足柄先生の猛烈!?時事授業 (ふみ2016)
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足柄教室、開講よ!

みなさまはじめまして。「ふみ」と申します。
今回時事をテーマにした作品を投稿致します。
初めて小説を書くので不備があるかと思います。自分でもすでに投稿した作品を再度見直し、大幅に加筆、修正することもあるかと思います。読者のみなさまにおかれましてはこのために読みにくいと感じるときもあるかと思いますが何卒、ご寛大に読んでくだされば幸いです。
また、作品の内容は時事ということで現在進行形で問題がおき、研究が続行中で意見が決着していないものも多々あるかと思います。そのため、私が書いた内容に対する反対意見もあるかと思いますが、この点はどうぞご容赦ください。

2016年1月11日2時。2倍以上の大幅加筆のため再投稿。


海難事故

 

それは人類がその生息域を拡大し始めた時からつきまとっている海の災厄のひとつだ。

 

だが近年、その海難事故は人類がいままで経験してきた以上の数起きているのではないかと思えるほど多発していた。

 

否、もはやこれを海難事故と呼ぶのは不適切だろう。

 

戦争。

 

そう、これは戦争といっても過言ではない。

 

彼女らは海底深くからひっそりとやってくる。かと思えば大胆に出現し、あらん限りの暴力で海に浮かぶ船を始めとした人工物をことごとく破壊しつくした。

 

深海棲艦

 

彼女らのことを我々はそう呼ぶ。

 

圧倒的な戦力差の中、無神論者さえも祈り、こう唱えた。

 

「いったい神はいづこにおわすのか?」

 

何回、いや、何万回、いやいや、何兆回全人類はこの言葉を唱えたのだろうか。

 

そして我々がその言葉すら唱えるのに絶望したとき奇跡が起きた。

 

深海棲艦に襲われた少女の体が光に包まれ、いままでどの軍隊も見たことがない武装に鎧われたと思うと、少女はその装備を見事に使いこなし深海棲艦を文字通り薙ぎ払った。

 

この件以来各地で同様の現象が起き、彼女達の力で今まで対抗できなかった深海棲艦をわずかに追い払うことができるようになっていった。

 

海軍は彼女達の強い希望のもとに、彼女達と残存艦艇を中核とした新海軍を創設。ここにはじめて深海棲艦を互角以上に戦える組織が誕生した。

 

深海棲艦という暴力に抗う深海棲艦と対になる乙女たち。

 

我々人類はこの唯一の希望を与えてくれる娘達を敬意をもってこう呼んだ。

 

艦艇の魂を持つ娘。通称、艦娘と。

ーーーーーー天聴新聞社1面「天聴仁語」より

 

きーーんこーーんかーーーーんこーーーーーーん…

 

「はーい、それでは今日の授業はここまで! 今日やった天聴仁語はテストに出すから、飢えた狼のようにしっかり復習しておくのよ!」

 

若い女教師が教科書を教卓の上に置き、授業の終了を告げる。

 

『は~い』

 

「声が小さい! あなた達、最近だれすぎているわよ!」

 

(無理だよ…だってこんなにあったかいんだよ。眠くもなるよ。ふあぁああぁ。あのきれいな桜の下で昼寝できたら最高なのに。)

 

ウサギのように長く黒いかざりと砲塔タイプの不思議な妖精を従えた少女は「ふあぁぁ」と人目もはばからずあくびをする。

 

「島風!!!!」

 

「オウっ!?」

 

突然自分の名前を呼ばれた少女は思わずかわいらしい声を出した。

 

「オウっ!? じゃないわよ。まったく……。」

 

そうして女教師はもう一人の少女に目先をうつす。

 

「ぽい?」

 

今までの流れにそぐわない素っ頓狂な返事が彼女の口から漏れる。

 

(はぁ、本当にもう、あなた達ときたら……)

 

女教師は今日の授業の最初に宿題のチェックをした時を思い出し再び頭を抱える。

 

(島風とこの子は本当に宿題忘れの常習犯なんだから)

 

「足柄先生? 大丈夫? 頭痛いっぽい? 風邪ひいたっぽい?」

 

(あなた達のせいよ!)

 

そう叫びたいのを我慢しながら、足柄先生とよばれた女教師はいつものセリフを吐く。

 

「今日も宿題を忘れた島風と夕立は放課後に私の補習があるから、ちゃんと時間通り来なさいよ!」

 

「……っぽい~~~。」

 

「おっおっう~!」

 

「はやすぎてもダメよ! 島風!」

 

「お」

 

いつもどおりの返事が返ってくるかと思ったが、急に島風がお腹を押さえる。

 

(え!?島風!?どうしたの!?)

 

足柄の言葉が出るよりはやく夕立が島風に尋ねる。

 

「島風ちゃん、どうしたっぽい!?」

 

すると島風がお腹をおさえながら息も絶え絶えに答える。

 

「お、お、おしっこ……。」

 

足柄はそんな間抜けな答えを聞き、ずっこけそうになるのをなんとか踏ん張った。

 

「授業はもう終わりだから頑張るっぽい~~。」

 

「はぁ、ホンット頼むわよ。あなた達……。それと補習受けないみんなも頑張らないと単位あぶない人が多いんだから頑張りなさいよ……。それじゃ挨拶お願いね。」

 

『起立! 敬礼!』

 

教卓上の教材をまとめ足柄は教室をあとにする。

 

すると後ろから小走りに短髪のかわいらしい教員が足柄に近づいていく。

 

「ねぇさん!」

 

「あら、羽黒。おつかれさま。駆逐級2組の国語の様子はどう?」

 

「順調です。みんな宿題もしっかりこなして、次の試験でもばっちりだと思います。」

 

「はぁ、そうなのよね、2組は吹雪をはじめ真面目な子が多いからか周りの子も感化されて宿題も授業も真面目に取り組むのよね……。」

 

「そうですね。なにしろ吹雪ちゃんは鎮守府最強の艦娘、赤城さんの護衛艦を務めるほどですから。授業もすんなり理解するし、天才肌なのかもしれませんね。」

 

天才肌、という吹雪への評価を聞いた足柄は苦笑いを浮かべる。

 

(本当は影ですごい努力しているのよね、吹雪は。)

 

「ねぇさん?どうしました?」

 

苦笑いを浮かべた足柄を羽黒は怪訝そうな顔で見つめる。

 

「羽黒、明日4時くらいに起きて校庭を見てみなさい。面白いものが見れるわよ。」

 

「そんなにはやくですか? 一体なにがあるというのです?」

 

(ここで吹雪が朝早くから起きて頑張っているって言っても、それは私目線のものでしかない。ここはやはり、自分の生徒の頑張りっぷりを生でみるのが一番だわ。そのほうがきちんとその子を評価できるんですもの。)

 

「内緒よ。内緒。いい? 必ず起きなさいよ?」

 

「は、はい。わかりました。ねぇさん。」

 

「でも確かに、2組はホント吹雪がいい影響を及ぼしていていい感じなのよね。それに引き換え……。」

 

そういって足柄は歩きながら持っている教材に目を落とす。

 

「ねぇさん、その様子だとまた1組の社会は……。」

 

「そうよ。また島風と夕立が宿題を忘れてきたわ。他の子もやってきてはいるんだけれどテキトーにやっている感がぬぐえないのよね。」

 

はぁ、と大きなため息を足柄がつき、羽黒もそんな姉に同情する。

 

「そうですね。私が担当のときも、その、宿題をやってきてはいるんですけれどいまいちで。」

 

「羽黒のときでさえそうなの?」

 

足柄がやや驚いた声をあげる。

 

(柔和な性格でおっとりしているけれど決めるときは格好よくビシリと決める。そんな羽黒は生徒たちからも一目置かれる存在なのに……)

 

「実はね……。」

 

と足柄が話題を切り出す。

 

「この前宿題を出したのよ。好きな戦国武将を調べてきなさいって。」

 

「それは面白そうですね。みんな誰について書いてきたんですか?」

 

「やっぱり有名どころが多かったわね。信長とか秀吉とか。あ、そうそう。今度大河ドラマになる真田丸の主人公、真田幸村も多かったわ。」

 

「幸村かっこういいですものね……。」

 

「何?羽黒はああいうのが好みなの?」

 

そう問われた羽黒は両手を頬に添えながら男ならば誰でもドキリとするようなうっとりした表情を浮かべる。

 

「はい。真紅の鎧に身を包み、最後まで主君の家に仕えて戦い抜く。そんな素敵な殿方が嫌いな女性がいるのでしょうか!?」

 

「え、あ、うん、いない、と、思う……わ。」

 

突然豹変した妹に歯切れ悪く足柄は答える。

 

「あぁ、どこかに槍をたずさえ黒毛のたくましい馬に乗ってきて私をさらってくれる素敵な武人はいないのでしょうか………?」

 

より陶酔した表情を浮かべる羽黒。

 

(あぁ、完全に自分の世界にはいっちゃったわ。そんな男、いるわけないのに。これさえなければこれだけの器量持ちなんだからすぐにいいトコに嫁げるのに。)

 

「あ、そ、それでね、島風が織田信長について調べてきたわ。」

 

その言葉に羽黒ははっと我に帰る。

 

「まぁ、織田信長ですか。島風ちゃんのことだから有名所だから資料もいっぱいあってすぐに宿題を終わらせられるだろうと考えたのでしょうね。」

 

「たぶんね。たしかに、島風が出してきた宿題は誰よりもボリュームがあったわ。でもね……。」

 

「でも、なんです? ねぇさん?」

 

立ち止まり自分の足元に目線を落とし、プルプルとこぶしを震わせる姉を心配そうに羽黒は見つめる。」

 

「ねぇさん……?」

 

「ウィキならまだマシだったわ……。」

 

「ねぇさん、まさか、島風ちゃんは……。コピペを……!?」

 

一呼吸置いて足柄は苦々しく口を開く。

 

「そう、あなたの考えているとおりよ羽黒。島風はコピペしてきたわ。はやければいいってもんじゃないわよ! しかもウィキペディアで飽き足らず、アンサイクロペディアまでコピペしてたわ。ほんっとに、はやければいいってもんじゃないわよ!」

 

アンサイクロペディア、それはウィキペディアにそっくりなパロディサイトである。それをコピペして提出したと聞き、羽黒の全身に衝撃が走る。

 

「さすがに……。」

 

羽黒の口が重く開く。そしてやっとのことで次の文章が羽黒の口から出てきた。

 

「さすがにアンサイクロペディアはひどすぎますね。」

 

羽黒は自分の口元を教材を抱えていない左手で隠す。その手はわなわなと震えていた。

 

「島風の信長は本能寺の変で殺害されたあと、蘇ってノーベル平和賞を受賞していたわ。しかも、島風のやつ、完全にコピペしてきた証拠に信長のカラー写真と題してキャンペーンで信長に扮したどこかのおじさんの写真まではっつけてきやがったわ。それに、いったいどうしたら寺を焼き討ちした男がノーベル平和賞をとることができるのよ!」

 

足柄は飢えた狼のように吠えまくった。

 

「怒るところはそこですか、ねぇさん……。でも彼女はとても個性的ですが決して頭の悪い子でもないんですけれど……。」

 

「そうね。彼女はかしこいし、仲間思いのいい子よ。この前会敵したとき被弾した吹雪の前に出てダメージを上手く吸収していたしね。」

 

「でも何度注意してもあの『おうっ!』って返事はなおりませんね。完全に癖になっています。」

 

「それを言うなら夕立もそうよ。何度注意しても『ぽい』って語尾につけるっぽいし。」

 

「ふふ、ねぇさんも夕立ちゃんが移っていますよ。ぽいって。」

 

「うっそ、本当? 嫌だわ、今夜合コンなのに。変な語尾ついてたらまた男に振られちゃうわよ!」

 

「ねぇさん、今度こそいい男(ひと)見つかればいいですね……。」

 

受け持つクラスの様子を情報交換がてら話ながら二人は職員室に入る。

 

自分の机に教材をおろすと足柄はさっそくパソコンを開いて放課後の補講の準備をはじめた。

 

それを今日の放課後は暇になっていた羽黒がお手伝いする。

 

「ねぇ羽黒、この地図の中東地域の部分拡大印刷お願いできる?あとはここのデータをこうして、空白部分を作って生徒が考える思考を身につけられるようにっと。」

 

「ねぇさん、こんなものでいいかしら?」

 

「えぇ! ありがとう羽黒助かったわ! あとはこの授業用タブレットが、つくったデータをこちらの思惑通りに動いてくれればいいのだけれど……。」

 

足柄の手にはxPERI@とロゴのはいった超薄型の10インチタブレットが握られていた。

 

「タブレットを使っての授業はまだ本土でも少ないからここで実績を積み上げたいですね。」

 

「そうね。本土でも不具合が多かったみたいだから、注意しないとね。羽黒の授業ではまだだったかしら?」

 

「えぇ、だから今日の補習授業、見学していってもいいかしら?」

 

「もちろんよ!一緒に授業の腕を研鑽しましょう!」

 

と、タブレットの動作確認を一通り終えた二人の近くを青年誌を小脇に抱えアロハシャツを着た提督が通りかかった。

 

「あら、提督。今日も暇そうね。なんなら私の授業変わってくれないかしら?」

 

「マジか?保険体育しか俺できねぇわ、って、ぶほぅっ!」

 

筋肉質の引き締まった男の肉体がへしゃげるほどの鋭い蹴りを足柄が食らわす。

 

「お、おまえ、さすがに股間はねぇだろ……!? 嫁入りまえなのに……!?」

 

「アホにはそれくらいがちょうどいいのよ。」

 

痛みで床で悶える提督を前に挑発的、いや、邪悪な笑みを足柄は浮かべた。

 

「ふふっ、さっきのは冗談よ! 冗談! 私の授業は私じゃないとできないわ! 他人にやらせてなるものですか! え? 島風たちは大丈夫なのかって? 心配しないで! この足柄が補習するんだもの! きっと試験はいい結果になるに違いないわ!」

 

そういって足柄は先ほどの邪悪な笑みとはまるで違う飛びっきりの笑顔をつくって授業道具を持ち、出来の悪い生徒が待つ放課後の教室へと向かうのであった。

 

 

 

 

「おい……誰か、俺を介抱してくれ……。」

 

このとき多くの艦娘があわれな提督の近くを通りかかったが介抱した者は、ひとりもいなかったという。



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第1斉射 オウッ!イスラム国ってなんなのっぽい?『テーマ:イスラム国』

おつきあい頂き、誠にありがとうございます。なんとかイスラム国を書ききりその投稿分をまとめることができました。
今作が筆者が事実上はじめて書いた小説でした。
最初は軽い気持ちでSSみたいに文字の羅列を書いていた筆者でしたが、アドバイスをくれる友人のおかげでどうにか小説の体裁を整えることができました。
また小説とは本当に奥が深いものなのだと知ることができ、非常に有意義な体験ができました。

稚拙な文章ながら読んでくださったすべてのみなさまに感謝申し上げます。それでは。


「さて、あの子達ちゃんと教室に来ているといいわね。少し心配だわ。」

 

不安そうに左手を頬にあてながら足柄はため息をつく。

 

「大丈夫ですよ、ねぇさん。島風ちゃんと夕立ちゃんは宿題以外は約束を守る子達ですから。」

 

「本当に宿題さえきちんとやってきてくれればここまで悩まないんだけれどねぇ。」

 

「そうですねぇ。」

 

手を頬にあてたままの姉に羽黒は同情し、首を縦にふった。

 

(本当にねぇさんは生徒思いの先生ね。)

 

「ところでこの地図はいつ黒板に貼りますか?  ねぇさん?」

 

「あぁ、それは私が指示してからでいいわよ。だからそれまで授業見学していて大丈夫よ。」

 

足柄は隣に並んで歩く妹の問いかけにやさしい声音で答える。

 

「わかりました。ねぇさんの時事の授業、久しぶりだから私も楽しみです♪」

 

「ふふっ。期待されても何もでないわよ。」

 

授業道具を小脇に抱えた二人が補習に使う教室にたどりつく。「オウッ!オウッ!」と教室の外に島風の特徴的な口癖が響いていた。

 

「電気もついているし中から声が聞こえるからあの子達、ちゃんと時間は守って来たみたいね。」

 

ガラガラガラとドアを開けて入室した二人を机につっぷした夕立と元気に教室を動き回る島風の二人が出迎えた。

 

「っぽい~~~。」

 

「オウッオウッ!」

 

「よしよし、ちゃんと時間を守って二人とも来ているみたいね。」

 

教室中をせわしく駆け回る島風に机につくように促しながら、足柄と羽黒は授業の準備をする。

 

「オゥッ! 今日は時間守ってきたよ~。足柄さん、さっさと終わらせて帰ろうよ~。」

 

「足柄さん、もう私眠いっぽい。授業なんてうけられないっぽい~。」

 

口々に情けないことを足柄に話しかけ続ける二人。

 

(こ、こいつらぁ!)

 

それを黙って聞いていた足柄の額に青筋が浮かぶのに気がついた羽黒はそぉーっと足柄から距離をとりはじめる。

 

「あんた達~~!!!!!」

 

急に豹変した飢えた狼を前に二人の艦娘はびくっと肩を震わせる。このとき自分達が言い過ぎてしまっていたことにやっと彼女らは気がついた。

 

(い、いいすぎちゃったよ~~!!!!)

 

しかし気がついてもこうなってしまってはあとの祭りである。

 

「宿題も忘れてだらしがないことを言う艦娘には、こうよ!! こうよ!!」

 

目にも留まらぬ速さで放たれた赤チョークが「ビュンっ!」と風を切って夕立と島風のこめかみをしたたかに打ち付ける。

 

「いたいっぽい!」

 

「オウッ! いったーい!なんですか足柄さん!」

 

「う~~体罰反対っぽい~~!」

 

「あんまりぽいぽい言っちゃってると、今度こそ20センチ砲でぽいしちゃうわよ~~!」

 

「っぽい~~!!!!」

 

口々に文句を言い始める生徒達を前に足柄は「ふぅっ」とちいさくため息をつく。

 

「場合によっては実弾演習もする私達艦娘がチョークごときで体罰なんてどの口が言ってるの夕立!それに島風、授業中は足柄さんではなく先生って呼びなさいっていっているでしょ!」

 

修羅のごとき表情を前に恐怖とチョークの直撃の痛みで島風は半べそをかきながら謝罪する。

 

「うぅ…ごめん足柄さん~~。」

 

「さん?」

 

そういって足柄は見る者を震え上がらせる修羅のような表情で島風に問い直す。

 

「せ、ん、せ、い、は!?」

 

半べそを浮かべ、もじもじしながら島風は答える。

 

「うぅ~ごめんなさい、足柄せんせい~~。だからもうその怖い顔やめてよ~~。」

 

(べそかいちゃって、そんなに怖かったかしら。でも、今度は本当に反省しているみたいね。)

 

島風たちが心から謝罪し反省しているのを確認した足柄はふうっと息を吐き表情を緩める。

 

「まったくもう。せっかく今日の補習が終わったら、あなた達を鳳翔さんのところへご飯につれていってあげようと思ったのになぁ。」

 

「「本当!?」」

 

(あの鳳翔さんのところでご飯食べられるっぽい!?)

 

(オウッ!いつも戦艦や空母、巡洋艦のお姉ちゃんしか通えない、あの鳳翔さんのお店!?ホントに!?)

 

二人の生徒が目をきらきらさせて足柄を見つめる。

 

「本当よ。補習授業は時間が決まっているけれど、いつも遅くなっちゃうし。それに今日は金曜日。鳳翔さん特製カレーと好きな甘味も頼んでいいわよ。」

 

「オウッ! 足柄せんせい! 本当にあの鳳翔さんの甘味、食べさせてくれるの!? 私達駆逐艦のお給金じゃなかなか手が出せないくらいの値段だよ?大丈夫なの???」

 

島風はめったに食べられないご馳走が食べられることに目を輝かせながらも少し申し訳なさそうな上目づかいで足柄を見る。

 

「先生は約束を破らないわよぉ!安心してごちそうされなさい!!」

 

「「やったー(っぽい)!」」

 

大喜びで授業準備をする少女達に足柄は目を細めた。そんな足柄へ先ほどまで距離をとっていた羽黒が驚いた表情で近づいてくる。

 

「ちょ、ちょっとねぇさん!」

 

「ん?どうしたのよ羽黒?」

 

羽黒が小声で足柄に話しかけるのを二人の生徒は不思議そうに見つめた。

 

「今日の合コンはどうするんですか?」

 

足柄はすっかり失念していたと乱雑に手で髪をぐしゃぁとかき分ける。

 

「あちゃぁ~~、そうだったわ~~。う~~ん。羽黒、任せたわ!」

 

「はぁ。夕立ちゃんたちを食事に誘うことになった時点でこうなるんじゃないかと思っていました。仕方がありませんね。今度埋め合わせしてくださいね。」

 

「わかってるって! いい妹をもっておねぇちゃん幸せよぅ。」

 

「まったく。約束は破らないってさっき言っていたのに。ねぇさんったら……。」

 

困った表情で羽黒は手で髪を少しいじった。

 

「それは生徒との約束よ! 合コンは、まぁ、勿体無いけれどこのさい仕方がないわ!」

 

「先生たち、何してるっぽい?」

 

夕立はひそひそ話を続ける先生達があまりにも気になってとうとう話しかけた。

 

「あぁ、ごめんごめん! じゃぁ早速授業入るわよ。二人とも、タブレットのNFCをONにして受信状態で待っていてね。」

 

「ぽい~」「オウッ!」

 

日ごろスマホのゲームで操作に慣れている二人は足柄たちが驚くほどあっという間にタブレットを受信状態に操作した。

 

「はい、それじゃ今日使うテキストとノートデータ送るから誤って削除しないようにね。」

 

「オウっ!」

 

「そうそう。ところで今日鳳翔さんのところで食べるカレーはこのカレーにしようと思うんだけれどね。」

 

そういって足柄は自分のタブレットを操作してゆげがたち、おいしそうに撮影されているカレーの画像を二人の端末へと送る。

 

「「カツカレー?」」

 

送られてきたカレーの画像を見て夕立と島風は声を重ねる。

 

「そうよ。豚肉を使ったカツカレーよ!」

 

「おいしそうっぽい! 勝利の勝つとカツがかかっていて夕立も好きっぽい!」

 

「むぅ! しまかぜもしまかぜも~~」

 

夕立に負けまいと島風も大きな声でカツカレー好き好きコールを連発する。

 

「あなたたち、そんなに大きな声でカツカレー大好きを主張してもおかわりは……。」

 

そういったところで二人の少女がこちらにかわいらしい上目遣いをしてくるのを見て足柄の心は揺さぶられてしまった。

 

「わかったわ……。補習の態度次第ではおかわりも許可します……。」

 

「「やったー(ぽい)!」」

 

「ねぇさん!?」

 

飢えた狼とあだ名される、ある意味凶悪な性格の足柄(姉)が少女の上目遣いに妥協した姿を見て羽黒は著しく動揺した。

 

「きょ、今日だけよ! 今日だけなんだから!!」

 

そう声を荒げる足柄に夕立と島風は満面の笑みを返して答えた。

 

「こほん。話を戻すわね。私や羽黒をはじめ多くの艦娘も大好きなこのカレーなんだけれど、実はあるものを使っているからトルコとかの国から派遣されている艦娘は食べることができないのよね。」

 

「しまかぜ知ってる~~。豚肉が入っているからでしょ?」

 

ぴしっと挙手をして島風が発言する。

 

「そのとおりよ、島風! これはある宗教だから豚肉は食べちゃダメなのよね。その宗教は…?夕立!」

 

「っぽい~~。えっと、えっと、仏教じゃなくて、キリスト教じゃなくて……。」

 

返答に詰まっている夕立に島風は心配そうな顔でちらちらと目線を送る。

 

そんな視線を感じた夕立の額に冷や汗が吹き出てくる。

 

そして意を決したように夕立も島風のようにぴしっと真っ直ぐに手を伸ばして答える。

 

「わかったっぽい! ぞ、ゾロアスター教っぽい!」

 

答えを聞いた足柄と羽黒がまさかそう答えるかと、がくんと肩を落とす。

 

「夕立、あなたよくゾロアスター教を知ってるわね。ゾロアスター教を知っているのはいいことだけれど、今回は残念ながらゾロアスター教じゃないわ。イで始まる宗教よ?」

 

「イ……?」

 

はて、イで始まるとはいったいなんだろう?潜水艦か?伊号潜水艦がらみか?

 

と、夕立の頭がでちでち言う万年スク水で過ごす友人のシルエットに埋め尽くされそうになったとき、とうとう島風が助け船をだした。

 

ガタンガタンガタン!

 

悩んでいる夕立の隣の席で突然椅子を揺らす島風。それを見た足柄がむっと表情を変えたので島風はすぐに椅子を揺らすのをやめた。

 

どうして急に島風ちゃんは椅子を揺らしたっぽいーー?椅子を……あっ! まさか!

 

「わかったっぽい! 答えはイスラーム教っぽい!」

 

「そう! 正解よ夕立!」

 

「えへへ。うれしいっぽい! ありがと、島風ちゃん!」

 

助け舟をだした島風は自分の努力が水の泡にならなくてよかったと思いながら夕立に笑みで答えた。

 

「でも、しまかぜ、イスラム教って豚肉食べないこと以外よくしらなーい。」

 

「私もっぽい~~。」

 

「じゃぁこういう人は見たことない?」

 

足柄が次に見せたのは髭をはやした男性がカーペットの上で祈りを捧げている写真だった。

 

「あ、見たことある~~。本土の空港でよくみかけるよ~~。この人、イスラム教だったんだ~~。」

 

「う~~ん。でもイスラム教って怖いっぽい。このおじさんはやさしそうだけれど、本当は極悪人なんでしょ?」

 

極悪人などという物騒な言葉を使った夕立に足柄は少し驚いた表情を浮かべた。

 

「なぜそう思うの、夕立?」

 

「だってニュースではほとんど毎日『イスラム国、その恐怖の政治』って内容を報道しているっぽいよ? 私見たの。なんかご飯も勝手にたべちゃいけないっぽいって言ってたし。」

 

「ご飯たべちゃだめなのーー!?」

 

ご飯が自由に食べられない。そのことを聞いた島風が驚愕で思わず叫んでしまう。

 

「そうね。確かにニュースではそういう風に報道しているわね。でも、それは何もイスラム国だからしているってわけじゃないのよ。少し誤解しているみたいね。」

 

「そもそもイスラム国って国なの? なんなの~? 国なのにどうして誘拐したり、その誘拐した人を殺しちゃったりするの~。」

 

島風が首をかしげる。

 

「そうね。確かにイスラム国は残酷なことをしているし、彼らを肯定なんて、とてもできないわ。なんでこうなっちゃったかを3つのポイントで話すわね。」

 

「たった3つでいいっぽい!?」

 

こんどは複雑な話になりそうだと覚悟していた夕立が、たった3つのポイントだけでいいと聞き驚きの声を上げる。

 

「えぇ、もちろん本気でイスラム教とイスラム国について調べようと思ったら沢山説明が必要になるし、3つのポイントだけじゃとても語りきれないわ。でもイスラム国を読み解くだけなら足柄式ポイント術で3つ、今回はマスターしてくれれば大丈夫よ!」

 

「「よぉーしがんばるー(っぽい)!!」」

 

「それじゃ、さっそくはじめるわよ! まずは一つ目のポイントよ! 羽黒、地図を黒板にはってもらえないかしら?」

 

「はい、ねぇさん。あら? 少し大きくて貼りにくい……。夕立ちゃん、手伝ってもらえますか?」

 

「了解っぽい! お手伝いするっぽい!」

 

そういって羽黒と夕立二人で貼らなければいけないほどの大きさの地図が教室にひろがっていく。

 

「オゥ? どこの地図? 緑色と茶色に色わけされているけれど……あ! もしかして!」

 

「そう。いい勘しているわね島風!」

 

「?どういうこと? 夕立わかんないっぽい! 教えてほしいっぽい!」

 

足柄に目で促され、島風が答える。

 

「緑に色分けされているのがイスラム教の国で他の色はイスラム教じゃない国だよね?」

 

「そっかぁ! でもこんなにイスラム教の国ってあるんだね。夕立知らなかったっぽい。」

 

中東からアフリカ地域までびっしり緑色に塗られた地図をみて夕立は唖然とした。

 

「そうね。ところでこの地図はアジアの中東地域を中心にしたものだけれど、国にもよるけれど数千円程度のタクシー代で行けるほど中東の国々は隣同士、ご近所どうしなのよ。」

 

「ん~~???」

 

夕立が思いっきり首をかしげる。それをみた足柄がしてやったりという笑みをちらっと見せた。

 

「オウっ? どしたの夕立? お腹壊したの?」

 

「違うっぽい! お腹は正常。はやくご飯食べたいっぽい! ってそうじゃなくて、いや、なんか、タクシーでちょっとお金払えばいけるほど国どうし近いっぽいんだよ?」

 

「それが?」

 

島風が何を夕立が言いたいのか理解できずに首を軽くかしげる。

 

「う~ん、同じ宗教を信じているのに、なんでここまで細かく分かれる必要があるのかなって……。」

 

「いいことに気がついたわね! 夕立! そう。そこがポイントなのよ! じゃ、みんなタブレットを出してね。うん。えーと。転送はこうかしら。うん。こうして、こうして。よし!それじゃデータ転送! 一つ目のポイントを発表するわ!」

 

操作にもたついたが無事完了できた足柄がタブレットを軽くたたくと夕立と島風のタブレットに

 

 

『ポイント①イスラムはもともとひとつ』

 

 

と目立つ蛍光色で文字が表示された。

 

「イスラムはひとつ? オウっ? でも実際にはこんなにバラバラだよ? それに先生からもらった資料には、授業でならった仏教みたいに宗派も分かれているみたいだよ?」

 

よけいわからなくなったといわんばかりに島風はさきほどよりも強く首をかしげる。

 

「そうね。でも、今みたいに細かくバラバラに国が分かれたのは実は20世紀、第一次世界大戦後からなの。」

 

「意外に最近っぽいね。もっと中世とか大昔にバラバラに国が分かれたのかと思ったっぽい!」

 

夕立が丸くかわいい目を、より丸くして驚く。

 

「この中東をおさめていた国はオスマン帝国という国だったの。でも、第一次世界大戦のあとにこの条約によって事実上解体されてしまうのよ。」

 

そういって足柄は再びタブレットを操作する。その直後、二人のタブレットにインストールされていたプリントデータの空白に『サイクス・ピコ条約』と表示された。

 

「このサイクス・ピコ条約はイギリスやフランスなど第一次世界大戦の戦勝国に有利なように国境線を引かれてしまったわ。」

 

「そんなのひどいっぽい!」

 

「そうね。民族や宗派に配慮しないで引かれたこの国境線は多くの混乱をもたらしたわ。」

 

「オウッ! 民族や宗派に配慮しなかったら大変なことになるんじゃないー?」

 

「そうね。実際島風のいうとおり、かなり悲惨なことになったわ。」

 

そういって足柄は少し暗い表情になりながらタブレットをスワイプし画像を選択する。

 

「次の写真はかなり残酷な描写があるのだけれど……イスラム国を語る上で重要だから公開するわ。見たくないひとは言葉でも説明するから目をつぶって聞いていてね。」

 

「オウっ!」「ぽいっ!」

 

目をつぶって聞いてて、と言うやいなやそれぞれ返事をした二人が、二人とも目をつぶってしまったのを見た羽黒が思わず苦笑する。

 

「この条約の結果、イスラム教という宗教でほぼひとつにまとまっていた中東は民族意識が高まったことでそのまとまりを崩壊させられてしまったわ。」

 

一呼吸おき、目をつぶっている二人に足柄は話しかける。

 

「まとまりがなくなったらどうなるか、みんなも実戦で経験したこと、あるわよね?」

 

「まとまりがなくなると、作戦もうまくいかないし、夕立、喧嘩しちゃったこともあるっぽい。」

 

「しまかぜもそういう経験あるよ……。楽勝だと思って突っ込んじゃって、みんなに迷惑かけちゃった。」

 

「そうね。そのまとまりのなさが民族レベルになっちゃうと、紛争になってしまうこともあったの。それを鎮圧するために事実上中東を支配していたイギリス、フランスが何をしたのか……。」

 

「「ま、まさか……!」」

 

「彼らは紛争を鎮圧するために毒ガスを使用したり、非人道的な手段で紛争を鎮圧していったわ。これがその資料よ。」

 

と、生徒は誰も見ていないながら律儀にも資料を展開する足柄。

 

「ひ、ひどいっぽい……!」

 

「ど、毒ガスだなんてさすがにやりすぎだよ……!」

 

「イスラム教はこうして分裂しまとまりを欠いてしまったの。その上にキリスト教に負けたという自信の喪失と屈辱的な扱いを受けてしまったの。そしてこの分裂したイスラム世界をもう一度ひとつにまとめることは全イスラームの悲願なのよ。」

 

もう目をあけていいわよ、という足柄の声を聞き二人は少しまぶしそうに目を開ける。

 

「夕立、なんで『イスラムはもともとひとつ』が重要なのかわかったっぽい。イスラム世界の人たちにとって今のばらばらな状態はイギリスとかフランスとかに負けたせいだから、認めたくないっぽい。」

 

「しまかぜもよくわかったー。今の分裂したイスラム世界、それ自体が屈辱なんだねー。だから、もう一度ひとつのイスラムを強く求めているんだねー。」

 

二人の鋭い視点に足柄も羽黒も、よくぞそこまで理解したという喜びと驚きで目を丸くした。

 

「二人ともすばらしいわ! まぁ、この足柄が教えているんだもの当然よね! それじゃ、次のポイントいくわよー!」

 

「どんどん来い(っぽい)!」

 

「じゃ、二つ目のポイントいくわよ!」

 

びしっとポーズを決める足柄。その正面には真剣な眼差しで学業に取り組む二人の生徒の姿がある。

 

(いい眼差しね。教えがいがあるわぁ!)

 

ささっとタブレットを操作し足柄は次のポイントを表示させる。すぐにタブレットの液晶画面に目立つ文字が浮かんだ。

 

(今度は誰かにこのポイントを読んでもらおうかしら。おっ、島風と目があったわ。それじゃあ……)

 

「島風!」

 

「オウッ!?」

 

「今表示された二つ目のポイントを読んでちょうだい。」

 

「は~い! えっと、『イスラム国の拡大は新イラク政府の失策が原因』 」

 

「うん、ありがとう島風♪」

 

「足柄先生、これどういうことっぽい?」

 

読み上げられた新しいポイントに夕立は首をかしげながら尋ねる。

 

「まず押さえておきたいのは、イラクでパソコン操作とか技術が必要な仕事のできる人たちが誰かってところね。」

 

「オウ? そういう技術を持ってる人はイラクでは特別なのー?」

 

足柄は島風の問いにゆっくりうなずく。

 

「特別なのよ。イラク戦争は知ってる?島風?夕立?」

 

「知ってるよ。イラクがアメリカとイギリスを中心にした軍隊と戦って、独裁者のイラク大統領、サダム=フセインが倒された戦争でしょ?」

 

「私も知ってるっぽい。なんかすごい怖い兵器をそのフセイン?が持ってるって理由で攻撃したんだよね。」

 

「オウッ! そうそう、でも、結局その怖い兵器を持っていなくって泥沼化しちゃったんだよね。」

 

(この子達、よく知ってるわね!)

