ストライク・ザ・ブラッド ~紅蓮の熾天使~ (舞翼)
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聖者の右腕
聖者の右腕Ⅰ


書いてしまった、書いてしまったぞ。
だが、後悔はしていない。

この小説を書く経緯は、ストライク・ザ・ブラッドの小説の中に、凪沙のヒロインが無くね?と思いまして書いた次第です。

ストライク・ザ・ブラッドは、原作を途中までしか読んでないから、不安ッス。
アニメは見ましたが。てか、うろ覚えになってるかも(汗)

これは駄文になる確率大ですね。(あらすじにも書いてあるが)
矛盾があったら、そこはゴリ押ししちゃいます(笑)

前置きはこれくらいにしておきましょう。
それでは、本編をどうぞ。


神代悠斗(かみしろ ゆうと)は自室のベットで安眠をしていた。

 

「ほら、悠君。 起きて。 ご飯出来てるよ」

 

今、悠斗に声をかけたのは、隣に住む暁古城の実の妹、暁凪沙(あかつき なぎさ)だ。

最近までは自分で起きて家事を行っていたんだが、悠斗の生活ぶりを見た凪沙が、『お節介』を焼いているのだ。

その為、悠斗は部屋の合鍵を渡している。

 

「……あと、五分はいける。 今日は、予定がないんだし」

 

「もう、今日は、古城君たちと宿題とか言ってなかったっけ?」

 

凪沙の言葉を聞き、悠斗は布団を剥いで上体を起こした。

時計を見たら、午前九時半だ。 約束の時刻は、午前十時。

 

「や、やば、そうだった。 メシは、いや、まずは顔を洗ってから歯を磨かなくちゃ」

 

悠斗はベットから飛び上がるようにして起き上がり、洗面所へ向かった。

悠斗の後ろ姿を見た凪沙は、溜息を吐いていた。

 

「朝ご飯は、パンが焼いてあるからね」

 

「おう、食いながら行くわ。 サンキューな、凪沙。 いつも助かる。 あ、悪い、鍵頼んだわ」

 

凪沙は苦笑しながら、

 

「はいはい。――さてと、今日は天気もいいし、お布団を干そうかな」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「流石凪沙。 バターが塗ってある」

 

悠斗は、リビングのテーブルの上に乗せてあった皿から出来たてのパンを取り、口に咥えてから家を出た。

ダッシュで走り目的地に到着した。

時刻は、午前十時十五分。 十五分の遅刻だ。

 

「遅いわよ」

 

藍羽浅葱。

華やかな髪形と、校則ぎりぎりまで飾り立てた制服。

スタイルは抜群でモデル並だ。 一言でいうなら美少女だ。

 

「まあまあ、今に始まったことじゃねぇしな」

 

矢瀬基樹。

短髪をツンツンに逆立て、ヘッドフォンを首に掛けた男子生徒だ。

 

「てか、古城は」

 

「ほら、自販機の陰に居るわよ」

 

浅葱の指を差した方向には、暁古城が自販機の陰で唸っていた。

 

「熱い……焼ける。 焦げる。 灰になる……」

 

白いパーカーを羽織り、彩海学園の制服を着ている。

悠斗は、再び視線を戻した。

 

「てかよぉ、お前、また凪沙ちゃんに起こしてもらったんだろ」

 

「まあそうだけど。……いや、なんで基樹が知ってるんだ?」

 

「いや、知ってるも何も、一部の人間の間では結構有名な話だぜ」

 

「は? なんで?」

 

凪沙が悠斗にお節介をし出したのは、約一ヶ月だ。

 

「まあ、この話は置いといて、行こうぜ」

 

「まあいいか」

 

「ほら、古城、行くわよ」

 

「……お、おう」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

時刻は午後四時。

午後四時という事は、約六時間、宿題をこなしている時間になる。

 

「熱い……焼ける。 焦げる。 灰になる……」

 

白いパーカーを羽織った男子生徒が、弱々しく唸っていた。

向かいに座る悠斗が、突っ込みをいれる。

 

「古城。 それ、午前中も聞いたぞ」

 

「だってなー、暑いもんは暑いんだ。 てか、今何時」

 

「今は、午後四時だ」

 

「……もうそんな時間かよ。 明日の追試って朝九時からだっけか」

 

古城が追試を命じられたのは、英語と数学二科目ずつを含む合計九教科。 プラス、体育実技のハーフマラソン。

その為、テーブルの上には、結構な数の教材が置いてある。

これだけの量を、夏休み最後の三日間にこなすのは無理があるかもしれない。

 

「なんでオレは、こんな大量に追試を受けなきゃなんねんだろうな? オレに恨みでもあんのか?ってか、この追試の出題範囲広すぎるだろ!!」

 

古城の悲痛な叫びを聞き、三人は顔を見合わせた。

基樹が呆れたように口を開いた。

 

「ま、あるわな、恨み」

 

この言葉に悠斗が続く。

 

「毎日毎日、平然と授業をサボるからだ。 舐められてると思っているんじゃないか? 教師陣は。おまけに、夏休み前のテストも無断欠席だしな」

 

「お、お前こそ追試だったじゃねぇか。 何で、クリアしてんだ」

 

「……まあ、色々あってな。 追試は、数学しかなかったし。 てか、古城は起こしてもらってるんだろ。 凪沙に」

 

「に、二度寝しちまってな。ははは……。 でも、これは不可抗力なんだって。 いろいろ事情があったんだよ。 だいたい、今の俺の体質に朝イチのテストはつらいって、あれだけ言ってんのに、あのちびっ子担任は……」

 

「体質ってなによ。 古城って、花粉症なんだっけ」

 

浅葱が不思議そうに聞いた。

古城は、自分の失言に気付き、

 

「ああ、いや。 つまり、夜型っていうか、朝起きるの苦手ってつうか」

 

「それって体質の問題? 吸血鬼じゃあるまいし」

 

「だよな。……はは」

 

悠斗は古城が第四真祖である事を知っている。

古城も、悠斗が吸血鬼であることも知っている。

 

「ま、俺は帰るわ。 宿題も写させて貰ったし」

 

「私も帰るわ。 てか、バイトの時間だし。 んじゃ、古城、悠斗、またね」

 

その時、悠斗のスマホから着信音が鳴った。

ディスプレイには、暁凪沙の文字だ。

悠斗は通話ボタンをタップし、耳に通話口を当てた。

 

『あ、悠君。 今日私のお家でお鍋をしようと思ってるの! さっき材料を買いに行ったんだけど手違いで多く買いすぎて、私と古城君だけじゃ食べきれないから、もし良ければだけど、悠君もどうかな? いや、やっぱり来てね。 材料余ったらもったいないし。 あ、飲み物を買ってくるの忘れたんだった! やばい、どうしよう。 古城君は勉強で手が離せないかもだし、うーん、私はこれから下準備があるし、良ければ悠君に頼みたいんだけど、どうかな?』

 

古城が頷いたのを確認してから、悠斗は要点だけを纏めて、口を開いた。

 

「わかった、お邪魔するよ。 帰りに飲み物も買って行くから、そこは心配しないでいいぞ。 大丈夫そう?」

 

『うんうん、大丈夫だよ。 凪沙、張り切ってお料理を作るね。 それじゃあ、お飲み物お願いね。 また夜に』

 

通話が終わると、スマホをポケットにしまった。

一息吐いてから、古城に話し掛けた。

 

「いつも通りのマシンガントークだったな」

 

「な、なんかスマンな」

 

「別にいいさ。 それに、皆で食べた方が旨いしな。――さてと、俺たちも帰るか?」

 

「そだな」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

絃神島は、太平洋の真ん中、東京の南方海上三百三十キロ付近に浮かぶ人工島だ。

そして、絃神島にはもう一つの名称がある。

 

――魔族特区。

 

絃神島では、獣人、精霊、半妖半魔、人工生命体、吸血鬼――。自然破壊の影響や人類との戦いによって数を減らし、絶滅の危機に瀕した魔族が公認され、保護されているのだ。

――絃神島は、その為に造られた人工都市なのだ。

 

「にしても、この暑いのだけは勘弁してくんないかな、くそっ」

 

パーカーのフードを眼深に被って、日差しに抵抗しながら、古城は悪態をつく。

 

「ま、造られた都市だからな。 仕方ないちゃ、仕方ないさ」

 

悠斗と古城は歩きながら近場のショッピングモールに向かっていた。

古城は金を持っていない為、悠斗の奢りになるが。

悠斗が、後で貸しにしようかな。と考えていたら、ファミレスから出た時に見かけた、ギターケースを背負った少女が、約十五メートル後方を歩いていた。

この少女は、彩海学園の制服を着ていた。 襟元がネクタイでは無くリボンという事は、中等部の生徒だろう。

 

「尾けられてる……んだよな?」

 

「たぶんな。 古城に用があるんじゃないか。 古城を、眼を離さないように見てるし」

 

「……マジか。 てか、凪沙の知り合いか?」

 

「どうだろうな」

 

「様子……見てみるか」

 

「……了解」

 

悠斗と古城はショッピングモールに入り、少女の動きを見る事にした。

その少女は、店の眼の前で足を止めていた。

古城の姿は見失うのは避けたいが、かといって店内に入ってしまえば、古城と顔をばったり合わせる可能性が高くなる。

そのような葛藤の板挟みになっているのだろう。

 

「……なあ、古城。 俺、罪悪感がハンパないんだけど」

 

「……オレもだ。 はあ、しゃあない、出るか」

 

悠斗と古城は出口目指して歩き出した。

入れ違いで声をかけよう作戦だ。

 

「だ……第四真祖!」

 

少女は、上擦った声で叫んだ。

 

「用があるのは俺じゃないみたいだ。 じゃあ、後は任せたぞ」

 

「お、おい。 待ちやがれ。 悠斗」

 

「いや、用があるのは古城だろ。――んじゃ、俺は行くな」

 

そう言って、悠斗は海沿いの道を歩き出した。

後方を見てみると、少女がナンパされていた。

 

「……古城を逃がした後ナンパされたと」

 

悠斗は少女を助けるため走り出した。

 

「(てか、よりにもよってD種かよ……)」

 

――D種。

それは、様々な血族に別れた吸血鬼の中でも、特に欧州に多く見られる“忘却の戦王”を真祖とする者たちを指す。

 

「――灼蹄(シャクテイ)! その女をやっちまえ」

 

吸血鬼の男が絶叫し、その直後、男の左脚から何かが噴き出した。

 

「――雪霞狼(せつかろう)!」

 

「(――あの槍は、獅子王機関の秘奧兵器、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)か!? まったく、面倒事に巻き込まれたな、古城)」

 

悠斗はスピードを緩めず右手で拳を作り、眷獣を殴った。

眷獣は跡形もなく消え、残ったのは焼け焦げたアスファルトだけだ。

 

「う……嘘だろ!? 俺の眷獣を、一瞬で、一撃で消し飛ばしだと!?」

 

「見逃すから、早く此処を去れ。 それとも続きがしたいか?」

 

「わ、わかった。……す、すまん」

 

少女は悠斗を睨んでいたが、悠斗は深い溜息を吐いた。

 

「あんたも、それは過剰防衛じゃないか。 そもそも、先に手を出したのはお前だろ? まあ、俺の勘だが」

 

少女は槍をギターケースに仕舞ってから、

 

「そんなことは――」

 

反論しようとして、途中で黙り込んでしまった。

やはり、先に仕掛けたのは少女の方らしい。

すると、いつの間にか、古城がやって来ていた。

 

「代わりに割り込んでくれてサンキューな、悠斗」

 

「そんなつもりはなかったんだが、体が勝手に動いたんだよ」

 

少女が、おずおずと話し掛けてきた。

 

「あ、あの」

 

「ああ、俺の名前か。 俺の名前は神代悠斗。古城の友人だ。 こいつが暁古城。第四真祖だ」

 

「お、おい! 何言ってんだ」

 

「別にいいだろ。 ここに獅子王機関の剣巫が居るって事は、監視されるんだろ。 古城の正体はバレてるって事だ」

 

「まあ、そうかもしれんが……」

 

少女は眼を見開いていた。

 

「な、なんで、私が獅子王機関の剣巫って分かったんですか!?」

 

「ま、まあ、俺は少しだけ獅子王機関の事を知ってるからな。 で、君の名前は?」

 

「え、はい。 私は姫柊雪菜といいます」

 

と、少女雪菜は言い、ペコリと頭を下げた。

 

「とりあえず、ここから離れようぜ。 面倒事は御免だ」

 

二人は頷き、近場のファーストフード店へ向かった。




えー、古城君たちは何で休みの日なのに制服なの?と思いますが、まあ、そこは原作沿いということで、眼を瞑ってください(>_<)

まあ、原作沿いに行くと思いますので、とうぶんは戦闘がないと思いまする。
ご了承くださいm(__)m
てか、オリ主の二つ名、中二すぎるね(笑)

それでは、感想、お願い致します!!


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聖者の右腕Ⅱ

やばい……。こっち書くの楽しくなってきた。
実は、メインはこの小説じゃなかったり(汗)

まあ、これは置いといて、本編をどうぞ。


悠斗、古城、雪菜が訪れた場所は、絃神島南地区にある、大手チェーンのハンバーガーショップだ。

一行は、窓際のボックス席に腰を落していた。

悠斗の向かいに側に座る雪菜は、行儀よく両手でテリヤキバーガーを掴んで、幸せそうにかぶりついていた。

 

「姫柊もハンバーガーを食べるんだな。 こういう店とは縁がなさそうなイメージだったから」

 

高神(たかがみ)(もり)がある街は都会じゃありませんが、ハンバーガーくらい売ってますよ」

 

「高神の杜? 姫柊が前にいた場所か?」

 

「はい。 表向きは神道系の女子校ということになってます」

 

「表って事は、裏があるのか?」

 

「……獅子王機関の養成所です。 獅子王機関のことは知っていますよね?」

 

「いや、知らんが」

 

古城の言葉に、雪菜は眼を数回瞬いた。

どうして知らないの?と言いたげな表情だ。

 

「いいか、古城。 獅子王機関っていうのは、国家公安委員会に設置されている特務機関だ」

 

「神代先輩の言う通りです。 獅子王機関は、大規模な魔導災害や魔道テロを阻止する為の、情報収集や謀略工作を行う機関です。 もともとは平安時代に宮中を怨霊や妖から護っていた滝口武者が源流(ルーツ)なので、今の日本政府よりも古い組織なんですけど」

 

「……要するに、公安警察みたいなものか」

 

古城も、一応納得したみたいだった。

 

「養成所から来たってことは、姫柊も獅子王機関の関係者なわけだ」

 

「はい」

 

今の説明で、古城は雪菜が携えていた槍が、ただの槍ではないことに気付いた。

あれは、獅子王機関で開発された、対魔族用の特殊兵器なのだ。

 

「だったら、姫柊がオレを尾けてたのはどうしてだ? その機関っていうのは、魔導災害テロの対策が仕事なんだろ。 オレは関係なくないか?」

 

「え? もしかして、暁先輩は、ご存知ないんですか?」

 

「何をだ?」

 

悠斗が、雪菜が言おうとしている事を口にした。

 

「真祖は、存在自体が戦争やテロと同じ扱いなんだよ。 一国の軍隊と同格の存在だからな。 教えるのを忘れてた、スマン」

 

悠斗の言葉を聞き、古城はがっくりと肩を落とした。

 

「人間扱い、生物扱いしてもらえないのかよ……」

 

「真祖以外にも適応される存在もいるんです。 紅蓮の熾天使といいます。 暁先輩はご存知ですか?」

 

「いや、それも知らんが」

 

「……暁先輩は、本当に何も知らなかったんですね。――神代先輩はご存知ですか?」

 

「まあ、知ってるな。 真祖と同等な力がある奴だろ。 眷獣も使役出来るんだっけ」

 

「そうです。 紅蓮の熾天使も対象に入ってる事も覚えてて下さいね。 暁先輩」

 

「お、おう。――そいつと、他の真祖はともかく、オレはそんな扱いされる覚えはねーぞ。 オレは何もしてないし、支配する帝国なんかどこにもねーし」

 

雪菜は静かに頷き、攻撃的な眼差しを古城に向けた。

 

「そうですね。 私もそれを聞きたいと思っていました。 暁先輩は、ここで何をするつもりなんですか?」

 

「何をするって……って、なんだ?」

 

「正体を隠して魔族特区に潜伏してるのは、何か目的があるからじゃないですか? 例えば、絃神島を陰から支配して、登録魔族たちを自分の軍勢に加えようとしてるとか。 あるいは、自分の快楽の為に彼らを虐殺しようとしてるとか。……なんて恐ろしい!」

 

何処か思いつめたような、あるいは妄想しているような口調で雪菜が呟いた。

古城は、何でそうなる、と低く唸り。 悠斗は雪菜を見て苦笑した。

 

「いや、だから待ってくれ。 姫柊は何か誤解してないか?」

 

「誤解?」

 

「潜伏するもなにも、俺は吸血鬼になる前からこの街に住んでいた訳なんだが」

 

「……吸血鬼になる前から……ですか」

 

雪菜は悠斗に、本当ですか、と眼で聞いてきた。

そう。 古城は、生まれついての吸血鬼ではない。

約三ヶ月前までは、古城は一般の人間だった。

だが、ある事件に巻き込まれ、古城の運命は変わった。

古城はそこで第四真祖と名乗る人物に出会い、その能力を奪ったのだ。

 

「ああ、そうだ。 古城は、約三ヶ月前までは人間だった」

 

悠斗の言葉に雪菜は、信じられない、という風に首を左右に振った。

 

「そ、そんなはずありません。 第四真祖が人間だったなんて」

 

「え? いや、そんなこと言われても、実際そうなんだし」

 

「普通の人間が、途中で吸血鬼に変わることなどあり得ません。 例え吸血鬼に血を吸われて感染したとしても、それは単なる“血の従者”――擬似吸血鬼です」

 

「いやいや、コイツは正真正銘、第四真祖だぞ」

 

雪菜は、再び首を左右に振った。

 

「ありえません。 真祖というのは、今は亡き神々に不死の呪いを受けた、もっとも旧き原初の吸血鬼のことですよ。 普通の人間が真祖になる為には、失われた神々の秘呪で自ら不死者になるしかないんです。……ま、まさか、暁先輩は真祖を喰らって、その能力を自らに取り込んだとでも……」

 

雪菜の表情から柔らかさが消えていた。 その代わり、恐怖の感情が浮かんだ。

真祖になる事は不可能でも、真祖の力を手に入れる方法が一つだけあるのだ。

それは、真祖を喰らって、その能力と呪いを自らの内部に取り込むことだ。

 

「いや、古城は真祖を喰らってないぞ。 うーん、そうだな。……押しつけられた。の方がしっくりくるかもな」

 

「そうだな。――詳しい事は説明出来ないが、オレはこの厄介な体質を、あの馬鹿に押しつけられたんだ」

 

「押しつけられた……? 暁先輩は、自分の意思で吸血鬼になったわけではないんですか?」

 

「誰が好きこのんで、そんなもんになりたがるか」

 

「あの馬鹿とは、誰ですか?」

 

「第四真祖だよ。 先代の」

 

「先代の第四真祖!?」

 

雪菜は愕然と息を呑む。

 

「まさか、本物の焔光の夜伯(カレイドブラッド)のことですか!? 暁先輩は、あの方の能力を受け継いだとでも? どうして第四真祖が暁先輩を後継者に選ぶんですか? そもそも、なぜあの焔光の夜伯(カレイドブラッド)なんかと遭遇したりしたんです?」

 

「いや、それは……」

 

言い掛けた古城の顔が、激しい苦痛に襲われたように歪ませた。

 

「古城! それ以上は思い出そうとするな!」

 

予想外の古城の反応に、雪菜がうろたえたような声を出した。

 

「神代先輩、これは?」

 

「古城は、その日の記憶が欠落してるんだよ。 思い出そうとすると、今みたいな激しい頭痛に見舞われることになる」

 

「そう……なんですか? わかりました……それじゃあ、仕方ないですね」

 

頭痛から解放された古城が、悠斗に聞いてきた。

 

「……悠斗は、何でオレが真祖になったかを知ってるのか?」

 

「――知ってる。 俺もその場に居合わせたからな。 古城は覚えていないと思うが」

 

「「なッ!?」」

 

古城と雪菜は、驚愕の声を上げた。

 

「だが、俺の口からは何も言わない。 一時期、俺は部外者でもあったしな」

 

雪菜は顔をぐいっと近づけ、

 

「その日、何があったんですか!? 教えてください」

 

「口が裂けても、言わん」

 

悠斗が絶対に話さないと悟った雪菜は、何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

 

「私、獅子王機関から先輩、暁先輩のことを監視するように命令されたんですけど……それから、もし先輩が危険な存在なら抹殺するようにとも」

 

「ま……抹殺!?」

 

平然と告げられた言葉を聞き、古城は硬直してしまった。

 

「その理由がわかったような気がします。 先輩は少し自覚が足りません。 とても危うい感じがします。 なので、今日から私が先輩を監視しますから、くれぐれも変なことはしないでくださいね。 まだ、先輩を全面的に信用したわけではないですから」

 

「監視……ね」

 

まあいいか。と古城は肩の力を抜いた。

雪菜は悪い人間ではないし、古城は、監視されても困る点はない。

 

「そういえば、神代先輩って何者なんですか? 素手で眷獣を吹き飛ばしたんです。 微弱ですが、魔力も感知しました」

 

「俺は、ちょっと強いだけの吸血鬼だ。 まあ、悪い事はしないから、心配するな」

 

「……釈然としませんが、今はそれで納得しておきます」

 

「おう、それで頼むわ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗の自宅があるのは、アイランド・サウスこと、住宅が多く集まる絃神島南地区、九階建のマンションの七階の七〇三号室だ。

悠斗は部屋着の上に灰色のパーカーを羽織り、帰りに買ってきた2ℓのペットボトルのはいったビニール袋を片手で持った。

玄関で靴を履き、扉を押し開け外に出てから鍵を閉めた。

悠斗は、古城、凪沙が住む七〇四室へ向かった。

 

「ん?」

 

七〇五号室の前で、彩海学園の制服を着て、ギターケースを背負った少女を見かけた。

その人物とは、悠斗が今日知り合った、姫柊雪菜だった。

 

「おう、姫柊。 こんな所で何してんだ?」

 

雪菜はゆっくりと振り返った。

 

「あ、神代先輩、こんばんは。 えっとですね。 引越しの荷物等が運び終わった所なんです。 暁先輩に手伝ってもらいました」

 

「なるほど。 古城が俺より早く帰ったのは、この為か。――ん、待て。 引っ越す部屋って七〇五号室であってるよな」

 

雪菜はきょとんとし、

 

「はい、あってますけど」

 

「それは、監視の為?」

 

「そうですけど」

 

なぜわかりきった事を聞くのか、とでも言いたげな表情であった。

どうやら、古城の私生活まで監視する気満々らしい。

 

「まあ、なんだ。 頑張れよ」

 

「はい、頑張ります!」

 

雪菜は、満面の笑みで頷いた。

悠斗はこれを見て、

 

「……古城、ドンマイ」

 

「神代先輩はどこに行くんですか?」

 

「ああ、七〇四室だ」

 

「暁先輩のところですか?」

 

「おう、そうだ。――んじゃ、俺は行くな」

 

「はい」

 

俺は七〇四号室のドアノブを捻り、引き開け中へ入った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

玄関で悠斗を迎えてくれたのは、凪沙だった。

 

「悠君。 こんばんは。 今からお鍋開始する所だから。 さっき、外から悠君の声が聞こえたんだけど、なにかあったの?」

 

「明日、中等部に転校してくる奴と少し話をな」

 

「え、え、どこにいるの? その子、ゴハンまだだよね。 凪沙、ちょっと行ってくるね」

 

凪沙は、玄関でサンダルを履き、外へ出た。

 

「凪沙は、ホント、行動力があるよな」

 

悠斗は呟いてから、玄関で靴を脱いで、廊下に上がってからリビングを目指した。

テーブルの椅子に腰をかけながら、古城は、ガスコンロの調整をしていた。

調整が終わり、試しに火を付けてみた。

 

「よし、これでOKだ」

 

「お邪魔してるぞ。 これ買ってきた飲み物」

 

悠斗は片手に下げていたビニール袋をテーブルの上へ置いた。

 

「悪ぃな」

 

「気にすんな、こんなのお安い御用だ」

 

古城はぐるりと回りを見渡した。

 

「凪沙は?」

 

「姫柊と会ってると思うぞ。 まあ、十中八九、姫柊も一緒に来ると思う」

 

「姫柊は引っ越した直後だから、飯とかねぇんじゃねぇか。――まあ、凪沙は誰とでも仲良くなれるからな。 それは悠斗も例外じゃなかったし」

 

悠斗は古城の隣の椅子に腰を下ろした。

 

「凪沙には感謝してるよ」

 

旅をし、ある事件後、また、学校の屋上で出会った少女と知り合ってから、悠斗の生活が劇的に変わった。 少女は、悠斗を何かと気にしてくれ、悠斗がぶっきら棒に答えても言葉を返してくれ、食事の誘いもしてくれたのだ。

少女の暖かい笑顔は、悠斗の心の氷を溶かしてくれたのだ。

少女の名は――暁凪沙。

何にも変える事が出来ない、大切な存在だ。

 

「あの頃の悠斗は、荒れてた感じだったからな。 最初は、オレの事も警戒してたし」

 

「あの頃は、俺に友人と言える存在はいなかったからな。 俺がここに居られるのも、全部、凪沙のおかげだ」

 

「そうか。――でも、凪沙はやらんぞ」

 

「いや、何でそうなる? 意味が分からん」

 

「最近、凪沙の奴どこか行ってるんだが、どこか知らねぇか?」

 

「あー、たぶん、俺の部屋だな。 何かと世話になってる。 特に、朝起こしてくれるとか」

 

「おい、それはd「古城君、雪菜ちゃん連れて来たよー」」

 

と、凪沙が古城の言葉を遮った。

 

「ま、この話はまたにしようぜ。 とにかく、今はメシを食おうぜ」

 

「……おう、わかった」

 

悠斗の向かいに、雪菜が着席した。

凪沙は台所から、鍋に入れる材料を持ってきた。

白採に椎茸、蒲鉾、しめじ、豚肉など、様々な食材が盛られていた。

凪沙も雪菜の隣の椅子に座った。

 

「じゃあ、いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

凪沙の音頭に、三人が続いた。

四人は箸を取り、食材を鍋の中に入れ、火が通った食材に味ポン、ゴマだれをつけて口に運ぶ。

 

「凪沙。 昆布のだしが効いてて旨いぞ」

 

「お、悠君、気付いたんだ。 今日は、昆布のだしを使ってみたんだ」

 

「そ、そうなのか? オレは全然気付かなかったが」

 

「わ、私もです」

 

それからは、談笑しながら鍋を減らした。

話していたら、雪菜はドジっ子だという事が発覚した。

 

「さて、オレは勉強の続きをやるわ。 悠斗は、ゆっくりしてけよ」

 

「そ、そういうことなら、私は先輩の勉強を手伝うということでどうでしょうか? 一応、高校二年までの学業は収めていますので」

 

古城は一瞬迷ったが、ありがたくこの提案を受け入れる事にした。

 

「ごめんね、雪菜ちゃん。 古城君のこと、よろしくね。 出来の悪いお兄ちゃんですけど」

 

「古城。 姫柊と二人きりだからって、手を出したらダメだぞ」

 

古城は、声を上げた。

 

「し、しねーよ。 そんなこと」

 

「……しないんですか、そうですか。 私に魅力がないということですね」

 

「いや、姫柊さん。 そういうことじゃなくて……」

 

雪菜はクスッと笑い、

 

「冗談ですよ。 行きましょうか」

 

「お、おう」

 

そう言って、古城と雪菜は自室に消えていった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗と凪沙は、向かい合わせに座りながら話をしていた。

 

「もう、悠君はイジワルなんだから、古城君にそんな甲斐性はないよ」

 

「古城は弄りがいがあるからな。 まあ、俺も甲斐性はない方だが」

 

「えー、そうかな。 そんな風には見えないけど」

 

「俺は女の子と接した……この話題はやめよう。 地雷を踏みそうな気がする」

 

「ちぇー、あともう少しだったのに」

 

悠斗は壁に掛けてある時計を確認した。

今の時刻は、午後十時を回ろうとしていた。

 

「そろそろ御暇しようかな。時間も時間になってきたしな」

 

「凪沙は、玄関まで送るね」

 

「おう、頼むわ」

 

悠斗と凪沙は立ち上がり、玄関へ向かった。

悠斗は玄関で靴を履き、

 

「じゃあ、また明日」

 

「うん、また明日」

 

悠斗は手を振ってからドアノブを捻り、扉を押し開けた。

 

「俺はどうなるんだろうな。 色々と」

 

悠斗は空を見ながらこう呟いた。

その時、強大な魔力の塊を察知した。――眷獣が召喚された時の感覚だ。 真祖レベルの眷獣と思われた。

 

「っち、今度はなんだよ」

 

悠斗は悪態をつきながらも、魔力が奔流となる現場へ走り出した。




時系列が変わってるかも。
ここらへんも、眼を瞑ってちょ<m(__)m>
描写にはありませんでしたが、古城たちは、コンビニに行ってますよー。
後、引っ越しなどは、前の日にほぼ終わらせてますね。

ではでは、感想、評価、よろしくです!!


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聖者の右腕Ⅲ

うん、そろそろ矛盾が出てきたかもしれない……。
そこは、ゴリ押ししちゃいます(`・ω・´)ゞ

それでは、本編をどうぞ。


雪菜は、爆発音が止まない倉庫街を走っていた。

戦闘中の眷獣は、漆黒の妖鳥だった。

ビルの屋上に立って眷獣を使役しているのは、長身の吸血鬼だ。

この魔力の凄まじさから、旧き世代の吸血鬼だろう。

だが、旧き世代の吸血鬼と謎の人物との戦闘は、終わる気配がない。

 

「あれは……」

 

闇を裂いて伸びた閃光に気付いて、雪菜が困惑な声を出す。

それは虹色に輝く、半透明な巨大な腕だった。

数メートル近い長さの腕が、漆黒の妖鳥と空中で接触する。

次の瞬間、妖鳥の翼が根元からちぎられ、鮮血が飛び散った。

体勢を崩した妖鳥を、虹色の腕が貪るように引き裂いて、攻撃を加えていく。

 

「魔力を……喰ってる!?」

 

その異様な光景に、雪菜は戦慄した。 倒した眷獣の魔力を喰らう。――雪菜が知る限り、そんな眷獣は聞いたことがない。

そして、その眷獣を使役してる少女を見て、雪菜は更に戦慄した。

虹色の腕の宿主は、雪菜より小柄な少女であり、素肌ケープコートを纏った藍色の髪の少女だった。

 

「吸血鬼……じゃない!? そんな……どうして、人工生命体(ホムンクルス)が眷獣を!?」

 

呆然と立ち尽くす雪菜の背後で、ドッ、と重い何かが投げ落とされた音がした。

振り返ると、重傷を負って倒れた旧き世代の吸血鬼だった。

 

「――ふむ。 目撃者ですか。 想定外でしたね」

 

聞こえてきた低い男の声に、雪菜は顔を上げた。

燃え盛る炎を背にして立っていたのは、身長百九十センチを超える巨躯の男だった。

右手に掲げた半月斧(バルディッシュ)の刃と、装甲強化服の上に纏った法衣が、鮮血で紅く濡れていた。

これは、返り血だ。

 

「戦闘をやめてください」

 

雪菜が、男を睨んで警告した。

男は、雪菜を蔑むように眺め、

 

「若いですね。 この国の攻魔師ですか……見た所、魔族の仲間ではないようですが」

 

「行動不能の魔族に対する虐殺行為は、攻魔特別措置法違反です」

 

「魔族におもねる背教者たちの定めた法に、この私が従う道理があるとでも?」

 

男は無造作に言い捨て、巨大な戦斧(せんぷ)を振り上げる。

 

「くっ、雪霞狼――!」

 

槍を構えて、雪菜が走った。

負傷した吸血鬼を目掛けて振り下ろされて戦斧を、ぎりぎりで受け止める。

 

「ほう……!」

 

戦斧を弾き飛ばされた男が、愉快そうに呟いた。

男は、後方に跳び退き、雪菜へと向き直る。

 

「なんと、その槍、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)ですか!? “神格震動波駆動術式(DOE)”を刻印した、獅子王機関の秘奧兵器! よもやこのような場で眼にする機会があろうとは!」

 

男の口許に、歓喜の笑みが浮かんだ。

眼帯のような片眼鏡(モノクル)が、紅く発光を繰り返す。 男の視界に、直接情報を投影してるらしい。

 

「いいでしょう、獅子王機関の剣巫ならば、相手に不足なし。 娘よ、ロタリンギア殲教師(せんきょうし)、ルードルフ・オイスタッハが手合わせを願います。 この魔族の命、見事救ってみせなさい!」

 

「ロタリンギアの殲教師!? なぜ、西欧教会の祓魔師(ふつまし)が、吸血鬼狩りを――!?」

 

「我に答える義理はなし!」

 

男の体が、地を蹴って加速した。

振り下ろされた戦斧が雪菜を襲う。

雪菜は、それを見切って紙一重ですり抜けた。

攻撃を終えた直後のオイスタッハの右腕へと、旋回した雪菜の槍が伸びる。

オイスタッハは、回避不能のその攻撃を、鎧に覆われた左腕で受け止めた。

魔力を帯びた武器と鎧の激突が、青白い閃光を撒き散らす。

 

「ぬううん!」

 

オイスタッハの左腕の装甲が砕け散り、雪菜はその隙に後方へ跳び退いた。

 

「我が聖別装甲の防護結界を一撃で打ち破りますか! さすがは、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)――実に興味深い術式です。 素晴らしい」

 

破壊された左腕の鎧を眺めて、オイスタッハが満足そうに舌なめずりをする。

そんなオイスタッハの姿に、禍々しい気配を感じて、雪菜は表情を険しくした。

雪菜は、彼をここで倒さねばならない、と決意した。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る。 破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて、我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

「む……これは……」

 

雪菜が祝詞(のりと)を唱え、体内で練り上げられた呪力を七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)が増幅。

槍から放たれた強大な呪力の破動に、オイスタッハが表情を歪める。

直後、雪菜はオイスタッハに攻撃を仕掛けた。

 

「ぬお……!」

 

放たれた槍を、オイスタッハは戦斧で受け止めたが、腕に伝わる衝撃に耐え切れず数メートル後退。

過負荷によって、各部強化鎧の関節が火花を散らす。

しかし、雪菜の攻撃はそれだけでは終わらない。 至近距離からの嵐のような連撃に、オイスタッハは防戦一方になる。

雪菜は、霊視によって一瞬先の未来を見る事で、誰よりも速く動く事が可能なのだ。

 

「ふむ、なんというパワー……それにこの速度! これが、獅子王機関の剣巫ですか!」

 

見事、とオイスタッハは賞賛する。 雪霞狼の攻撃を受け止めきれず、半月斧がひび割れ、音を立てて砕け散った。

その瞬間、雪菜の攻撃が僅かに止まる。 人間であるオイスタッハを直接攻撃することに、一瞬だけ躊躇してしまったのだ。 その一瞬を、オイスタッハは見逃さなかった。

 

「いいでしょう、獅子王機関の秘術、たしかに見せてもらいました。――やりなさい、アスタルテ!」

 

強化鎧の筋力を全開にして、オイスタッハが背後へと跳躍する。

オイスタッハの代わりに、雪菜の前に飛び出して来たのは、ケープコートを羽織った藍色の髪の少女だった。

 

命令受託(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

少女のコートを破って現れたのは、巨大な腕だ。

腕は虹色に輝きながら、雪菜を襲う。 雪菜は雪霞狼で迎撃する。

 

「ぐっ!」

 

「ああ……っ!」

 

辛うじて激突に打ち勝ったのは、雪菜だった。

薔薇の指先(ロドダクテュロス)と呼ばれた眷獣を、銀の槍がじりじりと引き裂いていく。

眷獣の受けたダメージが逆流しているのか、アスタルテと呼ばれた少女が苦悶の息を吐く。

 

「あああああああああああ――っ!」

 

少女が絶叫し、背中を引き裂くようにして、もう一本の腕が現れる。

眷獣が二体ではなく、左右一対で一つの眷獣なのだろう。

それは、独立した別の生物のように、頭上から雪菜を襲ってくる。

 

「しまっ――」

 

雪霞狼の穂先は、眷獣の右腕に突き刺さったままだ。

もし、一瞬でも力を抜けば、手負いの右腕が槍ごと雪菜を押し潰すだろう。

そして、この状態からは、左腕の攻撃は避けられない――。

 

死を覚悟する時間は無かったが、一瞬だけ、見知った少年たちの姿が脳裏によぎる。

今日出会ったばかりの、少年たちの面影が。

 

「(私が死ねば、先輩たちは悲しんでくれるだろうか。 いや、きっと彼らは悲しむだろう。 だから――死にたくない)」

 

その時、一人の少年の声が聞こえてきた。

 

「姫柊ィ――――――!」

 

第四真祖、暁古城の声が。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「おおおおおおおおォ!」

 

古城は握り締めた拳で、巨大な腕を殴りつけた。

虹色に輝く左腕が、跡形もなく吹き飛んだ。

そして、眷獣の宿主である少女も、その衝撃で転倒し、雪菜と戦っていた右腕も消滅した。

雪菜は呆然と眼を見張って、その光景を眺めていた。

 

「なにをやってるんですか、先輩!? こんなところで――!?」

 

「それはこっちの台詞だ、姫柊! この、バカ!」

 

「バ、バカ!?」

 

「様子見に行くだけじゃなかったのかよ。 なんで、お前が戦ってんだ!」

 

「そ、それは」

 

うー、と雪菜が物言いたげに口籠る。 古城も詳しく事情は理解してないが、色々あったのだろう、ということも想像できた。

古城は飛べないし、空間転移魔法なども使えない。 二基の人工島を連結する長さ十六キロの連結橋を全力疾走するのは、流石にきつかった。

そして、古城が追い付いた時には、最初に暴れていた眷獣は倒され、雪菜は謎の男と戦闘の真っ最中だったというわけだ。

 

「で……結局、こいつらはなんなんだ?」

 

「わかりません。 あの男は、ロタリンギアの殲教師だそうですが……」

 

「ロタリンギア? なんで、ヨーロッパからわざわざやってきて暴れているんだ、あいつは?」

 

「先輩、気をつけてください。 彼らは、まだ……」

 

雪菜が警告を終える前に、ケープコートを着た少女が立ち上がった。

少女の背部には、虹色の眷獣が実体化したままだ。

古城に殴られたダメージは、眷獣本体にまでは及んでないらしい。

 

「先程の魔力……貴方は、ただの吸血鬼ではありませんね。 貴族(ノーブルズ)と同等かそれ以上……もしや、第四真祖の噂は事実ですか?」

 

破壊された戦斧を投げ捨て、オイスタッハが言う。

オイスタッハを庇うように、前に出たのは、藍色の髪の少女だった。

 

再起動(リスタート)完了(レディ)命令を続行せよ(リエクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)――」

 

少女の言葉に従って、巨大な腕が鎌首をもたげる蛇のように伸びた。

 

「やめろ、オレは別に、あんたたちと戦うつもりは――」

 

「待ちなさい、アスタルテ。 今はまだ、真祖と戦う時期ではありません!」

 

古城とオイスタッハが同時に叫ぶ。

少女が困惑したように瞳を揺らしたが、すでに宿主の命令を受けた眷獣は止まらない。

虹色の鉤爪を鈍く煌めかせ、猛禽のように古城を狙って降下する。

 

「先輩、下がってください!」

 

槍を構えた雪菜が、古城を突き飛ばすようにして飛び出した。

だが、雪菜の行動を予期していたように、もう一本の腕が少女の足元から放たれた。

地面を抉るようにして飛来する、右腕の不意打ちに、雪菜の反応が遅れた。

 

「姫柊!」

 

古城が咄嗟に雪菜を突き飛ばす。 無防備だった背後からの衝撃に、雪菜は為す術なく吹き飛ぶ。

目標を失った右腕が眼下から、そして左腕が頭上から古城を襲う。

 

「せ、先輩っ!? なんてことを――!」

 

受け身をとった雪菜が、体勢を立て直す。

古城の援護は間に合わないと思ったが、

 

「――降臨せよ。朱雀!」

 

神々しい朱鳥の眷獣が、古城の前に佇み、虹色の腕を消滅させた。

声の主は、倉庫の上に立っていた。

 

「「悠斗(神代先輩)!?」」

 

悠斗は倉庫の上から飛び降り、地へ着地し、右手を上げた。

 

「おう、さっきぶりだな。 古城、姫柊」

 

「な、なんでここにいるんだ!?」

 

「いや、魔力を感知して様子を見にきただけなんだが。 二人が戦ってるとは予想外だった」

 

「この眷獣が、神代先輩が使役してる眷獣ですか。――綺麗ですね」

 

雪菜は、悠斗が召喚した眷獣見ながら、そう言った。

 

「まあな」

 

オイスタッハは、眼を見開き悠斗を見ていた。

 

「……あなたは、何者ですか?」

 

「俺か? 俺はそいつらの友人だ」

 

「……アスタルテ、やってしまいなさい」

 

命令受託(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

少女は、左右の腕を再び実体化させ、悠斗の頭上目掛けて腕を振り下ろした。

 

「――朱雀、頼んだ」

 

朱雀は一鳴きし、悠斗を守るように前に佇んだ。

虹色の腕は、焔の翼に呑み込まれ、徐々に消滅していった。

雪菜と古城は、この現象を見て眼を見開いていた。

 

「ま、まさか、薔薇の指先(ロドダクテュロス)()()してるんですか!?」

 

「おお、正解。 例外もあるけどな」

 

オイスタッハは思案をし、

 

「……も、もしやあなたは。 いえ、しかし、眷獣は封印したと噂では……」

 

「で、どうする? 戦うか?」

 

「ここは撤退させていただきます。 行きますよ、アスタルテ」

 

命令受託(アクセプト)

 

アスタルテは、虹色の腕で地面を砕き、砂煙に紛れて殲教師と共に姿を消した。

悠斗はそれを確認してから、息を吐いた。

悠斗が、もういいぞ、と言うと、朱雀は消えていった。

雪菜がおずおずと、

 

「あの、神代先輩って何者なんですか? 浄化能力を持つ眷獣なんて、聞いた事ありません」

 

「まあ、あれだあれ」

 

「……これは、教えてくれないパターンですね。 まあいいです。 時が来たら教えて下さい」

 

「わかった。 誰かにばらされそうな気もするが。 さて、帰ろうぜ」

 

「お、おう、さっきは助かった。……あ、アイス買うの忘れた」

 

「じゃあ、三人でコンビニにアイス買いに行くか」

 

「そうですね。 行きましょうか」

 

三人は、近場のコンビニ目指して歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城の追試が終わった翌々日。

 

「悠君。 起きて、朝だよ」

 

悠斗が眼を開けると、凪沙が悠斗を見ていた。

時刻は、午前八時前だ。

悠斗は眼を擦りながら、上体を起こした。

 

「ん、凪沙か。 どうした、こんなに早く?」

 

「もう、今日から学校が始まるんだよ。 もしかして、忘れてた?」

 

「……あ、そうだった」

 

九月一日、今日は夏休みが終わって最初の登校日だ。

 

「そんなことだろうと思って、凪沙がご飯を作っといたよ」

 

「た、助かる。 てか、古城たちは?」

 

「古城君は、雪菜ちゃんが迎えに来て、先に行ったよ」

 

「ああ、なるほど。(監視の為か)」

 

「うーん、これからは、凪沙と一緒に学校行く? 朝練がある日は無理だけど」

 

凪沙の提案に乗れば、遅刻する回数は激減するだろう。

悠斗は頷き、

 

「お言葉に甘えるわ。 じゃあ、俺は支度をしてくるわ」

 

悠斗は布団を剥いでベットから降り立ち、洗面所へ向かった。

支度をし、テーブル上に乗っている皿からパンを取り、

 

「じゃあ、行くか」

 

「はーい」

 

悠斗は凪沙が玄関から出たのを確認してから、鍵をかけた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

モノレールが学園駅前に到着し、悠斗と凪沙は車両から降りていく。

悠斗と凪沙は改札口を出て、学園へ向かう歩道を歩いていた。

 

「悠君。 昨日のニュース見た?」

 

「ああ、原因不明の爆発事件のことか。 落雷による倉庫火災じゃないか、って言われているが」

 

事件があった翌日は、絃神市で発生した謎の爆発事件が大々的に取り上げられていた。

 

「落雷なんて誰も信じてないよー。 凪沙は、隕石が怪しいと思ってるんだよね」

 

「隕石……隕石ならよかったな」

 

悠斗は脳裏に、殲教師と藍色の髪の少女が映った。

恐らく、奴らは、また何処かで暴れだすだろう。

 

「じゃあ、凪沙はこっちだから、悠君、またね」

 

「おう、またな」

 

悠斗は片手を上げ、中等部に向かっていく凪沙を見送った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「おはよ、古城、浅葱」

 

ホームルーム開始直後の教室。

自分の席に着いた悠斗が、古城と浅葱に挨拶をした。

 

「おはよ、悠斗。 てか、遅刻しなかったのな」

 

「いやいや、古城に言われたくない」

 

眼の下のくすみを気にして手鏡を覗きながら、浅葱が言った。

 

「悠斗は、凪沙ちゃんに起こしてもらったんでしょ。 休みが終わった直後に遅刻しないのは不思議だもの。 古城と悠斗は、遅刻常習犯なんだから」

 

「俺が遅刻しないのは、そんなにおかしいか?」

 

古城と浅葱は、

 

「「うん」」

 

と、同時に首を縦に振った。

 

「そ、そうか」

 

その時、教室の隅に集った男子が数人、一台のスマートフォンを囲んで盛り上がっていた。

 

「な、なんだ、あの騒ぎ?」

 

古城は、興奮状態のクラスメイトを眺めた。

浅葱が、ちょうど近くを通りかかった友人、築島倫を呼び止める。

 

「ね、お倫。 あれなに? 男子どもはなんで盛り上がってるわけ?」

 

「ああ、あれ? なんかね、中等部に女の子の転校生が来たらしいわよ。 それで、その子が可愛い子だって噂になってて、部活の後輩に命令して、写真を送られたんですって」

 

悠斗の脳裏に、一人の少女が浮かんできた。

悠斗は、古城にしか聞こえないように、

 

「姫柊のことだよな?」

 

「ああ、たぶんな」

 

古城は、苦い表情で頷いた。

 

「暁くんと神代くんは、行かなくていいの?」

 

「いや、オレはべつに」

 

「ああ、俺も興味ないしな」

 

倫は満足そうに頷いた。

 

「そうね。 暁くんには、浅葱がいるものね」

 

「へ?」

 

古城は驚いて顔を上げた。

浅葱は、頬を朱色に染めていた。

倫が、そういえば、と言い悠斗に矛先を変えた。

 

「風の噂で聞いたんだけど、暁くんの妹さん、凪沙ちゃんが、神代くんの家を訪れてるってホント? それに朝、一緒に登校してたの?」

 

その時、騒がしかった教室が、一瞬で凍った。

悠斗は顔を強張らせ、

 

「……ま、待て。 嘘か本当かと言われたら、本当だが。 やましいことは何もないぞ。――やめろ、その疑いの眼差しはやめるんだ」

 

古城の背後からは、どす黒いオーラが漂っていた。

 

「古城、何もないぞ。 何もないから。 そのオーラを収めてくれ」

 

「まあまあ、暁くん。 神代くんもこう言ってることだし、大目に見てあげたら」

 

「……わかった」

 

悠斗は心の中で安堵した。――シスコンの兄(第四真祖)を敵に回したら死ぬ。 色々な意味で。

古城は、世界史のレポートが終わっていなかった為、浅葱に見せてくれるようにお願いしていた。

浅葱も、鞄の中からレポートのコピー用紙の束を取り出していた。

浅葱がコピー用紙を古城に手渡そうとして――

 

「あら? 那月ちゃん、どうしたのかしら?」

 

倫がそう呟いた。

ホームルームの時間には早かったが、漆黒のドレスを纏った我がクラス担任が、不機嫌そうな表情で教室に入ってきた。

 

「暁古城、神代悠斗、いるか?」

 

教室の入り口で仁王立ちして古城を呼ぶ。

古城と悠斗は、嫌な予感を覚えながら、のろのろと手を挙げた。

 

「「……なんすか?」」

 

「お前たちに聞きたい事がある。 それから、中等部の転校生も一緒に連れてこい」

 

「姫柊を……? なんで?」

 

「おい、古城。 今それを言ったら……」

 

転校生の名前が出たことで、生徒たちの間に動揺が広がった。

再び静まり返った教室で、那月は生徒たちの視線を一身に集めながら――

 

「一昨夜の件、と言ったらわかるか?」

 

「い、いや……なんのことだかさっぱり……」

 

「とぼけても無駄だ。 深夜のゲームセンターから逃げ出したあと、おまえら二人が朝までなにをしていたか、きっちり話してもらうからな。 神代悠斗もだ」

 

「「ちょ」」

 

一方的にそれだけ言い残すと、那月は悠斗と古城の返事も聞かず去っていく。

悠斗と古城の背中には、殺気だった眼で睨む男子生徒たちが残された。

 

「暁くん……今の話、どうゆうことかな? 詳しく説明してくれる? 神代くんも、凪沙ちゃんがいながら、そういう事をしちゃダメだよ」

 

倫が、座っている悠斗と古城を見下ろしながら聞いてくる。

いつも物静かな彼女だが、こういう時の迫力は凄まじい。

 

「……ま、待て待て待て。 俺は関係ないぞ」

 

「あ、浅葱、助けてくれ。……あれ、浅葱は?」

 

古城は振り返ったが、そこに座っていたはずの浅葱の姿は、いつの間にか消えていた。

 

「浅葱なら、あっちだよ」

 

倫が教室の後ろを指差した。

浅葱はゴミ箱の隣に立っていて、手に持っていた紙束をビリビリと無心に破り続けていた。

 

「そ、それって、もしかしてオレが頼んだ世界史のレポート……」

 

慌てて立ち上がる古城の姿を、浅葱が静かな怒気を孕んだ半眼で睨みつける。

 

「ふん」

 

浅葱は鼻を鳴らして、破り終えた紙を纏めてゴミ箱に投げ捨てた。




悠斗君は、この眷獣しか使役することが出来ないっス。
他の眷獣たちは、封印しちゃいましたからね。
てか、他の小説も執筆しなければ(汗)

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聖者の右腕Ⅳ

ヒロインを絡ませるのが、難いっすね(^_^;)
上手く書けたかわからんが。

それでは、本編をどうぞ!


昼休みが始まってすぐに教室を抜け出し、悠斗と古城は職員室前の廊下で雪菜と合流し、生徒指導室へ到着した。

ドアをノックして中に入ると、那月が古城たちを待っていた。

 

「来たか、暁に転校生…………神代」

 

「って、おい! 俺はオマケかい!?――那月ちゃん」

 

魔力を纏った扇子を、悠斗の頭目掛けて振り下ろしてきた。

それを、悠斗は紙一重で回避する。

 

「あぶッね」

 

「チッ」

 

「舌打ちしたよね!? 今、舌打ちしたよね!?」

 

那月は表情を改め、

 

「ふん、まあいい。 さて、お前たち。 一昨夜、アイランド・イーストで派手な事故が起きたのは知っているな?」

 

「え、ええ。 そりゃまあ」

 

いきなり核心を突いてきた那月の質問に、古城は居心地悪い気分で頷いた。

雪菜も表情には出さなかったが、内心は緊張していた。

悠斗はいつも通りだが。

 

「実は、その現場近くで、旧き世代の吸血鬼が一匹、確保されたそうだ。 重傷を負って死にかけていると、誰かが匿名で消防署に通報したらしい。 さて、何者の仕業なのだろうな?」

 

「さ、さあ」

 

古城は、わざとらしく首を捻った。

 

「ふむ。 実はな、この島で死にかけた吸血鬼が発見されたのは、今回が初めてじゃなくてな、似たような事件が六件起きている。 流石に、旧き世代が巻き込まれたのは初めてだが」

 

そう言って、那月は分厚い資料の束をテーブルの上へ投げ出した。

 

「こいつは、あの時のナンパ野郎か?」

 

写真に写っている男を見て、悠斗がそう呟いた。

そこに写っていたのは、悠斗と古城が初めて雪菜と出会った日、雪菜をナンパしようとした奴だった。

 

「今まで襲われた魔族のリストだ。 そこに写ってるのは六件目の被害者。 発見されたのは、二日前だそうが……お前らの、知り合いか?」

 

「知り合いではないが、 一悶着あったのは確かだ。 で、こいつはどうなったんだ、那月ちゃん」

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな! はあ、まあいい。 入院中だ。 一命は取り留めたそうだが、今も意識は戻っていない。 生命力が取り柄の獣人(イヌ)と、不老不死の吸血鬼(コウモリ)を相手に、どうやったらそんなことが出来るかは知らないが」

 

険しい目つきで古城を眺めて、那月は優雅に頬杖をついた。

 

「お前たちを呼び出したのは、それが理由だ。 なにが目的はかは知らんが、この無差別の魔族狩りをしてる犯人は、今の捕まっていない。 つまり、お前たちが襲われる可能性があるということだ」

 

「あ、ああ……そうか。 そうっすね」

 

「企業に飼われている魔族や、その血族には、魔族狩りに気をつけろと、すでに警告が回っているらしい。 お前たちには、そんな上等な知り合いはいなそうだから、あたしが代わりに警告してやる。 感謝するがいい」

 

「はあ。 それはどうも」

 

「というわけで、この事件が片付くまでは、しばらくの夜遊びは控えるんだな」

 

「は……」

 

あまりにもさりげない那月の口調に、古城は思わず、はい、と頷いてしまいそうになるが、雪菜の責めるような視線に気付いて我にかえり、

 

「い、いや、夜遊びとか言われても、なんのことだか」

 

「……ふん、まあいい。 とにかく、警告はしたからな」

 

那月はそう言って、出て行け、と古城たちを追い払うように手を振った。

古城と雪菜と悠斗は、言われた通り生徒指導室から去ろうとする。

 

「ああ、そうだ。 ちょっと待て、そこの中学生」

 

那月が雪菜を呼び止め、雪菜が振り返った。

那月は黒いドレスの胸元から何かを取り出して、雪菜へと軽く放った。

 

「……ネコマたん……」

 

ハッ、と口元を押さえる雪菜を見て、那月はニヤリと不敵に笑った。

 

「忘れ物だ。 そいつは、お前のだろ」

 

雪菜は何も言わず静かに会釈をし、古城と共に、生徒指導室を出て行った。

悠斗もその後に続こうと――

 

「神代悠斗は、少し待て」

 

と、呼び止められてしまった。

悠斗は再び振り返った。

 

「神代悠斗、お前、力を使ったろ」

 

悠斗は冷汗流しながら、

 

「な、なんのことかな」

 

「一昨日、アイランド・イースト付近でお前の魔力を感知した。 お前が、吸血鬼(コウモリ)の眷獣を吹き飛ばす時もだ。 力を使いすぎて、正体がばれないようにするんだな」

 

那月は、ぶっきら棒にこう言っているが、何かと悠斗の心配をしてくれている。

悠斗がこの島で身を隠せてるのも、那月が裏で手を回してくれてるからだ。

なので悠斗は、那月に頭が上がらない。

 

「りょ、了解。 大人しくしてるよ」

 

「ふん、わかればいい。 でだ、お前は現場にいたんだろ。 なにか分かったことはないのか?」

 

「ああ、ロタリンギアの殲教師(せんきょうし)が暴れてた。 眷獣憑きの、人工生命体(ホムンクルス)も一緒にだが」

 

那月は眉を寄せた。

 

「なに、殲教師(せんきょうし)だと。 西欧教会の祓魔師(ふつまし)が、なぜ魔族狩りを――。 それに、人工生命体(ホムンクルス)が、眷獣を使役するだと?」

 

眷獣というのは、不老不死である吸血鬼にしか宿すことが出来ない。

何故かというと、眷獣が実体化する際、宿主の生命力を喰らうのだ。

なので、人間、獣人が眷獣を宿せば、命を落としかねない。

 

「まあいい。 この件はわたしの方で調べるから、余計な首を突っ込むなよ。 暁古城には、お前から言っといてくれ」

 

「了解」

 

と言い、悠斗は生徒指導室を出た。

その時、誰かに呼び止められた。

その人物は中等部の制服を着た、――暁凪沙だ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗と凪沙は横に並びながら、職員室へ向かっていた。

悠斗は段ボール箱(重い方)を持ちながら、話し掛けた。

 

「で、頼まれたから断れなかったと」

 

どうやら、教室の備品を、職員室に運ぶのを頼まれたらしい。

凪沙は首を左右に振り、

 

「ううん、違うよ。 凪沙が運ぶって言ったんだよ」

 

「ホント、お前はお人よしだな。 俺はそれに救われたんだが」

 

「そっかな? それなら、悠君もお人よしだと思うけど」

 

「お、俺がか? 俺には縁がない言葉だぞ」

 

凪沙は、頬をぷくっと膨らませた。

 

「だって悠君は、いつも凪沙のわがままに付き合ってくれるし、たまにだけど、古城君の勉強も見てあげたよね。 これがお人よしじゃなかったら、なんなのさ」

 

「……そう言われると、そうかもしれないが」

 

「凪沙が言うんだから、間違えないよ」

 

「ま、そういうことにしとくか。――そういえば、聞きたい事があったんだ。凪沙に」

 

「ん、なに?」

 

「……凪沙は、俺が吸血鬼だって事を知ってるよな。 俺が怖くないのか?」

 

凪沙は魔族恐怖症だ。

なので、獣人、吸血鬼を見たら、極度に恐怖するはずなのだ。

 

「うーん、なんでだろ? 悠君だから、かな」

 

「な、なんじゃそりゃ」

 

話している内に、職員室前に到着した。

悠斗は段ボールの箱を床に置いてから、職員室の扉をノックした。

 

「「失礼します」」

 

と、悠斗と凪沙は言った。

悠斗は段ボールの箱を持ってから、職員室に足を踏み入れた。

中に入って、悠斗と凪沙を迎えてくれたのは、凪沙のクラス担任。

笹木岬だ。

 

「凪沙ちゃん、神代くん、お勤めご苦労。 それは、そこのテーブルの上へ置いて良いから」

 

悠斗は、その指定されたテーブルの上へ段ボールを置いた。

凪沙もそれに倣った。

 

「じゃあ、俺は戻りますね。 行くか、凪沙」

 

「りょうかいー」

 

悠斗と凪沙は、高等部と中等部に別れる所で別れ、教室へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が教室に入った時、空席が眼に入った。

 

「ん? あの席は、古城の席だよな。――まさかとは思うが、首を突っ込んでないよな、古城」

 

悠斗は浅葱の席へ駆け寄った。

 

「なあ、浅葱。 古城はどうしたんだ?」

 

浅葱は不機嫌そうに、

 

「古城なら、私にロタリンギアの企業について調べさせて、どっか行ったわよ、まったくもう」

 

「ロタリンギア? 詳細は分かるか」

 

浅葱は溜息を吐いた。

 

「あんたもなのね。 まあいいわ。――ステレべ製薬の研究所。 主な研究内容は、人口生命体を利用した新薬実験。 二年前に研究所を閉鎖して、今は差押えになってるわ。 これを聞いた古城は、教室から飛び出していったわよ」

 

「あの、バカ。 案の定、首を突っ込んだな。――悪い、浅葱。 俺も急用ができた。 午後の授業は上手いこと誤魔化しといてくれ。 今度なんか奢るから」

 

悠斗はそう言うと、急いで教室を出て行く。

 

「こ、こら……! あんたもなの!? あんたら、殺すわよ! この、馬鹿二人組――っ!」

 

悠斗は浅葱の怒鳴り声を背に、ステルベ製薬の研究所へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「……先輩」

 

と呟き、雪菜は俯き、床に座り込んでいた。

古城と雪菜は浅葱の情報を元に、スレルベ製薬の研究所へ乗り込んで、アスタルテとオイスタッハと戦っていたが、結果は敗北。

古城は雪菜を庇い、オイスタッハが振り下ろした半月斧(バルディシュ)で体を引き裂かれてしまった。

 

「はあ、やっぱりこうなったか」

 

雪菜が振り返ると、そこには、

 

「か、神代先輩。 あ、暁先輩が!」

 

「落ち着け、姫柊。 古城は、こんな簡単には死なないぞ」

 

「そ、それは、どういう――」

 

雪菜が古城の屍に眼をやると、傷がどんどん修復されていき、流れ出ていた血も時間が戻ったように体内に逆流していく。

 

「第四真租は、規格外な存在だからな。 こんな傷じゃ簡単には死なない。――さてと、俺は殲教師の所に向かうから、古城が起きたら一緒に来てくれ」

 

「ど、どうするつもりですか?」

 

「足止めだな。 俺の眷獣は、攻撃力がほぼないからな。 後は、古城に任せるさ。――んじゃ、早く来いよ」

 

悠斗は雪菜に背を向けてから、右手を上げた。

悠斗は、破壊された壁を潜り、殲教師の元へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

キーストーンゲートとは、絃神島の中央に位置する巨大複合建造物の名前だ。

十二階建ての地上部は、島内でもっとも高い建物であり、逆ピラミッド型のその威容を島のあらゆる場所から見上げる事が出来る。

そして、この建造物には重要な役割がある。

この場所は、絃神島を構成する四基の人工島の連結部を兼ねているのだ。

海流や波風などの影響で発生する人工島間の歪みや振動は、このキーストーンゲートによって吸収、調整される。

そして、ゲートの壁を経由して届いたワイヤーケーブルは、この最下層の支柱に巻き付けられている。

 

四基の人工島から伸びる連結用のワイヤーを調律することで、島全体の震動を制御し、無効化しているのだ。

この働きがなければ、絃神島の四つの地区は、たちまち激突、あるいは分解され、洋上を彷徨う事になるだろう。

まさしく、要石の名に相応しい重要な施設だ。

そして今、最下層を隔てている気密隔壁が、虹色に輝く人型の眷獣によってこじ開けられていた。

眷獣の胸の中央に閉じ込められているのは、藍色の長い髪、薄水色の瞳を持つ少女。 アスタルテだ。

彼女の背後から姿を現したのは、法衣を身に纏ったロタリンギアの殲教師、ルードルフ・オイスタッハ。

オイスタッハは、辿り着いたゲート最下層を、感慨深けにゆっくり見回していた。

 

命令完了(コンプリート)。 目標を目視にて確認しました」

 

自らの眷獣に取り込まれたままの姿で、アスタルテが告げる。

オイスタッハは、最下層の中央へ歩み寄る。

そこは、四基の人工島から伸びる、四本のワイヤーケーブルの終端だった。

全てのマシンヘッドを固定するアンカー、小さな逆ピラミッドの形をした金属製の土台である。

そのアンカーの中央を、一本の柱が、杭のように刺し貫いている。

直径は、僅か一メートル足らず。

これが絃神島を支える、黒曜石に似た質量の半透明の石柱――要石(キーストーン)である。

 

「お……おお……」

 

オイスタッハの口から、悲鳴と観喜の声が同時に漏れた。

 

「ロタリンギアの聖堂より簒奪されし不朽体……我ら信徒の手に取り戻す日を待ちわびたぞ! アスタルテ! もはや、我らの行く手に阻むものなし。 あの忌まわしき楔を引き抜き、退廃の島に裁きを下しなさい!」

 

高らかな笑い声を上げながら、オイスタッハはアスタルテに命じた。

しかし、

 

命令認識(リシーブド)。 ただし、前提条件に誤謬(ごびゅう)があります。 ゆえに命令の再選択を要求します」

 

「なに?」

 

要石によって固定されたアンカーの上に、誰かがいる。

 

「悪いな。 役者が揃うまで、俺の相手になってもらうぞ」

 

そこの立っていたのは、古城の友人――神代悠斗だった。




次回は作者が苦手な戦闘回ですな。
さて、上手く書けるかどうか。
後、文字数は、4000~5000字の間にしようかと、間がメッチャ空いてる気がするが(汗)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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聖者の右腕Ⅴ

はい、今回は作者が苦手な戦闘回です。
うむ。上手書けただろうか。

それでは、本編をどうぞ。


半透明な石の中には、誰かの“腕”が浮かんでいた。

ミイラのように干乾びた、細い腕だ。

 

「……あんたの目的は、西欧教会の“神”に仕えた聖人の遺体、か」

 

悠斗は腕を一瞥してから、アンカーの上から降り立った。

 

「ええ、そうです。 なので、そこから離れなさい。――紅蓮の熾天使よ!」

 

「……やっぱり、わかる奴には、わかっちまうか」

 

悠斗は頬を掻いた。

 

「何があったのかは知りませんが、貴方は、朱雀と言われた眷獣しか使えません。 その眷獣では、アスタルテを止める事は不可能です!」

 

「あー、確かに。 俺は、朱雀しか使役することが出来ないが。 それだけで決めつけるとはどうかと思うが」

 

「何を戯言を。――アスタルテ!」

 

命令受託(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)――」

 

沈黙を守っていたアスタルテが、微かな悲しみをたたえた声で答えた。

虹色の眷獣の輝きが増し、それに比例して撒き散らされる魔力の勢いが増す。

悠斗は、やっぱりこうなるのか、と嘆息し、黒い瞳が真紅に染まり、唇の隙間からは牙が覗いた。

だが、要石によって固定されたアンカーの上に立っている人物を見て、魔力を押さえた。

 

「来たか、古城」

 

そこには、破れかけた制服を着た少年と、銀色の槍を携えた少女が立っていた。

 

「待たせたな。 悠斗」

 

「お待たせしました。 神代先輩」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「聖遺物って言うんだってな。 やっぱりこいつが、あんたの目的だったわけか」

 

古城は、石柱の中に封印されている“腕”を見ながら言う。

 

「貴方たちが絃神島と呼ぶこの都市が設計されたのは、今から四十年以上も前のことです」

 

低く(おごそ)かな声で、オイスタッハは語り出した。

その口調には、ロタリンギアの司教に相応しい威厳があった。

 

「レイライン。――東洋でいう龍脈が通る海洋上に、人工の浮島を建設して、新たな都市を築く。 それは当時としては、画期的な発想でした。 龍脈が流し込む霊力は住民の活力へと繋がり、都市を繁栄へと導くだろう誰もが考えた。 しかし建設は難航しました。 海洋を流れる剥き出しの龍脈の力は、人々の予想を遥かに超えていたからです」

 

絃神島が、本土から遠く離れた南の海上に建設された理由。

それが、――龍脈。

地球表面を流れる巨大な霊力経路の存在だった。

龍脈の上に築かれる土地には、霊力が満ち、それだけで通常よりも強力な霊術、魔力の実験が可能になる。

それは、魔族の研究を行う魔族特区にとって、理想的な条件だ。

龍脈上に都市を建設することが、人工島計画には、必須だったのである。

 

「都市の設計者、絃神千羅はよくやりました。 東西南北――四つに分割した人工島(ギガフロート)を風水でいうところの四神に見立て、それらを有機的に結合することで龍脈を制御しようとした。 だが、それでも解決できない問題が一つだけ残ったのです」

 

「要石の強度、だな……」

 

古城の呟きに、オイスタッハが重々しく首肯する。

 

「いかにもその通り。 絃神千羅の設計では、島の中央に四神の長たる黄龍(こうりゅう)が――連結部の要諦となる要石でした。 しかし当時の技術では、それに耐えうる強度の建材を作り出すことはできなかったのです。 ゆえに彼は、忌まわしき邪法に手を染めた」

 

「供儀建材だな」

 

そう悠斗が呟いた。

絃神島の設計者は、工学的に息詰まった問題の解決手段として、呪術を頼った。

――人柱。

建造物の強度を増す為に、生きた人間を贄として捧げる邪法。

龍脈は自然の気の流れである為、生半可な呪術では耐えられない。

 

「彼が都市を支える贄として選んだのは、我らの聖堂より簒奪(さんだつ)した導き聖人の遺体でした。 魔族どもが跳梁(ちょうりょう)する島の土台として、我らの信仰を踏みにじる所業――決して許せるものではありません」

 

静かに響く声で宣言し、オイスタッハが戦斧(せんぷ)を構えた。

 

「ゆえに私は、実力をもって我らの聖遺物を奪還します。 立ち去るがいい、第四真租よ。 これは我らと、この都市との聖戦です。 貴方といえども邪魔立ては許さぬ。 貴方もです。――紅蓮の熾天使よ!」

 

「紅蓮の熾天使!?」

 

雪菜は、眼を見開いた。

雪菜が驚くのも無理はない。 真租を越えるかもしれない存在が、第四真租と共に行動していたのだから。

正体を明かされた悠斗は宙を仰いでいたが、雪菜と古城に、秘密にしてもらえばいいか。という考えだった。

 

「気持ちはわかるぜ、オッサン。 絃神千羅って男がやったことは、たしかに最低だ」

 

それでも古城は、要石を守ってオイスタッハの前に立つ。

 

「だからって、何も知らずにこの島で暮らしている五十六万人が、その復讐のために殺されていいってのかよ! ここに来るまでにあんたが傷つけた連中も同じだ。 無関係な奴らを巻き込むんじゃねーよ!」

 

「この街が贖うべき罪の対価を思えば、その程度の犠牲、一顧だにする価値もなし」

 

オイスタッハが冷酷に告げる。

 

「もはや言葉は無用のようです。 これより我らは聖遺物を奪還する。 邪魔立てするというならば、実力をもって排除するまで」

 

古城の獰猛に歪めた唇の隙間から、牙が覗き、瞳が真紅に染まる。

 

「……けど、忘れてねぇか、オッサン。 オレはあんたに胴体をぶった斬られた借りがあるんだぜ。 まずは、その決着からつけようか」

 

古城の全身を稲妻が包む。

宿主の意志に呼応して、血の中に住まう眷獣が目覚めようとしているのだ。

 

「貴様……その能力は……」

 

「さあ、始めようか、オッサン――ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ」

 

雷光を纏った右手を掲げて、古城が吼える。

古城の隣を寄り添うように銀の槍を構えて、雪菜が悪戯っぽく微笑んだ。

 

「いいえ、先輩。 わたしたちの聖戦(ケンカ)です――!」

 

悠斗は溜息を一つ吐いてから、古城の隣に立った。

 

「俺も手を貸すぞ。 俺と姫柊は人口生命体を、古城はオイスタッハをやるぞ」

 

「「おう(はい)!」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

最初に仕掛けたのは雪菜だった。

銀の槍が閃光のような速度でアスタルテへと向かった。

眷獣を纏ったアスタルテが、それを迎撃する。

雪霞狼に刻印された神格振動波駆動術式(DOE)を纏い攻撃するが、眷獣も同様の神格振動波を纏う事で斬撃に耐えていた。

雪菜は一度体勢を立て直す為、悠斗の隣まで後退した。

 

「くっ、やはり、同じ神格振動波駆動術式で相殺されてしまいます。――どうすれば……」

 

「手がないことはない。 二人の協力も必要になるが」

 

「な、何か手があるんですか!?」

 

「朱雀の力を解放すれば――」

 

だが、朱雀の力を解放すると、真租の連中たちには、完全に悠斗の存在が露見してしまう。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗と雪菜がアスタルテを相手に膠着状態になっている時に、古城は青白い稲妻を撒き散らしながら、オイスタッハに殴りかかる。

 

「ぬぅん!」

 

オイスタッハは、その巨躯からは想像もできない敏捷さで古城を躱し、戦斧(せんぷ)で反撃してくる。

この攻撃をまともに喰らってしまえば、古城の肉体は引き裂かれてしまうだろう。

 

「たしかに凄まじい魔力ですが、浅はかな素人同然の動きですね、第四真租!」

 

「同然じゃなくて、本当に素人なんだよ!」

 

反論しながらも、古城はバスケで鍛えたフットワークで動きながら、魔力で作り出した雷球をオイスタッハへと投げつける。

 

「先程の言葉は撤回です。 認めましょう、やはり貴方は、侮れぬ敵だと――ゆえに覚悟をもって相手をさせてもらいます! ロタリンギアの技術によって造られし“要塞の衣(アスカサバ)”――この光をもちて、我が障害を排除する!」

 

オイスタッハの攻撃速度が増し、装甲鎧が筋力を強化された。

黄金の光に視界を奪われた古城は、殆ど勘だけで回避する。

切り裂かれた頬から鮮血が散る。

 

「汚ぇぞ、オッサン――そんな切り札をまだ隠し持ってやがったのかよ! そういうことなら、こちらも遠慮なく使わせてもらうぜ。 死ぬなよ、オッサン!」

 

「ぬ……!」

 

オイスタッハが本能的に危険を察知し、後方へと跳ぶ。

オイスタッハ目掛けて突き出した古城の右腕が、鮮血を噴いた。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――!」

 

その鮮血が輝く雷光に変わる。

 

疾く在れ(きやがれ)、五番目の眷獣、獅子の黄金(レグルス・アウルム)――!」

 

出現したのは、雷光の獅子。

荒れ狂う雷の魔力の塊。

その全身は眼が眩むような輝きを放ち、その咆哮は雷鳴のように大気を震わせる。

 

「これがあなたの眷獣か……! これほどの力をこの密閉された空間で使うとは、無謀な!」

 

獅子の前足が、オイスタッハを目掛けて振り下ろされる。

この攻撃で、オイスタッハが数メートル撥ね飛ばされた。

その攻撃の余波は、キーストーンゲートにも及んでいた。

 

「アスタルテ!」

 

オイスタッハがアスタルテを呼び、悠斗と雪菜を振り切って古城の前に立ちはだかる。

古城の意志を半ば無視して、獅子の黄金(レグルス・アウルム)が攻撃を仕掛け、巨大な前足が、人型の眷獣を殴りつける。

その瞬間、眷獣を包む虹色の光が輝き出し、獅子の黄金(レグルス・アウルム)の攻撃を受け止め、反射する――。

 

「うおおっ!?」

 

「きゃあああああっ!」

 

「おい、完全に制御したんじゃねぇのかよ」

 

制御を失った魔力の塊が爆発して、天井を襲い、分厚い最下層の天井が撃ち抜かれて砕け散った。

降り注ぐ瓦礫から逃げまどいながら、悠斗、古城、雪菜は声を上げる。

 

「くそっ……ダメが! オレの眷獣でも、あいつの結界は破れないってのかよ……!」

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)の一撃を喰らっても、アスタルテの眷獣は無傷。

このまま攻撃を繰り返しても、恐らくは同じ結果だろう。

それにこれ以上の戦闘は、恐らく建物が耐えられない。

キーストーンゲートの外壁が破られたなら、水深二百二十メートルの水圧が一気に押し寄せてきて、雪菜は間違えなく即死。 悠斗、古城もどうなるかわからない。

 

「先輩……」

 

瓦礫に埋もれかけた古城を支えるように、雪菜がそっと寄り添ってくる。

 

「悪い、姫柊。 あいつは、倒せないかもしれない……!」

 

悠斗は古城の隣に立ち、

 

「諦めるな、バカ古城。――俺が朱雀の力を解放する。 後は頼んだぞ」

 

悠斗は一呼吸置いてから、黒い瞳を真紅に染め、解放の呪文を唱える。

 

「今こそ汝の力を解き放つ。 我を守護する為、再び力を解放せよ――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗の隣に莫大な魔力を纏った朱雀が降臨した。

 

「久しぶりにやるか。 最大火力で頼むぞ。――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀は首をS字に曲げ、焔のブレスを吐き、人型の眷獣を弱体化させ、人型の眷獣の動きを停止させた。

 

「今だ! 古城、姫柊!」

 

悠斗がそう言うと、古城と雪菜は走り出す。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

銀色の槍と共に、雪菜が舞う。

神に勝利を祈願する剣士のように、あるいは勝利の予言を捧げる巫女のように。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて、我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

粛々とした祝詞と共に、雪菜が携える槍が輝き始める。

 

「ぬ、いかん!」

 

雪菜の狙いに気付いたオイスタッハが、無防備な雪菜目掛けて戦斧を投げようとするが、古城の放った雷球が襲い、一瞬動きが止まった。

互いに刻印しているのは同じ神格震動波駆動術式だが、巨大な眷獣の全身を覆うアスタルテに対して、雪菜の槍は、その力を一点に集中していた。 相手の結界を貫く為だけに。

 

「雪霞狼!」

 

銀色の槍が、アスタルテの防護結界を突き破って、人型の眷獣の頭部に深々と突き刺さり、金属製の長い柄が雷を呼び寄せる避雷針のように――

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)ッ!」

 

雷に姿を変えた、獅子の黄金の魔力が、薔薇の指先(ロドダクテュロス)の体内に流れ込む。

魔力の塊である眷獣を倒す方法は、より強力な魔力をぶつけること――。

圧倒的魔力が、薔薇の指先(ロドダクテュロス)を焼き尽くし、消滅させた。

 

「アスタルテ……ッ!」

 

眷獣を失った少女が、ゆっくりとその場に倒れ込む。

オイスタッハが、呆然とそれを見て呻く。

動揺するオイスタッハの眼前に、雪菜が着地する。

装甲強化服に覆われた腹部に、雪菜の掌が押し当てられた。

 

「響よ――!」

 

苦悶の呻きと共に、オイスタッハ長身が折れ曲がった。

そしてさらに、

 

「「――終わりだ、オッサン!」」

 

追い打ちのように、悠斗と古城がオイスタッハの顔面を殴りつけた。

これを喰らい、屈強なオイスタッハの体が吹き飛んだ。

何度かバウンドして、ついに倒れた。

オイスタッハは要石の方へ手を伸ばそうとして、そして力尽きたように沈黙した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

キーストーンゲート最下層には、静寂が訪れていた。

オイスタッハは動かない。 例え意識を取り戻しても、彼に戦いを続ける意志はないだろう。

この聖戦(ケンカ)は、古城たちの勝利で終わった。

悠斗は朱雀に、もういいぞ、と命じ、朱雀は姿を消していった。

 

「はー、疲れた。 俺は先帰るわ。 古城、その子は任せた。 その子に罪はないんだ」

 

「おう」

 

悠斗は踵を返し、右手を上げ地上へ戻った。

悠斗が地上に上がる時、キーストーンゲートの最深部から第四真祖の悲鳴が響き渡ったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

週末を乗り越えた月曜日の放課後。

暁古城と神代悠斗は、学食の端の日当たりがいいテラス席に突っ伏していた。

 

「熱い……焼ける。焦げる。灰になる。……つか、追々試ってなんだ。 あのちびっ子担任、絶対オレのこといたぶって遊んでやがるだろ!」

 

「……俺もそれに同意する。 てか、英語クリアしたのに再テストってなんだよ。 範囲もメッチャ広いし……」

 

悠斗と古城は同時に溜息を吐いた。

古城は、夏休み最後に受けた追試の結果は、出席日数不足を埋め合わせるのに必要な点数には及ばなかったらしい。 おまけに、夏休み明け初日の授業をさぼった事を問題児され、結果的に下されたのが、追々試である。

まあ、悠斗も問題児扱いされる事になってしまったが。

 

「まったく、誰がこの島を救ったと思ってんだ」

 

「それは俺たちだが。 それとこれは別なんじゃないか。 てか、俺の居場所バレたよな」

 

「たぶんオレもだ。 真祖どもにはバレたんじゃないか」

 

「「はあ」」

 

悠斗と古城は、再び溜息を吐いた。

唯一の救いと言えるのは、あの事件以来、浅葱が優しいことだ。

今日も居残って、勉強を教えてくれるそうだ。

事件に巻き込まれていた彼女は、絃神島を救ったのを古城たちだという事を知っている。

その浅葱は、飲み物を買う為購買部の方へ向かった。

悠斗と古城は、浅葱が戻ってくるまでにやっておく問題集から、無意識に眼を逸らした。

 

「さっきから落ち着きがないが、姫柊が心配か?」

 

「ああ、あんなことしちまったし」

 

古城は、オイスタッハの戦いで眷獣を一体掌握したが、その為に雪菜にアレ(吸血)したのだ。

それが気がかりになっているのだろう。

雪菜が此方に近づいてきた。

 

「先輩」

 

「ひ、姫柊どうだった?」

 

「はい、陰性でした。 月齢を計算して、あの日なら比較的安全だってわかってましたし」

 

「そ、そうか……。 オレは姫柊を血の従者にしちまったかと、気が気でなかったよ。 まあ、姫柊が無事でよかったよ」

 

古城が安堵の息を吐いた。

 

「すいません。 心配させてしまって」

 

「いや、……こちらこそなんていうか、悪かったな」

 

「せ、先輩が謝ることはないと思います。 あの時は、私のほうからして欲しいと誘ったわけですし……」

 

雪菜は恥じらうように顔を伏せ、小声で言う。 古城も照れくさい気分で頭を掻き、

 

「まあ、それはそうだけど。 姫柊にも痛い思いをさせたしな」

 

「大丈夫です。 あの時は、少し血が出ただけで、先輩に吸われた痕も、もう消えかけてますし」

 

悠斗が植え込みの方を見たら、この場が混沌(カオス)と化す人物たちの影があった。

 

「おーい、お二人さん。 その会話はまずいんじゃないか……」

 

雪菜の背後の植え込みから、ゆらりとゾンビのように立ち上がり、雪菜と同じ中等部の制服を着た女子生徒。 長い黒髪を結い上げた、活発そうな雰囲気の少女。――暁凪沙だ。

ちなみに、凪沙は怒るとメッチャ怖い。

 

「ふーん……古城君が、雪菜ちゃんのなにを吸ったって?」

 

低く怒りを圧し殺したような声で、凪沙が聞いてくる。

 

「な、凪沙? お前、どうしてここに?」

 

「さっき、購買部で浅葱ちゃんに会って、古城君と悠君が試験勉強してるらしいっていうから、励ましてあげようと思ってきたんだけど、そしたら古城君と雪菜ちゃんは、聞き捨てならない話をしてるみたいだったし。 その話、もう少し詳しく聞かせてほしいなあ、なんて」

 

凪沙の吊り上げた唇が痙攣してるのは、怒りが頂点に達している時のクセだ。

 

「ま、待て。凪沙。 お前はたぶん、なにか誤解してると思う。 なあ、姫柊、悠斗」

 

古城が必死に妹を制止しようとする。

その隣で、雪菜も首を縦に振っていた。

 

「おい、俺も巻き込むな。 はあ、わかった。 弁護してやる。――凪沙、お前が思ってることはz「悠君は、黙ってて」…………あい、すんません。……古城、姫柊、スマン。 俺には無理みたいだ」

 

悠斗はこの混沌から少し離れる事にした。

今から飛んでくるのは、火の粉ではなく火炎弾だ。

 

「ふーん、誤解。 どこが誤解なのかな? 古城君が雪菜ちゃんの初めてを奪って痛い思いをさせて、おまけに体調を気遣ちゃったりしてる話のどこが誤解する要因が……?」

 

「だから、そのお前の想像が、全部誤解なんだが。――そ、それよりも、浅葱とあったんだろ。 あいつは、どこに行ったんだ?」

 

古城は話題を変えようとするが、凪沙は冷ややかな口調で、

 

「浅葱ちゃんなら、さっきからずっとあたしと一緒に古城君の話を聞いてたけど?」

 

「え?」

 

凪沙の隣に、もう一人女子生徒が立っていることに古城は気付いた。

制服を粋に着こなした、華やかな顔立ちの少女である。

しかし今の彼女は、復讐の女神を思わせる冷たい怒りの炎だけが燃やしていた。

浅葱は古城を睨んでから、雪菜に詰め寄って、

 

「あなたも、いい機会だからはっきりさせておきたいんだけど、古城とどういう関係なの?」

 

「私は、暁先輩の監視役です」

 

雪菜が冷静に言い返す。

 

「監視? ストーカーってこと?」

 

「違います。 私は、先輩が悪事を働かないようにと思って」

 

「そのあなたが、このバカを誘惑してどうすんのよ!?」

 

「そ、それはそう……ですけど……」

 

心に疾しさがあるせいか、納得してしまいそうになる雪菜。

 

「違うだろ、姫柊。 そこは否定しろ!」

 

浅葱は、そんな古城を蔑むように冷ややかに眺めて、

 

「誰か、ここに淫魔が! 妹さんのクラスメイトに手を出す淫魔がいますよ――!」

 

「やめろ、浅葱! 少し話を聞けっ!」

 

「古城君のドスケベ! 変態っ! エロ!」

 

「ゆ、悠斗。 助けてくれ……」

 

古城は悠斗に助けを求めてくるが、

 

「俺はここに入っていく勇気はないぞ。 古城、逝って来い」

 

「ちょ、字が違う――!」

 

悠斗は勉強の教材を鞄の中へ仕舞い、この場から遠ざかっていく。

 

「前の俺の生活じゃ考えられなかったな。 大切な人がいて、俺を気に掛けてくれる友人がいる。――こんな生活が、いつまでも続きますように」

 

悠斗は静かにこう呟き、この場から離れた。




これにて、聖者の右腕編は終わりですね。
次回からは、戦王の使者編です。

後、二つ名等は二人に内緒にしてもらっています(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!
感想欲しいです(切実)


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戦王の使者
戦王の使者Ⅰ


連日投稿やで。
この小説書くのに嵌ってしまった(笑)
多分、矛盾が出てるかもしれん。そこはゴリ押ししちゃいます( ̄^ ̄)ゞ
それでは、本編をどうぞ。


「糞っ、糞っ、糞っ、糞っ、やってくれたな、人間ども!」

 

掠れた声で口汚く罵りながら、男は深夜の街を疾走する。

銃撃で受けた傷がズキズキと疼いた。

呪力を込めた武器による攻撃は、獣人の再生能力を阻害し、苦痛を長引かせる。

男はある組織の者であり、今夜武器の闇取り引きをする手筈だったのだ。

だが、何処からか情報が漏れ、特区警備隊(アイランド・ガード)に突入され、取引は中止。

仲間も弾丸に撃たれ、負傷してしまった。

 

「許さんぞ、奴ら……必ず後悔させてやる」

 

炎に包まれている背後の倉庫を、男は憎悪の眼差しで睨みつけた。

東京都絃神島――太平洋上に浮かぶ巨大な人工島(ギガフロート)。 人間と魔族が共存する“魔族特区”である。

男は欧州、“戦王領域”の出身であり、絃神島の者ではない。

そして男は、黒死皇派のテロリストである。

男の手の中には起爆装置のスイッチが握られていた。

男が前もって仕掛けていた爆弾は二つあり、最初の一つは倉庫で使ってしまったが、もう一つ、港湾地区の地下水路に仕掛けたものが残っている。

負傷者の救援の為に呼ばれた特区警備隊(アイランド・ガード)の増援部隊がそのあたりを通過しているだろう。

この爆発で、彼らを殲滅する算段だ。

 

「同志の仇だ。思いしれ――ッ!」

 

男はスイッチを入れたが、何の反応も無かった。

この現象に男は呆然とする。

すると、男の背後から気だるげな声が聞こえてきた。

その声の主は、――神代悠斗だった。

 

「ったく。 単位をくれるからって、攻魔師の仕事をさせるなんて、那月ちゃんも人が悪いな。 あ、そうそう。 地下水路に設置した爆弾は、俺の浄化の焔で綺麗さっぱり消し去ったぞ」

 

「き、貴様は、誰だ!?」

 

「俺か? 俺はここの学生だ。 吸血鬼だけど。 まあ、大人しく捕まってくれ。――降臨せよ。 朱雀!」

 

悠斗の隣に、神々しい朱鳥が召喚された。

 

「吸血鬼であり、神々の眷獣を使役する……。 ま、まさか、貴様は!?」

 

悠斗を見て、男は驚愕した。

 

「はいはい、その反応はもう飽きた。――やれ、朱雀」

 

清めの焔を吐き、獣人の行動を停止させてから、悠斗は走り出しながら拳を作り、獣人の腹部を強打した。

これを喰らい、獣人は膝を崩して前屈みに倒れていく。

 

「終わったぞ、那月ちゃん」

 

ビルの屋上、給水路の上に漆黒のドレスを身に纏っている少女が映った。

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな!」

 

那月はそう言うと、空間魔術で悠斗の前に降り立った。

悠斗は奪ったスイッチを見ながら、

 

「しっかし、今どき暗号化もされていないアナログ無線式の起爆装置とか。 こいつらアホなのか。 てか、金がなかったのか。 それとも、無能」

 

「全部だろ。――尋問等は特区警備隊(アイランド・ガード)に任せるぞ。 私は、明日の授業の支度があるからな」

 

「深夜に仕事の手伝したから、明日遅刻しそうだなー。 那月先生は許してくれるはずだー」

 

悠斗は棒読みでこう言ったが、那月は、ふん、と鼻を鳴らせた。

 

「お前には、暁妹がいるだろ。 遅刻するはずがない」

 

「も、もしかして、その話って結構有名だったりします……?」

 

「有名も何も、ほとんどの生徒と教師が知ってることだ」

 

悠斗は驚愕した。

まさか、ここまで広まっているとは思わなかったからだ。

 

「さて、帰るぞ。 明日は遅刻するなよ」

 

「……はい、わかりました」

 

悠斗はこう返事をし、帰路に着いた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

九月の半ばの水曜日。

時刻は午前六時三十分前後。

その朝は珍しく、悠斗は早く眼を覚ますことが出来た。

悠斗は伸びをしてから、上体を起こした。

 

「確か、今日は古城の家で朝食を摂るんだっけ」

 

この予定が決まったのは、昨日の放課後だった。

凪沙と一緒に下校していたら、凪沙がこう言ったのだ。

 

『悠君。 明日凪沙は、悠君のお家に行くことができないから、悠君は一人で起きる事になちゃうけど大丈夫。 ご飯は凪沙のお家で用意しとくから。 でもでも、悠君起きられる? 無理そうなら凪沙が無理しても――』

 

『だ、大丈夫だ。 だから心配するな』

 

と、言うことがあったのだ。

悠斗は布団を剥いでから、ベットからから降り立ち、支度をする為洗面所へと向かった。

制服に着替えから玄関へ向かい、靴を履き、外に出てから鍵をかけた。

悠斗は、七〇四号室へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「古城、お邪魔してるぞ」

 

「おう、悠斗か」

 

悠斗と古城は片手を上げ、朝の挨拶をする。

悠斗は古城の隣の椅子へ腰をかける。

テーブルの上には、凪沙手製のベーグルサンドとイタリアンサンドが四人分用意されていた。

 

「ん、四人? 一つ多くないか?」

 

「あー、それ、姫柊の分だな」

 

雪菜は、古城と朝食を摂るようになっていたらしい。

 

「まあ、いつもは二人分だけなんだがな。 凪沙はメシを作ったら、悠斗を起こしに出ていくからな」

 

そう。 悠斗はほぼ毎日、凪沙と朝食を摂っている。

 

「あー、なるほど」

 

悠斗と古城が話していたら、何やら楽しげな声が聞こえてきた。

声の発生源は、凪沙の部屋からだ。

だが、古城は立ち上がり、凪沙の部屋に向かって行く。

 

「待て、何かやってる途中だったらどうすんだ」

 

悠斗は嫌な予感を覚えながら、古城の後を追った。

 

「凪沙。 悪ィ、先に朝メシ喰わせてくれ。 コーヒー飲むなら、お前の分も淹れるけ……」

 

欠伸混じりの声でそう言いながら、古城は妹の部屋のドアを開けた。

それまで絶え間なく続いていた凪沙たちの話声が、唐突に切れた。

そこには、長い黒髪を結い上げて、ショートカット風に見えるようにピンで止めている。

膝の上に抱いているのは、チアリーダーのユニフォームだ。

凪沙は中等部のチアリーディング部員なのである。

 

部屋の中にはもう一人居た。

獅子王機関の剣巫であり、古城の監視者である、姫柊雪菜だった。

そして、二人とも()()姿だったのだ。

 

「ど、どうして、姫柊が……ここに?」

 

掠れた声で古城が雪菜を見、悠斗は凪沙と眼が合ってしまった。

凪沙は両腕で胸を隠しながら、完熟トマトのように顔を真っ赤に染めていく。

悠斗は、ああ、俺死ぬのかな、と思いながら天井を見上げた。

 

「「……きゃああぁぁああ――!」」

 

と言う、悲鳴と同時に、古城は雪菜の回し蹴りを喰らいリビングの端まで吹き飛ばされ、悠斗は凪沙のタックルを喰らい、後方へ吹き飛ばされた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「「すんませんでした――ッ!」」

 

悠斗と古城は、雪菜と凪沙の前で絶賛土下座中である。

 

「大丈夫です。 先輩()()がいやらしいのは最初からわかってたことですし、警戒を怠った私の責任です」

 

と、溜息混じりの雪菜の声が聞こえてきた。

その一方で、

 

「……悠君に見られた。 凪沙、もうお嫁さんに行けないよ」

 

悠斗は顔を上げ、

 

「ちょっと待て、なんでそうなる。 まあ、その時は俺が――」

 

「俺が?」

 

凪沙がきょとんとして聞いてきたが、悠斗は頭を振り、

 

「な、なんでもないぞ。 そ、それより、メシを食おうぜ」

 

古城も顔を上げ、

 

「そ、そうだな。 時間もあんまないし」

 

世界最強の吸血鬼(暁古城)紅蓮の熾天使(神代悠斗)の長い一日は、そんなふうにして始まった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「あの、先輩……鼻血……もう本当に大丈夫ですか?」

 

通学中のモノレールの中で、雪菜が古城を見上げて聞いてくる。

 

「まあ、なんとか。 オレこそ悪かったな。 覗くつもりはなかったんだけど」

 

未だにむず痒さの残る鼻を押さえて、古城は謝罪する。

雪菜に回し蹴りで折られた鼻骨は吸血鬼の回復力で治ったが、鼻血が止まるまでは暫くかかったのだ。

 

「いえ……そのことは、もう怒っていませんから」

 

私も手加減せずに蹴ってしまいましたし、と溜息混じりで雪菜が言った。

羞恥と諦めが混じった口調だったが、怒りの気配はもうなかった。

さて、此方は何事もなく和解しそうだが、問題は此方にあった。

 

「……悠君に見られた、悠君に見られた。 もうお嫁にいけないよ」

 

「いや、なんでそうなる。 てか、今朝もそう言ってたな。――悪かった。 なんでも一つだけ言う事を聞くから許してくれ」

 

悠斗は自分の言ったことを思い出し、あっ、と声を上げた。

 

「……なんでも?」

 

「いや、今のは言葉の綾で」

 

凪沙の子猫のような姿を見て、悠斗は折れた。

 

「……おう、なんでもだ」

 

凪沙は眼を輝かせ、

 

「じゃあ、凪沙は悠君とデートしたい」

 

「……え、まじで。 何か違うのにしないか?」

 

これがバレたら、――シスコンの兄に殺される。

凪沙は頬をぷくっと膨らませた。

 

「着・替・え」

 

「……あい、了解しました。 凪沙さん」

 

凪沙は悠斗の回答に、うんうん、と頷いた。

悠斗も、まあいいか。と肩を落とした。

 

「てか、なんでチアの裁縫なんてしてたんだ」

 

凪沙は笑顔で笑い、

 

「雪菜ちゃんのチアユニフォームだよ。 悠君忘れたの?今月に球技大会があるの」

 

凪沙が首を傾げて聞いてくる。

 

「あー、確かそうだったな。 まあ、俺は学校の行事には関わった事無かったし。 あの時は、一匹狼だったしな」

 

凪沙は口許に手を当て、クスクス笑った。

 

「そうだね。 あの時の悠君は、誰も近寄るなオーラ全開だったからね」

 

「凪沙はそれを破壊したんだけどな。 で、その球技大会と、姫柊のチアユニフォームはどういう関係があったんだ? 凪沙は、チア部だからわかるが」

 

古城も、この会話に割り込んできた。

 

「もしかして、姫柊が着るのか?」

 

古城がそう言うと、雪菜は気鬱そうな表情を浮かべた。

 

「そんなつもりはなかったんですけど、どうしても断り切れなくて……」

 

雪菜は、重々しげに深々と溜息を吐いた。

そうそう、と対照的に凪沙が笑い、

 

「クラスの男子全員が、土下座して雪菜ちゃんに頼んだの。 姫がチアの衣装で応援してくれるなら家臣一同なんでもする、死に物狂いで優勝目指して頑張るって」

 

「「男子全員、土下座?」」

 

古城は凪沙の説明に唖然とし、悠斗は絶句していた。

 

「普通ならそんなのドン引きなんだけど、なにしろほら、相手が雪菜ちゃんだし、男子がそう言いたくなる気持ちもわかるから、女子も協力してあげようって話になったんだ」

 

「なんだそりゃ、姫柊のクラスの男子はアホなのか?」

 

「……さすが姫、クラスを掌握してるな」

 

「か、神代先輩、やめてください」

 

雪菜は、おどおどしながら反論する。

 

「それで、おまえも一緒になってチアやるのか」

 

「へっへー、いいでしょ。 あ、もしかして古城君と悠君も応援して欲しかった?」

 

「いや、それは別にどうでもいい」

 

古城は無頓着に答えて首を振る。

凪沙の表情が不機嫌なものへと変化して、

 

「えー、どうして!? 嬉しくないの!?」

 

「たかが学校の球技大会で、そんな気合い入れた恰好で妹に応援されたら恥ずかしいっての」

 

それを横で聞いていた雪菜は、

 

「は、恥ずかしい……恰好……」

 

と言い、憂鬱そうに俯いてしまった。

生真面目な雪菜にとって、チアガールの衣装を着るのは、やはりハードルが高いものなのだろう。

 

「てか、俺は球技大会には出たくねぇな。 屋上で寝てたい」

 

「それはダメ。 凪沙、悠君が出る試合も楽しみにしてるんだから」

 

「いや、でもなあ」

 

「……悠君」

 

凪沙に真剣に顔を見られた悠斗は、

 

「……あい、わかりました。 ちゃんと出場します」

 

「うんうん、よろしい」

 

これを見て、古城と雪菜はこう思ったのだった。

この少年が本当に、真祖を超えるかもしれない紅蓮の熾天使なのかと。

 

モノレールが目的の駅へと到着したのはその直後だった。

車両を下りて、いつもと同じ改札へと向かう。――いつも通りの朝の光景。

モノレールの車窓から見える絃神港に、見慣れない豪華客船が一隻停泊してたことに、悠斗と古城は気付いていなかった。




悠君は、凪沙に尻に敷かれてますね(笑)
後、凪沙は、今日だけ自宅でメシを食べると古城に伝えてます(^O^)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!
感想待ってます!


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戦王の使者Ⅱ

❀祝、お気に入り100件(^O^)
いやー、軽いノリで書いたのがここまでいくとは、まじでありがとうございます!!
まあ、自分も少しずつ思い入れが出てきたんですけどね(笑)

では、早速投稿です。
本編をどうぞ。


校門を潜った所で古城と悠斗は、雪菜と凪沙と別れ、高等部の校舎目掛けて歩き出す。

悠斗と古城が昇降口に入ると、そこには藍羽浅葱の姿があった。

 

「おはよ、古城、悠斗。 めずらしいわね。 あんたらが二人で登校するなんて」

 

「ん、ああ、まあな」

 

「今日は都合上な」

 

彼女の隣には、大きなスポーツバックが投げ出されていた。

 

「浅葱? なんだ、その荷物?」

 

「確かに、ずいぶんデカイ荷物だな」

 

古城と悠斗は上履きを取り出しながら、何気なく聞いた。

浅葱は、古城を見てニヤリと笑い、

 

「ちょうどいいところに来てもらっちゃて、悪いわね。 意外に重くて面倒だったのよ」

 

古城にバックを手渡し、上履きに履き替えた。

 

「やー、ホント助かるわ。 ロッカーの前に置いといてくれたらいいからさ」

 

浅葱が、古城に一方的に指示を出す。

 

「……悠斗が持ってくれ」

 

古城は、断るのが無理だと思い悠斗に頼んだが、

 

「ダメよ。 悠斗が荷物持ちするのは、凪沙ちゃんの物だけって決まってるんだから」

 

悠斗はポカンとし浅葱に聞いた。

 

「は? 何それ。 初めて聞いたんだけど……」

 

「そりゃそうよ。 悠斗が居ない所で決まったんだから」

 

昨夜、那月から聞いた事は事実だったらしい。

結局、古城が荷物を持ち、教室向かって歩いて行く。

 

「んで、古城と悠斗はなんの競技に出ることにしたわけ?」

 

「さあな。 築島には、なるべく楽な種目にしてくれって頼んでおいたけど」

 

「俺は、何でもいいから補欠にしといてくれって頼んだぞ。 出なくて済むし」

 

やれやれ、と浅葱が落胆したように溜息を吐く。

 

「あんたらはやる気ゼロなのね。 古城や悠斗は、球技大会の時くらいしか存在価値がないんだから、もっと張り切りなさいよ」

 

「「えー、だってメンドイじゃん」」

 

「……あんたら、ホント仲良いわね」

 

軽口を叩きながら、悠斗と古城と浅葱は教室に入る。

その時、空気がどよめき、クラス全員が振り返って――古城と浅葱を見た。

 

「俺はお邪魔だから、お先」

 

悠斗はそう言い、古城たちの先を歩いた。

 

「このタイミングで、道具を持って登場とは。 やっぱり運命なのかね」

 

教卓の近くにいた基樹が、やけに調子よく声をかけていた。

悠斗は黒板の文字を見て、ああ、なるほど。と納得した。

 

「なに言っての、あんた? 年上の彼女に振られて錯乱した?」

 

「錯乱してねぇし、振られてもねぇよ、縁起でもねぇ! あれだ、あれ!」

 

上擦った声でそう言って、基樹は黒板の方を指した。

意外な場所にある自分の名前に気付いて、浅葱は黒板目掛けて歩き出す。

意外な場所とは、男女混合ダブルスだった。

 

「……なんで、あたしが古城と組まなきゃいけないのよ?」

 

「今年からそういう規定になったの。 シングルスが廃止で、代わりに男女混合ダブルス選手ペアを増やすように。 あ、現役のバド部の子は出場禁止ね」

 

「だがら、なんであたしと古城のペア? 悠斗とクラスの女子を組ませればいいじゃない」

 

「それはムリな話しねぇ。 凪沙ちゃんに怒られちゃうもの。 それに浅葱、前から好きだって言ってたじゃない」

 

「は、はい!? あ、あ、あたしがいつそんなこと……!?」

 

「バドミントンの話よ」

 

いつもの冷静な口調で倫が言い、浅葱は、うぐ、と言葉を詰まらせていた。

 

「暁くんも希望種目はないって言ってたし、いいわよね?」

 

「まあ、楽そうな競技だしな」

 

古城は頷き、浅葱との男女混合ダブルスの出場が決定した。

悠斗はと言うと、

 

「……サッカーね。 休めっかな?」

 

悠斗はどう転がっても、休む気満々だったが。

すると、基樹が悠斗の肩に手を回してきた。

 

「そんなこと言ってと、凪沙ちゃんに怒られるぜ」

 

「うぐっ、……わかった。 ちゃんとやるから、今のは凪沙に言わないでくれ」

 

基樹は、クク、と笑い、

 

「お前、ホントに凪沙ちゃんに弱いのな」

 

「……そだな。 俺もそれは自覚してる」

 

そう。 悠斗は凪沙に頭が上がらない。

これが、尻に敷かれてるっていうやつだろうか?

