに……!」

 

 こうなってしまえば、前衛も後衛も無い。

 

 見れば、他のファルス・アームも素直に正面から攻めてくるものは少なく、アークスシップ船上という四角い戦場を縦横無尽に駆け回りながら戦っているようだ。

 

「せめてウィークバレットを……!」

 

 バンダナ少女、ハルナが丁度背を向けたファルス・アームの手首向かってウィークバレットを放つ。

 弾丸は音速で宙を飛び、正確無比にファルス・アームの手首をマーキングした。

 

 ウィークバレット成功である。

 

「ようし! よくやった!」

「攻めるよ!」

 

 直後、ヒキトゥーテとメイが動きだす。

 ウィークバレットの付いたファルス・アームに向かって走り、跳躍。

 

 ファルス・アームの体格が大きく、手首に攻撃を当てるにはそれなりに跳躍しなければならないのだ。

 

 ヒキトゥーテはウォンドを、メイはツインダガーを。

 それぞれほぼ同時のタイミングで振り抜いた。

 

「……な!」

「……ちょぉ!?」

 

 しかし、槌と刃は虚しく空を切る。

 

 ふい、ときまぐれな蝶のように、ファルス・アームは上空へと飛んでいったのだ。

 

 そのまま黒腕は、別のアークスに向かって張り手を二回繰り出した。

 

 こうぶんぶんと振りまわされては、手首もおいおいと振るえない。

 

「チッ……今のタイミングでも駄目か……!」

「こりゃツインダガーじゃなくて少しでもリーチのあるツインマシンガンの方がいいなぁ」

 

 ウィークバレットのマーキングは、十八秒しか持たない。

 強力な効果である代償であろう。故に、貼った後は即座に集中攻撃が基本だが……。

 

「こうも動きまわられちゃぁ……!」

 

 あっという間に、ハルナの貼ったウィークバレットは効果を失った。

 

 その後も何回か手首にウィークバレットを貼ることに成功したが、何度やっても碌に有効打を与えることができない。

 

 その間、何人かのアークスが致命打を受けて戦闘不能。

 それをムーンアトマイザーで治す手間でさらに火力が落ちていく。

 

 一進一退どころか、一進二退が精々であった。

 

『ハッキリ言って……』

 

 同じチームだけに聞こえる通信で、メイが呟く。

 その声色には、疲れの色が濃い。

 

『指揮官が無能ね』

『同意』

『うん』

『ですね』

 

 ヒキトゥーテ・ヤクの指揮は、お世辞にも上手いとは言えなかった。

 

 視野が狭いとか、頭が固いだとか色々原因はあるだろうが、一番の理由は彼が【銀楼の翼】であることだろう。

 

 【銀楼の翼】は言わずもがなエリート集団。

 それに所属する彼もそれ相応の才能があるのだろう。

 

 だからこそ。

 強い味方に囲まれて成長してきたからこそ、彼には今回の指揮は向いていない。

 

「ああもう糞! どうしてそんなことができんのだ!」

 

 【銀楼の翼】のハンターであれば余裕でジャストガードに成功していたであろう攻撃を、受けれない。

 【銀楼の翼】のレンジャーであれば精密に貫いていたであろう弱点を、外す。

 【銀楼の翼】のフォースであれば間に合っていたであろうタイミングでのテクニックが、間に合わない。

 

 強者であるが故のズレ。

 

 気付けば彼はメンバーの最高火力だというのに攻撃の手を止め指揮と言う名の罵倒に専念してしまっていたのだった。

 

 しかも――。

 

「おいそこのピンクキャスト! 次のウィークバレットはまだか!?」

「…………まだですごめんなさぁい(だまってろどうていが)!」

「ラヴちゃん副音声自重してぇ!」

 

 結局、待機時に聞いた筈の名前を憶えきれていない。

 『そこの』とか、『お前』とかを使用した上から目線の指示は、決して受けて気持ちいいモノでは無い。

 

 次第に、メンバーの気持ちは彼から離れていく。

 

 指示を無視して行動する輩はすでに半分を越えていた。

 

『はぁ……』

 

 シズクは思わずため息を吐いた。

 

 それに反応して、リィンが心配そうに声をかける。

 

『どうしたのシズク、やる気なさそうに溜め息吐いて。もう私たちも指示無視して四人で連携でも取る?』

『うばー、いや四人じゃちょっとコイツらはキツイよ。十二人しっかり連携しなきゃ勝てない』

『じゃあどうしたの?』

『いや、まあ、かなり個人的なあれなんだけど』

 

 ファルス・アームって、アイテムドロップあるの?

 と、先ほど浮かんでしまった疑問をシズクは口に出した。

 

『……相変わらずで安心したわ』

『だってこいつら【巨躯】の欠片みたいなやつでしょう? もしドロップ無かったらって考えたらそりゃやる気も下がるわ』

『ダークファルス襲来って宇宙の危機な筈なんだけどなー』

『宇宙の危機よりレアドロップの方が大事なのは確定的に明らか』

 

 言いながら、シズクはウィークバレットを装填して手首に放つ。

 そのまま、逃さないようになるべく最速で予備動作の少ないフォトンアーツを使用した。

 

「ワンポイントっ」

 

 弾丸を、十二連射するだけのシンプルなフォトンアーツ。

 だがシンプルが故に予備動作が短く、弾速も早い便利なフォトンアーツである。

 

 まあその代わり威力はまあまあなのだが……それでも今はこうやって少しずつ削るしかないのだ。

 

「……ん?」

『グォオ……』

 

 細かく刻んでいたダメージが功を奏したのか、ファルス・アームはうめき声をあげて地面に伏した。

 そのまま、ボロボロと崩れた後赤い光に包まれて消えた。

 

 ようやく、一匹である。

 

「よし! よし! よし! ようやく一匹だ! 他の部隊と比べて大分討伐ペースが遅れてるからな、ここから一気に……!」

「うばああああああああ!」

 

 ヒキトゥーテの声に被せるように、少女の奇声が響いた。

 声の発声主は勿論、シズク。

 

 彼女の前には、ファルス・アームが死んだ跡に残った、赤く大きな結晶。

 

 ボスを倒した後に出現する、アイテム入りの結晶である。

 

「よぅし、アイテムドロップ有りならやる気出てきたー!」

 

 早速割る。

 しかし、レアは出ない。

 

 安定である。

 

 だがまあ、いいかとシズクは背後を振り返りながら思った。

 

 視線の先には、体積が結構削れてきたダークファルス【巨躯】本体。

 やっぱなんかアイツゲッテムハルトさんに似てるよなとか頭の片隅で考えながら、

 そこから飛び出るようにしてこちらに向かってくる一匹のファルス・アームを視界に捉えた。

 

 やはり、倒しても倒しても補充が来る。

 常に四匹を相手するようになっている。

 

 けど、それは逆に考えれば、倒せば倒す程アイテムがドロップするというわけである。

 

「皆」

 

 今此処に居る全員に行きわたるように通信先をセットし、シズクは言葉を紡ぐ。

 嬉しそうに、楽しそうに、言葉を紡ぐ。

 

「もう充分にコイツらの動き(パターン)は見切ったから」

 

 ヒキトゥーテのように、大きな声じゃないにも関わらず良く通る声。

 

 それも一つの、指揮官としての才能。

 

「こっからはあたしが指揮を執る」

「はぁ!?」

「三十秒」

 

 ヒキトゥーテの不満そうな叫び声を無視し、シズクは続ける。

 

「まずは三十秒で今船上に居る三匹のファルス・アームを蹴散らそーと思います」

 

 シズクの、才能。

 それは、言わずもがなチート級の直感と推測と分析、視野の広さと柔軟性。

 

 それらを統合した『察する力』。

 

 そう。

 シズクの『戦闘における本領』は、敵の動きを察することによる『敵行動パターンの分析』とそこから導き出す『最適行動』。

 

 今からやるのは、それのちょっとした応用。

 上記に『味方の正確な力量把握』を加えた――名付けて『最適指揮』。

 

「全員、あたしに従え」

 




次回、シズク無双(予定)。

お姉ちゃん説得パートでどれだけ文字数使うか分からないから予定です。



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猛る黒曜の暴腕④

Q.オラクルは船団なのに昼夜があるのは何故?
A.夜が無いと夜這いイベントが出来ないから。

というのは冗談で、設定的には擬似的な太陽みたいのがあって、それで昼夜を区別しているようです。(あくまでAKABAKOでの設定です)


 『十年前』。

 その言葉を聞くだけで、嫌な顔をするアークスも多いだろう。

 

 十年前、それはオラクルの歴史上最悪の事件が起きた年。

 

 超大規模なダーカー襲来。

 普段の市街地緊急の十倍から五十倍とも言われている量のダーカーが一斉に攻めてきたのだ。

 

 民間人が沢山死んだ。

 アークスも沢山死んだ。

 

 数多の人が大切な人を失った。

 

 多くの涙と血が流れた。

 

 ベテランはおろか、その年に入った新人ですら戦いに身を投じることとなった。

 

 ――その結果、当時の一年生アークス七十二名の内、生き残ったのはたったの三人。

 

 後の【銀楼の翼】リーダー、サカモト。

 後の【大日霊貴】副リーダー、アズサ。

 後の【大日霊貴】リーダー、ライトフロウ・アークライト。

 

 何れも後世に名を残すであろう英傑たち。

 

 しかし、その中の一人は今――――。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「リーダー、居るよな?」

 

 ライトフロウ・アークライトのマイルーム前。

 緑髪のショタっぽいロリっ娘、アズサは扉をノックしながら言った。

 

「…………」

 

 返事は無い。

 でも、中に居ることは分かっている。

 

 何故なら精神崩壊状態のライトフロウをマイルームまで運んだのは、他ならぬアズサなのだ。

 

 流石にあの状態で、部屋から出て何処かを彷徨くなんてことはしないだろう。

 ふて寝している可能性が一番高い。

 

「リィーダァー! 寝てる場合じゃないぞー! ダークファルスが攻めてきたんだ!」

 

 ノックの音をより大きくして、叫ぶ。

 ふと扉の横にインターフォンがあることを思い出し、ノックしながらそちらも押しまくる。

 

 完全に近所迷惑行為である。

 ただ、ダークファルス戦真っ最中の現在、マイルームには殆どアークスは居ないのでさほど問題ではないだろう。

 

「…………駄目か」

 

 扉の向こうに居る筈のリーダーから、一切返事は無い。

 

 これは一計を案じる必要があるな、とアズサは頭を捻る。

 

 数秒考え、とりあえず駄目もとで思い浮かんだアイデアから試してみることにした。

 

「……あれ!? リィンちゃん……だっけ? どうしたのこんなところでー?」

 

 勿論、リィンが来ているわけがない。

 作戦その1、妹が来たように見せかける作戦である。

 

「え? 何? お姉ちゃんに会いに来た? まだ何か言い足りないことがあるの? ……え? 謝る? ふーん、でも今リーダーのやつ不貞寝しててさー反応がないんだ――!」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 スライド式の部屋の扉が、僅かに、ほんの僅かに開いた。

 その瞬間、アズサは超反応で動きだし、指を僅かに空いた空間に挿し入れた!

 

「――よぉおおおっと! マジかよ! これで釣れるのかよ!」

「え、わ、わ!」

 

 間髪いれずに、もう片方の手も扉を掴み、力づくで開けようと試みるアズサ。

 

 しかし、中に居るライトフロウがそれを拒む。

 扉の向こうから、物凄い力で扉を閉めようと力を入れる。

 

「だ……! 騙したわねアズサ! リィン来てないじゃないの!」

「そっちこそ居留守使ってるんじゃないよ! ていうか今のに騙されるとかアタシ悲しいよ!?」

「う、うるさいわよ! 乙女心は純粋なのよ!」

「何が乙女だよ今年でにじゅっ……! いててててて! ちょ! 指! 指千切れる!」

「まだ若いし! 乙女で通用するし!」

 

 扉に挟まれた指の感覚が無くなってきた。

 だが、ここで逃したらもうチャンスは無いだろう。

 

(やばい……! でも純粋な力じゃ奴の方が上……!)

(何か……策を――!)

 

 一つだけ、閃いた。

 だが、あまりにも幼稚すぎる策だ。

 

 果たしてこれが通用するのか――否、通用しちゃったらどうしよう、という考えがアズサの頭をよぎる。

 

 しかして指が限界だ。

 駄目でもともと、アズサは苦しそうに声を張り上げた。

 

「あ! リーダー! 後ろにリィンちゃんが!」

「え!? 嘘!?」

 

 通用しちゃったよ! と心の中で叫びながら、一瞬力が緩んだ隙を逃さずに扉を開き身体をねじ込む。

 

 扉の前に居たライトフロウを押しのけ、見事に部屋への侵入を果たす。

 ライトフロウが、自室に誰かを入れたことは、これが初めてである。

 

「ま、また騙し……あ! 駄目! 駄目よアズサ! 部屋を見ないで!」

「……何と言うか……」

 

 部屋に侵入したアズサの眼に飛び込んできたのは、大量の妹グッズ。

 隠す気すら無い……と、いうか隠すことができない程大量の、一方的な愛の結晶。

 

「想像の五倍酷いな……、この部屋」

「あ、あぁぁああああ……ちがっ、違うの、これは……」

「でも……リーダー」

 

 部屋を見渡した後、アズサは自身のリーダーを見つめる。

 

 いつもの凛とした雰囲気は、無い。

 いつもの安心できる微笑みも、無い。

 

 ボサボサの髪に、赤く腫れた眼。

 眉を八の字に曲げた、生気の無い絶望顔。

 

「今のアンタの表情(かお)のほうが、百倍酷いよ」

「…………っ」

「ほら、まずは洗面所で顔洗ってきな」

 

 アズサの言葉を受けて、ライトフロウは踵を返して歩きだした。

 ……と思ったらそのままベッドに赴き、現実から逃避するようにベッドへ身を沈めた。

 

「……リーダー、ダークファルスが攻めてきてるんだぞ」

「……無理よ」

 

 掠れるような声で、ライトフロウは呟く。

 

「辛い……本当に、辛い。今の状態で、ダークファルスと戦うだなんて死にに行くようなものだわ」

「…………」

「失恋って、こんなに辛いものだったのね」

 

 恋の相手は実の妹。

 そのハードルの高さは理解していた。

 

 永久に続くものではないと、心のどこかで思っていた。

 

 それでも、失う覚悟はできていなかった。

 

「大丈夫よアズサ……アナタが居れば大丈夫、ダークファルスくらい、押し返せ――」

「いい加減にしろ」

 

 ドスの効いた言葉が、ライトフロウの胸に突き刺さる。

 

 それは、十年来の友人であるにも関わらず、聞いたこともないような重く厳しい言葉だった。

 

「恋が結ばれない苦しみなんて、誰でも知っている、……アタシだって知っている」

「あ、アズサも……?」

「当り前だ。『失う痛み』なんてモノは……誰にでもやってくるんだ」

「…………でも」

 

 ライトフロウは、絞り出すような声で言葉を紡ぐ。

 

「分かるなら……知っているなら、アズサにも分かるでしょう、私の痛みが、私の苦しみが……!」

「分かるよ。けどリーダー、でもね……」

 

 例えば。

 そう、例えば。

 

「アタシがダークファルスに殺されたらどうする?」

「え――」

「アタシだけじゃない、今、こうしている間にも――

 

【大日霊貴】の皆が死んだらどうする?」

 

「あ、え……」

「肝心要のリーダーがいなくて、戦線崩壊してたらどうする?」

「そんなの、アズサが居れば……」

「『リーダーが居ない所為で』、誰かが死んだらどうする?」

「う、ぐ……」

 

 責める。

 言い過ぎなんじゃないかと思うくらい、責める。

 

 それくらいで、今のこいつには丁度いい。

 

「仲間が死んだのを後で知って、こう言うの? 『失恋のショックで寝込んでました』って」

「ぐぅううううう……分かったわよ!」

 

 ようやく、ライトフロウは立ち上がった。

 その姿を見て、アズサはにやりと笑う。

 

「これ以上、大切な人を失う訳にはいかないものね」

「ようやく分かってくれたか、馬鹿め」

「顔、洗ってくるわ」

 

 洗面台があるであろう方向へ歩いて行ったライトフロウの後姿を見ながら、アズサは溜め息を吐いた。

 

「全く、手のかかるリーダーだ」

 

 少し、嬉しそうに。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「全員、あたしに従え」

 

 場面は変わって、シズクたちの居る破棄されたアークスシップ船上。

 

 力強く言い放ったシズクの言葉への反応は、大きく分けて三つ。

 

「…………何言ってんだアイツ」

「…………」

 

 冷ややか。

 

「いきなり何言い出すんだ小娘コラァ!」

 

 激昂。

 

「シズク、何をすればいい?」

「信じてるわよ、シズク」

 

 そして、チームメイトからは従順な反応。

 

 充分だ。

 とりあえず、チームメイト三人の力を使用して、指揮の有用性を示そう。

 

「まず、今から手首を狙うのをやめましょう。狙うべきは、足」

「はぁ? 弱点を狙わないでどうするんだよ?」

「論より証拠ってことで……リィン、メイ先輩、アヤ先輩」

 

 チームメイトの名前を呼んで、一匹のファルス・アームを指差す。

 

「あれが今一番弱っているファルス・アームですんで、あれ狙います」

「了解」「やー」「分かったわ」

 

 言った瞬間、シズクはウィークバレットをファルス・アームに放った。

 

 見事ファルス・アームの足に着弾したウィークバレット。

 そのマーキング目がけて、まずアヤがテクニックを放った。

 

「イル・グランツ!」

 

 星状の光弾が十発、光の軌跡を描いて飛んでいく。

 

 ホーミング性能を持った星弾は、一発残らずファルス・アームに命中した。

 

「サテライトエイム!」

「ライジングエッジ!」

 

 続いてメイとリィンのフォトンアーツも炸裂。

 

 ウィークバレットによって柔くなっていた足は、黒い装甲が粉々に砕け散った。

 部位破壊が成功したことにより、ファルス・アームの、

 

 動きが止まる。

 

「もっぱつ!」

 

 黒い装甲が剥がれると、中から剥き出しの赤い弱点(コア)が現れた。

 間髪いれずに、そこへウィークバレットをもう一度撃ちこむ。

 

「おお……」

 

 メイは思わず、感嘆の声をあげた。

 さっきまで、散々苦労してきたウィークバレットの付いた弱点への攻撃。

 

 それがこうも簡単に、達成できるとは。

 

「よし、インフィニティファイア!」

「ラ・グランツ!」

「オーバー……エンドぉおおおおおおお!」

 

 銃弾と、光槍と、剣撃が交差する。

 ファルス・アームの体力はガリガリと削れていき、

 

『ぐぉおお……』

 

 崩れ落ちて、消えた。

 

「見ての通り」

 

 その結果を見届てから、シズクは言う。

 

「一瞬の隙を突いて手首を狙っても充分に火力が出るような強者じゃない限り、足を狙った方がよっぽどか火力が出る。ウィークバレットを二発使うがレンジャーが三人も居れば問題ないでしょう」

 

 ちらり、とシズクはヒキトゥーテを見る。 

 

 彼は、目を見開いて、口をあんぐり開けて驚いていたが、

 少ししてようやく口を開いた。

 

「ど、どうして足を壊せば怯むと分かった? どうして足を壊せば弱点があると分かった!?」

「どうしてって……」

 

 そんなの、今まで戦ってきた大抵のエネミーは部位破壊すれば怯んだし、

 ダーカーの身体構造は柔いコアを黒い装甲で覆っているものだ、装甲を壊せば、当然弱点が露出するだろう。

 

 ただ、今までの経験から導き出しただけだ。

 

 むしろそんなことも分かんなかったのコイツ?

 と、呆れながらもシズクは答える。

 

 説明するのも面倒くさいので、ただ一言。

 

「勘です」

 

 




あ、リィンは兎も角メイやアヤもシズクの指示に素直に従ってるのは
シズクの察しの良さとかその辺を理解してるからです。

そういう描写は無かった? 行間であったんですよ(迫真)。


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猛る黒曜の暴腕⑤

ようやくアーム戦終わったぁあああああ。

早く【巨躯】戦も終わらせて百合百合したのが書きたいです。(正直者)

ていうか【巨躯】戦の扱いがこんな雑なPSO2小説が他にあるのだろうか。
アームさんとか完全に主人公のかませなんじゃが。


「ステラさん、五秒後に台パン攻撃が来るので避けてください」

「おっと、ありがと」

「ハウバーさん、後ろから新しいアームが来てるので注意してください」

「む、了解した」

「あっと、【アナザースリー】の皆さん、その位置は少し危険なので、東に五歩くらい前進してください。そしたら丁度台パン終わったアームが居ると思うので攻撃を」

「了解でぇす!」「わ、ホントに来たわ」「ら、ラ・グランツ撃ちます!」

 

 的確、かつ迅速。たまに大まか。

 背中にどころか全身に目が付いているんじゃないかという速度で、シズクの指示が飛んでいく。

 

 気付けば、全員がシズクの指示に従うようになっていた。

 

 そこからは、圧倒的に殲滅速度が上昇。

 今現在の討伐数は十四体。ハード帯ではトップクラスである。

 

 シズクの指揮の賜物だということは、誰が見ても明らかだった。

 

「…………あの一瞬の自己紹介で全員の名前も憶えているとは、化物かよ」

 

 ファルス・アームの足を叩き割りながら、ヒキトゥーテが呟く。

 意固地になって指揮官を続けるほど、彼は無能では無い。

 

 慣れていない指揮をやるよりも、彼は攻撃に専念する方が殲滅力は圧倒的に上がるのだ。

 

「【コートハイム】のシズクか……憶えておこう」

「あ、引き立て役さん。三秒後に二体ほどそっち行きそうなのでガンガン殴っちゃってください」

「ヒキトゥーテ・ヤクだ! 間違えるな!」

「やだなぁ、ちょっと略しただけじゃないですか」

 

 そして本当にヒキトゥーテの近くへファルス・アームが二体、やってきた。

 既に足にウィークバレットは付いている。もう後は、殴るだけ。

 

「さて、あの二体はもう倒したも同然……っとエイミングショット!」

 

 ブラオレットから放たれた弾が、宙に浮いて移動しようとしたファルス・アームの足に命中。

 元々ダメージを負っていた足は壊れ、そしてアームは落下。

 

 そこにアークスたちが群がり、あっという間にそのファルス・アームは砕けて消えた。

 

 だがすぐに、新しいファルス・アームが補充されてくる。

 まるで無限ループだ。いや、【巨躯】の体積という限界がある以上、無限ではないが。

 

(流石に皆疲労してきてるな……)

(引き立て役にステラさんとハウバーさん、それと先輩らはまだ平気そう。流石大人組)

(リィンやマコトさん、あとハルナさんもまだ平気、か? でも限界は近そう)

(ラヴ・Dさんは良く分からん)

(やばいのはあいかちゃんとリナさんかな? どっちもフォースだし、あいかちゃんは体格の問題もあるだろう。あたしより小さいし)

 

 ぐるぐると思考が回る。

 今までの人生で一番考えてるかもしれない、と思うほど色々なことが頭を巡る。

 

 視界は目まぐるしく動かし、常に戦況を把握。

 最適な指揮を執り続けるために、一秒たりとも休まず思考回路をぐるぐる回す。

 

 やばい。

 

指揮(これ)、楽しい……!」

 

 思わず、にやけてしまうシズクであった。

 

『――――ぐあぁあ』

 

 ファルス・アームが、消えていく。

 合体しようが、ビームを吐こうが、何をしようが全てシズクの指揮によって対応され消えていく。

 

「あいかちゃん! 後ろに跳んでからテクニック!」

「あいあいさー! ぐらんつ!」

 

 そして、ついに。

 

「…………あれ?」

 

 船上に一匹残っていたファルス・アームが消え、増援を警戒しようと【巨躯】の方をシズクが見た瞬間、違和感に気付いた。

 

 何処を見ても、こちらに向かってくるファルス・アームが居ない。

 

 そう、つまり。

 

「終わった……?」

 

 第一次殲滅作戦完了。

 続いて、第二次殲滅作戦に移ります。

 

 というアナウンスが流れてシズクたちの戦いは終了した。

 

 後は、『リン』やライトフロウのような一流アークスの仕事だろう。

 

 シズク、リィン、メイ、アヤ、ヒキトゥーテ、ステラ、ハルナ、マコト、ラヴ、リナ、あいか、イリーガル。

 以上十二名による共闘は終わりを告げた。

 

 戦果はファルス・アーム二十五体。

 ハード帯の討伐数としては二位であった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 ここは【大日霊貴】が担当する破棄されたアークスシップ船上。

 

 スーパーハードレベルのファルス・アームと、戦いの真っ最中である。

 

「コスモスブレイカー!」

「ギ・ゾンデ」

 

 馬鹿でかい光の弾と、蒼白い雷の槍がファルス・アームの手首を撃ち抜いた。

 

 その一撃が決めてとなり、ファルス・アームは崩れて消える。

 

 流石にトップレベルのチームだけあって、リーダー副リーダー不在でも問題なくファルス・アームを殲滅できているようだ。

 

 しかし、討伐数では同じレベルのチームに後れを取っているのは確かで、やはり核となる人物が居ないと普段通りとは言えない――――。

 

「カザンナデシコ」

 

 と、その時だった。

 

 誰もが安心するような、穏やかで且つ凛とした思いの籠った声。

 

 それと共に、巨大な刀が振り落とされた。

 『カザンナデシコ』。フォトンを刀状にして刀身に纏わせ、叩きつけるカタナのフォトンアーツである。

 

 その斬撃は、四匹のファルス・アームを纏めて切り裂いた。

 部位破壊とか、そういうレベルじゃない。

 

 真っ二つである。

 こんな真似ができるアークスなど、限られている。

 

「ごめん皆……」

 

 ライトフロウ・アークライト。

 

「遅くなった」

 

 推参である。

 

「「「り、リーダー!」」」

 

 チームメンバー全員の視線が、突然現れたリーダーに向けられた。

 

「リーダー何してたの!?」

「リーダー目え赤いけどどうしたの!? 泣いてたの!?」

「リーダー!」「リーダー!」「リーダー!」

「ええい五月蝿いぞお前ら! 一斉に喋るな!」

 

 副リーダーアズサの鶴の一声で、一斉に黙る隊員たち。

 まるでチームのオカンである。

 

「でも、本当にどうしたのリーダー、何かあったのか?」

 

 ランチャー使いのロリ、アーチェが純粋な瞳でそう訊ねた。

 その言葉に、ライトフロウは息詰まる。

 

「ええーっと、その、ね」

 

 言いづらい。

 理由が完全に私的な上に、恥ずかしい。

 

 けど、良い言い訳など思い浮かばないし、と頬を掻きながら、答える。

 

「ちょっとね、……失恋しちゃったのよ」

 

 瞬間、その場にいた【大日霊貴】メンバー全員に、衝撃が走った。

 

 何せ、ライトフロウ・アークライトである。

 才色兼備やら容姿端麗やらの四字熟語が全て当てはまるのではないかと言われる程の美女である。

 

(((この人を振る人とか……)))

(((何者……!?)))

 

 【大日霊貴】の気持ちが一つになった瞬間であった。

 

「さ、さて、私が来たからにはガンガン撃墜するわよ」

「よ、よぉーっし、リーダーが来たからこっからは楽勝だぜ!」

「あれ? でも新しいファルス・アーム来て無くないですか?」

「えっ?」

 

 マジで? と【巨躯】の方向を向く。

 悲しきかな、ファルス・アームの体積はかなり縮んでおり、もうファルス・アームが出てくる気配はなかった。

 

「えっ」

 

 

 第一次作戦――ファルス・アーム殲滅戦終了。

 第二次作戦、ダークファルス【巨躯】撃退作戦開始である。

 

 




レアファング夫妻「ようこそ」
ヴァーダー「かませの」
ヒキトゥーテ「世界へ」

アーム(一人変なのいる……)


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深淵に至りし巨なる躯

とても残念なお知らせですが【巨躯】本体戦はキンクリとなりました。

……いや、書くのが面倒とかじゃなくてエピソード3への伏線ですので仕方なくです。
いやー! 【巨躯】本体戦書くの楽しみだったのになー!


 ダークファルス【巨躯】撃退作戦参加者待機場所。

 

 と、長々しい名前が付いているが、場所は相も変わらず破棄されたアークスシップの上である。

 

「まだ人は疎らね」

「まあまだファルス・アームの残党狩りしている人らもいるんじゃない?」

 

 そこに、降り立つ影が二つ。

 

 チーム【大日霊貴】のリーダーと副リーダー、

 ようするにライトフロウ・アークライトとアズサである。

 

 まだ人の数は少ない。

 と、いうより【大日霊貴】の二人を除けば一人しかいない。

 

 その一人は、やってきた二人に気付くと「おっ」と手を振り近づいてきた。

 

「おーう、やっぱお主らも呼ばれてたか」

「わ、サカモトじゃない。元気にしてた?」

「わっはっは、当然じゃ」

 

 『サカモト』、と呼ばれた男はそう言って快活に笑った。

 

 黒いボサボサの髪に、無精髭。

 イナセキナガシ銀という銀色の着流しを着こなすダンディな男性である。

 

 この三人は、研修生時代からの同期なのだ。

 

「二人も元気しとーたか?」

「まあね」

「う、まあ、うん、まあ……うん」

「なんじゃ、煮え切らん返事じゃなライフロ嬢」

 

 見るからに落ち込んでいくライトフロウ。

 どうやら元気はないようだ。

 

 決戦前にこれはいけない、とサカモトは元気づけるために「そういえば」と言葉を続けた。

 

「妹さんが今年からアークスに入ったらしいのう、もう会えたのか?」

「ごふぅ……!」

「うぉおお!? 吐血した!?」

「やっぱまだ振りきれてはいないか……」

 

 アズサが残念そうに呟く。

 パッと見普通に振舞っているが、やはり心に負ったダメージはでかいのだろう。

 

「一体どうしたんじゃライフロ嬢は……」

「それがかくかくじかじか……」

「まるまるうまうまっと……それはまあなんとも……言い難い」

「うう……」

 

 そんな感じで雑談していると、段々と人がやってきた。

 

 いずれも、アークスの歴史に名を残すような強者ばかりだ。

 

 数多に存在するチームの上位に居るチームのリーダーや、

 無所属ながらも孤高に力を付けた者など、様々だ。

 

 数分して、待機場所に十一人の強豪アークスが集まった。

 

 残りは、一人。

 

「ああ……もう皆集まってるのか」

 

 最後の一人が、待機場所に降り立った。

 

 その瞬間、全員の顔に緊張が走る。

 

 一年前まで、此処に居るような強者たちは総じて同じようなことを考えていた。

 

 『次の六芒均衡に選ばれるのは、自分だ』と。

 

 その考えを、たったの一年で崩した存在。

 

 どうあがいてもコイツだけは越えられないと思い知らされる、絶対的な強者。

 

 キリン・アークダーティ。

 通称『リン』。

 

 彼女が、黒い髪を揺らし現れた。

 

「悪いな、少し遅れた」

 

 ダークファルス【巨躯】撃退作戦、開始である。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

 いよいよこの時が来た。

 待ち焦がれた、この瞬間。

 

 赤結晶破壊タイムの時間である!

 

「全部でひーふーみー……ぐへへ、途中割れたのもあるけど十九個もありやがるぜ……」

「シズク、よだれよだれ」

「おっとっと、……しかしこれだけあれば流石にレアが――」

「シズク、と言ったな?」

 

 突然、シズクは声をかけられた。

 「ん?」と振り返ると、そこには黒衣の青年、イリーガル・ハウバーの姿があった。

 

「見事な指揮だった、またお前とは一緒に戦いたいものだな」

「え? あ、うん、ハウバーさんも、とても強くて頼りになったよ」

 

「しずくちゃーん」

 

 またも、声を掛ける者が一人。

 白髪の幼女、あいかである。

 

「しずくちゃんとたたかうのたのしかったよ!」

「うん、あたしも楽しかった、また機会があったらよろしくね」

 

「【コートハイム】シズクよ、その名前憶えておこう」

 

 またも話しかけてきた男が一人。

 引き立て役……否、ヒキトゥーテ・ヤクである。

 

「あたしも引き立て役さんの名前は憶えておくよ」

「ヒキトゥーテ・ヤク! だ!」

「あ、シズクちゃん!」

 

 今度は、【アナザースリー】の三人、マコトとリナとラヴ。

 少し、シズクがそわそわし始めた。

 

「見事な指揮でした」

「す、凄かったですね。アークス始めて何年目ですか?」

「いやぁ、惚れちゃいましたよ、今夜あたり私とセック「それ以上はいけない」」

 

 黒髪のボーイッシュな少女、マコトが真面目系ツッコミ枠。

 巨乳なニューマン美女、リナがおどおど巨乳枠。

 ピンクキャスト、ラヴが下ネタ枠の愉快な三人組なようだ。

 

「うばば、照れるなぁ。ちなみにまだアークス一年生だよ」

「うっそ!? 同期!?」

 

 マコトが驚いたように声をあげる。

 

 どうやら同期だったようである。

 

「てことは、やっぱあっちの美人さんはリィン・アークライト?」

 

 美人さん、と言いながらラヴがリィンを指差す。

 リィンはそれに気付く様子もなく、メイやアヤと談笑している。

 

「そうだよ」

「へぇ、何だか優しげな顔になったね。前は少し怖かったもの」

「おお、一人狼系美人が笑顔を身につけて最強に見える、シズクちゃん、よかったら紹介してくれない?」

 

 桃色の指をわきわきさせながら言うラヴに、シズクは無言で首を振る。

 こいつは危険だ、とシズクの第六感が警告を鳴らしたのだろう。

 

「そ、それよりもほら、さっさと結晶割ろう」

 

 話題変換。

 まあそれだけが目的ではなく、いつまでもお預けを喰らうのは嫌だった故の提案でもある。

 

 シズクの言葉を皮きりに、結晶割り作業が始まった。

 十九個結晶があるとはいえ、アークスの人数は十二人。

 

 数十秒で結晶は全て割れ、中からアイテムが飛びだした。

 

 (メセタ)(アイテム)(武器)(防具)

 様々な色の箱が飛び交って行く。

 

 (レア)は、赤箱(レアドロップ)は無いのか。

 

 これだけ分母があっても、出ないのか。

 

 なんて、シズクの笑顔が曇りかけた瞬間。

 

「あ――――」

 

 きらりと、視界の隅で何かが光った。

 

 それは、十九個目の結晶を割って、ようやく飛び出た。

 

 赤色の、箱。

 




ついに、一つ。


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【アナザースリー】

ねむみを感じながら、投稿。


「ふむ……」

 

 ダークファルス【巨躯】の周辺宙域を飛ぶキャンプシップ内。

 いつでも【巨躯】に挑める距離を保ちつつ飛行する船に乗っているのは、四人のアークス。

 

 六芒の一、レギアス。

 六芒の二、マリア。

 六芒の三、カスラ。

 六芒の六、ヒューイ。

 

 『六芒均衡』と呼ばれる、アークスの頂点に立つ五人のうちの四人が、一同に介していた。

 

 理由は勿論。

 今現在戦っている一般アークスたちが、【巨躯】との戦いに敗れた時の保険である。

 

「意外と、戦えているじゃないか。……いや、むしろ押している」

「四十年前よりも、アークスは進歩しているってことだねぇ。喜ばしいことじゃないかい、なあレギアス」

 

 四人が見ているモニターには、最高画質で【巨躯】vsアークスの様子が映し出されている。

 

 『リン』を中心に、十二人のアークスが即席パーティであるにも関わらず見事な連携で【巨躯】の猛攻を凌ぎ、さらには反撃まで加えている。

 

 【巨躯】相手に、明らかに勝っている。

 

「回復アイテムの性能も、武器の性能も、何もかもが四十年前より桁違いですからね、ですが、それ以上に個々人の技量も想像より育っていますね」

「はっはっはー! 皆やるじゃないか! よぅし、燃えてきた! オレも出撃()るぞ!」

「駄目ですよ」

 

 椅子から勢いよく立ちあがったヒューイを、カスラが諌める。

 ヒューイは不服そうにカスラに視線を送ったが、「ヒューイ、座れ」とレギアスに言われ、渋々とそれに従った。

 

「むぅ……しかしレギアス、相手はダークファルスだぞ? こういう時こそ六芒均衡の出番ではないのか!?」

「……上層部が決めたことだ、逆らえん」

「……『アークスの秩序のため』に、か?」

「そうだ」

 

 何処か諦めているような口調で言うレギアス。

 

 ヒューイはふん、と鼻をならした。

 

「そう拗ねるなヒューイ、若者を信じるのも年長者の勤めさ」

「姐さん……いやオレはまだ若いぞ!?」

「はっはっは、そいつは失礼。アンタの顔が濃いからつい年寄り扱いしちまったよ」

「あ、姐さんそりゃないぜ……」

 

 がくり、とヒューイが大袈裟なモーションで肩を落としたその時、モニターに映るダークファルスに変化があった。

 

 ボロボロと、黒い外郭が崩れていく。

 それと同時に、現場のアークスたちから歓声が響いた。

 

「どうやら終わったようですね」

「そのようだな」

 

 【巨躯】撃退作戦、無事成功である。

 

 あくまで撃退なため、時間が経ち傷が癒えればまた襲ってくるだろうが、とりあえず当面の危機は去った。

 

「それでは、私はこれで失礼します。事後処理としてやることが、沢山ありますからね」

 

 カスラはそう言って、その場から立ち去っていった。

 

「それじゃあオレも行かせてもらうぞ! 今のこの瞬間も、困ってる誰かのフォトンを感じるからなぁ!」

「いつまでも此処に居てもしょうがないしねぇ、アタシも帰るよ」

 

 それを契機に、ヒューイとマリアも席を立つ。

 

 残されたのは、レギアス一人。

 ダークファルスも、それを撃退したアークスすらもう映っていないモニターから視線を外し、呟く。

 

「四十年前の段階で……ここまで戦力が揃っていれば『彼女』は――いや、考えても、栓無きこと……か」

 

 我ながら女々しいことだ、と自虐的に呟いた後レギアスもまたその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 唐突にして今更だが、アークスを分類する七つのクラスと十五の武器種について説明しよう。

 

 クラス。

 つまるところ、役割である。

 

 例えばリィンのクラスは『ハンター』。

 前線でパーティを守り、盾となり剣となるのが役割である。

 

 そんなリィンの、『ハンター』の持てる武器種はソード、パルチザン、ワイヤードランスの三つに、全クラスで装備可能なガンスラッシュを加えた四つ。

 

 それ以外の武器種は基本的に装備することはできない。

 クラスを決定した時、体内のフォトンがそういう風に書き変わるからだ。

 

 こういった具合に、クラスと武器種というのは密接な関係となっている。

 

 ハンターは、前述の通りソード、パルチザン、ワイヤードランス。

 レンジャーはアサルトライフル、ランチャー。

 フォースはロッド、タリス。

 ファイターはナックル、ツインダガー、ダブルセイバー。

 ガンナーはツインマシンガン、アサルトライフル。

 テクターはウォンド、タリス。

 ブレイバーはカタナ、バレットボウ。

 

 これはもう根本(システム)的に決まっていることで、変えることはできない。

 

 だから、あくまで基本的にだが自分の装備できる武器種以外の武器を手に入れても、無駄になることが多いのだ。

 

「だから、皆自分の持てない武器はマイショップで売ったり身内に譲ったりするもんだが……」

「そんなの関係なしに、嬉しそうね」

 

 帰還中、キャンプシップ。

 シズクは上機嫌であった。

 

 ファルス・アームを倒して出現した結晶から、なんと初めてのレア武器がドロップしたのだ。

 

 レアドロコレクターを名乗りながら、これまで一度もレア武器をドロップしたことが無かったシズクにとって、これはもう何事にも代えがたい喜びと言っていいだろう。

 

「うばば~♪」

 

 『ヘキサグラフ』という、ゴツイ洗濯バサミのような形状の『ウォンド』である。

 

 そう、ウォンドなのだ。

 レンジャーであるシズクは装備できない。

 

 しかしそんなこと関係なしに、ただ純粋にレアドロを喜んでいるようだ。

 

 コレクター故の喜びと言えるだろう。

 シズクには内緒だが、リィンもメイもアヤも一人五個ずつくらい『ヘキサグラフ』はドロップしたのだ、要らなかったので拾わなかったが。

 

「うーばーばー」

「ずっとああやってアイテムパック眺めてニヤニヤしてるけど飽きないのかしら」

「上機嫌オブ上機嫌だな。今ならセクハラしても許してくれそうじゃね?」

「せくはら、て何ですか?」

「後でシズクに教えてもらいなさい」

 

 そんな感じのやり取りをしつつ(シズクは終始初めてのレアドロに夢中だったが)、待つこと十数分。

 

 一行はアークスシップへの帰還を果たした。

 見慣れたゲートエリアの景色が、妙に懐かしい。

 

「はあ、流石に今日明日は休みたいわ……」

「と言ってもまだ休めないわよ、エルダー本体戦で万が一のときに出撃できるように待機してなきゃだから」

「ウチらみたいな弱小チームが最前線に送り出しても仕方がないのにねぇ」

「おーい、シズクちゃーん」

 

 と、その時だった。

 今しがた通ってきたゲートの向こう側から、リィンたちを呼ぶ声がした。

 

 声の主は、美少年とも見間違えるほど中性的な容姿の少女。

 【アナザースリー】のマコトである。

 チームメンバーの二人も一緒に、【コートハイム】向けて手を振りながらやってきた。

 

「んあ? マコト?」

「よかった追いつけたー、渡そうと思ったのにタイミング逃しちゃって……はいこれ」

 

 マコトの手から、シズクの手に三枚のカードが渡された。

 

 【アナザースリー】メンバーのパートナーカードである。

 所謂、友達の証というやつだ。

 

「これは……」

「折角同期で縁も出来たことだし、受け取って欲しいんだ」

「うばー……そうだね、じゃああたしからも……どうぞ!」

 

 シズクもまた、三枚のパートナーカードを取り出して【アナザースリー】の三人に手渡した。

 パートナーカード交換成立である。

 

「これからよろしくね!」

「こちらこそ」

 

 握手を交わすシズクとマコト。

 

 友達が増えることはいいことだ、と後ろで親のような心境でウンウンと頷いていたメイとアヤだったが、ふと何かに気づいたように声をあげた。

 

「あれ? シズクと同期ってことはリィンもじゃね?」

「それもそうね、リィン……て、あら?」

 

 いつの間にか、リィンはメイの後ろで隠れるように身を縮めていた。

 

「何やってんのリィン」

「い、いえ、ちょっと同期生には良い思い出が無いと言うか、研修中の私は結構もう黒歴史というか……」

 

 リィンはそもそも他人とのコミュニケーションが得意な方ではない。

 それもそのはず、最近まで姉さえいればいいや精神で生きてきたのである。

 

 【コートハイム】四人で雑談しているときも、リィンは聴き手に徹したり、誰かに便乗したり、分からないことを質問したりしていることが多い。

 まるで子供が大人たちの雑談に混じろうと学習しているように。

 

 そう。

 リィンはその大人びた見た目とは裏腹に中身はもの知らぬ子供なのだ。

 

(まあ、こんな風になっちゃったのは)

(間違いなくあの姉のせいなんだろうなぁ)

 

 コートハイムは、チームメンバーと家族のような関係を築くことを目的としたチームである。

 その家長(リーダー)なのだから、しっかりと子供(メンバー)の面倒は見なくてはとメイがリィンの手を取ろうとした瞬間。

 

 シズクの手が、リィンの手を取った。

 

「わっ、し、シズク?」

「リィン、おいで! 【アナザースリー】の皆が、リィンとも友達になりたいってさ!」

 

 手を引かれ、メイの影から飛び出す。

 その様子を見ていたアヤが、それこそまるで母親のように穏やかに、メイへ話しかけた。

 

「……まるで姉妹ね」

「身体の小さい方が、姉みたいだけどな」

 

 リィンの前に、同期(アナザースリー)の三人が現れる。

 

 影が被る。

 リィンに陰口を叩いていた、同期たちの影が彼女らに。

 

 でも。

 

「……っ」

「リィン、大丈夫だよ」

 

 怯んだ瞬間、シズクの声が耳に届いた。

 手をより強く握り、大丈夫だよと、支えてくれる。

 

「だって、皆リィンと仲よくなりたいって思ってるからさ」

 

 輝くような笑顔で、シズクは言った。

 

 笑顔一つ見るだけで、勇気が沸いてくる。

 天真爛漫という言葉は、まるでシズクのためにあるのではないのかと思えるほどの笑顔。

 

「えーっと、改めましてなんだけど……」

 

 ふと気が付くと、目の前のボーイッシュな少女、マコトが片手をこちらに向けていた。

 

「【アナザースリー】リーダー、マコトです。その、良かったらなんだけど、折角縁も出来たことだしリィンさんとも友達になりたいなって……」

「えっと……うん、構わないわ」

 

 差し出された右手に、右手で返す。

 握手なんてしたの、いつぶりだったか。

 

「それと……その……」

 

 そっと、マコトの右手に左手も添える。

 両手で彼女の右手を包み込み、

 

 はにかみつつも、リィンは言う。

 

「り、リィン、でいいわ」

「「「…………!」」」

 

 それは、彼女たちにとってビックバン級の衝撃だった。

 

 リィンは欠片も憶えちゃいないが、【アナザースリー】の三人はリィンの同期であり元クラスメイトである。

 

 そう、リィンの厨二病とも言える『こじらせ』期まっただ中のリィンこそが、彼女らの知るリィンだ。

 姉以外がどうでもよく、また、姉を見限ってからも他人と相いれることなく孤高を貫いた美少女。

 

 教室の隅で難しそうな本を無表情で読んでいる姿や、難しい実習課題も淡々と余裕でこなす姿しか知らない。

 

 ましてや、はにかみながらも笑顔を見せ、恥ずかしそうに瞳を伏せるその姿は、なんか、もう。

 

 ギャップ萌えとかその辺を通りこしてギャップビックバンとでも呼ぶべき圧倒的な萌えが彼女らを襲った。

 

「…………たらし」

『ダークファルスの撃退に成功しました。アークス各員の協力に感謝します』

 

 シズクの呟きを掻き消すように、アークスシップ内にアナウンスが響き渡った。

 

 どうやら無事に【巨躯】を撃退できたようだ。

 皆が、安堵に胸をなでおろす。

 

「ふぅ、これでやっと帰って休めるわね」

 

 濃い一日だった。

 森林緊急で大ピンチに陥って、リィンの過去が判明して、ダークファルス撃退作成があって。

 

「こ、今度お疲れ会ってことで食事いきません?」

「うばー、いいねー。リィンも行くよね」

「う、うん」

「私としてはリィンを性的に食べた「言わせないよ」」

 

「おーい、リィン、シズク、ウチらは部屋戻るけどどうするー?」

 

 きゃいきゃいとはしゃぐ後輩共にメイは声をかける。

 

 結局の所、リィンたちは言われた通りに戦っただけで、【巨躯】との因縁などまるでなくて、

 ただひたすらに長い夜だったなぁと感じるだけの一日はこうして終わった。

 

 だから寧ろ、ここからが本番なのだろう。

 

 彼女たちの第一章は、ようやくここから始まりを告げる。

 

 

 

 数分後、シズクのマイルーム。

 久しぶりに、リィンの部屋に泊まらずに我が家へ帰ったシズクの端末が、機械的な電子音を鳴らした。

 

 通信だ。

 耳に手を当て、回線を繋げる。

 

『私だ』

 

 凛とした声が、通信機の向こう側から響く。

 この声は、間違いなく『リン』である。

 

『さっき、戦闘前に言った通り話がある。今から会えるか?』

「疲れているんですけど……」

『分かっている。だができるだけ早めがいい。最悪、明日の朝でもいいが……』

「いえ」

 

 シズクは、回れ右をしてマイルームを出た。

 そのまま廊下を歩きつつ、答える。

 

「今からでいいですよ」

 




【アナザースリー】のキャラ紹介はその内追加しときます。


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長い夜の終わり

この話でEpisode1 第2章:大日霊貴は終了。
ですがもう少しep1は続きます。


 他人への感情を好きと嫌いの単純な二元性で語れたらどんなに楽だろうか。

 

 最近、リィンはそんなことを良く考える。

 

『大丈夫よ、リィンにはお姉ちゃんが付いてるから』

 

 優しい言葉をくれる、姉が好きだった。

 

『リィン、今日は何して遊ぶ? おままごと? いいわよ』

 

 年の離れているにも関わらず、子供の遊びに付き合ってくれる姉が好きだった。

 

 姉への感情は好きしかなかった。

 

 でも。

 姉の本性を知った時、姉が嫌いになった。

 

 気持ち悪いと心底思った。

 

 何かの間違いだと信じていたかった。

 

 それでも――姉が好きという気持ちは変わらなかった。

 

 ただ、好きだという気持ちよりも、嫌いだという気持ちが上回っただけで。

 

(ただひたすらに嫌いになれたら……どんなにこの気持ちは楽になるのか)

 

 ベッドの上で、昔姉に貰ったリボンを眺めながら、そんなことを考える。

 

 しかし数分もしない内に眠気が襲ってきた。

 当たり前だ。もう身体は疲れ切っている。

 

 リボンを脇に置いて、横になる。

 

 こうして、リィンの長い夜は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 しかし、シズクの夜はまだ終わらない。

 

 最早時刻は早朝に近いことになっているが、シズクは『リン』の呼び出しを受けて【新しいチーム】というふざけた名前のチームが所持しているチームルームにやってきた。

 

 まるで名前を変えるのが面倒くさかったから、初めから入力されている文字列でOKしたような適当チーム名であるが、実際その通りの経緯を持って生まれたチーム名なのだ。

 

 メンバーは、キリン・アークダーティただ一人。

 

「まあ、ようするにチームに誘われても『もうチーム入ってるから』って首尾よく断るために作ったチームなんだが……まさかこういう形で使うことになるとは思ってなかったよ」

「…………なんで、チームに入らないんですか?」

「私の得意な属性は火。広範囲を高火力で焼き払うのが得意な属性だ。周りに味方が居ると、逆に戦いづらい」

 

 それだけだよ、と言いながら『リン』は部屋の隅から椅子を二つ取り出し、立て掛けた。

 

 その理論で言うと、【巨躯】戦でも戦いづらかったということになるのだが。

 

 実際、そうだったのだろう。

 そもそも、火属性テクニックは一匹の大型を倒すより、数千の雑魚を薙ぎ払うことに特化した属性なのだ。

 

 ――それでも、本体戦に参加したアークスの中で最も貢献したのは『リン』だというのだから、恐ろしい。

 

「座って」

「失礼します」

 

 流石に疲れているのか、シズクのテンションがいつもより低い。

 子供はとっくに寝る時間なのだから仕方無い。

 

「こんな遅くにごめんね、どうしても今日中に聞いておきたくて」

「なんで今日中なんですか?」

「明日には公表されるからさ」

 

 じゃあ、尚更明日でいいじゃん? と思ったものの、口にしない。

 何か理由があるのだろうし。

 

「……疲れてるようだから、いきなり本題に入るわね」

「助かります」

「さっき戦闘前に【巨躯】の映像を見せた時、ゲッテムハルトの名前を呟いたのは何故?」

「えっ声出てました?」

 

 シズクは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「ええ、多分私にしか聞こえてなかったけどね」

「そうですか……いえ、違うんですよ。あたしにだって不思議なんですよ」

「不思議?」

「ええ、何だか【巨躯】がゲッテムハルトさんに似てるなって軽く思っただけでして……」

 

 見た目似てないのに不思議ですよねぇ、と笑うシズク。

 

「直感で、あれがゲッテムハルトだと理解したってこと?」

「? 妙な言い方しますね、それじゃまるで本当に【巨躯】がゲッテムハルトさんみたいじゃないですか」

「その通りよ」

 

 瞬間、シズクの顔から笑顔が消えた。

 目を見開き、『リン』の顔を見つめる。

 

「ダークファルスは、実態を持たない闇の塊みたいな存在だ。故に顕現するには『器』が要る」

「その『器』が、ゲッテムハルトさん?」

「ああ、そうだ」

 

 確かな口調で、『リン』は頷いた。

 

 その瞬間、シズクは口を開けて、閉じて、脱力するように椅子にもたれかかった。

 

 そして、静かに呟く。

 

「…………やっぱし、そうだったのか」

「やっぱし……てことは、分かっていたの?」

「『そうかもしれない』程度の予測でしたけどね……うばー……そっかぁ、ゲッテムハルトさん……」

 

 残念そうに、シズクは溜め息を吐く。

 泣いてしまいそうな顔ですらある。

 

「ゲッテムハルトと、顔見知りだったのか?」

「いえ、まあ色々あって一言二言話したことがあるだけですけど……」

 

 シズクは思い出しながら語る。

 今日の――既に昨日だが朝にあった出来事を。

 

「なんだかあの人、凄く悲しそうで」

「…………?」

「悲しすぎて辛すぎて、最早狂うしかないくらい追い込まれてて」

「…………」

「どうしようもないくらい手遅れだったかもしれないけど、ちゃんと、傍に居てくれる子もいたから……」

 

 いつか。

 いつかでいいから、救われて欲しいと、思ったのに。

 

「……一言二言話しただけで、どうしてそこまで思えるの?」

「分かんないですよ……昔からこうなんです」

 

 勘が鋭いんですかね? と首を傾げるシズク。

 本当に、何故なのか分かってないようだ。

 

(勘……いやいや、明らかに勘で済ましていいレベルではない)

(でも、本人には自覚なし……か?)

 

 目を細めて、『リン』はシズクの顔を見る。

 嘘を吐いていたり、何かを隠しているようには見えない。

 

「……つまり、結局は【巨躯】がゲッテムハルトだと分かったことも勘ってこと?」

「そうなりますね」

「……そうか。分かった、ありがとう」

 

 こうして、『リン』とシズクの夜の密会は終わった。

 

 一見、大きな意味合いを持たなかった会合に思えるが、ただ一つ、これからの未来に影響する重要なことが一つだけあった。

 

 これから先、数多の困難と事件が立ちはだかる宿命にある『リン』が、シズクの『能力』に感づいた。

 

 それだけ。

 

 それだけで、ここまで順調だった運命(エピソード)は、

 この先ゆっくりと、少しずつ、しかし確実に捻じ曲がっていくことになる。

 

「それじゃあ、あたしは帰って寝ます」

「ああ、気を付けて帰れよ」

 

 この夜におきた小さな出来事が、一匹の少年の運命を大きく変えることになることは。

 

 まだ、誰も知らない。

 

 

 




あ、原作ストーリーへの介入についてですが、
大筋が変わらない程度にはします。

介入しないと原作キャラが出しにくいのです。


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Episode1 第3章:蝕む害毒
それでも朝はやってくる


暴走竜編スタートです。

作者はクーナちゃんが大好きです。


 例え幾千の命が失われた夜でも、

 例え嘆き、悲しみに包まれた夜でも、

 

 朝は、必ずやってくる。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「…………折角の休みなのに、もう昼じゃない」

 

 人工太陽が真上に位置する時間帯、すなわち正午ごろ、リィン・アークライトはベッドの上で目を覚ました。

 

 就寝時間を考えれば、仕方が無いことかもしれないがそれでも寝過ぎだろう。

 反省反省、と頭で呟きながら、リィンは身だしなみを整えるべく洗面所へ向かった。

 

「あ、おはようございます寝坊助(マスター)

「おはようルイン……もう昼だからこんにちわ?」

「どうでもいいでしょう、そんなこと」

 

 相変わらずマスターの発音が不穏なサポートパートナーだわ、と思いながら、リィンは自身のサポパであるルインに挨拶をした。

 

「お昼ごはんはもうすぐ出来ますから、ちゃっちゃと身だしなみきちんとしてきてくださいね」

「うん、分かったわ」

 

 顔を洗い、歯を磨き、服を寝巻きからいつものに着替える。

 

 そんないつものルーチンをこなして居間に戻ると、昼食の準備ができていた。

 

 口は悪いが優秀なサポートパートナーである。

 

「いただきます」

「召し上がれ」

 

 手を合わせて、いざ食べようとした瞬間。

 ふいにリィンの端末が軽い電子音を鳴らした。

 

 メールが届いたようだ。

 

「?」

 

 メールボックスには、四通のメールが届いていた。

 添付ファイル付きのメールが一通。

 メッセージのみのメールが三通。

 

 どうやら今届いたメールが添付ファイル付きで、他のメールは朝方リィンが寝ているときに届いたメールのようだ。

 

「差出人は……マコト、リナ、ラヴ……と、シズク」

 

 とりあえず上から読んでいこう、とマコトのメールを開封する。

 

「何々……『おはようございます。【巨躯】撃退と、友達記念のお祝い会の日程を決めようと思うけどいつがいいかな?』……えーっと、いつでもいいよ、と」

 

 返信。

 昼御飯のカレーライスを口に運びながら、次のメールを開く。

 

「リナ……あの巨乳ニューマンね、『突然ごめんんあさい、折角だかrあと皆でリィンとシズクにメールを送ることになりました。今度お買い物にでも一緒にいいきましよう』……誤字脱字だらけね、メールでもドジっ子なのねこの子……買い物楽しみにしてるわ、と」

 

 返信。

 次はラヴのメールを開く。

 

「…………うん? 『やっはろーリィン、【検閲されました!】を【検閲されました!】が【この小説は全年齢向けです!】でも、そう考えると【検閲されました!】は【検閲!】だと思うんですけどリィンはどう思います?』…………検閲されすぎて何も分からないわ……と」

 

 一体どういう文面にすればこんなことになるのだろうか。

 検閲されていない素の文章がどんなのなのか見てみたい気もするし怖い気もする。

 

「最後はシズク……添付ファイル付きか」

 

 何かな? とファイルを開くと、そこには大量のレア武器が飾られたウェポンホログラムと、その中でピースをするシズクの写真が入っていた。

 

 文面は要約すると『帰省なう』。

 

 どうやらシズクは今休みを利用して父親の住む居住区へ帰省しているようだ。

 この背後のレア武器たちは、シズクが以前話していた父親のコレクションなのだろう。

 

「どうしました? ご飯が冷めますよ?」

「あ、ごめん、シズクたちからメールが来てたのよ。シズク今帰省しているんだって」

「ああ、そんなこと言ってましたね」

「私もたまには帰った方が…………え?」

 

 思わずルインを二度見するリィン。

 いつ言ってたのか、全く記憶にないのだが。

 

「今日の朝早くですよ。シズク様がやってきて、帰省するけど糞寝坊助(マスター)も一緒にどう?

 と誘いに来てました。……まあマスターは寝ていたので諦めて一人で行くことにしたようですが」

「起こしてよぉ!?」

 

 リィンの悲痛な叫びが響いた直後、またもリィンの端末が電子音を鳴らした。

 今度はメールではなく、通話だ。

 

 発信者の欄には低所恐怖症先輩と書かれている。

 

 メイからだ。

 

 耳に手を当て、通話を繋げる。

 

「もしもし?」

『あ、リィン! お願いがあるの! ウチを助けると思って協力してー!』

 

 通話機越しに突然聞こえてきた大声に顔を歪めつつも、リィンは「協力?」と相づちを返す。

 

『そうそう、ゲートエリアで待ってるから来てね! あ、出撃用の装備をちゃんと持ってきてね』

「休みなのに出撃するってことですか?」

『ナベリウスの難易度ノーマル区域だから散歩に行くようなもんよ! それじゃ、早く来てねー!』

 

 ブツリ、と一方的に用件を伝えるだけ伝えて通話は切れた。

 

「…………」

 

 とりあえずお昼ご飯を食べてから行くか、とリィンは諦めたように呟いてスプーンを動かすのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「らーらーららーらーらーらーらーらーららー♪」

「うん?」

 

 『リン』ことキリン・アークダーティは目的もなく動いていた足を止めた。

 

 昼下がりの散歩をしていたのである。

 ショップエリアに立ち並ぶ店を軽く眺めながらの散歩。

 

 すると、不意に歌声が耳に入ってきた。

 

 何処かで聞いたことある声だな、と歌声の聞こえる、ショップエリア上段の物見台まで足を運んだ。

 

「らーららーらーらーらー……」

「あ、あの子かな?」

 

 物見台には、毛先の蒼いオレンジ色の前分けツインテールと、羽根の様なアクセサリが特徴的な美少女が居た。

 

 目を閉じ、楽しそうに何処かで聞いたことのある歌を唄っていた。

 

 綺麗な歌声だが、はっきり言って公共の場で歌を唄うのはマナー違反だろう。

 

「おーい、そこの君。綺麗な歌声してるけどショップエリアで突然歌いだすのは迷惑行為だと思うぞ」

「ん?」

 

 目を開け、振り向いた少女と『リン』の目がばっちりと合った。

 

 ちなみに物見台周りには、他に誰も居ない。

 少女と『リン』、二人だけの対面だ。

 

「……え、あれ、えっ? もしかして、あたしに話しかけてきてる?」

「他に誰が居るのよ」

「え、あわっ、いやっ、ちょ、ちょっと待って待って!」

 

 焦りながら、少女は両手を広げ自分の身体を確認しているような仕草を見せる。

 

 『リン』の頭上には、はてなが浮かぶばかりだ。

 

「なんで、あっれぇー?」

 

 少女の頭上にも、はてなが浮かんでいるようだ。

 電波ちゃんかな? と失礼なことを思う『リン』であった。

 

「……まあ、見つかっちゃったら仕方がないわね」

「見つかっちゃった?」

「で、何にサインして欲しいの?」

 

 あ、この子電波ちゃんだわ、と確信する『リン』であった。

 

「いや、サインが目的じゃなくて……」

「……は? サインが目的じゃない? じゃあなんで、このあたしに話しかけてきたのよ!」

 

 そう言って、少女は突然踊り始めた。

 右に左に軽快にステップを踏み、腕を振り上げる。

 

 間違いなく頭いかれてるな、と『リン』は逃げる準備を始めた。

 

「泣く子も大喜び、話題沸騰のアイドル! クーナとは……」

「クー……ナ?」

「……って、まさか知らないの!?」

「いや、何処かで聞いたような聞いたこと無いような……」

「はー……」

 

 クーナと名乗る少女は大きく溜め息を吐いた。

 明らかに落胆した様子だ。

 

「知ってるような知らないような的な反応は逆に傷つくからやめてよねー?」

「ん、む、すまない」

 

 何で私が謝ってるんだ、と思う『リン』であったが、触らぬ神に祟りなし。

 声掛けるべきじゃなかったなと、ただただ反省するばかりである。

 

「まっ、あなた以外は気付いてないし。あたしは暫くお忍びで楽しみたいしこのことは内緒でヨロシクね!」

「(いや私以外も気付いているに決まってるだろ……)ああ、分かった」

「そのかわり、いつでも好きな時にサインを書いてあげる権利をプレゼント! 一度だけね!」

「ワーウレシイナー」

 

 関わらないのが吉。

 そう判断し、『リン』は早々にその場を立ち去った。

 

 後に残されたクーナは、若干怒ってる風に目を細めてその背中を見つめながら、呟く。

 

「……そういうの無頓着そうだから、もしかして知らないかもとは思っていたけど……まさか本当に全然知らないとは……ちょっとショック」

 

 溜め息を吐いて、再びショップエリアを眺めながらクーナは歌を再開し始めた。

 

 見つかる心配はない。

 クーナの持つ武器の特殊な能力で、彼女の存在は極限まで薄まっているのだ。

 

 そんな状態のクーナを平然と見つける『リン』の感覚が鋭すぎるのだ。

 

(――ああ、でも)

(もう一人居たっけ、『マイ』の力を見破った人が)

 

 『リン』とは違って、自分のファンだと言ってくれたあの子が。

 

(こうしてここで歌っていれば、また会えるかな?)

 

 




作者は始末屋クーナちゃんが大好きです。


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アークスいちの情報屋っ!

しばらく日常パートが続くかも(続かないかも)
ようやく話が本編に絡んできたから、ここから原作キャラもどんどん登場していく筈。


「でっ」

 

 惑星ナベリウス・森林エリア。

 その中でも新米アークスが向かうようなレベルの低い区域の一角に、二人のアークスが降り立った。

 

 青い髪をリボンでサイドポニーに纏めた少女、リィンと、

 橙色の足元まで伸びた髪をポニーテールにして括っている女性、メイ。

 

「一体何の用です?」

 

 リィンは、ジト目でメイを見つめながら言った。

 

 ゲートエリアに入った瞬間、拉致のような手口でキャンプシップに乗せられここまで連れてこられたのだ。

 そりゃジト目にもなるだろう。

 

「くだらない用でしたら帰りますが」

「安心しなって、くだらなくはないから」

 

 メイは眉間に皺が寄っていくリィンとは対照的に、ニヒルに笑った。

 

 この人は、時折無駄に格好いい。

 

「明日アーヤが誕生日なんだよ」

「え、そうなんですか? てことは……」

「そう、誕生日プレゼントの花を採りに来たのさ!」

 

 ばばーん! と効果音が付きそうなポーズでメイは叫んだ。

 どんなポーズなのかはご想像にお任せします。

 

「成程、それで私を呼んだ理由は?」

「暇そうだっ……げふんげふん一緒に良さそうな花を選んでくれたらなって」

「拉致まがいのことをしてきたのは?」

「交渉がめんど……コホン。アーヤに見つかるわけには行かなかったからね!」

「キャンプシップでそれを説明しなかった理由は?」

「混乱するリィンが可愛かったからかな!」

 

 リィンのオーバーエンド!

 メイはこうげきをかわした!

 

「避けないでくれます?」

「ひぃ! 後輩が怖い! 可愛いって言っただけなのに!」

「自業、自得、です!」

 

 ぶんぶんとザックスを振りまわすリィンと、空中を飛びまわりながら逃げるメイ。

 

 奇妙な追いかけっこは、その後しばらく続くのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「はい、気を取り直してアーヤへプレゼントする花を見つけに行きましょー」

「おー」

 

 数十分後。

 なんやかんやあって仲直りしたリィンとメイは森林を歩いていた。

 

 メイの頭上に、たんこぶ一つ。

 どうやらそれで手打ちとなったようだ。

 

「といっても、アヤさんの好みとかは分かっているんですか?」

「全然?」

「ていうか花屋で買ったら早かったんじゃ……」

「いやぁ、メセタはドゥドゥの野郎に持っていかれて……」

「……オーバー」

「タンマタンマ! 天丼! 天丼になっちゃうから!」

 

 剣を構えかけたリィンを、メイは必死に止める。

 二度目は勘弁である。

 

「はぁ……それで、どうします?」

「適当に歩いてよさげな花を探す!」

「雑だなぁ……」

 

 だがそれ以外に方法は無さそうだ。

 こういう時シズクが居れば勘で何とかしてくれたのだろうか、なんて考えた。

 

 その時だった。

 

「ちょーっとそこ行くアークスさんたち!」

 

 明るく、華やかな声が二人の耳に入った。

 女の子の声である。リィンとメイは、声の方に振り返る。

 

 そこには二人の少女が居た。

 一人は、ハニージャケットと呼ばれる緑色の衣装に身を包んだ、左側に流れた前髪が特徴的なツインテール。

 一人は、リトルプリムと呼ばれる黄緑のポップな衣装に身を包んだ、右側に流れた前髪が特徴的なツインテール。

 

 驚くことに、その少女二人は同じ顔をしていた。

 

 双子、なのだろう。

 ただ顔は同じでも、その表情は大分違う。

 

 ハニージャケットの少女は、兎に角笑顔で元気で明るい印象で、

 リトルプリムの少女は、大人しく真面目な印象を覚える表情(かお)だ。

 

「誰?」

「よくぞ聞いてくれました! あたしは――」

 

 リィンが首を傾げて問うと、ハニージャケットを着た方の少女が嬉しそうに笑った。

 

 腕を振り上げ、名乗り口上を始める。

 

「アークス一の!」

 

 ずびし、と人差し指を立てた腕を前に突きだし、

 

「情報屋!」

 

 くるりと身体を一回転して、

 最後に、アイドルのような決めポーズ。

 

「『パティエンティア』の! 『パティ』ちゃんでーっす!」

「『ティア』です、不肖の姉がすみません……」

 

 決めポーズのまま、どや顔をしているのがパティ。

 深々と礼儀正しいお辞儀と共に自己紹介をしたのがティア。

 

 二人合わせてパティエンティア。

 アークス一(自称)の情報屋双子姉妹である。

 

「……情報屋?」

「そう! 要するに……えーと」

「大雑把に言えば、情報や噂を収集して、それを売買しているの」

「そう、それ!」

 

 リィンのふっと出た疑問に、パティが答え……ようとして横からティアの助けが入った。

 

 情報屋。

 成程、それならこの子たちに花の咲いている場所を教えて貰うのもいいんじゃないか?

 

 と、思いながらリィンはメイに視線を向ける。

 基本、人見知りなのだ。

 

「メイさん……」

「……リィン、分かっているよね?」

「え? あ、はい」

 

 メイの不思議なくらい真剣な声色に、思わず反射的に返事をしてしまった。

 表情も、今まで見たこと無いくらいに真顔。

 

「今の、彼女の名乗り口上……角度、タイミング、決めポーズ……全てにおいて完璧だった」

「…………は?」

「負けてたまるか! リィン! ウチらも凄いのやるよ!」

「は? え!?」

 

 真面目そうな雰囲気は一気に崩れ去った。

 

 どうやら変な対抗意識が燃えてしまったらしいメイの瞳に闘志が宿る。

 

「ちょ、私もやるんですか!?」

「当然! あっちが二人ならこっちも二人よぉ!」

「明らかに片方普通に挨拶してましたけど!?」

「問答無用! ウチは格好いい系のやるから、リィンは萌え可愛い系でお願いね!」

「それ私の方が難易度高くないですか!?」

 

 リィンのツッコミは虚しくスルーされ、メイの口上が始まった。

 

 一歩前に出て、腕を組み快活な笑顔をパティエンティアの二人に向ける。

 

「何何? 何が始まるの?」

「何だかとてもくだらないことの予感……」

「えーっと、パティちゃんと、ティアちゃんだよね?」

 

 何故か楽しそうなパティと、とても良い勘をしているティア。

 そんな双子を前にして、あろうことかメイは服を脱いだ。

 

 服を脱いだ。

 

 ……とは言っても、全裸になったわけではない。

 本当に幸いなことに着替えただけである。

 

 メイの着替えた服は、レディバトラーコートと呼ばれる女性用の執事服。

 確かに格好いいかと問われれば、格好いいと即答できる見た目だ。

 

 元々ボーイッシュな雰囲気を持っていたメイにとても似合っている服といえよう。

 

「ウチらも自己紹介させてもらうよ」

 

 すぅう……とメイの身体が滑らかに動く。

 本当に執事なのではないかと思わせるほど熟練した礼。

 

 一部の隙もない、それこそティアが先ほどしたお辞儀など児戯に見えるほど正確な角度。

 

「チーム【コートハイム】リーダー、メイ・コートだ。よろしく」

「「……!」」

 

 口調こそ、丁寧なものではなかったが。

 

 それでも、それすら『口の悪い執事』と言う属性付けに変わってしまうほどの、圧倒的一礼。

 

 ただのお辞儀が、ここまで格好良く見えるものなのか。

 それとも普段のメイがあれすぎて格好良く見えるだけなのか。

 

 それは分からないが、年端もいかない少女二人には効果抜群のようだった。

 

「か、くぁっこいいー」

「す、凄い……」

 

 双子の頬が、ほんのり赤く染まった。

 

 リィンも、「本当、たまに格好良くなる人だなぁ……」とメイから視線を外しながら呟く。

 その頬は微かに赤い。

 

「さて」

 

 くるり、とメイがリィンの方に振り向いた。

 もう既にさっきまでのイケメンっぷりはなく、いつも通りの表情である。

 

「次はリィンの番だよ」

「うぇ……!?」

 

 そうだった、とリィンはまだ自己紹介の方法なんて何も考えていないことを思い出した。

 

 パティエンティアの二人と、メイの視線が一斉にリィンに集まる。

 

「ぐっ……」

 

 萌え可愛い系なんて、出来る気がしないのだが。

 そもそも萌えという言葉は少女漫画で見たことがあるだけで、理解できているつもりはないのだが。

 

「ほら、リィン、早く」

「せ、急かさないでくださいよ!」

 

 リィンの思考が、(本人比)で加速する。

 

(まず、可愛いって一体何だっけ?)

(シズク? いや、まあ可愛いけど、なんかシズクの可愛いは普通の可愛いと違くて……)

(は! それが萌え可愛い!? ……や、そうだとしてもシズクのモノマネなんてしてもパティエンティアには通じないだろうし……)

(可愛い……ラッピー? 犬、猫……この辺りか?)

 

 その辺りが、一般的な人が言う『可愛い』だろうか。

 しかし、どうにもしっくりこない。

 

「えっと、その、えっと……」

「…………」

 

 視線が痛い。

 ああ、もう、適当でいいやと半ば投げやりになったリィンの脳裏を掠めた記憶が一つ。

 

 それはメイに借りている少女漫画の、ワンシーン。

 

 そういえば、あれは、可愛いと思った。

 

「り……」

「り?」

「リィン・アークライトだピョン♪」

 

 リィンが繰り出したのは、あろうことか。

 

 十五歳の美少女が。

 歳の割に発達したスタイルの美少女が。

 

 頭の上で兎の耳を象った掌をかざして、照れ笑いしながら語尾にピョンを付けるなどと言う暴挙。

 

 ギャップ萌えの極致のような戦慄が、パティエンティアと、そしてメイの身体を駆け抜けた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 結果、沈黙。

 

 木が風の音で揺れる音のみが、その場に流れた。

 

「…………」

 

 リィンは、真顔でゆっくりと手を降ろす。

 そのまま、その場で座り込み、静かな声で呟いた。

 

「いっそ殺して」

 

 なんかこのパターン前もあったな。

 等と思いながら、メイはリィンの肩に手を置く。

 

「大丈夫、可愛かったよ」

「うう……慰めはいらないですよ……ああいうのが可愛いのは漫画のキャラだけだったんですよ」

(ああ、そういえばリィンに貸した漫画にああいうシーンあったなぁ)

 

 だとしたら貸してよかったと心から思った。

 おかげで良いモノが見れた。

 

「だ、大丈夫だよリィン! とーっても可愛かったよ! あたしたちも今度やろっか! ねぇ、ティア!」

「うぇ!? ……そ、そうだねパティちゃん、また今度にね」

「ぅぅ……気を使わせてしまっている……」

 

 成程、穴があったら入りたいという気持ちはこういうことを言うのか、と頭の何処かで考えながらリィンは真っ赤になった顔を隠すように腕で顔を覆う。

 

 そんなリィンを一瞥した後、メイは再びパティエンティアの二人に向き直った。

 

「まあそれはいいとして、パティちゃんティアちゃん、この辺りに花畑っていうか花が咲いているところとか知らない? 情報屋なんでしょう?」

(それはいいとして!?)

「え!? いきなりお仕事の依頼!?」

 

 パティは嬉しそうに驚いた。

 

 実はパティエンティアが情報屋の仕事をしている頻度はそう多くない。

 アークスは脳筋が多く、情報を疎かにしがちな人が多いのと、単純に二人がまだ少女なので頼りにならなそうという偏見があるからである。

 

「よぉーし、これははりきらないとね! ティア!」

「そうねパティちゃん、花くらいならすぐ調べられると思うので、少し待ってもらっていいですか?」

「おーけーおーけー、じゃあその間に……」

 

 この落ち込んでいる後輩を何とかしますか、とメイは体操座りをしているリィンに視線を向けるのであった。

 




ただただリィンにピョンと言わせたいだけでした。


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ナベリウスの花畑

プチリスペクト


「ナベリウスの森林エリアで採れる花で、誕生日プレゼントに向いているような花は全部で三種類ですね」

「ピンクの大きな花弁が特徴的な『フォレストフラワー』、綺麗な黄色で大きさは小さい『ナヴラピバナ』、白いスズランのような形が特徴な『スノーフレーク』」

「近くに花畑があるようなので、座標を送りますね」

 

 と、言った感じで凄く丁寧に情報を提供してくれたティアちゃんに感謝しつつ(パティちゃんは見てるだけだった)、二人と別れたメイとリィンは相変わらず森林を歩いていた。

 

 時折出てくるエネミーは相手にならない。

 当然だ、今二人が歩いているのは新人中の新人しかいかないようなノーマルレベル区域なのだから。

 

「ふぅ……敵が弱い所為もあるかもしれませんが……メイさんとペアだと守る必要が無くて違和感ありますね」

「ウチは常に空中浮いてるからナベリウスじゃアギニスかブリアーダくらいしか攻撃当たらないからね」

 

 アギニスというのは、ナベリウスに生息している鳥型の原生生物である。

 そしてブリアーダは母艦型の虫ダーカーだ。どちらも空を飛んでいるのでメイにとっては厄介な相手である。

 

「ていうかどうやったら空とか飛べるんですか?」

「ツインダガーとツインマシンガンは、武器にそういう機能が付いているんよ。空を飛んでいるっていうか、足元にフォトンの足場を形成して跳んでいるんだけど……」

 

 会話をしながら進んでいると、おあつらえ向きにアギニスが二体現れた。

 

 丁度いい見てろよ、とリィンを後ろに押し、メイは前に出た。

 ぴょい、と軽く跳んだ後、メイは空を飛ぶアギニスに目を向ける。

 

 瞬間、足元に透明のフォトンで出来た足場が形成され、それを思いっ切り蹴りだした!

 

「レイジングワルツ!」

 

 フォトンアーツ、発動。

 高速で空中を駆り、瞬間的にアギニスとの距離を詰め、一閃。

 

 下から上への切り上げが決まり、アギニスは切ない声をあげて倒れた。

 

「もいっちょワルツ!」

 

 そのまま、空中を蹴って方向転換。

 さっきと同じようにアギニスは切り裂かれ、塵となって消えた。

 

「こんな感じで、フォトンアーツを使って空中移動するのよ」

「おおー」

 

 すとっと華麗に着地するメイ。

 お次はと武器を替え、ツインマシンガンを手に取った。

 

「ツインマシンガンはこうやって……」

「あ、ツインマシンガン新調しました?」

「ああ、うん。ドゥドゥにメセタ持っていかれたのはこれの所為」

 

 メイの新ツインマシンガン――『イシュライ』がきらりと光る。

 

 樹木のような素材で出来た、不思議な形の双銃だ。

 レア度は9、前武器の『Tヤスミノコフ2000H』がレア度8だったので純粋に強化といえよう。

 

「……あれ? メイさんってメインクラスファイターですよね、なんでツインマシンガン持てるんですか?」

「ああ、それは『クラフト』してるから……っと、どうやら付いたみたいだな」

 

 クラフト? とメイが気になる単語を出したが、どうやら目的地に到着したようだった。

 

 遺跡地帯と森林地帯の境界線辺り。

 まるでここだけが切り離された空間のように、様々な花々が咲き乱れていた。

 

 それはとても幻想的な光景で、メルヘンな少女ならばうっとりとしてしまうこと必至なものだったが……。

 

「さ、良い感じのやつ探しましょ」

「せめてアヤさんの好みが分かれば手っ取り早いんですけどねー……」

 

 何の感想もなく、ざくざくと花畑に足を踏み入れる女子二人であった。

 

 つくづく女子力の低いやつらである。

 

「ええっと、フォレストフラワーとナヴラピバナと、スノーフレークでしたっけ。……他にも色々咲いているように見えるんですけど」

「なんか他のは花言葉が誕生日向けじゃないんだって。いやーパティエンティアに会わなかったらそんなの分かんなかったしラッキーだったね」

 

 そんな会話をしながら、しゃがんで花々を物色する二人。

 片手にパティから貰った花の写真を見ながら、これは違うあれは違うと花を選別していく。

 

 程無くして、花はそれなりの量が集まった。

 

 問題は、ここからである。

 

「じゃ、この花をどうします?」

「え? このまま渡すんじゃ駄目なの?」

「いやいや、プレゼントなんですからせめて花束とかにした方がいいんじゃないですかね」

 

 リィンにしては真っ当な意見である。

 が、当然二人とも花束にする技術など持っている筈もなく、そもそもリボンとかの材料が無い。

 

 今更ながら、メイがリィンを誘ったのは完全に人選ミスである。

 

 メイはしばらく悩んだ後、「あっ」と頭の上に電球を浮かばせながら言った。

 

「花冠にするかなぁ」

「花冠? ……ああ、あれですね、漫画の第二話で出た……」

「そうそう、それそれ」

「……出来るんですか?」

 

 疑惑の眼でメイを見つめるリィン。

 しかしメイは、自信満々に「出来るよ」と言い放った。

 

「昔、アーヤに教えて貰ったからね」

「……まあ、花は沢山あるしいいんじゃないですかね」

 

 リィンの了承が取れると、メイは座りこんで花を弄り出した。

 リィンもその傍に座り、その様子を見守る。

 

 花畑に、少女が二人。

 絵面だけならとても映える娘たちである。

 

「しかし、いいねぇこの場所。花は綺麗だし、エネミーはあまり出ないし、今度【コートハイム】の皆でピクニックにでも来ようか」

 

 花を結いながら、メイは言う。

 多分、メイにとっては何気なく言った言葉だったのだが、リィンは意外にもこれに食い付いた。

 

「ほ、本当ですか?」

「わ、え? 何? そんなにピクニックしたいの?」

「し、したい、です!」

「……。そっか、じゃあ、約束だ。また皆で来よう」

 

 メイの言葉に、それじゃあ座標保存しときますね、と端末を開いてリィンは嬉しそうに言った。

 

 まるで遊園地に連れてってもらえると親に約束された子供のようだ。

 

「でも何でそんなにピクニックに行きたいの?」

「えっと、私の家って厳しくて……ピクニックにも、遊園地にも、何処にも連れて行って貰えなかったんですね」

 

 アークライト家。

 強さに重きを置いた、武人一族。

 

 修行や訓練ばかりの育児をしていることは、容易に想像できる。

 

「だから、別にピクニックじゃなくてもよかったんですけど……」

「…………」

「『そういう』のに、憧れていたんです。ピクニックとか、遊園地とか、動物園とか」

 

 楽しみだなーっと、普段見せない、ほんわかした笑顔を浮かべるリィン。

 

 そんなリィンの姿を見て、メイはくすりと笑う。

 

「その前に、【アナザースリー】と合同でお祝い会もあるじゃない。その時皆で何処か行く? 映画とか、ボーリングとか……何も食べて飲むだけが祝い会じゃないしね」

「え? え? い、行きたいです! 映画も、ボーリングも、行ったこと無いです」

「じゃあ決定。他にもやってみたいこと、行ってみたいところとかあったら言いなさいよ? 全部連れてってあげるから」

 

 言いながら、メイは作り終えた花冠をリィンに被せた。

 ニヒルに笑って、リィンの頭をぽんと撫でる。

 

「ウチら【コートハイム】のメンバーは、家族なんだ」

「…………」

「遠慮なんてせずに、子供(メンバー)家長(リーダー)に甘えなさい」

「…………何で」

 

 頬を微かに赤く染めながら、リィンは呟く。

 

「何で極稀にそんな格好良くなるんですか?」

「やぁん! 惚れちゃ駄目よリィン! ウチにはアーヤという彼女が既に……」

「え?」

「え? ……あ!」

 

 やってしまった。と口を手で押さえるメイ。

 身近に恋人同士の二人がいるなんて初心なリィンが知ったら拙いと思い、隠していたのだ。

 

 リィンの反応は、果たして――。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が、流れる。

 

 少しずつ、少しずつ情報を噛み砕いているのだろう。

 リィンの表情が驚きだったり、赤くなったり、落ち着いたり、コロコロと七変化していく。

 

 最終的に、もう一度驚きの表情を取ったリィンは息を大きく吸い込んで、叫ぶ。

 

「え、えぇえええええええええええええええ!?」

 

 リィンの叫び声が、ナベリウスに響き渡った。

 

 頭から煙を出してオーバーヒートしたり、「かのじょ? 何ソレ食べられるんですか?」とか言わない辺り、成長したなぁ、と思うメイであった。




メイとかアヤと絡ませると、リィンは後輩っぽさというか子供っぽさが前面に出てくるということに気付いた作者であった。


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『マトイ』

短め


 ナベリウスにリィンの叫び声が響き渡った数時間後。

 

 時間的には夜。

 だが、当然照明が効いていて明るいゲートエリアを、歩く赤い髪をした小さな少女が一人。

 

 シズクである。

 

 その手には土産らしき紙袋が二つ。

 

 実家からの帰宅途中だ。

 とはいっても、後はマイルームまで戻るだけなのだが。

 

「ふんふーん♪」

 

 好きなアイドルの歌を鼻歌で奏でながら、ゲートエリアを歩く姿はご機嫌そのもの。

 余程実家で父のレア武器コレクションを見るのが楽しかったのだろうか。

 

 そのうちスキップでもしだすんじゃないのか、と思えるくらい軽い足取りで進むシズクが階段に足を踏み入れた瞬間。

 

 盛大に転んだ。

 

 しかも階段の角に頭をぶつけた。

 

「うっばぁあああああ!?」

 

 いくらアークスでも、これは痛い。

 戦闘中なら常にフォトンで身体をガードしているのだが、今は完全に気を抜いていたのだ。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 常人なら病院直行コースな痛みに、身体を丸めて悶え苦しむシズク。

 そんな彼女の姿を見て、駆け寄る影が一つあった。

 

「だ、大丈夫?」

 

 優しげな声が、シズクに掛けられる。

 

 聞いたことない声だな、とシズクが涙目で声の主の方に顔を向けると、そこには一人の少女がいた。

 

 アホ毛がピョンと生えた、白髪のロングツインテール。

 ミコトクラスタと呼ばれる、下乳が大胆に露出した巫女服のような白い服装に身を包んでいる少女だ。

 

 頭にはミコトコサージュと呼ばれる髪飾りが二つ。

 

 下乳が露出していること以外は、大人しそう、または気弱そうな雰囲気を纏っているのが見てとれた。

 

「だ、大丈夫じゃない……むっちゃ頭痛い……」

「い、今フィリアさん呼んでくるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言って、白髪の少女はメディカルセンターの方に走っていった。

 フィリアさんとは、看護師の名前だろうか。

 

 だとしたらひと安心だ、とシズクは額を押さえながらなんとか起き上がる。

 

 涙によってぼやけた視界でメディカルセンターへと駆ける少女の後ろ姿を見ながら、シズクは心の中でそっと彼女に感謝の念を伝えるのであった。

 

(ありがとう――)

(――『マトイ』)

 

 程無くして、フィリアさんらしきナース服の女性が駆けつけてきた。

 

 その場での応急処置をした後、念のためにとメディカルセンターへ向かう途中。

 

 ふと、痛みによってぼやけた意識の中で、さっき自分がした感謝の言葉に違和感を覚えた。

 

 首を傾げながら、呟く。

 

「いや……マトイって誰だよ……」

「え? マトイはわたしだよ……?」

 

 呟いた言葉は、白髪の少女に届いてしまったようだ。

 しかも、この子の名前はマトイというらしい。

 

「…………」

「……?」

 

 ああそうか、自分の直感は最早他人の名前が一発で分かる領域にまで達してしまったのか、と納得してしまうシズクであった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「治療完了です。大した怪我ではないですが、頭を打ってますので今日一日は念のため安静にしていてくださいね」

「はーい」

 

 そう注意を受けながら、怪我は完全に完治したシズクがメディカルセンターから出てきた。

 

 傷痕はまるで残っていない。

 流石の医療技術である。

 

「あ、無事だったんだ、よかった」

 

 と、メディカルセンターを出てすぐ、白髪の少女マトイが寄ってきた。

 

 その表情は安堵に満ちており、心配していたことが見てとれた。

 

「うん、おかげさまで。ありがとうマトイ」

「ふふ、どういたしまして。……でも何でわたしの名前を知ってるの?」

「勘、かな」

「勘!?」

 

 目を見開いて驚くマトイ。

 

 しかしすぐにその表情はしょんぼりとしたものに変わり、そっかぁ……と残念そうに呟いた。

 

「どったの?」

「わたし、記憶喪失なの。だからもしかしたら以前のわたしを知っている人なのかなーって」

「へぇ、記憶喪失……」

 

 それは大変だ。

 記憶の喪失なんていうのは自己の喪失となんら変わりない。

 

 自分のことが何も分からない、というのは辛いことだ。

 シズクにも、その気持ちは少し分かる。

 

 助けてくれたお礼もかねて、何か自分に手伝えることは無いだろうかと頭を捻る。

 

「……あ、そうだ! あたしの何故か冴え渡りまくる直感でマトイが昔はどんな人だったのかを当ててみせよう!」

「ええ!? でも昔のわたしをわたしが知らないから正解しても分からないよ……?」

「うばー、そうだった……」

 

 がっくし、と肩を落とすシズク。

 

 活発でお喋りでかしましな子だったんだろうなぁという確信が何故かあったシズクだったが、確かに記憶喪失前の自分がどんなのだったかなんて聞くだけ無駄である。

 

「あれ? 珍しいですねマトイさん、貴女が『あの人』以外と話してるなんて」

 

 と、意気消沈したシズクの後ろから、ナース服を着た赤毛の女性が近づいてきた。

 

 フィリアさんだ。

 その手にはカルテらしきものが握られている。

 

「あ、フィリアさん。何だかこの人とは話しやすいんだ……分かんないけど、懐かしい感じがする」

「うばー、奇遇だねマトイ、あたしもマトイと話してるとなんか懐かしい感じがするよ」

 

 もしかしたら、本当に何処かであったことあるかもねぇ、と笑うシズク。

 

 と、そこまで話してようやくシズクはあることに気がついた。

 

「おっと、そういえばあたしの名前を教えてなかった」

「あ、そういえばまだ聞いてないや……」

「一応訊くけど、分かる?」

「ごめん……」

 

 そりゃそうだ、マトイの名前を当てたシズクがおかしいのだ。

 

 仕方がないよ、と安心させるように笑って、シズクは名乗る。

 

「あたしの名前はシズク。折角結んだ縁だし、これからも宜しくね、マトイ」

「うん、一杯お話ししようね、シズク」

 

 ぎゅうっと握手を結ぶ。

 

 少女同士の、美しい友情である。

 

 が、

 

「はい、じゃあ美しい友情を結んだ所でマトイさん、定期検査の時間です」

「えー!?」

 

 フィリアがシズクと繋いでいない方のマトイの腕を掴みながら言った。

 

 その言葉に、マトイは注射が嫌だと駄々をこねる子供のような悲鳴をあげる。

 

「検査?」

「はい、記憶喪失ですし、まだ身体も十全ではないので定期的な検査が必要なんですよ」

「うぅ……もう大丈夫だって言ってるのに」

「駄目です!」

 

 逃げられたことがあるのだろうか、フィリアはマトイの腕をがっちりと掴んでマトイをメディカルセンターへ引っ張っていく。

 

「し、シズク、ま、またねっ、また話そうね!」

「う、うん、またねー!」

 

 心の中で合掌しながら、シズクは手を振る。

 それを見て安心したのか、マトイはシズクから視線を外してフィリアへの抗議を始めた。

 

「ふ、フィリアさん、袖引っ張らないでー! 歩く、歩くから!」

「駄目です! もう騙されませんよ! 今日という今日はちゃんと検査全部受けさせますからね!」

 

 そんな声が聞こえなくなるまでその場にいたシズクも、ふと時計を見て、もうこんな時間かと動き出す。

 

 今度は転ばないように気を付けながら、シズクはリィンのマイルームへと一直線に足を進めるのであった。

 




この話を書いてて初めてマトイが18歳だと知りました。

15くらいかと思ってたわ……。


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傷跡

嵐の前は、静かなものである。



※何気なく話を見返してたら23話で噛ませ犬さんが【銀楼の翼】リーダーだとか書いてあってびっくりした。修正しておきました、【銀楼の翼】リーダーはサカモトさんです。


 アークスシップの一角。

 他のエリアとは一線を画した性質のエリアが、そこには存在した。

 

 ガラス張りの天井と壁によって織り成す、天然の宇宙景色。

 ナベリウスを彷彿とさせる、アークスシップにしては異端な緑豊かな地面。

 

 そして、その地面に突き立てられた数多の墓。

 

 そう。

 アークスシップいち幻想的な風景を持つこのエリアは、全てのアークスたちが最期に安らぐ聖域。

 

 セメタリーエリア。

 英雄たちの眠る地である。

 

 そして、そんな聖域の一角にある、一際巨大な墓石の前で座る男が一人。

 

「……何の用じゃ」

 

 男――サカモトは呟いた。

 その言葉は、目の前の墓石に向けた言葉ではなく。

 

 背後から寄ってきた人影に、放った言葉だ。

 

病院(メディカルセンター)を抜け出すなんて、悪い人ね」

 

 聞き慣れた鈴のように透き通った声に、サカモトはお前かと言いながら振り向いた。

 

 背後にいたのは、青い髪を持った麗人。

 ライトフロウ・アークライト。

 

「はん。大した怪我じゃなか」

「片腕が消し飛んだのに?」

「ああ」

 

 見れば、サカモトの左腕は無くなっていた。

 通すものの無くなった左の袖が、力なく地面に横たわる。

 

「片腕ありゃ、アークスは続けられる。大した問題じゃあない」

「…………」

「【巨躯】本体相手にして被害らしき被害がワシの左腕だけなんて、寧ろラッキーじゃろ」

 

 両腕持ってかれてたら、ヤバかったかもな、とふざけたような態度でサカモトは言った。

 

 既に、サカモトの視線は墓石の方に向けられており、その表情はライトフロウからは伺えない。

 

 ただ少なくとも、泣いていないことは確かだった。

 

 この男は、そんな柔じゃないことをライトフロウはよく知っている。

 

「それで、お主は何でこんなとこに? まさかワシを連れ戻しに来たのか?」

「いいえ、私はただこの墓に花を添えに来ただけよ」

「花を?」

 

 言って、ライトフロウは足を踏み出して墓石の前に立った。

 手に持っていた花束を、墓石の前にそっと置く

 

「なんじゃ、たまに花が置いてあると思ったらお主の仕業じゃったか」

「ええ。大変な戦いを乗り越えた後とか、苦難を乗り越えたときとかに、ね」

 

 立ち上がり、目を閉じて手を合わせる。

 

 心の中で呟く言葉は、感謝の言葉。

 

「多分、皆が助けてくれたお陰かなって、お礼にね」

「かっ! お主は皆に好かれとったからな、間違いない」

 

 サカモトの言葉に、ライトフロウは照れるように笑った。

 

「……ナユタ」

 

 そっと墓石に触れ、

 石に刻まれた言葉を、指先でなぞりながら呼んでいく。

 

「アカシ、マーナ、キリ、ユナ……」

 

 墓石に刻まれた名前、総計六十九個。

 十年前のダーカー侵攻で亡くなった、同期生たちが眠る墓。

 

「シースク、ヨル……ありがとう、私たちは、きっとアナタ達の分まで戦い抜いてみせる」

 

 全員分の名前を読み上げ、ライトフロウは顔をあげた。

 

 墓参り、終了である。

 名残惜しそうにライトフロウは墓石から離れた。

 

「いつも、それやってるんか?」

「ええ、忘れないであげるのが、残った私たちに出来る唯一のことでしょう?」

「立派なやつじゃのう」

「茶化さないの」

 

 言いながら、ライトフロウは胡座を組んでいるサカモトの足の上に、何かを落とした。

 

 オレンジ色の、大輪咲かせた花である。

 

「……なんじゃ、これ」

「見ての通り花よ。一輪くらい、供えてもバチは当たらないわよ」

「…………」

 

 サカモトは、その名前も分からぬ花をつまみ上げた。

 

 色んな角度からその花を眺め、そして。

 

「なあ、この花別の奴にあげてもいいかのう」

「はあ? 恋人にでもあげるの?」

「そうじゃ」

 

 ライトフロウは目を見開き、その後溜め息を吐いた。

 

 どんな思考回路をしていたら、供え物用にと渡された花を恋人にあげようとなるのか。

 

「……好きにしたら?」

「投げやりな返事ありがとう、それじゃ渡してくるわ」

 

 今すぐ? と疑問に思ったライトフロウだったが、その理由は即座に理解できた。

 

 サカモトの向かった先は、セメタリーエリアの出口ではなく、隣の墓。

 

 素朴で一般的な大きさの、新品の墓石。

 

「まさか……」

「皆には悪いが、今日はあくまでついででの」

 

 ライトフロウから見えるのは、サカモトの後姿だけ。

 

 表情は見えない、でも、今度こそ泣いているのかも知れなかった。

 

病院(メディカルセンター)を抜けだしたのは……」

「居ても立ってもおられんかったからな。お陰で供え物も買えんかったから助かったわ」

 

 ありがとな、と振り向かずにサカモトは言った。

 

「……ごめん」

「謝らんでええよ、同情もいらない」

 

 はっきりとした声で、サカモトは言葉を紡ぐ。

 まるで意図的にそうしているように、頑張って声を出しているように。

 

「アークスっていうのは、極論で言えば戦争屋じゃ。宇宙の敵ダーカーと戦うのが、戦い続けるのが仕事」

「…………」

「当然死人も出る。大切な人が死ぬことも、当然有り得る」

「誰にだって……大切なものを『失う痛み』はやってくる、か」

 

 それは多分、誰にでも訪れる痛み。

 

 救世の英雄だろうと、全知全能の惑星だろうと、そこらの一般人だろうと。

 

 分け隔てなく、痛みはやってくる。

 

「だから後悔は無い。失ったことも、愛したことも」

「…………」

「……それでも、やっぱ思っちまうなぁ。どうしたって、考えちまう」

 

 もう一度だけ、会いたいと。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、明日の予定を決めるぞ」

 

 リィンの部屋。

 その居間で、メイはプレゼント用に軽くラッピングした花冠を脇においてそう言った。

 

 部屋の中にはソファに座るメイとリィン、そして茶を運ぶルインの二人と一機。

 シズクはメディカルセンターで治療中だ。

 

「まず、午前は浮遊大陸に向かおうと思う」

「地下坑道でビッグヴァーダーを倒したことで行けるようになるところですよね?」

「そう。まだコフィーさんに申請はしてないけど、まあまず通ると思う」

 

 浮遊大陸。

 惑星アムドゥスキアに存在する、文字通り浮遊する大陸だ。

 

 火山洞窟地帯と同じく龍族が住んでいるそうだ。

 そして浮遊大陸に生息している龍族は火山洞窟の龍族より強いという。

 

 しかし、空に浮かぶ大陸か。

 メイが好きそうなところである。

 

「で、浮遊大陸でのクエストをクリアしつついい感じの時間になったら帰還。その後皆で一緒に晩御飯の名目でアーヤをリィンの部屋に呼ぶ」

「そして待ち伏せしていた私たちがクラッカー鳴らして誕生日おめでとう、ですね」

 

 雑なプランである。

 だがまあ、それくらいが丁度いいのかもしれない。

 

「と、いうわけで次は明日食べるケーキを決めよう」

「お金あるんですか?」

「さっきナベリウスで倒したエネミーが落としたコモン武器売ったら、ケーキ買えるくらいのお金ができた」

「……今思ったんですが」

「言うな」

 

 分かってる、分かってるから、とメイは手をつきだしながら首を横に振る。

 

 ちなみに察しは付くとは思うが一応リィンの言おうとした言葉は、エネミー倒してお金稼げば花も花屋で買えたんじゃないですか? だ。

 

「さ。カタログを用意したから選ぶぞ」

「アヤさんの好みは何ですか?」

「ショートケーキ」

 

 机の上にモニターが開かれ、そこにケーキのカタログが表示された。

 古今東西あらゆるケーキが彩りよく並ぶそれは、流石のリィンとメイでも頬を緩ませる破壊力を持った代物だ。

 

「けどウチがショートケーキ嫌いなんだよね、だからショートケーキは無しで」

「そこは譲りましょうよ……」

「やだ」

 

 即答である。

 よっぽど嫌な思い出がショートケーキにあるのではないかと思わせるほどの即答っぷりだ。

 

 だがまあ、いくらアヤにとって好物でも、皆がケーキを食べてるなかでメイ一人だけケーキが食べれないという状況は、アヤにとっても望ましいものではないだろう。

 

 となるとショートケーキ以外だが、こうなると難しい。

 あくまでアヤが主役の誕生日会であることを忘れてはいけないのだ。

 

「アヤさんって嫌いなケーキとかあるんです?」

「確かモンブランが駄目だった気がする」

「モンブランは駄目っと……じゃあチョコレートケーキとかはどうですかね?」

「うーん、良いとは思うけど、いっそホールで買わずに小さいのを別々で人数分買った方がいい気がしてきた」

「成る程、それならショートケーキも買えますしね……ところでメイさんってショートケーキの何処が嫌いなんですか?」

「いや嫌いっていうか昔ショートケーキプレイさせられてフォークでぐさぐさ…………いや、何でもない」

 

 ついシズクと話してるノリで下ネタを使ってしまった、と反省するメイ。

 だがレベルが高すぎたのかリィンは頭上にはてなマークを浮かべるだけである。

 

「ショートケーキはね、イチゴが酸っぱいからやだの」

「あー、甘いクリームとの兼ね合いで酸っぱいんでしたっけ」

「そうそう、アーヤはあのギャップが良いらしいけど、分からん」

 

 話題を逸らす。

 食べられないわけではないが、本当に酸っぱいイチゴは苦手なので嘘は言っていない。

 

「ところでショートケーキプレイってなんですか?」

「…………」

 

 逸らせなかったようだ。

 好奇心旺盛で父さん嬉しいわ、と脳内でふざけてみても現状は変わらない。

 

 ちなみにショートケーキプレイというのは、去年のアヤ誕生日にメイがさせられたエロい意味でのプレイである。

 

 その内容は全年齢向けではとてもじゃないが詳細な描写はできないので、簡潔に説明するとショートケーキを全裸のメイの敏感な部分に乗せて吸い取るように食べたり、生クリームを塗って舐めたりピンクの部分をイチゴに見立ててフォークでつついたりとかそんな感じである。

 

 当然リィンにそのまま説明するわけには行くまい。

 

 恋人だということはバレたが、健全でプラトニックな関係だよということにしているのだ。

 

「……ええっとね」

「はい」

「…………」

 

 良い言い訳が、何も思いつかない。

 

 一つ嘘を吐いている以上、さらに嘘を重ねるのは愚の骨頂。

 しかし事実を述べるのは論外だ。

 

 数秒にも感じる一瞬が過ぎ、メイが絞り出した答えは――

 

「な、内緒!」

「え?」

 

 自分でもどうかと思う荒業であった。

 

「そう、内緒なんだよ! アーヤと! 恋人同士の、秘密!」

「そ、そうなんですか?」

「恋人間にはね、自然と他の人には話せないような甘酸っぱい秘密が一つや二つできるもんなの!」

 

 他人にはとてもじゃないが話せない内容だし、嘘は吐いていない。

 

 だが強引だったかな、と冷や汗をかきながらリィンの反応を待つメイであったが、どうやらその心配は杞憂のようだった。

 

「な、成る程……恋人同士の秘密……恋人間には秘密が付き物……べ、勉強になります」

 

 チョロいもんだぜ、と内心ガッツポーズ。

 頬を染めて、照れながらメモを取るリィンを見てほくそ笑むメイであった。

 

「さて、引き続きケーキを決めようじゃないか。やっぱバラ買い?」

「そうですねぇ、でもホールも捨てがたいんですよねぇ」

「分かるわー。ホールケーキのケーキ食ってる感もいいんだよなぁ」

 

 再び、二人はカタログに目を戻した。

 

 悩む。

 いかに最底辺の女子力しか持っていない二人でも、甘いモノ――特にケーキとなれば話は別だ。

 

 かつてない程真剣に、カタログと睨めっこする女子二人。

 

 あっちを立てれば、こっちが立たない。

 楽しいが、苦悩でもある。

 

 十五分程、経過しただろうか。

 案は纏まらず、無為に時間が過ぎていく……。

 

 その時だった。

 

「たっだいまー」

 

 シズクの声が、リィンの部屋に響いた。

 

 別に一緒に住んでいるわけではないのにも関わらず、「ただいま」である。

 

 が、まあそこは今更だろう。

 

 リィンも当然のように「おかえりー」と返した。

 

「うばー、疲れたー」

「実家はどう? 楽しかった?」

「うん! 今度はリィンも、先輩らも連れて皆で行きたいな。お父さんも皆に会ってみたいって」

「おー、いいねぇ」

 

 喋りながら、シズクは倒れ込むようにソファに座りこんだ。

 土産を隅に置き、自然な動きでリィンの隣へ。

 

「うば? これは……ケーキのカタログ?」

「ああ、明日アヤさんの誕生日だからケーキを選んでたの」

「うばぁ!? 誕生日とか聞いてないけど!? そういうのは早く言ってくださいよ!」

「めんごめんご」

 

 誠意ゼロのメイの謝罪はさておき、当然シズクはアヤへの誕生日プレゼントなど用意してはいない。

 

 というか、していたら完全に予知者だろう。

 シズクの直感も万能ではないのだ。

 

「うばー……どうしよう、今から何か買いにいくしかないかなぁ。……あ」

 

 そうだ、とシズクは良いことを思いついたように手をポンと打った。

 

「あたしケーキ作ります」

「「!?」」

 

 ケーキ作れるとか女子力MAXかよ、と思う女子力最底辺二人であった。

 

「手作りケーキなら、充分プレゼントになる筈……アヤ先輩の好きなケーキって何ですか?」

「ああええっと……ショートケーキなんだけどウチがショートケーキ苦手で……」

「あ、じゃあ半分ショートケーキ、半分チョコレートの半月ケーキにしますか」

「半月ケーキ!?」

「女子力が四万五千……四万七千……まだ上がるだとぉ!?」

「いや何ですかそれ……」

 

 若干照れながら、シズクはケーキのカタログを手に取った。

 

 参考にでもするつもりなのか、と思ったが違うらしく、ただ単に眺めているだけ。

 まあ、ケーキに限らずカタログは眺めているだけでも楽しいものだ。

 

「んじゃま、そろそろウチは帰るかな」

 

 ぐぐぐ、と伸びをしながらメイはソファから立ち上がった。

 

 もう夜も遅い、寧ろ長居しすぎたくらいだった。

 

「あ、リィン、今日話したことシズクにも情報共有しといてね」

「了解です」

「それじゃ、また明日」

 

 そう言って、メイは立ち去っていった。

 ルインはキッチンで雑用中なので、居間でシズクとリィンは二人きりだ。

 

(あ、そういえば)

 

 シズクはいつ帰るのだろうか、もう夜遅いし帰るなら今のうちだと思うのだが。

 と、いうわけで訊いてみる。

 

「シズクはどうするの?」

「え? あーうん、そうだね、そろそろお風呂入ってくるよ」

 

 お先に失礼するね、とシズクは寝間着を箪笥から取り出してお風呂に向かっていった。

 

 勿論、リィンの部屋の、である。

 

 泊まる気満々らしい。

 

「まあ、良いけどね……」

 

 何時ものことだ、とリィンはさして気にせず、ソファに座り直して端末を操作し少女漫画を開く。

 

 この何気ない行為が、この後一波乱が起こる原因になることは、まだ誰も知らないのであった。




誰にでも、大切な物を失う時はやってくる。

その時は当然、いつか『彼女たち』にも訪れる。






……いつかねっ! いつか!


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サクラとジュリエット

健全でふわふわした百合が好き。
だけど、ちょっとエッチな感じの百合も好き。

ていうか大分エッチな百合も好き。

百合なら全部好き。

だからたまに全年齢向けの範囲でえっちぃことやることもあります。
(ただし作者の描写力ではお察しなあれにしかなりません、許して)


 夕暮れの教室。

 

 外から聞こえてくる部活動を行う生徒の喧騒以外何も聞こえない、静かな空間で眠る少女が一人。

 

 目元まで伸びた黒髪に、素朴だが何処か小動物を思い浮かべるような顔が特徴的な女の子である。

 

『あ、こんなところにいた』

 

 ウィーン、と音を立てて教室の扉が開き、女性が一人入室してきた。

 

 黄金のように輝く金の髪と、蒼い瞳を持つ美女だ。

 

『もう、こんなところで寝たら風邪引くわよ……』

 

 机に突っ伏して深い眠りに付いている少女を見つけるなり、美女は少女に歩み寄る。

 

 慈しむように髪を撫で、その手をゆっくり少女の耳元へ持っていく。

 

 微かに、少女の耳朶に手が触れた。

 

『ん』

 

 瞬間、少女の身体がビクンと跳ねる。

 

 しかし、まだ少女は起きない。

 余程疲れているのだろうか。

 

『そんなに眠たいなら帰ってから寝なさい、サクラ』

『んー……』

 

 中々起きない少女――サクラに業を煮やした美女は、にやりと笑って彼女の耳に顔を近づける。

 

 起こさないように注意しながら息を吸い、そして。

 

『……ふっ』

『ひゃん!?』

 

 そっと、耳に息を吹きかける。

 

 その効果は絶大だった。

 今までの熟睡が嘘だったかのようにサクラは跳び起きて、笑う美女の姿を発見した。

 

『も、もう! ジュリちゃんやめてよね』

『耳が感じちゃうんだー、可愛いねサ――

 

 

 

 と、そこまで読んだところでリィンはページを捲る手を止めた。

 

 そう、さっきまでの会話は全て漫画の中の物語だったのだ。

 

「耳……?」

 

 ソファに座りながらモニターに目を向けていたリィンは、自分の耳にそっと触れた。

 

「……んー?」

 

 全然、びくりともしないしくすぐったくもない。

 自分で触るんじゃ、駄目なのかなと色々な方法で耳に触れてみるが特に何も感じない。

 

「駄目かー」

 

 まあいいか、とリィンは再び漫画に目を向けた。

 

 ちなみに、この漫画のタイトルは『サクラとジュリエット』。

 パッと見よくある男女の恋愛を描いた少女漫画なのだが、見る人が見れば百合シーンが非常に多く、作者は本当は百合が描きたかったが編集に男を出すことをごり押しされたのではないか、とその筋ではまことしやに噂される作品である。

 

 

 

 

『耳が感じちゃうんだー、可愛いねサクラは』

『べ、別に感じてないし』

『ふぅん?』

 

 にやり、とジュリことジュリエットの美麗な顔が愉しそうに歪んだ。

 

『よいしょっと』

『ちょ、ちょっとジュリちゃん!?』

 

 椅子に座るサクラの足を跨ぐようにして、サクラの膝の上に腰掛けて向かい合う。

 必然、二人の距離はほぼゼロと言えるまで接近することになった。

 

『ち、近いよ……』

『ふふ、サクラったら顔真っ赤』

 

 つつ……とジュリの指先が、静かにサクラの耳に触れた。

 びくっとサクラの身体が震える。

 

『耳まで真っ赤ね』

『んっ……だってこんなに近いと……っ』

『…………』

『ふぁっ……んぅ……』

 

 耳朶を親指で捏ねるように撫でる。

 それだけで、サクラは蕩けるような甘い声を漏らした。

 

『や、やめ……』

『昨日さ』

 

 ジュリの唇と舌が、指で触っている方と逆の耳に触れた。

 

 耳元で喋られて、サクラの身体はより大きく跳ねる。

 

『シノノメくんと一緒に帰ってたでしょ』

『ふぁっ!? み、見てたの?』

『うん』

 

 シノノメくん、とはサクラが片思い中の男子のことである。

 ようするにこの漫画のヒーロー役なのだが……登場回数は大体三話に一回くらいと少ない可哀想な子だ。

 

『楽しそうだったわねぇ』

『だ、だって……く、む……ぅ』

『嫉妬しちゃうわねぇ……』

 

 コロコロと、サクラの耳朶がジュリの口内で踊るように転がされる。

 

 すっかり蕩けた顔をしているサクラに出来る抵抗は、最早指を噛み、漏れ出る声を抑えるくらいだった。

 

『前にも、言ったけど』

『――っ』

 

 ようやく耳から唇を離したジュリは、噛みついている指を引っ張って引き離した。

 

 無防備となった彼女の唇に、自身の唇を近づけていく。

 

『相手が誰であろうと、アナタを渡す気は無いから』

『ジュリちゃ――

「リィンー」

「うひゃぁ!?」

 

 唐突に、リィンの意識は現実へと引き戻された。

 今読んでいるシーンをシズクに見られないように、モニターを閉じる。

 

「お風呂上がったよー」

「え!? あ、そ、そうなの」

「……ん?」

 

 明らかに様子がおかしいリィンに、当然シズクは違和感を覚えた。

 

 しかし、漫画を読んでいたということを知らない以上、流石のシズクも様子がおかしい理由は察せない。

 

 ならば直接訊こう、とシズクはにやりと笑った。

 

「ねーねーリィンー! あたしがお風呂入っている間何してたのー?」

「え!? い、いや別に漫画読んでただけだけど!?」

 

 リィンの隣に、数センチの間も空けずダイナミックなモーションでソファに座るシズク。

 

 近い。

 お風呂上がりだからだろうか、とてもいい匂いがする。

 

 だがまあ、いつものことだ。

 基本的にシズクは人との距離が近いのだ。

 

「ほほう、漫画ということは、えっちなシーンだったのかな?」

「ぐぬっ、相変わらず無駄に鋭い……」

「見せて見せてー」

 

 ぐいぐいとリィンの腕を引っ張るシズク。

 凄く楽しそうだ。ムカつくくらい。

 

(そういえば)

(シズクがこうやって近くに居ても、別にドキドキとかしないなぁ……)

 

 普段から距離が近いからかしら、頻繁に泊まるし。

 

 等と思いながら、見せろ見せろと五月蝿いシズクのほっぺをむにりと摘まむ。

 

 そして一言。

 

「嫌よ」

「えー? どうしてー?」

「どうしてもこうしても……」

 

 むにり、むにりとシズクの頬を弄ぶ。

 滅茶苦茶柔らかい。赤ん坊クラスである。

 

「…………」

「……リィン?」

「…………」

 

 むにむにむにむに。

 むにむにむにむに。

 むにむにむにむにむにむに。

 

「やめんか!」

「えー、いいじゃないほっぺくらい」

 

 びしり、と叩き落とすように両手をはたかれた。

 しかしリィンはこりずに再びその手をシズクの頬へ。

 

 

「うばー」

「やわらかー」

 

 諦めたのか、抵抗をやめたシズクであった。

 

 むにむに地獄……いや、むにむに天国再びである。

 

「もー、リィンはもー」

「だって柔らかいんだもん……ん?」

 

 ふと、何かに気が付いたようにリィンがずいっと顔をシズクの顔に近づけた。

 

 キス寸前まで近づいてきたリィンに思わず赤面してしまうシズクだったが、そんなことにも構わずリィンは言う。

 

「シズクの瞳って……何か不思議な色してるわね」

「え? 何急に喧嘩なら買おうか?」

「いや褒めてるんだけど……」

 

 シズクの瞳は、透明のような青色のような不思議な色。

 海色、という表現が一番しっくりくるだろうか。

 

「そ、そう……」

「…………」

 

 頬を赤くし、照れるように目を逸らすシズク。

 

 それとは対照的に、リィンは真顔だ。

 別に、シズクの頬を触るのに夢中すぎるわけではない。

 

 ただ、一抹の不安がリィンに襲いかかってきたのだ。

 

(私もしかして……)

(別にシズクに恋しているわけじゃないんじゃないか!?)

 

 ルインが聞いたら腰の入ったストレートを鳩尾にぶちこまれそうな思考である。

 

 ただ本人は大真面目。

 真面目に自身の恋心に対して疑問を抱く。

 

 理由としてはこんなに近づいて、触れても漫画のようにドキドキしないからなのだが……。

 

 そのことで不安になる時点で、ねぇ。

 

(うーむ、いやまさか恋じゃなかったなんて……)

(ルインも適当言っちゃってまあ)

 

 等とルインが聞いたら激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(神)必至なことを考えつつ、

 

 リィンはふと思いついたように、シズクの耳を指でなぞるように撫でた。

 

 瞬間。

 

「んぁっ……」

 

 小さな喘ぎ声が、シズクの口から漏れた。

 

「っ……!」

 

 ぞくりと、何かが、リィンの全身を伝った。

 

「ちょ、ちょっとリィン、耳はくすぐったいかなぁって……ひゃっ」

「…………」

 

 シズクの制止も聞かず、リィンは耳を弄り出した。

 左右の耳を、両手でこねくり回すように撫でる。

 

「んっ……や、やめて……」

「耳、触るくらいいいよね」

 

 まるで、自分に言い聞かせるようにリィンは呟く。

 

 その表情は、楽しそう、というより、愉しそうな、

 

 愉悦の表情(かお)

 

「ま、待って。ふ、普通に考えてあたしが攻めな感じぃっ……! だったのに、なんで、こん、な……っ」

「? 何言ってるのシズク」

 

 指で耳を撫でるたび、面白いようにシズクの身体がびくんと跳ねる。

 

 なんだかそれが可愛くて、なんだかそれが面白くて、

 リィンは蕩けるような笑顔でシズクの耳を弄り続けた。

 

「ぐ、この……! いい加減にしろぉ!」

 

 最早涙目で、すっかり赤くなった顔を歪めながらもシズクは意を決したように動いた。

 

 両の手を前に突き出し、リィンの豊満な胸に向かって掴みかかった!

 

「きゃっ」

「うばばばば! こっから逆転開始だー!」

「うわっ、ちょ、やめなさいシズク!」

 

 もみもみもみもみとリィンの巨乳が揉みしだかれる。

 当然、リィンの抵抗がシズクを襲う。

 

 ずびしずびしとリィンのチョップがシズクの頭に炸裂していく。

 

「痛い痛い。けどやわらかー」

「くっこの……!」

 

 それは反射的に出た手だった。

 押しのけようと、つい突き出したリィンの両手が、

 

 シズクの慎ましい胸を撫でるように揉み上げた。

 

「っひゃあ!?」

 

 びくんっとシズクの身体が大きく跳ねた。

 

 貧乳故に、感度が良いのだろうか。

 しかしそんなことは知らないリィンは、仕返しとばかりにシズクの胸を揉め――無いので滑るように撫でる。

 

「あら、小さいのに柔らかい」

「ふぁ……! や! ま、待って……!」

 

 リィンの愛撫から逃れるようにシズクは後退した。

 リィンに背を向け、ソファにうつ伏せに倒れ込む。

 

「逃がさないわよ!」

「うばー! や、やめて! やばい! やばいから!」

 

 うつ伏せになったシズクの背に乗っかるリィン。

 ソファとシズクの胸の間に手を滑り込ませ、体重をかけることによってシズクが逃げられないように拘束した。

 

「ん……ぁ……」

「ふふふ、もう逃げられないわよ」

「ぁん……! 待ってリィン! 駄目! これ以上は駄目だから!」

 

 胸を撫でるたび、シズクの身体がびくんびくんと跳ねる。

 どうにか抵抗しようと身体に力を込めるが、リィンの指が動くだけで力が抜ける。

 

「駄目……!」

「何で?」

 

 すっかり発情した顔で、小首を傾げるリィン。

 

 彼女の性質悪いとこは、この「何で?」が意地悪でも何でも無く、ただの疑問だということだろう。

 

 何で駄目なのか、なんて。

 シズクくらいの年齢の乙女が説明できるわけもなく。

 

「~~~っ」

 

 ただ羞恥で顔を赤くするのみであった。

 

(あ、耳まで真っ赤)

 

 と、そこでリィンはさっきまで読んでいた漫画の内容を思い出した。

 

 少し躊躇った後、ゆっくりと顔を耳に近付けて……。

 

 ぺろり、と舐めた。

 

「――――っ!?」

 

 シズクの身体が跳ねる。

 

 声をあげなかったのは、指を噛んで声を抑えていたからだ。

 

 シズクにとって今できる、精一杯の抵抗だったのだろう。

 

 だが――。

 

(わ、シズク指噛んでまで声抑えて……)

(可愛い)

 

 逆効果のようだった。

 

 より、リィンの責めは激しくなっていく。

 

 知識は無いが、シズクの反応を見て何が有効で、何が反応悪いのかを見ていく。

 

(シズクの可愛い反応を見てると)

(何だろう、胸がドキドキする。お腹の下あたりが、ずくずくする)

(もっと。もっと、もっと見たい、シズクの可愛いとこ)

 

 胸の愛撫は、最初の全体を撫でるようなものから、先端を集中して責めるような撫で方に、

 耳は、息を吹きかけたり、優しく舐めながら時折甘噛みするのが有効だと学んだ。

 

「――――ふ――ぅ――っ!」

 

 最早シズクは抵抗の色すら見せず、指を噛んで声を出さないようにしてはいるもののリィンにされるがままである。

 

「ちゅっ、ぺろ、はむ」

「ぁ……くぅ――! り、リィン……!」

「ん?」

「あたし、もう――!」

「え? あっ!」

 

 シズクがもう、と言った瞬間。

 

 リィンは今までのやりとりが嘘のような早さでパッとシズクから身体を離した。

 

「――え……?」

「ご、ごめんシズク、やり過ぎた?」

 

 両手を合わせ、ぺこぺこと頭を下げて謝る。

 焦らしてやろう、とか思っているわけではない。

 

 素の行動である。

 

「はぁ――はぁ――」

「本当にごめん、なんかシズクの反応が愉しくて……頭もボーっとしちゃってつい……」

「…………えーっと」

 

 ゆっくりと、シズクは起き上がる。

 まだ荒れる呼吸を整えながら、リィンに向かいあう。

 

「その、怒ってないから……」

「え、ホント?」

「うん……だから、その……」

 

 ――を、とシズクは呟いた。

 

 しかしあまりにも小さい声だったため、リィンには届かない。

 

「ん? 今なんて?」

「だから、……つ、……きを……」

「え? ごめん、聞こえない」

「…………っ……づき……」

「もうちょっと大きい声だしてよ」

 

 どSかよ、とシズクは思うが、分かっている。

 リィンは本当にシズクの声が聞こえていないし、この仕打ちも天然なのだろう。

 

 大きく息を吸って、吐いて。

 深呼吸してから、言葉を発す。

 

「つ……!」

「つ?」

「~~~……っぎは!」

「次は?」

 

 結果的に、シズクは。

 羞恥心に負けることになったのであった。

 

「次は負けないからなー! 憶えとけこんちくしょー!」

「え? あっ、シズク!?」

 

 ソファから降りて、シズクはリィンのマイルームから転がるように出て行ってしまった。

 

 後を追う訳でもなく、ただその後ろ姿を茫然と見送った後、リィンは呟く。

 

「やっぱ怒らせちゃったのかしら……」

 

 明日謝ろう、と決めて、リィンはお風呂に入ろうと立ち上がる。

 

 太ももを伝う妙に粘着質な汗が、気持ち悪かった。

 




ついにリィンの読んでいる少女漫画のタイトルと内容が決定。

ていうかアレ……? 見直してたらリィンが15歳だったり16歳だったり曖昧っていうか適当っていうか色々雑だなぁ作者。

一度全部見直さなきゃいかんかも。


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アイドルからの難題

短めだけど、次の投稿は早ければ明日にでもできそう。


 

 翌日の朝。

 

「くぁ……」

 

 アークスシップ・ゲートエリア。

 その一角にあるコートハイムがいつも集合場所として使っているモニター前で、シズクは一人欠伸を漏らした。

 

「結局昨日はよく眠れなかったなぁ……」

 

 目を擦りながら、他のメンバーを待つ。

 

 立ちながら仮眠でも取ろうか、と思ったところで見慣れたポニーテールがテレパイプゲートから姿を表した。

 

「お、シズク」

「おはようございます、メイ先輩」

 

 軽く手を振りながら近寄ってくるメイに対して、同じく手を振って挨拶する。

 

「一人?」

 

 メイはシズクの周囲を見渡しながら言った。

 

「はい、メイ先輩が二番です」

「それは丁度良かった」

 

 言いながら、端末を操作し始めるメイ。

 

 丁度いい? と首を傾げるシズクの目の前に、再生待ち状態の動画データが表示された。

 

「?」

「あの二人が居ない間に進めておきたい商談があってね……」

「商談……?」

 

 流石のシズクも、話が見えないようだ。

 

「ちょーっとメセタが心許なくてさ、良い映像が撮れたからシズク買わないかなって」

「は、はぁ……とはいってもあたしもそんなに余裕があるわけじゃないので、払える価値のあるものじゃないと払いませんよ」

「まー、そりゃそうよ。大丈夫、絶対払いたくなるから」

 

 余程自信があるのだろうか、メイはハッキリと言い切った。

 

 そこまで言われちゃ気になるものだ。

 シズクは再生ボタンをポチりと押した。

 

「……?」

 

 画面には、森林エリアに立っているリィンが映し出された。

 一瞬、昨日の出来事が脳裏を掠めて赤面するシズクであったが、次の瞬間。

 

 そんな赤面など吹き飛ばすような衝撃がシズクを襲った。

 

 モニターに映るリィンの腕が、ゆっくりと上がって兎の耳を象り、

 照れ笑いと苦笑いが絶妙に混じった表情で、

 

『り、リィン・アークライトだピョン』

 

 と、言った。

 

 瞬間、思考が真っ白に染まるほどの激震がシズクを襲った。

 

 足元から指先にかけて余すことなく身体中を駆け巡る萌えという言葉と痺れ。

 

 この感動を、感情を言葉にしようとして、口をパクパクと動かすが声が出ない。

 

 言葉に、できない。

 

「ご――」

 

 だから、シズクはメイに向かって腕を突きだした。

 五本の指を全て立て、まだ痺れの取れない身体で精一杯言葉を紡ぐ。

 

「五万……否、五十万メセタ出します!」

「毎度ぉ!」

 

 商談成立である。

 シズクとメイは固く握手を交わし、頷き合う。

 

「あ、アーヤには内緒だからな、後輩に金を強請ったと知ったら絶対怒られる」

「ぐっへっへ、分かりましたよ先輩」

「何やってんの?」

「ふぁー!?」

「うばー!?」

 

 ビクビクビクビクー! っと二人の身体は驚きのあまりとび跳ねた。

 

 声をかけた主――アヤはそんな二人を怪訝そうな顔で見ながら近寄ってきた。

 

「こ、こここれはアーヤさんじゃありませんか」

「お、おおおおはようございます先輩!」

「おはよう。動揺しすぎでしょう……何かいけないことでもしてたのかしら?」

「いいえいいえいいえ、別にど、動揺なんきゃ……なんかしてないよ」

「そそそそうですよ、ねぇ」

 

 どう見ても怪しさMAXである。

 無理矢理吐かせようか……と腕に力を込めたところで、アヤはハッと何かに気付いた様子で腕を止めた。

 

(そういえば今日は誕生日……)

(サプライズの相談でもしてたのかしら?)

 

 だとしたらここは放っておくのが吉だろう――と勘違いしてくれたアヤは、「まあいいわ」と少し照れ臭そうに視線を二人から外した。

 

(な、何だか知らんがセーフ?)

(自分の誕生日サプライズについてのことだとでも思ったのでしょうか……)

 

 ホッと胸をなでおろす。

 

 アヤは怒ったら怖いのだ。

 それは幼馴染であるメイが一番よく知っている。

 

「あ、もう皆揃ってるんですね」

 

 と、そんな空気の読めてるのか読めてないのか絶妙なタイミングで、リィンがゲートから現れた。

 

 これで全員集合、である。

 

「それじゃ、行こうか」

 

 挨拶もそこそこに、とりあえずコフィーのところで浮遊大陸の探索許可を貰おうと四人は動き出した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「あ、やっほー」

 

 ショップエリア・展望台。

 昨日と同じく歌声が聴こえてきたので、注意に来た『リン』に対して、クーナは気軽そうに手をあげた。

 

「……えーっと、クーナ、だっけ。マジで有名なアイドルだったんだな」

「お? 調べてくれたの? どう? 興味持ってくれた」

「や。私はどうにも音楽とか芸術とかに疎くてなぁ……それよりもショップエリアで歌うのはやっぱ迷惑だと思うぞ」

「だーかーらー、アナタ以外に聞こえてないし見えてもないって」

 

 ぷりぷりと怒りながら、クーナは「見ててよ」っと展望台から身体を乗り出した。

 

 すぅう……っと大きく息を吸う。

 

「わ、ぁあああああああああああ!」

「っ!?」

 

 歌姫系アイドル本気のハウリング。

 流石の肺活量である――ショップエリア全域に響いたんじゃないかと思えるほどの大音量に、思わず『リン』は耳を塞ぐ。

 

 ……が、しかし。

 

「い、いきなり何を……」

「ほら、見てみなさい、こんな大声だしても誰も気付いてない」

 

 言われて、『リン』も展望台からショップエリアの人々を見下ろす。

 

 クーナの言う通り、誰一人さっきの大声に気付いていないかのように、買い物を続けていた。

 

「……ホントだ、どうなってんの?」

「ひみつー。ま、あたしがこんなとこで歌ってたら人だかりが出来ちゃうからねー、当然の隠ぺいってやつよ」

「ふーん……」

 

 最近のアイドルは凄いなぁ、と一瞬思った『リン』だったが、良く考えたら昔のアイドルも一人すら名前が浮かばなかった。

 

「成程ねぇ……」

「…………♪」

 

 感心したように頷く『リン』を見て、クーナは何かを思いついたようににやりと笑った。

 

「……あなたさー、シティにいるのをよく見かけるけど、アークスとしてどのくらい活動してるの?」

「え?」

「ヒマ、ってわけでもなさそーだけど、よかったらあたしからの依頼とか受けて見ない?」

 

 何かを企んでいる顔である。

 ただ、偶像(アイドル)として完成している彼女の本性は、シズクでも無ければ見抜けるわけでもなく……。

 

「クライアントオーダーってこと? いいよ」

 

 お人よしである『リン』は、二つ返事で受ける方向に話しを進めた。

 

「そ。心配しなくても、そんな難しいコトを頼んだりはしないって! ただ純粋に、アークスとしてのあなたの力を見てみたいってそーゆー好奇心からだし!」

「ふーん、アイドルなのに変なことに興味あるんだな」

「……それってアイドル関係ある?」

 

 ホント、アイドルとかそういうのに疎いんだなぁ、と呆れるようにクーナは溜め息を吐くのであった。

 




原作イベントを挟むと、原作では『アナタ』が喋らないから『リン』のセリフ選びと喋るタイミングで結構悩む。
違和感なくできてればいいが……。


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暴走龍XH

早ければ明日投稿するという言葉を有言実行していくスタイル。

長くなりそうだったから分けただけだけど


 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸。

 

 空に浮かぶ大陸という幻想的なエリアを、闊歩する男が三人。

 

「ふぅ……やはりベリーハードだと楽勝ですね」

「まあそう言うな、これも仕事だ」

「つってもこれじゃ腕が鈍っちまうぜ」

 

 金髪のホストのような格好をしたイケメンと、銀髪のモデルと見間違うようなイケメン。

 そして黒髪の生意気を体現したような長髪のイケメン。

 

 このイケメンだらけの集団は、【銀楼の翼】のメンバーたちだ。

 

 有名チームのメンバーだけあって、全員かなり上質の装備を整えている。

 

「あー、また【巨躯】とか来ねえかなぁ、今度は本体と戦ってみてぇ」

「ウチのチームからはリーダーと副リーダーだけ本体戦に呼ばれたからなぁ……」

『――――』

「ん?」

 

 あまりモラルの良くないことを話しながら進んでいると、何か妙な音がした。

 

 エネミーの声――ではない、もっと別の。

 何かを、引き裂くような、割るような……。

 

「今、何か聞こえなかったか?」

「へ? いや、全然……」

『――ぃ――ぁ』

「「「!」」」

 

 瞬時に、三人とも戦闘態勢を整える。

 流石と言うべき反射神経だが、彼らは一つミスを犯した。

 

 戦闘態勢を整えるよりも、

 

 一目散に逃げることを優先するべきだった。

 

「キシャァアアアアアアア!」

 

 ばきり(・・・)と、空間を引き裂いて(・・・・・・・・)ソイツは現れた。

 

 戦闘機のような、鋭利な頭部。

 巨大な身体に似合わない、細い胴体。

 

 血なのか体色なのかは分からないが、赤黒く染まった硬質な両腕。

 

 暴走龍『クローム・ドラゴン』。

 ドラゴンというよりも、エイリアンに近い姿かたちをしているが、間違いなく今巷を騒がしている暴走龍はこいつのことだ。

 

 しかし――

 

「な、なんだ、クロームか」

「脅かしやがって、【銀楼の翼】の実力を見せてやる」

 

 そう、クローム・ドラゴンは、上位チームのメンバーならば勝てない相手じゃない。

 四人以上でかかれば万全だが、三人でも充分に対処は可能だろう。

 

 このクローム・ドラゴンが、普通のクローム・ドラゴンならば、だが。

 

「喰らえ! ウィークバレッ――」

「――ァアアアアアアアア!」

 

 ウィークバレットを放とうとしたレンジャーの脇腹に、クローム・ドラゴンの巨大な爪が突き刺さった。

 

 速い。

 そして鋭い。

 

 致命傷、である。

 それでも最後の意地として放たれたウィークバレットは、

 

 そのクローム・ドラゴンの左角に巻かれた、黄色い布を僅かに掠めたが着弾はせず、遥か後方に飛んでいった。

 

「キシャアアアアア!」

 

 吼える。

 狂ったように、クローム・ドラゴンは吼える。

 

 まさに『暴走龍』と言うべき暴れっぷりである。

 

 【銀楼の翼】の残った二人は、無残な姿となった味方を見るが否や一目散に走り出した。

 

「う、うわぁあああああ!」

「に、逃げろー!」

 

 仲間とは一体何だったのか、となるほど潔い逃げっぷりである。

 

 だが、一応弁明しておくと、彼らがここで逃げたという判断は正しい。

 

 圧倒的なまでに正しい。

 

 彼らはたったの一振り、龍の薙ぎ払いを見て悟ったのだ。

 

 例え弔い合戦だ、と立ち向かっても、彼らに勝ち目などないことを。

 

「ギャォオオオオオオオオオ!」

 

 だがやはり、遅すぎたのだろう。

 

 逃げるのなら、空間を裂いて現れた瞬間に逃げるべきだった。

 

「ひっ――」

「あ、ああああああ!」

 

 ぐしゃり、と血飛沫と共に悲鳴が鳴り響いた。

 

 【銀楼の翼】のメンバーが、暴走龍によって三名重症を負ったというニュースが流れるのは、それから二日後の話だった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「はい、問題ありません。チーム【コートハイム】の皆さんに浮遊大陸のクエストを解放しました」

 

 管理官コフィーが、いつも通り素っ気ない声で【コートハイム】の四人に告げた。

 

 皆を代表して、メイがぺこりと頭を下げる。

 

「ありがとう、コフィーさん」

「仕事ですから」

 

 これまた素っ気ない、仕事感丸出しの返事である。

 しかしまあコフィーさんだし仕方ないか、と【コートハイム】の四人は礼を言ってからその場を離れた。

 

「あ、お待ちください」

「へ?」

 

 と、離れようとしたところでコフィーが四人を呼びとめた。

 

 珍しいこともあるものだ、と意外そうな顔をしながらも四人は足を止める。

 

「最近、巷で噂になっている『暴走龍』をご存じですか?」

 

 『暴走龍』。

 その単語を聞いた瞬間、シズクとリィンがピクリと反応した。

 

 結構前の話だが、某アイドルから『暴走龍』に関する情報提供を求められたことがあるのだ。

 

 そういえば、結局一度も遭遇したことないな、とシズクはリィンをちらりと見る。

 

 偶然目が合った。

 つい、昨日のことを思い出して目を逸らす。

 

「『暴走龍』ねー、名前だけは聞いたことあるけど」

 

 メイは、小首を傾げながらそう言った。

 

 巷で噂になっているということは、結構有名な話なのだが、その辺りこのリーダーは雑である。

 

 なので代わりに、アヤが一歩前に出て答える。

 

「『クローム・ドラゴン』のことですよね?」

「その通りです」

 

 コフィーは満足げに頷いた。

 

「ダーカーのように空間跳躍を駆使する、新種の龍族……と言われています。非常に戦闘能力は高く、ダーカーを主食としていますが会話は通じず、アークスに対しても襲いかかってくる危険なエネミーです」

「ははーん、成程、そのクローム・ドラゴ何とかが浮遊大陸には頻繁に出るから気を付けろってわけですか?」

「半分正解です」

「ていうかそこまで名前言ったなら最後まで言いなさいよ……」

 

 アヤのツッコミがびしりと炸裂した。

 頭を押さえて涙目なメイは放っておいて、コフィーは話を再開する。

 

「クローム・ドラゴン自体は、空間を跳躍する関係上何処の惑星にも出現します。てすが、ここ最近浮遊大陸……というか惑星アムドゥスキアに『左角に黄色い布が巻かれた個体』が頻繁に出現しています」

「左角に……?」

「そのままの意味なのですが、左側の角に黄色い布らしき物体が巻かれている個体が居るんですよ。そのクローム・ドラゴンの強さは他のクロームの数倍とも言われています」

「それって……」

「はい、間違いなくエクストラハード級の個体でしょう」

 

 もし遭遇したら、かならず逃げてください、と念を押すようにコフィーは言った。

 

 言われなくても、そんなのと出会ったら即逃亡安定である。

 

 だからそれよりも、シズクとリィンが引っかかったところはその特徴。

 

 左の角に、黄色い布が巻いてある個体。

 

 それは、紛うことなくクーナが探していると言っていた個体じゃないのか?

 

 と、リィンはシズクの様子をちらりと伺う。

 

 目が合った。

 逸らされた。

 

(やっぱ怒ってるのかな……)

「ああそれと、シズクさん、リィンさん」

 

 思い出したように、コフィーは二人の名を呼んだ。

 突然のことに驚きながらも、シズクとリィンは顔をあげて返事をする。

 

「はい?」

「うば?」

「これを……」

 

 コフィーは手元の端末を操作し、慣れた手つきで二人の端末にとあるデータを送信した。

 

「アナタ達の功績、実力、その他色々を加味した結果、それをお渡しすることに問題はないと判断されました」

 

 受け取ったデータを確認した瞬間、二人は目を見開く。

 

「『サブクラス』……」

「『利用許可証』……! これって……!」

「はい」

 

 コフィーは、あくまで事務的に。

 しかし、いつもより若干柔らかい表情で、二人に告げる。

 

「おめでとうございます。お二人に『サブクラス』を利用する許可が降りました」

 




実はまだシズクとリィンのサブクラスを何にするか決めて無かったり。←



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サブクラス

サブクラスの組み合わせを考えるのが好き。


「何をしたいのかな?」

 

 ゲートエリア中央・クラスカウンター。

 『ビア』という顔のパーツが中央によった骨太の男性が係を務める、アークスのクラスを変更したり、スキルを新たに取得したりする重要な場所だ。

 

 当然サブクラスもここで変更することになる――ということでクラスカウンターにやってきた【コートハイム】の面々であった。

 

「サブクラスの利用が許可されたので、サブクラスに就きに来ました」

「これが許可証です」

 

 シズクとリィンが前に出て、先ほどコフィーから貰ったサブクラス利用許可証をビアに提示した。

 

「確かに。では就きたいクラスを選んでください」

 

 クラスの一覧が表示されたモニターが、二人の前に映し出される。

 

 ハンター。

 レンジャー。

 フォース。

 ファイター。

 ガンナー。

 テクター。

 ブレイバー。

 

 七つのクラスから、一つを選択する方式だ。

 尤も、メインクラスと同じクラスをサブクラスにはできないので、シズクはレンジャーが、リィンはハンターの項目が選択不可能になっていた。

 

「……で」

 

 宙に浮かぶリストに目を通してから、リィンは困ったように振り返って先輩らを見る。

 何事か、と思いきや、ある意味仕方ないともいえる事情があったようだ。

 

「サブクラスって、どれを選べばいいんですか?」

「……あー」

 

 サブクラス、というのはメインクラスと組み合わせることによってメインクラスの長所を伸ばしたり、短所を補ったりすることが目的の補助的なクラスのことだ。

 

 例えばハンターがメインクラスなら、同じ打撃職のファイターをサブクラスに添えることで火力を向上させたり、フォースと組み合わせることによって遠距離攻撃と回復魔法を会得したり。

 

 その組み合わせは多岐に渡る。

 

 サブクラスを許可されたからって、ほいほいと決められるものでもないのだ。

 

「うばー、あたしもこれは悩みますね……オススメの組み合わせとかないんですか?」

「んー、つってもなぁ、ウチらは初期メインクラスがファイターとフォースだったから、ハンターとレンジャーの知識はあんまないのよね」

 

 腕を組んで、うーんと唸るメイ。

 アヤも同じような反応だ。

 

「困ったな……ビアさん、オススメとかないんですか?」

「うーん、私からはそういったアドバイスはあげられないんですよ、残念なことに」

「何でですか?」

「クレームが来たんですよ。『クラスカウンターのアドバイス通りにクラス設定したら全滅した、責任取れ』と」

「うわぁ……」

 

 それはまた、なんていうか、ご愁傷さまだ。

 

 無論、そのクレームを付けたアークスの頭が。

 

「それ以来、クラスの組み合わせに関するアドバイスはしない方針なんですよ……」

「むむむ、そうなると自分で決めるしかないのか……」

「サブクラスにした時に取得できるスキルとかは見せてくれるんですよね」

「それはもう、いくらでもどうぞ」

 

 あくまでアドバイスが出来ないだけである。

 

 クラスごとのフォトン傾向、取得できるスキル、そういった情報は問題なく開示されている。

 

「うーばー……」

 

 ざっと眺めた後、シズクは眉を(しか)めながら先輩らに向かって言う。

 

「……ちょっと決めるまで時間掛りそうですね、先輩達は適当にぶらついてていいですよ」

「私も……これは迷いますわ」

「ま、だよねー」

 

 しょうがないね、とメイは頭の後ろで手を組みながら言った。

 

 サブクラスは、上手く活用すれば戦闘能力が飛躍的に上がるだけではなく、手札を増やすことすらできるシステムだ。

 

 それ故に、組み合わせは悩ましい。

 あっちを立てればこっちが立たず――なんていう風になるのも珍しくは無い。

 

「じゃあウチは(さっきの臨時収入で)ドゥドゥと戦ってくるかな……」

「この前ツインマシンガン強化してたじゃない」

「いやー、それがツインダガーも新調しまして……」

 

 言って、後輩に手を振りながらその場を離れる。

 

 ゲートを抜けてショップエリアへ。

 

「ん?」

 

 ショップエリアに降り立ってすぐ、メイが何かに気付いたように上を見上げた。

 

 視線の先には展望台。

 見覚えのある黒いコートの女性が『一人』。

 

「あ、『リン』だ」

「ホントね、一人で何しているのかしら」

 

 足を止め、『リン』の様子を伺う。

 すると奇妙なことに、一人であたかも誰かと話しているかのように口をパクパクと動かしているではないか。

 

「……あの子、一人で喋ってない?」

「……り、『リン』にも『リン』なりの悩みがあるんじゃない? 放っておいてあげましょ」

「……そうね」

 

 クーナの認識阻害のせいで危ない人認定されそうな『リン』であった。

 

「それじゃ、行ってくるわ」

 

 そんなことは露知らず(というか気にしてないのだろう)、『リン』はクーナに向かって手を振り、展望台を飛び降りた。

 

 ちなみに展望台を飛び降りること自体はアークスにとってはよくあることである。

 

「あっ」

「む? メイとアヤじゃないか」

 

 さて、展望台を飛び降りたということは、展望台の下から『リン』を見ていたメイたちと鉢合わせるということで……。

 

「えっと、その……」

「お、おはよう『リン』」

 

 奇行を見てしまった直後というのもあって、少し気まずい。

 

「ああ、おはよう。何だか久し振りに感じるな」

「【巨躯】戦前に会ったばっかでしょ」

 

 たかが二日ぶりである。

 

「そうだっけか」

「まあアンタほど忙しなく色んな人の頼みを聞いてたら、一日も長く感じるだろうね」

 

 お人好しだもんね、とアヤは呆れながら言う。

 

 研修時代からそうなのだが、この娘は人の頼みを容易く引き受けてしまいがちなのだ。

 

 いつも誰かのために、忙しなく駆け回っていた。

 でもそのわりには自分のために働いているところを見たことがない、生粋の人助け体質。

 

 否、主人公体質とでも言うべきだろう。

 

「はは、人が悪いよりかはマシだろ。それに、人を助けるのも結構楽しいもんだよ」

「とてもじゃないけど真似できない生き方だなぁ……あ、そうだ」

 

 と、そこで何かを思い付いたようにメイは頭上に電球を浮かべた。

 また録でもないこと思い付いたのか、とアヤは冷ややかな目でメイを見る。

 

「『リン』さ、今少し時間ある?」

「ん? まあ無いことは無いが……何か困ったことでもあるのか?」

「ウチらじゃないけどね」

 

 メイは、親指でゲートエリアへ続くテレパイプゲートを指しながら、言う。

 

「後輩たちがさ、困ってるだろうから助けてくれないかな?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「うばー、やっと決まったー」

「『リン』さんのおかげです、ありがとうございます」

「いやいや、私は大したことしてないよ」

 

 ゲートエリア・クラスカウンター前。

 サブクラス就任を終えたシズクとリィンは、ぺこりと『リン』にお礼を言った。

 

 メイの頼みごととは、シズクとリィンのサブクラス決めの手伝いだったのだ。

 

 流石というべきか、『リン』は全クラスの様々な組み合わせを試したことがあるそうで、それは大変参考になる意見をくれて助かった。

 

「結局、二人ともサブクラスは何にしたの?」

 

 メイが、退屈そうに弄っていた端末から顔をあげた。

 『リン』のクラス組み合わせ談義は大変参考になるものだったので、アヤとメイもドゥドゥに行く予定をキャンセルして一緒に聞いていたのだ。

 

 しかしメイは途中で飽きて端末でゲームをしていたのである。

 

 しょうがない、もう一度説明してやるか、とまずシズクが前に出る。

 

「あたしは、レンジャー/ブレイバーです。ヘッドショットと弱点狙いが得意ですから、『ウィークスタンス』に惹かれて決めました」

「シズクヘッドショット病的に上手いもんねぇ」

 

 シズクの選んだサブクラスは、『ブレイバー』。

 レンジャーのサブクラスとしては比較的一般的である。

 

 『ウィークスタンス』という、弱点に攻撃を当てた時に大幅に火力が上昇するというスキルがかなりレンジャーと相性がいいのだ。

 ウィークバレットで弱点を増やしたり、ヘッドショットでも弱点と判定されるのでかなりの火力上昇が見込めるだろう選択だ。

 

「次は私ですね」

 

 続いて、リィンが前に出る。

 前に出たところで見た目に変化はないのだが、何となくだ。

 

「私はハンター/テクターになりました」

「テクター? 意外だな、ファイターかブレイバーだと思ってたけど」

「んー、自分の火力を上昇させるのも考えたんですけど……」

 

 ハンターのサブに、テクターというのはあまり一般的では無い。

 基本脳筋なアークスが多い所為でもあるが、テクターのスキルに打撃攻撃を直接強化するスキルは少ないのだ。

 

 逆にテクターのサブにハンターはそこそこ居るのだが――まあ今その理由を語る必要はないだろう。

 

「『デバンドカット』や、『スーパートリートメント』。各種補助テクニックが魅力的でして」

「ああ……成程」

 

 テクターは、補助を得意とするクラスだ。

 中でも『デバンドカット』は防御力アップテクニックである『デバンド』の効果を高めることができる。

 

 つまり、リィンの防御力自体も高めることができるのだ。

 

 自身の火力を高めるのではなく、パーティの盾となって周囲を守る選択と言えよう。

 

「『ザンバース』や『ゾンディール』で火力の向上にも貢献できますしね……皆がやられても、私が生き残ればムーンアトマイザーで蘇生もできますし」

「うん、いいんじゃないかな。リィンらしくて」

 

 問題があるとすれば、ソロだと火力が出にくいということだが、どんな組み合わせにも欠点というものはできるし仕方が無いだろう。

 

「さて……」

 

 そんなこんなでサブクラス就任も完了だ。

 少し予定外のことで時間を喰ってしまったが……。

 

「浮遊大陸、行くか」

「「「おー」」」

 

 浮遊大陸探索、開始である。




リィンが所謂カチ勢の道を順調に歩んでいます。

まあゲームだとあんまり優遇されてませんが、AKABAKO世界だとジャストガードで攻撃をシャットダウンできるので、盾職も結構重要なんですよ。


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凶暴化龍族鎮圧

久々の戦闘。
非常にあっさりとしています。


「シフタ!」

 

 赤い光が、パーティ全体を包み込む。

 

 『シフタ』。

 フォトン励起を利用して、攻撃力を活性化させるフィールドを生み出す補助テクニックだ。

 

「デバンド!」

 

 続いて青い光が、パーティ全体を包み込む。

 『デバンド』。

 フォトン励起を利用して、防御力を活性化させるフィールドを生み出す補助テクニック。

 

 キャンプシップでその二つのテクニックを使用した後、リィンは「おぉ……」と呟いた。

 

「本当にテクニックが使えるようになってる……」

『ふふ、まあ最初は疑うわよね、サブクラス就任ってあっさり終わるもの』

 

 通信機から、アヤの声が聞こえてくる。

 

 キャンプシップにはシズクとリィンとメイの三人。

 今日はアヤはオペレーター役だ。

 

『テクニックに関して分からないことがあったら遠慮なく訊いてね』

「はい。……あ、早速なんですけどレスタとメギバースの使い分けについて……」

 

 テクニックといえば、『リン』にもその辺り訊ければよかったのだが、彼女はサブクラス就任が終わるなり忙しなくクエストに出てしまったのだ。

 

 行先は【コートハイム】と同じく浮遊大陸だと言っていたが、難易度が違うので会うことは無いだろう。

 

「アーヤがオペレーターやる場合、テク職居なかったから助かるなぁ」

「あるのとないのとじゃメイト系の消費が全然違いますもんね」

 

 そんなこんなで、雑談すること数分。

 

 舟は惑星アムドゥスキア上空までたどり着いた。

 

 青々とした浮遊大陸と、赤く光る火山地帯のコントラストが綺麗な星だ。

 

「アヤさん、今回のクエストって何でしたっけ」

「『凶暴化龍族鎮圧』ね、ダーカーの影響で凶暴化している龍族をフォトンで殴って大人しくさせる任務よ」

「ようするに?」

「いつものクエストポイント溜めるやつよ」

「了解!」

 

 身も蓋もない会話をしつつ、一行はテレプールに飛び込む。

 

 クエスト名、『凶暴化龍族鎮圧』。

 開始である。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 アークスは、その仕事柄様々な惑星に降り立つこととなる職業である。

 

 故に、

 

 木々が生い茂る森林。

 龍の住まう火山洞窟。

 枯れた大地が広がる砂漠。

 一面銀世界の凍土。

 謎の機械が立ち並ぶ地下坑道。

 

 等々、非常にバリエーションに富んだ景色を見ることが出来るのだ。

 

 実のところ、そういった色々な星を冒険したいがためにアークスを志す若者は少なくない。

 アークスシップという、何から何まで人工物で出来た船で生まれ育ってきたのだ、ある意味仕方ないと言えるだろう。

 

 そこで、とある雑誌がアンケートを取ったことがある。

 

 ずばり、今まで行ったことのあるエリアで、何処が一番綺麗に感じたかというアンケートだ。

 

 一万以上のアークスから、最も支持を受けた栄光の第一位は――

 

 

 ――惑星アムドゥスキア・浮遊大陸エリアである。

 

 

「わぁ……」

 

 浮遊大陸に降り立った瞬間、リィンは思わず感嘆するように息を吐いた。

 

 空からの光を存分に浴びて光る、エメラルド色の地面。

 惑星から発せられている特殊な磁場により、浮遊している数多の大陸。

 

 時折見える龍族の作った建造物や、火山洞窟にも時折あった謎の箱も景観のアクセントとして素晴らしい働きをしていた。

 

「凄い綺麗なところね……」

「うばー……でも高い、落ちたら火山洞窟まで真っ逆さまだね」

 

 恐る恐る陸地の端へ行って、下を確認しながらシズクは言った。

 

 浮遊大陸の下は当然火山洞窟だ。

 この高さからでも、赤々と燃え盛る様子が見て取れる。

 

「……あれ? メイさんは?」

「うば?」

 

 浮遊する大陸なんて一番はしゃぎそうな人の声が、しない。

 もしかして先に進んじゃったのかしら、と心配した瞬間、後ろから足音がした。

 

「あー、楽しかった」

「ん?」

 

 メイが、入口として設置したテレパイプから出てきた。

 

 記憶にある限りでは、いの一番にテレプールへ飛びこんだのだが……何故後から出てくるのだろうと疑問に思った瞬間。

 

 その疑問を解消してくれる怒号が通信機から鳴り響いた。

 

『メーコォ! アナタ降り立つなり即行で大陸から飛び降りるってどういうことなの!?』

「空が……ウチを呼んでいたから、かな」

『言うと思ったわよバーカ!』

「もう一回跳んでいい?」

『駄目に決まっているでしょう!』

 

 ちぇっちぇのちぇーっと不満そうに口を尖らせるメイ。

 その様子を見て、リィンは冷や汗を掻きながらメイに問うた。

 

「お、落ちたんですか……?」

「ん? おう、リィンもやる?」

「いややりませんけど……落下死しなかったんですか?」

 

 リィンの疑問も尤もだろう。

 浮遊大陸から火山洞窟まで、控えめに見ても一万メートルはあるだろう。

 

 落下して無事であるとは思えないのだが……。

 

『落下したわけじゃないわよ。途中で強制送還したの』

「強制送還……?」

「オペレーターが居れば使える裏技だな。テレパイプとかの経由無しでキャンプシップに戻ってこれるんだ」

 

 それで、落下する前にキャンプシップに転送されたのさ、と何故かメイが自慢げに言った。

 

 しかし成程。

 それならもし落ちても大丈夫だな、とリィンとシズクは安心するように息を吐いた。

 

『……と、お喋りは一旦ストップね。エネミー反応二体、正面よ』

 

 アヤの言葉に、三人は雑談をピタリと止めて正面を見据える。

 

 正面にある岩の陰から、青色の肌をした龍族が二体、姿を現した。

 

 ワニのような顔に、猿のような体躯の龍族だ。

 正直あまり格好良いとは言えないデザインである。

 

「『バリドラン』ね。体力は高く、光の弾で遠距離攻撃もできる厄介なエネミーよ、注意して」

 

 バリドランは、おもむろにカエルのような伸びる舌を天に掲げ始めた。

 するとどうだろう、舌先に光が収束していき、巨大な光弾になっていくではないか。

 

「あれが光の弾? 喰らったら痛そうね」

「なら放つ前に壊しちゃいましょう。――エイミングショット!」

 

 狙いを定め、引き金を引く。

 シズクの放った弾丸は、正確無比にバリドランの舌先に命中した。

 

 結果、バリドランの溜めに溜めた光弾は爆発。

 その反動でバリドランは仰向けに倒れた。

 

『またこの子は何気なく最適解を……』

「お、成る程放つ前に壊しちゃえばああなるのか、シズク、もう一体にも同じく頼む」

「了解です」

 

 シズクがブラオレットをもう一体のバリドランに向けて構えたのを確認してから、メイは最初に倒した方のバリドラン目掛けて走り出した。

 

 とどめを刺すためである。

 

「エイミングショット!」

 

 再び放たれたシズクの弾丸が、またも見事にバリドランの舌先に命中した。

 

 反動で転がるバリドラン。

 そのとどめを刺すべく、今度はリィンが駆ける。

 

「オウルケストラー!」

「ノヴァストライク!」

 

 双小剣と、大剣がそれぞれ、無防備なバリドランを切り裂いた。

 バリドランは青色の光になって消え、跡にはドロップアイテムが残るだけ。

 

 浮遊大陸での記念すべき初戦闘は、あっさりとコートハイムの完全勝利に終わったのであった。

 

 

 

 

 

 

「……成長したなぁ」

 

 戦闘が終わり、歩みを進める一行の後ろを歩きながら、メイはアヤのみに聞こえるようにそう呟いた。

 

『ええ、ファルスアームとの連戦、それにサブクラスの就任を経て、あの子達の力は相当上がってる』

 

 はっきり言って、もう追い付かれてるわ。

 と、アヤもまた、メイにのみ聞こえるように言った。

 

「才能、か」

 

 少し、羨ましそうに。

 そして結構嬉しそうに、メイは笑みを浮かべた。

 

「どうしようアーヤ、追い付かれて悔しい先輩としての気持ちと、娘の成長が喜ばしい親心とが混ざって色々複雑」

『何よそれ……と言いたいところだけど、概ね同意見だわ』

 

 【コートハイム】。

 その設立目標は、家族のようなチームを作ること。

 

 既にその目標は――達成されている。

 メイとアヤは、確かにそう感じた。

 

「メイさん何立ち止まってるんですかー?」

「先輩早く! あっちに何かあったよ!」

 

「……次は、大家族を作ることを目標にするかねぇ」

 

 今度は誰にも聞こえないように呟いて、メイは後輩二人の後を追うのであった。




Q.オペレーター居ないチームが浮遊大陸から落ちるとどうなるの?
A.浮遊大陸探索の許可が降りる程度に強いアークスなら落ちても死なない。


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悔恨の仮面に憑かれし者

シズクと絡ませたい原作キャラクターTOP3の内の一人【仮面】登場です。


「うば?」

 

 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸エリア。

 

 【コートハイム】一行は、引き続き『凶暴化龍族鎮圧』任務中である。

 

 その途中。

 目標の討伐数を半分ほどこなしたところで、シズクが不意に足を止めた。

 

「うん? どうしたのシズク」

「いや、ここ地面が少し違うから何かなって……」

 

 ほら、とシズクは前方に広がる地面を指差した。

 

 地面、というよりも道路というべきだろうか。

 立方形の石象を何個もくっつけて造ったような、明らかな人工物(龍工物?)だ。

 

 浮遊大陸は、自然に発生した大陸である。

 もしここに生活するとなれば、当然だが『この陸からあの陸に徒歩で移動できればいいな』という発想は生まれるだろう。

 

 この床は、それの解決策なのだろう。

 陸と陸を繋ぎ、空を飛べない龍族が利用するまさに道路の役割を果たす床だ。

 

 しかし、【コートハイム】にとっては別に初めて通るわけではない道だ。

 ならばシズクは何に違和感を覚えたのだろう、と一同が首を傾げたところで。

 

「へぇ、君は勘がいいねぇ」

 

 と、女性の声が後ろから聞こえた。

 

 振り返る。

 するとそこには、一人の女性アークスが立っていた。

 

 前髪を掻き上げた、黒髪のミディアムレイヤーと赤い眼鏡。

 そして何より、好奇心旺盛そうな瞳がこの女性の気の強さを表している。

 

「気を付けたまえよ、そこの床は落下式の罠だ。逃げ場を無くし、敵対生物をなぶり殺しにする龍族の知恵さ」

「……貴女は?」

「ああ、名乗るのが遅れたね。私は『アキ』、龍族の研究をしているしがないアークスだよ」

 

 アキ、と名乗ったその女性は、つかつかと【コートハイム】に歩み寄る。

 じろじろと遠慮なしにリィン、メイ、シズクと順に観察していき、シズクの瞳を覗きこんだ瞬間ピタリとその動きを止めた。

 

 シズクの海色の瞳と、アキの翠色の瞳が交差する。

 

「……珍しい色の瞳だね」

「そ、そうですか?」

「ああ、まるで龍族の鱗のようだ」

 

 あんまし嬉しくないシズクであった。

 

「ところでキミ、何でこの床が落下罠だと気付けたんだい? 専門家の私でも、見分けるには少し時間がかかるのに」

「別に罠だと見抜いたわけではないですけどね。何か変だなって思っただけで」

「ほう? 何処が変だと?」

 

 興味深そうに、アキは身を乗り出して訊ねた。

 おそらく【コートハイム】に話しかけたのも、この質問をしたいがためだけなんだろうなと想像しながら、シズクは答える。

 

「いや、何処がとかはないです。ただなんとなく、違和感があって……まあようするに勘ですね」

「勘、か。その答えは科学的ではないな」

「感覚的な答えでスミマセン」

「……いや、謝ることではないよ」

 

 アキは明らかに落胆した様子でシズクから視線を外した。

 

 龍族の研究をしているとのことだが、実は龍族の生態等に関してはまだ分からないことも多い。

 そのヒントにでもなればと思ったのだろう。

 

 ……が、すぐに気持ちを切り替えたようで、パッと頭を上げて会話を続けた。

 

「しかしキミたち、感心しないな。今この惑星にはかの暴走龍が頻繁に目撃されている。危ない目に会う前に帰還することをおすすめするよ」

「あ、えっと、大丈夫ですよ」

 

 切り替えの早さに驚きつつ、メイは応える。

 

「オペレーターがいるので、危なくなったらすぐ帰れます」

「過信は禁物だよ。……だがまあ、それなら普通より安全か……ん?」

 

 と、そこまで話したところでアキの端末が着信音を鳴らした。

 

 通信相手の名前を確認し、そして嫌な顔をしつつも通信を繋げた。

 

「……ライトくんか」

「……五月蝿いよライトくん、もう少し静かに……へぇ?」

「分かった、すぐ戻るよ」

 

 ピッと通信が切断された。

 相手側の人の声は聞こえなかったが、アキはもう帰るということは分かった。

 

「失礼、助手に呼ばれたので私は帰るよ」

「あ、はい」

 

 短くそう言って、足早にアキは去っていった。

 まるで落下罠の説明をするためだけに登場したような早さである。

 

「……何と言うか、言いたいことだけ言って、訊きたいことだけ訊いて去っていったね」

「根っからの科学者、って感じの人でしたね……」

 

 興味があることには、とことん。

 興味が無いモノは、全然。

 

 それがアキの――というより、科学者全体にも言える性質だろう。

 まあ、アキはそれが特に顕著なようだが。

 

「さて……」

 

 アキの後姿が見えなくなった後、メイは仕切り直すように言った。

 

 目の前の、罠だとかいう床を見つめる。

 

「これどうしようね」

『確か床を落下させて、閉じ込めてから囲んで叩くための罠、って言ってたわね』

「つまり?」

『敵が沢山出てきてクエストポイントうはうはね』

「よし」

「わざと」

「ひっかかってやりましょう」

 

 わざとひっかかろう、と満場一致で決定した。

 

 これだからアークスは脳筋だらけとか言われるのである。

 

「じゃあウチとリィンが床に乗るから、シズクは待機ね」

「え? どうしてですか?」

「上からの方がヘッドショット狙いやすいでしょ?」

 

 成程、とシズクは頷いた。

 

 龍族は接近戦を好むものが多い。

 ならば袋叩きにする際も、直接罠床の上に出現してくるだろう。

 

 それなら罠床の外から射撃できるシズクは上に残るべきだ。

 

「それじゃ、行くぞリィン!」

「あいさー」

 

 何のためらいもなく、メイとリィンの二人は罠床に跳び込んだ。

 

 足を着けた瞬間、ガコン! と何かが外れるような音と共に床が急激な速度で落下した。

 

「ひゃっ……!?」

「うおっ……」

 

 想定外の早さに、驚くメイとリィンだったが、床はすぐ止まった。

 

 距離にして五メートルほどだろうか。

 メイは兎も角、リィンが登って戻れるような高さでは無いし、

 

 何より四方は強力な電気の壁に阻まれている。

 

「成程、アークス以外になら有効そうな罠だな」

 

 さらに、ぞくぞくと龍族が沸いて出てきた。

 サディニアン種を中心に、ウィンディラ、ノーディラン、バリドラン等その種類は多種多様だ。

 

『脱出用のカタパルトをそっちに転送するから、それを邪魔されないように敵を殲滅して』

「了解!」

「了解です!」

 

 そして、乱戦が始まった。

 

 リィンの剣が、メイの双銃が、龍族を次々と屠っていく。

 首を刈るように放たれたセト・サディニアンの斬撃は、リィンの盾に防がれる。

 口からビームを放とうしたウィンディラの頭蓋を、シズクの銃弾が撃ち抜く。

 

 龍族優位の場であるにも関わらず、状況は完全にアークス優位だ。

 

 龍族とて、弱くは無い。

 強靭な生命力に、人より遥かに高度な知識を持つ(ドラゴン)

 

 RPGのラスボスとして登場してもおかしくはない性能だ。

 

 だがしかし、非常に残念なことながら。

 

 フォトンを操るアークスは、さながらRPGの違反者(チーター)である。

 

 まあ、ダーカーという腫瘍(バグ)と戦うにはそれくらいできないと、とてもじゃないがやってられないのだ。

 

『メーコ、後ろに三体再出現よ』

「おっけーおっけー」

『リィン、メーコは守る必要無いから攻撃に集中して』

「分かってます……けど……!」

『(身体が勝手に動いちゃうのね……トコトン騎士体質だわこの子)』

 

 この子はやっぱ、シズクとワンセットの方がいいわねぇ、とアヤは溜め息を吐いた。

 

 戦況は楽勝ムードだ。

 故に、アヤの気が緩んだ。

 

 瞬間だった。

 

「……うば?」

 

 ざわり、と全身の産毛が逆立つような感覚がシズクを襲った。

 

 反射的に、振り返る。

 そこにあったのは、渦。

 

 赤黒く、茨のような何かで構成された渦巻き形の『何か』。

 

『っ……! 『ファンジ』よ! シズク、逃げ――』

 

 間に合わない。

 シズクの手足が、黒い茨の渦に絡め取られていく。

 

「あ――」

「シズク!」

 

 リィンの悲痛な叫びが響いて。

 

 シズクの姿は完全に消え去った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ファンジ。

 捕縛トラップ型のダーカーである。

 

 まず渦巻き状の形態で狙った獲物を追跡、捕獲。

 その後獲物を仲間から遠く離れた場所までワープし引き離す。

 

 最後の仕上げとして、檻のような形状に変化して獲物を閉じ込める。

 

 そんな、自己完結型の捕縛罠である。

 

 閉じ込めた後は、他のダーカーが群がって敵を仕留めるのだ。

 龍族の落下床なんて話にならないほど高性能かつ狡猾な罠と言えよう。

 

『――とまあ、ファンジっていうのはそんな感じのやつよ』

「大変じゃないですか! 早くシズクを助けに行かないと……!」

 

 龍族を蹴散らしながら、リィンは叫ぶ。

 

 その表情は、心配一色。

 

『落ち着きなさい、リィン』

「これが落ち着いていられますか! あ、そうだ強制送還で……!」

『落ち着きなさいって』

 

 アヤは、あくまで冷静な声で言う。

 オペレーターは、焦ってはいけない。

 

 それは鉄則だ。

 

『シズクの座標は掴んでいるわ。大丈夫、私たちもこの罠をさっさと抜けだして助けに行くわよ』

「な、なんで強制送還しないんですか!?」

『したくても出来ないのよ』

 

 ファンジはアークスを捕獲するための罠だ。

 それなのに、即行で逃げられたら意味が無いだろう。

 

 ファンジ内には、アークスの通信は届かない。

 

 通信阻害をこじ開けられるようなフォトンがあれば別だが、シズクにはまだ無理だろう。

 

「リィン。シズクなら大丈夫だ、アイツも強くなってる」

「で、でも……」

「信じられないのか? シズクのことが」

「ぐっ……」

 

 そう言われては、黙るしかない。

 目を閉じ、開いて、目の前の龍族らを見据える。

 

「――シズクを、助けに行くんだ」

 

 だから、退()け。

 

 

 

 と、リィンが鋭い眼光で龍族を睨めつけている頃。

 

 シズクは目を回していた。

 

 ぐるぐるぐるぐるとコミカルな感じで、だ。

 

「うばー……ダーカー式ワープ、目が回る……成程なぁー、テレパイプが一旦身体をフォトン化するのはこのためでもあったのか……」

 

 生身でワープは、アークス的にも無茶というか、わりと三半規管にクるものがあるのだった。

 

 生命かどうかすら怪しいダーカーか、超越的存在であるダークファルスでもないと耐えられないだろう。

 

「……で、ここどこ?」

 

 ぼやけた視界で、辺りを見渡す。

 黒い茨の檻に囲まれているものの、エリア自体は変わらず浮遊大陸のようだ。

 

 アヤと通信できないか試すも――失敗に終わる。

 

「……成程、そういう罠ね」

 

 ぞろぞろと、まるで虫のようにダーカーが周囲から這い出てきた。

 

 複数人がひっかかってしまう可能性もある龍族の落下罠と違って、

 結構な時間孤立させられるこっちの方がよっぽどか優秀な罠だな、なんて思いながらシズクは銃剣を構える。

 

 幸い、出現したのは小型ダーカーばかりだ。

 檻が壊せればいいんだけどな、と攻撃してみるが、かなり固い。

 

「これはリィンたちが救援に来るまで耐久したほうがいいかな……」

 

 ダガンの爪の様な腕が、シズクに迫る。

 シズクはそれをかわし、すれ違いざまにダガンの足を切りつけた。

 

 しかし、倒しきれない。

 

(近接モードだと、流石に火力落ちるなぁ)

(でもこの狭い檻の中で射撃モードは……)

 

 攻撃を、かわす。

 反撃は最低限に、生き残ることを意識して動く。

 

 それが今のシズクにできる最善だった。

 

(リィンと、先輩)

(まだかなー?)

 

 ちらり、と檻の外を見る。

 

 その瞬間、シズクは目を見開いた。

 

「――『リン』さん!?」

 

 どうしてここに――? という思考が脳を掠める。

 

 いや、今はそんなことはどうでもいいだろう。

 後で訊けばいいだけの話だ。

 

 どうやらまだ向こうはこちらに気付いていない様子。

 

 必死に声を張り上げて、叫ぶ。

 

「『リン』っさーん! おーっい!」

「こっちー! 気付いて『リン』さ……うぉっと」

「『リン』さーん! キリン・アークダーティさーん!」

 

 遠くに居る黒いコートに向かって、叫びまくる。

 

 途中ダーカーに切られかけたが何とか避け、再び叫ぶのを再開する。

 

 その甲斐あってか、向こうはこちらに気付いたようだ。

 真っ直ぐにこちらに向かって走り始めた。

 

「よかった、気付いた。おーい、助けて『リン』さーん!」

「…………」

 

 檻の目の前まで来た彼女は、背に携えた『紫色に光る刀身を持ったソード』を握った。

 

 両手でそれを振りあげ、一閃。

 

 ただの一振りで、ファンジの檻を切り裂いた。

 

「おお……」

 

 流石『リン』さん。と賞賛の声をあげようとして、シズクは『リン』の顔を見た瞬間。

 

「ぶふぉ!」

 

 噴きだした。

 腹を抱えて、笑いだす。

 

「あっはっはっは! ちょ! ちょっと『リン』さん不意打ちすぎでしょ! ぶっふふふ!」

「…………」

何その変な仮面(・・・・・・・)! 受け狙いにしてもセンス無さすぎ! ぷっくく……」

 

 シズクの目の前に居る、シズクが『リン』だと呼ぶそれは。

 

 誰がどう見ても、『リン』ではなく。

 誰がどう見ても、アークスですらない。

 

 ダークファルス、そのものだった。

 

「ひーっ……ん? うば!?」

 

 そいつの手が、シズクの襟元を掴んだ。

 物凄い怪力でシズクの身体を持ち上げ、そのまま地面に叩きつけた。

 

「がっ――!?」

「…………」

 

 押し倒した状態から、さらに剣をシズクの首元に突きつける。

 数ミリ剣を動かせば、シズクの命は絶たれてしまうだろう。そんな距離。

 

 しかし、シズクの対応は呑気なものだった。

 

「わっ、ちょ、ごめん! ごめんよ『リン』さん! その仮面気に入ってたの? い、いやー、良く見ると良い仮面じゃない! 素敵だなー格好いいなー」

「貴様……」

 

 シズクの弁明など無視して、仮面のダークファルスは言葉を紡ぐ。

 

 仮面の所為か、非常にくぐもった声だ。

 

何者だ(・・・)?」

「……?」

貴様は一体(・・・・・)誰だ(・・)?」

 

 流石に、シズクの表情から笑顔が消えた。

 

 目を見開き、海色の瞳で目の前の仮面を見つめる。

 

「――ああ」

 

 少しして、シズクは口を開いた。

 何かの謎が、解けたように。

 

「アナタ、未来から来た『リン』さんなんだ」

「――……!?」

「どうしてこの時間軸に来てるの? ……って、どうせ誰かを助けるためか」

「――何なんだ、何なんだ、貴様は――!」

「ダークファルスになってまで」

 

 助けたい誰かが居るの?

 

 と、シズクが言った瞬間、彼女は剣を振り上げた。

 

 シズクを切りつけるため――ではなく。

 

 横から飛来した銃弾から、身を守るため。

 

「エルダーリベリオンッ!」

 

 銃弾の雨が、シズクの上に乗った彼女を襲う。

 

 仮面は瞬時にシズクの上を退き、放たれた銃弾を全て迎撃した。

 

「シズク!」

 

 次いで、リィンのジャンプ斬りが彼女目がけて放たれた。

 しかしそれはバックステップで避けられる。

 

「シズク、大丈夫!?」

「り、リィン……」

 

 こくり、とシズクは頷く。

 それを見て、リィンはホッと息を吐いた後、剣を構えてシズクを守るように前に出た。

 

 【コートハイム】、集合である。

 

「…………」

「シズク、コイツ、何?」

 

 当然の疑問を、メイはシズクに問いかけた。

 

 シズクは、目の前でソードを構えている(シズク曰く)未来の『リン』を見る。

 

 見つめ合い、末に。

 

「……分からない」

 

 と、言った。

 

「…………」

「全然、見当もつかない。けど、凄く強いのは分かる」

「……!」

「アヤ先輩、ここは逃げましょう」

 

 了解、と通信機から声がした後。

 シズクと、リィンと、メイの姿はそこから掻き消えた。

 

 キャンプシップに、送還されたのだろう。

 

「――――あれは、誰だ?」

 

 仮面の彼女――否、ダークファルス【仮面(ペルソナ)】は、周りに誰も居なくなった浮遊大陸で、一人ごちる。

 

「記憶には、無い。……しかし、あいつは私の正体を……」

「…………」

「……それに、メイ・コートと、アヤ・サイジョウ」

 

 【仮面】は、空を見上げた。

 何処かを、見つめるように。

 

「――何故まだ生きている(・・・・・・・・・)?」

「歴史を改変できる者が――奴以外にもいるとでも……?」

 

 その問いに、答えてくれる者は居ない。

 

 【仮面】はこれ以上考えても仕方ないと思ったのか、握ったままだった剣を背に仕舞い、歩きだした。

 

 




色々と謎が深まる回。


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天涯孤独な幸せ者

今回は難産でした……。

ほのぼの回です。
伏線貼り回、または中身無い回とも言う。


「はぁーっ、クエスト失敗かぁ」

 

 アークスシップ・ゲートエリア。

 

 帰還した途端、メイは大きく溜め息を吐いた。

 

「まあ、仕方ないわよ。オペレーター室から見てた感じだと『あれ』ダークファルスよ?」

「はぁ!? てことは【巨躯】と同格!? っあー、よく生きてたなウチら」

「ホントね」

 

 今更ながら、冷や汗が沸き出てきたメイであった。

 

 言われてみて思い返すと、あの【仮面】はメイの銃弾を全て受け切った上で、軽々しくリィンの一撃をかわしていた。

 もし正面から戦っていたら、全滅は避けられなかっただろう。

 

(でも、アイツがダークファルスだとすると……)

(シズクが無傷だということが気になる……)

 

 やはり何かあったのだろうか、とメイはシズクの方に顔だけ振り返る。

 

 シズクは、笑顔でリィンと雑談していた。

 けどその笑顔は、何だかいつもと違うように見えて……。

 

「…………」

「うば? どうしたんですかメイさん、そんなに見つめて」

「……いや」

 

 よろしくない。

 何がよろしくないってこれから誕生会なのにこのテンションはよろしくない。

 

 何とかならないものか、と腕を組み頭を捻るが、基本的に弱いメイの頭じゃ名案がパッと思い浮かぶわけがないのであった。

 

「先輩先輩」

「……ん?」

 

 (無い)頭を捻っていると、悩みの種本体であるシズクがこそこそと小声で話しかけてきた。

 

「あたしそろそろケーキ作りしなきゃいけないから一旦抜けます」

「え? あー、そっか」

 

 そうだった。

 シズクは今日ケーキを作るという使命があるのだった。

 

 ケーキを作るのにどれだけの時間がかかるか知らないが、シズクが言うからには今から作り始めないと駄目なのだろう。

 

「……分かった、けど」

「大丈夫ですよ」

 

 シズクは、メイの言葉を遮るように笑った。

 

 全てを察しているのだろう。

 メイの心も、気遣いも。

 

 気持ち悪いくらい、正確に。

 

「無茶はしませんから」

「…………」

「じゃ、アヤ先輩には上手く言っておいてください」

 

 そして、シズクは走ってその場を去っていった。

 

「……ま」

 

 その後ろ姿を見ながら、メイは呟く。

 

「今更、か」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけでアヤは諸々の用事で、シズクはケーキ造りのために不在だから今の内に部屋の飾りつけをしましょーう」

「おー」

 

 場所は変わり、リィンのマイルーム。

 

 ソファ前に置かれた机には、色とりどりの折り紙、それとハサミに紙とペン等々。

 リィンのシンプルすぎる部屋を飾り付けするための小道具たちだ。

 

「で、私パーティの飾りつけとかしたことないんですけど、どうやるんです?」

「えっとね、まず折り紙をこういう風に切って……丸めて……」

 

 メイが作り始めたのは、所謂パーティ定番の輪っかを繋げた鎖状のアレである。

 慣れた手つきで折り紙を切り、丸め、繋げていく。

 

「と、まあこんな感じで繋げていくのよ。中々可愛いでしょ」

「成程、これなら私にもできそうですね」

 

 言って、リィンも折り紙に手を伸ばす。

 

 流石にこの程度の工作は出来るようで、リィンも手早く輪っかを作っていく。

 ただし、形は多少歪だが。

 

「やっぱ二人だと早くできるねぇ」

「アヤさんの誕生日にいつも作ってるんですか?」

「そうだよ」

「……じゃあその時作ったのとか残って無いんですか?」

「いや邪魔だし都度捨てるよ」

 

 じゃあこれ全部ゴミになるのか……と微妙な表情をしながら、リィンは輪っかを繋げていく。

 

(しかしこれ、言われるがままに作ってるけど、どうやって飾るのだろう)

「よし、じゃあそろそろ合わせてみようか」

「え? ああ、はい」

 

 メイの作っていた輪っか鎖と、リィンの作っていた輪っか鎖の端を合わせるように持ち、繋げる。

 

 するとイイ感じの長さになったので、メイはそれを持って立ちあがった。

 

「何をするんです?」

「長さ丁度いいか調べるの。そっち持って」

 

 輪っか鎖の端と端を持って、広げる。

 それを壁の隅と隅にひっつけるようにして長さを調べる。

 

 運が良いことに、飾り付けるには丁度いい長さだった。

 フォトンで接着し、綺麗に壁に張り付ける。

 

「これで一面完成」

「おぉー、成程、そうやって飾るんですね」

 

 綺麗に彩られた壁を見て、思わずリィンは感嘆の声を漏らした。

 

 こんな紙細工を追加しただけで、なんだか『パーティ感』が出てきたのに驚いたのだ。

 

「じゃあリィンは引き続き輪っかを作るのお願い、ウチは他の作るから」

「他のって何があるんですか?」

「え? んー、こういうのとか」

 

 メイは赤い折り紙を取り出し、それを折りだした。

 これもまた作るのに慣れているのか、あっという間に折り紙は薔薇に変化した。

 

「わ、何ですかこれ、薔薇?」

「そーそー、これも輪っか鎖と一緒に壁に貼るのよ」

「わ、私もこれ作ってみたいです」

 

 リィンは、子供のように目を輝かせながら言った。

 

(…………)「そうね、じゃあ作り方教えたげるわ」

「ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに笑って、リィンも赤い折り紙を取り出して再びソファに座った。

 メイもまた、折り紙を持ってリィンの対面に座る。

 

「まずここをこう折って……」

「ふんふん」

「これをこうして……」

「ふんふ……ん? 今どうやりました?」

「え? こう」

「……んん?」

 

 自身の折った折り紙と、メイが折った折り紙を見比べてリィンは首を傾げた。

 

「対面だと分かり辛いかな?」

「むぅ……そうですね、左右反対だと、イマイチ……」

「じゃあこっちおいでおいで」

 

 確かに、これは隣に座った方が分かりやすいな、とリィンは立ち上がって移動する。

 

 そしてメイの隣に腰を下ろそうとした瞬間、突然がしりと腰を掴まれ、無理矢理引っ張られた!

 

「ちょっ……!」

「へっへっへー」

 

 座ろうとしたところを引っ張られれば、当然リィンの身体はメイの膝の上へ乗ることになる。

 さらにそのまま、後ろから抱きかかえるように腕をまわされた。

 

「せ、せくはら! セクハラですよ!」

「うぇっへっへ、いいじゃんよー女同士だしー、こうした方が教えやすいしー」

「もー、仕方ないですねぇ」

 

 文句を言いながらも、満更ではなさそうなリィンであった。

 

「重くないです?」

「(フォトンの力で支えてるから)重くないよ」

 

 フォトン万能すぎである。

 

 それを聞いて安心したのか、リィンはメイを背もたれにするように身体を預けた。

 

「で、分からなかったところどこ?」

「ここからですね、どうすればいいのかさっぱり……」

「あー、ここはね……」

 

 一見恋人同士の所業だが、その実親子の様な二人である。

 

 何事もなかったように折り紙作りを再開し始めるのであった。

 

「ここをこうして……こうすれば……」

「えっと、こう?」

「そうそう。これで完成」

 

 数分後、リィンの手のひらの上に真っ赤な紙細工の薔薇が出来あがった。

 

 多少形は歪なものの、初めてにしては上出来だろう。

 

「よしよし、じゃあどんどん作っていくぞー」

「はいっ」

 

 メイを椅子にしたまま、リィンは次の折り紙に手を伸ばす。

 メイは輪っか鎖作りを始めたようだ。薔薇はリィンに任せるらしい。

 

「そういえば」

「はい?」

 

 会話が途切れないなぁ、と思いながらリィンは応える。

 

 お喋り好きなのだ、メイは。

 

「リィン髪型変えたわね」

「今更ですか……」

「いや何かタイミングを逃しててさ」

 

 リィンの今の髪型は、最初に出会ったときの異なりサイドポニーだ。

 

 その束を弄りながら、メイは言葉を続ける。

 

「でも、あれ? 最初ってポニーテールにしてなかったっけ」

「あれはシズクにやってもらったんですよ、一人だとポニーテールって上手くいかなくて……」

 

 サイドポニーは、大まかに言えばツインテールの片方だけ版である。

 昔からツインテールばかり結んでたのでこっちはすぐに結べるようになったのだ。

 

「ふぅん……ところで何で急に髪型変えたの?」

「それは……えっと、けじめ?」

「何のよ」

「…………姉への、です」

「姉? ってライトフロウ・アークライトよね?」

「はい」

 

 どうして髪型を変えることが姉へのけじめになるんだ? と首を傾げるメイ。

 

 リィンは折り紙を折る手を止めることは無く、話を進める。

 

「ツインテールは、姉が一番可愛いと褒めてくれた髪型で、それを結うリボンは姉がくれたものです」

「……っ」

「どちらも捨てました」

 

 最後の砦、だったのに。

 姉を慕う妹としての、最後の希望だったのに。

 

「……でもさ、一本残ってるじゃん、リボン」

「……そうですね、でもこれは、ただ髪が邪魔だから使っているだけです」

「はっ、邪魔なら切ればいいのに」

「…………メイさん」

「じょーだんだよじょーだん、ごめんごめんって」

「…………」

 

 ツンデレだな全くもーっと呟きながら、メイは作っていた輪っか鎖を机の上に放り投げ、新しく折り紙を取り出した。

 どうやらもう一面分の輪っか鎖が完成したらしく、また新しく輪っかを繋げていく作業に入った。

 

「…………」

 

 リィンも再び作業に没頭しようと、手元に視線を戻したときだった。

 

(普通、姉が変態だと知ったら)

(妹はどういう反応をするのが『正しい』のだろう)

 

 ふと、一つの疑問がリィンの頭をよぎった。

 

 勿論、そんなものに正解などありはしない。

 ただ、リボンを片方だけ取っておくという女々しい――というか未練タラタラな行為をしている自分が、『間違っているのではないか』という疑問が沸いただけ。

 

「メイさん、今度は私からも質問いいですか?」

「ん?」

 

 だから、訊いてみることにした。

 メイに姉妹がいるかは知らないから、まずはそこからだが。

 

 もし彼女に姉妹がいるのなら、軽快で能天気な彼女は肉親が変態だと知ったらどうするのだろうか。

 

「メイさんって、姉妹とか居ますか?」

「居ないよ」

 

 なんだ、居ないのか。と少し落胆するようにリィンは視線を落とす。

 

「姉妹どころか、親も居ないけどね」

「……え?」

「血の繋がっている人はこの世に一人も存在しない――天涯孤独」

 

 少し、メイのリィンを抱く腕の力が強くなった。

 離さないように、零れてしまわないように。

 

「――だから、ウチは【コートハイム】を作ったんだ」

「メイさ――――」

「やっほー! 二人とも飾り付けの準備は終わってるー!? シズクちゃんが手伝いにやってきたぜー!」

 

 リィンのセリフを遮るように。

 シリアスな雰囲気をぶち壊すように。

 

 我らが察しの良すぎる系主人公は、空気を読まずにリィンの部屋へ大声をあげながら入室してきた。

 

「いやー、途中からルインが手伝ってくれてさー、思ったより早く終わっちゃったよ」

「…………」

「…………」

 

 そういえばさっきからルインが居ない。

 シズクを手伝いに行っていたのか、成程、自由なサポパである。

 

「ん? う、うば!? 何そのイチャイチャ態勢! うらやまいやけしからん! あたしも混ぜろー!」

 

 察しているのだろう。

 今の間際まで発していた二人のシリアスな雰囲気を、きちんと察しているのだろう。

 

 それでも尚この反応なのだ。

 

 しかしいつにもましてテンションが高い。

 

「……シズク」

「ん? 何かなメイ先輩」

「アナタに罪は無いし、間違っていない。けど」

 

 メイは、すぅぅっとリィンの腰に回していた手を動かした。

 

 少しずつ、上へ。

 

「イラッとしたのでリィンの巨乳を揉みしだきます」

「え!? 何で私!? ってきゃっ! ちょっ!」

「う、うばあああああ!? ずるいうらやま間違えたあたしにも揉ませろぉおおお!」

「いや助けてよ!?」

 

 リィンの胸を遠慮なく揉みしだき怒られて、

 シズクにやめろ代われと怒鳴られて、

 

 それでもメイは、幸せそうに笑うのだった。

 




メイさんとリィンの絡みを書くのが楽しくてついこの二人をペアにしてしまう。

主人公ぇ……。


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誕生日会

サプライズパーティとか成功したことないなぁと考えて、
そもそもサプライズパーティを開いたことがないことに気が付いて、
あれ? そもそも誕生日パーティとか家族と以外……
というところまで行ったところで思考を打ち切った。

そんな土曜日の昼。


「だからー、今日はチームメンバーの皆がお祝いしてくれるの!」

 

 アヤ・サイジョウのマイルーム。

 アヤは一人、通信機に向かって怒鳴りつける。

 

「はぁ? 本物の家族と偽物の家族とどっちが大事って……お父さん、チームの皆を偽物扱いしたらいくら肉親でもぶちごろがしますよ?」

『――――』

「はいはい、分かった、分かったわ。明日は帰るから、……え、ええ、メーコも一緒よ」

『――――! ――!』

「そんな邪見にしなくてもいいじゃない……全く。じゃあ切るわよ」

『――――っ!?』

 

 相手側が何か叫んだと同時に、アヤは通信を無理矢理切った。

 

「もう……子供じゃないんだから放っておいてくれていいのに」

 

 ぷりぷりと怒りながら、アヤはベッドに身を沈めた。

 

「お腹空いたわね……」

 

 天井を見上げ、呟く。

 もしこれで本当は誕生日パーティとか無かったらどうしよう、と少し心配になりながらボーっとしていると、通信機が通話を受信したのか機械的な音声を鳴らした。

 

「もしもし?」

『――――!』

 

 通話口から父親の声が聞こえた瞬間、アヤは通信を切った。

 瞬間、再び受信を知らせる電子音が鳴り響く。

 

「ああもう……しつこいわね!」

『ふぇ!?』

 

 通話口から聞こえた声は、野太く低い声ではなく、鈴のように清らかな後輩の声だった。

 

『な、なんですか? どうかしました?』

「……リィンだったのね、ごめんなさい、何でも無いわ」

『そ、そうですか……』

「それで、何か用?」

 

 誕生日パーティのことだろうなぁ、と当りをつけながら訊ねる。

 

『えっと、アヤさん晩御飯まだ食べてませんよね?』

「ええ」

『ルインが晩御飯作り過ぎてしまったので、一緒に食べませんか?』

「勿論いいわよ」

 

 一見何でもないようなセリフだが、実際聞いてみるとまるでカンペでも見ながら喋っているような声色だ。

 

 サプライズするつもりならもう少し上手く隠してほしいと思うが、まあそこはツッコまないのが年長者としての嗜みだろう。

 

 通信を切り、部屋を出る。

 

 広大なアークスシップだが、テレパイプを使えばリィンの部屋まで五分とかからない。

 

 クラッカーの音にビビらないようにと覚悟を決めてから、アヤはインターフォンを鳴らし、扉に手をかけた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

『勿論いいわよ』

 

 アヤから色良い返事を貰った瞬間、三人は動き出した。

 

「よし! 皆クラッカーは持った? 配置に着くよ!」

 

 メイの指揮の元、それぞれソファの後ろや物影に隠れてクラッカーを構える。

 

 それを確認して、メイは照明を落とした。

 当然、部屋の中は完全に真っ暗となる。

 

 部屋に入る→真っ暗闇で驚く→クラッカーでさらに驚かせる。

 という作戦だ。

 

「ドキドキするわね」

「うん」

 

 シズクと一緒にソファの裏に隠れているリィンが、声を上擦らせて言う。

 

 家族以外との誕生日パーティなんて初めてだし、サプライズパーティだって初めてだ。

 緊張しない方がおかしいというものだろう。

 

「え、えっと、クラッカーってこの紐を引っ張るのよね」

「そうだよ。あ、でも鳴らす時はちゃんと顔から遠ざけてね、結構耳に来るから」

「分かったわ」

 

 頷いて、リィンは紐を握りしめる。

 鳴らさないように、慎重に。

 

 しかしふと、気になった。

 気になってしまった。

 

(クラッカーの紐って、どれくらい力込めたら鳴るのかしら)

 

 好奇心、それと本番で鳴らせなかったらどうしようという不安。

 

 その二つが重なって、つい、リィンは軽く紐を引っ張った。

 

 結果。

 言うまでもなく、大方の予想通りクラッカーは爆ぜた。

 

 爆音を鳴らし、テープを撒き散らし、爆ぜた。

 

 シズクの、耳元で。

 

「うっばぁあああああああああああああああああ!?」

 

 まるで音響弾――というほどではないが、それでも耳元で鳴ったら被害軽微とは言えない音量である。

 

 シズクの身体はトビウオのように跳ね上がり、奇声を辺りに撒き散らした。

 

「な、何!? 誰かクラッカー鳴らした!?」

 

 思わずメイも、隠れていた棚から飛び出してきた。

 しかし、暗闇で何も見えない。頼りになるのは音だけである。

 

「耳がぁああああああああ!」

「め、メイさんどうしましょう! クラッカー鳴らしちゃいました!」

「あああああああああああああああああああああああ!」

「え!? 何!? 何て!?」

「うびゃぁあああああ! ぉあぁあああああああああ!?」

「だからっ、クラッカーが……!」

「耳ゃぁー!」

「シズクうるせぇ!」

「シズク、ちょっとうるさいわよ!」

「理不尽っ!?」

 

 時間が無いので涙目のシズクは一旦置いておいて、リィンはメイの元へ歩きだした。

 真っ暗闇なので完全に勘での行進だが、流石に勝手知ったる我が家。無事メイと合流することができた。

 

「め、メイさん、どうしよう。クラッカー鳴らしちゃった」

「焦るな焦るな、クラッカーなら予備が机の上に……」

 

 言いながら、メイは机に手を伸ばした。

 暗いので完全に手探りだ。故に。

 

 熱々の鉄板料理に手を突っ込んでしまうという悲しい事故が、メイを襲った。

 

「あっっつぅ!?」

「メイさん!?」

 

 アークスは、フォトンの力によってマグマに浸かっても滅茶苦茶熱いお風呂に入った程度にしか感じないほど頑丈だが、それはあくまでクエスト中の気を張っているときの話だ。

 

 鉄板程度で火傷こそしないものの、不意打ち気味のダメージに思わずメイは飛び跳ねた。

 

「あーもう、びっくりしたー、指にソース付いちゃった」

「もう一回電気付けません?」

「いやでももうアーヤ来ちゃうだろうし……」

 

 テレパイプを使えば、大体アヤの部屋からリィンの部屋まで五分くらいである。

 

 電話してから今何分経ったか分からないが、もうあまり時間は残されていないだろう。

 

「こうなったら光テクニックを行使するときに漏れる光を光源にして……」

「アークスシップ内でのテクニックは使用禁止だっての」

「ぐぬぬ……」

「…………」

 

 その時、ゆらりと二人の背後の影が揺れた。

 

 ひたり、ひたり、と音を立てぬよう忍び足で這い寄った『それ』は、持ち前の直感を活かして完璧&正確に二人の耳元へとクラッカーを向け……。

 

 紐を引っ張った。

 

「ぎゃぁああああああああ!?」

「うおああおあおあああええええええ!?」

 

 爆音。それとテープ。

 完全な不意打ちに女子らしくない悲鳴をあげるリィンとメイであった。

 

「うっばっばっば! あたしを放置した罰だよ!」

「し、シズクぅ~」

「こ、この……」

 

 ゆらり、とメイはよろめきながらも立ち上がり、クラッカーを構える。

 

 だがしかし相手はチートクラスの直感を誇るシズクだ。

 暗闇の中、直感だけで正確にメイの攻撃態勢を察し、即座に退避を始めたのは流石と言えよう。

 

「くっ……見失った」

「うばー! 暗闇なのにどう逃げればいいか手に取るように分かるよ何これ怖い!」

「自分のことなのに!?」

 

「うー……あ、スイッチあった」

 

 リィンがそう言って、照明のスイッチに手を掛けた。

 メイとシズクが戯れている間に、リィンは手探りで照明のスイッチを探していたのだ。

 

「ふっふっふ、シズクめ、明るくなったら覚悟しとけよ」

「うばば……だがあたしも次のクラッカーを構えているんですよ。返り討ちにしてくれます」

「この暗闇の中でクラッカーを探し当てたのか……!?」

「点けるよー」

 

 ぱちり、とスイッチが押され、部屋は天井からの光に照らされ視界が晴れた。

 

 瞬間、メイとシズクは動き出――そうとしたところで、二人は何かに気付いたようにその身体を硬直させた。

 

 ぎぎぎ、と錆びついた機械のように顔だけを部屋の入り口に向ける。

 

「ぷ……くく……」

 

 入口付近から、笑い声が一つ。

 

 アヤだ。

 うずくまり、口元を抑えながら必死に笑い声を我慢しているアヤがそこにいた。

 

「…………」

「…………」

「はーっ、もう、お腹痛い……」

 

 涙目になりながら、アヤは立ち上がった。

 彼女にしては珍しく、子供のように無邪気な笑顔で。

 

「やっぱアナタ達最高だわ」

 

 そんな笑顔を見せられて、メイとシズクは毒気を抜かれたように顔を見合わせ、笑った。

 

「誕生日」

「おめでとうございます」

 

 クラッカーが二つ鳴り響き、色とりどりのテープがアヤに降りかかる。

 

「ありがとう」

 

 このチームを作ってよかった、とアヤは改めて思ったのだった。

 

 

 

 

 

「……あの、私もクラッカー……」

「「「あ」」」

 

 おずおずと手を挙げながら、リィンは言った。

 

 その表情は、なんというか、酷く暗い。

 

「あ、いえ、別にいいんですけどね。私が暴発させたのが悪いんですし」

「り、リィン……」

「別に楽しみにしてたわけでもないですし、別に……」

「ほ、ほらリィン! まだクラッカー一個残ってたから! 使って!」

「え、ほんと!?」

 

 シズクからクラッカーを手渡されて、リィンは嬉しそうに笑った。

 

 貰ったそれをアヤに向けて、笑顔で一言。

 

「おめでとうございます」

「ありがとうね、リィン」

 

 クラッカーが鳴り、テープが降り注ぐ。

 

「ほんと、【コートハイム】の末っ子だなリィンは」

「えー? いやいや私よりシズクの方が身体小さいじゃないですか」

「まあ胸は一番大きいけどさ……っと、いつまでも立ってないで座ろうか、もう皆お腹ぺこぺこだろ?」

 

 言って、メイは皆を促すように背中から押した。

 もうすでにいつも晩飯を食べる時間は過ぎていて、皆お腹はぺこぺこだ。

 

「そうね、夜はまだまだ長いし、栄養補給しなくちゃね」

「今日は徹夜で女子トークですかね?」

「パジャマパーティいいわねぇ、女の子っぽくて」

「え? いや麻雀やろうぜ」

「女子力の欠片もない!?」

 

 今夜は楽しくなりそうだなぁ。なんて考えながら、アヤはソファに座りかけて……。

 

 ふと思い出したように、口を開く。

 

「あ、そうだ、忘れない内に渡しとくわ。メーコ」

「ん?」

誕生日おめでとう(・・・・・・・・)

 

 アヤは包み紙に包まれた箱を、メイに手渡した。

 

「いやしかし、生まれた日付まで同じの幼馴染なんてそう居ないわよねー。おかげで誕生日を毎年忘れなくて済むわ」

「…………え、あ、うん、そうだね」

「シズクとリィンはもうメーコに誕生日プレゼント渡し……た? って、あれ? 何か様子が変ね……」

 

 ジト目の視線が二つ、メイに突き刺さる。

 それを見て、アヤは察したようにその笑みを消した。

 

「メーコ、アンタまさか……」

「メイさん?」

「メイ先輩?」

「いやー……あはは……えっとぉ……」

 

 三方向からの圧力に、冷や汗を掻きながらメイは口を開く。

 

 こうなってしまった理由はある。

 こうならないように講じようとした策は失敗した。

 

 後は――それを如何に怒られないように説明するかどうかだ。

 

「は、話せばわかる」

 

 そんな浮気した夫のセリフみたいな言葉を吐いて。

 

 メイの言い訳タイムが開始されるのであった。




いや思い出したわ、小学校の頃友達の誕生日祝ったわ。
と思い出して少し救われた気分になった。

そんな土曜日の昼。






次回メイの言い訳回です。
しばらく日常回が続きます。


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格好いい先輩

前回のあらすじ

メイが自分も誕生日だということを黙ってたよ! 以上。


「さて、何と言ったらいいのか……」

 

 三人の視線を一身に受けながら、メイは悩むように腕を組んだ。

 

「メイさんは、私たちにお祝いされたくなかったんですか?」

 

 リィンが哀しそうに言った。

 勿論即座に首を振るメイ。

 

「いやいやいや、それはない、それだけはない」

「じゃあどうしたっていうのよ」

 

 アヤの突き刺さるような視線が痛い。

 養豚場のブタを見るような瞳ってこういうのなんだなと何処か他人事のように考える。

 

「いやあ、うーん……」

「あ、もしかしてメイ先輩――」

「ストップ! シズクの発言は認めていません!」

「何故!?」

「自分の無い胸に聞いてみな!」

 

 今日あたしの扱い酷くないー? っとシズクは涙目になって叫んだ。

 

 それをフォローするように、アヤがシズクに向かって笑み見せる。

 

「いやいやシズク、アナタの勘の良さは今こそ活かすべきよ。さあ今浮かんだ推測を言いなさい」

「アーヤ! そういうのずるいと思います!」

「え、えぇーっと、あたしの直感に身を任せた推測ですけどね……」

「それ的中率100%のやつー! 分かったわよ! せめて自分で言わせて!」

 

 今更ながら、シズクってずるすぎない? と心の中で愚痴りながら、メイはこほんと一つ咳払いした。

 

 そして、語りだす。

 

「だってさ……誕生日だなんて教えたら、絶対二人とも誕生日プレゼントくれちゃうじゃん」

「……はぁ?」

「そりゃまあ、あげますけど……」

 

 何を当然のことを言っているのだろう、と首を傾げる三人。

 

 三人。

 そう、シズクも、首を傾げている。

 

「……ウチはさ、ずっと、ずっとずっと、家族が欲しかったんだ」

「…………」

「【コートハイム】だって、そのために建てた『家』に過ぎない。そんなウチがさ……

 

 ……娘から誕生日プレゼントなんて貰っちゃたら、泣いちゃうじゃん」

「そんな理由!?」

 

 想像しただけで泣けてきたのか、ほろりと少しだけ涙を見せながらメイは言った。

 

「大体黙っててもすぐバレるでしょうが!」

「アヤに黙っといてってお願いするの忘れてたんだよー!」

「シズクとリィンも祝いたかっただろうに、酷いわね」

「ウチは後輩の前では格好いい先輩でいたいんだよ!」

 

 ドン! と机を叩きながら力説するメイであった。

 

 後輩の前では、格好いい先輩でいたいという気持ちが、今回の事件を引き起こした原因のようだ。

 

「……はぁ。らしいけど、シズク、どう思う?」

「いえ格好よさで言うと結構手遅れかと……」

「そんな馬鹿な!?」

 

 がびびびーんという擬音が聞こえてきそうな表情でメイは衝撃を受けた。

 一体何処で何を間違えてしまったのか、と考えた瞬間答えは出た。

 

 今この状況がそもそもアレだ、と。

 

「り、リィンは!?」

「え、えーっと、時々無駄に格好いいですけど……」

「(無駄に?)うんうん」

「それ以外は……」

 

 そこまで言って、リィンは口を噤んだ。

 何というか考えている、というより言っていいのか悩んでいる、といった雰囲気だ。

 

「そ、それ以外は? 何?」

「……いえ、やっぱ何でもないです」

「リィンー!」

 

 ふい、とリィンはメイから視線を逸らした。

 流石にシズクじゃなくてもリィンが言おうとしたことが察せるレベルである。

 

「ま、こうなったら仕方が無い。折角だし今度【アナザースリー】と出かけるときに何かプレゼント買いましょ」

「さんせーです!」

「いいですね、それ」

「うぅ……嬉しいけど嬉しくない……」

 

 涙目になりながら、メイは食事を口に運んだ。

 

 そろそろ食べなくては、冷めてしまうだろう。

 こうなることを予見していたシズクによって、冷めにくい料理or冷めても美味しい料理ばかりだが、それでも味は落ちていくだろうし。

 

「あ、そうだ。アヤさんへの誕生日プレゼントは何時渡します?」

「んー? もぐもぐ……今でいいんじゃない?」

「はむっ……それもそうですね」

「じゃああたしからー!」

 

 意気揚々と、シズクはアイテムパックから箱を取り出した。

 

 一辺三十センチほどの巨大な白い箱だ。

 勿体ぶる必要は無いので、シズクは直ぐその箱を開けた。

 

「ケーキです!」

「わぁ……」

 

 白と茶色のコンストラクトが綺麗な、シマシマケーキだ。

 単純にショートケーキとチョコケーキを二分割しただけじゃないとこに拘りを感じる。

 

 が、ふと気付いたようにメイが口を開いた。

 

「あれ? でもこれショートケーキ苦手なウチへの解決策にはなって無くない?」

「あっ」

 

 今気付いた、と言わんばかりの表情をするシズク。

 作ってる最中にテンションが上がってうっかりしてしまったのだろう。

 

「や、まあいいけどさ……何とかチョコの部分だけ食べるから」

「うばばば、ごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに、シズクは頭を下げた。

 

 その瞬間、メイはハッと何かに気付いたように頭上に電球マークを浮かべ、シズクの方へ寄った。

 

 ぽんぽん、とシズクの赤い頭を撫でる。

 

「大丈夫だよ、気にして無いぜ」

「メイさん……」

「シズク、メーコは株を取り戻そうと格好付けてるだけよ」

「分かってますよ」

「チクショー!」

 

 メイの無駄な努力が終わったところで、次はリィンの番である。

 食べていた肉をごくんと飲みこんで、ソファから立ち上がる。

 

「……ん? あれ? リィンも用意してたの?」

「そりゃメイさんのプレゼント確保を手伝ったくらいじゃ申し訳ないですよ……」

 

 言いながら、リィンが取り出したのはミニサイズの小包だった。

 おずおずとアヤに近寄り、手渡す。

 

「今日朝急いでお店行って選んだものなので、あんまり期待しないで欲しいですけど……」

「何かな、開けていい?」

「ど、どうぞ」

 

 リボンを外し、包みを開ける。

 

 中から出てきたのは、虹色に光る鉱石だった。

 

「……これは?」

「『ピュアフォトン』の首飾りです」

 

 『ピュアフォトン』。

 純度の高いフォトンが集まって出来た虹色の綺麗な結晶だ。

 

 純度が高過ぎて(・・・・)、今はまだアクセサリーくらいにしか利用されていない物質である。

 

「綺麗だと思って……その、アヤさんの名前にも合ってるし」

「ありがとうリィン、とっても嬉しいわ」

 

 ぱぁっとリィンの表情が明るくなった。

 プレゼントしたもので喜ばれれば、嬉しくもなる。

 

 それが初めての誕生日会であればなおさらだろう。

 

「中身は全然ピュアじゃないけどな」

「あらメーコ、死にたいならそう言ってくれればよかったのに」

「サーセン」

「それで? アナタからは無いのかしら?」

 

 この程度の軽口、いつものことなのだろう。

 左程気にした様子もなく、「仕方ないなー、そんなに期待されちゃ仕方ないなー」とアイテムパックから作った花冠を取り出した。

 

「はい、誕生日おめでとう」

 

 ぽふ、とメイの頭に、花冠を乗せた。

 ナベリウスの花々で出来た、綺麗な冠だ。

 

「…………まだ作り方憶えてたのね」

「そりゃ、アーヤに教えて貰ったことだし」

「……アナタだけ材料費タダね」

「それは言わないでください」

「ふふ、冗談よ。ありがとう」

 

 頬を赤らめながら、アヤは笑った。

 それを見て、メイも笑みを見せる。

 

 その様子は、端から見て完全に夫婦だった。

 

「準備は良い? リィン」

「う、うん」

「せーの……ひゅーひゅー!」

「ひ、ひゅーひゅー!」

「シズク……リィンを巻き込んで茶化さないの」

 

 照れ隠しに頬を掻きつつ、アヤはシズクに向かって窘めるように言う。

 

「アヤ先輩顔真っ赤ー」

「ぐぬぬ……メーコ!」

「何さ?」

 

 突然名前を呼ばれ、戸惑いながらも応えるメイ。

 

 何でこのタイミングでウチに振るんだ? 八つ当たりか? と微妙に身構える。

 

「私のあげたプレゼント開けてみて!」

「え? 今?」

「今!」

 

 ますます分からない、と思いながらも、言われた通りアヤから貰った包み紙を開け、箱を開ける。

 

 その瞬間、メイの顔が真っ赤に染まった。

 

「な、ああああなあなあああ?!」

「よし、これで赤面二人で恥ずかしさ半減ね」

「ああ、ああああアーヤ! お、おまこれ……!」

「あ、まだシズクとリィンには見せちゃ駄目よ?」

 

 十八禁だからね、と唇に指を当て微笑むアヤ。

 その仕草は控えめに言って最高だったが、渡されたプレゼントは最低だ。

 

 最低というか、低俗というか。

 

 誕生日を迎えて十八歳になったとはいえ、これは如何なものか。

 

「何何ー? 何貰いました?」

「ぴゃぁ!? 駄目! 駄目よシズク! リィン! 見ちゃ駄目! 特にリィン!」

「メーコ、そんな反応するとシズクに察せられるわよ」

「いや流石に今の情報だけじゃ予想しかできませんよ……」

「だからお前はその予想が怖いんだよ! 当たるから!」

 

 はーっと溜め息を吐きながら、見られないようにメイはプレゼントをアイテムパックに仕舞った。

 

 見せて貰えなかったことにぶーぶーと後輩から不満が出たが、致し方が無いことだろう。

 

「アーヤー……」

「ふふふふ」

「ふふふふじゃないよ全く……」

 

 文句を言いながらも、メイの表情は緩い。

 こうして『家族』で馬鹿やっているだけで、彼女は相当幸せなのだろう。

 

(こんなことがあった直後じゃ言いにくいけど)

(今日は最高に楽しい誕生日になりそうだ)

 

 その後、誕生日パーティは夜を越えて、翌朝に眠気で全員倒れるまで続いた。

 

 【コートハイム】のアークス活動が、明日は休みになることが決定した瞬間だったとさ。




アヤが渡したプレゼントは全年齢対象のこの小説内じゃ明かすことはできません。
まあリィン並みの純粋な心でも持ってない限り推測するのは楽でしょうけど。


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分からないこと

わたしと、わたしたちは主張する。

普段真面目で頼れる子が、給食で出てきた野菜を食べられないからと残している姿は、

非常に可愛らしいというか萌えるということを。

わたしと、――否、わたしは主張する。


 分からないままのことが、一つだけある。

 

 そんな感覚は、シズクにとっては珍しいものだった。

 

 言われずとも大抵のことは察してしまう、超直感能力(自称)。

 そんなものを持って生まれてしまったが故に、分からないのに分かるという矛盾はよくあるのに、

 分からないことが分からないという普通のことがあまり無いのだ。

 

 それだけに、今回のことは気味が悪かった。

 本当は誕生日会の前にはっきりとさせておきたかったが、流石にそれはと自重した。

 

 だから、誕生日会の翌朝。

 

 深夜まで遊んでいたので皆疲れて眠っている中、シズクは一人「朝ごはんの買い出しに行ってくる」という書き置きを残してリィンの部屋から抜けだした。

 

 勿論、朝ごはんの買い出しというのも嘘では無い。

 

 今から向かうのはマクドナ……ファーストフード店だ。

 そこで、『彼女』がいつも朝ごはんを食べているという噂を聞いたことがある。

 

「……居た」

 

 市街地内の、マクド……某バーガーショップに『彼女』は居た。

 とはいえ焦って問い詰めたりはしない。とりあえず注文口でテイクアウト三人分と、ここで食べる用一人分を頼む。

 

 ハンバーガーは、すぐに出てきた。

 まるで用意していたかのような早さだが、出来たてである。アークスの技術ぱねぇ。

 

「さて、と」

 

 トレイを持って、『彼女』の元に向かう。

 

 黒いツインテールと、赤い瞳を持った『彼女』。

 キリン・アークダーティの元に。

 

「『リン』さん」

「んあ?」

 

 バーガーを頬張りながら、『リン』は呼ばれた方へ顔を向けた。

 眠たげな瞳だ。朝弱いのだろうか。

 

「お、シズク。おはよう」

「おはようございます。席、ご一緒していいですか?」

「そんな畏まらなくていいよ。どうぞ」

 

 許可も出たので、遠慮なく対面に座る。

 『リン』もまだ食べ始めたばかりなのか、未開封のバーガーが六つほど『リン』のトレイに乗せられていた。

 

(大食いだなー……こういうところで胸の大きさに格差ができるのか?)

「それで、何か用でもあるのか?」

「あ、分かります? 鋭いですね」

「シズクほどじゃないけどな……困っているなら、手を貸すぞ」

 

 内容も聞かずにさらっとこういうことを言ってのける辺り、主人公体質だなこの人。

 などと思いながら、シズクは「いえ、困っているわけではないんですけど」と会話を続ける。

 

「二つ……いや、一つ訊ねたいことがありまして」

「訊ねたいこと? ……驚いたな、シズクにも分からないことがあるのか」

「あたしの直感は万能じゃないんですよ」

 

 もしもシズクの直感が何でも分かる超能力的なものだったら、シズクはとっくに『母を見つけ出す』というレアドロ以外のアークスになった目標を達成しているだろう。

 

 制限はあるのだ。

 ただし、その制限がどんな内容なのかはシズクすら知らないのだが。

 

「充分チートなんだよなぁ……まあいいや、それで、何?」

「『リン』さんって、時間遡航してます?」

「……………………へ?」

 

 予想外の質問に、思わずバーガーが手からぽとりと落ちた。

 幸いトレイの上に落ちたので大事には成らなか――いや、そんなことはどうでもいい。

 

 今この子は、何と言った!?

 

「い、今、何て……」

「その反応を見る限り、当たりみたいですね」

 

 バーガーの封を開け、口に運びながらシズクは言った。

 

 だがこれは、別段訊きたかったことじゃない。

 ただの確認作業だ。

 

「……何を根拠に、その結論に至った?」

「未来から来た『リン』さんに会いました」

「…………」

 

 あんぐりと、『リン』は口を開けた。

 

 その展開は予想していなかったのだろう。

 頭に手を当てて、溜め息を一つ。

 

「何やってんだ未来の私は……」

「心中お察しします」

「シズクが言うと重みがあるわねその言葉……」

 

 落としたバーガーを拾いあげ、口に運ぶ。

 

「未来の私は……誰を助けるためにこの時間軸に来ていた?」

「それは分かりませんでした」

「ふぅん……」

 

 『リン』の中では、誰かを助けるために動いていることは確定なのだろう。

 まあ実際その通りなのだろうけど。

 

(その未来の『リン』さんが)

(仮面を付けていたことは言った方がいいのか悪いのか……)

 

 判断に迷う。

 これもシズクにしては珍しいことだが――判断材料が足りな過ぎる場合仕方が無い。

 

 少し迷って――結局話さないことに決めた。

 

 シズクが確かめたいことは、それとは別だ。

 

「それで、ここからが本題なんですけど」

「さっきまでのは前座だったのね……」

 

 呆れながら、『リン』は未開封のバーガーに手を伸ばす。

 封を開け、パンをどけて、丁寧にレタスとピクルスを取り除いた。

 

「…………」

「ん? 何?」

「あ、いえ……」

 

 野菜、苦手なのだろうか。

 肉ばっかり食べてるからあの胸なのだろうか。

 

 いやいや。

 

(閑話休題……)

「未来の『リン』さんとちょっと会話したんですけど……」

「へぇ、何か言われたのか?」

「言われたというか、何と言うか……未来の『リン』さんが、あたしのことを知らなかったみたいなんですけど、何か心当たりとかありますか?」

「……?」

 

 言っている意味が分からない、とばかりに『リン』は眉を歪めた。

 

 それもそのはず。

 『今』の自分が知っている人物を、『未来』の自分が知らないなんてこと――有り得ない。

 

 しかも、相手は特徴もないモブではなく、シズクだ。

 この子ほど強烈なキャラクターをしている人間など、そうそういないだろう。

 

「いや……心当たりもなにも、そんなの有り得るのか? 私によく似た別人、って可能性は無いのか?」

「有り得ないです。あれは間違いなく、『リン』さんでした」

「…………」

 

 『リン』は少し考えるような仕草をしながら、バーガーを一口噛む。

 

 シズクもまた、手持無沙汰になってしまったのでポテトを摘まむ。

 薄い塩味と、芋の甘みが丁度いい。

 

「……すまん」

 

 バーガーを一つ食べ終わって、ようやく『リン』は口を開いた。

 

 出てきた言葉は、謝罪の言葉。

 

「全然分からない」

「そう、ですか」

 

 明らかに、シズクの声色が落ち込む。

 

「……でも」

「うば?」

「こういうことに詳しい人なら知っている」

 

 思わず、シズクはがたりと椅子から立ち上がった。

 

「ほ、本当ですか!? 紹介してください!」

「紹介はできない」

「ええ!?」

「いや、意地悪言っているわけじゃなくて本当に出来ないんだ」

 

 どうどう、と手で抑え、シズクを座らせる。

 

 口を尖らせながらも、シズクは素直に椅子に戻った。

 

「私も詳しくは知らないんだけどな、どうも私以外に知覚できない存在なんだ」

「うば? 何ですかそれ、妖精か何かですか?」

「まあ、そんな感じだと思っててくれればいい」

 

 一瞬、シズクの直感ならば『彼女』すら知覚できるんじゃないか? という疑問が脳を掠めた『リン』であったが、その考えはあっさり捨てた。

 

(何と言うか、『シオン』は……)

(もっと別格というか、別次元の存在な気がする)

 

「兎に角、そいつに訊いておくよ。何か分かったら連絡する」

「うばぁ……分かりました」

 

 微妙に納得していない顔だが、シズクは頷いた。

 『リン』が何一つ嘘を吐いていないことも分かるのだろう。

 

(私も気になるしな……)

(知っているかは兎も角、教えてくれるかは微妙だが)

 

 確か質問があったら何時でも受け付ける的なことを言っていた気がするし、呼べば出てくるだろう。

 

 そんなことを考えながら、『リン』は新たなバーガーの封を開けた。

 パンと肉と野菜が幾重にも重なった巨大バーガーだ。

 

 その中から、レタスとトマト、ピクルスを慎重に抜いていく。

 

「…………『リン』さん」

「ん? 何? ちょっと待って今集中してるから――」

「いや、このお店って食べられない具って抜いてもらえるように頼めますよ?」

「えっ」

 

 マジで? と『リン』は目を丸くした。

 マジです。とシズクは頷いた。

 

「私の、今までの苦労は……いや、何と言うか……」

「…………」

「良いことを教えて貰った、次からはっ、事前に頼むようにしよう」

 

 若干涙目な『リン』から目を逸らし(見てはいけないものを見てしまった気分だ)、シズクはバーガーを食べ終え、立ち上がる。

 

「あの……その、じゃああたしはこれで失礼しますね」

「うん、何か分かったら連絡するわ」

「はい、お願いします」

 

 言って、シズクはその場を立ち去った。

 

 背後から聞こえる鼻をすするような音を、聞こえないふりしながら。

 




今更だけどしまむらTシャツ買えなかったぞシーナァ!
これも今更だけどコレクトファイルでサイコウォンド簡単に手に入って嬉しいぞシーナァ!
でももう五属性揃えてるから大して意味無いんだぞシーナァ!


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所謂温泉回

いつか活用したかったチームルームの温泉拠点。

これからもちょくちょく出していきたいです。



湯船で髪や身体を洗っていますが、海外だと普通らしいです。


「シャワーが浴びたいわ」

 

 昨夜から引き続き、リィンのマイルーム。

 【コートハイム】の四人で、ソファに座りながら遅めの朝ごはん中である。

 

 そんな中、寝起きで半目のアヤが一日お風呂に入らなかったことでベタベタの黒髪を撫でながら呟いた。

 

「ああ、ウチもウチも」

 

 同じく昨日お風呂に入らなかったが故に髪がベトベトな……ていうかそれ以前に寝起きの所為で髪がボサボサなメイが同意するように頷いた。

 

 彼女らの手には、シズクが買ってきてくれたハンバーガー。

 メイがチーズバーガー、アヤがてりやき、リィンはダブルバーガーである。

 

「リィン、悪いんだけどシャワー貸してくれない?」

「勿論構わないですよ」

「よっしゃ! リィン一緒に入ろうぜ!」

 

 お風呂イベントお風呂イベント! と叫びながらメイはリィンの肩を抱いた。

 その行動に、シズクの眉がぴくりと動く。

 

「め、メイ先輩。恋人同士なんだからアヤ先輩と入った方がいいのでは?」

「え? いやだってアーヤとお風呂一緒に入るとエッチなイベントが始まっちゃうし……」

「後輩の部屋のシャワールームで盛るほど見境なくないわよ」

「メイ先輩、確かにアヤ先輩は清純派AV女優みたいな顔してますけどそんなこと言ったら失礼ですよ!」

「その喧嘩買ったわ」

 

 魔法職(フォース)とは思えぬ俊敏な動きでシズクを捕らえ、チョークスリーパーを決めるアヤ。

 何故あたしにぃぃぃいい、とシズクが悲鳴をあげたが全面的にシズクが悪いと止めるそぶりすら見せないメイであった。

 

「……あの」

「ん?」

 

 おずおずと、リィンは手をあげた。

 あ、これはいつものやつだな、とメイは上手い誤魔化しを考え始める。

 

「AVって何の略ですか?」

「……アニマルビデオ、つまり可愛い動物を見て癒される動画さ」

「成程……」

 

 清純さをイメージさせる、白いワンピースを着て動物たちに囲まれるアヤを想像する。

 

 少し、見てみたいかもしれないと思った。

 

「……っと、シャワーでしたね。今ルインに用意させます。ルインー」

「話は聞いていました」

 

 ひょこっとシャワールームがある部屋からルインは顔を出した。

 どうやら風呂場の準備をしていたらしい。ほんと口が悪いことを除けば優秀なサポパだ。

 

「ですが、少し問題が発生しました」

「? 問題?」

「はい……」

 

 ちらり、とルインはメイの方を見る。

 と、いうよりも、メイが持つその長い長いオレンジ色の髪を。

 

「シャンプーが残り少なかったので、足りるかどうか……」

「あー、メーコホント髪長いのよねぇ」

 

 メイの髪は降ろすと立っていても地面に着いてしまうほど長いのだ。

 当然、シャンプーの消費量もそれ相応になろう。

 

「今から買ってきましょうか?」

「そうねぇ、日用品はマイショップで買えないのよねぇ……」

「あ、そうだ」

 

 と、そこでメイが良いことを思いついた、と言わんばかりに電球を頭上に浮かべた。

 

「アーヤ。『あれ』使ってみない?」

「『あれ』?」

「ほら、チームルームの……」

「……ああ、成程」

 

 メーコにしては良い提案ね、とアヤは頷いた。

 

 そのやりとりに、リィンはハテナを浮かべる。

 

「? あの、何の話かは分かりませんが……」

「ん?」

「シズクが白目で泡吹いてるので離してあげてください……」

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 チームルーム、について今更ながら解説しよう。

 

 チームルームというのは、どんな小規模チームにでも一チームにつき一つ与えられる小型船のことだ。

 【コートハイム】は小規模かつ、リィンの部屋が集まりやすかったからあまり使っていないが、本来ならチームの集会などはこのチームルームで行われるのが一般的なのである。

 

 普段はアークスシップの周りを漂っているのだが、『チームポイント』と呼ばれるポイントを消費することによって『拠点』と呼ばれるアークスシップ船内に作られた様々なエリアに停泊することができるのだ。

 

 『拠点』の種類はわりと豊富であり、ナベリウスの森林エリアを模した『森林拠点』、凍土エリアを模した『凍土拠点』、リリーパの砂漠を模した『砂漠拠点』など、アークスシップに足りない『自然』を楽しめるものが多い。

 

 そう。

 

 もうお察しの方もいるだろう。

 

 チームルームに設定できる様々な『拠点』。

 その中には『温泉拠点』、というものが存在するのだ。

 

「おー、こりゃ立派なもんだな」

「うばー! 温泉、だー!」

「うっわ、凄いわねこれ」

「こ、これが温泉……」

 

 【コートハイム】の四人は、口々に賞賛の声をあげた。

 

 まず目につくのは、拠点の中央に鎮座する温泉山。

 シャンパンタワーのようにその山頂からお湯が沸き出ており、そのお湯が麓にあるいくつもの岩でできた湯船の湯を満たしていた。

 

 さらに、左右両脇には滝まで備わっており、砂風呂すら置いてある。

 無作法に、それでいて理論的に置かれた岩や草木等の自然物は、人工物に囲まれて育ったアークスらに風情を感じさせるに十分な仕事をしていた。

 

「うばー! あたしが一番乗りだー!」

「いや待てウチが一番乗りだ!」

 

 予想通りというか何と言うか、メイとシズクは服を脱いで飛び出した。

 

 バスタオルすら巻いていない、完全な裸である。

 

「ちょっとメーコー! シズクー! 更衣室くらい使いなさいよー!」

「他に誰もおらんしいいじゃーん!」

「いーじゃーん!」

 

 早速温泉山の頂上目がけて走るメイとシズクの後姿を見ながら、アヤは溜め息を吐いた。

 

「全く……リィン、私たちはちゃんと更衣室で着替えてから行きましょう」

「ひゃいっ!?」

「何その反応…………まさかリィン、アナタもああやって飛び込みたいとか言うんじゃ……」

「い、いえ、違いますよ! ただ、その……」

「?」

 

 顔を赤くし、口ごもるリィン。

 そんな赤い顔を隠すように両手で顔を覆い、リィンは小さく呟いた。

 

「…………シズクの裸にばかり目が行ってしまって……」

「……あー」

 

 気持ちは分からなくもない、と頷くアヤ。

 見慣れている筈なのに、ついついメイの裸を目で追ってしまっている。

 

「私は変態なのでしょうか……」

「大丈夫よ、全然普通のことよ。女性同士の特権ってことで好きなだけガン見しときなさい」

「いやそれもどうかと……」

 

 言いながら、二人は更衣室に向かった。

 まあ更衣室と言っても、脱いだ服はアイテムパックに入れておけるのでほぼ形だけなのだが。

 

「おーい! リィンも早くおいでよー!」

「アーヤも早くー!」

「はいはい今行くわよ!」

 

 急かす声に引っ張られるように、アヤとリィンは更衣室を出る。

 

 バスタオルを、身体に巻いて。

 

「…………」

「…………」

「何よ、二人とも固まっちゃって」

「うぉおおおおおお! バスタオルなんて巻いてんじゃねぇー!」

「うばー! そうだそうだはぎ取れー!」

 

 拳骨音が二つ、響いた。

 

 誰が誰を殴った音かなんて言うまでもないだろう。

 

「……ったく」

 

 頭にタンコブを作ったメイとシズクが、水死体のように温泉に浮かぶのを横目で見ながら、アヤとリィンはゆっくりと肩までお湯に浸かる。

 

 身体を包む温泉が、心地よい。

 思わず頬が緩むほどに。

 

「温泉ぐらいではしゃぎすぎなのよアナタ達……ていうか温泉ははしゃぐものじゃないでしょ」

「だって山とかあるとは思わなくてテンションあがっちゃって……」

「温泉とか久しぶりだからテンションあがってしまいまして……」

「はいはい、とりあえずシズクもバスタオル巻きなさいな」

「? どうしてですか?」

「リィンがガン見してるわよ」

「「!?」」

 

 バッと瞬時に胸を隠しながら、シズクはリィンの方を向いた。

 

 それと同時に、リィンも視線を大きく逸らす。

 

 ……が、直前まで見ていたことはバレバレである。

 シズクの頬が、カァっと赤く染まる。

 

「り、リィン……」

「あ、アヤさん! 変なこと言わないでくれます!?」

「えー?」

 

 にやにやと、顔を歪ませるアヤ。

 非常に楽しそうである。実はこの人もテンションあがっているんじゃないのか。

 

「と、とりあえずバスタオル巻くことにします……」

「…………」

「リィン、そんな残念そうな顔しないの」

「してません!」

 

 アヤの言葉を、即座に否定しリィンは立ち上がった。

 ざぶざぶと音を立てて温泉内を歩きだす。

 

「何処行くの?」

「髪の毛洗ってきます!」

 

 言って、キョロキョロと山の頂上から拠点を見渡す。

 髪を洗うための、シャワーを探しているのだ。

 

 が、シャワーが見当たらない。

 リィンは首を傾げた。

 

「……? あれ? ここシャワーって無いんですか?」

「あ。配るの忘れてたわ、はいこれ」

 

 アヤのアイテムパックから、桶が四つ飛び出た。

 

 小型のシャンプーとボディソープ、それとハンドタオルが中に入っている普通の木桶だ。

 

「何です? これ」

「桶よ、それでお湯を掬って髪を洗うの」

「ふーん、シャワーのが楽だと思うんですけど、なんでこんなものがあるんですかね?」

「風情ってやつじゃない? 私もよく分からないけど」

 

 現代っ子な発言をしつつ、リィンはそれを受け取り、温泉山を滑り降りた。

 

 麓に幾つもある湯船の一つに入り、その脇に桶から取り出したシャンプーとボディソープとハンドタオルを置く。

 

「リィンー」

「ん?」

 

 と、そこで上からメイの声が聞こえた。

 

 何かまだ渡すものでもあったのかな? と山頂を見上げた直後。

 

 空から降ってくる全裸のメイが、目に入った。

 

「え、ぇえええええええええ!?」

「ひゃっほーっい!」

 

 ざぶーん! と大きな湯柱をあげながら、着湯。

 

 勿論これくらいでアークスは怪我はしないが、立ち上がった湯柱は近くにいたリィンに容赦なく降り注ぐ。

 

「ちょ、げほっ、危ないじゃないですか! 衝突したらどうなると思ってるんですか!」

「ラッキースケベなイベントが起きる?」

「普通に怪我しますよ! ていうかメイさんも前くらい隠してください! 色々と丸見えなんですよ!」

「大丈夫、謎の光が局部は守ってくれてる筈だから」

「意味わかんないですよ!」

 

「こらこら」

 

 ボケが暴走し始めたメイを嗜めるような声が、近くから聞こえた。

 

 声の方を見れば、桶を持ってリィンと同じように山を滑り降りてきたアヤとシズクの姿が見えた。

 

 どうやら二人も髪を洗いに来たらしい。

 

「さっき、あまりはしゃぎすぎないようにって言ったばっかでしょ」

「メンゴメンゴ」

 

 そんな軽過ぎな謝罪をしながら、メイは髪紐を解いた。

 ばさりと、メイの長いオレンジの髪が湯船に落ちる。

 

 地面に余裕で着くほどの長さだ。

 見るたび思うのだが邪魔じゃないのかこれ。

 

「アーヤー、洗うの手伝ってー」

「仕方ないわねぇ、もう」

「あ、シズク、リィン、シャンプー余ったら貸してくれ、多分このちっさいのだと足りない」

「え? はあ、まあいいですけど……」

 

 拠点に据え置きで付いているシャンプーは普通なら五回分くらいの量が入ったものだ。

 それで足りなくなるとか、どんな分量だと言いたくなる。切ればいいのに。

 

 でもここまで伸ばしていると、なんかこだわりがあるのだろうし下手に口を挟むのもなぁっとリィンが逡巡していると、シズクがあっさりといつもの笑顔で口を開いた。

 

「先輩その髪切らないんですか? 普通に邪魔だと思うんですけど」

「あっはっは、流石シズク、直球だねぇ」

 

 幸い、特に触れられて怒るような話題じゃなかったようだ。

 いや、シズクの場合それを察していたのかもしれないが――兎も角メイは笑顔を浮かべている。

 

「アーヤが髪が長い方が好みらしくてね、伸ばしてるのよ」

「メーコ」

「あだっ、いいじゃん別にこれくらいー」

 

 軽いチョップがメイの後頭部を襲った。

 

 チョップを放ったアヤの頬は、少し赤い。

 

「あ、そうだ」

 

 と、そこでシズクが思い出したように、人差し指を立てた。

 

「前からちょいちょい気になってたんですけど、お二人って幼馴染なんですよね? どういった経緯でお付き合いすることになったんですか? どっちから告白したんですか?」

「おおう、恥ずかしいこと訊くねー」

「うっばっば、まあ乙女ですし色恋沙汰は気になるものですよ」

 

 言いながら、シズクはボディソープを手に取り身体を洗い始めた。

 

 髪よりも身体から先に洗う派らしい。

 

「…………んー」

「…………」

 

 話していいかな? っとメイはアヤに視線で語りかけ、アヤは静かに頷いた。

 

「そうだね、あれは……」

 

 目を閉じ、思い出しながら過去を綴る。

 

「忘れもしない……あれは、七年前…………いや、六年……あれ? 八年前だっけ?」

「曖昧じゃないの」

「兎に角ウチが――

 

 ――アーヤの家の、執事をやってた頃の話だ」

 

 




正直小説だと温泉回言われても肌色が見えないからなー。(チラッ
こう、最初にイがついて最後にトが付く四文字の何かがあればなー。(チラッ


まあチラ芸は一回してみたかっただけなのでそれは置いといて。

次回、メイとアヤの過去回です。
多分。


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メイ・コートの過去

先の展開を考えていて気付いたのですが、
ここから先ep1外伝まで【コートハイム】に戦闘の予定が無いです。

無限の冒険とは一体何だったのか……。

あ、今回は予定通りメイの過去回です。
感動とかは多分できないです。


「「執事……?」」

 

 シズクとリィンの声が重なった。

 

「ああ、あのメェーって鳴くやつですか?」

「リィン、それはヤギよ。せめてヒツジと間違えなさいよ」

「あれ? ヒツジの鳴き声もメェーじゃなかった?」

「話がずれてます、ずれてます」

「おおっと」

 

 シズクの言葉に、メイはインターネットで調べようとした手を止めた。

 

 論点がずれるの早過ぎである。

 

「執事、ってことはもしかしてアヤ先輩って結構良いとこのお嬢さんだったりするんですか?」

「いやいや、大したことないわよ」

「大したことあるでしょ。サイジョウ家といえばお金持ち中のお金持ちだよ」

 

 アークスシップ内でも十指に入るんじゃないかな、というメイの言葉に、シズクとリィンは「おぉー」っと歓声をあげた。

 

「いやいや、ホント、大したことないのよ。ていうか……」

 

 苦笑いしながら、アヤはリィンを見る。

 豊満な胸部が目につくが、それよりも羨ましいものが彼女にはある。

 

 アークライトが故の、天性の肉体。

 『戦うこと』に特化した、引き締まった柔軟な筋肉と骨格。

 

「『アークライト家』に比べたら、サイジョウ(ウチ)なんて塵芥もいいとこよ?」

「えっ」

 

 リィンはなにそれこわい、といった表情を浮かべた。

 

「あ、メーコ、前髪洗うから目え瞑ってて頂戴」

「んー」

「は、え、いや、確かに実家は結構大きいですけどアークスシップで十指のお家と比べたら全然……」

「アークライト家はアークスシップ内では三指に入る超ド級の名家よ?」

「えーっ!?」

「その反応……本当に知らなかったみたいね」

 

 アヤは呆れるように溜息を吐きかけて、それを止めた。

 

 桶にお湯を掬い入れ、まだ完全に泡立っていないメイの髪を洗い流す。

 

「(メーコ、どう思う?)」

「(んー? いや、有り得ないでしょ)」

 

 ウィスパーチャット。

 声を特定の相手にのみ届かせるという、アークスが持つ端末のチャット機能の一つである。

 

 それを使って、アヤはメイに話しかけたのだ。

 

「(そもそも、アークライトなんていう名家中の名家のお嬢様が、【コートハイム(うち)】に居て誰にも文句言われないなんておかしい話よね)」

「(リィンの知名度が低すぎるのも気になってはいた……(ライトフロウ)が有名すぎるからとも思ったが、良く考えれば姉が有名なら妹もそれなりに有名である筈)」

「(つまり?)」

「(完全に意図的な『情報操作』プラス『情報教育』……親の仕業ではないでしょうね)」

「(うん。それは間違いない……だから――)」

 

 あの姉の仕業だろう。

 

 聞けば、リィンの情操教育が小学生以下だったのも姉の仕業(せいへき)だったらしいし。

 

「(何のため?)」

「(さぁ、シズクじゃないし分かんないわよ)」

「(じゃあ後でシズクに訊いてみようか)」

「(そうね)」

 

 と、そこまで話してウィスパーチャットを切った。

 

 本来の、会話に戻る。

 

「え、え、嘘、私の家ってそんなに……」

「リィン、テンパるのはいいけどウチの過去語りはまだまだ続くんだが」

「え? あ、そうでした」

 

 一先ず自分の実家事情は脇に置いておくことにしたらしく、リィンはメイの方に居直った。

 

 過去語り、再開。

 の前に。

 

「ていうか、何で執事なんですか? メイドじゃなくて?」

 

 シズクから質問が飛んだ。

 

「執事って男の人がやるものでは?」

「いや、女性でも執事はいるわよ。メイドとは役割が違うもの……まあ、メーコも最初はメイドで雇われたんだけど……」

「ウチってメイド服笑えるほど似合わないんだな、これが」

 

 快活に笑いながら、メイは答えた。

 

 言われてみて、想像する。

 メイのメイド姿――は、なんというか、うん。

 

「……ノーコメントで」

「想像してみたけど全然似合わないですねー!」

「あっはっは、シズクは正直だなぁ」

 

 リィンは笑いを堪えながら、シズクは遠慮なく笑いながら。

 それぞれ感想を言った。

 

 瞬間、シズクの頭に空の桶がクリーンヒットした。

 

「あいたぁーっ!?」

「で、まあ執事をやってたんだけどその時に……」

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 また話を再開しようとしたところで、今度はリィンが手を挙げた。

 

 どうやら質問があるようだ。

 

「何?」

「そもそもどういう経緯で執事になったのかも気になるんですが……」

「んー、じゃあもう、一々質問挟まれるのもあれだし」

 

 最初から、語ろうか。

 

 そう言って、メイは過去を思い出すように瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 A.P.220/4/3。

 ようするに十八年前。

 

 メイ・コートとアヤ・サイジョウは全く同じ日に、同じ病院で生まれた。

 

 コート家は、決して裕福とは言えぬ家。

 サイジョウ家は、言わずとも超裕福な家。

 

 そんな二人が幼馴染として出会った理由は単純、親同士が仲良かったのだ。

 

 家は近所。

 性格は凸凹。

 同性。

 

 仲良くならない理由はなかった。

 

 しかし、アヤの裕福な家への羨望、または劣等感からか。

 メイはアヤと仲良くなるたび、反比例するようにメイは親への反抗心を強めていった。

 

 齢八歳。

 反抗期も重なって、その頃のメイは荒れていた。

 

 荒れに荒れていた。

 

 相変わらずアヤと仲は良かったが、親に対しては反発しかしていなかった。

 

 そんなある日。

 『アレ』が起こった。

 

 後に十年前の『アレ』と揶揄される、オラクル史上最悪の事件。

 

 ダーカーによる大規模侵攻。

 死傷者のみならば【巨躯】が侵攻してきた四十年前よりも多いとされるその事件で、

 

 メイを除いたコート家の人々は、一人残らず全滅した。

 

 親も、親戚も、祖父母も、全て。

 裕福ではないが一般的で幸福な家庭は、瞬く間に崩壊した。

 

 

 

 

 ――その後、当然子供一人では生活できないのでメイはメイドとしてサイジョウ家に引き取られる運びになった。

 

 幼馴染のよしみというやつだろう。

 が、すぐにメイドは首になり、執事となった。

 

 理由は三つ。

 メイド服が壊滅的に似合わなかったことと、料理が壊滅的にできなかったこと。

 

 執事服が異常な程似合っててアヤのお眼鏡に適ってしまったこと。

 

 執事として、働いて、働いて、働いて、

 アヤがアークスの研修生になるときは、護衛兼執事として一緒に入学して、

 

 ああ、そうだった。

 肝心の、アヤとどういう経緯で付き合ったかをまだ話していなかった。

 

 しかし、何と言うかまあ、全年齢向けだととてもじゃないが詳細を語れないので、一言だけ。

 

 男装中に幼馴染のお嬢様に無理矢理されるという激烈な初体験をしたとだけ、言っておこう。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「まあ、こんな感じかな」

 

 と、いう回想を。

 

 メイは箇条書きでモニターに映し出して説明した。

 

「…………」

「…………」

 

 分かりやすい。

 非常に分かりやすい。

 

 だが、なんというか、思ってたのと違う。

 

「メーコ、髪洗い終わったわよ」

「ありがと。じゃあウチはあっちの滝にちょっと行ってみようかな!」

「私は自分の髪洗ってからにするわ」

 

 アヤが自分の髪を洗い始めたのを見もせずに、メイはお湯から飛び出て滝に向けて走り出した。

 十八歳にもなって「滝! 修行!」とはしゃいでいるチームリーダーを見て、後輩二人は溜め息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両親が、死んで。

 

 残されたメイは後悔した。

 

 余裕が無い癖に、メイの嫁入り用として貯蓄された通帳。

 大事に保管された、子供の頃書いた両親の似顔絵。

 最後まで自分を抱きしめて守りながら死んだ父親の死体。

 

 例え反抗期だろうと自分を愛してくれていた家族への想いと、

 親の心も知らずに反発していた自分への卑下がメイを襲った。

 

 それと同時に、思った。

 もしも……もしも――。

 

『もしも次があるのならば』

『こんなウチにも新しい家族ができたのならば』

『その時は、もう二度と失わないように――』

 

 この命を、懸けてでも。

 

 そう、強く思った。




(メイに死亡フラグが立ったような気がするけど回収すべきか……いや、うーん……)



ところでアークス調査報告書でサイコウォンドがロッドの中で人気二位でしたね!
一位がアンブラステッキなことを考えるとこれはもう実質一位ですね!
やっぱサイコウォンドが最高至上超越だってハッキリわかんだね!
まあサイコウォンドが至上なのは紀元前から決まってたことなので今更感にあふれる結果ですけどやはり嬉しいものですね!