 

思っていた以上の答えが返ってきたことに足柄も羽黒も内心で舌を巻く。

 

「そう、そのとおりよ。大量破壊兵器…核兵器などね。それを持っているんじゃないかって攻撃したんだけれど、結局は持っていなかったの。」

 

(そうね、島風ならこの問いにも答えられるわね。さっきはっきり言っていたし。大事な人物だから流さないで再確認しましょう。)

 

「では~~、この中でかけっこが一番得意な人!」

 

「オッオウッ!それってしまかぜしかいないじゃん!」

 

「イラクを率いていた独裁者の名前、もう一度お願い。」

 

「えっと、サダム=フセイン。」

 

「うん! よくできました島風!」

 

「てへへ、ほめられちゃったよ……!」

 

照れ笑いしている島風を見て夕立がぷくぅっと頬を膨らませる。

 

(あら? どうしましょう。夕立もフセインをちゃんと知っていたのかしら。うろ覚えっぽかったからあてなかったのだけれど……)

 

「足柄先生! 次は私にあててっぽい! 私も褒められたいっぽい!!」

 

「わかったわ。夕立、そのときはよろしくね。」

 

「っぽい!」

 

(さっきの質問、当てられていたらまずかったっぽい。夕立、フセインって名前すらうろ覚えだったっぽい……。でも褒められたいし……がんばるっぽい!)

 

夕立の瞳がギラギラと燃える。

 

「話を戻すわね。その戦いをイラク戦争っていってフセインが率いていたのがバアス党という組織よ。」

 

「バアス党? それとイラク政府の失策と関係があるの?」

 

「大きく関係しているわ。そもそもフセインは独裁者でバアス党のトップ。じゃぁ、そんな国で仕事を得る手っ取り早い方法は?さっきの宣言どおり当てていいかしら?夕立!」

 

「えっと、えっと……」

 

言葉につまりながらも夕立は必死で考える。

 

(ふふ、考えてる、考えてる。でも考える時間を多くとりすぎるのも問題ね。そろそろ助け舟を出そうかしら?)

 

「夕立、あの…」

 

足柄が夕立にヒントを出そうとした瞬間、夕立の顔が真っ直ぐ足柄に向く。

 

「そのフセインがトップの、えと、ば、バアス党?とかに入っておけばオッケーっぽい?」

 

すると時間がとまったかのように足柄は夕立をじっと見る。

 

(え? え? ちがったっぽい???)

 

「せ…」

 

「正解! 冴えているわね! 夕立! よくできました!」

 

一瞬状況を飲み込めなかった夕立だったが、すぐに自分の解答が正しかったのだと理解した。

 

「やった! やったぽい~~!」

 

「やるじゃん、夕立!」

 

島風にも「やるじゃん」といわれた夕立は本当に嬉しそうに万歳した。

 

「そうやってフセインのバアス党に技術をもった人たちが集まっていったわ。その後フセインは倒されて、国をまとめる新しいリーダー、つまりイラク新政府ができたわ。」

 

「あれ? 新政府ができちゃったらバアス党の人たちどうなっちゃうの?」

 

(やっぱり島風は鋭いわね……)

 

手を律儀にあげて質問する教え子に足柄は問いかける。

 

「なんでそう思うの? 島風?」

 

「だって倒されたフセインの下で働いていたのがバアス党でしょ? この新政府がフセインがリーダーだったバアス党の人たちを大事な仕事につかせるとは思えなくって」

 

「う~ん、私でも前のリーダー、しかも独裁者の人が率いていた人たちとは働きたくないっぽい~~。」

 

普段宿題を忘れてくる二人の想像以上の鋭い視点に足柄は目を閉じ苦悩して頭を押さえる。

 

(本当にあなたたちは、宿題さえやってきたら駆逐級トップクラスになれるんでしょうに……!)

 

そんなことを足柄が思っているなんて露知らず、頭をおさえはじめた足柄について教え子達は二人でひそひそ話をはじめた。

 

「足柄先生、どうしたっぽい?」

 

「この前の合コンで失敗したことがフラッシュバックで蘇ったんだよ。きっと。」

 

「足柄先生、この前の合コンも失敗したっぽい!?」

 

と、そこで二人は目の前から視線を感じビクっとする。まさか、まさか今の話を足柄に聞かれていたのではー。

 

そう思い、フルフルと子羊のように体を震わせながらゆっくりと夕立と島風は正面を向き直す。

 

「授業中に私語はダメよ?」

 

そこには天使のように柔和な笑みを浮かべた羽黒の姿があった。

 

「ねぇさん、大丈夫ですか? 授業中に頭を押さえて?」

 

「あ、あら、ごめんなさい、羽黒、大丈夫よ。ありがとう。」

 

「みんなも授業はもう少しだから頑張ってね。」

 

(助かった~~)

 

二人は安堵のため息をつき、足柄はそんな様子を知ってか知らずか授業をなにごともなかったかのように再開する。

 

「では、授業を再開するわ。そうね。島風と夕立の言ったとおりになったわ。新イラク政府はバアス党の人たちをフセインの息がかかっていると思って全然仕事につけないようにしてしまったの。」

 

「あれ? でもよくよく考えると技術のあるバアス党の人たちが仕事できないと、周りのひとも困るっぽい!」

 

「あら夕立、よくそこまで考えることができたわね!偉いわ!」

 

再び褒められたことに夕立は照れて頭をかいた。

 

(てへへ~~。また褒められたっぽい~~。)

 

そんな夕立の様子を足柄と羽黒はほほえましく感じた。

 

「実際、夕立の言ったとおり、新イラク政府にバアス党の人間、つまり仕事ができる人達がいなくなって、イラクの社会はすごい勢いで荒れていったといわれているわ。」

 

「「ひぇぇぇぇ。」」

 

「だからこそ、イスラム国は勢力を拡大できたわ。夕立、もしあなたが行く当てもなくすごいお腹が空いていたときに、ご飯と寝床、つまり生活場所を与えられたらどう思う?」

 

「それは、とても嬉しいっぽい!だって自分が生活できる場所ももらえるっぽいし!」

 

「そうね。イスラム国はそれをバアス党の人たちにしたのよ。」

 

「ご飯たべさせてあげたのー?」

 

島風が本当に単純な疑問、といった感じで手を上げずに質問する。

 

「まぁ、結論から言うとそういうこと。無職になった沢山のバアス党の人たちを雇ってあげたの。イスラム国が石油を生産できるからこそできた芸当ね。」

 

「せ、石油まで生産できるなんて知らなかったっぽい……。夕立はイスラム国ってテロリストだっていうからもっと小規模なものかと思ってたっぽい!」

 

「オウッ! 私も~。それってテロリストなの?」

 

足柄は教卓を前にしてタブレットを片手で持ちながら質問に答える。

 

「まぁ、ここまで大規模なテロリストは実際はじめてのことだったから、専門家でもイスラム国をただのテロリストだとは見ていないわ。」

 

そういって持っていたタブレットを操作するとイスラム国の戦闘員が戦車を動かしている様子が表示された。

 

「えっ! テロリストが戦車まで持ってるっぽい!?」

 

「私この戦車知ってる~~。旧ソ連の第一世代主力戦車のT-55だよ。あのお椀みたいな砲塔って結構装甲が硬いんだよ!」

 

「え、そ、そうなの?島風?」

 

(ま、まずいわ……海上兵器ならいざ知らず、陸上兵器は私、対艦兵器以外よくわからないのよね……羽黒は……あちゃぁ、羽黒も私と似たりよったりのようね。島風の発言を聞いてぽかんと口を開けてるわ。せめてさっき表示した戦車くらいはあとで復習しなくっちゃ……!)

 

「そうだよ! 足柄せんせい! 戦車でわからないことがあったら島風におまかせ!」

 

「ありがとう。頼りにしているわ、島風。」

 

誇らしげに胸を張る島風に夕立は尊敬の眼差しを向ける。

 

「島風ちゃん、すごいっぽい! どこでそんな知識をつけたっぽい?」

 

「これはね、寮の消灯時間のあと布団の中でこっそりやっていたスマホのゲームで……って、あ!!!!」

 

しまった! と手で口を押さえる島風だったが、もう遅い。夕立も聞かなければよかったと眉を下に下げる。

 

「……島風、こんどゆっくりその話聞かせてもらおうかしら…………!!!!」

 

目がひきつり修羅のような表情を浮かべる足柄を前に島風の足がガクガクと大きく揺れる。

 

「ゆ、ゆっくりじゃなくていいよ! そ、それよりはやく、はやく授業に戻ろう!」

 

右手の腕時計を確認した足柄は、はぁっとため息をつき、今回の件を後回しにすることに決めた。『後日詳しく話を聞くわ。』とひとまず難を逃れた島風はほっと胸をなでおろした。

 

「そう。イスラム国はバアス党の人たちを雇えたおかげでこのような大型兵器もすぐに使えるようになったし、事務技術をもつバアス党の人たちも雇えたから普通の国みたいに事務仕事もしているらしいわ。」

 

「へぇぇっぽい! だから新イラク政府の能力が落ちて、イスラム国の能力がバアス党を吸収したことであがっていったっぽい!」

 

「深海棲艦も怖いけれど、イスラム国もなんだか怖いよ!」

 

「確かにあまりにも情報が少ないからいろいろなデマも広まっていて、凶悪なテロリストのイメージもあればとてつもなく厳格なイスラム教で支配しようとする宗教集団のようなイメージもあるわ。」

 

「「厳格なイスラム教?」」

 

二人の声がハモる。

 

「夕立はニュースでイスラム国が怖いイメージで報道されているのをみたのよね?」

 

「見た見た。ご飯たべちゃだめっぽい!」

 

「それはイスラームで断食、ラマダーンっていうの。」

 

「オウッ! ラマダーン、不思議な響き!」

 

「ラマダーンはずっとするわけじゃないの。期間が決まっていて、その期間が過ぎたら身分に関係なくごちそうが振舞われ、みんなでお祭りを開いて楽しむのよ。」

 

そういって足柄は関連資料を全員のタブレットに表示させた。

 

「お、お祭り!?」

 

「な、なんかイメージしてたのと違うっぽい。」

 

表示された資料を見て島風と夕立はそれぞれ驚きの声をあげる。

 

(全然怖くないっぽい! むしろ楽しそうっぽい!)

 

「実際、このラマダーン明けの祭りはもの凄く盛大で、イスラム教の国々にあるテレビ局は1年かけてこのときのために番組を作っているくらいよ。」

 

「オウっ!気合いれすぎだよ!」

 

「なんでラマダーンをするかというと、みんなでご飯が食べれない気持ちをわかちあうためなの。」

 

「ほぇ~~。そうだったんだっぽい~~。」

 

「ラマダーンはこれでわかったわね。そうだ、ついでだからラマダーンのほかに聞いたことがあるイスラムの言葉って皆はあるかしら?」

 

島風が元気一杯に手を上げた。

 

「はい! はい! 島風知ってるよ! ジハードっていうの。これは怖いよ! 自爆するんでしょ! なんで自爆するの?」

 

「じ、自爆……! そ、そうだ、自爆テロは怖いっぽい!」

 

(そうよね、やっぱりなんで自爆テロをするのかを話してあげないといけないわよね。)

 

足柄はしっかりと島風と夕立へ向きなおした。

 

「それはイスラム教のために敵を巻き込んで自爆、つまり殉教したら必ず天国にいけると信じているからよ。」

 

「そ、そんなひどいこと許せない!」

 

いつもの口癖である「ぽいっ」をつけなかった夕立が強い口調で話す。

 

「だって、沢山の人を巻き込むんだよ!? それで沢山、悲しむ人が産まれるんだよ!? 自分の命も散らして、そんなの間違ってるよ!」

 

「夕立…」

 

「あ、ごめんなさいっぽい。前の戦争のこと、思い出しちゃったっぽくて……。」

 

(この子がここまで怒るだなんて。ニュースを見ていたのも、普段の授業よりも知識があったのもこのことが理由だったのね)

 

うつむいた夕立に足柄はあの修羅のような顔ではなく、やさしい母親のような柔和な笑みを浮かべ夕立にやさしく話しかける。

 

「いいえ、夕立、謝る必要はないわ。みんな同じことを思っているわ。私も、羽黒も島風も。みんな、あの戦争を体験した記憶を持っているのですから。」

 

「……ぽい。」

 

「実際、ジハードが自爆テロをして天国にいけるといわれるようになったのはつい最近のことみたいだわ。本来の意味は、たゆまず努力をすることだったそうよ。」

 

「なんか、今までただ怖いだけのイスラム教だったけれど、島風、ラマダーンやジハードの元々の意味を知って少し考えが変わったよ!」

 

「私もっぽい!」

 

「今の日本の報道では一般的なイスラムの教えすら、イスラム国が絡んでいるということで恐怖の内容ってことにすりかえられちゃっているわね。だから、私たちもイスラムについての知識をもう少し勉強する必要があると私は思うわ。」

 

真剣な眼差しで自分を見つめる二人の少女を見て足柄は、今日補講を開いてよかったと感じた。

 

「ちょっと話が脱線しちゃったけれど、イスラム国が台頭できた理由に新イラク政府の失策があったことは理解できたかしら?」

 

「バアス党の人たちをイスラム国が雇うことができた理由までバッチリっぽい!」

 

「よ~~し。それじゃ最後のポイント、いっちゃうわよ~~! 最後のポイントは~~じゃん!」

 

 

『イスラム国は目指す、イスラム圏統一を』

 

 

「ポイント1ではイスラムが分裂してしまったことをやったわね?」

 

「オウッ! それでイスラムの人たちがもう一度ひとつにまとまりたいっていうこともやったよ!」

 

「ぽい~~。イスラムの人たちはイギリスとかキリスト教に恨みももっているっぽい~~。」

 

足柄は二人が先ほどやった内容をしっかりと覚えていることを確認した。

 

「二人はカリフって聞いたことある?」

 

「カリフ? お菓子???」

 

「違うよ夕立。カリフっていうのはメキシコ近くの海だよ!」

 

(島風、それはカリブよ……!)

 

足柄が自分の心の中で島風に突っ込みを入れる。

 

「えっとね、二人とも。カリフっていうのは日本でいう第二次大戦前の天皇みたいなものなの。」

 

まさかそんなに偉いものだとは思っていなかった島風と夕立はびっくりして目を丸くする。

 

「つまり、イスラムで一番偉いっぽい!?」

 

「オウっ!? そんな人がいるなんてしまかぜ、一回も聞いたことがないよ!」

 

二人の反応にうなずきながら足柄が授業を続ける。

 

「それもそうなのよね。カリフは1924年に廃止されちゃってるの。」

 

「1924年……! じゃぁ、そのときから今までカリフ、一番偉い人がいないままきちゃったんだね。」

 

「そう。そしてこのカリフの空席を巧みに利用したのがイスラム国、いえ、イスラム国の首領よ。」

 

首領という言葉を聞き生徒達はごくりとつばを飲む。

 

「い、イスラム国の首領……私達の提督みたいなもの……っぽい?」

 

「あんな毎日腑抜けてるやつとは違うわ!」

 

ダン!と足柄が強く教卓をたたく。瞬間夕立と島風は恐怖でビクっと肩を震わせる。

 

(いったーい。感情にまかせてまた叩いちゃったわ……)

 

そんな足柄の様子に二人は気がついた。島風が心配そうに声をかける。

 

「大丈夫?せんせい??」

 

「も、もちろん。大丈夫に決まっているでしょ!」

 

「本当に大丈夫?少し手が腫れてるよ?消毒液ならもっているから使うといいよ?」

 

予想外に自分のことを気にかけてくれる生徒たちに足柄の涙腺がほんの少し緩くなる。

 

(あぁ、なんて先生思いの子達なのかしら。私達の指導に間違いはなかったみたいね。)

 

「ありがとう。本当に大丈夫よ。」

 

生徒が自分のことを心配に思ってくれる。そんな人を思いやれる生徒が育ったという喜びの気持ちが胸に広がっていくのを足柄は感じていた。

 

だが、

 

「だよね! もしこの程度のことで痛がっていたら、授業の最初のチョーク投げでせんせいが言ったこと、そのまま返すところだったよ! オッオ~~ウッ!」

 

瞬間、足柄が凍りつく。かと思うとみるみる表情が険しくなっていく。

 

「あれ? せんせい? どうしてちょ、チョークを握ってるっぽい??? し、島風ちゃん! 謝って! 今のこと謝って!」

 

「え? なんで? なんか私悪いこと言った?」

 

(落ち着いて、ねぇさん、落ち着いて……!)

 

狼になりかけている姉が再び凶行にでないことを教室の隅で授業見学している羽黒は必死で祈った。

 

すると祈りが通じたのか少しため息をついた足柄が落ち着いた声で授業を再開する。

 

「イスラム国首領、いえ、最高指導者バグダディ。」

 

「オウっ? バ……バク……?」

 

聞きなれない言葉に島風は足柄に聞き返す。

 

「バグダディ。彼がイスラム国の頂点に君臨する男よ。」

 

「ば、バグダディ。その人はただのテロリストの親玉じゃないんだね……。」

 

「そうよ島風! 彼はなんと自分自身をカリフと名乗って、それを主張するように普通のターバンとは異なる黒いターバンを巻いて堂々と現れたの! 世界中のイスラムの前にね。」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

席に座りながら焦った様子で島風は手を思いっきり振った。

 

「ん? 島風ちゃん、どうしたっぽい?」

 

「いくらなんでもイスラム国の首領であるバグダディはテロリストなんだよ? そんな人が世界中のイスラムの前に堂々と出てこれると思う? まして、世界中だよ? そんなの無茶だよ! 無理だよ!」

 

島風の意見に夕立も首を大きく縦に振り同意する。

 

「言われてみればそうっぽい。イスラム教の人たちって世界中に散らばっているっぽい。先生が最初にくれたこの資料にも書いてるっぽい。」

 

教材用タブレットの画面を器用に拡大、縮小しながら夕立が答えた。

 

「それができる世の中になっちゃったのよね。あなた達もいま使っているわよ。もちろん私もね。」

 

そういって足柄は自分の右手に持っている液晶画面のついた板をこれ見よがしに二人に見せる。ついでに右手に巻いている腕時計を見た足柄が愕然とする。

 

(あら? もうこんな時間!? ま、まずいわ。かなり巻いていかないと。)

 

そんな足柄の様子の変化に気がつかなかった二人が手をぴしっとあげ声をそろえる。

 

「「まさか、タブレット(ぽい)!?」」

 

「そう、スマホ、タブレットは近年、急速に普及したわ。先進国はもちろん、発展途上国にもね。そして、これらの機械はリアルタイムで自分が何をしているかを伝えたり、動画をとってそれを世界中に公開することができるわ。イスラム国はスマホなどを有効活用して、自分達のアピールに成功したのよ。」

 

「私も使ってるっぽい! ツイッターやってるっぽい!」

 

「オ、オウッ! でも、いくら巧みに動画を作ってアピールしたとしても、そのば、バグダディ自体がどこの出身かわからなかったらカリフとして認められないんじゃない?」

 

島風の発言を聞いた夕立が右手の人差し指を立て頬に当てながら考える。

 

「そうだよね。どこの誰かもわからない人がいきなり出てきても信頼なんてないっぽい!」

 

「それがどっこい、そうでもないのよ。バグダディはわりと正当な血縁の出身でカリフを名乗る資格があると多くのイスラム教徒は思っているらしいわ。」

 

「っ! ぽい~~! それじゃ影響力はかなり強いっぽい~~!?」

 

「そうね。そして名前よ。わざわざイスラム国と名乗っているのは理由があるのよ。」

 

「「理由?」」

 

島風と夕立はお互いの顔を見合わせながらそれぞれ考えこむが人差し指を頭に指して険しい表情になる。

 

「いったい、どんな理由っぽい? イスラム国はイスラム教の国だから、そういう名前じゃないっぽい?」

 

「確かにそうね。でも最初からイスラム国って名前じゃなかったのよ。」

 

そういって足柄はタブレットを操作する。

 

「前の名前はこういう名前だったのよ。夕立、今表示されたのを読んで。」

 

「っぽい! えと、”イラクとシリアのイスラム国”……?」

 

「オウっ! 場所が限定されちゃってるよ?」

 

「そう。この名前だと場所が限定されてしまう。これでは全イスラムの頂点に立つ組織としてはよくない。そう考えてこの名前に直すのよ。」

 

タブレットに新たに表示された文字を見て島風が口ずさむ。

 

「イスラミック・ステイト。通称IS。……これを直訳してイスラム国って呼んでいたんだ!」

 

「そのとおり、イスラム国はただのテロリストじゃなく、明確な目的意識をもって動いていることがここからもわかるわ。それに……。」

 

きーーんこーーんかーーんこーーーーーーん。きーーんこーーんかーー…………

 

言葉を続けようとした足柄だったが、今日鳴る最後のチャイムを聞き話をやめた。

 

「あぁ、もう終わりの時間なのね。本当はもっと教えたかったのだけれど……。イスラム教とイスラム国は本当に奥が深いわ。図書館にも置いてあるから興味がある人は本を読んでみるといいわね。」

 

「しまかぜ、もうお腹すいたよぅ。でも本は今度読んでみたいよ!」

 

「夕立もぉ!」

 

「ふふっ。そのいきよ二人とも!あ、でもその前に……。」

 

急に話を切った足柄に二人は小首をかしげる。

 

「二人とも! 今度はちゃんと宿題やってくるのよ!」

 

ギラリと飢えた狼のような顔でにらみつけられ夕立と島風は震え上がる。

 

(ひぇぇぇぇ! 足柄さん、怖いぃぃぃぃ!)

 

「はいぃ!」「ぽい!」

 

島風と夕立が直立不動の姿勢でビシっと敬礼する。

 

そんな二人を見て足柄は表情を崩す。

 

「それじゃ、鳳翔さんのところに行きましょうか!二人とも、お腹ぺこぺこでしょ?」

 

「やったぁ! お腹いっぱい食べるよ(ぽい)!」

 

こうして本日の足柄補習塾は閉講したのだった。




主な参考文献
池内恵『イスラーム国の衝撃』文藝春秋、2015
島田裕巳、中田考『世界はこのままイスラーム化するのか』幻冬舎、2015


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第1斉射外伝『羽黒、運命の夜風』

~注意~
外伝はまったく時事に関係ないことを書いていきたいと思います。あくまでオマケ程度に思ってください。

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はぁ。足柄ねぇさんの顔を立てるために一応合コンに出席しましたが、私の好みの男性は残念ながらいないようです。

 

みなさん、海軍の関係者で性格も年収もしっかりしている方が多い印象を受けますが。

 

もしここにねぇさんがいたら、飢えた狼のように殿がたにアタックしていくのでしょうね。

 

でも、でも私は違います。

 

私もわかっています。私の理想は、理想でしかないということを。

 

だってそうですよね。今の時代に馬に乗って颯爽と現れる男性なんているわけありません。

 

そんな人は伝統のあるお祭りに行かないと会えないでしょうし、そういうものに出ている男性は、私の理想とはやはり違います。

 

真紅の鎧を身にまとい、馬にまたがり槍ひとつで戦場を堂々と駆け巡る真田幸村。忠誠を誓った主君に終生命を賭けて仕え、そして、その主君のために散る。

 

そんな男の人、いるわけない。いるわけありません。

 

あぁ、このまま恋する乙女で、いえ、このままだとおばちゃん、最後はおばあちゃんになって死ぬんでしょうか?

 

それも切ないものです。

 

でも、この理想を捨ててしまったら、本当に私の恋は終わってしまいます。

 

それもやはり、切ないものです。

 

ならばいっそ、恋するままで死にたい。明日生きているかわからない、それが私達艦娘なのだからー。

 

あら、もうお開きのようですね。

 

私としたことが、少し酔ってしまったようです。

 

少し足取りが不安ですが、まだ大丈夫ですね。

 

みなさん手を貸してくれると言ってくれますが、自分で歩いて帰れるのであればそうしたいのです。

 

ひとり夜風にあたっていたい。そういう気持ちなのです。

 

はぁ。やっと出入り口まで来ることができました。では、外に出てー。

 

「ヒヒぃぃぃぃん!ぶるるる!」

 

「え!?な、なんですか!?う、馬!?なんで、なんでお馬さんがこんなところに!?」

 

「おう、お前、いまさら来たのか!」

 

は!?え!?今日の合コンで一緒だった人の知り合いがお馬さん!?

 

いえいえ、そんなはずありません!

 

やはり酔っているみたいです。

 

私としたことが、こんなことで動揺するだなんて。

 

いやいや、普通なら動揺しますよね?

 

だって今の時代に馬なんですもの。

 

しかも出入り口の自動ドアを開けてこのお馬さん、平然と顔をだしていますもの!

 

あ、お馬さんがドアから顔をひっこめてくれました。

 

ふぅ、やっと外に出れます。あぁ、夜風が気持ちいいですね……。

 

『ふわっ』

 

「きゃ、きゃぁぁぁぁ!」

 

な、なにかに髪を撫でられました!

 

あ、さっきのお馬さんですね。あはは、くすぐったいです。かわいいですね♪

 

お馬さんの顔を撫でているとお馬さんから声が聞こえました。

 

「私の日和号が懐くとは、ご婦人、只者ではないと見える。」

 

え!? お馬さんが喋った!?

 

ってそんなわけないですよね。お馬さんはひとりでここまで来られるはずがありません。誰かが背中にのって来なければいけません。

 

つまり、今聞こえた声はこのお馬さんの主人ということですね。

 

そう思って私はふっと馬の背中を見上げました。

 

「日和号が大変失礼いたしました。失礼ながら、今日のご、ごうこん?とやらに参加していたご婦人でいらっしゃいますか?」

 

そしたら先ほどお馬さんが見えたときに声をあげた男性が叫びました。

 

「おっ前は本当に馬糞のようにクっソかてぇやつだな! だから女ができないんだよ! それにその姿は何なんだよ!」

 

「失礼な、女性と食事をすると言ったら正装で来るのがふさわしかろう。それに……。」

 

「あ、それに、なんだよ?」

 

「馬糞は固くないぞ。草食だからむしろその糞は柔らかい。ほら、今、日和号が出した糞が道に散乱しているから確かめてみるがよかろう。」

 

「ふっざけんなよ! だからお前は女ができねぇんだよ! 秋山!」

 

そんな罵声が耳に入らないくらい、私の心はときめいていました。

 

その男性は黒毛の馬にまたがり、真田幸村が身に着けていた鎧と同じ、真紅のズボンに革でできたブーツをかっちりと履き、背中には槍の代わりに一丁の銃剣つきライフルを担いでいました。

 

そしてガチリとでもいうような真面目そうな凛々しいご尊顔。

 

まごうことなき陸軍騎兵将校。

 

まるで私の理想を描き出したかのような人。

 

「む?」

 

はっ!目が、目があってしまいました。

 

だめ……見ないで。

 

酔っ払った私を、そんな素敵な格好で、そんな素敵な目で私を見ないで!!!!

 

「ふにゃぁぁぁぁ。」バタっ!

 

「あ、おい! 羽黒さん、大丈夫か?……やべぇ完全に酔いつぶれてやがる! おい! 秋山! お前、この人送ってくれないか? 彼女は艦娘だから、この近くの軽巡寮まで送ってくれ!」

 

「なんと、彼女が我らを救いし希望の光、艦娘であったか。初めて見たときからただのご婦人だとは思えなかったのだが……。」

 

「そんなこと言ってねぇでさっさと送りやがれ!」

 

「承知!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「さってと。授業準備もこれで終わりね。明日もこの足柄さまの授業をこうご期待よ!」

 

ひと仕事終えてうーんと体を伸ばす足柄。

 

「そういえばもうこんな時間だけれど、羽黒はまだ帰ってこないわね。大丈夫かしら?」

 

『ぴーんぽーん。』

 

「お? 羽黒帰ってきたわね。はいは~い。今でますよっと。」

 

チャイムの鳴った玄関に小走りで向かう。

 

「羽黒、お帰りなさ……!?」

 

「ひひ~ん、ぶるるるる。」

 

「ぎ、ぎゃ~~!!!! なんで、なんで馬がチャイム鳴らして出てくんのよ!」

 

ドアを開けていきなり想像を超えた来訪者が顔をだす。

 

まったく予想していなかったことに足柄は驚き、おののきながら玄関から後退する。

 

するとその馬がひっこみ、ブーツに赤ズボンを履いた陸軍将校がかわりに顔をだした。

 

「これは失礼いたしました。ご婦人。非礼をお許し願いたい。」

 

入り口から撤退していた足柄がおそるおそるその声の主をみる。

 

「は? あんたどちらさま? その格好は映画の撮影か何かですか?」

 

「いえ、違います。私は陸軍第一騎兵大隊長の秋山少佐であります。」

 

その言葉に足柄は再び驚いた。

 

「あ、あの陸軍の切り札っていわれる第一騎兵大隊の隊長!?」

 

「いえ、あなたがたのご活躍に比べたら微々たるものです。それよりも、彼女をお引取り願いたく、今夜は参上いたしました。」

 

「は? 彼女?」

 

そう言った秋山は馬の背中から誰かを降ろし、お姫さま抱っこをして再び玄関に戻ってくる。

 

「は、羽黒! あっちゃ~~。こんなに酔いつぶれちゃって。どうもすみません。私の妹が迷惑をかけてしまったようで。」

 

「いえ、素敵な妹君をお持ちのようで羨ましい。では、もう夜遅いのでこれにて失礼いたします。」

 

真面目な顔を崩さず、秋山は足柄に向かってピっと敬礼をする。

 

「あ、え、えぇ。今日はどうもありがとうございました。」

 

足柄もお辞儀をしてドアを閉めた。

 

「うぅぅぅん。すやすや。」

 

「まったく、我が妹ながらとんでもないのを連れてくるわね……。」

 

遠ざかっていく馬のひずめの音を聞きながら足柄は眠っている羽黒に話かける。

 

「まったく。あんな変な虫がつかないようにこの私が大事な妹はまもらなくっちゃね。」

 

「むにゃむにゃ。」

 

「ふふっ。ほら、羽黒、あなたのベッドよ。今日はいろいろありがとね。ゆっくり休んでね。それじゃ、おやすみ。」

 

 

 

 

「すやすや。えへへ。私の王子様。きっとまた、会えるよね? すやすや……。」

 

 

 

馬にまたがった将校が夜の鎮守府を歩く。

 

「ふむ。月明かりが美しいではないか。そうは思わぬか? 日和号?」

 

「ぶるるるるる!」

 

「ははは! そうか。そうだったな。貴様は月明かりよりもお天道様のほうが好きであったな。」

 

「ひひーん!」

 

「しかし、不思議よな。夜が嫌いなお前が、なぜか今日の”ごうこん”とやらに、いや、夜道を行きたがる様子であった。だが、私の命令を聞かずに遠回りをし結局私は”ごうこん”には間に合わず。そして、あのご婦人を送ることになったのだが……。」

 

「ぶるる……。」

 

「私以外の誰にも懐かぬお前があのご婦人に懐いた。それはあのご婦人が艦娘だからか? それともー……。」

 

「?」

 

「ふっ。私の思い過ごしか。しかしー。」

 

そう言葉を区切る秋山。夜の風が彼の頬をなでるように吹き抜けていく。

 

そんな風を感じながら口をゆっくり開く。

 

「しかし、今日の夜風は心地よい。」



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第2斉射 我輩、中国経済で大もうけなのじゃ!『テーマ:世界経済』

「ん~、夜桜がきれいねぇ。こんな日は静かにひとりでお酒を楽しむのもありね。」

 

授業準備も終え、あとは眠るだけとなった足柄はとっておきの酒、純米大吟醸原酒の香りに酔いしれる。

 

(とはいったものの、この光景を好きな人と二人っきりで眺めることができればやっぱり最高なんだけれど……。)

 

開け放たれた寮の窓からはその生命力のすべてを見せ付けるかのように、めいっぱい美しい花を咲かせた桜が見える。

 

「ふふっ。羽黒はかわいいわね。さて、私もそろそろ寝ないとね。」

 

むにゃむにゃとぐっすり眠っている妹の頬に軽く触れ、足柄は自分も眠るために窓を閉めようとしたその時だった。

 

『おい! はやまるな!』

 

外から男の大きな声が聞こえ、足柄は眉をひそめる。

 

「ん? 誰かしら? こんな夜更けに?」

 

窓から顔を出し耳をひそめると再び声が聞こえた。

 

『馬鹿な真似はよせ!』

 

その声で誰が叫んでいるのかを察した足柄は二日酔いでもないのに頭痛を感じ頭をおさえる。

 

「はぁ。バカはあんたよバカ提督。こんな夜更けに一体何を叫んでいるのかしら?」

 

よくよく聞いていると、別の声が風に乗って足柄の耳に届く。

 

『はなせー……。』

 

(あら、女の声もかすかに聞こえてくるわね。って、ま、まさか!?)

 

足柄はあまりの衝撃に思わず手で口を押さえる。その目はかっと見開かれ、酔いもすっかり覚めてしまっていた。

 

「あのバカ提督も隅に置けないわね。女がいたなんて!」

 

引き続き提督と女が争っている声が聞こえてくる。眠気の吹き飛んだ足柄はこの珍事を見逃すまいと急いで外に出る準備をする。

 

「修羅場かしら? おもしろそうだからこっそり覗いてやりましょう。あ、そうそう。こんなときは……。」

 

(あのカメラマンも呼んでやりましょう!)