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は屋上のベンチの上で横になっていた。

その時、呪力感知した。

 

「ったく、俺に平穏はねぇのかよ」

 

ベンチの上から跳ね起き、屋上から飛び降り呪力の発生源へ向かう。

そこには、呪術で生み出されていた鋼鉄のライオンと狼に前後を挟まれ、奥歯を鳴らしている古城の姿だった。

すると、二体の獣が同時に跳躍した。

 

「――先輩! 伏せて!」

 

ギリギリのタイミングで雪菜が叫び、ライオンを銀色の槍で貫き粉砕する。

狼の方は、悠斗が魔力を纏った回し蹴りを放ち破壊した。

 

「無事ですか、先輩?」

 

「古城、無事かー?」

 

「悪い、助かった。 けど、姫柊と悠斗はどうしてここに?」

 

古城は、全身の土煙を払い落しながら立ち上がった。

 

「俺は、屋上で寝てたら呪力を感知してな。 その発生源がここだった」

 

「先輩を監視していた私の式神が、攻撃的な呪力を知られて来たので、気になって来てみたんですが……」

 

「は? 監視? 式神ってなんだそれ?」

 

聞き咎めた古城から眼を逸らし、雪菜が、ぎく、ぎく、と肩を震わせた。

俯く雪菜の横顔を、古城は無言のままじっと見つめると、雪菜はわざとらしく咳払いをしながら、顔を上げた。

 

「――任務ですから!」

 

「ちょっと待てェ! もしかして、これまでずっとそうやってオレのこと見張ってたのか!?」

 

「先輩のプライバシーは守りますから、安心してください」

 

「安心できるかっ!」

 

古城が頭を掻きむしりながら怒鳴る。

古城は悠斗を見て、

 

「じゃ、じゃあ、悠斗はどうなんだ? 監視対象じゃないのか?」

 

「俺の浄化の焔は、俺の周りを害するものは清めちまうんだ。 だから、俺の事は遠距離監視できないな」

 

「な、なんだそりゃ……」

 

と、古城は肩を落としていた。

 

「そんなことより先輩、誰かに狙われる心当たりは?」

 

雪菜が再び咳払いをして聞いてきた。

古城は渋面で首を振る。

悠斗は破壊した鋼鉄の獣の断面を拾い上げる。

 

「……アルミ箔? これがさっきの獣もどきの正体か?」

 

「これも式神です。 本来は、遠方にいる相手に書状などを送り届ける為のもので、こんなに攻撃的な術ではないはずなんですけど」

 

「なるほど。 使い魔みたいなもんか」

 

詳しい説明をされても理解出来そうに無かったので、悠斗は投げやりに頷いた。

 

「すいません、先輩。 雪霞狼を見られました。 すぐに捕まえて記憶の消去を――」

 

「ま、待った、姫柊!」

 

槍を握って飛び出しそうになった雪菜を、古城が慌てて引き留めた。

 

「そんなことをしなくても大丈夫だから! 心配要らないって!」

 

「どうしてそんなことが言い切れるんです!?」

 

雪菜が余裕のない表情で振り向いたので、悠斗も口を挟んだ。

 

「古城の言う通り大丈夫だ。 チア服でそんなもの振り回してたら、痛いコスプレ趣味の女子だと思われるだけだからな。 だから心配要らん」

 

「う……ぐ……」

 

自分の恰好を見下ろした雪菜が、反論できず沈黙する。

 

「なあ。 姫柊のその服ってもしかして――」

 

「衣装合わせの途中を抜け出してきたんです。 あんまりじろじろ見ないでください」

 

プリーツスカートの裾を押えた雪菜が、上目遣いに古城を睨む。

スカートの丈が短いせいで、ちょっとした動きでも中が見えてしまうのだ。

 

「いや、でも、スパッツ穿いてんじゃん」

 

「それでも先輩は見てはダメです。 眼つきがいやらしいです」

 

「そうだぞ古城。 お前はいやらしいぞ」

 

悠斗も雪菜の言葉に便乗しておく。

 

「いや、ちょっと待て。 悠斗はいいのか!?」

 

「はい、大丈夫です。 神代先輩には――」

 

「姫柊、それ以上は言うな。 てか、言っちゃダメだ。 俺の勘がそう言ってる」

 

「は、はい。 そうですね」

 

雪菜は慌ててこう答えた。

古城が咳払いをし、

 

「さっきの折り紙……手紙を届ける術だって言ったよな」

 

そう言って古城が拾い上げたのは、一通の手紙だった、

金色の箔押しが施された豪華な封筒を、銀色の封蠟が閉じている。

そこに刻まれたスタンプに気付いて、雪菜は顔を強張らせた。

 

「この刻印……まさか……」

 

「姫柊?」

 

動揺している雪菜と、額に手を当てながら悠斗は空を見上げていた。

蛇と剣を模した紋章。 悠斗はこの刻印を知っている。 これはある貴族の刻印だ。

出来れば関わりたくないが、古城にこの手紙が来たということは、悠斗の存在もばれているだろう。

真租に近いアイツなら、悠斗が力を解放した時点でばれているはずだ。

 

「――古城?」

 

その時、誰かが古城の名を呼んだ。

 

「こんなところでなに騒いでんのよ。 あんたがいつまでも練習に来ないから、捜しに来てやったのよ。 まったく、あたしをあんなカップル時空に置き去りにするとはいい度胸……」

 

「あ、浅葱!?」

 

そこには、バドミントンのユニフォームを着た浅葱が無表情のまま、立ち尽くす古城と雪菜を眺めていた。

 

「……その手紙、なに?」

 

「え?」

 

静かな声で浅葱に聞かれ、古城は事態の深刻さを把握した。

放課後の体育館裏で、一眼を避けるようにして会っている男子二人と女子一人。

そして古城の手に握られているのは一通の手紙。

そして少し遠くからこの光景を眺めている悠斗。 これは、悠斗がこの場を設けたと自己解釈されてしまう。

客観的に判断して、どう考えても甘酸っぱい告白の場面だった。

 

「もしかして、邪魔しちゃった」

 

「いや、違う。 オレが姫柊とここで会っているのは予期せぬ事故というか緊急事態というか、決してこの手紙を俺たちが渡したり受け取ったりしてたわけじゃなくて、なあ、姫柊?」

 

「は、はい。 この服もクラスの応援用で、断じて暁先輩の嗜好に合わせているわけでは……」

 

古城と雪菜はこう説得をしていたが、説得力が皆無だった。

息の合った言い訳を続ける古城たちを、浅葱は奇妙に静かな瞳で見つめている。

もういいよ、と浅葱は嘆息し、

 

「べつになんでもいいわよ。 あたしには関係ないことだしさ」

 

そう言って浅葱はにこやかに笑ったが、感情が抜け落ちた不自然な笑顔だった。

その笑顔のまま、浅葱は背を向けた。

 

「あたし、帰る」

 

「お、おい、浅葱……!」

 

古城の制止も空しく、浅葱の姿は建物の陰に隠れて見えなくなる。

 

「あー、これはあれだな。 やっちまったとしかいいようがないな」

 

悠斗は空を見上げ、こう呟いた。




朱雀の真骨頂は、清めです。
悠斗君の体の周りは、見えない浄化の焔を纏っていますナ。
朱雀は、常時展開型の眷獣ですね。
呼ばないと姿は形成しませんが。
後々、眷獣紹介の投稿も出来たら投稿します。

次回から戦闘狂の登場です。
それでは、感想、評価、よろしくお願いします!!
感想欲しいです(>A<。)(切実)


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戦王の使者Ⅲ

連日投稿やで。
この章は、長くなる予感がする。

それでは、本編をどうぞ。


夕陽に照らされた海沿いの歩道を、悠斗、古城、雪菜は歩いていた。

三人は少し寄り道して、自宅近くにあるスーパーマーケットへと向かう。

部活で遅くなる凪沙の代わりに、夕食の材料を買って帰るのだ。

 

「差し出し人は、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー…………誰だ?」

 

古城は式神が残していった手紙を眺め、困惑したように呟いた。

絃神港の停泊中のクルーズ船で、大々的な催しが行われるらしい。

その招待状だったのだ。

 

「アルデアル公国は、戦王領域を構成する自治領の一つです」

 

雪菜が重々しい口調で説明し、

 

「ちなみに、ディミトリエ・ヴァトラーは、俺に喧嘩を吹っかけてきた野郎でもある。 その後えらく気に入られてね。 はあ……」

 

悠斗は深々と溜息を吐いた。

 

「「は?」」

 

古城と雪菜は同時に声を上げた。

 

「か、神代先輩は、戦王領域の貴族と何をやってるんですか!?」

 

「死闘だ」

 

悠斗は、平然とそう答えた。

 

「その後は色々あって荒れてな。 誰構わず、強い奴に喧嘩を売ってたんだよ。 でだ、古城は戦王領域を知ってるよな?」

 

「……ああ、東欧にある夜の帝国(ドミニオン)……第一真祖の支配地だろ。 七十二体の眷獣を従える覇王……だっけ。 ま、まさかお前」

 

「おう、コイツには喧嘩を売ったぞ。 まあ、買ってくれなかったけどな。 俺宛にも手紙が届いてんだろうな」

 

「……お、お前は、過去になにやってたんだ」

 

古城は悠斗の言葉を聞き呆れて、雪菜も隣でげんなりしていた。

真祖が操る眷獣といえば、都市や一つや二つを簡単に壊滅させる正真正銘の化け物だ。

悠斗は、そんな奴に喧嘩を売ったと言っているのだ。

 

「……まあ、お前の過去は置いといて。 で、このヴァトラーってのは、その第一真祖の臣下ってわけか」

 

「そのはずです。 自治領の君主というのは貴族、つまり第一真祖直系の血族から生まれた、純血の吸血鬼ということになりますから」

 

「なるほどな」

 

凪沙に渡されたメモを見ながら、古城は買い物カゴに野菜や果実を入れていく。

食材の量は四人前。 悠斗、古城、雪菜、凪沙だ。

これは、凪沙が『みんなで食べた方が美味しいし、うちで夕食を食べようよ』と強引に誘った結果だ。

雪菜は、古城と悠斗の監視が目的なわけで、悠斗は夕食を作らなくて済むという魅力的な誘いだったのだ。

そんなわけで、悠斗と雪菜が暁家で夕食を摂る事が当たり前になっていたのだ。

 

「そんな大物が、なんで絃神島なんかに来てるんだ?……ちょ、タマネギ多すぎるだろ、これ」

 

「野菜の好き嫌いはダメですよ」

 

「そうだぞ、古城。 ピーマンじゃないんだから安心しろ」

 

そんなことを言っていたら、雪菜は野菜コーナーからピーマンもカートの中へ入れた。

 

「ちょ、ピーマンも多すぎだ」

 

「神代先輩も好き嫌いはダメです。 凪沙ちゃんにいつも言われてるじゃないですか」

 

「うぐっ……」

 

悠斗は言葉に詰まってしまった。

悠斗は溜息一つ吐き、

 

「はあ、わかった。 ちゃんと食べるから」

 

「そうしてください。 好き嫌いはダメです」

 

古城はピーマンを売り場に戻しながら、

 

「で、なんでヨーロッパの吸血鬼がオレの名前知ってるんだ……?」

 

「先日のロタリンギア殲教師の一件で、暁先輩の存在に気付いたんだと思います。 神代先輩も例外ではありません。……先輩、こっそりピーマンを売り場に戻さないでください。 子供じゃないんですから、もう」

 

古城は溜息を吐きながら、ピーマンをカートに戻す。

傍から見ていると、雪菜は二人の弟の面倒を見る姉のようだった。

招待状を広げた古城は、一箇所の文面を見て、困惑の表情を浮かべた。

 

「先輩、どうしましたか?」

 

「あ、ああ……なんか、ここにパートナーを連れて来いって書いてあるんだが」

 

「パートナー?」

 

雪菜と悠斗は、ああ、納得した。

 

「欧米のパーティでは夫婦や恋人を同伴させるのが基本なんですよね」

 

「いない場合は、代役を立てるしかないな。 俺はいないから、代役を立てるしかないけど」

 

「代役……と言われてもな」

 

古城は困ったように唇を歪める。

 

「吸血鬼がらみのパーティなんかに凪沙を連れて行くわけにはいかないし。 そんなことしたら悠斗に殺されるし。 浅葱は怒ってたみたいだし、あんまヤバいことに巻き込むわけにもいかないしな……」

 

雪菜が、コホン、と咳払いをして可愛らしく古城を見た。

 

「先輩の正体を知ってて、危険な状況にも対処できる人材というと、選択の余地はあまりないと思いますけど」

 

「そだな。 巻き込むのは気が引けるけど……頼んでみるか、那月ちゃんに」

 

「「は?」」

 

悠斗と雪菜は同時に声を上げた。

 

「いや、だってあの人ならオレの正体知ってるし、攻魔師の資格も持ってるし、危険な状況にも対応できる。 適任だろ」

 

「古城のアホ。 いるじゃんかよ、お前のすぐ傍に」

 

古城は雪菜を見た。

 

「姫柊に頼んでもいいのか?」

 

「はい、先輩の監視が私の任務ですから」

 

「ま、とりあえず、会計して帰ろうぜ」

 

「「おう(はい)」」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

それぞれの部屋へ戻ると、悠斗の部屋のドアに一通の手紙が挟んであった。

その手紙は、夕方に見た手紙と同じものだった。

 

「……案の定きてたな」

 

差し出し人はアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー。

宛先は、神代悠斗様と書かれていた。

 

「やっぱりバレてたか。 まあ、朱雀を大っぴらに解放したからな。 はあ、行きたくねー。 行くとしても、女性同伴ってどうすんだよ……」

 

その時、一本の電話が鳴った。

 

「どうやって俺のスマホの番号まで調べたんだか……。 予備の奴だから別にいいけど」

 

悠斗は通話ボタンをタップし、通話口を耳に当てた。

 

『もしもし、アルデアル公の代理の者ですが。 本日のパーティの代理を務めさせて頂きますがよろしいでしょうか?』

 

「ああ、よろしく頼む」

 

『承りました。 それでは、お時間になりましたら迎えに参りますので、よろしくお願い致します』

 

悠斗は通話を切り、スマートフォンをテーブルの上に置いてから、クローゼットの引き出しからスーツを取り出し着替え始めた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

指定された時間に外に出ると、そこには黒張りのベンツが止められていた。

その後部座席からは、チャイナ服を身に纏った女性が降りてきた。

 

「神代様、初めまして。 アルデアル公の監視役である、獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華と申します」

 

「今日はよろしく頼む。 神代悠斗だ。 その喋り方はやめてくんないか、年齢が近い相手にそんな扱いされるのはムズかゆい」

 

「そ、そう。 じゃあ、いつも通りにさせてもらうわ」

 

「おう、その方が絡みやすくて助かる」

 

悠斗は紗矢華に促され後部座席に乗り込み、紗矢華も乗り込むと、ベンツは目的地へ向けて走り出した。

 

「ったく。 どうやって俺の家まで特定したんだか。 ヴァトラーの監視は疲れるだろ」

 

「ええ、本当に……。 わかってくれる人がいるなんてね。 そんなことより、アルデアル公を知ってるの?」

 

「知ってるも何も、殺し合いをした仲だ」

 

紗矢華は眼を見開き、

 

「あんたは何やってんの!? てか、何者よ」

 

「あー、それは内緒だ。 まあ、あの戦闘狂にバラさせると思うが」

 

そんな事を話しながら目的地へ到着した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーの船は、南湾地区の大桟橋に停泊していた。

遠目からでも異様に目立つ豪華客船だ。

 

「……洋上の墓場(オシアナス・グレイヴ)。 なんつー名前をつけてんだ。 つか、一緒に沈んでくんねぇかな」

 

「いえ、ここ(絃神島)で死なれると外交問題に発展するからまずいわ」

 

「ここじゃなかったらいいのかよ……」

 

こう言うということは、紗矢華も監視で相当まいっているのだろう。

 

「で、あの蛇遣いは何処にいるんだ」

 

「たぶん、アッパーデッキね。 案内するからついてきて」

 

この船に乗り込んでいく人々は、ニュースなどで見かける顔が多い。

大物政治家や経済界の重鎮、政府や絃神市の要人たちだ。

その時、ちょうど古城と雪菜の姿が映った。

二人は人混みの中、手を握ろうとしていた所だった。

殺気を伴った銀色の光が、古城に向かって振り下ろされたのは、その直後だった。

 

「――せいっ!」

 

「うおっ!?」

 

咄嗟に跳び退いた古城の眼前を、鋭く研ぎ澄まされたフォークの先端が掠めていく。

 

「失礼。つい、手が滑ってしまったわ」

 

「どう滑ったら、フォークを他人の腕に向かって振り下ろそうとするのか、ぜひ教えて欲しんだが……。てか、なんか今、掛け声っぽいものも叫んでたよな!?」

 

「あなたが、下劣な性欲を剥き出しにした手で、雪菜に触れようとするからよ、暁古城」

 

「さっきのはなかなか惜しかったぞ、煌坂」

 

古城は、悠斗を見て眼を見開いた。

 

「ゆ、悠斗。 お前も来てたのか!?」

 

「まあな。 夕飯の食材を買ってる時に言ったぞ」

 

「ああ。 そういえば、そうだったな」

 

雪菜が戻って来たのは、その直後だった。

 

「――紗矢華さん!?」

 

「雪菜! 久しぶりね、元気だった?」

 

紗矢華が雪菜に勢いよく抱き付いた。

まるで、――奇跡の再会を遂げた姉妹のように。

雪菜にむしゃぶりつく紗矢華の後頭部に、古城がチョップを叩き込む。

 

「はやく案内してくれ」

 

「わ、わかったわよ。 ついてきなさい。 てか、死になさい。 暁古城」

 

「死ぬかっ!」

 

古城は怒鳴り返しながら、紗矢華の後について階段を上る。

悠斗は溜息を吐いてから、古城の隣に並んだ。

四人は上甲板に出る。 漆黒の海と夜空を背景にして、広大なデッキに立っていたのは一人の青年。

純白のスーツを纏った青年だ。

刹那、彼の全身が純白の閃光に包まれた。

そう。 眷獣が放たれたのだ。

灼熱を纏った炎の蛇と、冷気を纏った氷の蛇だ。

 

「はあ。――飛焔(ひえん)!」

 

「ぐお……っ……!」

 

悠斗は右手を突き出し、掌から浄化の焔を放ち氷の蛇を浄化させ、古城は全身に雷光を纏い、放たれた稲妻で炎の蛇を迎え撃った。

 

「あ……ぶねぇ! なんだこれっ!?」

 

「まったく、戦闘狂はこれだから困る」

 

巨大な魔力同士の激突の余韻に、ようやく我に返った古城が呻き、悠斗は悪態をついた。

その時、純白のコートを身に纏った青年から拍手の音が鳴り響いた。

それを防がれたことを、喜んでいるようにも見える。

 

「いやいや、お見事。 やはりこの程度の眷獣では、傷付けることもできなかったねェ」

 

彼は古城の前で片膝を突き、恭しい貴族の礼をとった。

 

「御身の武威(ぶい)を検するがごとき非礼な振舞い、衷心(ちゅうしん)よりお詫び申し奉る。 我が名はディミトリエ・ヴァトラー、我らが真祖、“忘却の戦王(ロストウォーロード)”よりアルデアル公位を賜りし者。 今宵は御身の尊来(そんらい)をいただき恐悦(きょうえつ)の極み――」

 

あまりに見事な彼の口上に、古城がうろたえた。

 

「あんたが、ディミトリエ・ヴァトラー……? オレを呼び付けた張本人?」

 

「初めまして、と言っておこうか、暁古城。 いや、焔光の夜伯(カレイドブラッド)――我が愛しの第四真祖よ!」

 

そう言って、ヴァトラーは古城を愛しげに見つめた。

そして古城を迎え入れんとするかのように、大きく両腕を広げた。

 

「……はい?」

 

告げられた古城は言葉の意味が理解出来ずに、弱々しい呟きを洩らす。

 

「ヴァトラー、その辺にしとけ、古城が困ってるだろ」

 

「フフ、そうダネ」

 

ヴァトラーは悠斗の前で片膝を突き、

 

「先程の非礼をお詫び申し上げる。 再び御眼にかかれること光栄の極み――紅蓮の熾天使よ」

 

これを聞いた紗矢華は眼を見開き、面倒事に巻き込まれる予感がした悠斗は空を見上げた。




悠斗君は、力を封印する前は、激強だったんでしょうね。
真祖と獅子王機関の三聖に喧嘩を売ってますからな。
あと悠斗君は、朱雀を召喚しなくても、朱雀の技を使うことが出来ますな。
出力は弱いですが。

ではでは、エネルギーとなる感想、評価、よろしくお願いします!!


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戦王の使者Ⅳ

今回は戦闘狂との会話ですね。
まあ、オリジナルも加えてみたんですが、上手く書けてるかな?

それでは、本編をどうぞ。


オシアナス・グレイブの船内に設置されているホールに、悠斗、古城、雪菜は案内され、中央のテーブルを囲むように腰を下ろしていた。

その人物は、暁古城、神代悠斗、ディミトリエ・ヴァトラーだ。

その後ろには、姫柊雪菜と煌坂紗矢華だ。

 

「――今の気配、獅子の黄金(レグルス・アウルム)だね。……ふゥん、普通の人間が第四真租を喰ったって噂、わざわざ確かめに来たのも、案外無駄じゃなかったわけだ。――悠斗のは朱雀だネ」

 

古城と悠斗に攻撃を仕掛けておきながら、ヴァトラーは悪びれもせずにそう言った。

 

「……獅子の黄金(レグルス・アウルム)を知っているのか……?」

 

古城は、ヴァトラーを困惑の表情で睨みつけた。

ヴァトラーの見た目は二十代前半の青年だが、本来の姿は旧き世代の吸血鬼。

当然、第四真租の眷獣の知識を持っていても不思議はない。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)。 アヴローラ・フロレスティーナの五番目の眷獣だろ。 制御が難しい暴れ者と聞いてたけど、うまく手懐けているじゃないカ。 よっぽど、霊媒の血がよかったんだネ」

 

淡々と告げられるヴァトラーの言葉に、古城は無言で顔をしかめた。

先代の第四真租。 焔光の夜伯(カレイドブラッド)。 アヴローラ・フロレスティーナ。――その言葉が古城の精神をかき乱し、耐え難いほどの頭痛を呼び起こす。

 

「あんたとアヴローラ……どういう関係なんだ?」

 

古城は頭痛に耐えながら、ヴァトラーに聞いた。

ヴァトラーは芝居がかった仕草で胸に手を当て、懐かしげに眼を細めた。

 

「最初に言わなかったっけ? 僕は彼女を愛しているんだ。 永遠の愛を誓ったんだよ。 要は、血が強ければいいのさ。 だから僕は、彼女の血を受け継いだ君に愛を捧げよう!」

 

「待て待て待てっ、なんでそうなる!? それに、オレは男だ!」

 

立ち上がって近づいてくるヴァトラーを制止してから、古城は立ち上がり後方へ跳んだ。

 

「それがなにか?」

 

「ま、まじかよ……」

 

古城は背筋に寒気を感じた。――こいつは、色々な意味でヤバいと感じ取ったのだろう。

このままでは埒が明かないと思った悠斗は、立ち上がり口を開いた。

 

「俺と古城は学生の身でね。 早く要件を言え」

 

ヴァトラーは両手を広げ、手を上げた。

 

「やれやれ、僕は愛しの第四真租と愛を語ろうとしているのに、僕の天使は即急すぎるナ」

 

「だれが貴様の天使だ。 また半殺しにしてやろうか」

 

「僕としては、今の君とのダンス(殺し合い)もいいと思うけど、あの頃の、全快の君とのダンス(殺し合い)のほうが楽しそうダ」

 

「だれが貴様と――」

 

だが、次のヴァトラーの言葉で、この場の空気が軋む事になる。

 

 

 

 

 

 

 

「――暁凪沙」

 

ドンッ、という衝撃音と、ミシミシっと空気が軋む音。

この場が重力がかかったようになり、雪菜、紗矢華は片膝をつけており、古城も立っているのがやっとだ。

ヴァトラーはこれを見て、笑みを浮かべていた。

悠斗の体からは青白い稲妻が迸り、黒い瞳が深紅に代わり、唇の隙間からは牙が覗いた。

古城は、これが獅子の黄金(レグルス・アウルム)より強力なもの(眷獣)だとすぐに理解した。

それを、ここで解放したら甚大な被害になるとも。

 

「……何処でその少女の名を知ったかは知らないが、その子に手を出してみろ。 貴様、塵が残らないように殺してやる……。 貴様の領地も無事で済むと思うなよ……」

 

「フフフ、イイね。 イイヨ。 今の君となら、最高のダンスが舞えそうダ!」

 

これを止めようと、雪菜は力を振り絞って叫んだ。

 

「……神代先輩! ここで無茶な力の解放をすれば、島の皆さんが被害を(こうむ)ります! その中には、凪沙ちゃんも含まれるんですよ!」

 

これを聞いた悠斗は一呼吸置き、力を収めた。

瞳も黒色に戻り、唇の隙間から見えていた牙も消えていた。

これにより、この場は元に戻り、雪菜と紗矢華は立ち上がることが出来るようになり、古城、悠斗、ヴァトラーは元の席へ腰を下ろした。

 

「……ここは引いてやる。 ヴァトラー、俺のさっきの言葉を忘れるなよ」

 

「イイ挑発になったと思ったんだけどな。 僕も、一般の子を巻き込むのは気が引けるしネ。 フフ、暁凪沙は、僕の天使の監視役に近いネ。 君がそこまで力を解放しておきながら、矛を収めるなんてありえなかったしネ」

 

「……あの子を監視役って言うな。 あの子は、俺の大切な友人だ」

 

「君は、暁凪沙の守護神といった所かナ。 裏を返せば破壊神だけどネ」

 

古城は、この話題を引き伸ばしたらやばい。と思い、話を逸らした。

 

「おい、話しがあるからここに呼んだんだろ。 早く話してくれ。というか、なんでここ(絃神島)に来た? 俺たちに挨拶だけじゃないんだろ?」

 

「ふむ。 愛しの第四真祖も即急だな。 まあいいや、本題はべつにあるんダ。 もちろん、そっちもあるんだけどネ」

 

古城は苛々しながら、

 

「本題ってなんだ? 早く教えろ」

 

「ちょっとした根回しってやつだよ。 この魔族特区が第四真祖の領地だというなら、まずは挨拶をしとこうと思ってネ。 まァ、僕の天使はどこにも領地を持たないけどネ。 もしかしたら、迷惑をかけるかもしれないからねェ」

 

そう言いながらヴァトラーは優雅に指を鳴らす。

これが合図になって、船内からぞろぞろと大勢の使用人が現れた。

彼らが運んできたワゴンの上には料理皿が置かれ、パーティ会場に出されていた料理が満載されていた。

 

「迷惑ってなんだ?」

 

古城がヴァトラーに聞いた。

 

「クリストフ・ガルドシュという男は知っているかい、古城?」

 

「いや? 誰だ?」

 

「戦王領域出身の元軍人で、欧州では少しばかり名を知られたテロリストさ。 黒死皇派という過激派グループの幹部で、三年ほど前にプラハ国立劇場占拠事件では、民間人に四百人以上の死傷者を出した」

 

その時、沈黙していた悠斗が会話に割り込んだ。

 

「……死者は出てないから安心しろ、古城。 ヴァトラーの言葉には、嘘が混じってる」

 

「フフ、そうだね。 傷ついた人は出たが、死者は出てないヨ。 唐突に悠斗が現れてネ、現場を鎮圧したんだヨ」

 

これを聞いた、古城、雪菜、紗矢華は眼を見開いた。

そして、ある疑問が浮上してくる。

神代悠斗という人物は、過去にどのような経験をしてたんだろうと。

 

「でも、トップには逃げられたんだよね。 あの頃の悠斗は、爪が甘かったからねェ」

 

それを聞いた悠斗は、苦虫を潰したように顔をしかめた。

 

「だから僕が殺した。 少々厄介な特技を持った獣人の爺さんだったけどね。 だから、黒死皇派の残党たちが、新たな指導者としてガルドシュを雇ったんだ。 テロリストとして、圧倒的な実力を持つ彼をね」

 

つまり、ここにヴァトラーがいる限り、黒死皇派の残党は仇討の為、ヴァトラーに攻撃を仕掛けるかもしれないのだ。

ヴァトラーが猛威を振るったら、最悪の事態になるだろう。

 

「ちょっと待て。 あんたが絃神島に来た理由に、そのガルドシュって男が関係してるのか?」

 

「察しがよくて助かるよ、古城。 そのとおりだ。 ガルドシュが、黒死皇派の部下たちを連れて、この島に潜入したという情報があった。――実は、そのガルドシュがある兵器を手に入れたらしんダ」

 

「おい、その兵器とやらを、この絃神島で使う気じゃないよな」

 

「サァ、どうだろうネ。 ここは第四真祖の領地だ。 そんなことはしないと思うけど――僕が襲われたら、反撃しても仕方ないよねェ」

 

すると、悠斗の体から魔力が漏れだしていた。

悠斗が、低い声でこう言った。

 

「……お前が正式な外交使節使ってここに来たのは、正当防衛の大義名分を使って、黒死皇派と殺り合う為か……。 お前の退屈凌ぎの為に、この島の人々を傷つけるつもりか?」

 

「さすが悠斗だねェ。 僕がやろうとしてることを理解するなんて」

 

「テメッ……。 ここで殺してやろうか」

 

再び悠斗の瞳が真紅に代わり、ヴァトラーの瞳も真紅に変わる。

二人の体からは魔力が漏れだしており、一触触発だ。

古城も迎撃ができるように、瞳を真紅に変え、体の周りから黄金の稲妻が迸っていた。

だが、この状況を、一人の少女が止めた。

雪菜は、冷たく澄んだ声で献言した。

 

「恐れながら、アルデアル公の心配には及ばないと思います」

 

「……たしか君は、獅子王機関の剣巫、紗矢華譲のご同輩だね。 それはなぜだい?」

 

「ここの首領は第四真祖。 ここの火の粉を払うのは領主の務め。 なので、アルデアル公は大人しくしててください」

 

「ひ、姫柊!?」

 

古城は、驚きの声を上げた。

だが、悠斗はヴァトラーを睨んだままだ。

 

「まァ、この件は君たちに一任するヨ。 君たちが処理してくれるなら、僕の手間が省けることだしネ。 これで、君たちの実力を確かめさせてもらうヨ。 悠斗の今の実力が知りたいのが一番大きいけどネ」

 

「……蛇野郎は黙ってろ」

 

「蛇野郎とは酷いなァ。 僕の天使よ」

 

「テメェは口を開くな。 殺すぞ」

 

「おー、恐い恐い」

 

悠斗がこう言っても、ヴァトラーは笑みを零すだけだ。

悠斗は深い溜息を吐いた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

海を見下ろすマンションの一室、七〇三号室。

窓辺から洩れ射す朝日を浴びて、神代悠斗は眼を覚ました。

 

「悠君! 悠君起きて、朝だよ!」

 

悠斗の耳元に聞こえてきたのは、暁凪沙の声だ。

悠斗は眼を擦ってから上体を起こした。

 

「凪沙か、おはよう」

 

「おはよう悠君。 今日は体調が良くなさそうだけど大丈夫? 熱でもあるの? 学校休んで病院に行く? 今日は学校休んでゆっくりする? それなら凪沙も付き添うよ。 じゃあ、おかゆ作って上げる! あ、そういえば悠君のお家の白米が切れそうなんだっけ。 凪沙のお家から持ってこないと。 やっぱりお飲み物にする? 遅い夏風邪かもしれないし。 えーと、ポカリは悠君のお家の冷蔵庫にあったような?」

 

「だ、大丈夫だって」

 

凪沙は、じー、と悠斗のことを見た。

 

「……悠君。 なにかあったでしょ?」

 

「……いや、なにもないぞ。 うん、ないぞ」

 

「悠君」

 

悠斗は、凪沙には敵わないな、と思いながら口を開いた。

 

「昨日色々あってな。 一つは、眷獣を無理やり解放しようとして、この島に被害を出そうとしたことだ。 その罪悪感って感じだな。 もう一つは、俺が近くにいることで、凪沙に迷惑がかかる、ともな」

 

暫し沈黙してから、凪沙は悠斗の顔を見て、静かに呟いた。

 

「凪沙は悠君と一緒にいて、迷惑だと思ったことは一度もないよ。 もしかして、凪沙をいざこざに巻き込むのが不安なの?」

 

「ああ、そうだ」

 

「でも悠君は、凪沙のことを守ろうとしてくれてるんでしょ?」

 

「そうだな」

 

凪沙は満面の笑みで、頷いた。

 

「じゃあ、凪沙は大丈夫。 凪沙には悠君がいるもん。 さ、この話は終わり。 朝からこんなにしんみりしちゃダメだよ。 今日も元気良くいこう!」

 

「そだな。 そうすっか」

 

悠斗はベットから降り立ち、中央のテーブルに置いてある、昨日作成したネックレスを手に取った。

 

「凪沙、これをつけといてくれ」

 

悠斗はそう言い、ネックレスを凪沙に渡した。

その中央には、紅い小さな宝玉が嵌め込まれている。

その宝玉を、眼を凝らしてよく見てみると、鳳凰(ほうおう)を象っているようにも見える。

 

「これは、凪沙を守ってくれるお守りだ」

 

そう。 悠斗は帰宅してすぐに、これの作成をした。

嵌め込まれている宝玉には、朱雀の魔力が込められている。

 

「うん、わかった。 凪沙、肌身離さず首にかけておくね。 じゃあ、悠君。 つけてくれるかな」

 

「おう」

 

悠斗はそう言って、ネックレスを凪沙の首へとつけた。

その後二人で朝食を摂り、いつものように一緒に家を出て、モノレールへ乗り学校へ向かった。




悠君。怒ったらまじ怖いっすね。
てか、悠君は昔、ヴァトラーを半殺しにしてたんすね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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戦王の使者Ⅴ

ひゃはー。
連日投稿やで!

さて、これがいつまで続けられるだろうか?
まあ、それは置いといて。

本編をどうぞ。


彩海学園高等部の職員室棟校舎――。

何故か学園長室よりも偉そうな見晴らしのいい最上階に、南宮那月の執務室はあった。

分厚い絨毯とカーテン。 年代物のアンティークの家具。 天蓋つきのベット。

 

「那月ちゃん。 ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

「俺も頼むわ、那月ちゃん」

 

分厚い木製の扉を開けて、古城と悠斗は部屋の中へ入り込む。

 

「おっと」

 

「ぐおっ!?」

 

悠斗は投げられた分厚い本を寸前で受け止め、古城は頭蓋骨に衝撃を受けて仰向けに転倒した。

 

「せ、先輩!?」

 

古城のすぐ後ろを歩いていた雪菜が、ぐおおお、と苦悶する古城を慌てて抱き起こす。

部屋の奥から冷ややかに見つめてたのは、黒いドレスを着た南宮那月だ。

幼女に見えない童顔な小柄な女性だが、自称二十六歳の英語教師だ。

彼女は、高価そうなアンティークチェアに深々ともたれて、黒いレースの扇子を開いていた。

 

「私のことを那月ちゃんと呼ぶなと言っているだろ。 いい加減学習しろ。 暁古城。 神代悠斗」

 

そう言いながら、じろりと雪菜を睨んだ。

 

「おまえもいたのか、中等部の転校生。 それで質問というのはなんだ? 子供の作り方でも聞きにきたのか?」

 

悠斗は息を吐き、雪菜は一瞬なにを言われたのか分からず唖然として、首を左右に振った。

古城は額を押えたまま勢いよく起き上がった。

 

「んなわけあるかっ! いきなりなに言ってんだ、あんたは!?」

 

「…………なんだ、違うのか? だったら、なんのようだ?」

 

那月がつまらなそうに呟く。

 

「クリストフ・ガルドシュって男を捜してるんだ。 なにか手がかりがあったら教えて欲しい」

 

その瞬間、那月の雰囲気が一変した。

小柄な体から、息苦しいほどの圧迫感が滲み出す。

 

「お前たち、どこでその名を聞いた?」

 

那月のこの質問に、悠斗が答えた。

 

「戦王領域の蛇野郎。 ディミトリエ・ヴァトラーだ。 俺が、一生顔を合わせたくない野郎だ」

 

これを聞いた那月が、ちぃ、と舌打ちをする。

 

「そうか……。 あの軽薄男か。 お前たちを呼び出す可能性を予想しておくべきだったな。 まったく、余計な真似をしてくれる」

 

那月がヴァトラーを知り合いのように罵った。

 

「戦王領域のテロリストが、絃神島に来てるって噂は本当だったんだな。 それで、ガルドシュの居場所を聞いてどうする?」

 

「捕まえます。 彼がアスデアル公と接触する前に」

 

那月の質問に、雪菜が即答する。

その一言で、那月は大凡の事情は理解した。

黒死皇派の残党と戦闘になれば、ヴァトラーは嬉々として眷獣を解放する。

そうなれば、絃神島には甚大な被害を被る。

雪菜は、それを止める、と言っているのだ。

だが、那月の返答は素っ気無いものだった。

 

「無駄だ。 やめておけ。 ああ、アスタルテ――そいつらに茶なんか出してやる必要はないぞ。 もったいない。 それよりも、私に新しい紅茶を頼む」

 

命令受託(アクセプト)

 

麦茶を運んできたメイド服の少女に、那月が命令する。

少女の声に、古城と雪菜が驚いて顔を上げた。

銀色のトレイを抱いて立っていたのは、藍色の髪の少女だった。

 

「お、お前、オイスタッハのオッサンが連れてた眷獣憑きの――!」

 

「アスタルテ……さん!?」

 

「あれだな。 那月ちゃんは忠実なメイドが欲しかったんだな。 身元引受人になって彼女を引きっとったんだろ。 たぶんアスタルテは、保護観察処分中なんじゃないか」

 

「説明の手間を省いてくれて感謝するぞ。 神代悠斗。 だが、教師相手にちゃんづけをするな!」

 

那月は分厚い辞書を投げつけてくるが、悠斗はそれを難なく受け止める。

 

「あぶなっすよ。 那月ちゃん」

 

「チッ、ワザとでもいいから当たれ、神代悠斗」

 

「南宮先生。 ガルドシュを捕まえても無駄というのは、どうしてですか?」

 

驚きから立ち直った雪菜が話を戻す。

 

「捕まえても無駄とは言ってない。 お前たちがそんなことする必要はないと言っているんだ」

 

「え?」

 

「黒死皇派の連中は、どうせなにもできん。 少なくてもヴァトラーが相手ではな。 奴はあれでも、“真租にもっとも近い存在”とも言われてる怪物だ。 暁の隣には、“真租を越えるかもしれない化け物”がいるんだがな」

 

悠斗は、失敬な。と思ったのだが、否定が出来なかった。

でも、と雪菜は生真面目な口調で食い下がる。

 

「黒死皇派の悲願は、第一真租の抹殺だと聞いています。 彼らはそれを実現する手段を求めて、絃神島に来たのではないですか?」

 

黒死皇派が第一真租を殺せる力を手に入れたなら、それはつまり、真租に近い戦闘力を持つヴァトラーを殺せるということだ。

だが、それを理解してなお、那月は首を振った。

 

「そうだな。 だから無駄なのさ。 ガルドシュの目的はナラクヴェーラだ」

 

「ナラクヴェーラ……?」

 

聞き慣れない言葉に雪菜は眉を寄せた。

雪菜の知識には無い単語だったらしい。

そこで、悠斗の解説が入る。

 

「南アジア、第九メヘルガル遺跡から発掘された先史文明の遺産だな。 かつて存在した、無数の都市や文化を滅ぼしたといわれる、神々の兵器だよ」

 

古城と雪菜は、なんで知ってるの?と聞きたそうだったので、悠斗はこう答えた。

 

「俺がここに来る前は、様々な国を転々としてたんだ。 こういう知識は嫌でも覚えるよ」

 

古城と雪菜は、なるほど。と納得したようだった。

古城は、猛烈に嫌な予感を覚えた。

 

「神々の兵器……って、ヴァトラーが言ってた兵器じゃないのか? やっぱり、絃神島にあるのは事実だったのか?」

 

この問いに、那月が答えた。

 

「表向きには、もちろんあるはずがない物だが、実は、カノウ・アルケミカルという会社が遺跡から出土したサンプルの一体を非合法に輸入してたらしい。 もっとも、そいつは少し前にテロリスト共に強奪されたんだがな」

 

「やっぱあんのかよ!? しかも、盗み出されたあとなのかよ!?」

 

「古城、ナイスツッコミだ」

 

と、悠斗は称賛を送る。

 

「九千年も前に造られた骨董品だ。 お前は、なにを焦っているんだ?」

 

慌てふためく古城を眺めて、那月が蔑むように言う。

 

「奪われたのは、遺跡からの出土品だと言ったろ。 とっくに干からびてガラクタだぞ。 仮に動いたとしても、それをどうやって制御するんだ?」

 

「……制御する方法に心当たりがあったから、黒死皇派は、その古代兵器に目をつけたのではありませんか?」

 

雪菜が冷静に指摘し、那月は少し愉快そうに口角を上げた。

 

「ふん、さすがにいいカンをしてるな、転校生。 たしかに、ナラクヴェーラを制御するための呪文、術式を刻んだ石板が、最近になって発見されたらしい」

 

「だったら、その兵器が使われる可能性があるってことなんじゃねーかよ」

 

「世界中の語言学者や魔術機関が寄ってたかって研究しても、解読の糸口すらつかめていない難解の代物だぞ。 テロリスト如きが、ない知恵を振り絞った所でどうにもならんよ」

 

不安げに唇を尖らせる古城を、那月がやる気のない口調で突き放す。

 

「石板の解読に協力していた研究員は捕まえた。 黒死皇派の残党が見つかるのも時間も問題だ。 密入国した国際指名手配犯たちが、馬鹿でかい骨董品を抱えて潜伏できる場所は限られてるからな。 特区警備隊(アイランド・ガード)は、今日明日にもガルドシュを狩り出すつもりだそうだ」

 

「狩り出す……って。 もしかして、那月ちゃんも助っ人に行くのか?」

 

古城が顔をしかめて言った。

ガルドシュの協力者を捕まえた、ということは、那月は既に今回の事件に深く関わっているのだろう。

まあ、悠斗もこの事件には少しだけ関わったのだが。

 

「私をちゃんづけで呼ぶな! とにかく、あの蛇遣いがなにか言った所で、お前たちの出る幕はない。 強いて言えば、追い詰められた獣人どもの自爆テロに気をつけることだな」

 

「自爆テロ……」

 

思いがけない那月の警告に、古城は顔色を変えた。

たしかに自爆テロは、ヴァトラーにダメージを与える数少ない手段でもある。

古城たちも、それに巻き込まれる可能性も決して低くない。

 

「それから、もうひとつ忠告してやる。 暁古城、ディミトリエ・ヴァトラーには気をつけろ」

 

紅茶を啜りながら、那月がこう呟いた。

 

「奴は自分より格上の“長老(ワイズマン)”――真祖に次ぐ第二世代の吸血鬼を、これまでに二人も喰っている。 神代悠斗のことは心配してないがな。 ヴァトラーのやつを半殺しにしてるんだ」

 

「……同族の吸血鬼を……喰った?あいつが?」

 

昨日出会った貴族の青年を思い浮かべながら、古城は呻いた。

雪菜も驚愕の相を浮かべている。

 

「奴が、“真祖にもっと近い存在”、と言われてる所以だよ。 精々、お前も喰われないようにするんだな」

 

那月が不敵に笑いながら言い、古城は無言で頷いた。

那月は、古城と雪菜に帰れと言い、悠斗は話しがあるから残れ、と言った。

 

「さて、神代悠斗。 昨夜、無茶な力の解放をしようとしたな。 あれでお前の存在は、真祖だけではなく、旧き世代にまでバレただろうな」

 

悠斗は言い淀んでから、

 

「……あ、ああ、そうかもな。 あれはすまないと思ってるよ。 反省してる。 姫柊が居なかったら、この島に被害を及ぼしてたな。 姫柊には感謝してるよ」

 

那月は、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「お前がそうなった原因は大体予想できる。 お前の大切な人で、挑発されたんだろ?」

 

那月はどういう経緯で、悠斗が凪沙と出会ったかを知っている。

悠斗にとって、どれだけ大切な存在なのかも。

 

「ああ、そうだ。 ヴァトラーがその子に手を出すと思ったから頭に血が上ってな、ほぼ無意識に封印を解こうとしてた」

 

「そうか。――暁凪沙は、お前の抑止力であり、弱みでもあるのか」

 

「かもな。 俺も自覚してるよ。 今後は力を暴走させないように、細心の注意を払うよ。 だが、彼女が傷つけられたら、俺はどうなるかわからない。 その時は頼んだ、那月ちゃん。――じゃあ、俺は戻るわ」

 

そう言って悠斗は、那月の執務室から出て行った。

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな。――お前が暴走したら、私の手には負えないぞ。 神代悠斗」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

那月の部屋から出た古城と雪菜は、重い足取りで自分たちの教室へ向かう。

その途中で立ち止まり、雪菜が聞いた。

 

「南宮先生の話、本当でしょうか?」

 

「人格的に少し問題はあるけど、基本的に嘘はつかない人なんだよな」

 

まだ痛みの残る頭を押さえながら、古城は曖昧に感想を洩らす。

なんとなくわかります、と雪菜も微苦笑を浮かべた。

だからこそ彼女の言葉には、それがどんなに突飛な内容でも信用できる。

ヴァトラーが同族を喰った、という情報についてもだ。

 

長老(ワイズマン)ってのは、第二世代の吸血鬼だって言ってたな」

 

古城は自信なさげな口調で雪菜に確認し、雪菜は、はい、と頷いた。

 

「真祖に認められて、彼の血を与えられた者たちです。 必ずしも、真祖の実の娘や息子というわけではないんですけど」

 

「――弟子と後継者ってことか」

 

真祖から直接血を与えられた、もっとも旧き世代の吸血鬼たち。

その能力は、当然、普通の吸血鬼と比べもにならないはずだ。

 

「ヴァトラーは、そういう意味では、第一真祖と直接繋がっているわけじゃないんだな」

 

「そうですね。 純血の貴族とはいっても、長老(ワイズマン)たちの遠い子孫ですから。 もしアルデアル公が長老たちを本当に捕食したのだとしたら、特殊な能力を持ってるのかもしれません。 なにか、血の濃さを覆す特殊な能力を――」

 

不老不死の吸血鬼とって、血は魔力の源であり、眷獣を召喚する為の媒体でもある。

長く生きた吸血鬼は、より多くの血を吸うことによって、より強力な魔力をその血の中に蓄える。

旧き世代の吸血鬼が、若い世代よりも強い力を持つのはその為だ。

それが、長老(ワイズマン)と呼ばれる吸血鬼なら尚更だろう。

だが、彼らの魔力を奪う方法も存在する。

吸血鬼が、他の吸血鬼の血を奪う――。 所謂、同族喰らいだ。

 

「そういや、あいつはやたら血にこだわってたな」

 

昨夜の会話を思い出しながら、古城は呟く。

 

「たしかに、あの方の先輩に対する執着はちょっと異常でしたね」

 

「オレへの執着じゃねぇよ。 あいつがこだわっているのは、第四真祖の血だろ」

 

「でしたら、やはり南宮先生の助言は当たっていたのかもしれませんね。 あの方に捕食されないように注意しろ、というあの言葉は――」

 

ヴァトラーは、自分よりも格上の長老を二人喰っている。

つまり、ヴァトラーは長老たちよりも遥かに強い魔力を持つ。

真祖といえども、絶対に捕食されないとは言い切れない。

だよな、と古城が弱気な声で言った。

 

「あいつが本気でオレを殺そうとしたら、今のオレじゃ多分勝てないだろうな……。 せめてオレが、もう何体か眷獣が使えたら話は違ってくるんだろうけど」

 

「眷獣、ですか……」

 

思い詰めたような表情で、雪菜が呟く。

古城が制御できる眷獣は、獅子の黄金(レグルス・アウルム)だけだ。

そして、獅子の黄金(レグルス・アウルム)を攻撃に使っている間、古城自身は無防備になってしまう。

ヴァトラーの持つ九体の眷獣を同時に相手にした時、獅子の黄金(レグルス・アウルム)だけで勝てるという保証はない。

 

「――先輩。 もしかして、またああゆうことしたい、と思っていますか?」

 

古城は、雪菜の言葉の意味が解らず首を傾げた。

 

「ああいうこと……ってなんだ? また?」

 

「あれです。 その……私の……を……吸ったりとか……」

 

雪菜が眼を逸らして、少し怒ったような、照れたような早口で言った。

古城は、雪菜の発言の真意を理解する。

古城が獅子の黄金(レグルス・アウルム)を掌握できたのは、雪菜の血を吸ったからである。

だとすれば、再び雪菜の血を吸えば、新たな眷獣を掌握できるようになるかもしれない。

雪菜はそう言っているのだ。

 

「いや、違う! 今のはそういう意味で言ったわけじゃないからな! べつに、姫柊の血なんかでどうこうしようとは、これっぽっちも思ってないから!」

 

古城は必死に否定する。

雪菜の血を吸ったのは、絃神島が崩壊するかもしれないという非常事態である意味仕方なかったが、今回は全く状況が違う。

恋人でない雪菜の血を、無理やり吸うわけにはいかない。

 

「……べつに、わたしの血なんか、ですか。 これっぽっちも……ですか」

 

雪菜が古城を見上げる無感情な瞳は、どこか凍てついた刃を連想させた。

 

「とにかく、そっちはなんとかなるんじゃないかな。 なんとなくだけど、ヴァトラーの奴も、今すぐオレを喰おうとは思ってないと思う。 下手にオレを追い詰めたら、オレの眷獣が暴走するかもしれないし。――それよりも、悠斗のことだ。 昨日のあれはなんだったんだ。 オレの眷獣より、強力な気配がしたのは間違えないぞ」

 

雪菜は真剣な表情になり、古城を見上げた。

 

「あれは、神代先輩の血に眠る眷獣だと思います。 あの眷獣に対抗できるのは、獅子王機関の三聖、アルデアル公、真祖たちだけだと思います」

 

「でも、なんで力が暴走しようとしたんだ? 悠斗は、その眷獣を制御できるんじゃないのか?」

 

雪菜は、おそらくですけど、と前置きをし、

 

「神代先輩はなんらかの事情があり、眷獣を封印してると思います。 昨夜は、その封印した眷獣を、無理やり叩き起こそうとしたんです」

 

「ああ、そういえば聞いたことがあるな。『俺は他の眷獣を封印してるから、朱雀しか使役できない』、ってな」

 

「今までの情報から、それは嘘ではないと思います。――それに、朱雀といわれた眷獣を残したのは、誰かを守護する為ではないでしょうか?」

 

「……凪沙か」

 

雪菜は無言で頷いた。

そう。 悠斗は全ての眷獣を封印しようとしたが、凪沙を守る為、朱雀だけは残したのだ。

古城は頭をがしがしと掻いた。

 

「ヴァトラーを半殺しに出来て、真祖と渡り合える。 それにあの歳で、持ってる知識もハンパない。――悠斗は何者なんだ?」

 

「……わかりません。 ですが、私たちの敵でないことは確かです」

 

「そうだな。 オレもそれは断言できる。 悠斗はなにがあっても、オレのダチだ」

 

「そうですね。 私にとっては先輩ですけど」

 

古城は、さて、と言ってから言葉を続ける。

 

「ナラクヴェーラを密輸したのは、絃神市内の企業だって言ったよな?」

 

古城は、那月が言っていたことを思い出す。

 

「カノウ・アルケミカル・インダストリー社ですね。 錬金素材関係の準大手企業だったはずです」

 

古城は腕を組んで考え込む。

 

「もしかしたら、そっちの線からなにか調べられるかもしれない。 悪いけど、姫柊は中等部のほうに戻ってくれないか? あとでまた連絡するから」

 

「先輩がなにを考えてるか、薄々想像がつきますけど――」

 

どことなく拗ねたような表情で雪菜が何かを告げようとするが、途中で言葉を切り上げて、ゆっくり周りを見渡した。

感覚を研ぎ澄ますように沈黙する雪菜に、古城が困惑して呼びかける。

 

「ひ、姫柊。 どうしたんだ?」

 

「いえ」

 

雪菜は静かに息を吐き、首を左右に振った。

 

「誰かに見られていたような気がしたんですけど、気のせいだったみたいです」

 

それから古城は高等部へ、雪菜は中等部へと歩き出した。




今回は、説明回でしたね。
物語が動き出すのは、次回くらいかな。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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戦王の使者Ⅵ

話があまり進まなかった……。
今回は繋ぎ回となっております<m(__)m>

では、投稿です。
本編をどうぞ。


神代悠斗は、高等部の屋上の上で横になっていた。

悠斗の予想では、古城は那月から聞いた、カノウ・アルミカル社の詳細を調べて貰う為、浅葱に頼み込むはずだ。

その時、悠斗は殺気と呪力を感知し、勢いよく立ち上がった。

 

「呪力を解放してるバカは、どこの輩だ」

 

悠斗はその発生源に向かう為、吸血鬼の能力を解放し、空高く飛び移った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

一つ奥にある屋上。 そこの備え付けられているベンチの上で暁古城は、ぼー、と空を眺めていた。

恐らく、悠斗と雪菜に、ナラクヴェーラの情報をどうやって伝えようか?と考えているのだろう。

 

「――な、なんだ!?」

 

その直後だった。

古城が座っていたコンクリート製のベンチが、轟音と共に砕け散ったのは。

その爆風が、古城の体を吹き飛ばした。

先程までベンチがあったはずの場所には、半径一メートルほどのクレーターが穿たれていた。

これは呪力を使った物理攻撃だ。

 

「授業をサボってクラスメイトと逢い引きとは、ずいぶん良いご身分なのね、暁古城」

 

仰向けに倒れた古城の頭上から、蔑むような女性の声が聞こえてきた。

咄嗟に振り仰いだ古城が見たのは、ほっそりと背の高い少女の姿だった。

身に付けているのは、短いプリーツスカートにサマーベスト。

それだけなら一般の女子高生で通用しそうだが、彼女が左手に提げている流麗な長剣。 刃渡りは百二十センチほど、刀身は分厚く、直線的な接合ラインが文様のように浮き上がっている。

陽光を反射して銀色に輝くその姿は、雪菜が持つ、雪霞狼によく似ていた。

これは明らかに場違いな代物だった。

 

「……おまえは……昨日の……」

 

ポニーテールに束ねた栗色の長い髪、咲き誇るような、清楚にして艶やかな美貌。

獅子王機関の舞威姫、煌坂紗矢華であった。

 

「なんでお前がここにいるんだよ。 ヴァトラーの監視はどうした?」

 

片膝をついて起き上がった古城が、紗矢華に睨み返して聞く。

 

「オシアナス・グレイヴは、今、日本の領海外の沖合に停泊してるの。 ディミトリエ・バトラーは就寝中。 私の監視任務は一時中止よ」

 

「それで、オレの座ってたベンチを破壊したことは、なんの関係があるんだ?」

 

「……これまでの、あなたの行動を監視させてもらったわ、暁古城」

 

紗矢華はそう言って、剣先を古城に向けた。

古城は苛々と頭を抱えた。

 

「監視って、おまえもかよ。 獅子王機関の人間ってのは、そんなんばっかりか」

 

「うるさい。 あなたがいなければ、あの子が危険な目に遭うこともないのよ。 あの子には、ロタリンギアの殲教師や、黒死皇派の残党と戦う意味なんてないのに!」

 

「うっ」

 

紗矢華の言葉は、古城の一番触れられたくなかった部分を的確に抉った。

雪菜が古城の監視に生活の殆どを費やしているのも、危険な戦闘に巻き込まれるのも、古城の存在が、今の所原因なのだ。

紗矢華は容赦なく剣を振り下ろしてきた。

それを古城は紙一重で回避する。

 

「どうして避けるのよ!」

 

「避けなきゃ死ぬだろうが!」

 

「あなたには、妹さんや両親や学校の友人も大勢いるじゃない! それなのに、あなたは私から雪菜を奪う気なの!? 私のたった一人の友達を――!」

 

紗矢華の叫びに集中力を奪われて、古城は反応が一瞬遅れた。

殺意そものが形になったような勢いで、紗矢華の剣が突き出される。

避けきれない事を直感して、古城は迫り来る苦痛を覚悟し――

 

「やばっ……!」

 

その瞬間、己の体内に起きた変化を自覚して、古城の全身が総毛だった。

巨大な魔力の覚醒の予感に、全身が沸騰するような気配を覚える。

古城の自己防衛に反応して、眠っていた眷獣が目覚めようとしているのだ。

制御できていない眷獣が――。

その時、――悠斗が姿を現した。

 

「――炎月(えんげつ)

 

悠斗の魔力が、古城だけを結界で囲った。

古城から漏出する魔力の放出は抑えられたが、無差別に放出された破壊的振動が、囲った結界から放出されていく。

 

「チッ、魔力は抑えられても、全ての超音波は抑えられないか」

 

紗矢華は己を剣が守っているので無事であり、悠斗も朱雀の加護により無事だ。

幾ら超音波が弱くなっても、第四真租の眷獣だ。

魔族は耐えられるが、人間には耐えきれないだろう。

ここで人が来てしまったら、超音波に襲われてしまう。

――悠斗の嫌な予感が的中してしまった。

 

「悠斗? なにやってるの?」

 

声の主は、買い出しが終わって屋上に戻ってきた浅葱だ。

 

「来るな! 浅葱!」

 

「え!? 痛っ……あ……ああああっ!」

 

為す術なく立ち尽くす浅葱は両耳を押えて苦悶し、その場にがっくりと倒れ込んだ。

悠斗は、自身に眠る一部の魔力を解放し、相殺しようと考えたが――。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 

制服のスカートと黒髪を翻して着地したのは、銀色の槍を構えた雪菜だった。

雪菜は槍を振りかぶると、崩壊する屋上にとその穂先を突き付けた。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

雪菜の祝詞が澄んだ声色を響かせて、それに呼応するように雪霞狼が光を放つ。

ありとあらゆる結界を切り裂き、真祖の魔力を無効化するという、獅子王機関の秘奥兵器、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)の輝きである。

その輝きにより、古城の魔力の放出も収まった。

これで、取り敢えずの危機は去ったらしい。

だが、屋上のあちこちがひび割れた廃墟の姿に変化してしまったが。

浅葱は、悠斗の焔に守られており無事だった。

古城と紗矢華は、二人同時に、力尽きたようにその場にへたり込む。

そんな古城たちに、ゆっくり雪菜は近づいて行く。

 

「二人ともこんなところで、なにをやってるんですか?」

 

雪菜は、古城たちの眼前に雪霞狼を突き立てる。

雪菜は、古城、紗矢華、悠斗の魔力の気配を感知して、教室を飛び出して来たのだろう。

 

「いや、それは……この嫉妬女が一方的に襲いかってきて――」

 

「ち、違うの。 そこの変質者が雪菜を裏切る破廉恥なことをするから――」

 

古城と紗矢華は、叱られた子供のように、互いを指差して言った。

雪菜は腰に手を当て、姉のような口調で、

 

「なにがあったのか、だいたいの事情は想像できますけど――紗矢華さん」

 

「は、はい」

 

「第四真祖の監視は、私の任務です。 それを妨害することが、紗矢華さんの望みですか? そんなに私が信用できないということですか?」

 

怯えた子猫のように背中を震わせて、紗矢華は激しく首を左右に振る。

雪菜は深々と息を吐いた。

 

「それから先輩……こんなところで眷獣を暴走したらどうなるか、もちろんわかってるんですよね? 生徒のみなさんなにかあったら、どう責任を取るつもりだったんですか?」

 

「……すみません。 反省してます。 すみません」

 

古城は消え入りそうな気分で背中を丸めた。

まあ、あれだ。 雪菜が怒ったら、凪沙の次に怖いことがわかった。

 

「それと、神代先輩。 ありがとうございます。 藍羽先輩を守ってくれて」

 

「当然のことをしただけだ」

 

「雪菜ちゃん! なんかすごい勢いで飛び出していったけど大丈夫?」

 

忙しない足音が階段の方から聞こえてきて、中等部の制服を着た凪沙が顔を出す。

凪沙は、半壊した屋上と倒れた浅葱、そして反省中の古城たちを、見回した。

 

「なにがあったの。 わっ、なにこれ。 なんで屋上が壊れてるの!?って、浅葱ちゃん!? 怪我してる!? どうしよう!? 悠君もいる。 なにがどうなってるの!?」

 

慌てふためく凪沙を、悠斗は見た。

 

「よし、凪沙。 まずは深呼吸だ」

 

「うん、……すー……はー……「はい、そこで止めて」…………んん」

 

雪菜は冷ややかな眼で悠斗を見た。

 

「……神代先輩。 なにやってるんですか?」

 

「……ごめんなさい。 ごめんなさい。 凪沙、もういいぞ」

 

「ぷはー、き、きつかったー」

 

「……二人ともしばらく、一緒に反省していてください。 私と凪沙ちゃんで、藍羽先輩を保健室に連れて行きますから。 雪霞狼のこともお願いします」

 

雪菜は小声でそう言って、格納状態に折り畳んだ雪霞狼を古城に差し出した。

確かに、浅葱をこのまま放っておくわけにはいかないし、意識のない浅葱を古城と悠斗が手当てするわけにもいかないので、保健室には、雪菜と凪沙が連れて行くことになった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

保健室に養護教諭の姿なく、出張中の教諭の代わりに、そこにいたのはアスタルテだった。

実はアスタルテは、本来の居場所はこの保健室のほうであり、彼女の便利さに目をつけた那月が、自分専用のメイドとして無理やり連れ出した。というのが真実だったらしい。

アスタルテはメイド服の上に白衣という、やや倒錯的な服装で、ベットの上に眠る浅葱の隣に屈みこんでいた。

彼女は元々医療品メーカーに設計された臨床試験用の人工生命体(ホムンクルス)だ。

なので、新人医師と同じ程の医療活動を備え付けられているという話だった。

 

「診察を終了しました」

 

簡単なメディカルチックを済ませ、アスタルテは無感情な声を出す。

 

「衝撃波、および急激な気圧の変動による軽いショック症状と推定されます。 後遺症の心配はありません。 ただし、本日中は安静を保つことを推奨します」

 

「わかりました。 ありがとうございます」

 

雪菜はホッと息を吐いて、アスタルテに礼を言った。

安堵する雪菜の背中に半分ほど隠れて、凪沙があたふたと慌てている。

 

「ゆ、雪菜ちゃん。 メイドさんだよ。 本物のメイドさん初めて見たよ。 なんでメイドさんが保健室にいるのかな。 それとも、モデルチェンジした白衣なの? そういうサービスなの? 雪菜ちゃんの知り合いなの?」

 

「えー……」

 

矢継ぎ早に繰り出される凪沙の質問に、雪菜はどう答えればいいのかと、雪菜にはわからない質問だった。

その雪菜の代わりに、保健室に入ってきた那月が言い放つ。

 

「アスタルテは、私が雇ったメイドだ。 暁凪沙」

 

凪沙はきょとんと眼を丸くして振り返った。

 

「あ、南宮先生。 いつも古城君と悠君がお世話になっています。 可愛いですね、その服」

 

「おまえは、あの出来の悪い生徒と違って、礼儀をわきまえてるな」

 

行儀よく頭を下げる凪沙を見て、那月は微笑んだ。

那月も、服を褒められるのは嬉しいらしい。

そして那月は、眠る浅葱と雪菜を一瞥した。

 

「この有様は、おまえの監督不行届きということでいいのか、転校生」

 

「はい。 すみません」

 

雪菜は何の言い訳もせずに頭を下げた。

那月は、ふん、とつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「なら、後始末もおまえに任せる。 本当なら、暁古城のアホを今からしばきに行くところだが、私は急ぎの用ができた」

 

「――黒死皇派の潜伏場所がわかったんですか?」

 

雪菜が眉を寄せて聞き返した。

 

「建設中の増設人工島(サブフロート)だ。 なんの捻りもない隠れ場所だな。 気持ちはわかるが、余計な真似をしてくれるなよ。 今回のテロリストどもの相手は、警察局の仕事だ」

 

雪菜が無言で頷くのを確認して、那月が微笑んだ。

 

「アスタルテは置いていく。 看護の手が足りなければ使っていいぞ」

 

那月はそう言い残して、保健室を出て行った。

その間に凪沙は、眠っている浅葱の看護を始めていた。

 

「あれ……ここどこ? 保健室?」

 

あいたた、と頭を押さえて、浅葱がゆっくり上体を起こした。

彼女の前に、凪沙が勢いよく身を乗り出して、

 

「浅葱ちゃん、気がついた。 あたしのことわかる? これ何本に見える? どこか痛いところはない? 古城君たちになにかされなかった?」

 

凪沙のもの凄い剣幕に、浅葱はしばし呆気にとられた。

 

「起き抜けで、その質問攻めはつらいわね。 いったいなにがどうなったんだっけ?」

 

「えーとね、屋上の配管が破裂したらしいよ。 その時のショックで気絶したんだって」

 

「配管? 破裂? あ、そういえば耳がキーンってなった気がするわ」

 

その時、無言だったアスタルテが、

 

「――警告。 校内に侵入者気配を感知しました」

 

「侵入者?」

 

雪菜はアスタルテの言葉を聞き、眉を寄せた。

 

「総数は二名。 移動速度と走破能力から、未登録魔族だと推定されます。 また、予想される目標地点は、現在地、彩海学園保健室です」

 

アスタルテの言葉に聞いて、凪沙が雪菜の背中にしがみついてくる。

 

「凪沙ちゃん?」

 

「どうしよう、雪菜ちゃん……私……恐い……」

 

その声を聞いた雪菜は愕然とした。

いつもの彼女は別人のような、弱々しい呟きだったのだ。

怯える凪沙の顔は真っ青で、血の気をなくした指先は冷え切っていた。

生まれたての雛鳥のように震える凪沙を、雪菜は戸惑いながら抱き支える。

 

「よくわからないけど、逃げるわよ。 ここにいなければいいんでしょ!」

 

震える凪沙を見て、浅葱が保健室の出口へと向かった。

だが、その前に扉が乱暴に開かれた。

保健室に入って来たのは、灰色の軍服を着た大柄な男だった。

その顔は、獣毛に覆われて、尖った口元から鋭い牙が覗いている。

 

「――獣人?」

 

浅葱の言葉を耳にした凪沙は、ひっ、と喉を鳴らした。

雪菜は、凪沙を抱く手に力をいれた。

 

「見つけたか、グレゴーレ」

 

獣人の後に続いて、軍服の男がもう一人は入ってくる。

 

「この三人の誰かですな、少佐。 一人ずつ嗅ぎ比べれば、すぐにわかりますがね」

 

「日本人の顔は見分けにくくていかんな……。 まあいい。 まとめて連れていく。 交渉の道具には使えるだろうしな。 人質にもな」

 

近づいてくる獣人を睨んで、浅葱はじりじりと後ずさる。

その直後、抑揚のない無機質な声が室内に響いて、アスタルテが前に進み出た。

 

「人工生命保護条例・特例第二項に基づき自衛権を発動。 実行せよ(エクスキュート)薔薇の(ロドダク)――」

 

だが、眷獣を起動するアスタルテの命令が、最後まで紡がれることはなかった。

少佐と呼ばれた軍服の男が、アスタルテの反応を許さない速度で拳銃を引き抜いて撃ったのだ。

六発の弾丸が一瞬でアスタルテに叩き込まれて、アスタルテの体が壁際まで吹き飛ばされた。

浅葱と雪菜は絶句した。

 

「ああ、脅かしてすまなかった。 さっきの少女から魔力の流れを感じ取ったのでな。 つい、反射でな。 安心してくれ。 大人しく従ってくれれば、君たちに危害を加えるつもりはない。 さて、君たちの中に、アイバ・アサギはいるかな。 我々の仕事をしてもらいたい。 それが終われば、三人とも無事に解放することを約束しよう」

 

「……あんた、何者なの?」

 

雪菜たちを守るように、浅葱は前に出て男に聞き返す。

 

「これは失礼。 戦場の作法しか知らぬ不調法な身の上ゆえ、貴婦人への名乗りが遅れたことを詫びよう。 我の名は、クリストフ・ガルドシュ――。 戦王領域の元軍人で、今は革命運動家だ。 テロリストなどと呼ぶ者もいるがね」

 

浅葱は、雪菜と凪沙を一瞥してから、

 

「わかったわ。その仕事手伝うわ」

 

雪菜は何か言おうとしたが、浅葱の揺るがない瞳を見てそれを飲み込んだ。

凪沙は、今日悠斗からプレゼントされた、ネックレスの紅い宝玉部分を握り締めた。

 

「(……悠君、助けて)」

 

この場にいた者たちは、凪沙の体を清らかな焔に覆われていた事に気付いていなかった。

凪沙は、眠るように瞳を閉じた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

次に凪沙が瞳を開けた場所は、どこかの空間だった。

そして、凪沙の眼の前には、神々しい鳳凰が佇んでいた。

 

『我の世界に入り込める少女が居たとは』

 

凪沙は、眼をぱちぱちを数回瞬いた。

 

「え、え、君はだれ?」

 

『我の名は朱雀(・・)(あるじ)を守護するものだ。 お前たちの世界では、眷獣、というらしいがな』

 

凪沙にはスケールが大きすぎる話で、戸惑いを隠せていなかった。

 

「じゃ、じゃあ、君は悠君の使い魔みたいなものなの?」

 

『そうだな。 我らは、主の血の中に眠るものたちだ』

 

「朱君は、凪沙を守ってくれてるの?」

 

朱雀は高く笑うように、一鳴きした。

 

『我に“朱君”とはな、娘、気にいったぞ』

 

「わたしの名前は、な・ぎ・さだよ」

 

『すまないな、凪沙。――そうか。 我が主の心を癒してくれたのは、君だったのか』

 

朱雀は、昔を思い返すように呟いた。

 

「そうなのかな?」

 

『それは間違いないな。 昔の主の心は、凄く荒れていたからな』

 

凪沙は考え込んでから、

 

「それで、凪沙は今どうなってるの?」

 

『今、凪沙は何処かに連れ去られている。 友人二人も一緒だ。 主が助けに来るくまで頑張れるか?』

 

そこには、先程まで震えていた凪沙の姿はなかった。

瞳には、強い意志が込められていた。

 

「わかった。 凪沙、頑張るね!」

 

『そうか。 頑張れよ。 それまでは、我の焔で守護する』

 

凪沙は、うん、返事を返し、再び眠りに就いた。




……うん、やらかした感は否めない。
眷獣に精神世界があるとか、意思を持ってるとか、ですね。
だが、後悔はしてない!
この設定は、書いてる途中で閃きまして、話に突っ込んじゃいました(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!
てか、感想が怖いよ……。


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戦王の使者Ⅶ

今回も繋ぎ回になったかも……(-_-;)

では、投稿です。
本編をどうぞ。




悠斗が教室に戻ろうとした時、途中で足を止めた。

眷獣が暴走し学校に被害が出ていたので、現在、一時授業は中止になっていたのだ。

まあ、途中から教室に入らなくて良かった、とも思ってたんだが。

再び屋上で寝ようと考えたその時、一瞬の閃光が瞬いた。

少し遅れて、爆発音が響いてくる。

空中花火のように膨れ上がったオレンジの火球が、バラバラと黒い破片を散らして消えた。

やがて、黒煙が地上から空高くまで噴き上がる。

 

「まさか、黒死皇派か!? あの方向は……拡張工事中の増設人工島(サブフロート)あたりか!」

 

その時、悠斗の嗅覚が何かの匂いを嗅ぎ取った。

 

「これは……血の匂いか!?」

 

悠斗は嫌な予感を覚えながら、血の匂いがする源に走り出した。

その場所は、浅葱を治療するために雪菜たちが訪れていた保健室だった。

悠斗は、保健室の扉を勢いよく開けた。

 

「アスタルテ!?」

 

そこで悠斗が眼にしたのは、鮮血を流すアスタルテの姿だった。

悠斗はアスタルテを抱き起こした。

古城と紗矢華も異変を感じて、屋上から保健室にやってきていた。

駆け寄った紗矢華が、アスタルテの傷口の様子を確かめる。

アスタルテの体には、何発もの弾丸が撃ち込まれていた。

 

「この傷……銃創!? いったいなにがあったの?」

 

「わからん。 俺が部屋に入った時点で、この状況だった」

 

アスタルテは、古城と悠斗の姿を確認してから、弱々しい声で言った。

 

「――報告します、第四真祖、紅蓮の熾天使。 現在時刻から、二十五分三十秒前、クリストフ・ガルドシュと名乗る人物が本校校内に出現。 藍羽浅葱、暁凪沙、姫柊雪菜の三名を連れ去りました」

 

「な……!?」

 

アスタルテが伝えた情報に、古城は絶句する。

一方の悠斗は、力の暴走の抑えるので必死だった。

 

「彼らの行き先は不明。 謝罪します……。 私は、彼女たちを守れなか……った……」

 

「お、おい、アスタルテ!? しっかりしろ、アスタルテ――!」

 

古城が必死にアスタルテに呼びかける。

悠斗は紗矢華を見て、

 

「……煌坂。 アスタルテの止血を頼めるか?」

 

「え、ええ、任せなさい」

 

紗矢華は、アスタルテをベットの上に寝かせ止血を始めた。

古城は、体の周りから青白い稲妻を迸り、魔力を洩らしている悠斗の近くに寄った。

 

「悠斗、ここで力を暴走させるな! ここには一般の生徒がいるんだ!」

 

悠斗は一呼吸置き、稲妻を抑えた。

 

「……わかってる。 大丈夫だ」

 

古城と悠斗は、建設中の増設人工島の方向を見据えた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

雪菜たちは、窓に塞がれた狭い部屋にいた。

何も置かれていない殺風景な部屋だ。

目隠しされたまま連れてこられたせいで、周囲の状況が分からない。

 

「ねぇ……ここどこだと思う?」

 

木箱の上で膝を丸めて、浅葱が雪菜に聞いてくる。

雪菜は首を振り、

 

「わかりません。 ヘリコプターが飛んでいた時間は十分くらいでしたから、それほど遠くまで連れてこられたわけではないと思いますけど……」

 

雪菜の反応を見た浅葱は、怪訝そうに眼を細めた。

 

「ずいぶん冷静ね。 恐くないの?」

 

「え? あ、いえ……そんなことないと思いますけど、あ、藍羽先輩も落ち着いてますよね」

 

そうかな、と照れたように呟いて、浅葱は眠っている凪沙の横顔を見た。

凪沙は意識をなくしたまま、隣にいる雪菜の肩にもたれかかっている。

凪沙は、――とても安らかに眠っているようにも見えた。

浅葱は、凪沙を見ながら話し始めた。

 

「凪沙ちゃんのアレを見ちゃうとね。 自分がしっかりしなくきゃ、って感じになっちゃうよね。 古城たちが絃神島に引っ越してきた理由、知ってる?」

 

「……いえ」

 

雪菜はゆっくり首を振る。

古城たちが絃神島へやって来たのは四年前。

そして、悠斗がこの島にやって来たのが一年前だ。

 

「これは、ここだけの話にしといて欲しいだけどさ」

 

唇に人差し指を立てながら、浅葱が微かに視線を伏せる。

 

「凪沙ちゃんは、一度死にかけたことがあるのよ」

 

「え?」

 

「四年前にね、魔族がらみの列車事故に巻き込まれてさ。 どうにか命は取り留めたけど、一生意識が戻らないかもしれないって言われたそうよ。 ましてや元の生活に戻るなんて――」

 

雪菜は唖然としたように唇を震わせた。

 

「でも、そんなこと、凪沙ちゃんは全然――」

 

「うん、私もよく知らないんだけど、なんか特殊な治療を受けたみたいよ。 ほら、ここは魔族特区だからさ」

 

雪菜は沈黙する。

絃神島――魔族特区は学園都市だ。

魔族の肉体や能力を研究して、それらを応用した技術や製品、開発が日々行われている。

また、研究テーマには、最先端の医療技術も含まれているはずだ。

――未認可・実験段階の医療技術が。

 

「もう、完治したけど、今も定期的に検査に通ってるんじゃないかしらね。 お金もずいぶんかかったみたい。 古城の両親が別居して、お母さんがあまり家に帰ってこないのは、それと無関係じゃないと思うわ」

 

そう言って、浅葱は肩を竦めた。

 

「凪沙ちゃんが魔族を恐がるのは、もしかしてそれが原因ですか?」

 

「そんなこと本人には聞けないけどさ。 そうだとしても無理はないよね」

 

雪菜は無言で頷いた。

 

「あと、ごめん。 私のせいで巻き込んじゃって」

 

黙り込んでしまった雪菜を気遣うように、浅葱が軽い口調で言った。

 

「藍羽先輩は、どうして自分が攫われたかのか、ご存じないんですか?」

 

「ううん、全然」

 

投げやりに両腕を広げて、浅葱が溜息を吐く。

 

「でもまあ、心当たりがないわけじゃないんだよね。 連中、私に仕事をやらせようとしてるみたいだしさ」

 

「お仕事、ですか?」

 

雪菜がきょとんと首を傾げて聞き返す。

 

「私、バイトでフリーのプログラマーみたいのことやってるから。 たまにあるんだわ、非合法なハッキングの依頼みたいなのが。 さすがに、ここまで強引なお誘いは初めてだけどさ」

 

「ハッキング……アルバイトですか?」

 

雪菜は困惑した。

 

「コンピュータを使った特殊なお仕事ってこと。 ちょっと気の利いたプログラム作ったり、よその会社のネットワークに侵入したり、あとはパスワードを解読したりね」

 

「黒死皇派が……どうしてそんな作業の依頼を?」

 

「私も不思議に思ってたのよね。 黒死皇派ってあれでしょ、何年か前にヨーロッパのほうで話題になったテロリスト。 なんでそんなのが、あたしに目をつけたのかしらね」

 

「――君は、自分が有名人だという自覚が足りないようだな、ミス・アイバ」

 

突然、扉を開けて部屋に入ってきたガルドシュがそう言った。

浅葱が息を呑んで振り返る。

 

「少なくとも、我々が雇った技術者の中に、君の名を知らない者はいなかったよ。 さすがに彼らも、電子の女帝の正体が、こんな可愛らしいお嬢さんだとは思っていなかっただろうがね」

 

「そんな見え透いたお世辞を言われて、私が協力する気になるとでも思った?」

 

浅葱は怯むことなく、ガルドシュを睨みつけて言った。

その浅葱の反応を見、ガルドシュは満足げに笑う。

 

「失礼した。 特に空世辞のつもりはなかったんが、君のその冷静さと気丈な態度、我々は高く評価する。 この状況で取り乱す民間人を軽蔑するつもりはないが、重要な仕事を任せる気にはなれないのでね」

 

ガルドシュが、眠り続ける凪沙を見下ろして告げた。

浅葱が立ち上がり、

 

「用があるのが私だけなら、この二人は帰してあげて。 取り引きするのはそれからよ」

 

「どうしても解放しろと言うなら、それに従うのはやぶさかではないが。――君が彼女たちの安全を本気で願っているのなら、その判断は支持できないな」

 

「どういう意味よ。 言っとくけど、もし彼女たちに指一本でも触れたなら――」

 

「我々は統一された戦士の集団だ。 非戦闘員を辱めるような品のない真似をする者はいない」

 

浅葱の疑念を振り払うように、低く毅然としたガルドシュの声が響いた。

それでも浅葱は、ガルドシュの双眸から眼を離さない。

 

「保健室にいた人工生命体(ホムンクルス)は撃ったのに?」

 

「彼女は戦闘の道具だった。 我々と同様にな」

 

平静な声でそう言って、ガルドシュはアスタルテを悼むように眼を伏せた。

言葉とは裏腹に敬意に満ちた声音が、戦士として揺るぎない彼の信念を感じさせた。

 

「……信用していいのね」

 

「今は亡き我が盟友、黒死皇の名誉にかけて誓おう」

 

「いいわ。 とりあえず、話だけは聞いてあげる。 説明しなさい」

 

深く溜息を吐いて、浅葱が木箱の上へ座る。

ガルドシュは満足そうに口元を緩めて、部下に目配せをする。

部下の男が差し出したのは、リングファイルに綴じられた分厚い書類の束だった。

電子機器の設計マニュアルである。

 

「これがなにかわかるかね?」

 

「――スーヴェレーンⅨ!? こんなものどこで手に入れたの?」

 

英語で書かれたマニュアルを捲って、浅葱が驚愕の声を上げた。

 

「我々の理念に賛同してくれた篤志家がいてね。 アウストラシア軍に納入予定のものを横流ししてもらった。 絃神島の管理公社で君が使ってるスーパーコンピュータの同型機の、最新機種だそうだな」

 

「こいつで、ナラクヴェーラって言う古代兵器の制御コマンドを解析しろ、ってことかしら」

 

何気ない口調で浅葱が呟く。

ガルドシュは息を呑んだ。 ナラクヴェーラと呼ばれる古代兵器の存在を、無関係の浅葱が知っているとは思わなかったのだ。

 

「我々は、君に対する評価をもう何段階か引き上げる必要がありそうだな、素晴らしい」

 

「昨日、つまんないパズルを家に送りつけたのは、やっぱりあんたたちだったわけね」

 

不愉快そうに顔をしかめて、浅葱が聞いた。

 

「我々はこれまで百五十人を超えるハッカーに同じ内容のメールを送ったが、君のいうところの『つまらないパズル』を解析できたのは僅かに八人。 その中で、一切の矛盾のない正解を導き出せたのは君だけだ。 しかも、三時間足らずという圧倒的時間でね」

 

「私にもいろいろあったのよ。 現実逃避したい理由とか」

 

拗ねたように独りごちながら、浅葱は雪菜を見た。

雪菜は困惑気味に眼を瞬いて、何となく後ろめたそうに眼を逸らす。

 

「我々の目的は、あの忌まわしき聖域条約の即時破棄と、我々魔族の裏切り者である第一真租の抹殺だ。 その悲願を成就するために、ナラクヴェーラの力が必要なのだ」

 

「そんなこと聞かされて、協力できるわけがないでしょうが。 そんな計画が実現したら、最悪、世界中を巻き込んだ戦争よ!」

 

マニュアルを叩きつけて、浅葱が叫んだ。

ガルドシュが唇を捲り上げて笑う。

 

「それこそが、我々の望む世界の姿なんだがね。――たしかに、君たちの価値観とは相容れまいな。 だがそれでも……いや、だからこそ、君は我々に協力してくれることを信じているよ」

 

「は? なに言っての、そんなわけ――」

 

「これがなにかわかるかね?」

 

そう言ってガルドシュは、部下の手から薄いタブレットPCを受け取った。

そこに表示されていたのは、奇妙な長い文字列だ。

どうやら、なにか複雑な計算式を人間に発音できる形に変換したものらしい。

浅葱は、不機嫌そうにそれを眺めた。

 

「私が解読した例の暗号文……古代兵器の制御コマンドね。 だけどそれって全体のほんの一部なんじゃないの?」

 

「その通りだ。 ナラクヴェーラとともに出土した石板は、全部で五十四枚(・・・・)。 これはその中のたった一枚にしか過ぎない。 だが、ここに書かれていた内容を覚えてるかね?」

 

「まさか……あんたたち……」

 

ガルドシュの言葉を聞いて、浅葱が顔色を変えた。

戦王領域のテロリストは、愉快そうに、そして冷酷に笑っていた。

 

「そうだ。 この石板の銘は、『はじまりの言葉』――ナラクヴェーラの起動コマンド(・・・・・・)だ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

絃神島を構成しているのは東西南北、四基の超大型浮体式構造物(ギガフロート)だが、実はこの島の周囲には、その他にも細々としたユニットが多く存在している。

絃神島三十号増設人工島(サブフロート)は、建設中の施設の一つだった。

古城、悠斗、紗矢華は、この増設人工島に訪れていた。

そしてこの増設人工島は、苛烈銃撃戦が行なわれていて、もはや戦争のような惨状だ。

 

「でだ。 どうやって侵入する、古城? 特区警備隊(アイランド・ガード)が入り口を封鎖してるから、正面から行けないぞ」

 

「どうすっか。 いや、あそことかどうだ?」

 

古城が指を差した場所は、絃神島と増設人工島を隔てている間。 距離は、約八メートルほどだ。

 

「はあっ? あなた吸血鬼の真祖でしょ? もっとマシな方法はないの、暁古城」

 

「オレはついこないだまで、ただの人間だったんだぞ」

 

「眷獣は!? 第四真祖の十二体の眷獣の中に、使えそうな能力を持ってる子はいないの?」

 

「いやそれが、オレの言うことまともに聞く眷獣は、今の所一体だけなんだ。 あのビリビリもこないだ姫柊の血を吸って、ようやくオレのことを宿主と認めたばっかで」

 

「なにぃ……」

 

紗矢華が剣を握り締めた左手に力が入る。

紗矢華は、ハッ、として悠斗を見た。

 

「あなたはどうなの? 紅蓮の熾天使なんだから、一体くらい使える子がいるんでしょうね?」

 

悠斗は、紗矢華の視線から逃れるように顔を逸らした。

 

「……いるんだが。 今は使えない事情があるっていうか」

 

「屋上で使役してた眷獣はダメなの?」

 

「朱雀のことか。 あいつは今は使役できない状況でな。……だから無理だ」

 

「はあー、あんたらが使えないとこがわかったわ」

 

すると、古城が嘆息し、

 

「要するに、向こうに渡ればいいんだろ」

 

古城の考えに、悠斗は頷いた。

 

「そだな。 古城の考えでいくか。――んじゃ、古城は煌坂を頼んだぞ」

 

「おう」

 

「……なにする気?」

 

古城は、剣の入ったギターケースを背負うと、紗矢華の横に回り込んだ。

 

「悪いな、ちょっと動くなよ」

 

「え、ちょっと……ひゃっ!?」

 

横抱きで抱き上げられた紗矢華が、驚愕のあまり全身を硬直させた。

古城と悠斗は、吸血鬼の力を解放させ、増設人工島目掛けて走り出す。

悠斗は余裕に飛び越えたが、古城はギリギリだった。

 

「な、な、な……なんてことしてくれるのよ!?」

 

そんな古城の腕の中で、紗矢華が突然暴れ出した。

 

「渡れたんだから文句ねーだろ」

 

「ノーカウント! こんなのノーカウントだからね!?」

 

訳が解らないとことを言いながら、紗矢華が古城の頭を殴る。

悠斗はこれを見て、大きく息を吐いた。

 

「……なにやってるんだ、お前たちは」

 

古城たちの眼前に、漆黒のドレスが現れた。

 

「那月ちゃん? テロリストの相手をしてたんじゃなかったのか?」

 

「偶には、特区警備隊(アイランド・ガード)の連中にも花を持たせてやらなければ。 突入部隊が黒死皇派の生き残りどもを圧倒してるみたいだし、私の出番はないだろう」

 

銃撃戦の続く監視塔を眺めて、那月が答える。

やはり、黒死皇派が立て籠っているらしい。

 

「それで、私のことを那月ちゃんと呼ぶのは、この口か?」

 

「痛て痛て痛て、やめて……」

 

無抵抗な古城の頬を、那月がぐりぐりと捩じ上げる。

紗矢華を押さえつけてるので、古城の両手は塞がったままだ。

古城がなにかを那月に伝えようとした時、激しかった銃撃の音が途絶えた。

次の瞬間――。

 

ゴオオオオオオオオオォォォン――。

 

爆撃にも似た轟音が、鳴り響いた。

それに呼応して、増設人口島が激しく揺れた。

爆音の発生地は、黒死皇派が立て籠っている監視塔からだ。

 

「なんだ、あの爆発!? あれも特区警備隊(アイランド・ガード)の攻撃か?」

 

悠斗がそう呟いた。

炎に包まれた監視塔の崩壊は未だに続いている。

那月が古城の頬をつねり上げたまま首を振り、

 

「いや……自爆、か?」

 

「自爆って……」

 

その時、悠斗は膨大な魔力を感知した。

 

「なに……この気配……!?」

 

古城の腕の中から降り立ち、紗矢華が見ていたのは、倒壊した監視塔の基底部だった。

降り積もった瓦礫を押しのけ、巨大なにかが動き出そうとしている。

地底から噴き出しているのは、禍々しい異様な気配だ。

 

「ふゥん。 よくわからないけどサ、まずいんじゃないのかなァ。 これは」

 

悠斗が声のした方向を振り返ると、ディミトリエ・ヴァトラーがいた。

 

「ヴァトラー!? なんでお前がここに!?」

 

「どうして貴方がここに!?」

 

古城と紗矢華は同時に呻き、那月は不機嫌そうに眉を寄せる。

 

「なんの用だ。 蛇遣い?」

 

「まあまあ、積もる話はあとにして。 その前に、君たちの部隊を撤退させたほうがいいんじゃないかなァ? どうせ、ここにはガルドシュはいないしネ。 残ってる連中は、ただの囮サ」

 

ヴァトラーが悪戯っぽく笑い、那月はヴァトラーを睨んだ。

 

「囮だと? こんなところに特区警備隊(アイランド・ガード)を集めてなんの得がある?」

 

「もちろん標的が必要だからサ。 新しく手に入れた兵器のテストにはサ。 君たちも、黒死皇派がこの島になにを運び込んだのか、忘れたわけじゃないンだろ」

 

「……まさか」

 

「フフ、さすが僕の天使ダ。 そう、起動したんだよ」

 

悠斗とヴァトラーのやり取りを聞いていた那月の表情が凍りついた。

そして、古城の脳裏に渦巻いていた疑問がはっきりした。

もし、黒死皇派の目的が、特区警備隊の殲滅だったら。

なら、この増設人工島に下に隠されているのは――。

 

「――ナラクヴェーラか!?」

 

古城の叫びに呼応するように、瓦礫を撒き散らして巨大な影が出現した。

そして古城は、その影が真紅の閃光を放って地上を薙ぎ払うのを見た。

閃光を浴びた装甲車が、呆気なく切り裂かれ、凄まじい炎と共に爆発四散した。




たぶん、たぶん、次回は話が進むと思いまする。
後、気になっている人が居るかはわかりませんが、悠斗君が眷獣を解放するのには、霊媒(血)が必要なんス。
朱雀は最初から残してたんで、霊媒は必要ありませんでしたが。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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戦王の使者Ⅷ

今回は話が進みましたです。
まあ、ちょっとしかですが。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


その爆発をクリストフ・ガルドシュは、ネットワークを経由したリアルタイムの中継画像で見ていた。

軍用無線機を使って、部下に聞いた。

 

「状況を報告しろ、グリゴーレ」

 

『こちら、グリゴーレ。 正解(ビンゴ)ですよ、少佐。 サンプルは動き出しました』

 

ナラクヴェーラに乗り込んでいたガルドシュの部下が、興奮気味に叫んでいた。

神々の兵器と呼ばれたナラクヴェーラの正体は、意志を持った機械の獣だ。

一度起動してしまえば、自らの判断で敵対する者を攻撃し、殲滅するのだ。

 

「戦闘の継続は可能だな?」

 

『こちらは楽なものです。 高みの見物ですからね。 この島が、こいつの攻撃にどこまで保つかわかりませんがね』

 

グレゴーレはそう言って、猛々しく笑った。

黒死皇派が手に入れた制御コマンドは、『はじまりの言葉』だけだ。

なので、動き出したナラクヴェーラはもう止まらない。

 

「了解だ、グレゴーレ」

 

無線を切ったガルドシュが、浅葱たちの方へゆっくりと顔を向けた。

浅葱は、タブレットPCに映し出された中継画像を、放心した表情で見つめていた。

ナラクヴェーラが閃光を放つたび、巨大な爆発が増設人工島(サブフロート)を揺らす。

燃え上がる装甲車。 逃げ惑う特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たち。

その惨劇を引き起こしたのは、浅葱が解読した起動コマンドだ。

その事実が、浅葱を動揺させているのだろう。

 

「――ということだが、まだなにか質問があるかね?」

 

そんな浅葱たちを無表情に眺め、ガルドシュが聞いた。

沈黙を続ける浅葱の代わりに、雪菜が口を開いた。

 

「なぜですか?」

 

「……なぜ?」

 

「どうしてあなたたちがここにいるんです?」

 

「我々の目的はすでに説明したと思ったが?」

 

「いいえ、そうではなく。 なぜアルデアル公があなたたちに協力したのか、ということです」

 

ガルドシュが眉を小さく上げた。

瞳にも、僅かな驚きの色が浮かんだ。

 

「そうか。 服装が違うから解らなかったが、君はあの夜の、第四真祖の同伴者だな」

 

「ここは“オシアナス・グレイヴ”の中なんですね」

 

雪菜は溜息を吐いた。

そして、正体を気づくのが遅れたのも雪菜も同じだ。

ヴァトラーに招待を受けたあの夜、給仕を務めていた彼の執事――。

捜していたガルドシュは、最初から雪菜たちの目の前にいたのだ。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)の人々が、どれだけ調べても黒死皇派のアジトを発見できなかった理由は、それが外交官特権に守られた船の中にあったら、ですね」

 

「これ以上隠す意味はなさそうだな」

 

そうガルドシュは呟き、部下たちに窓の外を開けるように命じた。

塞がれていた窓が開くと、その向こうには広がっていたのは、陽光に煌めく海面だった。

水平綿上に浮かんでいるのは、絃神島の人工的な島影だ。

雪菜たちの現在地は、絃神島の沖合約十メートルといったところだろう。

 

「船の……中……」

 

眩い陽射しに目を細めて、浅葱が弱々しく声を出す。

 

「戦王領域、アルデアル公ディミトリエ・ヴァトラー所有の船の中だよ」

 

そうガルドシュが説明した。

戦王領域貴族の絃神島訪問については、一般市民にも報道されている。

なので、浅葱もヴァトラーの名前を知ってるはずだ。

 

「なぜですか。 なぜ、獣人優位主義の黒死皇派は、戦王領域貴族であるアルデアル公と敵対関係であるはずです。 ましてや彼は、あなた方の指導者だった黒死皇を殺害した張本人なのに――」

 

「そう。 だからこそ、魔族特区の警備隊も、この船を疑おうとはしなかった。 この船の乗組員の約半分は、我ら黒死皇派の生き残りだ。 しかし、ああ見えてヴァトラーは貴族だからな。 自分の船に乗り組んでる船員の素性など、いちいち詮索したりしない。 船員を雇った船の管理会社の責任、ということになるだろうな」

 

雪菜が眉を潜めた。

 

「アルデアル公は、なにも知らなかった、と言い張るつもりですか。 そんなことして、彼になんのメリットが?」

 

「不老不死の吸血鬼の考えなど知ったことではないが、おそらく奴は退屈だったのだろうな」

 

「――退屈?」

 

「そうだ。 だからナラクヴェーラとの戦いを求めた。 真祖をも倒しうるやもしれぬ神々の兵器。 暇を持て余した吸血鬼にはちょうどいい遊び相手だ。 その前に第四真祖がナラクヴェーラと戦うなら、それも一興。 どう転んでも、奴の退屈は紛れるというわけだな。――紅蓮の熾天使も、似たようなことを言ってたと思うが」

 

「そんな……」

 

ガルドシュは絃神島に被害を出さないことを条件に、制御コマンドの解析を要求してきた。

ナラクヴェーラはすでに動き出している。

その無差別な破壊をやめさせる為には、浅葱が制御コマンドを解析するしかないのだ。

黒死皇派が、自由にナラクヴェーラを使用するとわかってもだ。

 

「さすがはテロリストね。 最ッ低だわ」

 

「スーヴェレーンⅨは、この奥だ。 必要なデータはすでに揃えてある。 ネットワークも繋がっているので、好きに使ってくれて構わない」

 

「どのみち私には、選択肢はないってわけね。 いいわ。 だけど、この貸しは高くつくわよ」

 

浅葱の罵倒を意に介した素振りもなく、ガルドシュは部下を引き連れて部屋を出て行く。

ガルドシュは振り返り、

 

「君の能力を疑うわけではないが、できるだけ急いだ方がいい。 制御コマンドを手に入れる前に絃神島が沈んでしまっては、我々としても困ったことになるのでね」

 

「言われなくてもやってやるわよ――!」

 

浅葱が憎々しげに叫びながら、部屋の奥にある扉を乱暴に蹴り開けた。

そこは、生鮮食品を保存する冷蔵室であった。

ただし、部屋の中には置かれているのは鮮魚や生肉ではなく、スーパーコンピュータである。

回路を冷却するために冷やされた部屋の中へと、浅葱が自暴自棄になったように入っていく。

その刹那、思いがけない方向から声がした。

 

「――焦るな、娘」

 

眠っていたはずの凪沙の口から聞こえた声は、冷たく澄んだ声だった。

短く結い上げた髪が解けて、腰近くまで流れ落ちている。

 

「心を乱すな。 おまえとその機械(ガラクタ)の性能なら、滅び去った文明如きの書きつけを読み解くのに、さして時はかかるまいよ」

 

「凪沙……ちゃん?」

 

普段とは別人のような凪沙に、浅葱は戸惑いながら声をかける。

雪菜が驚愕の表情で首を振った。

 

「いえ、違います……。 この状態は、神憑りか……憑依……?」

 

「ふふ、そうか。 おまえも巫女だったな。 獅子王の剣巫よ」

 

凪沙はそう言って、愉快そうに笑った。

 

「ならばおまえにもわかっていよう。 心配せずとも、あの坊やたちが時を稼いでくれる。 そこの娘の策が練り上がるまでの時をな」

 

「あなたは……いったい……!?」

 

雪菜が鋭く眼を細めて聞き返すが、凪沙はなにも答えない。

無言のまま静かに瞼を閉じ、ゆっくりと崩れ落ちた。

床に激突する寸前の凪沙を、雪菜が抱きとめた。

そして、あることに気付いた。

そう。 凪沙の体が、焔の鎧に守られていることに。

 

「(これは、朱雀の焔?――)」

 

朱雀の焔を纏っていれば、大規模な爆発に巻き込まれても無事あり、纏っている本人が敵と判断した相手は、直接触れることは出来ないのだ。

つまり、凪沙は、悠斗が守っていたのだ。

 

「(神代先輩は、凪沙ちゃんの守護神ですね――)」

 

雪菜はこんな状況にも関わらず、苦笑してしまった。

浅葱がおどおどしながら、

 

「今のは、なに? 誰なの?」

 

浅葱の質問に、雪菜は左右に首を振った。

雪菜にも、なにが起こったのか解らなかったのだから。

 

「藍羽先輩。 携帯電話を貸していただけますか?」

 

「それはいいけど、なにする気?」

 

浅葱が、スマートフォンを放り投げてくる。 それを雪菜は左手でキャッチした。

船が絃神島に近づいたので、携帯の電波も繋がるようになったのだ。

 

「まさか、あの紗矢華さんに限って、先輩とややこしいことになるとは思えないですけど――」

 

雪菜は暗記してる番号に電話をかけ、通話口に耳を当てた。

回線が繋がり、古城たちの声が聞こえてくる。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

撒き散らされる真紅の閃光を眺めて、ヴァトラーは拍手を喝采した。

 

「あれがナラクヴェーラの“火を噴く槍”か。 まあまあ、いい感じの威力じゃないか」

 

そんなヴァトラーを鬱陶しげに睨んで、古城が苛々と地面を蹴る。

悠斗に限っては、殺気をヴァトラーだけに放っている状態だ。

だが、ヴァトラーはそれを受けても、笑みを崩していないが。

 

「ああくそ。 なんであんたがここにいるんだ。 自慢の船はどうした!?」

 

「ああ。 実はオシアナス・グレイヴを乗っ取られてしまったねェ」

 

ヴァトラーは飄々とした口調で言う。

すると、悠斗が殺気の乗った声で言った。

 

「……貴様、黒死皇派と最初からグルだったんだろ」

 

「サァあ、なんのことかナ。 僕は命かながら逃げてきたんだヨ」

 

「……テメェ、ここでナラクヴェーラと共に破壊してやろうか」

 

「フフ、イイね。 僕は君とのダンスを楽しもうかナ。 ナラクヴェーラより楽しそうダ」

 

これを見ていた那月が、悠斗の気を静めるように言う。

 

「落ち着け。 お前と蛇遣いがここで暴れたら、この島が沈むぞ」

 

悠斗は大きく息を吐いた。

 

「……すまん」

 

「ザンネンだな。 まァ、僕も全快の君とダンスを舞いたいしネ。 いまの天使は、力の約三(・・)割くらいしか出せてないダロ。 無理に封印を解いたら、暴走しちゃうしネ。 あ、そう言えば、逃げてくる途中でこんなの拾ったんだが」

 

ヴァトラーは、足元にあったボロ布のような物を前に放った。

湿った音を立てて転がったのは、高校制服を着た男子生徒だった。

ツンツンに逆立てた短い髪と、首にぶら下げたヘッドフォン。

 

「や、矢瀬!?」

 

「も、基樹!?」

 

「あれ、もしかして知り合いだった?」

 

ヴァトラーは、古城と悠斗の反応を見て、愉快そうに笑った。

 

「さて、と。 まァ、安心してくれ。 ナラクヴェーラは、僕が責任を持って破壊するヨ」

 

「テメェは引っ込んでろ。 てか帰れ! 殺すぞ!」

 

「船は乗っ取られたって言ったじゃないカ。 僕の天使よ」

 

「ああもうっ! お前らは仲良くできねぇのかよっ!」

 

古城は、悠斗とヴァトラーを交互に見てから怒鳴った。

その時、古城の携帯電話が着信音を鳴らした。

 

「ああ、くそ。 誰だよこんな時に――」

 

ぼやきながら古城は携帯を取り出し、表示された発信者に息を呑む。

 

「浅葱か!?」

 

『……わたしです、先輩』

 

勢いをこのんで叫んだ古城の耳元で、なぜか不服そうな雪菜の溜息が洩れてくる。

 

「え!? 姫柊?」

 

思わぬ不意打ちに古城は狼狽した。

 

「無事なの、雪菜!? 今どこにいるの!?」

 

古城の耳元に顔を押し付けて、紗矢華が叫んだ。

さすがに雪菜のことになると反応が早い。紗矢華は、古城と密着状態になっていることに気付いていない。

 

『はい、無事です。 今は“オシアナス・グレイヴ”の中です。 藍羽先輩や凪沙ちゃんにも怪我はありません』

 

この情報を聞いた悠斗は、もの凄く大きな安堵の息を吐いた。

朱雀の加護があっても、とても心配だったのだ。

 

「そうか。 とりあえず、こっちにいるよりは安全そうだな」

 

雪菜が呆れたように息を吐く気配がした。

 

『やっぱり、ナラクヴェーラの近くにいるんですね』

 

「あ、ああ。 悠斗と煌坂も一緒だ」

 

『またそうやって、勝手に危ない場所に首を突っ込んで、先輩は自分が危険人物という自覚があるんですか。 神代先輩もです』

 

「いや、姫柊さん。 俺は力をコントロール出来るぞ」

 

『そんなこと言って、また力を暴走させそうになったんじゃないですか?』

 

「うっ」

 

悠斗は図星を突かれ、言葉に詰まった。

 

『それに、紗矢華さんが一緒にいて、なにをやってたんですか』

 

「いや、それはなんていうか、まさかあれが出てくるなんて俺たちも思ってなくて」

 

「ゆ、雪菜たちが誘拐されたっていうから、心配で……」

 

明かに機嫌を損ねている雪菜の叱責に、古城と紗矢華が言い訳をする。

 

『でも、ちょうどよかったです。 先輩がた、ナラクヴェーラが市街地に近づかないように、しばらく足止めをしてください』

 

「……足止め?」

 

『はい。 藍羽先輩が今、ナラクヴェーラの制御コマンドの解析をしてくれています。 それが終われば、現在の無秩序な暴走は止められますから』

 

「浅葱が……なるほど、そういう話か……」

 

古城が重々しく頷いた。

詳しい詳細は解らないが、古城は雪菜たちが置かれた状況を理解した。

黒死皇派は、浅葱を利用してナラクヴェーラの制御コマンドを解析しようとしてる。

浅葱が暴走したナラクヴェーラを止める為の制御コマンドを調べている、ということは今の段階では、黒死皇派もナラクヴェーラを制御できないことになる。

 

『足止めだけでいいんです。 無理に破壊しようとして、被害を拡大するような真似だけはやめてください』

 

「わかった。――悠斗も聞こえてたよな?」

 

「足止めでいいんだな。 そういうことなら、了解だ」

 

『はい、先輩がたもお気をつけて』

 

そう言い残して通話が切れる。

古城は携帯電話をポケットに入れながら、破壊された監視塔を見た。

ナラクヴェーラは瓦礫に埋もれたまま動かないが、何一つ、危機は去っていなかった。

 

「那月ちゃん、特区警備隊(アイランド・ガード)の撤退状況は?」

 

増設人工島(サブフロート)からはギリギリ脱出できたようだね。 負傷者の数も予想したほどじゃない」

 

古城の問いに答えたのは那月ではなく、ヴァトラーだった。

 

「わかった。 だったら、あいつは俺たちが相手をする。 捕まってる浅葱たちを頼む、那月ちゃん」

 

那月は古城に指示をされて不機嫌そうな顔をしたが、反論しなかった。

了解した、ということでいいのだろう。

 

「他人の獲物を横取りするのは、礼儀としてどうかと思うな、古城」

 

ヴァトラーはそう言って、やんわり抗議の声を上げる。

 

「それを言うなら、他人の縄張りに入り込んで好き勝手してるあんたのほうが礼義知らずだろ。 俺たちがくたばるまで引っ込んでろ、ディミトリエ・ヴァトラー」

 

「ふゥむ。 そう言われると、返す言葉もないな」

 

ヴァトラーはあっさりと引き下がった。

 

「それでは、領主たる君に敬意を表して。 手土産をひとつ献上しよう。 君たちが気兼ねなく戦えるようにね。――“摩那斯(マナシ)”! “優鉢羅(ウハツラ)”!」

 

「なっ!?」

 

ヴァトラーが解き放った膨大な魔力の波動に、古城は言葉を失った。

ヴァトラーの背後に出現したのは、全長数十メートルにも達する二匹の蛇だ。

荒ぶる海のような黒蛇と、凍りついたような水面のような青い蛇。

蛇遣いの異名を持つヴァトラーの眷獣だ。

それらが空で絡み合い、一体の龍の姿へと変わる。

 

「二体の眷獣を融合させた!? これがヴァトラーの特殊能力か!」

 

「まったく、出鱈目(でたらめ)な能力だ。 お前の力は」

 

荒れ狂う眷獣を姿を見て、古城が硬い声を出し、悠斗は溜息を吐いていた。

 

「僕の天使には言われたくないネ。 君は、この眷獣を一撃(・・)で吹き飛ばしたンだから」

 

ヴァトラーは荒れ狂う龍を降下させ、そして、増設人工島と絃神島本体を連結するアンカーをガラス細工のように破壊した。

これにより、増設人工島はゆっくりと洋上を漂い始めた。

 

増設人工島(サブフロート)を、絃神島本体から切り離したのか……!?」

 

ヴァトラーの目的に気付いて、古城が顔を上げた。

ヴァトラーがニヤリと笑う。

 

「これで、市街地への被害を気にせず、思うさま力が使えるだろ。 せいぜい僕を愉しませてくれたまえ」

 

「あ、ああ……」

 

その時、悠斗が、まだ脱出できてない特区警備隊(アイランド・ガード)が建物の中にいるのに気付いた。

恐らく、脚を負傷してしまい、避難ができなくなってしまったのだろう。

悠斗は瞳を閉じ、今解放できる魔力を解放した。

 

「――降臨せよ。 朱雀!」

 

悠斗の隣に、莫大な魔力を持つ朱雀が召喚された。

 

「なっ!?」

 

古城はこれを見て、再び言葉を失った。

悠斗から、ヴァトラー以上の魔力の波動を感じたからだ。

 

「――炎月(えんげつ)

 

悠斗の指示に従って、朱雀は特区警備隊(アイランド・ガード)が避難してる建物に結界を張った。

そしてこの結界は、ナラクヴェーラの直接攻撃にも、数十回は耐える事ができる。

 

「ふぅ、これであそこに避難した人は安全だ」

 

これを見ていたヴァトラーが、愉快そうに笑った。

 

「やはり、僕の天使は規格外ダよ。 力を封印しても、それだけの魔力を出せるなんテネ」

 

紗矢華が叫んだ。

 

「ナラクヴェーラが動き出したわ、暁古城!」

 

耳元で聞いた紗矢華の声に、古城が慌てて振り返る。

周囲の瓦礫や鉄骨を蹴散らして、ナラクヴェーラの本体が姿を現した。

高さはおよそ七、八メートルほどの六本足を持った戦車である。

全体的な印象としては、エビのような甲殻に覆われた巨大アリ。

楕円形の胴体に、判球型の頭部が埋もれるような形で密着しており、その先端には触覚のような副腕が二本生えている。

 

「古城。 やっぱり、ここは任せてもいいか? 必ず戻ってくるから」

 

「凪沙のことが心配なんだな」

 

「ああ、安全ってわかっても、黒死皇派がまだあの船にいるかもしれないしな」

 

「そうか、わかった。 凪沙たちを頼んだ」

 

悠斗は朱雀の背に跨り、

 

「おう、任せろ。 こっちは頼んだぞ、古城」

 

「ああ」

 

拳を打ち付け合った後、悠斗は朱雀と共に、オシアナス・グレイヴ目指して飛翔を開始した。




はい、悠斗君は魔力を封印してても結構なチートですな。
ええ、朱雀も真祖レベルの眷獣ですよ。
そして、悠君は凪沙ちゃんの守護神やー。
後、電話の件は、途中からスピーカーに切り替えてます。

ではでは、感想、評価、よろしくお願います!!


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戦王の使者Ⅸ

連投やでー。

今回で物語が進みましたね。
さてさて、悠君は誰の血を吸うんだろうか?