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裏切り者と聞いたから

やっと少し暴走龍イベントが進みます。



 お風呂上がり。

 

 着崩した服、微かに濡れた肌、しっとりと肌にはりつく髪の毛。

 

 三つの要素が女性の色っぽさを強調する筈なのだが、フォトンの力ですぐに乾燥したので皆いつも通りの見た目である。

 

「あ、そういえばさー、シズク」

「はい?」

 

 チームルームの椅子に座ってジュースを啜るシズクに、メイが思い出したように話しかけた。

 

 内容は、さっきアヤと話し合ったアレについて。

 

「リィンがさ、自分の家について知らなかったのってどう思う?」

「どう、とは?」

 

 シズクは首を傾げた。

 ちなみにリィンはお手洗いだ。

 

「さっきアーヤとウィスパーで話し合ってたんだけどさ、リィンが自分の家の凄さを知らなかったのって、おかしくないか?」

「私でも、サイジョウ家が普通と違うだなんて五歳から教わってたわよ」

 

 ずい、とアヤが会話に割り込んだ。

 

 そう、教わっていたのだ。

 例外はあるかもしれないが、名家の家というのは家柄を重視するものだ。

 

 アークライトは最上級の武家一族。

 そのお嬢様が家のことも知らずに、【コートハイム(こんなところ)】で好きに生きているのはおかしな話だ。

 

「だからこう、お得意の直感でその理由を察してくれないかなと」

「私たちは姉の仕業だと睨んでるんだけど、アナタの意見が聞きたいわ」

「うばー……」

 

 シズクはストローから口を離し、考えるように腕を組む。

 一分ほど考えて、ようやくシズクは口を開いた。

 

「分かんないです」

「……え?」

「皆目見当がつかないです」

 

 推測すら浮かばない。

 

 直感がまるで働かない。

 

「そんなこともあるんだね」

「多分、制限に引っかかってます。どうもあたしの直感って何かしらの制限があるみたいで……」

 

 ジュースを再び啜りながら、シズクは申し訳なさそうに言った。

 

 制限。

 そんな単語が出てくるならば、もうシズクの直感は『直感』というよりも『能力』と言い換えた方が良い気がしてくる。

 

「いやいや、分かんないなら仕方ないわよ」

「そーそー、気にすんな」

 

 と、その時だった。

 

 【コートハイム】全員の端末が、メールを受信した旨を知らせる音を鳴らした。

 

 何か上層部から重要情報でも発表されたのかな? とメール画面を開き、シズクは「あっ」と思わず声を漏らした。

 

 差出人はマコト。

 【アナザースリー】との、合同祝勝会の日程が決まったとの連絡だった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

(ハドレッド……か)

 

 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸エリア。

 

 エメラルド色の空に浮く草原を、黒いコートに身を包んだ女性――『リン』は歩いていた。

 

(裏切り者の暴走龍……それだけなら、確かにアークスの敵なんだけど……どう考えてもそれだけじゃないよなぁ)

「……どうですか? ハドレッドの足取りは……」

 

 突如。『リン』の知覚の外から声がした。

 

 しかしそれも最近はよくある話である。

 『リン』は落ち着いて、背後から来た始末屋の方に振り返る。

 

「……って、つかめていないですよね」

「…………」

「顔を見ればわかります。気にしないで下さい、わたしも似たようなものですから」

 

 背後には、想像通り見知った少女が居た。

 

 毛先が赤い、青色のツインテール。

 ゼルシウスと呼ばれる隠密機動向けのぴっちりした服を身に纏い、両腕に仰々しい形のツインダガーを携えた美少女だ。

 

 名は、教えてもらっていない。

 ただ、『始末屋』という物々しい役割であることだけを知っている。

 

「……でも、諦めはしません。あの裏切り者を、この手で始末するまでは、絶対に……!」

「…………」

「わたしたちを……わたしを裏切り、去っていったあいつは……絶対に許さない!」

「……なぁ」

 

 思い出しただけで腹が立つのか、唇を噛み、肩を振るわせる『始末屋』。

 

 この様子だと、この子にとってハドレッドは『裏切り者』なのだろう。

 少なくとも、そう知らされてきたのだろう。

 

 けど、ただの『裏切り者』に、ここまで憎悪を抱くものか?

 

 有り得ない。

 ならば、ハドレッドなる暴走龍は、この少女にとって信頼できる関係(なにか)だったのだろう。

 

 友なのか、姉弟なのか、恋人なのか。

 それはまだ、分からないけど。

 

「……なんですか?」

「いや、訊きたいことがあってだな」

 

 訊きたいことは、一つ。

 ハドレッドが何故裏切ったのか、何か、理由があったんじゃないか? ということ。

 

 この少女が知らなくても、少なくとも上司は知っているだろう。

 

 それが分かれば、『ハドレッドを助ける道』もあるのではないか、と何処までも救世主的な考えをする『リン』だったが、その問いは少女を怒らせるトリガーだったようで……。

 

「ハドレッドが何故裏切ったのか? 理由があったんじゃないか、って?」

「うん」

「……っ! 知りません! わかりませんよ! わたしはそこにいなかった!」

「いや、君が知らなくても上司とかに……」

「裏切り者は、裏切り者なんです! ハドレッドは裏切ったと、そう、伝えられたから……」

 

 そこまで口にして、カッとなったことに気付いたのか少し声音を抑える少女。

 

 だが、まだ怒っているようでその声色は怖い。

 

「結局、わたしはあいつのことなんて何もわかっていなかった! それだけのことなんですよ……!」

「…………そう、か」

 

 少女の、怒号は。

 『リン』に向けられたものではない。

 

 ハドレッドに、か。はたまた自分に、か。

 

 このことを、これ以上訊くにはまだ情報が足りないように思えた。

 

「…………」

 

 失礼します。の一言も無しに、少女は去っていった。

 いつも通り認識阻害の『何か』を使って、視界から消えていく。

 

「……んー、あー……」

 

 分からん。と一人になったことを確認した後、呟いた。

 

 何か、とっかかりが欲しい。

 推測でも直感でもいいから、手掛かりが一つあればなぁ……。

 

「あっ」

 

 と、そこまで考えて、思いついたように『リン』は声をあげた。

 

 およそ自分の知る限り、最強の推測と直感を持つ女の名前を呟く。

 

「シズク……」

 

 訊いてみる価値はあるかもしれない。

 

 例え本物の答えじゃなくても、彼女なら『とっかかり』を作ってくれるかもしれない。

 

 でもそれには、およそこちらからコンタクトは不可能な『始末屋』にもう一度会う必要がある。

 

「……次、会った時紹介してみるか、シズクを」

 

 呟いて、浮遊大陸の探索を再開し始めた。

 

 彼女の内に眠るマターボードの光が、微かに弱まったことに気付かずに。

 




ストーリーが少し進んだと思ったら次は合同祝勝会です。
いつも四人を動かすことにすらヒーヒー言ってるのに七人同時日常会とか、今から怖いです。


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SGNMデパート

暴走龍編の途中ですが、デパート編突入です。

エピソード1最後の日常パート(予定)です。
貼りたい伏線や、やりたいネタを全部やるつもりなのでファルスアーム戦並みに長くなるかも。

尚導入部なので今回は短めです。


 アークスシップ・市街地エリア。

 

 そこには一軒のデパートが存在する。

 文字通り、一軒のみだ。アークスシップにデパートという存在はそこにしか無い。

 

 何故チェーン店を出さないのか? ――出す資金が無いからだ。

 では儲かってないのか? ――否、単純に、この店をもう一つ建てる金が莫大すぎるだけだ。

 他にデパートが無いのは何故なのか? ――勝ち目など、無いからだ。

 

 『SGNMデパート』。

 正式名称スペシャルグレイテストネオスフィアミラクルデパート。

 

 買い物? ネットショップで済ませればいいじゃん、という意見に真っ向から喧嘩を売っている古くからの手売り形態をとっている店舗であり、『買い物する楽しさ』に重点を置いていることが特徴的だ。

 

 商品を手にとって、見て、眺めているだけでも楽しい。

 

 そんなコンセプトの赴くままに増築や新企画をどんどん採用していった結果。

 

 何故かカラオケやボーリング、遊園地などの娯楽施設を詰め込んだ超巨大娯楽集合施設になったという伝説を持つデパートである。

 

 いやもう、ホントどうしてこうなった。

 とは現経営者の口からつい漏れ出た言葉である。

 

 

「おーい、こっちこっちー!」

「うばー、いたいた」

 

 とまあ、そんな化物デパート(最早デパートと言っていいのか定かではないが)の前に少女が七人。

 【コートハイム】の四人と【アナザースリー】の三人である。

 

 既に入口前で待っていたマコトたちに、シズクは手を振りながら駆け寄る。

 

「待った?」

「いや、今来たとこだよ」

 

 そんなテンプレなやり取りをしながら、両チームは向き合う。

 

 各チームリーダーであるメイもマコトが前に出て、握手を交わした。

 

「今日はよろしくね」

「はい、こちらこそ」

「じゃあ早速だけど入ろっか、立ち話もなんだし……なにより――」

 

 くるっ、とメイは後ろを振り向く。

 

 目線の先には、目を輝かせながらデパートを見上げるリィンの姿があった。

 

「一人、待ちきれない様子の子がいるし」

「あはは……」

 

 かつてあった、リィン・アークライトへの無表情で素っ気ない怖そうな子という印象。

 その印象と今の姿のギャップに、マコトは苦笑するしかなかった。

 

「リィン!」

「は、はいっ!? 何ですか?」

「いや、入場口こっちだから、おいで」

「わ、分かりました!」

 

 嬉しそうにぱぁっと笑顔を見せるリィン。

 

 余程楽しみにしてたのだろう、目の下には若干隈が見える。

 

(遠足前の小学生かよ、萌えるわ)

「ま、まず何処に行きますか? ボーリング? カラオケ?」

「そう急くな急くな、まずは……」

「SGMNデパートへ、ようこそニャウ!」

 

 入口の自動ドアを潜り、デパート内に入った瞬間何かが一行の前に飛び出した。

 

 明らかに胴体と比べてでかい頭。

 その頭と同じかそれ以上の高さを持つ耳。

 毛むくじゃらの全体。それともさもさの尻尾。

 

 極めつけに貼りつけたような笑顔の表情。

 

 ニャウ、という猫の様な生物を模したきぐるみだ。

 一部からは好評を、大部分からは不評を貰っているSGNMデパートのマスコットキャラクターである。

 

「え、エネミー!?」

「にゃ、ニャウ!?」

 

 思わず武器を構えるリィン。

 突如来場客に武器を向けられても口調がそのままなのは流石のプロ根性といえよう。

 

「違うニャウ! ボクはエネミーじゃないニャウ!」

「リィン、良く見てみて、ただのきぐるみだから」

 

 いつの間にかニャウの後ろに回りこんでいたシズクが、ニャウの背中を指差す。

 そこには小さくて分かり辛いが、確かにチャックが見えた。

 

「そ、そこは見ちゃ駄目ニャウ!」

「き、きぐるみ……これが……」

 

 武器を仕舞い、ニャウにリィンは近づいた。

 モフモフの手を取り、にぎにぎとその感触を確かめる。

 

「おお……」

「そ、そんな手を握られたら照れちゃうニャウ~」

「あ、ごめんなさい」

 

 言われて、パッと手を離す。

 

 ニャウは仕切り直しとばかりにごほん、と聞こえないように一息吐くと、肩からかけたポーチからテキストデータを七つ取り出した。

 

「それじゃあ改めて、SGNMデパートへようこそニャウ! 当店は広いので、迷子にならないよう地図を兼ねたパンフレットをここでお渡ししているニャウ!」

「デパートなのにパンフレットがいるのか……」

 

 困惑しながらも、一行はパンフレットを受け取った。

 

 詳細な店の地図から、各区域の特徴、購買欲を煽る商品説明文。

 

 あらゆる顧客要求を満たした完璧なパンフレットである。

 ただ一つ問題なのは、店が巨大すぎてデータ量が膨大なことと、そのインパクトが強すぎて内容が頭に入ってきづらいことだろうか。

 

「ありがとねー」

「楽しんでほしいニャウ!」

 

 お礼を言いながら、ニャウと別れる。

 

「さて、ここまで広大だと何処から回るか迷いますね」

「とりあえずアダルトコー「行かないからね」」

 

 ぺしん、とマコトのチョップがラヴの頭部を殴打した。

 

 ラヴはキャストなので叩いた側が痛い筈なのだが、何故かラヴは「あうあー」と奇声をあげて頭を抑えた。

 

「わ、私は下着見に行きたいなって……」

「うばー、あたしは服買いたいなぁ」

 

 リナとシズクが、それぞれ目的は違うものの衣服系の店に行きたいと手を挙げた。

 

「食事前に身体を動かしたいし、ボール球技……サッカーとかどうかな?」

「お、いーねマコちん。ウチもそれにさんせー」

「マコちん!?」

 

 マコトがボール球技場へ行くことを提案し、メイはそれに賛同した。

 

「あら、ここスパもあるじゃない。行ってみたいわ」

「スパ! いいですねぇ! わたしもスパに一票入れます!」

「アナタキャストなのに入れるの?」

「スパなら裸見放題じゃないですか!」

「成程」

「成程じゃねーわよ」

 

 ラヴとアヤが、スパに行くことを提案した。

 ちなみに成程じゃねーよとツッコミを入れたのはメイである。

 

「割れたわねー、どうしましょう?」

「多数決とか?」

「そういえばリィンは? どうしたい?」

 

 パンフレットに目をくぎ付けにしていたリィンに、シズクが話を振る。

 

 リィンは、目をキラキラさせながら見ていたパンフレットから目だけ上げる。

 

 自然と上目遣いになった美少女に、全員の視線が集まった。

 

「ぼ……ボーリングやってみたいです」

「よし、ボーリングで決定ね」

「「「「「異論なーし」」」」」

 

 勝てない。

 これには、勝てない。

 

 リィン以外の全員がそう思いながら、足並み揃えてボーリング場へ向かうのだった。

 




ニャウがマスコットキャラクターなのは現経営者の完全な趣味です。

今後の日常パートでもこのデパートは便利に使われる予定です。


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ボーリング

ボーリングの準備をしているだけ。

七人も場に居ると描写がむずくて時間かかるー。
誰のセリフか分からないセリフとかあったらごめんなさい、脳内変換しといてください。


「第一回・チーム対抗ボーリング大会ぃぃぃいいい!」

 

 SGNMデパート・ボーリング場。

 

 サイバネティックなレーン群の一角で、メイは指を上に掲げながら叫んだ。

 

 呼応するようにシズクとマコトが「おー!」と拳をあげたが、他のメンバーの反応は薄めである。

 

「大会、って……私ボーリングやるの今日が初めてなんですけど」

「私もですねぇ」

 

 リィンとラヴが、軽く手をあげながら言った。

 

「リィンは兎も角、ラヴやんも初めてなの?」

「そうなんですよー、私ってほら、えっちなことばかりに興味津津ですし」

「意外ね」

 

 それは自慢げにいうべきことなのか? というツッコミをシズクが入れようとした瞬間、その前にアヤが口を挟んだ。

 

「意外? そうですかね?」

「ええ、だって……ボーリングは三つある穴(意味深)に指を差し込む競技でしょう?」

 

 瞬間、ラヴは目を見開き、その発想はなかったと言わんばかりに身体を震わせた。

 瞬間、メイはリィンの両耳を塞ぎ、シズクはリィンが抵抗できないように両腕を抑えた。

 

「さらに言うならば、三つの穴が空いた球で天にそそり立つ十本の(ピン)を倒す(意味深)競技でもあるわ」

「あ……あぁ……そんなに入らないよぉ……」

「そして極めつけに……球を投げ終えた瞬間を後ろから見てみなさい」

 

 こればかりは実際に見てみないと分からないわ、とアヤは二つ隣のレーンで今まさに投げようとしている女性を顎で示した。

 

 如何にもスポーツ少女といった感じの女性だ。

 美しいフォームから放たれたボールは、見事ストライクを獲得した。

 

 が、アヤとラヴの視線はボールなど欠片も見てはいない。

 全ては彼女の尻に注がれていた。

 

 投げ終えた瞬間の、後ろに突き出された尻を。

 

「…………アヤさん、私は今日大切なことを学ばせて頂きました。ボーリングは、性的です」

「分かって頂けたようで何よりだわ」

「くっ……淫乱キャストとして今までこんな性的な競技を知らなかったなんて……一生の不覚!」

「いいのよ、誰にだって分からないことはあるし、それは恥ずかしがるようなことじゃないわ」

「いやお前らはもう少し自分の言動に羞恥心を持ってくれ」

 

 ずばっとメイのツッコミが炸裂して、アヤとラヴはてへぺろ、と舌を出した。

 反省する気ゼロである。

 

(嫁が日に日に変態になって……いや、元からか畜生)

「さて、ボーリングが性的な競技だということも証明されたところでゲームを開始しましょうか」

「一気にやる気が削がれたがしょうがない、始めるか」

 

 レーン一つ一つに備わった端末のボタンを押す。

 その瞬間、レーン上部のスコアボードと電飾に明かりが点った。

 

「はい、じゃあ各々ボール持ってこーい」

「「「はーい」」」

 

 リィンの耳から両手を離し、ボーリングの球が置いてある方へリィンを誘導しながらメイは言った。

 この中では年上だからか、何となく仕切り役になっているメイであった。

 

「メイさん、何でさっき私の耳塞いだんですか?」

「ちょっとレベルが高すぎたから……」

「?」

 

 まあいいや、とリィンはレンタルのボーリング球が陳列されている方にてけてけと走っていった。

 興味がボーリングの球に移っただけかもしれない。

 

 ウチも球選ばなきゃ、とリィンの後に続くメイに、おずおずと話しかけるピンクキャストが一人。

 

 ていうかラヴである。

 

「えーっと、メイ、さん?」

「ラヴやん? どしたの?」

「いえ、一番こういうの慣れてそうだから聞きたいんですけど、ボーリングの球ってどれくらいの重さがいいんですかね?」

 

 よかった、下ネタじゃなかった、と心の中で安堵しつつ、「ああそれはね」とメイは答える。

 

「女性の場合は大体7~11ポンドかな……っとキャストだとそういうのは意味無いか。自分がちょっと重いと感じるくらいが丁度いいかなー」

「成程、軽過ぎても駄目ですか」

「軽いとピンが倒しにくいからね」

 

 言いながら、メイは12ポンドの球を手に取った。

 フォトンで肉体強化していなくとも、アークスは戦闘業である。

 

 当然筋肉は普通の女子より付いているので、これくらい当然といえよう。

 

「ボクもこれくらいかなあ」

「わ、わたしも……」

 

 マコトとリナも同じく12ポンドを取った。

 

 アークス女子としてはこれくらいが平均なのだろう。

 

「私は11ね」

「うばー……あたしは9で丁度いいかなぁ」

「はっはっは、まあ女の子はちょっと非力なくらいが可愛いんじゃないか?」

「えっ」

 

 リィンが、16ポンドのボーリング球を軽々と振りまわしながら、心底驚いたような声を出した。

 

「…………」

「…………」

 

 視線が、リィンに集まる。

 

 リィンはそっと16ポンドを棚に戻し、11ポンドを手に取った。

 

「ぼ、ボーリングの球って重いですねぇ」

「リィン、遅い、遅い」

 

 フォトンで強化していないにも関わらずこの筋力である。

 流石アークライトと言うべきか否か……。

 

「ていうかボーリング球軽いんですよ! 一番重いのでも私が昔修行に使ってた模擬剣の半分もないじゃないですか!」

「何でキレてるか分からんけど落ち着いて、どうどう」

「うぅ……どうせ私は可愛くない女子ですよ……」

 

 リィンは涙目になりながら、頬をぷくぅーっと膨らませた。

 可愛い。ていうかあざとい。

 

「もういいよ、私16で妥協する」

 

 言って、リィンは16ポンドのボーリング球を再び手に取った。

 その動作は非常に軽やかしい。16とか男子でも使うやつ少ないのでは。

 

「じゃあ私も16で」

「ラヴちゃん!」

 

 ラヴがおもむろにリィンと同じ重さの球を手に取った。

 

 特に無理をしている様子はなく、ラヴもまた軽々しくその球を胸元に抱えた。

 

「へ、平気なの?」

「私、キャストですから力強さが自慢なのですよ」

「仲間! 仲間がいた!」

「ちなみにベッドの上での強さも自慢ですよ」

「ごめんそれはよく分からない」

 

 キャストは、身体が機械で出来た人造生命体――もしくはサイボーグ体の種族だ。

 当然ヒューマンやニューマンより力は強いだろう。

 ていうかキャストと力比べできるヒューマンニューマンとかいたらびっくりなレベルでキャストの方が基本的な腕力は上だ。

 

 ただ、キャストはフォトンの扱いが他の種族と比べて劣るという特徴があるのだが――まあそれについては今語る必要はないだろう。

 

「ほら、いー加減始めるよー」

「いつまでも駄弁ってないでさー」

 

 いい加減業を煮やしたイケメン女子二人もといメイとマコトが、レーンを指差しながら言った。

 

 気がついたら前準備だけでかなり時間を費やしているではないか。

 これはいかん、と一行はてきぱきと持っている球を球置き場へ置いていく。

 

 今回借りたレーンは二列だ。(七人で一レーンは時間がかかる)

 チームごとに別れてもいいのだが……。

 

「親睦を深めるためにチーム関係なしに別れよっか、ランダムでいい?」

「最初にチーム対抗とか言ってたのは何だったのよ……」

「いやまあ、あれはノリで言っちゃっただけだし……」

 

 言いながら、メイはレーンに付いている端末を操作し、『ランダム割り振り』と書かれたボタンを押した。

 

 これだけで自動的に七人が二つのスコアボードに4:3で振り分けられるのだ。便利。

 

「えーと、こっちのレーンがメイ(ウチ)、アヤ、ラヴ、リナ。そんでそっちがシズク、リィン、マコトか」

「良い具合に別れましたね」

 

 初心者が二人別れて、チームメンバーの混ざり具合も計ったように丁度いい。

 偏るようなら何度かランダムボタンを押そうかと思っていたが、これでよさそうだ。

 

「よし、じゃあレーン対抗で平均点勝負な。勝った方の一番得点高いやつが負けた方の一番得点低い人に何でも命令できるって感じで」

「えぇっ、初心者不利じゃないですか?」

「初心者にはハンデとして……シズク、どれくらい付ければいいと思う?」

「んー?」

 

 メイに話を振られ、シズクは目を細めてリィンとラヴを見た。

 少し考え込むように顎に手を当て、答える。

 

「リィンが+30、ラヴちゃんが+40……ですかね」

「少なくない?」

「リィンは運動神経良いし、ラヴちゃんはキャストですからね、これでも良い勝負すると思いますよ」

「ふぅん、そんなもんか。二人ともそれでいい?」

 

 特に異論はないようで、リィンとラヴは素直に頷いた。

 

 さて、色々と前準備が長引いてしまったが……ようやく。

 

 ボーリングスタート、である。




私は普段9ボンドでやってます(非力)。

フォトン使い放題の超次元ボーリングとかも書きたいけどまあそれは別の機会に。

メイさんが使いやすすぎてついセリフが多くなってしまう。
そしてリナさんが使い辛すぎてセリフが少ないって言うか今回一つしかねぇ……。

精進せねば……。


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罰ゲーム

風邪で頭が痛いぃぃいぃ。


「もしかしてさ……シズクって運動神経無い?」

「ちゃうねん」

 

 ボーリングがワンゲーム終わったところで、リィンはスコアボードを眺めながら呟いた。

 

「皆のさー! 運動神経がさー! 良すぎるだけなんだよー!」

 

 両手両膝を地面に付けながら、シズクは叫んだ。

 

 ちなみにスコアは以下の通りである。

 メイ……256。

 アヤ……211。

 ラヴ……156+40。

 リナ……170。

 

 リィン……198+30。

 マコト……201。

 シズク………………72。

 

 見事に一人だけ惨敗である。

 

 尤も、一般女性ならば72点取れれば普通は充分なのだ。

 問題はシズクが分類上一般女性ではないことである。

 

「フォースでしかも胸の所為で動きにくそうなリナちゃんですら170なのに……」

 

 メイがリナの豊満な胸部を見ながら言った。

 

 唐突に話を振られ、リナは慌てながらも言葉を返す。

 

「む、胸は関係なくないですか!?」

「ちくしょぉおおおお! こんな、こんな爆乳に負けるなんてぇええええええ!」

「ば、爆乳とか言わないでください!」

 

 顔を真っ赤にしながら、リナは両腕で胸を隠して退いた。

 どうやら自身の豊満なバストはコンプレックスなタイプの巨乳らしい。

 

 そうと知ったら弄り倒すしかない、とシズクはにやりと口元を歪めた。

 

「じゃあ、魔乳?」

「まにゅっ……!? や、やめてください!」

「リィンよりも大きいよねー、ちょっと一回揉ませ……」

「ひぃー! シズクちゃんがいじめる! マコト助けて!」

 

 涙目になりながら、リナはマコトの後ろに隠れた。

 むにゅん、とマコトの背中にリナの柔らかいものが押しつけられる。

 

「…………」

「マコトどいて、そのおっぱい触れない!」

「あはは……勘弁してあげて」

「うっばっば、止めるというのならマコトの胸を揉み…………ごめん」

「謝らないでよ……」

 

 マコトの胸部を見た瞬間、シズクはそっと涙を流して頭を下げた。

 

 それはそれは綺麗な、謝罪の姿勢だった。

 

「でも、マコトなら……同類(ヒンニュウ)ならあたしの気持ちもわかるでしょう?」

「ボクだって……この背中に当たる感触が憎くてしょうがないさ」

「憎い!?」

「でも、仲間だからね、憎くても、仲間は守るのがリーダーってものさ」

 

 人生で一度は言ってみたいようなイケメンセリフを吐きながら、マコトはリナを庇うように片手を広げた。

 

 それを見て諦めたのか、シズクはやれやれと大げさに両手を広げながら振り返る。

 と、目の前に良い笑顔のメイが居た。

 

「…………」

「…………」

 

 満面の笑みである。

 何でだ? と考えるまでもなく、答えは一つ。

 

「罰ゲームね、シズク」

「そうでした……」

 

 すっかりリナの胸部についている16ポンドボーリング球に夢中になってしまって忘れかけていたが、『平均点が高いレーンの一位が平均点が低いレーンのビリに一つ命令できる』というルールだったのだ。

 

 得点を見れば一目瞭然だが、命令する人はメイ、命令される人はシズクである。

 

「さぁーってどんな命令しよっかなぁ」

「お手柔らかにお願いします」

「んっふっふー」

 

 にやにやと笑いながら、メイは考える。

 こういった場での『罰ゲーム』は、下手な命令はできない。

 

 キツすぎれば罰を受ける本人の機嫌を損ない、緩すぎれば場が白ける。

 見ている人も楽しめて、かつ罰を受ける当人も納得いくものでなくてはならない。

 

(皆疲れているだろうし、ジュース買ってきて、とか)

(誰かのモノマネをしてみて、とかが鉄板なのだろうけど……)

 

 ありきたりもまた、できれば避けたい。

 いざとなったらそれもやむなしだが……。

 

(ん……おっ)

 

 ふと、マコトの後ろに隠れるリナが目に入り、メイは頭上に電球マークを浮かべた。

 

 良いアイデアが浮かんだようだ。

 

「よし、じゃあシズク」

「はい」

「バストサイズとカップ数を皆の前で公表しろ!」

 

 びしぃっとシズクを指差しながら、メイは命令を発した。

 

 バストサイズと、カップ数の公表。

 さっきまで胸の話をしていたから浮かんだのだろう。

 

「…………うば」

「ん?」

 

 ぼろり、とシズクの瞳から涙が漏れた。

 無色透明の雫は、止まることなく頬を伝い、床に落ちた。

 

「うっ、く……ぐす……」

(な、泣いたー!?)

「め、メイさん!」

 

 マコトが、今度はシズクを庇うように前に出た。

 同じ持たざる者同士、気持ちが分かるのかその表情は真剣そのものだ。

 

「それだけは……それだけは勘弁してあげてください! そんな鬼畜な命令、流石に罰ゲームの範囲を越えています!」

「き、鬼畜!?」

 

 そこまで言われると、なんか悪いことをしているような気になってくる。

 小さいことなんて周知の事実なのだから別に良いじゃんと思うのだが……。

 

(コンプレックスを刺激する系は拙かったかな……)

「あー……じゃあ、誰かのモノマネとかにしとく?」

 

 妥協案。

 別に泣かせたいわけじゃないのだ、命令の変更くらいしていいだろう。

 

「モノマネ……それなら」

「よし、じゃあ誰のモノマネする?」

「んー……」

 

 涙を拭いながら、シズクは周りを見渡す。

 ちらり、とリィンの顔を見て、その後メイの顔を見て、

 

 微かににやりと、笑った。

 

「じゃあリィンのモノマネします」

「え、私!?」

 

 手を上げて宣言して、シズクは集中するように息を大きく吐いて、吸う。

 

「すぅー……はぁーっ……」

「…………」

 

 皆が見守る中、シズクはゆっくりと両手を頭の上に持っていき――

 

 ――まるでウサミミのように指先をピンと伸ばす。

 

 

「シズクだピョン!」

 

 

 静寂が、場を支配した。

 

 アヤと、ラヴ、リナ、マコトの四人は意味が分からず頭上にはてなを浮かべ、

 

 リィンは、段々と、段々と、その顔を赤くしていった。

 

「うばー……思ったより恥ずかしいなこれ……」

「な、なん、な、なな……! なんっで!」

 

 顔を真っ赤にしてリィンはシズクに駆けより、胸倉をつかんだ。

 

「うばっ」

「何でシズクがそれを知って――メイさん!」

 

 よく考えたらメイの仕業としか考えられないことに思い至り、リィンはメイのいる筈の方へ振り返る。

 

 しかしそこにメイの姿は無く、

 遥か遠くに走り逃げるメイの後姿が見えた。

 

「に、逃がすかー!」

 

 叫びながら、メイを追って駆けだす。

 フォトンも使っての全力ランだ。

 

 瞬く間に、メイとの距離を詰めていく。

 

「リィン、足早いなぁ……」

「シズク、さっきの何?」

 

 他人事のように呟くシズクに、マコトが首を傾げてそう訊ねた。

 

「……秘密♪」

「えー、なにそれー」

 

 ぶーぶーと頬を膨らますマコト。

 だがしかし、あの動画を皆に見せるのは何となく嫌なシズクであった。

 

「み、みんなー!」

「うば?」

 

 遠くから叫びながら、リィンがメイの首根っこを引きずってこちらにやってきた。

 

 もう捕まえたのか、早い。

 しかし何処か様子がおかしい……メイがピクリとも動かず、なすがままに引きずられているではないか。

 

「どしたのリィン、メイさんに何したの?」

「思わずボーリングの球を投げたら後頭部に当たっちゃって気ぃ失っちゃった!」

 

 見れば、メイの後頭部には大きなタンコブが一つ。

 何をやっているのだこの子は。

 

「リィン、やりすぎよ」

「アヤさん……」

 

 メイの後頭部をそっと撫でながら、アヤは言った。

 

「いくらメーコに非があったとしても、気絶させるほどの暴力を振るう必要は無かったんじゃないの?」

「う……」

 

 ぐうの音も出ない、正論だ。

 かっとなったとはいえ、凶器を使って頭を撃つなんて、やりすぎだ。

 

「……メーコは私が医務室まで連れていくわ」

「わ、私も付き添います!」

「別にいいわよ、私一人で充分だわ」

「でも……!」

 

 お姫様だっこでメイを抱えたアヤにすがるように、リィンは手を出した。

 しかし、アヤはくるりと背を向けてその手を拒絶する。

 

「大丈夫よ、メーコはこんなことでアナタを嫌いになったりしないし、私もそうよ」

「…………でも」

「反省しているのは分かっているわ、だから……」

 

 アヤは顔だけ振り向いて、リィンを見た。

 真っ直ぐな瞳で、真剣な表情で、言葉を紡ぐ。

 

「今度さっきシズクがやったモノマネの元ネタを見せて頂戴ね」

「…………えっ」

「じゃ、行ってくるわ」

「ちょ、まっ」

 

 リィンの制止は聞かず、アヤはテレパイプを使って何処かへ飛んで行った。

 

 デパート内の医務室に向かったのだろう。

 

「…………えぇー……」

 

 また、あれやるの?

 と、絶望感たっぷりの表情で、リィンは床に崩れ落ちるのであった。

 




マコトとリナのキャラ、少しは立ったかなぁ……。


投稿してから見直して、加筆修正しました。
頭が痛い状態で投稿するのは駄目ですね!


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首輪

KENZENにメイとアヤがイチャイチャしているだけ。

書いてたら筆が乗ってしまっただけなので私は悪くない。


 SGNMデパートの医務室は、別名休憩室と呼ばれるほど快適な場所だ。

 

 まず、個室。

 空調完備、ベッドは清潔ふかふか。

 

 医療に関してはメディカルセンターに数歩遅れを取るが――そもそもここはデパートである。

 歩き疲れた人、貧血の人、などなどの軽い体調不良者が利用者の大半なのだ。

 

「んん……?」

 

 とまあ、そんな清潔なシーツの感触と、少しのシンナーの香りを感じつつ、メイはゆっくりと瞼を開いていく。

 

「あら、起きたのね」

 

 すぐ傍から、アヤの声がした。

 ここは何処で、どういう状況なのだろうとぼやけた視界がクリアになっていくのを感じながら考える。

 

 ボーリングをやってて……罰ゲームで……リィンが追いかけてきて……っと、段階を置いて思考を纏めていく。

 

 しかし考えが纏まる前に、アヤの持つ『それ』が目に入った。

 

 油性マジック。

 しかも蓋は取れていて、如何にも今しがたまで落書きしてましたと言わんばかりにペン先がこちらに向けられている。

 

「……あの、アーヤ、つかぬことをお聞きしますが……」

「うん? ああ、ここはデパートの医務室よ」

「いや、そうじゃなくて、まあその情報も欲しかったけどそうじゃなくて」

「安心して」

 

 ぱちん、とマジックの蓋を締めながら、アヤは微笑む。

 

「額に肉って書いただけだから」

「一つも安心できる要素がない!」

 

 手鏡を取り出し、自身のデコを確認する。

 そこには確かに間違えようもなくハッキリと『肉』と刻まれていた。

 

「ま、マジで書いてやがるー!」

「ふっふっふ、一回やってみたかったのよね」

 

 ペンを指先で回しながら、満足げにアヤは頷いた。

 額に肉、という定番ネタができて嬉しいのだろう。

 

「畜生ウチも誰かにやりたい……じゃなくて、なんてことしてくれたのよ!」

「ごめんね、頬に正の字じゃなかっただけ有難く思って?」

「ワーアリガタイナー」

 

 棒読みで返事を返しながら、どうにか落ちないものかと手で擦ってみるメイ。

 だが、当然油性ペンはそれだけでは消えてはくれない。

 

「駄目だー、油性ってどうやって落とすの?」

「ちゃんと調べておいたわよ、サラダ油、ハンドクリーム、日焼け止め、口紅とかが良いみたい」

「持ってる?」

「持ってない」

 

 にこり、と良い笑顔でアヤは言った。

 

 どうやら『肉』と書いてから消す方法を検索したらしい。

 アヤが思いつきで行動するとは珍しい、テンションあがっているのだろうか。

 

「丁度デパートだし売ってるでしょ、買ってきて」

 

 メイは言いながら布団に潜った。

 解けた髪が長すぎてはみ出ているが、全身はすっぽりと布団に包まれた状態だ。

 

「えー、皆に見せましょうよ」

「嫌だよ――っと、そうだそうだ、これ言っとかなきゃ」

「?」

「リィンは悪くないからね」

 

 布団から顔を出さないまま、メイは言う。

 念を押すように。

 

「悪いのは全部ウチだから、リィンをあんまり叱らないであげてね」

「……まあ、どうせアンタが変なことさせたんだろうけどさ」

 

 流石幼馴染、よく分かってらっしゃる。

 

「それでも、仲間に暴力はいけないでしょう。既に少し叱っちゃったわよ」

「ウチらは仲間じゃなくて、家族だよ」

「…………」

「父親が、思春期の娘をからかいすぎて怒られるような――そんな話だよ、これは」

 

 布団に潜っているので、メイの表情は見えない。

 でもおそらく、微笑んでいるのだろう。

 

「……まったくもー、アナタはホント優しいっていうか甘いっていうかマゾっていうか……」

「惚れてもいいのよ?」

「もうとっくに惚れてるわ」

 

 ぼすん、と布団に潜っているメイに覆いかぶさるように、アヤは布団に乗った。

 そのまま彼女の背中辺りに顔を埋め、布団の上から抱きしめる。

 

 おかしな話だ。

 布団一枚隔てているのに。

 もっと過激なことだってしたことあるのに。

 

 こうしているだけで、とても落ち着く。

 

「あ、アーヤ?」

「ま、分かったわ。リィンは悪くない、悪いのはメーコ」

「う、うん。分かってくれてよかった」

「じゃあ」

 

 悪い子には、おしおきしないとね?

 

 と、とても悪い笑顔でアヤは言い放った。

 

「えっ」

「てことで布団から出て額の肉を皆に見せに行こっか」

 

 身体を起きあげて、布団の端をアヤは掴んだ。

 

 そのまま力任せに、ぐっと布団を引っ張る。

 

「え、ちょ、ヤダー!」

 

 叫びながら、メイも布団を掴んで対抗する。

 単純な力ならば、ファイターであるメイの方が上だ。

 

 しばらく攻防は続いたが、結局布団ははぎ取れなかった。

 溜め息を吐きつつ、アヤは諦めたように手を離す。

 

「はぁ……出てこないなら首輪とリードでも付けて引っ張ってやろうかしら」

「やめて」

「そんな真剣な声で……まあ、仕方ないわね……」

 

 残念そうに呟いて、アヤはベッドから降りた。

 

 そのまま医務室の扉に手を掛ける。

 

「油性ペン落とすやつも買ってくるわね」

「(ん?)おー」

 

 ようやく諦めてくれたか、と安堵のため息を吐く。

 

 自動ドアが開いて閉じる音を確認してから、「ぷはぁっ」と頭まで被っていた布団から頭を出した。

 

「やれやれもー、さっさと後輩ズに合流したいのに何故こんなことに……」

 

 額を擦りながら、愚痴を吐く。

 あの幼馴染は見た目と中身のギャップが酷くて困る。

 

(昔はあんなんじゃなかったのになぁ……)

(誰の影響であんなことに……ああ、ウチか)

 

 因果応報、という言葉が頭をよぎった。

 これ以上ないくらい今の状況を表すのにぴったりな言葉だろう。

 

(…………)

(お布団気持ちいい)

 

 現実から逃げるように、メイは枕に顔を埋めた。

 

 洗剤の柔らかな香りが、眠りへとメイのことを誘う。

 

 アヤが帰ってくるまで少し眠ってようか、なんていう考えが頭をよぎり、そして。

 

『油性ペン落とすやつも買ってくるわね』

 

 ふと、アヤがさっき放った言葉が反芻された。

 

「…………あっ」

 

 違和感は、感じていた。

 その言葉に、違和感だけは感じていた。

 

 最初は、妙に素直だな、と。

 ただ、それだけなら別にアーヤにだってそういう気分のときだってあるだろうと納得できた。

 

 でも、言葉を反芻してみたら、違和感の正体が分かってしまった。

 

「油性ペン落とすやつ、『も』?」

 

 『も』って何だよ。

 他に何を買ってくるつもりだよ。

 

 そんなの、さっきの話の流れからして間違いなく――。

 

「首輪と、リード……」

 

 やばい。

 

 寝ている場合じゃない。

 即刻ここから逃亡せねば。

 

 布団から起き上がり、手鏡片手に前髪を降ろす。

 

 幸い『肉』の字はわりと簡単に隠れた。

 長すぎる髪に感謝だ。

 

「荷物は全部アイテムパックの中だし……よし、逃げっ……!」

「ただいまー、うん?」

 

 遅かった。

 自動ドアのセンサーに後一歩で届くといったところで、扉は開かれた。

 

 アヤが、買い物袋片手に入ってきたのだ。

 タイムオーバー、アンドゲームオーバー。

 

「どうしたの? そんな慌てて……」

「え、いや、あの」

「あ、前髪降ろしたんだ、隠すのはいいけどこれから消すんだから意味無いのに」

「あ、あはは」

 

 落ち着け、まだワンチャンある。

 『も』、と言ったのはアヤの言い間違えの可能性もあるし、ジュースとかを買ってきてくれただけかもしれないし。

 

 なんて。

 メイの淡い希望は。

 

「ほら、買ってきたわよ。首輪とリード」

 

 あっさりと打ち破られるのであった。

 

「オーソドックスに赤色のにしてみたけど、どうかな?」

 

 買い物袋から赤色の首輪(犬用)を取り出しながら、アヤは歩を進める。

 

 どうかなと訊かれても、困る。

 首輪なんてそもそも着けたくない。

 

(そうだ……!)

 

 と、そこでメイは頭上に豆電球マークを浮かべた。

 何かを思いついたようだ。

 

「う、ウチは赤色はちょっとなー、好みじゃないっていうか、ほら、ウチの髪って橙だから色が被ってあんまり似合わないんじゃないかな」

 

 ファッション性の問題を打ち立てて、回避。

 悪い案ではないだろう。が、相手が悪い。

 

 相手は誰よりも、ともすれば本人よりもメイを理解している幼馴染である。

 

 アヤは、買い物袋から黒色と、青色と、黄色の首輪を取り出した。

 否、それだけではない、良く見れば買い物袋は不自然なほど膨れている。

 

「そう言うと思って、十六色ほど買ってきたわ」

「ぜ、全力すぎる……!」

 

 何故そんなところでベストを尽くしてしまうのか。

 間違いなくメイの影響である。

 

 恋人の色に染まる女子など、珍しくもなんともない。

 

「じゃあ、着けましょうか」

「や、待って、やだ」

 

 じりじりと、首輪を手にアヤはメイに近づいていく。

 

 思わず後ずさる。

 しかし医務室の個室は狭く、逃げ道はすぐに無くなった。

 

「逃げちゃ駄目」

「……!」

 

 アヤの横から走って抜けれないか? と画策し始めたメイの思考を読んだかのように、アヤは言葉で釘を刺す。

 

 そして壁まで追い詰められたメイを、拘束するようにアヤはメイの身体に自分の身体を押しつけた。

 

「ちょ、まっ」

「抵抗しちゃ駄目」

 

 腕で押しのけようとしたメイの手を軽く払いながら、アヤは言葉を放つ。

 軽く、それこそほんの少し力を込めただけで抵抗できるような力なのに、メイの腕は簡単に払われ所在なさげに宙に浮いた。

 

(そん、な……)

(強く命令口調で言われるとぉ……!)

「ホントメーコって筋金入りのマゾよね」

「……っ」

 

 妖艶な笑みを浮かべながら、アヤは愉しそうに言う。

 メイの頬は、照れと、怒りと、焦りと、悦びで最早真っ赤だ。

 

「はっ……ぁあ……!」

「ほら、じっとしてて」

 

 首輪が、メイの首に触れた。

 恥ずかしくて、こそばゆくて、変な声が漏れる。

 

「っ~~!」

 

 ゆっくりと、焦らすような手つきで首輪が巻かれていく。

 まるで、自分がこれからアヤのペットになるようで……。

 

(背筋が、凄いぞくぞくする……から……)

(巻くなら、ひと思いに、巻いて欲しい)

 

 ただ首輪を巻かれているだけなのに。

 息は乱れて、頬は紅潮して、お腹の奥が熱くなって。

 

 だけど嫌じゃ無くて。

 嫌じゃないのが悔しくて。

 

「はい、巻けた」

「っ……あっ、んん」

 

 パッ、と首輪を巻き終えた瞬間、アヤは一歩引いた。

 解放した、というか、全体を見たかっただけなのだが。

 

「…………くびわ、ほんとに付けちゃったんだ」

 

 微妙に呂律の回っていない言葉を喋りながら、着けられた首輪を確かめるように撫でる。

 

「じゃあ次は、リードね」

「え、あ。駄目! それは何と言うか洒落にならないっていうか……」

「んー? 犬用の首輪着けてるのにヒトの言葉を喋ってる子がいるわねぇ」

「えっ」

 

 再び、壁に押し付けられたメイの身体。

 首輪と首の隙間を指でなぞられ、思わず「あっ」と艶っぽい声がメイの口から漏れた。

 

「ほら、犬はなんて鳴くんだったかしら?」

「え、えっと……」

「お仕置き」

「ひゃっ……!?」

 

 首輪との隙間を縫うように、アヤの舌がメイの首を這った。

 くすぐったいだけの筈なのに、甘い痺れがメイの背筋を襲う。

 

「次は噛むからね」

「…………っ」

「ちゃんと出来たら、リード着けてあげるから」

 

 完全に、アヤのペースに持ってかれている。

 そう分かっているのに、抗う術は無くて。

 

「わ……」

「わ?」

「……わ、ん」

 

 言った瞬間、ぞくぞくぞくとメイの身体に電流が走ったような感覚が襲いかかった。

 頭が痺れて、立っていられないくらい、がくがくと足が震える。

 

「あの……」

 

 その瞬間、突如第三者の声が部屋に響いた。

 

 声の主は、このデパートの従業員のお姉さんだ。

 個室の前で、顔を真っ赤にしながらも頑張って二人に告げる。

 

「デパート内で、その、如何わしい行為は遠慮して頂けると、その、助かります……」

「…………」

「…………」

「あの、それでは失礼しますね。次は、その、注意で済まないですから気を付けてください」

 

 言うだけ言って、従業員のお姉さんは去っていった。

 

 その、が多い人だったなぁ、とアヤはどうでもいいことを思いながら、扉方面に向いていた顔をメイに向き直す。

 

 メイは両手で顔を覆い隠して、その場に座り込んでいた。

 

「…………メーコ」

「…………」

「…………」

「……あのね」

「うん」

「流石に恥ずかしい」

 

 そりゃそうだ。

 

 メイの顔は、頬どころか耳まで真っ赤になっていた。

 

「続きは今夜マイルームでしましょうか」

「しないわ! もう、早いところ額の肉落としてシズクたちと合流しますわよ!」

 

 何故かお嬢様言葉になりながら、メイはアヤの買ってきた首輪たちをかきわけ油性ペン落とすやつを手に取った。

 

「そうね、二人きりだと私が何しでかすか分からないもの」

「ほんとにねっ!」

 

 全く持ってその通りである。

 この幼馴染は皆の前では大人しい癖に、二人きりになると急に過激だ。

 

 まあ尤も、メイはメイで二人きりだと大人しい癖に皆の前だと何をしでかすか分からないのだが……。

 

「ん?」

 

 メイが額の肉を消しているのを眺めていると、アヤの端末が電子音を鳴らした。

 

 メールだ。

 送信者は、シズク。

 

「シズクからメール来たわ」

「へえ、なんて?」

「まだ文面見てないわよ……ええっと」

 

 メールを開いて、モニターに表示させる。

 画面に移ったメールの文面は、顔文字絵文字多用の非常に女の子らしい文章であったが、正直読みにくいので要訳すると……。

 

『メイ先輩は目覚めましたか? ファッションゾーンに行くことになったので連絡しておきます。リィンに色々な服を着せて遊……ファッションセンスの競い合いをしようと思うので早く来てください』

 

 とのことだった。

 

「…………」

「…………」

 

 メイとアヤは無言で見つめ合い、頷いて、

 

 足早に医務室を出ていくのであった。




次回、ファッションショー。
なのだが、小説だとどうしても見た目系の可愛さは伝えづらいのでカットもしくはダイジェストの可能性大。

良い表現方法が浮かんだら頑張ります。


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武器迷彩

予定は覆すもの。

武器迷彩のダサいダサくないはキャラの主観なので私のセンスとは関係ないです。
あくまで「センスが小学生男子のリィン」と「センスが大人の女性であるリナ」のギャップと葛藤が描きたいだけなので、ネタとして見て頂ければと。


 エクエスティオー。

 ネイバークォーツ。

 ガードウィング。

 サウザンドリム。

 フィーリングローブ。

 ウィオラマギカ。

 エーデルゼリン。

 

 何の名前かと言うと、女性の新米アークスが支給品として最初に貰える戦闘服のことだ。

 

 戦闘駆動をするうえで、とても動きやすいしデザインも悪くない。

 大気中のフォトンとの感応度なども考えられていて、とても優秀な衣装ばかりなのだが……。

 

 如何せん、新米アークスっぽさが出てしまう。

 上記の服を着ているアークス=新米という風潮が、なんとなくアークスには存在しているのだ。

 

 リィンはネイバークォーツ。

 マコトはエーデルゼリン。

 リナはフィーリングローブ。

 

 シズクはアークス研修生女制服という別の服だが、名前から察せられる通り研修中の見習いアークスが着る制服である。

 見た目が良いので熟練アークスでも愛用している人は居るにはいるが、シズクの(ロリっぽい)見た目だと研修生と間違えられやすいのだ。

 

 もう難易度ハードのクエストを受けることが出来るし、【巨躯】戦でも充分活躍できた。

 そろそろ初心者を脱却しても良い頃だろう。

 

 と、いうわけで一行はコスチュームからアクセサリー、武器迷彩までファッションに関するものならなんでもござれ、

 

 SGNMデパート・ファッションゾーンに足を踏み入れたのであった。

 

「おぉー、服が一杯だー」

 

 目を輝かせながら、シズクは店内を見回す。

 

 右を見れば服、左を見ても服、後ろを見たら流石に服ではなく隣接している武器迷彩ショップだが、兎も角女子としてはテンションの上がる光景だった。

 

 マイショップなどのネットショップでは味わえない感覚だろう。

 こういったところも、このデパートが人気の理由である。

 

「テンション上がるね! リィン!」

「…………」

「……リィン?」

 

 リィンもまた、シズクと同じように目を見開き輝かせていた。

 

 ただしかし、向いている方向はシズクと逆。

 つまり、武器迷彩ショップを見ながら瞳を輝かせていたのだ。

 

「し、シズク! 私武器迷彩が見たい!」

「えー!? 先に服見ようよ!」

「いや服は正直どうでもいいし……」

 

 着れればいいじゃん、と小学生男子のような発言をするリィンであった。

 

「うばー! 単独行動は戦場では命取りだよ!」

「戦場じゃなくてデパートだし」

「うぐ、でも、ほら、服買った後に行けばいいじゃん!」

「いや服買ったら武器迷彩買うお金無くなっちゃうだろうし……」

「うばー……」

「…………」

「あの……」

 

 しばらく口論になると思われた二人の対立だったが、意外なところから助け船が表れた。

 

 巨乳ニューマンことリナが、おずおずと手を挙げたのだ。

 

「私も武器迷彩の方に行きたいなぁ、なんて」

「うば!?」

「ほんと!?」

 

 二人の剣幕に驚きながらも、リナはこくりと頷いた。

 

「じゃあ私とリナは武器迷彩ショップ行ってくるわね、後で集合しましょう」

「うばば……くっ」

 

 何とか二人を引き留める方法は無いものかと考えるシズクだったが、思い付かなかったようで悔しそうに口を閉じた。

 

「リナは服見ないでよかったの?」

「う、うん。前から欲しいなって思ってた武器迷彩があって……でもそれ買ったら多分服買うお金無くなっちゃうから……」

 

 リィンとリナ、二人で会話をしながら、武器迷彩ショップの門をくぐる。

 

 店内は、そこそこ繁盛していた。

 壁と棚に武器迷彩が被さったコモン武器がサンプルとして立て掛けられており、欲しいモノがあったら対象のチケットをレジに持っていくことによって商品を購入できるシステムだ。

 

「わぁ、凄い。色々な武器迷彩で一杯」

「ほ、ホント多いね……、リィンはどういうのがいいの?」

「うーん……格好いいの、かな」

 

 可愛いのは何か似合わない、と言いながらリィンはソードの武器迷彩コーナーに向かった。

 

 その間に、今更ながら武器迷彩について説明しよう。

 

 武器種さえ合っていれば、どんな武器でも被せた武器迷彩の『見た目』にすることができる文字通りの迷彩だ。

 武器の性能自体は変わらないので、性能は良いが見た目の悪い武器や、見た目は悪くなくともコスチュームに似合わない武器等に装着するのが主な使い方となるだろう。

 

 尤も、そうでなくとも好みの武器迷彩があってどんな武器を使おうがその武器迷彩を被せて使う人もいるし、一概に言えないのが現状だ。

 

 何しろ武器迷彩は、基本的にどれもこれも見た目が良い。

 

 まあ、見た目が全てとも言えるアイテムなので当然かもしれないが。

 

「お、これなんていいわね」

 

 リィンが、楽しそうに微笑みながら、一本のサンプルを手に取った。

 

 商品名『*焔龍閃滅刀』。

 炎を思わせる独特のフィルムを持った赤い大剣だ。

 

 格好いいことは格好いいが、リィンの蒼髪には似合わない。

 そしてどうやらリナの好みではないようだ。

 

「えっ」

 

 そんな代物を「いいわね」なんて言いながら手に取ったリィンを見て、リナは思わず驚きの声をあげてしまった。

 

 いやいやまさか。

 そんなまさかと頭を振り払い、再びリィンの様子を見る。

 

 リィンは先ほどの*焔龍閃滅刀を名残惜しそうに戻し、そして傍にあった次のサンプルを手に取った。

 

「これもいいわねー」

「…………」

 

 リィンが手に取ったのは、『*龍鳴剣ヴァンデルホーン』。

 見た目はさっきより大分マトモで、シンプルなアイアンソードと言った感じだ。

 

 しかし名前負けしがちな痛々しい名前は如何ともしづらい。

 

(何でそんな……)

(男子小学生が好きそうなやつばかり……)

 

 少し触ってみては、次へ次へとサンプルに手を出していくリィン。

 しかしさっきから選んでいる基準は『(リィン主観の)格好よさ』らしく、なんというか厨二……というかドン○ホーテに売ってそうな武器迷彩ばかりを手に取っている。

 

 これは、放っておいていいのか? という考えが、リナの頭をよぎる。

 

「リナ! 見てこれ! 『*約束された勝利の剣』って書いてエクスカリバーって読むんだって! かっこいい!」

「う、うん……」

 

 よく、分からない。

 文字列と宛て字の関係性が何一つ分からない。

 

 もしかして、自分がおかしいのだろうか。

 最近の流行はこういうのなのだろうか、というリナのような自分に自信が無い人間にありがちな自問自答が始まった。

 

(どうしよう……どうしよう……!)

(と、とりあえず見守って……どうしようもなくダサいの選んだら止めてみよう!)

「あっ」

 

 リナの焦燥など知る由もないとばかりに、リィンは次のサンプルを手に取った。

 

 瞬間、思わず声をあげた。

 そしてその武器迷彩の、名前を呟く。

 

「『*守護女神ノ太刀』……」

 

 シャープな黒い刀身に、紫色のフォトン刃を持った鍔の無い大太刀。

 何処となく神秘的で、それでいて力強い雰囲気を持った武器迷彩だ。

 

 これだ、とリナは思った。

 名前は兎も角、見た目は今までの中で比較的マトモ。そして何より――。

 

 ――リィンに、とても似合っていた。

 

「そ、それ格好いいですね! とても似合ってます!」

「わっ、え、そ、そう?」

「はいっ」

 

 突然大声で褒められて吃驚しつつも、リィンは照れるように頬を赤くした。

 

 *守護女神ノ太刀を見つめた後、感覚を確かめるように軽く振る。

 二度三度振って、うん、と頷いた。

 

「使い勝手も悪くないし……、これ買うわ」

 

 よし、とリナは見えないようにガッツポーズした。

 

 最悪の展開は防げたといってもいいだろう。

 とりあえずは、ほっと一息……。

 

「あら」

「……はい?」

 

 と、思ったところでリィンがまたも声をあげた。

 視線の先には、*守護女神ノ太刀の値札。

 

 そこには、【大特価】二百万メセタと赤文字で大きく書かれていた。

 

高価(たか)いわね……とてもじゃないけど買えないわ……」

「えっ」

「仕方ない、とりあえず今日は(安いし)*焔龍閃滅刀を……」

「わーっ! 待って! 待ってください!」

 

 よりにもよってリナの感覚で一番リィンに似合わないと思っていた奴を手に取ろうとしたリィンを、必死に止める。

 

 それを選んだら最後、シズク辺りが爆笑しながらからかいそうだ。

 

「リィン、武器迷彩は一つしか装備できないの。だから今それを買ってもいつか*守護女神ノ太刀を買ったら無駄になるのよ」

「え、そうなの?」

 

 何とか、買うのを阻止できないものかと説得を試みる。

 咄嗟に出てきた言葉だったが、意外と効果はあったようでリィンは伸ばした手を止めた。

 

「う、うんうん、いくらそれが安めだからって馬鹿にできる金額じゃないから、今はメセタを貯めるべきだと思うわ」

「うーん、……そうね」

 

 今はお金を貯めるわ、と残念そうにリィンは頷いた。

 

 辛勝……!

 冷や汗をかきながら、リナは再びリィンにばれないようにガッツポーズをした。

 

「それで、リナは何を買うの? 武器種は?」

「え? あ、うん――、私はタリスだから……あっちね」

 

 切り替え早いな、と思いながら、リナはタリスの武器迷彩が売っている棚を指差した。

 

 そっちに向かって、歩きだす。

 

 店内を歩いていると、当然色々な武器種の武器迷彩が目に入った。

 

 格好いいの、可愛いの、変なの。

 こうして見てるだけで楽しくなってくる、良い店だ。

 

 多分シズクは、今頃色んな服に囲まれて同じような気持ちになっているんだろうなぁ、なんて思いながら歩くリィンの瞳に。

 

 一瞬、自分の名前が映り込んだ。

 

「……んん?」

「? どうかした?」

 

 ぴたり、とリィンは足を止めた。

 

 視線の先にはカタナの武器迷彩コーナー。

 その一角を、リィンは指差した。

 

「これ、何?」

「うん? ……わっ」

 

 リィンの指差した先、そこには一本のカタナ武器迷彩があった。

 鍔部分に穴の空いた羽根のような装飾の付いた、紫色の刀。

 

 ()は、『*リィンの太刀』。

 

「……いやまあ、偶然なんだろうけど」

「す、凄い偶然だね……ええっと、何かのゲームのキャラクターが使ってた武器を模したものみたい」

「へぇ、ゲームの武器から作られた迷彩なんてあるのね」

「結構そういうの多いみたいだよ。さっきの……*約束された勝利の剣(エクスカリバー)? もゲームからみたいだし」

 

 ゲームキャラのコスプレしてる人もたまに見るよね、とリナは*リィンの太刀を手に取りながら言った。

 

 そんな人いるんだ、と思いながらリィンは値札を見る。

 

「千五百万メセタもするわねこれ……高くて買えないわ」

「買えたら買ってました?」

「いや、別に……」

 

 意味深に、リィンは瞳を閉じた。

 少し何かを思い出すようにそうした後――瞳を開ける。

 

「カタナ使う予定は、無いし」

「そ、そう」

 

 なんだ、とちょっと残念そうにしてリナはカタナを棚に戻した。

 

 そうして二人は再び歩みを進めた。

 もともと自分の名前を冠した武器迷彩を見て、少し気になっただけなのだ。

 

 少しして、目的地であるタリスの迷彩コーナーに二人は辿りついた。

 このデパートはどんな店でも一つ一つの敷地面積が大きくて移動が大変だ。

 

「もう決めてるんだっけ? どれ?」

「え、えーっと……あ、あった」

 

 リナが手に取ったのは、ラッピーと呼ばれる生物が印刷された大きな袋だった。

 

「袋?」

「『*ラッピーサック』っていうの。か、可愛いでしょ」

 

 袋をごそごそと探ると、中からラッピーのぬいぐるみが出てきた。

 これを投擲して攻撃するのだ。所謂、ネタ迷彩というやつだろう。

 

「可愛いけど……変な武器ね」

「武器迷彩は遊び心に富んでるから好き」

 

 サンプルを棚に戻して、チケットを取る。

 

 これをレジに持っていけば商品を購入することができるのだ。

 

「これ、結構高いけど大丈夫?」

「う、うん、このためにお金貯めてたから……よし、レジに行こう」

 

 言って、レジに向かう。

 

 武器迷彩ショップのレジは、店の中央に円を描くように配置されていた。

 

 円の中にはキャストの店員が六人。

 どのレジも一人以上人が並んでいるようだ。

 

「あ、あのレジが一番並んでないね」

「そうね……ん?」

 

 なるべく人が少ない列に、二人で並ぶ。

 

 その時ふと、リィンが何かに気付いたように立ち止まった。

 

 また何か面白い武器迷彩でも見つけたのかな? と思ったがそうではないようで、リィンはレジの方向を見ていた。

 

 どうしたというのだろう。

 別にレジに何かおかしなところは無い……ただ――。

 

 二人の前に、並んでいる女性が一人。

 絹のように美しき、青い髪を持った背の高い女性だ。

 

「――これを、三つくれるかしら?」

「毎度ありがとうございます――三つ、ですか?」

「ええ」

 

 柔らかに笑いながら、その人――。

 

「『リィンの太刀』、保存用、使用用、飾り付け用に三つお願いします」

 

 ――ライトフロウ・アークライトは頷いた。

 

「かしこまりました。……リィンの太刀三つで四千五百万メセタになります」

「はい。ふふふ、良い掘り出し物見つけちゃったわぁ……リィンの太刀(意味深)、その響きだけでもう……っと、涎が……ふふふ」

「…………」

 

 養豚場の豚を見るような目つきで、姉の後姿を見つめるリィン。

 

 急にそんな表情になったリィンが心配になったのか、リナは……。

 

「……リィン、どうかしたの?」

 

 最悪のタイミングで最悪のセリフを放ってしまった。

 

「ん?」

 

 リィン。という単語に釣られ、反射的にライトフロウが振り返る。

 

 このままそっと別のレジに並んでいれば避けれたかもしれない、悲劇が幕を開けてしまった。

 

「あ……」

「…………」

 

 ばっちりと、姉の視界に妹が入った。

 

「…………」

「…………へ? あ? え? ……んん!?」

 

 ジト目でこちらを睨んでくるリィンに、困惑しか沸いてこない。

 

 どうしてここに。どうしてこんなタイミングで。どうしてそんな可愛いのホントもうペロペロしたい。

 など、色々な感情が押し寄せてくる。

 

「ほ、ほんもの……?」

「……リナ、別のレジ行きましょ」

「え、え? いいの? 知り合い……ていうか、リィンのおねえ……」

「違うわ」

 

 ふい、とリィンは姉から視線を逸らし、反対方向のレジへと歩き出す。

 

「私の家族は、【コートハイム】の皆だけよ」

 

 あ、これ深入りしたらいかんやつだ、と瞬時に察したリナは口を閉じた。

 ぺこり、と軽くライトフロウにお辞儀をして、リィンを追いかける。

 

「あ、あ……」

 

 どしゃり、とライトフロウは膝から崩れ落ちた。

 両手を地面に着き、溢れそうになる涙を叫びに変える。

 

「あぁああああああああああああああああああああ!」

 

 彼女の慟哭は、何時までも途切れることの無いように思えるほど悲痛な叫びは。

 

 十秒後、店員に注意されるまで続いたのであった……。




エピソード4でついにマトイ出ましたね。
二十歳になったからかヒツギとの対比か、やたらと大人びて見えました。

魔人さんは声が可愛かった。


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コスチュームショップにて

デパート編もあと1~2話くらいかなぁ。



「あ、いたいた」

 

 場面は変わってコスチュームショップ。

 

 きゃぴきゃぴ(死語)と服を選んでいたシズクとマコト、それとラヴ(キャストの癖に一番ノリノリ)の三人に近づく影が二つ。

 

 メイとアヤだ。

 

 二人に気付いたシズクが、ぱっと見ていた服から顔を上げて手を振った。

 

「どーも先輩方、メイ先輩は頭大丈夫ですか?」

「おう。でも『頭の怪我は大丈夫ですか?』って訊いてくれ、それだとウチが頭おかしいみたいじゃないか」

「メーコの頭はまあギリギリ大丈夫よ」

「アーヤ!?」

 

 酷い扱いだ。

 しかしアウトと言われなかっただけまだ温情を感じる。

 

「ところでリィンは? リィンのファッションショーは?」

「リィンは武器迷彩ショップに行ってしまったので中止となりました」

「がびーん!」

 

 折角急いで来たのに、とメイは拗ねるように口を尖らせた。

 

「仕方ない、先輩に暴力を振るったことを盾に無理矢理連れてくるか……」

「あんたさっき医務室で言ってた言葉もう一度言ってみなさいよ」

「冗談冗談」

 

 けらけらと笑いながら、メイも服を漁りだした。

 その様子を見て、アヤは溜め息を吐いてからシズクたちの方を向く。

 

「……まあいいわ、シズク、マコト、どう? 良いコスチュームあった?」

「はい。……ラヴやんがセクシーコスチュームを次から次から持ってくるので苦労しましたけど……これにしようかな、と」

 

 言って、シズクは買い物かごから透明なプラスチックのようなものに収納されたコスチュームを取り出した。

 

 『ジーナス・レプカF影』。

 身体のラインがはっきりと分かるようなぴっちりとした黒いアンダーシャツの上から、体型を隠すようなこれまた黒いコートを羽織っているコスチュームだ。

 翡翠色のネックレスと、クロスするように巻かれたベルトがアクセントとしてとても良い働きをしていて、

 

 何よりシズクの赤い髪が、よく映えてくれるであろう色合いだった。

 

「へぇ、いいわね。マコトは?」

「ボクは……その、まだ迷ってて……」

 

 マコトの手には、二つのコスチュームが握られていた。

 

 『フロートエミッションF雪』と、『ロレットベルディア』。

 片やマコトのイメージに合ったボーイッシュなパーカー風コスチューム。

 片やマコトのイメージからかけ離れたふりふりの女の子を詰め込んだようなコスチューム。

 

 アヤの視線に気づいてすぐにふりふりの方――『ロレットベルディア』を棚に戻したが、シズクの眼は誤魔化せない。

 

 ははーん、とシズクはにやりと笑った。

 

「マコト、今戻した服似合うと思うから着てみたら?」

「ぅえ!? い、いやいやボクにこんな可愛いの似合わないよ!」

 

 マコトは頬をカァッと赤くし、顔の前で腕を振って否定した。

 

 しかしなんというか、その態度はこう言っては何だがテンプレ的だ。

 実は興味津々、というのがシズクじゃなくても察せられる程には分かりやすい。

 

「えー? 絶対似合うってー、着てみて着てみて」

「や、やーだー! 絶対似合わないから!」

「こら、シズク」

 

 調子にのりだしたシズクを諌めるように、アヤはぺちりとシズクのおでこを(はた)いた。

 「てへぺろ」、と反省している感じゼロのシズクを見て呆れつつも、アヤは言う。

 

「良い? シズク、確かに普段ボーイッシュな子が突然可愛い服を着て女の子らしく振舞うのは凄まじいギャップ萌え旋風が巻き起こるわ……でもね」

「?」

「『美少年のような美少女』、というのもまた貴重な存在だわ。そんな子は、男の子みたいな格好をすることを義務付けられてるのよ」

「一理ありますね……」

「初耳ですけど!?」

 

 シズクは頷いて、マコトは頷かなかった。

 

 当然である。

 

「と、いうことでマコト、この『レディバトラーコート』を着るのよ」

「どういうことでですか!?」

「いいからいいから、ちょっとこれを着て私に(かしず)いてくれるだけでいいから」

「こら」

 

 ぺしん、と今度はアヤの頭がメイに軽く叩かれた。

 

「後輩をいじめちゃ駄目だろ」

「ちぇー……」

「それに…………その、アーヤの執事はウチだけなんだし」

 

 言いながら、メイは照れたように顔を背ける。

 最後の一言は余分だったなと後悔するがもう遅い。

 

「…………へぇー」

 

 それを見て、アヤは一瞬呆気に取られた後にぃーっと満足げに笑みを深めた。

 

 本当に嬉しそうで楽しそうな笑みだ。

 でもちょっと怖いのは何故だろう。

 

「……シズクシズク」

「ん? 何?」

 

 声のトーンを落としたマコトが、こそこそとシズクに話しかけてきた。

 

 まあ内容については、容易に察しがつく。

 

「あの二人って……恋人同士なの?」

「ううん、どっちかというと夫婦かな」

「そのレベルなの!?」

 

 なにせ生まれた時からの幼馴染だ。

 互いに知らないことの方が少ない間柄だろう。

 

 そんなのもう、恋人というより夫婦と言った方がしっくりくる。

 

「ふぅん……進んでるなぁ……」

(爛れてるの方が正しいんだよなぁ……)

「あ、ところでシズクはどうなの?」

「え?」

 

 一転、メイたちにも聞こえるような声量に切り替えてマコトは言う。

 

 からかう様な、ではなくふと気になったから聞いたような口調だ。

 

「だから、シズクとリィンはどういう関係なの? もしかして恋人同士だったりする?」

「うば……!?」

「あー違うよ違うよ」

 

 メイがすげぇ笑顔で会話に割り込んできた。

 もしかして弁明してくれるのだろうか、なんて期待は抱かない。

 

 むしろ(げぇ! メイ先輩!)っと心の中で叫んだくらいだ。

 

「シズクの片思いだよ」

「うばー! うばー!」

「えー!? そうなの!?」

「え? 何何? 面白そうな話?」

「ラブの匂いがしますねぇ」

 

 流石女子というか何と言うか。

 恋バナへの喰いつき具合が半端ない。

 

 少し離れていたところで雑談(わいだん)していたアヤとラヴも喰い気味に会話に入ってきてしまった。

 

「ち、ちがっ……!」

「違うの?」

「違わ…………な、い、けど……」

 

 カアァっと顔を赤くしながら、シズクはゆっくりと頷いた。

 

 それに伴って場のボルテージは上がり、黄色い歓声が飛び交いだした。

 

「どういうところが好きなの!? なんかこう……好きになったきっかけとかってある!?」

 

 マコトがテンプレ的な質問を飛ばし、

 

「げっへっへ、ついに認めたねぇシズク」

 

 メイがゲスい声で煽り、

 

「そこまでにしときなさい」

「あふん!?」

 

 それをアヤが水平突きで諌め、

 

「やっぱおっぱいが決め手ですか? あの大きいのが決め手ですか?」

 

 ラヴがもっとゲスい質問を投げ飛ばす。

 

 カオスである。

 聖徳太子でもないととてもじゃないがさばけないだろう。

 

 とりあえずラヴの質問は無視するとして、マコトの質問に答えることにした。

 

 だが、ここで慌てふためき照れながら答えるなど愚の骨頂。

 そんなことをすればこのただでさえカオスな場がさらに盛り上がること間違いなしだ。

 

 ここはクールに、冷静に、慌てることなく、特に恥ずかしいことでも無いように答えるのがベスト。

 

「えっと……好きなところは、背中。好きになったきっかけは……特にない、けど」

「けど?」

「けど……その……」

 

 やっぱ駄目だ。

 顔が赤くなるのを止められない。

 

 視線を逸らして、俯き気味に答える。

 

「あんなにいつもいつも……守って貰ってれば……そりゃ、ね」

 

 またもや、黄色い歓声が沸いた。

 

 駄目だこれ、滅茶苦茶恥ずかしい。

 思わず顔を両手で覆ってしまうレベルの羞恥プレイだ。

 

「あー、だから背中が好きなんだ」

「うぅ……もういいでしょ解放して……」

「駄目」

 

 マコトが両腕を交差させてバツを描いた。

 どうやらまだこの羞恥プレイは続くらしい。

 

「リィンはどうなのかなー、両想いだったりするのかな?」

「シズク、その辺分かんないの? お得意の察し能力で」

「「察し能力?」」

 

 マコトとラヴが頭上にはてなを浮かべた。

 そういえばシズクの察しのよすぎることについて説明していなかったな、とメイは軽く説明を始める。

 

「そっか知らないのか。かくかくじかじか」

「まるまるうまうま……えーっ!? シズク凄いじゃん!」

 

 なんという便利な説明方法なのだろうか。

 一瞬にして事情の説明完了である。

 

「道理でファルスアーム戦のとき、あんなに的確な指揮ができたんですねぇ」

「じゃあリィンの気持ちも察せるんじゃないの? それとも『制約』ってやつに引っかかるのかな?」

「んー……」

 

 腕を組み、なんと説明したらいいのか考える。

 シズクの『察し』は、結構主観的な要素が強くて他の人には説明しづらいのだ。

 

「なんかこう、分かりやすい人と分かりにくい人といるのね」

「ほほう?」

 

 それは新情報だ。

 シズクは話を続ける。

 

「分かりやすい人は、もうなんか全部『見える』。ほんの少しの情報からその人の思想・本質・性質……その他諸々色々『見える』」

 

 シズクの海色の眼が、薄く光る。

 

「けど、分かりにくい人はもっと多くの情報が必要になってくるの。それに分かりやすい人ほど色々な情報が見えるわけじゃない」

「……へぇ。ウチはどっち?」

「先輩方は分かりにくいです。【アナザースリー】の皆もどっちかというと分かりにくい、かな」

「リィンは?」

「ぶっちぎりで、分かりにくいです」

 

 お手上げだ、と言った風に両腕を広げるシズク。

 

 それを見て、残念そうにマコト口を開いた。

 

「あー……じゃあリィンの気持ちは分からないわけだ」

「そういうことですね」

「意外だなぁ、リィンって結構分かりやすい性格してると思うんだけど」

「最初は分かりやすかったんですけどね。段々と分かりにくくなっていったんですよ……あ、あたしレジ行ってきます」

「ん? おう………………あっ」

 

 逃げられたーっというメイの声を背に、ジーナス・レプカF影を持ってレジに向かう。

 

 コスチュームショップのレジも、武器迷彩ショップと同じく円の形をしているレジだ。

 丁度一列誰もいない列があったので、ラッキーと呟いてそこに向かう。

 

「これください」

「ありがとうございます。七十五万メセタになります」

「はい」

 

 七十五万。

 新米アークスにとっては高額に感じる値段だが、実はアークス用のコスチュームの中では安い方だ。

 

 それに、【コートハイム】クラスのチームならば、既に出せない額ではない。

 

「あっ」

 

 お金を払って、商品を受け取ったところでシズクは何かに気付いたように声をあげた。

 

 一旦アイテムパックに商品を入れようとしたら、アイテムパックが一杯になってて入らなかったのだ。

 

 アイテムパックとて万能ではない。

 何でも入れられるわけではないし、無制限に入れられるわけではない。

 

 でも要らないものを倉庫に送ればまだ入るのでまるで問題なしだ。

 

 アイテムパックを開き、倉庫に送っていいものがないか探す。

 グラインダーやシンセサイザーとかの装備強化品や、特殊能力追加のために拾ったコモン武器防具を選択しつつスクロールしていくと……。

 

 とあるアイテム名が、シズクの眼に映った。

 

「『クーナのライブチケット』……そういえばあったなぁ」

 

 【巨躯】戦前、の更に前の森林緊急前。

 先輩方から貰ったチケット二枚。

 

 悪いから返すって言ったのに受け取ってくれなかったので、結局貰ったままだったやつだ。

 

「…………」

 

 リィンと一緒に行くことになるんだろうけど……それはそれで悪くないんだけど……。

 

「……なんか、どうしても意識しちゃうなぁ」

 

 絶対このタイミングで二人きりでライブとか、からかわれるじゃないか。

 

「皆で行きたいなぁ……」

 

 皆で行けるだけのチケットが、手に入ればいいんだけど。

 

 ……だがまあ、叶わぬ夢だ。

 なんせクーナは今が旬の大人気アイドル。

 

 そのライブチケットが簡単に手に入るわけがない。

 しかももうライブ当日まで数日だ。

 

 逆に考えよう、リィンと距離を縮めるチャンスだと。

 からかわれてもいいから、好きな人にアタックするチャンスだと。

 

 そんなことを考えながら、レジを離れてマコトらが居る場所に向かう。

 

(メイ先輩女性平均よりも背が高いから、分かりやすくて助かるなぁ……ん?)

 

 橙色の髪の毛を頼りに皆と合流したシズクの眼に、見慣れた青い髪の少女と巨乳ニューマンが入った。

 

 リィンとリナだ。

 丁度シズクが席を外した瞬間に戻ってきたのだろう。

 

 手を振りながら、近づく。

 

「リィン! リナ! …………ん?」

「むあ、シズク。さっきぶりね」

「……何やってるの?」

 

 シズクが思わずそうツッコんでしまったのには、当然理由がある。

 

 謝ろうとしているのか、必死に頭を下げようとするリィンと、

 謝らせまいと、リィンの顎を持って上を向かせているメイという珍奇な光景が繰り広げられていたのだ。

 

 こんなのツッコミを入れざるを得ないだろう。

 

「シズク聞いてよ、メイさんが謝らせてくれないのよ」

「だーかーらー、ウチが悪いから謝らなくていいって言ってんじゃん」

「せめて気絶させてしまったことくらい謝らせて下さいよ!」

「いらん!」

 

 仲良いなぁ、と嫉妬半分呆れ半分で渇いた笑いを浮かべつつ、シズクは二人に近づく。

 からかわれた仕返しを、思いついたのだ。

 

「リィンリィン」

「ん? 何?」

「あたしに良いアイデアがある。ちょっと耳貸して」

 

 ごにょごにょかくかくじかじか、とリィンに耳打ちをするシズク。

 

 その作戦を聞いたリィンは、一瞬驚いた顔をした後、にやりと笑って顔をあげた。

 

「メイさん」

「何? 何の悪だくみ?」

「いえいえ、全然悪い事とか考えていないので……」

 

 アクセサリーショップに行きましょう、とリィンはシズクに言われた通り提案するのであった。

 




ちなみにシズクからリィンへの気持ちは先輩方気付いていましたが、リィンからシズクの気持ちはまだルインくらいしか知りません。

……知らないよね? 特に描写なかったよね?


シズクの能力について補足。
普通の人間が他人を見ることで得られる情報量を10とすると、
シズクは分かりやすい人なら100、分かりにくくても30くらいは察します。
リィンは20くらいです。


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チームアクセサリー

デパート編終わりー。
ちょっと駆け足気味かもしれない。


「アクセサリー? 何買うの?」

「うっばっば、さっき通ったときにチラッと見えて気になってたのがあるんですよ」

 

 アクセサリーショップ前。

 店内ではなく、店頭に客寄せとして置いてあるサンプルの中の一つ。

 

 羽根の飾りが付いた皮ブレスレットを、手に取った。

 

「ブレスレット?」

「はい。でもただのブレスレットじゃないですよー」

 

 言いながら、シズクは同じブレスレットを次々と取っていく。

 

 その数四つ。

 内一つを自分の腕に巻いて、残りも【コートハイム】メンバーに着けていく。

 

「これはチームアクセサリーです」

「チーム、アクセサリー……」

 

 全員の腕にそれを着け終えたところで、シズクは羽根のブレスレットを着けた方の腕を前に出した。

 

 それに追随するように、リィンとアヤも腕を出す。

 後は、メイだけだ。

 

「これを誕生日プレゼントってことで受け取って貰えませんか? メイ先輩」

「…………」

 

 チームアクセサリー。

 要するに、チームメンバーが共通で装着するアクセサリーのことである。

 

 結束を強めるため、とか。

 メンバーとそれ以外を区別しやすくするため、とか。

 

 色々チームアクセサリーが着けられる理由はあるけれど。

 

 【コートハイム】に於いてこれは、まさしく『家族の証』になるのだろう。

 

「……ふっ」

 

 メイは、薄く笑った。

 勝ち誇るような笑みだ。

 

「やれやれだぜシズク、リィン。確かに嬉しい――これ以上無いくらい嬉しいプレゼントだが、身構えていた分涙腺崩壊とはいかなかったぜ……」

「ああ、あとこれもプレゼントです。リィン」

「うん」

 

 シズクとリィンが、端末を開いて操作をし始めた。

 程無くして、メイの端末がメールの着信を告げる電子音を鳴らす。

 

 二人が送ったメールが届いたようだ。

 

「日頃の感謝を込めた、手紙(メール)です」

「万が一デパートに良いモノが売ってなかったら送ろうと思って二人で考えたんですよ」

「な……!?」

 

 送られてきたメールを、開き、閉じる。

 

 やばい。

 ほんの一行読んだだけだが、もう涙腺崩壊しかけた。

 

 破壊力高すぎである。

 危険物指定してもいいんじゃないかこれ。

 

「これは……マイルームに帰ってからゆっくり読ませてもらうわね」

「えー、今読んでくださいよー」

「嫌だよ! どんだけウチを泣かせたいのさ!」

「さっきからかわれた仕返しです」

「こんな仕返し見たことねー!」

 

 誕生日を利用した、斬新すぎる仕返しである。

 ていうか、これが仕返しとして成り立っているのがおかしい。

 

「はぁ……。全く――本当、困った後輩だよ」

 

 それでも、最後は嬉しそうに笑って。

 

 メイはブレスレットを着けた腕を、前に出した。

 

 こつん、と四つの拳がぶつかる。

 

「…………にひ」

「ふふ、何だか気恥ずかしいわね」

「喜んで貰えてよかったわね、シズク」

「うばー、ホントね」

 

 ホッと胸を撫で下ろす。

 何故か仕返し扱いになってしまったが、何はともあれ喜んでもらえてよかった。

 

 さて……。

 

「それじゃあ、お会計するので一回外して下さい」

「この、台無し感」

「何故先に買っておかなかったのか。それが分からない」

 

 ぐだぐだである。

 が、まあそれもまたそれとして、良い思い出になるだろう。

 

「どうせなら皆でレジいこっか」

「お金はあたしたちが払いますからねー」

「はいはい、プレゼントだもんね」

 

 話しながら、四人でレジに向かう。

 

「いいなぁ……」

 

 そんな【コートハイム】ほのぼのとした後ろ姿を見ながら、マコトは羨ましそうに呟いた。

 

「ああいうの、ボクらも何か買う?」

「い、いいわね。どんなのにする?」

「それじゃあ私はこのピンクの――いたっ!」

 

 ラヴが何か言う前に、マコトのチョップが炸裂した。

 最早反射行動的な攻撃である。

 

 しかし、今回ばかりは……。

 

「ピンクの……小さい宝石が付いた……首にかけるタイプの指輪」

 

 マコトが、悪かったようだ。

 俯きながら、ラヴは店内から持ってきたネックレスリングを二人に見せるように掲げた。

 

「…………ごめん、なんかこう、震える奴かと思って」

「うぅ……これがHIGOROのOKONAI……」

「じ、自覚はあるんだね……」

「お待たせー」

 

 そんなやりとりをしていたら、【コートハイム】の四人がレジから戻ってきた。

 

 腕には全員お揃いのブレスレット。

 やはり少し羨ましい。

 

「さ、次何処行く?」

「あ、ちょっと待って」

 

 歩きだそうとしたシズクを止め、マコトはラヴの手からネックレスリングを取った。

 

 うん。

 悪くない。

 

 綺麗なネックレスだ、とマコトは頷いた。

 

「ラヴ、リナ。ボクらもチームアクセサリーとしてこれ買わないか?」

「マコト……」

 

 いいの? という目で、ラヴはマコトを見る。

 リナも頷いた。異論は無さそうだ。

 

 だが――問題が、一つ。

 

「……あのね、マコト」

「うん? 何?」

「それ一つ五百万メセタする」

「…………てい!」

 

 何でそんなの持ってくるんだ、というツッコミと共にもう一度チョップが炸裂するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸エリア。

 

 最近の日課になりつつあるこのエリアの探索を行いながら、『リン』は考える。

 

 何故。

 ハドレッドは始末屋から逃げるのだろう。

 

 裏切り者だから。

 始末屋は追手であり、ハドレッドを殺そうとしている者だから。

 

 なんてことは、有り得ない。

 

 暴走龍の名の通り、ハドレッドは暴走しているのだ。

 

 理性を保っていない。

 目に付くものを破壊する、一種の災害になっていると聞く。

 

 しかし何故か、始末屋に対しては逃げの一手だ。

 

 そう。

 まるで、始末屋(かのじょ)と戦うことを拒んでいるように。

 

(…………でも暴走、している筈だよなぁ)

「――――」

「ん?」

 

 もやもやしたまま、湧いたエネミーを片手間に燃やしながら歩いていると、何かが聞こえてきた。

 

「これは……」

 

 美しく、静かな旋律が風に乗って『リン』の耳に届く。

 

 歌、だ。

 それも、何処かで聞き覚えのある綺麗な歌声。

 

「らーららー――」

「こっちの方から……あっ」

「らららーらららーらーらー……ん? あ……!」

 

 歌声が聞こえてくる方向に向かうと、岩に座る少女の後ろ姿が目に入った。

 

 毛先の赤い、蒼髪のツインテール。

 両腕に付いた特徴的な蒼い刃のツインダガー。

 

 どう見ても、件の始末屋だ。

 

 しかしこの歌声は、誰が聞いても明らかな程に――。

 

 ――あのショップエリアで出会ったクーナというアイドルと全く同じモノだった。

 

「…………」

「あ、いや、えっと、これは……! なんというか、なんていうか!」

 

 岩から立ち上がり、必死に弁明しようとしている始末屋の姿を見て確信する。

 間違いなく、彼女はアイドルのクーナと同一人物だ。

 

「……えーっと」

「そ、そのっ違うんです!」

「いやどう考えても……っ!?」

 

 突如。

 何の前触れもなく、クーナの背後に赤黒い光の球体が現れた。

 

 ダーカーが出現するときに発せられる光だ。

 

「危ない!」

「え……?」

 

 現れたダーカー――キュクロナーダが、棍棒型の右腕を振り上げ飛び跳ねる。

 クーナの頭蓋を目がけて、その腕を振り下ろ――――!

 

「――――ぐるぁああああああああああああああああ!」

 

 ――した瞬間、巨大な白い龍が突如次元の狭間から超特急で飛びだし、ダーカーの脇腹に噛みついて掬い取るとそのまま駆け抜けた。

 

「……きゃあっ!」

 

 衝撃で、吹き飛ばされかけるがなんとか耐えきる。

 

 舞い上がった粉塵と草を手でガードしつつ、なんとかその白き龍を視界に収めた。

 

 白い龍――ハドレッド。

 咥えたダーカーを噛み砕き、彼は高らかに吼える。

 

「は、ハドレッド……!? う、裏切り者が何をしに!」

 

 明らかに動揺した様子で、クーナは武器を構える。

 だが、その動揺は当然というものだろう。

 

 今まで、ハドレッドはクーナを避け、逃げていた。

 それだけなら、まだ自分を始末しようとしているやつから逃げているという理由は付けられる。

 

 でも、今回は違う。

 

 明確に、『助けられた』。

 

「いまさらダーカーからわたしを助けるなんて……! 恩でも売ったつもりですか!? 許しを請うつもりですか!?」

 

 ハドレッドは、何も答えたない。

 口元からダーカー因子を滴らせ、悠然とクーナを見つめるばかりである。

 

「でも、もう遅い、全て遅いんですよ!」

 

 クーナの肩が、怒りで震えている。

 いつもの冷静さは、まるで無い。

 

「なぜ裏切ったんです! なぜ……なんで、あなたが……!」

 

 ハドレッドは応えない。

 ただゆっくりとクーナから視線を外し、身体を反転。

 

 逃げるように、次元の狭間へと飛び立っていた。

 

「ま、待ちなさい! ハドレッド、ハドレッドっ!」

 

 呼んだところで、届く訳もない。

 

 ハドレッドの空間跳躍能力は、ダーカーとほぼ同質のものだ。

 アークスが扱うフォトンによる空間跳躍とは、完全に別モノ。

 

 追えるものではない。

 

「逃げるな! わたしと戦え!」

 

 この叫びが無意味なことを、彼女は理解している。

 

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 

「…………なぁ、クー――……始末屋」

「っ……すみません。取り乱しました」

 

 『リン』に呼びかけられ、クーナはようやく平常を取り戻したようだ。

 いつもの冷静な声色で謝りながら、『リン』を見る。

 

 しかしすぐに視線を逸らし、背を向けた。

 

「…………失礼します。訊きたいことは、あるでしょうが……今は、そっとしておいてください」

 

 クーナの身体が、透明になっていく。

 いつもの、消えるやつだろう。

 

 普段の『リン』なら、否――本来の、歴史なら。

 

 この場はここで、別れていただろう。

 

 でも――。

 

「待った」

「……?」

 

 消えかかったクーナの腕を、『リン』は掴んだ。

 

「な、何ですか?」

「次会ったら、言おうと思っていたことがあるんだ」

「…………手短に、お願いします」

 

 怪訝そうに眉を顰めながら、クーナは透明化を止めた。

 

 話を聞いてくれるようだ。

 

「会わせたい人がいる」

「会わせたい……人?」

「ああ」

 

 反芻するように呟いたクーナの言葉に、頷く。

 

「ハドレッドの裏切った理由、真意――真実を、見抜いてくれるかもしれない人だ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「はっくちゅ!」

「おっと、シズク、大丈夫? 風邪?」

「いや、……誰かがあたしのことを噂しているのかもしれません」

 

 時刻は、午後八時。

 SGNMデパートの出口から少し進んだ広場で、【コートハイム】と【アナザースリー】の計七人が集合していた。

 

 名残惜しいが、もうお開きの時間である。

 

「今日は楽しかったです。また集まりたいですね」

「こちらこそ、誘ってくれて嬉しかったよ」

 

 できればこの後も明日の朝まで徹カラとかしたいが、彼女等はアークス。

 

 明日もクエストに行かなければいけないのだ。

 故に今日はここで解散だ。

 

「じゃあ、ボクらはこっちだから」

「ま、また遊びましょうねー」

「またねー」

「ばいびー」

 

 別れを告げて、各々のマイルームがある艦行きのテレパイプへ向かう。

 

 【アナザースリー】の三人は七十七番艦。

 シズクとリィンは七十八番艦。

 メイとアヤは六十五番艦。

 

 それぞれ自分の部屋へ続くテレパイプに入っていった。

 

「いやしかし、今日は楽しかったねぇ」

「うん……」

 

 七十八番艦。

 マイルームへ続く廊下。

 

 笑顔で放たれたシズクの言葉に、リィンは眠そうにしながらも頷いた。

 

「眠い?」

「いや、大丈夫……部屋まで我慢できる」

「昨日あんまし眠れなかったんだっけ?」

「うん……楽しみ過ぎて、さ」

 

 リィンは眠そうに瞳を薄めながらも、にへらと笑う。

 今日一日の出来事を、思い返すように。

 

「楽しかったなぁ……」

「……また行こうね。まだ行けてないとこもあるしさ」

「カラオケとか遊園地とかね……ホント、あそこ広すぎよね……あっ」

「……ん?」

 

 何かを思い出したかのように、リィンは声をあげた。

 

「そういえばね、前メイさんと二人でアヤさんの誕生日プレゼント取りにナベリウス行ったときなんだけど……」

(二人で……)

「花畑が綺麗なところで、エネミーも弱いやつばっかの穴場見つけたから、そこでピクニックしよって話ししたの」

「へぇ、ピクニックかー。いいねー」

「今度のお休みに、皆で行こうね」

「うん!」

 

 楽しみだ。

 ピクニックなんて、何年ぶりだろうか。

 

「ふふふ、また楽しみなことができちゃったわね」

「……っ」

 

 本当に嬉しそうに笑うリィンに、思わず心臓が跳ねた。

 

 デパートで、リィンの以外のメンバーにカミングアウトしたときのことを、思い出してしまう。

 

(さっきあんな会話したからか、妙に意識しちゃう……)

「そ、そだねー。楽しみだなぁ」

 

 なんだか照れ臭くて、リィンから視線を外すように前を向く。

 

 そして、気付く。

 今、この廊下に自分たち以外の人間がいないことに。

 

 二人、きりである。

 

(…………い、いや! いつものことだし! いつも泊まったりしてるし!)

(……あ、でもいつもはルインがいるから正確には二人じゃないか……)

 

 やばい、駄目だこれ。

 妙に意識してしまう。乙女モード全開ずっきゅんだ。

 

(ちくしょおおおおおドキドキするぅううううう!)

(手とか繋ぎたいぃいいいいいいい!)

 

 リィンは、あたしのことをどう思っているのだろう。

 気になって、ちらりとリィンの顔を見る。

 

「…………」

「……?」

 

 全然、分からない。

 考えていることが何一つ分からない。

 

 いや、それが普通なんだけど。

 シズクにとっては普通とは言い難い状態だ。

 

(何でこんなにリィンは分かり辛いんだろう……最初会った時は分かりやす過ぎて驚くレベルだったのに……)

(ちくしょう……もういっそ握るか? なんかこう、女子的なノリで行っちゃうか?)

「あ、シズク」

「え?」

 

 突然、リィンの手がシズクの手を握った。

 

 しかも、そのままぐいっとシズクを自分の方に引き寄せる。

 

「え? ……えっ!?」

 

 不意打ち過ぎる出来ごとに、思考が追いつかない。

 ていうかずるい。このタイミングでこれはずるい。

 

「シズク」

「な、な、何っ?」

「前から人が来てるわよ? 前見なさい危ないわね」

「え」

 

 言われて前を見ると、確かにそこにはこちらに向かって歩いてくるアークスの姿があった。

 

 赤いサングラスに、赤いアイハットが特徴的なヒューマン男だ。

 彼は二人を一瞥し、道を譲ってくれたことに軽く一礼するとそのまま通り過ぎて何処かへ歩いて行った。

 

「ご、ごめん。ありがと」

「でも珍しいわね、シズクが人の接近に気付かないなんて……いつもはオペレーターより早くエネミーに気付くのに」

「う、うん……それよりも、その……リィン、手」

「手?」

 

 ぎゅうっと、シズクの手を掴んだままのリィンの手を、指差す。

 

 すると、パっとリィンは即座に手を離した。

 

「あっ、ごめん、痛かった?」

「い、いや、そういうわけじゃ、ないけど」

「?」

 

 リィンは首を傾げた。

 察しが悪い女なのだ。

 

(な、なんか、あたしだけ意識してるみたいで恥ずかしい……!)

「…………何でも無いよ」

「そう? 変なシズクね」

 

 そんな感じで会話をしていると、リィンの部屋の前に着いた。

 

 今日は流石に泊まる気にはなれなかった。

 ていうか今の状態でお泊まりなんてしたら心臓が持たなそう。

 

「じゃあ、また明日」

「う、うん……明日」

 

 負けた。完全敗北だ。

 なんて思いながら、シズクもまた、自分の部屋へと足を進める。

 

 その時だった。

 シズクの端末が、通話の着信を知らせる電子音を鳴らした。

 

「……?」

 

 端末を取り出し、画面を見る。

 そこには、でかでかとした文字で『リン』と刻まれていた。




次回から、暴走龍編にシズク介入します。

能力の条件の伏線貼るために最近察しの良さを活かせて無かったシズクですが、
ようやく本領発揮します。エピソード1の残りはほぼ全てシズク無双の予定です。


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嘘吐き

シズクの能力について少し触れる回。
地味にシズク単独の場面は珍しいっていうか初めてな気がする。

短め。


 唐突にも程があるが、ここで『マザーシップ』について説明しよう。

 

 マザーシップ。

 名前から察せられる通り、無数に存在するアークスシップの中心……すなわち『母船』だ。

 

 その役割は、全アークスシップの管理・統制。

 さらにオラクルに関するあらゆる情報の収集・演算。

 

 簡単に言うと、アークスシップ存続のためには無くてはならない――オラクル船団の心臓部である。

 

 当然、一般人や普通のアークスは、立ち入ることすらできない。

 まさに聖域とも呼ぶべき神秘的な場所なのだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 気付けば、海の上に立っていた。

 

 前後左右。

 陸など見えない、海のど真ん中。

 

(ああ、夢か)

 

 明晰夢というやつだろう。

 しかし、何もない海の上に立っているだけなんて、寂しい夢だ。

 

 もっとこう、色々出ないかな。

 リィンとか、リィンとか、裸のリィンとか。

 

 なんて願望丸出しなことを考えながら、シズクは一歩足を踏み出そうとして、踏み出せなかった。

 

 身体が自由に動かない。

 たまの明晰夢くらい自由な夢見させてほしいのだが、そうはいかないらしい。

 

(……うば?)

 

 ふと、空を見上げると、そこに見慣れた橙色のポニーテールが揺れていた。

 

 メイだ。

 よく見ると隣にアヤも居る。

 

(あ、先輩達……)

 

 でも。

 一度も振り向くことの無いまま、二人は遥か遠い空へ歩いて行ってしまった。

 

(……?)

(何だ? 今の)

 

 いや、まあ夢に意味を求めるのも変な話か。

 空から目を離し、正面を見る。

 

 そしたら、次は【アナザースリー】の三人が遠くに見えた。

 海の上ではなく、空の上に立って、三人で談笑している。

 

 何を話しているかまでは、分からない。

 

「……ねえ」

 

 ふと。

 後ろから声がした。

 

 聞き覚えのあるが、聞き馴染みの無い声。

 

 これは、自分の声だ。

 

「分かる? この夢の意味が」

「…………」

 

 夢に意味なんてないだろう。

 そう答えたつもりで口を動かした。

 

 でも声は出なかった。

 

「嘘吐き」

「…………」

「そうやって自分にも他人にも――先輩にも友達にも、リィンにも嘘を吐いてるんだ」

「…………」

 

 振り返る。

 と、いうよりも身体が勝手に振り返った。

 

 背後に立っていたのは、シズク(じぶん)

 

 黒い(・・)髪に、海色の瞳を持った自分。

 

「本当は気付いたでしょ? 自分の能力に」

「…………」

「直感だなんて誤魔化して、目を逸らしてたでしょう?」

「…………」

「だって、自分の知らないことが分かるだなんておかしいもんね――人間っぽく、無いもんね」

 

 おかしいよね、笑っちゃうよね。

 等と言いながら、欠片も笑わずに黒いシズクは言う。

 

「何よりも――この『直感(ちから)』なんて、あたしの能力の一端でしかないなんて、ホント、笑える」

「…………」

「ねえ、答えてよ。あたしは……『何』?」

「知らないよ」

 

 ようやく、声が出た。

 恐ろしく、冷たい声が。

 

「さっきから、何なの? 全部分かってる。全部知ってる。あたしの普段考えてることを反芻して何が楽しいの? …………って、ああ、そうか」

 

 気付けば。

 黒い髪の自分は居なくて。

 

 それどころか自分は海の上に立ってすらいなくて。

 

 ナベリウス森林らしき森の中に、立ち尽くしていた。

 

 そういえば、これは夢だった。

 夢なら、自分の知っていることしか出てこないのは当然だ。

 

「……あっ」

 

 正面に、リィンの後ろ姿が見えた。

 ようやく自由に動かせる手足を動かして、リィンに近づく。

 

 後ろから腕を正面に回し、抱きつくように、

 

 思いっきり胸を揉みしだいた。

 

「はっ……!」

 

 瞬間、現実世界のシズクは目を覚ました。

 

 ベッドから半身を起こし、右左と自分の部屋を見渡す。

 当然森林など無いし、リィンも居ない。

 

「……最悪のタイミングで目が覚めやがった……」

 

 頭を抱えながら、呟く。

 

 前半の妙な内容の夢など最早どうでもよく、ただただ後悔の念が押し寄せてくる。

 

 せめてあと一分目覚めなければ、好きなだけ揉みしだけたのに……。

 

「はぁ……起きよ」

 

 溜め息を吐きながら呟いて、シズクはベッドから起き上がった。

 

(今日の予定は……ああ、『リン』さんから頼まれごとがあったっけ)

 

 昨日の夜かかってきた『リン』からの通話を思い出しながら、洗顔、排便等の朝のルーチンをこなす。

 

 今日の朝ごはんはバターを塗ったトーストとハムエッグとサラダだ。

 

(確か……暴走龍について訊きたいことがあるとかなんとか……ハドレッドとクーナちゃん関連かな?)

(でもあたし暴走龍にまだ会っても居ないんだけどなぁ……)

 

 頼りにされるのは嬉しいが、根拠の無い直感を頼りにされすぎても困る。

 なんて、心にもないことを思いながらシズクは手に持ったトーストを視界に入れた。

 

「…………」

 

 すると、そのトーストに関する情報が頭に流れ込んできた。

 焼き加減、味、産地、原料、その他諸々。

 

「うん」

 

 今日も良い焼き加減だ、と満足げに呟いて、シズクはトーストを口に運んだ。

 

 外はバリバリ中はふわふわ。

 我ながら良い出来だ。

 

『嘘吐き』

「……っ」

 

 夢で聞いた自分の言葉が、ふいに頭をよぎった。

 

「……いやいやいや」

 

 何夢如きを気にかけているんだ、あたしは。

 大体、乙女には秘密の一つや二つあってしかるべきなのだ。

 

「さて、それより今日はチーム活動できないことを連絡しなきゃ」

 

 端末を操ってメイにメールを送りながら、シズクは次はフォークを使ってサラダを口に運ぶ。

 そうして、視界に入ったフォークの情報が当然のように頭に流れ込んできた。

 

 否、フォークだけじゃない。

 サラダ、ハムエッグ、机、テレビ、照明、壁……あらゆるものの情報が見ただけで自然と頭に入ってくる。

 

 流石に生まれた時からこんな感じだから、今更特に何も感じはしない。

 

 そして、ただ一つ。

 この部屋にあって何も分からない――情報が入ってこない物があるのも、生まれた時からだ。

 

「あたしは『何』、ねぇ……」

 

 思わず呟いた言葉は、無意識に出た言葉だった。

 

 フォークの情報は見えても、それを持つ手の――ひいては自分の情報は、

 

 一切、何も見えることは無かった。

 

「………………さて、と、食べ終わったし浮遊大陸行く準備しなきゃ」

 

 食器を自動洗浄機の中に入れ、呟く。

 『リン』が待ち合わせに指定した場所は浮遊大陸なのだ。

 

 当然道中に少し戦闘がある可能性がある。

 『リン』と合流した後は安全だろうが、念のため準備は万全にしておこう。

 

「アイテムパックのメイト系を……買い足して、あとは……んふふ」

 

 アイテムパックの片隅にあった新コスチュームを見て、思わず口元が緩む。

 新衣装って何でこんな心躍るんだろう、とか考えながら、シズクは新コスチューム――『ジーナス・レプカF影』に袖を通した。

 

「――――よし」

 

 準備完了。

 約束の時間までも丁度いい感じだし、出発だ。

 

「……いってきます」

 

 なんとなく、誰も居ない部屋にそう言って、シズクは浮遊大陸に向かうのであった。

 




シズクの察する力は能力の一端でしかないようです。

ちなみに読み返してみるとシズクの察する力は視界に入っているやつにしか働いていないのが分かる筈。
でも視界に入らなくても少しは察せる模様。


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歌が好きな弟

一週間に一回投稿したかったけど、ベルなんとかさんの復讐を見届けてたせいでできませんでした。

良い百合ゲーだった……(※個人の感想です)


 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸。

 

 その一角にある、広場の様な丘の中心で『リン』は一人佇んでいた。

 

 否、『端から見れば』一人で佇んでいた、というのが正しいだろう。

 

 彼女の隣には、不可視の迷彩を纏いし少女――クーナが立っているのだから。

 

「しかし、驚いたな。クーナがシズクと知り合いだったなんて」

「まあ、一度会ったことがあるだけですけどね……」

「やっぱその妙な迷彩は見破られた?」

「迷彩どころか正体まで見破られましたよ……」

 

 流石だな、と『リン』は笑った。

 クーナは苦笑いだ。

 

「でも、確かに勘の優れた子でしたが……本当にハドレッド裏切りの真実に辿りつくなんてできるんですか?」

「あの子のアレは、直感や勘で済ませられるものじゃない……明確に能力と呼べる代物よ。……何故か本人は、頑なに直感であると言い張ってるけど……っと」

 

 話していると、丘の麓からぴょこりと赤い髪が見えた。

 シズクだ。赤い髪の毛は目立つからこういうとき便利である。

 

「うばっ」

 

 向こうもこちらに気付いたようで、気持ち歩く速度を早くして、手を振りながら寄ってきた。

 

「おーい、『リン』さーん、クーナちゃーん」

「や、シズク」

「どうも、久しぶりですね」

「久しぶりっ」

 

 テンション高めの笑顔で、シズクはクーナ抱きつこうとして……両腕に付いたツインダガーが突き刺さった。

 悲鳴をあげながら、数歩引く。

 

「痛い……」

「だ、大丈夫ですか?」

「あっはっは、大丈夫か?」

「うぅ……テンションあがり過ぎた」

 

 クーナと会えると、テンションがマックスになるシズクであった。

 ファンだからね、仕方ないね。

 

「さて、シズク、立ち話なんだし雑談もそこそこに……本題に入っていいか?」

「うば、勿論ですよ」

 

 モノメイトを飲みながら、シズクは頷いた。

 

 本題。

 通話で話していた、暴走龍の件についてだろう。

 

 ちらり、とクーナを見る。

 

「ハドレッドのことですか?」

「おおう……流石だな、説明の手間が省ける」

「いえ、以前会った時にハドレッドに会ったら教えてと少し説明を受けてましたから……結局今まで一度も会えてないですけど」

 

 ハドレッドはどの惑星でも出没する可能性があるらしいが、一番目撃情報が多かったのは浮遊大陸と遺跡だ。

 浮遊大陸は最近行けるようになったばかりだし、遺跡はまだ探索許可が降りていないので、そのせいかは知らないが一度もクロームドラゴンすら見たこと無いのだ。

 

「だからそんなに力になれないかもですけど……」

「なぁに、元々シズクの直感で分かったらラッキーくらいにしか思ってないし、気楽に気楽に」

「は、はぁ……それで、何が知りたいんです?」

「ハドレッドが何故裏切ったのか、です」

 

 そうしてクーナは語りだした。

 

 ハドレッドに関する、自分の知っている限りの情報を。

 勿論知ってしまったらやばい情報は隠してだが――それでもシズクならば充分推測が立てられるであろう量の情報を、伝えた。

 

 十数分後――話を聞き終えたシズクは、目を閉じて頷いた。

 

 そして、一言。

 

「ごめん、分からん」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 むかしむかし、研究室の実験体として飼われている一人の少女と龍がいました。

 

 少女は偶然『透刃マイ』というどえらく凄い武器に適合し、かつ見てくれもよかったので始末屋兼アイドルとして仕事に従事していました。

 龍は度重なる実験でその身を狂わせながらも、少女の歌とダーカーへの怨恨を拠り所に正気を保ち、アークスとして日々ダーカーを殲滅していました。

 

 ふたりは、まるで姉弟のように育ちました。

 

 一度も喧嘩したこともない、仲の良い姉弟でした。

 

 だけど龍は裏切りました。

 

 研究室の全てを破壊し、逃げ去りました。

 

 研究室の人間が八割ほど死亡したので、唯一戦闘のできる人材となった少女には『裏切り者』の始末任務が与えられました。

 

 少女は憤怒しました。

 

 必ず『裏切り者』を始末すると、心に誓いました。

 

 でも。

 

 『裏切り者』は少女に立ち向かうことなく逃げました。

 『裏切り者』は少女と戦うことを酷く嫌がりました。

 『裏切り者』は少女のピンチを救いました。

 

 ハドレッドが、本当に裏切ったのか、クーナには分からなくなってしまいました。

 

 

 ――と、いうのが、クーナが十数分かけて話した事の顛末である。

 

 大分略したが、大体合っているだろう。

 でも、こうやって頭の中で童話風に纏めてみても、分からないものは分からなかった。

 

 肝心な時に力になれない自分に、腹が立つ。

 

「ごめん……力になれない」

「……気にしないでください。元々、駄目もとだったんですから」

「…………」

「それに、真実を知ったところで、わたしのやることは変わりません。……むしろ、真実を知った方が辛い可能性だってありますし……」

「クーナちゃん……」

 

 大好きなアイドルが、悲しい顔をしている。

 そんなの、一ファンとして見過ごせる事態ではない。

 

「ごめんなさい、時間を取らせてしまって」

「い、いや、あたしこそ、力になれなくて……」

 

 使おうか、アレ。

 小さい頃一度使って、父親に禁止された。

 

 本当の、能力。

 

 なんて考えが、シズクの頭を過った。

 

(でもアレは――)

(ただの人間の小娘が持つ力としては、余りにも大きくて――)

「それじゃあ、あたしはこの辺で……」

「……っ、クーナちゃん! 待っ……!?」

 

 悩んでいる間に行ってしまいそうだったクーナを引きとめようと伸ばした手が、空中でぴたりと止まった。

 

 シズクの海色の瞳が、クーナの後方を見つめている。

 

「……? どうしました? シズク」

「く、クーナちゃん……『いる』」

「?」

「後ろに、ハドレッドがいる」

「!?」

 

 目を見開き、クーナは急いで背後を振り返った。

 

 だが、そこには何もない。

 ただ広々とした浮遊大陸の綺麗な景色が広がっているだけである。

 

「……いないじゃないですか」

「い、いるよ、空間の向こう側に」

 

 反射的に戦闘態勢を取った『リン』の後ろに隠れながら、シズクは言った。

 

 その声は震えている。

 そりゃそうだ、ハドレッドの強さはエクストラハード級。

 

 シズクの防御力なら爪の先が掠れただけで即死である。

 

 そんなの怖いに決まっているだろう。

 

「空間の向こう側……そうか、クロームドラゴンはダーカーみたいに異空間移動できるんだっけ」

「……でも、そんなの分かるんですか? 一体何を根拠に――いや、勘ですか」

「うん」

 

 あっさりと頷くシズク。

 でも、こういうときのシズクの直感は当たるということを、クーナと『リン』はよく知っていた。

 

「…………ハドレッドは、出てくる様子はありますか?」

「い、いや、動く気配は無いかな……でも」

「でも?」

「チャンスです。直接ハドレッドを見れば、もっと何かが分かるかもしれない」

 

 シズクの海色の瞳が薄く光る。

 その眼には、何が映っているのか。

 

 それはシズクにしか分からない。

 

「……でも、どうやって引きずり出す? 流石に空間を割るなんて出来ないわよ?」

「古典的ですが、好きな物でおびき出すのが良いかと」

「好きな物……」

 

 顎に手を当てて、考えるクーナ。

 

 …………自惚れかもしれないし、勘違いかもしれない。

 でも、彼が好きな物なんて、一つしか思いつかなかった。

 

「歌って、みます」

「…………」

「え!? マジで!? クーナちゃんの生歌が聞けるの!? やったー!」

「歌は「わーい!」の子「やっふぅー!」好「うばーっ!」」

「シズクちょっと五月蝿い」

「あだっ、ご、ごめんなさい」

 

 好きなアイドルの生歌が聞けるとあればテンションが上がるのも仕方ないが、今はシリアスな場面である。

 

 ずびしっと軽く『リン』からチョップされ、頭を抑えながらシズクは素直に謝った。

 

「ごほん、……二人とも、少しの間静かにお願いします」

「おう」

「うば!」

 

 咳払いを一つして、クーナはハドレッドが居るであろう方向を向く。

 

 息を吸って、吐いて、吸って。

 ゆっくりと、綺麗な歌声を紡ぎ出した。

 

「――――♪」

 

 それは、シズクの知らない歌だった。

 

 綺麗で、おっとりしている、優しい子守唄のような曲。

 だけど、何処か寂しいような悲しいような、そんな感情が混ざっている、別れの歌。

 

(何て言う、曲名なんだろう――?)

 

 発表前の、新曲だろうか。

 でもそれにしては、やたらと歌い慣れているような感じがする。

 

(ああ、そうか……)

 

 クーナの後ろ姿を見ながら、シズクは誰にも聞こえないように呟く。

 

(この歌は、ハドレッドのための歌なんだ)

 

 ぴしり、と空間に罅が入った。

 

 そこから、のそりと赤く大きな腕が顔を出した。

 

 ハドレッドだ。

 左角に付いた黄色い布が、彼の証。

 

「……ホントに出てきたっ!」

「クーナちゃん、歌い続けて! あたしにハドレッドを観察する時間を頂戴!」

「……っ! ……――――♪」

 

 飛び出しそうになったクーナの肩を抑えて、シズクはハドレッドを海色の瞳で見つめる。

 

 ハドレッドは、暴走龍の名に反するように、大人しく歌を聞いているようだ。

 

 本当に好きなのだろう。

 歌も、クーナも。

 

「弟……ね」

 

 まあこんな可愛いお姉ちゃんがいればシスコンにもなるだろう。

 なんて余分なことを考えつつ、シズクはただ只管に彼を見つめる。

 

 すると、朝トーストを見つめた時のように彼に関する様々な情報が脳に直接降りかかってきた。

 

 シズクが直感と言い張る、能力の『一端』である。

 でも……!

 

(分かり……にくい……!)

 

 シズクの直感(のうりょく)は、非常に便利なものだが万能ではない。

 その理由の一つとして、人によって察し易さが変わるというものがある。

 

 どんな基準で分かりやすい、にくいが分別されているのかはシズクにすら分からないが――。

 

 ハドレッドの分かりにくさは、リィンのそれと匹敵する程だった。

 

「――――♪ ――♪」

「……っ」

 

 五分程経っただろうか。

 長い曲でも、五~六分で普通歌い終わってしまうだろう。

 

 その間見続けても、結局、殆ど何も分からないまま。

 

「――――……」

 

 歌は、終わってしまった。

 

 アンコールを、とクーナに頼もうとした瞬間。

 

 まるでアンコールをせがむように。

 ハドレッドは高らかに吼えた。

 

「がっぁあああああああああああああ!」

「きゃっ!?」

「くっ……!」

「うばっ」

 

 吼えたときの風圧だけで、かなりの圧力が三人を襲った。

 一番弱いシズクは、それだけで遥か後方に飛ばされそうになったが――『リン』が腕を掴み、背後に隠すことでそれは逃れた。

 

 が、その一瞬の隙を見逃さず、ハドレッドは赤黒い腕を振り上げて――真っ直ぐにクーナへと振り下ろす。

 

 完全に、直撃する軌道だった。

 

 にも、関わらず。

 ハドレッドの爪はクーナに届く一歩手前の地面を抉り、切り裂いただけだった。

 

「ぐっ……! がぅ……!」

「……は」

「がぁ……! がぁああああああああああああ!」

「ハドレッド……!」

 

 苦しそうな、叫び声。

 まるで、体内で蠢く殺意(なにか)を、(なにか)で抑えつけているような。

 

「――っ……ハドレッドぉ!」

「あぁ――がぁあああああああああああああああああ!」

 

 クーナの叫び虚しく。

 ハドレッドは、時空の裂け目へ飛びこんでいった。

 

「ハドレッド……あんなに、苦しそうに……」

「……シズク、何か分かったか? …………シズク?」

 

 背後に隠れていたはずのシズクに、『リン』は意見を求める。

 だがしかし、シズクからの返事は無い。

 

 どうしたのかな? っと背後を振り返ると、そこには。

 

 涙で頬を濡らす、シズクの姿が合った。

 

「……シズク? 泣いてる、のか?」

「え? ど、どうしたんですか? シズク」

「…………繋がった、んです」

 

 ぼろぼろ、と溢れる涙を服で拭いながら、シズクは語る。

 

 今の行動から、ハドレッドの真意を悟ったと。

 

「全部、じゃないけれど、大方繋がりました……ぐすっ……クーナちゃん、『リン』さん」

「な、何ですか?」

「……何?」

「研究所が最後に行った実験って何か分かる?」

 

 その質問に、二人は答えられない。

 『リン』もクーナも、それを知るような立場にいなかった。

 

「調べてみてくれない? あたしの予想では……『人にやる予定だった実験を龍に行って実験失敗。龍は暴走して研究所崩壊』……だと思うんだけど」

「……? 人に行う予定だった実験を、龍に? ……ってまさか!?」

 

「面白い話をしていますね」

 

 クーナが驚きの声を挙げた瞬間だった。

 

 岩の陰から、男が一人。

 

 黄緑色の髪から伸びる、長い耳とサイバネティックなサングラス。

 そして、道化師のようなでかい被りモノが特徴的という、ふざけた格好でありながら、

 

 漂う大物感と、イケメンボイスは隠し切れていなかった。

 

 彼の名はカスラ。

 

「私も混ぜて頂けませんか?」

 

 六芒均衡の三にして、『三英雄』の一人に名を連ねる大物中の大物である。

 

 




カスラ登場。
シズクと絡ませたい原作キャラトップスリーの内の一人です。


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最悪の可能性

シリアスな場面のせいでカスラさん弄りできなかった……。



「六芒均衡……カスラ……!?」

 

 クーナが、警戒を隠そうともしない緊迫した表情で言い放った。

 

 その言葉に反応して、ようやく『リン』とシズクの二人も彼の名を思い出す。

 

 六芒均衡『カスラ』。

 六芒の三にして『三英雄』が内の一人。

 

 『レギアス』や『クラリスクレイス』に比べると一歩知名度は劣るが、それでもその肩書きは伊達ではないことくらい、二人でも知っている。

 

「……ああ、そんなに警戒しなくても良いですよ。偶然通りかかったら、面白そうな話をしていたので混ざろうと思っただけですから」

「…………それは本当に偶然ですか?」

「ふむ?」

「わたしを監視していたのではないですか? ……と訊いているのです」

 

 クーナの問いに、カスラは苦笑いで答えた。

 皮肉交じりな口調は、何処か某武器強化屋を彷彿とさせ――ないな、あれは次元が違う。

 

「おや? 監視されるような『何か』を、していたんですか?」

「……チッ」

 

 カスラの質問を質問で返すという行為に若干イラついたのか、つい舌打ちが漏れる。

 

 アイドルがやっていい所業ではないが、今は始末屋モードだからセーフ(?)である。

 

「く、クーナちゃんが舌打ちを……」

「あっ」

 

 否、アウトだった。

 クーナの舌打ちにショックを受けた者が、若干一名。

 

 ていうかシズクだった。

 

「ち、違うんです! シズク! これは……その、あの陰湿眼鏡が悪いんです!」

「クーナさん、人の所為にしないでください」

「っ」

 

 凄く愉しそうにニヤニヤと笑うカスラを見て、再び舌打ちをしそうになったが、何とかこらえた。

 

 これだからこの男は苦手なのだ。

 と、クーナが不快感を隠そうともせずにジト目でカスラを睨むが、そんなもの何処吹く風でカスラは視線をクーナからシズクに移す。

 

 目と目が合った。

 シズクの海色の瞳が、微かに光る。

 

「えーっと、カスラ、さん? あの六芒均衡の?」

「はい。初めましてですね、シズクさん」

「は、初めまして……」

 

 六芒均衡。

 つまりはアークスの中でもかなり偉い人ということで、流石のシズクも緊張を隠せないようだ。

 

「はは、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。六芒均衡といっても……そこまで大したモノじゃありません。普通のアークスと変わらない接し方で構いませんよ」

「は、はぁ……」

 

 何だ、結構良い人そうじゃないか、っと少し安心したところで、気付く。

 

 さっきのハドレッドと比べれば、一目瞭然だ。

 

(この人…………)

(……分かりやすっ!)

 

 今まで会ったことのある人の中でも、ぶっちぎりで分かりやすい。

 こうやって目を合わせているだけでカスラの癖やら思考やらが頭に流れ込んでくるようだ。

 

 個人情報ダダ漏れである。

 

「……シズクさん? どうかしましたか? ぼーっとして」

「うばっ、な、何でも無いですよ」

「……? まあいいです。それよりも、さっきの話を詳しく聞かせて貰ってもよろしいですか?」

 

 怪訝そうにしながらも、カスラはそう切り出した。

 『さっきの話』とはまあ、察するまでもなくあれのことだろう。

 

「『人にやる予定だった実験を龍に行って実験失敗。龍は暴走して研究所崩壊』……のことですか?」

「そう、それです」

「詳しく――なんて言われても困りますよ。あくまで推測なんですから」

 

 あくまでハドレッドの行動や状態から察したうえで立てた推測にしか過ぎない。

 詳しく話せるとしたら、この推測の裏付けが取れてからだろう。

 

「そうではなく、何故、その結論に至ったのかを訊いているのです」

「勘です」

「成程、勘ですか……は?」

「勘です」

 

 勘だと言い張るシズクに、戸惑いながらカスラはクーナと『リン』を順に見る。

 クーナは首を横に振り、『リン』は苦笑いをして首を傾げた。

 

「…………別空間に居る暴走龍を察知し、的確におびき寄せる方法を指示し、果ては私ですらつきとめることに数日かかった研究所の最後に推測とはいえ一瞬で辿りついた……」

(あ、そこから居たんだ)

「そんな勘は、あり得ません」

 

 はっきりと、そこを指摘されたのは。

 何だかんだで、初めてだったかもしれない。

 

「アナタは、何者なんですか?」

「…………そんなの」

 

 その問いは、シズクの今までの人生で……。

 何度も。

 何度も。

 

 しなかった日が無いくらい、繰り返し続けた。

 

 自問自答と、全く同じ問いかけで――。

 

「――あたしが一番、知りたいですよ」

 

 シズクの悲しそうな顔を見て、それ以上カスラは言葉を紡げなかった。

 

 以外にも思われるかもしれないが、このカスラという胡散臭い男は……。

 結構、『良い奴』なのだ。

 

「……そうですか」

「六芒均衡カスラ」

 

 話題を切り替えようとしたのか、はたまた業を煮やしたのか分からないが、クーナがシズクとカスラの間に割って入った。

 相変わらずの厳しい目線で、カスラを射抜くように見つめながら言う。

 

「今の話を聞いている限りですと、『シズクの推測が当たっていた』ように聞こえるのですけど……もしかして」

「はい、その通りですよ」

 

 案外素直に、カスラは頷いた。

 

「ここ数日……研究室に潜りこみ、情報を集めていました。その結果得た情報の中に、一つ不可解なものがありましてね」

「不可解……」

「人間に行う筈だった実験を、唐突に龍へ行ったという、記録が残っていたのですよ」

 

 シズクの推測通りに。

 ぞくりと、クーナの背筋に痺れが走った。

 

「…………どんな、実験だったんですか?」

「そこまでは調べられませんでした……まあ、どんなのにせよ碌な物ではなかったでしょうが――」

「多分、ダーカー因子の耐久実験か何かですよ」

 

 シズクが、自分の推測が当たっていたというのに浮かない顔をしながら、口を挟んだ。

 

「ダーカー因子の、耐久実験?」

「……有り得ない話では無いですね。研究室は、当然ダーカーの研究も行っていたでしょうし……」

 

 でもそれも、数ある可能性の一つでしかない。

 何故そう断言できるのだろう。

 

「シズク、それも勘か?」

「いえ、違いますよ『リン』さん」

 

 『リン』の問いかけに、シズクは首を振った。

 その表情は、変わらず浮かない顔をしている。

 

「……シズク大丈夫か? 顔色が悪いぞ?」

「ええ、まあ……何と言うかあたしの推測が当たったことでチラチラと見えてた最悪の可能性が濃厚になったというか……」

「……?」

「シズクさん、一人で勝手に悩まれても、我々にはアナタのような直感は無いのですから、説明して頂かないと分かりませんよ」

 

 カスラの言葉に、シズクは力なく頷く。

 なんというか、泣きそうだ。

 

「カスラさん……説明する前に一つ頼みがあるんですけど……」

「……? 何ですか?」

「もし今話す内容が原因であたしが始末対象とかになったら……せめてクーナちゃんを刺客にしてください」

「……は?」

「死ぬならせめて、クーナちゃんに殺されたい……」

 

 それなら、ファン冥利につきるというものだろう。

 いやまあ、勿論半分冗談の発言なのだが。

 

 というか今のセリフでつっこむべきところはそこじゃない。

 

 始末対象になり得るようなことに、気付いてしまったとでもいうのだろうか。

 

「始末対象って……一体何に気付いてしまったというのですか?」

「……今から言う話は……あくまで推理推測予測予想」

 

 カスラの言葉をスルーして、シズクは語り始める。

 どうやら順に説明していくらしい。

 

「それを念頭に置いたうえで、絶対に他言無用をお願いします」

「……それは、話さないという選択肢は無いのか?」

「有るにはありますけど……多分、話しておいた方が良いです。『リン』さん、クーナちゃん、カスラさん、アナタ達を信用して、言います」

 

 カスラを信用? っとクーナが眉を歪めてカスラを睨んだが、カスラの性質諸々を色々察しているシズクにとって、彼はかなり信用できる部類の人間だ。

 

 胡散臭くて、性格が歪んでるけど、根は優しい。

 それがシズクの抱いたカスラへの評価だ。

 

 おそらく、アークスシップ中を捜し回ってもカスラに対してそんな評価を下せる存在はシズクだけだろうが。

 

「ん。安心して信頼していいぞ、何かあったら私が守ってやる」

「うわぁい、『リン』さんが滅茶苦茶頼もしい……ごほん、じゃあ一度しか言わないので聞き逃さないでくださいね?」

 

 『リン』の異常な程の頼もしさに少しだけ緊張が和らぐ。

 それでも尚真剣な面立ちで、シズクは告げる。

 

 最悪の、可能性を。

 

 

「オラクル上層部の誰かが――――ダークファルスである可能性が高いです」

 

 

 




理由は次回。


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海色の光

自己解釈注意。

矛盾点やおかしな点があったら教えて頂きたいです。


「オラクル上層部の誰かが――――ダークファルスである可能性が高いです」

 

 シズクがそう言った瞬間。

 『リン』も、クーナも、カスラも、目を見開いて固まった。

 

 ダークファルス。

 それは破壊と絶望の象徴にして、アークスの大敵。

 

 そんなものが、オラクルの上層部に紛れ込んでいるとしたら……それはもう大問題とかそういうレベルではなく。

 

 オラクル存続の、危機である。

 

「それも、研究室と密接に関係しているお偉いさんですね。心当たりは…………うわぁ、ありそうですね」

「…………っ」

 

 ちらり、とカスラの表情を伺っただけでシズクはそう断言した。

 カスラはシズクにとって『分かりやすい』人間なのだ。

 

「まあ勿論絶対では無くあくまでそんな可能性があるよって話なので……」

「それは分かっています…………続けてください」

「うば」

 

 頷く。

 ではまずは、この結論に至った経緯を順番に話していこう。

 

「まず、ハドレッドの暴走の原因だけど……これはまず間違いなく体内のダーカー因子が許容量を越えた結果ですね」

「何故、そうだと?」

「ハドレッドが暴走した原因は研究室の実験の所為……そして、その実験は元々は人に行う実験だった。これだけである程度は絞り込めます」

「……?」

 

 なんか、探偵モノみたいなノリになってきたな、なんて考えながらシズクは語る。

 

「まず前提として、間違いなく『元々人に行う予定だった実験を龍に変更した』は嘘です」

「「えっ?」」

「ああ、それは私も思いました」

 

 クーナと『リン』が驚きの声をあげ、カスラは頷いた。

 

「多分研究室の情報操作の一環ですかね……正確には、『人に行う予定だった実験を準備中に乱入してきた龍が身代わりとなって受けた』って感じだと思う」

「な……!? 何故……」

「クーナさん。アナタなら分かる筈ですよ……ハドレッドと、アナタ、どちらが利用価値があるのか」

 

 片や、エクストラハード級の強さを持つ、ダーカーへの恨みが深い龍族。

 片や、マイに適合しているとはいえ始末屋として失格の烙印を押された人。

 

 使い捨てるのならば、どちらを選ぶかなど論じるまでもない。

 

「……わたしが、始末屋として失格だから……」

「個人的には、始末屋の素質なんて無い方がいいとは思うけどね……さて」

 

 シズクは慰めるようにそう言ってから、話を続ける。

 

「そうなると不可解な点が、一個ありますね」

「…………」

「龍が身代わりになれるような、人体実験って何?」

 

 そう。

 そこが、話の肝。

 

 シズクの推理は、ここから始まったとも言える。

 

「人体実験……って聞いて、思いつくものは……薬物投与、手術、精神的な責め、肉体的な限界測定……とかだけど」

 

 どれもこれも、龍族が身代わりになるのは無理なものばかりだ。

 

 薬物は体格の差が激しすぎて量の問題があるし、

 手術、精神的な責め、肉体的な限界測定なんかは研究員の助けが無いと実施するのは不可能だろう。

 

「だから――消去法でダーカー因子の耐久実験が行われたと言いたいのですか?」

「そうですよカスラさん。ダーカー因子は注射器も噴出口も必要無い……ただダーカーを倒すだけでいいのだから」

「…………ふーっ」

 

 シズクが言い切った瞬間、カスラは露骨に溜め息を吐いた。

 

 まるで、聞いて損をしたと言わんばかりの大きな溜め息だ。

 

「シズクさん、アナタの推理には大きな『穴』があります」

「うばっ?」

「穴?」

 

 シズクと『リン』が首を傾げる。

 消去法、と聞くと確かに聞こえは悪いが消去法は実はかなり有用な技法である。

 

 最後に一つ残れば、間違いなく百パーセント的中なのだから。

 

「他にも可能性があるってことですか?」

「違いますよ。アナタは重要なことを見落としている」

「?」

「ハドレッドは、『クロームドラゴン』です」

 

 クロームドラゴン。

 人によって造られた、血の滴る白き龍。

 

 その最大の特徴は、『ダーカーを喰らって己の力に変える能力』。

 

「当然ダーカー因子への耐性は並大抵のものではない……フォトンに代わるダーカー因子の消化技術として注目されるだけの力が、彼にはあります」

「……あー、いやいやカスラさん。『耐性』であって『無効』ではないんでしょう? なら、耐性を破られるだけのダーカー因子を注入すれば暴走するでしょ」

「無理ですよ。そんな量のダーカー因子を集めるのに、どれだけのダーカーを喰らえばいいと――――」

「あ……っ!」

 

 『リン』が、何かに気付いたように声をあげた。

 

「あーあー……成程ねぇ」

「『リン』さんは、気付いたようですね」

 

 にやり、とシズクは笑った。

 

「それで最初の話に繋がるわけね」

「はい」

「最初の……? ……まさか!?」

 

 『オラクル上層部の誰かが――――ダークファルスである可能性が高いです』。

 

 最初に放たれた、シズクの言葉が全員の頭に響く。

 

「ダークファルスは、”無限に”ダーカーを生成できる……アークスだろうとクロームドラゴンだろうと、汚染させることは容易い筈です」

 

 アークスも、クロームドラゴンも、理由は違えど強力なダーカー耐性を持った種族である。

 

 しかし、どれだけ強力な耐性だろうと、耐性は耐性。

 

 限度は確かに存在する。

 

「そして、人を一人完全に侵食する程のダーカー因子は、龍を完全に侵食するのには足らなかった――それでも、消化できる量を上回ってしまったダーカー因士はじわじわと龍の身体を喰らっている……といったところでしょう」

 

 だから、ハドレッドは今も尚苦しんでいる。

 狂おうにも狂いきれず、身体中を這いまわるダーカー因子を抑えて叫び暴れる。

 

 そんな状況にも関わらず、クーナを認識しているのは奇跡とでも呼ぶべきなのだろうか。

 

「以上が、あたしのハドレッドに関する推理です。意見・質問等は常時受付中です」

 

 あえて冗談めかしてそう言って、シズクは三人を見渡す。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 暫しの静寂が、訪れた。

 皆、今のシズクの推理を胸に落としこんでいるのだろう。

 

「……ハドレッドは」

 

 最初に口を開いたのは、クーナだった。

 眉間に皺を寄せ、目を閉じ俯きながら。

 

 怒っているような口調で、言葉を放つ。

 

「『あたし』を、助けるために……自分を犠牲にしたっていうの……!?」

「……クーナ」

「あの馬鹿……っ! もう……!」

 

 血が滲む程唇を噛んで、肩を震わすその姿は。

 怒っているように見えるけれど、泣いているようにも見えて――。

 

「いつもあの子は……あたしに何も言わないで……!」

「や。クーナちゃん、あたしの推測が絶対当たってるってわけじゃあ……」

「いえ、おそらく当たっているでしょう」

 

 カスラが、端末に複数の映像を映し出しながら口を挟んだ。

 

 映像の内容は、研究室の残骸だろうか?

 倒壊した建物の内部が見える。

 

「これは私が先日研究室の残骸を調査した際の映像ですが――シズクさんの推測を事実だと前提した上で見直してみたら、色々と新しい事実が浮かんできました」

 

 大きなスクリーンから、幾つかの箇所がピックアップされズームで表示された。

 それを見て、シズクは納得したように頷く。

 

「やっぱり、ダーカー因子によって変質している残骸が幾つかありますね」

「濃すぎるダーカー因子は生物だけではなく周囲の無機物までも変質させる……この映像は隠ぺい工作された後のモノですからパッと見分からないですが……」

 

 こうして意識して見ると、そこそこ隠ぺい工作に粗が目立つ。

 

 ハドレッド暴走による被害はやはり大きかったのだろう。

 人員不足というのは本当みたいだ。

 

「……『リン』さん、クーナさん、シズクさん。ハドレッドの件は兎も角、ダークファルスの件についてはこれ以上の詮索を六芒均衡の名において禁じます」

「うばっ」

「…………」

「何で?」

 

 シズクは当然とばかりに頷いて、クーナは無反応で、『リン』は不思議そうに首を傾げた。

 

「私じゃ力不足だっていうのか? 言っとくが身内にダークファルスが居る可能性がある――なんて話しを聞いて私が大人しくしているとでも……」

「その英雄気質は、少し直した方がいいと思いますよ……」

「英雄を気取ってるつもりなんてないわよ」

 

 不機嫌そうに、眉を歪める『リン』。

 カスラは苦笑いをしながら、溜め息を吐いた。

 

「……兎に角、禁止です。禁止。もしこれ以上踏みこんでくるなら絶対令(アビス)の使用すら考慮させて頂きます」

「…………はーい」

 

 頷いたものの、腑に落ちないようで『リン』は唇を尖らせてカスラを睨んだ。

 暫く『リン』の監視すらしなくてはいけないかもしれない、と若干頭を抱えるカスラであった。

 

「ところでカスラさん」

「?」

 

 話しが一区切りしたところで、シズクがカスラに話しかけた。

 

「何でしょう」

「いや、ダーカー因子に侵されたクロームドラゴンを救う方法はあるのかなって」

「っ!」

 

 ハッと、クーナは顔を上げた。

 だが、すぐにまた顔を俯かせてしまった。

 

 そんな方法、あったとしても意味が無いからだ。

 

「無いです。ダーカーに深く侵食された生命体は最早フォトンによって侵食が他に移らないように処理するしかない…………常識でしょう?」

「嘘ですね」

 

 きっぱりと言われて、思わずたじろぐ。

 

「カスラさん、嘘を吐く時目線が一ミリくらい逸れて耳が普通の人に分からないくらい微かに動くから気を付けた方がいいですよ?」

「…………普通の人が気付かないなら普通問題ない筈なんですけどね……ご忠告ありがとうございます」

 

 直感、推理力、そして洞察力。

 それらがここまで優れていると、こんなにも厄介なのか。

 

 サングラスの位置を直しながら、カスラは答える。

 

「深く侵食したダーカー因子を浄化する方法は、あります」

「……あるんだ」

「……コールドスリープというものを、知っていますか?」

 

 コールドスリープ。

 簡単に説明すると、人体を冷凍することで冬眠状態にするという技術である。

 

「生命体に侵食したダーカー因子は、不思議なことに侵食元の身体が一定以下の体温になると活動を停止する――死んだ、と判断されるのかもしれませんね。そこのところは専門では無いので詳しくないですが……兎に角、重要なのはコールドスリープさせればダーカー因子は増殖しなくなるというところです」

 

 そうして、ゆっくりと数年かけてダーカー因子を除去していく。

 針で小型の虫を一匹一匹丁寧に潰していくような地道な作業を繰り返せば、生命体に負担をかけずにダーカー因子を除去することができる。

 

「けれど、例えダーカー因子を浄化することができるとしても、ハドレッドを助けることは不可能です」

「……どうしてですか?」

「ハドレッドは、暴走していたとはいえ研究室を潰した本人ですよ? 抹殺命令も出ています……正気を取り戻したところで、『処分』されるのは目に見えている」

「ならばせめて――」

 

 クーナが、ようやく口を開いた。

 

 皆から背を向けていて、その表情は伺えない。

 

「――理性の無い内に、『始末』してあげるのが、せめてもの救いでしょう」

「……クーナちゃん」

「シズク。今日はありがとうございました。……おかげで、覚悟ができました」

 

 クーナの姿が、消えていく。

 今、何を考えているのか、どんな感情を持っているのか。

 

 シズクには、何一つ察せなかった。

 

「『わたし』は、ハドレッドを『始末』します――誰のでも無い、わたしのために……ハドレッドのために」

「まっ、待って! クーナちゃん! それでも……!」

 

 もう、視界に映らなくなったクーナに向けて、シズクは叫ぶ。

 

「それでも――ハドレッドが生き残る道があるなら……! また姉弟で暮らせるような結末があるなら……! クーナちゃんはそれを選ぶよね!?」

 

 …………。

 ……………………。

 

 返事は、無かった。

 

 もう、この場を去ったようだ。

 

「……っ」

「……シズク、私はクーナを追うよ。あの様子じゃ、一人でハドレッドに挑みかねない」

 

 今日はありがとう。

 そう言って、『リン』もシズクに背を向けた。

 

「今度お礼はするよ。それじゃあ」

「……はい」

 

 『リン』も、姿を消したクーナを察知できる程の鋭敏な感覚を持ってはいるが、それでも一度見逃したら捜すのは困難だろう。

 急ぎ足で、クーナを追うために去っていった。

 

 その後ろ姿をしばし見つめていたシズクとカスラだったが、リンの姿が豆粒ほどのサイズになったところで視線を外し、互いに向き合う。

 

 先に口を開いたのは、カスラだった。

 

「……シズクさん、アナタの正体について色々聞きたいところですが――」

「カスラさん」

 

 しかしカスラのセリフはカットして、シズクは言葉を発する。

 

 その表情は、今までに無い程の真顔。

 

「姉弟が――家族が殺し合いをするなんて、あってはならないとあたしは思うんですよ」

「…………」

 

 脳裏に、メイの顔が自然と浮かんだ。

 うん。あの人も、多分同じことを言うだろう。

 

 それも、シズクが言うよりも説得力のある言葉で。

 

「そんな結末、少しもハッピーエンドじゃない。当人たちが満足しても、あたしが許さない」

「……だったら、どうするんですか? いくら察しが良くても、洞察力が優れていても、どうにもならないことでしょう」

 

 会話をしながら、カスラの横に並び立つように、シズクは移動する。

 こうして並ぶと、身長差が物凄い。

 

「ハドレッドを救います」

「だから、どうやって……」

「例えば」

 

 シズクが、二本指を立てて、それをカスラに見せつける。

 

「クロームドラゴンのコールドスリープによるダーカー因子除去実験の許可証と、ハドレッドの始末完了報告受理書。この二つがあったら、カスラさんなら口八丁でどうにかハドレッドをコールドスリープにぶちこめない?」

「…………はぁ」

 

 カスラは、今日何度目かの溜め息を吐いた。

 

 確かに、そんなものがあればハドレッドを始末したことにして、コールドスリープさせることだって不可能じゃないだろう。

 だが、そんなものを用意することは、絶対に不可能なのだ。

 

「あのですね、シズクさん……そういったアークスにとって重要となる書類や記録は全てマザーシップのデータベースに登録されます。言わずもがなマザーシップに侵入は不可能……六芒均衡ですら一部資料の閲覧しか許されていない――」

「いいから、できるかできないかで答えてください」

「…………そうですね」

 

 カスラは、顎に指を当てて少し考えた後、答える。

 

「今アナタが言った二つの書類を、やり方を私に見せながら用意して頂ければ、手を貸しますよ」

「できる。んですね?」

「はい。……それで? どうやるんですか? まさかマザーシップに侵入しようというのなら流石に止め――――」

 

 瞬間。

 カスラは言葉に詰まった。

 

 シズクの端末から、モニターが開かれる。

 そのモニターはどんどんサイズを広げていき、やがて幾重にも重なる幾何学的な模様を映し出した。

 

 そう。

 これこそが、マザーシップのデータベース。その全容である。

 

「これ……は……!?」

「ええっと、ここをこうして……」

 

 幾何学的な模様の一部をズームアップし、そこの値をまるでパズルを解くような気軽さでシズクは改変していく。

 

 閲覧権限、だけでなく。

 編集権限すら、持っている。

 

 それは、一アークスが持つ権限としては、大きすぎる権限(ちから)だ。

 

「な、何故こんなに容易くマザーシップのデータベースにアクセスができたんですか!?」

「さあ?」

 

 シズクは、首を傾げる。

 

「生まれた時から、出来ましたから」

 

 シズクの瞳が――否。

 シズクの身体が、薄い海色の光に包まれていた。

 

「あ……アナタは本当に、何者なんですか……!?」

「だから、それはあたしが一番知りたいことですよ」

 

 ものの数分で、改変は完了した。

 アクセスした痕跡すらも消し、データベースを閉じる。

 

 同時に、シズクを包んでいた海色の光も消えうせた。

 

「さ、カスラさん。約束です」

「…………」

 

「ハドレッドを、救いましょう」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 ぴしり、と何かが割れるような音が耳に入って、『リン』はクーナを捜す足を止めた。

 

 またハドレッドでも現れたのかな? と周囲を見渡しても、誰も居ない。

 

「空耳か……?」

 

 いや、違う。

 ぴしりぴしりという亀裂音は、止まることなく聴こえてくる。

 

「……これは?」

 

 ようやく見つけた、亀裂音の正体を手に持ってかざす。

 

 音の正体は、『マターボード』だった。

 

 マターボード。

 簡単に説明すると、『リン』の時間遡航能力に歴史改変能力を付与してくれる装置だ。

 

 また、ありとあらゆる全ての『可能性』を演算し、そこから『最適』を示す『リン』の道標ともなる便利なアイテムである。

 

 こうして軽く説明しただけでも、物凄い装置だということがわかるだろう。

 

 だが、そんなマターボードが……。

 

「罅、割れている?」

 

 しかも、罅割れは止まらない。

 

 音を立てて、端から中心に向けて崩れ落ちていく。

 

 そうしてやがて。

 

 マターボードは、完全に砕けて消えた。

 

 

 一匹の少年――――ハドレッドの、歴史(うんめい)が。

 

 シオンの演算すら超えて、今、歪み始めたのである。

 




いつだったか書いた運命が歪む一匹の少年というのは、ハドレッドのことでしたー。

というわけでまさかのハドレッド生還ルートです。

マザーシップにアクセスできるとかいうチート能力を披露してしまったシズクですが、
これからもあまり使わないと思います。

使わない理由に関してはまあ……その内本編で。


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シオン

シオンさんの台詞回し難しすぎィ!
違和感あるかもしれません、すいません。


 アークスシップ・ショップエリア。

 

 昼飯時だからか人の少ないそのエリアで、白衣の女性が立っていた。

 

 中央のモニュメント前で、目を閉じながら。

 

 誰かが来るのを、待っているようだ。

 

「――もう、介入してくるのか」

 

 その呟きは、おそらく。

 誰かに向けて発せられた言葉ではなく、独り言。

 

「厄介な事だ……」

 

 ぽつりと、それだけ呟いてまた彼女は押し黙った。

 

 そうして待つこと数分。

 不意に、ショップエリアとゲートエリアを繋ぐ転送装置の自動ドアが開いた。

 

「あ、シオン居た居た」

「…………来たか」

 

 白衣の女性――『シオン』は閉じていた瞳を開いて、待ち人を見据える。

 

 黒く長いツインテールに、赤色の瞳。

 そう、待ち人とは『リン』のことである。

 

「なあシオン、マターボードが壊れたんだけど……」

 

 『リン』は、粉々に砕け散ったマターボードの破片をシオンに見せながら、言う。

 

「何で壊れたのか分かるか?」

「……マターボードは、無限にも等しい演算の末に造り出される優位事象への道標」

 

 相変わらず、難しい言葉をわざと選んで使ってるような話し方だ。

 と、呆れながら『リン』は複雑に紡がれる言葉を聞き取ろうと、頑張って耳を傾ける。

 

「謂わばそれは、無数の可能性を網羅した白箱に他ならない。……だが、万事を収束した末の演算すら覆す事象起これば壊れるのもまた必然」

(……何言ってんのか殆ど分からん)

「あー……ようするに、予期しない例外が発生しました、ってこと?」

 

 何とか頭の中で言葉を噛み砕き、自分にもわかりやすい言葉で通訳を行い、訊ねる。

 どうやら通訳は成功したようで、シオンはゆっくりと頷いた。

 

「……わたしと、わたしたちは謝罪する。貴方に不要な心配をかけてしまったこと……そして、原因を識りながらも何も教えることのできない不甲斐無さを……」

「いいっていいって、いつものことじゃん」

 

 シオンの謝罪を笑って流し、『リン』は壊れたマターボードを懐に仕舞う。

 

「それで、次のマターボードはもうできてる?」

「すまない……次のマターボードができるまで、今暫くの時間が必要だ」

「そうか……。じゃあまた出来たら呼んでな」

 

 言って、用事は済んだということでシオンに背を向ける。

 

 クーナ捜しの続きをしなければいけないのだ。

 シズクの方が感知に関しては鋭いだろうし、手伝ってもらおうかななんて考えながら足を一歩進めた瞬間。

 

「待って欲しい」

 

 シオンが、『リン』を呼び止めた。

 

「……? 何?」

「……今から言うことは、ただの忠告に過ぎない。故に、強制するものではない――貴方が選ぶ先に、未来はあるのだから」

「忠告? 珍しいこともある――」

「『彼女』には関わらない方が良い」

 

 その言葉は、いつものように平坦で抑揚のない口調だった。

 

 でも、何処か『意思』を感じるような言葉でもあった。

 

「『彼女』……?」

 

 振り返る。

 しかし、シオンの姿はもう無かった。

 

「……『彼女』。……クーナ? マトイ? ――――シズク?」

「『リン』さーん!」

 

 『リン』がシズクの名を呟いた瞬間、計ったようなタイミングでシズクがテレパイプから現れた。

 

 手を振りながら、駆け寄ってくる。

 

「お、シズク? どしたの――」

『彼女には関わらない方が良い』

「――っ」

 

 シオンの言葉が、頭を過ぎる。

 もしかして、シオンは言うことを言ったから去ったのではなく。

 

 『彼女』……シズクが来たから、姿を消したのではないのかという疑念が『リン』を襲った。

 

 ……が。

 

「ハドレッドを助けるために、『リン』さんの力が必要なんです! 手伝ってください!」

「よし、任せろ!」

 

 人助けとなると、一も二も無く引き受けてしまうのがキリン・アークダーティという人間なのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「何でかしら……」

 

 場所は変わって、リィンのマイルーム。

 

 鏡の前で自身の髪を弄りながら、呟く。

 

「何で、自分でやると真っ直ぐにならないのかしら……ポニテって」

 

 斜めっているポニテを解いて、仕方なくいつものサイドテールに切り替える。

 今度シズクにポニテのやり方習わなくては。

 

「さて、と」

 

 今日は先輩たち二人で活動するらしいし、シズクは何やら用があるらしいし。

 

 久しぶりのソロ活動日だ。

 ヴォル・ドラゴン辺りに一人で挑んでみようかな、なんて考えながらリビングの戸を開ける。

 

 すると、リィンのサポートパートナー――ルインが机に美味しそうなご飯を並べて待っていた。

 

「あ、糞虫(マスター)。もうお昼ご飯できてますよ」

「うん、ありがと」

「全く……毎度毎度少し夜更かししたくらいで昼になるまで寝ないで欲しいものですね」

「うぐっ、相変わらずサポートパートナーのくせに言うわねぇ……」

 

 本当、このサポートパートナーは容赦が無い。

 

 口が悪いし態度悪いし、暴力振るうし。

 ていうか本当にサポートパートナーなのか怪しいし。

 

 一度メンテナンスに出すべきなのだろうか。

 でもそういうのって何処の施設が担当なんだろう……。

 

「もぐもぐ……全く、料理が美味しくなかったら解雇してるわよ」

「はっ。解雇できるか試してみたらどうですか? 無駄ですけど」

「え、何それ怖い」

 

 不敵に笑うルインに戦慄しつつも、リィンは食を進める。

 本当、何者なのやら。

 

「ま、もういい加減慣れたし……今更解雇する気も無いけどね」

「ふふふ、塵芥(マスター)にしては懸命な判断です」

「ああ、そうだ。はいこれ」

 

 思い出したように、リィンはアイテムパックから何かを取り出した。

 

 羽根の飾りが付いた、皮ブレスレット。

 【コートハイム】のチームアクセサリーと、同じものである。

 

「これは……?」

「【コートハイム(うち)】のチームアクセサリーよ。皆にもちゃんと許可貰ってるから」

 

 腕に付いたチームアクセサリーをルインに見せながら、リィンは言う。

 

「……いやですから、どうしてこれをワタクシに?」

「これは、『家族の証』なんだってさ。だから、アナタにも持ってて欲しいって…………シズクが、言うから」

 

 喋りながら、最後の一文だけリィンは顔を背けた。

 頬が赤い。シズクじゃなくても今の言葉が嘘だと分かる仕草だ。

 

「……そう、ですか」

「べ、別に要らないなら返してくれても……」

「いえ、頂きます。……嬉しいです。本当に」

 

 ブレスレットを胸に抱いて、本当に嬉しそうに、ルインは笑った。

 それは、およそサポートパートナーが抱けるような感情ではない筈のものだったが……。

 

 まあ、それに関してはいつものことである。

 

「いつかアナタが何者なのか、教えなさいよね」

「ふふふ、貴方のサポートパートナーですよ」

 

 にこり、とルインは小さな身体の割に大人びた笑顔を浮かべた。

 今まで類を見ないレベルで上機嫌である。

 

「……まあ、話したくなったらでいいわよ」

 

 こんな笑顔を浮かべられたらこれ以上追求する気にもなれず、リィンは両手を合わせる。

 目の前には空の食器たち。

 

 ごちそうさま、である。

 

「――【深遠なる闇】」

「?」

 

 ぽつり、とルインが言葉を零した。

 聞き覚えの無い単語だ。何やら、物騒な名前だが……。

 

「この言葉の意味を貴方が知ったとき、改めてお話しましょう」

 

 言って、ルインは空になった食器を持って台所へ行ってしまった。

 

「……今日の予定は、変更ね」

 

 情報屋の双子姉妹を思い出しながら、リィンは呟く。

 

「とりあえず、彼女らを捜してみましょうか」




【深遠なる闇】の情報って一般アークスにはこの頃出回ってなかったよね? と不安になりながらの投稿でした。


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龍の巫

エピソード1も終わりが見えてきたけど外伝もやるのでエピソード2はまだ先の話なのだ……なのだ……(謎のエコー)


「許可が……降りた? 何で?」

「細かいことはいいでしょう! ハドレッド助けられるんですし!」

「お、おう」

 

 惑星アムドゥスキアに向かうキャンプシップ内。

 その中で、事情を知らない人が見たら首を傾げる光景が広がっていた。

 

 船の中には、女性が二人。

 片方は超有名な超実力派アークス、『リン』。

 もう片方は赤髪の無名アークス、シズク。

 

 およそ一緒にクエストに出ても実力差がありすぎるコンビだ。

 

「とりあえず浮遊大陸に着いたらクーナちゃんを捜します。それと、『リン』さんに訊きたいことが……」

「訊きたいこと?」

「はい。アークスに協力的な龍族……もしくは龍族に関係を持ったアークスを知っていたりしませんか?」

「龍族……」

 

 顎に指を当て、『リン』は記憶をたどる。

 

 いる。

 しかも、両方とも。

 

「いるよ。どっちも」

「うばっ流石ですね。では、『龍祭壇』の……それもアークスの目が届かないような深層に入る許可を取れませんかね?」

「龍祭壇かぁ……なるほど、そこにハドレッドを保護するわけね」

「はい」

 

 龍祭壇。

 惑星アムドゥスキアの最深層に位置する龍族たちの聖地。

 

 アークスですら、未だに全容を把握できないほど強固な守りに包まれた神聖な場所なのだ。

 

 確かにそこなら、コールドスリープされたハドレッドを隠すのにも適しているだろう。

 

「でも、許可取れたなら別に隠す必要ないんじゃ……」

「偽造ですから、万が一ばれたらやばいんですよ」

「えっ。いや、許可証って偽造できるものじゃ――」

「あ! アムドゥスキア着きましたよ!」

 

 誤魔化すようにそう叫んで、シズクはテレプールに飛び込んだ。

 

「…………」

 

 残された『リン』は、ため息を一つ吐いてアイテムパックからサイコウォンドを取り出し背負う。

 

「『彼女』には、関わらないほうが良い――か」

 

 シオンの言葉を反芻するように呟いて。

 『リン』もまた、テレプールへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 クォーツ・ドラゴン。

 その名のとおり、硬質なクリスタルが身体の随所を覆う戦闘機のような見た目の龍族である。

 

 浮遊大陸に生息する龍族としては頂点の強さを誇り、数多の中堅アークスをその流星のような素早い動きと破壊力で沈めてきたヴォル・ドラゴンやファング夫妻に次ぐ『壁』なのだ。

 

 勿論シズクも、いずれ相まみえる敵としてその情報は頭に入れていたが……。

 

「[おお][よくぞ来たな][アークス!]」

 

 龍族特有の、頭に響くような声が聞こえてきた。

 目の前の、クォーツ・ドラゴンが放ったのだろう。

 

 しかし、なんというか、その。

 こう言っては何だが、ゴツイ顔に似合わない、滅茶苦茶可愛い声だった。

 

 だけど。

 

「待っていたよ、急に呼び出すなんてどうしたんだい?」

「やぁ『コ・レラ』、アキさん。元気にしてた?」

「[無論][『リン』も][元気そうで何より……][ん?]」

 

 『リン』がクォーツ・ドラゴン――『コ・レラ』とその傍らに立つアキという見たことある黒髪眼鏡の女性に挨拶を交わした後、コ・レラがシズクに気がついたようで視線を向けた。 

 

「[其方のアークスは][初めて見るな]」

「ん? おや、何処かで見たことあるような……」

「ああ、実は今日来てもらったのはこの子の頼みでな……おいシズク、自己紹介を……」

 

 シズクは、口をあんぐり当ててコ・レラを見つめていた。

 

 無理も無いだろう。

 シズクのような若い一般アークスにとって、龍族とは敵性エネミーに他ならない。

 

 まだ龍族が友好的だった頃を知らない世代なら、最初はこんな反応をするのもしょうがな――。

 

「――かっわいい!」

「え?」

 

 突如、シズクは頬を紅潮させて目を輝かせながら叫んだ。

 

「ギャップ萌え!? これがギャップ萌えってやつなの!? コ・レラちゃんだっけ? カーワーイーイー!」

「[か、可愛い?][私がか?]」

「うん! とっても!」

「[そ、そうか……][可愛いか……][えへへ]」

 

 照れを隠すように、コ・レラは吼えた。

 それはアークスたちに声を届かすためのテレパシーとは違い、まさにドラゴンといった感じの咆哮だったが……。

 

「あ、そうだそうだ自己紹介っ。あたしはシズク! よろしくレラちゃん!」

「[ああ][よろしく][シズクよ][私は][コのレラ][龍の(かんなぎ)だ]」

 

 シズクは特にびびることもなく、コ・レラと接するのであった。

 強心臓というか、なんというか……。

 

 コ・レラが自分に危害を加えるような存在ではないことを、察しているような。

 

「へぇ、中々肝が据わった子じゃないか。ライト君に見習わしてやりたいくらいだ」

 

 アキが皮肉げな笑みを浮かべながらシズクの顔を覗き込む。

 ライト、とは誰だろうかとシズクは首をかしげた。

 

「ん? やはり君、何処かで会ったことがあるかい?」

「ええ、まあ、一応……」

「ああ、通りでその目の色に見覚えがあったはずだ……すまないね、興味の無いことは憶えていられないのだよ」

 

 言葉で謝っているのに謝罪の意思が全く感じられないの凄いなこの人、と思いながらシズクは「別にいいですよ、ちょっと話したくらいですし」と大人の対応を返す。

 

 忘れられがちだが、シズクは結構常識を知っているのだ。

 知っているだけだが。

 

「[して][シズク][そなたが私たちを呼んだ理由とは][何だ?]」

「ああ、それはね……」

 

「…………そういえばさ」

 

 シズクがコ・レラと龍祭壇使用の交渉に入ったのを確認した後、『リン』は思い出したようにアキに話しかけた。

 

「アキさんって研究者だろ? アークスの『研究室』と何か繋がりとかってあるの?」

「んん? ……いや、私はフリーの研究者だからね、そういった組織的なものとは無縁さ」

「ふーん……?」

 

 アキの言い方は、何処か引っかかるようなものだったが、誰も彼もがシズクのように察せられるわけではない。

 

 そんなものなのかな、と何処か心に引っかかるものを感じながら『リン』は視線をシズクとコ・レラに戻す。

 

 そこにシズクとコ・レラの姿は無かった。

 

「……は?」

「うばああああああああ!」

 

 悲鳴に近いシズクの叫び声が空から聞こえて、上を見上げる。

 

 そこには、超高速で空を自由に飛びまわるコ・レラの姿と、

 その背中に乗ってジェットコースターに乗った子供のようにはしゃぐシズクの姿があった。

 

「ちょっと目を離した隙に何やってんの!?」

「うばああああああああああああ! 楽しいぃいいいいいいいいいいい!」

「[さあ][着地するぞ][気をつけろシズク]」

 

 隕石が落下したような音を立てて、コ・レラは元居た地面に突き刺さる形で着地した。

 

 その衝撃でシズクはコロコロとコ・レラの背中から転がり落ちたが、怪我は無いようでヘラヘラと笑っていた。

 まあ、アークスならこの程度で怪我はしないだろう。

 

「あっはっはっは! 楽しかった」

「[怪我は無いか][シズク]」

「ん? うん、大丈夫だよー、背中乗せてくれてありがとね」

「シズクー!」

 

 ぽんぽんとコ・レラの角部分を撫でながらお礼を述べていると、『リン』とアキが血相変えて駆け寄ってきた。

 

「何やってんの!?」

「いやー、一度乗ってみたいと思っていて……」

「いやそうじゃなくて! 交渉は!?」

「ああ、そちらは滞りなく。二つ返事でOKが貰えました」

 

 グッと親指を立てるシズク。

 なんという仕事の速さだろうか。

 

 思わずコ・レラを見る。

 

「……いいのか? 龍祭壇って龍族にとって神聖な場所なんでしょう?」

「[構わない][かの哀しき龍を救う手立てがあるというなら][喜んで手を貸そう]」

「ちょ、ちょっと!」

 

 『リン』とコ・レラの会話を遮るように、アキが興奮しながら叫んだ。

 

「アキさん……?」

 

 しまったかな、とシズクは考える。

 

 アキは龍族専門の研究者。

 何処までハドレッドに詳しいか分からないが、ハドレッドが既に助かる状態ではないことに気づいているかもしれない。

 

 それなのに、救える手立てがあるというのはどういうことだと突っ込まれたら何て返そう。

 相手は専門家。『リン』さんのときとは同じようにはいかないだろう。

 

 なんてシズクの心配は――。

 

「ずるいぞレラくん! 私も背中に乗ってみたい! 頼む、乗せてくれ!」

 

 杞憂に終わったのであった。

 

 




ちなみにクーナにはカスラが連絡を取ったみたいです。
マネージャーだしね、連絡くらい取れるよね。


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姉として

 A.P.238/4/14。

 つまり、ハドレッドとシズクが邂逅した日から四日後。

 

 ハドレッドの運命が、決定付けられる日。

 

『……こちらの準備は整いました。そっちは問題ないですか? クーナさん』

 

 惑星アムドゥスキア・浮遊大陸。

 

 その奥地。

 龍祭壇に限りなく近いエリアで、クーナは通信機から聞こえてきたカスラの声に顔をしかめながらも口を開いた。

 

「問題ありません。……それよりも、ハドレッドを救う許可が出たというのは本当なんですよね?」

『何回確認するんですか。……本当ですよ、少しは信じていただきたいものですね』

「……そうですね。貴方は兎も角、シズクは信じていますし」

『それは重畳。ではシズクさんに変わりますね』

『うば!?』

 

 通話機の向こうで、シズクが驚いたように声をあげた。

 

『えっ何でですか!? 今レラちゃんと戯れてるのに!』

『貴方の立案した作戦でしょう。貴方が説明してくださいよ』

『うばば……ごめんねレラちゃん。また後でね』

『[何][気にしないでよい][かの哀しき龍を救うためだ]』

『レラちゃん声が哀しげ! 大丈夫! すぐハドレッド助けてお話の続きしよう!』

「…………」

『……と、いうわけでお待たせクーナちゃん! 『リン』さん!』

「……そっちは随分と賑やかですね」

 

 口元に笑みを浮かべながら、クーナは言う。

 なんというか、シズクはシリアスさせてくれない子だなぁ。

 

『あ、ごめんね五月蝿かった?』

「いえ、大丈夫ですよ」

『ん、じゃあまずは今の状況整理から始めるね』

 

 言って、シズクは「ごほん」と一つ咳払いをして語りだす。

 

『作戦目標はハドレッドをコールドスリープ機にぶち込むこと。そのためにハドレッドを捕獲する必要があります』

「ぶち込むて」

『捕獲はあのエマージェンシートライアルでたまに出てくるアレを使います』

「あー、あのサークル状の奴ね」

「倒した後にトライアルが発生したりチェンジオーバーして失敗扱いにされるやつですね」

『そうそうそれです』

 

 エマージェンシートライアルとは。

 インタラプトイベントの一種で、クエスト進行中に突発的に発生するトライアルのことである。

 

 達成するとクエスト完了後にアイテムが貰えたりするのだ。

 尤も、大した物などほとんど貰えないので大抵の人がおまけ程度にしか考えていないが。

 

『捕獲後の転送先は、龍祭壇奥地(こっち)に設置させて貰った大型コールドスリープ装置の中。だからまあ、ハドレッドの捕獲にさえ成功すれば作戦は完了です』

「そっちに転送されたハドレッドがそっちで暴走する可能性は?」

 

 『リン』が心配そうに訊ねた。

 龍祭壇で待機している三人――シズク、カスラ、コ・レラの身を案じてのことだろう。

 

 心配性、というよりこれは……。

 

『……まあ、無くは無いですが……大丈夫ですよ。装置に入ったら即刻眠らせますし、万が一のためにこっちにはカスラさんもレラちゃんもいますし』

『戦闘に関してはあまり期待しないで頂きたいのですが……まあ最善は尽くしますよ』

『[いざとなれば私も戦おう][だからあまり心配するな][『リン』よ]』

 

 通信機の向こうで、クォーツ・ドラゴンの咆哮が響く音が聞こえる。

 頼もしいことだな、と『リン』は安心したようにため息を一つ吐いた。

 

「それで、ハドレッドと相対するにはどうするのですか?」

『うば。今クーナちゃん達がいる場所から道なりに北西へ真っ直ぐ行った先に、龍族が作ってくれた球形闘技場(スフィアフィールド)がある筈。そこからでも見えない?』

「……ああ、さっきから何でしょうあれ、と思っていましたよ」

 

 シズクに言われて改めて、クーナと『リン』は北西の彼方に見える巨大な球形の建造物を見据える。

 

 数多の(モノリス)が連なり重なって形成されたものだ。

 幻想的な青色が、浮遊大陸の空に上手くマッチしている。

 

「あの中に、ハドレッドを閉じ込めるとでも言うのですか?」

『うん。あの球形闘技場(スフィアフィールド)は龍族の罠を応用したもので、特殊な磁場によって入りやすく、出にくい作りになっているらしいんだ』

「成る程……それで、どうやってハドレッドをあの中に?」

『まあ色々考えたんだけど……やっぱしクーナちゃんの唄が一番かなって』

 

 そこまで聞いた瞬間、クーナはゆっくりと歩き始めた。

 球形闘技場(スフィアフィールド)に向けて、真っ直ぐと。

 

「そう……ですか。ううん……それしか、ないですよね」

『どれくらい歌っていればハドレッドが寄ってくるとかなんて分かんないから、来るまでずっと歌ってて貰うことになるけど大丈夫?』

「アイドルを嘗めないでください」

 

 アイドルは体力が資本。

 歌って踊るという行為は、実のところ戦闘行為よりも体力を消耗することもあるほど過酷なものだ。

 

 アークスであるが故にフォトンの補助すら受けられるトップアイドルクーナならば、

 やろうと思えば三日三晩歌い続けることだって可能だろう。

 

「それに多分――そんなに歌い続ける必要は無いですよ」

『……?』

「あの子は、意思を失い、空間を隔てて尚まだわたしの歌を聴きに来てくれる、わたしのファンですから」

 

 クーナは、どこか誇らしげに言う。

 その表情は始末屋モードのそれではなく、アイドルの時の表情(かお)に見えた。

 

「ねえシズク、アイドルがたった一人のファンのためだけに歌を唄ってくれるっていうのに、来ないファンはいないでしょう?」

『当たり前だよ。それで行かないファンはファンとは呼べない』

 

 即答だった。

 でもまあ、こればかりは考えるまでも無いだろう。

 

「だから、ハドレッドは来ます。必ず」

 

 大分近づいてきた、球形闘技場(スフィアフィールド)をクーナは見上げる。

 

「……『リン』さん」

「ん? 何?」

「捕獲が目的とはいえ、おそらく戦闘になります。……貴方の力を、貸してください」

「今更何を言うかと思えば……当たり前だろ、そんなこと」

 

 『リン』はクーナの言葉を鼻で笑い飛ばすようにそう言って、一歩前に出た。

 アイテムパックからサイコウォンドを取り出して背負いながら、クーナの方へ振り返る。

 

「……救うぞ、必ず」

「っはい!」

 

 そうして二人は歩き出す。

 

 ハドレッドの生還という、有り得ない筈の未来に向かって、一歩ずつ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「意外と、中は広いんだな」

 

 球形闘技場(スフィアフィールド)に降り立った開口一番に『リン』は中を見渡しながらそう言った。

 

 球形というからもしや中も球形で酷く足場が悪いものかと心配したが、足場は普通に平らだ。

 中から見ると、球形というよりドームのようである。

 

「捕獲装置……結構な数用意したんですね」

「ひいふうみい……六つか。まあ失敗できない作戦だしね」

「ていうか普段のEトラで捕獲装置が一個しか用意されないほうがおかしいと思うんですけどね……」

「同感」

 

 フィールドの床には、六つの捕獲装置が点在していた。

 

 カスラが用意したものだろう。

 サークル状の捕獲罠と、それを起動するための縦長の装置に別れているタイプの捕獲装置だ。

 

「さて、じゃあ早速始めましょう」

「ん。お願い」

 

 フィールドの中央付近にクーナは立ち、目を閉じた。

 それを見て、『リン』は数歩後ろに下がる。

 

 すぅーっと、クーナは大きく息を吸った。

 

 そして、歌いだす。

 

「――――♪」

 

 静かなうちに、確かな希望を抱く歌を。

 ハドレッドが大好きだった、あの歌を。

 

 まるで永遠に続くアンコールのように、何度も何度も歌い続ける。

 

「――♪」

 

 そして、四回目のサビに入ったところで。

 

 クーナの目の前にあった空間に、罅が一つ入った。

 

「……来たか」

「キシャアァアアアアアアアアアアアア!」

 

 罅は瞬く間に広がっていき、やがて大きな穴を開けてそこから一本の赤い腕が飛び出した。

 

 空間を砕き、裂いて、世界(うちゅう)を渡る龍――クローム・ドラゴン。

 

 ハドレッドが、少女の奏でる歌をただ求めて、やってきた。

 

「……ハドレッド」

 

 歌を止め、クーナはハドレッドと眼を合わせる。

 狂気に満ちた、血走った瞳だ。

 

「…………ぐるる」

「貴方は、本当に……」

 

 クーナは、苦しそうに唸るハドレッドの姿を見て、目を閉じた。

 

 見ていられなかったから、じゃない。

 

 大きく息を吸って、カッと目を見開いて、正面から彼を見据えて叫ぶ。

 

「――っばか! ばぁーか! ハドレッドの馬鹿! アホ! 朴念仁!」

「…………」

「誰が助けてくれなんて言った!? 誰がそんなこと望んだ!? あたしが一度でも弱音を吐いたか!? あたしが一度でも嫌だと言ったか!?」

 

 その言葉は、多分。

 始末屋としてでもなく、アイドルとしてでもなく。

 

 『クーナ』として放たれた、言葉だったのかもしれない。

 

「あたしだったら、例え死に繋がるような任務だろうと! 例えどれだけ非道な人体実験でも! もっともっと上手く立ち回れるんだよばーっか! あたしはお姉ちゃんなんだぞ!? 弟が何出しゃばっているんだ!」

「…………」

「身体がでかいからって、調子に乗るなぁーっ!」

 

 そんな、クーナの慟哭を、ハドレッドは黙って聞いていた。

 暴走している筈なのに、意識なんてとっくに消えかかっている筈なのに。

 

 何故だかクーナの言葉は、届いているように見えた。

 

「……はぁ、はぁ……――でも」

 

 息を整えて、クーナは笑顔を見せた。

 始末屋でもアイドルでもない、普通の笑顔。

 

「ありがと、助けてくれて」

 

 そう。

 まるで家族に向けるような、自然な笑顔で。

 

 クーナはお礼を言った。

 

「……あたしのためを思って、やってしまったのでしょう? だから、今度はあたしの番」

「…………ぐるぅ」

「お姉ちゃんが、あんたを助けてあげる」

 

 そう言ってクーナは、武器を構えた。

 同時に、ハドレッドも吼える。

 

 暴走が――ダーカー因子の活性化が始まったのだろう。

 

 血走った眼でクーナと『リン』を見据え、叫ぶ。

 

「ぐるぁああああああああああああああ!」

「来なさい! ハドレッド! 始末屋としてでもなく、六芒均衡としてでもなく! お姉ちゃんとして、あんたを救ってあげる!」

 

 




さらっと六芒均衡だと明かしていくスタイル。


ようやくep4最新話見ました。
アルくんがもしかしたらシズクと似たような設定なのかと危惧してたけど全然違うっぽくて安心しました。


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vsハドレッド

本気だしたら殺しちゃうので『リン』さん手加減モードです。

この人が本気で戦うシーンは何時になるだろうか。


「六芒……均衡……?」

 

 龍祭壇奥地。

 モニターの前でクーナの歌の余韻に浸っていたシズクが、驚きながら呟いた。

 

「え? ちょ、ま、クーナちゃんって六芒均衡なの!?」

「……全くクーナさんは……こちらがモニターしていること頭から抜けているんですかね……」

「……てことは」

「……ええ、貴方に嘘を吐いても仕方が無いですから話しますが……クーナさんは紛れも無く六芒均衡です」

 

 シズクの質問に、カスラは意外にも素直に答えた。

 

「で、でも六芒均衡って『レギアス』と『クラリスクレイス』と『カスラ』、それに『マリア』と……えーっと『ヒューイ』の五人で、六芒の四は空席だって……まさかクーナちゃんが六芒の四!?」

「よく勉強しているようですね。しかし違います。彼女は六芒の零です」

「……零?」

 

 そんな番号、聞いたことが無い。

 六芒均衡は一から六の筈だ。ていうか零があったら『六』芒均衡とは呼べないのではないのか。

 

「だから当然、彼女が六芒均衡だということは機密事項です。情報を漏らしたらどうなるかは……分かりますね?」

「ぜ、絶対誰にも言わないです」

 

 にこり、と笑うカスラにわざわざ忠告してくれるなんて優しい人だなぁ、と思いながらシズクは再びモニターに眼を戻す。

 

 そこには今まさに、『リン』に向かって爪を振り下ろそうとしているハドレッドの姿が映った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「がぁああああああああ!」

 

 赤黒い爪が、咆哮と共に振り下ろされる。

 

 『リン』はそれをミラージュエスケープで後ろにかわすと、サイコウォンドをハドレッドに向けた。

 

「――フォイエ」

 

 初級の火属性テクニック。

 火の玉を前方に射出するだけのシンプルなものだ。

 

 されど『リン』の放つそれは特別性だ。

 威力も、規模(サイズ)も、桁違いのフォトン量によって無理やり引き上げられている。

 

 ハドレッドと同サイズの火炎弾が、彼の胸部を直撃した。

 

 ……が。

 

「がぁああああ!」

「っと」

 

 咆哮による衝撃で、『リン』は数歩下がった。

 

 捕獲装置のサークルの中にフォイエで押し込もうと思ったのだが、失敗だ。

 

 ハドレッドの身体は、フォイエを直撃させたというのに一歩も動いていなかった。

 

「流石に強いな」

 

 並のエネミーならば『リン』のフォイエには耐えられない。

 

 例えばシズクとリィンが二人で挑んだあのヴォル・ドラゴン程度ならば、十メートルくらいは後方に吹き飛ばした末にその命を奪えただろう。

 

「もっと強いテクニックを……と言いたいが、殺してしまっては駄目だからな……」

 

 調整が難しい、と呟きながら、『リン』はハドレッドの突進攻撃をミラージュエスケープで前進することで避け、見事背後に回った。

 

 いくらミラージュエスケープ中で無敵だろうと、龍族の突進に正面から突っ込むことができるアークスは中々いないだろう。

 

「ゾン……ディール!」

 

 次に『リン』が放ったテクニックは、雷属性テクニックの『ゾンディール』。

 強烈な磁場のフィールドを発生させて、敵を一箇所に纏める補助系テクニックである。

 

 これでハドレッドを引き寄せ、少しずつ捕獲罠に導くつもりなのだろう。

 

 しかし。

 

「ちっ、やっぱ駄目か」

 

 ハドレッドは一歩も動いていなかった。

 

 元々小~中サイズのエネミーにしか効果の無いテクニックだ。

 『リン』の放つテクニックは基本的に全て効果が増幅しているとはいえ、ハドレッドを動かすには至らなかったようである。

 

「ぐるる……!」

 

 突如、ハドレッドが浮いた。

 比喩でも何でもなく、宙に浮いたのだ。

 

 いやどういうことだよ、どういう理屈で浮いてんだよ、とツッコむ間も無くハドレッドの周囲の空間が歪んでいく。

 

 空間の裂け目から、巨大な赤黒い水晶弾が八つ。

 『リン』に照準を合わせるように一斉に水晶弾は角度を変え……。

 

「ちっ……!」

 

 まず一発、射出された。

 

 弾は高速で『リン』に向かって飛来したが、流石にそんなものに当たる『リン』ではない。

 

 問題は次からだ。

 一発目を避けた不安定な態勢の『リン』に向かって、二発目、三発目と次々に弾が襲い掛かってくる。

 

「うっぐ……! ナ・フォイエ!」

 

 七発目。

 避けきれないと判断した『リン』は即座にテクニックを行使した。

 

 ナ・フォイエ。

 フォイエよりも凝縮した炎の弾を放ち、直接着弾すれば大ダメージを、地面に着弾すれば周囲を炎上させる上級テクニックだ。

 

 炎弾と水晶弾が衝突し、どちらも破裂した。

 相殺――というより、ナ・フォイエは着弾したら破裂する性質だからだろう。

 

 威力自体は『リン』の方が上だ。

 

「あと、一発……!」

 

 宙に浮くハドレッドの傍らには、水晶弾があと一発。

 あれが放たれたら反撃開始だ、と身構える『リン』だったが……。

 

 射出されない。

 

 一発残ったまま、ハドレッドが空中で静止している。

 

「……?」

 

 何なのだろう。

 今までクローム・ドラゴンと戦ったことはあるが、こんな挙動はしなかった。

 

 全弾打ち切った後はゆっくりと地面に降りるので、少し隙ができる筈だったのだが……。

 

「いや、これはチャンス……か?」

 

 ハドレッドの少し後ろに、捕獲罠は設置してある。

 今打ち落として、少し移動させれば捕獲可能位置まで持っていくことができるだろう。

 

「よし……ラ・フォイ……っ!?」

 

 瞬間。

 『リン』の足元の空間が歪んだ。

 

 裂け目から、赤黒い水晶が顔を出す。

 

「っあっあぁ!?」

 

 大きくバックステップして、辛うじてかわす。

 驚異的な反射神経に身体能力が無ければ今ので終わっていただろう。

 

 だが。

 

「あっぶな……変な声でちゃ……っ」

 

 流石の『リン』も、自身を囲う無数の歪みには言葉を失った。

 

 無数の裂け目から、無数の水晶が顔を出す。

 

「――ギ・フォイエ!」

 

 ギ・フォイエ。

 自身を中心に渦巻く火炎を放出するテクニック。

 

 これで半分は落とせるだろう。

 もう半分は――。

 

(じりき)で落とす!」

 

 ちなみに。

 この水晶弾、シズクなら掠っただけで即死しかねない威力を誇る代物である。

 

 それを杖で悉く打ち落とす。

 剣でも槍でも無い、法撃武器のロッドで、である。

 

 尋常じゃあない、と通信機の向こうで誰かが呟いた。

 

「がるるっぅあああああああああ!」

「あ、やば」

 

 それでも限界は訪れる。

 ギ・フォイエの効果時間が切れ、それを掛け直そうとした瞬間だった。

 

 ハドレッドの傍らで射出待機していた水晶弾が、今まで以上の速度で放たれた。

 

 避けきれない。

 受け止められない。

 テクニックも間に合わない。

 

 水晶弾が、『リン』の腹部に突き刺さった。

 

「――けふっ」

 

 貫通はしなかった。

 流石の硬さといえるが、どれだけ堅牢な防御力を持っていても『リン』の体重は年頃相応。

 

 木っ端のように吹き飛んで、壁に激突した。

 

「あ……ぐっ……」

 

 死んではいない。

 この程度で死ぬような人じゃない。

 

 だからこそ、なのか。

 ハドレッドはとどめを刺すべく、地面に降り立ってその大きな口を開いた。

 

「…………」

 

 ハドレッドの口周辺に、巨大なエネルギーが溜まっていく。

 

 ブレスを吐くつもりなのだろう。

 赤黒いエネルギーの塊が、放たれ――――。

 

 

 

「――シンフォニック……」

 

 放たれる直前、ハドレッドの真下の空間が揺らいだ。

 

 そして。

 

「……ドライブ!」

 

 戦闘開始直後から今の今まで透明化していたクーナが、ハドレッドの顎を蹴り上げた!

 

「がっ……!?」

 

 瞬間。

 ハドレッドが溜め込んでいたエネルギーは暴発し、口元で爆発した。

 

 ブレスを放とうとした瞬間に口を強制的に閉じられればそうなるだろう。

 

 流石のハドレッドもこれには堪らず大きく後ずさりした。

 

 そう。

 これで、捕獲罠の範囲内にハドレッドが入ったことになる。

 

「ナイスタイミングっ」

 

 既に回復魔法(レスタ)で全回復を済ました『リン』が駆ける。

 

「ここまでは……作戦通り……!」

 

 実のところ、クーナの戦闘能力というのは然程高くない。

 創世器である透刃マイは、『存在の希薄化』という規格外の特殊能力を持っている代わりに直接的な攻撃能力は大したこと無いのだ。

 

 隠密&暗殺ならば兎も角。

 真正面から戦ったらハドレッドにクーナが敵うわけが無い。

 

 だからこそ、戦闘開始時にクーナは即座にマイの能力を発動させた。

 

 『リン』が真正面からハドレッドと大立ち回りしている間、ずっと最高の一打を放てるチャンスを待っていたのだ!

 

 ちなみにこの作戦、発案者はシズクである。

 

「大人しくしてなさいよ、ハドレッド!」

 

 またも、クーナは即座にマイを発動し、捕獲罠の起動装置へ走る。

 

 捕獲装置の起動には、十秒ほど時間が必要だ。

 その間起動者は付きっ切りで装置の前にいなくてはならず、その隙をエネミーに狙われることはままあるのだが……。

 

 透刃マイを発動させ、完全に姿を消したクーナにそんなもの関係ない。

 

 あとはハドレッドが捕獲罠のサークル外に出てしまわぬように気をつけるだけだ。

 

 そのために――。

 

「ありったけのフォトンを持ってけ……『フォトンブラスト』、『ユリウス・ニフタ』!」

 

 『リン』のマグが、光り輝きその形を変化させていく。

 

 『フォトンブラスト』。

 一定以上の実力者のみが使えるマグの最上級支援アクション。

 

 マグごとに異なる『幻獣』の姿となり、様々な効果を発揮させるアークスの切り札の一つだ。

 

 『リン』が今回発現させたのは『ユリウス・ニフタ』。

 六本の腕を持つ女神型の幻獣であり、その力は超重力を持ったフォトンの球体を発生させるというものである。

 

「がっ……!?」

 

 捕獲罠の中心に、超重力の球が発現した。

 

 ゾンディールより遥かに強い吸引力を持つ必殺技である。

 それでも普通ならボスエネミーを吸引する程の力は無い筈だが……。

 

 『リン』は、普通ではない。

 

 五秒のみだが、ハドレッドの動きを止めることに成功した。

 

 捕獲完了まで、あと五秒。

 

「シフタ!」

 

 ユリウス・ニフタの効果が解ける直前。

 『リン』は赤い光に包まれた。

 

 シフタは特殊な火属性テクニックで、攻撃力を増強させる補助テクニックである。

 

 効果時間はノンチャージなので三十秒。

 普段なら短すぎるくらいだが、今この瞬間なら充分すぎるほどだ。

 

「ハド、レッドぉおおおおおおおおおお!」

「ぐぉおおおおおおおおおおお!」

 

 ユリウス・ニフタの効果が切れた瞬間、ハドレッドが咆哮をあげ両腕両足を大きく曲げた。

 

 跳ぶ気だ。

 勿論そんなことされては、今までの苦労が元の木阿弥になってしまう。

 

「い、か、せ、る……かぁーっ!」

 

 『リン』の細腕が、ハドレッドの胸倉を掴んだ。

 

 そんなものおかまいなしにハドレッドは手足を伸ばして跳び――――。

 

 そして地面に叩きつけられた。

 

「ごっぎゃっ……!?」

 

 何が起こったかなど、聞くまでも無い。

 『リン』が掴んだ胸倉を引っ張って天井へ跳ぼうとしたハドレッドを無理やり地面に叩きつけたのだ。

 

「フォースの筋力、なめないで貰いたいわね」

『うば……私の知っているフォースと違う』

「まあシフタのおかげなんだけどね」

『私の知っているシフタと違う。……ていうかなんというテクニック(物理)……』

 

「準備完了……ハドレッド、転送します!」

 

 『リン』がシズクと軽口を叩いている間に、クーナの準備が完了したようである。

 

 姿を現したクーナがそう叫び、起動装置のボタンを押した。

 

 瞬間。ハドレッドの姿が光となって消える。

 龍祭壇に、送られたのだろう。

 

『うばー、ハドレッドの転送を確認。コールドスリープ装置への格納を確認。コールドスリープ、起動』

 

 通信機の向こうから、何か機械を起動するような音が漏れた。

 

 シズクの言葉通り、コールドスリープを起動したのだろう。

 

「シズク、ハドレッドはどうなった? 何か問題は起きてないか?」

『うばー。問題なしです。無事コールドスリープが作用したようで、機械の中で眠っている姿が確認できます』

 

 作戦、完了です。

 と、通信機からシズクが嬉しそうに声をあげた。

 

「了解、じゃあ私らもそっちに今から向かうわ。クーナ行くよー……クーナ?」

「え、あ……」

 

 ぼけっとした表情で捕獲罠をいつまでも見つめているクーナの肩に手を置く。

 

「どうしたの? 作戦完了だよ?」

「はい……その、頭では、理解しているのですが……」

 

 よく見ると、クーナの身体は若干震えていた。

 今更になって、ハドレッドと相対していた緊張がやってきたとでもいうのかと思ったら、違うようで。

 

「やけにあっさりと成功してしまったので……なんというか、本当にこれで終わりなのかという猜疑心が……」

「……あー」

 

 幸せや、成功とは縁の薄い人にありがちな症状だ。

 自身の幸福が信じられず、自身の成功を疑う。

 

 クーナがどんな半生を送ってきたかは知らないが、それが幸せに満ちたものではないことは想像に容易い。

 

「…………」

 

 『リン』は、そんな震えるクーナを見て、

 

 彼女の頭に、そっと手を置いた。

 

「っ……!?」

「はっはっは。そんなの、当たり前だろう」

 

 頭を撫でながら、笑う。

 安心させるように、落ち着かせるように。

 

「『これで終わり』じゃあ、無いんだから」

「あ……」

「あっさりしてて当然さ、ハドレッドは助かった。今生の別れとは、ならなかった」

「…………」

「また会えるんだ。それなら別れが劇的であるわけがないだろう?」

 

 クーナの両頬を、挟み込むように手で包んで、親指で彼女の口角を無理やり上げる。

 

 少ししゃがんで、『リン』は笑顔のままクーナと目を合わせた。

 

「ハドレッドが助かって、嬉しいか?」

「…………はい」

「ハドレッドが死ななくて済んで、嬉しいか?」

「はい……っ」

「なら、笑うべきだ。嬉しいときはな、笑うんだ」

 

 それはアイドルであるクーナが、一番良く分かってる筈だ、と。

 『リン』はシニカルに微笑んだ。

 

「……そう、ですね。いや、そうでした」

 

 それに釣られるように、クーナは笑った。

 まだちょっとぎこちなかったが、それでも、笑った。

 

「……ファンに笑顔を教えられるなんて、アイドルとして失格ですね」

「いや、私クーナのファンじゃないし」

「そういえばそうでしたね……」

 

 笑顔から一転、むっとした表情になるクーナ。

 

 けどすぐに良いこと思いついたと言わんばかりに、笑顔に戻った。

 

「……じゃあ、今度ライヴに来てください。絶対ファンにしてみせます」

「ん。楽しみにしてるよ」

 

 その言葉を最後に、二人はテレパイプで浮遊大陸から退散した。

 

 後に残ったのは、使われなかった捕獲罠と戦闘の跡。

 こうして、ハドレッド救出作戦は成功という形で完了したのであった。

 




ハドレッド強くしすぎた説。
ストーリーで『ひときわ強いクロームドラゴン』と称されていたので盛りました。

次回でエピソード1本編は終わりかなー。終わるかなー?


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永遠のencore

カスラさんキャラ崩壊注意。
でもカスラさんは弄られてこそ真価を発揮すると思うの。

ハドレッドは無事エピソード4への出演フラグを立てることが出来ました。
地球でクローム・ドラゴンが出現とか幻想種より百倍見た目的に怖いと思うの。


あと来週の土日忙しいので投稿できるかは不明です。




 龍族は死なない。

 

 肉体は滅しても、魂は不滅。

 輪廻転生を繰り返し、より高位の存在へ魂を磨き上げていく。

 

 此処――龍祭壇は、そんな龍族の魂が眠る場所。

 

 人造とは言え、龍族であるハドレッドが眠る場所としては、これ以上ないくらい良い場所だろう。

 

「ハドレッド……」

 

 龍祭壇の奥地。

 まだアークスですら未踏のエリア。

 

 そこに、ハドレッドが入った巨大なコールドスリープ装置は安置されていた。

 中の様子を伺うことはできないが、傍らに設置されている制御装置の小さい画面には、確かに格納中の文字が浮かんでいた。

 

「……本当に、この中で眠っていればハドレッドは助かるんですよね?」

「ええ。尤も、目覚めるのは……そうですね、大体二年後になるでしょう」

「二年……」

 

 クーナは、慈しむように装置を撫でる。

 中は極寒の筈だが、外側は大して冷たくも無い。

 

「…………」

 

 目を閉じて、開く。

 そして振り返って、今この場にいる皆を見渡しながら、言う。

 

「『リン』、シズク、コのレラ。……そして不本意ですが、六芒均衡カスラ」

「うん」

「うば」

「[?]」

「…………」

 

「ハドレッドを助けるために、協力して頂き、本当にありがとうございました」

 

 そう言って、クーナは笑顔で頭を下げた。

 

「この恩は、忘れません。(カスラ以外の)貴方たちが忘れても、わたしは忘れません」

「……別に構わないですけど、私の扱いが酷くないですか?」

 

 流石にツッコミを入れるカスラであった。

 いくらなんでも扱い酷すぎである。

 

「うばば。カスラさんめっちゃ良い人なのにクーナちゃんは何でそんなに敵視してるの?」

「良い人!? こいつが!?」

「うん。あのね、カスラさんは分かりにくいツンデレなの。腹黒のフリしてるだけで実はかなりお人よしだよ? 他人が手を汚すくらいならって自分が手を汚すタイプ。ある意味『リン』さんと近いかもね。今回だってハドレッドを助けるためにあっちこっちもがもが」

「シズクさん、少し黙りましょうか?」

 

 いつの間にかシズクの後ろに回りこんでいたカスラが、声を震わせながらシズクの口を両手で塞いだ。

 

 だが時既に遅し。

 『リン』がにやにやと厭らしい笑みを浮かべながら「ふーん」とカスラに近寄った。

 

「へー、ほーん」

「……何ですかその笑みは……」

「いや、べっつにー? ただ案外褒められ慣れてナイノカナー? なんて思ったり?」

「その語尾上げ口調をやめてください! 痛った!?」

 

 突然悲鳴をあげ、カスラはシズクから手を離して後ずさった。

 

 何かと思えば、どうやらシズクが彼の指を噛んだようである。

 

「うばー! いつまで女の子に密着して口を塞いでるんですか! 変態ですか!? ロリコンですか!?」

「ち、違いますよ! 貴方が言うと冗談でも真実味を帯びてしまうんですからやめてください!」

「……クーナちゃん! これはただの直感で信憑性はゼロなんだけどカスラさんは胸が小さい子が好みのようだよ、気をつけて」

「六芒均衡カスラ……貴方……」

「言った傍から!?」

 

 ゴミを見るような表情でカスラを睨みながら、クーナは両腕で胸部を包み隠した。

 

 完全に変質者を前にした対応である。

 

「くっ……一体どうしてこんな流れに……」

「[カスラは][変態か][よし][憶えた]」

「憶えなくていいですそんなこと! 事実ではありませんし!」

「……ぷっ」

 

 そんな、コントのようなやり取りに。

 最初に吹き出したのは、『リン』だった。

 

「あっはっはっは、作戦の締めくらい普通に終われないものかね」

 

 『リン』の笑いに釣られるように、シズクも小さく吹き出して笑った。

 クーナも、コ・レラもいつの間にか笑顔だ。

 

「……ふーっ、全く……」

 

 カスラもため息を吐いた後、苦笑い。

 

 とても一大作戦が終わった後とは思えない朗らかな空気が、流れた。

 

 原因は、間違いなくたった一人。

 シズクの仕業だろう。

 

 大したシリアスブレイカーっぷりだ。

 それが天然なのか、計算なのかは分からないが。

 

「あ、そうだクーナちゃん」

「はい?」

 

 突然、思い出したようにシズクが手をポンと打った。

 

「さっき、恩を忘れないって言ったよね? 早速頼みたいことがあるんだけど……」

「頼み? わたしに出来ることであれば何なりと」

「えっと、その、本当に出来ればでいいんだけど……」

 

 シズクは、アイテムパックを漁ると二枚のチケットデータを取り出した。

 

 そう。

 いつだったか先輩らから譲り受けたクーナのライブチケットである。

 

「このライブのチケット、後五枚……いや、後二枚でいいのでどうにか貰えないでしょうか……」

「これ、わたしのライブの……ふふ」

 

 流石に、アイドル冥利に尽きるのだろう。

 クーナは嬉しそうに笑った。

 

「もしかして、このために手を貸してくれたんですか?」

「うば!? ち、違うよ!」

「ふふ、冗談ですよ。それくらいなら何とかなると思います」

「ほんとっ!?」

 

 パァアっとシズクが明るい笑顔を見せた。

 

 だが、クーナのライヴといえば毎回チケット完売御礼は確定とも言われている程倍率の高いレアアイテムだ。

 

 いくらライブをするアイドル本人といえどこんな唐突に席を取れるものなのだろうか。

 

「安心してください、わたしのマネージャーは非常に優秀ですから。七人分の席くらい余裕で用意してくれる筈ですよ」

「えっ」

「え!? 七人分もいいの!?」

「ええ。そのシズクが持ってるチケットは結構後ろの席でしょう? もっと良い席を用意しますよ……マネージャーが」

「うばー! やったー!」

 

 喜び飛び跳ねるシズク。

 その姿を見て微笑むクーナ。

 

 そして、今の会話を聞いて青ざめるカスラ。

 

 そう。

 実はクーナのマネージャーとはカスラのことなのである。

 

「ん? どうしました? 六芒均衡カスラ、顔が青いですよ?」

「貴方ねぇ……いえ、まあいいでしょう。何とかしておきます」

「?」

 

 こそこそと小声で話し出したクーナとカスラに首を傾げるシズク。

 会話の内容が聞こえれば別だっただろうが、流石にカスラがマネージャーだということは察せなかったようである。

 

「あ、じゃあシズク、そのチケット二枚は私に売ってくれないか?」

「え? 別にいいですけど……」

「『リン』。貴方の分も良い席用意することもできますよ?」

「別にいいよ、私はまだクーナのファンでも何でもないしね」

 

 シズクからチケットを受け取りながら、『リン』は言う。

 

「私が次のライブの時に特等席のチケット頂戴! って懇願してしまうような歌を聴かせてよ」

「……分かりました、任せてください」

 

 クーナはにやりと笑いながら、頷いた。

 やる気満々だ。これは良いライブが期待できるだろう。

 

「……ん?」

 

 その時ふと、シズクの端末がメールの着信を告げた。

 

 メイからのメールだ。

 内容は……。

 

「えーっと、『アヤがケーキ焼いてくれたよ! 今なら出来立てほやほやだけど来れる? P.Sリィンも手伝いました』……ええっ!?」

「? どしたのシズク? メール?」

「い、急いで帰らなくちゃ! またねっクーナちゃん! 『リン』さん! カスラさん! レラちゃん!」

 

 手を振りながら、テレパイプを使ってシズクはキャンプシップに転送されていった。

 

 何というか、忙しなくて、騒がしくて、子供っぽくて。

 ある意味、あの性格こそがシズクの最も恐ろしい才能かもしれない、と。

 

 カスラはずれたサングラスを指で押し上げた。

 

「[それじゃあ][私もこの辺で失礼させて貰おう][カミツ様に報告しなくては]」

「ん。ばいばい」

「[ばいばい!]」

 

 続いて、コ・レラがそう別れを告げて飛び立った。

 戦闘機のような高スピードで、龍祭壇の開けた天井から遥か空へ。

 

 あっという間に、その姿は見えなくなった。

 

 なんだか、解散の流れである。

 

「さて、と。じゃあ私もそろそろ行こうかな」

「わたしも、事後処理はまだありますしこの辺で……」

「二人とも、ちょっとお待ちください」

 

 帰ろうとした『リン』とクーナを、カスラが呼び止めた。

 

 二人の視線が、カスラに集まる。

 

「シズクさんについて、話があります」

「!」

「……シズクについて?」

 

 まさか本当に胸の小さい子が好きなんじゃ……等とは思わない。

 もう、空気が変わっている。コメディは終わり、シリアスの時間だ。

 

「口止めをされているので、詳しくは話せませんが……彼女の能力は異常です」

「異常? まあ、察しが良いってだけじゃ説明はつかないと思いますけど……」

「そっちではないです」

「?」

 

 クーナと『リン』は首を傾げる。

 その言い方だと、まるで察しの良さ以外にもシズクは能力を持っているかのようで……。

 

「察しの良さは、彼女の能力の一端でしかありませんでした。彼女のもう一つの能力(ちから)は、明らかに常軌を逸している」

「もう、一つ……!?」

「それこそ、彼女がその気になったなら」

 

 アークスに牙を剥いたのなら。

 ダークファルスすら越える『大敵』に成りかねない。

 

「……ま、まさかそんな」

「シズクに限って、アークスに牙を剥くことなんてないでしょう。あんなに良い子なんだから」

「良い子だから、ですよ」

 

 例えば、ダーカーに家族を人質に取られたら。

 例えば、【コートハイム】の皆とかの、シズクに近しい人達がアークスの敵に回ってしまったとしたら。

 

 シズクは葛藤の末にアークスの敵に回ってしまうかもしれない。

 

 そうなれば、最悪だ。

 マザーシップにハッキングできる敵など、想像するだけで恐ろしい。

 

「……六芒均衡カスラ。貴方にそこまで言わせるシズクの能力というのは、一体何なんですか?」

「さっき言ったでしょう。それは話せません」

「……っ」

「それで、カスラさん」

 

 今にも飛び掛りそうだったクーナを左手で抑え、『リン』は口を開いた。

 右手には、サイコウォンド。

 

「敵に回る前に、シズクを殺そうとでも言うのか?」

「…………」

「もしそうなら、今此処であんたを焼き殺す」

「……そんなこと言いませんよ」

 

 さっきまでの――シズクが居たときと違って、

 いつもの胡散臭い笑顔で、カスラは言葉を紡ぐ。

 

「察しの良さも含めて、彼女はアークスに必要な人材です。それを軽率に捨てたりはしません」

「…………」

「だから、お二人に依頼したいことがあります」

「「依頼……?」」

 

 二人の声が、ハモった。

 

「シズクさんを、最優先保護対象として監視及び護衛をお願い致します」

「監視……」

「保護……?」

「尤も、他にやることもあるでしょうし、常時保護することは難しいでしょうが……?」

 

 カスラは、首を傾げた。

 『リン』とクーナが、笑っていたからだ。

 

「……何かおかしなことでも?」

「いや……案外、シズクの言ってたことは的外れでも無いかもしれないな、と思って」

「でも、言ってることは的外れですね」

「……?」

 

 『リン』とクーナが、顔を見合す。

 考えていることは、同じなようだ。

 

「彼女はわたしの……わたしたちの大切な友達です」

「態々言われなくても、困ってれば助けるしピンチなら駆けつけるさ」

 

 それに、シズクには。

 

 もう既に困ってれば助けてくれて、ピンチには駆けつけてくれる家族(チームメンバー)がいる。

 

「だから、そんな心配しなくて大丈夫よ」

「……楽観的ですね」

「お互い様でしょう」

 

 本当にカスラが合理だけを考える人間なら、こんなことを『リン』とクーナに話すわけがない。

 秘密裏に拉致監禁して、洗脳なり催眠なりでシズクの能力を活用するのが一番合理的だ。

 

 絶対令(アビス)を使うという手もある。

 それらをしないのは、幾分か甘いと言えよう。

 

「ま。了解しとくわ。シズクに何かあったら任せて」

「わたしも同意見です。貴方に言われるまでもありません」

「……そうですか」

 

 そうして、『リン』はテレパイプを使って、クーナはマイの能力でその場を去った。

 かしましかった龍祭壇は、あっという間に静寂に包まれる。

 

「さて……忙しくなりますね」

 

 最後に残されたカスラもまた、独り言を呟きながら歩き出す。

 

「アークス内のダークファルス、シズクさんの正体追求と隠蔽……研究室が無くなった後処理も残ってますし……はぁ」

 

 しばらく眠れそうに無いですね、とため息を吐いて。

 

 カスラもまた、龍祭壇から去っていった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「ま、まじで最前列だ……」

「こんな席、どうやって取ったの?」

「うばば、秘密です」

 

 クーナのライブ、当日。

 

 約束通り用意されていた最前列の特等席に、【コートハイム】と【アナザースリー】の七人ははしゃぎながら座った。

 

「あれ? でもなんかこの席変っていうか……妙に真新しくない?」

「まるでこの日のために作られたような……」

「気のせいですよ! さあさあ! そろそろ始まりますよ、準備はよろしいですか!?」

 

 おっけー! っとメイは勢い良く親指を立てた。

 

 シズクとメイ、それと【アナザースリー】の三人は鉢巻にハッピ、そしてペンライトを持って準備万端である。

 

 いかにもアイドルオタクな格好だが、周りを見渡すと普通な格好をしているリィンとアヤの方が異端のようだ。

 

 何だか浮いている気がして、リィンはシズクの裾をくいっと引っ張った。

 

「うば? どしたのリィン」

「し、シズク。ええっと、そのハッピ? っていうの余ってない?」

「…………」

 

 余っている。

 どうせリィンとアヤは普段着だろうから念のためと余分に二着アイテムパックに入っている。

 

 でも、何だろう。

 

 こうしてリィンを実際目の前に見ると、何と言うか……。

 

 オタクくさい格好をしているリィンは、見たくないと思ってしまった。

 

「……な、無いよ。ごめんね」

「そっかぁ……」

「あ、でもペンライトならあるから、これ使って!」

「ペンライト?」

 

 説明するまでもないことかもしれないが、ペンライトというのは文字通りペン状の光る棒である。

 アイドルライブではファンがこれを振ってアイドルを応援するというのは定番なのだ。

 

「へぇ、綺麗に光るのね」

「フォトン注入式だから、所有者のテンションによって光り方が変わるんだよ。フォトンは感情の影響を強く受けるからね、ライブが盛り上がれば盛り上がるほど光は綺麗になってくよ」

「ふぅん……」

 

 目を輝かせてペンライトを見つめているものだから、ついペンライトについて説明してしまったがリィンの反応は薄めだった。

 あれだろうか、子供が遊園地に行くとやたら光るおもちゃを欲しがるあの現象と同じ感じなのだろうか。

 

「……ほぉー、おおー」

「り、リィン。ペンライトめっちゃ光ってるけど既にテンション上がっちゃってるの? 光り物好きなの?」

「んー……」

 

 どんだけ夢中なのだ。

 ライブの盛り上がりが最高潮に達したときくらいペンライトが光ってやがる。

 

 可愛いなぁ、畜生。

 

「あっ」

「おっ」

 

 突如、コンサートドーム内の照明が落ち、中央のステージのみが照らされた。

 

 ライブ開始の時間だ。

 今まで騒がしかった場内が一気に静まっていく。

 

『みんっなー!』

 

 瞬間、聞くだけで元気が出てくるような、明るい声がステージから響いた。

 気づけば、ステージの中央にクーナが立っていた。勿論アイドル衣装でだ。

 

『今日は来てくれて、ありがとーっ!』

「わぁああああああ!」

「クーナちゃぁああああああん! 俺だぁあああああ!」

「きゃあああああああああああ!」

 

 野太い声も黄色い声も分け隔てなく、クーナに降り注ぐ。

 男にも女にも人気があるのは流石の一言だ。

 

『今日もあっついあの歌! 歌っちゃうからね! 明るく激しく鮮烈に! …………っと、言いたいところなんだけど』

 

 ざわざわと、観客席がざわめいた。

 いつもなら、このまま『Our Fighting』という曲に入るのが定番なのだが……。

 

『今日はなんとサプライズ! 今此処で、新曲を発表しちゃいます!』

 

 一瞬の、空白。

 ファンたちが、クーナの放った特大級の発言を噛み砕くために一瞬場内が無音となった。

 

 そして。

 

「う、うぉおおおおおおおおおおおおお!」

「マジかぁああああああああああああああああああああ!?」

「やったぁああああああああああ!」

 

 大歓声が、上がった。

 当然、シズクたちも思わず立ち上がるくらいの大興奮だ。

 

 そんなシズクと、クーナの目が、一瞬合った。

 

「!」

『ほーら、喜んでくれるのは嬉しいけど、静かにしないと歌が聞こえないぞ!』

 

 まさに鶴の一声。

 騒がしかった会場が、たった一言で静かになった。

 

 今度ははっきりとクーナが顔をシズクたちが座る方向に向け、口を開く。

 

『……静かなうちに、確かな希望を抱くこの歌、みんな聞いてね!』

 

 会場に、ホログラムの星が散る。

 幻想的な光景に目を奪われ、そして。

 

『――”永遠のencore”』

 

 美しき歌声に、皆が耳を奪われた。

 

 永遠のencore。

 それは、ハドレッドが好きだったあの歌。

 

 過去の手を握り、未来への希望へと歩みを進める。

 

 『誰か』のための、子守唄である。

 

 

 

 




エピソード1・本編完結。

ここまでで感想・評価等ございましたら頂けると作者のモチベが有頂天に達します。

それと今までお気に入りとか評価とか感想とかくれた人達ありがとうございます。
貴方たちのおかげでここまで続きました。m(_ _)m

この場を借りて、感謝申し上げます。


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Episode1 外伝:飛天の撃
歪みの始まり


偉い人は言った。
土日に投稿できないなら金曜日に投稿すればいいじゃない。

時間的にもう土曜日だけど。

エピソード1外伝・アークス戦技大会。
開始です。


「……やはり、間違いない」

 

 アークスシップ・市街地。

 一際高いビルの屋上に、漆黒の衣装を身に纏った者が一人。

 

 ダークファルス【仮面(ペルソナ)】。

 

 『リン』――キリン・アークダーティの、未来に於ける可能性の一つである。

 

「私の記憶では……アヤ・サイジョウは【巨躯】戦で無能な現場指揮の所為で死亡」

 

 手元の端末を弄りながら、彼女は呟く。

 ちなみに端末はアークスだった頃の物だ。

 

「そして、メイ・コートは孤独に耐えられずに自殺……だった筈だ」

 

 あまり関わりこそ無かったが(・・・・・・・・・・・・・)、研修時代に同期だったから憶えている。

 

「何度周っても、その歴史は変わらなかった……いや、変えられたのかもしれなかったが……私は変えなかった」

 

 今回も、変えなかった筈だ。

 そもそも、彼女たちに関する記憶は磨耗して消えかけていた。

 

 思い出すのに苦労したものである。

 

「私と奴以外にも、歴史の改変者がこの時間軸に居るのは間違いない――そしてそれは……」

 

 この二人のどちらかに、間違いない、と。

 

 【仮面】はモニターに二枚顔写真を浮かべた。

 

「『シズク』、……『リィン・アークライト』。この二人はどちらも記憶に無い」

 

 既に遠い過去になった最初の時間軸でも。

 繰り返し続けた時間遡行の旅路にも。

 

 彼女ら二人の姿を見ることは無かった。

 

 そんな存在が、死ぬはずだったメイ・コートとアヤ・サイジョウのチームと同じチームに入っている。

 ただの偶然とは言い辛いだろう。

 

「それに、『シズク』の方は私の正体を見破った……只者では無いことは確かだ」

 

 独り言を終え、【仮面】は立ち上がり手で顔を覆う。

 

 瞬間、彼女の頭は仮面に包まれた。

 ダークファルスの名に恥じぬ、歪な仮面に。

 

「今日は……A.P.238/4/13か。次に起こる事象は何だったか――」

 

 まあ尤も、この時間軸の歴史は既に大きく変わっている。

 【巨躯】戦後に現れた『アレ』の事もあるし、下手に既存の知識に頼ると危うい気もするが――。

 

 ――と、【仮面】がそこまで思考を進めたところで、ぴたりと動きを止めた。

 

 忘れている。

 何かを忘れている。

 

 確か、【巨躯】戦後の直後に、『何かが』あった筈。

 

『はっはっは! 聞こえるか? 聞こえるだろう! オレの高らかな叫びが!』

 

 瞬間、【仮面】の居るビルの向かいに建っているビルの壁に付けられたモニターに、暑苦しいを体現したような男が映し出された。

 

 六芒均衡の六。

 ヒューイが、重大発表と称してモニターをジャックしたのだ。

 

「そうだ……思い出した」

 

 『アークス戦技大会』。

 ダークファルス【巨躯】撃退後に、六芒均衡ヒューイが提案したアークスの祭り。

 

「…………」

 

 【仮面】の記憶が、確かなら。

 今モニターに映し出されている開催予告の放送は【巨躯】撃退後の三日後。

 

 A.P.238/4/4に起きる筈だった事で、戦技大会本番は4/9に実施される筈だった。

 

 事象が、狂っている。

 最早、既存の時間軸など当てにならない。

 

「…………さて、どうしたものか」

 

 呟いて、【仮面】はモニターから目を離す。

 

 彼女の姿が赤黒い闇に包まれたと思った次の瞬間、もうビルの屋上には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「……っと、言うわけで、【深遠なる闇】? に関しての情報は何一つ手に入りませんでした」

「そっか……」

 

 アークスシップ・ショップエリアにあるカフェの一席。

 そこに、三人の少女が座っていた。

 

 青髪ポニーテールのリィン。

 それと情報屋姉妹のパティエンティアだ。

 

「ホント、不自然なくらい何も分からなかったねー」

「不自然?」

 

 パティの物言いに違和感を覚え、リィンは首を傾げた。

 不自然とは?

 

「うん、『○○について調べて』とか、『○○の情報を頂戴』とかの依頼はたまに来るんだけど、本当に何も分からなかったっていうことは今まで無かったんだよね」

「そもそも依頼自体が少ないけどね……でもパティちゃんの言うとおり、ここまで過剰な程何も分からなかったことは初めてなの」

 

 パティエンティアは、(主にパティのせいで)ふざけた雰囲気こそあれどプロの情報屋を名乗るコンビである。

 一度調査を始めれば、有用な情報を得るまで危険を顧みずに虎穴に入り込む度胸を持っているのだ。

 

 見た目が少女であることと、パティのふざけた態度。

 極め付けに、そもそもアークスは情報を軽んじる脳筋だらけ。

 

 この三点さえ無ければ、もっと重宝されるような人材なのである。

 

「……つまり?」

「その【深遠なる闇】っていうのは単なる造語で何も意味を持たない……もしくは『記録に残っていない何か』ってことだね」

「アークスの偉い人がこれは残しちゃ拙い! って記録を全部消しちゃったのかもねっ!」

「パティちゃんにしては鋭いことを……でも、消したのなら『消した痕』があってもおかしくないんだけどなぁ」

 

 アークスは決して完全完璧にクリーンで真っ白な組織というわけではない。

 それは大抵のアークスが口には出さないまでも理解している事柄だ。

 

 少し前の【巨躯】復活、さらに暴走龍によって噂に過ぎなかった『アークスの暗部』――研究室の存在が明るみに出たことも相まってアークスに疑念を抱くものは多い。

 

 尤も、誰一人それを口にするものはいない。

 アークスに謀反の気がある存在を消す、『始末屋』の存在もまたまことしやかに噂されているからだ。

 

「情報屋として、これ以上この件については調べないことをオススメします」

「そっか……分かったわ、ありがとう」

(……まあ、今回のはルインの悪戯かな。全く、意味も無く意味深なこと言っちゃって)

 

 とまあ、お礼を言いながらも内心そんな風にあたりを付けて、リィンは小さくため息を吐いた。

 

「あ、そうだ」

 

 と、そこでパティが話題を転換するように声をあげた。

 大げさなリアクションで手を叩き、人差し指を上に立てる。

 

「そういえばリィンはあれでるの? あれ!」

「あれ?」

「もー、パティちゃん。あれじゃ普通伝わらないよ?」

 

 曲がりなりにも双子だからなのか、パティの言わんとしていることがティアには伝わっているようだ。

 

 いや、それとも会う人全員に聞いているだけのことなのか。

 ……後者の方がありえそうなのは双子として如何なものか。

 

「『あれ』……とはすなわち『戦技大会』のことだよ!」

「あー、あれね」

 

 一昨日だったか、六芒均衡の男がモニターで言っていた言葉を思い出しながらリィンは頷く。

 

 『アークス戦技大会』。

 その名の通りアークス同士が武を競い合うお祭りのような大会である。

 

 とは言ってもアークスとアークスが直接戦うわけではないらしい。

 まあアークスの戦う技術は対人戦を想定しておらず、対ダーカー等のエネミー相手が主だ。

 

 アークスとしての強さを競うなら、集団戦闘における総合能力。

 すなわちチームを組んでのエネミー掃討戦あるいはタイムアタック!

 

 ……に、なるだろうと噂されている。

 

 まだ細かいルールは秘密だそうだ。

 

「出てみたいけど……どうせ『リン』さんの一人勝ちじゃないの?」

「いやいやいーやいや! やる前から諦めるなんてとんでもない!」

「まああの人は優勝候補だけど……絶対優勝ってわけじゃないと思うよ」

 

 ルールがある以上、絶対は無いだろう。

 

 それに、対エネミー戦だったら参加者の実力ごとに適切な難易度に振り分けられることになる。

 つまり、『リン』はスーパーハード級のエネミーと戦うことになるが、リィンらなら精々ハード級が相手だ。

 

 そう考えれば……まあ、勝ち目があるようにも思えてくる。

 

「それに優勝できなくても折角のお祭り! 騒いでナンボ! 楽しんだもん勝ちだよ!」

「パティちゃん、さっきから声が大きい。ここカフェだからね、もう少し静かにしようね」

 

 テンションがPSEバーストしてきた姉を妹が宥めた。

 言われてみれば、パティの大声の所為で周りに座っている人たちから感じる……。

 

「あ、ありゃりゃ……」

「全く……じゃあ、話すことは話したし私たちはここで……碌に情報渡せなかったしここの御代はパティちゃんが払っておきますね」

「えっ!?」

「あ、うん……ありがと」

 

 ちなみに情報料は前払いで払っている。

 こんな良心的な値段で良いのかと不安になる額だったが、そもそもアークスが本職で情報屋は趣味みたいなものらしいので良いのだろう。

 

「ふーっ」

 

 パティエンティアの姿が見えなくなったのを確認してから、リィンはため息を吐いた。

 

 やはりまだ、人と話すのは苦手だ。

 シズクや先輩たちとは普通に話せるから、慣れの問題だとは思うけど……。

 

「ままならないなぁ……」

 

 呟いて、コップに残っていたジュースを飲み干すまでストローで吸う。

 

(戦技大会か……)

(参加、してみようかなぁ)

 

 やっぱ組む相手はシズクかな。

 先輩たちも出るかな。

 あの姉みたいな何かは出ないで欲しいな。

 

 なんて色々なことを考えながら、リィンは席を立った。

 

 アークスたちのお祭り――アークス戦技大会、開催まであと三日。




あ、【仮面】の正体ネタバレ注意です(遅い)。

そして一応念のため万が一に備えて軽く説明すると、
ダークファルス【仮面】は『リン』さんの未来の姿です。

時間遡行で同じ時間を何度も繰り返して『あの子』を救う手段が無いか
色々試したけど「モウダメムリ……」となって諦めてしまった英雄の成れの果て。

『あの子』を救うには『あの子』を殺すしかないという結論に至ったので、
『あの子』と『リン』の命をやたら狙ってます。


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三代目クラリスクレイス

KKさん顔見せ回。




『本気で、戦技大会とやらを開催するつもりなんですか?』

「ああ、勿論だ!」

 

 惑星ナベリウス・森林エリア。

 

 そのスーパーハード級エネミーが闊歩するエリアを、暑苦しさマックスの男が駆け抜けていた。

 

 六芒均衡ヒューイ。

 シズクやメイですら足元にも及ばない程の元気と熱さを持った炎の男である。

 

「アークスは! 今! 復活した【巨躯】による不安や、事実をひた隠しにしていたことによる不信感に包まれている!」

 

 通信機に叫びながら、ヒューイは目の前に突如現れた侵食核付きロックベアをワイヤードランスによる一撃で沈めた。

 

「ならば! それらを吹き飛ばすほどの『楽しいこと』が必要だ! 皆催し物は大好きだからな! さらにさらに【巨躯】戦の慰労と増えてしまったダーカーの削減にもなる! これぞ一石三鳥! やらない理由がない!」

『そういうことを言っているのではありません、先日ナベリウス(そこ)で起きたこと》を知らないわけではないでしょう?』

「当然だ! だから十日以上開催を延期したし、今もこうして見回りをしているじゃあないか!」

 

 通信機越しに聞こえてくる丁寧なのになぜか陰湿に聞こえる声――つまりカスラの声に反論しつつ、ヒューイは森林を跳び回る。

 

 ……さっきから、ダーカーの数が異様に多い。

 やはり、先日の『アレ』――――。

 

 ――惑星ナベリウスにて発生した、”六体分”のダークファルス反応が関係しているのだろうか。

 

「レギアスの許可も貰っているし、調査班から問題なしとの報告も受けている! そして何よりオレも参加する! 不安がることはない!」

 

 力強く、頼もしい言葉をヒューイは紡ぐ。

 伊達で六芒均衡に選ばれていないことが良く分かる叫びである。

 

 ……だが。

 

『……企画立案者は参加できないですよ?』

「え"っ!?」

 

 少々頭が弱いのが、ヒューイの弱点なのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「第一回、アークス戦技大会前予行演習ー!」

「わー、ぱちぱちー!」

 

 惑星ナベリウス・森林エリアに、快活な少女二人の声が響く。

 メイとシズクだ。

 

「わー」

「何なんです? いきなりこんなところ連れてきて」

 

 続いて、棒読みの歓声と冷めた質問が飛んだ。

 

 アヤとリィンの声だ。

 テンションの差が激しいチームである。

 

「ほら、戦技大会の会場がナベリウスだっていう話を聞いたからさ、練習ってことで」

「……ちなみにその話は何処から聞いたの?」

「インターネッツ! の、某掲示板!」

「…………」

 

 世界一信用できない情報源(ソース)だった。

 

 だがまあ、ナベリウス森林のエネミーは動きの基礎を復習するのには丁度良い。

 決して自分たちにとってマイナスな結果になるわけでは無いので、まあいいかと口を閉じるアヤであった。

 

「でも、ナベリウス森林じゃあ適正レベルより大分下ですし、せめて凍土にしたほうがよくないですか?」

「それか頑張ってクォーツドラゴン倒して遺跡エリア解放させるとか……」

「はっはっは、大丈夫だ安心しろ後輩ズよ。ちゃんと目的があって森林を選んだんだから」

 

 早速ツインマシンガンを両手に持って、空中を飛びながらメイは笑う。

 

 器用に銃を持った手で、人差し指をびしりと立てた。

 

「ファング夫妻に、挑もうと思う」

「ファング……ああ、そういえば一度レア種と戦いましたけど原種は会ってもいないですね」

 

 ファング夫妻。

 ナベリウス森林において最強とも言われる原生種の一種で、その実力はクォーツドラゴンにも迫ると言われている程の大型エネミーだ。

 

 だが、【コートハイム】のような中堅チームでは戦闘経験が無いということも珍しくない。

 

 何故なら、ロックベアを倒せば次の惑星アムドゥスキアへの探索許可が出るからだ。

 

 緊急クエストや、欲しいレアがあるという理由以外で中堅アークスがナベリウス森林に足を踏み入れることは中々無く、生息が奥地なのもあって自然と戦う機会が少なくなる。

 

 実際、【コートハイム】の四人もファング夫妻にはレア種としかあったことがない。

 しかもかなりイレギャラーなケースだったし、四人だけの実力じゃ勝てなかったし。

 

「と、いうわけでファング夫妻を探すぞー」

「「「おー」」」

 

 気の抜けた返事をしつつ、各々武器を取り出し空中を駆けるメイを追って歩き出す。

 空中を駆ける、といっても実際そんなにスピードは出ていない。ぶっちゃけ走ったほうが早い。

 

 あっという間に三人はメイを追い抜いて、先に進んでいった。

 

「ちょ、ちょーい、待ってー!」

 

 歩幅を合わせてくれるとでも思っていたのか、メイは焦りながら着地して走る。

 

 そんなリーダーの姿を見て、アヤは呆れるようにため息を吐いた。

 

「飛んだ方が遅いって分かってるのに何で飛ぶのよ」

「そこに空があるからさ! ……だが、ツインダガーもツインマシンガンもウチの潜在能力(ポテンシャル)を活かすには遅すぎるということは認めよう……」

「貴方が使いこなせてないだけでしょうに」

 

 何をー! っと怒るメイを無視して、一同は先に進む。

 

 道中、当然エネミーは沸いてくる。

 だがしかし、適正レベルが下だからか大分余裕だ。

 

 それこそ、雑談交じりに無双できるほどに。

 

「敵、多いですね。それもダーカーが特に」

「【巨躯】復活の影響だろうねー。えるだーりべりおーん」

「真面目に戦いなさいよ、メーコ」

 

 銃弾の雨や、光の魔法や、剣閃が交差して次々とダーカーが倒れていく。

 

 が、おかわりと言わんばかりに地面から倒した数と同じ数だけダガンが湧き出す。

 

「アディションバレット! っと……うばー、ほんと無限沸きかっての……これだけ倒しているんだからレアの一つや二つ落としてもいいと思うんですよ」

「そうね」

「全くだわ」

「うんうん」

 

 メイとアヤは二つ、リィンは三つの赤箱(レアドロップ)を視界の隅に入れながら、頷いた。

 

 拾わない。

 拾えばそのことが何故かパーティメンバーに伝わるシステムなのである。

 

「しかしまあ、出ないなぁ、ファングのやつっと」

「もっと奥に行かないと出ないんじゃないですか? えい」

 

 突如飛び出てきたロックベアの頭部に、メイとシズクはそれぞれチェイントリガーとウィークバレットを貼り付ける。

 

 瞬間、全員の攻撃がロックベアの顔面に集中した。

 

 あっという間にチェインは五十以上の数字を刻み、

 

「サテライトエイム!」

 

 メイのチェインフィニッシュ攻撃によって、呆気なく倒れた。

 

「もう熊吉くらいなら余裕だね」

「……ロックベアはゴリラよ?」

「えっ!?」

 

 ロックベアから出た赤い結晶を割って、特に何も良いのが出なかったことを確認して一同はまた歩き出す。

 

「うばー……しかしまあ何だかチーム四人で活動するの久しぶりな気がしますね」

「そうねぇ、最近シズクが忙しそうだったし……結局ここ最近何してたの?」

「うばば、秘密です……」

「ふぅん……あんまり危険なことに顔突っ込んじゃ駄目よ?」

 

 分かってますよーっと笑って、シズクは頬を掻いた。

 

 瞬間。

 

「っ」

 

 シズクが、ぴくりと身体を震わせた。

 

「リィン!」

「?」

 

 急ぎリィンの後ろに陣取って武器に手をかける。

 

 その一秒後、がさがさと付近の木々が揺れだした!

 

「これは……」

「でかいのが来るわね……皆、油断しないようにね」

 

 言いながら、アヤも杖を構えてリィンの傍に寄る。

 

 シズクの視線の先。

 正面右の木々の隙間を縫って、それは姿を現した。

 

「が、お、ぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 雄雄しさを表現しているかのような黄色いタテガミ。

 地を力強く踏みしめる強靭な四肢。

 

 ファング夫妻の夫のほう――ファングバンサーが何かから逃げるように(・・・・・・・・・)この場に現れた。

 

「……っ!?」

「え、この子もう弱ってません?」

 

 タテガミは焼け焦げ、爪は砕け、身体中傷だらけ。

 

 森林の王様と呼ぶには、あまりにも痛々しい姿だ。

 

「――――フォイエ」

 

 テクニックの発動音が鳴り響いた。

 

 アヤのモノではない。

 リィンが発動したわけでもない。

 

 遠く、ファングが逃げてきた方向から。

 

 通常では考えられないサイズの、巨大な火の玉が真っ直ぐに飛来してきた。

 

「がああああああああああああああ!」

 

 フォイエは見事直撃し、ファングは火に包まれた。

 

 既に死にかけだったのだろう。

 その一撃でファングバンサーは塵となって消え、赤い水晶のみが残った。

 

「り……」

 

 こんな強力な炎テクニック、彼女以外にはいないだろうとシズクがその名を口にしかけて、止まる。

 

 森の奥から堂々と現れたその姿が、『リン』とはとても似つかない程幼稚なものだったからだ。

 

「――ふっふーん! ただの犬? ライオン? がこの私に楯突くからこうなるのだ!」

 

 赤いウィオラマギカをノースリーブにしたような衣装――『イリシアスタッフ』に身を包み、

 ウィオラキャップを頭に着けた茶髪の少女が、尊大な笑い声と共に現れた。

 

 身長は150cm程だろうか。

 シズクとそう変わらないだろう。

 

「ふー、満足満足。では帰るとするかな……えーっと、帰り道は……」

 

 満足そうに何度も頷いて、キョロキョロと周りを見渡し始めた。

 

 丁度草木が邪魔で見え辛いのか、【コートハイム】には気づいていないようだ。

 

「……んー?」

 

 首を、傾げる。

 帰り道が分からなくなったのだろうか。

 

 少女の目尻に涙が浮かびかけたその瞬間、メイがその足を動かした。

 シズクの肩にポン、と手を置いて、一言。

 

「ねえ、ロックベアってマジで熊じゃないの?」

「どんだけ気になってたんですかー!?」

「さっきから大人しいと思ったらこの子は……」

「だってよー! ロックが岩で、ベアが熊でしょ!? どう考えても熊じゃん!」

 

 まさかの少女関係なしの質問に、思わず声を荒げてツッコむシズク。

 

 ちなみにどうでもいいと思うが、ロックベアのベアは『熊』ではなく『掴む』で、『岩を掴む者』という意味の名前であるというのが通説である。

 

「おい、そこの貴様ら」

「っ!」

 

 気がついたら、赤い少女がすぐ近くまで来ていた。

 まあ、あれだけ大声を出せば気づくだろう。

 

 若干目元を赤くしながらも、少女は偉そうな態度で【コートハイム】に詰め寄った。

 

「貴様ら、どっちに行くつもりだ? いや、どっちから来た? ここ何処だ?」

「あん? 何この子誰?」

「いいから答えろ! さあ早く!」

 

 今さっき目の前で繰り広げられていた惨劇を見ていなかったのか、メイの対応が完全に生意気な子供に対するそれである。

 

 さりげなく、アヤとシズクはリィンの後ろに一歩近寄った。

 いざとなったら盾にする気満々である。いやまあ、それが役割なのだが。

 

「帰り道が分からないのか? 迷子?」

「ま、迷子ではないっ! 失礼なこと言うな貴様ぁ!」

「じゃあウチが質問に答える義理は無いなぁ」

「うっ、ぐぅ……! わ、私は偉いんだぞ! 強いんだぞ! 私の言うことを聞かなかったらどうなるか分かってるんだろうな!」

 

 涙目で凄んでも、まるで偉そうに見えないし強そうに見えない。

 先ほど放ったフォイエの威力を見ていなければ、だが。

 

「しょーがないなーもー」

 

 見てなかったメイは、幼女が背伸びしているだけとでも思っているようだ。

 微笑ましいものを見るように笑いながら、アイテムパックからとあるアイテムを取り出す。

 

「帰りたいだけなら、テレパイプ使えばいいじゃん」

「てれぱいぷ? なんだそれは」

 

 赤い少女は首を傾げた。

 

 テレパイプ。

 今まで何度も登場しているアイテムなので説明は省くが、ようするに携帯型の帰還用ワープ装置である。

 

 アークスがこれを知らないというのは有り得ない程基本的なアイテムで、当然養成学校でも使い方を教えている筈である。

 

「テレパイプを知らないのか? ……あー、もしかして授業サボってた悪い子?」

「なっ!? 違う! 私は天才だったからな! 学校なんて行かなくても問題無かったのだ!」

「はいはい。仕方ないから一個上げるよ、はい」

「……貰っておこう」

 

 メイの差し出したテレパイプを、少女はぶんどるように手に取った。

 

 存在を知らなかったのだから、当然使い方も分からないだろう。

 手に取ったはいいがそこで止まった少女に、メイは使い方を伝えていく。

 

「ここをこうして……そう、そのボタンを押して」

「こうか? ……おお! 見覚えのある形状になった!」

「それでこれにアクセスすると選択肢が出るから帰るを選べば帰れるよ」

「ほうほう、成る程な。全く、こんな便利なものがあるなら研究室の連中も最初から渡してくれればいいというのに……」

 

 ぴくり、とシズクの肩が震えた。

 今、とても聞き覚えがあって不穏な単語が出てきたような……。

 

「ところで、テレパイプって何処で手に入るんだ?」

「普通にショップエリアで売ってるよ」

「む。ショップエリアか……行った事無いんだよなぁ」

「えー、その年で引きこもりはちょっと……」

「引き……!? ち、違うぞ! さっきから失礼だな貴様!」

 

 少女が大声を出すたびに、彼女の周囲のフォトンが震える。

 

 シズクたち三人の脳裏に、先ほどのファングバンサーが映った。

 

 これ以上怒らすと、やばい。

 もうシズクとアヤは完全にリィンの背後に回り、リィンもまた武器に手をかけた。

 

「はっはっは、メンゴメンゴ」

「めんごめんご? なんだそれは、何語だ?」

「最大級の謝罪を意味するビジネス用語だよ。敬意を称するべき相手にのみ使うんだ」

「……敬意かーそうかー、しょうがない、特別に許してやろう!」

 

 少女からの殺気が、収まった。

 

 メイの鈍感さと陽気(ばか)さが良い具合に噛み合ってて、逆にハラハラする。

 地雷原でタップダンスを踊っている馬鹿を間近で見ているような気分だ。

 

「ええーっと、貴様。一応感謝するぞ、これでようやく帰れる」

「そういえばお互い名前も言ってないわね。……ウチはメイ、メイ・コートよ」

 

 こっちの三人はチームメンバー、と言ってメイが三人を指差す。

 

 こっちに話題を振らないでくれ、マジでと全員一致で思った。

 

「ふん、いいだろう、私も名乗ってやる。名前を聞いて腰を抜かすなよ!」

 

 言って、名前を問われた少女は両手を腰に当てて、ふんすと無い胸を張った。

 

「私の名はクラリスクレイス。六芒均衡の五にして三英雄の一人だ!」

 

 三英雄、クラリスクレイス。

 その名は、いくら子供だろうと冗談で名乗ることは許されない。

 

 そして何より……。

 

「…………」

「……っ」

 

 貼り付けた笑顔のまま、メイはシズクを見る。

 シズクは、ゆっくりと肯定の意を示して頷いた。

 

 嘘は、吐いていない。

 彼女は本当に六芒均衡にして三英雄なのだ。

 

「…………そうか、本当に凄かったんだな」

「ふふん、そうともさ!」

 

 反り返るほど、無い胸を張るクラリスクレイスであった。

 

 さっきまで可愛らしかったその姿も、何だか別物に見えてくる。

 

「では私はそろそろ帰るとしよう。ではな貴様ら、テレパイプについては礼を言っておこう」

 

 言って、クラリスクレイスはテレパイプに触れた。

 

 触れて、時が止まったかのようにその動きを止めた。

 

 やがて照れくさそうに、メイの方を振り向く。

 

「……なあ貴様、帰るにはどうすればいいんだっけ?」

「…………」

「あ! なんだその可哀想なものを見る目は! やめろ! いいから使い方をもう一度教えろ!」

 

 前言撤回。

 やっぱまだ子供なんだなぁ、と微笑ましい気持ちになるメイであった。

 




メイは年下と絡ませやすいなぁ。


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戦技大会開催!