 

急いでxPERI@のロゴが入った自慢のスマホでラインを起動させると慣れた手つきで文字を入力する。

 

「よし! あの子に話題を提供しておけば謝礼のひとつも貰えるかもね! さ、急ぎましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

「離せ! 離すのじゃ!」

 

「バカやろう! この腕が千切れようとも絶対お前をはなさねぇ!」

 

「だったら千切ってやるのじゃ!」

 

「はぁ!? お前、マジで!? い、いてててて! やばいやばいやばい! 千切れる! お前が本気出したらマジに千切れるだろうが、ば、バカやろう!」

 

(思った以上の修羅場ね……)

 

声のするほうへ足を進めた足柄が着いたのは、巡洋艦寮のすぐ近くの人気のない港だった。

 

「足柄さん! 足柄さん!」

 

振り返るとひとりの艦娘が提督たちにばれないようにこっそりと足柄に近づいてきた。

 

「あら青葉、思ったより早かったわね。」

 

「当然です! スクープあるところに青葉あり! ですよ!」

 

自慢の高級カメラを手にドヤ顔を見せ付ける青葉に足柄も笑みを浮かべる。

 

「さすが我が鎮守府一のスクープハンターね。」

 

その言葉に青葉はやや不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「珍獣ハンターみたいに呼ばないでください。ただでさえ眉毛太いのコンプレックスなんですから。」

 

「そ、それは悪かったわね。気をつけるわ……。」

 

気を取り直した青葉が声のするほうへこっそりと首を伸ばす。

 

「で、これが足柄さんから頂いた情報の生現場ですか。これは、うわぁ。」

 

そこにはいつものアロハシャツを着た提督が女性の抵抗を受けながらも押さえ込もうとするする姿があった。

 

「死なせてくれ! 我輩はもう破産なのじゃー! 死なせてくれー!」

 

「そんなこと言ったってお前、はいそうですかって死なせるわけねぇだろうが!」

 

(あの提督をもってしても完全に押さえ込めないなんて、一般女性じゃないわね。)

 

足柄と同じことを思っていたのか、青葉も口にする。

 

「筋肉マンの提督に抵抗できるなんて、艦娘かな?」

 

シャッターを切りながら青葉は首をかしげる。

 

「死ねー! 死ぬのじゃー、バカ提督ー!」

 

「え? 何? 俺が死ぬの? うわぁぁぁ! だからお前が本気だしたら、マジで俺の体が千切れるだろうがぁぁぁぁ!」

 

女がついに反撃に出る。1.5倍ほど違う筋骨隆々な男性を押さえ込み、ギリギリという音が聞こえそうなくらい激しい攻撃を加えている。

 

「ねぇ、青葉。」

 

「はい、足柄さん。」

 

シャッターをきるのをやめ、カメラを下ろした青葉と足柄はそろって呆然とこの様子を見守る。

 

「あの提督と喧嘩?してる女の人、ここからじゃ暗くて見えないんだけれど……。」

 

『我輩を死なせるのじゃ~!』

 

足柄が二人の様子から目を離さないで話を続ける。

 

「あの特徴的な語尾。聞き覚えない?」

 

青葉は足柄に無言で首を縦にゆっくり振った。

 

「奇遇ですね、足柄さん。青葉にも聞き覚えあります。あの声、この語尾、どう考えてもあの人しかいないと……」

 

二人が想像している女が合致し、思わず顔を見合わせる。

 

「「やばい!!」」

 

女が誰かわかった足柄と青葉は身を隠すのをやめ、全速力をもって提督たちのところへ急行する。

 

「あの様子だと、マジに自殺考えてるかもしれないわよ、あいつ!」

 

「はい、足柄さん! だとすれば提督だけではまるで止められませんよ!」

 

「急ぐわよ! 青葉!」

 

 

 

 

「我輩、もうダメなのじゃ! おとなしく、おとなしく死なせてくれなのじゃー!」

 

「いてててて! やめろ、こら! このままだと俺が死ぬ!」

 

死なせてくれという言葉とは裏腹に、提督の首を絞めていた女性めがけて足柄は腹から大きな声を出す。

 

「利根! 馬鹿なことはやめなさい!」

 

「あ、足柄に青葉!? は、離せ! 離すのじゃ! 我輩、いまこの場で再び海に沈みあの世へ行くのじゃ……」

 

ぱん! と乾いた音が響く。

 

音が鳴った瞬間、足柄の右手が利根の左頬を叩いていた。

 

「馬鹿!」

 

大粒の涙を両目にためた足柄が声を震わせる。

 

「あんたが死ぬのはあんたの勝手よ! でも、あんた、残される側の気持ちを考えた上でそんなこと言ってるの!?」

 

「足柄……。」

 

叩かれた頬をほんのり赤く染めた利根の目にうっすらと涙が浮かぶ。

 

「そうですよ! 私も、みんなも! 利根さんがいなくなったら悲しいです! だから利根さん! 自殺なんて馬鹿な真似やめてください!!!」

 

大事なカメラに涙をこぼしながら自分をぎゅっと抱きしめてくる青葉。

 

二人の真剣な気持ちに抱かれた利根の涙は、もうとまらなかった。

 

「お、おぬしら……!我輩、我輩は……!」

 

うわぁぁぁん!と大声をあげて泣く利根。

 

そのあふれ出る涙を足柄は丁寧にハンカチで拭う。

 

それがまた、利根の心を優しく溶かし、まるで氷河が溶け落ちるように大粒の涙を利根は際限なく流した。

 

「そうだぞ利根! 俺だって……!」

 

「提督……。あまり嬉しくはないがありがとうなのじゃ。」

 

(えぇー!? それはそれで俺、ショックだわ!)

 

3人とは少し離れたところで別の意味で涙を流す哀れな提督に声をかける者はひとりもいなかった。

 

ひと段落つき、近くの自販機で飲み物を買ってきた足柄たちは適当に座る場所を見つけ腰を下ろした。

 

「で、どうしてこんなことになってるわけ?」

 

「それはだな……。」

 

 

 

 

 

 

 

時は足柄たちが来る少しまえにさかのぼる。いつものアロハシャツを身にまとった俺は、今日も一人酒を飲み、哀愁を漂わせながら人気のない港を歩いていた。

 

「あぁ、ちっくしょう! また足柄のやつ絡んできやがって! まだ嫁入り前だってのに金蹴りだぜ! 金蹴り! いや、嫁いでいてもそれはどうかと思うがよ……!」

 

まだひりひりと痛む息子をかばいながらいつもの帰り道を歩いていると、普段誰もいない港に人気があるじゃねぇか。

 

不思議に思って俺はゆっくりとそこに向かっていった。

 

「あん? 誰だ、こんな時間にあんなところでひとりポツンと立ちやがって……あれじゃまるで……。」

 

そこまで言ったところで俺の酔いははっと覚めた。

 

こんな時間。ここは港。それも人気がない港だ。こんな条件が重なっちまったら、そいつがやることなんてひとつしかねぇ。

 

「ま、まさか……!」

 

(入水自殺か!? 一体誰がこの鎮守府でそんなことを!?)

 

俺は走った。ウ○コが漏れそうなとき、たった一つ空いているトイレを目指すような気持ちでそれはもう凄まじい速さでソイツのところ目掛けて走った。

 

月明かりに照らし出されたツインテールにうっすら見えた緑色の服。俺はまさかと思って大声で叫んだ。

 

「おい! 利根! 馬鹿な真似はやめろ!」

 

「て、提督!? しまった、迂闊じゃった! ここは提督の帰宅ルートじゃったか!」

 

「お、お前、何してるんだ! 馬鹿なこと、考えているんじゃねぇだろうな!?」

 

「は、離せ! 離すのじゃ! もう我輩にはあとがないんじゃ! 破産確定なのじゃぁぁぁ!」

 

(破産確定って、一体こいつはなにをやりやがったんだ……?)

 

「い、いいから、利根、まずは落ち着け、な?」

 

「うるさいのじゃぁぁぁ! 我輩はし、し、死ぬのじゃぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけだ。」

 

「……。」

 

話終えた提督を前に気まずそうに無言を貫く利根を足柄と羽黒は静かに見つめる。

 

「利根。あんたいったい……?」

 

何で破産したの?と、足柄が問いかけようとしたそのとき、

 

「あ、姉さん、いたいた。探しましたよぅ。」

 

「ち、筑摩!」

 

スマホの懐中電灯アプリを使って足元を照らしながら筑摩が現れた。

 

「またここですか? 姉さん、馬で負けるといつもここに来ますけれど、また負けたんですねぇ。」

 

「う、馬!?」

 

思いがけない事実に一同は口を大きくあけて驚愕の声を出した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。それ以前に『またここ』ってことは、利根さん、自殺しようとしていたんじゃないんですか!?」

 

青葉がうっすら汗を噴き出しながら筑摩に問いかける。

 

「まさか! 利根姉さんが自殺なんてするわけないですよ! ね、姉さん。」

 

しばしの沈黙のあと、本当にすまなそうに利根は思い口を開いた。

 

「す、すまぬ。足柄、青葉。あのように提督に迫られ、ついそう言ってしまったのじゃ……。我輩、いつも馬で負けるとひとりでここに来て慰めていたのじゃ……。本当にすまぬ。」

 

今回の事情がいまいち飲み込めていない筑摩と下をうつむく利根以外の鋭い視線を感じ、提督がたじろぐ。

 

そのアロハシャツは利根との格闘でヨレヨレになっていた。

 

「……なんだよ? お前ら? そんな目で見て?」

 

ギラリと足柄の目が光ると目にも留まらぬはやさで提督のあごにアッパーがくわえられた。

 

「全部お前のはやとちりじゃねぇか、このクソ提督!」

 

「ま、待て足柄! 話せばわかる! 話せば……! ぐえぁわぁ! ゴボ、ゴボ!」

 

「沈め! 沈め、提督!」

 

足柄と青葉、二人がかりで攻め立てられた哀れな男は二人の手によりそのまま海に落とされてしまった。 

 

「でも、そういうことだったのね。よかったわ。利根が本気で自殺を考えていなくって。」

 

足柄が本当に安心したと胸をなでおろす。

 

「本当ですよ! 青葉も安心しました!」

 

「ま、まぁ、実際破産……とはいかぬが困っているのも事実なんじゃが……。足柄、明日にでも相談に乗ってくれんかの?」

 

「もちろんよ、利根!」

 

こうして事件が解決した足柄、青葉、利根、筑摩はもう1本ジュースを開けしばらく雑談して寮へ戻る。

 

「皆さん、利根姉さんがお騒がせいたしました。それではおやすみなさい。」

 

「えぇ、おやすみ。利根、筑摩。」

 

「青葉も寝ますね。今日はスクープなかったけれど、結果としてはよかったね、足柄! それじゃね!」

 

「そうね。おやすみ青葉。また明日ね。」

 

みんなにおやすみを言って部屋に戻った足柄は「ん~~」と体を伸ばし、寝巻きに着替えた。

 

「はぁ、でもよかったわ。この騒動が全部クソ提督の勘違いで!……あら? ところで提督はどうしたっけ?」

 

 

 

 

完全に忘れ去られた男がびしょぬれのアロハシャツを身にまとい、トボトボと月明かりの中を歩く。

 

「へ、へぇっくしょん! 俺、もう少し勤務態度あらためようかな……。」

 

 

 

 

 

 

 

利根自殺未遂事件の翌日。多くの艦娘達が1日の業務を終えひと段落する頃。

 

鳳翔の小料理屋「五十六」。予備役扱いとなった彼女が営業するこの店は艦娘たちの評判よく、連日がやがやと賑わいを見せている。

 

もちろんこの日も例外に漏れず多くの艦娘たちが訪れ、思い思いに料理と話を楽しんでいた。

 

そんな店のカウンターの隅でもじもじしているツインテールの女性に足柄は酌をする。

 

「まぁ、馬で負けたくらいでそんなに肩を落とさないで。ね? 利根? 今日は私がお金出すから元気出しなさいよ。」

 

とくとくとく、とおちょこに並々と注がれた日本酒に目を落とし、利根は目をうるうるさせる。

 

「すまぬ、すまぬ足柄。恩に着るのじゃ……!」

 

ぐすっと涙を流す同僚の肩をさする足柄。

 

ふと利根が身につけている指輪が足柄の目に留まる。

 

「利根、その指輪は……?」

 

そう足柄に尋ねられた利根は自分の指輪を光にかざす。するとキラキラと指輪が輝いた。

 

「この指輪は我輩の婚約者がくれたものじゃ。作戦が終わって、帰ったら結婚しようと。我輩も快く同意した。素敵な男じゃった。じゃが、それは叶わなかった。」

 

ぐいっと酒を飲み干した利根のおちょこへ足柄は無言で酒を注ぐ。

 

「戦況を立て直した今、さらに比較的安全な輸送路を使っての補給作戦じゃった。そいつは輸送部隊におっての、おおすみ型輸送艦『いず』乗り組みじゃった。我輩たちはその護衛任務をしておったのじゃ。ところが……ところが……。」

 

大粒の涙を流しえっぐ、えっぐと声を詰まらせる利根。

 

「我輩のカタパルトが再び、あのときのように故障してしまったのじゃ。」

 

「深海棲艦は私達艦娘の眷属である妖精か私達自身しか接近を探知できない。カタパルトで偵察機を送れなかったら……。」

 

「そう。そうなったら我輩たちの電探、いや目で補足するしかない。じゃが、我輩たちにはおごりがあったのじゃ。安全な海域だったしの。」

 

足柄は静かに同僚の話に耳を傾けていたが、しばらくして利根のほうに視線が集まっているのに気がついた。おそらく、みんな楽しくやっている場でしんみりした利根が特に目についてしまったのだろう。

 

「完全に奇襲じゃった。最初の魚雷のうち1本をまともに食らった輸送艦『いず』から火の手があがった。被弾箇所は我輩の婚約者が担当していたブロックじゃった。」

 

利根に注がれた酒に光が反射してキラリと光る。それに呼応するかのように利根が両目に溜めている涙も光った。

 

「我輩たちは必死で反撃した。幸い奇襲を狙った敵艦隊は軽巡以下の艦艇だけで構成されておったからこちらに大きな損害は出さずに戦闘を終了できたのじゃ。じゃが、我輩の婚約者は……。」

 

「利根さん。元気を出してください。」

 

そこまで話終えた利根と静かに聞いていた足柄の背中に声がかけられる。そこには赤城をはじめとしたこの店の常連達の姿があった。

 

「そうよ利根さん。婚約者の件は残念だったけれど、それですべてが終わったわけじゃないわ。あなたならまた、すべてを整理してやり直せるはずだわ。」

 

そう言った加賀に同調し、「そうだ!」「利根、頑張れ!」と温かな声が利根に送られる。

 

「みんな、ありがとうなのじゃ……。しかし、我輩の婚約者は……。」

 

そう言い掛けた利根を足柄が思いっきり強く抱きしめる。

 

「もう言わなくていいのよ、利根? あんたには私達がついている。決してひとりじゃないわ。難しいかもしれないけれど、気持ちを切り替えて生きていきましょう。ね?」

 

足柄が見せる母性あふれるやさしい笑顔に利根は誠に申し訳なさそうに口を開く。

 

「あ、ありがとうなのじゃ。じゃが……じゃが、お主らはどうも勘違いをしておるようじゃ。」

 

「へ? か、勘違い?」

 

勘違いをしているといわれ一同は動きを硬直させる。そんな周りの様子に利根は気がつかないで話を続ける。

 

「我輩の婚約者は死んではおらん。あの戦闘で片脚を失ったものの、ぴんぴんしておる、。ついでに言うとこの戦闘での死者は0じゃ!」

 

今までのやりとりは一体なんだったのだろうか。多くの艦娘達はそう感じながら、「なぁーんだ。」と安堵の声を漏らしながら次々に自分の席に戻っていった。

 

もちろん足柄も例外ではない。思わぬ肩透かしをくらい、ポカーンとしていたが、しばらくして我に返った。

 

「え? じゃぁなんであんた涙流したわけ?」

 

「死んではおらん。じゃが、我輩のミスで片脚を失わせてしまったのじゃ。情けなくて涙が出てくるのも当然じゃろう?」

 

そう言った利根が今度は足柄に酌をつぐ。

 

「お、もう酒がきれてしまったのか? すまぬ、鳳翔、新しいやつをもう1本だしてくれ。」

 

「まったく、それじゃ、私への相談って一体なんなのよ? まさか私にその婚約者とののろけ話を聞かせるためにこの席を設けたんじゃないわよね!」

 

語気を荒くする猛狼を前に利根は必死でなだめようとする。

 

「ち、違うのじゃ! そんなこと断じてない! 誓う! 何に誓うか我輩にもわからんが、とにかく誓うのじゃ!」

 

「なんなのよそれー!」

 

そんな二人の様子を厨房から見ていた鳳翔は、娘を見る眼差しでふふふ、と微笑む。

 

「ところで、相談があるんじゃないの? まさか、彼氏のいない私に嫌味を言うだけじゃないわよね?」

 

足柄の異常に鋭い目でにらまれるやいなや、利根はあらんかぎりの力で首を横に振りつづける。

 

「め、めめめめっそうもない!そんなつもり毛頭ないのじゃ!」

 

それでも疑いの目を向けるこの同僚に利根は必死で説明する。

 

「た、頼む! 信じてくれなのじゃ! この美しいピュアな瞳をよくみるのじゃ!」

 

きらきら光る利根の目を飢えた狼が獲物をじっと狙うように足柄はじっと見つめる。

 

「金欲にまみれているわ。」

 

「おぉぉ! さすがは足柄じゃ! よくわかっておるの!」

 

清廉潔白とは間逆の評価をもらったのに、利根は感嘆の声をあげ喜ぶ。それを見た足柄は両手を腰にあて胸をはる。

 

「当然よ! 馬で失敗して『破産じゃぁ~~』なんて言ってるんだから、お金絡みだと思ったわ!」

 

すると利根は元気なさそうにカウンターにひじをつき頭を押さえる。

 

「む、むぅ。面目しだいもないのじゃ。実は、最初は軽い気持ちで馬券を買ってみたのが運の尽きじゃった。」

 

はぁ、とため息をつく利根。その姿は教師とは思えない、本当にやつれた姿だった。それを気の毒に感じる足柄。

 

「自分から買いに行ったの? 以前のあんたなんてパチンコすらひとりで行けないって怖がっていたのに。」

 

そうなのだ。以前の利根はパチンコすらギャンブルだから怖いと怖気づいていた艦娘だったのだ。それが今では馬券を買ってギャンブルしていたのだから足柄はその落差に驚きを禁じえなかった。

 

「いや、さっき話したじゃろ、婚約者の脚のことを。我輩がこのことでふさぎこんでいた時、見かねて連れて行ってもらったのが競馬場だったのじゃ。」

 

(なるほど、ストレスを発散させる何かが必要だった利根はギャンブルにはまることで気持ちを落ち着かせていたのね。でも、一体誰が利根を競馬に引っ張っていったのかしら?)

 

そんな足柄の気持ちに気づいたのかどうかはわからないが、利根がなぜ自分が競馬場に行き馬券を買うようになったか語り始める。

 

「あれは婚約者が重傷を負い入院した次の日じゃった。まだ寒いなか、我輩はすっかりふさぎこんでしまって、婚約者にも顔を合わせることができず病院の前で座り込んでしまっていたのじゃ。」

 

そう言って酒を口に運ぶ利根。本来は口にするのもつらい重い話なのだがすぐに利根は次を語りだす。酒が少しまわっているようだった。

 

「そんな我輩を見かねて競馬場に連れて行ってくれたのが提督じゃった。そこで馬券の買い方を教えてもらったんじゃ。」

 

(はぁ。あいつ、なんてことを利根に教えているのよ……。)

 

なんとなく先が読めた足柄が「はぁ」とため息をつき頭を押さえる。

 

「それでのめりこんでしまった我輩、先月の給料のほとんどを気がついたら馬につぎ込み、泡となって消えてしまったのじゃ……。」

 

(予想どおりね。)

 

少し恥ずかしがりながら頭をかく利根。競馬で負けたということを他人に言うのは親しい仲でも恥ずかしいものなのである。

 

「なるほどねぇ。ストレスが原因で正常に判断できなくなっていたっていうのもあるかもね。」

 

「そうじゃのう。そういう理由もあったと思うが、やってる間は気が晴れての。少し元気になった我輩は病室の婚約者に会う決心をし、会いにいくことができたのじゃ。」

 

「へぇ。案外馬鹿にできないものね。今回ばかりは提督に感謝ね。」

 

「うむ。それに婚約者は我輩にこういってくれたのじゃ。『お前がいてくれなかったら、俺はそもそもこれ以前に死んでいた。誰が恨むものか。愛してるぜ。利根。』そう言ってキスしてくれたのじゃ。我輩、それで、それでもう我慢できなくて……。」

 

すると今まで後ろで黙っていた艦娘連中が盗み聞きしていたのか『うおぉぉぉぉ!歯が浮くぅぅぅぅぅ!』と騒ぎ始めた。

 

鳳翔の客には力の強い戦艦や空母が多く暴れられては困るため、鳳翔がすかさず睨みを利かせる。と、途端に騒動は鎮静化された。彼女達にとって鳳翔はお母さんのような存在であると同時に別名・閻魔大王と恐れられるほど怖い存在でもあるのだ。

 

それでもニヤニヤしながら利根たちを見てくる仲間に向かって足柄は注意する。

 

「ちょっとあんたらこっち見すぎよ! もう少しでいいところだったのに! あ! しまった……。」

 

つい本音が出てしまった足柄は頬をりんごのように真っ赤に染めていた。酒のせいではないのは明白だった。

 

そんなみんなの様子を楽しみながら利根が話しを続ける。

 

「とにかく負けてしまってから我輩、大いに反省したのじゃ。もう二度と馬には手を出さぬ。出さぬが……。」

 

「あぁ、そこで相談ってわけね。要は馬とは違って節度を守ってできる賭け事はないかってことでしょ?」

 

「さ、さすがは足柄なのじゃ! 本当に我輩の気持ちをよく知っておるのう!」

 

「ま、まぁね。」

 

(あっぶな! 格好つけて言ったのはいいけれど、実は事前にこのことは筑摩に聞いていたのよね。)

 

昨晩の利根の様子が気になった足柄は利根と同じく体育・演習を担当している妹の筑摩に事おおまかな事情を聞いていたのだった。

 

筑摩いわく、「馬に負けてしまったがギャンブルが少し好きになった利根姉さんが別のギャンブルに興味を持った」、ということだった。

 

「それで利根、あんたが選んだのが……。」

 

「そう、そんな我輩が選んだのがFXじゃ!」

 

FXとはForeign-Exchange、つまり外国為替取引の略称である。現在、ほとんどの国が変動相場制をとっている。例えばニュースの終わりにやっている1ドル=120円~122円といったものがまさにそれである。FXはその差額をもって利益、あるいは損益に変えるというギャンブル性の高い投資方法のひとつだ。

 

「まさか、艦娘がFXについて語る時代がくるだなんて思ってもいなかったわ。で、どうして私なの? 少し気になるわ。」

 

お酒とつまみのおかわりを出しながら、足柄は利根に尋ねる。

 

「我輩、中学校3年のときに習った記憶があるのじゃ! 1ドル100円のときに買って、1ドル120円になったら売れば儲けが20円でるのだと。この鎮守府でFXなんてやっている者なんて聞いたことがないしの。じゃから社会科を担当するお主に相談すれば妙案が聞けると思って相談をもちかけたのじゃ!」

 

(なるほど、そういうことだったのね。)

 

確かに社会科の公民分野であっさりとだが為替については学習する機会がある。学習する機会はあるのだがー。

 

「一応、知識としてなら助言できるわ。でも、FXの基本システムはやったことがないからよくわからないの。ごめんなさい。」

 

そう。学校で習う為替はあくまでこういうものがあるという程度で、実際にその知識だけでトレードするのは非常に困難である。FXをやったことがない足柄に教えを請うてもそれは無茶な相談というべきだったが……。

 

「大丈夫じゃ! これでもデモトレードをやっておるからそのあたりは理解しておる。」

 

そう言って利根は背面にりんごのマークがあしらわれたスマホを取り出し、赤と青の棒でつくられたグラフが表示された画面を見せる。それは実際の為替相場と連動させたシュミレーターだった。

ちなみにこのスマホ、鎮守府でも好評であり、多くの艦娘が愛用しているものである。

 

「へぇ、今の時代、デモトレードなんてあるのね。……結構本格的じゃない!」

 

はじめてみるFXのシュミレーターに驚きの声を上げる足柄。それもそのはず、本物の相場と同様に為替レートが動き、自分が買った通貨がいくらになったかがリアルタイムで把握できるようになっているのだ。

 

「じゃろ! このようにスマホでもできるから本当に便利な時代になったぞ!」

 

そういって軽くスマホの画面をタップした利根はポケットにスマホをしまった。

 

「じゃが、いかんせん体育教師の我輩には社会を見渡す力というのかな? それが欠けていて、客観的に相場を見ることができんのじゃ。そこで、社会に精通している足柄、お主の考えを聞きたくての。」

 

(なるほど、そういうことだったのね。でも……)

 

いくらデモトレード、つまりシュミレーターとはいってもお金を賭けるものである。もし、自分が助言して大損害をこうむったとしたらー、そう足柄は考えていた。

 

「わかっておる! あくまで助言は助言として頭の片隅に置くだけじゃ! なにがあっても責任は我輩がとる。 それがFXのルールじゃからな。 ルールのないゲームなぞ、なんの面白みもないしの。」

 

利根の言葉を水を飲みながら聞いた足柄はしばらく考えていた。

 

「そういうことなら、いいわ。協力してあげる。」

 

「お、おぉお~! そう言ってくれると思ったぞ、足柄! もし儲かったら盛大にご馳走してやるぞ! 楽しみに待つのじゃ!」

 

ニコニコする利根に、足柄は真面目な表情で目をあわせて話す。

 

「ねぇ利根、ひとつだけ約束して欲しいの。もし大勝ちしても大負けしても、そうなったらFXをきっぱりやめて。」

 

「な、なにゆえそのようなことを我輩に言うのじゃ。我輩、十分に理解してー。」

 

足柄は首をゆっくり縦に振って利根を肯定する。

 

「わかってる。わかってるわ。ただねー。」

 

そう言ってから一呼吸足柄はおいて続きを話す。

 

「例え勝っても、続けていくうちに損失が重なって、意地になってしまって最後はどうしようもなくなり自殺する人だっている危険なものよ。だからお願い。今回だけできっぱりやめるのよ?」

 

真剣な眼差しで大事な友を思う足柄。その気持ちを察した利根は涙を浮かべる。

 

「あ、足柄……。そんなに、我輩のことを……。」

 

足柄は利根の手をやさしく握る。

 

「当然よ! それに、ギャンブル癖のついたお嫁さんなんて、間違っても旦那さんに嫁がせたくないわ。」

 

うん、うんと頷きながら利根は足柄の言葉をかみしめる。

 

「そうじゃの。それはそうじゃ。やってみて、ダメでもよくても結婚前には潔くやめよう。しかと約束したぞ!」

 

そんな二人に注文の料理をカウンターにおいていた鳳翔に足柄は目を合わせる。

 

「鳳翔さん、今の聞いてたかしら?」

 

「えぇ。確かに。利根さん、あまりのめりこみすぎないでね。」

 

そう言って心配そうに利根を見る鳳翔。

 

「うむ。気をつけるぞ鳳翔!」

 

「もしやめれなかったら、そのスマホを含めてFXやギャンブルに使った道具は全部破棄するからね? いい、利根?」

 

「もちろんじゃ!」

 

合点承知と大きく頷く利根。それを確認した足柄がいよいよ相談の本題について口を開ける。

 

「じゃ、本題にはいるわね。 今、経済で話題になっているのはずばり、中国経済よ!」

 

「ほう。中国といえば爆買いで盛り上がっているようじゃな。」

 

「あら? さすがにデモトレードをやっているだけあるわね。そのとおりよ。」

 

酒をちびりと飲んだ利根が顔の前で手を横に振る。

 

「いやいや、たまたま本土に戻ったときに中国人に出くわしての。」

 

「あら? デパートに行っていたの?」

 

「いや、そのあたりにあるドラッグ・ストアじゃ。中国人のおばちゃんが大量の紙オムツを全力でカゴにいれておった。」

 

(そんな日用品まで……自分の国で作られてるものにそこまで信用がないのね……。)

 

足柄は異国に来てまで紙オムツを全力で買いあさるおばちゃんに同情した。

 

「中国人も大変ね……。」

 

「しかし、日本に来てあれだけモノを買っていくとは、中国も豊かになったものじゃのう。」

 

利根は鳳翔が出してくれた小鉢をつつきながら感慨深そうに声をだした。

 

「そうね。確かにいまや中国は世界2位の経済大国になったわ。でも、日本に来て爆買いしている中国人は利根が思っているのとは少し違うわ。」

 

え?という目を利根は足柄に向け、箸で小鉢をつつく手を止めた。

 

「? 一体どういうことじゃ? 物価の高い日本で沢山買っていけるのじゃ、大金もちに決まっておるじゃろ?」

 

「中国から日本に来る中国人観光客の平均年収は実際にはわずかに70万円程度よ。」

 

実際に爆買いの現場を見てことのある利根は心底驚いたというような声を出す。

 

「な、70万円!? 日本のアルバイトでもそれくらいは簡単に稼げるぞ!? そんな収入で日本に観光で来られるわけがなかろう!?」

 

くいっとおちょこに注がれた酒を飲み干した足柄はニヤっと笑みを浮かべる。

 

「まぁ、そのとおりよ。ちゃんとカラクリがあるわ。」

 

カラクリという言葉に興味がわいた利根が半身を乗り出す。

 

「ほう? カラクリとな? 詳しく聞かせてくれんか?」

 

「たしかに彼らの年収は表向きには70万円程度なのんだけれど、こっそり稼いだ裏金があるの。だから、実際には年収はこの倍以上あるわ。」

 

「じゃ、じゃがそんなことを政府が認可するとも思えんのじゃが……?」

 

「だから中国国内ではおおっぴらに使うことはできないわ。」

 

お互いに酌をしながら、利根は少し考えこみ、しばらくして「はっ!」と気がついた。

 

「そ、そうか! じゃから日本に来てそのお金を使うわけじゃな! ばれないように!」

 

「ええ。中国には完全に闇の経済が存在するわ。その象徴が爆買いなのよ。」

 

「なるほどのぅ。」

 

利根が納得したのを確認した足柄が話を続ける。

 

「そんな中国なのだけれど今、株価が急上昇しているの。私は危険な状態だと感じているわ。」

 

「? どういうことじゃ? なぜ株価が上昇するのがよくないことなのじゃ?」

 

利根は「危険な状態」というのっぴきならない言葉を聞き眉を険しくした。

 

「利根、株価が上昇するときってどういうときか知ってる?」

 

当然だ!といわんばかりに利根はじぶんの胸を叩いて答える。

 

「無論じゃ。その企業が開発した新しい商品が売れたり、業績がよかったり、それか、手堅く儲けているとか、とにかく株を買う側が儲かりそうだと思う何かがあるから株価は上昇するのじゃ。」

 

「そうね。じゃあ、利根。あなたは建設した無数のマンションが空き家になっている国の株を買いたいと思う?」

 

誰も住んでいないゴーストタウン。動いているのはわずかに野良猫とカラスだけ。そんな状況を利根は想像し眉間にしわをよせる。

 

「はぁ? 何を言っているのじゃ足柄。 そんな株、買いたくないに決まっておるじゃろう。 建設費が回収できぬようなら破産すること間違いなしじゃからな。って、まさか……!?」

 

「そうよ。お金を使ってなにかをしたら、それ以上の見返りを手に入れなければ儲かりはしないわ。それが破綻したら、なにが待っているか……。」

 

「日本の不動産バブルと同じことが、中国でも起こっているというのかの!?」

 

大声を出して立ち上がった利根に視線が集まる。そんな周りの様子に気がついた利根は赤面しながら「すまぬ……。」とちいさな声で謝った。

 

「事態はより深刻よ。今の中国は世界で一番、鉄をはじめとする金属や石炭などの燃料を消費しているの。」

 

「ならばもし中国経済がこけたら、鉄などを輸出している国は、一体どうなってしまうのじゃ!?」

 

中国に資源を売っている国は多数存在し、それら資源を売る国々を『資源国』とひとくくりに呼んだりもする。日本人がよく耳にする中東の国々やオーストラリアも頻繁に資源国と呼ばれる。

 

「買う人がいないんだもの。たくさん生産しても、消費されなくっちゃ大赤字よ。」

 

「しかし、生産を急に減らすなんてこと簡単にはできないじゃろ?」

 

「ええ。だから中国がコケたら同時にオーストラリアなどの資源国もコケるかもしれないわ。それに、もうひとつ考えなくっちゃいけないことがあるわ。」

 

(中国がコケることを想像するだけでも恐ろしいのに、まだ考えなくてはいけないことがあるのか!?)