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗が朱雀に背に乗って飛翔していると、あることに気付いた。

よく眼を凝らして見ると、空間に歪みが生じている。

 

「結界かよ」

 

悠斗の中に結界を無効化する眷獣はいるが、今は封印してるので顕現することは不可能だ。

悠斗は、どうすっかな、と思いながら、一つの結論を出した。

 

「――炎月(えんげつ)

 

悠斗は、朱雀の周りを結界で覆った。

そう。 悠斗が考えたのは、結界と結界を衝突させ、相殺させるといった無茶苦茶な方法だった。

 

「そのまま突っ込め、朱雀!」

 

朱雀は船に突っ込み結界を破壊して、消えていった。

朱雀は、自身が結界を纏ったまま突撃してしまったら、船が沈没すると理解したからだ。

 

「痛てぇ……」

 

悠斗は甲板に叩き付けられそうになったが、寸前で受け身を取った。

まあ、全ての衝撃を緩和することはできなかったが。

 

「か、神代先輩!? こんな所でなにをしてるんですか!?」

 

悠斗が顔を見上げて前に映ったのは、獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜の姿だった。

 

「ま、まあ、姫柊たちが心配でな」

 

雪菜は、はあ、と溜息を吐いた。

 

「神代先輩は、凪沙ちゃんが心配だったんですね」

 

「え、なんでわかったの? 姫柊ってエスパー?」

 

雪菜は、再び溜息を吐いた。

 

「いえ、普通にわかりますよ。 神代先輩は、凪沙ちゃんをとても大切に思ってるんですから」

 

「え、まあ、そうだな。 一生守るって誓った人だからな」

 

雪菜は表情を改め、悠斗の後方を見据えた。

恐らく、悠斗の後方にはガルドシュの姿があるのだろう。

――それは、雪菜たちの周囲だけに吹き荒れていた。

その風に乗って、銀色の槍が。

 

「あれは、雪霞狼!?」

 

暴風に乗って飛来した槍を、雪菜が空中で掴み取る。

その瞬間、荒れ狂っていた暴風がぴたりとやんだ。

 

「いったい誰が!? こんな……」

 

悠斗は、槍が飛んできた方向を魔力を使いながら眼を凝らした。

そこには、何かを投げた体勢の基樹が映った。

 

「(ん、基樹? なんで雪霞狼を? てか、姫柊の正体を知ってんのか? じゃあ、俺のことも? もしかして、基樹が本当の古城の監視役なのか? てことは、姫柊は獣につけた鈴ってことになるぞ、獅子王機関。 俺に監視役も? いや、それはないな。 俺に監視役をつけても無意味だし)」

 

これだけの情報で、ここまで予測できる悠斗は相当頭が切れるのだ。

そしてこの自問自答は、凪沙の癖が移ったのだろう。

 

「気流使いか。 さすがは極東の魔族特区。 奇怪な技を使う者が多いな」

 

悠斗と雪菜が、ガルドシュを見据えた。

 

「ふむ。 これでようやく君の実力を見れるというわけか、面白い。――だが、獅子王機関の剣巫に紅蓮の熾天使。 ここは分が悪いな、引かせてもらうぞ」

 

ガルドシュは、後方に大きく跳び着地する。

そこには、ガルドシュの二人の部下の姿があった。

一人はタブレットPCを胸に抱き、もう一人は両脇に制服姿の少女を二人抱えている。

 

「藍羽先輩!? 凪沙ちゃん!?」

 

ぐったりと眠る彼女たちを見て、雪菜が短い悲鳴を上げた。

雪菜は雪霞狼を構え、彼らのほうに突進しようとするが――。

その雪菜の眼前を、真紅の閃光が薙いだ。

体勢を崩す雪菜の手を掴み、悠斗が自身に引き寄せる。

 

「あぶねぇ!?」

 

「ナラクヴェーラ!?」

 

「あー、なるほど。 動き出したか。 浅葱、頑張りすぎだぞ」

 

悠斗は額に手を当て、空を見上げた。

そう。 今のナラクヴェーラは暴走状態じゃない。

操縦者の意志に制御されているのだ。

 

「石板の解読は?」

 

ガルドシュが部下に説明を求めた。

浅葱たちを床に下ろしながら、部下の一人が回答する。

 

「終わったようです。 内容の正確性については、グレゴーレがすでに確認してます。 あのように」

 

そうか、と満足そうにガルドシュが頷いた。

 

「――ということだ。 投降したまえ。 獅子王機関の剣巫、紅蓮の熾天使よ。 私もヴァトラーをずいぶん待たせてしまった。 君たちの相手をしてる暇はもうないのだ」

 

ガルドシュが厳かに観告した。

雪菜は無言で唇を嚙む

ナラクヴェーラに引っ張られて、船が海上を漂う十三号増設人口島(サブフロート)に接岸する。

だが、悠斗は笑みを浮かべていた。

 

「お前ら、俺の友人――第四真祖を甘く見ない方がいいぞ。 痛い眼をみるからな」

 

ガルドシュは眉を潜めた。

 

「なに……どういうことだ?」

 

その直後――。

雪菜たちの耳をつんさぐ、獣の遠吠が鳴り響いた。

それは、無数の破片を撒き散らして、増設人工島(サブフロート)を揺らした。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「くそ……やっぱダメだったか。 それに、オレの正体が悠斗にバレたかもな」

 

喉に詰まったカプセルの残骸を吐きだしながら、基樹が息を吐いていた。

周りには、乱れた気流が渦巻いている。 これは、能力を使った後遺症だ。

置き去りにされた雪菜の雪霞狼を、オシアナス・グレイヴまで投げ飛ばす、という気流を操る基樹にしかできない荒技だが。

 

「いくら姫柊っちでも、あの古代兵器が相手じゃ、どうにもならねーよな。 こっちは懲罰のリスクを冒してまで手助けしてやってるってのに。浅葱のやつ、頑張りすぎなんだよ」

 

地面にぐったりとうつ伏せて、基樹が弱々しく愚痴を垂れた。

そんな基樹を面白そうに眺めながら、ヴァトラーが言う。

 

「なるほど。 監視者である君が直接、戦闘に介入するのは禁忌というわけか。 君の意外に苦労してるんだねェ」

 

ちょうど十三号増設人工島(サブフロート)に接岸したオシアナス・グレイヴから、五機のナラクヴェーラが運び出された所である。

一機でもそれなりの戦闘能力を備えた古代兵器が六機。

ヴァトラーにとっても興味深い戦闘になるだろう。

 

「さて、ガルドシュのほうの準備も済んだみたいだし、そろそろ僕の出番かな」

 

久々の死闘の予感に、浮き浮きとしながらヴァトラーが歩き出す。

その背中に、基樹が皮肉っぽく笑いかけた。

 

「そいつはどうかね。 第四真祖の親友として言わせてもらえば、古城が計算でどおり動いてくれるなんて期待しないほうがいいと思うぜ。 それに、オレの友人もな」

 

基樹の言葉を裏付けるように、キィン、と耳障りな高周波が、ヴァトラーの周囲を覆った。

続けて増設人工島(サブフロート)全体を、強烈な振動が震わせる。

 

「……へぇ」

 

ヴァトラーが感心したように呟いた。

増設人工島(サブフロート)の地下に凄まじい魔力の塊が出現し、その禍々しい波動を無差別に撒き散らしている。

 

「来たか、古城」

 

基樹が満足そうに呟いて、力尽きたように瞳を閉じる。

地下から噴き出していた爆音が衝撃波となって、増設人工島(サブフロート)を撃ち抜き、大量の破片を巻き上げた。

振動によって凝縮された大気の歪みが陽炎を生み、その陽炎は獣の姿へと変わった。

緋色に煌めく鬣と、双角を持つ巨大な獣へと。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「第四真祖の眷獣か! グレゴーレ! わたしが女王(マレカ)で出る。 それまで奴の相手をしろ」

 

『了解です、少佐』

 

無線機越しにそう言い残して、最初のナラクヴェーラが動き出した。

真紅の閃光を撒き散らしながら、双角の深緋(アルナスル・ミニウム)のほうへ向かう。

その間にガルドシュと部下は、船倉の方向へと走り出していた。

 

「待ちなさい、クリストフ・ガルドシュ!」

 

雪霞狼を翻して、雪菜がガルドシュたち後を追う。

ガルドシュは雪菜を一瞥してから、何かを放った。

ジュース缶ほどの大きさの金属の筒である。

それが手榴弾と気づいて、雪菜は愕然とする。

雪菜はガルドシュの追跡を諦め、倒れてる浅葱たちに覆い被さった。

自身の体を盾にして、手榴弾の爆発から二人を守ろうと考えたのだ。

だが――。

 

「ったく、こんなもん投げんなよ。――炎月(えんげつ)

 

悠斗が放った結界が、手榴弾を囲った。

その結界の中で、手榴弾は爆発した。

雪菜は、右手を突き出している悠斗を見た。

通常なら、あんな繊細なコントロールは不可能なはずだ。

だが、この少年はやってのけた。

 

「(――神代先輩は、本当に何者ですか?)」

 

と、雪菜が思った直後だった。

雪菜の眼前に、黒いフリルの日傘をさした女性が舞い降りた。

 

「――とりあえず全員、無事だったようだな。 まあ、そこの規格外が、バカな真似をして結界を破壊してくれたおかげで、この船にようやく転移できたんだが。 うちの生徒を庇ってくれたことには、いちおう礼を言っておこう、姫柊雪菜」

 

「南宮先生!?」

 

「規格外とは失礼だな。 那月ちゃん。……まあ、否定はしないけど」

 

虚空から音も無く出現した那月を見て、雪菜は驚き見上げ、悠斗は抗議の声を上げた。

雪菜は、那月が空間魔術を使える事を知らなかったようだ。

“空隙の魔女”の異名は、伊達ではないということだ。

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな!」

 

那月は扇子に魔力を込めて振り下ろすが、悠斗はいつものように紙一重で回避した。

 

「おっと、危ない」

 

「ッチ、また避けたか。 まあいい。 私はこいつらを安全な場所まで連れて行く。 おまえはどうする、転校生。 一緒にくるか?」

 

「那月ちゃん――」

 

那月は、悠斗が言おうとした事を即座に理解した。

 

「そうか、わかった。 この子のことは頼んだぞ。 神代」

 

「おう」

 

那月は浅葱のことを抱き寄せ、悠斗は凪沙のことを横抱きした。

――と、その時。 那月の手が振られ、扇子が悠斗の頭に直撃した。

 

「痛で!?」

 

「やっと当ったか。 暁凪沙のことになると、神代は周りが見えなくなるな。 もう一度聞くが、転校生はどうする?」

 

那月が、再度雪菜に問いかけた。

雪菜は首を振って立ち上がる。

 

「私は、暁先輩と合流します。 監視役ですから」

 

「ふん。 仕事熱心なことだ」

 

好きにしろ、といいながら那月は空間を歪めた。

眠り続ける浅葱を、那月はその中に放り込む。

そして那月は意地悪く微笑み、

 

「おまえが、助けに行くまでもないかもしれんぞ」

 

「え?」

 

意味深な言葉を残して、那月の姿が消えた。

その時、十三号増設人工島(サブフロート)から緋色の鬣を持つ双角獣(バイコーン)が出現した。

それは、当然雪菜の知らない眷獣だった。

これが意味する事は一つ。 古城が誰かの血を吸い、眷獣の封印を解いた、と言うことだ。

悠斗は、

 

「(古城。 骨は拾ってやるからな)」

 

と、身も蓋もない事を思っていた。

その時、雪菜の懐で着信音が鳴った。 浅葱のスマートフォンからだ。

恐らく、策の電話だと思う、と悠斗は結論づけた。

 

「姫柊は古城たちのことを頼むぞ。 俺は、凪沙を安全な場所まで送ってから向かうから」

 

「はい、わかりました。 凪沙ちゃんをよろしくお願いします」

 

「おう。――降臨せよ。 朱雀!」

 

悠斗は凪沙を朱雀の背へ、ゆっくりと乗せた。

悠斗は朱雀の背に跨り、

 

「朱雀、学校の屋上まで頼む」

 

朱雀は一鳴きし羽根を羽ばたかせ、飛翔を開始した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

凪沙が瞳を開けた場所は、朱雀の背の上だった。

悠斗は、凪沙を支えるように座っていた。

 

「眼が覚めたか。 凪沙」

 

凪沙は眼を擦るながら、

 

「ん、悠君?」

 

「ああ、俺だ。 スマンな、助けるのが遅くなって」

 

凪沙は首を左右に振った。

 

「ううん、信じてたよ。 助けに来てくれるって。 朱雀君も言ってたしね」

 

悠斗は眼を見開いた。

 

「凪沙は、朱雀の声が聞こえるのか?」

 

「うん、朱君の世界にも行ったよ」

 

悠斗は唖然としてしまった。

悠斗は眷獣たちの声は聞けるが、精神世界に潜ったことは一度もないのだ。

 

「そ、そうか。 なんていうか、凪沙はすげーな」

 

凪沙は照れたように、

 

「えへへ、そうかな」

 

「おう、すげーよ。――朱雀、この下に降ろしてくれ」

 

朱雀は羽根を羽ばたかせ、学校の屋上へ着陸した。

悠斗は朱雀の背から飛び降り、凪沙に手を出した。

 

「ほれ、凪沙」

 

「うん」

 

凪沙はそう言い、悠斗の手を取って学校の屋上へ降り立った。

 

「ここなら安全だ。 もう大丈夫だ」

 

「ありがと、悠君。――ねぇ、悠君」

 

「ん、なんだ?」

 

凪沙はこれを言うか迷ったが、勇気を振り絞って言った。

 

「……悠君は、あの恐い人とこれから戦うの?」

 

悠斗も言い迷ったが、

 

「ああ、俺にはあいつらを止める力があるからな。 行かなくちゃ」

 

「朱雀君の力だけで、勝てる相手なの?」

 

「わからない。としか言えないな……」

 

そう。 ナラクヴェーラは学習(・・)するのだ。

浄化の焔に対抗する手段と、結界を破る手段を覚えられたら、正直厳しいかもしれない。

 

「朱雀君から聞いたんだけどね。 悠君の中に眠る眷獣さんは、一体だけじゃないんだよね?」

 

「あ、ああ、そうだな。 一応、他にもいるが」

 

もし、アイツ(・・・)が使えたら、確実にナラクヴェーラを破壊する事ができるだろう。

 

「――凪沙の血を吸えば、悠君が思ってる子は解放される、のかな?」

 

悠斗はポカンとしてから、勢いよく両の手を突き出し左右に振った。

 

「いや、いやいやいや、なんでそうなる。 朱雀の力だけで大丈夫だ。 うん、大丈夫だ。 なんとかなる」

 

悠斗は早口で捲し立てた。

余談だが、悠斗は、凪沙に隠し事ができたことが一度もない。

ちなみに、悠斗は吸血衝動の制御が可能だ。

 

「うそ。 正直厳しいって思ってるでしょ? 悠君」

 

凪沙に図星を突かれ、悠斗は観念した。

 

「……あい、思ってます」

 

すると突然、凪沙がリボンを解いた。

 

「な、なな、凪沙さん。 なにしてるんですか!!??」

 

悠斗は、人生の中で一番動揺した。

その為、動揺を隠し切れてない。

 

「凪沙、魅力がないのかな」

 

「いや、あるから。 凪沙は誰よりもあると思うぞ」

 

凪沙はボタンを外して、胸元をはだける。

白い肌と細い鎖骨。 そして首筋が露わになる。

悠斗は吸血衝動に駆られそうになるが、自身の唇を噛んで流れ出た血を飲み、衝動を抑え込む。

だが、ゆっくりと歩く凪沙を見て、再び吸血衝動に駆られた。

瞳が真紅に代わり、唇の隙間から牙が覗く。

 

「悠君。 凪沙の血を吸って、いいんだよ」

 

「いや、でも、それは――」

 

その時、悠斗は気づいた。

凪沙の肩が小刻みに震えてることに。

本当はもの凄く恐いのだ。

凪沙は魔族恐怖症だ。 悠斗のことは恐くなくても、吸血鬼には変わりないのだ。

 

「はあ、凪沙には一生敵わない気がするよ」

 

「そうかな」

 

「ああ、そうだ」

 

悠斗は、優しく凪沙を抱き寄せた。

 

「凪沙。 ちょっと痛いと思うけど、我慢してくれ」

 

「うん」

 

悠斗の牙が、凪沙の体にそっと埋まっていく。

 

「んん……はあ……悠、君」

 

凪沙はその痛みに耐えながら、弱々しい吐息が漏れる。

やがて、抱き付いた凪沙の体の力が抜けていく。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「さて、行くかな」

 

「うん。 凪沙、悠君帰りを待ってるから」

 

「おう、必ず帰る」

 

悠斗はそう言って、朱雀の背へ跨る。

悠斗は、あ、そうだ、と言い凪沙を見た。

 

「今日の献立はカレーでよろしく! 俺はいつも通り激辛で」

 

「うん、わかった。 今日もみんなで食べようね」

 

凪沙は、満面の笑みで言ってくれた。

 

「そだな。 じゃあ、行って来るな」

 

「いってらっしゃい、悠君」

 

「おう、行ってくる。――舞え、朱雀!」

 

朱雀は一鳴きし、羽根を羽ばたかせた。

凪沙に手を振られ、悠斗も振り返した。




悠君と凪沙ちゃん。最早恋人……いや、夫婦の域やん(笑)
さて、次回はアイツを降臨させるように頑張ります。
てか、朱雀の技って、汎用性良いよね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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戦王の使者Ⅹ

そろそろこの章も終りが近づいてきやしたね。
今回は戦闘回です。
悠斗君の、新たな眷獣も召喚されますよ(^^♪
さてさて、何が召喚されたのか。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


古城と紗矢華は濡れた状態で、なだらかに傾いた坂道の上に立っていた。

体が濡れている理由は、獅子の黄金(レグルス・アウルム)でナラクヴェーラに攻撃した際、地面を破壊し地下に落下してまった。という理由だ。

 

「……あなたは、本当に無茶苦茶ね」

 

後方に出来たクレーターを見て、紗矢華が嘆息する。

その陥没したクレーターの中央では、緋色の双角獣が、耳障りな雄叫びを上げていた。

 

「たしかに地上には出られたけど、だからってこんな馬鹿でかいクレーターを造ることはないじゃない。 私が“煌華麟”の障壁で瓦礫を防がなかったら、今ごろ生き埋めになってたわよ」

 

「文句はオレじゃなくて、眷獣(あいつ)に言ってくれ。 オレは通路を塞いでる瓦礫をどうにかしてもらば、それでよかったんだよ」

 

古城が、精神的疲労を滲んだ声で反論する。

新たに掌握した、第四真祖九番目の眷獣、双角の深緋(アルナスル・ミニウム)

高周波振動を撒き散らす双角獣が、クレーターを造ったのだ。

 

「てか、第四真祖の眷獣は傍迷惑な奴しかいなのか?……悠斗の眷獣が羨ましいな」

 

「真祖の眷獣はみんな凶暴よ。 紅蓮の熾天使の眷獣が奇怪(イレギュラー)なだけよ。 私も、あんなに大人しい眷獣初めて見たわ」

 

紗矢華が笑みを浮かべながら、古城を見上げた。

 

「さっさとあいつらを片付けましょう」

 

紗矢華が視線を向けた先には、再び上陸してきたナラクヴェーラの姿が映った。

古城たちが最初に交戦したナラクヴェーラである。

最初に見かけた時とは形が変わっていないが、明かに動きが変わっていた。

操縦者の意志を反映した知的な動きだ。

陥没した地表を楯のように使って、副腕から真紅の閃光を放つ。

古城に放たれた閃光を、紗矢華が古城の前に立ち受け止めた。

 

疾く在れ(きやがれ)、九番目の眷獣、双角の深緋(アルナスル・ミニウム)――!」

 

緋色の双角獣が咆哮した。

陽炎のようなその眷獣は、肉体そのものが凄まじい振動の塊だ。

頭部に突き出した二本の角が、音叉のように共鳴して凶悪な高周波振動を撒き散らす。

その振動は岩を粉砕し、金属を引き裂く。

双角獣の咆哮は、衝撃波の弾丸となってナラクヴェーラを襲った。

そのまま数百メートル吹き飛ばされ、ナラクヴェーラは動きを止めた。

 

「やば……中の操縦者……死んだ、か?」

 

ナラクヴェーラの中には獣人が乗り込んでいたはずである。

あそこまで派手に吹き飛んで、無事で済まないと思うが――。

 

「獣人の生命力なら、あの程度で死にはしないわ。 当分は身動きできないと思うけど」

 

動揺する古城の耳元で、紗矢華が叫んだ。

 

「それよりも、あっちの五機を! 操縦者が乗り込む前に潰して!」

 

「お、おう」

 

紗矢華が指差したのは、オシアナス・グレイヴから運び出された五機のナラクヴェーラだった。

操縦者がいないナラクヴェーラは休眠状態である。

それなら、気兼ねなく叩き潰すことができる。

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)がナラクヴェーラへ襲いかかろうとした時、その巨体を、横殴りの巨大な爆発が襲った。

双角獣の突進を止めたのは、炎を噴きながら飛来した円盤だ。

西域の闘神が持つという戦輪(チャクラム)によく似てる。

双角獣と激突した戦輪は、爆発して巨大な炎を巻き起こした。

 

「――なんだ!?」

 

古城が見た先は、オシアナス・グレイヴの後部甲板を引き裂いて出現する巨大ななにかだった。

ナラクヴェーラと同じ材質の装甲を纏っているが、桁違いに大きい。

八本の脚と三つの頭。 そして女王アリのように膨らんだ胴体。

その胴体を覆う装甲が割れて迫り出したのは、戦輪を詰め込んだミサイルランチャー。

威嚇するように吼えた双角獣に向かって、無数の戦輪が一斉に撃ち出された。

 

「暁古城、伏せてっ!」

 

「なっ――!?」

 

紗矢華が煌華麟を振って防御障壁を造り出す。

その障壁に守られた古城たちの頭上を、灼熱の暴炎が覆い尽くした。

戦輪の一斉攻撃に対抗するために、双角獣も振動波を放出。

二つの巨大な力が正面から激突し、周囲に激しい破壊を撒き散らす。

爆炎で目標を見失った戦輪が、絃神島本体へ落下して――。

 

「――炎月(えんげつ)

 

この声と同時に、絃神島本体の上(・・・・・・・)に結界の盾が出現した。

戦輪は、その結界の盾に着弾して爆発し、結界は役目を終えてから消えていった。

悠斗は、朱雀の背の上に立ち右手を突き出していた。

朱雀が古城の隣を通り過ぎると同時に、悠斗は着地した。

 

「危機一髪だったな。 大丈夫か、古城、煌坂?」

 

「あ、ああ。 助かった」

 

「え、ええ、大丈夫よ」

 

動き出した女王ナラクヴェーラが、ゆっくりと増設人工島(サブフロート)に上陸し、残る五機も動き出していた。

女王ナラクヴェーラが指揮をし、古城たちを包囲しようとする。

 

「ふゥん……これが本来のナラクヴェーラの力か。 やってくれるじゃないか、ガルドシュ。 こんな切り札を残してたとはね。 どうする、古城。 やっぱり僕が代わりにやろうか?」

 

ヴァトラーは古城の近くまで歩み寄り、挑発するように言う。

古城は苦々しげに舌打ちし、攻撃的な顔つきでヴァトラーを睨む。

 

「引っ込んでろって言ったはずだぜ、ヴァトラー……! どいつもこいつも好き勝手しやがって、いい加減こっちも頭に来てるんだよ!」

 

古城の怒りが闘争心に火をつけ、真祖の血を滾らせる。

 

「相手が戦王領域(おまえんち)のテロリストだろうが、古代兵器だろうが関係ねぇ。 ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

古城が纏う禍々しい覇気を、ヴァトラーが満足げに眺め笑った。

なにも言わず立ち上がった紗矢華が、左手に持つ煌華麟を構えて古城の隣に立つ。

そして古城の右隣には、当然そこにいるべきというような自然さで小柄な影が歩み出た。

 

「――いいえ、先輩。 わたしたちの(・・・・・・)、です」

 

銀色の槍を構えた制服姿の少女。 姫柊雪菜が拗ねたような瞳で古城を見上げていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「ひ……姫柊?」

 

古城は驚いたように彼女の名前を呼び、雪菜は無感情な冷たい瞳のまま小首を傾げた。

 

「はい。 なんですか?」

 

「え、と……どうしてここに?」

 

「監視役ですから。 私が、先輩の」

 

なぜか倒置法で強調して、雪菜が穂先を古城に向けた。

向ける相手が違うッ!と叫びたかったが、今の雪菜に反論することはできない。

表情を消したまま古城と紗矢華、そして爆発の中から姿を現す緋色の双角獣を見比べる。

 

「新しい眷獣を掌握したんですね、先輩」

 

抑揚のない冷たい声で雪菜が聞いた。

古城はぎくしゃくと頷き、紗矢華と目を合わせ、

 

「あ、ああ。 なぜか、いろいろあってこんなことに」

 

「そ、そう。 不慮の事故というか、不可抗力ななにかがあって」

 

紗矢華が眼を伏せながら、着ているパーカーの襟を指先で引っ張った。

これを見ていた悠斗は、はあ、と息を吐いた。

 

「夫の浮気が発覚した夫婦喧嘩は、これが終わってからしような。 今はこいつらを蹴散らすのが先だ」

 

「「夫婦じゃ(ありません)(ねぇよ)!!」」

 

「……浮気は否定しないのか」

 

雪菜は長い溜息を吐き、雪霞狼をナラクヴェーラへ向けた。

 

「では、その話はまたあとで。 紗矢華さんもです。 まずは、彼らを片付けましょう」

 

「あ、ああ」

 

「そ、そうね」

 

雪菜の言葉に頷く、古城と紗矢華。

雪菜は、もう一度短く息を吐き、地上に這い出したナラクヴェーラを睨んで言った。

 

「先輩、クリストフ・ガルドシュはあの女王ナラクヴェーラの中です」

 

「古城、あれが指揮官機だ。 あいつを狙え」

 

「ああ、わかった」

 

ナラクヴェーラの女王が、再び戦輪の一斉攻撃を放った。

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)の咆哮がそれらを撃ち落とし、再び空が爆炎に包まれる。

続けて五機の小型ナラクヴェーラが、真紅の閃光を乱射した。

灼熱の閃光を、紗矢華が必死に撃ち落とす。

 

「ああくそ、どいつもこいつも無茶苦茶しやがって……!」

 

絶え間ない爆音に耳を塞いで、古城が呻いた。

紗矢華が、荒い息を吐きながら叫んだ。

 

「暁古城。 このままじゃジリ貧だわ!」

 

「わかってる!――疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

雷光の獅子が、稲妻を撒き散らしてナラクヴェーラを一瞬で蹴散らす。

紫電の速度で指揮官機へと突撃し、更に追撃を加えようとする。

 

「先輩!――」

 

だが、その言葉が終わらない内に、真紅の閃光が瞬いた。

 

「暁古城ッ!」

 

紗矢華の煌華麟が閃いて、降り注ぐ閃光から古城を守った。

獅子の黄金(レグルス・アウルム)に破壊されたはずの五機の小型ナラクヴェーラが、再び動き出していた。

そして、その向こうにもう一機。 双角の深緋(アルナスル・ミニウム)が破壊した機体が、焼け焦げた姿のまま立ち上がろうとしている。

 

「自己修復……!? あんな状態からでも復活できるのか!?」

 

「それだけじゃないわ。 破損した装甲の材質を変化させて、振動と衝撃の抵抗力を増してる。 あなたの攻撃を解析して対策してるのよ」

 

紗矢華が冷静な表情で分析する。

古城が舌打ちしたその時だった――。

 

「じゃあ、自己修復できないように、破壊すればいいだろ?」

 

「「「え?」」」

 

悠斗の言葉を聞いた三人は、それができれば苦労しない、と言いたそうだ。

 

「俺に任せろ。 古城たちは、女王のナラクヴェーラを頼んだぞ。 小型のナラクヴェーラは、俺が破壊するから」

 

悠斗は黒い瞳を真紅に変え、唇の隙間から牙が覗いた。

悠斗の体から青白い稲妻が迸る。 こいつは、悠斗がヴァトラーと対峙した時に暴走させそうになった眷獣だ。

悠斗は、解放の呪文を唱える。

 

「天を統べる青き龍よ。 今こそ汝の封印を解放する。 我が矛となる為、再び力を解放せよ。――降臨せよ、青龍!」

 

解放が終えると同時に、増設人工島(サブフロート)の空の雲が暗雲に包まれ、雷鳴を轟き、青き龍が悠斗の隣に降下した。

 

『我が主よ。 我の敵はあの機械(ガタクタ)か?』

 

「(ああ、そうだ。 一応、神々の兵器でもある。 いけるか?)」

 

青龍は咆哮を轟かせた。

 

『我が主よ。 我を誰だと思っている。 我は天を統べる龍だぞ。――あんな機械(ガタクタ)が神々の兵器とは笑わせる』

 

「(まあ、お前にはそう映るよな)」

 

悠斗は苦笑してしまった。

 

「(しっかし、コイツの封印が解けるとはな。 凪沙は、巫女の素質でもあるのか?)」

 

実は、青龍には三重(・・)の封印を施していたのだ。

悠斗がこう思うのは、無理もないだろう。

この龍を見ている、古城、雪菜、紗矢華は目を丸くした。

古城に至っては、冷汗を流していた。

青龍は、真祖が操る眷獣の倍の力を有しているのだ。

 

「……この龍は、悠斗の眷獣、だよな」

 

「まあな。 俺の眷獣だ。 お前らには攻撃しないから心配するな」

 

「あ、ああ。 わかった」

 

古城は小さく頷いた。

 

「じゃあ、俺は小型のナラクヴェーラを破壊するから、古城たちは女王のナラクヴェーラを頼んだぞ」

 

古城、雪菜、紗矢華は頷き、女王のナラクヴェーラがいる方向へ駆け出した。

 

「さてと。――閃雷(せんらい)!」

 

悠斗が片手を上げそう言うと、青龍が咆哮を轟かせ、空から落とした稲妻がナラクヴェーラに直撃した。

ナラクヴェーラは黒煙を巻き上げていた。

まあ、微弱に動いていたが。

 

「うーん、やっぱり手加減しすぎたか」

 

悠斗は首を傾げた。

今の攻撃は、青龍の攻撃力を最低限まで下げた攻撃だったのだ。

 

「そうだ。 なら、朱雀の清めの焔で完全に活動を停止させればいいか。 これなら、中の獣人を殺さなくて済むし」

 

悠斗は、名案だ、と言いながら、ポンと手を打った。

悠斗は右手を突出し、

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

青龍の隣に朱雀が召喚された。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀は首をSの字に曲げてから、浄化の焔を吐いた。

この焔が六機のナラクヴェーラに直撃し、ナラクヴェーラは完全に行動を停止させた。

完全に破壊されたので、自己修復機能も働かないようだ。

 

「こっちは終わりっと。 古城たちはどうかな?」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「ナラクヴェーラの動きは、私が止めるわ、雪菜」

 

紗矢華が、古城の前に出た。

 

「煌坂?」

 

「わかっているわね、暁古城。 チャンスは一度きりよ。 私と雪菜の足を引っ張ったら、灰にするからね」

 

紗矢華が、煌華麟を握った手を前に突き出した。

銀の刀身が前後に割れ、鍔に当る部分を支点にして、割れた半分が百八十度回転。

銀色の強靭な弦が張られて、新たな武器の姿へと変わる。

 

「――弓!? 洋弓か!」

 

古城が感嘆の声をもたらす。

自身のスカートをたくしあげた紗矢華は、太腿に巻き付いていたホルスターから、金属製のダーツを取り出した。

紗矢華が右手で一閃すると、それが伸びて銀色の矢に変わる。

 

六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)。 これが“煌華麟”の本当の姿よ――」

 

紗矢華が流れるような美しい姿で矢をつがえ、力強く弓を引き絞る。

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

紗矢華の口から、澄んだ祝詞が流れ出す。

紗矢華の体内で練り上げられた呪力が更に弓を強化し、それが銀色の矢に装槇されていく。

 

「極光の炎駆、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、噴焰をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり――!」

 

紗矢華が銀の矢を放った。

大気を引き裂く甲高い飛翔音が、戦場全体に鳴り響き、半径数キロメートルにも達する巨大な不可視の魔法陣を描き出した。

そこから生み出された膨大な瘴気が、女王ナラクヴェーラに降り注ぎ、動きを阻害する。

 

「って、俺の頭上にもきてるじゃん。――朱雀、青龍!」

 

朱雀が悠斗に結界を張り、青龍は空へ向けて雷撃を放った。

青龍が、悠斗に降り注ぐ矢を消し飛ばし。 朱雀は、悠斗を守る結界を焔の翼で覆った。

 

「(助かった。 てか、危ないもんぶっ放すなよ)」

 

悠斗は、心の中でこう呟いていた。

古城は、魔力と矢を切り裂いている雪菜に続いていた。 雪霞狼は、瘴気も無効化するのだ。

 

疾く在れ(きやがれ)――獅子の黄金(レグルス・アウルム)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

雷光の獅子と緋色の双角獣が、瘴気に耐えて立ち上がろうとする女王ナラクヴェーラを襲った。

同時攻撃が生み出す膨大な爆発が、ナラクヴェーラの装甲を押し潰す。

 

「――はははっ、戦争は楽しいな、剣巫!」

 

破壊された女王ナラクヴェーラのコックピットを開けて、ガルドシュが血塗れの姿を現し、左手でナイフを引き抜いた。

 

「これは戦争ではありません。 あなたたちはただ身勝手な犯罪者です。 守るべき国も民も持たないあなたに、戦争を語る資格はないんです!」

 

雪菜は槍を構えることなく、僅かに体をずらしただけだった。

飛来した矢がガルドシュの左肩を貫き、仰け反らせた。

矢を放ったのは、もちろん紗矢華だ。

そして、

 

「終わりだ、オッサンっ!」

 

古城は、ガルドシュの顔面を殴りつけた。

 

「ぶち壊れてください。 ナラクヴェーラ」

 

誰もいない操縦席に乗り込んだ雪菜が、浅葱の用意した音声ファイルを再生させ、すべてのナラクヴェーラが朽ち木のように地面に転がり、石化され砂へ代わった。

古代兵器の、呆気ない幕引きだった。

これを見た悠斗が、結界を解いた。

すると、ヴァトラーが悠斗に近づいて来た。

 

「これで終わりだ、文句はないだろ。――もう、面倒事を持ちこむな。 ヴァトラー」

 

「ああ、もちろん、堪能させてもらったよ。 これで暫くは退屈せずに済みそうだ。 悠斗は、これから僕とダンスを舞わなイかい? 朱雀と青龍だけでも、いいダンスを舞えそうダ!」

 

ヴァトラーは笑みを浮かべた。

悠斗は手を振った。

 

「いや、遠慮する。 俺の眷獣とお前の眷獣がここでぶつかってみろ。 那月ちゃんが言ってたように、この島が沈むぞ」

 

「釣れないナ。 あの頃は、乗ってくれタのに」

 

「あの頃の俺と、今は全然違う」

 

悠斗は、朱雀と青龍を戻そうとしたが、その前に悠斗の頭に声が届いてきた。

 

『我が主よ。 我々の世界に、暁の巫女と共に来るがよい』

 

『主が念じるだけで、入れるようになってるぞ。 凪沙も同じくな』

 

青龍に続いて、朱雀である。

 

「(暁の巫女って、凪沙のことか? やっぱり凪沙は巫女の素質があったんだな。 まあ、気が向いたら行くよ)」

 

『待っているぞ、我が主よ。 なにかあったら、呼ぶがよい』

 

『凪沙のことは心配するな。 我の焔で常時守護する』

 

「(ああ、わかった。 ありがとな、朱雀、青龍)」

 

この会話が終わると、青龍は姿を消した。

朱雀が一鳴きし、

 

「俺を送ってくれるのか、助かる」

 

悠斗は古城たちと、ヴァトラーを一瞥した。

 

「俺は一足先に帰るわ。 結界で守ってた特区警備隊(アイランド・ガード)の人たちは無事だから心配するな。 あとは、救援隊に任せよう」

 

悠斗は朱雀の背に跨り、朱雀は羽根を羽ばたかせ飛翔した。

帰るべき場所へ向かって。




この小説では、矢は実体化してますね。
そして、ナラクヴェーラ六機を紙くずのように相手し、絃神島全体を(数秒ほど)結界の盾で覆った悠斗君、チートや、チート。
ナラクヴェーラは破壊も出来たんですけどね。中の獣人が死んじゃいますから(^_^;)
あ、魔力全ては解放されてませんよ。一部は解放されましたが。

古城君たちが、見劣りしてしまった。
てか、青龍強すぎだね。
矛の青龍に、守護の朱雀、二体の眷獣だけでも真祖たちと戦えんじゃね。とか作者は想ったり(笑)
後、今回の話で朱雀と青龍が喋りましたね。これは、悠斗君と凪沙ちゃんしか聞こえないので、そこはご容赦を。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!



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戦王の使者Ⅺ

評価が赤で、テンションが最高潮まで上がってる、舞翼です!!
執筆意欲が増しますね。(^^♪

この章もこの話で完結ですね。
エピローグとなるので、短いですが。
もしかしたら、ブラックが必要かも。
まあ、これは読者様にもよりますが。
後、血を吸ったことは、古城君にばれてません。期待してた方、申し訳ありません(>_<)
そして、ご都合主義発動です(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


学校の屋上へ向け、悠斗は朱雀に乗り飛翔していた。

その場所で、悠斗の帰りを待っている人物が居ると思ったからだ。

朱雀が着陸した屋上に、花壇の手入れをしてる少女が悠斗の眼に入った。

悠斗は朱雀の背から飛び降り、

 

「――凪沙、今帰った」

 

少女は座りながら振り向き、ニッコリと笑みを浮かべた。

 

「お帰り、悠君。 お疲れさま」

 

「おう」

 

悠斗はそう言って歩き出し、凪沙の隣に腰を下ろした。

 

「どうしてここに?」

 

凪沙は、人差し指を唇に当てた。

 

「うーんと。 悠君は、一度ここに戻ってくると思ったから」

 

「そっか」

 

朱雀が、悠斗と凪沙の背後まで歩みより、悠斗と凪沙は朱雀の焔の翼に体を預けた。

二人は顔を上げ、夕暮れを眺めていた。

無言のまま時が経過していたが、凪沙がポツリと呟いた。

 

「綺麗だね」

 

「ああ、そうだな。 さっきの戦いが嘘みたいだ」

 

「そういえば悠君。 体は大丈夫? 怪我はない? 病院に行く? それとも凪沙が手当てする? 無断で学校の保健室使っちゃうけど?――」

 

悠斗は笑みを零した。

 

「大丈夫だ。 切り傷はあるけど、休めばなんとかなるさ。 俺は、一般の人より回復が早いから」

 

「じゃあ、凪沙が手当てする。 いいね?」

 

悠斗は苦笑し、心配しすぎだ。と思いながら呟いた。

 

「ああ、わかった」

 

悠斗と凪沙は立ち上がり、朱雀を戻してから、中等部の保健室へ向けて歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

保健室に入り、悠斗は診察椅子に腰を下ろした。

凪沙が包帯と消毒をとってくるから、悠君は座ってて。と言ったからだ。

 

「あった、あった」

 

凪沙が言いながら、緊急箱を抱え、悠斗の向かへ椅子へ腰を下ろした。

 

「じゃあ、……上着を、脱いでくれるかな……」

 

「恥ずかしがりすぎでしょ、凪沙さん」

 

「そ、そうだね」

 

悠斗はそう言いながら、ボロボロになった上着を脱いだ。

凪沙は悠斗の脇腹の傷を見て、唇を尖らせてから、悠斗を見た。

 

「悠君」

 

「ごめんなさい。 少し強がってました」

 

悠斗の脇腹には、まだ大きな傷が残っていた。

これは、ナラクヴェーラの“火を噴く槍”が掠ってできた傷だ。

朱雀の焔を纏っているとはいえ、必殺の威力を持つ攻撃なので、全てを受けきることが不可能だったのだ。

だが生身で受けても、少し大きな傷というだけでなので、朱雀の焔の鎧の強固さが解る。

 

「ちょっと沁みるかもしれないけど、我慢してね」

 

凪沙は、コットンに消毒液を染み込ませ、傷口へゆっくりと触れる。

悠斗は片目を閉じた。

 

「大丈夫?」

 

「ちょっと沁みただけだ」

 

凪沙はガーゼを傷口に当て、ガーゼを押えながら包帯を巻き、サージカルテープで止めた。

 

「よし、終わり」

 

「おう、サンキュー」

 

悠斗は上着をきた。

そして、凄く気になっていたことを聞いた。

 

「な、なあ、凪沙。 俺がいないときに調べたんだよな?」

 

「う、うん」

 

悠斗は、息を呑んでから聞いた。

 

「結果は……どうだった?」

 

「陰性だったよ」

 

悠斗から、安堵な息が洩れた。

 

「はあぁ~、よかった~。 うん、まじで。 古城に殺されなくて済んだよ」

 

悠斗は、かなり強力な吸血鬼だ。

彼女を、悠斗の血の従者にしてしまったら、シスコンの兄と、凪沙を溺愛してる父になにをされるか解らない。

第四真租vs紅蓮の熾天使とか洒落にならない。

島一つは軽く消し飛ぶだろう。

 

「あはは、悠君は大げさだよ!」

 

凪沙は、悠斗の気も知らずに笑った。

 

「凪沙を俺の血の従者にしたら、俺と永遠の時を生きないとならないんだぞ。 何百年、何千年と」

 

凪沙は顔を俯け、頬を桜色に染めた。

 

「凪沙は、それはそれでいいと思ってるけど。 悠君と一緒にいられるなら」

 

「そ、そうか。 でも悪かったな。 痛い思いさせて」

 

「ううん、全然大丈夫だったよ」

 

「そう……か」

 

悠斗は、背に大量な冷汗をかきだした、

古城と雪菜の会話を思い出したのだ。 もし、これが他人に聞かれたらどうなるか。

 

「(……これって、デジャブが起きたりしないよな)」

 

その時、財布が落ちる音が聞こえた。

学校に残っていた生徒が、自動販売機で飲み物を買った帰りだろう。

悠斗が保健室の扉を開けると、眼を見開らいてる浅葱の姿が映った。

恐らく、那月に助けられた後、高等部の保健室で眠っていたのだろう。

 

「あ、浅葱。 いや、これは違うんだ! あれだ。 今、浅葱思ってることは、勘違いだからな!」

 

悠斗は早口で捲し立てる、浅葱は落とした財布を拾い、わかってるから大丈夫、と言い片手を突き出した。

 

「わかってるわ。 悠斗が凪沙ちゃんと仲がいいことは、そういうことが起きても不思議はないわ」

 

「いや、それが勘違いなんだって!」

 

「大丈夫よ! 古城には言わないから!」

 

「そっちじゃねぇよ!!」

 

悠斗の声が、廊下に響いた。

 

「わたし、古城を待たせてるんだった。 悠斗、また明日ね」

 

浅葱は、逃げるように去っていった。

悠斗は、とても深い溜息を吐いてから、扉を閉めた。

 

「もの凄い勘違いをされてちったな……」

 

悠斗は踵を返し、椅子に座る為歩き出した。

椅子に座り凪沙を見たら、凪沙は完熟トマトのように真っ赤に頬を染めていた。

先程の会話がどういう意味か気付いてしまったのだろう。

 

「おーい、凪沙さん。 大丈夫か?」

 

「う、うん。 大丈夫だよ」

 

「か、帰るか」

 

「そ、そうだね」

 

悠斗と凪沙は立ち上がり、保健室を出てから廊下を歩き、校舎の外に出た。

歩道を歩き、改札を潜ってモノレールに乗り、アイランド・サウスの七階を目指した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

マンションに続く歩道を歩いていると、鞄を肩に掛け、ゆらゆらと揺らしてる凪沙が唐突に悠斗の腕に抱き付いた。

 

「うおっ。 どうした、凪沙?」

 

悠斗が凪沙を見たら、凪沙は顔を俯けていた。 悠斗は、なぜ凪沙が腕に抱き付いてきたか分かった。 悠斗は笑いながら、凪沙の頭をポンポンと優しく撫でた。

 

「俺はどこにもいかないから。 心配してくれてありがとな」

 

「……うん。 凪沙、とっても心配だったんだ」

 

凪沙は、悠斗が戦場に行く時笑顔で送ってくれたが、悠斗が一生帰ってこないんじゃないかと、とても不安だったのだ。

凪沙は顔を上げ、言葉を続けた。

 

「悠君は、また戦いに行くの?」

 

「そうかもしれないな。 俺には、戦いを止める力があるから。 この力は皆を守る為に振るうって決めてるんだ」

 

「……そうなんだ。 凪沙も決めた! 凪沙は、悠君の帰りをずっと待ってることにしたよ!」

 

悠斗は眼を丸くした。

 

「ず、ずっと?」

 

凪沙は笑みを浮かべた。

 

「うん、ずっとだよ。 何年、何十年も待つよ」

 

悠斗は、『そんなことしなくてもいいぞ。 凪沙には、沢山の出会いあるんだから。』と言おうとしたが、確固たる意志が籠った瞳を見て、その言葉を飲み込んだ。

 

「わかった。 必ず帰るよ、君の元に」

 

「うん、待ってるよ。 君の帰りを」

 

その二人の背中を、赤い夕陽が照らしていた。




えー、浅葱にはばれた?のかな。
うん、デジャブが起きましたね。これは最初に予定してたので、何時か書こうと思ってましたね。

作者はこれを書いてる時、ブラックが必須でした(笑)
次回は、デート回にしようかと予定してます。

後、悠君はナラクヴェーラの攻撃を受けたんです。
まあ、最初からチートのチートのチートにするわけにはいけませんから。

最後に、悠君と凪沙ちゃんの絆が深まってますね。
今後どうなるんだろうか?

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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日常編
二人の気持ち


評価が赤でテンションあがっていたので、連投が出来ちゃいました(^O^)
今回は、予告通りデート回ですよ。

ブラックを用意した方がいいかもしれません。
今回は激甘かも。
作者は、必須でしたね(笑)
今回も、ご都合主義発動です(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


現在、神代悠斗はモノレールの改札前で少女を待っていた。

今の悠斗の服装は、上はタートルネックにミリタリージャケットを羽織り、下はスキニーパンツにチャッカブーツといったコーディネイトだ。

そう。 今日は凪沙とのデートの日なのだ。

 

「そういえば、凪沙と二人で出掛けるのは初めてだよな」

 

その時、小走りで手を振りながら、待ち合わせ場所に凪沙が到着した。

マフラーを首に巻き、ミニワンピースの上にふんわりとしたコートを羽織り、下は茶色いブーツといったコーディネイトだ。

長い黒髪は、シュシュで束ねてサイドポニーにしてる。

 

「ごめん、悠君。 待ったかな?」

 

悠斗は眼を丸くした。

いや、見いってたという表現が正しいか。

 

「へ、変かな。 今日のために、気合いを入れてきたんだけど」

 

数秒後、悠斗は我に返った。

 

「いや、変じゃない。 メッチャ可愛いぞ。 てか、本当に凪沙か? 別人みたいだな」

 

「えへへ。 どう、ビックリした?」

 

「まあ、うん」

 

「そ、そっか」

 

悠斗と凪沙は、顔を俯けてしまった。

二人はどう見ても、初々しいカップルに見えた。

 

「よ、よし、行こうか」

 

「そ、そうだね」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗と凪沙は切符買ってからモノレールに乗り、悠斗の隣に座った凪沙は、ショッピングモールの案内図を広げていた。

今日のデート場所は、隣の街にあるショッピングモールだ。

凪沙はパンフレッドを閉じ、悠斗を覗き込むように見た。

 

「どうした?」

 

「悠君は、どこか行きたいとかある?」

 

悠斗は、こういう事には無縁な生活を送っていたのだ。

なので、よくわからない、が本音だ。

 

「……そう言われてもな」

 

「じゃあ、今日は凪沙が案内するね」

 

悠斗は、疑問符を浮べた。

 

「今日ってことは、またあんのか?」

 

「うん、ダメかな」

 

凪沙は首を傾げた。

 

「構わないぞ」

 

悠斗は、間髪入れずに承諾した。

短時間しか経過していないが、凪沙と過ごす時間はとても楽しいのだ。

目的の駅に到着し、悠斗と凪沙は改札を潜った。

改札を潜ると、凪沙は悠斗の左腕に抱き付いた。

女の子特有の膨らみが悠斗の左腕に当るが、悠斗は鋼の精神でそれ(・・)を抑えつける。

 

「あの~、凪沙さん。 なぜ俺の腕に抱き付いているんでしょうか?」

 

「いや?」

 

上目遣い+甘い声で言われると、断るわけにはいかない。

いや、断れないの方が正しいかもしれない。

悠斗は、覚悟を決めた。

 

「いいぞ。――俺の鋼の精神が試されるが」

 

「えへへ、頑張ってね」

 

「小悪魔め」

 

そんな事を話していたら、ショッピングモール入り口に到着した。

自動扉を潜り、周りを見渡した。

今日は日曜日ということもあり、家族ずれが多い。

 

「しっかし、広いな。 女の子は、よくここから自分の好みの店が選べるな」

 

「そうかな。 凪沙はすぐに見つかったけど」

 

「まじで。 ここは、ダンジョンの迷宮区みたいだぞ」

 

凪沙は声を上げて笑った。

 

「悠君。 例えがおもしろいよ」

 

「そ、そうか」

 

「うん、そうだよ」

 

「じゃあ、行ってみるか。 凪沙に任せっきりになると思うが」

 

凪沙は、悠斗の腕を引っ張りながら移動し、服屋や靴屋を回った。

服屋で凪沙のコーディネイトを待っている時の視線は、痛かったというか、何とも表現できない視線が突き刺さった。 悠斗は、それを無理やりシャットアウトしたが。

ランジェリーショップを案内された時は、全力で言い訳をして入るのを拒んだ。

あそこに入ったら、大事な何かを失うと悠斗の第六感が告げていたからだ。

悠斗と凪沙は、近場のベンチに腰を下ろしていた。

 

「疲れたー。 なんで女の子は、買い物に時間がかかるんだ? それがよく分からん」

 

「女の子には色々あるんだよ。 もしかして、悠君はそれを知りたいの? 特別に凪沙の教えてあげてもいいけど、他の女の子には聞いちゃダメだからね。 えっとね、凪沙が時間をかける理由はね――」

 

「待った待った。 それは、俺が聞いちゃいけない気がする。 うん、大丈夫だ」

 

悠斗は、凪沙の言葉を遮った。

凪沙の大切なことを聞いてしまうと思ったからだ。

悠斗が腕時計を確認すると、現在の時刻は、午前12時30分だった。

 

「さて、昼飯でも食べるか?」

 

「うん、そうだね」

 

悠斗と凪沙の昼ご飯は、外で売っていたホットドックだった。

理由は、中のレストランが混雑してたからだ。

並ぶという選択肢もあったが、並んでまで食べたいものではなかったので、外にあるホットドック屋にしたのだ。

悠斗はホットドックを二つ買い、自動販売機でお茶の500mlペットボトルを二つ購入した。

ベンチに座る凪沙の隣に座り、ホットドックを一つ手渡した。

 

「ありがとう、悠君」

 

「おう」

 

それから談笑をしながら、ホットドックを食べた。

だが、二人が同時にホットドックを置いた為、どちらが自分の物か分からなくなってしまった。

口を開いたのは、悠斗だった。

 

「さあ、どうしようか?」

 

「うん、どうしよっか?」

 

悠斗と凪沙は特に困っていなかった。

『どっちを食べても同じ』、という考えなんだろう。

凪沙は悠斗の食べかけであり、悠斗は凪沙の食べかけだから言えることなんだが。

他の人の食べかけだったら、断固拒否してただろう。

 

「「こっち!」」

 

二人が指差したホットドックは、綺麗に別れた。

 

「「いただきます」」

 

悠斗は口に入れて気づいた。

先程よりホットドックが大きいことに。

凪沙も、悠斗と同じく気づいたようだった。

悠斗は困ったように、

 

「えー、どうしよっか? 凪沙さん」

 

「うーん、このまま食べちゃおうよ。 凪沙は、悠君の食べかけなら気にしないしね」

 

「俺も凪沙の食べかけなら気にしないし、いいか」

 

「うん」

 

悠斗と凪沙は、それぞれのホットドックを交換し、綺麗に食べた。

所謂、間接キスになるんだが。

まあ、二人は特に気にしてなかった。

 

「さてと、俺は凪沙と行きたい所があるんだが、そこに行かないか?」

 

凪沙は眼を輝かせた。

 

「え、ホント。 いくいく」

 

「よしゃ。 じゃあ、行くか」

 

悠斗は荷物を持ち立ち上がり、凪沙も悠斗に続いて立ち上がった。

再びショッピングモールに入り、悠斗と凪沙が目指した場所は、三階にあるアクセサリーショップだった。

 

「ここだな」

 

「わあ、色々な種類のアクセサリーがあるね」

 

凪沙は感嘆な声を上げた。

 

「凪沙は、ここ初めてなのか?」

 

「うん。 いつもこの階は、ほぼ通りすぎてたから」

 

「なるほどな」

 

悠斗は、扉を押し開けた。

すると、お客が来た合図を知らせる、カランカラン、という鐘の音が鳴った。

悠斗と凪沙は、中に入り店内を歩いていく。

 

「色んな種類があるね」

 

「そうだな。ん?」

 

悠斗の眼に入ったのは、月と太陽がペアになっているネックレスだった。

値段は、7000円だ。

高校生にしては大きな出費であるが、悠斗は、すぐに店人を呼んだ。

 

「すいません、この月と太陽のネックレスが欲しいんですけど」

 

「お客様お目が高いですね。 これは最後の一つだったんですよ。――彼女さんにプレゼントですか?」

 

「「へ?」」

 

どうやら悠斗と凪沙は、知らない人が見ると、カップルに見えるらしい。

ここは否定するよりも、店人の言葉に乗った方が吉だ。

 

「ええ、まあ、そうです。 あ、包装はしなくて大丈夫です」

 

「かしこまりました。 少々お待ちください」

 

そう言って店人は、店の奥に消えて行った。

悠斗は、凪沙を見た。

凪沙の顔は、少し赤みを帯びていたが。

 

「ごめんな。 彼氏気どりしちゃって」

 

「ううん、大丈夫だよ。――いつか、本当の彼女になりたいな」

 

「後半はなんて言ったんだ?」

 

凪沙は笑みを零してから、

 

「内緒だよ」

 

「メッチャ気になるんですが」

 

その時、奥から店人が姿を現した。

その手には、月と太陽のネックレスが入った箱があった。

 

「お客様。 これでお間違えはないでしょうか?」

 

店人は箱を開けた、そこには悠斗が頼んだネックレスが入っていた。

 

「はい、これで間違えありません」

 

「それでは、こちらに」

 

悠斗と凪沙は会計窓口まで行き、悠斗がお金を払い店を出た。

自然と悠斗と凪沙の手が触れ合い、しっかりと握った。

悠斗と凪沙はショッピングモールを出て、先程のベンチに腰をかけた。

悠斗は、箱の中から太陽のネックレスを取り、

 

「凪沙、後ろを向いてくれ」

 

「うん」

 

凪沙は、悠斗に背が見えるように体を動かした。

悠斗は凪沙の首に、太陽のネックレスをかけた。

 

「よし、OKだ」

 

凪沙は、体を動かし悠斗を正面から見た。

 

「悠君も後ろ向いてね」

 

「おう」

 

悠斗も、凪沙に背を向けた。

凪沙は月のネックレスを手に取り、悠斗の首にかけた。

 

「凪沙、大切にするね」

 

悠斗は体を動かし、凪沙を正面から見た。

 

「俺も大切にするよ。 今さっき、俺の宝物になったけどな」

 

悠斗と凪沙は、額と額を当て笑い合った。

それから数秒間、悠斗と凪沙は見つめ合い、ゆっくりと顔を離した。

すると周りから、『いやー、見せ付けてくれるね。』、『今の若い子は大胆ね。』、『リア充爆発しろ。』、と言う声が悠斗と凪沙の耳に入ってきた。

悠斗は苦笑し、凪沙は顔を真っ赤に染めていた。

 

「ここは公共の場だったな。 完全に忘れてた」

 

「……凪沙、恥ずかしいよ」

 

凪沙が落ちついた所で、悠斗が言った。

 

「さてと。 凪沙に見せたい場所があるんだ。 一緒に来てくれるか?」

 

「うん、わかった」

 

悠斗と凪沙は立ち上がり、海沿の歩道を歩いた。

 

「悠君。 どこに向かってるの?」

 

「ん、ああ。 俺のお気に入りの場所だな。 まだ、凪沙たちと会う前に見つけた場所なんだ」

 

「ここだ。 ここの斜面を下りてみ」

 

悠斗と凪沙はその斜面を下った。

 

「わあ、すごく綺麗な景色だね」

 

其処からは、夕焼けの景色が映った。

ここからは、広大な夕焼けが見れるのだ。

 

「ここは人が通らなくてな。 隠れスポットなんだ」

 

「いいの? 凪沙に教えちゃっても」

 

「いいんだよ。 その為にここに来たんだから」

 

「えへへ、ありがと」

 

「おう」

 

悠斗と凪沙は、無言で夕焼けを見いった。

それは、とても神秘的に映った。

悠斗にとっては、大切な人と共に見る事ができたからかもしれない。

 

「悠君」

 

「どうした?……んん」

 

凪沙に呼ばれて振り向くと、つま先立ちになった凪沙から、悠斗の唇を自身の唇で塞いだのだ。

悠斗は目を白黒させていた。

暫くして凪沙が離れると、笑みを浮かべた。

 

「ホントはね。 悠君からして貰いたかったんだけど、悠君の優しさに触れて、凪沙が我慢できなくなっちゃった。 えへへ」

 

悠斗は凪沙を見て、心臓が脈を打つように早くなり始めた。

悠斗はこれが何か理解してる。

――これは、吸血衝動だ。

通常は制御が可能なのだが、凪沙の前になると制御ができなくなる時があるのだ。

悠斗は唇を噛み、自身の血を飲み吸血衝動を抑え込んだ。

 

「その、なんだ。 ありがとう?」

 

「どういたしまして」

 

凪沙はニッコリ笑った。

悠斗は大きく深呼吸をした。

悠斗は、凪沙の小さな体を優しく抱きしめた。

 

「す、すまん。 今の俺にはこれが限界だ」

 

「大丈夫だよ。 悠君の温もりを感じるから」

 

「そ、そうか。 よし、帰るか」

 

「うん、帰ろっか」

 

抱擁を解き、凪沙の手を握った悠斗は、斜面を登り駅へ向かい歩き出した。

夕焼け空の下を歩く二人の手は、離れないようにしっかりと繋がれていた。




甘ーい!!
うん、甘いよ二人とも。

はい、書いてて恥ずかしかったです。
公共の場で、おでこピタは恥ずかしかったんでしょうね(笑)
ちなみに、この日の天候は寒くしました。絃神島ではありえないんですが……。ま、この日だけですね。ご都合主義発動です!

次回から、天使炎上編ですね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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天使炎上
天使炎上Ⅰ


ひゃはー、連投だぜ!
評価が上がるのを見て、パソコンの画面をにやにやと見てる舞翼です!
へ、変態じゃないんだからね(*ノωノ)
コホン、話が逸れましたね。

天使炎上編のスタートですね。この章も頑張って書きます!!
今回の話は、まじで激甘です。
ええ、激甘ですね。
読者の皆様は、ブラックコーヒーが必須になると思います(確信)
てか、夏音ちゃんの言葉使い難いね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


太平洋の真ん中に浮かぶ絃神島は、常夏の人工島だ。

十月になっても秋の気配は微塵もなく、相変わらず強烈な日差しが降り注いでくる。

それはアイランド・サウスの七〇三号室に住む、神代悠斗の部屋も例外ではない。

今の時刻は、午前六時だ。

いつもなら布団を被り二度寝に入るのだが、悠斗は隣を見て頭を覚醒させた。

――凪沙が隣で眠っていたのだ。

そしてあろうことか、凪沙が悠斗の方に寝返りを打ったのだ。

 

「ちょ、ちょ、なんで凪沙がいるんだ……。 まじでやばい。やばすぎる」

 

吸血衝動に襲われそうになるが、唇を噛んで自身の血を飲み抑えつける。

悠斗は昨日なにがあったか、必死に思い出していた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

昨日の夕食は暁家で摂るのでなく、悠斗は凪沙と摂ったのだ。

食べ終え洗い物をしてから、凪沙は暁家に帰るはずだったのだが、ソファーに座りテレビを見ている悠斗の隣に腰を下ろしたのだ。

そして、爆弾発言をしたのだ。

内容はこうだ。

 

『凪沙、今日は悠君のお家にお泊まりするね。 お風呂も入ってきたしね』

 

これを聞いた悠斗は、一瞬だけ思考が停止した。

思考が回復した悠斗は、事の重大さに気付いたのだった。

男女二人が、一つ屋根の下で一夜を過ごすことに。

 

『え? まじで? 冗談じゃなくて?』

 

だが、悠斗の淡い期待はすぐに砕け散った。

 

『冗談じゃないよ。 今日は、悠君と一緒に寝るから』

 

と、凪沙は満面の笑みで言ったのだ。

悠斗は言葉を失った。

凪沙が積極的?になったのは、デートが終わった翌日からだった。

そう。 凪沙はいつも以上に甘えてくるのだ。

一度古城がこれを見て、悠斗に鋭い視線が突き刺さしたのだ。

あれはとても恐かったと、悠斗は鮮明に覚えている。

それに凪沙は、一度決めたことは覆さないのだ。

なので、悠斗の鋼の精神力の出番である。 某アニメで言えば、理性の化け物の出番だ。

 

『よしゃ、かかってこい』

 

『不束者だけど――』

 

悠斗は、凪沙の言葉を遮った。

 

『ちょ、待て待て待て待て。 なんでそうなる』

 

この言葉を最後まで言われたら、色々な意味で後戻りできなくなる。

 

『あれ、違ったかな』

 

凪沙は首を傾げた。

 

『いや、違くはないと思うが。――俺はなに言ってんだ!?』

 

『じゃあ、もう一回。 言えばいいのかな?』

 

『いや、いやいやいや。 それは俺から…………』

 

悠斗と凪沙は顔を真っ赤にし、暫しの沈黙が流れた。

この沈黙を破ったのは、悠斗だった。

 

『…………うん、風呂入ってくる』

 

『……そ、そうだね。 いってらっしゃい』

 

悠斗が就寝の支度をし、凪沙と共に寝た。というのが、現在に至るまでの経緯だ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗の頭の中では、本能と理性で激しくぶつかり合い、今まさに脳内で戦争が勃発してる。

そして、ぎりぎりの所で理性が上回った。

 

「凪沙、朝だぞー」

 

「ん、悠君。 おはよう」

 

凪沙と眼が合い、再び吸血衝動に襲われる。

再び唇を噛み、自身の血を飲み抑え込む。

 

「(生殺しすぎるぞ。 そろそろ限界が近い)」

 

凪沙は、んー、と言いながら上体を起こした。

悠斗は、ほっと息を吐いた。

どうやら、最大の危機からは逃れることが出来たようだ。

凪沙はベットから降り立ち、

 

「悠君は、朝ごはんどうする?」

 

悠斗は上体を起こした。

 

「簡単なものでいいぞ」

 

「じゃあ、スクランブルエッグとご飯にしようか」

 

「そだな。 それでいいぞ」

 

凪沙は支度をしてから台所に立ち、朝食を作り始めた。

悠斗も洗面所に行き、身支度を整えてから制服に着替え、テーブルの椅子に座った。

テーブルに二人分の朝食が置かれ、凪沙も悠斗と向かい合わせになるように席についた。

悠斗と凪沙は、眼の前に置かれた箸を持ち、

 

「「いただきます」」

 

悠斗は、残さず凪沙の手調理を食べた。

凪沙の料理は、三つ星シェフより旨い。と悠斗は自負してるのだ。

朝食が食べ終わり洗い物を終え、凪沙が再び元の席についてから、コーヒーを飲みながら悠斗が口を開いた。

 

「凪沙は、今日の朝練はなかったのか?」

 

「うん、今日は休みかな。 明日はあったような気がするけど」

 

悠斗が時計の針を確認すると、現在の時刻は、午前七時を回った所だ。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

「そうだね。 時間もちょうどいいしね」

 

悠斗と凪沙は椅子から立ち上がり、ソファーの上に置いてあるバックを肩にかけ、玄関に移動した。

 

「鍵はどうする?」

 

「うーん、凪沙が閉めるよ。 悠君は、合い鍵を持ってるんだよね?」

 

「おう、ポケットの中に入ってるぞ」

 

エレベータに乗り扉を潜った所で、世界最強の吸血鬼(暁古城)獅子王機関の剣巫(姫柊雪菜)と合流した。

 

「行こうぜ」

 

「そだな」

 

「雪菜ちゃん。 お待たせー」

 

「凪沙ちゃん。 おはようございます」

 

朝の挨拶を済ませ、四人はモノレールの改札に続く歩道を歩いていく。

改札を潜り、モノレールに乗り込む。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

雪菜と凪沙は雑談をし、悠斗は古城と話していた。

 

「ふあ~」

 

古城は大きな欠伸をした。

 

「どした、古城。 寝むそうだな」

 

「お、おう。 悪い。 ちょっとウトウトしてた」

 

「見ればわかるが。 なんかあったのか?」

 

「最近、煌坂の奴から夜中に電話がかかってきてな。 姫柊のことを聞かれたりとか、延々と説教されたりとか。 たいした用事もないくせに、なに考えてんだが」

 

その時、隣で雑談してた雪菜が会話に入ってきた。

 

「紗矢華さんが用事もないのに、延々にですか」

 

凪沙が、悠斗の袖をクイクイと引っ張り、小声で言った。

 

「ねぇねぇ、これって古城君に気があるのかな?」

 

「うーん、どうだろうな。 まあ、古城が気づかなかったら、なにも始まらんけどな」

 

凪沙は古城を見ながら、言った。

 

「そうだね。 古城君は鈍感さんだから、雪菜ちゃんの好意も気づいてないかも」

 

「十中八九、気づいてないだろ。 姫柊も大変だな」

 

悠斗と凪沙の耳に、古城の声が聞こえてきた。

 

「わざわざオレに電話してくるくらいだから、よっぽど姫柊のことを気にしてるんだな。 相変わらず友達想いというか、過保護というか……」

 

悠斗と凪沙の心の声が重なった。

 

「((古城(君)。 それはないよ))」

 

モノレールが駅に到着して、ドアが開き、わらわらと降車する生徒たちの群れに混じって、古城たちは改札へと向かった。

駅から彩海学園までは徒歩で約十分。

人工的に設計されたゆるやかな坂道を、古城たちは歩いていく。

 

「それじゃあ、私と凪沙ちゃんは、ここで別れますね。 私たちは中等部の校舎に行きますから」

 

「それじゃあ、古城君。 悠君。 またね」

 

悠斗と古城は手を上げ、中等部の校舎に向かう二人の背中を見送った。

 

「俺らも行くか」

 

「そだな」

 

悠斗と古城も歩き出し、高等部の校舎に向かった。

昇降口で上履きに履き替え教室に向かうと、悠斗と古城の肩が基樹の手に回された。

 

「おう、おはようさん。 今日も姫柊っちと凪沙ちゃんと登校か。 てか、お前ら寝むそうだな」

 

古城は紗矢華の電話で寝不足で、悠斗は寝不足ではなく、朝の一件の疲れ?が今現在色濃く出てただけだ。

 

「「まあな」」

 

「ま、古城も悠斗も、夜の営みはほどほどにしろよ。 寝不足は良くないからな」

 

教室内部が、絶対零度で凍ったように沈黙した。

古城と悠斗は、絶叫した。

 

「「はああああぁぁぁああああ!!??」」

 

教室内部には、古城と悠斗の声が響き渡った。

 

「ちょ、なんでそうなる!? ただ一緒に登校しただけだよな。 だよな、古城」

 

「そ、そうだぞ。 なに勘違いしてんだ。 矢瀬」

 

「え、違うのか。 姫柊っちと凪沙ちゃんは、古城と悠斗の通いd「ちょっと待て、それ以上言ったら、どうなるかわかるよな」」

 

「悠斗、殺気をばら撒きすぎだぞ」

 

基樹は悠斗の殺気に当てられ、震えながらコクコクと頷いた。

古城は、悠斗に突っ込んでいた。

古城と悠斗は深い溜息を吐いてから、自分の席に着席した。

まあ、二人の背中には、クラスの男子からの殺気が籠った視線が突き刺さってるんだが。

悠斗と古城は、勘弁してくれ。と呟いていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

彩海学園の放課後、悠斗は中等部の校舎に来ていた。

昼に凪沙からメールをもらい、手伝って欲しい事があると言われたからである。

なにを手伝って欲しいかは、分らないままなのだが。

悠斗が立っている場所は、凪沙のクラスから少し離れた場所だ。

ここで待つように。と凪沙からメールが送られたからである。

悠斗がここに来るまで、男子からは嫉妬の眼差しが向けられ、女子からは歓声に似た声が聞こえてきたが。

まあ、高等部の生徒が中等部に入れば、目立つのは必然だが。

 

「悠君、お待たせ。 じゃあ、行こうか」

 

白い紙を左手で握っている凪沙は、右手で悠斗の片手を握った。

 

「おう。 てか、どこに行くんだ?」

 

「えっとね、屋上だよ」

 

「屋上? 何かやるのか?」

 

「着いてからのお楽しみで」

 

そう言って、凪沙は笑った。

悠斗も釣られて笑みを零した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

屋上で見た生徒は、銀髪の綺麗な女の子と、さっぱりした顔立ちの男の子だった。

二人の周りには、たくさんの子猫が戯れていた。

 

「えっと、どういうこと?」

 

悠斗は疑問符を浮べた。

すると、銀髪の女の子が悠斗の前まで近づいた。

 

「はじめまして、叶瀬夏音といいます。 凪沙ちゃんからいつもお話を聞いてます。 今日はよろしくお願いします、でした」

 

綺麗にお辞儀する夏音を見て、悠斗が思った第一印象は、大人しくて良い子。というものだった。

だが、悠斗の疑問は深まるばかりだ。

 

「んん? なにをお願いするんだ。 話が見えないんだが」

 

「あ、ごめん。 夏音ちゃん。 まだ、悠君には説明してなかった」

 

凪沙は、舌をぺろっと出した。

 

「私が説明する、でした」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「えっと。 つまり、叶瀬は、捨てられた子猫の飼い主を一緒に探して欲しい。っていうことでいいのか?」

 

夏音は頷いた。

 

「そう、でした」

 

「凪沙も手伝うから、悠君も手伝って!」

 

悠斗は頬を掻いた。

 

「後輩の頼みだ。 これくらい手伝ってやるよ」

 

悠斗がそう言うと、夏音は明るい顔になり悠斗を見上げた。

 

「ありがとうございます、でした。 悠君先輩」

 

「うっ、悠斗にしてもらってもいいか? 凪沙以外の人に言われると、何て言うかムズかゆい」

 

「悠君って呼べるの、凪沙だけなんだね。 ちょっと嬉しいかも」

 

そう言って、凪沙は悠斗の腕に抱き付いた。

悠斗は焦りながら、

 

「ちょ、ここは学校ですよ。 凪沙さん」

 

すると、一人の男子生徒が近づいて来た。

 

「こんにちわっす。 オレは高清水っていいます。 神代先輩の話は、暁さんから伺ってます。 頼りになる人だって」

 

「凪沙が?」

 

「えへへ」

 

「このお喋りめ」

 

悠斗は凪沙の頭を、くしゃくしゃと撫でた。

傍から見ると、自然にイチャついてるとしか見えなかった。

まあ、本人たちは自覚がないんだろうが。

凪沙たちに子猫の世話を任せ、悠斗は、どうしたら飼い主が探せるかを考えていたら、いきなりドアが蹴り開けられた。

 

「野郎おおおおっ! 離れろおまえら! てめぇ、自分が誰に手を出してるのかわかってんだろうな!?」

 

そんな古城に、悠斗がデコピンを放った。

 

「古城のアホ」

 

古城は眼をきょろきょろさせた。

 

「あ、あれ。 なんで悠斗がいるんだ。 凪沙は?」

 

「――古城君!」

 

凪沙が、古城に向かって歩いていく。

 

「な、凪沙……おまえ、なんで、こんなところに猫なんか……」

 

「古城君こそ、中等部の校舎でなにやってるの!? いきなり大声でわけわかんないこと言って! 高清水くんに失礼だし、猫ちゃんも驚いてるじゃない。 悠君と雪菜ちゃんにも迷惑をかけて!」

 

もの凄い早口で巻くし立たれて、古城は冷汗を流した。

悠斗は心の中で、古城ドンマイ、と呟いていた。

 

「いや……だって、告白の返事は……?」

 

「告白? なんの話……? 私は、高清水くんが子猫を引き取ってくれるっていうから、立ち会っただけだよ。 子猫ちゃんの里親捜しのこともあるけど」

 

凪沙はそう言って、高清水が抱いてる子猫を指差した。

子猫が、ミィ、と相づちのように鳴いた。

古城は、未だに混乱から抜け出せていなかった。

 

「……だったら、昼休みにもらった手紙はいったい……」

 

「手紙って?……もしかして、これのこと?」

 

凪沙が制服のポケットから取り出したのは、コピー用紙だった。

そこに書いてあったのは、住所氏名の羅列であった。

 

「運動部員の名簿っす。 暁さん……妹さんが、オレの他にも引き取ってくれる奴を捜してるっていったんで、参考になるかなと思って」

 

驚きから立ち直った高清水が、礼儀正しく古城に説明する。

高清水は、それに、と言葉を続ける。

 

「暁さんはラブレターをもらっても、誰とも付き合わないと思います。 暁さんは、心に決めた人がすでに居ますから。 誰かと付き合うなんてありえないっすね」

 

雪菜も口を挟んだ。

 

「そうですね。 凪沙ちゃんの心の中には、いつもその人が居ますから。 世界中を捜しても、そこに割り込める人はいないですね」

 

高清水と雪菜は、悠斗を見た。

悠斗は、なんで俺を見たの、と思っていた。

 

「じゃあ、オレは部活があるんで失礼します」

 

高清水は、段ボール箱に入れた子猫を連れて校舎に戻っていく。

古城は彼を見送りながら、

 

「あいつ、実はいい奴だったんだな」

 

悠斗は、早とちりしすぎだ、古城。と呟いてから溜息を吐いた。

 

「もう信じられない。 ホントあり得ない。 なんで子猫を引き取ってもらう話から告白なんて発想が出てくるわけ!?」

「……いや、それは、その」

 

「もし本当に告白だったとして、なんで古城君がそれを覗きにくるのよ!?」

 

「……うっ」

 

「はあ、もう。 私が好きな人は古城君が安心できる人だから、心配しなくても大丈夫だから」

 

「だ、誰だ!? ま、まさか同じ学年にいるのか!?」

 

「も、もう、古城君には関係ないでしょ!」

 

これには雪菜も溜息を吐いた。

そして、古城は超鈍感、ということが分かったのだった。

 

「説教は終わったか?」

 

「悠君、ごめんね。待たせちゃって」

 

「全然待ってないぞ。 さてと、今後どうするか、叶瀬と話合わないとな」

 

「そうしよっか。 ね、夏音ちゃん」

 

「夏音ちゃん?」

 

古城が訝しげるように聞く。

それまで沈黙していた銀髪の少女が、古城の前に歩み出た。

 

「あ、はい。 私でした。 叶瀬夏音(かなせ かのん)です」

 

柔らかい顔でそう言って、彼女はふわりと笑みを浮かべた。




ええ、作者は口から砂糖を吐きそうでした(笑)
てか、前半のやりとりを書いてて、ラブラブ夫婦じゃね。とか思いましたね。
書いててメチャクチャ恥ずかしかったですね。

後、この話での重要人物、中等部の聖女を出すことが出来ました。
最後に、凪沙ちゃんは好きな人がいると言っちゃいまたね(*ノωノ)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

PS
気になってる方もいると思ったので記載します。
悠斗君のヒロインは凪沙ちゃんだけですね(^O^)


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天使炎上Ⅱ

再び評価とお気に入りが上がり、にやにやが止まらない舞翼です!!
あ、二回目ですね(*ノωノ)
まあ、これは置いといて。

今回は繋ぎ回となっております。
悠斗君と凪沙ちゃんのデートも書いてみました(*^^)v
前回よりは糖分低めですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


「凪沙ちゃんのお兄さんなんですね。 ご迷惑をおかけしました」

 

足元に置いてあったトートバックを抱き上げながら、夏音は古城にそう言った。

バックの中身は、猫用のミルクや缶のキャットフード、おもちゃ等が入っている。

 

「いや、叶瀬が謝ることはないぞ。 全ては、そこにいるバカ(古城)が悪いんだからな」

 

「……うっ、すまん」

 

古城がバツ悪そうにそう言うと、夏音は微笑んで首を振った。

 

「いえ、凪沙ちゃんとは去年まで一緒のクラスで、いつも助けてもらってました。 私は人見知りだし、男子にも避けられてるから、今日も凪沙ちゃんがいなかったら、悠斗先輩に助けてもらうことや、高清水くんにあの子を引き取ってもらうことはできなかった思います」

 

確かに、夏音は近寄りがたい雰囲気はあるが、滅多にいないくらいの美少女だ。

性格といい、穏やかな物腰といい、男子に避けられる理由が見当たらない。

凪沙は、なに言ってるんだか、と呆れたように苦笑し、

 

「そんなこと全然ないから、みんな夏音ちゃんのこと好きすぎて、声がかけられないだけだから。 中等部の聖女って呼ばれれるくらいなんだからね」

 

「はあ……」

 

なんのことかわからない、という風に目を瞬く夏音。

すると雪菜が、

 

「でも、気軽に話しかけづらいという気持ちはわかりますね、綺麗すぎて」

 

「あんたがそれを言うなあんたが……」

 

たまりかねたように口を挟んだのは、悠斗の隣に立っていた凪沙だった。

 

「言っとくけど今のは全部、雪菜ちゃんにも当て嵌まってるからね。 うちのクラスの男子には、雪菜ちゃんとの接近距離に応じて、三秒ルール、五秒ルール、八秒ルール、二十四秒ルールが設定されてるんだから。 その時間を越えて会話したら、懲罰なんだから。 あと、暁古城を呪う会も絶賛活動中だから、せいぜい気を付けてね!」

 

「なんでオレが。 おまえのクラスの男子に呪われなきゃならねーだよ……」

 

と言い、古城は軽い頭痛を覚えた。

悠斗は、この会話を聞いて嘆息した。

 

「姫柊のクラスの男子は、やっぱりアホなのか。 暁古城を呪う会とか、意味が分からんぞ」

 

すると、雪菜が言いづらそうに、

 

「あの、神代悠斗を呪う会もあるんですよ」

 

「なんで俺?」

 

悠斗は声を上げた。

悠斗は、中等部の男子から呪われる覚えが一つもないのだ

 

「……神代先輩は自覚がないんですね」

 

「俺、なんかやったけ? 凪沙はなんか知ってるか?」

 

悠斗が凪沙を見ると、凪沙は顔を俯け、頬を朱色に染めていた。

悠斗は訳が分からず、首を傾げるだけだ。

雪菜は、はあ、と息を吐いた。

 

「神代先輩は、自分のことには鈍いんですね」

 

悠斗は、再度首を傾げるだけだ。

凪沙が顔を上げ、

 

「とにかく、私は高清水くんにもう一度きちんと謝っておくから。 悠君たちは、私の代わりに夏音ちゃんを手伝ってあげてよ」

 

「あ、ああ。 それくらいは別にいいけど」

 

「俺は手伝う約束をしたからな、全然構わないぞ」

 

悠斗たちは中等部の校舎を出て、自身の教室に戻り帰り支度を済ませてから、雪菜、夏音、凪沙と再び合流した。

途中、凪沙と別れたあたりから、妙に注目されていることに気付いた。

容姿端麗な少女二人を連れ歩いて、人目を引かないわけがないのだ。

 

「(なんだ? この視線は)」

 

襲ってきたら返り討ちにしよう。と悠斗は心の中でそう呟き、その視線をシャットアウトしたのだった。

恐らく、凪沙たちが言っていた、呪う会の会員からだろう。

彩海学園を出て、徒歩で少し歩いた所には、緑の木々に覆われた小さな公園の奥。

廃墟となった灰色の建物が見えてくる。

壁は全体的に黒く塗られていて、ほとんどの窓は割れていた。

その建物には、二匹の蛇が巻き付いていた。 伝令使の杖――西欧教会ではあまり見かけないシンボルだった。

 

「……ここには、教会があったのか?」

 

悠斗がそう呟くと、夏音は懐かしそうに朽ち果てた中庭を見つめた。

そこには、雑草に埋もれた花壇と、錆びた三輪車が取り残されている。

 

「私が幼いころお世話になっていた修道院、でした」

 

「叶瀬さんって、もしかして本当のシスターなのか?」

 

「いえ、違います。 憧れでした……けど」

 

悠斗は古城の脇腹を突き、どうにか話を戻せ、と言った。

古城はわざとらしく声を上げ、

 

「あ、あー、そ、そういえば、猫はどこにいるんだ。 早く見たいんだが。 だよな、悠斗」

 

「あ、ああ。 そうだな」

 

「はい、ご案内します」

 

古城たちは修道院の扉を潜り、一番奥にあるキリストの像の下まで案内する。

其処には数個の段ボール箱が置かれ、中では子猫たちがじゃれあっていた。

古城たちに気付いたのか、幼い子猫が一匹、また一匹と、夏音の帰りを待ちわびたように殺到してきた。

 

「先輩! 猫! 猫です! 猫ですよ!」

 

「あ、ああ。 見ればわかるが……」

 

雪菜らしからぬテンションの高さに、古城は軽く気圧された。

悠斗は、子猫とじゃれあう雪菜を見て、

 

「獅子王機関の剣巫っていっても、姫柊も年相応の中学生だからな」

 

「そだな。 姫柊も可愛い女の子だもんな」

 

雪菜は、悠斗と古城を手招きした。

 

「先輩、先輩たちも来てください。 猫ちゃん、猫ちゃんですよ。 ふわあ……可愛い……よしよし、よしよし……」

 

子猫を抱き上げて、雪菜は幸せそうに笑う。

中等部の屋上で平静を装っていた雪菜だが、本心では、あの時から猫をかまいたくてうずうずしてたのかもしれない。

悠斗と古城も、肩を竦めながら雪菜の元へ歩み寄った。

 

「えーと、これって、君が育ててるのか?」

 

足にまとわりつく子猫の群れを見下ろして、古城が夏音に聞いた。

夏音は、キャットフードの準備をしながら頷いた。

 

「みんな……捨てられた子たち、でした。 引き取り手が見つかるまで、預かってるだけのつもりだったんですけど」

 

悠斗はこれを聞いて、苦笑した。

 

「叶瀬は、困ってる人がいたらほっとけないんだな。 この点は、凪沙にそっくりだな。 でも、これだけの数の子猫の里親を捜すのは、難しくないか?」

 

「はい。 私一人では無理、でした。 凪沙ちゃんや、ほかの人に助けてもらってました」

 

「なるほど」

 

夏音は顔を上げてから悠斗を見、遠慮がちに聞く。

 

「すみませんでした。 迷惑でしたか?」

 

「いや、迷惑じゃないぞ。 古城にも手伝ってもらうから心配するな」

 

悠斗は古城の肩に手を置いた。

 

「お、おう。 オレも迷惑をかけちまったからな」

 

「ありがとうございます、でした」

 

夏音は立ち上がり、古城と悠斗を見てから、ペコリ頭を下げた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

翌日。 金曜日の放課後。

愛嬌のある白黒まだらの子猫が、二匹が段ボール箱の中で寝息を立てていた。

そこを覗き込んだのは、悠斗のクラスメイトの内田遼(うちだ はるか)だ。

 

「悪ぃな。 内田、助かったよ」

 

「いいよ。 うちの家族はみんな動物好きだから」

 

そう言って笑う遼に、悠斗は段ボール箱を手渡す。

この猫は、修道院で保護していた最後の二匹だ。

子猫と戯れている遼を見つめているのは、棚原夕歩(たなはら ゆうほ)

 

「でも、なんか意外。 暁たちが、中等部の聖女ちゃんと仲良しは思わなかった」

 

「あれ、棚原は叶瀬のこと知ってたのか?」

 

悠斗が夕歩に聞いた。

夕歩は頷き、

 

「あの子、高等部の男子にも人気あるわよ。 ハーフなんだっけ。 あの見た目は反則よね。 てか、神代も中等部では結構有名なのよ」

 

「は? 俺が?」

 

悠斗は、豆鉄砲を喰らったような顔をした。

 

「その反応だったら知らないのね。 あんた、中等部の女子に人気あるらしいよ。 ま、その大半は、神代を狙うのは無理って諦めてるけど」

 

「はあ、そうなのか」

 

「興味なしって感じね。 まあ、あんたにはすでに居るんでしょうけど」

 

悠斗は、んん、と咳払いをした。

 

「話が逸れたな。 棚原は叶瀬のこと知ってるだな?」

 

「うん、まあね。 神代は、聖女ちゃんのことどれくらい知ってる?」

 

夕歩の表情が暗くなる。

悠斗は、昨日の事を思い出した。

 

「もしかして、学校の裏手にある修道院のことが関係してるのか?」

 

「あんたは、知ってるのね。 修道院のこと。……実はあそこで事故があって、何人も死んだの……あの子はそこの、最後の生き残り。……私の友達もいなくなっちゃし」

 

「……悪い」

 

悠斗は、バツ悪そうな顔をした。

 

「なんで神代が謝るのよ。 今のは忘れて。 それより暁、あんまり藍羽をいじめないであげてよね」

 

「……浅葱は関係なくないか?」

 

「はあ、藍羽も大変だわ。 鈍感男にライバルがたくさんいるなんて」

 

内田遼と棚原夕歩は、子猫が入った段ボール箱を抱え、学園を後にした。

校庭樹の陰で待っていた夏音と合流して、悠斗が聞いた。

 

「あの猫で最後だよな」

 

「はい。 今の子たちで最後でした。 悠斗先輩、お兄さん、本当にありがとうございます」

 

夏音は、礼儀正しく頭を下げた。

古城は、自身を指差した。

 

「お兄さんって、オレのことか?」

 

「そう、でした。 嫌だったでしょうか?」

 

古城は一瞬迷ったが、

 

「いや、大丈夫だ」

 

「さて、これでどうにか片付いたな」

 

「そうですね。 あとは、さっき拾ってきた一匹だけですから、私一人でも大丈夫です」

 

「「は?」」

 

夏音が抱いていた毛布の中で、眠っている子猫を見た古城と悠斗は愕然とする。

悠斗は嘆息した。

 

「こんな短時間で拾ってくるとは……」

 

その時、

 

「ほう、美味そうな子猫だな」

 

日傘を差した小柄な女性が、横合いから顔を出した。

 

「那月ちゃん?」

 

「担任教師をちゃんづけで呼ぶな、神代悠斗」

 

脇腹に強烈な肘打ちを喰らって、悠斗は苦悶な声を洩らした。

 

「……那月ちゃん、肘打ちって新しいレパートリーかよ」

 

「だから教師をちゃんづけ呼ぶな! まあいい、学校内への生き物の持ち込みは禁止だ。というわけで、その子猫は私が没収する。 今夜は鍋の予定だったしな」

 

淡々と告げられる那月の言葉に、夏音は息を飲んだ。

夏音は包んだ子猫を抱いて、怯えるように後ずさる。

 

「すいませんでした、悠斗先輩、お兄さん。 私は逃げます」

 

駆け出す夏音を見て、古城と悠斗は安堵の息を吐きながら見送った。

那月は唇を尖らせて、

 

「ふん、冗談の通じない奴だ。 なにも本気で逃げなくてもいいだろうに」

 

「あんたが言うと、冗談に聞こえねーんだよ」

 

古城が疲れたように息を吐く。

 

「ところで暁、今の小娘は誰だ?」

 

「自分の学校の生徒に向かって小娘はないだろ。 中等部の三年、叶瀬夏音だよ」

 

「そうか」

 

那月は、思案するような表情を浮かべたが、顔を上げて古城と悠斗を見た。

 

「まあいい。 暁古城、神代悠斗。 今夜私に付き合え」

 

「もしかして、攻魔師の仕事か?」

 

悠斗がそう言うと、那月は、ふふん、と笑った。

 

「話が早いじゃないか、神代」

 

「で、どこに集合すればいいんだ?」

 

「今夜九時に、テティスモール駅前で合流だ。 遅刻するなよ。 そう言えば、今日この付近で縁日が開かれるんだったな。 合流時間までぶらついてても構わんぞ」

 

「わかったよ」

 

那月が、不敵な笑みで悠斗を見た。

そう。 悠斗の考えてることが筒抜けになっていたのだ。

『縁日は、凪沙と一緒に行こう』、ということが。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

時間も経過し、現在は真紅の夕焼けが見える夕刻である。

悠斗は、アイランド・サウスの出口で一人の少女を待っていた。

ちなみに悠斗の恰好は、灰色の甚人を着て、下駄を履いている。

 

「那月ちゃんが言ってた仕事って、何をやるんだ?」

 

そう呟いていたら、一人の少女が姿を現した。

凪沙は水色を基調にした浴衣姿で、所々には花の刺繍があしらってある。

長い黒髪はいつものように結い上げて、ショートカット風に見せるように簪で止めてある。

凪沙は下駄を鳴らし、悠斗の元まで歩み寄った。

その時、凪沙が前にバランスを崩し、悠斗は咄嗟に抱きしめる。

 

「おっと」

 

「あ、ありがと。 悠君」

 

「気にするな」

 

凪沙は、くるっと一回転した。

 

「どうかな?」

 

「そうだな。 世界で一番綺麗だな」

 

悠斗はあの一件以来、こういう事をさらっと言えるようになっていたのだ。

この時悠斗は、慣れって恐いな。と思っていた。

凪沙は、頬を赤く染めた。

 

「あ、ありがと」

 

「い、行くか」

 

「うん」

 

凪沙は元気よく返事をした。

凪沙と悠斗は歩道を歩き、目的地を目指す。

もちろん、悠斗が車道側だ。

会場に到着して周りを見渡すと、沢山の人で賑わっていた。

 

「時期の遅い夏祭りって感じだな」

 

「そうだね。 凪沙、男の子と縁日に来たのは初めてなんだよ」

 

「え、まじで。 凪沙は、過去に彼氏とかと来てるイメージがあったから」

 

凪沙は、リスのように頬を膨らませた。

 

「凪沙、彼氏を作ったことなんて一度もないよ。――彼氏にしたい人はいるけど」

 

「凪沙が男と付き合う……。 何か、想像しただけで嫌だな」

 

凪沙は笑みを零した。

 

「凪沙が彼氏にしたい人は、身近な人なんです」

 

「身近な人?」

 

悠斗は思案した。

だが結果は、

 

「ダメだ。 分からん」

 

「悠君の鈍感さん」

 

凪沙はわざとらしく、ぷんぷんと怒った。

その時、

 

――ドン、ドン、ドンドン!

 

綺麗な花火が打ち上がった。

凪沙と悠斗は、それに見入っていた。

悠斗と凪沙は祭りを楽しんだ。

輪投げ屋や射的屋、金魚掬いやヨーヨー釣り。

それは、一生の思い出になる時間になったのだ。

悠斗は凪沙に、大事な話があると言い、人目のつかない場所へ移動した。

 

「どうしたの、悠君?」

 

「凪沙に伝えとこうと思ってな。 俺の勘が正しければ、俺は再び戦場に行くかもしれない。 たぶん、前回より危険度は増すと思う」

 

凪沙は、不安な顔をした。

 

「凪沙が行かないでって言っても、悠君はそこに行っちゃうんでしょ?」

 

「そうだな」

 

凪沙は、今作れる笑顔で頷いた。

 

「わかった。 凪沙、悠君の帰りを待ってるよ。 悠君、凪沙のわがままを聞いてもらってもいいかな?」

 

「おう、いいぞ」

 

「ここに、悠君の眷獣さんを呼んで欲しんだ」

 

悠斗は眼を丸くした。

 

「け、眷獣をか? まあ、ここは人目がつかないから召喚は可能だが」

 

「お願い」

 

「わかった」

 

悠斗は息を吐き、右手を突き出した。

 

「――降臨せよ。 朱雀、青龍!」

 

凪沙の前に、紅蓮を纏う不死鳥と、天を統べる青き龍が降臨した。

凪沙は青龍を見て、

 

「この子は、新しい子なんだ」

 

『我を呼んだのは、暁の巫女だったか。 我の名は青龍だ』

 

「うん、よろしくね。 龍君(・・)

 

悠斗は、青龍と凪沙の会話を聞いて、腹を抱えてククク、と笑った。

 

「天を統べる青き龍が、龍君か」

 

朱雀が一歩前に出た。

 

『凪沙。 久しぶりだな』

 

「久しぶりだね、朱君。 この前はありがとね」

 

『礼には及ばぬ。 我も主と同じ気持ちだからな』

 

「うん、これからもよろしくね。 朱君」

 

凪沙は頭を下げた。

 

「朱君と龍君で、悠君を守ってあげてください。 悠君は危なっかしいから」

 

朱雀と青龍は一鳴きした。

悠斗が腕時計を確認すると、午後十時を回る所だった。

 

「楽しくて時間を忘れてたな。 ありがとう凪沙。 俺に、思い出になる時間をくれて。――そろそろ行かないと、朱雀は凪沙を送ってあげてくれないか? 人目につかないようだけど」

 

朱雀は一鳴きし、足を曲げて体を落した。

悠斗は凪沙を抱き上げ、朱雀の背に乗せた。

 

「悠君。 気をつけてね」

 

「ああ、わかった。――頼んだぞ、朱雀」

 

朱雀は羽根を羽ばたかせ、アイランド・サウスに向かって飛翔を開始した。

悠斗は、青龍を異世界に戻し、合流場所であるテティスモール駅前へ向かった。




今回は眷獣と凪沙ちゃんの会話がありましたね。
凪沙ちゃんメッチャいい子。

そして、青龍は龍君ですね(笑)
のちのち、朱雀の渾名も考えます(^o^)
凪沙ちゃんって、誰とでも仲良くなっちゃうんですね。
凄すぎます!!
物語が動き出すのは、次回あたりかな。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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天使炎上Ⅲ

はい、書き上げましたー!
お待たせしましたですm(__)m
今回は微妙に話が進んだのかな?
後、二つ名のルビは、読者様の脳内変換でOKです(^^♪

では、投稿です。
本編をどうぞ。


テティスモールは、商業地区である絃神島西地区の中枢。

繁華街の象徴にもなっているショッピングビルである。

映画館なども揃っている便利な場所だが、当然のように混雑している。

週末の金曜日の夜となれば、駅前の人口密度は容易であろう。

待ち合わせ場所に那月と悠斗が現れたのは、約束の時間を一時間過ぎた、午後十一時近くになってからのことだった。

 

「悪い、待たせた」

 

「神代悠斗、遅刻だぞ。 私も、アスタルテに夜店を堪能させてやったがな」

 

「遅ェよ! ていうか、なんだよ、二人ともその恰好!?」

 

灰色の甚米を着た悠斗と、華やかな浴衣姿で歩いてきた那月を睨んで、古城が叫んだ。

悠斗と那月は悪びれる様子もなく、それを受け流す。

 

「いや、俺は祭りを楽しんだだけだぞ」

 

「おまえのぶんのタコ焼きも買ってあるぞ。 ほら、喰え」

 

那月は古城にタコ焼きパックを差し出し、古城はそれを憤然と受け取った。

 

「……それはどうも」

 

古城の前にアスタルテが進み出て、静かに頭を下げた。

彼女は、淡いラベンダー色の浴衣姿だ。

 

「合流時間に一時間五十六分の遅延がありました。 教官と紅蓮の熾天使に代わって謝罪します、第四真祖」

 

「いや……おまえが謝る必要はないけどな……楽しかったか?」

 

「肯定」

 

アスタルテが短く告げる。

相変わらずの機械的な口調だが、喜んではいるらしい。

那月は、古城の隣を一瞥した。

 

「どうしておまえがここにいるんだ、転校生」

 

「私は、第四真祖の監視役ですから」

 

ギターケースを背負って立っていた、制服姿の雪菜が、無感情な声で言い返した。

古城が那月の仕事につき合わされることを知って、自分も行くと主張したのだ。

緊張感が漂う二人のやり取りの仲裁に入ったのは、悠斗だった。

 

「まあまあ、人手が多くて困る事はないじゃんか」

 

悠斗がこう言うと、先程までの緊張感が霧散した。

 

「まあいいか。 せっかくだがら、転校生も浴衣を着るか? 駅前でレンタルしてたぞ?」

 

「……いえ、結構です」

 

微かな未練を感じさせるような沈黙を挟んで、雪菜は首を振った。

悠斗は、なんで二人はいつもこうなのか、と呟いていた。

 

「それよりも、どうしてこんな物騒な任務に、暁先輩や神代先輩。 危険人物を連れ出したんですか? こんな街中で先輩がたの眷獣が暴走したら、いったいどんな大参事になるか……」

 

「だからといって、こいつらがなにも知らないまま戦闘に巻き込まれたらどうする気だ、剣巫。 そっちのほうが危険だと思わないか? 神代については、あの子が傷つかない限り、暴走しないから心配要らん」

 

「そ……それはそうかもしれませんけど……」

 

那月の反論に、強気だった雪菜の勢いが削がれる。

 

「危険な人物だからこそ、目の届かない場所に遠ざけるよりも、手元に置いておく方が安全だろ?」

 

「うー……」

 

あっさりと論破され、雪菜は肩を落とした。

危険人物された古城は唇を歪め、悠斗は自身がどれだけ危険な存在か理解してるので、平然な顔をしていた。

那月は、古城たちを連れてエレベータへ乗り込んだ。

 

「メールで送った資料をは読んだか?」

 

悠斗は、那月の言葉を聞いて冷汗を流した。

凪沙との祭りを楽しみしていたので、それに気づかなかったのだ。

そんな悠斗に、古城が無意識に助け船を出した。

 

「まあ、いちおう。 “仮面憑き”だっけ? そいつを捕まえばいいんだろ?」

 

「正確には、“仮面憑き”を二体ともだ」

 

仮面憑きとは、絃神島の上空で戦闘を繰り返す謎の生物の通称だ。

過去の目撃例では、仮面憑きたちは二体同時に現れ、どちらかが戦闘不能になるまで戦闘を続けたらしい。

那月は、今夜も二体同時に現れる可能性が高いと考えているのだろう。

 

「捕まえろ、とか気軽に言われてもな。 空を飛んでいる奴らを、どう相手すれば」

 

「気にすることはない。 撃ち落とせ」

 

那月の言葉に、そんな無茶な、と古城は呻く。

すると、悠斗が口を開いた。

 

「俺の眷獣は出来ると思うが、出力が大きすぎる。 天を統べる龍だからな。 空に撃っても、街中じゃ被害が出るかもしれない」

 

「そうか。 お前の眷獣は、真祖の倍の力を有してるんだな。 真祖レベルで攻撃することは可能か?」

 

「可能だな」

 

「お前は、真祖レベルの攻撃で空にぶっ放せ。 それなら被害が出ることもなかろう」

 

悠斗は、了解、と頷いた。

上昇を続けていたエレベータが、最上階に到着した。そこから作業用のエレベータに乗り換え、上へ移動する。

十階建てのテティスモールは、この付近ではもっとも高い建物である。 飛行能力を持つ仮面憑きを監視するには最適な場所だ。

 

「それはともかく、変ですね」

 

雪菜が指差したのは、交差点の向こうに見えるオフィスビルだった。

建物の上半分が抉られていて、飛び散った瓦礫は今も路上に山積みになっている。

 

「あんな巨大な爆発が起きていたのに、私は気づきませんでした。 魔術や召喚獣であれだけの破壊を生み出したのなら、相当な魔力が放出されたはずですけど」

 

「獅子王機関の剣巫でも感知できなかったか。 絃神島に設置されている魔力感知器も、仮面憑きには反応しなかった。 特区警備隊が異変に気づいたのは、ビルが倒壊して、民間警備会社が騒ぎ出した後だ」

 

悠斗が思案顔をした。

 

「もしかしたら、俺が感じたのはそれかも知れない。――今ははっきり感じるけどな。 戦闘の禍々しい気配を」

 

「そうか。 もしかしたら、お前の異名に関連してるやもしれんな」

 

悠斗は腕を組んだ。

 

「――紅蓮の熾天使にか?」

 

「これは私の予測だ。 鵜呑みにはするなよ。 まあ、本人たちに聞けばすぐわかることだ。……殺すなよ、暁、神代」

 

那月が睨みつけていたのは、繁華街の外れに立つ巨大な電波塔だった。

禍々しい光に包まれたなにかが、夜空の中戦闘をしていた。 激しい空中戦を行っているのだ。

 

「――仮面憑きか!?」

 

「アスタルテ。 花火の時間だ、と公社の連中に伝えろ」

 

命令受託(アクセプト)

 

那月の指示を受けたアスタルテが、浴衣の袖口から無線機を取り出し操作する。

悠斗は、なるほど。と頷いた。

 

「花火でのカモフラージュか。 爆発や騒ぎが誤魔化せるからな」

 

直後、古城たちの背後で、ドン、と爆音が鳴った。

色とりどりの花火が、夜空を照らした。 発射地点は、仮面憑きの出現位置とは逆方向だ。

 

「花火に気を取られている庶民共が、異変に気づく前に片つける。 跳ぶぞ」

 

「了解」

 

「えっ、跳ぶって」

 

自由落下に似た不快感が収まった時、古城たちは見知らぬ高い塔の真上に放りだされていた。

 

「うおおおおっ!? なんだこれ!? なんでこんなところに……!」

 

古城は危うく足を踏み外しかけ、慌てて近くにあった剥き出しの鉄骨に捕まった。

鉄骨に捕まりながら、悠斗が嘆息した。

 

「古城、ビビりすぎだ」

 

赤と白に塗り分けられた電波塔の骨組み。 仮面憑きたちの戦闘中の真下だ。

 

「先輩がた、上です! 気をつけて!」

 

雪菜が鋭く叫んだ。

古城と悠斗は顔を上げ、仮面憑きを見た。 二体の仮面憑きは、共に小柄な女性の姿をしていた。

だが、彼女たちの背中には、血管まみれの醜悪な翼が何枚も不揃いに生えていた。

剥き出しの細い手足には、不気味な幾何学紋様が浮かび上がり、無数の眼球を象った不気味な仮面が、彼女たちの頭部を覆っていた。

彼女たちが翼を広げるたびに、歪に波打つ光の刃が撃ち放たれ、陽炎のように揺らめく障壁が、それを次々に撃ち落とす。

撃墜された光の刃は灼熱の炎に変わって、眼下の道路や建物を次々に燃やした。

戦闘が激化するにつれ、市街地の被害が広がっていく。

 

「なんだあれは。 あのような魔術の術式、私はしらんぞ」

 

那月が淡々と呟く。

 

「はい。 あれはまるで魔術というよりも……私たちが使う神懸りのような……」

 

那月の言葉に頷いて、雪菜は背中のギターケースから雪霞狼を取り出した。

槍の柄がスライドして長く伸び、格納されていた主刃と、左右の副刃が展開する。

 

七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)か……。 ちょうどいい。 手を貸せ、姫柊雪菜。 まとめて仕留めるぞ」

 

那月が雪菜の返事を待たずに、右手を振った。

その瞬間、那月の周囲の空間が、ゆらりと波紋のように揺れた。

そのなにもない虚空から、銀色の鎖が矢のように撃ち放たれ、空中を舞う仮面憑き二体に巻きつく。

直後、雪菜が鉄骨を蹴って舞った。

雪菜は空中で張り巡らされた鎖の上に着地。 そして、一気に駆け抜ける。

 

「――雪霞狼!」

 

雪菜の詠唱する祝詞に呼応して、雪霞狼が神々しい光に包まれた。

七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)は獅子王機関の秘奧兵器だ。 魔力を無効化し、あらゆる結界を斬り裂く。

その攻撃は、いかなる魔術障壁をもっても防げない。

雪菜は雪霞狼を構え、その刃を一体の仮面憑きの翼に突き立てるが――

 

「えっ!?」

 

激突の瞬間、伝わってくる異様な手応えに、雪菜は息を飲んだ。

仮面憑きを覆う禍々しい光が増し、その輝きが雪霞狼の直撃を拒む。

あらゆる結界を斬り裂く刃が、見えない障壁に阻まれて火花を散らした。

不揃いな翼を広げて、仮面憑きが咆哮する。

彼女たちを縛っていた鎖が弾け飛び、その衝撃に巻き込まれて雪菜も吹き飛ばされる。

古城と那月が同時に叫んだ。

 

「姫柊!?」

 

戒めの鎖(レージング)を断ち切っただと……!?」

 

「――降臨せよ、青龍!」

 

悠斗は万が一の為に青龍を召喚し、その背に乗って雪菜の着地地点まで移動した。

雪菜は、青龍の背に着地した。

悠斗は、雪菜に声をかける。

 

「無事か、姫柊?」

 

「私は大丈夫です。 でも……」

 

雪菜の表情は硬い。 真祖すら倒し得る必殺の七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)が、仮面憑きには通用しなかったのだ。

二体の仮面憑きは、古城たちの攻撃に警戒して、戦闘を一時中断していた。

一体は、上空へと逃れて古城たちを見下ろし、もう一体は、怒りを露わに電波塔のほうへ突っ込んでいく。

仮面の下の唇を張り裂けんばかりに開いて咆哮し、その全身が紅い光を放った。

 

「いかん!」

 

仮面憑きの攻撃が、電波塔の根元を部分を抉り取り、それを見た那月の表情が凍る。

自重を支えきれなくなった電波塔が傾き、折れた鉄骨を撒き散らしながら、ゆっくりと倒れていく。

その先にあるのは、渋滞中の幹線道路、対岸のビル群。 このままでは大参事は免れない。

 

「暁、神代、奴らは任せる! 暁は手加減するな、お前が死ぬぞ!」

 

一方的にそう言い残し、那月は空間転移で姿を消した。

古城は鉄骨に捕まったまま、悠斗は青龍の背に乗りながら片手を掲げた。

 

「ああ、くそ! 疾や在れ(きやがれ)、九番目の眷獣、双角の深緋(アルナスル・ミニウム)――!」

 

「――雷球(らいほう)!」

 

双角獣が衝撃波の弾丸を咆哮し、青龍は稲妻を纏った雷球を凶悪な口から放った。

それは、それぞれの仮面憑きを正面から襲った。

撒き散らされた振動で、電波塔がビリビリと震え、周囲の建物のガラスがひび割れる。

 

「――なに!?」

 

「――なんだと!?」

 

双角獣の攻撃を受けた仮面憑きは空を舞い続けており無傷だ。 青龍の攻撃は、確かに手応えはあった。

だがその攻撃は、仮面憑きによる、見えない障壁に阻まれていたのだ。

 

「ッチ、出力が足りなかったか」

 

悠斗は舌打ちした。

出力を上げて攻撃すれば撃ち落とすことが可能だ。

だが、それだと、那月が支えている電波塔を確実に破壊して、大参事は免れない。

 

「そんな……先輩の攻撃に耐えるなんて……!?」

 

歪な翼を広げる仮面憑きを呆然と見つめ、雪菜が声を震わせる。

双角獣は、己の攻撃が通らないと判断したので、直接攻撃に切り替え突進をしたが、仮面憑きはその攻撃を悠々とすり抜ける。

古城の眷獣は仮面憑きに触れられない。 その事実に古城は絶句する。

 

「――やばい!」

 

「――青龍!」

 

仮面憑きが生み出した巨大な光剣に気づいて古城は体を凍らせ、悠斗はその光剣を撃ち落とす為、飛来する光剣の斜線上に移動した。

もし、あの攻撃が市街地を直撃したら、どれだけの犠牲者が出るか計り知れない。

だが、その時だった――。

上空から飛来した閃光が、光剣を構える仮面憑きを貫いた。

その閃光の正体は、上空でホバリングしていた、もう一体の仮面憑きである。

背後の死角から不意打ちを受けて、閃光で貫かれた仮面憑きが苦悶の絶叫を洩らした。

閃光に貫かれたまま、その仮面憑きは電波塔の中腹に激突。 鮮血を撒き散らしてのた打ち回る。

閃光を放った仮面憑きがその上にのしかかり、鉤爪の生えた腕で、負傷した仮面憑きの体を容赦なく抉った。

肋骨をへし折り、剥き出しの肌を裂き、歪な翼を引き千切る。 倒れた仮面憑きは抵抗を続けるが、勝者は最初の一撃で決していた。

そして、倒れた仮面憑きはついに動きを止めた。

 

「俺たちを庇った……のか……?」

 

返り血に塗れた仮面憑きの横顔を見つめて、古城は呟いた。

古城たちの前で、仮面憑きの頭部を覆っていた仮面が外れた。

倒れた仮面憑きの攻撃を受けて、金属製の仮面に亀裂が入っていたのだ。

その素顔が浮かび上がり、古城たちは戦慄した。

 

「……馬鹿な! あいつ……あの顔!?」

 

「……なんで、そこにお前がいる!?」

 

「嘘……」

 

いまだ幼さを残したその美貌を、古城たちは知っていた。

銀色の髪と、氷河の輝きにも似た淡い碧眼――。

歪な翼を背負い、素肌に奇怪紋様を纏っていたその少女は、叶瀬夏音だった。

 

「……叶瀬やめるんだ。 お前がそんなことをしちゃいけない……」

 

悠斗は震える声で呟いた。 夏音の次の行動が分かってしまったのだ。

夏音は無数の牙を、電波塔の上に倒れた仮面憑きの剥き出しの白い喉に突き立てた。

 

「叶瀬――――!」

 

古城たちの眼の前で、凄まじい鮮血が噴き出した。

喉を裂かれた仮面憑きが、傷ついた体を激しく痙攣させた。 淡い碧眼から涙を流しながら、夏音は噛み千切った肉片を咀嚼する。

目的を果たした夏音は、再び翼を広げ夜空へに紛れて見えなくなる。

古城、悠斗、雪菜は、この光景を呆然と見ていることしか出来なかった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

同時刻、アイランド・サウス七〇三号室のベランダで、朱雀と青龍の魔力を込められた宝玉を両の手の中で握り締め、祈りを捧げている少女がいた。

 

「凪沙、ずっと待ってるから。 悠君」

 




この章で、悠斗君の紅蓮の熾天使の所以を書こうと思ってます(^O^)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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天使炎上Ⅳ

ひゃはー、連投だぜ。
以外に筆が進みましたです。

今回は独自設定も含まれていますね。
そこはご容赦くださいm(__)m

では、投稿です。
本編をどうぞ。


翌日の土曜日。

悠斗はマンションに帰らず、外で朝日を迎えることになった。

外で仮眠を取った悠斗は、在る場所へ足を向けていた。

 

「やっぱり拾ってきたのかよ」

 

悠斗は苦笑した。

そう。 悠斗が今現在居る場所は、夏音が子猫を保護してた修道院だ。

修道院の中の一番奥。 キリスト像の下に置いてある段ボールの箱の中には、三匹の子猫が戯れていた。

悠斗を見た子猫たちは、段ボール箱を倒して、悠斗の足元に殺到してきた。 悠斗は、事前に用意してあったキャットフードを開け、子猫たちの前に置いていく。

それを幸せそうに食べる子猫を見て、悠斗は優しい笑みを零していた。

悠斗は、無意識に言葉を洩らしていた。

 

「おまえらは、叶瀬の帰りを待ってるのか?」

 

子猫たちは相槌を打つように、ミィ、と鳴いた。

悠斗は猫の言葉が分らないが、頷いていた。

 

「そうか。 俺たちが絶対に助けるから、おまえらは、叶瀬の帰りを待ってやってくれ」

 

悠斗は、新しいキャットフードを開け、修道院を後にしたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は一度深く息を吐いてから、凪沙のスマートフォンに電話をかけた。

理由は、叶瀬夏音の自宅の場所を教えてもらう為だ。

 

『もしもし、悠君。 どうしたの?』

 

「あ、ああ。 実は、叶瀬夏音の自宅の場所を知りたくてな」

 

悠斗がこう言うと、暫しの沈黙が流れた。

 

『うん、わかった。――悠君。 もしかして、悠君の戦いに夏音ちゃんが関係したりするの?』

 

悠斗は目を見開いた。

まさか、バレると思っていなかったからだ。

 

「あ、それは……その」

 

『ううん、無理に教えてって言ってないよ』

 

「ごめんな、凪沙」

 

『いいの。 悠君、夏音ちゃんを助けてあげてね。 子猫ちゃんたちも、夏音ちゃんの帰りを待ってると思うから。――凪沙も、悠君の帰りを待ってるからね』

 

最後の凪沙の声は、どこか寂しさを帯びていた。

悠斗は、優しい声で答えた。

 

「ああ、わかった」

 

『悠君、メモの準備とか大丈夫?』

 

悠斗は、事前に用意していたメモ帳を開き、片手にペンを持った。

 

「いいぞ」

 

『じゃあ、夏音ちゃんの自宅の住所を言うね。 夏音ちゃんの自宅の住所は――』

 

悠斗は、凪沙が教えてくれた夏音の住所をメモ帳に書き留めていった。

 

「凪沙、助かったよ。 ありがとう」

 

『どういたしまして。……悠君、無事に帰ってきてね』

 

悠斗は、一呼吸置いた。

 

「ああ、必ず帰るよ」

 

『うん、待ってるね』

 

この言葉を最後に、悠斗が通話を切った。

悠斗は、凪沙の言葉を胸に仕舞い、夏音の自宅に足を向けるのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は、夏音の自宅に赴く為、絃神島北地区(アイランド・ノース)の駅でモノレールを降りた。

絃神島北地区(アイランド・ノース)研究所街(マギア・バレー)で有名な場所であり、人口島らしさを色濃く残した未来的背景の街である。

メモ帳を見ながら目的地に到着した悠斗は、

 

「デカイな。 ここでいいんだよな」

 

其処は、鏡面加工されたガラスで、壁全体を覆った佇まいの建物だった。

生活感を削ぎ落したような、冷たく殺風景なオフィスビルである。 そしてここは、メイガスクラフト社の社宅でもある。

メイガスクラフト社は、ビルの清掃現場で見かける床磨き機や、家庭用の自動洗浄機ロゴを扱っている企業の名称である。

ここが夏音の自宅だというのなら、企業の研究施設の中に住んでいる、ということになる。

悠斗は、腑に落ちなかった。 もしかしたら夏音は、本当はここから逃げ出したかったじゃないかと、悠斗はそう思っていた。

その時、後方から声がかけられた。

 

「ゆ、悠斗!?」

 

「な、なんでここにいるんですか?」

 

声の主は、暁古城と姫柊雪菜だった。

 

「叶瀬のことが心配でな。 凪沙に住所を教えてもらって、来てみたんだ」

 

「そうか」

 

「そう、ですね」

 

古城と雪菜が昨日の事を思い出して、そう呟いた。

古城と雪菜は、悠斗の隣に並び立った。

 

「とにかく、行ってみるか」

 

古城たちが扉を潜ると、受付窓には、人間を模して造られたロボット――機械人形(オートマタ)が座っていた。

 