早く『リン』さんの可愛いところがシズクとかリィンとかクーナとかマトイとかにバレるイベントが書きたいなぁ。

10/31 23:27 に大幅加筆修正しました。
結末は一緒だけど、内容は大分違います。


 ――――アークス戦技大会、前日の夜。

 

「うーん……」

 

 幾重にも重なったインスタント食品の空容器。

 

 幾度と無く回収日を逃した末に溜まったゴミ満タンのポリ袋。

 

 くしゃくしゃになって床に散らばった衣類や下着類etcetc……。

 

 そんな古典的とも言えるような汚部屋(マイルーム)で寝転びながら、黒髪ツインテの麗人ことキリン・アークダーティは悩ましげな表情で唸った。

 

「どうしよっかなー、戦技大会のパートナー」

 

 先日、アークス戦技大会の参加条件が明かされた。

 

 参加は二人一組。

 ロックベアの討伐経験有り。

 六芒均衡の参加は禁止。

 

 下二つはまあいいとして、最初の一つが『リン』にとって難関だった。

 

 ……決してぼっちだというわけではない。

 むしろその逆だ。

 

 リサ、オーザ、マールー、アフィン、パティエンティア、サラ。

 

 計七人のアークスから、戦技大会のお誘いを受けているのだ。

 

 人気者なのも、困り者である。

 

「うーむむ……む?」

 

 ごろん、と寝返りを打ったら、肘に何かが当たった。

 

 『ラッピーミニドール』と呼ばれる、可愛らしいラッピーの人形だ。

 

 そういえば以前ジラードさんがクライアントオーダーの報酬にくれたな、とそれを手に取る。

 

「なあラッピー、私はどうすればいいと思う?」

「『きゅっきゅ、そんなこと僕に訊かれても困るっきゅ』」

「相談くらい乗ってくれてもいいじゃないか」

「『きゅきゅ、言うて僕ただの人形だし』」

 

 尚、ラッピーミニドールに音声再生機能なんてものは付いていない。

 

 このやり取りは、全部『リン』の一人芝居である。

 

「全く、役に立たない奴だなー」

「『きゅっきゅ、無茶振りが過ぎるだけっきゅ。僕にだって出来ることはあるっきゅ』」

「ほほう? それは?」

「『それは……こうやって抱きしめられることによってご主人を癒すことだっきゅ!』」

 

 裏声でラッピーボイスを叫びながら、『リン』は人形をぎゅっと抱きしめる。

 

 そしてその態勢のまま、悶えるように転がって、

 まだスープが入っていたインスタントラーメンの容器に頭から突っ込んだ。

 

「ひゃぁああああ!? あっつ……くはないけど不快! めっちゃ不快だっきゅ!」

 

 ついラッピーの物真似をしつつ、手近にあったティッシュで頭を拭く。

 

「ああもう、お風呂入らなきゃ……はは、こんなところ誰かに見られてたら恥ずかしい……」

 

 ちらり、と部屋の入り口を見る。

 当然、そこには誰もいない。部屋のロックは問題なく作用している。

 

 ふーっと一つため息を吐いて、『リン』はお風呂場へ行くために立ち上がった。

 

「……むーん」

 

 さて、ラッピー人形に話しかけても、悩みが解決したわけじゃない。

 

 床に錯乱しているゴミを踏まないように気をつけて、お風呂場に向かいながら考える。

 

 誰と一緒に、戦技大会に出ればいいのか。

 

「……問題は、戦技大会がマターボードに記されていることなんだよなぁ……」

 

 マターボードは、『リン』の歩む未来の道標。

 

 そこに記されているということは、誰と一緒に参加するかは未来の分岐点になっている可能性がある。

 

「んー、やっぱ、あれしかないか……」

 

 湯船に大量のアヒル人形を投入しながら、『リン』は諦めたように呟く。

 

 多分途中で面倒くさくなるから、嫌だったんだけど仕方ない。

 

「時間遡行で、六回戦技大会を繰り返そうか」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 そして、アークス戦技大会当日。

 

 惑星ナベリウス森林のハード帯エリアに、シズクとリィンは降り立った。

 

「……本当に、ナベリウスだったわね」

「ん……」

 

 周囲には、誰もいない。

 参加者ごとに出発地点が違うようだ。

 

「まあ結局ファングとは戦えなかったし、昨日の特訓に意味があったのかは分かんないけど」

「うん……」

「? どうしたのシズク? 何か様子が変ね」

 

 いつもより大分テンションが低いシズクを心配するように、リィンは声をかける。

 

 だが、どちらかというとテンションが低いというよりこれは……。

 

(ああ、いつもの(・・・・)か)

「うばー、いや、何か違和感が……ね」

『あーテステス……』

 

 不意に、通信機に音声が入った。

 

 大会の司会者からの通信だろう。

 開催の挨拶でもするのだろうか。

 

『なんて言うと思ったか! オレにマイクテストなんて必要ない!』

「うわっ」

 

 急に耳元で大声が響いて、思わずリィンは肩を震わせた。

 

『オレのたぎるフォトンの力で、皆には十分聞こえているはずだ。軽く挨拶でもさせてもらうぞ!』

「うう……十分すぎるわよ……」

 

 端末を弄り、軽く音量を下げる。

 ああいう五月蝿い男は、結構苦手だ。

 

『どこでも本番、いつでも本気! オレ、ヒューイ! 六芒均衡の六兼、今大会の主催だ! よろしくな!』

「どこでも本番、いつでも本気。オレ、ヒューイ。六芒均衡の六兼、今大会の主催だ。よろしくな」

「……へ?」

 

 今、シズクが何かを呟いた。

 通信の音声と全く同時に放たれたから、よく聞こえなかったが。

 

「え、何シズク、もう一回言って……」

『……むう、モニター介してだと反応がわかりにくくてつまらないな。まあ、みんな盛り上がってるだろうし気にしないけど!』

「……むう、モニター介してだと反応がわかりにくくてつまらないな。まあ、みんな盛り上がってるだろうし気にしないけど」

 

 ヒューイとシズクの、声が重なった。

 全く同じ言葉を、全く同時に喋っている。

 

「え、ちょ、シズク」

『戦技大会への参加、感謝するぞ! オレは主催だから参加できないという事実に打ちひしがれているところだ。こんなに楽しそうなイベントに参加できないんだからな! ……くそっ、企画するんじゃなかった!』

「戦技大会への参加、感謝するぞ。オレは主催だから参加できないという事実に打ちひしがれているところだ。こんなに楽しそうなイベントに参加できないんだからな。……くそっ、企画するんじゃなかった」

 

 最初から気づけよ、とかあんたが企画しなきゃ誰もこんなことやろうと思わないよ、とか。

 色々皆ツッコミたいことはあったが、リィンにはそんなことよりもツッコむべきことがある。

 

 シズク、あんた、何やってんの。

 

『さて、戦技大会の内容だが……細かいルールは気にするな! やるべきことはただ一つ! 誰よりも強い者が、誰よりも万全に奥地へとたどり着く! そういうふうに、できている!』

「さて、戦技大会の内容だが……細かいルールは気にするな。やるべきことはただ一つ。誰よりも強い者が、誰よりも万全に奥地へとたどり着く。そういうふうに、できている」

『だから諸君は……っておいこら! 邪魔するな。今演説中なんだぞ……!』

「だから諸君は……っておいこら、邪魔するな。今演説中なんだぞ……」

『……えい、くそ! うりゃっ! いいだろ、私だって運営に関わってるんだから喋らせろ!』

「……えい、くそ。うりゃっ。いいだろ、私だって運営に関わってるんだから喋らせろ」

 

 突然乱入してきた幼い女の子の声にも、完全に対応している。

 

 まるで、何度も見ているビデオを朗読するように。

 

 淡々と。

 

「……ていうかこの声……」

『ふふん、アークスのみなよ! 聞こえているか! 私の声が!』

「ふふん、アークスのみなよ、聞こえているか。私の声が」

 

 聞き覚えの有る声が、通信機を通して参加者のアークス全員に届いた。

 

 この、尊大っぽいお子様ボイスは……紛れも無く先日あったクラリスクレイスのものだ。

 

『我が名はクラリスクレイス! 六芒均衡の五だ! 三英雄だ! 偉いんだぞ! 今回の戦技大会にはわたしもいろいろとからんでいる! 存分に楽しむといいぞ!』

「我が名はクラリスクレイス。六芒均衡の五だ。三英雄だ。偉いんだぞ。今回の戦技大会にはわたしもいろいろとからんでいる。存分に楽しむといいぞ」

『最後には、とっておきのお楽しみも用意してあるからな! ふふふっ楽しみだなぁ……!』

「最後には、とっておきのお楽しみも用意してあるからな。ふふふっ楽しみだなぁ……」

「…………」

 

 偉ぶった子供的な台詞喋るシズクって貴重だなぁ。

 普段は妙に真面目か、おちゃらけた感じの台詞が多いから。

 

 なんて、何処か現実逃避的な思考をするリィンであった。

 

『おおっとお、クラリスクレイス! それ以上喋ってはいけないぞ! 秘密だからこそ楽しいこともある! ……さて、そろそろ戦技大会開催だ! ……いいなクラリスクレイス。打ち合わせ通りに喋るんだぞ』

「おおっとお、クラリスクレイス。それ以上喋ってはいけないぞ。秘密だからこそ楽しいこともある。……さて、そろそろ戦技大会開催だ。……いいなクラリスクレイス。打ち合わせ通りに喋るんだぞ」

『わ、わかっている!』

「わ、わかっている」

 

 しかしホント一言一句同じだ。

 これもシズクの能力なんだろうか。

 

『では、アークス戦技大……』

「では、アークス戦技大……」

『あっ! よ、よーい、どん!』

「あっ、よ、よーい、どん」

 

 気の抜けるような、クラリスクレイスの放った合図で、戦技大会は始まった。

 

 だが、シズクとリィンは動かない。

 主催二人の会話が終わって、ようやくシズクは「……うん」と一つ頷いた。

 

 そして、呟く。

 

「『リン』さんめ……何回時間遡行(くりかえ)したんだあの人……」

「? シズク? さっきからどうしたの?」

「いや、うーん、まあ、何というか……」

 

 何て説明したらいいんだろう。

 腕を組んで考える。

 

 けど、結局。

 

「……いつもの直感で、ヒューイさんたちの台詞を読んだだけだよ」

「……ふーん」

 

 いつものように(・・・・・・・)、シズクは嘘を吐いて。

 

「さ、行こリィン。どうせなら上位入賞を目指そう!」

「え、ええ」

 

 リィンの手を引き、ナベリウスの奥地目指して走り始めた。

 

 



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待ち人来たりて

連絡:10/31の夜に76話を大幅加筆修正しています。結末は変わってないけど、内容は結構変わっているので暇な方は是非前話を読んでから今話を読んでいただきたいです。



ちょっと時系列が分かりづらいかもしれないので先に解説しておくと、

五回目の戦技大会(アフィン同行)の奥地到達シーンの回想をしているシーン

六回目の戦技大会(サラ同行)の凍土エリア突入直後シーン

です。

オーザ、マールー、リサ、パティエンティアとの大会シーンは全カットです。


『さあ、帰還するといい! 皆が君を待っ……』

 

 惑星ナベリウス・遺跡エリア奥地。

 

 『リン』にとって五度目となる戦技大会のエピローグに、それは起こった。

 

「……ッ!」

「……これは」

 

 高らかに締めの言葉を放っていたヒューイとの通信回線が突然切れた。

 それと同時に、周囲に黒い粒子のようなものが浮き上がる。

 

 これは、見間違うわけも無い。

 ダーカー、因子だ。

 

「な、なんだこの感覚……!」

「……注意しろ、アフィン」

 

 隣で先ほどまで一緒にナベリウスを駆け抜けていた相棒――アフィンがうろたえながら周囲を見渡す。

 

 傍目には、誰も居ない。

 でも確実に、『何か』が居る筈だ。

 

「お、おい、誰だッ……! 誰かいるんだろ、出てこい!」

 

 アフィンが叫ぶ。

 存在するだけで闇を周囲に溢れさせ、ヒューイの滾るフォトンによって繋がれた通信を切断できる何かに向かって。

 

「へぇ、アークスにしては鋭いじゃない」

 

 『それ』は、存外あっさりと姿を現した。

 

「邪魔しないように上手く隠れてたつもりだったんだけど、まだこの身体にも慣れないなぁ」

 

 毛先が紫に染まった、金髪。

 長く伸びた、ニューマンを示すエルフ耳。

 血を連想させるような、赤い瞳。

 

 そんな顔立ちが特徴的な美女が、

 赤と黒を主軸とした、鋭利な印象を持っているスーツを纏い『リン』とアフィンの前に立った。

 

「お、お前……!」

 

 驚愕の表情で、アフィンは突如現れた美女を見つめる。

 

 いや、男なら突然美女が現れればそりゃ見つめるとは思うが、そうではなく。

 

 まるで、『信じられないもの』を見るかのような表情で、アフィンは言葉を漏らした。

 

「ん? あたし、そんなにヘンな顔してる? ちゃんと人間の顔や格好してると思うんだけどなあ?」

 

 そんな表情で顔をジッと見つめられたものだからか、彼女は自身の身体を見直しつつもそう言った。

 

 だが、特にヘンな所は無いと自分の中で結論付いたのか、やがてまた二人に向き直ると、「ああ」と納得したように一つ頷いた。

 

「覗き見に怒ってるのかしら? いいじゃない減るもんじゃないし」

 

 楽しそうだったから、つい、ね。

 と言って、彼女は『リン』を値踏みするように視線で嘗め回す。

 

「それに……【巨躯(エルダー)】を撃退した奴ってのをこの目で見ておきたかったの」

「…………」

「【巨躯】……この前の、ダークファルス……!」

 

 彼女の口から出てきた【巨躯】という単語に、アフィンは敏感に反応した。

 

 ダークファルス【巨躯】。

 つい最近――二週間程前にアークスシップを襲撃してきた、アークスの大敵。

 

 そんな存在を、まるで自身と対等かそれ以下みたいな口調で呼び捨てたということは――。

 

「そんなに警戒しなくても、今この場で事を構える気はないわ」

 

 『リン』とアフィンの緊張が高まったのを見て取れたのか、女は砕けた口調で言う。

 

「だからほら、そんなに肩肘張らずリラックス、リラックス。すぐに去ってあげるから」

 

 本当に戦闘の意思は無いらしく、あっさりと女は『リン』とアフィンから背を向けた。

 

 もう、帰ってしまうのだろう。

 このまま見過ごすのが、普通なら正しいのだろうが……。

 

「お、おい!」

 

 アフィンは、彼女を呼び止めた。

 怖いけれど、言いたいこと、訊きたいことがたくさんあるような表情で。

 

「なによ。あたしは帰るんだから死にたいって相談以外には乗る気はないわよ」

 

 僅かに放たれた、殺気。

 それは、僅かとは言えど普段のアフィンならば充分に威圧足りえるものだったが――。

 

 珍しく、彼は退かなかった。

 

「お前……その顔は……。ううん、な、何者なんだよ……!」

 

 何者なのか。

 なんて、答えの半分分かりきった問いを、アフィンは叫ぶ。

 

 果たして彼女は――振り返った。

 赤い瞳で二人を見ながら、答える。

 

「貴方たちの、敵よ」

 

 ぞくり、と『リン』とアフィンの背が震えた。

 

 やはり、間違いない。

 目の前にいる存在は、【巨躯】と同じ――ダークファルスであると二人は確信した。

 

「いや、正しくはあたしたちの敵が貴方た――」

 

 と、そこまで言いかけて、女は口を噤んだ。

 キョロキョロと周囲を見渡して、舌打ちを一つすると。

 

「チッ、見つかったか」

 

 それだけ言って、赤黒いフォトンのようなエネルギーが彼女を包んで、消えた。

 

 ダーカー特有の、ワープ航行だろう。

 あまりにも唐突だが、立ち去ってしまったようだ。

 

「…………」

「…………な、何だったんだよ、あいつは急に――」

 

 まだ緊張の抜けない口調で、アフィンは声を絞り出す。

 

 今起こったことを、頭の中だけじゃ整理できないようだ。

 

「あの口ぶり……あの雰囲気……桁違いの威圧感……」

「『見つかったか』とも言ってたわね……一体誰に……」

「……なあ、相棒、あいつ……」

うば(・・)? あれれ? ここに居ると思ったんだけどなぁ」

 

 瞬間。

 背後から、少女の声が響いた。

 

「っ!?」

「なっ……!?」

 

 武器を構え、二人は即座に振り返る。

 

 だが、背後には。

 

 誰もいなかった。

 

「…………は?」

 

 思わず間の抜けた声が、『リン』の口から漏れた。

 

 確かに声は聞こえた。

 確かに気配は感じた。

 

 間違いなくついさっきまで誰かがそこに居た。

 

「なあ、相棒……聞こえたよな? さっきの声……」

「ああ……間違いなく、聞こえた」

 

 気づけば、宙を舞うダーカー因子は消えていた。

 

 濃いダーカー因子の塊とも言えるダークファルスが去ったことで、静まったのだろう。

 

 でも、因子が消えたのはさっきのダークファルスの女が去った後ではなく、背後から声が聞こえた直後。

 

 つまり――。

 

(や、でも、さっきの声……)

(『うば』って……確かシズクの口癖――)

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、『リン』!」

「うわっ!?」

 

 惑星ナベリウス・凍土エリア。

 『リン』にとって六度目の戦技大会中。

 

 ボーっと考え事をしていた『リン』に、グレー色のポニーテールとバッテン前髪が特徴的な少女――『サラ』の怒りが飛んだ。

 

「どうしたのよ全く……まあここは小休止スペースみたいだからいいけどさ、呼んだら返事くらいしてよねっ」

「ごめんごめん、ちょっと考え事しててさ」

「はあ……まあいいわ、少し休憩しましょう」

 

 言って、サラは立ち止まった。

 

 特に椅子等は無いので立ったままの休憩だが、それでも戦技大会の道程は結構長い。

 中間地点でしっかり休息を取り、後半戦を戦い抜けるように体力を回復させておくのは決して悪い手ではないのだ。

 

「しかし、会うたびにあなたの動きは洗練されていくわね。正直、羨ましいぐらいの成長速度。……染みついたようなその動き……幾度も繰り返された、執拗な訓練の成果と言ったところかしら」

「そこまで言われると、照れるわね」

「どれだけ繰り返せばこの短期間にそれほどの力がつくのか、わからないけど……」

 

 それは、際限も無く――というか節操なく人を助け続けている成果だろう。

 まあ、そんなこと『リン』は自覚していないし、自覚していても自慢などしないだろうが。

 

「ああ、ごめん。なんか責めてるみたいになっちゃってた」

「いや、別にいいよ。気にしてない」

「そう? ならいいけど。強いことは悪いことじゃないわ。調子に乗ったり、度が過ぎたりしなければ、間違いなくいいことよ」

 

 と、そんな会話をしている最中。

 突如、通信機に着信が入った。

 

『はーっはっはっは! 参加者諸君、ごくろうごくろう! 楽しんでくれているかなー!』

『うう、私も参加したいなあ……』

 

 戦技大会の主催、ヒューイとクラリスクレイスである。

 そういえば毎度毎度凍土に着いたくらいに連絡があったな、と『リン』は前回までの戦技大会を思い出しながら、耳を傾ける。

 

『……んん? なんだ、呼び出しか?』

 

 開幕早々、クラリスクレイスの通信機になにやら連絡が入ったようだ。

 安定のぐだぐだ進行である。

 

(ん? でもあれ? こんな展開あったっけ?)

『通信回線切っておくように! こほん……気を取り直して途中経過の報告だ!』

 

 途中経過。

 ゴールまで後半分くらいといったところだから、タイミングとしては丁度いいと言えるだろう。

 

(毎回毎回私が居るペアは一位か二位だったな……)

『……現在の成績優秀者は、フォースのキリン・アークダーティとハンターのサラのペアか!』

『えー、なになに? なにっ! 私の力が必要な事例!? しかもマリア直々にご指名だって!』

『ハンターのオーザと、フォースのマールーのペアも頑張っているようだな!』

 

 クラリスクレイスが全く関係のない話をしている所為で聞き取りづらかったが、やはり一位は『リン』とサラのペア。

 そしてそれに続くようにオーザとマールーのペアが上位にいるようだ。

 

 まあオーザとマールーは共にハンターとフォースというクラスの代表者みたいなもの。

 全アークス内で見ても上位に入る実力者たちだ。この結果にも納得が行く――。

 

『……ああ、それと』

 

 だが。

 次に紡がれたヒューイの言葉に。

 

 『リン』は目を見開いた。

 

『ハンターのリィン・アークライトと、レンジャーのシズクも頑張っているな! 資料によればこの二人は最近入隊したばかりの新人! 若いアークスの台頭というのは先達として嬉しいところだ! よしよし、頑張れよー!』

「はっ……!?」

 

 それはおかしい。

 絶対におかしい。

 

 だって、今までの途中経過発表で、二人の名前が出ることなんて無かった。

 

 オーザやマールー、リサにパティエンティアとかならまだ分かる。

 

 時を繰り返す中で、ペアを組んだり組まなかったりしているからあの人たちの順位に変動が出るのは分かる。

 

 だが、それ以外の参加者は別だ。

 

 多少順位は変動しても、大幅に変わることはない。

 

 ましてや、言い方はあれだがリィンやシズク程度の実力で上位入賞できるほどこの大会のレベルは低くない。

 

「…………!」

「ど、どうしたのよ『リン』」

「……いや、なんでも、ないよ」

 

 いつの間にか、主催からの通信は切れていた。

 それでも尚動こうとしない『リン』を心配するように、サラは声をかけた。

 

「そう? ならいいけど……無茶はしないようにね。上位にいるようだからこのまま独走と行きたいところだけど、体調が悪いなら棄権するからね」

「大丈夫だよ。さ、行こう」

 

 行って、『リン』は歩き出す。

 心配そうにしながらも、それに続くようにサラも歩き出した。

 

(シズクが、ハドレッドの時みたいに何かをしたのか?)

(……前の戦技大会の最後、後ろから聞こえたあの声……シズクのものでは、無かったけど……)

「……っ」

 

 『彼女にはあまり関わらないほうがいい』という、シオンの台詞が何度も頭を過ぎる。

 

 でも。

 それでも、この『リン』という女は。

 

(それでも、私は――っ)

 

 杖の先から放たれた炎で、原生生物を焼き払う。

 

 不安を吹き飛ばすように、力強く。

 

(私は、友達を信じたい――!)

 

 その強さが、いつか来る『何か』に於いて。

 枷になることも、知らずに。

 

 

 




突然出てきた謎のパツキンボインダークファルスは一体何プレンティスなんだ……(フルフル)

え? それよりも声だけ登場した新キャラが誰かって? エピソード2をお楽しみに!


しかしまあ何というか、外伝はわりとすぐ終わりそうですね(フラグ)


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戦技大会終了、そして……

みじかめー

そして早くも戦技大会終了です。
そんでもって外伝でやりたかったことは、ここからです。


「リィン、次そっちの茂みにあと五秒でダガンが湧くから倒しといて」

「了解ー。あ、別れ道だけどどっち行く?」

「こっち」

「流石即決だわねぇ」

 

 惑星ナベリウス・森林エリア。

 

 シズクとリィンは、二人のレベルでは信じられないほどのスピードでエネミーを倒しながら走っていた。

 

 最短ルートを、最高速で。

 且つ、湧き出る敵は湧き出た瞬間出待ちしていた斬撃と銃撃が不意を突いて降り注ぐ。

 

 まるで攻略本かなにかを見ているんじゃないかと思える程の速さである。

 

 シズクの能力、フル活用中だ。

 

「今日、ホントシズクの直感が調子良いわね」

「うばー。なんかね」

 

 流石に六回目となれば、道も敵の出現位置もタイミングも覚えたみたい。

 

 とは言えずに、シズクはなんか知らんがホント調子良いわーっと笑いながら頭を掻いた。

 

(まあ、実際に体験したとは言いがたい感じみたいだけど……)

「さっきの途中経過発表で上位にも入ってたし、もしかしたら一位狙えるかもしれないわね」

「そうだね……っと」

「あ、森林エリアを抜けたわね」

 

 まるで境界線が引かれているみたいに、景色は唐突に雪景色となった。

 

 あまりにも不自然な気候である。

 一説には、ナベリウスに封印されていた【巨躯】の仕業という噂もあるが……。

 

 その噂が真実であろうと、一般アークスであるシズクとリィンには与り知らぬことであった。

 

 というか、二人ともその辺りはどうでもよさげである。

 学者の素質、ゼロなのだ。

 

「相変わらず不思議ねー。どうする? 小休止ポイントみたいだし少し休んでく?」

「そうだね、リィンも疲れているだろうし……」

「いや、私は平気だけどさっきからシズク肩で息してるじゃない」

「…………」

 

 この体力お化けめ、と内心叫びながら、シズクはその場に座り込んだ。

 

 雪でお尻が少し冷たいが、このくらいフォトンでどうにかなる範囲である。

 むしろ疲れて汗を掻いた身体には心地よい。

 

「うびゃー、しかしまあ、なんというか抜かれちゃったなぁ」

「? 何によ」

「や、リィンに」

 

 抜かれた? 私に? とリィンは首を傾げた。

 

「初めて会ったときは、あたしのほうが強かったのに。いつの間にか抜かれちゃったって言いたいの」

「んぐ、んぐ……そう? まだ抜いてないと思うけど」

 

 飲料水を口に含んで、飲み込んでからリィンは否定の言葉を口に出した。

 

 まだ、と言ってる辺り負けず嫌いな性格が顔を出しているが。

 

「だって、リィン足速いし体力あるし、ジャスガ上手いし……」

「それ言ったらシズクの直感には敵わないし、ヘッドショットの正確さには脱帽ものよ」

「…………まあ、クラスも違うし比べることがもう間違いなのかもしれないね」

 

 若干頬を赤くしながら、シズクは飲料水を口に含み立ち上がる。

 

 あくまで小休止。

 息が整ったならあまりぼやぼやとしないほうがいいだろう。

 

「よし、後半戦も頑張ろっ」

「ええ、頼りにしてるわよ」

 

 二人で並んで、走り出す。

 どうせならばと一位を目指して。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「まーやっぱ、一位は『リン』だったか」

 

 ナベリウス凍土エリア。

 その入り口付近で、メイは右手のツインマシンガンをくるくると回しながら呟いた。

 

「んーっ、まあ残当じゃない?」

 

 疲れた身体をほぐすように伸びをしながら、背後に居たアヤが応える。

 

 ついさっき、戦技大会終了の合図が鳴った。

 

 優勝は『リン』とサラのペア。

 奥地に到達できなかった二位以下のペアは各自解散の運びとなった。

 

 帰還用のテレパイプは既に展開されている。

 いつでも帰還可能だ。

 

「この後どうする? 今日はもう休み?」

「やー、反省会込みでミーティングしたいなぁ」

「そうね。後輩二人は何処まで行ったかし……ら……」

 

 突然、アヤがテレパイプに向けて歩いていた足を止めた。

 

「? どした? アーヤ」

「ちょ、ちょっと……メーコ、もう戦技大会の順位出てるから見てみなさい」

「順位? へー、早いね」

 

 端末を弄り、戦技大会の公式サイトへアクセス。

 新着お知らせの最上段にあった順位表をタップした。

 

「……へ?」

 

 瞬間、メイは間の抜けた声を漏らした。

 

 端末に映し出された、順位表の上から二番目(・・・・・・)

 

 シズクとリィンの名前が、二位の欄に刻まれていた。

 

「え、ちょ、は、え? す……凄いじゃん!」

「感想が月並みね……でも、本当に凄い。私ら二十八位なのに……」

「今日は帰ったらお祝いだな! あの子らに連絡連絡……」

 

 端末を操作して、通話帳の中からシズクを選択。

 

 数秒して、通信は繋がった。

 

『もしもし?』

「もしもしー! いやー! 凄いじゃん二人とも! 二位! 二位だよ!? 『リン』抜けば一位だよ!?」

『うばば、もう順位見れるんですか? いやぁ、なんか今日はやたら直感が冴えて冴えて……』

「それでも凄いよ! 誇るがよい! そしてインタビューされたときは先輩の指導のおかげですと言うがよい!」

「何様よ。そして何キャラよ」

 

 てへぺろ、とメイは舌をぺろりと出した。

 

 可愛い動作のはずなのに、メイがやるとうざくなるのは才能というやつだろう。

 

「それより! 今日はお祝いするよー! ちょっとお高い店でパーティやろう! アーヤの奢りで!」

「別に払うのはいいけど貴方も出しなさいよ」

「えーっ!? しょうがないなぁ、もう」

『あ、そこは素直に出すんですね』

 

 多分ノリとテンションだけで言葉を発している状態なのだろう。

 

 よっぽどシズクとリィンが好成績を残したことが嬉しいようだ。

 

 それこそ自分のことのように――いや。

 メイ・コートという女は、自分のことではここまで喜ばないだろう。

 

 大切な家族のことだからこそ、彼女はこんなにも喜ぶのだ。

 

「うん、うん、じゃあ後でー!」

 

 通信を切り、端末を仕舞う。

 お祝い会の予定はアークスシップに帰還してから決めることになったようだ。

 

 となればもう即座に帰るしかあるまい。

 

 もう既に十メートルほど先に見えるテレパイプに向かってメイとアヤは歩き出す。

 

「しかし何だか、『抜かれちゃった』って感じね」

「ホントホント、出会った頃はプレディガーダに苦戦してたのにねー……」

 

 もうあの頃が懐かしい、とばかりに腕を組んでうんうんと頷くメイ。

 

 本当に、立派になったものだ。

 思わずほろりと目に涙が浮かんでくるほどに。

 

「悔し涙?」

「嬉し涙。いやぁ、歳を取ると涙腺が緩くなっていけねぇべや」

「何キャラよ……」

 

 まるで娘の成長を喜ぶ父親のようである。

 や、本人は本当にそのつもりなのかもしれないが。

 

「じゃ、テレパイプ起動するわね」

 

 アークスシップに帰るべく、アヤがテレパイプに手を伸ばした。

 

 

 ――その時だった。

 伸ばした手に、『何か』の影が差し込んだ。

 

「……ん?」

 

 テレパイプの、丁度真上。

 文字通り雲の上から、『それ』は降ってきた。

 

「っ!? アーヤ! 下がって!」

「え? きゃっ!?」

 

 メイがアヤの首根っこを引っ張って引き寄せた直後。

 

 ずしん、という地鳴りと共に。

 テレパイプは『それ』に踏みつけられ粉々に砕け散った。

 

「――さて」

 

 刺々しい鎧のような外殻。

 黒く輝く大木のような豪腕。

 

 ――鈍く光る、赤い瞳と(コア)

 

「猛き闘争を始めようぞ、アークス!」

 

 『ファルス・ヒューナル』。

 深淵に至りし巨なる躯――ダークファルス【巨躯】の人型戦闘形態が。

 

 祭囃子に導かれて、二人の前に現れた。




――終わりというのは、唐突にやってくる。


なんつって。


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代償

シリアスしか無い回。


 この時。

 メイとアヤが犯したミスは、一つだけ。

 

 咄嗟に、戦闘態勢を取ってしまったことだけだ。

 

 ダークファルス【巨躯】もといファルス・ヒューナルの望みは、『猛き闘争』。

 

 血沸き肉踊る、強き者との戦いこそが彼の本懐である。

 

 故にファルス・ヒューナルは、『弱い者』、『逃げる者』は見逃す傾向にある。

 

 女子供ならば、尚更だ。

 

 だから二人は、ここで戦闘態勢を取るべきではなかった。

 

 脇目もふらず、一心不乱に逃げるべきだった。

 

 そうすれば、この後の惨劇も無かっただろう。

 

 ――まあ、尤も。

 ファルス・ヒューナルのそういった性質は、まだアークスには解明されていない。

 

 だから、仕方の無いことだったのだろう。

 

 二人が、戦闘態勢を取ってしまったことも。

 この後二人に降りかかる悲劇も。

 

 【コートハイム】が、この日をもって解散となってしまうことも。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「通信、誰からだった?」

「メイ先輩。お祝い会しよーだって」

「お祝い?」

 

 ナベリウス凍土奥地。

 疲れた身体を休めるように岩場に座っていたリィンが、首を傾げた。

 

 そりゃそうだろう。

 シズクは端末を操作して、戦技大会の公式サイトをモニターに映し出した。

 

「うん。なんかね、もう順位が出てるらしくて……あったあった。ほら、あたしたち二位だって」

「ふーん。二位…………二位!?」

 

 思わず、順位表を二度見するリィンであった。

 

 無理もない。

 三位以降に連なっている名前はどれもこれも錚々たる人物なのに、その上に自分たちの名前が記載されているのだ。

 

「うっわ、本当だ……流石に今回ばかりは全部シズクのおかげね」

「……まあ、今日はちょっと冴えすぎだったけど、全部は言い過ぎだよ。あたしだけじゃ、予測(さき)が見えても身体が追いつかない…………ん?」

 

 不意に、シズクが顔を上げた。

 また、何か感じ取ったのだろうかとリィンは釣られるようにシズクの視線の先を追う。

 

 だが今回は、特殊な直感とかそういうのではなかった。

 

 ただ、視界の端に『何か』が映ったので気になっただけなのだろう。

 

 『何か』――ファルス・ヒューナルが、宇宙(そら)から降ってきたのが、目に入っただけなのだろう。

 

「……ねえ、シズク」

「……うん、今のダークファルス、だよね」

 

 ファルス・ヒューナルについては、一般アークスにも公表されている。

 

 故に、シズクとリィンも知っていた。

 黒い外殻に覆われたその風貌も、圧倒的なまでの強さも。

 

「うばー……なんか、嫌な予感がするんだけど……」

「私もよ……万が一もあるし、ちょっと先輩らに通信入れるわね」

 

 言って、端末を開き連絡帳からメイを選択。

 

 コール音が、鳴り響く。

 一回、二回、三回、四回。

 

 まだ、出ない。

 

「……いつもなら、一回目で大体出るのに……」

 

 不安が、胸の中で拡大していく。

 嫌な汗が頬を伝い、リィンの顎に達した時だった。

 

 コール音が、止まった。

 

『……リィン?』

「っ! メイさん!」

 

 ぱあぁっと、シズクとリィンに笑顔が戻る。

 

 よかった、出てくれた。

 もしダークファルスと戦闘中なら、通信に出ている暇など無いはずだ。

 

 つまり、二人の嫌な予感は外れ――。

 

 なかった。

 

『ふっ……! 丁度よかった、今そっちに連絡入れようと思ってたとこ……ぜえ……!』

「……? 息が荒いですね、どうかしました?」

『ああうん、今ファルス・ヒューナルと戦闘中だか――ごふっ!?』

「え――?」

 

 まるで、岩壁に激突したような効果音と共に、メイが苦しそうな声を吐いた。

 

 そう。

 普段からクエスト中だろうが戦闘中だろうが、べらべらと喋りまくっているメイにとって、戦いながら通話を取ることなど、造作も無いことだったのだ。

 

「は? ちょ、メイさん!?」

『げほっ……だ、大丈夫。まだ死んでない。ちょっと掠っただけだから……っ』

「ぜ、全然大丈夫そうに聞こえないんですけど!?」

 

 誰がどう聞いても大ピンチ真っ只中である。

 嫌な予感が、的中してしまった。

 

(なんっで、よりによって先輩らのとこに……!)

「と、兎に角座標を教えてください! すぐに助けに……!」

『駄目』

「――は? ふ、ふざけてる場合じゃないですよ! ちゃんと座標を……」

『来ちゃ、駄目』

 

 メイの声色は。

 真剣、そのものだった。

 

『貴方たちが来ても、何も解決しない。だから、帰還しなさい』

「な……!?」

『でもその前に、助けを呼んどいて。『リン』でも、六芒均衡でもリィンのお姉さんでもいい』

 

 誰か強い人を、呼んできて。

 と、メイは極めて冷静な口調でそう言った。

 

 実際、それが得策だろう。

 

 シズクやリィンが出張ったところで、犠牲者が増えるだけだ。

 

「…………」

『分かった? じゃあ、座標を――ガガッ』

 

 座標を、メイが口に出そうとした瞬間。

 

 通信が突然切れた。

 

 通信端末が、壊れたのだろう。

 リィンはゆっくりと、耳に当てていた左手を下ろした。

 

「な、何? どうしたの? 先輩たちは、無事なの?」

 

 シズクが心配そうな声色で、そう訊ねてきた。

 一対一の通信だったので、シズクに会話の詳細までは聞こえなかったのだろう。

 

 リィンはシズクに背を向けたまま、淡々とした口調で答える。

 

「……今、ファルス・ヒューナルと交戦中だって」

「え、ええ!?」

「だから、助けを呼んで、だって。『リン』さんとか、六芒均衡とかの強い人に頼んで、逃げろって」

「わ、分かった。多分『リン』さんならこの先に居るはずだからすぐ連絡を…………リィン?」

 

 一歩、リィンは踏み出した。

 ファルス・ヒューナルが落ちた方向へ、一歩。

 

「――ふざけるな(・・・・・)

 

 珍しく、というか。

 初めて聞くような、憤った声色でリィンはそう呟き。

 

 全速力で、走り出した。

 

「うば!? り、リィンー!?」

 

 シズクの静止の声すら無視して、走る。

 

 あっという間に、リィンの後姿は雪景色の向こうへ消えていった。

 

「え、ちょっと、……えー? あたし座標すら聞いてないんだけど……」

 

 だだっ広い雪原の中にぽつんと取り残されて、シズクは呟く。

 

 周囲にエネミー反応は無いので、安全ではあるが……。

 

「……状況を整理しよう。まず先輩らがファルス・ヒューナルに襲われて絶体絶命。そんであたしらに強い人を呼んできてと要請。しかしあたしには先輩らの居る座標が分からない……成る程」

 

 大ピンチである。

 

 メイともう一度通信できないか試してみたが、どうにも繋がらない。

 通話しながら戦闘するなんて真似、いつも戦闘中もべらべら喋りっぱなしのメイだからできることなので、アヤに連絡するのは危険。

 

 普通なら、どうすることもできない状況だ。

 

 でも、どうにかしなければ、メイも、アヤも、もしかしたらリィンも。

 

 皆、殺されてしまうだろう。

 

 それだけは、絶対に避けなければいけない最悪の未来だ。

 

「――仕方ない。周りには誰も居ないし……やるか」

 

 目を閉じて、開いて、閉じる。

 海色の光が、シズクを薄く包み込む。

 

 オラクルの中枢――マザーシップの、さらに中枢に、潜り込んでいく。

 

「…………」

 

 今度は、端末を介さない。

 

 編修用具は必要ない。

 

 ただ、閲覧す()るだけ。

 

 マザーシップに記された、この世界の、この惑星の。

 

 歴史を。

 

「――――見つけた」

 

 数秒後、シズクは薄く目を開いた。

 普段の彼女からは信じられないほどの無表情で、呟く。

 

 海色の光は、溶けるように掻き消えた。

 

「……っぷはぁ! ……うばー、よかった……視えた……」

 

 玉のような汗を流しながら、シズクは呟く。

 たった数秒能力を行使しただけで、もの凄い疲労である。

 

 マザーシップのデータベースを改竄した時は、ここまで疲れることは無かった。

 

 何が違うんだろう、と自分の能力なのに疑問を抱きながら、シズクは端末を取り出す。

 

「はぁ……よし、次は『リン』さんに連絡を――」

 

 入れようと、した時だった。

 

「あ……」

 

 ぽたり、とシズクの鼻から赤い血が滴り落ちた。

 

「ぐっ……」

 

 それを境に、ぐにゃりとシズクの視界が歪んだ。

 

 立っていられなくて雪に膝を付く。

 鼻血によって赤く染まった雪が、霞んだ視界に映し出された。

 

「くっそ……視すぎ(・・・)()……か……っ」

 

 脳みそが、熱い。

 鉄板で直火焼きされてるんじゃないかと思える程の激痛が、シズクを襲う。

 

 でも。

 それでも、立ち止まるわけにはいかない。

 

 倒れるわけには、いかない。

 

 ここで倒れたら、全てが終わってしまう。

 

「端末、を……!」

 

 頭を少しでも冷やすために雪に顔を突っ込みながら、震える手で端末を操作する。

 

 果たして――通信は――――。

 

 

 




本当に申し訳ないんですけどまだシリアス続きます。

次回サブタイトルは、「リミットブレイク」。
土日に更新できたらいいなぁ。


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リミットブレイク

微リョナ注意なのか? これは。
描写は簡素にしてるから大丈夫だと思うけど、
先輩らがボッコボコにされてるのでそういうの苦手な方は注意です。


 2mを遥かに越えているであろう、巨大な体躯。

 

 その黒腕は丸太よりも太く、

 その外殻は鋼よりも硬い。

 

 ファルス・ヒューナル。

 ダークファルス【巨躯(エルダー)】の人型戦闘形態。

 

 およそ勝ち目など無い巨大な敵と相対して、メイは――。

 

「――シンフォニック」

 

 咄嗟に、というかほぼ反射的に、跳んだ。

 

 焦っている。

 動揺している。

 

 それでも、身体が動かなければここで終わってしまうことを、メイは知っていた。

 

「――ドライヴ!」

 

 ファルス・ヒューナルの顔面に、メイの蹴りが炸裂した。

 

 シンフォニックドライブという、ツインダガーのPAである。

 フォトンの篭められた蹴撃は、ただの蹴りとは思えない程の速度と威力だったが――。

 

「――ほう、中々威勢が良いな」

 

 ヒューナルは、ぴくりともしなかった。

 ノーダメージ、である。

 

「っ……!?」

「メーコ! 下がって!」

 

 アヤが杖――トワイライトルーンをヒューナルに向けた。

 フォトンの光は収束し、数多の星屑となって降り注ぐ。

 

「イル・グランツ!」

「むっ」

 

 散開し、炸裂。

 着弾したイル・グランツは、眩しいほどの光を放ちながら爆発していく。

 

 ――だが。

 

「……ふん」

 

 ヒューナルは、傷一つ付いていなかった。

 キラキラと周囲に浮かぶイル・グランツの残留フォトンを軽く腕で払い、両拳を打ち鳴らす。

 

「終わりか?」

「チェイントリガー!」

 

 終わりなわけが無い。

 終わりにして良いわけがない。

 

 メイは武器を持ち替え、ツインマシンガンでヒューナルの胴体にチェインの刻印を刻んだ。

 

「ぬ、これは……」

「はぁああああああああああ!」

 

 チェイントリガーは、刻印を刻んだ箇所に通常攻撃を加えることで『チェイン』と呼ばれる特殊なフォトンを溜め、フォトンアーツの威力を高めるスキルだ。

 

 故に、メイはツインマシンガンの引き金をただ引いた。

 

 一発一発は豆鉄砲。

 しかし連射性はピカ一なのが、ツインマシンガンの特徴だ。

 

 凄まじい速度で、チェインが溜まっていく。

 

「……何かと思えば、ただ豆鉄砲を連射するだけか? 下らん」

 

 降り注ぐ弾丸を一身に受けながら、ヒューナルはメイに向けて歩き出した。

 

 当然のように、傷一つ付いていない。

 だが、チェインは確かに溜まっている。

 

「虫けらが、散るがよい!」

「サテライト……エイム!」

 

 空を射抜くかの如く、強烈な射撃が放たれた。

 

 チェイントリガー+サテライトエイム。

 ガンナークラスの基本にして、最強クラスの火力を誇るコンボだ。

 

 言うまでも無く、メイの放てる最高火力でもある。

 これが通じなければ、勝率は間違いなくゼロだろう。

 

「ぬぅ……!」

 

 果たして攻撃は――通じた。

 

 一歩。

 ファルス・ヒューナルを後退させることができた。

 

 ただ、それだけ。

 

 それだけである。

 

「……く、くははははは! 成る程成る程、一寸の虫にも五分の魂とはよく言ったものだ」

 

 メイの全力攻撃を受けて、ヒューナルは笑った。

 

 楽しそうに、嬉しそうに、笑った。

 

 そして。

 

「所詮虫と――侮っていた。此処からは全力を持って御主らを磨り潰すとしよう」

 

 メイとアヤ。

 二人揃って逃げ出して、見逃して貰うという道が、潰えた。

 

 ファルス・ヒューナルが、拳を強く握り、振り上げ。

 

 次の瞬間、ヒューナルはアヤに肉薄していた。

 

「えっ」

「アーヤ!」

 

 拳が振るわれる。

 弾丸よりも早く、砲撃よりも重い拳が。

 

 嫌な、音がした。

 内臓という内臓が潰れ、人が爆発したような音が。

 

「――ぁっ……!?」

 

 悲鳴すら出ない。

 肺が潰されたのだから、当然だろう。

 

 即死しなかったのは、奇跡としか言いようが無い。

 

 アヤの身体は宙に打ち上げられ、そのまま雪原へと落ちた。

 

「む、ムーンアトマイザー!」

 

 金色の光が、辺り一面に広がる。

 言わずと知れた、アークスの超回復アイテムだ。

 

 死にさえしていなければ、大抵の傷を癒し、戦闘続行可能状態まで回復させる劇薬である。

 

「っ……はっ……! 死ぬかと、思ったわ」

 

 むくり、とアヤは起き上がった。

 腹に受けた傷は、完治とはいえないが大分修復している。

 

「でかいのに、何てスピードよ……」

「アーヤ! 大丈夫!?」

 

 アヤが吹っ飛ばされた際に手から離れたトワイライトルーンを回収しながら、メイは地面に降り立った。

 

「どうにか隙を見て逃げ出すしかないわね……」

「そだね。何とか隙を――」

 

 アヤに杖を手渡した瞬間、メイは吹き飛んだ。

 

 わき腹を抉り取るような、ヒューナルの蹴撃によって、サッカーボールのように遥か彼方へと。

 

「かはっ――?!」

「脆弱! 脆弱ゥ!」

 

 錐揉み回転をしながら宙を飛び、やがてメイは岩壁に激突した。

 

 勿論、致命傷である。

 しかもアヤがムーンアトマイザーを使ったところで効果範囲に届かない場所まで飛ばされてしまった。

 

 この状態での、致命傷。

 致命的ではあるが、まだ終わりじゃあ、無い。

 

「……『ハーフ、ドール』」

 

 メイのアイテムパックから、自動的にヒトの形を模したようなアイテムが浮かび上がった。

 

 ハーフドール。

 一つしか持てないが、所持者が戦闘不能になった時自立的に起動して、受けているダメージを半分だけ肩代わりしてくれるというとっておきの回復アイテムである。

 

「……これは、無理だな。……げほっ」

 

 起き上がりながら、呟く。

 

 二人とも、生き残る道はもう無いだろう、と。

 

「……でも」

 

 アヤだけなら。

 自分が犠牲になって隙を作れば、彼女だけなら。

 

 そう呟こうとした瞬間。

 メイの端末が着信音を鳴らした。

 

 発信者は、リィン。

 

 それを確認する間も無く。

 

 ファルス・ヒューナルがメイの目の前まで迫っていた。

 

「ちっ――!」

「弁えよ!」

 

 拳が振りあがっているのを見て、メイは即座にその場を離脱。

 

 ツインダガーを手に、空を舞って攻撃をかわした。

 

「ほう、今のをかわすか!」

「っ――ブラッディサラバント!」

 

 ツインダガーを振るい、斬撃の波を幾重にも放つ。

 

 最早、ヒューナルは動きすら止めなかった。

 斬撃に正面から突っ込み、メイへ拳を振るう。

 

「温い温い!」

「この……化け物ぉ!」

「イル・グランツ!」

 

 遠くから、アヤのテクニックが放たれる。

 だが、そんなもの援護にもならず、ヒューナルに当たった”だけ”だった。

 

 怯まず、ヒューナルは拳と蹴りを飛びながら避けるメイに放っていく。

 

「ちょこまかと!」

「ぜぇ……空中戦だけは、負けない!」

 

 空を飛び、器用にファルス・ヒューナルの攻撃を避けつつ叫ぶ。

 

 如何にメイが空中戦だけは優れていても、攻撃が通用しない以上メイに勝ち目は無い。

 

 だから叫んだのは、殆ど虚勢みたいなものだった。

 

「ほう?」

 

 でもその虚勢は、ヒューナルの気を惹くには十分だったようだ。

 

 明らかにヒューナルの標的はメイに絞られている。

 

 これなら、このままいけば、アヤだけは生き残れる目が出てきた。

 

「はぁ――ん?」

 

 希望が見えてきて、少し余裕が出てきたのか、メイはようやくさっきから鳴り響いている着信音に気がついた。

 

 戦闘中だが、他ならぬ後輩からの通話。

 取るしかないだろう、『リン』とかの助けを呼べるかもしれないし……。

 

 何より、遺言を伝えられるかもしれないし。

 

「……リィン?」

『っ! メイさん!』

 

 通信機から、リィンの嬉しそうな声が響く。

 

 同時に、ヒューナルの拳を紙一重でかわす。

 

「ふっ……! 丁度よかった、今そっちに連絡入れようと思ってたとこ……ぜえ……!」

『……? 息が荒いですね、どうかしました?』

「ああうん、今ファルス・ヒューナルと戦闘中だか――」

 

 ヒューナルの黒腕が、メイの腹部を掠めた。

 

 その拳圧で(・・・・・)、メイは再び吹き飛んだ。

 

「ごふっ……!?」

 

 本日二度目の壁激突に、辟易としながらメイは立ち上がる。

 今度は、致命傷というほどのダメージじゃない。

 

『は? ちょ、メイさん!?』

「げほっ……だ、大丈夫。まだ死んでない。ちょっと掠っただけだから……っ」

 

 追撃として放たれたヒューナルの飛び蹴りを、空に飛ぶことで回避。

 

 勢い余ってヒューナルが激突した壁は、無残に砕け散った。

 

『ぜ、全然大丈夫そうに聞こえないんですけど!? と、兎に角座標を教えてください!』

「っ」

『すぐ助けに……!』

「駄目」

 

 はっきりとした口調で、メイはリィンの提案を断った。

 

 助けを呼ぶ、なら兎も角。

 助けに来る、は絶対駄目だ。

 

 だって、あの子達が来たところで何になる。

 将来有望の人材を、失うだけだろう。

 

『――は? ふ、ふざけてる場合じゃないですよ! ちゃんと座標を……』

「来ちゃ、駄目」

 

 同じ言葉を、繰り返す。

 

 今この場に於いて『最悪』なのは、シズクとリィンが助けに来ることで。

 【コートハイム】が、全滅することだ。

 

 それだけは、絶対に避けなくちゃいけない。

 

 そう。

 例え、後輩に嫌われることになろうとも。

 

「貴方たちが来ても、何も解決しない。だから、帰還しなさい」

『な……!?』

「でもその前に、助けを呼んどいて。『リン』でも、六芒均衡でもリィンのお姉さんでもいい。誰か強い人を、呼んできて」

『…………』

 

 通信を通しているのに、不満げな感じが伝わってくる。

 

 まあ、リィンの性格を考えたら当然だろう。

 もしかしたら本当に軽蔑されたかな、なんて思いながらもメイは子供に言い聞かせるように言葉を選ぶ。

 

「分かった? じゃあ座標を……っ!?」

 

 しまった、と思った。

 通信の方に、意識を割きすぎた。

 

 気づけば宙を舞っていた。

 

 腹部に鈍痛が走る。

 口の中に鉄の味が広がる。

 

 内臓が砕け散ったのだろう。

 

 なんて、何処か冷静に考えながらメイは地面に落下した。

 

「む、ムーンアトマイザー!」

 

 アヤの投げたムーンアトマイザーから、金色の光が降り注ぐ。

 

 傷は塞がり、痛みも少しずつ消えていく。

 何とか一命は取り留めた。

 

 けど……。

 

「メーコ! これで私の持ってるムーンアトマイザーはあと一つしかないわ!」

「マジか……りょーかい! 何とかこれ以上倒れないように注意しなきゃ……」

 

 口元の血を拭い、メイは立ち上がる。

 

 通信機は、壊れてしまったようだ。

 だけど助けを求めることは出来た……これならば上手くいけば二人とも生き残る道も有り得るだろう。

 

(……あ、でも)

(遺言を伝えるのは、出来なかったな)

「……詰まらんな」

 

 不意に、ファルス・ヒューナルが動きを止めた。

 

 上げていた両腕から、ぶらんと力を抜いて。

 

「一方的な虐殺では、意味が無い。それにちょこまかと逃げ回る蝿を落とすだけの作業を、闘争とは呼べぬ」

「…………?」

「貴様らが、戦わぬというのなら――」

 

 ゆっくりと、ヒューナルは腕を振り上げ……岩壁に向かって拳を叩き付ける。

 

 その一撃で、『山』が一つ、粉々になって崩れ落ちた。

 

「早々に終わらせて、次の闘争を捜しに行くとしよう」

 

 ぞくり、と嫌な汗が二人の背を伝う。

 

 おぞましい程の殺気が、ファルス・ヒューナルから放たれた。

 

「…………っ!」

「なん……!?」

 

 今までは、本気じゃなかったのだろう。

 今までは、ほんの遊びだったのだろう。

 

 つくづく桁違いすぎて、嫌になる。

 

 さっきは、二人とも生き残る道があるかもと思ったが……最早それは期待しないほうが、いいだろう。

 

 避けるべきは二人とも死ぬこと。

 最善策はどちらかが囮になってどちらかが生き延びること。

 

「……それならまあ、死ぬのはウチの役目だな」

 

 当然のようにそう呟いて、無理やり口元を歪める。

 歪めて、口角を上げて、笑う。

 

 何故かって?

 そんなの、決まっている。

 

 好きなヒトに残る自分の最後の記憶は、笑顔のほうが良いだろう。

 

「アーヤぁ!」

「っ!? な、何よ突然大声だして……」

「ウチが囮になってどうにか隙を作るから、逃げて!」

「…………はぁ!?」

 

 メイの提案に――当然ながらアヤは怒った。

 目を見開いて、額に青筋を浮かべて、怒った。

 

 でも、メイの決意は変わらない。

 

「そんで、ダークファルス【巨躯(エルダー)】! さっきまではごめんね! ここからは、貴方の望む闘争をしてあげるわ!」

「……ほう?」

「ちょ、ちょっとメーコ! 何言ってるの、私は許さないわ――「アーヤ」」

 

 アヤの台詞を遮って、メイは笑顔で言葉を紡ぐ。

 さっきよりも、自然な笑顔ができた気がした。

 

「愛してるぜ」

 

 だから、生きて欲しい。

 自分よりも少しでも長く。

 

「メー……コ」

「ファイタークラス、『メインスキル』――」

 

 それは、唯一無二のスキル。

 ファイターのみが使える、『限界』を越えるスキル。

 

「『リミットブレイク』」

 

 




限界を越えて――。


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そして彼女は翼を失った

ファルス・ヒューナルってこんな性格だっけ、とか思いながら書いてます。
違和感あったらごめんなさいね。


 家族のためなら死んでも良い。

 

 ずっと、そう思っていた。

 

 だって、わたし(・・・)の家族は。

 家族(わたし)のために、死んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 『リミットブレイク』。

 ファイタークラスをメインクラスにしている時のみ使用できる、ファイターのスキルである。

 

 限界を越える――等と言えば聞こえはいいが、実際の所本当に使用者の限界を越えているわけではない。

 

 普段使用者が防御や生存に回しているフォトンを、全て攻撃に回すという、それだけのスキルだ。

 

 だから、使用中は信じられない程の身体能力と攻撃力を得ることができるという点では、限界突破と言って差し付えは無いだろう。

 

 だが当然、欠点はある。

 

 一つ。防御と生存に回しているフォトンが無くなるので、非常に耐久力が弱くなる。

 一つ。効果時間は、もって一分と非常に短い。

 

 特に前者はリミットブレイクを扱うアークス全員が頭を悩ませるほどに、軟くなる。

 

 例えば、もし発動中にメイがファルス・ヒューナルの拳に掠りでもしたら(・・・・・・・)

 

 即死は免れないだろう。

 

「く……くはっ、くはははははははは!」

 

 リミットブレイク発動中の証である、橙色のオーラが立ち昇るのを見て、ヒューナルは突如高笑いしだした。

 

「良い覚悟だ! そうだ! 闘いとはこう(・・)でなくてはならない!」

「…………」

「脆弱なる者よ! さあ、猛き闘争を始めようではないか!」

 

 リミットブレイクを使おうと、メイの実力はファルス・ヒューナルには遠く及ばない。

 

 それでも、ヒューナルはメイを倒すべき敵だと見定めた。

 脆弱なる者だと断定しつつも、拳を構える。

 

 その真意は、メイには計り知れないが……まあ、彼女にとってはどうでもいい話だ。

 

「シンフォニック――ドライブ!」

 

 先に動いたのは、メイだった。

 飛び上がり、稲妻のような飛び蹴りを放つ。

 

 先ほどと同じように、顔面に命中したそれは、今度は大きくヒューナルをよろめかせた。

 

「ぬぉ……!」

「――ブラッディサラバント!」

 

 数多の斬撃が、衝撃波となってヒューナルを襲う。

 

 さっきより、数段上のフォトンが乗った攻撃に、ヒューナルの外殻が僅かに削れた。

 

「効いてる……!」

「ふはははは! 良い攻撃だ。そのスキルを使ったから――だけではないな?」

「…………」

「フォトンの力は、感情の力。さっきまでとはまるで別人のフォトンよ」

 

 死ぬ覚悟の出来た人間は、強い。

 

 だからこそ、我が敵に相応しい。

 

 そう言って、ファルス・ヒューナルは背中に仕舞ってあった刀を手に取った。

 

「……それは違うぜ、ファルス・ヒューナル」

「……ほう?」

「強い奴っていうのは、『死なない覚悟』が出来ている人間だ。死ぬ覚悟なんか、弱さの言い訳にすらならない」

 

 ちらり、とアヤを見る。

 まだ彼女は逃げていない。

 

 確かに、大切なヒトを見捨てて逃げるのは辛いことだ。

 

 それでも、その決断ができるまでメイは時間を稼がなくてはいけない。

 

「では、何が貴様を強くする? よもや我が剣を前にして、死なない覚悟とやらが出来ているわけではあるまい?」

「決まっている。ウチの胸にある感情は、唯一つ」

 

 アヤに聞こえるように、大きな声で。

 

 メイは叫びながら、フォトンアーツを発動させた。

 

「愛するヒトに――『生きて欲しい』という、願いだ!」

 

 レイジングワルツ。

 相手の懐に飛び込み、手に持ったダガーで打ち上げるというコンボの初動に最適なフォトンアーツである。

 

 だが、その剣閃は、受け止められた。

 

 ファルス・ヒューナルの持った、その歪な形をした大剣に。

 

「……ふ。ふ、はははははは! 『生きて欲しい』か! そうかそうか!」

「……何がおかしい?」

「いや何、貴様は『この男』と良く似ていると思ってな」

「……?」

 

 笑い続けるヒューナルを奇異の瞳で見ながら、メイは大きく後ろに跳ぶ。

 

 さっきから見た感じ、ヒューナルは近距離戦が得意のようだ。

 ツインダガーも近接武器とはいえ、時間を稼ぐことが目的な以上、不用意な接近は避けるべきだろう。

 

「『生きて欲しい』と願う女と、『生きて欲しかった』と悔やむ男か……くふ、ふはは! 面白い!」

「……さっきから、何言って……」

「そのスキルを解くなよ小娘。ダークファルス【巨躯】が、全力を持って貴様を葬っ(ためし)てやろう」

 

 今、言葉とルビの関連性がおかしかったような。

 なんて、思う間も無く、ファルス・ヒューナルは背中に剣を仕舞い、両拳を握って振り上げた。

 

 その両拳に、一目でやばいと判る程のエネルギーが溜まっていく。

 

「応えよ深淵、我が力に!」

 

 拳が地面に、叩きつけられた。

 瞬間、無数の衝撃波が円を描くように走り出す!

 

「くっ……!」

 

 当たったら死ぬ。

 いや、今の状態じゃ別にこんな大技に限らず掠れば死ぬのだが。

 

 それでもこの広範囲攻撃は、やばい。

 

 何故なら、範囲内にアヤがいる。

 

「アーヤ!」

「め、メーコ!」

 

 空を翔け、アヤを半ば体当たりのような形で肩に抱えこむ。

 

 そのまま走り、飛び、何とか二人は攻撃範囲外まで逃れた。

 

 雪の上に、滑り込むように着地する。

 

「メーコ、私は……」

「アーヤ、逃げてくれ」

 

 何かを話そうとしたアヤの言葉に聴く耳を持たず、メイは彼女に背を向ける。

 

「もう引き返せない。ウチはあいつと戦うしかない。だから、もうすぐ死ぬウチに言える言葉は、それだけだ」

「…………」

 

 リミットブレイクも、もう少しで切れてしまう。

 

 そうなれば一分半は経たないと再使用できないし、素のメイなどヒューナルの手にかかれば五秒で殺すことができるだろう。

 

 そしたら次はアヤが殺される番だ。

 

「……嫌よ」

 

 呟きは、届かなかった。

 もう既に、メイは飛び立ってファルス・ヒューナルへと正面から戦っている。

 

「嫌に、決まってるじゃない……私だって、貴方に生きていて欲しいんだから……」

 

 ぎゅうっと杖を握り締める。

 分かっている、この杖を振るっても意味の無いことを。

 

 それでも、逃げようという気持ちは一切起きなかった。

 

 

 

「――スケアフーガ!」

「ぬん!」

 

 双小剣と大剣が、ぶつかり合う。

 質量的に攻撃した方だろうとメイが弾き飛ばされそうなものだが、そこは流石のリミットブレイク。

 

 攻撃力に関しては、普段の比ではない。

 それでも、ヒューナルの防御を崩すことは難しいのだが。

 

「ぜぇ……もう時間が無い……!」

「どうした? もう限界か?」

「うん」

 

 ヒューナルの挑発に、素直にメイは頷いた。

 もう限界だ。息は荒いし、身体が重い。

 

 だから……。

 

「だから、次の攻撃で最後にする」

「!」

 

 メイは、飛んだ。

 真上に向けて、空高く。

 

「全身全霊魂込めて――いくぞ、ファルス・ヒューナル!」

「ふはははは! ならば! 我とて全力で応えねばならんな!」

 

 ファルス・ヒューナルの持つ、歪な大剣から『闇』が放出された。

 

 黒き刃は、巨大な剣を模して形を成す。

 ソードのフォトンアーツ、『オーバーエンド』にそっくりな技だ。

 

 だが威力は言うまでも無く、この黒き刃の方が上だろう。

 

「…………」

 

 上空から、そんな自分にとってはオーバーキルにオーバーキルを四つ以上重ねたような大技を見て、メイは静かに目を閉じた。

 

 思い出すのは、【コートハイム】の皆。

 アヤ。シズク。リィン。

 

 本当に皆には、感謝しかない。

 

 目を開けると、手首に付いたブレスレットが目に付いた。

 

 家族の、証。

 

「フォール……」

 

 思わず、笑みが零れる。

 

 微笑みながら、空を蹴る。

 最高速度で、落下していく。

 

「――ノクターン!」

 

 落下しながら、敵を切りつけるフォトンアーツ。

 

 空から地に。

 最後に放つフォトンアーツとして、これ以上彼女に相応しいモノは無いだろう。

 

「ぬぅうううううん!」

 

 ヒューナルもまた、掛け声と共に黒きオーラを纏った大剣を振り被る。

 

 双小剣と、大剣が激突する――――。

 

 

 

「――え?」

 

 激突する直前。

 メイが纏っていたリミットブレイクのオーラが掻き消えた。

 

 時間、切れである。

 

 一瞬にして、メイのフォトンは通常通りの配分へと戻っていった。

 

 勿論そんな状態じゃ、メイはどうあがいてもヒューナルに傷一つ負わせることはできないだろう。

 

「――――それでも」

 

 それでも、退けない。

 一瞬たりとも、躊躇わない。

 

 リミットブレイクなんか無くても、限界ぐらい超えてやる――!

 

「お、ぉおおおおおおおおおおおおおお!」

「くはっ、ふははははははははは!」

 

 双小剣が、ヒューナル目掛けて突き刺すように振るわれる。

 大剣が、黒きオーラを放ちながらメイに向かって切り裂くように振るわれる。

 

 刹那。

 

 『闘い』は、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 雪が、血で染まっていく。

 

 全身から、力が抜けていく。

 

 走馬灯、見えなかったなと小さく呟きながら。

 

 肘から先が(・・・・・)失われた(・・・・・)自身の両腕(・・・・・)を見て、メイは静かにゆっくりと目を閉じた。

 

 




ふぅ……。

ちょっと遺跡AD行ってファルス・ヒューナルぶっ殺してきます(雷サイコウォンドを持ちながら)。


それはそうと、あと二話でEP1外伝終わる予定です。
案外短かった。


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青き少女の怒り

放送局でエターナルサイコドライブっぽい武器が紹介されてモチベーションが一気に急上昇したサイコウォンド至上主義です。

出るかどうかは別として頑張らねば……!


 10年前。

 恋人を失った青年が居た。

 

 青年は全てを恨んだ。

 ダーカーを、ダークファルスを、そして何より、弱き己を。

 

 青年は、死に場所を求めた。

 

 

 10年前。

 家族を失った少女が居た。

 

 少女は全てを悔やんだ。

 反抗期を、己の弱さを、そして何より、過去の自分を。

 

 少女は、生きる希望を求めた。

 

 青年の名は、ゲッテムハルト。

 少女の名は、メイ・コート。

 

 正反対でありながら何処か似ている二人の会合は、最早永劫に『有り得ない』未来となってしまった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「――良き、闘争であった」

 

 言って、ファルス・ヒューナルは背に大剣を仕舞った。

 

 視線の先には、肘から先の腕が切り離され、雪の上で大の字になって倒れているメイ。

 

 血が、止め処なく雪を赤く染めていく。

 まだ息はあるが、それももう数分の命だろう。

 

「メーコ!」

 

 だが、息があるなら。

 命があるなら、回復できるアイテムがある。

 

「む」

 

 金色の光が、辺り一面に降り注ぐ。

 

 ムーンアトマイザー。

 言わずと知れた戦闘不能回復アイテム。

 

 アヤの投げたそれは、メイの傷を癒し、流血を止め、体力を回復させた。

 

 それでも、両腕は失ったままだが。

 

「無粋な……だがまあ、もう戦えぬ者に興味等無い……」

「メーコ! メーコ! 生きてるなら返事を……!」

 

 アヤが、メイに向かって駆け出した。

 闘いの衝撃に巻き込まれないために離れていたため、距離は遠い。

 

「さて」

 

 ファルス・ヒューナルが、走るアヤを睨みつけた。

 

 瞬間、アヤの足が止まる。

 

「次は貴様か?」

「う……ぐ……」

 

 放たれる、殺気。

 身体が動かなくなるほどの、威圧感。

 

 でもメイは、こんなの相手に正面から戦っていた。

 

「……っ」

 

 震える手で、ロッドを構える。

 涙目で、敵を睨みつける。

 

「――ふん。見逃してやろうと思ったが……立ちはだかるのなら容赦はせんぞ」

 

 拳を握り、ヒューナルはアヤに向かって歩み始めた。

 

 雪を踏みしめ、一歩ずつ。

 絶望的な殺気と闘志を撒き散らしながら。

 

「やってやるわよ……!」

 

 自分自身に活を入れて、アヤはフォトンをチャージしていく。

 

 何も勝つ必要は無い。

 イル・グランツで目を眩ませて、隙をついてメイを回収して逃げることができれば……と。

 

 思った矢先のことだった。

 

「――待て」

 

 声がした。

 聞き慣れた――聞き慣れすぎた、声がした。

 

「待てよ、ダークファルス、【巨躯(エルダー)】」

「…………ほう」

 

 メイが、立ち上がっていた。

 口にツインダガーを片方咥えて、ヒューナルの歩みを阻むように立ち塞がる。

 

「まだ、終わってない」

「…………」

「まだ、ウチは生きているぞ」

「メーコ!」

 

 もうボロボロなくせに戦おうとするメイに向かって、アヤは叫ぶ。

 

 嘆願するように、叫ぶ。

 

「もういい! もういいから! 後は、私がやるから……!」

「アーヤ」

 

 最早メイは、逃げろとも言わなかった。

 

 振り向きもしなかった。

 

 ただただ、背中で語る。

 逃げてくれと、懇願するように。

 

「……っ」

 

 アヤは、言葉に詰まった。

 二十年間一緒にいるが、こんな幼馴染は見たことが無い。

 

「メー……」

「くはっ、ふははははは!」

 

 アヤの言葉を遮って、ヒューナルは哄笑(わら)った。

 高らかに、嘲笑うかのように。

 

「……両腕を失い尚、友のために我が前に立つか!」

「……友達じゃあ、無いさ」

「ほう?」

「ウチらは、恋人同士さ」

 

 ヒューナルが、高笑いを止め目を見開いた。

 

 女同士なのに、とかそういう意味で驚いたわけではなく。

 

 恋人、というワードが。

 彼が器にしている男の、琴線に触れたというべきか。

 

「……何?」

「だから、両腕よりも命よりも……彼女を失うことが一番怖い」

 

 まるでそれが当然のことのように、メイは語る。

 というか、彼女にとっては実際当たり前なのだろう。

 

 『十年前』を”生き延びてしまった”者は、総じてこういう自己犠牲の精神が強い傾向にあるのだ。

 

「ま! ダークファルスにゃ分かんないかもしれないけど……」

「……いや」

 

 ファルス・ヒューナルが、拳を構えた。

 

 深く腰を落とし、真っ直ぐにメイを見据える。

 

「それが闘争の理由に成るのならば――是非も無い。構えろアークス。一撃で引導を渡してやろう」

「……へっ」

 

 メイは、笑った。

 笑って、腰を落とし構えた。

 

 逃げない。

 勝ち目が無くとも、立ち向かう。

 

「それが家長ってものでしょう」

 

 誰にも聞こえないように、呟いた。

 

「行くぞ……!」

 

 ヒューナルが、雪原を蹴り駆ける。

 一瞬で、メイを拳の射程範囲に収めた。

 

 黒腕が、振り被られる。

 

「メーコ!」

 

 アヤが思わず叫び、駆ける。

 だが、足を雪に取られ、転んでしまった。

 

 黒腕が、振り下ろされる。

 

 終わった。

 と、アヤの頬に、涙が伝った瞬間。

 

 

 女の子が一人、青い髪を靡かせてアヤの横を猛スピードで駆け抜けていった。

 

 

「――ぅ、あああああああああああああああ!」

 

 咆哮と共に、駆ける。

 飛んでいるのかと錯覚するようなスピードで、一直線に。

 

 一瞬で、少女はヒューナルとメイに肉薄した。

 

「……っ!? リィン!?」

「間に合っ――――たぁっ!」

 

 青髪の少女――リィンの飛び蹴りが、黒腕の側面に炸裂。

 見事、拳の軌道を逸らすことに成功した。

 

「ぬぅ……!?」

「はぁああああああ!」

 

 蹴りの反動を利用して、速度を殺しメイとヒューナルの間に割り込む。

 そのまま流れるように手に持った大剣(ザックス)を振るった。

 

 当然、弾かれる。

 まだリィンではヒューナルの外殻に傷一つつけることはできない。

 

「っ!?」

 

 もう片方のヒューナルの拳が、振るわれる。

 驚異的な速度と力で振るわれたそれを前に、リィンは慌てず剣を構える。

 

 ジャストガード、成功。

 一瞬のみ生成されるフォトンの盾に、ヒューナルの拳が激突し。

 

 盾が、砕けた。

 

「……は?」

 

 拳の勢いは止まらず、(ザックス)の根元に突き刺さる。

 

 そして当然のように、ザックスも砕けた。

 それでも勢いは止まらず、ヒューナルの拳はリィンの腹部に減り込む。

 

「かはっ……!?」

「うぐっ!?」

 

 背後のメイを巻き込んで、木っ端のようにリィンは吹き飛んだ。

 

 宙を舞って、二、三回雪の上をバウンドして、岩壁に激突。

 メイがクッションになったとはいえ、かなりのダメージだ。

 

 リィンの口から、血が吐き出された。

 

「げふっ……っ!」

「リィン……!」

「リィン!?」

 

 岩壁に激突した二人に、アヤが駆け寄る。

 

 リィンの腹部は、かなり深く抉れていた。

 即死するほどではないが、間違いなく致命傷である。

 

「何で……なんで来たの!? あれほど来るなって言ったじゃない!」

「……はぁーっ……! はぁーっ……! ……ふっ!」

 

 腹を抑えながら、余りの痛みに気を失いそうになりながら、

 リィンはメイの胸倉を掴んだ。

 

 そして、怒りの形相で叫ぶ。

 

「ふざけないでくださいっ……!」

「!?」

「なぁにが『来ちゃ駄目』、ですか! 私たちを巻き込みたくなかったんですか!? 自分を犠牲にしてでも、私たちに生きていて欲しかったんですか!?」

「……そう、だよ」

「ふざけるな!」

 

 ついに、リィンの口調から敬語が抜けた。

 

 それほどまでに、怒っている。

 尋常じゃないほど、怒っている……!

 

「先輩たちが居なくなった未来なんか、私たちは要らない! 四人が揃っての【コートハイム】でしょう!?」

「…………だ、だって、ウチらは貴方たちのことを思って……」

「私たちのことを思うなら……! げほっ……!?」

 

 ダメージが、肺にも届いているのだろう。

 お腹を抑え、血反吐を吐きながらも、それでも。

 

 リィンは言葉を紡ぐ。

 

「……私たちは、勝ち目が無くても『一緒に戦おう』って言って欲しかった。『助けを呼んできて』、じゃなくて『助けて欲しい』って言って欲しかった」

「…………リィ、ン」

「私たち家族じゃないですか。家族を失った、残された方(・・・・・)の気持ちは貴方が誰よりも分かっているでしょう――ぐぅ……!」

 

 と、そこまで言って、リィンの口が止まった。

 

 痛みが、限界に達したのだろう。

 これ以上は喋るのも辛いようだ。

 

「リィン……! 駄目! 死なないでよ……!」

「だい、じょーぶですよ。……メイ、さん」

 

 私はこのくらいじゃ死にませんから、と気丈に笑った後。

 本当にもう限界なようで、リィンは気を失った。

 

 一瞬死んだのかと焦るメイだったが、息をしているのを確認して、安心するように大きく息を吐く。

 

「……死なない覚悟、か」

 

 強い子だ。

 本当に、強い子だ。

 

 気絶したリィンを、抱きしめようとして抱きしめられないことに気づいた。

 仕方なく、倒れかけた彼女の身体を肩で支える。

 

 そんなメイの後頭部に、チョップが繰り出された。

 

 ヒューナルのチョップ――ではなく、アヤの攻撃である。

 

「あいたっ!? え、ちょ、アーヤ?」

「……リィンが言いたいこと殆ど言ってくれたから、これで勘弁してあげるわ」

 

 言いながら、アヤはリィンにレスタをかけていく。

 焼け石に水だが、ムーンアトマイザーがもう無い以上仕方が無い。何もしないよりはマシだろう。

 

「……怪我は、どんな感じ?」

「相当深いわ……でも、絶対死なせない。死なせて、たまるものですか」

「ほう、腹を貫くつもりで殴ったのだがな……存外、硬いな」

「!?」

「あ……!?」

 

 気づけば、ファルス・ヒューナルが目前まで迫っていた。

 

 そうだ。

 今は、戦闘中なのだ。

 

「っ……!」

 

 アヤがリィンを庇うように抱きかかえ、ヒューナルを睨む。

 

 その姿に、メイは幼き日。

 自身をああやって庇い死んだ父親の姿を思い出した。

 

「……!」

 

 立ち上がり、無い両腕を広げてヒューナルの前に立ち塞がる。

 

「…………」

 

 ヒューナルは黙って拳を振り被った。

 

 これで終わらせるつもりなのだろう。

 

 満身の力を込めて。

 その拳を振るおうとした。

 

 瞬間だった。

 

 

 

「――ラ・フォイエ」

 

 爆炎が、ヒューナルの横っ腹を襲う。

 

 常識はずれのフォトンによって放たれた爆炎に、流石のヒューナルも大きく態勢を崩した。

 

「おぉおおおおおおおお!」

 

 その隙を逃さず、岩壁の上から大きな雄叫びと共に、男が一人ヒューナルに向かって突貫した。

 

 赤刃のワイヤードランスを振るい、ヒューナルの黒腕にワイヤーを巻きつけて、

 

 ぶん投げた。

 

「ぬぅ……!?」

「イル・フォイエ!」

 

 空高く打ち上げられたヒューナルを、叩き落すように隕石が更に上空から降り注ぐ。

 

「ぬぉ――」

 

 爆音と共に、着弾。

 こんな大爆発を受ければ、流石のダークファルスもただでは済まないだろう。

 

「この、炎は……」

「あの男は……」

 

「――よく」

 

 男――ヒューイは、メイとアヤに背中を向けながら顔だけ振り向き、言った。

 

 その姿からは、いつものおちゃらけた態度はまるで見えない。

 

「持ち堪えてくれた、後はオレたちに任せろ」

「メイ! アヤ! 無事か!?」

 

 続けて岩壁の上から、黒いコートを着た女が雪原に降り立った。

 

 言わずもがな、『リン』である。

 

 あんな威力の炎テクニックを撃てるのは『リン』かクラリスクレイスくらいのものだろう。

 

「『リン』……! 助かった、来てくれたんだな!」

「ああ、間に合ってよかった……とは言い切れないな」

 

 『リン』はメイの肘から先が無くなった腕を見て、痛ましさから目を逸らした。

 

「……? ……ああ、腕くらい、安いもんさ。それよりも本当に来てくれてありがとう」

「……礼ならシズクに頼むよ。今メディカルセンターに居る筈だから、早く行ってあげるといい」

「えっ!?」

 

 驚きの声をあげたのは、リィンだった。

 

 もう気絶から回復したようだ。早い。

 

「シズクが!? 何で!? ちょ、先輩方早くメディカルセンターに行きまごっふ……!」

「言われなくてもアンタの腹とメーコの腕のこともあるし行くわよ……」

 

 言いながら、アヤは付近に落ちていたメイの千切れた腕をアイテムパックに回収した。

 くっつくかは分からないが、それでも可能性があるなら回収しておくべきだろう。

 

「じゃあ『リン』、頼むわよ」

「それとヒューイさんも、お願いします」

「ああ、任せろ」

「ははははは! 任せておけ少女よ! さあ早く行け! 流石にダークファルス相手に庇いながら戦うのは、その、何だ、オレも辛い」

 

 メイとは比べ物にならない安心感に、【コートハイム】の三人は躊躇わずテレパイプに飛び込んだ。

 

「……行ったか」

「…………さて、と」

 

 テレパイプが消えて、三人がナベリウスから完全に退去したことを確認して、ヒューイと『リン』は武器を構えなおす。

 

 相手はダークファルス【巨躯(エルダー)】。

 イル・フォイエ一発で終わるだろうなんて、思っちゃいない。

 

「ふはっ、ふははははははははははは!」

 

 イル・フォイエが着弾したクレーターから、哄笑が響く。

 

 もうもうと立ち上がる煙から、黒い巨闘士が姿を現した。

 

「いつかの黒きアークスに、そしてそっちは新たな六芒均衡か? ふははははは! 愉快! 愉快ぞ!」

「…………」

「…………」

「さあ! 猛き闘争を始めよう――!」

「イル・フォイエ×10」

 

 イル・フォイエが、まるで流星群のようにファルス・ヒューナルへ降り注いだ。

 

 轟音と大量の熱を撒き散らしながら、次々と凍土にクレーターを作っていく。

 

「……悪いがダークファルス、楽しむ暇なんて与えないよ」

 

 『リン』の周囲に、炎が巻き上がる。

 テクニックをチャージした際に集める大気中のフォトンが、使用者の体内から漏れることで発現するものだ。

 

私は怒っている(・・・・・・・)

「…………」

「私の友達の両腕を切り落とした罪は重いぞ、ダークファルス【巨躯】!」

 

 業火の如き火炎が、次々とファルス・ヒューナルに放たれる。

 

 並みのエネミーならば、塵すら残らない攻撃だろう。

 

 だが、相手はダークファルス。

 勿論並みのエネミーなどでは決して無い。

 

「ふはははははははは!」

 

 燃え盛る炎の中から、嗤いながらヒューナルは姿を現した。

 

 ダメージは、受けているはずだ。

 だが、それは微々たる物なのだろう。

 

 余裕そうに、ファルス・ヒューナルは嗤う。

 

「良い! やはり良いぞ黒きアークス! よもやこれで終わりではあるまい? もっと見せてみろ! 貴様の力を見せてみろ!」

「……! 来るぞ『リン』! オレが前、君が後ろだ! 行くぞ!」

「ええ、頼りにしてるわよヒューイさん!」

 

 ファルス・ヒューナルvsキリン・アークダーティ&ヒューイ。

 

 後に歴史の教科書に載ることになる勝負が、今始まった。

 

 




次回で外伝は終了です。

ファルス・ヒューナルvsキリン・アークダーティ&ヒューイ?
オールカットですよ?


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終わりと、始まりと、涙

これで完全にEP1は終わりです。
書きたいこと書いたら長くなっちゃったけどEP1最後の回ということで許してください。


「はっはっは、死ぬかと思った」

「本当だよもう……心配したんだからね」

 

 アークス戦技大会の、翌日。

 

 メディカルセンターの一室で、『リン』は身体中に包帯やらギブスやらを付けてベッドで上半身だけ起こして横になっていた。

 

 全治半月。

 それが『リン』に言い渡された診断結果だ。

 

 ガチのダークファルスと、六芒均衡と共にとはいえ二人で挑んでその程度の怪我で済んだのは流石と言えよう。

 

「あんまり無理しちゃ駄目だからね」

「ごめんごめん」

 

 病室にある見舞い客用の椅子に座って、心配そうに『リン』の顔を覗き込む少女――マトイの言葉に、『リン』は欠片も反省していないような態度で頭を下げた。

 

 この女傑に、無理をするなとは無理な話だ。

 

「もう……!」

「はっはっは」

 

 笑いながら、『リン』は見舞い品(起きた時にはもうあった、眠ってる間に誰かが来て置いていったのだろう)のフルーツバスケットからリンゴを取り出した。

 

「うぐっ……!」

 

 が、痛みでそれを取りこぼす。

 

 リンゴは点々と床を転がり、マトイの足に当たって止まった。

 

「大丈夫? リンゴ、剥こうか?」

「いでで……ああ、ありがとう。……剥けるの?」

「剥いたこと無いけど多分大丈夫だよ。えーっと、果物ナイフは……」

「…………」

 

 それは果たして本当に大丈夫なのだろうか。

 

 失敗フラグが目に見えているのだが。

 

(……まあ、失敗しても精々指切るくらいだろうし任せるか……腕痛いし)

「あ。あったあった」

 

 フォトン刃の包丁を見つけたようで、それを使ってマトイはリンゴを剥きだした。

 

 たどたどしい手際だったが、包丁の切れ味のおかげか中々スムーズに皮が剥けていく……。

 

「んしょ、んしょ……」

「…………」

 

 意外にマトモで驚いたが、まだ時間はかかりそうである。

 病室の窓から何か見えないかなと、マトイから視線を外して反対方向の窓を見る。

 

「あっ」

 

 『リン』が声をあげた理由は、窓の外ではなく窓に映った自分。

 

 いつもツインテールに括っている髪が、解けていた。

 

「マトイ、何か髪括るものない?」

「……んしょ、……え? 髪? 何で?」

「いやちょっと……いつもの髪型に戻したい」

 

 ヘアゴムか何か無いか、辺りを見渡すも何も無い。

 

 自分が普段つけているやつは……ああ、そうだ。

 ヒューナルとの戦闘中に千切れて何処か行ったのだった。

 

「んんっと、……ごめん、何も持ってないや」

「そうか……困ったな、アフィン辺りに持ってこさせるか」

「そんなにいつもの髪型いいの? 今の縛ってない『リン』も大人っぽくて素敵だと思うけど……」

「うぐっ」

 

 真っ直ぐな瞳で褒められたというのに、『リン』は素直に喜ばずに微妙な表情をした。

 

 痛む腕を我慢して、髪を両手で束ねて擬似的にツインテールを作る。

 

「いでで……」

「? そんなに髪下ろすのやだの?」

「……えーっと、その、何ていうか……」

 

 煮え切らない返事をする『リン』に、マトイは純粋な瞳で疑問符を浮かべる。

 

 彼女らしくない反応だ。

 心なしか、照れているようにも見える。

 

「……笑わない?」

「う、うん」

「……えっとね、そのね、……私こういう子供っぽい髪型してないと……よく人妻に間違われるんだ」

 

 と。

 布団に顔を埋めながら『リン』はボソリと呟いた。

 

 ちなみに彼女、十六歳である。

 実はリィンと同い年なのである。

 

「…………」

「…………ああ」

 

 マトイは、笑わなかった。

 決して笑いはしなかった。

 

 ただ、「ああ、確かに」といった感じに頷いた。

 

 勿論、その行動が『リン』にとって効果は抜群だ! なことは明白である。

 

「……やっぱり私は老け顔なんだ……ぅう」

「あ! い、いや違うよ『リン』! 今の『ああ』はえっと、その、そういう意味じゃなくて……!」

 

 布団に潜りこんでしまった『リン』に、マトイは焦って弁明を始める。

 

 考えろ、記憶喪失の所為で数少ない知識でも精一杯考えろ。

 

 自分をそうやって鼓舞して、必死に脳内の辞書を引いて、マトイは言葉を紡ぎだす……!

 

「えっと……そう! そう……うん、と。えーっと」

「やっぱ違わないじゃん!」

 

 無理だった。

 マトイの乏しい語彙力ではこの場を乗り切ることは出来なかった。

 

「いーのいーの。どうせ私は年相応に見えないおばさんアークスよ……」

「うわーん!? 何だか今日の『リン』凄く面倒臭い!」

 

 誰にでも触れちゃいけない部分はあるのだ。

 それが『リン』にとって、実年齢と見た目の乖離ということなのだろう。

 

 勿論、『リン』は見た目おばさんなどではない。

 ただ、十六歳には見えない色気と艶やかさ、そしてボンキュッボンのダイナマイトボディに身長も成人男性並みという三拍子の所為で人妻っぽく見えるというだけである。

 

 普段ツインテールという比較的子供っぽい髪型をしているのは、それを抑えるためなのだ。

 

(まさかこんなコンプレックスが『リン』にあったなんて……)

 

 衝撃の新事実である。

 ちなみに普段黒いコートを着用してるのは体型を隠すためだ。

 

「り、『リン』……もう少しでリンゴ剥き終わるからちょっと待っててね」

「うん……」

 

 話題を変えて、リンゴを剥く作業に集中しようと包丁を持つ手に力を入れた瞬間……。

 

「あー! やっぱりここに居た!」

 

 がらりと、勢い良く病室の扉が開いた。

 

 部屋に入ってきたのは、怒りの形相をした看護婦――フィリアだ。

 

「わ、ふぃ、フィリアさん……」

「今日は検査があるって言ったでしょ! さ、行きますよ!」

「うー……はーい……また後で来るからね、『リン』」

うん、いってらー

 

 そんな、毎度のやり取りをしつつ。

 マトイはリンゴを剥きかけのままフィリアに連行されていった。

 

「……平和だなー」

 

 いつも通りの光景を見て、『リン』は安心するように息を吐く。

 

 昨日の激戦が嘘のようだ。

 包帯だらけの両手を眺めて、呟く。

 

「……もっと強くなんなきゃな」

「そうですね、貴方にはもっと強くなって頂かないと困ります」

 

 病室の隅。

 丁度『リン』の居る位置から死角の場所から、聞き覚えのある声がした。

 

 空間が揺らぎ、何もなかった筈のそこから女の子が一人現れる。

 

 始末屋モードのクーナだ。

 相変わらずの仏頂面で、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「まさか【巨躯】がヒューイと貴方のペアですら、ギリギリ撃退できる程のレベルだったというのは、計算外でした」

「…………クーナ」

「先日の緊急クエストではアークス全体の力を合わせて撃退することが出来ましたが、今回のように人型形態でゲリラ的にアークスが襲われることになったら非常に厄介です。それも、貴方ですら単独では撃退が難しいレベルの「おい」」

 

 『リン』が、クーナの言葉を遮った。

 

 そして頬を赤くしながら、今訊きたいことはこれだけだと言わんばかりに彼女を睨み付けて言う。

 

「いつから、ここに居た?」

「…………」

 

 クーナは、目を逸らした。

 そして、沈黙。

 

 この沈黙は、最早答えのようなものだろう。

 

「えーと……その、髪、括りましょうか?」

 

 数秒の沈黙の後、クーナはヘアゴムを取り出してそう言った。

 

「…………お願いします」

 

 顔を真っ赤にして、布団に顔を埋めながら『リン』はそう答えるしか無かった。

 

「…………」

「…………」

(き、気まずい……!)

 

 無言で『リン』の髪を括りながら、クーナは心の中でそう叫んだ。

 

 叫ばざるを得なかった。

 

(何か話題を……でも真面目な話をする雰囲気ではないし……)

「そ、そういえば、さっき連れていかれた白髪の子って誰ですか? アークス……では無いように見えましたが」

「ん? ああ……ナベリウスで倒れていたところを助けてあげた子だよ。何だか懐かれちゃってね、以来仲良くさせてもらってる」

「ふぅん……?」

 

 ぴくりと、クーナの眉が動いた。

 

「? どうした?」

「いえ……ああ、そうだ、その剥き掛けのリンゴ、わたしが続きやりましょうか?」

 

 『リン』の髪型をいつも通りのものに戻した後、そう言いながらクーナは来客者用の椅子に腰掛ける。

 

 マトイが途中まで剥いたものだ。

 この身体では(というか実は全快時でも剥けるか怪しい)剥けないから、その申し出はありがたい。

 

「ああ、それは有難い」

「では……っと、あれ? この包丁壊れてますね」

 

 折角新しいの買ってきたのに、とクーナは不思議そうに取っ手だけとなったフォトン刃式の包丁を見つめる。

 

「? ……ああ、もしかしてこのフルーツとか包丁とかって、クーナのお見舞い品?」

「はい、そうですよ……何ですかこれ、フォトンの注入口が焼け焦げてる……不良品を掴まされましたかね、これは」

 

 仕方ない、と呟いて。

 クーナはマイを構えた。

 

「えっ」

「なぁに、心配要りません……マイの扱いなら手慣れたものですから」

「いやいやいや、ダーカーやら原生生物やらを切りまくった刃でリンゴ切って欲しくねえよ。例え清潔だとしても精神的にやだよ」

「む。そうですか……」

 

 クーナは大人しく、刃を引っ込めた。

 ちょっと表情が不満げでは、あったが。

 

「意外と神経質なんですね……でもどうします? 刃物が無ければ皮も剥けないし切り分けることもできませんが……」

「あー、もういいよ、そのままかじるから」

 

 言って、『リン』は口を開けて目を閉じた。

 

 所謂、『あーん』の態勢である。

 

「あー」

「……何の真似ですか?」

「え? ああ、今動くと全身が地味に痛いから食べさせてくれないかなって……嫌だった?」

「い、いえ……」

 

 恥ずかしそうに頬を染めながら、クーナはリンゴを『リン』の開けた口に押し付ける。

 

 しゃくり、とリンゴを噛みきる音が病室に響いた。

 

「んぐ、んぐ……あ、そういえばさ」

「…………」

「? どうしたのさクーナ、顔が赤いよ?」

「え!? い、いや、その、何でもないですよ大丈夫です!」

「そう? まあいいや。それでさ、『あっち』はどうなった?」

 

 『あっち』、とは言わずもがな。

 【コートハイム】のことだろう。

 

「……全員、一命は取り止めたみたいですよ。シズクとリィンの二人は既に完治。アヤ・サイジョウはそもそも軽傷のみだったのでメイ・コートに付き添ってます」

「メイの両腕は?」

「くっつきはしたようです。ただ……」

 

 ただ、腕がくっついたからといって。

 

 彼女がアークス活動を続けるかどうかは、別問題だ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「お見舞いってフルーツバスケットでよかったのかな。花とかのほうが……」

「メイ先輩は花より団子でしょう」

「……それもそうね」

 

 メディカルセンターの廊下を歩く、少女が二人。

 

 リィンとシズクだ。

 先輩の病室目指して、並んで歩いている。

 

「しかし、ホントなんでシズクまでメディカルセンターのお世話になってるのよ」

「うばば……えーっと、知恵熱? かな。あたし自身も良く分かってないんだけど……」

「ふぅん? ……あ、ここじゃない? メイさんの病室」

 

 話しながら進んでいると、メイの病室前にたどり着いた。

 

 802号室。

 受付で聞いた通りの部屋番号だ。

 

「んじゃま、早速お邪魔しまー――」

『だ、駄目だよアーヤ、こんなところで……』

『うふふ、いいじゃない、こんなところだから、でしょ?』

「ん?」

 

 部屋の中から、艶やかな声がした。

 

 メイと、アヤのものだ。

 思わずシズクは扉の取っ手を掴んだまま固まった。

 

『ほら、こんなに硬くなってる……』

『や、やめてよアーヤ……』

「な、な、な……びょ」

 

 病院で、何やっとんじゃー!

 と、いう心の叫びを我慢する。

 

 ここは病院なのだ、騒がしくしてはいけない。

 

「どうしたの? シズク、入らないの?」

「う、うば……い、いや、その……」

 

 前門の色欲、後門の無垢。

 虎や狼よりも厄介なものに板ばさみにされて、流石のシズクも言葉が接げないようだ。

 

(ん? い、いや待てよ……!?)

 

 刹那。

 シズクに閃きが舞い降りた。

 

(本当に、この扉の向こうで先輩たちが如何わしいことをしているのだろうか?)

(誤解しているのは、あたしの方じゃないのか……?)

 

 漫画やアニメでよくある手法だ。

 いやらしいことをしていると見せかけて、実は耳かきしてただけでした的な思春期(はつじょうき)の若者を弄ぶかのようなあれだ。

 

(つまり、先輩たちはいかがわしいことをしていない。ただ誤解されるような『何か』をしているだけの可能性が高い……!)

 

 そもそも、ここは病院である。

 公共施設である。

 

 先輩たちは、そんなところでR-18行為をするような常識はずれでは無い筈だ……!

 

「……よし」

 

 完璧な理論だ。

 一部の隙も無い。

 

 シズクは「失礼します」と一言言ってから。

 

 扉を開けた。

 そして閉めた。

 

「? シズク、何で今一瞬開けて閉めたの?」

「…………リィン、ちょっと喉が渇いたからあそこの自販機でジュース買ってからにしない?」

「え? え? ちょっと、シズク?」

 

 死んだ魚のような目でリィンを廊下の端にある自販機へと追いやりながら、シズクは心の中で呟く。

 

 何だ、全然元気じゃないか、と。

 

 

 

 

 

 

「良く来てくれたね、ありがとう」

 

 数分後。

 自販機で適当なジュースを買って時間を潰した後、無事病室に入室した二人を澄ました顔で歓迎するメイであった。

 

「いえいえ、先輩のお見舞いなんですから、当然ですよ」

 

 先輩らの服が微妙に乱れていることには触れず、シズクは笑顔でフルーツバスケットを差し出す。

 

 常識は知っているが守らないのスタンスが基本であるシズクだが、今回ばかりは常識に則るしかなかった。

 親の性事情に踏み込みたい子供なんて、いるわけないのだ。

 

「貴方たちの怪我は大丈夫なの? シズクは倒れたって聞いてるけど……」

「大丈夫ですよアヤ先輩! この通りピンピンしてます!」

「同じくです。元々ムーンアトマイザーがあれば治る程度のものでしたからね……それより」

 

 リィンが、ベッドに上半身だけ起こして横たわるメイを見る。

 正確には、メイの包帯に巻かれた両腕を、見る。

 

「くっついてよかったですね。メイさん」

「本当にな。とはいっても、今は全く動かせないんだけどね」

 

 自嘲気味に笑いながら、メイは両腕を動かそうと身体を捻る。

 しかし、両腕はぴくりとも動かなかった。

 

「麻酔でも効いてるんですか?」

「いや、切断面がぐちゃぐちゃ(・・・・・・)だったからな……くっついただけでも奇跡らしい。一年くらいはリハビリ生活だってさ」

「うばー……まあ治るだけでも御の字ですね……」

 

 フルーツバスケットからリンゴ一つと包丁を手に取り、シズクはリンゴを剥きだした。

 職人芸とも呼べるような速度で剥かれたリンゴは、あっという間に食べ頃サイズに切り分けられ、皿に盛られていく。

 

「はい、どうぞ」

「ありがと。はいメーコあーん」

「あーん。んぐ、んぐ……それよりもさ、戦技大会だよ戦技大会。二位って凄いじゃん二人とも」

 

 両手が使えないので当然のように『あーん』をされながら、メイは二人を褒めるようにそう言った。

 

「流石に実力や運でどうにかなる問題じゃ無さそうだから……シズクがまた何かやったのかしら?」

「うばばー、アヤ先輩鋭い。ですが半分正解ですね」

「半分?」

 

 アヤが首を傾げた。

 シズクの直感が異常なレベルの冴えを見せることがあるということを知っているが故の予想だったが、間違っているなら兎も角半分とはどういうことか、と。

 

「もう半分は、リィンが予想以上に成長していたことですね」

「!」

「ほお」

「正直リィンはもうベリーハードでも通用すると思います。コフィーさんに申請しても通るんじゃないかと」

 

 勿論シズクのこの意見は、身内びいきなどではない。

 

 事実、リィンの実力は【コートハイム】内でも既にトップだ。

 ファルス・ヒューナルによる全力の一撃を、致命傷を受けたとはいえ耐え切ったのがその証拠といえよう。

 

「ちょ、シズク……そんなに急に褒められると照れるんだけど……」

「うばば、いいじゃん事実なんだしー」

「もぐもぐ……成る程ねぇ、確かにシズクの直感とベリーハード級の実力者が組んでハード難易度に挑めば、そりゃ二位でもおかしくないな……ごくん」

 

 リンゴを咀嚼しながら、メイは納得するように頷いた。

 

 とても嬉しそうで、少し寂しそうな顔をして。

 

(……?)

「初めて会ったときはプレディカーダに苦戦してたのにねぇ、成長したわねリィン、シズク」

「ま、まあ成長してるって言われること自体は嬉しいですけどね」

「メイ先輩の腕が治るのは一年後でしたっけ。それまでにはスーパーハードも行けるようになっちゃうかもねー」

 

 メイ先輩が不在の間、【コートハイム】はお任せください、と。

 

 シズクは無い胸を張る。

 

 ……が、【コートハイム】の主たるメイは、ゆっくりと首を横に振った。

 

「……いや、その必要はないよ」

「うば?」

「……?」

 

 シズクとリィンが、首を傾げる。

 メイが何故首を横に振ったのかが、理解できないかのように。

 

「……その、だな」

「メーコ、辛いなら私が……」

「いや、ウチが言うよ……うん、言うさ」

 

 すぅっと、一つ深呼吸をして。

 メイは貼り付けたような薄い笑顔で、言葉を紡ぐ。

 

「――【コートハイム】は解散する」

「………………へ?」

「…………うば?」

 

 シズクとリィンは、目を見開いた。

 

「なん、何、で……」

「色々理由はあるけれど、一番の理由は貴方たちの『一年間』を奪いたくないから」

 

 『一年間』。

 シズクとリィンを、【コートハイム】という主不在の弱小チームに縛り付けることになることは。

 

 メイにとって、アークスにとって、看過できることじゃない。

 

「それに一年でリハビリを終えたとして、ただでさえ才能の無いウチが復帰したところで大した戦力にはならない」

「そんな……ことは……」

「お世辞はいいよ。ウチの才能の無さはウチが一番知っている」

 

 自嘲気味に、メイは笑う。

 

 いつだったか、メイだけが戦闘中意識的に雑談をするようにしているという話をしたことがあると思う。

 

 その理由は、唯一つ。

 メイが、【コートハイム】にて一番――才能が無いからだ。

 

「こんなウチのために、才能溢れる貴方たちの一年を棒に振るわけにはいかない」

「そん、な……自虐はやめてくださいよ。何キャラですか、メイ先輩……あたしたち、家族じゃないですか……そんなの気にしないでくださいよ……!」

「シズク。家族ごっこは――もうお仕舞いだ」

 

 シズクが、来客用の椅子から立ち上がった。

 

 目を見開いて、泣きそうな顔で、メイを睨む。

 

「家族……ごっこ……!?」

「…………」

「そん、な……心にも無いこと言わないでくださいよ!」

 

 ぼろぼろと、シズクの目尻から。

 涙が溢れてきた。

 

「貴方が一番【コートハイム】が好きで! 貴方が一番家族を欲しがっていたじゃないですか!」

「…………」

「一年くらい大したことないですよ! あたしたちはそれくらい待ちますよ!」

「…………」

「それに、もしかしたら腕が使えなくても……そう、脚だけで戦えるような(・・・・・・・)武装だって開発されるかもしれないし……! そうしたら一年待たなくても先輩だって戦えるようになれるし……!」

「シズク」

 

 涙を流し、必死にメイを引き止めるシズクを止めたのは、リィンだった。

 

 彼女の裾を引っ張って、彼女の名前を呼ぶ。

 

「リィ、ン……リィンも言ってやってよ! この馬鹿先輩に……!」

「シズク、察してあげなさいよ、得意技でしょう」

「…………!」

 

 リィンに言われて、シズクは口を閉じてメイを見つめる。

 

 でも、それでも。

 シズクには、何も分からなかった。

 

「……っ。察するって……何を?」

「分からないの? 珍しいこともあるものね」

 

 シズクには、分からない。

 リィンの言っている意味が、分からない。

 

「……今この場で、一番辛いのは誰かってことよ」

「今、この場で……」

 

 溢れる涙で掠れる視界を、袖で拭ってシズクは再びメイを見る。

 

 よく見れば。

 

 メイは震えていた。

 

 気丈に微笑みながら、震えていた。

 

 今一番、辛いのは誰か。

 そんなの、見るまでも無く明らかだった。

 

「…………っ。ぅ……ぅううううううう」

 

 シズクの目から、滝のように涙があふれ出る。

 何か話そうにも、声が詰まって音にすらならない。

 

「……メイさん、アヤさん」

「……ん?」

「……何?」

 

 リィンは、泣かない。

 一滴の涙すら流さずに、言葉を紡ぐ。

 

「私たちは、本当の本当に、貴方たちを家族のように思えていました。【コートハイム】は、間違いなく、私たちの『帰る場所』でした」

「…………」

「今まで、ありがとうございました。このご恩は、一生忘れません」

 

 リィンは、深々と、頭を下げた。

 その身体もまた、少し、震えている。

 

「ぅぁ……! ふー、はー……あ、あたしも! あたしも、同じです……! おんなじ、気持ちです……ぐすっ……今まで、ありがとうございましたっ!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、シズクもまた頭を下げた。

 

 そんな、二人の姿に、メイは微笑んだ。

 精一杯、頑張って、笑った。

 

「ありがとう、本当にありがとう……そう言ってくれて、ウチの夢は叶ったよ」

 

 だから、笑顔で。

 彼女は笑顔で、感謝を示す。

 

「嗚呼――ウチは本当に、幸せ者だ」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、失礼します」

「またお見舞いに来ますからねー」

 

 ばたん、と病室の扉が閉まった。

 

 後輩二人は、今日のところはお帰りだ。

 病室には、メイとアヤの二人だけ。

 

「はー……何というか本当に、良い子たちだったなぁ」

「本当。私たちには勿体無いくらいだったわね」

「実際、勿体無かったでしょ。あの子たちは、もっと強くなる。こんなところで燻ってていい才能じゃあなかったさ」

 

 だからいずれ、こうなってただろうよ、とメイはベッドに倒れこみながら呟いた。

 

「あー……最後に、あんなことも言ってくれちゃってさ。本当に家族だと思ってくれていたとか、嬉しいこと言ってくれて……」

「……メーコ」

「やめてほしいよね、ホント。だって、ウチはさぁ、今さぁ……」

 

 ぽろり、と一粒。

 メイの瞳から、涙が零れた。

 

「涙だって、自分で拭けないんだから……!」

 

 ぼろぼろと、零れていく。

 大粒の涙が、際限無く零れていく。

 

「…………」

「楽し、かったな。……本当に、あの子たちと一緒に居るのは楽しかった。でも、でもさぁ……!」

 

 せき止めていたダムが決壊したように、メイの涙は止まらない。

 

 でも、止める必要だって、無い。

 

「『わたし』は、もっと遊びたかった! もっと冒険したかった! まだ、全然足りない! もっともっともっと、色んなところにあの子達と一緒に行きたかった!」

「……じゃあ、そう言えばよかったじゃない。あの子達なら、きっと一年くらい待っててくれたわよ」

「駄目だよ! それは駄目……! あの子たちは、本当に凄い子たちだから……いつかきっと、絶対凄いアークスになるから……!」

 

 鼻水を垂らして、涙で枕を濡らして、見ていられないくらい顔をぐしゃぐしゃにしても。

 

 メイは、そこだけは譲らなかった。

 

 彼女らの成長を妨げることだけは、絶対に許さない。

 

 例えそれが自分の手から離れることになろうとも――だって、それが。

 

 父親という、ものだろう。

 

「だけどごめん……今は、泣かせて……本当は、笑っていたいのに……涙が、止まらなくて……!」

「うん、うん……好きなだけ、泣きなさい。またあの子達と会う時、笑顔でいればそれでいいわ」

 

 今は、私しか見てないから。と。

 アヤもまた、涙で頬を濡らしながら、動かないメイの手をそっと握った。

 

「……う、ぅぅううううううううう、あぁああああああああああああ!」

 

 

「…………」

「…………」

 

 その、慟哭を。

 その、嗚咽を。

 

 扉一枚隔てた向こう側で静かに聴いていた後輩二人は、やがてどちらとも無く歩き出した。

 

「…………」

「……ぐすっ……すん……」

 

 メディカルセンターの廊下を、リィンは泣かずに、シズクは泣きながら、二人は歩く。

 

 無言のまま、歩く。

 

「……っ……ぅぅ……」

「……ねえ」

 

 メディカルセンターを出て、まだ人が少ない時間帯のゲートエリアを、歩く。

 そこで、ようやく無言を破るように、リィンが声を出した。

 

「……格好いい、先輩だったね」

「……うんっ」

「私たちも、あんな風になれるかなぁ……」

「…………わかんない」

 

 それだけ話して、二人はまた無言に戻った。

 

 何も話さないまま、ゲートエリアを抜け、ショップエリアへ。

 

 そしてショップエリアにある、ベンチに来たところで、リィンが足を止めた。

 

 一歩後ろを歩いていたシズクの方に、振り返る。

 

「……ほら、シズク、いつまで泣いてるの?」

「ぐずっ……だってさ……」

「だってじゃないでしょ、ほら、涙を拭いて……」

「逆にさ……」

 

 服の袖で涙を拭って、シズクはリィンと目を合わせる。

 

 海色の瞳で、彼女を見つめる。

 

「何で、リィンは泣いてないの?」

「……っ」

「悲しくないの? 寂しくないの? 辛く、ないの? リィンにとってチームの解散は、涙を流すほどの価値すらないの?」

 

 責めるような、シズクの口調。

 だがリィンは、誤魔化すように口元を歪めた。

 

「そんなわけ、ないじゃない。私だって悲しいし、寂しいし、辛いわよ」

「じゃあ何で泣かないのよ! 辛いなら、泣きたいなら泣けばいいじゃない!」

「…………貴方が泣いているからよ、シズク」

 

 まだ、溢れて止まらない。

 シズクの涙を指で拭いながら、リィンは答える。

 

「メイさんは、私たちに歩みを止めて欲しくないから【コートハイム】を解散した……だったら、貴方が泣いて、そして私も泣いていたら、前に進めないじゃない」

「…………」

「だから、貴方が泣いてくれればそれでいいの。私は、泣かない」

「嘘吐き」

 

 リィンの言葉を、シズクは全て否定した。

 

 嘘吐き、と一言で切り捨てた。

 

「嘘吐き! そんなんじゃないくせに! そんな理由じゃないくせに! 何で!? 何でなんだよ! メイ先輩も、アヤ先輩も! リィンも! 訳分かんない! 何でそんなに泣きたくないの!? 泣くところを見せたくないの!?」

「…………」

「泣きたいなら泣けばいいのに! 我慢してんじゃねーよ! アークスだから? 兵士だから? 戦争中だから? それ以前に、あたしたちは女の子なんだよ!」

「……シズク」

 

 シズクの叫びは、正しい。

 リィンだって、泣きたければ泣けばいいと思う。

 

 女の子なんだから、泣いたっていいと思う。

 

 それでも。

 

 それでも、リィンは、泣かない。

 涙を、流さない。

 

「…………」

「リィンは……出会った日から、『そう』だった」

「……そう、ね」

「ずっとずっと、泣きそうなくせに、全然泣こうとしない」

「……ええ、だって」

 

 リィンは、泣きそうな、辛そうな、嬉しそうな、苦しそうな。

 

 そんな、複雑な表情で、口を開く。

 

「私は、『アークライト』だもの」

 

 その表情から、シズクはリィンの胸中を察せ無い。

 

 決して、察することはできない。

 

 シズクの能力の制限――その2。

 シズクは、『複雑な感情』を察することはできない。

 

 尤も、この制限はシズク自身も知らないものだが。

 

「…………っ」

「ねえシズク。この場所、憶えてる?」

 

 言って、リィンはベンチを指差す。

 

 憶えている、だって、ここは……。

 

「そう、私たちが、パートナーカードを交換したところ」

「…………うん、忘れるわけ、ないじゃない」

「だから、言うならここでと思ったの。ナベリウスで助けてもらった場所は、行ってもいいけどちょっと時間かかるし」

 

 リィンは、変わらず泣きそうで、辛そうで、嬉しそうで、苦しそうな表情で。

 シズクに手を差し出した。

 

「シズク」

「……なあに、リィン」

 

「私と貴方で、新しいチームを作りましょう?」

 

 




はい。ということでEP1完結。
次回からはEP2に入ります。

ヒューナルさんはVHADで責任を持って私がフルボッコにしてきます。

次回、EP2第0章『エンド・クラスター』。
乞うご期待。


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Episode2 序章:闇き解放
エンド・クラスター


EP2開幕です。


 時は、少し遡る。

 

 A.P.238/4/1。

 【巨躯】との決戦後、アークスシップ残骸上。

 

「ふ……ふはは……ふはははっ! この我を押し返したか……!」

 

 赤黒い宇宙(そら)に、笑い声が木魂する。

 

 声の主は、ダークファルス【巨躯】。

 今しがた、アークスによって撃退された当事者だ。

 

「かの惑星で我を押しとどめた者。そして、今……」

 

 視線の先には、復興作業を進めるアークスシップの姿。

 好敵手を見つめ、【巨躯】は嬉しそうに、愉しそうに嗤う。

 

「くふふっ、ふははははっ! いいぞ……楽しいぞアークス! それでこそ、戻ってきた甲斐がある!」

「ようやく戻ってきたと思ったら、いきなりやられちゃった上に、さらにそれで大喜び?」

 

 そんな【巨躯】の背後から、女の声がした。

 

 【巨躯】は悠然と振り返ると、そこには。

 

 毛先が闇色に染まった、金髪の麗人。

 『リン』とアフィンが戦技大会で出会った、あのダークファルスの姿があった。

 

「……誰だ、貴様は。――いや、この感じには覚えがある」

「…………」

「そうか、貴様、【若人(アプレンティス)】か。その姿は、新しい容れ物だな」

 

 【若人】と呼ばれたダークファルスが、妖艶に笑った。

 

「そういうこと。もっとも、新しいって言っても十年は経ってるけどね」

「そちらの気に喰わん二人組は……【双子(ダブル)】だな」

 

 いつの間にか。

 薄い紫色に染まった白髪の子供が二人、そこに居た。

 

 左右非対称であることを除けばまるで同じ――まさしく双子のようなダークファルスだ。

 

 【巨躯】が気に喰わないと称したその顔は、無邪気が故の邪悪が溢れている。

 

「はっ、くははっ! 揃いも揃って我を出迎えとは、感謝感激痛み入る! ……だが」

 

 まるで王様か何かのように偉そうな口上を述べた後、【巨躯】は振り返る。

 

 これまたいつの間にか背後に居た、『仮面』を付けたダークファルスを、睨む。

 

「ソイツは誰だ」

「…………」

 

 【仮面】は答えない。

 代わりに、【若人】がその問いに答えた。

 

「新参の子。とりあえずあたしは【仮面(ペルソナ)】って呼んでるけど?」

 

 馴れ合う気は、無いのだろう。

 【仮面】は黙って振り返ると、そのまま歩き出す。

 

 

 ――その、瞬間だった。

 

「……っ?」

「むっ」

「?」

「ん?」「あれあれ?」

 

 その場にいるダークファルス全員が、一斉に同じ方向へと振り向いた。

 

 まるで、何かを感じ取ったように。

 まるで、ダークファルスにしか感じ取れない何かがいきなり生まれたように。

 

 【巨躯】も、【若人】も、【双子】も、【仮面】も。

 全員一斉に、まるでダークファルスの本能に惹かれるようにその場を去った。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 惑星ナベリウス・森林エリア。

 

 その一角に、巨大な百合の花が咲き誇っていた。

 

 否――百合ではない。あくまで百合に似ているが、別物の禍々しきオブジェクトだ。

 

 そしてこれは当然、ずっとこの場に咲いていたわけではない。

 

 今この瞬間に、突然生まれた『異物』である。

 

「……妙な感じがした正体は、これ?」

 

 そこに、まずダークファルス【若人】が現れた。

 怪訝そうにしながらも、臆することなくそれに近づいていく。

 

「ふむ……これはこれは……」

「…………」

「……なぁに? これ」「なんだろうね、これ」

 

 続いて、【巨躯】に【仮面】、【双子】もその場に姿を現した。

 全員、躊躇うことなくその百合花に近づいていくのは流石というべきか。

 

「ダークファルス? に似た気配を感じるわね、一体――」

 

 とりあえず壊してみようかしら、なんて物騒なことを考えながら【若人】が花弁に手を伸ばした――。

 

 そのときだった。

 

『――――』

 

 花弁が、くぱりと割れた。

 グロテスクに、赤黒い何かを撒き散らしながら、割れた。

 

 そして、中から。

 

 真っ白な、女の子が姿を現した。

 

「…………」

 

 絹のような白く長い髪、輝くほど綺麗な白いドレス。

 人形と見間違うほどの、白い肌。

 

 そんな少女が、血よりも赤い瞳を開けて、ダークファルスたちを見渡した。

 

 そして、首を傾げて一言。

 

「……うば? 此処は何処? あたしは誰?」

「…………それはこっちが聞きたいわよ」

 

 【若人】が、白い少女に近づいた。

 

 いつでも武器を取り出せるようにして、警戒しながら。

 

「あんた、何? 気配はダークファルスみたいだけど、白いわね」

「…………っ!?」

「……?」

 

 近づいた【若人】を視界に入れた途端、白い少女は目を見開いた。

 

 妙な反応をする少女を警戒して、【若人】は一歩後ろに下がる。

 

「【若人】よ、この娘は記憶喪失のようだ。……出自を問うても無駄であろう」

「……っ、分かってるわよそんなこと。一応訊いただけよ」

「貴女は……」

 

 揚げ足を取られて【巨躯】を睨む【若人】に、白い少女は声をかける。

 

 良く通る、澄んだ声色だ。

 

「貴女は、何者なの?」

「あたし? あたしはダークファルス【若人(アプレンティス)】。貴方もダークファルスだというのなら、同属だけど……」

じゃあ(・・・)、あたしもダークファルスだ」

 

 瞬間。

 少女の髪の先が、紫色に染まった。

 

 同時に、彼女から発せられるダークファルスの気配が強くなっていく……!

 

「っ!?」

「これで同属だね♪ 【若人】ちゃん!」

 

 『じゃあ』――などと気軽な感覚でダークファルスに成れる者など居るものか。

 

 居たとしても、それはダークファルス以外の――以上の『何か』でしかない。

 

 なのに屈託の無い笑顔で【若人】に笑いかける少女に、如何にダークファルスといえど一同は戦慄を隠せなかった。

 

 ただ一人――否、二人。

 【双子】を除いて。

 

「おやまあ」「これは凄いね」

 

 などと、意味深に呟いて。

 彼と彼女はいつものように邪気たっぷりの無邪気な笑顔を浮かべるだけである。

 

「……【双子】よ、貴様ら何かに気づいているな?」

「別にー?」「別に別にー?」

「…………ふん」

 

 そんな【双子】の態度に、【巨躯】は気にくわなそうに鼻を鳴らした後、この場を去っていった。

 この場に闘争は無い、と判断してのことだろう。

 

「さぁて、これからどうしようね?」「どうしようね、楽しくしたいね」

 

 続いて、双子もそんなことを言いながら、その場を去った。

 最後まで、にやにやとした笑みを崩さずに。

 

「しかしアプレンティスちゃんって呼びにくいね! アプちゃんって呼んでいい?」

「馴れ馴れしいわね! 殺すわよ!? 何でいきなりこんな懐いてくるのよ!?」

「一目ぼれ! もうね! 金髪ボインの悪役系お姉さんキャラなのに、何処かツンデレっぽい雰囲気を醸し出しているとか……たまらんですよ!」

 

 鼻息を荒くしながら、少女は【若人】に飛びついた。

 

 それを叩き落すように、【若人】は武器を振るう――が、素手で受け止められた。

 

「……はぁ!?」

「アプちゃーん! あたしと結婚前提に付き合わないかーい?」

「ああもう鬱陶しい! 離れなさい! この! ちょっと【仮面】! こいつ引き剥がすの手伝いなさい!」

「…………」

 

 【仮面】は、黙ってこの場を立ち去った。

 関わりたくなかったのだろうか――まあ、なんにせよ。

 

 これでナベリウスに残ったダークファルスは、最早【若人】とダークファルスになった少女だけである。

 

「うばーっ! 二人っきりだねアプちゃん! もうこれは愛を深めるしかないね! ぺろぺろぺろぺろぺろ」

「ちょっと! 変なところ舐めないでよ!」

「ちゅーっちゅーっ」

「吸うな! くっ、ああもう……殺す!」

 

 少女の首筋目掛けて、【若人】の武器が振り下ろされた。

 

 武器が首に当たった瞬間、何か硬いものにでも当たったような感覚と共に武器は壊れた。

 

「なっ…………あーもう、何なのよあんた!」

あたしが何(・・・・・)者かなんて(・・・・・)どうでもい(・・・・・)いでしょ(・・・・)?」

 

 とても良い笑顔で、そんなことを言い放つ彼女から。

 【若人】に、「確かにこいつはダークファルスだ」と思わせるだけの迫力が放たれた。

 

「あっぐっ……この……きょ、今日のところはこれで勘弁してあげるわ!」

「あっ!」

 

 一瞬の隙を突いて、【若人】は空間移動でその場を離れた。

 

 ナベリウス森林から、一瞬でリリーパ砂漠まで。

 

「もうっ、三流の悪役が言うような台詞を躊躇い無く使うアプちゃんも素敵! でも逃がさないよー! うばー!」

 

 それを追うように、白い少女もまた空間移動でリリーパ砂漠へ飛んだ。

 それと同時に百合の花のような物体も、罅割れて跡形も無く崩れた。

 

 まるで、少女が居なくなったことで存在意義を無くしたように。

 

 

 ――そう。

 

 これが、戦技大会の開催が延長された理由。

 ダークファルス六体分の反応が検出された理由である。

 

 『白い』ダークファルス――ダークファルス【百合(リリィ)】(【若人】命名)。

 

 彼女の存在が、アークスとダークファルスの戦争の結末を著しく変える原因になるのだが――。

 

 それはまだ、『誰も』知らない未来の話である。

 

 

 




『白い』ダークファルス――ダークファルス【百合】参戦です。

『自分が何者かなんてどうでもいい』彼女と、
『自分が何者かをずっと考えている』シズク。

対照的なのに性格はそっくりな彼女らは一体どういう関係なのかというのは……。

EP3でやるのでEP2の間は【若人】と【百合】のイチャイチャを書きまくります。



あ、あとチーム名の募集は締め切ります。決まったので。
ご協力してくれた人ありがとうございました。


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Episode2 第1章:舞散光翼
三つの大事件


伏線を貼りまくる回。
貼りすぎた感すらある。


「何よ……これ」

「こいつは驚いたねぇ……」

 

 惑星ナベリウス・森林エリア。

 

 ――”だったところ”に、ヒューマンの少女とキャストの女性が一人ずつ、立っていた。

 

「シャオ。これも『シズク』って子の仕業なの?」

 

 少女――サラは、耳に手を当てて、通信の向こう側にいる存在に問いかける。

 

 返ってきた答えは、「それを調べるために君たちにお願いしたんじゃないか」という子憎たらしいものだった。

 

「サラ、ここから先はアタシから離れるなよ」

「言われなくても頼りにしてるわよ、マリア……」

 

 キャストの女性――六芒均衡の二、マリアの傍に並び立ちながら、サラは前を向く。

 

 目の前に広がる、極彩色に変わり果てた元ナベリウス森林――『壊世区域』。

 

 本来の歴史ならば、まだ有り得ぬ筈の危険区域が、確かにナベリウスに顕現していた。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 A.P.238/5/1。

 【巨躯】との決戦から一ヶ月、そして【コートハイム】が解散してから約半月後。

 

 今、アークスには大きな話題が三つ到来していた。

 

 一つは、惑星ウォパルという新惑星の発見&その惑星から謎の救難信号が発せられたこと。

 一つは、惑星ナベリウスに突如出現した『壊世区域』と呼称される超高難易度エリア。

 

 そして最後に、アイテムラボ店員に新しく可愛い女の子が配属されるということ。

 

 そう。

 言うまでも無いことだが、この中で最も話題になっているのは最後の一つだ。

 

 アイテムラボ店員がドゥドゥだけでは無くなるというだけでもかなり衝撃的な出来事だというのに、女の子である。

 

 可愛い、女の子である。

 

 そんなのもう、わざわざドゥドゥに武器強化をお願いする理由は無くなったも同然だった。

 

「あら? 大分空いてるわね」

「うば、ホントだね」

 

 ショップエリア・アイテムラボ前。

 

 そこに、青髪の少女と赤髪の少女――つまるところリィンとシズクが姿を現した。

 

「ふっふっふ、何用かね」

 

 お客激減中だというのに変わりなく……むしろ心なしか機嫌が良さそうに、ドゥドゥはいつもの笑顔で二人を出迎える。

 

「新しい武器の強化をお願いします」

 

 言って、リィンはアイテムパックからソードを一本取り出した。

 

 アリスティン、と呼ばれる真紅の刃と白金色の刀身を持つ正統派の大剣(クレイモア)である。

 

「ほう、アリスティンか……」

「とりあえず+10まで……十回分よろしくです」

「ふっふっふ、任せたまえ」

 

 アリスティンを渡して、規定のグラインダーとメセタを払う。

 

 ザックスやブラオレットと比べると、レア度が上がっているので一回に支払う額が多い。

 加えて強化成功率も下がっているので、そこそこ時間のかかる戦いになりそうだ。

 

「じゃあ、あたしはその間にサポートパートナー貰ってくるね」

 

 そう言って、シズクはエステの方に駆けていった。

 

 サポートパートナーを、ようやくシズクも持つ気になったらしい。

 

「……サポートパートナーって、エステで貰えるんだ」

 

 正確には、エステにある整形用の仮想人体モデリング装置を利用してサポートパートナーの見た目を設定するのだが……それを知らないとかどうやってルインを手に入れたんだとツッコミが入りそうな呟きをしつつ……。

 

「あ、いたいた」

 

 聞き覚えのある声がする方に、振り返った。

『リン』の声だ。一体、何の用だろうか……。

 

「? 『リン』さ――」

「――よく、来てくれた」

 

 『リン』が声をかけたのは、リィンにではなかった。

 

 中央オブジェクトの前に、一人の女性が立っていた。

 

 纏め上げられた、黒い髪。

 研究者のように見える、白衣と眼鏡。

 

 何よりの特徴として、海色の光が渦巻く手足。

 

(それと――)

(シズクと同じ、海色の、瞳……?)

「素晴らしく運がいいな、君は」

 

 ドゥドゥの声に、ハッとリィンは視線を戻す。

 

 気づけば+9のアリスティンが出来ていた。

 惜しい。

 

「じゃあ続けて強化をお願いします」

「心得た。……ああ、そういえば」

「?」

「戦技大会、二位だったようだね。おめでとう」

 

 アリスティンの+を9から7に落としながら、ドゥドゥは祝辞を述べた。

 

「……は、はぁ、ありがとうございます。見てたんですか?」

「いや、最近ニュース等で結構取り上げられているのでね、ちょっとした有名人だよ君」

「あ、あはは……」

 

 そう。

 戦技大会で二位を勝ち取って以来、某情報屋とかから取材をされたりテレビで戦技大会の映像を繰り返し流されたりでやけに有名になってしまったのだ。

 

(有名になるのは別にいいんだけど……)

(紹介のされ方が『ライトフロウ・アークライトの妹』なのがなぁ)

 

 なんて、本人しか気にしていないことをこんなおっさんに言ってもしょうがないので曖昧に笑うしか無いリィンであった。

 

「おっ、ふっふっふ、成功のようだね」

「ありがとうございます」

 

 無事+10になったアリスティンを受け取って、リィンは振り返る。

 

 『リン』に改めて助けてもらったお礼でも言おうと思ったが、何だかまだ話しているようだ。

 

 さっきの白衣の女性と、『リン』と、”妙な刺青を左目に施した白いスーツの男”の三人で。

 

「…………また今度でいいか」

 

 若干コミュ障入っているリィンに、割り込んで会話に入るなんて真似できるわけもなく。

 

 リィンはシズクがいるであろうエステの方に足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「あれが、ルーサー……フォトナーの、長」

 

 ショップエリア・展望台。

 ”妙な刺青を左目に施した白いスーツの男”――『ルーサー』が『リン』とシオンの前から立ち去ったのを見て、クーナは呟く。

 

 その声に、友好的なものは一切無く。

 むしろ、怒りと恨みが籠もっているようだ。

 

「正しくフォトナーと呼べるのはもう彼だけでしょうから。まあ、間違ってはいませんね」

 

 クーナの隣で、相変わらずの胡散臭い笑みを浮かびながらそう言ったのは、いわずもがなカスラである。

 

「他のは全て、フォトナーになりたいと願う研究者が、背伸びしてそう言っているだけにすぎない……巨躯の封印解除に、造龍の離反。目論見のズレが目立って苛立ったかとうとう姿をみせてきましたね……しかし」

 

 カスラは、展望台から丁度見下ろせる場所で立ち尽くす『リン』を見る。

 

 この距離だと、表情は見えない。

 

「最初の接触相手があの人とは……どういう因果なのでしょうね」

「……そんなのどうでもいい。わたしは、わたしとハドレッドの運命を狂わせた相手を討つだけ」

「……クーナさん。『リン』さんが鍵です。わかっていますね」

「わたしはわたしのやり方で、戦います」

 

 諭すように放たれたカスラの言葉を、クーナはドスの効いた声で一蹴する。

 

「貴方と馴れ合うつもりはありませんよ。六芒均衡……いえ、三英雄カスラ」

「…………」

「それより、貴方の方こそわかっているんでしょうね」

 

 始末屋モードの、冷たい視線と鋭い口調でクーナは言い放つ。

 確認のため、というより、釘を刺すように。

 

「ええ、わかっていますよクーナさん。全てが終わったら、この首、この命好きなように扱ってください……そういう契約ですからね。貴方にもそれだけのリスクを背負わせていますし、約束は守ります」

 

 全てが終わったら、命を好きにしても良い契約。

 そんなものを結んでいるにも関わらず、カスラの態度や口調はまるで変わらない。

 

 全てを受けて入れているような、そんな顔。

 

「……気に入らない。全てを受け入れているようなその顔。貴方の目的は、何なんですか」

「今のところは、貴方と同じですよ」

「…………」

 

 何も、見えない。

 クーナには、この男の考えていることが何一つ分からなかった。

 

 なら。

 

「……分かりませんね。貴方の考えていること」

「そんなに警戒することではありませ――」

「なのでシズクを呼びましょうか。サインで釣ればすぐ来るでしょう」

「さて私はここで失礼しますいやぁ忙しい忙しい」

 

 クーナが端末を触りだした瞬間、早口でそう言ってカスラは逃げた。

 

 ダッシュで逃げた。

 

 六芒均衡にあるまじき逃げ足だった。

 

「…………ふふん」

 

 苦手で嫌いな男に、有効すぎる対抗策を得たことを実感して、クーナはにやりと笑う。

 

 これもまた、アイドルにあるまじきゲスな笑顔だった。

 

 

 

 

 




早すぎる壊世区域の出現。
さりげなさすぎるルーサー登場。
シズク神回避。
平然とシオンを視認しているリィン。
さりげなく+9から+7に落とす鬼畜外道。
クーナちゃんのゲス顔prpr。

の、六本立てでお送りしました。


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猫耳メイドは最高故に

仮想人体モデリング装置は、ようするにPSO2でキャラメイクするときのあれです。

あと、エステがあるならシズクのバストサイズもなんとかなるんじゃないかという疑問もあるとは思いますが、そこについては安心してください。
AC消費コンテンツは、基本的に彼女たちが使うことはできません。

それと、チーム名の案を出してくれた方々ありがとうございました。
今回で結果発表です。


「ふぅ……」

 

 ショップエリア・エステ。

 

 その中にある整形用の仮想人体モデリング装置の前で、シズクは額の汗を拭きながら呟く。

 

「うっばっば……出来てしまった……」

 

 仮想人体モデリング装置。

 それは読んで字のごとく人体を仮想空間上で造形(モデリング)する装置だ。

 

 主な用途は、やはり整形時だろう。

 理想の自分を仮想空間上で作り上げ、それに沿って身体を作り変えるのだ。

 

 尤も今回シズクはそういう用途ではなく、サポートパートナーの作成に使っているのだが……、要領は同じである。

 

 理想の、サポートパートナーを作り出す。

 

 そうして出来上がったシズクのサポートパートナーは――。

 

「――リィンそっくりの、猫耳メイドサポートパートナー!」

 

 装置の画面内。

 そこには、頭に猫耳を付け、メイド服を着たリィンの姿があった。

 

 可愛い。控えめに言って可愛い。

 半ばネタで作ったというのに思ったより力が入ってしまって空前絶後のリアリティになってしまった。

 

 正直、このまま決定ボタンを押してこれでサポートパートナーの見た目を決定してしまいたい。

 

 だが、これをリィンが見たときどういう反応するかはお察しだろう。

 

「なんでこう……ノリと勢いの産物って上手くいくのかな……」

 

 せめて写真だけでも残しておこう、と写真を一枚撮り、初期化ボタンに手を伸ばす。

 

 が、直前で指が止まった。

 

「ぐっ……うばばばばばば」

 

 良い出来だ。

 本当に本当に、最高の出来だ。

 

 故に躊躇う。

 

 躊躇って、しまった。

 

「シズクー?」

「うばっ!?」

 

 遠くから、リィンの声がした。

 

 武器強化が終わったのだろう。

 エステ内に入って、こちらを探しているようだ。

 

「と、とりあえず初期化を……! ……う、うううううしたくないぃいいいい」

「今こっちから声がしたような……」

「ぅううううううう……うばああああああああああ!」

 

 時間も猶予も無い。

 心の中で血の涙を流しながら、シズクは指を振り下ろし――。

 

 

 ――決定ボタンを、押下した。

 

 

「…………あれ? 押し間違え――」

「あ、いたいたシズク。サポパ作り終わった?」

 

 背後から、リィンがシズクの肩にぽんと手を置いた。

 

「…………」

「? シズク? どうしたの?」

「……いや、何でもないよ……うん……終わった終わった」

 

 色んな意味で、とリィンに聞こえないように呟いて、シズクは装置の電源を落とした。

 

 これで数日後には猫耳メイドリィンのサポパが届く筈だ。

 ……届いてしまう、筈だ。

 

(マジでどうしよう……)

「それじゃあ、行きましょうか」

「え、あ、行くって何処へ?」

「何言ってるの、朝話したでしょう? メイさんのお見舞いと……」

 

 リィンはアイテムパックを開いて、テキストデータを取り出した。

 

 テキストデータのタイトルは、『チーム名案まとめ』。

 

「……二週間近く経っても決まらないチーム名の、相談よ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「まだ決まってなかったのかよ!」

 

 病室に、メイの叫び声が響いた。

 

 そう。

 【コートハイム】が解散してから二週間。リィンとシズクが二人でチームを新生することを決めてから二週間。

 

 二週間経って、まだチーム名が決まっていないのだ。

 

「なんか何時まで経ってもチーム設立の報告されないなぁ、とか思ってたらそっかー……チーム名かー……」

「うばば……面目ない」

「何だか私たちのネーミングセンスが噛み合わなくてですね……あ、これ一応候補です」

 

 二人で相談して候補までは出したメモを、メイに手渡す。

 

「ったく、頼られるのは嬉しいけどさ……えーと、何々……【レッドボックス】、【赤箱求求】【レアドロ恋恋】……この辺はシズク案か」

「良く分かりますね」

「分からいでか。それで、リィンの案が【紅蓮戦鬼(クリムゾン・オーガ)】、【漆黒の翼】【絶対零度(エターナルフォースブリザード)】……あー……」

 

 やっぱこういうセンスの子なんだなぁ……と生暖かい目で彼女の顔を見る。

 

 リィンは、『どうです、格好良いでしょう』と言わんばかりのどや顔を浮かべていた。

 

「……成る程ね、確かに二人ともネーミングセンスに関しては溝があるな」

「本当、ここまで乖離してるとは思ってませんでしたよ」

「シズクの考えた名前はレアドロに固執しすぎなのよ」

「それ言ったらリィンのは厨二過ぎでしょ」

「ちゅうに?」

 

 首を傾げるリィン。

 是非ともこのまま純粋に育って欲しいものだ。

 

「あー……それで、ウチにこの中から良いと思うものを選んで欲しいと?」

「それもいいんですけど、いっそのこと新しく考えて欲しいなって思いまして」

「んー……」

 

 そういうのは、時間かけてでも自分たちで考えた方がいいんじゃないかなーっと思うメイだったが、

 

 同時に後輩に頼りにされているのが嬉しくて、期待に応えてあげたいという気持ちが混ざって複雑な心境が彼女を襲っているのであった。

 

「……じゃ、三人で考えますか」

「はーい」

「うばーい」

 

 ようやっと少しだけ動くようになった腕で、メイは端末を弄る。

 

 宙に浮かぶ白いモニターに、お絵かきができるアプリを開いた。

 これをホワイトボード代わりにするのだろう。

 

「あ、そういえばアヤさんは今日いないんですね」

「アーヤは今日実家に呼ばれてる」

「うばー。まあ、娘がダークファルスに襲われたとあっちゃ親としては心配ですよね」

「ああいや、そうじゃなく。報告に行ったんだよ」

 

 ホワイトボードにアイデアを書き連ねながら、メイは答える。

 

「アーヤも、アークス辞めるから」

「……え?」

「うば!? 何で!?」

 

 目をまん丸に見開いて、シズクは立ち上がる。

 

 アヤは、無傷だった筈だ。

 アークスを辞める必要なんて無い筈だが……。

 

「……アーヤは、アークスとオペレーターを兼任してたけど、実はオペレーターとしての素質の方が高かったんだよね」

「……?」

「だから、オペレーター業に専念して貴方たちのサポートがしたいんだってさ」

 

 同じアークスとして、隣に立って戦うよりも。

 オペレーターとして、後ろからサポートすることを選んだ。

 

 言葉には出さないが、正直英断だろう。

 アヤ程度の才能じゃ、アークスとしてでは後輩二人に『追いつけない』だろうから。

 

「アヤさんが……そっか」

「うばばー、まさかの設立前から専属オペレーターゲット!?」

 

 オペレーターという職業は、アークス以上の素質と才能、それと努力が必要な職業である。

 なので絶対数も少なく、大手のチームですら一人居れば御の字といったレベルのレア度なのだ。

 

「ま、お礼は後で本人にしといて。それより今はチーム名だよチーム名」

「はーい」

「うばーい」

 

 気を取り直して、三人はホワイトボードに向かう。

 話は脱線してしまったが、今はチーム名決めの最中なのだ。

 

「とりあえず全員で一個ずつ案を出してこ」

「はいはいっと……早速できました」

「お、リィン早いね」

 

 リィンの書いていたホワイトボードが拡大され、三人の間にポンと置かれる。

 

「【焔色の銀河(カーマイン・ユニバース)】です!」

「…………」

「…………」

 

 こ、コメントしづれー!? と全く同じ事を心中で叫ぶシズクとメイであった。

 

 焔色=カーマインだっけとか、そもそも焔色ってどんな色だよ、とか。

 せめてシズクの瞳と同じ色の海色にしたほうが、とか。

 

 ツッコミどころが多すぎて、一体全体どうしたらいいのかまるで分からなかった。

 

「あ、あはは……ちなみに名前の由来は?」

「え? いや特に無いですけど字面が格好良いじゃないですか」

「……な、成る程」

 

 どや顔が眩しすぎて、直視できない。

 目が焔色に焼かれてしまいそうだ。

 

「あ、あたしも書けました!」

 

 変な空気になった場を切り裂くように、シズクが手を上げた。

 

 それに便乗するように、メイはシズクに指を刺す。

 

「おっ、シズクさんどうぞ!」

「えーっと……【AKABAKO】とかどうでしょうか! シンプルに!」

「それはちょっと……なんていうか無いわ」

「シズク、いくらなんでも安直すぎよ」

「うば!?」

 

 まさかの総攻撃に、即興で考えたアイデアと言えどショックを受けるシズクであった。

 

「ていうかそもそも、貴方たちの作るチームの『目的』はなんなの?」

 

 分かりやすく椅子の上で体操座りで落ち込んでいるシズクを尻目に、メイは二人に問う。

 

 チームというのは、単なる仲良し集団というだけでは決して無いのだ。

 勿論『家族のようなチームを作る』という目標のような、仲良くアークス業をやっていくこと自体を目的とするチームもあるが、実はそんなの稀である。

 

 『一緒に強くなりたい仲間だから』。

 『野良パーティを組むことに抵抗があるから』。

 『チームツリー目当て』。

 『兎に角交流の輪を広げたいから』。

 『大型チームとなって有名になりたいから』。

 

 チーム設立理由として多いのは、この辺りだろうか。

 

「目的……」

「それが無いなら、別に無理してチームを組む必要なんて無いんだよ? 同じチームじゃなくてもパーティは組めるし」

「…………」

「…………」

 

 それは二人とも、分かっている。

 

 それに、実のところチームを組む理由というのは『ある』。

 

 でも……。

 

「あー……それは、その……」

「なんというか、ですね……」

「……?」

 

 その理由というのは、何を隠そうメイ・コートとアヤ・サイジョウ。

 

 二人の先輩への、『憧れ』から自分たちもチームを設立しようと思い立ったなんて、本人の前では言えるわけも無かった。

 

「ちゃんと理由も目的もありますけど、メイさんに話すわけにはいきません」

「はい、話せません」

「ええー……? なしてよ」

「「どうしてもです」」

 

 声を揃えてはっきりという後輩二人。

 実はそこまで信頼されてないのかな、と割かし深刻な自己嫌悪に浸るメイであった。

 

「あっ、いや別に先輩が嫌いとか信頼してないとかじゃなくてですね。ただ単に恥ずかしいというか何というか……」

「……いや、いいよ大丈夫。うん、大丈夫」

 

 流石の察し能力でメイが落ち込んだのを察したシズクがフォローを入れたが、とき既に遅し。

 

 メイはすっかり落ち込んでしまったようだ。

 

「し、シズク、どうしよう」

「うばー……仕方ない」

 

 苦笑いを浮かべながら、シズクは椅子から立ち上がってメイのベッドに手を付いた。

 

 そうしてそのまま、口を彼女の耳元に近づけて、

 

 小声で、チーム設立の理由を述べた。

 

「…………」

「…………」

「…………な」

 

 一瞬。

 一瞬で、メイの表情は孫からプレゼントを貰ったお婆ちゃんのようにだらしなく歪んだ。

 

「……なんだよもー! 可愛いとこあんじゃんかよもー! いや元々可愛かったわもー!」

「うばー……いいからメイさんも案出してくださいよ」

「あっはっはっは! 照れるな照れるなってー! いやまあ超絶イケ()ンお姉さんのウチに憧れちゃうのはもうしょうがないとこあるから気にすんなってあっはっはっは!」

「いい加減うざいです」

「リンゴ投擲!?」

 

 リィンによって投げつけられたリンゴが、メイの顔面にクリーンヒットした。

 ちなみにこのリンゴは、お見舞い品として置かれていたものである。

 

「いたた……食べ物を投げちゃあかんよリィン」

「すいません。つい」

「許す! 何故なら貴方達なら目に入れても痛くないか――ちょ、リィン! 本当に指を目に入れようとするのやめて!」

 

 尚。

 リィンの頬は真っ赤に染まっており、前述の行動は全て照れ隠しである。

 

 こんなやり取りを数分続けた後、ようやく三人は話を戻した。

 

 閑話休題。

 メイと話していると会話が逸れまくるのは何とかならないものか。

 

「――さて、じゃあウチのチーム名の案だけど……」

「…………」

「…………」

「こんなのはどうかな?」

 

 三人の間に、メイのホワイトボードが展開された。

 腕がまだ上手く動かないが故に、字は歪んでいたが、どうにか読み取れるレベルだ。

 

「【ARK×Drops(アーク・ドロップス)】。アークライトのアークと、『(ドロップ)』を掛け合わせた感じね」

 

 メイの説明に、二人は思わず感嘆の息を零した。

 

 思ったより、マトモというか真面目というか。

 絶対一回はふざけてくると思ったのに、驚きだ。

 

「驚くとこ、そこかよ……」

「いや、でも良い名前だと思いますよ。アルファベットを使うのは私思いつきませんでした」

「うばー……確かに『アークス』や『レアドロップ』にも掛かってて良い名前だとは思いますが……」

 

 スッと、シズクはホワイトボードの中心を指差した。

 差した先には、ARK×Dropsの×部分。

 

「この掛け算って、『そういう』ことですよね?」

「……?」

「…………」

 

 リィンは首を傾げ、メイは黙ってこくりと頷いた。

 

 かあっと、シズクの頬が赤く染まる。

 

「や、やっぱりふざけてるじゃないですかー!」

「えー? フザケテナイヨー? だって普通なんとも思わないよー? ほら、リィンだって何がなにやらって感じだし」

「え? え?」

「リィンはリィンだからでしょー!? それになんであたしが後ろなんですか!?」

「いやそこは普通に考えて」

「普通に考えて!?」

 

「ねえ、シズク」

 

 ショックを受けているシズクの袖を、リィンが引っ張った。

 

 純粋無垢で、真っ直ぐな瞳で彼女は疑問を飛ばす。

 

「さっきから何の話してるの?」

「うぐっ……!」

 

 相変わらずこれは反則だ。

 

 誤魔化すしか方法は無い。

 

「私はこのチーム名で良いと思うけど、シズクは何か不満があるの?」

「う、うばばばば……いや、不満は無いです……良い名前だと思います」

「何故敬語……」

 

 こうして、リィンとシズクが設立するチームの名前は決まった。

 

 【ARK×Drops(アーク・ドロップス)】。

 目下、チームメンバー募集中である。

 

 




と、いうわけで【ARK×Drops】に決定いたしました。
沢山のご応募、本当にありがとうございました。


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失くしたもの

しばらくは投稿速度も話の内容もゆるゆるになります。

でもまあ一週間に一度ペースは守っていこうと思います。


「それじゃあ、そろそろお暇しますね。チーム登録申請もしなくちゃですし」

「あっと、外まで送るよ」

 

 チーム名を決めてから、一時間ほど雑談しただろうか。

 背を向けて病室から出てこうとする二人に、メイは声をかけた。

 

「いやいやいや、寝ててくださいよ」

「腕がちょっと動きにくいだけで他は異常無いよ。正直そろそろ退院できそうなくらい」

「だとしても別に送る必要は……」

「や、まあちょっと受付に用があるしついでにね」

 

 言いながら、三人揃って病室の外に出る。

 

 廊下特有のひやっとした空気が、頬を撫でた。

 

「べ、別にちょっとでも長くお話したいからとかじゃないんだからねっ!」

「何故ツンデレに……うば?」

「?」

 

 突然シズクが、メイの腕を手に取った。

 

 包帯以外巻かれていない――ブレスレットが付いていない右腕を。

 

「ブレスレット、取っちゃったんですか?」

「ん――あー、多分腕がちょん切られた時にどっか行っちゃった」

 

 残念そうに、というかばれちゃった、といった感じの表情でメイは言った。

 

「そう、なんですか」

「あっ、ナベリウスに探しに行くとかしなくていいからね! 今あの辺の座標は壊世区域になってるらしいし!」

 

 壊世区域。

 それは突如ナベリウスに顕現した異常地帯。

 

 あらゆる環境数値が異常であり、住んでいる原生生物も超強力になっていると噂の危険区域である。

 

 当然、シズクとリィンの実力では一瞬の内に原生生物の餌になってしまうだろう。

 

「……まあ、もう【コートハイム】は無いんだし。二人は気にしなくていいよ」

「…………」

「…………」

 

 シズクとリィンは、明らかに納得のいっていないという表情だった。

 

 ただ、新しく買うのもあれだし、取りに行くのは不可能だし。

 どうにもできないので、黙るしかないといった感じだ。

 

「はは、そんな顔するなって。折角の可愛い顔が台無しだぜ」

「わっ」

「ちょ」

 

 どん、とメイに後ろから押され、二人はメディカルセンター外に出た。

 

 いつの間にか、もう出入り口まで着いていたようだ。

 

「これから色々あるだろうけど……頑張ってな」

 

 キメ顔で放たれたメイの言葉に、二人は顔を見合わせた後、頷いた。

 

 そして、声を揃えて、言い放つ。

 

「「メイさん(先輩)、そのキメ顔は少しうざいです」」

「ほっとけ!」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「ああもう、いい加減にしなさいよー!」

 

 惑星リリーパに、女性の悲鳴が響き渡った。

 

 金色の髪に、赤い瞳。

 妖艶さを感じさせる黒きスーツのようなコスチューム。

 

 ダークファルス【若人(アプレンティス)】が、悲鳴を撒き散らしながらリリーパの砂漠地帯を駆け抜けていた。

 

「うばばー! 待て待てー! あ、これってもしかして憧れの浜辺で戯れる恋人たちのシチュエイション!? きゃー! なおさらやる気出てきた! まあ海岸は無いけどそこはそれ、地面は砂だしオールオーケー。待ってよー! アプちゃーん!」

 

 そして、ダークファルス【若人】をあろうことか『アプちゃん』と呼び、背後から追い掛け回す少女が一人。

 

 白い髪に、白いドレス。

 そして真紅の瞳を持った、『白い』ダークファルス。

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】。

 【若人】に一目惚れした恋する(ヤンデレ)ダークファルスである。

 

「くっ……! 来なさいダーク・ラグネ!」

 

 【若人】の呼びかけと共に、【百合】の目前の空間が歪んだ。

 

 瞬間、ダーカー因子を撒き散らしながら、一匹の巨大蜘蛛が出現した。

 

 『ダーク・ラグネ』。

 【若人】の使役する大型蟲系ダーカーの一体である。

 

 その強さはかのクォーツ・ドラゴンやファング夫妻にも並ぶと言われているが――。

 

「邪魔」

 

 一閃。

 【百合】の手の中に突如として出現した一振りの剣によって、ラグネは綺麗に二等分された。

 

 まあ、ダーカーがダークファルスに勝てるわけないので当然の結果ともいえるが、それにしても倒されるの早すぎである。

 

「ちょっとアプちゃーん! 愛に障害は付き物だから邪魔するのは構わないんだけど、弱すぎて邪魔になってないよー!」

「うっさいわね! 愛なんてダークファルスに要らないわよ!」

「えー? 愛こそダークファルスに相応しいと思うんだけどなー?」

「記憶喪失のくせに……!」

 

 【若人】の周囲に、濃いダーカー因子が集まっていく。

 

 砂漠に点在する岩石の上に駆け上り、背後から迫る【百合】を睨みつける。

 

「知ったような口、利いてんじゃないわよ!」

 

 極大のダーカー因子が塊となり、形を成していく。

 

 黒く立派で巨大な角。

 肩口から伸びた、四つの豪腕。

 

 これぞ【若人】が操る眷属の中でも最上のダーカー、『ダーク・ビブラス』。

 

 カブト虫を連想させるその姿は、一目で強大な存在だということが分かる存在感を放っていた。

 

「うばー!? こ、これは!?」

「その小娘を捻り潰しなさい! 我が眷属よ!」

「黒い角が男性器を彷彿させて不快ー! 消えてー!」

 

 【百合】がそう叫んだ瞬間、彼女の背後に六本の剣が顕れた。

 

 中心に金色の装飾を纏ったダーカーコアのような物体を持つ、金色と茜色の刀身を持った剣。

 

 それが、六本。

 右手に持ったさっきラグネを切り裂いたものを合わせて七本である。

 

「きしゃああああああああああああああ!」

「そんな卑猥な(もの)はー――」

 

 跳躍し、瞬時に【百合】はビブラスの眼前へと肉薄した。

 

「アプちゃんに、相応しくないっ!」

 

 そのまま、右手の剣を横一閃。

 ビブラスの立派な角は、根元から切り離された。

 

「きしゃっ……!?」

「そのまま、どん!」

 

 先ほど展開した六本の剣が、空から降り注ぐ。

 

 金色の剣はビブラスの装甲を容易く突き破り、完全にビブラスの身体を地面に縫いつけた。

 

「はい一丁あがり! さあアプちゃんは……」

「くっ……」

「いたー!」

 

 ビブラスを踏み台にして、【百合】は跳んだ。

 【若人】目掛けて、一直線に。

 

 そして、彼女の腰に抱きついた。

 

「うばー、やっと追いついたよアプちゃーん」

「はぁ……なんなのよ一体、何であたしがこんな目に……」

 

 抱きついてきた【百合】の頭を除けようと押しながら、【若人】はため息を吐いた。

 

 もう逃げるのは諦めたようだ。

 実際疲れるだけで逃げ切れるものではないので正しい判断だろう。

 

「はぁはぁ、アプちゃんの手のひらペロペロ」

「一々舐めるな!」

 

 舐められた手のひらを【百合】の服で拭い、その後チョップを彼女の頭に繰り出す。

 

 しかしダメージは無い様で、【百合】は「うっばっば」と奇妙な笑いを漏らすばかりである。

 

「もー、可愛いなーアプちゃんはー」

「アンタに言われても嬉しくないわ……ていうか、生まれたばかりの癖にやけに強いわね、アンタ」

「んー? いや、アプちゃんが弱いんじゃない?」

 

 【若人】の顔が、引き攣った。

 そりゃそうだろう。誰だってこんなこと言われれば腹が立つのは当たり前だ。

 

「アンタねぇ……!」

「だって、アプちゃんから感じるダーカーの感じが凄く薄いじゃん?」

「……っ」

 

 【百合】の真っ赤で真ん丸な瞳が、【若人】の同じく赤い瞳を覗いていた。

 

 あまりにも真っ直ぐ見つめられて、思わず目を逸らす。

 

「薄い? あたしが? このダークファルス【若人】が?」

「うん、事情は知らないけど、この前一緒に居た変な双子とか、仮面のお姉さんよりダーカー! って感じがしないよ? 何で?」

(仮面のお姉さん?)

 

 あいつ女だったのか? なんて今はそんなことどうでもいい。

 

 ダーカーとしての気配が薄い、という理由の心当たりはある。

 今、【若人】は全盛期ではないのだ。

 

 『身体』を、封印されている。

 

 身体というのは勿論この美しいお姉さんの身体(うつわ)ではなく、ダークファルスとしての本体のことである。

 

 前の身体の時、とあるアークスによってここ惑星リリーパに力の大半を封印されてしまったのだ。

 

「……確かに、今のあたしは全盛期とは程遠いわ。憎たらしいアークスに、力を封印されてしまったのよ」

「封印を……ぺろり」

「胸元を舐めるな! ……ったく、それでこの星に力が封印されているから、今探しているところなのよ。分かったら邪魔しないで」

 

 【百合】の肩を押して、引き離……せなかった。

 がっちりと腰をホールドしていて、離せそうにない。

 

 しつこいわね……っとダーカー因子をその身に集めようとした瞬間――。

 

「じゃあ、手伝うよ」

「……え?」

 

 あっさりとした口調で、【百合】は言った。

 

「うっばっば、貧弱アプちゃんを無理やり押し倒すのも捨てがたいが、やはりあたしとしてはラブラブな路線が一番好きだし、アプちゃんの好感度を稼ごうかと」

「…………」

 

 なんという不純な動機なのだろうか。

 ある意味ダークファルスらしいと言える……のか?

 

 だがまあ【若人】としては有難い提案である。

 

 実のところ、『身体』探しはかなり難航している。

 

 器の探索能力が低いせいか、自分の力だというのに何処に封印されているのかが感じ取れないのだ。

 

 ダーク・ビブラスですら歯牙にかけない強さ。

 【若人】が弱っていることを見抜いた感知能力。

 

 どちらも、今【若人】が欲しいものだ。

 

(けど……)

「……?」

 

 ちらり、と未だに腰に抱きついている【百合】を見る。

 

 彼女は可愛い顔に満面の笑みを浮かべながら、首をかしげた。

 

(……貞操の、危機を感じる……!)

「うばー、どう? あたしの力は必要かい? まあ必要なくても貸すけど! 利子はマウストゥーマウスでいいよ!」

「……そうね、手伝ってくれるっていうのなら、手伝ってもらおうじゃない」

「うば!」

 

 きらり、と【百合】の瞳が光った。

 嬉しいという気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

 

「やったー! アプちゃんの傍にいるお許しが出たぞー!」

「…………ふん。早速だけどこの星であたしの力を感じる場所とか分かる?」

「んー…………多分、あっち」

 

 びしり、と【百合】は彼方へ向けて指を差した。

 

 あっちは……そう、惑星リリーパの『採掘基地』がある方面だ。

 

「ふぅん……本当に?」

「多分、ね。近くまで行けば、もっと正確に分かるかも」

「そう。じゃあ行きましょうか」

 

 ようやく離れてくれた【百合】に背を向けて、【若人】は彼女の指した方向へ歩き出す。

 

 その後ろを、生まれたての雛鳥が親鳥に着いて行くように、【百合】も歩き始めた。

 

「うばー♪ 本当に『身体』があったら褒めてねー!」

「はいはい」

「頭撫でてねー!」

「はいはい」

「暖房の効いた部屋で汗ぐっちょりの濃厚レズセ「貴方記憶喪失なのにどうしてそういう知識はあるの!?」」

 

 そんなのどうでもいいじゃーん、と楽しげに笑いながら、【百合】は子供のようにはしゃぎながら砂漠を駆ける。

 

「はぁ……」

 

 これからどうなることやら、と【若人】は【百合】の背中を見ながらため息を吐く。

 

 

 ――――力が戻ったら殺してやる、と。

 

 心に誓いながら。

 




マザー可愛いよマザー。
しれっとEP3までで完結しようと思ってたけどマザーが可愛かったからEP4も書くことが決定したよあーマザー可愛い。

マザーとシズクを対談させたい。
マザーとメイを合わせたい。
マザーをボウリングに連れてって、「演算、完了……!」とか言いながら投げたボールがガーターになってへこむマザーが見たい。
それか演算通りストライクを取ってどや顔するマザーが見たい。


あ、ところで勘違いされている方が多い?ようなので明言しておきます。
【百合】は性格こそシズクに似てますが、見た目は似てません。
どちらかというと、【百合】はマトイに似ています(白髪赤目ですし)。


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【番外編】クリスマス

ぎりぎりセーフ。
番外編は時系列を気にしたら負け。

なんだか最近スランプ気味で、筆の進みが遅いです。
まあ書き続けてればそのうち治ると思うけど、内容にも粗が出てたら申し訳ございません。


 ショップエリアの中央オブジェクトに、巨大な樹木が建っている。

 

 樹にはそれはもう色取り取りの電飾、宝石、雪のような綿がわんさかと付着しており、

 そして天辺には光り輝く星の冠。

 

 ようするに、クリスマスツリーがショップエリアに飾られているのであった。

 

「…………よし」

 

 12/24。

 クリスマス一色のショップエリアで、赤い髪の少女は何かを決心するように小さく呟いた。

 

 その手には、赤いリボンで結ばれたプレゼントボックス。

 

「今日は、クリスマスイヴ。この気持ちを伝えるには、絶好の日だ」

 

 赤い髪の少女――シズクは、自分に言い聞かせるように呟く。

 目を瞑って、胸に手を当てて、頬をかすかに赤く染めながら。

 

「プレゼントは買った、高級ディナーの予約をした……うん」

 

 告白の準備は、出来ている。

 

 後は、土壇場で勇気を振り絞ることができるかどうかと、リィンが今日明日予定が無いことを確認して遊びに誘うだけだ。

 

 まあ前半は兎も角、後半は問題ないだろう。

 彼女がクリスマスという行事を知らないかもしれない――という不安要素はあるが、それは説明すればいいだけの話だ。

 

 意を決して、端末を開きリィンのアドレスをタップする。

 

 数回のコールの後――通信機の向こうから聞きなれた少女の声が聞こえてきた。

 

『……もしもし?』

「もしもし、リィン?」

 

 心臓が高鳴る。

 声が上擦っていないか、少し心配だ。

 

「あ、あのさ、今日これから遊べない?」

『今日これから?』

 

 あー……っと、通信の向こう側から悩むような声がした。

 

 じわり、とシズクの背中に嫌な汗が伝う。

 

『…………』

「……り、リィン?」

『ごめん、無理』

 

 シズクの、表情が固まった。

 

「――え? え?」

『ほんとごめんなさいね、今日はちょっと用事が……』

「ちょ、ちょっと待って!? 用事!? 用事って何!? ま、まま、まさかクリスマスデート!? 誰と!?」

 

 ショップエリアのカップル達の視線が、シズクに突き刺さるがそんなもの気にせずに叫ぶ。

 

 もし本当にデートだったら、もう、なんというか、チーム解散の危機である。

 

「い、いいいい一体誰と!? 何時の間に?!」

『ちょ、ちょっとちょっと落ち着きなさいシズク。耳がキンキンするわ……』

「あ、ごめん……」

『別にデートとかじゃないわよ、今日は……そう、昔から試してみたかったことをやってみたいの』

 

 昔から試してみたかったこと。

 とりあえずデートじゃないと分かった瞬間、シズクは安堵するように息を吐いた。

 

「……昔から、試してみたかったこと?」

『うん、あのね……』

 

 少し恥ずかしそうに、リィンは言う。

 

 少しどころではない、恥ずかしい台詞を。

 

『……サンタクロースに、会ってみたいの』

「………………………………うば?」

 

 一瞬、リィンが何を言っているのか分からなかった。

 

 流石に、それは、そう。

 流石に、サンタクロースは実在しないことくらい知っていて欲しかった。

 

「え、あの」

『それで、サンタって夜に来るじゃない? いつも夜は寝落ちしちゃってて、一度も会ったこと無いのよね……』

「…………」

『だから今年こそはサンタを見るために、昼間の内に寝貯めしておくの!』

「…………」

 

 ああ、それ五歳くらいの頃やったなぁ……っと白目を剥きながらシズクは心の中で呟いた。

 

 クリスマスを知らない可能性や、サンタをまだ信じている可能性は考えていたが、これは予想の斜め上である。

 

『と、いうことで今から寝るから遊べないわ、ごめんね?』

「アッハイ」

『それじゃ、おやすみー』

 

 ぷつん、と通信は切れた。

 

 耳に当てていた手を、ぶらんと下げて、シズクはベンチに座り込む。

 

「…………うばー」

 

 どうしよう、これはどうしたらいいんだろう。

 全く考えが浮かばず、頭を抱えるばかりになったシズクの、

 

 端末が、通話の受信を伝えるように小さく鳴った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

 リィンのマイルーム。

 シズクと繋がっていた通信を切り、一息ついて枕を抱える。

 

「寝ますか」

「ちょっと待ってください」

 

 いざベッドにダイブしようとしたリィンを止める声が、一つ。

 

 ルインだ。

 紫の髪と紫の口紅が特徴的な、毒舌サポートパートナーである。

 

「何昼間っから惰眠を貪ろうとしているんですか」

「ルイン。いや別に惰眠というわけじゃ……」

「クリスマスなんですから、シズク様でも誘って何処か遊びに行ったらどうですか?」

「いやそれは断った」

「…………は?」

 

 何言ってんのコイツ、とでも言わんばかりの困惑した表情を見せるルインであった。

 

「は。え、いや、シズク様の誘いを断ってすることが、昼寝ということですか?」

「うん。サンタに会う為に、夜寝落ちするわけにはいかないからね」

「…………」

 

 絶句して、言葉を紡げない。

 

 ここまで無知だと痛々しくとも思える。

 いや、やっぱ普通に痛々しい。だってこの子どや顔とかしてるんだもの。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 そう言ってベッドに潜ってしまったご主人を侮蔑の目で暫く見つめていたルインだったが……

 やがて、ため息を吐きながら端末を取り出した。

 

 通話帳からシズクの名をタップし、通信を繋ぐ。

 

「あ、シズク様ですか?」

『? ルイン? どうしたの?』

「いえ、ちょっと今からウチ来て貰えませんかね?」

『え? でもリィンは寝てるんじゃ……』

「はい寝てますよ。でも問題ありません、すぐ出かけるので」

 

 待ち合わせ場所がここってだけですよ、とルインは主が眠るベッドを横目に言う。

 

 頭まで被った布団から、耳だけはみ出ている。

 

『そ、そう? じゃあ今から行くね……』

「お待ちしております」

 

 通信を切って、にやりと笑う。

 

 いつまでそうしていられるかな? と主を嘲笑うかのように。

 

 

 

「お邪魔しまーす」

 

 数分後、シズクがリィンの部屋にやってきた。

 

 寝ているであろうリィンに気を遣ってか声量は控えめだ。

 

「いらっしゃいませ、シズク様」

 

 ルインが、台所から姿を現した。

 シズクが来るまでに少しでもと台所仕事をしていたようである。

 

「や、ルイン。それで、何の用なの?」

「ははは、シズク様、クリスマスに女子が二人集まってすることと言ったら一つでしょう」

「?」

「ワタクシとデートに行きましょう」

 

 ぴくり、と寝室の布団が震えた。

 

「で、デート?」

「はい。どうやら我が主は寝てしまっているので、今のうちにシズク様との仲を深めようかと」

 

 妖艶な笑みを浮かべながら、ルインはシズクの手を取る。

 機械だというのに、思わずドキッとしてしまうような艶やかなしぐさだ。

 

「う、うば……」

「さ、行きましょう。大丈夫です、マスターへの書置きはちゃんと残してありますので」

「…………」

 

 ま、いいか、とシズクは頷いた。

 勿論リィンからルインに鞍替えするとかではなく、リィンが寝ているならこの後の予定が全部キャンセルというのと同義なので、暇を潰すという意味なら渡りに船なのである。

 

「ではまずはショップエリアのカフェでコーヒーブレイクは如何でしょう? その後はSGNMデパートでウィンドウショッピング、晩御飯はちょっとお高いお店でディナーを……」

「あ、それならあたしいい感じのお店を予約してあるよ」

「あら、準備万端ですわね。もしかして誰かと一緒に行く予定だったりしましたか?」

 

 皮肉げにそう言いながら、ルインは背後の寝室へと目を向ける。

 

 布団は大きく揺れており、確認などせずとも彼女が動揺しているのが目に取れた。

 

「うばば……まあ、もうキャンセルしようとしていたししょうがないや」

「あらまあ、シズク様の誘いを断るなんて無粋な方もいるんですねぇ」

 

 煽るような口調で言いながら、ルインはシズクの手を引っ張ってマイルームから出て行った。

 

 部屋には、布団に潜るリィンだけが取り残されることになる。

 

 

「…………」

 

 しばらくして、布団の中でリィンがもぞりと動いた。

 

 眠れない。

 元々昼間から眠れるような眠たい状態じゃなかったのもあるが、今みたいな話を聞かされたら寝るに眠れない。

 

「ルインのやつぅ……」

 

 呟いて、布団から這い出る。

 

 水の一杯でも飲もうかと思い立ったのだが、机の上に置かれた一枚のテキストデータが目に入った。

 

 そういえば書置きを残したって言ってたな、とそのテキストデータを手に取る。

 

「えーと、何々……『シズク様とデートに行ってきます。昼御飯と晩御飯は鍋にカレーが入っていますから温めて食べてください』」

 

 ちらり、と台所を見る。

 確かにそこにはカレーが入っているであろう鍋が置いてあった。

 

「…………ふぅん、主には作り置きのカレーを食べさせて、自分はシズクと良い店でディナー? ふぅん……ふふふ」

 

 いやまあ、寝るといったのは自分だけど。

 シズクの誘いを断ったのは自分だけど。

 

「……ムカムカするわ」

 

 サンタなんて、もうどうでもいい、と呟いて。

 

 リィンは二人を追って走り出した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「あ、来た来た」

 

 ショップエリアのカフェでコーヒーを飲みながら、シズクは嬉しそうにリィンへ笑いかけた。

 

 対面にはにやにや顔のルイン。

 ブラックコーヒーをゆらゆらと揺らし、計画通りとでも言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 

「はぁ……、はぁ……っルイン! ず、ずるいわよこんなの!」

「えー? 何がずるいんですかー?」

「むむむ……」

 

 息を荒げながら、ルインを睨みつけるリィン。

 しかし当のルインはにやにやとした笑みでリィンの視線を流すだけである。

 

「まあまあリィン、折角来たんだから楽しもうよ。ほら、座って座って」

「……うん」

 

 若干納得のいっていない風に頷いて、リィンはシズクの隣に座る。

 

 即座に甘めのコーヒーが目の前に出された。

 どうやら追ってくること前提で既に注文しておいたようだ。

 

「何だか手のひらの上みたいで嫌だわ……」

「うばば……、その、あたしと遊ぶより、サンタに会う方が大事だった?」

「……その訊き方は、ずるいわ」

 

 コーヒーを啜る。

 甘い。好みの、甘さだ。

 

 全く、本当――気の利くサポートパートナーである。

 

「それじゃあ、ワタクシはここでお暇させていただ――」

「え? 何言ってるのよ」

 

 席を立とうとしたルインを、リィンが引き止めた。

 

 その手を握って、無理やり座らせる。

 

「あの……?」

「どうせなら一緒に遊びましょうよ。思えば碌に休暇も取らせてなかったし丁度いいわ」

「え、っと……サポートパートナーは普通24時間365日休みなど取らないもので……」

「何今更普通のサポートパートナーっぽいこと言ってるのよ」

「普通のサポートパートナーですよ」

 

 普通のサポートパートナーは主の恋愛に気を回したりしないです。

 とかの突っ込みは、無粋だろう。

 

 そう。

 もうその辺りの話は今更なのだ。

 

(【深遠なる闇】とやらを知れば、教えてくれるらしいし)

「……むう、しかしシズク様はワタクシが居ると邪魔なのでは?」

「そうなの? シズク」

「うば? いやいや、あたしだってルインには居て欲しいよ」

 

 大事なところでは空気を読める子だしね、と心の中で呟きながら、シズクは言う。

 

「ルインだって、大切なあたしの友達だ」

「――――」

 

 ルインは、目を見開いてシズクを見た。

 

 そして、嬉しそうに目を細め、口元を歪めて、言葉を紡ぐ。

 

「……そう、ですか。それは、光栄です」

「? どうしたの? そんなに意外だった?」

「い、いえ……なんでもないですよ」

 

 シズクの海色の瞳が、ルインを見つめていた。

 

 でも、ルインは”知っている”。

 この全てを見抜くような海色の瞳では、『条件』に引っかかって自身の本質を見抜くことは出来ないことを、ルインは”知っている”。

 

「昔――いえ、前見たテレビで、似たような台詞を吐いたシズク様そっくりのキャラが居たものですから、びっくりしただけですよ」

「ふぅん……?」

「おまたせしましたー、こちらBランチセットでございますー」

 

 会話を断ち切るように、カフェの店員がサンドイッチなどが盛られた容器を持って寄ってきた。

 

 注文した昼食が届いたようだ。

 

「ごゆっくりどうぞー」

「いただきます」

「いただきまーす、おいしそー」

 

 リィンとシズクの興味は、料理の方に移ったようだ。

 ほっと一息を吐いて、ルインはコーヒーを口に入れる。

 

 苦くて、美味しい。

 

 そして――。

 

「ほら、リィン、あーん」

「え、ちょ、ちょっと、恥ずかしいわよそんなの」

「いいからいいから」

「もう、……あーん」

 

 ナチュラルにいちゃつく二人を見て、ルインは口元を緩めた。

 

(…………)

「あ、そういえばさ、リィン」

「むぐむぐ……ん? 何よ」

「クリスマスプレゼント、用意したんだ、受け取ってくれる?」

「え?」

 

 アイテムパックから、シズクはプレゼントボックスを取り出した。

 

 それを、隣に座るリィンに渡す。

 

「わ、開けてもいい?」

「どうぞどうぞ」

 

 リボンを解き、白箱を開く。

 中から出てきたのは――白い兎の、ぬいぐるみだった。

 

「兎のぬいぐるみ? 可愛いわね」

「うっばっば、リィンって兎好きかなって思って作った」

「手作りなの!?」

 

 リィンが驚いたのも無理は無い。

 渡されたぬいぐるみは、およそ店売りのものと遜色の無い、それは見事な裁縫物だったからだ。

 

「あいっかわらず器用ねぇ……」

「ほらほら、それ持って『リィンだぴょん』って言ってみて」

「言わないわよ! いつまでそのネタ引っ張るのよもう……」

 

 頬を赤く染めながら、リィンはぬいぐるみを優しく撫でる。

 

 言葉は怒っているように聞こえるが、その頬は緩みっぱなしだ。

 

「おやまあ、立派なクリスマスプレゼントですね」

「あ、ルインの分は作ってないの……ごめんね?」

「いえいえ、こうして同席しているだけでも身に余る光栄だというのに、プレゼントまで貰ってしまっては恩が返しきれなくなってしまいます」

 

 大仰なことを言いながら、ルインは首を横に振る。

 

 しかし実際、ルインは今相当機嫌がよさそうだ。

 珍しく毒舌が欠片も表に出ていない。

 

「大げさねぇ」

「しかしマイマスター、こんなプレゼントを貰っておいて、貴方からシズク様へのプレゼントは無いのですか?」

「えっ」

 

 ぎくり、とリィンの肩が震えた。

 

 寝る予定だったから、当然そんなものは無い。

 ていうか実は昨日までクリスマスだということを忘れていたリィンである。

 

「うば、別にあたしが渡したかっただけだし別にお返しなんて――」

「ノー! ノーですよシズク様! クリスマスと言えばプレゼント交換! 一方的に貰うだけなんてクリスマスの作法に反しています!」

「そ、そうよシズク。今すぐは無理だけど……そう、この後デパート行って何かプレゼントを……「シャラップ!」」

 

 リィンの言葉を遮って、ルインは叫ぶ。

 思わず口を閉じたリィンの横に移動して、耳元に口を持っていく。

 

「る、ルイン……?」

「何言っているんですか雌豚(マスター)。今すぐ渡せるプレゼント、あるじゃないですか」

「え……?」

 

 ルインは、シズクのプレゼントを縛っていたリボンを手にとって、リィンの片腕に巻きつけていく。

 上手に、丁寧に、傷つけないように結び、綺麗なフレンチボウを作り上げた。

 

「できました。これでおーけーです」

「……?」

「いいですか? できるだけ上目遣いでこう言うのです……『プレゼントは、わ・た・「うばーっ!」』」

 

 流石にシズクのストップが入った。

 ていうか入れざるを得なかった。

 

 昼間の公共場所で何を言わせようとしているのかこのサポートパートナーは。

 

「し、シズク。その、プレゼントのお返しは後でちゃんとするからね、その、今の以外で」

「りょ、了解」

「ちぇー」

 

 唇を尖らせながら、ルインは元の席に戻る。

 

 その時ふと、赤面して何処かぎこちない感じのシズクとリィンの姿が目に入った。

 

(…………)

 

 そっと、カメラを起動して、無音のシャッターを鳴らす。

 

 青い髪が綺麗な主と、赤い髪が映える主の友達を一緒にフレームに収めて。

 

 ルインは、心の中でそっと呟いた。

 

(……やっぱり)

百合(オンナノコドウシ)は、尊い……)

「……?」

 

 普段からは考えられない、緩みきった笑みを漏らすルインに、疑問符を浮かべるリィンだったが、

 

 ルインの真意を彼女が知る日が来るのは、まだ先の物語(おはなし)である。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「結局、告白できなかったな……」

 

 翌朝。

 リィンのマイルームにて、ソファベッドから起き上がったシズクは静かにそう呟いた。

 

 あの後、三人で遊び、ディナーを食べ、リィンの部屋で一泊したのだが。

 

 見事に何も無かった。

 何も、言えなかった。

 

 へたれだと罵られても、何も言い返せないくらいだった。

 

 ていうか実際ルインに罵られても、何も言えませんでした。

 

「はぁ……ん?」

 

 リィンはもう起きただろうか、と寝室のベッドを見たときだった。

 

 彼女の枕元に、何かある。

 

 赤く大きな靴下の中に、四角い箱が一つ。

 

「……? プレゼント……?」

 

 まさか、本当にサンタクロース――なわけがあるまい。

 

 勿論シズクが置いたものではないし、ルインもサンタの真似事をするようなやつじゃないだろう。

 

「…………」

 

 某姉の姿が浮かんだが、それも無いはずだ。

 あの姉はリィンのマイルーム番号を知らないのである。

 

「……ん」

 

 そうこう考えている内に、リィンがむくりと起き上がった。

 

 目を擦り、一つ欠伸をした後に、枕元に置いてあったプレゼントを手に取り、叫ぶ。

 

「あー! プレゼント来てる! くそー……今年もサンタの姿を拝めなかったかぁ……」

 

 無邪気な子供のように、はしゃぐリィン。

 そんな姿を見ていると、もしかして本当にサンタはいるのでは……と思えてこないでもないが、それは無いか。

 

「まあいいかー、今年はシズクやルインと遊べたし、サンタの正体は来年暴いてやる」

「…………」

 

 リィンのマイルーム番号を知っていて、隣の部屋で眠るシズクに気づかれずに寝室へ侵入できる存在。

 

 それは確かに正体を暴きたい。

 そして是非ともその術を伝授させて頂きたい。

 

 ……じゃなくて。

 うら若き乙女の部屋に侵入した『誰か』が居るというのは、立派な事案である。

 

 通報するべきだろうか、と悩み始めたシズクの指先に何かが当たった。

 

「……?」

 

 枕元に置いてあったのは、書き置きのテキストデータ。

 リィンが書いたものでも、ルインが書いたものでもない。

 

 おそらくリィンにプレゼントを与えた、『侵入者』からのメッセージ。

 

「…………うば」

 

 そこに書かれているメッセージを読んで――シズクは微笑んだ。

 

 そういえば、そうだった。

 

 よく考えればクリスマスにサンタクロースを扮してプレゼントを配る存在など、一つしかない。

 

 シズクは静かに、テキストデータを握りつぶした。

 

 これを、リィンに見せるわけにはいかない。

 

 だって、まだ知らないのなら教えるわけにはいかないだろう。

 

「シズク? どうしたの? ルインが朝ごはん作ってくれてる筈だから食べましょう」

「うん、今行くー……あ」

「?」

「リィン、メリークリスマス」

「……うん、メリークリスマス」

 

 来年こそは告白するぞ、と心に誓うシズクであった。

 

 




ルインの謎がどんどん深まってく割りに何も判明しないなぁ……。
最初はまじでただのサポパだったのに設定を後から盛られた所為でこんなことに……。

最後の『侵入者』は、メイやアヤじゃないです。


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星13

あけましておめでとうございます。
去年の正月に暇だから始めた作品がまさか一年続くとは……。



「いーやーだー! いーくー! 壊世区域いくー!」

 

 ゲートエリアに、少女の悲鳴じみた声が響く。

 

 まるで駄々をこねる子供のようなその声の主――シズクを押さえつけながら、リィンもまた叫ぶ。

 

「無理に決まってるでしょ! 私たちにはまだ許可が降りてないの!」

「いーやー! 行く! 絶対行く! マザーシップのデータベースにハッキングしてでも行くー!」

「それこそ不可能でしょうに……よしんば行けたとしても、エネミーに殺されるだけよ!」

「星13が……レア度13が……あたしを、待ってるんだー! うばー!」

 

 さて、何故シズクがこんなにもエキサイトしているのか語らなければなるまい。

 

 時は、遡る。

 

 等と大袈裟に言っては見たものの、事が起こったのはほんの三分前である。

 

 ゲートエリア・チームカウンター前。

 

「はい。これで【ARK×Drops】のチーム登録が完了致しました」

「ありがとうございます」

 

 チームカウンター職員のファーマの一言と共に、シズクとリィンの二人へメールが一通届いた。

 

 内容は、チーム結成完了の通知とチームルームの番号だ。

 これにて正式に、チーム【ARK×Drops】の結成が完了したことになる。

 

「シズク、終わったわよ」

「…………」

「シズク?」

 

 チームリーダーは、暫定的にだがリィンになった。

 ので、シズクはチーム設立の申請をしている間背後で待機していた筈だが、返事がない。

 

「……うばー」

「なんだ、いるじゃない、返事くらいしなさいよ」

 

 振り替えると、シズクは普通に背後にいた。

 なにやら両手に、雑誌型のデータを持って。

 

「何それ……『レアドロマニア特別号』? コレクター用の雑誌ってやつ?」

「じゅうさん……」

「13?」

 

 シズクの開いているページを覗き込む。

 そこは13ページではなく、3ページ目。

 

 つまりは巻頭の、目玉特集のコーナーだ。

 

「星13のレア武器が、壊世区域で目撃されたって……」

「…………貴方、まさか」

「行こう」

 

 クエストカウンターへと歩みを始めようとしたシズクの腕を掴み、止める。

 

 何処へ、など問うまでもないだろう。

 

「ちょ、ちょっとシズク! 待ちなさい! 今日はウォパル行く筈だったでしょう!?」

「止めないでリィン……! あたしは、あたしは壊世区域に行くんだー!」

 

 とまあ、こんな感じで冒頭に戻るのであった。

 

 壊世区域は、エクストラハードすら超える化け物たちの巣窟。

 あのハドレッドを超えるようなエネミーたちがうじゃうじゃと居るのだ。

 

 勿論シズクが行って生きて帰ってこれる場所じゃないし、そもそも渡航許可が出るわけも無い。

 

「騒がしいわね」

 

 公共の場でそんな風に騒ぐ少女二人に、近づく影が一つ。

 

 リィンと同じ色の、青い髪を持った美麗の女性――そう、つまりは。

 

 リィンの姉。

 ライトフロウ・アークライトが声をかけてきた。

 

「うば? 貴女は……」

「ここは公共の場よ。騒がしくするのはマナーが悪いわね」

「…………」

 

 至極当然で常識的なことを説かれているのに、リィンは彼女を睨みつける。

 この姉妹には(一方的にだが)、酷く深い溝があるのだ。

 

「うばば、ごめんなさい……」

「いえ、分かって貰えればいいのよ。ええと……リィンのチームメイトの……」

「……シズクです」

 

 若干、警戒しながらもシズクは答える。

 

 海色の瞳で彼女を見つめてみるも、その意図は分からない。

 

 リィンやハドレッド並みに、この人は『分かり難い』。

 

「シズクちゃんね……(ちまっこくて可愛いわね)」

「?」

「壊世区域に行きたがっていたようだけど、やめといた方がいいわ」

 

 何気安く話しかけてきてるの? と思うリィンであったが、どうやらシズクが壊世区域に行くことを止めようとしてくれているっぽいので口を閉じる。

 

「うば。貴方に指示されるような憶えは無いんですが」

「二人死んだわ」

 

 シズクの言葉を遮って、ライトフロウは言った。

 

「【大日霊貴】のメンバーが、二人。油断も慢心も無く、隙すら無く。ただ正面からエネミーとの戦闘に敗れ二人のメンバーを私たちは失ったの」

「…………!」

 

 シズクとリィンは、驚いたように目を見開く。

 

 【大日霊貴】は、言わずと知れた有名チームである。

 かなり老舗のチームで、一定以上の実力を持つ者しか入隊は許されていない程の強豪チームなのだ。

 

 チームメンバー一人ひとりの実力は、あの【銀楼の翼】すら寄せ付けないだろう。

 

 その、【大日霊貴】のメンバーが、二人壊世区域で殺された。

 

「それ、は……」

「だからやめときなさい、シズクちゃん。貴方が行っても、何もできずに殺されるだけよ」

 

 良く見れば、ライトフロウの服装は以前と違っていた。

 

 黒い――まるで喪服のようなコスチュームに身を包んでいる。

 これから、葬式にでも行くのだろうか。

 

「ほらシズク、この人も言ってるでしょ? 壊世区域にはもっと強くなってから挑めばいいじゃない」

「うばー……」

「じゃ、私はウォパルのクエスト受けてくるから、この人とはなるべく話さず目を合わさず待っててね」

 

 そう言って、リィンはシズクから手を離してクエストカウンターに向かっていった。

 

 徹底して姉には塩対応である。

 善意での接触ですらこれなのだから、さぞやショックだろうとシズクはちらりと姉の表情を伺った。

 

「はぁ……」

 

 彼女は、クエストカウンターに向かって歩く妹を見ながら、ため息を吐いた。

 

 右手を頬に添え、悩ましい吐息を吐いて、光悦の表情を浮かべる。

 

 光悦の表情を、浮かべる。

 

「拙いわね……最近、妹に冷たくされるのが逆に快感になってきたわ……」

「…………」

 

 呟きを聞こえなかったことにして、シズクはゆっくりと彼女から目を逸らす。

 

 するともうクエストの受注は完了したようで、リィンが手招きしているのが目に入った。

 

「それじゃ、失礼します」

 

 ぺこりと一つ礼をして、シズクはリィンの元へ駆けていく。

 

「…………」

 

 その後ろ姿と、目すら合わせようとしない妹を見て、ライトフロウは呟く。

 

「……あの子が、戦技大会の時のパートナーかな?」

 

 さっきまでとは打って変わって、真面目な表情だ。

 こうしていると、絶世の美女にしか見えないのに……残念な姉である。

 

「ふーん……どの戦技大会準優勝の特集記事でもまるで情報が隠蔽されているんじゃないかってくらいリィンのパートナーについては何も書いてなかったけど……」

 

 普通の可愛い女の子にしか見えなかったなぁ、と。

 

 疑問符を浮かべながらその場を立ち去った。

 




短めっ。

次回ウォパル編です。
久々に二人きりでのクエストだなぁ……。


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惑星ウォパル

ギクスのタリスとロッドを取るために頑張ってたら投稿遅れました。

期間まだまだあるから大丈夫とサボってた結果がこれだよ!


 惑星ウォパル。

 

 最近発見された新惑星で、空がベールのような水の膜でおおわれた不思議な惑星だ。

 

 地表の殆どが海で構成されているその星の、海岸エリア。

 

 穏やかな海と、星粒のような砂浜。

 さらには程よい日光が照りつけるリゾート地のようなエリアに、シズクとリィンは降り立った。

 

「海だー!」

 

 まず一声、シズクの叫びが海の向こうまで響き渡る。

 

 アークスシップでは人工物としてしか見ることのできない『海』に、テンションが上がっているのだろう。

 その表情はいつもの数倍活き活きとしていて、まるでクーナと初遭遇したときのようだ。

 

「わぁ、綺麗ね……」

「うばー、水着買っておけばよかったかなぁ」

 

 シズクが自身の服を撫でながら、残念そうに呟いた。

 こんな綺麗な海岸を見せられれば泳ぎたくもなるものだ。

 

 だが……。

 

「綺麗だけど、遊ぶのは無理そうね」

「うん……」

 

 二人同時に、武器を構える。

 

 海から飛び出るように、巨大な背びれを持った鮫と狼が混じったようなエネミーが現れた。

 

 海王種――アクルプス。

 そう呼称される、惑星ウォパル特有の小型エネミーだ。

 

「ぐるる……」

「こんなのが海に沢山住んでるんじゃあ、遊泳は危険ね」

「うばー……残念」

 

 ばしゃっばしゃっ、と水しぶきを上げて次から次へと海王種が海から飛び出してくる。

 

 その数四体。

 数が多くとも、所詮は雑魚エネミーである。

 

 油断しない限り、負けるような敵ではないだろう。

 

「久しぶりのツーマンセルだね、リィン」

「そうね、腕ならしには丁度いいわ」

 

 リィンが前衛、シズクが後衛。

 懐かしきフォーメーションで、戦闘開始だ。

 

「オーバー――!」

 

 開幕から、リィンの新ソード――アリスティンが光刃を纏った。

 

 広範囲をなぎ払った後、強烈な縦切りを叩き込むフォトンアーツ――『オーバーエンド』だ。

 

「エンド!」

 

 隙は大きいが、範囲も威力も高いソードの主力PAである。

 青い刃が左右に二度なぎ払うように振られ、とどめとばかりにフォトンの刃を叩きつける。

 

 そのたった一発のフォトンアーツで、四匹のアクルプスは蒸発して消えた。

 

 跡には、小粒のようなメセタとコモン武器がドロップアイテムとして落ちているのみである。

 

「…………」

「…………」

「……えっ」

 

 瞬殺である。

 シズクの出番すら無かった。

 

「……うばっはっは、出番なしとな」

「えーと、ごめん?」

「いや別に謝ることじゃないよ……やっぱもうリィンには難易度ハードは簡単すぎるんかな」

 

 二人が受けたクエストは、海岸地域生態調査の難易度ハード。

 新惑星であるウォパルに住む海王種を倒してデータを取るという、ようするにいつものクエストポイント形式のクエストなのだが……。

 

 最早、難易度ハードではリィンにとって『温すぎる』ものになってしまったようだ。

 

「……でもベリーハードはなぁ、あたしがまだちょい実力不足……」

「シズクの直感は凄いけど、評価項目外だしね……」

「…………」

 

 未だに本気であたしのあれを『凄い直感』だと思ってるのリィンくらいなんだろうなぁ……。

 とか考えながら、ドロップ品を回収して先に進みだす。

 

 まだクエストは始まったばかりなのだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「…………」

「…………」

「……あのさ」

 

 一時間後。

 

 場所は同じく惑星ウォパル。

 辺り一面真っ暗に――ようするに夜になった海岸で黙々とエネミーを狩り続けながら、シズクは言う。

 

「この惑星、すっごいヘンだね」

「うん?」

 

 シズクの言葉に、リィンは足を止めた。

 台詞に驚いたというか、黙々と作業していたときに急に話しかけられてびっくりした感じだ。

 

「ヘン?」

「うん、なんていうかなー……」

 

 月明かりと星明りだけで照らされた暗闇の中で、シズクの瞳が淡く海色に光っていた。

 

 何と言ったら分かりやすいかを、語彙力を振り絞って表現しようと頑張っているようだ。

 

「まず、昼夜の間隔が短すぎる。さっきまで真昼間だったのにもう夜中じゃん」

「ああ、それは私も思ったわ」

 

 まだ一時間くらいしか経ってないのにねーっと、リィンは月夜を見上げながら言う。

 

「でも、それくらいならこの星の特色ってだけじゃない?」

「それだけならね……何よりおかしいのは、出てくるエネミー――海王種がおかしい」

「海王種が? 確かにおかしな生物が多い気も……」

「そうじゃなくて……思わない? なんでこいつらこんなに好戦的なんだって」

「それは……」

 

 まあ、ダーカーの影響じゃない? とリィンが思った瞬間、海中からアクルプスが飛び出した。

 

 こちらを睨みつけながら唸り、威嚇するように吼える。

 でも、この程度ならダーカー因子に侵食されたナベリウスの原生種にも見られる反応で……。

 

「確かに、ダーカーの影響もあるだろうけど……」

 

 武器を構え、撃つ。

 見事頭を打ち抜いた弾丸はアクルプスを怯ませ、その隙を突いてリィンがとどめを刺した。

 

「ダーカー因子っていうのは、感染者の理性を奪い破壊衝動を強める効果があるじゃん?」

「うん、だからダーカー因子感染生物は例え同族だろうと……親兄弟だろうと見境無く破壊を尽くす、でしょ?」

「そうそう。それだけ(・・・・)の筈なんだよね」

 

 それだけ。

 周囲のものを、一切の区別なく、一切の差別なく破壊しつくすだけ。

 

 そう。

 

 わざわざ自身のテリトリーである海中から、弱体化を余儀なくされる地上へ出てくるまでもなく。

 

 破壊するものなんて海中にいくらでもいる筈なのに。

 地上が縄張りというわけでも無い筈なのに。

 

 彼らはアークスが地上を通っていると、過剰なまでに反応して攻撃をしてくる。

 

「あっ……」

「流石に過剰すぎる……ダーカー因子に侵されてるだけじゃここまでの凶暴性は出ないと思うんだけど……あっ」

 

 話している内に、夜が明けた。

 

 本当に、昼夜の間隔が短い星だ。

 『そういう』性質の惑星だと言ってしまえばそこまでなんだけど……。

 

「……あたしの直感が言ってる、この惑星は『おかしい』」

「…………」

「『そういう』星だからで済ますより、ここが『誰か』の『実験用惑星』で弄繰り回されているとか言われた方がまだ納得できるくらい、自然界の法則に逆らいまくってるよ」

 

 ダーカーが出現している以上、全部が全部ダーカーの所為にできそうだけど。

 それこそ、『誰か』が「ダーカーの所為だよ」と言い訳しているような感じがする。

 

「……じゃあ、どうする? 何か変なことに巻き込まれる前にこの星から退散する?」

「いや、そんな今すぐどうこうなるようなことじゃないだろうし……それに」

 

 地面から突然湧き出た鳳仙花を撃ち抜きながら、シズクは言う。

 

 海色の瞳を、閉じて。

 開ける。

 

「もうここは終わった場所って感じもする」

「終わった場所?」

「うん。だからまあ、普通に探索する分には問題ないと思う」

 

 正直、リィンはシズクの言っていることを理解できたわけではない。

 

 元々シズクの感覚的な話……というかシズクにしか分からない話なのだ。

 リィンが完全に理解できる方がおかしいといえるだろう。

 

 でもまあシズクが問題ないっていうなら問題ないんだろうっとリィンはあっさり納得した。

 

「じゃあまあ、クエストを続けましょうか」

「うん。あと何ポイントだっけ」

「30ポイントね。あと少し、頑張りましょう」

 

 話を変えて、二人は歩き出した。

 あと少しでクエストは終わり、だが油断なんてしない。

 

 場を盛り上げて、引っ張ってくれる先輩も。

 状況を見極めて、支えてくれる先輩も、今は居ないのだ。

 

(……失ってみて、分かるなぁ)

 

 シズクは手に持ったガンスラッシュ――ブラオレットを眺めながら、思い返す。

 

 さっき、リィンがオーバーエンドの一発で薙ぎ払ったアクルプスを、ヘッドショットしたにも関わらず怯ませただけに留まったことを。

 

(防御特化のリィンと比較してもこれってことは……やっぱそういうことだよねぇ)

 

 今までは、防御役のリィン一人に対して攻撃役はシズクとアヤとメイの三人居た。

 

 でもこれからは攻撃役もシズク一人だ。

 火力の不足という問題が、はっきりと見えてくる。

 

「…………」

 

 火力不足を改善する方法は、簡単だ。

 武器をより強いものに新調すればいい、そもそもブラオレットというのは初期武器も初期武器。

 

 難易度ノーマルですら最序盤にしか普通使わない代物だ。

 

 なので武器さえ変えれば、シズクの火力不足は大分改善されること間違いなしだろう。

 

 でも。

 

 この、武器は。

 この、ブラオレットは。

 

 リィンが、くれたものだから。

 

 思い入れのある、ものだから。

 

(ていうかそもそもガンスラのレア武器が落ちてくれないからー!)

「よし、これで終わりっと」

 

 トルボンと呼ばれる小型海王種を倒して、クエスト完了。

 帰還用のテレパイプが出現したので、それに向かって歩き出す。

 

 こうして【ARK×Drops】としての初クエストは、終わりを迎えたのだった。

 

 




余談ですがブラオレットはジグさんにお守り化してもらえばずっと持ち歩くことになるので、『思い出の品』や『大事な人の遺品』として使いやすいよね。
ニョイボウだと見た目ネタ武器っぽいし。


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迷子の少女再び

原作より痴呆化が進んでるKKさん再登場。

あ、短めです。


 少女が一人、泣いている。

 

 薄暗い部屋の中で、その小さな両腕から零れそうになっている沢山のナニカを抱えて、泣いている。

 

 抱えているものは、『思い出』だ。

 亡くなってしまった両親との、思い出の品々。

 

「…………」

 

 そんな少女の後ろ姿を見て、メイは瞬時にこれが夢だと判断した。

 

 だって、この目の前に座り込んでいる少女は自分自身だ。

 

 幼き日の自分。

 両親の死を受け入れられず、ただただ後悔の渦に囚われていた頃の自分だ。

 

 こういう夢は、時々見る。

 どれだけ時間が経とうと、後悔は色褪せないのか。

 

「…………ん?」

 

 背中に、何か違和感を感じた。

 

 振り返るも、背後には何も無い。

 ――背後には何も無かったが、背中には何か生えていた。

 

 というより、翼が生えていた。

 

 大鷲のような、立派な翼だったもの(・・・・・)

 

 朽ちた翼が、生えていた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「メイさーん。メイ・コートさーん」

「んあ?」

 

 いい加減聞き慣れて来たナースの声に引っ張られるように、メイはゆっくりと瞼を開けた。

 

 目を擦って右、左と周囲を見渡し、状況把握。

 

 右には観葉植物。

 左にはメディカルセンターの受付。

 座ってる椅子は待合室のソファ。

 膝には開きっぱなしの雑誌データ。

 

 目の前には、少しおこ(・・)な様子のフィリアさん。

 

 ああ、待合室で雑誌読んでたら寝ちゃったんだな、と理解するのにそう時間はかからなかった。

 

「こんなところで寝てたら風邪引きますよ。ちゃんと自分の部屋で寝てください」

「ふぁ……すいません」

 

 身体を解すように伸びをして、立ち上がる。

 

 フィリアさんは「気をつけてくださいね」とだけ言うと忙しそうに何処かへ歩いていった。

 

「……寝ちゃってたか」

 

 若干恥ずかしそうに頬を染めながら、メイは雑誌に目を落とす。

 

 昨今、注目されがちな『アークライト家』に関する記事だ。

 リィンの実家ということで読んでみたが、まあ大して新しい情報は無かった。

 

(やっぱしっていうかなんていうか)

(……変な家だよなぁ)

 

 雑誌を待合室の棚に返し、病室へと向かう。

 

 その途中だった。

 廊下に、少女が一人立っている。

 

 困ったようにキョロキョロしながら立ち尽くすその姿は、誰がどう見ても迷子そのものだ。

 

(親とはぐれたのかな?)

 

 と。

 メイが当然のように手を差し伸べようと近づいたところで、向こうもこちらに気がつき振り返った。

 

「……おおっ」

「ん?」

 

 瞬間、ぱぁっと少女の表情が明るくなった。

 

 よく見ると、その少女は以前会った幼いアークス決戦兵器。

 

 六芒の五、クラリスクレイスその人であった。

 

「おーい、そこの貴様! 702号室というのは何処にあるのか……うん? 貴様何処かであったか?」

「…………また、迷子?」

「ま、迷子などではない! 失礼だぞ貴様! ……ん? またってことはやっぱ会ったことあるのか?」

 

 まあ向こうからしてみれば数日前に少しばかり会話を交わしただけの一般アークスなので、憶えてなくても無理は無いといえるか。

 

「ほら、あのテレパイプの使い方教えてあげた……」

「…………あ、ああ! あの時の失礼なやつか!」

「失礼なやつて……」

 

 まあ実際その通りなことをしてしまったのだから否定はできない。

 ただただ苦笑いを浮かべるのみである。

 

(でもこんな威厳の無さそうな幼女が偉い人だとか気づけるわけがないのでウチは悪くない、うん)

「まあいい、今回も特別に私を702号室へ案内させてやってもいいぞ」

「いいよー」

「……随分と物分りがいいな」

 

 軽すぎる了承に驚いた様子でクラリスクレイスは言った。

 

 まあ暇だったし、と言ってメイは壁に貼ってあったメディカルセンターのマップを開く。

 

「702はっと……階間違えてるじゃん。ほら、こっちだよ」

「う、うむ……」

 

 クラリスクレイスの手を取って、メイは歩き出す。

 自然とこういうことをする女なのだ。

 

「ところでクラリーちゃんは誰のお見舞いに来たの?」

「ああそれはだな……ってクラリーちゃん!?」

「だってクラリスクレイスって長くて呼び辛いし」

 

 あだ名だよあだ名、とけらけら笑うメイを見て、クラリスクレイスは絶句した。

 

 あだ名なんて付けられたの初めてである。

 ていうかそれ以前に、六芒均衡でもない、特殊な力すら何も持っていないであろう一般アークスが、

 

 畏れもせず、

 恐れもせず、

 

 笑顔で話しかけてくるなんて、初めてのことだった。

 

「…………なんていうかー、変わったやつだな、貴様」

「そう? 至極一般的なアークスだと思うけど……っと、そういえばもうアークスじゃなかった」

「? どういうことだ?」

 

 前会ったときは、戦闘区域内だった気が……っとクラリスクレイスは記憶を振り絞るように頭を抱えた。

 

 本当に記憶力の悪い子なんだな、と思いながら、メイは答える。

 

「別に、難しい話じゃないわ。少し前にアークスを辞めただけよ」

「はーん、成る程なぁ……なんで辞めたんだ?」

「両腕をちょん切られちゃってね……くっついたけど以前のように動かすには時間がかかるって言われちゃって……」

 

 未だに包帯に巻かれた腕を見せながらメイは言う。

 

 何もしていないのに、指先が震えて上手く動かない。

 

「……? 動くようになったら復帰しないのか?」

「クラリーちゃんみたく才能に溢れていないんですー。半年も休んでたら元々大したことない腕が更に落ちて新人アークス以下になるんですー、多分」

「ふん、私の才能を見抜くとは中々見る目があるではないか! ……まあそれはともかく、腕がうまく動かないならテクニックを使うのはどうだ? あれなら多少腕が不自由でもフォトンさえ操れれば……」

「テクニックis苦手なんですyo」

 

 アヤがいたら何キャラだよとツッコまれていただろう。

 

 とまあそんな感じに雑談を交え歩くこと数分。

 

 二人は目的地である、702号室前にたどり着いた。

 

「とうちゃーく、っと」

「おお、着いたか。ふふん、案内ご苦労だったぞ」

「いいってことよ」

 

 最初から最後まで偉そうなクラリスクレイスであった。

 まあ尤もメイも最初から最後までマイペースなのでどっちもどっちなのだが……。

 

 少なくとも、二人の相性は悪くなかったようだ。

 

「じゃあな、えーっと……」

「我が名はメイアンブル・デュア・コートライト。略してメイ・コート、更に略してメイと呼んでくれ、そしていい加減憶えてくれ」

「そ、そんな長い名前だったか? ……まあいいや、一応感謝しておくぞ、メイ」

 

 笑顔で、最後に名前を呼んで。

 クラリスクレイスは病室に入っていった。

 

「……そういえば結局誰のお見舞いか聞いてないな」

 

 まあいいや、と踵を返してメイはその場を去った。

 

 何故か、あの子とはまた会うことになりそうだなぁ、と呟いて。

 

 

 

 

 数時間後、帰り道が分からず迷子になっていたクラリスクレイスをメディカルセンター入り口までメイが送ってあげたというのは、まあ言うまでもない話である。

 

 




アヤ「他の女の匂いがする……」
メイ「ちゃうねん」



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モニカとドゥドゥ

『トラックに轢かれて死んだと思ったらそこはPSO2の世界だった!?』
『しかも気づいたらドゥドゥの弟子として、アイテムラボショップを継ぐことに!?』
『さらにさらに何故かマターボードを持った”あいつ”は居ない世界線のようだ……このままでは歴史を改変できず、戦力も足りないからダークファルスにアークスは敗北してしまう!』
『こうなったら武器強化に改革を起こしてアークス全体の能力を底上げするしかない!』
『突如飛ばされたPSO2の世界で武器強化職人見習いの主人公がドゥドゥと一緒にアークス強化計画を実行する新機軸ストーリー!』
『2030年春、ハーメルンより連載開始!』

というネタを思いついたので誰か書いてください(棒)。
メインヒロインはモニカで。


「アナル!?」

 

 惑星リリーパ・採掘場跡。

 その採掘施設の一角、元々作業員か何かが使っていたであろう部屋で【百合(リリィ)】は目覚めた。

 

 とんでもない単語を発しながら。

 

「あれ? え……? アルナ? 誰? 夢?」

「変な単語叫ばないでくれる? 朝から気持ち悪いわね」

 

 既に起き上がって、身だしなみを整え終えていた【若人(アプレンティス)】がため息と毒舌を同じに吐いた。

 

「本当、気持ち悪いわね」

「二回も言わないでよー」

 

 へらへら笑いながら、【百合】もまた起き上がる。

 毒を吐かれた事なんてどうでもよさそうで、むしろ寝ている間に逃げられなかったことを喜んでいるようだ。

 

「三回目を言うのも吝かでは無いわ」

「何回でもカモン! あたしはアプちゃんの全てを受け入れるわ!」

「はいはい。じゃあ休憩も済んだしそろそろ行くわよ」

 

 こいつ相手にはやっぱり塩対応が最適解ね、と呟いて【若人】は窓から外に出た。

 それに続くように、【百合】も外に飛び出して、【若人】の横に並ぶ。

 

 採掘場跡。

 砂漠だらけの惑星リリーパに少しだけ点在するオアシスを利用した、『誰か』が『何か』を採掘していた跡地。

 

 砂場と水場、それと採掘用の大型機械や機甲種が闊歩する危険区域である。

 

 ……まあ尤もダークファルスである二人を脅かせるようなエネミーは存在しないのだが。

 

「さて、アンタの言うとおり採掘場までやってきたけど……どう? 私の力は何処にあるか分かる?」

「うばー……、うん。分かる、分かるんだけど……」

 

 目を擦りながら、【百合】は右左と辺りを見渡す。

 

 その後、「うーん」と唸って首を傾げた。

 

「三つ……いや四つ? 細かいのを含めればもっと沢山……色んな箇所で【若人】の力を感じる」

「……何?」

 

 怪訝そうに、【若人】は眉をゆがめた。

 

「どういうこと?」

「うばば……あたしもよく分かんない」

「…………」

 

 【百合】が嘘を吐いているわけではないだろう。

 ここで【若人】を陥れるようなことをする理由が彼女には無い。

 

 ならば考えられる可能性といえば……。

 

(アークスの、仕業か?)

(ダミーを幾つも置いて……私の目を惑わすつもりか……くそ)

 

 忌々しい奴らだ、と呟き、【若人】は一歩前に出た。

 

「【百合】、大きい反応がある場所の方向を教えなさい。私がそっち行くから、貴女は細かい反応の方を調べてきて」

「うば!? 別行動ってことですか!? ヤダー!」

 

 【若人】の提案に当然のように反対する【百合】であった。

 まあこの反応は想定内。【若人】はコホンと咳払いを一つして、振り返り【百合】の方に向き返った。

 

「【百合】、言うことを聞きなさい」

「いやだー! アプちゃんと離れるなんて絶対やだからね!」

「…………はぁ」

 

 駄々っ子のように叫ぶ【百合】に、【若人】は頭を抱えた。

 

 できるだけこいつと行動を共にしたくは無いのだが(生理的に)……。

 

「…………」

「…………」

「……もし、あんたが私の身体を見つけ出してくれたら……」

 

 背に腹は変えられない。

 苦渋の表情で、仕方なく言い放つ。

 

「ご、『ご褒美』をあげるわ」

「大きな気配はあっちの採掘基地から感じたよ。大きな施設だから見れば分かると思う。じゃあ行って来ます」

 

 早口でそう言って、凄い凛々しい笑顔で【百合】は何処かへ飛んでいった。

 

「…………はぁ」

 

 扱いやすいのやら、扱いにくいのやら。

 ため息を一つ吐いて、【若人】は【百合】の指差した採掘基地を見る。

 

 採掘場の数多ある施設の中でも、一際大きく――真新しいその建物を。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ショップエリア・アイテムラボショップ前。

 

 ここしばらく過疎となっていた反動のように、ショップエリアは大盛況していた。

 

 ドゥドゥの弱体期間でも無いのに盛り上がっている理由は、当然ある。

 奴と交代制でアイテムラボショップ店員を担う少女、『モニカ』の初出勤日なのだ。

 

 ドゥドゥを憎むアークスは多い――故に、それだけモニカに期待するアークスも多い。

 

 『ドゥドゥの憎たらしい煽りのない武器強化』。

 最早それだけで魅力的すぎるものに見えてしまうほど、アークスたちは調教され尽されているのであった。

 

「やりました! 大成功です、大成功!」

 

 アイテムラボ内から、女の子が喜ぶ声が響いた。

 

 ドゥドゥと同じ、薄紫の帽子と制服。

 若干赤みが掛かった茶色のロングヘアと、まだ幼さが残る自信のなさげな表情が特徴の美少女ヒューマン。

 

 彼女が、今日からアイテムラボショップの店員となった『モニカ』だ。

 

「うわわぁー……な、なんてお詫びしたらよいかぁ……」

 

 次は、申し訳無さそうな声がした。

 どうやら武器強化に失敗したらしい。

 

「どうなんだろうね、あれ。謝ってる分ドゥドゥよりマシなのかな?」

「いや私に聞かれても……まだ強化で酷い目にあったことないしなぁ」

「妬ましい!」

 

 そして、混雑しているショップエリアの端で、少女が二人。

 ていうかシズクとリィンがアイテムラボショップを眺めながら会話を交わしていた。

 

 どうやら特に武器を強化しにきたわけではなく、買出しのついでに新しい店員というのを見に来ただけのようである。

 

「ま、今は混んでるし新店員のご尊顔を拝むのはまた今度ね」

「そだねー……ん?」

 

 踵を返してマイルームに戻ろうとしたところで、シズクが足を止めた。

 

 いつもの直感とかではなく、ただ単に奇妙なものが視界の端に映っただけのような反応だ。

 

「……あれは」

「? どしたのシズク」

 

 シズクの視線の先を、リィンも追う。

 コスチュームショップの角の裏。

 

 人波から少し離れた場所で、隠れながらアイテムラボショップの様子を伺う男が一人、立っていた。

 

「……不審者?」

「いやあれは、多分……」

 

 方向転換して、シズクは男に向けて歩き出した。

 

 勿論リィンも、シズクの後ろを付いていく。

 

 サングラスをかけ、深く被った帽子といつもと違うラフな服装で変装をしている男へ。

 

「ドゥドゥさん、ですよね?」

「む?」

 

 男は、軽く肩を震わせた後ジロリと視線をシズクへ向けた。

 

 帽子で隠れているが、ワカメのようにうねった黒髪。

 見慣れた濃い髭と、服を変えても滲み出ている胡散臭さ。

 

 近くで見ればますます間違いない。

 この男はドゥドゥである。

 

「……おや、何か用かねお嬢さん方」

「……うば」

 

 何か用、と聞かれたら特に何も、と答えるしかなかった。

 

 ただ単に、変装しているドゥドゥっぽい人が見えたので真偽を確かめたかっただけなのだ。

 

 だがまあ、地味に勤務外中のドゥドゥと話せるなんてレアな体験だ。

 折角だし、色々お話しよう、とコミュ力の高いシズクは思った。

 

 尚コミュ力の低いリィンは早く帰りたいなと思った(勿論口に出さないが)。

 

「何やってたんですか? こんなところで変装して」

「ふふふ、見て分からないかね。可愛い愛弟子の初陣を見守っているのだよ」

 

 相変わらずの厭らしい笑みだったが、言っていることはマトモでシズクは感心するように「へぇ」と呟いた。

 

 聞けば、新しいアイテムラボショップ店員であるモニカはドゥドゥの弟子だという。

 

 まあ現状アイテム強化を行えるのがドゥドゥしか居ない以上、そのドゥドゥから学ぶのは当然ともいえるが……。

 

(この人が普通に師匠っぽいことしていることにびっくりした)

「……随分失礼なことを考えている顔をしているが」

「イエナンデモ」

 

 視線を逸らして、アイテムラボショップの方を向く。

 

 ショップ前は、以前変わらず大盛況だ。

 

 ……でも、その人波も少しずつ減っているような……。

 

「順調だな」

「え? あ、うん。モニカさん初めてなのに順調に捌いてますね」

「……ふ」

「……?」

 

 ドゥドゥは、意味深な笑みを浮かべた。

 

 いつもの嫌な笑みとは違う、楽しそうな顔。

 

 否――愉しそうな、顔。

 

「く、ふふ……いや、そうだな。彼女は私以上の天才だから、実のところ心配は杞憂だったのかもしれないな……」

「…………うば?」

 

 ――読めない。

 いや、察してはいるのだが、読めない。

 

 今ドゥドゥは、かなりの愉悦に包まれている。

 

 愉しくてしょうがない。

 そんな顔をしている。

 

 でも、何で?

 

 そりゃ愛弟子が活躍してれば嬉しいだろうけど――と、そこまで思考したところで。

 

 アイテムラボショップからモニカの申し訳無さそうな声が響いた。

 

「うわああ……な、なんてお詫びしたらいいかぁ……」

「え……?」

 

 感じたのは、大きな違和感。

 

 謝っているのに、謝っているように感じられない。

 

 他人事だからいいが、もし今のセリフが武器強化に失敗した自分が言われたとしたら――。

 

「彼女は、私以上の天才だ」

 

 ドゥドゥは、同じセリフを繰り返した。

 

 もう、シズクには察することができた。

 

 そのセリフの、真意を。

 

 ドゥドゥの顔に浮かぶ、下衆い表情の意味を。

 

「ま、また来てくださいます、よね?」

「二度とくるかー!」

 

 罵声が、アイテムラボショップから響いた。

 

 武器強化に失敗したであろう男が、泣きながら何処かへ走っていくのが見えた。

 

「…………えげつねえ」

「ふっふっふ」

 

 シズクの海色の瞳が、モニカの表情を捉えた。

 

 心底申し訳無さそうな表情の裏に隠れた、とんでもない下衆顔を。

 

 人が減っているのは、武器強化を順調に捌いているのではない――彼女の下衆い本性を見抜いた人たちが去っているだけなのだ。

 

 新しい店員の増員で、武器強化から苦痛が無くなるなど。

 初めから、幻想だったわけだ。

 

「よく考えたらドゥドゥの弟子がマトモなわけなかったのか……うばば」

「ふっふっふ、何、心配せずとも武器強化の技量についても彼女は天才だった。強化成功率は私とそう変わらぬよ」

「…………」

 

 そういう問題じゃ、ないんだよなー。

 

 態度が、問題なんだよなー。

 

「それでは、また会おう少女たちよ。できるだけ、メセタを貯めて、な」

 

 と、シズクが苦笑いしていると、ドゥドゥは踵を返した。

 

 どうやらもう帰るらしい。

 背中を向けながら手を軽く振って、テレパイプの方へと歩いていく。

 

「……あ、待って! ドゥドゥさん!」

「む?」

 

 ふと思いついたことがあって、シズクはドゥドゥを呼び止めた。

 

 手持ち無沙汰なのか端末で漫画を読んでいるリィンを尻目に、シズクはドゥドゥに歩み寄る。

 

「何かね?」

「うば。アイテム強化の(一応)スペシャリストであるドゥドゥさんに聞きたいことがあるんですけど……」

 

 シズクは、アイテムパックからブラオレットを取り出した。

 

 既に最大まで強化してある、愛用品を。

 

「このブラオレット、更に強化する方法とかって無いですかね?」

「ふむ……ブラオレット+10か……この武器は潜在能力を解放しても威力は変わらないものだしな……」

「潜在能力?」

 

 シズクは首を傾げた。

 

 潜在能力。

 聞き慣れない単語だ。

 

「ああ、+10の域にまで達した武器が解放できる隠し能力ともいうべきものだ。基本的に威力の上がる潜在能力を持つ武器が多いのだが……残念ながらブラオレットは違うな」

 

 大人しく新しい武器に乗り換えることを推奨する、と言って、ドゥドゥはシズクの手にブラオレットを返した。

 

「そうですか……」

「……ふむ。だがまあ、どうしてもそのブラオレットで戦いたいというのなら方法が無いこともない」

「うば?」

「『ジグ』という老齢のキャストを訪ねるといい。そして、『クラフト』について教えてもらいたまえ」

 

 『クラフト』。

 初めて聞く単語だ。

 

「……その、ジグという人は今何処にいるか分かります?」

「最近はショップエリアでよく見かけるが……まあ探してみたまえ、高名な武器職人で、最近ではクラフト普及の担当をしているから知っている人も多いだろう」

「そうですか……」

 

 ドゥドゥからの情報など、信頼に値しないと思う人もいるかもしれないが、それは誤りだ。

 

 実のところドゥドゥは、仕事に対しては真摯なのである。

 いやほんと信じられないかもしれないが、ドゥドゥはアイテム強化を失敗する人をあざ笑いたいだけで、強化自体は真面目にやるのだ。

 

 それと同じで、『強くなりたい』と言う少女に、わざわざ嘘を言うことはない。

 

 …………多分。

 

「ありがとうございます。探してみます」

「ああ、頑張りたまえよ若人よ…………ああ、そうだ」

「うば?」

 

 シズクに背を向けて、ドゥドゥは思いついたように口を開いた。

 

 表情は伺えないが、少なくとも厭らしい笑みを浮かべているわけでは、ない。

 

「モニカは、立派に働いているが年齢は君らと同じくらいでね」

「……?」

「今の情報と引き換えにというわけではないが……できれば仲良くしてやって欲しい。あの子はお金が大好きなだけで、根は良い子なんだ」

 

 シズクは、あんぐりと口を開けた。

 ドゥドゥが去った後も、開いた口が塞がらない。

 

 背後から「シズク?」とリィンが声をかけて、ようやく硬直が解けて――微笑んだ。

 

「どしたのシズク、嬉しそうだけど」

「……話聞いてなかったの?」

「最後の辺だけ聞き取れなかったわ」

「……いや、まあ大したことじゃなかったよ」

 

 ドゥドゥのちょっと意外な一面が見れただけ、とシズクは笑った。

 

 何それ見たかった、とリィンは後悔するように落ち込んだ。

 

「はぁー、それで、ジグって人を探すの?」

「うん。リィンはどうする? 着いてくる?」

「んー……まあ、クラフトっていうのには興味あるし……(シズクと一緒じゃないと初対面の人と話せないし)行くわ」

「うば。じゃあ手始めに聞き込みから始めよっか」

 

 言って、シズクとリィンは歩き出す。

 

 そして歩きながら、シズクは端末を開いた。

 

「? 調べもの?」

「うん。ブラオレットの潜在能力って何かなって……あったあった」

 

 ブラオレット。

 潜在能力、『幸運の祥』。

 

 効果は、スペシャルウエポンの出現確率が上昇する。

 

「…………」

 

 ぴたり、とシズクの動きが止まった。

 

「し、シズク?」

「リィン……ちょっと待ってて」

 

 シズクはショップエリアに幾つか配置してある倉庫へと走り、持ちうる限りのメセタとグラインダー。

 それと潜在能力解放に必要なアイテム――『フォトンスフィア』を持ち出した。

 

「モニカちゃんと、『仲良く』してくる」

「…………いってらっしゃい」

 

 止めても無駄なことなんて、リィンは分かりきっている。

 

 自分に出来ることは見守ることだけね、とリィンは近場のベンチに腰を降ろし、アイテムラボショップへ走っていくシズクの後ろ姿に生暖かい笑顔を向けるのであった。




かつてここまで綺麗なドゥドゥが居ただろうか。
いや、無い(反語)。

まあ二次創作全部をチェックしているわけではないので、もしかしたらいるかもしれませんが……。


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クラフト

他の作者のPSO2小説でマイキャラ募集とかをしているのを見ると、
『考えたはいいけどキャラは濃いわ設定は掘り下げると話数使いすぎてシズクやリィンの出番を喰ってしまう』という理由で没にした没キャラを「マイキャラです! 是非使ってください!」とか言って投げたくなる。
そんな日曜日の夜。
……勿論やりませんけどね?


「『【腹パン】モニカ愚痴スレ15【したい】』……うばば、もう15スレ行ってるとか凄いなぁ」

「シズク、何それ? 掲示板?」

「ネットのアンダーグラウンドさ。リィンは知らなくていい世界だよ」

 

 三十分後。

 ブラオレットを無事潜在Lv3の+10まで強化しきったシズクと、リィンはショップエリアを歩いていた。

 

 目的は、『ジグ』というキャストの捜索だ。

 

 ドゥドゥ曰く、『クラフト』というシステムの普及を担当している武器職人らしい。

 そんな彼にクラフトについて教えてもらうのが、目的だ。

 

「クラフトっていうのは、軽く調べたらどうも弱いレアやコモン武器でも一定以上の強さまで引き上げる技術みたい」

「ふぅん……調べれば分かる技術なら別に教えてもらわなくてもいいんじゃ?」

「いや、ネットの情報を鵜呑みにするのはなぁ……結局のところ熟練者に直接教えてもらうのが一番良いと思う」

 

 普及を担当してるなら、教えるのも慣れているだろうし、とシズクは検索サイトに『ジグ 武器職人』と入力して画像検索を開始した。

 

 一秒も経たず、刀匠ジグの顔写真が画面一杯に映し出された。

 高名な武器職人というのは本当らしい。あっという間に顔は割れた。

 

「黒いキャスト、ね。シズク直感で今何処にいるか分からない?」

「分かんないー。なんていうかな、視覚外にあるモノに対しては直感が働きにくいみたいなんだよね」

「ふーん、そういうものなの」

 

 シズクの言葉をさらりと流して、リィンは辺りを見渡し始めた。

 

 ジグを探しているのだろう。

 確かに背の高めなリィンが辺りを見渡せば、それだけで結構な索敵範囲となるので有効な手といえよう。

 

 しかしまあそれはそれとして……。

 

「リィンってそういうとこメイ先輩と似てるよね」

「え? どういうとこ?」

「いや、なんていうか……不思議なことを不思議なまま不思議として受け入れるところが……」

 

 上手く言語化できないが、そんな感じ。

 

「何それ?」

「いやあたしも何か上手く言葉に出来ないや。ごめんね」

「別に謝らなくても……ん?」

 

 リィンが、ふと何かに気づいたように声をあげた。

 視線はシズクではなく、左前方の遥か先に向いている。

 

「どうしたの? リィン」

「ジグさん、見つけたよ。ほら、あそこ」

「うば?」

 

 リィンの指差した先をシズクは目を凝らして見つめる。

 

 ショップエリアのライブステージ近くにあるベンチの近く。

 何かしているわけでもなく、ただただ単に黒いキャストが佇んでいた。

 

「……ああ、ホントだ。写真と同じパーツと色だね……何してるんだろ」

「お爺ちゃんだし、日向ぼっこじゃない?」

「キャストが? ……いや、まあこういう偏見はよくないか」

 

 キャストは、俗に言うアンドロイドやロボットみたいな種族だ。

 故に合理的思考を好み、無駄なことをしない――というのが基本的なキャストの性質だが、最近はそうでもない。

 

 機械だからこそ、人間らしい生き方を好むキャストは年々増えている。

 

 なのでキャストが日向ぼっこをしていても、なんらおかしな話ではない。

 

「……む?」

「うばっ」

 

 ジッと見つめていたら、ジグがシズクとリィンに気づいたのかこっちを向いた。

 

 気づかれてしまっては仕方が無い(?)と二人は真っ直ぐにジグの元へ歩み寄り、ぺこりと会釈をした。

 

「こ、こんにちは」

「こんにちはー、貴方がジグさんですか?」

「ああ、如何にもわしは刀匠ジグだが……何か用かな?」

 

 シズクの問いに、ジグは頷いた。

 このキャストこそ、探していた『ジグ』で間違いないようだ。

 

(……案外早く見つかったな)

「えっとですね、あたしたちクラフトについて知りたいんですけど……」

「ほう、そんなに若いのにクラフトに関心があるとは珍しいの」

 

 ジグの言葉に、シズクとリィンは首を傾げた。

 

 珍しいのだろうか。

 弱い武器を強くする――なんて需要がありそうなものだが。

 

「弱い武器を強くするより、強い武器を新たに新調したほうが楽だし強いのでな。

 クラフトは本来、思い入れはあるが性能が着いていけなくなった武器を戦えるようにする技術なんじゃよ」

 

 不思議そうな顔をしていたシズクに補足するように、ジグは言った。

 

 成る程、とシズクは頷く。

 確かに若者は思い入れのある武器を無理して使うよりも、新しい武器を鍛える方を選ぶだろう。

 

 何せ、そっちの方が楽に強くなれるのだ。

 

 ゲームじゃあるまいし、自分の生死を左右する武器に過剰な思い入れは不要という意見の方が多いのは仕方が無いだろう。

 

「刀匠としては、武器は一つ一つに魂がある。使い込むことでその真価を発揮できる道も あると思うのじゃが……っと、すまんな、話が逸れてしまった。えーっと……」

「あ、そういえば名乗っていませんでしたね。あたしはシズク、こっちがリィンです」

「シズクと、リィン……? 何処かで聞いた名じゃな」

 

 ずい、っとジグはリィンの顔を覗き込むようにしてそう言った。

 

「うば? 多分戦技大会の記事を見たんじゃないんですかね」

「戦技大会……? ……いや、そんな最近のことではなく、もっと昔に……むぅ、思いだせん」

 

 まあいいか、とジグは呟いて、おもむろにアイテムパックを開きだす。

 

 そして箱型のアイテムデータを二つ取り出すと、それをシズクとリィンに渡した。

 

「これは?」

「クラフト用の素材じゃよ。初めての人には配っておるものじゃから、遠慮なく受けとっておくといい」

「うば、ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

 

 箱型アイテムデータを解凍すると、中から複数のアイテムが出てきた。

 

 アイロニアとか、PAフラグメントとか、見知らぬアイテムで一杯だ。

 

「わ、全然見たこと無いアイテムが入ってるわね……」

「クラフトの基礎的なやり方を書いた教科書も入っておる。それを読めば誰にでも基礎的なクラフトはできるから、まずはその通りにこなしていくことじゃな」

「うば? そんなに簡単なんですか?」

 

 箱の隅に入っていた薄い冊子をぺらぺらと捲りながら、シズクは首を傾げた。

 

 見た感じ、相当簡単だ。

 手順に従って、武器の構造を器具で弄ったり機械に放り込んでボタンを押すだけだったり。

 

「基礎は、な。極めるとしたら、それ相応の努力が必要なのは当然じゃ」

 

 何事も、極めるのが大変なのは当然のこと。

 それはどれだけ技術が発展しようと、科学が進展しようと変わらぬことだ、とジグは言った。

 

「クラフターの道は、一日にしてならず。頑張るんじゃぞ、若人」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 それから、数十分後。

 

 ジグの軽い説明を終えた後、シズクのマイルームに戻ってきたシズクとリィンは、早速クラフトの準備に取り掛かっていた。

 

「『クラフトは、”性能を強化する”というより”性能を画一化する”ものである。クラフトレベルという”型”に武器を押し込んで、一定の能力になるまで能力を上乗せする技術である』」

 

 さっき渡された教科書を読みながら、シズクはマイルームに『クラフトコンソール』と『クラフトエクスビルダー』と呼ばれるクラフト用のルームグッズを置いていく。

 

 どちらもFUNと呼ばれる何故か頻繁に手に入る良く分からない通貨を使って買ったものだ。

 

 尚似たようなものにACと呼ばれる極稀にいつの間にか手に入っている通貨もあるのだが――まあこの辺りについて話すと世界の深淵に触れかねないので閑話休題(それはさておき)

 

「……つまり、ブラオレットみたいな弱武器なら中堅武器まで性能を上げれるけど、星9とか10以上の強い武器をクラフトすると逆に弱体化しかねないってことね」

「運がいいと本来適正の無いクラスの装備適正が付与されたりもするみたいね……あ、もしかしてメイさんがメインファイターなのにツインマシンガン使えてたのってこれのおかげ?」

「あー……、そういえばそうね。地味に前から不思議だと思ってたわ」

 

 話しながら、設置したクラフトコンソールを起動する。

 

 強化する武器の種類と、型と、強化値などのデータを設定していくと、クラフトの手順や方法が画面に映し出された。

 

 後はこの通りにやっていくだけだ。

 慣れている人なら大成功も起きやすいが、まだ素人であるシズクがやっても大成功が起きる確率は低いだろう。

 

「……さて、と」

 

 シズクがクラフトしている間、漫画でも読んでるかな、とリィンは端末を開いた。

 

 メイから借りた、『サクラとジュリエット』。

 あと少しで読み終えられそうなのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 ページを捲る音と、クラフトの機械音だけが鳴っている。

 シズクのマイルームだから、ルインも居ないので家事の音すらしない。

 

(なんか、先輩たちが居なくなってからこういう時間増えたなぁ……)

 

 ページを捲る手を止めて、リィンはシズクの背中を見る。

 

 順調にクラフトは進んでいるようだ。

 まあシズクは器用な方だし、元々あまり心配していないが。

 

「ねえ、シズク」

「んー? 何?」

「早く後輩欲しいね」

 

 シズクが驚いたように振り返って、リィン見つめた。

 

「……な、何よその顔」

「びっくりした……早く子供欲しいねって聞こえたから何時の間に新婚夫婦になったのかなって……」

「んにゃっ!? そ、そんなわけないじゃない! 何考えてんのよ!」

「うばっはっは……いやー、焦った」

 

 シズクは笑いながら冷や汗を拭い、

 リィンは照れた顔を隠すように書籍データを顔の前に引き上げた。

 

「もー……ところでクラフトはどう? いい感じ?」

「とりあえず一回やってみたけどかなり強くなったよ。……ただ、素材が最初に貰った分だけだと足りないかもしれない」

 

 一段階クラフトしたブラオレットを手元でくるくると回しながら、シズクは答えた。

 見た目は変わりないが、スペックはそれ相応に上がっているのだろう。

 

「素材ってどうやって手に入れればいいんだっけ。アイテム分解?」

「えっと……星7以上の武器を分解だって」

「うわぁ……」

 

 教科書を読んで、シズクはずーんと擬音語が聞こえそうな声色で呟いた。

 

 星7以上の武器なんて、シズクはほぼ持っていない筈である。

 

「うばー……しかもPAフラグメントはLv11のフォトンアーツディスクを分解、か……まあ素材はマイショップにも出品されているらしいからそっちから買うしかないなぁ」

「お金がかかりそうねぇ……」

 

 なるほど、新しい武器を買ってそれを強化する方がお手軽だわ、とリィンは納得するように頷いた。

 

 ドゥドゥは運さえよければそこまでメセタはかからないし。

 ……運さえよければ、だが。

 

「ん?」

 

 その時、リィンの端末がメールの着信を伝えるように音を鳴らした。

 

 ルインからだ。

 内容は、シンプルに一行だけ。

 

 晩御飯ができたから帰ってこいというものだった。

 

「シズク、私そろそろ帰るわ。ルインがご飯できたって」

「うばー。もうそんな時間かー。明日もウォパルだっけ?」

「うん。明日辺りにはボス級と戦ってみたいわねぇ」

「そだねー。雑魚はもうリィンがいると楽勝すぎるし……」

 

 立ち上がって、出入り口の扉へ向かう。

 扉の開閉スイッチを押そうと手を伸ばした――その時だった。

 

 扉が、開いた。

 

 スイッチを押していないにも、関わらず。

 

「失礼します」

 

 落ち着いた女性の、声がした。

 

 しかし声の主の姿がリィンには見えない。

 ――それもそのはず、相手はリィンの高身長だと首を曲げないと視界に入らないような低身長。

 

 猫耳メイドの格好をした――小さいリィン・アークライトがそこに居た。

 

 




もうすぐ100話じゃん、100話で丁度シズクの正体判明できないかな、とか考えて計算してみたんですけど無理でした。畜生。

というわけで、シズクのサポートパートナー、登場です。
どうでもいいですが、シズクは猫耳派、リィンは兎耳派、メイは狐耳派、アヤは犬耳派です。


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わりとすぐ泣く

シリアスさんは死んだ! もう居ない!

うん、ていうかこの二人が対立したり喧嘩する展開を書きたくないっていうか……。
お膳立てしといてなんだけど割とあっさりした展開です。ごめんなさい。


「本日よりシズク様のサポートとして任命されました、戦闘用サポートパートナーの『レィク』です」

 

 よろしくお願い致します。

 と、レィクと名乗ったリィンそっくりの猫耳メイドサポートパートナーは丁寧にお辞儀をした。

 

 ……が。

 お辞儀を受けた方――シズクは固まっていた。

 

 頭の回転には自信がある方だったのだが、何一つ言葉が出ない。

 

「…………シズク」

「う……ば……」

 

 くるり、とリィンはゆっくりと振り向いた。

 

 表情は、真顔。

 何を考えているのか、全然察せない。

 

「この子……何? シズクのサポートーパートナー?」

「は……はい。そうです……」

 

 思わず敬語になって頷くシズクだった。

 

 「ふぅん」とリィンは呟いて、レィクの猫耳を指先で突いた。

 

「何で猫耳付いてるの?」

「それは……その……」

「何でメイド服なの?」

「ええっと……うば、うばー……」

 

 言いながら、リィンはシズクの方へと足を進める。

 一歩一歩、ゆっくりと。

 

「ん?」

 

 ずい、っと。

 リィンはシズクの瞳を覗きこむように顔を近づけた。

 

 海色の瞳は、光らない。

 

「あ……う……」

 

 代わりに、海色の瞳が潤みだした。

 頬は紅潮し始めて、眉は八の字に歪みだす。

 

「う、うぅぅ……」

「ちょ、シズク!?」

 

 突如。

 ぼろぼろと、シズクの瞳から涙が溢れ出した。

 

「ぐす……うぅ……」

「な、何で泣くのよ。どうしてこんな姿にしたのか訊いてるだけじゃない」

「ううう……だってぇええええええ」

 

 ぐしぐしと目を服の袖で拭い始めたシズクの腕を掴んで止め、ハンカチを取り出し渡す。

 

「リィンに嫌われるかと思ったら……ぐすっ……ぅばー……」

「あーもー……まあびっくりしたけど、これくらいじゃ嫌いにならないわよ」

 

 安心させるように、リィンはシズクを抱きしめた。

 背中に腕を回して、ぎゅっと身体を引き寄せるように。

 

「…………ほんと?」

「ええ。……生理用品コレクションされてたのに比べれば、うん、これくらい」

 

 某姉の顔が頭をちらついたので、かき消す様に首を振る。

 

 ぽんぽんと頭を撫でるように叩いていると、ようやく落ち着いたのかシズクの眼から流れていた涙が止まった。

 

「……あのね、ほんと出来心だったの。つい作っちゃってつい決定ボタン押しちゃって」

「そう……」

「不快だったよね? 自分と同じ顔なんて――ごめんね」

「いいよ、許すわ」

 

 引っ付いていた身体を少し離して、目線を交わす。

 

 あれ、何だか、凄く良い雰囲気じゃないか――なんてシズクが涙とは別の理由で頬を紅潮させた、瞬間。

 

「――許す、けど」

「うば?」

 

 ふいに、リィンが身体を離してレィクの方へと歩み寄った。

 

 レィクはシズクとリィンが話している間、一歩も動かず同じ態勢で待機していた。

 これこそが本来サポートパートナーのあるべき姿勢なのだろう。ルインはほんと何なんだアイツみたいなことを頭の片隅で考えながら、リィンはレィクの猫耳とメイド服を撫でる。

 

「何で猫耳メイドなの?」

「…………」

「こういうの好きなの?」

「…………」

 

 沈黙は、時に言葉よりも雄弁に真実を伝えるという。

 

 シズクが猫耳派のメイド好きというのは確定的に明らかであった。

 

「ふーん」

「う、うば……べ、別にいいじゃん。猫耳もメイド服も超可愛いじゃん」

「ふーーん……」

「そ、そんなに特殊な性癖じゃないでしょ! アヤ先輩の執事フェチに比べたらまだマシだよ!」

「……今度同じ格好してあげようか?」

 

 是非お願いします、と。

 シズクは即行で土下座した。

 

 迷いの無い――完璧で迅速な土下座だった。

 

「嘘よ」

「うばあー! 土下座! 土下座までしたのに!」

「流石に猫耳メイドは恥ずかしいわ」

「えっ」

 

 レィクがリィンの発言に、軽くショックを受けたような反応を示した。

 

 流石に普通のサポパといえど、自分の格好を恥ずかしいと言われたらそりゃショックだろう。

 

「え、あの」

「あっと……そろそろ帰らなきゃルインに怒られちゃうわ」

「ちょ」

「また明日ね、シズク。あ、それとレィクちゃんもこれからよろしくね」

「あ、はい」

 

 ふりふりと手を振って、リィンはシズクの部屋を出て行った。

 レィクの制止は届かなかったようである。

 

 ……何と言うか、まあ。 

 

「…………強くなったなぁ、リィン」

「あの、マスター……私のこの格好って恥ずかしいものなのでしょうか」

「うばー、そうだねー……正直顔も含めてその格好を他の知り合いに見られたら気まずいし……」

 

 ラッピースーツでも買って着せようか、と。

 

 シズクは薄くなっていく財布に内心涙しながら微笑んだ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「遅い! 牛歩にも程がありますよ乳牛女(マスター)!」

 

 リィンが自分のマイルームの扉を開けた直後、罵声が飛んできた。

 

 当たり前だがルインのものだ。

 もう慣れてるので、罵声はスルーして一直線に食卓へ向かう。

 

「ごめんね、ちょっと色々あって」

「色々ぉ? ワタクシの美味しい出来立てほかほか料理より大事なことがあったのですか?」

 

 リィンのコップに飲み物を注ぎながら、ルインは怒りの表情を隠そうともせずに言った。

 

 そう言われるとルインのご飯より大事なものとかあまり多くは思い浮かばない辺り流石の一言だが……今回ばかりはご飯より大事なことだった。

 

「うんまあ、かいつまんで言うとシズクが泣いたから抱きしめて慰めてた」

 

 ガラスの割れる音と、液体が零れる音が同時に響いた。

 

 ルインが、持っていたコップを落としたのだ。

 

「ちょ、ルイン何やって」

「何ですかそれ!? 詳細を詳しく細かく教えてください! 何でもしますから!」

「お、落ち着きなさいよ。頭痛が痛いみたいになってるわよ」

 

 どうどう、と猛るルインを抑える。

 ホント、サポートパートナーらしくない子だ。

 

「別に詳しく話すようなものじゃないわよ」

「くっ……気になる……!」

 

 後でシズク様にも聞いてみよう……! と何か決意を固めているルインをスルーして、リィンは食事を口に運ぶ。

 流石の味だ、若干冷めているところは不満だがまあそれは自業自得ということで甘んじて受け入れよう。

 

「ん?」

 

 と、その時だった。

 

 リィンの端末が、メールの着信を告げるように鳴り響いた。

 シズクでも、元【コートハイム】の二人でも、【アナザースリー】でも無い――けれど見慣れたアドレス。

 

 アークスの管制室から送られてきた通知だ。

 当然こういったお知らせメール的なものが来ることは珍しいことではない。

 

 まあ尤も自分にはあまり関係ないような、あるいは興味が無いような内容が多いので、慣れた手つきでメールを開封して、既読だけ付けてすぐ閉じる。

 

 そして、件名が目に入り急いで再び開いた。

 

「…………これだ」

 

 ルインに聞こえないように、呟く。

 

 管制室から送られてきたメール、そこにはこう書かれていた。

 

 『サポートパートナー定期メンテナンスのお知らせ』、と。




登場人物の名前の頭文字がラ行多すぎ問題。

これ以上は増やさんぞ……!