 

利根は少し酔った脳を覚ますために冷たい水を頼み、一口飲んでから真剣な眼差しで足柄に尋ねる。

 

「それは一体……?」

 

足柄が人指し指1本、ピンと立てる。

 

「もちろん、世界最大の経済国のことよ。」

 

すぐにその国がどこなのかわかった利根は「うーむ。」と低い声を出す。

 

「あ、アメリカか。確かにの。外国為替をやるのなら、アメリカを考えねばならないのは道理じゃ。」

 

「アメリカの経済政策は世界最大規模よ。これを忘れて取引したら、必ず自滅するわ。」

 

『自滅』。その言葉を利根の顔はみるみると青ざめていく。

 

「わ、わかったのじゃ。肝に銘じておこう……。して、今のアメリカはどのような経済政策をとっておるのじゃ?」

 

ふふふ、と笑った足柄は待っていましたとばかりに右手で銃の形をつくって利根の額を人差し指で軽く押す。

 

「ずばり『お札すりまくり作戦』よ。」

 

「か、カネを沢山つくるということか? そ、そんなことが可能なのか?」

 

「昔はできなかったわ。お金は文字通り、ゴールドと直接交換できる金本位制をとっていたから。」

 

足柄は箸で料理をつつきながら、左手の親指と人差し指で円をつくった。

 

「ほう。つまり、国は自分が持っているゴールドの量しかお金はつくれなかったというわけじゃな。」

 

「さすがね。そのとおりよ。ちなみに金本位制をとるメリットはゴールドの価値がお金の価値を裏打ちしていることよ。だから信用が簡単には落ちないの。」

 

「デメリットは?」

 

利根が興味深そうに尋ねる。それに気がついた足柄は少し声を大きくしながら質問に答えた。

 

「マーケットに何かが起きたときでもお金を自由に注入できないから混乱をおさめることができなかったりするわ。実際、1929年の世界恐慌のときにこのことが起きちゃって、被害が拡大したのよ。」

 

(『お金を自由に注入できない』。足柄はここを特に強い口調で言った。はて?何か意味があるのか? )

 

う~~む。と唸りながら頭を抱え込んで考え込む利根。

 

(まてよ。もし、カネをとにかく刷りまくったら、余るに決まっておる。じゃったら……。)

 

「そうか! リーマンショックやサブプライムローンはその世界恐慌並みじゃった。カネを注入できなかったのが被害拡大の原因なら、カネを注入すればよい。じゃからアメリカは以前の二の舞にならぬようにカネを刷りまくったのじゃな!?」

 

「そのとおり。結果、アメリカの通貨『ドル』の価値は下がったわ。」

 

そう言って足柄は1本のショートムービーを自分のスマホで再生した。

 

 

 

『なぜドルの価値が下がるのか。逆になぜ金(ゴールド)が高いのか考えてみるとよくわかる。

 

今の生活に家電製品は必須だ。家電製品はいっぱいある。パソコン、電話、冷蔵庫、スマホ、電子レンジ……数えるとキリがない。

 

それらに使用される「金」は全然生産が足りていない。いままで掘り出した金の量はわずかに50メートルプール2杯分しかない。

 

だから高い。必要なのに量が少ないからだ。

 

ドルはこれとはまったく逆である。

 

ドルは言ってしまえば紙だ。金とは違い、いくらでも造ることができる。

 

大量に造られたドルは次第にあふれ出す。

 

あふれるほど造られたら、当然余る。

 

だから価値が低下するのだ。』

 

 

 

一通り動画を見終え、足柄がスマホ自分のバッグに戻す。

 

「ふむ。たくさんドルはつくられてしまったから、他国の通貨と相対的に価値がおちたのじゃな?」

 

「ええ。一時期円が異常に価値が高くなったのを覚えてる?」

 

利根は大きく頷いた

 

「覚えておるとも。あのときは大騒ぎじゃった。確か、超円高とか呼ばれて1ドル=70円くらいまで円の価値が上がったかの?」

 

「今、円の価値が下がっているのは日銀が今度はお金を刷りまくっているからなの。そしてもうひとつ、経済が回復したアメリカのドルの金利があがるかもしれないからよ。」

 

「金利? 金利とはなんなのじゃ?」

 

「利根でも知ってる言葉に直すと利子(りし)よ。」

 

あぁ。と利根は納得する。

 

「銀行に貯金したとき、わずかにつくあれのことか? いつも少ししかもらえないものじゃから、気にとめたことはなかったがの。」

 

「それを上げようとしてるのよ。アメリカは。もし預けているだけでお金が増えれば、利根、あんたならどうする?」

 

(そんなこと、決まっておろうに)

 

「もちろん預けるぞ。預けるだけでカネが増えるのならば万々歳じゃ!」

 

「そこよ、そこ!」

 

そう言って人指し指を立て足柄は強調する。

 

「む? カネを預けるということか? いまいちよくわからんが……。」

 

「いままでアメリカドルを投資目的で持っていても、意味は薄かったわ。金利はほとんど0に近かったから。」

 

「0ではあまり欲しくないのう。」

 

「そうなったら、多少でも金利の高い通貨を買ったほうが得でしょ?」

 

「我輩なら少なくともドルは買わんかの。」

 

再び足柄が人指し指を立てる。

 

「まさにそれよ。ドルを持っていても価値が薄い。だから金利の高い国にお金を預けたの。」

 

「ほう。じゃが、肝心のアメリカが金利をあげるとなれば……そうか!わかったぞ、足柄!」

 

得心したぞ!と言わんばかりに今度はむふふと利根が人指し指をたてる。

 

「金利を上げたドルは少なくとも今までよりは魅力的じゃ。じゃから今まで金利の高い国に預けていたカネがアメリカに向かうわけじゃな!」

 

「まさにそのとおりよ。まとめると中国経済危機で資源国の通貨が危うくなり、かつ、アメリカの金融政策で金利の高い国からお金が逃げる。その条件を満たすのは……。」

 

そう言って利根のスマホが表示する各国の通貨ペアの中からいくつかを指で指し示した。

 

「……。あまり馴染みのない国もあるのじゃが、うむ。ありがとうなのじゃ、足柄。だいぶ方針が固まったぞ!」

 

「あくまで参考までにね。あと、頻繁に参考するであろうネットの情報には真実と嘘が混じっているわ。十分に吟味するのよ?」

 

「わかっておる!」

 

利根は自信満々に胸を叩く。

 

「それと約束の件も忘れないでね!」

 

「それも承知じゃ! 今日は本当にありがとうの、足柄!」

 

「それじゃ、最後に一杯飲んで帰りましょ。あ、そういえばいくら私のおごりとはいえ、結構勝手に頼んでなかった?」

 

「ははは! いまさら気がついても遅いぞ! 足柄!」

 

「あー! こいつぅ!」

 

拳を作って利根の頭をぐりぐりする足柄。

 

「あははは痛い痛い!」と笑いながら訴える利根。

 

そんな彼女達を鳳翔が微笑ましく見ているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

利根が足柄に相談した夜ー巡洋艦寮

 

「それじゃ、姉さん、筑摩はさきに寝ますね。あまりのめり込みすぎないでくださいよ?」

 

布団に入り眠る準備万端な筑摩が心配そうな顔で利根に声をかける。

 

「おう。今日もお疲れ様じゃ。筑摩。」

 

ノートパソコンをいじりながら2台のデスクトップパソコンに繋がれた4枚の液晶モニターを眺めていた利根が筑摩へ椅子を回転させ振り返る。

 

パソコンの存在感は圧倒的で、「ズドドドドン!」という効果音が似合いそうだ。

 

「……こういうことを言うと姉さんは怒るかもしれませんが、さすがにやりすぎなのではありませんか?」

 

眠たげなまぶたで目を半分閉じながら筑摩は姉にはなしかける。

 

「ちょっと雰囲気を出すために用意したのじゃが……。」

 

「雰囲気だしすぎですよ。私の机までモニターがはみ出ていますもの。ところでどこから設備投資のお金がおりたのですか?姉さんは先月のお給料を馬で全部すったものだと思っていましたが。」

 

ふふん、と得意げに鼻を鳴らした姉を見て筑摩は首をかしげる。

 

「筑摩は学校のメディアルームのパソコンが入れ替わったことを知っておるか?」

 

「もちろん、知っています。だいぶ古くなったので全部まるまる交換したんですよね。」

 

あれ?と小首をかしげる筑摩。そういえば、姉が机に展開しているモニター、どこかで見覚えがー

 

「って、まさか、姉さん……!?」

 

ふはははは!と就寝前だというのに元気一杯な姉の笑い声に筑摩の目が覚めていく。

 

「実はの、提督に我輩がFXをやる話をしたのじゃ。そうしたら提督のやつが『いいものをやろう』と言ってこれらをくれたのじゃ!」

 

「そ、それって横領なのでは……?」

 

学校設備の横領。新たな問題が起きたと思った筑摩はもはや睡眠どころではないと思い、布団をはねのけ姉のもとに向かう。

 

「いけません!」

 

「ち、筑摩……?」

 

「いくら兄さん(利根の婚約者)の件でツライことがあったとはいえ姉さんが不正に走るだなんて、走るだなんて……!」

 

「待て待て落ち着け!落ち着くのじゃ筑摩ぁぁぁ!」

 

襟をつかまれ筑摩の感情のままにガクガクと揺らされる利根。

 

利根は筑摩を落ち着かせようと必死で声をかける。が、筑摩は我を忘れたように利根を揺さぶる。

 

「筑摩ぁ! やめるのじゃぁぁぁぁ!」

 

「うっさいわよ! あんた達!」

 

むにゃむにゃと眠そうに目をこすっている羽黒を従えながら足柄が利根の部屋のドアをバン!と開ける。

 

「姉さん、今回はさすがに筑摩も許せません! 急いでこのモニターを返却してきてください!」

 

激情しながら利根を揺さぶり続ける筑摩。だが、筑摩の言葉を聞いた足柄が「あぁ、そんなこと」と筑摩の肩に手を置く。

 

「筑摩、あのね。このモニターはいいのよ。」

 

「へ? ど、どういうことですか?」

 

「このモニターは型落ちでね。ウチで処分しなくちゃいけなくなったのよ。でもまだ使えるからどうしようかって提督と話をしていたの。」

 

「そ、そうなのじゃ。それを我輩もらったのじゃ。パソコンの本体は複数モニター表示できるように夕張に改造してもらっての。決して不正ではないぞ……。」

 

襟をつかまれて揺さぶり続けられた利根は、げっそりしながら椅子の背もたれによりかかった。

 

「そ、そうだったのですか……。姉さん、みなさん、申し訳ありません。」

 

深く頭を下げる筑摩。

 

「ま、解決したんならいいんじゃない? 利根、あんたもあまり妹に心配をかけないことね。」

 

ふん、と軽く鼻を鳴らす利根。

 

「それはお互いさまじゃろう? 知っておるぞ。お主、この前の合コンで自分の代わりに羽黒を急遽行かせたそうじゃの? じゃからお主は男を繋ぎとめておけないのじゃ。」

 

「な、なんですってぇぇぇぇぇ!」

 

激怒する足柄の襟を羽黒は強引につかんで自分達の部屋へと連れて行こうとする。

 

「はいはい。ねぇさん、帰りますよ? 利根さん、筑摩さん、お休みなさい。」

 

「おう! 羽黒、おやすみなのじゃ!」

 

「おやすみなさい、羽黒さん、足柄さん。」

 

あいさつを交わしてギャーギャー騒ぐ足柄と一緒に羽黒は部屋へ戻っていった。

 

「では、姉さん、今度こそおやすみなさい。」

 

「おう、いろいろすまぬの。おやすみなのじゃ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、それではポジションをつくるとするかの。

足柄と話をした結果、我輩は南アフリカランドをターゲットにすることに決めたのじゃ。

資源国であり、経済成長が思わしくないこの南アフリカならば、必ず中国とアメリカの経済政策の余波をモロに食らうことじゃろう。

この国は利率が高く、買えば預金代わりにも使えるじゃろうが、我輩はそんなことはせん。

そうすると、逆に金利分を払う必要が生じるのじゃが、その程度かすり傷みたいなものじゃ。

我輩、今回は堂々の「売り」注文をかけるぞ。一応、損きり(ロスカット)を設定しておくかの。1ランド=11円程度でロスカットするように設定をして……と。

さて、吉と出るか、凶とでるか、楽しみじゃ!

 

 

 

 

 

 

 

こうしてFXで南アフリカランド「売り」ポジションをとった利根は自分の口座を気にしながらも、上がりもせず少しずつ切り下がっていく相場にやきもきしながら気長に結果を待っていた。

 

そして2015年8月24日。残暑厳しい夏の終わり。この日、利根がFXをやめることが決まった。

 

無論、彼女の大勝利でだ。

 

「こ、これは……!?」

 

「どうしたの姉さん。」

 

声をかけてくれた筑摩を無視し、利根は急いでパソコンをつける。その目は驚愕で見開かれていた。

 

「ち、筑摩……! 今日の夕飯、何がいい? 好きなだけおごってやるぞ!」

 

「は? 一体急にどうしたのですか?」

 

モニターをビシっと指さす利根は誇らしげに胸をはった。

 

「予想が的中したのじゃ!いま、南アフリカランドが8.50円程度まで下がったのじゃ!」

 

ウキウキと喜ぶ姉を見て、筑摩もほっとする。ただし、筑摩は姉がFXで勝利したことに安堵したのではない。

 

「では、これでギャンブルともおさらばですね。筑摩はほっとしました。」

 

「? 何を言っておるのじゃ筑摩! これを元手にさらに増やすのじゃ! やめるなんてもってのほかじゃ!」

 

「ほ~~う。あんた、約束破る気なのね?」

 

開け放たれたドアから凄まじい殺気を感じる利根。さきほどまでの威勢のよさはどこにいったのやら。彼女はプルプルと震えながらドアのほうに首を回す。

 

「い、いや、これは、その、じゃな……。足柄! すまぬ! 謝るから! 我輩のスマホ、逆パカしないでくれなのじゃ! あ、あぁぁぁぁぁぁあ!」

 

この後利根は利益を確定させ、ごっそり儲けたお金ごと全額をじぶんの口座に戻した。

 

利根の反応からこっそりFXをやるかもしれないということで、利根が使ったパソコン類は没収され初期化の上で学校の図書館に新たにインターネットコーナーとして再設置された。

 

4枚のモニターでインターネットができるということで大好評だという。

 

さらに二度と利根がFXできないようにスマホアプリのログインコードは書き換えられたうえアンインストールされた。

 

さすがにここまでされるとは思っていなかった利根だったが、ここまでされたが故に、また、愛用のスマホを本当に逆パカされたショックと婚約者の退院をきっかけにギャンブルから足を洗うことができた。

 

「みなも投資にはくれぐれも気をつけるのじゃぞ!」

 

「利根? あんた誰に話しかけてるのよ? 記念撮影するわよ! ほら、旦那があんたを待ってるわよ!」

 

「お~~う! 今行くぞ!」

 

純白のドレスを着た利根。

 

彼女の結婚式には多くの仲間(艦娘)達が出席していた。

 

「レディーよ! まさしくレディーだわ!」

 

「はわわ! お、お綺麗なのです! 利根さん!」

 

「はらしょー!」

 

「あぁ、悔しい! 利根に先を越されるだなんて! 幸せになりなさいよね!」

 

「世界水準越えの美しさだぜ!」

 

「姉さん、おめでとう!」

 

通りがかるたびに祝福の言葉を掛けられる利根。

 

(みんな……みんな、ありがとうなのじゃ……。)

 

そして最後に中央で利根を待っていたのはー

 

「利根、凄く綺麗だよ。」

 

片脚のない新郎に寄り添う利根。

 

「ふっ。褒めてもなにもでんのじゃ。じゃがー。」

 

そう言ってキスをする二人。周りから「ひゃー!」という声が上がる。

 

「我輩、お主の片脚、いや、半身になってこれから支えようぞ。」

 

「私も君の半身になって支えるよ。利根。」

 

「ふふ、よく言いよるわ。」

 

ニコニコする利根と新郎。

 

そんな二人を祝福しながら青葉がカメラを準備する。

 

「では、準備はいいですか? それではいきますよー。はい、チーズ!」

 

カシャリ!

 

 

 

 

我輩、今、一番幸せじゃ。




主な参考文献
ホイチョイ・プロダクションズ「新女子高生株塾」(株)ダイヤモンド社、2011


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第3斉射 連合艦隊旗艦長門、スマホを買うぞ!『テーマ:スマホセキュリティ』

「ふぅ! 今日の授業も無事終わったわぁ!」

 

うーん!と背伸びする足柄。それを見てふふっと羽黒が微笑する。

 

「ねぇさん、おつかれさまでした。」

 

「羽黒もね。さて……今日は部活動も休みだから早めに上がって……、あら?」

 

「うーむ。これは如何したものか……。」

 

足柄の目線の先、副校長席に座りいつも威厳を放っている艦娘が今日は珍しくうつむいて何事かを口ずさんでいる。

 

その様子が異様に映ったのか、そばを通りかかる艦娘は一様にちら見している。

 

「ダメだ。だが、ここであきらめるわけには……。」

 

「長門? 何ひとりでぶつくさ言ってんの?」

 

声をかけられ「はっ!」とした表情を浮かべる長門。声をかけた足柄は怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

「いや、実は使っている携帯電話がつかなくなってしまってな。」

 

長門は残念そうにも悔しそうにもとれる表情を浮かべる。

 

そんな長門に足柄は明るい声を掛けた。

 

「な~~に? 携帯電話なら私におまかせよ! 見せてみて!」

 

「そ、そうか? そこまで言うならお願いしようか。」

 

そう言っていそいそと差し出された携帯電話を見て足柄は驚愕する。

 

「ちょ、ちょっと長門……! こ、これって?」

 

「? 見ての通り携帯電話だが?」

 

長門から渡されたそれは、まさに二つ折りの携帯電話らしい携帯電話であった。が、塗装はどこもかしこも剥げ、二つ折の開閉ボタンは損傷して使えなくなっていた。

 

「し、しかも……!」

 

足柄は折りたたみ画面上部に備えられた「1」「2」「3」と数字の書かれた3つのボタンを見て思わず叫びたくなった。

 

(こ、これって完全にお年寄り向けケータイじゃない!)

 

「ね、ねぇ、長門、このケータイ……。」

 

「あぁ。簡単に使えるものが欲しいと店員に頼んだら、この携帯電話を勧められてな。短縮が3つもついているのだぞ!これ以前に使っていた携帯電話は使い方がよくわからなくてな。自慢じゃないが、メールを一回も使ったことはない!」

 

どうだすごいだろうと言わんばかりに「ふふん♪」と鼻を鳴らす長門。

 

「そ、そうね……。」

 

(まさか、長門がここまで機械音痴だったとは思わなかったわ。)

 

さらに足柄は長門の携帯電話にある違和感を感じた。

 

(? なんか持ちにくい……って、これ!?)

 

携帯電話を裏返した足柄は驚愕で開いた口がふさがらなかった。

 

そこには充電池がもりもりと盛り上がった携帯電話の背面があった。

 

足柄が携帯電話の電池蓋を開けた瞬間、バッテリーがぴよっと勝手に出てきた。

 

長門の携帯電話を持った足柄の手がわなわなと震える。

 

「な、長門、これいつ買ったの?」

 

おそるおそる尋ねる足柄。

 

「ふっ、6年前だ。それ以来、他の携帯電話に目移りすることなく大事に使っている。」

 

「ろ、6年……!?」

 

堂々と胸を張っている長門は「どうだ!」といわんばかりのドヤ顔だが、一方の足柄は唖然としていた。

 

「ね、ねぇ長門? これ、本当に使っていたの? ううん、使えていたの?」

 

電池パックを見ながら言い直す足柄。その質問に「ふっ」と鼻で笑う長門。

 

「当然だ。だが……。」

 

「だが?」

 

「2年前から電池の消費が激しくなってな。1日持たなくなってしまった。今は30分持たない。」

 

(全然使えてないじゃないの~~!)

 

その場にいた全員が長門の答えにずっこけそうになった。

 

「そこで、どうしようかと考えていたのだ。」

 

「なるほど。確かにこのケータイじゃ買い替えたくなるわね。よし、私にまっかせなさーい!」

 

足柄がドン、と胸を叩く。

 

「お、おぉ! 足柄、よろしく頼むぞ! 私はこういうのはまったくよくわからなくてな。」

 

「それじゃ、明日の土曜日、午前9時半に鳳翔さんのお店に集合よ!」

 

「了解した。すまないが足柄、よろしく頼むぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。今日も疲れたな。」

 

そう言って長門は足早に帰宅を急ぐ。

 

この鎮守府には各艦種ごとに寮が完備されているのはもちろんのこと、秘書艦など重要な役職についている者には一軒屋が用意されている。

 

副校長職についている長門もこの例に漏れず、自分の家が与えられていた。

 

夜も遅くなり、玄関の明かりがつけられている我が家の鍵を開ける長門。

 

ガチャリ、と音を立てドアを開ける。

 

「ただいま。今帰ったぞ。」

 

長門の声を聞き、ひとりの駆逐艦娘が出迎える。

 

「お帰りなさい。お母さん。今日もお仕事お疲れさまでした。」

 

歴戦の武人のように凛とした声音にビシリと敬礼をする少女。年頃の少女の姿から乖離してしまった彼女は、母である長門も気にするところだった。

 

「不知火、その、もう少し柔らかく出迎えるということはできないか?」

 

「……不知火に何か落ち度でも?」

 

凄みを効かせて反論する娘にやれやれとする長門。

 

(誰に似てしまったのだろうな。)

 

長門と不知火は本当の親娘ではない。特別な事情のもと、これまた特例で共同生活が認められているのだった。

 

「お母さん、ご飯はできていますが、冷めてしまっているので温めなおしてお召し上がりください。」

 

「あぁ。いつもありがとう、不知火。」

 

感謝の言葉をかけられた不知火はわずかに表情を崩した。このような表情の変化はいまだに長門にしかわからない。

 

「いえ、それでは、おやすみなさい。」

 

「あぁ、おやすみ。」

 

ペコっと頭を下げて自室に戻る不知火を長門は愛おしげに見ていた。

 

一息つき、不知火が用意した食事を温めなおす長門。その日の食事は金曜日ということでカレーだった。

 

湯気のたつカレーをスプーンで一口すくって食べる。

 

「ふふっ。私ほどではないが、上手くできているじゃないか。」

 

愛娘が作ってくれた料理に舌鼓を打ち、1日を終える長門であった。

 

 

 

 

 

 

 

【翌日】

 

「お、お、おぉぉ!? こ、ここが携帯電話コーナー!?」

 

鳳翔の店で待ち合わせをした二人は鎮守府内に設けられた携帯電話の契約所に足を運んでいた。

 

6年前に今のオンボロ携帯電話を買った長門にとって現在の携帯電話コーナーは完全に未知の世界であり、実際圧倒されていたりするのだ。

 

「ふふ、驚いた?」

 

「あ、あぁ。この長門、ここまで携帯電話が進化していたとは思わなかった。」

 

世界のビッグセブンが声をわなわな震わせて卓上に置いてあるスマホを触ろうか触るまいか躊躇する。

 

いつも威厳を放っているその姿からは想像できないかなりの狼狽ぶりは普段の彼女を知る者ならば笑って吹いてしまうほどだった。

 

「長門? どうしたの?」

 

「……いや、その……。」

 

物凄く歯切れの悪い返事をする長門。いつもの彼女なら『連合艦隊旗艦、長門、出陣する!』と勇ましいのだが……。

 

「む、むぅ?」

 

防犯ケーブルに繋がれたスマホを手に持ち、ぎこちなく画面下部の丸いボタンを押す今のその姿に、連合艦隊旗艦の威厳はまるで感じられなかった。

 

「あ、足柄、ボタンを押してもウンともスンともいわないぞ?」

 

「え? たぶん電源切ってるのね。上の細いボタンを長押しするとつくと思うわ。」

 

「そ、そうなのか。よし。」

 

おそるおそる足柄の言ったとおりにする長門。その姿は完璧にスマホ初心者のそれだ。

 

その長門が持つスマホは、長押ししてすぐにリンゴのマークをすっと画面に表示した。

 

「お、ついたな。……ほぅ! 随分きれいな画面だなぁ! 私の携帯電話とは大違いだ。」

 

(まぁ、あのケータイに比べたらね。)

 

足柄は長門の塗装が剥げたお年寄り向けケータイを思い出して苦笑する。

 

未知の物質を触るようにおそるおそる指を近づけ画面を触ってみる長門。

 

「お、おぉ! な、なんだ? 触っただけでい、いきなり私の顔が映しだされたぞ!」

 

「あぁ、それはカメラアプリよ。今は自撮っていってこうやって自分で撮影するのも流行ってるのよ。」

 

「こ、これは便利なものだな。他には何ができるんだ?」

 

「そうね。よく使われるのはやっぱりインターネットかしら?」

 

そういって足柄はスマホのインターネットアプリ「SafariZone」を起動する。

 

「む、むぅ。ネットか。しかし……。」

 

入力画面を見た長門は躊躇する。

 

(な、なんだこれは? 見たところ入力用キーボードなのだろうが、さ、先ほどのように指で触ればよいのか?)

 

ツン、ツン

 

するとスマホには「ああ」と表示された。

 

(よ、よし。いまの感じでいいのだな? では、そうだな。ためしに「天気」と調べてみるか)

 

ツン、ツン

 

スマホ画面「た」

 

ツン、ツン

 

スマホ画面「たた」

 

ツン、ツン

 

スマホ画面「たたき」

 

「……。」

 

(た、たたきだと!? 天気というたった二文字の文字入力すらできない……! 世界のビッグセブンと呼ばれ、連合艦隊旗艦のこの私が、こんな、こんなチンケな板一枚に、ここまで、ここまで翻弄されるだと……!)

 

わなわなとスマホを持ちながら震えだす長門に足柄が気がつき急いでフォローを入れる。

 

「ねぇ、長門? はじめてなんだから、無理はないわ。ね。落ち込まないで、ね?」

 

「くっ! 落ち込んでなどいない! 落ち込んでなど……いない!」

 

バッと足柄へ振り返りそう言い放ち、ぐっと拳を握り締める長門。その目の両端にうっすら涙を溜めて。

 

(2回も落ち込んでないって言ったわ。相当落ち込んでるのね。)

 

気を取り直すように明るい声で足柄は振舞う。

 

「あ、あのね、長門、実はこういう機能もついていてね……。」

 

そう言って横から長門の持つスマホを操作する足柄。

 

(む、何をするのだ足柄? ん? そんなところを長く押して何を?)

 

『ぽぽん! スィリィが起動しました。音声入力をアクティベートします。』

 

ガーンという衝撃が長門を襲う。

 

(ば、ばばばばばば馬鹿な!? こいつ、喋っただと!?)

 

『ぽぽん! 音声で検索できます。』

 

「こうするとね、音声で入力ができるのよ! 例えば、そうね『天気』。」

 

『ぽぽん! 現在地の天気を表示いたします。』

 

するとGPSで割り出された現在地の天気情報が画面に表示される。

 

「ね、凄いでしょ? あれ? 長門???」

 

思わず考える人のポーズをとっていた長門は「あ、あぁ」といつもの気迫をまるで感じさせない返事を返す。

 

「足柄……。」

 

「何?」

 

そうして長門は深呼吸をしてゆっくりと言った。

 

「そういう機能があるなら、最初に教えて欲しかった……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして一通りアプリを試し終えた長門は「う~~ん。」と拳をあごに当てて考えていた。

 

「? どうしたの?」

 

「あ、いや、私が使ってみたいアプリがあるのだが。……どうやらこのスマホには入っていないようなのだ。どうしたらいい?」

 

今度は足柄がう~~んと唸る。そして考えながら長門の質問に答えはじめた。

 

「そう、そうなのよね。店のスマホってプリインストールのアプリしかないから、自分が使いたいアプリを試すことってできないのよね……。」

 

残念そうに説明する足柄。

 

「な、なに!? そうなのか!? ところで、プリインストールとはなんだ?」

 

「何にもしなくても最初から入っているアプリのことよ。さっき長門が喜んでいたカメラやインターネットなんかがそうなの。」

 

「ほう。しかし、困ったな。このスマホで私のやってみたいゲームができるのだろうか? いや、たぶんできるとは思うのだが……。」

 

「は? ゲーム???」

 

足柄が「え?」という顔つきで長門を見る。

 

しまった!と口で手を押さえる長門。

 

それをじっと見つめる足柄。

 

長門の額に大粒の汗がたまっていく。

 

「ねぇ、長門? 携帯電話を買い替えたい理由って、古くなったからっていうのもあるのだろうけれど、もしかして……?」

 

そこまで言われて観念した長門は「ぷはぁ」と息を吐く。

 

「誰にも言うなよ。」

 

「は、はい。言いません……!」

 

戦場に出るときのまるで「ゴゴゴゴゴ!」とでもいうような緊迫した顔つきで迫られ「YES」としか返答せざるを得ない足柄。

 

「じ、実は不知火がこっそりやっているゲームなのだが、思いのほか面白そうでな。一緒にやってみたくなったのだ。」

 

「な、なんていうゲームなの?」

 

長門がこっちへこいと足柄を手招きする。近づいてきた足柄に誰にも聞かれないようにこっそり耳打ちする長門。

 

「ワールド・オブ・戦艦ズ だ。」

 

「あぁ、今艦娘の中で流行ってる海戦アクションね。」

 

『ワールド・オブ・戦艦ズ』。歴戦の艦艇を操るアクションゲームでそのCGの造りこみがスマホゲームじゃないくらい気合が入りまくっている大人気のアプリだ。特に日本軍艦艇がお気に入りのプロデューサーの下作られたCGは群を抜いてすばらしくスマホを持つ艦娘なら一回はやったことがあるというほど超有名アプリである。

 

「不知火がそれにはまっているようで、私に隠れて遊んでいるようなのだ。」

 

「へぇ、不知火が。意外ね、不知火にそんな一面があるなんて。学校だと結構カタブツなのに。」

 

「あぁ、誰に似たせいかあんなカタブツに育ってしまった。ん? どうした足柄、何かおかしいか?」

 

「ぷぷぅ」っと笑い手で口元を隠した足柄は「何でもないわよ。」と目元を緩くしながら答える。

 

「だが、最近どうも様子がおかしいと思って、こっそり部屋を覗いたらスマホを熱心に操作している不知火が見えたのだ。」

 

「ほほ~。それでよく不知火がワールド・オブ・戦艦ズをやってるって気がいたわね、長門?」

 

「いや、この前夕立が遅刻してきたときに職員室で理由を聞いたのだ。すると、『不知火ちゃんとゲームしてて夜遅くなって寝坊したっぽい。』と話してな。」

 

(夕立、この前の遅刻はゲームしてたからなのね。腹痛じゃないじゃない!)

 

一気に眉間にしわがよっていく足柄。

 

「? どうかしたか? 足柄?」

 

「いえ、休み明けにやることが増えただけよ。」

 

ムスっとする足柄を見て大体事情を察した副校長は、やれやれと思いながら少し頭を指でかく。

 

「それで、隠れてゲームしていた不知火を怒ったってこと?」

 

「いや、実はまだ怒っていない。」

 

「あら、またそれはどうして?」

 

長門のことだから隠れてゲームをしていた不知火をすぐに怒ったものだと思っていた足柄は少し拍子抜けする。

 

「あの年頃の子ならば興味を持つことに、いままで不知火は、そうだな、あえていうならば無関心だった。いや、無関心なフリをしていた。」

 

「たしかに、すごい真面目な印象を受けるわ。」

 

「不知火はおしゃれにも興味なし、男子にも興味なし、音楽にすら興味なしでいつも勉強や稽古ばかりやっていてな。まぁ、私のような武人ならそれでいいのだが……。」

 

(そういえばこの人が着飾っているところを見たことがないな。もう少し気を使えばとんでもない美女に化けるのに。)

 

そう思いながら長門の上から下まで全身をすーっと目で見る足柄。

 

「私はもう少し年頃の娘のように不知火が振舞ってもいいのではないかと感じている。その時期、つまり少女という時間を過ごせるのはわずかしかない。」

 

「中には暁みたいな子もいるんだけれどね。」

 

長門は首を縦にゆっくり振って肯定する。

 

「もちろん、暁のように大人に憧れて背伸びすることも人が成長するためには必要だと思う。だが、大人である時間は子どもである時間よりもずっと、ずっと長いのだ。なにしろ20歳で成人したとしてもそこからずっと大人だからな。それに、じきにこの戦争も終わる。だから、もう少し遊んでもいいのではないかと私は思うのだ。」

 

はぁぁぁ、と感心の声を上げる足柄。

 

「長門、しっかりお母さんやってるのね。感心したわ。」

 

「私は連合艦隊旗艦、長門だ。だが、家庭に戻れば母、長門なんだ。」

 

そう言う長門の目は、戦場で敵を見つめる鋭い名刀のような目ではなく、慈愛に満ちた温かい母の目をしていた。

 

その目に気がついた足柄もふふっと微笑みをかけられたかのような温かい気持ちになる。

 

「なるほどね。それで不知火が年齢相応に遊んでいるのが嬉しいのね。」

 

「うむ。やっと年頃の娘のように普通の子が興味を持つことに不知火が自分から進んでやり始めたのだ。少し、嬉しくてな。それに、私自身が同じようにゲームをすれば、隠れてやる必要はないということを示せるのではないかと思ってな。おそらく、隠れてやっているのも私への遠慮が原因なのだと思う。最近、やっと私のことを母だと認めてくれるようになったのだが……。」

 

「なるほど、事情はわかりました。確かに口で堂々とゲームをしてもいいと言っても不知火は遠慮するでしょうしね。じゃあとりあえず他にもスマホはあるので操作しながら購入するものを決めていきましょう!」

 

ウィンクしながらガッツポーズをとる足柄。

 

「うむ。そうだな。せっかく来たのだ。このスマホだけ試すのは勿体ない。案内を頼むぞ。」

 

「はい、長門副校長♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、本当に色々と種類があるものなのだな。板型電話機能搭載多機能携帯電子計算機は。」

 

一通り展示されているスマホを試してみた長門はその充実した機能に圧倒されていた。

 

「え? 長門、今なんて言った?」

 

そんな長門のあまりに長い言い回しに思わず聞き返してしまう足柄。

 

「だからだな。板型電話機能搭載多機能携帯電子計算機だ。」

 

淀みなく、スラスラと長ったらしい言い回しを言う長門。

 

「よく噛まずに言えるわね。凄いわ!」

 

「ふっ、当然だ。私は連合艦隊きかー……。」

 

「でも、スマホでいいわよ。」

 

「……。そうか。」

 

自分の長い言い回しを否定され、残念そうな顔をする長門であったが、「さすがに長かったかな?」と少し反省したりするのだった。

 

「で、決まった?」

 

「うむ。やはり最初に触ったこの『aIphone』というものにしようと思う。不知火とおそろいのローズピンクなんてどうだろうか?」

 

そう言ってキラキラ光るスマホを片手に持ってみる長門。

 

「あら、いいじゃない。そのスマホなら『ワールド・オブ・戦艦ズ』もプレイできるしね。」

 

「そうだろう。なにより、私でも使えるくらい簡単にできているのが気に入ったぞ!」

 

そういって不器用な手つきで操作する長門。そんな長門の操作にもaIphoneはスムーズに応えている。

 

「でも長門、不知火も年頃なんだから、同じ色のものを母親が持っていると少し恥ずかしいと思うんじゃないかしら。あら? 長門? どうしたの?」

 

口を半開きにしてまさに「ショック」を受けたような表情をする長門。一体長門はどうしたのだろうと足柄は疑問に思う。

 

「ね、ねぇ、長門?」

 

おそるおそる話しかける足柄。

 

「わ、私も……。」

 

小声でぶつぶつと何事かを言っている長門。何を言っているのかわからない足柄は長門に聞きかえす。

 

「な、長門? どうした……。」

 

どうしたの?と足柄が聞き返す前に長門はキッと目つき鋭く足柄をにらみつける。

 

「ひっ!」

 

(こ、怖い! 長門、本当にどうしたのよ~~!)

 

足柄をにらみつけたまま、長門は大声で言い放った。

 

「私も、かわいいローズピンクがいい! かわいいローズピンクが欲しい!」

 

あまりの大声で長門が叫んだものなので、他に買いに来ていた艦娘達が一様に騒ぎ始める。

 

『え? 長門さんローズピンク買うんだぁ。』『意外かも……!』『れ、レディーらしい色ね……!』

 

ざわつく鎮守府携帯電話コーナー。その一角で大声を放ったひとりの艦娘が顔を隠してしゃがんでいた。

 

「ね、ねぇ長門……。」

 

哀れむ目で自分の上司を見つめる足柄。

 

「く、くぅ! ほっといてくれ。あぁ、穴があったら隠れたい……!」

 

「ちょ、ちょっと! 本当に隠れようとしないでよ! そこは私のスカートよ! こら! こら、副校長!」

 

もぞもぞと足柄のスカートから出てくる長門。そんな長門は意気消沈とした表情で何事かをぶつぶつと言っている。

 

「だって、だって私だって女の子だもん……。かわいいものを使いたいんだもん……。」

 

(いつもの威厳は皆無ね。)

 

もじもじする長門。重ねていうが、いつもの凛々しい姿はそこにはなかった。

 

「ま、まぁ、色を選ぶのはあなたの自由よ。長門。」

 

「ほ、本当か!? やったぁ!」

 

ぱぁっと明るくなりガッツポーズする連合艦隊旗艦。

 

「よ、よし! ならばローズピンクに決まりだ!」

 

「それじゃ、欲しいスマホも決まったことだし契約をしましょう。今なら、そうね、3時間もあれば契約完了すると思うわよ。」

 

ずががーんという音が聞こえるかのような表情を浮かべる長門。

 

「さ、3時間だと!? ふざけているのか!?」

 

「いや、だってプラン説明とか、諸注意とかあるもの。長門、聞かなくて大丈夫なの?」

 

『む!』とたじろぐ長門。

 

「だ、大丈夫なわけないだろう! こっちは初心者なんだぞ! それほど時間がかかるとは、その、思っていなくてだな……。」

 

「今日は休日で契約が立て込むから時間がかかるのは仕方ないのよ。ま、説明終わったらあとは待つだけだから、その時間に食事を済ませちゃえばいいのよ。」

 

「ほう、食事に立っていいのなら、まぁ、なんとか時間を潰せるか。では、そうしよう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました~~。開通作業は無事に終わりましたよ。」

 

「うむ、ありがとう。」

 

会計も済ませた長門は満足そうに自分の新しい携帯電話、いや、スマホを手にしていた。

 

「どう、長門? 新しい自分のスマホは?」

 

ニヤニヤしながらスマホを操作する長門を足柄は横で嬉しそうに見ている。

 

「うむ。悪くないな。実にすばらしい。」

 

「ふふ、それはよかったわ。」

 

「ところで、さっきから気になっていたのだが、あのコーナーは一体なんなのだ?」

 

そう言って指をさす長門。

 

「あぁ、あそこはスマホのアクセサリー販売コーナーよ。」

 

と、事も無げに応える足柄だが長門はそれを聞いてもイメージが湧かずに首をかしげる。

 

「アクセサリー?」

 

「えぇ。スマホって落としたらすぐに傷を負っちゃうのよね。だから、大抵の人はカバーをつけて使うわ。」

 

そう言って足柄は自分のカバーをつけたスマホを長門に見せる。

 

「そうなのか! う~む。私もカバーを買いたいな。少し見てきてもいいか?」

 

「いいわよ。じゃあ私はそのあたりをうろついているから、買ったら電話してね。」

 

「うむ。了解した。では戦艦長門、抜錨する!」

 

『DOKOMO』の袋を片手に嬉しそうにアクセサリーコーナーに向かう長門。それを足柄はニコニコしながら送り出す。

 

「いってらっしゃーい♪」

 

 

 

 

『鎮守府携帯電話アクセサリー販売コーナー』

 

「ほう。こ、これは、凄いものだな……。」

 

自分の買ったスマホにあうケースを探しにきた長門はその圧倒的な数に驚いていた。

 

「こ、これ全部私が買ったスマホのケースなのか。こ、これは、ボタンにはるアクセサリーシールだと……!?な、悩んでしまうな。」

 

しばらくケースを物色していた長門であったが、いまいち、自分の欲しいケースが見つからない。

 

「う~~む。どれも素晴らしいが、心から欲しいと思えるものがないな。さて、どうしたものか。」

 

ふと上を見上げた長門。その視界の一番端に見たことがないケースがちらっと映りこむ。

 

「む? あれは?」

 

上の商品が取れるようにと置いてあった脚立を使い、手を伸ばす長門。

 

「お、おぉぉぉぉ! こ、これは! これはすばらしい! これこそ私が求めていたものだ! これをくれ!」

 

こうしてケースも購入できた長門はさっそくそのケースをつけ、喜びに浸りながら足柄に連絡をする。

 

「えぇっと、通話はこうして、こうして、お、繋がったな! 足柄、待たせたな!」

 

「いえいえ、そんなことないわよ。で、どう? 気に入ったケースは見つかった?」

 

「あぁ、おかげさまでな。今、そっちに行くぞ。あぁ、それでは。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「待たせてしまってすまなかったな、足柄!」

 

小走りで足柄の元に向かう長門。そんな長門のほうに足柄もゆっくり歩いていく。

 

「大丈夫よ~~。それで、どんなケースを買ったの?」

 

興味津々といった感じで尋ねる足柄に長門はドヤ顔でスマホを取り出す。

 

「よくぞ聞いてくれた! 私が選んだケースは、これだ!」

 

ばぁぁぁん!と取り出されたスマホを見て唖然とする足柄。その様子に長門は満足する。

 

「どうだ、声もでないほどすばらしいだろう!」

 

長門が取り出したそれは、足柄の想像を超えていた。

 

優雅なローズピンクの本体は完全に隠され、戦艦の装甲のような固そうなパーツで鎧われている。そのため普通のスマホより2割ほど大きく見え、その原型がわからなくなっていた。しかもよほど強度を保つ必要があるのか四隅はボルトで固定されていた。

 

「この画面を覆うガラスパネルは拳銃弾をはじくらしいぞ!」

 

えっへん!と自慢げに自分のスマホケースを説明する長門。

 

長門が手に持っているスマホは、一言で言えば軍隊がもっているスマホ、とでも言うべきゴツイ代物と化していたのだった。

 

(あんなにローズピンクがいいって騒いだのに……。肝心のローズピンクがまったく見えないケースを買ってどうすんのよ!)