「いらっしゃいませ」

 

受付窓に座る、女性機械人形(オートマタ)が声をかけてくる。

悠斗は動じることなく、用件を伝えた。

 

「叶瀬夏音に会いたいんだが」

 

「二〇四号室の叶瀬夏音は、外出中です」

 

手元の端末を操作しながら、女性機械人形(オートマタ)が淡々と答える。

 

「いつごろ戻るか、わかるか?」

 

「わかりかねます」

 

礼儀正しくも淡々と対応する女性機械人形(オートマタ)に、悠斗は眉を寄せた。

機械人形(オートマタ)なら、インストールされている行動や仕草で対応するはずだ。

だが、この女性機械人形(オートマタ)は、人間そっくりに振舞っているのだ。 悠斗は、それが引っかかったのだ。

沈黙する悠斗に変わって口を開いたのは、雪菜だった。

 

「叶瀬賢生氏は、ご在宅ですか?」

 

叶瀬賢生という人物が、おそらく夏音の保護者なのだろう。

 

「失礼ですが、お客様」

 

「獅子王機関の姫柊雪菜です」

 

受付係りに、雪菜が自身の所属する組織名を告げる。

そのことに、古城と悠斗は少々驚いた。 獅子王機関の名前を出す行動は、生真面目な雪菜らしからぬ行動に思えたからだ。

それに対する受付係りの回答は、古城たちの予想とは少し違ったものだった。

 

「――承っております。 あちらで少々お待ち下さい」

 

この回答に、悠斗は再び眉を寄せた。

雪菜はこの施設を始めて訪れたので、予約を取る事などはしていないはずだ。

この島には、獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華がいるが、彼女はディミトリエ・ヴァトラーの監視役の任についているので、予約など取れるはずがない。

一度通信を切り、何処かに連絡していた説も拭えない。

もしかするとこの施設は、夏音のあの姿と関係してる可能性があるかも知れない。

古城たちは、受付係が指差したソファーに腰を下ろした。

 

「承ってるって、どういうことだ?」

 

「わかりませんけど、好都合でしたね」

 

悠斗が、静かに口を開いた。

 

「古城、姫柊。 ここはきな臭い。 充分注意しろ」

 

「悠斗、きな臭いってどういう――」

 

古城の言葉が途中で切れたのは、ロビーのエレベータから、誰かが降りてくるのが見えたからだ。

ワインレッドのスーツに身を包んだ、華やかな金髪の外国人女性だ。

 

「登録魔族ですね」

 

「ああ、そうだな」

 

雪菜の呟きに、悠斗が応じた。

赤いスーツの女の左腕には、幅五センチほどの金属製の腕輪が装着されていた。

人口島管理公社から支給される魔族登録証である。

その女性は、古城たちの前まで歩み寄った。

 

「ごめんなさい。 お待たせしてしまったかしら」

 

「いえ……こちらこそ、突然すいません」

 

凛然と立ち上がって雪菜が答え、それに倣って、古城、悠斗も立ち上がった。

獅子王機関の肩書を名乗ってしまった以上、弱みを見せる訳にはいかないと思ったのかもしれない。

二十センチ近い程の身長差にも、気後れをしてる様子はなかった。

 

「あなたたちは、昨日の――」

 

「え?」

 

「いえ、ごめんなさい。 獅子王機関の攻魔師が、こんなに若い方だと思わなかったので」

 

何事もなかったように首を振り、女は事務的な口調で答えた。

 

「あらためまして、開発部のペアトリス・バスラーです。 叶瀬賢生の……そうですね、秘書のような仕事をしております。 本日は、叶瀬にどのようなご用件で?」

 

「申し訳ありませんが、今は言えません。 ご本人と話がしたいので」

 

雪菜が硬い口調でそう告げ、ペアトリスと名乗った女性は頷いた。

 

「わかりました。 でも、困りましたね。 本日、叶瀬は不在なので」

 

「不在?」

 

「ええ、叶瀬は現在、島外におりますの、弊社は、魔族特区の管理区域に、独自の研究施設を持っていますから、そちらに」

 

悠斗は心の中で、それはあり得ないと呟いた。 悠斗が旅をしていた時は、そのような施設は島外には無かった。

僅か一年で研究施設を建築し、機材を島外に持ち出して設置することなど不可能だ。

この言葉は嘘で、古城たちを島から追い出す算段なのかもしれない。

 

「絃神島の外に? もしかして叶瀬夏音さん……。 娘さんも一緒、ですか?」

 

「はい。 そのように聞いておりますわ」

 

ペアトリスは愛想よく微笑んで首肯した。

 

「二人が絃神島に、いつ戻ってくるかわかりますか?」

 

古城が緊張混じりの声で聞く。ペアトリスは首を振った。

 

「未定です。 叶瀬が現在関わっているプロジェクトの詳細については、私どもにも知らされておりませんので……」

 

「そう……ですか」

 

落胆する古城を見て、ペアトリスは楽しそうに笑った。

 

「ですから、もしお急ぎのご用件なら、研究施設を直接訪ねていただいたほうが早いかと思いますね」

 

「……そんなことができるんですか?」

 

目を丸くした古城が聞き返す。

 

「ええ、もちろん。 一日に二往復、連絡用の軽飛行機を飛ばしていますから、そちらに同乗していただければ。 今からなら、まだ午前中の便に間に合うと思いますわ」

 

「じゃあ、それで研究施設に連れて行ってもらえますか」

 

悠斗が罠と分かっても、この提案に乗った。

現状では、情報が一つもないのだ。

もしかしたら、連れて行かれた場所に、なにかの手がかりが残されてるかもしれない。

空振りだった場合は、朱雀か青龍の背に乗って、絃神島に戻ってくればいい話だ。

 

「かしこまりましたわ。 では、こちらへ」

 

手招きして、ペアトリスが歩き出す。

彼女を追い掛けて、悠斗と古城が彼女の背を追いかけて歩き出すが、雪菜はその場で俯き目を伏せたまま、呟いていた。

 

「飛行機……」

 

「姫柊?」

 

「どうしたんだ?」

 

怪訝な顔で、古城と悠斗が振り返った。

 

「いえ、なんでもありません。 行きましょう」

 

雪菜はぎゅっと拳を握りしめて首を振った。 その唇が、微かに青ざめて震えている。

それに気づいた悠斗は、姫柊は強がりだなー、と思っていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

飛行機の横で古城たちを待っていたのは、革ジャン服の長髪の男だ。

男が手を上げて、古城たちに挨拶をした。

 

「オレがあんたたちを島まで運ぶように頼まれた。 ロウ・キリシマだ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

代表して、悠斗が挨拶をする。

悠斗は助手席に座り、古城と雪菜は後部座席に座った。

離陸し、震える雪菜の手を握った古城を見た悠斗は、バカップルが、と思っていたが、これを聞いた雪菜は、そっちこそ、と言い返してやりたいと思うだろう。

悠斗と凪沙も、バカップルの域なのだ。 見てる此方が恥ずかしくなるほどの。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

島に到着すると、なにもない緑の森が広がっていた。

先に降りた悠斗はこの状況を一目見て、ああ、やっぱり嵌められた。と思っていた。

ふらつく雪菜の手を引きながら、古城も飛行機の後部座席から降りる。

 

「こんなところに、叶瀬たちがいるのか?」

 

無人島を見て、古城がキリシマに聞いた。

キリシマは笑みを零した。

 

「さあな。 そのうち会えんじゃねぇか……それまで無事に生きられたの話だが」

 

古城たちが飛行機から離れたのを確認してから、キリシマが機体のドアを閉めた。

再び飛行機のエンジンが勢いよく回りだし、小さな機体がゆっくりと走り出す。

 

「悪いな、恨むなら、ペアトリスを恨んでくれ」

 

窓越しに手を振って、キリシマがそう言い残す。

その言葉を理解した古城は、愕然と表情を凍らせた。

 

「ちょ……待てコラ、オッサン!」

 

「誰がオッサンだ、クソガキ! オレはまだ二十八――――!」

 

飛行機が離陸して、キリシマの怒鳴り声が小さくなっていく。

青空に吸い込まれ、遠くなっていく小さな機体を見て、古城は呆然と見送った。

悠斗が、古城を見ながら嘆息した。

 

「古城。 いつでも絃神島に帰れるから心配するな」

 

「で、でも、飛行機が!?」

 

「俺の眷獣を忘れたか?」

 

「あ!」

 

古城は思い出したように声を上げた。

 

「そうだ。 朱雀と青龍は、空が飛べるんだぞ。 絃神島まで数時間あれば移動できるから心配するな」

 

古城は安堵の息を洩らした。

 

「ま、一応連れて来てくれたんだ。 この島の探索をしてから帰っても遅くはないだろう」

 

「お、おう」

 

南国の強い陽射しが反射して、海が青く輝いていた。




次で皇女さまと邂逅ですかね。
それにしても、悠斗君は頭が切れますね。

悠斗君を心配する凪沙ちゃん、うん。悠斗君のお嫁さんだね。
てか、愛されてるといっても過言でないような(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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天使炎上Ⅴ

やっと投稿できました。
お待たせいたしました。

今回の話では、独自設定、独自解釈が入っていますね。
そこはご了承くださいm(__)m

あと最初に言っておきますね。
悠斗君のヒロインは、凪沙ちゃんだけです。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


古城たちは邪魔な木を切り払いながら、森の中を進んでいた。

 

「まさかこんな方法で、第四真祖、紅蓮の熾天使を絃神島から排除するなんて。というか、神代先輩は、罠だと解ってこの提案に乗ったんですか?」

 

雪菜が悠斗に聞いてくる。

 

「まあな。 いつでも帰れるんだし。 それに現状では、なんの情報もなかったんだ。 あの会社を調べようにも、見た感じ厳重すぎた。 なら、別の方向から調べるしかないだろう」

 

「確かに、その通りですけど」

 

古城が何かを見付け、目を細めた。

 

「あれって、もしかして建物か?」

 

斜面の中腹に建っていたのは、黒ずんだコンクリート壁だった。

表面はひび割れ、苔むしているが、人工的な建造物なのは間違いない。

 

「案外、本当にメイガスクラフトの研究施設があったりするのか?」

 

悠斗は頬を掻いた。

 

「それはあり得ないと思うが、まあ、行ってみるか」

 

「暁先輩、神代先輩。 待ってください、あれは」

 

雪菜の制止を無視して、古城、悠斗は走り出した。

雪菜も二人の後を追って、小走りで走り出す。

そこにあったのは奇妙な建物だった。

大きさは二階建てのアパート程度。 分厚いコンクリートの壁に覆われているが、壁の穴には窓ガラスすら嵌まってない。 建物の中には家具は存在してなかった。 とても人が住めるような場所ではない。

 

「トーチカ……ですね」

 

古城たちに追い付いた雪菜が、そう言った。

 

「トーチカ?」

 

「いいか古城。 トーチカっていうのは、戦場で、敵の接近を阻止する砦みたいもんだ」

 

古城は頷いた。

 

「なるほど。 じゃあ、ここで戦争でもやってたのか?」

 

「それはわかりません。 それほど古くないと思われますが」

 

そう言って雪菜は、薄暗いトーチカに入っていく。

雪菜の後に、古城、悠斗と続く。

足元に散らばっていたのは、機関銃弾の空薬莢(からやっきょう)である。

 

「銃撃戦の跡……ですね」

 

回りを見渡せば、トーチカの壁には、銃弾の跡とおぼしき窪みや亀裂が無数に残されていた。

表面の汚れから判断して、古いものではなかった。 ここ数年で出来たものだ。

悠斗は屈み、空薬莢を取りながら、

 

「……空薬莢も、そんなに古くないな。 ここでなんかの演習でもあったのか?」

 

雪菜は首を左右に振った。

 

「わかりません。 でも、なにかあったのは確かですね」

 

悠斗は顎に手を当てながら、

 

「すまん。 古城、姫柊。 他も見てみたいから、帰るのはちょい延長していいか?」

 

雪菜と古城は頷いた。

 

「はい、わかりました。 私も少し気になるので」

 

「オレと姫柊は、ここでやれることをやってるよ」

 

「了解した」

 

悠斗はそう言って、他のトーチカがある場所へ歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は、周りを見渡しながらぼやいてた。

 

「にしても、本当になにもないな。 無人島って」

 

悠斗は歩きながら、この事件のことを整理していた。

――仮面憑き。

――叶瀬夏音。

――叶瀬賢生。

――メイガスクラフト社。

 

「商品? 人体実験?」

 

悠斗がそう考えていたら、後方の草むらが、がさがさ、と音がした。

悠斗は距離を取り、その場所を目を細くして見つめた。

 

「誰だ?」

 

悠斗は、警戒心を持ったまま聞いた。

 

「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。 紅蓮の熾天使」

 

そう言いながら、声の主は草むらから現れた。

美しい銀色の髪に、氷河を思わせる碧い瞳。 日本人離れした端麗な容姿。

彼女は、叶瀬夏音に似ていたが、決定的になにかが違っている。

夏音よりも背が高く、顔立ちも大人びてる。

彼女は軍隊の儀礼服を思わせるブレザーと、編み上げられたブーツを身につけていた。

 

「叶瀬夏音?……いや違う。 誰だ、あんたは?」

 

悠斗は警戒したまま、銀髪の彼女に聞いた。

 

「北欧アルディギア国王ルーカス・リハヴァインが長女、ラ・フォリア・リハヴァインです。――アルディギア王国で王女の立場にある者です」

 

短いスカートの裾をつまみながら、ラ・フォリアが優雅に一礼する。

彼女は一礼してから、悠斗を悪戯ぽく見返して笑った。

悠斗はそれを見て、警戒心を収めた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

彼女が乗ってきた救命ポッドは、島の西側の岸に打ち上げられていた。

絃神島から見て外洋側。 島の中央の泉を挟んで、古城たちがいるトーチカの反対側である。

 

「あんた、本当に王女様なんだな」

 

砂浜に残された救命ポッドを見て、悠斗が呟いた。

 

「なぜ嘘をつく必要があるのですか?」

 

救命ポッドは恐ろしく豪華だった。

プラスチックの殻に覆われた卵形の本体と、自動で膨らむゴム製の浮力具。

これだけなら通常の救命ポッドなのだが、外装が純金張りである。

ポッドの中は、立派なベットを備え、飲料水や食料は勿論のこと、温水洗浄便座までついてるという快適ぶりである。

確かに、このような救命ポッドに乗る人物は、王族以外には考えられない。

悠斗は、後頭部に両の手を回した。

 

「で、王女様のことはなんて呼べばいいんだ。 お姫様か?」

 

彼女は、悠斗の言葉を聞きムッとした。

 

「ラ・フォリアです、紅蓮の熾天使。 殿下も姫様も王女も聞き飽きました。 せめて異国の友人には、そのような堅苦しい言葉で呼んで欲しくはありません」

 

「わかったよ。 ラ・フォリア。 俺のことも悠斗って呼んでくれ。 紅蓮の熾天使で呼ばれるのはちょとな」

 

ラ・フォリアは微笑みながら、

 

「わかりました。 悠斗」

 

「それで頼んだ。――でだ、ラ・フォリアは、なんでこんな無人島にいるんだ?」

 

「絃神島を訪問する途中で、船が撃墜されたのです」

 

ラ・フォリアが事も無さげな口調で言う。

 

「ちょっと待て。 それって、メイガスクラフトにか?」

 

「そうです。 おそらく、私を拉致する為でしょう」

 

犠牲になった部下たちを哀悼(あいとう)するように、ラ・フォリアは目を伏せて頷いた。

彼女を乗せた飛行船が撃墜されたのは、六日前。 絃神島で仮面憑きが現れ、騒ぎが起きた夜のことである。

その日ラ・フォリアは、護衛の騎士団と絃神島に向かっている途中で突然襲撃を受け、不利を悟った騎士団たちに救命ポッドに押し込まれた。

そして抵抗する暇もなく射出されたポッドは海に落ち、この無人島に流れ着いた。ということだ。

 

「やっぱりか。 怪しい匂いはしてたけど、ここまでとはな。 で、ラ・フォリアは狙われる理由でもあるのか?」

 

「彼らの狙いはわたしくの身体――アルディギア王家の血筋です」

 

悠斗は相槌を打った。

 

「なるほどな。 強い霊媒。 巫女ってことか?」

 

「そうですね。 悠斗の考えで間違いありません」

 

悠斗は思案顔をした。

 

「なあ、俺の予測なんだが、叶瀬は王宮の関係者じゃないか? それでなんらかの事情があり、あの修道院で暮らしていた。――ここからも俺の予測だ。 叶瀬賢生は、叶瀬夏音の本当の父親じゃないんだろ。 絃神島で暮らしていた賢生は、修道院で暮らしていた叶瀬の存在、いや、王家の血筋に気づいて引き取り……」

 

悠斗は、夏音のあの姿思い出し唇を噛んだ。

 

「養女にした叶瀬を……人体実験の霊媒として使った」

 

ここまで見事に予測され、ラ・フォリアは珍しく目を見開いた。

 

「そうです、叶瀬賢生は叶瀬夏音の父親ではありません。 夏音の本当の父親は、わたくしの祖父です」

 

ラ・フォリアは、一呼吸置いた。

 

「十五年前。 祖父と、アルディギアに住んでいた日本人女性との間に生まれた子が、叶瀬夏音です。 もちろんわたくしの祖母、当時の王妃にとっては浮気ということになります。 叶瀬夏音の母親は、出産直後に祖父に迷惑をかけまいようと日本に帰国。 それを知った祖父が、彼女のために立てたのが――」

 

悠斗が、ラ・フォリアの言葉を引き継ぎ、こう言った。

 

「あの修道院か……。 そうか。 叶瀬夏音は、ラ・フォリアの叔母に当るんだな。 これを知ったラ・フォリアは、叶瀬夏音を迎えに絃神島を訪れようとしたが、メイガスクラフトの連中に飛行船を撃墜されたんだな」

 

「はい。 わたくしを攫おうとしたのは、もっと強い霊媒を必要としたからかも知れません。 賢生の魔術儀式のために」

 

悠斗は、眉を寄せた。

 

「魔術儀式?」

 

「そうです。 叶瀬賢生は元々、宮廷の魔道技師だったのです。 その危険な魔術儀式の為、賢生は宮廷を追放されましたが……」

 

「……それをここでしようと考えたのか。 叶瀬やラ・フォリアを使って。 人の命をなんだと思ってやがる」

 

悠斗の手を握りすぎて掌に爪が食い込み、血が滴り出ていた。

 

「賢生は、模造天使(エンジェル・フォウ)の儀式を執り行うつもりなのです。 賢生が研究してた魔道儀式で、人為的に霊的進化を起こす事で、人間より高次の存在へ生まれ変わらせる目的の儀式のことです」

 

「……そうか」

 

悠斗が空を見上げると、青い空は夕焼けに変わっていた。 悠斗は全身の力を抜いた。

そして、あることに気付いた。

 

「あ、やべ。 古城と姫柊のこと忘れてた」

 

「古城とは、第四真祖のことですか?」

 

「そうだ。 絃神島を領土とする第四真祖だな。 姫柊は古城の監視役で、獅子王機関から派遣された剣巫だ」

 

ラ・フォリアは、悪戯っぽく微笑んだ。

 

「そうですか。 早く会ってみたいですね」

 

悠斗がラ・フォリアの手に引かれながら訪れたのは、島の中央部。

森の木々と霧に覆われた、美しい場所()だった。

透明度の高い澄んだ水面からは、無数の石柱が突き出して、美しい光景を生み出している。

 

「では、悠斗。 ここで見張っていてください」

 

「あー、なるほど。 二日間風呂に入ってなかったから水浴びか。 見張ってるから行ってこい」

 

ラ・フォリアは、首を傾げた。

 

「あら。 悠斗は吸血鬼ですよね。 わたくしの裸を想像して興奮しませんの?」

 

悠斗は、後頭部をがしがし掻いた。

 

「俺は、吸血衝動の制御可能なんだ。 あー、あとなんだ。 そういう人は一人しか該当しないから心配するな」

 

「その方に、ぜひ会ってみたいですね」

 

「はいはい、わかったから。早く行ってこい」

 

ラ・フォリアは、片手を振りながら泉へ向かった。

悠斗は、月のネックレスを握り締めながら、無意識に呟いていた。

 

「……今すぐ会いたいな、凪沙」

 

悠斗は、自身の呟きに気づき苦笑した。

 

「俺って、凪沙に依存しすぎだな。 でもまあ、あいつが居ない生活は考えられないからな」

 

悠斗が見張りをして数分後、ラ・フォリアが戻ってきた。

タオルで体を拭いているということは、一糸まとわぬ姿なのだろう。

だが、悠斗の鋼の精神は揺るがない。 悠斗の理性の化け物が凄いことが解る。

まあ、一部を除いてだが。

 

「もういいですよ、悠斗」

 

「おう」

 

振り返ると、ラ・フォリアが銀髪を乾かしていた。

 

「それにしても、悠斗の理性は凄いですね」

 

「まあな」

 

その時、二人の耳に銃声が聞こえてきた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「メイガスクラフトの兵隊たちが、なんで今ごろ!? てか、悠斗はどこに行ったんだ?」

 

「わかりません。ですが、今はここを切り抜けることを考えましょう。――先輩、伏せて!」

 

雪菜が古城に覆い被さる。

古城たちの頭上を、機関弾の一連射が駆け抜けていった。

 

「問答無用かよ!? いきなり発砲してきやがったぞ!?」

 

雪菜は雪霞狼を握り直した。

このままでは逃げられないと判断した雪菜は、兵士たちの方向に向き直った。

 

「先輩、十五秒だけ耐えてください」

 

「姫柊!?って」

 

雪菜が飛び出したことで位置を補足されたのか、古城が隠れてる付近に着弾が集中する。

雪菜を援護しようにも、古城は顔を出すことすらままならない。

 

「――――鳴雷!」

 

雪菜が、鎧に覆われた兵士の後頭部を蹴り飛ばす。

 

「姫柊、無事か!?」

 

集中砲火から解放された古城は、雪菜の方へ走り寄る。

雪菜は驚愕の表情で、背後に跳んだ。

 

「まだです、先輩!」

 

「――え?」

 

黒い全身鎧に覆われた兵士が、古城の前で立ちあがった。

 

「すいません、先輩……囲まれました」

 

四方から響いてくる足音に気づいて、古城は絶望的な表情になる。

最初に遭遇した兵士たちに手こずっている間に、古城たちは完全に包囲されたらしい。

古城が眷獣を解放すれば、一瞬で兵士たちを消滅させることができるだろう。

だが、眷獣を召喚すれば、その場全てを破壊尽くしてしまうだろう。

どうすればいい、と古城が逡巡する。

その直後、

 

「――――!?」

 

古城たちの眼前にいた兵士たちが、飛来した閃光に貫かれ、全身鎧に覆われた兵士が爆散し、どす黒いオイルと金属片を撒き散らす。

続けざまに飛来した閃光が、同じく古城たちを包囲してた兵士を薙ぎ払った。

閃光の正体は銃弾だ。 二発の銃弾が古城たちを救ったのだ。

 

「二人とも、無事ですか?」

 

「二人とも、助けるのが遅くなってすまん」

 

緊張感のないおっとりした声と、数時間前に聞いた声が岩壁の上から聞こえてきた。

そこに立っていたのは、美しい銀髪の女性と、漆黒の黒髪を揺らす男性だった。

叶瀬夏音に似た女性と、神代悠斗だった。

彼女の手に握られているのは、美しい装飾の巨大な拳銃だ。

 

「呪式銃!?」

 

銃の正体に気付いた雪菜が、声を上げて驚く。

 

「今のうちにこっちにこい、安全だから」

 

悠斗の手招きを受け、古城と雪奈は岩壁の上に移動する。

 

「あなたは?」

 

「ラ・フォリア・リハヴァインです。 悠斗からお話は伺っています。 暁古城」

 

問い掛ける古城に、ラ・フォリアは優雅に微笑んだ。

 

「どうしてオレの名前を?」

 

「暁古城なんでしょう。 日本で出現したという第四真祖の」

 

驚いて聞き返す古城を見て、ラ・フォリアは不思議そうに目を瞬く。

 

「ああ……そうだけど……」

 

「今のが、最後の呪式弾でした」

 

戸惑う古城を放置して、ラ・フォリアは一方的に会話を続ける。

ラ・フォリアが指差しながら、

 

「あれはメイガスクラフトの機械人形(オートマタ)です。 わたくしを追ってきたのでしょう。――今度は、悠斗が働いてください。 あの船は機械人形(オートマタ)しか乗ってません。 沈めても大丈夫です」

 

悠斗は頭を掻いた。

 

「ったく。 一方的なお嬢様だな」

 

「先輩、来ます」

 

そう雪菜が警告する。 雪菜が雪霞狼を向けた方向に、新たな兵士の一群が見えた。

悠斗が右手を突き出した。

 

「――降臨せよ、青龍!」

 

古城たちの眼の前に、天を統べる龍、青龍が召喚された。

 

「――雷球(らいほう)!」

 

青龍の凶悪な口から稲妻を纏った雷球が放たれ、機械人形(オートマタ)を薙ぎ払い、それが船に直撃し、跡形もなく消し去った。

海が荒れ狂い、海水が森の木々を薙ぎ払う。

真祖の倍の力を有する、青龍の攻撃を最小限に抑えた一撃。

 

「あ、やべ。 海の魚大丈夫かな」

 

「大丈夫だと思いますよ。 あの攻撃は船にだけ直撃したので」

 

ニッコリと笑い、ラ・フォリアがそう言う。

 

「力を最小限に抑えてもこれだからな。 やっぱ、青龍の一撃はとんでもないな」

 

海を見ながら、溜息を吐く悠斗だった。




なんか怪しくないか?と思う方がいると思いますが、ヒロインは凪沙ちゃんだけですよ。←これは絶対です!!
凪沙ちゃんは重要な所で出ますので、大丈夫です(●`・ω・´●)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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天使炎上Ⅵ

こっちを先に書いてしまった……。
ええ、こちらの区切りが良いところまで書きます(^_^;)
それから他の書こうかとm(__)m
ご都合主義発動です(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗は、ラ・フォリアと共にいる理由を古城と雪菜に説明した。

 

「ま、そういうことなんだ。 まさか考え事をしてたら、お姫様と遭遇するなんてな」

 

ラ・フォリアが頬を膨らませた。

 

「お姫様じゃありません。 ラ・フォリアです。 紅蓮の熾天使」

 

悠斗は肩を落とした。

 

「わかったから、ラ・フォリア。 紅蓮の熾天使はやめてくれ……」

 

「悠斗は、最初からそう言えばよかったんです。――雪菜と古城も、殿下や王女はやめてください」

 

「ああ、わかった。 ラ・フォリア」

 

「え? いえ、ですが、しかし……」

 

古城は迷うことなく彼女を名前で呼んだが、雪菜は首を振っていた。

政府機関の雪菜は、そのような馴れ馴れしい距離間には抵抗があるのだろう。

雪菜は彼女の瞳を見て、諦めたような口調で言った。

 

「……わかりました。 ラ・フォリア」

 

「雪菜も、今後はそれでお願いしますね」

 

悠斗はこれを見て、やっぱり、一方的なお嬢様だなー、と思っていた。

 

「――――!」

 

その時だった。 悠斗が再び海を見たのは。

悠斗の中にいる眷獣たちが強い反応を示していたのだ。

だが、古城たちの反応はない。 もしかしたら、悠斗に関連しているかも知れない。

雪菜も海を見ながら、雪霞狼の刃を展開させた。

 

「船です」

 

そう告げる雪菜の視線の先には、水飛沫を撒き散らして進む黒い船が映った。

悠斗が破壊したの同じ、軍用の揚陸艇である。

 

「あの船……また機械人形(オートマタ)か?」

 

うんざりとした気分を味わいながら、古城が呻いた。

古城は眷獣を召喚しようとしたが、悠斗が古城を制止した。

 

「いや、待て。 あれには叶瀬が乗ってる可能性がある」

 

「なんで解るんだ?」

 

古城がそう聞いてくるが、悠斗にも解らないのだ。

船の甲板上に、見覚えがある影が立っていた。 ベアトリス・バスラーとロウ・キリシマだ。

キリシマの手には白い巨大な布切れ、停戦の示す白旗が掲げられていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

船が接岸したのは、先程機械人形(オートマタ)が上陸してきたのと同じ入り江だった。

最初に船を下りてきたのは、革製の真紅のボディスーツを身に纏っているべアトリス。

彼女に続いて、聖職者を思わせる男が上陸してくる。

最後に、大きな旗竿を担いだままキリシマが甲板から顔を出した。

 

「よう、バカップルとその保護者。 元気そうだな。 仲良くしてたか?」

 

「……ロウ・キリシマ……。 てめぇ、よくもぬけぬけと」

 

悠斗が古城を制止しながら、

 

「古城、そう怒るなって。 俺はあいつを利用したんだから」

 

キリシマは、悠斗の言葉を聞き呻いた。

 

「ぐふっ。 後からわかったんだが、おまえさんの眷獣は空が飛べるんだってな」

 

「まあな」

 

無防備に前に進み出たラ・フォリアが、黒服の男を見つめて言った。

 

「久しぶりですね、叶瀬賢生」

 

賢生は自身の胸に手を当て、恭しく礼をする。

 

「殿下におかれましてはご機嫌麗しく……七年ぶりでしょうか。 お美しくなられましたね」

 

「わたくしの血族をおのが儀式の供物にしておいて、よくもぬけぬけと言えたものですね」

 

冷ややかな口調で、ラ・フォリアが答えた。

しかし賢生は表情を変えない。

 

「お言葉ですが殿下。 神に誓って、私は夏音を蔑に扱ったことはありません。 私があれを、実の娘同然に扱わなければならない理由――今のあなたにはおわかりのはず」

 

ラ・フォリアの口調に、非難の声が混じる。

 

「いえ、むしろ実の娘同然なればこそ、と申し上げましょう」

 

悪びれない賢生の言葉を聞いて、ラ・フォリアは溜息を吐いた。

 

「叶瀬夏音はどこです、賢生」

 

「我々が用意した模造天使(エンジェル・フォウ)の素体は七人。 夏音はこれらの内三人を自らの手で倒し、途中で敗北した者たちの分も含めて六つの霊的中枢を手に入れました。 人が生まれ持つ七つの霊的中枢と合わせて、これで十三。 それらを結びつける小径は三十。 これは人間が持つ己の霊格を一段階引き上げるのに必要十分な最低数です」

 

賢生が丁寧な口調で告げる。

その言い淀みない言葉には、嘗ての宮廷魔道技師の趣があった。

そんな彼の一方的な説明を聞いて、雪菜が非難の声を上げようとしたが、それは叶わなかった。

膨大な魔力が、悠斗の体から洩れ出ていたからだ。

 

「……叶瀬賢生。 テメェは、娘同然の彼女に、こんな事の為に殺しをさせたのか。 人の命をなんだと思ってやがる……」

 

賢生は両腕を広げた。

 

「これも娘の夏音のため、夏音も喜んでるはずだ。 自身が神に近づけることによって」

 

悠斗は、賢生を睨みつける。

 

「それはテメェの一方的な理想だろうが、彼女の意志はどうなるんだ」

 

「夏音も喜んでいると言ったはずだ」

 

暫しの沈黙がこの場を漂う。

この沈黙を破ったのは、悠斗だった。

 

「……テメェは一発殴らないと、現実が見れねぇみたいだな」

 

「話はいいわよね。 あたしは仕事を終わらせて早くシャワーを浴びたわ」

 

酷薄そうに舌なめずりして、べアトリスは気怠げな視線を古城たちに向けた。

 

「だけど、あんたたちにはチャンスをあげるわ」

 

動いたのはべアトリスではなく賢生だった。

彼が黒服の懐から小型の制御端末を取り出し、それを見たキリシマが、甲板に積まれていたコンテナケースの蓋を開ける。

棺桶に似た形の気密コンテナだ。

その中で横たわっていた小柄な少女が、白い冷気を纏ったままゆっくり起き上がる。

患者着に似た簡素な衣服。 剥き出しの細い手足。 零れ落ちる銀髪。 そして醜い翼。

 

「――叶瀬!」

 

「叶瀬さん!?」

 

眠りから覚めた少女に向かって、古城と雪菜が同時に叫んだ。

べアトリスは、感情が瞳で眺めながら、

 

「第四真祖に、獅子王機関の剣巫。 あんたは、ただの吸血鬼かしら。 ともあれ、三人がかりで構わないからさ。 あの子と本気で戦ってやってくれる?」

 

べアトリスの言葉に、古城は怒りを通り越して唖然する。

 

「――っざけんな。 なんで俺たちがそんなことしなきゃなんねーんだよ!?」

 

「そんなこと、わかりきってるでしょうが。 売り込みに使うのよ。 我が社の“天使もどき”が、世界最強の吸血鬼をぶち殺しました――ってね」

 

「叶瀬さんを兵器として売り出すつもりですか」

 

「ちょっと違うけど、まあそんなに外れてもないわね」

 

クックッ、とやる気のない声で笑いながら、べアトリスは目を細める。

 

「戦う気がないってんなら、別にそれでも構わないわよ。 大人しく死んでもらうだけだから。 残念ね。 無事に生き残れたら、あんたたちは見逃してあげようと思ってたのに――それにほら、彼女はすっかりやる気みたいよ」

 

「なに……!?」

 

夏音の体から噴き出した異様な瘴気に気づいて、古城は愕然とした。

不揃いな翼を展開して、夏音がゆっくり浮上する。

目開けられた彼女の目に感情の色はなく、瞳孔は焦点を結んでいない。

これまで沈黙を続けていた悠斗が、口を開いた。

 

「ああ、戦ってやるよ。 戦って、彼女を元に戻せばいい話だろ」

 

「あなたはそれでいいのですか、賢生」

 

制御端末を握る賢生を見つめて、ラ・フォリアが問いかけた。

賢生は、彼女の視線から逃れるように背後を振り向き、端末に向かって呼びかける。

 

「起動しろ、XDA・7。 最後の儀式だ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

翼を広げた夏音が浮上する。 その瞬間、古城の視界の片隅を銀色の閃光が駆け抜けていた。

閃光の正体は、雪菜が携えている槍、雪霞狼だ。

雪霞狼を構えた雪菜が弾丸のような勢いで跳躍し、その刃を夏音に突き立てる。

魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を切り裂く降魔の槍。

夏音が魔術儀式で造られた人口の天使だというのなら、その魔術そのものを無効化してしまえばいい。 そう雪菜は考えたのだろう。だが――。

 

「くっ――!?」

 

夏音の肌に穂先が届いたその瞬間、弾き飛ばされたのは雪菜のほうだった。

突進した勢いで後方に吹き飛んだ雪菜は、雪霞狼を突き立てながら、無事に着地する。

 

「これは!?」

 

驚愕な表情で雪菜が呻く。

夏音は何事もなかったように空へと舞い上がる。

 

神格震動波駆動術式(DOE)……獅子王機関の秘奧兵器、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)か」

 

雪菜が持つ雪霞狼眺めて、賢生は満足そうに呟いた。

 

「無駄なことだ。 人の手で生み出した神の波動が、本物の神性を帯びた模造天使(エンジェル・フォウ)を傷つけられる道理もあるまい」

 

「そんな……ことが……」

 

雪菜が唇を噛む。

悠斗が口を挟んだ。

 

「そうか。 同じ神の力なら対抗できるんだな」

 

そう。 悠斗が使役する眷獣は、神々の眷獣なのだ。

なので、テティスモールで対峙した模造天使(エンジェル・フォウ)に攻撃が通ったのだ。

雪菜は、制御端末を持つ賢生へと向き直り、再び駆け出した。

模造天使(エンジェル・フォウ)が止められないというのなら、それを制御してる術者を排除すればいい。

 

「――だから、あんたの相手はそっちじゃないっての」

 

気怠い口調でぼやきながら、雪菜の前にべアトリスが立ちはだかる。

噴き出す鮮血のような勢いで、彼女の手の中に出現したのは紅い槍。 べアトリスの身の丈を上回る長槍である。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)は俺と古城でどうにかする。 姫柊はその吸血鬼のババアの相手をしてくれ」

 

「わかりました」

 

雪菜は駆け出し、ペアトリスと攻防戦を始めた。

古城も悠斗の隣に立ち、夏音と対峙した。

 

Kyriiiiiiiiii(キリィィィィィィィィィィ)――――!」

 

夏音の喉から甲高い絶叫が迸る。

人間の声帯では出せないであろう声。 悠斗には、この声は悲しみを帯びた悲鳴に聞こえた。

夏音を包み込む光が勢いを増し、彼女の体が、変貌を始める。

口腔を埋め尽くしていた牙が抜け落ち、あどけなかった顔立ちは、黄金律を体現した美貌へと転じていった。

不揃いだった醜い翼は、光り輝く三対六枚の美しい翼へと生え替わる。

その翼の表面には浮き上がったのは、巨大な眼球だ。

 

「これが……模造天使(エンジェル・フォウ)……」

 

夏音が放つ攻撃的な波動に圧倒されながら、古城が歯軋りした。

悠斗が苦笑しながら、

 

「いや、これは天使とは言わないな」

 

先程悠斗は強気に出ていたが、心の中では歯軋りをしていた。

悠斗は六体の眷獣従えているが、現状使役出来るのは、朱雀と青龍だけだ。

青龍の最大出力での攻撃は、夏音を消滅させてしまう恐れがある。

真祖レベルの攻撃は効かないと実証済みだ。 なので、加減が解らない。

この戦いでは、青龍が使えないことが解ってしまった。

朱雀の清めの焔で、全ての模造天使(エンジェル・フォウ)が浄化できる保証もない。

――だが、やるだけやってみるしかない。

悠斗は右手を突き出し、

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

朱雀は一鳴きし、夏音へ突進を開始した。

光り輝く天使と紅蓮の不死鳥が衝突するが、それは拮抗したままだった。

 

「ッチ、神々の位は同じってことかよ」

 

悠斗は舌打ちした。

本来ならここでアイツ(・・・)を召喚し、夏音をこの状態から切り離す(・・・・)ことが可能だ。

そしてその切り離した物を、古城の眷獣の最大出力で消滅させる。 だが、それは出来ない。

――ならば、弱った所を狙うしかない。 古城の眷獣、真祖レベルの攻撃になら確実に耐えられるはず。

 

「――飛焔(ひえん)

 

朱雀は、夏音と一定の距離を取り、首をS字に曲げて、神秘的な焔を放った。

この攻撃は、夏音が放った黄金の剣に相殺されてしまった。 だが、相殺されても夏音が弱まるまで続けるだけだ。

数分これを見ていた古城が、悠斗の前に出た。

 

「やめろ、叶瀬! 俺たちが解らないのか! 悠斗、オレがやる」

 

古城は片手を掲げた。

 

「――疾や在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

「ッ!?古城、お前の攻撃は、叶瀬が弱った時に使うんだ!」

 

古城は早まってしまった理由は、このままでは島が消滅してしまうと感じ取ってしまったのだろう。 夏音を止めなければ、雪菜やラ・フォリアは、確実に命を落としてしまうのだから。

 

「叶瀬っ!」

 

雷光を纏った獅子の黄金(レグルス・アウルム)が、そして振動の塊である緋色の双角獣が、空に舞う天使へと突撃した。 それぞれが天災にも等しい真祖の眷獣の攻撃だ。

だが、この攻撃は、夏音の体を傷つけることはなかった。

蜃気楼のように肉体を揺らめかせただけで、すべての攻撃は模造天使(エンジェル・フォウ)をすり抜けていく。

引き裂かれた大気が軋み、稲妻が蒼穹を貫くが、夏音は無傷のまま悠然と飛び続けていた。

 

「無駄だ、第四真祖よ」

 

賢生が古城に呼びかける。

彼は達観したような表情で、夏音を見ていた。

自らが生み出した模造天使(エンジェル・フォウ)に対して、彼はなんの興奮も喜びも感じていないのだ。

 

「今の夏音は、すでに我らとは異なる次元の高みに至りつつある。 君の眷獣がどれほど強力な魔力を誇ろうとも、この世界に存在しないものを破壊することはできまい――」

 

「くっ……」

 

哀れみの眼差しで見つめられても、古城には賢生に言い返す余裕がない。

模造天使(エンジェル・フォウ)の六枚の翼が、巨大な眼球を古城と悠斗に向けたからだ。

陽光に似た圧倒的な輝きが、一片な影すら残さず古城と悠斗を照らし出す。

悠斗はその場から動くことは叶わなかった。 動いてしまえば、朱雀の守りから離れてしまうからだ。

 

「叶瀬――――っ!」

 

手を伸ばしながら、古城が吼えた。 直後、閃光が瞬き古城を貫いた。

全ての音が消滅した。

古城の心臓に突き刺さった光は、苛烈な衝撃と炎を伴って、人々の視界を真っ白に染める。

その純白の世界で、古城の体がゆっくり仰向けに倒れていく――

 

「古城!」

 

「先輩!」

 

雪菜とラ・フォリアが、吹き荒れる暴風に逆らいながら、倒れた古城に駆け寄る。

夏音の攻撃の爆心地は半球状に抉られ、溶けた岩肌が白く蒸気を吹き上げていた。

古城の肉体はズタズタに引き裂かれ、原形を留めてるのが不思議なくらいだ。

 

「先輩! 暁先輩――!」

 

雪菜が、倒れた古城に取りすがって名前を呼び続けていた。

そんな時、渦巻く暴風の中心にいた夏音が血の涙を流しながら慟哭していた。

 

OAaaaaaaaaaa(オアァァァァァァァァァァ)――!」

 

その慟哭が竜巻を生み出し、周囲の海水を凍りつかせながら暴風圏を広げていた。

 

「古城!――朱雀!」

 

悠斗は、すぐに古城たちを朱雀の焔の翼で包み込んだ。

取り巻く竜巻は完全凍りつき、巨大な柱と化していた。 螺旋状に渦巻く地上部分は直径十メートルに達し、尚も成長を続けている。

賢生たちの船もその内部に取り込まれ、島からの脱出は絶望的だ。

その吹雪の中、焔の翼に包まれた少年少女が取り残されている。

銀髪の王女と紅蓮の熾天使は、頭上に屹立する氷の柱を眺めていた。

 

「叶瀬夏音……あなたは……」

 

「これは……お前の想いなのか……」

 

夏音は、その透き通る氷の中で、慟哭しながら眠り続けている。

氷雪を纏う巨大な柱は、“バベル”と呼ばれた天を衝く聖塔によく似ていた。




古城君、フライングやで\(゜ロ\)(/ロ゜)/
まあ、数分待って変化がなければ、そうなるのも仕方ないと思うが。

てか、悠斗君の青龍が封じられちゃいましたね。
青龍の一撃は半端ないですからね。最大出力では、夏音ちゃんが消滅してしまいます(>_<)
朱雀だけでも厳しい。今後はどうなるのか?
さてさて、お待ちかねのあの子は次回に出る予定ですね。
新たな眷獣も出るのかな?

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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天使炎上Ⅶ

ひゃはー、連投やで。
この話で一気に投稿しちゃいました。

切りがいいところはあったんですが、文字数が微妙になっちゃうので。
エピローグじゃないのに、文字数がないのはあれですからね。

今回はあの子が登場です(^O^)
悠斗君の二つ名の所以も明らかになります!
ご都合主義+中二全開です!!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 

雪霞狼を頭上に掲げて、高らかに雪菜が祝詞を唱えた。

それに呼応して、研ぎ澄まされた刃が輝きを放つ。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

純白の光が消えた時、古城たちの周囲には、直径四、五メートルほどの半球状の空間が出現していた。 雪霞狼の神格波動破で防護結界を張ったのだ。

結界の外側にあるのは、氷河のような分厚い氷の壁。

その壁の外側では、今の猛烈な吹雪が吹き荒れている。

結界の中央に倒れているのは、未だに意識が戻らない古城だ。

 

「朱雀、もういいぞ」

 

悠斗がそう言うと、朱雀は一鳴きして焔の翼を解いてから、異世界に消えていった。

 

「――大義でした、雪菜、悠斗。 これならしばらくは保ちますね」

 

氷に閉ざされた天上を眺めて、ラ・フォリアが言った。

 

「はい。 ですが、申し訳ありません。 脱出するのは余計に難しくなりました」

 

「今は考えなくてもいいでしょう。 なにかあれば、悠斗がなんとかしてくれます」

 

ラ・フォリアはそう言い、悪戯な笑みを浮かべて悠斗を見た。

悠斗は、ラ・フォリアの視線から逃げるように顔を逸らした。

 

「ま、まあ、なんとかするよ。 朱雀は守護の化身だからな」

 

ラ・フォリアは微笑んでから、再び雪菜を見た。

 

「この雪と氷。 あなたはどう見ますか、雪菜?」

 

「わかりません。 でも、叶瀬さんの想いを強く感じます」

 

氷の壁に触れながら、雪菜は静かに答えた。

冷たく氷壁から伝わってくるのは、哀しみの波動だった。

 

「さすがですね。 わたしくしもそう思います。 おそらく模造天使(エンジェル・フォウ)の術式の影響で、叶瀬夏音の心象風景がそのまま実体化してるのでしょう」

 

哀れむように頭上を見上げ、ラ・フォリアが呟く。

視線の先には、氷の塔の中心で背中を丸めている夏音の姿だった。

 

「とうことは、叶瀬さんはまだ――」

 

「ああ、そうだ。 まだ自我は失っていない。 あの術式を破れば、人間に戻れるはずだ。 だよな、ラ・フォリア」

 

悠斗はラ・フォリアに問いかける。

 

「ええ、悠斗の言う通り、術を破れば夏音は人間に戻れます。 それには、古城と悠斗の力が必要です。 ですが、今の古城は眠り続けたままです」

 

「先輩が……」

 

倒れている古城の傍ら膝をつき、雪菜はそっと古城の顔を覗き込む。

致命傷を負ったはずの肉体は、すでに回復が終えていた。

炭化した筋肉も、骨まで達していた裂傷、痕跡すら残さず治癒している。

ただ一箇所、胸の中央に刻まれた十字型の傷を除いては――。

 

「この傷は……!?」

 

「たぶんそれは、模造天使(エンジェル・フォウ)に貫かれた所だ。 古城の十字傷の場所は、剣が刺さったままなんだ。 残念だが、俺にも触れることができない」

 

天使と同じ高次元に属するその剣が、古城の回復を妨げている。

 

「……助ける方法はありますか?」

 

雪菜は真剣な眼差しで、悠斗に聞いた。

悠斗は頬を掻いた。

 

「まあ、あるが。 それは二人にしかできないことだな」

 

「そ、それはなんですか?」

 

すると、ラ・フォリアが淡い碧眼を悪戯っぽく細めた。

 

「古城を救える存在(眷獣)を喚び起こします。 協力してくれますね、雪菜?」

 

「どういうことですか?」

 

戸惑う雪菜に、悠斗がラ・フォリアの言葉の意味を伝えた。

 

「要するに、吸血だな」

 

雪菜は悠斗の言葉を聞き、顔を真っ赤に染めた。

 

「俺は精神世界に潜るわ。 さっきから来いってうるさくてな」

 

「だれがうるさいんですか?」

 

ラ・フォリアがそう聞いてくる。

 

「信じられないと思うが、俺の眷獣だな」

 

ラ・フォリアは目を見開いた。

 

「悠斗は、眷獣とお話ができるんですか?」

 

「一応な。 精神世界に行くのは初めてだが。ということで、後は二人に任せるわ。 古城のこと頼んだぞ」

 

悠斗は、雪菜たちに背を向けて座り、瞳を閉じた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が瞳を開けると、そこに映ったのは今一番会いたかった人物だった。

 

「な、凪沙か?」

 

凪沙は、悠斗は見て笑顔で頷いた。

 

「うん、凪沙だよ。 なんか久しぶりだね、悠君」

 

「おう、久しぶり。って、そうじゃなくて。 なんでここにいるんだ? てか、ここは眷獣の精神世界だよな?」

 

凪沙は人差し指を唇に当て、んー、と考え込んだ。

 

「凪沙もわからないんだ。 宝玉を握り締めてお祈りしてたら、眷獣さんから『オレの世界に来い』って言われてね」

 

「それって、朱雀か? それとも青龍?」

 

凪沙は思案顔をした。

 

「うーん、今まで聞いたことがない声だったんだよね」

 

「そうか」

 

これには悠斗も腕を組んだ。

その時だった。 悠斗と凪沙の眼の前に、――純白の虎が現れたのだ。

 

「「わあッ」」

 

悠斗と凪沙は、同時に声を上げた。

 

「だ、だれ?」

 

凪沙はそう言い、疑問符を浮べていた。

悠斗は暫し沈黙してから、

 

「おまえ、白虎(・・)か!?」

 

『……主よ。 オレに気づくのが遅いぞ』

 

悠斗は、純白の虎に嘆息されていた。

なんともシュールな光景だ。

悠斗は苦笑してから、

 

「いや、悪い悪い。 お前を見るのは久しぶりだったから」

 

『主は、オレを封印してしまったからな』

 

凪沙が、クイクイと悠斗の袖を引っ張った。

 

「ねぇねぇ、凪沙のことも紹介してよ」

 

「そうだな。――この女の子は、暁凪沙だ。 仲良くしてやってくれ」

 

凪沙は、悠斗の前に出た。

凪沙は、緊張の面持ちをしながら、

 

「あ、暁凪沙です。 よ、よろしくお願いします」

 

凪沙は、ペコリ頭を下げた。

白虎は、右手を凪沙の前で手を広げた。 手を乗せろ、ということだろう。

 

「う、うん。 わかった」

 

凪沙は、恐る恐る白虎の掌に手を乗せた。

 

『よろしくな、凪沙』

 

「よ、よろしくね。 (びゃ)君」

 

悠斗は、クククと笑った。

 

「地の全てを司る白い虎が、(びゃ)君か。 てか、朱雀にも渾名をつけたんだろ?」

 

「う、うん。 (しゅん)君だよ」

 

悠斗は再び笑った。 悠斗は数秒笑い、

 

「ふぅ、笑いすぎた。 てか、今の行動はなんだ?」

 

そう悠斗が聞いた。

 

『友人になった同士がする、握手?というやつだったのだが。 違ったか?』

 

「……いや、違わないが。 よく知ってたな」

 

『オレにも主の世界が見えるからな。 そこから学んだ。 主に拒まれたら見ることは出来ないが』

 

「な、なるほど」

 

悠斗は頷いた。 そして、内心驚いていた。 まさか眷獣が、現実世界に興味を持ってるとは思わなかったからだ。

悠斗は、ハッ、とした。

 

「時間を忘れそうだった。 さて、本題に入ろうか。 なんで俺と凪沙は、お前の世界に呼ばれたんだ?」

 

悠斗は、これをとても疑問に思っていた。

精神世界に潜れるのは、封印を解いた眷獣だけだ。

だが、白虎の封印は解いていない――。

悠斗の考えを読んだように、

 

『オレが、凪沙の祈り呼応して自ら封印を解いたんだ。 それを主と凪沙に伝えたくてな』

 

悠斗は目を丸くした。

 

「じゃ、じゃあ、霊媒なしでOKってこと?」

 

『霊媒なしでいいぞ。 そうだった、我らの()から伝言を預かってる』

 

悠斗は首を傾げた。

 

「伝言?」

 

あれ(・・)の封印を解放したそうだ。 現在の(いくさ)には必要になるんだろ』

 

「え、まじで」

 

あれとは、悠斗の奥の手の一つでもあるのだ。

その奥の手は、四神の長の許可を貰わないと、解放できないものだったのだ。

 

『まじだ。――オレの力も必要なんだろ?』

 

悠斗は、真剣な顔つきになり頷いた。

 

「ああ、力を貸してくれるか?」

 

『承知した』

 

と言い、白虎は姿を消していった。

悠斗は凪沙と向き合い、数秒間抱きしめた。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「うん、気をつけてね。 夏音ちゃんを助けてあげて。 必ず迎えに行くね」

 

「ああ、わかった。 待ってる」

 

最後に、悠斗は凪沙の小さな手を優しく握り、瞳を閉じた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が瞳を開けると、そこには眼を覚ました古城、雪菜、ラ・フォリアの顔が映った。

どうやら、眷獣の精神世界に潜っていた時間が長かったらしい。

 

「すまん。 遅くなった」

 

「なにかあったのか?」

 

古城がそう聞いてきた。

 

「まあ、使役できる眷獣が増えたな。 俺自身の封印も一つ解けた」

 

これには全員が眼を見開いた。

霊媒もなしで眷獣を一体掌握し、この短時間で自身の封印を解くなんて信じられないからだ。

 

「さて、反撃開始といきましょうか」

 

そう言い、古城たちは頷き立ち上がった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「動き出したか――」

 

氷の中に閉じ込められていた、模造天使(エンジェル・フォウ)が目を開けた。

賢生はそれを見て、満足そうな呟きを洩らす。

 

「心象風景の投影による表層人格の破棄と再構築か。 計算外の事象だったが、まあいい。 これでもう、おまえをこの世界に繋ぎ止めるものは完全に消えたのだな……夏音よ」

 

どこか救われたような表情で、賢生はそう呟いた。

だが、彼のその言葉を裏切るように、凄まじい轟音が唐突に大地を震わせた。

模造天使(エンジェル・フォウ)が眠る塔の根元。 分厚い氷が破壊され、巨大な獣が現れる。

凄まじい振動が大気を歪めて、陽炎のような肉体を形成してる。

緋色に煌めく鬣と、双角持つ召喚獣。 膨大な魔力を纏う双角獣だ。

 

「――第四真祖の眷獣だと!?」

 

賢生は愕然としながら目を細めた。 爆風のような雄叫びを残して眷獣は消滅し、その氷の裂け目から、見覚えのある四人の歩き出てくる。

古城と雪菜、悠斗とラ・フォリア・リハヴァインだ。

 

「生きてたのか、第四真祖。 さすがは世界最強の吸血鬼、と言ったところか」

 

「オッサン、あんたは――」

 

「だが、ありがたい。 もう一度君と戦えば――強敵との戦闘で霊的中枢をフル稼働させれば、夏音は今度こそ最終段階に進化する。 これ以上、新たな敵を求めて彷徨う必要はない。 夏音は誰も傷つけなくて済む」

 

古城の言葉を遮って、賢生が一方的にそう告げた。

身勝手な彼の言い分に、古城は頭に血が上るのを自覚する。 しかし古城が反論を思いつく前に、ラ・フォリアが前に進み出た。

 

模造天使(エンジェル・フォウ)を兵器として売り捌こうという人間が、殊勝ことを言いますね、賢生」

 

「それはメイガスクラフトが勝手にやっていることです。 私の意図するところではありません」

 

賢生が他人事のように、無責任に言い放つ。

悠斗が冷ややかな声で、

 

「勝手なこと言ってんじゃねぇよ、叶瀬賢生。 テメェは叶瀬、いや、夏音ためとかほざきながら、全部自分のためだろ。 自身の魔術儀式がどこまで通用するか見てみたかっただけだろ、違うか?」

 

「……黙れ、紅蓮の熾天使……。 お前ごときが知った口を聞くな! 夏音は、人間以上の存在へ進化する。 やがてあの子は、神の御許へと召されて、真の天使となる。――それは夏音にとって幸福なはずだ。すべては夏音のためだ」

 

悠斗は鼻で笑った。

 

「――真の天使か。 それは、俺を倒してから言葉にするんだな、叶瀬賢生」

 

「――下がりなさい、賢生!」

 

ラ・フォリアが鋭い声で警告した。

だが、その声が耳に届く前に、賢生の頭上で爆発が生じた。

何者かの攻撃が、夏音を閉じ込めていた氷の塔を爆破したのだ。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗は朱雀を召喚し、賢生を焔の翼で守り、降り注ぐ無数の氷塊は焔の翼が拒んだ。

 

「ベアトリス・バスラー!」

 

その攻撃を放った人物に気づいて、雪菜が叫んだ。

古城たちの背後の板に、紅いボディスーツを着た吸血鬼の女の姿があった。

氷を破壊したのは、彼女が投げた深紅の槍だ。 槍を形にした眷獣が、激しい魔力の火花を散らしながら、夏音を護ってる氷の壁を破壊していく。

そして、ベアトリスの隣には、人獣化状態のロウ・キリシマだ。

キリシマが両脇に抱えていたのは、棺桶サイズの金属製のコンテナだ。 キリシマは、それを無造作に、板の下に投げ落とす。

 

「のんびり育児方針ついてお話してるところ悪いんだけどさァ、時間外労働だし、あたしたち、そろそろ帰りたいのよね。 さっさと第四真祖をぶっ殺しちゃってくれないかしら」

 

槍の眷獣を自らの手元に呼び戻して、ベアトリスは気怠く息を吐いた。

そして手に持っていた制御装置を操作する。 賢生が持っていたのと同じタイプの制御端末だ。

画面に浮き上がる、『降臨』の文字を見ながら、ベアトリスが投げやりに笑う。

 

「でないと、せっかく造ったこいつらが売れ残っちゃうからさ――!」

 

金属製のコンテナの蓋が、轟音と共に内部から弾け飛んだ。

咆哮を上げながら、その中から小さな影が現れる。

醜く不揃いな四枚の翼と、肌に浮き上がる魔術紋様。 そして、金属製の奇怪な仮面。

 

「仮面憑き!?」

 

雪菜が、雪霞狼を構えながら愕然と叫んだ。

彼女たちは不完全といえ、凄まじい戦闘力を秘めている。 それが二体。

 

「どういうことだよ。 おまえらが造った模造天使(エンジェル・フォウ)の素体は七体だけじゃなかったのか?」

 

古城が顔を顰めて賢生を睨む。

 

「そのはずだ。 私は、儀式に必要な最低数しか用意していない」

 

悠斗は頷き、

 

「なるほど。 つまり、クローンか」

 

翼を展開した仮面憑きたちが、空へと舞い上がる。

 

「あら、あんたはすぐに分かったのね。 お姉さん好きよ。 そういう子」

 

「誰がそんな言葉に喜ぶか。 貴様みたいな雌豚(・・)の言葉をな!」

 

これを聞いたベアトリスの額に青筋が浮かぶ。

古城が前に出て、

 

「いい加減に頭にきたぜ。 叶瀬を助けて、おまえらのくだらねぇ計画をぶっ潰してやるよ! ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

禍々しい覇気を放って、古城が吼えた。

真祖の魔力に反応した仮面憑きが、歪んだ光剣を古城へ撃ち放つが、その剣を銀色の槍が撃ち落とした。

 

「いいえ、先輩、わたしたちの(・・・・・・)、です」

 

「そうだぞ古城。 俺と姫柊も忘れるなよ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

夏音が覚醒した影響か、吹きすさぶ海風に粉雪が混じり始めていた。

その雲の切れ間から、光の柱が伸び、その光芒を背景に空を舞う模造天使(エンジェル・フォウ)が地上を眺めていた。

すでに二体の仮面憑きは止められ、ベアトリスとキリシマも、雪菜とラ・フォリアの手によって倒されていた。

なので、今の古城と悠斗は、雪菜とラ・フォリア、賢生に見守られている状況だ。

 

Kyiiiiiiiiii(キリィィィィィィィィィィ)――――!」

 

黄金律の美貌を歪めて、夏音が咆哮した。

 

「苦しいか、叶瀬」

 

悠斗は、夏音の瞳を見ながら優しく声をかける。

 

「絶対に助けるから、待っててくれ。 お前には、帰りを待ってる人がいるんだから。 すぐにそこから下ろしてやる」

 

今の悠斗の残りの魔力では、残り一回の召喚が限界だろう。

これほどなるまで、眷獣を使役し続けたのだ。 なので、確実にこれで決める。

悠斗は深く息を吸い、自身が出せる魔力を解放した。

 

「紅蓮の焔を纏いし不死鳥よ。 汝の真なる姿解放する。 我の翼と成る為、再び心を一つにせよ!――来い、朱雀!」

 

召喚された朱雀は一鳴きして、悠斗と融合(・・)した。

――その姿はまさに天使だった。 四対八枚の紅蓮の翼が悠斗の背から生え、黒髪も僅かに赤く染められ、黒色の瞳も赤が入り混じっていた。

この場の全員が言葉を失った。 だが、逸早く思考が回復した賢生が叫んだ。

 

「こ、これが、紅蓮の熾天使と呼ばれた所以か! 神力(・・)もあるだと!?」

 

「そうらしいな。 誰が最初にそれを言ったかは知らんが。 神力は限定的にしか使えんぞ。――んじゃ、俺が叶瀬から模造天使(エンジェル・フォウ)を切り離すから、あとは頼んだぞ、古城」

 

古城は無言で頷いた。

天使の翼に浮かぶ眼球から、光の剣が放たれる。

だが、これは夏音の意志ではなく、天使の肉体の防衛反応だ。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

悠斗が右手を突き出すと、煌びやかな焔が放たれ、光の剣を消滅させる。

それはそのまま夏音に直撃し、夏音はホバリングしたまま停止した。

――悠斗は言葉を紡ぐ。

 

「我を導く四神よ。 今こそ汝の力を解放する。 我と共に歩む為、再び力を解放せよ。 地を統べる白き虎よ。――降臨せよ、白虎!」

 

悠斗の隣に、純白の虎が降臨した。

 

「行け、白虎!――炎月(えんげつ)

 

悠斗が造った結界が階段の役目を果たし、その結界の階段を登りながら白い虎が駆け上がる。

白虎が凶悪な爪を振りかぶったが、夏音には傷一つついていない。

そう。 白虎の爪は夏音を傷つけず、夏音から模造天使(エンジェル・フォウ)を切り離したのだ。

これが白虎の特殊能力、――次元切断だ。

これを見た賢生が唸った。

 

「なに!? 模造天使(エンジェル・フォウ)余剰次元薄膜(EDM)から、夏音を切り離しただと!? まさか、次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)か!?」

 

「そうだ。 これで叶瀬を縛るものは消えた。 あとは古城の仕事だ。――朱雀!」

 

朱雀は悠斗との融合を解き、地に落ちてくる夏音を背に乗せた。 悠斗は朱雀との融合が解けたことで、瞳と髪は黒色に戻っていた。

古城は左腕を突き出した。 その腕の先から噴き出したのは鮮血だ。

 

焔白の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を受け継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――!」

 

鮮血は膨大な魔力の波動へと変わり、凝縮されたその波動が、実体を持った召喚獣の姿へと変わる。

艶やかな銀色の鱗に覆われた、眷獣へと。

 

「――疾や在れ(きやがれ)、三番目の眷獣、龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

出現したのは龍だった。 ゆるやかに流動してうねる蛇身と、鉤爪を持つ四肢。 そして禍々しい巨大な翼。 水銀の鱗に覆われた蛟龍だ。

それが二体――。

同時に出現した二体の龍は、螺旋状に絡まり合って、前後に頭を持つ一体の巨龍の姿を形作っている。すなわち、双頭龍の姿を。

龍蛇の水銀は、二体で一体となる眷獣だったのだ。

なので、雪菜だけの血では目覚めなかった。

だが、ラ・フォリアの血を吸うことで目覚めたのだ。

 

「――喰い尽くせ、龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

切り離された眼球を持った六枚の翼が、飛来した巨大な二つの顎が、その眼球の翼を全て飲み込んだ。

そのあり得ない光景に、賢生が驚愕の声を洩らす。

 

「馬鹿な……! 今度は、次元喰い(ディメンジョン・イーター)か! 全ての次元ごと、空間を喰ったのか!?」

 

腹が満たされた、と言わんばかりの咆哮を残して、双頭の巨龍は姿を消した。

夏音は、雪菜が背におぶっていて無事だった。

これを見て、古城と悠斗は、ほっと息を吐いた。

古城と悠斗は、背後に立つ賢生を睨みつけた。

 

「終わりだな、オッサン」

 

「これでおまえの計画は終わりだ。 叶瀬賢生」

 

悠斗は、賢生を思い切り殴ってやろうかと思っていたのだが、この一連の流れで、賢生が確かに夏音を愛してたことが伝わってきた。 これは、彼なりの愛し方だったのだろう。

ならば、この男を捌くのは古城でも悠斗でもない。 雪菜の背で眠っている夏音なのだから。

悠斗は脱力し、片膝をつけた。 今までの疲労が一気に押し寄せてきたのだ。

 

「ゆ、悠斗。 だ、大丈夫か!?」

 

古城にそう言われ、悠斗は笑みを零した。

 

「……いや、大丈夫じゃないかも。 久しぶりにこんなに力を使ったからな」

 

南の島の強い陽光を受けて、雪が音もなく溶けだしていった。

これで、この事件は解決したのだった。




ゆ、悠斗君。最早チートやね。
眷獣と融合なんて……。
それに攻撃の出力が、真祖+神力になりますから。

最後は魔力が尽きそうになりましたが、でもまあ、最初からあんなに飛ばせばこうなりますな。
悠斗君、チートやチート\(゜ロ\)(/ロ゜)/

ではでは、感想、評価、よろくしお願いします!!


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天使炎上Ⅷ

お待たせしましたm(__)m

エピローグですね。
なので、本編より短いですが。

では、投稿です。


事件の後始末は那月と紗矢華が引き受けてくれるということで、古城たちは案外あっさりと帰宅する事が許された。

船が絃神島に到着して三十分過ぎたころ、夕焼けに照らされた甲板上に、帰り支度を終えた古城たちが現れる。

古城は、模造天使(エンジェル・フォウ)との戦闘で制服がズタズタになってしまった為、船の船長が譲ってくれた安い古着。 派手なアロハシャツとバミューダパンツという恰好だ。

悠斗の制服は、所々に切れ目が入っているが、着替えるほどのものではなかった。

 

「もう少しどうにかならなかったのか、この服は」

 

「似合ってますよ、先輩」

 

「姫柊の言う通り似合ってるぞ、古城。 街中にいるチンピラ見たいで」

 

笑いを堪える悠斗と雪菜見て、古城は唇を尖らせた。

 

「褒められても嬉しくないんだが……。 てか、悠斗は褒めてるのか? まあ、貰い物だから、贅沢は言えないけどさ。――それより、叶瀬は?」

 

「しばらく入院することになりそうです。 魔術儀式の影響で、衰弱がひどいので」

 

夏音を気遣うような表情で、雪菜が言う。

夏音は、天使などという別次元の生命体に無理やり進化させられそうになったのだ。

冷静に考えれば当然のことだった。

 

「大丈夫なのかな、あいつ。 ほら、身体のこと以外にもいろいろ」

 

古城が顔をしかめて聞いた。

悠斗は、後頭部に両手を回した。

 

「大丈夫だろ。 那月ちゃんが何とかしてくれるさ。 あの人に任せれば問題ない。 たぶん、那月ちゃんが後見人になって、叶瀬を引き取るんじゃないか」

 

悠斗の言葉を聞いた古城は、ほっと安堵の息を吐いていた。

那月は、ぶっきら棒な態度とは裏腹に、意外に面倒見がいい。

それを、古城と悠斗はよく分かっていた。 非常識な存在、紅蓮の熾天使、第四真祖が学生として高校に通えているのも、彼女が手を尽くしくれたお陰なのである。

異国の王族一人の生活をどうにかするくらい、那月にかかれば造作もないことだろう。

 

「ラ・フォリア王女は、少し残念がっていましたけど」

 

雪菜の言葉に、悠斗は相槌を打った。

 

「そうだろうな。 ラ・フォリアが絃神島を訪れたのは、叶瀬をアルディギアに連れて帰ることが目的だったからな」

 

「はい。 でも、それは叶瀬さんが断ったそうです。 王族としての生活は望んでいないと」

 

「ま、叶瀬が選んだ道だ。 俺たちが口を挟むことじゃないしな」

 

「でもなあ、何か勿体ない気もするけどなー」

 

夏音らしい決断に、古城は敬意を覚えつつ本音を洩らす。

直後、船内の通路から軽やかな足音が聞こえてきて、銀髪の王女様が現れた。

彼女の背後には、案内役の紗矢華が護衛のように付き従っている。

 

「――こちらにいたんですか。 古城、それに雪菜、悠斗も」

 

「ラ・フォリア? もう帰るのか?」

 

そう古城が聞いた。

ラ・フォリアは、優雅に微笑んだ。

 

「これから病院へ向かいます。 墜落した飛行船の生存者が収容されているそうなので」

 

「救助された騎士がいたのか」

 

それは良かった。と悠斗は安堵の息を吐いた。

 

「はい。 そのあと東京に。 非公式の訪問のつもりだったのですが、こうも騒ぎが大きくなっては、そういうわけにもいかないでしょう」

 

「外交か……。 大変だな、王族は。 やっぱり凡人(普通)が一番だな」

 

この悠斗の呟きに、古城が反応した。

 

「いやいや、悠斗が凡人とかありえないから。 てゆうか、あの姿を見たら凡人なんてありえないから」

 

悠斗は息を吐いた。

 

「だよなー。 自分でも天使って言っちゃったしな、あれは俺の黒歴史だな……」

 

悠斗の声は、徐々に小さくなっていった。

ラ・フォリアは微笑んでから、

 

「悠斗の天使の姿は、しっかりと目に焼きつけましたから。――それに、お別れは申しません。 あなた方のおかげで、無事にこの地に辿り着くことができました。 この縁、いずれまた意味を持つときがありましょう」

 

気品あふれる口調でそう言って、ラ・フォリアは古城たちの前に歩み出た。

そして雪菜を抱き寄せ、彼女の左右の頬に順番でキスをする。

少しビックリしたような表情でそれを受け入れる雪菜。

ラ・フォリアは、悠斗の前に進み出ようとしたが、悠斗がそれを制止した――。

 

「すまん、ラ・フォリア。 俺は握手にしてくれないか。 抱き付かれるのはちょっとな」

 

ラ・フォリアは目を数回瞬きし、合点がいったように微笑んだ。

この時悠斗は、女の勘は怖い、と思っていた。

 

「なるほど、そう言うことですね」

 

「あ、ああ、そう言うことなんだ。 姫柊にもバレてると思うが」

 

悠斗は、ラ・フォリアが差し出した右手を、優しく握った。

握手が終わると、ラ・フォリアは古城に一歩近づいて、顔を寄せた。

その瞳に、悪戯ぽい光が宿っていた。 そして彼女は、緊張して硬直している古城の唇に、自身の唇を押し当てた。

 

「――――ッ!?」

 

雪菜と紗矢華が目を丸くして固まっていた。 いったい何が起きているのか理解できない、という表情だ。

古城は動揺のあまり動けない。 それを良い事に、ラ・フォリアは好きなだけキスをしてから古城を解放する。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

天使のような笑顔で手を振りながら、タラップを降りていくラ・フォリア。

 

「あ……王女、お待ちを……って、暁古城! あとでどういうことか、きっちり説明してもらうから! ていうか、灰になれ――!」

 

紗矢華が慌ててラ・フォリアを追いかけながら、一瞬だけ古城を振り返り、怒りに燃える眼差しを向けてくる。 古城は、勘弁してくれ、と言い空を仰いだ。

この時悠斗は思った。 古城、お前って女難の相あるだろうと。

 

「悠君!」

 

王女一行と入れ替わりにタラップに上ってきた足音の人物は、長髪をショートカット風に纏めた少女、悠斗が心の底から大切に思っている女の子、暁凪沙だ。

凪沙は、悠斗の胸の中に飛び込んだ。 目許には、透明な雫が溜まっていた。

 

「悠君のばか。 また無理したんでしょ。 凪沙、本当に心配したんだからね。 でも、凪沙にできるのは、悠君の無事を祈りながら待っていることだけで……」

 

絶え間なく続いていた、凪沙早口が途中で途切れた。

凪沙の、我慢していた涙が零れていたからだ。

悠斗は優しく笑みを浮かべながら、凪沙の頭をポンポンと撫でていた。

 

「心配かけてごめんな。 でも、凪沙のおかげで無事に帰って来ることができたよ、ありがとう。 力を解放できたのも、叶瀬を助けることができたもの、凪沙のおかげなんだぞ」

 

「……うん。――悠君」

 

「ん? どうした?」

 

凪沙は顔を上げ、微笑んだ。

 

「おかえりなさい、悠君」

 

「ただいま」

 

悠斗は、凪沙が落ち着くまで頭を撫でてあげていた。 数分後、胸の中から寝息が聞こえてきた。

凪沙は、悠斗の帰りに安堵して眠ってしまったのだろう。 凪沙は悠斗の帰りを待ちながら、ずっと祈りを捧げていたのだから。

悠斗は笑みを浮かべながら、凪沙の前髪をわけていた。

 

「こんな俺のためにありがとな。 凪沙は、俺の光だよ」

 

これを見てた古城は、二人を離そうと思い動こうとしていたが、雪菜の鋭い視線とギターケースの中に入れた手で止められていた。

雪菜は古城にこう言ったそうだ。 『二人の間に割って入ろうとするなら殺しますから。 生き返るのはわかってますし。 万が一のため、凪沙ちゃんには見えないように殺しますから、安心してください。 それでもいいなら動いていいですよ。』

これを聞いた古城は顔を青くして、コクコクと頷くことしか出来なかったらしい。

こうして、模造天使(エンジェル・フォウ)事件は、完全に幕を閉じた。

 




これでこの章も完結ですね。
次回からは、蒼き魔女の迷宮編になります。
後、古城君は浅葱に会ってますよー。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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日常編
赤い糸


いやー、更新が遅れて申し訳ないm(__)m
違う作品を考えながら執筆してたもので。
今回は、蒼き魔女の迷宮編に行く前に番外編を挟みました。
うむ。上手く書けているだろうか。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


テーブルの上には、凪沙と雪菜が作った手料理が並べられた。

まあ補足として、料理を運んだのは男性陣だ

それから、悠斗、古城、雪菜は、それぞれの席へ着席した。 凪沙は飲み物を取ってくると言って席を外している。

 

「明日は待ちに待った休みだ。 ここ最近は疲れがハンパなかったからな」

 

特に、模造天使(エンジェル・フォウ)事件とかで。 これは凪沙に聞かれたらまずい言葉なので、悠斗は心の中で呟いた。

 

「ま、特にやることはないから、家でゴロゴロするだけなんだがな」

 

悠斗の向かいに座っている古城は頷いた。

 

「悠斗の気持ちわかるぞ。 休みの日は家でゴロゴロしたり、寝るに限るよな」

 

「だろ。 あれはいいものだな」

 

古城の隣に座っている雪菜は息を吐いた。

 

「先輩方は、もう少し有効な休日の使い方はないんですか」

 

「「ない」」

 

「何でそんなに息が合ってるんですか……」

 

雪菜はがっくりと肩を落した。

こう話していたら、台所から麦茶の入った1.5ℓの瓶を持ち、悠斗の隣に座った。

悠斗の隣に座った凪沙は、古城、雪菜、悠斗のコップに麦茶を注ぐ。

悠斗は麦茶を一口飲み、

 

「で、凪沙は休日何してるだ?」

 

凪沙は、うーん、と考え込んだ。

 

「そうだね。 部活に行ったり、本を読んだり、勉強したり、悠君のお部屋を掃除し行ったり……。 あとは、夕飯の食材を買ったりかな。 あ、そう言えば、悠君のお家にあるお肉が明日までだった。 明日は、悠君のお家でお料理を作るね。 何がいい、やっぱりしょうが焼かな? そう言えば、悠君の好物ってしょうが焼だよね?」

 

「まあ、そうだが」

 

凪沙胸を張り、

 

「悠君の好きな物は大体抑えてるからね。 サバの味噌煮、焼き鮭、昆布のお味噌汁に、白いご飯だよね。 悠君は、和食が好きなんだね」

 

「……よ、よく覚えてるな」

 

「へっへー、凄いでしょ。 悠君のことは、凪沙が責任を持って一生面倒を見てあげるから心配しなくていいよ」

 

「そ、そうか。 それは助かる。 ありがとうございます」

 

今の言葉は逆プロポーズに聞こえたんだが、気にしたら負けだ。

ここは素直に感謝の気持ちで伝えておくのが吉なはずだ。 何故なら、鋭い視線を悠斗に送るシスコンの兄の姿が映っているのだから。

だが、天然を発揮した雪菜に、爆弾が落されてしまう。

 

「凪沙ちゃんは、神代先輩のことが大好きなんですね。 そういえば、凪沙ちゃんの首に下げてる宝玉のネックレスと、太陽のネックレスはどうしたんですか?」

 

悠斗は瞳を閉じた。

 

「(……アウトー、アウトですよ。 姫柊さん、天然を発揮しちゃいましたか。 それは核爆弾に等しいものですよ。 はい。)」

 

それを聞いた凪沙は、えへへと笑い、悠斗は、ふぇぇぇ、と心の中で叫んでいた。 先程より古城の視線が鋭くなったのだ。

だが、凪沙が更なる核爆弾を落とす。

 

「宝玉は、悠君からの御守りで、ネックレスは悠君とお揃い、ペアネックレスなんだ」

 

「そうなんですか。 神代先輩がいつも首に下げてる月のネックレスは、そういうことでしたか」

 

雪菜はうんうんと頷いていた。

だが、悠斗の背からは、嫌な汗が噴き出していた。

 

「えーと、古城さん」

 

「……なんだ」

 

悠斗は、古城がまじで怖いと思っていた。 先程の言葉は、とても低かったからだ。

怖い、まじで怖いのだ。 具体的に言うと、模造天使(エンジェル・フォウ)より怖い。

 

「……その話は、二人でじっくりしませんか。 その時に色々打ち明けるので。 特に、俺の想いとか」

 

「……わかった」

 

取り敢えずは、古城と悠斗の間にあった剣呑な雰囲気は消えたのだった。

悠斗は、危機が去ったので安堵の息を洩らしていた。

紅蓮の熾天使といえど、この手の事では、ただの男の子なのだ。

悠斗は、ふぅと息を吐いた。

 

「古城も周りをちゃんと見てやれよ。 でないと、お前いつか刺されるぞ」

 

古城は眼を点にした。

 

「は? どういう意味だ?」

 

これには、悠斗と凪沙は溜息を吐いた。

 

「これはあれだな。 凪沙さんや」

 

「うん、あれだね。 悠君」

 

悠斗と凪沙は、示し合わせたように答えた。

まあ、悠斗は凪沙の考えてることはほぼ解り、凪沙も悠斗の考えていることがほぼ解るのだ。

 

「まあ、俺も最低限の手伝いはするぞ」

 

「うん、凪沙もお手伝いするよ」

 

この二人の言葉は、悠斗の向かいに座る雪菜に向けられた言葉だ。

当の雪菜も、コクコクと頷いていた。

 

「取り敢えず、メシ食おうぜ。 料理が冷めちまう」

 

「だな」

 

「そうですね」

 

「凪沙が音頭をとるね」

 

四人は手を合わせた。

 

「いただきます」

 

「「「いただきます!」」」

 

悠斗は眼前の箸を握り、唐揚げを掴み口に運ぶ。

唐揚げを噛むと、肉汁が溢れ絶妙なハーモニーを口の中で奏でた。

悠斗は顔をほっこりさせ、

 

「うん、旨い」

 

「だな。 凪沙と姫柊の料理は、店で出せるレベルじゃねぇか」

 

悠斗の言葉に、古城も同意していた。

 

「悠君と古城君のお口に合ってよかったよ。 ね、雪菜ちゃん」

 

「はい、先輩方がそう言ってくれると、作り甲斐がありますね」

 

これは、凪沙と雪菜の感想だ。

まあこのようにして、この日の暁家の夜食は終わりを告げた。

 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

翌日。 悠斗は暁家に行く為、玄関に立っていた。 悠斗の今の服装は、黒い短パンに黒いVネックTシャツと真っ黒カラーだ。

今日悠斗は珍しく朝早く起き、散歩をしてたら凪沙からメールがきたのだ。

『お昼は凪沙の家で摂ろうね。 サプライズも用意してるから。』だそうだ。

部屋を出てたら、ラフな恰好の凪沙が現れた。

 

「お、来た来た」

 

「隣なんだから、家で待っててくれてもよかったのに。 てか、サプライズってなんだ?」

 

凪沙は笑みを浮かべた。

 

「秘密だよ。 じゃあ、行こっか」

 

「おう」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が凪沙の背を追いながら暁家の玄関に入ると、ひょっとこの仮面を被った人物が待ち受けていた。

 

「ナイステューミートュー」

 

悠斗は一歩引き、

 

「えっと、誰?」

 

悠斗は困惑な表情を浮かべた。

 

「んふふ、大成功~♪」

 

悠斗の事を困惑させた人物が、上機嫌そうに仮面を取った。

現れたのは、童顔で、長髪の色は古城と同じ色だ。 年齢は二十後半くらいだろうか。

凪沙は靴を脱いでから、長髪の女性の隣に立って溜息を零した。

 

「もう、深森ちゃん。 悠君が困ってるじゃない」

 

「こういうのは、最初の印象が肝心でしょ♪」

 

悠斗は、ないな。と思いながら、自信なさげに呟いた。

 

「もしかして、古城と凪沙の母親(・・)だったり……?」

 

「ピンポーン。 暁深森(あかつき みもり)です~。 よろしくね♪」

 

「………………まじか」

 

「まじだよ~」

 

どうやら、凪沙のサプライズとは、母親と会えるという事だったらしい。

 

「深森ちゃん。 ここじゃなんだから、椅子に座ろうよ」

 

「OKー」

 

悠斗も靴を脱ぎ廊下に上がってから、一行はリビング兼ダイニングのテーブルの椅子に座った。 配置は、悠斗の隣に凪沙。 向い合せになるように深森だ。

最初に悠斗が口を開いた。

 

「それで深森さんは、俺を一目見るため帰宅したと」

 

深森は片手を振った。

 

「深森さんじゃなくて、お義母(・・・)でもいいのよ」

 

「は? 何でそうなる。 てか、お母さんのニュアンス違ったよな」

 

深森は笑みを浮かべ、悠斗を正面から見た。

 

「んふふふ、だって悠斗君は、凪沙の将来の旦那さんなんだから」

 

凪沙は顔を真っ赤に染め、悠斗は、ガタ、と椅子から立ち上がった。

 

「ちょっと待て!? 何でそうなる!?」

 

「ふふふ、母には知らないことなどないのだよ、少年」

 

何処で悠斗の想いを知ったのか解らないが、悠斗の想いはバレていたのだ

悠斗は椅子に座り脱力した。 そして悟った、この母親には一生勝てないだろうと。

 

「……俺は凪沙のことを、一生守ると誓っている。 まだ、面と向かって言葉にしたことはないが」

 

「で、凪沙はどうなの?」

 

「う、うん。 悠君は凪沙のとても大切な人だよ」

 

深森は頷いた。

 

「よし、私は君たちを認めよう。 ま、古城君と牙城君に認めてもらうのは、ちょっと骨が折れそうだけどね」

 

「何ていうか、あっさり認めてくれたな」

 

「凪沙が選んだ男の子だもの。 認めるに決まってるじゃない~」

 

悠斗は真剣な表情になり、一番重要なことを打ち明ける。

 

「……俺は吸血鬼だぞ。 それに、真祖たちと同等か、それ以上の力を持つ紅蓮の熾天使だ」

 

ちなみにだが、凪沙は悠斗が紅蓮の熾天使であることを知っている。

 

「でも、否定されても、凪沙のことは一生守るんでしょ?」

 

「ああ、そうだが」

 

そう。 悠斗は凪沙の家族に否定されたら、この手を離す覚悟なのだ。

そして、凪沙の幸せを願いながら、影から見守ろうと決めているのだ。

 

「じゃあ、問題ナッシングだね」

 

「……いや、何が問題ナッシングなんだ」

 

「色々だよ、少年。 それに凪沙は君と離れても、君を想い続けるだろうしね」

 

「そ、そうなのか」

 

悠斗は困惑しながら、隣に座る凪沙を見た。

 

「そ、そうだよ。 もし、悠君と離れることになっても、凪沙は悠君を想い続けるよ。 一生ね」

 

深森は、ほらねと言い、

 

「悠斗君と凪沙の間には、切っても切れない絆があるのよ。 それを引き離そうなんて、親のすることじゃないわよ」

 

たしかに、凪沙と悠斗は強い絆で結ばれているのかもしれない。

その証拠が、眷獣と話が出来たり、眷獣の精神世界にリンク出来ることが物語っていた。

深森は、げへへと笑い、

 

「それで、悠斗君と凪沙はヤッたの? 孫の顔は見れるのかしら?」

 

悠斗は再び立ち上がり、凪沙は顔を俯け完熟トマト以上に真っ赤にしていた。 頭から煙が上がりそうだ。

 

「今までの言葉が台無しだな! てか、俺と凪沙は中学生と高校生だ!」

 

深森はつまらなそうな顔をした。

 

「ちぇー、その様子だとまだなのね。 早く孫の顔が見たいわ~。 古城君はどうかしら」

 

「って、おい! 人の話を聞け!」

 

「そういえば。 悠斗君は、凪沙とアレをやったんでしょ?」

 

深森が言うアレとは、悠斗が凪沙の血を吸ったことだ。

この母親には、隠し事は不可能なのかもしれない。

 

「ま、まあな」

 

深森はにやにや笑いながら、

 

「で、どうだった? 我が娘の血の味は」

 

「う、うま……。 あーもう! とても美味しかったです!」

 

悠斗はやけくそに叫んだ。

 

「これからは、どんどん吸っていいわよ。 母親の私が許可してしんぜよう」

 

悠斗は眼を丸くしたが、すぐに反論した。

 

「も、もしかしたら、凪沙を俺の血の従者にしちまうかもしれないんだぞ」

 

「ん~、それはそれで、この子も構わないと思ってるわよ。 たぶんだけど。 ね、凪沙?」

 

――女性の血の従者は、その吸血鬼の伴侶になる。 そして二人は、何十年、何千年、共に生きるのだ。

凪沙は、両頬に赤みを帯びたまま顔を上げた。

 

「う、うん。 悠君と一緒に生きられるなら、凪沙は全然構わないよ」

 

悠斗は額に右手を当てた。

 

「まじか……。 あの時の言葉は嘘じゃなかったんだな」

 

「凪沙は、悠君に嘘つかないよ」

 

「……そうか。――俺も凪沙に嘘はついたことないぞ」

 

「そ、そっか」

 

これを見ていた深森が呟いた。

 

「今度、婚姻届(・・・)もらってきてあげようか?」

 

これを聞いた悠斗と凪沙はフリーズした。

そして、思考を回復させた悠斗が首を左右に振った。

 

「い、いやいやいや、俺と凪沙は籍を入れられる年齢にはなってないから」

 

「ん? それは、籍を入れられるようになったら、入れるってことよね?」

 

「だ、だから――」

 

「うん、わかった。 その時がきたら入れるね。 ゆ、悠君もそれでいいよね?」

 

遮ったのは、凪沙の声だった。

それも耳を疑う言葉だった。というか、話がぶっ飛び過ぎてる気がするが。

悠斗は口籠りながら、

 

「ま、まあ、俺は構わないけど。 凪沙が嫌じゃないならな」

 

「凪沙も異論はないから大丈夫」

 

「じゃあ、決まりね~。 悠斗君と凪沙は、籍を入れる年齢に達したら籍を入れてね。 あ、親の印鑑諸々は心配しなくて大丈夫よ」

 

そう。 未成年が籍を入れる時には、保護者の承諾が必要になるのだ。

深森は、さて、と言ってから立ち上がった。

 

「私はそろそろ戻らないと。 婚姻届は私が貰っておくから心配しないでね。 それじゃあ、アデュー」

 

深森は嵐のように去っていった。

悠斗は深く息を吐いた。

 

「何ていうか、嵐のような人だな」

 

凪沙は相槌をうった。

 

「そうだね。 でも、深森ちゃんだから」

 

「いや、まあ、うん、そうなのか。 てか、俺と凪沙って婚約者? でも、古城と親父さんのお許しが出てないぞ」

 

「うーん、それはなんとかなると思う。 根拠はないけどね」

 

悠斗は心の中で、ないのかい!と叫んだ。

 

「俺ってこれからメッチャ大変だったりする? 古城と親父さんに、娘さんをくださいイベントがあるもんな」

 

「悠君。 凪沙の将来のために頑張って!」

 

悠斗は凪沙の頭に手を置いた。

 

「おう、任せろ」

 

「任せました」

 

と言い、凪沙はニッコリ笑った。

悠斗もつられて笑みを零した。 それから昼食を摂り、悠斗は暁家を後にしたのだった。

悠斗は、今日という日を一生忘れるとこはないだろう。




きゃー、ついに古城君に本格的にばれちゃいました(笑)
そして、母親登場っす。母親は悠斗君に会うために帰ってきたんす。

悠斗君と凪沙ちゃんの間に変化がありましたね。
婚約者?ですね(^O^)
さてさて、今後はどうなるんだろうか?

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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蒼き魔女の迷宮
蒼き魔女の迷宮Ⅰ


お待たせしましたm(__)m
この話から新章の蒼き魔女の迷宮編に入りますね。
引き続きこの章も頑張って書きます!!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


空気が蒸し暑く(よど)んでいた。 絃神市内を循環する市営のモノレールの車内の中。

窓の外には太平洋の海洋が広がり、海岸沿いの高架を走る車両を朝の陽射しから遮るものは何もない。

真夏のような強い陽射しが、車内を容赦なく射し込んでいた。

 

「暑っちー……家で冷房に当たってたいな……」

 

「悠君。 シャキッとする」

 

声をかけてきたのは、悠斗の未来の妻、暁凪沙だ。

ちなみにだが、休日は、悠斗と凪沙はほぼと言っていいほど一緒にいるのだ。

一言で言うと、半同棲に近い。

 

「わっ!?」

 

モノレールが緩やかなカーブに差しかかり、遠心力で凪沙が悠斗の胸の中に飛び込んでくる。 それを悠斗は優しく抱きとめる。

 

「大丈夫か? 凪沙」

 

「う、うん」

 

凪沙の頬が僅かに赤みを帯びているのは、悠斗から見ても明らかだった。

今日のモノレールは、学生や通勤客がいつもの倍は乗車していたのだ。

 

「やっぱり、波朧院フェスタの影響か?」

 

「うん、そうかも。 この時期は、絃神島を観光する人がいっぱいいるから」

 

波朧院フェスタとは、毎年十月の最終週に開催される絃神市最大の祭典だ。

花火大会や野外コンサート、仮装パレードなど様々な企画が催され、全島あげての祭りになるのだ。

もちろんこの時期に観光客が増える理由はある。

魔族特区である絃神島は、通常、企業や研究機関の関係者及びその家族以外の訪問を認めていない。 なのでこの祭りは、一般の観光客やジャーナリストはもちろん、堂々と魔族特区に入れる千載一隅のチャンスなのである。

悠斗はしみじみ呟いた。

 

「俺がここに来て一年と半年は経過したんだな」

 

「悠君と知り合ってから一年も経ってたんだね。 長いようで短かったね」

 

「だな。 ここに来てよかったと思ってるよ。 凪沙に会えたしな」

 

「そっか。 私も、悠君に会えて幸せだよ」

 

悠斗と凪沙は、朝から桃色の空間を展開してたのであった。

その影響か、乗客の皆様の口内はとても甘そうだ。

モノレールが学校の最寄り駅に到着し、ぞろぞろと車内から人が下りていく。

悠斗と凪沙は、離れないように手を繋ぎながら下車をした。

 

「ふぅ、今日のモノレールは通勤ラッシュ的な感じだったな」

 

「うん、そうだね」

 

それから改札を潜り、いつもの道を通って学校を目指す。

その間悠斗は、凪沙の歩幅と合わせて登校した。

 

「じゃあ、凪沙は中等部に行くね」

 

手を振り、踵を返して凪沙は中等部の校舎へ向かった。

悠斗は、凪沙の後ろ姿が見えなくなるまで、見守るようにしていた。

 

「さて、俺も行きますか」

 

そう言い、悠斗も高等部の校舎へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

波朧院フェスタが開催されるのは十月最後の週末で、彩海学園はその前日から休校になる。

吹奏楽コンクールや展覧会など部活がらみイベントに参加する者、町内会主催の屋台などに労働力として駆り出される者、バイトに精を出す者、或いは単に客として祭りを満喫する者。 スタイルは様々だが、絃神市内の学生にとって波朧院フェスタの期間は、それなりに慌ただしい時期なのだ。

まあだからこそ、問題を起こす生徒がいないようにと、学校側からの注意事項が多いのだが。

だが、教壇の上に立っていたのは、人工生命体(ホムンクルス)のアスタルテだった。

何でも、那月は痴漢騒ぎの巡回に行っているらしい。 なので、代理としてアスタルテが教壇に立っている、ということだ。

その時だった。 悠斗の机の回りを男子が取り囲んだのだ。

 

「なあ、悠斗。 お前さ、波朧院フェスタのイベントに何出るか決まってるのか?」

 

「いや、何にも出るつもりはないけど。 てか、俺は祭りを楽しむつもりだ。 回る人決まってるしな」

 

回る人とは、当然凪沙のことである。

悠斗と凪沙は、休日にこの約束をしていたのだ。

 

「そんなこと言わないで、うちでバイトしないか? もちろんバイト代も弾むぜ。 時給二五〇〇円でどうだ?」

 

「いや、バイトより売り子のほうがいいぞ。 今なら特典として利益の二割、いや、三割をバイト代としてくれてやる」

 

「待て待て、波朧院フェスタといえば、伝統のビーチバレー大会のこと忘れてないか?」

 

「いやいや、祭りの華と言えば、ミスコンだ。 悠斗には特別に審査員席を用意する。 だから、テティスモールステージにくるんだ」

 

隣の席の古城に目を向けて見れば、悠斗と同じ質問責めにあっていた。

おそらく、悠斗が参加する種目には凪沙が、古城が参加する種目には雪菜がくっついてくるという考えだろう。

まあ、凪沙に手を出そうとした奴に、悠斗の制裁が待っていることは、クラスの男子は重々承知してる。

数ヶ月前、凪沙が忘れ物を届けに来た時、クラスの男子が凪沙を軽い気持ちで口説こうと思ったのだ。

その時、悠斗の殺気が凄まじかった。 クラスの男子(大人しい奴は除く)限定で、警告として殺気を送ったのだ。

この時クラスの男子は悟った。 神代悠斗の逆鱗に触れたら生きて帰れないと。

悠斗は片手を振った。

 

「悪ぃな。 俺はその子と二人だけで回りたいんだわ。 だから遠慮するわ」

 

「そ、それはやはり、暁の妹さんなのか!?」

 

「そ、そうなのか!?」

 

そう言いながら、男子が詰め寄ってくる。

悠斗は息を吐いた。

 

「まあな。――古城も凪沙から聞いてるだろ?」

 

古城は此方を振り向き、

 

「ん、ああ。 聞いてるぞ。 楽しんでこいよ」

 

「てことなんだ。 だから無理だな。 すまん」

 

クラスの男子は眼を丸くした。

 

「な、なんだと。 兄公認か!?」

 

「つ、付き合ってるって噂は本当なのか!?」

 

「いや、付き合ってないぞ。 いつも一緒にいるだけだ」

 

この時、クラスの女子の心の声が重なった。

 

「(((いや、それって付き合ってるに入ると思いますけど)))」

 

古城も男子の勧誘を受けていたが、誰かと約束をしていたらしく断っていた。

というか、雪菜、浅葱でないということは、誰なんだろうか?

 

「暁ィー、神代ォー、あんたらにお客さんだよ」

 

古城と悠斗を呼んだのは、同じクラスの棚原夕歩。

その背中に隠れるようにして、透き通るような銀髪の少女が立っていた。

中等部の制服の下、ハイネックのアンダーシャツを着ており、教会のシスターを連想される。

中等部三年、叶瀬夏音だ。

古城と悠斗は席から立ち上がり、夏音の元へ向かった。

二人は、自分たちが注目されている事に気づかず、夏音に話かける。

 

「おう、叶瀬。 学校に来てたのか。 体調はどうだ?」

 

「はい、もう大丈夫です。 凪沙ちゃんが良くしてくれます」

 

「そうか。 凪沙がいるなら心配ないな」

 

悠斗は安堵の息を吐いた。

 

「悠斗先輩。 私のことは夏音と呼んでください、でした。 私だけ、名前で呼ぶのは――」

 

「あー、確かに一理あるわな。 てか、それって凪沙の入知恵か」

 

夏音は頷いた。

 

「はい、でした。 名前で呼ぶなら、名前で呼ばれないと、だそうです」

 

悠斗は苦笑した。

 

「なるほどな。 これからもよろしくな。 夏音」

 

「よろしくお願いします、でした」

 

夏音は、ぺこりと頭を下げてから、古城を見た。

 

「お兄さんも、助けてくれてありがとうございました」

 

「いや、あれはほぼ悠斗が助けたもんだぞ。 まあでも、ありがたく頂戴するよ」

 

古城が、夏音に本題を聞いた。

 

「今日はどうしたんだ? わざわざ、オレと悠斗に挨拶をしに来てくれたのか?」

 

「はい。 お兄さんにお願いがあってきました」

 

「お願い? オレに?」

 

古城が意外そうに聞き返す。 夏音が恥じらうように顔を伏せた。

 

「はい、あの……」

 

夏音が声を落として言い淀み、クラスメイトたちは息を殺して彼女の言葉を待つ。

やがて夏音は勢いよく顔を上げ、緊張気味の声で古城に尋ねた。

 

「今日の夜、お泊りに行ってもいいですか? お兄さんのお宅に? 悠斗先輩も一緒に来てください」

 

「ああ、オレは別に構わないけど。 悠斗はどうする? 久しぶりにオレの家に泊まるか? 凪沙も喜ぶしな」

 

「んー、そうだな。 凪沙にはいつも世話になってるしな。……よし、今日は暁家に泊まるわ」

 

悠斗と古城は平然な態度で答える。

 

「ちょっと待った!」

 

古城と悠斗が振り向くと、浅葱の手首を強引につかんで、二人一緒に手を挙げた築島倫と藍羽浅葱の姿が映った。

 

「あたしたちも一緒にお邪魔していいかな、暁君、神代君」

 

古城と悠斗に向って、倫がニッコリ笑って告げる。

 

「別にいいよな、古城?」

 

「ああ、別に構わないぞ」

 

浅葱は何が起きたのか解らないまま、了承した古城たち、微笑む倫を、高らかに挙げられた自身の腕を見比べ、そして叫んだ。

 

「えええええぇーっ!?」

 

波朧院フェスタ開催まであと二日。 祭りの気配は、徐々に盛り上がりを見せていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「夏音ちゃん、退院おめでとう!」

 

クラッカーを鳴らしながら叫んだのは、凪沙だ。

テーブルの上に並んでいる料理は、悠斗と凪沙が協力して作ったものだ。

 

「あ、あの」

 

全身のあちこちに紙吹雪をつけたまま、夏音が恐縮した表情で周囲を見渡した。

 

「すみませんでした、皆さん……私なんかのためにこんな」

 

そう。 七〇四号室の暁家で、夏音の退院パーティーを行っているのだ。

 

「なに言ってんの。 今日は夏音ちゃんが主役なんだから、はい、座って座って。 食べて食べて。 このサラダ自信作なの。 クルミとピーナッツとゴマを使った自家製ドレッシングだよ。 こっちは棚屋の絃神コロッケ・デラックス。 そっちが凪沙&悠君、特性レッドホットチリビーンズ・グランドフィナーレ。 もうすぐハイブリッドパスタも茹で上がるから」

 

「あ、ありがとう」

 

凪沙の勢いに引きずられたのか、夏音もぎこちなく微笑んだ。

夏音の隣に座っていた基樹が、さっそく料理に箸を伸ばす。

 

「おー、美味いなこれ。 さすが凪沙ちゃん。 また腕を上げたんじゃないか」

 

「ほんとね。 古城の妹にしとくのはもったいないわ」

 

冷製スープを口に運びながら、浅葱幸せそうに頬に手を当てた。

 

「でも、ここまで美味しく作れたのは、悠君のおかげでもあるんだ」

 

凪沙は笑いながら悠斗を見た。

 

「俺は、味見と指摘しかしてないぞ」

 

「でも悠君、それが的確だったから、美味しい料理ができたんだよ」

 

「まあ、うん、そうかもしれんが」

 

そう言ってから悠斗は食事を再開した。

浅葱は、古城と夏音の関係について聞いていたが、古城と雪菜がすらすらと説明をしていた。 こういう時の為に口裏を合わせていたのだ。

ちなみにだが、凪沙は事件の詳細は知らないが、夏音が戦いの渦に飲み込まれていたことは知っている。 それを、悠斗と一部の人間が助けたことも。

数分経過したころ、古城の部屋を物色していた倫が姿を現した。

手に持っていたのは、アルバムだ。

 

「アルバム発見。 見てもいい?」

 

「いいけど、そこにあるのは小学生の時のやつだから、別に面白くないと思うぞ」

 

女性陣は興味をそそらるように、倫の回りに集まっていく。

 

「小さい暁君だ。 今とあんまり変わらないのね」

 

アルバムをめくった倫が愉しそうに眉を上げ、雪菜がしみじみと感想を述べる。

 

「先輩にも小学生の時代があったんですね。 かわい……い?」

 

「なんで疑問形なんだよ!? そこは素直に褒めるところだろ!」

 

だが、悠斗は居心地が悪くなり、不意に立ち上がった。

 

「悪い。 少しのぼせちった。 涼んでくるわ」

 

悠斗はそそくさに部屋を立ち去った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

絃神島の夜の気候は、意外に涼しい。

そんな中悠斗は、近場のベンチに座り顔を上げ夜空を見上げていた。

 

「…………思い出か」

 

悠斗には思い出になることが一つもないのだ。

おそらくだが、顔も知らない両親に眷獣を託され、小さな時から旅をし、眷獣と協力しながら様々な国を転々としていた。 時には戦い、時には姿を隠した時期もあった。

なので悠斗は、思い出が一つもないのだ。 悠斗は、ほぼ戦場に身を置いていたのだから。

その時、誰かが悠斗の隣に座ったので、悠斗は隣に座った人物を見た。

 

「悠君。 どうしたの?」

 

「凪沙か。……俺には思い出がないなって。――まあ、この一年で思い出はできたけどな。 でも、古城や凪沙のように、小さい時のものはないんだ。 俺は一人だったから」

 

悠斗がそう言うと、凪沙は悲しい顔をした。

 

「すまない。 暗くしちゃったな」

 

凪沙は言い淀みながら、

 

「じゃ、じゃあ、これからは凪沙と作っていこうよ。 凪沙は悠君を一人にしないよ。 絶対に君を離さないよ。 凪沙は、悠君が大好きだから」

 

悠斗は凪沙の片手を優しく握った。

 

「俺も大好きだぞ。 世界で一番な。 でもな、時々怖くなるんだ。 凪沙が、俺の手の届かない場所まで行ったらどうしようって。 眷獣たちを介して話こともできるけど、やっぱり不安なんだ」

 

凪沙は、コテンと悠斗の肩に頭を預けた。

 

「不安なのは凪沙も同じだよ。 悠君が戦いに行って帰ってこなかったらどうしようって。 ホントは、どこにも行ってほしくないんだよ。 ずっと凪沙の隣にいてもらいたいんだ」

 

「だけど――」

 

悠斗の言葉を、凪沙が遮った。

 

「うん、わかってる。 力ある者が、戦いを止めなくちゃならないって。 そしてその力を、悠君は持ってるんだよね」

 

「ああ、そうだな。 俺にはその力がある。 もしかしたら、死地に近い場所でも、飛び込まくちゃ行けない時も来るかもしれない」

 

「それでも、凪沙は待つ覚悟はあるよ」

 

「……女は男より強いって聞くけど、その通りなんだな。 俺も誓うよ。 どんなことがあっても俺は死なない。 絶対に君の元へ帰るって」

 

「絶対だよ」

 

「ああ、絶対だ」

 

そんな二人を、月明かりが照らしていた。




何というか、甘いね。
まあ、書いてたら甘くなってしまってた部分もあるんだが。
最後は、すこしシリアス?的な感じになりましたが。
悠斗君と凪沙ちゃんは、旦那さんと妻ですね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!