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謝罪と邂逅

しばらくゆっくり更新すると言ったな? あれは本当だったけどそろそろ更新頻度高めます。

久しぶりの【アナザースリー】登場です。
ボクっ子と巨乳ドジっ子と淫乱キャストの三人組みです。


「シズクー?」

 

 翌日、朝。

 シズクのマイルーム前に、リィンは立っていた。

 

 部屋には鍵がかかっているので、入れない。

 シズクは基本朝起きたらマイルームの鍵を開けるので、鍵がかかっているということはつまり寝ているということで……。

 

「明日は朝からウォパルって言ったのになぁ……」

 

 端末を開いて、時計を確認。

 もう約束の時間は過ぎている。

 

「はぁ……仕方ないなぁ……」

 

 インターフォンを連打しながら、端末の画面を動かしアドレス帳からシズクを選ぶ。

 

 モーニングコール代わりに通話を飛ばしてやろう、と通話ボタンに手を伸ばしかけたその時だった。

 

 がちゃり、と鍵が開く音がした。

 同時に、ゆっくりとシズクの部屋の扉が開いていく。

 

 やっと起きたか、とリィンは端末の画面を閉じて、部屋から出てきたシズクと向き直る。

 

「遅いわよシズク、今日は朝からウォパル行くって言ったじゃない」

「…………」

「……シズク?」

 

 のそり、と。

 部屋の中から、寝巻きのシズクが出てきた。

 

 が、何だか様子がおかしい。

 いつものテンションは何処にもなく、ただ只管に、

 

 無表情で、

 無機質で、

 

 人間味が、全く感じられない表情をしていた。

 

(そういえば、シズクの寝起きを見るのって始めてかも)

 

 シズクが泊まるときも、いつも朝ごはんを手伝うために彼女は早起きをしていたから。

 

 寝起きに立ち会ったのは、これが始めてだった。

 

「シズク?」

「…………リィン」

 

 声にも、何処か抑揚が無い。

 

 髪もぼさぼさで、赤い髪の根元にある黒色の地毛がちらちら見えていた。

 

「……あたしは謝罪する(・・・・・・・・)

「?」

「昨日、クラフトに夢中になって夜遅くまでやってた所為で……まだ眠くてなんというかもう……無理」

 

 ぼふっと、シズクは目を閉じてリィンの胸元へ崩れ落ちた。

 

 そしてそのまま寝息を立てて眠ってしまった。

 ……立ったままおっぱいを枕にして寝るとは、器用な子だ。

 

「はぁ……しょうがないわねぇ」

 

 眠るシズクを抱きかかえて、リィンはシズクの部屋に入った。

 

 レィクは居ない。

 戦闘用サポートパートナーはクライアントオーダーの素材集めにフィールドに居ることが多いらしいので、多分その関係だろう。

 

「よしっと……」

 

 シズクをベッドに寝かせて、布団をかける。

 額に肉とでも書こうかと思ったけど、残念ながらペンが無かったので断念。

 

 ウォパルに行くのは午後からに変更ね、ということだけメールを送っておいて、リィンは部屋を出た。

 

(さて、ぽっかり空いた午前の予定をどうしようかな……)

 

 廊下を歩きながら、思考する。

 

 サポパの定期メンテナンスは明日だし、一人でウォパルに行くのは何だか味気ない。

 

「……午後から行く予定だったとこにでも、行きましょうか」

 

 呟いて、リィンはテレパイプの転送先座標を弄りだす。

 

 デパートの域を超えたデパート――SGNMデパートへ。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「う、わぁあああああああああああああああああああああああ!?」

「きゃぁあああああああああああああああああああああ!?」

「うっひょひょーーーーーーい!?」

 

 惑星リリーパに、少女の悲鳴が三つ――いや、悲鳴かどうか怪しいのが一つあったが、兎も角三つ響いた。

 

 声の主は――【アナザースリー】の三人娘。

 上からマコト、リナ、そしてラヴの声である。

 

 三人とも、全力疾走で何かから逃げながらの叫びだ。

 

「な、なん、何でこうなったのおおおおおおおおおお!?」

「うぇえええええええええん! おうち帰りたいいいいいいい! テレ、テレパイプ! テレパイプは!?」

「駄目ですよリナさん、こんな状況でアイテム使ってたらその間に殺されちゃいますよう!」

 

 だから走る。

 全速力で、走り続ける。

 

 惑星リリーパの、地下坑道――”だったところ”。

 

 惑星リリーパ・壊世区域を、走り抜ける。

 

「わぁあああああああ!」

「ひぃいいいいいいいいい!」

 

 背後から、爆発音。

 

 ちらりと後ろを振り返ると、一匹で【アナザースリー】全員を皆殺しにできるような超弩級の機甲種が全部で二十匹くらい。

 その全てが彼女たちに砲塔を向けていた。

 

「やばいやばいやばいマジで死んじゃうぅううううう! 何でリリーパに壊世区域があるんだよ! ナベリウスだけじゃなかったの!?」

「はっ! マコトさんマコトさん! 今こそあの『生涯で一度は言ってみたい台詞トップスリー』に入る、『ここは私に任せて先に行け!』が使えるときでは!?」

「使わないし使ったらぶち殺すよ!?」

 

 ラヴの言葉にマコトがツッコミを入れた瞬間、砲弾がマコトの頬を掠め、

 遥か先の極彩色をした坑道に落ちて爆発した。

 

「……っぅ!?」

 

 怖すぎる怖すぎる怖すぎる。

 あんなのが当たったら即死確定である。

 

 最早、ここまでか、と。

 マコトが絶望しかけたその時だった。

 

「あ! 見て! あれ出口じゃない!?」

「おお! ホントですね!」

 

 リナが指差す先に、地上へと続く階段があった。

 

 この壊世区域に入るときに通った階段だ。間違いなく壊世区域の外に繋がっているだろう。

 

「ほら、急いでマコト!」

「走りますよー! 足が折れるまで!」

「…………うん!」

 

 走って。

 走って走って階段を駆け上って。

 

 三人は、地上へと飛び出すように走り抜けた。

 

「ぬっ!」

「けっ!」

「たぁあああああああ!」

 

 ずざざー! っと地面を野球選手のヘッドスライディングのように滑りながら、脱出。

 

 【アナザースリー】。

 無事、元居た採掘場跡に帰還成功である。

 

「ぜぇ……はぁ……こ、ここまでは追ってこないみたいね……。あー……死ぬかと思った」

「ふぅー……報告、しないとね。リリーパにも壊世区域があったって」

「いやぁ、その前にもう帰りましょう。二人ともお疲れでしょうし」

 

 ラヴの提案に、二人は素直に頷いた。

 もう一歩も動きたくない程、肉体的にも精神的にも疲れている。

 

 だが、テレパイプを出そうとアイテムパックを開いた瞬間だった。

 

「……ん?」

「え?」

 

 ふと、三人がいる場所に影が差した。

 

 厚い雲が丁度通った、とかでは勿論無く、上空から巨大機甲種――。

 

 ――『ヴァーダーソーマ』が、ジェット噴射の爆音を鳴り響かせながら彼女たちの前に降り立った。

 

「ははは……今日は厄日ですねぇ」

「二人とも……戦える?」

「このくらい、壊世のエネミーに比べれば……!」

 

 立ち上がって、武器を構える。

 マコトが、ガンスラッシュを構え前へ。

 ラヴとリナがそれぞれランチャーとタリスを構えて後方支援。

 

 これが【アナザースリー】の基本戦陣だ。

 

 剣モードのガンスラッシュを持ったマコトが敵を翻弄して、高火力の大砲とテクニックでとどめを刺す。

 

 だがしかし、今日のところは。

 

 それをお披露目する機会はなさそうだった。

 

「うばー! ジェット噴射うるさい邪魔ー!」

 

 金属が、それ以上に硬く鋭い物質に切断される音が突如響く。

 次の瞬間、ずるりと縦半分(・・・)に切り裂かれたヴァーダーソーマの身体が崩れ落ちるように倒れ、消えた。

 

「まったく! 図体がでかいエネミーは騒音もでかくて嫌だわ……はぁー、ここら辺にはアプちゃんの力も無さそうだし、別のところに……ん?」

 

 ヴァーダーソーマを切ったのは、一人の少女だった。

 

 真っ白い髪と、真っ白いドレスを着た、赤い瞳の少女。

 

 そう。

 お察しの通り、ダークファルス【百合(リリィ)】である。

 

「何……? この辺から懐かしいような良い匂いのような変な感じが……」

 

 【百合】は首を傾げながら、壊世区域がある方へ向かってふらふらと宙を飛ぶ。

 

 ちなみに空を飛ぶのはダークファルスにとって標準装備の能力である。

 

 そんな。

 そんな風に【若人】が近くにいないというのにふざけた態度の【百合】を見て、【アナザースリー】は固まっていた。

 

 目を見開き、全身に冷や汗をかいて、固まっていた。

 

 キャストであるラヴですら、身動き一つ取れない。

 

 うかつに、動けない。

 

 だって、アークスである三人には分かってしまうのだ。

 

 目の前にいる可愛い少女が――紛れもなく本物のダークファルスだということが。

 

「…………うば?」

「っ……!?」

 

 位置関係的に、遅すぎたくらいだが。

 ようやく、【百合】は【アナザースリー】の三人を目視した。

 

「……ああ、アークスってやつね、貴方たち」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 三人とも、無言だ。

 というよりも、喋る余裕がないと言うべきか。

 

 アークスとして、最低限以上のダークファルスの知識は持っている。

 

 なので、今存在を確認されているダークファルス達の容姿や名前くらいは勿論知っている。

 だから、今目の前に存在している白いダークファルスが――未確認のダークファルスだということも、理解せざるをえなかった。

 

 本当に、今日は厄日だ。

 人生最悪の日だといっても過言ではないだろう。

 

(ていうか……『うば』って……その口癖は……)

「……うばー、別にあたしアークスなんかに興味ないし、見逃してあげてもいいんだけど……」

 

 近寄って、【百合】は【アナザースリー】の三人を嘗め回すように眺めて言った。

 

 その言葉で、わずかに三人の緊張が解けた。

 展開次第では、見逃してもらえる可能性もあるのでは、と。

 

「でも」

「えっ」

 

 じろり、と【百合】はマコトを見た――いや、睨んだと言ったほうが正しいかもしれない。

 

 鋭い目つきで、ドスの聞いた声で、言い放つ。

 

「男は死ね」

「ちょっ……!?」

 

 瞬間、【百合】がかざした手の先から、茜色の剣が出現・射出された。

 

 高速で放たれた剣を、マコトは間一髪のところで後ろに飛び跳ねることによりかわして――リナのおっぱいに後頭部を突っ込んだ。

 

 むにゅん、と柔らかい感触が後頭部を襲う。

 

「きゃっ」

「は? ラッキースケベする男とか許せないわ死ね」

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってタンマ待って!」

「あたしね、女の子は女の子同士で恋愛して、男は死ねって思ってるの」

 

 超持論を語りながら、【百合】は更なる剣を展開する。

 

 背後に五本、左右に三本ずつの、合計十一本。

 これらを一斉掃射したら、間違いなく今度こそマコトはお陀仏だろう。

 

「待って! その、ボクは……!」

「この子女の子なんですよぉおおおおおおお!」

「うわぁああああああああ!?」

 

 突如、マコトの胸元がラヴによって思いっきり開かれた。

 

 マコトの慎みやかな胸が一瞬外気に晒され、僅かに揺れる。

 しかしこれまた一瞬でマコトの腕がそれを阻害した。

 

「ラヴぅぅうううううう!? 何するんだ! この!」

「マコトさんが女の子だということを証明するためですよぅ、決して私が見たかったからとかそういうのじゃありません! 決して! 決して!」

「二度も言うと逆に怪しいんだけど?!」

 

 ……てっ。

 こんなコント紛いなことしている場合じゃあない。

 

 目の前のダークファルスは――顔を手で覆っていた。

 

 若干、肩が震えている。

 妙なコントもどきを見せられて怒りに触れたのだろうか……と、マコトはいよいよ戦闘開始を覚悟しガンスラを強く握った。

 

「…………貴方、女の子だったの?」

「そ、そうだよ……」

「うばー……何だろう。……何だか貴方――」

 

 ふわり、と【百合】はマコトの前に降り立った。

 品定めするように、ゆっくりと手を伸ばし、そして――。

 

「――イラつくわ」

「あぐ」

 

 剣が、マコトの腹部に突き刺さった。

 

 フォトンの守りなんてものともせず、刃は容易くマコトの身体を貫き破る。

 

「マコトさん!?」

「ま、マコトー!?」

「あたしは優しいから、これくらいで勘弁しといてあげるわ」

 

 くるり、と【百合】は踵を返した。

 

 周囲に展開していた剣群は既に消えている。

 本当にこれ以上戦うつもりは無く、去っていくようだ。

 

「だから、その引き金は引かない方がいいと思うよ」

「…………!」

「っ……!」

 

 リナのタリスと、ラヴの銃身が背を向けた【百合】に突きつけられていた。

 

 だがしかし、例え全力で集中砲火したところで勝ち目が無いのは明らかだ。

 

「じゃあねアークスのおにゃのこたち。精々男なんぞに靡かずに、そのまま百合百合していてくれたまえ」

 

 最後に【百合】らしいことを言って、ダーカーワープを使い白いダークファルスは消え去った。

 

 ……色々と、言いたいことや、やらないといけないことがあるけどとりあえず。

 

「リナさん、早くムーンアトマイザーを! 私はテレパイプの準備をしておきます!」

「は、はい!」

 

 白いダークファルスが去ったことにより、マコトに突き刺さっていた剣は消えている。

 故に、マコトの腹からは止め処なく血があふれ出ていた。

 

 早く治療しなければ命が危ないだろう。

 ムーンアトマイザーの、黄金の光が辺り一面に広がっていく。

 

 マコトの傷が塞がったのを確認して、【アナザースリー】の三人はアークスシップへ帰還するのであった。

 

 

 




この後報告を受けたアークスの管制室が、新種のダークファルスをその性質からダークファルス【百合】と仮呼称するのだが、それはまた別のお話。


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黒兎は誇りを捨てた

2017/2/10 22:41 大幅に書き直ししましたー。

サブタイトルから変わってるけど、オチは変わってないので見なくても一応平気。
だけど経緯が結構変わってるから読んで欲しいという乙女心。……乙女心?


「お買い上げ、ありがとうございましたー」

 

 SGNMデパート。

 コスチューム・アクセサリーエリア。

 

 数多くのお洒落グッズを販売している、お洒落さんご用達のお店だ。

 

 そんなお洒落によるお洒落のためのお洒落空間に、

 はたから見たら違和感が無いのに、見る人が見れば違和感しかない少女が一人。

 

 リィンが、コスチュームショップのレジから恥ずかしそうに姿を現した。

 

「…………買っちゃったわ」

 

 即座にアイテムパックへと仕舞った新コスチュームを眺めつつ、呟く。

 

 気分は、初めてお洒落に手を出す男子中学生だ。

 

「こういうのが……シズク好きなのよね? ……こういうので、いいのよね?」

 

 ぶつぶつと可愛いことを言いながら、リィンはコスチュームショップを出た。

 

 出た、と言っても服や装飾品関連のお店が立ち並ぶエリアなのでまだアウェイ感はある。

 

 早々に立ち去って武器迷彩エリアにでも行こうかしらとリィンが歩みを進めたところで――。

 

 とあるアクセサリーが、リィンの視界に入った。

 

「…………ん?」

 

 ショッキングピンク色の外装をした、派手なアクセサリーショップの店頭販売。

 

 網棚に引っ掛けるように、『それ』は売っていた。

 

「……これは……」

 

 『それ』――黒いウサ耳付きカチューシャを、リィンは手に取った。

 

 ふわふわの黒毛で覆われた、可愛らしいというよりあざとい頭部アクセサリーである。

 

「…………シズクに似合いそうね」

 

 買おう、と小さく呟いて。

 

 リィンはそのアクセサリーショップのレジへと歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 あくまでこれは自己評価だが、シズクは自分で自分のことを『他人の期待に応えられる人』だと思っている。

 

 ……勘違いしないで欲しいが、これは自惚れや自意識過剰ではない。

 『期待』というのは、『こいつなら多少無理なことやらせても大丈夫だろう』とかそういう重たいものばかりではないのだ。

 

 例えば、性格。

 シズクの非常に子供っぽい性格は、実のところ半分演技である(なので半分は素)。

 

 理由は、『容姿が子供っぽいから』。

 

 人並み外れすぎた観察力と洞察力を持ったシズクには――見えてしまうのだ。

 

 相手が、自分に何を求めているのか。

 

 どんな反応を求めているのか。

 どんな振る舞いを求めているのか。

 

 『こんな小さくて愛らしい容姿なのだから、無邪気で天真爛漫な子供っぽい人なのだろう』。

 

 大抵の人がシズクに抱くであろう第一印象のキャラを、半ば無意識に演じている。

 

 故にシズクの自己評価は、『他人の期待に応えられる人』なのだ。

 

 だって、他人が自分に何を期待しているのかが察してしまうのだから。

 

(だから――)

 

 アークスシップ・カフェ。

 小規模ではあるが、甘く美味しそうな匂いが充満しているアークスたちの憩いの場。

 

 そこで、シズクとリィンは向き合っていた。

 

 食べ終わった昼食が乗った机を挟んで、二人で。

 

(――だからって)

 

 冷や汗を滲ませ、引き攣った笑みをシズクは浮かべる。

 

 対照的に、リィンはニッコニコだ。

 

 黒毛のウサ耳カチューシャを前方に突き出して、

 シズクじゃなくても分かる程分かりやすい期待の眼差しを、彼女に向けていた。

 

(だからって、この期待には応えたくねーっ!)

「絶対似合うから! 絶対シズクに似合うから!」

「う、うば……流石にちょっと……」

 

 頬を紅潮させながらカチューシャを全力で推してくるリィンに、シズクは若干某姉の面影を見ながらも、拒否の意を示した。

 

 流石にこれはもう可愛いとか似合うとかより、あざといという言葉が出てくるレベルだ。

 

(リィンが兎好きなのは知ってたけど……まさかこんな要求をされる日がくるとは……)

「お願いシズク。折角買ったんだからさぁ……」

「うばー……なら自分で着けてみたら?」

「それじゃ意味ないのよー……」

 

 むーっ、とリィンは不満を示すように頬を膨らませた。

 

 そんな可愛い顔をされても、可愛いだけである。

 何を言われようと流石にこんな公衆の場でウサ耳を付けるわけには……。

 

「…………シズクは、私の猫耳姿見たのになぁ……」

「うばっ」

 

 ぼそり、と小さく呟かれた言葉は、シズクの胸をぐさりとえぐりこむように突き刺した。

 

「う、うばば……いやあれはサポパで……」

「勝手に人のそっくりさん作って自分好みの格好させちゃってさ……それなのに自分がちょっと恥ずかしい格好させられそうになると拒否るとか……」

「ぬぐ……っ。で、でもリィンだって猫耳を拒否……」

「あーそういえばさぁ、今日朝からクエスト行く予定だったのに寝坊した人がいるらしいね?」

「う、うば……!?」

 

 罪悪感という刃が、シズクの胸を穿った。

 

 その反応を見て、リィンはにやりと笑う。

 

「あー、朝からクエスト行きたかったなぁ、シズクと二人で。……辛いわぁ、シズクと一緒に朝からクエスト行けなくて精神的に磨耗してるわぁ……あーあ、こんな時シズクのウサ耳姿でも見れば癒されそうなのになぁ……」

「う、うばばば……! そ、そんな交渉術何処で知ったの!?」

少女漫画(サクラとジュリエット)よ」

「でしょうね!」

 

 リィンのこういう知識は大体メイから貰った少女漫画からである。

 

 漫画ゆえに時々突飛も無い知識も植えつけられてしまうが、読み始める前と比べると大分色んな知識がついてきたリィンであった。

 

「さ、シズク」

「…………」

 

 差し出されたカチューシャを、シズクは無言で受け取る。

 

 もふもふの黒毛の感触を確かめるように数度撫で、「マジで?」という表情でリィンを見る。

 

 リィンは、とてもいい笑顔で頷いた。

 

「……分かった。分かったよ、ちょっとだけね。一瞬ね」

「今日一日ね」

「…………ぱーどぅん?」

「今日一日ね」

 

 さーっと、シズクの顔が青ざめていく。

 

 本気だ。

 本気の口調だ。

 

 妥協する気も譲る気もさらさら無さそうだ。

 

「……羞恥心で死んだらリィンの所為だからねっ!」

「羞恥心じゃ人は死なないわよ?」

「知ってるよ! 畜生! ……そう、ちゃく!」

 

 最早どうにでもなれとばかりに、シズクはカチューシャを装着した。

 

 黒いウサ耳が、シズクの赤い髪の毛にはよく映える。

 

「…………」

「…………どう?」

「……可愛いっ!」

 

 満足げに鼻を鳴らして、リィンは頷いた。

 思わず親指を立ててしまうほど、可愛い。

 

「やっぱ似合ってるわー、買ってよかった」

「うばー……よかったね」

 

 何だか周囲から見られている気がして、思わずキョロキョロとカフェを見渡してしまうシズクであった。

 

 幸いにも、客足は少なく、まだ誰にも気づかれていない。

 店を出るなら、今だろう。クエストに出てしまえば他のアークスと遭遇する可能性も低い……。

 

 何だか急に端末を開いてなにやら操作しているリィンを疲れた目で眺めながら、シズクは深いため息を――ん?

 

 端末? 操作?

 しかも、こっちに向けている……?

 

「シズク、写真取るから笑って笑って」

「うば!? 映像に残すの!?」

「当たり前じゃない」

 

 何言ってんの? と言わんばかりの表情に、シズクは焦る。

 こんな姿、映像に残されるなんて冗談じゃない。

 

 良く考えたらリィンの例の自己紹介動画とかまだ持ってる自分が言うのもなんだが、それはそれこれはこれ。

 

 思考をフル回転し、回避策を搾り出す――!

 

「待って! なんかそれはちょっとリィンのお姉ちゃんっぽいよ!」

「えっ」

 

 シズクの叫びは、それはもう絶大な効果があったようだ。

 リィンはすぐに真顔でカメラを下げて、「あ、そうだそうだ」と話題を逸らし始めた。

 

 ミッション、コンプリート……!

 

「忘れるところだった。シズク。語尾に”ぴょん”を付けてね」

「ミッションコンプリートしたのに!」

「ん? みっしょ……え? まあいいわ、絶対可愛いから着けて頂戴」

「いーやーだー! あのねリィン、そういうのは可愛いんじゃなくてあざといって言うんだよ!」

 

 首を大きく横に振って、最大限の拒否を表す。

 

 成熟したとは言い難い年齢だが、幼年とも言えない年頃の少女にとって、ウサ耳つけて語尾にぴょんは羞恥の限界を越えてると言っても過言ではないのだ。

 

「そんなに嫌?」

「嫌」

「……ふーん」

 

 リィンは、手元にあった食後のコーヒーを口に運び、残念そうに俯いた。

 

 そんな顔をされると、少し申し訳ない気にもなるが……シズクにだって譲れない一線は――。

 

「さっき」

「うば?」

「クラフトのしすぎでメセタが無くなった可哀想な子に、昼食を奢ってあげたのは誰だっけ?」

「うばあああああああ! ま、た、そういうこと、言うっ!」

 

 その交渉術やめなさい! っとシズクは若干涙目になりながら叫んだ。

 

 おかげでカフェにいた数名がシズクのウサ耳に気づいたようだが、シズクはそのことに気づいていない。

 

「分かった、分かったよ。昼食代くらい払うよ! いくらだっけ?」

「Bランチセットは1100メセタね」

「1100ね……えーっと」

 

 シズクは、残金を確認するべく端末を開いた。

 

 20メセタしか残ってなかった。

 

 シズクはそっと端末を閉じた。

 

「…………」

「……シズク?」

「……リィン……」

 

 顔を隠すように、シズクは机に顔を伏した。

 

 だが、そのウサ耳じゃないほうの、真っ赤に染まった耳は隠し切れていない。

 

「……やっぱお金ないから奢って……ぴょん」

「……もっと可愛くお願いできたらいいよ」

「か、可愛く…………」

 

 伏せていた顔を上げて、真っ赤な顔でシズクはリィンに向き直る。

 

 ぺしぺしと頬を叩いて気合をためて、

 覚悟を決めたように眉をキリッとさせて、

 勿論語尾にぴょんをつけて――。

 

「――――――!」

 

 シズクは、全力のあざとい声色で懇願した。

 

 彼女の名誉のために、具体的に何を言ったのかは伏せておく――が、これだけは言っておこう。

 

 今日、この日。

 確かにシズクは自身のプライドというものを捨てたのだと。

 

 

 




シズクは何かこういう扱いばっかだなぁ……(今更)。


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ぴょんぴょん

前話を2/10にサブタイトルから大幅に書き直しているので、まだ読んでない方はそちらを先に読んでいただきたいです。
いつも通りオチは変わっていませんが、中身は結構変わっているので注意。



「ていうかまさかウサ耳買うためにデパート行ったぴょんか?」

「いや、ふ、服も買ったわよ」

(……どうせいつもの代わり映えしない初期服なんだろうなぁ……)

 

 雑談しながら、ゲートエリアへ向かってショップエリアを歩く少女が二人。

 

 最早言うまでも無く、シズクとリィンである。

 

 シズクの頭には黒い兎のカチューシャ。

 今日一日、という約束なので当然継続中である。

 

「何かシズクあんまし恥ずかしがって無いわね」

「慣れたぴょん。ていうか良く考えたら平気でバスタオル姿でロビーを歩くアークスとかいるからこれくらい平気だぴょん」

「そういうもんなのかしら……」

 

 まあこればかりは生来の気質というものがあるだろう。

 

 普段からノリとテンションが高いシズクは、吹っ切れさえすればある程度の羞恥プレイなら対応してしまうのだろう。

 

(……じゃあもっと凄い羞恥プレイなら……)

(なんかリィンから妙なSっ気を感じる……)

 

 本当、表情から考えていることが読みやすい子だ。

 

 ……そう、こんなにも読みやすいのに、根っこの部分は察せない。

 

 シズクの『直感』は、作用しにくい。

 

(本当、変わった人だよなぁ……)

 

 まあ尤も、『変わった人』という分類ならシズクの方が変わっているのだが……まあそれはともかく。

 

 二人は、テレパイプを通りゲートエリアに降り立った。

 

 昼過ぎ、というだけあって、それなりに人の数は多い。

 ビジフォンを触っている人、おしゃべりに興じる人、クエストに向けた準備を進める人等、様々なアークスが各々の目的のために右往左往している。

 

「そういえばそろそろ新しいスキル取得できるかもだし、先にスキル上げして来ようかしら」

「うば。じゃああたしはディリーオーダー受けてくるぴょんね。今は少しでもメセタが欲しい――」

「やめなさい! 何してるの貴方たち!」

 

 っと。

 シズクとリィンもまた、クエスト前の準備をしようと動き始めようとした時。

 

 若い女性の、怒声が響き渡った。

 

「?」

「うば?」

 

 と言っても、それ自体は別段珍しいことではない。

 

 アークスは基本的に脳筋で、ゲッテムハルトを代表に気性の荒い者も多い。

 当然ロビーでの喧嘩もままよくあることであり、普段なら気にも留めないのだが……。

 

 その声は、フィリアさんの声だった。

 

 メディカルセンターの看護婦(ナース)で、心優しく献身的、だけど確固たる意思の強さも持った人気のあるナースさんである。

 

 勿論シズクとリィンも彼女のお世話になったこともあるし、メイの看護をしているのもマトイの世話をしているのも彼女ということで、何かと面識がある人だ。

 

「今の、フィリアさんの声ぴょん?」

「何かあったのかしら。行ってみましょう」

 

 そんな人が叫んでいるとあれば、流石に気になるということで、二人はメディカルセンターの方へ足を運ぶ。

 

 メディカルセンターへの低い階段を駆け足で上がり、二人が見たものは――。

 

 武器を構える【アナザースリー】の三人と、武器を向けられて怯えるマトイ。

 そしてその間に立って、【アナザースリー】の三人を宥めるフィリアというどう見ても尋常じゃない光景が広がっていた。

 

「うば!?」

「あれって【アナザースリー】の……?! あ、シズク!」

 

 知り合いだらけで揉めている状況に、たまらずシズクは飛び出した。

 

 何はどうあれ、ひとまず沈静に手を貸すのが筋というものだろう。

 シズクは珍しく真剣な表情で、銃剣を構えるマコトの腕を後ろから掴んだ!

 

「なっ……!?」

「ちょっとマコト……!」

 

 眉間に皺を寄せて、精一杯の力を込めてシズクはマコトの腕を下げさせる。

 

 ふざけている場合じゃない。

 シズクは同じく武器に手をかけていたリナとラヴも交互に睨みつけて、叫ぶ。

 

「何やってるぴょん! 非戦闘員に手を上げるなんて見損なったぴょんよ!」

「「「「「!?」」」」」

「……あっ!」

 

 ふざけている場合じゃない、とは一体何だったのか。

 

 慣れてしまった弊害が早速現れ、緊迫した空気は何処かへ行ってしまったようだ。

 

 流石のシリアスブレイカーっぷりである。

 毒気が抜かれたように、【アナザースリー】の三人はそっと武器を仕舞った。

 

「……シズク、何その語尾と頭の飾りは」

「うばばこれにはダークファルスの闇よりも深い理由が……」

「可愛いでしょ、私が買ったのよ」

 

 ぽん、とシズクの頭を撫でる様に登場しながら、リィンは言った。

 

 呆気に取られているマトイとフィリア、リナにマコト。

 爆笑しているラヴと、流石に恥ずかしがって顔を赤くしているシズクを見渡して、一言。

 

「それで、何があったの?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「あたしと同じ口癖の……」

「私に見た目が良く似たダークファルス?」

 

 数分後。

 【アナザースリー】がさっき惑星リリーパで経験した、ダークファルス【百合】との遭遇についての説明を終えた後、シズクとマトイは口を揃えて言った。

 

「うん、白い髪と……赤い目をした女の子……だけど、あれは間違いなくダークファルスだった」

「コフィーさんにはもう報告したの?」

「うん、真っ先にしたよ。だからその内通達もあると思う」

 

 今頃【アナザースリー】の提出した映像とデータ、会話ログなどを使い事実確認を行っているだろう。

 

 そう言ってから、マコトは再びマトイの方に向き直った。

 

 ジッと、彼女の顔を観察するように覗き込んで、一言。

 

「……うん、でも似ているけど良く見たら別人だね。ごめんなさい、いきなり武器なんて向けて」

「え、あ、私は別に気にしてないですから……」

 

 ぺこり、と深いお辞儀と共に紡がれた謝罪の言葉に、マトイはおどおどとしながらもそう応えた。

 

 優しい、というよりも気が弱いのだろうか。

 たまに話すとき、別にあんな感じじゃないのにな、とシズクは疑問符を浮かべた。

 

「ラヴやんラヴやん、その新種のダークファルスの映像ってあたしらも見れるぴょんか?」

「ん? ああ、見れますよ。特に情報規制はされてないです」

「うば、じゃあ見せて」

「ちょっと待ってくださいね……ええっと、フォルダは……」

 

「…………」

 

 シズクがラヴに映像を要求しているのを横目に見た後、リィンは視線をマトイの方に移した。

 

 白い髪に、赤い瞳。

 ミコトクラスタと呼ばれる白を基調とした和服らしいコスチュームが良く似合っている、美少女だ。

 

「…………」

 

 リィンはマトイと初対面である。

 なので勿論コミュ症気味のリィンから話しかけることなどできないのだが……。

 

(あの、服……)

 

 胸の部分捲ったらどうなるんだろう。

 あれ下着によっては捲れたらまるだしになるんじゃ……。

 

 と、よこしまな……ではなく同性ゆえの妙な不安感に駆られているリィンは置いといて……。

 

「うばぁ……」

 

 【百合(リリィ)】の映像を見たシズクは、苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 

 ラヴの映し出した映像には、画質こそ良質ではないものの、はっきりと新たなダークファルスの姿が映し出されていた。

 

 白髪赤目。

 白いドレスに身を包んだ、白いダークファルス。

 

 確かにマトイに似ている……が、よく見れば普通に別人だ。

 テレビ番組に出てくる、芸能人のそっくりさんレベルの似てる度といえば伝わるだろうか。

 

 無尽蔵に剣を出現させ、自在に操るその能力は直接対峙しなくとも脅威であると分かるし、何より……。

 

 『女の子は女の子同士で結婚して、男は死ね』というセリフを平然と言葉にし、

 マコトが女と分かるや否や、表情から殺意が消えたことから容易に察せられる女性至上主義っぷり。

 

 外見こそ白く清楚な美少女だが、『ダークファルス』の名に相応しい狂気に満ちた中身を持っていることは映像からでも容易に伝わってきた。

 

「……ねえマトイ、フィリアさん」

「はい?」

「な、何かな?」

「有り得ないことだと分かってるけど一応聞いていい?」

 

 もったいぶったような言い方をするシズクに、マトイとフィリアは首をかしげながらも頷く。

 

 そしてマトイは、直後に頷いたことを後悔するのであった。

 

 シズクの、言葉によって。

 

「マトイってさ、経産婦だったりしないよね?」

「ぶっ!?」

 

 説明しよう!

 経産婦というのはようするに出産したことのある女の人を指す言葉である!

 

 マトイは齢にして18。

 有り得……無くはないが、ほぼ無いと言っても過言ではない年齢である。

 

「ち、違うよ! そんなわけないじゃん!」

 

 当然、マトイは顔を真っ赤にして否定した。

 

 さっきまでのおどおどとした態度が嘘のような強い言葉だった。

 

「……フィリアさん、マトイの言ってることは本当ですぴょん?」

「……間違いないでしょうね。検査の結果を見る限りでは……その……何と言うか、マトイさんは不純な恋愛経験は無いようでしたし」

「……ああ、処女ってことで――」

「ふん!」

 

 フィリアさんのぼかした表現を無意味に帰すような発言をしたラヴに、マコトの鉄拳が飛んだ。

 

 相変わらずな関係である。

 

「そ、それで? シズク、変な質問をした理由は当然あるんだよね?」

「あるぴょん。今の答えで、このダークファルスの正体が三割ほど絞れたぴょん」

「「「「マジで!?」」」」

 

 シズクとリィン以外の全員が、驚いたように声をあげた。

 

 あんな突飛の無い質問で何が分かったというのか。

 シズクの直感、フル作動中である。

 

「まあ、まだこれだ! って断定できるものはないから何も言わないけどね。でもとりあえずこのダークファルスがマトイじゃないことは確かぴょん」

「だ……だよね?」

 

 シズクの言葉に、マトイはほっと胸を撫で下ろした。

 

 一抹の不安はあったのだろう。

 何せ記憶喪失の真っ最中なのだ。自分が知らないことに、自分がなっていてもおかしくない。

 

 まあ頻繁に検査はしているだろうから、本当に僅かな不安だったろうが……。

 

「うばば。でもこれから先、【アナザースリー】みたいな人が出てくる可能性はあるぴょんね、容姿似てるし」

「そのたびに説明するのは面倒ですね……私がいつも傍にいれるとは限りませんし……」

「う、うぅ……」

 

 そう。それこそが難題だ。

 これから先、【百合】の知名度が上がればマトイを疑う者も増えていくだろう。

 

 フィリアさんが弁明すれば、誤解は解けることが殆どだろうが……あらぬ誤解を抱かれるのはマトイにとって望むところではない。

 

「ど、どうしよう……」

「うばー、そうだね、まずは見た目を変えるところから始めよっか」

「見た目を……?」

「そうだぴょん」

 

 頷いて、シズクはマトイに近づいていく。

 

「人っていうのはね、結局のところ顔や体型とかの見た目で個人を判別することが多い『らしい』から、髪型は……元々違うけど、髪色を変えるとか、タトゥーを入れるとかで大分印象が変わるぴょんよ」

「な、なるほど……」

「後は大きめのアクセサリーをつけるとかも効果的だぴょん。あ、でもマトイってそういうの持ってないよね? よーししょうがないなー、丁度あたしの頭に大き目のアクセサリーが付いてるからこれをマトイに贈呈……」

「させないわよ?」

 

 がしり、と。

 頭に付いた、黒兎のカチューシャを取ろうとしたシズクの手を、リィンが止めた。

 

「体よくそれを外そうったってそうはいかないわよ?」

「…………ぴょんぴょん」

 

 そっと、シズクは外しかけていたカチューシャを自分の頭に戻す。

 その表情は、ばれたか、とでも言わんばかりの不満顔だ。

 

「ええっと……」

「うばー、ごめんねマトイ。リィンがこれは駄目だって」

「う、うん……気にしなくていいよ。……本当に」

 

 ぴょこぴょこと後ろからウサ耳を弄られながら、シズクはぺこりと頭を下げた。

 

 可愛い。

 そしてとてもあざとい。

 

「……まあ、ダークファルスと似ている、という件については今すぐどうこうしなくても大丈夫でしょう。アークスシップではPAやテクニックの行使はできませんしね……」

「うば。そういえばそうだったぴょんね」

 

 アークスシップ内では、アークスの力は大きく制限されている。

 

 そうしないと、上位アークス同士の大喧嘩でも始まろうものならアークスシップが壊れてしまいかねないので、まあ当然の処置といえるだろう。

 

「……まあ、ならフィリアさんが気をつけていれば……あと『リン』さんとか事情を話しやすい人たちに説明しておけば大丈夫、ですかね?」

「そうですね……『リン』さんには私から説明しておきます。ラヴさん、先ほどの映像データを私の方にも送ってもらってよろしいですか?」

「はーい」

 

 と、いうわけで。

 

 マトイとダークファルスの姿が似ている問題は解決しそうである。

 よかったよかった。

 

(だから次は……『こっち』の問題か)

 

 シズクはリィンにウサ耳をぴょこぴょことされながら、ラヴに貰った映像データを開く。

 

 映像には勿論音声も入っており、この白いダークファルスがシズクの口癖である「うば」を使っていることは、はっきりと分かった。

 

 勿論ただの偶然だって可能性も無くはないが――。

 

「リィン、明日暇ぴょん?」

「ん? 明日は……ルインの定期メンテが終わった後なら時間あるわよ」

 

 ぐにーっとウサ耳を曲げて目元を隠されながら、シズクは上を向いた。

 背後に立たれていても、身長差の関係で十分目を合わせることが出来るのだ(目元がウサ耳で隠れているが)。

 

「じゃあ、その後一緒に来て欲しいところがあるんだけど……」

「? 何処?」

「あたしの口癖……『うば』の原点――」

 

 そう。

 シズクの口癖は、元はシズクのものではない。

 

 幼い頃からずっと、憧れてきた人が使っていたものを真似ているうちに口癖になってしまったものなのだ。

 

「お父さんに、会うためにあたしの実家へ行こう」

 

 もしダークファルスの口癖が、シズクと同じく彼から派生したものだったのなら、かの白いダークファルスに関する大きなヒントが得られるかもしれない。

 

「え? 何で私も?」

「いやこの前お父さんにリィンのこと話したら連れてきなさいって言ってたからついでに」

「ああそう……いいわよ、行きましょう」

 

 シズクの父親といえど、知らない人と会うのやだなーっとか内心思いながらも、リィンは了承の意を示した。

 

 ……だって将来、お養父さんと呼ぶ日が来るかもしれない相手なのだ。

 一目見ておきたいという気持ちも、あるに決まっているだろう。

 

「……って、そういうのはまだ早いわよ!」

「うばー!?」

 

 照れ隠しのチョップがシズクの頭を襲ったところで、今日のところは解散の流れとなったとさ。

 

 



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シズク、死す

リアルが忙しすぎて今週は投稿できないかと思ったらできた。


 翌日。

 メディカルセンターの待合室。

 

 リィンは、ジッとサポートパートナー用のメンテルームの入り口を見つめていた。

 

 口角は、ほのかに上がっている。

 

 ついに、ついにこの日が来たのだ。

 

 ルインの秘密が明らかになるときが。

 ルインの過去が明らかになるときが。

 

(思えば……長かった)

 

 初めて会った日は――アークスに就任したその日だったか。

 

 マイルームに行ったら、何故か既にリィンの部屋に住んでいて、我が物顔で居座ってたことを思い出す。

 

 思えばあの時、最初から疑うべきだったのだろう。

 

 「マイルームにはサポートパートナーが元々付いてる部屋と、そうでない部屋があるんですよ」というルインの言葉を、何の疑いも無く受け入れたあの日の自分は、うかつだったとしかいいようがない。

 

 あれから誤魔化されて、なあなあにされて、うやむやにされて、先延ばしにされて――ようやくここまで来た。

 

 例えルインが何であろうと、アークスの科学力の前では丸裸同然。

 しんえんなるやみだか何だかはまだ全然これっぽちも知らないが、まあそれはそれ。

 

 そもそもその言葉だってルインが誤魔化すために適当言った可能性が高いのだ。

 

(もう少し、かな……?)

 

 ルインがメディカルセンターの技師に連れて行かれて、約十五分。

 

 どれくらいかかるかは聞いていなかったが、まだかかりそうかな……っと。

 

 思った瞬間、メンテルームの自動扉が音を立てて開いた。

 

「…………」

「リィンさーん、ルインさんの定期メンテナンスが完了しましたよー」

 

 ルインと、技師さんだ。

 

 ルインの表情はいつにもまして無表情で、感情が読めない。

 

 正体がばれてしまって絶望しているのだろうか、とリィンはいやらしく微笑んだ。 

 

 ……が。

 

「お待たせしました。何処も異常が無かったので、軽く汚れを落として間接部の油だけ新しくしておきました」

「そうですか、何処も異常が…………え?」

 

 リィンは、耳を疑った。

 

 今、この技師は何と言った?

 

「え? 本当ですか? 異常なし?」

「はい。まだ新しい型のサポートパートナーということを差し引いても、大事にされてることが伝わってくるくらい健康的でしたよ?」

「…………」

 

 ちらり、とルインを見る。

 ルインは無機質な表情で虚空を眺めていたが、やがてリィンの視線に気が付いてこちらを見る。

 

 にこり、と今まで見たこともないような笑顔を、ルインは浮かべた。

 

「どうしましたマスター? 異常が無かったのなら帰還しましょう」

「…………」

 

 『マスター』の発音が、機嫌が良い時のそれだ。

 普段ならもっとドブネズミとでも言いたげな声色なのに。

 

(……嘲笑われてる……)

(定期メンテ如きでワタクシの正体が分かるわけないでしょう? とか思われてる……!)

 

 ぎりぃ、と奥歯をかみ締める。

 

 本当になんなんだこいつ。

 マジでなんなのだこいつ。

 

 だけど、一番不思議なのは。

 

 これだけ怪しいのに、この子を壊そうとか捨てようとかいう気持ちは全然浮かんでこないことだ。

 

 シズク風に言うのなら――直感とでも言うべきか。

 

 ルインは悪いやつじゃない、とリィンは理屈じゃなく何処かで感じていた。

 

「――――カモフラージュモード、オフ」

「……? ルイン今何か言った?」

「今日の夕飯は何が良いですか? っと言いました。耳に蛆虫でも詰まってますか? ……ああいえ、そういえば蛆虫(マスター)自身が蛆虫なのでそれは無いですね」

「…………」

「訂正します。蛆虫(マスター)、耳は付いてますか?」

 

 ……よし、いつもの調子だな、とリィンは少し嬉しそうにため息を吐いた。

 

 ルインがサポパっぽいことしている方が気持ち悪いや。

 

「何でもいいわよ。貴方の料理なら」

「何でもが一番困るっていつも言ってるでしょうに……」

「じゃあ、肉」

「…………はぁ。了解しました、アマゾネス(マスター)

 

 言って、ルインはリィンのマイルームとは反対方向へと歩いていった。

 

 多分食材を買いに行くのだろう。

 何処へ行くのか一言くらい欲しいものだが、店名とか言われても何も分からないので別にいいや、と。

 

「……結局、何も分からず仕舞いか……」

 

 そして、リィンも歩き出す。

 

 午後からはシズクの実家へ行くのだ。

 マイルームに戻って、準備をしなくては。

 

「…………これも、着なくちゃね」

 

 アイテムパックに入っている、衝動買いしたコスチュームを見て、

 

 リィンは陰鬱そうに呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 シズクは、ファザコンである。

 

 性愛としての対象ではないものの、その好き度は現在進行形で恋愛対象のリィンと同等かそれ以上だ。

 

 だがしかし、それも当然と言えるかも知れない。

 

 何故なら『彼』は、捨て子である自分を拾い、愛を持って育ててくれた恩人なのだ。

 

 彼が居なかったらシズクは今まで生きちゃ居ないし、

 彼で無ければ今の自分は無いだろうと断言できる存在。

 

 父親。

 義理のそれであろうと――義理だからこそ、実の娘のように育ててくれた彼をシズクは心の底から尊敬している。

 

 レアドロコレクターになったのも、父親の影響だ。

 優しい気持ちを持てるようになったのも、父親のおかげだ。

 髪の毛を赤く染めているのも、父親と色を揃えたかったという娘心だ。

 

 そんな、大好きな存在と、リィンというこれまた大好きな存在を今日会わせる事になる。

 

 というわけで、シズクのテンションは朝から最高潮だった。

 

「うっばー! うっばばー!」

 

 奇声を発しながら、マイルームの廊下を歩いていく。

 

 すれ違う人に奇異の目で見られようと、今のシズクには関係なかった。

 

 スキップだってしてしまいそうだ。

 思わず好きな歌を口ずさんでしまうほどだ。

 

「とう、ちゃく!」

 

 数分して、自分のマイルームから然程遠くない位置にあるリィンのマイルーム前に到着した。

 

 早速呼び鈴を鳴らし、返事を待たずに入室。

 メイ譲りの謎ポーズを決めながら、リビングへと入ったシズクが見たものは――。

 

「ちょ、シズク待っ……!」

「…………」

 

 海色を基調とした生地に、フリルやリボンといった可愛らしい要素をふんだんに詰め込み。

 それでいてクールさや大人っぽさを感じさせる、気品に満ちた意匠。

 

 ――『グラファイトローズ海』という、メイド服とゴスロリを合わせたような可愛らしい衣装に身を包むリィンの姿があった。

 

「ち、違うの……これくらいなら、その露出少ないし大丈夫かな、とか思っただけで、べ、別にシズクがこういうの好きかなとか考えてないっていうか……」

「…………」

「……シズク?」

 

 シズクは、瞬き一つしていなかった。

 部屋へ踏み出した一歩目の態勢のまま、硬直。

 

 ていうか息すらしていなかった。

 

「シズク? シズクー!?」

 

 シズク。

 享年約14歳。

 死因:テンションテクノブレイク及び萌え死。

 

 シズクの冒険は、ここで終わってしまった……。

 

 

 AKABAKO・完。

 今までご愛読ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「死んだかと思った」

「大げさすぎるわよ。マイルームでムーンアトマイザー使っちゃったじゃない……」

 

 というのはまあ当然嘘ということで、場所は移りキャンプシップ内。

 

 クエストに行くわけではなく、市街地の居住区へ行くための移動手段である。

 テレパイプには移動距離と場所の制限があるので、遠出する時はキャンプシップに乗るものなのだ。

 

「いやね、普段お洒落に無頓着なのに可愛い子が、お洒落するとここまで破壊力があるものなのかと……!

 ……あ、ちょっと待ってリィン、あんまり近くで視界に入らないで、また死ぬ」

「……いつまでもそんな調子だと困るから着替えようか?」

「それは駄目! 絶対駄目!」

 

 慣れるまでもうちょい待って! っとシズクはそっぽ向きながら叫んだ。

 

 ここまで気に入られると、嬉しい反面なんだか複雑だ。

 もっと前からお洒落とか気にしとくべきだったのかもしれない。

 

(……いやまあ、昔はそんな余裕なかったけどさ……)

「じゃあ猫耳着けちゃおうかなー」

「リィンはあたしを殺したいの!? 着けてくださいお願いします!」

「死にたいの?」

 

 まあ勿論猫耳を付けるというのは冗談である。

 

 これからシズクの親御さんに挨拶するというのに、それはふざけすぎというものだろう。

 

「ふぅーはぁー……うばー、そろそろ慣れてきた……」

「それはよかったわ」

「うばー……ん?」

 

 突然、シズクの端末がメールの着信を告げる音を鳴らした。

 

 【アナザースリー】の、マコトからだ。

 

「うば、写真付き……おお」

「どしたの? 誰から?」

「マコトから。見てみてこれ」

「?」

 

 シズクが端末の画面をリィンの方に向けて、メールの内容を見せた。

 

 画面には、SGNMデパートの映画館を背景に【アナザースリー】の三人とマトイが四人で楽しそうにしている画像が映っている。

 

「ええっと……『昨日のお詫びにマトイさんを連れ出して映画館なう! シズクとリィンも来ない?』……か」

「うばば……後でフィリアさんに怒られないといいけど……」

 

 是非とも行きたいところだが、これからシズクの実家に向かうところなのだ。

 

「残念だけど不参加ね……」

「うばー、そうだねぇ……」

 

 残念そうにしながら、メールを返す。

 また今度、機会があったらご一緒させてもらおう。

 

「そういえばさ、あのマトイって子はいつ知り合ったの? 同期……ではないわよね?」

「うば? ああ、マトイとはちょっと前に偶然出会ってね……」

 

 記憶を辿るように、シズクは口元に指を当てて天井を見上げた。

 

 確か、ゲートエリアでこけた所を助けてもらったんだったっけ……。

 

「転んだところを助けてもらってね、そこから色々あって仲良くなったの。時々お話してるよ」

「ふーん……シズクはほんとコミュ力高いわよね」

「うばー、そんなことないよー」

 

 絶対そんなことあるよなぁ、とリィンは自分とシズクの圧倒的コミュ力の差を憂い、ため息を吐いた。

 

 リィンなら、そんな些細なきっかけから友達を作るなんて、不可能だろう。

 

(……あれ? でも……)

(私がシズクと出会ったきっかけも、些細なことだったような……)

 

 だとしたら。

 あの日偶然自分を助けてくれた存在がシズクじゃなかったら。

 

 今も自分は一人だったのだろうか、なんて。

 

 思ったところで、キャンプシップは動きを止めた。

 

「着いた?」

「うば、着いたみたいね」

 

 無事シズクの父親が住む市街地に、到着したようだ。

 

 キャンプシップを降りて、ゲートを潜り市街地に降り立つ。

 

「わっ、緊急クエスト以外で市街地に来たの久しぶりかも」

「あたしは商店街に用があるときたまに来るかなぁ」

「商店街? 何で?」

「食材が安いの」

 

 成る程、料理が出来る者と出来ない者の差か。

 

 と、そんな風に雑談しながら歩くこと、十数分。

 

 二人は、飾り気も個性も無い、一般的な一軒屋の前に立っていた。

 

「ここが……」

 

 リィンが、その家を見上げながら呟く。

 此処こそが、シズクという『人間』の原点。

 

 シズクが、十数年の月日を生きた場所。

 

 そして――――。

 

「おや、いらっしゃい」

 

 チャイムを鳴らして、数秒後に扉は開かれた。

 

 中から出てきたのは、ぼさぼさの赤い髪と、無精髭と、

 

 誰よりも優しげな瞳を持った、中年男性。

 

 シズクの――父親。

 

「そしておかえり、シズク。話は聞いてるよ、まあまずは中へ入りなさい」

 

 




シズクの父親、登場。
うばうば言い出すのは次回からです。


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シズクの父親

最初に謝っておきます。ごめんなさい。
シズクの父親に関しては、完全に自己満足です。

彼の正体は、後書きにて語りますがぶっちゃけストーリーには関わってこないので好き放題しました。

エミリアやナギサが来れるなら、『彼』が来ていてもおかしくないですよね?


 所々が跳ねた、癖のついた赤い髪。

 おそらくは2、3日に一度しか手入れをしていないであろう、無精髭。

 

 端から見れば、ただ出不精な中年男性にしか見えない『その人』は――しかして。

 

 『リン』のような、優しい瞳を持った男だった。

 

(……これが、シズクのお父さん)

 

 確かに、何だかシズクと雰囲気が似ている男だ。

 

 何処が似ているのか、と問われれば即答はできないが……。

 

「今、お茶を淹れるよ。その辺に座ってて……えーっと」

「リィン・アークライトです」

「っと、そうだった。いつもシズクがお世話になっているようで、ありがとうね」

 

 言いながら、シズクの父はリビングの椅子に腰掛けた。

 

 その対面に、リィンも座る。

 シズクはキッチンの方へ歩いていった。

 

 どうやらお茶を淹れるのはシズクの役目らしい。

 

「いえ、お世話になってるのは私の方でして……」

「うっばっば、じゃあ言い換えようか。いつもシズクを守ってくれてありがとう」

「…………」

「あの子と連絡取ると、いつも君の話をされてね……自分の前に立って攻撃を庇ってくれるときの背中が格好いいという話を何度聞かされたか……「お父さん!」」

 

 キッチンから、シズクの叫び声が響いた。

 

 おそらくその顔は耳まで真っ赤になっているだろう。

 シズクの父は愉しそうに笑って肩を竦めながらも、話を逸らすように「あっ」と声を上げた。

 

「そうだそうだ。まだ自己紹介していなかったね」

「…………ああ、そうですね」

 

 いつまでも『シズクの父』では面倒くさい。

 赤い髪の彼は、優しげに微笑みながら、自分の名を告げた。

 

「僕の名前は『アカネ』。女の子っぽい名前だから、『レッド・ノート』とでも呼んでくれ」

「あだ名の方が長いんですね……」

「ああ、自己紹介するたびに言われる」

 

 でしょうね。

 

 と、心の中でツッコミを入れていたら、シズクがコップを三つお盆に乗せて持ってきた。

 

 ……今気づいたのだが、椅子が二つしかない。

 いや父娘の二人暮らしなのだから当たり前かもしれないが、シズクはお茶を置いたら何処へ座るつもりなのだろうか――と、いうリィンの心配を他所に。

 

 シズクは自然な動作で父親の膝の上に腰掛けた。

 

「…………」

「うばー、シズクのお茶は旨いなぁ」

「うっばっば、どやぁ」

「…………」

 

 いや別に?

 父親相手に嫉妬なんてしないし?

 全然イライラなんてしてないし?

 

 むしろ仲睦まじい親子のふれあいにほっこりしているくらいなんですけど!?

 

「で、お父さん。早速だけど今日来た理由について尋ねていい?」

「ああ、いいとも」

 

 ……っと、リィンが誰にしているのか分からない叫びを脳内で繰り広げている間に話は本題に入るようだ。

 

 コップを机に置いて、息を吸って、シズクは真剣な声色で言い放つ。

 

「お父さん。あたし以外に娘とかいたりする?」

「娘……? いや、んー……娘っぽいというか、妹分? みたいな知り合いは二人くらいいるけど……」

「……その子たちって、うばうば言ったりする?」

「いや、全然」

 

 むしろうばうば言うのをやめなさい! って怒られてた、と。

 アカネは苦笑いで答えた。

 

「……うばー……そっか」

「え? 何だいシズク。それだけ聞くために来たの?」

「うん。本題は終わり」

 

 所要時間、五秒以下である。

 これなら通信で聞いてくれれば済んだだろうに、と思う人もいるかもしれないが……。

 

 質問者が、シズクである以上。

 目と目を合わせた質問であれば嘘も真意も見破れるので、直接聞いたほうが良いのだ。

 

「うばー……しかし、何だってそんな質問を?」

 

 げんなり、とした表情でアカネはシズクに訊ねる。

 大事な話があるというから身構えたのに、一瞬で終わったのだから脱力しても仕方が無いだろう。

 

 だから、次のシズクの言葉に、彼は一瞬反応できなかった。

 

「口癖が『うば』の、ダークファルスが発見されたから」

「……っ」

「だからお父さんの隠し子とかだったりしないかなぁ……って思ったんだけど、心当たりある?」

 

 シズクの海色の瞳が、光る。

 

 アカネは、その瞳から逃れるように、シズクの両目を手のひらで覆った。

 

「無い……無い、が。ダークファルスか……」

「…………」

「嫌な単語だな……シズク、いいか?」

「うば?」

 

 両目を覆っていた手のひらを、そっと額へ動かす。

 

 撫でる様に手を動かしながら、アカネは強い口調で言った。

 

「これ以上探りを入れるのはやめておけ」

「…………」

「ダークファルスは、破壊と悪意の化身だ。関わったって碌なことがないぞ」

 

 好奇心は、猫を殺す。

 あんなものに関わって、良いことがあるわけない。

 

 アカネは、まるで経験談を語るように繰り返しそう言った。

 

「……心配してくれてるんだね、お父さん。でもあたしはアークスだよ?」

「それでも、僕はお前の父親だ。心配して忠告する権利くらい、ある」

「……………………そだね」

 

 見上げていた首を戻し、シズクは嬉しそうに笑った。

 

 アークスである以上、関わらなければ会うこともないわけではないだろうが……。

 

 ダークファルスに関わることが、碌なことではないことは、確かだろう。

 

「うば! この件についてはもうお仕舞い!」

「ん? いいの? シズク。なんか露骨にアカネさんの動作が怪しかったっていうか何か知ってそうだったけど」

「いいのいいの。そもそもあたしら平社員だし、ダークファルスなんていうでっかい案件は六芒均衡辺りに投げとけばいいんだよ」

 

 それは一理ある。

 たとえあのダークファルスの正体を突き止めたとしても、シズクとリィンには何も出来ない。

 

 精々上層部に情報を渡すくらいだが……シズクの直感の関係上信憑性が薄いと判断されるかもしれないし。

 

「うば、そうだそうだ。リィンにお父さん秘蔵のコレクションを見せてあげるよ!」

「あ、それは興味あるわね……でもいいんですか?」

 

 ちらり、とリィンはアカネの様子を伺う。

 でもその心配は杞憂だったようで、アカネは優しげに微笑んで一つ頷いた。

 

 さあ、レア武器観覧会の始まりである。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「ああそうだ、リィン。気をつけてね」

「? 気をつけるって、何に?」

「迷子にならないように」

「はあ? 家の中で迷子になんかなるわけないでしょ」

「うばー……いやそれがね、ダーカー襲来対策で、武器コレクションは基本地下室にあるんだけど……」

「ああ成る程、壊されたらたまらないものね」

「うん。でもお父さんの趣味というか悪癖というか、そういうのが思う存分発揮されちゃって……」

「趣味? 悪癖?」

「なんと、我が家の地下室は廊下が迷宮になっています」

「あはは、何よそれ。でも一般家庭の一般人が、作れる迷宮なんてたかが知れてるでしょ」

 

 ……と、いう会話をしたのが五時間前。

 つまりシズクとリィンがレア武器コレクションを見に行った際の雑談で行われた会話から、五時間。

 

 想像以上のコレクションに圧倒され、思わずレアドロコレクターという道に興味が沸いてきたのが、四時間前。

 

 今日は泊まっていきなさい、みたいな会話をしながら晩御飯を頂いたのが、二時間前。

 

 お風呂先入りなよ、と言われてお風呂を頂いたのが、一時間前。

 

 ――そして、風呂上りに好奇心から気軽な気持ちで地下室に入ってみたのが、三十分前。

 

 リィンはまだ地下室に居た。

 ていうか彷徨っていた。

 

 迷子である。

 完全に迷子である。

 

 成る程、好奇心は猫を殺すとはよく言ったものである、なんて感心する気もおきない。

 

 本来ならシズクに通話して迎えに来て貰った方がいい状態なのだが……。

 

(は……恥ずかしい)

(あんな口聞いといて、迷子になったとか言うの恥ずかしい……!)

 

 今ならまだ、長風呂してたという言い訳が使える。

 連絡するのは、もうどうしようもないくらい時間が経ってからにしよう。

 

 などと子供っぽい決意を固めながら、リィンは舗装された廊下歩く。

 

 似たような模様の壁が続き、似たような曲がり角ばかりで、さらに高低差もあるというおまけつき。

 

 成る程、迷宮だ。

 たかが一個人が、こんなもの作れるのかと思ったが、そういえばアカネさんは元アークスか。

 

「あれだけのレア武器を集めて……さらにこんな家を建てるくらいメセタを貯めて……あの若さ」

 

 現役時代は、さぞ強いアークスだったのだろう。

 まだ若いだろうに、引退しているということは、メイさんみたいに何処か怪我でもしているのだろうか。

 

「あら?」

 

 とか何とか考察しているうちに、リィンは重厚な扉の前に立っていた。

 

 気づかぬ間に、かなり歩いていたらしい。

 道は後ろにしかなく、行き止まり。

 

「……出口、ではないわよね?」

 

 扉に鍵は、掛かっていない。

 一応確認しとこうか、とリィンは今時珍しい手押し式の扉を開いた。

 

 果たして――中には。

 

 レア武器が、並んでいた。

 

「…………あれ? さっき見たコレクションの部屋……じゃないわよね」

 

 先ほど見たコレクション部屋とは、また違うコレクション部屋のようだ。

 

 一部屋じゃ足りなかったのか。

 薄暗くてよく見えないが、さっきの部屋と同じくらい大量のレア武器たちが鎮座されていた。

 

「凄いわね……よくもまあここまで……」

 

 一歩踏み入れ、入り口近くにあったツインダガーに触れる。

 

 埃も付いていない、よく手入れされた一品だ。

 銘は……。

 

「『ナノブラストサイス』……? ふぅん、聞いたこと無い武器ね」

 

 まあ私はレア武器に詳しいわけじゃないし、そういうこともあるだろう、と。

 

 リィンは次々と武器を眺めながら部屋を歩く。

 

 『エンシェントスターロード』、『神杖ウズメ』、『クラスターソードライフル』等とまあ、聞き覚えの無い武器たちが居並んでいる。

 

 そもそも既存の武器種に当て嵌まっていないような武器もあるのだが……。

 

「一個も知ってる武器が無いわねぇ……ん?」

 

 と、本来の目的も忘れて探索しているリィンの視界に、レア武器以外のものが入った。

 

 写真立てだ。

 ごく普通のものだが、武器だらけの部屋に一個だけぽつんと置いてあるのでかなり異質に見える。

 

「写真……?」

 

 結構、古そうなものだ。

 多分十年か、十五年くらい前の物。

 

 年号が入っていれば分かりやすかったが、生憎そんなものはなかった。

 

「…………」

 

 写真は、集合写真のようだった。

 

 毛むくじゃらな、大柄の男。

 スーツを着た、格好いいスタイルの美女。

 キャバクラで働いていそうな格好をした、キャストの女性。

 無邪気そうな、同じ年齢くらいのニューマンっぽい男の子。

 小さな羽根のようなデザインのヘッドホンをつけた、金髪の少女。

 

 そして、アカネさんであろう、赤色の髪の毛を持った青年。

 

 何かの記念に撮ったのだろう。

 皆笑顔で、皆幸せそうだ。

 

「ん? 背景に何か文字が書いてあるわね……ええっと……」

 

 ふと、背景に文字が書いてあることにリィンは気づいた。

 かなり訛りがあって、読みにくい字だ。

 

「んー……リト……ル、ウィング……? かな?」

「ああ、その写真そんなところにあったんだ」

 

 びくーっ! っと。

 リィンの身体が、跳ね上がった。

 

「あ、アカネさん……」

「一向にレッド・ノートと呼んでくれる気配が無いね……いやまあいいけど」

 

 苦笑いでそう言いながらアカネはゆったりとした足取りでリィンに近づき、写真立てを取った。

 

 懐かしそうにそれを撫で、アイテムパックに仕舞い。

 先ほどまでとまるで変わらぬ優しい瞳で、リィンを見る。

 

「それで、どうしてこんなところに居るんだい?」

「あ、あの……ええっと……」

「うばば……いや、怒ってるわけじゃないから安心して。……やっぱり迷子?」

「…………はい」

 

 恥ずかしそうに頷いたリィンに、アカネは笑いながら「ごめんね、複雑な家で」と謝った。

 

 勝手に地下室へ入ったことは、怒らないのか。

 

 そう問いかけようとしたリィンの言葉を遮るように、アカネは口を開いた。

 

「こんな複雑な地下にしてるのは、理由があるんだよ」

「理由……? シズクはお父さんの趣味って言ってましたけど……」

「ああ、シズクにはそう言ってるからね」

 

 レア武器だらけの部屋から出て、廊下を歩く。

 

 流石に道は把握しているのだろう、アカネの足取りは軽やかだ。

 

「シズクは、……なんというか、特異な子だからね」

「特異……」

「うん。それもとびっきり……下手すればオラクルを滅ぼしかねないレベルのモノだ」

 

 リィンは、目を見開いた。

 

 あの、シズクが?

 あのうばうば言ってる小動物みたいな女の子が?

 

 オラクルを、滅ぼしかねないなんて。

 

「うばば、君も見に覚えがあるんじゃないか? シズクの異常なまでの『直感』を」

「ええ、まあ……」

「シズクの『直感』は、勿論ただの直感なんかじゃない。もっと別の『何か』だ」

「…………」

 

 それは、流石に最近薄々思っていたことだ。

 

 尤もリィン以外のシズクと交友がある人たちは皆感づいていることなのだが……それは置いといて。

 

「あの直感は、彼女が持つ力のほんの一端――その応用、みたいなものだと思っている」

「…………」

「もしかしたら、あの子の力に気づいた人がそれを利用しようと彼女を捕らえようとするかもしれない。……だから、僕はいざというときシズクを守れるように、この地下室は要塞のようにしてあるんだよ」

 

 守れるように。

 シズクが、自分の身を自分で守れるようになるまで。

 

 親として、彼女を守る。

 

「仮にアークス全体が敵に回っても、シズクだけは守れるようにってね。そう造ってある」

「…………それを、何で私に話すんですか?」

「うば? まあ知られても問題ないことだし……なんか嬉しくなっちゃって」

「嬉しい?」

「だって、あの子が友達を連れてくるなんて初めてだからさ」

 

 アカネは、心底嬉しそうに微笑む。

 

 それは紛れも無く、交じりなき――父親としての顔。

 

「あの子は――シズクは、へたれで、臆病で、寂しがり屋な子だったから」

「…………!?」

 

 へたれとか、臆病とか、シズクに似合わない言葉が出てきてリィンは驚いたように目を見開いた。

 

 寂しがり屋はまあ――分からなくもないが。

 

「相手の本音が見えてしまうあの子は、その所為で『クラスメイト』はいても『友達』は居なかった。だから家に帰ってもずっとレア武器コレクションを眺めているような子だったんだけど……」

 

 素敵な友達ができたみたいで、よかった、と。

 

 おおらかな笑顔を、アカネはリィンに向けた。

 

「…………」

「でも実際どうなんだい? あの子といると、隠し事ができないだろう? その辺りは、どう思っているんだい?」

「……あー……その、私は口下手なので……言葉にしなくても考えてることが伝わってくれるのは、嬉しいですね」

 

 リィンの回答を聞いて、アカネは目を丸くした。

 

 ぱちくりと目を閉じ開き、そして口元を段々と歪めていき……。

 

 「うばっ」と、堪えきれず噴き出した。

 

「うばっはっはっは! そっか、そういうことか! そうだな、そういうのも有りだったな!」

「……?」

「うばー! いたー!」

 

 突如、シズクの叫び声が響いた。

 

 見ると、前方からシズクが怒りの表情でこちらに駆け寄っている様子が見える。

 

 どうやら、リィンがあまりにも遅いから探していたようだ。

 

「お父さん何リィンと楽しそうにしてんのー!」

「うばっはっは! いやシズク、お前も良い子を見つけてきたなぁ! 大事にしろよ? このお嬢さんを!」

「う、うば? な、何だよぅ突然」

 

 いきなりばしばしと背中を叩かれ、困惑するシズク。

 流石に何があったのか、一瞬察せられなかったシズクだが……海色の瞳が、かすかに光り。

 

 シズクは、全てを察したようにかぁっと顔を赤くした。

 

「お父さんんんんんん! 何か余計なこと言ったでしょ!」

「うばっはっは、まあいいじゃん減るもんでもあるまいし」

「うばー! そういう問題じゃないでしょー!」

「それよりシズク、先リィンさんをリビングまで案内してからゆっくり風呂入って来い。父ちゃんちょっとそこの倉庫からアルバム引っ張ってくるから」

「あたしの居ない間に何をする気だー!」

 

 うがーっと今にも噛み付きそうなほどの勢いで、シズクは父親の胸倉を掴んだ。

 だがしかし、そんなものでこの父親は止まるはずもなく、シズクをぶら下げたままアカネは倉庫の中に入っていった。

 

「…………」

 

 廊下に取り残されたリィンは、一人じゃまた迷うので手持ち無沙汰で二人を待ちながら――。

 

「……羨ましいなぁ」

 

 お父さんと仲が良いって、っと。

 

 自分の父親を思い返しながら、小さく呟いた。

 

 




はい、というわけで分かる人には分かる。
分からない人は分からなくても問題ないので気にしないでくださいということで。

シズクの父親は、『女の子一人を救おうとしたら世界を救っちゃった系男子』こと、
リトルウィングのアイツです。

pspo2iが好きだった作者の自己満足です。
不快に思われる方がいたら申し訳ございません。


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『最悪』のダークファルスたち

記念すべき100話だけどみじかめー。
ここで区切らないと滅茶苦茶長くなりそうなんですね。


「成る程ね……」

 

 惑星リリーパ・採掘基地周辺。

 

 その上空で、ダークファルス【若人(アプレンティス)】は苦虫を噛み潰したような表情で呟いた。

 

 眼下には、採掘基地――という建前でアークスによって建築された、『ダークファルスの力を押さえ込む塔』。

 

「あれで、あたしの力を封じていたわけか……忌々しい」

「うっばっば、気がついたあたしに褒美のキッスをしてもいいのよ?」

 

 まるで恋人のように腕を組んでいる(組まされている)【百合(リリィ)】の言葉を無視して、【若人】は踵を返して採掘基地へと背を向けた。

 

「? あれ、アプちゃん何処行くの? 襲撃すると思ったのに」

「勿論するわよ。でも、その為には準備しないといけないのよ」

 

 即、数億に及ぶダーカーを量産できた全盛期ならいざ知らず。

 

 今の【若人】にそこまでの力は無い。

 相手は仮にも百年以上ダーカーと競り合っている集団だ。

 

 万全の準備をして挑まなければ、苦戦は必至だろう。

 

「とりあえず、二億体くらいかしら。襲撃を始めるのはそれくらい眷属を量産してからね」

「ふぅん、意外と慎重なのね」

「冷静、と言ってくれないかしら。戦力分析くらいできるわよ」

 

 言いながら、空間を転移し二人は採掘基地付近の洞窟へと足を踏み入れた。

 

 雨風を防げるし、目立たないし、ダーカーを量産して隠しておいても発見され辛い場所だ。

 

「ここがいいわね……それじゃああたしは眷属を増やすのに集中するから邪魔しないでね」

「後ろからそっと抱きつくくらいは邪魔にならないよね?」

「洞窟に入ってきたらぶっ殺すわ」

「えーっ!?」

 

 理不尽だー! 横暴だー! と意味の分からない抗議を完全に無視して、【若人】は洞窟内へと入っていった。

 

 まさか後ろから抱きつくどころか、洞窟内に入ることすら禁じられるとは……忠告を無視することは可能だが、嫌われたくは無い……。

 

「はぁー……仕方ない、そんなに時間は掛からないだろうし、どっかで適当に時間潰しを……」

「じゃあさ、ぼくたちと遊ばない?」「それなら、わたしたちとお話しない?」

 

 不意に聞こえた声に、【百合】は立ち止まった。

 

 両手に茜色の剣を作り出しながら、ゆっくりと振り返る。

 

「…………貴方たちは……」

「くすくす」「くすくす」

 

 背後に居たのは、二対一体のダークファルス。

 左右対称に付いている髪飾りがトレードマークの、双子。

 

 ”ダークファルス【双子(ダブル)】”。

 ダークファルスの中でも、『最悪』と評される悪魔のような子供たちである。

 

「……誰だっけ?」

「ぼくたちは、ダークファルス【双子】」「わたしたちは、ダークファルス【双子】」

「うば、同族か……」

 

 同族、という言葉を【百合】が発した瞬間、【双子】は意味深な笑みを深くした。

 

 その小さな体躯に見合った、無邪気さを感じさせる笑みだというのに、

 

 とても邪悪なものに見えるのは、ダークファルスが持つ特性からか。

 

「ふふふ、同族だって」「くすくす、同族だって」

「……?」

「まあ、確かに同族と言えなくもないかなー」「うんうん、同族同族」

「……うば、何その言い方……まるであたしの正体を知っているみたいな……」

「「知ってるよ?」」

 

 声を揃えて、【双子】は言った。

 

 その言葉に、さしもの【百合】も目を細める。

 

「知りたい? ねえ、知りたい?」「知りたいよねぇ? 記憶喪失なんでしょ? 教えてあげよっかぁ」

「いや、別に」

「だよねー、知りたいよねー……え?」「……え?」

「あたしのことなんてどうでもいいよ。それよりさ」

 

 それよりさ、と。

 【百合】は心底どうでもよさそうに話題を移した。

 

 『あたしのことなんてどうでもいい』という言葉が、

 生物としてどれほど異常なのかということにも気づかずに――否。

 

 ――気にせずに。

 

「貴方たち、そっちが男で、そっちが女であってる?」

「?」「……?」

 

 【双子】を交互に指差しながら、【百合】は言った。

 

 ダークファルス【双子】は、二対一体のダークファルス。

 その見た目は、その名の通り双子のようにそっくりな少年少女の姿だ。

 

 そう、少年少女。

 片方が男の姿で、片方は女の姿なのである。

 

「……ダークファルスに男女の概念は……」

「そういうのいいから、見た目とあと『生えてる』か『生えてないか』だから」

「…………」「…………」

 

 この欲望に忠実な感じ、まさしくダークファルスであるといわざるを得ないだろう。

 

 呆れながら、【双子】は頷いた。

 【百合】の見立ては正解だったようだ。

 

「そっか」

 

 【双子】の反応を見て、【百合】は小さく頷いて――――。

 

「じゃあ死ね」

 

 ――瞬間。

 茜色の刃が、【双子・男】の身体を貫いた。

 

 心の臓を、深々と。

 

「がふっ――」

「男が、あたしの視界に入るんじゃあない」

 

 怨念の籠もった視線で、【百合】は【双子・男】を睨む。

 

 先ほど投げた右手の剣を、再度生成。

 今度は両手を振るって二本の剣を投擲した。

 

 が。

 

「おっとっと」

 

 ばくり、と。

 【双子・女】の左腕から顕れた大きな『口』が、【百合】の剣を『食べて』止めた。

 

「うばっ……!?」

「やれやれ、野蛮だねぇ、まるでアークスみたいだよ」「いたた……酷いな、痛いじゃないかー」

 

 身体を貫かれたというのに、【双子】は平気な様子でにたにたと笑う。

 

 痛みは感じているようだが――流石はダークファルスということだろう。

 

 この程度では、屠れない。

 

「どうする? もうやっちゃう?」「そうだねぇ、やっちゃおうか。向こうも、やる気満々だし」

「…………」

 

 【百合】の背後には、数えるのがバカらしくなってくる程の剣が大量展開されていた。

 

 その全ての切っ先が、ダークファルス【双子・男】の命を狙っている。

 

「じゃあ、始めちゃおうか」「それじゃ、始めよっか」

 

 【双子】が互いの手を取って、くるくると回る。

 闇が混ざり合って、溶け合って、やがて一つの形になる。

 

「化け物同士の!」「殺し合い!」

「「骨の髄まで、喰らいあっちゃおうよ!」」

 

 ダークファルス【双子】の戦闘形態――ファルス・ダランとファルス・ダリルが顕現した。

 

 グロテスクな模様をした細長い矮躯と、片腕に付いた大きな口が特徴的な人型戦闘形態である。

 

「うばー、変身した……」

 

 こうなると、折角可愛かった【双子・女】も台無しだ。

 残念そうに【百合】はため息を吐いて、剣を構える。

 

 ダークファルス【双子】vsダークファルス【百合】。

 

 最悪と呼ばれるダークファルスと、ある意味最悪なダークファルスの闘いが、誰にも知られぬまま始まった。

 




ついに、気づいてしまった。
EP2入ってからマトモに戦闘してないじゃないですかー!

【双子】vs【百合】とか丸々カットする気満々だったけど描写した方がええんかな……。

このままじゃただ女の子たちがイチャイチャしたり、シリアスっぽい何かをしてるだけのお話になってしまうじゃないか…………あれ? 最初はそのつもりで始めたような……。


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冷たい表情

結局週一投稿になってるなぁ。


「ん……」

 

 寝具にわずかな違和感を感じ、リィンはゆっくりと意識を覚醒させていく。

 

 寝苦しい。

 いつもと違う、枕と布団。

 

 寝惚けた頭で此処はどこだろうと考える。

 

 確か、昨日は……そうだ、シズクの家に招かれて……夕食をご馳走になって……。

 

(ああ、そうだ)

(シズクの家に泊まったんだったわ)

 

 まだ眠い。いつもより大分早く起きてしまったようだ。

 

「んん……」

 

 寝やすい体勢を見つけるために、身体を動かし始める。

 

 薄く開いていた瞳を閉じて、寝返りをうつ。

 瞬間、むにりと何か柔らかいものが手に当たった。

 

「んぁ……」

「んー?」

 

 マシュマロのような、感触。

 しかし大きさは然程無く、手のひらに収まるサイズの何か。

 

 目をゆっくりと開く。

 

 目の前に、眠るシズクの顔があった。

 

「…………」

「……すー……すー……」

 

 ああ、そういえばと一緒のベッドで寝たことを思い出す。

 シズクの部屋には来客用の布団なんて無かったが、ベッドが大きめのサイズだったので二人並んで眠りに付いたのだ。

 

「…………えい」

「んぅ…………」

 

 リィンは先ほどから触れていたマシュマロのような何かの正体――シズクの貧相な胸を撫でるように揉んだ。

 

 シズクの口から、かすかにあえぎ声が漏れる。

 だが、このくらいの刺激では起きなさそうだ。

 

(こんな小さいのに柔らかいのよね……)

「んんー……」

「…………」

「ん…………んんぅ? …………」

 

 ふにふにと起こさないように気をつけながら指を動かしてたが、やがてシズクの表情に変化が出てきた。

 

 流石にそろそろやばいかな、と指を胸から離して……。

 

 つん、とボタンを押すようにシズクの胸に人差し指を埋めた。

 

「ひぁ……っ!」

「あっ」

 

 びくり、とシズクの身体が震える。

 

 やりすぎたか。

 つい興が乗ってしまってシズクの胸を弄り回してしまった。

 

「ごめんなさいねシズク、偶然触れたものだからつい……」

「んん……んー? ……」

「うん?」

 

 薄く、シズクの瞳が開く。

 

 しかしその目は何処か虚ろで、無機質。

 視界にリィンが入っている筈なのに、何も見ていないような――。

 

「…………シズク?」

「…………」

(このシズクの表情、何処かで見たような……)

 

 ああそうだ、ちょっと前に寝坊したシズクを迎えに行った時こんな表情をしていた……が、それじゃない。

 

 それよりも最近……というか昨日。

 

 地下室で迷子から救助された後、リビングでシズクがお風呂に入っている間に見たアルバムの中に居た、

 三歳の頃のシズクにそっくりだった。

 

(…………なんて、冷たい瞳……)

「ぅうー…………ば?」

 

 ぱちり、とシズクが海色の瞳を大きく開いた。

 

 ようやく意識が覚醒したのだろう。

 目を擦って、起きかけのぼやけた視界を拭いながら一言。

 

「うば……もう朝?」

「おはよう、もう朝の三時よ」

「まだ夜じゃんんんんん……」

 

 全く持ってその通りである。

 

 シズクは再び目を閉じて、寝返りをうちリィンに背を向けた。

 

 ちょっとおこ(・・)な様子である。

 まあ誰でも睡眠を邪魔されたらそうなるか。

 

(私ももっかい寝直さなきゃ……)

 

 明日は(時間的にもう今日だが)、またクエストに出る予定だ。

 寝不足で動きが悪くなってはいけない。

 

「…………」

 

 目を閉じて、開く。

 もう一度目を閉じて、また開きシズクの背中を見つめる。

 

「…………♪」

 

 体勢を変えて、ぽすりとシズクの背に頭を当てる。

 

 今度は、よく眠れそうだと思いながら。

 

 リィンの意識はどんどん薄れていった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 と。

 

 リィンとシズクが地味にイチャイチャしている頃。

 

 惑星リリーパには、雨が降っていた。

 

 雨と言っても、水ではない。

 砂漠の惑星であるリリーパでは、局所的なオアシス等を除いてそんなもの殆ど降らない。

 

 降っていたのは、剣の雨。

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】の生成した、茜色の剣が空を埋め尽くしていた。

 

「きゃははははははははは!」「あははははははははは!」

 

 【双子(ダブル)】の哄笑が響く。

 

 降り注ぐ剣を手に付いた大口で喰らい散らしながら、曲線的な動きで左右から【百合】を挟み込むように走りぬく!

 

「うばっ」

 

 【百合】は挟み込みから逃れるように、空へ跳んだ。

 

 流石の【百合】も、あの大口に飲み込まれたらお陀仏だろう。

 

「逃がさないよぉ!」「逃がさないからねっ!」

「逃げないよ……!」

 

 呟いて、【百合】はまたもや剣を生成。

 ファルス・ダランに向けて、まるで道になるように剣を繋げた。

 

「まずは……分担!」

「!?」

 

 剣を足場にして、加速。

 一瞬にして【百合】は【双子・男(ファルス・ダラン)】の胴元へ飛び込んだ!

 

「っらぁ!」

「むぅ……!」

 

 ファルス・ダランの巨大な右腕と、【百合】の茜色の剣が交差する。

 

 単純な膂力なら、体躯のでかいファルス・ダランの方が上だろう。

 

 だがしかし、【双子】も【百合】も共にダークファルス。

 

 アークスがフォトンを扱い身体能力を増強させるように。

 

 ダークファルスも内に秘めたダーカー因子によって、その力を増強させる。

 

「うっばぁ!」

 

 【百合】の踏み込みと共に、地面が割れた。

 

 小さな体躯からは考えられない怪力である。

 尤も、ダークファルスとしては当然なのだが。

 

「わぁ!」

 

 ファルス・ダランの身体が、吹き飛んだ。

 

 岩壁に突っ込んだことで止まったが、もし壁が無かったら更に数mは飛んだであろう勢いだ。

 

「この……!」

「女の子は後!」

 

 フォローに来たファルス・ダリルを隔離するように、【百合】は手を振るう。

 

 瞬間。

 壁を作るように、数百数千にも及ぶ剣が縦横に展開された。

 

「わっ……! こんなもの……!」

「今の内に!」

 

 数秒稼げれば十分。

 岩壁にめり込んで動けずにいるダランに向かって、一目散に駆け抜ける――!

 

「きゃははははははは!」

「うばっ!?」

 

 だが、相手もダークファルス。

 一筋縄でいく相手の筈が無い。

 

 ファルス・ダリル(・・・・・・・・)の左手に付いた大口が、ぱっくりと開いて【百合】を覆った。

 

「――――っぁあああ!」

 

 身体を捻って、牙を剣で弾いて無理やり身体を口内から外に出す。

 

 間一髪で、食べられずに済んだ。

 でも、今のは……。

 

「あ、あたしの壁は……!?」

「ぼくはわたし」「わたしはぼく」

「ぼくがわたしから出てくるのは、何も不思議なことじゃない」

「わたしがぼくから出てくるのは、何も不思議なことじゃない」

「な……!」

 

 何言ってるのか良く分からん! と【百合】は考えるのをやめた。

 

 ようするに、元々同一存在だから合流も同化も分裂も自由自在なのだろう。

 

 分担は意味無い……か。

 

「じゃあとりあえず」

「ん?」「ん?」

 

 壁に使っていた数百数千の刃が、一斉に【双子】に向いた。

 

 折角出したのだから、再利用しないともったいないとばかりに。

 

「射出!」

「……!」「……!」

 

 茜色の剣が、再び降り注いだ。

 

 剣一本一本の威力は、決して【双子】にとって致命的になるものではない。

 

 だが、この数は――。

 

「もう! その剣は食べ飽きたってば!」「あんまり美味しくないしー!」

 

 口を前に出して、降り注ぐ剣をガツガツと食べ散かす。

 

 【双子】の能力では、防ぐ術がこれしかないのも辛い。

 剣を"複製"してぶつけようにも、おそらく無意味だ。

 

 "複製"したところで、"支配権"を即座に奪われて【百合】の戦力が増えるだけだろう。

 

 そんな確信が、【双子】にはあった。

 

やっぱし(・・・・)相性悪いかなっ」「予想通り(・・・・)勝ち目は薄いねっ」

「「でも!」」

「……!」

 

 棒立ちのまま剣を射出していた【百合】に向けて、

 ファルス・ダランの口からは不規則にバウンドするボールが、

 ファルス・ダリルの口からはホーミングする光の球がそれぞれ放たれた。

 

「こんなもの……!」

 

 射出を止め、【百合】は自身の前方に剣を盾の様に展開。

 二種のボールを受け止めた。

 

「全く勝ち目が無いわけじゃあ」「無いみたいだね」

「うっばぁ!」

 

 攻撃を完全に受け止めたことを確認してから、【百合】は盾の様に展開していた剣から二本手にとって駆け出した。

 

「いやぁ、ホント」「食べがいがあるね!」

 

 【双子】も、迎え撃つように蛇行しながら口を開き突撃した。

 

 剣と口が、交差する。

 

 数瞬の鍔迫り合いの後――勝ったのは【百合】だった。

 

 ファルス・ダランとファルス・ダリルの巨体が吹き飛ぶ。

 

「ふふん、やっぱ近接(こっち)の方が得意かな」

「へぶ!」「ぐへ!」

 

 吹っ飛んだ【双子】は、またも岩壁に叩きつけられた。

 

 明らかにファルス・ダランの方が深々と岩壁にめり込んでる辺り、【百合】の男嫌いが垣間見えるようだ。

 

「ふっ――!」

 

 駆ける。

 ファルス・ダラン目掛けて、剣を射出しながら。

 

「ぐぎゃぎゃっ!」

「これで……!」

 

 縫い付けるように、剣がファルス・ダランに突き刺さる。

 

 そしてその首を刈るように、【百合】は腕を振りかぶった。

 

「男の【双子】を殺せば、女の【双子】だけが残るはず――!」

「いや、そんなことないよ?」

「マジで!? って、後ろ!?」

 

 背後から聞こえた絶望的な事実に打ちひしがれながら、【百合】は振りかえる。

 

 大口を開けた、ファルス・ダリルがそこにいた。

 

「フォロー早すぎない!?」

「いただきますっ!」

 

 ばくん! と、【百合】は【双子】の口に覆われた。

 

 ここで飲み込めば、【双子】の勝ち。

 しかして【百合】もダークファルス。

 

 一筋縄でいかないのは、こちらも同じだ。

 

「もがっ!?」

「女の子に食べられるなんてご褒美だけど……! アプちゃんを残して死ねないんでね!」

 

 【双子】の口から、大量の剣が漏れ出した。

 【百合】の生成した剣である。流石の【双子】も許容量オーバーとばかりに口元を僅かに開き……、

 

 こじ開けられた口の隙間から、【百合】は飛び出した。

 

「ちぇ、惜しいなぁ」「もぐもぐ、ちぇー、もぐもぐ」

 

 大量の剣を頑張って咀嚼しながら、ファルス・ダリルはファルス・ダランを引きずり出した。

 

 ばりぼりとクッキーでも頬張っているような咀嚼音が何だかシュールである。

 

「このままじゃ、ジリ貧だね」「このままじゃ、ジリ貧かな」

「…………?」

「仕方ないね」「しょうがないね」

 

 【双子】は顔を見合って、笑う。

 愉しそうに、可笑しそうに、笑う。

 

「「それじゃ、いただきます」」

 

 そして、お互いにお互いを喰らった(・・・・・・・・・・・・)

 

「っ……!?」

 

 喰らい合って、溶け合って、交じり合う。

 

 二つで一つのダークファルス【双子】が、一つになっていく。

 

「「きゃははははははははははははっ!」」

 

 哄笑が、響く。

 

 さっきまで片手のみだった『大口』が、両手に。

 体躯も一回り大きくなって、グロテスクな装飾も幾分か増えた。

 

 『ファルス・ダランブル』。

 【双子】の合体形態であり、本気モードである。

 

「馬鹿な……合体した……!?」

「くすくす……ぼくはわたし、わたしはぼく。一つになっても不思議じゃないでしょ?」

「うばぁ……どうすればいいんだ……半分男で半分女とか……あたしは一体どうすれば……」

「…………」

 

 安定安心の【百合】だった。

 こいつがブレることとかあるのだろうか。

 

「まあ……半殺しでいいか」

 

 呟いて、構える。

 

 ダークファルス【双子】vsダークファルス【百合】。

 

 化け物同士の戦いは、まだ始まったばっかりである。

 

 




【百合】がレイドボス化したらプレイヤーの性別によって攻撃の激しさが変わるという前代未聞のボスに……。


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シャオ

イベントクロニクルとにらめっこしながら書く回。
最後以外ほぼ原作と一緒だから注意。
こういう話は『リン』の性格が崩壊しないようにとか、
台本を喋っているだけみたいにならないように気をつけないといけないことが沢山あって苦手です。

やっぱこっちのがいいなということで、102話と103話入れ換えました。


「そろそろか?」

「うん、ここまで来たら、あと少し。急ぎましょう」

 

 惑星アムドゥスキア・龍祭壇エリア。

 

 その奥地に向かって、走るアークスが二人。

 

 『リン』とサラだ。

 ツインテールとポニーテールをそれぞれ靡かせながら、龍祭壇をひた走る。

 

 道中の龍族やダーカーは、『リン』の放った炎で大体一撃死である。

 

「相変わらず強いわね」

「強くないと誰も守れないからなぁ」

「殊勝なことだわ……っと、『リン』、目的地はすぐそこよ」

 

 広場のような場所に、二人はたどり着いた。

 

 普段の迷路のような通路とは段違いの広さだ。

 

「此処?」

「いえ、この広場の中心に転移装置がある筈なのに……」

「……む」

 

 唐突に、『リン』は空を見上げた。

 磁力で浮く石と、その隙間から見える青い空。

 

 その青い空に、一筋の影が差して。

 一匹の龍族が、悠々と降りてきた。

 

「……侵食されたゴロンソランか」

「こいつの所為で転移装置が機能していないのかしら……倒すしかないわね」

 

 ゴロンゾラン。

 龍祭壇に生息する龍族であり、丸々と太った身体と、

 常に四本の水晶柱を軸にしたバリアを身の回りに展開していることが特徴的な龍族だ。

 

 そのバリアの硬さは強靭で、どんな攻撃でも防ぐほどである。

 でも柱を壊せばバリアは消え、隙だらけになるのでその時に総攻撃するのが攻略法だ。

 

「行くわよ『リン』! 前衛はあたしが……」

「ラフォイエ、ラフォイエ、ラフォイエ、ラフォイエ」

 

 炎が弾ける音と、柱が砕ける音が、四つ鳴り響いた。

 

 一瞬のテクニック四連射。

 瞬きする暇もなく、ゴロンゾランのバリアは解けて地面にその太った身体を落とした。

 

「……え?」

「イル・フォイエ」

 

 追撃の、上級テクニック。

 極大の熱量を持った隕石が、ゴロンゾランの真上から降り注いだ。

 

 その一撃で、ゴロンゾランは絶命。

 炎による煙と共に、空へと溶けるように消えていった。

 

「…………さすがね」

「急いでるんだろう? だったら時間かけれないからちょっと本気だした」

 

 相変わらず、頼もしい。

 これが敵じゃなくて心底よかったと思うサラであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 龍祭壇・最奥地。

 

 龍族にとって神聖なその場所に、少年が一人。

 宙に浮くモノリスの上に腰掛け、姿の見えない龍族と話しているようだ。

 

〔……シャオ。キリン・アークダーティと貴方の縁者が来たようだ〕

「ありがとう、カミツ。こんな場まで用意してもらって」

〔気にする必要はない。恩には恩、それが龍の礼儀。では、またいずれ……〕

「うん、朗報を待っていてほしい」

 

 姿の見えない龍族は、立ち去ったようだ。

 

 今まで確かにそこにいたという感覚が消えてなくなった。

 

「……さて、お疲れ様、サラ」

 

 『シャオ』と呼ばれた少年の視界に、二人のアークスが現れた。

 

 『リン』と、サラだ。

 サラの道案内は、お仕舞い。

 

 ここ、シャオの居る奥地こそが目的地だったのだ。

 

「ちなみに道中の発言、ぼくには全部筒抜けだからね」

 

 ふわり、とシャオは淡い海色の光を放ちながらモノリスの上から飛び降りた。

 

 一つ縛りに結ばれた、濃い海色の髪が靡く。

 近づくと、その幼い顔が良く見える。体格も相まって本当に子供のようだ。

 

「知ってる。全部聞こえるように喋ってた」

「ほんと君は良い性格に育ったよね」

「それはどうも。規範となる方々に囲まれてたからかしら?」

 

 皮肉の応酬。

 しかしこの程度二人にとってはいつものことのようで、二人とも特に気にしている様子は無かった。

 

 シャオとサラ。

 二人の仲のよさというか信頼が垣間見えるようなやり取りだ。

 

「っと、このままサラと問答してるとぼくの株がさらに下がっちゃうね。……あー」

「そのあとの言葉を続けたら一生軽蔑してやるわよ」

「なんだよ、こういうことを言うのが人間っぽい振る舞いだってぼくに教えたのは君じゃないか」

 

 冗談っぽく、シャオは微笑む。

 こうしているとただの子供にしか見えなくもない。髪も寝癖だらけだし。

 

 ただやはり、超然とした態度や深海を模したような流動するコスチュームを見た感じ、只者では無いことが伝わってくる。

 

 ていうか、それより。

 誰かに、似ているような

 

「そ、そんなことより! 早く! 説明! そんなに時間ないんでしょ!」

「はいはい。まったくうちの縁者はいちいちうるさくてかなわないね。それじゃ、改めて……」

 

 シャオの姿が、突然消えた。

 

 流石に口を開けて驚く『リン』。

 次の瞬間、シャオは『リン』とサラの間を抜けるように背後へ立っていた。

 

「ぼくは……そうだな、わかりやすく言えばシオンの弟みたいなものだよ」

「シオンの、弟……?」

「そして、彼女の解放を目的としている」

 

 解放。

 その言葉に、『リン』は納得したように頷いた。

 

「成る程合点がいった……龍祭壇のこんな奥地に連れてきた理由はそれか」

「そう。わざわざ呼び出してごめんなさい。ルーサーに気づかれずに君に会うには、これしかなかったんだ」

 

 ルーサーがシオンを狙っていることは、『リン』も知っていた。

 

 そしてシオンと縁がある『リン』がここ最近何者かに監視されていることも、知っていた。

 

 だから、こんな場所に呼び出されたのか。

 龍族の聖地たる、アークスすらまだ辿りつけていないこの場所に。

 

「カミツにも無理を言ったし龍族にも迷惑をかけちゃったけど……ようやく、会えた」

「…………」

「シオンが見初めた、貴方に」

「……なんか、照れるな」

 

 シオンに見初められた理由。

 そんなの、ただ生まれつき時間遡行をする才能があっただけだ。

 

 勿論自力でそんなことはできやしない。

 マターボードの助けがあって初めてできることだ。

 

「…………それは違うよ」

「ん? 今何か言った?」

「いや? 気づいているかもしれないけど今のあのアークスの形は、まずい。ルーサーの傀儡に等しい状態だ」

 

 誤魔化すように、そう言って、シャオは話を続ける。

 

「それでも、ぎりぎり組織の形を保っていられるのは、シオンのことをルーサーが理解できていないから」

「理解……確かルーサーも言ってたな、『ここまで理解できた』って」

「そう、彼女が人間の言葉を使わないのは、自分をルーサーに理解させないためさ。そのせいで、君たちにも伝わりにくい表現になってしまっている。それについては、ぼくからも謝る」

 

 ああ、成る程、と『リン』は頷いた。

 

 シオンが滅茶苦茶分かり辛い言葉や表現を使っていた理由は、それだったのか。

 

(とりあえず助けを求めてる感じなのは伝わったから、気にしたことなかった……)

「でも、気づいているかな? 彼女の言葉に、少しずつ意味が通ってきてしまっていることに……人間に、寄ってきているということに」

「……まあ、ね」

「それは、ルーサーの理解が深まってしまうということでもある。あまり、時間の猶予は無いんだ」

 

 完璧にシオンが理解されてしまったとき、どうなるのか。

 

 そんなの、言われなくても分かる。

 『一つになる』のだ、シオンと、ルーサーが。

 

「だから、ぼくは動くし、サラも動かす。貴方も、動いて欲しい……アークスという組織を、正しい状態に戻すために」

「ウソみたいって思うでしょ? 実際あたしもそう思うし、関係ないって言いたいんだけど、ウソじゃない」

 

 サラが、真剣な表情で会話に割り込んできた。

 

 ウソじゃない。

 そんなの、シャオとサラの表情を見れば『リン』には分かる。

 

「こいつは気にくわないし偉そうだし思わせぶりでむかつくことが多いけど、今の話だけは本当よ」

「それは言い過ぎでは……」

「いいのよ、事実だから」

 

 仲、いいなぁ。

 

 そう思うのも束の間、シャオが再び消えた。

 

 今度はさっきモノリスから降り立った方へと、一瞬で現れる。

 

 何故いちいち移動するのか、と思いながら、『リン』はゆっくりと振り向いた。

 

「……サラ、知ってる? ぼくの精神は君との対話で成長したものだから、君は自分自身に石を投げてるんだよ」

「あたし、あんたを傷つけるためなら自分が傷つくのも厭わないの」

「見上げた自己犠牲精神だね。よし、今度から君の睡眠中に頭の中で子守唄を歌ってあげよう」

「あたし、コアに入れるのよ? そんなことしてきたら、あんたを子守歌よろしく永眠させてやるわ」

「本当、仲良いね君ら」

「仲良くない!」

 

 『リン』のからかうような言葉に、反応したのはサラだけだった。

 

 シャオは微笑を浮かべるだけで、特に反応なしだ。

 大人の対応と言うべきか、サラがツンデレなだけだと言うべきか……。

 

「……はぁ、だめだね。また話が逸れちゃったよ。信憑性もどんどん薄れていっちゃう」

「誰のせいよ」

「少なくとも、『リン』さんの責任でないことは確かだね」

「そらそうだ、夫婦喧嘩の責任を負わされても困る」

「夫婦じゃないってーの! 誰がこんなガキと!」

 

 顔を真っ赤にして否定するサラに、『リン』は「ははーん」と何かを察したようにいやらしく笑った。

 

「な、何よその顔はー!」

「く、ふふ……いや、何でもないよ」

「言っとくけどマジでそういうのやめてよね! あーやだやだ鳥肌が立ってきたわ!」

 

 表情が、本気で嫌がっているそれじゃないので滑稽だ。

 

 自分の身体を抱きしめるようにして嫌がるモーションをしつつも、顔は真っ赤なままのサラをずっと見ていたい気持ちもあったのが、今は時間が無いのだ。

 

 シャオは、宥めるようにサラに向けて言う。

 

「サラ、そのツンデレと呼称される感情形態について非常に興味深くはあるんだけど、今は時間が無いから落ち着いて」

「つんで……!? い、いや……そうね、この件については後で鉄拳でお返しするわ」

「何でぼくが悪いみたいになってるのかなぁ……まあいいや、話を戻すね」

 

 閑話休題にもほどがあろう。

 

 コホン、とシャオは一つ咳払いした後、話を戻した。

 

「さて、いきなりこんなことを言われてもなかなか信用できないと思う」

「いや、信用ならして……」

「だから、一つ証拠を示させてほしい。ぼくたちになら、結末を変えられるという証拠を」

 

 シャオが少しだけ『リン』に近づいて、彼女に向かって手を翳した。

 

 瞬間、シャオの身体が光る。

 いや、シャオの身体から光が漏れたというべきだろうか。

 

 僅かに虹色の虹彩を持った光が、シャオの手を離れ『リン』に吸い込まれていった。

 

「今、何を……」

「……これでよし。あとは、ナベリウスの奥地にある遺跡の指定ポイントに行くだけ」

「…………」

 

 今何をしたのか、答える気は無さそうだ。

 シオンとこういうとこ似てる、と『リン』は思った。

 

(姉弟揃って説明下手なのか……説明する気がないのか……)

「かのダークファルスが復活した時。復活したあの日あの時の結末をばれないように少しだけ、変える」

「ダークファルス……【巨躯(エルダー)】か」

「前日に、サラやマリアに会っただろう? あそこが、目標とする場所だ」

 

 そんなこと言われても、時間遡行はマターボードの導きのままに自然と行ってきたことだ。

 

 今回はマターボードも関係ない。

 時間遡行の力は借りれるだろうが、狙った時間に飛ぶなんてできるのだろうか。

 

「大丈夫、時間合わせはぼくがやる。貴方が今まで自然にやってきたことを今度は意識的に行うだけの話だよ」

 

 心配が顔に出ていたのか、『リン』の不安を解消するようにシャオは言う。

 

「そこで貴方は、一つの歴史改変を行う。はたからみれば、ちっぽけだけど大きな一歩になる、改変だ」

「意識的な歴史改変……? そんなことが」

「シャオ、そろそろ時間」

 

 『リン』の言葉を遮るように、サラが言葉を挟んだ。

 

 時間。

 そういえば、さっきからやたらと時間を気にしていたっけ。

 

「うん、わかったよ、サラ」

「ま、待った!」

 

 手を伸ばして、『リン』はシャオの肩を掴んだ。

 

 時間が無いのは分かっている。

 だけど、まだ帰ってもらうのは困る。

 

「何だい? 質問なら、手短にお願いね?」

「今回の件については関係ないんだけど……一つ訊きたいことがある」

「うん……何?」

 

 シャオの口調は、もう既に『リン』が何を質問しようとしているのか分かっているようなものだった。

 

 その姿に。

 その、幼い容姿に。

 その、海色の瞳に。

 

 さっきから、ずっと『彼女』の姿がちらついていた。

 

「シズクって、何者なの?」

「…………」

「知っているでしょう? 貴方がシオンの弟だと言うのなら。あのシオンが、名前すら口にしない彼女を」

「……ああ――そうだね、彼女のことについて話すには、今しかないか」

 

 予想は、当たった。

 思わず心の中でガッツポーズを取る。

 

 やはりシャオは、シズクの正体について知っていた……!

 

「教えてくれ……これ以上、意味も分からず友達を疑いたくないんだよ」

「うん、分かった。……って言いたいところだけど、時間が無いから簡潔になっちゃうのはごめんね?」

 

 軽い口調で謝って、シャオは目を閉じる。

 

 言葉を、選んでいるのだろうか。

 やがてゆっくりと目を開けたシャオは、真面目な口調で言葉を紡ぐ。

 

「彼女は――――」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 龍祭壇の最奥地。

 

 さっきまでサラの手引きでシャオと『リン』が邂逅していた場所には、もう既に『リン』しか残っていなかった。

 

 シズクの正体について語り終えたシャオは、「もう本当に時間がないから」と去ってしまったのだ。

 同じくサラも去ってしまったので、『リン』は一人で立ち尽くしていたのである。

 

「…………」

 

 何をするわけでもなく、空を見上げている。

 

 気持ちを整理するように。

 心を落ち着かせるように。

 

「……もっと」

 

 呟く。

 おそらくは、自分に向けて。

 

「もっと、強くならなきゃなぁ」

 

 ぐいっと目元を服の袖で拭いて、『リン』は踵を返した。

 

「……今のままじゃ、全然足りない。ハッピーエンドを迎えるには、この程度の力じゃ駄目だ」

 

 歩きながら、端末を開く。

 アドレス帳を検索し、シズクの連絡先を開いて、

 

 着信拒否の、ボタンを押した。

 

「強くなってやる。誰だって、守れるように」

 

 そんな、誓いの言葉を呟いて。

 

 『リン』もまた、龍祭壇からテレパイプを使ってアークスシップに帰還するのであった。




シズクの正体が判明すると思ったか! まだもうちょっと先だよ!

ということで、何度も言いますが感想欄でのネタバレはしない派なので「シズクの正体が分かったぜ! ○○だな!」とか言われても誤魔化すことしかしないのであしからず。


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ベリーハード

バトルアリーナ楽しいのぉおおおおおおお。

102話と103話の順番入れ換えました。


模倣体(クローン)?」

「はい」

 

 翌日。

 アークスシップ・ゲートエリア。

 

 コフィーはシズクの返した言葉に、頷いた。

 

「近頃、アークスを襲うアークスの集団が確認されています。調査の結果、それがダーカーによるアークスの模倣体だということが分かりました」

「アークスの模倣体って……ダーカーってそんなことできるんですか?」

「にわかには信じがたいですが……事実です。貴方たちも十分に気をつけてくださいね」

 

 そう言って、コフィーはシズクとリィンの二人にあるものを手渡した。

 

 手のひらサイズの、ライセンス。

 『ベリーハード受注許可証』だ。

 

「ベリーハード解放、おめでとうございます。貴方たちの益々のご活躍を期待しています」

「はい!」

「ありがとうございます」

 

 ぺこり、とお辞儀してコフィーの前から立ち去る。

 

 ベリーハード解放。

 思えば、ようやくここまで来たと言えよう。

 

「うっばばー、やっとベリーハードだねー」

「そうね、ようやく半人前……いや、0.75人前くらいにはなれたかしら」

「意識高いなー、一人前って言ってもいいと思うんだけど……」

 

 だが実際、難易度ベリーハードと難易度ハードの間にある壁はそれほど高くは無い。

 才能が無い者でも、努力次第で乗り越えられる程度の壁だ。

 

 確かにアークスに入隊してから、この短期間でベリーハードが解放されたというのは実のところ凄いことなのだが……。

 

 ベリーハードの上、スーパーハードへの道のりはこれまでの道程よりも長く険しい。

 

「うばば、まあでもベリーハードならあたしにもいい加減レアドロがガンガン来てくれるだろうし、うばー楽しみー」

「あははそうね来るといいわね」

「ひっでー棒読みっ!」

 

 とまあそんな感じに雑談しながら、クエストカウンターへ行ってクエスト一覧を開く。

 

 ベリーハード解放一発目のクエストだ。

 最近よく行ってる惑星ウォパルも悪くないが……。

 

「確か今日のデイリーオーダーでウォルガーダ討伐が結構メセタ美味しかったから遺跡にしよ」

「シズク最近かなり金欠よねぇ」

「クラフトが……クラフトが全て悪いんや……」

 

 というわけで、ウォルガーダ殲滅クエストを受注した二人。

 

 こんな何気ない理由で選んだクエストを受けることによって、

 

 この時はまだ。

 "あんなこと"になるなんて、夢にも思っていないシズクとリィンなのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 惑星ナベリウス・遺跡エリア。

 ナベリウスの奥地に存在する不可思議なオブジェクトが並び立つ地帯。

 

 【巨躯(エルダー)】が元々封印されていただけあって、ダーカーの巣窟と言ってもいいほどダーカーで溢れているのが特徴だ。

 

 ナベリウス原生種もいるには居るが……殆ど見ることはできない。

 

 そこはまさに、ダーカーに支配された地域と言えるだろう。

 

「いつ来ても、綺麗な場所ね」

「そう? あたしは不気味だと思うけど……」

 

 遺跡エリアに降り立った途端、リィンとシズクは辺りを見渡しながらそれぞれ感想を述べた。

 

 正反対、とまでは行かないが相違のある感想だ。

 

「うばー……なんか見られてる感じがするんだよね、ここ」

「…………んん」

 

 今までだったら、気にも留めなかったであろうシズクの発言。

 

 でも、シズクの父親の言葉のせいで、どうにも気にかかる。

 

(シズクが見られてる感じがするってことは……マジで何かに見られてたりして……)

「うっばっば、まあ多分気のせいでしょ」

(…………大丈夫かしら)

 

 ちなみに。

 ナベリウス・遺跡エリアにおいて『妙な視線を感じる』という感想を抱くアークスは結構多い。

 

 ぶっちゃけてしまうと、ダーカーたちによるアークスへの敵意やら悪意やらそういったものが正体なので、ある程度鋭敏な感覚の持ち主ならその視線に気づくことができるのだ。

 

 何が言いたいのかといいますと、リィンは(色々な意味で)鈍いだけである。

 

(注意して挑みましょう……そうでなくともベリーハードだし)

「リィンー? どうしたの? そろそろ進むよー」

「ええ、心して掛かりましょう」

「……?」

 

 いつに無く凛々しい表情なリィンにシズクが首を傾げてから、一行は進みだす。

 

 リィンが前で、シズクが後ろ。

 いつもの布陣だ。

 

「そういえばさ、お父さんからさっきメールで『来月にまた帰ってくるように、その時はリィンちゃんも連れてね』って着たけど、いい?」

「ああ、それなら私にもメール着たわよ。勿論行くわ」

「え? メルアド交換したの?」

「ええ」

 

 シズクの眉が、ぴくりと動いた。

 その表情は、嫉妬――というよりも、『懸念』。

 

「まさか……あたしの昔の写真とかをメールでこっそり受け取っていたり……しないよね?」

「…………さすが察しがいいわね」

「うばー! そういうの良くないと思います!」

 

 周囲警戒をしながらも、リィンは背後から聞こえてくる怒声に反論するように声を張り上げる。

 

「だって、シズクの子供の頃って可愛すぎるんだものー!」

「うば!?」

「なんかこう、シズクをそのままミニチュアにした感じやばいっていうか……その可愛さと表情の冷たさのギャップがたまらんっていうか……」

「ストップ! ストップ! なんか……その、そう……! その感じ、リィンのお姉ちゃんそっくりだよ!」

 

 早々に切り札を繰り出すシズクであった。

 

 リィンにとっては、最大にも等しい侮辱。

 その効果はとてつもなくリィンの心を抉り取る――!

 

 ――だが、

 

「う、ぐ……いや! 例え何と言われようとシズクの幼少期の写真は欲しい……!」

「なん……だと……!?」

「それに、別に友達の写真を数枚持ってるくらい普通だし!」

「うばば……」

 

 最大の切り札が通じなかった今、何を言おうと無駄だろう。

 

 シズクは意気消沈するように、大きなため息を一つ吐いた。

 

「うばー……分かったよ……でも他の人にむやみやたらと見せないでね?」

「どうして? こんなに可愛いのに」

「待ち受けにしてる!? や、だってその頃のあたしはあたしにとって黒歴史というか……人間味が無くて嫌なんだよね」

 

 と、シズクのセリフと同時に、前方空間が歪み始めた。

 

 突然だが、ダーカー出現の予兆である。

 

「リィン!」

「分かってるわ……!」

 

 即座に気持ちを切り替える。

 どんな雑談をしていようと、彼女たちはプロアークスである。

 

 敵性生物が現れた瞬間、戦闘態勢へと流れるように移った。

 

 現れたダーカーは、【巨躯】の眷属である魚介系ダーカー。

 

 ガウォンダ一体と、ダガッチャ、ダーガッシュが合わせて六体。

 遺跡エリアとしては普通の沸きだろう。

 

「さて、ベリーハード初の戦闘……」

「どんなものなんかねー」

 

 武器を構える。

 

 リィンはアリスティンを、シズクはクラフトしたブラオレットを。

 

「ふっ――」

 

 まずはリィンが切り込む。

 ガードスタンスとマッシブハンターで自身の防御力を上げ、真っ直ぐに。

 

「ノヴァストライク!」

 

 敵の中心に入って、全方位をなぎ払うフォトンアーツを放つ。

 

 刃は見事に宙へ浮かぶダガッチャとダーガッシュ六匹に命中した――が、

 

 一撃で倒すには、至らず。

 怒ったダガッチャたちは口を大きく開きリィンへと襲い掛かった!

 

「アディションバレット!」

 

 シズクの銃弾が、ダガッチャらの眉間とコアを貫く。

 

 弱点を射抜かれたダガッチャは流石に限界に達したのか、消滅した。

 しかし、ダーガッシュは未だ倒れず。

 

 その大きな口で、リィンに噛み付いた。

 

「とっ……!」

 

 すかさずジャストガード。

 ダーガッシュの牙は通らない。返しの刃でダーガッシュの身体は真っ二つに切り裂かれた。

 

「リィン、後ろ!」

「っ!」

 

 シズクの叫びと同時に、前方に跳びのきながら振り返る。

 

 右手に付いた巨大な盾を振り上げる、ガウォンダの姿がそこにあった。

 

「あっぶな!」

 

 ずしん、と巨大な盾が地面に振り下ろされた。

 

 ガウォンダ。

 右手に付いた大盾を常に前方へ突き出していて、正面からの突破が困難なダーカーだ。

 

 弱点は背中にあるので、通常なら頑張って背後に回って倒すものだが……。

 

(これは……私が攻撃するより……)

 

 ガウォンダの背を、シズクに向くよう誘導するようにリィンは駆け出した。

 

 二人であることの利点であるといえよう。

 目論見どおりシズクへ無防備な背を晒したガウォンダは、その弱点に銃弾を受けた。

 

 だがしかし、ガウォンダはまだ倒れない。

 

「うば!?」

「…………」

 

 (そもそも発声器官があるか怪しいが)無言のまま、ガウォンダは振り返りシズクをターゲットに定めたかのように動き出した。

 

「くっ……ライドスラッシャー!」

 

 即座にリィンは駆け出し、フォトンアーツを繰り出す。

 

 ソードに乗り、柄の部分からフォトンを噴射して相手に突っ込むフォトンアーツである。

 『移動しながら攻撃ができる』というのが最大の特徴であり、今背を向けてシズクに向かっているガウォンダを追って攻撃するのに最適なフォトンアーツといえるだろう。

 

 切っ先は見事にガウォンダの弱点へと突き刺さった。

 

「どう、だ……!?」

「…………」

 

 剣から降りて、ガウォンダのコアから剣を引きずり出す。

 

 瞬間、ガウォンダは消滅した。

 流石にもう限界だったのだろう。

 

「……ふぅ、流石に、敵の体力がハードとは段違いね」

「リィン、怪我は無い?」

「ええ、問題ないわ」

 

 アリスティンを背に仕舞いながら、リィンは頷く。

 シズクのほうも、怪我は無さそうだ。

 

「しかし、雑魚戦であのレベルとは……」

「ウォルガーダ、苦戦しそうだなぁ」

 

 流石はベリーハード、と言ったところだろう。

 上がりたてほやほやの二人では、中ボス以上はまだ苦戦必至だ。

 

「うばうば、まあボス戦にはウィークバレット使うから中型雑魚より楽かもしれないし」

「そう上手くいけばいいけどねぇ……」

「うっばっば、……うば?」

 

 ふと。

 シズクが何かに気づいたように立ち止まった。

 

「……シズク?」

「……あそこ、リィンにはどういう風に見えてる?」

 

 あそこ、とシズクは何も無いところを指を差した。

 あえて言うならば遺跡エリア特有のオブジェクトとか木々草々があるが、そういうことでは無いのだろう。

 

「……何も無いけど、シズクがそういうこと言うってことは何かあるのね」

「うば。流石にもう慣れた反応するね」

「流石にね。それで、あそこに何があるの?」

 

 シズクの海色の瞳が、微かに光る。

 

 彼女の瞳には、見えている。

 完璧に偽装されているはずの、『道』が。

 

「認識阻害の結界が張ってある、それも並大抵のものじゃないやつ」

「結界?」

 

 リィンの言葉に、シズクは頷く。

 

 結界。というとちょっと時代錯誤な感じがするが、この状況を表す言葉としては確かに適格だろう。

 

 シズクの指差した方へ近づいて、手を伸ばす。

 リィンの肘から先が、何も無いはずの虚空へと埋まるように視認できなくなった。

 

「うっわ……」

「ここから先は、視認できないようになってるみたいだね。うばばー厄介ごとの予感が「入ってみましょうか」即決!?」

 

 ずぷり、と既にリィンの腕は肩まで向こうに入っていた。

 

 怖いもの知らずというか、何というか……。

 

「少しだけ、少しだけよ」

「リィンって意外と好奇心旺盛だよね……」

 

 言いながら、まさかリィン一人に行かせるわけにもいかないのでシズクも手を伸ばす。

 

 ……特に嫌な感じはしない。

 覚悟を決めて、二人同時に結界の中へと足を踏み入れた!

 

「…………」

「……うば」

 

 二人の視界に広がったものは、不可思議なオブジェクト、木々、草花。

 ようするに、普通の遺跡エリアの風景と、あと一つ。

 

 地面に顔だけ埋まった、赤い服を着たアークスだった。

 

「むぐー! うぐぐ……」

「……あ、あの、大丈夫ですかー?」

「ぷはぁっ! あー、死ぬかと思った!」

 

 心配そうにリィンが声をかけた瞬間、赤い服のアークスは地面に埋まっていた顔をあげた。

 

 シズクより少し明るい、赤色の髪。

 顔面に大きな傷のある、精悍そうな青年。

 

「あ……」

「ん?」

 

 初対面だったが、シズクとリィンはその人を見たことがあった。

 

 何せアークスシップの有名人。

 いつもゲッテムハルトと喧嘩をしていたあの男。

 

 『ゼノ』。

 目下、行方不明中である筈のアークスである。

 

 




そういえば最近ようやくPSO2のアニメ見ました。
イツキが女の子だったらとても百合百合してていい作品だったと思うけど、男だったのが残念でした。

PSO2世界の地球に異世界転生した主人公が、エーテル適正を持っていたからPSO2内にダイブして、
モニカを腹パンしてアークス側に捕まったり、
クーナに「三位さんチィーッス」とか言ってファンにぼこられたり、
ルーサーにニコニコ動画のルーサー関連動画を見せたり、
初期服マトイの胸の部分の布地を捲ったり、
でも危なくなったらログアウトして逃げる小説誰か書いて。


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ゼノとマリアとサラと

先週月曜日に投稿したから週一投稿達成です!!!!

今回原作知ってないとマジで分かりにくいっていうか分からない話かも。
分からなかったら原作をやろう、今はイベントクロニクルでEP1からEP3まで全部見れるからマタボやらなくていいぞ!


 ゼノは有名人である。

 

 その理由としては、単純にアークスとしての技量も高い――というよりも、その性格。

 

 困っている人を見捨てられない。

 

 生来のお人よし体質。

 

 その辺り、『リン』も同様のことがいえよう。

 

 実力が高く、クライアントオーダーも精力的にこなしていれば、自然と有名になっていくものなのだ。

 

 ……まあ、ゼノの場合はゲッテムハルトとアークスシップで喧嘩してたこともその知名度に影響を与えているのだろうが……。

 

 兎も角、今シズクとリィンの目の前に倒れている男、ゼノは。

 

 二人とも面識が無いにも関わらず、知っているほどのアークスなのだ。

 

 当然、ゼノがここ最近行方不明になっていたことも――。

 

「あ、あれ……?」

 

 だから、リィンがその疑問を口にしたのも当然だろう。

 

 首を傾げて、呟く。

 

「ゼノさんって、今行方不明になってなかったっけ。ねえシズク」

「う、うん。間違いなく。確か【巨躯(エルダー)】との闘いで……」

「…………あー。結界の外まで飛んじまったのか……」

 

 ゼノは、困ったように頭を掻いた。

 

 『見つかると困る何か』をしていたのだろう。

 でなければ、行方不明扱いされたまま、こんな認識阻害の結界まで張るわけがない。

 

「え、えーっと……シズク、とりあえず行方不明者発見の報告をするべきかしら」

「や、それはちょっと勘弁してくれねえかな……」

 

 しかしそこは察しの悪さならアークス一のリィン・アークライト。

 空気を読まずにそんなことを言うリィンに、ゼノは頼み込むように手を合わせて懇願した。

 

「頼むよ。俺がここに居た事は誰にも言わずに忘れて欲しいんだが……」

「うばー……いいですよ」

「シズク?」

 

 シズクは、即答した。

 その表情から読み取れる感情は、切実。

 

「明らかに厄介ごとみたいですし……『見た』かん――ゼノさんが評判どおりの人なら悪巧みでもないでしょうし」

 

 流石に、シズクは自分の実力を弁えているのだ。

 ベリーハードに上がったといえど、その力は頂点から数えたらまだまだ中の下。

 

 そして目の前にいるのは、アークス全体から見ても上位に位置する実力派アークスだ。

 

 そんな人が、行方不明として姿を晦まさなければいけないような何かが起きている、なんて。

 

 シズクとリィン程度の実力者が関わっていいような案件ではないだろう。

 

「……ん?」

 

 という、

 シズクの考えは。

 

「あーいたいた、おーいゼノ坊! あんた何回吹き飛ばされれば気が済むんだいまったく」

 

 次の瞬間、崩れ去った。

 

 ゼノの背後から、歩み寄ってくるキャストの足音が一つ。

 

「ん? 何だいその娘たち」

「あ、姐さん! 力加減ってもんを憶えてくれよ! 飛びすぎて結界の外に出ちまったぞ! おかげで一般人に見られて……」

「結界の外……? 何言ってんだいアンタ」

 

 そこはまだ、結界の中だよ、と。

 

 『姐さん』と呼ばれたキャストの女性――『マリア』がそう言った瞬間、跳んだ。

 

 踏みしめた地面が、陥没する程の勢いでの跳躍。

 そしてマリアは、退路を塞ぐようにシズクとリィンの背後に回った。

 

「っ……!?」

「うば!?」

「まさかゼノ坊、このお嬢ちゃんたちをこのまま帰すつもりじゃあなかったよな?」

 

 ポン、とシズクの肩にマリアの手が乗った。

 

 その気になれば、このまま肩を握りつぶすこともできるだろう。

 何せ、このヒトは――。

 

「ろ、六芒均衡の二、マリア、さん」

「おや、アタシのことを知っているのかい?」

「当然でしょうよ……貴方まで関わってるような案件とか、いよいよ持って無関係でいたいのですが……」

 

 小さく、「え、このヒトが六芒均衡?」と呟いたリィンのことは放っておいて、シズクは考える。

 

 どうすれば、この状況から無傷で無関係のまま帰還するのかを。

 

「そうはいかないねぇ、アタシの張った結界を見抜いて侵入できる存在を放っておけるわけがないだろ」

「こ、これは偶然で……」

「偶然かどうかはアタシが決める。さ、ちょっと向こうで話そうか……もしスパイだったら……分かるだろ?」

 

 リィンの肩も掴んで、押す。

 結界の外へ逃げないように、中心部へ追いやるように。

 

「…………っ」

「う、うばー……」

「お、おい姐さん……あんまし脅すのは……」

「黙ってな甘ちゃん坊主。それより油断するなよ、仮にアイツのスパイだったら自爆くらいしても不思議じゃな――む?」

 

 ふと、何かに気づいたようにマリアはシズクの顔を覗き込んだ。

 

「う、うば? 何か……?」

「んー……その口癖……その髪の色、瞳……何処かで……」

「?」

 

 顎に手を当てながら、空を見上げて記憶を探る。

 今のうちに逃げられないかとちょっとだけ考えるシズクであったが、すぐに無理だと察して思考を取りやめた。

 

「あっ、思い出した。アンタもしかしてシズクかい?」

「……え?」

「やっぱり、てことはそっちの美人さんはリィン・アークライトか」

「……私たちを、知っているんですか?」

 

 リィンの疑問の言葉に、マリアは頷いた。

 

 戦技大会の記事を見たのだろうか――いや、その場合でもシズクのことを知っているのは珍しい。

 

「さて、この場合はどうしたもんかね……シャオに訊くか」

「……シャオ?」

「おっと、口が滑った」

 

 言って、マリアは再びシズクとリィンの背を押し始めた。

 

 さっきより力の込め方がやんわりだ。

 一体全体何がどうなっているのか分からないまま展開が進んでいく。

 

 結界はそこそこ広いようだった。

 数分歩き続けて、辿りついた先には――。

 

「もしもーし、シャオー?」

 

 灰色の髪を持つ少女が、一人。

 遺跡エリア特有のオブジェの上で、通信機片手に座っていた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 歴史改変。

 

 それは、全知存在たる『シオン』が創り出した『マターボード』と時間遡行能力の才能を持つ『リン』が居て初めて実現する超越的な事象。

 

 過去へ飛び、過去を書き換え、未来を――歴史を変える。

 

 確定した『未来(うんめい)』を改変する、唯一無二の方法だ。

 

『歴史を改変したことによって、ゼノを救うことは出来た。次はウォパルの海底調査……かな』

「ウォパルの海底? そんなところ行けるの?」

 

 惑星ナベリウス・遺跡エリア。

 認識阻害の結界内で、交差した前髪とポニーテールが特徴な少女――サラは耳に手を当てシャオと通信をしているようだった。

 

 尤もサラとシャオは二心同体みたいなものなので、通信していると言うと少し語弊があるかもしれないが。

 

『ああ、あの星はそもそもルーサーの実験場みたいなもので……ん?』

「……? どうしたのよ、急に」

『…………』

「もしもーし、シャオー?」

 

 返事がない。

 いつもは返事どころか話しかけてきて欲しくないタイミングだろうとおかまいなしに人の脳内に語りかけてくる癖に。

 

「んん?」

 

 何かあったのかな、と顔を上げる。

 

 すると視線の先に、数人のアークスが見えた。

 

 マリアと、ゼノと、見知らぬアークスが二人。

 その二人のアークスを見た瞬間、サラは察した。

 

 シャオは、シズクから隠れた(・・・・・・・・)のだ。

 

「うば!?」

 

 サラを視界に入れた途端、シズクは素っ頓狂な叫びをあげた。

 

 目を見開いて、口を大きく開けて、がたがたと怯えながら言葉を紡ぐ。

 

「ろ、六芒均衡の六クラリスクレイスまで……六芒均衡が二人出勤する事態だなんて……一体何が起きてるの……?」

「…………」

「……ふぅん」

 

 成る程、噂に違わぬ能力だ、と。

 

 サラとマリアは、感心するように頷いた。

 

「……クラリスクレイス? シズク、何言ってるのよ。この前会ったときと全然違うじゃない」

「え? でもフォトンの感じが同じだし、顔も同じじゃん」

「顔……まあ確かに似てるけど、流石に別人でしょう」

 

 リィンに言われて、改めてシズクはサラを見る。

 

 海色の瞳が微かに光り、やがてシズクは「ああ」と納得したように呟いた。

 

「クラリスクレイスのクローン――いや、オリジナル?」

「……うわ」

 

 思わずサラは引き気味に声を漏らす。

 

 正解も正解、大正解である。

 

 三代目クラリスクレイスは――今ここにいる少女、サラのクローンなのだ。

 まあそこについて言及すると長くなるので、今は置いておくとして……。

 

「…………あれ? もしかしてまたアタシ知らない方がいいことを知ってしまったのでは……」

 

 その通りである。

 

 色々言いたいことがありすぎて何から言えばいいのかと少し悩んだ後、サラはとりあえずマリアに向けて叫んだ。

 

「ちょっと馬鹿マリア! 何でシズク連れてきてんのよ!」

「あん? 仕方ないだろ結界越えて向こうから来たんだから」

「この子の能力は前に教えたでしょう!?」

「えっ」

 

 シズクが、小さく声をあげた。

 

 今のセリフは、今の言葉は。

 

 シズクにとって、決して逃せない発言で、

 サラにとって、完全に失言だったのだ。

 

「色々知られちゃ不味いものだらけだから……きゃっ!?」

 

 サラが、突然驚きの声をあげた。

 

 胸倉を掴まれたのだ。

 シズクに、必死の形相で。

 

「あっ……しまった……!」

「…………『この子の能力は前に教えたでしょう』?」

 

 シズクの海色の瞳が、光り輝く。

 まるで、サラの思考を全て見抜こうとしているのかのごとく。

 

「アタシが『何』か、知っているような口ぶりですね?」

「……っあーもう、これじゃあたしも同罪じゃない……!」

「ぐっ……!?」

 

 胸倉を掴んでいた手を、サラの手によって引き離される。

 

 力では敵わない。

 シズクは頭を掴まれて、そのままうつむせに地面に押し倒された。

 

 "視界に入らない"。

 それは、シズクの能力に対する一つの対抗手段である。

 

「ごめんなさいね、それは言えないわ」

「……う、うば、なんっ……!」

「シズク!」

 

 即座に、リィンは動き出した。

 

 背負ったアリスティンを掴み、サラに切りかかる……!

 

「おっと」

「あがっ……!?」

 

 が、届かない。

 

 マリアの手刀が鮮やかにリィンの首を突き、意識を刈り取った。

 

「り、リィン!? リィン! どうしたの!?」

「…………」

 

 シズクが叫ぶが、返事は無い。

 意識を失ったので、当然だ。

 

「この、この……! リィンに、何を……!」

「……!」

「リィンに、何をしたぁああああああああああ!」

 

 シズクの身体から、海色の光りが漏れ始めた。

 

 今までとは、比べ物にならない光量だ。

 周囲のフォトンが活性化し、PSEのような光が立ち昇る!

 

「……何を……!?」

「退きな、サラ」

 

 光を放つシズクの身体を、マリアは首根っこを掴むことで引っ張り上げ――

 

 腹に、重たいパンチを放った。

 

「ごふっ……!」

 

 肺が押しつぶされ、呼吸が止まる。

 

 痛みと、苦しさで、意識が薄れていく。

 

「――――」

 

 声がでない。

 膝を付いて、顔から地面に崩れ落ちる。

 

 そして、シズクの意識は、闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「今、シズクは何をしようとした?」

 

 倒れたリィンとシズクを介抱しながら、マリアはサラに問いかけた。

 

 否――サラに、というよりも、サラの中にいる少年。

 

 シャオに、話しかけた。

 

「……『アークスシップの管制を奪って、船員の命を人質にしようとした』ってさ」

「そんなことができるのかい?」

「『できない。けどやっていたらルーサーに彼女のことがばれてたかもしれないから止めてくれてありがとう』だってさ」

「そうかい。そりゃよかった……おーい、ゼノ坊、アンタはシズクを運びな」

 

 ひょい、とシズクを持ち上げ、投げる。

 かなり雑な扱いだが、ゼノはしっかりとシズクをキャッチした。

 

「おいおい……何だかよくわからねーがやりすぎじゃないのか?」

「そうでもないさ、今ああして止めなかったら宇宙が終わっていた(・・・・・・・・・)

「……は?」

 

 言葉の意味が上手く飲み込めず、ゼノは首をかしげた。

 

 当然だろう、さっきの意味不明なやり取りの選択肢を間違えていたら、比喩じゃなく宇宙が終わっていたなんて、それこそ意味が分からない。

 

「よしっと」

 

 シズクとリィンを木陰に寝かす。

 一応スターアトマイザーを撒いて、傷を癒しておいた。

 

「さてゼノ坊。休憩ついでにちょっとこの子たちを見張っててくれ」

「姐さんたちはどうすんだ?」

「どうするかを向こうでシャオと相談してくる」

「? それくらいここですればいいだろ?」

「用心だよ、用心。なんせ――シズクがシャオを視認した瞬間、宇宙が終わるかもしれない」

「……はぁ?」

 

 そんなことを言われても、実感がわかないのかゼノは眉を歪めた。

 しかし、マリアがウソを言っている様子でもないので、とりあえず頷いておく。

 

「それじゃあ、頼むよゼノ坊」

「二人に変なことしちゃ駄目よ?」

「……? 変なこと?」

 

 変なことって何だろうと首を傾げるゼノ。

 

 しかし、その問いを投げかける間も無くサラとマリアはシズクの視界外まで逃げるように行ってしまった。

 

「…………」

 

 少女二人の寝顔を見つめ、一つため息を吐くとゼノはその場に座り込んだ。

 

 なんにせよ、休憩はありがたい。

 さっきまで修行としてマリアにボコボコにされてたのだ。

 

「何か……妙なことになってきちまったなぁ」

 

 呟いて、空を見上げる。

 

 今まさに世界が終わりかけたところだというのに、何処までも広がるような晴天だった。

 




読者増やしたいならツイッターとかやったほうがいいのかなぁ。
……でもフォロワー募集しても増えなかったら凹むしやめとこうかなぁ。



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演算不可の希少事象

色々あって遅れましたー。

原作キャラの原作に無かった掛け合い書くの苦手です……(←二次創作向いてないやつ)

今回、「ん?」と思うような箇所があると思いますが、シズクの正体を判明したあとにもっかい読めば「成る程」となるように書いてますので設定崩壊とかじゃないです。


『サラが悪いね』

 

 シズクとリィンが寝ている場所から少し離れた木陰。

 

 シズクに声も姿も届かないようにと移動したサラとマリアの通信機に、シャオの毒舌が響いた。

 

「うぐっ……」

『シズクの能力の原理を、ぼくはよく知ってるからね。"隠れ"てれば彼女でも見破れないのにサラがあんなこと言うから……』

「わ、悪かったわね! あんまりにも唐突だったから焦っちゃったのよ!」

「まだまだ未熟だねぇ、馬鹿弟子」

 

 マリアがケラケラと馬鹿にするように笑いながら言った。

 

 それに対して、サラはキッとマリアを睨み、叫ぶ。

 

「でも元はといえばアンタが連れてきたからでしょうが馬鹿マリアー!」

「仕方ないだろ? ゼノ坊のこと見られたんだからそのまま帰すわけにもいかないし」

『そもそも今は責任を押し付けあってる場合じゃないと思うけど?』

「……最初にアタシが悪いって言ったのはあんたでしょうが……!」

 

 怒りを正論で返され、肩を震わせながらもサラは大人しく付近にあったオブジェへ腰掛けた。

 

 大きなため息を一つ吐いて、気持ちを落ち着かせる。

 

「ふぅー……で、これからどうすればいいの?」

「あの子は――シズクは、『保護対象』なんだろう? ルーサーとのいざこざが終わるまでは、不干渉と決めていたが……そうも言ってられないんじゃないか?」

『そうだね……正直、彼女らの成長速度は計算違いだった』

 

 もうVH遺跡(ここ)まで来れるとは、と。

 シャオは感心するように呟いた。

 

『見つかってしまった以上、仕方ないね。皆に吹聴するような性格じゃないだろうけど……サラみたいにうっかり口を滑らせることもあるしね、釘は刺しておかないと』

「ぬぐっ……!」

『ある程度の事情を話して、仲間になって貰おう。マリアの弟子にするのが一番自然かな? ぼくが見つかるリスクも高まるけど……まあそこはサラが失言でもしなければ大丈夫だろう』

「シャオ! いい加減しつこいわよ!」

 

 顔を怒りと羞恥で真っ赤にしながら、サラは叫んだ。

 しかしシャオはサラに怒鳴られたところで自重するようなやつじゃないし、マリアは気にすらしていない。

 

 サラをスルーして、マリアはシャオに疑問を投げかける。

 

「しかしまあ、こっちに引き入れるのはいいとしても、アタシ結構ボコスカ殴っちまったけど大丈夫かね?」

 

 そう。

 そこが問題点。

 

 事情があったとはいえ、気絶する程の打撃を二人には与えているのだ。

 

 そう簡単に和解とはいかないのではないのかという懸念が、マリアの頭を過ぎったのだ。

 

 しかし。

 

『それは大丈夫』

 

 シャオは、自信満々に言い切った。

 

『ぼくに、いい考えがある』

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「お、目ぇ醒めたか」

「…………」

 

 腹部に違和感を感じながら、シズクはゆっくりと目を開いた。

 

 身体を起こして、辺りを見渡す。

 先ほどまでと変わらぬ遺跡エリアの情景と、携帯食料を食むゼノ、それと気絶しているリィン。

 

 状況を把握してから、シズクは静かな口調でゼノに語りかけた。

 

「……ゼノさん、あの前髪バッテンの子は何処?」

「……あーっと、それはだな……」

 

 真顔。

 シズクにしては珍しい真剣な瞳で、ゼノを睨む。

 

 嘘や誤魔化しは容赦なく見抜いてやると言わんばかりに、シズクの瞳は海色に輝いていた。

 

「……そう睨むなって。サラなら姐さんと一緒に作戦タイムだ」

「作戦タイム……? 何処で?」

「さぁな。その内戻ってくるだろうから、大人しく待ってた方がいいぜ」

「…………そう、ですか」

 

 存外、シズクは大人しく頷いた後その場に座りこんだ。

 

 てっきり一暴れくらいすると睨んでいたのだが……思ったよりも冷静だな、とゼノは感心するように頷く。

 

 勿論それは、勘違い。

 ゼノはシズクの人物像を知らないから仕方ないのだが……。

 

 シズクという人間を知る者なら、容易く分かるだろう。

 彼女が真顔であるということが、どういうことなのか。

 

「リィン、起きて」

「む……ぅぅん?」

 

 未だに気絶から覚めないリィンの肩を揺すり、起こす。

 

 わりとすぐ、リィンは目を覚ました。

 目を擦りながら辺りを見渡し、記憶を辿って「ああ」と呟く。

 

「シズク、大丈夫? 怪我は無い?」

「それはあたしのセリフだよ……」

「私は平気よ。首の裏を叩かれて気絶した……のかな、多分」

 

 首を擦っても特に痛みが無いところを見ると、治療はしてくれたようだ。

 

 とりあえず被害なしということで、シズクは大きく息を吸い、安堵するようにそれを吐きだした。

 

「うばぁー……」

「気絶している間にモノメイトでも飲ませてくれたのかしら?」

 

 リィンの疑問に、シズクは首を振った。

 

 周囲を見渡し、大気に舞い散るフォトンを『見る』。

 

「周囲に残ってるフォトンを見た感じ……スターアトマイザーかな? 使ってくれたみたい」

「ふぅん……武器も没収されてないし……今の内に逃げる?」

「いや」

 

 シズクは首を横に振った。

 

 逃げるなんてとんでもない。

 あの人に、サラとやらに問い詰めるまで逃げることなんてできない。

 

「やっと、あたしの正体に関する尻尾が見えたんだ。絶対に逃げない」

「……ん、分かったわ」

「うば、別にリィンだけでも逃げていいんだよ?」

「馬鹿」

 

 リィンのデコピンが、シズクの額を襲った。

 

「あだっ」

「冗談でもそういうこと言わないで」

「うばー……うん、ごめん」

 

 リィンの言葉に、シズクは素直に頷いた。

 

 冗談では、無かったのだが。

 余計なお世話にも程があったか。

 

「それと、ありがとう」

「?」

「リィンと話したおかげで、ちょっと冷静になれた。自分の口癖も忘れてた(・・・・・・・・・・)なんて洒落にならないや」

 

 うばーっと、いつもの調子でシズクは笑った。

 

 一転の曇りも無い、可愛らしい笑顔。

 ダーカーだらけの遺跡エリアには、何処か不釣合いとさえ思える眩く見える。

 

「口癖って、忘れるものだっけ?」

「うば。余裕が無い場面だと、どうもねー……ほら、『うばー』って言うと気が抜けちゃうでしょ」

「あー……」

 

 確かに、それはあるかもしれない。

 

 どんな緊迫した場面だろうと、シズクがアホ面で「うばうば」言ってたらシリアスも崩れるというものだろう。

 

「シリアスブレイカーってやつね」

「それも漫画知識?」

「うん」

 

 ですよねー、と呟いて、シズクはリィンから視線を外し遠く景色を見る。

 

 その先に、こちらへ向かってくる女二人の姿が見えた。

 

「……来たわね」

「……うば」

 

 二人一緒に、立ち上がる。

 こちらに歩いて向かってくるサラとマリアを見据え、リィンはいつでも武器を取り出せるように身構えた。

 

「へえ、もう目え覚ましたのか」

「待たせちゃったわね」

 

 対面する。

 シズクと、リィン。

 サラと、マリア。

 

 ゼノは一人、その様子を少し離れた場所で見ているだけのようだ。

 

 事情を知らなくても厄介ごとに顔を突っ込んでいく性分の男なのだが――今回は、とりあえず静観することに決めたらしい。

 

「サラさん……ですよね?」

「うん、ゼノから名前聞いたの?」

「はい。それでですね、サラさん……さっき、あたしの能力について口走りましたよね? 『教えたでしょ』って」

 

 先ほどの失言を思い返しながら、サラは頷いた。

 

 まずは、肯定。

 シズクの正体を、アタシたちは知っていることの肯定。

 

 それが、シャオの立てた作戦の第一歩。

 

「あたしの能力について、知っているという解釈であってますよね?」

「……ええ。アタシたちは貴方のことを知っているわ」

「なら――――」

 

 なら。

 力ずくで聞き出してやる。

 

 そう言って、切りかかっていただろう。

 

 起きたばかりの、真顔のままのシズクだったのなら、そう言っただろう。

 

 シャオだって、そうなると予想していた。

 シズクの『生まれた経緯』を鑑みれば、それは試算するまでも無い演算結果だった。

 

 リィン・アークライト。

 たった一人の少女の存在が、シズクにとってどれだけ大切な存在なのか――いや、違う。

 

 シズクとリィン・アークライト。

 この二人が揃っているという奇跡(・・・・・・・・・・)によって起こり得る事象は、シャオにすら演算できない希少事象なのである。

 

「教えてください、お願いします」

 

 シズクは、膝を付いて頭を地面に投げ出した。

 

 五体当地――またの名を土下座。

 服も髪も手も足も、汚れることをいとわず地面に付ける。

 

「あたしは、知りたいんです。この能力が何なのか……あたしの母親が、誰なのか」

「……私からも、お願いします」

 

 そして、シズクに倣うようにリィンも地に頭を付けた。

 

 思わず驚いて、シズクはリィンに視線を投げる。

 

 リィンがそんなことする必要は無い。

 綺麗な顔が汚れるといけないから、今すぐやめるように言おうとして――口を止めた。

 

 そんなことを言ったら、またデコピンされそうだったから。

 

「――お願いします」

「お願い、します」

「……はんっ」

 

 何処と無く嬉しそうに笑って、マリアは目を見開いて固まっているサラの背を押した。

 

 びくり、とサラの肩が震える。

 

「作戦は全部ご破算だな。ほら、サラ、ぼーっとしてるとこいつらはいつまでも土下座し続けるぞ」

「っ……わ、分かってるわよ」

 

 言われて、ようやくサラは動き出す。

 地面から引き剥がすように、シズクの頭を掴んで引きあげた。

 

 目と目が合う。

 サラは、困ったように眉を八の字にしていた。

 

「ど、土下座までする必要ないでしょ!? やめてよアタシらが悪者みたいじゃん……」

「うば……だって、力じゃ敵わないし奇襲も確率低いし、普通に頼んでも教えてくれないだろうし……」

 

 これしかなかった。

 そう言って、シズクはサラの手を振り切って再び頭を地に着けた。

 

 そう。

 気絶させた相手の傷をわざわざ癒したり、

 拘束すらしてこなかったことから、"ある"と思ったのだ。

 

 彼女らに、『良心』という付け込むべき隙が。

 

「か、顔を上げなさいよ」

「いやです。教えてくれるまで、こうしてます」

「…………っ」

 

 襲い掛かられるより、百倍性質(タチ)が悪い。

 

 それに、こういうことされると……。

 

「おいおい、何だかよくわからねえが教えてやってもいいんじゃないのか?」

 

 ゼノが、干渉してくるだろう。

 このお節介焼きが、こんな状況で介入してこないはずが無いのだ。

 

「ゼノ、アンタは黙ってな」

「でもよ、姐さん……」

「…………」

 

 思わず頭を抱えるサラだった。

 

 シャオはあてにできない。

 シズクの前から隠れているときは、流石に声すら送れないらしい。

 

 どうする。

 嘘をつくのは意味が無い、ちょっとしたヒントでもシズクはきっと答えに辿りついてしまう。

 

 やはり紡ぐべき言葉は、変わらずただ一つ。

 

「……駄目よ、絶対に教えられない」

「っ……! どうして!?」

「理由があるのよ、教えられない理由が……!」

 

 力ずくで無理やり、サラはシズクを起き上がらせた。

 

 額と鼻についた土を拭って、土下座できぬように押さえ込む。

 

「理由……理由って何ですか!? あたしがあたしのことを知って、何がいけないんですか!?」

「それも、言えない。言えない……けど」

 

 サラは、しっかりと目を見開いて、シズクの目を見つめた。

 真っ直ぐに、偽り無く、海色の瞳と目を合わせる。

 

終わったら(・・・・・)、話せるようになるから」

「終わったら……? 何、が?」

「それも、言えないわ」

 

 何だ、それは、とシズクは呟いた。

 

 情報が少なすぎる。

 でもそれも、仕方が無いのかもしれない。

 

 自分の能力を知っているのなら。

 察する力を知っているのなら。

 

 不用意に情報を渡せないのだろう。

 

 知られたくないことを、察してしまうから。

 

「……っ」

 

 シズクの瞳から、涙が零れた。

 ようやく、尻尾が掴めたと思ったのに……思わぬ足止めだ(・・・・・・・)

 

「――リィン、もういいよ。ありがとう」

「……いいの?」

「うん。いつか話してくれるなら、それを待つことにする……」

 

 涙を拭って、悔しそうにシズクは言った。

 

 これ以上の懇願は、無意味だ。

 良心では崩せない事情が、あちらにはあることが分かっただけよしとしよう。

 

「サラさん、連絡先教えてください」

「……あ、うん、ありがとね」

「お礼なんていいですから、約束破らないでくださいね」

 

 念入りにそう言って、シズクは身体から土を払い、踵を返した。

 

 同じく土を払っていたリィンの袖を軽く引っ張る。

 

「代わりに、ここの事は誰にも言いませんから。……リィン、行こう」

「え、うん……」

 

 代わりに。

 つまり、約束さえ破らなければ誰にもこのことは言わない――ただし勿論破ったら誰かにバラすというシズクなりの脅しである。

 

 尤も、今回の場合その脅しはあまり意味の無いものなのだが……それは兎も角。

 

 これで、釘は刺したといえるだろう。

 シャオの考えていた作戦とは随分と違ってしまったが、当初の目標は達成だ。

 

 なのでこのまま二人を帰してしまっても特に問題は無い。

 

「おっと、待ちな」

 

 ――のだが。

 帰ろうとするシズクとリィンを、マリアが唐突に呼び止めた。

 

 曲がりなりにも自分たちの上司に値する六芒均衡に呼び止められ、流石のシズクとリィンも表情を強張らせる。

 

「まだアンタたちを帰すわけにはいかないねぇ」

「ま、マリア……? 折角話が纏まったんだからあまり余計な真似は……」

「余計? 違うねぇ、これは必要なことさ」

 

 サラを押し退け、マリアは二人の前に立ち塞がった。

 

 必要なこと? とリィンは首を傾げる。

 シズクは何かを察したようだが、何も言わずにただ黙って――

 

 武器に、手をかけた。

 

「アタシと手合わせして貰おうじゃないか、なあ小娘共」

 




エピソード4、完結しましたね。
ツッコミどころがまあ多かったけど面白かったです。

オークゥとフルの関係が特によかったですね、個人的にはオークゥがノンケでフルがガチだと捗ります。
あとコオリのキャラも結構好きでした。【百合】と絡ませたい。
けどアルくんがアリなのかナシなのかで戦争が起きそう。


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【双子】の思惑

シズクのこういう感じ久しぶりな気がする。

前半シズク無双。
後半【百合】無双です。


「アタシと手合わせして貰おうじゃないか、なあ小娘共」

 

 マリアの唐突な発言に、場の空気が固まった。

 

 当然といえば当然だ。

 あまりに突飛で不可解、しかも発言者があの(・・)六芒均衡マリア。

 

 これで固まらない空気など存在しないし、この状況で平然と手合わせに応じられる人間なんて、そんなの。

 

 病的なほど空気が読めない常識知らずの無垢な少女か、

 通常では有り得ないレベルの察しの良さを持たない限り、不可能に近いだろう。

 

 うん、つまりはリィンとシズクのことだった。

 

「六芒均衡と手合わせ……!? え、いいんですか!?」

「うば、勿論お引き受けしますよ」

「えぇええええええええ?! ちょっわぷっ」

 

 あっさりと承諾したシズクとリィンに何か言おうとしたサラの口を、マリアが塞いだ。

 

 「んー! んー!」と言葉にならない抗議を叫ぶサラのことは無視して、会話は進む。

 

「いやー話が早くて助かるね。噂の戦技大会二位の実力を確かめてみたくてさぁ」

「うばば、あたしの能力知ってる癖にそういう遠回りなことしないでくださいよ」

「……うん?」

 

 海色の瞳が、微かに光る。

 

あたしの能力を(・・・・・・・)利用したいんですよね(・・・・・・・・・・)?」

 

 にやり、と。

 意地悪っぽくシズクは笑った。

 

 ああ、『いつもの』かとリィンは目を細める。

 

「どういうことなの? シズク。いつものことだけど脈絡が無いように聞こえるのだけれど……」

「うばば、まあちょっと考えれば分かることよ」

 

 さっき腹パンされたことを少しだけ根に持っているのか、皮肉気な口調で語りだす。

 勿論、マリアの意図をちょっと考えれば分かるのはシズク一人だけである。

 

「まず、アークスじゃないサラさんと六芒均衡のマリアさんがこんな結界内で隠れてコソコソやってる時点で相当な厄介事を抱えていることは確定じゃん?」

「え? サラさんアークスじゃないの?」

「多分ね。だってほら、あんなにフォトンがぐちゃぐちゃ(・・・・・・)でしょ? あれじゃアークスの適性検査に引っかかるから……っと」

 

 ほらって言われてもわかんないわよ、とリィンが文句を言おうとした瞬間、シズクがリィンの耳を塞いだ。

 

 身長差があるため必死に背伸びしている様がとても可愛らしい。

 

「やっぱリィンは耳を塞いでて、聞いたら不味いことがあるかもだから」

「……わ、分かったわ」

 

 素直に、リィンは自分の手で耳を塞いだ。

 良く分からなくとも、こういう時のシズクには大人しく従うと決めているのだろう。

 

「で、その厄介事って間違いなくあれですよね。『アークスが敵』、何ですよね?」

「…………」

「いや、正確には『アークスの上層部が敵』……なんですか? まあどちらでも同じですけど……」

 

 まあ尤も、さらに正確に言うならば『アークス上層部に根付いているダークファルスが敵』なんだろうけども。

 

 それについてはカスラさんに口止めされているので、一先ずは言わないでおくことにした。

 

「兎も角、アークスが敵に回るというのなら……あたしが、何故か生まれた時から持っている――『マザーシップへのアクセス権』は大きな武器になる」

 

 マザーシップへのアクセス権。

 その言葉を言うとき、シズクの表情が若干曇った。

 

 だって、その能力(ちから)は――権限は、

 シズクにとって、なるべく使いたくないものなのだ。

 

「当然察しの良さも使い道によっては便利だし、役に立てるでしょう……ただ、自分たちが行くような高難度地帯に連れて行けるかどうか分からない。最低限自衛くらいできないといくら特殊な能力があっても使い物にならない。だから、手合わせをして実力を計ろうとしたんですよね?」

「……成る程なぁ」

 

 これは便利だ、とマリアは嬉しそうに呟いた。

 

 1を話せば、10を理解してくれる。

 

 常軌を逸した察し能力。

 ……しかし『察し能力』だと語感が悪いので、いい加減何か名前が欲しいところである。

 

「うば。やっぱし試してましたね……『手合わせしろ』としか言わなかったのわざとでしょ」

「あっはっは、いやそこは横着しただけさ」

「……さいですか」

 

 言いながら、シズクは耳を塞いでジッと待っているリィンの肩を叩いた。

 もういい加減、聞いたら不味いこと――というか、聞いて欲しくないことのくだりは終わっただろう。

 

「あ、話終わった?」

「うん、大体は」

 

 ふぅ、と一つ小さなため息を吐く。

 

 やっぱリィンが傍に居ると、落ち着く。

 シリアスさんが何処かに飛んでいったのを感じるほどに。

 

「それでどうなったの? 手合わせ? 手合わせするの?」

「ウキウキしてるねぇリィン。……うん、するよ」

 

 ホント、見た目美少女なのに中身小学生男子なお方である。

 

 爛々と目を輝かせているリィンに、思わず破顔するシズクであった。

 

「マリアさん、聞いてた通りです。お手合わせ、お願いします」

「……それは、アタシたちに協力する気があるってことでいいのかい?」

「はい」

 

 はっきりと、シズクは頷いた。

 その選択がたとえ、使いたくない能力を使う道だとしても。

 

 この能力が何なのか。

 自分の正体は何なのか。

 

 それを教えてもらうためには、サラたちが抱えている厄介事(ナニカ)を終わらせないといけないのなら。

 

 協力なんて、惜しむわけが無い。

 

「……ん? 協力?」

「……あっ」

 

 でもその前にとりあえず。

 リィンに色々と説明するのが先のようだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「んん……っ」

 

 惑星リリーパ・採掘基地場跡付近の洞窟内。

 

 ダークファルス【若人】は、蠢くダーカー達に囲まれながら凝り固まった身体を解すように伸びを一つした。

 

「はぁ……ようやく数が揃ったわね……全く、一晩もかかるなんて衰えたものだわ」

 

 彼女の背後には、億を超える数の虫型ダーカー。

 文字通り洞窟を埋め尽くす数の尖兵が、出番はまだかまだかと猛っているようだった。

 

「しかしまあ、あの子我慢できなくなって結局邪魔しに来ると思ってたけど……来なかったわね」

 

 折角洞窟内に綿密な即死トラップを仕掛けておいたのに無駄になったじゃない、などと愚痴りながら【若人】は洞窟の外に向けて歩き出す。

 

 自分で仕掛けたダーカー式の罠たちをすり抜けて進むこと数分。

 うっかり罠を踏んで即死――なんてことには流石にならず、無事洞窟の外へと【若人】は辿りついた。

 

 その瞬間、目に入ってきた色は、『赤』と『黒』。

 

 荒廃した機械と砂漠の惑星に似合わぬ、"血の色"。

 

「――は?」

「あー! アプちゃーん!」

 

 大量の血とダーカー因子によって、まるで地獄のような有様に変貌した一帯。

 

 その中心に、【百合(リリィ)】は立っていた。

 無数の剣が突き刺さったまま地に伏しているファルス・ダランブルと共に。

 

「り、【百合】……? 何? 【双子(ダブル)】と戦ってたの……?」

「うば! いやさー、喧嘩売られちゃってさー、参った参った」

 

 返り血と自分の血で塗れている所為で前が見えにくいのか、ごしごしと目元を擦りながら【百合】は【若人】へと歩み寄る。

 

 歳相応の、可愛らしい笑顔も。

 怪我の所為かヒョコヒョコとたどたどしく歩み寄ってくる様も。

 

 はっきり言って、狂気しか感じない。

 

 ダークファルスである【若人】ですら、冷や汗を掻くほどに。

 

「まあ勝ったけどね!」

「そ、そう……それにしても、どうしてあの双子は貴方に喧嘩なんて……」

「さあ? 何か用事があるみたいだったけど……ほら、あの子たちって片方男でしょう?」

 

 振り返って、死体のように動かないファルス・ダランブルを見る。

 

 心底、どうでもいいものを見るかのような口調で、【百合】は呟いた。

 

「それはもう、あたしに喧嘩売ってるようなものじゃん?」

「…………」

 

 『【若人】のアタシが言うのも何だけど、最近の若い子が考えることは分からないわね』、と。

 いつものセリフを言いかけて、【若人】は口を噤んだ。

 

 これは違う。

 若いとか若くないとかじゃない。

 

 もっと根本的なところで、この子は他と違うのだ。

 

「……ダークファルスのあたしが言うのも何だけど……あんた、相当狂ってるわね」

「うば?」

 

 可愛らしく、【百合】は小首を傾げた。

 

 ここまで癒されない"小首を傾げた"も珍しい……。

 

「――――ふふふ」

「っ」

 

 と、その時。

 【双子】の笑う声が、二人の耳に届いた。

 

 まだ生きていたのか、と思うかもしれないが、ダークファルスは基本的に不老不死。

 

 封印でもされない限り、いくらダメージを与えてもその内回復するのだ。

 

「何? まだやる気?」

「……いやいや、認めるよ――ぼくの、負けだ」

「『ぼく』ってことは合体したけど喋ってるのは男の方だよね?」

「えっ」

 

 【百合】の手に、茜色の剣が一本生成された。

 

 それを上空に掲げ、同じ形をした無数の剣を展開。

 

 何の躊躇いも無く、一斉にそれらを射出した。

 

「男が、あたしに話しかけるんじゃない」

「…………」

 

 さらに突き刺さった剣が増えたことでハリネズミみたいになった【双子】に、流石の【若人】も哀れみの視線を向けた。

 

 冷酷で残虐と名高いダークファルスという種族にも、同情心というものはあるらしい。

 

「あ、今アプちゃんに哀れまれたでしょ、いいなーいいなーもう一回一斉掃射ー」

 

 さらにもう一度、無数の剣が【双子】に向けて発射された。

 

 最早息絶え絶えで、ダークファルスの不死性のみによって生きている【双子】にそれを避ける術がある筈も無く。

 

 ハリネズミ――というよりも剣山のような姿に変わり果てた【双子】の姿が、そこにはあった。

 

「ぐ……あ……」

「うばー、そういえばアプちゃん。アプちゃんが出てきたってことは準備できたの?」

「え、ええ」

 

 もう【双子】から興味を失ったように――いや、初めから興味(そんなもの)は無いか。

 

 【百合】は【若人】が頷くのを見るなり、待ちわびたとばかりにぱぁっと笑顔を見せた。

 

「お、いいねいいねー。じゃあ早速襲いにいこっか!」

 

 ちょっとコンビニ行こうかみたいなノリで、【百合】は言う。

 驚きの気軽さだ。

 

 だが別にそこについてはもう今更何も言うまい。

 倫理観がぶっ壊れているのはダークファルスの共通事項である。

 

「あんた……怪我は大丈夫なの?」

「うば、怪我なんてもう治ってるよ。これ全部返り血だね、心配してくれてありがと!」

「別に心配したわけじゃないわよ……むしろ残念だわ。これから戦闘なのに怪我で動けませんなんて言われたら置いて行こうと思ったのに」

「うばば、それは気をつけなきゃ……」

 

 まあ見ての通り、大半の怪我は少し時間が経てば治るのだが。

 

 流石にあれだけボコボコにされたら完治まで長そうだなぁ、と【百合】は【双子】の方を再び振り返った。

 

「え――」

 

 そこには。

 無数の剣に貫かれながらも。

 体積の三分の一ほどを抉り取られながらも。

 

 尚立ち上がり、笑う【双子】の姿があった。

 

「あはっ……あははははは!」

「……うばー、流石に驚いた。まだやる気なんだ……」

 

 【若人】を庇うように、【百合】は前に出て構える。

 

 ダークファルスにとどめを刺すというのは、難しい。

 封印できればそれが楽なのだが、封印手段というのを生憎持っていないのだ。

 

(ならもう、四肢と頭をバラバラにするしかないか……)

 

 猟奇的な思考が、【百合】の脳裏を掠める。

 しかし【百合】が【双子】を仕留めようと動く前に、【若人】が口を開いた。

 

「【双子】、あんた一体なんのつもりなの? そんなになってまでこの子に執着する理由があるの?」

「…………ああ、いたんだ、【若人】」

 

 今気づいた、とばかりに【双子】は【若人】の名を呼んだ。

 

 ついでに、「何気安く名前呼んでんのよ」、と剣を振るいかけた【百合】の腕を止める。

 こうしておかないと一向に会話が進みそうになかったので賢明な判断と言えよう。

 

「悪いけど、きみには関係ないよ……本懐を忘れた……きみたち(・・)にはね」

「……?」

「【百合】、きみはつよいね……とってもつよい。だから、そんなつよいきみにごほうびをあげよう」

 

 疑問符を浮かべる【若人】を無視して、【双子】は【百合】へと向き直る。

 

 そしてその両腕についた――大口を開いた。

 

 

「……ぼくを、あげる」

 

 

 瞬間。

 『闇』の塊が二つ、交差しながら【双子】の手から【百合】へと飛んだ。

 

 それは、ダークファルス【双子】そのもの。

 

 【双子】の持つ力の、全て。

 彼らは、自らの存在全てをその闇に込めて撃ち放ったのだ。

 

「いや、要らないわ」

 

 そしてそれを、【百合】は打ち返した。

 

 手に持った剣をバットのように振るい、打ち返した。

 

 心底どうでもよさそうな顔で、打ち返した。

 

 打ち、返した。

 かっきーん、と。

 

「え?」

 

 打ち返された闇の塊は、ライナーボールのような軌道を描き、【双子】に激突。

 

 【双子】の力は、他の誰かに渡ることなくまたも【双子】の中へと戻っていった。

 

「え……え、……え?」

 

 これには流石の【双子】も動揺を隠せない。

 ドヤ顔で力を押し付けたと思ったら突き返されたとか、どういう反応をすればいいのか皆目検討もつかない。

 

「なん、で……」

「半分男のダーカー因子とか要らないわよ、いいから死んで」

 

 辛辣な言葉と共に、【百合】は腕を振り下ろす。

 

 それと同時に、幾万の刃が【双子】に降り注いだ。

 

「が……っ!?」

「さて、念のため両手足落として、首をもいどこうかな」

 

 猟奇的な発言をしながら、【百合】は【双子】に近づいていく。

 

 【若人】も、止める気は無いようだ。

 彼女とてダークファルス、仲間意識なんて高尚なものがあるわけもなく――。

 

「……ちぇ、失敗かぁ……」

「……うば?」

 

 ぽつりと呟いて、【双子】は飛び跳ねた。

 

 まだ、そんな余力があったのか。

 それとも最初から全力なんて出していなかったのか。

 

 分からないが、兎も角。

 

「ばいばい」

 

 空間跳躍。

 ダークファルスの基本能力を使い、【双子】はその場から離脱した。

 

 追いかけることは出来るが……まあそこまでする必要は無いだろう。

 

 別に恨みとかは無いのだ。

 ただ性別が男だから殺しにかかっただけなのである。

 

「うばー……逃げられたかぁ」

 

 どうでもよさそうに呟いて、【百合】は剣を仕舞った。

 手に持っていたものも、地面や壁に突き刺さったまま放置してあったものも、全て。

 

 一瞬の内に、消し去った。

 

「……結局、何だったのかしら」

「……さて、ね。わかんないや」

 

 言って、【百合】は眠たそうにあくびをした。

 

 目を擦り、涙を拭く。

 たったそれだけで、指が血塗れになってしまった。

 

 ああ、そういえば今返り血でずぶ濡れなんだったか……。

 

「アプちゃんごめん、やっぱちょっと休憩してから襲撃でいい? 流石に眠いし血も洗い流したい……」

「……仕方ないわね……」

 

 渋々と、【若人】は頷いた。

 

 何だか良く分からなくて気持ち悪いやつだが、同じダークファルスである【双子】に圧勝するほどの実力者であることが分かったからだ。

 

 この強さは、利用できる。

 今回のことで、それが確信できた。

 

 そのために採掘基地への襲撃は万全の状態で挑んでくれないとこっちが困るのだ。

 

「うばー、まずはオアシス行って、血を流したらアプちゃんの膝枕でちょっとお休みして――」

「膝枕はしないわよ」

「……アプちゃんの腕枕でお休みしてー」

「腕枕もしないわよ」

「…………アプちゃんの腹枕でお休みしてーそれでー」

「…………」

 

 【若人】の身体を枕にすることは妥協できないらしい。

 ……まあそれでやる気を出してくれるならいいか、と【若人】はこれ以上ツッコミを入れなかった。

 

「アークスの男共を皆殺しにするぞー! おー!」

「……女は?」

「そこはまあケースバイケースで臨機応変に対応することを考慮しようかと」

「…………」

 

 不安しかない返答に思わず頭を抱えながらも、【若人】は水場へと跳躍し、【百合】もまたそれに続くように跳んだ。

 

 

 

 ――ダークファルス【百合】というイレギャラーの所為で、些か時期が早まったが、兎も角。

 

 ダークファルス【若人】による大規模襲撃。

 『採掘基地防衛戦:襲撃』、間も無く開始である。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 そこは、名も無き惑星。

 

 資源も無く、知性を持つ生物も居らず、住むにしても過酷な環境なのでアークスの手すら入って居ない無銘の星に。

 

 ダークファルス【双子】は、立っていた。

 

 身体に突き刺さっていた剣は、もう消えている。

 しかしまだ傷は治っていないのか、その場から動く気配は無さそうだ。

 

「ふふふ……ははははは……!」

 

 笑う。

 可笑しそうに、笑う。

 

「う……げほっ! げほっ、はっ、ははは! 何て酷いザマだ……」

 

 自嘲気味に呟いて、【双子】は戦闘形態を解除。

 元のショタロリ人間形態に戻り、二人同時に仰向けになって地面に横たわった。

 

「はぁ……残念だったね、失敗しちゃった」

「そうだねー、失敗失敗。まさか力を打ち返してくるなんて思わなかったよ」

「ホントホント。ぼくたちを食べてくれれば(・・・・・・・・・・・・)それが一番早かったのにね(・・・・・・・・・・・・)

 

 不穏な言葉を紡いで、【双子】は同時に目を閉じた。

 

 何はともあれ、疲れている。

 体力は激しく削られたし、傷だって痛くてしょうがない。

 

 眠って、力を回復させるつもりなのだろう。

 

「……計画は失敗したし、これからどうしよっか?」

「……そうだねぇ、やっぱし諦めて最初の予定通りに動こうか」

「……うん、そうだね、そうしよう」

 

 ゆっくりと、目を開けて。

 二人は空に浮かぶ"白黒"の惑星を視界に入れた。

 

「「惑星ハルコタン」」

「楽しみだね、ぼく」

「楽しみだね、わたし」

「でもその前に傷を治さなきゃねー」

「でもその前に怪我を治さなきゃねー」

 

 無銘の惑星に、子供の笑い声が響いた。

 

 無邪気で、邪悪で、愉快で、醜悪な笑い声は。

 【双子】の二人が眠りにつくまで続くのだった。




パティエンティアが【双子】に侵食されて次の【双子】になる展開とか考えたけど、尺取られすぎるから諦めました。

EP3開始時に、次の敵は【双子】と聞いたときまさかパティエンティアがダークファルス一の情報屋になるときが来たのかと思ったのは私だけじゃないはず。


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論外

最近難産ばっかだなぁ。

ていうかEP2第1章長すぎ問題。
こんなに長引くとは思わなかったんや……。


「止めなくてよかったのか?」

「本人たちがノリノリなんだもの、止めても無駄よ」

 

 戦闘準備中のシズク、リィン、マリアの三人から少し離れた場所で、ゼノとサラは隣り合って遺跡エリア特有のオブジェクトに腰掛けていた。

 

 サラの表情は、諦観。

 ゼノの表情は、心配。

 

「しかしさっきから話に付いていけてねーんだけどよ、一体何なんだ? あのシズクってっ子はよ」

「……この距離だと聞こえてるかもしれないから、また今度話すわ」

「そーかい……あ、じゃあもう一人の……リィン? は何者なんだ?」

「ああ、彼女は……」

 

 身体を伸ばすようにストレッチをしているリィンを見ながら、サラは言う。

 

「普通のアークスよ、シズクの友達ってだけのね」

「ふぅん……ん? ならなんでリィンの実力まで計るんだ? 一対一の方が計りやすいだろ」

「…………それもそうね」

 

 そのことについて口を挟もうと思ったが、もうすぐ手合わせは始めるようだった。

 

 まあ、終わったら訊けばいいやとサラは浮かせかけた腰を再び下ろす。

 

「……何か企んでいるのかしら、マリア」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 六芒均衡との手合わせ。

 というのは、実のところアークスにとっては魅力的なものなのだ。

 

 それこそ戦技大会の賞品にもなるようなものであり、需要は意外と高い。

 

 理由は単純。

 まず六芒均衡というのはアークスにとって一種の『憧れ』だから。

 

 アークスという生業の、到達点ともいうべき役職なのだ。

 

 故にリィンはマリアの提案を手放しに喜んだし、

 シズクもマリアとの手合わせは試されるだけではなく、『価値』があるものだと認識しているのである。

 

「準備はいいかい?」

 

 言いながら、マリアは手に持ったパルチザン――『ヴィタパルチザン』を構えた。

 

 量産型のコモン武器の中では比較的強い方だが、それでもコモン武器はコモン武器。

 レア武器には一歩劣る代物だ。

 

 流石に手加減はしてくれるらしい。

 まあ尤も創世器なんて持ち出されたらシズクとリィンの力量を計るどころじゃないのだが……。

 

「はい!」

「うばっ」

「いい返事だ、じゃあ早速始めようじゃないか」

 

 構える。

 

 リィンは前に、シズクは後ろに。

 いつもの陣形。いつもの戦術。

 

 いつもと違うのは、相手がエネミーではなくアークスだということ。

 

 そのアークスが六芒均衡であること。

 

 多分勝ち目なんて一つもない。

 けれどそれでいい。

 

 圧倒的上位者に実力を診てもらえてしかも命の危険が無いなんて機会、そうそうないのだ。

 

 今は、全力を尽くすことだけを考えて――。

 

「ああ、一応言っておこうかね」

「……?」

「アタシを殺すつもりでかかってこないと――死ぬよ」

 

 刹那。

 

 シズクの目の前で、マリアが片手で槍を振りかぶっていた。

 

「は――」

 

 槍が振り下ろされる。

 受けれない、避けられない。

 

 速い、という言葉を口に出そうとして、それすら間に合わないことを瞬時に悟る。

 

「あ、ぁ、あ、あああああああ!」

 

 ガキン、と。

 フォトンの刃とフォトンの刃がぶつかり合う音が響いた。

 

 シズクのガードが間に合ったわけではない。

 

 リィンのガードが、間に合った。

 シズクをタックルで押し退けて、間に入るように身体を捩じ込ませたのだ。

 

「へぇ、反応速度は中々だね」

「……っ」

 

 リィンが居なければ、今ので終わっていた。

 

 何が手合わせだ、何が手加減だ。

 そもそも相手と自分たちには、蟻と象より大きな差があるじゃないか。

 

 マリアがどれだけ手加減しようと、こっちはそれこそ殺すつもりで戦わなきゃあっという間に潰されて終わりだ。

 

(気を引き締めろ!)

(相手は化け物だ……!)

「ぐっ……!」

「ほらほら、どうしたどうした、まだこっちは録に力入れちゃいないよ」

 

 マリアとリィンの、鍔迫り合い。

 マリアは片手でパルチザンを持ち、リィンは両手でしっかりと防御の姿勢を取っているにも関わらず、

 

 劣勢なのはリィンだった。

 

「エイミングショット!」

「おっと」

 

 支援射撃として、エイミングショットを放つ。

 

 槍の持ち手を狙った射撃は、しかして簡単にマリアの槍によって弾かれた。

 

「ノヴァ――!」

 

 だが、その弾いた隙を逃すリィンではない。

 鍔迫り合いから槍が離れた瞬間、足を動かし腰を捻らせ遠心力と共に腕を振るう。

 

「ストライク!」

 

 振るった剛剣は、槍によって簡単にいなされた。

 

 でも、まだだ。

 隙なら、シズクが作ってくれる。

 

「ツイスターフォール!」

「遅いっ!」

 

 縦に回転しながらの斬撃。

 しかしその攻撃は容易く避けられ、リィンの首に槍の薙ぎ払いが迫る。

 

 その薙ぎ払いに合わせるように、シズクの弾丸がマリアの槍を射抜き動きを止めた。

 

「お?」

「オーバー……!」

 

 リィンのアリスティンに、光刃が宿る。

 

 オーバーエンド。

 単体相手に使うようなPAではない、大振りの大技。

 

「エンドォ!」

「へぇ……!」

 

 振るわれた光刃を、マリアは両手で握ったパルチザンで受け止めた。

 

 渾身の力を込めた攻撃が、易々と受け止められるというのは若干クるものがあるが……でも。

 ようやく、両手を使わせた……!

 

「まだ!」

「……っ」

 

 返す刃で、再び光刃を振るう。

 これもまた簡単に受け止められてしまったが、オーバーエンドというPAの本命は最後の一撃。

 

 込めた全ての力を爆発させる、縦切りを放つべくリィンは思いっきり振りかぶった!

 

「お、お、お、おおおおおおお!」

「見えてるよ、シズク(・・・)!」

 

 言いながら、マリアは突きの構えを取った。

 

 リィンの大振り攻撃の真後ろで、ずっとシズクが銃剣を構えているのをマリアは見逃していない。

 

 故に、突き。

 オーバーエンドという隙の大きい攻撃の隙を埋めるため、シズクが放つであろう支援射撃を封じるための一手。

 

 リィンの真後ろにシズクがいるならば、突きを使えばシズクの銃撃はマリアのパルチザンを弾くことはできない……!

 

「アサルトバスター!」

 

 果たしてマリアの槍撃は――空を切った。

 

 無論、手加減はした。

 一撃に込めたフォトンは、いつもの半分以下だ――けれど、攻撃速度まで緩めたつもりはない。

 

 では何故マリアの一撃が空を切ったのか、答えは単純明快。

 

 リィンは、しゃがんでいた。

 PAをキャンセルして、土下座にも見えるほど深々と地面に額を近づけていた。

 

 攻撃を見てからじゃ、どんな反応速度を持っていようが避けられぬ一撃だった筈だ。

 

 ならリィンは、最初からオーバーエンドを途中でキャンセルするつもりだったのだろう。

 

 その証拠に、ほら。

 マリアの眼前には、しゃがまなければそのままリィンに当たっていたであろう弾丸(エイミングショット)が迫っていた。

 

「――はっ!」

 

 マリアは、笑った。

 口元を歪ませ、嬉しそうに笑った。

 

 未来予知にも等しい、シズクの能力。

 そして、そのシズクの能力に全幅の信頼を置き、身体能力及び防衛能力が高いリィン。

 

 想像以上に、良いコンビだ。

 芸術にも見える、コンビネーション。

 

 でも、それだけだった。

 

 それだけ、だった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「論外だね」

 

 頭を抑えてうずくまるシズクと、お腹から血を流して倒れるリィンを見下しながら、マリアはそう告げた。

 

 あの後。

 シズクとリィンがコンビネーションを見せてマリアに渾身のエイミングショットを放った後。

 

 マリアは容易くあの攻撃を避けた。

 

 勿論、マリア以外の――というより、六芒均衡より弱い相手になら避けることは不可能だっただろう。

 

 それほどまでに、素晴らしい攻撃だった。

 素晴らしいコンビネーションだった。

 

 でも、話はそうじゃないのだ。

 

 マリアやサラ、ゼノが関わっている問題というのは、その程度(・・・・)じゃない。

 

「やる気も、熱意も感じられる……あたしを殺しにきたのもグッドだ。――でも、経験が足らない、錬度が足らない、実力が足らない」

「うば……」

「うぅ……」

「そして何より、才能が無い」

 

 ムーンアトマイザーを投げて、二人を回復させながら。

 マリアは絶望的な事実を告げた。

 

 才能が無い。

 勿論それは、六芒均衡を基準とした話。

 

 一般アークスという括りならば、二人は十分な才能を持っている。

 

 けれど、今はそういう話はしていない。

 

 レギアス。

 マリア。

 クラリスクレイス。

 カスラ。

 ヒューイ。

 ゼノ。

 サラ。

 

 そして、キリン・アークダーティ。

 

 あれらの、超越した存在共の戦闘に付いていける程の才能は、二人には無いのだ。

 

「…………」

「……うばー、分かってたこととはいえ、へこむわー……」

 

 『フォトンを扱う能力』というのは、才能の比重が大きい。

 訓練したところで限界があるが故に、アークスが大成できるか否かは才能があるかないかの一言で済む。

 

(ああ、悔しい)

(分かってはいたけど、悔しいなぁ)

 

 リィンは、傷が回復したというのに顔をあげなかった。

 

 泣いてはいない。

 いないけど、歯噛みはしている。

 

 唇から血が出るほど、悔しがっていた。

 

(お姉ちゃんには――)

(マリアさんは、お姉ちゃんには何と評価するのだろう)

 

 思わずそんなことを考えてしまった自分の思考を掻き消すように、頭を振る。

 

 あの姉のことなんてどうでもいい。

 考えるだけ無駄で、考えたくも無いことだ。

 

「うばー……まあ、不合格なら仕方ないですね……大人しく帰るので、全部終わったら色々と教えてください」

 

 ため息を吐きながら、シズクは立ち上がった。

 念押しするようにサラに視線を投げて、次にリィンを見る。

 

「……リィン?」

「っ、シズク……」

 

 顔を上げないリィンを不思議がったのか、シズクはリィンの顔を覗き込んだ。

 

 涙なんて流していない。

 でも、今の情けない顔はあまり見られたくなかった。

 

「リィン、泣いてる?」

「ううん……何でも――」

「リィン」

 

 ぐいっと、マリアが突然リィンの顎を掴んだ。

 そうして顔を無理やり上げさせて、目と目を合わせる。

 

「マリアさん……?」

「はっきりと言ってやろうか。リィン・アークライト――あんたにライトフロウほどの才能は無い」

 

 リィンが、目を見開いた。

 

 何で、今、あの姉の名前が――。

 

「当然、実力も、経験も、何もかもがあっちの方が上だ。戦闘スタイルも似ているから、見る人が見ればあんたがただの姉の劣化にしか見えないだろうね」

「なん……で……」

「昔、あの子に勝負を挑まれたことがあってねぇ……叩き潰してやったが、あと十年もしたらあの子は次の六芒均衡になれる素質を持ってたよ」

 

 マリアの言葉に、リィンは何も返せなかった。

 

 姉が、あの姉が、そこまで褒められて。

 悔しいし、苦しいし、何より……誇らしくて。

 

「でも」

 

 マリアは、笑った。

 伏しかけたリィンの頭に手を置いて笑顔で言う。

 

「リィン・アークライトがライトフロウ・アークライトを越える方法が、一つだけある」

「え……?」

「それが何かは、自分で見つけることだ。でないと意味が無いからねぇ」

 

 次来るまでの宿題だ、と。

 マリアは手を引きリィンを立たせた。

 

「次……?」

「うば、え、来て良いんですか?」

「ああ、ただし誰にも見つからないようにするんだよ」

 

 サラが後ろで「また勝手なこと言ってー!」と怒っているのを完全に無視して、マリアは言葉を紡ぐ。

 

「い、いいんですか? なんかサラさん怒ってますけど……」

「いーのいーの。若者の熱意に当てられると、ついつい老婆心が出ちまうもんなのさ」

「…………」

「言っただろ? やる気と、熱意は感じられるって」

 

 そう言って、マリアは笑った。

 キャストとは思えないほどの、粋な笑顔で。

 

 

 

 

 

 

 

「……まああたしは忙しいから実際に面倒見るのはサラだけどな」

「えっ」

 




マリアに師事すると思った? 残念、サラちゃんでした!
サラって雑魚のイメージあるけど何だかんだクラリスクレイスと肩並べて【若人】の複製体倒すくらいの実力はあるんだよね。


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Episode2 第2章:交鎖練撃
採掘基地防衛戦・襲来、開幕


説明しよう!
耳を指で塞いだとしても、骨とか伝って普通に周りの声は聞こえるぞ!

……え? 知ってる? 常識? デスヨネー。


「うばぁあああ……疲れたぁあああ……」

 

 アークスシップ・シズクのマイルームに部屋主の奇声が響いた。

 

 あれから、マリア一行と別れたシズクとリィンは無事アークスシップに帰宅し、クエスト未達成を報告。

 その後シズクが疲れたと騒ぐので急ぎ足で部屋へと戻ってきたのであった。

 

「うばー……お布団気持ちいい……」

「ちょっとシズク、上着くらい脱ぎなさいよ。シワになるわよ」

 

 色々ありすぎて、疲れたのだろう。

 部屋に入るなり、シズクは布団へと吸い寄せられるようにダイブした。

 

「んー……」

「寝転びながら上着脱ぐとは器用ね……」

「リィンはまだ元気そうだねぇ、流石体力あるわぁ……」

 

 あたしはもう無理ー、とシズクは掛け布団の中に潜り込んだ。

 

 本格的に寝るつもりなのだろう。

 まだ日は沈みきってないというのに。

 

「シズク、もう寝るの?」

「うん、シャワーは明日浴びるー」

「……じゃあ私も自分の部屋に戻ろうかしらね」

「リィン、リィン」

 

 シズクが寝るならつまらないし、自室に帰って自分も寝ようかと思案し始めたリィンを、シズクは呼んだ。

 

 掛け布団を半分上げ、挑発的な笑みで誘いをかける。

 

「一緒に寝ようぜべいべー」

「……べいべー? ……まあ、別にいいけど」

 

 今更一緒の布団で寝るなんてなんてことないわとばかりにリィンは頷いて、上着とスカートを脱いだ。

 

 インナー姿になって、シズクの隣に潜り込む。

 いくらリィンがシズクと比べて体力があると言っても、流石に疲れていたらしい。

 

 横になった途端、眠気が襲ってきた。

 ぐっと伸びをして、力を抜く。

 

「ふー……ほんと、今日は疲れたなぁ……ベリーハードに上がって、マリアさんたちに会って……」

「六芒均衡って凄かったわね……あれで手加減してたとか本気だとどれだけ強いんだろ……ん?」

「うば?」

 

 うとうとしながら会話していると、端末が音を鳴らした。

 同時にアークスシップ全体に警報が鳴り響く。

 

『アークス各員へ緊急連絡。惑星リリーパの採掘基地周辺に、多数のダーカーが集結しつつあります。防衛戦に備え――』

「うるさい」

 

 ぷち、と。

 シズクは音を鳴らす端末の電源を落とし、部屋に鳴り響く警報を止める。

 

 迷いの無い判断だった。

 

「いいの? 緊急クエスト……」

「いいのいいの。今日はサボるわ」

 

 緊急クエストは、確かに緊急性の高いクエストだが自由参加なのだ。

 

 上層部から指名されたのならば兎も角、体調が悪い時や気が乗らない時は参加しないのも手である。

 

「さー寝よ寝よ」

「うん……でも今の警報、普段と違ったような……いいのかなぁ……」

「ふわぁ……うばー……」

 

 枕に顔を埋めて、気持ちよさそうに息を吐くシズク。

 

 そんな彼女の姿を見て、「まあ一日くらいいっか」とリィンも警報に起こされた身体を再び横たえた。

 

「…………」

「…………」

「……あ、そーいえばさー」

 

 ふと、思い出したようにシズクは口を開く。

 

 顔は枕に埋めたまま、眠たそうに。

 

「マリアさんとさー、手合わせしたときさー」

「んー?」

「初撃の時、ボーっとしてたの何で?」

「…………」

 

 ああ、ばれてたのか流石だなぁ、とリィンはゆっくり目を開ける。

 

「ボーっとなんてしてなかったわよ。マリアさんの速さに対応できなかっただけ」

「うっそだぁ、だってあたしリィンの防御が抜かれると思っていなかったからびっくりしたのに……」

「…………別に」

 

 顔を微かに傾けて、枕の隙間からシズクの眼がリィンを見ていた。

 

 海色の瞳が、微かに光る。

 

 リィンはそっと手を伸ばして、シズクの髪に手を触れる。

 そしてその手をゆっくり降ろして、何となくその瞳から逃れるように掌でシズクの視線を切った。

 

「ちょっと考え事してただけよ」

「……そっか」

 

 そのまま、手を動かして頭を撫でる。

 しばらくそうしていると、シズクは寝息を立て始めた。

 

(言える訳がない……)

 

 シズクの髪から手を離し、仰向けに寝転がる。

 

 目を瞑って、疲れに身を任せるように身体から力を抜いた。

 

(全部、聞こえてた)

(あの距離なら、耳を塞いでても聞こえるに決まってるじゃない)

 

 『マザーシップへのアクセス権』。

 『アークスの上層部が敵』。

 

 どちらも、リィンの耳には届いていた。

 耳を塞いでも、あの距離なら十分に聞こえていた。

 

(そんなことにも気づかないくらい、焦っていた……? いや、違う)

(聞こえなかったことにして、って、ことだよね? シズク)

 

 シズクが望むのなら、そうしよう。

 聞こえなかったフリをするなんて、お安い御用だ。

 

 でも、と。

 

 呟く。

 

「…………なんで私には秘密、話してくれないんだろうなぁ……」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

『緊急任務発生。全アークス一斉参加の大規模な作戦を実施中、アークス各員はクエストカウンターより任務への参加を――』

「んしょっと」

 

 緊急クエストのアナウンスが響き渡る中、青い髪を靡かせながら一人の女性が採掘基地周辺に降り立った。

 

 女性の名は、ライトフロウ・アークライト。

 言わずとも知れたリィンの姉である。

 

「あらま、凄い数ね……」

 

 降り立った瞬間、まず目に映る空の色。

 普段見える蒼い空は欠片も目に入ることは無く、ダーカーの進軍による砂塵と飛行するダーカーによって埋め尽くされていた。

 

 数える意味も無いくらいの大群だ。

 出現しているダーカーの系統が虫ばかりという情報も含めて考えるに、大規模攻勢を得意とするダークファルス【若人】が関わっていると見て間違いないだろう。

 

(十年前以来の大規模侵攻ね……)

(でも、あの頃と比べてアークスも私も強くなった。今度こそ被害を少なく……)

「やあ、ライトフロウじゃないか」

「ん?」

 

 テレポーター前で、人数が揃うのを待ちながら考え事をしていたライトフロウに、声をかける人物が一人。

 

 『セクシービキニウェア』という、非常に露出度が高い水着姿に身を包んだ、官能的な茶髪の女性だ。

 

「『イヴ』……相変わらず過激な格好ね」

「あっはっは、知らないのかい? 肌の露出が多いほど大気中のフォトン吸収効率が上がるんだよ?」

「……それでも人前でその格好はどうかと思うわ」

 

 『イヴ』。

 チーム【アイスコフィン】所属のアークスである。

 

 雪の結晶をした髪飾りがチャームポイント……だと本人は言い張っているが、誰がどう見てもグラマーな肢体にしか目が行かないちょっと頭が可哀想な人だ。

 

 まあ尤も、ライトフロウと同じ難易度のクエストを受けていることから分かる通り、その実力は折り紙付き。

 【大日霊貴】のメンバーと比べても遜色の無い力の持ち主だ。

 

(ていうかいかにも常夏って感じの格好なのに雪の髪飾りがチャームポイントとか……やっぱ頭おかしいんじゃないかしらこの人)

「何かすっごい馬鹿にされてるような気がするんだけど……まあいいか、【大日霊貴】の他のメンバーは一緒じゃないのか?」

「ええ、今回の任務は守る箇所が多いからウチのメンバーは二人一組で分けたの。だけど最近メンバーが一人減って奇数になっちゃったのよ……」

 

 採掘基地は、非常に広大だ。

 その基地周辺を360度守るとなれば相当の人員を配置せねばならない。

 

 そんな中、実力派揃いの【大日霊貴】が一箇所に揃えばそりゃその一箇所は守りきれるだろう。

 

 でも他が破られては意味が無い。

 故に【大日霊貴】はメンバーを分けたのだった。

 

「当然一人余るから、一番強い私が別行動してるだけよ」

「ふぅん……まあわたしとしてはアンタが一緒だと楽できそうで嬉しいや」

「おーい、そこのお嬢様と痴女こっちこーい」

 

 お嬢様と痴女、と呼ばれてライトフロウとイヴは同時に振り返る。

 

 見れば、テレポーター前にはもうアークスたちが集まっているようだった。

 

 出発前の作戦会議をするのだろう。

 【銀楼の翼】所属のイケメンが(名前は忘れた)、中心になって端末のウィンドウを広げていた。

 

「ぷぷぷ、ライトフロウ、アンタ痴女とか呼ばれてるわよ」

「痴女は誰がどう見てもアンタよイヴ」

 

 ため息を吐いて、集団に交じる。

 集まったアークスを見渡せば、大半が顔見知りだった。

 

 まあ本当に顔は知っているというだけで、話したことは無いやつも多いのだが……それでもこのレベル――スーパーハードまでたどり着けるアークスはそう多くは無いので見知った顔が多いのは当然だ。

 

「えーでは、皆聞いているとは思うが念のため今回の緊急クエストについて軽く説明しようと思う」

 

 さっきのイケメンが、ウィンドウに採掘基地周辺の地図を映し出す。

 その広大な地図の一角を拡大し、三つの塔が立ち並ぶエリアを浮かび上げた。

 

「この三本ある『塔』が、今回の防衛対象だ。破壊された本数によってクエスト評価が変わる特殊なクエストになるから単純にエネミーを殲滅すればいいってもんじゃないから注意な」

 

 言って、ウインドウ上に立体に浮かび上がった緑、紫、青の塔を指差していく。

 これらが全て破壊されたら、クエスト失敗だ。

 

「ダーカー共は第一波、第二波といったようにある程度の固まりが一定間隔でこの塔目掛けて襲来してきている。波状攻撃ってやつだな、間違いなく『指揮官クラス』の大型ダーカーも居る」

「ふんふん、成る程ねぇ。なら戦力配分が重要になってくるねぇ」

「……そうね」

 

 赤いゴーグルと赤いアイハットが特徴的な男性――クロトが口を挟んだ。

 

 その言葉に続くように、薄い紫の髪をしたか細いフォース――マールーと、

 濃い緑色の髪をしたハンター――オーザが前に出た。

 

「ここには十二人いるから……単純に三つの塔に四人ずつ配置するのが一見ベターに見えるけど……それは間違い」

「そうだな。塔から塔への距離が結構あるから救援には時間がかかる……、一つの塔を大量のダーカーが一斉攻撃してきたら、四人じゃ耐え切れないかもしれない……特に、大型ダーカーが出てきたらな」

 

 例え十二人居ても、四人で守る塔に一斉攻撃されれば残り八人は遊んでいることになる。

 

 それは非常にマズイ。

 『指揮官』として他のダーカーに指示を出せる大型が居るなら尚更だ。

 

「遊撃する奴が数人居るな……機動力に優れたクラスと、塔防衛に優れたクラスでまず分かれて……」

「あ、ちょっといいかしら」

 

 と、話をぶった切ってライトフロウ・アークライトは手を挙げた。

 

 他の十一人の視線が、一斉に彼女に集まる。

 そんな視線に物怖じなんて欠片もすることなく、ライトフロウはハッキリと言い放った。

 

「私は一人で青を防衛するわ」

 

 そっちの方が楽だし、と。

 事もなさげにこういうこと言ってしまうのがライトフロウ・アークライトという強者なのだ。

 

「塔二つなら、十一人でいい感じに防衛できるでしょ。青は全部任せなさい」

「ちょっ……そんなこと……」

「一人の方が、間違えて味方を切ってしまう心配が無くて楽なのよ」

 

 彼女の言葉に、誰一人反論を返せない。

 だって、その言葉が虚勢でないことは皆分かっている。

 

 六芒均衡や『リン』等の『例外』の所為で目立たないが――それでもライトフロウ・アークライトはその『例外』を除けばアークスの中で三指に入る実力者なのだ。

 

「一人の方が楽……か……」

 

 イヴが、呆れるように頬を掻きながら呟く。

 

 そういえば、同じようなことを言っていた奴が居たような気がするなぁ、と思いながら。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「……よし」

 

 惑星リリーパ・採掘基地周辺。

 ライトフロウらが守る三本の塔とはまた別の場所にある、全く同じデザインの三本の塔。

 

 キリン・アークダーティこと『リン』は、その周辺に展開された戦闘エリアの中心で、サイコウォンドを構えながら呟いた。

 

「ここなら、全部の塔に法撃が届くし……一人だから味方を巻き込むことも無い」

 

 周囲には、誰も居ない。

 たった一人で、このエリアを守ることを彼女は志願したのだ。

 

 眼前には、後数秒でここに到着するであろうダーカーの大群。

 ダガン、エル・アーダ、ブリアーダ、ダーク・ラグネ等などの虫系ダーカー勢ぞろいだ。

 

「来な、ダーカー共」

 

 『リン』の周囲に、炎が舞い踊る。

 テクニックをチャージする際に、微かに体内から漏れたフォトンの残滓だ。

 

 そう。

 残滓だというのに、その火炎はまるで嵐のようだった。

 

「全部、燃やし尽くす……!」

 

 炎が、放たれる。

 空を飛ぶダーカーたちの中心へ飛んでいった炎は、轟音と共に爆発。

 

 まるで、その爆発が開戦の合図であったかのようなタイミングで――ダーカーの大群は一斉に採掘基地周辺の戦闘区域へ足を踏み入れたのであった。




はい、ということで採掘基地防衛開始です。



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強くなっていくダークファルス

【百合】が記憶喪失だということを忘れがちになるほどフリーダムなんですが、実はこいつ百合関連の知識だけは何故か残っているのですよ。
それで百合関連の話しかこいつしないから記憶喪失に見えないのですよ。


 採掘基地防衛戦・襲来。

 

 採掘基地――という名のダークファルスを封印する施設であるそこを、【若人(アプレンティス)】率いる大量のダーカーから防衛するというクエストである。

 

 具体的に言うと、ダーカー因子排出装置である青、緑、紫の三色セットの塔。

 三色全てを(・・・・・)破壊されたらクエスト失敗だ。

 

 そう、三色全てなのである。

 つまり一本でも残っていればクエストは成功になる温いクエスト――――なんてことがあるわけがない。

 

 相手はダークファルス【若人】なのだ。

 

 いかに弱体化していようと、そのダーカー指揮能力は健在。

 『圧倒的物量』という暴力は、遥か古代から現在に至るまで変わることのない脅威である。

 

 加えて。

 【若人】の戦力として、『あいつ』が出撃しているのだ。

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】。

 あのクレイジーサイコレズを止められるかどうか。

 

 戦局はそこにかかっていると言っても、過言ではない――。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「マスター……」

 

 弓が、引き絞られる。

 五本の矢を同時に番え、遠方のダーカーに向かって放った。

 

「シュート!」

 

 空を切り、五本の矢は対象に収束するような軌道で飛ぶ。

 

 矢は見事にブリアーダのコアを貫き、奴がダガンエッグを生み出すことを阻止することに成功した。

 

「イヴ! 前に出すぎだ! 紫の塔にゴルドラーダが集まってきてるぞ!」

「っ……! 大丈夫! 射程内!」

 

 仲間の忠告に従い紫の塔を見ると、確かにゴルドラーダが塔の前に集まっていた。

 

 ゴルドラーダ。

 この採掘基地防衛戦のために【若人】が新たにデザインした新ダーカー。

 

 固く、速く、力強い。

 それだけなら、問題なかったのだが、奴らには一つ最大の特徴がある。

 

 自爆するのだ。

 戦況が不味いと判断した瞬間、奴らは塔目掛けて突貫し、大爆発を起こす。

 

 大量のゴルドラーダが一斉に塔を爆破すれば、それだけで塔の耐久値は削りきられてしまうほどの威力なのだ。

 

 そのためにデザインされたのだから当然だが、塔に近づけてはいけないダーカーNo.1である。

 

「厄介なダーカー作っちゃってもー……!」

 

 文句を垂れながら、イヴは腰にぶら下げていた矢筒――ではなく、『セラータクレイン』と呼ばれるタリスの羽を一つ取った。

 

 イヴの持つ『スサノヒキ』と呼ばれる和風の弓は、メインクラスがフォースである彼女にも使える特殊な弓。

 それを、ちょっと変わった使い方をしている彼女は一部のアークスからこう呼ばれている。

 

 【アイスコフィン】所属、『氷結天使(アンジュ・フロスト)』イヴ。

 

 ちなみに本人は恥ずかしいから呼ぶなと言ってるぞ!

 

「ラ・……! バータ!」

 

 タリスの羽根を弓で放つ。

 通常の数倍の速度で飛ばされた羽根は、ゴルドラーダの群れの中心でピタリと止まり――。

 

 砂漠ですら凍える風を、広範囲に撒き散らした。

 

「ぎ……ぎぎ……」

「……ぐぎ……!」

 

 ゴルドラーダの身体が、凍っていく。

 耐性があるのか完全には凍らせきれていないが、それでも自由は奪えたようでゴルドラーダは塔そっちのけでまずは身体についた氷を砕くように身体を動かし始めた。

 

 勿論、その隙を逃すような素人アークスはここには居ない。

 

「ギルティブレイク!」

「エンドアトラクトォ!」

 

 【銀楼の翼】二人の攻撃が炸裂し、ゴルドラーダたちは消滅した。

 

 最後っ屁のような爆発を残していったが、塔には届かない。

 イヴが凍らせ、足を止めたおかげだろう。

 

「ありがとう、『氷結天使』!」

「流石だな『氷結天使』!」

「やめんかぶっ殺すぞ男子ぃ!」

 

 顔を真っ赤にしながら怒りの形相で叫ぶと、イヴを『氷結天使』と呼んだ【銀楼の翼】二人は彼女から逃げるように緑拠点へ走っていった。

 

 まだ緑には数体ダーカーが残っているので、それの援護に行ったのだろう。

 彼らは遊撃役なので、その判断は間違っていないのだが……。

 

「くっそあいつら……ぜってー終わったら氷漬けに……ん?」

 

 ふと気づくと、またも新たなダーカーの群れが出現していた。

 

 ゴルドラーダが、十数体。

 地ならしと共に、青い塔に駆けて行く。

 

 たった一人しか防衛に就いていない、青へ。

 

 ライトフロウ・アークライトが、守る塔へ。

 

「――カンランキキョウ」

 

 一閃。

 塔の前に立っている彼女の隣をゴルドラーダたちが通り抜けようとした瞬間、その身体は三分割された。

 

 何をされたのかすら理解できないまま、

 ゴルドラーダの集団は霧となって消えていく。

 

「うっわ流石……」

 

 たった一発のフォトンアーツで十数体のゴルドラーダを撫で斬りしたライトフロウに若干引きつつ、イヴは駆け出す。

 

 緑の塔の前に、大型虫系ダーカーであるダーク・ラグネが出現したのだ。

 

 全く、休む暇も無いとぼやきながら弓に矢を番える。

 

 既に五回目になるダーカーの(ウェーブ)

 流石にそろそろ終わりだと願いたいが、と。

 

 ラグネのコアに向けて照準を向けていたイヴの目に、とんでもないものが映った。

 

「……は?」

『き、緊急連絡! 緊急連絡です!』

 

 オペレーターの声が、通信機に響く。

 

 イヴの視界の先――そこには、一人の少女が居た。

 

 剣のようなもので構成された、飛行機らしき乗りものに乗ってこちらに飛来してくる、少女が。

 

『巨大なダーカー反応が、高速で接近中! な、なにこの反応の大きさ……!? ダークファルスの二倍……いや、三倍!? これって、もしかして……!』

「うばー!」

 

 ちゅどん、と。

 剣に乗った少女は、まるでクォーツ・ドラゴンの突進のように地上へ落下した。

 

 否――地上へ、というより、ダーク・ラグネの上に落下した。

 

「う、うばー! やっちまったー! 着地失敗! ごめんねラグネちゃん……この仇は必ずあたしが討つから!」

 

 その衝撃で、ダーク・ラグネは爆裂四散。

 跡形も無く消え去った。

 

「あ……あれは……」

「……いやだねぇ、まさかこんな時にお目にかかるとは……」

 

 たったの一撃で、大型ダーカーを潰した彼女を、アークスたちは知っている。

 

 資料で見ただけだが、見間違えようも無い。

 

 白い髪、白いドレス――赤い、瞳。

 

 無限の剣を操る、『白い』ダークファルス。

 

『ダークファルス……! ダークファルス【百合】です! 皆さん、気をつけてくださーい!』

「さて、と」

 

 一気に緊張が走るアークスたちの心情など知ったことかと【百合】は、のんびりと周囲を見渡す。

 

 そして、三本残っている塔を見るなり、にっこりと笑った。

 

「やぁっと三本とも残ってるとこに来れたわ」

 

 さぁてアークスさんたち、あたしとアプちゃんの愛のために死んでね? っと。

 

 【百合】はとても可愛い笑顔で言い放ち、駆け出した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 二十分程前――採掘基地周辺・上空。

 

 採掘基地全体が見渡せる少し離れたその場所に、ダークファルスが二人。

 

 言わずもがな、【若人】と【百合】だ。

 【双子】を例外とすれば、ペアで行動するダークファルスなどこの二人以外有り得ない。

 

「戦局は、いい感じね」

「奇襲だからねー、最初は圧倒するくらいじゃないと意味無いよ」

 

 既に戦火が上がっている基地を見ながら、【若人】は嬉しそうに微笑む。

 

 それに対して、【百合】は意外と冷静な反応を見せた。

 ……この子が自分より冷静だと何か腹立つわ、と理不尽な考えを言葉にしないように飲み込んで、【若人】は言葉を返す。

 

「……まあ、でもその通りね。ゴルドラーダは自信作だけど、攻略法さえ分かってしまえばそう対処が難しい子でもないもの」

「うば、そうだねー……実際もう倒し方のコツを掴んでるやつらも何人かいるねぇ」

「なら、そろそろアンタも出して欲しいんだけど?」

 

 【若人】の言葉に、【百合】は首を傾げた。

 出す? 何を? と思考を巡らすが、答えは出ない。

 

「? 何を出せばいいの? おっぱい?」

「違う。眷属よ眷属。ダーカーを使役する能力はダークファルスの基本能力でしょうが」

「あー……」

 

 捲りかけていた服から、手を離す。

 何故かちょっと残念そうにしながら、【百合】はいつもの剣を手元に出現させた。

 

「多分だけどね、"これ"があたしの眷属」

「……は?」

「剣型ダーカー、って言うのかな。『好きなだけ生み出せて』、『自由に操れて』、『ダーカーコアがある』から多分これがあたしの眷属」

 

 言いながら、【百合】は剣をさらに二本生み出して、ひゅんひゅんと周囲を旋回させ始める。

 茜色の剣の中心には、確かに赤いコア――ダーカーコアが鈍く輝いていた。

 

「ふぅん……自立行動はできなさそうだけど、確かに有り得そうな話ね」

「ああ、そういえばだぶ……だふ……ええっと、だぶる? と戦った時に思い出したんだけど、こんなことも出来るんだよ」

 

 もう【双子(ダブル)】の名前を忘れかけている【百合】であった。

 興味の無い存在にはとことん興味を持たない女である。

 

 それは兎も角。

 【百合】は宙に浮く剣に手をかざした。

 

 ばちり、と。

 ダーカー因子と同じ色の電流が、一瞬だけ刀身を伝う。

 

「"変形(ヴァリアシオン)"」

 

 瞬間。

 ビキバキボキ(・・・・・・)と、不気味な音を鳴らしながら【百合】の剣が変化していった。

 

「アプちゃんがゴルドラーダを作った時みたく、こうやって――」

 

 変異させて、変化させて、変形させる。

 

 そうやって、新しい剣の形を造りだす。

 まるで、新しい種類のダーカーを生み出すように。

 

「好きなように、形を変えられるようになったよ」

 

 剣は、刀身が縮み柄を伸ばし、まるで槍のような形に変異していた。

 

「…………」

 

 その、【百合】の新たな能力を見て【若人】は絶句した。

 

 この女、さらに強くなっている。

 というよりも、思い出していってるのか(・・・・・・・・・・・)

 

 元の力を取り戻したとして、コイツに太刀打ちすることができるのだろうかという考えが【若人】の頭を過ぎる。

 

「まーでも剣の形が一番使いやすいからね、あんまし使わないかも」

「……ふ、ふぅん……まあ、どうでもいいわ」

 

 それよりも、と【若人】は話題を切り替える。

 

 実のところ【百合】は何が出来て何が出来ないのかをはっきりさせる必要はあると思ったが、今は戦闘中。

 

「【百合】、アンタもそろそろ出撃()なさいな。暢気にお喋りしてる暇は無いの」

「アプちゃんと楽しくお喋りすること以上に大事なことがあるだろうか、いや無い」

「あたしの役に立ってくれるんじゃないの?」

「アプちゃん、あたしは確かにアプちゃんの役に立ちたい。でもそれだけじゃ駄目だと思うの」

 

 珍しく。

 というか始めてみるかもしれない、【百合】の真剣な瞳。

 

 でもどうせ禄でもないこと言うんだろうなと【若人】は目を細めた。

 

「一方的に貢ぐのは、愛とは言わない。相互に尽くしてこその結婚なんだよ」

「いつの間にあたしたちは結婚したのかしら……」

「え? 会ったその日からだけど……?」

 

 ダークファルスに似つかわしくない純粋な瞳で首を傾げる【百合】に恐怖しか湧き上がってこない。

 

 この子の脳内はどうなってるのだろうか。

 お花畑でも咲いているのだろうか。それもやばい薬になる系のやつ。

 

「……で? つまり手伝う代わりに何かしろっていうの?」

「うば。その通りその通り。何して貰おうかなぁ……ええっと」

 

 びしっと、指を三本立てて【百合】は【若人】に腕を突き出す。

 

「三本。塔を三本壊したらほっぺにチュー」

「…………」

「十本壊したらハグ、十五本で添い寝、そして三十本で大人の階段をゴーアップ!」

「…………」

 

 絶句。

 さっき以上の、絶句。

 

 なんというか、言葉が見つからないというのはこういうことを言うのだろうか。

 

「と、いうご褒美をアプちゃん主体でお願いします! あたしネコなんで! じゃーいってきまーす!」

「あ、ちょっ……!」

「"変形"!」

 

 【若人】の制止は残念ながら間に合わず。

 【百合】は剣を飛行機のように変形させて飛んでいってしまった。

 

 あっという間に豆粒のような小ささになった【百合】の後姿をしばらく見つめた後、ため息を吐き呟く。

 

「……ホント、扱い辛いのやら扱いやすいのやら……」

「……どうやら苦労しているようだね」

 

 直後、背後からねっとりとした絡みつくような男の声がした。

 

 【若人】は、知っている。

 このねっとりとした声の主を。

 

 振り返る。

 そこには、見るからに胡散臭い男が立っていた。

 

 銀色のレコーダーショートと呼ばれる髪型に、黒いラインが中央に入った白いスーツのような服。

 目元のタトゥーと、余裕たっぷりのいやらしい笑みが特徴的な男だ。

 

「君みたいなウジ虫が、随分と早く力の封印場所に辿りついたからどういうことかと思ったが……成る程、彼女が手を貸していたのか」

「あら、負け犬じゃない……何か用?」

 

 負け犬、と【若人】に呼ばれたこの男の名は『ルーサー』。

 

 アークスの研究機関――虚空機関(ヴォイド)の総長にして現在唯一生存しているフォトナーであり、実質的なアークスの支配者である。

 

 そんな男が、何故【若人】の前に姿を現したかというと、理由は単純明快。

 

 彼は、ダークファルスなのだ。

 シズクがかつて予想した『上層部に潜り込んでいるダークファルス』とは彼のことである。

 

「別に君に用は無いよ。噂の白いダークファルスを一目見ようと遠くから観察してただけで、君に話しかけたのもただの気まぐれさ」

「あらそう。……でも悪いことは言わないから今すぐ巣に帰った方がいいわよ」

「……? 言われなくとも、彼女が戻ってくるまで待つ気なんてさらさら無いよ。どうもあれは僕の望んだものでは無さそうだ――」

「ああいや、そうじゃないわ」

 

 【若人】は、首を振ってルーサーの言葉を否定した。

 その目には、なにやら同情というか諦めというかそういった感情が込められている。

 

戻ってくるから(・・・・・・・)、逃げた方がいいわ」

「……っ!?」

 

 【若人】のセリフが終わる前に、ルーサーは自身の周囲にバリアを展開した。

 

 遥か遠くに、こちらへ向かってくる高速の物体が見える。

 

 白い髪をはためかせて、どす黒いオーラを放ちながら、

 

 剣の飛行機に乗った【百合】が、殺意を全開に鬼の形相で高速接近してきている!

 

「アプちゃんに近づく男っぽいダーカー因子を感じてみればぁ! やっぱり来てたかこのクソノンケ野郎がぁああああああああああああ!」

「演算完了……くっ……!」

「くらえ必殺! 『百合系作品のノンケ向け二次創作に出てくる作者の自己投影オリキャラ男主人公絶対殺害剣』!」

 

 バリアでは受けきれないと判断したのか、ルーサーは跳んだ。

 

 跳んだところで、【百合】の剣は自由自在な軌道を描く。

 回避など不可能だ、けれど――。

 

 距離は稼げた。

 

「…………ちっ」

 

 果たして【百合】の長すぎる技名の技は、空を切った。

 技と言ってもぶっちゃけただの体当たりだったのだが、それでも必中・必殺の攻撃なのだが……。

 

「空間転移か……これだからノンケはチキンだわ」

「【百合】……」

「あ! アプちゃん大丈夫だった!? 何もされてない!?」

 

 剣を乗り捨てして、本気の心配顔で【若人】に詰め寄る【百合】。

 

 鬱陶しいことこの上ないわ、と心の中で毒づきつつも、仕方なく頷く。

 

「ええ、何もされてないわ。心配してくれてありがとう」

「そっか……」

 

 【若人】の言葉に、【百合】は安堵したようにため息を吐いて、

 

 にへら、と。

 可愛らしい笑顔を浮かべて言い放つ。

 

「よかった……」

「……っ」

 

 その瞬間、【若人】の心臓がとくんと一つ跳ねた。

 

「……な、あ……!」

「じゃ、あたし今度こそ行くね!」

 

 ほんの一瞬、心臓が鼓動を強くなった。

 

 ただそれだけ。

 それだけ、なんだけど。

 

(屈辱……的だわ)

(あろうことか、今あたしは……この頭のトチ狂ったこの子を……可愛いと……!?)

「何かあったらすぐ呼んでねー! ソッコーで戻ってくるからー!」

 

 そう言い残して、【百合】は再び採掘基地へと飛び立っていった。

 

 その後ろ姿を見つめながら、ふとさっき言ってた『ご褒美』の件を思い出す。

 

 塔三本でほっぺにチュー。

 十本でハグ。十五本で添い寝。三十本で大人の階段をゴーアップ。

 

 それを、されるのではなくしなくてはいけない。

 

「………………」

 

 この日のために生成した兵力全てを【百合】に集中させて倒そうという案が頭を一瞬よぎったが、不可能だと思い直す。

 

 最低限元の力を取り戻さない限り、彼女に勝つことはできないだろう。

 

 仕方が無い。

 本当に仕方が無いが、嫌で嫌でしょうがないのだけれど……。

 

「…………ま、まあ、添い寝までならよしとしましょう……」

 

 二十五本くらいあの子が塔壊したら撤退しよう、と心に決めて。

 

 【若人】は、ほんの少しだけ。

 本当にちょびっとだけ、満更でもないような表情を見せた後、大きなため息を吐くのであった。




一歩前進。


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愛ゆえに蹂躙する少女

短め。


 そして、現在。

 

 第一採掘基地A-56地区。

 すなわちライトフロウ・アークライトら上位アークス12人が守る塔周辺に、

 

 非常に性質(タチ)が悪い、一人の少女は降り立った。

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】。

 

 【巨躯(エルダー)】の凶暴性。

 【若人(アプレンティス)】の残虐性。、

 【双子(ダブル)】の純悪性。

 

 それらよりもおぞましい(・・・・・)

 『愛情』を持つダークファルス。

 

 戦うことも、戦わないことも。

 嬲ることも、慈しむことも。

 悪いことをするのも、良いことをするのも。

 

 両方できる。

 全部できる。

 

 愛のためなら(・・・・・・)何だってやる(・・・・・・)

 

 それが例え、大量虐殺だろうと。

 彼女は何一つ感じないままに一億人を殺してみせるだろう。

 

 愛のために。

 愛によって。

 罪悪感すら、欠片も有さずに。

 

「さあ」

 

 緑の塔に、一直線に走りながら、【百合】は布告する。

 

 主にこの場に居る女性に向かって、高々に。

 

「初めましてアークスたち。悪いけど、あたしたちの愛のために死んでもらうねっ!」

「っ! イル・グランツ!」

 

 まず反応したのは、紫髪のニューマン――マールーだった。

 

 杖を構え、こちらに向けて走ってくる【百合】に向けて星の光弾を大量に放つ!

 

「おおっと」

「……アサルト――」

 

 しかし光弾は、突如出現した剣の盾に阻まれて弾かれた。

 一発一発の威力がそう高くないイル・グランツでは、彼女の守りを崩すことは難しい。

 

 ただ、注意は反らせられた。

 光弾が弾けた際に散らばる光に紛れて、オーザがパルチザンの切っ先を【百合】に向けて、

 

 突き刺した。

 

「バスター!」

「わっと」

 

 盾として利用した剣を今度は握り、簡単そうにオーザの一撃を【百合】は弾いた。

 

「なんだ男か」

「このっ……!」

 

 フォトンアーツを放った直後の硬直で動けぬオーザに向けて、【百合】は侮蔑の視線と共に剣を振り下ろす。

 

 攻撃する瞬間。

 つまりは隙ができる瞬間。

 

 歴戦のアークスであるクロトは、その瞬間を逃さずツインマシンガンの引き金を引いた。

 

「サテライトエイム」

「っ!?」

 

 空を射抜くような強烈な射撃を二発。

 完璧な角度とタイミングで【百合】の顔面にクリティカルヒットした。

 

「こんな可憐なお嬢ちゃんを攻撃するなんて気が引けるけど……」

「一切容赦などせん! その首貰い受ける!」

 

 横一閃。

 オーザのパルチザンが、【百合】の首を狙って力強く振るわれた――!

 

 

 

 

 

「――なぁんだ」

 

 果たしてオーザの一撃は――当たった。

 当たった、だけだった。

 

 クロトの銃弾は、眉間と頬の薄皮一枚破っただけでその威力を使い果たして。

 オーザの長槍に至っては【百合】の細い首を傷つけるに至らなかった。

 

「アークスって、弱いんだね。これなら防御しなくてよかったかな?」

「なっ……!?」

「――っ!?」

 

 馬鹿にするように笑いながら、【百合】はゆるりと手を振るう。

 

 瞬間。

 無数の刃が、クロトとオーザの身体を貫いた。

 

「がふっ……!」

「これ、は……!」

「さて、と」

 

 左手に一本剣を出現させて、【百合】は緑の塔を再び視界に定める。

 

 防衛についているのは、マールー一人。

 他のアークスは依然襲ってくるゴルドラーダたちの相手で手一杯。

 

「うっばばーい! これは今日中にベッドインも有り得るぜうっへっへ」

「……こっちに、来ないで!」

 

 マールーの杖から、光のテクニックが放たれる。

 

 文字通り光速で飛び交うフォトンのエネルギーを避けることなく、怯むことなく【百合】は駆け出した。

 

「何で……何で効かないの……!? 何か、仕掛けがある筈……!」

「うばー、そんなのないよ、ごめんね?」

 

 種も仕掛けも、無い。

 【百合】の純粋な防御力を、クロトも、オーザも、マールーも破ることができなかっただけ。

 

 勿論、彼ら三人の腕が未熟なわけではない。

 彼らなら、【巨躯】にだって問題なくダメージを与えることが可能だろう。

 

 ただ、【百合】の防御力が異常なだけだ。

 尤も、実はその分攻撃力は『低い方』なのだが……。

 

「ちょい邪魔だからどいてねー」

「あう……!」

 

 左手に持った剣を投擲し、マールーの腹部に突き刺す。

 

 その後優しく押すようにキックして塔前から退かすと、【百合】はぺたりと手を塔に貼り付けた。

 

「うばー……えーっと、そうだなー……"棘葉(シニバナ)"」

 

 今咄嗟に思いついたであろう技名を呟いた、次の瞬間。

 

 緑塔から、ぐさぐさぐさ(・・・・・・)と【百合】の剣が何個も突き出した。

 

 触れた物の内部に剣を出現させ、内側から破壊する【百合】の新技である。

 

「ふむ」

 

 幾百の刃に内部から貫かれては、いくら頑丈な塔でも一溜まりも無い。

 

 剣山のように成り果てた塔は、音を立てて崩れ落ちた。

 

「中々良い威力だし、良い名前だわ。やっぱ技名は漢字二文字にカタカナのフリガナが格好いいわね……」

「い、一撃で……!?」

「この野郎……!」

 

 自画自賛している【百合】に、採掘基地の支援兵器である機銃が放たれる。

 

 秒間80発の、超高速マシンガン。

 それら全ては見事に【百合】の頭部を打ち抜き――しかしてそれだけだった。

 

「ダークファルス"【百合】"にちなんで、技名を草花系に統一してみよっかなぁ……その場合"変形(ヴァリアシオン)"も改名しなきゃなぁ、うーん……っと」

「うっそだろオイ……!? 全然きいてな――がっ!?」

 

 全身を襲う数多の銃弾をその身に浴びながら、まるで意に介していない。

 

 どころか考え事をしながら、片手間で剣を放ち機銃に座る男アークスの胸元を軽々貫いた。

 

「ま、技名は後で考えるとして……今は塔を壊さなきゃね」

 

 そう呟いて、彼女は次の標的を紫の塔に定めて駆け出した。

 

 あまりにも圧倒的なその力に、アークスたちは動けない。

 

 恐怖。

 勝ち目の無い戦いに出向けるアークスは多くないし、そもそも他のダーカーを相手しなければいけないのもあって、軽々にフォローにいけない。

 

『み、皆さん! 朗報です! 六芒均衡のヒューイ、クラリスクレイスが今そちらに向かっています! 五分後に到着するのでそれまで……』

 

 持ち堪えられるわけがない。

 

 オペレーターから突如入った朗報にも、アークスの表情は緩まなかった。

 

 五分耐える?

 無理に決まっている。このままじゃ一分も持たず紫の塔は破壊され、そのまま青の塔も――。

 

(ん? 青の塔?)

 

 ラ・バータでゴルドラーダを氷漬けにしながら、イヴはふと自分の思考に引っかかるものを憶えた。

 

 そういえば、今。

 青の塔に――。

 

「さぁて、これで二本目っ!」

 

 嬉しそうに、【百合】は右手を紫の塔に伸ばす。

 

 その瞬間、【百合】の右手中指から右手小指(・・・・・・・・・・)がすっぱりと切断された(・・・・・・・・・・・)

 

「…………い゛っ!?」

「あら、凄いわね。今の一瞬で反射的に手を引っ込めるなんて」

 

 手首を切り落とすつもりで切ったのに、と。

 

 そのアークスは――ライトフロウ・アークライトは、柔らかな笑顔で物騒なことを呟いた。

 

「皆、悪いけど青の塔は頼む……というか他のダーカーは全部頼むわ。こいつは私が相手する」

「…………」

「五分耐久か……でも、別に倒しちゃっても構わないわよね?」

 

 自信満々にそう言い放ち、構える。

 

 ライトフロウ・アークライトvsダークファルス【百合】。

 すなわち、クレイジーサイコレズvsクレイジーサイコレズの闘いが、今始まった。




次回、『クレイジーサイコレズvsクレイジーサイコレズ』。
お楽しみに!

ちなみに【百合】の攻撃力が『低い方』というのは、あくまでダークファルス内での話です。
【巨躯】や【双子】みたいに惑星破壊はできませんしね。


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クレイジーサイコレズvsクレイジーサイコレズ

GWが終わる前にもう一話くらい更新したいなぁ。


「別に倒しちゃっても構わないわよね?」

「…………」

 

 自信満々にそう言い放ったライトフロウ・アークライトとは対象的に、【百合】の表情は苦しそうだった。

 

 眉間に皺を寄せ、額に汗を掻きながら、

 不満そうに呟く。

 

「……やだなぁ……」

「ん?」

「貴方みたいな好みのおねーさんを殺すとか、気が乗らないんだけど」

 

 もう誰もがお察しだろうが、その表情はシリアスな理由から来るものではなかった。

 

 【若人】への反応から分かるとおり、彼女は年上趣味。

 さらに言えば強そうで表立った性格と本当の性格にギャップがありそうな金髪巨乳が好きなのだ。

 

 ライトフロウ・アークライトは金髪ではなく青髪だが、

 それ以外は彼女の好みにストライクだった。

 

「何それ、ダークファルスにも女性の好みとかあるの?」

「あるに決まってるじゃない。中身はどうあれこの身体も心も貴方たちアークスとそう変わらないんだから」

「へぇ、面白いわね……ちなみに貴方の好みはどんなのなの?」

「強そうな巨乳のお姉さん!」

 

 びしり、と。

 既に指が全て再生している右手でライトフロウを指差しながら【百合】は言い切った。

 

 回復力も高い。

 倒しきるのにどれだけ切ればいいのかと、少しだけライトフロウの表情が曇った。

 

「でも残念ながらねー、あたしにはもうアプちゃんっていう心に決めた結婚相手がいるから……」

「そう。ちなみに私の好みは貴方みたいな妹系のちっちゃな子よ」

「うばー、そっかー……じゃあ出会う順番が違ったら、もしかしてあたしたちは仲良くなれてたかもしれないね」

「ええ、そうね」

 

 同意するように頷きながら、ライトフロウはゆるりとカタナに手をかける。

 

 雑談は終わりだ。

 【百合】も同様に剣を両手に出現させた。

 

 仲良くなれたかもしれない?

 お笑い種だ。勿論本気で言っているわけがない。

 

 アークスとダークファルスが、仲良くなんてなれるわけないじゃないか。

 

「まずは、小手調べ!」

「!」

 

 五本。

 突如【百合】の背後に出現した剣が、弾丸のような速度でライトフロウを襲った!

 

「カンランキキョウ」

 

 そしてその全てが、一瞬で叩き落された。

 

 カンランキキョウ。

 一定範囲の全方位を一瞬で攻撃するフォトンアーツ。

 

 尤も、上下の判定はそこまで広くは無い――。

 が、それを加味しても範囲攻撃として優秀なPAである。

 

「うば、おねーさんやるねー」

「まだまだ、これからよ」

 

 瞬間、ライトフロウは【百合】の背後に回った。

 

 比喩ではなく、瞬間的に。

 

「グレン……テッセン!」

「うば!?」

 

 高速の居合い抜きで、背中を切りつける。

 しかしその斬撃は突如出現した茜色の剣に阻まれた。

 

 刃と刃がぶつかり合う音が、辺りに響く。

 

「びっくりした……おねーさん早いね」

「貴方こそ、大した反射神経だわ……」

「まあ、守りには自信があ――」

「サクラエンド」

 

 【百合】のセリフが終わる前に、高速の二連撃を放つ。

 

 不意打ち気味に放たれた交差する斬撃は、やはりと言うべきか【百合】の持った剣によって阻まれた。

 

 成る程、守りに自信があるというのは本当のようだ。

 

 反射神経があるから防御が上手く、

 素の防御力も高いから硬く、

 そして傷ついたとしても回復能力が高いからすぐ再生する。

 

 厄介すぎるだろ、コイツ。

 どれだけ生存に特化した能力をしてるのだ。

 

 無限に剣を生み出し操る能力なんて、このダークファルスにとってはおまけ。

 真の脅威は、この生存能力だとでもいうのか。

 

「おねーさんやるねー、ちょっと本気出しちゃおうかな」

「!」

 

 目晦ましのように投擲された両手の剣を、通常攻撃で弾く。

 

 その一瞬の隙を突き、【百合】は大きく後退した。

 マズイ、遠距離戦では不利だ。

 

「うっば!」

 

 さっきの倍。

 すなわち十本の剣を宙に出現させて撃ち放った。

 

「カンランキキョウ……!」

 

 それらも全て、叩き落す。

 何とか一撃で全て弾けたが、これ以上本数が増えたら厳しいかもしれない。

 

 そう考えるライトフロウの眼前に、さっきの三倍近い本数の剣が迫っていた。

 

「……! 『カタナコンバット』……『コンバットエスケープ』!」

 

 瞬間、ライトフロウは青い円形の霧に包まれた。

 

 ブレイバーのスキル、『カタナコンバット』及び『コンバットエスケープ』。

 詳しい説明は省くが、ようするに20秒間だけ反射速度・反応速度・攻撃速度が上昇し、

 

 相手の攻撃が当たらなくなるスキルである。

 

「うっばー!? 何それ当たり判定どうなってんの!?」

「ハトウリンドウ!」

 

 飛んで来る剣をすり抜けながら、ライトフロウは地を這う衝撃波を放った。

 

 当然のように両手の剣で防がれたが、今更この程度でダメージを与えられると思っていない。

 

(今のは牽制)

(この20秒で、大技を当てるには――)

「"変形(ヴァリアシオン)"」

 

 突如、ライトフロウの頭上に巨大な剣が出現した。

 

 サイズとしては、大体ダーク・ラグネくらいだろうか。

 

 そんな大きいのも作れるのか、と分析しながら無視して駆け出す。

 

 次の瞬間巨大な剣がライトフロウの身体を貫いたが、コンバットエスケープ中にダメージは受けない。

 今は兎に角、攻撃あるのみだ。

 

「うっわ、無敵モードとかずるくない? そういうのあり?」

「貴方のやつの方が、よっぽどずるいわよ」

 

 無敵モードはあと15秒。

 高い防御力によってほぼ常時無敵モードに言われたくないわ、と心の中でツッコミを入れながらライトフロウはカタナを振るう。

 

「サクラエンド!」

 

 ×字型の二連撃。

 しかしその剣閃は、空を切った。

 

 避けられたのか。

 牽制として放ったので、彼女の身体にダメージを与えられるような攻撃では無かったはずだが……。

 

「無敵モードとかさー、相手してられないよ全く」

「っ……!」

 

 上空から聞こえてきた声に、しまったと舌を打つ。

 

 【百合】は、紫の塔の上に居た。

 あそこまで跳躍したのだろうか、何にせよマズイ……!

 

「"変形"」

 

 べきばきぼき、と歪な音を鳴らしながら、

 【百合】は塔の上空に巨大な剣を出現させた。

 

 先ほどよりも大きい、塔と同じサイズの剣(・・・・・・・・・)

 

 あんなのが落ちてきたら、塔など一溜まりもないだろう。

 

「改めて……これで、二本目!」

 

 手を振り上げ、振り下ろす。

 その動作をキーに、巨大な剣は動作を開始した。

 

 巨大さに見合わぬ速度で、剣は塔の先端から両断するべく落下していく――!。

 

「ツキミサザンカ」

 

 と、その瞬間。

 【百合】が先ほど振り下ろした腕が、切り落とされた。

 

「は――?」

「…………コンバット――」

 

 気づけば、赤い円形の霧を纏ったライトフロウが傍にいた。

 

 ああ、塔を駆け上ってきたのかと理解したのも束の間。

 ライトフロウは、カタナを鞘に仕舞いながらカタナ最強のスキル発動を宣言した。

 

「――フィニッシュ!」

 

 キン、と。

 円形の衝撃波が、周囲に広がった。

 

 コンバットフィニッシュ。

 カタナコンバットを強制終了する代わりに、大ダメージの衝撃波を発生させるブレイバーのスキルだ。

 

 円形に広がった衝撃波は、見事に巨大な剣を真っ二つにへし折り、そして――。

 

 【百合】の上半身と下半身を、真っ二つに切断した。

 

「あ」

「…………」

「あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 悲痛な叫びを撒き散らしながら、【百合】は塔の上空から落下していく。

 

 眉間に皺を寄せて、口と切断面から赤い血を流して、その瞳に涙を浮かべて。

 

 落ちていく。

 

「がはっ! い゛、い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛だだだだだっいたい! 痛い! 痛い!」

「…………」

 

 あまりに痛々しい、普通の少女のような叫びに、思わずライトフロウは手を止めた。

 

 追撃をやめ、塔を伝い自分も地面に降りる。

 

 流石に、胴体を真っ二つに切り裂いたのだからもう戦えまい。

 生け捕りにすれば、ダークファルスの研究も進むだろうし。

 

 なんて、甘い考えを。

 一秒後、自身の腹に突き刺さった茜色の剣を見て静かに取り消した。

 

「――――……あ?」

「うっば、あ、い、あー……痛かった(・・・・)ぁ……」

 

 攻撃なんて無かった、と錯覚しかけるくらい普通に。

 

 普通に、【百合】は立っていた。

 切断された腕も、胴も、何事も無く。

 

 再生、したのだろう。

 今の一瞬で。

 

「なん――え、どれだけ化け物なの、貴方」

「ダークファルスだもの、これくらい当然よ」

 

 可愛らしい笑顔で、【百合】は笑う。

 

 その笑顔は、少なくとも自分の胴体を真っ二つに切り裂いた相手に向けるものではなかったし、

 仮にも敵対者である相手に向けるものではなかった。

 

 つまり、彼女は。

 身体を真っ二つにしたくらいじゃ、怒りもしないし気にもしない。

 

 アークスなんて、相手にしていないということなのだろう。

 

「…………ぐっ」

 

 腹に刺さった、剣を抜く。

 オートメイトハーフラインというスキルが発動し、ディメイトの消費と引き換えに傷は回復していくが……。

 

 今ので駄目だったという事実は、確実にライトフロウの精神を追い詰めていった。

 

「五分……まだ立たないの?」

『す、すいません……あと三分半です……』

 

 最早望みは援軍の六芒均衡のみ。

 あと三分半――既にカタナコンバットという切り札を使ってしまったライトフロウにとって、絶望的ともいえる数字。

 

 それでも、不可能とは言い切れない数字だった。

 

 そう。

 だった(・・・)

 

『あ!』

「……何?」

『こ、こちらに向かっている六芒均衡のお二人の前に、複数のダークビブラスが出現! 対処に五分ほどかかるとのことです……』

「……そう」

 

 悪いこととは重なるもので。

 人生と作戦は思い通りいかないもの。

 

 増援到着まで残り三分半が八分半になったことで、ライトフロウ一人で耐久することは不可能になった。

 

「ダークファルス、【百合】」

「うば? 何? 時間稼ぎならさせないよ?」

「そんなんじゃないわよ。ただ一つ訊かせて欲しいことがあるの」

 

 惜しい。

 会話で時間稼ぎしてやろうと思ったが、先に釘を刺されてしまった。

 

「……何?」

「……貴方ほどのダークファルスが、何故【若人(アプレンティス)】に与するの? 私の知る限りでは、ダークファルス同士が手を組むなんて有り得ない筈なんだけど」

「何だそんなことか……別に貴方たちアークスが知らないだけで、ダークファルス同士の交流くらい普通にあるんじゃない?」

 

 ぴん、と。

 【百合】はひとさし指を上に向けて伸ばし、曲げた。

 

 それに呼応して、戦闘開始から今まで、弾かれて地面に落ちていた剣が一斉に跳ね上がる。

 

「!」

「それであたしがアプちゃんに与する理由だけど……まあ一重に"愛"よね」

 

 四方八方に浮かび上がった剣は、ゆっくりと切っ先をライトフロウに向けていく。

 

 既に放った後の剣も、こうして操ることができるのか。

 思いがけずゲットした新情報に、ライトフロウは内心笑みを浮かべた。

 

「愛する人の願いを叶えてあげたいって思うのは、貴方たちアークスも同じことでしょう?」

「……ダークファルスが、愛を語るつもり?」

「……皆勘違いしてるのかなぁ、ダークファルスだから(・・・・・・・・・・)、愛を語るのよ」

 

 やれやれ、と後頭部を掻いて、

 【百合】は狂気染みた笑顔をライトフロウに向ける。

 

「だって、ヒトは愛するから悲しみ、愛するから憎しみ、愛するから妬むものでしょう?」

「…………」

 

 ヒトは、愛するから悲しみ、愛するから憎しみ、愛するから妬む。

 

 成る程それは確かにその通りで、実際愛ゆえに妹に嫌われている姉にとっては耳が痛い話だった。

 

「…………否定はしないわ」

 

 ライトフロウの答えに、【百合】は満足げに笑みを深めた。

 

 そして、手を振り上げる。

 セットした数多の剣を発射すべく、その手を。

 

 振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フドウクチナシ」

 

 高速の抜刀と共に、ドーム状の衝撃波がライトフロウの周囲を包んだ。

 

 まだ。

 まだ終われやしない。

 

 終わるわけにはいかない。

 

「グレン……!」

 

 衝撃波によって弾かれた剣と、まだ弾かれていない剣の隙間を縫うように駆ける。

 

 これが最後の足掻きだ。

 何も出来ずに棒立ちで死ぬなんて、アークライトの名折れでしかない。

 

「テッセン!」

「わっ」

 

 一閃。

 なぎ払うように放った剣閃は防がれてしまったが、それでも周囲を囲う剣からは脱出できた。

 

「まだ足掻くの!?」

「足掻くわよ、流石に首を斬れば死ぬでしょう? うっかり斬られないように、全力を出しなさい!」

 

 言った瞬間、ライトフロウの姿がかっ消えた。

 

 グレンテッセン。

 神速移動の後、一閃の斬撃を放つフォトンアーツ。

 

 それを連続で放つことによって、捕まらずに一方的に攻撃しようという算段である。

 

「速い……!」

 

 右から、左から、後ろから、前から。

 

 一撃入れては離脱し、別方向から切りつける。

 

 確実に急所を狙ってくる攻撃に、思わず【百合】の額に冷や汗が伝った。

 

「うっば、どっちから攻撃してくるかわかんねー!」

 

 勿論この戦法には限界がある。

 ライトフロウのPPが切れれば、そこで止まる。

 

 だけど、一瞬でも防御が遅れれば首を刈られるという恐怖心から、【百合】は――。

 

「これなら、どうだ!」

 

 全方位に、剣を盾のようにして出現させた。

 

 どの方向から、どの角度で攻撃しようともカタナを受け止められるように。

 

「さあ、どっからでもかかってこぉい!」

「…………」

 

 この時。

 【百合】の失敗は、二つ。

 

 一つは、ライトフロウ・アークライトがカタナしか持っていないと誤認(・・)したこと。

 一つは、剣を変形させて盾を作り、剣と剣の隙間を塞ぐことをしなかったこと。

 

 結果的に、【百合】がしたことは自身の視界を遮っただけ。

 

 【百合】の真後ろで。

 ライトフロウ・アークライトは静かにバレットボウの弦を引き絞った。

 

「――ラストネメシス」

 

 放たれたフォトンの矢は、展開された剣と剣の隙間を縫うように飛び、

 

 ダークファルス【百合】の首元を、確かに貫いた。




ちなみにライトフロウが最後に使ったバレットボウは、死去した【大日霊貴】メンバーの形見である天河一位というバレットボウだという裏設定があります。


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採掘基地防衛戦・襲来、閉幕

今回見直しが甘いから誤字とかあるかも。

え? なんで見直しが甘いって? やたら長くなっちゃったからめんどく(ry


 勿論。

 今更フォトンアーツ一発であの化け物を倒せると思っていない。

 

 即座にバレットボウからカタナに持ち替え、駆ける。

 首を刈り、とどめを刺すために。

 

「…………」

 

 ゆっくりと、【百合(リリィ)】は振り向いた。

 

 その表情は、笑顔。

 心底嬉しそうな、笑顔。

 

「凄い」

 

 もう既に回復した喉で、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「うっばぁ、こんなにダメージ与えられたの初めて……しかも好みのおねーさんからとか興奮するぅ……」

「…………気持ちは分かるわ」

 

 私も、最近妹に冷たくされるの愉しくなってきた、と。

 心の中で呟きながらライトフロウはカタナに手をかける。

 

「サクラ……!」

「でもごめんね?」

 

 抜刀しかけた瞬間、【百合】は空高く跳んだ。

 

 急いで空を見上げると、

 そこには手を振り上げるダークファルス【百合】の姿があった。

 

「そろそろ本格的に塔破壊しなきゃ、アプちゃんに怒られちゃう」

 

 遊び(・・)は程ほどにしないとね、と。

 

 そう言って、【百合】は今思いついた技名を口ずさむ。

 

「"千咲(ハチブザキ)"」

 

 瞬間。

 数千本の刃が、【百合】の上空に出現した。

 

 その内半分がライトフロウに狙いを定め、半分は残った紫と青の塔を狙う。

 

 30やそこらの本数でひいひい言ってた彼女にとって、まさに絶体絶命だ。

 ライトフロウ・アークライトの命も、塔の耐久値も。

 

「…………メリッサさん」

『は、はい……?』

「今何分経った?」

『ご、五分です……六芒均衡の方々は、まだ、その……』

「そっか」

 

 五分か。

 まあたった一人でダークファルスを相手取ったわりには持った方だろう。

 

「一人で倒せなかったのは残念だけど、まあ本来六芒均衡が束になって戦うような相手だし、一応面子は守れたかな……」

「? 何をぶつぶつ言ってるの? 遺言なら聞いて上げるよ? ていうか聞かせて」

「そう? なら一つだけ言わせて貰うわ」

 

 『好みのおねーさんの遺言』というワードに何故か興奮気味の【百合】に、ライトフロウは笑顔を見せた。

 

 ちょっと残念そうに、しかしてちょっと誇らしげに。

 彼女は声を大にして言った。

 

「アークスをあまり舐めないでね、ダークファルス」

「……ん? それってゆいご――」

 

 突如、【百合】の背後に爆発音が響いた。

 

 否、爆発音だけじゃない。

 銃弾が、衝撃波が、テクニックが、あらゆるものが飛び交い、宙に浮かぶ数多の剣を叩き落していく!

 

「うば……!?」

「撃てー! とにかく何でもいいから撃てー!」

 

 イケメンの号令と共に、地上からライトフロウを除いた11人のアークスが一斉に武器を振るう。

 

 銃弾と衝撃波とテクニックは、狙いを【百合】本体ではなく【百合】の生み出す剣に絞って飛んで行った。

 

 【百合】の剣は、実のところ【百合】が"盾"として使おうと生み出したもの以外耐久性があまり無い。

 

 アサルトライフルの通常攻撃ですら、剣を撃ち落せる程だ。

 故に、【百合】の展開した数千の剣は瞬く間に撃ち落され、叩き落され、

 

 数秒で、その全てが地面に突き刺さった。

 

「なん……!? 他のダーカーたちは!?」

「周辺のダーカーは全滅させたわよ。五分もあれば充分充分」

 

 ダークビブラスの死骸を踏みつけながら、イヴはバレットボウの弦を引く。

 

 全ての剣を叩き落した今、狙いは当然【百合】本体。

 

「ペネトレイトアロウ!」

「くっ、これまた好みなおねーさん……! じゃなくて!」

 

 じゃなくて、と【百合】は剣を盾として展開し、その一撃を凌いだ。

 

 だが勿論それだけで全ての攻撃が防げるわけじゃない。

 銃座やテクニックを中心火力として、次々と攻撃が【百合】に撃ち込まれていく!

 

「いたっ……くはないけど……!」

 

 うざったい。

 攻撃しようとすれば銃座に剣が弾かれて、盾として展開しても隙間や背後から撃たれる。

 

 そこらのアークスの攻撃でダメージを受けるわけではないが、それでも、これはマズイ。

 

 今のこの場には、自分にダメージを与えられる存在が一人だけ居る。

 

「本当は、一人で倒したかったのだけれど」

「っ……!」

 

 カタナを抜刀しながら、【百合】を残念そうに睨むライトフロウを見て、【百合】は両手に剣を出現させた。

 

 もう剣を展開しての遠距離攻撃は使えない。

 

 なら、近接攻撃をするまでだ、と。

 【百合】は地上に降り立った。

 

 そう、この場に自分へダメージを与えられる存在が一人なら……!