 

と、心の中で激しい突っ込みを長門に入れる足柄だったが、あまりの長門の喜びようを見て言うのはやめたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅむ。本当に色々なアプリがあるのだなぁ。」

 

長門は自分のベッドでくつろぎながら、さっそく買ったスマホを熱心にいじっていた。

 

「むむ! このアプリは面白そうだな。さっそく入れてみるか……。」

 

帰りに買った『最強!aIphoneアプリ傑作1000選!』を読みながら、あまりのスマホアプリの多さに感心する長門。

 

「しかし、このような本がなければ一体どのアプリを入れればよいか全然わからないな。」

 

長門のベッド周りにはこの本のほかにも様々なスマホ関連の本や雑誌が散乱していた。

 

「ふむ。この『週刊ハスキー』によると、今後流行するスマホアプリはこれらしいが、うぅむ、どれも面白そうだな。全部試してみるか……。」

 

『ぱんぽん!』

 

甲高い特徴的な通知音をスマホが奏でる。音がなったスマホのLED通知ランプが緑色に点滅しているのを確認し、長門はスリープ状態からスマホを復帰させた。

 

「お、足柄からラインが届いたか。えぇと、『おかげさまでスマホ操作は順調だ』と入力したいが、いまいちまだ指で入力するのは慣れていないから……。」

 

そう言ってスマホの中央ボタンを長く押す。

 

『ぽぽん! 音声入力を起動しました。』

 

「おぉ! さすがは私のスマホだ! それでは…………。よし。入力は完了した。これを送信して……、うむ。送れたようだな。」

 

ふぅ、と息をつく長門。窓からさしこむ西日がすでに弱弱しくなっていた。

 

「む、今何時だ?」

 

指をスマホの上画面に走らせ時刻を確認する。

 

「おぉっと、もうこんな時間になってしまったか……。やれやれ、スマホとは結構疲れるものだな。」

 

そう言ってベッドから体を起こし「うーん」と体を伸ばす。

 

「うぅむ。買った本が散乱してしまっているな。今日中にもきちんと整頓しなくては。」

 

散乱する本を見てひとりため息をつく。そしてふと一枚のパンフレットを手にとってみる。

 

「しかし、この携帯電話会社から貰った操作方法マニュアルはあまり役にたたなかったなぁ。足柄が言う本や雑誌を片っ端から買って読んだから、何とかなったのだが。」

 

『DOKOMOお客様向けaIhoneマニュアル』という薄いマニュアルを苦々しく見つめる長門。

 

「それに、店員の説明を聞いていたが、何を言われたのかさっぱり覚えていない……。契約書を読み返してみたが、えぇっと、通信制限はいつ頃かかるのだったかな……。」

 

そう言って本の整頓がてら契約書をもう一度読み返していると、家のドアから鍵を開ける音がガチャガチャと聞こえた。

 

「ただいま帰りました。お母さん、もう帰っていますか?」

 

「あぁ、お帰り、不知火。」

 

出迎えに行くと玄関には大きな防具袋を背負った不知火の姿があった。

 

「もうかなり暗くなっているのに玄関の明かりも、家の明かりもついていなかったので少し心配しました。」

 

「申し訳なかった。じつは……じゃん!」

 

そう言って長門は「ばばぁん!」と不知火の目の前に今日買ったばかりのスマホを出した。

 

「そ、それは……?」

 

「どうだ不知火! これでお母さんもスマホデビューだ!」

 

「あ、あぁ。そうですね。スマホ……ですね。なんというか、その……。」

 

そう言って口ごもる不知火。

 

(お母さん、やけにご機嫌だと思ったら、スマホに買い換えたのね。それにしても……。)

 

「ふふ、どうだ、素晴らしいだろう!」

 

(あれ、本当にスマホ……かしら。軍が新開発した特殊作戦用の暗号発信機じゃないのかしら?)

 

目の前に差し出された頑丈そうなスマホに冷や汗を流す不知火。

 

ゴリゴリしたスマホを前にどうコメントしたらいいのか、彼女は考えあぐねていた。

 

「ふふ、素晴らしすぎて声もでないようだな? 不知火?」

 

「え、えぇ、と、はい。お母さん。」

 

「無理もない。このスマホは不知火のスマホと同じローズピンクのaIphoneだからな。お揃いだ!」

 

(え!? このゴツゴツしたスマホ、私のaIphoneと同じなの!? 色とか、形とか凄い固そうなケースで守られていて全然わかりませんでした!)

 

声にならない叫びを上げる不知火だったが、その様子を長門は「うん、うん。」と満足げに眺めていた。

 

「そうだろう。そうだろう。不知火も私とお揃いで嬉しいのだな。」

 

「は、はい。お母さん。」

 

(お母さん、盛大に勘違いしているけれど、嬉しそうだからまぁ、よしとしましょう。それにお揃いといってもこれでは完全に不知火のaIphoneとは別物にしか見えませんし。)

 

そう思って不知火は長門のスマホを再度チラ見する。

 

「よし、それではせっかくスマホを買った記念だ。不知火、荷物を置いたら一緒に写真を撮ろう!」

 

「ひゃ、ひゃい!?」

 

まさか写真を一緒に撮ろうとは思ってもいないことだったので不知火は声が思わず裏返ってしまった。

 

そしてもじもじと上目遣いで長門をみる。

 

「そ、それは……恥ずかしいです。お母さん。」

 

「何を恥ずかしがるのだ、不知火。私達は親娘なのだぞ?」

 

胸に手を当てながら不知火に「写真を撮ろう!」と説得する長門。

 

「そ、それは、そうですが……。」

 

手を小さく横に振りながら写真を一緒に撮るのを遠慮する不知火。

 

「ならば、写真を撮ろう! さぁさぁ!」

 

ウキウキとあまりにも楽しそうにする長門に不知火は強く断れなかった。

 

(まぁ、確かに二人きりで撮った写真っていままでほとんどありませんでした……。)

 

いまでこそ「お母さん」と長門を呼んで仲良く一緒に生活するようになったが、最初の頃はとても今みたいな関係ではなく、口を聞くこともほとんどなかった。

 

それがあるきっかけでだんだん話をするようになり、今ではお互いになくてはならない本当の親娘のような関係になっている。

 

だがそんな二人が暮らす家には写真が飾られていなかった。

 

普通の家庭なら普通に置いてあるはずの家族写真が。

 

(いい機会かもしれません。少し恥ずかしいですが……。)

 

そこまで思い至り、ポツリと顔をやや横に向けながら不知火は母、長門に話しかける。

 

「お母さん……。」

 

「む、や、やはりダメだろうか……?」

 

顔を横に向け、小さな声を出す娘の様子を見た長門は少し残念そうな表情を浮かべる。が、

 

「いいですよ。写真撮りましょう。」

 

恥ずかしそうに指で頬をかく不知火。

 

「ほ、本当にいいのか? 二人で写真を撮っても……?」

 

「はい……。少し恥ずかしいですが……。ふにゃ!? お母さん!?」

 

突然、長門が不知火を抱きしめやさしく髪を撫でる。

 

「不知火、ありがとう…!」

 

母の柔らかく優しい感触に抱かれる娘。

 

あぁ、この人がいなかったら、私は人としての喜びを感じることができたのだろうか。

 

いや、決してできなかっただろう。

 

そんな思いを抱きながら、不知火も母をやさしく抱き返す。

 

「お母さん。私は不知火は幸せ者です。」

 

「私もさ。不知火。では、写真を撮ろうか。足柄から『自撮』を教えてもらってな。よし、それじゃ撮るぞ。はい、チーズ!」

 

『パシャリ!』

 

「ふふ、いい顔で撮れているじゃないか。」

 

「お母さん、私にもその写真をください。」

 

そう言って不知火は自分のスマホを長門に差し出す。

 

「うむ。わかった。えぇっと、送信するときは、と。」

 

慣れないスマホを操作する長門。頑張って送信しようとするが、なかなか上手くいかずおかしな操作をしてしまう。

 

そんな長門の様子を見かねて不知火が長門に手を伸ばす。

 

「お母さん、もしよろしければ私が代わりにやりますが……?」

 

「そ、そうか不知火、よろしく頼む。」

 

そう言って自分のスマホを不知火に渡す。

 

「このスマホ、お、重いですね……。えぇっと、こうやって……っと。お母さん、できました。スマホありがとうございます。」

 

「いや、礼には及ばないさ。では、落ち着いたら食事にしよう、不知火。今日は不知火の好きなハンバーグだ!」

 

ニコニコする長門。そんな長門につられて不知火も微笑する。

 

「はい。楽しみにしています。お母さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

午前8時29分、鎮守府内小中高一貫校「中学部」職員会議

 

「……と、いうことで輸送路に出現した深海棲艦についてはこのように進めていきたいと思う。」

 

『はい。長門副校長!』

 

「よし、それでは解散。各自ホームルームに向かってくれ。」

 

月曜日になり再びあわただしくなった学校で、長門は凛として職務に励む。そんな長門に足柄が近づく。

 

「む? どうした足柄? さきほどの件で何か質問か?」

 

「いえ、出撃に関しては問題ないわ。それよりもこれよ、これ。」

 

「そ、それは……!」

 

足柄の手にあるスマホに満面の笑みを浮かべる長門と不知火の姿があった。

 

撮影したあと、これをスマホの待ちうけ画面に設定したのは間違いないが、外部に送信した記憶は長門にはなかった。

 

「ど、どこでこれを……!?」

 

「ラインよ。たしか、今登録してるラインは私だけのはずよね? 長門?」

 

「あ、あぁ。そうだ。まだ使い方がよくわからないから、足柄に教えてもらおうと……。しかし、どうして……。」

 

『どうして流出してしまったのか』という言葉が出る前に足柄がさえぎる。

 

「とにかく、今は時間がないから、放課後また話すわ。ちょっと長い話になると思うから、教室を確保したいんだけれど。いいかしら?」

 

足柄の要請に無言で頷く長門。その額にはうっすらと冷や汗が流れ出していた。

 

「じゃ、放課後、いつも私が補習に使っている教室で待っててね。それじゃ、ホームルーム行ってくるわ。」

 

「あ、あぁ。よろしく頼む。」

 

細い声を絞りだす長門はその日、放課後まで終止無言であったという。

 

 

 

 

 

 

 

【放課後】

 

足柄は足早に廊下を歩いていた。明日の授業準備が予想よりもかかってしまったため、長門との約束の時間にやや遅れてしまったからだ。

 

約束の場所である教室にはすでに明かりがついていた。その教室のドアを荒っぽく開ける足柄。

 

「ごめん!遅くなっちゃって、長門。」

 

ドアを開けた足柄の先にはすでに到着していた長門が机に座って待っていた。

 

「いや、私も先ほど仕事を片付けて来たばかりだ。」

 

「それにしても、長門にその机はちょっと小さい感じがするわね。」

 

「ふふ。幼い頃を思い出していたよ。」

 

足柄も話しながら長門の隣の席につき、いよいよ今回の本題にはいる。

 

「で、肝心のスマホの件なんだけれど、心あたりはない?」

 

「そんな、心あたりと言われても……、あっ、そういえば写真を撮った後、操作方法がわからなくて変なボタンを押したな。」

 

「そのあと、画面が切り替わらなかった?」

 

「切り替わったぞ。そこであわててホームボタンを押し、その後不知火に操作を代わってもらったのだが。」

 

合点がいったとばかりに足柄は大きく頷く。

 

「あー、やっぱりね。長門、あなた他のアプリに写真を転送する『共有する』ってボタンを誤って押したのよ。」

 

「な、何? そんな簡単に他のアプリと繋がってしまうのか?」

 

「そうなのよ。特に写真なんかだと他の人にもその写真を見て欲しいって人が沢山いるから頻繁に『共有する』を使うかしら。」

 

「な、なるほど……。」

 

「あとね、これは私達艦娘だと半ば義務なんだけれど、長門、あなたスマホの位置情報をOFFにしていないわね?」

 

「そ、そうなのか?」

 

よくわからないといったふうに長門は自分の頬を人差し指で軽くこする。

 

「ええ。スマホの位置情報が写真についていたわ。昨日の夕方、長門の自宅でこの写真を撮影したのね。」

 

「そ、そこまでわかってしまうのか。そ、それでは万が一、万が一秘密作戦のときにうっかり撮影してそれを外部に流してしまったら……!」

 

わなわなと手を震わせる長門。長門の言葉をつなぐように足柄が話しだす。

 

「えぇ、自分の居場所を外部に漏らしてしまって作戦は台無し。それどころか敵に位置を知られて逆襲される危険すらあるわ。」

 

「な、なんということだ。」

 

「でも、大丈夫よ。単純に位置情報だけオフにすればいいから。」

 

「そ、そんなこともできるのか?」

 

「えぇ。いい? この設定をこうやって……そこでここを押して…………。」

 

長門の持つスマホに足柄が指を指しながら設定の位置情報をオフにする。

 

「こ、これでいいのだな?」

 

「うん。これでバッチリね!」

 

「ふぅ。良かった。しかし、十分に注意して使わなくてはいけないな。スマホというものは。」

 

「そうね。あとはラインなんかだと乗っ取りという危険もあるわ。」

 

「の、乗っ取り!? 私のラインが他人に使われてしまうということか?」

 

「その通りよ。だから、パスワードはできる限り複雑にして、乗っ取り防止の予防措置をとると安全だわ。」

 

「そ、そうなのか……。あ、足柄、申し訳ないが私には操作が複雑でよくわからない。代わりにやってはくれないだろうか?」

 

「いいけれど、本当に私がパスワードの設定をやっていいの?」

 

「あぁ。足柄のことは信頼している。足柄から情報が漏れるということはまずないだろうと信じている。」

 

キリっとした眼差しで足柄と目を合わせる長門に足柄は少し照れてしまう。

 

「そ、そこまで言われちゃうと、照れるわね。まぁ、この飢えた狼にまっかせなさーい!」

 

長門からスマホを預かり、設定作業を進める足柄。パスワードを長門のためにメモ帳に書き留めながら作業を進める。

 

そして数分後、「ふぅ」と息を吐き、長門にスマホを差し出した。

 

「よし。設定完了したわ。パスワードなんかはこのメモ帳に書いてあるから、なくさないようにね。」

 

「本当に色々すまないな、足柄。おかげで安心してスマホを使っていけそうだ。ところで、他に何かやっておくべきことはないか?」

 

「と、言うと?」

 

「いや、先ほどの情報が流出する、というのが少し不安でな。まだ何か盲点があるんじゃないかと勘ぐってしまってな。」

 

う~~ん、と考える足柄。しばらくして「思い出した!」というようなハッとした目で長門を見る。

 

「あ! そういえばひとつあったわ! さすがは世界のビッグセブンね、長門!」

 

「い、いやぁ。そう面と向かって言われると、て、照れてしまうじゃないか……。で、そのひとつとは一体なんなんだ?」

 

「OSの更新よ!」

 

「OS? なんだその救難信号の出来損ないみたいなものは?」

 

「……突っ込まないわよ。」

 

「…………すまない。先に進んでくれ。」

 

長門は少し顔を赤くした。

 

「OSっていうのはオペレーティング・システムの略で、これがないとスマホは動かないの。船でいう機関部みたいなものね。」

 

「なるほど。それで、そのOSとやらをどうすればいいんだ?」

 

「船の機関部も定期的にメンテナンスしないとダメでしょ? それと同じようにOSも定期的に更新がくるわ。そのときに更新すればバッチリよ。やり方は……。」

 

そう言って足柄は長門のスマホを操作してやり方を教える。と同時に長門が忘れないようにメモ用紙にOS更新の手順を書く。

 

「いやぁ、メモを書いてくれるなんて助かるなぁ。ちなみに、OSを更新しないと最悪どうなるんだ?」

 

「そうね。古いOSだと場合によってはハッキングなんかに弱くなっちゃうわね。つまり、個人情報が筒抜けになったりする可能性があるわ。」

 

「うぅむ。そうなのか。わかった、足柄。定期的に更新があるか確認しよう。色々とすまないな。」

 

「ふふ、困ったときはお互いさまよ! ところで、例のゲームはどうなったの?」

 

「いや、まだだ。昨日は操作を覚えるのに精一杯だったからな。今日、家に帰ったらやってみようと思っている。」

 

「それは楽しみね。やり始めたら今度一緒にプレイしましょう。」

 

「何!? 足柄もワールド・オブ・戦艦ズをプレイしているのか!?」

 

「当然よ。ほら。」

 

足柄が差し出したスマホの画面に美しい軍艦のCGがドーンと表示されている。

 

「う、うぉぉぉ! これは素晴らしいグラフィックだな……。なんと! 三笠もあるのか!?」

 

「ふふ。ここまでくるのに苦労したわぁ。でも、ほどほどにしないとね。のめり込み過ぎると大変だから。」

 

「そ、そうだな。私も息抜きにやることにしよう。」

 

「それじゃ、帰ろうかしら? どう長門? 一緒にご飯行かない?」

 

「それはいいな。よし。スマホのお礼だ。好きなものを食わせてやるぞ!」

 

「本当!? じゃあ、鳳翔さんのところの期間限定……。」

 

「あ、あれを頼むのか!? 足柄、いくら好きなものといってもあれは高すぎるぞ!」

 

「世界のビッグ7が嘘つくの? ツイッターで拡散するわよ。」

 

そう言って足柄は自分のスマホを長門の前でチラつかせる。

 

「ぐぬぬ! わかった! この戦艦長門、連合艦隊旗艦の名にかけて嘘はつかん! そうと決まればさっさと行くぞ!」

 

「あぁ~~。長門、待って~~。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。今日もお母さんは遅くなると連絡が来ましたが……本当に帰ってきませんね。」

 

ひとり夕食を食べる不知火がポツリとつぶやく。

 

「仕事で忙しいのはわかっているのですが、やはり、ひとりで食べる夕飯は寂しいです……。」

 

テーブルを挟んだ目の前の空席を見る不知火。目に映るのはやはり誰もいない座席だけ。

 

「ごちそうさまでした。」

 

かちゃかちゃと音をたて食器を片付ける不知火。

 

(食器が触れる音が私ひとりのときは特に大きく聞こえます……。)

 

しばらくして食器を洗い終える。

 

「宿題ももう済ませましたし。こういうときは……。」

 

そういってスマホを手に取った不知火は「ゲーム」とカテゴライズされたフォルダからアプリを起動させる。

 

「今日はみんな宿題が忙しいと言っていたので、インしているのは私だけのようですね。せっかくなので、ここで皆と差をつけてしまいましょう。」

 

『BAaaaN!』というゲームのオープニング音が不知火のスマホから発せられる。そして、その画面の中央に大きな文字で「ワールド・オブ・戦艦ズ」の文字が浮かび上がった。

 

「ふふ。水雷戦隊、出撃します!」

 

ニコニコと年齢相応の少女の顔になる不知火。

 

いつもであれば自分の部屋でこっそりやるゲームだったが、母が帰ってこないということでリビングルームで体を伸ばし、リラックスしていた。

 

「あぁ、また負けてしまいました……。もう一回!」

 

思わず熱中して時間が瞬く間にすぎていく。そして何度目かの戦闘を終了させ出撃する艦艇選択画面に戻り、ふとつぶやく。

 

「こんな姿、ビッグセブンのお母さんに見られたら、大目玉をくらってしまいます。」

 

不知火は母である長門のことを考えていた。

 

「お母さんはビッグセブンで連合艦隊旗艦。そして私の学校の副校長です。そんなお母さんがゲームに浸る私を見たら、なんて言うでしょう。」

 

「年齢相応の遊びじゃないか。少女が熱中するにしては少し硬派すぎるがな。」

 

「ひゃ! お、お母さん!?!?」

 

ふいに背中から声がして飛び上がる不知火。

 

「ただいま、不知火。」

 

「お、お母さん、こ、こ、これは、その……!」

 

あわててスマホを隠そうとする不知火。

 

(ど、ど、どうしよう! 思わずゲームにのめり込んでしまいました。こんな姿見られてしまったら……。いえ、もう見られてしまっています。どうすれば……。)

 

目を白黒させている不知火の顔の前に、母である長門が自分のスマホを差し出す。

 

「不知火、私とも遊ばないか?」

 

戦艦の装甲のようなゴツゴツした母のスマホの画面には「ワールド・オブ・戦艦ズ」というタイトルが大きく映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、初めてスマホゲームを遊んでみたが、なかなかよくできているじゃないか。」

 

二人で大騒ぎしながらゲームを楽しんだ二人は温かいココアを飲みながら就寝前に一息ついていた。

 

「お母さんはまだまだ弱すぎです。もっと鍛える必要があります。」

 

「ふふっ。厳しいことを言うなぁ、不知火は。」

 

「でも」

 

そして不知火は目の前の席に座る長門に大きな笑顔を見せる。

 

「でも、とても楽しかったよ。お母さん。」

 

そんな不知火の笑みに長門も自然と笑顔になる。

 

「ふふっ。そうだな。また一緒に遊ぼう。不知火。ただし……。」

 

「わかっています。宿題をきちんと終わらせたら、ですよね?」

 

「わかっているなら、よろしい!」

 

するとお互いどちらが先というわけでもなく、自然と柔らかい笑みが漏れてくる。

 

いつどうなるかわからない。

 

それが艦娘の運命(さだめ)。

 

だが、今このとき、確かに二人の艦娘は家族の温かさを感じていた。



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第4斉射 はわわわ!マイナンバーって何なのです?『テーマ:マイナンバー』

ホームルームが終わった直後の学校の放課後、というのはいつも部活動がはじまる活気ある時間のひとつである。

 

中高一貫校のシステムをとる鎮守府内のこの学校では部活動も基本は中高一緒に行うことになっている。

 

もちろん、レベル差はあるので同じ部活動でも中学・高校で練習内容が一部違う場合もある。

 

そんな鎮守府の部活動でも一番活気に満ちているのがここ、薙刀(ナギナタ)部である。

 

戦前、この薙刀を修めた有名な女性武道家は生涯無数の試合をし、明確に敗北したのはわずかに1回のみ。

 

ナギナタは2メートルにも及び、それを自在に操る技は圧巻の一言に尽きる。

 

そんな薙刀は女性の武道ひいてはスポーツとして生まれ変わり戦後に連盟が発足し、艦娘の彼女達は体育の必修として必ず習うことになっている。

 

今日も薙刀部の彼女たちは武道場で2メートルを越えるナギナタを巧みに操っていた。

 

「面!」

 

強気そうな少女が鋭い面を繰り出すと同時に対峙する少女に向けて足を前進させる。

 

二人とも防具は着けていない。

 

型(かた)と呼ばれるナギナタの基本操作を身に着ける稽古だ。

 

「……!」

 

やや垂れ目ぎみなその少女が無言で面を刃で受ける。目の印象からか打ち込んできた強気そうな少女と違い、こちらはやや弱気そうに見える。

 

すかさず面を打ちこんだ少女が右手と左手の位置を高速で反転させる。

 

『持ち替え』と呼ばれる技術でナギナタを体に立てるように持ち直し、

 

「スネ!」

 

すかさず垂れ目の少女のスネを打つ。

 

「……!」

 

それも受けきった垂れ目の少女が左斜め後ろに後退しつつ先ほどの強気な少女と同じように得物を持ち替える。

 

「面!」

 

びしり!と音を立て、垂れ目の少女の面が決まってしまった。

 

防具をつけない型の稽古なのでナギナタが直撃してしまった頭部は言うまでもなく、とても、とても痛い。

 

頭をさする強気そうな少女はキッ!と垂れ目の少女を睨みつけた。

 

「いった~~い!!!! ちょっと電、またナギナタで私の頭を打つなんて、どういうことなのよ~~!?」

 

「はわわわわ! 雷ちゃん、ごめんなのです!」

 

誤って強気な少女ー雷の頭を2メートルを超えるナギナタで打ってしまった電は何度もぺこぺこと頭を下げる。

 

そんな二人を気にかけて顧問を務める艦娘が近くに歩みよってくる。

 

「う~~ん。電はもっと空間打突の練習をして感覚を身に着けたほうがいいわね。」

 

「あ、足柄先生!」

 

二人の視線の先には上は白の稽古着に下は黒袴をはいた足柄が同じくナギナタを持って立っていた。

 

「雷は踏み込みすぎよ。それにしても……。」

 

と言って足柄は少しだけ考え、続きを話す。

 

「それにしてもいつもより二人とも落ち着きがないわね。何かあったの?」

 

その問いに顔を見合わせる雷と電。

 

そして電が足柄を見て事情を話しはじめた。

 

「じ、実は……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

それは昨日、学校が終わって電と雷ちゃんが自室でくつろいでいるとやってきたのです。

 

こんこん、とドアがノックされたので二人で開けて出てみると、そこには二通の手紙をもった暁ちゃんが立っていたのです。

 

「なんか、郵便が届いていたわよ。雷に電。」

 

「もう! 暁ったら、また電と私宛の手紙を渡し間違えてるわよ!」

 

「ふ、二人は名前の漢字が似ているから、レディもたまに、そうたまに間違えてしまうのよ!」

 

「何よ、それ~~!」

 

「はわわわ、二人とも、落ち着くのです!」

 

二人とも普段は仲がいいのですが、たまにちょっとしたことでいがみ合うのです。

 

「じゃ、じゃあ確かに手紙は渡したから、それじゃ!」

 

ばたん!とドアを閉めて暁ちゃんは自室に帰っていったのです。

 

「まったく、暁ったら……。」

 

「仕方がないのです。確かに私達の漢字はとてもよく似ているので、間違えやすいのです。」

 

「はぁ、電は本当にお人よしなんだから。まぁいいわ。一体何が届いたのかしら?」

 

「なんか、お役所からの手紙みたいなのです。」

 

その手紙の中には沢山の数字が記入された紙がはいっていたのです。

 

「まいなんばー? 何これ?」

 

「電もよく知らないのです。でも、とても大事なものってテレビでやっていたのをちらっと見たことがあるのです。」

 

「へぇ。どんだけ大事なのよ。これ?」

 

「ちらっと見ただけだから、電もよくわからないのですが、絶対なくしちゃダメって言っていたのを覚えているのです。」

 

「え~~、そんな面倒な代物なの、これ?」

 

「明日、足柄先生に聞いてみるのです! 先生ならきっとこれが何なのか知っているのです!」

 

「でも、明日社会の授業ないわよ? 職員室に行くのも、ちょっとなぁ。」

 

「なら、部活動のときに聞けばいいのです!」

 

「あ、そっかぁ。足柄先生、私達の薙刀部の顧問だしね。そうしよう、そうしよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけなのです。」

 

「なるほどねぇ。で、届いた郵便物について私に聞きたくって、いつもよりも落ち着きがなかったというわけね。」

 

「そうなのです。」

 

「う~~ん。そうねぇ。教えてあげたいけれど、この時間じゃねぇ。」

 

そう言って足柄は稽古場に備えられている時計と見る。

 

型の稽古はいつも部活動の最後に呼吸を整える意味でも行われる。

 

そのため、部活動が始まってからかなりの時間が経過しており時計の短針はすでに7を指していた。

 

(こんな時間からじゃ、教えるのは無理ね。)

 

そう考えた足柄は二人に向かって残念そうに話す。

 

「もう遅いし、明日の昼休みじゃダメかし……」

 

「今日! 今日がいいわ! このままじゃ私達、この”まいなんばー”がなんなのか不安で眠れないわ! 電もそうでしょ!?

 

足柄の言葉をさえぎる雷。話を振られた電は雷の話に同意するように首を強く縦に振る。

 

「はわわ! そ、そ、そうなのです! このままでは私達、”まいなんばー”のせいで路頭に迷ってしまうのです!」

 

必死で足柄に訴える二人。

 

「ろ、路頭に迷うだなんて大げさね。でも、そうねぇ……。」

 

手をあごにあてて考える足柄。その姿をちいさな二人の艦娘がじっと見つめる。

 

(必死ね。この必死さ、な~~んか企んでいそうなのよねぇ。この二人。)

 

ちらっと二人を見る足柄。相変わらず雷と電は無言でじっと足柄を見つめている。

 

(一体何を企んでいるのかしらね。)

 

と、足柄は思い当たることを考える。

 

今日は給料日前日。多くの艦娘の財布で最も閑古鳥が鳴いている日なのだ。

 

そんな日は特に食べ盛りの子どもたちはひもじい思いをする。

 

そこまで考え付いて足柄は「はっ!」と思い至る。

 

(まさか、この子達、そのためにあんなに落ち着きがなかったんじゃ……。)

 

じっと二人を見つめる足柄。

 

すると……

 

『ぐうぅぅぅぅ~!』

 

雷と電のどちらともなく威勢のいい腹の音が響く。

 

恥ずかしそうにする二人を見据える足柄。

 

「仕方がない。そこまで言うなら今日教えてあげるわ。」

 

せっかく今日教えてあげる、と言っても二人は喜んでいない。と、いうことはー。

 

(あぁ、やっぱり、この二人の狙いは……。)

 

そしてニコリと笑みを浮かべる。

 

「ご飯食べてから教えてあげるわ。今日は私についてきなさい。二人とも。一緒にご飯食べましょう。」

 

その言葉を待っていました!とばかりに二人も満面の笑みを浮かべる。

 

(本当にウチの駆逐艦娘達は隠しごとが下手なんだから。)

 

そんな様子を他の薙刀部員達、高等部の北上と大井が眺めていた。

 

「あちゃぁ、また足柄さん、ご飯に連れて行くみたいだよ大井っち。」

 

「そのようですね、北上さん。給料日前で足柄さんもお財布に余裕がないんでしょうから断ればいいのに。」

 

「え? ふふっ、大井っちがそう言うと面白いね。」

 

「ど、どういうことですか北上さん?」

 

「そんな足柄さんに中等部の頃、大井っち猫かぶってあの駆逐娘達みたいに何度もご飯つれてってもらったじゃない。ま、私も便乗してたけれどね。」

 

「ま、まぁそういうこともありましたね……。」

 

「本当、いい先生だよ。足柄さんは。私達、まだまだ力が足りないけれど、せめてこれで恩返ししたいね。」

 

そう言って北上は自分の持つナギナタを見つめる。

 

そんな北上の手に大井は自分の手をそっと重ねる。

 

「大井っち……。」

 

「北上さん、私も北上さんと同じ気持ちです。私達ができることで、足柄さんに教えてもらったこのナギナタでできる恩返しをしましょう!」

 

北上をうっとりとした眼差しで見つめる大井。

 

「大井っち……! そうだね、大井っち!」

 

そう言って北上が大井の腰に腕を回し優しく抱く。

 

「はひゅん! 北上さん……! そんな大胆な……! 駆逐艦の後輩達も見ています……!」

 

「そんなの関係ないよ大井っち。見せ付けてやろうじゃん。」

 

「あぁ北上さん、大好きです。大好きです、北上さん……!」

 

「私もだよ……、大井っち……!」

 

顔を近づける重雷装巡洋艦北上と大井。

 

そんな様子を後輩の駆逐艦娘達は白い目であきれて見ていた。

 

「またよ。北上さんと大井さん。女同士でなにしてんのかしら。」

 

「はわわ! 仲が良すぎなのです!」

 

手で顔を覆いながらもわずかに指を開けてこっそりと見る電。

 

「仲がいいっていうより、あのままだと一線越えそうね。というか、越えてんじゃないかしら。あとでおしおきね。」

 

ポツリ、とつぶやく足柄。

 

「先生、なにか言ったのです?」

 

「何も言ってないわ。さ、時間がないわよ。二人とも、あのアホな先輩みたいにならないように最後まで気を抜かないで稽古に励みなさい!」

 

『はい!!』

 

元気に返事をして二人は思いっきり稽古に励むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまなのです!」「ごちそうさまでした!」

 

ちょこんと椅子に座っている駆逐娘二人が行儀よく両手をあわせる。

 

雷と電はおなか一杯で幸せ!といった満面の笑みを浮かべている。

 

「はい。お粗末さまでした。」

 

二人の満足そうな表情を見て今回の夕食を作った羽黒もニコっとする。

 

「二人ともごめんね。給料日前だからお店に連れて行ってあげれなくって。」

 

と、足柄が少し残念そうな声で話す。

 

「そんな! とんでもない!」

 

「そうなのです! とてもおいしかったのです!」

 

「そう。そう言ってくれると私も嬉しいわ。ま、私がつくったわけじゃないんだけれどね。」

 

「あの、食後のデザートにプリンをつくってあるのですが、雷ちゃん、電ちゃん、食べませんか?」

 

「ありがとうなのです! 羽黒先生! でも、本当にいいのです? ご飯を食べさせてもらって、デザートまで……。」

 

「そ、そうよ。私も電もおなか一杯食べさせてもらっただけでも……。」

 

「ほら二人とも、遠慮しなくていいのよ。こんな機会でもなければ羽黒の特製プリンを食べられないわよ!」

 

「ふふっ。ねぇさんの言うとおりですよ。さ、遠慮しないで。」

 