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蒼き魔女の迷宮Ⅱ

眠い中書きあげましたです。
えー、今回は繋ぎ回になってますな。
楽しんでいただけたら幸いです。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


絃神島中央空港は、旅客たちで溢れていた。

十月最後の金曜日である今日は、波朧院フェスタの前夜祭が行われることになっている。

夕方から始まるイベントに備えて、島外から観光客が本格的に押し寄せているのだ。

 

「ギリギリ間に合った……か」

 

電光掲示板を見上げて、古城が荒い息を吐く。

時刻は午前九時を、十五分ほど過ぎようとしていた。 しかし待ち合わせをした人物の姿は見えない。

おそらく、上陸審査に時間がかかっているのかもしれない。

 

「本当にもう! 古城君の準備が遅いから、私たちまで汗だくだよ。 せっかくオシャレな服選んできたのに。 どうしてこんな日に寝坊するかな。 信じられない。 ホントあり得ない」

 

「悪かったよ! 昨日の夜の騒ぎで目が冴えて眠れなかったんだよ! てか、何で悠斗は起きられたんだ?」

 

古城は、隣に立っている悠斗に目を向けた。

悠斗は後頭部に両手を回した。

 

「凪沙に起こしてもらったからな。 まあ、日々の習慣ってやつだ」

 

ちなみに、悠斗が昨夜眠っていた場所は、ソファーの上である。

悠斗はニヤリと笑い、

 

「古城は、夏音が部屋に来て目が冴えてしまったとお見受けしますが?」

 

「古城君は恥ずかしいな、もう!」

 

「う……ぐ……!」

 

悠斗と凪沙に図星を指され、古城は言葉に詰まる。

古城は、吸血衝動を感じさせるほどの刺激を受けた直後に、ぐっすり安眠できるほどの神経は持ち合わせていないのだ。

まあ、理性の化け物を持つ悠斗は例外だが。

 

「すみませんでした、お兄さん。 私のせいで」

 

夏音が責任を感じたような表情で頭を下げる。

今日彼女が着ているのは、飾り気のないコットンドレス。 しかし夏音の華やかな銀髪が、地味な服装を引き立ってしまい、空港にいる観光客の注目を浴びてしまっている。

 

「いや、叶瀬が悪いんじゃないから気にするな」

 

「てか、古城。 夏音まで毒牙にかけないようにな」

 

悠斗の指摘に、古城は眼を丸くした。

 

「いや、どういう意味だ。 毒牙にかけるって?」

 

「……刺されないように頑張れ。 俺にはこれしか言えないな」

 

雪菜が話題を変えるように、困惑気味な口調で呟いた。

 

「……で、でも、私たちまで一緒に来てよかったんでしょうか。 迷惑なんじゃ……」

 

彼女の服装は、ポロワンピースにニーソックス。 もちろん背中には、いつもギターケースがある。

 

「てか、俺も迷惑じゃないのか? 今のところ(・・・・・)部外者だし」

 

「いいのいいの。 悠君はほら、優ちゃんに紹介したいし。 雪菜ちゃんたちは波朧院フェスタ初めてなんでしょ。 一緒に回ったほうが楽しいよ。 一人案内するよりも三人まとめて案内するのも変わらないしね」

 

遠慮がちな友人たちの肩を抱きながら、凪沙が朗らかな口調で言う。

 

「まあ構わないけど。 優麻もいいって言うだろうしな」

 

古城は肩を竦めた。

 

「友達を連れてくって言ったら喜んでた。 優ちゃんは昔から女の子に優しかったよね」

 

「ああ」

 

「いい奴なんだな。 優麻って奴は」

 

古城は相槌を打ち、悠斗はどんな奴なのかなと思っていた。

優麻とは、古城の幼馴染に当たる人物らしいのだ。

 

「……で、通行人AさんとBさんは何をやってるんだ」

 

悠斗呆れたように、柱の陰に隠れた男女二人組を見ていた。

華やかな髪形の女子高生と、ヘッドフォンを首にぶら下げた短髪の若い男。 それぞれ目元を派手なカーニバルマスクで覆っている。変装のつもりかもしれないが、この場では目立ち過ぎて逆効果だ。

 

「……よく見破ったわね、私たちの完璧な変装を」

 

正体を看破されたことを悟って、浅葱がマスクを外す。

古城も呆れて笑う気力もなかった。

 

「なにが完璧だ。 あからさまに怪しいわ。 どっから持ってきたんだ、そんな仮面」

 

「いやー、仮装パレード用のやつをちょっとな」

 

仮面から生やした孔雀の羽根を撫でつつ、基樹は得意げに胸を張る。

 

「お前ら、そんな手間暇かけて何がしたかったんだ?」

 

「いいでしょ、別に。 古城の友達の顔を拝んだら、すぐ帰るからさ」

 

「だな。 オレもやっぱ、古城の幼馴染っていうの見てみたいし。 悠斗の言うとおり、ただの通行人だと思って気にしないでくれ」

 

「わざわざ隠れて見に来なくても、言ってくれれば紹介するのに……」

 

そう。 待ち合わせの話題が出た時、浅葱と基樹もその場に居合わせたのだった。

古城はやれやれと首を振る。

 

「――古城!」

 

頭上から誰かが大きな声で呼びかけてきた。 混雑したロビーでも良く響くアルトな声だ。

その声につられて、古城が顔を上げる。 視界に映ったのは、舞い降りてくる人影だ。

階段の手すりから身を乗り出した誰かが、古城目がけて飛び降りてきたのだ。

快活そうな雰囲気な子だ。 髪型は撥ねたショートボブ。 上着はポーツブランドのフード付きチュニック。 ショートパンツから伸びた脚はすらりと長い。

 

「うおっ!?」

 

古城はどうにか彼女を受け止める。 結果的に抱き合うようになった姿勢のまま、古城は彼女を呆然と見つめて、

 

「ゆ、優麻!?」

 

「久しぶり。 元気そうだね、古城」

 

優麻と呼ばれた少女が、悪戯っぽく目を細めて言う。

ボーイッシュと呼ぶには可憐過ぎる笑顔だ。

 

「……今ので危うく心臓が止まりかけたぞ。 相変わらず無茶苦茶するな、お前は」

 

ははっ、と華らかに笑って、少女が周囲を見渡した。 今の騒ぎで自分たちがロビー中の視線を集めてしまったことに気付いたらしい。

少し困ったように舌を出して、古城を見る。 古城が深々と溜息を洩らしていると、それを押しのけるようにして、凪沙が悠斗の手を握って二人の間に割り込んだ。

 

「優ちゃん!」

 

「凪沙ちゃんか。 美人になったね。 見違えたよ」

 

「またまたー……こないだ写真送ったばっかじゃん」

 

「いやいや。 写真より実物はもっとね。 そういえば、紹介したい男の子って」

 

凪沙は悠斗に目を向けた。

 

「神代悠斗だ。 凪沙とは――……えーと」

 

皆が見てる所で、今の関係は公にすることはできない。

だが、友人関係、恋人関係でもない。 今現在の悠斗と凪沙の関係は、その上をいっているのだ。

迷いに迷った悠斗の答えは、

 

「世界で一番仲がいい、先輩と後輩だ」

 

「そっか。――凪沙ちゃんをよろしくね」

 

優麻の最後の言葉は、意味深な言葉だった。

もしかしたら、今のやり取りで色々とバレたのかもしれない。

やはり、女の勘は怖い。 怖すぎる。

 

「なにあれ。 どうなってるの!?」

 

「そ、それは私に聞かれても……」

 

雪菜が珍しく口籠った。 昨夜アルバムで見た子とあまりにもかけ離れていたのだ。

 

「ちょっと古城。 どういうことなのよ?」

 

業を煮やした浅葱が、強引に古城を引き寄せて聞ていた。

その間に、悠斗は凪沙の隣に移動する。

 

「なあ、凪沙。 優麻って奴に、俺らの関係バレたかもな」

 

「そうかも。 優ちゃんは昔から、恋愛関係の勘は鋭かったからね」

 

悠斗は息を吐いた。

 

「バレてないのは、古城だけかもな」

 

「そうかも。 古城君は、恋愛面では鈍感さんだからね」

 

ひそひそと話していたら、優麻が悠斗と凪沙前まで歩み寄った。

 

「なにを話しているんだい。 凪沙ちゃん、悠斗君。――大体予想はつくけどね。 君たちの関係のことだよね」

 

悠斗は、やっぱりバレてた。と思い肩を落とした。

 

「……まあな。 このことは黙っててくれ」

 

「いやー、凪沙ちゃんに置いていかれるとは、ボクも予想外だったよ。 結構進んでるんでしょ?」

 

凪沙が頬を朱色に染めながら、

 

「……彼氏彼女の枠は超えてるかな」

 

「はは、やっぱり。 悠斗君も凪沙ちゃんの手を離さないようにね」

 

「離すわけないだろ」

 

悠斗は即答した。

 

「凪沙ちゃんも、いい男の子を見つけたね」

 

「……うん」

 

「じゃあ、ボクは古城を助けてくるよ」

 

そう言って優麻は、古城の元へ向かっていった。

こうして、幼馴染との邂逅は終了した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城たちは混みあったモノレールを乗るのを諦め、バスでキーストーンゲートへ移動した。

絃神市内でもっとも巨大なこのビルは、人口島全域を司る中枢施設だが、同時に高級ブランドショップなどが集まる島内のオシャレスポットでもある。

一通り博物館を見て回ったあと、基樹オススメのカフェテリアに入る。 店内は古びているが、とても良い雰囲気の店であった。

五人がけのテーブルしか空いていなかった為、中等部三人と高校生にわかれて座ることになった。

高校生組は、浅葱と基樹、悠斗と古城、優麻というメンバーだ。

古城と優麻が料理を受け取りにいったので、浅葱と基樹と悠斗は自動的に荷物番として残る係になってしまう。

 

「……面白くないって顔だな」

 

「そりゃそうだろ。 古城があんな隠し玉を持ってたなんてな。 てか、どんだけフラグ建ててんだ? あいつ、まじで刺されるんじゃないか」

 

ジンジャエールのグラスを行儀悪くブクブクしていた浅葱を眺めて、基樹と悠斗が言う。

 

「あんたらは、ずいぶん楽しそうね」

 

浅葱がやさぐれた目つきで聞き返す。

 

「優麻ちゃん、うちの先輩には及ばないまでも、なかなか魅力的だもんな。 特に、あの脚とか腰とか。 スレンダーに見えて実は胸もなかなか。 悠斗もそう思わないか?」

 

基樹が腕を組みながら、悠斗に問いかける。

 

「まあ、そうなんじゃねぇか」

 

悠斗は興味がないと言い、目の前に置いてある、コーヒーが入ったグラスを口にした。

基樹は苦笑した。

 

「そうだったな。 悠斗は、あの子一筋だもんな」

 

あの子とは凪沙のことである。

浅葱と基樹にも、悠斗が凪沙のことが好きだということがバレてる。

 

「まあな」

 

浅葱が、雪菜たちと楽しそうに雑談してる凪沙を見ながら、

 

「凪沙ちゃんが羨ましいわ。 てか、古城の中身は小学生で止まってるわよね」

 

「いや、それはないと思うぞ。 たぶん、古城の好きの定義が、しっかりしてないんじゃないか?」

 

「あー、それあるかもな。 古城は恋愛したことなさそうだしな」

 

おそらく古城は、雪菜や浅葱のことを仲のいい友人、学校の後輩としか見てないだろう。

ということは、面と向かって想いを告げないと効果はないのかもしれない。

 

「ま、頑張れ」

 

「浅葱は、奥手すぎるからな」

 

「うるさいわよ」

 

浅葱は、悠斗と基樹の言葉を聞き、ムスっとした。

そうこうしてる内に、話題になっていた優麻たちが、トレイに山盛りの料理を抱えて戻ってきた。

ホッドドックやオニオンリングなど、外れのなさそうなメニューばかりだ。

 

「お待たせ。 適当に注文しちゃったけど、こんな感じでよかったかな」

 

「まあ、俺は構わないぞ。 今じゃ好き嫌いはないしな」

 

「今じゃって。 悠斗君は好き嫌いあったの?」

 

「まあな。 特に、ピーマンとか」

 

優麻はクスクス笑いながら、座っていた席に腰を下ろした。

 

「美味しいね、これ」

 

そう言ってスープを口に運ぶ優麻に、基樹が、おお、と嬉しそうな声を上げた。

 

「この店の味がわかるとは、やるな。 仙都木ちゃん。 ここは絃神島でも知る人ぞ知る穴場なんだよ。 ここだけの話、魔族特区の研究をフィードバックした特別な食材を使ってるからな」

 

「それはすごいな。 よかったら矢瀬くんも、どう?」

 

感心したように言いながら、優麻はスプーンを基樹の前に差し出した。

所謂、「はい、あーん」の姿勢である。 基樹は一瞬驚いたように動きを止め、頬を赤らめながら顔を突き出す。

 

「う、美味いです」

 

敬語になって感想を述べる基樹。

優麻にとっては、この程度の行為はごく普通のコミュニケーションなんだろう。

そんな優麻の性格を知っている古城も、平然と食事を続けている。

 

「悠斗君もどうかな?」

 

悠斗は、優麻の問いに片手を振った。

 

「いや、遠慮しとく。 男と間接キスをする趣味はないしな」

 

「もう、つれないな」

 

外で電話をしていた基樹が、険しい表情で戻ってきた。

 

「悪い。 ちょっと野暮用が入った。 オレは抜けさせてもらうわ」

 

愛用のヘッドフォンを引っ掴んで、店を飛び出していく。

古城はポテトフライを口にくわえたまま、ぽかんと見送っていたが、

 

「待てコラ! ちゃんと食ったぶんは払ってけよ、オイ!」

 

「ふははははははは!」

 

「ふはははは、じゃねぇ!」

 

高笑いして、基樹は店を後にする。

 

「ごめん、古城、悠斗。 私もバイトが入ったから、抜けさせてもらうわ」

 

そう言い、浅葱も店を後にする。

悠斗は違和感を覚えた。 何なのかは、まだ解らないままだが。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

地上十二階でエレベータを乗り換え、そのさらに上にある展望台に古城たちは訪れていた。

絃神島のド真ん中。キーストーンゲート最上部の展望ホールだ――。

 

「うわ、絶景だね!」

 

ガラス張りの床の上に物怖じせず飛び出して、凪沙が甲高い歓声を上げた。

ドーナツ型の広間は、直径十メートルほど。壁や床の大部分がガラス張りということもあり、ここから絃神市内のほぼ全域が見渡せる。 床全体がゆっくり回転してるので、立っているだけで全ての風景が堪能できるのが、ここの売りだ。

悠斗は苦笑しながら、凪沙の背を追った。

その時、悠斗はまた何かの違和感に襲われた。 模造天使(エンジェル・フォウ)とは違う違和感だ。

悠斗は顔をしかめた。

 

「何だこの感覚。 眷獣たちが何かに反応してるのか?」

 

すると、エレベータ付近で軽い騒ぎが起きていた。

 

「あ、悠君、古城君。ちょっと来て」

 

野次馬たちをかきわけるようにして、顔を出した凪沙が、古城と悠斗を呼んだ。

その後ろにはから顔を出したのは、あからさまに場違いなメイド服姿の少女だった。

藍色の髪に、淡い水色の瞳。 人形めいた無機質な美貌。 人口生命体のアスタルテだ。

 

「捜索対象を目視にて確認」

 

「ア……アスタルテ?」

 

古城が呆然と彼女の名前を呼んだ。

古城と悠斗は、アスタルテの元へ向かう。

 

「アスタルテ、何かあったのか?」

 

悠斗がアスタルテに問うた。

 

「現状報告。 本日午前九時に定時連絡を持って教官との連絡が途絶えました」

 

「……連絡が途絶した? 那月ちゃんに何かあったのか?」

 

「肯定。 発信器、及び呪符の反応消失」

 

「マジか……」

 

古城は呆然と呟いた。

本当に那月が失踪したのなら、彼女の身に何かの脅威が起きてる。 そしてそれは、絃神島に存在してる、ということでもある。

もしかしたら、悠斗が感じている違和感に関連してるのかもしれない。

 

「このような場合の対応手順を、教官から伝えられています」

 

動揺を隠し切れていない古城たちに、アスタルテが事務的な口調で告げた。

 

「叶瀬夏音を優先保護対象に設定せよ、ということです」

 

「つまり、那月ちゃんは、この事態を前以って知っていたっていうことか?」

 

「不明。 データ不足により回答不能」

 

「……だよな、すまない」

 

アスタルテの心情を察して、悠斗は謝る。 表情に出さないが、那月が失踪したことで不安に思っているのはアスタルテも同じなのだ。 その瞳がかすかに揺れているように見えた。

気がかりなことが一度に起こりすぎている。

悠斗が今現在感じている違和感。 那月の失踪。 基樹と浅葱の急な呼び出し。

 

「何か……嫌な予感がするな」

 

偶然にしては出来すぎている。 今現在、何かが起こっているようにも感じる。

そして、悠斗の嫌な予感は、当たる確率の方が高いのだ。

悠斗はわだかまりを残したまま、キーストーンゲート最上部を後にした。




うん、女の勘は怖いね……。
今回は、甘さ控え目でしたね。次回はどうだろうか?
あのシーンがまだですからね(笑)

ではでは、次回もよろしくです!!


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蒼き魔女の迷宮Ⅲ

お待たせしましたです。
今回はあのシーンもありますな(笑)
上手く書けただろうか。
そして、ご都合主義発動です(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


島内を軽く一周して、古城たちが自宅に戻ったのは日没前のころだった。

前夜祭のイベントには出席せず、今夜は早めに休むことにしたのだ。 失踪した那月のことも気がかりであり、何といっても波朧院フェスタ本番である。

悠斗はソファーの上でだらけていた。

 

「那月ちゃんが失踪ってどういうことだ? やっぱ、何か大きな物が動いているのか?」

 

今夜、夏音とアスタルテは、雪菜の部屋に泊まることになっている。 これは、夏音をどう護衛するかの協議の結果だ。

剣巫である雪菜と眷獣憑きのアスタルテが居れば、よっぽどの強敵が現れない限り、夏音を守りきることはそれほど難しくはないだろう。

また、今は情報が少なすぎるため、迂闊に動くことも出来ない。 近所で起きた、謎の異変の噂も気になる。

 

「ったく、何がどうなってるんだよ。 飯を食いに行く前に、風呂にでも入っておくか」

 

悠斗はソファーから立ち上がり、自室から着替えを持って脱衣所へ向かう。

悠斗は溜息一つ吐いてから、もそもそと服を脱ぎ、真っ白な湯気が漂うバスルームを開ける――。

 

「(……あれ、お湯を溜めてなかった気が。 嫌な予感がする……)」

 

その嫌な予感が的中してしまった。 そして悠斗は、そのまま硬直してしまった。

バスルームの中には先客がいたのだ。 頬をほんのり赤く上気させほっそりした少女と正面から目があってしまった。 悠斗は風呂に入る時タオルを巻かない人だ。 少女の方もタオルを巻いていない。ということは――生まれたままの姿である。

少年少女は、今現在の状況を理解していく。

悠斗は、平静を装うように、

 

「……あ、あれ、こ、ここって、俺の家のバスルームだよな?」

 

「う、ううん。 凪沙(・・)のお家のバスルームだよ」

 

また暫しの沈黙。

二人の顔は、これでもかッ、というまで真っ赤になっていた。

 

「ゆ、悠君。 こういうのは、まだ早くないかな……」

 

悠斗はロボット人形のように、片言で、

 

「……うん、早いね。 早すぎると思うぞ」

 

凪沙はしゃがみこみ、体を丸めた。

 

「ゆ、悠君。 一緒にお風呂に入るのは、あと何年か経ってからにしよう……」

 

「そ、そうだな」

 

悠斗は、ゆっくりバスルームの扉を閉めたのだった。

周囲を見回したが、そこは悠斗がいつも使っている脱衣所のままだ。 洗面台も自分の歯ブラシが置いてある。 見間違えるはずがない。

 

「……まじで何が起こったんだ。 てか、色々見ちゃったし、見られちゃったよな……」

 

唯一の救いは、凪沙が声を上げなかったので、悠斗が変態にならないで済んだ。ということくらいか。

そして古城も、悠斗と同じ経験をしたらしい。

古城は、雪菜の家のバスルーム入り、夏音とアスタルテの裸を見てしまったらしい。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「まじで申し訳ない」

 

今現在の悠斗は、凪沙の目の前で、額を床に付けていた。

所謂、土下座っていう奴だ。

ちなみに、古城はお隣に行って、頭を下げてるらしい。

 

「や、やめてよ悠君。 土下座なんて」

 

「い、いや、何て言うか、色々見ちゃったわけですし」

 

凪沙は顔を赤く染め、

 

「そ、それは凪沙も、同じだから。……それに、数年後は毎日見るかもだし」

 

「……俺も否定はしない」

 

そんな甘い空間を破ったのは、暁家で宿泊する仙都木優麻だった。

 

「あれ、凪沙ちゃんに悠斗君。 どうかしたの?」

 

と言い、優麻は首を傾げる。

悠斗と凪沙は、「なんでもない」と言い、悠斗はテーブルの椅子に座り、凪沙は料理の続きを始めた。

数分後、古城も戻り、優麻を合わせた四人で、夜食を摂った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が安眠をしていたら、ドンドンと扉が叩かれる音がしてきた。

 

『悠斗! 起きてるか! 助けてくれ!』

 

悠斗はベットから起き上がり、玄関まで移動してから扉を開け、その隙間から顔を出す。

 

「えっと、優麻か。 どうかしたのか?」

 

優麻は、自身を指さしながら、

 

「いや、オレだ。 暁古城だ!」

 

「は? なに言ってんだ。 お前は、仙都木優麻だろ。……いや、待てよ。 空間の歪み。――俺だけじゃ詳しいことは解らん。 姫柊にも聞いてみるぞ。 いいな?」

 

「お、おう」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

所変わって、七〇五号室。

部屋には、清楚かつ可憐なデザインの修道服を着た夏音。 カボチャのお化けのかぶり物に、オレンジ色のケープコートを着た、小柄な全身タイツ姿の少女アスタルテ。 水色のエプロンドレスに、頭にも同じ色のリボンをつけている雪菜。 胸元編上げのミニワンピースを着た優麻。 ラフな恰好をした悠斗だ。

 

「仙都木優麻の中身は、暁古城なんだよ」

 

優麻が、いや、古城が一通り説明し息を吐いた。

 

「たしかに、私たちの質問に全て正解しましたしね」

 

「また面倒事に巻き込まれたな、古城」

 

と言い、悠斗は天井を見上げ、溜息を吐いた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

暁家リビングは、古城が飛び出したままの時の姿で、ひっそりと静まり返っていた。

もちろん、古城の肉体は戻ってきていない。

 

「――本当に誰もいませんね」

 

部屋の中を見回して、雪菜が呟く。

雪菜の右手には銀色に輝く槍。 獅子王機関の秘奥兵器、雪霞狼が握られている。

 

「優麻の荷物も消えてるな」

 

客間を確認して、古城は落胆したように息を吐いた。

悠斗と雪菜は、優麻の痕跡を辿るように無言でその場に立っている。

 

「おおよその事情はわかりました。 暁先輩が言っていた、優麻さんの背後の見えたという蒼い影の正体も」

 

「ああ、俺もほぼわかったと言っていいかもな」

 

「まさか絃神島の空間を歪めているのも、優麻の仕業なのか?」

 

「そうだな。 ある意味でな。 だが、それは優麻の目的じゃない」

 

「目的……か」

 

自分の掌を見つめて、古城は沈黙する。 体を入れ替えるという異常な状況に惑わされて、そこまで頭が回っていなかったのだ。

優麻には目的があった。 古城を騙さなければならない目的が。

 

「ところで、先輩……このお料理を作ったのは凪沙ちゃんですか?」

 

これには悠斗が頷いた。

 

「ああ、そうだ。 時間がない時に、俺が食べてる朝食だな」

 

ダイニングテーブルに置かれているのは、ししゃもと納豆、焼き海苔、巨大オムレツだ。

 

「朝ご飯を準備して出かけた。ということは、優麻さんに無理やり連れて行かれたわけではないということですよね」

 

「そのはずだ。 何かあれば、俺の眷獣たちが知らせてくれるからな」

 

凪沙が失踪していたら、悠斗がここまで平静ではいられないはずだ。

失踪していた場合は、この場に悠斗の姿はないのだから。

凪沙は、優麻の件とは無関係に、自身の意思で出かけて行ったということだ。

 

「その目的とやらは、何か分るか?」

 

悠斗は頷き、

 

「それは古城の体。 第四真祖の肉体だ」

 

ふと奇妙な引っ掛かりを覚えて、古城は呟いた。

 

「だけど吸血鬼の真祖の肉体なんて、そう簡単に使えるものなのか……?」

 

「いや、肉体は奪っていない。 優麻は空間を歪めただけだ。 空間同士を接続して、古城の五感と自身の五感を入れ替え、本来古城の肉体に伝えるはずだった神経パルスを、自分のものに置き換えたんだ」

 

「……つまりオレは、優麻の目に映ったものを自分で見ると錯覚して、自分の手足を動かしているつもりで、あいつの体を操作してる……ってことか?」

 

「その認識であってる」

 

雪菜が悠斗の言葉を引き継ぐ。

 

「空間制御は超高等魔術です。 たった一ヵ所“(ゲート)”を固定するだけでも、膨大な魔力と、高位の魔術師による儀式が必要ですから」

 

「そしてこれは、ただの人間(・・・・・)には出来ない芸当だ」

 

雪菜と悠斗の推理によって、確信に迫っていく。

 

「古城。 俺たちの身近で、空間を制御する人は誰かいないか?」

 

悠斗の質問に、古城は愕然とする。

古城たちの身近で空間魔術を使用し、空隙の魔女の異名を持つ人物。

 

「まさか、同じ……なのか?那月ちゃんと……?」

 

「そうだ。 仙都木優麻の正体は――――魔女(・・)だ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城たちは、西地区の繁華街のカフェにいた。

時刻は正午を過ぎたあたり。 お祭りモード一色になった街には、屋台や露店があふれ、道路には仮装した観光客がごった返している。

 

「美味しいですね、このカボチャプリン」

 

「私もさっき食べたところ、でした。 こちらのパンプキンパイもなかなかです」

 

「カボチャクッキーもいけるぞ」

 

同じテーブルに座った、雪菜、夏音、悠斗の感想である。

古城たち五人が注文したのは、九十九分間のケーキバイキング食べ放題だ。

 

「おかわりをどうぞ……第四真祖」

 

「ああ……サンキュ」

 

アスタルテが運んできたドリンクバーの紅茶を受け取って、古城は物憂げに溜息を吐く。

 

「一緒にお菓子の追加はいかがですか、と提案。 この店舗の通常価格とケーキバイキングの料金を比較すると、損益分岐点を超えるためには、あと三品注文する必要がありますが」

 

「じゃあ、追加でカボチャプリン。 うーん、あとはカボチャケーキだな。 古城は何か頼むか?」

 

悠斗がそう言うと、古城は頷いた。

 

「シフォンケーキがいいかもな……。 じゃなくて!」

 

古城は思わずテーブルを叩いて声を荒げる。

雪菜と夏音は驚いたように食事の手を休めて顔を上げ、悠斗は見向きもせず食事を続け、アスタルテは表情を変えずにマイペースに紅茶を飲んでいる。

 

「なんで俺たちは、こんな所でのんびりケーキバイキングに挑戦してるんだよ!?」

 

悠斗は顔を上げ、古城の前に新しいケーキを差し出した。

 

「まあまあ、落ち着けよ古城。 取り敢えずこのケーキでも食べろ」

 

「だーっ!」

 

古城はやけくそになってケーキを受け取ると、それを口の中に放り込んだ。

こうしてる間にも、優麻は、古城の肉体を使った陰謀の準備を始めている。 その証拠に、絃神島周囲の空間異常が、発生頻度を増していた。

一般市民の間でも、波朧院フェスタの呪い、などと噂になり始めてる。 とても落ち着いていられる状況ではない。

悠斗が、コーヒーを一口飲んでから、

 

「でもなあ、優麻の居場所を調べようにも、手掛かりがないんだ。 それに、空間の歪みが大きくなってるから、あの現象が起きる確率が高まってる。 下手に動くのは得策じゃない」

 

ぐっ、と古城は言葉に詰まった。 悠斗の指摘はもっともだった。

 

「だがな、古城。 優麻の魔術を今すぐ打ち破る方法はあるんだぞ」

 

「え?」

 

悠斗の言葉に古城は呆気にとられた。 そんな便利な解決法があるなら、どうして今まで黙っていたのだろう、と困惑する。

古城の視線は、雪菜の隣に立て掛けてあるギターケースに注がれた。

 

「雪霞狼か……!」

 

雪霞狼は、あらゆる魔術を無効化し、無差別に消滅させる。

優麻の空間制御がどんなに強力でも、それが魔術で維持されたものである以上は、一撃で破壊することが可能だ。

その結果、古城は元に戻ることが可能になる。

 

「ですが、これだけ厳密な空間制御を強制的に無効化すれば、術者には相当な反動があるはずです。 接続されている神経に回復不能なダメージを与える可能性も」

 

「これを実行すれば、優麻の神経がズタズタに切り裂かれて、最悪死ぬ。 良くても植物状態になる」

 

「だ、駄目に決まってるだろ。 そんなやり方!」

 

悠斗と雪菜の言葉を聞き、古城は激怒した。

 

「はい、できればこの方法は使いたくありません」

 

古城は、雪菜の言葉を聞いて安堵したが、悠斗の言葉を聞き言葉を荒げることになる。

 

「だから、古城の乗っ取られた体を雪霞狼で貫くしかないな。 古城は死んでも生き返るし、問題ないだろ。 優麻への負担も最小限に抑えられるしな」

 

「いや待て。 それ、オレが元に戻った時、死ぬほど痛い思いするよな。 ていうか、オレが死ぬ前提なのかよ!?」

 

「現状では、これが最善策だぞ」

 

古城は、うっ、と言葉に詰まった。

優麻が古城の体を使い異変を起こすのを待ち、その異変に気づいたら直ちにその場に急行する。 悠斗が眷獣を使用して優麻の足止めをし、その隙に、雪菜が古城の肉体を雪霞狼で刺す。 実に頼りない作戦だが、他に対策が思いつかないのも事実だった。

 

「そ、それは……そうかもしれんが」

 

「ま、優麻は古城の友人なんだ。 古城の体を手荒く扱ったりはしないだろ。 その証拠に、自身の体を、古城に預けたんだからな」

 

「事情はよくわかりませんけど、お兄さんには、無事いつものお兄さんに戻って欲しいです」

 

それまで黙って話を聞いていた夏音が、古城の横顔を見つめて言った。

少し照れたように目を伏せて小声で付け加える。

 

「優麻さんの姿も素敵ですけど、私にとってお兄さんは、お兄さんですから」

 

「叶瀬……」

 

じわじわと温かい気持ちが広がって、古城は思わず涙ぐみそうになる。

 

「同意」

 

カボチャお化けのかぶり物で顔を隠して、アスタルテが口を開く。

 

「アスタルテ……?」

 

「比較検討をした結果、第四真祖がオリジナルの肉体に復帰することを私は主観的に望んでいると判断しました。 総合的には不合理な選択ですが」

 

「そ、そうか……」

 

古城はあまり褒めらてると感じないが、アスタルテにとって、それが精一杯の好意の表現だということが伝わってくる。

古城は、悠斗と雪菜がどう思っているか気になったので、二人を交互に見た。

 

「え、俺か。 俺は戻って欲しいと思ってるぞ。 俺は伝えなくちゃいけないことがあるからな」

 

伝えたいこととは、悠斗と凪沙の件である。

期待の籠った古城の視線に気づいて、雪菜は少し慌てる。

 

「わ、私はただの監視役ですから。……先輩がどんな姿でも任務を果たすだけですけど」

 

「……だよな」

 

その時、低い衝撃音が人口島の大地を揺さぶった。

 

「なんだ、この感覚!?」

 

「恐らく、優麻が古城の体で何かしたんだ!」

 

「キーストーンゲートの方角です!」

 

悠斗は席から立ち上がり店から飛び出し、雪菜も雪霞狼が入ったギターケースを掴んで店を飛び出す。 古城は慌てて二人を追いかける。

路上にいた人々は、皆驚いたように、上空を見上げていた。

絃神島の中央に位置する、逆ピラミッド型の建物。 島内でもっとも高いそのビルの屋上で、何かが蠢いている。 全長数十メートルにも達する、斑模様の不気味な触手だ。

 

「姫柊! あれは――!?」

 

「悪魔の眷属! 魔女の守護者です!」

 

「あれは使い魔みたいなものだ! そんな事より、あの場所から放たれてる魔力だ!」

 

キーストーンゲートから感じる圧迫感は、魔女の守護者が放っているものではない。

あの場所には、巨大な使い魔よりさらに凄まじい魔力を放つ存在がいる。

そう。 最強の吸血鬼――第四真祖の波動を。

 

「第四真祖の波動――優麻か!」

 

「そうだ! 急ぐぞ。 古城、姫柊!」

 

彼女の存在を確信して、古城たちは走りだそうとする。

キーストーンゲートは魔族特区の中心地。 優麻が島に来て、真っ先に訪れた場所でもある。

優麻が魔術儀式の舞台としてここを選ぶのは、むしろ当然と感じられた。

 

「――――!?」

 

そんな古城たちの行く手を遮るように、見知らぬ人たちが立ちはだかる。

死神のような黒いローブを包んだ男たち。 その数は少なく見積もっても数十人。

彼らの顔に敵意はなく、武器らしい武器を持っているわけでもない。 しかし彼らは明らかに、古城たちがキーストーンゲートへと近づくのを阻止しようとしてる。

 

「先輩、下がってください!」

 

ギターケースから雪霞狼を取り出し、槍を構えた雪菜が前に出る。 仮装した人々が街にあふれてる今なら、雪霞狼を使っても目立たない。

 

「なんだ、こいつら……!?」

 

「わかりません。 でも、私たちの足止めが目的だと思います」

 

「優麻の仲間か……ずっと、俺たちを見張ってたんだな」

 

「たぶんな」

 

悠斗は右手を突き出した。 今なら眷獣を召喚しても、祭りの一環と思われるだけなので大丈夫なはずだ。

 

「――降臨せよ! 朱雀!」

 

これを見た人々が歓声を上げ、次々拍手が巻き起こる。

悠斗は、隣に召喚した朱鳥に指示を出す。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀は首をS字に曲げて、神秘的な焔を放つ。

そして、次々にローブを包んだ者たちが前のめりに倒れていく。

これを見て、雪菜が目を見開く。

 

「神代先輩!」

 

「大丈夫だ。 人間には害のない焔だから、心配するな。――アスタルテ、夏音を頼んだ!」

 

命令受託(アクセプト)

 

無防備で立ち尽くしてる夏音を守るようにと、悠斗は人口生命体の彼女に指示を出す。

アスタルテは無言で頷いて、自身の眷獣を召喚した。 彼女の背に出現した翼が、左右一対の巨大な腕の姿に変わる。

いつの間にか路上にいた観光客たちは、半径十メートルほどの距離を開けて、古城たちと残りの黒装束の集団を取り巻いていた。

だが、そのせいで古城たちは逃げ場を失ってしまった。 そして気を失ったと思われる黒装束が立ち上がる。ということは、こいつらは死体で、何処かに死体を操っている死霊魔術師(ネクロマンサー)がいる、ということだ。

こうしている間にも、優麻は魔術儀式を完成させようとしてる。

 

「なんだ!?」

 

ホアァァアーッ!という怪鳥のような雄叫びと共に、鈍い打撃音が鳴り響き、黒装束の一人がもの凄い勢いで吹き飛んだ。

そこで古城たちが目にしたのは、赤髪のお団子ヘアに三つ編み、チャイナ服の若い女性だった。 彼女が繰り出した中段蹴りが、さらにもう一人の黒装束を悶絶させる。

 

「おー、教え子たち。 ようやく会えたな。 怪我はしてないかー?」

 

彩海学園中等部の体育教師、笹崎岬が呑気な口調で聞いてくる。

 

「笹崎先生! どうして……!?」

 

「那月先輩に頼まれてたのよ。 自分がいなくなった時に、暁兄たちのフォローをしてやってくれって。 私が知らないうちに、ずいぶんヤバいことになってたりする?」

 

悠斗が頷いた。

 

「ああ、かなりヤバいな」

 

「了解。 叶瀬たちのことは、こっちに任せて」

 

そう言って、彼女は奇妙な構えを取った。

象形拳(しょうけいけん)と呼ばれる、獣の動きを象った中国拳法の技法である。

彼女も、国家資格を持つ攻魔官なのだ。

 

「ここは頼んだ。 それとこいつらはほぼ死体だ。 今さっき確認した」

 

「OK。 全員ぶっ飛ばせばいいのね!」

 

そう言い放ち、岬は言葉通り目についた黒装束を倒していく。

悠斗は、古城と雪菜を見た。

 

「朱雀の背に乗れ! 急ぐぞ!」

 

朱雀の背に古城たちが飛び乗る。

悠斗が朱雀に指示を出し、羽を羽ばたかせ飛翔を開始した。

後方では、キシャアアァァーと言う怪鳥に似た声と、観光客の歓声が響き渡っていた。

祭りは、まだ始まったばかりだった。




悠斗君。見ちゃいましたね(*ノωノ)
……いや、婚約者(まだ、母親公認)だからいいのか?
悠斗君。羨ましいぞォォォーーーー!!(心の声)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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蒼き魔女の迷宮Ⅳ

いやー、ほぼ一日おきに掛け持ち作品の投稿はきついっスね。
まあ、書くなよッっていわれたらあれですが(汗)
すんません、作者の愚痴はこれくらいにしましょう。

この話で中盤?ほどまでいきましたね。
では、投稿です。
本編をどうぞ。


目的地に飛んで行く朱雀の背には、エプロンドレス姿の雪菜はもちろん、優麻の体に入った古城も、仮装してない悠斗が乗ってる。

目の前には聳える巨大な建物、逆ピラミッドビルの屋上を占拠してるのは、不気味な触手の群れだ。

魔女の守護者と呼ぶ怪物である。

それと交戦してるのは、特区警備隊(アイランド・ガード)。 四機のヘリがビルの上空を旋回し、機関砲弾や浄化ロケット弾を容赦なく打ち続けている。

 

「あんな軍用機まで出てんのか……!?」

 

爆散する炎を呆然と見上げて、古城は呻く。

攻撃の余波で砕けた建物の破片が、上空からバラバラと降り注いでいた。

跳弾や流れ弾によって、周囲のビルもかなりの被害をもたらしていた。

そんな苛烈な戦闘に、市民が巻き込まれないようにするため、交通封鎖やバリケードが施されている。

 

「だが、現代兵器は、悪魔眷属の前ではおもちゃに等しい。 浄化ロケットもそうだ。 朱雀並みの浄化なら話は違ってくるけど」

 

「ですが、この対応の早さは流石ですね……」

 

悠斗と雪菜がそう呟いた。

地上部隊も屋上の怪物に向かって、追撃弾の抗魔榴弾の一斉砲撃が怪物に襲うが、怪物の動きに変化はない。

 

「……無傷!?」

 

古城が声を上げ、雪菜は冷静な口調で分析する。

 

「あの守護者……おそらく魔術で強化してます。 神代先輩が言ったように、攻撃無効の属性かもしれません。――対抗できるのは、私が持つ雪霞狼、眷獣、精霊の力しかないと思います」

 

砲撃を余裕で耐えた怪物が、鞭のように伸びた斑模様の触手で武装ヘリの一機を捕えて、その機体を一瞬でへし折った。

制御不能に陥ったヘリは、炎を吹き上げながら地上へと落下し、地面に激突して凄まじい爆煙を噴き上げた。

 

「くっ……」

 

漂ってくる焦げ臭い空気に、古城は呻く。

攻撃ヘリは無人だが、爆発に巻き込まれて負傷者が少なからず出ている。 この戦闘が続けば、民間人まで被害が及ぶのは時間の問題だろう。

また、ビルの屋上から放たれている魔力は、勢いを増している。

古城たちがこうしてこうしている内も、優麻は魔術儀式を完成に近づけているのだ。

 

「クソ。 守護者が邪魔で着陸できない」

 

「どこか抜け道はないのか――」

 

古城が地図を検索するために携帯電話を取り出す。 この際、地下道でも人口島のメンテナンス用通路でも構わないと思ったのだ。

――キーストーンゲートに近づけるルートさえ見つかれば。

 

「なんだこれ……!?……浅葱か?」

 

待ち受け画面に表示された写真を見て、古城の緊張感が目滅りする。

そこに映っていたのは、クラスメイトの浅葱のあどけない寝顔だった。 すっぴんのせいで幼く見え、唇の端には涎の跡が残っているが、それが逆に可愛らしい。

古城がそれを眺めていると、半眼で睨めつけながら、冷ややかで鋭い雪菜の声が届いた。

 

「先輩、どこでこんな写真を……」

 

「ち、違う! オレじゃねぇ! 知らないうちに誰かが勝手に!?」

 

こんな状況で痴話喧嘩する古城と雪菜を見ながら、悠斗は頭を痛くさせた。

 

「痴話喧嘩は、これが終わってからしてくれ。 姫柊も、古城が優麻の体だったら、いつもみたいに雪霞狼で脅せないだろ」

 

「……たしかに、そうですね」

 

「って、納得するな!?……って、え?」

 

古城が待ち受け画面をもう一度見た時、画面の隅に見慣れないアイコンが追加されていた。

キーストーンゲートを象った画像に、ルート検索の文字。

 

「悠斗。 ここから旋回して、左方向に頼む!」

 

「了解した、こんなこと出来るのは、電子の女帝か?」

 

朱雀の背に乗る古城たちは、無関係の方向に飛翔する。

ナビゲーションの指示に従って、見知らぬビルの中に飛び込み、着地してから悠斗が朱雀を異世界に戻した。

そして、軽い目眩を伴う、不快な浮遊感が古城たちを襲った。

視界の揺れが収まった時、古城たちは見知らぬ商店街の中にいた。

 

「空間転移か……。 なるほどな。 空間歪みを逆算したのか。 今はこれに頼らせてもらうか」

 

「ああ、そうだな。 次は二百メートル先の交差点を左折だ」

 

古城の指示に従って走り出し左折すると、再び浮遊感が襲う。

昨日とんでもないことをしでかした空間の歪みだが、これを利用することが出来れば、封鎖されたキーストーンゲートに辿り着くための抜け道が生まれる。

四度目の転移が終わった時、古城たちの視界に飛び込んできたのは、見覚えがある鉄骨製の塔だった。 絃神島でもっとも高い場所。 ガラス張りの展望ホールのある電波塔の根元。 キーストーンゲートの屋上だ。

 

「――って、ここまで怪物に占領されてるのかよ!?」

 

屋上に着地した瞬間、周囲を取り囲む触手の群れに気づいて、古城はたまらず悲鳴を上げた。

間近で目にした斑模様の触手は、想像以上のおぞましい姿をしていた。 粘液に覆われた表皮は不気味に節くれだって、それらが脈打つ姿は大蛇の群れを連想させる。

数え切れないほどの触手は、幾重にも絡み合い、古城たちを押しつぶそうと殺到する。

それらを切り裂いたのは、銀色の一閃だった。

 

「――雪霞狼!」

 

雪菜が突き出した銀色の槍が、直径数十センチに達する触手を、紙同然に引き裂いた。

 

「――優麻!」

 

古城が叫んだと同時に、魔女たちの守護者による壁が破れて、その中で行われいた儀式の風景が露わになる。

鮮血で描かれた魔法陣。その左右に立つ二人の魔女。

そして魔法陣の中央には、黒い礼服を着た少年が立っている。 吸血鬼をイメージした燕尾服。 それは、凪沙が古城のために用意した仮装用の衣装だった。

 

「早かったね、古城」

 

振り返った少年が、古城の名前を呼ぶ。

第四真相の肉体を奪った、優麻だ。

 

「君は昔からそうだったよ。 何もわかっていないのに、本当に大切な場所に現れる」

 

「優麻……お前は……」

 

自分自身の体を見つめて、古城は苦悩な表情を浮かべる。

優麻の手には、一冊の魔導書が握られている。

そして、彼女の指先から流れ込む膨大な魔力は、その魔導書を駆動して、空間の歪みを引き起こしている。 その事実に古城は絶望する。

 

「心配しないで。 この体はすぐに返す。 だから、少しだけ待ってくれないか。 もうすぐ見つけられそうなんだ」

 

苦悩する古城を労わるように、優麻が優しい表情で笑う。

 

「見つける……って、なんのことだ……?」

 

「ボクの母親だよ。 生まれてから、まだ一度も会ったことはないけどね」

 

この言葉に、悠斗が目を丸くしながら答えた。

 

「監獄結界に閉じ込められてる、仙都木阿夜のことか!?」

 

「さすが紅蓮の熾天使だね。 その通りだよ」

 

「そうか。 監獄結界を見つけるために、わざと空間を歪めてるのか」

 

「……ホント凄いね、悠斗は」

 

悠斗が儀式を止めるため、魔法陣の中に足を踏み入れる。

それを制止するように、笑い含みの声が唐突に聞こえてきた。 聞き覚えのある皮肉っぽい口調だ。

 

「――そこまでだよ、悠斗。 それ以上彼女に近づかないでくれるかな」

 

「なんでお前がこんなところに……!?」

 

古城は愕然と声のした方向へと視線を向ける。

そこに立っていたのは、金髪碧眼の青年貴族であり、鉄塔の土台に背中を預けて、爽やかに笑みを浮かべている。

 

「やァ。 古城、悠斗。 古城はしばらく見ないうちに、ずいぶん可愛らしい姿になったじゃないか」

 

悠斗がヴァトラーを半眼で睨みつけた。

 

「……貴様も監獄結界の件に一枚噛んでいるのか?」

 

「いやいや、僕はただ待っているだけサ。……彼女たちが監獄結界をこじ開けるをネ」

 

「ちょっと待て!? さっきから監獄結界って言ってるけど、そんなのただの怪談じゃないのか!?」

 

古城は唖然と呟きを洩らした。

監獄結界は、凶悪な魔導犯罪者を封印する幻の監獄。 それはどこにあるのか、誰も知らない幻の場所。

絃神島にまつわる、有名な都市伝説の一つであるのだ。

だが、悠斗とヴァトラーの会話を察するに――。

 

「……古城。 監獄結界は実在するんだ。 俺は昔、那月ちゃんと協力して魔導犯罪者を捕まえて監獄結界に入れたことがあるんだ」

 

「フフ、悠斗の言う通り監獄結界は実在するんだよ、古城。 監獄結界は、魔族特区を流れる竜脈の力を使って造り出された、人工的な異世界ダ。 その存在は見えない。 それを造り出した理事会の連中にさえ、どこにあるかわからない。 だが、絃神島のどこかに存在するんだよ。 ついでに言うと、監獄結界の封印を解くためには、優れた空間制御の術式と、竜脈を上回るほどの膨大な魔力が必要だけどネ」

 

ヴァトラーの解説を聞いた古城は、最後のピースが嵌ったようだった。

彼女が、何のために自身の体を奪い、何のために空間を歪めているのかも。

 

「悠斗が言ってたことは、そうゆうこと……だったのか」

 

「楽しみだねェ……異世界の迷宮に封じこめなければならないほどの魔導犯罪者たち。 そいつらが一斉に街に解き放たれたらどうなるか。 まァ、安心してくれ。 脱獄者たちは、僕が責任を持って再び捕まえてみせるとも」

 

浮き浮きとした口調でヴァトラーが呟き、

 

「アホかああぁぁあっっ――! 安心できるかっ、んなもん!」

 

古城が青筋を立てて絶叫した。

ヴァトラーが大人しく優麻たちの行動を見守っている理由は、解き放たれた魔導犯罪者と戦いたいからだ。

悠斗は片手を掲げ、

 

「ッチ、貴様は大人しくしてろ。――閃雷(せんらい)!」

 

「――優鉢羅(ウハツラ)!」

 

だが、悠斗が上空から放った稲妻は、ヴァトラーが召喚した眷獣に阻まれる。

 

「フフ、悠斗も眷獣を召喚しないと、僕と張り合えないよ。 もっとも、青龍で攻撃したら、民間人に確実に被害が及ぶけどネ」

 

そう言いながら、ヴァトラーは眷獣を異世界に戻し、自身は黄金の霧になって姿を消した。

 

「先輩! 下がって!――雪霞狼!」

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

雪菜の鋭い声が、古城を呼んだ。

古城たちを止めるため、魔女たちが守護者に捕縛を命じたのだ。

迫り来る触手を雪霞狼が薙ぎ払い、悠斗の掌から放出された焔が消滅させる。

だが、次々に触手が出現してキリがない。

触手を操っているのは、優麻の左右に立つ二人の魔女。 穏やかな態度の優麻を対照的に、彼女たちは暴力的な興奮と蹂躙の喜びに表情を歪めていた。

 

「漆黒と緋色の魔女の姉妹……! まさか“アシュダウンの悲劇”の……!?」

 

二人が使う術式に気づいて、雪菜が微かに眉を動かす。

魔女の姉妹は、どこか満足げな様子で甲高く嘲り笑った。

 

「なるほど……私たちの守護者に牙を剥くだけあって、小娘にしてはよく勉強してるようですわね」

 

「――察するに、巫女の類といったところでしょうか。 どうなさいます、お姉様?」

 

手にした魔道書を撫でながら、緋色の魔女が姉の意向を伺う。

漆黒の魔女は、芝居がかった仕草で大きく肩を竦め、

 

「できることなら手足を引きちぎり、腹を裂き、我らが儀式の贄として使いたいところですけど、蒼の魔女の本体にもしものことがあってはいけませんわね……。 例のものが見つかるまで、せいぜい丁重にお相手して差し上げましょう」

 

「残念ですわ。 死体にしたら映えそうな、綺麗な娘ですのに――」

 

魔導書が禍々しい輝きを放ち、守護者の攻撃が激しさを増した。

 

「ぐっ!」

 

押し寄せる触手の勢いに抗いきれず、雪菜がじりじりと後退する。

隣で触手を捌いている悠斗が、

 

「……てめぇら、凪沙の友達をいじめすぎだぞ」

 

悠斗は右手を突き出し、

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

召喚された朱雀が、翼を羽ばたかせ周りの触手を吹き飛ばす。

 

「辺り一帯浄化させてやる。――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀の口から放たれた焔が、触手を次々と消滅させていく。

魔女の姉妹は、この現象を見て、目を見開くだけだ。

 

「あ、あなたは何者ですの?」

 

「……お前ら、さっきの会話聞いてなかったのか。 まあいいや、俺はこいつらの友人だ」

 

「私の友人でもありますわ」

 

「雪菜に手を出すなんて、万死に値するわ」

 

悠斗が上空を見ると、長い銀髪を風に靡かせながら、黄金の銃を構えてる異国の少女だった。

その後ろには、煌華麟を持つポニーテールの少女だ。

古城たちは目を丸くした。

 

「ラ・フォリア!」

 

「紗矢華さん!?」

 

「いったいどこから!?」

 

思いがけない出現に、古城たちは喜ぶよりも呆気にとられる。

キーストーンゲートの周囲は特区警備隊(アイランド・ガード)に封鎖されたままで、屋上に続く通路は触手に埋め尽くされている。 彼女たちが入ってこれるはずがない。

長いポニーテールを揺らして紗矢華が振り返る。

 

「助けに来てやったわよ、暁古城。 本当に世話が焼けるっていうか、私がついてないとあなたはいつもそうやって雪菜に迷惑ばかり…………」

 

紗矢華は古城の姿に気づいて、困惑顔で動きを止めた。

まあ、そうなるのは当然と言えば当然なんだが。

 

「えーと、……誰?」

 

混乱してる紗矢華を見つめて、古城はやれやれと頭を掻く。

悠斗が、紗矢華の疑問に答える。

 

「あー、今はこの女の子が暁古城だ」

 

ラ・フォリアは、まあ、と驚いたように目を大きくし、紗矢華は放心したように硬直し、そして叫んだ。

 

「なんじゃそりゃあああああ!?」

 

「まあ、そういう反応になるわな」

 

「ほ、ホントに暁古城なの……。 わけがわかんないんだけど!?」

 

監獄結界出現の直前になっても、紗矢華は驚きから立ち直れずにいた。

古城の女体化は、彼女にとってそれほどまで衝撃だったらしい。

そして彼女は、魔法陣の中心に立っている優麻を指差した。

 

「じゃあ、あっちにいるのはなんなのよ!?」

 

「あれは、古城の体を乗っ取った、古城の幼馴染だ」

 

ラ・フォリアは現在の古城の姿を、頭のてっぺんから爪先までじっくり検分し、ミニスカートの裾の部分にふと目を止める。

 

「ですが……困りましたね、紗矢華」

 

「はい」

 

紗矢華は重々しく頷いた後、自らの失言を悟って、「あ、いえ、私は別に!?」と首を振る。

 

「これでは、わたくしが世継ぎを作れません」

 

「はい!? い、今なにかサラッととんでもないことが聞こえたんですけど!?」

 

「「「…………」」」

 

古城たちは、二人を無視して優麻に向き直った。

だが次の瞬間、溶岩にも似た濃密な魔力が彼女から流し込まれ、魔導書が眩く発光した。

大気を軋ませる轟音と共に、凄まじい暴風が襲ってくる。

暴風の源は、絃神島の北端の海上。 そこに突然、見覚えのない島影が浮かび上がっていた。

それは岩山の一部のような、ごつごつとした小島だ。 島の直径は二百メートル。 高さは八十メートル程度だが、その殆んどが人工的に作られた聖堂になっている。

 

「なるほど……LCOの狙いは監獄結界の解放か」

 

背後から陰気な声が聞こえてきて、古城はその男の存在に気づく。

 

「叶瀬賢生……!?」

 

声の主は、僧衣のような黒服を着た中年の男だ。

ラ・フォリアが、キーストーンゲートへの移動手段として彼を利用したのだろう。

 

「あれが監獄結界なのか……?」

 

「いや、完全に実体化はしてない。 まだ境界が揺らいでるだけだ」

 

「紅蓮の熾天使の言葉を補足すると、海の底に沈んだ遺跡を水面から眺めてるような状態だ。 遺跡そのものを海底から引き上げるためには、桁外れに大きな労力が必要になる」

 

悠斗と賢生の言葉に、古城の顔が青ざめる。

監獄結界を実体化させる為には、莫大な魔力が必要になる。 しかし優麻は、すでにその力を手に入れてる。 あとは監獄結界の場所をつきとめるだけで――。

 

「君たちはここで彼らの足止めを」

 

そう言い残して、優麻は虚空に消えるように姿を消した。

 

「優麻……」

 

古城は無力に立ち尽くしたまま、海上の一点を見つめていた。

古城は彼女の行き先がわかっている。 封印を解放するため監獄結界に向かったはずだ。

 

「悠斗、古城、雪菜。 あなたたちは先に行ってください。 ここはわたくしと紗矢華で押さえます」

 

「行きなさい。 暁古城、神代悠斗。 ただし、雪菜に何かあったらタダじゃおかないわよ」

 

古城たちは頷いた。

 

「ああ、了解した」

 

「ここは頼んだ!」

 

「王女、紗矢華さん。 気をつけて」

 

古城たちは朱雀の飛び乗り、監獄結界へ飛翔を開始した。




次回から監獄結界に乗り込みますね。
後、悠斗君の眷獣も解放予定です(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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蒼き魔女の迷宮Ⅴ

えー、二か月も間が空いてしまいました……。
まじで、すいまそんm(__)m矛盾があったらゴメンなさい(^_^;)

今回の話で、この章は終了ですね。分けようとしたんですが、文字数が微妙になっちゃうんで(^_^;)
そして、ご都合主義満載です!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


仙都木優麻は、人工島(ギガフロート)の突端にある、錆びた橋の上に立っていた。

其処からの監獄結界までの距離は数百メートルほどだ。

聖堂がある小さな岩山は、簡易的な浮橋で絃神島と連結されている。 此処は蜃気楼のように揺らぐ不安定な道だ。

監獄結界は、まだ完全には実体化してなかったのだ。

海面にそそりたつ岩山目がけて、優麻にそっと手を伸ばすが、その直後、優麻の背後を揺らして甲冑を纏う騎士の幻想が出現する。 顔がない青い騎士だ。

優麻が“(ル・ブルー)”と名付けた悪魔の眷属であり、優麻の守護者でもある。

監獄結界は既に目の前にある。 あとは第四真祖の膨大な魔力をぶつけ、それをこちら側の世界に引きずり出すだけだ。 その封印を破れば、優麻の目的は達成される。

だが、それを守護者に命じる前に、背後から優麻を呼ぶ声がした。

 

「優麻!」

 

優麻が振り返ると、其処には自身の体に入っている古城。 その両脇には、銀色の槍を持った少女、漆黒の黒髪を揺らす少年が立っていた。

 

「もう、ボクに追いついたのか」

 

優麻は感心に呼びかけた。

今の古城はただの人間だ。 空間を跳び越えて移動した優麻に、追いつくことが出来ないはずなのだ。――そう。 古城一人の力だったら。

 

「いい友達に恵まれたんだな、古城」

 

「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。 お前だって、その中の一人だろうが」

 

古城は唇を歪めて答え、優麻は面食らったように目を瞬いた。

 

「嬉しいな。 まだボクのことを友達だと思ってくれるのかい?」

 

「言っとくけど、こっちは魔女なんか見慣れてるし、その程度じゃなんとも思わねーよ。 オレは自分以上に規格外な存在を知ってるしな」

 

悠斗は、目をパチクリさせ、古城を見た。

 

「それって、俺のことか!?」

 

悠斗は声を上げた。

雪菜も首を縦に振り首肯していた。 まあ確かに、悠斗も、自身の事を規格外な存在と認識してる。 誠に遺憾な事だが。

 

「――さて、お前の事情はあらかた予測出来た」

 

優麻は目を細めた。

 

「……教えてくれるかな?」

 

「言い方は悪いが。 お前は、仙都木阿夜のコピーみたいなもんだろ? アッシュダウンの悲劇と、お前が揃っての予測だが」

 

「……悠斗は、どれだけの情報を持っているんだい?」

 

「俺は小さな時から世界中を転々としていたからな。 各国の情報とか、その土地で起こった出来事とかが耳に入ったんだわ」

 

ついでに言うと、眷獣たち共情報を共有していたが。

 

「そうなんだ、それなら頷けるね」

 

「で、あれだろ。 古城が第四真祖と知って、LCOは計画を変更したと」

 

「……悠斗の言う通り、計画は少しばかり変更されたんだ。 ホントは、結界を破る為、絃神島の住民を十万人ばかり生け贄に使う予定だったんだ。 だけど、古城のお陰でその必要もなくなった……ありがとう、古城」

 

「いいや、住民を贄にする事は不可能だったぞ。 俺が全力で、お前たちを阻止してたはずだ」

 

不可能だと思われる事だが、悠斗が無理やり封印を解けば可能なのだ。

その代償として、戦闘後の反動が大きいが。

 

「雪霞狼!」

 

悠斗の言葉が終わったと同時に、雪菜が凄まじい速度で優麻に突撃するが、その前に優麻は、空間を歪めて数十メートル離れた場所へと移動した。 雪霞狼は、目標を失い空を斬った。

優麻の背後に浮かんでいた顔のない青騎士が、ギシギシと甲冑を軋ませて両手を掲げ、その隙間から生まれたのは、黄金の輝きだ。 轟音を伴う眩い雷光。

――第四真祖の眷獣、獅子の黄金(レグルス・アウルム)だ。

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)……!?」

 

「第四真祖の眷獣!? そんな……!?」

 

「時空を歪めたのか、古城が過去に使った眷獣の一部を呼び出す為に」

 

だが、そんな事をしたら、術者への反動も相当なものだ。

その証拠に、両膝をついて蹲る優麻と、傷ついた青騎士の姿だけが残っていた。 鎧はひび割れ、砕け、青白い火花に包まれている。

 

「さすが第四真祖の眷獣……ボクの“(ル・ブルー)”でも制御しきれないか……だが、どうやら犠牲を払った甲斐はあったみたいだ」

 

優麻の弱々しい呟きの後に、蜃気楼に不安定だったはずの島が完全に実体化し、燃え上がり、崩れようとしている。

島へと続く浮き橋も実体化して、水飛沫に洗われた。

監獄結界の封印が解けて、通常空間に復帰したのだ。 封印を破ったのは、第四真祖の眷獣の攻撃だった。 あらゆる術式を圧倒する横暴な破壊力を使って、強引に島を覆う結界を破壊したのだ。

 

「監獄結界が、実体化した……のか?」

 

「やられたな。……あの時、俺の眷獣が次元を切断すれば」

 

次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)。 悠斗の眷獣である白虎なら可能だが、無理やり空間魔術を切り離してこの状況は回避出来ても、優麻に起こる最悪は回避出来なかった。

これが、悠斗が攻撃出来なかった理由だ。

眷獣の雷撃の余韻が消え去ると同時に、空間を揺らぎも完全に消滅していた。

其処にあるのは、絃神島の一部。 古い岩石を模した人工島(ギガフロート)だった。

 

破壊された隙間から、聖堂の内部が見えていた。 其処にあるのは空洞だ。

聖堂の中は完全な空であり、がらんどうの空間が広がっていただけだ。 そう。 ただの空隙が――。

 

「たとえ結界を失っても、監獄が解放されたわけじゃない、ということか……。 だけど、やはりそこにいたね」

 

傷ついた青騎士の破片を撒き散らしながら、優麻が聖堂へと入っていく。

雪霞狼を構えたまま、雪菜は優麻の背を眺めていた。

悠斗は、優麻の背を見ながら聖堂の中へと入っていく。

 

聖堂の中には、一脚の椅子が置かれてる。 ベルベット張りの豪華な肘掛け椅子だ。 其処には、眠るように目を閉じたまま座っている一人の少女。

悠斗は、少女を見ながら、

 

「お目にかかれて光栄です。 監獄結界の鍵――。 空隙の魔女よ」

 

優麻は、那月に恭しく一礼する。

後方で、優麻と悠斗の姿を見ていた古城と雪菜は、ただ呆然と其れ眺めていた。

そして、古城と雪菜も聖堂の中に移動する。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「那月ちゃんが……監獄結界の鍵」

 

どういうことだ。と古城が聞く。

破朧院フェスタの前日に失踪した那月が、どうしてこんな場所に一人きりでいるのか、古城には全く理解できない。 だが、悠斗は理解していた。

 

「……古城。 俺は昔、那月ちゃんと協力して、魔道犯罪者を監獄結界に入れたって言ったよな」

 

「……ああ、確かに」

 

「俺が、監獄結界に入れた理由がはっきりしたんだ。――那月ちゃんが、監獄結界の使い手だから、入ることが出来たんだ」

 

「じゃ、じゃあ、学園で教師をしてた那月ちゃんは!?」

 

悠斗は顔を伏せた。

 

「あれは、那月ちゃんが生み出した幻影だ。 だが、記憶は確かにここの那月ちゃんに入っているはずだ」

 

だが、優麻が微笑みながら、悠斗の問いに首を横に振った。

 

「悠斗は、理想家だね。 君たちが見てたのは、ただの夢だよ。 南宮那月のね。 幻影を幾ら壊しても意味がない。 だがら、これまでLCOは彼女に手を出せなかった。 監獄結界の封印が解けて、彼女の本体が此方側の世界に戻ってくるまでは」

 

優麻の背後に浮かび上がった青騎士が、巨大な拳を振り上げた。

その一撃が彼女に当たれば、彼女は間違えなく絶命するだろう。 だが――。

 

「俺の恩師をやらせると思うか、仙都木優麻」

 

悠斗が、その間に割って入った。

 

「無駄だよ、悠斗。 この空間では、幾ら君でも眷獣は召喚出来ないでしょう」

 

「忘れてもらったら困るな。 俺はこの状態でも、眷獣の技を使える」

 

「ボクの“(ル・ブルー)”に対抗出来るかな? 君の眷獣には敵わないけど、その状態なら、魔女の守護者の方が出力は上かもよ」

 

「かもな。――だがな、俺が易々と此処を退くと思うか?」

 

優麻は苦笑した。

 

「いや、君は簡単に退いてくれないね」

 

「だろ」

 

優麻と悠斗の会話を聞いていた古城の頭は、パンク寸前だ。

那月が、何故監獄結界の看守になったのか、それは魔女の契約なのか。 何故那月は学校の教師をしていたのか。 もし、監獄結界が破られたら、どうなってしまうのか。 このような事柄が頭の中をグルグルと回っているのだ。

古城たちが見てる前で、青騎士の拳が振り下ろされるが――。

 

「――牙刀」

 

悠斗が手に形作ったのは、一振りの刀だ。

だが、その重量は、刀一振りで受け止められる物ではない。

徐々に、悠斗の膝が折れていく。

その時、銀色の閃光が甲冑を易々と貫通し、その拳を破壊した。

 

「その槍、そうか……。 七式突撃降魔機槍(シュネー・ヴァルツァー)か……」

 

優麻が顔を強張らせた。

あらゆる魔術を無効化する破魔の槍。 魔力で実体化を保っている魔女の守護者にとっては、相性が最悪の武器である。

 

「獅子王機関より派遣された、第四真祖の監視役。――暁先輩の肉体を返してもらいます!」

 

「甘いな……」

 

優麻が失笑しながら、古城の方へと顔を向けた。

 

「その槍の力なら、ボクの本来の体を攻撃すれば簡単に勝負が決まるのに……それをしないのは、古城に感化されたのか。 やっぱり君も、古城にたぶらかされた口かな」

 

「ち、違います!」

 

雪菜が、ムキになって言い返す。

 

「げ、現状では、これが最善だと判断したまでです! 空間制御術式が破れた際に、第四真祖の魔力が暴走する可能性がある以上、優先してその体を回収する必要があるという、極めて合理的な分析の帰結です。――それに」

 

言い終える前に、床を蹴り雪菜が跳んだ。 彼女の槍が、正確に優麻の胸元へと突き込まれる。

 

「――どちらも難易度は大差ありませんし」

 

「“(ル・ブルー)”!」

 

優麻が守護者に防御を命じた。

しかし、青騎士の分厚い装甲を、雪霞狼が斬り裂いた。 青白い火花を撒き散らし、青騎士が苦悶の咆哮を放つ。

優麻は舌打ちして空間を歪めた。 空間転移で、雪菜の四角に回りこもうとしたのだ。

 

「無駄です!」

 

雪菜が、最初からそれを知っていたように反転し、優麻の着地地点に斬撃を放った。

剣巫の未来視だ。 霊視能力を持つ雪菜には、単純な奇襲攻撃は通用しない。

 

「その肉体を操っている限り、あなたの守護者は、魔力の大半を空間接続に使わなければなりません。 戦闘能力はほとんど残されてないはず」

 

「たしかに……今の状況で獅子王機関の剣巫を倒すのは難しいだろうね。――だけど、忘れてないかい。 ボクは、君と正面からやり合う必要なんてないことを」

 

そう言い残して、優麻が空間転移する。 転移先は、雪菜が追撃出来ない聖堂の上空だ。

 

「しまっ――!」

 

優麻の狙いに気づいて、雪菜が表情を凍らせた。

青騎士が攻撃魔術を起動する。 初歩的な火球魔術だが、それを放てば爆弾並みの威力になる。

優麻が攻撃対象として選んだのは、眠り続ける那月の頭上、聖堂の天井だ。

だが、雪菜は其処にいる人物を見て安堵の息を吐いた。

 

「悪いな、優麻。 俺は結界も張れるんだわ。――炎月(えんげつ)!」

 

四方形の結界が悠斗の周りに展開し、重力に引かれて落下する石塊を弾き返す。

 

「なッ!?」

 

「俺の眷獣は、守護の化身もいる。 規格外の存在だから、破壊の眷獣しかいないって決めつけるのはよくないぞ」

 

「なんだ……これは……!?」

 

声がした古城を見やると、額から鮮血が流れ、古城の肌のあちこちが裂け、そこから激しく流血していたのだ。

その可能性は一つしかない。 優麻の肉体そのものが限界を迎えているのだ。

第四真祖の魔力を引き出し、眷獣を一瞬とはいえ呼び出した。 守護者の使用と空間転移の連発――。

優麻の肉体が崩壊を始めてる。

 

「やめろ、優麻。 お前の肉体は、もう限界だ。 勝負はついてる」

 

「関係ない……! あと少しで、ボクの役目は終わる。……これで、ようやく自由に」

 

優麻の言葉を聞き、悠斗は舌打ちをした。

こうなってしまっては、一刻も早く勝負を決めるしかない。

 

「姫柊!」

 

「わかってます!――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

雪菜が、祝詞を唱えながら宙を舞う。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて、我に悪人百鬼を討たせ給え!」

 

閃光を放ちながら、雪霞狼の一撃は――古城の肉体の心臓を刺し貫く。

だが、そう思われた瞬間、雪菜の攻撃が止まった。 雪菜は、古城の心臓を貫くのに、一瞬だが躊躇してしまったのだ。

その隙を見逃さず、優麻が動いた。 青騎士の巨大の拳が、横殴りで雪菜を襲ったが、雪菜は辛うじて雪霞狼で受け止めた。

だが、衝撃までは受け止める事は不可能だった。 雪菜の体が床に叩きつけられた。

 

「姫柊!」

 

古城が叫ぶ。

 

「だ、大丈夫です……これくらい」

 

駆け寄ろうとした古城を制止して、雪菜は、雪霞狼を杖代わりによろよろと立ち上がる。

 

「優しい子だな、君は」

 

優麻が、ふらふらになって立ち上がった雪菜を見ながら呟く。

 

「あらゆる魔力を無効化する獅子王機関の秘奥兵器――。 いくら吸血鬼が不老不死でも、七式突撃降魔機槍(シュネー・ヴァルツァー)に貫かれて、本当に復活できるかどうかはわからない。 だから君は攻撃を止めた。 殺せなかったんだ、古城の体を――」

 

「……何のことか、わかりません。 今のは、少し油断しただけです」

 

その時、悠斗が息を吐いた。

 

「まあなんだ。 どうするかは古城の判断に任せるとして。 優麻、お前を地に落とす。 幸い古城の体だし、何とかなるだろ」

 

「お、おい!? オレの体に、凄まじいダメージが蓄積されるよな!?」

 

「ま、いいじゃんか。 不老不死の第四真祖だし」

 

「答えになってねぇ!?」

 

悠斗は、古城の言葉を背に、吸血鬼の力を解放し床を蹴った。

その高さは、優麻の背に回り込み頭上までだ。 悠斗は、左右の手の指を重ね一つの拳を作った。 拳を振り上げ、優麻の背に思い切り叩きこむ。 これを受けて、優麻は地に落ちた。

悠斗は着地し、

 

「うっわ、痛そう」

 

と、呟くのだった。

古城は、ふらつく雪菜を寄り添うそうに背後から支えた。

二人で雪霞狼に手をかけ、それを構える。

 

「古城……どうして……」

 

「悪いな、優麻。 お前をぶっ飛ばして、オレはオレの体に戻る。 今の体のままじゃ、いつもみたいに、姫柊の血を吸えないしな」

 

古城の言葉に、雪菜がムッと唇を曲げる。

てか、今の言葉、雪菜はオレの血の従者だ。って解釈できるが、気のせいだろうか?

 

「行くぜ、優麻。――ここから先は、暁古城(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

雪菜の手から槍を奪い取り、古城は自身の体の前まで歩み寄った。

 

「古城ッ!」

 

優麻が苦悩な声で叫び、空間転移で姿を消そうとするが、それは叶わなかった。 先程の悠斗の一撃が体の芯まで響いているからだ。

古城は、倒れ伏している自身の心臓目掛けて雪霞狼を振り下ろした。

 

「“(ル・ブルー)”――っ!」

 

優麻が青騎士に防御を命じた。 分厚い甲冑を纏った青騎士が交差させた両腕で槍を拒んだ。 霊力を持たない古城の一撃は、雪霞狼本来の魔力無効化能力を発揮出来ない。

 

「駄目かっ!」

 

「駄目じゃないぞ、古城。 その一撃は、胸元に届くぞ」

 

悠斗がそう言うと、古城の視界を雪菜が横切った。

笑みを浮かべながら、空中で旋回し、強烈な後ろ蹴りを叩きこむ。 槍の石突きへと。

 

「――先輩。 わたしたちの勝ちですよ」

 

雪霞狼が眩い光を放ち、それが青騎士の両腕を貫いた。 蹴りつけらた足の先から、霊力を流し込んだのだ。 それは、――暁古城の胸元を深々と抉った。

 

「馬鹿な……どうして、古城……」

 

放心したような優麻の呟きは、硝子が砕ける甲高い衝撃破にかき消される。

空間魔術が無効化され、その反動が大気を揺らしたのだ。

 

「痛ェ……」

 

うつ伏せになりながら、いつもの第四真祖が弱々しく呻いた。

そんな第四真祖の顔を覗き込んで、雪菜は安堵の息を吐いた。

 

「おかえりなさい、先輩」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城は寝返りを打った。

だが、それは雪菜の膝枕の上でである。

 

「起き上がれ、バぁ野郎」

 

そう言って、悠斗は古城の体を優しく蹴った。

慌てて起き上がったが、全身を貫く痛みに、苦悶の表情を浮かべる。

 

「体中が死ぬほど痛ェ……。 背中とか、パンパないぞ」

 

それはお分かりの通り、悠斗が殴った場所である。

 

「あれで動きが止まったんだ。 万事OKという事で」

 

「まあそうだけど。 でも、何か腑に落ちねぇ」

 

「それよりも、確認することがあるだろ? 古城」

 

悠斗の言葉に、古城はハッとした。

 

「そ、そうだ……優麻は!?」

 

「無事です。 空間接続が断絶された時の衝撃は、先輩ほどではありませんから」

 

雪菜が、古城に隣に横たわる優麻に視線を向ける。

彼女の生命活動に問題はないし、苦悶な表情も見受けられない。

 

「失敗……したのか、ボクは……」

 

瞳を開けた優麻が、平坦な口調で呟く。

 

「ま、失敗だわな。――いいじゃねぇか。 優麻は、監獄結界をどうこうするっていう命令が消えたんだろ。 なら、これからは自由じゃんか。 ま、事情聴取うんぬんはあるかもしれないけど」

 

優麻は上体を起こし、笑みを零しながら頷いた。

誰もが見惚れる笑みだが、悠斗にそれは通じない。

 

「あれ、ボクの笑みを見てもなにも思わないの?」

 

「……お前、知ってて聞いてるだろ」

 

優麻は苦笑した。

 

「そうだね。 紹介される前から気づいてたよ。 隠す気ある?って感じだったから」

 

悠斗と凪沙の関係は、女子から見るとこのように映るらしい。

てか、気づいてないのは古城だけ。という可能性もあるんだが。

 

「……あるにはあるんだが、何と言うか、無意識に表に出ちゃうだよな」

 

「あれだけのオーラを出してるもんね」

 

「あれで、大抵の人にはバレるんだけどな」

 

その時、背後から懐かしい声が聞こえてきた。

 

「……まったく、あれだけの騒ぎを起こしておいて平和なものだな。 お前たちは」

 

振り返ると、其処には眠り続けていたはずの、南宮那月が立っていた。

魔術の分身ではなく、監獄結界に封印されていた本物である。 まあ、分身でも本物でも、那月は那月だ。

 

「南宮先生、やっぱり起きてたんですね」

 

雪菜が、安堵したように言う。

監獄結界の鍵である彼女が目覚めれば、封印を再度張り直す事や、新たなシステムを組み込むなど、手の打ちようはいくらでもある。

 

「まさか……寝たふりをしてたのか……汚ェ」

 

古城が不満たらたらな目つきで、那月を見上げる。

 

「力を温存してたのは事実だがな。 第四真祖の眷獣の力をまともに食らったんだ。 いくら私でも、無傷で済むわけがないだろう……紅蓮の熾天使と言う、例外もいるがな。 まったく、恩師に手を上げるとはいい度胸だな、暁古城。 どれ、褒美をくれてやろう」

 

そう言って那月は、古城の眉間にデコピンを食らわせた。

 

「痛ってェェェ! それのどこが褒美だ。 ていうか、あれはオレがやったんじゃねぇ」

 

「待ってくれ那月ちゃん。 俺が規格外なのは、今に始まった事じゃないけどさ。 それ、酷くね」

 

那月は、悠斗の眉間にもデコピンを炸裂させた。

 

「……痛てぇよ、那月ちゃん。 俺、那月ちゃんのこと助けたんだぜ。 見逃してくれてもよかったんじゃ……」

 

「ふん。 教師をちゃんづけで呼ぶからだ、神代悠斗」

 

悠斗は眉間を摩りながら、

 

「すいませんでした。 那月先生」

 

「始めからそう言えば、私もこんな事はしないぞ」

 

不意に真面目になった那月が、優麻へと向き直った。

 

「……仙都木阿夜の娘。 どうする、まだ続けるか?」

 

悠斗が那月の隣に立った。

 

「ま、続けない事をお勧めするけどな」

 

「そうだね、やめておくよ。 悠斗を敵にするとか、賢い選択じゃないしね。 ボクにはもう、監獄結界をどうこうする理由はなくなったみたいだ……。 “(ル・ブルー)”もこの有様だしね」

 

「そうか」

 

優麻が実体化させた守護者を眺めて、那月は頷いた。

青騎士は、古城たちとの戦いで満身創痍の姿を晒していた。 たとえ回復するにしても、優麻が魔女としての能力を完全に取り戻すには、長い年月が必要になるはずだ。 そして優麻自身、それを望んでいるとは思えない。

彼女は、ようやく母親の呪いから解放されたのだ。 だが、異変が起きたのは、その一瞬のことだった。

 

「……“(ル・ブルー)”?」

 

守護者の実体化を解こうとした優麻が、不安げに声を震わせた。

顔のない青騎士が、全身の甲冑を震わせる。

金属と金属がぶつかり合うような奇怪な騒音。 傷だらけの青騎士が、骸骨を思わせる空虚な仮面の下で笑ってる――。

 

「やめろ、“(ル・ブルー)”!」

 

優麻が命令するが、守護者の動きは止まらない。

腰に掲げていた剣の柄に手をかけ、それを抜き放った。 悠斗は、那月を庇うように前に立つ。

しかし青騎士の行動は、予想を裏切るものだった。

振りかざした巨剣を、青騎士は優麻の胸へと剣を突き立てたのだ。 守護するべき対象の優麻に。

 

「……優……麻」

 

古城の、途切れ途切れの声が届く。

優麻の口から、鮮血が零れ出す。

 

「……お母様……あなたは、そこまで……」

 

彼女の胸には剣が突き刺さっていたが、優麻の体を貫通していたはずの剣の刀身が、背後に現れる事はなかった。

優麻の肉体の門と使って、残りの刀身を何処かに転移させたのだ。

 

「待チワビタゾ……コノ瞬間ヲ。 抜ケ目ナク狡猾ナ貴様ガ、ホンノ一瞬だけ、気ヲ抜クノヲ。 ソシテ、隙ヲ見セナカッテタ紅蓮の熾天使。 貴様ノ鎧ヲモ貫ク剣だ」

 

顔のない青騎士が、錆びた声を紡ぐ。

それは女性の声だった。 邪悪な魔女の声音だ。

 

「ブービートラップ……か。 まさか、自分の娘を囮にするとはな……外道め」

 

「ったく、……仙都木阿夜とは、接点がなかった……ような気がするんだけどな」

 

長い巨剣の刀身が、那月と悠斗の胸元を背後から突き刺していた。

那月と悠斗の口から、鮮血が零れる。

 

「悠斗!」

 

「南宮先生!」

 

その光景に、古城と雪菜はただ立ち尽くすことしか出来ない。

古城は青騎士を憤怒な表情で睨みつけたが、青騎士はその姿を徐々に消していき、悠斗と那月は膝から徐々に崩れていった。

古城と雪菜は、悠斗と那月を抱き止めるしか出来なかった。




悠斗君なら、那月ちゃんが監獄結界の門番だとすぐに気付くはず……。ですが、ここは、ご都合主義発動です!まあ、その時の悠斗君が幼かったと理解してくだせェ。

そして、チートの悠斗君が、一瞬の隙を見せた瞬間に刺されてしまいましたΣ(゚Д゚)
朱雀の焔の鎧も貫いちゃいました。ここまで考えた犯行だったんでしょう。
また、悠斗君が、隙を見せるような出来事だったんですね(>_<)

ではでは、感想、評価、よろしくです!!

次章の、観測者たちの宴も頑張って書きます!!



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観測者たちの宴
観測者たちの宴Ⅰ


えー、まずは投稿に遅れて申し訳ないm(__)m
い、色々ありまして……。

矛盾があったらごめんさない。(二度目)

で、では、投稿です。
本編をどうぞ。




壊れる――。

聖堂が壊れていく。

仰ぎ見るほどに高く積み上げられていた石壁が雪崩のように崩れ落ち、その衝撃で人工島(ギガフロート)が激しく揺れ動く。

飛び散る破片と粉塵に視界が奪われ、建物の内側は混沌の闇へと変わっていた。

余りにも唐突な崩壊に、古城と雪菜は反応が出来ないでいた。 このままでは、膨大な質量に押し潰され、確実に命を落としていただろう。

そんな古城たちを救ったのは、目眩に似た浮遊感だった。

誰かが空間を歪め、聖堂の外へと古城たちを運び出したのだ。

 

「ぐっ……」

 

眩い夕陽に照らされて、古城は思わず目を背けた。

そのすぐ隣、雪狼霞を持った雪菜が着地する。 荒い息をし、古城の隣に片膝をつけた悠斗。

胸を貫かれた傷は完全に塞がっていない。 また、体力(魔力)と血を消耗していた。

悠斗は、朱雀の加護を使用し、治癒速度を上げようとしたが、それは敵わなかった。

眷獣召喚が一時的に封印されていたのだ。

眷獣が封印されてしまったので、今扱えるのは、眷獣たちが扱う武器だけである。

 

「(……あの剣、十束剣(とつかのつるぎ)か)」

 

封印は一時的なものなので、時間が経過すれば解除されるだろうが、仙都木阿夜に時間を与えてしまうことになる。

その間彼女は、己の計画の為に、この島で暴れ回るだろう。

 

「優麻さんっ!?」

 

雪菜が短く悲鳴を上げた。

古城の背後で倒れた少女がいた。 倒れたのは、ハロウィン魔女の仮装をした優麻だ。

しかし、彼女の全身は血まみれで、胸元には深い刀傷が穿たれ、古城が触れた彼女の腕は氷のように冷え切っている。

 

「優麻……お前……何でこんな無茶を……!」

 

苦痛に呻く彼女――仙都木優麻に駆け寄りながら、古城と雪菜は唇を噛んだ。

悠斗重い体で立ち上がり、足を引きずりながら古城の後を追う。

優麻は、古城たちを聖堂から転移させたのだ。 しかし、その無謀な空間転移は肉体に大きな負担をかけた。

彼女は限界以上の魔力を放出しており、肉体にも深い傷を負っている。

優麻は上体を起こして、無理やり笑みを浮かべる

 

「違うよ、古城……ボク一人の力じゃない。 空隙の魔女と悠斗が力を貸してくれた……」

 

そう。 優麻の魔力だけでは、一人の転移が限界だった。

此処に居る全員を転移させる為には、那月と悠斗の力が必須だったのだ。

 

「那月ちゃんが? だったら、……あの人は……どこに?」

 

思いがけない優麻の言葉に、古城は呆然とし、雪菜は表情を強張らせた。

那月は、守護者の剣に貫かれて、優麻以上のダメージを負ったはずだ。

その状態で優麻に力を貸して、古城たちを助けた。 しかし、彼女の姿が見当たらない。

そんな時、悠斗が重い口を開く。

 

「……大丈夫だ、古城。 那月ちゃんは、俺より規格外な存在かもしれないしな。 そう簡単にくたばらないさ」

 

「……そうだよな」

 

「……認めちゃうのかよ」

 

その時――。

 

「先輩……!」

 

雪菜が愕然としたように、聖堂が建っていたはずの場所を見上げた。

完全に崩れ落ちた聖堂の跡地。 其処には、見慣れない新たな建物が現れていた。

分厚い鋼鉄の壁と有刺鉄線に覆われた軍事要塞――監獄(・・)が。

那月が護っていたはずの聖堂が消滅し、其処に巨大な監獄の姿が浮かび上がっている。

そう、――監獄結界が実体化したのだ。

 

「……実体化したか。 実際に見るのは二度目だな」

 

悠斗は短く呟く。

 

「じゃ、じゃあ、これが監獄結界の姿か? さっきまでの建物はなんだったんだ!?」

 

監獄を見上げて古城が困惑する。

困惑する古城の耳に聞こえたのは、金属質の残響を伴う、不気味な女の声だった。――邪悪な魔女の声だ。

 

「同じもの……だ……よ。 第四真祖」

 

声の主は、監獄の巨大な門の上に立っていた。

足元まで届く、長い髪の女性だ。 身につけているのは、平安時代の女貴族のような十二単。

華やかな重ね着の衣服だが、白と黒の二色に染められたその姿は、死神の装束に似ていた。

顔立ちは若く美しいが、眼球は緋色――火眼である。 優しく微笑むその瞳は、人間離れし不吉だった。

 

「――周と胡蝶とは、即ち必ず分有らん。 此を之れ物化と謂う……あの空っぽの聖堂は、監獄結界が、南宮那月の夢の中にあるときの姿……だ」

 

火眼の女性が、古城たちに向かって詩の一節を詠う。

其れは、夢と現実の境目が曖昧である事を詠み上げた異卿の古詩だ。

監獄結界とは、魔術によって那月の夢の中に構成された仮想世界だった。 その姿は見る者のイメージによって自在に変化する。

他人の夢の中に存在するが故に、囚われた罪人たちは、決して其処から抜け出すことは出来ない。

だからこそ、魔導犯罪者を封印する監獄として、恐れられていたのだ。

 

「だが、空隙の魔女は永劫からの夢から覚め、監獄結界は実体化した。 同じ空間にあるのなら、其処から抜け出すのは造作もないこと……だ。 この我にとってはな……」

 

そう言って、火眼の女性は愉快そうに笑う。

女性は悠斗を見て、

 

「紅蓮の熾天使。 お前の事は、監獄結界の中では話題になって……いた。 南宮那月と協力して、犯罪者を捕まえていた……とな」

 

悠斗は、痛みを我慢しながら、

 

「……へ~、俺は監獄結界の中で有名なのか。 ある意味、鼻が高いわ」

 

「ふっ、そんな体で、強気に出れるとは……な。 神経が図太いと言えばいいのか、バカと言えばいい……のか」

 

「バカって言うな、バカって。――仙都木阿夜さんよ」

 

緊張感のないやり取りに、古城たちは唖然としていた。

 

「お母……様」

 

鮮血に濡れた優麻の口から、絶望の声が紡がれる。

 

「あんたが、優麻の母親だと……!」

 

古城が低く叫んだ。

火眼の女性が優麻の血縁であることは、この場の誰もが理解していた。

何故なら彼女は、優麻瓜二なのだから。

髪の長さと、目の色を除けば、ほとんど見分けがつかないほどだ。

 

「優麻と……同じ顔じゃないか……」

 

「当然……だ。 その娘は、我が単為生殖によって生み出した、だだのコピー。 監獄結界の封印を破るためだけに造られた、我の影にすぎないのだから」

 

動揺する古城を哀れむように、阿夜が、傷ついた優麻を指差して告げる。

 

「我とその娘は、同一の存在――だからこそ、こういう真似もできる」

 

「う……あ……ああああああああああっ……!」

 

優麻は絶叫を迸った。

優麻の背後に、魔力によって実体化した人型の幻影が浮かび上がる。――契約によって下賜された悪魔の眷獣――魔女の守護者である。

蒼騎士の全身が、黒い血管のような不気味な模様に侵食されていく。

まるで、守護者に対する優麻の支配権を、強引に奪い取ろうとするかのように――。

 

「いや……やめて……お母様」

 

優麻が弱々しい声で懇願する。

 

「我が汝に貸し与えた力、返してもらうぞ――我が娘よ」

 

阿夜が左手を上げた。

その瞬間、みしっ、と生木を裂くような耳障りな音が鳴り響き、優麻が声にならない絶叫を上げた。

目には見えない巨大な腕が、小鳥の翼を引きちぎるように、仰け反る優麻から、ぶちぶちと何かを引き剥がしていく。

 

「いやあああああああああああああああっ!」

 

切断された霊力経路(パス)から、其処を流れていた魔力が鮮血のように噴き出した。

優麻の蒼い守護者は、完全に黒く染まっていた。

鎖から解き放たれた獣のように、顔のない騎士が咆哮する。 騎士は陽炎のように揺らいで、阿夜の背後へと移動した。

仙都木阿夜が、優麻の守護者を完全に奪い取ったのだ。

 

「優麻!」

 

壊れた人形のように打ち捨てられ、優麻の体が地面に転がった。 ぐったりと横たわる彼女を抱き上げて古城は息を飲む。

辛うじて呼吸は保っているが、見開かれた優麻の瞳の焦点が合っていない。

 

「なんて……ことを……!」

 

雪菜が怒気を露わに、雪霞狼を構えた。

その切っ先は、悠然と地面を見下ろす仙都木阿夜だ。 魔女にとって守護者は、単なる使い魔や武器ではない。 魔女にとっては、悪魔に差し出した魂の代価。 自身の肉体の一部と言ってもいい。

 

「テメェ、仮にも母親だろ! 娘の優麻になにやってんだ!」

 

悠斗からは、憤怒の表情が浮かんでいた。

 

「第四真祖に獅子王機関の剣巫。――そして、紅蓮の熾天使。 いったい何を憤ってる? その娘は、我が造った人形……だ。 どう扱おうが、我の自由であろう?」

 

阿夜は、訝しむような表情を浮かべていた。

 

「……ざけんな……っ」

 

古城が、低く潰れたような声を出す。

 

「オレの友達(ダチ)をこんな目に遭わせておいて、言いたいことはそれだけか……!」

 

「……っ!」

 

爆風にも似た古城の魔力を浴びて、仙都木阿夜が眉を動かした。 平静を装う彼女にとっても、第四真祖の魔力は脅威なのだ。

だが、眷獣を完全に実体化する前に、古城の体がよろめいた。 目眩に襲われたように膝を突き、激しく咳き込みながら吐血する。

右手で押さえた古城の胸から、鮮血が霧となって流れ出していた。 その出血と同時に、吸血鬼としての力までもが零れ落ちた。

 

「そうか。 七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツァー)の傷を負っているのだったな、第四真祖」

 

「……黙れよ。 仙都木阿夜」

 

悠斗が低い声で呟く。

また、悠斗は左掌に雷球を形作っていた。 今ある魔力で雷球を作ったのだ。 真祖の倍の力を誇る青龍の雷である。

そんな悠斗を見て、阿夜は再び眉を寄せたが、悠斗を牽制するように、自らが立っている場所を指して挑発的に笑う。

 

「大したものだ。 あれだけの傷を負って、其処までの力が出せるとは、紅蓮の熾天使。 だが、いいのか? 監獄結界も多少のダメージを負うぞ。 この結界を維持してる術者にも、反動が及ぶだろうな」

 

「……そうか。 那月ちゃん事だな」

 

阿夜の背後にある監獄を眺めて、悠斗は呟いた。

那月の行方は未だに不明。 しかし、彼女が魔術によって生み出した監獄結界が維持をされているという事は、那月は生きている証明にも繋がる。

 

「――もっとも、そうなることを望んでいる連中もいるようだがな」

 

阿夜が愉しげな表情で呟き、背後を振り返った。

古城たちを見下ろしていたのは、阿夜だけではなかった。 監獄結界の建物の上に、いくつか見知らぬ人影がある。

 

「なんだ、こいつらは!?」

 

猛烈な悪寒を覚えて、古城は無意識に身を固くする。

監獄結界の建物の上に立つ人影は六つ。

老人。 女。 甲冑の男。 シルクハットの紳士。 小柄な若者と、繊細そうな青年だ。

 

「……まさか……彼らは……」

 

雪菜が、雪霞狼を構え直して呟く。

その雪菜の言葉を、悠斗が引き継ぐ。

 

「監獄結界の中で捕まっていた、魔導犯罪者たちだ」

 

悠斗がそう言うと、傷ついた優麻を庇ったまま、古城は表情を歪めて呻いた。

 

「最悪……じゃねーか……」

 

傷の痛みが増し、流れ出した血が古城のシャツをじっとりと濡らしていく。

 

「仙都木阿夜……書記(ノタリア)の魔女か。 あの忌々しい監獄結界をこじ開けてくれた事に、まずは礼を言っておこうか」

 

最初に口を開いたのは、シルクハットの紳士だ。 年齢は四十代半ばほど。 がっしりとした筋肉質な体型だが、服装のせいか知的で穏やかな雰囲気がある。

 

「汝たち六人だけか……他はどうした」

 

「どうした、じゃねー! こいつだ! こいつ!」

 

短く編み込んだドレッドヘア。 派手な色使いの重ね着に、腰穿きのジーンズ。

彼も、監獄結界に収監されていた魔導犯罪者の一人だ。

その証拠に、彼の左腕には今も、鉛色にくすんだ金属製の手枷が嵌められている。

 

「見ろ!」

 

獰猛な唸り声を上げながら、ドレッドヘアの若者が右腕を一閃した。

その直後、紳士の体が血飛沫を撒き散らした。

 

「シュトラ・D、貴様――!」

 

血塊を吐き出しながら、紳士が憎悪の眼差しをドレッドヘアに向ける。

服装や雰囲気から察するに、彼は魔導師なのだろう。 その肉体は強力な魔術障壁によって保護され、生半可な攻撃では傷つける事は出来ない。 だからこそ、凶悪犯として監獄結界に封印されていたのだ。

魔導師の左腕に嵌められた手枷が輝いたのは、その直後だった。

手枷から奔流のように噴き出したのは無数の鎖だ。 其れは、瀕死の魔導師を縛り上げ、虚空へと引きずり込んでいく。 行き先は、監獄結界の内側だ。

 

「……なるほどな。 監獄結界の脱獄阻止機構(システム)はまだ生きてる、とういうこと……か」

 

阿夜が、平静な声で呟いた。

 

「魔力や体力の弱った奴は、こうして結界内に再び連れ戻されるってわけだ。 わかったかよ。 脆ェ連中は、最初から外に出ることもできねェんだけどよ」

 

シュトラ・Dと呼ばれていたトレッドヘアの若者が、忌々しげに犬歯を剥いて言う。

 

「……空隙の魔女を殺して、監獄結界が消滅するまで、ワタシたちは完全に自由にはなれないみたいなの。 ふふ……おわかりになったら、さっさとあの女の居場所を教えてくださる?」

 

ドレッドヘアの言葉を引き継いで、阿夜に問いかけたのは、菫色の髪をした若い女性だった。

美人というには退廃的な雰囲気は、その分淫らな色気を感じさせる。 長いコートの下の衣装は露出度が高く、どことなく娼婦めいた気配を漂わせていた。

だが、阿夜を見詰める彼女の瞳には、殺意が彩られている。 阿夜は、その殺意を平然と受け流して首を振った。

 

「悪いが、知らんな。 あの女を殺したければ、精々自分で探すことだ。――尤も、そう簡単には殺せないと思うがな」

 

阿夜の視線が、悠斗に向けられる。

 

「そーかよ。 面白ェじゃねーか……。 図書館(LCO)総記(ジェネラル)さんよ。 だったらあんたにも、もう用はねェなあ」

 

シュトラ・Dが、好戦的に唇を吊り上げて笑った。

シルクハットの紳士を攻撃したかのように、右腕を振り上げて阿夜を睨む。 協力しないのなら、阿夜を殺す。という態度である。

彼にとっては、利益のない人間は全て敵という認識なのだろう。

阿夜は、長い袖に包まれた左腕をシュトラの前に掲げた。 握られたのは、一冊の古びた本だ。

 

「逸るな、山猿……。 南宮那月の居場所は知らんが、手は貸さないとは言っていない」

 

「あァ?」

 

腕を振り上げたままの姿勢のままで、シュトラが動きを止める。

阿夜の言葉を理解出来ずに、困惑してるらしい。

 

「“No.014”……固有堆積時間操作の魔導書ですか。 なるほど……面白い」

 

シュトラの代わりに、訳知り顔で頷いたのは、繊細そうな面差しの青年だった。

 

「どういうことだよ、冥駕?」

 

「馴れ馴れしく、その名で呼ばないでもらいたいのですが。……まあいいでしょう」

 

不愉快そうに眼鏡のずれを直して、冥駕と言われた青年がシュトラを見る。

 

「要するに、呪いです。 仙都木阿夜は魔導書の力を借りて、空隙の魔女に呪いをかけた。 今の南宮那月は、おそらく記憶をなくしている。――そうですね。 仙都木阿夜?」

 

「そう……だ。 正確に言えば、奪ったは記憶だけではなく、奴が経験した時間そのものだがな」

 

「他人の肉体に堆積された時間を奪い取る。……それが図書館(LCO)総記(ジェネラル)だけに与えられという魔導書の能力ですか。 なるほど……興味深いですね……」

 

平坦な口調で冥駕が言う。 シュトラが不機嫌そうに会話に割り込んだ。

 

「記憶だか時間だかを奪った……って、そんなことして、何か意味があんのか?」

 

「今の南宮那月は魔術が使えない、ということです。 おそらく彼女の守護者の力も」

 

「そうか……その魔導書は、あの女が手に入れた力……いや、力を手に入れる為に使った時間や経験そのものを、なかったことにしちまった……ってことか」

 

ようやく状況を理解して、シュトラが愉快そうに笑った。

 

「完全に魔力を失う直後に、南宮那月は逃走したようですが。 ですが、あなたが魔導書を起動させてる限り、彼女は二度と魔術を使えない。 あとは、我々の誰かが、逃走中の彼女を見つけ出して殺せばいい、というわけですか。 仙都木阿夜?」

 

阿夜は無言。 好きに判断しろ。という態度だ。

 

「そういうことなら、手を貸してあげても良いわよ、仙都木阿夜。 あの女を殺したいと思っているのは、みんな同じ――早い者勝ちということでいいのかしら?」

 

菫色の髪の女が、自身の左腕の手枷を眺めて微笑む。

 

「ケッ、面倒な話だが、まあいいか。 長い牢獄暮らしで体も鈍っていることだしな。 リハビリには、ちょうどいいかもしれねェな」

 

彼の言葉に同意したように、他の脱獄者が頷く。

逃走した那月を探し出し、殺す。 其れまでは、お互いに共闘すると言っているのだ。

悠斗は、雷球を出したまま、脱獄者たちを睨む。

 

「……テメェら、そんな事させると思うか。」

 

「アァ? なに言ってんだ、このガキは?」

 

ようやく、悠斗の存在を思い出したかのように、鬱陶しげな視線を向けてくるシュトラ。

胸の傷口を押さえながら、古城も悠斗の隣に立つ。

 

「そういえば、あなたがたがいましたね。 第四真祖、紅蓮の熾天使。 この際、先に排除しておきましょうか――」

 

静かな口調で、冥駕が告げた。

誰一人、悠斗と古城を恐れていなかった。 世界最強の吸血鬼、真祖以上と恐れられてる吸血鬼を相手にしても、自分たちが敗北する事はないと、当然のように信じているのだ。

 

「ったく……たかが吸血鬼の真祖風情が、このオレを止める気かァ? まあ、紅蓮の熾天使が全快だったらヤバかったけどな――よっと」

 

シュトラが蔑むように言い放ち、塔の上から飛び下りてくる。

古城までの距離は数十メートル以上。 にも関わらず、シュトラは大上段に構えた右腕を振り下ろした。

放たれた殺気は強烈だが、シュトラの右腕から魔力は殆んど感じない。 ただの威嚇と思い古城は避けようとしなかった。

だが、――悠斗と雪菜は気づいた。

 

「姫柊!」

 

「わかってます!」

 

刀を出した悠斗と、雪霞狼を携えた雪菜が、古城を庇うように前に立つ。

その直後、雪菜と悠斗の頭上へと叩きつけられたのは、大地を震わせるほどの爆風だった。

雪菜の雪霞狼と、悠斗が形作った刀が、シュトラが放った烈風を受け止める。

凄まじい重荷に耐えかねたように、悠斗と雪菜がその場に片膝を突く。

 

「姫柊! 悠斗!」

 

突き抜ける衝撃の余波に圧倒されながら、古城は呻いた。

シュトラ・Dの不可視の斬撃。

しかし古城が驚かせたのは、雪菜が防ぎきれなかった事と、悠斗が攻撃に気づいた事だった。

雪菜の雪霞狼は、ありとあらゆる魔力を無効化するはずだが、その防御を突破したということだ。

悠斗が攻撃に気づいたのは、通常以上の洞察力に、生まれ持つ超直感を行使したからだ。

 

「……何だと、オレの轟風砕斧(ごうらんさいふ)を受け止めやがっただと?」

 

シュトラ・Dは、自身の必殺の攻撃を防がれ動揺していた。

その隙に悠斗は、左手を掲げた。

 

「――閃雷(せんらい)!」

 

シュトラの頭上に雷撃が降ったが、致命傷まではいかなかった。 完全な出力不足である。

攻撃を畳みかけようにも、悠斗の魔力は枯渇寸前まで減少していたのだ。

 

「……やってくれるじゃねーか、紅蓮の熾天使。 プライドが傷ついちまったぜェ! ちっと、本気出すかァ!」

 

荒々しく吼えながら、シュトラは再び腕を振り上げた。

凄まじい殺気が、練り上げられていくのが分かる。 この攻撃は、先程とは比較にならない。

 

「……古城、姫柊。 お前たちは、優麻つれて先に行け。 此処は俺が引き受ける」

 

悠斗の提案に、古城と雪菜は絶句した。

悠斗が全快なら、この場の脱獄者の相手は出来ただろう。 だが、現状の悠斗は深手を負い、魔力も枯渇寸前だ。 この場にいる脱獄者たちを一人で相手にするなんて無謀すぎた。

 

「だ、駄目だ。 残るならオレが――」

 

「わ、わたしが残ったほうが賢明です――」

 

古城と雪菜の言葉を聞き、

 

「適材適所っていう言葉があるだろ。 今がそうだ」

 

だが、古城と雪菜は納得した顔をしない。

悠斗は嘆息した。

 

「いいか、古城。 優麻はお前の友達(ダチ)だ。 お前が救ってやるんだ。 姫柊は古城の監視役だろ、監視役なら、古城の傍から離れるな。――大丈夫だ、俺が規格外な存在って知ってるだろ。 其れに、こんな所で死んでたまるかよ」

 

古城と雪菜は頷き、古城が優麻を背におぶった。

悠斗は刀を構えた。

 

「早く行け! 此処は任せろ!」

 

その直後、シュトラが不可視の斬撃が放たれた。

 

「ハァハァ――! 纏めて潰すぜ、第四真祖、紅蓮の熾天使――っ!」

 

だが、斬撃が叩きつけられる瞬間、眩い真紅の閃光が視界を覆い尽くした――。




悠斗君、力が封印されてしまいました。かなりの弱体化ですね。
蛇貴族に戦いを挑まれたら、ちょいやばいかもですね(^_^;)
てか、悠斗君。あれだけの攻撃を受けて立っていられるのは、チート性能があってこそです。
後、刀を出すときには、雷球は消してますよ。

ではでは、感想、評価、よろしくです!!


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観測者たちの宴Ⅱ

れ、連投できちゃいました。
今回の話は、母親と凪沙ちゃんとの邂逅ですね。
さて、悠斗君の反応は?的な感じですね(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


間近で浴びた爆発の余波で、古城たちの鼓膜が響いた。

人工島(ギガフロート)が不安定に揺れ動き、真っ直ぐ立っていられない。 地面がクレーター状に大きく陥没し、舞い上がった粉塵で視界が完全に塞がれた。

だがそれは、シュトラ・Dの攻撃ではなかった。 彼もまた、瓦礫の中で唖然とした表情を浮かべている。

 

「なんだァ、今のは!?」

 

夕焼けに覆われた空を見上げて、シュトラが喚いた。

シュトラの攻撃を防いだのは、虚空から飛来した巨大な炎の塊だった。 これは、遠距離魔術攻撃だ。

古城たちは、この魔術攻撃を見たことがあった。 獅子王機関の制圧兵器“六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)”の魔弾である。

 

「獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

古城たちの背後から聞こえてきたのは、少女の祝詞だった。

瓦礫の山を蹴散らしながら、弓を構えた煌坂紗矢華が現れる。 ポニーテールを靡かせた彼女は、巨大な軍馬に牽引された、 古代騎馬民族風の戦車に乗っていた。

 

「極光の炎駒、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、噴焔を纏いて妖霊冥鬼を射貫く者なり――!」

 

祝詞を完成された紗矢華は、空へと向けて、つがえていた矢を射放った。

特殊加工を施された矢を、上空へと撒き散らし、脱獄者たちの頭上へと降り注いだ。

監獄結界のあちこちで、巨大な爆発が巻き起こる。

その隙に紗矢華を乗せた戦車は、乱暴に地面を削りながら古城たちの前で停止した。

 

「乗って、雪菜! ついでに、暁古城と神代悠斗も!」

 

余裕のない口調で怒鳴りながら、紗矢華は、新たな呪矢を纏めて数本撃ち放つ。

無数の爆炎が時間差で落下し、脱獄者たちの追撃を阻む。

悠斗と雪菜、優麻を抱きかかえながら、古城は戦車の荷台に乗り込む。

紗矢華が、全員が荷台に乗り込んだのを確認してから、戦車を走らせこの場から離脱した。

また、追撃から逃れる事に成功したようだ。 荷台に乗った悠斗は、荒い息を吐いていた。

 

「古城。 優麻を治療しないと、命が尽きるぞ」

 

古城は優麻を見た。 同時に唇を噛む。

血まみれの優麻は、仙都木阿夜に守護者を奪われた状態なのだ。 魂の一部が引きちぎられた状態と言ってもいい。

古城たちを乗せた戦車は、港湾地区を離れて市街区に入っている。 人工島北地区(アイランド・ノース)――。 企業や大学、施設が立ち並ぶ研究所街だ。

 

「……煌坂、どうにかできないのか? お前だったら、この間みたいに……」

 

しかし紗矢華は、弱々しく首を左右に振るだけだ。

 

「無茶言わないでよ。 あの時は止血すればどうにかなったけど、引きちぎられた霊的経路(パス)の修復なんて、わたしの手には負えないわ。 強力な魔女か、専門の魔導医師でないと……」

 

「魔導医師……か……」

 

古城は、何かを閃いたように顔を上げた。

そして悠斗は、古城が考えてる事がわかった表情をしていた。

 

「……古城、あの人に見せるんだな?」

 

「あ、ああ。 オレの知り合いでは、この人しかいない」

 

これを聞いた紗矢華は眉を寄せた。

 

「なに二人して。 心当たりでもあるの?」

 

「ああ、かなりな」

 

悠斗は、その人を思い出して苦笑し、古城は、何かを決意したような強い口調で言う。

 

「煌坂、次の信号で止めてくれ」

 

「え……どうして?」

 

紗矢華は、訝しな声で聞き返してくる。

これには、悠斗が答えた。

 

「此処に居るんだよ。 優麻の怪我を治療できるかもしれない人が」

 

紗矢華は戦車を止め、古城たちは荷台から下りた。

其処は、幾つものビル群で構成された巨大な研究所だ。白で統一された外壁が、何処となく病院を連想させた。

 

「ここって……もしかしてMAR研究所ですか?」

 

雪菜が顔を上げて古城に聞く。

MAR――マグナ・アタラクシア・リサーチ社は、東アジアを代表する巨大企業。 世界有数の魔導産業複合体だ。

 

「ああ。 奥の建物が来客用のゲストハウスになってる。 こっちだ」

 

古城は眠っている優麻を抱き上げて、研究所入口へと歩き出す。

雪菜と紗矢華、悠斗も古城の後を追う。

紗矢華が、急ぎ足で古城を追いかけながら聞く。

 

「どうして、暁古城と神代悠斗が、そんなこと知ってるの?」

 

「……家に帰ってなければ、たぶんまだここに居るはずだ」

 

苦々しげに顔をしかめて、古城は言った。

悠斗は、後頭部に両手を回した。

 

「いや、一度帰ったらしいぞ。 その時に偶然(・・)会った」

 

「誰の話?」

 

紗矢華は、きょとんと首を傾げた。

古城は困ったように呟く。

 

「――暁深森。 オレの母親だ」

 

この時悠斗は、こんな姿を見せたら深森に殺されるんじゃないかと、顔を僅かに強張らせていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

MAR研究所の敷地は広大で、無数のビルが連結された複雑な立体構造になっていた。

眠り続ける優麻を抱きかかえたまま、古城は迷いもせずその中を進んでいく。

辿り着いたのは、敷地の片隅にあり円筒形のビルだった。リゾートマンションを連想させる建物だ。

静脈認証用タッチパネルに掌を押し当て、古城はゲストハウスの玄関を開けた。

大理石で飾り付けられたロビーに、慣れた様子で入っていく。

 

「暁古城の、お、お母さんがここにいるわけ!?」

 

古城の後を追いながら、紗矢華が顔を強張らせて聞いてきた。

古城は、ああ、と言い溜息を吐く。

 

「うちの母親は、MAR医療部門の主任研究員なんだよ。 臨床魔導医師の資格も持ってる。 優麻は一応知り合いだしな」

 

古城は、顔をしかめて呟く。

どうやら古城は、紗矢華と雪菜は関わりさせたくなかったらしい。 まあ、時既に遅しだが。

 

「ちょっと、待って。……まだ、そんな、心の準備が」

 

「なんでお前が、緊張してるんだ?」

 

エレベータに乗り込みながら、古城は怪訝そうな表情で振り返った。

紗矢華は、カッと頬を紅潮させ、上擦った声で言い返す。

 

「き、緊張なんかしてへんわ!」

 

「言葉使いまで、おかしくなってんじゃねぇかよ」

 

古城は呆れながら言い、悠斗は溜息を吐いた。

古城たちを乗せたエレベータが、目的の階に到着する。 その時になって、あの、と雪菜が遠慮がちな声で聞いてきた。

 

「わたしも、一緒にお邪魔していいんでしょうか?」

 

雪菜は、青いエプロンドレスを見下ろして、途方に暮れたような表情を浮かべている。

激しい戦闘で、雪菜の服装はボロボロだ。 雪霞狼も返り血で汚れていて、波朧院フェスタの仮装と言い張るのは無理がある。

しかし古城は、なんだそんなことか、と苦笑するだけだ。

 

「それは心配いらない。 会ってみればわかると思うけど」

 

悠斗も、古城の言葉に続く。

 

「深森さんのことだ。 笑い飛ばすだけだから、心配しなくていいと思うぞ」

 

「は、はあ……」

 

雪菜はまだ戸惑っていたが、古城はそれを構わず、深森が占拠してる部屋の呼び鈴を押した。

少し遅れて、インターホンからふわふわとした声が返ってくる。

 

『はいはーい、どなたですかぁ?』

 

「オレだ、母さん。 悪いけどちょっと頼みがあって」

 

『あら、古城君? はいはい、待ってね。 今、鍵開けるから』

 

ドアの向こう側でバタバタと落ち着きなく走り回る気配がして、鍵が外れる。

それを確認して、古城はドアを開けた。

その瞬間、部屋の中から飛び出してきたのは、白衣を着た巨大なジャックランタンだった。

其れは、両目を発光させながら、古城たち目掛けて突撃してくる。

 

「ぱあっ!」

 

「「ひゃああああっ!?」」

 

ガチガチに緊張していた雪菜と紗矢華が、想定外の事柄に悲鳴を上げた。

深森は、彼女たちの反応に満足したのか、実に楽しそうに、すぽん、と頭を引き抜いた。

中から現れたのは、可愛らしい童顔の女性だ。――古城の母親、暁深森である。

 

「ふんふー……驚いた?」

 

深森が胸を張りながら聞いてくる。 古城はしたり顔の母親をイライラ睨みつけながら、

 

「驚くわ! いきなりなにやってんだ、あんたは」

 

古城は荒々しく叫ぶ。

 

「そうだぞ、深森さん。――せい」

 

悠斗は、深森の頭上にチョップを炸裂させた。

 

「痛い、痛いよ、悠斗君っ!」

 

「いや、驚かせたあんたが悪い」

 

此れを見ていた古城は、目を丸くするだけだ。

その時、古城にぴったりと寄り添っている雪菜と紗矢華を見て、深森は目を瞬いた。

 

「あら、あなたたちは……?」

 

ニヤリ、と嬉しそうな笑みを浮かべた。

立ち尽くしてる雪菜と紗矢華を交互に見比べながら、深森は古城の脇腹に肘打ちを叩き込む。

まさかの攻撃に、ぐはっ、と古城が呻いた。

 

「いきなりなんてことしやがる、てめぇ……」

 

「めちゃくちゃ可愛い子たちじゃない!」

 

古城の抗議を無視して、深森が明るい歓声を上げる。

 

「どの子? どっちが本命なの? もうヤった? やだ、もしかして家族が増えちゃう? 私、もうすぐお婆ちゃんになっちゃうの?」

 

興奮する深森の頭上に、再び悠斗のチョップが炸裂した。

深森は、若干涙目だ。

 

「人の話を聞け」

 

「ぶーぶー、悠斗君のいけず!」

 

「いや、知らんから」

 

玄関前の騒ぎを聞きつけ、部屋の奥から、仮装した小柄な少女が現れる。 ショートカット風に束ねた長い髪と、大きな瞳が印象的な少女。――暁凪沙だ。

 

「あれぇ? 古城君、悠君?」

 

「「え?」」

 

妹、婚約者の顔を見た古城と悠斗は、ぽかんと口を開ける。

何も言わずに自宅から姿を消して、何処に居るのか解らなかった彼女が、どうして此処にいるのか?