 

「おねーさんさえ倒せば、こんな状況ピンチでも何でもなくなるよね」

「そうでもないわよ?」

「……え?」

 

「フォトン粒子砲、チャージ完了! 撃てー!」

 

 イケメンの号令が響き渡った瞬間、白熱の光線が【百合】の身体を貫いた。

 

 フォトン粒子砲。

 少し長いチャージを必要とする代わりに、長大射程の高威力ビームが撃てる支援兵装である。

 

 並大抵の大型エネミー程度なら一撃で沈める威力を持つそのビームに、流石の【百合】も身体を大きく仰け反らせ、叫んだ。

 

「あ゛、あづいいいいいいいいいいいいいい! にゃに、何これあっつい! 痛い痛い! あついたい!」

「効いてるぞー! どんどん撃てー!」

「この……!」

 

 次々とチャージが完了していくフォトン粒子砲の照準が、【百合】に向く。

 

 流石に真正面から今のを何発も受けたくないと感じたのか、【百合】は自身の周囲に剣を展開して――。

 

「"変形(ヴァルシオン)"!」

 

 盾の形に変形させた。

 今度は隙間無く、四方八方を固めるように。

 

「っ……!」

 

 粒子砲が、盾を貫かんとばかりに四方から襲い掛かる。

 盾として生み出した場合の耐久値は高い、が――。

 

「やだ……マジで……!?」

 

 びしり、と嫌な音がした。

 

 自身の手で生み出した剣が、盾が。

 罅割れる、音。

 

「うばー……壊されるのは、始めてかぁ」

 

 食べられたりはしたけどさぁ、と。

 

 崩れ行く盾を見ながら、【百合】は呟いた。

 

「…………」

 

 丁度盾が壊れたタイミングでビームの照射時間が切れたのか、追撃は無かった。

 

 だがしかし、流石に【百合】も今置かれているこの状況――すなわち『敵の中心にたった一人でいる』というやばさを認識したようで、

 

 その表情から笑顔が消えた。

 

「……何? ビームは今ので打ち止め?」

「…………」

「…………」

 

 【百合】の問いに答えるものは居ない。

 そりゃそうだ。こちらの戦力状況をわざわざ晒す馬鹿などいやしないだろう。

 

「何よ、皆して黙り込んじゃってよー……ていうか12対1とか恥ずかしくないの? それでも正義の味方?」

 

 言いながら、【百合】は周囲を見渡す。

 自身を囲んでいる12人のアークスの男女比と、銃座の数、遠距離職近距離職の割合、その他諸々を確認。

 

 急所の首と心臓の背後を守るように剣を盾として展開し、駆け出した。

 

「まずは、その鬱陶しい銃座!」

「いいや、させないわ」

 

 【百合】の目の前に、突如ライトフロウが現れた。

 

 カタナが、目に見えぬ速度で首目掛けて振られたのを両手の剣で受け止める。

 

「……! おねーさん……!」

「第2ラウンドよ、ダークファルス。今度は後方支援付きだけど勘弁してね?」

 

 鍔迫り合いをしながら、ライトフロウは申し訳無さそうに笑みを見せた。

 

 一人の方が戦いやすいけれど、一人の方が強いとは言っていない。

 

 相手が格上なら尚更だ。

 

「うっばっば、あたしタイマンがいいなぁ」

「私も同意見なんだけどね。立場的にそうそう我侭言うわけにもいかないのよね」

 

 一歩下がって、鍔迫り合いを解く。

 瞬間、フォトン粒子砲が【百合】の身体を貫いた。

 

「あ゛っづぅ!? この……!」

「シュンカシュンラン」

「あぐっ!?」

 

 高速で放たれた突きが、【百合】の肩口に突き刺さる。

 

 心臓を狙ったつもりだったが、避けられたようだ。

 

「まだまだ……!」

「う、うううう!」

 

 シュンカシュンランは、初動の突きから派生して怒涛の連続攻撃を繰り出すフォトンアーツ。

 

 横切り、縦切り、そして切り上げ。

 見た目苦痛の表情を浮かべている少女だろうと、加減無く放ったつもりだったのだが、

 

 【百合】は、その連撃全てを受け止めた。

 

「この……、やっぱ硬いわね……!」

「ライトフロウ! 少し下がれ!」

 

 アサルトライフルを持った【銀楼の翼】のイケメンが叫ぶ。

 

 それに従い、ライトフロウは大きく一歩後ずさった。

 

「ウィークバレット!」

「?」

 

 弾丸を、【百合】は右手の剣で叩き落とす。

 

 しかしそれこそアークスの思う壺。

 【百合】の剣に、ウィークバレットのマーキングが付与された。

 

「何これ?」

「ナイスっ!」

 

 再び接近し、マーキングされた剣に向けてカタナを振るう。

 

 ウィークバレットは、当たった箇所を弱くする弱体弾。

 それによって、いとも容易く【百合】の剣は砕け散った。

 

「うば……!? あ、あれ? 何で……っ」

 

 突然武器を壊されて、焦ったのか【百合】は後退しようとして――できなかった。

 

 足が、動かない。

 何故、と足元を見る。

 

 そこには、投擲されたタリスの羽根と、凍りついた自分の足があった。

 

「つめたっ!? 何これ、氷!?」

「――ラ・バータ」

 

 イヴが、にやりと笑う。

 

 これで終わりだ。

 敵集団に囲まれている状態で、足が止まるというのは、つまり。

 

 死、あるのみである。

 

「あ――」

 

 ウィークバレットが、【百合】の頭に付着した瞬間。

 

 フォトン粒子砲に加えて、

 サテライトカノン、バニネメ、カザンナデシコ等々の高火力フォトンアーツが次々と降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「目標……沈黙……?」

 

 地面に大量に突き刺さっていた、【百合】の剣が塵となって消えていく。

 

 巻き上がった砂塵で【百合】本体の姿は見えないが、剣が消えていっているのなら撃破……は出来ていなくとも意識を奪うくらいはできただろうか……?

 

「イヴ、油断しちゃ駄目よ。相手はダークファルス……これで終わるとはとても思えないわ」

「分かってるわよ……」

「間違っても『やったか!?』とか言っちゃ駄目よ」

「……当たり前じゃない」

 

 ちょっと残念そうに、イヴは呟いた。

 もしかしたら言ってみたかったのかもしれない。

 

「! 砂塵が晴れるわよ……」

「…………」

 

 こちらの攻撃によって巻き上がっていた砂塵が、薄れてきた。

 

 もうあまり、余力は残っていない。

 フォトン粒子砲の数も少ないから、ここで決まって欲しいのだが……。

 

「………………ひどい」

 

 ゆらり、と。

 砂塵の中で影がわずかに揺れた。

 

「……ちっ」

 

 戦闘継続だ。

 こうなると、もうすぐ来るはずの六芒均衡が頼りだろう。

 

 時間的にもう到着してもおかしくない筈だが、ダークビブラスに手こずっているのか……?

 

「ひどいひどいひどいひどい、12人であたしみたいな女の子1人をリンチするなんて、ひどい」

「…………」

「いじめだ、リンチだ、PTAに抗議してやる……あれ? PTAって何だっけ? ええっと……まあいいや」

 

 砂塵が、晴れた。

 

 砂塵が晴れて、そこに居たのは勿論ダークファルス【百合】。

 

 しかしてその姿は若干変わっていて――。

 

 血に塗れて、赤と白のまだら模様になった髪と、

 金色の模様が描かれた、真っ黒(・・・)なドレスを身に包んだ少女が立っていた。

 

「貴方たちにも、味あわせてやる。12人にいじめられるのがどういう気分なのか」

「マズイ……! 何かする気だ! 総員止め……!」

「"変形(ヴァリアシオン)"――」

 

 12×12=144。

 144本の剣を展開し、そして。

 

 その全てが、歪な音を出しながらその形を変えていく――!

 

「『モデル』・【人面花(ヒューマノイ――)】」

「【百合】」

 

 ぴたり、と【百合】と剣の動きが止まった。

 

 今の声は、今の聞きなれた冷たいボイスは……!

 

「さっきから撤退命令の信号出してるのに無視してんじゃないわよ」

「あ……あ……」

 

 地響きと共に、空から黒い影が降ってきた。

 

 ダーク・ラグネが2体と、ダークビブラスが1体。

 そして、ダークビブラスの上には――。

 

 ダークファルス【若人(アプレンティス)】が、腕を組んで乗っていた。

 

「アプちゃーん!」

「ん? 何よあんた、黒くなってるじゃない」

「え? う、うばー!? 何これ黒い!」

 

 今気づいたといわんばかりに、【百合】は自分の身体を見渡した。

 

 何だか高級感溢れる黒いドレスに身を包まれている自分を見て、【百合】は不思議そうにしながらもにんまりを微笑んだ。

 

「なんか大人っぽい! どう!? どう!? アプちゃん! なんだか良く分からないけど似合う!?」

「えー、まあ」

「むふー……よし、この形態は【黒百合】モードと名付けよう……! ……で、えーっと、撤退だっけ」

 

 言いながら、ダークビブラスの上に乗る。

 

 ここにいれば、ダークビブラスがやられない限り余程のことがなければ攻撃は受けないだろう。

 

「でもあれ? 撤退命令の信号なんて決めてたっけ?」

「…………な、何言ってるのよ、確かに撤退命令の信号はあたしの眷属にしか通じないけど、心の中であんたの名前を何度も呼んだじゃない。もしかして届いていなかった?」

「うばっ!? ご、ごめん戦闘中だったから気づかなかったわ……」

「全く……次から気をつけなさいよ」

 

 やれやれ、と冷や汗を掻きながら【若人】は肩を竦めた。

 

 しかし本気で頭を下げている【百合】を見て、

 流石にちょっとだけ罪悪感を感じているようだ。

 

「ま、まあいいわ。帰るわよ、【百合】」

「うばーい。いやー疲れた疲れた……」

 

 すぅ、と色素が抜け落ちるように、【百合】のドレスが黒から白へ戻っていく。

 

 戦闘形態みたいなものなのだろうか?

 と推測する【若人】の視界の端に、アークス相手に大暴れするダーク・ラグネの姿と、

 

 そのラグネを踏み台にこちらへ乗り移ってくる、青髪の美女が映った。

 

「このままただで返して……たまるものですか!」

 

 ライトフロウ・アークライトが、【若人】目掛けて突貫をしかけたのだ。

 

 ラグネの雷撃を掻い潜って、ビブラスの装甲を踏みつけて、

 

 カタナを振るう――!

 

「何してんだコラ」

「……うぐ!?」

 

 【百合】の蹴りが、ライトフロウの腹部にめり込んだ。

 

 お腹が突き破られたんじゃないかと錯覚するような、衝撃。

 威力だけで言えば、間違いなく今日一番の攻撃だ。

 

「がはっ……!」

 

 弾丸のような速度で吹き飛び、紫の塔へ激突した。

 

 なんて、威力だ。

 実は蹴りが一番得意なのか? という思考が一瞬過ぎったが、それは違うだろう。

 

(【若人】を、守るためか)

(愛のために強くなるとか……まるで物語の主人公……ね……)

 

 ライトフロウが意識を手放し、戦闘不能になったところで紫の塔は崩れ落ちた。

 

 これで、【百合】が倒した塔は2本。

 そう、2本である。

 

「大丈夫? アプちゃん、怪我はない?」

「ええ、流石ね」

「うば! アプちゃんに褒めてもらえたヤッター!」

 

 心底嬉しそうに笑う【百合】は、まだ気づいていない。

 

 なんだかんだ2本しか塔を倒せなかったから、ご褒美は何も無しということに、気づいていない。

 

「じゃあ今度こそ、退くわよ」

「あいあいさー」

 

 踵を返して、【若人】と【百合】は戦線から離脱。

 追いかけることも出来ず、残されたビブラスとラグネもこれ以上の戦闘は無意味だと指示されたのか、間も無く撤退していった。

 

 

 

 

 

「終わった……?」

「終わった……ね」

 

 採掘基地防衛戦・襲来の初回は、こうして幕を閉じることになる。

 

 戦死者3名。倒された塔の数158本。

 倒したダーカーの数、数億。

 

 ダーカーの数が、実質無限であることを考えると決して勝利とはいえぬ結果だったが、

 それでも10年前の大規模侵攻に比べれば、比較的こちらの被害は少なく済んだといえるだろう。

 

 しかしまだ全てが終わったわけではない。

 【若人】が諦めない限り、防衛戦はこれからも幾度と無く起こるだろう。

 

 だがまあ、とりあえず今は。

 

「お疲れ様、皆」

 

 ムーンアトマイザーの光を浴びながら、ライトフロウは静かに微笑んだ。

 

 勝てなかったけど、決して無駄な戦いでは無かった。

 まだまだ実力不足なのは分かったし、塔を守りながらの戦いのコツも少しは掴めたし、

 

 何より今まで謎の存在だった、ダークファルス【百合】の生態が知れたのは大きい。

 

(愛のために戦うダークファルス、か)

(………………厄介ねぇ……)

 

 ため息を吐いて、空を見上げる。

 

 戦闘前の汚い空はもう何処にもなく、晴れ渡る青い空が視界一杯に広がっていた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「はー……っ! はー……っ!」

 

 採掘基地防衛戦は、終わりを告げた。

 

 既に全てのダーカーは殲滅及び撤退し、ダークファルスたちも周辺から反応を消している。

 

 クエスト終了である。

 そしてそうなると気になるのは、クエストリザルトランク。

 

 今回の場合、塔の残り耐久値によって判断されるのだ。

 

 三本の耐久値の合計が八割くらい残っていればSランク。

 一本しか残ってないとか、耐久値がぎりぎりならCランク。

 

 ライトフロウ・アークライトたちのパーティは、残念ながらCランクだったがまあ仕方ないだろう。

 

 ダークファルス【百合】を相手取って一本でも塔が残っていただけ大したものだ。

 

「はー……ふぅ、げほ……!」

 

 他のパーティの平均ランクは、大体Bランクくらいだ。

 やはり初回というだけあって難易度が高かったのか、Sランクを取れたパーティは非常に少なかった。

 

 しかしそれでもCランクを取ってしまう程追い込まれたパーティもまた少なく、大体のパーティがBまたはAランクを取る中――。

 

「くそ……!」

 

 彼女――キリン・アークダーティは、額から血を流しながら呟いた。

 

 塵となって消えていくダークビブラスから視界を外し、背後の塔を見る。

 

 ソロだから、妥当といえば妥当なのだが、意外にも。

 紫の塔の耐久値がほんの少しだけ残っているだけで、青と緑の塔は木っ端微塵に破壊されていた。

 

 クエストはクリアだ。

 とは言っても、Cランククリア、だが。

 

「こんなんじゃ……駄目だ……もっと、もっと強くならなくちゃ……」

 

 満身創痍になりながらも、杖を支えに倒れることなく呟く。

 

「守りたい人たちを、守れない……!」

 

 その瞳に宿っているのは、決意。

 

 元々正義感の強い彼女が、より強く何かを守ると決めた意志。

 

 けれど。

 その願い――『シズクとシオンを(・・・・・・・・)両方とも救いたい(・・・・・・・・)』という願いは。

 

 少女の双肩に乗せるには、あまりにも重いものだった。




採掘基地防衛戦しゅーりょー。

【百合】さん強くしすぎた感あるけどこいつの正体考えるとまだ全然本気出してないから震える。(どうやって倒すかは考えているけど)

『リン』に関してはまあ初見採掘基地防衛戦でソロなんてやったらまあこうなるよねとしか。
むしろ一本残ってるのが凄いと思うんだ。

まあ忘れがちだけどまだこの子16歳だから、精神的未熟さもEP3に入っちゃう前に書きたかったんでもうちょっとだけこんな感じの『リン』ちゃんが続くのであしからず。

あ、あと戦死者3名とか出てるけどオーザ、マールー、クロトのことじゃありません。
【百合】にぼこされてたけど、ムンアトで無事復活してます。


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縁者

ファレグさん倒せないんじゃが……まだ一回しか戦ってないけど。


「シャオ、それホント?」

『うん、こんな嘘吐かないよ』

 

 惑星アムドゥスキア・龍祭壇エリア。

 

 龍族の聖地たるその場所で、モノリスに腰掛ける少女が一人。

 

 サラだ。

 通信機の向こうから聞こえるシャオの言葉に、彼女は顔をしかめた。

 

『ルーサーの、シオンに対する"理解"がかなり進行している――想定よりもずっと早い』

「……そっちの準備は間に合いそう?」

『分からない。急ぐ必要がありそうだ』

 

 シャオの声色に、いつもの余裕が無い。

 本気で焦っているようだ。

 

『ぼくはこれからこっちの作業に集中するから、しばらく連絡は最小限にしようと思う』

「了解。あたしの方で特にやっておくことある?」

『今まで通りでいいよ。……ああでも、一つだけ』

「?」

『シズクとリィンの面倒を見てやってね。暇なときでいいからさ』

「…………ああ、そんな話もあったわね」

 

 がくり、とサラは肩を落とした。

 

 師匠なんて、ガラじゃないのだけれど。

 

『まあそう邪険にしないでよ。彼女たちの力は、きっとルーサーを倒した後のアークスに必要になる』

「……今は目の前のルーサーをどうにかするのが最優先でしょうが。それなのにあたしの余暇を潰してまで…………ああ、成る程。また何か企んでるわね、シャオ」

『察しがいいね……でも違うよ。企んでいるというより、念のためだ』

「ふぅん、どうだか」

 

 吐き捨てるようにそう言って、サラは立ち上がった。

 

 端末を起動させ、連絡帳を開く。

 そして数少ない連絡先の中から、シズクを選択した。

 

「まあいいわ。どの道従うしかないしね……育て方はあたしがマリアにされた感じの修行でいいのよね?」

『……いや、まあ……死なないようにね?』

「他に人の育て方なんて知らないのよねぇ……」

 

 不穏なことを言いつつ、サラは連絡帳が薄い割に慣れた手つきでメールを打っていく。

 

 内容は、勿論昨日話した修行の件。

 場所と日時の指定と、不要だろうけどやる気の確認。

 

『ま、折角同年代の同性と触れ合える機会なんだ。これを機に仲良くなれるといいね』

「う。べ、別にあたしは友達なんて要らないわよ。それに師弟関係になるんだから歳なんて関係ないわよ」

『そう? まあサラがいいならいいんだけど……』

「そういう含みのある言い方やめてくれる?」

 

 メールを送信。

 当然セキュリティは完備してるので、ルーサーに盗み見られる心配はまず無いだろう。

 

(まあ見られたところで、この内容ならあいつは動かないだろうけどさ――)

『……そういえばよく考えたら『リン』も同い年だよね』

「……え? あ、そういえばそうね……あの人何だか人妻っぽさが滲み出てる感があるせいかどう見ても二十代後半よね……」

『ははっ確かにそうとしか見えない……っと、つい無駄話しちゃったね。いけないいけない……話がすぐに逸れてしまうのは悪い癖だなぁ』

 

 それだけ気楽な仲、ということだろうか。

 つい会話が脱線してしまうシャオとサラであった。

 

『それじゃ、よろしくね』

「はいはいーっと」

 

 通信を打ち切る。

 回線こそ開きっぱなしだが、まあそれは二人の関係上仕方が無い。

 

 『縁者』。

 シャオとサラの関係を表すなら、その一言に尽きる。

 

 詳しくは割愛するが――サラの体内にはシャオの因子が組み込まれているのだ。

 

 なので通信回線は常に開きっぱなし。

 相手の夢に乱入するとかもできるらしい。

 

 独り言だってフリーパス状態だ。

 

 ……と、閑話休題。

 

「さてと……そろそろ採掘基地防衛戦は終わった頃かしらね」

 

 ぐっと伸びをして、歩きだす。

 

 ちょっとだけ、ちょっとだけだけど。

 

「同年代の、友達ねぇ……」

 

 楽しみそうな、顔をしながら。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 気づけば、シズクは海の上に立っていた。

 

 前後左右、海しかない寂しい風景の中。

 ゆっくりと、目を開ける。

 

 ああ、これは夢だなと理解するのに一秒すら必要なかった。

 何故なら、"ここ"に来るのは初めてではないのだ。

 

「うばー……また、ここか」

 

 たまに見る、この海しかない寂しい夢を前にしてシズクはため息を吐いた。

 

 何せ、殆どが悪夢というか。

 聞きたくもない言葉を、聞かされるパターンが殆どというか……。

 

「やあ、化け物」

「…………」

 

 気づけば、背後にシズクそっくりの人影が立っていた。

 

 ほら、ねえ。

 人のことを化け物呼ばわりする、自分そっくりの変な奴が出てくるのだ。

 

 良い夢な訳がない。

 

「ねえ、いつまでそうしてるつもりなの?」

「…………」

「いい加減さあ、あたしの言葉を無視しないでよ」

「…………」

 

 無視無視。

 妙な夢の言葉なんて無視するに限る。

 

 目を瞑って、耳を塞いでしゃがみこんでいれば、いずれ夢は終わるのだ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……?」

 

 …………。

 しばらくそうしていると、突然背後から気配が消えた。

 

 ゆっくり慎重に振り返る。

 諦めたのか、何だかよく分からないが、シズクそっくりの人影は姿を消していた。

 

 視界には、広大に広がる海のみが映っている。

 

「……新しいパターン。……うば?」

 

 ふと、シズクは自分の身体を見渡した。

 

 動かせる。

 身体が、自由に。

 

 いつもよりずっと早めの解放である。

 

 こうなればただの明晰夢だぜうっばっば、とシズクは立ち上がった。

 

「……この海って、端とかあるのかなぁ」

 

 ふと気になって、呟く。

 

 夢から覚めるまであとどれくらいかは分からないけど、そもそも夢なんだから気にしてもしょうがないことかもしれないけど……。

 

「嫌な夢なんだから、少しは楽しまないとねー」

 

 冒険気分冒険気分♪、とあえて軽い足取りで進む。

 

 海の上を歩く、というのは案外新鮮で楽しかった。

 

「いつかウォパルの海の上とかも歩いてみたいなぁ……」

 

 まあ尤も、夢じゃないんだから何らかの手段を講じなければいけないのだろうけど。

 

 フォトンでどうにかなるかなぁ……と思案しながら歩くこと、数秒。

 

 海の果てはいまだ見えなかったが、人影が見えた。

 

「う……」

 

 嫌な予感がして、立ち止まる。

 またあいつかもしれない、と思うと踵を返したくなるシズクであったが……。

 

「ん……?」

 

 その姿には、見覚えがあった。

 

 青い髪に、グラファイトローズ海というコスチュームを身に纏った女の子。

 

 リィンが、そこに居た。

 海の上に立っているのが不思議な様子で、キョロキョロと辺りを見渡しているようだ。

 

「うばー! リィンじゃんヤッター!」

「し、シズク!?」

 

 躊躇なく、リィンに跳びかかり抱き締める。

 悪夢かと思ったら、全然良い夢じゃないかとシズクは嬉しそうに顔をリィンの胸に埋めた。

 

「うっばばー」

「ご、ご機嫌ねシズク……」

「そりゃねー、んふふー……全く、悪夢にもたまには良いときがあるっていうかー」

「ふぅん……?」

 

 ぎゅぅっと、リィンの両腕がシズクの背中に回る。

 抱き締め返されて、シズクは嬉しそうに笑みを深めた。

 

「……シズクはさ」

「うば?」

 

 しばらくそうして抱き合っていると、リィンが不意に口を開いた。

 

 まるでシズクを逃がさないようにしているように、両腕の力を強めて。

 

「私のこと、好き?」

「うば!? え、まあ、うん。好きだよ?」

 

 夢だというのに、ちょっと照れながらシズクは答える。

 

 ついにやけてしまうのも仕方が無いだろう。

 まあ何度も言うが夢なのだから、自分の根底にある願望とかが漏れ出ているだけなんだろうけど。

 

「……何で?」

「うば? いや、何でって言われても……」

「貴方は化け物なのに、ヒトを好きになるなんて感情があるの?」

 

 シズクの、表情から、笑顔が消えた。

 

 待って。

 それは、駄目だ。

 

 リィンにそれを言わせるのは、ずるいにも程がある。

 

「シズク、貴方にヒトを好きになる資格なんて、無い」

「リィ――んぐ……!?」

 

 唐突に、シズクの言葉が止まった。

 いや、言葉というより、息が。

 

 呼吸ができない。

 

(なん、で……)

(これじゃ、反論すら……)

「今更言う■でも無く、分かっている■だ■ね?」

 

 目の前が真っ暗になっていく。

 リィンの声が、遠くなっていく。

 

 夢からの目覚めが、近い。

 

「化■■■くせに。■■クス■んかじゃ■■■せに」

 

 何もかも真っ暗になって。

 リィンの口元だけが、シズクの耳に近づいていき……そして。

 

「■■■■■、無いくせに」

 

 そして、シズクは目を覚ました。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「…………むぐ」

 

 目を覚ましたシズクの眼前に、まず飛び込んできたのはおっぱいだった。

 

 寝ている間に、リィンの胸に顔を押し付けていたようだ。

 道理で息が出来ないはずだよ、とシズクは納得するように頷いた。

 

「ぷはぁっ……すー、はー……」

 

 胸から顔を離して、深呼吸。

 おっぱいは時に凶器となりえることを、シズクは今日知ったのだった。

 

「……あ」

 

 ベッドから身体を上半身だけ起こして、ふと気づく。

 

 全身、寝汗だらけでびちょびちょだった。

 いや、それだけじゃない。瞳から、ぼろぼろと涙まで零れ落ちている。

 

「うっば……うわー……」

 

 目元をごしごしと拭って、ベッドから降りる。

 シャワー浴びなくちゃ気持ち悪くてしょうがない……とシャワールームに向かおうとしたところで、

 

「……シズク?」

 

 背後から、リィンの声がした。

 リィンも目を覚ましたのだろう。

 

 ベッドから上半身だけ起こして、まだ眠たげな目線でシズクを見ていた。

 

「う、うば、起こしちゃった?」

「いや別に……ん、シズク? どうしたの? 凄い汗ね……」

「え、あ、うん……ちょっと嫌な夢見ちゃってさー」

「ふぅん、どんな夢?」

「うばっ」

 

 シズクは、言葉に詰まった。

 どんな夢かなんて言われても、説明し辛い……ていうか。

 

 説明したくない。

 

「えーっと……」

「…………」

「その……忘れちゃった」

 

 所詮、夢なのだ。

 忘れたことにしてやり過ごしてしまおう。

 

「忘れた?」

「ま、まあ夢なんてそんなものだよね」

「……そう」

 

 上手く誤魔化せた(?)ところで、いい加減シャワーを浴びたいので着替えを取りに倉庫端末へ向かう。

 

 そんなシズクの後ろ姿をしばらく見つめていたリィンは、ふと唐突に口を開いた。

 

「そういえばさ、私も嫌な夢みたわよ」

「うば? へえ、まあ夢は夢だしお互い気にしないで――」

「いきなりさ、海の上に立ってたの。見渡す限り周りが全部海の場所で」

 

 シズクの動きが、ぴたりと止まった。

 

 いや、いやいやいや。

 偶然というのは、あるもので。

 

 海を歩く夢なんて、そう珍しいものじゃないだろうし。

 

「それでしばらくしたら、シズクが駆け寄ってきたのね」

「…………」

「そこからはあんまり憶えてないんだけど……シズクに何か変なこと言ったみたいで……」

 

 ああ、それは全く。

 なんていう偶然なのだろう。

 

 いやはや偶然とは恐ろしい。

 事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。

 

「それで、シズクが泣いちゃって――」

「リィン、あたしシャワー浴びてくるね」

「え、うん……」

 

 リィンの話を打ち切って、シズクはシャワールームへと小走りで駆けて行った。

 

 その様子を見て、リィンは確信する。

 さっきの夢は、やっぱり……。

 

「……シズクの根底に、関わるものなのかな……」

 

 リィンとて、伊達にシズクと一緒に居てきたわけじゃない。

 あの子に特別な能力があるのは理解しているし、根底に計り知れない何かを抱えているのも察している。

 

 そしてその、『根底』に関わる話をするとき――または何かがあったとき。

 シズクは、決して笑わないのだ。

 

 あの冷たい無表情を浮かべるか、似合わない歪な笑顔しか、浮かべない。

 

「…………はぁ」

 

 ため息を吐いて、ベッドに再度寝転がる。

 

 シャワールームの方向を見ながら、リィンは静かに呟いた。

 

「……私には、話してくれないんだろうなぁ」

 

 そりゃ、ヒトなのだから秘密の一つや二つあるだろう。

 

 でも、それでも。

 それが夢にも出てきてしまうくらい嫌なことなら。

 

 悩みであるならば。

 

 少しくらい、相談してくれたっていいのに。

 

「――シズクにとって、私は『何』なんだろう……?」

 

 チームメイト? 仲間? 友達? ――うん、多分そのどれか。

 

 ああ、何だろう無性に腹が立つ、と。

 

 リィンは自分の中に生まれた黒い感情を自覚しないまま、再び眠りに付くのだった。




やだ、シリアスさんが後ろからジリジリとにじり寄ってくる……。


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ツン期

難産回!
サラのセリフ考えるのが一番苦手です。


「五分前行動――っと、サラさんの指定した座標ってここであってるよね?」

「うん」

 

 惑星ウォパル・海岸エリア。

 

 見渡す限りの海と、砂浜によって構成されたエリアである。

 

 あの後シャワーを浴びて、サラから来ていたメールに気づいたシズクとリィンは、メールで指定された場所であるここに出向いてきたのだ。

 

「うばー、まだサラさんは来てないみたいだねぇ」

「そうね」

「……あ、あーそういえば水着まだ買ってないねぇ、いつかウォパルの海で海水浴してみたいし、今度一緒に買いに行かない?」

「うん」

「…………」

 

 ふすーっと鼻を鳴らして、シズクは苦笑いで海岸の向こう岸を眺める。

 相変わらず綺麗だけど歪な惑星だなーとかなんとか現実逃避はほどほどにして……。

 

 うん、なんていうか、うん。

 

 リィンの、機嫌が、すこぶる悪い。

 それはもう、研修生時代の再来かというくらいツンツンしている。

 

(うばー? 何で? 何でだ? あたし何かした!?)

「…………(つーん)」

(ああ、何だか『つーん』っていう擬音語が聞こえてくるようだ……)

 

 地味にこういう状態のリィンと相対するのは初めてだ。

 リィンが全力でツンツンしていた研修生時代は、全然関わってなかったし。

 

(原因を、察しようにも……)

(やっぱリィンの考えてることって察しにくいんだよなぁ……日を追うごとに分かり辛くなってる気がする)

 

 初めて会ったときはあんなに分かりやすいツンデレ娘だったのに、今となってはあのハドレッドより分かり辛い子になってしまった。

 

 正直、ここまで劇的に『分かりやすさ』が変化したヒトは今まで見たこと無い。

 『分かりやすさ』の基準さえ判明すれば、その理由も判明すると思うのだが……。

 

(まあそれが分かれば色々と苦労しないってねー……)

「り、リィン。フォトンを足元に集中すれば海の上を歩けたりしないかなぁ」

「知らないわよ。やってみれば?」

「あー、やめときなさい。慣れてないなら専用の器具が無いと難しいわよ」

 

 リィンの塩対応に被せるように、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 声のした方を振り向くと、そこには案の定と言うべきか今到着した様子のサラの姿があった。

 

「サラさん!」

「や。一日ぶりね二人とも」

 

 手をひらひらと振りながら、サラは二人の元に歩み寄る。

 

 しかし、リィンの表情を見た瞬間、ぴたりと足を止めた。

 

 なんというか、そう、リィンが。

 サラですら容易く見て取れる程の、不機嫌オーラに包まれていたのだ。

 

「…………どうもです、サラさん」

「え、ええ……」

 

 表情こそ、いつもと変わらなかったが。

 目が死んでいるし、言葉に何だか曇りがある。

 

 そして何より、明らかに敵意を向けられている。

 

 昨日とはまるで別人だ。

 一体何があったというのか。

 

「ちょ、ちょっとシズクこっち来て」

「うば?」

 

 シズクを手招きして、呼び寄せる。

 そしてリィンに聞こえないように背を向けて、二人は顔を近づけた。

 

 内緒話するように、ひそひそ声でサラは問う。

 

「(シズク、一体何があったの? リィンの機嫌が滅茶苦茶悪いんだけど……)」

「(うばー……それが、全然理由が分からないんですよね……)」

「(察しなさいよ! 得意でしょ!?)」

「(あたしのこれが万能じゃないの知ってますよね!?)」

「…………」

 

 そんなサラとシズクの後姿は、リィンから見ればまた(・・)内緒話にしか見えなくて。

 

 リィンは眉間に皺を寄せて、ぷくーっと頬を膨らませた。

 

(また、私に秘密の話……)

(…………イライラするわ)

 

 ああ、何だかこんな感情の名前を何処かで見たことがある。

 

 でもそれが思い出せない。

 というよりも、イライラが強くて上手く頭が回らない。

 

「…………」

「(兎に角、リィンの機嫌を取りなさいよ! これじゃ修行どころじゃないわよ!)」

「(うば!? そんなの無理ですよ! リィンの感情の影響を受けて荒ぶってるあのフォトンが見えないんですか!?)」

「(見えないわよ! フォトンが目に見えるくらいフォトン感受性が高いやつなんてアンタくらいよ!)」

「(そうなの!?)」

「サラさん、シズク」

 

 まだこしょこしょ話を続ける二人の会話を打ち切るように、

 

 ジト目でリィンは二人の肩を手で叩いた。

 

「内緒話も結構ですが、私はいつまで放置されてればいいんですか?」

「あ、あー……悪かったわね、もう大丈夫よ」

 

 リィンの表情を見て、パッとサラはシズクから離れた。

 何故か更に機嫌が悪くなっていることから、何となくその理由を察したのだろう。

 

 内心でシズクに文句を言いながら、一つ咳払い。

 

「ごほん、……えーっと、じゃあ今日からあたしは貴方たちの師匠ってことになるんだけど……本当にあたしでいいの?」

「うば。勿論ですよ、ねえリィン?」

「…………まあ」

 

 経験を積んだ戦士ならば、見るだけで相手の力量が分かるという。

 

 幼き頃から鍛錬を積んでいるリィンは、アークスとしては半人前といえど、武人としてはそこそこの熟練者。

 今目の前にいる同い年くらいの少女が、自分より遥か上にいる存在だということは肌で感じ取っていた。

 

 だからこそ、思ってしまう。

 シズクの正体を知っていて、自分より強い同性同年齢であるサラは――。

 

 ――自分より、シズクの隣にいる資格がある人物なのではないか、と。

 

(なんて……シズクはきっと一欠けらも思ってないんだろうけどさぁ……)

「よし。じゃあ短い間だけど、よろしくね」

「はい! よろしくおねがいしま……短い間?」

「ええ、二ヶ月もすればマリアも暇になるだろうし、そうなればマリアに引き継ぐつもりよ」

 

 元々弟子にしてやるって言ったの馬鹿マリアなんだから、と。

 サラはさりげなく毒を吐きながら言った。

 

 その言葉に、リィンは首を傾げる。

 サラの言い方には、命令されて仕方なくといった感じが滲み出ているのだ。

 

 別に、二ヶ月くらいなら待てる。

 嫌々師匠になられるくらいならマリアが暇になるのを待った方がいいんじゃないかと思うリィンだったが――。

 

「う、うばー……まじかぁ……」

「シズク……?」

 

 シズクは、深刻な表情で額に汗を浮かべていた。

 眉間に皺を寄せ、顔を引き攣らせている。

 

「…………」

 

 その表情を見て、少しだけ深く考えてみる。

 マリアがあと二ヶ月ほどで暇になる? ということはマリアが今携わっている案件があとそれくらいで終わるということで……。

 

 その、案件っていうのが……。

 

「あっ……そうか」

「……リィンも気づいたみたいだね」

 

 二ヶ月以内に、マリアが暇になるということは――二ヶ月以内に『何か』が起こるということ。

 

 それもおそらく、アークスの存命すらかけた、何かが。

 

「うばー……Xデーは近い……だからその前に少しでも戦力増強ってことですか?」

「そんなところでしょうね。……まあ、あたしは貴方たちが戦うような事態にはならないと思うけど……」

「うばば……念のため(・・・・)、ですか」

 

 ただ、それならば他に優先度の高いことが一杯あるんじゃないの? と思うシズクだったが、口には出さない。

 

 多分、そんなこと言うまでも無く分かっているだろう。

 その上で、シズクたちを育成することを選択してくれた筈だ。

 

「念のため……そうね、多分、その通りなのだと思う」

「……まあ、事情は分かりました。それじゃあ時間も無いでしょうし早速始めましょうよ」

「ええ勿論、でもその前にリィンに訊いておかなきゃいけないことがあるの」

 

 まだ少しばかり機嫌が悪そうな、リィンに向かい合う。

 

 訊いておくこと? とリィンは首を傾げた。

 

「ほら、宿題よ宿題。マリアの出したやつよ」

「宿題……あ、あれね」

 

 『リィン・アークライトが、ライトフロウ・アークライトを越える方法が一つだけある。』

 

 それを見つけて来い、という宿題をマリアから出されていたのだ。

 

「正直それが、貴方たちを強化するうえでかなり重要になってくると思うんだけど……どう? 答えは見つかった?」

「いえ、まだ……サラさんは分からないんですか?」

「まあ、憶測だけど答えは出してるわ」

 

 マジか、とリィンは驚いたように目を見開いた。

 

「ようするに、『自分より才能があって、自分より努力をしていて、自分より経験も積んでる相手に勝つにはどうする?』って話でしょう? それなら色々思う浮かぶじゃない?」

「あー……」

「え? え?」

 

 シズクは成る程なぁ、と頷いて、

 リィンは全然分からないとばかりに首を捻った。

 

「何それ、才能と経験は兎も角……努力でも負けてたら勝ち目ないじゃん」

(リィンは純粋だなぁ……)

(この子素直ねぇ……)

 

 暗殺だとか闇討ちだとか生き残った方が正義だとか、

 そういった単語ばかり浮かんでくる汚れた心を持った少女二人であった。

 

「ま、あたしが出した答えが正しいとは限らないし、何よりマリアは自分で見つけろと言った以上自分で見つけるべきね」

「……はい」

 

 頷いたものの、皆目検討が付いていない様子だ。

 まあこればかりは悩んでもらうしかない。すぐに答えが出ればいいのだけれど……。

 

(でも、先は長そうねぇ……)

「うば、さてじゃあ時間もあまり無いことだし、リィンは修行と並行して答えを考えてもらうことにして修行を始めません?」

「そうね。じゃあ早速……」

 

 サラの目の前に、端末のウィンドウが浮かび上がった。

 クライアントオーダーの、発注画面である。

 

「とりあえず、貴方たちの力量がどの程度か計らせて貰うわ」

 

 そう言って、サラは一件のクライアントオーダーを二人に申請した。

 

 内容は、海王種とダーカーの討伐オーダー。

 その指定討伐数は――各500匹。期限は、今日中。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「アプちゃーん!」

 

 惑星リリーパ・採掘基地跡地。

 

 何者かに捨て去られた文明の跡地に、

 白いダークファルスこと、ダークファルス【百合(リリィ)】は相変わらずのテンションで降り立った。

 

「…………何よ【百合】、あたし今採掘基地を襲う準備をしているから近づかないでって言ったわよね?」

「それどころじゃないの! 聞いて聞いて!」

「……?」

 

 ただならぬ様子の【百合】に、【若人】は思わず身構える。

 いやどうせしょうもないことなのだろうけど。

 

「さっきそこで聞いたんだけどさ! ウォパルっていう海ばっかの惑星があるんだって!」

「…………」

「海水浴行こうよ! 海水浴デート!」

 

 案の定、しょうもないことでしたとさ。

 

 【若人】は頭を抱えて呆れながら、頑張って言葉を紡ぐ。

 

「ええっと…………嫌よ」

「えー!? 何で何で!? 海辺でデートは恋人同士の必修でしょ!?」

「色々つっこみたいけど……とりあえずその情報は何処から聞いたのよ」

 

 このクレイジーサイコレズに余計な知識を与えたのは何処のどいつだ、と目を細める。

 

「えーっと、情報屋の双子姉妹を名乗るアークスが言ってたのを聞いたの」

「あんたアークスと仲良くなったの!?」

「違うよー、双子百合かな? って期待して後をつけてたら偶然そういう会話をしてるの聞いちゃってさー」

 

 本当は濡れ場を期待してたんだけどねー、と【百合】はへらへら笑いながら言った。

 

「さ、というわけで行こう」

「行かないわ」

「うばー、何で? 水着ならあたしが作ってあげるよ?」

「能力の妙な応用方法を生み出してるんじゃないわよ全く……」

 

 生み出した剣を水着に変形させながら言う【百合】に、呆れながら【若人】は呟く。

 

 こんなやつと海水浴とかご免こうむるし、そもそも遊んでる暇があったら一刻も早く力を取り戻したいのが現状である。

 

「行こうよー海水浴ぅー」

「絶対行かないわ。あたしは一刻も早く力を取り戻したいの!」

「息抜きも大事だよー、ねーえー」

「しつこいわよ、いい? あたしは絶対、海水浴になんか行かないから!」

 

 そう言って、【百合】に背を向け【若人】は歩き出した。

 

 そんな彼女の背中を見て、【百合】は。

 

「…………絶対、諦めないから」

 

 瞳からハイライトを消して、小さく呟くのであった。




エピソード2も、ようやく三分の一くらいかな。

第1章の名前変えて、第2章の名前をEpisode2 第2章:交鎖練撃にしました。
ちょっと第1章が思ったより長くなりすぎたし、交鎖練撃という名前にした理由はまだこれからの展開が基ですので。


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差し伸べられた手

イライラすると運動してストレス解消しようとするリィンちゃんマジ単細ぼ……アスリート体質。

なんか半端なシリアスが続きます。


「うばー、500匹って、思ったより少なかったね」

「シズクのレア掘りに付き合っていつもこれくらい狩ってるからね……ところでシズクはレア落ちた?」

「分かりきったこと聞かないでっ! いつも通りだよこんちくしょー!」

 

 修行開始から、数時間後。

 シズクとリィンは、小手調べにと出されたエネミー500匹討伐オーダーを余裕の表情でクリアしていた。

 

 あまりにも日常的すぎて描写していないが、

 シズクたちの生活パターンは朝起きて、レア掘りして、昼食べて、レア掘りして、晩御飯食べて、レア掘りする。

 

 という端から見たら頭おかしいんじゃないかというスケジュールで働く日が週5であるのだ(残りの2日は休日)。

 

 500匹とか、日常茶飯事でしかない。

 ちなみに言うまでもないことだが、シズクにレアドロが落ちたことは一度も無い。

 

 一度も、無い。

 

「まあ初回だし、加減してくれたんじゃない?」

「うばー、そうね。……ん?」

 

 ふと気づく。

 リィンから、不機嫌オーラが消えていた。

 

 運動してすっきりしたのだろうか。

 何にせよ、肩の荷が一つ降りてほっとするシズクであった。

 

「ん? どうかした? シズク」

「うば、い、いやリィンがようやく機嫌直ったなーって。朝すっごく機嫌悪そうにしてたじゃん、あれなんだったの?」

「あ、あー……えーっと」

 

 困ったように、リィンは頬を掻く。

 そういえば朝からイライラしていたのだが、戦っているうちに吹き飛んでしまったのだ。

 

 やはり運動はストレス解消にぴったりだ、という感じのは今は置いておいて……。

 

 不機嫌だった理由。

 それは、今思うと間違いなく……。

 

(嫉妬、よねぇ……)

(…………言い辛っ)

 

 漫画で出てきた、嫉妬深いキャラを思い出す。

 敵キャラとして出てきたあのキャラは、醜かったし、理不尽だったし、あまり好きにはなれなかったキャラだ。

 

 思い返せば、リィンも結構理不尽な理由で嫉妬していた気がするし、できるなら言いたくないなぁとリィンは結論付けた。

 

「……秘密よ」

「えー」

 

 シズクが文句を垂れたが、スルー。

 嫉妬深い女だなんて、思われたくないし。

 

(まあでもシズクのことだし、察してくれてるかもしれないけど)

「さてと、雑談もほどほどにして帰りましょうか」

「うばうば、そうだね、サラさんから次の――っと」

 

 クエストも終了し、いざ帰ろうとした瞬間。

 シズクの端末が、通話を受信し音を鳴らした。

 

「あ、ごめんリィン通話だ。帰還の準備進めといて」

「サラさんから?」

「いんや、同期の、ほら、アヨネちゃん」

 

 誰だ。

 と、リィンは心の中でツッコミつつも、声には出さずに帰還の準備を黙々と進め始めた。

 

 同期の名前とか、シズクと【アナザースリー】の三人、あとは精々イオくらいしか知らないのである。

 

「もしもし? 今? 今クエスト中だけど帰るところ。うん、そう」

(いや、まあ、別に……)

 

 右手を耳に当て、通話を始めたシズクを尻目に、リィンはテレパイプを取り出した。

 

 別に、寂しくなんてない。

 友達が少ないなんて昔からだし、シズクに友達が多いのは知ってたし。

 

(ああ、でも……家にお呼ばれされたのは私だけなんだっけ)

(……ふふ)

「えー? それほんとー? あはは、いやこっちはいつも通り」

「…………」

 

 楽しげに笑うシズクを見て、リィンは微笑んだ。

 と、いうよりもどちらかというとシズクの通話相手に向けてのドヤ顔に近かった。

 

(っと、座標設定座標設定……、キャンプシップの番号は……)

「うばー……いいなぁ、うん、今度見に行くよ。部屋番号は……あー、そうそう」

「…………」

 

 ぴくり、とリィンの肩が震えた。

 

 作業する手が自然と止まり、耳に神経が集中していく。

 

 今度、見に行く?

 

「うっばっば、うん? いやそれは前も言ったけど無理。ごめんねー、あ、いや別にそういうことじゃない」

「…………」

「うん、うん……え? マジで? うん、大好き大好き。うばば、うん、じゃあまたねー」

「…………」

「っと、待たせてごめんねリィン。帰還の準備は――」

 

 通話を切って、振り返る。

 そこには悪鬼羅刹のようなオーラを滲み出しながら、無表情でシズクを睨むリィンの姿があった。

 

「……あ、あれ? 何でまた機嫌が悪くなってるの……?」

「…………別に、機嫌悪くなんてなってないわよ」

 

 どう見ても不機嫌です本当にありがとうございました。

 びっくりするくらい、分かりやすい。のに、分かり辛い。

 

 矛盾しているのに、何処かしっくりくる表現なのは何故なのだろう。

 

「いやいやいや、どう見ても不機嫌じゃん……何? あたし何かしちゃった?」

「……それくらい察して頂戴よ」

「あ、あたしの能力にだって限界も制限もあるん――」

「でも、私は分かりやすいんでしょう?」

 

 そうだ。

 まだ、リィンは知らないのだった。

 

 リィンの心を、リィンの気持ちを察することが。

 もうシズクには、殆ど出来ないということを。

 

「……それなんだけど、そういえばリィンには話していなかったね」

「……?」

「確かに最初はリィンのこと分かりやすかったんだけど……最近は、その……」

「…………」

「全然、分からない。何でなのかも分からないけど、リィンのことを、最近は全然察せていないの」

 

 リィンは、目を大きく見開いた。

 

 自分の気持ちを、シズクが全然察することができなくなったから――ではない。

 勿論それもショックだったが、それよりも何よりも。

 

 また、隠し事。

 しかも『リィンには話していなかった』ということは、他のヒトには話したことなのだろう。

 

「…………何なの?」

 

 ぽつりと、リィンは呟く。

 怒りに身体を震わせながら、瞳にこみ上げてくる熱いものを必死に堪えて。

 

「何なのよ! 何なのよシズク! どうして……どうして……!」

「うば!? わ、分かんないものはしょうがないでしょ!? だから教えてよ……! リィンの気持ちを――」

「それ、が……それが、言えるなら……」

 

 そんなに素直に、自分の気持ちが言えるのなら苦労はしていない。

 シズクみたいに、自分の考えを好きなように口に出せるのなら、今リィンはここに居ないだろう。

 

「――っ! シズクの……馬鹿っ!」

「はぁ!? ちょ、リィン!?」

 

 衝動的に叫んで、リィンは駆け出した。

 

 シズクから逃げるように、海岸の砂浜を全力の速度で駆け抜ける。

 

 単純な足の速さでは、シズクは決してリィンには敵わない。

 追いかけたところで無駄だし、そもそも追いかける気にもなれなかった。

 

「な、何なんだよもー!」

 

 意味が分からないとばかりに憤慨して、シズクも怒ったように頬を膨らませた。

 

 何でリィンが怒っているのかも、何で自分が馬鹿だなんて罵倒されなくちゃいけないのかも、全然分からない。

 

 分からないから、腹が立つ。

 理不尽に思えて、仕方が無い。

 

 それは、ヒトならば当たり前の感情なのだ。

 

「……ふん!」

 

 ぷんぷんと怒りながら、シズクはテレパイプを起動する。

 

 何処かへ走り去っていくリィンの後ろ姿を一瞥した後、

 シズクはリィンを置いてけぼりにして、アークスシップへの帰還を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 ウォパルの海岸を、辛気臭い表情で歩く少女が一人。

 

 リィンだ。

 浮かない顔をしているのは、当然さっきのシズクとの喧嘩が原因である。

 

 思えば、出会ってから今まで喧嘩なんてしたことがなかった。

 

 というかリィンは誰かと喧嘩をするという経験自体に、乏しい。

 

 故に、

 

(これで、おしまいなのかな)

(チームも解散して……フレンドも解除して……また私は一人になるのかな)

 

 発想が極端になってしまう、リィンだった。

 

 勿論、嫌だ。

 シズクと離れるなんて、嫌に決まっている。

 

 彼女の能力が、自分に通用しなくなったと聞いても彼女と離れようだなんて一欠片も思うことは無かった。

 

(でも、馬鹿、なんて言っちゃったし)

(シズクは悪くないのに、シズクが悪いみたいに……)

 

 端から見れば、恋人でも彼女でも無いくせに本心を語れないから察しろとか言っちゃう面倒くさい女子である。

 

 言葉にしなくても伝わることなんて、ほんの僅かなのに。

 察して欲しいなんて、おこがましい。

 

 それで察してくれないからって怒るなんて、理不尽もいいところだ。

 

(絶対、嫌われたよね……)

(勝手に不機嫌になって、勝手に怒って、勝手に逃げ出して……)

 

 シズクに嫌われた。

 そう考えた途端、リィンの目尻に、涙が込み上がってきて――。

 

「っ」

 

 駄目だ。泣くな。

 どんなに辛くても悲しくても、泣くのだけは許されない。

 

 辛いからと泣くのは、弱い奴がすることだ。

 強い奴は、辛くても歯を食いしばり、前に進まなくてはいけない。

 

 そうやって自分に、言い聞かせる。

 

「……そうだよ」

 

 ぴたりと、足を止める。

 足を止めて、砂浜に浮かぶ自分の足跡を振り返る。

 

「前に、進まなきゃ。過去なんて振り返らずに、前に」

 

 シズクともう、共に歩めないというのなら。

 過去(シズク)を切り捨てて、前に進む。

 

「そもそもシズクとはまだ会って数ヶ月くらいだし簡単に切り捨てられるよね」

 

 数ヶ月。

 シズクが手を差し伸べてくれてから、数ヶ月。

 

 まだ、半年も経っていなかったのかと少し驚く。

 

 まあそんなことはもうどうでもいい。

 

 要らなくなったものを、捨てるように。

 今自分の心で膨れ上がっているシズクへの様々な思いを、捨てる。

 

 それは決して難しいことじゃない。

 姉を嫌いになった時と同じだ。

 

「うん、大丈夫。問題ない、また一人に戻るだけ」

 

 そう、戻るだけなのだ。

 研修時代の頃に、一人だったあの頃に。

 

 あの、頃に……。

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 

 

 

 

「…………――無理」

 

 呟く。

 呟いて、走り出す。

 

「無理! 無理! 無理! そんなの、絶対に嫌だ!」

 

 自分の足跡を辿るように、走る。

 もうきっと、シズクはさっきの場所にはいないかもしれない。

 

 それでも、走る。

 通話をすればいいという発想に至ることもなく、ただ走る。

 

「――――――!」

「っ!?」

 

 しかしその駆け足は、数歩で止まることになった。

 

 大型生物特有の、咆哮が耳に刺さる。

 思わず立ち止まり、咆哮が飛んで来た方角に視線を向けると、そこには――!

 

「シャァアアアアアアアアアアアア!」

「バル・ロドス!?」

 

 大型の蛇のような鰻のような身体に、龍の頭を持った海王種がそこに居た。

 

 バル・ロドス。

 そう呼ばれる海王種の大型エネミーであり、普段ならこんな浅い階層には出てこないボスエネミーである。

 

「シズク、迎撃を――っ!」

 

 無意識に呼んでしまった名前。

 勿論返事なんてあるわけなく、リィンは自身の下唇を噛んだ。

 

 一人でこんな大型エネミーと戦うなんて、いつぶりだろうか。

 

 自然と眉間に皺が寄る。

 焦りと不安で、頬に汗が伝う。

 

 バル・ロドスがその鰐のような口を大きく開いた――瞬間。

 

 

「――邪魔だよ」

 

 

 火炎の弾丸が、バル・ロドスの頭部を射抜いた。

 

 強烈なフォトンが込められた一撃。

 流石にそれ一発でバル・ロドスを倒しきれはしなかったが、それでも重大なダメージを負ったようで。

 

 バル・ロドスの頭が、大きく揺れた後地面に倒れた。

 

 粉々に砕けた外殻から覗く、グロテスクな肉が生々しい。

 

「この力……『リン』さ……!?」

 

 こんな弩級のフォイエを撃てるアークスなど一人しか知らない。

 

 なのでもしかしたら『リン』が助けてくれたのかな、と振り返るリィンの視界に。

 

 知らない男が二人、こちらに向けて歩いてくるのが見えた。

 端正な顔立ちをした、デューマンの少年と。

 左目に刻まれたタトゥーが特徴的な、銀髪のニューマン。

 

「……どうかなテオドールくん、身体の調子は」

「まだまだですね……こんなんじゃ、全然物足りませんよルーサーさん」

「それは重畳、まだまだ改造(いじ)りがいがありそうだ……」

 

 ルーサー、と呼ばれた男が、笑みを深くする。

 

 この程度で満足してもらっては困るとでも言わんばかりの表情だ。

 

「……おや?」

「っ」

「ふむ……」

 

 そして今気づいたかのように、ルーサーがリィンに目を向けた。

 何かを思い出そうとしているのか、顎に指を当てている。

 

「……ああ、思い出した。君はリィン・アークライトだね?」

「えっ」

「? ルーサーさん、誰ですか?」

「ちょっと前に戦技大会という催し物があっただろう? 彼女はその大会で、並み居る強豪を差し置いて新米ながら二位の座を勝ち取った期待の新人だよ。実のところ、前から目を付けていたんだ」

 

 そう言いながら、今度は品定めしているような視線でリィンを見る。

 

 ねっとりと、絡みつくような視線に思わずリィンは顔をしかめた。

 

「ふむ。ポテンシャルは充分、実績もある……」

 

 そして何より、姉へのコンプレックスから御しやすい。

 リィンに聞こえないようにそう呟いて、ルーサーはねっとりとした笑みを浮かべた。

 

「な、何ですか、貴方たち……私は今急いでいて……」

「まあまあ待ちたまえよお嬢さん」

 

 リィンの行き先を阻むように、ルーサーは手を広げる。

 

 そして、ゆっくりとその手を、リィンに差し伸べた。

 

 

「リィン・アークライト。君がライトフロウ・アークライトを――姉を越えるほどの力が欲しいと望むなら、それを僕が与えてあげようか?」

 

 




おまけ:シズクとリィンの特に何も無い平日(幕間で済ましている日)の大まかなスケジュール。

06:00 シズク起床、朝ごはんを作る
07:00 リィン起床、ルインの作った朝ごはんを食べる
08:00 合流、朝のレア掘り開始(シズクにはレアは落ちない)
12:00 一旦帰還、昼ごはん
13:30 昼のレア掘り開始(シズクにレアは当然落ちない)
19:00 一旦帰還、晩御飯
20:00 腹ごなしに買い物とかアイテムラボとか
21:00 夜のレア掘り開始(シズクには以下略)
22:30 夜は疲れているので短めに帰還し解散
23:00 シズクは就寝。リィンはルインと駄弁ったり本を読んだり
24:00 リィン就寝

こんな毎日を送ってるのにレアが落ちないシズクのレアドロ運は何かの伏線の可能性が微レ存……?


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リィンとダークファルス

今回の話と全く関係ないけど主人公の相方が闇堕ちする展開って燃えるよね。


「リィン・アークライトはルーサーの手に堕ちる可能性がある」

 

 宇宙の何処か。

 青い海のような何かに囲まれた場所で、シャオは一人呟く。

 

「そしてそうなれば、間違いなくリィンはぼくらの前に立ちはだかってくる」

 

 シズクは黙っていないだろう。

 リィンを救うため、より密接して『こちら』に関わってくる筈だ。

 

「リィン対シズク。最悪のマッチングはいとも容易く成立してしまうだろうね……でも」

 

 でも、それならそれで悪くない。

 勿論リィンには悪いが――その展開になれば、シャオの目的に一つ近づくからだ。

 

「サラとマリアが鍛えれば、シズクの基礎能力は問題なく上がるはず。それでもルーサーの改造を受けたリィンには勝てないだろうけど……」

 

 シズクはリィンをルーサーの魔の手から救い出すためなら、あらゆる手段を講じる筈だ。

 

 それこそ、普段忌避し、目を逸らし続けている自分の『根底』も、能力も。

 全てを駆使して、リィンを闇から救い出してくれるだろう。

 

「忌避していた能力で、大切な人を救う――それが成し遂げられたなら、きっとシズクは自分の能力を受け入れることができる」

 

 少なくとも、シズクがずっと忌み嫌っている『根底』に正面から向き合う。

 その土俵を作りあげることくらいはできる、とシャオは呟いて。

 

 ゆっくりと、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「リィン・アークライト。君がライトフロウ・アークライトを――姉を越えるほどの力が欲しいと望むなら、それを僕が与えてあげようか?」

「――――」

 

 差し伸べられた、ルーサーの手。

 

 怪しいし、胡散臭い。

 こんな誘いにホイホイと乗るやつの気がしれない。

 

 いつもなら聞く耳持たず、無視して走り去っていただろう。

 

「彼の――テオドールくんの力を見ただろう? 彼は僕の改造を受け、ここまでの力を得た」

「…………」

「君には素質がある。どうだい? 欲しくはないか? 圧倒的な力が」

 

 守りたいものを守れる力が。

 越えたいものを越える力が。

 

 欲しくはないか? という、ルーサーの言葉に。

 

 リィンは、耳を傾けてしまった。

 

 普段ならば、決して靡かないような胡散臭い言葉にも。

 リィンの心は、揺れていく。

 

「…………わた、しは……」

「…………」

 

 その時だった。

 ぽん、とリィンの肩に、手が置かれた。

 

 ルーサーの手ではない。

 テオドールでも、シズクでもない。

 

「『傷心中の乙女心に漬け込む』――」

 

 リィンの肩に手を置いた少女は――白かった。

 

 白い髪、白い肌。

 そして茜色の水着を身に纏った、女の子。

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】が、水着姿で剣を変形させたバットを振りかぶっていた――!

 

「『ナンパ男撲滅撃』!」

「ぐわー!」

「うわー!」

 

 一閃。

 【百合】が振るったバットはルーサーとテオドール両名を巻き込み、彼方へと吹き飛ばした!

 

 まるで某電気鼠を付け狙う某団員たちのように、遥か彼方へと。

 

「…………」

「……ふぅ、危ないところだったね」

 

 星になったルーサーとテオドールをしばらく呆然と見つめた後、リィンはゆっくりと【百合】の方に振り返る。

 

 バル・ロドスを一撃で瀕死にまで削った男と、その男を改造したという明らかな実力者二人を纏めて叩き飛ばした女。

 

 その姿を視界に入れた瞬間に、リィンは確信した。

 

 今まで会った、強者たち。

 【巨躯(エルダー)】、『リン』、マリア、姉、テオドール、サラ、ゼノ、クーナ。

 

 その誰よりも、今目の前にいる彼女は『強い』。

 

「大丈夫だった? 変なことされてない?」

「え、ええっと……」

「気をつけなよー? あんな怪しいやつに付いてったら薄い本みたいなことになるよ?」

 

 手に持っていたバットを仕舞いながら、【百合】はリィンに向き直る。

 

 その表情は、友好的な笑顔だ。

 まあ【百合】はダークファルスだが、アークスであっても女の子なら理由もなしに攻撃することは無いので当然なのだが。

 

 しかしリィンはそうはいかない。

 アークスの基本はダーカー相手には見敵必殺。

 

 ダークファルスと仲良くするなんて、有り得てはいけない。

 

 故にリィンがとるべき行動は一つ。

 

 『逃亡』。

 戦闘しても勝ち目は無い以上、アークスがダークファルス相手に取れる行動などそれしかない。

 

 尤も、それは――。

 

「あ――」

「?」

「貴方もアークスですか!? す、凄い強いんですね!」

 

 尤もそれは、リィンが目の前の女性をダークファルスだと気づけたらの話だ。

 

 アークスには『フォトン適正』、というステータスがある。

 言葉通り、フォトンに対する適正を表すもので、『フォトン量』『フォトン精度』『フォトン感応度』の三つの項目に別れて評価されるステータス。

 

 そう。

 もう察せられるだろうが、リィンは『フォトン感応度』が滅茶苦茶低い。

 

 アークスとしては最低レベルである。

 故に、フォトンから派生した物質であるダーカー因子を感じ取ることは、リィンはかなり不得手なのだ。

 

「うん? あー……うん、そうだよっ!」

「やっぱり! ど、何処かで見たことあるなーって思ったけどアークスシップですれ違いでもしたんですね」

 

 勿論違う。

 【アナザースリー】の三人が見せてくれた【百合】の映像を見たことをぼんやり憶えていただけだ。

 

 顔を憶えるのが苦手なリィンである。

 服装もいつもの白いドレスから茜色の水着に変わっているので、気づかないのは仕方ないといえよう。

 

「あの、助けてくれてありがとうございました」

「いいのいいの、あたしは一人の美少女がエロ同人にみたいな目にあうのが我慢できなかっただけだから」

「えろど……? ま、まあとりあえず助かりました」

 

 ぺこり、とお辞儀して、リィンはルーサーたちが飛んで行った方向に顔を向ける。

 

 もう完全に姿は見えない。

 一体何処まで飛ばされてしまったのだろうか。

 

「……あの人たち、何だったのか知っていますか?」

「(性別が男だったし)滅茶苦茶悪いやつよ。(男だから)絶対に近づいちゃいけない類の奴らね」

「…………やっぱし」

 

 今思えば、人相が悪そうだったもんなーっとリィンは頷く。

 ちなみに【百合】は以前ルーサーと会ったこととか忘れている。

 

 男の存在は記憶に残らないガチレズであった。

 

「ところでお嬢ちゃん、今から少し時間あるかな?」

「え? ええっと……」

「恋人と待ち合わせ中なんだけどさ、中々来ないから話し相手になってくれない?」

 

 恋人とは、【若人(アプレンティス)】のことだ。

 しかし当然ながらそんなことを知らないリィンは、躊躇った。

 

 こんな強いヒトと、話してみたい。

 しかしシズクと仲直りもしなきゃいけない。

 

 もう、シズクはウォパルを出ているだろうけど、それなら追いかけないと。

 

「えっと、その……」

「? 何か用事でもあるの?」

「は、はい……友達と喧嘩しちゃって……それで逃げてきちゃったので……謝りに行かないと……といっても、何て謝ったらいいか……」

「ふぅん、成る程ね……」

 

 喧嘩なんて初めてしたリィンにとって、謝るというのは存外難易度が高い。

 

 嫌われたんじゃないかという被害妄想によって、今もまだ迷っている。

 何て謝ったらいいのか分からないし、謝っても許してくれなかったらと考えると怖くて仕方ない。

 

「その友達って女の子?」

「え? はい……」

「それなら、あたしが相談に乗ろうか!?」

 

 もの凄くいい笑顔で、【百合】は言い放った。

 

「え、ええ!? で、でも今日始めて会ったのに……」

「初対面だからこそ話せることもあるでしょ! 任せなさい、あたしはこれまで数千組の女の子たちを仲良しにしてきた実績があるような気がするわ!」

 

 自信満々に【百合】は叫ぶ。

 ここまで断言されると、逆に頼もしく聞こえてくるから不思議だ。

 

(けど、まあ……)

 

 確かに誰かに相談したくはあった。

 【アナザースリー】か先輩辺りに相談しようかとも考えていたが……。

 

 こんな強いヒトと話してみたいという気持ちもあるし、丁度いいのかもしれない。

 

「じゃあ、その……お願いします」

「うば! じゃあまず、貴方の名前を教えて頂戴?」

(『うば』?)「リィン・アークライトです」

 

 【百合】の口調に疑問を抱きながらも、リィンは答える。

 

 今、確かに『うば』って言ったような……。

 

「リィンね、あたしはリリィ! よろしく!」

「リリィさんですね、よろしくです」

「あっはっは、敬語なんて要らないよー多分同い年くらいだしさ」

 

 同い年くらいなのに、ここまで実力差があるのかというのはもう今更か。

 

 『リン』だってサラだって同い年だし、クラリスクレイスなんて年下だ。

 

 この世界に歳の差なんて関係ない。

 あるのはただ、才能の差という残酷な現実だけだ。

 

 まあ尤も、【百合】に関してはダークファルスだからそもそも種族が違うのだが。

 

「じゃ、立ち話もなんだし砂弄りでもしながら話そっか。城作ろう城!」

「え、あ、はい……じゃなくて、うん!」

 

 何処からか茜色のスコップとバケツを取り出した【百合】からスコップを受け取って、リィンは語りだす。

 

 何があったのか、どうしてこうなったのかを反芻するように。

 

「ええと、まずは……」

 

 尚。

 ダークファルスに悩み相談するという、アークスとして前代未聞の珍事を起こしていることには――

 

 当たり前だけど、気づいていないリィンであった。




ネットは広大といっても、ダークファルスに砂浜で城を作りながら悩みを相談する主人公なんて前代未聞だろう……ふっふっふ。


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守られてばかりだから

ちなみにシズクとリィンのフォトン適正はこんな感じ。

【シズク】
・フォトン量:C(普通)
・フォトン精度:A(凄く優秀)
・フォトン感応度:EX(目に見えるとか意味分からん)

【リィン】
・フォトン量:B(優秀)
・フォトン精度:A(凄く優秀)
・フォトン感応度:E(最低レベル)


「うばー! リィンってやつはほんとにもー!」

 

 アークスシップ・メディカルセンター前。

 シズクの叫びが、そこに木霊した。

 

「ま、まあまあ落ち着いて」

「うう……ほんとなんていうか、リィンって素直じゃないよね」

 

 マトイに宥められながら、シズクは呟く。

 

 あの後、アークスシップに帰還したシズクは暇そうにしていたマトイを見つけたので愚痴に付き合ってもらっているのであった。

 

「やけに気持ちが分かり辛いしさー、何で自分の気持ちを素直に言えないんだろ」

「うーん……わたし、あんましリィンとお喋りしてないから分からないなぁ……ていうか、シズクが分からないなら誰もわからないんじゃない?」

「うばー……それがさぁ、あたしの察するやつってリィンには効果ないっていうか意味ないっていうか……」

「いや、そうじゃなくてさ」

 

 マトイは首を横に振った。

 

 そうじゃない? とシズクは首を傾げる。

 

「あんなに仲良いんだしさ、そういう変な能力なんて使わなくても少しくらいリィンのこと分かるんじゃないの?」

「…………っ」

 

 シズクは、口を噤んだ。

 マトイから目を逸らすように視線を横に向けて、黙り込む。

 

「シズク?」

「それで……」

「?」

「それで分かれば、苦労しないよ……」

 

 いつになく自信の無さそうなか細い声で、シズクは呟いた。

 

 その声はマトイには届かなかったようで、マトイは小首をかしげる。

 

「……よく分からないけど、仲直りはしたほうがいいよ。大切な恋人なんだよね?」

「…………うん。……うん? うば? 恋人?」

「え? 違ったの? てっきりそういう関係かと……」

「ち、違うよ」

 

 手を振って、否定する。

 確かにリィンのことは好ましく思っているが、両思いではない(とシズクは思っている)。

 

「ふぅん……じゃあ、大切な友達?」

「う、うん……多分」

 

 多分。

 無意識に付け足してしまった言葉に、自分自身で驚く。

 

 友達。

 うん、友達の筈だ。

 

 喧嘩したって、友達。

 むしろ友達だから喧嘩するのだ。

 

 でもなんで、こんなにも違和感を感じているのだろう。

 

「…………シズクはさ、リィンが好きなの?」

「う、うん……」

「恋愛的な意味で?」

「うば。多分、ね」

 

 多分。また、多分か。

 自分で自分の心が分からない。

 

『そんなの当たり前じゃない。だって貴方は■■■■■■■だから』

「…………」

 

 背後から、自分と同じ顔をした誰かの声がした。

 だけどシズクはいつものことのように、それをスルーする。

 

「多分、って……」

「うばー……本当に分からないんだよね、リィンのことが」

 

 確かに、リィンは好きだ。

 でもそれが親愛なのか、恋愛なのかも分からない。

 

 【コートハイム】で、メイとアヤという父母のもとで活動していたことも理由の一つだろう。

 

 『お姉ちゃんが出来たみたい』という、姉妹的な"好き"も混ざっているかもしれない。

 

「シズクは、リィンとどうなりたいの?」

 

 マトイの問いに、シズクは答えに一瞬詰まる。

 

 どうなりたいか。

 そういえば、そっち方面からは考えたことがなかった。

 

 少しの思考の後、シズクは思い浮かんだ言葉を無意識に口ずさむ。

 

「あたしは、リィンに守られてばかりだから――」

 

 脳裏に、リィンの背中が浮かぶ。

 あたしをいつも守ってくれる、大好きな姿が。

 

「あたしは……」

 

 もっと、お互いに守りあうような。

 恋人でも、親友でもいいから掛け替えのない関係になりたい。

 

「…………」

 

 いつの間にか、リィンへの怒りは収まっていた。

 やっぱ、こういう時に誰かへ相談するのは大事だ。

 

 言葉にすることで、整理できることだってある。

 

(リィンは今、何してるんだろ)

 

 迎えに行ったほうがいいのかな、と考える。

 

 まさか今リィンが、ダークファルスと砂浜で城を作っているなんて思いもせずに。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「成る程ねぇ、そんなことが……」

 

 惑星ウォパル・海岸エリア。

 

 八割方完成が見えてきた砂の城を作りながら、【百合(リリィ)】は頷いた。

 

「確かに、話聞いた限りだとリィンが面倒くさい女って感じね」

「うっ……」

「ああ、別に悪いことじゃないよ。女の子なんて多少面倒くさい方が可愛いもの」

 

 そういうものなの? と良く分かってなさそうにリィンは首を傾げながら、

 手先は器用じゃないので装飾は【百合】に任せてバケツに砂を集めていく。

 

「あたしの恋人もねー、かなり面倒くさいし、素直じゃないんだけど。そこが可愛いんだよねぇ」

「待ち合わせしてるんだっけ……どれくらい待ってるの?」

「かれこれ五時間くらいかな」

「…………」

 

 それは、もしかしてドタキャンされているのでは?

 とは口に出せないリィンであった。

 

「十八時間くらい駄々を捏ねて、ようやく海に行く約束を取り付けたんだよ」

「…………」

「水着を調達してくるから現地で待ってて言われてさー。調達に苦労してるのかなー……早く見たいなぁアプちゃんの水着姿」

 

 ドタキャン説が濃厚になってきました。

 水着の調達に五時間も掛からないでしょ……と苦笑いしか返せない。

 

 相談する相手を、間違えたかもしれなかった。

 

「っと、これ以上続けると延々と嫁自慢をしてしまうから話を戻すね」

「あっはい」

「兎も角、仲直りはしたいんだよね? なら素直に謝って、嫉妬してたことを伝えればいいんじゃない?」

 

 それができるのなら、苦労していない。

 でもそれが一番手っ取り早いのも理解している。

 

 なんで、シズクはあんなに自分の思うがままに行動できるのだろう。

 

 それが、とても羨ましくて、妬ましい。

 

「それが出来るなら、悩んでないわよ……」

「うばー、素直になれないタイプなのね」

「…………」

 

 俯いて、微かに頷く。

 

 【百合】は、困ったように顎に手を当てた。

 かなり面倒な子だ。しかしてガールズラブを愛する一人として、見過ごすわけにもいかない。

 

「……リィンはさ、その……シズクって子が恋愛的な意味で好きなの?」

「……分からないわ」

 

 分からなくなってきた、が正しい。

 恋心だと前まで思っていたけど、それだけじゃない気がする。

 

「シズクはさ……年齢も背も、私より下だけど……ちょっとお姉ちゃんみたいだなって思うことがあるの」

 

 シズクは好きだ。

 恋愛的な意味での好意を抱いているのは間違いない。

 

 けど、姉妹に向けるような親愛も、リィンは確かに抱いている。

 

「考え方を変えよっか。……貴方は、シズクちゃんとどうなりたいの?」

「どうって……ええっと……」

 

 成る程、そっち方面からは考えたことが無かった。

 

 どうなりたいか。

 

 うん。

 恋人になりたい、とか。

 親友になりたい、とか。

 

 そういうはっきりした関係じゃないけど、一つの答えがリィンの口にゆっくりと浮かび上がってきた。

 

「私は、守られてばかりだから――」

 

 脳裏に、シズクの笑顔が浮かぶ。

 私をいつも元気付けて、孤独や寂しさから守ってくれるあの大好きな笑顔が。

 

「私は……」

 

 あの笑顔を、守りたい。

 あの笑顔に守られるだけの弱い自分じゃなくて、あの笑顔に守られる価値のある強い自分になりたい。

 

 そうやってお互いを守りあえば、きっとその時私たちの関係は――。

 

(…………ん?)

 

 ふと、思考が止まる。

 

 私たちの関係は、何だ?

 その先が思い浮かばない。

 

(……でも)

 

 何故だか確信できる。

 その先こそ、私が目指すシズクとの関係性だと。

 

「……その先は、シズクと一緒じゃないと見つけ出せない、かな?」

「……うば? 今何て言った?」

「いや、ごめん、なんでもないわ」

 

 顔を上げて、リィンは【百合】を真っ直ぐに見つめる。

 その目は、まだ迷いこそ残っているものの、何処か吹っ切れたような顔をしていた。

 

「……何だか良く分からないけど、もう大丈夫そう?」

「うん。ありがとう、リリィ」

「自分の素直な気持ちが伝えられないならメールとか文章にすれば――とかアドバイスしようとしたけど、それは不要そうだね」

 

 頷く。

 ここから先は、きっと直接話さなければ伝わらない。

 

 まだ、自分の気持ちを素直にシズクへ伝える覚悟なんて出来ていない。

 

 それでも、私たちは話さなければいけない。

 対話を、会話を交わさなければ先に進めない。

 

 今までの、言葉にできない曖昧な関係を終わらせる時が来たのだ。

 

 

 

「そういえば」

「うば?」

 

 端末を開き、迎えのキャンプシップを要請しながら思い出したかのようにリィンは【百合】に訊ねる。

 

 これは訊いておこうということが一つあったのだった。

 

「リリィはさ、『才能が自分よりあって、努力を自分よりしていて、経験も自分より豊富な相手』に勝つ方法って分かる?」

「んー……」

 

 マリアからの宿題。

 この問題に、【百合】のような強者は何と答えるのか、興味が沸いたのだ。

 

 彼女が出した答えがリィンの答えと同じと限らないが、参考にと。

 

「そうだねぇ、やっぱり、『仲間を集めて大勢で囲む』かな」

 

 【百合】は、採掘基地で自分より圧倒的に弱い十二人に追い詰められたことを思い出しながら言う。

 

 経験談である。

 

「あー……多対一の状況に持ち込むのか……でもそれって勝ったことになるのかなぁ」

「さーねー……まず何を以って『勝ち』なのかをはっきりさせないと、何とも」

「何を以って勝ちなのか、か……」

 

 リィン・アークライトが、ライトフロウ・アークライトに『勝つ』方法。

 でも、何がどうなれば勝ちなのかは考えていなかった。

 

 普通に考えれば、戦って相手が負けを認めたら?

 

 いや、それは駄目だ。

 稽古なら兎も角、あのシスコンは妹との戦いとなれば手を抜くに違いない。

 

 というか、本気で斬りかかれないだろう。

 そんな勝利は勝利じゃない。

 

 じゃあ稽古で一本取れたら勝ち、とも言い難い。

 

 そもそもあの化け物からどうやって一本取れというのか。

 

 ああもう、またこんがらがってきた。

 

「あ……」

 

 気づけば、キャンプシップが上空に来ていた。

 

 もう到着したのか、早い。

 

「じゃあ、私行くわね。色々ありがとう、リリィ」

「シズクちゃんと仲直り、できるといいね」

「うん、今度はシズクと二人で会いに来るわ」

 

 言って、リィンはキャンプシップに乗り込む。

 

 早く帰って、シズクに会いたい。

 

(あ、もしかしたらすれ違いになるかもだし連絡を…………ん?)

 

 端末を触ろうとして、ふと思い出す。

 そういえば【百合】の連絡先を訊いていない。

 

「あちゃぁ……ま、アークス同士ならその内会えるでしょう」

 

 呟いて、端末を弄りシズクへ送るメールの文面を打ち始める。

 

 次、彼女に会うとき。

 その時は敵として出会うことを、まだリィンは知らないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「待たせたわね」

「あ、アプちゃん!」

 

 場面戻って、ウォパル海岸。

 

 リィンが去り、【百合】が彼女との合作である城を完成させたと同時に、ダークファルス【若人(アプレンティス)】は姿を現した。

 

 赤のアクセントが眩しい、黒色の大人っぽい水着を身に纏って。

 

「うっばー! アプちゃんその水着凄い似合ってる! 美しい! びゅーてぃふぉー!」

「ふん、当然よ」

 

 ストレートに褒められて、当然そうにしながらも【若人】は若干頬を染めて笑みを見せた。

 

 しかし実際、美しい。

 【若人】の名に全く恥じない、あらゆるヒトを魅了せしめるであろう魅力が【若人】から溢れていた。

 

 豊満なバストは見るものを釘付けにし、くびれは全ての女性から憧憬の眼差しを、すらりと伸びた足は全ての男性を虜にすること間違い無しだろう。

 

「ああ……長時間駄々を捏ねて、長時間待ったかいがあった……」

「ところでこの城は何?」

「あたしとアプちゃんの愛の城!」

 

 ドヤ顔で言い放つ【百合】を、【若人】はジト目で見つめた後再び城に視点を戻す。

 

 砂で出来た城は、軽く叩けばそれだけで壊すことができるだろうが……。

 

「……ま、勝手に言ってなさい」

「うばばー♪ さ、泳ごう泳ごう! あ、サーフボードとか作ろうか?」

「後で頼むわ。折角水着調達したんだから満喫してやる……」

 

 こんなことしてる暇無いのに……と愚痴愚痴言いながらも、

 【若人】の口角は、少しだけ吊り上っていた。

 

「素直じゃないなぁ……」

「何か言った?」

「うばー♪ 何でもないよー♪」

 

 誤魔化すように笑って、【百合】は【若人】に抱きつきながら海面へダイブした。

 

 ダークファルスとダークファルスの、楽しい海水浴の始まりである。

 




段々アプちゃんがデレてきた。


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二人で。

 結局のところ、それしかないのだろう。

 

 待ち合わせ場所に指定したシズクの部屋に向かいながら、リィンは考える。

 

 素直に、正直に、真っ直ぐ。

 自分の気持ちを伝える。

 

(私にそれが、できるのかな)

 

 素直に自分の気持ちを前に出すなんて、恥ずかしい。

 照れくさいし、何より不安だ。

 

 シズクに自分の本心を否定でもされれば、立ち直れない。

 

(ちょっと前までは……)

(そう、【コートハイム】の頃は、もうちょっと素直に話せたような気もするんだけどなぁ)

 

 メイとアヤ。

 あの二人の、母性というか父性というか……兎も角そういった性質が理由の一つだろう。

 

 今よりリィンが無知だったというのもあるが、それよりも彼女たちの存在が大きかった。

 

「二人っきりのチームになった途端にこれだものねぇ……」

 

 シズクもリィンも、まだまだ子供なのだろう。

 十三歳と十六歳なのだから、当然といえば当然なのだが。

 

「…………入るわよ、シズク」

 

 気が付けば、もうシズクの部屋の前にたどり着いていた。

 

 一言だけ言って、扉を開ける。

 

 さっきから、心臓が煩くて仕方ない。

 声だって震えてる。

 

 こんな緊張してるの、生まれて初めてだ。

 

「……いらっしゃい」

 

 椅子に腰掛けて、雑誌を読んでいたシズクが顔を上げて振り返る。

 

 声の調子も、表情も、いつもと違う。

 

 怒ってるのかな、と。

 リィンは少し身体を強張らせた。

 

「座って」

「……う、うん」

 

 黄緑色の机を挟んで、向かい合う。

 腰掛けた椅子が、妙に冷たく感じた。

 

「……それで、話って何?」

「ええっと……」

 

 メールでは、『直接会って話したい』としか言っていない。

 

 多分これは、直接言わなくちゃいけないことだからだ。

 対人経験の浅いリィンにも、それだけはなんとなく分かっていた。

 

(覚悟を決めなくちゃ……私!)

 

 この時、リィンは気付いていない。

 自分の心を律するのに夢中だったから仕方が無いのだが……。

 

 シズクの手が、小刻みに震えていて。

 目尻には薄く涙が浮かんでいることを、リィンは気付かない。

 

 シズクだって不安なのだ。

 直接会って話したいことが、チームの解散とか、友達やめるとか、そういうのだったらどうしよう、と。

 

「……まずは、その、ごめんなさい」

 

 椅子に座ったまま、頭を下げる。

 可能な限り、誠意を伝えるように。

 

「私が、その、素直になれないだけなのに……馬鹿、とか言っちゃって、ごめん」

「…………」

「シズクがよければだけど……これからも一緒に――シズク?」

 

 下げていた頭を上げて、シズクの表情を伺った瞬間、リィンは言葉失った。

 

 ぽろり、と。

 シズクの瞳から、涙が一滴零れたのだ。

 

「えっ」

 

 突然の事態に、リィンは思わず目を見開いた。

 涙は止まらず、シズクの頬を次から次へと流れ落ちていく。

 

「…………よかった」

「え? え? ど、どうしたのよシズク」

「うばぁー……よかったよぉー……」

 

 くしゃくしゃに表情を崩して、シズクは項垂れた。

 心底安心したように息を吐きながら、しきりに「よかった」と繰り返す。

 

「……何で、シズクが泣くのよ」

「だって、だってリィンに嫌われたかと……別れ話を切り出されたら、どうしようって思ってて……」

「は、はあ? それは私の台詞よ! 私だって……シズクに嫌われたらどうしようって……」

「リィン……」

 

 顔を、見合わせる。

 お互いに、嫌われるかもしれないなんて思ってたことに気付いた二人は、

 

 どちらともなく、可笑しそうに微笑んだ。

 

「……じゃあ、仲直りってことでいいのかしら」

「うば。……いいんじゃない?」

「…………ぷっ」

「…………にひ」

 

 部屋に、二人の笑い声が響いた。

 

 あんなに悩んだのに。

 あんなに辛かったのに。

 

 一言謝っただけで、今までのことが嘘のように心が軽くなった。

 

「あー……、私仲直りって初めてしたわ」

「お姉さんとは仲直りできてないもんねぇ」

「あれは仲違いっていうか……まあ、そうね」

 

 形はどうあれ、仲違いには違いないか。

 

 あんまし思い出したくない顔を思い出してしまい、リィンは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

 

 そんなリィンの表情の変化に笑いながらも、シズクは一息吐き、改めて口を開いた。

 

「……でさ、リィン。話を蒸し返すようで悪いんだけど……」

「ん?」

「リィンがあんなに不機嫌だった理由ってなんなの?」

「うぐっ」

 

 やっぱ気になりますよね、とリィンは口を噤んだ。

 

 苦笑いを浮かべながら、頬を染める。

 嫉妬してましたなんて、やっぱり言うのは照れくさい。

 

 けど、素直に気持ちを伝えると決めたから……。

 

「あー……うん、その……」

「また同じ理由で喧嘩をしたくないしさ、出来るなら言って欲しい」

「…………」

「大丈夫だよ、どんな理由だったとしてもあたしは笑わないし、馬鹿にしないし、嫌いになんてならない」

 

 ……シズクの言葉が最後の一押しとなったのか、リィンは立ち上がった。

 立ち上がって――歩き出す。

 机を横切って、シズクが座る椅子の背後まで。

 

「……リィン?」

「シズク、こっち向いちゃ駄目よ」

 

 そう言って、リィンはシズクの顔を両手で押さえて正面を向かせた。

 

 そしてそのまま――しゃがんで、シズクの背中に顔を埋める。

 

「ちょっ!?」

「……顔を合わせたままだと、恥ずかしすぎるから……」

 

 だからこのままで。

 話を聞いてほしい。

 

 その言葉に、シズクは頬を染めながらも静かに頷いた。

 

「あのね、私ね……し、嫉妬、してたんだと思う」

「し、しっと……?」

「……うん」

 

 シズクの顔を押さえていた、リィンの手が。

 右手の薬指が、シズクの唇にそっと触れた。

 

「シズクが他のヒトが持っていないような、特別な能力を持っていることはもう知ってる」

「…………」

「その能力を、忌避してるのだって、何となく分かる。でもね――」

 

 リィンの左手人差し指が、シズクの目元をなぞった。

 

 海色の瞳は、先ほどまでリィンが座っていた椅子を映している。

 

「何で、私には教えてくれなかったの」

「…………」

「何で、私には相談してくれなかったの。何で、私には隠してたの」

 

 他の人には――サラさんたちには、話してたのに。

 

 疑問符は付かない。

 何故ならばこれは、疑問を投げているのではなく、訴えかけているのだから。

 

 問うというより責めているのだ。

 

「事あるごとに目を瞑ってだとか耳を塞いでとか言っちゃってさ。あれって『聞いたらマズイこと』じゃなくて『聞いて欲しくないこと』なんでしょ」

「…………」

 

 一度素直になってしまえば、後は止められなかった。

 

 言いたい言葉が、すらすらと口から流れるように出てくる。

 

 怒っているのではない。

 疑問を投げかけているのではない。

 

 ただ、訴えかける。

 

「シズクにとって、私はそんなに頼りにならないのかなぁって、そう思ったら」

「……怒りが湧いてきた?」

「……うん」

 

 それは、悪いことをしたなぁ、とシズクは呟いた。

 

 頼りにならない? そんなことは決してない。

 

 逆に、頼りにしすぎているくらいだ。

 

 どんなときだって、リィンさえ隣にいれば何とかなるとさえ思っている。

 

(だからこそ、あたしはリィンに頼ってばかりなのは何とかしなくちゃいけないし)

(何よりリィンの前では普通の女の子で居たかっただけだったんだけど……)

 

 そのことが、リィンを思い悩ませる原因になってしまったのか。

 ……ままならないなぁ。

 

(あたしがリィンに守られてばかりだから、かな……)

(守ってくれてるヒトの変化にも、気付かなかったなんて……)

「ねえ、リィ――」

「シズク」

 

 シズクが口を開いた瞬間、リィンがそれに被せるようにシズクの名を呼んだ。

 機先を制されてしまった。

 

「私は、シズクに守られてばかりな頼りないやつかもしれないけど……」

「…………」

「強くなるから。絶対、シズクを守れるくらい強くなるから――だから、私にも…………シズク?」

 

 シズクは、笑っていた。

 堪えきれないとばかりに頬を真っ赤に染めながら、口元を大きく歪めて。

 

「シズク……私は真剣なんだけど」

「ご、ごめん……でも、うん、リィンもあたしの思いを聞いたら笑っちゃうと思う」

「……?」

 

 シズクは、顔を上げた。

 身体を反って、背後にいるリィンと目を合わせるように。

 

「あたしはね、ずっとこう考えてたの。『あたしはリィンに守られてばかりで、頼りにし過ぎているから、せめて自分の能力や正体くらいはリィンに頼らないようにしなきゃ』って」

「………………はぁ? 何よそれ」

「一体どこですれ違っちゃったのかね、あたしたち」

 

 どんなに察しが良くても。

 どんなに仲が良くても。

 

 結局のところ、気持ちというやつは言葉にしなければ伝わらないのだろう。

 

 ハドレッドとクーナがそうだったように。

 きちんと目を見て、きちんと話さないと、伝わるものも伝わらない。

 

「話すよ」

「……?」

「あたしの正体のことも、能力のことも、いつか絶対話す。リィンには、必ず報告する」

 

 シズクは立ち上がって、リィンの目を見ながら言葉を紡ぐ。

 

 リィンの両手を手で取って、小指と小指を絡ませた。

 ぎゅっとシズクが指に力を込めると、二人の頬が、微かに赤く染まる。

 

「だから、今はまだちょっとだけ待ってて。サラさんが、きっとその内教えてくれるからさ」

「…………サラさん頼り?」

「しゃーないじゃん、あのヒト答え知ってるんだからさ……」

 

 ジト目になったリィンを諌めるように、シズクは苦笑いを浮かべた。

 

「十三年間ずっと考えてた答えを、知ってるっていうんだ……もう今更あたしが考えるより、教えてもらった方が早いよ」

「…………まあ、私が考えても無駄なんだろうけどさぁ」 

 

 繋いだ小指を解いて、また繋ぐ。

 今度は、リィンがぎゅっと強く指に力を入れて。

 

「じゃあ、私は強くなる。もっと、誰からもシズクを守れるくらい……シズクが例え『何』だったとしても、シズクと一緒にいられるくらい」

「……嬉しいけど、あたしも同じ考えだよ。あたしだってリィンを守りたい」

「悪いけど、これは譲れないわ。私がシズクを守る、シズクが私より強くなったとしても、私はそれを越えてもっと強くなる」

「うばー……それならあたしもリィンがあたしより強くなるたびにそれより強くなってやるし」

「むぅー……平行線のようね……」

 

 ぷぅーっとリィンは頬を膨らませた。

 戦闘において、シズクを守るのは自分の役目だ。

 

 それは例え、シズクにだって譲れない。

 

「うっばっば、でもこれあれだね、あたしたちは一緒にいれば無限に強くなれるような感じになってくるね」

「そうねー……私が強くなればシズクが、シズクが強くなれば私が――……」

 

 と、そこで。

 リィンは何かに気づいたように、目を見開いた。

 

「……これ、か?」

「……? リィン?」

「これなのかな、答えって……うん、間違いない、間違いない筈!」

 

 絡めた小指を解いて、リィンはシズクの肩を掴む。

 嬉しそうに目を輝かせ、キスしかけるほど顔を寄せながら、叫ぶ。

 

「これだよシズク! これなんだ!」

「な、何が……?」

「問題の答え! マリアさんが出した、問題の答えだよ!」

 

 自分より才能があって、自分より努力をしていて、自分より経験があるヒトに、勝つ方法。

 

 ではない(・・・・)

 その解釈は、実のところサラの間違いだ。

 

 『リィン・アークライトが、ライトフロウ・アークライトに勝つ唯一の方法』。

 

 それは、一人で強すぎる者たち――すなわち一騎当千の力を持っている存在では、

 逆に辿りつけない一つの境地。

 

 『二人で強くなる』。

 『二人で一緒に、戦う』。

 

 シズクという、ベストパートナーと"出会えた"ことによって開かれた、新たなる道である。

 




リィンの答えが合っているのかどうかは次話で。


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比翼連理

エピソード5……異世界ファンタジーかぁ。
新クラス「ヒーロー」が二次創作の主人公向けでいい感じですね。
ちなみに私は射撃クラスを育ててないので使えません。残念。


「はぁ? 自分より才能も努力も経験も勝っている相手に勝つ方法ぅ?」

 

 惑星リリーパ・採掘基地場跡。

 そのオアシスに腰掛けて休憩していたマリアは、目の前の弟子に向かって「何言ってんだコイツ」というニュアンスを含んだ口調で言い放った。

 

「うぇ? だって、マリアがリィンに出した宿題の問題ってようするにそういうことでしょ?」

 

 弟子――サラは、眉を顰めながら問う。

 自身の推論が間違っていたとは思えないようだ。

 

「馬鹿弟子。……いやあながち間違いではないんだが……多分それ余計に混乱させちまったなぁ」

「えぇ……じゃあ答えって何なのよ」

「『リィン・アークライトが』ってとこが重要だ。リィンにしか無いもの……リィンにしか出来ないことをしろってことだよ」

「………………ああ」

 

 合点がいったように、サラは呟いた。

 

 リィンしか持っていなくて、リィンにしか出来ないこと。

 

 そんなの、現時点では一つしかない。

 

「もしかして、シズク?」

「珍しく鋭いじゃないか。そう……『シズクと二人で戦う』っていうのが正解だよ」

 

 どうやらリィンが出した答えはほぼ正解だったようだ。

 

 だが、サラの表情は優れない。

 正解を出したというのに、困惑した表情だ。

 

「でもマリア……シズクの能力は確かに強力だけど、あの子はあれを使いたがらないわよ?」

「んなの知ってるよ。あたしが言ってるのは、シズクとリィンの『相性』だ」

「相性……」

「あいつらの目指すべき強さはそれだとあたしは思う。相性の良さを活かした――『連携特化』」

 

 連携特化。

 個々の才能では劣るものの、一人ひとりの力を掛け合わせることによって強者と並び立つ新たなる道。

 

 比翼連理の如きシズクとリィンの相性の良さを活かすには、確かにそれしかない。

 

 だが、サラは苦い顔をした。

 『マジかよこいつ』とでも言いたげな表情で、マリアを見つめる。

 

 何故なら、アークスにとって『連携』というのは全然重視されない項目なのだ。

 

 意外に感じるかもしれないが、アークスの戦闘において連携攻撃というのは殆ど行われない。

 精々が数の暴力による袋叩きか、慣れたチーム同士の即席連携程度である。

 

 理由としては、アークスとは一騎当千であることが当たり前だからだ。

 

 二人組めば三人分の力を発揮できる程度の連携ならば、

 二人別れて別行動し、より広範囲に殲滅範囲を広げるのを選ぶ種族なのだ。

 

 二人組を作って、『二人だから強い』なんてことをするために修行するくらいなら、一人でも二人分くらい働けるように修行する方がマシというのはアークスの共通認識である。

 

 ダーカーが無尽蔵に、無限に湧いて出てくるという性質もこの風潮の一端を担っているだろう。

 数を覆す火力で、ローラーのように隅からぶちぶち潰していく戦法こそ王道。

 

 故に、ブロッカーとかサポーターなしの全員アタッカー構成こそが、アークスにとっての最善である。

 

 だけど。

 実のところ、リィンとシズクの二人に関しては、話が異なってくるのだ。

 

「……サラ、お前あたしと戦ってる時のあいつらを見て、どう思った?」

「え? ど、どうって……そうね、やっぱり連携攻撃だけは大したものだと思ったわ。相当反復練習を繰り返さなきゃ、あんな動きは絶対できないわね」

「ああその通りだ。あいつらは連携という一点においてはあたしの知る限りで……いや、おそらく歴代のアークスにあいつら程の連携が取れるコンビはいなかっただろうな」

 

 二人で一つのダークファルス。

 ダークファルス【双子(ダブル)】と同等かそれ以上の連携だ、と。

 

 マリアは断言しながら、立ち上がった。

 身体の汚れを払って、サラの方に向き直る。

 

けどシズクとリィンは連携の(・・・・・・・・・・・・・)練習なんて一欠けらもしていない(・・・・・・・・・・・・・・・)

「…………は?」

「こればっかりは実際に戦ってみないと分からないだろうな……あいつらはな、勝手に動いているリィンに合わせてシズクが適当に連携を取っているだけだ」

 

 そうなのだ。

 シズクの察する能力の影響もあるだろうが……シズクとリィンは二人で戦う時、打ち合わせなんてしていない。

 

 練習も訓練も必要とせず、ただ当たり前のように最高のコンビネーションを発揮する。

 

 二人で三人分の力を発揮する程度の連携は不要だとしても――。

 二人で十人分の力を発揮するレベルの連携ならば、それは他のアークスには無い唯一無二の『強さ』になる。

 

「それって……」

「なあ、ワクワクしないかサラ。生まれるかもしれないんだ、アークスにとっての新たなる『強さ』――連携に特化した、最初にして唯一のコンビが」

 

 足音がして、サラは振り返る。

 マリアはとうにその存在を知覚していたようで、ふっと笑った。

 

 砂塵の向こうから、サラとマリアに近づいてくる少女が二人。

 

 シズクとリィンが、その手を振りながら二人に近づいて来る様子が、見て取れた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 ――アークスシップ・メディカルセンター。

 その一室。

 

「や、メーコ」

「あ、久しぶりアーヤ」

 

 アヤが、メイの病室の扉を開けた。

 

 その会話の様子から察するに、夫婦久しぶりの再開であるようだ。

 

「何日ぶりだっけ? オペレーターの試験はもう終わったん?」

「一週間と七日ぶりよ。勉強が一段落したからお見舞いに来たの、試験はまだ」

「ふーん、大変だねぇ」

 

 話しながら、アヤは手荷物を降ろし椅子に腰掛けた。

 

 もう、メイの腕の包帯はほぼ取れている。

 切断されたことすら見た目では分からない程綺麗にくっついているのは、流石アークスの科学力とでも言おうか。

 

「って、それもう二週間ぶりじゃねえか」

「ツッコミが遅いわよ……もう大分包帯取れてるわね。思ったより早く治りそう?」

「まあね、でもやっぱり上手く動かないや。完治には程遠い……」

 

 ぐっぐっと両腕で伸びをしながら、メイは笑った。

 

 苦笑いのようなものだったが、それでも元気そうで何よりだ。

 最近お見舞いに来れてなかったから、落ち込んでいるかと思ったが。

 

「あの子達はお見舞いに来てる?」

「うん、まあ流石に毎日じゃないけど……時々」

「そういえばあの子達のチーム名は貴方が考えたんだったっけ」

 

 チーム【ARK×Drops】。

 メイにしてはネタに走っていない、いい名前だ。

 

「メーコのことだから、もっとふざけた名前にすると思ったわ」

「そんなウチをネタキャラみたいに……」

「自覚無かったの?」

 

 アヤの言葉に、メイは「え? マジで?」とでも言いたげな表情で首をかしげた。

 本気で自覚が無かったようである。

 

「……まあいいわ、メーコ、これを見て」

「ん?」

 

 アヤは端末を開き、テキストデータを一つメイの前に映し出した。

 ネタキャラ云々はとりあえず脇においておくことにしたようだ。

 

「……これは?」

「まだ結構先のことだけど……」

 

 映し出されたテキストデータの、見出しには。

 でかでかとした文字で、こう書かれていた。

 

 『クラス:バウンサー(仮)新設案』。

 

「『バウンサー』。……まだ仮称だけど、そう呼ばれるクラスが新設されるらしいわ」

「……それが、どうかしたの? ウチにはもう関係ない話だけど……」

「話を最後まで聞きなさい。バウンサーの固有武器のうち一つ……」

 

 アヤは、資料内の武器の項目を指差す。

 そこには、『ツインブレード(仮)』という二刀流用の新武器と、

 

 『ジェットブーツ(仮)』と呼ばれる、靴のような外見をした新武器が図表付きで載っていた。

 

「……ジェットブーツは、『脚だけで戦う空中戦特化』の武器よ」

「…………」

「実戦配備はまだ先だけど……今ベータ版――試作機のテスターを募集しているわ」

「……アーヤ」

「まだ、戦いたいのなら。……あの子達の役に立ちたいのなら、志願してみるのも一つの手だとは思うわ」

 

 募集期間的には、おそらく問題ない。

 リハビリに一年かかるといっても、それは一年入院生活を送るというわけではないのだ。

 

 日常生活に支障が出ないようになったら、退院はできる。

 退院したら、アヤの家で執事として就職するつもりだったのだろうけど……。

 

 こういう道もあるよ、とアヤは示しに来たのだった。

 

 しかし。

 

「いや――いいよ」

「メーコ……」

「ウチは、遠慮しとく」

 

 そう言って、メイは布団に潜り込んだ。

 

 その言葉はアヤにとって意外でもなかったのか、さして驚いた様子は無く、立ち上がって布団の上からアヤの頭を撫でた。

 

「そうよね。一応言っておこうかと思って」

「…………何よ、予想してたの? てっきり未練タラタラなんだからアークスに復帰しろって言われるかと思ったわ」

「だって貴方――」

 

 頭を撫でながら、アヤは言う。

 断言するように、宣告する。

 

「戦うのが、怖くなったのでしょう?」

「…………」

「解散したあの日、色々と理由を捏ねてたようだけど、それが一番の理由なんでしょう?」

「……何、を」

 

 反論しようとして、反論しても無駄なことをメイは悟った。

 アヤは、メイの誰よりも深い理解者だ。

 メイのことに関していえば、シズクよりも察しがいいと言えるほどに。

 

「別に責めようとしてるわけじゃないわよ。あんな化け物相手に真正面から立ち向かって、怖くなかったわけがないんだもの」

 

 ファルス・ヒューナル。

 ダークファルス【巨躯】の人型戦闘形態。

 

 六芒均衡ですら単体で立ち向かうのは難しいといわれるそれに、メイは一人で立ち向かった。

 

 正確にはアヤもそこに居たが――実質メイ一人だったといえよう。

 一人で立ち向かって、そして生還した。

 

 もし両腕を断ち切られなかったら、ルーサーの勧誘を受けていたかもしれないほどの奇跡をメイは起こしたのだ。

 

「…………たまに夢に見るんだ、あの日のことを」

「うん……私もよ」

「あの時は無我夢中だったけど……アークスに戻るってことは、あんなのとまた戦う可能性があるってことで――」

 

 ウチは、それが怖くしてしかたない。

 そう言って、メイはより深く布団の中に潜った。

 

 もし後輩がここに居たら、絶対出てこないような弱音だ。

 

「あー、ウチがクラリーちゃんくらい才能に溢れたアークスだったらなー」

「クラリーちゃん?」

「クラリスクレイスよ。友達になったの……言ってなかったっけ?」

「初耳よ!?」

 

 流石の年下たらしっぷりを発揮しているメイであった。

 ヒューイはもう退院しているが、それでも時々遊びに来てくれる程度には仲良くなってしまったのだ。

 

「昨日もお見舞いに来てくれたんだよ。忙しいみたいだからそう頻繁には来ないんだけど……」

「今日は来てなくてよかったわ……六芒均衡なんて雲の上の存在と一緒にお見舞いとか冗談じゃないわ……」

「そんなに雲の上――なんて感じはしない子だったけどね」

 

 ひょこっと布団から顔を出しながらメイは言う。

 この子のこういうところは、素直に大物だと思うわ……とアヤはため息を吐くのであった。

 

 




連携特化。
実際のゲームでやったら地雷扱いされる戦法も、二次創作なら理屈を捏ね繰り回すことで使用可能になる素晴らしさ。

あ、修行シーンはカットです。
修行シーンを面白く書ける人は本当に尊敬するけど、私は面白く書ける自信が無いので。


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Episode2 第3章:連鎖の旋律
『リン』の友達


微NL寄り……?
気にしすぎかもしれないけど一応注意。


 壊世区域とは。

 現段階では良く分からないが何かやべーところである。

 

 出てくるエネミーは軒並みエクストラハード以上に強く、

 『白い』侵食核という周囲のエネミーを感染させる謎の侵食核付きエネミーまで出現し、

 さらには謎オブザ謎のボスエネミー――アンガ・ファンダージが闊歩するまさに地獄と呼ぶに相応しい区域である。

 

「う、うう、ううううう……!」

 

 そんなおよそ一部のアークスしか近づいてはいけないであろう危険地帯を、走るニューマンの少年が一人。

 

「うわぁああああああああ!? もう、何なんだよぉ! 何なんだよお前らは!」

 

 アフィンである。

 額に汗を浮かべて、黄色の髪を靡かせながらアフィンは惑星リリーパ壊世区域を走っていた。

 

 当然、全力疾走だ。

 そしてさらに当然、その背後には多数のエネミーが雁首並べて砲塔をアフィン一人に向けていた。

 

「くっそ! 砂漠から足を滑らせて地下坑道に落ちたと思ったらまさか壊世区域だったなんて……ついてないぜ畜生!」

 

 何故か説明口調で叫びながら、アフィンは兎に角走る。

 立ち止まったら最後だろう。身体を掠めた砲弾の威力にゾッとしながらも走りまくる。

 

 時折振り返って銃を撃ってみてもまるで効いてる様子が無いので、ここは大人しく逃げるのが無難なのだろう。

 

「ああっ……!」

 

 極彩色の通路を駆け抜けていると、彼の視界に黒い人影が映った。

 

 黒いツインテール、黒いコート。

 見覚えのある後姿に、アフィンは迷わず彼女に呼びかける。

 

「相棒! いいとこに!」

「……んあ?」

 

 黒い女――『リン』は、気だるげそうに振り向いた。

 

「アフィン……?」

「ヤバイ数のエネミーがいるんだよ! ちょっと協力してくれ!」

 

 共闘Eトラ開始である。

 『リン』という心強い味方を得たからか、アフィンは足を止め振り返り、銃を構えた。

 

 しかし――。

 

「フォイエ」

 

 銃を構えた意味は、無かったようだ。

 

 『リン』の、通路を丸ごと飲みこむような火炎(フォイエ)が放たれた。

 

 火炎が壊世機甲種の装甲を焼き尽くし、溶解させていく。

 だが壊世区域のエネミーは、その一撃程度では死にはしない――が、

 

「ラ・フォイエ、ナ・フォイエ、ギ・フォイエ――イル・フォイエ」

 

 淡々と、作業のように『リン』は次々とテクニックを放っていく。

 

 そのたびに炎風が巻き起こり、極彩色の通路ごと機甲種が焼き払われていった。

 

 近くで見ていると、圧巻である。

 同期なのにここまで差があるか……というか、

 

(相棒のやつ……なんつーか……)

(さらに強くなってやがる…………マジかよ)

 

 十数秒で、アフィンを追っていた壊世の怪物たちは全て消え去った。

 

 跡にはドロップアイテムが残るばかりである。

 ……残念ながら、レアドロは無しだ。

 

「ふぅ……助かったよ相棒。流石に今回は駄目かと思ったぜ……」

「ん。じゃ」

 

 と、それだけ言って。

 『リン』はアフィンに背を向けて歩き出した。

 

「……ん?」

 

 明らかに様子がおかしいその後姿に、アフィンは首を傾げる。

 

 反応が淡白すぎるだろう。

 今忙しいから――というわけでは無さそうだし、こんな反応を向けられる程嫌われるようなことをした覚えも無い。

 

「相棒、大丈夫か?」

「…………」

 

 『リン』は答えない。

 代わりに、弱弱しく片腕を上げてひらひらと手を振るだけだった。

 

 なんというか、この感じは、そう。

 余裕が無い(・・・・・)

 

「……おい、相棒!」

「……何?」

 

 アフィンに肩を掴まれ、ダルそうに『リン』は振り返る。

 

 よく見れば、彼女は汗だくだった。

 辛そうに肩で息をし、目は半開きで足元ふらふら。

 

 目に見えて疲労困憊な様子だ。

 

「ふらっふらじゃねーか! よくもまあこんな状態であんなテクニックを……じゃなくて、何でその状態でクエスト続けようとしてんだよ!」

「肉体が動かなくてもフォトンの操作に支障はない。むしろ身体が限界に達してる分余裕が無くてフォトン操作に集中できるから……」

「それは! ただ! 朦朧としてるだけだ! 一旦帰還して休めって!」

 

 アフィンの提案に、『リン』は首を横に振った。

 この子は案外頑固なところがあるのだ。

 

「少し前に休憩取ったから、まだ大丈夫……私はもっと、もっと、強くならなくちゃいけないんだ。助けなきゃいけないヒトが、いるんだ」

「……だったら尚更お前が身体を壊すわけにはいかないだろ!? 大体、休んだって……どれくらい前に?」

「三日前……いや、二日前? あれ? えっと、一週間前だったか……」

「記憶も曖昧になってんじゃねーか! いいから一回帰還するぞ! ほら、テレパイプ俺が使うから……」

 

 アフィンがテレパイプを取り出そうとしている隙に、

 ふらふらとおぼつかない足取りで『リン』は歩みを進めていた。

 

「ちょっと待てって!」

「何よ、邪魔しないで……」

「そんな状態の相棒を放っておけるかっての……!」

 

 再び肩を掴まれて、鬱陶しそうに『リン』は眉をしかめた。

 

 しかし最早振りほどく気力も無いようでうんざりした顔で『リン』はアフィンを睨みつける。

 

「やめて、セクハラよ」

「今はそういう場合じゃねえだろ!? 俺すらも力ずくで振りほどけない癖に強がるんじゃねえよ!」

「強がってなんか……」

「……よっと」

 

 かくん、とアフィンの膝カックンが見事に『リン』の膝を襲った。

 

 最早歩くことすら億劫なほど疲労していた彼女の膝は、それだけで呆気なく崩れ落ちる。

 大げさでなく、それがとどめの一撃になったようだ。

 

 『リン』は、床に手を付き平伏した。

 

「あ、アフィン……この、何を……!」

「膝カックンされたくらいで倒れるような状態のくせに何が『強がってない』、だ」

「ぐっ…………!」

 

 反論できる要素が無く、『リン』は下唇を噛んで俯いた。

 

 ようやく話を聞き入れてくれたようである。

 呆れながらアフィンはテレパイプを取り出して、設置した。

 

「ほら、帰還するぞ。立てるか?」

「………………無理」

「え?」

「無理、立てない。もう全然力入らないから、立たせて」

「…………しかたねーなー」

 

 『リン』の手を取って、引っ張り上げる。

 最早立ち上がる力もない人間を担ぎ上げるのは中々に重労働だが、流石にアフィンもアークスであり男だ。

 

 自分より身長の高い『リン』を軽々しく持ち上げて、彼女の腕を肩に回してその体重を引き受けた。

 

「ったく、あんま無理すんなよなー。相棒だって最強無敵ってわけじゃないんだからよー」

「最強無敵になりたいから無茶するんだよ……」

「無理と無茶は違うっての……相棒って案外子供っぽいとこあるよなぁ……ん?」

 

 同い年だっての、と『リン』が突っ込みをいれようとした瞬間、アフィンが不意に顔を上げた。

 

 同時に、『リン』も弱弱しく顔を上げる。

 

「これ、は……」

「おいおい、相棒、これはなんだ……?」

「やばい……アフィン、テレパイプの起動を急げ!」

 

 フォトンに似た『何か』が、空間を侵食していく。

 空も道もオブジェクトも、全てが『紫色』に染まりだす。

 

 この、景色は。

 この、現象は――!

 

「『アンガ・ファンダージ』だ! アフィン、急げ!」

「お、おう! 座標設定……」

 

 空間が大きく歪み――そこから一匹のボスエネミーが現れる。

 

 アンガ・ファンダージ。

 壊世の主にして、最も正体を不明とする超次元エネミー。

 

 白いドレスを纏っている女性(・・・・・・・・・・・・・)のような風貌と、ダーカーに似た赤く大きなコアを持ち、六つのビットを展開しているのが特徴だ。

 

 ダークファルスに匹敵するのではないかと言われている強さを誇り、『リン』とてこれまで一人での討伐は避けてきた難敵である。

 

 ソロでは勝てない――とまで言う気は無いが、苦戦は必至だろう。

 ましてや今は満身創痍で背負われている状態だ、勝てるわけが無い。

 

「早く! 今私握力も無いから杖すら持てないの! 素手でテクニック撃ってもこいつ相手じゃ…………!?」

「だから何でそんななるまで帰還してねーんだよもー! 補足完了! 帰還準備でき……!?」

 

 帰還の準備は完了し、あとはもうテレパイプを起動するだけ。

 よかった、間に合ったと改めてアンガの方に向き直ったアフィンが見た光景は――。

 

 信じられない、ものだった。

 

「ほら! 見てみてアプちゃん! やっぱりこの子食べ物だわ(・・・・・・・・)! ミルク味!」

「味はどうか知らないけど……確かにアンタから感じる力が上がってるわね……」

 

 アンガ・ファンダージは、姿かたちを消していた。

 跡形も無く、それこそ、存在全てを食べられてしまったかのように。

 

 代わりに、ダークファルスが二人。

 【若人(アプレンティス)】と【百合(リリィ)】が、そこに立っていた。

 

「うばー、前からこの変なエリアから良い匂いがするなーとか思ってたんだよねー」

「ふぅん……さっきのやつを喰らえば、あたしの力も少しは戻るのかしら?」

「少しは戻るんじゃない? 流石にもとに戻るには本体を取り戻さなきゃ駄目だろうけど……」

 

 白いドレスのような服の裾で口元を拭いながら、【百合】は答えた。

 同じダークファルスである【百合】の力がアンガを食べることで少し向上したというのなら、【若人】にも効果はあるだろう。

 

「ふん……ま、食べる価値はありそうね、不味そうだけど」

「ミルク味だよ」

「…………ところで」

 

 【百合】の言葉は無視して、【若人】はちらりとアンガ・ファンタージが居た場所のその先に視線を移す。

 

 さっきまで、『リン』とアフィンが立っていた場所だ。

 

「さっき、あそこに誰か居なかった?」

「うば? ごめん、気付かなかったや。アークス?」

「……多分ね。ま、あたしたちが来たから逃げたとかそんなんでしょ」

 

 適当な推測をしつつ、二人はアンガ・ファンタージを探しに歩き出す。

 

 壊世区域という危険地帯を行くというのに、その姿は、

 

 まるで仲の良い姉妹のようだった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「ありえねーっつぅの! 何!? 何か白くてちっこい女の子が来たと思ったらアンガ・ファンダージを食べ……食べてたよな!?」

 

 キャンプシップに帰還したアフィンは、到着するなり叫んだ。

 次から次へと災難なことに巻き込まれてしまった怒りも混じっていたかもしれない。

 

 今日は間違いなく厄日だろう。

 

「あれは……多分ダークファルス【百合】だな、写真で見たことある」

「あれがダークファルス……? てことはなんだ、ダークファルスってアンガ・ファンダージを喰うのか!?」

「分からない……ただ、報告する必要はあるだろうな……」

 

 キャンプシップの壁に身体を預けながら、『リン』は言った。

 

 アークス上層部にも勿論報告する必要はあるだろうが……シャオやマリア、サラにもどうにかして伝えなくちゃいけないだろう。

 

(やっぱり、シャオとマリアはコンタクトが取り辛いからサラ……かな、シオンはどうしようか。でもあのヒトはもう知ってる気もするんだよなぁ)

「はー、しかしホント今日は厄日だったぜ。相棒、身体は大丈夫か? メディカルセンターまで連れて行った方がいいか?」

「あー、メディカルセンターは勘弁してくれ。フィリアさんにまた怒られちゃうからな」

「…………」

「あ、なんだその目は。アフィンは知らんかもしれないけどな、あのヒト怒ると滅茶苦茶怖いんだよ」

「いやそうじゃなくてな……」

 

 相棒ってやっぱ歳相応な性格してるよなーっと。

 現時点ではシズク辺りにしか同意されそうにないことを考えていたら、キャンプシップはどうやらアークスシップへの帰還を果たしたようだ。

 

 無事帰って来れたことに、とりあえず安堵する。

 

「じゃ、マイルームまで送るよ」

「ん? 別にいいよ、もう歩けるくらいには回復したからさ」

「まだふらふらじゃねえか。いいから肩くらい貸すよ、またすぐにクエストに出ないように監視もしなくちゃだしさ」

「……チッ」

 

 露骨に舌打ちをする『リン』であった。

 マジでアフィンを撒いたら即座にクエストに出るつもりだったらしい。

 

「ったく、ほら肩貸すよ」

「いや、いいよ歩けるから……」

「いいから、ほら」

 

 生まれたての小鹿のように足を震わす『リン』の腕を取って、再び肩を貸す。

 

 若干恥ずかしいのか、少しだけ『リン』は頬を赤く染めた。

 尤もその羞恥心は男女のそれから来るものではなく、アークスシップという普通に他のアークスが居る中で肩を貸してもらっているという現状のせいだが……。

 

「ところで相棒が助けたい人って誰なんだ?」

「…………」

 

 テレパイプに乗って、マイルーム前の廊下を歩きながらふと思いついたようにアフィンは疑問を口に出した。

 

 答え辛い質問だ。

 シオンは言わずもがな、シズクを助けたい――なんて、どう説明したらいいのやら。

 

「…………」

「ま、言いにくいことならいいけどよ」

 

 答えに困っている『リン』の様子を見て察してくれたのか、アフィンはそう言って視線を『リン』から外した。

 

「相棒は、一杯色んなヒトを助けてきたんだ。だから相棒が困ったときは、遠慮なく周りのヒトを頼れよ? 皆喜ぶだろうしさ――勿論、俺も含めてな」

「ああ…………いやでも、アフィンは役に立つのかなぁ」

「なっ!? お、俺だって少しは成長してるんだぜ!?」

「……冗談さ」

 

 アフィンのくせに、なんだか今日は気が利くじゃないか。

 ヘタレで臆病な軟弱男子という評価を少しは改めてやってもいい気分になった『リン』であった。

 

「ええっと、ここだったよな? 相棒の部屋は」

「うん……」

 

 とまあ、そんなことを話している内に『リン』のマイルームに着いたようだ。

 

 部屋の中はびっくりするぐらい散らかっていて汚いが、流石にアフィンといえど異性の部屋に押しかけたりはしないだろう。

 そう思い、『リン』はアフィンの肩から腕を外そうとして――外れなかった。

 

 がっちりと腕は掴まれていて、無理やり外そうにも今の筋力じゃそれも難しいだろう。

 

「ん? おい、アフィン?」

「おじゃましまー――」

「待ったぁ!」

 

 普通に扉へ手を伸ばしかけたアフィンの手を、空いていた方の手で止める。

 

 何ごくごく当たり前のように部屋に入ろうとしているのだ、こいつは。

 

「どした? 相棒」

「どした? じゃないわよ! 何勝手に乙女の部屋に入ろうとしてるのよ!」

「え? 駄目なのか?」

「あ、当たり前じゃない!」

 

 当たり前、と言ったが、何が当たり前のなのか『リン』本人もイマイチ分からなかった。

 

 別に友達の家を訪ねるくらい普通だろう、と言いたげな目線でアフィンは『リン』を見る。

 普段から、特にお互い男女として意識しているわけでもないというのに。

 

「…………」

「あ、あのねえ、アフィン。私は自室に異性をホイホイ入れちゃうような尻軽じゃないんだよ、だって……ほら、下着とか見られたら嫌じゃない?」

「下着は箪笥とかに仕舞ってるんだろ? 流石に他所んちで箪笥開けるほど非常識じゃねえよ」

「うぐっ……!」

 

 箪笥に下着とか、入っていない。

 下着類は多分全部洗濯機の中か床に錯乱しているだろう。

 

 特に最近忙しくてほぼ帰れていなかったから、普段より一段増しで部屋が汚れているのだ。

 

 戦闘以外は結構ずぼらな『リン』である。

 リィンと気が合いそうだ。

 

「あ、まさか相棒、部屋片付けられないタイプのヒトなのか?」

「ぎくっ!?」

「なんだ、なら俺が片付けてやろうか? こう見えても掃除・片付けは得意なんだ。姉ちゃんに無理やり押し付けられてたからなぁ」

 

 言いながら、再びアフィンはドアに指を掛けた。

 止めようとしたが、今の『リン』ではそれも叶わず。

 

 扉は開かれた。

 

「…………」

「…………」

 

 そこは、ゴミ屋敷だった。

 それ以外の形容詞が思い浮かばないほど、酷い有様のゴミ、ゴミ、ゴミ。

 

 錯乱した服や下着、ゴミ袋に詰められてすらいないゴミは前述の通り大量も大量。

 足の踏み場もないというのはこのことか……唯一、床に敷かれた布団と枕元のラッピー人形だけがこの部屋の中で綺麗な物質と言っても過言ではないだろう。

 

「…………」

「……アフィン、掃除と片付け、してくれるんだって?」

「え? い、いやぁ、あっはっは」

 

 乾いた笑いを浮かべるアフィンの肩をポンと叩いて、『リン』はふらふらとした足取りで布団に向かい、ダイブした。

 

 そして全てを諦めたような口調で、呟く。

 

「…………私寝るから、頼んだぞ」

「…………相棒……」

「うっせー! 何も言わずに掃除しろばーかばーか! 言っとくが私は止めたからな! 止めたからな! あと誰かにこれ話したらぶっ飛ばすからなばーか!」

 

 ラッピー人形を抱いて、若干涙目になりながらも叫んで『リン』は目を瞑り本格的に寝始めた。

 

 まるで子供である。

 というか、子供なのだ。

 

 まだ十六歳の、女の子。

 他人よりちょっと――いや圧倒的に才能に溢れているだけの、子供だ。

 

 容姿が大人びてるせいで、どうにもそこを勘違いしているヒトは多いけれども。

 

「……はぁ、やっぱ今日は厄日だなぁ……」

 

 ため息を吐いて、アフィンは言われたとおりに掃除を始めた。

 

 不貞寝を始めてしまった相棒に、ちょっとだけ……本当にちょっとだけだけど。

 自分の姉を重ねながら、もう一度ため息を吐くのであった。

 

 




『リン』にとって、ゼノやエコーは"先輩"で、マトイやシズクは"庇護対象"で、アークスの皆は"大切な仲間"という認識だけど、
唯一、アフィンだけは"同年代の友達"みたいな感覚だから、彼の前だと割りと子供っぽくなってしまう的な感じ。

こういうアナタ枠の細かい性格設定ができるのもPSO2二次創作の利点ですね。


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修行終了なり

修行回なんて無かった。


「シズク、リィン。今日でひとまずあんたたちの修行を見るのは終わりだ」

 

 一ヶ月。

 シズクとリィンがサラに師事を受け始めてから、一ヶ月が経過したある日。

 

 いつものように修行を見てもらおうとやってきた遺跡エリアの結界内で、突然マリアは二人にそう告げた。

 

「え?」

「うば?」

 

 あと一ヶ月は期間がある筈だったのに、と二人は驚いたように顔を見合わせる。

 

 当然修行期間が短くなってしまった理由はあるようで、マリアは二人の反応を待たずに言葉を続けていく。

 

「ちっと事情が変わっちまってね……あたしとサラ、ゼノは壊世区域に行くことになった」

「壊世……アルティメットクエストですか!?」

「ああ、あそこを放っておくと、とんでもないことになることが判明してな」

「とんでもないこと……?」

 

 リィンが首を傾げる。

 確かにあの区域は異常に異常を重ねたような超異常地帯だが、今まで実害らしき実害はあまりなかったはずだが……。

 

「アンガ・ファンダージって知ってるか?」

「うば、あの星13を落とすエネミーですね」

「その憶え方もどうかと思うが……まあその通り」

 

 星13のレア武器ドロップエネミー登場!? という見出しで書かれたレアドロ専門誌の記事を思い出しながら、シズクは答えてマリアは頷いた。

 アーレスシリーズという、シズクの父親でさえ持っていない極レア武器に心躍らせたものである。

 

「判明したっていうのは……そのアンガの正体だ。あれはダークファルスたちの餌らしい」

「…………餌?」

「うっば!? 餌!? え、それってかなりやばいじゃないですか!」

 

 まだ事の重大さが理解できていないリィンと、一瞬で事の重大さを理解したシズク。

 面白いように正反対な二人だなぁ、とマリアは思いながら、リィンのためにより詳細に言葉を足す。

 

「そう、餌ってことは……ダークファルスはアンガを喰らい、力を増幅させる。放置しておけばダークファルス共がどうしようもないくらい強化されちまうかもしれない」

「……あ!」

「だから、今アルティメットクエストが受注できるアークス全てに命令が下っているのさ。ダークファルスに喰われてしまう前に、アンガ・ファンダージを討伐しろってな」

 

 放っておけば、ただでさえ手が付けられないダークファルスがさらに強くなる。

 それこそ六芒均衡ですらどうにもならないくらいの強度になってしまったら、アークスは終わりだろう。

 

 なるほどそれはシズクとリィンの修行などやっている場合じゃない。

 

 今こうしてお話している時間も勿体無いくらいだ。

 

「通りでサラさんもゼノさんもここにいないんですね……二人とも壊世区域に行ってるのか」

「ああ、ゼノの修行はあっちでも出来るからな……でもお前らはそうはいかないだろ」

「うばー、あたしらはアルティメットクエストに行く許可下りてないからねぇ」

 

 マリアは言わずもがな許可されているとして、

 サラはそもそもアークスじゃないし、ゼノは死んだことになっている存在だ。許可などいるわけもない。

 

「ま、そういうことだ、半端な形になっちまって悪いな」

「いえいえ、何事にも優先事項ってものがありますからね、仕方ないです」

「物分りがよくて助かるよ」

 

 言って、マリアはほっとするようにため息を吐いた。

 シズクとリィンの修行は、自分から言い出したことだったので少し後ろめたさがあったのかもしれない。

 

 何はともあれ、一ヶ月。

 たった一ヶ月で、シズクとリィンの修行シーンは終了したのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 その後、マリアはすぐに去っていった。

 壊世区域に向かったのだろう。事情が事情だけに頑張ってほしいものである。

 

 でも別に直接会ってくれなくてもメールとかでよかったのになーっと思いながら、シズクは伸びをするように腕を伸ばす。

 やっぱり修行を提案したのに中断しなくちゃいけないという後ろめたさがあったのだろうか。

 

「うばー……さて、じゃあ今日は何をしよっかー」

「レアドロ掘り?」

「んー……」

 

 リィンの提案に、シズクは珍しく言葉に言いよどんだ。

 レアドロ掘りを提案されたというのにこういう反応は、中々無い。というか初めてだ。

 

「どしたの? 元気ないじゃない」

「いやなんというかさ? 修行するぞー! って気持ちでいたから変な虚無感がある……」

「あー……まあ気持ちは分からないでもないけど……」

 

 虚無感というか、脱力感か。

 辛く厳しい、などという言葉ではとても足りないほどの修行を一ヶ月とはいえ受け続けていたので、「今日も辛く厳しい修行の日々が始めるぞ(白目)!」という感じで意気込んで来たのに、唐突な中止で変に力が抜けてしまったのだろう。

 

「なんだか無性に甘いものが食べたい……パフェでも食べ行かない?」

「別にいいけど……今日はお休みにするってこと?」

「午後から頑張る」

 

 まあ、明日から頑張るじゃないだけマシなのだろうか。

 と、リィンは了承してテレパイプを取り出した。

 

 パイプを通って、キャンプシップへ。

 そしてキャンプシップからアークスシップへ。

 

 なんてことのない雑談をしながら、二人は帰還した。

 

 特訓のこと。

 スキルのこと。

 パフェを食べに行く店のこと。

 いっそ手作りでもいいかとか。

 この前おいしそうな店を見つけたとか。

 

 本当に些細な、ただの雑談をしながら二人は並んで歩く。

 

「あ、そういえばさ」

 

 だから、リィンがふと思いついたように口に出したこれも雑談だったのだろう。

 

 明日の天気を聞くような、気軽さで。

 今日の給食のメニューを尋ねるような手軽さで。

 

「なんで今になって、アンガ・ファンダージは……ダークファルスの餌は現れたのかな? ダークファルスって昔からいるんでしょ?」

 

 リィンの疑問に、シズクは答える。

 

 口が滑って、答えてしまった。

 

「多分、【深遠なる闇】が復活しそうなんじゃない?」

「え?」

「……あっ」

 

 いやはや、雑談のノリとは恐ろしいものである、なんて。

 シズクは言わなくてもいいことを言ってしまったのであった。

 

「しんえんなる……やみ? 何それ? 何処かで聞いたことあるような……」

「え、えーっと、あ、あはは……」

「シズク?」

 

 にこり、とリィンが笑う。

 全部話せ、と言いたげな笑顔である。

 

「…………まあ、いいか」

 

 話しても特に支障が出る話ではない。

 それに、あくまでシズクの推論だ。

 

「うばば、【深遠なる闇】っていうのはね、昔封印されたダークファルスの親玉だよ」

「ダークファルスの?」

 

 アークスシップのカフェに座りながら、シズクは言う。

 

 ダークファルスの親玉。

 【深遠なる闇】。

 

 何でシズクがそんなことを知っているのか、という疑問はさておき……。

 

「何それ、ダーカーの親玉じゃなくてダークファルスの親玉?」

「そうそう、ダーカーはダークファルスが生み出したわけだけど、ダークファルスは【深遠なる闇】に生み出されたってわけ」

「…………え?」

「つまり【深遠なる闇】は、ダークファルスたちのお母さんってことかな」

 

 平然と、シズクは言う。

 カフェにいる周りのアークスには聞こえないような声量で。

 

「……………………ええっと、理解が追いつかないのだけれど……それが復活したら宇宙はどうなっちゃう?」

「滅ぶね」

「で、今復活しそう?」

「うん、多分」

 

 リィンは、両手で顔を覆った。

 当然の反応である。平然としているシズクがこの場合おかしいのだ。

 

「何で……そんなに平然としてるの?」

「今回ばかりは能力関係なしの推測だからね。そんな可能性もあるよーって話だから」

「ああ、そうなの……ちなみにその推測ってどんなの?」

「ダークファルスを強化する餌、なんてものが今更現れるなんておかしいでしょ? 何で今? って」

 

 タッチパネルで注文を選びながら、シズクは言う。

 確かにそうだ。壊世区域にアンガ・ファンダージなんて埒外なものが、突然出現するなんてあり得るものではない。

 

 必ず何かきっかけがあったはずだ。

 

「それが……【深遠なる闇】の復活?」

「復活しそう、ね。復活してたら宇宙滅んでる筈だし」

 

 まあ、あくまで推測。

 能力も関係ない、証拠もない、それこそ本当に直感のようなものだ。

 

 ……それでもシズクが言うと、信憑性が高そうだから不思議である。

 

「……で、【深遠なる闇】って存在は何処で知ったの?」

「昔お母さんについて調べてるときにちょろっとね……」

「お母さんについて調べてるのにどうやったらそんな物騒な存在に行き着くのよ……」

「あー…………」

 

 イチゴチョコパフェをタッチしながら、シズクは天井を見上げた。

 しかし押し間違えて『ビターチョコパフェ青汁ソース付き』を頼んでしまったことに、シズクはまだ気付いていない。

 

「一時期ね、【深遠なる闇】があたしのお母さんじゃないかって考えてた時期があってね」

「無いわ。それは無い」

「そんな真顔で言わなくても……若気の至りだよ若気の至り」

 

 苦笑いをしながら、注文確定を押す。

 

 この後、届いた苦すぎるパフェを涙ながらに完食するシズクの姿があったとかなかったとか……。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「【深遠なる闇】は既に復活しているわ」

 

 壊世ナベリウスを歩きながら、サラは言う。

 

 場所が場所だけに、緊張の色は隠せないようだが、それでも気丈に振舞いながら。

 

「おいおい、おかしいんじゃねえか? それは。【深遠なる闇】程の存在が復活しておいてアークスが何も気付かないなんてことありえねえだろ」

「【深遠なる闇】なんかが復活したら流石に誰か気付くだろ」

 

 その言葉に、一緒に壊世を探索中のゼノとマリアが反論を返す。

 

 当然といえば当然だ。【深遠なる闇】はダークファルス以上にアークスの脅威となる存在。

 それこそシズクの言っていたように、復活したというのなら世界が滅んでいるはずなのだ。

 

「あたしだってそう思うわよ……でも少なくともシャオはそういう結論を出したようよ」

「イマイチ信じられねーな……そう言い切る根拠はあんのかよ」

「ダークファルス【百合(リリィ)】よ」

 

 三人の足が、止まった。

 二人の視線が視線が、サラに集まる。

 

「壊世区域は、あの白いダークファルスと出現時期が被っているわ。ダークファルス【百合】が【深遠なる闇】の『為りぞこない』だと考えれば、辻褄は合う」

 

 確かにそれならば、辻褄が合う。

 でも辻褄が合う『だけ』だ。証拠や根拠があるわけではない。

 

 証拠は不確かで。

 根拠は不明瞭で。

 謎は沢山沢山残っているけど。

 

 現状では、それしか考えられないのならそれが答えなのだろう。

 

「通常のダークファルスよりも強い理由にもなるしね……少なくとも無関係ではないと、あたしは思うわ」

「あー……つまり【百合】がアンガ・ファンダージを喰らい続ければ【深遠なる闇】が復活するってわけか?」

「その可能性は高いわね」

 

 ゼノの言葉に、サラは頷く。

 

 とんでもないことになったものである。

 【百合】がアンガ・ファンダージを喰らいまくることを止めなければ宇宙は終わる。

 また、シズクがルーサーかシャオと出会った時点で宇宙は終わる。

 

 宇宙、簡単に終わりすぎなんじゃないか。

 

「はぁ……馬鹿弟子共が」

「……?」

「な、何よマリア、突然……」

 

「終わらせないために、あたしらアークスがいるんだろうが」

 

 それだけ言って、マリアは歩みを再会した。

 

 早くしないと置いていくぞと言わんばかりの早足である。

 

「……あたし、正確にはアークスじゃないんだけど。まあその通りね」

「流石姐さんが言うと重みが違うぜ……」

 

 そうして二人は走り出す。

 何だかんだで、マリアを慕っている馬鹿弟子二人であった。

 

「おら遅えぞ馬鹿弟子共! そんなだからたった半月連携の修行しただけのシズクとリィンに一本取られちまったんじゃねえのか!?」

「なーっ!? それは言わない約束でしょ!?」

「あれはちょっと油断しただけだっての! ていうか姐さんだって危なかっ……あだーっ!?」

 

 マリアの蹴りが、ゼノの顔面にめり込んだ。

 ギャグ漫画のようなめり込み方だった。

 

「前が見えねえ……」

「あたしは……ほら、あれだ、結局逆転勝ちしたからいいんだよ!」

「あ、あたしたちだって一回模擬戦で負けただけだし!? ていうか二対一であの子達に勝てるアークスなんてもうどれだけいるか……」

「シズクとリィンはあたしが育てた……!」

「実際に面倒見てたのはあたしだっての!」

 

 手柄の独り占め、駄目、絶対。

 

 なんて会話をしながら、三人は壊世区域を歩いていく。

 

 それはきっと、宇宙とやらを救うために。

 




シズクとリィンは大分強くなってそうですね。
連携特化の戦闘シーン、早く書きたいです。


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修了試験

やっとここまで来れたか……。


(メセタ)が無い……」

 

 サラ師匠との修行が中断した、翌日の朝。

 当たり前のようにリィンのマイルームに居るシズクが、深刻な顔をして呟いた。

 

 端末には貯金通帳が映し出されている。

 その画面に書かれている数字は…………。

 

「…………今、全財産いくら?」

「5メセタ……」

「うわぁ……」

 

 5。

 『全財産』という単語の後には逆に中々見られない数字だ。

 

 どうやったらそこまで散財できるのだろうか――ああいや、察しが付いた。

 どうせドゥドゥかモニカ、またはクラフトだろう。

 

 アークスが異常なほど散財する理由なんて、それしかない。

 

「うばば……や、まあ最近修行に忙しくてクライアントオーダーをあんまり受けてなかったからなぁ……リィンはどう?」

「私クラフトやってないし、ドゥモニに惨敗したことってないからなぁ……」

「いいよねおっぱい大きいとドゥドゥから贔屓されて……」

「されてないわよ」

 

 多分。

 流石にそんな個人的嗜好で強化成功率を変えてはこないだろう。

 

 というかそもそも変えられるものなのか……?

 

「兎に角、このままじゃお昼ご飯も食べられないから至急クエストに出てお金を稼ぐ必要があるね……」

「お昼ご飯くらいなら、この前あげた黒ウサ耳を付けてくれればいくらでも奢るわよ?」

「兎に角、このままじゃお昼ご飯も食べられないから至急クエストに出てお金を稼ぐ必要があるね……!」

 

 大事なことになったから二回言うシズクであった。

 

 朝ごはんは冷蔵庫の中身でどうにかなったが、昼飯を作るには材料が足りない。

 もうあの羞恥プレイを受けるのはゴメンな以上、どうにかするしかないだろう。

 

「じゃあ、海岸探索でも行く? ドロップアイテムを拾って売ればそこそこお金になるだろうし」

「ドロップアイテムねー……何か、ある日突然実入りが悪くなったよね、あれ」

「いきなり売値がやたら安くなってびっくりしたわね……」

 

 なんて雑談をしつつ、二人は準備を整えていく。

 

 幸いモノメイトとかの消費アイテムは十全とは言わずとも十分貯蓄があったので、回復アイテムの心配は無さそうだ。

 武器を装備し、ユニットの付け忘れが無いか確認し、マグに餌をやる。

 

 とりあえず出撃準備完了だ。

 流石に毎日のように出撃しているだけあって、手馴れたものである。

 

「うば。さてさて今日は何処に行こっか。海岸? 遺跡? いやその前にデイリーオーダーのチェックか……」

「うーん……あ、そういえば【ARK×Drops】宛てに面白そうなオーダーが来ていたような……」

「チーム宛てに? うばー、どんなのどんなの?」

 

 自分の貯金残高を映し出していた端末を閉じ、シズクはリィンの背後に跳ねるようにして回った。

 

 期待たっぷりといった表情をしながら自分の端末を覗き込んでくるシズクの姿に萌えのような感情を感じながら、リィンは端末を操作してウィンドウにメール画面を映し出す。

 アークス上層部からの、お知らせメールとして先日送られてきたものだ。

 それを、二人仲良く読み上げる。

 

「アークス研修生修了任務……」

「の、監視及び護衛?」

 

 アークス研修生修了任務の監視及び護衛。

 

 それは名前どおりの任務内容だった。

 アークス研修生の修了任務で、『予想外』の被害が出ないように研修場所付近でモニターしながら待機してくれる人員を募集しているとのことだった。

 

「ふぅん、そういえばメイさんたちの代にナベリウスでダーカーが出現して修了任務中に死者が続出したんだっけ」

「らしいわね。あれ以来、研修生には手が余るような大型ダーカーもナベリウスに出現するようになったんだよね」

 

 だから、監視と護衛がいるのだろう。

 滅多に出てこないファング夫妻を除けばロックベア程度のエネミーがボスをやっていた頃とはもう事情が違うのだ。

 

 何だかんだナベリウスより危険度の低い惑星は無いわけだが、実戦経験の無い研修生が何のバックアップも受けずに歩くには十二分に危険と言えるだろう。

 

「報酬もちゃんと出るし……うん、いいんじゃない? リィン、これ受けよう」

「ん、了解。……でも何でこんな依頼が私たちみたいな無名の新興チームに?」

「無名の新興チームだからでしょ。まだ何処のチームにも属していない新人ちゃんの実力や性格を間近で見て欲しいならスカウトでもなんでもすればいいってことじゃないの?」

「ああ……成る程」

 

 【銀楼の翼】や【大日霊貴】のような大型チームならば入団希望者は溢れるようにいるだろうが、新興チームでそんなもの望めるわけがないのだ。

 【コートハイム】が偶然シズクとリィンに出会えたように、『出会い』が大切になってくる。

 そしてこの依頼はその『出会い』の場を設けてくれるということなのだろう。

 

「それは有難いわ。チームを作ったはいいものの、何もチームらしい活動をしてなかったものね」

「二人じゃねー、チームらしさも何も無いよね」

 

 正直言って、どちらがチームリーダーだったかすら記憶が曖昧なほどチーム活動を行っていないシズクとリィンであった。

 勧誘とかもしてないし、チームツリーと呼ばれるチームルームに存在する便利アイテムすら育てていない。

 

「ええっと、チームリーダーって私だったわよね……」

「そのレベル!? ま、まあそうだけど……これは確かに有難いクエストかもね」

 

 ごほんと一つ咳払いし、シズクは言う。

 

 それは果たして、遅すぎる決意表明だった。

 

「これよりチーム【ARK×Drops】、本格的に活動開始だ!」

「スカウトは全面的に任せるわね、副リーダー」

「リーダーがコミュ症気味だけどメンバー募集中だぜうばー!」

 

 誰に伝えるわけでもなくそう叫び、シズクたちは行動を開始した。

 

 結成から一ヶ月とちょっと過ぎた6月のことだった。

 

 

 

 

 

 

「ところで修了試験、今日の午前中からみたいなんだけど受注間に合うかしら……?」

「うば!?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 間に合った。

 

 とは言い難い、受注可能期間は過ぎていたのだから。

 

 しかしコフィーさんが気を利かせてくれたのか、単に集まりが悪く人員が不足していたのか――あるいはその両方か分からないが、なんとか二人は研修生の護衛任務を受注することに成功した。

 

 滑り込みセーフ……いや、滑り込みセウトか。

 

「うばー……いやはやコフィーさんに迷惑かけちゃったね」

「今度何かお礼しなくちゃね」

「いや多分『いえ、仕事ですから』とか言ってやんわり断られちゃうけどね」

「意外と声真似上手いわね……」

 

 というわけで、現在地、ナベリウス上空。

 試験中の研修生たちに悟られないように光学迷彩が施されたキャンプシップの中で、シズクとリィンはモニターの前で雑談に興じていた。

 

 とはいっても仕事をサボっているわけではない。

 単にまだ修了試験が始まっていないだけだ。

 

 今頃レギアスによる録画されたありがたいお言葉を待機中のキャンプシップ内で見せられているところだろう。

 

「ええっと、それで、あたしたちの担当する研修生はどんな子だっけ?」

「確かこの資料に……あったあった」

 

 依頼を受けたときに貰った資料データを空中に浮かび上げる。

 

 資料には、二人の少女の写真と簡単な個人情報。

 それと研修における成績が映し出されていた。

 

 眼鏡が似合う、委員長みたいな娘――イズミ。

 快活そうな、いかにもスポーツ少女な娘――ハル。

 

「イズミちゃんと、ハルちゃんか。どっちも十三歳、成績は……ふんふん……ん?」

 

 写真をから成績まで順に見ていって――リィンの目は最後に書かれた備考欄で止まった。

 

「……ねえ、シズク。これ見て」

「うば? ……ああ、成る程。通りですんなりと割り込み受注できたわけだよ……」

 

 押し付けられたってわけだね、と。

 シズクは相変わらず察し良く、苦笑いをしながら呟く。

 

 備考欄には、二人とも同じことが書いてあった。

 ただ一つ、ただ一言。

 

 『超問題児』、と。

 

 

 

「――ったく、何でボクがてめぇなんかとペアを組まねぇといけねぇんだよ……それも修了試験っつー大事な大事な時にさぁ……」

「ええ、全く同感だわ。同感すぎて憎たらしく思えてくるほど同感だわ。お願いだから、私の足を引っ張らないで頂戴ね?」

 

 と、互いに愚痴りながら、二人の少女はナベリウスに降り立った。

 

 片や、爽やかなスポーツマンのように快活な、ボクっ娘金髪ショートカットの研修生。

 片や、知的な眼鏡をかけた黒い髪の優等生っぽい――委員長っぽい姿の研修生。

 

 しかし、どちらもその見た目にそぐわない罵詈雑言をお互いに浴びせていく。

 

「は? ボクの台詞を取んなよ手足骨折して死ね」

「あん? じゃあ手足骨折してあげるから頭蓋骨陥没させて死ね」

「頭蓋骨陥没してやるから真っ二つに切り裂かれて死ね」

「豆腐みたいにサイコロ状に分割されて死ね」

 

 死ね死ね言い合いながら、二人はナベリウスを歩き出す。

 

 イズミとハル。

 ――流石のシズクも、まだ知る由も無いだろう。

 

 今思いつく限りの罵詈雑言を互いに浴びせ続けている彼女らが――二人とも【ARK×Drops】に入団することになるなど。

 

 流石にまだ、予見できない。

 




というわけで、シズクとリィンの後輩(ようやく)登場です。

シズクとリィンは『凸凹コンビ』、
メイとアヤは『百合夫婦』がカップリングのテーマだとすると、
イズミとハルのテーマは『喧嘩ップル』です。

しばらく後輩関連の話が続くと思います。
可愛く書けたらいいなー。


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イズミとハル

アークス感謝祭に始めて行って来ました。楽しかったです。
ゲームの方は半ば引退状態なのですが(ストーリーしかやってない)、これを機に再開しようかなぁ。

P・SPECに載ってたローニンとかいうAISプロトタイプを出したくてしょうがないけどP・SPEC買った人にしかネタが通じないんじゃないかという不安。


 イズミとハル。

 彼女らの同期生に、その二人の名を聞いて良い顔をする者は存在しない。

 

 片や、一見森林の中で静かに水面を揺らす泉のようでありながら、その内情は苛烈にして熾烈。

 片や、春のように温かで、春のように明るく、そして春のように頭がパーな自由オブ自由、テキトー少女。

 

 真面目でキレやすいイズミと、

 不真面目で自分の行動を邪魔されるとキレるハルの相性は、当然のように悪かった。

 

 そして何よりも最悪だったことは、二人の実力が拮抗していたことだろう。

 それも、研修生の中では頭一つ分抜きんでる形で、拮抗していた。

 

 研修生で、彼女らの喧嘩を止められるものがいなかったのだ。

 

 数えきれないほど喧嘩して、何度も暴行事件を起こして、何度も何度も研修所の備品を破壊した。

 

 誰が呼んだか二代目ゼノとゲッテムハルト。

 

 二人は素行不良で数多の減点を喰らいながらも、その優秀さと運でギリギリ及第点に達し、余り物をくっつけたような適当さでペアを組まされ、現在。

 

 修了試験当日。

 二人は仲悪く、ナベリウスの森林を踏みつけるように黙って歩いていた。

 

「…………」

「…………」

 

 死ね死ねと言い合っていたら、ヒルダさん(オペレーター)に怒られたが故の無言である。

 

 目を合わせることも、互いの存在を確認することもなく、二人は進む。

 二人とも、目を離した内にはぐれてしまったのならそっちの方が都合が良いと言わんばかりの態度である。

 

「…………ところでハル。念のため確認ですけど修了試験のクリア条件……憶えているわよね?」

 

 少しして、イズミは眼鏡をくいっと指で押し上げ、デューマンの証たる左目の赤い瞳と右目の青い瞳をハルに向けた。

 

 そう。

 イズミはイオと同じ、デューマンなのだ。

 

 病的なほど白い肌、控えめに伸びる角。

 『エーデルゼリン雅』と呼ばれる儀礼用にすら見えるほど整った装飾の施された戦闘服に、知的な眼鏡としめ縄のような太い三つ編みはまるで学級委員長のようである。(勿論彼女は学級委員長だったことなんて一度も無いが)

 

「あ? 何? 忘れたの?」

「そんなわけないでしょう、ただの確認よ。今世紀稀に見るアホなアナタにクリア条件を無視して突っ走られたら私が困るもの」

 

 まあでも憶えているようで一安心、と。

 イズミはホッとするようにその貧相な胸に手を置いた。

 

「ボクがそんな大事なこと忘れるわけ無いだろ? 森林エリアのボス、『ダーク・ラグネ』を倒すんだっけか」

「違う! ぜんっぜん違う! 討伐対象はザ・ウーダンだし、ダーク・ラグネは森林エリアのボスじゃない!」

「えー? でもボク、ラグネを倒す気満々なんだけど? ザ・ウーダンなんて雑魚じゃ燃えないんだけど?」

「アナタが燃えるかなんて関係ないのよ……」

「ボクはダーク・ラグネを倒すために生まれてきたと言っても過言ではない!」

「過言すぎる!」

 

 本当にただノリで喋っている――というかノリで生きているのだろう。

 ハルは即座に前言撤回するように「あ、でもファング夫妻とも戦ってみたいなー」とか言い出した。

 

 金髪のショートヘアー、藍色の瞳。

 慎ましい胸もあって少年的な印象が強く前面に出ているが、長い睫毛と柔らかそうな唇がハルの少女らしさを辛うじて醸し出していた。

 服装も『アクティブキャミ影』と呼ばれるボーイッシュな印象の動きやすさ重視の服であることも、彼女の少年らしさを強くしているだろう。

 

「ああもう……アナタがラグネに殺されようがファング夫妻に嬲られようがどうでもいいけど……今だけは自重してくれない?」

「自重なんて言葉はお母さんのお腹の中に置いてきた!」

「今すぐ取り返してきな――っと」

 

 お喋りは終わりのようだ。

 

 前方から、エネミーの出現を感知。

 草木を掻き分けて、原生種の団体様がご到着のようだ。

 

「がるる……」

「ぐるる……」

「ガルフルか……結構数が多いわね」

 

 出てきたのは、ガルフルと呼ばれる狼型エネミーだった。

 

 鋭い牙と爪、俊敏な動きが厄介な原生種だ。

 だがイズミとハルは突然の敵にも、怯むことなく武器を構える。

 

 これくらいの敵なら、シミュレータで何度も戦った相手だ。

 

「別に、怖かったら下がっててもいいんだぜ? イズミ」

「この程度で怖がっていたら、アークスになんてなれないわよ。黙って戦いなさい」

 

 イズミは、ダブルセイバーを。

 ハルは、ナックルを構えた。

 

 どちらも支給されたばかりの初期武器である。

 まあ尤もそれは研修生であるため当然だが。

 

「初実戦なのに、黙ってなんてられねえよぉおおおおおお!」

「あ、もう! ……全く……」

 

 合図もせずに飛び出したハルに、イズミはため息を吐いた。

 

 上手いことガルフルの凶牙に首を噛み切られて死なないかなと願いながら、イズミもガルフルの群れへ走り出す。

 

「がるぅぁあ!」

「ダッキング……」

 

 イズミの願望通りハルの首筋を狙った噛みつき攻撃を放ったガルフルの牙を、しかしてハルは軽くかわした。

 

「ブロウ!」

 

 そして、重たい拳をガルフルの横腹に叩き込む。

 分厚い毛皮と強靭な筋肉を持った原生種といえど、その拳は重たかったようでガルフルは数メートル吹き飛んだ。

 

「チッ」

 

 舌打ちしながら、イズミは跳ぶ。

 背中を鞭のように反って、空中でダブルセイバーを振りかぶり――

 

「サプライズダンク!」

 

 着地と同時に、全力でダブルセイバーをガルフルへ叩きつける!

 

「ぐぎゃぁっ!?」

 

 ガルフルはたまらず悲鳴をあげ、ドロップアイテムを残し消滅した。

 

 よし、研修で鍛えた技は実戦でも通じる。

 そう確信したイズミは、次の敵を倒そうと顔をあげて――。

 

 

 ――ハルに横っ腹を蹴っ飛ばされた。

 

 

「ぐはっ!?」

「あ!」

 

 しまった、やってしまった! と言いたげな顔をしたハルの顔を視界に捉えながら、イズミは吹き飛んだ。

 

 まあ吹き飛んだといってもただの蹴りだったので一メートルほど転がっただけだったが、それでもあまりに理不尽すぎるダメージに、イズミはハルを睨み、叫ぶ。

 

「な、なんのつもり!? 事と場合によらずぶん殴るけど理由だけは訊いてあげるわ!」

「ごめんごめん、つい、その、なんていうか……」

「…………」

「蹴れそうだな、って思ったら、無意識に蹴ってた」

「ぶっ殺してやるから首を出せ」

 

 理由なんてなかった。

 ていうか言い訳すら出てこなかった。

 

「やっぱりまずはアナタから処理した方がよさそうね……」

「理不尽な暴力がボクを襲う! ちょっとイズミ! ふざけてないで真面目に戦いなよ! これは修了試験なんだよ!」

「ここまで見事なブーメランは初めて聞いたわ……まあでも確かにその通り」

 

 今は修了試験。

 自分たちの一生に関わる大事な大事な試験なのだ。

 

 ただでさえ目を付けられているというのに、これ以上の問題行為を起こすわけには行かない。

 

「仕方ないわね、やり返すのは後にしておいてあげるわ」

 

 立ち上がりながら、イズミは言う。

 眼鏡の位置を指で直して、ダブルセイバーを構えた。

 

「今は、喧嘩している場合じゃないものね」

「お、物分りがいーねー」

「当たり前じゃない。この状況で喧嘩なんてするわけがない……今から始まるのは一方的な虐殺よ」

 

 言って。

 

 イズミはハルに飛びかかった。

 ガルフルの群れなんて完全に無視した、ハルへの攻撃行動だ。

 

 しかしハルは当然のようにその行動を読んでいたのか、すぐさま迎撃態勢を取った。

 地を蹴り、カウンター気味の一撃を狙う、攻撃的な迎撃態勢。

 

「死ねパツキン貧乳ぅううううううううう!」

「そっちが死ね貧乳眼鏡ぇええええええええええ!」

 

 ダブルセイバーとナックルが、振り上げられる。

 

 しかして、剣撃と拳撃が交差することは、無かった。

 

 またもヒルダさんにお叱りの言葉が放たれたから――ではない。

 

 一匹のガルフルが、唐突に二人の間を縫うように走り抜けていったからだ。

 

「…………え?」

「あん?」

 

 ピタリ、と二人の動きが止まった。

 

 その走り抜けたガルフルは、二人に構うことなく遥か彼方へと駆け抜けて行ってしまったのだ。

 否、その一匹だけではなく、あと数匹居たガルフルも完膚なきまでに姿を消していた。

 

「逃げた……? 私たちから?」

「いや、これはどちらかというと…………」

 

 ずしん、と。

 地鳴りが一つ、鳴った。

 

「こいつに『喰われる』お仲間を見て、脱兎の如く逃げ出したってことじゃないかな」

 

 ずしん、と。

 もう一つ、地鳴りが鳴った。

 

「……うわ」

 

 最後にもう一度だけ地鳴りが響いて、そいつは赤い瞳を光らせた。

 

 蜘蛛のような無機質な瞳は、確実にイズミとハルを捕らえている。

 

「ダーク・ラグネ……」

 

 イズミがその名を呟いた。

 

 黒い外殻、四本の脚に肥大化した腹。

 新人に降りかかる、登竜門的大型ダーカー。

 

 ダーク・ラグネが、そこに居た。

 




というわけでデューマンのイズミとヒューマンのハルです。
どちらもファイターでダブルセイバー使いとナックル使い。

名前の由来は泉も春も英語だとどっちもspringだからです。
根幹では似た物同士って設定、好き。


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私はいつか

冬木の聖杯(アンリ・マユ入り)に、フォトナーから異次元に追放された【深遠なる闇】が入っちゃって、《この世全ての悪》と【深遠なる闇】が交じり合った状態で行われることになった聖杯戦争にアークスが介入する感じのクロスオーバー二次創作誰か書いて。


「うば、ダーク・ラグネ出てきちゃったよ」

「わ。ほんとね」

 

 ナベリウス上空に待機中のキャンプシップ内。

 

 イズミとハルの動向を苦笑いでモニターしていたシズクとリィンが声をあげた。

 

 ロックベアすら倒したことが無い研修生にはきつい相手だろう。

 ダーク・ラグネを倒すために生まれてきたとか叫んでいたが、流石に大言壮語だろうし。

 

「出番ね。研修生には荷が重いでしょ」

「うっば、待って」

「?」

「この子たち、戦うつもりみたいよ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 まず即座に、ハルが飛び出した。

 

 ダーク・ラグネに向かって、笑顔で。

 

「あーっはっはっはぁ! 本当に会えるとは思ってなかったぜダーク・ラグネェ! これ倒せば否が応でも試験は合格でしょ? やるっきゃねー!」

「……全く、恐怖心とか躊躇いとか無いのかしらこの子……」

 

 呟きながら、一瞬の躊躇いの後イズミも駆け出した。

 

 躊躇いなどせずに突貫するのがハルという少女であり、

 躊躇いはしても結果的に突貫するのがイズミという少女である。

 

「お、っらぁ!」

 

 およそ女子が発してはいけないような叫び声と共に、ハルはナックルでラグネの顔面に殴りつけた。

 

 悪手――である。

 ダーク・ラグネの弱点部位はそこではないし、ダウンを取るために攻撃を加える必要がある部位は脚だ。

 

 鈍い音が響いて、ダーク・ラグネの巨体が微かに揺れたが、それだけだった。

 

「硬っ!?」

「馬鹿ね……ダーク・ラグネは脚から崩すのよ」

 

 そう教科書に書いてあったわ、と。

 イズミは地を蹴りラグネの脚へと走り出す。

 

「キシャァアアアアア!」

 

 それに合わせるように、ラグネは左の爪撃を繰り出してきた。

 

 研いだナイフよりも鋭く硬い爪がイズミを襲う――しかし、流石にそんな単調な攻撃を喰らうわけにはいかなかった。

 

「ふっ――!」

 

 跳躍し、爪をかわす。

 ファイターの武器はこういうときガードできないのが不便なところだが、当たらなければどうということはない。

 

「デッドリー……!?」

 

 フォトンアーツをラグネの左前足目掛けて放とうとして、失敗した。

 

 爪を避けた直後、目の前にまた黒き爪が迫っていたのだ。

 

 流石にダーク・ラグネの爪ではなく、もっともっと小さい爪。

 しかしてそれはイズミの肉を切り裂くには十分な切れ味を持った――ダガンの爪だ。

 

「チッ……! 取り巻きが……!」

 

 うざそうに舌打ちし、撃ちかけたフォトンアーツを現れた雑魚(ダガン)に向けて放つ。

 

 デッドリーアーチャー。

 回転しながら投げられたダブルセイバーは、ダガンの装甲をがりがりがりと削り、怯ませることに成功したが……それでも一撃で倒すには至らなかった。

 

「キシャァアアアアアアア!」

 

 さっきより甲高い奇声を発しながら、ラグネは突如両爪を天に掲げた。

 

 威嚇行動、ではない。

 

(これは――!)

 

 イズミは授業でやった内容を思い出して、距離を取るべく後ろに跳んだ。

 

 これは、雷撃攻撃の予備動作だ。

 周囲にランダムで黒い雷の雨を降らせる、ラグネの特殊攻撃。

 

 注意深くラグネの行動を見ていれば、回避は充分可能な攻撃である。

 

 が。

 

「ぉおおおおおおお!」

「っ!?」

 

 注意深い、なんて言葉にはまるで縁が無い馬鹿が一人居た。

 

 ハルだ。ラグネの行動を威嚇だと考えてしまったのか――それとも単に考えるという行為ができないのか、いずれにせよ雄叫びを上げながら攻撃続行。

 

 ナックルを、相変わらず顔面に向けて振り下ろしていた。

 

「この、ノータリン!」

 

 駆ける。

 雷の予測落下地点を上手く避けながらだったので瞬時に、とは言えなくとも、とりあえずハルが雷に打たれてしまう前に、

 

 彼女の、背骨を折るくらいの勢いで蹴り飛ばした。

 

「がっ!?」

「……ぁ゛あ゛っ!」

 

 イズミの左腕に、黒い雷が掠ったものの、大したダメージではない。

 蹴った勢いのまま、イズミはハルと共にラグネの懐へと飛び込んだ。

 

 教科書に、『ダーク・ラグネの懐に飛び込めば雷撃攻撃は喰らわないが、新人のうちは中々勇気が出ないだろうから大きく距離を取って慎重に避けるのも手だ』、と書いてあったことを、脳裏で思い出しながら。

 

「痛ったいなぁ! 何してくれんだこんな時に!」

「……蹴れそうだなって思ったから蹴っただけよ」

「よーし、ぶん殴ってやるから頬を――」

 

 ダーク・ラグネの巨体が、突如浮いた。

 否――浮いたのではなく、その四本の強靭な四肢で跳躍したのだ。

 

 狙いは一つ。

 その巨体を利用した、矮躯なアークスを潰す単純明快なボディプレス。

 

 左腕の怪我に少し気を取られていたイズミより一瞬早くそのことに気付いたハルの行動も、また単純明快だった。

 

「――おらぁ!」

 

 イズミの右腕(・・)と襟首を掴んで、力任せにぶん投げる。

 投げられたイズミの身体は、ラグネのボディプレスの射程外まで飛んで行った。

 

「きゃっ!?」

 

 別に。

 助けたわけじゃなくてぶん投げれそうだったからぶん投げただけだ、と心の中で叫びながらハルは駆け出した。

 

 勿論ダーク・ラグネのボディプレスから逃れるためだ。

 "結果的に(・・・・)(強調)"嫌いな奴を助けてしまうという余分なことをして自分だけ死んだんじゃ笑い話にすらならない。

 

 だが、努力虚しく。

 その余分なことのせいで、ハルという若き才能は呆気なく潰されることに――――――

 

 

 

「――アナタたち、仲が良いのか悪いのかどっちなのよ」

 

 

 

 ――ならなかった。

 

 ラグネの体重がハルを押し潰しかけた瞬間、彼女の身体が浮いたのだ。

 

 浮いたというか、抱えられたというべきか。

 小脇に挟むようにして、青い髪の美女に――というかリィンに、

 

 抱きかかえられて、いともたやすくボディプレスの射程範囲から逃れたのだ。

 

「…………ふえ?」

「まあ、いいわ。……ええっと、救援に来たから、下がってなさい」

 

 抱えていたハルを丁寧に下ろして、リィンはダーク・ラグネの方に振り返る。

 

 よく見れば、ノーマル帯ではなくハード帯クラスのダーク・ラグネだ。

 最近こういう難易度詐欺多くない? と思いながら、リィンは背のアリスティンを構えた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 先輩……ですよね? 今は修了試験中ですから部外者は……」

「……え?」

 

 その言葉を受けて、リィンは視線をイズミに向ける。

 バックアップのこと、研修生は聞いていなかったようだ。

 

 試験に緊張感を持たせるためだろうか。

 さて、どう説明すべきなのか……。

 

「あ! 先輩後ろ!」

「ん?」

 

 突如ハルが、大きな声をあげた。

 視線は顎に手を当てて、何と言ったらいいか考えていたリィンの後ろ。

 

 ダーク・ラグネが、リィン目掛けて爪を振り上げていた。

 

「ああっと……『マッシブハンター』」

 

 マッシブハンター。

 そうスキル名を呟いた瞬間、リィンが青い光に包まれて――そして、ラグネの爪が直撃した。

 

「……――っと」

 

 完膚なきまでの直撃である。

 嫌な音が、森林に響き渡る。

 

「えーっと、……なんて説明したらいいいのかしら」

 

 しかし。

 リィンは、怪我一つ負っていなかった。

 

 というか怪我どころか、一歩もその場から動いてすらいない。

 

 まるで攻撃なんて、無かったかのように。

 

「……え?」

「……は?」

 

「……ま、シズクが来てから説明は任せればいいか」

 

 相変わらず、そんな無責任な発言をしてしまうコミュ障気味なリィンであった。

 仲良く大口を開けて驚くハルとイズミから視線を外して、再びラグネに向き直る。

 

「『ウォークライ』」

 

 赤い光が、リィンの身体から広がった。

 

 ウォークライ。

 エネミーの注意を自分に引きつけるハンターのスキルである。

 

 これによって、ダーク・ラグネと取り巻きのダガンの注目はリィンに集まった。

 

「キシャァアアアアアア!」

 

 蟲特有の甲高い雄叫びを上げながら、ラグネとダガンの群れは次々と爪を振るいだす。

 

 その爪を一切(・・)避けることなく、リィンは歩き出した。

 複数のダガンを連れながら、ラグネの懐――弱点であるコアの、真下へと。

 

「ゾンディール」

 

 ゾンディールは、電磁力フィールドを展開してその中心に敵を集めるテクニックだ。

 ダーク・ラグネ等の大型エネミーを動かすほどの力は無いが、ダガン程度なら容易に一箇所に集めることができる。

 

 そう。

 ダーク・ラグネの、弱点の真下に。

 

「シズク、あとは頼んだわよ」

 

 ダガンにボコスカ攻撃されながら、しかして全く気にした様子も無くリィンはソードを仕舞い――タリスを取り出した。

 

 アルバタリスというコモンタリスを、ハンターで持つことができるように軽くクラフトした代物だ。

 

 そのタリスの弾を、一つ上空へと投げる。

 

「ザン……」

「キシャァアアアアアアア!」

 

 雄叫びをあげたダーク・ラグネの身体から、黒い雷が全方向に放たれた。

 

 当然、真下にいるリィンは直撃を受けることになるのだが……そんなものまるで関係ないとばかりにリィンは怯むことなく再びテクニックのチャージを開始する。

 

「――バース!」

 

 ラグネの身長より高い空間に、風のフィールドが展開された。

 

 フィールド内で行われた攻撃に反応して、風の追撃を行う風属性のテクニックである。

 

 遥か上空に展開されたザンバースのフィールド。

 何でそんな意味の分からないことを――と首を傾げながら上空を見上げるイズミとハルの視線の先に、

 

 空から落ちてくる赤い髪をした少女の姿が、映った。

 

「サテライト――」

 

 遥か上空から降下する過程で、既にチャージを終えている。

 

 赤い髪の少女――シズクは、手に持ったヴィタライフルと呼ばれるアサルトライフルの銃口をラグネの弱点に向けた。

 

「カノン!」

 

 ザンバースの射程範囲に入った瞬間、引き金を引く。

 

 次の瞬間。

 極太のレーザービームが、雲を割ってラグネの弱点に降り注いだ。

 

 サテライトカノン。

 長いチャージ時間の後、極太のレーザーを上空から撃ち下ろすアサルトライフルの切り札的フォトンアーツである。

 

「――――――!?」

 

 ラグネが、声にならない悲鳴を上げる。

 

 超高火力のビームに弱点を貫かれ、さしものラグネも――否。

 ラグネだけではなく、その真下にいたダガンの身体すら貫かれて即死していた。

 

 まさしく一網打尽。

 最後の力を振り絞って立ち上がろうとしたラグネも、ザンバースの追撃が入りあえなく沈黙した。

 

「よし、ばっちり」

 

 ちゃっかりシズクのサテライトカノンをぎりぎりで避けていたリィンは、にこりと笑って空を見上げる。

 

 視線の先には、最高の相棒(パートナー)

 シズクが重力に従って落下してくる姿があった。

 

「リィンー!」

「シズクー! ナイスショットー!」

「それはいいけど受け止めてー!」

「……? ああ、そうだったわね」

 

 成層圏から落下するくらいでアークスが死ぬわけないじゃんと一瞬思ってしまったリィンだったが、今のシズクはきっと耐えられない。

 

 シズクの防御力は、現状一般人に等しいのだった。

 

 防御に使うフォトンを全て攻撃に回した、攻撃特化。

 攻撃に使うフォトンを殆ど防御に回した、防御特化。

 

 連携を前提にした、無茶苦茶なフォトン傾向――そう。

 二人は今、俗に言う『極振り』状態なのである。

 

「うばあああああああああ!」

「よっと」

 

 落ちてくるシズクに衝撃が行かないように、上手にキャッチ。

 お姫様抱っこのような形で、リィンはシズクを受け止めた。

 

「ふぅ……うばーやっぱ高所からのダイブは怖いわ。この連携は二度とやらん」

「良いアイデアだとは思ったんだけどねぇ……」

「あの……」

「うば?」

 

 リィンに降ろされながら、シズクは声をかけられた方に振り返る。

 

 そこには眼鏡の位置を直しながらこちらの様子を伺っているイズミと、

 なにやら『格好いいもの』を見るようなキラキラした瞳をしてリィンを見るハルの姿がそこにはあった。

 

「どういう、ことですか? 今は修了試験の真っ最中の筈なのですが……」

「うば。そういえば緊張感のためだとかで研修生には伝えてないんだっけ……えーっとね」

 

 そうして、シズクによる懇切丁寧な説明が始まった。

 

 よくもまあこんな丁寧に、かつ分かりやすく説明できるものだなとシズクの背後で感心するようにリィンは頷いて――ふと、ハルの視線に気がついた。

 

「……?」

 

「成る程……確かに最近ダーカーの動きも活発化してますし、納得の対策です。ヒルダさんに問い合わせても同じ答えが返ってきましたし……救援、感謝します」

「うばー、いいってことよ。仕事だし、試験頑張ってね」

 

 あっという間に、シズクはイズミを納得させたようだった。

 

 流石である。

 リィンではこう首尾良くいかなかっただろう。

 

「じゃ、リィン。キャンプシップ戻ろうか」

「え、あ、うん」

 

 頷いて、テレパイプを開く。

 また修了試験が終わるまで、この二人を見守る任務に戻るのだ。

 

「あ、あのさ!」

「?」

 

 テレパイプを起動しようとした瞬間、突如ハルが声をあげた。

 

 視線は変わらず、リィンを向いていて、キラキラと瞳は輝いている。

 

「何か用?」

「えと、その、もしかしてお姉さん……ライトフロウ・アークライトですか!?」

「……………………」

「ボク、ファンなんですよ! カタナだけじゃなくてソードやタリスも使うんですか!? こんなところで会えるなんて……よかったらサインとか――」

「……………………………………」

 

 いや、さあ。

 確かにあいつと私は外見似てるけどさぁ。

 

 それにしたってあの変態と間違えられるとかほんとやめてくれっていうかさぁ。

 

 と、にこやかにしながらも額に怒りマークを浮かべて、リィンはハルへと歩み寄った。

 

 手を、差し伸べる。

 握手をしてくれるのか、と勘違いしたハルが伸ばした手をスルーして、彼女の襟首を掴んだ。

 

「違うわ」

 

 キス出来そうな程近くにハルの顔を引き寄せて、リィンは言う。

 

 多分、怒っているのだろう。

 姉と勘違いされて、静かにキレている。

 

「私はリィン・アークライト。ライトフロウ・アークライトの妹で――」

「…………い、もう……?」

「いつか、ライトフロウ・アークライトを越える女よ。憶えておきなさい」

 

 それだけ言って、リィンは手を離した。

 

 反動でハルが尻餅を付いたが、見向きもせずにテレパイプを起動。

 シズクと共に、キャンプシップへと帰っていった。

 

「ざまあ」

 

 二人が帰って、開口一番にイズミはハルに向けて指を差しながら言い放つ。

 

 容赦の無さ過ぎる発言に、怒るかと思って身構えたイズミだったが、ハルは意外にも反応を示さなかった。

 

 代わりに一言。

 頬をほのかに赤く染めながら、ポツリと呟いた。

 

「……かっけぇ」

「…………」

 

 呟いた言葉に、イズミは軽く目を見開いて、

 

 とりあえず殴れそうだったから頬をぶん殴った後、修了試験の続きをするべく歩き出した。

 



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面接もどき

実際オンゲで入るのに面接が必要なチームとか嫌過ぎる。


 どうしてこうなったのか。

 

 アークスシップ・ショップエリア。

 その一角にあるカフェで、シズクは静かにそっと呟いた。

 

 目の前には、よっぽど良いことが無いと頼もうとは思えないほど豪華絢爛な昼食。

 向かいの席には、これ以上無いくらい上機嫌な相方が笑顔でシズクを眺めながらパスタをくるくるとフォークに絡めていた。

 

 シズクの頭頂部には、黒いウサ耳ヘアバンド。

 いつだったかリィンが買ってきたあれだ。

 

「昼食は奢ってあげるから、代わりにこれを付けてね」

 

 リィンのその言葉に、シズクは逆らうことが出来なかった。

 

 何故なら金が無かったから。

 昼食にあてる筈だった修了試験の護衛任務の報酬が、小額だったわけではない。

 

 ただ単に、うっかり得たメセタをクラフトに使ってしまったのだ。

 

 もう完全に自分が悪いので、何も言い訳ができない……自己の中に浪費家な一面があったことには驚いた。

 

 デイリークラフトだけちょこっとやろうかとクラフトビルダー前に立った結果がこれである。

 

 まるで目に見えない何かがあたしにウサ耳を付けたがっているみたいだ、なんていうのはただの被害妄想に違いない。

 

「いやー、やっぱシズクは黒ウサ耳が似合うわねぇ……」

「うう……なんでウサ耳なんだよ世界観的にリリーパ耳とかラッピー耳にしとけよ……いやそれでも嫌だけどさぁ……」

 

 軽い意趣返しとして滅茶苦茶高いランチメニューを頼んだというのに、まるで気にした素振りを見せないリィンの台詞を無視して若干メタメタしい言葉を放つ。

 

「あ、シズク。高価いやつ頼んだんだから、今日一日それ付けててね」

「うば!?」

 

 何そのルール聞いてないんですが!?

 と嘆くシズクを楽しそうに眺めるリィンの端末に、着信が二つ入った。

 

 チーム関連の通知メールだ。

 今いいところなのにと文句を言いながら、リィンは二つのメールを開いた。

 

「…………あー」

「うば? どしたのリィン」

 

 小首を傾げるウサ耳シズク。可愛い。

 お世話をきちんとするからマイルームでこの子飼えないかしらとか考えつつ、リィンはシズクに二通のメールを手渡した。

 

「……うばば、これはこれは」

「どうする?」

「とりあえず話してみようか。面接だね面接」

 

 送られてきたメールの件名は、『チーム入団申請願』。

 送り主は、お察しの通りイズミとハルだった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「あの子たちホントよく合格できたわよね……」

「実力はあるし、度胸もあるからねぇ……まあそんなに心配しなくても、あたしが見た感じじゃそんなに悪い子達じゃなさそうだったよ」

「シズクが言うならそうなんでしょうね……いやでもうーん……」

 

 【ARK×Drops】・チームルーム。

 普段滅多に使わないどころか、チームツリーを育てる目的以外で足を運ばない場所で、二人は面接の準備を進めていた。

 

 椅子を運んだり、机を動かしたり、お茶の準備をしたり。

 そんなに大掛かりな準備をするわけではないので、それ自体はすぐに終わった。

 

 あとはイズミとハルが来るのを待つだけである。

 

 ちなみに流石にウサ耳は勘弁してもらった。

 ただし後で写真を一枚撮られることを条件に。

 

 本当、どうしてこうなった。

 

「何時に指定したっけ?」

「十三時。だからそろそろ来るわね」

 

 言って、リィンはアイテムパックから眼鏡を取り出すとそれを掛けた。

 

 青色の知的な眼鏡である。

 

 ……勿論、リィンは普段眼鏡など掛けていない。これは先ほどマイショップで取り急ぎ購入したものだ。

 

「…………リィン、何故眼鏡?」

「え? 面接官って眼鏡をかけてるものじゃないの?」

「…………」

 

 まあ、似合ってるし可愛いからいいか。

 

 どうせ漫画知識だろう。

 こういう偏った知識を矯正するために、今度何か漫画以外のものを読ませないとなぁ、と。

 

 シズクが何を読ませようかインターネットで検索しようとした直後だった。

 

「失礼します」

「失礼しまーす!」

 

 イズミとハルの二人が、チームルームへと入室してきた。

 

 イズミは礼儀正しく、ハルは元気一杯に。

 相変わらず面白いくらい対照的な二人だったが、今の二人にはなんと共通点があった。

 

 どちらも、顔を大きく腫らしていたのである。

 青痣もところどころにできていて、折角の美少女が台無しになっていた。

 

「改めましてハルです! 今日はよろしくお願いします!」

「イズミです。よろしくお願いいたします」

 

 あ、先輩にはちゃんと敬語使ってくれるのね。

 とかそんな考えがシズクとリィンの頭を過ぎるが、今はそんなものどうでもいい。

 

「……ど、どうしたのその顔」

「あ、これですか? イズミが喧嘩売ってきたので仕方なく買ってあげただけです」

「あ゛? 先に手を出したのはそっちでしょうが」

「ぷぷぷのぷー、先手必勝っていう四字熟語も知らないの?」

「その『ぷぷぷのぷー』ってやつ可愛くてむかつくからやめなさいぶっ飛ばすわよ」

「ステイステイ」

 

 二人に会話させると、長々と話し続けた末に喧嘩を始める未来しか見えなかったので、間に入って止めるシズクであった。

 

「何はともあれとりあえず……顔の腫れくらい治してね、はいこれモノメイト」

 

 モノメイトを飲んどけば、これくらいの顔の傷くらいすぐに引くだろう。

 

 しかしほんと、仲が良いのか悪いのか分かり辛い二人である。

 シズクの察しの良さを持ってしても、イマイチ分からない。

 

 お互いに相当複雑な感情を抱いているのだろう。

 シズクは、複雑な感情を察するのは苦手なのだ。

 

「と、いうわけで。あたしが副リーダーのシズクで……」

「私がリーダーのリィン・アークライトよ。よろしく」

 

 モノメイトを飲んで綺麗な顔に戻った二人を座らせて、シズクとリィンも向かい合うように彼女らの正面に座る。

 

 お茶を全員分注いで、面接開始である。

 とは言っても面接をする側のノウハウなんてものは持っていないので、まずは無難なところから。

 

「じゃあまずは自己PRをして貰おうかな、イズミちゃんからお願い」

「自己PR……自己PRって何を話せばいいんですか?」

「名前と、年齢と……あとは好きなものとか嫌いなものとか、趣味特技とか? 将来の夢とかも聞いておきたいね」

 

 流石に就職活動中の大学生じゃないのだから、自己PRの練習はおろか面接というもの自体初めての体験なのだろう。

 少し考えるように手を顎に当て、その後軽く眼鏡の位置を直してから語り始めた。

 

「名前はイズミ。年齢は13歳で、好きなものは特にありません。嫌いなものはコレ」

 

 コレ、とイズミはハルを指差す。

 ただ、この程度の悪口は今更なようで、ハルは軽くイズミを睨むだけで喧嘩には発展しなかった。

 

 もしかしたら面接中ということで自重しているのかもしれないが。

 

「趣味は修行、特技は……勉強? ですかね」

「うっわつまんねー趣味特技」

「黙りなさい。将来の夢は……最強のアークスです」

 

 以上。

 と言って、イズミは自己PRを終えた。

 

 将来の夢は、最強のアークス。

 それと、趣味は修行というワードが琴線に触れたのか、リィンが「ほぉ」と声を漏らす。

 

「修行が趣味か、いいわね。今度一緒に滝行でもしましょう」

「……それ意味あるんですか?」

「精神力を鍛えるのはフォトンを扱う上で大事よ?」

 

 同じようなことをサラに言われて、滝壺に叩き落されたことを思い出しながらリィンは言う。

 

 マリアの弟子だけあって、サラの指導もかなりのスパルタだったのだ。

 

「では、まあ……機会があれば是非」

「……じゃあ次ボクの番ね!」

 

 喰い気味に、ハルは手を大きく挙げた。

 やっぱ元気な子だなぁ、と思いながら、シズクは苦笑いで「うば、どうぞ」とハルの自己PRを促す。

 

「ボクの名前はハル! 年齢は13歳! 好きなものは自分、嫌いなものはイズミです!」

「うばー、ある意味両想いだね……」

 

 なんて嫌な両想いなのだろうか。

 でも、お互い嫌いあってるはずなのに、一緒のチームに入りたがってることに関しては特に何も言わないんだよなぁ。

 

 もうその辺の言い争いは終わっているのか。それとも……。

 

「趣味はゲーム、アニメ、漫画。特技は運動全般です! 将来の夢は……」

 

 言って、ハルはちらりとリィンの顔を伺った。

 その後怨めしそうにイズミを睨み、ため息を一つ。

 

「……?」

「将来の夢は、最強のアークスです!」

「ちょ、真似しないでよ」

「真似とかじゃないしー! アークスたるもの志は高く持っておくべしだしー!」

 

 ぷくーっと頬を膨らませ、拗ねるように叫ぶハル。

 なんというか、思考が読めない子だなぁと思いながら、リィンはちらりとシズクの様子を伺った。

 

 すると、シズクは、

 

「……あーなるほどそういう感じねぇ……」

 

 と、何かを察したように、小さく呟いていた。

 

 いつものように能力で、何かに気づいたのだろう。

 しかしてその表情は、何故か笑っていない。

 

 真顔である。

 

(シズク……?)

「それじゃあ次は志望理由でも訊こうかな、じゃあまたイズミちゃんから」

 

 パッと笑顔に切り替えて、シズクはイズミに向けて言った。

 

 気のせいだったかな? とリィンが後輩二人の方に視線を戻すと……。

 

 イズミはリィンを親の仇でも見るかのような鋭い目つきで睨んでいて、

 ハルはリィンをキラキラとした羨望の眼差しで見つめていた。

 

「……!?」

「私の、志望理由はですね……さっきも言ったとおり私は最強のアークスになりたいんですよ」

 

 もしかして、自分だけ状況に付いていけてない? と不安になるリィンを他所に、イズミは語り始める。

 

 変わらず、リィンを睨んだまま。

 

「だけど、いきなり何のステップも踏まずに最強になれるなんて言うほど私は自惚れていません。目標は堅実に目の前のことから……だから修了試験でお二人を見て、思ったんです」

「…………」

「若くて、女性で、そこそこ強い。お二人は最初の目標として丁度よかったのですよ」

 

 にやり、とイズミは笑う。

 13歳の少女とは思えない、狡猾な笑みだ。

 

「『目標を達成した』、と……つまり、お二人から学ぶものが無くなったと感じたらすぐにチームから出て行くので悪しからず」

 

 そう言って、イズミは優雅にお茶を啜った。

 

 中々不遜なことを言う子だ。

 まあだが、そういうのも若いうちは全然有りだ(歳はシズクと同い年だが)。

 

 さて何と返してやろうか、とシズクが思考を始めた瞬間。

 

 ハルが、「え?」と素っ頓狂な声をあげた。

 

「え? そうなの? ボクてっきり男性恐怖症かつコミュ症だから、人数少なめで女性しかいないチームの人と、修了試験でちょっとしたコネが出来たから此処に入ろうとしてると思ってたわ」

「ぷはっ!?」

 

 シリアスさんが、一瞬で何処かに飛んでいった瞬間だった。

 

 辛うじて吐き出さなかったが、お茶が気管に入ってしまったようでしばらく悶え苦しんだあと――イズミはハルを睨みつけ、叫ぶ。

 

「ななななな、な、何を言ってるのアナタは! 別に私確かに友達は少ないけど男性恐怖症でもコミュ症でもないわ! 変なこと言って私の株を下げようとしないでくれる!?」

「だってこの前研修所の後輩男子に道を訊ねられた時、ソッコーでボクの後ろに隠れてたじゃん」

「わー! わー! ち、違うわよ! あれはアナタの背中が隙だらけだったから抉りこむように背中からボディーブローをかましてやろうと思って……」

「かまさなかったじゃん」

「やめといてあげたのよ! 私の海のような慈悲深さに感謝しなさい!」

「…………」

 

 勿論、最初に言った志望理由も嘘ではないのだろう。

 

 でも多分それ以上に、後者のハルが言った理由が本音なんだろうなぁ、とシズクは思うのであった。

 

「じゃあ次はボクの志望理由ですね! えーっとですね、ボクはぁ」

「ちょっと待って! 今の理由で納得してもらったら私困るんですけど!?」

 

 だがしかし。

 ハルがそんなもの待つわけがなく、イズミの抗議を無視して彼女は語りだす。

 

 あえて悪く言うと、自分語り大好き少女なのである。

 

「ボクはですねぇ、ぶっちゃけて言っちゃうと、その、リィンさんに惚れ……いや、憧れちゃいまして」

「……私に? ……言っておくけど、私からお姉ちゃんを紹介して貰おうとしても無駄よ? もう関係は断絶してるから」

「あ、そうなんですか? でもそんなこと考えてませんよー、ただ純粋に……ボクらを助けてくれたアナタの背中が、格好良かったなぁって」

 

 そう思ったからです、と。

 ハルは満面の笑みで答えた。

 

「ふぅん……まあ、悪い気はしないわね」

 

 若干照れながら、リィンは言う。

 なんというか、先輩ってこんな感じなのか。

 

 思えば始めての後輩だ。

 メイさんやアヤさんもこんな気分だったのだろうか。

 

「リィン、頬緩んでるよ」

「え、嘘」

「全くもう……」

 

 なんてことを考えていたら、呆れた様子のシズクに怒られてしまった。

 

 なんか、シズク、機嫌悪い?

 いやでもすぐに笑顔に戻ったし……。

 

(……気のせい、かな?)

「うばば、ハルちゃん、リィンに憧れるのはいいけどあたしとも仲良くしようね。勿論、イズミちゃんも」

「とーぜんですよ先輩! ボクは何処かのコミュ症とは違いますから! 頑張ってチームを盛り上げましょう!」

「だからコミュ症じゃないっての! ……ん? 仲良くしようってことは……」

「うん、二人ともこれからよろしくね」

 

 何はともあれ。

 問題児ではあれど、悪い子たちでは無さそうだ。

 

 合格である。

 リィンとは相談してないが、元々こういう判断はシズクに一任されているのだ。

 

 それに一応リィンの様子も伺ったが、特に問題無さそうだったし。

 

「よろしくお願いします!」

「まあ、よろしくです……」

 

 こうして、チーム【ARK×Drops】に新しいメンバーが加入した。

 

 イズミとハル。

 才能ある若き問題児が、この先物語にどう影響を与えていくのか。

 

 それはまだ、誰にも分からない未来の話。

 




(実は作者にも分からない)。
何でハルちゃんリィンに惚れてるんだろう……元気キャラはホント勝手に動くなぁ……。


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VR空間

難産でした。
文章力ほすぃ……。


(しかしまあ、やっぱそう(・・)よね)

 

 面接もどきを終えて、雑談タイム。

 

 リィン、シズク、イズミ、ハルの新生【ARK×Drops】四人で卓を囲みながら少女特有のきゃっきゃうふふ恋バナを……勿論この四人はしたりしない。

 

 恋愛に興味が無いことは無いが、それよりも冒険したいお年頃なのだ。

 

 よって話の内容は大抵アークスあるあるだったり、先輩から後輩に対するアドバイスだったりである。

 

 ユニットの強化は武器より遥かに楽だからしたほうがいいよ、とか。

 モニカは可愛い顔して悪魔だから気をつけろ、とか。

 近接職でも遠距離攻撃の手段は持っておいたほうがいいよ、とか。

 初めてツインマシンガン使った時変なPA出ちゃったよね、とか。

 

 そんな感じの雑談の最中。

 リィンは、やっぱりそうだよね、と確認するように頷いた。

 

(シズク、イズミ、ハル。全員同い年だけど――)

(シズクの精神年齢だけ、ずば抜けて高い)

 

 というより、高すぎる。

 「うばー」という気の抜けた口癖に誤魔化されそうになるが、リィンよりも高いのは確かだろう。

 

 これはもう、シズクはもうすぐ誕生日だけど、イズミとハルは誕生日を過ぎたばかりだから、とか。

 数ヶ月多く、アークスとしての活動をしているから、とかそういう次元じゃあない。

 

 これも、『能力』の影響なのだろうか。

 他人(ヒト)より多くのものが視えるが故の、弊害――ではないか。

 

 むしろ恩恵と言える様な影響である。

 

 ――ここで、まあならいいか、と思考を打ち切ってしまうのがリィンがリィンたる所以であろう。

 

 深く考えないのは、リィンの美点でもあり――欠点だ。

 

 今ここで深く考えていれば、シズクの正体――とまでは言わずとも、その一片に近づけたかもしれないのに。

 

 尤も、リィンが近づきたいかどうかは別としてだが。

 

「ところでさ――」

 

 と、いうわけで。

 

 そんな深く考えない少女、リィン・アークライトが。

 

 深く考えずに、というかふと思ったことを口に出した言葉が、

 

 以下である。

 

「イズミとハルって、どっちのが強いの?」

 

 模擬戦くらいやったことあるでしょ? っと。

 

 深く考えればどころか、ちょっと考えればどうなるか分かるような言葉を放ってしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 VR――仮想現実(バーチャルリアリティ)

 

 実際には無いものを、あたかも目の前の現実にあるように見せかける技術の総称である。

 

 目の錯覚を利用して、擬似的に絵を浮かび上がらせる陳腐な物から、五感を人工的に誤認させて触感から味覚まで、完全なる仮想の何かを創造する物まで千差万別にあるそのジャンルの中で……、

 

 アークスが持つVR技術は、間違いなく全宇宙の中でも最高峰に位置する一つだろう。

 

 現実と変わりない仮想世界を構築し、現実と変わりないアバター体でその世界にダイブする。

 集められた戦闘データから、好きなエネミーを仮想空間に再現し、好きなだけ戦うことができる。

 

 しかもドロップアイテムも全て――とまではいかないが、ある程度を現実に持ち帰ることができるという、聞けば聞くほどどんな技術力だよとツッコミを入れざるを得ない超技術なのだ。

 

 勿論アバター体が傷ついても現実の身体にはなんら影響はない――わけではないのが唯一の欠点だが、それだってアバターが死んでも現実の身体が死ぬわけではない程度のものだ。

 

 それはつまり、仮想空間内ではアークス同士の本気戦闘だって可能ということである。

 

「デッドリーアーチャー!」

「甘い甘い! ダッキングブロウ!」

 

 ダブルセイバーとナックルが、剣撃と拳撃が交差し合う。

 

 どちらもまだ未熟な太刀筋であり、しかして同程度の実力同士ということもあって、勝負は長引きそうだ。

 

 そう。

 お察しの通り、イズミとハルが模擬戦の真っ最中である。

 

 リィンの発言をトリガーとして、後は売り言葉に買い言葉。

 あっという間に喧嘩が始まり、喧嘩するくらいなら模擬戦にしとけという先輩の言葉を受けて【ARK×Drops】の四人は戦闘訓練用のVR空間にやってきたのだ。

 

 殺風景な、遮蔽物も無いもない平面のバトルフィールドで、後輩二人はバトル。

 先輩二人は邪魔にならないように隅っこで観戦中だ。

 

「一時間経過……長引きすぎでしょ、どんだけ実力僅差なの」

「うばー、そうね。……実力差が近いのもあるけど、互いに互いの動きを完全に把握してるのも理由の一つだね」

「互いに対人メタを張りあってるってこと?」

「うん、しかも無意識にね」

 

 お互いに、相手の癖や思考を知り尽くしている。

 

 多分研修時代にずっと、喧嘩ばかりしていたのだろう。

 戦闘研修は対人戦よりも対エネミーを想定したシミュレーションばかりだから、自主的に。

 

 二人で何度も何度も何度も何度も、ことあるごとに衝突してきた。

 

 その結果が、これか、と。

 

 シズクは少し落胆するようにため息を吐いた。

 

「アクロエフェクト!」

 

 イズミのダブルセイバーが、舞うように振るわれる。

 

 二連撃の後、後退しながら切り上げを放つフォトンアーツだ。

 

 しかしハルはそれを予測していたかのように身体を大きく傾けることで二連撃を避け、最後にサイドステップで切り上げも避けた。

 

 あまりにも簡単そうに避けているから、一見凄そうに見えるが……これは単に、『アクロエフェクトを避けること』に慣れているだけである。

 

「デッドリー……アーチャー!」

 

 身体を弓のように振り絞り、ダブルセイバーを高速回転させながら投げるフォトンアーツ。

 

 アクロエフェクトの後退によって空いた距離を、詰めさせないための牽制だ。

 ハルはその攻撃も予想していたかのように、イズミがデッドリーアーチャーを放つ前からそれを避ける動きを見せていた。

 

「ストレイト……!」

 

 ハルの右手に、フォトンが集まっていく。

 自身の僅か数cm左でヨーヨーのように高速回転しているデッドリーアーチャーを片目に、負けてたまるかと大きく足を踏み出した。

 

「チャージ!」

 

 拳を前に突き出して、高速突進(チャージ)

 デッドリーアーチャーの後隙を狙った、良い攻撃だ。

 

「アクロ、エフェクト!」

 

 ダブルセイバーが手元に戻ってきたと同時に、イズミはもう一度アクロエフェクトを放った。

 

 剣の切っ先で、器用に拳の力を逸らしながら、後退。

 詰められた距離を空けるように、イズミはそのまま大きくバックステップで距離を取った。

 

「逃げんな! チキン!」

「戦略的撤退よ! この脳筋!」

 

 さっきからずっと、この調子だ。

 

 イズミは守りが得意で、ハルは攻めが得意。

 ……というわけでは、無い。

 

 そうだったとしたら、幾分かマシだったろう。

 

 イズミの使っている武器、ダブルセイバーは近中距離に対応可能な万能系の武器種だ。

 そしてハルの使っている武器はナックル、超至近距離で拳によるラッシュをかける、近距離重視の武器だ。

 

 当然、近距離での殴りあいはハルに分がある。

 

 故にイズミはハルの射程距離から『アクロエフェクト』でひたすら逃げ、『デッドリーアーチャー』等の中距離攻撃でハルの体力を削るという戦法が身体に染みついてしまっただけだし、

 ハルはハルでイズミの攻撃タイミングや呼吸、癖に慣れた結果、守りを最低限にしてひたすら突貫し攻撃するという玉砕スタイルが奇跡的なバランスで超攻撃スタイルとして成り立ってしまっているだけである。

 

「二人だけで競ってきた、弊害ってこと?」

「うばー……まあ、そうだね。でも欠点がハッキリ分かってるなら直すのも楽だし……悪くは無いかな」

 

 言って、シズクは耳に手を当てて何かをぽつりと呟く。

 

 それと同時に、戦闘中のハルが一瞬ちらりとシズクに目線を向けた。

 

 ウィスパーチャットで、シズクが何かハルにアドバイスをあげたようだ。

 彼女の攻撃の手が止まって、イズミからバックステップで距離を取った。

 

「……? 何のつもり?」

 

 訝しがりながらも、イズミは距離を詰めるべく足を踏み出す。

 

 ダブルセイバーが万能型の武器といえど、近距離職であるファイターの武器である。

 

 遠距離での攻撃は、流石に不得手だ。

 勿論それはナックルも同じなのだが、遠くから睨みあいなんてするつもりは無いとイズミは『デッドリーアーチャー』が最大の効果を発揮する距離まで詰めるべく駆けだして――。

 

 

 ――そしてそれに合わせるように、ハルはVR空間の床を砕かんばかりに強く蹴り、イズミに向かって駆け出した。

 

 

「な――!?」

 

 当然、お互いに前進すれば距離は大きく詰まる。

 

 イズミがハルの意図に気付いて減速しようとしても、もう遅い。

 二人の距離は、最早肉薄と表現できるほど近づいていた。

 

「アクロエフェクト!」

 

 即座にアクロエフェクトを発動して退避しようとしたのは、流石の一言だろう。

 

 反応というより、反射。

 リィンの防御技術とはまた違う、反復の末に身に染みた(・・・)技術。

 

「おお……!」

 

 ハルが、搾り出すような雄叫びをあげる。

 

 シズクがハルに囁いたアドバイスは、要約すると二つ。

 

 一つは、押して駄目なら引いてみろ。

 そして、もう一つはアクロエフェクトに対する対処法。

 

 『避けるなら、横にじゃなくて斜め前に』。

 

「――――っ!?」

「――もらったぁ!」

 

 剣戟の隙間を縫うように、姿勢を低くし斜め前方へとハルは突っ込んだ。

 

 ここまで踏み込まれれば、多少の後退など意味は無い。

 

 二人の距離は完全にナックルの独壇場である超近距離になり、そしてさらにイズミはアクロエフェクトの後隙で硬直状態。

 

「スライドアッパー!」

 

 ハルのアッパーが、完全にイズミの顎を捉えた。

 

 勝負あり。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「な、納得いかないわー!」

 

 VR空間に、イズミの叫びが木霊した。

 

 当然といえば当然なのだろう。

 猪突猛進にしてノータリン。考え無しの脳筋であるハルが突然『後退』という彼女の辞書に載っていないであろう行動をした挙句、こちらの突撃に合わせて突撃するという単純ではあるがこれまたハルの辞書には載っていないに違いない『作戦』を使った。

 

 そこまではまだいい。

 だがしかしそれは、シズクの入れ知恵だというのだ。

 

 イズミからしてみれば、贔屓にしか見えなくて当然だろう。

 

「ズルですズル! 再試合を要求します!」

「うばー、いやね、一時間は流石に長すぎよ。そりゃ横槍も入れたくなるわ」

「つ、次は一瞬で決めて見せます!」

「いや無理無理。だって二人の実力、ほんとに互角だもん」

「え!?」

 

 驚きの声をあげたのは、何故かハルだった。

 

 目を見開いて、掴みかからんばかりの勢いでシズクへと詰め寄る。

 

「どーしてですか! 今ボクが勝ったからボクの方が上だよ!」

「いやそれは……」

「今のはシズクさんのアドバイスのおかげでしょうが! 何処から来るのよその自信は!」

 

 ああ……また喧嘩に発展しそうな流れになってきた。

 

 本当に子供っぽい二人だ。

 今までメイやアヤ、マリアにサラにゼノと、『大人』に囲まれてきたから余計にそう思う。

 

(いや……)

(あたしは同い年なんだけどさ……)

「まあまあ、喧嘩は無しにしましょうよ」

「うばー、そうだよ。これから一緒にやってく仲間なんだから、些細なことで喧嘩されちゃこっちが良い迷惑だわ」

「……むー」

「……はーい」

 

 まあでも、二人は致命的なほどに仲が悪いわけではなさそうだ。

 感覚的には、喧嘩友達といった感じなのだろか。そう称したら多分二人は怒るだろうけど、その言葉が一番しっくりくるように感じる。

 

「しかしまあ、面白いくらい二人の長所と短所がハッキリ分かるバトルだったわね……」

 

 話題を変えるように、リィンは言う。

 

 イズミの長所は攻撃を捌くのが上手く、僅かな隙でも攻撃に転じられる器用さ。

 ハルの長所は絶え間ない攻撃を繰り出し、身軽なフットワークで翻弄する俊敏さ。

 

 しかしイズミは後退癖があることから決定力、攻撃力に欠け、

 ハルは攻撃パターンが単調で、避けることを考えないものだから戦略性、防御力に欠ける。

 

「うばうば、まさにそうだね。予定外のバトルだったけど、案外収穫はあった」

 

 二人の戦闘は既に終了試験の時にある程度見ているけど、あの時は互いに互いの足を引っ張り合っていたため正確な実力は計れなかったのだ(それでも合格できている辺り、この子達のポテンシャルの高さを伺えるが)。

 

 予定外の予想外だったが、二人の実力は知れた。

 それを求められたわけでは無いし、師弟関係でもないんだから大きなお世話かもしれないが。

 

 あえて、アドバイスをするのなら――。

 

「うばば、ハルは長所を伸ばすためにもっと色んなヒトとの戦闘経験を積んだ方がいいね。頭で考えるより、感じる方が得意でしょ?」

「ハルは短所をちょっとは補った方がいいんじゃない? ごり押しが通じない相手だっているんだから、戦略って程大げさなものじゃなくても、次の手を考えるってことくらいしたほうがいいと思うわ」

「え?」

「え?」

 

 シズクとリィンの、意見が割れた。

 

 思わず互いに顔を見合わせ、苦笑い。

 気を取り直してもう一度、次はイズミへアドバイス。

 

「うば。イズミも長所を伸ばすべきだね。折角防御技術が上手いんだから、そっち方面を伸ばすべき。防御は最大の攻撃なんだからさ」

「イズミは短所を補うべきね。いくら守るのが上手くても、それで作り出した攻撃チャンスで相手を倒せなきゃジリ貧で押し切られちゃうわよ」

「は?」

「あ?」

 

 またも、意見が割れた。

 

 二人は再び視線を交わす――ただし、睨みあうといった表現が正しいといえるような形相で。

 

「…………」

「…………」

「……あ、あの? 先輩方?」

「え、ちょ、何この雰囲気」

 

 唐突な展開に、流石の後輩たちも困り顔だ。

 

 尚、シズクとリィンの意見が割れることは、実のところそう珍しいことではない。

 

 そもそも根本的に正反対な性格をしているのだ。

 一ヶ月前のような大喧嘩こそ珍しいものの、些細な意見の食い違いはあって当然。

 

 いつものことである。

 

 だから、今程度の意見割れで二人の仲が引き裂かれるわけもなく。

 

「……と、いう感じで」

 

 と、さっきまでの形相が嘘のように晴れやかな笑顔を、シズクは後輩たちに向けた。

 

「些細なことで一々喧嘩されると、周りの人はすっげー迷惑なのでやめましょう」

「……え、あ」

「ぼ、ボクたちへの説教のために一芝居うったんですか……?」

 

 即興だけどね、とシズクは頷く。

 

「意見がリィンと食い違ったから、丁度いいタイミングだし説教に利用してしまえって思っただけ」

「え、いや、相談も無しに?」

「いや、こう、アイコンタクトで」

 

 ね? リィン? とシズクは相棒に視線を送る。

 

 リィンは、事もなさげに頷いた。

 

 仮にも連携特化を謳うコンビなのだ。

 アイコンタクトくらいは、一ヶ月前修行が始まってから最初の三日で会得した。

 

 まあ尤も、前衛後衛という戦形の都合上あまり使うことの無い技術なのだが……。

 

「……気持ち悪いくらい仲が良いですね」

「まあね」

 

 あたしから見たら、貴方たちは気持ち良いくらい仲よさげだけどね――と。

 

 シズクが言おうとした直後、VR空間に目覚まし時計のような音が響いた。

 

 タイムアップである。

 VR空間使用には時間制限があるのだ。

 

 仮想空間といえども維持費用はかかるし、そもそもその仮想空間に潜るための機器は無限にあるわけではない。

 

 故に、使用には時間制限が設定されているのであった。

 

「うば。もう時間か……これからどうする? カラオケでも行く?」

 と、シズク。

「カラオケ! さんせー!」

 と、ハル。

「カラオケ……私特に歌える曲無いけど行っていいのかな?」

 と、リィン。

「私はそんな俗物的な遊技場に興味ありません。どうぞお三方で行ってください」

 と、イズミ。

 話題は一転して雑談モードだ。

 

 眼鏡を指で押し上げ、カラオケなんてくだらないと一蹴したイズミを指で差しながら、ハルは侮蔑の笑みと共に言う。

 

「イズミは音痴だから行きたくないそうです」

「は!? 違うし音痴なんかじゃないし!」

「じゃあカラオケ来てボクと勝負してみる?」

「望むところよ!」

 

 とまあ、やっぱりお前ら仲いいじゃねーか的な雑談をしつつ、一行はVR空間から退出した。

 

 その後行ったカラオケ勝負については、まあ、

 

 『レアドロ☆koi☆恋』を歌ったシズクがぶっちぎり過ぎて、他の三人の点差はほぼ誤差だったとだけ、記述しておこう。




小説書いてていつも思うんだけど、繋ぎの回を難なく書ける人すげぇ。


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タイムアタック編①:走破演習:ナベリウス初級

ということでタイムアタック編開始です。


「……ふむ」

 

 アークスシップ・資料室。

 

 マザーシップに記録・管理されているような貴重かつ重要な資料ではなく、誰にでも公開されている情報が資料としてまとめて保管されている部屋である。

 

 勿論大抵の情報はデータとしてオンライン上に保存されており、それを他の場所からオンライン経由で資料閲覧は可能なので、態々この資料室に足を運ぶ理由なんてデータサーバのメンテナンスか、後は精々――。

 

「やはり、シズクさんの能力は『マジック』なのでしょうか……?」

 

 長身痩躯の男が、紐で束ねられた紙の本を捲りながら呟いた。

 

 ライトグリーンの髪、スタイリッシュなサングラス、そして道化のような衣装と帽子。

 

 六芒均衡の三、カスラである。

 そう、資料室に直接足を運ぶ必要がある理由のもう一つは、紙資料の閲覧だ。

 

 フォトナーがまだヒトの身体を持っていた時代の、初期の初期。

 それこそフォトナーがフォトンを扱い始めたばかりの頃から残る、歴史的価値のある書籍たちもまた、この資料室に数こそ少ないものの残っているのだ。

 

 当然殆どの書籍の中身はデータ化され電子書籍として読めるようになっているのだが、カスラがページを捲っているその本は『殆ど』の中に入っていないものだった。

 

 『マジック』。

 そう呼称される技術に関する、専門書だ。

 

 マジックというのは、テクニックの原型(アーキタイプ)の呼び名である。

 

 フォイエやザン、メギドやレスタ等の便利な魔法の、原点。

 極々一部のヒトのみが使用できた、超能力とでも言うべきか。

 

 そういった一部のヒトのみが使えたマジックを、万人に使えるような枠組み(テンプレート)に収めたのがテクニックなのだ。

 

 故に、今では使用者がほぼ居なくなった技術のため、こういう古文書の方が情報が多いのである。

 

「マジック使いの力量は千差万別。フォイエよりも遥かに小さい炎を灯すことしかできないものから――『時間を停める』という埒外な術者までいたそうですし……」

 

 シズクが、時間停止と同等。

 またはそれ以上のマジックを使っていても不思議ではない。

 

 例えば、セキュリティを突破するマジック。

 

 マザーシップの堅牢なファイアーウォールから、ヒトの心という最強のプライベートエリアまで。

 余すことなくあらゆる防壁(セキュリティ)を突破し、真実へと辿りつくマジックを使えるとしたら。

 

 彼女の能力に一応の説明は付くのではないだろうか。

 

 資料を読む限りではマジックというのは型に嵌った技術であるテクニックと違い、わりと何でもありに人それぞれだったようだし……。

 

 何より、無意識かつ自動的にマジックを発動してしまうほど素質に溢れた存在も居たらしい。

 

 尤もこれは、公式的な資料ではなくゴシップ的な記事に書かれていたことだが。

 

「『不思議なことが起きた! これはきっと魔法使い(マジックユーザー)の仕業に違いない!』……というのは些か現代人の発言としては不適切、というか無責任ですが……」

 

 1%しか可能性として存在しなくても、他の全可能性が0%であるならそれが真実なのだ。

 

 まあでも、カスラはアークスの中でも随一の知見を誇る六芒均衡ではあるが、全知ではない。

 

 多少可能性がある説が生まれただけで、他の可能性が全て潰えたわけではないが……。

 

「今度、シズクさんに会ったら訊いてみますか」

 

 そう言って、カスラは紙の本を閉じる。

 

 その本の表紙に書かれていた題名は――『魔女狩りの仕方』。

 

 マジック使いへの"対策"が書かれているが故に、マジックに関して深く記された古文書である。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「いや、あたしの能力はマジックじゃないよ」

 

 と、シズクはあっけからんと言った。

 

 場所はアークスシップ・ゲートエリア。

 日付は、A.P.238/6/13――【ARK×Drops】の四人でVR空間に入ったあの日から三日後。

 

 リィンはふと思い出したように「シズクの能力って実はマジックだったってことは無いの?」と訊いたのだ。

 

 わりと唐突な質問だったので思わず面を食らったシズクだったが、返答自体は素っ気無いものだった。

 

 シズクの能力は、マジックじゃあない。

 

「あたしも五歳くらいまではそうじゃないかって思ってたけどね……色々考えてみた結果、似てるけど別物っぽい」

「ふぅん……ちなみにどう違うの?」

「やっぱし感覚的な話になっちゃうんだけど……マジックやテクニックはフォトンをエネルギーとして(・・・・・・・・)使ってる。けどあたしの能力はフォトンを道として(・・・・)使ってるの」

「何それ、どう違うの?」

「いやだから、あたしの感覚的な話だから詳しく話そうにも話せないんだけどね」

 

 エネルギーではなく、道。

 

 確かに近いようで、遠い。

 しかしそれほど的外れではなく、シズクが五歳までそう思っていたことも納得な近似感だ。あくまで感覚だけど。

 

「フォトンって実はエネルギー利用以外にも色々と使い道があるんだけど……エネルギー利用以外の使い方は説明が難しいんだよね……」

「へぇ、フォトンって大気中や体内にある不思議エネルギー! ってイメージだったんだけど、本当に不思議なのね」

「まあ……その認識で間違いではない、か」

 

 雑な認識である。

 リィンが勉学も優秀だという設定は何処に行ったのだろうか。

 

 まあ、学校の勉強が出来るやつが頭良いとは限らないのが世の常である。

 学校の勉強が出来るやつの大半は頭が良いのではなく要領が良いのだ。

 

「ていうか軽く流したけど五歳の頃からそんなこと考えてたのね」

「…………うばー、まあね」

 

 実際には、零歳の頃からそんなことばかり考えていたのだが。

 

 シズクがそれを口にすることは無かった。

 自慢話っぽくなってしまうし、積極的に話したいことでもないのだ。

 

「さて、と」

 

 と、雑談がきり良く終わったところで、シズクとリィンは足を止めた。

 

 ゲートエリアの中央辺りにあるベンチに隣同士腰掛けて、持っていた荷物を置く。

 

 荷物の中身は、パーティグッズが少々と食料が大量だ。

 まるでこれから誕生日パーティの準備をするような様相である。

 

「買い忘れは無いわね……明日はシズクの誕生日(・・・・・・・・・・)だし、張り切らなきゃ」

「うばー……、嬉しいけど別にそんな気合を込めなくてもいいよ? あたしの誕生日っつっても正確にはあたしが『拾われた』日なんだからさ」

「何言ってんのよ。私が気合を込めなくて誰が気合を込めるというの」

 

 ふんす、とリィンは鼻を鳴らした。

 彼女にしては珍しい気合の込め方である。

 

「何せシズクのために私の手料理を振舞おうっていうんだからね、気合も入るわよ」

「いやほんと、気合を入れてもいいけどルインの意見を聞き入れてよ? 頼むよ?」

「安心しなさい、料理の練習なら行間でちょくちょくしてたわ。この日に向けて地道に努力を重ねてきたのよ」

「うばー……努力、ねぇ……」

「ちなみにその努力の様子は翌週投下される番外編で垣間見ることが出来るわ」

「何処視点からの台詞なんだよ……」

 

 人生に番外編なんて無い。

 あったとしても今自分が行っていることが番外編かどうかなんて知る方法は無いだろう。

 

 勿論そんなのシズクにだって分からない。

 

「やっぱあたしも手伝った方が良くない?」

「駄目よ、誕生日っていうのはね、その人に『生まれてきてくれてありがとう』ってみんなで感謝するための会なのよ? 祝われるヒトは黙って祝われておきなさい」

「…………」

 

 いや、その表現は些か重い気がする。

 誕生日って、もっとこう気さくな感じでいいと思うんだが……。

 

 まあこれ以上食い下がるとリィンの機嫌を損ねかねないし、とりあえずシズクは「仕方ないなぁ」と頷くのであった。

 

 もし駄目そうなら、隙を見て手伝おうと心に決めて。

 

「……まあそれはいいとして、買い物も済んだしこれからどうする? 料理の練習? 料理の練習だよね?」

「そうね……それもいいけど別にシズクがレア掘りや金策に行くなら付き合うわよ?」

「いや、あたしは――」

「おや? そこに居るのはライトフロウ・アークライ……っと?」

 

 っと。

 突然二人の会話に割り込んできた男の声が一つ。

 

 いきなり割り込んで、いきなり姉と間違えてきたその男の方をリィンは睨みながら振り返る。

 

 そこには、赤いサングラスと赤い帽子が特徴的なアークス――『クロト』が立っていた。

 

 どうやらリィンをライトフロウと勘違いしたようである。

 姉妹だから似ているのは承知だが、やはりリィンとしてはあの姉と間違えられるのは不満のようだ。

 

「……じゃあ、無いね。となると君は噂の妹ちゃんかな?」

「……はあ、そうですけど……」

 

 さっきまでの高テンションは何処へやら。

 さり気なくシズクの影に隠れるように身を縮めながら、リィンは小さく頷いた。

 

 相変わらず初対面に弱いコミュ症である。

 

「ふむ、姉に似てクールな子だねぇ。クールビューティ姉妹、いいじゃないか」

「あの、新手のナンパですか?」

 

 見かねて、シズクは口を挟んだ。

 

 いや、ナンパとかではないんだろうなとは察しているけれど、こう言えば退いてくれるだろうという試みだ。

 

 果たして。

 効果はあったようで、クロトは「おおっと」っと言って両手を挙げながら一歩退いた。

 

「すまないね。私としたことが、確かに今のはナンパと捉えられても仕方の無い発言だった。謝罪しよう」

「いえ……別に気にしてないです」

「それと、申し遅れたね。私の名前はクロト、何処にでもいるような一山いくらのアークスだよ」

「…………」

 

 クロトというアークスの名前は、聞いたことがある。

 六芒均衡や『リン』とかの化け物連中には劣るものの、一般アークスの中ではトップクラスの実力者として名高いぶっちゃけ有名人だ。

 

 一山いくらだなんて、謙虚を通り越して嫌味にすら聞こえる言葉である。

 

「うばば、シズクです。どうもよろしくです」

「…………リィン・アークライトです」

「シズクちゃんにリィンちゃんね、ふむ……これも何かの縁かもしれないし、一つ宣伝活動をさせてもらっても構わないかな?」

 

 宣伝活動? っと二人は首を傾げる。

 

 宣伝と聞くとブレイバーを宣伝して回っていたアザナミとイオを思い出すが、最近は特に新クラスが設立されたとかいう話は聞いたことが無い。

 

(ああいや、バウンサー? っていう新クラスがまだ検討段階だけどその内設立されるんだっけ)

(でもそれもまだ先の話だしなぁ……)

「君たちは、私が発行しているクライアントオーダーのことを知っているかな?」

「クライアントオーダーを? いえ、知りませんけど……」

「やっぱりかい? どうにも知名度が足らなくてねー……君たちで一度受けてみて、軽く口コミ宣伝とかしてくれないかな?」

 

 なんだ、やっぱ新クラスじゃあなかったか。

 と少しがっかりしたものの、クライアントオーダーとなればまた違う期待が出てくる。

 

 クライアントオーダーをクリアすれば、お金やアイテムが手に入るのだ。

 

 なのでオーダーを紹介してもらえるということは、イコールで収入が増えるということでもあるのである。

 

「うっばっば、今金欠ですし、額と内容によっては受けさせて貰いますよ」

「おお、ありがたいね」

「でも知名度が足らないなら、もっと大々的に広告とか使って宣伝した方がいいんじゃないですか?」

「そうできない理由があるんだよねぇ……」

 

 言いながら、クロトは端末を操作しウィンドウ上にクライアントオーダーの発行画面を表示した。

 

 そこに、映し出されたものは――。

 

「二人とも、『タイムアタッククエスト』って知っているかい?」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 タイムアタッククエスト。通称TA。

 

 文字通り、クエスト開始からクエスト終了までのタイムを計るクエストであり、速さを求められることから普段のクエストよりも特に殲滅力・判断力・高火力が求められる特殊クエストだ。

 

 決められたルートを走り、決められた仕掛けを解き、決められたエネミーを倒す。

 

 そう聞くと、なんだ簡単そうじゃないかと思うかもしれないが、とんでもない。

 

 憶えることは多いし、憶えたとしてもエネミーの出現パターンは人工故に苛烈。

 クエスト受注者を苦しめるようにいやらしい配置をしていることがあって、発案者の性格の悪さが良く分かるクエストになっているのだ。

 

 とはいえ。

 逆に言えば攻略手順を憶えて、クエスト難度に適した実力を持っていればクリアするだけならそう難しいわけではない。

 

 クエストをクリアできるようになって、その後タイムを縮めようとするのが大変なのだ。

 

 タイムアタックであるため、ランキングやそれに準じた報酬も当然存在するから、日夜タイムアタックガチ勢たちによる記録の塗り替え合いが行われているらしいが……今回それは関係ない。

 

 シズクとリィンには無関係だ。

 クロトのクライアントオーダーを達成する分には、タイムは必要最低限で問題ない。

 

「……しかしまあ、タイムアタッククエストをクリアするだけであんな法外な報酬金が手に入るなんて……やるしかないじゃん!」

「通常のクライアントオーダーの十倍近い額だったわね……」

 

 キャンプシップ・ナベリウス上空。

 

 タイムアタッククエスト開始前に消費アイテムの確認をしながら、二人は駄弁る。

 話題は当然、クロトの意味不明な程高額(たか)すぎるオーダー達成時のメセタ報酬一色だ。

 

 広告はできない、というクロトの言葉の意味が今なら分かる。

 

 予算をオーダー達成時の報酬に全振りしているのだ。

 クライアントオーダーの特性上、報酬が多い常設オーダーは口コミであっという間に広がっていくため、わざわざ広告なんてする必要も無いという判断を下したのだろう。

 

 ていうかこの額のオーダーを広告なんてしようものならクロトの元にアークス全員が雪崩のように押しかけてきても不思議ではないので、むしろ広告を口コミだけに絞ったのはグッジョブといえるかもしれない。

 

「ええっと……ゲート前に参加者全員が揃えばカウントダウンが始まってスタートだっけ」

「うん。もう準備できた? うばー、ならそろそろ行こうか」

「待って、攻略順序をまだ憶えて無いわ」

「あたしは全部憶えたから都度指示するよ」

「ならいっか」

 

 流石の記憶力を披露しながら、シズクはゲート前に立った。

 

 リィンも後を追うようにシズクの隣に立つ。

 

 受注したクエストは『走破演習:ナベリウス初級』。

 タイムアタッククエストとしては最も難易度の低いクエストだ。

 

『3――』

 

 カウントダウンが、始まった。

 

 キャンプシップ内のスピーカーから無機質な機械音が流れる。

 

『2――』

 

 ちょっと、緊張する。

 別にタイムにこだわっているわけではないが、少しでも良いタイムを出したいというのが人情というものだろう。

 

『1――』

 

 深呼吸して、足に力を込める。

 

 ゲートが開くその瞬間を、逃さぬように。

 

『――GO!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うば?」

 

 ゲートは、開かなかった。

 

 『GO!』とアナウンスされたにも関わらず、閉じたまま全く動かない。

 

『ビーッ! ビーッ! ビーッ!』

 

 何があった――? っと、思考する間も無く、船が突如揺れた。

 

 同時に警告音と真っ赤な警告灯がキャンプシップに響き渡る。

 

 明らかな異常事態だ。

 揺れる船内の中、二人は無意識のうちに互いの手を取り、叫ぶ。

 

「こ、これは――!? 一体、何が!?」

「うばっうばばっ! これはもしかして――!」

 

 がくんっ、と一際大きく船が揺れたと思った瞬間。

 

 シズクとリィンを乗せたキャンプシップは、ナベリウス上空宙域からその姿を消したのだった。

 




ナンバリングしておけばアブダクションされるとは思われないだろう作戦――成功したかな?

尚リィンのお料理修行番外編は無いです。無いです(強調)。


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アブダクション編①:闇への墜落

いっそ後輩入れるのアブダク後でもよかったかなとか思いつつ、長きに渡るタイムアタック編を経てアブダク編開始です。


「シズクってさ、リィンのことが好きなの?」

 

 言い方に多少の差異はあれど、似たようなことを何度か言われたことがある。

 

 それに対するシズクの答えは毎回「Yes」であり、この言葉が建前や誤魔化しではなく本音だということをシズクは誰よりも理解しているし誰よりも納得している。

 

 シズクはリィン・アークライトが好きなのだ。

《――本当に?》

 

 リィンの笑顔が好きだ。

《――本当に?》

 

 リィンの声が好きだ、安心する。

《――本当に?》

 

 リィンの背中が好きだ、あたしを守ってくれる、あの背中が。

《――本当に?》

 

 本当に、決まっている。

 本当の本当の、本当だ。

 

 頭に直接響く声を、シズクは否定する。

 

 生まれたときからずっとされてきた自己否定を、否定する。

 

《いい加減嘘を吐くなよ》

《いい加減目を逸らすなよ》

《■■■■ですら無いくせに》

《■■ですら無いくせに》

 

《心なんて――ましてや恋心なんてもの、あたしにある筈ないじゃないか》

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「うるさいっ!」

「痛いっ!?」

 

 叫びながら、シズクは目を覚まし、うつ伏せの状態から跳ね起きた。

 

 瞬間、シズクの後頭部とリィンの額が激突。

 鈍い音を立て、シズクは再びうつぶせに、リィンは衝撃で尻餅を付いた。

 

「…………」

「……痛い」

「……うばば、ごめん」

 

 謝りながら、シズクは顔を上げる。

 

 余程勢いよく跳ね起きたのか、後頭部がかなり痛い。涙すら出てきた。

 しかし痛いのはリィンも同じようで、辛そうに額を抑えている。

 

 防御特化vs攻撃特化の結果は、引き分けらしい。

 

 ……いや、不意の一撃だったというのも大きいか。

 リィンが本気で防御を固めていたらこの程度の打撃では痛みすら感じないだろう。

 

「うなされてたから心配したのに……」

「ごめんってば……ん?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡して、首を傾げる。

 

 場所が、いつも寝起きしているマイルームじゃない。

 

 黒い大地。

 溶岩とも違う、赤く禍々しい池。

 

 天には逆さの摩天楼。

 

 辺り一面に、霧のように漂う大量のダーカー因子が、此処はダーカーの巣窟であることを主張しているようだった。

 

「此処は……?」

「どうやら私たちが乗ってたキャンプシップごと、この星に引きずりこまれたみたいね」

 

 背後を振り返ると、破壊されたキャンプシップ。

 

 かなり無残な姿だ。

 少なくとも、修理しないことには飛べそうも無い。

 

「シズクならキャンプシップ修理できそう?」

「うばー……流石に無理。あそこまで破壊されてたら、替えのパーツも必要だろうしね」

 

 となると、現状はわりかし絶望的である。

 

 見知らぬダーカーだらけの惑星に二人。

 キャンプシップは壊れているから脱出不能。

 

 オラクルとの連絡は……。

 

「……連絡も、無理ね。通信妨害でも敷かれているのかしら」

「そうみたいねー……うーん、これは、なんとも大ピンチだぁ……」

 

 こうしている間に、いつダーカーに襲われても不思議じゃない状況なのに孤立無援。

 

 大ピンチ中の大ピンチである。

 いやわりとマジで、ここまでのピンチは初めてといえるくらいに。

 

「どうしよう、シズク……」

「どうするにしても……体力のある内に何とかしないといけないね」

 

 とりあえず、この場で蹲って救援を待つというのは無しだ。

 

 待っていれば状況が好転すると言い切れるほど、楽観的にはなれない。

 

「何とかって……例えば?」

「通信妨害が薄いところを探して、どうにかオラクルと連絡を取る。または通信妨害を発生させている機構そのものを破壊する……ってところかな」

「? 通信妨害に厚いところ薄いところがあるの?」

「………………うん、あるんだよ」

 

 具体的な通信妨害の仕組みに関する説明をしてやろうかと数瞬悩んだ後、シズクは結局説明を省略した。

 

 今は、そんな場合じゃない。

 

「妨害が薄いところに入ればあたしが分かるから、兎に角歩こう」

「了解」

 

 頷いて、とりあえず二人は歩き出す。

 

 流石に二人とも、表情に陰りが見える。

 仕方ないといえば仕方ないだろう。出てくるエネミーも未知数で、帰還もかなり運要素が強いとなれば緊張しないほうがおかしい。

 

 自然と口数が少なくなっていくのを感じながら周囲を索敵しつつ歩く。

 

「…………囲まれてるわね」

「……うん」

 

 訂正しよう――索敵なんてするまでもない。

 

 敵なんて探すまでもなく、周囲に蠢いていた。

 

 ダーカーの赤い瞳が、闇の中から二人のことを見つめている。

 

「……まるで、ダーカーの巣窟ね」

 

 リィンがそう呟いた瞬間、闇が動き出した。

 

 周囲に溶け込んでいた闇が、無数の闇が、二人を喰らわんと動き出す――!

 

「「「キシャァアアアアアアアア!」」」

 

 現れたダーカーは、グワナーダを中心とした蟲系の群れ。

 

 ダガン、クラーダ、ヴィドルーダ、ディカーダ、プレディカーダ、カルターゴ、エル・アーダ。

 まるで蟲系ダーカーのオンパレードである。

 

「うっばー! 大規模防衛並みにエネミー湧いてるー!」

「やるわよ! シズク! 『ウォークライ』!」

 

 赤い光が、リィンから放たれた。

 

 瞬間、全てのヘイトがリィンに向く。

 ウォークライと呼ばれる、ヘイト操作スキルである。

 

 当然そんなことをすれば、ダーカーの攻撃は全てリィンへと向かう。

 けれどそんなこと関係なしとばかりにリィンは敵の中心へと突っ込み、剣を振るう。

 

「ノヴァストライク!」

 

 フォトンの多くを防御に振っているとはいえ、流石に最低限の攻撃力は残している。

 

 振り回した剣はダガンやクラーダの甲殻を削り、吹き飛ばす。

 

「エイミングショット!」

 

 そしてその、吹き飛ばされて無防備になったダーカーのコアを、シズクは打ち抜いた。

 

 相変わらず、正確無比な射撃だ。

 感心しながら、リィンはエル・アーダの突撃をジャストガードで受け止めた。

 

 そしてそのまま返す刃で、エル・アーダのコアにソードを突き刺す!

 

「クルーエル……スロー!」

 

 クルーエルスロー。

 刺した剣を振りかぶり、敵をぶん投げるフォトンアーツだ。

 

 そのPAで、エル・アーダをシズクの方角にぶん投げた。

 

「アディション……」

 

 そして。

 シズクの蹴りが、エル・アーダの顔面にめり込んだ。

 

 甲殻に覆われた蟲の首が折れる音が鳴り響き、エル・アーダは再びリィンの方向目掛けて吹き飛んで――。

 

「ノヴァストライク!」

「バレット!」

 

 リィンの振るった剣が、飛んで来たエル・アーダごと周りの敵を吹き飛ばした。

 

 さらに追撃として、吹き飛んだダーカーたちへと銃弾の雨が降り注ぐ。

 

 弾丸は彼らの甲殻を貫いて、その身を抉る。

 数多居たダーカーたちは、最早その殆どが霧状の姿へと還っていった。

 

 成長、している。

 一ヶ月前と比べたら、天と地のような差である。

 

「キシャァアアアアアア!」

 

 グワナーダが咆哮を上げる。

 

 そうだ、まだ雑魚を散らしただけ。

 中ボスであるグワナーダは健在だ。

 

 グワナーダは、アリジゴク型のダーカー。

 地面に半身を潜らせ、下半身から伸びる触手と強靭な大顎を武器とする強敵である。

 

 強敵、なのだが……。

 

 今の二人の、敵ではない。

 

「シャァアアアア!」

 

 グワナーダが、顔に付いた大顎以外の部位まで地中に潜った。

 

 同時にグワナーダを中心に砂地獄のような力場が発生。

 アークスを捕えるべく、本当のアリジゴクのように大顎で手招きしているようだ。

 

「よっと」

 

 その大顎に、リィンは躊躇無く突っ込んだ。

 

 当然、力場の助けもあって高速でリィンは二つの大顎に拘束されることになる。

 

 何やってんだこいつ、と思われるかもしれないが、実のところこの戦法は対グワナーダ戦では常套手段。

 

 何よりも地中に潜られると面倒なグワナーダが、アークスをこうして拘束している間は地中に潜ることもなく、他のアークスは殴り放題なのだ。

 

「レーゲンシュラーク! アディションバレット!」

 

 リィンを鋏み切ることに集中しているグワナーダの触手は、禄に動かない。

 

 格好の的である。

 シズクの弾丸は次々と触手を倒していき、そしてついには地上に出ている触手を全て倒しきった。

 

 触手を倒せば、グワナーダは弱点のお腹を晒しだしダウンする。

 

 そうなればもう、グワナーダは脅威ですらない。

 

「『ウィークバレット』」

 

 曝け出した赤いお腹に、シズクの放ったウィークバレットが付着。

 

 そしてそれと同時に、大顎から解放されていたリィンがグワナーダのお腹にソードを突き刺した。

 

 元々弱点である腹にウィークバレットが付着したのだ。

 今、腹部に与えられるダメージは文字通り桁違い。

 

 決着は、すぐ着いた。

 

「ふぅ……」

 

 闇に溶けていくグワナーダを見ながら、一息。

 

 周囲のダーカーはあらかた駆逐したけど、まだ油断はできない。

 此処は敵地のど真ん中なのだ。相変わらずダーカー因子は濃いし、敵の気配はそこらじゅうに蔓延している。

 

「うばば、ちゃんとここでも赤箱出してくれるんだね、よかったよかった」

「のん気な……」

 

 しかしそんなことお構い無しにとボス箱を喜んで割るシズクであった。

 

 レアドロは……一つ。

 

 赤いドロップボックスが、シズクの目の前に落ちていた。

 

「……………………うば?」

「シズク?」

「う、うばああああああああああ!? やったぁあああああああああ!」

 

 シズクの叫びが、ダーカーの巣窟に響き渡った。

 

 今こんな危機的状況なのだから叫んでわざわざ自分の位置を周囲に報せないでほしい――のだが、身体全てを使って文字通り全力で喜びを表現しているシズクに水を差すことを、リィンはできなかった。

 

 惚れた弱み……とはまた違う。

 

 むしろあんな『嬉しい』という感情を前面に出しまくった表情を見せられて、「いや嬉しいのはわかるけど周囲警戒くらいしようよ」と言える人間がどれだけ居るだろうか。

 

 なので、リィンはとりあえず一人で警戒を始めた。

 

 シズクはクールダウンするまで放っておくとして、その間にもまたダーカー共が襲い掛かってこないとも限らない。

 流石にエネミーが出たら戦ってもらわなきゃいけないが、それまでは久々のレアドロップに浸るくらいは許してあげよう。

 

(しっかしまあ……)

(自分の強化に繋がるようなレア武器なら兎も角、自分じゃ扱えないような武器種でも嬉しいっていうあのコレクター気質は未だに理解できないなぁ……)

 

 そこはまあ、個人の感覚というか育ちの違いだろう。

 

 『強さ』が全てのアークライト家で育ったリィンと、

 レアドロコレクターの父親に育てられたシズクの違い。

 

「……ん?」

 

 なんてことを考えながら辺りを見渡すリィンの視界にふと妙なものが入った。

 

 妙なもの。

 それは、アークスだった。

 

 アークスの男みたいな何かが、こちらに向けて歩いてきている。

 

 妙、と表現した理由は二つ。

 

 一つは、こんなダーカーだらけの場所にたった一人で歩いていたから。

 もう一つは、その男から隠し様もないほど強烈なダーカー因子を感じたからだ。

 

 ダーカー因子に侵食された人間、というよりまるでダーカー因子を固めて作ったような――。

 

「リィン、気をつけて」

「……シズク?」

 

 いつの間にか正気に戻っていたシズクが、真剣な表情で呟く。

 

 あれは。

 あの、アークスみたいな何かは……。

 

「『アークス模倣体』、だね」

「も、模倣……?」

「リィン、間違っても変な同情をしちゃ駄目だよ。あれは紛れもなくダーカーで、あたしたちの敵なんだから」

 

 シズクが、男に向けて銃を向けた。

 

 それと同時に、男はヴィタクレイモアと呼称されるソードを構え、駆け出す。

 

 殺意も無く。

 敵意も無く。

 

 ただアークスを殺すための機構であるかのように無感情に。

 

 男は、シズクに向けて刃を振り下ろした――!



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アブダクション編②:模倣体という闇

 結論から言えば、一蹴だった。

 

 何が? と思うかもしれないので一応説明すると、シズク&リィンvsアークス模倣体の結果である。

 

 何と言うことは無い。

 先だってダーカーの群れ相手に素晴らしい連携を見せてくれた連携特化のお二人だったが、そもそもあれは本領ではない。

 

 リィンが雑魚を浮かしたところをシズクが撃ち抜くとか。

 エル・アーダを吹き飛ばしあってラリーするとか。

 迷い無くグワナーダに捕まってその隙に相方に攻撃させるとか。

 

 充分連携しているように見えたが――勿論考えていた連携の一種ではあるのだが。

 

 彼女たちの本領は、対多数ではない。

 

 二対一。

 特にヒト型との戦闘こそ、最も連携特化の本領が活かせる形なのだ。

 

 もし育成が間に合えば、ダークファルスのヒト型形態や、ルーサー側のアークスの相手をさせようというサラ&マリア&シャオの魂胆もあっただろう。

 

 アークスには、地味にヒトの形をした敵と戦うプロフェッショナルがいないという欠点があるのだ。

 

 原生種や龍族、機甲種、ダーカーといったモンスターが主な相手だから仕方ないといえば仕方ないのだが、兎も角。

 

 閑話休題。

 

 つまり、アークス模倣体――クローン一体を相手取るのはシズクとリィンにとって、『楽勝』の一言であった。

 

「ツイスターフォール」

 

 掠れた声でそう言い放ち、ヴィタクレイモアを振るってきた男の剣を、リィンはあっさりと止めた。

 

 ジャストガード。

 見慣れたソードによるフォトンアーツなんて、ダガンの攻撃よりも受け止めるのは簡単だ。

 

「――ふっ」

 

 反撃として、大げさな動作で横にソードを振るう。

 

 テレフォンパンチにも近い、当たればでかいが簡単に避けられるような攻撃だ。

 

 クローンといえど基本戦闘技能は基となったアークスと遜色が無いのだろう。

 男は虚ろな目でリィンの攻撃を捉えた後、その攻撃をかわすべく上半身を軽く仰け反らせた。

 

 ――瞬間、シズクの弾丸が男の右膝を撃ち抜いた。

 

「む――」

 

 男の体勢が、崩れる。

 

 基となったアークスが、防御力の高めなハンターだからその一撃で足がもげることは無いが、それでもフォトンを攻撃力に全振りしているシズクの銃弾を受けてノーダメージとはいかないようだ。

 

「ノヴァストライク!」

 

 横薙ぎした体勢から繋ぐように、身体を回転させもう一度横薙ぎの全方位攻撃を繰り出す。

 

 足を撃たれ、機動力を削がれ――しかも体勢を崩している男にそれを避ける術は無く、ならば受ければよいとばかりにソードをガードの形に構えた。

 

 剣と剣がぶつかり合い、受けた男が一歩下がる。

 

 今のを受け止めるとは――中々やり手のアークスを基にしてるみたいね。

 

 そう呟いて、リィンは彼に向けて剣を投擲した。

 

 投擲。

 矢のような速度で、アリスティンは刃を前にして男へと飛来した。

 

「ぬ?」

 

 本来、アークスが武器を投げるという行為は余程のことがないと有り得ない行為である。

 

 何故なら、アークスの戦闘技能の基本は武器を用いた戦闘だからだ。

 フォトンをエネルギーとして、武器種ごとに『設定』されたフォトンアーツを使用するのが、近距離戦闘における基本中の基本。

 

 武器を手放したアークスは、実質フォトンなしで戦うことになるようなものなのだ。

 

 パルチザンのフォトンアーツに『セイクリッドスキュア』と呼ばれる投槍の技があるが、あれも投げた槍からフォトンの槍を放ち、遠距離攻撃をするというだけで、その後すぐさま槍を回収している。

 

 故にリィンのしたことは愚行でしかなく。

 クローンは困惑しながらも、飛来してくる剣を容易く剣の腹で受け止めようとした。

 

 結果、受け止められなかった。

 リィンのアリスティンは、男のヴィタクレイモアを中心から真っ二つにぶち割ったのである。

 

 男はクローンのくせに、理解不能とばかりに固まった。

 何せまがい物とはいえ、硬度で言えば普通にアークスが使っているものと同等の剣だ。

 

 投擲された剣を受け止めた程度で、折れるはずがない。

 

 勿論、そんな理解不能なことが実現してしまった理由はある。

 

 投擲した剣の柄に、シズクが後を押す形で爆裂弾(グレネードシェル)を放ったのだ。

 

 矢のような速度で飛ぶ剣を。

 銃弾のような速度で飛ぶ剣に変えてみせた。

 

 破壊力というのは、重さと速度の掛け算である。

 

 爆風に後を押され加速したアリスティンの威力は、ヴィタクレイモアを真っ二つにへし折るだけの威力があった。

 

「くっ……!」

 

 これで男は武器を失ったことになる。

 クローンの戦闘方法がアークスと同じであるなら、彼はもう無力同然だ。

 

 だがしかし、だからといって退くような思考はプログラムさせていない。

 

 彼は飛来してきたアリスティンを利用してやろうと手を伸ばし――考えを変えてそれを自分の遥か後方へ投げ捨てた。

 

 アークスの武器は、アークスにしか扱えない。

 クローンの武器は、クローンにしか扱えない。

 

 見た目や性能は同じでも、原理は違うのだ。

 

「他人の武器を、勝手に捨てないでよね……!」

 

 わりと勝手なことを言いながら、リィンは男に突貫を仕掛けた。

 

 その手には、何も持っていない。

 テクニック補助用のタリスすら持っていない、完全な素手である。

 

「素手で突貫とは、なめられたものだ……!」

 

 さっきから短い一声しか発していなかったクローンが、ようやく言葉を紡いだ。

 

 もしかしたら言葉を有さない存在なのかと思っていたが、基となったアークスが無言の武人みたいな性格だっただけのようである。

 

「これは、実のところ最近気付いたんだけどね……!」

「?」

 

 拳同士、足同士の打ち込み合いをしながら、リィンは言う。

 

「私に攻撃力なんて要らないから……正直武器なんて無くても問題ないのよ」

 

 リィンの役割は、シズクを守ることだ。

 

 敵を倒すのは、シズクの役割。

 故にリィンは剣を持とうと素手だろうと関係ない。

 

 敵の足止め。

 隙の作成。

 視界のコントロール。

 

 それらは、別に素手でも出来るのだ。

 

「それに何より……」

「っ!?」

「私は――アークライトの人間は、徒手空拳の訓練もやらされるのよ。空手とかボクシングとか」

 

 私は合気道が得意だったわ、と。

 

 リィンが言った瞬間、男の視界は上下が逆になっていた。

 否、視界だけではない。身体全体が、一瞬で横に半回転しているのだ――!