「あ、ありがとうなのです! ではありがたくいただくのです!」

 

こうして二人の目の前に綺麗なカラメルソースがのったプリンが差し出される。

 

スプーンを持ち、目を輝かせる二人。

 

「さて、おなかも膨れたことだし、本題にはいりましょうか。」

 

「ねぇさん、本題って何です?」

 

「これなのです!」

 

そう言って自分のカバンから電がある封筒を取り出す。

 

「ちょっと電! ”まいなんばー”ずっと持ち歩いていたの?」

 

「はわわ、雷ちゃん、よくなかったのです?」

 

「なるほど、二人はマイナンバーとは何なのかを聞くためにいらっしゃったのですね。」

 

「そうなのよ。」

 

「ねぇさん、私もマイナンバーは詳しくは知りません。この機会に私にも教えてください。」

 

「ええ。もちろんよ、羽黒。そうね、せっかく電が持ってきているから、ちょっと確認してもらいましょうか。」

 

「確認って、何をです?」

 

「マイナンバーっていうからには、数字が与えられているわ。電、数字は何桁?」

 

「えっと、いち、にぃ……12桁もあるのです。」

 

「そう。住民登録を行っている人全員が12桁の数字をもらったわ。ここまでは知っているわね?」

 

「と、いうか、それくらいしか知らない……。」

 

と雷は恥ずかしそうに頭をかく。

 

「マイナンバー制度は正しくは『社会保険・税番号制度』っていうの。」

 

「う~~ん。いかにもお役所っぽい名前なのです!」

 

「特に大事なのは社会保険の部分ね。」

 

「社会保険?」

 

雷が首をかしげる。

 

「社会保険って何なのです?」

 

「そうねぇ。みんなも一度は聞いたことがあると思うわ。お年寄りが……。」

 

「あ、雷わかっちゃった! 年金だ!」

 

「おー! 雷ちゃん、さすがなのです!」

 

「その通り! マイナンバー制度の肝は年金よ!」

 

「ねぇさん、年金がどうマイナンバーに関わっているのですか?」

 

「それはこの制度が始まるきっかけが、年金だからよ。」

 

そう言って足柄は自分のxperi@のロゴがはいったスマホを取り出す。

 

「今から動画をひとつ見てもらうわ。それを見れば何でマイナンバーが必要になったのかわかると思うわ。」

 

 

 

『マイナンバー制度は政権を揺るがしたひとつの事件がきっかけである。

 

 納付記録があるものの【持ち主のわからない年金記録】が【5万件】もあることが2007年2月の国会で発覚した。

 

 いわゆる【消えた年金問題】である。  

 

 記録を管理する社会保険庁は国民から痛烈な批判をあび、マスコミも一斉に取り上げた。

 

 こうして政権を大きく揺さぶる大問題になったのである。

 

 その後、当然宙に浮いてしまった年金情報を確認することになったが、その作業はまったく進展しなかった。』

 

 

「と、まぁ、こういうことがあったのよ。」

 

足柄が動画を一時停止する。

 

「はわわわ、大変なのです! でも、どうして宙に浮いた年金情報の確認が上手くいかなかったのです?」

 

「それじゃ、続きを見てみましょう。」

 

 

 

『過去分をさかのぼってデータの照合を試みたが、なんと、肝心のデータそのものがあいまいだったのだ。

 

 これでは情報照合のしようがない。

 

 そこで今後このように情報が不明確になることが起こらないようにする必要に迫られた。

 

 そして2013年5月。

 

 記録をひとりひとりキチンと結びつけて管理するための【マイナンバー法】が成立した。』

 

 

 

「なるほど、情報をしっかり管理するためにこのマイナンバーは送られてきなのね。」

 

納得するように頷きながら話す雷。

 

「そうね。まぁ、実際のところ、マイナンバーを導入すればお役所仕事が楽になるっていうのもあるけれどね。」

 

「どういうことなのです?」

 

「お役所に年金の申請なんかをするとね、いくつもの手続きが必要になるの。でもマイナンバーが導入されればその手続きがグッと楽になるわ。」

 

「電、わかっちゃったのです! つまり手続きが楽になれば労働力も減るのです!」

 

「そっかぁ! 冴えてるわね、電!」

 

「えっへんなのです!」

 

「ねぇさん、でもマイナンバーって年金も大事ですけれど、他には何に使うのですか?」

 

「そうね……。今後使えることはどんどん増えていく予定みたいだけれど、とりあえずは3つかしら。」

 

そう言って足柄はスマホに資料を展開させた。

 

 

 

☆…マイナンバー、何に使う?…☆

 

①社会保険

 年金の資格取得やその確認、医療保険の保険料徴収など

 

②税

 確定申告書、届出書、調書などに記載

 

③災害対策

 被災者生活再建支援金の支給など

 

 

 

「災害対策もマイナンバーで管理するんだぁ。」

 

「こういったことをするために効率的に情報を管理して連携できるようにするのも目的のひとつね。」

 

「ねぇさん、質問いいですか?」

 

「なに? 羽黒?」

 

「情報を、その、こんなに扱うってことは悪用されたりしないのですか?」

 

「うーん、そうねぇ。さきにマイナンバーを導入した外国だと悪用されたりはしてるわね。」

 

「あぁ、やっぱり。」

 

「日本では悪用されるのを防ぐために強力な罰則を定めたわ。それにデータを完全に盗まれないように分散して管理するようにしているわ。」

 

「なるほど、対策はとられているのですね。少し安心しました。」

 

「ま、マイナンバーを説明すると、ざっとこんなもんかしらね。」

 

「電、マイナンバーが自分の情報をきちんと管理してもらうために大事だということが、よくわかったのです。」

 

「せっかくこういう制度を導入するんだもの。お役所はしっかり私達の情報を管理してもらいたいわ!」

 

「二人ともよく理解したみたいでよかったわ。」

 

わからないことが解決したことでスッキリした雷と電を見て、足柄も満足そうに頷いた。

 

「それでは皆さん、デザートも食べ終わったようなので後片付けしますね。」

 

「あ、羽黒先生。後片付けは私と電がやります! デザートまで頂いたんですもの、それくらいはさせてください!」

 

「そうなのです! お二人は休んでいてください、なのです!」

 

「そうですか? それではお二人にお任せします。何かあったらおっしゃってくださいね。」

 

『はい!』

 

返事をして食器類を片付けに別室にいく雷と電。

 

「ねぇさん、お二人とも満足してくれたようでなによりですね。羽黒もマイナンバー制度がどんなものなのかわかってよかったです。」

 

「そうね。でも、結構遅い時間になっちゃったわね。さすがにこんな時間を二人だけで帰らせるわけにはいかないわね。」

 

「それなら大丈夫です。ねぇさん。」

 

そう言ってスマホを取り出し誰かに連絡する羽黒。

 

(あら、羽黒? 誰を呼ぶのかしら?)

 

足柄は疑問に思いつつ羽黒がスマホを操作するのを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

食器をさげた雷と電はエプロンをつけて食器をがちゃがちゃと音を立てて洗っていた。

 

「それにしても羽黒先生のご飯、本当においしかったわね。そう思わない? 電?」

 

「電もそう思うのです! デザートに出されたプリンも甘さが絶妙でお店で売ってるものよりもおいしかったのです!」

 

「でも……。」

 

「でも、なんなのです?」

 

「羽黒先生ってあんなに可愛くって、こんなに女子力が高いのに浮いた話を聞いたことがないわ。」

 

「う~~ん。そういえば電も聞いたことがないのです。」

 

「実はね……。」

 

そう言って雷はこっそり話しをするために顔を電の耳元に近づける。

 

「羽黒先生、相当な夢見る乙女らしいわよ。」

 

「はわわ! それってどういうことなのです?」

 

「あくまでウワサなんだけれど、馬に乗った侍のような男性が好きで、そんな人をずっと待っているって。」

 

「そ、そんな男の人、今の時代にいるわけないのです!」

 

「だ、か、ら、彼氏もできないんじゃないかって。もっぱらのウワサよ。」

 

「た、たしかにその説が正しければ謎は解けるのです!」

 

「終わりましたか? 二人とも?」

 

と、羽黒が声を掛ける。

 

いきなりウワサ話の主人公が現れたのでビクっと肩を震わせる二人。

 

「あ、あ、あと少しです! 羽黒先生!」

 

「はわわわわわ! そうなのです! 問題はどこにもないのです!」

 

「そうですか? それでは食器を洗い終わったら二人を寮まで送ってもらうので、声をかけてくださいね。」

 

『はい(なのです)!』

 

羽黒が部屋から出て行き、「はぁ!」と大きく息を吐く。

 

「き、聞かれたかな?」

 

「わ、わからないのです。で、でもあの様子ならたぶん大丈夫なのです。」

 

「ん? 今おもったんだけれど、『送ってもらう』って羽黒先生は言ったわよね?」

 

「確かにそう言ったのです。」

 

「羽黒先生か足柄先生が送ってくれるんじゃなくて?」

 

「あ! そういえばそうなのです!」

 

「いったい誰が私達を送ってくれるんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

ぴんぽーん

 

「いらっしゃったようです。それでは二人とも、気をつけてね。」

 

「はい! 今日はごちそうさまでした!」

 

「ありがとうございました、なのです!」

 

そして玄関のドアを雷と電はがちゃりと開けた。

 

するとそこには

 

『ひひ~~ん! ぶるるるるる!』

 

と元気になく馬が二人の顔面の3センチ先に現れた。

 

「ひ、ひ、ひえ~~い!!!!!」

 

驚き飛びのく二人。

 

「ちょ、ちょっと、この展開って……!」

 

以前同じ状況を経験した足柄がおののく。

 

「あぁ! 秋山さま!」

 

うっとりとした表情をする羽黒。

 

馬の背中には革ブーツに赤ズボンを履いた陸軍騎兵将校がまたがっていた。

 

「板型電話機能搭載小型電子計算機に送られてきた要請を受け、参上つかまつった。陸軍第一戦車大隊大隊長、秋山です。」

 

(あ、あのおかしな陸軍の将校!? まさか羽黒がこいつに連絡していたなんて! つーかスマホって言いなさいよ! まどろっこしい!)

 

とまさかの人物の登場で心の中で絶叫する足柄。

 

「羽黒殿。こちらの少女がたをお送りすればよろしいのですか?」

 

「は、はぃ~~。よろしくおねがいします。」

 

ぽわ~~んとした表情で頼む羽黒。

 

状況がよくつかめない雷と電は玄関先で完全に固まっていた。

 

「あ、え、えっと……。」

 

「では、参りましょう。おふた方。」

 

声をかけられるも馬の前で呆然とする駆逐艦娘達。

 

「え、えっと、あの、その……。」

 

「二人とも、大丈夫ですよ。秋山さまが二人をちゃんと寮まで送ってくださいますから。」

 

「左様。この命に代えてもお二方をお守りいたす。」

 

「あぁ、秋山さま、素敵です……!」

 

「二人とも気をつけてね……。」

 

半ば諦めたような声を出す足柄。

 

「は、はい。」「な、なのです。」

 

こうして雷と電を引き連れた騎兵が駆逐寮まで行くことになった。

 

よく晴れて月の光が美しい。

 

そんな中、パカパカパカという馬のひづめの音だけが夜の鎮守府に甲高く響くのだった。




参考文献
梅屋真一郎『知らないとどうなる!?いちばんわかりやすいマイナンバー』日本能率協会マネジメントセンター、2015


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【番外編】一航戦と日本の翼~連載中~
緊急指令!敵は空の彼方にあり!


~筆者より読者の皆様へおわび~
思ったより筆が乗らなかったため、番外編という形に変更いたします。
時事問題の解説を望んでいた読者の皆様、申し訳ありません。
でもせっかく書いたのを捨てるのももったいないのでこのまま書ききり、残したいと思います。
あくまでオマケ程度に考えて読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いします。


冬。

 

それはあらゆるものが色を失う死の季節。

 

木々は枯れ果て、草は茶色く変色し、その死に体をいたわるかのように優しく雪が覆いかぶさる。

 

(どこに行っちゃったんだろう。)

 

少女は学校の窓から見える冬景色を苦々しい思いで見つめる。

 

(まるで今の私の心の中、そのままのような景色。)

 

「はぁ~~。」

 

そんな少女の姿を教室の外から心配そうに見つめる3人。

 

「あら? 妙高姉さんに那智に羽黒、そんなところで何やってるの?」

 

「しっ! 静かに、足柄!」

 

「え!? ご、ごめんなさい妙高姉さん……。」

 

「それよりも姉貴、こっちこっち!」

 

そう言って足柄を手招きする那智。

 

「もう、一体なんだって言うのよ……。」

 

「姉さん、吹雪ちゃんの様子がここ数日おかしいんですよ。」

 

「え!? え、えぇ、そうなの?」

 

歯切れ悪く答える足柄。

 

「えぇ。数週間前から徐々に元気がなくなってしまって、とうとうこの有様です。」

 

羽黒の目線の先にいる吹雪は何かをブツブツ言いながら机に突っ伏していた。

 

「一体どうしたというのだ、吹雪は。」

 

「まったく私の妹達はにぶいんですから……。」

 

「何!? 妙高姉は吹雪の体調悪化の原因を知っているのか?」

 

「当たり前です! この状態はまず間違いありません。きっとあれが原因でしょう。」

 

「き、聞かせてください、妙高ねぇさん! 吹雪ちゃんは私の受け持ちの生徒、私、心配で、心配で……。」

 

こくり、と頷く妙高。そして重々しく口を開く。

 

「それは……。」

 

『それは……?』

 

ごくりと唾を飲み込む妹達。ただし、その中の一人は別の意味で唾を飲み込んでいた。

 

(え!? ま、まずいわね。 妙高姉さんに情報が漏れていたのかしら? 出所は、やっぱり我らがアホ提督よね。それにしてもまずいわ。)

 

足柄が眉間にしわを寄せる。だが、その様子に気がついた者は誰もいなかった。

 

「それは、ずばり恋よ!」

 

『こ、恋!?』

 

「く、詳しく聞かせてくれ、妙高姉!」

 

那智が妙高に説明を求める。

 

「私の推測では、おそらく吹雪ちゃんには愛する男がいたの。でも、クリスマスの夜、その男から突然別れ話を切り出されてしまった。」

 

『……。』

 

無言で妙高の話に聞き入る妹達。いずれの目も真剣だった。足柄を除いて。

 

「『いやです! 私、あなたとずっといたい! お願いだから、私をひとりにしないで!』そう吹雪は男に懇願する。でも、男は実は吹雪に気づかれないように他の女をつくっていたの。」

 

「ひ、ひどい。そんなのひどすぎます。」

 

目に涙を浮かべる羽黒。

 

「『てめーにはもう興味ねぇんだよ!』そう吐き捨てるように言った男は、腕にすがる吹雪を払いのけ、新しい女と共にどこかに去ってしまった……。」

 

「くそったれ! 吹雪があまりにもかわいそうだ!」

 

ガン!と壁を強く叩く那智。

 

「そして吹雪は心の傷を癒すため、冬休みの宿題に励み男を忘れようとした。でも……。冬休みが終わり、学校が始まってしまい、やることがなくなった吹雪は再び男を思い出す。そして、今のこの状況があるのです。」

 

「さ、さすが数学教師の妙高姉……。論理的な推測だ。」

 

「うぅぅっ。ふ、吹雪ちゃん、クリスマスにそんなことが……。冬休みもつらい思いを……。うぅぅっ。」

 

姉に尊敬の眼差しを向ける那智。その隣で涙を流す羽黒。

 

自論を述べた妙高は満足そうな表情を浮かべている。

 

「まぁ、好きな人がどっか行っちゃったのは間違いないんだけれどね。てか冬休みの宿題ってなんなのよ。」

 

ポツリとつぶやく足柄。

 

「ん? 何か言いましたか、足柄?」

 

「い、いや、なんでもないわよ、妙高姉さん。」

 

「さて、そろそろ授業が始まるわ。吹雪ちゃんのことも気になるけれど、恋の病は時間に解決を任せるのが一番だわ。みんな、授業に抜かりがないように今日もがんばりましょう!」

 

「そうですね。吹雪ちゃんのことは気になりますが、しばらく様子をみます。妙高ねぇさん、足柄ねぇさん、那智ねぇさん、どうもありがとうございました。」

 

「とんでもない! また何かあったら相談しろよ、羽黒!」

 

「はい!」

 

「それじゃ、またお昼休みにね。」

 

そう言って姉妹は別れ、それぞれの授業担当クラスへと向かっていった。

 

そんな妙高たちの様子に目もくれず、ただひたすら机に突っ伏す吹雪。

 

「赤城さん、赤城さん、私を残してどこに行ったんですか? 赤城さん…………。」

 

乾いた唇で弱弱しく言葉をつむぎだす吹雪。そんな吹雪を心配して級友たちが声をかけるが吹雪はまったく意に介さない。

 

「赤城さんの大好きな鎮守府カレー大食いコンテストもそろそろですよ……。赤城さん、どこに行っちゃったんですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

数週間前。

 

「まったく、私だって忙しいっつーのに、何の用なのよハゲ提督。」

 

提督から急な呼び出しがかかり、自分の用事をすべてキャンセルするはめになった足柄は文句を言いながら提督執務室につながる階段を登っていく。

 

「これでまたタバコ買ってこいとかだったら、今度こそ股についてるモノ引き千切ってやるわ。」

 

「さすがにそれはかわいそうですよ、足柄さん。」

 

後ろから声を掛けられた足柄は「ん? 誰?」といった表情で振り返る。

 

そこには特徴的な朱色の袴をはいた女性が立っていた。

 

「あら? 赤城じゃない。ここにいるってことは、赤城も提督からの呼び出し?」

 

「はい。本当は嘔吐するくらい嫌なのですが緊急の呼び出しなので仕方がありませんね。」

 

「赤城、あなたも相当ひどいこと言うわね……。」

 

しばらく歩き、「提督執務室」と書かれたドアの前にたどり着いた二人はノックして入室する。

 

「失礼いたします。提督からの緊急の呼び出しということで参上致しました。赤城と足柄です。」

 

「よく来た。二人とも。」

 

執務室の中にはアロハシャツを着た逞しい体つきの男が待っていた。その執務机に無造作にひろげられている成人誌を見て足柄の眉がぴくっとあがる。

 

「提督、これで肩を揉めとか言ったら今度こそ潰してあげるわ。」

 

「ま、まて、足柄! つ、潰すってどこをだ!?」

 

「あそこに決まっているでしょうが!」

 

素早く飛び掛る足柄からほうほうの体で必死に逃げる提督。

 

足柄と提督が激しい肉弾戦をしている傍らで赤城が冷静に机の上の成人誌をゴミ箱に叩き込んでいく。

 

「で、用件はなんなんですか提督? たいした用がないなら私は提督の財布を奪ってご飯を食べに行きますが。」

 

足柄に首をしめられかけながら苦しそうにする提督は自分の財布を持っていこうとする赤城に手を伸ばす。

 

「おい! やめろ! やめてくれ赤城さま! おい! 手をはなせアラサー!」

 

「誰がアラサーよ!」

 

「ぐえぇぇ! すまない! すまなかった、足柄閣下! 俺よりも階級上にしてやるから許してくれ!」

 

「ふん。 まぁ今回はこのへんで許してあげるわ。で、用件はなんなのよ?」

 

ぜぇぜぇと息を切らし椅子に戻る提督。アロハシャツはよれよれになってしまったが、その眼光が鋭く光った。

 

「深海棲艦が南方鎮守府を爆撃した。」

 

その一言に「はぁっ!?」と怪訝な顔をする二人。赤城が提督に尋ねる。

 

「お言葉ですが提督、南方鎮守府方面の深海棲艦をとっくに駆逐され、海域は平穏そのもののはず。それにその鎮守府には加賀さんをはじめとした空母群もいますからどう考えても誤報なのでは?」

 

いつものアホな様子とは打って変わって真面目な表情で赤城の話を聞く提督。

 

彼は黙って赤城たちに一枚の写真を見せる。

 

「こ、これは!?」

 

「嘘!? 南方鎮守府が!?」

 

差し出された写真には完膚なきまでに破壊された南方鎮守府の姿が刻銘に映し出されていた。

 

「これは誤報などではない。間違いなく、深海棲艦が爆撃したのだ。」

 

「で、でも、哨戒網にもひっかからずどうやって爆撃するのよ!?」

 

「ひとつだけ方法がある。空母を使わず、我々の探知圏外から攻撃を仕掛ける唯一の方法が。」

 

「はぁ!? 空母を使わないで、どうやって南方鎮守府を爆撃できるのよ! またふざけたことを言ってぇ!」

 

そう言って足柄は提督につかみかかるが、赤城は手をあごにあて静かに考えた。そして、空母という航空機運用のプロであるがゆえにその答えにたどりつく。

 

「ま、まさか……!?」

 

赤城が思いついたその考えは、今まで深海棲艦が絶対とらなかった手法だ。それ故、対策もとられてこなかった。

 

「え? 赤城どうしたの?」

 

赤城の様子の変化に気がついた足柄が提督を殴る手を止める。

 

「気がついたようだな、赤城。」

 

「……はい。」

 

「え? どういうこと? 何に気がついたっていうの?」

 

「赤城、君が到達した答えをいってみろ。」

 

そして、赤城はまっすぐに提督を見据え、はっきりした声で答える。

 

「敵、深海棲艦は我々の索敵圏外の長距離から高高度爆撃機を飛ばし、爆撃したものと考えられます。」

 

「な!? なんですって!?」

 

「現在、深海棲艦を探知できるのは我々艦娘だけです。爆撃されたのは深海棲艦を駆逐しきったはずの南方鎮守府。しかも空母部隊があり偵察機も潤沢にあるにも関わらず敵を探知、迎撃できなかったからこその基地壊滅。以上のことから敵は長距離爆撃、しかも高高度を飛行しての爆撃に成功したものと考えます。」

 

「いい答えだ。赤城。」

 

アロハシャツの提督はそう言って別の資料を出す。

 

「これは今回の戦闘記録だ。」

 

その資料を赤城がとり、足柄と一緒に目を通す。

 

「かいつまんで話すと偵察機が敵を発見したとき、すでにやつらは鎮守府の防衛ラインを悠々と越えていたらしい。発見が遅れたのはすでに敵は撃滅したという慢心がもとで定時警戒の偵察機の数を減らしていたっていうのもあるがな。」

 

「で、でもあそこには加賀をはじめとした空母がいるでしょ? どうして迎撃できないのよ!」

 

「足柄さん、敵は高高度、つまり我々がもつ戦闘機が上昇できる限界よりはるか上を飛んできたのです。迎撃は極めて困難。いえ、無謀といえるでしょう。」

 

「うむ。赤城の言うとおりだ。加賀たち空母群は発見の報と同時に迎撃部隊を空にあげた。しかし、敵のいる高度まで迎撃機は届かなかった。現状では赤城、お前のー。」

 

提督の言葉をつなぐように赤城が話す。

 

「はい。私の妖精たちも現在装備している航空機ではこの爆撃機相手に迎撃できません。」

 

その言葉を聞き口の両端を上げる提督。そんな彼の表情を見て足柄は機嫌を悪くする。

 

「ちょっと提督、何笑ってるのよ。気持ち悪い。」

 

「ふふっ。ウチのエースはしっかり現状を把握してくれて助かる。これで前大戦のように気合で何とかなると言ったらどうしようかと思ってな。」

 

「私は一航戦の赤城。前大戦のようにはいきません。」

 

キッとした目つきで言い放つ赤城。

 

「で、でもどうするのよ! 赤城でも迎撃できないならどうしようもないじゃない!」

 

「対策はある。」

 

「え?」

 

再び提督は赤城の前に書類を出す。

 

「超極秘……ですか?」

 

「そうだ。赤城、君だけここで目を通せ。」

 

「わかりました。」

 

「提督、赤城を呼んだのはそれ見せるためだってわかったけれど、私を呼んだのは何でよ?」

 

「足柄、お前に頼みがある。この通りだ。」

 

そういって頭を下げる提督。いつも喧嘩ばかりしている提督が本気で頭を下げる姿に足柄が動揺する。

 

「な、なんなのよ!? 気持ち悪い!」

 

「頼む、足柄。全主砲と魚雷を撤廃して98式10センチ65口径砲に換装してくれ。」

 

「そ、それに換装しろってことはつまり……。」

 

「あぁ。対空巡洋艦になって欲しい。今、対空任務に当たれるのは既に赤城の護衛をして対空砲に換装している吹雪だけだ。そこでお前もその任務に当たれるように換装して欲しいんだ。」

 

「わかってるわよね? 魚雷まではずすってことは、私の巡洋艦としての誇りを捨てろってことだって。」

 

「頼む。お前しかいないんだ。いつも俺に喧嘩を吹っかけてくるお前なら、俺の心は痛まない! ってブホぅっ!!」

 

間髪いれずに提督を思いっきりぶん殴る足柄。

 

「て、てめぇー! 思いっきりぶん殴られて顔が変形しちゃったじゃねぇか!」

 

「少しイケメンになったわよ、提督。」

 

「まじか。お前の目、腐ってるんじゃねぇか? ってブホぅっ!」

 

再び提督をぶん殴る足柄。そしてゴムまりのように飛んでいく提督。

 

「ふん! いい気味だわ。」

 

「はぁ、はぁ、や、やはりダメか? 足柄?」

 

よろよろと立ち上がり弱弱しく言葉を吐く提督を足柄は見る。そして軽くため息をつき髪をかきあげた。

 

「やってやろうじゃない。南方鎮守府のみんなが対抗できなかった敵と戦えるんですもの。こんな面白そうな話、乗らないわけないでしょ!」

 

「そう言ってくれると思ったぜ! 実は肝心の対空砲の数が揃わなくてな、一隻しか換装できないってことで一番錬度の高い巡洋艦のお前を呼んだんだ!」

 

「最初っからそう言いなさいよ! だからアホなのよ、あんたは!」

 

「ふん! 仕方ないだろ、アホなんだからな。で、赤城、お前はどうだ?」

 

「内容は理解しました。しかし、よろしいのですか? 前例がないのでは?」

 

「だからこそ、最強の艦娘たるお前に頼むんだ。」

 

「……。異存ありません。これで皆を守れるのなら、よろこんで。」

 

そして提督は足柄と赤城を見る。二人の決意を確認し、辞令を発する。

 

「では、巡洋艦足柄。早急に主砲及び雷装を65口径10センチ砲に換装せよ。本日付で艦種を防空巡洋艦に変更する。」

 

「わかったわよ! ま、私にまかせなさ~~い!」

 

足柄の返事に少し苦笑いする提督。

 

「そして、空母赤城。」

 

「はい。」

 

「極秘資料に従い大規模改装のち、敵爆撃機を殲滅せよ。」

 

「了解。」

 

「大規模改装が必要となる赤城は一旦ここを離れることになる。今回の件は情報漏えいがないように念をいれての極秘扱いだ。よって、赤城は秘密裏にここを出る。足柄、このことは誰にも話すなよ。厳命だ。」

 

「わかったわ。」

 

「では解散する。今日はすまなかったな。お前ら、ついでにタバコ買ってきてくれ……。あれ? なんで二人とも指の骨をポキポキ鳴らしてるんだ……って、ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

断末魔の叫び声を発する提督。その声を聞き駆けつけた艦娘は誰もいなかったという。



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なんてったって一航戦

~筆者より読者の皆様へおわび~
思ったより筆が乗らなかったため、番外編という形に変更いたします。
時事問題の解説を望んでいた読者の皆様、申し訳ありません。
でもせっかく書いたのを捨てるのももったいないのでこのまま書ききり、残したいと思います。
あくまでオマケ程度に考えて読んでいただければ幸いです。
よろしくお願いします。




うぅうぅうぅぅぅぅぅぅうぅぅううう~~

 

鎮守府内にけたたましいサイレン音が鳴り響く。

 

(ついに来たわね……。)

 

いままさに公民の授業をしようとしていた足柄はキッと天を睨む。

 

サイレン音と共にオペレーターをしている大淀の声がスピーカーから発せられる。

 

『深海棲艦大型爆撃機が鎮守府に接近! 深海棲艦大型爆撃機が鎮守府に接近! これは訓練ではない! 繰り返す、これは訓練ではない!』

 

サイレンと放送を聞きおどおどする生徒たち。

 

「も、もしかしてその爆撃機って南方鎮守府を攻撃したやつらじゃ……。」

 

「はわわわ! だとしたらかなりマズイのです!」

 

「ど、ど、どうしよう!」

 

「お、お、お落ち着きなさい! れ、れ、レディはいついかなる時でも冷静、そう冷静なんだから!」

 

(いつも出撃する時にくらべて、みんな動揺してるわね。)

 

それもそのはずか、と足柄は唇をかむ。

 

以前空爆された南方鎮守府配属の艦娘達。

 

南方鎮守府が大きな損害を受けたため彼女達の一部はここに一時配属となっていた。

 

が、そんな彼女達が体験した敵新型爆撃機の攻撃の話がウワサとなって鎮守府全員が聞き知っていたのだ。

 

ウワサほど恐ろしいものはない。正確な情報でないぶん尾ひれがつき、必要以上の恐怖を抱かせる。

 

そんな浮き足だつ生徒たちを前に、足柄は務めて冷静に声を掛ける。

 

「慌てないで皆。まだ爆撃されたわけではないわ。こちらの偵察網が敵を捕らえたから爆撃機が接近しているのがわかるのよ。」

 

それを聞いた吹雪がクラス全体に響きわたるような声で話す。

 

「そうですよ! まだ私達は爆撃を受けていません! 南方鎮守府のようになるとは、まだ決まっていません!」

 

赤城が消えたショックで目の下にくまをつくっていた彼女であったが、強い眼差しで級友を見据えぐっと胸の前で拳を握り締める。

 

「吹雪の言うとおりよ。私達はまだ負けていない。勝負はやってみないとわからないわ。」

 

(このときのために準備してきたんですもの。暴れさせてもらうわ。)

 

足柄のそんな思いがつい顔に出てニヤリと笑ってしまう。

 

「あ、足柄さんは、笑っている……。」

 

「私達にとっては未知の敵も同然なのに……。」

 

ニヤリと不敵に笑う足柄を見た生徒達は徐々に落ち着きを取り戻す。

 

「そうよ! 私達だって足柄さんと同じ艦娘よ! 訓練の成果、見せてやろうじゃないの!」

 

「第6駆逐隊の力、みせてやるのです!」

 

「ハラショー!」

 

先ほどまで慌てふためいていた駆逐艦娘たちがにわかに元気になっていく。

 

「みんな、がんばるぞー!」

 

『おー!!!!!!』

 

そんな生徒達を見て「よし!」と大きく頷く足柄。

 

「全員、戦闘態勢に移行します。所定の配置につきなさい。」

 

『はい!』

 

足柄の指示に従い整然と迎撃に向かう艦娘達。そんな中、足柄はひとりの生徒を呼び止める。

 

「駆逐艦吹雪。」

 

「は、はい!」

 

突然呼び止められた吹雪は声を裏返して返事をする。

 

「あなたは私と一緒に職員室へ来なさい。」

 

「は? いえ、なぜでしょうか? 私もみんなと……。」

 

「ごちゃごちゃ言ってないで一緒にいくのよ!」

 

「は、はいぃぃぃ~~。」

 

吹雪の袖をつかんで足柄は半ば強引に職員室へと連れて行く。

 

(な、なんで私だけ? 赤城さんもいない中、私、どうすればいいの!?)

 

そうこうしているうちに職員室に到着する二人。

 

鎮守府では多くの大型艦種が教職についている。そのため有事の際職員室は作戦司令部としても機能するようになっていた。

 

その職員室もとい作戦司令部を預かる長門が二人を仁王立ちで待っていた。

 

「来たか。」

 

敬礼する足柄と吹雪。

 

「防空巡洋艦足柄、駆逐艦吹雪、参上いたしました。」

 

頷く長門。その周りには加賀、金剛、比叡の三人が直立していた。その末席に二人も加わる。

 

「知っての通り、敵の新型爆撃機がこちらに向かってるとの情報が入った。お前達にはこれを迎撃してもらう。非常に重要な任務だ。」

 

指示を出す長門に対して金剛ばビシっと手をあげ発言を求める。

 

「どうした金剛?」

 

「HEY、長門!? 質問いいデ~~ス?」

 

「手早く頼むぞ。」

 

「その爆撃機をこの面子でどうやってInterceptするデ~~ス? ここにいる加賀ですら手も足も出なかったネ!」

 

金剛の言葉にムっとする加賀だったが、実際南方鎮守府に配属されていたときに深海棲艦の新型爆撃機を防げなかったので反論はしなかった。

 

「その言葉、少し頭にきました。しかし、それが事実であることに変わりありません。一体どうやって迎撃するのですか?」

 

「ひえ~~い! まさかの打つ手なしですか? そんなぁ!」

 

「Oh! My sister 比叡! どさくさに紛れて私に抱きつこうとしないでくだサ~~イ!」

 

(提督もとんでもない面子を主力部隊にするな……。)

 

金剛の脚に頬ずりしようとする比叡を一瞥した長門は目つきをより鋭くする。

 

(や、やばいデ~~ス。長門、So Angryヨ。比叡、はやく私から離れるネ!)