まあ、悠斗の予想だと、深森に替えの着替えを届けに来た、だが。

 

「凪沙? お前……何で……いつから?」

 

「今朝早くに深森ちゃんに呼ばれて、着替えを届けに来たんだよ」

 

如何やら、悠斗の予想が的中したらしい。

 

「それより、古城君、悠君。 どうしたの? 雪菜ちゃんたちも、ずっと一緒だったの?」

 

凪沙に唐突に聞かれて、古城は硬直した。

雪菜と悠斗は、引き攣ったような笑みを浮かべて、ぎこちなく頷いた。

 

「こ、こんばんは」

 

「お、お邪魔してるぞ」

 

だが、悠斗の姿を見た凪沙の瞳が細められた。

これは、確実にバレた感じだ。

ちなみに、このやり取りは数秒で終わった為、古城たちには気づかれてない。

 

「ていうか、優ちゃん、怪我してる!? 何があったの? そっちの女の人は誰? あれ、前にもどこかで会ったような……」

 

古城に抱かれた優麻を見て驚いたり、紗矢華を睨んで半眼になったり、目まぐるしく表情を変えながら、凪沙が矢継ぎに質問を繰り出す。

 

「あの、あなた……古城君と悠君とは、どういう関係なんですか?」

 

「え!? わ、わたし!?」

 

凪沙に勢いよく詰め寄られ、紗矢華は頼りなく目を逸らした。 紗矢華は以前、学校で騒ぎを起こした所を、凪沙に目撃されているのだ。 その騒動で浅葱が怪我をした経緯もあって、凪沙にとっての第一印象はあまり良くない。

涙目になった紗矢華が、どうしよう、と古城に振り返る。 そんな紗矢華の耳元に、古城は顔を近づけた。

 

「悪い、煌坂。 しばらく、凪沙を引き止めておいてくれ」

 

「悪い、俺からも頼む」

 

「え? ええっ!?」

 

思わぬ抗議を上げる紗矢華を、古城が凪沙に向かって乱暴に突き出す。 そんな紗矢華の手をぎゅっと握って、逃がしませんよ、と凪沙が無言で睨む。

 

「ちょっ……あ、あとで覚えときなさいよ。 暁古城、神代悠斗!」

 

凪沙に連行されていく紗矢華。 だが、不意に悠斗に向かって振り向いた。

 

「あ、そうだ。 悠君、あとでお話しようね」

 

「……お、おう」

 

奥の部屋に入り、姿が見えなくなった所で、悠斗は肩を落とした。

古城と雪菜は、そんな悠斗を見て合掌した。

 

「ゆ、悠斗、頑張れ」

 

「せ、先輩なら、大丈夫です」

 

「……逝かないように頑張るわ」

 

古城は、深森に向き直った。

にこやかな深森とは対照的に、古城は異様に疲れていた。

 

「頼みがあるんだ。 優麻を診てやってくれないか?」

 

「ふんふ? 優麻って、優ちゃんのこと? 懐かしいわねぇ。 そういえば、優ちゃんって女の子だったのよねぇ」

 

深森は、古城に抱きかかえられたままの優麻の顔を覗き込む。

慣れた臨床医の手つきで、傷ついた優麻の肌に触れ、それから優麻の胸の傷跡に目を細めた。

 

「何があったの、古城君?」

 

「詳しい事情を話して暇はないんだ。 だけど……優麻は実は……」

 

「――――魔女だった?」

 

「わかるんだな、やっぱり」

 

深森は、あっさりと優麻の正体を言い当てた。

古城は驚いたように、重々しく頷いた。

 

「とりあえず診てみるね。 さ、入って入って」

 

深森に案内されるまま、古城たちは部屋に移動する。 全体的に高級なゲストハウスの中でも、深森が占拠してるのは、特に豪華なスイートルームだった。

下着や未開封の郵便物。 怪しげな医療器具などが散乱した乱暴な部屋だが、凪沙が頑張って片つけたのか、ソファーの周囲だけ比較的まともな状態を保っていた。

そのソファーの上に、古城が優麻を横たえると、新たな白衣に着替えた深森が、両手に消毒をして戻ってきた。

眠ってる優麻の隣に屈みこみ、慎重な手つきで診察を開始する。

悠斗は、優麻を診断してる間に回復に専念しようと、隣の部屋に移動しソファーの上に横になった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「仙都木阿夜とは、会った事があったけな? 情報が膨大すぎて思い出せねぇ」

 

悠斗は、この絃神島に辿り着くまで、様々な事柄に関わっていたのだ。

こうなるのは、無理もないだろう。

その時、一人の少女が部屋の中に入って来た。――悠斗が護りたい少女、暁凪沙だ。

どうやら、紗矢華の尋問が終了したらしい。

 

「悠君」

 

悠斗は、自身の名前を呼ばれ勢いよく上体を起こしソファーの上に座った。

 

「……凪沙。 心配かけたよな、すまない」

 

「……うん。 でも凪沙は、悠君が生きてくれれば大丈夫だよ」

 

凪沙は一拍置いてから、

 

「悠君。 龍君(眷獣)たちの反応がないけど、どうかしたの?」

 

「そうか。 やっぱり宝玉の方にも影響が出てるんだな。 今回の戦闘で、あいつ等が一時的に封印されたんだ」

 

「ゆ、悠君は、今龍君たちが召喚出来ないの?」

 

「……そだな。 あいつ等の武器なら使えるが」

 

暫しの沈黙が、部屋の中に流れる。 凪沙は、悠斗の隣に腰を下ろした。

この沈黙を破ったのは、凪沙だった。

 

「ゆ、悠君。 凪沙の血で、封印は解ける、かな?」

 

悠斗は目を丸くした。

眷獣たちの封印は霊媒()で解けるが、意図的に封印された場合は、どうなるか解らないのだ。

凪沙は、悠斗の袖をぎゅっと握った。

 

「凪沙、もう怖くないよ。 深森ちゃんも言ってたでしょ、どんどん吸っていいよって。 凪沙は、悠君の血の従者になっても構わないから」

 

「いや、でも、何と言うか」

 

そう言い、悠斗は口籠る。

凪沙は、悠斗の顔を見ながら、

 

「悠君のへたれさん」

 

「うっ、返す言葉もありません」

 

凪沙の言葉にへこむ悠斗。 凪沙は、ぷんぷんと怒った。

また悠斗は、凪沙に頭が上がらないのだ。

 

「もう、凪沙がいいって言ってるんだから、いいの」

 

「お、おう」

 

凪沙は、悠斗の方に体を向け、服を下に引き、右肩から少し下までが露わになる。

白い肌と細い鎖骨を見て、悠斗は吸血衝動に襲われた。

 

「ん、いいよ。 悠君」

 

悠斗は頷き、凪沙を抱き寄せ、白い素肌に牙を埋めていく。

その間、凪沙の口から、甘い声が紡がれた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

現在、悠斗と凪沙は、寄り添いながらソファーの上に座っていた。

また凪沙は、悠斗の肩に、こてんと頭を乗せている。

 

「一度すると、二度目は全然怖くないんだね。 悠君限定だけどね。――どうかな?」

 

凪沙の最後の言葉の意味は、眷獣の封印は解けた?ということだ。

結論から言うと、悠斗の魔力は回復し、眷獣の封印も解けた。 此れに呼応するように、新たな眷獣の封印も解けたのだ。

 

「ああ、封印は解けた。 新たな眷獣も使役することが可能になった」

 

「そっか、よかった。 あ、他の人の血は吸っちゃ、メっだからね」

 

「あ、ああ。 了解した」

 

凪沙は、よろしい!と言い立ち上がり、扉へ向かう。

その時、凪沙が目を瞑り、何かが憑依したように見えた。 結い上げた髪が解け、腰近くまで流れ落ちた。

振り返り、冷たく澄んだ声が紡がれる。

 

「……まったく、あの時の坊やが弱くなったものだな」

 

悠斗は目を細めた。

いつもの無邪気な雰囲気が、今はとても大人びている。

 

「……お前は、十二番目の妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)か?……――いや、アヴローラ(・・・・・)フロレスティーナ(・・・・・・・・)、なのか?」

 

何故彼女が、凪沙の中に? だが、妖姫の蒼氷(十二番目)は、あの時死んだはず……。いや、その前に、眷獣を宿してるという事は寿命が――。

 

「坊や、いや、悠斗の方がいいか。 真祖の坊やと被るからな。――悠斗が心配してるのは、この娘の命のことか?」

 

ずばり言い当てられ、悠斗は、ああ、と答えた。

 

「心配するな。 この娘と悠斗に経路(パス)が生まれ、悠斗から寿命を頂いてるからな」

 

彼女が言いたい事は、悠斗が最初に吸血した時、二人の間に見えない経路(パス)が形成されたと言ったのだ。

ということは、吸血鬼ではない凪沙も、悠斗の眷獣が召喚可能ということだ。

 

「ん、待て。 てことは、俺は妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)を使役できるってことか?」

 

「無論、そうなるな」

 

悠斗は息を飲んだ。

 

「……まじかよ。 紅蓮の織天使が、第四真祖の眷獣を使役出来るとか、前代未聞もいいところだぞ……。 で、何故出て来たんだ?」

 

「気まぐれ、とでも言っておこうか。 いや、久しぶりに、誰かと話したくなったのかもな」

 

「そうか」

 

悠斗は短く答えた。

 

「ま、これからも凪沙を護ってくれ。 俺の眷獣たちも居るが」

 

「我は、この娘を護る契約だからな。 心配いらんよ」

 

彼女はそう言い、憑依を解いて凪沙の中へ帰っていった。

憑依が解けた凪沙は、目を閉じながら前のめりに倒れてくる。 悠斗は急いでソファーから立ち上がり、凪沙をゆっくりと抱き止めた。

凪沙は、悠斗の胸の中で可愛らしい寝息を立てていた。 今朝早くから深森の身の回りの手伝いをしていたので、疲れてしまったのだろう。

その時――部屋の扉が開かれた。

 

「優ちゃんの診断終わったよ~。……あら、お邪魔だったかしら」

 

「いや、大丈夫だ。 気にするな。――で、どうだった?」

 

深森は、人差し指を唇に当て、うーん、と唸った。

 

「一命は取り留めたわね。 今後どうなるかは、優ちゃん次第かしら」

 

深森の話によると、完全に救うには、強力な魔女の力も必要になるらしいが。

 

「そうか」

 

また、これから先、死戦になりそうな予感を覚えた悠斗だった――。




ゆ、悠斗君の眷獣の封印が解放されましたです。
魔力も回復しましたしね。凪沙ちゃんの霊媒(血)凄しです(`・ω・´)
凪沙ちゃんも、悠斗君に吸血されるのは、平気になりましたです。やはり、女の子は強しですね(笑)
また、奴とも邂逅しました。
てか、悠斗君、第四真祖の眷獣を使役出来るとか、ハンパないです(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくです!!


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観測者たちの宴Ⅲ

この章も中盤?まできましたね。
では、投稿です。
本編をどうぞ。



悠斗は凪沙を抱きかかえ、隣の部屋に戻ると、テーブルの上には焼き立てのピザが、香ばしいチーズの匂いを漂わせていた。

このピザは、深森が殆んど主食にしてる冷凍ピザらしい。

悠斗は、空いているソファーの上に凪沙を優しく横たえ、近場にあったタオルケットを凪沙の上にかけた。

 

「……何やってんだ、古城。 この緊急時にピザか」

 

悠斗は、怪訝そうに古城を見た。

 

「い、いや、違ぇーんだよ。 優麻がオレの体を使ってる間、何も食ってなかったって知らなかったんだ! だ、だからこうして、ピザをなぁ……」

 

古城は、精一杯の言い訳を試みた。

優麻と肉体が入れ換わっていた半日ほど、優麻は、一切食事を摂っていなかったらしい。

その間、優麻は何度も大規模な魔術を行使し、雪菜と悠斗と激しい戦闘を繰り広げた。 その段階で、古城の体は相当の空腹だった。ということらしい。

補足として、雪菜と紗矢華から、空腹で倒れた事も耳に入れたのだった。

 

「状況は理解した。 だが、倒れるとはな」

 

「そ、それは、姫柊と煌坂にも謝罪したぞ、うん」

 

「まあ、眷獣を行使するにも体力は使うし、『腹が減っては戦が出来ない』っていう名言もあるしな」

 

「だ、だろ」

 

そう言いながら、古城は出来たてのピザを口に運んだ。

此れを見ていた悠斗は、小さく溜息を零し、雪菜に目を向ける。

 

「で、何で姫柊はナース姿なんだ?」

 

そう。 今、雪菜が着ているのは、看護師風のナース服だった。 ナースキャップもしっかり被っている。

 

「そ、それは、おばさま……いえ、深森さんが、研究室に入るならこれに着替えろと……」

 

恥ずかしそうに俯きながら、雪菜が小声で呟いた。

まあ確かに、雪菜が着ていた青いエプロンドレスは、度重なる戦闘でボロボロになっていた為、衛生面を考えて、着替えるのは妥当と言える。

 

「へ、変ですか、やっぱり?」

 

「いいんじゃね。 深森さんの、着せ替え人形用の衣装だと思うけど」

 

「そ、そうなんですか!?」

 

「ま、あの人の性格等を考えるとな」

 

深森は、『この子には、これが似合うわ』と思いながら選んだのだろう。

 

「それで、優麻の容態は?」

 

ピザを食べながら、古城が雪菜に聞く。

 

「傷の手当ては終わっています。 今すぐ命に関わるような事ではないはずです」

 

悠斗が、雪菜の言葉を引き継ぐ。

 

「だが、ここの設備では、命を取り留める事が限界らしいな。 完全に救うには、強力な魔女しかいない」

 

「那月ちゃん……か」

 

古城が重々しい口調でいう。

仙都木阿夜と同等な魔女。 また、優麻の治療に協力してくれる魔女は彼女しかいない。

 

「だけど、肝心の南宮那月が行方不明なんでしょ? それどころか、魔力を失って、脱獄囚たちに狙われてるのよね?」

 

あの場に居なかった紗矢華にも、大体の説明はしてある。

那月は今、魔力と記憶が無くなった状態にある。 優麻を救うには、那月を保護して回復させる必要がある。

 

「捜すかないだろ。 脱獄囚より、那月ちゃんを見つけ出さないと……」

 

「そうですね。 南宮先生の魔力が回復すれば、監獄結界の機能を復活させる事も出来るはずですし」

 

「いや、大体の居場所は解ってるぞ。 俺の眷獣の中に、魔力と気配を追える奴がいるからな」

 

古城たちは、悠斗の言葉に驚愕した。

また、こうも思っていた。『紅蓮の織天使の眷獣は、やっぱり規格外な奴らだな』とも。

 

「何で、今まで使わなかったんだ?」

 

「……あの状況で使えるわけないだろ」

 

あの時、悠斗は深手を負い、魔力も枯渇寸前だったのだ。

眷獣の使役は、無理があった。 また、コイツは、封印(・・)されていた眷獣なのだ。

 

「まあいいや。 那月ちゃんは、浅葱と行動を共にしてる。 一人になってる危険はないが、脱獄囚より早く浅葱を見つけ出さないと。――それに、俺の恩師は殺させやしない」

 

最後の言葉に、古城たちは気圧された。

悠斗にとって那月は、恩人と言ってもいい人なのだ。 なので、危険が伴おうとも、護り抜くと決めている。

 

「そ、そうか。 それで、何処にいるんだ?」

 

「クアドラビル付近だ。 那月ちゃんと浅葱は其処にいる」

 

――その時。 テレビ画面にパレードの見物客に混じって、華やかな髪形の女子高生が映った。 彼女の腕に抱かれているのは、四、五歳ほどの幼女だ。

 

「あ、浅葱?」

 

古城が声を上げた。

 

「……古城、これを脱獄囚たちが見てたらヤバイぞ」

 

那月を追っている脱獄囚がこの映像を見たら、すぐさまこの場所へ急行することだろう。――那月を殺しに。

最悪だ、と古城は頭を抱え携帯電話に手を伸ばし、悠斗は隣の部屋に行き、ある奴に連絡を取る。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗がスマホで、その人物に連絡を取り、三コール目で通話が繋がった。

また、極秘回線なので、浅葱に知られる事はない。

 

「もしもし、モグワイ(・・・・)か?」

 

『お、紅蓮の坊ちゃんか? この回線を使うって事は、何かあんのか? ケケッ』

 

「そうだ。 お前は知ってると思うが、監獄結界が開かれたんだ。 それで今、浅葱と少女(那月ちゃん)がテレビに映った。 お前なら、もう解るよな」

 

『譲ちゃんが狙われるって事か?』

 

「その可能性が高い。 今すぐ安全な場所へ逃げるんだ。 俺たちもすぐに向かう」

 

『なるほどなぁ。――おっと、見つかったぜ』

 

「絶対に逃がすんだ。 いいな!?」

 

『任せな。 ケケッ』

 

悠斗は、部屋から飛び出し扉に向かった。

 

「古城、悪い。 俺は先に行く! 後で合流だ!」

 

悠斗は、古城の返答を聞かず扉を乱暴に開き、外に向かって左手を突き出す。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

通路の外に、紅蓮の不死鳥が召喚された。 悠斗は其処から跳び、朱雀の背に着地した。

今はパレードの最中だ。 朱雀は波朧院フェスタ出し物と思われるはずなので、人目についても問題ないはずだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が空から地上を見渡すと、特区警備隊(アイランド・ガード)がアスタルテの人型眷獣を攻撃していた。

――ジリオラ・グラルティ。 クァルタスの悲劇。 ジリオラの眷獣の能力は、他人の肉体と直結して精神を支配する。

その為、味方である特区警備隊(アイランド・ガード)を操り、アスタルテを銃弾、またはロケット弾で攻撃し、動きが止めている。

ジリオラは、相手の数が多い程強さは増すのだ。

 

「ふふ、……残念、ね。 旧き世代の吸血鬼なら、複数の眷獣を従えていても不思議と思わない?」

 

そう言って、ジリオラ左手を掲げた。

左手から噴き出した鮮血が、やがて新たな眷獣を召喚する。 それは、真紅の蜂の群れだ。

体長五、六センチにも達する巨大な蜂が十数匹、群れとなって浅葱に襲いかかる。

 

「行きなさい、毒針たち(アグイホン)!」

 

ジリオラは華やかに笑い続けている。

 

「ごめん、サナちゃん……」

 

浅葱に出来るのは、自身の体で那月を護る事だけだった。

――だが、

 

「させっかよ。――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀は飛翔しながら、特区警備隊(アイランド・ガード)、毒蜂に向けて清らかな焔を吐いた。

此れにより、特区警備隊(アイランド・ガード)は意識を失い、毒蜂は一時的に動きを止めた。 悠斗は、浅葱の前に着地し、左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、白虎!」

 

悠斗の隣に、純白の虎が降臨する。

 

「行け、白虎」

 

白虎は一鳴きし、動きを止めた蜂を粉々に斬り刻み消滅させた。

これを確認した悠斗は、後方に居る浅葱を見た。 浅葱は、幼女になった那月を庇ったままだ。

 

「……紅蓮の熾天使か……よくも邪魔を……」

 

「悪いな。 この子を殺させやしないさ」

 

この声を聞いた浅葱は振り返った。

 

「……悠……斗……」

 

「悪い、助けるのが遅くなった」

 

だが、悠斗が吸血鬼であるとバレてしまい。 また、紅蓮の熾天使の名を浅葱が検索すれば、悠斗が真祖以上の力を持つ吸血鬼だという事も露見してしまうだろう。

 

「……悠斗、あんた吸血鬼なの?」

 

浅葱は、悠斗が召喚した眷獣を見ながら呟く。

 

「まあそうだ。 この事は、古城も知ってる。 だが、他は黙っててくれ」

 

浅葱が頷いたとほぼ同時だった。

歓喜に満ちた笑い声が、悠斗の後方から響き渡ったのだ。

 

「惨劇の歌姫と、勇敢な乙女。――そして、僕の天使。 宴の夜に相応しい演出じゃないか。 ぜひ、僕も仲間に入れてもらいたいものだな。 ジリオラ・ギラルティ」

 

後方から出て来たのは、純白のコートを身に纏った金髪の青年。

 

「……ディミトリエ・ヴァトラー……」

 

ジリオラ・グラルティが、忌々しそうに呟く。

悠斗の隣にヴァトラーが立ち、

 

「――僕が歌姫と戦っていいかい。 悠斗?」

 

悠斗は、溜息を吐いた。

 

「わかったよ。……やりすぎるなよ」

 

「フフ、それは相手の出かた次第かナ」

 

ヴァトラー見て、ジリオラ・グラルティは真紅の鞭を握りしめたまま、戸惑いの色が浮かべていた。

 

「――ディミトリエ・ヴァトラー……戦王領域の貴族がどうして!?」

 

ヴァトラーは前に出て、困惑するジリオラ・グラルティに優雅に一礼して微笑んだ。

 

「お目にかかれて光栄だよ。 ジリオラ・グラルティ。 混沌の皇女(ケイオスブライド)の血に連なる氏族の姫よ」

 

この言葉に、ジリオラは唇を忌々しげに歪める。

 

忘却の戦王(ロストウォーロード)の血族であるアナタが、ワタシの邪魔をするというの?」

 

ジリオラの問いかけに、ヴァトラーは笑った。

 

「ここは我らが真祖の威光が及ばぬ魔族特区だよ。 聖域条約に定められた外交使徒としてこの地にいる僕が、人道的見地から、犯罪者である君の凶行を阻止する――なかなか良く出来た筋書きとは思わないかい?」

 

「ワタシたち監獄結界の脱獄囚を狩るのが、アナタの狙いだったということかしら?」

 

ヴァトラーの目的を察して、ジリオラが刺々しく目を眇める。

ヴァトラーが、欧州の魔族たちに畏怖される戦闘マニアだという噂は有名だ。 彼にとって戦闘とは、退屈凌ぎでしかないのだから。

ジリオラはうっすら汗を浮かべつつ、鞭を荒々しく鳴らした。

 

「とんだ喰わせ者ね。 蛇遣い……だけど、あなたにワタシを斃せて?」

 

その瞬間、意識を失っていた特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たちが立ち上がり、銃口を一斉にヴァトラーへと向けた。

だが、ヴァトラーは表情一つ変えない。 右手を掲げて、指を鳴らしただけだ。

 

「――姿枷羅(シャカラ)!」

 

海蛇に似た姿を持つ眷獣が、ヴァトラーを取り巻くようにして実体化する。

屹立するその姿は、現実離れした威圧感があった。

 

「ッチ、ヴァトラーのバカ野郎。――空砲(くうほう)炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は舌打ちし、空気の砲弾で武器を撃ち落とし、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員を結界内に包んだ。

その結界は弾力性を持ち、地に落ちても内部の人には傷一つ付かないのだ。

――その直後だった。

巨大な海蛇が、自らの肉体を超高圧の水流へと変えて、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員を襲った。

だが、吹き飛ばされた隊員は、結界のお陰で無傷である。

 

「ヴァトラー、戦うのはいいが、周りを確認しろ! 俺の結界がなかったら、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員が死んでたかもしれないんだぞ!」

 

「フフ、悠斗が護ってくれると信じていたのサ」

 

ヴァトラーは笑みを零すだけだ。

 

「テメェ、わざとだろ!」

 

悠斗は、怒りを含んだ声で叫ぶ。

ジリオラは、怒りに声を震わせながら呟いた。

 

「……あなたは、噂通りの吸血鬼ね。 アルデアル公」

 

再び実体化した海蛇が、威嚇するように空中を旋回して、彼女を狙っている。

 

「もう終わりかい? 第三真祖の氏族の実力がこの程度だとしたら、期待はずれだヨ」

 

「……ええ、大丈夫よ。 安心なさって――あなたに落胆する余裕はあげないわ!」

 

菫色の髪を取り乱して、ジリオラが吼えた。

彼女の右手が陽炎のように霞んで、真紅の鞭を稲妻のように撃ち放つ。 鞭の眷獣――ジリオラの意思を持つ武器(インテリジェント・ウエポン)が狙っていたのは、頭上に浮かぶ眷獣だった。

空中で無数に枝分かれした茨の鞭が、巨大な海蛇の体に絡みつく。

 

「なるほど……君が操れるのは、人間だけじゃないというわけか……」

 

眷獣の制御を奪われた事に気づいて、ヴァトラーが微笑んだ。 彼が見せた満足げな微笑。

また、獰猛で危険な笑みだ。

 

「思い知れ、蛇遣い――毒針たち(アグイホン)よ!」

 

笑みを浮かべていたのは、ヴァトラーだけではなくジリオラもだ。 彼女の頭上には、真紅の蜂の群れが出現し、その数は五百、千。――空一面が真紅に染まる膨大な群れだ。

 

「はははは、いいね。 実にいい。 それでこそ、悲劇の歌姫だ!」

 

ヴァトラーが晴れやかに哄笑する。

眷獣の制御が奪われ、敵の猛攻に晒されてるが、この状況を喜んでいるのだ。

そんなヴァトラーの元へ、真紅の蜂たちが押し寄せるが、それは巨大な炎が焼き尽くそうとしているようにも見えた。

その時、ヴァトラーの頭上には、漆黒の渦のようなものが音もなく出現していた。

悠斗はこの眷獣を知っている。 これを止められる(倒せる)のは、天使化した悠斗、眷獣の青龍、長たちしかいない。

だが、青龍の一撃は二次被害が出る可能性があり、長たちは封印状態にある。 また、現在の悠斗は、天使化に時間を要するのだ。

 

「――毒針たち(アグイホン)!?」

 

ジリオラが驚愕に顔を歪めた。

蜂の群れたちが、ヴァトラーに辿り着く前に次々姿を消していくのだ。――ヴァトラーの頭上に浮かぶ漆黒の渦が、蜂たちを飲み込んでいるのだ。

 

「眷獣……まさか!?」

 

この漆黒の渦の正体が、絡み合いもつれ合う何千もの蛇の集合体だと、果たしてジリオラは気づいただろうか? その何千もの蛇たちが、次々に首を伸ばして、押し寄せてくる真紅の蜂に喰らいつき、それを丸呑みにしていく。

数百の群れを食らい尽くす為に、ヴァトラーは、それを上回る数の蛇を召喚したのだ。

 

「この僕に、こいつを召喚させるほどの敵に久々に逢えたよ。 ジリオラ・グラルティ」

 

ヴァトラーが満足そうに呟いた。 ヴァトラーの碧眼は真紅に染まり、唇からは長牙が覗いた。

 

「ワタシの眷獣が……オマエ……なにを!?」

 

追い詰められたジリオラは、ヴァトラー本人目掛けて真紅の鞭を放ったが、その鞭も空中でヴァトラーの眷獣に捕食される。

鞭だけではなく、それを握るジリオラの腕まで喰らおうとするが――。

 

「――降臨せよ、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

 

悠斗が召喚したのは、第四真祖の眷獣だ。

上半身は人間の女性。 そして美しい魚の姿を持つ下肢。 背中には翼。 猛禽の如き鋭い鉤爪。

氷の人魚。 あるいは妖鳥(セイレーン)か。

 

「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)!」

 

妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、絶対零度の凍気を吐き、漆黒の渦を凍らせた。

それと同時に、ジリオラの左腕に嵌められた手枷が輝き、手枷から無数の鎖が噴き出した。 其れは、ジリオラは縛り上げ、監獄結界内に引きずり込んでいった。 どうやら、体力、魔力の限界だったのだろう。

 

「(……まったく、すぐさま召喚とはな)」

 

悠斗は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)に嘆息されていた。

 

「(す、すまん。 あれを止められるのは、現状では、お前しか居なくてだな)」

 

「(……なるほど、蛇遣いか。 それなら仕方がなかろう)」

 

「(悪いな。 だが、助かったよ。 ありがとう)」

 

「(我を人間のように見るとは、変わってるな、悠斗は。――我は、悠斗を護るとも決めているからな。 いつでも呼ぶがいい)」

 

妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、徐々に姿を消していった。

おそらく、凪沙の元へ帰ったのだろう。

 

「フ、フフフ。 悠斗は、十二番目も使役できるのカ。 最高だよ、君は。 僕をどこまでも飽きさせなイ」

 

ヴァトラーは、好戦的な笑みを浮かべていた。

今にも、襲いかかりそうな雰囲気を醸し出している。

悠斗は、深い溜息を零した。

 

「本当は、お前の前では召喚したくなかったんだがな」

 

「何故、召喚したんだい?」

 

「お前が、ジリオラ・グラルティを虐殺しようとしたからだ。 もう、決着はついていた」

 

虐殺される所を、浅葱たちに見せる訳にもいかなかった。という理由もあるが。

 

「ふふ、敵にも優しいんだネ。 悠斗は」

 

悠斗は浅葱の元へ歩み寄り、浅葱は那月を抱きしめていた。

 

「すまない、怖い思いをさせて」

 

「だ、大丈夫よ。 わたしも、サナちゃんも無事だし」

 

サナとは、現在の那月の名前らしい。 悠斗は、そうか。と呟き、浅葱の手を取り、立ち上がるのを手伝って上げた。

その時聞こえたのは、身に覚えがある少年の声だった。

 

「悠斗、浅葱! 無事か!?」

 

降り注ぐ月光を照らしたのは、過酷な使用に耐えかねて、所々白煙を噴き上げた自転車と、暁古城だった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

路面は抉れ、ビルの壁はひび割れ、付近の信号や街灯は軒並みに傾いている。

特区警備隊(アイランド・ガード)は壊滅状態である。 だが、悠斗の結界のお陰で、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員には怪我はない。

そして、那月を抱いている浅葱と、古城を見ている悠斗。 この惨状を見て笑っているヴァトラーだ。

 

「やあ、古城」

 

ヴァトラーが汗だくの古城を眺めて、場違いな笑みを浮かべる。

 

「お前ら、やりすぎだ!」

 

古城は、この惨状を見て声を上げた。

悠斗は、心外だと言い、

 

「これをやったのは、蛇野郎だ。 俺じゃないからな」

 

「そんなこと言って、悠斗も眷獣を召喚したじゃないカ」

 

「お前は、やりすぎなんだよ。 余計な体力を使う羽目になったじゃねぇか」

 

「彼女が強かったのが悪いんダヨ」

 

古城は、ヴァトラーと悠斗のやり取りに、若干だが頭を痛くしたのだった。

古城は、壁際に座り込んだアスタルテを見ながら、

 

「アスタルテは、無事なのか?」

 

アスタルテは、俯いていた顔を上げ、弱々しく呟く。

 

「肯定。 ただし、戦闘続行は不可能。 休息と再調整が必要です」

 

「そうか、わかった。 あとはこっちで引き受ける」

 

古城の強い言葉を聞き、アスタルテは安心したように瞳を閉じた。

安堵の息を吐く古城を横目で見ながら、浅葱が怒ったように睨みつけた。

 

「引き受ける――じゃないわよ! 何なの、これ!? あんたらは、何を知ってるの!? 悠斗は凄い吸血鬼だし、訳わかんないわよ!」

 

「ゆ、悠斗。 ば、バレたのか……」

 

古城が、悠斗に聞く。

 

「まあな。 浅葱の前で、眷獣も使ちったしな。 ま、浅葱は黙っててくれるはずだ。 だから問題ない」

 

悠斗は、他人事のように呟く。

 

「そ、そうか」

 

と、古城は呟く事しか出来なかった。

 

「サンキューな、浅葱。 那月ちゃんを護ってくれて」

 

浅葱は、悠斗の言葉を聞き、目をパチパチ瞬いた。

 

「那月ちゃん……? サナちゃんのこと?」

 

「そだな」

 

悠斗は、頬を掻きながら言う。

 

「南宮那月……なるほど、そうか。 脱獄囚たちの目的は、空隙の魔女の抹殺か」

 

悠斗と浅葱のやり取りを聞いていたヴァトラーが、納得したように呟く。

また、ヴァトラーの視線は、幼い那月に向けられている。

 

「さて、ヴァトラー。 那月ちゃんを殺そうとするなら、俺が全力で相手になってやる」

 

悠斗は、那月を庇うように前に出た。

だが、ヴァトラーは、突然噴き出した。

 

「はは……ははははは……ははははははははは!」

 

苦しげに両腕で腹を押さえ、体をクの字に折って笑いだしたのだ。

 

「まったく、なんて姿だ。 見る影もないな。 空隙の魔女――あははははははは!」

 

「で、どうする? 那月ちゃんを狙うなら、お前がいうダンスをしてやるぞ」

 

ヴァトラーが涙目で、片手を振ってきた。

 

「いやいや、悠斗と戦うのは、もう少しあとにするヨ。――そうだネ。 彼女は、僕の船で預かろう。 其れに見た所、古城は手負いじゃないか。 休息するにも、絶好の場所だと思うけド」

 

確かに、脱獄囚との戦闘を、市街地から遠ざける事が出来る。

それに、監獄結界の囚人たちは、那月を狙っているのだ。ということは、那月を手元に置いておけば、自然と其処に脱獄囚たちが現れる。

また、強者と戦いたいヴァトラーにとっても都合のいい話でもある。

 

「脱獄囚たちの狙いが彼女なら、連中はまた襲ってくる。 市街地にいれば、一般人を巻き込むかもしれないヨ」

 

「……古城」

 

悠斗がそう言うと、古城が頷いた。

この話に乗ってやる。ということだろう。

 

「……その話、乗ってやる。 だが、信用はしてやるが、信頼は一切してないからな」

 

「そんなこと、百も承知サ」

 

此れに異議を唱えたのは、浅葱だ。

 

「はあ!? あんたらなに勝手に決めてんの!? つか、古城と悠斗って、戦王領域の貴族と知り合いなわけ!?」

 

「いろいろ事情があったんだよ。 それはまた今度、ゆっくり説明するから」

 

古城はこう誤魔化そうとするが、浅葱は納得する様子がない。

 

「あんたらね……。 それでわたしが納得すると思うの?」

 

「やっぱり無理か……」

 

古城は肩を落とした。

だが、浅葱が人差し指を勢いよく上げた。

 

「いいわ。 条件付きで、サナちゃんのことあんたらに任せてあげる」

 

「「条件?」」

 

古城と悠斗は嫌な予感がした。

浅葱は、絶対に放さないと那月を強く抱きしめ、宣言した。

 

「古城たちと一緒に行くのが条件よ」

 

まじか……。と思いながら、古城と悠斗は空を仰ぎ、ヴァトラーは再び笑みを零した。

魔物と人との邂逅の祭典――波朧院フェスタは続くのだった――。




悠斗君。顔が広いっ。モグワイとも知り合いとは。
てか、召喚しましたね。妖姫の蒼氷。
ちなみに、悠斗君は病み上がりですよ。なので、天使化にも時間がかかっちゃうんです。

まあ、悠斗君が戦わなかったのは、浅葱と那月ちゃんの護衛の為ですが。
てか、ヴァトラーとの連携とか無理そうだし。
ともあれ、ご都合主義やでー。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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観測者たちの宴Ⅳ

違う作品と同時連載はきついっすな。
でも、気合いで書きあげました。ご都合主義満載です(笑)
では、投稿です。
本編をどうぞ。


港湾地区(アイランド・イースト)の大浅橋に、その船は悠然と停泊していた。

大型船舶の寄港が多い絃神島でも、特に人目を惹きつける豪華客船だ。

その船内に居心地悪く、古城と悠斗は立っていた。 また、古城の右手には、携帯電話が握られている。

電話の相手は、雪菜だった。

連絡が取れなくなった古城を心配してだろう。 彼女には、隠しきれない怒りの声も入り混じっている。

彼女がいるキーストーンゲートの周囲は、脱獄囚との戦闘の痕跡が生々しく残っているらしい。

気絶した特区警備隊(アイランド・ガード)を運ぶ救急車のサイレンや、人々の悲鳴、野次馬たち排除する警官の怒号が電話越しにハッキリと聞こえる。

 

『オシアナス・グレイヴⅡですか……。 それって、アルデアル公のメガヨットですよね? どうして、先輩がそんな所に?』

 

「いや、まあ……成り行きで」

 

『も、もしかして、神代先輩も一緒ですか? アルデアル公と戦闘になったら……』

 

おそらく雪菜は、電話口で顔を強張らせているだろう。

悠斗とヴァトラーが衝突したら、この島に甚大な被害が出てしまうのだから。

スピーカー越しにこの会話を聞いていた悠斗は、唇を歪めた。

 

「俺を蛇野郎と一緒にするな。 まあ、ヴァトラーが那月ちゃんに手を出そうとしたら、戦闘になってたけど。――浅葱と那月ちゃんの安全は俺が保証するから心配するな。 古城は……何とかなるはずだ。 第四真祖だし」

 

『ですが、暁先輩は負傷していて、力がまともに出せないんじゃ』

 

「そこは、監視役の姫柊の出番だ」

 

何とも投げ槍の回答に、雪菜は溜息を吐いていた。

 

『わかりました。 神代先輩は、アルデアル公と揉め事は起こさないでくださいね』

 

「いや、まあ、善処する」

 

悠斗は、歯切れ悪く答える。

 

「後は、古城に愚痴を言ってくれ」

 

「お、おい。 そりゃないぜ」

 

古城の声は、徐々に萎んでいった。

その後古城は、電話越しに雪菜に謝っていたが。 妻に怒られてる旦那のような光景だ。

悠斗が、甲板上へ移動しようと通路を歩いていたら、見知らぬ誰かが近づいて来た。 銀色のタキシードで、見た目は15歳位だ。 小柄で、優しげな少年である。

少年は片膝を突け、悠斗に頭を下げた。

 

「初めまして、紅蓮の熾天使様。 僕は、忘却の戦王(ロストウォロード)の血族、キラ・レーベデフ・ヴォルティズラワと申します。 御身の極東の魔族特区に(まか)り越しながら、ご挨拶が遅れた非礼、どうかお許しください」

 

悠斗は、片手を振った。

 

「そんな挨拶はいらん。 てか、此処は俺の領地じゃねぇから。 第四真祖の領地だぞ」

 

「なるほど。 孤独を好み、領地を持たない。――アルデアル公が仰っていた、人物通りのお方ですね」

 

「……あの野郎、人の事を話しやがって。 はあ、俺は自由に生きたいだけだ」

 

領主になれば、その土地を収める義務できる。

悠斗は、此れが面倒くさい事だから、領地を持たないだけである。

 

「で、俺になんのようだ? 戦うはなしだぞ」

 

キラと名乗る少年は、微笑みながら首を振るだけだ。

 

「そんな事は申しません。 僕と紅蓮の熾天使様が戦闘になれば、結果は目に見えてますから。――僭越ながら、お召し替えを準備致しました。 よければ、湯浴みを、と」

 

今現在の悠斗の服装は、激しい戦闘で、所々に切れ目が入っている。

 

「この事件が解決するまで、風呂には入らん。 てか、この船で風呂とか、想像しただけで背筋が凍る。 俺はいいから、古城の所に行ってやれ。 あいつの方が、俺よりひでぇしな」

 

キラは立ち上がり、

 

「請け賜りました。 僕は、第四真祖の元に向かいます」

 

優雅に礼をして、キラはこの場を後にした。

悠斗はそれを見送りながら、

 

「古城の奴、変な事にならなければいいが。 あいつ、ラッキースケベだからな」

 

ありそうだな。と呟き、悠斗は甲板上へ出向き、夜風に当たりに行くのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城が風呂から上がり、寝室に移動したと聞いた悠斗は、寝室の扉をノックして返事を聞かずに開け放った。

其処には、のろのろと上体を起こし、カサカサの唇をした古城が映った。

 

「はあ、やっぱりラッキースケベをかましたのか、ハーレム変態古城」

 

「す、好きでやったんじゃねぇ。 てか、ハーレム変態ってなんだよ!」

 

古城が、頼りなく反論した。

古城の隣では、浅葱が顔を真っ赤にしている。 此れで気づかない古城は、ザ・唐変朴である。

ちなみに、浅葱の私服が古城の血で汚れてしまった為、ヴァトラーが用意した浴衣を着ていた。

 

「それで、那月ちゃんが監獄結界の鍵っていうのは、本当(マジ)なわけ?」

 

ベッドをトランポリン代わりに遊んでいるサナに聞こえないよう、声を潜めて浅葱が聞いてくる。

魔族特区の住人だけあって、那月が幼児化している。という異常事態を受け入れてるらしい。

 

「そうだ。 那月ちゃんは、監獄結界の鍵で間違えない。 記憶をなくして幼児化してるのは、脱獄囚の魔女が持っていた魔導書の呪いらしいが。 那月ちゃんは、俺が護るさ。 まあでも、待ってる人の為に死ねないけどな」

 

浅葱は尤も、鈍感な古城でも、悠斗が言った人物は想像がついただろう。――悠斗の帰りを待ってる人物が。

 

「呪い?」

 

「そう、呪いだ。 経験や時間を奪う魔導書だ。 魔導書の名までは分からんが」

 

監獄結界で聞いた脱獄囚たちの会話を思い出しながら、悠斗は答える。

浅葱は眉を潜めた。

 

「それって、固有堆積時間操作(パーソナルヒストリー)の魔導書ってこと? そんなの禁呪クラスの危険物じゃないの?」

 

「そんな危険な物を扱ってるんだから、監獄結界に入れられたんだろ」

 

古城は、幼くなった那月を見ながら言う。

 

「なるほどね……」

 

浅葱が深刻な表情で頷いた。

監獄結界の囚人たちが脱走した。という事件は、古城たちではなく、絃神島全住民にとって大問題の事柄でもあるのだ。

 

「それで古城たちは、優麻さんのせいで、その事件に巻き込まれたってわけ」

 

「流石、電子の女帝さまだな。 其処まで分かるとは」

 

悠斗の言葉に、浅葱はムッとした。

 

「わたし、その呼び名あんまり好きじゃないんだけど。 まあいいわ。 人工管理公社の記録で見たのよ。 5年前に、仙都木阿夜って魔女が闇誓書事件ってのを起こして、那月ちゃんに逮捕されたって、あと一人、少年ぽい人物も映っていたけど。 優麻さんは、その事件の関係者なんでしょ? こんな珍しい名字、ただの偶然じゃないわよね」

 

浅葱が言ってた少年とは、おそらく悠斗の事かもしれない。

 

「そう……か」

 

古城は思いがけない種明かしをされ、きつく唇を噛んだ。

仙都木阿夜と那月、また悠斗の戦闘は、5年前の記録が残っている。 考えてみれば、当然の事だった。

その直後、浅葱を呼ぶ声が届く。

 

「ママ」

 

ベットの上に正座したサナが、焦点の定まらない瞳で浅葱を見ていた。

浅葱は困惑したように、サナに顔を寄せた。

 

「サナちゃん? どうしたの?」

 

「眠い」

 

「ああ……もうこんな時間だものね」

 

深夜零時近くを指している時計を眺め、浅葱は苦笑し、ベットに横たえたサナに添い寝して、三つ編みにした彼女の頭をそっと撫でてあげる。

サナは胸元に顔を埋めて、安心したように目を閉じた。 そのまま規則正しい寝息を立て始める。

 

「浅葱は、那月ちゃんの母親みたいだな。 もちろん、父親は古城な」

 

悠斗は、浅葱と古城を交互に見ながら呟く。

古城は、何でオレが父親?と首を傾げていたが、浅葱の顔は、見る見る紅潮していくのが分かった。

まあ、古城との夫婦生活を想像したのだろう。

 

「そういえば、お前って以外に浴衣似合うな」

 

古城は、この話題を長引かせるのがマズイと思ったのか、露骨に話題を逸らした。

まあでも、古城の言う通り、浅葱の浴衣姿はとても似合っていた。 古城以外の男子なら、落とす事が出来る魅力がある。

 

「……あんまりジロジロ見ないでよね。 今、殆んどスッピンなんだから」

 

「いや、そっちの方がモテと思うし、可愛いと思うだが」

 

「は!?」

 

浅葱はこめ髪の部分で、何かをぶち切らした。

浅葱は履いていた下駄を脱ぐと、それを右手で持ち、アッパーカットの要領で古城の顔面目掛けて思い切り叩きつける。

鈍い音が響き、古城は顎を押さえて苦悶した。

このやり取りを見た悠斗は、何故浅葱をこのような恰好になったのか、何故古城に好意を持ったのか。という大体の予測が出来たのだった。

 

「痛ェな。 何だよ、急に。 つか、下駄で殴るか普通!?」

 

「あんたがわたしに言ったからでしょうが! 地味すぎるから、もう少し見た目に気を遣え、とか何とか。 だからっ――!」

 

悠斗は、呆れたように古城を見る。

 

「古城。 自身が浅葱に何を言ったか忘れるなんて、最低だぞお前。 お前の言葉が、今の浅葱の恰好に繋がってるんだからな」

 

浅葱は、小さく首肯した。

 

「えぇ!? そ、そうなのか?……いや、確かにそうかもしれないけど……」

 

「まったく、浅葱はこれからも苦労するな。 古城は、超がつく鈍感だぞ。 そんな男に、美女が集まってるんだし」

 

浅葱は唇を尖らせた。

 

「わ、わかってるわよ。 そんなこと」

 

その時、眠っていたサナが突然立ち上がり、目を見開いた。

彼女が纏う気配に、古城たちは困惑する。 今のサナは普通の状態ではない。 いや、今までも普通ではなかったかもしれないが。

そんな古城たちが見守る中、サナは大きく息を吸った。

 

「――――ナー・ツー・キュン!」

 

「「「は?」」」

 

可愛いポーズを作って、彼女はベットの上で声を上げた。

古城たちは、彼女の豹変に呆気に取られるだけだ。

右手で作ったピースサインを高々と掲げたまま、虚ろな瞳で歩き出す。

彼女は、腹話術師のように殆んど口を動かさずに、何を呟き始めた。

 

「主人格の睡眠状態への移行を確認。 徐波睡眠で固定。 潜在意識下のバックアップ記憶領域へと接続。 固有堆積時間操作(パーソナルヒストリー)の復旧を開始します。 復元完了まで残り1時間59分」

 

「な、なんだこれ?」

 

「那月ちゃんの記憶が戻った……とか」

 

「いや、バックアップ用仮想人格だな」

 

サナの姿を見ながら困惑の表情を浅葱と古城は浮かべ、悠斗は現在の那月を冷静に分析していた。 流石の洞察力である。

 

「そこの坊やの正解。 わたしは、南宮那月のバックアップ用仮想人格です♪」

 

てへ、と舌を出しながら、可愛らしいポーズを取るサナ。 流石の古城も、この状況に慣れてきたらしい。

 

「いや、キュンとか言ってる場合じゃねぇだろう……」

 

「那月ちゃんの抑圧された潜在意識って、こんな人格だったんだ。……何か以外というか、納得したというか……」

 

浅葱も疲れたように呟く。

どうやら今の那月は、予め用意していた仮想人格で動いてるらしい。

今回のように敵に襲撃を受け、本来の記憶が失われた時、一時的に仮想人格が出現して、記憶を回復させるという特殊な術を自身にかけていたのだろう。

 

「バックアップから復旧……ってことは、このまま元の那月ちゃんに戻るのか?」

 

古城が微かな期待を込めて聞いてみるが、仮想人格の那月は、ベットの上で一回転した。

 

「残念! さすがにそれは無理かもー。 記憶はともかく、この体だと魔力を行使する反動に耐えられないと思うしー。 そもそも、魔力が足りてないし」

 

「……なるほど。 仙都木阿夜が持つ、魔導書を破壊すれば、元に戻るってことだな」

 

悠斗が納得したように呟いた。

 

「そのとおりー。 でもでも、あと十年くらい待てば元の体に成長するから、それまで待つっていう手もあるキュン?」

 

「そんなに待てねェよ!」

 

古城は苛立ちを覚えながら、深々と溜息を吐いた。

その時、船内に埋め込まれていた薄型の液晶テレビが点灯した。 振り向く古城たちの前で、CG映像のぬいぐるみが浮かび上がる。

 

『……ようやく繋がったぜ。 譲ちゃん、聞こえるか?』

 

「モ、モグワイ!?」

 

テレビの中のぬいぐるみを見て、浅葱が呻いた。

 

「……あんた、何でそんな所から出てきてんの?」

 

『譲ちゃんが、スマホの電源を切ってたもんでな。 放送電波経由でハッキングさせてもらたんだ。 悪いが、また厄介なトラブルが起きたみたいだ。 手を貸して欲しいんだが』

 

「あっそう、嫌よ」

 

浅葱は躊躇なく答えて、テレビを消した。

しかしテレビは再び点灯し、土下座姿のモグワイが姿を現す。

 

『そこを何とか頼むぜ』

 

「絶対に嫌。 あんたね、ただのバイトの学生にどんだけ働かせるのよ。 あんたのせいでこっちは、祭り初日を丸っきり台無しにされたんだからね」

 

その時、悠斗がこの会話に口を挟む。

 

「待て、モグワイ。 この違和感の正体の事を言ってるのか?」

 

浅葱は、悠斗とモグワイが知り合いだという事に驚いていたらしいが、それを説明してる暇はない。

 

『お、流石紅蓮の坊ちゃんだぜ。 そうだぜェ、彩海学園の校舎中心に、妙な空間が発生してやがる。 その中で、魔術を使ったデバイスが動かねーし、発動していた魔術もキャンセルされちまうらしい』

 

「……全ての魔術が無効にされるってことか」

 

『いい勘してるぜェ、紅蓮の坊ちゃん。 端的にいえばそうだなァ』

 

「ふーん、平和でいいじゃないのよ」

 

浅葱は軽い口調で言い返すが、悠斗が事の重大を指摘する。

 

「……浅葱、ここは魔族特区だぞ。 この人工島(ギガフロート)は、何に支えられてる?」

 

「あ……」

 

ようやく事の重大性に気づいて浅葱が呻いた。

絃神島は人工島。 超大型浮体式構造物(ギガフロート)を連結させて、太平洋上に構築した造り物の街である。

普通の技術では、人工五十万人を超える巨大都市を海上に浮かべて置くのは不可能だ。

絃神島は、魔術によって支えられているのだ。 魔術が無効化させるという事は、この島の壊滅を指してると言ってもいい。

 

「……浅葱、状況は最悪だ。 もし、このまま仙都木阿夜が儀式を行い続けたら、この島は確実に沈む」

 

「で、でも、どんすんの?」

 

浅葱が、困惑したように悠斗に聞く。

 

「俺たちが仙都木阿夜を止めるから、浅葱には、街の強度計算、強度対策、市民の避難誘導プログラムで時間を稼いでくれないか? それまでに何とかする。――モグワイ、浅葱を管理公社に送る手配はしてあるんだろ?」

 

『してあるぜ。 この船を下りた所に迎えをが来る、それに譲ちゃんは乗ってくれ。 ケケ』

 

その時、モグワイを映していた液晶テレビがブラックアウトした。

甲板上では爆発が起き、オシアナス・グレイブⅡの船体が激しく揺れる。

 

「ッチ、やっぱ早いな。 脱獄囚」

 

舌打ちした悠斗は、この揺れの原因がすぐに予想できた。

おそらく甲板上では、ヴァトラーと脱獄囚が戦闘になっている事だろう。

 

「監獄結界の脱獄者ニャン。 正面から、この船に乗り込んできたみたいニャ」

 

窓の外を眺めて、仮想人格の那月が言う。

その時、夜空が爆炎で真紅に染まった。 濃厚な魔力が大気を満たす。 常軌を逸脱した魔力の波動だ。

おそらく、ヴァトラーが眷獣を召喚したのだろう。

また、炎に包まれた船体の一部が、破片を撒き散らして砕け散る。 何か甲板に、凄まじい勢いで叩きつけられたのだ。

爆発の中央で倒れていたのは、ヴァトラーだった。 脱獄囚を迎え撃とうとしたヴァトラーが、逆に吹き飛ばされたのだ。

古城は浅葱を、悠斗が仮想人格の那月の手を引き船室から飛び出した――。




えー、この小説はタグにある通り不定期なので、何卒よろしくお願いしますm(__)m
まあ、間隔は空けないように頑張ります!!

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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観測者たちの宴Ⅴ

れ、連投ですっ。
いや、まじで疲れました。
さてさて、この章も終盤まできましたね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


船室の外に出た古城たちが見たのは、炎上する上甲板と、巨剣を担いだ甲冑の男だった。

襲撃を待ち構えていたはずのヴァトラーは、瓦礫の中に埋もれるように倒れている。

 

「なんなんだ……あいつは!?」

 

「ブレード・ダンブラグラフ……西欧教会に雇われていた元傭兵キュン」

 

仮想人格の那月が古城の質問に答える。

この状況下で口調を崩さないのは、ある意味凄いかもしれない。

 

「ミつけたぞ……クウゲキノマジョ」

 

甲冑の男が、サナに気づいて、錆びたような低い声を出す。

サナを古城と浅葱に任せて、悠斗は甲冑の男の前に立った。 男は目を細めた。

 

「……紅蓮ノ熾天使……。 貴サマ、キズガイエテルナ」

 

「まあな。 お前らに遅れは取らない程度には回復してるぞ。――さてと、相手になってやるよ」

 

悠斗が左手を突き出し、眷獣を召喚しようとした瞬間――。

 

「――優鉢羅(ウハツラ)!」

 

魔力の波動が大気を震わせ、眷獣が召喚された。

現れたのは、青く輝く眷獣だ。 この眷獣を呼びだしたのは、瓦礫から立ち上がったヴァトラーだった。

 

「……悪いネ、悠斗。 せっかくの僕の遊び相手を奪らないでもらえるかい?」

 

その直後、空間に亀裂が走り、其処に甲冑の男を引きづり込んだ。

此れが、ヴァトラーの眷獣の能力だ。 だが、その蛇の眷獣目掛けて、甲冑の男が巨剣を振るった。 強烈な斬撃でヴァトラーの眷獣は斬り裂かれ、断末魔の声と共に消滅する。

 

「眷獣を斬るとか凄ぇな。――龍殺し(ゲオルギウス)の末裔とか?」

 

悠斗はこの事柄を見ながら、感想を述べた。

 

「悠斗!? お前、緊張感がなさすぎだ!?」

 

古城にそう言われるが、悠斗は、そうか?と返すだけだ。

この時古城は、悠斗も戦闘狂じゃないのか?と思ったのだった。

 

「ふむ。 悠斗は、僕と戦った時に見たいだヨ。 緊張感なく、相手を分析する所とかネ。 この男は悠斗が言う通り、龍殺し(ゲオルギウス)の末裔なんだヨ。 西欧教会の暗部。 戦闘だけに特化しタ、異端の祓魔師(ふつまし)。 龍との戦闘に巻き込み、多くの都市を滅ぼした大罪人。 滅多に会えない敵だ。 いいね、最高ダ!」

 

体の奥から沸き立つ歓喜を押さえきれない、という風にヴァトラーが笑う。

それを眺めて、甲冑の男が不快そうに唇を歪めた。 ヴァトラーの異常性に彼も気づいたのだ。

 

「アワれなキュウケツキめ」

 

ヴァトラーが、新たに二体の眷獣を召喚した。

金色に輝く蛇と、漆黒の大蛇。 だが、眷獣たちが放った超高圧の水の刃は男の肉体を傷つける事が出来ず、逆に男が、巨剣で眷獣を屠っていく。

 

「……相変わらずだな、蛇野郎は。 俺らの事も考えやがれ。――逃げるぞ、古城」

 

「に、逃げるって、何処に?」

 

悠斗が見る方向には、手招きしてる銀色のタキシードを着た少年が映った。

どうやら、キラという少年が、脱出ルートを確保してたらしい。

 

「紅蓮の熾天使様、古城様。 後部デッキをお使いください」

 

「助かる。 だけど、いいのか? ヴァトラーをこのまま好き勝手にやらせといて」

 

キラの案内に従いながら、古城が聞く。

あの調子で戦闘を続けたら、確実にこの船は沈むだろう。 それが分かってるので、キラは脱出ルートを確保していたのだろう。

 

「別にいいだろ。 あいつが死んだ所で誰も困らないし。 まあ、あの程度でくたばらないと思うけどな。 あの蛇野郎は」

 

「紅蓮の熾天使様は、アルデアル公の事をよくご存じなのですね」

 

キラが、苦笑交じりでそう言う。

悠斗は、嘆息するだけだ。

 

「まあな。 本気で殺し合いをした仲だ。 奴の強さは、身を持って知ってるからな。 半殺しにしたけど」

 

キラは目を丸くし、感服したように言う。

 

「流石、異名を世界に知ら占める方です」

 

「……好きでそうなったんじゃねぇよ。 誰だよ、紅蓮の熾天使の二つ名をつけた奴。 まあ、あいつが本気を出したら、この島が数分で消滅するかもしれんしな。 その前に、全力で俺が止めるけど」

 

其れでも、市街地以外の被害は凄まじい事になると思うが。

古城は、そんなことは止めてくれよ。と懇願するのだった。

数分走り、後部デッキについて、下船用のタラップが見えてきた。

 

「仙都木阿夜は、俺らで何とかするから」

 

「ああ、こっちは任せてくれ」

 

キラは恭しく頭を下げ、感謝の意を示す。

 

「感謝します。 古城様、紅蓮の熾天使様」

 

「ありがとう、またな」

 

案内してくれたキラに礼を言いながら、古城は右手を差し出し握手をしていた。

だが、悠斗は片手を挙げるだけで応じた。

船上では、今もヴァトラーと脱獄囚との戦闘が繰り広げられている。

浅葱、古城と下り、最後に悠斗がサナを抱き上げタラップを下りた。

古城たちを出迎えたのは、雪霞狼を持ったナース姿の雪菜だった。

 

「先輩方、ご無事ですか?」

 

「え? 姫柊!?」

 

思いがけない雪菜の登場に、古城は困惑の表情を浮かべた。

浅葱からは、武器である雪霞狼の指摘をされると思ったのだが、しかし疑念を向けられたのは其処ではなかった。

 

「……何でナース服?」

 

場違いな服装を見て、浅葱が眉を寄せる。

予期せぬ質問に、雪菜も軽くうろたえた。

 

「え、これは、……その、深森さんが用意してくださったもので……」

 

この時悠斗は、姫柊さん、それはダメな解答でしょ。と思うのだった。

 

「深森さんって、古城のお母さんの?」

 

浅葱がますます怪訝な表情になって古城を睨む。

いつの間に雪菜を母親に紹介したのか、問い詰めてるような眼差しだ。

この仲裁に入ったのは、悠斗だった。

 

「この事件が終わったら、古城を問い詰めればいいだろ。 何で姫柊が、深森さんと会ったのかを」

 

悠斗が深森さんを?と浅葱は思ったが、すぐにその疑問は解消された。

そう、凪沙と仲が良い悠斗は、深森の事を知っていても不思議はないと思ったからだ。

その時、ヴァトラーの戦闘に余波によって、破壊されたクレーンが、破片を撒き散らして落下したのだ。

だが、悠斗が左手を突き出す。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

朱雀が召喚され、朱雀はその翼で古城たちを包み込んだ。

全ての落下が終了した所で、朱雀は翼を広げ異世界に戻った。

まあ、眷獣を召喚した事に雪菜は目を見開いていたが、なぜ浅葱の前で、眷獣を召喚したんだ?と。

 

「はっはっは、拙者の出番はなかったでござったな」

 

時代劇の侍を連想させる、奇妙な声が聞こえてくる。

戦車の甲羅部分が開いて、その中から顔を出したのは、12歳前後の女の子だった。 赤髪を持つ、外国人の少女だ。

放心していた表情で彼女を見上げていた浅葱は、ハッと我に返った。

 

「その喋り方って……あんた、戦車乗り!?」

 

「然様。 リアルでお目にかかるのは初めてでござるな、女帝殿」

 

赤髪の少女が、深々とお辞儀をする。

戦車乗りとは、人工島管理公社に雇われているフリーランスのプログラマーらしい。

 

「拙者、リディアース・ディディエと申す。 モグワイ殿に頼まれて、お迎えに参上したでござる。 いや、それにしても素晴らしい着物でござるな。 さすがは女帝殿!」

 

「や、着物っていうか、ただの浴衣なんだけど……」

 

浅葱が、憮然としたような表情で呟いた。

 

「……お前の友達も、何気に濃いのが多いんだな」

 

「や、友達じゃないし、あんただけには言われたくないわよ。とゆうか、わたしたちでしょうが」

 

浅葱と古城の目が、悠斗に向けられる。

古城が、いや、と前置きし、

 

「濃いとは言わないぞ。 規格外って言うんだ」

 

「あー、確かに。 それわかるわ」

 

悠斗は、失敬な、と言い、不貞腐れた態度を取った。

ともあれ、現在も絃神島が脅威に晒されている。

 

「女帝殿、力を貸してくだされ。 この島の一大事でござる」

 

リディアーヌが赤髪を揺らしながら、浅葱に言う。

 

「浅葱。 仙都木阿夜の事は、俺と古城に任せろ」

 

「行ってくれ、浅葱。 サナはこっち引き受ける。 お前は島を頼む」

 

古城と悠斗の言葉に、浅葱はゆっくり頷いた。

小型戦車がマニピュレーターを伸ばして、浅葱を引き上げる。 戦車に横抱きされた姿勢のまま、浅葱が古城に向かって叫んだ。

 

「……わかったわ。 その代わり、約束して。 この騒ぎが収まったら、祭りの続きを、ちょっとでもわたしにつき合いなさいよ」

 

勇気を振り絞って今の言葉を言ったのだろう。 彼女の顔が真っ赤だ。 そんな浅葱を見ながら古城は頷き、

 

「ああ、パーッと遊びに行こうぜ。――みんなで」

 

これを聞いた浅葱の顔が強張った。

 

「――馬鹿っ!」

 

怒鳴りながら、浅葱は戦車に乗せられて立ち去っていく。

どうして自分が罵られたか理解できずに、古城は呆然と立ち尽くす。 浅葱に同情するように雪菜は溜息を零し、悠斗は、鈍感ハーレム古城だな。と思っていたのだった。

そんな彼らの背後では、爆音が絶え間なく鳴り響き続けている。

脱獄囚たちとの戦闘は、まだ終わっていない――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

現在悠斗は、獅子王機関の舞威姫、煌坂紗矢華と合流していた。

どうやら、脱獄囚、シュトラ・Dと激しい戦闘を行っていたらしい。 合流してすぐに、紗矢華の視線が、幼い那月に注がれた。

 

「空隙の魔女……本当に小さくなってたのね。 実物は……なんて言うか」

 

「予想以上に可愛かったですね」

 

紗矢華の言葉を引き継いで、雪菜が感想を述べる。

 

「まあ、見た目はな」

 

「だが、俺たちの恩師には変わりないぞ」

 

古城と悠斗も同意する。

 

「とりあえず、彼女は保護できたのね。 この後はどうするの?」

 

襲撃してきた脱獄囚たちは撃退できたが、事件は解決していない。

那月は幼くなったままだし、仙都木阿夜はまだ捕まっておらず、優麻も重症だ。

脱獄囚も、まだ何人か捕まっていない。

 

「MARに連れて行くよ。 ヴァトラーと煌坂のお陰で、那月ちゃんを狙っていた脱獄囚は、あらかた片付いたみたいだしな。 記憶が戻れば、優麻を助けてくれるかもしれないし」

 

「MARに連れて記憶を取り戻すのを待つ。 確かに、それが妥当だわな」

 

幼くなった那月を見下ろして、古城と悠斗が答える。

紗矢華と雪菜も、古城の案に不満が無かった。

だが、古城たちの判断に異を唱える声が、背部から聞こえてくる。

 

「あの使い捨ての人形を助ける、か。……その気遣いは不要……だ」

 

禍々しい悪意に満ちたその声に、古城たちは勢いよく振り向いた。

闇の中に立っていたのは、白と黒の十二単を着た仙都木阿夜だ。

 

「……仙都木阿夜か。 今度こそ監獄結界から出られないようにしてやる」

 

「……傷が癒えてるのか、紅蓮の熾天使」

 

睨み合う、阿夜と悠斗。

その迫力に、雪菜と紗矢華、古城は息を飲む。

また、古城たちは那月を庇って、身構えていた。

 

「あんたも、那月ちゃんを追いかけに来たのか!?」

 

阿夜は、悠斗から視線を外さず、

 

「そういきり立つな、第四真祖。 我は、空隙の魔女を殺しにきたわけではない。 むしろ、感謝しているのだ。 その女が、脱獄囚どもを引きつけておいてくれたお陰で、宴の支度も整った。 一度裏切られたとはいえ、さすがは、我が盟友()といった所か」

 

その瞬間、紗矢華が困惑を出した。

煌華麟の重量が増したように、突然輝きを失ったのだ。 呪力を送り込もうとしても、何の反応も返ってこない。

武神具としての機能が停止してるのだ。

 

「……魔力が消えた? 嘘!?」

 

紗矢華の動揺に気づいて、古城と雪菜が顔を見合わせる。

おそらく、魔力消失の減少の影響が、この港湾地区(アイランド・イースト)にも及んだのだろう。

 

「――(ル・オンブル)

 

阿夜が、自らの守護者を実体化させる。 漆黒の鎧を纏った顔のない騎士。

漆黒の騎士は、ゆっくりと古城たちに近づく。

 

「先輩!?」

 

「古城たちは那月ちゃんを連れて、一端離れるんだ! 此処は俺に任せろ!」

 

悠斗の前に出た、全身を稲妻で包んだ古城を見て、雪菜と悠斗が叫んだ。

真紅に染まった古城の瞳が、阿夜を睨みつけた。 前に突き出した右手から、黄金に輝く獣が現れる。

 

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)――!」

 

雷雲の熱量にも匹敵する濃密な魔力の塊が、巨大な獅子の形を取って出現した。

天災を具現化したような破壊の塊が、雷光の速度を持って、立ち尽くす阿夜に向かって突撃する。 それを見ても、阿夜は表情一つ変えなかった。

 

「さすがだな……まだそれだけの余力は残していたか」

 

感心したように呟いて、阿夜が虚空に文字を書いた。

光り輝くその文字を、雷光の獅子が薙ぎ払う。 その瞬間、

 

「――なっ!」

 

古城が呼びだした眷獣が、突如姿を消したのだ。

衝撃も異音も感じられなかった。 微風すら後に残らない。 まるで、最初から存在しなかったように、雷光の獅子は姿を消したのだ。

否、消滅したのは眷獣だけではない。古城からも魔力の波動が失われる。

第四真祖の魔力を失った古城に残されたのは、男子高校生の肉体だけだ。

 

「先輩の力が……そんな……」

 

巨大な魔力の消失を感じて、雪菜が呆然と首を振る。

阿夜は優美に微笑んで、

 

「これが闇誓書だ。 第四真祖。 ここでは、我以外の異力は全て失われる。 それが真祖の力でもな」

 

彼女の言葉が終わる前に、微かな衝動が古城の体を震わせた。

顔のない騎士の巨剣が、古城の胸に突き立っていたのだ。

がふっ、と古城は血を吐いた。 激痛のあまり声が出せない。 不老不死の力を奪われた今の古城にとっては、その一撃は致命傷になった。

 

「暁古城――!」

 

膝から崩れ落ちていく古城を抱き留めて、紗矢華が叫んだ。

そんな紗矢華の背中目掛けて、黒騎士が剣を振り上げる。

 

「――雷球(らいほう)!」

 

悠斗が右掌から放った雷球が、漆黒の騎士の剣を弾いた。

悠斗は、新たな眷獣の能力で、闇誓書の力を無効化させたのだ。

 

「ああああああああああ――!」

 

そして、叫び声を上げた雪菜が、呪術によって強化した筋力で疾駆した。

彼女が持つ雪霞狼が、眩い破魔の光を放ち騎士の胸元を突き刺した。

 

「雪菜!」

 

紗矢華は驚きの声を上げた。

真祖の力さえ無効化される空間の中、雪菜は呪力を失わず戦えていたのだ。

 

「やはり、そうか。 我の世界を拒むか、獅子王の剣巫。 紅蓮の熾天使」

 

まるでそうなる事を知っていたような口調で、阿夜が微笑する。

空間転移によって、彼女の守護者が移動し、敵を見失った雪菜の雪霞狼が空を斬った。

彼女が出現したのは、雪菜と悠斗の背後に立ち尽くすサナだ。

 

「それでこそ我が実験の客人に相応しい。 わざわざ迎えに来た甲斐があったというものよ。 まずは汝からだ。 獅子王の剣巫よ」

 

阿夜は、悠斗と雪菜の一瞬を突き、召喚したのは、鳥籠の檻だった。 直径四、五メートルもありそうな檻が、雪菜を閉じ込めるような形で実体化した。

そして雪菜の姿が、鳥籠ごと消え去った。 空間転移によって何処かに飛ばされたのだ。 阿夜と黒騎士、そしてサナの姿も消えている。

 

「まさか、あいつの目的は那月ちゃんじゃなくて……姫柊だったのか……どうして……」

 

「……そうか。 那月ちゃんじゃなくて、姫柊を捕まえる為に此処に来たのか」

 

血まみれの古城が苦しげに呻き、悠斗は空を見上げながら呟いた。

 

「暁古城! しっかりしなさいよ、あんた、不老不死の吸血鬼なんでしょう!? ねえ!」

 

倒れる古城を抱きしめて、紗矢華が泣きながら叫んでいる。 涙でくしゃくしゃな彼女を見上げて、ごめん、と呟き、古城は意識を失った。




悠斗君。闇誓書の力を無効化出来ちゃうなんて!(驚愕)
まあ、5年前の事件の時も、この力で無効化してたんで、魔力が行使出来たんです( ̄▽ ̄)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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観測者たちの宴Ⅵ

は、早めに投稿が出来ました。
今回の話で、悠斗君と那月ちゃんの過去?を少しだけ書きました。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


島が軋む。 鋼鉄同士が擦れあう不快な音が、遠い雷鳴のように絶え間なく響いて、不規則な振動で波打つように大地が震える。

無数のビル群と何層にも及ぶ地下街が、島のあちこちに点在してる。 其れを支えているのは、全層で造られた超大型浮遊式構造物(ギガフロート)

不安定な絃神島を支えているのは、魔術だ。 ビルの建造物、使われている鋼鉄も、セメントも、プラスチックも全て魔術建材。

これらの魔術が一斉に消滅したら、想像するのは安易であろう。

 

「痛ェな……」

 

起き上がりかけて、腹部から伝わってくる凄まじい激痛に古城は息を呑む。

 

「暁古城! 目が覚めたの!?」

 

苦悶する古城に気づいて、紗矢華が叫ぶ。

仰向けの古城に跨って、平手で頬を叩き続けたのは紗矢華だった。

彼女の瞳からは、大粒の雫が零れ落ちていた。

 

「……煌……坂……ここは……?」

 

掠れた声で古城が聞いた。

この時、壁に体重を預け、両腕を組んでいた悠斗が答える。

 

「フェアリーターミナルの医療室だ。 流石、元第四真祖だな。 生命力がハンパない」

 

フェアリーの乗り場は、ヴァトラーの船が停泊していた大浅橋の鼻先だ。

 

「俺だけで乗り込んでもいいが、其れだと、古城の気が収まらないよな」

 

この時、紗矢華が顔を上げる。

 

「そ、そう。 何であなたは魔力が行使できるの?」

 

仙都木阿夜の闇誓書によって、魔族特区内の異能は全て失われた。

その結果、古城は吸血鬼としての力を奪われたが、悠斗は奪われていなかった。

なので、紗矢華の質問は尤もだった。

 

「そうだな。 俺の眷獣の中に、全ての異能を打ち消す奴がいる。とでも言っておこうか」

 

あの事件(・・・・)の記憶が失われなかったのは、コイツの力が大きい。

おそらく、あの事件の詳細を知っているのは、悠斗だけだろう。 関わった人々の記憶は、最初からなかったように消失してしまったのだから。

 

「……あんたって、ホントにチート吸血鬼ね」

 

その時、紗矢華が何かを思い出したように、古城に向かって怒鳴る。

 

「――血! 吸いなさいよ、ほら! あなた、前にも死にかけた時、雪菜と王女にそうやって助けてもらったんでしょう!?」

 

制服のリボンと、シャツの第一ボタンを外して、紗矢華が言った。

これを見た悠斗は、嘆息しながら医務室の扉を開け外に出た。

医務室の中からは、恥ずかしく、怒ったような声が聞こえてくる。

だが、今の古城は死にかけてるので、吸血衝動を起こすのは可能か?と思いながら、悠斗は空を見上げていた。

その間も、絃神島の崩壊は止まる気配はない。

 

悠斗が前を見ていたら、ほっそりとした白衣の人影が見えてきた。

端整な顔だちに、引き締まった体つき、髪型は毛先の跳ねたショートボブ。 全身のあちこちに包帯を巻いて辛そうだ。 だが、快発そうな雰囲気健在だった。

そう、MARで治療を受けていたはずの優麻だった。

おそらく、古城を救う為にこの場に現れたのだろう。

 

「……なるほどな。 仙都木阿夜の魔力が消失してないという事は、分身である優麻の魔力も健在って事か。 でもなあ、お前、無理しすぎだぞ」

 

優麻は力なく笑う。

 

「今は一刻を争うんだよ。 これ位当然だよ」

 

患者服の腹部が徐々に赤くなり、出血してるのが目に見えて解った。

額からは、薄く汗が浮かんでいる。

 

「まったく、俺からは何も言わん。 早く古城に血を吸わせてこい」

 

「ふふ、わかったよ」

 

優麻は、重い体で医務室の扉を開け放った。

その時、紗矢華の羞恥に似た悲鳴が聞こえてきたが、悠斗は聞かない振りをしてから嘆息したのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

夕陽に照らされた建物中を、雪菜は歩いていた。

見慣れた海彩学園の校舎、雪菜が身に纏っているのは中等部の制服だ。 校舎の中には人影は見当たらないが、だだ一ヵ所――黄昏に染まった教室床に、三人分の影が落ちている。

誰も居ない教室で睨み合っていたのは、小柄な制服姿の女子生徒、見覚えがある少年、モノクロームの十二単を着た若い女性だった。

 

「――我と来い、盟友()よ」

 

阿夜が、那月に告げる。

彼女の眼球は、まだ燃えるような真紅に染まっていない。 其の所為か、今の彼女からは、仙都木優麻を共通した、快活で人懐こい雰囲気が感じられた。

 

(オマエ)(ワタシ)と同じ……だ。 生まれながらにして、悪魔に魂を奪われた純血の魔女。 (ワタシ)は我の呪われた運命を変える。 我らを蔑むこの世界を破壊してでもな」

 

「その為の闇誓書か」

 

制服姿の那月が聞き返す。――仙都木阿夜の申し出を拒絶するような光が、彼女の瞳に浮かんでいた。

 

「なぜ、ためらう? この島の者たちに情でも沸いたのか?」

 

阿夜が悲嘆するように声を荒げる。

 

「忘れるな、公社が(オマエ)を自由にさせているのは、(オマエ)が監獄結界の管理者として設計(つく)られた道具だから……だ。 いずれ(オマエ)は永劫の眠りにつき、たった一人で異界に取り残される。 歳をとることなく、誰にも触れることなく、この世界の夢を見ながらな」

 

「……心配してくれるのか。 優しいな、仙都木阿夜」

 

阿夜の視線が、少年に向けられる。

 

「……話に聞いてはいたが、こんな少年が、紅蓮の熾天使だとは……な。 何故(オマエ)が、この少年を知っている?」

 

「とある事情で、この島の外に出た事があるんだよ、阿夜。 その時知り合ったのさ」

 

また、悠斗に繊細な魔力の扱い方を教授したのは、那月だったのだ。

そして、悠斗の視線が那月に向けられた。

 

那月(・・)、お前は眠りにつくのか?」

 

「心配するな。 もし、私が眠りについても、いつでも会える」

 

不安そうな悠斗を見て、那月は微笑むだけだ。

その時、阿夜が十二単の袖口から本を取り出す。

犯罪組織LCOの総記(ジェネラル)に与えられた禁断の魔術――相手の時間を奪う、固有堆積時間操作(パーソナルヒストリー)の魔導書だ。

 

「わたしの記憶を奪うか、阿夜?」

 

闇誓書と呼ばれる魔導書は、既に失われている。 那月が数日前に焼き捨てたのだ。

その結果、仙都木阿夜が引き起こした、闇導書事件は収拾を迎え、彼女の実験は失敗した。

だが、闇誓書の知識は、那月の脳内に残されている。 その知識があれば、闇誓書を復活させる事が可能だ。 例え、那月が協力を拒んでも、彼女の記憶を奪えばいいだけだ。

 

(オマエ)が護ろうとしたクラスメイトたちも、いずれ(オマエ)を置いて大人になる。 そして、(オマエ)のことなど忘れる。 どこにも行けない(オマエ)のことなどな」

 

「ふん……それもいいかもな」

 

那月が寂しげに微笑んだ。

空隙の魔女、南宮那月が、仙都木阿夜を敵対したのは、彩海学園の同級生を護る為だった。 人工島管理公社に雇われた攻魔師としてでも、魔女としてでもなく、友情という不確かな物のの為に、彼女は、犯罪者組織の長を敵に回したのだ。

 

「いっそ、この学園の教師になって新しい生徒の成長でも見守るか……」

 

那月の視線が、悠斗に向けられる。

 

悠斗(・・)、お前は戦闘関連しか知らないんだったよな?」

 

「あ、ああ」

 

この時那月は、思案顔をした。

 

「悠斗、気が向いたらこの島に来るがいい。 お前に学生生活を送らせてやる」

 

那月はこう言っているのだ。

私は、この学園の教師になって生徒の成長を見守る事に決めた。 また、教師の権限を使用し、悠斗を生徒として転入させてやると。

何処か清々しげな那月の表情を、阿夜は憤怒の眼差しで睨みつけた。

 

「愚かな」

 

阿夜の眼球が火の色に染まる。 彼女の背後に、漆黒の騎士が出現する。

那月の背後にも、金色に輝く騎士が浮かび上がる。

那月の隣に立つ悠斗も、この場で最適とされる眷獣を召喚する。 この戦闘の結末は、見るまでもなく解っていた。

この戦闘に那月と悠斗が勝利し、それから5年間、仙都木阿夜を監獄結界に収監したのだ。

また、この事件が、悠斗と那月の最後の共闘になったのだ。

 

「これは、サナちゃんの……南宮先生の夢、ですか?」

 

三人の戦闘に割り込んで、教室に足を踏み入れた雪菜が聞く。

その瞬間、睨み合っていた三人が幻のように消滅した。 後は、夕暮れの教室だけ。

 

「いいや。 (オマエ)の夢かもしれんぞ、剣巫」

 

嘲るように告げる、仙都木阿夜の声が聞こえたのは、雪菜の気のせいか。

たった一人の教室の中央に立って、雪菜は溜息を吐く。

完璧に再現されてるせいで信じがたいが、この校舎は、仙都木阿夜が創った空間であるのだ。

しかもこの世界では、夢と現実の境界が曖昧になっているのだ。

脱出したくても、雪菜の手の中に雪霞狼はない。

 

「姫柊!」

 

立ち尽くしていた雪菜の耳に、懐かしい声が聞こえてくる。

振り返ると、制服の上にパーカーを羽織った男子生徒が、慌てて教室に駆け込んで来るところだった。

 

「無事なの、雪菜?」

 

遅れて入った少女が、雪菜にもの凄い勢いで抱きつく。

 

「先輩? 紗矢華さんも? 怪我は平気だったんですか?」

 

「ああ、もう大丈夫だ。 見るか?」

 

いきなり制服の上着を捲り上げようとする古城。

それを見た紗矢華が、古城の後頭部をどついた。

 

「痛ェな! 軽い冗談だろううが!」

 

「あんたがそう言うと、冗談に聞こえないのよ、変態! 私の雪菜が汚れるから近づかないで!」

 

紗矢華は、雪菜に強く抱きしめる。

また、この空間に居ると、仙都木阿夜の存在も、闇誓書事件も、如何でもいいと思えるようになる。

 

「こんなバカのことは放っておいて、部活行こ、雪菜」

 

「部活、ですか……。 いや、私は、先輩の監視が……」

 

紗矢華に腕を引かれながら、雪菜は困惑して首を振った。

古城は、不思議そうに首を傾げる。

 

「監視ってなんだ? 練習でも見に来てくれるのか?」

 

「え?」

 

古城が担いでるスポーツバックに気づいて、雪菜は眉を寄せる。

 

「先輩……バスケをまた始めたんですか?」

 

「またってなんだ? 弱小だけど、彩海のバスケ部、潰れてないぜ」

 

「でも、魔族の力は?」

 

「マゾ……」

 

なんだそれ、と顔を顰める古城。

紗矢華は、ここぞとばかり微笑んだ。

 

「あなたって、そういう性癖だったの? さすが変態」

 

ダルそうに教室に入って来た悠斗が、紗矢華の言葉に便乗する。

 

「煌坂、変態古城だぞ。 またドジ踏んで、女子更衣室に入りやがれ。 骨は拾ってやるから」

 

「違うわ!……まあ、事故で女子更衣室に入っちゃった事もあるけどさ。 で、でも、あの時悠斗が止めてれば、入る事はなかったんだぞ」

 

「まあ、古城が殺れる所が見たくてな」

 

「って、おい! 確信犯かよ!」

 

悠斗は、明後日の方向を見るだけだ。

 

「ほら、こんな変態と話していたら、マゾが伝染るわ。 早く弓道場に行こ」

 

「伝染るか!」

 

彩海学園の制服を着た、古城と紗矢華、悠斗が仲良くいがみ合っている。

なるほど、と雪菜は息を吐く。

 

「姫柊?」

 

表情を消した雪菜を、古城が心配そうに見つめてくる。

しかし、雪菜の瞳は、彼を映していなかった。

 

「そういうことですか。 これが私の夢、なんですね……。 有り得たかもしれない、もう一つの世界……」

 

でも、と哀しげに微笑んで、雪菜は右手を握った。

存在しないはずの槍の感触が、指先に伝わってくる。 獅子王機関の秘奥兵器、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)。 どんなに強力な魔女の結界も、全ての魔力を無効化する。

 

「――雪霞狼!」

 

雪菜が槍の名を呼び、その声に応じるように穂先が眩い輝きを放った。

破魔の槍が幻影を斬り裂き、薄闇に包まれた深夜の教室が現れる。 古城と紗矢華、悠斗は消えていた。

雪菜が着ていたのは、制服ではなくナース服。 また、雪菜とサナは、鳥籠のような形の檻に囚われている。

どうやらサナは眠ってるらしい。 絃神島から魔力が消失したことで、彼女を動かしていた仮想人格が消滅したのだ。

 

「お前が望むなら、今の夢を現実に変えることも出来たんだぞ」

 

雪菜の背後から聞こえてきたのは、仙都木阿夜の声だった。

 

「それが、闇誓書の能力なんですね。 自分が望むように、自由に世界を創り変える。 あなたはその力で、絃神島から自身以外の全ての異能の力を消した。――例外も居たようですが」

 

「そう……だ」

 

阿夜が、迷いなく首肯した。

 

「何のために、そんなこと?」

 

「呪われているのは我ら魔女ではなく、この世界の方だと証明する、――その為に」

 

「証明?」

 

雪菜は困惑しながら聞き返す。 仙都木阿夜の真意が理解出来なかった。 異能の力を消失させ、絃神島を崩壊させる。 其れが、何を証明するということだろう。

 

「これは実験……なのだ。 お前と紅蓮の熾天使は実験の立会人だ。 紅蓮の熾天使も間もなく到着するだろう。――観測者なのだよ、お前たちは」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

医務室の騒動が終わり、古城が扉を開け、悠斗の隣にまで歩み寄った。

また、優麻は限界が来て、その場で倒れてしまったらしい。 それを今、紗矢華が応急処置してる、ということだ。

 

「で、古城。 封印は解けたのか?」

 

古城は強く頷いてから、

 

「優麻と煌坂のお陰でな」

 

「そうか。――反撃開始だな」

 

「ああ。――焔白の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を受け継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――!」

 

古城が重々しく声を上げた。

その呼びかけに応じるように、古城を包む霧が濃度を増していく。 傷を負った古城の肉体が、霧へと姿を変えているのだ。

 

疾や在れ(きやがれ)、四番目の眷獣、甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)――!」

 

やがて、霧は建物を覆い尽くし、人の体も建物も、大気も全てが銀色の混沌に塗りつぶされていく。

銀色の濃霧の中に浮かび上がったのは、巨大な眷獣の影だった。

眷獣の全身を包む灰色の甲殻。 禍々しくも分厚いその甲殻は、動く要塞と呼ぶに相応しい。

しかし、その甲殻の隙間から覗くのは、銀色の濃密な霧だけだった。 亡霊のような、霧の肉体を持つ甲殻獣。

悠斗は、さて、と言ってから左手を突き出した。

 

「我を守りし四神よ。 汝の力を解き放つ。 全てを無に変えせし神獣よ。 降臨せよ――玄武!」

 

悠斗の隣に降臨したのは、亀の姿をした神々の眷獣だ。

その亀の甲羅には、蛇が巻きついている。――また、周囲の消失していた魔力が力を取り戻していた。 全ての異能を打ち消す、玄武の力の一端である。

古城は霧に、悠斗は玄武の背に乗り、決戦の場である彩海学園を目指した――。




那月ちゃんと悠斗君は、幼いころに会ってたんですね。
魔術の繊細なコントロールは、那月ちゃん譲りなんです(`・ω・´)
また、この時の記憶は、まだ悠斗君は思い出してません。
ご都合主義発動です。

さて、四神全員の封印が解けましたね。まだ、長たちは解けてませんが。
てか、悠斗君。異能が全て無効化出来るとか……。それに、第四真祖の眷獣も使役出来ちゃうんですよねΣΣ(゚Д゚;)

ではでは、感想、評価、よろしくです!!



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観測者たちの宴Ⅶ

さてさて、書きあげました。
この章も、後2話ほどで終了ですね。今回は、乗り込み回となりやす。
てか、悠斗君のチートが発揮されます。……書いてて思った。まじチートやで。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


「この世界が呪われている、というのはどういう意味ですか?」

 

鳥籠に囚われたまま、雪菜が阿夜に聞く。 島が崩壊する音を、心地好さげに聞いていた阿夜は、雪菜を見て愉快に微笑んだ。

 

「不思議か……剣巫?」

 

十二単を揺らして、阿夜がゆっくりと鳥籠の方へと振り向く。

 

「ならば問おう。 汝は、今この世界が正しいと思うのか? 人が平然と魔術を行使し、吸血鬼や獣人が闊歩するこの世界……が」

 

唐突な阿夜の質問に、雪菜は微かに違和感を覚えた。

其れは、阿夜の存在を否定するような質問だ。

 

「……この世界を支配する原理(ルーツ)には、多くの謎が残されていますが、実際に魔術と魔族が存在する現実を曲げる事はできません。 そもそも、その謎を研究する為に、この魔族特区が存在するのではありませんか?」

 

「優等生だな、剣巫」

 

阿夜の口調には、微かに嘲るような響きがあった。

 

「ならば、お前は魔術や魔族が、存在する理由は疑った事はなかったのか? たった一人、いや、二人の吸血鬼に、巨大な都市を壊滅させる力が与えられている。――こんなアンバランスな姿が、世界の正しい在り方だと言い切れるのか?」

 

「それは……」

 

雪菜は思わず言葉に詰まる。

真祖、紅蓮の熾天使の脅威を理解した上で、誰もが抱く疑問である。 何故彼らが、其れほどまでに強大な力を与えられているのかと?

 

「我はずっと考えていた。 魔術も魔族も、本来は人の想像の中にしか存在しないものではないかと。 それらが存在しない世界こそが、在るべき正しい姿ではないかと」

 

「ですが、現実に異能の力は存在します。 例えそれが間違っているとしても……」

 

雪菜が、阿夜を睨んで言った。

だが、阿夜は唇の端を吊り上げて笑う。

 

「そうだ。 だから、この世界は呪われていると言っている」

 

「たしかにそうなのかもしれません。 でも、その世界で人類は生きて来たんです。 何千年も」

 

雪菜の言葉を聞いた阿夜が、不意に首を傾げた。

 

「何千年も……か。 本当にそうかな?」

 

「どういう意味ですか?」

 

「世界五分前の仮説という考え方を、知っているか?」

 

阿夜に聞かれて、雪菜は首を振った。

阿夜は、淡々と口にする。

 

「この世界が今の姿になったのは、ほんの五分前の出来事で、それ以前は存在していなかったという仮説だ。 人間も記憶も歴史も、過去の記録や建造物も。 全て五分前に何者かによって生み出された、と」

 

「……ただの仮説……証明できない思案実験ですね」

 

雪菜は溜息混じりに指摘した。

しかし阿夜は、その反論を待ちわびていたかのように愉しげに微笑んだ。

 

「たしかに仮説だ。 だが、証明する方法はある。 実際に我が、世界を好きなように造り出して見せれば、それが可能である事に疑いの余地はなくなるだろう?」

 

阿夜の言葉を理解して、雪菜の頬から血の気が引く。

 

「まさか、あなたは……その為に闇誓書を!?」

 

「そう……だ。 世界を我の望みのままに書き換える。 これはその為の実験だ」

 

異能を消す事が、阿夜の目的だったのではない。

阿夜は、世界を書き換えようとしているのだ。 自身が信じる正しい姿へと。

 

「どうして、絃神島でそんな実験を?」

 

「ここは魔族特区――魔術がなければ存在する事すらなかった人工の島。 いわば、狂った世界の象徴だ。 我の実験に、これ程相応しい舞台もあるまい?」

 

阿夜がつまらなそうに説明する。

何故当然の事を聞くのか、と言いたげな表情だ。

雪菜は怒りを覚えて、阿夜を睨みつけた。

 

「そんなことの為に、何十万もの人々を殺すんですか?」

 

「我ら魔女を忌まわしき存在として蔑み、好きに利用してきた……当然の報いだ」

 

阿夜が荒々しく叫んだ。

 

「汝もその目で見たのであろう、剣巫? 我が盟友()南宮那月に、奴らがどのような仕打ちを続けてきたかを――!」

 

「仙都木阿夜……あなたは……」

 

抑えきれない憎悪に呼吸を乱す阿夜。 其れを、雪菜は困惑の表情で見つめた。

監獄結界で戦闘した時、阿夜は那月を殺さなかった。 また、那月の記憶を奪いながらも、彼女を安全な場所へ逃がして、自身では追跡しようとはしなかった。 現在も、無力なサナの姿を捕らえて置きながら、復讐をすることなく放置している。

阿夜はもしかしたら、那月とは戦いたくなかったのかもしれない。 監獄結界に囚われた間も、たった一人で取り残された那月の身を案じていたのかもしれない。

阿夜にとって那月は、本当の友と呼べるべき存在だったのだ。

 

「闇誓書の起動には、魔族特区を流れる龍脈(レイライン)の霊力、星辰(せいしん)の力を借りる必要があった。 我が、五年もの間、監獄結界に雌伏(しふく)していたのは、星辰の配置を待つ為だ。 残り一晩――波朧院フェスタが終わる頃には、我の世界は消滅する」

 

呼吸を落ち着かせた阿夜が、平静な口調に戻って言った。

 

「もちろん、この島はその前に海に沈んでいるはずだ。 我の仮説の正しさを証明する為には、その程度の実験の成果は必要であろうよ」

 

くっ、と呻いて雪菜は雪霞狼を握り締めた。

しかし、鳥籠に囚われた雪菜に、阿夜を止める手段はない。

 

「その槍……七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルッアー)は、魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を斬り裂く破魔の槍――といわれていたな。 だが、それは真実なのか?」

 

槍を握り締める雪菜を見詰めて、阿夜が不意に口調を変えた。

雪菜は、阿夜の言葉の意味が解らず、刺々しい表情になる。

 

「……いったい、なんの話ですか?」

 

「魔力を無効化しているのではなく、本来あるべき世界の姿に戻しているのではないか? そうでなければ、真祖の能力すら無効化する威力に、説明がつかないと思ってな。――ならば、その槍を自在に操り、我の世界を拒んだ汝は何者であろうな。 お前は、本当にこの世界の人間か?」

 

「そんなくだらない憶測で、わたしを連れてきたんですか?――ですが、それに該当する人物は、わたし以外にもう一人います」

 

阿夜は、僅かに沈黙した。

 

「……――奴が闇誓書の力を無効化できるのには、汝とは違い、ちゃんとした理由がある」

 

雪菜は、阿夜の言葉に耳を傾けた。

もしかしたら、阿夜の言葉で、神代悠斗という人物が僅かに解ると思ったからだ。

 

「……紅蓮の熾天使は、眷獣の力による無効化だ。……剣巫。 汝は、天剣一族を知っているか?」

 

「知ってます。 それがなんなんですか?」

 

天剣一族。

神に仕え、伝説にして滅ぼされた一族。

其れが、神代悠斗となんの関係があるのか? 雪菜の疑問は深まるばかりだ。

 

「……天剣一族は純血の吸血鬼にして、神々の眷獣を宿すと言われている。 その眷獣も、真祖の眷獣に比べると、奇怪(イレギュラー)……ともな」

 

今までの情報を繋ぎ合わせた雪菜は、一つの結論に至った。

 

「ま、まさか、神代先輩。――いえ、紅蓮の熾天使は、一族の生き残りだというんですか!?」

 

「……我もそこまではわからん。 詳細が知りたければ、本人に聞く事だな。 だが、我の予想では――」

 

話し続けていた阿夜の言葉が途切れた。

驚いたように外を見る。

 

「……この魔力」

 

凄まじく濃密した魔力の波動が、校内の大気を揺るがしている。

阿夜が支配する世界の大気を。

 

「馬鹿な」

 

吐き捨てるように言いながら、阿夜が校庭へと転移した。

雪菜たちを捕らえた鳥籠も一緒だ。 学園の周囲を取り巻いているのは、銀色の霧だ。

濃霧に遮られて、外の景色は何も見えない。 いや、街そのものが霧に変じているのだ。 だが、見えない障壁に遮られて、霧は学校の敷地内には入ってこない。

阿夜が張り巡らせた結界が、霧の侵入を防いでいるのだ。

しかし、次の瞬間に、その結界が跡形もなく消滅する。

 

「――無色(むしょく)!」

 

そう。 悠斗の新たな眷獣、玄武に巻きついた蛇が、阿夜の貼った結界を無に帰したのだ。

その蛇が、雪菜たちを閉じ込めていた鳥籠を無に帰す。

 

「先……輩……!」

 

玄武の能力は、ありとあらゆる物を無効化し、無に帰す能力。 その証拠に、玄武の周りだけの霧が晴れている。 だが、考え方を変えれば、最凶の眷獣と言っても過言ではない。

悠斗は玄武の背から下り、阿夜に向かって歩き出す。 また、仕事を終えた玄武は、徐々に姿を消していった。

 

「……よもや、結界を無に帰し、我の世界に中枢(コア)にまで入って来るとはな。 土足で、自分の部屋を踏み荒らされた気分……だ」

 

憎々しげに、阿夜が悠斗を睨む。

だが、悠斗は嘆息した。

 

「だってよ、古城」

 

「ここはオレらの学校だぞ。 普通に考えて、侵入者はあんたの方だろ。 仙都木阿夜」

 

「……ぬ」

 

古城の言葉に、阿夜は微かに動揺を見せた。

那月たちと言葉を交わしてから、既に五年が経過してるのだ。

 

「雪菜! 大丈夫? 変なことされなかった?」

 

膝立ちでサナを庇っていた雪菜は、紗矢華に名前を呼ばれて顔を上げた。

古城たちと一緒に校庭に入って来た紗矢華が、傷ついた優麻に肩をかしている。

だが、そんな紗矢華たちだが、衣服が乱れていた。 雪菜は此れを見て、大凡の事情は把握したのだった。

 

「紗矢華さん……シャツのボタン、掛け違ってます……」

 

「へ!?」

 

頬を赤らめながら、紗矢華が慌てて胸元を隠す。 そんな紗矢華に、雪菜はサナを預けて、彼女たちを庇うように身構えた。

闇誓書によって奪われた紗矢華の力は、まだ戻っていない。 優麻が負傷で動けない今、阿夜に対抗できるのは、雪菜と古城、悠斗だけである。

 

「優麻……か」

 

阿夜が忌々しげにその名を口にする。

 

「そうか。 我の複製品である人形の血を吸ったか。 そうやって魔族の力を取り戻したのだな、第四真祖」

 

「ああ、お陰であんたをぶっ飛ばせるぜ」

 

阿夜を冷たく眺めて、古城が言う。

古城が無造作に足を踏み出し、阿夜との距離を詰めていく。 古城の体を包むように放たれているのは、雷光と、そして暴風だ。

 

「いい加減、本気で頭にきてんだ。 あんたが優麻の母親だろうが、監獄結界からの脱獄囚だろうが関係ねェ。 あんたの目的も知ったことか! あんたは、オレの大事な友達(ダチ)を大勢傷つけた! ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

「――いいえ、先輩。 わたしたちの反撃(ケンカ)です」

 

古城の隣に立ったのは、雪菜だった。

悠斗もその後を追いながら、口を開く。

 

「おいおい、古城たちで盛り上がるなよ。 俺も仙都木阿夜にはイラついてるんだ。――――大切な人との時間を潰されたんだぞ」

 

悠斗は陽気に言うが、その中には、怒りの声も入り混じっていた。

また、阿夜限定に、殺気も送っている。

阿夜は、悠斗の殺気から逃れるように、数メートル後退した。

雪菜が雪霞狼を構えながら、口を開く。

 

「自分たちが魔女だから、この世界の人々に蔑まれ、利用されてきたとあなたは言った。 だったら、あなたが優麻さんに対してした事はなんですか!?」

 

雪菜が哀しげに阿夜を睨んでいた。

 

「あなたが呪われているのは、あなたが魔女だからではありません。 自身が魔女である事を理由に、他人を傷つけても許されると言い訳する限り、誰もあなたを受け入れてはくれない。 今すぐ、闇誓書を解除して、降伏してください」

 

「……たかが数十年しか生きていない餓鬼どもが、知った風な口を利いてくれる」

 

阿夜が苦々しげに目を眇めた。

 

「だが、よもや忘れておるまいな。 ここはまだ我の世界ぞ!」

 

阿夜の指先が、虚空に文字を書き出した。

その輝きが、虚空から次々に人の形を呼び出していく。 其れは、監獄結界からの脱獄囚である。

龍殺しのブルード・ダンブルグラフ。 シュトラ・D。 ジリオラ・ギラルティとキリガ・キリカ。 赤と黒の二人組、メイヤー姉妹。

 

「記憶を元に、魔導犯罪者たちを新たに創り出した……!?」

 

雪菜が愕然と呟いた。

阿夜が創り出したのは、記憶の中にある魔導犯罪者たちの模倣品なのだろう。

望みのままに世界を書き換える闇誓書は、人間すら自在に創り出すのだ。 仙都木阿夜の人形として。

しかし彼らは、魂を持たない幻影に過ぎない。 例え本体と同じ能力を備えていたとしても、脅威度では格段に劣る。 また、幻影と解っていれば、手加減の必要はない。

悠斗は溜息を吐いた。

 

「仙都木阿夜。 俺を誰だと思ってる? 最災を超える吸血鬼だぞ。……手加減はしねぇからな」

 

悠斗は左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、青龍!」

 

虚空から、凶悪な牙を持つ、天を統べる龍が降臨した。

また、悠斗の体からも、青白い稲妻が迸っている。

 

「――雷球(らいほう)!」

 

青龍が凶悪な口から、凄まじい質量の雷球を放った。

この雷球が、龍殺しの剣も、念動力の見えない斬撃も、旧き世代の眷獣炎精霊(イフリート)も蹴散らし消滅させていく。

だが、悠斗はこの時、違う意味で顔を強張らせていた。 この雷球が彩海学園に当たれば、塵も残らず綺麗に消滅してしまう。 魔術で復旧させるのも不可能である。

そう思われた瞬間、虚空に出現した光り輝く文字の羅列が、雷球を遮断した。

悠斗は、攻撃を止められた事に安堵していた。 また、彩海学園の賠償金とか、洒落にならん。とも思っていた。

この一瞬の隙に、雪菜が駆けた。

 

「――雪霞狼!」

 

阿夜を取り巻く文字の障壁目掛けて、雪霞狼が一閃。

此れにより、阿夜を守る魔法障壁は消滅するが、阿夜が新たな文字を描く。 その瞬間、雪菜の眼前に出現したのは、硝子のように透き通った透明な壁だった。

 

「水晶の壁!?」

 

雪霞狼の穂先を弾かれて、雪菜が呻いた。

魔術を無効化する彼女の槍も、単なる壁が相手では無力である。 この世界の創造主である阿夜は、自在に物質も召喚が可能なのだ。

 

「退がれ、姫柊――!」

 

猛々しく牙を剥いて、古城が叫ぶ。

 

疾く在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)――!」

 

ただの壁なら、真祖の眷獣の敵ではない

強烈な振動が、水晶の壁を破壊する。

 

「物理攻撃は真祖が……魔法障壁は剣巫の槍が砕く……か。 世界に拒絶された異端どもの連係がこれ程厄介とはな。 ならば……」

 

阿夜が愉快に笑いながら、袖口に手を入れ、一冊の魔導書を取り出した。

 

「しまっ――!」

 

虚空から出現した黒い触手が、雪菜を搦め捕った。

 

「悪いが、汝の記憶、奪わせてもらうぞ、剣巫! (ル・オンブル)!」

 

阿夜が、自らの守護者を呼び出した。 漆黒の鎧を纏う顔のない騎士だ。

黒騎士が剣を引き抜いて、身動きがとれない雪菜へと振り下ろす。

 

「姫柊!」

 

古城が雪菜の方へ走り出す。 強力すぎる古城の眷獣では、雪菜を傷つけず救う事が出来ない。

明らかに、古城の足より、黒騎士の剣の方が早い。

だが、二本の何かが、黒騎士の剣を弾き、黒い触手を斬り裂いた。 古城は其れを見たことがあった。 そう、阿夜の左側に立っていた悠斗が、刀を投げたのだ。

自由になった雪菜は、バックステップで後退した。

 

「那月ちゃん。 上手くいったぞ」

 

「教師をちゃんづけで呼ぶな。 今は昔の呼び方で構わん」

 

舌足らずな可愛らしい声が、阿夜の背後から聞こえてくる。 其れは、黄金の騎士を従えて立っている豪華なドレスを纏った那月だ。

悠斗は頬を掻きながら、

 

「悪かったって、那月」

 

那月は、楽しそうに微笑んだ。

 

「さて、那月。 共闘の続きと行きましょうか」

 

「ふん。 足を引っ張るなよ」

 

「了解っと」

 

場違いだと承知してるが、古城、紗矢華は口をポカンと開けていた。

まあ、雪菜は事前にこの事を知っていたので、特に変わった様子はないが。

 

「那月!? 汝、記憶が――」

 

「そうだとも。 ようやく、その本を持ち出してくれたな。 待ちわびたぞ、阿夜。――返してもらうぞ、私の時間を」

 

那月が無造作に指を鳴らす。 虚空から打ち出された無数の鎖が、阿夜の腕に巻き付いて魔導書を奪い取った。

 

「……那月ちゃん、魔力が戻ってたのか?」

 

那月を眺めて、古城が聞く。

 

「一瞬だけ魔術が使える程度の、僅かなストックだがな。 どこぞの真祖が、風呂場で鼻血をだだ洩らしてくれたおかげだ。 藍羽に感謝しなければな」

 

「幼児化した間の記憶も残ってんのかよ!?」

 

古城は頭を抱えた。

また、復活した那月と、那月の隣に立った悠斗を見て、阿夜は茫然と立ち尽くしたまま見つめていた。

那月は記憶を復旧させ、記憶を取り戻していた。

だが、今の那月の魔力では、阿夜に対抗する事など叶わない。 なので、那月は無力な幼児の振りをして、阿夜を欺き続けていた。

阿夜を油断させ、奪われた時間を取り戻すチャンスを待っていたのだ。

 

「あくまでも我の敵に回るか、那月!?」

 

怨嗟(えんさ)に満ちた声で、阿夜が吼えた。 撒き散らされる殺気と共に、虚空に無数の文字が描かれる。 出現したのは魔導犯罪者たちの幻影だ。 そして、煮え滾る熔岩。 巨大な氷塊。 地面より突き出す無数の針。 それら全てが那月目掛けて襲ってくる。

 

「――降臨せよ、玄武!」

 

悠斗は、那月を守るように玄武を召喚させた。

玄武は、阿夜が創り出した物全てを無にしていく。

阿夜は危険と感じ、文字障壁を展開するが、その障壁も最初から無かったように消滅した。

そして、阿夜の懐に飛び込んだのは、雪菜だ。

 

「――鳴雷!」

 

雪菜の左足が撥ね上がり、阿夜の顎先を捉えた。

ほんの一瞬だが、阿夜の意識が飛ぶ。 此れにより、従えてた守護者との接続が途切れる。 その瞬間を逃さず、那月が虚空より無数の鎖を放った。

 

「悲嘆の氷獄より出で、奈落の螺旋を守護せし無貌の騎士よ――」

 

黒騎士の全身を、銀色の鎖が締め上げる。

 

「我の名は空隙、永劫の炎を持もって背約の呪いを焼き払う者なり。 汝、黒き血の(くびき)を裂き、在るべき場所へ還れ。 御魂をめぐみたる蒼き処女(おとめ)に剣を捧げよ!」

 

鎖を介して彼女に魔力が流れ込み、黒騎士の全身を電撃のように襲った。 守護者の全身を覆う漆黒の鎧がひび割れて、その下に新たな鎧が現れる。

蒼き鎧が――。

守護者にかけられた呪いは解かれた。 那月にできるのはここまでだ。

後は、阿夜の支配を断ち切る意思だ。 優麻自身の生きる意志――。

 

「優麻!」

 

古城が吼える。

其れに応えるように――。

 

「――(ル・ブルー)!」

 

朦朧とした意識の中で、優麻が叫んだ。 引き千切られた霊力経路が復活し、優麻と守護者の接続が回復した。

優麻が魔女としての力を取り戻す。 即ち、阿夜が守護者を失う事を意味するのだ。

 

「我が生み出した人形が……我の支配に逆らうか……!」

 

血の混じる息を吐きながら、阿夜が自嘲めいた呟きを洩らす。

 

「潮時だ、阿夜。……監獄結界に戻れ。 お前が見た夢は、もう終わった」

 

片膝を突く阿夜を見下ろして、那月が静かに言う。

 

「だが、第四真祖よ。 島を支えるほどの眷獣を呼び出しながら、他の眷獣を操るのは苦しかろう。 あとどれだけ暴走させずに制御できる? それまで耐えれば我の勝ち。 結果は同じだ」

 

悠斗は鼻で笑った。

 

「お前、俺のこと舐め過ぎだろ」

 

「……紅蓮の熾天使、どうする気だ?」

 

阿夜は、苦々しげに言う。

 

「こうするんだよ。――無月(むげつ)!」

 

玄武が咆哮し、絃神島全体に其れが響く。

 

「ま、まさか!?」

 

「ああ、そうだ。 島にかかってた呪いを無にした(・・・・・・・・・・・・・・・)。 最初から無かったようにしたんだよ。 闇誓書の力をな」

 

玄武は、全てを無に帰す力を持った眷獣である。 島一つの異能を消し去る事など造作もない。

絃神島から闇誓書の力が消滅した時点で、阿夜の敗北が決定した。

だが阿夜は、火眼を細めて笑う。 此れまでの彼女にはない、何処か陰惨な表情だ。

阿夜の身に起きた異変に気づいて、那月が怯えたように小さく体を震わせた。

 

「よせ! やめろ! 阿夜!」

 

悲鳴のような声で、那月が叫ぶ。

その直後、阿夜の全身が炎に包まれた。 物理的な炎ではない。 まるで、地獄の底から噴き出しているような、不吉な闇色の業火だ。

阿夜の体は、完全に炎に包まれて外から見る事は出来ない。 だが、阿夜の瞳だけが闇の中で爛々と輝いている。

洩れ出す阿夜の魔力は強力で、真祖の眷獣に匹敵するほどだ。

 

「な、なんだ……これ!?」

 

堕魂(ロスト)だわ……」

 

冷静に先の戦闘を傍観していた紗矢華が、真っ先に正体を看破して叫んだ。

 

「……なるほど。 此れが魔女の最終形態か。 自らの魂を悪魔に喰わせて、肉体を本物の悪魔と化す。っていう」

 

悠斗が、悪魔に堕ちそうな阿夜を見ながら呟く。

 

「……こうなったら誰にも止められない。 阿夜は、もう……」

 

那月が絶望に満ちた表情で唇を噛む。

同じ魔女であるだけに、堕魂(ロスト)の恐怖を誰よりも理解してるのだ。

だが、傷ついた優麻の為にも、阿夜を見捨てる事は出来ない。 ようやく会えた母親を、娘の前で破滅させる訳にはいかないのだ。

きっと古城たちも、悠斗と同じ事を考えているだろう。

 

「雪霞狼は、魔力を無効化するのではなく、世界を本来の在るべき姿に戻しているのだと、仙都木阿夜は言っていました。 だから――」

 

「わかった。 こっちもそろそろ限界だ」

 

「はい。 一気に行きます!」

 

雪菜が、雪霞狼を構えて走り出す。

阿夜だった存在が、炎に包まれた指先で文字を描いた。 其れが創り出したのは、得体の知れない不定形な怪物たちだ。

それらが、雪菜の行く手を阻むように殺到する。

 

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)――!」

 

その不定形の怪物を蹴散らしたのは、雷光を纏った黄金の獅子だ。

凄まじい魔力を帯びた雷が、怪物たちを焼き尽くし、雪菜の進路を確保する。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る」

 

雪霞狼を掲げて雪菜が舞う。

また祝詞と共に、雪霞狼が白い輝きを包んだ。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威ををもちて、我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

雪霞狼が一閃し、阿夜を包んでいた黒い炎を断ち切るが、再生したように黒い炎が阿夜を再び包み込もうとする。

雪霞狼に、阿夜の契約悪魔が対抗しているのだ。 此れを払える人物は、この場には一人しかいない。

悠斗は、愕然としてる那月の頭に優しく手を置き、左手を突き出す。

 

「那月。 俺が何とかしてやる」

 

悠斗は言葉を紡ぐ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼と成る為、今此処に降臨せよ。――朱雀!」

 

召喚された朱雀は空を舞い、悠斗と融合した。

悠斗の背からは、四対八枚の紅蓮の翼が出現し、悠斗に朱が入り混じる。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

悠斗の左掌から放たれた浄化の焔が、阿夜を纏う黒い炎を完全に消滅させた。

気を失った阿夜が前のめりに倒れてくるが、虚空に放たれた鎖が阿夜に巻きつき、阿夜は地面に衝突する寸前で停止した。

また、銀色の霧が晴れていき、絃神島の全貌と、島を取り巻いていた青い海が見えてくる。

水平線から射し込む眩い光を浴びて、悠斗は目を細めた。

傷つき、疲労した彼らを照らしていたのは、朝の陽射しだ。

いつの間にか、夜が明けていたのだった。




悠斗君は、天剣一族の生き残りなのか!?
ええ、これは追々書けたらなと思います。全てを無に返す玄武、まじでチートだ。
てか、玄武の力があれば、絃神島が一瞬で消滅かも。