 

「――な、ぁあ!?」

「正直当時はこんな訓練してどういうときに役に立つんだなんて思ってたけど、人生何があるか分からないものね。普通のアークスは、素手の訓練なんて――ましてや対素手の訓練なんてしないから、クローンの貴方も慣れてないでしょ」

 

 強く在るために。

 例え素手だろうと、強く在るために。

 

 そんな理念を掲げて徒手空拳の訓練を家庭内で行っている家なんて、アークライト家を除けばいないだろう。

 

 だからこそ、それはアークスの弱点になりうる。

 

 ヒトを壊すために関節の駆動を調べ、

 ヒトを倒すために人体の構造を解析し、

 ヒトを守るために人体の限界を目指す。

 

 フォトンすら無かった……いや、フォトンが無かったからこそ開発された、遥か昔フォトナー時代の遺物。

 

 格闘技。

 

 まあ尤も原生種やダーカーを相手取るにあたって、ほぼ無意味な技術なのだが……。

 

 連携特化の性質も相まって、ヒト型には滅法強いシズクとリィンであった。

 

「ぐっ!」

「サテライト……カノン!」

 

 身体の上下を逆さまにされては、誰だって立っていられまい(というか立つ立てないの話じゃない)。

 

 そうして地面に横たわった男の腹に、極太のレーザーが降り注いだ。

 シズクのアサルトライフルPA、『サテライトカノン』である。

 

 最大チャージまで五秒ほどかかる、高火力PA。

 さっきからシズクの援護射撃が途絶えていたのはこれをチャージしていたからである。

 

「がっ……は……!?」

 

 アークスと同等の耐久力があろうと、地面が罅割れるほどのレーザーを腹部に照射され無事でいられるわけがない。

 どてっぱらに穴を開けて、クローンは口から血を吐いた。

 

 体組織とかもアークスのものを再現しているのだろう。

 

 身体的にはヒトと変わらない。

 故に、これはもう致命傷である。

 

 致命傷、ではあるが、致命傷なだけだ。

 

 死力を尽くせば、まだ動ける。

 

 ので。

 

「とどめっと」

 

 ぐしゃり、と。

 リィンは男の頭を踏み潰した。

 

 『頭を踏みつける』、という攻撃の攻撃力に関しては、有名だろうからあえて言うまでもないだろうが一応説明しよう。

 小学生女子だろうと、寝転んでいる成人男性の頭を全力で何度も踏みつければ容易く殺人事件に発展する程の威力を持っています。

 

 実際にやってみちゃ駄目だよ。

 

「さて、と」

 

 クローンを文字通り一蹴して――リィンは再び辺りを警戒する……前に、投げ捨てられたアリスティンを探す。

 

 武器が無くても戦える相手は、ヒト型だけだ。

 ダーカー相手に素手で戦おうとは流石に思わない。

 

「シズクー、武器何処に投げ捨てられたか見てた?」

「うばー、流石に戦闘中にそんな余裕なかったよー」

「だよねぇ。えーっと……あっ」

 

 見つかった。

 剣は禍々しい壁に刺さっていた。

 

 床に落ちているものかと思って発見が遅れたが、何はともあれ見つかって一安心。

 

 潜在解放までしている武器なので、結構金が掛かっているのだ。

 

「あったあった、ふぅ、とりあえず一安心……」

「ん」

「ん? シズク、ありがと」

 

 壁に向けて歩き出したリィンに先んじて、赤髪の少女がアリスティンを壁から引き抜き、リィンに差し出した。

 

 ……ん?

 

 赤い髪の毛に、細く小さい矮躯。

 髪型も服装も顔つきも見慣れたシズクのものだ。

 

 だけど。

 

 今、目の前にいて剣を差し出してくるシズクに、何か違和感があった。

 

 剣を受け取ることを、躊躇うほどの違和感。

 

 そしてその違和感の正体は、すぐに分かった。

 

 気付いてみれば、一目瞭然だった。

 

「リィン!」

 

 背後から(・・・・)、シズクの叫び声が響く。

 何をやっているんだ、と叱責するような、叫びだ。

 

 一方で、目の前にいるシズク――瞳の色が黒色(・・・・・・)のシズクは剣を振りかぶった。

 

 リィンを殺すべく、刃を光らせる。

 使えるはずの無いアークスの武器を、振り上げてみせる。

 

「――っ! シズクのクローン……!?」

 

 そして、剣は振り下ろされた。

 

 シズク&リィンvsアークス模倣体。第2ラウンドの始まりである。

 




フォトン無しでの戦闘では作中最強クラスのリィンさんでした。


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アブダクション編③:シズクのクローン

一回誤送信してしまいました、すいません。


 振り下ろされた刃を、容易くリィンは受け止めた。

 

 真剣白刃取り。

 リィンの並外れた反射神経はそんな神業をも容易く実現する――と言いたい所だったが、

 

 クローンシズクの剣撃は、お世辞にも鋭いものとはいえなかった。

 

 まるで児戯。

 子供剣道にも劣るヘロヘロとした剣閃は、例えシズクであっても白刃取りできるくらい弱いものだった。

 

「やっ!」

 

 なのでそのまま剣を奪い取るように身体を捻り、リィンはクローンの腹へ蹴りを繰り出す。

 

 彼女は、避けようともせずその直撃を食らった。

 クローンシズクの手からアリスティンが離れ、吹き飛ぶ。

 

 体重の軽いシズクの身体と同じ体躯だからか、リィン自身も驚くほどの飛距離をクローンは飛んだ。

 ――いや、それにしても軽すぎる。シズクを蹴ったことは無いが、シズクより確実に体重は軽いだろう。

 

 発泡スチロールを蹴ったみたいな感覚だ。

 

 手ごたえが無さ過ぎて、逆にびびる。

 

「ぐえっ」

 

 びしゃり、と。

 赤黒い中身(・・)を飛散させながら、クローンシズクは壁にぶつかり死亡した。

 

 たった一撃である。

 

 蹴られて壁にぶつかっただけなのに、身体全体が粉々になって崩れてしまった。

 

「…………」

「…………」

「シズクのクローン、弱っ」

「うばー! このクローンを作ったのは誰だー!?」

 

 目の前にちゃぶ台があったら間違いなくひっくり返している勢いでシズクは叫んだ。

 

 さっき出てきたハンターの男のクローンに比べて出来の悪すぎる自分のクローン。

 蹴り一発で文字通り粉々になったそれを見たら、誰だって叫ぶだろう。文句の一つだって言いたくなるだろう。

 

「ま、まあ落ち着きなさいなシズク。ほら、シズクって防御力にフォトンを回してないからその辺も再現されてて脆いんじゃない?」

「それにしたって攻撃もお粗末すぎだよぅ……何あの5歳児のチャンバラみたいなやつ……いや確かにハンターじゃないからソードは使えないけどそれにしたって……ていうか……」

 

 ぶつぶつと文句を垂れながら、シズクは自分のクローンの死体に近づいていく。

 

 もう半分溶けかけていて、傍らにメセタ(13メセタ)がドロップアイテムとして落ちているような状態だったが、構わず近づいて彼女が撒き散らした赤黒い液体にそっと触れた。

 

「何この中身……血……じゃないよね。……うばー、何だコレ何だコレ、中身さっきのおっさんクローンと全然違って内臓とかも禄に構成されちゃいない――――」

 

 そこまで呟いて、ぴたりとシズクの動きが止まった。

 

 まるで、何かに気づいてしまったかのように。

 まるで、何かを感づいてしまったかのように。

 

「……? シズク?」

「リィン、先を急ごう」

 

 即、立ち上がる。

 

 マズイマズイマズイマズイマズイ、と。

 何度も呟きながら、早歩きでシズクは歩き出した。

 

「ちょ、シズク!?」

「ごめんリィン、詳しいことは帰ってから正直に話すから、今は兎に角急いで――」

「待ってよ」

 

 自分の声が(・・・・・)背後から聞こえる(・・・・・・・・)

 

 そんな奇妙な状況に、シズクは眉間に皺を寄せて振り返る。

 

 そこには案の定、シズクのクローンが居た。

 瞳の色が黒色だということを除けば、背格好からほくろの位置まで完全に一致しているクローンの姿が。

 

アークスのクローンを作る(・・・・・・・・・・・・)ための装置(・・・・・)なのに、アナタみたいなのが(・・・・・・・・・)入ってきた所為でもうトライ&エラーの繰り返しで滅茶苦茶だよ。あたしみたいな『試作』品が作られては消え作られては消え――」

 

 銃声が一つ、鳴り響く。

 それと同時に、クローンの頭が半分吹き飛んだ。

 

 気付けば、シズクがブラオレットをクローンに向けて構えていた。

 

 話を打ち切るように、話を遮るように。

 クローンを撃ち殺したのだ。

 

「――――……ほらぁ」

 

 頭が半分吹き飛んだというのに――まるで痛覚が無いように――なんら口調も変わることなくクローンのシズクは抉れた頭に手を突っ込んだ。

 

「アナタみたいのを無理やり再現(クローン)しようとするから、ほら見てよこれ」

 

 クローンの手に、赤黒い液体が付着した。

 血のようで、血ではない。もっと違う、ドロドロしていて気持ち悪い液体が、抉れた箇所から滴り落ちる。

 

「こんなにも、ぐちゃぐちゃでドロドロ……」

 

 気持ち悪い、とそう言って。

 

 二体目のクローンシズクは倒れた。

 

 ぐちゃり、と。

 気持ち悪い音を立てて、溶けていく。

 

「……シズ」

「リィン、何も言わないで、お願い」

 

 そして出来れば、何も訊かないで欲しい。

 

 色々隠し事はあるけれど。

 いつか話そうと思って、今はまだ話していないことはあるけれど。

 

 こればっかりは、嫌だ。

 訊かれたくないし、話したくない。

 

 何よりも、認めたくない。

 

「……シズク、いつか正体も能力も私には教えてくれるって言ったわよね?」

「言うよ。でもそれは、今じゃない」

「…………」

「お願い、ホントこればっかりは今すぐには無理。せめて……せめてあたしの正体が分かってから、自分の言葉で告げたいの」

 

 そうじゃないと、耐えられないから。

 

 心が。

 感情が。

 

 今でさえ大分、悲鳴を挙げているというのに。

 

「何それ本当笑える」

「!?」

 

 欠片も感情が籠もってなさそうな――少なくとも絶対笑っては居なさそうな声が、正面から聞こえてきた。

 

 シズクと全く同じ声。

 そう、シズクのクローンである。

 

 三体目。

 

「心? 感情? そんなの持ってな――」

 

 台詞は途中で、途切れた。

 

 シズクの放った弾丸が、三体目の首から上を吹き飛ばしたのだ。

 

 やはり、脆い。

 一撃で黙らせることができるのは、シズクにとって朗報だった。

 

「急ごうリィン。『試作』が終わる前に此処から出たい」

「え、ええ……」

 

 リィンの手を引き、シズクは早歩きで進み始める。

 

 分かったわ、と。

 リィンは何処か釈然としない表情で、シズクの後を付いて行くのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 あれから、数時間が経過した。

 

 休憩も挟まず、不安定な黒い大地を踏みしめて、数時間。

 

 二人はまだ、ダーカーの巣窟から脱出できていなかった。

 二人の実力と、オペレーターと全く連絡が取れないという現状を省みれば仕方が無いだろう。

 

 これで拉致されたのが『リン』とかだったら、一時間も経たずに脱出することすら可能なのだろうが……。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 アークスといえど、疲れないわけではない。

 特にシズクは身体が小さく、体力は比較的少なめだ。

 

 額に汗を浮かべ、肩で息をしている――というのに、シズクは休憩する気配すら見せずに行軍を続けていた。

 

 ちなみにリィンは流石の体力オバケっぷりで、まだ平気そうだ。

 やはりフォトン能力だけでなく、肉体的な面でも鍛えている人間は持久力が違う。

 

「シズク、ちょっと休んだ方が……」

「駄目。『試作』の完成度も本当に少しずつだけど上がってるし……急がなくちゃ……流石にそろそろ妨害の薄いところが見つかるはず……」

「…………」

 

 歩いているだけでなく、当然何度もダーカーやクローンとの戦闘もしているのだ。

 

 休んだ方がいいに、決まっている。

 

 もうシズクの体力は限界に近い。

 「うば」といういつもの『口癖』だって、全然出てこない。

 

 余裕が無いのだ。

 自分のキャラを、忘れている。

 

(シズクのクローン……)

(アークスを再現する装置が、シズクを再現しようとして失敗した)

(外殻こそ整えど、中身がぐちゃぐちゃのドロドロのまがい物でしかない『何か』しか作れていない……)

 

 それは。

 つまりそれは(・・・・・・)

 

 シズクの中身は(・・・・・・・)――。

 

「はいどーも二百六十五体目のクローンシズクちゃんでーす」

「エイミングショット」

 

 段々とノリの軽くなってきた(ただし無表情)シズクのクローンが、正面に突如現れた。

 

 二百六十五回目の邂逅だけあって、対応は慣れたものである。

 即座に銃口を向け、撃つ。

 

 出来の悪いクローンは、これだけで倒せるからまだ気が楽だ。

 

 ――だが。

 

 二百六十五体目のシズクは、銃を構えた。

 

 シズクのブラオレットを再現した、ガンスラッシュだ。

 微細な傷まで同一の、クローン品。

 

 引き金が、引かれる。

 

 エイミングショット、と小さく呟いて放たれた弾丸はシズクの放った弾丸と衝突を――せずに、そのすぐ傍を通り過ぎた。

 

 弾丸はすれ違って、互いの顔目掛けて飛んでいく――!

 

「シズク!」

 

 シズクの前に、リィンが庇うように前へ出た。

 

 ジャストガード。

 クローンシズクの弾丸は、シズクに届くことなく弾かれた。

 

「…………ああ、やっとだ」

 

 一方、クローンシズクの顔上部は抉れていた。

 

 まるで、B級のグロテスク映画のような有様だ。

 鼻から上が吹き飛んで、赤い血のような何かが噴き出している。

 

 でも。

 

 そんな状態になっても、まるで変わらぬ口調でクローンシズクは言葉を紡ぐ。

 

「やっと、ここまで再現できた。思ったよりもずっと早かったけど、トライ&エラーの繰り返しは決して無駄じゃなかったみたいだね」

「…………っ!? まさか……」

 

 二百六十五体目のクローンが、倒れた。

 

 脳髄すら無い、ぐちゃぐちゃドロドロの中身を頭からぶちまけて、溶ける。

 

 その様子を見て、シズクは顔を歪ませた。

 狼狽しながら、頭を抱えて、叫ぶ。

 

「そんな……嘘でしょ……? 早すぎる(・・・・)……何で、何で……あたしの完全なクローンなんて出来るわけが無いのに(・・・・・・・・・・)!」

「し、シズク……?」

「リィン! 走ろう! どうにかして、あたし(・・・)が来る前に脱出を……!」

 

「心配しなくても、再現率で言えばまだ50%くらいだよ」

 

 声が、した。

 

 最早二百六十六度目になる、自分のなのに自分ではない声。

 

「此処までが限界だった、此処までで充分だった」

「あ……あ……」

「後は、オリジナルを食べれば(・・・・・・・・・・)完成だ」

 

 それであたしは全知に至れる(・・・・・・・・・・・・・)、と。

 

 

 血の海のように(・・・・・・・)真っ赤な瞳を持ったクローンシズクの姿が、そこにいた。

 

 

「赤い――瞳――」

 

 明らかに今までのクローンとは違う雰囲気を持つその存在に、リィンは一歩前に出る。

 いつでもシズクを庇えるよう、剣を前に構えて。

 

 一方で、シズクは動けないでいた。

 

 目を見開いたまま――海色の瞳で赤色の瞳を見つめたまま、動けなかった。

 

 再現度50%。

 その言葉が嘘では無いことは、分かる。

 

 視れば分かる。

 

 そして、50%で充分だった。

 シズクの目が……自身に関しては何一つ察することの出来ないという制約を持った能力(ひとみ)が、自身を半分再現したクローンを視てしまった。

 

 だから、『視れば分かる』というよりも『視てしまって分かってしまった』というべきなのだろう。

 

 分かってしまった。

 

 どうしようもなく、理解できてしまった。

 

 クローンは、ダーカーの要素とアークスの要素が掛け合わさったモノであるのだが。

 目の前にいる自身のクローンには、アークスの要素なんてひとかけらも混ざっちゃ居ない。

 

 ダーカー因子だけで、再現している。

 ダーカー因子だけで、シズクという存在を半分再現している。

 

 それは、つまり――シズクは、アークスよりも、ダーカーに近い――。

 

「何? その表情、笑えるわね」

 

 笑えるわね、だなんて言いながら一片も表情を変えずにクローンシズクは一歩、また一歩とシズクへ近づいていく。

 

「十三年間。正体を誤魔化し続けて……いや、騙し続けて来たのにーって感じ? その感情、理解不能だね」

「……騙して、なんか……」

「あーいや、そうか、感情なんて持ってなかったっけ」

 

 あたしと同じで、とクローンシズクは笑わなかった。

 

 嘲笑の笑みすら、浮かべない。

 感情なんて高尚なものは一片も持っていないと言わんばかりに。

 

「あるのは意味の無い『根幹』だけ……よく十三年間自殺とかしなかったね?」

「う……あ……お前に、何が分か、る……」

「分かるよ、記憶だって複製(クローン)されてるんだから」

 

 クローンの言葉に、リィンは目を見開いた。

 

 記憶を持っているクローンなんて、厄介極まりない。

 知り合いを装って襲われでもしたら大変じゃないか――と思ったが、よく考えればクローンが放っている強烈なダーカー因子はリィンですら感じ取れるほどなので、その辺は問題ないだろう。

 

 ならばむしろ問題なのは、私の姉のようなタイプか、と。

 

 一瞬考え事に意識を持っていかれたリィンだったが、クローンシズクの歩みを進める音で我に返った。

 

「シズク……」

「う、うぅうううううううう」

 

 リィンの呼びかけにも応じず、シズクは唸る。

 もう、リィンすら見えていない。

 

 目の前にいる自身の偽者から、目が離せない。

 

 その表情はとても感情が無いものにはとてもじゃないが見えなかったが……。

 

 眉間に皺を寄せて、目を見開いて、涙を浮かべている。

 

「? 何でそんな頑なに感情のあるフリをするの?」

「フリなんかじゃ……」

「何でそんなに怒っているフリをするの? 我がオリジナルのことながら面倒くさい生き方だねぇ」

「違う! 違う違う違う! 勝手なこと言わないで! あたしは本当に怒っているし、泣いてるよ! 感情は――ある!」

「無いよ、あたしたちに感情なんて」

 

 感情だけじゃない。

 心も、信念も、情も、何も無い。

 

 あるのはただ一つ、『根幹』だけ。

 

「それはアナタが一番分かっているのに、目を逸らすなよオリジナル」

「ぅ、ぅうううううう!」

 

 反論、出来なかった。

 

 だって、それは、ずっと。

 生まれたときからずっと。

 

 思っていた、ことだから。

 自分すら、誤魔化して、騙していたことだから。

 

「シズク、あまり敵の話に……」

「! リィン!」

 

 見かねて口を挟んだリィンだったが、シズクはまるで今リィンの存在に気付いたかのように高速で振り返った。

 

 そして、早歩きでリィンに近づき――耳を塞いだ。

 背伸びして、両手で、必死の形相で。

 

「耳、耳を、塞いでて、リィン。聞かないで、あんな、あたしの負の部分を集めたような言葉なんて、聞かないで……」

「…………」

「リィン……! お願い……!」

「……………………」

 

 リィンは、無言でそっとシズクの手を払いのけた。

 

 優しく、暖簾でも払うかのようにゆっくりと。

 

 だけれども、その行為は。

 シズクの瞳から輝きを奪うには、充分すぎる行為だった。

 

「っ――」

「シズク、私は……」

「耳を……耳を塞いでって、言ってるでしょ!」

 

 ヒステリックな叫びと共に、シズクの手が振り下ろされた。

 

 その手には、射撃モードのブラオレット。

 

 鈍い打撃音が、辺り一帯に鳴り響き――リィンの額から、一滴の血が垂れた。

 

「あ――」

 

 一瞬、自分が何をしてしまったのか分からなかった。

 

 感情に任せて、リィンを叩いてしまったのか。

 

 感情に任せて?

 感情なんて無いのに?

 

 もう。

 分からない。

 

 自分が、分からない。

 

「……あ、ちが、ごめ、……ごめん、ごめんなさい」

「…………」

「あ、あたし、ちがくて……こんなつもりじゃ……ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 シズクの手からブラオレットが零れ落ちた。

 

 ふらふらとおぼつかない足取りで後ずさり、尻餅を付き倒れる。

 

 目は虚ろで、眉は八の字に歪み、情けなく涙を流し謝罪を繰り返すシズクの姿は――とても痛々しくて、見ていて辛くなってくるような醜態だった。

 

 こんなシズク、見たことがない。

 こんなシズク、見たくはなかった。

 

「何? それ?」

 

 クローンシズクが、シズクの背後、すぐ傍まで辿りついた。

 

 銃剣を銃モードに切り替えて、シズクの後頭部へと突きつける。

 

「心も感情も無い機械みたいな存在なのに、何でそんな顔をするの?」

「…………」

「心なんて無い癖に。感情なんて無い癖に」

「……ち、が……あた、しは……」

「アークスですら、無い癖に。……いや――」

 

 クローンシズクの指が、引き金に添えられた。

 

 後は指を引くだけで、簡単にシズクの命は終わる。

 

 シズクという、生命体(・・・)の命は尽きる。

 

 そう。

 

 

「――ヒトですら、無い癖に」

 

 

 それが、とどめだった。

 

 その言葉は、シズクの『根幹』を揺らがす――否、ぶち壊すような、一言だった。

 

「う、あ――」

「ヒューマンでも、ニューマンでも、キャストでも、デューマンでも、無い。勿論原生種でも機甲種でも龍族でも無い……最も近い種族はダーカーだけど、それですらない。ねえ、オリジナル? 自分が何なのか分からない人生は辛かったよね?」

「…………」

「でももう心配しなくていいよ。あたしはそんなの気にしないからね。ほら、あたしはダーカーだし」

 

 だから安心して、あたしにその中身を寄越しなさい。

 

 そう言って、クローンシズクは笑わなかった。

 感情の欠片も見せずにただただ機械的なまでに、引き金を――。

 

「……辛かった」

「ん?」

「辛かったよ、生まれてから、ずっと」

「……そう」

 

 シズクは、笑わなかった。

 ただ涙を流して、自虐的にそう呟いて、目を閉じる。

 

 クローンシズクも、笑わなかった。

 ただ少しだけ眉を動かして、ゆっくりと銃剣を持つ力を込めなおす。

 

 そして。

 

 引き金を、引いた。

 



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アブダクション編④:だから私は戦える

 『■■■■■■■』。

 

 そのたった七文字が、シズクという生命体の『根幹』だった。

 

 母親を探すという『目標』も、

 レアドロを集めるという『夢』も、

 作り上げた『性格』も、

 

 その全てが、たった七文字の『根幹』を基にして造られた副産物でしかない。

 

 『根幹』を――『生まれた意味』を、叶えたいだけの人生だった。

 『生まれた意味』を叶えることだけが、生きがいだった。

 

(……いや)

(…………違うか)

 

 ここまで来て、自分を誤魔化すのはよそう。

 

 生きがいなんかじゃ、ない。

 あれは、使命だった。

 

 自分が生きていても大丈夫な存在だと証明するための、演算をするためだけに生きていた――!

 

(でももう――いい)

(もう、疲れた……)

 

 一滴の雫が、目元から頬を伝って、地面に落ちた。

 

 きっと、何かが間違ってしまったのだろう。

 

 元々あたしは生まれる筈の無い存在だったのが、何かの間違いで生まれてしまったのだろう。

 

 存在自体が間違いで、

 存在自体が罪ということなのであれば。

 

 此処で自分の模造品にやられるのは、悪くない――。

 

 

 …………。

 ……………………。

 

 ……ああ、でも。

 最後に、リィンには謝っておかないとなぁ、と。

 

 シズクは顔を上げた。

 

 そこにリィンは居なかった。

 

 付き合いきれない、と逃げてしまったのかもしれない、などと。

 

 そんなネガティブな思考がシズクの頭を過ぎる前に、頭上から聞き慣れた、そう、

 

 リィンの声がした。

 

「シズク、大丈夫?」

「っ――」

 

 そういえば、いつまで経ってもクローンの銃弾が飛んでこなかった。

 死ぬことなく、物思いにふけることができていた!

 

 リィンが――。

 

 リィンが、シズクを、庇うように前に立っていた……!

 

「り、リィン……」

「…………」

 

 シズクが無事なことを確認して、リィンは視線をクローンシズクの方に向ける。

 

 血が滴る手でブラオレットの銃口を押さえつけながら、

 ジーっと品定めするように数秒見つめた後再びシズクに視線を戻し、さらにクローンの方に視線を戻す。

 

「……やっぱし」

 

 そして、何かに納得するように頷いた。

 

「しっくりこないわ」

「……?」

 

 クローンシズクは、怪訝そうに首を傾けた。

 

 しっくりこない。

 それは一体――どういう意味で?

 

「解せないね、リィン・アークライト。しっくりこないって……何が?」

「今この状態……いや、展開全てが、よ。だってどう考えても……」

 

 ちらり、と。

 リィンは涙を流すシズクに目を向ける。

 

「シズクが心も感情も無いヒトデナシには見えないじゃない」

「……ヒトのフリが上手いだけだよ、その女は」

 

 クローンシズクが、ブラオレットを持つ手に力を込めながら言う。

 ブラオレットは動かない。リィンがシズクを狙えないように、押さえているのだ。

 

「涙も、笑顔も、『根幹』のための手段でしかない。アナタへの好意だって、偽者にすぎないのに、その女を助けるの?」

「うん」

 

 即答だった。

 

 迷い無く真っ直ぐにクローンを睨みながら、リィンは言葉を紡ぐ。

 

「例えばシズクがヒトじゃなかったとして……感情や心なんて持っていなかったとして――」

 

 笑顔は張りぼてで。

 涙は嘘で。

 

 好意が偽りだとしても。

 

「私はその偽りの好意に助けられたから」

 

 あの日あの時あの森林で。

 シズクに助けられたあの日から、ずっと。

 

 命を救われて。

 心を救われた。

 

 だから、今此処でシズクを守ることに躊躇いなんてある筈が無い。

 

「…………だろうね」

「……?」

「リィン・アークライト。アナタならそう言うと予想していたよ」

 

 クローンシズクは、そう言ってやはり笑わなかった。

 

 感情の欠片も見せないまま、ブラオレットから手を離し、下がる。

 

 ハンターであるリィン相手に近距離戦は不利だと考えたのだろう。

 五メートルほど距離を取って、シズクの持っているものと同種のアサルトライフルを構える。

 

「…………」

 

 応えるように、リィンもまたアリスティンを構えた。

 

 最早問答の余地は無く。

 今まさに、リィンが一歩を踏み出そうとした瞬間――。

 

「リィンは――」

「?」

「いつも『あたし』の味方だもんね」

 

 その台詞は、背後からではなく。

 真正面。すなわち、クローンシズクから放たれた言葉だった。

 

 その言葉を受けて、踏み出しかけた足が止まる。

 

 何故なら、驚いたからだ。

 

 今日始めてクローンであるシズクが放った、『感情』の籠もっているかのような言葉に――!

 

「…………!」

「っ!?」

 

 突如、上空からの剣閃がリィンを襲った!

 

 クローンシズクの攻撃、ではない。

 赤い刃のソード――アリスティンによる、強襲攻撃!

 

 それを何とか同じ剣で受け止めて、リィンは目を丸くした。

 

 いや。順当に考えれば当然なのだろう。

 

 シズクの作成に成功したのならば――次は、

 

 リィンを作成することは、順当であり当然だ。

 

「…………」

「……私の、クローンか」

 

 鍔迫り合いをしながら、呟く。

 

 強襲してきた相手は、自分自身だった。

 

 青い髪、冷たい瞳。

 可愛らしい服に、無骨な大剣。

 

 一寸違わず、リィン・アークライトそのものな、クローン。

 

 あえて違いを言うならば、雰囲気がちょっと暗いし無口だ。

 研修生時代を思い出して、少しだけ鬱になる。

 

「ふっ――!」

 

 軸をずらして、蹴りをクローンの腹に向けて放つ。

 

 見事にクリーンヒットし、相手を引き剥がすことに成功こそしたが、流石はリィンのクローン。

 

「…………」

 

 まるでダメージを負った様子もなく、くるりと空中で回転して着地した。

 

 クローンのシズクを庇うように、前に出る。

 

「二対一、か……」

 

 しかも、『シズク』と『リィン』のペア。

 クローンがどの程度連携できるか知らないが、単純に遠近コンビは厄介だ。

 

「り、リィン……」

 

 と、そこで。背後にいたシズクが振り絞るようにリィンの名を呼んだ。

 

 振り返ると、シズクは立とうとしていた。

 

 立ち上がろうとしていた。

 

 震える足で、おぼつかない視界で、必死に。

 立とうとして、膝から崩れ落ちた。

 

「あ……れ……」

「…………」

「ごめ……まって……あたしも、一緒に戦うから……」

 

 肉体的には無傷でも、精神的なダメージが大きすぎるのだろう。

 

 心が折れて、立ち上がれない。

 折れる心なんて無いはずなのに、おかしな話だ。

 

 これが演技だとしたら、シズクはさぞかし立派な役者となれるだろう。

 

「ごめんね」

 

 リィンは、笑った。

 

 一歩踏み出して、謝りながら、笑顔をシズクに向ける。

 

「なん、で……なんでリィンが謝るの……?」

「アナタのことが知りたくて。耳を塞ぎたくなくて、黙って話を聞いてたけど……聞かなくてよかったことみたい。だから、ごめん」

「そんな……だって、元はといえばあたしが……」

 

 リィンの優しさに、泣きたくなってくる。

 いや、もう泣いているわけだけど、悔しさとか辛さとか、そういうのとは別の涙が。

 

 溢れてくる。

 

「大丈夫」

 

 リィンは、やっぱり笑った。

 安心させるように、感情のある人間らしく。

 

「シズクは、座っていて。私が、あいつらをやっつけてやるから」

「で、でも……」

「大丈夫、シズクが後ろに居てくれるなら――私は戦える」

 

 さあ、前言撤回しよう。

 

 これは、二対二だ。

 背中にシズクが居るから、リィンは戦えるのだから。

 

「だから安心して、見てて」

「リィン……」

 

 そうして。

 

 オリジナル対クローンの、戦いは始まった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 『生まれた意味』と、『生きていく理由』は違う。

 

 全くの別物であり、横に並べるのもおかしいくらいこの二つの単語は用途が違い、優先順位もまた違う。

 

 『生きていく理由』なんて、『生まれた意味』に比べれば些事でしかない。

 

 例えばシズクの『根幹』であり『生まれた意味』である『■■■■■■■』を達成するためならば、シズクは何だってするだろう。

 

 文字通り、何でもする。

 『生きていく理由』なんて、たちまち放棄してしまうだろう。

 

 例え『生まれた意味』を達成できるのならリィンを棄てることになろうとも。

 

 呆気なく、シズクはリィンを棄てるのだろう。

 

 そんな風に、リィンは考えている(・・・・・・・・・)

 

 そしてそれを、咎める気も無い。

 むしろ、奨励するだろう。

 

 逆にシズクが自分のために『根幹』を棄てることがあれば、それを全力で宥めることは想像に難くない。

 

 何故ならば、シズクを助け、守り、救うことこそリィンの『生まれた意味』なのだから。

 

 ……いや、勿論それが真実かどうかは定かではないが、少なくともリィンはそう思っている(そもそも自分の『生まれた意味』を間違うことなく知っているシズクがおかしいのだ)。

 

 狂信していると言っても良い。

 

 シズクに助けられて。

 シズクに救われて。

 シズクに守られてきた彼女にとって、シズクのためにシズクと別れることは――そりゃまあ嫌だろうが――渋々とだが間違いなく了承できることなのだ。

 

 でも、それは違う。

 

 シズクはヒトデナシの、化け物だ。

 

 人間と同じ思考をしていないが故に――『生まれた意味』を持ちながら、『生きていく理由』を持たぬ彼女には――あるいは。

 

 『生きていく理由』を優先することだって、あるだろう。

 

 そしてその『理由』は、未だ空白である――――。

 

「ノヴァストライク」

「っ……!」

 

 見慣れた自分の剣撃を、受け止める。

 

 そんな事象に逆に違和感を覚えながらも、リィンはクローンリィンに向けて返す刃で攻撃を仕掛けた。

 

「クルーエル……!」

「そこね」

 

 しかし、絶妙なタイミングでクローンシズクからの援護射撃が放たれる。

 

 反撃を止め、回避に専念しなければ避けれない――しかも避けなければ致命傷になるし、避けても体勢を崩すことになる、絶技のような精密な射撃。

 

 シズクの得意技である。

 思えば相手にしてみれば、これほど厄介な攻撃も無い。

 

「このっ……!」

「…………」

 

 無言で、クローンリィンの追撃が迫る。

 本当にこいつフォトンアーツの時しか喋らない。

 

 流石にそこまで無口じゃない、と思いながらもそれを防ぎ、体勢を整えている間にまたもクローンシズクの射撃が飛んで来る。

 

 防戦一方だ。

 

 防戦は得意といえど、このままでは流石にまずい。

 

「流石ね。自分たちの戦法だけあって、対応できてるじゃない」

「なんっで、貴方たちみたいなクローンにここまでの連携が……!」

「さあね、貴方たちの努力なんて、簡単に再現できる程度のものでしか無かったってことじゃない?」

 

 銃弾と剣撃が織り交ざり、リィンの体力を着実に削っていく。

 

 防御力の高い前衛をどうにか突破して脆い後衛を先に潰すというのがこういう時の常套手段であるのだが……常套手段であるが故に、それに対する対応策は死ぬほど考えた。

 

 だからこそ、それは通じないだろう。

 

 ていうかそれ以前に前衛を無視したら、動けないシズクがやられてしまう。

 

 正面から前衛を突破して、正面から後衛を倒さなければいけない。

 

 絶体絶命とはこのことなのだろう。

 

「……いい加減諦めたら? こんなの、消化試合もいいところだよ」

「そうね、でも安心して、私これから謎パワーで覚醒して大逆転するから」

「何それ?」

「漫画ではよくあるのよ」

 

 正直、話している余裕もあんまり無いのだけれど。

 

 頭では分かってはいてもシズクの声で問われるとつい答えてしまうリィンであった。

 

「これは、現実だけど?」

「漫画より現実の方が面白いんだし、そういう不思議なことが起こっても不思議じゃないでしょう……よ!」

 

 リィンが剣の()で銃弾を弾きつつ、剣の切っ先でクローンリィンの突き攻撃の軌道を逸らした。

 

「ふっ――!」

 

 そしてそこから流れるように剣を振るう。

 

 自身のクローンの首を狙って、横になぎ払った攻撃は、しかして防がれてしまった、が……。

 

 順応してきている。

 クローン二人の、連携に。

 

「そう……じゃあ、現実なんて呆気ないものだって教えてあげる」

 

 言って。

 

 クローンシズクは銃を構えた。

 

 フォトンが――否、周囲のダーカー因子が彼女の元へと集まっていく――!

 

「あれは……!」

 

 真っ先に気付いたのは、シズクだった。

 

 そのフォトンアーツはシズクだって使うアサルトライフルの切り札とも呼べる大火力PA。

 

 『エンドアトラクト』。

 長いチャージに代わり、強力な攻撃力と貫通力(・・・)を誇っている大口径射撃だ。

 

 その銃口を、クローンシズクは、シズクに向けた。

 

「アナタが守ろうと関係ない。全てを貫いてやるわ」

「くっ……! させな……!?」

 

 シズクとクローンシズクの射線に立ち、何とかして防いでやろうとしたリィンを、クローンのリィンが止めた。

 

 抱擁にすら近い形で、リィンが駆けつけるのを阻害する。

 

「甘いな、シズク」

「!? しゃべっ……!?」

「この女は、その技ですら『何とかして』防いでしまうだろうよ。……こうしてしまうのが一番良い」

「このっ……離せ! 離しなさいよぉ……!」

 

 同じ体。同じ力。

 振り解くことも完全に押さえ込むこともできないが、今はそれで充分だった。

 

「シズク! 逃げて!」

「う、うぅ……!」

「無理ね、そんな及び腰であたしの弾丸からは逃げられない」

 

 そうして、エンドアトラクトのチャージは完了した。

 

 即座に、クローンシズクは引き金を引く。

 容赦の無い、躊躇も無い、感情なき攻撃。

 

 莫大な威力を誇る貫通弾が、迫る。

 

「ぁ――ぁあああああああああ!」

 

 リィンは咆哮し――そして、噛み付いた。

 

 クローンの腕に、歯を立てて全力で。

 それこそ噛み千切ってやるとばかりに力を込めて、噛んだ。

 

「ぐっ……!?」

「シズク!」

 

 一瞬力が緩んだ瞬間に、リィンはクローンの腕から逃れ、駆ける。

 

 シズクは、回避行動すら取れていない。

 あと数瞬後には、彼女の身体には大きな穴が空くだろう。

 

「行かせない……!」

「邪魔!」

 

 追いかけようとしてきたクローンリィンに、アリスティンを投げつける。

 

 攻撃行動としては意味の無い行動だが、一瞬の時間稼ぎにはなるだろう。

 

「『マッシブ』……『ハンター』!」

 

 スキル名を叫びながら、リィンはついにエンドアトラクトの前へと躍り出た。

 

 武器は無い。

 ならばこそ、この人体で一番防御力が高いところ。

 

 すなわち背中で、リィンは弾丸を受け止めた――!

 

「ぁ――!」

 

 身体が貫かれたような、感覚。

 身体を引き裂かれたような、錯覚。

 

 背中への衝撃は振動となって全身をめぐり、フォトンの防御さえも貫いて、リィンの身体に大ダメージを与えた。

 

 身体中が、バラバラになりそうだった。

 骨や内臓だって、確実に幾つかやられてる。

 

 だが、それだけだった。

 

 エンドアトラクトの弾丸は、リィンの身体を貫通しなかった。

 

 本当の本当に、『何とかした』のだ。

 『マッシブハンター』に、『フラッシュガード1、2』。

 

 そして何より、『絶対に守ってみせる』という強い感情の力。

 

 フォトンは。

 

 感情の影響を強く受けるエネルギーである。

 

「リィン!」

 

 シズクの叫びが、聞こえる。

 見れば、シズクはリィンの目の前に、這いずるようにして座っていた。

 

 本当に、ギリギリだったのだ。

 

 リィンは痛む身体を無理やり動かし、血反吐を吐きそうな喉を必死に押さえ。

 

 言葉を紡ぐ。

 

「……大丈夫?」

「え……」

「……怪我は、無い?」

「…………っ!?」

 

 何で。

 

 何でこの状況で、他人の心配なんて出来るのだろう。

 

 大丈夫? はシズクの台詞だったし……心配されるべきなのは、リィンの方だった。

 

「う、うん……リィンが、守ってくれたから……」

 

 ……今、分かった。

 

 理屈じゃなく、何かで理解した。

 

 リィン・アークライトは、ヒトじゃない。

 ヒトだけど、ヒトらしくない。

 

 こんな自己より他者を優先する存在なんて、ヒトと呼んではいけないのだ。

 

 ヒトとして大事な何かが、欠落していると言ってもいい。

 

 そうだ。思えばリィンはずっと、今までずっと。

 

 ヒトデナシのような、人生を送ってきたのだ。

 姉という変態に『管理』されて、学校という集団の中『孤立』して、シズクという化け物と共に『成長』した。

 

 ヒトらしくなくて、当然だ。

 

 ヒトじゃないのにヒトらしいシズクと。

 ヒトなのに、ヒトらしくないリィン。

 

 対極に見えて、似たもの同士の二人が惹かれあうのは、きっと必然だったのだろう。

 

「……そう、それならよかった……」

 

 ……そんなシズクの思考なんていざ知らず、リィンは笑った。

 

 自分が瀕死だろうと、シズクが無事なことを喜び、笑った。

 

 その笑顔を見て、シズクは思う。

 嬉しいと、本心からそう思う。

 

 端から見たら歪な、人間らしくない笑顔は、

 それでもシズクの瞳に活力を蘇らせるには充分な光だった――!

 

 もう、大丈夫。

 そうリィンにすら聞こえないくらい小さく呟いて、シズクはブラオレットに手を伸ばした。

 

「リィ――」

 

 しかし。

 

 リィン、あたしはもう大丈夫だから戦うよ、と。

 

 シズクは言葉を紡ぐことができなかった。

 

 剣が、リィンの身体を貫いていたから。

 

 剣。赤い剣。

 アリスティンが。

 

 クローンリィンが、背後からリィンの身体に刃を突き立てていた――。

 

「えっ」

 

 肺も、静脈も動脈も胃も腸も――心臓も。

 

 全てが切り裂かれて、赤い血がシズクに降り注いだ。

 

 赤い髪が、さらに赤く染まって、そして。

 

 ――シズクの瞳が、暗く絶望に染まった。




下げて、上げて、落とす。


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アブダクション編⑤:海色の光

やりたいことを詰め込んだら長くなりました。多分今までで最長なんじゃないかな……。


「そういえばアヤ先輩、何でヒューナルとメイ先輩が戦っているとき、いつまでも逃げなかったんですか?」

 

 それは、【コートハイム】が解散した数日後だった。

 

 諸事情でアヤと二人食事を取っていたシズクは、何となく雑談のつもりでそんな話題をあげたのだ。

 

 別に逃げなかったことを責めているつもりはないし、また、アヤも特別な反応を返さず手元のカフェオレを一口啜ってから、普通の声色で応えた。

 

「メーコが諦めるからよ」

「諦める?」

「生きることを、ね。あの時メーコがヒューナルに必死で抗っていた理由は、『私を逃がすため』、よ」

「…………うば?」

 

 理解できない、とばかりにシズクは首を傾げる。

 

 その反応を見て、アヤはマーガリンを手に取りトーストにそれを塗りながら、補足するように言葉を選びだす。

 

「えーっと……だからね、あの子はわりと自分より私を……家族を優先してしまう節があってね」

「うばー……」

「何となく分かるでしょう? そういう子なのよ。……だから、あの時私がもしもメーコの言うとおり逃げることに成功してしまっていたら……」

「……『まあ自分の命くらいいっか』って、諦めちゃうんですか?」

 

 シズクの言葉に、アヤは「まあね」と苦笑しながら言った。

 

 正直笑い事じゃないとは思ったのだが、シズクはあえてそこは指摘せずに、「うばー」と唸る。

 

「ただまあ、別に命が要らないわけじゃないから戦いは続けるだろうけど……それでも私が残るケースより圧倒的に早く殺されてたでしょうね。モチベーションが段違いだもの」

「そうなってたらあたしたちの救援も間に合ってなくて、両腕じゃ済まなかったでしょうね……そう考えると……いや、うーん……」

「納得できない?」

 

 シズクは、躊躇いがちに頷いた。

 

 思えばこの時、『人間のフリ』としては頷くべきではなかったのかもしれないが……アヤはそんなこと気にせずに、微笑みながら言う。

 

「ま、納得はできなくても憶えておくといいわ。世の中にはいるのよ、なんというか……守るべきものが居て、初めて本気を出せる人間ってやつが」

「…………」

「憶えておけば、きっと役に立つわ……だって」

 

 そこで、アヤはカフェオレを軽く啜って一息吐いて。

 

 海色の瞳の――その奥を。

 見つめながら、言う。

 

「リィンもきっと、そういう子だから」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「『アイアンウィル』……!」

 

 リィンは、倒れなかった。

 

 致死量の血を撒き散らし。

 身体に大きな切り傷を作りながらも、足を踏みとどまった。

 

 『アイアンウィル』。

 致死量のダメージを受けたとき、ギリギリで生命を保つハンターのスキルである――!

 

「しぶとい……!」

 

 クローンリィンが、とどめを刺すべく剣を振りかぶる。

 

 その一瞬を突いて、リィンは手を伸ばす。

 

 シズクの傍らに落ちていた、ブラオレットへ手を。

 

「あ、あ、あぁああああああああああ!」

 

 ブラオレットを手に取り、即座に剣モードへ切り替えた。

 

 薄緑色の刃が発光し、剣閃を描く。

 

 そして、剣を振りかぶるクローンリィンの、喉元へと刃が届きかけたところで、

 

 クローンシズクの弾丸が、ギリギリの体力しか残っていないリィンの頭部を襲った。

 

 だが――。

 

「『ネバーギブアップ』」

 

 そんなの関係ないとばかりに、リィンは突貫する。

 

 『ネバーギブアップ』。

 アイアンウィル発動後数秒、フォトンによる護りで発動者を守るハンタースキルだ。

 

 『相手は武器を持っていない丸腰だ』。

 そういう油断が、クローンリィンの敗因だった。

 

 大きく振りかぶった剣は、容易にかわすことが可能で。

 

 リィンの振るったガンスラッシュの一撃は、クローンの首をついには貫いた。

 

「かっ――」

「……私はきっと、シズクに会わなかったらアナタみたいになっていたのでしょうね」

 

 だとしたら、私は本当にシズクと会えてよかった。

 

 そう言って、リィンは突き刺した銃剣を捻るようにしてクローンの首を断ち切った。

 

 アイアンウィルは、発動しない。

 そもそもクローンはアークスのスキルを使えない、劣化品なのだ。

 

 完全なコピーは、まだ作れない。

 

「……次!」

 

 前衛は倒した。

 ならば次は、後衛であるクローンシズクの番だ。

 

 もう壁は無い。

 前衛が居ないシズクの脆さは、よく分かっている。

 

 これで終わりだ、とリィンが足を踏み出した瞬間だった。

 

「っ?」

 

 がくん、と誰かに腕を引かれて転びかける。

 

 まさかシズクが? と一瞬思ったが、違った。

 

 首から上が無くなったクローンリィンが、消滅間際にも関わらずリィンの腕をがっちりと掴んでいたのだ。

 

 まるで、シズクの元へは行かせないと、言っているかのように。

 

「…………ごめんね」

 

 小さく呟いて、リィンはその手を掴み返し、引っ張った。

 

 まだ意識があるようで、少し抵抗されたがこの程度リィンにとっては些細な障害にすらならない。

 ブラオレットを手から離し、掴みかかってきた手の指を瞬時に全て関節とは逆方向に折り曲げる。

 

 そうして彼女の手を振り払い、むしろ武器として活用するかのごとく思いっきりクローンシズクの元へぶん投げた!

 

 謝っておきながら、容赦はしない女である。

 

「っ――!」

 

 クローンシズクは、飛んで来るクローンリィンを避けることなく――むしろ優しく受け止めるように――彼女の身体をその身で受けた。

 

 リィンとシズクの体格差は、大人と子供ほどもある。

 クローンとて同じことで、クローンシズクにリィンを受け止められるような力は無い。

 

 自身の身体にのしかかる壊れたクローンリィンから這いずるように出て、立ち上がる頃にはもう。

 

 拳を構えたリィンが、目の前に居た。

 

「……リィン・アークライト」

 

 リィンの放った拳が、クローンシズクの胸を突き破る。

 

 防御力の低さも再現されているのだろう。

 リィンの格闘技術の高さも一つの要因だろうが、それでも素手でワンパンはシズクの脆さあってのことだ。

 

 だが、胸に大穴を空けられたにも関わらず、やはり痛覚が無いかのように呻き声一つ上げずに彼女は呟く。

 

 リィンには聞こえて、シズクには聞こえない。

 

 そんな声量で、呟いた。

 

「アナタも大概ね……敵といえど、相方と同じ姿をした存在を躊躇い無く刺せるなんて」

「当たり前じゃない。だってアナタはシズクじゃないし……」

 

 突き刺した拳を引き抜くと、ごぽり(・・・)と赤黒い何かがクローンシズクの胸から零れ落ちた。

 

 それは、間違ってもヒトに流れる血ではなく。

 

 もっと別の、禍々しい『何か』だ。

 

「私はね、シズクの笑ってる顔が好きなの」

「…………ああ」

「仏頂面は、その顔に似合わないわ」

 

 そうして、クローンシズクは倒れた。

 

 クローン体である以上、また現れるかもしれないが……それでもとりあえずのところ、撃退成功だ。

 

「さて……」

 

 回復テクニック(レスタ)を自分にかけながら、リィンは振り返って歩き出す。

 

 シズクの元へ、目を見開いてこちらを見つめてくるシズクの元へ、歩いていく。

 

「終わったわよ、シズク」

 

 口元の血を拭いながら、言う。

 傷はレスタで塞いだからこれ以上流血しないのだけれど、それでもやっぱりアイアンウィルが発動するほどのダメージは、結構辛い。

 

 足元はフラフラで、全身は血塗れで、フォトンだって乱れている。

 

 それでも、リィンはシズクの前へと辿りついた。

 

 未だに座り込んだままのシズクへと、立つことを促すように手を伸ばす。

 

「リィン……」

 

 シズクは、その手を少し見つめた後、俯いた。

 

 ジッと何かを考え込むように、目を閉じる。

 

「……シズク?」

「………………リィン、私ね……」

 

 そしてやがて、覚悟を決めたようにシズクは口を開く。

 

 潤んだ瞳で、真っ直ぐにリィンを見ながら、語りだした。

 

「ヒトじゃ……ないの……」

「…………」

 

 それはさっき聞いた。

 

 聞いた……が、本人の口から改めて言われると、なんだか変な感じだ。

 

「……どうして、そう思うのよ。私から見たら全然普通にシズクはヒトに見えるけど?」

「……生まれた時からずっと。比喩でなく生まれた時から……あたしは――あたしの中の『何か』は、たった一つのことだけを考えてた。たった一つのことだけを願っていたの」

 

 そしてそれは、今も。

 ずっとずっとずっと、その言葉は、根幹は、シズクの胸を締め付けている。

 

「『ヒトになりたい(・・・・・・・)』」

 

 それが、根幹。

 その七文字が、シズクの全て。

 

 ヒトになりたい。

 

 なりたい(・・・・)、ということは――。

 

「あたしは、あたしが『何』なのか分からない。けど、『ヒトではないこと』だけは分かっていたの……それだけは、生まれた時から知っていた」

「…………」

「……だからこの十三年間、ずっとヒトになるための努力をしてきたの」

 

 震える声で、シズクは語る。

 

 自分がヒトではないことを認めるという行為は、シズクにとって相当な負荷がかかるようだ。

 

 胸が締め付けられる。

 喉はカラカラに渇いてるし、眉は八の字に歪んでいる。

 

 それでも、シズクは語るのだ。

 きっと、今話さないと一生リィンに伝えることのできない、真実を。

 

「まずは一番身近にいた、お父さんの真似をした」

「…………」

「うばーっていう口癖に、レアドロの蒐集以外にも、お父さんには色々な感情や心に関することを学ばせてもらった」

 

 でも。

 感情や心なんてものは、ヒトなら誰でも学ぶまでも無く持っていて、知るまでも無く理解していることだった。

 

「どれだけ感情を学んでも、どれだけ心を知っても、『ヒトになりたい』と叫ぶあたしの中の『何か』は居なくならなかった。ヒトの真似を自然に出来るようになっても、無意識に笑うことができるようになっても、悲しい出来事が起こった時に泣くことだって出来るようになっても。どれだけヒトに近づいてもあたしはヒトになれなかった」

「…………」

「そうして、一向にヒトになれないあたしは、一つの疑問を抱いたの。ヒトになれない、ヒトですらないあたしは一体『何』なのかって」

 

 それが確か、五歳くらいの頃だったか。

 

 ヒトになることを諦めないまま、ヒトの形をしているのにヒトになりたい自分はなんなのかを探す日々が始まったのだ。

 

 けど、そこからが地獄の始まりだった。

 いつまで経っても、どんな手段を尽くしても自分が何なのかが判明しなかったのである。

 

 ヒューマンとも違う。

 ニューマンでもない。

 キャストでは勿論ないし、デューマンはもしかしてと思ったが違った。

 

 原生種。

 龍族。

 機甲種。

 

 現存する全ての種族を調べてみても自分と同種の存在はいなかった。

 

 そして。

 マザーシップの、その中枢。

 

 生まれた時からアクセスできる、その『全知(アカシックレコード)』とすら呼べるほどの知識の蔵を探索し始めた。

 

 何故こんなところ(・・・・・・)にアクセスできるのかすら分からないから積極的に使うのを躊躇っていた最終兵器だったが、形振り構っていられなくなったのだ。

 

「マザーシップの中枢に、あかしっくれこーど? ふぅん、何か凄いインターネットみたいな感じ?」

「…………」

 

 相変わらず認識が雑なリィンであった。

 そしてその雑なまま納得してしまうリィンであった。

 

 リィンは本当、こういうところがあるのだ。

 不思議を不思議なまま受け入れてしまう、雑さが(大らかさではない)。

 

「……でも、『アカシックレコード』にすらあたしのことは載っていなかったの」

 

 それこそ料理のレシピから、宇宙創世その瞬間の記録までありとあらゆる知識が詰まっていた知識の蔵にすら、シズクの情報は載っていなかった。

 

 何一つ、である。

 それはまるで、「お前はこの世界には居るはずの無い存在だ」と言われているようで――。

 

「それっきり、あたしは能力を使うことをやめた」

 

 縛りを自分に課すことで、ヒトに近づくことにした。

 

 抑えていても漏れ出てしまう能力は仕方が無いにしても、『アカシックレコード』にアクセスするとかの普通の人間にはできない芸当を控えるようにしたのだ。

 

 何をしても、ヒトには至れずに。

 

 でも自分の中から聞こえる『ヒトになりたい』という根幹からは目を逸らして、耳を塞いで。

 

 ヒトのフリをして、生きてきた。

 無意識に『アカシックレコード』へアクセスして、他者の隠していることを見抜いてしまう能力を、察しが良くて勘が鋭いだけだと誤魔化して生きてきた。

 

 能力の制約として、自分に関することが分からないんじゃなくて、『アカシックレコード』に載っていない自己という存在は『検索』できないから分からないだけで。

 能力の制約として、ヒトの複雑な感情が分からないんじゃなくて、そもそもヒトじゃないから複雑な感情というものがイマイチ分からない。

 

 察しの良さに個人差があるのは――『アカシックレコード』に載っている情報量が多いヒトと少ないヒトが居るだけだ。

 

 ……ああいや、リィンだけちょっと事情が違うが、まあそれは今関係ないので置いておこう。

 

「つまるところ……クローンのあたしが言ってたことは、全部本当だよ。あたしはヒトのフリした、ヒトデナシ」

「…………」

「ヒトになりたくても、なれないんだよ……どうやってもあたしはヒトデナシで、何をやっても『ヒトになりたい』っていう叫びはあたしの中から消えなくて……極め付けにはさっきのクローン」

 

 さっきのクローンには、アークスの要素が欠片も無かった。

 ダーカー因子のみで、シズクを半分再現していた。

 

 それはつまり、シズクのクローンを造るにはアークスの要素は邪魔でしかなく、アークスよりもダーカーの方がシズクに近いということなのだろう。

 

 『一時期ね、【深遠なる闇】があたしのお母さんじゃないかって考えてた時期があってね』。

 いつだったかリィンに言ったその言葉は、決して冗談なんかじゃない。冗談であって欲しかった言葉だ。

 

「ねえリィン、あたしは……あたしは――生まれてきて、よかったのかな? 生まれていいモノだったのかな?」

「…………」

 

 リィンは、そっと、目を閉じた。

 

 シズクの慟哭を、シズクの涙を、受け止めて。

 

 思う。

 

 

 

 

(すっごいどうでもいい……)

 

 シズクが化け物だろうがヒトデナシだろうが、関係ない。

 シズクがシズクであれば別にそれでいい、というのがリィンの答えだ。

 

 それ以外ないし、それ以外有り得ない。

 

 アカシックレコード? っていうのも凄いとは思うけど凄すぎてイマイチ凄さが伝わってこないので、実感が沸かないし。

 悩みのスケールが別次元すぎて同情すら出来ないというのが本音だ。

 

 ヒトに、ヒトデナシの苦悩をぶつけられても理解なんて出来るわけがないということだろうか。

 

(まあでも……)

 

 一つだけ。

 

 一つだけ、リィンがシズクに共感できる部分がある。

 

 それはきっと、シズクは気付いていないことだ。

 ヒトになりたくて、ヒトと仲良くしようとしたシズクはリィンと違って沢山のヒトに囲まれていたから、気付きにくかったのだろう。

 

 シズクは、一人ぼっちなのだ。

 かつてのリィンと同じように、一人ぼっち。

 

 世界に同種が(・・・・・・)居ないという孤独(・・・・・・・・)

 

 同類でも、同族でもない、同種。

 同じ種族の生命体が、この世に存在しない孤独なんて味わっているのはきっと世界でシズクだけだろう。

 

 でも、リィンは知っている。

 

 ヒトになりたい願いが叶わない悔しさなんて知らないし、

 自分が何者か分からない絶望感なんてもっと分からない。

 

 けど、一人ぼっちの寂しさは、リィンも知っている。

 

(シズクはきっと……)

("寂しかった"、のね)

 

 寂しかったから、仲間が欲しくて『ヒトになりたい』と思った。

 寂しかったから、自分と同種であろう『母親』を探し始めた。

 

 そういえばシズクは案外、寂しがり屋だと称したのは、シズクの父親だったか。

 

 全く持って、その通りだ。

 

 シズクの根幹は、『ヒトになりたい』なんかじゃない。

 

 『寂しい』。

 たった、それだけだったのだ。

 

(私がシズクに惹かれたのは――お互いに一人ぼっち同士だったからなのかな)

 

 

 

 ――なんて、リィンの思考は無論今この瞬間、すなわちダーカーの巣窟で行われたものではない(・・)

 

 今日この後無事帰れた場合に、ベッドの中で今日という日を思い返しながら冷静な頭で思考した結果である。

 

 ていうかリィンは、今現在思考らしき思考なんてしておらず。

 たった一つの感情が、リィンの頭全てを埋めていた。

 

 たった一つ。

 

「シズク」

「?」

 

 ドスの利いた声で、シズクの名前を呼ぶ。

 

 そうして、リィンは差し出していた手の形を変える。

 

 中指を曲げて親指で押さえ、その他の指はピンと伸ばす。

 ようするにデコピンの形だ。

 

 それをシズクの額に当てて、思いっきり力を込めて。

 

 案の定というかなんというか、デコピンを放った。

 

「あぎゃん!?」

 

 骨が折れたんじゃないかと錯覚するくらいえげつない音と共に、シズクは悲鳴をあげて仰向けに倒れた。

 

「シズク、今の私の『感情』、分かる?」

「うぅ……わっ!?」

 

 そして、リィンはシズクを押し倒すように彼女の上に覆いかぶさった。

 

 顔と顔を、キスする一歩手前まで近づける。

 海色の瞳の、そのまた奥を見通すように、リィンは瞳を覗きこむ。

 

「ねえ、分かる?」

「か、感情……? え、ええっと……」

 

 シズクは戸惑いながらも、ちょっと考えて、答えを出す。

 

「お、『怒ってる』……?」

「正解よ、じゃあ何でかは分かる?」

「…………こんな大事なことを、ずっと黙ってたから?」

「不正解」

 

 びし、っと再びデコピンがシズクの額を襲った。

 

 さっきほどじゃないが、痛い。

 

「不正解するごとにデコピンね」

「え、ええー!? ええっと、ええっと……」

 

 突然の罰ゲーム宣言に驚きつつ、シズクは考える。

 

 リィンが怒っている理由。

 皆目検討が、つかないわけではない。

 

「…………感情も心も無いことを黙っていたから?」

「あるでしょ、どう見ても」

 

 またもやデコピンが炸裂した。

 

 涙目で痛がる姿は、感情が無い化け物のものにはとてもじゃないが見えない。

 

 ヒトデナシ、ではあるのかもしれないけど。

 感情の無い化け物というのは、シズクの被害妄想の可能性が高かった。

 

「うぐぅ……」

 

 悶絶しながら、考える。

 正直痛みで思考どころじゃないのだけれど、それでも頑張って考える。

 

「……――生まれてきて、よかったかな? とか言ったから?」

「……分かるじゃない、感情」

 

 そう言って、リィンは立ち上がった。

 

 その後シズクに向けて、立ち上がるよう手を差し伸べる。

 

「生まれてきて、よかったに決まってるじゃない」

「リィン……」

「良い? シズク。自分の存在を否定するっていうのはね、アナタのことが好きなヒトを否定するようなものなのよ」

 

 漫画の受け売りではあるが。

 リィンは堂々と若干臭い台詞を口にする。

 

「私は勿論、メイさんだってアヤさんだって。イズミもハルも、『リン』さんやクーナちゃんや研修時代の仲間たちも、皆、シズクのことが好きなんだから。アナタが自分を否定したら、私たち馬鹿みたいじゃない」

「そ、それは……」

「だから、そういう台詞は私たちを否定してからにしなさい。ほら、言ってみなさいよ。『リィンには関係ないのに偉そうなこと言うな』とか、『皆なんて知らない、あたしはヒトになりたかっただけで仲良くする相手は誰でもよかった』とか」

 

 言ってみなさい、と。

 リィンは手を差し伸べたまま、責めるように言う。

 

「『リィンなんて大嫌い』って、言ってみなさいよ」

「う……そんなことぉ……」

「言えないなら、私の手を取りなさい。取って、立ち上がって」

 

 シズクは、果たして――手を取った。

 

 ちょっと躊躇った後、しっかりと手を取り、立ち上がる。

 

「…………うばー」

「やっと、いつもの調子に戻った?」

「や、まだちょっと無理してる」

「まあ、空元気でも歩けるなら問題ないわよ。さ、さっさとこんなところ脱出して帰らないとシズクの誕生日に間に合わ……」

 

 落ちている自分のソードを拾いに行きながら、リィンは端末を開いた。

 

 瞬間、固まる。

 残存アイテムの確認のためだったが、その際にふと現在時刻が目に止まったのだ。

 

 時計の表記は、0時12分。

 つまるところ、もう既にシズクの誕生日になっていたのであった。

 

「わ、わぁー!? もうシズクの誕生日になってるー!?」

「うば!? び、びっくりしたー……」

「うっわもー……日付変わった瞬間にお祝いしようと思ってたのにー……」

 

 シズクの誕生日を日付が変わった瞬間に祝えなかったことが余程ショックだったのか、リィンは項垂れて地面に手を付いた。

 

 しかしそこは流石の雑さと言うべきか、「まあいいか」と呟いて立ち上がる。

 

 ショックはショックなのだけれど、それはそれ。

 日付が過ぎているなら、祝わなくちゃ。

 

「シズク、誕生日おめでとう」

「え、あ、うん。ありがとう……」

「こんなところで祝うことになっちゃって悪いわねぇ、帰ったら、もう一回ちゃんと祝うから」

 

 申し訳無さそうに言うリィンに、シズクは困り顔で手を振った。

 

 別にそんなこと、今する話じゃないだろう。

 誕生日、とはいっても所詮は生まれた日ってだけだし、プレゼントを貰ったり祝ってもらうのは嬉しいが、現状を省みる限り今は後回しにすべき事柄だ。

 

 と、いうことをリィンに伝えると、彼女はゆっくりと首を横に振った。

 

「これ言うの二度目な気がするけど、仕方ないからもう一回言ってやるわ」

「……?」

「誕生日ってのはね、そのヒトが生まれてきてくれたことを祝う日よ」

 

 無論、漫画の受け売りである。

 リィンのこういう知識の大半は漫画から来ているのだ。

 

「だ、だからそういうの大袈裟じゃない?」

「だからね、シズク」

 

 ソードを拾い上げ、背に仕舞いながら。

 リィンは振り向いて、微笑んだ。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

「――――ぁ」

 

 その一言に、シズクは――。

 

 シズクの目尻から、ほろりと一粒、涙が零れた。

 

 今日はどうにも涙腺が弱いようだ、なんて。

 冗談めかした言葉を口に出そうとして、失敗した。

 

 何も、言えない。

 言葉が喉を、通らない。

 

「……シズク?」

「…………り、ぃん」

 

 胸が熱い。

 何かが、体の奥から込み上げて来る。

 

 あたしは、生まれてきてもよかったのだろうか。

 

 ずっと、心のどこかで思っていたことの、答えが。

 

 今、出た気がした。

 

 生まれてきてくれて、ありがとう。

 

 『ありがとう』。

 その一言で……。

 

 たった一言で、救われた。

 

 救われてしまった。

 

「……リィンは、その」

「?」

「あたしが『何』だったとしても、例えばダークファルスだったとしても、一緒に居てくれる?」

「うん」

「……返事が軽いっ!」

 

 それだけ、当たり前のことだということなのだろう。

 リィンにとって、シズクを守ることは。

 

「ああもう、リィンには敵わないなぁ……」

「うん……うん? そりゃ私とシズクでタイマンなら私の勝ちだろうけど……」

「そうじゃなくて……いや、うん、まあいいや」

 

 うばー、っと。

 気の抜けるようないつもの口癖を吐いて、笑う。

 

 ああ、なんだかもう、本当に。

 

 嬉しいなぁ。

 

「ねえリィン。あたし今、生まれて初めて『別に化け物でもいいや』とか思ってる」

 

 リィンのためなら。

 リィンと一緒に生きていけるなら。

 

 『生きていく理由』が、シズクにも出来たのだ。

 

「リィンが一緒に居てくれるなら、ヒトデナシでもいい」

「……じゃあ、今を生き抜くために出口を探さなきゃね。早くしないと折角用意した誕生日プレゼントの準備が無駄になっちゃうわ」

「いや」

 

 シズクは首を横に振った。

 別にそんなもの探さなくていい、と笑顔で。

 

「もう、いい。能力を使わない理由が、無くなったから」

「……ん?」

「ねえリィン、気付いてる? このダーカーの巣窟は、元アークスシップだって」

「え、そうなの!?」

 

 上を見て、と促すシズクの言葉に従って空を見上げると、そこには何処か見覚えのある摩天楼が逆さになって空に浮かんでいた。

 

 その摩天楼は、アークスシップの市街地だ。

 廃墟となってはいるが、ダーカー因子によって歪んでいるが、確かに。

 

「うっわ、全然気付かなかったわ……で、それがどうかしたの?」

「うっばっば、アークスシップなら、あたしの能力適用内なのよ」

 

 シズクの体が、海色の光に包まれ始めた。

 瞳の海色も、いつもより強く光り輝く。

 

 そしてその光に包まれたまま、シズクはそっと地面に手を着いた。

 

 

「――――接続(コネクト)

 

 

 海色の光が、黒い地面に広がっていく。

 

 闇を、包み込んでいく。

 

「セキュリティ、突破。管理者、改竄。妨害、無視」

 

 時間にして、数秒。

 あっという間にシズクの海色の光はダーカーの巣窟を包み込んでいき……そして。

 

 シズクとリィンのアブダクション騒動は、終わりを迎えた。

 

 

「――管制(・・)掌握(・・)

 

 

 




そういえばフォトナーという種族は現在ルーサーただ一人ですね。いやそれがどうしたといわれると何でもないんですけど。

というわけでアブダクション編は終わりです。
次アブダクション編のエピローグやって、その次からEP2の最終章の始まりです。


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ありふれた御話

「シズク、誕生日おめでとー!」

「先輩おめでとうございます!」

「まあ……おめでとうございます」

「うばー、ありがとね、皆」

 

 クラッカーの音が、リィンの部屋に響き渡る。

 

 今日はシズクの誕生日。

 【ARK×Drops】の四人で、お祝いパーティ開催である。

 

 シズクの好きなもの中心の豪華な料理に、誕生日ケーキ。

 

 蝋燭の数は14本。

 

「しかしまあ、先輩たちがダーカーに拉致されたって聞いたときは心配しましたよー、イズミなんて心配で泣いちゃって」

「泣いてないわよ! テキトーなこと言わないでくれる!?」

「ボクにテキトーなこと言うなとは無茶言うなよ……まあイズミが泣いていたことはどうでもいいとして、ダーカーの巣ってどんなところだったんですか? どうやって脱出を?」

 

 興味津々、とばかりにハルはその藍色の瞳を輝かせた。

 興味があるのはイズミも同様なようで、「本当に泣いてないし……」とぶつぶつ言いながらもそれ以上ハルに突っかかることなく、視線をシズクとリィンの方に向ける。

 

「うばー、あそこはねー……」

 

 誕生日ケーキを切り分けながら、シズクは語りだす。

 

 あの後。

 シズクが自らの戒めを解き、能力を解放させた後。

 

 二人は容易く、あのダーカーの巣窟から脱出を果たした。

 

 やったことは、あの廃棄されたアークスシップの管制を全て掌握し、通信妨害を切断。

 シンプルだが、何よりも有効な手である。これによってアークスとの通信が可能になって、空間転移によって近場に来ていたキャンプシップへと帰還したのだ。

 

 勿論。

 廃棄されていようがいまいが、アークスシップの管制を掌握することなど、普通のアークスには不可能である。

 

『イズミとハルには、あたしの正体をまだ明かさないでくれる? リィン』

『何で? まさかまだその時ではない……とか言うの?』

『いやそうじゃなくて、何の脈絡も無くあたし人間じゃないの! とか言ってもただの痛い子でしょう』

 

 そりゃそうだ。

 

 とまあそんな感じの会話を事前にしていたので、シズクの正体に関しては伏せつつダーカーの巣窟であったことを二人は話し終えた。

 

「へぇ、廃棄されたアークスシップをダーカーが巣に……なんだかおぞましい話ですね」

 

 そうして、イズミはそんな感想を漏らした。

 

 それはそうだろう。

 廃棄されたアークスシップ、つまりは自分たちがかつて住んでいた場所ですら、ダーカーに侵食され尽されてしまえば奴らの巣窟になってしまうのだ。

 

 今こうして誕生日会なんていうほんわかしたイベントを開催しているこのアークスシップも、例外ではなく廃棄されれば……または侵攻に負け侵食されてしまえば、同じような末路を辿るのだろう。

 

「ボクはクローンのほうがよっぽどかおぞましいと思うけどねー、クローンかそうじゃないかってすぐ分かるものなんすか?」

「ダーカー因子の塊みたいなものだもの、見れば分かるわよ。……まあそれでも知り合いに本気で切りかかるのは躊躇するヒトも居そうよね」

「先輩はしないんすか?」

「全然」

 

 シズクのクローンにすら、容赦も躊躇もしなかったリィンである。

 

 『躊躇するヒトも居そう』、と理解しながらもこうやって断言できる辺り、リィンは人間味が薄いというかなんというか……。

 

「メイ先輩が現役だったら危なかったかもね。あのヒト絶対あたしやリィンのクローン相手に戦えないでしょ」

「いや、どうだろ。案外平気で斬りかかるかも」

「……メイ先輩?」

 

 イズミとハルが、首をかしげた。

 ああそういえば、まだ話してはいなかったか。

 

「メイ先輩っていうのはね……」

 

 【コートハイム】時代のことを思い出しながら、シズクは語りだす。

 

 と、その時だった。

 ……いやまあ大したことではないのだが、シズクがお茶を飲もうと何気なく伸ばした手の先に、同じくお茶を飲もうとして手を伸ばしたリィンが居たのだ。

 

 当然、二人の手がぴたりと触れ合った。

 

 それだけ。たったそれだけの、何てこと無い出来事である。

 

「――っ!?」

「?」

 

 それだけなのに、シズクは思いっきり慌てて身を引いた。

 

 背の壁に頭突きをかますほどの勢いだ。痛そう。

 

「あ、あいたーっ!?」

「シズク!? 急にどうしたのよ!?」

「え、えと、んと……あ、あたしにも分からない」

 

 びっくりしたのかなぁ、なんて呟きながら、シズクは身を起こす。

 

 今、自分の心臓がバクバクと音を立てていることと。

 今、自分の頬がリンゴのように赤く熱を持っていること。

 

 その二つの理由が分からずに、首を傾げて。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 誕生会が終わった。

 

 心配していたリィンの料理もルインが監修していたということで思ったよりも酷くは無かったし(むしろ美味しかった)、

 後輩二人の喧嘩も(比較的)少なかったし、何よりお祝いしてもらえるというのはやはり何だかんだで嬉しかった。

 

 嬉しかったし、楽しかった。

 

「……ヒトならきっと、こういうときそういう感情を抱くんだろうなぁ」

 

 そう呟いて、シズクはベッドに潜り込んだ。

 

 場所はシズクのマイルーム。

 別にリィンの部屋に泊まってもよかったのだが、お互い疲れているということで徹夜パーティなどはせずに身体を休めようという話になったのだ。

 

 ちなみにイズミとハルは、ハルが遊び足りないと言ってイズミを連れボーリングに行った。

 

 あいつら本当は仲良しだろ。

 シズクが今まで見てきたヒトの中でも相当特異な関係だ。

 

 あの二人が互いに向けている『感情』はシズクであっても察せないし、シズクでなくとも察せないだろう。

 

「うばー……流石に疲れたなぁ……」

 

 ダーカーの巣窟での強行軍、その後ちょっと休憩して誕生日パーティで大はしゃぎ。

 

 流石にもうヘトヘトだ。

 ベッドに潜り込んだ途端、強烈な眠気がシズクを襲いだす。

 

「…………」

 

 目を瞑る。

 

 心地よい眠気と疲れが相まって、めくるめくる夢の世界へと意識が落ちていく――――。

 

 …………。

 

 ――『大丈夫、シズクが後ろに居てくれるなら――私は戦える』

 

 ふと。

 

 リィンの背中と言葉が、脳裏に浮かんだ。

 

「……?」

 

 それと同時に、ドキリと胸の奥が鼓動を鳴らした。

 

(……何? 今の……)

(それにしても……うっばっば、リィンの言葉、嬉しかったなぁ……)

 

 眠気に誘われながら、シズクはダーカーの巣窟での出来事を思い返す。

 

 正体を知っても決して変わらなかった彼女の笑顔。

 いつも通り頼もしさを感じる、彼女の背中。

 『生まれてきてくれて、ありがとうと』いう、何よりも心に沁みた彼女の言葉。

 

 リィン。

 リィン。リィン。リィン。

 

 リィンの姿が、目蓋の裏に張り付いて離れない――。

 

「…………」

 

 むくり、とシズクは布団を剥いで上半身を起こした。

 

 その顔は、暗闇で分かり辛いが真っ赤である。

 

 熱い。顔が、熱い。

 しかし熱を確かめるように両手をぺたりと頬に添えると、風邪というほどではない熱量しか感じない。

 

 身体じゃなくて、身体の内側……というよりも、胸の奥が熱い。

 

 それに加えて心臓の音が煩くて、眠れそうに無かった。

 

「……? ……? ?」

 

 熱を、鼓動を抑えようとしても、抑えられない。

 

 自分の身体なのに、全くもってコントロールが効かない。

 

 これは――これって、まさか……。

 

「……落ち着けー、落ち着けー、あたしー……」

 

 深呼吸。

 ……しても全く胸の高鳴りが抑えられない。

 

 焼け石に水である。

 

 こうしている間にも脳裏にリィンがちらついて、とてもじゃないけど寝られない。

 

「……ホットココアでも飲んで一旦落ち着こうか」

 

 疲労感も眠気もMAXなのだ。

 胸のドキドキさえ抑えれば、即座に眠れる筈。

 

 そう考えて、シズクは一旦ベッドから降りてベッドサイドランプの電気を点けた。

 

 冷蔵庫から牛乳を取り出して、マグカップに注ぎココアを混ぜ温める。

 

 その間も、脳裏に浮かぶのはリィンの顔ばかりで。

 

「……ふーっ」

 

 気持ちを落ち着かせるように、一息。

 

 ココアの温かさと甘さに、胸の奥が和らいでいくようだ。

 

「……よし、今なら眠れそうだ」

 

 いい感じに眠気が再来してきた。

 ココアに安眠作用があるというのは本当かもしれない。

 

 マグカップを水に漬けて、再びベッドに向かう。

 

「…………」

 

 極力リィンのことを考えないように、目を瞑る。

 

 流石に眠気と疲労が限界だったのか、最早目蓋は開けることすら困難な程重く、重く、重く――。

 

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

「シズク」

 

 唐突に、リィンの声がした。

 

 聞き慣れた、優しい声があたしを呼んでいる。

 

「…………リィン?」

 

 おぼろげな頭で、目蓋を少しだけ開けて、呟く。

 折角いい感じで眠れそうだったのに、とんだ妨害が入ったものだ。

 

 ていうか何でリィンが、ここに?

 今夜はお泊り無しだった筈なんだけど……。

 

「決まってるじゃない、夜這いよ夜這い」

「よばい……? ふぅん、それはそれは…………夜這い!?」

 

 気付けば、リィンはシズクの布団に潜り込んでいた。

 

 全裸で、である。

 いつの間に潜り込んできたのか、ていうかいつの間に脱いだのか。全然分からなかった。

 

「ま、待ってリィン! タンマ! タンマ!」

「あら、私とは嫌? でもシズクの心臓、ドキドキ言ってるけど……」

「うばー! 胸! 胸触ってる! ゃ、やめてリィン待って待って!」

 

 さらにいつの間にか、シズクまで服を脱がされていた。

 

 肌が外気に触れて、少しひんやりする。

 

 いや、ていうか、それよりも、

 リィンの指が、シズクの大事なところに触れて――――!

 

 

 

 

 

「ま、あたしまだ14歳だから! そういうのは後4年ほど待って頂けると――!」

 

 と、いう叫びと共に、シズクは目を覚ました(・・・・・・)

 

 ベッドの傍らに置かれた時計は、朝を示している。

 服は乱れてなどおらず、当然リィンも傍には居ない。

 

 夢オチ。

 

「……………………」

 

 シズクは。

 

 ゆっくりと、自身の両手で顔を覆った。

 

 顔は、真っ赤だ。これ以上無いくらい、羞恥に染まっている。

 心臓は早鐘を打ってて痛いくらいで、煩い。

 

「……あた、あたしは……なん、て、夢を……!」

 

 これはもう、そういう(・・・・)ことなのだろうか。

 どうしようもなく、そう(・・)だというのか。

 

「……恋?」

 

 改めて口に出すと、羞恥心が身体の奥から湧き上がってくるようだった。

 

 リィンのことを考えると、胸が熱い。

 リィンのことを思うと、胸が苦しい。

 

 なのに、リィンのことが頭から離れない――。

 

「う、ばぁ……」

 

 掛け布団を抱くように埋まりながら、シズクは呻く。

 

 頬の熱さが、信じられないとばかりに。

 胸の鼓動が、幻覚ではないのかと言いたげに。

 

 だって、感情なんて。

 無かった、筈なのに。

 

「まじかぁー……」

 

 A.P.238/6/15、早朝。

 ヒトデナシの化け物は、ヒトに恋をした。

 

 なんとも良くある、ありふれた御話だった。

 




シズク、乙女モード突入。


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Episode2 第4章:星光の残滓
声が聞こえない


EP2最終章、開幕です!
おでことおでこを合わせて熱を計るというシチュエーションを最初に考えた人は神に違いない。


「ごめんね、アプちゃん……」

 

 惑星リリーパ・壊世エリアにて、ダークファルス【百合(リリィ)】は突然口を開いた。

 

 白く長い睫毛を伏せて、申し訳なさそうに眉を八の字に曲げて、

 隣を歩く【若人(アプレンティス)】に向けて謝罪の言葉を言い放つ。

 

「あたしとしたことがうっかりして……あたしたちの結婚記念日を憶えておくことを忘れていたよ」

「…………」

「くっ……! 夫婦にとって大事な記念日である結婚記念日を記録していなかったなんて……! うばー! あたしは嫁失格だー!」

「そうね」

「塩対応すぎる!?」

 

 薄すぎる反応に、思わず叫ぶ【百合】である。

 

 もう、この程度で【若人】はツッコまない。

 慣れたというより諦めたという方が正しいだろうが……。

 

 ちなみに当然【百合】と結婚した覚えなど無い。

 彼女が勝手に言っているだけである。

 

「でもそんなとこも素敵ー! 大好きだよアプちゃーん!」

「はいはい、あたしもまあ嫌いじゃないような気がしないでもないわよ」

「うっばー♪」

 

 機嫌が良いのか、比較的デレ寄りの発言をする【若人】の腕に、【百合】は抱きついた。

 

 腕を組み、身体を密着させるような体勢だ。

 それを受け入れているのか、はたまた突っぱねても無駄だと諦めているのか、どちらにせよ【若人】は特に抵抗する素振りを見せず、「それにしても」っと話題を転換した。

 

「アンガ・ファンダージ……十体くらい『喰って』みたけど、力の戻り具合としてはこれくらいが限界みたいね」

「うばー、これ以上は本体が戻らないと駄目みたいね。どうする?」

「勿論、本体を取り戻しに行く」

 

 壊世区域を出て――採掘場跡エリアへと到着。

 

 極彩色の景色に慣れていたからか、青い空が新鮮だ。

 ダークファルス的には暗雲立ち込める黒い空が好みなのだけども。

 

「今度は本気の本気で行くわ。準備に二日かけて、確実にアークスの防衛を破る」

「うっばっば、じゃああたしはダーカーを生成しているアプちゃんの背中からそっと見守るように抱きしめて待ってるよ」

「それ、途中で飽きない?」

「飽きないよ! …………ん?」

 

 ちょっと待て。

 ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って。

 

 それってつまり、それはつまり。

 

 後ろからそっと抱きしめることを許可されたのか――、と。

 

 【百合】が衝撃的な事実に気が着いた瞬間だった。

 

 空気を読まぬ声が、【百合】の歓喜に水を差すように二人に届く。

 

「やっと、見つけた」

 

「……?」

 

 その少年は、真正面からやってきた。

 

 ダークファルス二人相手に物怖じながら、恐怖に足を震わせ、脂汗を額に浮かべながら。

 

 それでも譲れないものがあるとばかりに、金髪の少年は――アフィンは、

 

 二人のダークファルスの前に、立ち塞がった。

 

「あんたは……」

「ようやく会えたな、ダークファルス。あんたに訊きたいことがあるんだ」

 

「……うば? 何? この男――」

 

 緊張走る【若人】とアフィンの顔を交互に見て、【百合】は首を傾げる。

 

 金髪。

 ニューマン。

 よく似た顔立ち。

 

 そんな三拍子揃ったアフィンの姿を嫌々(男だから)認識して、呟いた。

 

「もしかして、アプちゃんの弟とか?」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 シズクが真っ赤な顔で自分の気持ちに狼狽している頃。

 

 リィンはシズクの部屋へ向かって、歩いていた。

 手には昨日の誕生会で出された食事の余りをタッパーに詰めたものを持っている。

 

 朝ごはんに昨日の余り物を食べようと思ったのだが、結構量が多かったのでシズクと一緒に食べようという算段だ。

 

「~~♪」

 

 鼻歌交じりに歩くこと数分。

 シズクとリィンの部屋は近場にあるので、すぐ着いた。

 

「シズク、入るわよー」

 

 ノックして扉を開く。

 まるで勝手知ったる我が家であるかのように手馴れた動きで部屋に入り、シズクを探す。

 

 シズクはすぐ見つかった。

 

 寝室のベッドの上。

 カタツムリのように丸まって、シズクは掛け布団の中に埋まっていた。

 

「シズク? どうしたのよ」

「ちょ、ちょっとあの、その、寝癖が酷くて!」

「そ、そう……朝ごはんに昨日の余りもの持ってきたけど食べる?」

「た、食べるよ。食卓に並べといて、あ、あたしはその間に寝癖直してくるから」

「……? 分かったわ」

 

 別に寝癖付きのシズクくらい今までにも見たことあるのに、と不審そうにしながらもリィンは言われたとおり寝室を出てリビングへと向かって行った。

 

 扉が閉まったのを確認して、シズクは布団から這いずるように出る。

 

「…………」

 

 いつも通り、普通に話せただろうか。

 

 そんな心配をしつつ、シズクは言ったとおり寝癖を直しに洗面所へと向かった。

 

 寝癖が酷いのは本当なのだ。

 前までなら、そんなの気にもしなかっただろうけど。

 

「…………よしっと」

 

 寝癖をバッチリ直して、頬の熱を冷ますように冷水で顔を洗う。

 

 ついでに歯磨きその他も済ませ、洗顔終了。

 目も醒めてきたし、あんまり長く寝癖直しをしてても変なのでそろそろリビングへ……。

 

 ……行くと、しよう。

 

「…………」

 

 洗面所から離れかけて、やっぱりと思い直して鏡の前に戻る。

 そして櫛を手に取り、普段は気にしないような細かい部分まで丁寧に髪を梳いてセットしていく。

 

(髪型は……縛れる程長く無いし、いつも通りでいいか)

(いや、ヘアピンとかしてみようか……いや、でも、うーん)

 

 などと試行錯誤したものの、やっぱりいつも通りが一番しっくり来た。

 

 ていうかヘアピンに可愛いのが無かった。

 今度アクセサリショップで良いのが無いか探そう、と。

 

 呟いて、櫛を元の場所に置く。

 

「……今度こそ、よし」

 

 最後に深呼吸して、洗面所から出て行く。

 

 いつも通りいつも通り。

 誕生会の時は、別に平気だったじゃないか。

 

 そう、そうなのだ。

 

 誕生会の時は別に平気だった。

 ドキドキが始まったのは、その夜からだ。

 

 一夜の過ち――はちょっと違うか。

 

 でも、あの気持ちが何かの勘違いの可能性だって、ある……。

 

「あ、シズク。飲み物はお茶でよかった?」

「ぁぅ――」

 

 リビングに入った瞬間かけられた声と、笑顔にドキリと胸が震えた。

 

 ぎこちなく、頷く。

 そしてこれまたぎこちない動作で、タッパーから皿に出された料理が並べられた席に着く。

 

 リィンと目が合わせられない。

 

 お腹は減っているはずなのに、食欲が湧いてこない。

 

 一緒にいるだけで、ドキドキする。

 

(……やっぱり)

(これが、恋なのかな)

 

 ていうか、恋以外に何と名称を付けろというのだ。

 

 もう間違いない。

 絶対的に間違いない。

 

 あたしは、リィン・アークライトに恋をした――――。

 

 

 

 

 

 

 

『――――本当に?』

 

 

 ふと、声がした。

 

 自分の中に居る、『誰か』の声が、耳じゃない何処かからシズクの奥へと語りかけた。

 

『本当に、それは恋なのか?』

『恋なんて、ただの性欲じゃあないのか?』

『そもそも化け物であるあたしに恋心なんて、ある筈がないだろう』

『変な夢を見るのは、よそう――』

 

「シズク? どうしたのボーっとして」

「…………ぅ、あ……」

 

 心臓が痛い。

 視界が揺れて、身体のコントロールがおぼつかない。

 

 また、こいつか。

 シズクがちょっと前向きになると、身体の奥や夢の中(・・・)から。

 

 語りかけてくる。

 化け物の癖に、調子に乗るなと。

 

「ぅ、ぅぅぅ……」

 

 違う、と。

 

 シズクは自身の中から聞こえてくる『誰か』の言葉を否定する。

 

 だけど、否定しても否定しても。

 その『誰か』はきっと自分自身だから。

 

 もう、分かっている。

 

 認めている。

 

 夢の中で語りかけてくるあいつも、

 ダーカーの巣窟で出会ったクローンも、

 今こうして感情や心を否定してくる『誰か』も、

 

 全部、あたし自身。

 

 感情なんて無い。

 心なんて無い。

 

 何を夢見ていたのだろう。

 

 思わず、笑ってしまう。

 

 恋心なんて――――、

 

「熱でもあるの?」

 

 と。

 

 リィンは心配そうにしながらそっと顔を近づける。

 

 そして。

 

 

 シズクのおでこと、自身のおでこを、くっつけた。

 

 

「ぁ――」

 

 瞬間、思考がぶっ飛んだ。

 逡巡する暇なく、吹き飛んだ。

 

 頭が真っ白になるというのは、このことを言うのだろう。

 

 何も考えられない。

 何も言葉を紡げない。

 

 文字通り目と鼻の先にあるリィンの顔と、声と、良い匂いが、シズクの思考の全てを奪う。

 

「んー……微熱? あるかも? 昨日は無茶したし、今日一日安静にしておいたほうがいいかもしれないわね」

「…………」

 

 心臓の音が煩くて、リィンの声がよく聞こえない。

 耳まで真っ赤に染まるほど頭に熱が集まって、何も考えられない。

 

 頭の中が、真っ白に染まって。

 目の前がキラキラして、焦点が合わない。

 

 嗚呼、泣きそうだ。

 

 嬉しくて、泣きそうだ。

 

 感情が無い?

 心が無い?

 

 そんな戯れ言を吐いたのは、何処の誰だったか。

 

 今こうして、シズクの胸に去来しているものは、どうしようもなく間違いなく。

 

 ちっとも論理的じゃない、『感情』だ。

 ただの淡くて切ない、恋心だ。

 

 

 『誰か』の声なんて、もう聞こえない。

 

 

 




何かやたら今日閲覧数多いなと思ったら日間ランキングに載ってました!!!!
なんかもう、ほんともうなんていうか、あの、ありがとうございます!(語彙力消滅)


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恋愛相談

 メディカルセンターの一室。

 メイ・コートが入院している病室に、シズクは来ていた。

 

 リィンを連れずに一人で、である。

 

 正確には、安静のため今日は二度寝するよとリィンに嘘を吐いて、こっそりと訪問した。

 

 先輩たちに相談があるのだ。

 

 何の相談か? 決まっている。

 

 恋愛相談。

 

「いや今更過ぎないか、我が後輩よ」

 

 メイは、話を聞き終わるなりそう言った。

 

 メイ・コート。

 忘れているヒトは居ないと信じたいが、元【コートハイム】のチームリーダーであり、オレンジ色の超長髪をポニーテールに纏めているのが特徴的な女性だ。

 

「ていうか随分前だけど、デパートでそういう話題が出てシズクはリィンが好きって言ってたじゃない」

 

 いつも通りお見舞いに来ていたアヤも、メイに同意するように頷いた。

 

 アヤ・サイジョウ。

 元【コートハイム】の副リーダーであり、艶のある黒髪と大和撫子のような振る舞いが特徴的な女性だ。

 

「あ、あれはですね……なんというか、ほら、恋ってやつをしてみたかったんですよ」

「恋に恋する少女って感じ?」

「うばば、そんな少女漫画みたいな綺麗な理由じゃないですよ」

 

 恋に恋すらしていなかった。

 ただ単に、恋愛というのはある意味『感情』の最たるものだと考えたからだ。

 

 恋というのは理屈じゃない。

 愛というのは論理的じゃない。

 

 そんな謳い文句を、テレビや雑誌で幾度と無く見てきただけ。

 

 ……ちなみに、メイとアヤにはダーカーの巣窟であったことを、全て伝えた。

 

 シズクが人間じゃなくて、感情のないヒトデナシだったことも、全部。

 

 まあ、それに対する先輩らの反応は……詳細は省くけど思春期を迎えた娘が「ほら、私って感情無いからサ……」とか言い始めたときの親の反応だった――とだけ言っておこう。

 

 いや、確かにシズクは十四歳。丁度そういう年齢だけど。

 

 わりと屈辱的だった。

 

 ……閑話休題。

 

「ふぅん……まあそういうことにしとくとして、要はリィンへの好感度が振り切れた所為で近づいただけでドキドキするから戦闘に支障が出そうで怖いってのが問題なんでしょ?」

「うば! そうです、問題はそこなんですよ! 先輩たちはお互いに好感度なんてMAXだと思うんですけど、どういう対策を施しているのか知りたくて!」

「いや、対策も何も『慣れ』としか……」

 

 マジかよ、とシズクの顔が驚愕に染まった。

 

 半ば予想していた答えではあったが……それでも、それでも何かしら対策となり得る何かがあるのではないかと期待したのだけど……。

 

 え?

 アカシックレコード?

 

 あれは『知恵』こそ全知だが、『ヒトの感情』なんていう非論理的なモノについては全然載ってないのです。

 

 ホント、使えない。

 

「うばー……」

「そんな落ち込まなくても……片思いのドキマギなんて今しか味わえないんだから、楽しみなさいよ」

「楽しむ……」

 

 『楽しむ』というのは、立派な感情だ。

 

 もう自分に感情が無いと言う気はないけれど、ちゃんとそれが出来るかと問われると、自信が無い。

 

「シズクはさぁ……」

「……うば?」

 

 不安そうな表情を浮かべるシズクに、アヤはそっと語りかける。

 

 投げかけるのは、確認というより、純粋な疑問。

 

「本当に自分には感情が無いって思ってるの?」

「え、そりゃあまあ……」

「それは何で?」

 

 何で、と問われても……。

 

 喜びも怒りも哀しみも楽しさも、まず最初に『人間ならどの感情を発露するのか』と考えてしまうのだ。

 

 十歳を越える頃には慣れてきて、考えずとも感情がある真似事ができるようになった。

 

 笑うべきところで笑い、泣くべきところで泣き、怒るべきところで怒ることが自然にできるようになって、ようやく感情というものを理解できた気になったけれど……。

 

 そうやって人間に近づくたびに、『誰か』はシズクに語りかけてきた。

 

 お前は人間じゃないんだと、念を押すように……。

 

「ふぅん、じゃあシズクはウチらと一緒に遊んだりしてるときも、全然楽しくなかったんだ」

「う……いえ、それは……」

 

 

 ジト目で睨むように、メイは言う。

 

 それを言われると、弱い。

 正直なところ、良く分からないのだ。

 

 【コートハイム】で過ごした日々は楽しかったと感じる自分と、

 楽しいなんて感情を感じていたわけないじゃないかと無表情で言い放つ自分が居る。

 

 感情。

 

 楽しさ。

 

「ファルス・アームとの戦いでさ、初めてレアドロが落ちた時……シズク喜んでたじゃん」

「…………はい」

 

 喜び。

 

「ウチがビッグヴァーダーの爆発に巻き込んで空飛ばせた時、怒ってたじゃん」

「…………はい」

 

 怒り。

 

「【コートハイム】が解散するってなったとき、凄く哀しんでたじゃん」

「……はいっ」

 

 哀しみ。

 

 喜怒哀楽。

 

 その全てを、肯定したい。

 だけど同時に、否定される。

 

 『誰か』の声が、感情も心も否定してくる。

 

 きっと今も、こんなことを考えていたらすぐに……。

 

(……あれ?)

(何も、聞こえない?)

 

 ああ、そうか。

 もう、『誰か』の声は聞こえない――。

 

「ならさ、きっと感情は最初からあったんじゃない?」

「っ――」

 

 もし、それが本当なら。

 

 シズクは相当滑稽なやつになってしまう。

 

 それこそ「ほら、あたしって感情とか無いからサ……」とか言っちゃう痛い思春期の子供だ。

 

 それだけは否定したい。

 ……否定したいのに、否定してくれる『誰か』はもう居ない。

 

「メイ先輩……アヤ先輩……あたしは……」

「まあそれは兎も角」

「あたしは…………うば?」

 

 今、何て言った?

 『まあそれは兎も角』?

 

「リィンにいつ告白するの?」

 

 にやにやと下卑た笑みを浮かべながら、メイは言い放った。

 

 シリアスタイム終了のお知らせである。

 いつの間にか逃げられないようにアヤがシズクの背後に回っており、肩をがっつり掴まれた。

 

「え? え?」

「片思いのドキドキもいいけど、両想いのイチャイチャもいいもんだぜシズク。で、いつ告白するの?」

「ま、まさか今までのシリアスっぽい問答はアヤ先輩を背後に回らすための時間稼ぎ!? だ、台無しだー! こっちは真剣に相談してんのに!」

「え? 真剣だったの? てっきり思春特有の『ほら、あたしって感情とか無いからサ……』的なあれかと思ってたよ」

「うばー! 結果的にその通りかもしれなくて何も言えねー!」

 

 そうだよ、そうだったよ。

 【コートハイム】解散の時のシリアスが頭から離れなかったから忘れてたけど、メイ・コートという人物はこういうやつなのだ。

 

「まあまあ、そんなに荒ぶるなって。もし本気でそんなことに悩んでいるなら、ウチらが保障してやるよ」

「……保障?」

「シズクに感情が無いなんてこと、絶対に無い。お前の笑顔は本物だったよ」

 

 誰が否定しても、全力で肯定してやる、と。

 

 言い放つメイの姿に、シズクは――。

 

「……いやそれシリアスが崩れる前に言って欲しかったですね」

「キリッ」

「今更キメ顔されましても……まあでも、ありがとうございます」

 

 ちょっとだけ気持ちが楽になった。

 

 今日、相談しに来てよかったと思えるくらいには。

 

 ……笑顔は本物だった、か。

 

「で、いつリィンに告白するの? 今から?」

「今からって……いや、でもそうですね」

 

 好きという気持ちを伝えるなら、早い方がいいだろう。

 

 ダラダラと引き伸ばしている間に、リィンに恋人ができたとかなったら目も当てられないというか最悪ショック死してしまいそうだ。

 

「告白、してきます。もう、今から」

「おおー」

「中々度胸があるわね」

「うっばっば、論理的に考えればそっちの方が正しいですからね。友好は充分に深まっているだろうし、早めに勝負を決めてしまおうかなと思います」

 

 さあそうなってくると問題は告白時の台詞だ。

 

 シンプルに「好きです!」と伝えるだけじゃあ芸が無い。

 しかしあまりに遠まわしだと、あの鈍感は気付かない可能性がある。

 

「ちなみに先輩方はどっちから告白したんです?」

「私からよ」

 

 アヤがシズクの疑問に答えた。

 

 まあ、そうだろう。この夫婦はどちらかというとアヤがメイにベタ惚れしている節がある。

 いや勿論メイがアヤのことを好きじゃないとか言うわけではないけれど。

 

「ほほう、参考までにどういう風に告白したか教えてもらえます?」

「結構普通よ? まず精神的に追い詰めて……」

「あ、ごめんなさい参考にならなそうなのでやっぱいいです」

 

 ふつう の ていぎ が くずれる!

 

 まあ流石に冗談なのだろうけど……冗談だよね?

 

「奇を(てら)う必要なんて無いだろ、真っ直ぐに『好きです付き合ってください』でいいんだよこういうのは」

「あら、もしかしてそういう告白の方がよかった?」

「当たり前だろ……あんな告白の仕方ウチじゃなかったら振ってるぞ……」

 

 先輩二人の会話を後半部分だけ聞こえないフリして、シズクは「じゃあいってきます!」とアヤの腕を振りはらって病室のドアを開けた。

 

「頑張ってなー」

「結果は報告に来なさいよー」

 

 後ろから聞こえてくる声に手を振って返しつつ、気持ち早足でメディカルセンターの廊下を歩く。

 

 病室が並ぶエリアを抜け、受付がある出入り口付近へ辿りついた。

 

 その時だった。

 

「……ん?」

「急患! 急患です! 通してくださーい!」

 

 担架に乗って血塗れの少年が、シズクのすぐ横を通った。

 

 アークスが担架に運ばれるなんて、よっぽどのことだ。

 何せ大抵の傷はトリメイトなりムーンアトマイザーなりで治るわけで、つまり担架で運ばれているということはムーンでも傷が治らなかった、もしくは治っても出血多量や四肢欠損等で動けないというわけなのだから。

 

 大変そうだなぁ、と他人事のように思いながら(実際他人事だし)シズクは担架を避けるように端へ寄った。

 

 そしてチラリと担架に運ばれる少年の顔を見て、絶句する。

 

 その少年に、見覚えがあったのだ。

 

 金色の髪を持った、ニューマン。

 全身血塗れのアフィンの姿が、そこにあった。

 

「…………」

 

 あっという間に治療室へと連れて行かれて見えなくなったアフィンの姿を、それ以上追うことはせずにシズクは歩みを再開する。

 

 いや勿論、心配ではあるのだけどそんなに交流があったわけでもないし、今シズクが何か出来るわけでもないし……。

 

 ていうかぶっちゃけ、今告白以外の余計なことは考えたくなかった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 好きです。

 付き合ってください。

 

 おそらく世界で一番シンプルでど直球な、告白の台詞だろう。

 

 そしてリィンに通じる唯一の告白であると、シズクは確信していた。

 

 兎に角彼女は鈍感なのだ。

 下手したら上記の台詞だろうと「いいよ、何処に?」とか言いかねないやつなのだ。

 

 いや、流石にそれはリィンを馬鹿にしすぎか。

 あの子だって漫画知識ではあるがそういう知識だって身につけて着ているはずだし。

 

「……ふーっ」

 

 リィンの部屋の前で、一つ深呼吸。

 

 手順を確認しよう。

 告白するからには、それ相応の雰囲気とかを求めてしまうのが乙女心というものだ。

 

(まずは食事に誘って……)

(それから景色の良い……チームルームの森林拠点とかがいいかな、そこで愛の告白……とか?)

 

 『全知』には、告白を確実に成功させる方法なんていう人間の心理に大きく影響する事柄は大した情報も載っていない。

 パターンを分析し、成功率を演算して、最も確率が高い告白方法を算出するのが関の山だ。

 

 でもその確率の高い方法というのがリィンに合っているかどうかは分からないわけで……なんというか本当全知と言うくらいならもうちょっと役に立って欲しいものである。

 

「さて……」

 

 時刻はお昼前。お昼ご飯に誘うには丁度いい時間だ。

 

 意を決して、マイルームのチャイムを鳴らした。

 

「リィン、入るよー」

「あら? シズク?」

 

 部屋に入ると、椅子に腰掛け武器の手入れをしているリィンの姿が目に入る。

 

 瞬間、心臓の鼓動が早くなった。

 羞恥とも風邪とも全く違う感覚で、顔が赤くなる。

 

 恋。

 目が合っただけでこれってやばくないだろうか。

 

「どうしたの? もう身体は大丈夫?」

「う、うん」

 

 頷きつつ、リィンへ近づいていく。

 

 心臓の高鳴りを押さえつつ、最初の一言を頭の中で何度も繰り返す。

 

 そして……。

 

「……り、リィン」

「? 何よ改まって」

 

 さて。

 ここで諸君らに思い出して頂きたいことがある。

 

 リィンよりも、先輩たちよりもシズクに詳しい人物がいることを。

 

 十年以上親としてシズクを育て続けて見守ってきた、赤い髪の父親が。

 

 シズクをかつて、こう(・・)表したことを。

 

 『あの子は――シズクは、へたれで、臆病で、寂しがり屋な子だったから』。

 

 へたれで、臆病。

 

「あの、その、えーっと……」

 

 目の前がぐるぐると回る。

 

 喉がカラカラに渇いていく。

 

 待った。待った待った。

 今からしようとしているのは食事に誘おうとしているだけで、別に告白しようとしているわけじゃないのだ。

 

 なのに何でこんな――こんな、胸がドキドキするのだろう。

 

(あれ? ていうか……)

(一緒にご飯ってそれデートじゃ……)

 

 それに気付いた瞬間、もう駄目だった。

 

 頭が茹で上がったかのように真っ赤に染まって、口が硬直する。

 

 言葉が、紡げない。

 

「……やっぱりまだ調子悪いの? シズク。何か変よアナタ」

「うばっ。だ、大丈夫だよ……うん……」

「ふぅん? ならいいけど……あ、そうだ」

 

 そうだ、と言ってリィンは端末を弄りウィンドウを表示させた。

 

 そこに映ったのは、特に変哲もない広告チラシ。

 

「SGNMデパートのフードコーナーに新しくドーナツ屋さんが出来たらしいのよ。ちょっと行ってみない?」

「ふぇ!?」

 

 完全に予想外のお誘いに、思わず出したこともないような声を出してしまうシズクであった。

 

 いや、嬉しい。

 滅茶苦茶嬉しい、けど……。

 

 こういうとき、どんな顔をしたらいいか分からない――。

 

「イ、イキマス……」

「そ、じゃあ……」

 

 ま、まあ目的は達成だ。

 

 こんな調子で告白なんか出来るのかどうかと言われるとかなり自信が無くなってきたのだが……。

 

 い、いやここからが勇気を振り絞るとき……!

 

「イズミとハルも呼びましょうか」

「…………え?」

「ドーナツ楽しみねぇ。何かウォパルで取れたフルーツを使ったやつとかあるらしいわよ」

 

 そう言いながら、リィンは後輩二人へと連絡を取り始めた。

 

 ……今此処で、二人きりがいいですなんて言えるのなら苦労はしてないわけでして……。

 

「ね、シズク。美味しいもの皆で食べれば元気も出るわよ」

「……うんっ、そうだね!」

 

 さてこの恋は、一体どれだけグダグダと引き伸ばされ続けるのか……。

 

 それは、『全知』にさえ分からないことだった。

 

 




生まれながらに全知を持っているが、ヒトに成るには寧ろ邪魔なそれを『使えない』と言い切るシズクと、
ヒトであることを捨て、全てを犠牲にしてでも全知を求めるルーサー。

決して相容れることの無い二人の邂逅まで、あと少し。


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恐怖体験

もー最近シリアスっぽいのばっかだったからしばらくゆるゆると好き勝手やります。
具体的にはep1のデパート編くらい好き勝手やります。


「うば?」

 

 休日、昼下がりの午後。

 シズクの体調を考えて、とリィンが気を利かせて二日ほど休みと宣言したので、暇を持て余すようにショップエリアを歩いていたシズクの目に、とある人物が目に止まった。

 

 三つ編みした黒髪と赤青のオッドアイ、控えめな角と胸、そして眼鏡が特徴的な委員長的見た目のデューマン。

 

 イズミである。

 珍しくハルとは一緒ではなく、一人でベンチに座り端末を触って何かをしているようだった。

 

 まあ、別に用は無いけれど。

 一人でいることが気になったし、気付いたのに声をかけなかったら感じ悪いかな、とシズクはイズミに近づき声をかけた。

 

「や、イズミ」

「……? あ、シズクさん」

 

 ほぼ同い年なのに敬語を使われることにまだ若干の違和感を憶えながら、シズクは「隣いい?」と彼女が座るベンチを指差した。

 

「どうぞ。……何か用ですか?」

「いや、一人で何やってるのかなって」

「別にいつもハルと一緒ってわけじゃないですよ」

 

 別にハルと一緒じゃないの? って訊いたわけじゃないんだけどナー。

 等とは言わない。無粋というやつだろう。

 

「シズクさんこそ、リィンさんと一緒じゃないんですか?」

「全く同じ台詞を返してやろう」

 

 別にいつもリィンと一緒ってわけじゃない。

 

 ていうか今の心情的にずっと一緒にいたら心臓が鳴り過ぎて死んでしまうかもしれないし。

 

「と、いうかイズミはさ、よくハルちゃんと喧嘩してるけど一緒にいることは苦じゃないのね」

「苦に決まってるじゃないですか。あんな頭の螺子抜けているやつと一緒なんて……」

「…………」

 

 苦なのか……。

 ならますます分からない。どうしてこの子たちごく当たり前のように共に行動してるのだろう……。

 

 もう、訊いてみた方が早いか。

 

「じゃあ何でハルちゃんといつも一緒なの?」

「………………シズクさんには関係ないですよ」

 

 はぐらかされた。

 『全知』で調べてもいいが……それもまた無粋というやつなのだろう。

 

 世の中には知らないほうが良いことも沢山ある。

 

 そんなこと――世界で一番シズクが知っている。

 

「ま、いいや。それで何してたの?」

「戦闘ログを見直してただけですよ。自分の動きを見直して、無駄なことをしてないかとかを確認してたんです」

「ふぅん……熱心だねぇ」

「当然です。私が目指しているのは最強ですから」

「…………」

 

 多分嘘だろう。

 

 シズクはあっさりと、何てことの無いようにそう思った。

 

 最強を目指しているなんて、嘘。

 これは『能力』を使ったわけではなく、ただの勘だったけれど。

 

 実のところ、シズクは単純に勘も鋭いのだ。

 

「……あっ」

「? どうしたの?」

「一部データが破損してました……丁度ボス戦のところで……」

「あらま」

 

 それはなんというか、珍しい。

 けれど、有り得ないことではない。アークスが携帯している端末で記録している以上、激しい運動で物理的に破損したりダーカー因子やフォトンの影響で記録が途切れることはあるといえばある。

 

「ちょっと貸してみ」

「? はぁ……」

 

 シズクは、そう言ってイズミから端末を受け取った。

 

 破損した原因にもよるが、修繕する方法はある。

 具体的には物理的な破損でなければ……――

 

 ――シズクにのみ、修繕が可能だ。

 

「えーっと……『複製(コピー)』……『貼り付け(ペースト)』」

 

 一瞬、海色の光がイズミの端末を包み込んだ。

 何が起きたのか分からず目をパチクリとさせるイズミを横目に、シズクは破損していた部分のログを何度か再生し、ふっと微笑む。

 

「うば、……よしよし、治ってる治ってる」

「わ、本当だ……今何をしたんですか?」

「うばばー、秘密ー。イズミには関係ないじゃーん」

 

 さっきの意趣返しとばかりにそう言って、シズクは両手の人差し指をクロスさせてバツを作った。

 

「むむむ……」

「ん?」

 

 と、その時。

 シズクとイズミの端末が鳴動し、メールの着信を告げた。

 

 発信者はハル。

 そして内容はたった一行だった。

 

 『ホラー映画借りたから皆で一緒に見ようぜ!』。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 ホラー映画。

 説明するまでもなく、怖い映像や音楽で視聴者を恐怖の渦に叩き込む映画のことである。

 

 ただしそれはアークスを除いた一般人向けであることが多い。

 何故かと言うまでもなく、オバケやらゾンビやらよりよっぽどか怖いダーカーという化け物たちと日夜戦っているアークスにとってそれらは恐怖の対象ではなく討伐対象だからだ。

 

 オバケは殴れない? フォトンなら何とかなるだろ。

 というのがアークスたちの共通認識であり、むしろそれ以前に科学が発展に発展を重ねた現在オバケなんて信じるやつはいないどころか存在すら知らないものも多い程である。

 

 フォトナー時代の遺産、といえばいいだろうか。

 人々が自身の知りえないことに対してどうにかこうにか理屈を付けようとして生まれた、妄想。

 

 オバケは『見間違い』で、ゾンビは『ウィルス? 治療薬作っといたよ』という反応しか返ってこない。

 

 『だけどまあそれはそれでこういう存在がもしあったら面白いよね』、というヒトが一定数いるがために、一般人を中心にカルトな人気を誇る映画の分類。

 

 それがホラー映画である。

 

 つまりシズクらアークスにとってそれは興味の対象外であり、恐怖の対象外。

 

「まあそれはそれとして暇だしみんなで映画鑑賞ってのもオツじゃない?」

 

 場所は、【ARK×Drops】のチームルーム。

 ミーティングにも使えるようにと巨大スクリーンが完備されたそこで、リィンはポップコーンとジュース片手にそう言った。

 

 この十六歳、ノリノリである。

 

 ポップコーンはおそらくルイン辺りが作ったのだろう。

 

「うばば……まあ丁度一回チームで話しておきたいことがあったし別にいいけどさぁ」

「? 話しておきたいことって何?」

「や、映画の後でいいよ」

「お! シズクさんにイズミ! 来たか!」

 

 スクリーンの裏から、ひょっこりとハルが顔を出した。

 

 金髪の少年っぽい容姿の少女。

 楽しげにはしゃいでいるその姿は、パッと見では男の子にしか見えないだろう。

 

「いやー、これ今すっごく流行ってるやつでさぁ。ようやく借りれたから皆で楽しもうと思って」

「ったく、あんたと違って私は暇じゃないのよ。ホラー映画なんかで一々呼び出さないでくれる?」

「え? 何? イズミ怖いの?」

「こ、怖くなんて無いわよ!」

「えー? 本当にー?」

「あ、当たり前でしょ! ホラー映画なんて子供向けなもの……怖いわけないじゃない!」

 

 によによと笑いながら、イズミを煽るハル。

 単純すぎて幼稚にも思える煽りなのだが、イズミはあっさりとその煽りに乗ってイズミはリィンの右隣へ座った。

 

 前からちょこちょこ思っていたのだけれど、煽り耐性なさすぎじゃないだろうか、イズミ。

 

「で、何ていう映画なの? それ」

「ふっふっふ、凄いよこの映画は。なんせ説明文に『あのゲッテムハルトすら怖くて泣いた!』って書いてあるし!」

「…………」

 

 それ、本人が存命だったら製作者殺されても文句言えないんじゃないのだろうか。

 

 絶対嘘だし。

 

「ま、早速視ていきましょうよ」

「うばー、そうだね。事前情報を入れすぎるのは興ざめしちゃうかもだし……」

 

 と、シズクはリィンの左隣に座ろうとして――躊躇った。

 

 ほんの少し、躊躇った。

 だって、隣同士で映画を視るなんて、そんな……そんな――。

 

(ジュースとかを飲もうとして伸ばした手が触れ合ったり)

(怖くて思わず相手に抱きついちゃったりとかそういうイベントが起きちゃったり……キャーッ!)

「どうしたんです? 座らないんですか?」

 

 等と。

 シズクが妄想しているうちに、リィンの左隣にハルが座っていた。

 

 しかもポップコーンをリィンから所謂「あーん」をしてもらっていた。

 

「…………」

「……?」

「…………」

 

 無言で、シズクはハルの隣に腰掛けた。

 

 大丈夫、大丈夫大丈夫。あれはリィンにとってはペットに餌を与えているようなもので変な意味は無いし大丈夫大丈夫、等と心中で呟きながら。

 

「じゃ、再生っと」

 

 そんなシズクの心境など知る由もなく、ハルは端末から映画を再生した。

 

 瞬間。

 

『グギュァアアアアアアアア!』

 

 頭の上部が抉り取れた人間のようなグロテスクかつホラーなモンスターが、画面を飛び出してくるような勢いで衝撃的な音楽と共に現れた。

 

 ちょっと極端だが、よくある最初からびっくりさせて物語に引き込ませる手法だろう。

 

 そのモンスターが出てきたのは一瞬だけで、画面が暗転した後オープニング映像が軽快な音楽と共に流れ出した。

 

 ほほう、オープニング映像は中々凝ってて悪くない。

 

「あ、そういえば……」

 

 と、そこでリィンは思い出す。

 ホラー映画を視るのであれば、部屋の明かりを消すべきではないのではと。

 

 これくらいなら余裕そうだし、それくらいしたほうが臨場感が出るだろうという配慮だったが……。

 

 両サイドから感じる、柔らかな重みにリィンは口を閉じた。

 

「…………」

「…………」

 

 右から、イズミが。

 左から、ハルが。

 

 それぞれ青い顔して、リィンに抱きついていた。

 

 そして何故かシズクが怖い顔してハルを睨んでいた。

 

「…………え?」

 

 もしかして、今のが怖かったの?

 というリィンの疑問は尤もだが、イズミとハルは十三歳。

 

 まだまだ全然子供の、女の子なのだ。

 

 ホラー映画はまだ、始まったばかりである。

 




リィン「怖いならやめとく?」
イズミ「こ、怖くねーし!」
ハル「こ、こんなの全然平気ですしっ!?」
シズク(不貞寝しよ……)

つづく。


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二度目の温泉回

 まあ、こんなもんか。

 

 リィンが今目の前で上映しているホラー映画に関して抱いた感想は、その一言だった。

 

 別につまらないわけではなく、それなりに面白いが別に怖くない。

 アークスも怖がる、というのは誇大広告かなぁ程度の物語だ。

 

「…………」

 

 まあ尤も、両隣で怖がっている後輩を思えばその考えも撤回しよう。

 

 こんなことで怖がるなんて情け無い、なんて言うつもりも無い。

 怖いものは怖いし苦手なものは苦手でいいと、リィンは思っている。

 

 少なくとも、自分以外は。

 怖いものを恐れずに、苦手なものを克服しようというアークライトの基本姿勢を他者に強いるつもりは無いのだ。

 

『キシャァアアアアアアア!』

『うわぁーっ! ジョニー! ジョニーィイイイイイイ!』

『リカァアアアア!』

 

 さて、映画はもう佳境。

 ラストが近いのか、登場人物が次々と悲惨な最期を迎えている場面だ。

 

 最初にインパクトがある登場をした、頭の上部が無い化け物を筆頭に次々とグロテスクな化け物が出てきて人間を食い殺す。

 

 これホラーというよりグロ映画なのではと思うリィンであった。

 

「…………」

 

 ちらり、とリィンは一つ離れた席に座るシズクを横目で見る。

 

 シズクは気持ちよさそうに寝ていた。

 やっぱり怖がっているのはイズミとハルだけである。

 

「ひぃっ!」

「ぐえ」

 

 悲鳴をあげながら、リィンの右腕を折らんとばかりに力を込めてくるイズミ。

 ちなみに左腕はハルによって最早感覚が無くなってきているので痛くはない。

 

 痛くは無いが…………。

 

「う、ぅぅぅ……」

「ぶるぶるぶるぶる」

 

 呻くような悲鳴をあげるイズミと、

 小刻みに震え顔を真っ青にしているハル。

 

 ここまで怖がっている姿を見ていると、なんだかこう、その、言い辛いんだけど。

 

 いたずら、したくなってくる。

 

「イズミ、ハル、ちょっとトイレ行ってくるから離してくれる?」

 

 にっこり笑顔でそう言って、リィンはそっと二人の拘束から離れた。

 

 腕を引き剥がす時、凄い顔をされたがそこは見えなかったことにしてトイレへ…………向かうフリをして、こっそりと壁に隠れて二人の様子を伺うようにする。

 

 にんまり笑うその姿は、まるでメイのようだった。

 

 子は親に似るというが……。

 

「…………」

「…………」

 

 イズミとハルは、顔を見合わせた。

 

 その表情に浮かんでいるのは、不安と恐怖。

 それと、こいつより先に根をあげてたまるかという意地。

 

 しばらくにらみ合っていた二人は、やがて視線を画面に戻した。

 

「…………」

「…………」

 

 そして。

 

 少しずつ、本当に少しずつ。

 二人の距離が、物理的に縮まっていく。

 

 プライドと意地。

 不安と恐怖。

 

 その二つの感情が戦いあって、どうやら二人とも――恐怖が勝ったようだ。

 

 イズミとハルの、手と手が重なり合った。

 

(……えーっと、こういうとき何て言うんだっけ?)

(……キマシタワー?)

 

 漫画知識を掘り起こしながら、リィンはそろそろ戻らないと怪しまれるかなと足音を立てぬように動き出す。

 

 映画はもう終盤も終盤。

 登場人物が全員死んで、悲惨な最期を迎えた辺り。

 

 すなわち、二人の気が緩んだ瞬間。

 

 リィンは二人に気付かれぬように背後に立って、おもむろに両手を彼女らの背に添えた。

 

 もう、何をやるかはシズクで無くても察せるだろう。

 

 音が出ないように深く息を吸って、軽く二人の背を押しながら、叫ぶ。

 

 

 

 

「わっ!」

「ぎゃぁああああああああああ!?」

「にゅぁあああああああああ!?」

 

 イズミは女性らしさの欠片も無い悲鳴を挙げながら、

 ハルは良く分からない生物のような悲鳴を挙げながら、

 

 放たれた銃弾のように、高速で前方へと吹き飛んでいった。

 

「……うば?」

「あっはっは、どれだけびびってるのよ貴方たち」

 

 その叫びでシズクは目覚め、リィンは笑った。

 

 まさかここまで良い反応をすると思っていなかったが、いたずら大成功と言うべきだろう。

 

 イズミとハルは、もみくちゃになって地面に横たわっていた。

 

 だが、様子がおかしい。

 中々起き上がってこないのだ。もしかして何処か頭でも打ったかと心配するリィンだったが……。

 

 それは違った。

 角度的に、シズクにもリィンにも見えていないけれど。

 

 二人の唇と唇が、重なっていた。

 

 キス、していた。

 俗に言う事故チューというやつだ。

 

 イズミが上で、ハルが下。

 つまり一見したらイズミが押し倒しているような感じで、二人の唇は重なっていたのだった。

 

「イズミ? ハル?」

「うば? 何? どういう状況?」

 

 二人は、やがてゆっくりと無言で起き上がった。

 

 無表情のまま互いに顔を見合わせ、拳を握り締め、

 

 

 互いの顔を、クロスカウンター気味に殴りあった。

 

 

「何で!?」

 

 リィンのツッコミの最中、スクリーンに映った映画はエンディングを迎えていた。

 

 最後になんだか不思議なことが起こったが、何はともあれホラー映画鑑賞会終了である。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 チームルームには様々な機能がある。

 

 ミーティング用のスクリーンだったり、フォトンウォーターを与え育つフォトンツリーだったり、

 

 チームポイントを払うことで受けられる恩恵は、本当に多岐に渡る。

 

 そして、今回【ARK×Drops】が使ったチームルームの機能は『拠点変更』。

 

 そう、つまり。

 懐かしき温泉拠点が四人の目の前に広がっていた。

 

「おー! すげー!」

「これが温泉……何だか独特の香りがしますね」

 

 さっきのいざこざが何も無かったかのようにはしゃぐ後輩二人。

 

 子供は元気だ。

 まあ初めて温泉を見たときは私も感動したししょうがないね、とリィンは同じようにはしゃいでいるであろうシズクの方に視線を向けた。

 

「……あれ?」

 

 シズクは、女子更衣室に入っていった。

 てっきり前みたいに女子ばっかなんだから別にいいじゃんとばかりに全裸へキャストオフ、から温泉へダッシュすると思ったのに。

 

 現にハルなんかはもう既に温泉へと肩まで浸かっていた。

 脱ぎ捨てられた服がそこら中に散らばっている……。

 

「? どうしましたリィンさん、私たちも早く入りましょうよ」

「え、ええ……」

 

 そんな散らばった服を拾い上げながら、イズミと共に更衣室へ向かう。

 

 更衣室では、シズクが既に裸になっていた。

 

 ただし、バスタオルをその身に巻いて。

 その華奢で小さな肢体を隠すようにしていた。

 

「…………」

「な、何? リィン……そんなジロジロ視ないでくれる?」

「え、あ、ごめん?」

 

 頬を赤く染めて、リィンと目を合わそうとしないシズクに首を傾げながら、リィンも自らの服に手をかけた。

 

(むぅ)

(なんだろう、もしかして温泉嫌いだったのだろうか)

 

 ちなみに何故一行が突然温泉に入ろうということになった経緯を説明すると、まずシズクが「チームのミーティングがしたい」と言い出して、リィンが「じゃあ折角だし温泉に浸かりながらとか風流じゃない?」とかなんとか言い出して、こうなった。

 

 以上である。

 

 実は前々から温泉拠点に皆で入る機会をうかがっていたリィンである。

 

 だって、気持ちいいし。

 

「ふぅ……」

 

 温泉拠点の山の頂上で、お湯に肩まで浸かる。

 疲れた身体に沁みるこの感じが、たまらないとばかりにリィンは頬を緩めた。

 

「うばば。さて、じゃあミーティングをやっていこうか」

「別にいいですけど、突然どうしたんですか? いきなりミーティングなんて」

「あたしたちとイズミたちはさ、力量が離れすぎてるからね。一緒にクエストに行ったりし辛いからお互い何をしているのか分からなくなるのはなぁって」

 

 力量が離れている、という言葉にぴくりと反応したイズミだったが、事実なので何も言わない。

 

 シズクとリィンはベリーハード。

 イズミとハルはノーマル。

 

 この差は大人と子供のような差である。

 

「というわけで、月一くらいで集まって、今何をしているのか、エリアの解放は今どんな感じかとか、チーム同士の交流を深めながら報告会をしようと思うの」

「へぇ、色々考えてるのね、シズク。まるでリーダーみたいだわ」

「書類上はリィンがリーダーなんだけどね……」

 

 リィンと目を合わせないまま……というかリィンのほうを向かないまま、シズクは応える。

 

 リィンは今、バスタオルこそ巻いているがそんなものであのリィンの大きな二つのモノは隠しきれていないのだ。

 よって谷間が、谷間が……!

 

(……リィンのほうを、向けない……!)

 

(……?)

 

 しかも温泉によって紅潮した肌+水が滴っているというおまけ付きである。

 

 端的に言って、エロい。

 特に今のシズクにとっては、直視すら出来ないほどにエロティック……!

 

「と、兎に角。折角のチームなんだからこういう集会は定期的にしないとね。前の時はメイ先輩たちにすぐ追いつけたから一緒に戦うことも多くてあんまり気にならなかったけど、さっきも言った通りあたしらとイズミたちには実力差があるから……」

「……ちょっといいスか?」

 

 ハルが、シズクの言葉を遮って手を挙げた。

 

「先輩らの先輩……そのメイ先輩ってヒトはお二人の一期上なんですよね?」

「ええ、そうよ?」

「先輩たちが出会ったとき、そのヒトはベリーハード級だったんですか?」

「いや? 確かノーマル……いや、ハードに上がりたてだっけ?」

 

 そこまで答えたところで、ハルの言いたいことが何となく分かった。

 

 そう。

 本来一期上の先輩というのは、もっと身近な存在なのだ。

 

 実のところ、シズクとリィンみたいに数ヶ月でベリーハードに昇格するなんて珍しい。

 というか殆どいないと言ってもいい成長速度である。

 

 レアドロ掘りのためオーバーワークといえるレベルで日々戦い。

 六芒均衡マリアの弟子であるサラから師事を受け。

 『連携特化』という一つの結論に辿りついた二人の戦闘力は――実のところ、『新人』という括りの中ではトップクラスなのだ。

 

 それこそ、今年入隊したアークスを強さ順に並べたとき、『リン』の次に名前が挙がる可能性があるくらいには。

 

 実際本人は知らないが、『リィン・アークライト』の名は既にもうちょっとした有名人だ。

 

 戦技大会での活躍もあって、大手のチームから目星を付けられている程度には将来を期待されてるアークスなのだが……。

 

 そのパートナーである、シズクという少女の存在を知る者は。

 

 はっきり言って異常であると断言できるくらい、少ない。

 

「……もしかして先輩たちって凄いヒト?」

「今頃気付いたの? 馬鹿ハル。私はちゃんと調べて目標とするのに相応しい人物だからチームに志願したのよ。……それにしてもシズクさんの資料が少なくて調べるのに手間取りましたけどね。情報誌とかリィンさんのことしか載ってなかったんですけどなんですあれ」

「リィンが美人だから仕方ないネ!」

 

 美人でスタイル良くて名家の出身のリィンが前面に押し出されることなんて、当たり前だろう。

 

 まあそれにしたっていくらなんでも不自然なレベルでシズクの存在が消されてるっていうか、明らかに情報隠蔽されてるっぽいんだけど。

 

 まあ、カスラさんの仕業だろう。

 

 そう判断している以上、シズクには「リィンが美人だからだよ」と言って誤魔化すしかない。

 

「じゃあまあ、いい加減に本題に入ろうか。今二人は何処まで行った? 何か困ってることはある?」

「そうですねー……」

 

 そうして、【ARK×Drops】の第一回ミーティングが始まった。

 

 とは言っても特筆することなんて何も無い。

 イズミとハルは今、火山洞窟の自由探索解放の試験が目前だということで、ヴォル・ドラゴンに対する情報や対策を教授したり、武器や防具を新調すべきだとアドバイスしたり。

 

 ただ一つ。今後の反省とするべきことは……。

 

「温泉で長話とか……するもんじゃないわね」

「うばー……そだねー」

「頭くらくらするぅ……」

「…………」

 

 のぼせてしまい、床に寝そべる半裸の少女四人はもう二度と温泉でミーティングなんてしないと固く誓うのであった……。

 

 




リィンの性格はメイとアヤに結構な影響を受けていたりするというあれ。


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シズクの天敵

こんな話数重ねてようやく彼女が登場するPSO2二次創作も珍しいんじゃないかと思ったけどここまで続いているPSO2二次創作がそもそも少なかった(自画自賛)。

遅くなって申し訳ございません。皆大好き天使ちゃんの登場です。



 突然だがアークスという人種は変人が多い。

 

 ……いや、変人は言いすぎか。

 個性的な人物が多いというべきだろう。

 

 個性的。

 

 代表的な例で言えば、ゲッテムハルトやメルフォンシーナ。

 それにパティエンティアの二人だってかなり個性的だろう。

 

 そもそも【ARK×Drops】の四人だって相当個性的だ。

 

 だが、何事にも例外は存在する。

 

 アークスの中にも凡百かつ平凡なやつは存在する――という方面ではなく。

 

 変人とか、個性的とか。

 

 そんな言葉で括り切れないような常軌を逸した存在というものが、アークスには一人だけ居るのだ。

 

 狂人。

 かつてのゲッテムハルトをそう称するのであれば――『彼女』は壊人……いや、機壊とでも呼称すべきか。

 

 壊れている。

 終わっている。

 

 なのに彼女は正しくて、生きている。

 

 その彼女の名は――――。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「お、リィンじゃないか。丁度良かった、今ちょっと時間いいか?」

 

 アークスシップ・ゲートエリア。

 

 その中央付近をシズクと共に歩いているところで、ふとリィンを呼び止める声が聞こえてきた。

 

 髪を後ろで一つに束ねている、青年の男性だ。

 名をオーザ。ハンタークラスの初心者指南も行っている、ベテランアークスの一人である。

 

「あ、オーザさんこんにちは」

「うばー、こんにちはー」

 

 ハンタークラスの指南役。

 ということで、流石のリィンも彼とは顔見知りだ。

 

 尤も初期のリィンは性格的にアレだったので、あくまで事務的な関係だったが……。

 

(しかしまあ、こいつ会うたびに性格というか表情が柔らかくなってるな……)

 

 そんなことを思いながら、オーザは宙にクライアントオーダーの発注画面を浮かべた。

 

「この前言ってた『ハンターの極致を目指して』の受注許可が下りたけど、今すぐ受けるか?」

「え? 本当ですか!? やった!」

 

 オーザの言葉を聞いた瞬間、リィンはパァッと笑顔を浮かべて喜んだ。

 

 『ハンターの極致を目指して』とは。

 ハンター用の、スキルポイント獲得オーダーである。

 

 スキルポイントは基本的にアークスとしての実力が基準値に達した時に1ポイント貰えるのだが、このクライアントオーダーをクリアするとなんと一気に5ポイントものスキルポイントが手に入るのだ。

 

 これは結構というか、かなり大きい。

 アークスの強みの一つであるスキルが増える又は強化されるというのは、大きなプラスなのだ。

 

「うばー、やったね、リィン」

「てことはシズクもそろそろレンジャーのオーダー受けられるんじゃない? 指南役のヒトに訊いてみれば?」

「えー? うん、そうだねあはは」

 

 リィンの言葉に、シズクは何とも歯切れの悪い笑顔で返した。

 

 怪しい。

 何かを隠している笑顔だ。

 

「…………」

「そんな顔で見ないでよリィン……別に変な話じゃないよ。単に何と言うか……その、レンジャーの指南役のヒトがちょっと苦手ってだけで」

「苦手?」

 

 意外な言葉が、シズクの口から飛び出した。

 

 9.9割のアークスが満場一致で『嫌な奴』だとか『性格捻じ切れてる』とかの評価を貰っているカスラを『良いヒト』と評したり、ゲッテムハルトを『可哀想』と言い切るシズクの、苦手なヒト。

 

 そんなものが存在したのか、とリィンは驚いた。

 

 ヒトの心理を簡単に暴けるシズクにとって、『他人に好かれる』ということは非常に容易である。

 

 つまりそれは『他人に嫌われる』だとか『他人に苦手と思われる』ことが(意図的にやらない限り)無く、加えて相手の心理を一方的に覗いているという優越感がシズクにはあるということだ。

 

 何が言いたいかというと――シズクが苦手とする相手、それは。

 

 本当の本当に根本から捻れ狂っている――それもゲッテムハルトのような単純明快な狂い方ではなく、見ているだけで気持ち悪くなってくるような、そんな狂気を持っている存在しかない。

 

 心理を見通すことで、気持ち悪くなる。

 

 特定のヒトに分かりやすく言うならば、SAN値がガリガリと減っていく。

 

「といっても、スキルポイントオーダーはアークスにとって非常に有用な強化要素だ。避けて通るのはお勧めしないぞ」

「うば……オーザさんから、あのヒトに発注をお願いしてもらうことは可能ですか?」

「うーむ……管轄が違うからなぁ……まあ確かにあいつは、なんというか、ちょっと変わったところはあるが悪いやつではない。そんなに怯える必要は無いぞ、うん」

「うう……絶対ちょっとどころじゃないんだよなぁ、あのヒトの……」

 

 オーザからの回答に落ち込みつつ、シズクは一拍置いて呟く。

 

 この場にいる、二人。

 つまりはリィンとオーザにだけ聞こえるような、小さな声で、彼女の名前を。

 

「リサさんの、狂人っぷりは――」

「リサのことを呼びましたあ?」

 

 突如背後から聞こえた声にシズクが、跳ねた。

 ぴょいんと変な擬音語を放ちながら、前方に飛び跳ねて、リィンの元へ。

 

 ねずみのような速さで彼女の裏に隠れて、焦る心と回らない滑舌を必死に抑えて回しながら、叫ぶ。

 

「り、りりりりりリサさん!?」

「『リ』は一個で充分ですよう。お久しぶりですシズクさん、元気にしてましたかあ?」

 

 シズクがさっきまで立っていた位置の、ほんの数cm後ろ。

 

 そこに、一人の女性キャストが立っていた。

 

 イオニア・シリーズと呼ばれるスーツのような見た目のボディを持つ、色白美人の女性である。

 

 色白というか――顔面蒼白というか。

 まあこれはキャストだからなので別段おかしなことではないのだが、そんな白い肌と、赤い瞳。

 

 そして、狂気を帯びた笑顔は。

 

 一目で「こいつはやべえ」とリィンが察するには充分だった。

 

 ダークファルスと同等か、それ以上の狂気。

 いや、ちょっと方向性が違う狂気だから比べ辛いが、それでも。

 

 確かにこれは――苦手になっても仕方ない。

 

「ふふっ、うふふっ。そちらの可愛らしいお嬢さんは……どこかで見たことありますねえ、シズクさんのお友達ですかあ?」

「は、はい。初めまして、リィン・アークライトです」

 

 自然と、シズクを庇うように前に出ながらリィンは名乗った。

 

 落ち着け。オーザさん「悪いヒトではない」と言っていた。

 こんなところで暴れだすようなことは無いはずだ、と自分に言い聞かせながら。

 

「ふぅん……あなたは、撃ち心地が無さそうですねえ」

「……?」

「まあいいです、今用事があるのはシズクさんの方ですしね。はいシズクさん、クライアントオーダー『レンジャーの極致を目指して』、発注しておきましたから是非是非是非是非受けてくださいねえ!」

「う、うばば……ありがとうございます。……もしかして、わざわざ探してましたか?」

「いえ別に? 歩いていたら偶然見つけることが出来たのでこれは幸い、と声をかけさせて貰いましたあ」

 

 おそるおそるクライアントオーダーを受注するシズク。

 

 本当にリサのことが苦手なのだろう。

 声は震えているし、身体は小刻みに振動している。

 

「……うふふっ」

 

 そんなシズクを見て、リサは嗤う。

 

 本当に楽しそうな笑みだ。

 そうまるで、獲物を前にした肉食獣のような。

 

「そんなに怖がらないでくださいよう……小動物みたいで、撃ちたくなっちゃうじゃないですか」

「っ!」

「リサ!」

 

 リィンが完全にシズクを自身の背後に隠し、オーザが釘を刺すように叫ぶ。

 

 しかしリサは、そんなもの何処吹く風とばかりに笑みを崩さない。

 

「冗談ですよお……あまり本気にしないでください。リサにだって自制心くらいありますよお」

「…………」

「アークスを撃ったことなんて、少ししかありませんから安心してください。尤も、アナタが本当にアークスかどうかは知りませんけどねえ」

「な……!?」

 

 リィンが、目を見開いた。

 

 今、このキャストは何と言った?

 『アナタが本当にアークスかどうかは知りませんけどねえ』?

 

 何だ、それは。

 有り得ないことだ。だってそれは、

 

 シズクの種族がアークスでは無い別の『何か』であることは、トップシークレットの筈だ。

 

 リィンに話すことすら、あれだけ嫌がって後回しにしていたというのに、何故リサがそのことを――と。

 

 リィンが彼女に詰問しようとした瞬間、シズクがリィンの袖を引っ張った。

 

 そして横目でオーザを見る。

 ああそうだ、ここはアークスシップ・ゲートエリア。秘密の話をするような場所じゃあない。

 

「ではっ! ではではでは! リサはこの辺りで失礼します!」

 

 訊きたいことは色々あったが、即座に元気よくリサは踵を返して何処かへ行ってしまった。

 

 どうやら本当に、偶然出会えたからクライアントオーダーの発注を伝えに来ただけらしい。

 テレパイプを通って、ショップエリアの方面へ行ったのを見届けて、シズクはようやく緊張を弛緩させた。

 

 追う気にはなれない。追いたくない。

 

「うっばぁ……やっぱあのヒト苦手だわ……」

「ちょっと分かるわ……あんな強烈なキャラクター、初めて会ったわよ」

「本当に、本当に悪いやつではないんだが……如何せん変わっていてな。実力も確かだから、頼りになるんだがちょっと変わっていてな……」

 

 変わっているというか、狂っているというか。

 多分、壊れているという表現が一番正しいのだろうけど、あえて誰もそう言わないのはシズクもリィンもオーザも根が良いヒトだからだろう。

 

「ま、まあ切り替えて本来の目的地へ向かいましょう。……ありがとうございましたオーザさん、オーダークリアしたらまた来ます」

「あ、ああ。達者でな」

「うば? 本来の目的地……? あたしたち何処に向かってたっけ?」

 

 去っていくオーザに向かって手を振りながら、シズクは首を傾げる。

 

 強烈すぎる出会いによって、少し記憶が飛んでしまったようだ。

 

「シズクがアブダクションで拾ったスペシャルウェポンを鑑定したいって言ったんじゃない……ほら、ショップエリア行くわよ」

「…………またリサさんに会うかもしれないから明日にしない?」

「どうせオーダークリアしたらまた会うんだから、少しでも慣れたほうがいいわよ」

 

 うばー! そうだったー! と頭を抱えるシズクであった。

 

 そんなことにも気付かないくらい緊張していたとか、いくらなんでも苦手意識高すぎだ。

 

「気持ちは分かるけど……いくら何でも苦手意識過剰じゃない?」

 

 変人なんて、アークス内には沢山居る。

 リサが頭一つ二つ抜けた変なヒトであることは最早言うまでも無いことだが……それでも、シズクの反応はちょっと過敏である。

 

 本人が言っていた通り、リサには自制心があるのだ。

 狂気に満ちた発言をしようと、トリガーハッピーエンドな発言をしようと、それを実行することは極稀にしか無い。

 

 そんな、怯えるほどではないと思うのだけれど……というリィンの思考は見事外れることになる。

 

 シズクが彼女のことを苦手な理由は、そんな一般論から来るものではない。

 流石と言うべきか何と言うべきか、常人にはおよそ理解できない理由で――しかして常人なら聞けば「ああ、成る程ねえ」となるような恐るべき理由で、シズクはリサのことが苦手なのだ。

 

「うう……だってさだってさ、あのヒト……ほら、ヒトのこと見透かしたような目で見てくるじゃん?」

「……うん?」

「観察力がありすぎるっていうかさー……ヒトの心理に土足で踏み込んでくるし隠してること見抜いてくるし、なんていうか、そう」

 

 察しが良すぎる。

 

 深刻そうな顔でそう言ったシズクとは対照的に、リィンはへにゃりと顔を歪ませた。

 

 そう。

 シズクがリサのことを苦手な理由――それはただの同属嫌悪。

 

 誰にでもある、普通の感覚である。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「リサが教えることはもう何も無いですねえ」

「うば?」

 

 それは、シズクがアークスに入隊して数日後のことだった。

 

 まだリィンにも出会っていないような、初期の初期。

 その頃に一度だけ、リサとクエストに出たことがある。

 

 新人研修的な意味合いを持った、指導しながらの森林探索だ。

 

 初期職にレンジャーを選んだヒトなら希望すればリサと一緒に指南されながらクエストを進めることができるのである。

 ちなみに当たり前だがハンターを選んだ場合はオーザと、フォースを選んだ場合はマールーと似たようなクエストを受けることが出来るという、まあ新人向けの演習訓練みたいなものだ。

 

 シズクも例に漏れずレンジャーなのでリサに指導をお願いし、そして森林に降り立った三十分後。

 

 リサにそう告げられた。

 

 教えることは、もう何も無い。

 

 それは聞きようによっては褒め言葉なのだが、今回ばかりは違和感しかなかった。

 

 だってまだ、何も教わって無いのだ。

 適当に雑談しながら、適当にウーダンやガルフルなどの新人でも容易に撃破可能な敵を殲滅していく。

 

 途中で指導らしい指導は何も無く。

 リサとの狂気染みた会話を楽しんでいたところで唐突にそんなこと言われても、戸惑うだけである。

 

 流石に何も教わっていないのに免許皆伝されるほど自分に才能があるとは思っていないシズクは、不安になった。

 

 もしかしたら、何か粗相をしてしまったのではないか。

 コイツを指導しても意味無いと思われてしまったのではないか。

 

 そんな不安がシズクを襲ったが、どちらも違った。

 

狙撃手(スナイパー)にとって最も大事なことは、『観察力』です。如何なる時も冷静に冷酷に、客観的でいることが出来ること。それがレンジャーというクラスに求められることです」

「は、はあ……」

「逆に照準の向こう側で仲間が死んでいくのを見て動揺したり、冷静さを失ったりするヒトはレンジャーを辞めたほうがいいですねえ……っと、それは今関係ないでした。うっかりうっかり」

 

 改めて、リサはジロリとシズクを見る。

 全てを見透かすような、赤い瞳を極限まで開いている様は、ちょっと怖い。

 

「シズクさんの『観察力』は、ハッキリ言って異常ですねえ。……はい、もうリサが言いたいことは全部分かりましたよね? 分かっちゃいましたよね? 察しちゃいましたよねえ!」

「…………っ」

 

 シズクは、絶句するしかなかった。

 

 リサが何を言いたかったかを察して、その内容に驚いたからではない。

 

 自身の『察しの良さ』を、披露する前に見抜かれたことに、である。

 

「……そんなわけ、無いでしょう。今の一言だけで何が言いたいか分かるやつが居たら、そんなの病気ですよ病気」

「そうですかあ? まあリサはどっちでもいいんですけどね。どっちにしろ続きを喋りますから」

「…………」

「リサはお喋りが大好きなんです。まあシズクさんとは会話しなくても会話が成立しそうですが……それはそれです。……さて、何処まで喋りましたっけ? ああそうそう、シズクさんの『観察力』は異常過ぎる程異常で――

 

 アナタのそれはもう、『観測』と言っていいレベルまで昇華しています」

 

 観察を超えた、観測。

 

 個人の俯瞰ではなく、全体の俯瞰。

 

「リサも観察眼には自身があるほうですが、シズクさんには敵いませんねえ。何せシズクさんがしているのは観察ではなく観測なのですから」

「……そんなの、大差ないですよ」

「大有りですよう。例えばリサはウーダンを撃つ時、相手の視線、動き、攻撃の予備動作なんかをしっかり観察してから外さないように撃ちます」

 

 相手の動きを冷静に観察して、撃つ。

 

 狙撃手としては基本中の基本だ。

 それ故に、観察眼は狙撃手にとって何よりの武器になる。

 

「ですが、アナタは違いますよね? ウーダンだけではなく、周りの環境。リサの動き。フォトンの流れ風の流れ弾丸の着弾速度、位置、曲がり具合……いや、もう面倒くさいから『全部』と言っていいでしょう」

 

 全部。

 全部、見ている。

 

 今この時周辺に存在している全ての物体を、事象を観察し、撃つ。

 

 そんなのもう、観察とかそういうレベルではない。

 

 ヒトには決して為し得ない、観測者の特権。

 

 観測。

 そして、演算。

 

 周囲の全てを観測、演算して、シズクは――。

 

「シズクさん、アナタには――――未来が視えているんじゃないですかあ?」

「…………」

「そんなヒト相手に指導できるほど、リサは凄くありません。だからもう、アナタに教えることは無いのです。ということで、ではではでは、またどこかで会いましょう!」

 

 散々好き放題言って、リサはパーティを解散しクエストリタイアをした。

 

 それ以来、シズクは何となくリサが苦手だ。

 いや、何となくなんてハッキリしない物言いはやめよう。ハッキリ苦手だ。

 

「全部……」

 

 一人になった森林の中。

 シズクはいつもの笑顔を消して、クローンが浮かべていたような無表情で、呟く。

 

「見当違いも甚だしい、なんて言えたら良いのになぁ……」

 

 本質を見抜かれるというのは、存外に嫌な感じなんだなぁと思うシズクであった。




リサとシズクを会話させたらどうなるだろうと前々から思ってたけど、思ってたよりシリアスに寄っちゃった感。


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いい加減に

最近リアル多忙で更新頻度落ちてるマン。

エタらないように頑張ります。


 いい加減どうにかしなきゃ。

 

 と、シズクは脳内で呟いた。

 何のことかというと――ずばりリィンが近くにいるだけで心臓が高鳴っちゃうアレである。

 

 恋心。

 心地よいくせに、厄介という未だかつて無い感覚に、いい加減ケリを付けようというのだ。

 

 ……とは言っても告白をするわけではない。そんな度胸は無い。

 

 先輩たちは言っていた、『慣れ』だと。

 慣れてしまえばどうということはなくなると、言っていた。

 

 つまり――手と手が触れ合うとか、ふと目が合うとか、そういうちょっとしたこととは次元が違う過激なことを一回してしまえばいいのだ。

 

 大は小を兼ねる――はちょっと違うが、兎も角。

 前述の行動を『こんなの大したことじゃない』と一蹴できるような過激な体験をすればいい。

 

 それはそれで度胸が居るが……何、恋に目覚める前は何度かしていたことだ。

 

 リィンのマイルーム。

 その扉を開け、中に彼女が居ることを確認してから意を決して叫ぶ――!

 

「リィン! おっぱい揉ませて!」

「ん? いいわよ」

 

 よし、噛まずに言えた。

 そう安堵しつつ、シズクは演算してきた会話のパターンを頭の中で検算しながら、歩みを進める。

 

 流石に突然おっぱいを揉ませてと頼まれても、断られるだろう。……少なくとも、理由は訊かれるだろう。

 

 そんなことは折込済みだ。

 リィンがどんな返しをしてこようと、冷静に対処できるだけの準備はしてきている。

 

 さあ、全知たる所以と言うものを見せてやろう。

 友達のおっぱいを揉みたいという願望を持っている女の子は是非ともあたしの話術を参考にしてほし――ん?

 

 あれ? っと。

 

 シズクは首をかしげた。

 

「……ごめんリィン、今なんて言った?」

「『いいわよ』って言ったわ」

「もっと自分を大切にしようよ!?」

 

 考えてきた会話パターン、全滅である。

 やはりリィンの思考は、読み辛い。理由は不明だがとことんシズクの演算を外してくる。

 

「あのねぇ! そんな簡単におっぱい揉ませちゃ駄目なんだよ!? 性知識に疎い子だとは思ってたけどここまでとは思っていなかったわ!」

「いやそっちから揉ませてって言ってきたじゃん……ていうか性知識に疎いっていつの話よ……今は大分マシになったとは思うんだけど」

「いーやいーやこんなんじゃまだまだ初心っ子の称号を外すことは出来ません! いい? おっぱいっていうのは誰にでも触らせていいものじゃなくて――」

 

「シズクにしか触らせないわよ?」

 

 何言ってんだコイツ、みたいな表情でリィンは言い放った。

 

 シズクにしか、触らせない。

 シズクじゃないと、嫌だと。

 

「う、ば……」

「当たり前じゃない。シズクだから即答でOKなだけで、他の誰かだったら絶対断ってるわよ」

 

 かぁっとシズクの顔が赤くなる。

 

 妙な勘違いをしてしまったこともそうだが……シズクだからOKという、そんな、なんというか。

 

 自分のことを『特別』だと言ってくれることが、嬉しくて嬉しくて。

 

(胸がドキドキしすぎて痛い……)

(嘘でしょ……? 人間って、こんなのに『慣れる』ことができるの……?)

 

「で、結局揉むの? 揉まないの?」

「え、えっと、あの、本当にいいの?」

「そんな何度も確認しなくてもいいわよ……だってほら」

 

 リィンは、微笑む。

 微笑みながら、両手を広げてシズクを受け入れるような体勢を作った。

 

「シズクにだって、甘えたくなるときくらいあるでしょう? まだ子供なんだしさ」

 

 そう言い放つ彼女から滲み出ていたもの。

 

 それは紛れも無く、母性だった。

 

 慈愛と献身の象徴。

 

 母性。

 

 忘れられがちだが――シズクとリィンは三年ほど歳が離れている。

 それは大人になれば誤差だが、十代である二人にとってはそれなりに大きな差だ。

 

 少なくとも、リィンの方が先に『大人』になるくらいには。

 

 嗚呼、と思う。

 

 リィンは本当に、変わった。

 いや、成長したというべきなのだろう。

 

 シズクにこんな母性は出せない。

 今まで感じなかった歳の差という事実を、感じてしまうくらい。

 

 リィンは大人の階段を、昇り始めている。

 

(でも)

 

 でも、違う。

 

 あたしがリィンに求めているのは、母性じゃない。

 

「……なんというか、さ」

「……?」

 

 シズクはリィンの招きをスルーして、ため息を吐きながらソファに頭から突っ伏した。

 

「リィンって何処と無く先輩に似てきたよね」

「……そう?」

「そうだよ。何かアヤ先輩八割、メイ先輩二割って感じー……」

 

 子は親に似るという。

 

 親と禄にコミュニケーションを取ってこなかったうえに、色々な意味で純真無垢だったため影響を受けてしまったのだろう。

 

 実際、リィンの性格は出会った頃と比べてかなり変わってきている。

 

 もしかしたらその辺が影響してリィンのことは察しづらくなっているのだろうか、なんて。

 

 関係ないか。

 

「子は親に似る、ねぇ……確かにシズクとシズクのお父さんってそっくりよね」

「うばば……よく言われるけどあれは単に真似すべき人間のサンプルとしてお父さんが一番近かったってだけで……」

「良く分からないけど……」

 

 リィンはそっとシズクの頭を撫でながら、言う。

 

「子供って普通そういうもんなんじゃないの?」

「…………」

「一番近いヒトを、参考にして生きるでしょ、普通」

 

 …………よく考えてみると、そりゃそうだ。

 

 近しいヒトに似る。

 それは極々当たり前のことだった。

 

 そんなことに今更気付いた羞恥心から、頬を真っ赤に染めながら照れ隠しするようにリィンの手を頭から払いのけて、言う。

 

「…………じゃあリィンはあのお姉さんを参考にしてたの?」

「この話はお終い! はい! お終い!」

 

 いや、してたけど。

 それはあの姉の本性を知らなかったからだ。

 

 本性さえなければ、本当の本当に良い姉だったのに。

 

「うばー……じゃあさ、リィンのお父さんお母さんはどんなヒトなの? 今まで聞いた話から推測するとライトフロウさんにリィンの育児を任せっきりにして放置してる酷い親にしか聞こえないんだけど」

「んー……いやまあ、多分その通りではあるんだけど……」

 

 L字型ソファの、シズクが寝そべってない方に座りながら、リィンは自身の記憶を探るように額に指を当てた。

 

「ああでも、あんまりよく憶えてないんだけどさ、一回だけ稽古をつけてもらったことがあるような……」

「ふぅん……強さが第一な家系なのに、一回だけなの?」

「うん。私基本的にお姉ちゃんに稽古してもらってたし……あれ? 何でお父さんに稽古してもらったんだっけ……? シズク知ってる?」

「知ってるわけないでしょ?」

「……あれ? シズク全知とか言ってなかった?」

「あー……」

 

 言ってた。

 

 全知。

 全てを知る。

 

「確かにその通りなんだけど……そうだね、丁度いいしあたしの能力について改めて説明するわ」

 

 むくりと起き上がって、ソファに座りなおす。

 

 本性をばらした。

 気持ちの整理は着いた。

 話の流れが向いてきた。

 

 そろそろ、説明するべきだろう。

 

「あたしの能力は、大まかに分けて二つ」

「二つ……?」

「うん、それは――」

 

 『事象の観測』と、『未来演算』。

 

 ――シズクの能力は、集約するとこの二つのために存在すると言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

『アークス各員へ緊急連絡。惑星リリーパの採掘基地周辺に、多数のダーカーが集結しつつあります。防衛戦に備えて――』

 

 採掘基地防衛戦の予告アナウンスが、流れている。

 

 ダークファルス【若人(アプレンティス)】、およびダークファルス【百合(リリィ)】がまたもや採掘基地に向かって攻めてきたのだろう。

 

 いくら休暇中とはいえ、流石に参加せねばなるまい。

 緊急クエストは基本自由参加と言っても、内容によっては半ば強制というか、失敗すればアークスの存亡の危機になるやつもあり、今回の採掘基地防衛戦はまさにそれなのだ。

 

 だけれど。

 

 緊急クエスト開始まであと数分だというのに、シズクとリィンはまだ変わらずリィンのマイルームに居た。

 

「…………と、まあ以上で説明は終わりだよ。何か質問ある?」

「……んー、そうねぇ……」

 

 リィンは、目を瞑る。

 

 今されたシズクの能力の説明を反芻して、語るべき言葉を探し出す。

 

 シズクの能力は。

 彼女にとってかなりデリケートな部分だ。

 

 ある程度吹っ切れたとはいえ、下手なことは言えない。

 

 現状はあくまでもリィンに依存することでシズクはここまで自身の能力に向き合えているのだ。

 

 リィンがそこまで詳細に察せられているかはさておき――流石にある程度現状は把握しているだろう。

 

 まあでも、どのみち浮かんだ言葉は一つだった。

 

「質問は無いけど、一つ言わせてもらってもいいかしら?」

「うば? うん」

「思ってた二千倍くらいチートだったわ」

 

 呆れたように言うリィンに、シズクは「だよね」と苦笑した。

 

 そうして二人は流石に会話を打ち切り、戦闘準備を開始する。

 

 『採掘基地防衛戦・侵入』開幕まで――あと十分。

 

 




短め!

というわけで次回採掘基地防衛戦侵入です。
チート能力解放状態のシズク&リィンvsダークファルス【百合】の初戦、お楽しみに。


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採掘基地防衛戦・侵入、開幕

遅くなって本当にすまない……。
リアル超多忙なのでしばらくペースダウンします。


 第二採掘基地。

 

 それが、今回ダークファルス【若人(アプレンティス)】が標的に定めた採掘基地の名である。

 

 第一採掘基地から少々離れた場所にあるそこは、未だ建設途中にある基地だ。

 ダークファルスの力を封じ込める塔こそ建っているものの、その外壁や防備は不十分。

 

 簡易的な壁をいくつか塔を守るように配置しているが、それが頼りないものであることは確かだろう。

 

 前回の防衛戦よりも、明らかに難易度は高い。

 守りきることは、至難の技だろう――。

 

「お、久しぶりだな、シズク」

 

 と、採掘基地防衛戦への待機場所へ降り立った二人に、声をかける青年が一人。

 

 スポーツ刈りの、白い髪をした男だ。

 狼のように鋭い目つきが特徴的な精悍な男である。

 

 と、いう説明で彼のことを思い出せる人がいるだろうか。

 

 『ヒキトゥーテ・ヤク』。

 かつてファルス・アームとシズクらが戦った時に、現場指揮を執ろうとして失敗し、シズクの引き立て役になった男である。

 

「うば、久しぶりですね」

「…………?」

 

 シズクは流石に憶えていたようで、軽くぺこりと会釈する。

 そして当然のようにリィンは忘却していたので、首を傾げた。

 

 安定のリィンである。

 

「お前らで十二人目だ。他の奴らはもう待ってるぞ」

「うばば、それはお待たせして申し訳ない……」

 

 言いながら、シズクは周囲を見渡す。

 

 ひいふうみいと数えて――九人。

 シズクとリィンとヒキトゥーテを除いて、九人のアークスがもう既に集結していた。

 

 全員、知らない顔である。

 

 ベリーハード帯というのは、そこそこに強いアークスこそ集まれど有名どころは殆どいないのだ。

 

 一流と称えられるだけの実力こそあれど、それ以上には行けない者たちの終着点。

 

 故に、ベリーハードは最も人口が多くその中身も玉石混合十人十色。

 野良でマッチングしても知り合いと一緒になることは少なく、ましてやシズクら新参者には見知った顔すらいないのが当たり前だ。

 

 ヒキトゥーテと一緒になれたのは、ある意味運が良かったと言えよう。

 

 顔見知りがいれば集団に交ざりやすい――尤も、シズクのコミュ力を持ってすればそんなの居ても居なくても同じことだし、リィンのコミュ力を持ってすれば(逆の意味で)そんなの居ても居なくても同じなのだが。

 

「あらま、随分と可愛らしい子達が来たわね……」

「……うば?」

 

 魔女のような格好をした女性が、ねっとりとした声で二人に話しかけてきた。

 

 テンプレートのような、黒い魔女帽子とドレスのように煌びやかでありながら闇を感じさせる黒衣のコスチューム。

 

 魔女、としか表現しようが無い格好と、金色の長くねじれた髪は彼女の怪しさを強調しているようだった。

 

 だがしかし。

 何故だか――彼女のクラスはレンジャーだった。

 

 無骨に光る、アサルトライフルをその腰に着けている。

 キャラ作りするなら最後までしっかりやれとツッコミたい。

 

「何か用ですか?」

「いえ? ふふふ、有名人が居たら話しかけてみたくもなるでしょう?」

「……有名人? ああ、リィンのこと?」

 

 ええ、と魔女は頷いた。

 

 忘れられがちだが、リィンはそれなりに有名人である。

 

 戦技大会準優勝という称号に、彼女の持つ美貌も手伝い男女共に隠れファンは多い。

 

 それこそ下手したらベリーハード帯に居るアークスの中では、一番有名かもしれない程に。

 

「…………ふぅん」

 

 成る程言われてみれば、注目されている。

 

 今この場に集まっているアークスの視線が、リィンに注がれているようだ。

 

 これは単に最後に到着したからとか、そういうことではないだろう。

 

「まあでも? どちらかと言うと私は……」

「うば?」

「そんな有名人と一緒にいながらもまるっきり情報が入ってこない、『謎の子供』の方が気になるけどね?」

 

 ぐいっと、魔女がシズクの顎を指で撫でるようにして顔を上げさせた。

 

 魔女の金色の瞳と、シズクの海色の瞳が交差する。

 

「アナタがリィン・アークライトのパートナー、『謎の子供』ね?」

「……あたしって、そんな噂になってます?」

「いえ別に? ただ私は、何処ぞの双子姉妹のように情報を重視する珍しいアークスってだけさ」

 

 成る程、つまり情報収集のためにシズクたちへ話しかけてきたというわけだ。

 脳筋だらけのアークスの中では珍しい、事前に情報を仕入れたりするタイプということか。

 

 パティエンティアがアークス一の情報屋を名乗っていられる辺りから察せられるだろうが、アークスは基本力こそパワーの脳筋だらけ。

 つまりこういうタイプは本人が自称しているように、非常に珍しい――。

 

(さてどうしよっかなー……)

 

 シズクは考える。

 何をって? そんなの決まっている。

 

 この人に好かれるか嫌われるか。

 大したことないやつだと思わせるか、大したやつだと思わせるか。

 可愛い子だと思わせるか、可愛く無いやつだと思わせるか。

 

 もう全ルートは見えている。

 どういう仕草でどういう会話をして、どういう選択をすればいいのか。

 

 全てシズクには、見えている。

 

 全知――未来演算。

 シズクにとって人付き合いというのは、選択肢とその結果が常に見えているギャルゲーみたいなものなのだ。

 

 人に紛れる技術だけは、誰にだって負けない。

 尤も、こういう選択肢と結果が見えない相手だって居るには居るのだが……。

 

「…………ねえ」

「む?」

「ん?」

 

 シズクの顎に添えられていた魔女の手首を、リィンが掴んだ。

 

 掴んで、そっとシズクから引き離す。

 そして魔女からシズクを守るように、前に出た。

 

「もうクエスト始まるから、話は後にしてくれないかしら?」

「…………噂通りね、リィン・アークライト」

「……?」

「戦闘中も、そうでないときも、いつも傍らにいる小さな女の子を守るように動く。献身とも自己犠牲とも取れるようなその振る舞いと、気高く美しいその見た目――

 

 

 ――成る程、確かに【剣騎(けんき)のリィン】なんて二つ名が付くだけあるわ」

 

 

 …………。

 いつのまにか、仰々しい二つ名が付いてしまっていたリィンであった。

 

「…………えーっと」

 

 (ソード)を使ってて、シズクを守るように振舞ってて、騎士っぽいから剣騎?

 

 そのまますぎるとか安直だとか色々と突っ込みたいところがあったが、それをリィンが口に出す前に、魔女は「確かにアナタの言うとおり、そろそろ時間ね」などと言って彼女のパーティメンバーらしき集団へ去っていった。

 

 コミュ症辛い。

 

「リィンに二つ名かー、ホント有名人なんだね」

「……シズクにもその内【レア狂いのシズク】とか付くわよ」

「うば!? いいねそれ! 今度から自分でそう名乗ろうかなぁ……」

「(嬉しいのね……)まあそれはそれとして、こうして自分のこと知ってる人がいると有名になったなぁって思うわね」

 

 アークス戦技大会で準優勝を果たしてから、有名になったという自覚はあれど実感は無かったのだ。

 

 こういう大型緊急クエストでも無ければ他のアークスと関わる機会が無いし仕方ないといえば仕方ない。

 

「その、取材? とか? そういうのも無いしチヤホヤとかもされたことないから実感が湧かなかったんだけど……」

「うば、だってあたしがそういうオファーは弾いてたし」

「えっ」

「苦手でしょ? そういうの」

「ま、まあそれは……」

 

「さて、じゃあ全員揃ったし……クエスト開始まで後五分、作戦会議でもしますか?」

 

 ヒキトゥーテが、場の空気を切るように全体に向けてそう言った。

 

 仕切りたがる性格は変わっていないようだ。

 まあいいけれど。

 

「作戦会議ィ?」

「そんなのやる意味無いだろ。即興のチームが変な作戦立てたところで無駄無駄」

 

 だが、何人かのアークスはそれに難色を示した。

 

 まあ彼らの言っていることもご尤もである。

 特に前回のファルスアームのときと違ってヒキトゥーテは別にこの中で一番強い存在でもないのだ。

 

 作戦は立てるべきだというヒキトゥーテの意見を通すには、少し工夫が居る。

 だが、作戦なんて要らない派を説き伏せるための何かを考えているヒキトゥーテに、歩み寄る影が一つあった。

 

 赤い髪に、幼い容姿。

 我らが全知、シズクである。

 

「引き立て役君引き立て役君」

「ヒキトゥーテ・ヤクだ! やめろその呼び方!」

「じゃあ、ヤっくん」

「親しげだな!? いや、まあいいけれど……それで、何の用だ?」

「あたしが適時指揮するから、別に作戦とかいいよ」

 

 事もなさげに、シズクは言った。

 

 当然そんなことを新参者であるシズクが言えば、反感を買ってしまう。

 

 というより奇異の目で見られてしまうだけだろう。

 

 だけど問題ない。

 そんなの、実力を見せれば黙らせることができる。

 

「い、いやお前の指揮の凄さは前の戦いで身を持って体感したが……大丈夫か? 多分お前の言うことなんて聞いてくれないやつらばかりだぞ?」

「ヤっくんは聞いてくれるでしょ? リィンは言わずもがなだし……まあ、何とかなるなる」

 

 最悪ヒキトゥーテとリィンさえ指揮を聞いてくれるなら、それはそれで問題ない。

 

 あとの九人の動きくらい、コントロールできるだろう。

 本気を出したシズクなら、それくらい造作も無い。

 

「もう、自重しないって決めたから。……言っとくけどあたしたちファルスアームの時から滅茶苦茶パワーアップしてるからね」

「いや、そりゃもうベリーハードに上がってきてるからそうなんだろうが……戦闘能力と指揮能力は別物じゃないか?」

「別物だよ? でもほら、ファルスアーム戦の指揮はあれ手加減っていうか手抜きしてたから」

 

 シズクの言葉に、ヒキトゥーテは「嘘だろ」と苦笑する。

 

 というか、苦笑するしかない。

 あんな、天才的な指揮をしておいて、手を抜いてたとか。

 

「うっばっば、こうも多対多じゃ連携特化は真価を発揮できないけど――」

 

 シズクの両目が、光る。

 海色に、淡く光り輝いていく。

 

全知(あたし)の真価を発揮するならば、こんな多対多の方が丁度いい」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 採掘基地防衛戦。

 その緊急クエストの注意点について、おさらいしよう。

 

 通常のクエストと違って、採掘基地防衛戦には特殊な敗北条件があるのだ。

 

 それが、塔と呼ばれる建造物の全破壊。

 一般アークスには知られてはいないが、これはダークファルス【若人】の本体を封印しておくために必要な建造物を、壊させないためのクエストなのだ。

 

 そして第二採掘基地の特徴として、第一採掘基地と違い守るべき塔は五つになっていること。

 さらに塔へと向かう道に防壁が幾つか設置されていることが上げられる。

 

 建設途中故に、弱い防備を少しでもあげようという苦肉の策だ。

 

 実際あまり硬い防壁ではなく、ダーカーの攻撃を受けすぎてしまえば壊れてしまうだろう。

 

 また、採掘基地防衛戦の特徴としてもうひとつ、waveというものの存在がある。

 

 ようするに敵の波である。

 ダーカーはある程度の集団で行動しており、波状攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

 そのwaveとwaveの間に正結晶と呼ばれる特殊な物体を集めて兵器の燃料にしたり、回復したり体制を整えたりと、その辺りの行動もまた、この緊急クエストをクリアするうえで重要な事柄なのだ。

 

 もうお察しかもしれないが、採掘基地防衛戦の難易度というのは非常に高い。

 

 単純に敵の量も多く、質も高いというのもあるが、何よりも通常クエストと勝手が違うのだ。

 

 塔を守らなければいけない、というのは普段攻撃を重視されるアークスにとってやりにくいものを感じるし、

 複数の塔を同時に攻められることから戦力が分散し普段の数の暴力が使えない。

 

 各地で苦戦の情報が相次ぐ中――シズクらが担当するエリアの戦況は、

 

 現在wave5。

 壁と塔の損壊度――0%。

 

 損害、なし。

 

 明らかな異常事態が、この場で起きていた。

 

 




久々に感じるシズクさん無双。


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作業ゲー終了のお知らせ

年内にEP2終わらせたいけど……忙しいの終わらないと無理そう。


 そこは、破棄されたばかりのアークスシップ。

 

 ダーカーの侵食がまだ全域には及んでおらず、『安全地帯』というものが存在するその場所に。

 

 色素の抜けた、ぼさぼさの白髪をまだ縛っていなかった頃のサラと、

 その隣に海色の瞳とうなじ辺りで一本に括った髪が特徴的な少年、シャオは居た。

 

 これは、過去の記録だ。過去の会話だ。

 サラがまだ、ルーサーの魔の手から逃れて数日しか経っていない頃。

 

 ダーカーの侵食がまだ(・・)及んでいない時間制限付きの『安全地帯』で、マリアの助けを待つしかないという絶望的な現実から逃避するためにした会話。

 

 お題。『シャオって、何ができるの?』

 

「事象の観測と未来の演算?」

「うん、あくまで大雑把に分類するとだけどね。ぼくはシオンのバックアップだから、基本的な機能はシオンと同じなんだよ」

 

 かなり劣化はしているけどね、と。

 シャオは無表情で言う。

 

 シャオが人間的な感情を手に入れるのは、もう少し先の未来だ。

 

 加えてサラはサラで、ルーサーの元という地獄を潜り抜けたばかりで何処か感情が虚ろだったので、

 今こうして絶望的な状況に身を置いているというのに何処か二人とも余裕そうというか、ピンチに対して何も感じてはいなさそうだった。

 

 少なくとも、表面的には。

 なので淡々と、会話は進む。

 

「ふぅん……で、それって具体的にどういうことができるの?」

「森羅万象、この宇宙に遍く事象を観測、演算し……」

「もっと簡単にお願いするわ」

「…………ようするに、ぼくの海にあるシオンから分けてもらった『知識』と、今この時目の前で起きている『事象』。それらを基に『演算』して未来を……」

「子供にも分かるようにお願いするわ」

「………………ええっと、ようするに未来予測ができるんだよ」

 

 呆れたように、シャオは言う。

 

 今だったら、それはもう小馬鹿にするような口調でひたすらいじめ抜くだけいじめ抜き、尚且つ真実は語らずはぐらかすところだろうが……。

 しかしこの時のサラはまだ子供。それに加えて二人はまだ出会って間もない間柄である。

 

 二人が憎まれ口を叩きあう仲になるのは、もう少し後だ。

 

「未来予知? ふーん、じゃああたしがこのダーカーだらけの危険区域から出られるかどうか分かるの?」

「未来予測、ね。『未来を知る』んじゃなくて、『未来を測る』、が正しい」

「どっちでも同じでしょそんなの」

「……まあいいや、それでサラがここから出られるかどうかだけど……そうだね、五分五分ってとこかな」

 

 周囲のダーカーの気配は、段々と強くなっている。

 

 しかしそれと同時に、マリアがダーカー相手に暴れているであろう戦闘音も、近づいてきていた。

 

「ダーカーの魔の手が、ここまで迫る前にマリアが来れば助かるよ」

「……五分五分っていうのは?」

「マリアがサラのことを素直に助けに来てくれるのか、それとも師匠としてサラを窮地に追いやって成長させようとしてくるのか……それがぼくには分からないからね」

 

 ヒトの『気紛れ』とか、『何となくの行動』とか、『感情』とか。

 そういうのに、シャオも疎い。少なくとも、この時点では。

 

「じゃあ……その未来予測とやらであたしの戦闘のサポートは出来ない? ほら、エネミーの動きとかを予測してもらえば戦闘も大分楽に……」

「……戦闘予測は、知識ではなく『経験』が重要だからね。実際に自分が戦うことのできないぼくにできるサポートなんて限られてるし、戦いって感情的だったり感覚的なところも多いからね。さっきも言ったとおりぼくはそういうの苦手で……」

「……はぁ」

「使えないなこいつ、みたいな表情でため息吐かないで欲しいな。この比較的安全な場所を教えてあげたのはぼくでしょ?」

「はいはいありがとうございました」

 

 恩着せがましくそんなことを言うシャオを軽く流しながら、サラは考える。

 

 何だか良く分からないが、シャオに人智を超えた力があることは分かった。

 

 未来予測。

 にわかには信じがたいことだが、サラがシャオに出会ってから起きたあれこれを考えてみれば、そのくらいの力はあって当然だと思えてくる。

 

(未来予測……)

(シャオは戦闘には使えないって言ってたけど……)

 

 じゃあ。

 例えばシャオがヒトの感情というものを理解して。

 

 尚且つ戦闘に対する造詣を深めたのならば。

 

 それはもう最強のサポーターの完成なのではないか。

 

「シャオ、あんたはもう少しヒトの感情ってものを学ぶべきだと思うのよ」

「何だい薮から棒に……」

 

 と、いうわけで。

 まずは感情をシャオに教えよう、というサラがこの先長年に渡って後悔することになる目論見は、この瞬間始まったのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 採掘基地防衛戦・侵入。

 

 この非常に高難易度のクエストで、壁にも塔にも損害ゼロという突出しすぎた記録を絶賛残し中のシズクがしていることは、昔からやっていることをそのまま指揮に反映させているだけの、シズクにとっては大したことではないものだった。

 

 勿論それは、誰にでもできることではない。

 と言うか、シズクにしかできない。

 

 自分以外の十一人が、どんな性格でどんな性質で、どういう指示をすればどういう動きをしてくれるのか。

 

 ずっとヒトの振りをして生きてきたことによって鍛え抜かれた、『ヒトの心を察する力』。

 ずっとレア掘りという形で戦い続けたことによって磨きぬかれた、『戦闘経験から来る予測』。

 

 そして、生まれながらに持っていた知識の固まり、『全知』。

 

 それら全てを独自の方程式に代入し、未来(こたえ)を用いて指揮を行う。

 

 『未来式(みくしき)』――未来指揮。

 自重をやめたシズクが誇る、三つあるチート能力の内の一つである。

 

 

 

 

 

 

(やばすぎる)

 

 目の前の何も無い空間に向かってウォンドを振り上げながら、ヒキトゥーテは心の中でそっと呟いた。

 

 一見、何も無いところに向けて攻撃しているとか何やってんだこいつと思われるかもしれない。

 だがしかし、これはシズクの指示なのだ。

 

 若干躊躇いながらも、ウォンドを振り下ろす。

 その瞬間、今まさに振り下ろそうとしていた空間に――。

 

 ダーカーが、出現した。

 ゴルドラーダ。攻守走全てに隙が無く、死に際に爆発するという大変厄介なダーカーなのだが……。

 

 出現と同時に顔面を殴られては流石に溜まったもんじゃないだろう。

 

 顔面の装甲が粉々に砕け、曝け出された弱点である顔を押さえながら軽く後ずさる敵。

 勿論そんなチャンスを逃すヒキトゥーテではなく、一気に近づいて顔面を押さえている手の上から弱点目掛けてウォンドを振るった。

 

(これが……シズクの本気……!)

 

 ちらり、と戦場の中央で指揮を執り続けるシズクのほうに目をやる。

 

 海色の瞳を淡く光らせて、自分でも時折攻撃しながら十一人全員に指示を飛ばす。

 

 しかもその指示の内容がおかしい。

 「十秒後にダガンが三匹3-D地点に湧くからイル・フォイエチャージして待機しといて」とか具体的すぎる。

 

 未来が見えているとしか思えない。

 ファルスアームのときはまだ予備動作から予測していたとか、視野が広いからとか理由らしきものがあったのだが……。

 

(そして……)

(さらにやばいやつが、一人……)

 

 補助をかけ直しながら、ヒキトゥーテは視線を戦場の最前線に動かす。

 

 そこには大量のダーカーが蠢いていた。

 出現と同時に倒すことができなかったダーカーの全てが、壁や塔ではなくたった一人の少女に向けて攻撃を仕掛けているのだ。

 

 ダーカーたちの中心にいるのは、お察しの通りリィン・アークライト。

 

 ウォークライとゾンディールで、ひたすらに敵のヘイトを自分の方に向けているのだ。

 

 当然のことながら、自殺行為である。

 特に採掘基地防衛戦はエネミーの出現数が非常に多い。

 

 シズクの指揮で出現と同時に死んでいくダーカーが多いと言っても、常に五匹から十匹ほどのダーカーに囲まれている状態だ。

 

 だがしかし、そこは連携特化の防御特化担当であるリィン・アークライト。

 

 そう。

 リィンにとって、『防衛戦』は得意種目なのだ。

 

 四方八方から飛んで来るダガンの爪、エル・アーダの針、ゴルドラーダの蹴り、カルターゴのビーム。

 

 そして、グワナーダの鋏とダーク・ラグネの鎌、ゼッシュレイダの回転攻撃。

 その全てを、受け、流し、避け、叩き潰していく。

 

 周りのアークスからすると、『楽』の一言であった。

 何せ敵が自身に向けて攻撃してこないのだ。全てリィンに向かっている――つまり、自分たちには背を向けている敵を後ろから攻撃すればいいだけなのだから。

 

 中央の敵は、リィンが全て引き付けて。

 左翼右翼の敵は、出現と同時に左右で待機しているフォース(イル・フォイエ)レンジャー(サテライト・カノン)の手で溶けていく。

 

 こんなのもう、戦闘とは呼べなかった。

 蹂躙、殲滅……いや、そんな言葉も似つかわしくない。

 

 作業ゲー。

 

 その言葉が、最もこの状況にあっているだろう。

 

 そしてそれを成しているのは間違いなく、【ARK×Drops】の二人の力。

 

 シズクとリィン。

 この防衛戦を切っ掛けに、リィンだけではなくシズクもまた有名人へと成り上が――――らなかった。

 

 シズクは相変わらず無名のままで、『リィン・アークライトの傍らに常にいる謎の少女』として噂になるだけなのだが……それはまた未来の話。

 

 そして。

 

「うば?」

 

 と。

 

 最初に気付いたのは、シズクだった。

 

 フォトン感応度が他人より異常なほど高いことによる、感知能力の高さも持っているのだ。

 

 空を、見上げる。

 海色の瞳で、見つめる先に居た者は――。

 

「うっばっば、何ここ壁も塔も滅茶苦茶残ってんじゃーん」

 

 シズクに続いて、他の皆も『そいつ』の存在に気が付き空を見上げる。

 

 白い髪。

 白いドレス。

 赤い、瞳。

 

 もうお察しだろう。

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】が、空に浮いてシズクたちを見下ろしていた。



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百合色の戦い

実はシズクの設定は結構二転三転してるので、そのうち矛盾とか出てくるかも。
あったら生暖かい目で見守ってくださると助かります。


「塔六本でほっぺにチュー。二十本でハグ。三十本で添い寝。六十本で大人の階段をゴーアップ。……うっばっばー、前より条件は二倍になっているけれど……」

 

 にんまりと、物凄く良機嫌に【百合(リリィ)】は笑う。

 

 眼下に残る塔たちを眺めながら、「ひーふーみー」と今日これまでに壊してきた塔の数を数えていき……そして。

 

「現在五十五本。……つまり、今この場に残っている五本全部割れば初夜! アプちゃんと初夜! うっばー! テンション上がってキター!」

「っ! リリィ!?」

 

 と、テンションが最高潮に達して空中で踊り狂う【百合】に向けて叫ぶ声が一つ。

 

 リィンだ。

 彼女にしては大きな声を出して、眼前のダークファルスに向けて話しかける。

 

「そこで何をして……!? いや、あなたまさか……!」

「うば? やーやーリィンじゃーん! どう? その後友達とは仲直りできた?」

「うば!? ちょっとリィン! ダークファルスと交流があったの!?」

 

 【百合】の発言を受けて、シズクは驚いたように叫んだ。

 当たり前だろう。ダークファルスはアークスにとって不倶戴天の敵。

 

 馴れ合うことは、許されない。

 

「や、あの、交流っていうかなんていうか……」

「……?」

「お悩み相談したっていうか……」

「何やってんの!?」

 

 あまりに想定外すぎる回答に、シズクの、というかその場に居たアークス全員の思考が凍りついた。

 

 ダークファルスにお悩み相談とか。

 

 前代未聞すぎる。

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 

「もしかしてそこの『うばうば』言ってる小さい子が『シズクちゃん』? ふーん、あんまりあたしの好みじゃないけど可愛い子じゃない。ところでその口癖はあたしのパクリ? もしかしてファンなのかな?」

 

 皆が口を開いて唖然としている最中、【百合】がシズクに目を見てそんなことを言い出した。

 

 当然だが、違う。

 シズクはこの言葉に若干不機嫌な顔をして、ダークファルスを睨みつける。

 

「……違う。口癖が同じだなんて珍しいこともあるんだね、ダークファルス」

「うっばー、ただの偶然かぁ。まあ珍しいっちゃ珍しいけど無くは無い、か……うん」

 

 【百合】の赤い瞳と、シズクの海色の瞳が交差する。

 

 【百合】の表情に浮かんでいるのは、好奇。

 そしてシズクの表情に浮かんでいるのは、困惑だった。

 

 さもありなん。

 さっきからシズクは『全知』にアクセスして目の前のダークファルスについて情報を集めようとしているのだが……何ともまあ、情報の集まりが悪い。

 

 リィン並みに、【百合】の考えも過去も読めない。

 とりあえずただの(・・・・・・・・)ダークファルスではないこと(・・・・・・・・・・・・・)は見抜いたが(・・・・・・)、その正体は暴けそうに無かった。

 

「――――キシャァアアアアアアアア!」

「――っ!」

 

 突如、耳をつんざく咆哮が響き渡った。

 

 いつの間にか、ダーク・ビブラスと呼ばれる虫型の中でも大型に分類されるダーカーが出現していたのだ。

 

 しまった、とアークスたちは即座に戦闘態勢を取る。

 【百合】に気を取られて、出現を予兆できなかったのだ。

 

 ……だが、

 

「邪魔」

 

 一瞬。

 まばたきをした瞬間に、ダーク・ビブラスは巨大な剣を突き立てられ地に伏していた。

 

 黒い装甲を真正面からぶち抜かれ、地面に縫い付けられているその姿は哀れという他無く……。

 

「ここの塔は全部あたしの手柄にするから、ダーカー共は手ぇ出さなくていいよ」

「…………ビブラスを一撃かぁ」

 

 絶望的だなぁ、とシズクが呟く。

 

 今の一瞬で、力の差を思い知らされた。

 いや、話には聞いていたわけだけど、話に聞くのと目の前で圧倒的な力を見せられるのとでは訳が違う。

 

 実際、今この場にいるアークスたちの戦意は今ので喪失したと言ってもいい。

 

 シズクとリィンを、除いては。

 

「さて、と。じゃあアプちゃんとの忘れられない夜を頂くために……」

 

 ちゃっちゃと片付けようか、と。

 

 【百合】は空が茜色に染まったのかと勘違いしてしまいそうなほど隙間無く、空に剣を展開させた。

 

 一本一本のサイズは、ダーク・ビブラスを倒した時ほど大きくは無いが、それでもこれだけの量の剣が降り注げば簡易的な壁と、そこまで頑丈ではない塔など一瞬で全て壊しつくされてしまうだろう。

 

『総員……! 聞こえますか!? すいませんっ! 連絡が遅れました! 急いでその場を退避してください!』

 

 オペレーターの声が、耳元に響く。

 しかし、その警告はあまりにも遅い。

 

『ダークファルス【百合】の反応が近くに……ってもう来てるぅうううううう!?』

「シズク……!」

 

 オペレータの声なんてもう届かない、大量の剣に切っ先を向けられたことで阿鼻叫喚に陥ったアークスたちの中で、リィンの叫びが響く。

 

「シズク、何処!」

「むらさきっ!」

 

 言いながら、シズクは紫の塔目掛けて走っていた。

 その後を追うように、リィンも紫目掛けて走り出す。

 

「えーっと技名、なんだっけな……そうだそうだ、『百花繚乱』」

 

 そして、そんな気の抜けた呟きと共に。

 

 百どころか万にも届くであろう剣の雨は降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 シズクは『全知』である。

 

 だがしかし、この世全ての知識を持っているわけではない。

 

 ……何を言っているのかと思うかもしれないが、考えてみて欲しい。

 

 異世界や平行世界も含めれば――いや、含めなくても無限といえるほど広い広い世界という箱庭。

 その宇宙創世から続く、世界の歴史。そこに付随してくる圧倒的な量の『知識』。

 

 そんな全知を、シズクの脳みそに保持しておくことは物理的に不可能なのだ。

 

 どれだけ優れた知能を持っていようと、脳みその大きさという容量の限界はある。

 

 では何故シズクが『全知』と呼ばれるのかというと、答えは一つ。

 

 彼女が、『アカシックレコード』にアクセスできるからだ。

 

 『アカシックレコード』。

 それはこの世界の何処かに存在する、宇宙の全てを記録している記憶装置。

 

 シズクはそこにアクセスできる権限を、生まれつき持っているのだ。

 つまり正確には『全てを知っている』のではなく、『全てを知ることができる』。

 

 それこそがシズクの『全知』の本質である。

 

 シズクはこんな凄まじい力を――正直あんまり使っていない。

 無意識に使ってしまうことはあっても、意識的に使用へと踏み切ることは早々無い。

 

 そもそもアークスとしての日常を送る上で、こんな大層な力を振るう機会なんてほぼ無いのだ。

 

 だがそれでも、シズクがこの力に頼ったことが四回ほどある。

 

 一回目は、母親探し。

 幼い頃、自身の中にあった全知の力に気付いたと同時にアカシックレコード内をくまなく探し求めた。

 

 結局、そこに母親へと繋がる情報は皆無だったわけだが。

 『全知』とは言っても、全てを知ることができるわけではない。

 

 じゃあ全知じゃないじゃんといわれたら返答に困るが、少なくともアカシックレコード以上に知識を持っている存在は無いのだから仕方ない。

 

 二回目は、意外と最近でハドレッドのとき。

 ハドレッドの事情やマザーシップへのアクセス方法を知るために使用したのである。

 

 三回目は、戦技大会の後。

 ファルス・ヒューナルに襲撃されている先輩たちの居場所を探し出すのに使用した。

 

 そして四回目。

 アブダクションの、その後。

 

 『全知』へと、シズクは潜っていった。

 

 何のために?

 

 決まっている。

 

 強くなるために。

 強くなる方法を、探すために。

 

 

「………………マジで?」

 

 立ち上る粉塵の中。

 ダークファルス【百合】は、目の前に広がる光景に驚きを隠せない様子で呟いた。

 

 自らが生み出した万にも届く剣。

 それを、壁と塔。そして当然ながら男性アークス目掛けて掃射した。

 

 だから、女性アークスが生きていても驚かない。

 流石にノーダメージでは済まないだろうが、基本的に女性を殺すことはしないのが【百合】というダークファルスである。

 

 つまり、シズクとリィンが剣の掃射から生き残ったことについては驚かない。

 

 でも、壊れかけ(・・・・)の紫塔の前で立っている二人を見たら、驚かざるをえなかった。

 

 紫以外の塔や壁は、全て木っ端微塵ともいえるレベルで破損している。

 だというのに、『壊れかけ』。壊れて、いない。

 

「たった二人であたしの攻撃から塔を守ったっていうの……? やるじゃん! リィン! シズクちゃん!」

 

 自身の攻撃が防がれたというのに、楽しげな笑顔を浮かべる【百合】。

 

 彼女の表情が余裕そうであるのは当然だろう。

 今の攻撃は彼女にとって大技でも必殺技でもない、ただの通常攻撃だ。

 

 殆どのアークスはその通常攻撃で倒れていくのに、リィンとシズクは倒れなかった。

 だからアークスのわりに凄いねー、と上から目線で笑うことができるのだ。

 

『ピ……ピ……』

「……ん?」

 

 と、そんな風に余裕をかましていた【百合】の耳に、ふと小さな機械音が入ってきた。

 

 同時に、気付く。

 空に伸びる、半透明な光の柱が照準のように【百合】の頭上へと狙いを定めている。

 

(これは、知っている)

(サテライトなんとか、っていうアークスの技だ)

 

 見れば、紫の塔の前に居るシズクがアサルトライフルを【百合】に向けていた。

 

(成る程、あの光線ならあたしにも通用するだろう)

 

 通用するだけで、すぐに回復してしまうのだが。

 

 まあでも、痛いものは痛い。

 痛いのは嫌だ。幸いあの技に関してはもう見たことがある。

 

 対処は簡単だ。

 サテライトなんとかの発射には三秒ほどのチャージが必要。

 

 つまり、今の内に防御すればいい。

 頭上から光が降り注ぐと分かっているなら、頭上を剣でガードすればいい。単純な話だ。

 

 チャージが終わるまで後二秒ほどか。

 そう当たりをつけて、【百合】は余裕綽々に手を空へ振り上げた。

 

「余裕で間に合うし、ちょっとディテールに凝った盾に……」

 

 その瞬間。

 

 最大チャージの(・・・・・・・)サテライトカノン(・・・・・・・・)が【百合】の上空から降り注いだ。

 

「ば――っ!?」

 

 極太の光線が、降り注ぐ。

 莫大な熱量を持った光線は【百合】の身体を焼き尽くしながら、地に落とす。

 

「………………っっっ!」

 

 全身を襲う熱と、地に叩きつけられる感触を味わいながら、【百合】は考える。

 

 まさか。

 まさかとは思うが――シズクはずっと、剣が降り注いでいる(・・・・・・・・・)間もずっと(・・・・・)

 

 サテライトカノンを、チャージしていたというのか……!?

 

『た……たった一人で守ったっていうの……? あの、剣の雨から……塔と、そしてパートナーを……?』

「シズク」

 

 オペレーターの呟きを耳に受けながら、リィンはモノメイトを一つ口に咥えて背後にいるシズクに語りかける。

 

「うばー?」

「リリィに……ダークファルス【百合】に勝てると思う?」

「無理。勝てるわけ無いじゃん常識的に考えて」

 

 そうだろうね、とリィンは頷く。

 

 でも……。

 

「でも、負けないことはできるかなって」

「うん」

 

 駆け出す。

 

 地面に何本も突き刺さっている剣を踏み台に跳躍し、リィンは【百合】目掛けてソードを振り上げた。

 

「リィン……!」

「――――ぁあああああああ!」

 

 既に傷が完治している【百合】は飛びかかってくるリィンを見るなり、笑った。

 大変嬉しそうに、笑顔を見せる。

 

 そしてその笑顔のまま、両手に茜色の剣を作り出してリィンの剣撃を受け止めた!

 

「やるじゃん! 正直最初あったときはそんな強そうには見えなかったんだけど、あたしの目が節穴だったね!」

「…………いいや、節穴じゃないわよ。前会った時は私一人だったもの」

「……?」

「私は、シズクと一緒ならどれだけでも強くなれる……!」

 

 その瞬間、【百合】の額に銃弾が一発飛来した。

 

 シズクの攻撃だ。

 勿論、これしきで死ぬ……というかダメージを受けるような【百合】ではないが……。

 

 その攻撃を受けて、【百合】はさらに笑みを深くした。

 

 滅茶苦茶嬉しそうだ。……いや、嬉しそうというかなんというかこれは、

 

 萌えて、いる?

 

「うっばー! 何それ何それ何それ! 二人は一つみたいな!? 一心同体!? 連携特化!? うばばばばばば! 何と言うか、本当、そう……」

「…………」

「良いぞもっとやれ!」

 

 ここにキマシタワーを建てよう!

 等と言ってサムズアップをした【百合】の台詞は殆ど意味が分からないものだったが……。

 

 兎も角。

 リィンは【百合】の赤色の瞳を――その、

 

 海色の瞳(・・・・)を淡く光らせて、睨みつけた。

 

「行くわよリリィ。……いや、ダークファルス【百合】、戦いましょう」

「行くよリィン! シズクちゃん! 貴方たちの連携(ゆり)が見たいから遊んであげる!」

 

 

 




続くシズクの能力お披露目回。
そしてアプちゃん貞操の危機。


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ダークファルス【百合】vs シズク&リィン

私的AKABAKOの便利すぎてつい出番が増えてしまうキャラランキングTOP3。

1位:ダークファルス【百合】(理由:何やらかしても不思議じゃないから)
2位:カスラ(理由:シズクと相性いいから)
3位:シャオ(理由:シズクとほにゃららら)


 剣戟が、交差する。

 

 リィンと【百合(リリィ)】、二人の剣は火花を散らし、一合交わるたびに砂塵が吹き荒れる。

 茜色の剣閃を、【百合】が放てばそれをリィンが受け流し、リィンが反撃を放てば【百合】はもう片方の手に持っている剣で受け止める。

 

 二人の戦いは。

 一見、互角の様相を見せていた。

 

「メリッタさん……メリッタさん?」

『…………はっ! は、はいぃ!? な、なんでしょうか!?』

 

 そんな二人の戦いを、後方で援護しながらシズクはオペレーターへと通信を繋いだ。

 

 オペレーターは、メリッタ。

 気弱な性格と眼鏡っ子という属性が一部男性に好評な若手オペレーターだ。

 

 今からシズクがする『要請』は、彼女には少し荷が思いかもしれないが、しょうがない。

 

(こういう相手には、はきはきとした口調で……)

「救援を要請します。できれば六芒均衡クラスのヒトを三人以上……できますか?」

『は、はい、救援ですね……六芒均衡を三人……三人!? そ、そんな無理ですよ! 皆さんダーカーの殲滅でとても持ち場を離れられる状況では……!』

「なんとかしてください」

『なんとかって言われましても~……え? は、はい! 今代わります!』

「……?」

 

 通信の向こう側で、何やらごそごそという音が聞こえてくる。

 誰か偉い人に代わってくれるのかな? っと待つこと数秒。

 

 聞こえてきた声は、久々に聞く声だった。

 

『シズクさん、私です』

「……! カスラさん!?」

 

 オペレータールームに、何故カスラさんが居るのか。

 それは分からないが兎も角、助かった。これなら話が早い。

 

『単刀直入に言います。今動ける六芒均衡は可能な限り急いでそちらに救援へと向かうよう動き出しています』

「!」

『到着まで、おそらくあと五分ほど。それまで何とかダークファルス【百合】をその場に留めておいて欲しいのです』

 

 五分。

 それくらいならば容易な仕事だと言えよう。

 

 それで六芒均衡が来てくれるのなら、願ってもいないことだ。

 でも何故こんな指令を出すために、わざわざカスラさんがオペレータールームに?

 

『お願いします。ダークファルス【百合】はさっきまで各塔をゲリラ的に強襲し、六芒均衡を初めとした強者が立ち塞がるたびに逃亡を繰り返しています。最早放っておける存在ではありません、ここで討伐すべきと上層部が判断しました』

「……だから、気紛れでも何でも一箇所に留まっていてくれている今がチャンスってことですね?」

『流石に物分りがいいですね……私もすぐそちらに向かいます。どうにか五分、耐え切ってください』

「了解です。ちなみに一つばかり訊きたい事があるのですが……」

『……はい?』

「その”上層部”って、”あいつ”のことですか?」

『…………貴方は本当に、察しが良すぎる』

 

 そして、通信は切れた。

 

 ”あいつ”――ルーサー。

 マリアさんやサラさんたちの、敵。

 

 そして同時に、ダークファルス【百合】を強く恨んでいるようだ。

 

(……まあ)

(あんなことがあれば当然かもしれないけど)

 

 『全知』で【百合】のことを調べていた時に見た、【百合】がルーサーとテオドールをワンパンで吹き飛ばす映像を思い出しながら、シズクは割いていた意識を【百合】とリィンの方へと戻――そうとした。

 

 その時、シズクに声をかける人物が一人。

 

「おい、シズク……」

「あ、ヤっくん。凄いね、あの剣の雨から生き残るなんて」

「生き残るだけでなく、塔まで守り抜いたやつに言われると嫌味にしか聞こえないな……」

 

 声の主は、ヒキトゥーテ・ヤクだった。

 

 身体中のいたるところに剣が突き刺さっていたが、レスタか何かで回復はした後なのか、命に別状は無さそうだ。

 

「……俺はどうすればいい? リィンの援護か? いや、先に他の動けるやつをムーンアトマイザーで蘇生すべきか?」

「うば、特に何もしなくて…………いや、そうね、此処に居て」

「……?」

「あたしの隣に居て頂戴。ほら、えーっと、シフデバを絶やさないように」

「……それだけでいいのか?」

 

 うん、とシズクは頷く。

 そしてリィンの方を指差した。

 

「ほら見て、リィンと【百合】の戦いを」

「……見てといわれても……流石だな、ダークファルス相手に互角に戦えている」

「そう見えるでしょう? あれはダークファルスが手加減しているからだよ」

「手加減? …………そういえばさっき【百合】とリィン・アークライトには交流があるみたいなことを言っていたな……まさか……!」

「いやいやいやいや、それは関係ないよ。全然関係ない、【百合】が手加減しているのは一重に……」

 

 首を横に振って、シズクは答える。

 

 リィンがダークファルス相手だろうと戦えている理由は二つ。

 その内の一つはシズクの自重しないチート能力。

 

 そしてもう一つは……。

 

「リィンが美少女だから」

「………………は?」

「ふざけて言っているわけじゃあないよ。ダークファルス【百合】は、これまでの戦績から見ても明らかに女の子相手には手を抜いているの」

 

 それは、おそらく確定事項。

 

 今までの戦いで、男に致命傷は与えてることはあっても女性は比較的優しく倒しているし、ライトフロウ・アークライトが交戦したときも明らかに彼女は本気ではなかった。

 

「成る程……つまり、男である俺が加勢しようものなら……」

「うば。本気を出してしまうって可能性があるの」

 

 この説明で、一応納得してくれたようで、とりあえずとヒキトゥーテはシズクにシフタとデバンドをかけ始めた。

 赤色と青色の粒子に包まれながら、シズクは思考する。

 

(でも……)

(油断しているうちにーっとか、そういう風に欲出して無理に攻めるのは良くない)

 

 ダークファルス【百合】。

 彼女の最も恐ろしいところは、剣を無限に生み出し操るという能力ではない(・・・・)

 

 脅威なのは、その耐久力と生命力。

 身体を真っ二つにされようと、数瞬先には全回復するという意味不明な再生スピードを知ったとき、シズクは静かに悟ったのだ。

 

 このダークファルスとシズク&リィン(あたしたち)の相性は最悪だ。

 

 リィンの防御面は兎も角、シズクの攻撃は隙を突いたり弱点を狙ったりするのが主なダメージ源であり、圧倒的なフォトンで相手を消し炭にしたりはできない。

 

 おそらく、【百合】を倒すには……一瞬で、塵も残さず、存在ごと消し去るような火力が必要になってくる。

 

(そんな火力、あたしには出せない……だから、勝てない)

(というか、そんなことができる攻撃なんて……アークス全体でも限られているし)

 

 六芒均衡マリアの持つ閻斧(えんぶ)ラビュリス。

 一撃に全フォトンを込め、圧倒的な重力で敵を押し潰すことができる代わりに一撃放てばほぼ確実に壊れるという超破壊力特化創世器。

 

 または、六芒均衡クラリスクレイスの持つ灰錫(はいしゃく)クラリッサ。

 あれ自体は滅茶苦茶高性能なロッドであり、ラビュリスのような一撃は放てないものの、使用者であるクラリスクレイスが持つ圧倒的なフォトン量を考えれば【百合】を燃やし尽くすことだって出来るかもしれない。

 

 けど。

 

 ラビュリスは確か今修理中であり、

 クラリスクレイスはまだ幼く、色々と不安定&際立っているのは火力だけなので戦闘力に不安がある。

 

(だから……多分)

(あれしかない、【百合】を倒すには、あれを使ってもらうしかない)

 

 六芒均衡レギアスの持つ、創世器。

 

 世果(ヨノハテ)

 

(【百合】を倒すには……それしかない)

 

 そうして、シズクは銃を構え直した。

 五分間、【百合】の猛攻を凌ぐために。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 フォトンにはヒトとヒトを『繋げる』力があるということを知っているだろうか。

 

 これはあまり知られていないのだが、フォトンには単純にエネルギーとして使用する以外に沢山の使い道があり、ヒトとヒトを繋ぐというこの性質はその中の一つである。

 

 『エーテル』と呼ばれる、その性質がより強くなったフォトンの親戚みたいなエネルギーがとある異世界に存在するのだが――それは置いておいて。

 

 兎も角。

 シズクとリィンは、フォトンによって『繋がっていた』。

 

 それが偶発的なものなのか、運命的なものなのか。

 分からないが、シズクが自身の能力を最大限に生かすためにリィンとの『繋がり』をフォトンで作ろうと思ったら、既に出来ていたのだ。

 

 まあ、結果オーライということで、シズクは『連携特化』を強化するためそれを利用した能力を一つ開発した。

 

 それこそが三つあるチート能力の内一つ。

 

 『同調(シンクロ)』と名付けた、連携特化の戦法を最強にするための最後のピースである。

 

(……見える)

 

 海色の瞳を光らせながら、リィン(・・・)は【百合】の剣閃を紙一重でかわした。

 

 そして。

 【百合】が次は左手で横薙ぎ(・・・・・・・・)の一撃を放ってく(・・・・・・・・)ることを見てから(・・・・・・・・)、それにあわせるようにアリスティンを構える。

 

(見える……! 私にも、未来が……!)

 

 同調。

 視界、同調。

 

 フォトンによる繋がりを利用して、シズクの見ている未来をリィンにも見せるという荒業である。

 

「くっ……この、また……!」

「…………」

 

 この『同調』と、【百合】の手加減。

 それこそが、一般アークスの域を出ないリィンとダークファルスである【百合】が一見互角に切り結べている理由だと、シズクは憶測している。

 

 が。

 

 実のところ、シズクのその憶測は少し間違っていた。

 

(不思議……)

(この子とどこかで、戦ったことがあるような……?)

 

 実際は、互角ではなくリィンが優勢。

 そして、【百合】は手加減をとっくにやめていて、

 

 全力だった。

 

 全力で戦って、それでも尚リィンのほうが優勢だった。

 

「ねえ」

「ぐえっ! っ……な、何よ」

 

 フルスイングの一撃を軽くいなし、蹴りで【百合】の腹を蹴って少しだけ距離を離した後、リィンは口を開く。

 

 戦闘中に敵と会話するのは趣味ではないが、どうしても気になったことがあるのだ。

 

「アナタのその剣技、誰に習ったの?」

「うばぁ? 何その質問、特に習ったりしてないよ」

「そう……」

 

 その割には、【百合】の剣技はやけに堂に入っている。

 まるで誰かに習ったように、というか……アークライト家が習う剣技に近いというか……。

 

 いや、それよりも。

 

 リィン・アークライトの剣技に近い。

 アークライトとして教えられた剣技を、守りよりにアレンジした、

 

 『後ろにいる誰かを守るための剣技』だ。

 

 だから当然、後ろに誰かがいなければ真価は発揮できない。

 つまり、リィンの後ろにはシズクが居て【百合】の後ろには誰もいない今。

 

 剣技でリィンが負ける道理はない。

 

「――エイミングショット」

「っ!?」

 

 リィンの背後から、弾丸が一発【百合】に向かって飛来した。

 

 フォトンを纏った弾丸は、防御力がアホほど高い【百合】への有効打にはなりえないが……それでも顔面に食らえば怯むぐらいはするのだ。

 

「このっ、お喋りするふりして攻撃するとか汚い流石アークス汚い!」

「ノヴァストライク!」

「うわっとぉ!」

 

 リィンの攻撃を、【百合】は大きく上体を反らすことによって避けた。

 

 ほらやっぱり、とリィンは自身の考えを確認するように頷く。

 

 あれだけの防御力と回復力を持っているのに、リィンの攻撃を避けようとするなんておかしいのだ。

 

 リィンがカタナではなくソードを使っている理由のひとつに、相手から攻撃が見えやすくて、だからこそ相手は条件反射的に避けてしまいやすい(・・・・・・・・・)というのがあるのだが、【百合】の頑強さを考えるとそういうレベルでもないだろう。

 

 どんな攻撃だろうと、避けたり防御するのは彼女にとって無駄行動の筈だ。

 

 自身の損壊なんて気にせずにごり押すのが、【百合】の最適行動。

 なのにこうして回避行動や防御をしてしまう理由は、おそらくただ一つ。

 

 身体に染み込んでしまった、経験。

 ダークファルスになる前、圧倒的な防御力を持つ前の経験が反射的に防御や回避を行ってしまっているのだろう。

 

(シズクにこれを話せば、もしかして【百合】の素性を明かすことだってできるかもしれない)

(でも、なんていうか、その……アークライトっぽい剣技をダークファルスが使ってるとか流石に言い辛いわ……)

 

 あ、もしかして『同調』してるとこういう考えもシズクに伝わったちゃうのかしら、と。

 

 ちょっと心配しながらリィンは海色に光っているであろう自身の左目付近を軽く撫でた。

 

「このっ……!」

 

 【百合】が手を振り上げる。

 

 それと同時に、リィンへと照準を合わせた茜色の剣が姿を現した。

 

 悪手、である。

 盾として出現させた剣以外は、待機中は簡単な攻撃でも弾かれて無効化されてしまう。

 

 弾かれる前に射出すればいいのだが、未来の見えるシズクとリィン相手にそれは不可能だ。

 

 事実、【百合】の出した剣は出現した瞬間にシズクの銃弾で弾かれた。

 

 そしてその隙を逃さず、リィンが追撃の一閃を放つ。

 

「っ、成る程ね。連携特化、か……」

「…………」

「……萌える!」

 

 キラン、と目を光らせて、【百合】は笑った。

 

 余裕の表情だ。

 当たり前といえば当たり前なのだが、【百合】にとって今やっている勝負は余興というか遊びみたいなもの。

 

 ゲームで苦戦して、本気で焦るやつがいるものか。

 

 特に全力を尽くして戦っているのに、尚苦戦を強いられるゲームなんて楽しくて仕方ないだろう。

 

 攻略しがいがあるというものだ。

 

「これはまず、シズクちゃんを倒せばいいとみた!」

「!」

 

 防御特化のリィンを倒すには時間が掛かる。

 ならばワンパンで倒せそうなシズクを狙おう、というごく平凡なアイデアだ。

 

 平凡と言っても、成し遂げればまず間違いなくリィンは勝ち目を無くすアイデアである。

 

「と、いうわけで……」

「……っと!」

「抜けさせてもらうよ! うばー!」

 

 【百合】は突然、両手に持っていた剣をリィンに向けてぶん投げた。

 

 それと同時に、リィンの横を抜けるように走り出す。

 目晦ましからのダッシュ。単純だが、【百合】は生半可な攻撃では止まらないから彼女の走りを止めるのは至難の技だ。

 

「うっばっばっば! シズクちゃんのお命、貰ったー! いや命まで取る気はあんまなうヴぁー!?」

 

 が、【百合】は止まった。

 

 止まらざるを得なかった。

 

 何故なら、リィンの指が、人差し指と中指が、

 

 彼女の両目に、突き刺さったからだ。

 

「……流石に、両目潰されたら怯むみたいね」

「痛い痛い痛い痛い! 他人の両目潰すことに抵抗のない美少女とか斬新すぎるでしょ! 流石に萌えないわ! あ、でもドM的には若干アリなので今度アプちゃんに頼んでみ――!」

 

 両目潰されながらも平常運転な【百合】の頭上から、サテライトカノンの光が降り注いだ。

 

 シズクの射撃である。

 これなら多少ダメージが通ることは、確認済みだ。

 

「あっづい! ちょっと待ってタンマ! タンマ!」

「リィン! あと三分くらい耐えればいい筈だから時間稼ぎに拘束して!」

「了解」

 

 言って、リィンはソードを背に仕舞った。

 拘束するなら、素手の方が都合がいい。特に【百合】のような人型相手なら。

 

「な、何……?」

「もう目が回復しているのね、大したものだわ」

 

 【百合】の手首を、リィンが掴んだ。

 ダークファルスは、人型形態を取っている限り身体の構造はヒトと変わらない。

 

 故に関節技や人体の反射を利用した格闘術は、有効である。

 

「いっ……!?」

「再生力に自信があるようだけど、これならどうかしら?」

 

 右腕を捻り上げる。

 そしてテコの原理を利用し、【百合】の関節を外した(・・・・・・)

 

「がっ……あぁあああああああああ!?」

「外れた関節は、自然治癒しないでしょう? こういうダメージでも瞬時に回復できるの?」

 

 言いながら、リィンはもう一本の腕も脱臼させてやろうと再び手首を掴んだ。

 

 関節外し。

 正義の味方が使っていい技ではないが、アークスは別に正義の味方ではなくダーカーの敵であるだけなのでその辺の倫理観は持ち合わせていないのだ。

 

 というかむしろ、ダーカーを殲滅するためならわりと何でもする組織だったりするのである。

 

「……とは言ってもこんな美少女の関節を外すことに抵抗無いの?! しかもほら! あたしたち砂浜で一緒にお城作った仲じゃん!?」

「自分で美少女って言うのね……いやまあ、抵抗無いことは無いけど……ほら、私にも立場とかあるし」

 

 アークスにとってダークファルスは絶対的な敵。

 アークスに所属している身としては、ダークファルス相手に手加減とか出来ないし出来るわけ無い。

 

「悪いわね、両腕、貰うわよ」

「ぐっ……! あんまし、舐めないでよ……!」

 

 【百合】は、体を大きく捻った。

 それだけの動作でリィンの手が【百合】の左手首から外れることは無い、が。

 

 目的はそれではなく、右腕。

 脱臼した右腕を、無理やりにでも動かすための動作だ。

 

 痛みに脂汗を滲ませながら、右手をどうにかしてリィンの身体に触れさせる。

 

 そして――。

 

「"棘葉(シニバナ)"」

 

 無数の剣が、リィンの内部から突き出した。

 

 かつて採掘基地場の塔を一撃で沈めた、あの技である。

 手で触れている物質の内部に剣を生成し、内部から破壊するこの技は。

 

 当然、人体にも有効だ。

 

「――――っ」

 

 ごぽり、とリィンの口や節々から血が吹き出て、【百合】の手首を握っていた手の力も抜けていく。

 

 正直、殺す気は無かった。

 なのにごめん、と心の中で謝りながら、前を向く。

 

 次は、シズクだ。

 彼女はアサルトライフルをこっちに向けて、フォトンをチャージしている様子だったけど、もう遅い。

 

 チャージが終わる前にシズクを倒せるし、もし撃たれたとしても悠々と回避できる。

 

 勝った。

 

 そう、【百合】が確信した瞬間だった。

 

 

「――――――――『アイアンウィル』」

 

 

 何者かが、【百合】の腕を掴んだ。

 

 脱臼した方の腕だったので、思わず痛みで足が止まる。

 

 一体誰が、と振り返ったそこには――青髪の美少女。

 

 リィン・アークライトが血塗れながらも立っていた。

 

「リィ――」

「エンドアトラクト」

 

 そして。

 

 シズクの持つ銃から放たれた巨大なフォトンの弾丸――エンドアトラクトが、

 

 ダークファルス【百合】に、直撃した。




相変わらず人型相手にはくっそ強いリィンさん。
未来が見えるようになっちゃったから対人近接格闘戦では多分無敵です。

某アイドルさんよりよっぽどか始末屋向いてそうだなぁと思ったり。


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三つ目のチート能力

「――――っ!」

 

 エンドアトラクト。

 アサルトライフルの誇る、サテライトカノンと双璧を成す高火力PAである。

 

 降り注ぐ光線ではなく、巨大なフォトンの塊を撃ち放つ単純明快な攻撃。

 

 されどその威力は必殺の名に相応しい貫通性と威力を秘めた一撃だ。

 

 そう。

 異常な程の頑強さを持つダークファルス【百合(リリィ)】の体を貫き、大きな穴を穿つことすら可能なほどの。

 

「……………………う、……ば……」

 

 エンドアトラクトの一撃を受けて、首元から下腹部までの大きな『穴』が開いた【百合】は――膝から崩れ落ち、倒れた。

 

 その衝撃で、わずかに砂塵が舞う。

 彼女の血は荒野を赤く染め、枯れた大地に赤い水溜りを作られた。

 

 そして、次の瞬間。

 傷が完治した(・・・・・・)ダークファルス【百合】は、ゆっくりと立ち上がる。

 

 白いドレスを、金色の意匠が輝く漆黒に染めて。

 

 ”【黒百合】モード”。

 周辺のダーカー因子濃度が、急激に上がっていく……!

 

「…………まさか貴方たち相手にこれ(・・)を使うと思っていなかったよ」

「その姿は……?」

 

 流石にリィンも【百合】の力が急激に増加したことを感じ取ったのか、頬に汗をを浮かべながら一歩下がった。

 

 さっきまでも手に負えるレベルじゃなかったが――さらにどうしようもなくなったということが、はっきり分かる。

 

 しかも……。

 

「……っと」

「う、ばぁ……」

 

 すぅ、っと。

 リィンの瞳から、海色の光が消えた。

 

 頭痛を堪えるように俯くシズクの様子を見るに、『同調(シンクロ)』の活動限界――ではなく、未来予測の演算による頭脳疲労が限界に達したのである。

 

 当然だ。

 シズクの脳みそは、全宇宙の知識という知識を全て記録しておける『全知の海』とかではなく、普通の人間サイズの脳みそでしかない。

 

 大量の演算を必要とする未来予測を長時間行えば、知恵熱の一つも発生しようものだ。

 

(うっばー……防衛戦始まってから、ずっと演算してるもんなぁ。……しかも『同調』と『未来式』併用したりして……)

(…………まあ、いいや)

 

 五分経った(・・・・・)

 頭を押さえ、脂汗を滲ませながらシズクは呟いた。

 

 もう、六芒均衡が到着する頃だ。

 

 耐え切ってやった。

 

 あとはもう強い人たちに任せよう。

 

『あ、あのー……大変お伝え辛いのですが……』

「……うば?」

 

 すっかりやりきった表情のシズクの耳に、オペレーターの声が入ってきた。

 

 やめて欲しい。

 そういう前置きは、やめて欲しい。

 

 まさか、とか考えちゃうじゃないか。

 まさか六芒均衡の到着が遅れているという報告かな? とか思っちゃうじゃないか。

 

『こ、こちらに向かっている六芒均衡の行く手を阻むように、玩具型(・・・)ダーカーが複数出現しました……せ、殲滅まで十分……いや、もっと掛かるかもです……』

「……………………」

 

 そのまさかだった。

 

 絶望的過ぎて、笑えてくる。

 あと十分? 五分稼ぐのに全力を使い切ってしまったのに?

 

 ダークファルス【百合】が、何だか本気モードになってしまったというのに?

 

「………………」

「……どうしたのシズクちゃん、顔色真っ青だよ?」

 

 敵に心配されるほど、顔色が悪くなってしまっていたらしい。

 

 …………。

 ……そうか、【百合】は六芒均衡がこちらに向かってきていることを知らない。

 

 ならば、それを利用して……。

 

「シズク」

「!」

 

 リィンが心配そうな顔つきで、こちらを見ていた。

 

 大丈夫。

 大丈夫だから、そんな顔をしないで欲しい。

 

「リィン、大丈夫だよ」

 

 ニッと、シズクは笑う。

 視界は朦朧としているし、脂汗は止まらないけれど、不遜に。

 

 その表情を見て、安心したのかリィンもまた笑った。

 

(我に秘策アリ)

(……って表情ね)

「ダークファルス【百合】!」

 

 シズクが、【百合】の名を叫ぶ。

 

 さあ、仕切りなおしだ。

 第二ラウンドを始めようかじゃないか。

 

 でもその前に、と。

 とてもスムーズな動作で、シズクは両手を使いアルファベットの『T』の形を作り出した。

 

「――作戦タイムください!」

「…………」

「…………」

『…………』

 

 いや何言ってんだこいつ、と。

 リィン、ヒキトゥーテ、メリッタたち三人の心はひとつになった。

 

 そんなの、認められるわけ……。

 

「認めよう!」

 

 認めちゃった。

 物凄く良い笑顔で、認めてしまった。

 

「よし! リィン! 聞いての通り作戦タイムするからこっち来て!」

「え? え? いいの? え?」

「いいわよ、存分に相談しなさい」

 

 怪訝そうにしながらも、リィンは【百合】を視界から外さないように気をつけつつバックステップ。

 

 あっさりとシズクの元へと合流を果たした。

 【百合】はしたり顔で腕を組んでいるだけで、動く気配は無い……。

 

「ちょっとシズク、どういうことよ。作戦タイムって……!」

「そ、そうだぞ! 真剣勝負の最中になんてことを……!」

「うばー、待って待って」

 

 リィンとヒキトゥーテから同時に詰め寄られても大して動揺する様子もなく、極々冷静にシズクはまずヒキトゥーテを押し退けるように手で押した。

 

「ヤっくん、あんたは作戦会議に入ってきちゃ駄目。蚊帳の外でいないと男は殺されちゃうよ」

「し、しかし……」

「リィン、耳を貸して」

 

 釈然としない様子のヒキトゥーテを無視して、シズクとリィンは二人顔を近づける。

 

 その瞬間、【百合】が淑女らしからぬ気味悪い笑みを浮かべたがとりあえず無視。

 ヒキトゥーテと同じく何処か釈然としない様子のリィンに向けて、シズクは口を開いた。

 

「とりあえず作戦はもう決まってるから、何か喋ってる的な雰囲気を醸し出して時間稼ぎするよ」

「…………」

「時間稼ぎが最善策なの! そんなジト目で見ないで!」

 

 ぶっちゃけもう、シズクとリィンにダークファルス【百合】を倒す手段は残されていないと言っていいだろう。

 ならばもう、六芒均衡に後は任せるしかない。時間稼ぎが最善なのは誰の目を持ってしても明らかだ。

 

「…………ならこれ訊きたかったんだけど、何で【百合】は作戦タイムなんて受け入れたの? 勝負の真っ最中なのに……」

「ああそれは……ひっじょーに屈辱的だけど【百合】にとってこんなの勝負に入らないんだろうね……それこそ遊んでいるだけ」

 

 シズクとリィンが何をしてくるのか、楽しんでいるだけだ。

 

 だから作戦タイムといえば認めるだろうという算段は付いていた。

 時間を稼げば六芒均衡が来るということを【百合】が知らないからこそだが――いや、知っていたとしてもあの子は認めそうだが、兎も角。

 

 勝負ではなく、遊び。

 【百合】にとって今のこの状況はほんの戯れだという事実にリィンは憤りを感じたようで、眉間に深く皺を寄せた。

 

「……でも、作戦はもう既にあるんでしょう? それはやらないの? こういう露骨な時間稼ぎは万策尽きてから行えばいいでしょ」

「いやだってほら、作戦って『アレ』を使うってことだもん」

「『アレ』、ねぇ……アレ使えば勝てるの?」

「いや無理。時間稼ぎに決まってるじゃない」

 

 多分今【百合】を倒せるものがあるとしたらレギアスの世果(ヨノハテ)くらいじゃないかな、とシズクは語る。

 

(ああいや、『ダーカーの力を喰らう』とかいう特異な能力を持つ『リン』さんとマトイなら勝機があるかもしれないかな……)

(……マトイは兎も角、『リン』さんにも救援要請した方が――)

 

 でもこれ以上戦力を【百合】に集めるのも、まずいか。

 そう結論付けて、シズクは取り出しかけたデバイスを仕舞った。

 

「ねえ、まだー?」

「っ」

 

 【百合】の催促の声が届く。

 痺れを切らされて突然襲い掛かられても堪らないし、時間稼ぎが目的だとばれたらまずい。

 

 作戦タイムはそろそろ終了か。

 

(でも大丈夫、充分時間は稼げた……あとは『アレ』を使った作戦さえ成功すれば……)

「今、作戦が決まったところだよ……さあ勝負を再開しようか」

「うっばば、まだまだ楽しませてよ?」

 

 楽しませてよ、とかやっぱり完全に遊び気分な【百合】だ。

 

 こうまで舐められていると、一泡吹かせてやりたくなるが……いや、ていうかもう普通だったら一泡も二泡も吹かせられるくらいボコボコにしたはずなのだが(目潰ししたり胴体に風穴開けたり)……。

 

 ……まあそれは兎も角。

 

 シズクとリィンは、改めて【百合】と向き合うと――手を繋いだ。

 

 シズクが左、リィンが右。

 武器は仕舞って、素手である。

 

「あらまーっ!、手なんて繋いじゃってー! んもー! ふたりは何キュアってか?」

 

 それを見た【百合】は、大喜びだった。

 どうやら楽しませることには成功してしまったらしい。

 

 勿論、楽しませること(それ)が目的ではない。

 

 二人は手を繋いだまま【百合】目掛けて正面から突撃を行った!

 

「いっくぞおおおおおおおおおお!」

「――やぁああああああああああ!」

「何をする気かは分からないけど……」

 

 二対の剣が、【百合】の手に握られる。

 

 そしてそれを構えると、切っ先をシズクとリィンへ向けた。

 

「あたしを殺したいなら――萌え殺しを狙うのが一番早いと思うよ!」

 

 距離が詰まっていく。

 【百合】と二人の距離が。

 

 四メートル、三メートル、

 

 二メートル。

 

(ここだ)

(使うなら、このタイミングだ)

 

 『アレ』は、酷く使いどころが難しく、タイミングもシビア。

 

 さらに失敗は許されない、と条件は厳しいものの、決まれば絶大な効果を発揮する切り札。

 

 使うなら、今――。

 

 

 

 

「――時よ(・・)

 

 そして。

 

止まれ(・・・)――!」

 

 世界の時間が、停止した。

 

 比喩や表現ではなく、止まった。

 生物も無生物も、有機物も無機物も、等しく平等に。

 

 そう、シズクと――シズクと手を繋いでいる、リィン以外は。

 

 『時間停止』。

 これが、シズクが持つ最後のチート能力だ。

 

 元は初代クラリスクレイス――アルマが使っていたマジックなのだが、それをルーサーがアルマのことを研究してコピーして……それをさらにシズクが『全知』でパクった、紛い物の紛い物。

 

 それでもその効果は、本物と負けず劣らず。

 時間を止めるという埒外な能力は、たった四秒しか(・・・・・・・)止められないという制約というかシズクの限界があるが、だとしても充分チートの域にあるだろう。

 

(一秒――! 二秒――!)

 

 勿論、代償が無いわけではない。

 四秒フルで時間を止めた場合、急激なフォトンの消費により一時的に戦闘不能になるほど体力の消耗をしてしまうし、限界を振り切って五秒止めれば最悪命に関ってきてしまう。

 

 なので正真正銘、これが最後のチャンス。

 どうにか時間停止中に【百合】を拘束し、少しでも時間を稼ぐ――と。

 

 シズクが手を伸ばした、その時だった。

 

「――――」

 

 【百合】が、口を動かした。

 停止した世界で、何かを喋った……!

 

 同時に、何かが罅割れる音が響き渡る。

 空間を割るような亀裂が空一面に浮かび上がり、世界が軋みを上げていく――!

 

「凄いね、シズク」

 

 バリンッ、と。

 何かが割れる、音がした。

 

 そして世界は動き出す。

 

 停止した時間は進みだす。

 

 解除は、していない。

 シズクが自発的に時間停止を解いたわけではない。

 

 信じがたいことだが、間違いない。

 

 ダークファルス【百合】が、時間停止を打ち破ったのだ。

 

「時間も止められるなんて……今のどうやったの? あたしにもできるかなぁ?」

「う、そ……でしょ……? な、いま、の……げほっ、どうやってあたしの時間停止を……」

「? なんかこう、適当にガチャガチャと……レバガチャ? みたいな? そんな感じで」

 

 あまりにも次元が違いすぎる【百合】の回答に、シズクは膝をついた。

 

 体に力が入らない。

 フォトンを急激に消費したせいで、体が悲鳴をあげているんだ。

 

 四秒フルで時間を止めたときほどではないが……それでも、戦闘続行には幾ばくの休息が必要だろう。

 

 終わった。

 作戦タイムを、もう一回……いや、さすがに二回目は通るか怪しい。

 

 一応言うだけ言ってみようかという考えも頭を過ぎったが、疲れからか声が上手く出ない。

 

 ゲームオーバーか。

 そして【百合】からすれば、ゲームクリアなのだろう。

 

「シズク……」

 

 よっぽど絶望感に溢れた表情をしていたのだろうか。

 リィンが心配そうな顔で、シズクを見つめていた。

 

 でも、視線を返すこともできない。

 全身を襲う疲労感が、自然とシズクの顔を俯かせていたのだ。

 

 そんなシズクの様子を見て、リィンは意を決したように【百合】を睨みつけて剣を握った。

 

「はぁああああああああああ!」

 

 そして、飛び出す。

 【百合】に向けて、一直線に。

 

「……っリィン!?」

「ギルティブレイク!」

 

 フォトンアーツで高速接近し、斬り込む。

 私が時間を稼ぐとでも言わんばかりの特攻だ。

 

 【百合】の剣と、リィンの剣がぶつかり合い、火花が散る。

 

 もう未来は見えないし、【百合】は本気モードになってしまっているけれど。

 さっきまで互角以上に切りあっていたのだ。

 

 例え勝てなくても、時間くらいは稼げる――という、リィンの甘い見通しは。

 

 一瞬で、砕かれた。

 

「……!?」

 

 気付けば、リィンは宙を舞っていた。

 

 原因は単純明快。

 鍔迫り合いに、押し負けたのだ。

 

 剣と剣がぶつかり合った最中、圧倒的な膂力で押し飛ばされた。

 

 【黒百合】モード。一体、どれだけ強化されているというのだ……!

 

「がはっ……!」

 

 リィンの体は、紫の塔へと直撃した。

 

 砲弾のような速度で押し飛ばされたリィンの体は、壊れかけの塔を破壊するだけの威力があったようだ。

 

 紫塔が、崩れる。

 そしてリィン・シズク共に戦闘不能。

 

 つまり、ダークファルス【百合】がこの場に居る理由が無くなってしまった。

 

「終わり、ね」

 

 【百合】が呟く。

 周辺に六芒均衡の気配は無い。

 

 時間稼ぎは、失敗した。

 六芒均衡の力で【百合】を討伐する作戦は、失敗した。

 

「さて、と。まだまだあちこちで戦火は上がっているし、アプちゃんのためにもう一仕事してくるかな」

 

 ふわり、と【百合】の体が浮く。

 

 空を飛んで、別の塔へと向かう気だ。

 

 冗談じゃない。

 人型の単体相手なら無類の強さを誇るシズクとリィンでも止められなかった【黒百合】モードの【百合】を止められるアークスなんて、それこそ六芒均衡か『リン』だけだろう。

 

 つまり此処で逃がせば、今までの時間稼ぎが全て無駄になるだけではなく。

 極論【百合】は六芒均衡と『リン』から逃げつつゲリラ的に塔への襲撃を繰り返すだけで九割以上の塔を単独で破壊可能だということになってしまう。

 

 それはアークスにとって敗北と同義だし、

 下手すればダークファルス【若人】の封印が解けてしまう結果になってしまうだろう。

 

 それは、許されない。

 それだけは、許すわけにはいかないのに――。

 

(体が、動かない……)

(動いたとしても、作戦も何もない……)

 

 こうして。

 採掘基地防衛戦・侵入のクエストは、歴史的な大失敗という結末に終わることになった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ラ・フォイエ」

 

 ――かに、思われた。

 

 爆炎が、突如として【百合】の顔を包み込む。

 

 赤い炎が、完全に油断していた【百合】の顔面を焼き尽くさんとばかりに襲い掛かる――!

 

「「うば!?」」

 

 シズクと【百合】の、声が被った。

 それくらい予想外の出来事だったのだ。

 

 まさか、この局面で――今まで蚊帳の外に追いやっていた男が活躍するなんて、驚くなと言うほうが無茶だろう。

 

「待てよ、ダークファルス……」

「…………」

「お前が殺したい(あいて)が、此処にいるぞ……!」

 

 紫塔の、傍ら。

 瀕死のリィンを庇うように前に出つつ、男ヒキトゥーテ・ヤクが、

 

 【百合】に向かって戦意を示すように、手に持ったウォンドを突きつけていた……!




『リン』かと思ったか!! 俺だよ!!! みたいなね。


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ダークファルス【百合】vs 六芒均衡

お待たせしました。
交通事故に遭って入院してましたが、退院したので再開します。

全治三ヶ月とのことなので、安静にしなきゃですが小説書く時間はむしろ増えたので、更新速度は上がると思います。


「死にたい虫が居るみたいねぇ……」

 

 ゆらり……とダークファルス【百合(リリィ)】はその赤い瞳をヒキトゥーテに向けた。

 

 表情は、憎悪。

 さっきまでの余裕のある雰囲気なんて皆無にして絶無。

 悪鬼羅刹の如きオーラを放ちつつ、【百合】は自身に牙を向けた男を殺戮するべく動作を開始した。

 

「"変形(ヴァリアシオン)"」

 

 【百合】の手に収まっていた茜色の剣が、赤黒いダーカー因子の鳴動と共に形を変えていく。

 

「『モデル』・【(スターク)】」

 

 剣は、細長いシャープな形へと変貌していた。

 杭のような――いや、茎のようなと表すべきだろう。

 

 植物の茎。

 勿論、硬度も鋭利さも通常の植物とは比べ物にならないが……。

 

「フォイエ!」

 

 ヒキトゥーテのウォンドから、炎弾が放たれる。

 『リン』やクラリスクレイスと比較すると可哀想に思えてくるほどの大きさしか持たないテクニックだ。

 

 当然こんなもの、【百合】の脅威にはなり得ない。

 

「お前は――」

 

 【百合】が、【茎】を槍投げのように投げた。

 

 茎と炎弾の正面衝突。

 勝ったのは、当然のように茎だった。

 

 火炎が飛散して、空に溶けていく。

 それを確認する間も無く、【百合】の放った茎はヒキトゥーテの太ももに(・・・・)突き刺さった!

 

「ぐぅ!?」

「――粉微塵にして殺してあげるわ」

 

 だから動かないでね、と【百合】はぴくりとも笑わずに言い放つ。

 

 茎は、ヒキトゥーテの太ももを貫いて地面に深く突き刺さっていて――抜くには一苦労が必要そうである。

 

 つまり、ヒキトゥーテはこれで移動を封じられたことになる。

 

「この……!」

「うばー、いい技名思いついちゃった」

 

 抵抗しようとウォンド振り上げた、右腕が新たに生成された茎によって撃ち抜かれた。

 その衝撃でウォンドが、ヒキトゥーテの手から零れ落ちる。

 

「『生け花』」

 

 まるで剣山に花を活けていくように。

 茎は致命傷になりうる箇所を避けながら次々とヒキトゥーテへ刺さっていく。

 

 肩、足、わき腹。

 フォトンによる防護なんて気にも留めず彼の肉体を貫いた茎は、ヒキトゥーテを地面に縫い付けた。

 

「がぁああああ……!」

「あーやだやだ、男って悲鳴も汚いのよね」

 

 そして。

 とどめを刺すべく【百合】はその手をヒキトゥーテに向けて翳した。

 

「ええっと、『六芒大輪』」

 

 これもまた、今思い付いた技名なのだろう。

 

 六本の剣が、六芒星を描くように軌跡を空に刻みながら大きくなっていく。

 一つ一つのサイズがヴォル・ドラゴンにすら匹敵するからい巨大化を果たした瞬間。

 

 六芒を描いた剣は、その切っ先を忌むべき男に向けた。

 

「"変形"」

 

 おそらく、格好つけようとしたのだろう。

 指パッチンを試みながら、百合は呟く。

 

 しかし指パッチンは鳴らなかった。

 有り体に言ってしまえば、失敗だ。

 

「…………」

 

 なんとも締まらないのが彼女らしいが、そんなところに反応していられる状況ではない。

 

「『モデル』・【(バッド)】」

 

 開花前の、蕾のように。

 剣の切っ先が捻れてドリルの形へと変貌した……!

 

「これで……」

 

 再び、指パッチンにチャレンジする百合。

 

 失敗。

 諦めず二度三度と繰り返し親指と中指でパッチンしようとする百合だったが、

 

 五度目の挑戦に失敗した瞬間、諦めたのか百合はとうとう口で「パッチン!」と言い放った。

 

「……終わり! 粉微塵に吹き飛ぶがいいわ!」

「お前マジふざけんなよ!」

 

 殺すならもうちょいシリアスに殺してくれ!

 という何処か切実なヒキトゥーテの叫びは届かず、何処か緩んだ空気のまま蕾形の剣は回転しながら射出された。

 

「……っ!」

 

 シリアス云々は兎も角、高速で回転しながら飛来してくる剣を、ヒキトゥーテは止める術を持たない。

 

 勿論避ける術もあるわけなく、このまま百合の言葉通り粉微塵になるのを待つだけだ。

 

「ヤッくん!」

 

 シズクの叫び。

 それすら剣が高速回転していることで発生している風切り音で届かない。

 

「…………」

 

 リィンは気絶中。

 少なくとも、今このとき彼女の防御は期待できない。

 

(終わった)

(結局本当に少ししか時間稼ぎなんか出来なかった……何やってんだ俺は、これじゃ逃げてた方がマシだった――)

 

 無駄死に。

 その四文字が、ヒキトゥーテの脳裏を掠めた。

 

 

 

 

 

 

 

「いいや、よくやったよ坊主。お前のおかげで間に合った」

 

 声がした。

 聞いたことのある……アークスならば、誰もが聞いたことのある声が、目の前から。

 

「――っ」

 

 六芒均衡マリアの姿が、そこにはあった。

 迫り来る剣と、ヒキトゥーテの間に立ち塞がるように、パルチザンを構え立っていた……!

 

 救援が間に合ったのか。

 そう喜びを感じたのも束の間、不安も過る。

 

 六芒大輪と名付けられた、この大技。

 ヴォル・ドラゴン級の大剣六本がドリルと化して相手を穿つこの技は、如何に六芒均衡といえど一人で受けきれるものなのか?

 

 答えはノーだ。

 

 精々、レギアスやマリアなら二本、他の六芒均衡なら一本止めるので限界だろう。

 

 だから――。

 

「やれやれ……」

 

 六本の大剣が、一斉に弾き飛んだ。

 

 剣に、槍に、風に、炎に、拳に。

 それぞれ行く手を阻まれて、宙へと舞い遠くの大地へと落ちていった。

 

全員(・・)、間に合いましたか」

「おいレギアスゥ! アタシが二本弾く流れだっただろうが横取りしてんじゃないよ全く!」

「それはすまなかった。以後気をつけよう」

「おいヒューイ! あれか!? あの黒いのがダークファルスか!? 白くて珍しいダークファルスだと私は聞いていたのだが……」

「なぬ!? 本当だ! 黒いぞ!? おいおいカスラ、どうなってるんだ? 情報の伝達ミスか?」

「…………あれはダークファルス【百合】の本気モードですよ。過去の戦闘ログにも書いてあったでしょうに……」

「長い戦闘ログを見てると……眠くなってきてしまってな」

「せんとうろぐって何だ? 美味しいのか?」

「……いいから構えなさい馬鹿共。あれがダークファルス【百合】で間違いないですから」

「はっはっは、相変わらず若いやつらは元気がいいねぇ。ヒューイは後で説教な」

「姐さん!?」

「……気が昂ぶるのも無理はない。何せ――」

 

 純白の装甲を誇るキャスト――レギアスが、手に持った黒と橙色に染まった箱のようなソードをブンと一振りした。

 

 それだけで、ピタリと雑談が止む。

 空気が緩んだものから、戦闘特有のピリピリしたものに変わっていく。

 

「――六芒均衡が全員揃って戦うなど、実に久しぶりのことだからな」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 六芒均衡。

 今更説明するまでもなく、アークス最大戦力の六人が持つ称号である(現在は五人だが)。

 

 六芒の一、レギアス。

 六芒の二、マリア。

 六芒の三、カスラ。

 六芒の四、欠番。

 六芒の五、クラリスクレイス。

 六芒の六、ヒューイ。

 

 彼らは基本的に集団行動を取ることは無い。

 

 何せ一人ひとりが文字通りの一騎当千。

 大型ダーカーが束になろうと一人で充分戦えてしまうため、共闘すること自体が無意味とされる化け物集団。

 

 ただし何事にも、例外は存在する。

 

「なぁによ、もう……」

 

 そう、例えば。

 例えばエリートアークスが束になっても敵わないような強敵……すなわちダークファルスが攻勢を仕掛けてきた時等には六芒均衡の共闘を見ることができるのである。

 

 それでも――全員が揃うことは、非常に珍しいといえるが。

 

「折角その虫けらを粉々にしようとしてたのに……しかも、五人中三人が男とかなんなの? ふざけてるの?」

「…………」

 

 興が削がれたかのように、気だるげな顔をしてそんなことをぬかす【百合】とは対象に、その傍でシズクは嬉しそうに顔を崩していた。

 

(よかった)

(全員来てくれた)

 

 最悪世果を持つレギアスだけでも……と考えていたが、心配は杞憂に終わったようだ。

 

 六芒均衡が全員一箇所に集まっているというのは採掘基地防衛戦の真っ只中という現状を考えると、あまりよろしくないものだったが、それでも。

 

 この変態ダークファルスを放置してしまうよりはずっとマシである。

 故に今この状況は、むしろ最善のパターンと言えるだろう。

 

(あと……あたしの仕事は、一つ)

 

 時間停止の反動で動かせなくなっていた身体も、少しずつ回復してきた。

 ずりずりと、這う様に動き出す。急げ、間に合わなかったら全てが水の泡になってしまう。

 

 何故ならば……。

 

「うばば、悪いけど、強そうなヒトたちを相手している暇なんて無いからね。逃げさせてもらうわ」

 

 言って、【百合】は踵を返した。

 返してしまった。

 

 そう。

 六芒均衡が到着したからと言って、そのまま【百合】と戦闘! とはならないのだ。

 

 何故なら【百合】の目的は、塔の破壊。

 採掘基地場を破壊して、ダークファルス【若人(アプレンティス)】を復活させることこそが望みなのだ。

 

 【巨躯(エルダー)】みたいな戦闘狂とは違う。

 故に、六芒均衡が到着した瞬間【百合】が逃亡することなんて最初から予想できていた。

 

 では何故シズクが諦めずに六芒均衡の到着を待って時間稼ぎをしていたのか?

 

 答えは簡単。

 シズクは、ダークファルス【百合】をこの場に留める手段を知っているからだ。

 

 ――全知。

 

「ダークファルス、【百合】!」

 

 自身に突き刺さった茎型の剣を一本一本抜いているヒキトゥーテの傍へ、シズクは辿りついた。

 

 その瞬間、叫ぶ。

 【百合】を呼び止め、最後の力を振り絞って。

 

「これを、見ろぉー!」

 

 疑問符を浮かべる、【百合】。

 困惑した表情を浮かべる、六芒均衡の面々。

 嫌な予感がする、と呟いたヒキトゥーテ。

 

 その予感は正解である。

 

 シズクは、みんなの注目が集まる中。

 

 

 ヒキトゥーテに抱きつき、彼の胸元に顔を埋めた。

 

 

 抱擁。

 痛がるヒキトゥーテを無視して、全力の抱擁。

 

 男女の接触。

 

(これの筈……!)

(ダークファルス【百合】が最も怒るのは、こういうのの筈……!)

 

 シズクの狙いは、【百合】を怒らせること。

 

 怒りに身を任させることで――逃亡という選択肢を脳内から消してしまうという荒業。

 

 そう、このときこの瞬間のためだけに――シズクはヒキトゥーテを逃さず殺させず、傍に置いておいたのだ――!

 

(さあ……どうだ――!?)