 

必死で比叡を自分の脚から引き剥がす金剛。

 

「でも、本当にどうやって迎撃するのですか? 私の零戦隊はこの鎮守府で前回よりも力をつけていますが、さすがに迎撃高度までは上がれません。」

 

加賀の質問に長門が答えようと口を開けたそのときだった。

 

「打つ手は、あります。」

 

凛としたよく通る声が職員室の奥から発せられた。

 

その声に全員がバッと振り向く。

 

いち早くその声の持ち主が誰か理解したのは、吹雪だった。

 

「そ、その凛とした声。まさか、まさか……。」

 

吹雪が両手を頬にあてカッと目を見開く。

 

コツコツと長門たちに向かって歩いてくる声の主。

 

白色の第二種軍服を着こなし、その背にはライフルが。

 

肩の飛行甲板は木目調ではなく、装甲板をはったかのように鈍く輝く。

 

だが弓を射るときの弦のようなギリリとしたその眼差し。

 

そして美しい黒髪。

 

そんな艦娘はこの世にたった一人。

 

「みなさん、お久しぶりですね。」

 

大粒の涙を浮かべ喜ぶ吹雪。

 

自分達の知っている衣装でないその姿に驚く加賀、金剛、比叡、足柄。

 

そしてその反応をみた長門がフッと笑う。

 

「赤城さん!」

 

そう叫び吹雪は赤城に思いっきり抱きつく。

 

そんな彼女の頭を愛おしそうに赤城は撫でる。

 

「赤城さん……、ひっく……、赤城さん……。」

 

「吹雪さん。突然いなくなってしまって本当に申し訳ありませんでした。」

 

「いいんです。いいんです……。赤城さんが帰ってきてくれただけで、吹雪は幸せです……!」

 

「ひえ~~い! でも、赤城さん、本当にどこに行っていたんですか? それに、その姿は?」

 

その質問に答えるように赤城は左腕で吹雪を抱きながら長門に敬礼する。

 

「航空母艦赤城、近代化改装及びその戦力化を完了いたしました。いつでも出陣できます。」

 

「ご苦労だった、赤城。ま、こういうことだ皆。」

 

「ふぅっ! これでやっと秘密じゃなくなったわけね。肩の荷が下りたわ。」

 

「足柄、知ってたデ~~ス!?」

 

「怒らないでよ! 万が一、敵に赤城の情報が漏洩するとまずいってことで秘密だったんだから!」

 

「なるほど、赤城さんがいなかった理由は改装のためだったのですね。理解しました。で、肝心の作戦は?」

 

手をあごにあて加賀が長門に尋ねる。

 

長門は無言で頷き、作戦を伝える。

 

「今回の迎撃任務、旗艦は赤城。赤城より発艦する新型戦闘機を以って敵爆撃機を撃滅する。」

 

「ちょ、ちょっと待つデ~~ス! 敵は高高度を飛んできマ~~ス。そんな敵を倒せる装備を赤城はしているんデスカ?」

 

赤城は金剛の目を見てゆっくりと頷く。

 

「わかったネ。今回の旗艦、赤城で文句なしネ。」

 

「では続けるぞ。加賀は戦闘機隊をあげて敵機迎撃に向かう赤城戦闘機隊を援護する。さらに空母護衛に戦艦金剛、比叡、そして防空艦として足柄、吹雪をその任に当てる。以上だ。武運を祈る。」

 

「なるほど、赤城さんの持つ新型戦闘機、それが今作戦の肝ということね。以前の恨み、ここではらします。」

 

「やってやるデ~~ス! 全力で赤城を援護するネ!」

 

「お姉さまに恥はかかせません! 金剛型二番艦比叡、全力でいきます!」

 

「魚雷までとっぱらったのよ? 飢えた狼の実力、みせてあげるわ!」

 

「赤城さんは、赤城さんは私が守ります!」

 

全員の言葉を受け、赤城がその気持ちをまとめるように長門に敬礼して出撃の挨拶をする。

 

「一航戦赤城、出撃します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

深海魚のように独特で、それでいて禍々しいそのフォルム。

 

ガガガガガガガという大きなプロペラ音がまるで空の王者のごとく強烈に自己主張する。

 

その数はそれほど多くはない。が、とにかく巨大だった。

 

その巨体が、雲をはるかに突き抜けた高高度、超空と呼ぶに相応しい空を我が物顔で飛ぶ。

 

これこそ深海棲艦が送りだしたまさに空の悪魔であった。

 

その空の悪魔を護衛するため、深海棲艦戦闘機隊が中高度を飛ぶ。

 

まさに悪魔の使いといった具合である。

 

悪魔を護衛する彼らは、いつもの空母発艦ではなく、本来であれば作戦圏外の地域からの出撃であった。

 

故に、その燃料に余裕はまったくなく、一戦したら使い捨てのように墜落し、救助もされないことになっていた。

 

しかし、そんなことは深海棲艦にとってどうでもいいことだった。

 

そう、目的が完遂するのならば、仲間の命なぞ知ったことではない。

 

彼女らの目的。

 

そのフレーズを飛行中、すべての悪魔達がささやき続ける。

 

「ニンゲン共。哀レナ者ドモ。欠陥品ドモ。我ラヲ恐レ、我ラニヒレ伏セ。」

 

そしてひときわ大きく唱和する。

 

『我ラノ恨ミ溶ケキルマデ。』



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第五斉射 小さなレディとポンコツ勇者 『テーマ:家庭用ロボット』~連載中~
暁と謎の漂着物


とりあえず書いたものを投稿します。
テーマは家庭用ロボットです。
いつもどおり今回は序章になります。また、今回はある作品とクロスオーバーしています。
「ババン!バン!とバトルだ!」


武道の稽古には特別な稽古方法がいくつか存在する。

 

まずは「朝稽古」。文字通り早朝、体がまだ睡眠から完全に覚醒していない状態で稽古をすることである。

 

次に「寒稽古」。これもその名の通り冬の寒い時期にあえて暖房などをいれずに稽古場あるいは野外で稽古をすることである。

 

どちらも「特別」な稽古方法であるわけ。

 

それはどちらの稽古方法も”とても”つらいから特別なのだ。

 

もちろん、つらい稽古をこなすことで心身ともに頑強になるという目的があるから行うのであって、何の意味もなく行っているわけではない。

 

ここ鎮守府のとある部活動では今まさに「朝」稽古と「寒」稽古を同時にこなしている真っ最中であった。

 

「ほら、あんた達~~! まだ浜辺を10往復しただけよ! この程度でへこたれてるんじゃないわよ!」

 

竹刀をもった足柄が地面をバシバシと叩きながら生徒である艦娘達を叱咤する。

 

「ひ、ひぃ~~! 狼よ! 飢えた狼がここにいるわ!」

 

ぜぇぜぇと息を切らしながら鬼のように自分達をしごく足柄に文句を言う暁。

 

「そ、そんなことを言ってはダメなのです、暁ちゃん……。はぁはぁ。」

 

「ボリズィニイィ(つらい)……。」

 

「そんなこと言ったって、まだ朝日も昇っていないのよ。はぁはぁ。その上、昨日の雪がまだ残っている中で稽古するだなんて……。」

 

「た、たしかに寒いのです……。はぁはぁ。」

 

「ドゥバ(キツイ)……。」

 

「で、でもあんまりしゃべってちゃ……。」

 

そう言い掛けた雷がちらっと足柄を見る。

 

すると足柄はニコっと笑みを投げかけてきた。

 

(やばい! これは……殺られる!)

 

そう第六駆逐隊の面子が思った瞬間、竹刀を振りかざして足柄が猛ダッシュで襲い掛かってきた。

 

「あんた達~~! しゃべってる暇があったらもっと根性いれなさい! 私が根性ぶちこんであけるわ~~!」

 

「ぎゃ、ぎゃ~~! 狼、いや鬼よ! このままだと鬼に噛み付かれるわ! だ、第六駆逐隊、散会!」

 

「に、逃げるのです!」

 

「仕方ないわね!」

 

「了解、響、戦域を離脱する。」

 

そう言った第六駆逐隊はまるでいつも練習しているかのように足柄に対して華麗に四方に散っていく。

 

「こ、こら~~! あんた達、なんで逃げるのよ! とっ捕まえていつもの10倍、稽古させてやるんだから!」

 

「それが嫌だからこうして逃げるのよ!」

 

「怖い! 足柄先生怖いのです!」

 

「チッキー(逃げろ)!」

 

「み、みんな武運を祈るわ!」

 

先ほどまで息切れしていたとは思えないほどの脚力で足柄から逃げていく駆逐娘たち。

 

「こんなに体力が残っているなら、まだまだ稽古ができそうねぇ! あ~~か~~つ~~き~~!」

 

「ひ、ひぇぇぇぇぇい! なんで? なんで暁を追ってくるのよ!」

 

「逃げてばかりいると立派なレディにならないわよぉぉぉぉぉお!」

 

「いつまでも結婚できないでいる足柄先生に言われたくないわ!」

 

「なにぃぃぃぃ! もう許さないわよぉ、暁ぃ!」

 

見るものを震え上がらせる形相で暁を追う足柄を一目だけチラっと見た暁は

 

(逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ!)

 

と身も心も大泣きしながら大声で叫んだ。

 

「さ、最大戦速!」

 

「あ、ちょ、ちょっと! 暁!」

 

足柄の声が届かないほどの速さで暁は浜辺の奥に猛烈な速度で消えていった。

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ。こ、ここまで来ればもう大丈夫……よ……ね?」

 

全速力をだして足柄を振り切った暁が息切れしながら浜辺に腰をゆっくりおろす。

 

「も、もう、だめ……! さすがの暁も、もう、もう限界よ……!」

 

深呼吸をしながら、ぼんやりと海を見る。

 

「そういえば、いつも海のそばで生活しているのに、じっくり海を眺めたことってなかったわね。」

 

暁の息が整っていくのにあわせるかのように太陽がゆっくりと昇っていく。

 

朝日がそこに生きるすべての者に平等に降り注ぐ。

 

「きれい……。」

 

自分でも気づかないくらいポツリと出たその言葉は、今の光景をあらわすのにそれ以上必要がないくらい洗練されているように思われた。

 

「ん? なにかしら?」

 

呼吸が整った暁が朝日に照らし出される浜辺に何かが打ち上げられているのに気がつく。

 

「結構大きいわね。人間と同じくらいかしら……って、人間!?」

 

まさか!?と思い駆け出す暁。

 

深海棲艦が現れてから、海上で命を落とす人間の数は増加した。そのため、このような形で陸地に帰ってくる者も少なくない。

 

しかし、全員が全員死んで戻ってくるとも限らない。

 

だから暁は大急ぎで人間と思しき漂着物に向かっていった。

 

「ちょ、ちょっとあんた、だいじょう……ぶ?」

 

打ち上げられていたものを見て暁は言葉を失った。

 

確かに人型である。

 

小柄な暁と大きさは同じくらいだろ。おおよそ140センチ前後である。

 

だが、足は固そうな四角い装甲で覆われ、両腕からは銃身が覗いている。

 

金属光沢を光らせるそのボディには大きな傷がいくつか確認できた。

 

損傷した箇所から電線が飛び出しており、痛々しい。

 

そして頭部はカブトムシのような特徴的な意匠のヘルメットをかぶり、全身が黄色で塗装されていた。

 

そう。この漂着物は人間ではなかったのだ。

 

「ろ、ロボット?」

 

暁が浜辺でみつけた打ち上げられていたもの。

 

それはまごうことなく損傷したロボットだった。

 

「こ、壊れているのかしら……。って当然よね、だって電線が飛び出しちゃっているんだもの。」

 

そう言ってロボットをつんつんと指でつつく。

 

「ん? なにかしら、これ?」

 

ふとそのロボットの傍らにもうひとつ漂着物があることに気がつく。

 

「時計? ううん、時計だけれど、時計じゃない? スマートウォッチ?」

 

付着している砂をはらってみると液晶画面の大きな時計であった。

 

(け、結構かっこいいじゃない……。)

 

そう思いためしに腕につけてみる暁。

 

「えへへ。ちょっとゴツイけれど、少し大人っぽくなったかしら?」

 

少しきどったポーズをとってみる暁。そのときだった。

 

『ビービービービービー!』

 

「な、なに? なんなの?」

 

けたたましい音が暁の身に着けた時計から鳴り響く。

 

思いも寄らないことに驚く暁。

 

「ピーピーピーピー! メダロット損傷甚大! メダロット損傷甚大! スラフシステム最大稼動! スラフシステム最大稼動!」

 

「な、なに!? 一体なんなのよ!? メダロット? スラフシステム? え? え!?」

 

時計の音声に呼応するようにロボットの各部からブシューッと煙があがる。

 

「あ、暁、何もしてないのに、なにがどうなっているの!?」

 

ガチャン、ガチャン、ガチャン……。

 

煙の中で機械音がするのが聞こえる。

 

ガタ、ガタ、ガチャン、ブシュー!

 

「ひ、ひぇ……!」

 

怖くて地面にお尻をついてしまう暁。

 

「ピーピーピーピーピー!」

 

時計は大きな音を鳴り止ませることなく騒ぎ立てている。

 

未知の恐怖におびえる暁を気にする様子もなく、煙の中では変わらず機械音が発生し続ける。

 

しばらくすると、

 

ガコン!

 

とあきらかに今までとは違う音が聞こえた。そしてふいに止まる機械音。

 

「?」

 

大声で喚きたてていた時計もまるで何事もなかったかのように静まり返る。

 

「いったい、どうしたっていうの……?」

 

煙に包まれたままのロボットからじりじり距離をとる暁。

 

そのロボットのほうから声が聞こえ、暁は驚きの極地に達した。

 

『いやぁ、寝た寝た。うん? ここはどこだ? おーい、イッキー?』

 

煙の中でロボットが上半身を起こしたのを確認した暁は怖くて声が出せなかった。

 

『まったく、仕方のないやつだな。よっこらしょっと。』

 

ガキョン、と音を立てて立ち上がり煙の中からでてくるロボット。

 

見つけたときに暁が確認した損傷はすっかりなくなっていた。

 

「んあ? 本当にどこだ? ここ? 俺はイッキと一緒にロボロボ団と戦っていたはずだが……?」

 

「あ、あ、あ……。」

 

「ん? お、いいところに人がいやがる! おい、そこのチビ!」

 

「ち、チビじゃないわよ! 私はレディよ!」

 

と、”チビ”という言葉に思わず反応してしまう暁。叫んだことで少し恐怖心は緩和された。

 

「あぁ? チビをチビって呼んで何がわりぃんだ?」

 

「誰がチビよ! あんたこそこんなところでぶっ倒れていて、とんだ”ポンコツ”ね!」

 

「な、なにぃぃぃぃ!」

 

ガション、ガションと音をたてて怒りながら暁に向かってくるロボット。

 

(ひ、こ、こっちに向かってくる。どうしよう、どうしよう、どうしよう……!)

 

「面~~!」

 

ばこん!と大きな音をたててロボットに竹刀で面を打ち込む足柄。

 

「あ、足柄先生……。」

 

半べそをかきながら足柄に駆け寄る暁。

 

「暁ちゃん、大丈夫だったのです?」

 

心配そうに暁を取り囲む第六駆逐隊一同。

 

「うん。うん。暁は大丈夫。みんなはー。」

 

そう言って暁は周りをみる。

 

そこには足柄に暴力的にとっつかまったのであろう、ボロボロな姿の仲間達がいた。

 

「みんなこそ大丈夫?」

 

「暁、あなたも強化稽古よ。」

 

そう楽しそうに笑う足柄に

 

(やっぱり助かってなかったわ……。)

 

と意気消沈する暁。

 

「ビービービービービー。」

 

「ん? なんの音?」

 

足柄が突然聞こえてきた音に怪訝な顔をする。

 

「あっ、これ……。」

 

腕につけたまだったおかしな時計に目を落とす。

 

「暁、なんなのよこれ?」

 

「はらしょー。」

 

「ビービー頭部ダメージポイント100、機能停止、機能停止。」

 

「どうやらそこに転がっているロボットに関係があるみたいね。」

 

足柄が竹刀で指した先を見る一同。

 

そこには目を回して倒れている哀れなロボットの姿があった。

 

「い、イッキ、一体どこにいやがるんだ……?」

 

「はわわ! どうするのです? なんだかこのロボットさん、かわいそうなのです。」

 

「そうねぇ、とりあえず、夕張のところに運んでいって調べてもらうのがよさそうね。みんな、運ぶの手伝って!」

 

『はい!』

 

こうして謎のロボットは鎮守府の研究所に送られることになったのだが……。

 

「あ、この時計、夕張さんに渡すの忘れちゃったわ。どうしよう。」

 

うーん、と自室で時計をにらみながらしばらく考える暁。

 

「ま、いっか。あとで渡しにいこっと。」

 

と言って自分の部屋の机の上に置いた。

 

『ピーピーガーガー、おーい、誰か、俺をたすけてくれー。』

 

暁が時計から助けを求める声がするのに気づいたのはその日の夕方であった。

 







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セーラー服と反応弾

「う~~ん。とんでもない代物みたいね、君は。」

 

白衣を着た夕張がカタカタと物凄い速さでパソコンのキーを打つ。

 

およそ市販のものとは思えないほどゴツいパソコンからは無数のコードが延びている。

 

そのコードのすべてが今朝、暁が発見した謎のカブトムシ型ロボットへと接続されていた。

 

「夕張、いる?」

 

「夕張さん、こんばんは!」

 

「あら、二人ともいらっしゃ~~い。」

 

ドアをノックして足柄と暁の二人が夕張の研究室に入室する。

 

「ほら、これ差し入れ。夕張のことだから研究に夢中になって何も食べていないんじゃないかと思って。」

 

「お! サンドイッチ! ……見た目はおいしそうだけれど……。」

 

「もう! 失礼なやつね! 私がつくったんじゃないわよ! 羽黒お手製よ!」

 

「あぁ、そっかぁ。よかった。これで飢えなくてすむわ。飢えた狼さん。」

 

「何言ってんのよ! このマッドサイエンティスト!」

 

と二人で罵りながらも目が笑っているこの仲良し二人を見ながら暁は

 

(え!? 足柄先生の飢えた狼って由来は、もしかしてご飯つくれなくって飢えているからってこと!?)

 

などと邪推していた。

 

「で、解析はどうなの? 進んだ?」

 

夕張は足柄が持ってきたサンドイッチを夢中でほおばるのをやめ、解析した内容を伝える。

 

「以前、ここの鎮守府が大規模空爆を受けかけたことがあったでしょ?」

 

「あぁ、私が対空兵装満載で赤城が奮戦したあの防空戦ね。それがどうしたの?」

 

「いやね、そのときに微弱ながら空間のねじれを感知していたのよ。ま、さっき調べなおしてわかったんだけれどね。」

 

「なに? つまりその空間のねじれが原因でこのロボットが降ってきたっていうの? そんなマンガみたいな話があるの?」

 

「それを言っちゃ私達の存在も相当おかしいものだと思うけれどね。」

 

「ま、それもそうね。」

 

「あ、あの、夕張さん!」

 

二人の会話を見ていた暁が意を決したように夕張に話しかける。

 

「ん? どうしたの暁ちゃん?」

 

「これ。これをそのロボットと拾ったの!」

 

そう言って暁は浜に打ち上げられていた時計のようなものを夕張に差し出す。

 

大きな画面のそれはまるで

 

「スマートウォッチ?」

 

「そうなのよ。そっくりでしょ? それを渡すために暁とここまで来たのよ。」

 

夕張は時計をパソコンに接続し解析を始める。

 

「う~~ん。なるほどね。あのロボット、外部に通信送っていたけれどこの時計に通信していたようね。」

 

「やっぱり! 助けてって声がこれから聞こえてきたのよ。だから、もしかしてって思って。」

 

するとガタンとロボットのほうから物音がした。

 

ロボットのほうを振り向く一同。

 

「お、起きたのかな?」

 

「う、うぅぅん。ど、どこだここ? お、おい! なんだこのケーブルは! まさかお前達、ロボロボ団の仲間か!?」

 

「違うわよ。まぁ、あなたがあまりにも珍しいものでちょっと調べさせてもらっただけ。」

 

「め、珍しいだと……!? お前ら、メダロットも知らないのか?」

 

「メダロット? それがあなたの名前なの?」

 

「違う! それは俺達の総称であって、俺様の名前はそんなダサくない! 俺様の名前はメタビー! 世界ロボトル選手権大会2位のメタビー様だ!」

 

「1位じゃないんだ。」

 

ブラックコーヒーを不味そうにすすりながらジト目でメタビーを見る夕張。

 

「う、うるせー! 次こそビクトルの野郎に勝ってやらぁ!」

 

「随分威勢がいいわね。ポンコツのくせに!」

 

ふん!と鼻を鳴らす暁。

 

「あぁ!? ってお前はあのときのチビじゃねぇか。やんのかこら!」

 

「チビって言うな! あんただってチビでしょうが!」

 

「なんだとぉ! もう絶対許さねぇ! 食らえ……。」

 

そう言ってメタビーは頭部発射口を暁に向ける。

 

「反応弾!」

 

大声で叫ぶメタビー。身構える暁。だが、

 

「あ、あれ? なんで反応弾が発射されないんだ?」

 

「あぁ、それなら、ほら。」

 

と、夕張が指差した方向には大量の弾薬がこんもりと積まれていた。

 

「あぁぁぁ! 俺の弾薬が全部抜き取られてる! おい、なんてことしやがる!」

 

「だって仕方ないじゃない。あんなもの積まれて今みたいな状況になったら困るし。」

 

「ま、夕張の判断は当然というものね。」

 

「く、くそー!」

 

「おしゃべりは終わったかしら!? それじゃ今度は暁の番ね! 見てなさい!」

 

「なに!?」

 

目を閉じた暁の足元に桜をかたどった魔方陣が出現する。

 

と、みるみるうちに暁の身体に砲塔、アンテナ、煙突が顕現する。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ふぅ。艤装完了! チェックメイトよ!」

 

ガチャコンと砲をメタビーに向ける暁。

 

うつむきブルブルと体を震わせるメタビー。

 

「あら? どうしたのかしら? 怖くて声も……。」

 

「か、」

 

「?」

 

「かっこいい!」

 

「へ?」

 

「かっこいいなぁ! お前! 一体どうやったらそんなことができるんだ? 教えろよ!」

 

「え、えぇ!?」

 

目を輝かせて暁に艤装の仕方を教えろとせがむメタビー。

 

まさかの展開に面食らった暁は「えっと……。」と声を詰まらせる。

 

「しかし、すごいロボットねぇ。あれ、本当にスタンドアロンなの?」

 

と足柄が夕張にロボットについて尋ねる。

 

「えぇ。解析結果によれば、ほぼ間違いなく外部環境に依存しないで独立したシステムで動いてるわね。」

 

「SB社が売り出したペッペーを見たことがあるけれど、あそこまで巧みに喋ってはいなかったわ。」

 

「ペッペーも十分すごいけれど、ネットに接続してそこから情報を引き出して感情表現をより豊かにしているからね。独立してこんなに感情表現できるロボットなんていないわよ。身体の動きも器用に動くわね、このロボット。そう、まるで……。」

 

言葉を区切る夕張。その言葉を続けるように足柄が話す。

 

「そうよね。あのロボット、まるで人間みたいだわ。一体、あんなロボットが普通に存在する社会ってどうなっているのかしら?」

 

「ふふ。こんなときまで社会科教師なのね、足柄は。」

 

「だって、そう思わない? ここまで感情表現ができたら、果たして私達とロボットの垣根ってどうなるのかしら?」

 

「さぁ。私はそっちは専門じゃないから。でも……。」

 

そう言って話を切る夕張。その目線は暁から艤装の仕方を必死で学ぼうとするメタビーに注がれる。

 

「でも、人によっては家族同然になるかもしれないわね。大事な家族の一員に。」

 

そう言って夕張は再びブラックコーヒーを不味そうにすすった。

 

「よっしゃー! いくぞ! 艤装!」

 

「全然気合が足りないわよ! もっと強く叫ばないと!」

 

「そ、そうか? うぉぉぉぉぉ! 艤装!!!!」

 

「暁、そろそろ帰るわよ。」

 

「え? もうそんな時間なの?」

 

「ん? お前ら帰るのか? と、いうか俺はどうしたらいいんだ?」

 

「あぁ、ロボット君、じゃなかった、メタビー君も暁ちゃんと一緒に帰るのよ。」

 

「え!? どういうこと? 夕張さん!?」

 

夕張が卓上に置いていた例の時計を取り出す。

 

「暁ちゃん、これを渡しておくわ。」

 

「え? これって夕張さんにさっき渡したスマートウォッチ? なんで私に?」

 

「これ、『メダロッチ』っていうみたいなんだけれど、マスターがいないと作動しないのよ。暁ちゃん、一回これをつけたわよね?」

 

「え、えぇ。浜辺で一回だけつけたわ。」

 

「そのとき再設定が行われたみたいでね。少なくともこの世界ではメタビーのマスターはあなたよ、暁ちゃん。」

 

「え、えぇぇぇぇ!」

 

「な、なんだとぉ!」

 

驚きの声をあげる暁とメタビー。

 

「お、おい! ちょっと待て! お前、今俺のマスターがこのチビだって言ったか?」

 

「言ったわよ。聞こえなかった?」

 

「マジかよ……。」

 

「ま、そう言うわけでメダロッチは渡しておくから、何かあったらすぐに連絡ちょうだいね。」

 

「わ、わかったわ……。」

 

「じゃ、私達は帰るわね。今日はありがとう夕張。」

 

「こっちこそ。興味深いものが見れたわ。また来てね、メタビー君。」

 

「もう二度とお断りだ。このマッドサイエンティスト。」

 

マッドサイエンティスト、その言葉を聞いた夕張の表情が凍りつく。

 

「ねぇ、今、君なんていった?」

 

急に雰囲気が変わる夕張。グシャリとコーヒーが入っていた紙コップを握りつぶす。

 

「あ? 聞こえなかったのか? このマッドサイエンティスト!」

 

ぷるぷると震える夕張。

 

「許さないわ……。私は、私は兵装実験艦よ!」

 

そう言って艤装する夕張。まばゆい光が彼女を包む。

 

「うぉぉぉ! こいつも艤装するのか!」

 

「4スロ全部主砲にした私の火力を見せたげるわ!」

 

夕張の全砲門がメタビーに照準をつける。

 

「ま、まて! おい、嘘だろ!? やめろぉぉぉぉ!」

 

メタビーの静止を求める声が夕暮れの鎮守府に響く。

 

だが、それを上書きするように夕張の全砲門一斉射撃の音が轟いた。

 

「あちゃぁ。夕張にマッドサイエンティストって言って怒られないのは私だけなのに。とんだ災難ね。」

 

「ち、く、しょう……。それをはやく言ってくれ……。」

 

力なく声を出したメタビーは黒こげになったままがっくりと地面に倒れ伏した。

 

『ビービー、全パーツ、ダメージポイント100。機能停止、機能停止。』

 

「はぁ、暁、一体どうなっちゃうんだろ? 柄じゃないけれどあえて言わせて貰うわ。『不幸』だわ……。」

 

 

 

 

小料理屋「五十六」前

 

「さてと、今日も張り切って皆においしい料理を食べてもらいましょう! ってあら!?」

 

営業中をしめす暖簾を出しに外へと出てきた鳳翔が驚きの声をあげる。

 

「ろ、ロボ~~。」

 

そこには黒いタイツを着た頭にアンテナが二本ついている男性がうつぶせに倒れているではないか。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

大慌てでこの男に駆け寄る鳳翔。

 

「うぅぅん。お、俺様はロボロボ団リーダー、サケカース様だロボ……。」

 

「た、大変! 錯乱しているみたい! 頑張って! コスプレイヤーさん、気を確かに!」

 

「こ、コスプレではないロボ……。俺様はサケカース、偉大なる悪の、ってそれはいいから、な、何か食わせて欲しいロボ……。」

 

「わ、わかったわ! 今ご飯を食べさせてあげるから!」

 

「ロボ~~。」

 

つづく。



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縮まる距離with黒タイツのアイツ

ペッパーを見てこれを書こうと思ったんですが、ただペッパー書くのもつまらんし、同じロボットでメダロットを絡ませたらいいかと思ったら、今度は時事ネタ織り込めないし。本当にすみません。

今日は月曜日。今週もがんばっていきましょー!


「さってと! 用事も済んだことだし、遅くなっちゃったし、鳳翔さんのところでご飯食べてから帰りましょう。ね、暁?」

 

「え? いいの? 足柄先生?」

 

嬉しそうに聞き返す暁。鳳翔の小料理屋五十六はお値段的な敷居が高く、駆逐娘の給料で通うことは難しいのだ。

 

「いいのいいの! それにもう少しこのロボット君とお話をしたいしね。」

 

「ロボットじゃねぇ! 俺様の名前はメ、タ、ビ-、だ!」

 

「あぁ、ごめんごめん! メタビー、悪かったわ。」

 

ムキィッと怒るメタビーを諌めるように手をひらひらさせる足柄。

 

「まったく、冗談じゃねぇぜ。いきなり知らないところに飛ばされたかと思ったら、こんなチビがマスターだなんてな。」

 

「何よ! 暁だって好きであんたのマスターになったわけじゃないわよ!」

 

ふんっ!と言って顔を背ける暁とメタビー。あらあらと足柄は困り顔で一緒に歩く。

 

(まぁ、お腹が膨れれば二人とも機嫌が直るでしょう。ん? メタビーってご飯食べるのかしら?)

 

と考えているうちに目的の店に到着する一行。

 

「ん? ここで食うのか? 小料理屋ごじゅうろく? 変な名前の店だな。」

 

「あんたロボットのくせに読めないの? いそろくって読むのよ!」

 

「そ、そんなの知ってらい! わ、わざと間違えたんだよ!」

 

「暁にはわかるわ! あんた絶対知らなかったわよ!」

 

「本当に人間みたいな間違いをするロボットね……。まぁ二人とも、とりあえず中に入りましょう。」

 

がららら、と戸を開けて入る三人。すぐに店員が駆け寄ってきた。

 

「いらっしゃいませだロボ!」

 

出てきた店員はおよそ店員らしからぬ黒タイツに身をつつみ、頭には奇妙なアンテナをつけサングラスをかけていた。

 

「えっと……。」

 

思いもかけない格好で出てきた店員にどう話したらいいか一瞬戸惑う足柄。

 

すると一番最後に入店したメタビーが店員を見て驚愕の声をあげる。

 

「あーーーー! なんでお前がこんなところにいるんだよ!」

 

「ロボーーー!? なんで貴様がこんなところにいるんだロボー!?」

 

「し、知り合いなの? メタビー?」

 

「知り合いも何もここに来る前に俺はコイツと戦っていたんだ!」

 

「え!? メタビーの敵ってこんな黒タイツの変態だったの!?」

 

「変態とは失礼ロボ!」

 

すると外が騒がしいと感じた鳳翔が店の奥から出てきた。

 

「あら、足柄ちゃんに暁ちゃん、いらっしゃい。」

 

「ほ、鳳翔さん、この人は?」

 

「あぁ。店の前でお腹を空かせて倒れていたのを介抱してあげたら、お礼がしたいって。それに帰るあてもないそうだからここで働いてもらうことにしたのよ。」

 

「なんてこった……。」

 

頭を抱えるメタビー。

 

「ふん! そういうことだロボ! 申し遅れました、俺は悪の秘密結社ロボロボ団のリーダー、サケカースと申しますロボ。」

 

そう言ってサケカースは名刺を律儀に足柄と暁に手渡す。

 

「あ、ご、ご丁寧にどうも……。」

 

「おい、てめー! なに悪の秘密結社のリーダーがご丁寧に名刺なんて渡していやがる!」

 

「名刺を差し出すのは社会人としてのマナーだロボ!」

 

キリっと答えるサケカース。

 

「そ、その格好で言われても説得力ないかも……。」

 

と、足柄は苦笑いを浮かべる。

 

「と、とにかくここでは一時休戦だロボ! ささっ、奥のテーブルが空いているロボ。ご案内するロボ。」

 

そう言って慇懃(いんぎん)丁寧に一向をもてなす。

 

「あ、ありがとう……。」

 

こうしてサケカースに案内され座席につく足柄たち。

 

「メニューが決まりましたらお声かけくださいロボ。」

 

「すさまじい違和感を感じるな、お前……。」

 

「助けてもらった恩には報いる。それが俺の悪のプライドってもんだロボ。」

 

そう言ってサケカースは席を離れていった。

 

「メタビー、変な人と知り合いなのね……。普通、悪人は恩に報いるなんて言わないと思うんだけれど……。」

 

「知り合いたくって知り合ったわけじゃない!」

 

「あははは。さてと、何を食べようかな……。そうそう、暁、遠慮しなくていいからね。好きなもの食べなさい。」

 

「ほ、本当に!? えっとそれじゃぁ……。」

 

メニューを選んでいると三人の座っている席に赤城と加賀がやってきた。

 

「こんばんは。足柄さん。」

 

「あら、赤城に加賀。どうしたの? 席は空いているみたいだけれど?」

 

「いえ、暁が連れているロボットを見たくって。」

 

「あ? 俺がどうしたっていうんだ?」

 

「すごーい! 本当に人間みたいに話すのね! あ、握手してください!」

 

「え? あ、あぁ。それくらいなら……。」

 

と赤城の握手に応じる。

 

「一航戦の加賀といいます。サインをいただけないかしら?」

 

「さ、サイン!? お、おぅ! いいぜ! こんなもんでどうだ?」

 

「すごい! ロボットのサインなんて、赤城ははじめてみました!」

 

「嬉しい……。大切にします。」

 

「そ、そうか?」

 

思いのほか喜んでもらえたことでメタビーは照れながら人差し指で頬をかく。

 

「あ、いたいた! 本当にロボットだ!」

 

わいわいと騒がしくなる店内。

 

いつのまにか沢山の艦娘がメタビーを一目見ようと店に集まってきていた。

 

「ちょ、ちょっと一体なんなのよ! ま、まさか、この展開は!?」

 

「呼ばれたかしら?」

 

と、カメラ機能を強化したスマホを片手に人ごみの中から飛び出してきたのは

 

「青葉! やっぱりあなたね! 一体何をしたの!?」

 

「いやぁ、そのロボットがここにいるってツイッターに流しただけだよ。そしたらみんな、われ先にここに駆け出しちゃって。」

 

「やっぱり! どうせそんなことだと思ったわ! ところで、メタビーが人気なのはわかるけれど……。」

 

と言って目線をちらっと脇に逸らす足柄。

 

「ちょっとおっさん、何そのカッコ! すごいウケる! 一緒に写真とって~~。」

 

「ポーズはこんな感じでいいロボ?」

 

目線の先ではサケカース(黒タイツの自称悪人)がサービス精神満点で写真に応じていた。

 

「なんであの黒タイツの人まで人気なのよ! ウチの艦娘達は一体どうなってるのよ!」

 

「まぁまぁ。細かいことは気にしないで。」

 

「青葉さーん、こっち写真お願いしまーす!」

 

「はいは~~い! それじゃ私は忙しいのでまたね!」

 

「あ、ちょっと! はぁ、仕方ないわね。それにしても……。」

 

「えへへ。そ、そんなにくっつかれると、困っちゃうぜ……。」

 

たくさんの艦娘達に押されるようにくっつかれたメタビーは幸せそうな表情を浮かべていた。

 

「本当に、人間みたいなロボット……。女の子にデレデレしちゃうところなんて男性そのものじゃない……。」

 

「まったくよ! ホント、何デレデレしちゃっているのかしら!」

 

プンプンと怒る暁。

 

「ちょっとみんな! 私達ごはんが食べたいの! 食べ終わったらまた見せてあげるからしばらく我慢してよ!」

 

むっとした形相で怒る暁。そんな彼女を見て物分りのいいこの鎮守府の艦娘たちは「は~~い。」と言って足柄たちの席から離れていった。

 

もっとも、調子にのったサケカースが自分のメダロットを召喚し、そっちに話題が移ったという事情もあるが。

 

ひと段落しメニューも頼み終えた足柄たちはお互いの自己紹介を始める。

 

「さてと、これでしばらくは安心ね。改めて私の名前は足柄。ここで艦娘として社会科を教えているわ。」

 

「私は暁。足柄先生の生徒で同じく艦娘をしているわ。」

 

「そういやちゃんと自己紹介してなかったな。俺様はメタビー。相棒のイッキと一緒に毎日ロボトルの腕を磨いているんだ。ところで、その艦娘ってなんなんだ?」

 

水を一杯のみ足柄はメタビーの質問に答える。

 

「海より出でし異形の怪物、深海棲艦と戦える実質唯一の存在。それが私達艦娘よ。」

 

「な、なんだそりゃ? 深海棲艦? それがお前らの敵なのか?」

 

「そうね。私達の、というより全人類の、といったほうが正確かしら。」

 

足柄と暁は深海棲艦について、そして現在の状況についてをメタビーに説明する。

 

「そ、そんなヤバイことになっているのか、ここは。」

 

「まぁ、暁たちの働きで随分落ち着いてはいるんだけれどね。」

 

うつむいてプルプルと震えるメタビー。

 

「お、お前はそんなチビなのに、命を張って戦ってきたんだな。」

 

「チビって言うな!」

 

「そ、そうだな。俺もイッキと命がけで戦った経験があるからわかる。命を掛ける戦いっていうもんがどれほど重たいのかを。」

 

「メタビー……。」

 

「チビって言って悪かったな。少なくとも、ここに俺がいる間の相棒はお前だと認めるぜ。」

 

「え? 相棒?」

 

「そうだ、相棒だ。俺とイッキは主従関係じゃなく、対等な関係で戦ってきたんだ。」

 