まだ悠斗君の封印は、3分の2しか解けてませんから。全封印が解けたらどうなるんだろ、世界の消滅的な(笑)
そして、まさかまさかの、雪霞狼が悪魔と拮抗した。うん、ご都合主義やね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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観測者たちの宴Ⅷ

以外に早く投稿が出来ましたです(^O^)
この章のエピローグになりますね。なので、いつもよりは短いです。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


波朧院フェスタも、間もなく二日目の夜を迎えようとしていた。 またこの日には、花火大会も予定されている。

古城と雪菜、悠斗が歩いてる場所は、港湾地区(アイランド・イースト)の外れだ。 周囲にはほとんど人影がない。

ガイドブックに載ってる花火大会の見物スポットからも離れているし、街灯も必要最低限しかないので、誰も近づこうとはしないだろう。

古城たちは、積み上げられたコンテナの隙間を抜け岸壁に出る。

この時期は、絃神島に訪れる貨物船の数は少ない。 なので、随分見晴らしが良かった。 周囲の海が一望出来る。

 

「待ち合わせの場所って……ここだったか?」

 

少々不安を覚えた古城は、携帯を取り出して場所を確認しようとした。

ちなみに、悠斗は浴衣姿である。

 

「ここでよかったはずだぞ。 スマホに送らてきた場所と一致するからな」

 

その直後、鮮やかな光が闇夜を照らした。

一瞬遅れて、ドンッ!という音が、古城たちの肌を震わせる。 そう、花火である。 色とりどりの花火が夜空に咲いている。

 

「あ……」

 

雪菜が空を見上げて、声を洩らす。

大きく見開かれた彼女の瞳が、子供のように無邪気に輝いてる。

 

「なかなかの穴場だろ?」

 

古城たちの足元には、いつの間にか一人の幼女が立っていた。 豪華なドレスを着た、人形めいた幼女だ。

 

「私のとっておきの場所だが、お前たちには、今回借りを作ったからな。 特別だ」

 

「那月ちゃん……」

 

「担任教師をちゃんづけで呼ぶな」

 

那月が、不愉快そうに古城を睨む。

 

「だが、サナと呼ぶのは、許してやらんこともないぞ」

 

「気に入ってたのかよ、その呼び名」

 

脱力し、その場に跪きながら呻く古城。

 

「那月。 また、監獄結界に戻るのか?」

 

花火が途切れるのを待ち、不安顔をした悠斗が聞く。 監獄結界は、管理者である那月が見てる夢だ。

それを封印する為に、那月は異界に閉じ込められ、眠り続けなければならない。 誰にも直接触れることなく、歳を取ることもなく、たった一人っきりで。 其れが魔女として、那月が支払った契約の対価なのだ。

 

「気にするな。 すぐにまた会える」

 

幻影としての那月には、またすぐに会えるだろう。 話もできるだろう。

しかし、本物の那月には会う事はできない。 いつか誰かが、監獄結界から彼女を解き放たない限り。 だが、悠斗なら、悠斗なら監獄結界を破壊する事が可能かもしれない。

 

「あの時と同じ顔をするな、悠斗。 あと、お前が今考えてることは止めるんだ。 このバカのためにな」

 

悠斗は、那月の言葉の意味を即座に理解した。

第四真祖(古城)に自由が利いているのは、那月が真祖に対抗できる力を持っているからだ。

逆に言えば、那月は自身の意思で生徒を護ってる。

だが、監獄結界を破壊すれば、那月だけではなく、大勢の人に迷惑をかける事は目に見えていた。

 

「……わかったよ、那月」

 

悠斗は、渋々頷いた。

 

「わかればいいさ。 あとそうだな。 今の呼び方は、学園でするなよ。――週明けから普通に授業を再開するからな、遅刻せずにちゃんと戻ってこいよ」

 

「了解だ。 那月ちゃん」

 

悠斗は、いつもの口調、表情に戻った。

 

「私を那月ちゃんと呼ぶな。……まったく、今日だけは特別に許してやる」

 

古城も、那月の事をちゃんづけし、那月の小さな掌で鼻先を殴られ、体を仰け反らせた。

そのまま倒れそうになった古城を、優麻が抱き留めていた。

 

「優麻……!? 怪我は大丈夫なのか!?」

 

「空隙の……いや、南宮先生に許可をもらって一瞬だけ時間をもらったんだ。 また暫くは会えそうにないからね」

 

優麻が少しだけ寂しげに微笑む。

まだ未成年で、しかも母親に利用されていただけとはいえ、彼女は犯罪組織LOCの幹部だったのだ。 例え負傷から回復しても、長い取り調べが待っているだろう。

 

「だけど、また会えるんだな」

 

奇妙な確信を覚えながら、古城は言った。

確かに優麻は取り調べを受け、罪に問われる事になるろう。 しかし、酷い扱いはされないはずだ。 何故なら、彼女には利用価値があるからだ。 第四真祖の幼馴染、または、紅蓮の熾天使と顔見知りという。 途轍もない利用価値が。

だがまあ、彼女がこのように扱われたと悠斗が知ったら、紅蓮の熾天使の全てを持って、其処を殲滅にかかるはずだが。

――優麻は、凪沙、古城の友達なのだから。

 

「そうだね。 また、遠くないうちに」

 

「そうか。 連絡できるか解らないが、何かあったら連絡しろよ。 力になるからな」

 

「うん、ありがとう。 悠斗」

 

「またな」

 

悠斗は右手を振りながら、この場を後にした。

まあ、古城の女難は続いたようだが。 また、二次災害を起こすかもしれないオマケを残して、優麻は那月の空間転移で逃げたのだった。

悠斗が耳を傾けると、古城と雪菜の会話が、若干だが聞こえてきた。

 

「傍にいろって……花火大会が終わるまでってことか?」

 

「この先もずっとです!」

 

悠斗はこの時、姫柊さん。 今の言葉はアウトだよ。と思っていた。

そう、古城たちは花火の轟音で聞こえていなかったと思うが、此方に歩み寄って来た人物が、これを呆然と見ていたからだ。

 

「……ゆ、雪菜……ずっと傍にいて……って、それってまさかプロポー……」

 

「そ、そう。……まさか、正攻法で来るとはね、……やるわね……」

 

紗矢華と浅葱にそう言われ、雪菜はあたふたと取り乱していた。

 

「あ、あの……待ってください。 今のは、その……」

 

しかし、事情が複雑なので、説明するのが難しいのだ。

悠斗はそんな光景を見ながら、一人の少女の前まで歩み寄る。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「全部終わったの?」

 

凪沙にそう言われ、悠斗は頷いた。

 

「ああ、全部終わった。……すまなかった。 心配をかけて」

 

「ううん、凪沙は大丈夫だよ。 悠君は、怪我とかない?」

 

凪沙は、笑みを浮かべながらこう言ってくれる。 凪沙は悠斗の帰りを、いつも笑顔で迎えてくれるのだ。

 

「ないぞ。 怪我は全部、凪沙の()で完治したからな」

 

凪沙は、安堵の息を吐いた。

 

「そっか、よかった。――悠君。 この後、一緒に花火を見ようね」

 

「そだな。 約束だからな」

 

凪沙は、悠斗の浴衣姿を見て、

 

「そ、そうだった。 浴衣に着替えなきゃ」

 

凪沙の今の服装は、波朧院フェスタの仮装衣装だ。

着替えなくても全く問題ないと思うぞ。と悠斗が指摘したら、花火を見るんだったら浴衣じゃなきゃダメ。と言われてしまったのだった。

 

「悠君はどんな浴衣がいい? 悠君のリクエストに合わせるよ」

 

「そうだな。 淡い水色で、所々にピンクの撫子あしらった浴衣……かなぁ」

 

何故か、凪沙は頬を赤くした。

え、何で。と悠斗は首を傾げるだけだ。

 

「……悠君。 ピンクの撫子の花言葉は、『純粋な愛』なんだよ」

 

此れには、悠斗が取り乱した。

撫子の花言葉を知ってる人が聞けば、悠斗はロマンチストに見えたはずだ。 悠斗は、其れが恥ずかしかった。

 

「お、おう。 そうなのか。 初めて知ったぞ。――まあでも、本当の事だからな」

 

最後の言葉は、凪沙にしか聞こえないボリュームで口にした。

此れに答えるように、凪沙も小声で、

 

「――――凪沙も同じ気持ちだよ」

 

悠斗は甘い固有結界の中に入りそうになったが、流石にここではマズイと思い、踏み止まる事に成功したのだった。

 

「んじゃ、花火を見に行こうぜ」

 

「うん、りょうかい!」

 

一度笑い合ってから、悠斗と凪沙はこの場を後にした。

凪沙は浴衣に着替えてから再び合流となったので、悠斗は、待ち合わせ場所へ向かったのだった。

此れが、騒がしい宴の夜に起きた、知られざる一幕だった。




この章が完結しました。
悠斗君と凪沙ちゃんの花火大会は、約束までしか書けませんでしたが。
ですが、次回は花火デートを書くのお許しを(´・ω・`)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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日常編
思い出の花火大会


ふぅ、早めに書き上げる事が出来ました。
予告通り、花火デートですね(≧▽≦)
甘く書けてるだろうか?もしかしたら、微甘かもしれん。まあ、作者はブラックが甘く感じたが。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗と凪沙が待ち合わせ場所にしたのは、屋台の軒から少し離れた場所だった。

 

「悠君、お待たせ」

 

悠斗が振り向くと、悠斗のリクエスト通りの浴衣、淡い水色にピンク色の撫子をあしらった浴衣だ。

其れは、凪沙と見合っていて、とても綺麗だった。

凪沙は悠斗の前で一回転し、首を傾げた。

 

「どうかな? 深森ちゃんから借りてきたんだけど、似合ってるかな?」

 

「そだな。 世界で一番可愛いぞ」

 

悠斗は、凪沙の頭に優しく手を置いた。

 

「う、うん。 ありがとう」

 

悠斗は凪沙に右手を差し出し、

 

「んじゃ、行きますか。 お姫様」

 

「も、もう、恥ずかしいよ……バカ」

 

凪沙も、差し出された手を優しく握り返してくれた。

また、触れ合う二人の手の掌には、お互いの温もりが伝わっていた。

悠斗と凪沙は、手を繋ぎながら歩き出した。

第二波の花火が打ち上がるまで時間があったので、屋台を回る事にした。 まず最初に立ち寄った屋台は、金魚掬い屋だ。

悠斗と凪沙は、水槽の前に座った。

水槽の中には、赤い金魚や出目金などが元気よく泳いでいる。

 

「親仁、金魚掬い二回分頼む」

 

「お、彼女さんと挑戦かい?」

 

以前の悠斗ならば、この問いにしどろもどろになっていただろう。

だが、今は違う。

 

「そうだけど。 てか、将来の嫁さんだ」

 

「ほう。 その歳でか?」

 

「まあな。 婚約者ってやつだ」

 

親仁は、凪沙に目を向けた。

 

「可愛い子じゃないか。 大切にしろよ」

 

「言われなくてもそうするさ」

 

親仁に二人分のお金を払い、お椀とポイを受け取った。

左手にお椀を、右手にポイを持ち、金魚掬いの開始だ。 ポイを水中に沈め、二人のポイは、金魚たちの下につけ狙いを定める。

悠斗は問題なく掬い、左手に持っているお椀の中に金魚を入れる。 悠斗は、難なく金魚を捕まえのだった。

凪沙は、真剣な表情で金魚と睨めっこをしていた。 かなり慎重になってるらしい。 此れを見た悠斗は、苦笑するだけだ。

――そして、ゆっくり慎重に、凪沙はポイを持ち上げた。

 

「や、やった」

 

ポイの上で跳ねていた金魚は、無事お椀の中に飛び込んで行った。

 

「金魚掬いって、意外と難いんだな」

 

悠斗がそう言うと、凪沙は頬をぷくっと膨らませた。

 

「悠君は初めてなのに、凪沙より上手なんだから」

 

「そうなのか? 良く解らんが」

 

凪沙はニッコリ笑い、

 

「そうだよ。 流石、わたしの旦那さまだよ」

 

そう言うと、凪沙は再び金魚と睨めっこをした。

凪沙は、どんな些細な事でも、真剣に取り組むのだ。 悠斗は、そんな彼女が大好きなのだ。

特に大好きな所を挙げるなら、人から遠ざかり孤独に生きていた悠斗を、陽射しが差し込む場所へ連れて来てくれた事である。 なので悠斗は、再び人と触れ合い生きて行こうと思った。 人を信じようと思った。 悠斗にとっての凪沙は、唯一無二の存在なのだ。 彼女の存在が、悠斗の全てと言っても過言ではない。

また、告白の言葉とこの想いは別なのだ。

悠斗は、心の中でこう想っていた。

 

「(いつもありがとう、凪沙。 お前は、俺にとってかけがえのない、大切な人だ。 この命が燃え尽きようと、世界を敵に回す事になろうとも、君だけは、俺が絶対に護る)」

 

悠斗は無意識に、凪沙の頭に手を乗せていた。

当の凪沙は顔を紅潮させていた。

悠斗は、え、何で?と思っていたが、すぐに原因に気づいた。 そう、二人が居るのは、まだ屋台の中なのである。

悠斗は問題ないが、凪沙にとっては、とても恥ずかしい事だったのだろう。

また、この場で取る行動は一つである。

 

「親仁、俺らは金魚一匹で大丈夫だ。 だろ、凪沙?」

 

「う、うん。 そうだね」

 

悠斗と凪沙は、親仁に金魚が入ったお椀を渡し、親仁が金魚を袋の中に移し手渡してくれた。

悠斗と凪沙は立ち上がり、悠斗が凪沙の手を握り、そそくさとこの場から離れたのだった。

 

「も、もう、悠君のバカ。凪沙、恥ずかしかったよ……」

 

悠斗は、悪い悪いと苦笑するだけだ。

凪沙は、正面から悠斗を見て、優しい笑みを浮かべる。

 

「でも、嬉しかったよ」

 

そう言ってくれた彼女は、可憐であり、一輪の花のように美しかった。

誰にも渡したくない、一人占めしたい。 そんな感じだ。

 

「そ、そか」

 

悠斗は恥ずかしさを隠したい為、露骨に話を逸らすのだった。

 

「何か食べるか?」

 

「うん、いいよ」

 

再び手を繋ぎ、悠斗と凪沙が向かった屋台は、花火大会、お祭りの定番である焼きそば屋だ。

 

「凪沙、一個は食べきれないよ。 悠君、一緒に食べよう」

 

「了解だ、二人で一つにしよう」

 

屋台に入り、悠斗が親仁に声をかける。

 

「親仁、焼きそば一つくれ」

 

「あいよ!」

 

焼きそばが入ったプラスチックの容器を貰い、お金を悠斗が渡す。

屋台を出た悠斗は、ある事に気づいてしまう。 そう、――割り箸が一つしかなかったのだ。

おそらく、屋台の親仁は、悠斗だけが食べる。と勘違いをしたのだろう。

さて、どうしようか?と頭を悩ませていたら、凪沙が言うのだった。

 

「悠君、一緒に使おうか」

 

「お、おう。 二人で使うか」

 

悠斗と凪沙は、近場のベンチに腰を下ろした。

パックを開け、割り箸を割り、焼きそばを口に運ぶ。 焼きそばをよく噛んでから呑みこみ、悠斗が口を開く。

 

「やっぱ、凪沙が作ってくれたメシの方が、何百倍も旨いわ」

 

凪沙も、悠斗から受け取った焼きそばを口に運び、よく噛み呑みこんでから口を開く。

 

「も、もう、悠君は上手なんだから」

 

「いや、本当のことを言っただけだぞ。 凪沙が作った料理は、世界一旨い。 俺が保証する」

 

凪沙は苦笑してから、

 

「ありがとう、悠君。 これからも毎日作るんで、美味しく食べてね」

 

「そりゃもちろん。 毎日、美味しく頂きます」

 

焼きそばを食べ終え、立ち上がった悠斗と凪沙は、ヨーヨー釣りや射的、輪投げなど、様々な出店を回った。

あっと言う間に、第二波の花火が上がる時間帯になったのだった。

 

「凪沙は、悠君と居るととても楽しいよ。 悠君はどうかな?」

 

悠斗の少し前を出た凪沙が、くるっと一回転してから聞いた。

もちろん、悠斗の答えは決まっているが。

 

「俺も楽しいぞ。 大好きな女の子と一緒に居られるんだから。 どんな些細な時間でも、俺にとっては、特別な時間に早変わりだぞ」

 

凪沙は悠斗の隣に立ち、悠斗の手を優しく握った。

 

「ありがとう、悠君。――そろそろ時間だし、花火見に行こうか」

 

「そだな。 んじゃ、行くか」

 

悠斗と凪沙は、花火が見渡せる丘に向かって歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

花火が見える位置に場所を取り、悠斗は足を崩して座り、凪沙は体育座りをして花火の開始を待っていた。

この時、悠斗がポツリと呟いた。

 

「凪沙。 これからも、ずっと一緒に居ような」

 

「もちろん。 凪沙は、悠君から離れないから大丈夫だよ。 悠君と凪沙は、永久(とわ)に一緒だから」

 

此方を振り向いた凪沙は、悠斗にそう言い微笑んでくれた。

 

「ありがとう、これからもよろしくな」

 

「こちらこそだよ。 悠君」

 

その時、

 

――――ドーーーーン!!

 

と音が響き、赤、青、緑、オレンジと、色とりどりの花火が、絃神島の夜空に綺麗な花を咲かせた。

 

「綺麗だね……」

 

「ああ……本当に、綺麗だぞ」

 

悠斗は、花火を見いってる凪沙をそう言った。

花火に照らされる凪沙は、とても神秘的だった。 悠斗が凪沙を見いっていたら、視線に気づいた凪沙が振り向いた。

 

「も、もう、花火がでしょ。 わたしのことはいいから」

 

「そう言われてもな。 綺麗なもんは綺麗だから。 流石、我が奥さんです」

 

「いやいや、悠君。 凪沙、まだ中学生だから。……婚約者だけど」

 

悠斗は苦笑した。

 

「悪い悪い。 俺もまだ高校生だからな。 てか、凪沙の家事スキルなら、何処に行っても通用するぞ。 まあ、凪沙は誰にも渡さないけど」

 

「そこは心配しなくて大丈夫だよ。 凪沙は、悠君に永久就職済みだから」

 

端的に言えば、凪沙は悠斗のものと言っているのだ。

悠斗は、凪沙をもの扱いなんて絶対にしないが。――――此れは絶対である。

そして、――最後の花火が打ち上がった。

最後の花火は、今までの打ち上げ花火より大きかった。 おそらく、最後の締め。ということなんだろう。

花火が終わった所で、悠斗は立ち上がり、座っている凪沙に右手を差し出した。

凪沙もその手を取り、悠斗が引っ張り上げた。 もちろん、凪沙を想いながらだ。

二人はこの場を後にし、アイランド・サウスこと、住宅が多く集まる絃神島南地区に歩き出した。

マンションに帰宅する途中で、悠斗は、凪沙と自身の経路(パス)が繋がった事を、思い切って話すことにした。

悠斗は、真剣な表情で凪沙を見、

 

「凪沙。 これから俺が言う事を、よく聞いてくれ」

 

「う、うん」

 

「凪沙と俺の間には、経路(パス)が出来たらしいんだ。 だから凪沙も、俺の眷獣たちを召喚出来る」

 

凪沙は珍しく、目を丸くした。

 

「ほ、本当? 朱君たちを、凪沙が召喚出来るの?」

 

「まあそうだ、寿命は俺持ちだから心配するな」

 

「ね、悠君。 最近、凪沙の中に何かがいるような気がするんだけど……。 うーん、気のせいなのかな?」

 

凪沙は自身の中に宿っている、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の存在に気づいたのかもしれない。

悠斗はそれを言っていいか悩んだが、いつかは解る事なんだし、それが早くなるだけ。と思ったので言う事にした。 また、彼女に嘘をつくなんて事は、絶対にしたくなかったのだ。

 

「ああ、凪沙の中には、眷獣が眠ってる。 コイツも、召喚が可能だと思うぞ」

 

「凪沙を、悠君の眷獣さんたちと、その子が護ってくれてるんだ」

 

「そだな。 話した事はあるが、悪い奴じゃなかったぞ。 凪沙なら、すぐに仲良くなれるさ」

 

凪沙はもごもごしながら、

 

「ゆ、悠君。 朱君を召喚してみたいんだけど、いいかな?」

 

「人が来ない所でならな。 でも、遊びで召喚したらダメだぞ。 眷獣は、力の塊だからな」

 

「うん、わかってるよ。そこは大丈夫」

 

悠斗と凪沙は道の外れに入り、人気がない場所へ移動した。

此処でなら、眷獣を召喚しても心配いらない。

 

「ここでなら、問題ないはずだ」

 

悠斗の隣に立った凪沙は、左手を掲げた。

 

「――おいで、朱君」

 

すると、異界から紅蓮の炎が集まり、凪沙の隣に朱雀が召喚された。

 

『我を呼んだのは、主ではなく、凪沙か?』

 

「うん、そうだよ。 わたしと悠君に経路(パス)ができたらしくて、悠君の眷獣さんたちが召喚可能になったんだ」

 

朱雀は、驚いたように一鳴した。

 

『ほう。 珍しい事もあるのだな。 もしかしたら、凪沙が強い巫女だから、可能になったのかもしれんな』

 

「そうかも」

 

「まあ、そういう事なんだ。 何も起きない事が一番良いんだが、何かあったら助けてあげてくれ。 宝玉じゃ限界もあるしな」

 

眷獣たちには、凪沙に危険が迫ったら、ほぼ自動的に顕現という事になっている。

まあ、寿命が悠斗持ちだから、出来る芸当でもあるんだが。

 

『承知した。 我が主よ』

 

「朱君、またね」

 

朱雀は再び一鳴し、異界に戻った。

 

「とまあ、こんな感じで、俺の眷獣たちが召喚できるな。 あとそうだな。 古城には黙っとくんだぞ」

 

「うん、りょうかいしたよ」

 

悠斗と凪沙は、再び帰路へ着く道へ戻った。

こうして、悠斗と凪沙の、思い出に残る花火大会の幕が閉じたのだった。




うむ。上手くかけていただろうか。
お互い想いを隠さなくなりやしたが。うん、作者は甘かったで。
まあ、昔の悠斗君は、那月ちゃんにしか心を開かなかったんでしょうな。

さて、凪沙ちゃんも、自身の中に眠る眷獣の存在に気づきましたね。
てか、凪沙ちゃんも、悠斗君の眷獣が召喚できるって事は、婚約者チートかも(笑)

次回は、新章ですかね。
まああれです。作者、燃え尽きそうですが……。ええ、最近色々ありまして(;´・ω・)
でも、頑張るぜ(ぐっ!と右手を握る)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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オリキャラ設定
設定


オリキャラ設定ですね。
皆さん気になっていたと思うので。何か抜けがあったごめんなさい<m(__)m>


神代悠斗(かみしろ ゆうと)

容姿は東のエデン、滝沢朗。

本作の主人公。 彩海学園一年B組。 四神の眷獣を宿す少年。 朱雀と融合する際、四対八枚の紅蓮の翼、また、髪や瞳に朱が入り混じる。 この事から紅蓮の熾天使という二つ名を持つ。

彼はある一族の生き残りであり、その一族であった記憶は持つが、自身の両親の記憶は、記憶から抜けたように思い出す事ができない。

自身の眷獣と、一族から託された眷獣が親代わりになり、小さな頃から世界を転々としていた。 またこの時には、全ての眷獣、天使化の制御が完璧になっていた。

その少し後に偶然那月と出会い戦闘になる。 だが、戦闘中に那月が悠斗の生い立ちに気づき、一緒に行動してみないか?と那月が提案し、其れを悠斗は受け入れ、僅かな間だが共に行動する事になった。 その間に、那月から魔力の繊細なコントロールなどを伝授して貰う。

闇誓書事件を完全に収拾させた後も旅に出たが、その時には二つ名がほぼ全世界に広まっており、凄腕の賞金稼ぎに狙われる事が日常茶飯事になっていた。 時には隠れ、時には戦闘を繰り返していた為、人を信じられなくなり心が荒れていった。

その為、強者に喧嘩を売り戦闘をしなければ、心の均衡が保てない時期もあり、その時の彼は、真祖三人を同時に相手をしても、互角に戦う事が出来る力量を持っていた。

数年後、凪沙と古城がある事件に巻き込まれた際も、その場に居合わせた経験を持つ。

また、那月と再会し、那月の配慮によって彩海学園に編入するが、人を信じる事が出来なかった為、一匹狼になり、イベント事や授業をサボる事も多々あったが、意識を取り戻した少女と出会い、再び心を開くようになる。 この時、普段の生活に戻る為、彼女守護する朱雀のみを残して、他の眷獣と膨大な魔力を封印した。

また、彼女に危険が迫り、朱雀だけで対処できなくなったら、無理やり封印を解いて、彼女を守ると決めていた。 彼女を守る為なら、世界を敵に回す、友人にも牙を剥く覚悟である。

 

追記。

また彼は、中等部の女子から人気を集めているが、本人にはその自覚がない。

彼には、婚約者(母公認)が居るが、古城と父牙城の許可をまだ貰えていない。

本人曰く、説得にはかなり骨が折れるだろうと思っている。

また、彼女の頼みなら、出来る範囲の事は叶えてしまう。

 

 

紅蓮の熾天使、眷獣。

 

朱雀。

四神の一体であり、紅蓮の翼を持つ守護の化身。

眷獣が持つことがあり得ない浄化能力を持ち、相手の弱体化、弱らせる事が可能。

異物などを完全に消滅させる事も可能。

飛行する際には、ほぼと言っていいほど表舞台で活躍している。

 

技。

飛焔(ひえん)。 害する物を浄化させる清らかな焔である。 眷獣や吸血鬼、獣人、機械が浴びれば、一時的だが動きが鈍くなる。

また、人間が浴びても気絶するだけなので、人間には害のない焔でもある。

 

炎月(えんげつ)。 紅い色を持った結界。 其れは、眷獣単体の攻撃を受けても破壊されない強度を持つ。

また、結界内を自由自在に操る事が可能である。

 

 

青龍。

四神の一体であり、天を統べる龍。 真祖の倍の力を備える矛。

空を自在に操る眷獣である為、天候を操れる能力を持つ。

悠斗は危険な眷獣だと思い、三重に封印を施したが、凪沙の霊媒によって封印が解けた。

 

技。

雷球(らいほう)

青龍の凶悪な口から放たれる雷球。

雷球の最大出力は、島半分を消滅させる事が可能である。 蛇遣いの眷獣を消し飛ばしたのも、この雷球である。 また、危険な代物なので、いつも真祖級の威力で攻撃をしている。

 

閃雷(せんらい)

青龍が咆哮を上げ、広範囲に雷を落とす技。

最大出力ならば、真祖、獅子王機関の三聖、模造天使(エンジェル・フォウ)、蛇遣い以外なら、消滅させる事が可能。

だが、最大出力は溜めが必要なので、一定の力で放った方が効果的である。

 

 

白虎。

四神の一体であり、地を統べる白い虎。 導きの眷獣。 また、凪沙の想いに呼応して、封印が解けた眷獣。

白虎は、様々な場面で臨機応変に対応出来、地に関する事であれば、優先度は白虎に挙がる。

四神の眷獣の中でも特殊能力。 次元切断を兼ね備えており、全ての空間を斬り裂く事が可能。

夏音と模造天使(エンジェル・フォウ)を切り離す際に、活躍した技である。

 

空砲(くうほう)

白虎が口から放つ空気の砲弾。

その砲弾も、真祖に匹敵する威力を兼ね備えている。 微調整も可能。

 

牙刀(がとう)

白虎の牙による噛み付き攻撃。

真祖の眷獣をも噛み千切る事が可能である。

武器召喚時は、刀。

 

 

玄武。

全てを無に帰す能力を兼ね備えた眷獣。 なので、召喚された玄武の周囲には、異能に関するものは全て排除される。 島一つの異能を軽々と無に変えてしまう、最凶の眷獣でもある。 また、凪沙の霊媒によって覚醒した眷獣。

 

無色(むしょく)

玄武に絡みついた蛇が一定の場所を無に帰す技。

例外はなく消滅させる能力なので、真祖も消滅させる事が可能。 その気になれば、眷獣も無に帰す事が可能だが、かなりの力を消費し、その後の戦闘に支障が出るので、彼は一度しか使用した事がない。

 

無月(むげつ)

玄武が咆哮し、悠斗が指定した範囲は無に帰す事が可能。 魔力、魔術も例外ではない。

悠斗も制御するのに、かなり苦労した技。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

玄武以外の技は、眷獣を召喚しなくても使用が可能であるが、出力は三分一まで落ちてしまう。

朱雀の焔の鎧と治癒速度の向上、玄武の魔力や気配の追跡、気配の感知、異能無効化能力は常時展開型である。

 

天使化。

朱雀と融合し、悠斗の背から、四対八枚の紅蓮の翼が出現する。

また、能力の上昇+神力が付与される。

対抗できるのは、同じ次元に立つ者だけである。




こんな感じですね。
いやー、これだけでもチートってわかりますな。


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錬金術師の帰還
錬金術師の帰還Ⅰ


さて、新章が始まりました!
この章も頑張って書きます!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


「悠君、朝だよ。ほら、起きて」

 

悠斗を起こしてくれた人物は、長い黒髪を結い上げショートカット風に纏め、快活そうな女の子、大きな瞳が印象的な――暁凪沙だ。

また、現在の時刻は六時三十分である。 凪沙が、こんなもの早く悠斗の部屋に居るのは理由がある。

凪沙は時々だが、悠斗の部屋に泊まりに来ているのだ。 古城にも、この事はしっかりと伝えてあるらしい。

ちなみに、凪沙が朝居ない時は、隣に住んでいる雪菜が古城を起こしに来てるらしい。

悠斗は、重そうに上体を起こし、朝の挨拶をする。

 

「おはよう、凪沙。 今日は早いな」

 

「うん。 悠君には、最初に見て欲しくて」

 

はて、何を見て欲しいのだろうか? てか、この時期にイベントでもあるのだろうか?と思いながら、悠斗は困惑するのだった。

 

「この時期に、イベントでもあったか?」

 

「あ、そう言えばそっか。 この時の悠君は、まだ狼さんだった頃だもんね」

 

悠斗は心を開かず、一匹狼だったのだ。

学園のイベント等に興味を持っていなかった為、知らなくて当然だった。

凪沙は、隣に置いてあったダッフルコートを羽織り、一回転した。 何故厚着?と悠斗は思ったが、この時期には、海学園中等部では宿泊研修が行われるのだ。

彩海学園中等部の宿泊研修とは、普段、外界から隔離させている魔族特区の学生たちに、一般社会の様子を見学させるという趣旨の旅行行事だ。 行き先は有名な観光地ではなく、官庁街や工場がメイン。

其れでも、クラスメイトたちと泊まりがけで旅行に出かける、というイベントは、中学生にとっては楽しみに決まっている。

 

「思い出した。 この時期のイベントは、中等部の宿泊研修か。 其れに、もう十一月だもんな。 本土は、もう冬か」

 

「そうそう。 で、どうかな?」

 

「そだな。 可愛いぞ、似合ってるぞ」

 

「ふふ、ありがとう。 お土産楽しみにしててね」

 

凪沙はそう言い、優しく微笑んでくれた。

だが、悠斗に一つだけ心配事が出来た。 凪沙が数日居なくなるという事は、朝起こしてくれる人が居なくなってしまうという事だ。

おそらく、自炊する事が面倒で、朝食と夕食、夜食も、コンビニの弁当になるのは間違えない。

 

「でもでも、悠君は凪沙が居なくなっても、朝起きられる? ご飯もちゃんと作って食べなきゃダメだからね。 コンビニのお弁当じゃ栄養が片寄っちゃうから。 それと、火の扱いも気をつけなきゃダメだよ。 あとあと、戸締りもしっかりしないとダメだからね」

 

悠斗は、考えてる事をズバリ言い当てられ、僅かに取り乱した。

 

「お、おう。 心配するな。 朝もちゃんと起きるし、飯も自炊するから大丈夫だ。 そ、それに、夜は古城と摂るから問題ないぞ。 うん、大丈夫だ」

 

凪沙は、僅かに目を細めた。

 

「本当?」

 

「ほ、本当だぞ……」

 

もう解っていた事だが、悠斗は、完全に凪沙の尻に敷かれていた。

紅蓮の熾天使も、この手の事では、ただの男の子である。

凪沙は笑みを浮かべ、

 

「そっか、なら大丈夫だね。 悠君、ご飯にしようか」

 

「そだな」

 

悠斗は、布団を剥いでからベットから降り立ち、洗面所へ向かうのだった。

この時悠斗は、凪沙との約束は絶対に守ると心に決めたのだった。

其れからいつも通り一緒に朝食を摂り、一緒にマンションを出、古城と雪菜と合流して、彩海学園に向かうのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

調理室には、バターの香ばしい匂いが漂っていた。

程良く熱せられたフライパンの上で、かき混ぜられた刻み玉ねぎが音を立てている。

午前中の授業は、数班に分かれて調理実習である。

メニューは、シーザーサラダとオムライス、ビーフシチューという洋食三点セットである。 フライパンを操りながら調味料を流し込む古城の慣れた手つきに、また、隣でふわふわ生地の卵焼きを作っていた悠斗を見て、賛嘆の声を洩らしたのは基樹であった。

 

「おお、やるなあ。 古城、悠斗」

 

「ホント。 上手いわねえ」

 

続けて、倫が芸達者なペットを褒めるような口調で言う。

エプロン姿の浅葱は、サラダ用のクルトンをつまみ喰いしながら、

 

「人間、やっぱり一つくらいは取り柄がないとね。 にしても、悠斗も料理が上手いなんて、予想外だわ」

 

「うるせーよ、お前ら! 他人事みたいに眺めてないで、少しは手伝えよ。 なんで、オレたちが作らされてんだ!?」

 

休みなく調理を続けながら、古城がうんざりしたように怒鳴った。

真剣に問い質す古城の姿を、他の三人は不思議そうに見返す。 何故わかりきった事を聞くのか?という態度である。

 

「馬鹿だな、古城……築島はどうか知らんが、オレや浅葱が手伝ったりしたら、お前らの手間が増えるだけだぞ。 確かに、浅葱の言う通り、悠斗が料理をできるのは意外だったが」

 

悠斗も調理を続けながら、口を開く。

 

「まあな。 俺の経験上で、自然に作れるようになったんだよ」

 

この島に来るまでは、悠斗は自炊をしていたのだ。

なので、簡単な料理なら、作れても不思議はない。

また、基樹は大財閥の御曹司、倫や浅葱もいい所のお嬢様である。 三人に料理経験がないのは解るが、何かしら手伝ってもいいと思うのだが。

 

「で、さっきの話の続きは?」

 

「ふっ、心して聞くがいい。 浅葱が小五の時焼いたクッキーは、クラスの男子十四人を病院送りにした大量殺戮兵器だ。 幸い、オレはそれを予想して避難してたから無事だったが……」

 

「あ、あんたね、その話を今頃になって蒸し返す!?」

 

唐突に過去を暴露された浅葱が、顔を真っ赤にして基樹に抗議した。 彼女の口振りから察するに、基樹が語った悲劇は本当の出来事らしい。

悠斗は、浅葱に視線を向けた。

 

「……浅葱、料理の勉強をしよう。 女の子が料理を出来ないと、将来ちょいと大変になるぞ」

 

浅葱は咳払いをしてから、

 

「だ、大丈夫よ!? わたしだって、今は人並みに料理くらいできるわよ」

 

「へー」

 

「な、なによ。 その疑いの眼差しは!?」

 

まったく信用してないという表情の基樹に、浅葱は手元にあったトウガラシとニンニクを漬け込んだオイルを顔面にかけた。 此れを浴びた基樹は、顔面を押さえて悶絶する。 そんな幼馴染二人のじゃれ合いを見ながら、

 

「まあまあ、料理が得意な男の子は恰好いいと思うよ。 ね、浅葱?」

 

「え!? ま、まあ、そういう説もあるかもね……。 一般論として。 あくまで一般論として!」

 

この時悠斗は、誰にも気づかれないように溜息を吐いたのだった。

また、古城に好意を寄せる女性は、何故、皆素直じゃないんだろう?とも思っていた。

 

「そういえば、暁君家の妹さんの料理美味しかったね」

 

倫がクスクス笑いながら言う。

実際、凪沙の料理の腕は、中学生にしては中々のものだ。

悠斗と古城も自炊が出来るが、凪沙には遠く及ばない。

 

「料理関係は、あいつに任せっきりだからな。 家の母親は、冷凍ピザしか作れねーし。 まあ、最近は、悠斗も一緒に食卓を囲んでるけど」

 

悠斗はこの時、バカ古城。 俺に取って其れは地雷だ。思っていた。

その証拠に、ニヤニヤしながら、倫が悠斗を見ていた。

 

「でも、暁君。 妹さんの料理から離れないといけない時期が来るわよ」

 

だよな、と倫に同意したのは、オイル塗れの顔をタオルで拭いている基樹だった。

 

「凪沙ちゃんだって、そのうち嫁に行っちゃうんだろうしな」

 

「嫁……?」

 

思いもよらない基樹の指摘に、古城が声を裏返させた。

懸命に平静を装うとするが、完全には動揺を隠し切れてない。

 

「凪沙に限ってそんなバカな、あ、あいつに嫁のもらいてなんて。 で、でも、こないだ好きな奴がい……熱っ!」

 

狼狽える古城は、シスコンの鏡になっていた。

悠斗はこの事柄を見て、説得には骨が折れるな……。と心の中で溜息を零していた。

 

「暁君。 凪沙ちゃんの旦那様は、以外に近くにいるかもよ」

 

「ど、どこだ。 どこのどいつだ! 三枚に卸してやるぞ!」

 

……いや、かなり折れるの間違えだったかも知れない。

浅葱が、古城を冷たく眺め、

 

「うわっ……なにマジになってんのよキモッ……」

 

「う、うっせーな! お前らが、余計なこと言い出すからだろ!」

 

「中等部の三年生って、もうすぐ宿泊研修じゃなかった? その間、食事はどうするの?」

 

浮き立つ古城とは裏腹に、倫がマイペースで聞き返す。

 

「ああ、凪沙が居ない期間は、悠斗と二人だな」

 

「てか、自炊は、凪沙との約束だしな」

 

その時、倫が愉快そうに目を細め、頬杖をついて浅葱を見上げた。

 

「せっかくだから、浅葱、作りに行ってあげたら? 男子二人じゃ寂しいでしょ」

 

「は、はい!?」

 

今度は浅葱が声を裏返らせる番だった。

悠斗は、なるほど。と頷いた。

 

「そだな。 それがいい。 俺は自分の分を作ったら、帰るからさ。 浅葱、料理が上手くなったんだろ? なら、古城の為に作ってあげてもいいんじゃないか?」

 

「ゆ、悠斗。 な、なに言ってのよ……」

 

古城の様子を窺うように、浅葱がちらりと古城に視線を向ける。

しかし、古城は無反応。 ビーフシチューに浮いたアクを取るのに、全神経を集中していた。

 

「って、行かないわよ! ご飯が作れるんだから、二人で食べなさいよ」

 

「へいへい」

 

むくれたような浅葱の言葉を、古城は適当に受け流す。

倫、基樹、悠斗は顔を見合わせ、ダメだこいつら、と溜息を吐いていた。

 

「なあ、古城。 凪沙ちゃんもそうだけど、中等部の転校生ちゃんも宿泊旅行に参加するのか?」

 

少しして、気を取り直した基樹がそう聞いてきた。

基樹にしては、意外に真剣な表情だ。

悠斗が思うには、基樹は、第四真祖の本当の監視役だ。 第四真祖につけた鈴が居なくなるという事は、第四真祖が完全な自由を取り戻す。という意味でもあるのだ。

 

「姫柊はそう言ってたけど……それがどうかしたのか?」

 

「あー……いやぁ、ちょっと羨ましいと思ってな。 あの子の私服姿や、寝顔や、入浴シーンが鑑賞できる千載一隅のチャンスだろ」

 

古城と悠斗のメール着信音を鳴らしたのは、其れから間もなくの事だった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「はあ……美味しい」

 

夕方の明るい陽射しの中で、凪沙がとろけるような感嘆の声を出す。

商業地区のショッピングモール内のカフェテラス。 屋内のテーブルに座って彼女が舐めているのは、三段重ねのアイスクリームだ。

同じテーブルを囲んでいるのは、古城に雪菜。 凪沙に悠斗。そして、中等部の聖女と言われている――叶瀬夏音だ。

 

「やっぱり、るる家のアイスは最高だね。 この芳醇な味わいとサッパリした後味が」

 

幼い子供のようにアイスにかぶりつきながら、凪沙が楽し気に解説する。

 

「ったく……大事なお願いっていうから何かと思えば、荷物持ちかよ。 お前は、目上の人間を何だと思ってるんだ……。 てか、凪沙の事なんだから、悠斗にだけに頼めばよかったんじゃないか?」

 

「そりゃもちろん、悠君には手伝ってもらう予定だったよ。 でもね、こんなに大きな荷物を、悠君だけに頼むわけにもいかなかったから」

 

そう言って凪沙は、古城と悠斗の足元を交互に指差した。

二人の足元に置かれているのは、宿泊研修に持っていくバックが三人分。 引っ越しかと間違われそうな大荷物である。

 

「そのお礼にアイスを奢ってあげてるでしょ。 可愛い妹の頼みなんだから、お買い物くらい付き合ってよ。 こんなに大きな荷物持ってたら、ゆっくりお店を回れないでしょ」

 

「……まったく、悠斗もなんか言ってやれよ」

 

古城は、凪沙の隣でアイスを食べてる悠斗に、そう声をかける。

悠斗は手を止めてから、

 

「いや、別に。 凪沙の荷物持ちなら問題ない。 姫柊と夏音が居たのは予想外だったけどな」

 

古城は肩を落とした。

 

「……悠斗。 お前は、凪沙に弱すぎだ」

 

「そうか? まあ、凪沙の頼みなら、ほぼ何でも聞いちゃうけどな」

 

平然とそう言う悠斗を見て、古城はやれやれと呟くのあった。

 

「どうしたんだ、叶瀬。 ぼーっとして」

 

会話に参加せず、ぼんやりと遠くを見ている夏音に気付いて、古城が聞いた。

透明感のある銀髪を揺らして、夏音は少し照れたように振り返る。

 

「すいません。 アイスが美味しかったので幸せでした」

 

アルディギア前国王の庶民として生まれ、何の知識もなく、王族が持つ霊力だけを受け継いだ。 両親の記憶を持たず、幼いことから孤児として修道院で育てられた。 だが、その修道院すら事故によって失われ、養父には模造天使(エンジェル・フォウ)と呼ばれる化け物に改造されそうになった。――夏音の過去は、耐えきれないほどの苦難の連続だったはずだ。

にもかかわらず、彼女は幸せそうに笑う。 聖女という呼び名が相応しいと思われるほど穏やかな表情で。

 

「よかったら、これも食うか?」

 

顔を赤らめながら目を逸らし、古城は残っていたアイスのカップを差し出した。

夏音は嬉しそうに目を輝かせ、

 

「じゃあ、一口だけ……実は、イチゴ味も気になっていた、でした」

 

「それはよかった」

 

子犬のように喜んでいる夏音を見て、古城は、ホッと胸を撫で下ろす。

 

「あ、お兄さん。 アイス、ついてます」

 

「え?」

 

そう言って、夏音は突然ナプキンで古城の唇を拭ってくれる。

驚きのあまり硬直して、夏音になすがままにされていた古城は、不意に突き刺さる視線を間近に感じて困惑した。

振り向くと、雪菜がもの凄い表情で睨んでいた。

 

「え……と、姫柊もイチゴアイス食いたかったのか?」

 

「違います」

 

悠斗と凪沙は、まったく、素直じゃないんだから。と思い、この光景眺めていたのだった。

凪沙は、残りのアイスを食べ終わると、ある店を指差した。

 

「そうだ、そこ入ろ!そこのお店!」

 

「「「え!?」」」

 

凪沙が差した店を見て、古城と雪菜、悠斗が声を洩らす。

ピンクを基調にした可愛らしい店構え。 ショーウィンドウに飾られているのは、ゴージャスなランジェリー姿のマネキンだ。 何処からどう見ても下着屋である。

古城と悠斗は、これは長くなるな、と思っていたのだった。

 

「ほらほら、タイムセールやってるみたいだし。 やっぱり、旅行の時は下着にも気を遣わないとねー。 あれなんか雪菜ちゃんに似合いそう。 夏音ちゃんも任せて。 ばっちりコーディネートしてあげるから。 あ、古城君は外で待っててよ。 悠君なら、凪沙のを選ぶのに入ってもいいけどね」

 

「頼まれても中には入らねーよ」

 

「いや、凪沙さんや。 中に入ったら、何かを失う気がするんでNGの方向でお願いします」

 

古城はぶっきら棒に答え、悠斗は敬称、敬語を使ってしまう始末であった。

 

「ちぇー、残念。 雪菜ちゃん、夏音ちゃん。 行こうか」

 

躊躇う雪菜と夏音の手を引いて、凪沙が下着屋に入って行く。

彼女たちの背中を見送って、古城と悠斗は溜息を吐いた。

古城は、しみじみと呟く。

 

「……悠斗、お前って意外に大変なのな」

 

古城が言ってる事は、凪沙にいつも振り回されて大変なんだな。と言っているのだろう。

しかし、悠斗は、

 

「いや、もう慣れたさ。 俺は、あの子の笑顔を見るだけで幸せな気持ちになるしな」

 

悠斗は立ち上がってから振り向き、三人を見ていた視線の先の人物を睨みつけた。

純白のマントコートに、赤白チェックのネクタイと帽子。 左手には銀色のステッキを握っている。 見た目の年齢は二十歳後半だが、其れよりもずっと老いているようにも、幼くも見える。

奇術師めいた印象の男性だ。

また、彼の目は、鮮血のようにおぞましい赤――。

 

「テメェ、何で彼女たちを凝視してた?」

 

男は愉快そうに目を細めた。

 

「今の銀髪の彼女、綺麗な子だね」

 

「テメェ、何者だ? 血の臭いがするぞ」

 

悠斗がそう言うと、其れに気づいた古城も警戒心を高めた。

 

「僕か、僕は、心理の探究者だよ」

 

「……そうか、そういうことか。 お前、錬金術師だな」

 

「ふぅん。 僕の言動だけで正体を見破るなんてね。 凄い洞察力だね、君」

 

その直後、男の右腕から、のたうつ何かが放たれた。 金属質の輝きを帯びた、粘性の強い黒銀色の液体だ。

其れは、悠斗の腕に巻きついて、そのまま悠斗の肉体を侵食しようとするが、徐々にその姿を消していく。

そう、悠斗の体は、朱雀の焔で守られている。 これを貫かない限り、悠斗に傷をつけることは不可能である。

 

「こんなちんけな物で、俺を傷つける事は不可能だぞ。 錬金術師」

 

「あれを防ぐのか。 君、人間じゃないね。 未登録魔族……吸血鬼か。 アルディギア王家が寄越した護衛ってわけでもなさそうだけど、まあいいや。 できれば目立たないように殺したかったんだけどな――」

 

男が再び右腕を上げた。

その指先から、再び黒銀の液体が迸る。 其れは、細く鋭い刃物として、凄まじい速度で古城たちを襲った。 古城と悠斗は、持ち前の反応速度で攻撃を避けたが、背部にあった街灯の支柱が綺麗に切断されていた。

此れは、水銀並みの比重を持つ液体金属に、高圧をかけて刃を形成し、自重と遠心力を利用して攻撃を生み出しているのだ。

 

「お前の目的はなんだ? 錬金術師」

 

「叶瀬に目を向けていたって事は、彼女を誘拐する気か!?」

 

古城たちがそう答えると、男はあからさまに笑った。

 

「目的が誘拐だって、どこかに連れて行くってことかい? あの子は、もうどこにも行けない。 ただの供物になって貰おうと思っただけだよ」

 

「……供物?」

 

この時悠斗は、一つの結論に至った。

夏音が暮らしていた修道院では、ある事件が起こり修道院が焼け落ちたのだ。 夏音は、その生き残りでもあった。

おそらく、この事が男の言う供物に関連しているのだろう。

 

「お前は、あの修道院の関係者か?」

 

「ほう。 君は、本当に頭が回る。 その通りだよ。 でも君たちは、事の真実を知る前に死ぬ!」

 

黒銀の一閃が、古城たちの身を隠していた壁を斬り裂いた。

ここで悠斗が、何かしらに眷獣を召喚すれば、この男を退かせる事は出来るが、このショッピングモールを戦場と化してしまう恐れがある。 なので、無闇に眷獣を召喚する事は出来ない。

なら――

 

「――牙刀(がとう)

 

悠斗は、一振りの刀を実体化させ、男に向き直った。

黒銀の刃が、古城の頭上に振り下ろされるが、其れを、悠斗の刀と銀色に輝く長槍が受け止めた。

黒銀を雪霞狼が一閃し、呆気なく斬り裂いた。

 

「姫柊――!」

 

「すまん、助かった。 俺の刀じゃ、物理攻撃を受け止める事しかできないからな」

 

二人の無事を確認し、雪菜が安堵の息を吐いた。

第四真祖の監視者である彼女が、古城たちが何かに巻き込まれてるのに気づいて、店を抜け出して救援に来てくれたのだ。

 

「ご無事ですか、先輩方?」

 

「ああ、サンキュ。 助かった」

 

古城が脱力して頼りなく息を吐く。

男は、乱入してきた雪菜を無言で睨みつけていた。

 

「先輩……あちらの方は?」

 

「ああ、あいつは錬金術師だ」

 

そう悠斗が答えると、雪菜が無言で頷いた。

 

七式降魔突撃槍(シュネーヴァルッアー)……そういえば、獅子王機関の剣巫が、第四真祖の監視役に派遣されてきたっていう噂があったけ。 でもそれだと、第四真祖の隣に立っている君は何者だい?」

 

気怠げな口調でそう言いながら、男はその場に屈み込んだ。

彼の足元には、切断された街灯の支柱が転がっている。 長さ、三、四メートルあまりの鉄柱だ。

男の右腕が触れた瞬間、その鉄柱が飴のように溶け、融解した鉄柱の表面が、濁った鮮血のような黒銀色に変わっていく。

 

「剣巫と第四真祖に、謎の吸血鬼が相手じゃ、流石に分が悪いな。 叶瀬夏音の始末は諦めるが正しい判断か」

 

そう言って男は、古城たちに背を向ける。

 

「待て、てめェ! 赤白チェック――!」

 

「行くな、古城。 夏音の安全が最優先だ――」

 

「暁先輩、この場は退いてください。 無闇に追走するのは危険です」

 

クソッ、と呟く古城の前に、金属の塊が倒れてくる。

金属塊の正体は樹木だった。 道路沿いに植わっていた巨大な街路樹を、男が鋼鉄へと変化させていたのだ。

無数の枝は鋭い棘となり、生い茂る葉は刃へと姿を変えていた。 ぶつかれば当然、無傷では済まない。 雪菜と悠斗の助言が、的を得ていたのだ。

 

「なんだったんだ……あいつ……!」

 

古城は、行く手を阻む樹木に幹を蹴飛ばした。

 

「――今の錬金術師、叶瀬さんを狙っていたのですか?」

 

構えた雪霞狼を下ろしながら、雪菜がそう聞いた。

 

「ああ、そうだ。 夏音が昔住んでいた修道院、其処が手掛かりになるのは間違いないな」

 

「修道院……」

 

「取り敢えず、それは後で調べるとして……ありがとう、姫柊。 さっきは助かった」

 

近くの壁にぐったりともつれて、古城が雪菜に向き直る。

悠斗は、ある事柄に気づいたが、スルーする方向にしたのだった。

 

「当然のことをしただけです。 わたしは、先輩の監視役ですから」

 

「ああ、だけど、サンキュ」

 

「いえ……」

 

古城が重ねて言うと、雪菜は黙り込んで照れたように顔を伏せた。

その時古城は、不意に全身から汗が噴き出した。 途轍もなくマズイ状況だ。

 

「そ、そういえば、姫柊、凪沙たちは……?」

 

「大丈夫です。 二人は試着室に入っているので、急いで戻れば気づかれないと思います」

 

「試着って……じゃあ、姫柊もそれで……」

 

「いえ、わたしは店員さんにサイズを測ってもらっていただけで、まだ……」

 

そう言いかけた所で、雪菜はハッと自身の胸元を見下ろした。

彼女の制服のシャツのボタンは、すべて外れたままだった。 全開になっていたシャツの合わせ目から、白い肌と、清楚な下着の一部が見えている。

 

「ひゃう……」

 

声にならない悲鳴を上げて、雪菜がその場に蹲った。

胸元をしっかり引き寄せて、恨みがましい目つきで、古城と悠斗を睨んだ。

 

「せ、先輩方……いつから気づいていたんですか!?」

 

「あー、俺はかなり前からだな。 でも、気にするな。 姫柊は分かってるはずだからな」

 

悠斗は興味なさげに呟くが、

 

「な、なんのことだろう……」

 

古城は機械のような棒読みだった。

 

「もしかして、さっきの“ありがとう”というのは……」

 

「ち、違う! 別にいいものを見せてもらったとか、そういう意味じゃねぇ――!」

 

「大丈夫です。 わかってますから。 先輩がそういういやらしい吸血鬼(ヒト)だってことは」

 

「わかってねぇ! 全然わかってねぇだろ――!」

 

古城は必死に身の潔白を訴えるが、雪菜は頬を膨らませたまま、目を合わせようとはしなかった。

狼狽える古城を背中に感じながら、小さく口の中でけで呟く。

 

「そんなことだから、目を離すのが不安なんですよ……もう……」

 

まあ、悠斗にはしっかり聞こえていたが、此れが、古城と悠斗の荷物持ちの一幕であった。

 




うーむ。悠斗君と凪沙ちゃん、最早、夫婦域ですな。いや、前からわかっていたことですが。
そして、古城君。シスコンが全開になりましたね(笑)
最近書いていて、何故か古城君の影が薄く感じてくるのは気のせいだろうか?げ、原作の主人公なのに……。
どこかで活躍させなければ(使命感)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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錬金術師の帰還Ⅱ

D×Dと同時進行で書き上げました……。
いや、まじ疲れた……。てか、他の作品も執筆しなければ。やばい、燃え尽きそうだぜ……。

で、では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗は午前中の授業をサボり、アデラード修道院を調べていた。

アデラート修道院は、夏音が昔暮らしていて、焼け落ちた修道院だ。 やはり、この修道院は錬金術師が関わっていた場所だった。

 

「……凪沙に午前中の授業サボったって知られたら、説教ものだよな……」

 

悠斗は、しっかり午前中の授業を受けようと思ったが、修道院の事が気になって、授業所ではなかったのだ。

どうやら、古城も修道院が気になっていたらしく、浅葱と共に修道院付近に到着していた。

だが、次の瞬間――突然横殴りされ、古城の体が吹き飛んだ。 見えない衝撃砲だ。

悠斗にもそれが襲いかかるが、持ち前の超直感で避ける事に成功。 そのまま、付近の建物に身を隠した。

悠斗が調べていた修道院付近に、ボディアーマーと銃器で武装した男たちの姿が映った。 周囲を警戒する彼らの物腰は、明らかに訓練された戦闘員のものだ。

 

「いつの間に、戦闘員たちが展開してたんだ?」

 

悠斗が目を離した隙に、戦闘員たちは素早く修道院を囲み監視に当たっていたのだ。

流石、特区警備隊(アイランド・ガード)の拠点防衛部隊である。

あの攻撃がなかったら、もしかしたら見つかっていた可能性があったかもしれない。

悠斗が古城の隠れた方向を見やると、そこには我らが担任教師、南宮那月の姿があった。

 

「……なるほど。 那月ちゃんが助けてくれたのか」

 

悠斗は物陰に隠れながら、古城の元へ向かう。

 

「よう、古城。 いい感じに吹き飛ばされたな」

 

「ゆ、悠斗。 き、来てたのか?」

 

「まあな。 昨日の一件が、どうしても気になってな。 にしても、危なかったぞ、那月ちゃん。 あんな至近距離で放つなんて」

 

那月は、ふん、と鼻を鳴らした。

 

「避けたお前に言われたくない。 お前の反応速度はどうなってるんだ」

 

「教えてなかったけ? 俺には、超直感があるんだよ。 あんな攻撃を躱すのは容易い」

 

「……お前は、どこまでチートなんだ。 神代」

 

「那月ちゃんに言われたくない」

 

バチバチと火花を散らす、悠斗と那月。 那月と悠斗は、昔の時のように戻っていた。

まあ、妙な勘ぐりをされてしまうから、昔の呼び方はしてないが。

 

「ふぅ、それより那月ちゃん。 何かあったのか? いきなり、特区警備隊(アイランド・ガード)が派遣されたが」

 

悠斗がそう聞くと、那月は再び鼻を鳴らした。

 

「下手に嗅ぎ回られても厄介だから教えてやろう。 他言するなよ。 特に中等部の連中にはな」

 

了解、と言った悠斗は、朱雀の炎で空中を燃やした。

すると、折り紙で作られたリスが浄化され完全に消え去った。 気配感知を出来る悠斗には、式神の類で見張る事は不可能である。

 

「叶瀬賢生を覚えているな。――一昨日、賢生が何者かに襲われて重傷だ」

 

叶瀬賢生が襲ったのは、あの時の錬金術師だ。

それならば、あの時の血の匂いの辻褄も合う。 賢生を襲撃してから、夏音を殺害しに来たのだ。

 

「賢生を襲ったのは、錬金術師か? 名前は、天塚汞」

 

「ほう、そこまでわかるとはな。 流石、莫大な情報量を持った奴だ」

 

悠斗の予想では、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)がこの事件に大きく関わり、また、天塚汞は、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の弟子と踏んでいる。

 

「那月ちゃん。 昨日、夏音は天塚汞の襲撃を受けた。 その場に俺と古城が居合わせ、退けたからいいが、隙があればまた襲ってくる可能性がある」

 

「そうか……わかった。 叶瀬夏音には護衛はつける。 本人たちには、賢生が襲われた事は知らせるな。 連中たちには、予定通り宿泊研修に行ってもらう。 その方が安全だ」

 

絃神島は、本土から三百キロ以上も離れた絶海の弧島。

しかも、空港や港では厳重なチェックが行われている。 夏音を島外へ逃がしてしまえば、天塚が彼女を追跡する事は不可能だ。

確かに、那月の案は最適と思われる。

 

「どのみち、叶瀬夏音を父親に会わせてやることはできん。 負傷したことを知らせて、余計な心配をかけることはあるまい。 それよりも、本人の安全を優先させてもらおう」

 

「そういうことなら、叶瀬たちには黙っておくけど……だけど、あいつらが宿泊研修から帰ってくる前に捕まえられなかったら同じ事だよな」

 

古城の問いに、那月が愉快そうに口角を上げた。

 

「だから、どうした?」

 

「なにか、オレに出来ることはないか? 何をすればいい?」

 

古城は、珍しく気合の入った表情で那月に言い返す。 この時悠斗と浅葱は、余計な事を――と頭を抱えるが、時既に遅しだ。

 

「そうか、協力してくれるのか。 お前たちには、ぜひ補修授業を受けてもらいたいと思っていた所だ。 サボったぶんを三倍、みっちりとな」

 

「そっちかよ――!」

 

古城は、情けない表情を浮かべがっくりと崩れ落ちた。

そんな古城を眺め、浅葱は古城の脇腹を小突き、悠斗は空を見上げ嘆息していた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

その日の放課後――補修を終えた古城と、古城の補修の終わりを待っていた悠斗は、校門前で待ち受けていた少女と合流した。

凪沙は、部活が長引く為一緒に帰る事が出来ないらしい。 悠斗はそれを聞いた時、肩を落としたそうだ。

 

「今日はずいぶん遅かったですね。 先輩方」

 

雪菜が、冷ややかな声で聞いてくる。

古城は軽く竦み、悠斗は平然と答える。

 

「あ、ああ。 結局、那月ちゃんに学校に連れ戻されて、補修を受けさせられたからな」

 

「このバカのせいで、俺も被害を被っちまったがな」

 

「藍羽先輩も、一緒だったんですか?」

 

拗ねたように眉を吊り上げて、雪菜がそう聞く。

 

「い、いや、あいつは自分のぶんの課題をさっさと終わられて、すぐに一人でどっか行った。 悠斗も早く終わったが、オレの事を待っててくれたんだ」

 

そうですか、と雪菜は静かに息を吐いた。

 

「ところで、なぜ急に学校を抜け出して修道院に行こうと思ったんですか。 これは、神代先輩にも言える事です」

 

「だから、猫のことが気になったんだって、叶瀬の奴が、また捨て猫拾ってこっそり育ててたら危険だと思ってな。 天塚、昨日の錬金術師みたいのと会うかもしれないし」

 

「もし、本当に彼と遭遇したらどうするつもりだったんです? 今回は、その場に神代先輩がいた為安全は確保できていましたが。 ですが、一番危険だったのは、藍羽先輩だったんですよ」

 

もしこの場に悠斗が居なく、天塚の攻撃に古城は対処できても、一般人の浅葱には回避不可能である。

それに気付き、古城は項垂れてしまった。

 

「悪い、姫柊。 オレが甘かった」

 

「まあまあ、そんなに怒るなって。 『終わり良ければ全て良しって』言葉があるだろう」

 

そう言う悠斗を、雪菜は目を細め冷たく見る。

 

「それは結果論です。 ともかく、先輩たちが無事でよかったです。 やはり私は、暁先輩の監視から一時的に離れる事になりました」

 

雪菜の話によると、那月が夏音の護衛につけた人物は雪菜の事らしい。

悠斗は、後頭部に手を回しながら、

 

「まあ、姫柊も楽しんでこいよ。 せっかくの休暇なんだからな。 凪沙のことは心配しなくていいぞ。 心強い仲間たちがついているからな」

 

悠斗が言う仲間たちとは、悠斗が宿す眷獣のことである。

それに凪沙は、悠斗の眷獣たちの召喚が可能なのだから、心配は無用だ。

雪菜は、悠斗の仲間たちと聞き再び目を細めたが、確証がないのでその言葉を呑み込んだ。

 

「わかりました。 先輩方、その前に一つお願いが。 暁先輩だけだと思ったのですが、――神代先輩の顔を見たいと仰られたので。 先輩方には、一緒に来て欲しい所があるんです」

 

「別にオレは構わないけど」

 

「ああ、俺もいいぞ。 俺を呼ぶ人物にも興味があるしな」

 

「では、次の駅で降りてください。 それほど、歩かなくて済むと思います」

 

古城と悠斗は、雪菜に案内されるままモノレールに乗り込み、馴染のない駅で降りた。

駅前の案内図で道順を確かめて、雪菜は雑然とした路地へと入っていく。 人通りは少ないが、緊張感が満ちた坂道だ。

古城たちが入り込んだ路地の周囲には、何軒ものホテルが立ち並んでいる。

 

「……おい、姫柊。 こういうのは、古城としろ。 古城なら上手くやると思うしな」

 

悠斗の言葉に、雪菜はそれに気づき取り乱した。

まあ、この周囲には、人払いの結界が張られていた事に悠斗は気づいていたが。

 

「ち、違います! 目的地はここではありません! 先輩方、少し目を閉じていてください」

 

悠斗と古城は、雪菜に手を引かれ何処かに誘導された。

その間、静電気に似た不快な衝動が襲ってきた。

 

「もう、目を開けて大丈夫です。 着きました」

 

到着したのは、煉瓦造りの小さなビルだった。

窓には年代物のステンドグラスが嵌め込まれ、扉の上には色褪せた古い看板が出ている。

ここが、雪菜の目的地だったらしい。

 

「人払いの結界が張ってあったんです。 真祖クラスの強力な魔族が無理に押し破ると、結界が破壊されてしまう可能性があったので、誘導させてもらいました」

 

混乱してる古城に、雪菜がそう説明する。

古城は、脱力しその場に屈み込んだ。 おそらく、勝手な妄想を膨らませていたので、羞恥にかられているのだろう。

 

「で、この建物はなんだ? まあ、普通の所ではないと察しはつくが」

 

悠斗がそう聞くと、雪菜は背中から雪霞狼を抜き、少しだけ懐かしそうに微笑んだ。

 

「――ここが獅子王機関です」

 

「獅子王機関の出張所……?」

 

古城が、店前に立ち尽くしながら雪菜に聞き返す。

古城から見れば、如何見ても流行らない骨董品屋である。

 

「はい。 職員同士が連絡や補給を担当する事務所です」

 

「……事務所か。 国の機関なんだから、それくらいあってもおかしくはないか。 でも、何で骨董品屋の看板が出てるんだ?」

 

悠斗は、そんな古城を見て嘆息する。

 

「万が一の為の偽装に決まってるだろう。 獅子王機関って言っても、政府組織って言われてるからな」

 

「身分を隠す為の、表向きの職場ってことか」

 

「はい。 あとは事務所の維持費を稼ぐために、差し押さえたアイテムなどの売り買いを――」

 

「普通に営業してるのかよ!? てゆうか、お前らが差し押さえたアイテムって、もしかして呪われたり、怨念が籠ってたりしないよな?」

 

「……大丈夫ですよ。 きちんと徐霊をしてますから」

 

「おい!?」

 

「冗談です」

 

クスクスと笑う雪菜に、唇を曲げる古城。 まるで夫婦だな。と思いながら溜息を吐く悠斗。

雪菜は扉に手をかけ、木製の扉が音を立て開いていく。 ドアベルの響きと同時に、店員らしき女性が現れた。

 

「いらっしゃいませ。 本日はどのようなご用件で?」

 

ほっそりとした長身の綺麗な娘。 ポニーテールの長い髪が特徴的であり、舞威姫の肩書きを持つ、煌坂紗矢華によく似ていた。

 

「古城、これは煌坂本人じゃないぞ」

 

「師家様の式神です。 紗矢華さんを模して造られたんだと思います」

 

悠斗と雪菜の言葉に、古城は困惑した。

 

「式神って、嘘だろ。 どう見ても、煌坂本人だぞ?」

 

「まったく、これ位見抜けなくて、真祖をやっていけるのか? 古城」

 

「う、うるせー! 三ヶ月前までは、オレは普通の人間だったんだぞ! 見抜くなんて無理に決まってる!――雰囲気がいつもと違うと思うけど」

 

「暁先輩は、紗矢華さんの雰囲気で解るんですね」

 

雪菜が不思議そうに聞いてくるが、そこには責めるような響きも入り混じっていた。

古城は目を逸らしながら、

 

「いやまあ、オレの知ってる煌坂は、なんていうか、もっとアホぽいっていうか。 それに、本物の煌坂なら、こんな恰好してるのをオレに見られたら、怒り狂って暴れ出してるはずだろ。 眼球抉り出すとか言い出しかねない勢いで」

 

「……そうかもしれません」

 

何か思い当たる節があったのか、雪菜が同情するように溜息を吐いた。

 

「てゆうか、なんでこんな制服なんだ?」

 

「そりゃ、師家様っていう人の趣味なんじゃねぇか。 てか、古城。 偽煌坂の胸を見すぎだ」

 

「な!? 違うだろ、何でこんな制服来てるか不思議に思っただけだ!?」

 

古城は必死に反論するが、悠斗の言葉が的を得ていたので、説得力が皆無である。

雪菜は、そんな古城を容赦なく眺めて、

 

「無意識にチラ見してるほうが気持ち悪いです。 犯罪です」

 

「そこまでいやらしい目では見てねーよ! だいたいこれって、煌坂本人どころか、人間ですらないんだし」

 

「だが、見たんだろ? まさか、古城は胸が大きい奴が好みなんて」

 

「そうなんですか? 先輩は、胸が大きい人が好みなんですか?」

 

悠斗と雪菜の言葉に、ぐふっと古城が咳き込む。

 

「だ、誰もそんなことは言ってないだろ!」

 

「「でも、見たん(だろ)(ですよね)?」」

 

「……はい、そうです。 ごめんなさい」

 

どうやら、古城の完敗になったらしい。

店内に新たな声が聞こえてきたのは、その直後だった。

 

「まったく、騒々しいね」

 

そう言葉を発したのは、階段通りに場に立っている黒猫だ。

 

「ご無沙汰しております。 師家様。 姫柊雪菜、参上つかまつりました」

 

黒猫に向かって、雪菜が恭しく挨拶を述べた。

 

「しばらくぶりだね、雪菜。 お前にしては珍しいじゃないか、大声を出して」

 

「申し訳ありません。 未熟でした」

 

「そうじゃない、褒めているのさ」

 

クク、と喉を鳴らしながら、黒猫は人間臭い仕草で前足を上げた。

挨拶は無用、という意味らしい。

 

「槍はどうした?」

 

「はい。 こちらに」

 

雪菜が差し出した雪霞狼を式神の紗矢華が受け取り、黒猫の前まで運んでいく。

 

「師家様っ……て、猫だろ」

 

「使い魔です。 ご本人は、おそらく高神の杜に」

 

ガチガチに緊張してる雪菜が、古城の耳元で囁く。

 

「高神も杜って、関西か!? まじかよ……どんだけ離れてると思ってるんだ!?」

 

古城は呆然と呟いた。 絃神島から本州まで、最短距離でも三百キロ余り。 高神の杜までは、そこからさらに数百キロ離れているのだ。

優れた魔術師にとって、物理距離はさほど問題にはならないが、それにしても、生半可な実力で可能な芸当ではない。

 

「あの猫と煌坂もどきを操ってる術者が、姫柊の師匠ってことか?」

 

「はい。 縁堂縁(えんどう ゆかり)さまです」

 

「偉い人なのか?」

 

この質問には、悠斗が答える。

 

「まあそうだな。 獅子王機関の三聖でもあるからな。 組織のトップってことになる」

 

雪菜は、強張った表情で頷く。

 

「いちおう、雪霞狼には受け入れてもらえたようだね。 技は荒いが、刃筋(スジ)は悪くない。 ただ、霊視に頼りすぎてるのが気になるね。 教えただろ、剣巫は剣にして剣にあらず、巫にして巫にあらず――未来を視て流されるだけでは、半人前さ」

 

「はい、師家様」

 

猫の説教を、雪菜は神妙な顔つきで聞いている。

本人たちは真面目なのだろうが、古城と悠斗から見るとシュールな光景でもある。

 

「いいだろう。 たしかに槍は受け取った。 現時刻をもって、お前を第四真祖の監視役の任から解く。 たまには普通の小娘に戻って、英気を養ってくるんだね」

 

雪霞狼の検分を終えた黒猫が、雪菜を見下ろし素っ気なく答える。

しかし雪菜は、無言で黒猫を眺めていた。 やがて、意を決したように口を開く。

 

「お言葉ですが、師家様。 ほんの数日とはいえ、先輩……いえ、第四真祖の動向から目を離すのはやはり心配です。 監視のお役目、わたしに引き続きお任せいただけないでしょうか?」

 

「ふふん」

 

黒猫が愉快そうに笑った。

真面目な雪菜が、師匠の言いつけに意見をするなど、かつてなかった事なのだろう。

 

「そこの坊やが第四真祖かい?」

 

黒猫は、目を細めて古城を見た。

 

「一応、そういうことになってるみたいだ」

 

「呼びつけて済まなかったね。 お前さんとは、一度会って話をしてみたかったのさ。 一応、礼を言っておこうと思ってね」

 

「礼?」

 

「アヴローラを救ってくれた礼さ」

 

その瞬間、古城は全身の血液が逆流する錯覚を味わった。

また、おぼろげな記憶が、古城に凄まじい頭痛を引き起こす。

 

「あんた……あいつを知ってるのか!?」

 

激しく呼吸を乱しながら、古城は黒猫の方へ詰め寄る。

目眩に襲われた古城を、慌てて雪菜が抱き支える。

 

「語って聞かせるほどには知っちゃいないよ。 ちょっとした因縁があるだけさ。 それでも、あの眠り姫は不憫な子だったからね。 救ってくれたことに感謝してるのさ。 詳細が知りたければ、そこの坊やに聞くがいい。――奴なら、あの事件の全てを知ってるはずだからね」

 

黒猫の視線が、今まで黙っていた悠斗に注がれた。

 

「ああ、知ってるさ。 だが、教える事はできない。 あれは、古城が自力で思い出さなければならない事柄だ。 俺は一切の口出しはしない。――それより、久しぶりだな。 縁堂縁」

 

「来てくれて感謝するよ。 あの時以来かい、紅蓮の熾天使。 獅子王機関の三聖を相手にして、五体満足で退かせたのは予想外だったよ」

 

雪菜はこれを聞き、目を見開いていた。

獅子王機関の三聖は機関のトップであり、雪菜たちにとっては雲の上の存在である。

そんな彼らを、悠斗は退かせたのだから。

 

「今は四神の長が封印されてるから、退けるか解らないがな」

 

「ふん。 お前の天使化と四神たちは規格外だ。 今でも、私と互角に渡り合えるだろうに。――それにお前、新たな力を取り込んだな」

 

黒猫は、目を細めて悠斗を見る。

縁堂縁ほどの人物になれば、悠斗の気を読む事も容易いのだ。

 

「取り込んだ。っていう言い方はあまり良くないぞ。 まあでも、新たな力はあるぞ」

 

「お前は、どこまでも規格外だな。 その力で世界に混沌を齎さないようにするんだな」

 

「縁堂縁。 貴様に言われる筋合いはない」

 

睨み合う黒猫と悠斗。 その迫力は凄まじい緊張感を放っていた。

この緊張感を破ったのは、古城の携帯電話だった。 発光する画面には、藍羽浅葱の文字。

古城は、この場から逃げ出す勢いで電話に出たのであった――。




獅子王機関の三聖の一人と、悠斗君が邂逅しましたね。
てか、悠斗君。賢者の霊血が関わってるって見抜くなんて、凄すぎですね。
さてさて、次回も死なないように頑張ります( ̄▽ ̄)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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錬金術師の帰還Ⅲ

こ、更新が遅くなりました……(震え声)
昨日と今日で、ほぼ一気に投稿しております。
てか、錬金術師の帰還の章は、難しいですね( ̄▽ ̄;)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


錬金術師――天塚汞は、半壊した修道院に立っていた。

銃弾戦後の硝煙の臭いが、薄らと漂っている。 彼の周りには無数の空薬莢が散らばっていた。 だが、特区警備隊(アイランド・ガード)の姿はなく、彼らの姿を象った金属製の彫像が打ち捨てられているのだ。

 

物質変化。

錬金術師の秘技を知る彼は、触れたものを金属へと変える能力を兼ね備えている。

其れは、特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員を例外ではないのだ。

そう、天塚は一人で、特区警備隊(アイランド・ガード)拠点防衛部隊(ガーディアン)を全滅させたのだ。

邪魔者を排除した天塚は、杖を弄びながら、修道院の壁に埋め込まれた彫刻を眺めている。 それは――金属製の浮き彫り(レリーフ)だ。

刻みつけられた模様は、ふとした瞬間に一人の女性が浮き上がって見える事がある。

天塚は時より懐かしげに、浮き彫り(レリーフ)を眺めている。 この沈黙を破ったのは、男たちの足音だった。

男たちが三人ばかり、修道院内に踏み込んできたのだ。

 

「どうも、専務。 意外にお早いお着きですね」

 

振り返った天塚は、彼らに笑いかけた。

 

「約束の時間はとっくに過ぎているぞ、天塚……いつまで儂を待たせる気だ」

 

呼びかけに応じたのは、専務と呼ばれた中年男性だった。

 

「あはは、ごめん。 でも、特区警備隊(アイランド・ガード)の下っ端はともかく、ここには叶瀬賢生が張った結界が残ってるんですよ。 解呪は念入りにやっとかないとまずいでしょ」

 

悪びれない口調で天塚が言う。

専務と言われた男性は、苛々しげに鼻を鳴らすだけだ。

 

「まあいい。 とにかく、これが本物の、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)なんだな」

 

「師匠が残した遺産を、僕が間違えるとでも」

 

心外だ、と言いたげな表情で天塚が首を振る。

それを無視して、専務は、浮き彫り(レリーフ)に歩み寄った。

 

「しかし……ただの彫刻にしか見えんな……」

 

「今はまだ眠っているからね。 この状態では金属の塊だ。 叶瀬賢生もいい判断をするよ。 確かに、下手に隠すよりは、この方がよっぽど目立たない。 でも――」

 

真面目な口調に戻り、天塚が言う。 コートの下から取り出したのは、透き通った深紅の球体だった。 叶瀬賢生を襲撃して、彼から奪った物である。

天塚は、それを浮き彫り(レリーフ)に近づけ軽く表面に触れる。

 

「ほら、目覚めた」

 

その瞬間、浮き彫り(レリーフ)に変化が起きた。

表面を波打つように揺れ動き、触手のようにうねりながら、宝玉を自らの内部に取り込もうとする。

その姿は、仮死状態から蘇ったアメーバを連想させた。 深紅に輝く金属製のアメーバだ。

 

「なるほど……。 それが、錬核(ハードコア)か」

 

「そう。 高度な自己増幅機能を有する、融合型の液体金属生命体。――賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を知る為の魔術溶媒だよ」

 

完全に取り込まれる前に、天塚が浮き彫り(レリーフ)から宝玉を離し、深紅のアメーバは元の姿へ戻っていく。

これが、ただの浮き彫り(レリーフ)ではないという事は誰の目にも明らかだった。

浮彫の姿をしているのは、叶瀬賢生によって施された偽装だ。 この彫刻の正体は、自らの意思を持つ液体生命体なのだ。

 

もちろん、自然界に生息する生物ではない。 不定形にして永遠不滅。 世界の理に反した物だ。

このような生命体を生み出せるのは、物体の組織を操る錬金術師の奥義のみ。

もし、この不滅な金属生命体に自らの魂を移植できるとしたら、完全な不老不死の人間が生まれる事になる。 その奇跡を可能にするのが、深紅の宝玉――錬核(ハードコア)と呼ばれるものなのだ。

 

「錬金の中に意識を転移することで、霊血に融合されても、融合者は意識を保つことができる。 自らの肉体を不滅の金属生命体に換えて、永遠に近い命を得る事ができるってわけ。 うちの師匠が到達した、錬金術の極致だよ」

 

「不老不死……オマケに、吸血鬼の真祖に匹敵する魔力を備えた完全な生命か……。 この力があれば、儂を取締役会から追い出して、こんな僻地に飛ばした本社の連中に一泡吹かしてやれるわけだな。 それどころか、オーナーの一族を根絶やしやることも……。 いや、待て。 紅蓮の熾天使はどうなんだ? あいつにも、匹敵しているのだろう?」

 

「一時期世界を震撼された彼か……。う――ん、どうだろうね。 紅蓮の熾天使は、真祖より強いからね。 まあ、あなた次第ってことかな」

 

「……そうか」

 

天塚は専務の前に立った。

宝玉を受け取った専務は、疑心を持った目つきで天塚を見た。 天塚が、錬核(ハードコア)をあっさり手放した事を奇妙に思っているのだろう。

賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は、錬金術師が追い求める理想形の一つだ。 現在までに成功した錬金術師は、ニーナ・アデラードのみ。

そんな究極と言える宝玉を、理由もなく他人に渡すなど、天塚は気前の良い人物ではない。

 

「この錬核(ハードコア)……貴様の師匠の忘れ形見だろうに、儂がもらい受けて本当に構わないのか?」

 

「もちろん、約束は守らないとね」

 

天塚は得意げに微笑んだ。 コートの襟元をはだけて、隠していた自分の胸元を晒す。 其処に現れたのは、おぞましい奇怪な肉体だった。

右半身は、人間の姿をしていない。 光沢を帯びた金属が、彼の体を侵食しているのだ。 浮き彫り(レリーフ)と同じ金属生命体――賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)に。 天塚は、肉体の半分を喰われているのだ。

天塚の胸の中央には、心臓代わりの石が埋め込まれているが、その色は濁った黒である。 天塚が辛うじて人間の姿を保っていられるのは、その黒い石のお陰らしい。

 

「僕はこう見えても、あんたには感謝してるんだ。 五年前の事故で死にかけていた僕を救ってくれたのがあんただからね、専務。 おかげで、この偽錬核(ダミーコア)が造れた」

 

「ふん。 いい心がけだな、天塚」

 

専務は、天塚から受け取った宝玉を撫でて言った。

彼は、国内でそれなりの名の知れた機械メーカーの社員だ。 ただし、肩書きは専務ではなく、社内で起こした不祥事によって取締役の地位を剥奪され、人員整理の為閑職に回されてしまった者だ。

天塚と出会い、自らの復讐の為に賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を利用する事に決めたのだった。

 

「安心しろ、その忠義には報いてやるぞ。 儂が本社の全権を掌握した暁にはな!」

 

「期待してるよ、専務。 お互い良い判断をしたね」

 

天塚はそう言って浮き彫り(レリーフ)から離れた。 杖を振って、護衛も下がらせる。

浮き彫り(レリーフ)の前に立っているのは、専務一人だ。

 

「ふむ。……わかってきたぞ。 この窪みか」

 

浮き彫り(レリーフ)の中央にある亀裂の中に、専務は、錬核(ハードコア)を押しつけた。

変化は劇的に現れた、銅板のような色をしていた浮き彫り(レリーフ)が、一瞬で紅い液体に変わって零れ落ちる。

飛び散った金属液体は、表面張力によって巨大な紅い水滴と化すと、錬核の持ち主の元へ殺到する。 足元からじわじわ這い上がり、肉体を覆い尽くそうとする。

 

「おうおう……見事に蠢いているわ。 見ろ、この血のような艶やかな赤を。 まるで、極上のワインのようではないか。 なあ、天塚?」

 

だが、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)による浸食は、予想外の形で中断される。

液体金属の一部が盛り上がって、水滴の中に人影を浮かび上がらせようとしたからだ。

深紅の液体金属が形作ったのは、若い女性のシルエットだった。 見た目の年齢は十八程度。 異国風の顔立ちの女性である。

 

「これはこれは」

 

天塚が楽しげに唇の端を吊り上げた。 彼女が現れるのを待ちわびていた、という表情だ。

 

「これが、大錬金術師ニーナ・アデラードか!」

 

笑みを浮かべながら専務が叫ぶ。 突然の事にも、動揺してる気配は感じられない。

 

錬核(ハードコア)に保存されていた彼女の意識が目覚めたんだよ。 このままいけば、ニーナ・アデラードは肉体を取り戻して完全復活する。 つまり、彼女を消滅させない限り、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は手に入らないってわけ」

 

そう、天塚が解説する。

液体金属から生まれた彼女は、人間の姿を完全に取りしつつあった。 艶やかな黒髪が背中から流れ落ち、深紅の水滴を散らして、きめ細やかな褐色肌が現れていく。――が、一度は賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を支配しかけていた彼の体が、実体を失って融け崩れていく。 正統な所有者、ニーナ・アデラードが目覚めた事で、彼を異物として排除し始めたのだ。

 

「喰われる……儂の体が……天塚! 何とかせい、天塚!」

 

「心配いらないよ、専務。 すぐに終わる」

 

天塚の背広が弾け飛び、液体金属に侵食された彼の体が露わになる。 全身のあちこちには、黒い宝石が嵌め込まれていた。 天塚が創り出した偽錬核(ダミーコア)だ。

賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を制御する為に必要だと説得し、それらを専務の体内に埋め込んだのは天塚だ。 しかし、彼の本当の目的は、――賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の制御ではない。

 

「この瞬間を待っていたんだよ、師匠……。 あなたが賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を目覚めさせる瞬間を。 あなたの錬核(ハードコア)がなければ、霊血は鉄屑のままだ。 だけど、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)と一体化したあなたは不滅。 だから、あなたの霊血を奪うには、覚醒が不完全な状態で、内側から破壊するしかない。――こんなふうにね」

 

天塚が高らかに哄笑した。 専務の体、偽錬核(ダミーコア)が刻まれていた術式を解放。 湖水に毒を流し込むように、深紅の液体金属をドス黒く濁らせていく。

 

「おおおおお! 天塚! 貴様!?」

 

偽錬核(ダミーコア)の暴走の影響を受けて、専務の体が千切れ飛んだ。 護衛たちが助けようとするが、そんな彼らも液体金属に喰われていく。

 

「なぜだ……天塚……なぜ、裏切った。……そこまでして、霊血を独占したかったのか!?」

 

最早、上半身だけになった専務が、弱々しく天塚に問いかけた。

そんな彼を見下ろして、天塚が嘲笑う。

 

「そうじゃないよ、専務。 その逆さ」

 

やがて、偽錬核(ダミーコア)の汚染は、覚醒前だったニーナ・アデラードの肉体をも呑み込んだ。

美しかった彼女の体は、黒くひび割れ、粉々に砕け散っていく。

 

「あんたには、本当に感謝してるんだよ、専務。 だがら、あんたの望みを叶えてやる。 あんたの肉体は、霊血の一部となって永遠に生き続ければいい」

 

天塚は無邪気に笑いながら、かつて、専務だったものに背を向ける。

漆黒の賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)は禍々しく慟哭し、手負いの猛獣のように蠢き始めていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

古城が携帯を仕舞うと顔を青くしていた。

何故だ?と思いながら、悠斗は声をかける。

 

「どうしたんだ?古城。 そんなに顔を青くして」

 

「……やばい。 浅葱が修道院に向かった。 今、浅葱は修道院付近にいる……」

 

これを聞いた悠斗が顔を強張らせた。

もし、天塚汞が修道院に戻り、作業している所を見られたら、天塚はその目撃者を消すはずだ。

と言う事は、浅葱に危険が迫っていると言う事に結びつくのだ。

 

「……古城。 俺は朱雀を召喚させて向かう」

 

古城と雪菜は唖然とした。

悠斗は、二人の言いたい事が解った。

 

「わかってる。 俺の正体がバレたら、学園にはいられないかもな。 だが、人命が第一だ」

 

悠斗は骨董品屋の扉を開け放ち、左手を前に突き出した。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗は朱雀の背に乗り、修道院付近を目指して飛翔した。

まだ希望はある。 玄武の気配察知では、浅葱の気配は消えていないのだ。 そう、もしその対象が死亡したら、それが消えてしまうのだから。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「……遅かった、のか」

 

悠斗が修道院に到着した時、最初に口にした言葉だった。

修道院正面の礼拝堂が完全に崩壊し、瓦礫があちらこちらに飛び散っている。 建物を内側から突き崩したような異様な光景だ。

修道院を警護していた特区警備隊(アイランド・ガード)の姿がない。 代わりにあるのは、地面に横たわる人型の彫像たちだ。

これが出来るのは、天塚汞で間違えはない。 だが、この場には天塚の姿が見当たらない。

 

悠斗は、嫌な予感を払拭させるように、礼拝堂の中に足を踏み入れる。

だが、悠斗の嫌な予感が的中する事になる。

そう、空気中には微かな血の匂いが漂っていたのだ。

深紅の血溜まりの中に、制服姿の少女が倒れている。 校内違反ぎりぎりまで飾り立てた服装と、明るく染めた華やかな髪型。

 

「……バカ野郎。 何で戻ってきたんだよ」

 

だが、その言葉と裏腹に、一つの疑問も浮上する。

もし、死んでいるとすれば、何故気配が消えない? 傍から見れば死亡したように見えるが、何らかの方法で生を保ち続けている?

その時、古城と雪菜も合流した。

 

「嘘だろ……おい……何で……こんな……。 天塚、ぶっ殺してやる!」

 

憤怒に顔を歪めた古城の双眸が真紅に輝いていた。

撒き散らされる魔力の波動に、大地が震える。

古城の怒りに呼応して、眷獣たちが暴走しようとしているのだ。

 

「古城! 俺の話を聞くんだ! 浅葱は、死んでないかもしれない!」

 

「先輩! 落ち着いてください、先輩!」

 

だが、古城は聞く耳を持たない。 完全に頭に血が昇ってしまっている。

魔力の暴走は勢いを増し、雷撃や衝撃破を生み出し始めていた。 悠斗は、朱雀の焔の鎧で無傷だ。

だが、雪菜はそうはいかないのだ。 雪菜を守っているのは、紗矢華もどきの式神だ。 強固な防御結界を展開し雪菜の盾になっているのだ。 だが、それも長くは持ちそうにない。

 

「許せよ、古城。――降臨せよ、玄武!」

 

悠斗は傍らに玄武を召喚させ、命令を下す。

 

「――無月(むげつ)!」

 

玄武が咆哮し、古城が発する魔力のみを無に帰し、隙が出来た所で、悠斗の拳が古城の腹部を打ち当てる。

古城はこれを受け、項垂れるように気を失った。

 

「……まったく、世話の焼ける真祖だな」

 

そう言いながら、雪菜に古城をゆっくりと渡す。

雪菜はオドオドしながら、

 

「あ、あの先輩は……」

 

「大丈夫だ。 ただ気を失ってるだけだから、数分もすれば目を覚ますはずだ。――で、これはお前がやったのか? 天塚汞」

 

「そうだよ。 君の正体がやっとわかったよ。 君は――紅蓮の織天使だね」

 

笑いを含みの冷淡な声がした。

声の主は、白いコートを着た錬金術師。 赤白の帽子とステッキは身につけていないが、間違えなく天塚汞だった。

 

「戻って来て正解だったな。 まさか、そんな風に隠れていたとはね」

 

街路樹の陰から現れた天塚が、悠斗たちの方へ悠然と歩いてくる。

しかし、それは悠斗たちに向けられものではなかった。 向けられた先には、血まみれの浅葱だ。

 

「……なるほどな。 賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の欠片みたいな物が、浅葱の中にあるのか」

 

「そんな事も知ってるんだ。 君はもの知りだね」

 

天塚とのこの会話で、悠斗は確信が持てたのだった。

そう、――浅葱は生きている。

 

「じゃあ、俺の言った事は合ってるんだな」

 

「その通りだよ。 彼女の残りが、あれの中にあるのさ」

 

「そうか、一つ質問だ。 お前の本体は何処にある?」

 

天塚は僅かに驚愕するが、すぐさま平静に戻る。

 

「へー、そんな事も解るとは。 君は生かしてたら危険だね。 ここで死んで貰うよ」

 

「お前如きが、俺を殺せるわけがねぇだろうが。 天塚、お前は消えてもらう。――無色(むしょく)!」

 

玄武の甲羅に巻きついた蛇が、天塚を無に帰した。 ほぼ一瞬の出来事だったので、天塚は、何も出来ず消滅した。

雪菜は顔を逸らしていた。 人が消える光景に慣れていないのだろう。

悠斗は、この光景は見慣れてしまっていた。 昔、このような経験が山のようにあるのだから。

その時、沈黙していた少女の声が聞こえてきた。 瓦礫の散らばる道路の上で、浅葱が上体を起こしたのだ。

 

「あいたたたたた……うわ!? なにこれ、どうなってるの!?って古城、何で気絶してんのよ!?」

 

破れた制服と、べっとり血で汚れた両手を見下ろし、浅葱は情けない悲鳴を上げた。

悠斗は片手を上げ、

 

「よう、浅葱」

 

「『よう』じゃないわよ! 何がどうなってるのよ!?」

 

「いやまあ、色々あってな。 簡単には説明できないんだよ。 まあ、帰りながら説明するよ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

修道院跡地に特区警備隊(アイランド・ガード)が押し寄せて来たのは、それから間もなくの事だった。

古城たちは公園の自動販売機の陰に隠れて、特区警備隊(アイランド・ガード)の車をやり過ごす。 幸いにも、彼らが古城たちの存在に気づく事はなく、無事公園から離れる事に成功。

折しも街は夕闇に包まれて、浅葱のボロボロの服装も目立たずに済みそうだ。

ちなみに、あの事柄から数分後、古城は目を覚ました。

 

「あれって、錬金術師だったんだ。 売れない芸人かと思ってた。 あと、ドロドロした水銀の化け物もいたはずだけど」

 

「ああ、それは俺が倒した」

 

浅葱の証言を信じるなら、彼女が見たドロドロの化け物は、暴走した賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)。と言う可能性が高い。

悠斗の予測は、切り離された一部が浅葱の体に逃げ込み、浅葱と共に生を保った。と考えるのが妥当だ。

 

「悠斗は、真祖を超える吸血鬼だもんね。 あれくらい倒せちゃうか」

 

「浅葱は怖くないのか? 俺と言う化け物と一緒にいて?」

 

「ふん。 魔族特区育ちを舐めないことね。 アンタの事なんて、これっぽっちも怖くないわよ」

 

「……ありがとう」

 

悠斗は感謝の気持ちで一杯だった。

本来なら、遠ざかってしまうのだ。

 

「アンタからお礼なんて気持ち悪いわよ。 ほ、ほら、アンタは友達なんだから」

 

「そうだぞ。 オレも悠斗とは友達(ダチ)だ。 そんな事はどうでもいいんだぞ」

 

古城からもそう言われ、悠斗は目がしらに熱いもの感じた。

悠斗は、そうか。としか言えなかったのだった。

 

「それよりも、本当に何ともないのか?」

 

浅葱の横顔を見つめて古城が聞く。

 

「何ともないわけないでしょうが!? 見てよ、これ。 制服だけじゃなくて下着(ブラ)まで真っ二つ……って、今のなし。 見るな!」

 

制服の破れ目をアピールした浅葱が、一人で自爆して騒いでいる。

普段通りの藍羽浅葱だった。

 

「大丈夫そうだな。 でも、医者に見せた方がいいか? つっても、説明等が面倒だよな」

 

悠斗がそう言うと、古城が何かを閃く。

 

「なら、家の母親がいいかもな。 身内だし、面倒事は避けられるだろ」

 

「他の人に診られるよりは、そっちの方がマシかな。 深森さんにも、久しぶりに会いたいし」

 

どうやら、浅葱も古城の案に賛同らしい。

 

「そうしてくれ。 研究所まではつき合ってやるから」

 

ちょうど駅に向かう分かれ道に差しかかった所だった。

 

「では、すいません。 私はここで失礼します」

 

「骨董品屋に戻るのか?」

 

「はい、師家様に報告して、特区警備隊(アイランド・ガード)への連絡をお願いしてみます。 お預かりした式神も壊してしまいましたし」

 

雪菜が、浅葱に聞こえない程度に囁く。

すまん。と古城が手を合わせる。 式神が破壊されたのは、古城が魔力を暴走させたからだ。

 

「俺の事は話題に出すなよ。 面倒事になる確率100%だからな」

 

悠斗がそう言うと、すぐさま雪菜は頷いた。

先程の、悠斗と縁の邂逅を思い出したのだろう。 あのような空気は、もう懲り懲りです。的な感じでもある。

この後は、雪菜は縁の元へ、古城と浅葱はMAR研究所へ、悠斗は自宅へ帰ったのだった――。




さて、次回は凪沙ちゃんの登場ですかな(予定)。
また、この章では、凪沙ちゃんの眷獣召喚も予定しております(*- -)(*_ _)
あと、そうですね。魔族にも多少免疫がついたかと。四神たちもついていますしね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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錬金術師の帰還Ⅳ

更新です。
空いた時間を見つけ書きあげました。……ま、まあ、色んな作品を行ったり来たりしてるんですが(^_^;)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗がマンションに帰ると、制服でエプロン姿の玄関で待っていてくれた。

 

「悠君、おかえり。 今日は遅かったね、何かあったの?」

 

凪沙は悠斗の表情を見て、納得したようだった。

 

「……気をつけてね。 絶対に、凪沙の所に帰って来てね」

 

「すまない。 いつも心配をかけて……」

 

凪沙は、優しく微笑むだけだ。

 

「大丈夫だよ。 旦那の帰りを待つのは、妻の役目だからねっ」

 

「……古城と、凪沙の親父さんの許しを貰ってないんだがな。……はあ、俺死んだりしないよな。 大丈夫だよな……」

 

悠斗は、自身にそう言い聞かせたのだった。

悠斗は玄関で靴を脱ぎ、リビングまで歩き、テーブルの椅子に座った。 凪沙は鼻歌を歌いながら、今日の夕食の準備の続きをしていた。

献立は、白いご飯に若芽の味噌汁、焼きジャケらしい。 何ともシンプルな献立だ。

料理が完成し、テーブルに並べられた。 向かいに、エプロンを脱いだ凪沙が座り、

 

「「いただきます!」」

 

と、合掌し、ご飯を口に運ぶ。

分かっている事だが、凪沙の料理は旨い。 だが、明日から凪沙は宿泊研修。 この料理はお預けになるのだ。

ご飯を食べ終わり、悠斗は凪沙が淹れたコーヒーを飲みながら一息つく。 もちろん、向かいには凪沙が座っている。

 

「旨かったな」

 

「悠君、いつもそれ言ってる。……嬉しいけど」

 

凪沙は苦笑した。

この日は、凪沙は悠斗と夕食を摂り、暁家に戻った。 何でも、宿泊研修の準備の確認があるらしい。

ともあれ、今日の怒涛の一日は終了したのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

翌朝、午前五時。

宿泊研修に行く、凪沙と雪菜を見送る為、古城と悠斗はマンションのロビーに出ていた。

特に変わった事と言えば、大錬金術師、ニーナ・アデラードが浅葱に憑依した事だろうか。

古城はかなり取り乱したらしいが、悠斗はそんな気配を微塵もさせなかった。

あの時分かっていたからだ。 浅葱を助けたのは、ニーナ・アデラードと言う事に。

 

「古城君、悠君。 ちゃんとご飯は自炊するんだよ。 コンビニのお弁当はダメだからね。 あと、出かける時は戸締りと火の始末に気をつけてね。 宿題は帰ったら済ませるように。 お風呂と歯磨きも面倒くさがったらダメだからね。 二人は遅刻魔なんだから、目覚ましをしっかりかけて、ちゃんと起きるんだよ。 あとあと――」

 

「あ、ああ。 大丈夫だ。 ちゃんと言いつけは守るぞ。 な、古城?」

 

「も、もちろんだ。 楽しんで来いよ。 二人は島から出るの久しぶりなんだし」

 

「お土産期待しててね。 あ、待って。 忘れ物!」

 

ポーチの中をチェックしていた凪沙が、お財布っ、と絶叫しながら踵を返した。

ぱたぱたと荒っぽく足音を鳴らして、エレベーターホールへと大慌てで戻って行く。

 

「忙しい奴だな」

 

「だな」

 

エレベーターに乗り込む凪沙を見ながら、古城は溜息を吐き、悠斗は苦笑した。

旅行慣れしてないせいか、凪沙の鞄の重量はかなりのものだ。

対して雪菜は、茶色の旅行鞄一つだけ。 生活に最低限必要な物しか入っていないのかもしれない。 古城は、雪菜と式神について話をしていた。 どうやら、新しい物を送ってくれるそうだ。

 

「ごめんね、お待たせ。 行こ、雪菜ちゃん。 じゃあね、古城君、 悠君。行ってきます!」

 

息を切らせて戻って来た凪沙が、雪菜の手を引いて歩き出す。

彼女たちに手を振り、古城たちはマンションの中へ引き返した。 エレベーターで七階に到着した所で、各々の部屋に戻った。

 

数時間立った頃、悠斗は全身に伝わってきた魔力の波動に全身を硬直させた。

雷鳴に似た爆発音が響き、絃神島の大地を震わせる。

悠斗は蹴り飛ばされたようにソファーから立ち上がり、窓を開け、

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

バレないように朱雀を召喚し、その背に跳び下りた。

飛翔してると、視界に映る海沿いの地区(エリア)が黒煙を立ち上げている。 爆心地はおそらく、人工島地区港湾地区(アイランド・イースト)――。

空港や埠頭(ふとう)が連なる絃神島の玄関口。

そして――凪沙たちを乗せたフェリーがあった場所だ――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

制服姿の凪沙の目の前。 お互いの息が触れ合う程の至近距離で、少女たちが目を閉じていた。 肩にかかる黒髪を真っ直ぐに切り揃えた、真面目そうな顔立ちの女の子だ。

眼鏡のレンズ越しに揺れてる睫毛が長い、僅かに尖らせた唇は、艶やかな薄紅色に輝いている。

彼女のその唇が、同じように目を閉じている凪沙に近づいてくる。

そして二人の唇が重なり合う――思われた瞬間、

 

「も、もうダメ……限界!」

 

凪沙が声を上げて叫んだ。

ポッキリといい音を立てて、二人の口に咥えていたスティック菓子が折れた。

其れを見ていた友人たちが、おおっ、落胆混じりの声を洩らす。 中等部の宿泊研修一日目。 東京湾に向けて移動中のフェリーの中で、凪沙たちはポッキーゲームに興じていたのだ。

向かい合わせに座った二人が、一本のポッキーを両端から咥えて、何処まで近づけるか?と言う、際どい遊びである。

 

「はーっ……危なかった。 委員長に唇を奪われちゃう所だったよ」

 

「お互いさまよ」

 

黒髪の眼鏡の少女がクールに答える。 だが、次の言葉で凪沙は動揺する事になるのだ。

 

「あれ? ファーストじゃないの?」

 

委員長の言葉に、凪沙はぎくっ、と肩を僅かに震わせる。

 

「えっと……その。 そ、そう。 あれだよ」

 

平静を装う凪沙だが、動揺が隠せていない。

凪沙の反応を見た女性陣は、なるほど……。と納得したようだ。 悠斗と凪沙が、仲が良いと言う事は噂で広がっている。

この事から導き出される答えは――ファーストキスの相手は、高等部一年、神代悠斗だと言う事だ。

委員長はニヤニヤしながら、凪沙の首に下げられた太陽のネックレスを見て声を上げる。

女性と言う生き物は、恋愛事情になると、かなりテンションが上がるらしい。

 

「で、で。 その太陽のネックレスは何なの? ペアとか?」

 

羞恥で俯く凪沙が、小さく頷く。

小さく息を吐き、凪沙は顔を上げた。

 

「う、うん。 悠君とね。 悠君は月かな」

 

「ほへー、神代先輩もやるね。 中等部の元気っ子を落とすなんて」

 

補足だが、凪沙のガードはかなり固かったのだ。

 

「わたしが一方的に。っていう部分もあるんだけどね」

 

と言い、凪沙は苦笑した。

だが、凪沙の行動で、悠斗が救われたのは事実だ

 

「そうね、ビックリしたんだから。 『俺と関わりを持とうとするな。』っていう先輩に話しかけた時はね」

 

凪沙は、唇に右手人差し指を当てる。

 

「うーん、ほっとけなかったんだよね。――悠君はね。 心の底では、皆の輪の中に入りたい。 でも、それが怖い」

 

凪沙は天井を見ながら、言葉を続ける。

 

「友達を作っても、すぐに裏切られちゃうって。 そんな感じだったんだ。 だからわたしは、友達になろうって、何回も誘ったんだよ」

 

最初は追い帰えされちゃったけどね。と言い、凪沙は無邪気に笑った。

委員長だけではなく、雪菜とクラスメイトのシンディも、感嘆の声を洩らしていた。

 

「凪沙ちゃんは、そのようにして、神代先輩を変えたんですね」

 

「凪沙は、一度決めた事はやり遂げるからね。 凄いよ」

 

時刻は間もなく午前九時。 午後七時に絃神島観光港を出港したフェリーは、途中、伊豆諸島の神丈島(かみじょうしま)美蔵島(びくらじま)を寄港しつつ、十一時間かけて、東京湾の武芝浅橋(たけしばさんばし)に到着する予定になっている。

 

「この後の予定って、どうなってるんだっけ?」

 

「十時半にホールに集合。 教材映画観て、それから昼食」

 

シンディの質問に、委員長が答える。

 

「お昼ご飯なんだえろうねぇ。 カレーかなあ。 カレー食べたいなあ。 あ、夏音ちゃんだ!」

 

今にも涎を垂らしそうな顔をしていた凪沙が、夏音の姿に気づいて手を振った。

窓際に立っていた叶瀬夏音が、長い銀髪を揺らして振り返る。

 

「あ、凪沙ちゃん。 皆さんもおはようございます」

 

恭しく挨拶する夏音の胸元には、大きな黒い光学機器が下げられている。

フェリー会社の借り物らしい。

 

「なにしてるの?」

 

「双眼鏡でした。 このあたりで、野生のイルカが見られるって聞いたので」

 

そう言って、夏音は碧い瞳を宝石のように輝かせた。夏音は筋金入りの動物マニアだ。

普段は控え目で大人しい彼女も、野生動物が絡むと素早い行動力を見せるのだ。

 

「え、イルカ? わ、いいな、見たい!」

 

凪沙が表情を明るくして立ち上がる。 雪菜たちも窓際に移動した。

 

「わたし、前に見たことあるよ。 そういえば、このあたりだったかも。 ほら、写真」

 

シンディがそう言って、携帯電話を取り出す。

待ち受け画面に表示された画像は、船と併走して、海面を跳ねるイルカの群れだ。 それを見た凪沙たちの期待も跳ね上がる。

しかし、数分が経過しても、イルカが現れる気配はなかった。

 

「いないね、イルカ」

 

しょんぼりしたように呟く凪沙。 シンディが励ますように、凪沙の背を優しく叩く。

 

「そう簡単には会えないでしょ」

 

「海は広い」

 

委員長が朴訥(ぼくとつ)とした口調で言う。

その時、雪菜と夏音が何かに気づき、視線を船の後方へと向けた。 フェリーが海面に残す白い航跡の隙間に、銀色に輝く何かが浮かんでいる。 其処から放たれた、粘りつくような視線を感じたのだ。

小型の潜水艦や魚雷を連想させる――金属質の航行物体。

しかし、其れは海蛇のように巨体をくねらせ、水中へと沈んで行く。

 

「あれって、何だろ? あれがイルカ?」

 

その時、凪沙の頭の中に朱雀の声が響く。

 

『あれは敵かもしれん。 我の召喚も覚悟しとくんだ。 もし、魔族だとしても、我らがついてる。 心配するな』

 

「(わ、わかった。 注意しとくね)」

 

凪沙は小さく頷いた。

また、雪菜は、まさかと口の中で呟き、夏音は怯えたように体を震わせていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

倒壊した建物が撒き散らす粉塵と煙が、不吉な朝露のように港を包んでいた。

傾いた灯台の屋根に座り込んで、基樹はぐったりとその様子を眺めている。 基樹が寸前まで乗っていた巨大クレーンは、土台近くから斜めに切断されて、埠頭(ふとう)に横たわる無惨な姿を晒していた。

最早修復は不可能。 本来なら、基樹もクレーンと運命を共にしていた。

其れを救ってくれたのは、南宮那月だった。

 

「生きてるか、矢瀬?」

 

空間跳躍(テレポート)で虚空から現れた彼女が、クレーンもろとも、地面に激突する直前だった基樹を間一髪の所で救ったのだ。

 

「まあ、何とか」

 

基樹はのろのろと顔を上げ、ヘッドフォンで乱れた髪を撫でつけた。

 

「今回はさすがに死んだと思ったぜ……助かったわ、那月ちゃん。 ありがとな」

 

「担任教師をちゃんづけで呼ぶな」

 

那月が不機嫌そうに唸って、基樹をヒールで蹴りつける。

 

「まったく、貴様といい、暁と神代といい、担任教師をなんだと思ってる……」

 

「ちょ……痛、オレ、怪我人なんスけど! 血ィ出てるし! ドバドバ出てるし!」

 

血まみれの両腕を頭上に掲げて、基樹は必死に訴えた。

海岸沿いに立ち並ぶ巨大な倉庫は、十練以上が崩壊して炎上している。 賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を包囲していた特区警備隊(アイランド・ガード)の部隊は全滅。 幸い、死者こそ多くないが、装備の消耗と、隊員たちの混乱が酷い。

 

天塚汞が、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の中に投げ込んだ、 奇妙な髑髏のせいだった。 髑髏が吐き出した閃光が、一撃で特区警備隊(アイランド・ガード)を蹴散らしたのだ。

その時、不死鳥に乗った一人の少年が姿を現す。 悠斗は、那月の隣を通り過ぎると同時に、朱雀の背から跳んだ。

悠斗は大きく息を吐き、

 

「那月ちゃん。 これは、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)か?」

 

「やはり知っていたのか」

 

那月は、感嘆な声を洩らす。 基樹は、悠斗が賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)を知っていた事に驚いていた。 まあ確かに、基樹が悠斗を調べ吸血鬼だと分かっても、紅蓮の織天使だとは知らないのだ。

 

「まあな。 で、どういう事なんだ。いや、天塚の狙いは――賢者(ワイズマン)の復活か?」

 

「ほう。 そこまで解るとはな」

 

「天塚が、何処に逃走したか解るか?」

 

天塚の気配が変わってるので、追跡が出来ないのだ。

 

「そう言えば、基樹は能力者だろ。 音響結界(サウンドスケープ)は使えないのか?」

 

「すまな、音響結界(サウンドスケープ)の再起動には、暫くかかるぜ」

 

基樹は音響過適応(ハイパアダプター)という特殊体質が備わっている。

一種の念動力によって創り出す特殊フィールドで、精密なレーダーに匹敵する解像度を持って、結界内の音響を観る事が出来るのだ。

なので、不定型の金属生命体である、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の動きも感知する事が可能である。

しかし、繊細さゆえに、爆発的な大音量に弱いという欠点もある。

 

「ったく、肝心な時に使えないクラスメイトだな」

 

悠斗が落胆な息を吐く。

――その時だった。 悠斗の眷獣が召喚されたのだ。 もちろん、召喚したのは凪沙だ。

 

「……那月ちゃん、緊急事態だ。 天塚の居場所が解った。 (ゲート)を開いてくれ」

 

悠斗は平静を保っているが、内心ではかなり焦っている。

 

「いいだろう。 地上で詳しく説明してもらうぞ」

 

「ああ、わかった」

 

悠斗は、那月が開いた(ゲート)の中に入り虚空に消えた。 那月も、悠斗に続き虚空に消えたのだった。

基樹は、途方に暮れたように首を振り、地面を見下ろし頭を抱える。

 

「どうやって降りろってんだよ、これ……」

 

傾いた灯台の上に一人取り残された基樹の頬を、高度数メートルの海風が撫でていた――。




凪沙ちゃん、めっちゃ良い子っ!
悠君、まじで羨ましい(血涙)
まあでも、悠斗君の今があるのは、凪沙ちゃんのお陰なんですよね。

この章では、凪沙ちゃんを活躍させたいと思います。
にしても、古城君はどうしよう(´・ω・`)

ではでは、感想、評価、よろしくです!!