「――――」

 

 果たして。

 

 その、効果の程は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■゛■゛■゛■■■■■――ッ!」

 

 絶大だった。

 

 【百合】は言葉にならない咆哮を周囲にぶちまけながら、

 

 修羅のような――否。

 般若のような――否。

 鬼神のような――否!

 

 それらに形容してもまだ足りない、狂気と凶気に満ちた表情で地を蹴り出した。

 

 狙いは、ヒキトゥーテとシズク。

 あまりにも愚直で真正面からの攻撃に、ボロボロの二人は反応できる筈も無く――。

 

「イル・ザン!」

 

 その瞬間、直進する【百合】の横っ腹を抉るように風の弾丸が彼女に直撃した。

 

 直進している物質は、その速度が速ければ速いほど横からの衝撃に弱い。

 故に流石の【百合】も堪えきれず、真横へと吹き飛んでいった。

 

「全く……! 無茶をしないでください!」

 

 風を放ったのは、カスラだった。

 

 シズクの予測通りだ。

 この状況でシズクの意図を汲み取り、的確な行動を取れる人物なんてカスラ以外に存在しない。

 

「が、あ、ぁ! 許さない! ユルサナイ! 殺す殺す殺す殺す殺す!」

「何で突然怒り出したのかはわかんねーが……」

 

 お前の相手はアタシたちだ、と。

 体勢を立て直し中の【百合】の眼前で、マリアはパルチザンを振り被っていた。

 

「邪魔邪魔邪魔じゃまじゃまじゃまじゃまぁああアアア!」

「ぎゃーぎゃー騒ぐんじゃないよ小娘がぁ!」

 

 茜色の剣と、フォトン刃がぶつかり合う。

 暴風雨のような荒々しさと力強さを持つ【百合】の剣と、力強くも老獪な技量が垣間見える槍捌き。

 

 二人が散らす火花と衝撃波は、最早芸術の域に達していた。

 この攻防に割って入れる者なんて、早々存在しない――。

 

「ギルティブレイク」

 

 剣戟と剣戟の、隙間。

 それこそコンマ数秒単位で空いた、マリアと【百合】両名の攻撃が止んだ瞬間。

 

 レギアスが、【百合】の首を跳ね飛ばした。

 

「――っ!?」

「おお!?」

 

 何が起こったのか、分からなかったのだろう。

 驚愕の表情を浮かべながら、【百合】の頭は宙を舞っていた。

 

 そしてレギアスと同じく隙を窺っていたらしいヒューイもまた、驚いたように声を挙げる。

 

「さ、流石だなレギアス! たったの一撃で……」

「ヒューイ、油断するな。これしきで終わる相手では……」

 

 レギアスの注意が終わる前に。

 【百合】の頭蓋は元に戻っていた。

 

 超再生能力――。

 

「首を刎ねても死なないのか!?」

「ダークファルスなら当然のことですよ……尤も、あれの再生速度は常識外ですがね」

「……なら、私が木っ端微塵にしてやろう!」

 

 言って、クラリスクレイスが創世器であるロッド――『灰錫クラリッサⅡ』を【百合】向けて構えた。

 

 瞬間、レギアスとマリアは【百合】から大きく距離を取る。

 爆破に巻き込まれては、適わない。

 

「ラ・フォイエ!」

 

 フォトンが収束し、爆発する。

 

 ラ・フォイエ。

 使用者の定めた座標から爆発を起こす、炎属性のテクニックだ。

 

 その性質から非常に命中率、利便性が高く、炎属性テクニックを愛用しているフォースのメインウェポンと言っても過言ではない基本テクニックだが……クラリスクレイスが使えばその威力は推して知るべし。

 

 如何に【百合】が常識外の防御力を持っていると言っても、無事では済まない火力だ。

 

 シズクの放ったサテライトカノンよりも膨大な熱量にその身を焼かれながら、【百合】はその赤い瞳を動かす。

 

 視線の先には――シズクとヒキトゥーテ。

 

「がぁあ゛あ゛ぁああああああああ!」

 

 爆炎が揺らめき、中から【百合】が飛び出した。

 

 そして再びシズクたちの元へと、突貫。

 

 依然としてその目は、狂気に満ちている。

 

「おいおい、俺たちは眼中に無いってか?」

「!」

 

 そんな【百合】の行く手を阻むように、暑苦しさが具現化したかのような男――ヒューイが立ち塞がった。

 

「邪魔邪魔邪魔邪魔! どいてよどいて! どきなさいったらぁ!」

「いいやどかん! お前の相手は、俺たち六芒均衡だ!」

「意味分かんないこと言わないでよぉおおおおお! あたしは、あたしはあたしはあたしはあたしは……!」

 

 叫びながら、ヒューイを避けるように跳躍する【百合】。

 

「信じてたのに! 信じてたのにぃいいいいいいいい!」

「意味分からないことを言っているのは、貴方でしょうに!」

 

 跳躍した【百合】の、そのまたさらに上。

 

 上空に投擲された渦巻くタリス(・・・・・・)から、真下の【百合】を地面に叩きつけるような風の弾丸が射出された。

 

 カスラによる、イル・ザンだ。

 

「がっ……!?」

 

 真上という死角からの攻撃を避けられるわけもなく、直撃。

 あえなく【百合】はカスラの目論見通り地面に叩きつけられた。

 

「この……!」

「おぉおおおおおお! 行くぞ! 『破拳ワルフラーン』!」

 

 そして。

 落ちてきたところには、当然ヒューイが待ち構えている。

 

 創世器・破拳ワルフラーン。

 燃え滾る炎を纏うナックルを裏手に構え、足を一歩、踏み出す。

 

「バックハンド……スマッシュ!」

 

 全フォトンを一点に集中した、ナックル最強の威力を誇るフォトンアーツ。

 

 モーション自体は、ただのリーチが短い裏拳。

 さりとてその威力は、言うに及ばず。

 

 【百合】の体に、大穴が空いた。

 というか、四肢と頭以外の全ての部位が消失したといってもいいだろう。

 

 だけど、駄目だ。

 この程度のダメージでは、このダークファルスは倒せない。

 

「これで、終わりだ」

「いい加減……沈みな!」

 

 瞬間。百を越える剣閃が残った【百合】の部位を粉微塵に切り裂いた。

 

 レギアスとマリア。

 二人がかりの、とどめの一撃。

 

 最早【百合】の肉片は、ひき肉と呼べるくらいぐちゃぐちゃのドロドロで、

 

 ダークファルス【百合】だったもの(・・・・・)と成り果てた。

 

「……なんだ、案外楽勝だったな」

 

 クラリスクレイスが、ぽつりとそんな言葉を漏らした。

 しかし、緊張を解いてしまったのはクラリスクレイスのみだ。

 

 残心――他の皆はまだ、この肉片がまた動き出さないか警戒している。

 

「……クラリスクレイス、念のため貴方のテクニックで残った肉片を焼き払ってください」

「えー? もうさすがにこんな状態からは動き出さないだろ?」

「いいから、念のためです」

「面倒くさいなぁ……カスラがやればいいだろ?」

「炎テクニックは貴方の得意分野でしょうが。いいからはや――」

 

 カスラがイラつきながらクラリスクレイスを急かした、その時だった。

 

 【百合】だったもの。

 つまりは肉片が、うぞり(・・・)と動き出したのだ。

 

 そして、逆再生のビデオテープのようにその形を為していく――!

 

「――早くっ! 急げクラリスクレイス!」

「っ……! うっそだろ貴様! この……イル・フォイエ!」

 

 間一髪。と言っても差し支えないだろう。

 赤色の魔方陣が展開され、巨大な隕石が【百合】目掛けて降り注いだ。

 

 爆炎と粉塵。そして衝撃波が、辺り一面に伝播する。

 炎属性テクニック最強の火力を持つ、イル・フォイエ。

 

 馬鹿げたフォトン量を持つクラリスクレイスがそんなものを使えば、それは最早マップ兵器みたいなものである。

 

 急な発動だったため、チャージが不十分だったが、それでも……。

 

 巨大なクレーターが出来て、【百合】の肉片を消し去る程度の威力はあったようだ。

 

「…………すげぇ」

 

 シズクの横でヒキトゥーテがぽつりと呟いた。

 

 さもありなん。

 あんな戦闘を見せられてしまえば、一介のアークスにはそんな小学生並みの感想しか出てこないだろう。

 

 というかシズクだって、大体同じ感想だ。

 

 六芒均衡。

 アークス最高戦力の名は、伊達ではない。

 

「さて、と。流石に倒せたかな?」

 

 未だ警戒を解かぬまま、六芒均衡全員でクレーターを覗き込む。

 

 ……しかし、粉塵が邪魔でよく見えなかった。

 仕方なく、カスラは端末を開いて中の様子をスキャンし始める。

 

「……………………」

「どうだ? カスラ」

「……ええ、非常に残念ながら……

 

 

 ――戦闘続行のようです」

 

 流石に苦い顔をしながら、カスラは言った。

 

 胴体を真っ二つに引き裂いても、

 頭蓋を矢で射抜いても、

 身体中に大きな風穴を無数に空けても、

 首と胴体を切り裂いても、

 

 全身を木っ端微塵に焼き砕いても。

 

 彼女を倒すことは――叶わない。

 

(………………)

 

 この時。

 曲者揃いの六芒均衡も、生まれながらの全知であるシズクも、一般アークスであるヒキトゥーテもモニターの向こうで観察しているオペレーターたちも。

 

 全員の心が、一つになった。

 

 というよりも、考えていることが、一致した。

 

【百合(こいつ)】)

(どうやったら倒せるんだ……っ!?)

 

 粉塵が晴れて、傷一つ無いダークファルス【百合】が姿を表した。

 

 相変わらず、瞳に狂気を宿して。

 

 信じてたのに、信じてたのにと呟きながら。




作者(【百合】ってどうやったら倒せるんだろう……?)

というのは冗談で、ちゃんと考えてあります。

次回で採掘基地防衛戦・侵入編最終回です。


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アークスの敗北

第2採掘基地、墜つ。


 正直なところ、六芒均衡を甘く見ていた。

 

 五人全員揃って、ようやく本気モードのダークファルス【百合(リリィ)】と互角に戦えて、『世果』かクラリスクレイスの全力攻撃辺りで木っ端微塵に消滅させることが唯一の勝利方法だと、シズクは考えていたのだが……。

 

 そのどちらも使わずに、六芒均衡は【百合】を木っ端微塵に消滅させてみせた。

 

 【百合】が怒りで我を忘れていたとはいえ、結果的に無傷で。

 

(でも……)

(あそこまでやっても、回復するなんて……)

 

 一体全体、何をすれば彼女は倒せるのか、分からなくなった。

 

 不死身と言っても、限界はある筈。

 無敵と言っても、限度はある筈。

 

 しかしそれすらも、希望的観測に過ぎなくて――。

 

「し、シズク……」

 

 シズクの頭上から、つまりは未だにシズクに抱きつかれたままのヒキトゥーテが、冷や汗をかきながらシズクに話しかけてきた。

 

「な、何……?」

「いや……こんな絶望的な状況でこんなこと言うのもなんだけど、いつまでくっついているつもりだ?」

「うば」

 

 そういえばそうだった。

 【百合】を怒らせるという目的を達成した以上、もう抱きついている必要は無い。

 

 いや、でもこうしている姿を【百合】に見せ付けることで怒りを継続させられているかもしれないし……。

 

「……ん?」

 

 ふと、気付く。

 ヒキトゥーテの視線が、【百合】や六芒均衡でもシズクの方でもなく、ある一点に注がれていることに。

 

 一体何が……と視線をそちらに向けた瞬間、シズクはそっとヒキトゥーテから離れた。

 

 視線の先。

 そこには、気絶から醒めていたリィンが居た。

 

 リィンが、ハイライトの消えた瞳を大きく見開いて、シズクたちを見ていた。

 

「…………」

「…………」

 

 どうやらリィンは気絶から醒めたものの、体は動かないようだ。

 今すぐにでもトリメイトを持ってリィンの元へ駆け寄り、弁明をしながら彼女の回復に努めるべきなのだろうが……。

 

 最悪なことに、リィンが居る位置は今シズクとヒキトゥーテが居る位置と比べて圧倒的に【百合】が居るクレーターから近い。

 つまりリィンに近づくということは【百合】に近づくということで、【百合】から狙われている現状を考えると、とてもじゃないがリィンの元へ向かうことは不可能だ。

 

 ……いや、落ち着け。

 とりあえず良からぬ誤解が生まれないように通話で今の抱擁は作戦上必要だったことで、決して他意はなかったことを――。

 

「■゛■゛■■■■――!」

 

 またも言葉にならない咆哮をあげ、【百合】はクレーターから飛び出した。

 

 もう一度シズクたちの方へ突貫してくるかと思いきや、そのまま六芒均衡たち目掛けて剣を掃射し、追撃。

 どうやら六芒均衡の五人を先に片付ける方向へとシフトしたようだ。

 

 賢明な判断だろう。

 いくら【百合】が強力なダークファルスでも、六芒に邪魔されてはシズクたちを倒すことは叶わない。

 

 レギアスの剣を。

 マリアの槍を。

 カスラの風を。

 クラリスクレイスの炎を。

 ヒューイの拳を。

 

 【百合】は数多の剣で捌きながら、六芒均衡へ攻勢を仕掛ける。

 

 六芒均衡たちは、一転して防戦一方だ。

 【百合】がvs六芒均衡に本腰を入れ始めたから、ではなく、不死の相手に積極的な攻撃をする意味が無いから、である。

 

「……こ、このままじゃ、いくら六芒均衡だからってジリ貧なんじゃないか? も、もう撤退した方が……」

「うばー……まああたしが指揮執ってる立場なら撤退を進言してるけど……そうしないってことは……」

 

 もしかしてアレ(・・)をやる気? っと。

 

 シズクは心配そうに眉を顰めた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……『封印』するしか、ないでしょうね」

 

 戦闘の最中、カスラはぽつりと呟いた。

 

 封印。

 それはかつて初代クラリスクレイスが【巨躯(エルダー)】相手に使った、最終手段。

 

 創世器の力を扱える者が、その身を犠牲にして(・・・・・・・・・)ダークファルスを封印するという奥の手である。

 

「……だろうな」

 

 呟きに同意するように、レギアスは頷いた。

 

 【百合】が何処まで(・・・・)不死なのか分からない以上、封印が最善手であることは誰の目にも明らかだ。

 

 ならば問題は、『誰が』封印するかだろう。

 

「『花蝶』」

 

 【百合】が、そう技名を呟いた瞬間。

 蝶を模した形の剣が、無数に舞い散った。

 

 剣は、蝶のように不規則な動きをしながら、六芒均衡たちに襲い掛かる……!

 

「フォイエ!」

「ギ・ザン」

 

 炎と風が、蝶を撃ち落していく。

 一般のアークスには脅威である【百合】の剣操作能力も、六芒均衡相手には早々有効打にはなり得ない。

 

「く、この……鬱陶しい!」

 

 ……それでも、全く効果が無いわけではない。

 

 特にまだ戦闘経験自体は未熟なクラリスクレイスは、一人苦戦しているようだった。

 ダメージも、僅かながら受けている。

 

「クラリスクレイス! 辛いようなら下がってても構わんぞう!?」

「な、何おう!? このくらい全然平気だもんねー!」

「ならばよし!」

 

 ヒューイの激励を受けて、クラリスクレイスは瞳に力を取り戻す。

 飛来してきた蝶剣の群れを炎で焼き払って、杖先を【百合】に向けた。

 

 その時だった。

 

 

 

「――何遊んでるのかしら、【百合】」

 

 上空から、女の声。

 

 反射的にクラリスクレイスは杖を上空に向け、他の面々も釣られるように上を見上げた。

 

「あ」

 

 【百合】もまた空を見上げ――そして目を見開く。

 

 鮮やかな金色の髪、妖艶な雰囲気を醸し出す黒色の衣装。

 

 最愛の相手、ダークファルス【若人(アプレンティス)】がそこに居た――!

 

「あ、アプちゃん……」

「気になって様子を身に来てみれば……アンタの仕事は塔を壊すことで、アークスと遊ぶことじゃあないのよ?」

「う、うばー……ごめんよアプちゃん、つい……」

 

「…………」

 

 ダークファルスが、二人揃った。

 

 それがどういう(・・・・)ことなのか。

 

 今この時、正しく理解している人物はこの場に一人。

 

 全知たるシズク――ではない。

 六芒均衡の頭脳係であるカスラ――でもない。

 

(あ――)

(やばい、終わった)

 

 勝ち目が無くなった、と。

 

 崩れた塔の瓦礫に埋もれている、リィン・アークライトはそう静かに悟った。

 

 もう、封印することだって叶わない。

 【百合】と【若人】が揃ってしまったということは、そういうことだと。

 

「……まあいいわ、帰るわよ、【百合】」

「うば? あれ、もう?」

「ええ、もうこの採掘基地場の塔は九割方破壊し終えたわ」

「な!?」

 

 驚きの声をあげたのは、カスラだ。

 

 勿論声に出さないだけで、六芒均衡も、シズクたちも皆驚いている。

 

 塔が九割破壊されたということは、つまりこの採掘基地場の機能停止を意味する。

 【若人】の本体は複数の採掘基地場で重ねて封印しているため、それで【若人】復活とは相成らないが――それでも間違いなく、今回の採掘基地防衛戦は、

 

 アークスの敗北と言って差し支えないだろう。

 

「一旦退いて、別の採掘基地を襲う準備をするわよ」

「あいあいさー!」

「逃がさん!」

 

 クラリスクレイスが、【若人】に向けたロッドに集めていたフォトンを火炎に変えていく。

 

「フォイエぇ!」

 

 極太の火炎が、【若人】目掛けて放たれる。

 

 それは駄目だ。

 それは、悪手だった。

 

 【百合】の目の前で、【若人】に攻撃を加えることは――男女のイチャイチャを彼女に見せ付けることよりもやってはいけないことだ――!

 

「『花弁の盾』」

 

 【若人】への火炎は、盾形に変形した茜色の剣に阻まれ霧散した。

 

 あっさりと自分の火炎が防がれ驚くクラリスクレイスを、【百合】はギロリ、と睨みつける。

 

「アプちゃんの……玉の肌に……」

 

 一瞬で。

 クラリスクレイスの目の前に、【百合】が居た。

 

 静かに茜色の剣を振りかぶり、その首を刎ねんと横一閃にその腕を振るう――!

 

「火傷のひとつでも付いたらどう責任取るつもりだぁああああああああ――!」

「クラリスクレイスぅううううううう!」

 

 剣閃を遮るように、ヒューイが叫びながら二人の間に割り込んだ。

 

 燃え盛る炎のような拳と茜色の剣がぶつかり合う。

 そして数瞬後、ヒューイとクラリスクレイスがまとめてぶっ飛ばされた(・・・・・・・)

 

「ぬぅ……?!」

「うわぁ!?」

 

 数km先の岩盤へ、二人は激突したようだ。

 流石にこれだけで死亡とはならないだろうが、復帰まで多少の時間は必要だろう。

 

「……!? さっきまでと全然動きが違う……!?」

 

 カスラが驚愕しながらも、タリスを投げる。

 ひとまずサ・ザンで足止めをしようとフォトンをチャージ。

 

「邪魔」

 

 ――チャージを始めた瞬間、投げたタリスが【百合】によって握り潰された。

 

 そんなことできるのか、と驚愕する間も無く茜色の剣がカスラの眼前に迫る――。

 

「っ――!?」

 

 射出された剣を、間一髪で避ける。

 明らかに向上している、【百合】の動き。

 

 その理由を理解しているのは、今はこの場にただ一人。

 

 リィンだけ。

 

(やっぱり……【百合】は私に似ている)

(誰かが、守るべき誰かが後ろに居ることで強くなれるタイプ――!)

 

 そう。

 【百合】はリィンやメイ・コートと同じ。

 

 守るべき大事なヒトが後ろに居ることによって、初めて本気を出せるのだ。

 

 世にも珍しき、愛で戦うダークファルス。

 それがダークファルス【百合】という女である。

 

「ごふっ……」

 

 カスラの腹に、茜色の剣が突き立てられた。

 

 顔面目掛けた攻撃を目晦ましに、もう一本剣を射出していたようである。

 

 がくり、とカスラが膝をつく。

 法撃職故に耐久が低めなので、腹を貫かればそれだけで致命傷になってしまうのだ。

 

「貴様っ!」

「だぁああああ!」

 

 レギアスとマリアの、連携攻撃。

 カスラを攻撃した【百合】の後隙を狙った、背後からの攻撃である。

 

 剣と槍の同時攻撃に、堪らず【百合】の上半身が吹き飛んだ。

 

 そして即回復。

 攻撃後の後隙を穿つように、【百合】の攻撃がレギアスとマリアを襲う――!

 

「くっ!」

「このっ、ふざけんなぁ!」

 

 【百合】の振るった剣を、二人は間一髪武器で受け止める。

 

 が、愛の力で強化されている【百合】の攻撃を完全に止めるには至らず、さっきのヒューイとクラリスクレイスみたく膂力で遥か彼方まで吹き飛ばされた。

 

「ろ……」

「六芒均衡が、全滅……」

 

 いや、正確には戦闘不能にすらなっていないだろうが。

 

 それでもこれ以上続けても六芒均衡側に勝ち目は無いだろうし、撤退を邪魔できなかった時点で六芒均衡の敗北と言っても差し支えないだろう。

 

「……相変わらず馬鹿げた力ね」

「えへへー」

「まあいいわ、さっさと帰って次の襲撃の準備するわよ」

「あ、待って待って、まだ殺さないといけないやつが居てさ」

 

 そして。

 

 そう言って。

 

 ダークファルス【百合】はくるりとヒキトゥーテの方に向き直った。

 

「ふぅん? 早くしなさいよ、あまり待たせないで」

「うっばばーい」

 

 ちょっとコンビニに寄って行くよ、みたいな気軽さで、【百合】は剣をヒキトゥーテに向けて構え直す。

 

「今度はもう、さっさと殺してさっさと済ますよ」

「っ……!」

「…………」

 

 絶体絶命の、大ピンチ。

 

 六芒均衡がこのザマで、残存戦力は皆無。

 加えて逃亡を封じるために怒らせてしまっているため見逃してくれる可能性も無い。

 

 生き残りの可能性が、あるとしたら――そう。

 

 偶然通りかかった、対【百合】最後の希望である『リン』さんが何とかしてくれるとかそんな感じ……。

 

 

 

 

 

 

 

「ラ・フォイエ」

 

 爆炎が、【百合】を突如包み込んだ。

 

 クラリスクレイスの炎――ではない。

 そして勿論、ヒキトゥーテのものでもない。

 

 六芒均衡たるクラリスクレイスと、同等かそれ以上のラ・フォイエ。

 

 そんなものを撃てるアークスは、おそらくこの世にたった一人のみ。

 

「――待たせたわね」

 

 漆黒のツインテールに、赤い瞳。

 黒いコートとサイコウォンドの淡い光がよく映える。

 

 キリン・アークダーティ。

 通称『リン』が、杖を構えて立っていた。

 

「……アンタは」

「り、『リン』さん! どうして此処に……」

 

 勿論。

 ご都合主義の如く偶然通りかかった――わけではない。

 

 先ほど【若人】が言ったとおり、この採掘基地場は九割が破損し、ダーカーの巣窟と成り果ててしまった。

 

 アークスは敗北したのだ。

 そうして、クエストは終了したことにより『リン』はフリーとなった。

 

 それならば彼女がとる行動は一つである。

 

 すなわち、まだ戦い続けている場所への援軍。

 そしてずばりそれは此処。

 

 ダークファルス【百合】との戦い。

 

「私が来たからには、もう好き勝手させないぞ、ダークファルス」

「残念だったわね、もう好き勝手し終えた後よ……それに」

 

 その程度の実力で【百合】を倒せると思うの? っと。

 

 【若人】は余裕たっぷりの微笑みのまま、ちらりと【百合】の方へ視線を移した。

 

 そこにはラ・フォイエで受けた傷なんて既に全治したダークファルス【百合】の姿が――無い。

 

 いや、【百合】が居なくなったわけではない。

 【百合】は居る。爆炎を受けた位置から寸分違わずそこに居る。

 

 ただし、傷が治っては居なかった――!

 

「……は?」

 

 【百合】は、動かない。

 倒れ伏したまま、電池の切れた玩具のように動かない。

 

「り、【百合】? 何をしているのよ、起きなさい」

「…………う、ばぁ……」

 

 【若人】が声をかけると、僅かに反応を返した。

 

 力を振り絞り、立ち上がろうとする。

 心なしか傷も癒えてきたようだけど、遅い。

 

 回復速度が目に見えて遅くなっている。

 

「ちょっと……!? どうしたっていうのよ【百合】!」

「イル・フォイエ!」

 

 次は【若人】の番だ、と『リン』はテクニックのチャージを終えた。

 

 半径一メートルほどの、巨大隕石が降り注ぐ。

 突然の事態に動揺してしまった【若人】には回避が不可能であることは、誰の目にも明らかだった。

 

 本体が無くて絶賛弱体化中の【若人】に直撃すれば、ただでは済まない威力の炎テクニック。

 

 それを知ってか知らずか――いや、知ってても知らなくても彼女には関係ないのだろう。

 

 【百合】が【若人】の手を引き、地面に押し倒して自身は覆いかぶさるようにして彼女の盾になった――!

 

「!」

 

 先ほどのチャージが不十分だったクラリスクレイスのイル・フォイエとは比べ物にならないほどの爆熱と粉塵が舞いあがる。

 

 クレーターは、確実に出来ただろう。

 あまりに躊躇い無く【若人】を庇う【百合】の姿に驚嘆を隠せなかった『リン』は、数秒間を開けた後、ハッと気付いたかのようにクレーターへと駆け寄ってサイコウォンドをクレーターの底に向けた。

 

 フォトンを軽く操って、風を巻き起こす。

 粉塵を風で飛ばして、クレーターの底を注視したが――そこには誰も居なかった。

 

 周囲に、ダークファルスの反応も無い。

 

 『リン』が呆けていた数秒で逃げたのだろう。

 

「…………逃がしたか」

 

 そっと、『リン』は構えていた杖を背に戻す。

 【百合】の愛に怯んで、逃がしてしまったことを悔いながら。

 

 …………。

 ……………………。

 

 何はともあれ。

 こうして、採掘基地防衛戦・侵入は終了を迎えた。

 

 失ったものは数多だったが。

 致命的な損害は出なくて。

 

 得たものは数少なかったが。

 貴重な情報は手に入った。

 

 これを勝利と呼ぶか敗北と呼ぶかは人それぞれだろうが、兎も角。

 

「うっばー……」

 

 今回ばかりは死んだと思ったー、っと。

 

 シズクは安心するように、その場にへたり込んだのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「……今なら簡単にアンタを殺せそうね」

 

 採掘基地場跡地にある、とあるオアシスの近く。

 

 ダークファルス【若人】は、黒こげになった【百合】をお姫様抱っこしながらそう呟いた。

 

 【百合】の容態は、最悪だ。

 辛うじて息はしているようだが、最早虫の息。

 

 不死身の筈なのに、今にも死んでしまいそうだ。

 ……【黒百合】モードも、解けてしまっている。

 

「……ふん、あのツインテールのアークスの力か……? ダーカー因子が弱まっている……?」

 

 そっと寝かせるように、【若人】は自身の腕の中で息絶え絶えにしている白いダークファルスを地面に降ろした。

 

 そして、膝枕をするように自身も傍へ座り込む。

 別にしたくてしているわけではない。枕に丁度いい物体が近くに無かったからだ、とかなんとか誰かにというわけでもなく言い訳しながら。

 

「アンタはまだ利用価値があるんだから、こんなところで見殺しにしはしないわよ」

 

 あくまで、まだ利用価値があるからだ。

 決して情に流されたとかそういうのではない。

 

 そう自分に言い聞かし、【若人】は【百合】の僅かに開いた口の中に自分の指を突っ込んだ。

 

 暖かくて、ぬるっとしている。

 気持ち悪い感触の筈なのに、何故か気持ち悪いとは思わなかった。

 

「アタシの力を少しだけ分けてあげるわ。間違っても全部食い尽くすんじゃないわよ」

 

 ……言うまでも、無いことだが。

 

 それは非常に危険な行為である。

 ダークファルスが、ダークファルスに喰われた場合不死性とかそんなものは関係なくなる。

 

 ダーカー因子を相手に全て取り込まれてしまえば、それは死と同義だ。

 

 ならばこそ、これは有り得ない行動である。

 余程相手を信頼していない限り、『少しだけ食わせてあげる』なんてことはできない。

 

 つまりどういうことかというと。

 アプちゃんがついにデレた。

 

「…………」

「何にやけてんのよ」

 

 意識はあるのか、【若人】の指を咥えながら【百合】はゆっくりと口を動かす。

 

 たどたどしくも、小さいながらも、はっきりとした声で。

 

「……まぅすとぅーまうすがいいなー」

「…………」

 

 【若人】は無言で指を彼女の口から外して、そのまま手の形をチョップにして【百合】の額を軽く叩いた。

 

 性急だったか、と後悔した様子を見せる【百合】にため息を吐いてから、

 

 【若人】は「今回だけよ」と小さく呟いた。

 

「? いまなん――――」

 

 結局のところ。

 

 弱体化中の【若人】が少し力を分け与えたところで【百合】の容態は完全回復とはいかなかった。

 

 だがしかし、急場は脱したと言ってもいいだろう。

 回復までまだそれなりに時間を要するとはいえ、ダークファルス【百合】の脅威は――まだ、終わってはいない。




アプちゃんデレすぎやないかと思わなくも無いけどエピソード2ももう終盤だしこんなもんでしょう。
着実にダークファルスルートを歩んでいるユクリータですがどうなることやら……。


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両想い

モンハンワールドベータ面白いのおおおおお。

モンハンの二次創作も書きたいなぁ。


 採掘基地防衛戦から、三日が経ちました。

 

 すぐにでも次の採掘基地へと攻めてくると思われた【若人(アプレンティス)】と【百合(リリィ)】の襲撃は今のところありません。

 彼女らが拠点としているであろう惑星リリーパに痕跡が残っているため、採掘基地襲来を諦めたわけではないでしょうが、【百合】の六芒均衡及び『リン』から付けられた傷が深かったため回復を計っていることが予測されます。

 

 特に、アンガ・ファンタージはダークファルスの餌となり、彼奴らの力を大きく回復させてしまいます。

 

 適正レベルに達しているアークスは、壊世区域へと向かってアンガ・ファンタージの殲滅を最優先事項としてください。

 

「…………ていう通達が届いてたけどさぁ、ボクらには関係ないよなぁ」

「……早く関係あるようなアークスにならないといけないわね」

 

 ハルのマイルーム。

 彼女の少年らしき姿とは正反対のファンシーな内装の中。

 

 ハルとイズミは、お互いベッドに腰掛けながら、背を向け別作業をしつつ語り合う。

 

「あ、でも先輩方には関係あるかもね。戦闘ログ見た感じ、ダークファルス【百合】と二人がかりとはいえ渡り合ってたみたいじゃん」

 

 三日前の採掘基地防衛戦の戦闘ログを見ながら、ハルは言う。

 

「あの二人は……二人だから強いんでしょう。個々の力はたかが知れている以上、今のアークスのシステムじゃ評価され辛いでしょうし無理じゃない?」

「そう? 二人とも強くない?」

「私たちに比べればそりゃ強いわよ。でもベリーハードって基準で考えれば弱い方でしょ」

「いやでも【百合】の剣掃射から塔を守りきるとか普通出来ないだろ」

「そりゃ出来ないけど……それはリィンさんが防御に特化してるからよ」

 

 普通、防御に特化とかしないもの、と。

 イズミは端末をカタカタと弄りながら、そう答える。

 

 これは過大評価でも過小評価でも無い。

 

 ただの純然たる事実である。

 

 次の難易度のクエストを受けるための許可証は、チームやパーティ単位ではなく個人個人の力量を見られて発行されるため、シズクとリィンの連携特化は非常に評価され辛い。

 

 そして剣の掃射から塔を守るという離れ業も、ベリーハード帯で同じことをできるやつは居なくとも、スーパーハード帯ならば防御に特化しなくともできるやつが何人か居る筈だ。

 

 少なくとも、ライトフロウ・アークライトならばあっさりとやってのけるだろう。

 

「それよりもさぁ、これおかしくないかしら」

「? 何が?」

 

 ログから目を離し、ハルはイズミの背中から覗き込むように彼女の端末に目をやった。

 

 必然的に二人の距離が縮まることになったが、大して気にした風でもなくイズミは自分が見ていたウィンドウを大きく広げて、見やすいように宙へ浮かべる。

 

「メディアの扱いよ。リィンさんばっかクローズアップされてて、シズクさんのことなんて名前すら出てこないわ」

 

 ウィンドウに映っていたのは、採掘基地防衛戦に関する報道記事。

 

 ダークファルス【百合】vs六芒均衡+『リン』と、その状況に持っていくまで時間稼ぎの奮闘をした一般アークスたちの活躍が英雄的な描写で描かれている記事だ。

 

 そしてそのアークスというのが、我らが【ARK×Drops】のリーダーであり最近話題のリィン・アークライトと、【銀楼の翼】所属のヒキトゥーテ・ヤク。

 

 シズクという名詞は、一度も出てこない。

 

「……何か変かなぁ? 戦闘ログを見た感じシズクさんはこれといって(・・・・・・・・・・・・)目立った活躍はしていなかったみたい(・・・・・・・・・・・・・・・・・)だし、有名人であるリィンさんや【銀楼の翼】のヒトがクローズアップされてるのはおかしくないでしょ」

「それはそうだけど……」

 

 そんなこと有り得るのか?

 と、イズミは考える。

 

 何かがおかしい。だってシズクさんとリィンさんは連携特化。

 

 二人だからこそ強い異質なアークスなのだ。

 

 それなのにこの記事では、如何にもリィン・アークライトとヒキトゥーテばかり活躍しているように書いてある。

 

(…………情報、改竄……? いやでも、そんなの一体誰が何のために……)

「気になるなら本人に訊いてみれば?」

「んー、そうねぇ……」

 

 ぽすり、とイズミの左肩にハルは顎を乗せた。

 

 そして右肩に右手を置いて、左手を伸ばしイズミの端末に触れる。

 

「んー……本当だね、何処にもシズクさんの名前が無い……」

「でしょう? ちょっと不自然なくらいよね」

 

 二人の距離が、非常に近い。

 だというのにイズミもハルもそれを気にした様子も無く、会話を続ける。

 

 普段の二人からは、想像もできない図だ。

 

 それゆえに。

 

 それゆえにシズクは、言葉に詰まった。

 ハルのマイルームに入った瞬間広がっていた光景に、何て声をかけたらいいか流石に分からなかった――!

 

「…………」

「ん? 今扉が開く音しなかった?」

「え?」

 

 くるり、と仲良く同時にマイルームの扉へ振り向くイズミとハル。

 

 その瞬間、固まった。

 扉の前に立っているシズクを見て、一瞬だけ固まった。

 

 そして。

 

「気安く、くっついてんじゃないわよぉおおおお!」

「ああん!? 別にくっつきたくてくっついたわけじゃないしー! 不可抗力だしー!」

 

 まるで今まさに二人がくっつきすぎていることに気が付きましたと言い訳するように突然、イズミとハルは互いに距離を取った。

 

「あっ、シズクさんこんにちはでっす! 突然何の用っすか!?」

「あ、あらシズクさん来てたのね、全然気付かなかったわおほほほ」

「うばー……ホント、貴方たちの関係性が良く分かんないや……」

 

 周囲に誰もいない、完全に二人きりだと結構仲良くやってたりするのかな。

 

 そんなことを考えながら、シズクは苦笑いしてハルのマイルームに足を踏み入れていく。

 

 初めて来たわけではないが、やはりファンシーな部屋だ。

 そこかしこにぬいぐるみが置いてあって、配色も全体的にピンク色。

 

「いやね、お昼ご飯一緒に食べようかなって誘いに来たの」

「昼飯ですか……」

「奢るよ」

「「行きます」」

 

 即答だった。

 新人からベテランまで全てのアークスは某ドゥドゥのせいで基本的に懐事情が寂しいのだ。

 

「でも、なんでわざわざ直接来たんですか? 通信してくれればそれでよかったのに」

「うばば、偶然近くを通りかかったからねー」

「ふぅん……あ、ところで」

 

 マイルームを出て、廊下を歩く。

 廊下の端にあるショップエリア行きのテレパイプの乗る直前に、ハルは思い出したかのようにシズクへ疑問を投げかけた。

 

「リィンさんは? 一緒じゃないんですか?」

「…………」

 

 シズクは、笑顔で固まった。

 どうやら地雷だったらしい。

 

 そう。

 例の件――シズクがヒキトゥーテに、作戦上必要だったとはいえ抱きついたことに関して。

 

 まだ、二人の間で解決していないようである。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「『いや別にシズクが誰と抱きつこうが私には関係ないし、うん、だから謝らなくていいのよ? ほら、私は全然気にしてないし、え? 誤解? 誤解なんてしてないわよ。作戦上必要な行為だったんでしょう? それがどうかしたの? ん?』……って無表情のまま抑揚の無い声で言ってくるんだよ! 怖いよ!」

「それ滅茶苦茶気にしてるっすね……」

「ていうかそんなことがあったんですね……戦闘ログには特に記載無かったですが……」

 

 アークスシップ・ショップエリアの一角にある洒落乙なパスタ専門店。

 そこでシズクとイズミはカルボナーラ、ハルはミートソースを口にしながらガールズトークとしゃれ込んでいた。

 

「うばっ、ま、まあ直接戦闘には関係ないところだしね」

「ふぅん……男女で抱きつくことによって【百合】への挑発行為になるということが立証できたなら、アークス全体でそれを共有するべくログに残しておくべきだと思うんですけどねぇ」

「うっばっば、そんなことより! 今のままだと何となく気まずいからどうにかしたいんだけど何か良い方法ないかな!?」

 

 迂闊な相談だったかもしれない。

 

 もう流石にシズクは知っている。

 おそらくはカスラとシャオによるものだが、シズクという存在をルーサーから隠すために、情報改竄がされていることを。

 

 この二人から奴へと情報が漏れることはあるまいが、それでももう少し用心深くするべきかもしれなかった。

 

「うーん……」

 

 ハルが腕を組んで、思考するように天井を見上げる。

 リィンとの仲直り方法を考えているというより……何かを伝えるかどうか迷っている感じだ。

 

 そして、数秒だけそうしてから、意を決したようにシズクの目を見た。

 

「あの、シズクさん」

「うば?」

「その作戦を実行する前に、リィンさんと相談したりしました?」

「いや……してないけど……」

「…………」

 

 物凄いジト目で、ハルに睨まれた。

 そんな目で見なくても……とシズクがパスタをフォークでくるくると巻き取りながら何気なくイズミの顔色を窺うと、彼女も似たような表情でシズクのことを睨んでいた。

 

「ちょ、それはリィンさんが可哀想でしょう……」

「い、いやだって作戦立てるのはあたしの仕事だし……」

「逆の立場になって考えても見てください。必要なことだったとしても、リィンさんが誰か男のヒトと抱き合ってたらどう思います?」

「…………」

 

 『おい男、そこ代われ』って思うだろう。

 

(でも)

(それと同じことをリィンが思うとは限らないわけだから、そんな思考無駄でしか……)

 

 何せシズクはリィンに恋心を抱いているわけだけど、リィンがシズクのことをどう思っているかなんて全知ですら分からない。

 

 全知なのに分からないとは、これ如何に。

 

「えぇ……」

「はぁ……」

 

 と、いうことを恋心とか全知とかそういった要素を上手く隠しつつ伝えたら、ため息を吐かれた。

 

 何なんだ一体。

 もしかしたら『普通の』女子ならすぐ分かるようなことを見逃していたというのか……?

 

「あのですねシズクさん……いや、その前に一個確認なんですけど、シズクさんってリィンさんのこと好きですよね? 恋的な意味で」

「うばっ!?」

 

 かぁっとシズクの頬が赤くなる。

 動揺でくるくると巻き取っていたパスタが解けてしまい、ソースが少しテーブルを汚した。

 

「ななななんっ! 何で!?」

「隠していたつもりなんすか……?」

「呆れるわね……」

「バレバレだったとか女子怖い!」

 

 女子じゃなくても分かりますよ、と声を揃えて言われた。

 

 そんなに分かりやすかったってことは他の誰かにもバレている可能性があるということだろうか。

 

 やだ、怖い。

 何それ怖い。

 

「え、じゃあ、もしかしてリィンにも……?」

「さぁ……リィンさんはリィンさんで鈍そうっすからね、案外気付いていないかも」

「ほっ……」

 

 それを聞いて、少し安心した。

 リィンにまで筒抜けだったとしたら、恥ずかしいどころの話じゃない。

 

「うばー……えっと、で、何の話だっけ」

「いや、何ていうかですね……リィンさんはシズクさんと男のヒトが抱き合っていたのに嫉妬していたわけでしょう?」

「しっと……ああ、嫉妬」

 

 嫉妬という言葉の意味を考えて、頷く。

 よく考えてみればリィンのあの態度は嫉妬というジャンルに分類されるのか。

 

「ふむふむ…………で?」

「うっそでしょ。ここまで言って分かんないの?」

 

 思わず敬語が抜けてしまったイズミであった。

 

 さもありなん。

 『感情』に対する察しの悪さは、普段の彼女からは信じられないレベルの鈍さだからだ。

 

「ええっと、リィンさんが誰かと抱きついたとして、その時シズクさんはリィンさんが好きだから嫌な気持ちになるっすよね?」

「え、うん」

「じゃあ、シズクさんがヒキなんたらさんと抱き合って、リィンさんが機嫌悪いのは何故だと思います?」

「え? ええっと――」

 

 ようやく。

 

 シズクは答えに至ったようである。

 

 感情に鈍すぎる彼女でも、ここまで言われれば流石に気付く。

 

 頬が、顔が真っ赤に染まっていく。

 頭に血が上って、思考力が奪われていく……!

 

「えっと、あの、その、うばっ」

 

 言葉が思うように紡げない。

 というよりも、なんて言ったらいいのか分からない。

 

 自分の中で渦巻く感情の名前。

 それすら分からない、いや、分かる、分かると思う。

 

 きっとこれは。

 きっとこれが。

 

 嬉しいという、感情なのだろうとシズクは静かに悟ったのだった。

 

 




もうEP3からコメディやるからEP2はシリアスで通すことにしました。


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涙を見せない理由

短めっ!


「泣くな、リィン」

 

 そこは、アークライトの家の地下に存在する道場。

 ライトフロウ・アークライトと、リィン・アークライトが幼き日から鍛錬をしていたアークライトの私有地。

 

 今は確か子供向けの戦闘塾に使われているんだっけか。

 

 じゃあ何で私はこんなところに居るんだろう、とリィンは辺りを見渡す。

 

 見慣れた板張りの床。白い壁。

 子供のような、小さい自分の手。

 青髭を蓄えた、自身と同じ髪色のおじさん――お父さん。

 

 父親が、竹刀片手に幼い自分を見下ろしていた。

 

「泣くなリィン。これくらいのことで、泣くんじゃない」

「…………」

「アークライトは、強くなくてはいけない。強者でなければならんのだ。涙を見せるなどという弱者の行いをしてはいけない」

 

 分かるか? と問いかけられる。

 それにリィンは、分かっていると答えた。

 

 もう気付いている。

 

 これは夢だ。

 懐かしい過去の記憶を、夢が再現しているだけに過ぎない。

 

 そうだ。

 この日から私は、泣かなくなったんだっけ。

 

「だから泣くな、リィン」

 

 壊れたラジオテープのように、父親は言葉を繰り返す。

 

「大丈夫だよ、お父さん。私はこれ以来泣いていないから」

 

 呟いて、立ち上がる。

 さて、夢とはいえ父親と正面から向かい合っているのは嫌だ。

 

 正直なところ、あまり家族は好きではない。

 姉は言わずもがなだが、両親にも良い思い出があるわけではないのだ。

 

 嫌いとまで言うつもりは無いが、少なくとも好きではない。

 

 そんな中途半端な好感度のヒトに言われた「泣くな」という言葉を今でも守っているのは何故? とシズクなら訊いてくるだろう。

 

 例えばそう問われた時に、リィンはこう言うだろう。

 

「私も概ね同意見だからね」

 

 強いヒトは、涙を見せない。

 家柄とかは割りとどうでもいいことだが、それ自体には同意見で、「強くなりたい」という大雑把だが夢を持っているリィンにとってそれは守るべき事柄なのだ。

 

 だから。

 

 『この言葉』が、父親からリィンに与えた最初で最後の『教育』だったということは、きっと関係が無い――。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 なんか変な夢見た気がする、とリィンはベッドの上で寝起き眼を隠そうともせずにぼーっとしながら思った。

 

 見覚えのある道場で聞き覚えのある言葉をかけられたところまでは普通の夢だったのだが、その後唐突に一大スペクタクルサスペンス恋愛ファンタジーとでも形容すべき意味不明の冒険譚が始まって、てんやわんやで収集がつかなくなった辺りで目が覚めたのだ。

 

 もう殆ど内容を忘れてしまったが、物凄い夢だった。

 

 こうして寝起きに呆然としてしまうくらいには。

 

「んん……」

 

 かすんだ視界で、時計を見る。

 時刻はお昼前。寝すぎたようである。

 

「………………今日は、休みだっけ?」

「いえ、今日は午前中からシズク様とレア掘りに行く予定でしたよ?」

「あーそうだそうだ、うっかりして………………は?」

 

 再び時計を見直す。

 デジタル表記されている時計は、間違いなくお昼ご飯を食べ始めるくらいの時間を指していた。

 

「ちょ、どうして起こしてくれなかったのよルイン!」

「失礼しました。ワタクシも起こそうとしたのですが、ねぼすけ(マスター)があまりにも気持ち良さそうに寝ていたので……寝顔の写真を撮ってシズク様に送ったところ『起こさなくていいよ!』という返信を頂いたので起こしませんでした」

「色々とおかしくない!?」

 

 リィンのサポートパートナー――ルインがにやにやと笑みを浮かべながら言う。

 

 相変わらず思い通りの行動を取ってくれないサポートパートナーだ。

 最近放置気味だったけど、こいつもやはり謎が多い……。

 

「はぁ……とりあえず今後、私がどんなに気持ち良さそうに寝てても起こす時間になったら起こしなさいね」

「ハーイ」

「……本当に分かってんのかしら……」

「そんなことより肉女(マスター)、お昼ご飯の準備ができているのでとっとと顔洗って来てください」

「マスターからの命令をそんなこと扱いしないでよ……」

 

 まあもう、このサポパがサポパらしくないことには慣れた。

 

 ルインとのやり取りですっかり目が覚めたので、よどみない足取りで洗面所に向かい、身だしなみを整える。

 

 そしてお昼ご飯として用意されたカレーライスを食べながら(相変わらず料理が美味しい。これだからこのサポパを解雇する気になれない)、日課である毎朝の――もう昼だが――メールチェックを行った。

 

 新着メールが、三件。

 内二通はアークス上層部からのお知らせだ。

 

 ダークファルス【百合】に関する通知と、クーナによる慰安ライブの開催決定通知。

 

 どちらも軽く目を通してから、最後の一通。

 その件名を見た瞬間、リィンの目の色が変った。

 

 メール画面を閉じて、カレーを一口。

 咀嚼しながら、もしかして見間違いかもしれないしとメールを再び開く。

 

 見間違いじゃあ、無かった。

 見間違いであって欲しかった。

 

 メールの差出人は、父親。

 内容は、そろそろ実家に顔出せという出頭命令。

 

「…………はぁ」

 

 そりゃまあ、アークスになってから一度も実家に帰っていないのだから、いつかこういう日が来るんじゃないかと予想していなかったわけではないが。

 

 それにしても面倒で憂鬱だなぁ、とリィンはカレーを飲みこむのであった。

 




MHWが面白しろすぎりゅうううううう! ということで投稿が遅れました。


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リィンの帰省

「そういえばリィンの両親ってどういうヒトなの?」

 

 それがいつの日のことだったかすっかり忘れてしまったが、シズクにそう訊かれたことがある。

 

 リィンの両親が、どういうヒトなのか。

 答えはたった一言だ。

 

「よく分からない」

 

 リィンの教育は、基本的に姉であるライトフロウ・アークライトに一任されていた。

 

 それが悪いことだと言うつもりはない。

 天才児だった姉はリィンが生まれた時には父親より強かったらしいし、(変態性に目を瞑れば)あらゆる方向で有能かつしっかり者だった彼女は下手すれば親が教育していた場合よりもリィンのことを強く育て上げることができていたと言えるだろう。

 

 でもそのせいで、親子間の交流が薄まっていたのも事実だ。

 

 そんな関係に、両親は何も言ってこなかった。

 その癖に『たまには実家に顔出せ』なんて言ってくるのは勝手なんじゃないかと思いつつ。

 

 リィンは目の前にある実家を陰鬱そうに見上げていた。

 

「…………」

 

 白く、四角く、高い。

 機能性だけをとことん追及したかのようなシンプルなデザインの一軒家。

 

 我が家には遊び心というものが欠如しすぎではないかと思ったけど、よく考えたらリィンのマイルームだってかなりシンプルで必要なものしか置いてないので多分その辺は遺伝なのだろう。

 

 こんな家だからこそ、リィンは我が家がかなりのお金持ちだということを知らなかったわけだ。

 

「はぁ……」

 

 十分くらいはそうして陰鬱そうに家を見上げていたリィンは、ようやく観念したのか一歩を踏み出した。

 

 タッチパネルに指を当て、指紋認証。

 ロックが一段階解除されたことを確認した後、網膜認証と声帯認証を経て扉を開ける。

 

「…………ただいま」

 

 自分の家に帰るのに、インターフォンは必要あるまい。

 小さくただいまと呟いて、決して華美とはいえない清潔感に溢れた玄関を歩く。

 

 アークスになる前に住んでいた頃と何一つ変らない、飾りっ気無くて面白みもない家だ。

 

 装飾品らしき装飾品は、『強さこそ全て』と書かれた紙が額縁に飾られているくらいか。

 

 使用人もおらず、飾りっ気も無い。

 これで家が金持ちだとか気付く方が無理だろう。

 

「あ……」

「ん」

 

 廊下の角を折れ曲がったところで、一人の女性が姿を現した。

 

 青紫色のセミロングと、赤縁フレームの眼鏡が特徴的な垂れ目の女性である。

 エプロン姿と手に持った空の鍋から推測するに、料理の準備でもしているのだろう。

 

 相変わらず、二児の母とは思えない程若々しいヒトだなぁ、とリィンは何処か他人事のような感覚で自身の母親にぺこりと軽く頭を下げた。

 

「ただいま戻りました、お母さん」

「お、おかえ、り……り、リィン……」

 

 そして相変わらずコミュニケーション能力に著しい障害があるヒトだ。

 こちらと目を合わせようともせず、もごもごと小声で話すその姿は娘として少し恥ずかしい。

 

 そう。

 目の前の女性――『パプリカ・アークライト』はリィンの母親なのである。

 

「ぉ、お父さんなら……その……書斎でま、待っていると思うから……」

「分かりました」

 

 もう一度ぺこりと頭を下げて、リィンは視線を母から切って廊下を再び歩き出す。

 

 しかし本当、娘相手にあのうじうじした感じは親としてどうかと思う。

 あの性格のせいで母親のことだってリィンは『よく分からない』と評価を下すことになるのだ。

 

 コミュニケーション能力に難がある人間は面倒くさいなぁ、とリィンはブーメラン発言をしながら二階にある父の書斎へと向かう。

 

「……失礼します」

 

 扉をノックして、スライド式の半自動扉を開ける。

 

 中に居たのは、機能性の高さを極限まで追求した結果高級品になってしまった、とでも表現すべきな形をした机を前に腰掛けた、一人の男性。

 

 リィンやライトフロウと同じ色の青い髪と、青い髭。

 鷹のように鋭い目つきと筋骨隆々な身体、そして何より2m近い高身長が特徴的な美丈夫。

 

 『ヨークヤード・アークライト』。

 それがリィンの父親の名である。

 

「ただいま戻りました……お父さん」

「リィンか……」

 

 父親は、見ていたウィンドウから視線を上げてその鋭い目をリィンに向ける。

 

「噂は、聞いているぞ。頑張っているみたいじゃないか」

「…………」

「このままスーパーハードを任されるような一流アークスを目指すといい……姉のようにな」

「……それを」

 

 姉のようにな、と言われた瞬間、露骨にリィンの眉間に皺が寄った。

 

 そういえば、この親は。

 あの姉の本性というものを知っているのだろうか。

 

「それを言うために、呼び寄せたのですか?」

「……? 何が言いたいのかは分からんが――親が一人暮らしをしている子にたまには会いたいと思うことがそんなに不思議なことか?」

「…………」

 

 何を企んでやがる。

 

 雑誌に載ったりだとか、戦技大会で二位になったとか、ダークファルスを一時的に押し留めたからとか。

 そういう分かりやすい結果を出したから、今更父親面しようとでもいうのか。

 

「まあいい――パプリカが張り切って晩御飯を用意している……積もる話はその時にしようじゃないか」

「………………はい」

 

 積もる話なんて、私には無いのだけれど。

 

(早く……)

(シズクの元へ帰りたい)

 

 父の書斎を出て、ため息を一つ。

 

 そうしてから、かつて使っていた実家の自室へと、足を運ぶのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「今日の任務を再確認するわ、よく聞いて」

 

 惑星ナベリウス・凍土エリア。

 その雪と氷に覆われた極寒のフィールドで、一人の凛とした女性を中心に四人のアークスたちが集まっていた。

 

 凛とした女性は――ライトフロウ・アークライト。

 リィンの姉であり、六芒均衡や『リン』という例外の化け物たちを除けば最強と称される(本人的には不名誉)アークスである。

 

 そして彼女の周りにいるアークスたちは、チーム【大日霊貴】。

 ライトフロウ・アークライトをリーダーとする、アークス内でも随一のチームである。

 

「クライアントオーダーは、『救難信号捜査』。昨日から凍土に行ったきり帰ってこない一般人」

「んん? それっておかしくないですか? 一般人が戦闘エリアへ行けるわけないじゃないっすか」

「……密航らしいわよ。アークスに金払って、連れてってもらったんですって。本場の雪で雪だるまを作ってみたかったとかなんとか」

「何それ違反な上にどちゃくそくだらない理由じゃん。そんなやつ助ける必要あるんすか?」

「あるわよ。今回のクライアントオーダーの発注主……つまりはアークスに『ただいなこうけん』をしているような感じがするとあるお偉いさんの息子だからね」

 

 茶色の長い髪が特徴的なニューマン女性が注釈するようにそう説明すると、

 ギザギザの歯が特徴的な少女は頭の後ろに両手を当てながら「なんだよそれやる気でねーなー」と悪態を吐いた。

 

「アーチェ、仕事なんだから文句を言わずにやりなさい」

「むー……」

「はは、まあアーチェの気持ちも分かるけどね」

 

 アーチェと呼ばれたギザっ歯少女をフォローするように、金髪碧眼の少年がぽんと彼女の頭を撫でた。

 

 端麗な容姿を持つ彼は物語に出てくる王子様のような雰囲気を持っていて、こんな美少年に頭を撫でられれば大抵の女子はコロっと行ってしまいそうだったがアーチェは大して動揺するような素振りは見せず、その手を振り払う。

 

「やめろよ兄ちゃん。兄妹だからって気安く乙女の髪を触んな!」

「おっと、ごめんごめん。……うりうり」

「やーめーろーよー!」

「相変わらず仲の良い兄妹ね……オペレーター、救難信号はどう?」

 

 イチャつく兄妹を温かい目で見ながら、ライトフロウは虚空へとそう話しかけた。

 

 勿論本当に虚空へ話しかけているわけではなく、通信機の向こう側に居る【大日霊貴】専属のオペレーターに話しかけているのだ。

 

『はい、救難信号はまだ途絶えていません。救助対象はまだ生きているようです』

「了解。じゃあルートの指示、及びサポートをお願いね」

『かしこまりました』

 

 よし、と一息吐く。

 正直気が進まない任務であることはライトフロウだって同じことだ。

 

 それでも『アークライト』として、【大日霊貴】として、こういう依頼を断れない立場にいる。

 

 『強さ』を売り物にしてスポンサーを得ることで躍進したアークライト家の悲しき宿命というやつだろう。

 『お偉いさん』の我侭な依頼ですら、文句一つ言わずにこなさなければいけないのだ。

 

(まあ――別に慣れたけれど)

 

 ギザっ歯少女と金髪王子の兄妹がイチャイチャしているのを羨ましそうに眺めながら、ライトフロウは「行くわよ」と号令をかけた。

 

 こんな仕事さっさと終わらせて、終わらせて――終わらせても次の仕事があるだけか。

 

「……リィンに、会いたいなぁ」

 

 誰にも聞こえないようにそう呟いて。

 

 ライトフロウ・アークライトは、チームメンバーを引き連れ凍土を歩みだしたのだった。




見直し中に『アークス』が『ハンター』になってる箇所見つけて笑ってしまった。


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リィンvs父親

「…………」

 

 アークスとして家を出る前に使っていた自室は、思いの外綺麗で出て行く前の姿かたちを殆どそのまま保っていた。

 

 勉強机、ベッド、照明、箪笥やクローゼット。

 ぬいぐるみの一つも無いシンプルな部屋だ。独身の中年男でもここまでシンプルな内装にはしないであろうという簡潔っぷりである。

 

 てっきり物置か何かにされているんじゃないかという気持ちはあったのだが、事の外綺麗なままで――出て行った時のままでびっくりした。

 

 そこで思い出したが、あのコミュニケーション能力に著しい問題があるお母さんは家事が大好きで堪らないという人間だったのだ。

 掃除家事洗濯料理。

 そういったものを全部自分ひとりでやりたいがために使用人を雇っていないという話を小さい頃姉に聞いた覚えがある。

 

 ……だけどリィンにはその性質が受け継がれていなかった辺り、多分家事に関しては父親譲りだということなのだろう。

 

 家事とかしなさそうだし、あの男。

 

「……暇ね」

 

 何かをする気にもなれず(というかこのシンプルすぎる部屋で一人何をすればいいというのか)、ベッドで寝転がり天井を見上げていたリィンだったが、やがて限界を迎えたのかそう呟いた。

 

 ご飯の時間まで……あと一時間ほどか。

 トレーニングルームにでも行って汗を流そうか。

 

 一瞬母親の料理を手伝うという女の子らしい考えが浮かんだものの、却下。

 

 まだ料理の苦手は克服していないし、あの母親とキッチンという一つの空間で二人きりになった場合何を話せばいいのか分からないしお母さんだって同じことを思うだろう。

 

(シズクだったら、あんなお母さん相手でも和気藹々と話したりできるのかな?)

(あの子も結構、家事好きだし……)

 

 そんなことを考えながら、部屋を出てトレーニングルームへと向かう。

 

 アークライト家のシンプルだが広い家には、いくつものトレーニング用施設があるのだ。

 その中の一つ、他に貸し出しを行ったりしていない家族専用のルームに入っていく。

 

 アークスが暴れても平気なほどの広さを持つこれまたより一層シンプルな白い部屋だ。

 

 市街地は平常時フォトンの扱いが制限されているのだが、ルーム内なら例外的にフォトンが扱えるし擬似エネミーだって出し放題だから実践的な練習だってできる最高級のトレーニングルーム……らしい。

 

 らしいというのは、家にあるトレーニングルームでは全部この機能は付いてるし、他のこういう施設は利用したことが無かったので最高級であるということを知らなかったからだ。

 

 尤も、アークスのVRシステムの値段には一歩劣るらしいが。

 

「一時間だし……軽く汗を流す程度に……」

「リィン」

 

 声をかけられて、振り返る。

 そこには青髪青髭の巨漢、ヨークヤード・アークライト。

 

 つまりはリィンのお父さんが武器を持ち、戦闘服に着替えて立っていた。

 

「お、お父さん……」

「奇遇だな、食前に軽く運動しようと……」

「そ、そうですか。じゃあ私はこれで……」

「待て」

 

 別のトレーニングルームに行こうと踵を返した瞬間、肩を掴まれ止められた。

 

「丁度良い、久しぶりに一緒に鍛錬をしようじゃないか」

「………………はい」

「……ふっ」

 

 嫌々ながらも頷いたリィンを見て、お父さんは薄く笑った。

 

 笑ったように見えたというべきか。

 後姿だったから良く分からなかったが……いやでも確かに、笑ったような……。

 

 お父さんって、笑うのか。

 リィンが知らなかっただけかもしれないけど。

 

「……何?」

「いや何……昔の母さんを思い出してな」

「お母さんを……?」

「……っと、子供に話すことじゃないな」

 

 言って、ヨークヤードは手に持った訓練用のパルチザンを構えた。

 

 パルチザン。

 マリアさんと同じ武器の使い手か。

 

(……さて)

 

 予想外で予定外に加えてあまり気が乗らないが、始まってしまったものはしょうがない。

 

 鍛錬とはいえ、気は抜けない。

 今はもう引退し、一線を退いたとはいえお父さんは元一流アークス。

 

 本気でやらなければいけないだろう。

 でも……。

 

(久しぶりに、一人か……)

(……後ろにシズクがいないと調子出ないなぁ……)

 

 守るべきヒトが傍に居て、初めて本気が出せるタイプ。

 言うまでも無く、リィンは典型的なそれなのだ。

 

「さて、行くぞ……」

「っ……」

 

 瞬き一つ。

 ごく自然な動作で行われた瞬きという行為を終えた瞬間、ヨークヤードはリィンの眼前まで迫っていた。

 

 速い――とかではない。

 これは見たことがある。

 

 『縮地』とかいう、『体術』の一つだ。

 

 一瞬で相手との距離を詰めたかのように見せかける技。

 

 これをリィンは、まだ取得できていない。

 

「ふっ――!」

 

 流れるような動作で放たれた一閃を、リィンは容易くガードする。

 

 ジャストガードは得意技だ。

 反射神経だけなら誰にも負けない自信がある。

 

「ほう」

 

 この距離のまま、怒涛のように放たれる連撃。

 

 大剣(ソード)という小回りの効かない武器を相手取るということをよく分かっている動きだ。

 

 接近し、小技で攻める。

 超至近距離及び隙の少ない攻撃というものに乏しいリィンは、防戦一方を強いられた。

 

 手合わせだというのに、ガチじゃないか。

 

 そんなことを思いながら、リィンは父の連撃を軽く捌ききる。

 マリアという至上のパルチザン使いとも手合わせしたことのあるリィンにとって、この程度の攻撃は屁でもないのだ。

 

「守りは、大したものだな。相変わらず反射神経だけは一人前だ」

「……相変わらず?」

 

 そんな言葉を使えるほどに、私を見てきたわけじゃあるまいし。

 

 おかしなことを言う男だ。

 リィンは一歩後ろに下がり、直後に足を前へと踏み出した。

 

「スタンコンサイド!」

 

 剣の腹を使った殴打。

 だがそれはパルチザンで受け止められ、返す刃で槍による喉を狙った突きが放たれる。

 

「反撃に移るタイミングが悪い」

「くっ……!」

 

 どうせ攻撃は下手ですよ! っとリィンは今度は改めて父との距離を取った。

 

「セイクリッドスキュア」

「!」

 

 上空に投擲されたパルチザンが、フォトンの弾丸を放つPA。

 数少ない、近接武器の遠距離攻撃だ、距離を取ることを分かっていたかのようなタイミングで放たれた槍の光弾に、リィンはそれでも反応して剣を縦振りすることで叩き落した。

 

「相手の呼吸を読め、一瞬先の未来を見るんだ」

「それは……相方の仕事なものでして……!」

 

 一瞬先どころではない未来が実際に見えている相方を持つ身としては、耳が痛い言葉だ。

 

 確かに最近は、そういうのを全部シズクに任せていたから反射神経でその辺を補っていた気がする。

 

「相方?」

 

 ぴたりと、ヨークヤードは動きを止めた。

 その隙に構えを直して息を整えつつ、リィンは頷く。

 

「はい、最高の相方が私にも出来ました」

「……………………それは、男か?」

「? いえ、女の子ですが……」

「そうか……」

 

 父は何処か安堵したような表情を一瞬見せた後、再びキリッと目つきを鋭くした。

 

 そんな父を何処か怪訝そうな顔で見ながら、リィンもまた意識を戦闘へと戻す。

 

「相方を作るのは、結構なことだ。……だが、その相方はお前の力量に付いてこれているのか?」

「……?」

「その相方が、足手纏いになっていないかと訊いているのだ」

「っ……!」

 

 剣戟を交わしながら、父と子は言葉を紡ぐ。

 足を止めての斬り合いから一転して、広いトレーニングルームを縦横無尽に駆け回りながらの戦闘をしながら、である。

 

「友情と馴れ合いを履き違えていないか? 友情は互いに高めあうことが出来るが、馴れ合いはマイナスしか生まな――」

「あの子を馬鹿に、しないで!」

 

 リィンの大振りを、ヨークヤードは軽く屈んでかわして腹部へ向けて突きを放った。

 それをリィンは左手で掴み止め、反撃の蹴りを放つ。

 

 しかしそれは体を捻ることでかわされた。

 引退したくせにやたら俊敏な親父である。

 

「私たちを繋いでいるものは、友情とか馴れ合いとか、そんなものじゃあないわ!」

「ほう? ならばお前とその相方をやらを繋いでいるものは何だというのだ」

「愛よ!」

 

 言い切った。

 全力全開で言い切った。

 

 シズクがこの場に居たら――いや居なくても言えないような恥ずかしい台詞だが、戦闘の昂ぶりと親の言葉に対する反骨心からか口が滑ってしまったとも言えるだろう。

 

「え?」

 

 父親は、固まった。

 

 当然だろう。

 娘が突然同性愛者宣言をしたのだから。

 

 そして当然ながら、戦闘の最中に固まってしまった父はものの見事にリィンの右ストレートを顔面に受けたのであった。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 今更過ぎて最早言うまでもないことかもしれないが、同性愛について。

 

 かつてメイ・コートとアヤ・サイジョウの関係についてシズクやリィンが特筆して女同士ということにツッコミを入れなかったことから分かる通り、若い世代にとってはそこまで変ったことではない。

 

 マイノリティではあるけれど、フォトンにより科学が進みまくっているオラクルでは同性で子供を作ることも可能になっている今、そこまで変な目で見られるようなことではないのである。

 

 それでもやはり、子供が作れるようになる以前の世代。

 若くない世代には、まだまだ簡単に受け入れられるような性質ではないことは確かだろう。

 

「そ、そうか……ふむ、最近はそういうのも有りなのか……うむ」

 

 カチャカチャと母の手によって皿が食卓に並べられていく中、父は若干頬を赤くしながら呟いた。

 

 念のため注釈すると、赤くなっている頬はリィンに殴られて腫れているからではない。

 そんなものは既に回復テクニックで治している。

 

「……少し意外でした」

 

 皿を並べるのを手伝いながら、リィンは言う。

 

「表情変わるんですねお父さん」

「…………」

「ぷっ……」

 

 リィンの言葉に、母が顔を押さえて噴き出した。

 

 …………。

 母の笑顔を、初めて見たかもしれない。

 

 いや流石にそれは言いすぎだったかもしれないが、

 いつもうじうじしている印象しか無かったから。

 

「表情が、変わりにくいのは……お前も一緒だろう、リィン」

「……そうですかね?」

 

 別に変わらないわけではないが、リィンもまた感情表現は薄い方だった。

 

 遺伝か。 

 こうして見ると結構親子で似ているところがあるようだ。

 

「さて……」

 

 食卓に皿が並び終わると同時に、ヨークヤードは口を開いた。

 ようやく本題かと身構えたリィンだったが、彼の口から出た言葉はまださっきの続き。

 

「それでその、シズクちゃんとやらはどういう子なんだ?」

「それは……」

 

 全知で未来予知とか出来ちゃう可愛い女の子です。

 

 とは流石に言えない。

 そもそも信じてくれるかどうかが分からない。

 

「……そんなことどうでもいいでしょう。それより私を呼び出した理由(わけ)というか――本題がある筈でしょう」

「? 別にそんなものはない。強いて言うならさっきも言った通り子供の顔をたまには見たくなっただけだ」

「…………ふぅん?」

 

 リィンは目を細めて母親の作ってくれた食事に手をつけた。

 

 不味い。

 美味しくない。

 

 そう感じてしまうのは、きっとルインやシズクの料理が美味しいせいで舌が肥えてしまい、相対的に不味くなってしまっているだけではないのだろう。

 

「よくもまあ、そんなことが言えますね」

「?」

「今まで育児放棄していたくせに、今更父親面?」

「…………」

 

 食事を進める、父の手が止まった。

 

 母は、手で顔を抑えている。

 悲しんでいるとか、驚いているとかじゃなくて、なんというか、そう。

 

 笑いを堪えているというか。

 

「そうだな――その辺りの話を、しなければいけないか」

「…………?」

「お前を今日呼び出した理由は本当に顔が見たかっただけだが……呼び出せた(・・・・・)ことには理由がある」

 

 呼び出せた?

 その言葉に違和感を覚えつつ、リィンは父の言葉に耳を傾け、そして。

 

 驚愕の事実に、目を見開いた。

 

「俺は、お前の姉――ライトフロウ・アークライトから許可された(・・・・・)から、父親面出来るのさ」

 



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姉の愛

「サクラエンド」

 

 X字の剣閃が、キングイエーデの身体を四等分した。

 

 白い体毛と赤い血飛沫が飛び散り、やがて自然に還るように中空へと溶けて消えていく。

 

「あ、レアドロじゃん」

 

 そして残ったのは、赤い箱。

 どうやらアーチェにだけレアが落ちたようである。

 

「なんだ……ラムダキャスティロン、外レアかよ……」

「悪くないカタナじゃない」

「ブレイバーをやるつもりは無いんですよねぇ……何だか近接武器って性に合わなくて」

 

 惑星ナベリウス・凍土エリア。

 ライトフロウ・アークライト率いる【大日霊貴】のメンバーは、順調に白銀の大地を進んでいた。

 

 苦戦らしき苦戦も無く、ボス級のエネミーもまだ未出現。

 

「何か楽勝ですね」

「嵐の前の静けさじゃなければいいけど……」

「怖いこと言わないでよ」

 

 雑談しつつ、雪原を行く。

 

 【大日霊貴】は仲良しチームというわけではないにしろ、ライトフロウ・アークライトを中心にした一枚岩のチーム。

 メンバー同士の結束ならば【コートハイム】の面々にだって勝るとも劣らないのだ。

 

 楽しげな雰囲気で危険地帯を闊歩する姿は一見牧歌的であるものの、そこにあるのは何てことの無い、戦いに身を置いた戦士たちの日常風景である。

 

「そういえばリーダー」

「ん?」

「件の婚約者(・・・)とはその後どうなりました? この前そろそろ結婚するかもと言ってましたが」

「ああ、そうね、縁談はつつがなく進行してるわよ」

 

 ただし。

 日常とは、常に唐突な終わりを迎えるものでもある。

 

「親同士が決めたってやつでしょ? リーダーはそれで納得してるんすか?」

「まぁ、我が家はそういう家だから仕方ない……っ!」

『レーダーに反応! 大型エネミーが来ます!』

 

 オペレーターがそう言うより一瞬早く、ライトフロウは腰にかけたカタナに手をかけた。

 

 それはもう何らかの根拠に基づくものとかではなく、歴戦の勇士であるが故の勘とも言えるものであったが――兎も角。

 

「ガォオオオオオオオオオ――ッ!」

 

 次の瞬間、凍土エリアの主とも言うべき猛獣、スノウバンサーが雪山から姿を現した。

 

 青く立派なタテガミと、強靭な牙に爪、目に付いた外敵を全て排除せんという獰猛性が特徴的なボスエネミーだ。

 

 しかし勿論、【大日霊貴】の精鋭メンバーにとってスノウバンサーなんて倒し慣れている存在である。

 油断は禁物であるが、そこまで気張るほどの敵ではない。

 

 ともすればアーチェ一人でだって倒せる相手だろう。

 

 故にメンバーは各々思考と体を戦闘モードに移行させながらも、何処か緩い空気のまま武器を構え、そして。

 

「――オオオオォォォ……!」

「――?」

 

 突然スノウバンサーが大跳躍で逃げ出したことに、首をかしげた。

 

 振り返ることもなく、アークスを気に留めた気配すらなく、一目散に。

 

 何かから逃げるように。

 

「……一体何?」

『皆さん、至急そこから避難してください』

 

 オペレーターの抑揚が無い声が、全員の耳に伝う。

 

 危機感に乏しい声色とは対照的に、その内容はアークスであろうと全力で退避するに足りる自然災害。

 

『雪崩が起きています。強制転移は間に合いませんので各自走ってください』

 

 大きな雪崩が、山頂から全てを呑み込まんとこちらに向かって文字通り雪崩込んできた。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 数十分後。

 雪崩が通り過ぎて静寂が――静寂だけが残った銀世界でライトフロウ・アークライトは雪から体を這いずりだした。

 

 雪崩に巻き込まれたわけではなく、近場の洞窟に避難したら出口どころか洞窟ごと埋まってしまったので雪を穿って脱出したというわけである。

 

「……あの子たちは大分遠くまで流されてしまったようね。生きてはいるようだけど……」

 

 マップを見ながら、呟く。

 パーティ登録しているアークスはおおよその位置と生死がマップを見れば分かるのだ。

 

『どうしますか? 一度撤退してクエストを受け直しますか?』

「いや、走ればすぐ合流できる程度だし雪崩程度で撤退してたら沽券に関わるわ。オペレーター、貴方は合流地点に相応しい場所を検索してナビゲートをお願い」

『了解しました。……っと、リーダー、周辺にダーカー反応がございます。気をつけて』

 

 気をつけて、と言われると同時に振り返る。

 雪原ゆえに足音は無かったが、気配がしたからだ。

 

 ダーカー特有の嫌な気配。

 

 そしてオペレーターの言葉通り、感じた気配の通り、

 アークスにとって不倶戴天以上に敵対すべきダーカーが、そこに居た。

 

「――――え?」

 

 ライトフロウは、目を見開く。

 

 自身と同じ、青い髪。

 自身と似た、凛々しい顔つき。

 自身と似た、アスリートのような無駄をそぎ落とした肉体。

 

 自身とは異なり、赤い大剣を携えた少女兵。

 

 リィン・アークライトのクローンが、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 十六年前。

 

 リィン・アークライトが、妹が生まれる前のライトフロウ・アークライトは疲れていた。

 

 天才と持て囃されて、ではない。

 天才と褒められることは嬉しかったし、努力が実を結ぶことだって彼女は好きだった。

 

 それでも、アークライトの長女としての責務は面倒くさいしつまらないと普段から愚痴っていたのだ。

 

 アークライトというのは、初代アークライト――エルステス・アークライトが自身らアークスたちと違って苗字を持っていた一部の貴族フォトナーを羨ましがって自称したことから始まった『貴族ごっこ』。

 

 『強さ』を売り物にして、スポンサーを募り彼らの頼み(クライアントオーダー)を次々と叶えていくことによって莫大な財産を築き上げたという伝説は教科書にも載っている程だ。

 

 そんな彼に憧れて、同じように苗字を名乗り始めたアークスも結構居たらしいが――それは兎も角。

 

 当然といえば当然なのだが、それ故にアークライト家には面倒くさい『しがらみ』というものが存在するのだ。

 

 一番簡単な例で言えば、スポンサーの方々のクライアントオーダーは基本断れない、とか。

 

 始まりは『貴族ごっこ』だったくせにやたらプライドの高い『苗字有り』の方々との会食、とか。

 

 ――生まれたときから婚約者が決まっている、とか。

 

 いつかもっと強くなったとき、アークライトという家ごと『貴族ごっこ』をしているやつらを全員殺してやろうかと思春期の時には考えていた程、ライトフロウは彼らが嫌いだったし面倒くさかった。

 

 しかしその考えは、リィンの誕生とともに塗りつぶされることになる。

 

 妹。

 妹妹妹妹妹。

 

 可愛さという言葉を擬人化したような妹が生まれた。

 

 それはライトフロウ・アークライトにとって人生で初めてかつ一番の衝撃だったのだ。

 

 歳の離れた姉妹だったから、尚更だろう。

 その日からライトフロウ・アークライトの『一番大事なもの』が妹に更新されたのは言うまでもないことだ。

 

 だが。

 

 同時に彼女は不安に駆られた。

 

 この可愛くて愛らしくて愛おしい妹だってアークライトなのだ。

 順当に成長してしまえば、『貴族ごっこ』をするあいつらに遣わされ、親が決めた婚約者と結婚する人生を送ることになってしまうだろう。

 

 いや。次女であるということを考えれば、その傾向は長女である自分より強いかもしれない。

 

 それは駄目だと思った。

 それだけは阻止しなければいけないと決意した。

 

 『自由』という、自分がその時何よりも欲しがっていたものを欲しがらないことと引き換えに、それを妹へあげることにしたのだ。

 

「お父さん、お母さん、話があります

「リィンは私に育てさせてください

「リィンに自由な人生を歩むという選択肢を与えてあげてください

「アークライトとして生きることがあの子の幸せならそれでもいいです

「でも

「責務は私が全部背負うから

「嫌がっていた婚約者との結婚も受け入れるから

「誰よりも強くなるから

「今より遥かにこの家を栄えさせてみせるから

 

「――あの子のことは、私に任させてください」

 

 誰よりも大切で、何よりも愛しい妹のために。

 姉は、全てを受け入れて自由を捨てた。

 

 すやすやと眠るリィンの隣で勉学に励み、

 行きたくないあいつら嫌いとごねるリィンを家に置いて『貴族ごっこ』の連中に笑顔を向け、

 アークスになりたいと言ったリィンの稽古を付けながらその百倍以上過酷な訓練を血塗れになりながらこなした。

 

 不幸なことにライトフロウ・アークライトはそんな無茶な生活をしても問題ないくらい才能に溢れていて、

 もっと不幸なことに妹へ向けていた感情が愛と同時に性欲が芽生えていたことによって、

 

 今に至る。

 

 リィン・アークライトは、親は自分に無関心だと思い込み、姉は妹に欲情する変態として嫌ってしまった。

 

 妹は家族から孤立してしまった。

 

 何処でボタンを掛け間違えてしまったのだろう、とライトフロウは時折思案することがある。

 

 何を間違えて、我が妹と決別してしまうことになってしまったのか。

 

 もし、リィンがその言葉を、その思案を聞いたとしたらこう答えるだろう。

 満を持して叫ぶだろう。血相を変えて、たった一言。

 

「妹に欲情したところに決まってるでしょう、この馬鹿姉ぇ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「妹に欲情したところに決まってるでしょう、あの馬鹿姉ぇ!」

 

 父親が、姉が隠していたアークライトに関する責務だとか婚約者だとか、姉がそれをリィンが背負わなくてもいいようにしていたという話をし終えて、

 最後に「この前あいつが言ってたよ、何処でボタンを掛け間違えたのかなって」と言った瞬間、リィンは息を荒げて料理を数品ひっくり返しながら立ち上がった。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

「リィン、お前の気持ちも分かるが落ち着け……」

「落ち着いていられないわよ! お父さんもお母さんもおかしいよ! あの姉の変態的嗜好を知ってたなら止めてよ! やめさせてよ! ていうかまだ十代だったお姉ちゃんに子育てを任せるとかクレイジーすぎるわよ!」

「……仕方ないだろう。十代の頃で既にあいつは我が家の中で最強だった」

 

 強さこそが全てのアークライト家。

 故にこそ父と母もそれ相応の戦闘能力を持っているが、それでも怪我や妊娠により引退して久しい二人が、天才たるライトフロウを止めることは出来なかった。

 

 親からすら妹を独占したいという姉の欲求を止められるものは居なかったのだ。

 

「はぁ……はぁ……っ、ふぅ……。で、それを今更私に話したのは何故? 今更家族仲良く和気藹々と出来るとでも!?」

「さっきも言った通り、許可が出たからさ」

 

 許可とは、姉からのだろう。

 独占するのを、やめたということか。

 

 決別してから結構時間が経ってけれど、ついに愛想を尽かしてシスコンをやめた……?

 

 つまりそれは、リィンをアークライトの責務から庇うことをやめたということか?

 

「いや」

 

 父は、首を横に振った。

 

「あいつはこう言ってたよ、『もうそろそろ結婚してしまう身だし、子供っぽい独占欲は捨てようと思う』、と」

「………………は?」

 

 結婚? 今、結婚と言った?

 いや、確かにさっきの父の話で婚約者がいると聞いていたけれど……。

 

「責務は相変わらず、あいつ一人が背負ったままだ」

「…………なん、で」

「そんなの決まっているさ、あの馬鹿姉は例え自分が嫌われていようともリィンが幸せならそれでいいんだよ」

「…………」

 

 『例え自分が嫌われていようとも、リィンが幸せならそれでいい』。

 

 馬鹿じゃないのかと、リィンは思わない。

 だって例えばシズクに嫌われたとしても、それでシズクが幸せだったのならリィンはそれでよしとしてしまうだろう。

 

 血は争えない。

 尤もかつてのリィンだったら、姉の気持ちは理解不能だっただろう。

 

 シズクという大切なヒトが出来た今だからこそ分かってしまう言葉。

 

 今だからこそ分かってしまう、姉の愛にリィンは――。

 

「…………馬鹿じゃないの……」

 

 そう、悪態を吐くことで精一杯だった。




いつかティアとリィンで馬鹿姉談義とかしてみて欲しいわということで、姉の過去話、的な。

次回、ライトフロウ・アークライトvsリィン・アークライト・クローンです。


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アークライト姉妹

ハッピーエンド以外は認めません。


「っ――!」

 

 見間違えようが無かった。

 

 若い頃の自分にそっくりだけど、何処かぼーっとしているようにも凛々しくにも見える鉄仮面の美人顔も。

 ツインテールでは無くなってしまったけど、それはそれで似合っているサイドポニーの青髪も。

 可愛すぎて似合いすぎて失神するかと思った可愛いコスチュームの下に隠された引き締まったアスリートのような体も。

 

 全部が全部、妹だ。

 リィン・アークライトだ。

 

 ただ一つ、本物と違う点を挙げれば、そう。

 

 身体中から濃いダーカー因子を滲ませているということだろう。

 

「リィンの……クローン……」

 

 思わず、一歩後ずさる。

 

 クローンとは戦ったことがある。

 ダーカーがアークスを模倣し作り上げた兵士を、一刀の下に切り捨てたことはある。

 

 普通に戦えば勝てる相手だ。

 むしろ楽勝に当たる部類だろう。

 

 でも、リィンの姿を模している。

 人生を全て捧げてしまう程に愛している妹の姿をしている物体を、私は斬れるのかという不安が過ぎる。

 

「…………いや」

 

 頭を振って、思考を捨てる。

 斬れるに決まっているだろう。所詮偽者だ。

 

「アサギリ――レンダン!」

 

 瞬時に間合いを詰め、連撃をC(クローン)・リィンに向けて放つ。

 

 しかしその連撃は、全て止められた。

 C・リィンの持っていたソードによって、一つ残らずジャストガードされた。

 

 クローンといえど、偽者といえど、その防御能力は健在である。

 

「グレン……テッセン!」

 

 しかし初撃が防がれたことに驚く様子もなく――むしろこれくらいして当然だと言わんばかりにライトフロウは次なるPAを繰り出した。

 

 牽制の一撃と共に敵の傍を通り抜けて、背後から本命の強大な一撃を放つPA。

 

 そしてこれもまた、牽制も本命もC・リィンは防いでみせた。

 

「グレン――」

 

 瞬間、もう一度牽制の一撃がC・リィンのソードを斬り弾いた。

 

 わざと剣を攻撃することによって、二撃目の本命火力へのガードを遅らせる作戦だ。

 

 そしてその作戦通り、武器を攻撃された反動で反応が一瞬遅れたC・リィンの身体を確実に一閃できるタイミングでライトフロウは武器を抜いた――!

 

「っ……テッセン!」

 

 一瞬。

 ほんの一瞬、ライトフロウの腕が止まったことに気付けた人間は少ないだろう。

 

 それによってC・リィンの防御は間に合った。

 

 重たい一撃を受け止めて、その反動で雪を滑るように距離を取る。

 

「躊躇うな」

 

 ライトフロウは、呟く。

 自分に向けて命令するように。

 

「躊躇うな躊躇うな躊躇うな躊躇うな……あれは偽者だ、クローンだ、ダーカーだ」

「ラ・フォイエ」

 

 姉の葛藤など知ったこっちゃないとばかりに(当然だが)C・リィンは左手から炎のテクニックをノンチャージでライトフロウの顔面へと放った。

 

「っ、テクニック……!?」

 

 威力自体は、カスみたいなものだ。

 だが大した熱量じゃないとはいえ爆炎を顔面に食らって怯まない人間は居ないだろう。

 

 怯まなかったとしても、目晦ましにはなる。

 

 C・リィンはその隙を逃さず一気に距離を詰めて大剣を姉の脳天目掛けて振るった――!

 

「……ツキミサザンカ」

 

 大剣が、宙を舞う。

 ライトフロウのカタナによる切り上げPA、それによってあっさりとリィンの武器であり盾は弾き飛ばされた。

 

「相変わらず……攻撃は下手なのね、リィン」

 

 リィンに弱点があるとすれば、それは攻撃するときだろう。

 攻撃自体が弱点なのではなく『攻撃するとき』こそが隙。

 

 普段はその隙をシズクの射撃で埋めているのだが……一人ならばこんなものだろう。

 

「さようなら」

 

 カタナが、振るわれる。

 横一閃に、C・リィンの首を刎ねるべく、無慈悲に。

 

 血飛沫が飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「……………………………………」

 

 部屋の電気も点けず、リィンはベッドの上でぼーっと天井を見つめていた。

 

 実家に残っている、リィンの自室。

 もうここを出てから結構経つのに未だに『自室』という感覚が薄れないのは何故なのかとか、そんなことは考えずに、

 

 リィンが考えていることは、唯一つ。

 

 シズク――ではなく。

 珍しく姉のことだ。

 

「アークライトとしての、責務……」

 

 ぽつりと呟く。

 

 どうやら姉はそういうものから私を守るために頑張っていたらしい。

 

 正直なところ、責務と言われてもよく分からない。

 教えられていないのだから当然といえば当然なのだが。

 

 そういえば。

 

 姉であるライトフロウ・アークライトを過去には尊敬していたリィンだが、その実あの姉が何をしているのかは殆ど知らないことに気がついた。

 

「……あれ?」

 

 いや、勿論アークスであることは知っている。

 とんでもなく強いアークスだということも、知っている。

 

 でも逆に言えば、それしか知らない。

 

 というか知ろうともしなかった。

 

 それは――何でなんだ。

 理由が分からない。あれほど尊敬していた姉のことを、これだけしか知らないなんて一体全体どういうことだ。

 

「……ああ、そうか」

 

 少し考えて、考えて、思い当たる。

 

 リィンは、『そういう』風に教育されてきたのだ。

 

 誰に? と問われれば姉に、だ。

 

 

 純朴であることを強要され、教養されてきた。

 

 

 アークスになる前は……正確に言うならばシズクに会うまで。

 

 リィンの世界には姉と強くなりたいという二つの要素しか無かったのだ。

 

 それを、リィンは今日この日までずっと姉の醜悪な独占欲だと思っていたのだが――というか多分それも理由の相当量を占めているのだろうが――それ以上に。

 

 妹には自由に生きて欲しいという、姉の気遣いがあったのだろう。

 

 何者にも染まれるように。

 何物にも染まれるように。

 

 青色(アークライト)に染めないように、真っ白に。

 

「私は今――何色なんだろう」

 

 赤色か。

 それとも、海色か。

 

 橙色というのも、悪くない。

 

「…………」

 

 目を閉じて、開いて、閉じる。

 

 知らないなら、知ろう。

 そう思い立って、リィンは端末を作動させウィンドウを開いた。

 

 インターネットでライトフロウ・アークライトで検索。

 

 予測検索候補に『ライトフロウ・アークライト シスコン』と出てこなかったことに少しだけ安堵しつつ、名前の後ろに「戦闘記録」と付け足して再検索。

 

 すると、検索結果に『ライトフロウ・アークライトvsダークファルス【百合(リリィ)】』が表示されたので、それを再生し始めた。

 

「…………うわぁ」

 

 画面に映るのは、たった一人で【百合】と剣戟を交わす姉の姿。

 

 シズクとリィン。

 連携特化の二人がかりで、シズクのチート能力をこれでもかと使うことでようやく渡り合うことができたあの化け物と、正面から斬りあう姿はさすがと言うか少し誇らしくもあった。

 

 ……誇らしい?

 

 驚いた。

 自分の中にまだ姉に対してそんなことを思う心が残っていたなんて。

 

「……いや」

 

 残ってて当たり前なのか。

 

 そう呟いて、リィンは次の動画を探し始めた。

 

 容姿が優れていて、強くて、知名度が高くさらに六芒均衡ほど遠くの存在ではないということでまとめサイトの記事数や、動画、画像の数は相当数に渡る。

 

 インタビュー動画、テレビ番組、ラジオ、モデル、戦闘指南動画。

 等々多種多様な動画が目に付く中、リィンはとりあえず上のほうからとインタビュー動画を再生し始める。

 

『――はい、ということで本日はライトフロウ・アークライトさんに来ていただきました!』

 

 動画が始まる。

 これを録ったのは一年ほど前のようで、姉の髪型は少し今と違っていた。

 

 やたらテンションの高い司会から降り注ぐ様々な質問に淀みなく答え、さらには軽快なジョークも交え場を盛り上げていく。

 

「…………」

 

 同じことが、自分にも出来るだろうか。

 ――無理だ。即答で無理だと断言できる。

 

 幼い頃から他人と話すのが苦手で、それをそのままにしておいた自分には到底無理な芸当だ。

 

 でもそういえば親の話からすると、姉も幼い頃はそんなに喋るのが得意な方だったわけではなかったらしい。

 

 沢山練習して、数多の場数を踏んで、今の完璧超人があるのだろう。

 じゃあ沢山練習して、数多の場数を踏んで、リィンがこうなれるのかと問われるとそれは無理な気がする。

 

(お母さんのことを笑えない)

(私だって、立派なコミュ障じゃないか)

『ところで、ライトフロウさんには歳の離れた妹がいるらしいですが……?』

『はい、いますよ』

「……!」

 

 インタビュアーが、妹について話題を振った。

 

 咄嗟に動画の再生を一時停止。

 何でか分かんないけど、その先を聞くのが何となく怖くて……。

 

「っ……」

 

 それでも怖いもの見たさ故か、リィンは躊躇しながら再生ボタンを押した。

 

『その妹さんもお姉さんと同じく天才だったりするんですか?』

『はは、そもそも私は天才ではないですよ。……でも、そうですね、将来が楽しみな妹ではあります』

 

 それはどういう意味での楽しみなんだろう、などと邪推してしまうリィンであった。

 致し方なし。

 

『妹は私が直々に鍛えているんですが……そうですね、もう既にアークス学校を卒業しても問題ないくらいの実力はあるでしょう』

『へえ! それは確かに将来有望ですね!』

『ええ本当に。将来――

 

 ――私を倒せるくらい強いアークスに育ってくれることが、私の夢です』

「――っ!」

 

 とても。

 とても良い笑顔で、ライトフロウ・アークライトは言い放った。

 

 即座に動画を止めて、ウィンドウを閉じる。

 そして四肢を投げ出すようにリィンはベッドに身体を委ねて呟く。

 

「……何よ」

「何よ何よ何よ何よ何よ――私を倒せるくらい強いアークスに育ってくれることが夢?」

 

 感情のぶつけ先として、手元にあったクッションをぼすんぼすんとベッドに叩きつける。

 

「お姉ちゃんって私のこと好きすぎるでしょう……」

 

 今更のことのように、呟いて自嘲気味に笑う。

 

 愛が重すぎる。

 こんなの、私には応えられない。

 

 成る程。

 確かに見直した。

 

 姉への評価が少し上昇したことは認めよう。

 

 でもだからって、自分に働いた変態行為を許すつもりはないし嫌悪感が晴れることはない。

 

 罪は罪。

 あのことに関しては一生涯許すつもりなんて無い。

 

「…………」

 

 許すつもりなんて、無い。

 無いけれど――それでも、一つだけ。

 

 一言だけ、姉に言いたいことが出来た。

 

 言ってやらなければ気がすまないことがあった。

 

「今度……会いに行ってみようかしら」

 

 忙しいヒトだろうけど、会えるだろうか。

 

 そんなことを思いながら、リィンは眠りにつくのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「――わけが、無いじゃない」

 

 血飛沫が、雪原に沁みて赤く染める。

 

 ほんのわずかな(・・・・・・・)赤黒い血液は、それでも白い絨毯の中では酷く目立つ。

 

「斬れるわけが、無いじゃない――!」

 

 ライトフロウ・アークライトの放った剣は、止まっていた。

 ダークファルスすら両断する彼女の一撃は、C・リィンの首を薄皮一枚切り裂いたところで静止していて――そしてそれはC・リィンが受け止めたというわけではなく。

 

 過保護すぎる姉は、ライトフロウ・アークライトは。

 

 妹のクローン体を斬ることが出来なかった。

 

「ずっと! ずっとずっとずっと妹のために生きてきた! 妹だけを愛して生きてきた!」

 

 ボロボロと、涙が零れる。

 だがしかし、それを拭うことすらせずに彼女は叫ぶ。

 

「そんな私が――私がアナタを! アナタの姿をしたものを! 斬れるわけないじゃない!」

「……?」

 

 クローンが、理解できないとばかりに首を傾げる。

 

 その姿すら、今のライトフロウには愛おしくて――。

 

「お姉ちゃん」

「っ!」

 

 棒読みで、クローンはそう呟く。

 その瞬間ライトフロウの手からポロリとカタナが零れ落ち、雪原に突き刺さった。

 

「――リィンっ!」

 

 クローンに向かって、涙ながら、両手を大きく広げてその身体を抱擁せんと無防備に駆け寄る。

 

 

 そんな姉の身体を、大剣は貫いた。

 

 

「――――えっ」

「…………」

 

 いつの間にか手元に戻していたのか、もう一本同じ武器を持っていたのかは知らないが、いつの間にか大剣を再び持っていたC・リィンの突きが、ライトフロウに直撃したのだ。

 

 心臓は肋骨ごと真っ二つ。

 身体の中心を、巨大な剣が背中まで貫通している。

 

 例えライトフロウ・アークライトが無類の強さを誇るアークスだろうと。

 

 即死である。

 

「り、ぃ……」

 

 大剣が引き抜かれ、大量の血液が雪原を赤く染める。

 それを継起にライトフロウの身体は壊れた人形のように全身の力が抜けて、膝から地面に崩れ落ちた。

 

 ライトフロウ・アークライト。

 享年29歳。

 

 愛する妹に倒されることを夢としていた姉は。

 愛する妹を模した偽者に殺された。

 

 




ほんっとうにこの姉妹はもう……。


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重すぎて背負えない

念のため「アークス 葬式」でggったら「アークス葬祭」とかいう火葬業者があって草。


 葬式について。

 

 アークスは死んだとしても、簡易的な葬式で済まされることが多い。

 墓地に焼却した死体を埋める程度のことはするが、少なくとも線香を焚いたり神に祈ったりしない、というか祈る神がいないのだ。

 

 死を弔うという概念はあるが、そもそも戦闘民族である彼らにとって死は身近なものであり、アークスになった時点で本人も家族もある程度覚悟はしているものである。

 

 故に葬式というのは残された縁者が気持ちの整理をつけるために行われるという側面が強いため、こういったことは手短に済まされる。

 

 そしてそれは稀代のアークス、ライトフロウ・アークライトの葬式であっても例外ではない。

 

 例外ではない――筈なのだが。

 

 葬式の会場として手配された会場は、溢れんばかりの人々で埋め尽くされていた。

 

「うわぁ……こりゃ凄いね……」

 

 会場前で、溢れている人ごみを見渡しながらシズクは呆然としながら呟く。

 

 両隣にはイズミとハル。

 リィンの姉が死んだということで、三人で参列しようとやってきたわけだが……。

 

「これじゃあ入れないね……」

「仕方ないですよ。すっごい人望のあるヒトだったらしいですし……」

 

 優しくて美人で、六芒均衡並みに強く六芒均衡より身近な存在。

 

 人望があって当然であろう。

 『リン』も似たようなものだが、アークスとしての活動期間が違いすぎる。

 

 多くのヒトがライトフロウに助けられて。

 多くのヒトがアークライトに救われてきた。

 

「っ、やっぱ駄目ね。無理やりヒトを押し退けても結局中には入れない」

「中に入れるのは関係者……血縁者とチームメンバー、あとはアークライトの関係者くらいみたいっすね」

 

 会場に殺到している人々を掻き分けてすり抜けて先頭まで来たものの、入り口は閉鎖され入れないし、中の様子すら窺えない。

 

「リィン、大丈夫かな……」

 

 ぽつりとシズクが呟いた一言は。

 雑踏に掻き消され消えていった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 黙祷。

 姉の入った棺の前で、リィンは大勢の大人に囲まれながら鎮魂の祈りを捧げていた。

 

 神という概念は無くとも、魂という概念はある。

 死んだ人間がどうなるかというのはアークスの科学力を持ってしても解明していない未知の領域なのだ。

 

 だからこそ、死後の世界や霊魂の存在を信じるオラクルの住人は、実のところ意外に多い。

 

「…………」

 

 黙祷が終わると、遺体は一旦下げられ安置室へと送られた。

 

 火葬は明日。

 じゃあこれで解散かといわれるとそうではなく、次は関係者各位と食事をしながら死者を偲ぶ時間である。

 

 テーブルと料理が次々と運び込まれていき、あっという間に式場は会食場と化した。

 

 別室に案内とかはされない。

 葬式会場はそこまで広い施設ではないのだ。

 

 リィンは無表情のまま、グラスを一つ手に取った。

 

「……こんなにヒトが集まるなら、もっと広い会場を用意しておけばよかったのに」

「ここまであいつに人望があったということが、予想外だったものでな」

 

 独り言に答えながら、男が一人リィンの隣に並び立つ。

 

 青い髪に、青い髭の大男。

 リィンの父、ヨークヤード・アークライトだ。

 

 そしてその一歩後ろには、リィンの母が目を伏しながら連れ添っている。

 

「お父さん……お母さん……」

 

 父も母も、娘が死んだというのに涙を流していなかった――いや、よく見ると母の目元は真っ赤に腫れていた。

 

 少なくとも母は、気丈に振舞っているだけのようだ。

 でも父は間違いなく、一片たりとも涙を流していない。

 

 そのことに、リィンは憤りを覚えない。

 むしろ安心すらした。姉が死んだというのに涙一つ流さない自分はアークライトとして正しいことをしているという自信を持てた。

 

「リィン、分かってるとは思うが……姉が死んだことによって我が家の後継者はお前になった」

「…………はい」

「あいつの背負っていたものが全てお前に降りかかる……っと」

 

 父がリィンに向けていた視線を不意に逸らす。

 そちらに目を向けると、そこには立派な白髭を蓄えた老獪な男性が一人、こちらに向けて歩いてきていた。

 

「……今日のところは、隣に居てやる。お前は作り笑いを浮かべていればそれでいい」

「え?」

「ヨークヤードさん、この度はご愁傷さまでございます。心よりお悔やみ申しあげます」

「恐れ入ります。こんなに沢山のヒトに見送られて、娘も喜んでいることでしょう」

「……ところで、そちらのお嬢さんがライトフロウ嬢の妹君で?」

「っ……」

 

 誰だろう、このヒトは。

 アークライトの関係者だろうけど……と逡巡するリィンの背を、トンと指で母が突いてきた。

 

「リィン……笑顔」

「は、はい……」

 

 そうだ。

 父は作り笑いを浮かべていろと……作り笑い?

 

(何それ)

(どうやるの?)

 

 面白くも無いのに笑うだなんて、難しすぎないか?

 

 口角ってどうやって上げてたっけ?

 

 思わず固まってしまったリィンを見て、老人はゆるりと首を傾げながら言う。

 

「妹君は姉と比べてクールな女性ですなぁ」

「……そうなんですよ。ただまあ、腕に関しては安心して――」

 

 父と老人が話している内容を、リィンは固まった表情のまま耳に入れていく。

 

 何と言うか、ほんと、そう。

 『貴族ごっこ』を良い大人がしているみたいな気持ち悪さが会話の節々から滲み出ていて。

 

 気持ち悪い。

 姉は、ライトフロウは、こういうのを全部引き受けてくれてたのか。

 

 私のために。

 

 ずっと。

 

(私は、何をしているんだろう)

(私は、何をしていたんだろう)

 

 ふと周りを見渡すと、目の前の老人と似たような人々が自分に話しかける機会を窺っているようだった。

 

 これ、いつまで続くんだとリィンがうんざりしたような表情を浮かべかけたその瞬間、母に背を突かれる。

 

 しゃんとしなさい、と。

 怒られているようだった。

 

(ストレスで吐きそう。泣きそう。辛い)

(助けてシズク、メイさん、アヤさん、イズミ、ハル――お姉ちゃん)

「ふざけんなよ……!」

 

 会場の空気を切断するようなドスの効いた一声が響いた。

 

 発生源は、リィンじゃない。

 我慢できなくなったリィンが放った言葉ではなく、それはもっと幼い少女が放った体躯に似合わぬ叫び。

 

 【大日霊貴】の、ギザっ歯少女――アーチェが。

 涙を流しながら怒りの形相でリィンの元へと向かっていた!

 

「……誰?」

「姉貴が死んだっていうのによくすまし顔でいられるなぁ!」

 

 至近距離まで近づいて、アーチェはリィンの胸倉を掴みながら叫ぶ。

 

 身長差があるせいで子供が大人に絡んでいるような図になったが、

 それでもアーチェの言葉はリィンに突き刺さる。

 

 『泣きたいなら泣けばいいのに』と。

 かつて言ってくれた彼女の姿がアーチェと被る――。

 

「……いきなり、何よ。何であんたにそんなこと言われないと……」

「悲しくないのかよ! 辛くないのかよ! リーダーは! お前のことが大好きだったんだぞ! いつも大人びててみんなの憧れのリーダーが、妹の話をするときだけは目を輝かせて本当に嬉しそうに話すんだ! お前に嫌われてからも! リーダーはお前のことを愛してたんだぞ!」

「……!」

 

 やめろ。

 やめてくれ。

 

 そういうことを言わないで欲しい。

 

 泣いて、しまいそうだから。

 

「こら! アーチェやめろ!」

「リーダーはお前のクローンを斬れなかったんだぞ! そのせいでリーダーは死んじゃったんだぞ!」

 

 アーチェの兄――金髪の王子様みたいな男によって羽交い絞めにされながらもアーチェは叫ぶ。

 

 その目に宿っている感情は、怒りと、悲しみと、八つ当たり。

 

「お前なんて……妹なんて生まれなければよかったんだ! そうすればリーダーはクローンなんかに負けなかった! 今も、生きていた筈なんだ!」

「アーチェ!」

 

 兄に口を塞がれて、他のチームメンバーにも身体を抑えられる形でアーチェはリィンから引き離され、会場の外へと連れていかれた。

 

 しばらく会場の外からも聞こえるような大声量で、「リーダーを返せー!」的なアーチェの泣き声が聞こえていたが、それもやがて聞こえなくなった瞬間。

 

「ごめんね、うちの若いのが」

 

 アーチェと似たような背丈の、ボーイッシュな少女がリィンに声をかけた。

 

 このヒトを、リィンは知っている。

 【大日霊貴】の副リーダー。ライトフロウ・アークライトの右腕にして幼馴染、アズサ。

 

 彼女の瞳にもまた、涙の痕が残っている。

 

「あの子は……ライトフロウにいっとう懐いててね、感情のぶつけ先が無かったんだろう。許してやってくれ」

「別に……大丈夫です」

「まあでも……いや、よしておこう。それじゃあな、アークスを続けていれば、そのうち会う事もあるだろうよ」

「…………はい」

 

 『まあでも』の後に続く言葉は、簡単に推察できた。

 

 シズクじゃなくても分かることだ。

 あのショタっぽいロリはこう言いたかったのだろう。

 

 『まあでも、アタシたち【大日霊貴】のメンバーは概ねアーチェと同じ気持ちだ』。

 

 去っていくアズサの後姿を見つめながら、リィンはその言葉に心の中でそっと言葉を返す。

 

 私だって、同じ気持ちだ。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 葬式が終わった。

 

 いや、正確にはまだ火葬して埋葬するプロセスが明日に残っているのだが、今日のところは終わり。

 

 参列していた【大日霊貴】のメンバーやアークライトの関係者は帰り、会場外に沢山いた人々も解散したようだ。

 

 つまり今この葬式会場にいるのは、リィンと父と母だけ。

 一応葬式会場のスタッフはいるが、それは数に数えなくともいいだろう。

 

「ふぅ……」

 

 疲れた。

 リィンはそう呟いて廊下の隅にある椅子へと腰掛けた。

 

「……………………」

 

 がらんどうになった廊下を見つめつつ、リィンは今日一日を振り返る。

 

 疲れる。本当に疲れる一日だった。

 大切なものは失って初めて分かるというが、本当にそうらしい。

 

 姉の偉大さを、今日初めて知ることができた。

 

「リィン、ここに居たのか」

「? お父さん……」

 

 ふと顔を上げると、父が目の前に立っていた。

 

 疲れた様子なんて無く、泣いた様子も無い。

 いつもの普段通りの父親だ。

 

「何か用?」

「コイツを、お前に渡さなければと思ってな」

 

 アイテムパックから、父が一本のカタナを取り出した。

 

 それは、『華散王』と銘打たれた紅葉を散らすが如き輝きを持ったレア度11のカタナ。

 

 ライトフロウ・アークライトが愛用していた、至高の一品。

 

「これって……」

「これは、お前が使うべきだろう」

「……でも私はソードを使っていて」

「カタナだって、使えないことは無いだろう。……いや、というより本来の適正はソードよりもカタナだった筈だ」

 

 それは、何度か言われたし思ったことだ。

 きっと自分はソードを使うよりもカタナを使うほうが強い。

 

 ジャストガードを駆使して戦う性質上、単独ならば(・・・・・)リィンはソードよりカタナのほうが向いている。

 

 でも、シズクを守るという戦法を取るのなら、ソードの方が向いているのに……。

 

「それと」

 

 踵を返して、リィンに背を向けながら父は言う。

 

「【銀楼の翼】と話はつけておいた。明日からはお前もあのチームの一員だ」

「っ!? お父さん!」

「今のチームは、抜けたまえ。一流になりたければ、一流のチームに入って磨かれるのが一番速い」

 

 思わず立ち上がり目を見開くリィンを無視して、父は廊下を歩いていく。

 

 何か言うなら、今しかない。

 反論するなら今しかない!

 

 このまま話が進んでしまえば、リィンは【ARK×Drops】を抜けることになってしまう……!

 

「……! ――……っ!」

 

 でも、言葉が浮かばない。

 友達がいる今のチームを抜けたくないだなんて、子供染みた言い訳しか浮かばない。

 

 今やリィンはアークライトの後継者。

 カタナと一緒に、姉の背負っていたものを背負うことになった一族の顔。

 

 やがて、廊下の角を折れて見えなくなった父に一声もかけることができないままリィンはうなだれ椅子へともたれかかった。

 

「…………」

 

 託された、華美なカタナをぼーっと見つめる。

 

 煌びやかな意匠と文様。

 一見使いづらそうだがその実使い手のことをよく考えられている形状。

 

 今此処では試せないが、切れ味だってさぞ良いのだろう。

 

 レア度11に相応しい名刀だ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 このカタナで、沢山の敵を斬ってきたのだろう。

 沢山の人々を助けて、人望を集め、困難を乗り越えてきたのだろう。

 

 同じ武器を使えば、私にだってそれが出来るだろうかと自問自答。

 

「無理だ……」

 

 そして即断。

 今日一日だけで心が折れそうな自分にそんなことできるわけが無い。

 

「私には……重過ぎる。このカタナは……重過ぎる……!」

 

 返そう。

 私がこのカタナを持てるような人間に育つまで、父に預かってもらっておこう。

 

 そう決めるまで、そんなに時間は掛からなかった。

 

 今の私にこれを持つ資格なんて無い。

 

「お父さんは……遺体安置室かな?」

 

 廊下の角を曲がった先には確かその部屋があった筈だ。

 

 椅子から立ち上がって、カタナを両手で抱きしめるように持ちつつ歩く。

 

 遺体安置室と表札が書かれた部屋はすぐ見つかった。

 扉がわずかに開いており、そこから父のものらしき声も漏れている。

 

 あっさり見つかってくれてよかった、と扉をゆっくりと開けた。

 

「――……馬鹿野郎」

 

 いきなり罵倒されたかと思ったが、違った。

 

 死体安置室に居たのは、父と母。

 棺の中で眠る娘に向かって、父が何か語りかけているようだった。

 

「親より先に逝っちまうなんてとんだ親不孝者だ……」

「……おとうさ――」

 

 何かが地面に落ちる、音がした。

 

 リィンが手に持っていた『華散王』を、手から落としてしまったのだ。

 

 さもありなん。

 目の前に広がっていた光景は、リィンにとって信じられないものだったからだ。

 

 父が、ヨークヤード・アークライトが。

 

 

 リィンに泣くなと言った張本人が――娘の死体を前にして泣いていたのだ。

 

 

「――あ」

 

 目の前が揺れる。

 視界が赤く染まっていく。

 

 リィンの中で、何かが確実に壊れて崩れた。

 

「あ、ぁ、あぁああああ……!」

 

 走り出す。

 その場から、現実から逃げるように、走り出す。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 走る。走る。走る。

 会場を飛び出して、行き先なんて定めずにただ我武者羅に走る。

 

 走ってないと、壊れてしまいそうだった。

 脳内を無理やり酸欠にして、思考を真っ白にしないと死んでしまいそうだった。

 

 泣きそうだった。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ! げほ、はっ……!」

 

 走って、走って、どれくらい時間が経っただろう。

 

 三十秒くらいだったようにも感じるし、三十分くらいかもしれないし、三十年でもおかしくないと思った。

 

「はっ……! はっ……! あっ!」

 

 本来テレパイプを利用して行き来するような莫大な距離を走り抜けて、リィンは転んだ。

 

 足がもう限界に達していたのだろう。

 もつれるように地面に倒れこんでしまった。

 

「はぁ……ふぅ……ぜぇ……」

 

 身体を動かして、少しすっきりした。

 頭を真っ白にして、少し楽になった。

 

 現実逃避はお終い。

 

(此処、何処だろう)

 

 何せ本当に適当に走っていたのだ。

 

 現在地なんて分からなくて当然。

 リィンが辺りを見渡してみようと顔を上げると、

 

 

 そこにはシズクのマイルームへ続く扉があった。

 

 

「――――っ」

 

 無意識だったのか、それとも偶然だったのか。

 そんなことは分からない。

 

 でもリィンはふらりとその扉に近づいていく。

 

(…………)

 

 シズクなら、きっと。

 

 助けてくれるだろう。

 

 今自分の身に起きていることを一切合財隠さず話せば、力になってくれるだろう。

 

 全知の力を余すことなく振るって、全てを解決してくれるのかもしれない。

 

「……あ」

 

 右手が自然と扉へと伸びる。

 

 シズク。

 シズクシズクシズク。

 

 

 助けて。

 

 

「…………駄目だ」

 

 伸ばしかけた右手を、左手で止める。

 

 きっと今、シズクに会ってしまえば。

 

 私は泣いてしまうだろう。

 無様にも泣きついて、助けを乞うてしまうだろう。

 

 それは、それだけは、駄目だ。

 

 ――それは、今まで生きてきた十六年間への裏切りだ。

 

「きっと」

「メイさん辺りなら、これまで生きてきた十六年間よりこれから生きる一年間の方が大事だとか言うんだろうな」

 

 そしてきっとその通りだ。

 それでもこの場でリィンがシズクに助けを求めないのは、ただの意地(プライド)だろう。

 

 ああもう。

 本当に、死んだのが姉じゃなくて私だったら良かったのに。

 

 自嘲気味に呟いて、リィンは踵を返す。

 

 ここがシズクのマイルームってことはリィンのマイルームも近くにある。

 

 もう今日は、眠ってしまおう。

 自室に帰って、疲れた身体を癒そうじゃないか。

 

 明日のことは、明日考える。

 

 今はもう兎に角眠りたかった。

 

「リィン」

 

 そんな。

 そんなリィンの前に、一人の女性が現れた。

 

 黒いツインテール。

 黒いコート。

 

 赤い、瞳。

 

 『リン』が、リィンの通路を塞ぐように立っていた。

 

「……『リン』、さん?」

「…………」

「どうしたんですか? 何か、用ですか? ……でもすいません、今ちょっと疲れてて……」

 

 ふらふらとした足取りで、リィンは『リン』の横を抜けるべく歩き出す。

 

「……用があるなら、明日にしてもらってもいいですか?」

「リィン……」

 

 『リン』は、目を閉じた。

 そして腕を振り上げ、横を通り過ぎようとするリィンの首筋目掛けて――

 

 腕を、振り下ろした。

 

「えっ――」

「……すまない」

 

 首筋を殴打され、リィンは膝から崩れ落ちていく。

 

 視界が真っ黒に、真っ黒に、真っ黒に染まって。

 

 やがて意識を手放した。




下げて下げて下げて下げて下げたら、次は。


しかしリィンは純朴すぎるなぁ、ほんと。


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惑星シオン最深部

しかしマジでPSO2の原作知ってないと理解できない話になってそう。


「で、そろそろ説明してくれるかしら? シャオ」

「ん? 何が?」

「とぼけないで、アタシたちにこんなこと(・・・・・)をさせた理由よ」

 

 惑星ナベリウス・凍土エリア。

 その一角にある昨日雪崩が起きた現場――つまりは、ライトフロウ・アークライトが亡くなった付近にシャオと、そしてシズクを背負った(・・・・・・・・)サラとリィンを背負った(・・・・・・・・)『リン』が顔を突き合わせていた。

 

 シズクとリィンは、二人とも気絶していて起きる気配は無い。

 

「理由なら説明したじゃないか、シズクを守るためだよ」

「訊きたいのは、この二人を拉致することがどうしてシズクを守ることに繋がるのかってことよ。シズクなら全然元気だったじゃない」

「『守る』っていうのは何も死にかけているところへ颯爽と駆けつけるだけじゃないよサラ。このままじゃリィンとシズクは離れ離れになる未来が演算できた……それは防がないとマズイ」

 

 全く世話の焼ける子だよね、とシャオは笑う。

 

「訊きたかったのはそういうことじゃないんだけど……あまり時間があるわけじゃないんだからさっさと本題に入ってくれる?」

「分かってるさ、まずシズクを連れてきて貰ったのは……このため」

 

 シャオがそっと、シズクの肩に触れた。

 

 瞬間、海色の光が二人を包み込む。

 否、二人だけではなく、近場にいたサラもリィンも『リン』も巻き込んで、光が広がっていく……!

 

 そして。

 

 五人の姿は、凍土エリアから完全に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「――――ここ、は?」

 

 光に包まれて、目を開けると一行は海の中に居た。

 

 海、と言っても惑星ウォパルにあるような広大に広がるものではなく、もっとこう、別の何処かで見たような。

 

 そう、シズクの瞳の色と同じ色の空間に入っていると表現すべきだろうか。

 『リン』が辺りを見渡してもサラと自身が背負っているリィン以外誰もいない。何も無い。

 

「ここはシオンの中さ」

 

 少しして、海色の渦に包まれながらも眠るシズクをお姫様抱っこしながら、シャオが虚空から現れた。

 

「それも惑星シオンの最深部中の最深部、核と呼ばれるルーサーですらまだ辿りつけていないシオンだけの空間だよ。……僕だって、本来入ることは許されない」

「でも、シズクを『鍵』にすれば入れる、と。……なるほどね、シズクをルーサーに渡すわけにはいかないわけだ」

 

 ここなら、どんな秘密の話をしようとルーサーに漏れることは決してない。

 

 ルーサーによるシオンの『理解』が進んだ今、アムドゥスキアの龍祭壇奥地のようなルーサーの手が及ばずに……シャオとシズクの正体を彼に気取られることなくシオンと対面できる場所は此処しかない。

 

「……とは言ってもシズクが目覚めてしまえば全部おじゃんだ、仕方ないから今日は手早くことを済ませよう」

「いつもそうしてくれると本当助かるんだけどね……」

「さてじゃあ早速……その騎士(ナイト)様を起こしてくれるかい?」

「了解。おーい、リィン起きろー」

 

 ぺしぺしとリィンの頬を叩く『リン』。

 自分でやっといてなんだが強く気絶させすぎたかな? っと中々起きないリィンを辛抱強く叩き続けること数分。

 

「ん……ぅう……?」

 

 ようやく、リィンは目を覚ました。

 

 首筋に響く鈍痛に少し呻きながら、辺りを見渡す。

 起きたら全方位海色の空間の中に居て、アークスのエースに背負われてて師匠と謎の少年に囲まれていたリィンの心境は如何に。

 

 混乱する頭をどうにか回転させて、とりあえず背から降ろして貰って、一言。

 

 ここ何処ですか、と。

 口を開こうとした瞬間、リィンの視界に海色の渦に捕らわれたシズクの姿が目に入った。

 

「シズクっ!」

「おっと」

 

 駆け出そうとして、サラとリンに抑えられた。

 この二人に相手では、流石のリィンも突破は容易ではない。

 

「……っ! 離して、くださいっ!」

「落ち着け、シズクは眠ってるだけだ。私たちに害意は無い」

「ほんっとシズクが絡むと見境無くなるわねあんた……安心なさい、これは必要なことなの」

「必要? 一体何のためにこんなことを……!」

「君のお姉さんを生き返らせるためだよ、リィン・アークライトさん」

 

 不意に聞き覚えの無い声で名前を呼ばれて、そちらに視線を向ける。

 

 シャオとリィンの、目が合った。

 シズクより少し濃い色の、海色の瞳。

 

「……あなた、誰?」

「初めましてだね、僕はシャオ。遠慮なく呼び捨てにしてもらって構わないよ」

「シャオ……? えっと、あの、『リン』さんたちの知り合いですか?」

「ああ」

 

 頷く『リン』を見て、リィンは少しシャオへの警戒レベルを引き下げたようだ。

 

 真っ直ぐにこちらを見つめてくるシャオの視線から逃れるようにリィンは目を逸らし、ゆっくりと口を開いた。

 

「……姉を、生き返らせると言いましたか?」

「そんな畏まった口調じゃなくていいよ」

「質問に答えて」

「ああ、言ったとも。……そんなこと出来る訳無いじゃないとでも言いたげな目だね、まあ当然か」

 

 苦笑しながら、シャオはシズクの方へと視線を移す。

 

「でも出来るのさ。……時間が無いから細かい説明をしないけど、『リン』と、そしてシズクが居ればね」

「……?」

 

 首を傾げるリィン。意味が分からなくて当然だろう。

 

 時間を遡り、歴史を改変して姉を生かすなんて常識では考えられない荒業なのだから。

 

 荒業というより――神業か。

 

「シズクが居ればって……何それ、アナタはシズクが『何』なのか知ってるの?」

「知ってるよ」

「!?」

 

 こともなさげにシャオは言った。

 あっさりと、シズクが、『全知』が十四年間追い求めても知ることの出来なかった真実を。

 

 知っている、と。

 

「関係者だからね……いや、関係者というより血縁者か。少なくとも僕は、生まれたときからシズクのことを知っていた」

「け、血縁……? な、何を言ってるの……!? 貴方は一体……シズクの『何』なの……!?」

 

 その問いにシャオは。

 

 ゆっくりとリィンの方に振り返りつつ、答えた。

 

「僕は――

 

 

 ――シズクの『叔父』だ」

 

 

 叔父。

 母親の、弟。

 

「正確には、『叔父のようなもの』だけどね。僕は……シオンの『弟のようなもの』だから」

「叔父? 叔父って……叔父!? ちょっと待って、理解が、理解が追いついてなくて……」

「そして――」

「シャオ」

 

 気付けば、そのヒトはそこに居た。

 シャオの隣に、シズクの前に立つように、本当にいつの間にかそこに居た。

 

 白衣に眼鏡。

 一見黒髪の眼鏡美人といった風貌だが人間離れした海のような手足を持っている。

 

 シズクと同じ――海色の瞳の女性。

 

「準備が出来た。あまり余計なことは喋るな」

「シオン、久しぶり。……別に余計なことではないと思うけどね……」

「シオン……?」

 

 待って。

 さっきシャオは、何と言った。

 

 『僕はシオンの弟のようなものだから』。

 そうだ、シオンの弟だと確かに言った。

 

 そして、シャオがシズクの叔父だということは。

 

「アナタが――シズクのお母さん?」

「そう、シズクは彼女の――シオンの『娘』だ」

 

 その疑問には、シオンではなく、シャオが答えた。

 

 はっきりと断言してくれた。

 シオンの『娘のようなもの』ではなく――『娘』と。

 

「やめてくれシャオ。私に、彼女の母親を名乗る資格などありはしない」

 

 そう言って、シオンは手の平に青く光る何かを浮かび上げた。

 

 そしてそれを『リン』へと託し、一言。

 

「新しいマターボードだ。小さいが、ライトフロウ・アークライトを助けるだけならそれで充分だろう」

 

 それだけ言って、シオンの姿は掻き消えた。

 いや、此処はシオンの中なのだから姿が消えただけでまだ『そこに居る』のだろうが、そんなことを知らないリィンは焦りながら叫ぶ。

 

「ま、待って! まだ話は……!」

「終わってないけど、タイムリミットが近いんだ」

 

 がしり、と『リン』はリィンの腕を片手で掴んだ。

 もう片方の手には、マターボード。

 

 歴史を改変する力を持つチートアイテムだ。

 

「ライトフロウ・アークライトを助けに行く。一緒に過去まで跳ぶぞ、シャオ曰くあいつを助けるにはお前の力が必要らしいんだ」

「え、わ、わっ!?」

 

 ぐにゃりと空間が歪んでいく。

 マターボードを起点に、時空を越えるために。

 

「……ところで他人を巻き込んだ時間遡行って可能なの?」

 

 サラが、このタイミングで今更な疑問をシャオにぶつけた。

 

 しかしシャオはいつも通りの薄ら笑いで、その問いに答えを返す。

 

「普通無理だよ。でもまあ、リィンもリィンで特別性……ルーツにシオンがあるシオンの縁者だからね、多分可能なんじゃないかな」

「多分て」

 

 そのシャオの言葉はリィンには届かず。

 

 『リン』とリィンは、過去へと跳んでいったのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「……シズクが目を覚ませば全部おじゃんだと言ったけど」

 

 と、シャオは海色の空間の中で呟く。

 

 サラは別件の用事があるため帰らせた。

 シオンの核であるこの場に居るのは、シャオと、眠るシズクだけである。

 

「実はそうでもないんだよね……この場所ならルーサーにバレる心配はない。誰にも邪魔されず……母娘(おやこ)の語らいをしてもいいんだよ?」

「…………何度も言うが」

 

 姿は無く、声だけが空間内に響く。

 

 シオンの無機質で人間味を感じさせない声が。

 

「私にその子の母親を名乗る資格など無い」

「……生まれたばかりの僕だったら、同意見だったかもしれないけど、今はそんなこと無いと言えるよ」

「ほう?」

「どうだいシオン。寝ている娘の頭を撫でてみなよ、そうしたら僕の言いたいことも分かるかもしれないよ?」

「随分と、人間に近くなったな、シャオ」

「駄目だった?」

「いや、想定外だが――悪くない」

 

 そっか、とシャオは笑った。

 シオンは多分、笑っていないけど。

 

「もうすぐ私は消えてしま」

「させないよ」

「……言葉を遮るな。私が消えれば、シズクの能力(ちから)は大半が失われてしまう。ちょっと変わっている程度の、普通の人間に成るだろう……その時に、母親が人外だったという記憶(こと)なんて、彼女の人間でありたいという望みを遮るものにしかならない」

「シズクは、母親に会いたいという望みも持っているのに?」

「それは人間になりたいという根本の望みから漏れ出たものだろう? 自分が人間であることを知ればその望みだって消える筈だ」

 

 そんなことは無いと思うのだけれど。

 

 そう思うシャオだったが、言葉には出さない。

 人間の感情を学び、理解しているとされるシャオと違って、『観測者』として完成されているシオンに自身の意図は伝わらないことは、同族故によく分かる――。

 

 シャオはため息を一つ吐いて、立ち上がった。

 

「分かった。分かったよシオン、今日のところは引き下がる」

「そうか……だがおそらく二度と会うことは無いだろう」

「そうかもね。でもシズクとはもう一度会ってもらうよ」

「……?」

 

 シャオの右手から、海色の光が一条放たれた。

 それはシオンの海に混じり、解け、消えていく。

 

暗号(メッセージ)を残しておくよ、後で読んでおいてね」

 

 それだけ言い残して、

 シャオはシズクと共に海色の空間から姿を消した。




『娘のようなもの』じゃなくて、『娘』――。




本当もうやっとここまで来たって感じです。
失敗も後悔も反省点も沢山あったけど、EP2も残り僅か。

シオンの娘によって、原作とは異なることになる『再誕の日』
……の前に次回、アークライト姉妹編最終回です。


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死ぬほど嫌いで、殺したいほど尊敬してる

ガンガン更新していく。


「気持ち悪い……」

 

 時間を遡るという非常に貴重な体験を経てリィンが最初に漏らした言葉がそれだった。

 

 惑星ナベリウス・凍土エリア。

 白銀の世界の上に立って、今にも吐きそうな構えでリィンは雪に埋もれていた。

 

「え? 私全然平気だけど……」

「私、テレパイプを通るのもわりと苦手なんですけど関係ありますかね……?」

「あー、まあ感覚は近いかも……帰るときも同じ感じになるけど大丈夫?」

「ひぇぇ……」

 

 っと、そんなことを喋っている場合ではない。

 

 『リン』は辺りを見渡し、ライトフロウ・アークライトを探し始めた。

 

 しかし周囲には見当たらない。

 雪の状況を見るに雪崩は起きた後だろうし、場所だってちゃんと調べてから狙って跳んだわけだが……。

 

「二人で時間遡行した所為で、ちょっと軸がずれたか? 時間がずれてなかっただけ行幸かな……」

「うぅ……というか私着いてきた意味あるんですか? お姉ちゃんを助けるだけなら『リン』さんだけでも充分なんじゃ……」

「あるさ。助けるっていうのはピンチの時に颯爽登場して敵を倒すことだけを指すんじゃないんだよ」

 

 シャオの言葉を若干アレンジして、『リン』は言う。

 

「お前のお姉ちゃんとは何度か話したことがあるけどさ。何と言うか、どうやら私のこと敵視しているみたいなんだよね」

「えっ」

「いや、敵視っていうのは言い方が悪いか……どちらかというと、ライバル視だね」

 

 ああ成る程、とリィンは頷く。

 姉は『リン』がアークスになるまではゼノやゲッテムハルト等と並んで六芒均衡に次ぐ実力を持っていると評されていて、次期六芒均衡として抜擢されるのは当然とされてきたアークスのエースとでも呼ぶべき存在だったのだ。

 

 だが『リン』が現れて、状況は変わってしまった。

 エースの座は、瞬く間にライトフロウ・アークライトから『リン』へと明け渡されたのだ。

 

 そのことから姉が『リン』をライバル視しているのは仕方の無いことといえるだろう。

 

「何か『キャラが被ってる』とか言われてな、言うほど被ってないと思うんだけど……」

「そこなんですか!?」

「あと『最初リンって聞いたときリィンと空耳してぬか喜びしちゃったじゃない! よく考えたらリィンの卒業は来期だったわ!』とも言われたな、当時妹の存在を知らなかった私の混乱具合といったら……」

「なんかもうホント……すいませんうちの姉が……」

「……っと、シャオから連絡が来た。姉の場所が分かったぞ、こっちだ」

「あ、……はい!」

 

 走り出す『リン』を追って、リィンも走り出す。

 雪崩が起きた直後の雪上というのは相応に走りづらいものだが、流石と言うべきか二人とも特に苦も無く雪原を走っていく。

 

「ま、だからさ」

「?」

「知ってるんだよ、私も。あの姉が、どれだけ妹のことを想っていたのか。……変態性癖的な好きが混ざっていたことは私もつい最近知ったんだけども」

「…………だから、私が姉を助けるべきだと?」

「んーん」

 

 行く手を阻むように、キングイエーデが雪中から飛び出してきた。

 『リン』はそれを炎纏った杖の一薙ぎで蹴散らしながら、首を横に振る。

 

「助けるのは私がやってやる」

「……!」

「リィンが何をするかは、リィン自身が決めろ」

 

 何をするか。

 何をしたいか。

 

(そんなことを言われたって、こちとらまだ時間遡行ってマジなの? と疑っているような段階なんだけど……)

「――居た」

 

 しかしどうやら、その疑念は不要だったようである。

 

 白い雪世界に青色の髪を持った存在が二人。

 ライトフロウ・アークライトがクローン・リィンの首元にカタナを突きつけている姿が見えた。

 

「斬れるわけが、無いじゃない――!」

「ずっと! ずっとずっとずっと妹のために生きてきた! 妹だけを愛して生きてきた!」

「そんな私が――私がアナタを! アナタの姿をしたものを! 斬れるわけないじゃない!」

「っ――」

 

 姉の叫びを。

 涙の叫びを聞いて、リィンは足を止めた。

 

 姉が、泣いている。

 父も、泣いていた。

 

 その事実(こと)に、リィンの胸奥から言い様も無い感情が湧き上がってくる。

 

「……何なのよ、何なのよ、一体」

「……リィン?」

 

 色々な感情が、ぐるぐる回る。

 

 泣きたいし、嬉しいし、悲しいし、辛いし、喜ばしいし、ほっとしたし、怒りが沸いてくる。

 

 この感情は、一体何だ。

 この感情の名前は、一体全体何なんだ!

 

 分からない。

 分からないけど、これだけは言える――っ。

 

「『リン』さん」

「……?」

「姉を、助けないでください。此処に立って、余計なことはせずに見ててください」

「…………」

 

「姉は私が助けます」

 

 駆ける。

 雪原を全速力で駆け、今まさに大剣を姉の腹に突き刺そうとしている自分のクローンを――思いっきり蹴り飛ばした!

 

 不意を打たれたクローンの身体は、吹き飛んで雪積もる岩盤に衝突。

 その衝撃で雪は崩れ岩は砕け、彼女の身体は埋もれてしまった。

 

「はぁあああああああ! フォイエェ!」

「――え?」

 

 さらに、クローン目掛けて、雄叫びと共に火炎テクニックを放つ。

 

 フォトンは感情に呼応し、その姿を変える。

 自分でもわけ分かんないくらい感情が昂ぶっている今のリィンが放ったフォイエは、普段の数倍の威力を生み出し大きな爆発が起きた。

 

「はぁー……はぁーっ!」

 

 着弾を確認した瞬間、リィンはもうそちらに興味は無いとばかりに視線を姉へと移す。

 きょとんとしている姉を鋭い目つきで睨み、叫んだ。

 

「お姉ちゃん!」

「り、リィン……? 本物……なの?」

「本当、マジでこの……ふざけんな!」

「あいたっ!」

 

 ぺしりと姉の頭をチョップ。

 怒りの形相を崩さないリィンとは対照的に、ライトフロウは涙目でも少し笑っていた。

 

 嬉しそうに、笑っていた。

 

「何笑ってるの! 私は怒ってるんだよ!」

「な、何でリィンが怒ってるのよ……ていうか何でリィンがこんなところに……」

「私は……私は誰よりもライトフロウ・アークライトという姉を尊敬してるのに! 生まれたときからずっとずっと尊敬してた姉を、越えることが目標だったのに!」

 

 姉の胸倉を掴む。

 尊敬していて、大嫌いで、大好きで、憧れているけど嫌悪する姉を。

 

 泣きそうになりながら――それでも、泣かずに。

 ずっと抱えていた本音を吐露する。

 

「目標、だったのに……私のクローンなんかに(・・・・・・・・・・)負けないでよ(・・・・・・)!」

 

 ああそうだ。

 

 きっとリィンは姉が例えばダークファルスに殺されたとしてもここまで取り乱さないだろう。

 

 心が乱れたりしないだろう。

 仇討ちくらい考えるかもしれないが、葬式の場で何も喋れなくなるような無様を晒すことも無かった。

 

 だってリィンのコミュ障は、シズクによって大分改善されてきているのだから。

 

 ネガティブすぎる発言も、思考も、多分これが原因。

 

 雲の上の存在だった、姉を。

 シズクと二人、連携特化で越えようとしていた姉を。

 

 自分のクローンがあっさりと倒してしまったことに、リィンは憤っていたのだ。

 

 それこそ、心が壊れかけるほどに。

 

「あ――ああ、えっと」

「お姉ちゃんは……本当は『リン』さんより弱いかもしれないし、六芒均衡の方がもっと強いかもしれない……けど、小さい頃から私の中で『最強』はお姉ちゃんなんだから」

 

 だから簡単に負けないでよ、と。

 

 リィンは俯きながら小さく呟いた。

 

 ……幼い頃に抱いたイメージは、そう簡単に消えるものではない。

 リィンが姉のことをどれだけ嫌いになろうとも、広い世界を知ったとしても、

 

 

 ――『最強』のイメージは、姉だったのだ。

 

 

「…………うん」

 

 ライトフロウ・アークライトは頷く。

 しっかりと確かに、妹の言葉を真正面から受け止めて。

 

「分かった。ごめんね、そしてありがとう……」

「…………」

「約束する。私はリィンに負けるまで、誰にだって負けてやんない」

 

「だからいつか私を倒せるように強くなりなさい、愛すべき妹よ」

 

 姉のその言葉に、リィンは満足げに笑った。

 

 笑顔を浮かべながら、その場から消え去る。

 まるで最初からそこに居なかったかのように、瞬きの間に居なくなった。

 

 歴史改変、完了。

 リィンと『リン』は、現在(イマ)へと帰還した。

 

「……白昼夢、だったのかしら。……いえ」

 

 現実だ。

 岩盤に埋もれているクローンも、雪原に残った足跡も、ライトフロウの胸倉が乱れているのも。

 

 全部、リィンが確かにここに居た証だ。

 

「久々に、妹と話してみたわけだけど」

 

 落としたカタナを拾って、それを鞘に仕舞いつつ歩き出す。

 

 それと同時に岩盤の中からリィンのクローンが這い出してきた。

 流石にリィンを基盤にしているだけあって頑丈だ。

 

 でも……。

 

「比べてみると、一目瞭然ね」

「……お、ねぇ、ちゃ」

「アナタ、酷く出来が悪いわ」

 

 私の妹はもっと可愛い。

 

 そう言って、ライトフロウ・アークライトは妹のクローンを一刃の下に斬り伏せた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「やあリィン、お目覚めか?」

 

 自室のベッドで、リィンは目を覚ました。

 

 一瞬、全部夢だったのかと錯覚したがリビングのソファでルインが淹れたであろう紅茶を嗜んでいる『リン』の姿を見て、思い出す。

 

 現在に帰ってくるときの時間遡行の感覚があまりにも気持ち悪くて、リィンは気絶してしまったのだ。

 

 そして『リン』は親切なことにマイルームまで運んでくれたのだろう。

 

 いやはやなんとも、姉の事も含めていくらお礼を言っても言い足りないくらいだ。

 

 というか姉のことだけでもそうなんだけど。

 

「お姉ちゃんは……どうなりました?」

「生きてるよ。無事あの後任務を遂行して帰還したようだ」

「ほっ……」

 

 安堵するように一息吐いて、リィンは『リン』の対面に座るようにソファへ腰掛けた。

 

「……会いに行かないのか?」

「言いたいことは全部言いましたし……それに私、お姉ちゃん嫌いなんですよ」

「嫌いとな」

「ええ――死ぬほど嫌いで、殺したいほど尊敬してます」

 

 お姉ちゃんを倒すのは私の役目です、と。

 リィンは誇らしげに言った。

 

「……そっか。そりゃ自分のクローンなんかに取られてたまるかって感じだよな」

「……はいっ」

 

 納得したように頷いて、『リン』は紅茶を一口啜る。

 それを見てリィンはルインに「私にも紅茶一杯頂戴」と言ったら厨房から「葉が無いのでお湯でいいですか?」と返ってきた。

 

 いや、まあ別にいいけれど。

 相変わらず主の扱いが雑なやつだ。

 

「はいマスター、水道水を温めたやつです」

「……せめて天然水を使わない?」

「心配しないでください。『リン』様に淹れた紅茶は葉から水まで拘りに拘った一流の品です」

「それはほっとしたけどマスターにもそれの五分の一でいいから気遣いが欲しいわ……」

 

 文句を言いながらも、温かい水道水を飲む。

 別に美味しくは無いがとりあえずは喉が潤えばそれでいい。

 

「……随分変わったサポパだな」

「ええ本当に……まあ、もう慣れました」

「『リン』様、紅茶のおかわりは如何ですか?」

「紅茶の葉あるじゃない!」

「これは来客用です」

「はは……じゃあ二杯頂こうかな」

「承知いたしました」

 

 『リン』の指示通り二杯紅茶を注いできたルインからそれを受け取り、『リン』は片方を自分の元へ、片方をリィンに渡した。

 

 何故だ。何故私のマイルームなのに来客者気分になってしまうんだ、的なことを考えながらもリィンは紅茶を口に含む。

 

 美味しい。

 流石は一流の葉、勿論ルインの腕も関係あるのだろうが。

 

「それで、本題なんだけど」

「はい?」

 

 てっきりもう話は終わり、あとは優雅なティータイムと洒落込むのかと思っていたが違うようだった。

 

 『リン』は紅茶のカップを一旦テーブルに置くと、真剣な目つきで語り始める。

 

「歴史改変に成功したことによって未来は変わったわけだけど……、例えばそう、ライトフロウ・アークライトが死ななかったことによって昨日行った葬式はどうなったと思う?」

「あ……! えっと……無くなった?」

「そう、生きているのに葬式なんてする筈無いからね。だから歴史が改変されたこの世界では、誰もがライトフロウ・アークライトの葬式なんて歴史改変を行った当事者か特別な存在でもなければ憶えていないんだ」

「特別な、存在……まさか」

「そう、シズクはしっかりと憶えている。そしてそれをどうにかするのが今回の歴史改変における最大の難所といえるだろう」

 

 シズク。

 シオンの娘にして、シャオの姪。

 

「どうにかするって……頭をぶん殴って記憶を飛ばすとかですか?」

「発想が物騒だな」

「というかそもそも、シオンってヒト、あれは何なんですか? どうにも人間では無さそうでしたが……」

「さあ……私もよく分かってないけど凄いヒトだよ」

「よく分かってないんですか!?」

「ま、悪いヒトではないかな。信頼には値すると思うよ」

「『リン』さんがそういうなら……」

 

 信頼に値する人物なのだろう。

 人物なのかは――分からないが。

 

「私としては……あのヒトがシズクの母親だというのなら、シズクを会わせてあげたいです」

「それは駄目だ。少なくとも今はね」

「じゃあ何時(いつ)になったらいいんですか?」

「ルーサーを倒したら」

 

 ルーサー。

 流石にその名前は聞いたことがある。

 

 サラやマリア、ゼノたちの敵で、最後に残ったフォトナーで、アークスの元締め。

 

 そいつさえ打倒すれば、シズクとシオンを遠ざける必要も無くなる、のか。

 

「私も手伝います」

「力不足で邪魔だから駄目」

「ぐっ……」

 

 はっきりと言われた。

 取り付く島も無いとはこのことか。

 

 しかしこればかりは仕方が無い。

 シズクが参戦できないということは、リィンの戦闘力は半減以下だ。

 

 二人で一つの連携特化の弱点ともいえよう。

 

「私に任せておけ――私が、ルーサーを倒しシオンを助け出してハッピーエンドだ。……だから、それまで待ってろ」

「…………はい」

「ああ言っておくが、シズクにシオンの存在を匂わすのも駄目だぞ? あいつは察しが良いからな、何がどうなって気付いてしまうか見当もつかない」

「それはまあ……そうですね。……あ、それで最初の話に戻るわけですか」

「うん、今回の時間遡行の件を、どうにかシズクから誤魔化し通す方法を考えよう」

 

 あいつはライトフロウ・アークライトを助けるために私がリィンを連れて時間遡行をしたという情報からシャオとかシオンの存在を察してしまう可能性があるからな、と『リン』は言いながら端末を開きウィンドウを表示していく。

 

 流石にそれは過大評価なんじゃないかと思いつつも、シズクの察しの良さに関してはリィンですら未知数のところがあるので口出しせずに、リィンは紅茶を一口啜りいずまいを正した。

 

「一応、シャオから幾つかアイデアを貰ってるんだ」

「ふむ、期待できそうね」

「第一の案。『頭を殴って記憶を飛ばそう』」

「私と発想が同じじゃない」

「注釈として『ただし成功率は低いし失敗したときのリスクが高いのでオススメしない』と書いてある」

 

 そりゃそうだ。

 大体シズクを殴るという行為にかなりの抵抗があるのだ、却下却下。

 

「じゃあ第二の案。『葬式? え? 何それ夢でも見てたのかい?』と誤魔化す」

「…………」

 

 それで誤魔化せたら苦労は無いと思うのだけど。

 

 しかもシズクはアホっぽい外面こそしているが内面は『全知』なんてものが無くてもかなり頭の良い分類に入ってくるやつなのだが。

 

「まともな案は無いんですか?」

「待て待て案はあと一個ある。ええっと……」

「うばー! リィンー! 大変だーっ!」

 

 と、その瞬間だった。

 

 よりによってこんな時、こんなタイミングで――奴は現れた。

 

 赤い髪、まだ幼さを感じさせる顔、そして海色の瞳。

 

 シズクが、血相を変えてリィンのマイルームに飛び込んできたのであった。

 

「リィンのお姉さんの葬式が無かったことになってるっていうか死んでないみたいー!」

「…………」

「…………」

「あれ? なんで『リン』さんがいるの?」

「あ、ああ、えっと……ほら、その色々あってな?」

「ふぅん?」

 

 冷や汗をだらだら掻く『リン』とリィンを見て、シズクはそんな風に不思議そうに首を傾げる。

 

(どの程度だ)

(どの程度、今この状況を把握している――?)

 

 シズクの表情はきょとんととぼけているような顔だったが、そんなの参考になりはしない。

 今まさにこの瞬間にも、あの小さな脳髄に比例しない莫大な演算能力で解を導き出し、「ああ成る程」と口元を歪めてもおかしくない。

 

 それが『全知』ということだ。

 

 それがシオンの娘であるということだ。

 

「ねえリィン、リィンのお姉さんって死んだんじゃなかったっけ?」

「え、えっと……な、何言ってるのおほほ……」

 

 いけない。動揺して変なキャラが出てしまっている。

 

 しかしどうすればいいのか見当もつかない――何か無いか、何か、何か、何か……。

 

 そうだ。

 

「……『葬式? え? 何それ夢でも見てたのかい?』」

「…………」

 

 あろうことか。

 第二の案を採用したリィンであった。

 

「うばー、そっか夢かー……」

 

 ところが、案外シズクの反応は薄い。

 それどころかそれで納得したかのような振る舞いだ。

 

 おお、シャオ凄いじゃん、と。

 

 リィンと『リン』が心の中であの生意気な少年を絶賛した瞬間。

 

「そっかぁ……」

 

 シズクは、ほんの一瞬だけにやりと笑みを浮かべた。

 

 しかし一瞬の油断というやつだろう。

 成功してしまったと一瞬勘違いした二人は、あろうことかその笑みを見逃した。

 

 見逃してしまった。

 その、『何か』に気付いたかのような笑みを。

 




リィン「ちなみに第三の案って何だったんですか?」
『リン』「……『勢いでごり押す』、だって」
リィン&『リン』(碌な案が無い……!)


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再誕の日①

EP2ラストシリーズ開始。


「何であんな役に立たない案を『リン』に渡したの?」

「それはねサラ、どうせ歴史を改変した時点でシズクは時間遡行をしてライトフロウ・アークライトを助けたことには気付くからだよ」

 

 ルーサーとの決戦を明日に控え、

 最終準備を進めながら、この宇宙の何処かでシャオとサラはいつも通りの口調で言葉を交し合う。

 

「……は?」

「分かるんだよ、僕らは『観測者』だからね……観測される側とはそもそも視点が違うのさ」

「……ということは、誤魔化す必要なんて無い?」

「想像してごらん? あのシズク相手にどうにか誤魔化せと無茶振りされた彼女たちが、当てにしていた僕からのアドバイスが何の役にも立たなかったときの顔を……笑えるだろう?」

「嘘ね。あんたは性格悪いけど、そういうことで笑っちゃうようなやつじゃないでしょう」

「…………一心同体だし、分かっちゃうかー」

「長い付き合いと言って」

 

 作業の手を止めて、シャオはいつもの軽薄なものではない笑みを浮かべた。

 心の底から嬉しそうな笑顔だ。滅多に見せないそんな表情にサラは思わずシャオから目を逸らす。

 

「シオンは、シズクはこの件に関して関わらない方がいいと言った。そして僕も観測者の視点から言えばその通りだとも思った」

「…………」

「でもね、僕個人としては――シズクはシオンが消えてしまう前に会って話をするべきだと思っているんだ」

「……消えてしまう前に、って……あんたはルーサーからシオンを守るために今まで色々暗躍してきたんじゃないの?」

「……今から言うことを、『リン』には決して言わないで欲しいんだけど」

 

 シャオは一拍置いて、目を伏せながら言う。

 

「シオンを助けることは、もう無理だ」

「――!」

「僕だってこんなことを言いたくは無い……でも何度演算してもシオンを救えるルートが見えてこない」

「諦めるつもり!?」

「諦める気なんて毛頭無い。最後まで手は尽くすさ……だけど、もう殆ど『リン』やマトイが演算を超えた未来――ヒトならではの、演算外の行動によって奇跡を起こしてくれるのを期待するしかないのが現状だ」

 

 だから、一手きっかけを作った。

 奇跡というのは偶然ではなく人為的に起こすものだ――シャオはか細い一本の糸を張ったのだ。

 

「僕やシオンの隠蔽に、わざと隙を作った。シズクがそれを辿ることが出来たなら――展開は大きく変わるかもしれない」

「……そんなことするくらいなら最初からシズクを巻き込んだほうがよかったんじゃないの?」

「大変なんだよ、シオンにバレずに暗躍するのって。シオンはもう絶対的にシズクを巻き込みたくない派だからね」

「過保護ねー……」

「はは、その通りだね。さて準備は終わった、サラは帰って明日のために身体を休めておくといいよ」

 

 喋りながらも続けていた作業が、終わりを迎えたようだ。

 サラはふーっと疲れた風な息を吐くと、「そうさせてもらうわ」と言ってテレパイプを使いこの場から姿を消した。

 

「…………」

 

 一人残ったシャオは、空を見上げる。

 暗闇に爛々と輝く星々が浮かぶ、無限の宇宙を。

 

「シオン……暗号解けたかな? ……なんて心配はするだけ無駄か」

 

 思い浮かべるのは、彼女の中に入った時に渡したメッセージ。

 結構な長文を送ったが、要訳すればたった一行で済む弟からの言葉(しんせつしん)

 

「『最後くらい、少しだけ素直になってみたらどうだい?』」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝。

 

 シズクは一人、惑星ナベリウスの森林エリアに来ていた。

 

 サラから相談があるから会いたいという連絡があったのだ。

 

(うばー……、対ルーサー戦に関する、相談……だっけか)

 

 待ち合わせ場所に指定された巨木の幹に腰掛けて、シズクは両手で頬杖をかきながら思案する。

 

 考えることは、昨日のこと。

 『リン』が時間遡行を行い、ライトフロウ・アークライトが助かる歴史へと改変したことについてだ。

 

 歴史が改変された瞬間、「あ、変わったな」という感覚はあったのだが(我ながら反応が軽い)、それがどうしてかは分からなかった。

 

 『リン』さんがリィンの姉を助ける理由が不明だ。

 

 時間遡行を実行できる条件とか制限とかも分からない以上確かなことは言えないが、確かに『リン』さんの性質上助けられるなら誰でも助けるだろうけど……時間遡行なんていうチート臭い能力を使えるならもっと沢山のヒトを救えているはずだ。

 

 それこそ、『リン』さんの友達である両腕を失ったメイ先輩だって助けてくれてもよかったのに。

 

 ていうか助けられたのなら助けていた筈だ。

 それが出来なかったということは、出来なかった理由がある。

 

 絶対に。

 

 つまり逆説的に助けられる理由があるから助けたに違いない。

 

 それは何故だ。

 リィンの姉だということに理由があるのか?

 

(いや――)

(あたし、か?)

 

 そういえば昨日リィンのマイルームに電撃訪問したとき、明らかに二人は動揺していた。

 

(あたしに、隠し事があるってことか)

 

 さて、ライトフロウ・アークライトを時間遡行で救出することを隠す理由はなんだろう?

 別にシズクに隠す必要は、無いはずだ。いや寧ろリィンが力を貸している以上シズクは居たほうがいいに違いない。

 

(でも隠された)

(つまり……あたしには隠しておきたいことが絡んでいる……あたしの正体についてかな?)

 

 そういえばリィンが放った無茶すぎる言い訳……『葬式? え? 何それ夢でも見てたのかい?』だけど、これリィンが考えた台詞じゃないことは確かだ。

 

 口調がリィンのものじゃない。

 かといって『リン』さんでもない……もっと少年というか、

 

「……生意気な男の子って感じだよなぁ。うーばーばー……」

 

 でもそんな男の子、知り合いにはいない。

 

 じゃあ知り合いじゃないパターン。

 知り合いの知り合いに、そういう男の子が居て……リィンの交友関係じゃないだろうから『リン』さんの知り合い……数が多すぎて絞りきれないな。

 

 ……いや、絞りきらなくていいのか。

 

(私の全知に引っかからないヒトを、探せばいい)

(私に隠し事をしている……というか出来る奴はつまり私と似たようなことが出来る奴ってことだ)

 

 そしてそいつが全ての黒幕だろう。

 リィンに入れ知恵して、『リン』さんの時間遡行を手伝い、ライトフロウ・アークライトを助けることでリィンがアークライトを継ぐのを阻止し、間接的にリィンとシズクの仲を取り持ってくれた、つまり。

 

(あたしを助けようとした)

 

 私の知らないことを知っている……おそらくは、

 

「サラさんに知恵を提供しているやつ……ああそういえばサラさんってルーサーの元で実験台にされた過去があって、そこからどうにか逃げ延びたんだっけ?」

 

 その時どうやって逃げることができたんだろう?

 そしてどうやって生き残ることが出来たのか?

 

 んー……んー……。

 全知けんさくちゅーけんさくちゅー……。

 

「分からない」

 

 ってことはビンゴか。

 繋がってきた繋がってきた。

 

 そこでサラは『誰か』に助けられた。

 その『誰か』が、黒幕。

 

(『生意気な少年』で、『あたしに近い能力』を持っている誰か)

(その子があたしのことを知っている……?)

「……?」

 

 とまあそんな限りなく真実に近いところまで考察を掘り進めたシズクは、ふと気付いた。

 

 考えることに夢中になりすぎて気付くのが遅れたが、約束の時間を大幅に超えている。

 あれ? 待ち合わせ場所間違えた? と一瞬思ったがそれは無いようだ。

 

「サラさん、遅いなぁ……」

 

 端末を開き、連絡でも取ってみようとウィンドウを弄る。

 だがしかし、通話は届かなかった……いや、それどころじゃない。

 

 あらゆる通信が遮断されている。

 キャンプシップに戻ることも、助けを呼ぶことも出来ない……。

 

「え? あれ? うばー?」

 

 周囲にダーカーの気配は無いためダーカーによる通信妨害ではないようだ。

 

「おっかしいな……困った、これじゃ連絡を取るどころか帰れないじゃん……」

 

 呟きながら、まあ通信障害なら待ってれば直るだろうとウィンドウを閉じる。

 

 …………。

 ――シズクは知らない。

 

 今日が決戦の日(・・・・・・・)だということを(・・・・・・・)

 ルーサーを打倒すべく、アークス全てを巻き込んだ膨大な規模の戦いが起こることを。

 

 そしてそれ故に、シズクが介入できないよう此処惑星ナベリウスに『隔離』されたことを――ただし。

 

 ――隔離した理由は、それだけではない。

 

「うばー?」

 

 森林から漏れ出す木漏れ日と、涼やかな風が気持ちいい。

 

 シズクは若干うとうととしながらも、下手に動くより出現エネミーレベルが低いこの辺に居たほうが安全だと判断して大人しくサラの到着を待つことにしたようだ。

 

 

 

 

「全く……シャオも妙なことを思いつくものだ」

 

 そんなシズクの前に、小人が現れた。

 小人というか、サポートパートナーだ。

 

 白銀の髪から見える角と、左が青、右が赤な左右で瞳の色が違うオッドアイ。

 どちらもデューマンの特徴だ。そして服装は儀礼服のような黒色の戦闘服、エーデルゼリン。

 

 サポパ作成時にデューマンを選択したとき、プリセットの一つとして候補にあがる姿そのままだった。

 

 これを作成した主人が余程の横着者なのか、プリセットの姿が気に入ったのかまではシズクの知るところではなかったが……デフォルトそのままのサポパ自体はそこまで珍しいものではない。

 

「……すまない、隣に座ってもいいだろうか」

「うば? えっと、勿論いいけど……あなたは?」

「……通信障害で逸れた主人との連絡が付かなくなった。障害回復まで不安なので共に居て欲しい」

「うば、成る程そういうことか」

 

 事情を説明すると、シズクは唐突に現れた謎のサポパに対する警戒心をほんの……ほんの少しだけ下げたようだ。

 リィンほどちょろく警戒レベルを下げたりしない。

 突然の通信障害と、ちょうどよく現れたサポパの関係性を疑わないような神経をシズクは持ち合わせていないのだ。

 

「感謝する……」

「いいってことよ。どうせならお喋りして時間を潰そ。うばーん、あ、そうだまずは自己紹介だね。あたしはシズク、あなたは?」

「わたしは……シオンだ」

「シオン。……何だか……」

 

 懐かしい響きの言葉だと感じた。

 具体的な言語化はできないが、何だか胸が熱くなるような……。

 

 …………。

 ……………………。

 

(あ、思い出した。昔好きだった漫画のヒロインの名前だ)

「? 何か?」

「い、いや……何でもないよ。いい名前だなって」

「……そうか? 自分では考えもしたことなかったな」

「良い主人を持ったみたいだね、シオンの主人ってどういうヒトなの?」

 

 速攻で探りを入れていくシズクであった。

 

 こういうとき直ぐに全知に頼らないのは彼女の悪い癖だ。

 吹っ切れた今でも、初手からそれに頼ることはあまりしない。

 

 ……まあその根本には全知を使うと結構疲れるという微妙な事情もあるのだが。

 

「ふむ、そうだな……欲深く、好奇心旺盛で、適度に怠惰で傲慢なヒト、だろうか」

「うばー、それはまた人間人間してる人間だぁ」

 

 まるで人間の特徴を羅列したような人間である。

 逆に凄いくらい個性の一つも伝わってこない。

 

 その主人のことが羨ましいなぁ、とシズクは心の中で呟いた。

 

「主人とは仲良いの?」

「ああ、良い友人として接してくれているよ……少なくとも、わたしはそう思っている」

「友人かぁ、なんかいいね、そういうの」

「……シズクにも、仲の良い友人はいるのか?」

「…………」

 

 まあ、それくらい答えていいかと判断。

 

「うん、いるよ。沢山」

「そうか……それはよかった」

「よかった?」

「っ、ああいや、もしシズクに友達が居なかったら、自慢話になってしまったと思ってな」

「うばー、何それあたしが友達居なそうに見える?」

「い、いや、そういうことではない。謝罪する……不用意な言葉で誤解を招いてしまった。すまない……」

「うば。そ、そんな畏まって謝らなくても……気にしてないからいいよ」

 

 深々と頭を下げられてしまい、シズクは焦りながらもそう言った。

 

 悪いやつじゃないのかもしれないな、という考えが浮かぶ。

 何でかと問われると、それこそ何となくとしか答えられないのだけど。

 

 何となくこのサポパと話していると、嬉しい。

 

 落ち着く。

 

「…………」

「……うば? どうかした?」

「……いや」

 

 ふと気付くと、シオンはシズクの顔を凝視するように見つめてきていた。

 

 怪訝そうに首を傾げるシズク。

 シオンは見つめていることに気付かれたとバツが悪そうな顔をして目線を正面に戻した。

 

「シズクは……何と言うか、何だ。アークス、だよな?」

「うば? そりゃまあ、見て分からない?」

「何故、アークスになった? 危険な職業だ、怖くなかったのか?」

「?」

 

 妙なことを訊いて来るサポパである。

 何だか、暗にアークスになったことを責めているような口調だ。

 

「……母親を」

「っ」

「母親を探すのに、アークスが一番都合良かったから……あれ?」

 

 思わず、本音を口に出していた。

 本当は「レアドロのため」という第二の理由で無難に答えておくはずだったのに。

 

「ご、ごめん今の無し」

「……母親が居ないのは、寂しいか?」

「! …………寂しくは、無いかな」

 

 今度はちゃんと何を喋るかに気をつけながら、シズクは口を開く。

 

「義理だけどお父さんは居るし、友達だって沢山出来た。親友と呼べる仲間も居る」

「…………じゃあ何故母親を探す? 寂しくないなら探す必要も無いだろう」

「……そうだなぁ」

 

 文句を言いたいだとか、自分の正体を知りたいだとか、色々あるしきっとそれらは全部偽り無く本音なのだろう。

 

 こういう時何と言ったらいいのだろう。

 ……うん、そうだ、結局のところ。

 

「多分、会いたいから会いたいんだと思う」

「……!」

 

 それは。

 

 全然論理的ではない回答だった。

 

 会いたいから会いたい。

 理論も論理も関係ない――感情的な意見。

 

 ただの『観測者』では持ち得ない、人間の言葉だ。

 

(あ、しまった)

(またつい本音を吐露してしまった)

「…………」

「……ん? どしたの驚いた顔しちゃって」

 

 つい本音を零してしまったことを反省しながらシズクがシオンの反応を窺うと、彼女は目を丸くしていた。

 

 そんな答え、想像すらしていなかったとでもいいたげな表情である。

 

「――そうか」

「……?」

「……シャオの言うとおりだったな、最後に会えて……話が出来て――よかった」

「? 何を……」

 

 シオンは木の根から腰を上げ、立ち上がった。

 

 まだ通信障害は回復していない。

 それなのに歩いてシズクを距離を取っていくサポパを警戒するように、シズクは若干腰を浮かす。

 

「わたしは謝罪する」

 

 振り向かないまま、シオンは言う。

 

 海色の光を、その小さな身体から滲ませながら。

 

「……そして感謝する。生まれてきてくれて――ありがとう」

「……? …………――っ!」

 

 何のことか分からない、と首を傾げて、

 言葉の意味を考えて、考えて、考えて、

 

 気付く。

 

 演算、完了。

 全ての点と線が、繋がった――。

 

 

 

 

「――もしかしてあたしのお母さんですか?」

 

 

 

 

 だけど。

 

 シズクの声は間に合わなかった。

 後に残ったのは、抜け殻となったサポートパートナーだけ。

 

「…………っ」

 

 残された娘は、目を見開いたまま虚空を見つめることしかできず。

 

 後の世で、『再誕の日』と呼ばれることになる長い長い一日が始まるのであった。



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再誕の日②

 マザーシップ内部。

 オラクル全ての管制と演算を一手に担う、アークスの心臓と言っても全く過言ではない最重要施設である。

 

 当然ながらそんな施設故に防備はとても厚い。

 ダーカーは当然、一般のアークスでも近寄ることすら許されておらず当然六芒均衡でもない(そもそもマトイはアークスですらない)『リン』とマトイは本来その近寄ることすらできない立場にあるのだが……。

 

「ここが、マザーシップの中? なんだろう……すごく懐かしい。そんな気もするけど……」

 

 シャオの手引きにより、二人はマザーシップの入り口へと足を踏み入れていた。

 

 マトイはきょろきょろと興味深そうに青白く僅かに発光しているようなラインが入った壁や天井を眺めながら歩き、『リン』は周囲を警戒しながらマトイの前方を歩く。

 

 そんな二人の前に、すーっと浮き出るように一人の女性が現れた。

 

 シオンだ。

 眼鏡に白衣、つまりいつもの格好のまま、いつもの無表情で『リン』とマトイを交互に見る。

 

「待っていた、二人とも」

「事ここに至り、結末を迎える。わたしから、貴方への最後の依頼となる」

「マザーシップの中枢へと向かい。そこでわたしを……そこにいる、わたしを…………」

 

 しかし。

 喋るだけ喋って、シオンは消えてしまった。

 

「シオンさん!」

 

 マトイが叫ぶ。

 しかし声は虚しく響くだけで、マザーシップの奥へと消えていった。

 

「シオン……」

「シオンさん、どこ! どこに行ったの!?」

『……聞こえるかい、ふたりとも』

 

 消えたシオンを探そうと辺りを見渡す二人の通話端末に、少年の声が突如響いた。

 

 シャオの声だ。

 マトイは初めて彼の声を聞くからか、驚いているようだ。

 

「えっ、あなたは……?」

『シオンの弟、で納得しておいて。詳しいことを説明してる暇はない。はじまってしまったんだ』

 

 

 始まってしまった。

 それは勿論、ルーサーとの最終決戦が、だろう。

 

『シオンの核に入った時に幾つか情報を貰っておいたから決戦日は今日だと予測はしていたのが功を奏したみたい。サラたちもすぐに準備を整えてそちらに行くつもりだ。……だけど二人とも、気をつけて。おそらくルーサーは……』

『敵性存在が、マザーシップへ侵入しました。繰り返します、敵性存在がマザーシップへ侵入しました』

 

 シャオの通信を遮るように、オペレーターのブリギッタからのアナウンスが響き渡った。

 『リン』やマトイだけではなく、緊急クエストのときのようなアークス全体に伝えるためのアナウンスだ。

 

『アークス各員へ敵性存在の情報を……って、えっ?』

 

 プロオペレーターらしからぬ驚きの声をあげるブリギッタのアナウンスは一旦途切れ、そして。

 

 オラクル内部の各ウィンドウ――そして各地に居るアークスの目の前にレギアスの姿が映し出された。

 

『……聞こえるか、アークス諸君。六芒の一、レギアスだ』

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 惑星ナベリウス・森林エリア。

 

「このサポートパートナー、ハッキングされた痕跡がある…………でも駄目か、この子からそれ以上の情報は読み取れない……」

 

 倒れて動かなくなったデフォルト顔のサポパを十分程弄繰り回していたシズクだったが、やがてそう呟いて立ち上がった。

 

 こんなところに居る場合じゃない。

 直ぐにでもオラクルへ帰還しなければ。

 

(このままじゃ……このままじゃ……)

(救えない……どころか、親の死に目にも会えない……!)

 

 最後と言っていた。

 最後と言っていた……!

 

「……!」

 

 走り出す。何処かに救援用のシップが落ちていたり、墜落中でもいいからキャンプシップが無いかと走って探す。

 こういうとき、基礎体力を鍛えておらず、また歩幅が狭いチビの自分がうらめしい。

 

 草木を掻き分けて、湧き出るエネミーをスルーして、走り続けて――壁にぶつかった。

 

 壁?

 何で、森林エリアに壁が。

 

 結界が。

 

「さ、サラぁああああああああ!」

 

 今頃察したようで、シズクはサラの名を叫んだ。

 

「最初からあたしを此処に閉じ込めるつもりで……! くっそ! この!」

 

 ブラオレットを結界に叩きつけても、弾かれるだけで壊せそうに無い。

 火力が足りないのか……はたまた何か条件を満たす必要があるのか。

 

「全知で条件を調べ……られない! 隠蔽されている!」

 

 台詞に「うば」を入れる余裕も無く。

 焦りながら、シズクはブラオレットで結界を叩き続ける。

 

 射撃モードに切り替えて、撃ってもみた。

 しかし当たり前のように効果は無く、射撃音が虚しく響くだけ。

 

「どうしたらいいの……!? 通信障害が治れば……いや、多分この結界が通信を阻害してるからどちらにせよこの結界をどうにかしないと……! でも、これを壊す方法なんて……そうだ!」

 

 アサルトライフルを取り出し、フォトンを集める。

 射撃属性の攻撃で、最大火力を誇るフォトンアーツ。

 

「ウィークバレット……からのサテライト……カノン!」

 

 極太の光線が、空から降り注いだ。

 中型ダーカー程度なら一、二発で仕留められるほどの威力を持つサテライトカノン+ウィークバレットのレンジャー最強コンボ。

 

 それは、いともたやすく結界に阻まれ霧散した。

 

「そん……な……」

 

 こうなればもう火力の問題とかではないかもしれない。

 何かこの結界を解除する条件がある筈だ。火山洞窟や龍祭壇の隔離障壁を解除するためのキーアイテムを集めるEトラとか一定以上エネミーを倒すEトラとかああいった感じに。

 

 諦めるにはまだ早い。

 

 ここまで強靭な結界なら範囲はそう広くは無いはず。

 結界内を探し回れば解除するための何かがあるかもしれない。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 踵を返して走り出す。

 こういうときリィンの体力馬鹿っぷりが羨ましい。

 

 横っ腹が痛くなってきたのを我慢しつつも、走る、走る、走る。

 

 が、何か結界を解除するヒントが無いか周囲に目を配らせながら走っていたら眼前に迫っていた大木に気付かず、激突してしまった。

 

「いたた……めげない!」

 

 アークスといえど、シズクは防御力が高い方ではない(むしろ最低レベルに低い)。

 木にぶつかった程度の衝撃でも、痛みはあるしたんこぶは出来ないまでも赤く痕が残ってしまったが、まだ動ける。

 

 今度はちょっとスピードを落として走る。

 しかしやはり周囲をキョロキョロと見回ししながら走るのは危険だったようで、シズクはうっかりと小さな崖に足を踏み入れてしまい草木を掻き分けながら落下した。

 

 本当に小さい崖だったようで、着地にさえ気をつければビルの屋上からだって楽々飛び降りれるようなアークスにとって通行の問題にすらならないものだ。

 

「ぐぅ……!」

 

 シズクは、着地に失敗していた。

 崖の存在に気付けていれば話は別だったのだが、余所見に気を取られ不自然な態勢のまま落下すれば当たり前だろう。

 

 右足が、足首からあらぬ方向に曲がっていた。

 感覚が麻痺していて痛みはあまり無いが、それでもこれでは動けない。

 

「……この程度で、諦めてたまるか……!」

 

 アイテムパックから取り出したトリメイトを一本は飲み干し、一本は直接右足にぶっかける。

 

 見る見るうちに治っていく右足。

 流石アークスの科学力だ、テクニックなんか無くても問題ないぜ。

 

「……ん? テクニック?」

 

 まさか、と最悪の想像がシズクの頭を過ぎる。

 

 シズクのクラス構成はレンジャー/ブレイバー。

 当然テクニックは使えない。

 

 もしあの結界がそれを利用して作られたものだとしたら……!

 

「法撃耐性をとことんまで下げてその分射撃耐性と打撃耐性を上げているキーアイテムとか必要ない物理的な結界なのだとしたら……」

 

 攻撃は効かず、論理的に解く方法も無い。

 

 シズクを閉じ込めるための結界。

 

「……それでも!」

 

 諦められない。

 無駄だとしても、諦めることなんて出来ない!

 

 シズクは結界の壁へと駆け寄り、ブラオレットの剣モードで攻撃を叩き付けた。

 

 ウィークバレット+サテライトカノンの最強コンボすら簡単に弾いたこの結界は、おそらく射撃に対する耐性を最も高く設定されている筈だ。

 

 シズクのメイン火力は射撃なため、当然だろう。

 ならば打撃で攻撃を続ければ、いずれはこの結界を壊せるのではないかとわずかばかりの期待を込めて結界を叩く。

 

 叩く叩く叩く叩く。

 普段こんなに剣モードを酷使しないため、腕が疲れてくるが構わず叩く。

 

 打撃系のフォトンアーツ、もっと習得しておくべきだったと愚痴を零しながら結界を叩き続けていたのだが、しかし結界に傷が付いた感じはしない。

 

 何なんだこの高レベルの結界は。

 こんなのサラに作れるのか……!?

 

「……ああそうか、マリアさんも居るんだっけ」

 

 それに加えて、謎の生意気少年だって居る筈だ。

 一人なら弱小アークスであるシズクを閉じ込めるくらいわけないだろう。

 

 それでも。

 それでも諦めきれずにシズクは愚直に剣を振り続ける。

 

 グリップを握る手から血が滲んできても気にせずに、黙々と。

 

 泣きながら。

 

 涙と鼻水で、顔をぐしゃぐしゃにしながら。

 

「あっ」

 

 ガキン、と嫌な音がした。

 結界が壊れる音ではなく、手に握っているものが壊れる音。

 

 ブラオレットが、ずっと使っていた相棒が、根元から折れて背後の地面に突き刺さる。

 

 打撃攻撃手段も失った。

 本当の本当に、脱出の可能性が潰えた。

 

「リィンから貰った――ブラオレットが」

 

 がくりと膝から崩れ落ちる。

 

 震える手で地面に突き刺さったブラオレットの刃を手に取り、手元のグリップ部分と結合させてみようとしたが無理そうだった。

 

 完全にへし折れている。

 鍛冶職人にでも頼まなければ直ることはないだろう。

 

「考えろ――考えるのが、あたしの得意分野でしょう――」

 

 こんな状況になっても、シズクは諦めずに頭を回す。

 折れたブラオレットをアイテムパックに仕舞って、涙を拭ってから目を閉じて考える。

 

 でも、もう。

 考えても考えても、何も浮かんでこなかった。

 

「もう……無理なのかなぁ」

「ええ、無理でした」

 

 目を見開く。

 

 声が、した。

 する筈の無い、聞き覚えのある声が結界の向こう側から聞こえてきた。

 

「貴方はこの後結界から脱出するために色々と試すのですが、その全てが失敗。結界を解くことはできずこの場所で指を咥えたまま母親が消えるその瞬間を待つことしか出来ませんでした」

「…………なん、で……」

「その事を貴方は一生後悔することになります。もう気にしてないよと辛そうに笑う貴方の顔を見ることは、本当に本当に辛いことでした」

 

 何で貴方が、この場所に。

 そして何でそういうことを、過去形で語るんだ。

 

 まるで、見てきたかのように。

 

「だからワタクシは――この歴史を改変しようと思います」

「ルイン――」

 

 そこには、ルインが立っていた。

 リィンのサポートパートナー、ルインが。

 

 キャンプシップへと続くテレパイプを背に、一人。

 

「助けに来ましたよ、シズク様」



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再誕の日③

「オートパイロットを設定しました、この機体は自動でマザーシップに向かいます」

 

 ルインの用意したキャンプシップ内。

 シズクが壁を背に座り込みながら壊れたブラオレットを見つめていた時、運転席からルインが姿を現した。

 

 あの後、結界はルインが破壊した。

 どういった手段を使ったのかは不明だが、彼女が何かをしたと思ったら結界が崩れ落ちてしまったのだ。

 

「ルインは――何者なの?」

「おや、開口一番それですか」

 

 シズクの言葉に、ルインは口角をあげた。

 どういった意味合いの笑みかは分からない。

 

「当たり前でしょ、改めて貴方のことを調べてみても全然分かんないんだから」

「『全知』……ですか、そうですねぇ、確かに貴方の全知ではワタクシのことは分からないでしょうね。まあでも諸事情あって今はまだ話せませんが」

「うっわ、そういう全てを知っておきながらも『今はまだ話すときではない』的なキャラ最近は嫌われるんだよ」

「貴方も未来ではこんな感じですよ」

「いやいやそんな馬鹿な……未来?」

 

 おっと、とルインは手で口を塞いだ。

 

 挙動からして、口を滑らしたというよりもわざと漏らしたかのような感じである。

 

「未来……時間遡行……歴史改変……、貴方本当何者よ。もしかして今日この時、私がお母さんに会いに行けるように歴史を改変しに来た未来からの使者だったり?」

「いや、これはついでです」

「ついで!?」

 

 窓から宇宙を眺めながら、ルインはシズクの質問に答える。

 

 一体何のついでなのかは多分教えてくれないのだろう。

 でも、未来からの使者ということは否定しなかった。

 

 時間遡行。

 『リン』という使用者が居る以上、そんなことがあるわけないと否定するのは難しい。

 

 それにしたって疑問点は幾つか残るが……。

 

「うばー……まあ、いいや。訊かれたくないことは訊かないでおくよ」

「おや、いいのですか?」

「まああたしも訊かれたくないこと訊かれたら嫌だしね……」

 

 気持ちは分かる。

 誰にだって秘密の二つや三つあるものだ。

 

「ということでこの話は終わり。うばうば、マザーシップまでどれくらいかかるっけ?」

「三十分ほどですかね」

「三十分かぁ……ん? 待てよ、マザーシップって普通侵入不可能じゃなかったっけ? あたしは確かにマザーシップのデータベースにアクセスできるけど現地に侵入できるかと言われたら無理だよ?」

「心配ありません、ほら、そろそろ……」

『敵性存在が、マザーシップへ侵入しました。繰り返します、敵性存在がマザーシップへ侵入しました。アークス各員へ敵性存在の情報を……って、えっ?』

『……聞こえるか、アークス諸君。六芒の一、レギアスだ』

 

 ルインの台詞を遮るように、オペレーターからのアナウンスが響いた後、キャンプシップ備え付けのウィンドウにレギアスの姿が浮かび上がった。

 

 六芒均衡の最高責任者から直々の通信なんて、ただ事ではない。

 二人は一旦会話を打ち切ってその演説に耳を傾けた。

 

『緊急事態のため、唐突な連絡になってしまったことを詫びる』

『混乱も必至だろう。故に、私から説明を行う』

『……まず、該当の敵性存在は、不可解な外部組織との接触を持っていたことが確認されている』

『それは一度だけではなく、二度三度と行われていた』

『サポートパートナーへのハッキングを介しての交流も解析された』

「!」

 

 サポートパートナーへのハッキング、というワードにシズクはわずかに反応を見せた。

 母親の件もそうだが、今隣にいる未来から来たサポートパートナーが誰かにハッキングされているという可能性は無いか? とうい考えがシズクの頭に過ぎったからである。

 

 そう、例えば時間遡行で現代に来た未来の『リン』さんがルインをハッキングしているとか……いや、あのヒトならそんなまどろっこしいことせずに直接助けに来るはずだ。

 

 ううむ、分からん。

 と、今はレギアスの演説を聞かなければ。

 

『……それだけではなく、対話可能なダーカー種との接触もみられたとのことだ』

『絶対敵性存在であるはずのダーカーと、戦うことなく、だ』

『また、アークス内部に未確認未登録の人員を配し諜報活動を行ったとの報告もある』

『もちろん、かの者がアークスに多大なる貢献をしていたことは私も承知している』

『……それでもなお、アークスの敵性存在だと。そう……判断された』

『……繰り返す、諸君。アークスがそう、決めたのだ』

 

『……ここに、六芒の一レギアスの名において……絶対令(アビス)の行使を宣言する』

 

「……絶対令!?」

 

 絶対令――アビス。

 それは六芒均衡の持つ、アークスへの絶対命令権。

 

 命令に対する疑問すら抱かせずに命令を実行させるという埒外な権限である。

 

「まずい……!」

 

 何を命令されるか分からないが、今そんな命令を聞いている暇は無い。

 

 だが映像を強制シャットダウンすることすら出来ず、画面上に絶対令の発動を示す赤いアークスのマークが浮かび上がり――

 

『アークスに徒なす反逆者を……』

『キリン・アークダーティを抹殺せよ』

 

 目の前が、真っ白になった。

 

 絶対令発動。

 アークスであるならば逆らおうという意思さえ浮かび上がらせることすらできず、ただ命令を実行するだけの傀儡と化す。

 

「……さて、これでマザーシップへの道は開きました。何せ反逆者はマザーシップに居るんですからね。規制なんてかけるわけありません」

 

 ルインがのん気にそんなことを言った。

 

 どう考えてもそんな場合じゃないだろう。

 絶対令、絶対令だ。これから逆らうこともできず『リン』を抹殺しなければいけないんだ。

 

「あたし……あたし……『リン』さんと戦いたくなんてないよ!」

「じゃあ戦わなければいいじゃないですか。絶対令はシズク様に効いていないようですし」

「えっ」

 

 ルインの台詞に、思わずシズクは自分の両手を眺めたり、『リン』と出会ってしまったときにどうするかとかを考えてみて、

 

 気付く。

 絶対令効いてねえ。

 

「あ、あれー? これはあれかな、あたしが人間じゃないからとか?」

「絶対令は、簡単な命令なら兎も角対象の価値観を覆すような命令にはその命令を行使する上で相応に説得力、納得力がある理由や説明が必要なのです。何のためにレギアス様が『リン』さんが外部組織と何ちゃらとかダーカーと何ちゃらとか言って『リン』様を裏切り者扱いしたと思っているんですか……」

 

 ああそうか、とシズクはその言葉で察する。

 

 『リン』さんがアークスに害なすものである、という証拠をレギアスは流していた。

 でも、一般アークスは兎も角シズクにはあれでは証拠不十分だったのだ。

 

 不可解な外部組織――サラのことをシズクは知っているわけだし、

 対話可能なダーカーとの接触については分からないが、アークス内部の未確認未登録な人材――マトイのことだってシズクは知っている。

 

 ようするに、これだけの証拠じゃ納得できないということだ。

 

 『リン』に対する僅かな猜疑心すら生み出すことが出来なかった。

 

「てことはリィン辺りも絶対令にかかってない可能性があるか。……ちょっと通話かけてみようかな」

「あ、シズク様。どうかワタクシのことはご内密にお願いします」

「うばうば」

 

 そんな了承とも取れるような取れないような返事をして、リィンと通話するべく端末を弄る。

 

 数秒して、リィンと通信が繋がった。

 

『あ、シズク!? さっきのふざけた演説見た!?』

「うば、見たよ」

『今『リン』さんを殺そうと動き出してる連中を片っ端から体術で組み伏せて縛り上げてるんだけど……キリが無いわ! 何人か逃してマザーシップに行っちゃったし!』

 

 どうやら、リィンは無事だったようだ。

 一安心。シズクは自分も絶対令にはかかってないことを伝えると、リィンもまた安心したようで大きくため息を吐いた。

 

『ふー……よかったわ、シズクをねじ伏せる必要が無さそうで』

「ねじ伏せるって……まあ抵抗も出来ずやられるだろうなぁ」

『アークスシップなら武器も使えないしね、純粋な武術で私に勝てるやつはお姉ちゃんくらい……せやっ! また一人捕まえたわ。そういえばシズクは何処にいるの? なんか早朝から出かけていたみたいだけど』

「今マザーシップに向かってるところ」

『今すぐ私も行くわ』

 

 判断が早すぎる。

 まあ確かに、リィンは居たほうがいい、か……。

 

「うん、お願い。でもあたしが先に着いた場合待たずにどんどん奥に行っちゃうから、頑張って追いついて」

『了解』

 

 短い返事を受けた後、通話を切る。

 リィンが絶対令の影響を受けてなかったのは、かなりの朗報だ。

 

 あの子は素直だから、レギアスの言葉を真に受けてしまうかもと懸念していたが無用の心配だったか。

 

(成長してるなぁ、リィン)

「さて、じゃあマザーシップまでまだ暫く時間がありますし、何かお喋りでもして待ちましょうか」

「うば、なら教えて欲しいことがあるんだけど……」

 

 教えられることならいいですよ、とルインが頷いたのを見て、シズクは続きの言葉を紡ぐ。

 

「あたしのお母さんって、『何』?」

 



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再誕の日④

イベントクロニクルを何度も何度も見てる。


 ガンスラッシュが。

 ソードがパルチザンがワイヤードランスがアサルトライフルがランチャーがロッドがタリスがウォンドがカタナがバレットボウがテクニックがフォトンアーツが。

 

 アークスの使う、普段は味方である攻撃が一身に迫ってきている。

 

「くっそ、まさかアークスと戦うことになるなんて……」

「えっと、武器をスタンモードにするには……」

 

 マザーシップ内の駆けながら、『リン』とマトイは立ち塞がるアークスを蹴散らしていく。

 

 『リン』は炎のテクニックを使い、

 マトイは闇のテクニックを使って。

 

 尚、武器をスタンモードにしているため死者は出ないから安心だ。

 

 痛いものは痛いだろうけどそこはまあアークスだし我慢してもらおう。

 

「キリン・アークダーティを殺せ」

「殺せ、殺せ、殺せ」

「反逆者を殺せ」

「皆、ごめんね!」

 

 絶対令(アビス)の影響で瞳を赤く光らせたアークスたちを、鎧袖一触にして奥へと進む。

 

 マザーシップはそれなりに広い。

 しかし奥までの道のりはシャオがバックアップしてくれているうえに、意外と通路がしっかりしているのもあって迷うことは無さそうだ。

 

「マトイ、大丈夫か?」

「う、うん。思ったより戦えてるよ」

 

 攻撃の波が一旦途切れたところで、『リン』はマトイを心配するように声をかけた。

 

 マトイは案外平気そうだ。

 ていうか『リン』並みのテクニックをほいほいと使いこなしているのはどういうことなのか。

 

 疑問は尽きないが、今はそれに関して言及している場合じゃないし、記憶喪失のマトイに訊いたところで答えは返ってこないだろう。

 

「「!」」

 

 銃声が響き、反射的に飛びのく。

 突如、銃弾が二人の足元を抉った。

 

 音と弾数からしてアサルトライフルの射撃だろう。

 

 マトイを庇うように、『リン』が前に出る。

 すると柱の影から一人のアークスがのっそりと姿を現した。

 

「ふふふっ……あなたに向かって銃を撃つのは、久しぶりですねえ」

 

 黒い髪のようなヘッドパーツに、狂気に満ちた赤い瞳。

 病的な白い肌とスーツのようなボディパーツ。

 

 リサだ。

 絶対令に支配されていても、言動があまり変わっていないのが恐ろしい。

 

「まさか、お前とこんな形で敵対することになるとはな……」

 

 次いで、パルチザンを持った男アークスも現れた。

 黒いコスチュームに身を包み、髪を後ろで縛っている筋肉質なハンター。

 

 オーザ。

 普段はハンタークラスの指導官などをやっている名うてのアークスだ。

 

「……貴方のこと、信じてたのに。どうして、アークスを裏切るようなことを……?」

 

 さらにさらに、紫色のパッツンヘアをしたフォースの女性――マールーまで現れた。

 

 こちらはフォースクラスの指導官を担当しているほどの使い手で、『リン』も結構お世話になったヒトだ。

 

 三人とも、今まで蹴散らしてきた一般アークスとは桁違いの実力者である。

 

 鎧袖一触――というわけにはいかないだろう。

 

「……そんな! そんなことしてない! 『リン』は裏切ってなんかいない!」

「オレたちとて、そう信じたいが……殺してしまえば、関係ない」

「……全アークスに向けての開示情報で、証拠も示された。だから、殺してしまわないと」

 

 話が、通じない。

 絶対令の影響だろう……正気は、失われている。

 

「どうして……? おかしい……このひとたち。言葉も、気配も……!」

「無駄無駄無理無理、ダメですよお。もう、リサたちには何を言っても通じないんです。……わかりますかあ?

 『絶対令』ですよお。リサたちはもう、逆らえません」

 

 リサが何処か楽しそうに叫ぶ。

 相変わらず狂っててそこが彼女の魅力なのだが……今は何処かその狂い方も変……いや、いつもこんな感じの気がしてきた。

 絶対令とか頑張ったら逆らえるけどあえて狂ってるんじゃないかと勘繰ってしまいそうだ。

 

「三英雄のみなさんが言うんです。揃いも揃って、命令するんです。あなたを殺しなさい、って」

 

 リサが銃口を二人に向ける。

 緊迫感が高まっていくのを感じる……一触即発だ、もういつ戦闘が始まってもおかしくない。

 

「ま、リサは命令なんて別にどうでもいいんですが……ひとを殺すのは面白そうですからねえ」

「やっぱお前本当は洗脳なんてされてないけど、ヒトを撃ちたいから絶対令喰らったふりをしてるんじゃないだろうな」

「そーんーなーこーと、無いですよお。あなたが何を言っているのかリサちょっとよく分かりません」

 

 怪しすぎる。

 と『リン』がじと目でリサを見つめていると、背後から唐突に足音が聞こえてきた。

 

「『リン』さん。安心してください。私は敵じゃありませんよ」

 

 振り返る。

 そこには黄色い装甲を身に纏ったキャスト――フーリエがランチャーを持って立っていた。

 

 絶対令の影響で、瞳が赤く光っている。

 『リン』の敵であることは一目で分かった。

 

「私はあなたを殺して、あの子たちを守りたいんです。……そのために、殺させてください」

 

 全員が、武器を構える。

 刃が、銃口が、杖先が『リン』に向けって突きつけられた。

 

 戦闘、開始。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 戦闘、終了。

 

 鎧袖一触とはいかないと言ったが――楽勝ではないとは言ってない。

 

 『リン』の実力は最早アークス内ではずば抜けているし、マトイの実力は何故かそれに勝らずとも劣らずのものだ。

 四対二だとしても、負けるわけが無いのだ。

 

 殺す心配の無いスタンモードだからと安心して全力を出す二人の炎と闇のテクニックは、濁流のように四人を飲み込み多少の抵抗はされたものの十分も経たず戦闘は終了した。

 

「はぁっ……はぁっ……流石は『リン』、だが、殺す……」

「……敵対して、よくわかる。貴方の、強さ…………でも、殺さないと」

 

 満身創痍ながらも、まだ立ち上がろうとする四人――あ、いやなんだかリサだけまだ全然戦えそうだったが。

 

「四人がかりでこのざまですか。リサ、自信喪失しちゃいそうです。ねえ? ねえねえ?」

「…………」

「……わからない。ぜんっぜん、わからないっ! どうして、この前まで一緒に笑いあってた人たちが戦わなきゃいけないの?」

 

 まだ戦闘続行の意思を見せる四人に向かって、マトイは叫ぶ。

 記憶を失っているが故に、年齢不相応に純粋なのだろう。

 

 本当の本当に、分からないのだろう。

 

 もしかしたら絶対令のことだってよく分かってないかもしれない。

 故に叫ぶ。純粋に心の底からの思いで。

 

「それが命令だって言うんなら……そんな命令は、おかしい!」

 

 瞬間、マトイの身体は光り輝いた。

 何が起こったのか、『リン』にすら全然分からない。

 

「……そう、その通りですよ」

 

 真っ白な光が、やがてゆっくりと消えると、四人の様子に変化が起きていた。

 

 まずはフーリエから。

 構えていた武器を下げて、絶対令の赤い光が少しずつ消えていく……。

 

「そんな命令は、おかしいんです。なんで、そんなことにも私は……気付けなかったんでしょう」

「フーリエさん?」

「……お、オレは、何を。いや、戦っていたのは覚えているがあれは……オレだったのか?」

「……まるで、自分の中に別の自分がいたみたい……逆らえない、自分が」

 

 次いで、オーザとマールーの瞳からも赤い光が消えた。

 何故かはわからないが……絶対令が解けたようだ。

 

「んー……言われてみれば、泡沫の夢から、現実に引き戻された。そんな感じがしますねえ」

 

 そして最後にリサがそんなことをぬかしながら絶対令の呪縛から解き放たれたようだ。

 なんだか空気を読んで自分の力で解いたように見えるのはきっと気のせいだろう。

 

「まあ、夢は夢で楽しかったですしリサは結構満足しましたからみなさんが止めるのなら止めます」

「…………」

 

 このキャストは、ほんともう。

 トリガーハッピーにも程があるだろう。

 

「……それに、続きのお相手ならあっちのみなさんがしてくれそうですからねえ」

「え?」

 

 リサが新しい獲物を見つけたような表情で目線を横に逸らす。

 するとそっち方面の通路から、赤黒いエネルギーが漏れ出してきた。

 

 ダーカー因子だ。

 ――アークスの中枢たるマザーシップに鳥型ダーカーが出現した……!

 

「……ダーカー! どうして、ここに?」

『アークス各員に緊急連絡! 混乱に乗じたダーカーの襲撃だ!』

 

 マザーシップ内に、ヒルダのアナウンスが響く。

 流石にマザーシップへのダーカー襲来は看過できないのだろう。

 

『最終防衛ラインを突破し、マザーシップ内へと侵入している! 反逆者ともども、殲滅せよ!』

 

「最終防衛ライン突破だと!?」

「……今まで一度も突破を許したことないはずなのに、そんなに簡単に……?」

「反逆者のほうに執心しすぎて、本来の敵への対応をおろそかにしたんですか。はあまったく、ますますもって愚かで愚かで愛らしいミスです。惚れ惚れしちゃいますよお」

 

 ……最終防衛ラインを、突破すらしていないんだろうなと『リン』は思う。

 

 やつらは、最終防衛ラインの中に出現したのだ。

 ルーサーの眷属である、鳥型ダーカーは。

 

(ルーサーが最終防衛ラインの内側にいて、こうも容易く鳥型ダーカーが出現するということはそういうことだろう)

(ついに隠す気も誤魔化す気も無くなってるのかな……)

「それなのに、なおもダーカーと反逆者の処分を並行に考える。……まともな判断、できてませんねえ」

 

 そうこうしている内に、鳥型ダーカーが六人を囲い込むように数を増やしていく。

 一掃するには骨が折れそうだ。あまり時間を取られている場合じゃあないのだが。

 

「『リン』さん! 行ってください、この先へ!」

 

 その時、フーリエが、ランチャーを構えながら叫んだ。

 

「何が正しくて何が間違ってるのか私にはもう、わかりません。だから、あなたがやるべきだと思ったことをやり通してください!」

「フーリエ……?」

「それがたとえ、アークスに……ううん、『この』アークスに不都合なんだとしても……!」

 

「多くの人たちを救ってきたあなたの選択を、私は信じたい!」

 

 今まで、『リン』は沢山の人々救ってきた。

 それはもう、数え切れない程に。

 

 助けて、助けて、助けてきた。

 

「……行け! ここはオレたちが食い止める! お前達は……先に進め!」

「……罪ほろぼし、にもならないけどそれぐらいは、させてほしい」

 

 だから、『リン』は。

 けれど『リン』は。

 

「リサはですねえ、人間よりもダーカーが嫌いなんです。命令があろうとなかろうとなんであろうと、リサの狙いはただひとつ、なんですからね?」

 

 助けられる、ということに慣れていなかった。

 だから少しだけ呆けてから、こんな状況だが若干微笑んでマトイを連れ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「絶対令といってもこの程度か? いや、それ以外の力が働いた? ……まあ、どうでもいいか」

 

 そんなやり取りを、近くの建造物の上で眺めていた男が一人。

 

 ニューマン特有の長い耳と銀髪、それと目元のタトゥーが特徴的な男。

 

 ――ルーサーが、口角をわずかに歪めながら立っていた。

 

「どうせもう捨てる玩具の話だ。最後に奇抜な動きを見せてくれるならそれはそれで、面白い」

 

 彼こそが、全ての元凶。

 ハドレッドが暴走する原因を作り、惑星ウォパルの生態系を滅茶苦茶にし、ダーカーのクローン技術を確立し、

 

 シオンがシズクと交流することを、拒否する原因でもある。

 

「さあ、アークスよ、ダーカーよ。好きなだけ殺し合うといい。それくらいの自由は許してやるさ」

 

 懸命に頑張るアークスたちを馬鹿にするようにそう言って、ルーサーは姿を消した。

 

 ――アークスの命運を巡る戦いは、まだ始まったばかりである。

 




思ったより長くなりそう。


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再誕の日⑤

「着きました、マザーシップです」

「ありがとルイン」

 

 マザーシップの入り口に立ち、シズクは後ろ手でお礼を言いながら早速駆け出した。

 

 周りにリィンは居ない。

 ということは自分のほうが先に着いたのだろう。

 

 それならば置いていっちゃうと言ってあるので問題ない。

 

「お気をつけて、この展開にした場合どうなるかとかワタクシ欠片も知りませんので」

 

 ルインは着いてきてくれないようだ。

 どうやら彼女に戦闘力は無いらしい。

 

 そして演算能力も全知能力も持ち合わせていないがために、先の展開も分からない。

 

 なんて無責任な歴史改変だろうか。

 下手したら自分が消失するという可能性を考えなかったのか。

 

 言いたいことは色々あるが、兎も角。

 今は先行している『リン』さんに追いついて合流するのが最優先目標だ。

 

「待ってて……お母さん……!」

 

 マザーシップ。

 初めて来た場所なのに、懐かしい感覚で一杯だ。

 

(でもそんなの当たり前)

(だってあたしは――お母さんは――)

「うばっ!」

 

 立ち止まる。

 いや、勿論立ち止まりたくて立ち止まったわけではない。

 

 しかし止まらざるを、えなかった。

 

「ダーカー!? 何でマザーシップに……ルーサーか……!」

 

 マザーシップを我が物顔で闊歩する鳥型ダーカーが、そこかしこにうようよしていた。

 

 マズイ。

 シズク単体の戦闘力は正直低いと断定しても問題ないくらいだ。

 

 スルーして進もうにも数が多すぎる……ただでさえさっき走りまくって疲れているというのに!

 

「うばー……! こうなったらやるしか……」

 

 アサルトライフルを取り出て、構える。

 武装がこれしか無いのは心もとないが仕方ない。

 

「ピアッシングシェル!」

 

 貫通性の高い銃弾を放つ。

 相変わらず弱点を狙い打つことは得意なシズクの攻撃は、寸分違わずダーカーの弱点を撃ち抜き、貫通したその弾さえも後ろに居たダーカーの頭に突き刺さった。

 

 しかして、そのダーカーたちは消えない。倒しきれない。

 

 当然ともいえよう。このダーカーはルーサーが生み出した対『リン』クラス用のダーカー。

 

 つまり、難易度で言えばスーパーハード級のエネミーなのだ。

 

「…………やっぱ、一人じゃダメかぁ」

 

 攻撃の結果が分かっていたかのように、シズクは一人呟く。

 

 ダメージを受けたことによって怒るダーカーが、シズク目掛けてやってきた。

 たった一人でこの数、この強さのダーカーを相手取るなど無謀もいいところ。

 

 だから。

 シズクは息を大きく吸って、目を閉じて。

 

 万感の思いを乗せて、叫ぶ。

 

 

「――リィンっ!」

 

 

 リューダソーサラーと呼ばれる死神の鎌のような武器を持ったダーカーが、黒いカマイタチを放った。

 

 シズクの薄い防御力ではとても耐え切れないほどの切れ味を誇るそれは、真っ直ぐにシズクへと迫る――!

 

「…………」

 

 でも、問題ない。

 ――もう、近くに居ることは知っている。

 

 だってシズクとリィンは――『繋がっている』のだから。

 

「シズク、これなら入り口で合流してからのほうがよくなかった?」

 

 そんな世間話をするような声のトーンで、彼女はシズクの目の前に現れた。

 

 黒いカマイタチを、ジャストガードで容易く受け止めて。

 シズクに向かって笑いかけながら、言う。

 

「ていうか、何でこんなところにダーカーが居るの?」

「……ルーサーの仕業だよ。あたしもこんなことになってるならリィンを待てばよかったって反省してたとこ」

「ふぅん……」

 

 さて、まあ、何と言うか。

 随分と久しぶりな気がするけども。

 

「うっばっば、じゃあ一丁――連携特化、見せ付けていこうか」

「うん」

 

 手伝って、とは言わない。

 手伝うわ、とも言わない。

 

 二人で一つの連携特化。

 

 シズクとリィンが、マザーシップの奥地目掛けて出発した。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 『リン』とマトイがダーカーと絶対令アークスを両方とも蹴散らしながら順調に歩みを進めていた。

 

 その時だった。

 

「うわ……厄介なのが居るな……!」

 

 通路を抜けて、そこそこ広い空間に出たところで『リン』は眉間に皺を寄せ呟く。

 

 そこに居たのは、一人の女。

 腰に差した美麗なカタナと負けず劣らずな美しい青い髪が特徴的な美女――

 

 

 ――ライトフロウ・アークライトが、道を塞ぐように立っていた。

 

 

「……助けたことを、後悔する気は無いんだけど」

 

 こうなるとやっぱ厄介だよなぁ、と『リン』は杖先をライトフロウに向ける。

 

 実は過去に立ち会ったことがある故に、その強さはよく分かっている。

 

 全力でやって、互角よりちょい優勢。

 勝てなくは無いが消耗することは必至。

 

 マトイと二人がかりだから、多少はマシかもしれないけれど……。

 

「……一つ確認させて貰いたいんだけど――」

 

 絶対令の赤い光を瞳に宿しながら、ライトフロウは言う。

 

「あの凍土で――私の元にリィンを送り込んだのはアナタ?」

「! ……気付いていたのか?」

「横目でね、アナタの姿が見えたから……そっか、うん、そっか……」

 

 ライトフロウは、何かに納得したようにしきりに頷いて、そして。

 

 赤い瞳のまま、『リン』に笑顔を見せた。

 

「それじゃあ、私はアナタの邪魔をしないわ」

「え……?」

 

 絶対令の影響下にあるというに、ライトフロウはそんなことを言い放った。

 

 まさか絶対令を弾いたとでもいうのか……いや、でもまだ瞳に赤い光が宿ったままだ。

 

 だまし討ちする気か……?

 と警戒する『リン』に向けて、彼女は微笑みながら言う。

 

「アークスにとってアナタが裏切り者だとしても、妹を助けてくれたアナタを私は敵だと思えないのよ」

「……は?」

「『リン』、私はね……世界より、アークスより、妹が大事なの」

 

 あらゆる事象は妹という絶対的な事柄の前ではゴミ当然よ、と。

 

 断言する究極のシスコンだった。

 

「じゃ、じゃあ……」

「通らせてもらう、ね?」

 

 半信半疑ながら、そう言ってシスコン姉の横を通ろうとしたその時。

 

「っと……」

 

 ぷるぷると、ライトフロウの右腕がカタナを抜こうと動き出した。

 

 絶対令を打ち破ったわけではない。

 故に目の前に居る『リン』を倒せという脳に刻み込まれた指令を、妹への愛で押さえ込んでいるのにも限界があるようだ。

 

 なんというか、当たり前だ。

 

 本来気力とか愛の力とかでどうにかなるものじゃないことをどうにかしているのだから。

 

「お、おい……? ライトフロウ、大丈夫か?」

「近づかないで。それ以上近づくと切りかかってしまいそう……あ、そうだ」

「?」

 

 良いことを思いついた、といわんばかりに頭上に電球マークを浮かべ、ライトフロウは右手がカタナを抜いてしまう前に左手でカタナを抜き放ち、

 

 ――欠片も躊躇せず、自身の右腕の腱を斬りつけた。

 

「……な!?」

「何やってるの!?」

「これで右手は使えない……あとは……」

 

 次いで、これまた躊躇せずにライトフロウは自身の左腕に噛み付いた。

 

 犬歯を上手く使い、こちらも腱を噛み千切る。

 痛みで、カタナが床に落ちた。ぽたぽたと流れる血から見て、両腕は回復しないと使い物にならないだろう。

 

「これで物理的にアナタの邪魔は出来ない……ほら、さっさと先に行きなさい」

「ど、どうしてそこまで……」

「何、ほんのお礼よ」

 

 両腕をだらんとぶら下げて、ライトフロウは微笑む。

 

「サラから……シャオって子から話は聞いたわ」

「! いつの間に!?」

「私たち姉妹の仲を取り持ってくれてありがとう。……あの子を助けてくれてありがとう。あとついでに私を助けてくれてありがとう」

 

 それがついでなのか。

 そうツッコミたいが、多分『リン』だって同じ状況なら同じ言葉を言っただろう。

 

 ああ成る程、キャラ被り、か。

 

「か、回復しなきゃ……!」

「いいのよ、回復したらアナタたちを襲っちゃいそうだから――だから早く、この先に行きなさい」

 

 マトイが回復テクニックを唱えようとしたのをライトフロウが止めた。

 

 それを見て、『リン』はようやく決心がついたかのようにマトイの手を引き走り出す。

 

「…………」

 

 二人の姿が見えなくなったのを確認して、ライトフロウはさてトリメイトを飲まなくちゃなとアイテムパックを開こうとして――開けなかった。

 

 そりゃそうだ。両手が使えないのだから。

 しまった、使えなくするのは右手だけでよかったかもしれない、と微妙な後悔をし始めたライトフロウの眼前に……。

 

 大量の鳥型ダーカーが出現していた。

 

「…………ったく」

 

 逃げてもいいが、逃げ道はあの二人が走っていってしまった方向にしかないし、あんな格好つけてモンスターをトレインしてしまったら情けないことこの上ない。

 

「……ハンデとしては、丁度いいわね」

 

 床に落ちたカタナを口で拾い上げる。

 両手が使えないなら口でカタナを咥えて戦えばいいといわんばかりに。

 

 ライトフロウ・アークライトは、ダーカーたちを睨みつけた。

 

 絶対令をその身に受けようと、アークスの最大使命はダーカーと戦うこと。

 

 故にその行為に迷いなんて無く、

 カタナを口に咥えた美女は、真正面からダーカーの群れへと突撃していった。




両手の使えなくなったキャラが、口に武器を加えて戦うのが好き。


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再誕の日⑥

 時は遡り、惑星ナベリウス・遺跡エリア結界内。

 

 シズクとリィンがサラに、

 ゼノがマリアに修行を就けてもらっている時。

 

「あっはっはっは! やるねえリィン! よく耐えるじゃないか」

「…………!」

 

 昂ぶりながら好き勝手パルチザンを振るうマリアと、その猛攻からかれこれ三十分ほど耐え続けているリィン。

 

 口を開く余裕も無く、本当にただ防戦一方なのだがリィンの限界は近そうだった。

 

 ――今日はサラが忙しいから三人がかりで掛かってきな! というマリアの言葉通り掛っていったら開始三分でシズクがやられ、十分でゼノがやられ、そしてリィンだけが残って防戦に徹しているという状況だ。

 

「…………すげぇよな、リィンは」

 

 そんな二人を傷だらけの姿で地に伏して眺めながら、ゼノはポツリと言葉を漏らす。

 

 同じように傷だらけのシズクが「?」と隣で首を傾げた。

 ゼノの方がよっぽどか強くて凄いアークスだと思うのだが。

 

「あそこまで姐さんの攻撃を捌けるやつは中々いない――正直なところ、羨ましいぜ」

「……うばば、そういえばゼノさんってレンジャーからハンターに転向したんでしたっけ。確かゼノさんは第二世代でしたよね? そりゃソードの扱いならリィンの方が一段上でしょうよ」

 

 アークスには世代という概念が存在する。

 種族としてまだ新参なアークスは、生物としてより繁栄しやすい形になっていくように未だ進化していっているのだ。

 

 シズクやリィン、あと『リン』辺りは第三世代。

 ゼノやエコーは第二世代。

 そしてレギアスやマリアは第一世代。

 

 詳しい説明は省くが第三世代であるシズクやリィンと違い、第二世代であるゼノはフォトンの傾向を変化させることが出来ず適正クラスというものが生まれたときから定まっているのだ。

 

 第三世代はハンターだろうとフォースだろうと何だろうと好きなときに好きなクラスに就くことが可能で、さらにその力を最大まで引き出すことが可能だが、

 第二世代は例えばゼノのようにレンジャーに適正を持つものが無理やりハンターになったところでハンターとしての技能は一部しか引き出せない。

 

 その代わり適正に添ったクラスにさえ就けば第三世代より大きな力が発揮できるのだが……。

 

 ゼノはレンジャークラスに適正を持ちながらも、ハンタークラスを選択しているのだった。

 

「いやそうじゃなくて……それもあるけど、『守る』ことに関しては絶大な才能の持ち主だろ、あれは」

「…………」

「オレは、それが羨ましい」

「…………」

 

 シズクは、ジト目でゼノを見つめてから……呆れたようにため息を吐きだした

 

「……な、なんだよ」

「そういえばゼノさんはレンジャークラスに適正があるのにハンターやってるんでしたっけ?」

「お、おう。話したことあったっけか? レンジャーじゃ誰も守れなかったからハンターに……」

「ばっかじゃないの?」

 

 思わず敬語の抜けたシズクが呆れた顔で、言う。

 

 海色の瞳が、淡く輝く。

 

「ば……!」

「守れなかったのは、当時(・・)のゼノさんが弱かったからでしょう。クラスの所為にするのはしょうもないですよ?」

「……いや、だって……!」

「一人で誰も彼も、何もかも守ろうなんて傲慢もいいところです。ゼノさんが本当に何もかもを守ろうと思うなら……そうですね」

 

 と、一拍置いて。

 シズクはゼノを真っ直ぐに見つめた。

 

「ゼノさんがレンジャーとして支援射撃、エコーさんが支援テクニック。そして後二人ほど……そうですね、前線で暴れられるファイターと暴れるファイターを嗜めながら同じく前線で戦うことのできるテクター辺りで固定パーティを組んで人助けをするのがいいでしょう」

 

 一人じゃなくて、皆で。

 お互いの欠点を補い合うようにパーティを組んで行動する。

 

「そのほうが、アナタ一人が頑張るよりよっぽどか沢山のヒトを救えますよ」

「…………」

 

 ゼノは、シズクから目を逸らして未だに戦っているリィンとマリアの方を向く。

 

 前線で暴れられるファイターと。

 それを嗜めながら同じく前線で戦うことのできるテクター。

 

 偶然じゃないのだろう。

 何処で知ったのかは知らないが、こいつは全てを知ったうえでオレにそう言っているのだろう。

 

 ゲッテムハルト。

 メルフォンシーナ。

 

 ああ本当に、どうしてそうならなかったんだろう。

 

 オレとエコーとゲッテムハルトとメルフォンシーナ。

 その四人でパーティを組んで、いつまでも一緒に、

 

 

 何で居られなかったんだろうか。

 

 

 答えはもう知っている。

 

「ああ――そうだな。その通りだと思う」

「…………」

「どうしてそうならなかったんだろうなぁ……」

 

 遠い目をしてそう呟くゼノに、シズクは何も言えず視線を逸らして未だ粘っているリィンを見る。

 

 六芒均衡の攻撃をずっと耐えているリィンも凄いが、マリアも凄い。

 なんであんな怒涛の猛攻をしながら息一つ切れてないんだ。いや勿論手加減はしてるんだろうけど。

 

 ……してるよね?

 

「……あ、そうだ。シズク、オレにはもう必要ないしこれやるよ」

「うば?」

 

 ゼノが突然思い出したようにそう言って、アイテムパックからアサルトライフルを一丁取り出して投げてきた。

 

 ヴィタライフル、と呼ばれるコモン武器だ。

 若干型が古いが、よく手入れされている。

 

「オレが昔使ってたアサルトライフルだ。ちと古いが強化はちゃんとしてあるし手入れも欠かしてない。

 下手なレア武器よりも上等な代物だぜ」

「うば、いいんですか……? あたしの持ってるアサルトライフル、初期装備のやつでしたしありがたいですが……」

「いいんだよ。ていうか何だ? ガンスラッシュ専門だったのか? なら余ってて役に立ちそうなフォトンアーツのディスクを分けてやんよ」

 

 そんなことを言いながら、ゼノは何枚かのディスクを取り出して渡してきた。

 

 急になんだ、餌付け(?)か、と焦りながらディスクを受け取り……そういえばこの感じと似た感覚を前に味わったことがあるような……と記憶を探ると、

 

 メイとアヤの姿が浮かんだ。

 

 尊敬すべき、先輩の姿が。

 先輩だからと、何かと世話を焼いてくれたヒト。

 

「先輩ってのは、後輩を助けるもんだからな。遠慮せず受け取っとけって」

 

 そういえばメイ先輩からもユニットを譲り受けたことがあったな、なんてことを思い出しながら。

 

「ありがとうございます」

 

 シズクは、笑顔でそれを受け取るのだった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「ゼノ、準備はいい?」

「ああ、いつでもOKだ」

 

 広い宇宙の何処か。

 ゼノは辛い修行生活にあったワンシーンを思い出しながら言った。

 

 聞けば、これから始まる戦いはアークスの存亡を賭けた戦いであり、

 

 そして後輩であり弟弟子であるシズクが深く関わっている戦いだというではないか。

 

「…………」

 

 ゼノは、自然と拳を握り締めていた。

 

(待ってろ、今)

(――助けに行く)

 

 瞬間、ゼノの身体はマザーシップへ転送され姿を消した。

 



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再誕の日⑦

 引き続き、マザーシップ内の通路をひた走る『リン』とマトイ。

 

 こうも同じ景色が続くと迷いそうになる。

 シャオがナビゲートしてくれてホント助かるなとかそういったことを考えつつ走っていると……。

 

「……来たね。『リン』。そっちのお嬢ちゃんは、連れか」

 

 

 ――見知った顔に、出くわした。

 六芒均衡の一人、マリアだ。

 

「……アークスの人! また、戦わないといけないの?」

「おっと、警戒する必要はないよ。六芒に絶対令はきかない。じゃないと均衡できないだろう?」

 

 マトイが警戒心をあらわにすると、マリアは安心させるようにそう言った。

 

「……それに、アタシたちの目的はどちらかといえば、アンタ達に近い」

 

 言いながら、マリアが上を見上げる。

 釣られてそちらに視線をやると、今しがた『リン』たちが通ってきたトンネルになっている通路の上から一人の男が降りてきた。

 

 『クローズクォーター』と呼ばれる戦闘服を彼が勝手に細部を改造した『ヒーローズクォーター』というコスチュームを身に纏う、強い眼力を持ったヒューマン。

 

 六芒均衡の六。

 ヒューイがマリアの背後まで跳躍して現れた!

 

「……斥候ご苦労、ヒューイ。で、どうだった」

「概ね予想通りだ、姐さん。三人が三人、準備万端で待ち構えているぜ」

 

 普段の言動のせいでテンションが高い変なヒトくらいの印象しかヒューイに持っていなかった『リン』が驚いたように目を見開く。

 えらく真面目な面構えで、ヒューイは斥候の結果をマリアに報告していく。

 

(おお、伊達に六芒均衡をやってるんじゃなかったんだな)

「ダーカーどころか、人っ子一人通す気なさそうだ……っておおっ!」

 

 と、そこでヒューイはようやく『リン』の存在に気付いたようで大袈裟に驚き、叫ぶ。

 

「君は君たちは! よくぞここまでやってきた! さあ、次の相手はこのオレ……」

「…………」

 

 感心した途端これである。

 

 しかし流石のヒューイも空気は読める……というか案外大人なところもあったりするので、上がりかけたテンションをすぐに下げて……。

 

「って、そういう状況じゃないな。お互いに」

 

 と、真顔に戻った。

 

「よくここまで来てくれた。……それと、道中助けに行けなくて、すまない」

「いやそんな……」

「言ってしまえば同じ六芒均衡の暴走に近いものだっつーのに、だ」

「…………」

 

 やだ。なんか真面目なヒューイとどう接すればいいか分からない。

 

 今まで彼のことをシズクと並ぶシリアスブレイカーだと認識していたけど別段そうでもなかったらしい。

 

「……だからアタシたちが止めてやるんだよ、ヒューイ」

 

「『リン』! 待って、待って待ってっ!」

 

 と、その時だった。

 

 突然聞き覚えのある声が、背後から聞こえてきたのだ。

 

 振り返ると、そこにはこちらに向かってくる一人のアークスが居た。

 

 赤と白のコスチュームに、金髪ツインテールのソードを背負ったアークス。

 

 エコーである。

 彼女は一般アークスであるため、絶対令を影響を受けている筈なのだが……。

 

 瞳が赤く光っていない。

 

「はあっ、はあっ……よ、ようやく追いつけた!」

 

 エコーが息を切らしながら『リン』とマトイの元へと寄ってきた。

 

 変わらずその瞳には敵意が見えない。

 どうやら絶対令は効いていないようだ。

 

「アンタ達を狙って、という感じじゃないね……なんだ、知り合いかい?」

 

 ゼノのことを昔から知っているということは、当然エコーのことも知っているのだろう。

 

「この二人を問いただす気なら全部片が付いた後にしてもらえるかい。そんな暇はないんでね」

 

 突き放すように、マリアはそう言った。

 彼女の実力も、マリアは知っているのだろう。

 

 しかしエコーは、渾然とした態度で言い返す。

 

「そんなことをしにきたわけじゃない。あたしには、あたしの目的がある」

「エコーさん……」

「あたしとゼノ……ううん、あたしはずっと、この子を見てきた。してきたことも、何もかも。

 だから、何か理由があるってこともわかる。それが今やらなきゃいけないことっていうのも、わかる」

 

 エコーは、真っ直ぐな瞳で『リン』を見た。

 『リン』もまた、その視線を真正面から受け止める。

 

「だからあたしは『リン』のやることを手伝うの。

 それが、あたしのよく知ってるお節介な先輩ってやつがこの状況でやりそうなこと、だからね」

 

 先輩は後輩を助けるものだと、彼は言った。

 

 そうして、『リン』、マトイ、マリア、ヒューイ、エコーの異色な五人パーティは。

 

 三英雄の待つマザーシップ中心部へと、歩みを進めるのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「ねえねえリィン! そういえばこの前ちょちょいと全知を探ってたら面白い必殺技を思いついたんだけど試してみていい!?」

「ん? 別に私は構わないけど何をすればいいんだ?」

 

 三つあるチート能力が四つに増えたのか、とちょっと期待しながらリィンは目の前のリューダソーサラーが振るった鎌を受け止めた。

 

 その瞬間、シズクはリィンと鍔迫り合いをしているリューダソーサラーの真下に潜り込み、無防備に晒された敵の腹部にあるダーカーコアに向けて銃弾を乱射。

 

 たまらず後退しようとするリューダソーサラーの身体をリィンが抑え、逃げられなくしている間にシズクはじれったくなったのか銃口をダーカーコアに突き刺して乱射を直接敵の体内へとぶちまけた。

 

 悲鳴をあげながら消えていくダーカー。

 その消滅を完全に待つことなんてせずに、シズクは起き上がるとリィンに向けて貫通弾(ピアッシングシェル)を放った。

 

 それをリィンは平気な面で縦に切り裂き、二つに分かれた弾丸はリィンの背後から迫っていた小型鳥ダーカー『シュトゥラーダ』二匹のコアをそれぞれ貫いた。

 

「名付けて『コネクトドーピング』! あたしとリィンの『繋がり』を利用してフォトンを受け渡しすることによって、一時的に片方を強くする荒業よ!」

「シズクの能力って大抵が荒業よね」

「百聞は一見に勝る――ってことでいくよ!」

 

 久々の連携特化でちょっと楽しくなって来たというかテンションが高まってきたシズクは、

 笑顔で奥地へと走りながらリィンに向けて手をかざす。

 

「うばー!」

「わっ」

 

 すると、リィンの身体が一瞬だけ白い光に包まれた。

 

 ハンタークラスは、体内のフォトン量がそのまま防御力に直結するクラスだ。

 

 謎技術によってシズクのフォトンが足されたリィンの防御力は、今ならば――。

 

「これは、凄いわね……」

 

 鳥人のようなダーカー、『グル・ソルダ』が持っているソードの一撃を、リィンは左腕で受け止めた。

 

 斬れていないし、怪我一つ無い。

 自分の身体が鋼か何かにでもなったような感じである。

 

「うっばっば、問題はあたしにフォトンを集中させても大して火力上がんないし耐久上がってもしょうがないから意味無いってことと、リィンに集中させてる間あたしがフォトンアーツを使えなくなるってくらいかな」

「メリットに対してデメリットが大きくない?」

「実際に使ってみて痛感してる」

 

 これはチートとは呼べないかなぁ……、と呟いて、フォトンを元に戻すシズク。

 

 使いどころがないことはないと思うので、一応覚えておこう。

 

「……ん? 何かこの先やたらダーカーが集まってるね」

「ていうか、誰か戦ってるみたい……、っ!?」

 

 リィンが何かを発見したようで、目を見開き駆ける速度を上げた。

 

 そこに、居たのは――

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 ――ライトフロウ・アークライトが、カタナを口に咥えダーカーと対峙していた。

 カタナを、口に咥え……咥え……。

 

「何で口で!?」

 

 ツッコミながら、リィンは姉を助けるべくダーカーの群れへと飛び込んだ。

 

 




シズクの新能力は、ゲームの【深遠なる闇】戦で発動するA.R.K.S.支援システムのちょっとした応用です。


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再誕の日⑧

イベント見ながらそれを文章に起こす作業が一番辛いっつーかめんどい。
どうせ原作やったことない人は見てないだろうから(中略)で済ましたい葛藤に駆られる。


 黒いカマイタチを屈むことでかわし、口に咥えたカタナでリューダソーサラーのコアを突き刺す。

 

 そしてそのまま、顎の力と首の力を利用した力技で回転。

 ダーカーコアからカタナを引き抜くと、その反動を利用した蹴りでリューダソーサラーを吹き飛ばした。

 

 あら、何だか手を使わなくても意外と戦えてるわ、とライトフロウが自分でも意外そうにしながらもさあ次の相手は誰だとばかり視線をダーカーの群れに向ける。

 

 その視界に、妹が入った。

 

「あっ」

 

 動揺して、思わず口からカタナが零れる。

 ダーカーの群れの向こう側にいる青髪は見間違うことなくリィンであり、そしてその隣に居るのは相棒であるシズクちゃんだろう。

 

「お姉ちゃん! これを……!」

 

 リィンが、ダーカーの隙間を縫って何かを投げつけた。

 

 それはよく見ると、タリスのようだった。

 そういえば我が妹はテクニックが使えるんだっけかとライトフロウは、

 

「レスタ!」

 

 零れたカタナを、手に取った。

 

「――カンランキキョウ」

 

 遠慮なくフォトンアーツを振るい、ダーカーの群れを一掃する。

 

 両手さえ自由なら、数十のダーカー程度物の数ではない。

 これでもアークス内ではトップクラスの実力者なのだ。

 

「お姉ちゃん! どうしてここに……」

「リィン……」

 

 姉と妹が、向かい合う。

 が、姉は即座に踵を返した。

 

 絶対令(アビス)による指令は、まだ有効なのだ。

 

 両手が回復し、『リン』と同列に並ぶ討伐対象のダーカーが居ない今、ライトフロウの身体は『リン』を殺そうと動き出す。

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん何処行くのよ!」

「うっば……! リィン! アナタのお姉ちゃんは絶対令に操られてる! きっと『リン』さんを倒しに行くつもりだよ! 止めなくちゃ!」

「…………」

 

 ともすれば。

 

 ライトフロウ・アークライトはこのとき再び両手を自傷し、自ら戦闘不能になれば絶対令から逃れられることができただろう。

 

 でも。

 それどころじゃないと分かっていて尚。

 

 姉は、妹に無言でカタナを向けた。

 

「リィン――私を止められる?」

「え?」

「これから『リン』を殺しに行く私を、止められるか訊いているの」

 

 リィンは――こんな状況なのに。

 一分一秒が惜しいこんな状況なのに、笑った。

 

 本当に嬉しそうに、笑った――!

 

「勿論、止めてみせるわ」

 

 それを聞いて、ライトフロウも嬉しそうに微笑む。

 

 分かっている。

 理解している。

 

 こんなことしている場合じゃないと。

 

 でも、一度火が点いた闘争心を抑えられる気がしなかった。

 

「シズク、私が何を言いたいかわかる?」

「……『ここは私に任せて先に行け』?」

「ええ、その通り」

「…………」

 

 この先の通路に、ダーカーの気配は無い。

 

 『リン』たちが殲滅した直後なのだろう。

 ここから先は戦闘の心配が無さそうだ。

 

「大丈夫? 連携特化じゃないと勝てる相手じゃないでしょう」

「『リン』さんが全てを解決するまで私が耐えれば勝ち、でしょ? それなら勝機はあるわよ

 私はマリアさん相手に一時間粘った女よ?」

「うば……確かに、そうだね……」

 

 言いながら、リィンはもう待ちきれないとばかりにソワソワしている。

 ふと見るとライトフロウも同じ感じでソワソワしているようだ。

 

 血は争えない。

 実は似たもの姉妹なんじゃないか、とシズクは呆れながらリィンを置いて駆け出した。

 

「負けたら承知しないからねー!」

 

 言いながら、シズクはライトフロウの横をすり抜けて奥地へと向かっていく。

 

 姉はそれを素通りさせて、でもリィンは通さないとばかりに通路を塞いだ。

 

「……ねえお姉ちゃん、もしかして絶対令効いてるフリしているだけじゃないの?」

「いやねぇ変なこと言わないでよ。『リン』は殺す。……殺すけど邪魔が入るならしょうがないしまずは邪魔者を排除しなくちゃいけない……ただそれだけでしょ?」

「……そーいうことにしといてやるわ」

「ねぇリィン」

 

 リィンに差し向けたカタナを鞘に一度戻しながら、ライトフロウは言う。

 

「ありがとうね、私を助けてくれて」

「…………」

「……私が死んだとき、どう思った?」

「ふざけんなって思ったわ。それと色々面倒なことになって面倒だなって」

「……悲しくは、なかった?」

 

 深く腰を落として、ライトフロウはカタナに手を添えた。

 それに対抗するようにリィンもソードを構える。

 

 息を吸い込んで、右足に重心を乗せて、駆けながら、

 

 

 リィンは叫んだ。

 

 

「――悲しかったに、決まってるじゃない!」

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃。

 

 マザーシップ中心部にて、『リン』たち五人を待ち構える者がいた。

 

 それは、アークス最強の三人。

 三英雄と呼ばれるマザーシップの守護神。

 

 レギアス、カスラ、クラリスクレイス。

 

 その三人と『リン』一行が、現在戦闘中である。

 

「……衰えてはいないようだな」

「それはこっちのセリフだよ。事務仕事ばかりしてたんならちょっとは鈍ってろ」

 

 レギアスvsマリア。

 

 アークス最強の男と、アークス最強の女。

 その二人が、互いに手を抜きながらの剣戟を交わしていた。

 

 手を抜くのは当然だ。

 この二人が本気でぶつかり合えば――少なくとも此処、マザーシップ中心部は消し飛ぶだろう。

 

「……ヒューイ。お前はどうして、そっちにいるんだ。私は、こっちにいるのに……!」

「クラリスクレイス……まだ、クラリッサの声を聞いているのか……?」

 

 クラリスクレイスvsヒューイ。

 

 ヒューイを慕う女の子と、クラリスクレイスの教育係。

 仲良し――である。故に、互いに手を出さず睨みあいが続いていた。

 

「……誰も彼も攻めあぐねていますね。本気でぶつかるわけにもいかずといった感じですか。

 まあ、レギアスとマリアさんが本気でぶつかったら、ここが消える。そんな事、するわけがない」

 

 そして。

 

 カスラvs『リン』&マトイ&エコー。

 

 三人からの攻撃を――カスラは華麗にいなしていた。

 

 防戦一方だが、リィンみたいな防御特化とは全然違う。

 

 いなし、すかし、誤魔化し、誘い、避ける。

 

 ただし攻撃はまるで児戯のようなもので、三人に決定的な攻撃を加えたりはしない。

 

 まるで時間を稼いでいるようだ。

 

 しかし。

 たった一人、エコーだけはその時間稼ぎの戦闘ですら苦戦し、地に膝を崩していた。

 

「クラリスクレイスも、アークスとの戦闘なんて考えていなかったでしょうし。ま、仕方がないでしょうね……そういう意味では、一番効率よく戦えそうなのは私なのですが……いやはや、そう上手くはいきませんね」

 

 カスラは言いながら、ちらりと目線を『リン』とマトイに移す。

 

「『リン』さん。そちらのお嬢さんも見事なお手前です。皆が一目置くのも頷ける」

 

 言って、今度は視線をエコーに戻した。

 

「ですが、そちらのかたは正直、期待はずれと言いましょうか……分不相応と言いましょうか……」

「うるっ……さいっ……!」

「才を見れば、補助役が適性なのに接近戦闘を試みるとは……ゼノさんの真似でもしているんですか?

 彼だって、本来の適性を伸ばしていれば【巨躯】との戦闘にあっても遅れは取らなかったでしょうに……『リン』さんの傍にいる方々は、こぞってそのように足を引っ張ってしまうんですね?」

 

 小馬鹿にするような、カスラの言葉。

 しかし、的は得ている。今のエコーは、『リン』の邪魔にしかなっていない。

 

 志は立派だろうと、そこに力が無くては何の意味も無いのだ。

 

「……でも、それじゃあ誰も守ることができなかった」

 

 エコーは苦しそうにしながらも、ゆっくりと顔を上げる。

 

「ゼノは生き残れたかもしれない。けど、他の人を守ることができない。それじゃ、意味がないの」

「なんだよ、よく分かってんじゃねえかエコー」

「当たり前でしょ、ゼノ。あたしが何年ゼノと一緒にいると……――え?」

 

 目を見開いて、振り返る。

 

 それと同時に、ぽん、と頭に手を置かれた。

 大きくて頼もしい、何よりも安心する手。

 

 ゼノの手が。

 ゼノが、そこに居た。

 

 六芒均衡の紋章を入れた赤と白の戦闘服に身を包んで、

 腰に見たことも無いほど鮮やかな闇色のガンスラッシュを携えて。

 

「よう、久しぶりエコー。それに、『リン』もな」

「…………! ぅ、あ……!」

 

 驚きすぎて、声が出ない。

 理解が後から追いついて、じわりじわりと涙が目尻に溜まっていく。

 

「悪いな、来るのが遅れちまって。この武器、なかなか言うこと聞かなくてギリギリになっちまった……」

「…………」

「……おい、エコー? エコー? エコーさーん?」

「ゼノ……」

 

 おちゃらけた様子で声をかけてくる彼に、ようやく一言搾り出せた。

 次いで、手に持っていたソードを地面に落として、目尻に涙を浮かべたまま手を振りかぶった。

 

「おっ、やっと反応した。なんだよ、その……」

「っ!」

 

 そして、ビンタ。

 ゼノの頬目掛けてエコーのビンタがクリティカルヒットした。

 

「ってえ! なにしやがる!」

「バカ! バカバカ! バカッ! 生きてたんなら連絡しなさいよ! すぐに帰ってきなさいよ!」

 

 あたしがどれだけ待ったと思ってるのよ! と。

 

 ひとしきり叫んで、エコーは倒れこむようにゼノの胸へと飛び込んだ。

 

 もう、色々と限界だったのだろう。

 意地と勇気だけで立っているような、状況だったのだろう。

 

 涙をボロボロと流すエコーの頭をゼノは優しく撫で、愚痴も気持ちも全てを受け止めて。

 

 エコーは戦線離脱し、ゼノが参戦した。

 

 新たな六芒の四の、初めての表舞台(おひろめ)である。



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再誕の日⑨

 激戦は続いている。

 

 レギアスvsマリア。

 クラリスクレイスvsヒューイ。

 カスラvsゼノ&『リン』。

 

 これまで創世器ではないワイヤードランスおよびガンスラッシュを使っていたヒューイとカスラも武装を創世器に切り替えて。

 

 全員、互角の戦いを繰り広げていた。

 

「っとと。流石、やりますねゼノさん。伊達に四を継いだわけではないということですか」

「よく言うぜ、地獄の特訓の成果を飄々といなしやがって」

 

 ゼノと『リン』の連携を軽々といなすカスラ相手に、ゼノは間合いを整えながら言う。

 

 さっきから、創世器を解放したにも関わらずどうにも攻撃が消極的だ。

 

 これは、おそらく……。

 

「……ようカスラさん。あんた、ケリつける気ねえな。

 さっきのエコーとの時もそうだったろ? 今度は何を待っていやがる」

「さて、何でしょうね……」

 

 やはり、時間稼ぎが目的なのだろう。

 

 何かを待っていることは確かだ。

 この状況下で、一体何を――。

 

 

『よし、よしよしよーっし! クラック成功ッ!』

 

 

 と、そのときだった。

 

 突如中空に、通信用のウィンドウが浮かび上がったのだ。

 

 ウィンドウに映っているのは、オレンジ色のツインテールが特徴的な美少女。

 

 今売り出し中のアイドル――クーナが顔面アップで映し出された。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

『はーい、アークスのみんな! 皆のアイドル、クーナです! ちゃーんと聞こえてるかなー!』

「はぁああああああ!」

「だぁああああああ!」

 

 クーナによる放送が始まる中。

 

 リィンとライトフロウは、剣戟を交わしあっていた。

 

 放送には目も暮れず、耳も貸さず、ただただ腕を振るい足を動かす。

 

 ライトフロウの全力。

 神速で振るわれる剣閃を、一つ残らず叩き落すリィン。

 

 次いでソードを叩き落そうと放たれたガードブレイクの攻撃もリィンには通じない。

 正面から受け止められない攻撃は、いなしかわし受け流す。

 

「あっはっはっは! 何よリィン! アナタのクローンなんて目じゃないくらい強いじゃない!」

「当たり前でしょう! あんなのと一緒にされたら困るわ!」

 

『任務で忙しい? まあそう言わずに、あたしからのメッセージ受け取って、くれるかなっ!』

 

 クーナがそう言った瞬間、二人の目の前にアークスがこれまでしていた悪行や、『虚空機関(ヴォイド)』のやってきた所業、そして『リン』がアークスの反逆者だということを捏造した情報改ざんの証拠が浮かび上がって――。

 

「「邪魔!」」

 

 それを映し出している自身の端末を物理的に破壊し、二人は戦闘を再開した。

 

『届いたかなー? 見たかなー? 見た感想は、いかがかなー?』

「アサギリレンダン――!」

 

 急接近からの、猛攻撃。

 目にも止まらぬ連撃すら、リィンは全て受け止める。

 

 そしてその連撃が終了した直後の隙に、リィンの手に炎が宿った。

 

「ラ・フォイエ!」

「っ!」

 

 顔面に向けて放たれた、ノンチャージのラ・フォイエ。

 例の如く威力は無いが、目を潰すには充分である。

 

 でも、この手は――クローンリィンが既に使った手だ。

 

『なんとなんと、敵性存在の証拠は全部が全部、嘘っぱち!』

 

「………………っ? ……!?」

 

 カタナに手を添えて、隙を衝こうとしてきたリィンを迎え撃つべく構えるライトフロウ。

 

 だがしかし、中々攻撃が来ない。

 もう煙も晴れて、折角視界を封じたのにそれを無駄にしたことになるぞ、と。

 

 クリアになった視界でライトフロウが見たものは、光のテクニックを手にチャージしているリィンだった。

 

「イル・グランツ!」

「っ!?」

 

 大量の星屑が、ライトフロウに降り注いだ。

 チャージしたところで、威力はそこまで出ない。

 

 しかし、イル・グランツという星屑を大量に飛ばすテクニックの最大の特徴が――混乱(パニック)

 

 状態異常の付与に、非常に適したテクニックなのである。

 そして状態異常の付与確率は、威力とは関係ない――。

 

「ぐっうぅ……」

「やぁあああああああああ!」

 

『まあ、気付いている人もいたみたいだけど、みんなさくっと騙されちゃってたよねー!』

 

 混乱は、前後左右が不覚になる状態異常。

 この状態でマトモに戦うことは、非常に難しい。

 

 ――けど。

 

「……丁度いいハンデだわ」

「なっ!」

 

 リィンの放った攻撃を、ライトフロウはジャストガードしていた。

 

 カタナのジャストガードはソードと違って受け止めるだけで終わらない。

 鞘でガードしたまま、カタナを抜き放ち回転しながら振りぬく――!

 

「『カウンターエッジ』!」

「痛っ……!」

 

『ほかにも、知らない情報が目白押し。アークスが……虚空機関が裏でやっていたことなどいーっぱい!』

 

 だが。

 リィンはそのカウンターすらも受け止めた。

 

 ジャストガードには失敗し、多少の痛手は受けたものの戦闘は全然続行可能だ。

 

「まだ終わらないわよね、リィン! 久しぶりだわこんな楽しい勝負! まだまだ私を楽しませて!」

「くっ……にやにやしちゃってまあ……! 混乱中なら少しくらい動き鈍ってよ!」

 

 言いながら――リィンもにやけていた。

 楽しそうに、笑っていた――!

 

『嘘だと思う? デタラメだと思う? だったら、ここにいるあたしは何かな? そこに書いてあるでしょ?』

 

 でも、勝ち目があるとしたら姉が混乱している今しかないだろう。

 

 少しは動き鈍ってよと言ったものの――前後不覚なのは確かな筈なのだ。

 

 数歩下がってみても追っかけてこないことから察するに、目の前から迫ってくる敵を迎え撃つくらいならできるけど、移動したり身体の向きを変えたりすることは混乱の仕様から難しい筈だ。

 

 さっきは正面から切りかかって失敗した。

 今度は姉の周りをぐるぐる回ってかく乱してやろう、とリィンが考えたと同時に、

 

 ライトフロウは、ゆっくりと壁際まで移動していた。

 

「……壁の隅を背に……!」

「これで正面から掛かってくるしか無いわね?」

 

 こちらの思考を読んでいるのか――いや、読む必要なんて無いだろう。

 

 何せ姉妹なのだ。

 思考は自然と似てしまう。

 

 左右後ろからの攻撃は封じられた……。

 ならばせめて――上!

 

 リィンは跳びあがり、全力のフォトンをソードに込めていく。

 それを見てライトフロウも迎え撃とうとカタナを両手で構え、ゆっくりと頭上まで振り上げた。

 

『みんな……いい加減目を覚ませ!』

 

「――オーバーエンド!」

「――カザンナデシコ!」

 

 絶対令を打ち消す絶対令を、クーナが放つ中。

 

 ソード最強のフォトンアーツとカタナ最強のフォトンアーツが、ぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 

「私の勝ち、ね」

 

 オーバーエンドとカザンナデシコのぶつかり合いにより、通路の一部が破損し粉塵が立ち込める中、ライトフロウ・アークライトは呟いた。

 

 カタナを鞘に収め、地に伏して倒れる妹に向かって歩み寄る。

 

「絶対令が寸前で解除されたから咄嗟にスタンモードに切り替えたけと大丈夫?」

「…………」

 

 リィンが、何かをボソボソと呟いた。

 

 それに気付いたライトフロウは、その言葉に耳を傾けて……。

 

「――――……私の勝ち、よ」

「……!」

「シズクを……守れたもの、アナタをここに押し留められたもの」

 

 それだけ言って、リィンは気絶してしまった。

 

 

「……やれやれ、敵わないわねぇ」

 

 今日のところは引き分けにしといてあげるわ、とライトフロウは負け惜しみのように呟いて。

 

 リィンを担ぐと、メディカルセンターに連れて行くべく戦線を離脱した。



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再誕の日⑩

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 マザーシップを、ひた走る。

 流石に息が切れてきて、足ももつれてきたけど走る。

 

 本当、こういうとき自分の身体の小ささと体力の無さが怨めしい。

 リィンのようなアスリート体型になりたい。

 

 そんなことを考えながら、やっぱり走る。

 

「うば?」

 

 走っていると、一際大きい広場に出た。

 

 まだ最深部という感じはしないけど……誰か居る。

 っていうか、六芒均衡の皆さんが居る。

 

 六芒均衡と、黒いクラリスクレイスの大群が戦っていた。

 

「…………は?」

 

 思わず素で首を傾げる。

 何がどうなってそうなるんだ……。

 

「ええっと……全知全知……あれ?」

 

 全知を使って状況判断しようとして、失敗した。

 

 また隠蔽でもされているのかと思ったが、どうにも違う……なんというか、全知そのものが封印されているような……。

 

 フォトンによる繋がりが、途絶えているような。

 

「…………時間が無い」

 

 ぽつりと呟いて、息を整えてから走り出す。

 

 演算、開始。

 上手いこと六芒均衡たちを盾にしてこの場を抜けるルートを導き出す――!

 

「……よし」

 

 完璧だ。

 完璧なルートが見えた。

 

 後はタイミングを計り飛び出すだけ……。

 

 一、二、三…………ゴー!

 

「うばっ」

 

 こけた。

 足がもつれて、こけた。

 

 そういえば自分の足が限界だということを忘れていた……!

 

「……シズク!?」

 

 ゼノが振り返る。

 そしてそれに釣られるように六芒の面々もまたシズクに注目を集めた。

 

「……へえ、来たのかい、シズク」

 

 マリアが炎を創世器で弾きながら、にやりと笑う。

 

「うっばっば、来ちゃいました」

「マリア、その娘は何だ?」

「弟子の弟子さ」

 

 レギアスの問いに、マリアはそう答えて彼と肩を並べた。

 

 武器を構え、黒いクラリスクレイス共を睨みつける。

 

「悪いがレギアス……あの子をこの先に送り届けるための道造りを手伝っちゃくれないか?」

「……それをするだけの価値が、あの娘にあると?」

「さあてね、価値なんて無いかもしれないあるかもしれない……でも、意味ならあるさ」

 

 そんな意味深なことを言って、マリアは創世器を構えた。

 次いで、レギアスも構える。

 

「シズク! 聞いての通りだ、アタシらで突破口をねじ開く。あんたは兎に角ここを走り抜けることだけ考えな」

「は、はい!」

 

 頷いて、走り出す。

 アークス最強の二人が作ってくれる道を――!