「相棒……。うん、すっごくいい! マスターなんて無機質な言葉よりずっと、ずっといい!」

 

「よろしく頼むぜ、相棒!」

 

「ま、レディの暁にまかせなさい。メタビー!」

 

ぐっと握手をする二人。そんな彼らを足柄はほほえましく見ていた。

 

「お待たせしたロボ。ご注文の料理だロボ!」

 

「あら? このオイルって?」

 

「あぁ、それは俺のだ。メダロットにとってはオイルが食事みたいなものなんだ。」

 

「へぇ~~。そうなの。それじゃ、みんなで」

 

『いただきます!』

 

暁とメタビー、二人に共通していたもの。それは命をかけた勝負をした経験だった。お互いを知り、仲を深めることができた二人。だが、そんな二人に試練が襲い掛かるのはもう、まもなくのことであった。

 

余談だがこの一件で多くの艦娘が鳳翔の店に押しかけたことにより、その日の店の売り上げは歴代最高になり、鳳翔も大忙しだったという。

 

もちろんー

 

「ロボー。さすがに疲れたロボ……。」

 

「サケカースさん、お疲れ様でした。これよかったら……。」

 

「こ、これは! まかないメシ! ほ、本当に食ってもいいのかロボ?」

 

「えぇ、当然です。こんなに頑張ってくれたんですもの、一杯食べてくださいね。」

 

「ろ、ロボ~~。鳳翔さん、こんな俺を助けてくれたばかりかご飯に寝床まで与えてくれて、本当に、本当にありがとうだロボ~~。」

 

「まぁまぁ。大げさですよ。サケカースさん。困ったときはお互いさま。そう私は思っていますから。」

 

優しい声音に柔和な笑みを浮かべる鳳翔。その姿を見たサケカースは自分を待っているであろうある女性の姿を重ね涙を流す。

 

「ぐすん。そうでしたかロボ。このサケカース、鳳翔さんのこと、たとえ元の世界に帰っても決して忘れないロボ!」

 

「ふふっ。ありがとうございます。それではサケカースさん、ご飯を食べ終わったら最後の後片付けまで頑張りましょうね。」

 

「もちろんだロボ!」

 

こうしてサケカースは鳳翔の優しい思いに触れ、いっそう鳳翔の仕事の手伝いに励むのだが、それはまた別のお話ー。

 

つづく



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敵は神帝(ゴッド・エンペラー)

メタビーが暁のもとに来てそれなりの時が流れた。

 

メタビーが来た当初はただ珍しいものが来たと騒いでいた周りの艦娘たちもメタビーの非常に人間らしい振る舞いに徐所に慣れ、いまでは客人としてではなく友人として接していた。

 

今日も自分のそばにはメタビーがいる。暁はいつしかメタビーがいるのに当たり前だと思うようになっていた。

 

そんなある日のことだった。

 

「では、定例の職員会議を始めたいと思う。」

 

と、長門が会議開始の合図をする。

 

ここは鎮守府中・高等学校にある第一会議室。

 

そこに中等部を担当する教員艦娘達が一同に集まっていた。

 

各教員と担当科目は以下のとおりである。

 

国語…羽黒

数学…妙高

英語…金剛

社会…足柄

理科…那智

体育(戦闘実技)…利根

家庭科…比叡

主任…長門

 

と、巡洋艦と巡洋艦から拡大発展した歴史をもつ元巡洋戦艦の金剛型の二名が教鞭を振るっている。ちなみに高等部の主任は長門の姉妹艦「陸奥」が務めている。

 

家庭科は最初間宮か鳳翔が担当すればよいとされていたが、二人とも店をもっているため兼務が困難であった。そこへ立候補してきた比叡が就任したという経緯をもつ。

 

その腕前は……。

 

とにかく以上の教員に加え今回は特別参加が三名認められていた。

 

「なんで暁たちが先生の会議に参加しなくちゃいけないわけ?」

 

「そうだそうだ! 俺達は今日、大切な用事があったのになんで会議だなんて面倒なものに出なくっちゃいけないんだ!」

 

ギャーギャー騒ぐ暁にメタビー。

 

長門はしばらく黙っていたが、ニコッと笑みを浮かべた。

 

「黙れ。」

 

芯の通った長門の声が会議室に響き渡った。

 

「はい。ごめんなさい。長門先生……。」

 

「わ、わるかったな! さ、か、会議を始めようぜ!」

 

「まったく、メタビー君はおもしろいなぁ。」

 

と、謎の感心をしているのは今回特別参加が認められた三人目、夕張だった。

 

ふぅ、とため息をひとつついた長門が会議室のモニターに資料を展開しながら会議を始める。

 

「今日の議題は最近頻発している艦船の被害についてだ。まずはこれを見て欲しい。」

 

と長門は参加者にモニターを見るように促した。

 

「What's this? Hey! 長門? これは一体どういうことデース?」

 

最初に疑問を呈したのは金剛だった。

 

「たしかに……。弾痕、いえ、炸薬のあとも一切なく、フネが破壊されていますね。」

 

と、妙高が冷静に資料を分析する。

 

「そうだ。これらの艦船は深海棲艦によって破壊されたが、攻撃してきたのは深海棲艦ではない。」

 

「はぁ!? どういうことよ! 深海棲艦によって破壊されたのなら、深海棲艦にやられたに決まっているじゃない!?」

 

声を荒げる足柄。

 

そんな足柄をちらっと見たあと、長門は目線をメタビーに移した。

 

「メタビー、君はこの資料を見てどう思う?」

 

「え? 俺? んーそうだなぁ……。」

 

しばらくじっとモニターに映っている破壊された艦船をみつめるメタビー。

 

「プレス攻撃されたあとに見えるなぁ。」

 

「ぷ、プレス攻撃!? 何よそれ?」

 

聞いたことがない攻撃方法に戸惑う一同。

 

「メダロットには重力を操るやつがいてだな、そいつの攻撃方法をプレスっていうんだよ。」

 

「つ、つまり重力によって無理やり押しつぶされたっていうことかの!?」

 

驚きの声を発する利根。

 

「ひえーい! と、いうことは、まさか今回の犯人はメダロットということですか?」

 

「実はこの被害が出始めたのがメタビー、君を発見した時期とほぼ重なる。」

 

「じゃ、じゃぁメタビー以外にもこっちの世界に飛ばされてきたメダロットが……?」

 

羽黒の疑問が正しいということを長門は首を縦にふって肯定する。

 

「目撃者の証言によると深海棲艦ヲ級と共にシャコのようなロボットが襲ってきたそうだ。」

 

「シャコ……まさか!?」

 

「何? メタビー思い当たることがあるの?」

 

「あ、あぁ、もしその証言が本当だとしたら、敵はゴッドエンペラー、最強のメダロットだ。」

 

「でも、いくら最強っていってもメタビーとほぼ同サイズなんでしょ? 倒すことはできるんじゃない?」

 

足柄が怪訝な表情を浮かべる。

 

「そこなのだが、夕張?」

 

指名された夕張が前に出てコホン、と咳払いをしてから話はじめる。

 

「メダロットにはスラフシステムという自己再生機能があります。通常攻撃で彼らを傷つけても、まずこの機能のために破壊は困難です。」

 

「あ! メタビーを最初に見つけたとき傷が治ったのはそのせいだったのね!」

 

「そうよ、暁ちゃん。」

 

「で、では破壊が無理なのだったら一体どうやって倒せばいいというのだ!?」

 

カっと目を見開き、ダン!と机を叩く那智。

 

「解析の結果、倒せる可能性がひとつだけ発見されました。」

 

「な、なんだそれは!?」

 

「それはー」

 

一呼吸おいてメタビーをじっと見る夕張。

 

「それはメタビーが敵のメダロットと正面勝負して勝つことです。」

 

がやがやと騒がしくなる会議室。そんな一同を代表するように金剛が質問する。

 

「Hey? メダロットはAttackされても回復するのに、なぜそのような真っ向勝負をする必要があるのデース?」

 

金剛の言う通りだ。通常攻撃しても無意味な敵に、なぜあえて正面から仕掛ける必要があるのか。

 

当然の疑問であると夕張も理解していたらしく、すぐにこの質問に回答する。

 

「メタビーを解析した結果、メダロットには緊急停止装置としてロボットどうしのバトル、通称ロボトルをし敗北すると中枢神経をつかさどるメダルが強制排除される仕組みになっています。これを利用し、敵のメダルを強制排除できれば敵は機能を停止します。」

 

「なるほど。メダルで動くロボット、だからメダロットというわけなんですね。」

 

納得し、うんうんと頷く羽黒。

 

「メタビー、あなたメダルがとれたら案外簡単に機能停止するのね……。」

 

足柄がつぶやくように言った。

 

「う、うるせ……。」

 

メタビーが反論する前に暁が背中のメダルをはずす。

 

すると時間が止まったかのようにメタビーも動きを止める。

 

「ほ、本当に止まっちゃった……。」

 

呆然とする暁。

 

「このようにメダルをとればメダロットは一様に機能を停止します。」

 

「おー」という歓声があがる。夕張が説明をし終えてから暁がメダルを背中にはめなおす。

 

はめなおしたらたちまち機能を回復し動きだすメタビー。

 

「おい! 勝手にメダルを取り外すな!」

 

「ご、ごめん。もうしないから……。」

 

「よし、対策はわかった。だが、ロボットバトル、ロボトルをしようにもいきなりぶっつけ本番でできるものなのか?」

 

「そ、それは……。」

 

うーむと悩む一同。そこへ颯爽とひとりの男が現れた。

 

「俺の出番のようだロボ。」

 

「む、お前は鳳翔のところの変態居候。」

 

「変態は余計だロボ! 俺様は悪の秘密結社ロボロボ団のリーダー、サケカース様だロボ!」

 

びしっとポーズを決めるサケカース。だが、全身黒タイツのせいかいまいち締まらない。

 

「で、サケカースさん、あなたの出番っていうのはどういうことなのかの?」

 

「ふふっ! これを見るロボ! 出でよ、シンセイバー!」

 

掛け声と同時にサケカースが左腕のメダロッチの画面を押す。

 

すると光線が発射され一同の目の前にサケカースの新撰組隊士型メダロット、シンセイバーが転送された。

 

「この俺様がロボトルをこのガキンチョに叩き込むロボ!」

 

「ガキンチョ言うな!」

 

「す、すまなかったロボ。しかし、他にこの子にロボトルを教えられる人間はいないロボ。」

 

少し考える長門。

 

そして意を決したように口を開く。

 

「では、お願いできるかな? サケカースさん?」

 

長門の問いかけに快くうなずくサケカース。

 

「もちろんだロボ。鳳翔さんには目一杯お世話になったロボ。その鳳翔さんの仲間が困っているのなら、このサケカース全力で助太刀いたしますロボ!」

 

「な、なぁ足柄?」

 

コソコソと那智が足柄に話しかける。

 

「何、那智?」

 

「あいつ本当に悪人なのか? セリフだけ聞いてれば結構いいやつみたいに思うのだが……。」

 

足柄はサケカースの衣装をじっと見てから那智に話す。

 

「人には、いろいろあるのよ。いろいろ。」

 

「そうか、いろいろ……か。」

 

話はまとまった、と長門が声を少し大きくして全体に話す。

 

「よし、それではサケカースさんに暁をロボトル指導してもらう。準備が整い次第、艦娘輸送艦「皆照(みなてらす)」でメタビーと暁を該当海域まで輸送し敵を攻撃する!」

 

「なんか俺、お前にロボトル教えてもらうっていうのが気にいらねぇが、信用していいのか?」

 

「女性に受けたやさしさは決して忘れない、それが俺のポリシーだロボ。」

 

「……そういやそうだったな。それじゃ、今回は頼むぜ!」

 

「任せるロボ!」

 

がっしりと握手をするメタビーとサケカース。敵同士であった彼らが正式に手を結んだ瞬間だった。

 

このままお開きになるだろう空気の中、長門は言い忘れていたとばかりに「はっ」とした表情を浮かべた。

 

「おっと、言い忘れるところだったがサケカースさん。」

 

「ん? このサケカースにまだ何か御用かロボ?」

 

「メダロットを持っているということなのであなたにも作戦に参加してもらいたい。一般人を参加させることはできないので今回のみ臨時で軍に入隊してもらえないだろうか?」

 

「な、なんですとーロボ!」

 

がびーん!とあごが外れるかと思うくらいに大口を開けるサケカース。

 

「おい、お前、まさか指導だけして自分は安全な陸地に残るつもりだったのか?」

 

じとーっとサケカースを見つめるメタビー。

 

「そ、そんなことないロボ! たとえ敵がメダロット最強のゴットエンペラーだろうとこのサケカース、臆する男ではないロボ!」

 

びしり!と胸を張って言い放つ男サケカース。その目の両端にうっすら涙を浮かべて。

 

「ふっ。さすがは鳳翔が認めた男ではある。では早急に手配しよう。階級は海軍特務准尉でいいだろうか?」

 

「もちろんだロボ! どっからでもかかってくるロボ!」

 

「よし、では本日の会議はこれにて終了する。解散!」

 

 

 

会議後『小料理屋五十六』にて

 

「ただいまだロボ……。」

 

ガラガラと扉をあけて帰ってきたサケカースを店の準備をしていた鳳翔が出迎える。

 

「あら。お帰りなさい。サケカースさん。どうしたんです? 気分が優れないのですか?」

 

「い、いや! そんなこと決してありませんロボ!」

 

「長門さんから聞きましたよ。出撃なさるんですってね。」

 

「お、お耳が早いですなロボ……。ところで鳳翔さん、ひとつ聞いてもいいロボ?」

 

「はい? 一体なんでしょうか?」

 

「特務准尉って一体どれくらいの地位なんだロボ?」

 

「え? えっと、そうですね……。」

 

と口ごもる鳳翔。そんな鳳翔を不思議そうに見るサケカース。

 

「鳳翔さん?」

 

「えっと、そうですね、将校ではないけれど、兵でもないし、かといって兵を率いる地位にしてはその、弱いっていうか……。」

 

だんだん声が小さくなっていく鳳翔。

 

「つまり?」

 

「つまり、その、微妙、な地位ですね。」

 

”微妙”の部分を特に弱弱しく言う鳳翔。

 

「そうか、微妙な地位なのかロボ。」

 

と言ってコップに水をいれ一杯飲むサケカース。

 

「鳳翔さん。」

 

「は、はい! なんですか?」

 

「俺、頑張るロボ。」

 

ぐっと親指をたてキリっとするサケカース。

 

「ふふっ。大丈夫、あなたならきっと上手くできますよ。頑張ってくださいね。」

 

「鳳翔さんにそこまで言われたら失敗するわけにはいかないロボ! 頑張るロボ!」

 

男サケカース。「微妙」な階級で異世界にてはじめて命をかける戦いにこうして身を投じるのであった。



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暁の涙

「まだだ! そんなことでは深海棲艦のメダロットを倒すことなんぞ到底できないロボ!」

 

サケカースの言葉が発せられると同時に新撰組隊士型メダロット「シンセイバー」が刀を上段に構えなおす。

 

幕末を駆け抜けた新撰組の隊員が再び蘇ったような圧倒的な殺気を放つシンセイバー。

 

その目の前にはボロボロに傷ついたメタビーが片ヒザをついて悔しそうに顔をシンセイバーに向けている。

 

今、暁は深海棲艦に対抗するために演習場でサケカースとロボットバトル、通称ロボトルの訓練をしているのだ。

 

「ば、馬鹿にして!」

 

メタビーに戦闘指示をだしていた暁がシンセイバーの構えを見て声を荒げる。

 

シンセイバーがとった上段の構えは真上から即座に敵を切り伏せることができる最も攻撃的な構えだ。

 

しかし同時に、自分が相手よりも上位の存在であることを誇示するという意味あいも含まれる構えでもある。

 

暁は後者の意味合いがシンセイバーの構えに含まれていることを悟った。

 

(私とメタビーのことを格下に扱っているのね……!)

 

ぎゅっと拳をつよく握り締める暁。

 

今回の任務は暁とメタビーにしか遂行できない。

 

だから自分達が頑張らなくてはいけないのに。

 

キッとサケカースを睨みつける暁。

 

「ふん。いい眼差しだロボ。だが……。」

 

サケカースが話を切った瞬間、シンセイバーが砂塵をまきあげ一気にメタビーに間合いをつめる。

 

「く! メタビー、サブマシンガン!」

 

暁の指示よりやや遅れて二つ銃口がついた左腕を構えるメタビー。

 

「くらいやがれ!」

 

ガガガガガガ!と音をたてて機関銃をシンセイバーに向けて発砲するメタビー。

 

だが、その弾丸をいともたやすく突破してシンセイバーはメタビーにせまる。

 

「!? メタビー、よけて!」

 

暁の指示よりも早くシンセイバーがメタビーに到達する。

 

「! くそ!」

 

メタビーが毒づく。

 

「もらったロボ。」

 

シンセイバーの刀がヒュンと音をたてて振り下ろされた。

 

カシュンと空気が抜けるような音がメタビーの背中から発せられる。

 

「勝負あり、だロボ。」

 

ゆっくりと言い放つサケカース。

 

「そんな……。そんな……!」

 

がっくりとその場に座り込む暁。

 

呆然とする暁の目の前にメダルが排出され機能を停止させたメタビーの姿があった。

 

「これで100回目だロボ。貴様が俺に敗北したのは。」

 

「きゅ、98回目よ……!」

 

涙声で弱弱しくサケカースに言い返す暁。

 

涙をみせまいと暁はかぶっている帽子をより深くかぶろうと帽子のツバに手をかけている。

 

「ふん! そんなのはどうでもいいロボ。重要なのは貴様がこの俺に一回も勝てていないということだロボ。」

 

「……!」

 

声にならない声をあげる暁。

 

サケカースの言ったとおりだった。

 

作戦開始まで時間は残りわずかしかない。

 

敵は最強のメダロット「ゴッド・エンペラー」。

 

そのゴッド・エンペラーよりもはるかに弱いとされるサケカースのシンセイバーに負ける。

 

何度も負ける。

 

情けない。私は、私はなんて情けないんだろう。

 

「……ぐすっ。」

 

暁の両目から大粒の涙がとめどなくあふれてくる。そして、嗚咽も。

 

そんな暁をサケカースが真っ直ぐに見据える。

 

「たしかに貴様はロボトル初心者で、俺は経験者だという違いはあるロボ。しかし、決定的に違っている部分がひとつあるロボ。」

 

「……。」

 

帽子を深くかぶったままサケカースの言葉を暁は聞く。

 

「そのたった一つに気がつけるかどうか。それ次第だロボ。」

 

(まぁ、俺もあの小僧とこのメタビーから学んだんだがなロボ。)

 

と、心のなかでサケカースはつぶやいた。

 

「では、今日はこれで終わりにするロボ。」

 

そう言って暁に背をむけ鳳翔の店に帰っていくサケカース。

 

サケカースと私のたった一つの違い。

 

一体それは何なのだろう?

 

そして、本当にそのたった一つの違いがわかれば私は勝てるようになるのだろうか?

 

そう思いながら暁は乾いた地面に放り出されたメタビーのメダルを拾い上げ、じっと考えるのであった。

 

残された時間は、あとわずか。



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第6斉射 北上・大井の麻薬捜査!『テーマ:麻薬』~連載中~
春の訪れとつながり眉毛


どうしても北上×大井を書きたくなってしまい、書いてしまいました。
まだ第5斉射終わっていないのに……。
ひぇぇぇい!許してぇぇぇぇ!


春の訪れを人はいったいいつ感じるのだろうか?

 

雪が溶けたら?

 

春一番が吹いたら?

 

あたたかい日が続いたら?

 

それとも……。

 

人によって感じ方は様々だろう。

 

それは艦娘にとっても同じこと。

 

今ちょうど窓際の席に座っているこの艦娘はそんな春の訪れを自分なりに噛み締めていた。

 

「日の日差しがポカポカであったかいねぇ。たまらないねぇ。」

 

と、妙にのんびりした印象を受けるやや間延びした語尾の女子高生がつぶやく。

 

彼女の視線はつぼみを日に日に膨らませている桜に注がれている。

 

「そうですね、北上さん。」

 

と、北上の席の隣に自分の席をくっつけて座っている大井が同意する。

 

ただし、大井の目線は桜ではなく北上に注がれていたが。

 

「そういやさ、大井っち。今年の春休みもウチ来ない?」

 

「は? へ?」

 

と、素っ頓狂な声をあげる大井。

 

「だからさ、大井っちに今年もウチに来て欲しいんだぁ。一緒に春休みも過ごしたいし。ばぁちゃんも喜ぶしさ。」

 

柔らかな日の光をバックにニコリと笑みを浮かべる北上。

 

そんな北上の笑顔を見た大井は胸をキュンとさせてしまう。

 

「き、北上さん!? 本当に? 本当に今年もいいんですか?」

 

「うん! まぁ、せっかく来てもらってもウチは仮設だから申し訳ないんだけれど……。」

 

「ぜんっぜん問題ありません! 喜んで、喜んでいかせていただきます!」

 

大井は大喜びで北上の手を握る。

 

そんな大井の手を北上もやさしく握り返す。

 

「嬉しいなぁ! 春休みも大井っちと一緒だなんて! あぁ、春休みが待ち遠しいよ!」

 

「私もです! 北上さん……!」

 

うっとりとする大井。

 

すると北上がいきなり大井を抱き寄せた。

 

いきなりのことで飛び上がるように驚く大井。

 

「き、ききききき北上さん……!?」

 

困惑する大井の顔を見た北上がいたずらな笑みを浮かべる。

 

「なんかさぁ、大井っち。大井っちのそんな顔見ちゃうと私、我慢できなくなっちゃうんだよねぇ。」

 

そう言って顔を大井に近づける北上。

 

「ひゃ、ひゃうぅぅ。き、き、北上さん……! ダメ、ダメです!」

 

顔を横に振る大井。

 

そんな大井を弄ぶように北上は上目づかいで大井を見る。

 

「ダメ……。そっか。ダメ……か。」

 

一転シュンと落ち込むような顔を大井に見せる北上。

 

そんな北上の顔を見て困惑が続く大井が大慌てで言葉を紡ぐ。

 

「あ、あの、えっと! ダメ! ダメなんですが、それはこんな人目のある場所でってことで、その、あの……。」

 

大井は戸惑っていた。

 

大好きな北上が自分を抱き寄せてくれた。

 

それだけでも天国を突き破って宇宙の彼方へとワープしイスカンダルまでいける気持ちである。

 

それ以上に北上はもっとすごいことを自分とやろうとしているのだ。

 

だが、ここは学校。しかも級友たちのいる教室である。

 

だから大井は戸惑ったのだ。

 

「大井っちはさ。」

 

と言ってもったいつけたように北上は一呼吸置いて再び話し出す。

 

もちろん上目遣いで。

 

「私とは……、ダメ、なの?」

 

(ひょわわわわわわ! き、ききき北上さん! そんな、そんな、そんな大胆なぁぁぁぁぁぁ!)

 

大井の心の中はもう弾薬庫誘爆、大破轟沈寸前である。

 

「で、でもでもでも! ここではみんなが、みんなの視線が!」

 

すると北上は一瞬目を落とし、キリっとした眼差しで大井を見つめた。

 

「大井っち? 私たち、付き合ってるんだよ? なのにできないって、そんなのあんまりじゃない?」

 

「へ? そ、それは……。」

 

「ね、大井っち?」

 

そして次の一言が大井へのトドメとなった。

 

「みんなに見せ付けてやろうじゃん? 私達の関係を、さ。」

 

(こ、こんなの断れない! いくら公衆の面前であろうとも、こんなクソかっこいい北上さんの誘い、断れるわけないじゃない!)

 

北上の手をぎゅと強く、強く握る大井。

 

「北上さん……!」

 

「大井っち……!」

 

お互いの名前をいとおしげに呼び合う二人。

 

その二人の顔が、唇が徐々に徐々に近づいていく。

 

そしてーーー。

 

 

 

「こぉらぁぁぁぁぁ! あんた達何やってんのよぉぉぉぉ!」

 

バコーンと教科書で後頭部を殴られる北上と大井。

 

その衝撃でおでことおでこがゴッツンこしてしまう。

 

「いたたた……。だ、誰!? 私と北上さんの甘いひと時を邪魔するヤツは!?」

 

ばっと殴った人間を向く大井。

 

だが、威勢のよかったその顔はすぐに青ざめてしまう。

 

「邪魔したらどうなるっていうのよ? え? 聞かせて欲しいものだわ。大井?」

 

そこには中学公民の教科書をまるめたものを握った足柄が仁王立ちしていた。

 

(ちぇ~~。足柄さんが通りかかっちゃったのか。今日こそはと思ったのになぁ。)

 

内心で毒づく北上。

 

それに気がついた足柄が北上にきついデコピンを食らわす。

 

「痛!」

 

「こら、北上! あんた内心で私のこと馬鹿にしようとしたでしょ!?」

 

「そ、そんなことないよー。」

 

白々しく答える北上。

 

だが、そんな北上をキツイ目で足柄は睨む。

 

「ウソ言わない! あんたとは中等部の頃からの長ーい付き合いなのよ! 騙されるわけないでしょ!」

 

と、もう一度デコピンを食らわせようとする足柄。

 

だが、

 

「ふふん♪」

 

さっと北上がそれをかわす。

 

「な!? 北上!?」

 

驚きの声をあげる足柄を愉快そうに見る北上。

 

「ふふん♪ 足柄さん。私だって伊達に足柄さんの元でナギナタやってないよ?」

 

「ぐぎぎぎ! この娘は~~!」

 

と、二人で争っていたときだった。

 

「あらあら、何事かと思えば。教師がそれではいけませんよ? 足柄先生?」

 

その声を聞いた足柄は思わずビクっとしてしまう。

 

「そ、その声は……!?」

 

恐る恐る後ろを振り返る足柄。

 

そこにはニコニコと優しい笑みをいつも浮かべている戦艦・陸奥の姿があった。

 

「副校長!?」

 

思わず足柄は叫んでしまった。

 

そう。戦艦長門は中等部を、戦艦陸奥はこの高等部を受け持つ最高責任者なのだ。

 

「いけませんよ。暴力をふるっては。それは体罰ですから。」

 

「は、はい……。申し訳ありません。」

 

と、平謝りする足柄。

 

「わかったのならばよろしい。ですがー」

 

そう言って陸奥は視線を北上と大井に注ぐ。

 

「あなた達にも足柄先生に叱られる相応の落ち度があります。よって罰を与えます。放課後、副校長室に来なさい。いいですね?」

 

あいかわらずニコニコしている陸奥であったが、明らかに怒っている。

 

それを感じ取った北上と大井はプルプルと震えながら陸奥に敬礼した。

 

 

 

 

放課後、北上と大井は顔を真っ青にして副校長室の前に来ていた。

 

「あんた達、やらかしたわねー。きっと副校長じきじきの実弾演習よ。あの山城ですらヘバった地獄の猛特訓よ。」

 

と、来る前に足柄に脅されたのだ。

 

「大井っち。ごめんね。ごめんね……。」

 

そう言って目にうっすらと涙を浮かべる北上。

 

そんな北上を見た大井はまたしても胸がときめいてしまう。

 

(はひゅん! きききき、北上さんの涙! こ、これはこれでおいしいわ! いとおしいわ!)

 

「大丈夫です。北上さん!」

 

と言って北上の手を握る大井。

 

「大井っち……。」

 

「考えようによっては二人っきりで訓練が受けられるんです! 私は、私はそれだけで十分です!」

 

「大井っち……!」

 

「鬼の山城と恐れられた山城さんが大変な目にあったとはいえ、相手は一人。私と北上さんなら!」

 

大井に元気づけられた北上も気持ちが前向きになり少し笑顔を取り戻す。

 

「そ、そうだね、大井っち! 大井っちがいれば私はスーパー北上さまだよ!」

 

「北上さん!」

 

「大井っち! いこう、そして勝つんだ! 陸奥副校長に!」

 

「はい、北上さん!」

 

そして二人は手をつなぎ副校長室へ、戦艦陸奥の執務室へと入っていった。

 

「失礼します。重雷装巡洋艦北上と大井、参上致しました。」

 

「よく来たわね。二人とも、待っていたわ。」

 

そう言って陸奥は二人を笑顔で迎える。

 

「さ、どうぞ腰掛けて。」

 

そう言って北上と大井にソファを勧める陸奥。

 

「し、失礼します!」

 

緊張しながらソファに座る二人。

 

「中等部の金剛先生から丁度いい紅茶をもらったの。ちょっと待っていてね。」

 

そう言って二人から離れたところで陸奥は慣れた手つきで紅茶を入れ始める。

 

ふわり、と紅茶のいい匂いが部屋に香る。

 

「さ、どうぞ召し上がれ。」

 

「い、いただきます。」

 

カチコチに緊張した二人を迎えたのは陸奥の怒声ではなかった。

 

それどころか今、二人の目の前には素敵なカップに入れられた紅茶とおいしそうなケーキがある。

 

『ぴーんぽーん』

 

「あら? 来客用のチャイム? 二人ともごめんね。少し席をはずすからくつろいでいてね。」

 

そう言って陸奥は執務室から出て行った。

 

無言で紅茶をすすり、ケーキをもしゃもしゃと食べる北上と大井。

 

「ねぇ、大井っち。」

 

「はい。北上さん。」

 

「私達、やっぱり殺されるかもしれないね。」

 

「そうですね。ソファはふかふかですし。」

 

「それに紅茶もケーキも凄くおいしいし。」

 

「何よりこの……。」

 

そう言って大井は執務室に飾られている絵をチラ見する。

 

「そうだね。この絵。『最期の晩餐』って有名な絵のレプリカだよね。まさに私達の心を描き出してるよね。」

 

「この絵の主役も、今の私達と同じ気分を味わったのでしょうか?」

 

「わかんないけど、しっかりケーキと紅茶味わっておこうよ。大井っち。」

 

「はい。北上さん。」

 

こうして二人が紅茶とケーキを味わい終えて十数分後、やっと陸奥が帰ってきた。

 

「待たせてしまってごめんね、二人とも。」

 

「いえ……?」

 

陸奥に謝られた二人はそろって怪訝そうな顔をする。

 

戻ってきた陸奥の後ろから警官服を着たゴリラのような男が入ってきたからだ。

 

つながり眉毛でいかにも粗暴そうな、率直に言えば女性に嫌われるような顔だった。

 

「あぁ。彼については順を追って紹介するわ。」

 

「は、はい。」

 

執務机へと戻り椅子に座った陸奥が机の引き出しから命令書を取り出す。

 

「では、二人を呼び出した理由を話すわ。」

 

ごくりと唾を飲み込む北上と大井。

 

きちんと執務机に対して並ぶ二人の後ろに例の警官も並ぶ。

 

「重雷装巡洋艦北上、大井。当鎮守府を経由して麻薬を売買している組織があることが確認されました。二人には東京から派遣されてきた警官とともにこの麻薬を押さえて欲しいの。それが今日呼び出した理由よ。」

 

(演習じゃなかったんだ……。)

 

と、二人とも肩の力がぬけるような気持ちになったが、同時に陸奥に言われたことが不安になる。

 

「麻薬……?」

 

「そう。警視庁が長年追っていた組織が深海棲艦によって穴があいた輸送網をついてここを経由していたことがわかったの。」

 

「つ、つまり私と大井っちに捜査の手伝いをしろってことぉ?」

 

「ま、そうなるわね。では紹介するわ。今回この捜査で派遣されてきた警官の両津勘吉巡査長よ。」

 

陸奥に紹介された警官がビシリと敬礼する。

 

「両津勘吉巡査長であります! よろしくおねがいします!」

 

世にも奇妙な捜査コンビが鎮守府に誕生した瞬間だった。



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両津勘吉、出向

「なんですって! 海軍に出向!?」

 

両津の大声とともにバリンと割れる署長室のガラス。

 

「いきなり大声を出すなこの大馬鹿者が!」

 

そう言って署長室の中で両津の隣に立つ大原部長がゲンコツで両津の頭をガツンと殴る。

 

「いてぇ! 部長! 何もゲンコツで殴ることないじゃないっすか!」

 

「うるさい!」

 

「とにかくだ。両津には海軍のこの鎮守府に向かってもらう。」

 

と、署長の屯田御目須が両津の大声で頭痛を引き起こした頭をさすりながら言う。

 

「な、なぜ私が行かなくてはいけないのです!? 他にも候補はいっぱいいるでしょう!?」

 

深いため息をついたあと屯田署長が両津の質問に答える。

 

「本庁のコンピュータが弾き出した結果、君が適任と判断されたのだ。」

 

「って、またその展開ですか? しょちょーう!?」

 

「まぁそう言うな。今回の事件、もしかしたら例の深海棲艦が関わっている可能性があるのだ。」

 

と、大原がコホンと咳払いをしてから話す。

 

「そうだと思ったから抗議したいんです! そんな物騒なところに行きたくありません!」

 

「ダメ。」

 

そっけなく屯田署長が却下する。

 

「な、なんでですか!?」

 

「日本の警察で戦艦ル級の主砲が直撃しても生存していられるのは君くらいしかいないからだ。」

 

「そんなもん食らって生きていられる人間なんて警察どころか世界中探してもいませんよ!」

 

「まぁ君は以前不発弾が爆発したときも生きていたし、大丈夫だろう。」

 

「どこが大丈夫なんですか! 部長もなんとか言ってくださいよ!」

 

「両津……。」

 

そう言って両津の目をじっと見る大原部長。

 

「ぶ、部長……!」

 

両津の手をとる大原部長。

 

「くれぐれも海軍の方々に迷惑をかけるなよ。」

 

と、強い語気で両津に念を押す。

 

大原部長の期待はずれの言葉を聞きその場でずっこける両津。

 

「部長! 部長は私のことが心配じゃないんですか!?」

 

「あぁ。心配じゃない。」

 

ゆっくり、しかしはっきりと言い切った大原部長。

 

「ぶちょーう!!!!」

 

大声で抗議の声をあげる両津。

 

「あ、いや、心配だぞ。」

 

「ぶ、ぶちょう……。」

 

目をうるうるとさせる両津。だが、

 

「お前が海軍に出向するということは警察の恥部をさらすようなものだからな。それがとても心配だ。」

 

「私も心配だ……。」

 

大原部長の言葉に激しく同意する屯田署長。

 

「そんなぁ~~!」

 

両手をわなわなと震わせる両津。

 

「そうそう、言い忘れるところだったよ、両津くん。」

 

「なんですか、署長? まだ何かあるんですか?」

 

元気なさげに署長に聞きかえす。

 

「今回の事件を無事に解決できたら、その功績で君を昇進させることが決まっているのだ。」

 

「え!? しょ、昇進ですか!? この私が!?」

 

大声で驚きの声をあげる両津。

 

「昇進すればもちろん今よりも給料も高くなるぞ。」

 

「や、やったじゃないか両津!」

 

「は、はい! 部長!」

 

(やりぃ! 給料アップか! コイツはチャンスだぜ!)

 

と内心でほくそ笑む両津。それに感づいた大原部長が念のために釘を刺す。

 

「だから真面目に取り組むんだぞ、わかったな?」

 

「は! おまかせください、署長、部長!」

 

と、さきほどまでとは打ってかわって両津は真面目な態度で敬礼をしてみせる。

 

「では、改めて命令する。両津勘吉巡査長、海軍に出向し協力して麻薬を摘発せよ。」

 

こうして両津の鎮守府への出向が決まったのだった。



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