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 マザーシップ・深部にて。

 

 シオンは語る。

 

「ぽつんと存在した、海だけの惑星。

 海だけしかなかった、惑星。

 

 ……ふいに、そこへ知識が生まれた。

 

 知識を得たその海は過去から今までを……森羅万象を演算し、全てを知った。

 

 全てを演算しつくした、宇宙の観測者。

 

 フォトナーはその海と出会い、そして、その海に名を付けた。

 

 その名こそ、シオンという。

 

 フォトナーたちと出会い、わたしは観測者であることをやめた。

 

 わたしは彼らの言葉を覚え、積極的に交流をはかった。

 

 彼らを、理解しようとした。

 

 この姿も、そう。

 最初に触れたフォトナーの姿を真似たものだ。

 

 はじめてこの姿を見せたときの彼らの驚きようは……楽しかった。

 

 演算では得られない、ものだった。

 

 わたしは彼らに願い、わたしを……惑星自体を包み込む外装を作り、動けるようにした。

 

 それが今、マザーシップと呼ばれるこの巨大な移動惑星だ。

 

 これを作ったのもすべてフォトナーたちが為すことを見届け、共に歩むため。

 

 ……そうだ、わたしは浮かれていたのだろう。

 

 わたし以外の存在と出会えたことが嬉しかったから……間違った。

 

 観測者であることを忘れず交流も、接触もしなければ……このようにはならなかったはずだ」

 

 シオンは語る。

 浮かれていたと。

 

「フォトナーはけして悪ではなかった。彼らの行いは全体から見れば尋常ならざる進化を呼んだ。

 

 フォトナーがいなければダーカーは生まれなかっただろう。

 だがアークスも、生まれなかった。

 

 そう、フォトナーは欲深く好奇心旺盛で、適度に怠惰で傲慢な……正しい、人のあり方だった。

 

 観測者であることをやめ、彼らにフォトンの知識を与えたわたしの行いこそ、間違いだったのだ」

 

 シオンは語る。

 間違えたのは、自分だったと。

 

「……でも、それじゃ寂しいよ」

 

 でも、と。

 マトイはシオンの言葉を全て聞いた上で、そう言った。

 

 寂しいよ、と。

 

「それは、わたしには理解しかねる感情だ」

「そんなことない。シオンさんにだって、わかるはず」

 

 全知だから、知っている。

 寂しいという感情は知っているが、理解は出来ない。

 

 観測者は、感情を理解することが苦手なのだ。

 

 でも、マトイはそれを否定した。

 わかるはずだと、否定の言葉を全知に送った。

 

「わたしは……わたしは寂しかった。怖かったし、辛かった。誰かに助けてほしかった。

 『リン』が助けに来てくれたのは、その時。

 わたし、なにもかも忘れてたけど『リン』の名前と、その時の嬉しさは覚えてる」

 

 マトイは、たった一人。

 記憶が無いまま、惑星ナベリウスの森林エリアで眠っていたところを保護された。

 

 『リン』に助けられた。

 

「シオンさんだって、同じだよ。フォトナーと会えて、嬉しかったんだ。ひとりぼっちは、寂しかったんだ……」

 

 そう。

 

 

「シオンさんは、寂しかったんだよ」

 

 

 一人は辛くて、苦しくて、寂しい。

 

 寂しかった。

 

 世界に自分と同じ種族の生物がいない孤独感に苛まれていた少女のように。

 唯一信じていた姉を嫌いになって、信じられる人が居なくなった少女のように。

 

 シオンは、寂しかったのだろう。

 

「……君は……まさかわたしの縁者として、記憶を……?」

「ううん、そう感じるだけ……シオンさんの思いを、感じるの」

 

 寂しかったから、声をかけた。

 それは何も間違ってない。

 

「間違ったのはきっとそのあと。シオンさんだって、そう思ってる

 だから、その間違いを正すため『リン』とわたしを会わせてくれたんでしょ?」

 

 …………。

 マトイの言葉を受けて、シオンは目を閉じる。

 

 目を閉じて、何かを想うように顔を少し上に向けた。

 

「……ああ、そうなのか。最初にあった、欠落感。あれは……寂しさだったのか」

 

 観測者が最も苦手としているものが、自己観測。

 他者を観測することが何よりも得意とする全知の観測者は――自分の感情すら理解できない。

 

 だからシズクは自分のことを理解できないし、

 そして、母親であるシオンのことも理解できない。

 

 何故ならば、他者では無いから。

 

 勿論シオンだって、シズクの気持ちも理解できない。

 

 親の心子知らず。

 子の心親知らず。

 

「……シオンさん!」

 

 突然、シオンの姿が溶けるように消えた。

 

 マトイが思わず手を伸ばすが、間に合わずその掌は何も掴むことができず所在なさげに引っ込む。

 

「『リン』! はやく、奥に進もう!」

「ああ、急ごう」

 

 マトイの言葉に『リン』は頷いて、走り出す。

 

 マザーシップ最深部まで、あと少し――。



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再誕の日⑪

「ここが……マザーシップ最深部……シオンの中枢……?

 前来たときと、大分様子が違うようだけど……」

 

 マザーシップ・最深部。

 ルーサーの手駒の中で最後の砦だったテオドールとの白熱したバトルに勝利をし、ようやくここまでたどり着いた『リン』がぽつりと呟いた。

 

 その身体には、あちこち消耗した様子が見られる。

 当然だろう。テオドールと繰り広げた戦いは、それほどまでに苛烈で壮大だった。

 

 今まで戦ってきた相手の中で、一番強かったかもしれない。

 

 何度も死を覚悟したし、何度も勝利を確信した。

 逆転に次ぐ逆転を経て、最後に放ったマトイとのコンビネーションアタックが無ければ間違いなく負けていただろう。

 

 だがしかし、戦いはまだ続く。

 今から目の前にいるこの男――ルーサーを倒さなければいけないのだ。

 

 最深部の中心にて。

 謎の装置に囚われている全裸のシオンを嘗め回すような目で眺めるこの男に。

 

「……ここは不可侵の場だよ。どうやって入ってきたんだい?」

 

 ルーサーが『リン』とマトイに気付くと、尚余裕そうな表情で語りかけてきた。

 

 自身の目的を邪魔する存在がここまで迫ってきたのに、何故この男は全く余裕を崩さないのか。

 その理由はまだ、『リン』は知らない。

 

 そしてこれから知ることになる。

 

「それは……クラリッサか? 僕の作った紛い物じゃない。……本物、まだ残ってたんだね。

 それを手にする君は……なるほど、なるほどそういうことか」

 

 マトイの持つ白いロッド――『クラリッサ』を見て、ルーサーは何かに納得するように何度も頷いた。

 

 囚われのシオンの方へ向き直り、感心するように言葉を紡ぐ。

 

「シオン、君は君なりに動いていたんだね。全て無駄なのに、よくやるよ」

「し、シオンさんを離して!」

「……離す? ふふふっ、おいおい何を言ってるんだい?」

 

 マトイの嘆願に、ルーサーは微笑を崩さずに返す。

 狂気に満ちた瞳で、(わら)う。

 

「僕と彼女はもう二度と離れない。離れることなんて、ない。

 僕はね、ついに彼女を理解した。彼女と完全にひとつとなり……今こそ、全てを識る!」

 

 そう。

 

 ルーサーの目的は、全知の取得。

 シオンを自身に取り込み、この世の全てを知ることのみが、ルーサーの目的なのだ。

 

 サラもテオドールもゲッテムハルトもメルフォンシーナもカスラもクーナもクラリスクレイスもレギアスも――その他大勢の人々も、全て。

 

 彼にとっては、全知に至るまでの礎でしかない――いや、犠牲でしかない。

 

 ただの、駒だ。

 

 全知なんて要らないと叫ぶ少女がそのことを聞けば、怒るだろう。

 

 ルーサーは全知を得るためにヒトであることをやめて、

 シズクはヒトであるために全知を使わないように生きてきた。

 

 絶対に、二人は相容れることはないだろう。

 

「……あなたは、何を言ってるの」

「君達こそわかっているのか? 自分たちの目の前にいた彼女が、なんなのかを」

 

 理解できない、とばかりに困惑した表情を浮かべるマトイに、ルーサーは両手を広げながら言う。

 

「演算する海が生まれた意味。それは、宇宙の記憶保持、全演算……。

 ……そう、彼女こそ全てを識る存在! フォトナーが……いや、僕が追い求めた宇宙の理そのものだ!」

「…………」

「アークスも、ダーカーもありとあらゆる研究や実験はこの時この瞬間を迎えるためのもの!

 すべてはこの時のため。彼女を理解し、一緒になるため……そして、ようやくだ!」

 

 ギリ……ッと『リン』が歯を食いしばる。

 怒りの形相で、ルーサーを睨みつける。

 

 お前が――お前さえいなければ。

 お前のそのくだらない目的が無ければ、シオンとシズクは今頃……。

 

「僕は、彼女とひとつになる! 森羅万象を識る存在に!」

「そんなこと、させない……!」

 

 『リン』とマトイが、戦闘態勢に入る。

 もう語りは要らない。さあ、最後の戦闘だ――。

 

「――アークス風情が、頭が高いよ。まずは、跪きたまえ」

 

 しかし――戦いにすら、ならなかった。

 

 ルーサーが手を前にかざしただけで、二人の立っている場所に強大な重力が降りかかる――!

 

 マトイが膝を付き、倒れる。

 『リン』は膝こそ付かないものの、しかし倒れないようにするだけで精一杯だ。

 

「か、身体が……地面に引っ張られてるみたいに……!」

「おや、レギアスから聞いてないのかい? 僕は全ての管制を掌握している。重力をいじくるのだって簡単さ」

 

 ルーサーは、オラクル全ての管制を掌握している。

 それはつまり、オラクル内部の気温や重力値から、炉心・生命維持装置等全てにおいて彼の掌の上にあるということだ。

 

 今こうして、『リン』とマトイが立っている場所にのみ高重力をかけることだって、指先一つで実行できる。

 

 いや……それどころか、全アークスの命を奪うことすら、指先一つで――。

 

「わかるかな、アークスくん。もとより君たちの命運はずっと僕が握っていたんだよ。

 君たちがいままで生きながらえていたのは僕の気まぐれにすぎない

 

 僕がシオンと一つになった今。

 アークスは、用済みだ」

 

 そう言って、ルーサーは手を軽く振った。

 

 たった、それだけ。

 たったそれだけの動作で――。

 

 

『……アークスシップ管制、全喪失! 生命維持システムにも異常を感知! 各艦の環境設定が書き換えられて……!』

『そそっ、そんなそんなっ! 動力炉の異常加熱も感知っ! 言うことをききません! 制御不能!』

 

 オペレーターの悲鳴が、端末から響いてきた。

 

 ルーサーが、管制を弄ったのだ。

 アークスを全滅させるために。

 

『わめくな! どうにかするしかない! 諦めたら……全員死ぬぞ』

 

 オペレーター長・ヒルダの叱責が飛ぶが、もう彼女たちにはどうにも出来ないだろう。

 

 本当の本当に、アークスの命はルーサーの舌先三寸だったのだ。

 彼の気まぐれで、アークス全員を殺戮できるというのは、嘘偽りでも何でもない。

 

「レギアスたちが身を捧げてまで守ろうとしたアークスがこの様だよ。ふふっ、はははははっ!」

 

 ルーサーの哄笑が響く。

 余裕なのも当たり前だ、ルーサーは、こいつは、最初から勝っていたのだから。

 

 遥か昔から、大勢は決まっていた――!

 

「君たちが刃向かおうとしなければあるいはもう少し長生きできたかもしれないのに、残念だったね?」

「……どうして、こんなことを。わたしたちを、何だと思ってるの!」

「何だと言われても、君達アークスはもともと、僕たちフォトナーの玩具じゃないか?」

 

 アークスは、フォトナーが作り出したモノ。

 

 適当な惑星から自分たちと似た形態を持っていた種族を拉致して、フォトン能力を使えるように改造して生み出したモノなのだ。

 

「君達だけじゃない。この宇宙に広がる全てのものは僕にとっての実験場で、遊び場だ」

 

 かつて世界は、フォトナーの遊び場だったという。

 ならばこの宇宙で唯一最後のフォトナーであるルーサーが、そう主張するのは自然なことだった。

 

 勿論。

 納得なんてできないけど……!

 

「そして、玩具は遊び終わったら片付ける。……それは当たり前のことだろう?」

 

 もう語るべきことは語ったといわんばかりに、ルーサーは二人に背を向けてシオンに向き直った。

 

 遊び終わった玩具に、興味を示せなくなるのは当たり前。

 などと言っているようなその背中にテクニックの一つでもぶち込んでやろうと、『リン』は杖を握る手に力を入れるが照準が定まらない。

 

 重力が、強すぎる。

 油断すれば、潰れてしまいかねないくらい。

 

 耐えるだけで、精一杯だ……!

 

「……さあ」

 

 動け動け動け動け。

 今止めないとダメだ。シオンが、消えてしまう。

 

 取り込まれてしまう。

 それだけは、防がないと――。

 

 

「――お母さん!」

 

 

 聞き覚えのある、声がした。

 振り返ることも困難な身体で、どうにか背後を見る。

 

 そこには、シズクが立っていた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「シズク、なんで、ここに……」

「お母さん! お母さん! お母さん!」

 

 ようやく追いついた。

 ようやく、たどり着いた!

 

 『リン』やマトイの横を通り抜けて、シズクはお母さんを解放しようと一直線に走り出して――。

 

「待て、君は誰だ?」

 

 突如、強くなった重力に引っ張られて地面へと倒れこんだ。

 

 ルーサーが、管制を操作してシズクがいる場所の重力も強くしたのだ。

 

「見覚えの無いアークス……一般アークスか? お母さん? 今、シオンのことを指してお母さんと言ったのか?」

「…………お前か?」

 

 うつ伏せの状態から、どうにか顔だけ上げてシズクはルーサーを睨む。

 

 海色の瞳が、淡く輝きだした。

 

「その、瞳の色は――」

「お前が、お母さんをこんな目に合わせたのか……!?」

 

 管制(・・)掌握(・・)

 

 右手をグッと握る仕草と共に、シズクはルーサーが持っていたオラクルの管制を無理やり奪った(・・・・・・・)

 

「なっ……!?」

「あぁああああああああああああ!」

 

 瞬間、仕返しとばかりにルーサーの周囲を超重力にして、自分に降りかかる重力は通常に戻す。

 

 初めて、ルーサーの表情から余裕が消えた。

 瞬時にシズクはアサルトライフルを構え、銃身にフォトンを溜めていく……!

 

「エンド……アトラク――!」

「――舐めるなぁ!」

 

 重力に逆らい、ルーサーは右手を突き出してそこから風のテクニックを放った。

 

 凝縮された風の塊が、チャージをしていたシズクのアサルトライフルに直撃。

 銃は壊れ、その衝撃でシズクは背後に転がった。

 

「やれやれ……驚いたよ、まさかまだ君みたいな駒がシオンに残っていたなんて」

「あっ、くっ……!」

 

 その隙に、ルーサーはシズクから管制を奪い返したようだ。

 再びシズクの周囲に、超重力が襲い掛かりシズクは倒れこむ。

 

 千載一遇のチャンスを、逃してしまった……!

 

「このっ、このっ!」

「もう一度管制を奪おうとしても、無駄だよ。今度はさっきみたいに油断していない……さっき君がどうやってこれを奪ったのかも解析できた」

「くっ……うぅ……! お母さんを……お母さんを離せ……!」

「さっきも言っていたね、それ。全知存在であり、惑星であるシオンに娘など存在する筈も無いんだが……まあいい」

 

 全知を得ればそれも分かることだ、と。

 ルーサーはまたも、シオンに向き直った。

 

「や、やめて……!」

「さあ、シオン……惑星シオンよ、僕とひとつに……!」

 

 黒い稲妻を纏ったルーサーの手が、シオンを捕らえていた装置に触れる。

 

 その瞬間、装置のガラスのような結晶が割れ、中のシオンがルーサーに吸収されていく――!

 

「やめ、やめて……! やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 シズクの悲痛な叫びは、虚しく。

 

 シオンの全ては、ルーサーの中に溶けて混ざった。

 

 

 

 

「……素晴らしい。素晴らしい、素晴らしいぞこれは!」

「そん、な……折角、折角やっと、会えたのに……」

 

 ルーサーの、歓喜に満ちた声。

 そしてそれと対比するような、シズクの絶望に満ちた声。

 

 ぽたり、とシズクの目から涙が一つ零れた。

 それを境に、堤防が決壊したかのようにシズクの瞳からは涙が留まることなく流れ出し、口からは嗚咽が漏れる。

 

 そしてそれを掻き消すようなルーサーの歓喜の声が、響いた。

 

「頭の中を、知識が駆け巡る! ああ、ああ! 破裂してしまいそうだ! この知識の奔流に!」

 

 海色の光が、ルーサーの周囲を包んでいる。

 ルーサーは、全知に至ったのだろう。掛け値の無い、全知に。

 

 

 ――全知なんてくだらないもののために、お母さんを取り込んだのか。

 

 

 そう、シズクは呟いた。

 誰にも届かなかった声量だったけど、確かに呟いた。

 

「ああ、そして――」

 

 ルーサーが、シズクの方に振り返る。

 全てを知った男が、嬉しそうに口を開く。

 

「君の正体も理解したよ、シオンの娘」

 

 『シオンの娘』と、ルーサーは言った。

 全てを理解した上で、そう呼称したという、ことは――。

 

「その様子だと、自分がシオンの娘であることは感覚的に理解できていても、自身の出生に関わる秘密は知らないようだね……何、無理は無い。シオンはどうやら君が君の正体に勘付く情報は意図的に隠蔽していたようだからね」

 

 なら教えてあげよう、とルーサーは嗤う。

 

 嗤いながら、言った。

 おそらくそれは善意などではなく、全知を使いこなすための練習の一環なのだろうけど。

 

 シズクが何よりも知りたかった答えを、口に出した。

 

 

 

 

 

 

「君の正体は、『シオン』だ。

 より正確に言うのなら――『シオンから零れた一滴の(シズク)』と表すべきだろうか」

 

 そして。

 語りは、始まった。



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再誕の日⑫

 約十四年前――惑星シオンから一滴の雫が零れた。

 

 それが、始まり。

 シズク生誕という奇跡の始まり。

 

 惑星シオンは海だけで構成された惑星だ。

 人類はおろか、魚類すら生息していない『全知の海』。

 

 外的な要因が無ければ、そんなこと起こるわけもない。

 

 絶無にして皆無。

 そんな奇跡が起こったのは、一重にシオンの仕業だった。

 

 そう、惑星シオン自身が、雫を零したのだ。

 

 当時、『マトイ』というアークスを作り出し、ダーカー因子の全てを彼女に背負わせてから彼女を消滅させようという計画に邁進していたシオンは思った。

 

 思ってしまったのだ。

 『果たしてわたしは、自らが生み出したこの娘のような存在を殺せるのか』、と。

 

 観測者として、冷酷な決断ができるのか、と。

 フォトナーの時のように、観測者としての責務を忘れてしまうのではないか、と。

 

 不安だった。

 不安だからこそ、切り離した。

 

 過ちを繰り返さないために。

 

 その昔、決して叶わぬ夢と諦めて根底に沈めていた、『ヒトになりたい』だなんて幼稚な夢と一緒に、

 シオンは自分の中の『ヒトらしさ』を切り捨てた。

 

 そして切り捨てられたシオンの欠片は、雫となって宇宙へと破棄されて消える。

 

 ――消える筈、だった。

 そう、消えなくてはおかしい筈だったのだ。

 

 シオンにすら予測できなかった――否。

 予測していても、起こり得るわけがないとその可能性を否定していた出来事が、起きた。

 

 切り離されたシオンの欠片が。

 消えていくだけの雫が、『ヒトになろう』としたのだ。

 

 『ヒトになりたい』という、根底にあった願い。

 

 それを叶えようと、動き出した。

 自我を得たわけでもなく、ただただ機械的に、そういうプログラムのように。

 

 切り離されたとはいえ、その雫は全知存在であるシオンの一部。

 フォトンによってシオンとの『繋がり』を作った雫は、全知へとアクセスすることができた。

 

 ヒトになるために必要な要素を分析後、全知の海を変形させ、構築。

 

 自身の体積でも構築可能な、生後間もない赤子をランダムに選出し、その人間の細胞やら体組織をコピーして全く同じ人間に――なれなかった。

 

 当然だ。

 人体の六割を構成する水は全知の海で賄えても、その他の体組織はそうもいかない。

 

 そこに出来たのは、ただ赤子の形をした海の塊だった。

 中身こそ人間だが、この化け物を人間と呼ぶものはいないし、そもそもこのままでは数十分後には消滅している仮初の命。

 

 シズクの誕生が、奇跡に奇跡が重なった出来事だと称する理由は此処だ。

 

 本当の本当に、奇跡だったのだ。

 雫がランダムで選んだ生後間もない赤子――異世界に存在する地球と呼ばれる惑星で生まれた赤子は、

 

 フォトンを感じ、操る才能に飛びぬけていた。

 それこそ、フォトンを肉眼で視認できる程度には。

 

 『生きたい』。

 そして、『ヒトになりたい』という純粋すぎる願いと『感情』に――フォトンは応える。

 

 応えさせる。

 変質させる。

 

 周辺宙域のフォトンを根こそぎ使い、雫はヒトとなった。

 

 体内に全知の海を持つことによる副作用として、類稀な演算能力とシオンに『繋がる』ことで全知へのアクセスが可能なヒトが。

 

 生まれながらの全知が、誕生した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「――まあ、より正確に言うならば君の願いを叶えるとき、フォトンは『エーテル』と呼ばれるフォトンが変質したエネルギーに変わっていたようだが……兎も角」

「…………」

「奇跡に奇跡を重ね、君は産まれた。

 

 シオンを模して作られたわけではなく、

 シオンのバックアップとして作られたわけでもなく、

 シオンによって作られたわけでもない」

 

 

 シオンの血と肉から産まれた(・・・・)子供。

 

 

「成る程、確かに君は――シオンの娘を名乗るに相応しい存在なんだろうね」

「…………」

 

 雫は、否。

 シズクは、何も言わない。

 

 ただただ目を見開いたまま、ルーサーをジッと見つめている。

 

 ルーサーの言葉を、黙って聞いている。

 

「僕がもしもっと早く君を見つけていれば……僕はすぐにでも全知へ至れたものを――いや、そうか、シオンが何かを必至に隠している感じがしていたが、君を隠していたのか」

「…………」

「ふふふ、滑稽じゃないか……『ヒトになりたい』という願いから産まれた存在な以上、『ヒトであること』が至上の存在理由になってしまう。

 なのに、生まれ持った全知の所為でどうしても観測者としての目線が入ってしまい、ヒトらしき感情が上手く理解できないだなんて……ふふふ、はははははは!」

 

 なんてお笑い種だ、とルーサーは嗤う。

 シズクは何も言い返せない。言い返さない。

 

 滑稽な人生だなんて、自分が一番思っていることだ。

 

「極めつけには、それだけ成りたがっている『ヒト』に、最初から成っていたというところが面白い! 自分が既にヒトであることにすら気が付かず、『ヒト』に成りたがるなんて愚かにも程がある!」

「……えっ」

 

 今、何て――。

 

「全知を生まれながらに持っていながらもこの体たらく……最早救いがたいな。

 やはり、全知を持つ者はこの宇宙に僕一人で充分だ」

 

 ルーサーの右手に、風が凝縮されていく。

 お喋りは終わりのようだ。あれを受けたら間違いなくシズクの身体は木っ端微塵になって消えるだろう。

 

 『リン』とマトイは、重力でまだ動けない。

 シズクも同じだ。尤も、シズクは動けたところでこの男には勝てないだろうが。

 

「此処で死ね、シオンの娘。同じ全知に至ったものとして、せめて苦しみ無く殺してやろう」

 

 『リン』が、何かを叫んでいる。

 マトイが、立ち上がろうと必至にあがいている。

 

 ルーサーが哄笑を浮かべながら、手を振り上げて。

 

 シズクは全てを諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

『――いいや、それだけは許さない』

 

 声がした。

 

 閉じた視界の向こう側で、聞いたこと無い筈なのに、懐かしい。

 

 そんな誰かの声が、シズクの耳へと確かに届いた。

 

『それだけは、させてたまるものか――』

「な……身体が……!」

 

 目を開ける。

 すると、どういうわけかルーサーの身体が振りかぶる体勢のまま止まっていた。

 

 まるで内側から、誰かに抵抗されているように。

 

 誰か?

 そんなもの、決まっている。

 

 シオンが、ルーサーの内側から彼の動きを阻害していた……!

 

「し、シオン……! 君か、君なのか……!」

 

 自身の内側に話しかけるルーサー。

 しかしシオンはそれに答えない。

 

 やがて。

 ゆっくりと、ルーサーが纏っていた海色の光が彼から離れて形を成していき……シオンになった。

 

 普段の研究員っぽい姿とは違う、囚われていた時の黒髪ストレートで裸同然の格好をしたシオンが、ルーサーとシズクを分断するような位置に現れたのだ。

 

「お、お母さん……」

 

 思わず、シズクが呼びかける。

 しかしシオンはシズクの方を一瞥すると、申し訳なさそうな――嬉しそうな――複雑そうな表情を見せると、すぐに視線を外して『リン』とマトイの方に向き直った。

 

「っ……!」

 

 シオンから、一瞬だけ光が放たれる。

 すると、『リン』とマトイを押し潰さんばかりに強くなっていた重力が一気に元に戻った。

 

 ああ、管制をルーサーの中に入ることで無理やり奪い返したのか、と。

 

 何が起こったのか理解できたのは、シズクだけ。

 ルーサーだって、もし冷静ならば理解できただろうが、今はそれどころではなさそうだった。

 

「流れ込んでくる……この、思考……! シオンの……もの!?

 シオン! 君は、君はまさか……!」

『『リン』。あの時言えなかった……あなたへの、最後の依頼だ』

「やめろ……シオン……! そんなことを考えるんじゃない!

 僕の知っている君は……僕があこがれた君は……そんなことは考えない!」

 

 『リン』に向けて、シオンは言う。

 ルーサーの静止など聞かずに、『リン』への依頼内容を。

 

『『リン』。わたしを、その手で……

 

 ……その手で、殺せ』

 

 誰もが、目を見開いた。

 驚きを、隠せなかった。

 

 この全知は、何を言っているのか分かっているのだろうか。

 

 娘の前で(・・・・)母親を殺せと(・・・・・・)

 

 そう言っているのと同義だというのに。

 

「駄目!」

 

 誰よりも早く、シズクが叫んだ。

 

「駄目だよ! お母さん! そんなの……そんなのやだ! 嫌だよ! ねえ、お母さん!」

『今この時しか無い。ルーサーがわたしと一つになろうとしているこの時しか、ないのだ』

 

 だが、シオンはシズクの叫びを無視して、話を進める。

 

『管制を司る彼が、演算を司るわたしと融合を果たしたこの時ならば……アークスとの繋がりを断ち切れる

 たとえルーサーの身体が残ろうとも内にいる私が消えれば彼の目的は全て潰える』

「お母さん! 聞いてる!? あたしの声届いてる!? 無視しないでよ! きっと何か他に方法が……」

『……『リン』。わたしの識る、最後のアークス』

 

 シズクの叫びを、シズクの願いを、

 シオンは悲痛な表情で受け止めて、それでも尚、『リン』に頼む。

 

 自分を殺せ、と。

 

『わたしの依頼を、果たしてくれ』

「バカな……! バカなことはよせ、シオン!」

 

 ルーサーが、必至にシオンの残滓を押さえ込もうともがきながら、叫ぶ。

 

「君が死ねば、すべてが終わる! オラクルとは、そういうものだ! 君ありきのものだ!」

『だが、このままでもアークスは死ぬだろう? そういう天秤の話ではないよ』

「くっ、くそっ! やめろシオン! そ、そうだ、最後くらい娘の頼みを聞いてあげたらどうだ!? 今まで一切、母親らしいことを君は出来ていなかったじゃないか!」

『ああそうだ、だからこそ――わたしは今更彼女の母親面をするつもりはない。本当は、会わずにこの展開に持って行きたかったのだが……上手くいかないな』

「ぐ……っ! 君を殺すなんて、そんなこと……そんなことをしたら、どうなるのか、わかってるのかぁッ!」

『それこそ今更だ、ルーサー』

 

 子供のように喚くルーサーを、言い包める母親のように。

 シオンは、微笑みながら言う。

 

『未来というものは、どうなるかわからないから……楽しいんじゃないか』

 

 それだけ言い残して、シオンは消えた。

 ルーサーの内に、戻ったのだろう。

 

 この場にいる誰もが、どうすればいいのか。

 何をすればいいのか悩む中、一人だけ。

 

 『リン』だけが、何かを決意したようにぎゅっと杖を握り締めた。




Q.シズクの出生についてよく分からなかったんだけどどういうこと?
A.シズクの肉体は体内の水分以外具現武装によく似た何か。水分は全知の海。


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再誕の日⑬

シオンは死んでからも結構出番あるのは流石。


「シズク。部屋の隅に行って、目を閉じて耳を塞いで――いや……」

「……? 『リン』さん……?」

「もう帰れ、シズク」

「…………『リン』さん、あなた、まさか……」

「ああ」

 

 サイコウォンドを、ルーサーに突きつけながら、『リン』は言う。

 

「私はお前の母親を殺す。憎むなら憎め」

「……っ! 『リン』、さん……!」

「『リン』!」

「マトイも、嫌なら下がっていろ。私は一人でもやる」

 

 マトイとシズクの視線を背に受けつつも、躊躇うことなく『リン』はルーサーへの歩みを進める。

 

 覚悟は、もう決まっている。

 だって、ここでシオンを殺さなければ――もっと大勢のヒトが死ぬのだ。

 

 アークスが、終わってしまう。

 それだけは絶対に防がないといけないこのなのだ。

 

「~~っ! ……わたしも戦う!」

「マトイ……無理しなくても」

「ひ、一人で背負おうとしないでっ!」

 

 マトイの言葉に、『リン』は一瞬目を丸くした後……目を細めて、「そうか、ごめん」と謝った。

 

 そして、構える。

 二人でルーサーを前に、戦闘態勢を示した。

 

「…………」

 

 シズクは、どうしたらいいのか分からないまま。

 目を閉じることも、耳を塞ぐことも、逃げることも出来ず。

 

 ただ呆然とその場に座り込んでいた。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 流石と言うべきなのか、ルーサーは強敵だった。

 

 常時バリアを展開し、弱い攻撃は無効化してしまう。

 しかし強い攻撃でそれを打ち破ろうとしたら――短距離テレポートで避けられる。

 

 攻撃手段である風の弾丸は『リン』のフォイエを軽く掻き消すほど強力だし、頭上から降ってくるノンチャージのサテライトカノンのような攻撃は範囲が広くて避け辛いし一撃が重い。

 

 フォトンアーツでも、テクニックでもない攻撃。

 

 フォトナー唯一の生き残りは、伊達ではないということか。

 

「でもまだ……諦めない!」

 

 ルーサーの攻撃をかわして即、極大の闇属性の誘導弾(メギド)を放つマトイ。

 

 しかし、その攻撃はテレポートによって避けられた。

 メギドの誘導性はそこまで強くなく、全然別の場所に現れたルーサーを目指すことなく地面に当たって破裂。

 

「また避けられた……! ……でも、動きは鈍くなってる。もう少しで、きっと……!」

「ああ、シオンを押さえ込みながらの戦闘なんだ……何処かで息切れを……」

 

 言いながら、『リン』が炎弾を放つ。

 しかしそれはルーサーが放った風の弾によって掻き消された。

 

 『リン』とマトイはフォースであり、ルーサーもまた近接戦闘ではなくどちらかというとテクニックに近い攻撃をするタイプ。

 

 故に、戦いの様は主に弾幕の撃ちあいになっていた。

 

「ぐっ……!?」

「……!」

「『リン』! 今のうちに!」

 

 ルーサーが風の弾丸を放とうと腕を振り上げたその瞬間。

 

 やつの動きが止まった。

 先ほどシズクに攻撃しようとしたときのように、腕を振り上げたまま。

 

 バリアも解け、テレポートも封じられた今がチャンスだ……!

 

「ナ・フォイエ!」

「ギ・メギド!」

 

 凝縮された炎の弾と、凝縮された闇の帯がルーサーへと降りかかる。

 

 全く無防備の状態でそんな攻撃を受けるのは、たまったものじゃないだろう。

 

 ルーサーは大きく吹き飛んだ。

 地面に何度かバウンドした後、体勢を立て直し着地。

 

 何らかの回復手段を用いているのだろう。

 傷がじわじわと治っている……だが、

 

 内部のシオンは、無事で済んでいないだろう。

 

「貴様らぁっ……!」

「まだまだぁっ!」

 

 追撃をかけるように、炎と闇がルーサーを襲う。

 しかしそれをルーサーはテレポートでかわし、再びバリアを貼った。

 

「くっ……また振り出し……」

「シオンが抵抗してくれるのを、期待するしかないか……!?」

「…………」

 

 その時、ちらりとルーサーがシズクの方を見た。

 

 へたり込んだまま動けない、シズクを。

 

 ルーサーがにやりと笑い、その手をシズクへ向けた。

 

「っ!?」

「シズク!」

 

 『リン』がシズクを庇うべく、駆け出す。

 しかしそれこそがルーサーの狙いなのは、言うまでも無いだろう。

 

 庇わせることで、攻撃を当てる。

 ルーサーにとってシズクは今『価値なき人間』なのだから、『リン』が庇う必要なんて皆無なのに。

 

 それでも『リン』は走るのだ。

 

「ぐっ……!?」

 

 しかしその直後、ルーサーの動きがまたも止まった。

 

 シオンが、抵抗しているのだ。

 シズクを攻撃することに。

 

「……随分と、娘思いなんだな、シオン……!」

「「……今だ!」」

 

 瞬間、ルーサーの身体に闇の魔方陣が浮かび上がり、足元に火の魔方陣が照準を定めた。

 完成まで数秒を要するその最上級テクニックの詠唱を、唱える。

 

「イル・フォイエ!」

「ナ・メギド!」

 

 火炎纏う隕石と、臨界点を越える程凝縮されたフォトンの爆発が、ルーサーを襲った。

 

 今二人が出来る、最強の攻撃だ。

 テオドールには捌かれてしまった攻撃だったが、シオンの力によって無防備なルーサーには甚大なダメージを与えたようだった。

 

「あ、あ、あああ、ああああああああああ!」

 

 ルーサーの身体は、段々と修復されていく。

 それでも、シオンは。

 

 海色の光は、ルーサーから零れ落ち始めた。

 

「そんな……こぼれていく……手にしたはずの、知識が……!」

「…………」

「…………」

 

 任務、完了。

 シオンの最後の頼みは――果たされた。

 

 ちらりとシズクの様子を窺う。

 

 彼女は、俯いていた。

 

 目を閉じるわけでも、耳を塞ぐわけでも、逃げるわけでもなく、

 ただ地面を見つめていて、前髪で表情は窺えない。

 

「…………」

 

 見ているだけでも、辛い。

 押したら壊れてしまいそうなほど、精神的に参っているようだ。

 

 『リン』は、無意識のうちにシズクから目を逸らした。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 母親が死んだ。

 会ったばかりの、ようやく会えた肉親が。

 

 唯一の肉親が、『リン』の手によって葬られた。

 

 いや、分かっている。

 悪いのはルーサーだ。

 

 『リン』さんは――悪くない。

 

 頭ではそんなこと分かっているし、理解している。

 

 なのに。

 何だろうこのドス黒い感情は。

 

 どうしたらいいのか分からない。

 何をしたらいいのか分からない。

 

 何も分からない。

 全知なんて、何の役にも立たない。

 

 怒ればいいのか。

 笑えばいいのか。

 泣けばいいのか。

 楽しめばいいのか。

 嬉しがればいいのか。

 悲しめばいいのか。

 

 何もかもが、分からない。

 

 何なんだ。

 

 この感情の名前は(・・・・・・・・)一体何なんだ(・・・・・・)!?

 

「わかっているのか貴様ら……自分たちが何をしたのか……わかっているのかァッ!」

 

 ルーサー憤っている。

 声を震わせ、眉間に皺を寄せ、らしくもない表情で叫んでいる。

 

『――に――』

「宇宙にとってかけがえのない唯一無二のシオンを、失う! この意味が! この意味がぁ!

 貴様らが、貴様らが貴様らが貴様らが彼女を、手に、かけたから……!」

「黙れルーサー! 元はといえばお前がシオンを取り込もうとするか、ら……?」

 

 今、何か、聞こえたような。

 

 シズクは思わず顔を上げて、目を見開いた。

 

 ルーサーから零れ落ちた、消えていく海色の光。

 

 それが最後の力を振り絞って、一箇所に収束していっている。

 

『さい、ごに……』

「……お母さん?」

『ひとつ、だけ……――』

 

 ゆらり、と海色の光はシズクの方へと動き出す。

 

 やがてゆっくりとその光は、手を形作った。

 

 シオンの手。

 腕すらない、右手。

 

 消えかけていくシオンの残滓が、最後の最後。

 

 

 シズクの頭を撫でた。

 

 

「――あ」

 

 髪を梳くように、愛しむように。

 

 親が子を、慰めるように。

 

 シオンの手は、ゆっくりとぎこちなく動いた。

 シズクの目から、涙がボロボロと溢れ出す。

 

「あ、あ、あああ、あああああああああああああああ――お母さんっ!」

 

 しかし、すぐに動かなくなった。

 もう消滅は間近。本当の本当に、最後の気力を振り絞って、

 

 シオンはシズクの頭を撫でたのだ。

 

「お母さん! お母さん! おかあさん……! おかあさん…………っ! う、あ、あぁああああ……!」

 

 刻一刻と消滅が近づくシオンの手を握り、自身の頬に押し付けながら、シズクは泣いた。

 

 子供のように、泣き喚く。

 泣いて喚いて、消えないように抱きかかえる。

 

 しかし。

 その時は、訪れてしまった。

 

「あ――」

 

 ついには結合を保てなくなったシオンが、消えた。

 

 完全に、消滅した。

 

 惑星シオンは、その命を終えたのだ。

 

 



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再誕の日⑭

今日中にもう一回くらい更新できたらいいな。


「……管制、全掌握。全回線、全演算機構、正常に移行……システム、シャオへ書き換え……了」

 

 ルーサーに侵食された、マザーシップの近く。

 

 そこに、新たなマザーシップが時空を割って出現した。

 

 シャオを核に添えた、新たな演算機構。

 その上に立って、シャオは静かに呟く。

 

「これで、終わり。……ぼくたちはやりとげた。やりとげたんだよ」

 

 そう。

 これが、シャオが――シオンが目指した結末。

 

 アークスシップの管制を、ルーサーから手放させ、その隙にシャオが全てを掻っ攫う。

 この展開にもって行くための、これまでだった。

 

 これで『アークス』は、表立ってルーサーに敵対することができる。

 

「シオン」

 

 宇宙の星々を見上げながら、シャオはシオンに向けてそっと呟いた。

 

「……あとは任せて。ゆっくり、休んでください」

 

 シオンが守ったもの。

 シオンが残したもの。

 

 その全てを、今度はぼくたちが守っていくから。

 

 勿論、シズクも――。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

『……管制、全回復! 艦内機構、全て正常値! 各員、全機能のチェックを急げ!』

 

 オペレーターのそんなアナウンスが、アークスシップ全体に響き渡った。

 それは当然、シオンの最深部であるこの場所にも、だ。

 

「な!? ……どういう、ことだ!」

 

 ルーサーが、訳が分からないとばかりに目を見開く。

 オラクルの演算を担っていたシオンが居なくなった今――そして管制の権限もルーサーが手放した今。

 

「シオンが失われた今。何が、演算の代わりを……」

 

 ルーサーが焦りながら端末を弄り、原因を探し出した。

 原因はすぐに見つかることになる。

 

 何故なら、今立っているこの星――旧マザーシップが、完全にアークスシップから切り離されていたからだ。

 

 そして各アークスシップは、新しいマザーシップへと繋がり全ての機能を回復させている。

 

 全知とは到底呼べないような、シオンのバックアップが。

 新しいマザーシップとなりルーサーの支配を掻き消していた。

 

 もう今更管制を掌握しても意味がない。

 

 完全に出し抜かれた。

 シオンの最後の切り札は――これだったのだ。

 

 あの全知には、この結末が演算できていたのだろう。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

 

「――――……まだだ」

 

 でも。

 ルーサーにとって、最早アークスはどうでもよかった。

 

 出し抜かれたことに憤りを覚えるも、まだ。

 

 まだ全知へ至る道を、諦めてはいなかった――!

 

「まだだ……! まだ、全知へ至る道は消えてはいない……!」

 

 ゆらり、とルーサーが動き出す。

 シオンの残滓を抱え、座り込んでいるシズクに向けて動き出す。

 

「まだ、シオンの娘がいる……! シオンの血肉から生まれ、全知へのアクセス権を持つ娘が!」

「ひっ……!」

「解剖すれば、解析すれば、分析すれば……何かが分かるかもしれない! いや、その力を増幅して量産させれば第二のシオンが……いや、シオンそのものが作れるかもしれない……!」

 

 血走った眼で、明らかに正気じゃない瞳で、ルーサーはシズクへ手を伸ばした。

 

「僕と来いシオンの娘! 僕と来れば、母親にもう一度会わせてやろう――」

「シズク、逃げろーっ!」

 

 炎弾を、『リン』が放つ。

 ルーサーはそれを鬱陶しそうに睨むと、掌に黒い弾を作り出した。

 

「邪魔をするなァッ!」

 

 黒い弾を、ルーサーが炎弾に向けて投げつける。

 さっきの風の弾とは、段違いの威力が込められた攻撃だ。

 

 『リン』の炎を全て掻き消し、尚勢いが衰えず――弾は『リン』に直撃した。

 

「『リン』!」

 

 吹き飛ぶ『リン』を、マトイが追いかける。

 

 これでもう邪魔者は居ない、とルーサーはシズクの方に向き直った。

 

「い、いや……」

「さあ、来いシオンの娘……母親に会いたくないのか?」

「こ、来ないで……やめて……あ、あ……」

 

 武器を、何か武器をと探ってみるも、あるのは壊れたブラオレットと壊れたヴィタライフルだけ。

 テクニックも使えないし、リィンもいないシズクに、今出来ることは……。

 

 無い。

 

「往生際が悪いね……それならば、無理やりにでも……!」

「きゃっ……! 痛っ……!」

 

 ルーサーの手が、シズクの腕を掴んだ。

 興奮しているからか、強く握られシズクは思わず呻く。

 

「助けて、リィン……! お父さん……!」

「ふふふ、ははははは! さあここにはもう用など無い! 急いで脱出を――」

「やだ! 嫌だ……!」

「こら、暴れるんじゃない。あまり往生際が悪いなら四肢くらい折っ――」

 

 めりっ、と。

 ルーサーの顔が突然ひしゃげた。

 

 まるで見えない何か(・・・・・・)に蹴られたように。

 

 不意を撃たれたルーサーは、シズクの腕から手を離し何度か地面にバウンドしながら数メートル吹き飛んだ。

 

「――へぶらっ!?」

「はっ、はっ……はぁっ! 間に合い……ましたね……!」

「……!」

 

 ルーサーを蹴ったそのヒトは、額に汗を浮かばせながらふぅっと息を吐き、

 

 透明になっていたその姿を晒した。

 

「く、クーナちゃん!?」

「シズク、大丈夫ですか!? あの男に変なことされてない!?」

 

 毛先のみ橙色の、蒼いツインテール。

 ゼルシウスという暗殺者のような格好に身を包んだ女性――クーナが。

 

 シズクを庇うように前へ、立っていた。

 焦っているのか、口調が表と裏どちらも混ざったような変な感じになっている。

 

「偶像風情が……! 邪魔を、するなぁああああああああ!」

「っ!」

 

 立ち上がったルーサーが、鬼の形相で掌に黒い弾を作り出す。

 

 シズクが背後にいる以上、避けることはできないとクーナは透刃マイを両手で交差させた。

 

 受け止める気なのだろう。

 しかしそれは危険だ、何せあの弾は『リン』のフォイエすら掻き消してそのまま貫く威力を持っている!

 

「クーナちゃん! 避けて!」

「ですが……!」

「死ね、死ね死ね死ね死ねシネェエええ!」

 

 ――振りかぶったルーサーの手を、一発の弾丸が撃ちぬいた。

 

「っ……!?」

「いやおっそろしいくらいドンピシャ……ってぇわけでもなさそうだな」

 

 衝撃で、エネルギーが霧散し消える。

 弾丸を放った男――ゼノは、マトイの治療を受けている『リン』と、疲弊した表情をしているシズクを順番に見た後、怒気に満ちた目でルーサーを睨む。

 

「オレの後輩と、弟弟子をこんな目に遭わせたのはてめぇか、ルーサー」

「……どいつも、こいつも……」

 

 『闇』が。

 ダーカー因子が、ルーサーへと集まっていく。

 

 否、ルーサーが、どす黒い闇に呑まれていく――!

 

「貴様らも、貴様らも貴様らも!」

「な、なんだ……!? ダーカー因子が奴に集まっていく……!?」

「僕に! 逆らうか! 僕に! この、ルーサーに!」

 

 

 

「【敗者(ルーサー)】にッ!」

 

 

 そして、ルーサーは――いや、【敗者】は。

 闇を全て取り込み、その正体を表した。

 

 ダークファルス【敗者】。

 今までの白い衣装を黒く染め、ダークファルス特有のメッシュのような紫色の髪を持つ、正真正銘のダークファルス。

 

「【敗者】、ようやく……正体を現したか」

 

 治療を終え、動けるようになった『リン』が、歩きながら口を開く。

 

 マトイと、クーナと、ゼノと共に、シズクの前へ。

 庇うように立って、杖を構えた。

 

「シオンの娘を渡せ、アークス共」

「シズクは、渡さない。渡してたまる――ものか」

「そんな解は必要ない。答えは僕の望むままであるべきだ! それに沿わないものは、死ね!」

 

 そう叫んで、【敗者】は人型戦闘形態――『ファルス・アンゲル』へと変化した。

 

 六本の翼と、金色の身体を持つダークファルス。

 ルーサー戦、第二ラウンドの火蓋が、切って落とされた――!

 

 

 




シズクがヒロインしてる。


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再誕の日⑮

「全事象演算終了……解は出た」





 十四年前。

 ルーサーが語った手順で、シズクは確かに生誕した。

 

 惑星シオンの娘として、この世に生まれ落ちた。

 

 そして死に掛けていた。

 ……当然だろう。何故ならば生まれた場所は宇宙空間。

 

 フォトンによる守りがあっても、人間の赤子が長時間居れる場所じゃあない。

 

「まさか……確率としてはあり得ることだとしても、本当に誕生するとはな」

 

 そんなシズクの前に、シオンは現れた。

 いつもの白衣に眼鏡の研究員スタイルで、宇宙空間の真っ只中に。

 

 シオンのこの身体は、人間の身体というわけではない。

 フォトンのちょっとした応用でフォトナーの姿を模して、他の生命体と交流するための仮初の身体だ。

 

 宇宙空間くらいなら、余裕で存在できる。

 

「これなら放っておいても、問題なかったか……あと数十分もせずに息絶えるだろう……」

 

 『ヒトらしさ』を切り離したシオンは、冷酷な視線で赤子を見ながら呟いた。

 

 何故ならば、この子の存在は危険すぎるからだ。

 生かしておく論理的な理由が無い。

 

 ルーサーに見つかったら彼のシオンへの理解が飛躍的に進んでしまうだろうし、生まれながらに全知を抱いた人間なんてどう育つのか想像もできない。

 

 そう。

 シオンは、子供を殺すつもりで此処に来たのだ。

 

「……いや、待て、おかしい」

 

 放っておいて帰ろうとしたシオンが、その動きを止めた。

 

 放っておけば死ぬことくらい、演算できていた筈なのだ。

 この未来は見えていた――のに、身体が自然とこの場に向かっていた。

 

「一体、どういう……」

 

 呟きながら、ほぼ無意識にシオンは赤子を抱き上げる。

 産まれたばかりの小さな命の暖かみが、シオンの腕に伝播していく……。

 

「…………っ」

 

 守らねば、と。

 シオンはほぼ無意識に考えた。

 

 それは『ヒトらしさ』如きを捨てたところで意味が無い。

 

 生物ならば誰もが抱く、原初の感情。

 

 

 『母性』。

 

 

「此処は……」

 

 気付けばシオンは、赤子を抱いてアークスシップ居住区へ降り立っていた。

 

 これで赤子はとりあえずの急場を凌いだことになるだろう。

 殺すつもりだったのに、生かしてしまった。

 

 まだ間に合う、と赤子の首に手をかけようとしたが、ダメだ。

 

 手が震えて、力が入らない。

 こんなにも弱弱しい命が、殺せない。

 

 どうする。

 あまり長くこうやって接していると、ルーサーが勘付くかもしれない。

 

 この子が生かすための条件は、ルーサーに見つからないこと。

 奴に隠して育てなければいけない――だが、奴に監視されている身であるシオンが育てるには無理がある。

 

「…………」

 

 ……あまりにも自然に、この子を生かそうとしていた自分に、何よりシオンは驚いた。

 いつの間にか思考がどうにかこの子が生き延びられる道を探す方向へとシフトしている。

 

 でも決して、この感覚は嫌いじゃなかった。

 むしろ、心地よい。

 

「感情とは――愛情とは、知るものでも、理解するものでもない。芽生えるものだと、知識として知ってはいたが――成る程、こういう、感覚なのか」

 

 だとしたら滑稽だ。

 ヒトらしさを切り捨てることでしか、この感覚を得られなかったというのだから。

 

「……検索、開始」

 

 探すしかない。

 里親を……お人よしで、真っ当な育児をしてくれそうで、アークスとあまり関係が無いヒトを。

 

 

 

「……いる、な」

 

 丁度よく、居た。

 最善に近い選択肢が、あった。

 

 

 

 

 ――かくしてシズクは、アカネという異世界から来た、アークスとは無関係でとびっきりのお人よしに預けられることになる。

 

 シオンの考えていた最善は、シズクを連れて異世界に帰還してくれることだったのだが――それは叶わず。

 

 しかしてここまでずっと、ルーサーの魔の手から逃れつつ、良い子に育ててくれたことから選択としては正解だったのだろう。

 

 それからシオンは、シズクが生き残る未来を演算し始めた。

 観測者は自己観測を苦手とする――ある意味自分自身でもあるシズクの未来を観測することは困難ではあったが、シオンはたどり着いたのだ。

 

 苦渋の果てに、たどり着いた。

 後はルーサーを倒すだけという、現状に。

 

 唯一つ。

 母親らしいことを一つも彼女にしてやれなかったことを、生涯悔やみながら。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ファルス・アンゲル。

 六枚の黒い翼と、金色の鎧のような外殻を持つ有翼型ダーカーたちの王。

 

 ダークファルス【敗者(ルーサー)】。

 

 相対するは――アークスでも屈指の四人。

 

 時間遡行の使い手にして間違いなく六芒均衡と同等以上の実力を誇るエース、『リン』。

 シオンの縁者にして桁違いのフォトン量と操作精度を誇る謎の少女、マトイ。

 新しく六芒均衡に就任した確かな実力者であり、創世器を操る先輩、ゼノ。

 六芒の零という特異な役職に付き、アイドル兼暗殺者であるクーナ。

 

 戦況は――圧倒的に、【敗者】が優勢に立っていた。

 

「ふはははははははっ! この程度か! この程度かアークス!」

 

 哄笑が響く。

 黒翼の王が、アークスたちを嘲笑う。

 

「くそっ!」

 

 ゼノが頬の切り傷を拭いながら、ガンスラッシュの引き金を引く。

 

 しかしアンゲルはその攻撃を読んでいたかのように空中を移動すると、風を纏ってゼノに体当たりをしかけた。

 

「調和破動子、消失自壊」

 

 ゼノに肉薄した瞬間、纏っていた風を凝縮し、前方へと炸裂。

 間一髪で避けたゼノだったが、もし当たっていれば彼とて無事では済まなかっただろう。

 

「サ・フォイエ!」

「収縮、擬似崩壊」

 

 『リン』の放った、前方を薙ぎ払うような炎。

 それに合わせてアンゲルもまた似たような軌道の炎を放ってきた。

 

 炎と炎がぶつかり合って――『リン』が押し負けた。

 

 流石にダークファルス。

 出力が、桁違いだ。

 

「くっそ……!」

 

 爆風にあおられ、大きく後退する『リン』。

 

 それと入れ替わるように、後ろからクーナがアンゲル向けて突貫した。

 

 無謀な特攻、というわけではない。

 クーナの後ろから追従するように、マトイのサ・メギドが三方向からアンゲルへ同時に襲い掛かる――!

 

「ふん」

 

 しかし、攻撃が当たる直前にアンゲルは消え去った。

 

 テレポート。

 ルーサーのときにも使っていた、短距離の瞬間移動で容易く二人の攻撃をかわしたのだ。

 

「試算完了、プレゼントだ」

 

 アンゲルの頭上から、何本もの氷の槍が降り注ぐ。

 

 一本一本が、四人の行動を先読みしたかの如し正確さで襲い掛かってきた。

 

 間違いない、とシズクは呟く。

 

 ファルス・アンゲルは、『演算』をしている。

 流石にシズクに匹敵する精度ではないが……未来を予測して動いているということが、同じような戦闘方法を取るシズクだからこそ理解できた。

 

「……そうか」

 

 それを見て、思い出す。

 まだ自分には、出来ることがあったことを――!

 

「…………『リン』さん」

「……っシズク?」

 

 ――演算、開始。

 シオン経由で全知にアクセスしていたシズクは、もう全知に繋ぐことはできないけど。

 

 体内の全知の海を使った演算能力は、まだ健在だ。

 

 全員と通信を繋げ、【敗者】に聞こえないように、呟く。

 

 ――演算、完了。

 

「六秒後、【敗者】はテレポートをするので真後ろにサ・フォイエをお願いします」

「え? え?」

「五、四、三、二――」

 

 戸惑う『リン』をとりあえず無視して、カウントダウンを進める。

 

 一、と言った瞬間、シズクの言う通りテレポートを使用したアンゲルに驚きながらも『リン』は即座に振り返ってテクニックを解き放ってくれた――!

 

「サ・フォイエ!」

「ぐっ……!?」

「うわ! マジで当たった!?」

 

 テレポートしたら突然炎をぶち込まれたことでアンゲルが一瞬怯んだ。

 

 本当に現れたことに驚きながらも、『リン』は追撃するべくフォトンのチャージを始める。

 フォイエを真っ直ぐ放とうと、杖先をファルス・アンゲルに向けた『リン』に、またもシズクの指示が飛ぶ。

 

「『リン』さん、上昇したアンゲルに避けられてしまうので射角を上に!」

「うぇっ!?」

 

 シズクの言葉通り、アンゲルは回避行動として上空に逃げた。

 慌てて杖を振りあげて、照準を合わせなおす。

 

「フォイエ!」

「なっ……!?」

 

 突然のことだったのでルーサーの羽根を一枚掠り焼くだけに終わったが、外れるよりはマシである。

 

「クーナちゃん、今正面から突っ込んだらマズイ、背後に回っておいて」

「次、アンゲルがマトイを狙ってくるからゼノさんはその後隙を狙って」

「マトイは今は兎に角回避に専念して、反撃すると高確率で攻撃を受けてしまうから」

 

 ガンガン指示を飛ばす。

 これだけは――これだけは、シオンにすら勝るシズクの特技。

 

 戦闘に関する演算だけは、誰にも負けることは無い。

 

 シズク以上に戦闘経験豊富な観測者など、居ないのだから。

 

「急に僕の動きが読まれるようになった……!? 一体何が……っ!」

 

 戦闘の最中。

 【敗者】が海色に光るシズクを視界に入れた。

 

 気付かれたか、とシズクは内心舌打ちする。

 

「シオンの娘……! そうか、貴様が演算を……! ……ふふ、ふはははははは!」

 

 嗤う【敗者】。

 てっきり、狙いをシズクに向けるかと思いきやアンゲルは相変わらずシズクを除いた四人に攻撃を絞っているようだ。

 

 何故なのかは分からない。

 まあ好都合か、とシズクは指示を飛ばす。

 

「ゼノさん、背後にテレポートした後炎で攻撃して来ます。回避、を……――」

「おう!」

「しまった! 待っ……!」

 

 叫ぶも間に合わず、正面からアンゲルは風を纏った体当たりをゼノにぶつけた。

 

 予測失敗……? いや、これは……。

 

「ふははははは! シオンの娘よ、演算勝負と行こうじゃあないか!」

「…………あたしの演算を、式に組み込んで再演算したのか……!」

 

 眉間に皺を寄せて、シズクは海色の光をより強く輝かせる。

 

 こうなると、厄介だ。

 シズクはアンゲルが導き出すであろう解を元に演算し、アンゲルはそのシズクが出した解を式に組み込み演算し、そうして導き出された解をシズクがさらに式に組み込み演算し、それをまたアンゲルが――みたいに。

 

 繰り返し繰り返し演算し続けて、先に演算ミスをした方が負ける。

 

 演算勝負。

 

 受けて立とうじゃないか……!

 

「「演算、開始……!」」

 




ゲームではフレーバーだけど。
ルーサーも何だかんだで演算を戦闘に組み込んでいるので、シズクのように相手の行動を予測して避けたり攻撃を置いておいたりできるはず。


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再誕の日⑯

 前述した通り、戦闘に関する演算においてシズクの右に出る者は存在しない。

 

 度重ねた戦闘回数から来る経験と、記憶している限りの『全知』。

 そして普通の人間にはあり得ないレベルの演算能力を持ちうるシズクの演算に、【敗者(ルーサー)】が劣ることは自明の理だった。

 

 ――でも。

 それでも尚、演算勝負で優勢に立っていたのは【敗者】。

 

 その理由は、たった一つ。

 

 シズクは演算した結果を四人へ伝達しなければいけないが――ファルス・アンゲルにはそれが無い。

 ロスタイムなしで、演算結果を反映することが出来る。

 

 その差は、あまりにも大きい。

 

 演算結果はシズクの方が正確で早くとも、伝達の差によってわずかに【敗者】が上回っているのだ。

 

 さらに。

 

「こ、の……!」

「試算完了、プレゼントだ」

 

 上空から、氷の槍が何本も降り注ぐ。

 こういった全体攻撃の場合、シズクが指示を出す隙も無い。

 

 ルーサーは演算によって命中するルートを正確に導き出すことが出来るが、シズクは例えそれが出来ても四人に伝えている暇が無い。

 というか例え一人でも無理だろう。高速で多数迫ってくる攻撃の軌道を一個一個解説とかしていられない。

 

 指示の限界というやつだ。

 ジリジリと四人のHPが削られていき、このままでは負けるのも時間の問題……。

 

「……いやだ」

 

 負けたくない、とシズクは呟く。

 

(目の前にいるコイツは、何だ?)

(母親の仇だろうが)

 

 自分自身を鼓舞しつつ、考える。

 考えて考えて考えて、考える。

 

 脳みそが焼け付こうが、構わない。

 今だけでも、限界を越えた演算を――。

 

 

 

『――落ち着け』

 

 声がした。

 脳に直接響くような、いや。

 

 体内の『海』に直接響くような声だ。

 

「……誰?」

『フォトナーさ、シオンの娘』

『シオンの海に同化することを選んだ、彼女の友だよ』

 

 かつてフォトナーは。

 滅ぶ際、一部のフォトナーは死を選ばずヒトの形を捨ててシオンの海と同化したものがいる。

 

 その彼らが、話しかけているのだろう。

 

 友の娘であり、全知の海をその身に宿すシズクにだけ聞こえる声で。

 

「……何の用? 今、忙しいんだけど……」

『君を助けに来た』

『シオンの娘となれば、我らの娘も同然』

『あのバカを、私たちに代わってこらしめてくれない?』

「……!」

 

 気付けば、結構な数のフォトナーにシズクは囲まれていた。

 

 シオンが殺されて、それでも尚マザーシップを循環する『海』から、次々と彼らが集まってくる。

 

『このマザーシップは、シオンが僕らに作らせた移動用の外装』

『しかしてただの移動用の外装にあらず。シオンはマザーシップに自身の海を循環させて、演算の補助をしていたんだ』

「……! それってもしかして……!」

『理解が早いね、流石だ。そう……シオンの娘である君は――君ならば、その演算補助機能を使うことができる』

 

 『海』はまだ残っている。

 シオンの核は死んでも、演算機能はまだ生きている――!

 

『さあまずはこのマザーシップの管制を取り戻せ。なあに、ルーサーの野郎はもう既に管制を手放している』

『シオンが同化したときに、シオンがぽいって隠しちゃったからね。でも君なら探し出せるさ』

『何せ君は、元々はシオンと同じ存在だったんだから』

 

 君はシオンによく似ている。

 だから大丈夫だよ、と。

 

 フォトナーたちが、微笑んだ気がした。

 

「…………」

 

 シズクはそっと、地面に手を触れた。

 

 感じる。

 マザーシップに循環する、自身の内側にある海と同一の存在を、確かに感じる。

 

 

「……――接続(コネクト)

 

 

 全知の海、接続。

 ……管制、掌握。

 

 今、この瞬間。

 マザーシップは、シズクを核として蘇った――!

 

「管理者、シズクに変更。管制、多重ロック」

「……? さっきから、何をしているシオンの娘」

「…………お前を倒すための準備をしているんだよ、【敗者】」

「…………」

「そしてそれが今終わった。……あたしたちの、勝ちだ」

 

 首を傾げる、【敗者】。

 もう『リン』たち四人は満身創痍。

 

 体力も、気力も、フォトンも、殆ど残っていない状態だ。

 

 大勢は決した。

 そう言っておいて最後にシオンに足元を掬われたというのに、【敗者】は嗤う。

 

「勝ち? ふはは! この状況下でよくそんなことが言えたものだな」

「…………管制、操作。重力――増加」

 

 跪け、と。

 シズクは、【敗者】の周囲のみ重力を最大まで引き上げた――!

 

「なっ……!?」

 

 空中に浮いていたアンゲルも、流石にこの重力増加には耐え切れず地に墜ちる。

 

 『リン』たちを押さえ込んでいた重力よりも、さらに強い。

 最大出力の、重力増加だ。

 

「このっ……!」

「そうだよね、当然テレポートするよね」

 

 シズクは、再び管制を書き換えテレポート先の周囲を超重力で覆った。

 

 先読み。

 戦闘中の演算による未来予測に関して、シズクの右に出るものはいない――。

 

「ぐっ……! この、この程度の重力で、僕が……! くそっ……!」

「管制、操作。マザーシップ内のフォトン、収束」

 

 それは後に、シャオが『A.R.K.S.支援システム』と名付けて実用化するマザーシップを用いた最強クラスの支援システム。

 

 マザーシップから、アークスへフォトンの供給を行うという、荒業。

 ルーサーがマザーシップの管制を握っていた時には出来なかったシステムである。

 

 シズクは、マザーシップ内に残ったフォトンを全て束ね、四つに分け、そして。

 

 当然のように、『リン』、マトイ、ゼノ、クーナの四人に与えた。

 

「っ、これは……」

「凄い……何これ、力が沸いてくる……!」

 

 杖を地面に着き、何とか立っているだけだった状態の『リン』とマトイがすっと姿勢を上げる。

 

「すげぇ……これならいけるぜ……!」

「これが……シズクの力……」

 

 膝をつき、息も絶え絶えだったゼノとクーナもまた、立ち上がる。

 その目には活力が宿り、フォトンの大量供給によって身体は淡く光り輝いていた。

 

「お、おい……! 何だそれは!? 反則じゃあないか! くそっ、このっ……!」

 

 アンゲルが、地面に爪を立て必至に立ち上がろうとするが、動けない。

 六枚の羽根が羽ばたこうと抵抗するも、最大まで引き上げられた重力の前ではぴくりと動くだけだった。

 

「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! アークス風情が……!

 アークス風情が、抵抗をするなぁあああああああああああああああああああ!」

「なっ……!?」

 

 アンゲルから、強烈な吸引効果のある波動が放たれた。

 『リン』も、マトイも、ゼノも、クーナも――シズクも。

 

 等しく、吸い込まれていく!

 

「――管制、操作」

 

 吸い込まれていく最中。

 シズクは手を突き出して、くいっと指を上に曲げた。

 

 そして、呟く。

 

「重力方向、反転」

「っ――!」

 

 一瞬にして、アンゲルの姿が消えた。

 重力反転。アンゲルの身体は、遥か上空の天井に今頃張り付いているだろう。

 

 これなら吸引効果は、範囲外。

 

「皆、【敗者】の動きは止めるから、後はよろしくお願いします」

 

 丁度、吸引の余波で皆がアンゲルの居た場所に集まっていたため、通信ではなく肉声でそう言って。

 

 シズクはその手を上へ掲げた。

 四人が頷いて武器を構える。

 

 準備万端。

 

 シズクはゆっくりとその手を降ろして……何も無い、ある一点を指差した。

 

「管制、操作」

「――『ビッグクランチプロジェ「重力増加」』……なっ!」

 

 その指差した一点にアンゲルは現れ、それと同時にシズクはその場の重力を最大まで増加させる。

 

 マザーシップに流れる海を掌握した今。

 演算能力という一点で、シズクに勝てる者は存在しない。

 

 【敗者】の行動など、最早シズクにとって丸裸同然だった。

 

「僕の解が……! 悉く読まれている……!? 流石はシオンの娘と言ったところか……だが!」

 

 ひれ伏すアンゲルにとどめを刺そうと動き出す四人に向けて、炎や風、氷等のテクニックに似た攻撃が放たれる。

 

 身体は動けずとも、【敗者】には攻撃手段がある。

 【巨躯(エルダー)】とかの近接格闘タイプなら兎も角、【敗者】はどちらかというと遠距離魔法タイプなのだ。

 

 でも、ただの固定砲台と化した法撃使いを恐れるものなど、この場には存在しない。

 

 ましてやマザーシップのバックアップを受け、強化されているアークス屈指の四人相手に重力で動きが制限され、しかもシズクに動きを完璧に把握されている以上――大勢は決している。

 

「シンフォニック――」

 

 弾幕を掻い潜り、クーナが飛び蹴りを繰り出した。

 

 クーナの足が重力強化範囲に入る瞬間――強化解除。

 ついでに、重力を六分の一程度まで落とした。

 

「ドライブ!」

「ぐがっ!?」

 

 吹き飛ぶアンゲル。

 その吹き飛んでいくラインに合わせて、重力改変。

 

「管制操作、重力方向変更」

「ぬっ……!?」

 

 重力の方向を横に向ける。

 すると、まるでゴム紐の付いたボールのように、アンゲルが元の場所に戻ってきた。

 

 それに合わせて、今度はゼノが追撃をかける。

 

「レーゲンシュラーク! ぅ、お、お……!?」

 

 銃剣を前に突きつけて突進するゼノを後押しするように、重力操作。

 

 加速したゼノと、横向きに落ちるアンゲルが衝突する寸前に、シズクは『リン』とマトイの丁度中間の重力を強化した。

 

「『リン』さん、マトイ、お互いに向けて攻撃をお願い」

「え?」

「わ、分かった!」

 

 ゼノの銃剣が、わずかにアンゲルの身体に触れた瞬間。

 アンゲルがテレポートで、それを回避した。

 

 そしてその瞬間『リン』とマトイがそれぞれ放った炎と闇のテクニックが、直撃。

 

 黒翼が二枚、消し飛んだ。

 しかもまた、間髪いれずに超重力に押し潰される。

 

「式にゴミが……! おのれ……! おのれシオンの娘……!」

「ブラッディサラバンド!」

 

 クーナのツインダガーから放たれた衝撃波が、アンゲルの身体を切り刻む。

 

「エイミング……ショット!」

 

 ゼノの銃剣から、フォトンの弾丸が放たれて、アンゲルのコアを打ち抜く。

 

「ギ・メギド!」

 

 マトイのロッドから、凝縮された闇の帯がアンゲルの翼を打ち抜き、壊していく。

 

 そして。

 

「これで最後だ、【敗者】! イル・フォイエ!」

 

 『リン』の放った、特大の隕石が。

 ファルス・アンゲルへの、とどめの一撃となった。

 

「違う……」

 

 崩れていく。

 ファルス・アンゲルの、身体が闇に溶けていく。

 

「これは、僕の望んだ解ではない……」

 

 ファルス・アンゲルの身体は消失し、元の人型に、【敗者】は戻った。

 

 演算勝負。

 シズクの勝ち。




おそらく全エピソード中最強形態のシズクさんの必殺技:エグいハメ殺し


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再誕の日⑰

「うっ……」

 

 ファルス・アンゲルを打倒した瞬間、シズクは膝を付いて倒れた。

 

 鼻から血が数滴落ちて、彼女を囲んでいた海色の光が消えていく……。

 

 接続、解除。

 管制、放棄。

 

「シズク!?」

「だ、大丈夫ですかシズク!」

「だ、だいじょう、ぶ……」

 

 いつもの、演算による知恵熱だ。

 

 腕で鼻血を拭い、再び管制を掴もうとしても頭が働かない。

 

 脳みそがオーバーフロー中だ。

 痛い、痛い、痛い……。

 

 でも、仇は取れた――。

 

 

「……どうやら、限界が来たようだね……」

「!」

 

 倒れていた【敗者(ルーサー)】が、ゆっくりと立ち上がる。

 

 バチバチと赤い稲妻と共に身体を修復しながら、一転して冷静さを取り戻した様子で【敗者】はにやりと笑みを浮かべた。

 

「……ふふふ、ふはははははは! この程度で僕が、【敗者】が! ……死んだかと思ったかい……?」

「…………ダークファルス……!」

「ふん、しかし時に戦いもいいものだな……解が、解が見えたぞ! 新たな解が!」

 

 ダークファルスは、基本的に不死身。

 傷を負っても、周囲のダーカー因子を取り込んで回復してしまう。

 

 変身が解除される程度には追い込んだが――そこまでだ。

 

 倒すまでには、至らなかった。

 

(いや、まだだ)

(まだ、ここから更に押し込めば……!)

「そうだ、全知になれないのなら……僕自身が全知となればいい!」

「……は?」

「この宇宙のすべてと融合し宇宙が僕となれば、それは全知と呼べるものになる」

「…………」

 

 狂っている。

 もう、正常な思考すら出来ないほどに。

 

 それが出来るものを、ヒトは『全能』と呼び、

 それを実現しようとするものを『無知』と呼ぶのだ。

 

「これならシオンの娘など必要ない……ああ、そうだ、証明の必要もない。完璧で完全な解じゃあないか……ふふ……はははははっ!」

 

 【敗者】へ、周囲のフォトンが集まっていく……!

 

 これは、まさか――!

 

「こいつ、フォトンをかき集めて……? あの時のゲッテムハルトと同じか!」

 

 ダークファルスには、三つの形態がある。

 

 ローコストの人型形態、ファスル・アンゲルやヒューナルのような人型戦闘形態。

 そして最後に、大型戦闘形態。

 

 かつてアークスシップを襲った際に【巨躯】が成っていた形態であり、民家くらいなら軽く踏み潰せるサイズになるダークファルスの最強形態だ。

 

 こんな場所で、変形されたらどうなるかなんて想像するまでもない……!

 

「このままじゃ巻き込まれる! 一旦退くぞ!」

「わっ」

 

 ゼノが、皆に呼びかけながらシズクを肩に担いだ。

 

 まともに動けない程疲弊しているのでありがたいが、少し恥ずかしい。

 

「退く? 退くだと? 冗談を言うな、落第者」

 

 【敗者】が、掌に黒い弾を生み出し、振りかぶる。

 

「全知へ至る最初の一手、それはここまでコケにしてくれた貴様らを喰らうこと、それは自明だろうがァッ!」

 

 放たれた弾が、四人の中心付近の地面に当たり爆発。

 『リン』とクーナは上手く避け、シズクはゼノが庇ってくれたがマトイが一番爆発に近かったことで一人地面に倒れこんだ。

 

「マトイ……!」

「おい、大丈夫か嬢ちゃん!」

『ここは僕らに任せて』

「え――?」

 

 シズクにだけ聞こえる声が、また聞こえた。

 

 フォトナー達だ。

 それと同時にマザーシップ内の海が、【敗者】に向けて流れ出し――

 

 ――シオンの海が、彼の四肢を捕らえた。

 

「ぐ……!? シオンの海……どういうことだ! なぜ、僕の邪魔を……!」

「フォトナーの皆!」

「フォトナーだと……!? 馬鹿な……いや、この不快な意識の集合体は……くっ、有象無象が! 何故邪魔をする! 貴様達とて、僕と同じものだろう! 今更、何のつもりだァッ!」

 

 かつての同胞に、【敗者】は眉間に皺を寄せ、憤り叫ぶ。

 しかしフォトナーたちは答えない。答えられない。

 

 最早ただの思念体になった彼らの声が聞こえるものは、彼らと融合したシオンかその娘であるシズクだけだ。

 

 手出しが出来ないように。

 シズクたちが逃げられるように、【敗者】はシオンの海によって上空へと拘束された。

 

 そして。

 

『……『リン』。そして、マトイ。聞こえているな……?』

「……っ!」

 

 シオンが、現れた。

 死んだはずのシオンが――お母さんが――目の前に……!

 

 【敗者】を睨みつけるように、つまり『リン』たちに背を向けて。

 

「お母さん……その、身体は……」

「……シオンさん! 生きて……生きていたの!」

 

 マトイが起き上がり、嬉しそうな声でシオンを視界に入れた。

 しかし、シズクはシオンを見た瞬間、全てを理解したかのように声量が落ちていく……。

 

 これは、もう……。

 

『……いいや、わたしはもういない。わたしはもう、世界から失われた。

 今のわたしは、わたしたちが紡いでくれた残留した思念のかたまりだ』

 

 やっぱりか、とシズクは目を閉じる。

 つまりは、幽霊みたいなものだ。

 

 残留思念でも意思を持っているのは流石だが、シオンが死んでしまったという事実はもう覆らない。

 

『……時間もない、手短に伝える』

「シオン!」

 

 『リン』が、叫んだ。

 シオンの声を遮るように、叫ぶ。

 

 その声に――シオンは思わず振り向いた。

 その声に――シズクは思わず目を開ける。

 

「私達には、いい。お前の言いたいことは、大体分かる。今の内に逃げろっていうんだろ? 分かってるから、いい。

 だから……シズクの話を、聞いてやってくれないか?」

『…………っ!』

「『リン』……さん……」

「こいつはずっと、母親と――アンタと、会いたがっていたんだ」

 

 『リン』が目配せすると、ゼノがシズクを肩から下ろした。

 戸惑うシズクの背をマトイが押し、クーナと『リン』が引っ張って。

 

 

 シオンとシズクが対面した。

 

 

「…………」

『…………』

「…………お母さん」

『…………やめてくれ』

 

 シオンは、これまでに見せたことが無いような、困惑した表情で言葉を紡ぐ。

 

『わたしに、アナタの母親を名乗る資格なんて――無い』

「…………」

『わたしは、アナタに母親らしいことなんて何もしてあげることが出来なかった。育児を他人に押し付け、最後の最後まで、会うつもりも無かった。

 ……こんなわたしを、母親だなんて呼ばないでくれ』

 

 シオンは、シズクから目を逸らした。

 拒絶のようで、そうではなく。逃避のようで、それも違う。

 

 分からない。

 

 シズクにも、シオンにも分からない。

 

 それでも、シズクは。

 

「……お母さん」

『……っ』

 

 シズクはシオンの事を、母と呼んだ。

 

 母親らしいことが出来なかった? そんなこと理由にならない。

 育児を他人に押し付けた? お父さんと出会わせてくれてありがとう。

 

 だからシオンが何を思おうと、シズクはシオンから生まれた娘で。

 

 シオンはシズクの母親なのだ。

 それだけは絶対に揺るがない。

 

「お母さん、あたしね、十四歳になったんだ」

『……?』

 

 シズクは、言葉を紡ぎ出す。

 

 ずっと、ずっとずっとずっと。

 

 言いたいことがあった。

 やりたいことがあった。

 言って欲しいことがあった。

 やって欲しいことがあった。

 

「この十四年間、本当に色々あってね。語り尽くせないくらい、本当に色々。でも特にアークスに入ってからの思い出が一番濃かったな」

『…………』

「友達も、沢山できたし、尊敬できる先輩だって、好きなヒトだってできた」

 

 沢山、あるんだ。

 沢山、考えたんだ。

 

 全部は無理だろうけど、少しでも多く聞いて欲しい。

 

「あと、えっと、そう、あたし趣味でレアドロコレクションをしてるんだけどね。全然レアって落ちてくれなくて……お母さん何かコツとか知らない?」

『…………いや、それは……運だろう』

「……だよね。えーっと後ね、……あれ? ちょっと待ってね、お母さん」

 

 記憶を探るように、シズクはこめかみに指を当てる。

 

「言いたいことも、やりたいことも、言って欲しいことも、やって欲しいことも、沢山あった筈なのに……」

『…………』

「色々考えてて、ずっと、もしお母さんに会えたらってことを考えてたのに……」

 

 でも、何も思い出せない。

 時間だけが過ぎていく。貴重な、最後の時間が。

 

「あ、あれ……?」

 

 ……シズクが、何も思い出せないのも当然だ。

 

 先ほどの【敗者】戦で、限界を越えて演算を行ったシズクの脳は、活動限界なんてとうの昔に越えている。

 

 まともな思考なんて、出来るわけが無い。

 

「あれ、あれ、おかしいな、あれ……」

 

 ぽろり、とシズクの瞳から涙が一筋零れた。

 

 嫌だ。

 こんな別れ、嫌だ。

 

『シズク……』

「嫌だ……嫌だ嫌だ! こんな、こんなの……! 待って! お母さん待って! まだ、消えないで……! 消えないでよ、お母さん……! もっとお喋りしたい……頑張って思い出すから、話したかったこと思い出すから……待って……」

『…………』

 

 シオンは、泣きじゃくりながらそんなことを言うシズクを見て――そっと、足を動かした。

 

 シズクの方へ、一歩、一歩、進んで。

 そして、シズクの目の前で、止まった。

 

 真正面から、至近距離で、シズクとシオンは向き合う。

 

『……落ち着くんだ、シズク』

「お母さん…………でもっ!」

『…………もう』

「っ!」

 

 シオンがそっと、その手をシズクの頬に添えた。

 親指でシズクの涙を拭い取るように、動かす。

 

 だがしかし、ただの残留思念に過ぎない今のシオンでは――シズクの身体に触れることはできない。

 

 涙は拭えず、シズクの頬を伝って地面に落ちる。

 

『もう、アナタの涙を拭ってあげることもできない。泣くな、と頭を撫でて慰めてやることもできない』

「…………」

『こんなわたしでも……アナタは母と呼んでくれるのか?』

「当たり前だ!」

 

 即答。

 自分で涙を拭いながら――拭っても拭っても次々とあふれ出してくる涙を自分で拭いながら。

 

 シズクは答える。

 

「だって、だって! 最後に頭を撫でてくれた! あれで、全部伝わってきたもん! ああ、このヒトは確かにあたしのお母さんだ、って!」

『――!』

 

 シオンはその言葉に、驚いたような表情を浮かべて――でも、徐々に苦笑いへと変わっていった。

 

『……あれは……最後、だから……せめて最後に一度だけ――』

「…………」

『自己満足でも、母親の真似事を、してみただけだったのに……』

「……あたしは、嬉しかったよ。本当に、嬉しかった」

『……母親というものは、難しいな。宇宙を観測するよりも、ずっと難しい』

「違うよ、お母さん。それは違う」

 

 シオンの納得するような言葉に、シズクが首を横に振った。

 

「お母さんは、難しく考えすぎなんだよ」

『難しく……考えすぎ……』

「あたしも、そうだったんだけどね。ずっと難しく考えすぎてたけど……リィンが救ってくれたんだ」

『そうか……リィン・アークライト、あの子が……』

「うば?」

 

 リィンを知ってるの? とシズクが首を傾げたが、シオンはそれに答えず。

 

 娘の頭の上に手を置いて――触れないが――海色の瞳で自分と同色の海色の瞳を見つめながら、言った。

 

『アナタが、わたしのことを母親だと思ってくれているのなら……一つだけ、わたしとわたしたち……いや、わたしの、母からのお願いを聞いて欲しい』

「…………何?」

 

 すぅっと、一拍息を吸い込み。

 シオンは、最初で最後になる母親らしい言葉を口に出した。

 

 

『生きて欲しい。

 特別幸せになんかならなくていい。ただ健やかに、友達と遊んで、仲間と働いて、好きなヒトと結ばれて、生きることができなくなるまで、生きて欲しい』

 

 

 何も、特別な言葉なんかじゃない。

 母親なら誰もが願う、子供への願い。

 

 ただ健やかに生きて欲しいという、原初の願い。

 

「……うん、分かった。約束する」

『……ありがとう』

 

 シズクは、にこりと笑って頷いて。

 シオンは、嬉しそうに微笑んだ。

 

『……さあ、そろそろルーサーを抑えておくのも限界だ。逃げてくれ、シズク』

「うん! あ、そうだ、最後に一つ訊きたいんだけど……」

 

 踵を返して逃げようとして――大事なことを思い出したかのようにシズクは再び顔だけシオンへと向き直った。

 

「あたしって、ヒトなの?」

『当たり前だ』

 

 何てことの無いような顔で、シオンは答える。

 

『母が居て、父が居て、姉が居て、叔父が居て、叔母が居て、友が居て、好きなヒトが居て、感情豊かな生き物を……ヒト以外の何に分類すればいい?』

「…………感情、豊かかな?」

『ああ。偽りの感情しか出せない者が、感情に強く影響を受けるフォトンをアークスとして活動できる程に操ることはできない。ましてや、視認できる程の感応度を持つことなんて不可能だ』

「……そっか」

 

 シズクは、それを聞いて嬉しそうに、微笑んだ。

 

 

「あたしは最初から、ヒトだったんだね」

 

 

 そうして今度こそマザーシップから脱出するべく駆け出した。

 

 途中ふらついたところをゼノに支えられて、改めて肩に担がれたところで、五人は最深部から脱出。

 

 サラ辺りがキャンプシップの手配とテレパイプの設置をしているだろうから、マザーシップからの脱出も迅速に終わるだろう。

 

『シズク……どうやらわたしたちは……似たもの親子だったらしい』

 

 シズクが見えなくなった後も、ジッとその方向を見つめながらシオンは呟く。

 

『言いたいことも、やりたいことも、言って欲しいことも、やって欲しいことも――沢山、あったな』

 

 何せ、ずっと考えていたのだ。

 ずっとずっと、シズクともし話せたら何がしたいか、考えていたのだ。

 

『なぁ、ルーサー』

 

 その時、シオンの海からの拘束を逃れた【敗者】が、空中から降り立ち地面に着地した。

 

 血走った眼で、シオンを見ている。

 おそらく正気など保ってはいまい。でもそんなことお構いなく、シオンは彼に背を向けたまま、言葉を続ける。

 

『どうやら、わたしは貴様が言うような、全知たる存在では無かったようだ』

 

 ああ、この感情は何だろう。

 

 嬉しいし、

 悲しいし、

 泣きたいし、

 辛いし、

 苦しい。

 

 沢山の感情が渦巻いて――分からない。

 

 こんな感情は、知らなかった。

 

 ゆっくりと、シオンは振り返る。

 そして怒りのままにダークファルスとして完全体になろうとしている【敗者】に向けて、一言。

 

『頬を伝う――』

 

 

『――この感情の名前も分からない』

 

 

 一滴の、(しずく)が地面に落ちて。

 

 次の瞬間――旧マザーシップは全て闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

















シズク「ん? 叔母って誰だ?」
???「クシュンッ!」


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弱さを受け止めてくれるヒト

 目が覚めたら知らない天井だった。

 

「……ここは?」

 

 寝惚け眼で、辺りを見渡す。

 するとここが病室だということが分かった。

 

 メイが入院していた部屋に、よく似ていたからだ。

 

 リィンは、ベッドから上半身だけ起き上がって、記憶を探るように頭を手で押さえた。

 

「……ああ、そうか私、お姉ちゃんに負けて……」

 

 今何時だろう。

 あれから……どうなった?

 

「シズク……」

 

 病室の窓から、外を見る。

 すると、アークスシップの天井に赤い警告が浮かんでいるのが見えた。

 

 あれは、緊急クエストが発生していることを示すものだ。

 

「えーっと……ダークファルス【敗者】討伐作戦……?!」

 

 何がどうしてそうなった、とリィンは慌ててベッドから転がり落ちる。

 

 行かなくちゃ。

 もしかして、シズクが戦っているかもしれない。

 

 急いで扉を開け――ようとして、リィンがドアノブに手をかける前に扉が開いた。

 

「リィン。もう、起きたのか……」

 

 果たして扉の向こう側から現れたのは――父親だった。

 

 青い髪に青い髭を蓄えた大男。

 ヨークヤード・アークライトがそこに立っていた――!

 

「お、お父さん……何でここに?」

「娘と娘が戦って、片方がメディカルセンターに搬送されたと聞いて親が様子を身に来ることがそんなにおかしいか?」

「い、いや……おかしくないですけど……今は、その」

「ダークファルスの元へ向かう気か? いい心がけだが、無意味だ。

 六芒均衡を中心に、アークスでも屈指の実力者たちが今ダークファルスの本体と戦闘中とのことだ……今更合流したところで何も出来ないだろう。……いや、そもそも戦闘参加の許可が降りないだろうな」

「そう、ですか……」

 

 じゃあ多分、シズクは参加していないのだろう。

 それを聞いて少しほっとするようにリィンは息を吐き、ベッドへ戻り座った。

 

 実はまだかなり頭が痛いし、身体は滅茶苦茶だるくて動くのが辛いのである。

 

 ベッドに座り込んだリィンを見て、父親は見舞い客用の椅子に腰掛けた。

 

「それで、気分はどうだ?」

「ちょっと頭痛くてちょっと身体がだるい程度です」

「そんな状態でダークファルスと戦いに行こうとするな。馬鹿かお前は」

 

 返す言葉も無い。

 多分、『ちょっと』っていう嘘は見抜かれてるんだろうなぁ、と思う。

 

 何となくだけど。

 

「…………」

「…………」

 

 お互いに、沈黙。

 

 見舞いなら見舞いの品の一つや二つ持ってきてくれてもよかったのに、と思ったが口に出すようなことじゃあるまい。

 ていうか様子を見に来たと言っていたから、本当にただ様子を見に来ただけかもしれない。

 

 あるいは……そんな考えが浮かばないほど焦って急いで来た、とか。

 

 いやそれは無いか。

 

 リィンは自身の中に浮かんだ考えを、即座に否定する。

 

「……お父さんはさ……」

「……ん?」

「泣いたこと、ありますか?」

 

 沈黙に耐え切れなくて、つい。

 あれは歴史改変前の出来事だったというのに、聞いてしまった。

 

 急にこんな質問をして、変に思われてしまわないかな、と。

 

 そんなリィンの心配などつゆ知らず、父は青い髭を撫でながら答えた。

 

「あるに決まっているだろう」

「…………そう、だよね」

 

 知ってる。

 

「じゃあ……お父さんが私に初めて稽古を付けてくれた日、覚えてますか?」

「…………ああ」

「あの時、『泣くな』と、私に言いましたよね。強者は涙を見せない、と。

 ……あれは、子供をあやすためのただの詭弁だったんですか?」

 

 だとすれば、滑稽だ。

 泣きたくなるくらい、滑稽な話だ。

 

 ただの詭弁を、父親からの唯一の教えとして十何年も守り続けてきたなんて。

 

「……いや」

 

 リィンの、その質問に。

 父親は答える。

 

「『強者は涙を見せるべきではない』。それは詭弁なんかではなく、俺の本心だ。

 ……よく、あんな小さなときのことを覚えていたな」

「じゃあ……!」

「その教えには、続きがある」

 

 リィンが、目を見開いた。

 

「続き……?」

「あの時、まだ小さかったお前には理解できないと思い、教えなかったが……。

 そうだな、今なら、理解できるだろう」

 

 父から子に送る、二つ目の教えだ。

 

「『強者はみだりに涙を見せるべきではない……。

 だから(・・・)涙を見せてもいいと思える相手の前でのみ、泣きなさい』」

 

 だから。

 だけど、じゃなくて、だから。

 

「涙を見せてもいいと思える、相手……」

「自分の中の弱さを吐き出せない者を、真の強者とは呼べない」

 

 強いと弱いは表裏一体。

 強いだけの人間なんて存在しないし、弱いだけの人間なんて存在しないのだ。

 

 強くありたいのなら。

 弱さを認め、吐き出さないといけない。

 

 それを受け止めてくれる人が――必要だ。

 

「だからリィン。お前の弱さを受け入れてくれるヒトを見つけなさい。

 お前の弱さを強さに換えてくれるヒトを探しなさい……そして、もしそんなヒトが見つかったのなら大事にしなさい。

 そのヒトは、お前の生涯のパートナーに成り得るヒトだから」

「…………」

 

 涙を見せてもいいと思えるヒト。

 弱さを、受け入れてくれるヒト。

 弱さを強さに換えてくれるヒト。

 

 そんなの――そんなの、

 

 一人しか、思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「…………」

 

 リィンの病室から、一人の男が廊下に出た。

 

 父である。

 話すことも話し終えて、娘が無事であることも確認したということで、帰ることにしたのである。

 

「……ん? パプリカ……?」

「…………」

 

 病室の扉のすぐ傍に、女性が一人立っていた。

 赤縁フレームの眼鏡が特徴的な垂れ目の女性――リィンの母、パプリカ・アークライトである。

 

 ヨークヤードが、涙を見せてもいいと思える相手が。

 何だか若干お怒りの様子で立っていた。

 

「……どうしたんだ? 一体……」

「どうしたんだ? じゃあ、無いでしょう」

 

 流石のコミュ障も、夫相手におどおどとはしない。

 普通に普通の発声で、言葉を紡ぐ。

 

「マザーシップが新しくなったとか、管制者が変わったとか、ルーサーがダークファルスだったとか。

 色々ありすぎで滅茶苦茶忙しいところを抜け出して……怒られないと思った?」

「そ、それは……リィンが、心配だったから……」

「私が様子見に行くからあなたは後で落ち着いてからくればいい、って私言ったわよね?」

 

 うぐっ、とヨークヤードは冷や汗を掻きながら妻から目を逸らした。

 

 パプリカの手にはお菓子の詰め合わせが入った袋が一つ。

 対してヨークヤードは、手ぶらである。

 

「し、仕方ないだろう! あいつらに何かあったら……俺は……」

「スタンモードで斬られただけでしょう。その程度であの子たちに何かがあるわけないわよ」

 

 全く、貴方は心配性ねぇ、とパプリカは苦笑して病室へのドアノブを掴んだ。

 

「ほら、貴方は早く仕事に行きなさ……あっ」

「あっ」

 

 扉を開ける。

 

 すると、おそらくは二人の会話を全て聞いていたであろうリィンの姿が、扉のすぐ近くにあった。

 

 父が去って、寝転んでいたのだが。

 何かすぐそこで話し声が聞こえてきたから気になって聞き耳を立てていたのだろう。

 

「あ、えーっと……」

「…………」

「…………」

 

 苦笑いのまま、母は固まる夫と娘の顔を見比べて。

 

「なんか……ごめん、ね?」

「う、うおおぉおおおおおおおおおおおん!」

 

 と。

 謝った瞬間、顔を真っ赤にして父は逃げ出した。

 

 遠くでナースさんの「廊下を走らないでくださーい」という声が聞こえる。

 

「…………お母さん」

「な、何かな……?」

「お父さんって、あんな感じのヒトなの……?」

「…………そうよ。最近はああいうの、ツ、ツンデレというのかしらね……」

 

 私の素直になれないあれは遺伝だったのか、と納得するように頷いて、リィンは母を部屋に入れて自分はベッドに戻った。

 

 そして。

 少し、照れながらも「ねぇお母さん、お父さんとお母さんの話が聞きたいな」と。

 

 就寝前の絵本をねだる子供のように、母へお願いするのだった。

 




おっさんのツンデレ。


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貴方が

 目が覚めたら知らない天井だった。

 

「……………………夢?」

 

 真っ白い天井を、右は海色(・・・・)左は黒色(・・・・)のオッドアイで見つめながら、シズクは呟く。

 いや、待て、夢じゃあない。よく見たら、知らない天井は見たことのあるメディカルセンターの天井だった。

 

 メディカルセンター。

 

 つまり……ここは、病室?

 

「おや、目が覚めたかい? シズク」

 

 戸惑っていると、横から知らない声で知らない男が話しかけてきた。

 

 誰かに似ている、小さな男の子。

 シズクと身長は同じくらいだろうか。

 

 髪をうなじで一本縛りしている、少年。

 

 ――シャオが、シズクの病室の椅子に座っていた。

 

「…………誰?」

「ぼくはシャオ。君の叔父……つまり、シオンの弟のような存在だよ」

「シャオ……シオンの……お母さんの、弟?」

「そう。やっと会えたね、シズク」

 

 朗らかにシャオは笑う。

 そういえば、誰かに似てるかと思ったらお母さんに似ている。

 

 悪い奴では、無さそうだ。

 心の警戒レベルを少し下げて、とりあえず起きようと枕から頭を上げる。

 

「て、えぇ!? お母さんのおとうっ……ぐっ……!?」

 

 その瞬間、ぐらり、と視界が歪んだ。

 

「なん……っ……」

「ああ、ダメだよ急に動いたら。君は丸三日も寝てたんだから」

「み、三日……?」

 

 そんなに寝てたのか、とシズクは目を見開いた。

 

 そりゃ急に起きたら眩暈の一つでも起こすだろう。

 

(ああ……段々と思い出してきた)

(あの後キャンプシップに乗ったあたしは、知恵熱でぶっ倒れて……)

 

 そして――その後。

 その後、どうなった?

 

「シズク。シオンを介して全知に繋がっていた君は、シオン亡き今全知を使うことが出来ない」

「…………」

「だから、疑問が残るのは当然だ。それに答えるためにぼくは今ここにいる」

 

 何でも訊くといいよ、と。

 

 シャオはいつもの小生意気な笑みではなく、やはり朗らかに微笑むのだった。

 

 推理小説で言うところの、解決編。

 残された謎や伏線を回収しようじゃあないか。

 

「……じゃあ、あの後……あたしが気絶した後、どうなったの?

 ルーサーは……【敗者】は、倒した?」

「倒したよ。弱らせたところを、ダークファルス【双子(ダブル)】に喰われて死んだ」

「【双子】に……!?」

 

 驚いたが、あり得ないことでは無いだろう。

 ダークファルスは決して仲良しこよしの集団ではない(【百合(リリィ)】とかいう一部例外は除いて)、【敗者】が弱るところを見逃さず、その力を吸収するために【双子】が漁夫の利を狙ってもおかしくはない。

 

「そっか……うばー、じゃああいつとはもう、二度と会うことは無さそうだね」

「そうだね、それについては間違いないと思うよ」

 

 ほっとする。

 もう、あの前髪の長い男のことは見たくもない。

 

 完全にトラウマだ。

 

「【双子】は今どうしてる?」

「目下捜索中。元気になったら多分シズクにも手伝って貰うから」

「でもあたし、今演算くらいしか出来ないよ?」

 

 シズクは、無意識のうちに左目辺りを手で抑えた。

 

 もう、その左目は海色に光らない。

 全知は失われたのだ。

 

「充分だよ。ヒトの感情を式に入れた演算ならぼくよりシズクの方が優秀だしね」

 

 何せシズクは、人間なのだから。

 高度な演算能力を持った人間は、その一点で観測者を越える力を発揮できるのだ。

 

 かのルーサーも、人心掌握を得意としていた。

 人心を式に入れ演算し、ヒトの心を掴むための最善解を導き出す。

 

 その点では、シオンを軽く越えていたことがテオドールや虚空機関の職員の態度から窺えるだろう。

 

「ぼくもヒトの心や感情については学んで理解しているつもりだけど、それでも純然たるヒトには敵わないから」

「純然たるヒト……」

 

 なんか、改めて他人に言われると照れる。

 

 照れるというか、嬉しいというか。

 『ヒトになりたい』という夢が叶った――叶っていたという事実が、自然と頬を緩ませる。

 

 でも……。

 それと同時に、母を失ったという事実も、シズクの心を軋ませる……。

 

「……シズク?」

「あ、ああえっと。そうだ、確認なんだけど……あたしがどれだけ活躍しても一切話題にならなかったのってお母さんの仕業だったの?

 てっきりカスラさんがやってると思ってたんだけど、いくら六芒均衡でも情報隠滅が完璧すぎるなぁおかしいなぁってずっと違和感あったんだよね」

「そうだよ。絶対にルーサーに情報が漏れないよう、カスラの情報隠滅の隙をシオンが埋めていたんだ」

 

 やっぱりか。

 推測は当たっていたようだ。

 

「あたしがルーサーに捕まると、ルーサーはあっという間に全知へと至っていた……そりゃお母さんもあたしの存在が奴にばれないように必死になるよね」

「必死になってたのは、ルーサーが全知に至るから、ってだけじゃないと思うけどね」

「うば?」

 

 首を傾げる。

 他にも何か理由があるの? と。

 

「ルーサーに存在がばれないようにするためだけなら、もっと他にやりようはあった筈だよ。

 例えばシズクを殺す、とか」

 

 いきなり物騒なことを言い出すシャオ。

 

 でも確かに、その通りだった。

 それが一番手っ取り早くて、確実にシズクからシオンに至る道を潰せる方法だ。

 

「…………」

「シオンはさ……」

 

 シズクが返す言葉もなく黙っていると、シャオが天井を見上げながら言葉を紡ぎ始めた。

 

「シズクに生きて欲しかったんだよ」

「……!」

「ルーサーが全知に至るとか以前の問題として、シズクがルーサーに捕まり非人道的な実験に晒されるのを何より嫌がった。それだけは――避けたかった」

 

 ルーサーが、シズクを殺そうとしたとき。

 シオンは言っていた。『それだけはダメだ』、と。

 

「ああそうだ。それに加えて、シオンはシズクの望みを叶えようとも動いていたようだよ」

「あたしの、望み?」

「『ヒトになりたい』っていう、望み」

 

 その望みは、シオンとシズクが直接会話をし、シオンが彼女が人間であることを説明すればそれだけで叶う夢だった。

 でも、シズクが物心つく頃には、シオンはルーサーに常時監視されているため会いに行けず、それは叶わない。

 

 だから第二の案を取った。

 

 シオンが死ねば、シズクの全知は失われる。

 体内に海は残るが、それだけなら演算能力が人並み外れているだけの人間として生きていける。

 

 そう。

 シオンは、自分が死ぬことでシズクの全知を消そうとした。

 

 全知が無くなれば、あとは時間の問題だ。

 シズクは自分が『ヒトになれた』と判断して、望みを叶えていただろう。

 

 だからどうせ死ぬのなら――会わないほうがいいとシオンは判断した。

 

「いや、待って」

「?」

「おかしいでしょ。だって、お母さんはサポートパートナー経由だったけど、最後にあたしに会いに来たじゃない」

 

 会うつもりが無かったなら、あんなことするべきではない。

 

 ましてや自分が母だということを醸し出す理由なんて、もっと無いはずだ。

 

「ああ、あれはぼくがそうするように誘導したわけだけど……でも、そうだね。観測者として考えればシオンは決して君に会いに行かなかっただろう」

 

 初志貫徹するのなら、会いに行く理由なんて欠片もない。

 意味もなければ、理由も無い。

 

「じゃあ何故シオンはあの時シズクに会いに行ったのか? そんなの、答えは簡単だ。ぼくでも分かる」

「…………」

「シオンは――

 

 

 ――我慢できなかったんだよ」

 

 

 口で何と言おうとも。

 どれだけ論理的にシズクと会わない理由を組み立てても。

 

 娘に会いたい――成長した娘を、一目見たい。話したい。

 

 言いたいことが沢山あって、やりたいことが沢山あった。

 

「それは、理論とか演算とか……感情論すらも越えた原初の性質――『母性』。

 多分シオンは、殆ど無意識にシズクの元へ向かっていたんじゃないかな」

 

 母親として、シズクを産んだ身として、

 

 気になった。

 我慢できず、会いに行ってしまった。

 

 それが、今までの苦労を水の泡にしてしまう所業であったとしても。

 

「…………あたしを、産んでくれて」

 

 ぽつり、とシズクは呟く。

 

「お父さんと会わせてくれて、情報操作とかで間接的に守ってくれて、我慢できずに様子を見に来てくれて」

 

 そして最後には、頭を撫でてくれた。

 不器用だったしぎこちなかったけど、あれには確かに愛情がこもっていた。

 

「……何が、母親らしいことが出来なかった、よ……アナタが居ないとあたしは生まれていないし、生き残ることも出来なかったじゃない……」

「…………」

 

 シャオが、突然来客用の椅子から立ち上がった。

 シズクに背を向けて、病室の扉に手をかける。

 

「じゃあ、ぼくはこの辺りで失礼するよ。まだ話したいことはあるけど……病み上がりだしね、また今度にしよう」

 

 そう言って、シャオは病室から出る。

 

 扉を閉めて、ふーっと一息吐いて前を見ると――シャオの眼前に、お見舞いの品であろう花束を持ったリィンの姿があった。

 

「あ、シャオ。シズクの調子はどう?」

「リィン。丁度良かった」

 

 丁度良かった? とリィンが首を傾げる。

 もしかして今起きたところなのかしら、とリィンが疑問を口に出そうとして――。

 

「シズクが泣いてる。慰められるのは、君だけ――っと、速いね」

 

 言い終わる前に、リィンは花束を地面に落としながら病室へと駆けていった。

 

「良い仲間を持ったね、シズク……」

 

 地面にぶちまけられた花を一輪一輪拾い上げながら、シャオは一人呟いて。

 

 拾った花束を、そっと扉の傍に置いておく。

 すると扉の向こう側から泣き声が聞こえてきたので、そそくさとシャオは退散するのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 扉を開けると、シズクが泣いていた。

 

 ベッドで上半身のみ起こした状態で、俯きながらそっと静かに頬を涙で濡らしている。

 

「シズク!」

 

 リィンが駆け寄ると、シズクはハッと顔を上げ――目を見開いた。

 

「リィン……」

「大丈夫!? シャオに何か酷いことでも言われた?!」

 

 リィンが、あの時のシオンのようにシズクの頬に手を当てて――親指で、グッとシズクの涙を拭う。

 

 その手が温かくて。

 涙が頬を伝ってベッドを濡らす前に、リィンの親指が濡れたのを見て。

 

 シズクはぐしゃり、と顔を歪めた。

 

 ダムが決壊したように、シズクの涙は大粒となってとめどなく流れていく。

 

「あ、あ、あぁ、あああああああ……!」

「ちょ、ちょっと、本当にどうしたのよ、シズク……」

「リィン! リィン……リィン……!」

 

 リィンの胸元に顔をうずめるように、シズクはリィンへ抱きついた。

 

 突然のことに驚きながらも、リィンはそっとシズクの背中へ腕を回す。

 

「あ、あ、あたし……あたしは……人間だったっ」

「……!」

「最初からずっと、ずっと、自分が化け物だと思い込んでいる人間だった!」

 

 いつの日だったか。

 メイが言った言葉が蘇る。

 

 『ならさ、きっと感情は最初からあったんじゃない?』。

 

 その通りだった。

 

 シズクは自分に感情が無いと思い込んでいた、ただの思春期の子供だった。

 

「そ、それで泣いてるの……?」

「違う……! これは嬉しいの……嬉しくって仕方が無いの……!」

「じゃあ何で、そんなに泣いてるの……?」

「お母さんが、死んだ……もっと、沢山、話したいこともやりたいことも沢山あったのに、死んじゃった……」

 

 殺された。

 目の前で。

 

「それ、は……」

「でも、お話できたのは楽しかったし、殺されたときはもうわけがわからなくなって……」

 

 怒りが沸いてきた。

 

 そう、今のシズクに襲い掛かっているものは、喜怒哀楽。

 

 嬉しいし、怒っているし、悲しんでいるし、楽しかった。

 

 色んな感情が――ぐるぐる渦巻いて。

 涙となって、流れ落ちている。

 

「ねえリィン……なんなの……?」

「……?」

この感情は一体何(・・・・・・・)? この感情の名前は……一体なんなの……!?」

 

 嬉しいし、

 悲しいし、

 泣きたいし、

 辛いし、

 苦しい。

 

 沢山の感情が渦巻いて――分からない。

 

 それを聞いて、リィンは思い出す。

 姉が死んだときに抱いた気持ちを、父が、姉が、泣いている姿を見たときに抱いた感情を。

 

「ねえ、リィン……教えてよ……」

「そんなの……

 

 ――私にだって、分からないわよ」

 

「……?」

 

 ふと、シズクが顔を上げる。

 顔を上げて――リィンを見る。

 

 ぽたり、と。

 シズクの額に雫が一滴落ちた。

 

「…………リィン?」

 

 驚いて、シズクは目を見開く。

 

 涙でぼやけた視界でも、分かるほどはっきりと。

 

 リィンが泣いていた。

 涙を流して、その頬を濡らしていた。

 

「……何で、リィンが泣くの?」

「えっ……」

 

 今、自分が泣いていることに気付いたとばかりにリィンは頬へ手を添える。

 

 添えた手が濡れたことを確認して、リィンは一瞬戸惑う。

 

 何で、泣いているんだろう。

 でも、その疑問は、一瞬の内に解決した。

 

 

「…………貴方が泣いているからよ、シズク」

 

 

 かつて。

 

 【コートハイム】が解散したときに涙を流さない理由として使ったセリフと、全く同じセリフを言葉にしながらリィンは微笑む。

 

「貴方が泣いているなら、私は一緒に泣きたいし、貴方が笑っているのなら、私は一緒に笑いたい」

「…………」

「だから、今は一緒に泣きましょう。

 泣きたいときは泣いた方がいいって、私に教えてくれたのはシズクでしょう?」

 

 そうして。

 二人は抱き合って、涙を流しあう。

 

 一緒に泣いて。

 一緒に笑って。

 一緒に悲しんで。

 一緒に楽しむ。

 

 そして二人で成長する。

 一生一緒に生きていく。

 

 きっと、二人が名前も分からなかったあの感情の答えに辿りつく日も、そう遠くは無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――リィン」

「……? 何? シズク……」

「辛い時も、楽しい時も、いつも一緒に居てくれて。

 こうして慰められる時もあれば、慰める時もあって。

 大人かと思いきや結構子供っぽかったり。

 頭が良いのに察しが悪かったり、察しが悪いくせにタイミングが良かったりして。

 

 いつもあたしのことを守ってくれる。

 

 そんなリィンが、大好きです」

 

 




次回、エピソード2のエピローグです。


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シズクとリィン

来週から投稿ペースが元に戻ります。


「お、こんなところに居たか、『リン』」

「探したわよー、こんなところで何してたの?」

 

 アークスシップ・ショップエリアのイベントステージ付近。

 居住区が一望できる壁際のベンチに腰掛けて黄昏ていた黒髪ツインテールの美女――『リン』に話しかけるアークスが二人。

 

 ゼノとエコーである。

 朗らかな笑みで『リン』に近づき、その背後に立った。

 

「ああ……ゼノさん、エコーさん……」

 

 振り返り、力なく微笑む『リン』。

 誰の目から見ても、明らかに元気が無い。

 

「『リン』、シズクが目を覚ましたらしいぜ。快復祝いと戦勝祝いに皆で飯でも食いに行かないか?」

「シズクが……そっか、それは、よかった……」

 

 一瞬ほっとした表情を浮かべてから、『リン』は視線をゼノたちから切ってガラス越しに見える居住区の方に移した。

 

「私は、いいです。……シズクに合わせる顔が無い……」

「……『リン』」

 

 『リン』は、シオンを救いたかった。

 あんな、シオンが犠牲になるような結末じゃなくて、親子二人が笑顔になれるようなエンディングを目指していたのだ。

 

「私に……力が無かったから……私がもっと強ければ、今頃きっと……」

「バーカ」

 

 『リン』の言葉を遮るように、ゼノは彼女の後頭部を軽くひっぱたいた。

 

 そしてそのまま、頭を撫でる。

 恋人や家族にやるような撫で方ではなく、部活の後輩を叱咤するような感じで、ぐしゃぐしゃと。

 

「お前さんが居なけりゃ、もっと酷いことになってただろうが」

「……それでも、私は……」

「……一人の力なんて、たかが知れている。お前さんが最強無敵の超人になっても、守れないものなんてきっと一杯あるぜ」

「…………子供染みたことを言ってるという、自覚はあります」

 

 髪の毛をぐしゃぐしゃにされているというのに、『リン』はそれを止める事もせず。

 ただ俯いて、震え声で言葉を紡ぐ。

 

「――それでも私は、大切な友人くらいは全員守りたいんです」

 

 シオンは、友達だった。仲間だった。

 守るべき、ヒトだった。

 

「…………」

「私は、守れなかった。彼女を助けることが、出来なかった……あまつさえ、この手でとどめを刺したんです」

「…………」

「こんなの……こんなの、シズクにどんな顔して会えばいいんですか」

「……少なくとも、今の顔じゃあないわね」

 

 言って、エコーは『リン』の腕を思いっきり引っ張った。

 

 ベンチから無理やり立ち上がらされて、そのまま。

 エコーは『リン』のことを抱きしめた。

 

「え、エコー……さん……?」

「泣き顔は、友達と会うときの表情じゃ無いでしょうよ」

 

 『リン』は、泣いていた。

 鼻っ面を赤くして、ぽろぽろと涙が零れていた。

 

 当たり前だ。

 『リン』は大人びているが十六歳。

 

 友達が死んで、泣くのなんて当たり前だろう。

 

「私は……行きませんって、離してください」

「嫌よ。泣いてる後輩を放っておくなんて出来ないものねぇ、ゼノ?」

「そうだな、先輩として泣いてる後輩を慰めるのは義務みたいなもんだ」

「どんな、義務ですか……」

 

 言いながらも、『リン』はろくに抵抗しない。

 エコーに抱きしめられている現状を、受け入れているようだ。

 

「なあ『リン』、お前の気持ちはよく分かった。でもな……シズクの気持ちはどうなる?」

「シズクの……?」

「あいつはきっと、お前にお礼を言いたいと思うんだが」

「……お礼を言われる、筋合いなんて……」

「ある」

 

 ゼノは、断言した。

 

「オレやエコーは、シズクとそんなに深い親交があったわけじゃあない。

 弟弟子だけど、マトモに話した回数は多分お前よりずっと少ないだろうよ。

 だからシズクが何を考えていて、何を思っているかなんてまだ分からないけどさ……」

「アタシたちは、君が頑張ってきたことを知っている」

 

 一杯頑張っていたことを、知っている。

 先輩としてずっと見ていたから、それだけは分かる。

 

「少なくとも、シズクは」

「…………」

「自分のために頑張ってくれたヒトに暴言を吐くようなやつじゃあないと、オレは思うぜ」

「……です、が」

「だからお前も来いよ、店と時間が決まったらまた連絡するから」

 

 そう言って、ゼノとエコーは去っていった。

 

 残された『リン』は、無言でベンチに座りなおす。

 そしてぐしぐしと袖で涙を拭うと、今度は居住区ではなく、空を見上げながら。

 

「……例えば、シズクが私を許してくれても」

 

 私は自分が許せないんだろうなぁ、と静かに呟くのであった。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

 シズクの病室に、奇声が響いた。

 

 声の主は、シズク。

 ベッドの上で顔を真っ赤にしながら、悶え、転がり、叫んでいた。

 

「む、ムードと勢いに任せて言っちゃったぁあああああああああ! しかもその後返事も聞かずに泣き疲れて寝ちゃうし! もう最悪! 最っ悪! うばぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

 

 もう頭痛は完治したようで、元気に悶えながらシズクは枕に向けて何度も何度も拳を振るう。

 

 リィンはもう居ない。

 シズクが寝ている間に帰ったようだ。

 

「落ち着け、落ち着けあたし。クールだCOOLになるんだシズク……そう、リィンのことだし『え? 何だって?』と難聴系主人公のようなことを言ってたかもしれないし、そもそも大好きって言っただけで友情の意味合いに取られたかもしれないし……」

 

 いやまあ、それはそれで嫌だけど。

 

 兎に角恥ずかしくて死んでしまいそうな現状から脱出したくてそんな仮説を立ててみた。

 

「シズクさん?」

「うびゃあああああああ!? な、なんですかナースしゃん!?」

 

 突然ナースが扉を開けて入ってきて、シズクはベッドから転がり落ちながら呂律の回っていない言葉で返答を返す。

 

「い、いえ……あまり大声で騒がれると周りの患者さんにご迷惑なので……」

「あ、あ、すいません……」

 

 困惑しながらも、至極当然の指摘をされて平謝り。

 

 忘れていたが、ここはメディカルセンターなのだ。

 

「シズクさんもう元気そうですね。退院できそうですか?」

「え? あ、はい」

「じゃあ次の診察で異常が無さそうなら退院ってことで話は付けておきます」

 

 そう言って、ナースは何かをメモしながら病室を出て行った。

 

 何だかとんとん拍子に話が進んでいったが、もう頭痛は大丈夫そうだし怪我も治っている。

 遅くとも明日には、早ければ今日の夕方には退院できるだろう。

 

 ちなみに今は昼だ。

 

「ふぅー……」

 

 大きく息を吐く。

 今のナースとのやり取りで少し冷静になれた。

 

 そうだ、一人で悩んでいるだけじゃ何も解決しない。

 

「メイ先輩に相談しに行こう」

 

 丁度メディカルセンターだしね。

 と、いうわけでシズクはメイの病室前までやってきた。

 

 手土産に買ったジュースを手に、扉を開ける。

 

 その部屋は空き部屋になっていた。

 

「………………え?」

 

 何で? どうして? と部屋番号を確認してみるも、間違いなくメイが入院していた部屋だ。

 

 部屋を移動したという話は聞かないし、退院したとも聞いていない。

 

 こういうときに限って全知は無いし……と。

 部屋に入って痕跡が無いか探っていたその時。

 

「あら? シズク?」

「うばーっん!?」

 

 今日は突然の来訪に驚くことが多い日だ。

 

 扉の方を振り返ると、ある意味今最も会いたくない相手。

 

 つまりはリィン・アークライトがジュースを二本持ってそこに立っていた。

 

「り、リィン……ど、どど、どうしたの? ここメイ先輩の部屋だけど……」

「いや、そりゃメイさんに会いに来たから……あれ? メイさんいないの?」

「う、うん。ていうか、空き部屋になってるみたい」

 

 やばい。

 ついしどろもどろになってしまう。

 

 いつも通り、いつも通り振舞わないと……。

 

「ふぅん……? 昨日シズクに言われたことを相談しようと思ってたのに……」

「!?」

 

 リィンがほんのり頬を赤くしながら、言う。

 どうやらばっちり覚えていたようだ。

 

 嬉しいような、恥ずかしいような。

 ていうか相談しようと思ってたのに、って本人の前で言うか普通!?

 

(……言うんだろうなぁ)

(それがリィンっていう女なんだよなぁ……)

「まあ、居ないならしょうがないか」

「待って待ってリィン! 結論を急ぐのはよくない! まずはメイ先輩とアヤ先輩に連絡してみよう!」

 

 何か姿勢を正しだしたリィンを静止するように、両手を突き出してから端末でアドレス帳から二人と連絡を取ることを試みる。

 

 しかし、着信拒否にされていた。

 そこまでされるようなことをした憶えは無い……つまりこれは……。

 

「二人とも繋がらない……てことは多分その内何かサプライズを仕掛けてくる可能性が高いね……」

「相変わらずねえ、あの二人も……」

 

 嫌われたとかそういう発想は一切無い。

 何をしでかしてくれるのか楽しみではあるが、今はタイミングが悪すぎる。

 

「シズク……」

「待って! タンマ!」

 

 リィンが一歩、シズクに向かって歩みを進めた瞬間それを止める。

 

「あたしが昨日言ってたことを相談しようとしてた、って言ってたけど……あたしのどのセリフ?」

「私のことが大好きだってやつ。シズクが言った後すぐ寝ちゃったやつね」

「うばあああああああああ!? おかしいなここはリィンがトンチンカンな答えを返してあたしがツッコみを入れるところでは!?」

 

 ばっちり憶えていたようである。

 

 いや待てまだ決め付けるには早い。

 あと一つ、確認しなければいけないことがある。

 

 どうせ、リィンのことだから友情の大好きだと勘違いしているはずなのだ。

 

「さ、最後に一つ質問! そのあたしの『大好き』をどういう『大好き』だと解釈しましたか!?」

「普通に恋愛的な意味じゃないの?」

「誰だお前は! リィンじゃないな!」

「……失礼ね」

 

 呆れたような苦笑いを浮かべながら、リィンはシズクとの距離を詰めていく。

 それに対しシズクは顔を真っ赤にしながら後退していき、ついに――病室の壁際まで、追い詰められた。

 

「た、タンマ……」

「質問は最後って言ったわよね?」

 

 にっこりとリィンが笑う。

 美少女すぎるだろふざけんな、とシズクは心の中で叫んだ。

 

「私も好きよ」

 

 リィンは、あっさりと言ってのけた。

 初期の純情キャラは本当に何処へ行ったのかとツッコミたくなるくらい清々しい告白だった。

 

「う、ば、ば」

「私もシズクが大好き。それで? どうする?」

「どどど、どうする、とは?」

 

 目をぐるぐると回して混乱しているシズクの頬に、リィンは両手を添えた。

 

 そうやって、頭を固定して、思いっきり顔を近づける。

 あとほんの少しリィンの頭が前に進めば、それでキスしてしまうほどに。

 

「こういうことする関係になっちゃう? って訊いてるの」

「あ、あわわわわ……」

「ねえ、シズク?」

「あの、その……!」

 

 シズクは、ゆっくりと。

 近すぎるリィンの顔を、両手で押し退けた。

 

「き、キスは三回目のデートでするのが相場らしいので、その時お願いします!」

「……………………」

 

 乙女かっ。

 と突っ込みたいところだが、乙女である。

 

 十四歳の女の子。

 

「そう。じゃあ――」

「うば?」

 

 リィンは、頬に添えていた両手を離し、右手でシズクの口を覆った。

 

「今日のところは、これで勘弁してあげるわ」

 

 そしてキスを一つ。

 シズクの口を覆っている、自身の右手の甲に落とした。

 

 手の平一つ挟んでのキス。

 

 顔を真っ赤にしたシズクの顔に満足しながら、リィンは手を離し、いたずらっぽい笑みを浮かべると踵返した。

 

「あ、そうだ。ゼノさんが快復祝い兼戦勝祝いに皆でご飯食べに行こうって誘ってくれたけど行くわよね?」

「…………え、あ、うん……」

「じゃあ、また後で」

 

 リィンが出て行った病室の床に、ぺたりと座り込む。

 

 本当、なんていうか、その。

 

「いつの間に……こんな……こんな……こんな知識を……!」

 

 思わず自分の唇を手で押さえながら、シズクは小声で叫ぶ。

 

 いや、それよりも。

 それよりも、これってこれって……!

 

「……リィンと付き合うことに……なった?」

 

 呟いて、ようやく自覚する。

 シズクとリィンは、ようやく恋人同士になったのだと。

 




はい、というわけでEP2は完結です! ワーパチパチ!

ここまで来るのに二年以上もかかるとは思ってもいませんでした。
EP3はイベントクロニクルを見返すところからなので、開始が遅くなるかもですが頑張って来週には投稿できたらいいなといった感じです。

EP1もEP2も、涙で終わったからEP3は皆が笑顔になるようなエンディングにしたい。


また、ここまでの感想・評価等を頂けると凄く励みになります。


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Episode2 外伝:古の誓い
三年前・前編


次回からEP3と言ったな?

あれは嘘だ。


というわけでEP2外伝もとい過去編の始まりです。
二話で終わって今度こそEP3に入る予定。


 三年前。

 

 アークスシップの一角にある学業区域。

 そこにはアークスを目指す若者が、アークスになるため日夜努力を続ける訓練校があるのだ。

 

 通常、アークスは三年ほどその訓練校で鍛錬を積んでから正式なアークスになる試験を受けることになる。

 

 そしてそれはつまり普通のアークスであるメイとアヤ、そしてキリン・アークダーティこと『リン』も。

 

 三年前は、研修生だったということだ。

 

「メーコ。起きなさいメーコ」

「んあ?」

 

 メイ・コート十五歳。

 アヤ・サイジョウ十五歳。

 

 そして。

 

「うわぁああああああ! アフィンのズボンが破裂したぁあああああ!」

「誰か! 誰か隠すものを持って来い!」

「いやぁあああああ! 真っ白ブリーフが丸見えよぉおおおおお!」

「――私に任せろ!」

「来た! 『リン』が来た!」

「『リン』が来たぞ! これで勝つる!」

 

 キリン・アークダーティ十三歳。

 

「むにゃ……なんか騒がしい……」

「アフィンのズボンが破裂したみたいね。まあ『リン』が予備のスカートを貸してあげたみたいだから問題ないわ。

 ……そんなことより、次の時間戦闘実習だからそろそろ起きなさい」

「うい…………。

 ……いや、ズボンが破裂ってどういうことよ」

 

 まだ真新しいアークス研修生制服に身を包むメイとアヤと、『リン』。

 

 これは、まだ『リン』とマトモに話したこともない二人が。

 

 彼女と友達になるまでの物語。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「戦闘訓練用のウーダンたちが逃げ出したぞー!」

「教官たちは鎮圧に向かえ! 非戦闘員の教員は生徒たちの安全を確保!」

「私が来たからにはもう安心しろ! ウーダンたちよ覚悟ぉおおおお!」

「『リン』が訓練用のソードを持ってウーダンの群れに突っ込んだぞ!」

「入学してから三ヶ月の子供の癖に何であいつ躊躇いも無くウーダンに突っ込めるの!? 馬鹿なの!?」

「あの馬鹿を止めろー!」

「ウーダンたちを鎮圧しました!」

「鎮圧しちゃったー!?」

「すげー! 流石『リン』だ!」

「流石は俺たちの『リン』ちゃんだ!」

「『リン』ー! よくやったぞー!」

 

 先生からは阿鼻叫喚が。

 そして生徒からは賞賛の嵐が巻き起こる。

 

 訓練用の体育館のような建物から逃げ出したウーダンたちを、『リン』がほぼ一人で鎮圧したのだ。

 

 生徒たちからは――特に同い年くらいの生徒から賞賛の嵐が飛び交うのも無理は無いし、

 何かあったら責任問題になる教官たちが阿鼻叫喚になるのも無理は無いだろう。

 

 入学して三ヶ月。

 その頃にはもう、『リン』の異常さは知れ渡っていた。

 

 揉め事が起これば一も二も無く駆けつけ、困っている人がいれば即座に助ける。

 

 人助けが趣味で、人救いが特技。

 

 それだけ聞けば『とても良い子』で終わる話なのだが、それで終わらないから『リン』は異常なのだ。

 

 「生意気なやつだ」、と「調子に乗っているんじゃない」と。

 絡んできた卒業間近の先輩方を、ボコボコにした。

 

 「そんなにやる気があるなら特別メニューを受けてもらおう」、と拷問に近い特訓メニューを片手間でこなし、さらにその教官のことを責任者にチクって解雇させた。

 

 勿論、これは『リン』の方が正しかったのだが――以上のことから分かる、彼女の異常さは二つ。

 

 

 正しすぎて、強すぎる。

 

 

 正義の味方。

 あるいは英雄になる条件を、満たしすぎる程に満たしていた。

 

 だからこそと、言うべきなのか。

 

 当時、キリン・アークダーティには友達と呼べる人間が居なかったようだ。

 

(まあ、そりゃそうよね――)

 

 研修所の食堂。

 野菜ジュースを啜りながら、アヤは対面に座るメイの後ろ。

 

 一人で昼食を黙々と食べている『リン』の後姿を見ながら、心の中で呟いた。

 

 『リン』にとって、他人とは『守るべき対象』であり、『友達』では無い。

 

 肩を並べられる相手が、この研修所には居ないのだ。

 正式なアークスになれば、自分より同等かそれ以上の人たちが居るのだろうけど……。

 

「……ヤ、アーヤ!?」

「……わっ! め、メーコ、何よ突然……」

「さっきから話しかけてるのに無視するからじゃん……」

 

 と、ボーっと思考を巡らせていたアヤの目と鼻の先に、突然メイの顔が迫ってきた。

 思わず、野菜ジュースを取りこぼしかけるが、何とか耐える。

 

 セーフ。

 もう少しでまだ綺麗な研修服にジュースの染みがついてしまうところだった。

 

「ごめんなさい。……で、何?」

「だから、もうすぐ新入生の入ってくる時期だねって」

「あら、そういえばもうすぐそんな時期ね」

 

 この頃のアークスは、十年前――当時からすれば七年前の事件によって、数が激減していたのだ。

 

 それ故に、アークスの人員不足を解消するために昔は一年に一度だった研修生の入学時期を三ヶ月に一回というハイペースで行うことになったとのこと。

 

「後輩ができるのかぁ……楽しみだね」

「普通の学校じゃあるまいし、先輩後輩での交流なんてほぼ無いわよ」

「マジで!?」

 

 何それ悲しい、とメイは項垂れた。

 

 訓練校には遠足や修学旅行等のイベントというものがまるで無く、一緒に研修する機会も無い。

 

 一応校舎は同じだが……部活動も無い以上交流は無いと言っても過言では無い。

 

「そっかー……後輩とイチャイチャしたかったなぁ……」

「恋人を前に浮気宣言とは中々やるわね」

「そういう意味じゃねえよ。

 そういうんじゃなくて……なんというか……先輩面したいっていうか……年下フェチっていうか……」

「そういう意味じゃないの。だったらさ……」

 

 ちょっと不機嫌になりながら、アヤは指を差す。

 

 一人で麺を啜っている、『リン』を。

 

「年下なら何でもいいなら、あそこにいる『リン』とかでもいいんじゃない?

 同期でも年齢がバラバラだから年下だって沢山いるでしょうよ」

「そういうんじゃないんだよなぁ……やっぱ年下っていうか『後輩』……いや、『娘』だな、娘が欲しい。アーヤ産んで」

「あと五年したらね」

 

「今、私の名を呼んだか?」

 

 気付けば。

 『リン』が、メイの後ろに立っていた。

 

 手には食べ終わったであろう食器を乗せたトレイがあり、口元が若干汁で汚れている。

 

「困っているようなら、相談に乗るが」

「あ、えっと、別にそういうわけじゃなくてね?」

 

 アヤが手をぶんぶんと横に振って、焦りながら否定する。

 

 会話が中途半端に聞こえていたようだ。

 別に困りごとというわけではないので、彼女の手を煩わせるわけにはいかない。

 

「そう? 困ったことがあったら、いつでも手伝うからね。遠慮なく言ってよ」

「え、ええ、そうさせてもらうわ」

「…………」

「メーコ?」

 

 突然。

 メイが立ち上がって、『リン』と正面から向かい合った。

 

 いきなり何を、とアヤが言うよりも早く。

 

 メイは懐からハンカチを取り出し『リン』の口元に付いた汚れを拭った。

 

「口元が汚れてるよ?」

「っ……す、すまない……ありがとう……」

「よし、綺麗になった」

 

 にっこりと笑うと、『リン』は顔を赤くしてそそくさと食堂の食器返却口に向かって行った。

 

 その後ろ姿をジッと見て、メイはポツリと呟く。

 

「…………こういうのだよ、うん」

「……?」

「ウチは……そう、後輩の世話を焼くってことをしたいんだよ!」

「…………」

 

 迫真の顔でそんなことを言うメイに、アヤは――。

 

「そう、頑張ってね」

 

 わりとどうでもよくなったのか、にっこり笑って流した。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「ほらほら『リン』。野菜もちゃんと食べないとダメだよ?

 あーもー、こっそりティッシュの中に隠さないの、肉ばっかりじゃ大きくなれないよ?」

「うぅ……」

 

 それから三日後。

 

 食堂でメイに世話を焼かれる『リン』の姿が――そこにはあった。

 

 何せ『リン』は実のところ戦闘以外ではだらしない。

 野菜は残すし部屋は片付けられないし家事は苦手。

 

 戦闘以外では、歳相応の女の子なのだ。

 

 そのことが判明して以来、メイはことあることに『リン』の世話焼きを始めた。

 

 後輩扱いをしだした――といってもいいだろう。

 

「ああもう! やめて! 野菜は食べたくないのー! マズイものが身体に良い訳ないじゃん!」

「身体に良いから不味くても皆食べてるんだよ。ほら、人参を食べろ人参を」

「ヤメロォ!」

「…………」

 

 そうやってイチャつく二人を、アヤはニッコニコの笑顔で見守っていた。

 

 嫉妬? するわけがない。

 メイが恋心とかから『リン』に接しているわけではないことなんて、理解している。

 

 むしろこうやって『リン』がたじたじになっているのを見ると……なんというか……光悦? 愉悦?

 

 そんな感情が、アヤの中でじんわりと広がっていく。

 

「メーコ、後輩っていいわね……」

「だろう?」

「私も世話焼いていいかしら」

「やめてー! 私後輩じゃないから! 同期だから!」

 

 今の『リン』なら、こんな風に子供っぽく騒ぐことは無いのだろうが、この頃はまだ十三歳。

 まだまだ子供っぽさが残る風貌でツインテールだったが故に、騒いでると子供っぽさが増してむしろ萌えるということに、『リン』はまだ気付いていない。

 

「ほらほらまた口元を汚しちゃって、拭いてあげるからジッとしてなさい」

「いい! 自分で拭く!」

「ああもう! 袖で拭いちゃダメでしょ!」

 

 完全に、娘の面倒を見る父母のようなやり取りをする三人だった。

 

 全員が全員制服姿というのがシュールに見えるくらいに。

 

 遠巻きに見ている他の生徒の視線が、痛い。

 

「あ、あのねえ……いい加減に……」

『緊急警報! 緊急警報! 市街地にダーカー襲来!』

 

 『リン』が何か言いかけたその時だった。

 

 警報が鳴り響き――その後避難勧告が流れ出す。

 

 ダーカー襲来。

 アークス見習いの手に負える案件では、当然無い。

 

「っ……!」

 

 それでも。

 『リン』は突然立ち上がり、走り出す。

 

「待て!」

 

 その腕を、メイが掴んだ。

 

「何処へ行くつもりだ……! 避難勧告は聞いていただろ!?」

「……離して」

「ダメよ『リン』、大人しくシェルターまで一緒に……」

「……逃げ遅れている人がいるかもしれない。……ダーカーに道を阻まれて困っている人がいるかもしれない。

 ――それは私が走るには充分すぎる理由だ」

 

 突然、メイの身体が地面に叩きつけられた。

 

 『リン』が引き剥がし、ぶん投げたのだ。

 背中を打ったメイが、苦しそうに呻いた。

 

「私はあんたたちよりも強い。……だから、あんたたちに世話を焼かれる道理も無い」

 

 それだけ言って、『リン』は走りだす。

 

 

 

 

 

 

 後日。

 『リン』が逃げ遅れた生徒を助けるためにダーカーを素手で殴殺したという話題で生徒たちが盛り上がる中。

 

 彼女はまた一人。

 食堂でご飯を腹に入れていた。



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三年前・後編

たまにある難産回。


 ああ、やってしまったと『リン』は反省しながらスプーンでカレーを掬う。

 

 あの二人は、別に悪気があってあんなことをしていたわけではないというのに。

 

 むしろ好意から来る行動……なのかは分からないが、少なくともダーカー襲来時に腕を掴んできたあの行動は、正しかった。

 

 間違えていたのは、私の方だ。

 骨折した左腕(・・・・・・)を見ながら、そう思う。

 

 アークスの医療科学によって骨はくっついており、一日二日安静にしていれば治るレベルの怪我なのだが……そういう問題ではない。

 

 逃げ遅れていた子……助けた子が、左腕を変な方向に曲がっていても尚ダーカーに立ち向かう自分の姿を、

 

 恐怖に塗れた顔で、見ていたことが忘れられない。

 

「……ん?」

 

 今、女の子の泣き声が聞こえた、と『リン』は顔を上げた。

 

 痛い目に会おうと全然変わらない自分に内心苦笑しながら、『リン』は泣き声のした方に向かう。

 

 食堂の窓から外に出て(一階である)、グラウンドの隅にある背の高い木の傍へ。

 

 赤毛の幼女と、その父親らしき男が困った顔でその木を見上げていた。

 

「どうかしましたか?」

「ん? ここの生徒さん? 別に大層なことじゃないですよ」

「ふーせんがぁ……」

 

 ああ、成る程、と幼女の様子から状況を察する。

 木を見てみると、青い風船が木に引っかかっていた。

 

 大方この幼女が、風船を離してしまい木に引っ掛けてしまったのだろう。

 

 なんでこんな子供が訓練校に? という疑問は浮かぶがそれはおそらく入学のため。

 

 次の入学時期はそろそろだから、その準備やら申請のために学校を訪れた。

 そんなところだろう、と分析している場合じゃない。

 

「よし、お姉ちゃんが取ってあげよう」

 

 言って、木に手をかける。

 左腕がまだ安静にしてなくちゃいけないレベルの怪我なのだが……まあ木登りくらい何とかなるだろう。

 

 そんな『リン』の行動を、止める人が、一人。

 

「待てって」

「む」

 

 いつの間にか、メイが背後に居た。

 呆れた表情で『リン』の肩を手で押さえている。

 

「ウチがやるから、下がってろ」

「えっ」

 

 言うや否や、メイは空中を駆けて(・・・・・・)あっという間に風船を手に取った。

 

 空中歩行。

 ツインダガーやツインマシンガンを扱う上では基本技だが、入学して三ヶ月程度のアークス見習いが使えるような技術じゃない。

 

 余程空中戦に特化したフォトン傾向をしているのだろう。

 

 メイはそのまま無事着地すると、風船を赤毛で、海色の瞳をした幼女に渡した。

 

「はい、どうぞ」

「うばーっ! ありがとうお姉ちゃん!」

「うばうば、これはどうもご親切に」

 

 お礼を言いながら去っていく親子に手を振って、二人の姿が見えなくなってから改めてメイは『リン』に向き直る。

 

「……ダメじゃん、左腕まだ全快じゃないんだろう? あんまり無理しないの」

「…………私は……」

「ああいや待って、その前に言っておかないと」

「……?」

 

 疑問符を浮かべる『リン』に、メイはぺこりと頭を下げた。

 

「ごめん。押し付けがましい真似をして」

「えっ」

「世話を焼くのが楽しくて……つい調子に乗っちゃった」

 

 『リン』アナタ、世話を焼かれる才能あるわよ、と笑うメイ。

 

 いや、そんな才能欲しくは無いのだが……。

 

「その……私こそ済まなかった、投げ飛ばしたりして……」

「あれは絶対に許さない」

「そうか……えっ」

 

 えっ、と『リン』が固まった。

 

 ここは互いに悪かったね、と仲直りするところじゃあないのか。

 

 あからさまにそういう雰囲気だったというのに。

 

「許して欲しければ、ウチの世話焼き願望を満たさせてくれ」

「…………いや、その、普通に嫌なんだが……」

「えー? じゃあウチの溢れんばかりの母性はどうすればいいの?」

「いつか子供が出来たときまでとっておけよ…………」

 

 なんて変わった奴なのだろうか、と『リン』は自分のことを棚上げしてそんなことを思う。

 

 変わり者具合では、どっこいどっこいだろうに。

 

「今みたいに、私がちょっと困ってるとき『やれやれ世話が焼けるぜ』、とか言いながら助けてくれるポジションで我慢してくれ」

「まさかのライバルポジション……よーしじゃあお前を倒すのはウチ――いや無理だよ普通に友達でお願いします」

 

 友達でお願いしますと、メイは右手を差し出した。

 

 仲直りと、友達になろうという意味の、握手。

 

「…………友達、か」

 

 差し出された手に、ふっと笑って。

 

 『リン』はその手を握った。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

(さて、と。次の授業は視聴覚室で映像授業だから……)

 

 一方その頃。

 教室で一人、次の授業の準備を進めていたアヤは席を立った。

 

 突然教室を飛び出していったメイの分も準備して、教室を出る。

 

「あの」

「……ん?」

 

 その時。

 廊下を歩いていると、突然少女から声をかけられた。

 

 青い髪をした、同い年くらいの女の子。

 ……いや、同い年か?

 

 スタイル抜群で凛とした顔つきだから大人びて見えるけど、多分年下だ。

 

 女の子はアヤと目を合わせないまま、問いかけてきた。

 

「私のお姉ちゃん――私と同じ色の髪をした大人の女性を見かけませんでしたか?」

「見てないけど……」

「そうですか……ありがとうございます」

 

 それだけ言って。

 青髪の女の子は、ぺこりと頭を下げて廊下を歩き出した。

 

 クールな子だ。

 最後まで目を合わせなかったことが、気になるけど。

 

「――ィン!」

 

 と、突然アヤの背後から女性の声が聞こえた。

 その言葉に青髪の少女は振り返り、そして。

 

 さっきまでの仏頂面が嘘のような笑顔を浮かべた。

 

「お姉ちゃん!」

「もう、急に居なくなるんだもの心配したわよ」

「ご、ごめんね。つい……」

 

 青髪少女のお姉さんらしき人がアヤの横を通り過ぎて、少女の手を取る。

 

 どうやら探し人は見つかったようだ。

 よかったよかったとアヤは頷いて、姉妹が向かった方とは反対方向へ歩みを進める。

 

 おそらくあの少女は、来期の入学生なのだろう。

 来期の入学申請は丁度今くらいに行っている筈だから。

 

 後輩、か。

 訓練校に居る間はそんなに交流も生まれないだろうけど、正式なアークスになった暁にはあんな可愛い後輩が欲しいものだ。

 

「ん、あれは……」

 

 と、廊下を折れ曲がったその時。

 

 メイと『リン』が、視界の先に見えた。

 仲良さそうに話しながら廊下を歩いている様子から見るに、仲直りには成功したようである。

 

「お、アーヤ」

 

 メイたちもアヤに気づいたようだ。

 小走りで寄って、合流する。

 

「仲直りできたのね、よかったわ」

「ああ。……アヤにも言っておくけど、ああいう世話焼きは勘弁してくれな」

「ふふ、どうしようかしら」

 

 意味深に、アヤは微笑んだ。

 

 Sっ気のある女である。

 『リン』は助けを求めるようにメイを見た。

 

 やれやれ早速出番か、とメイは一つ咳払い。

 

「アーヤ。あんまりウチの友達を困らせないでくれ」

「あらそうごめんなさい。ほんの冗談だったの……友達?」

「うん」

 

 普通に頷くメイ。

 それを見て、アヤは神妙な顔をして顎に指を当てた。

 

 もしかして何か不満があるのだろうか。

 そういえば二人は恋人らしいし、違う女と仲良くなることが嫌とか、などと。

 

 そんなことを考える『リン』の心配はよそに、アヤは呟く。

 

「……メーコの友達ってことは私の友達ってことでいいのかしら?」

「いいんじゃない?」

「どういう因果関係!?」

 

 何はともあれ。

 

 この日以降、『リン』と仲良くしているメイとアヤの姿が周囲の同期たちの意識を変えたのか、『リン』にはどんどん友達が出来ていった。

 

 元より人気はある人だったので当然だ。

 きっかけさえあればこうなるのは目に見えていた。

 

 それでも。

 

 『リン』は今でもあの日あの食堂で、世話好きな年上二人に話しかけたことを忘れていない。

 

 あの『きっかけ』が無くともおそらくは辿りついていた『現在』だとしても。

 二人が友達になってくれたことを――深く感謝している。

 

 

 

(まあそんなこと……)

(絶対に言わないけれど)

 

 そして現在。

 ルーサーを倒し、アークスが再誕した数日後。

 

「おい相棒! ぱ……下着が落ちてたぞ! 男が掃除に来るんだから最低限こういうのは仕舞っとけよ!」

「すまんアフィン。私はなんと言うかどうにもお前を異性として見ることができないんだ」

「オレもだけど! オレも相棒を女として見ろと言われたらかなり無理だけど! それでも最低限のマナーだろこれは!」

 

 『リン』は、マイルームを掃除してくれているアフィンを横目に見ながら溜まっていたメールに目を通していく。

 ここのところ忙しくてメールチェックも出来ていなかったのだ。

 

 ルーサーの案件が解決した今、ようやく腰を据えて溜まっていたあれこれを片付けることができる。

 

 まあ溜まっていた埃やゴミはアフィンに片付けてもらっているのだけど。

 

「む」

 

 その時、とある一通のメールが目に止まった。

 

 それは数日前に届いていた、『バウンサー』という、新クラスのテストプレイヤー募集のメール。

 

「バウンサー……デュアルブレード……ジェットブーツ……ふぅん?」

 

 ジェットブーツ。

 これならあいつも復帰できるんじゃないのかなぁ、と『リン』は呟くのであった。



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Episode3 第1章:漆黒の摂理
一ヵ月後


というわけで思ったより早くEP2外伝が終わったのでEP3です。

原作ゲームではEP2とEP3の間には半年空いてましたが、AKABAKOでは一ヶ月しか経ってません。


 ルーサーを倒し、アークスを再誕して一ヵ月。

 

 一月が、経過した。

 それはすなわちシズクとリィンの二人が付き合い始めてから一ヶ月が経過したということである。

 

 付き合い始めの一ヶ月間というのは、恋人たちにとって最も熱い期間だと言っても全くの過言では無い。

 

 ひたすらにイチャイチャし、ちゅっちゅする期間。

 馬鹿ップルと揶揄されようが、周りの目など気にせずに互いに互いを貪りあう。

 

 それが普通で当たり前。

 一線すら越えても不思議じゃないほど、熱烈なその時期を経て、シズクとリィンは――

 

 

 ――何一つ、成しえていなかった。

 

 

 ハグや手繋ぎデート、キス、チュー、『×××』。

 

 ありとあらゆる恋人らしき行動を、何一つ成しえないまま一ヶ月が経過した!

 

「うばー! 忙しすぎる!」

 

 肩まで伸びた赤と黒のツートーンヘアーに、片目だけ海色の瞳をしたオッドアイの女の子。

 艦橋の巨大なモニターを前で、キーボードを叩いたり宙に浮かぶウィンドウを出したり消したりスライドしたりしながら、シズクは叫ぶ。

 

 艦橋。

 一般アークスは入場できないアークスシップの中心部である。

 

 マザーシップの『海』を利用した超高性能の端末が置いてあったりオペレータールームが併設されていたりする、『アークスの脳』ともいえる場所だ。

 

 今まではシオンが演算を、ルーサーが管制を司っていたということでこんな機関は必要無かったのだが……シオンが居なくなり、ルーサーが消えたことでどちらもシャオが担当することになった……のだが、

 

 シャオは、しばらくしたらオラクルの管理はアークスに任せるという意向を示した。

 

 演算だけをシャオが担当して、その他の管理管制はアークス自身で担当する。

 いずれはそんな形態にしていくための、第一段階が此処、艦橋ということである。

 

 マザーシップに頼らずアークスシップの管理管制が行える場所。

 

 だが今は、専らのところシズクが高性能な端末スペックを利用して、アークスの立て直しに必要な作業に使用しているのであった。

 

「うびゃぁあああああ! ルーサーめルーサーめルーサーめ! あとついでに虚空機関(ヴォイド)の悪人共め! 滅茶苦茶じゃないこんなの! 作業を始めて一ヶ月経つのにまだまだ終わりが見えないんだけど!?

 叩けば叩くほど埃が出てくるってレベルじゃないんだけど!? うわぁああああん! これじゃ今週もリィンとデートなんて夢のまた夢だよ畜生ぉおおおおお!」

『シズクさん、お仕事の追加に参りました』

 

 泣きながら作業をしていると、カスラがそんなセリフを通信機越しに言い放ったと思ったらシズクの残りタスクが倍以上に増えた。

 

「うばぁあああああああああん!」

 

 涙目で叫びながらも、手は決して止まらない。

 何をすればいいかなんて手を動かしながら演算しているので、疲労による休憩以外でシズクの手が止まることは無いのだ。

 

「過労死しちゃうぅううう……」

『過労死したらムーンアトマイザーを投げに向かわせます』

「鬼! 悪魔! カスラ! ていうかあたしのタスク量異常に多くない!? 他のアークスの十倍は働いてると思うんだけど!」

『デスクワークに限って言えば他のアークスの五倍早く仕上げてくださるので、そりゃシズクさんにタスクが集まりますよ』

「ならタスク量を五倍までにしといてくれませんかねえ!」

 

 シオンの娘であり、全知の海をその身に宿すシズクは演算能力が非常に高い。

 

 というか、人智を超えているのだ。

 シャオレベルとは言わないが、高すぎるその演算能力は当然ながらデスクワークにとても有用である。

 

『それにこう言っては何ですが、アークスは基本的に脳筋が多いので……こういう事務処理がまともに出来る人材が私とシズクさんと……あとはレギアスやサラ辺りがまだマシですかね、兎も角非常に少ないのでその分のしわ寄せが私とシズクさんに来てるのですよ』

 

 ちなみに今渡したタスクの中には、ヒューイやクラリスクレイスがデスクワークをした結果生まれた不備だらけのデータの打ち直しも含まれて居ます、とカスラは非常に申し訳なさそうな顔をして言った。

 

「データの打ち直しくらい本人にやらせてくださいよぉおおおおおお……!」

『我慢してください。私だってマリアさんとゼノさんが出した書類の不備を今修正しているところなんです』

「お互い大変ですね!」

 

 いや本当に。

 

 実のところデートだけではなく、

 最近マトモにマイルームへ帰れていないしレア掘りにも行けていない。

 

 いや勿論年中無休で働いているわけではなく、休みはちゃんと貰っているが休日以外は専ら艦橋で作業。

 

 そしてたまの休みにリィンとイチャつこうにもリィンはリィンで今忙しいのだ。

 

 リィンは今、シズクの指示であちこちに動いてもらっている。

 

 シズクがデスクワークなら、リィンはフィールドワーク。

 今回はそういう連携というだけだ。

 

 これが終わればリィンの仕事だって減り、いくらでもイチャイチャできる。

 

 そう信じて、早一ヶ月。

 気軽に引き受けたデスクワークは投げ出したらとんでもないことになる量になっていましたとさ。

 

「笑えなさ過ぎる……」

 

 あー、リィンとイチャイチャしたいなぁ、とため息を吐く。

 

 ……ああ、そういえばイズミとハルがハード帯に突入し、クォーツドラゴンも倒したって言ってたなぁ、何かお祝いしなくちゃなぁ、とか現実逃避をしながらも、手は止まらない。

 

 普通より五倍作業が終わるのが早いというのは、ただの事実である。

 

『シズクさんはアークスを引退して事務処理員やオペレーターになれば今の数倍は裕福な暮らしができると思いますよ』

「知ってる」

『いやまあ転職するとか言い出したら全力で止めますけどね……これ以上デスクワークのできる人員を減らしたくないので……』

 

 そんなことを言われなくとも転職をする気はさらさら無い。

 

 まだまだ冒険したいお年頃だし、レア掘りだってしたいし。

 

「デスクワークできそうな人員……パティエンティアの妹とかどうでしょう」

『姉がアホすぎるから碌なことにならなさそうですね。却下です』

「ですよねー……あっ」

『? どうかしました?』

「すいません、ちょっと一旦通信切りますね」

 

 カスラとの通信を切って、数多に開いているウィンドウの中から一つをメインウィンドウへと持ってくる。

 

 それと同時に、今度はシャオへと通信を繋ぐべく端末を操作した。

 

『もしもし? どうかしたかいシズク』

「シャオ、発見したよ。色々な惑星に手を出してたみたいだけど、本命は多分この星だね」

 

 多分、他の星での行動は陽動――いや、遊びか。

 目に付いた玩具があったから、遊んでみただけ。

 

 まるで無邪気な子供のように。

 

「惑星ハルコタン。それがダークファルス【双子(ダブル)】の次の標的(あそびば)だ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 アークスには先行調査部隊という部隊が存在する。

 

 新しい惑星が発見されたときに、その惑星に誰よりも先に降り立ち大気や環境の情報、原住民の有無や文明の有無。

 そういった様々な調査をし、アークスが活動できる星であることを確認するための大事な部隊だ。

 

「今回、リィンにはその先行調査部隊の真似事をしてもらっていたんですよ」

 

 アークスシップ・ショップエリア。

 最早シャオの定位置と化している、中央オブジェクトの傍でシズクは集まった面子に自分の推理を語っていた。

 

 ちょっと探偵気分である。

 ――集まっているのは、シャオ、『リン』、リィン、そしてシズクの四人。

 

 シャオにはもう事前に情報共有しているが、何故か説明役を任された。

 リィンももう事情を知っているので……殆ど『リン』に説明しているだけだが。

 

「惑星ハルコタン。『リン』さんには今回この惑星の調査に協力して欲しいんです」

「それは構わないが……何故その……ハルコタン? という惑星なんだ?」

「ハルコタンを【双子(ダブル)】が狙っている可能性が高いんですよ」

「だぶる……【双子】! ダークファルスか!」

「理由については、順に語りますね。……まず」

 

 惑星ハルコタン。

 まだアークスすら発見していない惑星のことを、シズクは知っていた。

 

 全知をもう失ったと言っても、全知だった頃の記憶は存在する。

 一度覚えたことは、シズクの体内にある『海』に記録されているのだ。

 

 尤も記憶容量については人並み以上というだけで、常識外のモノではないが。

 

 兎も角。

 自身と同じ種族がいないかと宇宙中を全知で探していた頃、印象に残っていた惑星なのだ。

 

 黒の民と白の民と呼ばれる二つの種族が分かれて暮らしている文明を持った星。

 灰の神子という神にも近い存在と、マガツというダークファルスに似た存在が有るということで印象に残っていたのだが……。

 

「ぶっちゃけていうと他にも印象に残っていた惑星はあったので、総当りだったんですけどね」

「えぇ……」

「リィンには本当、色々な惑星に出張して貰ってたんですよ。ありがとねリィン」

「礼には及ばないわ」

 

 そして、辿りついた。

 惑星ハルコタンに降り立ったリィンが発見してくれた――【双子】の痕跡。

 

「ハルコタンには、【双子】の眷属ダーカーによる偵察の痕跡が残っていました。

 惑星すら遊び半分で壊せる【双子】が、何度かに渡ってハルコタンの様子を見に来ていたんですよ」

「…………」

「原住民を襲うわけでもなく、星を侵食するわけでもなく何かを探すように――これは、ハルコタンに何かがあると考えても問題ないでしょう」

 

 シズクは端末から映像――ダークファルス【双子】が、遊び半分で惑星を惑星にぶつけて壊す映像を『リン』に見せながら、言う。

 

 こんなことが出来る存在が、ちまちまと偵察していた星。

 何かがあるに決まっているだろう。

 

「と言っても、まだ推測の域を出ない段階から大々的にアークスを送ることはできないから、とりあえず先行して『リン』さんとあたしたちが調査するってことにしたのね」

 

 ただでさえアークスの立て直しで忙しい時期である。

 本当はマトイも同行してもらいたかったが、あの子は今アークスになるための特別教習を受けているから無理だろう。

 

「ん? シズク、今『あたしたち』って言ったかい? そんなの許可するわけないだろう?」

「うばっ。何でよシャオ、調査ならあたしが直接現場に行ったほうが捗るに決まっているじゃん。

 心配しなくともリィンも一緒にいるから大丈夫よ?」

「デスクワーク。まだ大量に残っているだろう?」

「……チッ」

「舌打ち!?」

 

 分かりやすく顔を歪めて、嫌がるシズク。

 一ヶ月、ずっと机の前に張り付いていたのだ。そりゃ嫌だろう。

 

 デスクワークは実のところ嫌いでは無いが、いくらなんでも仕事が多すぎた。

 

 シャオはため息を吐いて、やれやれといわんばかりに「仕方が無いな」と呟く。

 

「分かったよシズク。デスクワークの方は担当分をある程度ぼくが受け持っておくから、行っておいで」

「うば! いいの!?」

「うん。……仕事をストライキされても困るしね」

「やったー! リィンとハルコタンデートだー!」

 

 いや勿論遊びでは無いのは分かっているが、シズクはそれでも嬉しくてリィンに飛びついた。

 

 ハグするべく彼女に両腕を伸ばす。

 

 しかし。

 ハグを拒否するように、リィンはシズクの両腕を掴んだ。

 

「……あ、あれ……?」

「シズク、遊びじゃないんだから浮ついては駄目よ」

 

 極々冷静にそう諭して、そっと腕を放すリィン。

 そしてふいっとシズクから視線を外すと、『リン』とハルコタン調査における探索範囲等を相談し始めた。

 

(えっ)

(何、その、態度)

 

 久々に一緒のクエストに行けるんだからもっと喜んでもいいじゃん、という気持ちを込めてリィンと腕を組もうとして、露骨に避けられた。

 

 え、何。

 もしかして――この一ヶ月何も無かったから……

 

 

 愛が、薄れてしまったの?

 

 



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年齢差

十代の内は二~三年の差ってかなり大きいよね。


「ハルコタンにまだ向かわない?」

「うん」

 

 マイルームに続く廊下を歩きながら。

 リィンの疑問に、シズクは頷く。

 

「少なくとも、『リン』さんが帰ってくるまではね」

「どうして?」

「言語の翻訳が終わってないから、今行っても現地の人から何も聞けないし」

「え、じゃあ先行した『リン』さんは……」

「うば、多分すぐ戻ってくるんじゃない? まあ実際に現地の人と会話したデータがあればすぐ翻訳は終わるだろうしそれまでのんびりと出撃準備をしていようよ」

 

 何気なく普通に話しながら――シズクはリィンの動向をちらちらと窺う。

 

 さっき、ハグを露骨に拒まれたことがまだ気になるのだ。

 しばらく会ってない内に、他に好きな人ができたとか――いやいやいや。

 

(もしかしてシャオや『リン』さんたちの前だったから、照れてたとか?)

 

 それだ。

 そうに、違いない。

 

 ならば今この場。

 マイルームへ続く廊下を歩いている――無人の廊下を歩いている今なら、堂々とハグできるのではないか。

 

 ……いや、マイルームに付いてからすればいい問題なのだが、今のシズクは一ヶ月もの間マトモにリィンとイチャつけなかったリィン欠乏状態。

 

 一刻も早く、イチャイチャしたかった。

 

 だからさりげなく――手を繋ごうと、シズクはリィンに向けて手を伸ばす。

 

「っ……」

「ひ、久々だから武器の手入れもしなくちゃだしね」

 

 話しながら、ぎゅっとリィンの手を握った。

 

 指と指を絡めた、恋人繋ぎ。

 振り払われないかちょっと心配だったけど、リィンは少し身体を震わせた後手を握り返してきた。

 

 繋いだ手から彼女の体温が伝わってくる。

 それだけのことが、何故だか嬉しい。

 

「…………」

「…………」

「……シズク、髪伸びたわね」

「うば? あ、うん」

 

 地毛である黒と、染めていた赤のツートーンカラーとなったセミロングの髪に触れながら、シズクは頷く。

 

 散髪に行く時間も無かった、というのもあるが……。

 

「ちょっと伸ばしてみようかな、って」

「ふぅん……いいんじゃないかしら。可愛いと思うわよ」

「うばば……」

 

 照れる。

 

 ちなみに、リィンの髪型はサイドテールだ。

 一ヶ月前は自分で結う時はポニーテールで、シズクに結ってもらうときはサイドテールだったのだがどうやら一人でサイドテールが結えるようになったらしい。

 

(……あ、いやもしかしてルインに結ってもらったのかな……?)

「着いたわね」

 

 話している内に、シズクのマイルームに到着した。

 

 扉を開け、中に入る。

 流石に家へ帰れていなかったわけではないので(帰れない日もあったが)、そこまで散らかっても居ない。

 

 一旦リィンと繋いでいた手を離し、シズクはアイテムを補充するべくアイテム倉庫端末へと向かった。

 

「モノメイトとー、ディメイトとー」

「……そういえばシズク、メイさんとアヤさんは見つかった?」

「うばー、それが全然見つかんないんだよね……」

 

 仕事が忙しくて、片手間でしか探していないという理由もあるけれど。

 

 あまりにも見つからなくて、流石に少し心配だ。

 ハルコタンの調査が終わったら一旦本格的に探索に乗り出してみようか。

 

「よーし、準備完了! というわけでリィン!」

「……ん?」

「『リン』さんが帰ってくるまで……イチャイチャしよう!」

 

 言いながら、ベッドに腰掛けていたリィンに向かってダイブする。

 

 割と不意打ちの行動だったが、そこは流石リィンというべきか、

 驚異的な反射神経でシズクの飛び込みを回避するように、横へスライドした。

 

 当然、空中へと身を投げ出したシズクの身体を支えるものはおらず、ベッドへとシズクの身体が埋まりこむ。

 

「どうして避けるの!」

「い、いや、その……」

「うっばー!」

 

 半ばやけくそ気味に、シズクは再びリィンへ飛びかかった。

 

 今度はベッドの内側から外側へ向けてのダイブである。

 リィンが避けたら、シズクは顔面から床に滑り込むことになるだろう。

 

 それを慮ってか、リィンは今度こそシズクをその豊満な胸で受け止めた。

 

「し、シズク……」

「……さっき、ショップエリアでもハグしようとしたのに拒んだでしょ。なんかあたしに後ろめたいことでもあるの?」

 

 もうシズクは全知を用いた『察する力』は存在しない。

 でも、だからこそシズクは前よりも他人の感情の機微に敏感になった。

 

「リィン、すっごく動揺してるね。心臓がドキドキ鳴ってるよ」

「…………」

「何があったの? この一ヶ月で」

 

 顔を至近距離まで近づけて、シズクは問う。

 

 リィンは頬を赤くしながらシズクから目を逸らし――少しして、覚悟を決めたように彼女と向き合った。

 

「何も無かったのよ」

「…………?」

「何も無かったから、今こんななってるのよ」

 

 言いながら、リィンはシズクの頬に手を添える。

 そしてそのまま、目を閉じてゆっくりと顔を近づけ――。

 

「うば!? ちょ、ちょっと待った!」

「……何よ」

「何がどうしてそうなるの!? 説明をプリーズ!」

「説明って……シズクの望み通り、イチャイチャしようとしているだけじゃない」

 

 アナタの方から誘ったんだからね、とシズクが逃げられないように、ベッドへと彼女を押し倒してからリィンは言う。

 

 両手を掴み、ベッドへと押し付けて。

 シズクの両足をこじ開けるように、膝を彼女の太ももの間にねじ込んだ。

 

「久々に直接会うけど、仕事中だから我慢してたのに……」

 

 上気した頬で、熱い吐息を吐きながらリィンはシズクの耳元へ顔を埋める。

 

 そう。

 一ヶ月も会えなくて、色々と溜まってるのはリィンも同じ。

 

 『イチャイチャ』したかったのは、当然リィンも同じなのだ。

 

 唯一食い違っていたものは、『イチャイチャ』の内容だろう。

 

 十四歳であるシズクが想定していた『恋人同士のふれあい』と、

 十六歳(もうすぐ十七歳)であるリィンが想定していた『恋人同士のふれあい』が同じものである筈が無い。

 

 歳相応に、リィンと抱き合ったりちゅーしたりとかそんなレベルでしか『イチャイチャ』の内容を考えていなかった――これにはリィンが性的なことに関して情弱だった時期を知っているからという理由もあるが――シズクにとって。

 

 いきなり押し倒されて、滅茶苦茶淫靡な雰囲気になっているこの状況は想定外の事態だった――!

 

「まっ、待った! まだ初キスだってまだなのにこんなの……!」

「初キスは三回目のデートに、でしょう? シズクがそう言うから我慢してたのに……」

「あたしが悪かったので勘弁してくださ……うばぁああああああ!?」

 

 服の隙間からリィンの手が入ってきて(何処に入ってきたのかは黙秘)、シズクは思わず色気の無い悲鳴を挙げる。

 

 うばうば言ってるってことはまだ余裕があるってことね、とリィンは冷静に分析しながら、ペロリと一つ舌なめずりをして。

 

 リィンの手が、シズクの肌を這うべく動き出す――。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「――っと、そこでボクは言ってやったのさ! 『この作品は全年齢向けだからエッチなシーンは無いよ残念だったな!』ってね!」

「それ大丈夫だったの? 相手の人怒らなかった?」

「大丈夫大丈夫、返り討ちにしたから!」

「怒られたのね。……っとと、着いたわよ」

 

 リィンが舌なめずりをした瞬間。

 部屋の外からそんな会話が聞こえてきたと思ったら、扉をノックする音が響いた。

 

 イズミとハルの声である。

 

 なんてベタなタイミング――しかし助かった、とシズクは悔しそうに眉間に皺を寄せているリィンの手をそっと除けて、ベッドから這いずり出た。

 

「……ご、ごめんねリィン。で、でもまだこういうのは早いと思うの……」

「……いや」

 

 小声の謝罪に、リィンはふるふると首を横に振って答える。

 

「私も焦りすぎた――ごめんなさい」

 

 そんな謝罪を背に受けながら、シズクはちょっと乱れた服を整えてから扉を開けた。

 

「い、いらっしゃい……イズミ、ハル」

「おっすお疲れ様っす」

「お久しぶりですね」

 

 チームメンバーがこうして揃うのも、久しぶりだ。

 

 お忘れの方がいるかもしれないので一応説明すると、イズミとハルはシズクたちが設立したチームの後輩。

 

 【ARK×Drops】という、小規模チームに奇特にも入団希望してきた新米アークスである。

 

 まあ新米だったのは入団した当初だけで、彼女らは順調に成長していき今やクォーツ・ドラゴンも倒せるようになったらしいが。

 

 ともすれば少年にも見えるボーイッシュな金髪少女がハル。

 知的な眼鏡と白い肌に角が特徴なデューマンがイズミ。

 

 最初は何かと喧嘩を繰り返していた二人だが、今はあの頃と若干関係性が変わったのか早々喧嘩をすることも無くなった……いやすることにはするのだが、頻度は減った。

 

「うばば、急にどうしたの? 何か用?」

「ええっとですね、実はお二人にお願いがあってですね……」

「お願い?」

「はい、お二人はこれからハルコタン……とかいう新惑星の調査に行くんですよね?」

 

 おや、何故知っているのかな?

 

 という疑問の答えは単純だった。

 さっきショップエリアでシャオや『リン』と話し合っていた時、偶然傍を通りかかって偶然聞こえてしまったのだという。

 

 まあ秘密の話というわけではないから問題ないが、やはりあの場所で秘匿性のある話はできないな……。

 

「うん、そうだよ。それがどうかした?」

 

 肯定して、頷く。

 すると突然、二人は頭を下げて、声を揃えて口を開いた。

 

「「お願いします! 私(ボク)も連れて行ってください!」」

「…………へ?」

 

 想定外のその言葉に、シズクは首を傾げながらそんな間の抜けた言葉を吐くのだった。




それなりに行動を共にしているのに意地でも『私たち』『ボクたち』とは言わないイズミとハルの謎の関係性。


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クロガネ

 シズクとリィン。

 

 最早アークス内で、その二人の名前を知らぬものはほぼいない。

 

 シオンが居なくなり、これまで彼女がひた隠しにしていたシズクの活躍が明るみに出たのだ。

 ただでさえ連携特化という珍しい戦闘スタイルに、元々謎めいた存在だった『リィン・アークライトの相棒』の正体であったこと。

 

 それに加えて採掘基地防衛戦での指揮官っぷりが知れ渡ったり、オペレーターから転職の打診を受けまくってそれを断り続けたとか、デスクワークでえげつないほど活躍してるとか、新しいマザーシップであるシャオの従姉弟であるとか。

 

 色々と話題になり、一躍シズクも有名人となったのだ。

 

 そしてそれはつまり【ARK×Drops】というチームとしても有名になるということで――シズクとリィンが所属している少数チームの一員。

 

 イズミとハルもまた、二人ほどではないがそこそこ名前が知れてしまったのである。

 

 実力が伴っていない、のに。

 

 クォーツ・ドラゴンを倒せたということから、別段無能というわけではないのだが……。

 

「如何せん、期待に応えられるような実力は持っていないんですよね……」

「野良パーティに混ざると『弱いわけじゃないけど期待してたほどじゃないなぁ』って目で見られるんですよっ!」

 

 と、いうわけで。

 

 まだ発見されたばかりでハードやらベリーハードやらの難易度分けがされていない――つまり、先輩たちと一緒にクエストに出ることができるチャンスだと考えてイズミとハルはやってきたのだ。

 

 強くなるために。

 強くなるきっかけを掴むために。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「まあ、何かあったら私が守るから別にいいんじゃない?

 軽く探索した感じ、そんなに危険そうな星でもなかったし」

 

 そんなリィンの一声で、イズミとハルの同行は決定した。

 

 難易度分けがされていないから、二人にも探索許可を出すことができる――とは言っても危険は危険。

 

 普通はベリーハードにも行けない新人が行けるような任務ではないのだ。

 シズクは先輩として責任を持って二人の要望を断るべきなのだが……しかしてシズクとて後輩と一緒にクエストに出たかったのも事実。

 

 メイとアヤ。

 二人の先輩と一緒に四人でクエストに出ていたあの日々を、つい思い出してしまった。

 

(まあ……)

(危険なエネミーは確認されていないって話だし……)

 

 ということで、数十分後。

 焦って帰還してきた『リン』が取ってきた会話ログから翻訳データを作り出し、ハルコタンの原住民と問題なく会話できるようにしたところで。

 

 

 【ARK×Drops】一行は惑星ハルコタン・黒ノ領域(・・・・)に足を踏み入れた。

 

 

「わっわっわ、何だかおどろおどろしいところっすね」

 

 ハルが物珍しいものを見るような目で、周囲を見渡す。

 しかしそれも仕方の無いことだろう。何せオラクルではとても見れないような光景だ。

 

 まず、建造物の何もかもがでかい。

 自然の山道を利用して作られたであろう道には、灯篭や石像が設置されているのだがそのサイズはアークスですらジャンプしても石像の頭にはとてもじゃないけど届かないほどだし、灯篭も火を点けることすら一苦労しそうな大きさである。

 

 さらに。

 周囲に生えている茜色の葉を持った木々が、この領域を何処か幻想的な雰囲気で包み込んでいた。

 

 すっごい綺麗なところね、という感想が自然と口から漏れる。

 

 怪しげだが、それがまたイイというか……。

 

「景色に見蕩れるのもいいですが、まずは何を調査するんですか?」

「うばー、とりあえず黒の王に挨拶かなぁ。侵略にやってきた宇宙人とでも思われたら堪らないし」

 

 きっちりここの責任者に挨拶しないとね、とシズクは至極真っ当なことを言って、歩き出した。

 

「黒の王?」

「うば。そうそう、この星は白の民と黒の民っていう二つの民族にくっきりと別れていてね、黒の民の王様が黒の王――ああ、ちなみに一個注意点なんだけど、この星の住民は皆巨人だからうっかり踏み潰されないように気をつけてね」

神子様(・・・)!」

 

 シズクがそんな注意点を挙げた矢先。

 

 地鳴りを響かせながら、一人の黒の民が驚いたような表情を(多分)浮かべながら、近づいてきた。

 

 金色の長く湾曲した角に、黒を基調に赤いラインが幾つも入った鎧武者のような身体。

 ケンタウロスのように四本足の下半身をしていて、巨大な軍配を持っていることが特徴的な黒の民である。

 

 それにしてもでかい。

 ダークファルス【巨躯】の決戦形態程では(当然)無いが、それでもファルス・ヒューナル形態よりはでかい。

 

 後に『バン・オガキバル』とアークスが名付けるその黒の民は、シズクたちの前までたどり着くと礼儀正しく一礼し、その身を屈めてシズクと視線をあわせた。

 

「お久しぶりでございます。我ら黒の民に何か御用ですか?」

「み、みこ……?」

 

 シズク、どういうこと、とリィンがシズクに視線を送る。

 

 そんな目で見られても、今のシズクは全知ではないのだ。

 ハルコタンの情報だって、子供の頃無作為に調べていた星々の中にあった一つでしかなく、流石に詳細は覚えていない。

 

「……? どうかされましたか?」

「い、いや……」

 

 さて、どうしたものか。

 

 どうやらこのハルコタン人はシズクを何か神子と誤解しているらしい。

 

(神子)

(確か、灰の神子とかいうこの星の神様みたいな存在、だっけか)

 

 肯定するか、否定するか。

 

(……いや、どう考えても否定すべきだよね)

 

 嘘を吐いてもろくなことがない。

 ましてやこれからできることなら友好的に接していきたい相手だ、騙すということは、何か後ろめたいことがあるのではないかと勘繰られてはいけない。

 

「あの、あたしたちは――」

 

「何をしている」

 

 シズクのセリフを遮るように。

 

 大きく、腹の底にずん、と響くような重低音が響いた。

 

 声、だ。

 巨人の後ろから、もう一人。

 

 金色の装甲と金色の面に、金色の角。

 さっきの巨人よりも一際大きい、黒色の体躯を持った半人半馬の巨人が姿を現した。

 

「神子への奏上は守人を通すべし、という規律があるのを忘れたか?」

「い、いえ……! 私は神子様が突然いらっしゃったので、用件をお聞きしていただけで……!」

「そうか。では、これより我がその役目を引き継ごう。早々に立ち去れ」

「は、はい! 失礼しました! クロガネ様……!」

 

 赤い巨人は、焦りながらドシンドシンと何処かへ走って行ってしまった。

 

 それを確認した後。

 残った金色の巨人――クロガネは、ジロリとシズクたちを見下して口を開いた。

 

「それで、貴様らは誰だ。何の目的でこの黒の領域にやってきた」

「…………」

 

 どうやら、このクロガネという巨人はシズクたちが神子なるものではないと気付いているようである。

 

 あっぶな、身分を偽っていたらやばかったかもしれない、とシズクは内心冷や汗を掻きながら、両手を挙げて敵意が無いアピールをしつつ……。

 

 さて、どうしよう。

 

(まさか『あたしたちはアークスです。宇宙を見回る正義の味方みたいなものです。詳しくは言えませんがこの星に危機が迫っています、一番偉い人に会わせてください!』なんて流石に言えないし)

 

「ボクらはアークスっす! 宇宙をパトロールする正義の味方みたいなものなので安心していいぜ!

 ああえっと、詳しくは言えないんすけどこの星に危機が迫っているみたいなんで、一番偉い人に会わせてくださいっす!」

「うばー!?」

 

 ハルが、真剣な表情でシズクが「こんなことを突然見知らぬ人に言われたら病院を呼ぶよなぁ」とか考えていたセリフをぶちまけた。

 

 一片の躊躇いも無く、言い放った。

 

「……成る程な、気狂いの類であったか」

「ちょっ、違うんです! 違わないけど違うんです!」

 

 ゆらり、とクロガネの身体が動く。

 手に持った銃剣のような武器が、今、振り上げられた――!

 

 



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【百合】、復活

「あれあれ?」

「あれあれあれあれ?」

 

 宇宙の何処か。

 名前すら無い惑星で、双子のダークファルスは目を丸くして互いに首を傾げあう。

 

 彼らの前には、小型のダーカーが一匹。

 そのダーカーから、報告を受けているようだ。

 

「どうしてアークスが白の領域に居るの?」

「どうしてアークスが黒の領域に居るの?」

「奴らがあそこにたどり着くまで、もう少し時間が掛かると思ってたのに」

「あいつらがハルコタンに来るまで、まだまだ時間が掛かると思ってたのに」

 

 どうする? と【双子(ダブル)・男】が自身の片割れに語りかけ、

 どうしよう? と【双子・女】が自身の片割れに語り返す。

 

「まだ黒の王様食べてないのに」

「まだ黒の民を増やしてないのに」

「どうしよっか」

「どうしようねぇ」

「うーん」

「うーん」

 

 珍しく考えるような素振りを見せて、【双子】は宇宙(そら)を見上げる。

 

 アークスは、厄介な相手だ。

 大半は有象無象だが、一部には決して油断できない強者も居る。

 

 【巨躯】を封印したり、【若人】の力の大半を奪ったり、【敗者】を打ち破ったり。

 

 何だかんだダークファルス側に結構な被害を与えているのだ。

 

 【双子】とて余裕ぶっている態度は崩さないものの、余裕で勝てる相手ではない。

 

「……ん?」

「……んん?」

 

 と、その時だった。

 

 宇宙を見上げていた【双子】が、揃って首を傾げる。

 その視線の先には――一人の少女。

 

 白いドレスを身に纏った、女の子が一人宇宙から落ちてきた!

 

「ぃやぁああああああっほおぉおおおおおおおおおー!」

「ダークファルス――」

「【百合(リリィ)】――!?」

 

 大きく粉塵を撒き散らしながら、着地。

 一時期弱っていた頃の面影はもう無く、力は完全に取り戻したらしい白いダークファルスが、【双子】のすぐ傍に降り立った――!

 

「うっばっばっば! あたし、復活! あたし、復活! あたし、復活! はしゃぎ過ぎて宇宙を飛びまわっちゃったわここは何処!? あたしは誰!? なんつって! ……ん? あっ! そういえばあたしマジで記憶喪失だったわそんな設定あったなー! うばばばばばば!」

「…………」

「…………」

 

 かつてないくらいテンションが高い【百合】を目の前にして、【双子】はドン引き顔という非常に珍しいというか彼らにとって生まれて始めてとなるそんな表情を浮かべた。

 

 致し方ないだろう。

 こんなテンションが振り切れている人間に出会ったら、ドン引き以外のどんなリアクションを取れというのか。

 

「うば? あれあれ? なんか何処かで見たことある双子がいるー」

 

 ひとしきり騒いだ後、ようやく少し落ち着いたのか【百合】は【双子】の存在に気が付いた。

 

「確か……ダークファルス【双子】? だっけ?」

「……一応殺しあった仲なのにおぼろげなのね」

 

 いつものように、【双子】は言葉を繰り返さない。

 喋るのは、【双子・女】だけだ。【双子・男】が口を開いた瞬間、間違いなくこの女は襲い掛かってくるだろうから。

 

「殺しあった……あー、そんなこともあったわね。懐かしい……」

「――ああもう! やっと見つけた!」

「アプちゃん♡!」

 

 懐かしい、と言った瞬間。

 ワープでアプちゃんことダークファルス【若人(アプレンティス)】が現れた。

 

 即座に、飛びつく【百合】。

 そしてそれをかわす【若人】。

 

 しかし復活した【百合】の身体能力には敵わず、【百合】は無事【若人】の胸元に顔を埋め背中に腕を回しぎゅっと抱きついた。

 

「うばばー♪」

「ったく……ん? 【双子】じゃない、何してるのよこんな何も無い惑星で」

「別に何もしてないわ。ちょっと休憩してただけ」

 

 休んでたらその子が降ってきたのよ、ともう既に【百合】の興味が【若人】に移ったが、まだ一応女の方だけで喋る【双子】。

 

 その判断は正解である。

 

「ふぅん? ま、いいわ。ほら【百合】、復活したならまた採掘基地を襲う準備に入るわよ」

「あいあいさー! ……あ、そうだっ」

「?」

 

 何かを思いついたかのように頭上に電球を浮かべ、【百合】は【双子】に向き直る。

 

「えーっと、【双子】だっけ? アナタも採掘基地を攻めるの手伝ってよ」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 折れた刀身が宙を舞う。

 

 シズクの身長よりも遥かに大きい、クロガネの持っていた銃剣の刃は無残にも根元から折れてしまった。

 

 刃が地面に突き刺さる。

 陽光に照らされて輝くその刀身に、一切の錆や劣化は無く――。

 

「……り、リィン。今何したの?」

「新技」

 

 クロガネが振り下ろした銃剣を、受け止めただけ(・・・・・・・)でへし折った張本人――リィンが、軽くドヤ顔しながら短く言った。

 

 しばらく行動を共にしていなかった間に、また強くなったようだ。

 デスクワークばかりで、正直鈍っているシズクにとってこれは頼もしい。

 

「す、すげぇ……」

「い、今何が起こったの……?」

 

 後輩二人も、驚きを禁じえないようだ。

 だがしかし、今のこの場で誰よりも驚いているのは間違いなくクロガネだろう。

 

「……ほ、ほう。中々やるな、小さき者よ……」

「声が震えてるわよ」

 

 振り下ろされた銃剣を受け止めるために掲げていた大剣を背に戻しながら、リィンは言う。

 

「私たちに敵意は無いし、さっきこの子が言ってたことは全部本当よ。

 この星に危機が迫っている。私たちはそれを助けに来たの」

「…………」

「……!」

 

 り、リィンが初対面の相手とまともに話せている……!

 いや少しばかりスタッカートが効いている節があるが、それでも今までを考えると凄い成長である。

 

「…………ぬぅう……」

 

 クロガネは、迷っているようだ。

 目の前にいる不審人物たちを信用していいものか。

 

 王の元に、連れて行くべきか。

 はたまた――。

 

「……いいだろう」

 

 果たしてクロガネは、頷いた。

 

 折れた銃剣を仕舞い、礼儀正しく一礼。

 

「我が名はクロガネ。黒の領域とスクナヒメ様を繋ぎし守人也。

 宇宙から来た小さき者よ、一先ずそなた等を客人として扱おう」

 

 堅物そうな外見に似合わず、柔軟な考えができる巨人のようだ。

 最悪、黒の領域とは敵対関係になることを想定していたためこれはありがたい。

 

 シズクたちも一礼しながら自己紹介を交わす。

 

 他種族の人間四人の名前を覚えるのは大変そうだったが、なんとか記憶したっぽいクロガネは「では客人」と居住まいを正すと、

 

「星の危機とあれば、まずはあの方に報告せねばなるまい。

 この星の神――スクナヒメ様の元へ、案内しよう」

 

 言って。

 クロガネは背に乗れと言わんばかりに背を向けて腰を降ろした。



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ダークファルス(?)、遭遇

すいません遅くなりました。



「成る程、ダーカー……ダークファルス……そのような恐ろしい存在がこの星に居ると言うのか?」

「うん」

 

 クロガネの背の上で、シズクは頷く。

 

 とりあえず道中で概要だけでも教えてくれとクロガネに頼まれたので、ダーカーやダークファルスに関することを説明中である。

 

「なんと、侵食能力……?」

「うばうば、だからダーカーを見つけても出来ればアークスに任せて欲しいんだけど……」

「ふむぅ……しかし邪悪なる力ならば、スクナヒメ様のご加護で防げると思うのだが……」

 

「……リィンさん、さっきのやつどうやったんですか?」

「さっきのやつ?」

 

 と、そんな風にクロガネと話しているシズクの背中を見つめていたリィンにイズミが話しかけた。

 

 さっきのやつ。

 言うまでも無く、敵の剣を受け止めただけで根元からへし折った『新技』のことだ。

 

「ああ、あれね……実はただの防御なのよ。瞬間的に力とフォトンをグッと込めて、防御力を高めてるだけ。ジャストガードの応用ね」

「え? それでどうやって剣を折ったんですか?」

「硬い金属の塊に武器をフルスイングしたら武器が折れるでしょう? それと同じよ」

 

 防御力に特化しまくっているリィンの身体は、今や下手な金属よりも硬い。

 いや物理的に皮膚が硬化しているわけではなく、体内のフォトンが鎧みたいな役割を担っているだけなのだが……その鎧が、滅茶苦茶な硬度を誇っているのだ。

 

 実のところ、『防御力』というただ一点においては。

 

 リィンは既に、六芒均衡を含めた全アークスの中でもトップクラスに位置している――。

 

「さ、参考にならないね……」

「ボクらは攻撃重視のファイターだからねぇ……」

 

 というか参考にできるアークスなんてほぼいないだろう。

 

 そんな風に雑談しながら進むこと、三十分。

 

 空が若干明るくなってきた。

 白の領域が近くなってきたということだろうか。

 

 今会いに行こうとしているスクナヒメというのは、灰の神子。

 白と黒が混ざった神というのだから、その神殿も白の領域と黒の領域の中心辺りにある筈だ。

 

 つまり目的地がそろそろ近いということだろうか……と、

 

 黒の領域を歩く一行の前に、白いドレスを着た少女が現れた。

 

「む……?

 何だあやつは、汝らの仲間か?」

「んー?」

 

 クロガネがその少女の姿に気付き、足を止める。

 

 シズクたちに背格好が似ているから、クロガネが勘違いしてしまったのも仕方がない。

 目の前にいる少女が――ダークファルス【百合(リリィ)】が、

 

 アークスの仲間だなんて。

 

「っ! 違う! あいつはダークファルス!」

「何……!?」

 

 言って、シズクとリィンはクロガネの背から飛び降りる。

 

 一瞬迷った後、イズミとハルもシズクたちに続くように飛び降りた。

 はっきり言って足手纏いなのだが、それは口に出さずシズクは二人を庇うように少しだけ前に出る。

 

「ダークファルス【百合】! 何故ここに!? 何が目的!?」

「…………」

 

 【百合】は、ダークファルスの中でも飛びぬけて饒舌で、かつ敵対心というものに欠ける存在だ。

 

 そして無類の女好きということも判明している。

 なので、話しかければ何かしら反応があるのではないかと目論んでいたのだが……。

 

 【百合】はシズクの言葉を完全に無視して、両手の武器を構えた。

 

 茜色の剣。

 いつもの武装だ。

 

「うば……? 何か様子が……」

「来るぞ!」

 

 刃が折れてただの銃となった銃剣をいつの間にか構えていたクロガネが叫ぶ。

 

 それと同時に、ダークファルス【百合】は駆け出した!

 

「速い……!」

「……!」

 

 何も言わず、リィンも駆け出し【百合】と刃を交わす。

 

 前衛はリィンの仕事である。

 それが分かっているからこそ、行動も早い。

 

「わ、私も……!」

「ボクも援護に行きます!」

 

 一歩遅れて、後輩二人も走り出す。

 それを止めようか一瞬迷ったシズクだったが、それよりも優先すべきことがある、と通信端末を手に取った。

 

「シャオ! シャオ! ハルコタンにダークファルス【百合】が出現! 【双子(ダブル)】じゃなかったのは気になるけど……至急応援をお願い!」

『そんなに叫ばなくても聞こえてるし、モニタリングしてたよシズク。

 確かに【双子】じゃなかったのは不可解だけど、ダークファルスが出現したとあったらアークスとしては見逃せない――これで諸々の手続きをすっ飛ばして先遣隊以外のアークスもそちらに送り込むことができるね』

 

 すぐに応援を送るよ、というシャオのセリフを聞いた後、シズクは即座に通信を切って戦闘態勢へと入る。

 

 その瞬間、驚きで目を見開いた。

 リィンたちが――正確にはリィンが、ダークファルス【百合】を圧倒していたのだ。

 

「…………」

 

 【百合】が、無言のまま剣を振るう。

 

 横薙ぎの一撃をリィンは左腕(・・)で受け止め、蹴りで【百合】の腹を穿つ。

 ダメージが通っているのか通っていないのかはいまいち分かり辛いが、大きく仰け反った【百合】にイズミとハルがダブルセイバーとナックルを手に飛びかかった!

 

「サプライズダンク!」

「ストレイトチャージ!」

「…………」

 

 両剣と拳は、茜色の剣で容易く受け止められた。

 

 しかしそれによって生まれた一瞬の隙を突き、リィンが接近。

 ライジングエッジ――切り上げがクリーンヒットし、【百合】は僅かに浮き上がった。

 

 しかし傷が付いているようには見えない。

 やはりリィンの攻撃力で致命傷を与えることは難しいようだが……それでも戦況的には押しているようだ。

 

「おかしいわね……喋らないし、何だか弱くなってるし、そもそも何でリリーパじゃなくてハルコタンに……いや」

 

 考えるのは後にしよう、とシズクは銃口を【百合】に向けて狙いを定める。

 

 折れたブラオレットと、壊れたヴィタライフルに代わり新しく手に入れたガンスラッシュ――『ヴィタハチェット』を。

 

 ……うん、そうなのだ。

 『レア武器を買わない』という縛りプレイ(コレクターのプライド)を続行中なシズクは、とりあえずの繋ぎとしてコモン武器を購入した。

 

 一応+10強化はしているが、クラフトもしっかりしていたブラオレットと比べると若干火力は落ちる――。

 

「エイミングショット!」

 

 フォトンの光弾が、銃口から放たれる。

 アサルトライフルやランチャーまで含めた全ての銃弾系フォトンアーツの中で最も狙った場所に当てやすいということで愛用しているシズクが最も得意とするフォトンアーツである。

 

 光弾は、シズクの狙いから寸分も違わず真っ直ぐ進み、イズミとハルの間を縫い、リィンの振るった剣を避けた【百合】の顔面を――――僅かに外れて、壁に着弾した。

 

「ちっ……」

 

 演算、失敗。

 それと同時に、シズクは確信する。

 

 シズクの演算能力は、シオンが存命時とそう変わりない。

 変わったのは、『全知』にアクセス出来なくなったこと。

 

 それはつまり、今まで戦ったことのない敵の行動パターンを知ることが出来なくなったということだ。

 

 今、【百合】の行動パターンを基に演算したら弾が外れた。

 ということは(・・・・・・)今目の前にいるこの(・・・・・・・・・)百合(・・)の形をした何かは(・・・・・・・・)百合(・・)ではない(・・・・)

 

「初見の相手は行動パターンを覚えるとこからなの面倒臭いなぁ……」

 

 ぼやきながら、引き金を引く。

 

 前衛がリィンだけじゃなく、イズミとハルが居るから若干狙いづらかったが、今度は銃弾がちゃんと【百合】(?)の頭に当たってくれた。

 

「今だ!」

 

 顔面に弾丸を受けて大きく怯んだ【百合】(?)のどてっぱらに、ハルの拳が突き刺さる。

 

「…………」

 

 が、そんなもの効かないとばかりに【百合】(?)は怯みもせずハルの腕を掴んだ。

 

 やばい。

 彼女には確か触れた相手の内部から剣を生やすという一撃必殺の技があった筈。

 

 本物ではない可能性が高いから、それが使えるかは分からないが――何にせよ止めようとシズクとリィンは動き出すが――間に合わない。

 

 今まで頑なに開かなかった【百合】(?)の口が、そっと開く。

 

「"(シニバ――)"」

「ゲッカザクロ」

 

 一閃。

 

 突如割り込んできた斬撃が、【百合】(?)の腕を切り落とした。

 

 それと同時に、リィンの蹴りが【百合】(?)の胸部に直撃。

 再び【百合】(?)は吹き飛ばされ、壁に激突した。

 

「……間に合ったようね」

 

 【百合】(?)の腕を切り落とした張本人――ライトフロウ・アークライトは、青い髪を風に靡かせながら刀身が湾曲している赤いオーラに包まれたカタナを鞘に収める。

 

 援軍到着。

 【百合】(?)の斬られた右腕は、再生しない――。



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足手纏い

スランプとリアル多忙が重なって筆の進みの遅さがやばい。


 ライトフロウ・アークライトが到着してからの戦いは圧勝だった。

 

 楽勝とも言い換えていいくらいだ。

 刀身が湾曲している赤いオーラに包まれたカタナ――アーレスリュウガを持ったライトフロウの剣捌きは以前より洗練されているようだった。

 

 リィンも強くなったけど。

 ライトフロウも強くなった。

 

 それでこそ越す楽しみがある――とリィンは薄く微笑んだ。

 

「さて……」

 

 全身細切れにされて、消えていく【百合(リリィ)】(?)を見ながらライトフロウは呟く。

 

「こいつは一体何だったのかし――」

「うばああああああああああああああああああああああああ!」

 

 シリアスをぶち壊す奇声が、シズクから放たれた。

 

 何事か、と驚く一行の視線など意に介さず、シズクは走る。

 ライトフロウの元に――というか、ライトフロウの持つ、武器の元に。

 

 アーレスリュウガという、星13の激レア武器に目を輝かせて――!

 

「ほ、ほ、ほ星13武器だぁああああああ! 実物は始めて見た! うばー! うばばばばー! 凄い! 凄い格好いい! はぁはぁ、はぁはぁ! ちょ、ちょっと触ってみていいですか……?」

「え、ええ……いいわよ?」

 

 星13武器――アーレスシリーズは、アルティメットクエストにのみ出現する強力ボス『アンガ・ファンダージ』からのみ超低確率でドロップする最高レア。

 

 シズクのようなレアドロコレクターからすれば、喉から手が出るほど欲しい代物なのだ。

 

 黒と海色のオッドアイの瞳をきらきらと輝かせながら、シズクは【百合】のこともハルコタンのことも忘れているんじゃないかと錯覚するくらい――いや実際忘れているのだろう。

 

 初めて見る最高レア武器に、完全に心を奪われている。

 

「うばばー♪ ……これがアーレスリュウガ……美しいなぁ……いいなぁ……」

「シズクちゃんは相変わらず可愛いわねぇ……」

「うば?」

 

 そんなことを言いながら、アーレスリュウガに夢中なるシズクの頭をライトフロウは撫でた。

 

「姉妹だから好みも似てるのかしらね。外見とか色々小さいとことか凄く好み……ねえシズクちゃん、この武器あげるから私に乗り換えてみたり――」

「お姉ちゃん?」

「冗談よ冗談」

 

 妹に睨まれて、姉はあっさりとシズクから手を離した。

 

 どうやら本当に冗談……というより妹をからかっただけだったようである。

 

 ……まあ好みというのは本当のようだけど。

 

「さてシズクちゃん、そろそろいい?

 この……【百合】もどきについて解説が欲しいんだけど」

「そうよシズク、いつまでもその武器に見蕩れてないで」

「はっ! り、了解……」

 

 物凄く名残惜しそうにカタナをライトフロウに返して、シズクはトテトテと【百合】の死体に近づいていく。

 

 手で【百合】の残滓に触れて、予想通りとばかりに一つ頷いた。

 

「これは【百合】の剣だね」

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

 ダークファルス【百合】の能力は茜色の剣を自由自在に生成・操作・変形させること。

 

 わりとシンプルな能力だが、シンプル故に強く、応用が効き易い能力であるといえよう。

 

 例えば大量の剣を生成して掃射するだけでも強いし、敵の体内に剣を生成すれば致命的なダメージを与えることだって出来るし、

 

 

 自分の分身を作ることだって出来る。

 

 

 本当に、厄介極まりない能力だ。

 

『分身……分身、ね。

 成る程確かに偽者とも、複製(クローン)とも何処か違うあの感じは分身というのが正しいだろう』

 

 再びクロガネの背に乗って移動しつつ、シズクはシャオと通信中。

 

 さっきの戦闘ログの送信をして、考察を話し終えたところである。

 

『これは厄介だね……今さっき、『リン』からも同様に白の領域で【百合】の分身と戦ったという報告が来た。

 ハルコタン中に彼女の分身がばら撒かれているかもしれない……』

「うばば……本人に比べたら弱いけど、それでも普通の大型ダーカーよりも普通に強かったからね……厄介だなぁ……」

 

 少なくとも、イズミやハルレベルのアークスじゃ太刀打ちできないだろう。

 

(まあそんなこと、本人たちの前では言えないけれど……)

 

「……少なくとも」

 

 と、そこでライトフロウが口を割り込んだ。

 

 イズミとハルを、交互に見て。

 

「そこの二人じゃ無理ね。というかまた【百合】の分身が出た時に足手纏いだからもう帰った方がいいわ」

「ちょっ……!」

 

 言ってしまった。

 

 はっきりと、イズミとハル両名を正面から見据えつつ。

 

「お姉ちゃん!」

「リィン。こういうのはね、はっきり言ってあげる方が本人のためなのよ

 別に才能が無いと言っているわけじゃない。動きを見てれば将来ちゃんと強くなれる子たちっていうのは分かる。

 でもね、今はまだあなた達にあのレベルは早いわ」

 

 ライトフロウ・アークライトの言葉を受けて、イズミとハルは――顔を伏せた。

 

 自覚はあるのだろう。

 ……というよりも、先の戦いで自分たちが全然活躍していなかったことから、自覚せざるをえなかったのだろう。

 

 自分たちが先輩たちと比べて、まだまだまだまだ下のレベルだということを。

 

「でも……」

「いいです、シズクさん」

 

 まだ何か言おうとしたシズクの言葉を遮って、イズミは苦笑いを浮かべた。

 

「ライトフロウさん、はっきり言ってくれてありがとうございます。……私たちは、先に帰還します」

「…………癪だけど、そうした方がよさそうっすね」

 

 言って、止める間も無く二人はクロガネの背から降りた。

 

 イズミはぺこりとお辞儀をして、

 ハルはびしっと警官のような敬礼をした後、テレパイプを使ってアークスシップに帰っていったようだ。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が、流れる。

 

 ライトフロウの言ったことは、正論である。

 

 厳しくも真っ直ぐな、第三者からの言葉。

 優しい二人にはとてもじゃないが言えなかっただろう。

 

「……気まずい空気なところ悪いが、そろそろ到着だ」

 

 沈黙を破ったのは、皆を背に乗せて移動中のクロガネだった。

 

 くれぐれも粗相はしてくれるなよ、と守人らしいことを言われてシズクは一応返り血とか浴びてないかなとか身だしなみを確認した後、クロガネの肩から顔を出して前を見た。

 

 少し遠くに、大きな社がある。

 あれがおそらくスクナヒメが住んでいる社なのだろう。神様が住んでいるだけあって小奇麗で立派な装飾も付いているが、随分と大きい……ハルコタンの民は皆身長が高いから当然なのだろうけど。

 

「スクナヒメ様。客人を連れて参りました。彼女たち曰く、どうやらこの星に危機が迫って……」

 

 クロガネが、社に跪いてスクナヒメに語りかけ始める。

 

 ついにこの星の神様とご対面だ。

 居住まいを正し、小さな社に視線を向ける。

 

「そういえば」

 

 と、そのタイミングでリィンが口を開いた。

 

「ダークファルス【百合】は、何故分身をこの星に送り込んだのかしら? あの子の狙いはリリーパの筈でしょう?」

「うば。えっとうん、それが一番の問題点でね?」

「問題点? 疑問点じゃなくて?」

「うんまあ、一応疑問点ではあるけど、大体予想は付くというか……まあ結論から言うと……

 

 ――【百合】と【双子(ダブル)】が手を組んだ可能性が非常に高いんだよね」

「話の途中、失礼」

 

 シズクの言葉に何かしらのリアクションをリィンがとる前に、クロガネが話に割り込んできた。

 

 もうスクナヒメを呼び出せたのかな? と彼の背後を見るも、誰も居ない。

 

「……スクナヒメ様からの伝言だ。『今は眠いから日を改めよ』、とのこと」

「…………」

「かなり身勝っ……いえ、自由気ままな方なのだ、あの方はな……本当、何と言うか……すまぬ」

 

 はい。

 

 みんなせーので叫びましょう。

 

「「「何それぇえええええええええええ?!」」」



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灰の神子・スクナヒメ

やっとEP3の展開が定まってきたので投稿再開です。
ただリアル多忙中なので投稿はまだスローペースかもです。


「うばー……この展開は、流石に予想外だったかなぁ」

 

 頭を抑えながらシズクは呟く。

 

 星の危機だと言っているのに睡眠を優先するとかどんな神だというのか。

 

 徹夜でもしてたのだろうか、それとも星や民のことなんてどうでもいい神様なのか。

 

 はたまた、ダーカーをナメてるのか。

 

 如何に神だろうと、星の神では宇宙そのものを食らい尽くすダーカーには分が悪い。

 

 ダークファルスは、星の一つや二つくらい遊び半分で滅ぼせる存在なのだ。

 

(どうしたものか……正直【百合】の分身が闊歩してる以上あんまし悠長にしてらんないんだけど……)

「あっ! シズクがいるー! おひさー!」

 

 と、シズクが思考を巡らせていると、

 女子高生が中学の頃の友達と町中で偶然再会したかのような気軽さで少女が一人、シズクの背後から抱きついてきた。

 

 突然のことに、流石に驚くシズク。

 しかし声色に敵意は無く、親しげな何処かで聞いたことある声に、

 シズクは一体どこの誰だっけこの声、と記憶を探りながらゆっくり振り返り、

 

 目を見開いた。

 

「うばー! リィンもいつぞやのお姉さんもいるじゃん! イエーイ! あたしのこと覚えてるー?」

「…………あ、あ、あ……」

 

 絹のような白い髪に、ブライダルを思わせる白いドレス。

 そんな真っ白な意匠の中に、血のように真っ赤な瞳が妖しく光る女の子。

 

 

 ダークファルス【百合(リリィ)】が、そこにいた。

 

 

「っ!? シズク!」

「おーっと、動くな!」

 

 即座に臨戦態勢に入ったのは、もちろんリィン。

 しかし【百合】はシズクの首筋に茜色の剣を突きつけることによってその動きを実質的に封じた。

 

「……女の子を人質に取るなんて、あなたらしくないんじゃない? ダークファルス【百合】」

「うっばっばー、まあねー。シズクみたいな可愛い可愛い女の子を傷付けたくないから、お願いするよ」

 

 動かないでね?

 と、【百合】はリィンとライトフロウに念を入れるように言う。

 

 背後から羽交い締めにされ動けないシズクの頬に、汗が一滴伝った。

 

「な、何が目的なの……? あれだけ固執していたリリーパから離れて、この星に分身を送り込むなんて……うひぃ!?」

「んー、それはねー」

 

 シズクの頬をペロリと舐めながら、【百合】は言う。

 

「あたしはよく分かってないから、ダブちゃんに訊いて?」

「だ、ダブちゃん……?」

「おーい、ダブちゃんアプちゃんもう出てきていいよー!」

 

 【百合】が背後にそう声をかけた瞬間。

 空間が歪み、ダークファルスが二体、その姿を現した。

 

 ダークファルス【若人(アプレンティス)】。

 それと、ダークファルス【双子(ダブル)・女】。

 

 最悪の組み合わせだ。

 シズクの思い描いていた、最悪の予想が予想通りになってしまった。

 

「ダブちゃん! この変な建物にスクナヒメがいるんだってさー! これで交渉成立だよね!」

「こんなに早くスクナヒメに辿り着けるなんてね……一体どんな手を使ったの?」

「剣の分身によるローラー作戦と、女の勘よ」

「キミが言うと、二つ目の理由の方が見つけられた理由の比率として大きそうなのが面白いね」

 

 笑顔で言い放つ百合に、双子は参りましたとばかりに両手を挙げた。

 

「うっばっば、スクナヒメを探すのを(・・・・・・・・・・)手伝う代わりに(・・・・・・・)採掘基地の攻略を手伝う(・・・・・・・・・・・)約束(・・)だもんね!

 約束は守ってもらうよダブちゃん!」

「仕方ないなぁ……」

「なっ……!?」

 

 ライトフロウが、冗談じゃないとばかりに目を見開いた。

 

 現状、【若人】と【百合】だけでも滅茶苦茶苦戦を強いられている採掘基地防衛戦に、【双子】まで参戦されてしまえば勝ち目なんて無い。

 

 『ダークファルスは共闘をしない』というのが、これまでアークスがダークファルスに勝利するにあたって『前提』だったのだ。

 それぞれの我が強く、同族嫌悪に近い形で互いを嫌っているダークファルスは仲間割れこそ(殆ど)しないが共闘だけは【百合】とかいう例外を除いてほとんど無い。

 

 無い、が。

 勿論例外はある。

 

 ダークファルスの共闘という例外――それが起こったとき、アークスは例外なく敗北しているという事実。

 

 例えば、アークスにとって初の大敗北である十年前の大規模侵攻は主犯である【若人】の他に【敗者(ルーサー)】も【双子(ダブル)】も一枚噛んでいたことは最早周知の事実である。

 さらに言えば、最近の敗北である採掘基地防衛戦・侵入も【若人】と【百合】の共闘があったからこそ。

 

 四十年前然り、【巨躯(エルダー)】の復活然り、【敗者(ルーサー)】の打倒しかり――アークスがダークファルスに勝利できた事例全ては、ダークファルスが単独だったというのも一つの純然たる事実なのだ。

 

「――どうも話が見えぬが……」

 

 と、そこで。

 今まで様子を伺っていたクロガネが銃に手をかけながら口を開いた。

 

「こいつらが、この星の敵というや――!」

 

 しかし、その台詞が最後まで紡がれることは無く。

 

 クロガネの身体は、飛来した数多の剣に刻まれ地に伏した。

 

「おいおいおい、あたしの前で男が口を開くとか新キャラかよお前」

 

 数多の剣でクロガネを切り刻んだのは、勿論【百合】だ。

 

 ハルコタンの巨人だろうと、性別がオスに分類されるのならば彼女の前に存在することは許されない。

 

「【百合】、遊んでないでさっさと要件を済ませなさい」

「りょーかいアプちゃん」

 

 【若人】の言葉に頷いて、【百合】は一際大きい剣を頭上に浮かべた。

 切っ先は、スクナヒメの社に向いている。

 

「流石に家が壊されればスクナヒメとやらも飛び出てくるでしょ」

 

 さあ、どんな可愛い神様なのかなぁ。

 楽しみだなぁ、なんて。

 

 そんなふざけたことを言いながら、掲げた腕を振り下ろして剣を射出――

 

 

「やめんか、馬鹿者」

 

 

 瞬間、一迅の風と共に茜色の剣は消え去った。

 

 誰もが唖然とする中、

 からん、と下駄特有の足音を鳴らしながらそいつは姿を見せた。

 

 白と黒の入り交じった、長い髪。

 デューマンを彷彿とさせる赤と青のオッドアイに、額に生える一本角が特徴的な和装の少女。

 

 灰の神子、スクナヒメ。

 随分と、アークスに近い姿形を持った神が社の前に立っていた。

 

「……なんか」

 

 眠たげに目蓋を擦りながら登場を果たした神子を見て、【百合】は口を開く。

 

 至極、残念そうに。

 

「好みのタイプじゃな――」

「ふん」

 

 セリフの途中で、【百合】の姿は掻き消えた。

 

 否、【百合】だけではなく、【若人】も【双子】も。

 その場にいたダークファルスが全て、突然何処かへ飛ばされた(・・・・・)

 

「え……?」

「シズク! 大丈夫だった!? 怪我してない!?」

 

 一体何が起こったのか分からずに、スクナヒメを見つめながら固まる一同。

 そんな中、リィンだけ即座にシズクの元に駆け寄ったのは流石の一言だろう。

 

「う、うば……大丈夫、ありがとね、リィン」

「よかった……」

「あの人が……スクナヒメ? うばば、凄いや、星の神様を名乗るだけは……」

「そんなことより」

 

 シズクのセリフを遮って、突如リィンはシズクの頬を舐めた。

 

 官能的なほど、ねっとりと。

 唾液をたっぷり含ませて、リィンの舌がシズクのほっぺを伝っていく。

 

「う、うばぁあ!? 突然なにすんの!?」

「上書き」

 

 真顔で――というか若干怒っている感じでそう言って、リィンはスクナヒメの方を向いた。

 

 そして顔を真っ赤にしながらジド目でリィンの背中を睨んだ後、シズクもスクナヒメに向き直る。

 

「……寝起きの倦怠感が一気に醒めたわい……なんじゃこやつら唐突にイチャつきおって」

「あなたが、スクナヒメ……?」

 

 ご尤もなツッコミをスルーして、シズクは訊ねる。

 

「そうじゃよ」

 

 何はともあれ。

 

「わらわが灰の神子、スクナヒメじゃ」

 

 こうして、アークスはハルコタンの神――スクナヒメと接触することが出来たのであった。



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気が付けば

みじかめ。


「…………と、いうわけでとりあえずハルコタン原住民の協力を取り付けることには成功しました」

「「「「………………」」」」

 

 時は経って、翌日。

 

 アークスシップの会議室で、シズクはシャオや六芒均衡、その他アークスにとって重要な役職に就いている人たちの前で事のあらましを説明し終えた。

 

 ハルコタンにシズクが目を付けたところから、三体のダークファルスが現れスクナヒメがそれを追っ払ったところまで。

 

 話し終えた後、参加者の反応は一様だった。

 

 (比較的)真面目でマトモな感性を持っているレギアスやカスラはまだ分かるのだが、戦闘狂であるマリアやヒューイ、そして馬……幼いクラリスクレイスですら、沈黙している。

 

 それほどまでに、事態は最悪だ。

 

 ダークファルス三体が、手を組んだ。

 

 そのニュースは、ルーサーをやっとこさ打倒し、これから組織を建て直していくぞと意気込んでいる時期のアークスの心を曇らせるには充分……というかこれ以上ないくらいバッドニュースだった。

 

 最悪の存在が三つ重なって、最悪中の最悪中の最悪だ。

 

 少し前に採掘基地防衛戦で【若人(アプレンティス)】と【百合(リリィ)】の二体に苦しめられた時の記憶は、まだ全然色あせずにアークスの記憶に残っている。

 

 あれに加えて【双子(ダブル)】も参戦するとか、絶望しかない。

 

「何かしらの対策を打たなければ――本当に取り返しのつかなくなる事態になりかねません」

 

 採掘基地防衛戦での敗北を繰り返せば、待っているのはダークファルス【若人】の完全復活。

 

 それだけは、何としてでも避けなければいけない。

 

 だから――。

 

「シズク」

 

 レギアスが、重苦しい雰囲気の中シズクの名を呼んだ。

 

「『A・I・S』の開発状況はどうなっている?」

 

 その言葉に、シズクは強気の笑みで答えた。

 

 

 万事、滞りなく。

 

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 アークスシップ・ショップエリア。

 

「うばー……会議疲れたー」

 

 ていうか気が付いたら随分と重要な役職に就かされてる気がするぅー、っとシズクは愚痴りながらテレパイプから現れた。

 

 アークスの再編が終わったら、なし崩し的に重役にされそうで怖い。

 いや出世が嬉しくないわけじゃないんだけど、まだ若いんだから自由な身で居たいっていうかリィンと一緒にいれる時間が減るのが嫌だ。

 

(ま、そうならないように色々根回ししとかなきゃ……あたしが今振られてるタスクも、あたしが居なくなっても良いようにテンプレ化してわかり易く……)

「シズク、お疲れ」

 

 思考を巡らせていると、唐突に声をかけられてシズクは顔をあげた。

 

 目の前には綺麗な青い髪をポニーテールで纏めている、麗人。

 

 リィンだ。

 

 どうやら会議が終わるのを待ってくれていたらしい。

 

「リィンも参加すればよかったのに」

「私は立場的にはヒラだし、内容も知ってるもの」

「うば、それもそうか……って、あたしも一応立場的にはヒラなんだけどね……」

 

 多分もう誰一人シズクを一般のヒラアークスとして扱ってくれる人はいないだろう。

 

 親が元マザーシップで従兄弟が現マザーシップの人間という情報は、特に隠されているわけではない情報であることに加えて、アークスには珍しくデスクワークで大活躍しているということで必然的に知名度が上がってしまっているのだ。

 

「有名になるのは嬉しいけど……有名税っていうのかしら。今まで無かった困りごととか増えてるわね……」

「うばー……そうだねぇ、特にイズミとハルの二人が、妙にそれでプレッシャー感じてるみたいだし……先輩としてフォローしなきゃね」

「やあ、シズク」

 

 よし、これから二人のところに行こうか、と踵を返したシズクの前に良い笑顔のシャオが現れた。

 

 とってもいい笑顔のシャオが現れた。

 

 大事なことだから二回……いや、そんなことはどうでもいい。

 そのドSチックなシャオを視認した瞬間、シズクは思い出した。

 

 デスクワークの諸々をシャオにぶん投げて、特別にハルコタンへの現地調査に向かっていたことを。

 

 当然、お仕事はまだまだまだまだ残っている。

 

「悪いんだけど、【百合】と【双子】、【若人】が手を組んだ所為で色々とまた仕事が増えてるから至急作業室に向かってくれる?」

「…………はーい」

 

 全然悪びれてなさそうな顔だ。

 むしろ逃げられずに捕まえることができたことに安堵している顔だ。

 

 ……まあ、でも仕事だし仕方が無い。

 

 しかもダークファルス共闘という一大事を前にした緊急性の高い仕事は流石にサボれないだろう。

 

 ということで……。

 

「リィン、悪いんだけどさ……」

「ええ、分かってるわ。二人のフォローはまた今度……」

「いや、リィンからフォローしといて」

「…………」

「…………」

「……え?」

 

 何言ってんの? とばかりにリィンは首を傾げた。

 

「そんな子犬みたいな顔しないでさ……お願い、あたししばらく手が離せなさそうだから」

「え、で、でも……私だけじゃ……」

「大丈夫だって」

 

 不安そうな顔をするリィンに、シズクは笑いかける。

 背伸びをして手を伸ばし、彼女の頭をそっと撫でながら、

 

「リィンはね、きっと自分が考えてる以上に成長してるよ」

「そ、そう……? でも私、あの子達に何て言えばいいかまるで思いつかないんだけど……」

「うっばっば、思いつく(・・・・)必要なんてないんだよ」

「え?」

思い出せば(・・・・・)いいの。

 大丈夫大丈夫、今のリィンならきっと何とかなるよ」

 

 それだけ言って、シズクは手を振った後仕事場へ向かって行った。

 

 残されたリィンは、その後姿をしばらく見つめた後。

 

 何かを決意した瞳で、

 通信端末を開き、イズミとハルの連絡先を開いた。



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意味不明の事態

PSO2復帰して、EP5と6を見て、シズクと会わせてみたいキャラが幾つか出来たので。


「やっばいよなー……これはいくらなんでもやっちまったって感じよなー……」

 

 惑星リリーパ、砂漠地帯にて、白いウェディングドレスのような衣装に身を包んだダークファルス――ダークファルス【百合(リリィ)】は、珍しく後悔から来る冷や汗を掻きながら呟いた。

 

 目の前には、ダークファルス【双子(ダブル)】の戦闘形態ことファルス・ダランブルの死体(・・)

 

 【百合】の手元には、血液のような何かが塗れた茜色の剣。

 それと、ダークファルス【双子】を倒したことで周囲に散ったダーカー因子を集めた『塊』。

 

「つい勢い余ってぶっ殺しちゃったぜ。…………協力者を殺しちゃったとか、アプちゃん怒るかなぁ」

 

 何で殺してしまったのか、なんて、ダークファルス【百合】という生き物の特性を考えれば自然と答えは一つに絞られるだろう。

 

 そう、【双子・女】とつい間違えて【双子・男】に声をかけてしまった【百合】は、やっべ男に話しかけちゃった殺さなきゃ、と(彼女の中では)理路整然とした論理的思考の結末として殺してしまったのであった。

 

「うっばー、まあ仕方無いよね……事故よ事故。それはそれとして戦力が減っちゃったよ……どうしよ」

 

 反省タイムはもう終わりを告げたようで、ころっと切り替えて【百合】は考える。

 

 【双子】を殺してしまったことに関する罪悪感など無いに等しく。

 まあ尤も、正確に言えば【双子】はダーカー因子として霧散しただけであり、かき集めて何かしらの『器』に入れれば復活するのだから【百合】でなくとも一般的なダークファルスなら罪悪感なんて無くて当たり前なのだが――。

 

「あ、そうだ♪」

 

 そこで、【百合】は何かを思いついたかのように電球マークを頭上に浮かべた。

 

 いいこと思いついた、と呟いて。

 

 ダークファルス【百合】の視線は遥か遠く、宇宙に浮かぶアークスシップのある方向を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

 

「うっっっっばああああああ! 意味わかんねぇええええええ!」

 

 アークスシップ・艦橋にて。

 

 ダークファルス【百合】、【若人(アプレンティス)】、【双子】を目下最大の脅威として、

 その三体の主要活動区域である惑星ハルコタンと惑星リリーパは平時より厳しく監視の目を光らせているのだ。

 

 そんな折に発生した、ダークファルス同士の衝突、そして片方が消滅。

 いや、消滅というのは少し正確ではないかもしれないが――いやまあ、そんなことは今はどうでもいい。

 

「ダークファルスが手を組んでピンチ! ってなってこっちは色々手を回してたのに、何で仲間割れしてんの!? 意味分かんないんだけど! 意味分かんないんだけど! 少しは合理性とか考えて欲しいんだけど! ていうか【百合】の反応がリリーパにもハルコタンにも無いんだけど! 何処行ったのアイツ!」

「シズク、落ち着いて」

「シャオ! 何か演算で分かった!?」

「まだ。あの手の思考回路意味不明系サイコパスの考えを読むとか『僕ら』の苦手分野なんだから、仕方無いだろう?」

 

 ああいう手合いの思考を演算するのは、むしろやめたほうがいい。

 

 そう言いながらも、シャオもまた手を動かす。

 ヒューイやクラリスクレイス、それと『リン』やライトフロウ等の実力があって尚且つ直ぐに動けるアークスたちに、捜索任務を送りつけているようだ。

 

 何にせよ、敵の戦力が減ったので喜ぶべき場面ではないのか?

 

 と、思う人もいるかもしれない。

 

 しかし、そうじゃないのだ。

 敵の戦力は、微塵も減っていない。

 

 何故なら、ダーカー因子を消滅させられるのはアークスの扱うフォトンだけ。

 ダークファルスがダークファルスを倒しても、『喰らう』ことで倒されたダークファルスの力は倒したダークファルスの力に上乗せされる。

 

 あるいは、『喰らわなかった』としてもダークファルス一個分のダーカー因子は、そのまま残る。

 

「あれ以上【百合】が強くなるのも勘弁して欲しいし――そうならなかったとしても、最悪」

 

 誰かが新しいダークファルス【双子】になってしまうだろう。

 

『シズク! シャオ!』

 

 突如、通信が飛んできた。

 

 『リン』だ。

 焦りながら、狼狽しながら、そして何より、大量の血を流しながら。

 

『アフィンが……アフィンがやられた(・・・・)! アフィンの探し物を手伝ってたら、ダークファルス【百合】が、突然……』

「!?」

『なんとか、ギリギリのところで逃げてきて、今はメディカルセンターに運んだところ』

「容態は!? どんな感じ!?」

 

 嫌な汗を掻きながら、シズクは叫ぶ。

 

 早速最悪の展開に、なってしまったのか。

 

『容態は……かなりやばい。正直死ぬ一歩手前だった、五体満足なのが不思議なくらいで――』

「……? なんか、こう、ダークファルス化とかはしていない?」

『? い、いや、そんな感じはしないが……』

「う、うばば……そ、そうなの……?」

 

 何が、どうなってる?

 もしかして、例の偽【百合】にやられただけ――いや、『リン』が一緒に居たならば、偽【百合】に負けて逃走はありえないだろう。

 

『何か、【百合】の様子がおかしかったんだ』

「様子が?」

 

 おかしいのは頭じゃないのか? という言葉を飲み込み、シャオは訊ねる。

 

『怒り狂ってた、というか、明らかに正気じゃなかった。……それと、前より明らかに強かった。とんでもなく』

「…………ちなみに、二人は何処に探索に行ってたの?」

『え? リリーパだけど……』

 

 本当に、わけが分からない。

 

 少し前まで【百合】は【双子】と戦っていて、しかもその後リリーパからの反応はロストしているのだ。

 

 時系列が合わない。

 どう考えてもおかしい。

 

「……分かった、報告、ありがとう」

『ああ』

 

 通信を切る。

 シャオとシズクは互いに視線を合わせて、首を横に振った。

 

「うばー、……意味分かんないことだらけだけど、兎に角調査するしかないよね。ちょっと、惑星リリーパに行って来るよ」

「……仕方無い、か」

 

 戦闘もできて、知識が豊富で、演算能力が秀でている。

 『現地調査』において、シズク以上の適任は存在しない。

 

 ひとまずリィンと合流しなきゃね、と呟いて、シズクは艦橋を出て行った。

 



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嫌い合う形

 イズミはハルのことが嫌いであり、

 ハルはイズミのことが嫌いである。

 

 それは出会った時からずっと変わらない。

 

 同じチームに入ってからも、いつも一緒に行動するようになっても、

 

 ずっとずっと、嫌い合っている。

 

「ちょっと、何でいつもいつも私の部屋に入り浸ってるのよ」

「ぐえ」

 

 イズミは眉間に皺を寄せながら、ベッドに座り、床に寝転んで本を読んでいるハルを踏みつけた。

 流石に力はそれほど込めていなかったが、小柄なハルは小さく呻き声をあげる。

 

「踏まないでもいいじゃん」

「うっさいわね、背骨折られなかっただけ感謝しなさい」

「おー怖っ」

 

 言いながら、ぐりぐりとハルの腰辺りを踏みつけるイズミ。

 

 マッサージみたいで若干気持ちいい。

 そんなことを思いながらも口には出さず、ハルは雑誌に眼を滑らせる。

 

 記事には各ダークファルスの特徴や姿、名前と簡単な能力説明が載っている。

 

 【巨躯(エルダー)】、惑星ナベリウスを半分凍土化させる程の氷を操る能力。

 【敗者(ルーサー)】、時間の加速、減速、停止を操る能力。

 【双子(ダブル)】、あらゆる物質を捕食し、捕食したものを複製する能力。

 【若人(アプレンティス)】、知性体を魅了し、意のままに操る能力。

 【仮面(ペルソナ)】、詳細不明、何故か眷属を持たない。

 

 それと、【百合(リリィ)】、茜色の剣を無数に出現させ、形を好きに変形させ操る能力。

 

 こういったダークファルスの情報は、一般アークスにも当然共有されている。

 

 だからまあ、ハルも既にダークファルスの情報は知っているわけだが……。

 

「…………」

 

 苦々しい表情で、【百合】の写真を見つめる。

 

 この白いダークファルスに、手も足も出なかった。

 それも、ただの偽者に。本物の数百分の一しかないであろう偽者に、だ。

 

「わざわざ人の部屋でそんな重々しい表情しないでくれる?」

「だってさー、悔しいじゃんかー」

「悔しいのは分かるわよ、でも、私達まだまだこれからだって先輩たちも言ってくれたじゃない」

「分かってるけどさぁ……ぁん」

 

 雑誌を放り投げて、ぐでーっと虎皮の敷物のように手足を広げてくつろぎだしたハル。

 

 他人の部屋でくつろぎすぎだ、と抗議の意味を込めてイズミは足置きにしていたハルの腰を、少しだけ強く踏みつけた。

 

「喘がないで」

「急に強く踏まないで」

 

 ちょっと頬を赤く……することもなく、今度はハルのお尻を足置きにして、端末を弄ってアイテムパックを整理し始める。

 

「お腹空いた……」

 

 ぽつりと呟いて、ハルは起き上がり、四つん這いの状態で台所へと向かった。

 

 遠慮無く冷蔵庫を空け、物色を始める。

 

「相変わらず中身の少ない冷蔵庫だこと」

「勝手に冷蔵庫空けんな」

「あっ、チョコレートあるじゃん、食べていい?」

「駄目って言っても食うでしょうがあなたは」

 

 

 言いながら、もう既にハルはチョコレートの包装を破いていた。

 

 チョコを一粒口に放り込み、光悦の表情を浮かべる。

 しかし何かに気が付いたのか、「ん?」と首を傾げた。

 

「……あれ? 待てよ、イズミって確か甘いものが苦手だった筈」

「ぎくっ」

「なのに何で冷蔵庫にチョコレートが……ま、まさか……」

 

 目を見開き、イズミを見つめるハル。

 そんなハルの視線に耐えきれなくなったように、イズミはさっと彼女から目を逸らした。

 

 

「まさか――

 ボクが冷蔵庫を勝手に漁ることを見越したスケープゴートだな!? てことは冷蔵庫の奥に秘蔵のブツが隠されてるってことか!」

「ちぃ! 変なところで勘のいいやつ……!」

 

 即座にベッドの上から飛び出し、ハルを止めようとするが時既に遅し。

 

「見つけた! お高いステーキ肉! 200gが二枚! 400g!」

「待ちなさい! 見つけたからって分けてやる義理は無いわよ!」

 

 ハルを羽交い絞めにして、手にしたステーキ肉を取り戻そうとするイズミ。

 

 しかしハルはイズミの拘束をするりとかわし、隣の部屋に向かう扉を開けた。

 

「おーい、『オウタム』くん。こいつミディアムで焼いちゃってー」

「いいですよ」

 

 扉の先には、待機中のイズミのサポートパートナー、オウタムが居た。

 

 気だるそうな三白眼と、片目が隠れた濃茶色のショートヘアが特徴的な、執事服を着た男性ニューマン型サポートパートナーだ。

 

「私のサポパに勝手に命令すな! ていうかオウタムも了承すな!」

「いやだってマスター、そのお肉、『どうせハルは落ち込んでるだろうし、肉でも食べれば元気出るでしょ』とか言ってわざわ「余計なこと言うなキック!」おっと」

 

 口封じのために放たれたイズミのとび蹴りを、間一髪で避けるオウタム。

 

 サポパはきちんと育て上げればクエストにも連れて行ける優秀な兵士となる。

 予測できていた主からのとび蹴りくらいなら、避けられても不思議ではない。

 

「えぇー? 何? 何何? イズミってばボクのこと大好きかよ。いやー、心配かけちゃってごめんね? お肉はありがたく頂くよ!」

「きもいうざい嫌い帰れ臭い」

「ただただ悪口を羅列するな! ていうか臭くないよ! 臭くないからね!?」

 

 はあ、っと大きくため息を吐いて、

 イズミは「仕方無い」と呟いた。

 

「よく考えたら一人で食べきれる量じゃないし、仕方ないから分けてあげるわ」

「…………イズミ」

 

 ハルは、己の相棒が吐いたツンデレみたいな台詞に、

 目尻に涙を少しだけ浮かべながら、答えた。

 

「ボク、臭くないよね?」

「気にしすぎでしょ! 結構いい匂いするから安心して!」

 

 言いながら、ハルからステーキ肉を奪って、台所に向かう。

 

 ハルは全く料理出来ないが、イズミはそこそこ出来る方だ。

 「やれやれ」とでも言いたげな表情を浮かべながらオウタムもイズミを手伝うべく、台所に入った。

 

「ハルはテーブル拭いといて」

「あいあーい☆」

 

 いい匂いがすると言われて安心したのか、お肉が食べられると分かってテンション上がったのか、

 ハルは珍しく素直にイズミの言葉に従ってテーブルを綺麗にし始めた。

 

「ったく、私が奢ってあげるんだから、ちゃんと残さず食べるのよ?」

「とーぜんとーぜん。そのくらいのサイズならよゆーでぺろりよ」

「言ったわね?」

 

 にっこりと、イズミは笑った。

 

 それはまるで、言質は取ったと言わんばかりの、笑み。

 

「じゃあ付け合せの人参も(・・・・・・・・)残さず食べなさいよ(・・・・・・・・・)?」

「なっ!?」

 

 戦慄するハル。

 人参は――というか野菜全般は、ハルの苦手な食べ物である。

 

「かぼちゃにオニオンにブロッコリー……全部食べてもらうわよ?」

「い、イズミ……! 貴様……! ま、まさか最初からこれが狙いで……!?」

「さてどうかしら。

 一つ確かなことは、貴方の乱れた食生活なんて私にとってはどうでもいいことだということよ」

「つまり?

「ただの嫌がらせ」

 さあ、残さず食べると宣言したからには残さず食べて貰うわよ?」

「くそがあああああ!」

 

 ハルの慟哭がマイルームに響き渡り、

 イズミが愉しげにニヤニヤ笑って、野菜を切り始める。

 

 そんな二人を見て、オウタムはやれやれと肩を竦めた。

 

 これが、現状(いま)のイズミとハルの関係。

 

 互いに嫌い合っているのに、一緒に居る。

 互いに嫌い合っているからこそ、一緒に居られる。

 

 二人の間に遠慮は無く、

 二人の間に嫌われたくないなんて気持ちは微塵もない。

 

 嫌い合っていることを知っているからこその、気楽な関係。

 

 実に奇妙で奇天烈で珍妙な形だが、これも一つのーー。

 

「これも一つの、百合の形ね……素晴らしい、素晴らしいわ」

 

 ぱち、ぱち、ぱち、と。

 マイルームに拍手が鳴り響く。

 

 当然、イズミでも、ハルでも、オウタムでもない第三者のスタンディングオベーション。

 

 それは。

 あってはならない光景だった。

 

 だってここは、マイルーム。

 アークスシップの内部なのだ。

 

 なのに、なんで、警報が鳴っていない。

 

 ダーカーなら、ダークファルスなら、

 アークスはその侵入を感知できる筈なのだ。

 

「良いものを見せて貰ったお礼と言っては何だけど……」

 

 白い髪に、白いドレスのような服装。

 血のように妖しく光る、赤い瞳。

 

 見間違える筈もなく――ダークファルス【百合】が部屋の角に立っていた。

 

「貴方たちに、力を授けてあげましょう」

 

 イズミの通信端末が、鳴った。

 リィンからの着信だ。

 

 だが、当然、今の二人がそんなことに気づく余裕があるわけなく――。

 




やっとイズミとハルの掘り下げができた。
こいつらのキャラクター性よくわからなすぎて何度無かったことにしようとしたか……。
AKABAKOの更新が遅くなる一端を担ってた説あるくらい書き辛い。


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白い髪に、赤い瞳

四連休最高


 時間は少し巻き戻る。

 

 アークスシップに『敵性存在』が潜入することは、非常に難易度が高い。

 

 そもそも宇宙空間を航空しているオラクルに近づくには当然宇宙空間を自由に行き来する能力、あるいは転移する能力が必要になるし、

 ダーカーやそれに類する存在なら事前に出現を察知し、迅速な対応に移ることが可能だ。

 

 そしてもし仮にダーカーではないその他のエネミーがアークスシップに潜入しようものなら、シャオがそれを察知するので潜伏することは不可能だろう。

 

 だから。

 

 それは、有り得ない光景だった。

 

 有り得てはいけない光景だった。

 

 アークスシップ・市街地。

 人通りの多い商店街区域の一角で、白い髪に白い服、赤い瞳を持つダークファルスは、

 

 【百合(リリィ)】はタピオカミルクティーを飲みながら優雅に街中を歩いていた。

 

「うっばー、いい感じの子がいないなぁ」

 

 完全に、溶け込んでいる。

 完全に、発覚していない。

 

 シャオも、シズクも、アークスの誰も、気付いていない。

 

 どころか。

 

「ん? おお、リリィ殿久しぶりですな」

「うば? ああ、ロータちゃんじゃない、久しぶりー」

「ふふふ、丁度良かった、先ほどかなり良モノの先輩×後輩モノの百合本を手に入れてですな……布教用に二冊買ったので一冊どうぞ」

 

 お世辞にも容姿が綺麗とはいえない女性が、知己の間柄のように気安く【百合】に話しかけた。

 

 渡された本をぺらぺらと捲り、嬉しそうに【百合】はお礼を言う。

 どうやらお気に召したらしい。

 

「いつも悪いねえ。でも流石、ロータちゃんの薦めてくれる本は素晴らしいものばっかだ」

「うへへ、あたしも趣味の合う友達ができて嬉しいですよ」

 

 笑いあう。

 それと同時に、うーん、と【百合】は考える。

 

 この子ダークファルス【双子(ダブル)】にしてもいいかなぁ、っと。

 

(うーん、微妙)

(友達をダークファルスにするのは流石に罪悪感がなぁ)

 

 そんなことを考えながら、【百合】は街を練り歩く。

 

 うっかり男に触って殺してしまわないように気をつけつつ、仲間(ダークファルス)候補を探す。

 

(うばー、当然だけど可愛い女の子がいいな)

(それも男に興味が無い系の娘がいい、……うん、この二つは絶対条件ね)

 

 そうなると中々見つからない。

 特に二番目の条件は見ただけでは分からないのだ。

 

「難しい……」

 

 ショップエリアのベンチに腰掛けて、買い物に興じるアークスたちを眺めながら【百合】はため息を吐いた。

 

(こうなれば、いっそシズクかリィンを……いや、あの二人の仲を引き裂くなんてできない……はっ! 二人まとめてダークファルスにしてしまえばいいのでは!?)

 

 一匹分の因子を二人で分けたら中途半端なダークファルスになってしまうけど、それはそれ。

 アプちゃんだってそんな感じの存在みたいだし、半分の因子でもきっちりこちら(ダークファルス)陣営に入ってくれるのでは?

 

(問題があるとすれば……あの二人揃うと結構強いのよねぇ)

 

 負ける気はしないが、圧勝は難しい。

 特にリィンの硬さを考えると、短時間でぱぱっとやって終わり! とはいかないだろう。

 

 そうなれば、援軍を呼ばれるのは必至。

 

 成る程、ということは条件にもう一つ追加だ。

 

 ほどよく弱いこと。

 

 ぱぱっと闇落ちさせられる相手が望ましい。

 

「可愛い女の子で、百合百合で、ほどよく弱い子……そんな子が都合よくいるわけ……」

「やったー! ユニットを全部+10まで強化できたぞー!」

 

 ふと、可愛らしい女の子の叫び声が聞こえてきて、思わず【百合】はそちらを振り向く。

 

 ショップエリア中央のオブジェの前に、二人の女の子が立っていた。

 

 片方は、金髪のショートヘアーと女性らしい厚い唇と長い睫毛が特徴的な娘。

 片方は、デューマンで、眼鏡と三つ編みがとても委員長っぽい娘。

 

 ハルとイズミである。

 

「ヨカッタワネ」

「あれ? ところでイズミさんのユニットって今強化値どれくらいでしたっけ? 確かさっきボクと一緒にドゥドゥに強化してもらってたみたいだけど……あれ!? 何でリアの強化値+4しかないの!? あれー? おかしいなー? グラインダー200個集めたとかどや顔してたのになー?」

「ぶっ殺す」

「殺意に迷いが無い!?」

 

 流暢な動作で、ハルの首を絞めにかかるイズミ。

 

 間一髪で防いだが、防がなかったら普通にそのまま殺されてた可能性があるだろう。

 

「前そっちも同じように煽ってきたじゃん! やり返しただーけでーすー!」

「私が煽ったとき、貴方も私を殺しにきたでしょーが。やり返しただけよ」

「それはそれ! これはこれ!」

「自分勝手の極みか? ん?」

 

 そんな二人のやり取りを見て、ふむ、と【百合】は考える。

 

 確か、ハルコタンで偽【百合】と戦った、シズクたちの知り合いだ。

 

 顔、可愛い。

 ほどよく弱い。

 (少なくとも【百合】の脳内では)百合カップル。

 

 このめぐり合い、まさに運命では?

 

 【百合】は、にやにやと笑って、二人の尾行を始めた。

 

 そして、現在に至る――。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「ダークファルス……【百合】」

 

 困惑の表情で、イズミが呟く。

 どうして、ありえない、と目の前の事実が信じられず、呆然と立ち尽くす。

 

 一方、ハルは動揺しつつも武器を構えた。

 抵抗など無意味だというのに。

 

「これ、何か分かる?」

 

 【百合】は右手を掲げて、【双子(ダブル)】の因子を取り出した(・・・・・)

 

 赤黒い球体が禍々しいオーラを放っている。

 

「……?」

「ダークファルスの因子よ、これを取り込めば、あなた達でもダークファルスに成れる。強大な力を手に入れられる」

 

 どう? と新作のお菓子を進めるような気軽さで、DF因子を差し出す【百合】。

 

「い、いらないわよ」

「知ってんだぞ、ダークファルスに取り込まれたら精神すらダークファルスに支配されるんだろ?」

 

「え、そうなの?」

 

 知らなかったわー、と唇を尖らす【百合】。

 

 思いつきのような気軽さで、とんでもないことをしでかす女である。

 

「うばば。まあ、いいや」

 

 折角の優良物件だしっと手の中で因子を『こねこね』して、二つに分けた(・・・)

 二人に因子を半分ずつ。ちなみにあえて言うまでも無いことだが、DF因子を分割するなんて普通に不可能とされていたことである。

 

『緊急警報発令! 船内に、ダークファルスの反応を検知! アークス各員は急ぎ現場に急行してください!』

 

 突如、艦内に警報が鳴り響いた。

 いや――突如というには、あまりにも遅すぎる警報だが。

 

「! やっと来た!」

 

 警報と同時に、アークスにかけられた『船内リミッター』が解除された。

 アークスはシップ内で戦闘行為が出来ないように、リミッターがかけられているのだ。

 

 リミッター解除を待っていましたといわんばかりに素早く、ハルは駆け出した。

 

 拳、一閃。

 顔面を狙った一撃はものの見事に【百合】の鼻っ面をぶち抜いた。

 

 手ごたえ、あり。

 クリティカルヒットだ。

 

 まあ【百合】にはノーダメージなのだが。

 

「無駄だって、ほんとアークスって脳筋多いわよね」

「――っぅ……!」

 

 下唇を噛んで、悔しがるハル。

 渾身の一撃も会心の一撃も、このダークファルスには意味が無い。

 

 ていうか、こんな化け物どうやって倒せっていうんだ?

 

 弱点とか隙とか、何か無いのか?

 六芒均衡で囲んでも倒しきれなかったこのダークファルスが居る限り、アークスが勝利することは不可能なんじゃないか?

 

 そんな数瞬の思考の後、気付く。

 【百合】の手が、DF因子が、眼前まで迫っていた。

 

 当たり前だ、殴るために近づいたのだから、殴り返されるリスクは当然ある。

 

 終わった、と眼を閉じた。

 ダークファルス化から生還した例は一度も無い。

 

「まずは一人」

「ギ・メギド」

 

 突如。

 黒い帯状のフォトンが【百合】の右腕を切り落とした。

 

「は――?」

「は、あ、ぁあああああああああ!」

 

 続いて――ぴしりと音を立てて部屋の扉が罅割れる。

 隙間から紫色のフォトンが閃光のように飛び出し、闇色の球体は【百合】に向かって真っ直ぐ飛来し、爆散。

 

 完全に油断していた【百合】を、吹き飛ばした。

 

「間に合った――かな?」

 

 噴煙を上げる、壊れた扉の向こうから、どこかで聞いたことのある優しげな声が聞こえた。

 

 白い髪に、赤い瞳。

 ダークファルス【百合】によく似た、それこそ姉妹と言われたら信じてしまいそうなほど、そっくりな顔つきの女の子。

 

 

 マトイが、創世器『白錫クラリッサ』を手にそこに立っていた。

 

「痛った~……。何々? 誰?」

「ダークファルス、【百合】……本当に、わたしそっくりなんだ……」

 

 武器を構え、次の攻撃の準備を進めつつ、マトイは呟く。

 

 何気に、初邂逅である。

 マトイと【百合】。そっくりな顔を持つ二人。

 

「は?」

 

 既に回復している右腕で埃を払いながら、【百合】は立ち上がり、マトイの顔を見るなり――目を見開いた。

 

 自分そっくりの顔をした人が居たのだから、そりゃびっくりするだろう。

 

 しかし、それにしたって大袈裟なくらい、【百合】は目を見開き、口を大きく開け、

 

「は、え、あ、ああああああああああ!?」

 

 絶叫した。

 額に脂汗を浮かべ、目尻に涙を浮かべながら、泣き叫ぶ。

 

「っ――? な、なに?」

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!?!? あ、あ、頭っ、頭イタイいたいイタイ痛い」

 

 膝から崩れ落ち、頭を抱えてその場に蹲る【百合】。

 

 突然の凶変に、攻撃のチャンスだというのにマトイは杖を下げその様子を窺ってしまった。

 

「だ、大丈夫? いきなり、どうしたの――」

「ひっ!」

 

 マトイが一歩近づくと、今までの余裕っぷりは何だったのかと言いたくなるほどに怯えた様子で【百合】は後ずさった。

 

「こ、来ないで来ないで、ごめ、ご、ごめんなさいごめんなさい……!」

「い、一回落ち着いて、ね? そんなに怯えられるとこっちもやり辛い……」

「違うの、違うの、これは、ちが、ごめんなさい、違う、違うの……」

 

 喪失していた記憶を、取り戻しているのだろうか。

 

 マトイの言葉も、届いていない。

 その瞳に光は無く、眉は情けなく八の字をかいていて、泣きじゃくる子供のように。

 

 

 『親』に叱られている『子供』のように、【百合】は泣き叫ぶ。

 

 

「ご――ごめんなさい! お母さん(・・・・)!」

 

 直後、【百合】は背を向けて飛び立った。

 ダーカー式のワープではなく、大ジャンプで天井を突き破り、宇宙の彼方へ。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 一瞬、何を言われたのか理解できず、

 突き破られた天井から眼を離し、マトイは眼を閉じて、開いて、言葉を消化するように額に手を当てて、イズミとハルの「お母さん?」という視線に気付いて、

 

 顔を真っ赤にしながら、叫んだ。

 

「産んだ憶え無いからね!?」

 

 

 

 




一児の母にされたマトイはPSO2二次創作界初だったりしないかな。


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