追記。
次話も三分の二は書きあげっているので、明日までには投稿できるかと。


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錬金術師の帰還Ⅴ

連投ですね(^O^)
では、投稿です。
本編をどうぞ。


「雪菜ちゃん、どこ行くの?」

 

船内に戻ろうとした雪菜を、凪沙が不思議そうな表情で呼び止める。

彩海学園の生徒たちは、フェリー内のホールに移動中。 昼食の時間になるまで、其処で教材映画を見る予定だった。

 

「ちょっと、忘れ物。 先に行ってて」

 

雪菜は早口にそう言い残すと、凪沙の返事を聞かずに走り出す。

無人の船内に戻った雪菜は、鞄の底から細い包みを取り出した。 包みの中身は、刃渡り二十五cm程のナイフだ。

グリップ部分にパラシュートコードを巻きつけた無骨な実用品だ。 其れを二本制服の背中に仕舞い、目立たないように、上からコートを羽織る。 雪菜は船内を出て、船橋(ブリッジ)の方へ向かった。

酷い胸騒ぎがした。 剣巫としての勘がそう訴えているのだ。 まるでこの船が、強い悪意に包み込まれているように。

 

「――え!?」

 

階段を駆け上がった雪菜は、自身の前を歩く人影に愕然とする。

不安げに周囲を見渡しながら、立ち入り禁止の船橋に向かったのは、透き通った銀髪を揺らす夏音だったのだ。

 

「叶瀬さん?」

 

「あ……」

 

突然呼び止められた夏音が、怯えたような表情で振り返る。

 

「もしかして、あなたも?」

 

雪菜の質問は曖昧だったが、夏音はその言葉の意味を理解した。

頷いて、真っ直ぐ雪菜を見返した。

 

「この船を、何かよくないものが取り巻いてる見たい、だから――」

 

「大丈夫。 この先はわたしが行くから、笹崎先生に知らせてもらえる?」

 

雪菜が背から抜いたナイフを見て、夏音は驚いたように瞬する。

 

「あ、待って」

 

走り出そうとした雪菜を、夏音が制した。

立ち止まった雪菜を心配そうに見上げて、夏音が静かに言葉を続けた。

 

「わたしは、この感覚を知ってる気がしました。 たぶん、前にもどこかで」

 

「……叶瀬さん、もしかして錬金術師のことを知ってるの?」

 

雪菜が困惑したように聞き返し、夏音はゆっくり頷いた。

 

「いえ、あれはもっと恐いものでした。 大切な友達も沢山いなくなりました。 だから、二度と、あんなことは……雪菜さんも、どうか……」

 

夏音は、雪菜に居なくならないで欲しい。と言ったのだ。

雪菜は、大切な友達なのだから。

 

「ありがとう、叶瀬さん。――いえ、夏音ちゃんも気をつけて」

 

お互いに頷き、其々の方向へ駈け出した。

立ち入り禁止を示すロープを越えて、雪菜は船橋(せんきょう)の中へ入る。 本来いるはずの船員や警備員の姿はない。 ただ、肌を刺すような不快な感覚だけが強くなっていく。 辿り着いた操舵室の扉は、閉められたままだった。 雪菜は小さく息を吐き、その場で回転。 力任せの上段蹴りで、扉を吹き飛ばす。

 

「これは……」

 

操舵室に残されたのは、絶望と静寂だった。 金属製の彫像と化し床に横たわる船員たち。 火花を上げる船法装置。 これは、致命的な事態と言う事は明らかだった。

この状況に誰かに知らせなければ、と雪菜が踵を返した瞬間、ゾッとするような悪意が背を襲ってきた。 鞭のようにしなる液体金属の刃を、雪菜のナイフが打ち落とす。

 

「やあ。 あの時の女の子か。 君は、獅子王機関の剣巫だね」

 

エアコンのダクトから融けた上半身を露出させたのは、白いコートを着た錬金術師。

薄笑みを張りつけたまま、彼はヌルヌルと流動しつつ床に降りてくる。

 

「天塚汞……!? どうして……あなたは死んだはず……!?」

 

「そうだよ。 彼が殺したんだ。 でも、彼が言ってただろ」

 

雪菜は、すぐさま悠斗の言葉を思い出した。

あの時悠斗はこう言ったのだ。 『本体は何処にある?』と。

 

「まさか……分身?」

 

「そう、分身さ。 船の中をうろつくには、こっちの体の方が便利だからね」

 

天塚の輪郭がグニャリと崩れた。 彼の胴体を突き破って現れた触手が、雪菜のナイフに絡みつく。 そのままナイフと融合して武器を奪おうとするだろう。

だが、表情を歪めたのは天塚の方だった。 触手は、ナイフを侵食する事ができず、逆に打ち落とされたのだ。

 

「そのナイフ……呪力付与(エンチャント)した隕鉄でできてるのか。 面倒な武器を持ってるな!」

 

悔しげに吐き捨てて、天塚は背後に倒れ込む。 其処にあったのは排水用のスリットだ。

全身を液体に変えた天塚が、その中に吸い込まれるように消えていく。

 

「悪いけど、あんたの相手はあとだ。 いくら分身でも、そう何度も壊されたくはないしね」

 

「天塚汞――!」

 

雪菜は、消えていく天塚を呆然と見送った。

今の雪菜の装備では、天塚を止める手段がない。 天塚に対抗するには、雪霞狼が必須になるのだ。

しかし、雪菜の手には雪霞狼はない。

 

「まさか……!」

 

雪菜の背部に悪寒が走る。

この船には、雪菜よりも強力な霊媒が乗っているのだ。――そう、叶瀬夏音だ。

こんな時、雪菜の隣に立つ少年たちはいないのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「集合場所が変わったんだってさ」

 

船内ホールの入口前で、委員長とシンディが凪沙を待っていた。 他の生徒たちも移動を始めてる所だ。

 

「そうなの、どうして?」

 

「知らないけど、ちょっと揉めてるみたい。 船員の人たちバタバタしてるし」

 

シンディが肩を竦めて言う。

ふーん、と凪沙は首を傾げる。

 

「なんだろ。 火事とか?」

 

「や、それはないでしょ。 サイレンも鳴ってないし」

 

「じゃあ、氷山にぶつかる?」

 

「ないない。 どこにあんのよ、氷山。 むしろ見てみたいよ」

 

凪沙としては真面目に答えたつもりだったのだが、シンディのツボに入ったようで肩を揺らしていた。

 

「でも、困ったね。 雪菜ちゃんにも知らせてあげないと」

 

「そうね。 珍しいわね。 あの子が忘れ物なんて」

 

委員長が冷静な声で言う。

凪沙は僅かに思案顔をした。

 

「二人は先に行って席取ってくれる? わたし、ここで待ってるよ」

 

「わかった。 またあとで」

 

委員長がシンディの手を引き歩き出す。 凪沙は彼女たちに手を振り、通路を見渡した。

本来なら、乗務員が常駐してるはずの売店や案内カウンターが無人なのだ。

 

『凪沙、気をつけろ。 何か来るぞ』

 

朱雀にそう言われ、凪沙は若干肩を震わせた。

そう。 朱雀の口調も、真剣そのものであったからだ。

 

『我たちは、いつもお前の傍にいる。 気をしっかり持て』

 

「(わ、わかった)」

 

――その時だった。 従業員扉が開き、誰かが入って来た。 凪沙は振り返って手を挙げたが、立っていたのは奇妙な風体の男と雪菜だった。 彼は凪沙と目が合うと、酷薄に微笑んで右腕を上げた。――魔族。 いや、化け物か?

彼の右腕が触手に変化し、凪沙に飛来した。 だが、そんな事を気にせず、凪沙は叫ぶ。

 

「雪菜ちゃんっ! 早くこっちに来てっ!」

 

雪菜は、今まで聞いた事がない凪沙の声に驚愕した。 雪菜は凪沙を信じ、飛び込むように凪沙の横を通りすぎて一回転し、凪沙は左手を突き出す。

 

「――おいで、朱君」

 

紅蓮の不死鳥が凪沙の前に召喚され、触手の右腕は、不死鳥の翼に当たり浄化された。

雪菜はかなり動揺していた。 何故、人間の凪沙が眷獣を召喚できるのか? 化け物を見て、何故こんなにも強くいられるのか? 凪沙は、魔族恐怖症ではなかったのか? 様々な事柄が雪菜の頭を回り、パンク寸前である。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀が清らかな焔を吐き、完全に天塚汞を消滅させた。 また、雪菜と凪沙を守るように、紅い結界も張られているのだ。

雪菜の安全、周囲の安全を確認してから、朱雀を異界に帰し、それと同時に結界も解けた。

ちなみに、朱雀のみ技なら、召喚せずとも使用可能だ。

 

「(ふぅ、意外に体力を消耗するんだね)」

 

『そうだな。 ()の凪沙は、我だけの召喚が限界だからな。 攻撃系統を使役できない欠点がある』

 

「(なるほど。 あ、雪菜ちゃんに何て説明しよう……)」

 

雪菜に問い詰められるのは目に見えているのだ。

 

『黙秘権を行使します。でいいのではないか?』

 

「(おお、ナイスアイディアだよ、朱君。 それで行こう)」

 

雪菜は立ち上がり、おずおずと凪沙に話しかける。

 

「あ、あの、凪沙ちゃん。 今のは……眷獣、ですか?」

 

雪菜が、何度も目にした眷獣と瓜二つなのだ。

そう、神代悠斗が使役してる眷獣に。

 

「雪菜ちゃん。黙秘権を行使しますっ」

 

凪沙は視線でこうも言った。 雪菜ちゃんも、わたしに隠してる事ある、よね?と言う意味も込めてだ。

視線の内容は、ほぼ勘であったりもするんだが……。

雪菜は僅かに沈黙してしまったが、小さく頷いた。

 

「わかりました。 この事は、みんなに秘密にしましょうか」

 

「雪菜ちゃん、ありがとう」

 

そう言い、凪沙は優しく微笑んだ。 雪菜も微笑み返してくれたのだった。

その時、妙にテンションが高い声が聞こえてきた。 赤髪にお団子ヘアと三つ編み、チャイナ服の若い女性だ。

凪沙たちのクラス担任。――笹崎岬だ。

当然、凪沙たちのクラス担任なので、引率教師として宿泊研修に参加してるのだ。 そしてもう一つ、彼女は国家攻魔官の肩書きも持っているのだ。

 

「まさか、暁妹が眷獣を使役できるとはね」

 

「あ、あの、先生……」

 

「心配しなさんな。 生徒のプライバシーは守るさ」

 

これを聞き、凪沙はホッと胸を撫で下ろす。

その時、岬の背部から穏やかな声がした。

 

「あの人の目的は、わたしでした」

 

「夏音ちゃん、避難してなかったの?」

 

凪沙がこう聞き、夏音は困ったように首を縦に振るだけだ。

 

「あの人が、修道院のみんなを襲った時のことを思い出しました。 彼は、供物となる強い霊能力者が必要だと言いました。 あの修道院は、たくさんの霊能力者が保護されてましたから」

 

「供物!?」

 

雪菜の全身から血の気が引いた。 天塚は練金術師。 錬金術師にとっての供物の意味は一つしかない。

 

「彼は、練金術の材料にするつもりで夏音ちゃんを――」

 

「はい。 なので、わたしさえ近くにいなければ、みんなはきっと大丈夫です」

 

夏音は、覚悟を決めた者に特有の優しげな表情でそう言った。

彼女は、雪菜たちに背を向け、避難した生徒たちとは逆方向に走り出す。

 

「雪菜ちゃんっ!」

 

雪菜は目を丸くした。 凪沙は、自分も夏音の後を追うと言っているのだ。 雪菜は、一般人の凪沙に行かせる訳には行かないとも思うが、凪沙の力で優勢に立てるかもしれないのだ。

雪菜は、自身の逡巡で板挟みになるが、

 

「笹崎先生、生徒をお願いします。――行きましょうか、凪沙ちゃん」

 

凪沙は小さく頷いた。

 

「あ……!? 待て――姫柊! 暁妹!」

 

岬の制止を振り切って、雪菜と凪沙は船首方向に走り出した。

おそらく、夏音の判断は正しい。 天塚の狙いが夏音ならば、天塚は他の生徒に手を出す事はないのだ。

だが、狭い船内の中では逃げる事はできずに、いずれは追い詰められる事になる。 其れまでに、天塚を倒す方法を見つけなければならない。 どうすればいい――?




凪沙ちゃん、眷獣を召喚しましたね。
原作とも違い、凪沙ちゃんも戦闘に参戦です\(^o^)/
また、悠斗君の新たな眷獣も解放予定です。まあ、わかる人にはわかってしまうんですが……。
ネタばれはNGでお願いします(>_<)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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錬金術師の帰還Ⅵ

この章も終盤に差し掛かってきましたね。

では、投稿です
本編をどうぞ。


悠斗は、目的地に歩を進めながら、那月に事情を説明していた。

――そう、凪沙と経路(パス)が形成された事で、悠斗が使役する眷獣を召喚可能だと。

 

「と言う事なんだ」

 

「ほう。 暁凪沙が、お前の眷獣を使役出来るようになってるとはな」

 

だが、これで逆探知が出来たのだ。

凪沙が眷獣を召喚しなければ、探索に時間がかかっていたのは事実だ。

 

「此れで、暁凪沙もチートの仲間入りだな」

 

「いや、凪沙には限界がある」

 

凪沙は人間なので、魔力を持たない。 体力だけで眷獣を使役するしかないのだ。

 

「そうか……。 叶瀬夏音を守るので精一杯。という事でもあるのか。 だが今は、彼女に賭けるしかないぞ」

 

「ああ、わかってる。 だから、俺たちが行かなきゃならなんだ」

 

目的地には、古城と褐色の肌の浅葱が立っていた。 おそらくこの浅葱は、ニーナ・アデラードが錬金術で形成したのだ。

 

「ほう。 お前がニーナ・アデラードか」

 

「……那月ちゃん。 それに、悠斗もいるのか!?」

 

思わず声を洩らした古城を、那月は無言で日傘で殴りつける。

畳んだ日傘の直撃を受け、古城は顔面を抑えて仰け反った。 那月は、不機嫌そうにニーナを睨みつける。

 

「その古の練金術師さまが、なぜ藍羽の顔をして偽乳を盛っているかは気になる所だが……。 お前の趣味か、暁古城?」

 

「違ェよ。 つか、そんな事を言っている場合じゃなくて――」

 

「ふん。 事情は全て把握している。 やはり、緊急時には神代が役に立つな」

 

那月の視線が、悠斗に向けられる。

 

「悠斗が?」

 

「面倒な話は後だ。 今は彼女たちを助けに行くのが先だ」

 

悠斗の言葉に、古城は顔を強張らせた。

 

「……まさか」

 

「……そうだ。 午前七時発の東京行き。 彩海学園の、宿泊研修生を乗せたフェリーだ。――凪沙たちを乗せた船だ」

 

悠斗がそう言うと、古城は弱々しく首を振り、顔を青くした。

二ーナが、不機嫌そうに口を挟む。

 

「だから、なのかもしれんな。 賢者(ワイズマン)を創り出す際に使われたのは貴金属。 そして、供物となる霊能力者だ。 復活直後の賢者(ワイズマン)の力を取り戻す為に、それと同じものを欲しても不思議ではあるまい?」

 

「そうか……あの船には、叶瀬が……!」

 

少なくても天塚が知る中では、夏音は絃神島での最高クラスの霊能力者だ。 賢者(ワイズマン)の復活を邪魔されたら厄介だが、逆に賢者(ワイズマン)が復活した今となっては、彼女は最高な供物になる。

そして、ニーナは重々しく頷く。

 

「天塚の狙いが夏音だけだとは限らぬ。 あの雪菜という娘も優れた霊媒であろう?」

 

ニーナが言う通り、強力な霊媒者が狙われると言う事は、凪沙も例外ではない。

凪沙は、魔力が行使できなくても、眷獣が召喚できる時点で強力な巫女だと確定してるのだ。

 

「まずい……姫柊は雪霞狼を持ってないんだ!――那月ちゃん、フェリーまで跳べないのか?」

 

「無理だな。 わたしには遠すぎる。 空間制御の本質は、距離をゼロにするのではなく、移動にかかる距離をゼロする魔術だ。 一瞬で移動できると言うだけで、肉体は同じ距離を徒歩で移動したのと同じだけの負荷がかかる。 数キロが限界だ」

 

「魔術も万能じゃないってことか……。 いや、悠斗の眷獣は空を飛べるんだろ!?」

 

「……飛べるが、圧倒的に速度が足りない。 まあ大丈夫だ。 最高の乗り物があるらしいぞ」

 

「神代の言う通り、航空機も手配済みだ。 都合よく、機体を提供してもいいと言ってくれる、親切な連中がいてな」

 

那月の言う、航空機は普通ではない乗り物なんだが……。 悠斗は、結界を周囲に展開し耐える事が可能だが、古城はどうなのだろうか……。

 

(ワシ)も同行させてもらうぞ。 文句はないな、南宮那月?」

 

那月は小さく息を吐いた。

 

「そうしてもらおう、偽乳。 神代は問題ないが、暁は心配だからな」

 

「……那月ちゃんは、一緒に来ないのか?」

 

訝しげに聞き返す古城を見上げ、那月は素っ気なく頷いた。

 

「わたしは、あとからヘリで追いかける。 不本意だが、お前たち意外に、あれに耐えられそうな奴の心当たりがなくてな」

 

「まあ見れば解るさ。 古城、……死ぬなよ」

 

「耐える? 死ぬ? 何のことだ……?」

 

何処か不穏な、那月と悠斗の言葉に、古城は嫌な予感を覚える。

那月は空間を歪めて(ゲート)を開くと、古城は、悠斗に押されるされるように移動し、 不快な浮遊感の後、見慣れない場所へ転移した。

見渡す限り広がっているのは、巨大浮体構造物(ギガフロート)の上に建築された滑走路。 そして、駐機中のヘリや旅客機。 此処は、絃神島中央空港である。

 

「……え?」

 

駐機スポットに停まっている航空機を見て、古城は度肝を抜かれた。

そう、恐ろしく巨大な航空機だ。

紡錘形(ぼうすいけい)のバルーンで構成された船体は百五メートル以上。 大型旅客機の二倍近い巨体に、無数の機関砲が搭載されている。

分厚い装甲に覆われた船体は、特殊金属の硬殻を備えた、軍用の戦闘飛行船。

氷河の煌きにも似た白群青の装甲は、黄剣の装飾に縁取られている。 船体に刻まれているのは、大剣を握る戦乙女だ。――そう、北欧アルディギア王家の紋章だ。

 

「なんだ、これ……飛行船」

 

古城は航空機を見て、気の抜けた声を洩らす。

 

『此れは、我がアルディギアが誇る装甲飛行船“ベズヴィルド”です』

 

立ち尽くす古城のすぐ近くから、笑いを含んだ優雅な声が聞こえてきた。

其れは、聞き覚えがある声だった。無自覚な気品を滲ませた高質な口調だ。

 

「この声……ラ・フォリア!?」

 

「いや、古城。 腹黒お姫様の間違えだぞ」

 

『思い出してくれた事を嬉しく思います。 お久しぶりですね、古城。――そ・れ・と。 わたくしは腹黒ではありませんよ、悠斗』

 

飛行船から吊り下げられたモニタに、美しい銀髪の少女が映し出された。 軍服の儀礼服に似たブレザーには、黄金の装飾が輝いている。

――ラ・フォリア・リハヴァイン。 北欧アルディギア王国の王女である。

ラ・フォリアは、後半の言葉で唇を曲げたのだった。

また、ラ・フォリアの陰に隠れて、飛行船から下りて来た人影があった。 見知らぬ女性三人組だ。 ラ・フォリアと同じブレザーを着ているが、派手な装飾はない、実用的な軍服である。

 

「あんたたちは――」

 

「アルディギア聖環騎士団ユスティナ・カタヤ要撃騎士、以下三名であります。 ラ・フォリア・リハヴァイン王女の命により、王妹殿下の護衛を務めておりました。――尤も、紅蓮の織天使様には、我々の存在が露見していたようですが」

 

玄武の気配察知から逃れる事は不可能だ。 絃神島に隠密に潜り込んでも、露見するのは当然である。

しかし、天塚のように、途中で気配を変える存在は例外だが。

 

「まあな。 で、お前らは夏音の護衛って事でいいんだよな?」

 

「その通りです」

 

夏音は、アルディギアの前国王の隠し子だ。 つまり、現在の国王の腹違いの妹なのである。 ラ・フォリアとは、叔母と姪の関係なのだ。

 

『夏音はアルディギア王家の一員です。 彼女の立場や能力を悪用しようと、好計を巡らす者が現れないとも限りませんから』

 

ラ・フォリアが少しだけ声を潜めて言う。 飛行船のスピーカーは指定性らしく、ラ・フォリアの声は、古城たちにしか聞こえてないらしい。

 

「だけど、叶瀬はそんなこと何も言ってなかったぞ?」

 

「古城のアホ。 本人にバレないように、護衛してたに決まってるだろうが」

 

その点では、姫柊と対照的だな。と悠斗は付け加えた。

其れを聞いた古城はげんなりしてしまった。 その気持ちは解らなくもない、幾ら美女とはいえ、四六時中一緒にいるのは精神的によろしくない。

 

『ユスティナは有能な要撃騎士団ですから、夏音の日常生活に干渉することなく、陰から密かに気険を排除してたのでしょう。 ユスティナは親日家で、特に忍者の大ファンなのです』

 

「忍者……?」

 

胡乱な眼差しを向ける古城に向かって、ユスティナは神妙に掌を合わせた。

拝み倒すように、頭を下げてくる。

 

「忍! いたずらに名誉を求めることなく、その存在を陰に隠し、主君の為に命を賭ける。 ジャパニーズ・ニンジャこそまさに騎士の規範。 自分も今回、任務を機に騎士道を極めるべく研鑚して参る所存であります」

 

「は、はあ。 どうも」

 

古城は曖昧にお辞儀を返し、悠斗は、濃い奴が出て来たな……。と溜息を吐いた。

ふと気づけば、モニターの中のラ・フォリアは、懸命に笑いを堪えてるような表情を浮かべていた。

――悠斗の言う通り、腹黒お姫様である。

 

「夏音を護衛してたって事は、天塚の事は、俺たちより早く掴んでいたはずだ」

 

このままでは話が進まないと思った悠斗は、無理やり話題を変える。

ラ・フォリアは、は、はい。と首肯した。

 

『そうです。 早い段階で事情は掴んでいました。 南宮攻魔官と協力して、夏音の護衛に当たっていたのですが、残念ですがわたくしたちは、魔族特区の外には干渉できません』

 

そう言って、ラ・フォリアは目を伏せた。

 

「ですから、古城、悠斗。 二人の力をお借りしたいのです」

 

「鼻からそのつもりだ。 彼女を助ける為なら、――俺は地獄に行く覚悟もあるしな。 どんな事でもやってやるよ」

 

悠斗は、凪沙を救う為なら、この身が焼かれても構わないとも思っている。 悠斗にとって彼女は、全てを包んでくれる光なのだから。

 

『ふふ、彼女は幸せ者ですね。 嫉妬してしまいます』

 

「ま、俺が好きでやってる事なんだがな」

 

悠斗は、いつもの口調でそう言う。

 

「この飛行船で、叶瀬たちの所まで乗せて行ってくれるのか?」

 

「違うぞ、古城。 この飛行船と、青龍の速度は同じだ。 別の乗り物に決まってるだろ。 だろ、ラ・フォリア?」

 

ラ・フォリアは、悪戯っぽく笑った。

 

『悠斗の言う通りです。 一刻の猶予もない現状では、“ベズヴィド”は遅すぎます――ですので、これを使います』

 

「これ……?」

 

古城は強い悪寒に襲われながら呟いた。 よく見ると、飛行船の武器格納庫らしき部分が開いて、奇妙な装備が姿を現していた。

艦隊ミサイル発射機に酷似した、装甲ボックスランチャーだ。

 

「これ……って、まさか……その発射台に載ってるやつのことか?」

 

『我が聖環騎士団が所有する試作航空機、“フロッティ”です』

 

超然とした口調で、ラ・フォリアが告げる、しかし古城の目からはどう見ても、

 

「ちょと待て!? どう見てもこれは航空機じゃないだろ! ただの、巡航ミサイル発射管だろ!」

 

『「試作型航空機(だ)(です)」』

 

ラ・フォリアと悠斗が断言する。

 

『本来は偵察用の無人機ですが、搭載してた観測機器類を外して、中に人間を詰めこめ……いえ、乗り込めるようにしました。 巡航速度は時速三千四百キロメートル。 計算によれば百五秒で目的地に直撃……いえ、到達します』

 

「直撃!? 直撃って言ったよな!? わざとらしく訂正したけど、直撃って!?」

 

古城は、声を裏返して叫んだ。 時速三千四百キロメートルと言えば、概算で凡そ、マッハ二・八。 ジェット戦闘機でも、其処までの速度が出せる機体は多くないのだ。 完全に超音速巡航ミサイルである。

 

「古城。 時間がない、早くしろ」

 

「ちょ、待て。 心の準備が――」

 

ビビりまくる古城とは裏腹に、ニーナはこの航空機に感心していた。 不滅の液体金属生命体である彼女は、ミサイルの中に詰め込まれても問題ないのだろう。 どうやら、古城も覚悟を決めたらしい。

 

『夏音のことを頼みます。 古城、悠斗』

 

最後にラ・フォリアが真摯な眼差しを向けてきた。

彼女の碧い瞳を見つめ返して、古城は苦笑。 悠斗は頷いた。

 

「じゃあ、那月ちゃん。 悪いけど、こいつを家まで連れてってやってくれ」

 

抱きかかえたままの浅葱の体を、古城が那月に押しつける。

 

「やれやれ。 教師にサボりの片棒を担がせるとはいい度胸だな」

 

そう言いながら、那月は浅葱を受け取った。

古城はそれを確認して歩き出す。 タラップに足をかけた時、

 

「ちょっとお待ち、第四真祖の坊や」

 

意外な声が古城を呼んだ。 雪菜の師匠が操る使い魔――骨董品屋にいた猫だ。

 

「ニャンコ先生!?」

 

古城は、声がした方向に視線を巡らせた。

走り込んできた連絡車から、煌坂紗矢華の顔をした少女が降りてくる。 露出度高めのメイド服をきた彼女の肩には、黒猫がちょこんと乗っていた。

また、少女の背中には、黒いギターケースが背負われている。

 

「古城、すぐに済ませろ。 現場に急行するぞ」

 

悠斗の真剣みを帯びた口調に、古城は頷く事しか出来なかった。 悠斗はタラップに足をかけ、弾頭部に潜り込む。

数分後、ギターケースを持った古城も中に入って来た。 その背には黒いギターケースが背負われていた。 縁堂縁から託された雪霞狼だろう。

 

『古城、悠斗。 無事を祈っています』

 

「ああ、任せろ」

 

「叶瀬たちの事は任せてくれ」

 

其れを最後に、ミサイルは発射されたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

叶瀬夏音はフェリーの船首に一人で立っていた。

背部には、見渡す限りの青空と、紺碧な海。 透き通るような銀髪が陽光の下で舞っている。

絵画のように美しい風景だが、夏音の表情に余裕はない。

白いコートを着た錬金術師が、彼女を追い詰めるように甲板に立っているからだ。

 

「鬼ごっこは終わりだよ」

 

微笑みながら、両腕を広げて天塚が言う。

奇術師を思わせる赤白チェックのネクタイと帽子。 彼の左手には、金色に輝く髑髏が握られている。

夏音は彼から逃げるように後ずさる。 しかし、彼女の背中は、手すりにぶつかってしまった。

手すりの向こう側には、海面だけが広がっている。 その先は、もう逃げ場はない。

 

「いい判断だね。 ここなら、乗客を巻き込む心配はないし、僕も隠れてあんたに近づくことができない。 その気になれば、海に飛び込んで死を選ぶこともできる。 まあ、そんなことをしても全部無駄だけど」

 

天塚は嘲笑った。

 

「供物になる霊能力者はあんただけじゃない。 獅子王機関の剣巫や。――眷獣を使役してた彼女とかね。 あんたが死んだら、そっちを代わりにするだけさ。 それに賢者(ワイズマン)が完全に復活すれば、どの道、皆死んじゃうだろうし。 僕を恨まないでよね」

 

天塚の右腕が銀色の刃に変わっていく。 天塚が一振りすれば、夏音の命は絶たれてしまうだろう。

しかし天塚は、今は夏音を殺す意思はない。 彼の目的は、夏音を賢者(ワイズマン)に捧げる供物へ変える事。 生きたまま、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)に取り込む事だ。

 

「まだ、思い出せないのですか」

 

夏音が唐突に問いかけた。

 

「……なに?」

 

「わたしはあなたの事を覚えていました。 修道院のみんなが殺された時のことも」

 

夏音は真っ直ぐ天塚を見詰めている。 その表情には怯えがない。 ただ、悲しみを漂わせてるだけだ。

 

「あなたは、可哀想な人でした。 自分が騙されていることにも気づかない」

 

「なんのことだよ?」

 

天塚が苛々と聞き返す。

その声には、動揺が含まれていた。

 

賢者(ワイズマン)を復活させて、あなたはなにをしたかったのですか?」

 

「決まってるだろ。 人間に戻るんだ、あいつに喰われた僕の半身を復活させてもらうんだよ! でなきゃ、誰が奴のいいなりになるものか!?」

 

天塚はそう言って、コートの襟元を引き裂いた。 金属生命体に侵食された不気味な右半身が露になる。

 

「だったら教えてください。 あなたは、一体誰でしたか?」

 

「え?」

 

「あなたが人間だったというなら、そのころの思い出を聞かせてください。 あなたがいつ、どこで生まれて、どんな風に生きてきたかを」

 

夏音が言い終わると、短い沈黙が訪れた。

天塚は何も答えない。 答える事ができないのだ。 その事実が、天塚をじわじわと追い詰めていく。

 

「黙れよ……叶瀬夏音……」

 

天塚が絞り出すように呟いた。

 

賢者(ワイズマン)はあなたの願いを叶えたりはしない。 何故なら、あなたが人間だったことはないのだから。 あなたは、賢者(ワイズマン)が自分を復活させる為に創り出した――」

 

「黙れぇぇええっ!」

 

天塚が怒声を放ち、刃と化した右腕を夏音の心臓目がけて突き出される。

手加減のない一撃である。 夏音はそれを避ける事はできない。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

夏音の周囲を囲むように出来た紅い結界が、天塚の右腕を圧し折ったのだ。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

天塚と夏音の中央を割るように、煌びやかな焔が通った。

天塚は後方に跳び、再び夏音を攻撃しようと触手を放つが、其れは、夏音の前に着地したもう一つの人影に阻まれる。

また、凪沙は高く飛ぶのは不可能なので、雪菜の肩に手を回していた。

 

「雪菜ちゃん、凪沙ちゃん……」

 

「よかった、間に合って」

 

「危機一髪ってところだったね」

 

夏音の安全を確認して、雪菜と凪沙は安堵の息を吐く。

 

「よくよく邪魔をしてくれるな、君たちは……。 まあいいよ、おかげで探す手間が省けた」

 

天塚が額を掻きむしりながら、荒々しく笑った。

金属製の甲板をグニャリと融かして、無数の刃が飛来したのだ。 雪菜のナイフでは、この刃を全て弾くのは不可能だ。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

飛来した刃は、周囲に張った紅い結果に弾かれるが、無数に降る刃は止む気配はない。

対して、凪沙の体力はじわじわと削られていく。

 

「君の力は確かに強い。 だが、君の眷獣もその力も、体力があってのものだ。 体力が尽きればどうなるかは解るよね。 君たちには、逃げ場がなんだよ」

 

天塚が勝ち誇ったように呟いた。 そして、その言葉は事実だった。 天塚に対抗している結界も、そう長くは持ちそうにない。 誰かに助けを求めようにも、此処は太平洋の真ん中に位置している。 天塚が雪菜たちを始末するまでの僅かな時間で、この船まで辿り着く。 そんな手段などあるずもない。

だが――。

 

「え?」

 

雪菜はどこか抜けた声を洩らした。

視界に、信じられないものが映ったのだ。

 

「なんだ……?」

 

驚く雪菜の視線につられて、天塚が背後を振り返る。 彼もそれを見た。

水蒸気の尾を牽きながら、海面スレスレを突き進む灰色の飛行体を。 容赦なくフェリーの船体を貫通しようとする兵器の姿を――。

 

「馬鹿な!? 巡航ミサイルだと!?」

 

其れを確認した時にはもう遅かった。 アルディギア王国、試作型航空機フロッティの巡航速度はマッハ二・八。 人間の視界に映った時には、其れは目標地点に到達しているのだ。

巡航ミサイルが直撃すると思われた瞬間、其れは銀色の霧に姿を変えて、フェリーの船体を突き抜けた。 やがて実体化したミサイルは、フェリーから遠く離れた場所で海面に激突し、砕け散って沈んでいく。 残されたのは、埋め尽くす濃霧だけ。

 

「この霧……!? まさか!?」

 

大気に溶け込む強烈な魔力の波動に、雪菜は叫ぶ。 フェリーを包むのはただの霧ではない。 濃霧の中に浮かび上がるのは、実体のない巨大な甲殻獣。

第四真祖が従える十二の眷獣の一体。 ありとあらゆる物体を霧へと変える四番目の眷獣、甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)が生み出す破壊の濃霧。

ドンッ!と耳をつんさぐ轟音と共に、フェリーの船体が木の葉のように揺れた。

巡船ミサイルが出す衝撃波が、一瞬遅れて襲ってきたのだ。

その衝撃が収まった時、フェリーの甲板には新たな人影が出現していた。 銀色の濃霧が集まって実体化したのは、パーカーを羽織った少年と、褐色肌を持つ制服の少女。 制服姿に、漆黒の黒髪を揺らす少年だ。

 

「――痛ってェ……ああくそ、着地ちょっとミスった。 てか、結界で身を守るとかズりぃぞ。 オレにもやってくれよ!」

 

額から流れ落ちる血を拭って、古城はゆらりと立ち上がる。

 

「わ、悪い。 忘れてた」

 

立ち上がった悠斗は、悪びれなく言う。

 

「嘘つけー! 『古城は第四真祖だから問題ない。』とか思ってたんだろ!」

 

古城は頭を掻きむしりながら、そう答えた。

 

「おお、正解だ。 どうして解った?――いや、愚痴を言うのは後だ!」

 

悠斗は走り出し、凪沙の元へ駈け出す。

其れとほぼ同時に紅い結界も解け、凪沙は片足を突けた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は片足を突け、凪沙と視線を同じにした。

 

「……悠君のバカ。 来るの遅いよ」

 

悠斗は凪沙に、開口一番に怒られてしまった。

それを聞いた悠斗は、

 

「……も、申し訳ない」

 

と、謝る事しか出来なかったのだ。

 

「でも、時間稼ぎは十分だったみたいだね」

 

「ああ、ありがとう。 助かったよ」

 

凪沙がいなければ、夏音が殺されていた確率はかなり高かったのだ。

悠斗は立ち上がり、凪沙の右手を取り、優しく引っ張り上げた。

 

「さて、化け物退治と行きますか。 凪沙は休んでていいぞ」

 

「ううん、――わたしも戦う。 戦う力ならまだあるから」

 

悠斗は、凪沙の確固たる瞳を見て頷いた。

 

「そうか。 俺の傍からは離れるなよ」

 

「わかった。 じゃあ、行こうか」

 

「だな。 スクラップの時間だな」

 

悠斗と凪沙。 最強の二人の戦いが始まろうとしている――。




凪沙ちゃんも本格的に参加ですね(`・ω・´)
チート戦闘になる予感(笑)
てか、凪沙ちゃん。雪菜より強いのはほぼ確定かも……。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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錬金術師の帰還Ⅶ

更新です。
いやー、今回はご都合主義満載ですな(笑)
やっぱ、戦闘は描写は難しいですね(^_^;)

あとあれです。賢者が現れた事で、暗闇が若干かかった独自設定ですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


立ち上がった悠斗と凪沙は、古城たちの方へ歩み寄る。

悠斗は、あっ、と声を上げた。 このままでは、古城と雪菜の正体が露見してしまう。

だが、凪沙は、此方の世界に足を踏み込んでしまったのだ。

 

「古城、姫柊。 抱き合ってる所悪いが、化け物退治が先だ」

 

悠斗にそう言われ、古城と雪菜は咄嗟に離れた。

古城は、悠斗の隣で立っていた人物を見て目を見開いた。

 

「……な、凪沙っ」

 

「古城君も吸血鬼だったんだね。 じゃあ、雪菜ちゃんは、古城君の付き人かな」

 

無邪気に笑う凪沙とは対照的に、古城は、背筋に冷汗を一筋流した。

凪沙は、魔族恐怖症だ。 そう、古城を拒絶してしまう恐れがあるのだ。

だが、それは杞憂だった。

 

「古城君を嫌いにならないから大丈夫。 魔族恐怖症も、皆のお陰でほぼ完治だから」

 

古城は、そ、そうか。と呟く事しか出来なかった。

ともあれ、雪菜がニーナを警戒したような眼差しで見た。

 

「この方は……?」

 

「大錬金術師、ニーナ・アデラードだ。 賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の本来の持ち主ってことだ」

 

悠斗がそう紹介し、うむ。と偉そうに踏ん反り返るニーナ。

雪菜は、ニーナの不自然な胸元をじっと見詰めた。

 

「……どうして藍羽先輩の姿をしてるんですか? それに、あの胸は……?」

 

「ああ、全部古城の趣味だ。 後で古城から聞いてくれ」

 

雪菜と凪沙は、古城に冷たい目線を向けた。

 

「先輩……」

 

「古城君……」

 

「ち、違ェよ! 誤解だ!」

 

必死に反論する古城だが、説得力皆無である。

 

「皆さん!」

 

夏音が必死に声を張り上げ叫んだ。

ミサイルの衝撃から立ち直った天塚が、怒りの形相で古城たちを睨んでいたのだ。

また、夏音は、凪沙に肩を貸してもらっている。

 

「姫柊!」

 

古城は、背負っていたギターケースを雪菜に押しつけた。 雪菜は、驚いて目を見開く。

 

「このケース!」

 

「ニャンコ先生と煌坂からだ」

 

「師家様たちが――!?」

 

古城は頷き返して、雪菜はケースから武神具を抜いた。

柄の部分がスライドし、左右の副刃が展開。 主刃が伸びて槍の形になる。 古城たちを取り巻く天塚の分身体が、一斉に触手を伸ばして四方から攻撃を仕掛けてくる。

しかし、雪菜の表情に焦りはなかった。

 

「雪霞狼!」

 

雪菜が銘を呼ぶと同時に、雪霞狼が白い光を放った。

あらゆる結界を斬り裂き、全ての魔力を無力化する神格振動波の輝きだ。

錬金術によって生み出された金属生命体の触手は切断され、本来のあるべき姿へと還る。――即ち、単なる金属の塊へと。

 

疾や在れ(きやがれ)――龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

古城が、揺らめく水銀を持つ双頭龍の眷獣を召喚し、天塚の分身体を次々に喰らって、この世界から消滅させていく。

巻き添えになって船の甲板もごっそり消滅するが、古城は気づかない振りをする。

だが、この現象を指摘する少女がいたのだった。

 

「古城君のバカっ。 船を消滅させちゃダメだよっ」

 

凪沙は、もうっ、わたしがやった方がよかったかも。と言う始末だ。

 

「古城の眷獣は、ほぼ破壊特化だからな。 仕方ない」

 

悠斗と凪沙の言葉に、古城は、ぐふっ。項垂れてしまった。

 

「ゆ、悠斗の眷獣が奇妙(イレギュラー)なんだよ」

 

古城の言う通り、紅蓮の熾天使は守護の眷獣を使役するのだ。

真祖の眷獣と比較すると、奇妙(イレギュラー)なのは間違えない。

 

「……先輩方も凪沙ちゃんも、緊張感がなさすぎです」

 

雪菜は呆れるしかなかった。

古城たちの感覚は、食卓を囲んでる感じだ。 古城たちとは対照的に、分身体を失った天塚は、屈辱に顔を醜く歪めた。

そんな天塚の前に歩み出たのはニーナだった。 嘗て弟子と呼んだ天塚寂しげに見下ろして、優しい声をかける。

 

「もうやめておけ、天塚汞。 (ヌシ)の負けだ。 大人しく賢者(ワイズマン)の遺骸を渡せ」

 

「ニーナ・アデラード……」

 

黄金の髑髏を握り締め、天塚が掠れた声を洩らした。

二―ナは、天塚の胸に視線を落とした。 そこに埋め込まれた黒い宝石に――。

 

「薄々は気づいておるのだろう? (ヌシ)賢者(ワイズマン)が、霊血の残滓から創り出した人工生命体(ホムンクルス)だ。 完全な人間に戻りたいという欲望を埋め込まれ、奴に利用されているだけだぞ」

 

「あんたまで……そんなことを言うのか、師匠……」

 

天塚が殺気立った瞳で、ニーナを睨み上げた。

しかし二―ナは、天塚の視線を優しく受け止める。

 

「人間であるか否かを決めるのは肉体ではない。 (こころ)の在り様だ。 (ワシ)もそこの吸血鬼も、人間としての身体は失ったが、それでも人間らしく生きようと足掻いておる。 (ヌシ)賢者(ワイズマン)に従う理由などないのだ」

 

「理由……僕が……従う理由は……」

 

脱力した天塚の左手から、黄金の髑髏が離れて落ちた。 それは甲板の上に転がって、鈍い金属の響きを立てる。 カタカタと骸骨が震え出したのは、その直後だった。

 

『カ……カカ……カカカカカ……』

 

黄金の髑髏が振動して、笑いに似た奇怪な音を放ち始める。 二―ナと悠斗は不審そうに眉を上げ、天塚は放心したように髑髏を見詰めている。

古城たちは、何が起きてるか分からない。 ただ、骸骨が放つ奇怪な笑声に、禍々しい気配を感じるだけだ。

 

『カカカカカカ……不完全なる存在(モノ)たちよ。 もう遅い』

 

今度こそハッキリと、自らの意思を持って骸骨が語った。

その声は、とても不快な声だ。

 

「……賢者(ワイズマン)!?」

 

二―ナが怯えたように周囲を見渡して叫ぶ。

そして、悠斗と凪沙は気づいた。 黄金の髑髏の口蓋に、凄まじい熱量が収束されているのに――。

 

「――降臨せよ、青龍!」

 

「――おいで、朱君!」

 

悠斗と凪沙の前に、朱雀と青龍が召喚された。

 

「――雷球(らいほう)!」

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

黄金の髑髏が放った閃光と、青龍の凶悪な口から放った雷球が衝突し、凄まじい爆発が巻き起きる。 通常なら古城たちは爆発の余波で吹き飛ばされるが、その爆発の余波は、朱雀が周囲に展開した結界が防いだのだ。

爆発は古城たちの視界を白く染め、爆音が船を震わせる。 全てが収まり結界を解くと、生々しく空気に残る熱気とオゾン臭だけが、攻撃の凄まじさを物語っていた。

 

「……これは、重金属粒子砲ってやつか」

 

「ああ、この痕跡からしてそうだろうな」

 

黄金の髑髏の攻撃は、絃神島の埠頭に残されていた痕跡と同じものだ。 膨大なエネルギーを投入し、荷電した重金属粒子を高速で撃ち出すビーム兵器。

 

「いや、待て。 あれは賢者(ワイズマン)なのか? 賢者(ワイズマン)だとしたら、賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)はどこだ?」

 

「――あ!?」

 

甲板に転がる黄金の髑髏を見て、古城は絶句した。

そこにあるのは髑髏だけ。 賢者(ワイズマン)の肉体のほんの一部に過ぎないのだ。 人工の“神”の血肉となるほどの液体金属生命体は、一滴たりとも含まれていない。

 

「まさか! 狙いはわたしたちじゃなく――」

 

雪菜が自身の足元へと目を向けた。 損傷したフェリーの艦体の、その更に下――。

 

「海水か!?」

 

二―ナが驚愕の叫びを洩らした。

海水には、“金”や“ウラン”などの貴金属が含まれている。

その数量は数十トン、数千トンとも言われているのだ。 いずれのせよ、人工島に備蓄される貴金属などとは比較にならない膨大な量だ。 なので、賢者(ワイズマン)は海水を目指したのだ。

海水中の貴金属の濃度はあまりにも微量で、効率よく回収する技術は確立されていないが、彼が絃神島からここまでの航行の間、船底に潜んでかき集めた貴金属の量は相当な量になるはず。 それは、賢者(ワイズマン)復活の供物として十分だとしたら。 賢者(ワイズマン)が海中で、ありあまる魔力で練金術を行使したら――。

 

『カカカカカカ――世界よ、完全なる我の一部となれ』

 

フェリーの船体を貫いて、海中から巨大な賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)の塊が浮上する。 それは甲板に落ちていた黄金の髑髏を飲み込んで、完全な人の形を得る。

六、七メートルに達する巨人の形を――。

 

「させっかよ!」

 

悠斗が朱雀を召喚したとほぼ同時に、賢者が光の閃光を放った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

真紅の鎧に包まれた古城たちは、意識を取り戻した。

周囲には粉塵が舞っている。 船は朱雀の守護に包まれ無傷だ。 悠斗が咄嗟に朱雀を召喚させ、皆を守ったのだ。

また、あの高エネルギー重金属粒子砲はかなりの威力だった為、悠斗はほぼ全ての魔力を朱雀に回した。 悠斗は結界を展開させそれを防いだが、続けざまに賢者(ワイズマン)は物質変化を仕掛けたのだ。 悠斗は――朱雀の鎧も纏っていない状態で物質変化の攻撃を受けてしまった。 そう、悠斗以外は朱雀の守護で守られた――。

 

「……お、おい。 悠斗……返事をしろよ……」

 

古城はふらつきながら、悠斗の元へ歩み寄るが、悠斗は眷獣を召喚した姿勢のまま動きを止めていた。

今の悠斗の姿は、鉛色の彫像だ。

紅蓮の熾天使は、第四真祖以上の吸血鬼だ。 ならば、雪霞狼の神格振動波の傷を負っても死なないはずだ。

そう考えた古城は、声を上げて雪菜の名前を呼んだ。

 

「――姫柊!」

 

雪菜は頷いて、光輝く雪霞狼の穂先を押しつけるが変化はなかった。

 

「何で、石化が解けないんだ!?」

 

そんな時、ニーナの小さな声が聞こえてくる。

 

「……ひとたび物質変化によって金属に変えられたものには、もはや魔力は働いておらぬ。 たとえその槍が魔力を無効化するとしても、元に戻すことはできぬ。 そこにいる悠斗は、吸血鬼ではなく、悠斗の形をした、ただの金属だ。――悠斗は自身の守護もこちらに回し、我らを護ったのだ」

 

だが、この状況でも平静を保つ一人の少女がいた。――凪沙だ。

あの攻撃の直前、凪沙の脳内に悠斗の言葉が響いたのだ。

――その内容は、

 

 

 

 

 

 

――凪沙、すまない。 ちょっと石になるかもしれん。 起こしてくれないか。

 

 

 

 

 

 

と言う伝言だった。

凪沙はこの言葉を思い出し、まったくもう。と言いながら悠斗の前まで歩み寄った。

 

「――おいで、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

凪沙は、悠斗から魔力が送られていたのだ。 その魔力を行使し、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)を召喚させた。

今の凪沙は、悠斗の血の従者に近いのだ。

 

「古城君、雪菜ちゃん。 この子と足止めをお願いね」

 

古城と雪菜は目を見開いていた。 当然だ。 古城ではなく、凪沙が第四真祖の眷獣を召喚させたのだから。

そんな事は気にせず、凪沙は悠斗の唇に、自身の唇を重ねた。

刹那、――凪沙たちを囲むように、黄金の渦が巻き起こった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は闇の中に立っていた。

以前も訪れた事があるような空間だ。 しかし、眷獣の精神世界とは異なる空間である。

 

「何処だ、ここ?」

 

『ここは我の世界だ』

 

悠斗の目の前に姿を現したのは、――四神の長。 黄龍(・・)だ。

青龍とは違い、その姿は黄金の龍だ。 鋭い角に、黄金の鬣を後方へ靡かせている。

また、黄龍の言葉で明らかになったのは、この空間は、黄龍が住まう世界と言う事だ。

 

「こ、黄龍か。 てか、俺石化してるはずだよな」

 

悠斗の隣に立った女の子から、可愛らしく拗ねた声が届く。

 

「石化は数秒で解けるから、心配いらないよっ」

 

凪沙は頬を膨らませた。

悠斗は、すまん。と頭を下げたのだった。

 

「あ、黄金の龍だ。 綺麗……。――悠君悠君、この子も眷獣さんなの?」

 

「ん、ああ。 四神の長だ。 朱雀たちのリーダーだな。 もう二体いるんだけど」

 

悠斗は、黄龍の友達みたいなもんだな。と語尾に付け加えた。

凪沙は目を輝かせた。 早く見てみたいという感じだ。

 

『……お前ら、今は(いくさ)の渦の中だぞ』

 

黄龍に嘆息され、悠斗と凪沙は、ごめんなさい。と頭を下げたのだった。

 

『まあいい。 玄武が召喚できないんだろ?』

 

「まあな。 召喚したら、フェリーが沈んじゃうし」

 

「ん?ということは、(こう)君が封印を解いてくれるとか?」

 

凪沙は、黄龍の渾名もすでに考えていたらしい。

此れには、黄龍も一鳴きして笑うだけだ。

 

『端的に言うと、凪沙の言う通りだな。 我の解放条件は、愛する者(・・・・)と絆を一つにする事だからな』

 

悠斗は左のこめかみを押さえた。

 

「黄龍さん。 予想を斜め上に行く条件だわ」

 

「ふふ、面白い条件だね。 霊媒()じゃないんだ」

 

『だろ』

 

何とも緊張感がない会話だ。

眷獣と分け隔てなく話せるのは、悠斗と凪沙だけだろう。

 

『悠斗と凪沙で、我の召喚呪文を唱えよ。 さすれば、我はお前たちの声に応えよう』

 

「ああ、了解だ」

 

「うん、わかった」

 

そう言ってから、悠斗と凪沙は、現実世界へ意識を浮上させた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

現実世界に戻ると、悠斗の石化は溶け、生身の肉体を取り戻していた。

悠斗は大きく伸びをし、

 

「肩こったかも。 石化はするもんじゃねぇな」

 

「もう、そういうのはいいから。 黄君を呼ばないと」

 

「そだな」

 

悠斗と凪沙には、いつもの口調でそう言う。

またしても、緊張感がない会話である。

 

悠斗が賢者(ワイズマン)を見やると、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)賢者(ワイズマン)の攻撃を相殺させてる所だった。

そして、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の絶対零度の息吹が、賢者(ワイズマン)の手足に辿り着き、賢者(ワイズマン)の手足を氷結させた。

また、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の能力のせいか、船周りの海が凍っていたのだ。

 

「(悪い、助かった)」

 

「(まったく、人騒がせな奴よ)」

 

妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)にそう言われ、悠斗は、うっ、と言葉を詰まらせた。

 

「(す、すいません……)」

 

「(まあいい。 後は、悠斗たちに任せていいのか?)」

 

「(おう、大丈夫だ。 お疲れさん)」

 

悠斗がそう言うと、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は徐々に姿を消していった。

――悠斗と凪沙は左手を掲げた。

 

「――四神の長たる黄金の龍よ」

 

「――汝の封印を解放する」

 

古城と雪菜は息を呑み、悠斗と凪沙を見守るようにしていた。

悠斗と凪沙は言葉を紡ぐ。

 

「――全てを司りし神獣よ」

 

「――夜闇を黄金で照らしたまえ」

 

悠斗と凪沙は、最後の呪文を紡ぐ。

 

「――――降臨せよ、黄龍!」

 

「――――おいで、黄君!」

 

暗闇を黄金の光が切り裂き、上空から神々の長たる龍が降臨した。

黄金の龍は、悠斗と凪沙の前に舞い降りたのだった。

その直後、氷結から抜け出した賢者(ワイズマン)から重金属粒子砲が襲いかかるが、

 

「――空裂(くうれつ)!」

 

悠斗が左腕を一閃すると、重金属粒子砲を跡形もなく消滅させた。――黄龍は空間を歪め(・・・・・)、重金属粒子砲を異空間へ飛ばしたのだ(・・・・・・・・・・)

凪沙も朱雀を召喚させ、

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀が浄化の焔を吐き、ほぼ完全に賢者の動きを止めた。

完全に停止したのを確認してから、悠斗は、古城と雪菜を見た。

 

「悪い、古城。 手を貸してくれ。 今の俺じゃ、この技は厳しい」

 

悠斗の言う技とは、黄龍が司る時系(・・)の技だ。

この技は、四神たちの技とは規模が違う。 普段の悠斗なら使用する事は容易いが、現在の悠斗は魔力をかなり消費してるのだ。

 

「で、でも。 どうやって?」

 

「そりゃ、姫柊にアレ(吸血)するんだよ」

 

古城は、えっ?と言う顔をし、雪菜は羞恥で顔を赤くした。

 

「時間がない、早くしろ。 俺は見ないから」

 

悠斗は、凪沙は解らんがな。と心の中で呟いたのだった。

古城も腹を括ったのか、瞳を真紅に染め、白い牙を覗かせた。 悠斗は顔を逸らしていたが、案の定と言うべきか、凪沙には完全に見られてたのだ……。

ともあれ、――古城は眷獣を新たに従え、悠斗の隣に立った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「悪い、ニーナ。 夏音のことを頼んだ」

 

悠斗は賢者(ワイズマン)を見ながら、そう呟いた。

 

「承知した」

 

と言い、ニーナは夏音を護るように立った。

 

「さて、やるか」

 

悠斗がそう言うと、古城は頷き吼えた。

 

「オレが二百七十年続いたあんたの悪夢を終わらせてやる。――ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

「いいえ、先輩。 わたしたちの、です」

 

雪菜が睨みつけた先には、満身創痍の天塚汞が立っていた。

全てを失った彼の瞳には、古城たちに対する憎悪だけが浮かんでいる。

だが悠斗と凪沙は、天塚の憎悪をものともしない。

 

「姫柊の言う通り、俺たちだぞ。 一人で突っ走るなよ」

 

「そうそう。 凪沙も忘れないでね」

 

空中に浮かぶ黄金の巨人が、カカ……と世界の全てを嘲るように笑い出す。

それが、戦いの始まりを告げる合図だった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

賢者(ワイズマン)の身長は、十メートルにも達していた。 形こそ人間と酷似しているが、賢者(ワイズマン)の肉体には目も耳もない。 滑らかな曲線に覆われた全身は、デッサン素体のようだ。

しかし、黄金比で構成されたシルエットは、それでも美しく感じられた。

賢者(ワイズマン)の全身のあちこちには、ニーナの練核によく似た球体が埋め込まれ、眼球のように動きながら地上を冷ややかに睥睨している。

骸骨のように大きく開いた口の中には、黄色の光が炎のように渦巻いていた。

 

『カ……カカ……カカカカ……愚か……抵抗するか、不完全なる存在(モノ)たちよ』

 

荷電粒子の輝きが、哄笑する賢者(ワイズマン)の口から放たれた。

古城が召喚した雷光の獅子が、粒子砲を撃ち落とす。

 

「――黙れよ、金ピカ野郎」

 

賢者(ワイズマン)は自らの腕を巨大な刃と変形させて、フェリーの船体に叩き付けた。

それを受け止めたのは、緋色に輝く双角獣だ。

爆発的な衝撃破を撒き散らし、無数に増殖する触手を蹴散らしていく。

 

「お前には同情してやるよ。 訳も解らないまま、完全な存在として創り出されて、その挙句に全身の血を抜かれて封印されちまったんだもんな。 勘違いしたまま育つのも無理はねーよ。 普通ならもっと早く気づくはずの事に、二百七十年も気づかないままなんてな」

 

鮮血の霧を全身に纏わりつかせて、古城が荒々しく吐き捨てた。

 

『カ……カ……理解(わか)らぬ。 不完全なる存在な理屈を我は理解できぬ』

 

悠斗が息を吐いた。

 

「……古城。 説教はその辺にしとけ、賢者(ワイズマン)は駄々っ子の域だ。 何を言っても無駄だぞ」

 

「そうかも。 早く眠らせてあげようか」

 

「そうだな」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

凍った海の上では、雪菜と天塚が睨み合っていた。 天塚の両腕が、液体金属が触手の刃と化し、雪菜へ殺到した。 しかし、雪菜はその攻撃を雪霞狼で打ち落としていく。

 

「……自分が利用されているだけと知って、まだ戦う気ですか?」

 

雪菜が静かに問いかける。

 

「悪いね。 他に何をすればいいのか、わからなくてさ」

 

「天塚汞……。 あなたは、もう……」

 

天塚の胸に埋め込まれた黒い宝玉は、激しく損傷して、殆んど原形を留めていなかった。

僅かに身じろぎするだけで、砕けた破片が零れていく。

 

「恐いんだ……僕が、僕でなくなるのが……僕は一体誰なんだ? 何の為に生まれて、何をすればいい?」

 

天塚が激しく吼えながら、自らの右腕を爆散させた。弾け飛んだ無数の刃が、散弾のように雪菜を襲う。その攻撃を掻い潜りながら、雪菜は首を振る。

 

「たぶん……その答えを探し続けるのが、人間として生きるという事です!」

 

「……っ!?」

 

絶え間ない天塚の攻撃が、僅かに途切れた。 その瞬間を見逃すことなく、雪菜の唇が静かに祝詞を紡ぐ。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る――」

 

雪菜の体内で膨れ上がった呪力を、雪霞狼が増幅。 穂先が放つ眩い輝きが、天塚の肉体を崩壊させていく。

 

「そうか……僕は……」

 

純白の光に包まれながら、天塚は柔らかな表情で呟いた。 天塚は賢者(ワイズマン)の為に動く必要はなかった。 大勢の人々を傷つけ、犠牲にしてまで、肉体を求める必要はなかったのだ。 人間でありたいと願って瞬間から、天塚は人間でいられたのだから。 彼自身がそのことに気づいてさえいれば――。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

天塚の最後の攻撃をすり抜けて、雪菜の攻撃が天塚の胸を貫いた。 傷ついた黒い宝玉が、完全に砕け散る。 その瞬間、天塚は形を失って砂のように崩れ落ちた。 残ったのは、光をなくした宝石の欠片だけだった。

雪菜は溜息を吐いて、頭上を振り仰いだ。

 

「先輩方、凪沙ちゃん……」

 

第四真祖たちの戦いは今も続いている。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「んじゃ、古城。 締めは頼んだぞ」

 

「凪沙と悠君で、賢者(ワイズマン)の動きを止めとくね」

 

古城はゆっくり頷いた。

 

「――降臨せよ。 黄龍!」

 

「ごめんね。 もう一回力を貸して。――おいで、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

悠斗の前に黄金の龍が、凪沙の前には美しい氷の人魚が召喚された。

 

『カ……カカ……なぜ逆らおうとする。 不完全な存在(モノ)よ……。 なぜ、我の完全なる世界の一部になることを拒む?』

 

海水から抽出した貴金属を練金の対価にして、賢者は力を増していく。

その直後、今までとは比にならない重金属粒子砲が放たれたが、――それを超える力を黄龍は有しているのだ。

 

「――浄天(せいてん)!」

 

黄龍が凶悪な口から吐いた光の渦が重金属粒子砲を呑み込み、その渦は賢者(ワイズマン)に直撃した。

この攻撃を受け、賢者は項垂れるように動きを止めた。

間髪入れず、

 

「――氷華乱舞(ダイヤモンドダスト)!」

 

妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)が絶対零度の息吹を吐き、賢者(ワイズマン)を空中で凍らせ、海に落としたのだ。

これで奴は、身動きを取ることは不可能だ。

 

「古城!」

 

「古城君!」

 

古城は左腕を突き上げた。

その腕から噴き出した鮮血が、爆発的な魔力を帯びて青白く発光した。

 

焔光の夜拍(カレイドブラッド)の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――」

 

閃光の中から出現したのは、水流のように透きとおった肉体を持つ眷獣だ。 美しい女性の上半身と、巨大な蛇の下半身。 流れ落ちる髪も無数の蛇。

青白き水の妖精(ウンディーネ)――水妖だ。

 

疾や在れ(きやがれ)、十一番目の眷獣、水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)――!」

 

水妖の巨大な蛇身が、爆発的な激流となって加速した。 落下した氷の塊は、彼女に取り囲まれ、徐々にその姿を消していく。

水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)賢者(ワイズマン)を破壊している訳ではなかった。 その逆である。 錬金術によって生み出された肉体が、元の金属に姿を変えて、母なる海の大地へと還りつつあるのだ。

――第四真祖の十一番目の水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)は、再生と回復の眷獣だ。 あらゆる存在を癒して、本来あるべき姿に戻していく。

癒しと言っても、水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)は傷を癒してるのではない。 時間を巻き戻すように、出現する以前の姿へ還しているのだ。

癒しと言うよりは、すべてを無に還す破壊の力だ。

賢者(ワイズマン)は完全に無に還され、この戦いに終止符が打たれたのだった――。




召喚しましたね、黄龍。
てか、黄龍強ッ!はい、悠斗君のチート化が増しました(笑)
召喚時、二人で呪文を唱えるのカッコいいぜ!

原作とは違い、凪沙ちゃんも共闘しました。てか、凪沙ちゃんの召喚も朱雀のみだったのに、この戦闘で妖姫の蒼氷も召喚できるようにもなりましたしね。いや、何。チート夫婦やん……。古城君たちともコンビネーションが完璧ですし。

序盤は、古城君たちの活躍が……。まあ、後半にぶっこみましたが(笑)
また、古城君たちも、しっかり足止めしてましたよー(>_<)

さて、次回はエピローグですな。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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錬金術師の帰還Ⅷ

こ、更新です……。
この章も、これで終幕ですな。今回はエピローグなのでちょい短めです。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


戦闘を終えた悠斗と凪沙は、破壊された甲板を背にぐったりともたれていた。

賢者(ワイズマン)との苛烈な戦闘にも関わらず、海面は凍ったままだ。 流石、第四真祖の眷獣の力である。

だが、この氷のお陰で、フェリーの事故原因は季節外れの流水との激突。という建前が出来たのだ。

 

「……流石にきつかったな」

 

悠斗が空を見上げながら、そう呟く。 悠斗は、ほぼ全ての魔力を守護に、また眷獣召喚に行使したのだ。 こうなるのも無理もなかった。

 

「な、凪沙も疲れた……」

 

凪沙も、眷獣召喚の多様。 初の魔力行使など、体の負荷が凄まじいのだ。

だが、凪沙がいなければ、乗客に死者が出た確率も否めない。

 

「あれ? 凪沙が魔力を使えるって事は、凪沙は悠君の血の従者(・・・・)? なのかな」

 

凪沙が首を傾げ、悠斗にそう聞く。

それを聞いた悠斗は、僅かに取り乱した。

 

「一時的にだが、今の凪沙は俺の血の従者だ」

 

「そうなんだ」

 

凪沙は何事もなかったように呟く。

 

「か、軽いな」

 

「そうかな?――凪沙が吸血鬼になれば、悠君とずっと一緒だよね?」

 

血の従者も吸血鬼と同様、永遠に近い寿命を持つ。

また、言い方を変えれば――凪沙は、悠斗の血の伴侶(・・・・)と言う事になるのだ。

 

「あ、ああ。 永遠(とわ)に一緒って事だな」

 

「なら、早く血の従者になりたいかも」

 

凪沙は悪戯っぽく笑い、僅かに肩の衣服をずらし、悠斗に美しく白い肌を見せた。

 

「悠君。 凪沙の血を吸ってもいいよ」

 

悠斗は珍しく、顔を朱色に染めた。

だが、徐々に平静を取り戻していく。

 

「有り難い提案だけど、今はいいかな。 皆の目もあるし」

 

「そっか。 いつでも言ってね。 凪沙はいつでもOKだから」

 

際どい会話に聞こえるかもしれないが、本人たちにはその自覚はない。

ともあれ、悠斗が前に目をやると、古城が雪菜に膝枕をしてもらっていた。 だが、古城の頭はガッチリ拘束され、にっこりと笑った雪菜に、今までを経緯を教えてください。とも言われていたが。

 

また、悠斗は言わなければいけない事があるのだ。――そう、凪沙が眷獣を召喚した件だ。

悠斗が重そうに立ち上がると、わたしも行く。と凪沙言ったので、悠斗は凪沙の右手を握ってから優しく引っ張り上げ、悠斗と凪沙は古城たちの元へ歩み寄り、その場で腰を下ろした。

 

「古城。 嫁さんに膝枕してもらってる所悪いが、話したい事があるんだ」

 

悠斗がそう言うと、雪菜が、嫁さんじゃありませんっ!と抗議したが、知らん顔で受け流す。

古城も、雪菜の膝からむくりと起き上がり、悠斗の正面に座る形になった。

悠斗は頭を下げた。

 

「古城、最初に謝っておく。 俺は凪沙の血を吸ったんだ」

 

悠斗は、ナラクヴェーラ事件の時だ。と付け加えた

古城は目を丸くし、

 

「なッ!?」

 

と、驚愕の声を上げた。

でもね。と前置きして、凪沙が話始める。

 

「凪沙からお願いしたんだ。 だから、悠君を責めたらダメだからね、古城君」

 

古城は、あ、ああ。と頷き返し、悠斗が本題に入る。

 

「古城と姫柊も気になってると思うが、凪沙が眷獣を召喚できた件だ」

 

古城は、話してくれと促した。

悠斗は、深呼吸をした。

 

「最初の吸血をした時に、俺と凪沙には見えない経路(バス)が形成されてな。 その経路(パス)を通して、凪沙は、俺の眷獣が使役できるようになったんだ。 あ、寿命は俺持ちだから心配するな」

 

「そ、そうか。 じゃ、じゃああれは――」

 

古城が言いたい事は、何故、凪沙が第四真祖の眷獣が召喚できるんだ?と言う事だろう。

だが、悠斗は頭を振った。

 

「……その件は、古城が失った記憶(・・・・・)と関係してるんだ。 だから、話ことはできない」

 

そう。 あの事件では、古城と十二番目が大きく関係してる。 なので、この事柄は、古城が自力で思い出さなければならないのだ。

 

「……そうか」

 

「重要なことは後から話す。 今は色々ときつい」

 

古城は頷き、

 

「……そうだな。 オレも疲れた」

 

「あ、そういえば、ニーナは……?」

 

返事は、古城たちのすぐ近くから聞こえてきた。

 

「ここだ。 大義であったな。 古城、悠斗。 凪沙と雪菜もな」

 

彼女の制服の胸元には、人形のような小さな影が乗っていた。

 

「礼を言う。 お陰で、ようやく二百七十年の負担から解放されたわ」

 

胸を張るニーナの身長は30㎝足らず。 妖精のようなサイズである。

オリエンタルな美貌の見知らぬ女性だが、何処となく浅葱の面影が残っている気がした。

だが、何故小さくなっているのか? 悠斗は疑問をぶつけてみた。

 

「ニーナ。 どうしてそんな恰好なんだ?」

 

「爆発で夏音を護ってな。 霊血が吹き飛んでしまったのだ。 残った霊血をかき集めて見たが、人型を保つには、この寸法(サイズ)が限界であったわ。 生活するのに特に不都合はないがな」

 

そう言ってニーナは、胸に埋め込まれた深紅の宝玉を撫でた。

 

「な、何かすまん……。 爆発を起こさないように注意したんだが……」

 

悠斗がそう言い、古城たちは肩を小さくした。

 

「気にするでない」

 

ニーナの言葉を聞き、古城たちはホッと息を吐いた。

 

「で、ニーナは夏音の所で世話になるのか?」

 

「はい。 マンションで飼っても大丈夫か、南宮先生に相談してみます」

 

悠斗の質問に、夏音は嬉しそうに目を細めて頷いた。

彼女は小動物の飼育をするのが趣味なのだ。 ペット扱いするな、と古の錬金術師が、むくれたように腕を組む。

 

「わ、なにあれ、飛行船!? おっきい!」

 

凪沙が空を見上げて言う。 水平線近くに浮かんでいたのは巨大飛行船だ。 アルディギアの騎士団が、救援に駆け付けてくれたのだ。

 

「あれはアルディギアの飛行船だ。 夏音の護衛だな」

 

「か、夏音ちゃんって、実は凄い人だったり……」

 

悠斗の言葉を聞き、凪沙は僅かに顔を引き攣らせる。

まあ確かに、夏音は王位継承権が無いものの、アルディギア王家の一人であるのだ。

 

「き、気にしないでください。 いつも通りで大丈夫です」

 

凪沙は、よ、よかった。と安堵の息を吐いた。

ともあれ、救援が到着したという事は、フェリーの乗客の安全は確保されたのだ。

 

「俺は一足先に帰るわ。 古城たちはどうするんだ?」

 

「オレと姫柊は、事情説明の為に残るよ」

 

「こちらの事後処理は、わたしと先輩で何とかします」

 

「悪いな。 んで、凪沙はどうする?」

 

凪沙は宿泊研修の生徒だが、フェリーの航行は不可能だ。 中止は免れないだろう。

なので、絃神島に一足先に帰還しても問題ない筈だ。

 

「凪沙も悠君と帰ろうかな。 宿泊研修、無理っぽいしね」

 

そう言ってから凪沙は苦笑し、悠斗も、そうだな。と言い苦笑したのだった。

悠斗は左手を突き出し、

 

「――降臨せよ、朱雀」

 

悠斗は紅蓮の不死鳥を傍らに召喚させ、凪沙を優しく朱雀の背に乗せ、悠斗も朱雀の背に飛び乗った所で、朱雀は翼を羽ばたかせた。

 

「んじゃ、先に帰る。 後は頼んだ」

 

「またね。 古城君、雪菜ちゃん、夏音ちゃん」

 

これを最後に、朱雀は飛翔を開始した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は、朱雀の背に座りながら、今後の事を凪沙と話し合っていた。

 

「そろそろ、正式に古城に挨拶に行かないとな。……はあ、死ななければいいけど」

 

悠斗が言う挨拶とは、俗に言う、“娘さんをください(・・・・・・・・)”イベントの事である。

この手の挨拶は、――顔見知り関係なしに緊張するのだ。

 

「大丈夫っ! その時は戦おう」

 

悠斗は顔を強張らせた。

 

「な、凪沙。 戦闘の戦うはダメだぞ……」

 

凪沙も、朱雀と、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)が使役出来る。 島一つ消滅される事が可能かもしれないのだ。

また、“第四真祖vs紅蓮の織天使”になれば、最悪、世界に影響を与えるかもしれない。

 

「もちろん、説得って意味だよ」

 

「そ、そだな」

 

悠斗は安堵の息を吐いた。

凪沙は笑みを浮かべ、

 

「反対されても、――凪沙は悠君を愛し続けるよ」

 

「俺もだな。――俺が愛する人は、凪沙だけだしな」

 

太平洋の真ん中の海上で、二人の唇が重なった。

この時、太陽の光に照らされて、海面が眩い黄金色に輝いていた――。




凪沙ちゃんは、ほぼ悠君の血の従者(血の伴侶)やねヽ(*´∀`)ノ
質問で攻めはない方向にしましたです。流石に激戦直後ですから。まあでも、最後にフラグが立ったかも。

次回は、番外編を予定しております(*- -)(*_ _)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
凪沙ちゃんの荷物等は、古城君が持って帰りましたよー。
また、悠斗君は、何故凪沙ちゃんに妖姫の蒼氷が宿っているか?の予測がほぼ出来てます。悠君、凄っ!て感じですね(笑)


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日常編
婚約と同棲


やっと更新出来ました。
今回は番外編ですね。今回の話で、結構急展開?になるかも(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


太平洋の真ん中に位置する絃神島。

そこのアイランド・サウス七〇三号室に住む悠斗には、余裕が微塵も感じられなかった。

 

「……やばい、古城に会うだけでこんなに緊張するとは」

 

今日は古城に挨拶をする日時なのだ。 まあでも、悠斗たちは学生で在る為、高価な服を身に纏い、高級レストランで待ち合わせ。と言う事ではなく、いつもの恰好で七〇四号室(暁家)で執り行われる事になっているのだ。

ちなみに、現在の時刻は昼過ぎである。

 

「大丈夫っ! 古城君なら、すぐにお許しをくれるよ」

 

「……俺、眼力で殺されそうな気がするんだが」

 

凪沙は苦笑した。

 

「悠君は紅蓮の織天使で、第四真祖より強いんだから、問題ないよ」

 

「……凪沙。 それは戦闘の事であって、この件には関係ないような。 まあでも、元気が出た」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

「んじゃ、行きますか」

 

そう言って、悠斗と凪沙は玄関へ移動し、各々の靴に履き替えてから、暁家へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「「おじゃまします!!」」」

 

悠斗と凪沙綺麗に挨拶をしてから、玄関で靴を脱ぎリビング踏み入れると、そこには腕組みした古城がダイニングテーブルに着席していた。 その隣には、雪菜も同席している。 雪菜は、古城の血の伴侶同然だ。 ならば、古城の隣に居て当然なのだ。

凪沙と悠斗は、古城に促され向かい合わせになるように着席した。

 

「え、えーとだな。 今日はこのような席を設けてくれてありがとうございます」

 

悠斗の言葉を聞いた凪沙は、クスリと笑った。

 

「ゆ、悠君。 標準語と丁寧語が混じってるよ」

 

「あ、やべ」

 

悠斗は、んん。と言い気を取り直した。

 

「――今日はこのような席を設けて頂きありがとうございます。 本日は、凪沙さんの兄、古城さんに挨拶を申し上げたいと思い、参上致しました」

 

古城は頭をガシガシと掻いた。

 

「悪ィ、悠斗。 いつもの口調に戻してくれ。 何と言うか、違和感しか感じない」

 

「だ、だよな。 んじゃ、いつもの口調でいかせて貰うわ」

 

やはり、古城たちには硬い空気は似合わないらしい。

場が柔らかくなった所で、悠斗が話し出す。 その内容は、――凪沙との出会いや、愛情に至るまでの経緯など。 悠斗は、凪沙の軌跡をほぼ赤裸々に語った。 まあでも、凪沙が俯き、顔を真っ赤に染めた場面が多々あったが。

その間古城は、腕を組み真剣に話を聞きながら相槌を打っていた。

 

「古城。 凪沙との婚約を認めて欲しい」

 

「古城君。 わたしからもお願いします」

 

悠斗と凪沙は深く頭を下げ、数秒後頭を上げた。

古城は、悠斗と凪沙を見てから瞑目し、数秒後目を開けた。

 

「……悠斗は、凪沙を幸せに出来るか?」

 

「ああ、絶対に幸せにする。 どんな事があっても、彼女の事は離さない」

 

暫しの緊張が走る。

 

「……そうか。――実はな、オレも、悠斗には任せられると思っていたんだ。 凪沙の事をこんなにも考えてくれる人なんて、そうそう居ないしな。――――二人の婚約を認めるよ」

 

悠斗と凪沙は、安堵の息を吐いた。

肩の荷が下りた感じだ。

 

「でもまあ、母親とオレをクリアしても、最後には親父がいるからな。 あいつは、悠斗の事をあんま知らないから、結構骨が折れるかもしれないぞ」

 

古城も悠斗の事をあまり知らなかったら、こうも簡単に認める事はなかっただろう。 古城にとって悠斗は、親友であり、背中を任せられる戦友なのだから。

 

「ま、まあ、それは何とかするよ」

 

「あとは、牙城君を説得できれば、親公認の婚約者だね」

 

凪沙は、悠斗を見ながらニッコリ笑った。

悠斗も、自然と笑みが零れる。

今まで沈黙していた雪菜が、笑みを浮かべ、悠斗と凪沙を見ながら口を開く。

 

「神代先輩も、凪沙ちゃんもおめでとうございます。 幸せになってくださいね」

 

「ありがとう、雪菜ちゃん。 雪菜ちゃんは、どうするの?」

 

「確かに、現状維持だと埒があかんぞ。 まあでも、姫柊はあいつの隣を確保してるけどな。 姫柊が一歩を踏み出せば、ほぼ勝利だな」

 

本人の前で踏み込んだ話をされたので、雪菜は動揺し、あたふたさせた。

だが、そんな雪菜を見ても、古城は、どうしたんだ?姫柊の奴。としか思ってないだろう。 流石、ザ・鈍感である。

 

「(姫柊も前途多難かもな)」

 

「(かも。 古城君を気にかけてる女の子はかなり居るから、横から取られちゃう。って事も考えれるよね)」

 

「(有り得る話だな。 浅葱辺りは、この頃積極的だし)」

 

悠斗と凪沙は、言葉にせずとも意思疎通が出来るので、脳内に語りかける事が可能だ。

凪沙が、何かを閃いたように口を開く。

 

「雪菜ちゃんって、ししおうきかん?の剣巫で、古城君の監視役なんだよね?」

 

古城たちは凪沙に、裏世界の事を全て話したのだ。

こちら側に足を踏み入れた凪沙は、知る権利があるのだから。

 

「そうですね。 凪沙ちゃんの言う通りです」

 

次の凪沙の言葉で、古城と雪菜はかなり取り乱す事になるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――だったら、古城君と雪菜ちゃんは一緒に暮らす(・・・・・・)ってどうかな? その方が、効率的じゃないかな?」

 

「「なッッ!?」

 

古城と雪菜は、驚愕の声を上げた。

まあ確かに、雪菜が獅子王機関から受けた任務は、第四真祖の監視である。 ならば、同じ屋根の下で暮らし監視した方が効率は良いのだ。

 

「な、凪沙は、どど、何処で暮らすんだ?」

 

凪沙は古城の問いを聞き、きょとんとした。 そんなのは決定済みだよ。と言いたい表情だ。

 

「凪沙は、悠君と一緒に暮らすよ」

 

悠斗と凪沙は、半同棲状態だ。

なので、同じ屋根の下で暮らしても問題ないのだ。

 

「まあそういうことだ。 俺と凪沙は、完全な同棲生活って事になるな。――てか、さっきの件だが、良いと思うぞ。 姫柊もその方が監視しやすいし、移動諸々もなくなって一石二鳥って事になる」

 

「でしょでしょ。――古城君を朝起こすのも、朝食作りも、雪菜ちゃんのお仕事ってことでどうかな?」

 

雪菜は顔を赤くしながら、

 

「せ、先輩が迷惑でないなら……。 その、あの……いいと思います」

 

「ひ、姫柊!?」

 

古城は声を上げたが、本人も嫌々ではないようだ。……まあ、悠斗と凪沙の誘導と言う線も否めないが。

 

「んじゃ、その方向で行くか。 必要な家具とか買いに行くか?」

 

「うん! あと、お洋服見たいかも」

 

「いいぞ。 古城たちはどうする?」

 

古城は溜息を吐いた。

どうやら、色々と腹を括ったらしい。

 

「ああ、オレも行く。 姫柊は必要最低な物しかなさそうだし、何かと必要な物があるだろ。 服も学校の制服しかなさそうだし」

 

「そ、そんな事ありませんっ! 先輩のバカっ!」

 

雪菜はそう叫んだが、

 

「へいへい」

 

と、古城に受け流されてしまった。

そんな古城を見ながら、雪菜は頬をぷくっと膨らませた。 ともあれ、こうして報告件、同棲の話が纏まったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

現在、古城たちは、モノレールの改札前で切符を購入していた。

そう、隣街にあるショッピングモールへ移動する為である。 このショッピングモールは、悠斗と凪沙が初めてデートをした場所でもあるのだ。

ちなみに、古城たちは外出できるラフな恰好である。

 

「初めてかもな。 四人で買い物は」

 

「いや、前に皆で行っただろ?」

 

悠斗が言う前とは、宿泊研修の買い物の時だ。

 

「あの時は、荷物持ちだっただろ。 こうやって四人で出かけるのは、初めてだなと思ってな」

 

「……確かに、初めてかもな」

 

古城と悠斗が話していると、改札奥から可愛い声が届く。

 

「古城君ーっ、悠君―っ。 行くよー。 ほら、雪菜ちゃんも」

 

「せ、先輩方。 い、行きますよー」

 

どうやら、雪菜は凪沙に手を引かれ改札を潜っていたらしい。

これを見た悠斗は苦笑し、古城は、まったく。と言いながら肩を落としていた。

 

「行くか。 二人とも待ってるみたいだし」

 

「ああ、そうだな」

 

そう言って、古城と悠斗は改札潜り、雪菜と凪沙の元へ向かったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

数分間モノレールに揺られ、目的地へ到着した。 また、モノレールに揺られている間も、凪沙と雪菜は今後の予定について盛り上がっていた。 やはり、戦闘等を除くと、雪菜と凪沙は可愛い中学生なのだ。

 

――閑話休題。

 

ショッピングモールの二十扉を潜ると、冷たい風が汗を引いてくれる。

古城と悠斗は額の汗を拭うと、口を開く。

 

「最初は何処に行くんだ?」

 

「やっぱ、最初は雑貨屋じゃないのか? 姫柊の必要な物を買わないとな」

 

「そうだね。 まずは、雪菜ちゃんが必要な物を揃えないと」

 

「な、何かすいません……」

 

古城たちは、気にしない気にしない、と言いながら、ロビーの備え付けられているエレベーターに乗り、雑貨屋がある四階へ向かったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

雑貨屋に入ると、古城と雪菜、悠斗と凪沙で分かれる事になり、買い物が終わったら近場にある長椅子へ集合と言う事になった。

 

「圧力鍋で豚の角煮も作って見たいしなぁ。 こっちのステンレスフライパンも捨て難いなぁ」

 

凪沙と悠斗が訪れている場所は、食器コーナと言えばいいのか、かなりの料理器具が展示されている場所だ。

うーん……。と頭を捻っている凪沙を見ながら、悠斗は苦笑した。

 

「悩んでるなら、どっちも買うか?」

 

「いいの!?」

 

振り向いた凪沙は、目を輝かせた。

 

「おう、いいぞ。 これを使った、凪沙の料理も食べて見たいしな」

 

「ありがとう! 悠君、大好きっ!」

 

そう言って、凪沙は悠斗の左腕に抱きついた。

悠斗は笑みを浮かべながら、開いた右腕で、自然と凪沙の頭に手をポンと置いた。 凪沙は小猫のように目を細めて、悠斗の腕に抱きつく力を僅かに強めたのだった。

 

「俺も大好きだぞ。 ずっと一緒に居ような」

 

「うんっ!」

 

悠斗と凪沙は気づいていなかった。 そう、二人を包むように、甘い固有結界が展開されていたのだ。

余談だが、女の子特有なものをほぼ直に押し当てられた悠斗の理性は、ガリガリ削られていのは内緒だ。 目的の商品を籠に入れ、悠斗と凪沙は会計する為レジへ向かい会計を済ませ、集合場所へ急いだのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

長椅子の場所へ向かった悠斗と凪沙だが、古城と雪菜の姿は見当たらなかった。 どうやら、まだ買い物をしてるらしい。

悠斗と凪沙は席に腰を下ろした。 長椅子に座った時、悠斗の右肩に凪沙の頭がコテンと乗せられた。

 

「凪沙、この恰好好きなんだ。 何か、安心する」

 

「そうか。――俺も結構好きだったりするんだけどな」

 

「そっか」

 

悠斗は眠りそうな凪沙の前髪を左右に分けていた。 凪沙は気持ち良さそうに、ん。と甘い声を出したのだった。 この時、悠斗は気づいた。 此処はショッピングモールであり、――自宅ではないのだ。 つまり、公共の場である。

その証拠に、温かい視線が凄いのだ。

 

「(ま、いっか)」

 

悠斗はこの視線を、この一言で片づけてしまったのだった。

数分が経過した頃、結構な荷物を持った古城と雪菜が姿を現した。と言っても、ほぼ古城が持っているが正しいかもしれないが。

 

「ったく、ここは公共の場だぞ」

 

二人を見た古城は呆れたようにそう言い、

 

「か、神代先輩、凪沙ちゃん。 破廉恥です」

 

雪菜は顔を真っ赤に染めた。

今の言葉は、紗矢華そっくりだ。 悠斗は名残り惜しいが、凪沙を起こす事にした。

 

「凪沙、移動するぞ」

 

凪沙は頭を起こし、

 

「わかった。 でも、もうちょっと堪能したかったかも」

 

「……俺もだけど。 ま、今日から一緒に暮らすんだし、いつでも出来るだろ」

 

「ん、そうだね。 そうだっ。 今日は一緒に寝よう」

 

「まったく、わかったよ。 行くぞ」

 

「りょうかいです!」

 

悠斗と凪沙は立ち上がり、古城たちと並ぶ為歩き出した。

それよりも、凪沙のタガが外れそうな気がするのは気のせいだろうか……。

 

古城たちが次に訪れた場所は、レディース服店だ。

何でも、凪沙がワンピースを見たいらしい。 今更だが、凪沙に似合わない服なんてあるのだろうか?

雪菜と凪沙が手に取ったのは、サマーワンピースだ。

 

「悠君は、どっちの色がいい?」

 

凪沙が手にワンピースの色は、対照的なグレーと白である。

グレーは大人に見せるような感じであり、白は活発さを際だせる感じだ。

 

「そうだな、グレーかな。 見てみたいって言う願望もあるけど」

 

「りょうかい。 着替えてくるね」

 

そう言って、凪沙は試着室へと消えて行った。

また、雪菜は凪沙と反対の色、白を試着するらしい。 ちなみに、この色は古城が選択した色らしい。

 

「なあ古城。 姫柊も似合いそうだな」

 

「え、ま、まあ、そうだな。 姫柊は、元が良いし、可愛いしな」

 

「ったく、それを本人の前で言ってやればいいのに」

 

そう言って、悠斗は溜息を吐いた。

古城は、何でだ?と疑問符を浮かべていたが。 数分経過した所で、試着室のカーテンが開かれた。

 

「じゃーん。 どうかな?」

 

グレーのワンピースは、凪沙のスタイルと絶妙にマッチしていた。

その証拠に、悠斗の顔は硬直したままだ。 いや、見惚れているが正しいかもしれない。

 

「ゆ、悠君。 どうしたの?」

 

「あ、ああ、すまん。 かなり似合ってる。 見惚れてたわ」

 

「そ、そっか。 ありがと……」

 

「お、おう」

 

凪沙は顔を俯け、悠斗も僅かに顔を朱色に染めたのだった。

それは、とても初々しいカップルに見えたのだった。 悠斗が古城たちを見ると、古城はしどろもどろに答え、雪菜は顔を俯けていた。

雪菜は、古城競争率の中では、頭一つ飛び抜けた感じである。

ともあれ、凪沙と雪菜は私服を数着と、悠斗と古城が選んだサマーワンピースを購入したのだった。 この時悠斗は、凪沙の着物姿も見てみたいと思ったのは秘密である。

レディース服店を出て、腕時計で時間を確認すると、現時刻は十七時を回ろうとした所だ。

 

「そろそろ帰るか。 姫柊も、今日から古城の家に住むんだ。 私物等の移動もあるだろ」

 

悠斗がそう言うと、雪菜と古城は目を丸くした。

 

「え、マジで!?」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「……そうだけど。 てか、いつからだと思ってたんだよ」

 

雪菜と古城の事だ。

今から一週間後。とでも思っていたのだろう。

 

「雪菜ちゃん、古城君をちゃんと見てあげてね」

 

「え、はい。 わかりました、任せてください」

 

雪菜は、どうしようもない時は、雪霞狼を使用するので問題ないです。とも言うのだった。

それを聞いた古城は、当然顔を青くしたのだった。 そう、雪霞狼は真祖を殺す事ができる武神具だ。 古城がこうなるのも無理もなかった。

 

「そう言う事だ、古城。 殺されないように頑張れ」

 

古城は天井を見上げ、勘弁してくれ……。と呟くのだった。

そんな古城を見ながら、悠斗たちは苦笑した。 とまあ、このようにして、古城たちはショッピングモールを後にしたのだった――。




えー、古城君からすんなり許可が出たな。と思う方すいません(^_^;)
書いてたら、こうなってしまいましてですね……。でもまあ、古城君には急展開?が訪れたのかな。

てか、最終的にはダブルデートぽくなっちゃったけど。こっちの要素が強い気がするのは、たぶん気のせいだ……。
凪沙ちゃんは、既に悠君のマンションに私物を配置してますね(^O^)
さて、次回は暁の帝国かな。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
雪菜が住んでいたマンションは、空き部屋になってしまいました……。
ええ、前に住んでいた人、ドンマイですね(-_-;)
後、第四真祖の本当の監視役の事は伏せてますね。まだ、言う時期ではないと思うので。


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暁の帝国
暁の帝国


こ、更新です……。
今回も?ご都合主義満載ですね(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


同棲が始まり、翌週の月曜日。

悠斗はベットから上体を起こし、大きく伸びをした。 隣では、結い上げた黒髪を下ろし、可愛いパジャマ姿で眠る人物。 そう、――凪沙である。

 

「……俺の方が早いとか、安眠しすぎだぞ」

 

そう言いながら、悠斗は凪沙の頬をツンツンと突いた。 それに応じるように、んん……。と凪沙は甘い声を洩らした。

凪沙の寝顔を見ていたい悠斗だが、今日は月曜日であり、学園の登校日である。

この時悠斗は、何で休日じゃないんだ……。と呟き、名残惜しそうに凪沙の肩を揺すった。

 

「凪沙、起きてくれ。 今日は学校だぞ」

 

「んん…………え、学校!?」

 

凪沙はバネのように上体を起こし、悠斗を見る。

悠斗は苦笑し頷いた。 どうやら凪沙は、完全に休日だと思っていたらしい。

 

「ご、ご飯作らないと。 どど、どうしよう!?」

 

凪沙は慌てふためいた。

そんな凪沙の姿を見て、悠斗は新鮮だな。と思っていた。 普段彼女はしっかりしているので、このような姿は珍しいのだ。

 

「ゆ、悠君は洗面所に行ってね。 凪沙、制服に着替えちゃうから」

 

「いや、一緒に寝たんだし。 別に――」

 

「そ、それとこれは別なの!」

 

「そ、そうなのか?」

 

「そうなの!」

 

悠斗は渋々ベットから降り、女心は今一解らない。と思いながら部屋を出て、洗面所へ向かったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

洗面所で洗顔等を済ませてから、悠斗は凪沙と変わるように自室へ赴き、制服に着替えリビングへ向かった。

悠斗がリビングに入ると、バターの香ばしい匂いが鼻孔を擽る。

テーブルの上に置かれた皿の上には、こんがりと焼けた食パンに、トロトロしたバターが塗られている。 その皿の隣には一杯のコーヒーだ。 簡素な料理だが、かなり旨いだろう。

 

「ご、ごめんね。 こんなのしか作れなくて……」

 

エプロン姿の凪沙はしゅんとした。

だが悠斗は、左右に頭を振った。

 

「いや、全然構わないぞ。 凪沙が作った物は、何でも旨いしな」

 

「そ、そうかな」

 

「そうだぞ。 今度一緒に何か作るか?」

 

「いいね、それ採用!」

 

そう言いながら、エプロンを外した凪沙と、悠斗は椅子に着席し手を合わせ、いただきます。と音頭を取ってからパンを口に運ぶ。

 

「食パンにバターが染み込んでかなり旨いぞ。 良い奥さんになるな」

 

「もう、わたしは悠君の奥さんだからね。……いや、ちょっと早いかな」

 

凪沙は頬を僅かに朱色に染め、まだ結婚式も挙げてないしね。と恥ずかしそうに呟く。

悠斗も、そ、そうだな。と歯切れ悪く答えたのだった。 まさに、二人だけの空間が形成されていたのだ。

朝食が終わり、自身が使用した食器を流しに置き水につけ、ソファーに置いたバックを肩にかけてから玄関へ向かい靴に履き替える。

 

「古城と姫柊は、上手くやってかな?」

 

「……古城君、雪霞狼を使われなければいいけど」

 

「確かに、第四真祖でも雪霞狼は洒落にならないしな」

 

だが、次の凪沙の言葉で、悠斗は僅かに動揺する事になるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――ねえねえ、朝のキスは?」

 

「……おバカ」

 

そう言って、悠斗は凪沙の額を右手人差し指で小突き、凪沙は、あうっ。と甘い声を洩らした。

悠斗は、まったく。と言いながらマンションの鍵を閉め、悠斗と凪沙エレベーターに乗り込み、到着した一階ロビーで、暁古城と姫柊雪菜と合流し学園を目指した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

通り慣れた歩道を通り、改札を潜りモノレールへ乗り込む。

悠斗が手摺を握ってる古城を見ると、かなりお疲れのようだった。 まあ、大体の予測が出来るんだが。

 

「……古城。 雪霞狼を使われたのか?」

 

「……あ、ああ。 オレの安眠中に、『早く起きないと殺しますよ』って脅されたんだ」

 

悠斗と凪沙の予想通り、雪霞狼が使われていたのだ。

これから古城は、雪菜の尻に敷かれる事になるだろう。

 

「せ、先輩が起きないからです。 な、何回も起こしたんですよ」

 

雪菜が言うには、古城は一度目を覚ましても、二度寝をして起きる気配がなかったらしい。

なので、雪霞狼を使用した。と言う事だ。

モノレールが最寄り駅に到着し、古城たちはいつものように改札を出て、学園に繋がる歩道を歩き、学園の校門前に到着した。

 

「それでは、凪沙ちゃんとわたしは中等部の校舎へ向かいますね」

 

「またね。 古城君、悠君」

 

「おう」

 

「またな」

 

悠斗と古城は、凪沙と雪菜の背中が見えなくなるまで見送り、悠斗と古城は高等部の校舎に入り、昇降口で上履きに履き替え、自身の教室である二年B組へ向かった。

ともあれ、こうして授業を受け、昼休みとなった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

昼休み。 古城たちはパンを買う為、食堂へ向かっていた。

悠斗を挟むように、古城、基樹と歩いている。 途中、渡り廊下に差し掛かった時に、基樹が口を開いた。

 

「お、姫柊ちゃんだ」

 

基樹の視線の先には、階段を下りてくる雪菜の姿があった。 誰かを探しているのか、周囲を見回しながら食堂の方向へ向かって行く。

そんな雪菜の背中を見て、基樹が感心したように呟く。

 

「相変わらず綺麗な子だなー……。 一人だけ住んでる世界が違うっつか。 可愛いし、細いし、顔小ちっちぇえし。 あと、ちょっと天然入ってるあたりがなんとも」

 

その直後、古城たちの視界の中で、雪菜がガラス製のドアにぶつかった。

ごん、と鈍い音が、少し遅れて聞こえてくる。 雪菜は顔を押さえて蹲り、小刻みに肩を震わせる。

 

「……いや、あれは天然入り過ぎだろ。……何やってんだ、あいつは」

 

古城は悠斗に、だよな?と同意を求めたが、悠斗は眉を寄せていた。

玄武の能力は、対処の気配を感じる事ができる。 そう、雪菜が纏っている気配に、――第四真祖(・・・・)の気配も感じるのだ。

 

「悠斗、どうしたんだ?」

 

「……いや、何でもない」

 

「そ、そうか? ならいいが」

 

古城と悠斗は、雪菜の元へ駆け寄った。 痛たたたた、苦悶する雪菜の背中に、古城は心配そうに声をかける。

 

「大丈夫か、姫柊?」

 

「あ、はい。 なんとか……」

 

赤くなった鼻の頭を押さえて、涙目の雪菜が顔を上げた。 そして、自分を見下ろす古城と悠斗に目を合わせ、驚いたように口を開く。

 

「って、え? 古城君、悠斗君」

 

「……古城君? 悠斗君?」

 

普段とは違う雪菜の口調に、古城と悠斗は不審げに眉を寄せた。 古城をこのように呼ぶのは、母親と凪沙だけだ。 要するに家族だけである。 また、悠斗君と呼ぶのは、古城の母、深森だけである。

それに気付いた雪菜は、慌てて頭を下げた。

 

「あ……すいません、失礼しました。 暁先輩、神代先輩」

 

「いや、気にするな」

 

「オレの呼び方もどうでもいいだけどさ……。 それよりも、姫柊は怪我をしてないか?」

 

「はい、問題ありません。……このドアって、まだ自動じゃなかったんですね……」

 

そう言って雪菜は、学食の入り口ドアに恨みがましい視線を向けた。

また、この時悠斗は、ほぼ確信に至っていた。

雪菜の恰好であるがやんちゃさを覗かせ、第四真祖の気配、未来予知のような言葉、家族特有の呼び方。 この雪菜は、――――未来人(・・・)だ。

 

「(……はあ、あいつなら創れそうだしな……)」

 

悠斗は一端思考を停止させ、再び雪菜を見た。

それにしても、本物の雪菜と瓜二つだ。

 

「まあ、あんま金のない学校だしなぁ……」

 

のんびりと歩いて追いかけてきた基樹が、古城たちの代わりに答える。

雪菜は、そんな基樹を怪訝顔で見上げて、

 

「もしかして、矢瀬先輩ですか? え? 嘘!?」

 

「なんだよ、今更。 そんな他人行儀な」

 

驚愕する雪菜を見下ろし、基樹が苦笑した。 しかし、雪菜は呆然と目を見開いたまま、

 

「だ、だって……痩せてますし」

 

「え? オレ、最近そんな太ってたか?」

 

基樹が戸惑ったように呟く。

雪菜は、基樹の頭をじっと見つめて、

 

「それに、髪の毛もふさふさ……」

 

「は? ちょっと待った。 オレの将来が不安になる発言は止めてくれる!?」

 

つんつんに逆立てた髪を押さえて、焦った口調で言い返す基樹。

 

「す、すいません。 でも、髪の毛を染めたりするのは、少し控えたほうがいいかと……その、頭皮へのダメージが……」

 

「そうだぞ。 姫柊の言う通り、基樹は将来ハゲになるな。 てか、太ってハゲとか――」

 

いつものように便乗する悠斗。

 

「って、やめてくれ。 悠斗が言うと本当になりそうだから。 で、でも確かに、絃神島は紫外線がきついしな」

 

基樹が、悠斗と雪菜の忠告を聞き、真剣に考え込む。

妙にズレた会話を聞いていた古城は、困惑気味に雪菜の顔を覗き込み、

 

「どうしたんだ、姫柊? さっきから変だぞ?」

 

そう言って、古城は雪菜の額に手を当てた。 雪菜は、古城をきょとんと見返し、少し面白そうに唇の端を上げる。

 

「え……と、先輩? わたしに触ってます?」

 

「ああ、悪い。 気に障ったか?」

 

「いえ、全然。 ただちょっと、聞いてた話と違うなと思って……。 わたしたち、普段からこんな風に仲良くしてました?」

 

悠斗は、なるほど。と頷き、再び便乗する事に決めたのだった。

 

「もちろんだ。 人目を気にしないで、いつもイチャイチャしててな。 この間なんか、血を吸ったんだぞ。 それも、――数え切れないほど」

 

「ほほう。 神代先輩、そこの所詳しく聞きたいんですが。 どのようなシチュエーションで?」

 

「そうだな。 最初はキーストーンゲートで、姫柊の肩に牙を――」

 

古城はかなり慌てて、雪菜と悠斗の会話に割り込んだ。

 

「ちょ、ちょっと待てー! そ、それは仕方なかっただろっ! オレが死にかけたたり、色々あってな――」

 

「ま、そんな事だと思ってましたけど。 まったく、いやらしい雪菜(ヒト)ですね」

 

他人事のような雪菜の呟きに、古城は訝しげに目を細めた。

その直後、古城たちの背後から、冷ややかな声が聞こえてくる。 少し舌足らずでありながら、奇妙な威厳とカリスマ性を感じさせる口調だ。

 

「――なにを騒いでる、暁、神代。 こんな所で発情されると、通行の邪魔だぞ?」

 

「発情してねーよ! 教師のくせに何言ってんだ、あんたは!」

 

古城を見上げていたのは、南宮那月だ。 西洋人形を思わせる幼くも愛らしい容姿に、レースをふんだんにあしらった豪華なドレス。

自称二十六歳の、古城たちの担任教師である。

 

「な、那月ちゃん……?」

 

雪菜は目を丸くして、那月の頭頂部に手を置いた。 そして、ぐりぐりと那月の頭を撫でさする。

 

「ホントに、那月ちゃんなんですね……。 まるで、成長してない、かも……」

 

「ほう。……ちょっと見ない間にずいぶん偉そうな口を叩くようになったな、転校生?」

 

こめかみを引き攣らせながら、那月が握っていた扇子を振った。 額の中心に不可視の衝撃を受け、あうっ。と雪菜は大きく仰け反る。

 

「貴様……。 この感触は……」

 

扇子を握る自分の右手を眺めて、声を硬くしたのは那月だった。 那月は空間制御を得意とする魔女だ。 彼女に触れた一瞬で、雪菜の正体を見破ったのだ。 “空隙の魔女”の異名は伊達ではないと言う事だ。 また、悠斗も、雪菜の言動等で正体を見破ったのだが。 額を押さえて呻く雪菜を睨みつけ、那月は、おもむろに雪菜の胸に手を伸ばす。

 

「ちょ、ダメです! やめてください……!」

 

那月に思い切り胸を揉み出かれた雪菜が、身をよじりながら悲鳴を上げた。

悠斗はこの時、やりすぎだぞ、那月ちゃん。と呟いていた。

 

「な、那月ちゃん……。 公衆の面前で流石にそれは……!」

 

古城は、那月の暴虐を見かねて、無理やり彼女たちを引き離した。

那月は、ちっ、と舌打ちをして、忌々しげな視線を古城に向けた。 一方の雪菜は、両腕で胸元を庇いながら、ホッと息を吐いていた。

 

「あ、雪菜ちゃん! ずっと学食で待ってたのに、こないから心配したよー。 あれ、古城君、悠君? 矢瀬っちも久しぶりー!」

 

不意に近くで、悠斗が聞き慣れた声が聞こえた。 声の主は、雪菜と同じ中等部の制服を着た少女だ。 ショートカット風に無理やり纏めた長い髪が、彼女の動きに合わせて揺れている。

 

「あ、そうだ。 悠君のせいで、ちゃんと纏められなかったんだよ」

 

「凪沙、あれは俺のせいじゃないだろ……」

 

これを見ていた雪菜は、唖然としたように立ち竦んで、

 

「え?凪沙おばさん!? 若……っ!?」

 

「お、おば……!?」

 

出会い頭の雪菜の一言に、凪沙がショックを受けてしまった。

 

「ひ、ひどいよ、雪菜ちゃん……。 たしかに、凪沙はよく喋りすぎて田舎のおばあちゃんみたいって、たまに言われたりするけど……」

 

「あ! ち、違うの、おばさん、今のは……。――あ、やば。 あっち(・・・)で言ったら怒られるんだっけ……」

 

雪菜の最後の呟やきは、悠斗にしか聞こえなかった。

それを聞いた悠斗は、苦笑したのだった。

 

「ほらまたおばさんって言った!」

 

雪菜から発せられない言葉を受けて、凪沙はかなりダメージを負ったのだった。

 

「うぅ、浅葱ちゃんどうしよう……」

 

動揺で足元をふらつかせた凪沙が、隣にいた友人にすがりつく。 弱った猫のように甘えてくる凪沙を、よしよしと抱き止めたのは、校則ギリギリまで飾り立てた制服に、隙のないメイクと華やかな髪型。 そんな彼女に気づいた雪菜は、驚愕の声を洩らす。

 

「え!? 浅葱ちゃん……って、博士(ドク)!?」

 

「はい?」

 

雪菜にまじまじと凝視され、浅葱は不思議そうに小さく首を傾げた。 だが雪菜は、ふらふらと前に出る。

 

「本当に博士(ドク)なんですね……。 今とは全然、イメージが違うけど」

 

至近距離から浅葱を見詰めて、雪菜は異様な熱意を込めて独りごちる。

 

「ひ、姫柊さん? どうしたのって……? ちょと、古城、悠斗。 如何にかしなさいよ!?」

 

「ど、どうしましょう、先輩。 博士(ドク)がすごく可愛いです。 美人だし、若いし、スタイルもよくていい匂いがして美人だし……ギャル系って聞いてたから、てっきり、もっとケバくておかしい恰好をしてるかと……うぅ!?」

 

言い終える前に雪菜は俯いて、突然激しく咳き込んだ。 口元を押さえた彼女の掌に、深紅の染みが広がっていく。

 

「すいません。 思わず興奮してしまって……」

 

苦しげに言い残して、雪菜が校舎裏へと走り出す。

 

「あ、待て! 姫柊」

 

そんな雪菜を古城は追いかけた。

雑然とした昼休みの渡り廊下に、呆然と立ち尽くす浅葱たちが取り残される。

 

「(……はあ、吸血衝動で鼻血が出るのは、父親譲りかよ……)」

 

そう思いながら、悠斗は肩を落とした。

この時悠斗は、神々特有の魔力を感じた。 どうやら、悠斗もお呼びのようだ。

悠斗は那月の隣まで移動し、

 

「……那月ちゃん。 俺もお呼びのようだわ」

 

「ふん、お前もか。 これから起きる事には目を瞑ってやる」

 

「助かる、行ってくるわ」

 

そう言ってから、悠斗はグランド方向へ歩いて行く。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗がグランドの端に移動すると、そこには彩海学園の制服を身に纏った少年が佇んでいた。

制服は、何処からか盗んで来たらしい。 顔立ちは悠斗に似ており、凪沙の幼さが混じった容姿である。

 

「お前が俺を呼んだのか? 名前を聞いていいか?」

 

「ああ、オレの名前は、神代翔斗(かみしろ しゅうと)だ」

 

「んじゃ、翔斗。 力試しがしたい。でいいのか?」

 

翔斗は頷いた。 どうやら翔斗は、この時代の悠斗と力試しがしたかったので、未来からやって来た。という事だ。

 

「そうか。――炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は四方に、紅い結界を張った。

これなら、魔力が洩れる事も、攻撃の余波で周囲を破壊する事もないのだ。

 

「……すごいな。 眷獣も召喚せずに、巨大な結界が張れるなんて」

 

「褒めても何も出ないぞ。 さて、やるか」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

悠斗と翔斗は、左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、黄龍!」

 

「――疾い(こい)神々の暴竜(バハムート)!」

 

悠斗の隣には、黄金の龍が召喚され、翔斗の隣には、頭部に鋭い二本の角を持ち、漆黒の翼を持った龍が召喚された。 どちらの眷獣も、神々の最高位だ。

僅かな沈黙が流れる。

 

「――浄天(せいてん)!」

 

「――黒炎の息吹(ブラック・ブレイズ)!」

 

黄龍の凶悪な口から放たれた光の渦と、神々の暴竜(バハムート)の口から放たれた漆黒の渦が衝突し拮抗したが、神々の暴竜(バハムート)が放った漆黒の渦が押され、神々の暴竜(バハムート)に直撃し、神々の暴竜(バハムート)は後方結界寸前まで押された。

 

「……攻撃が拮抗するとはな。 翔斗、お前強いな」

 

「そりゃそうだよ。 父さん(・・・)から修行つけてもらってるんだ」

 

「そうか」

 

再び、黄龍と神々の暴竜(バハムート)は、臨戦態勢に入った。

悠斗と翔斗の間にも、緊張が走る。――――が、それは結界内に入って来た少女の言葉より中断されるのだった。

 

「――おいで、妖姫の氷蒼(アルレシャ・グラキエス)

 

悠斗と翔斗は、目を丸くした。

そう、凪沙が怒ってるのだ。 その証拠に、結界内が徐々に凍っている。

 

「……な、凪沙」

 

「……か、母さん(・・・)

 

凪沙はニッコリ笑い、

 

「悠君、翔君。 なにやってるのかな?」

 

「……ち、力試しをな」

 

「……そ、そうなんだ。 母さん」

 

悠斗は翔斗がそう言うが、吹雪は増すだけだ。 やばい。と思い、悠斗と翔斗は眷獣を異空間へ還した。

 

「「す、すいませんでした――――ッッ!!」」

 

その場で土下座を決め込む、悠斗と翔斗。

これを見た凪沙は溜息を吐いた。

 

「……凪沙もだけど。 学園で眷獣さんを召喚しちゃダメだよ」

 

そう言って、凪沙も眷獣を異空間へ還した。

 

「もう、ホントにおバカさんたちなんだから。 金輪際、学園で眷獣さんは召喚しないこと。 いい?」

 

「りょ、了解です。 凪沙さん」

 

「わ、わかりました。 母さん」

 

悠斗と翔斗は立ち上がり、

 

「父さん、母さん。 数分だけど、会えてよかった」

 

「そうか。 行くのか」

 

「凪沙も話せて嬉しかったよ」

 

翔斗の下半身が、徐々に淡い粒子となっていく。 翔斗は、ありがとう。と言い残し、完全な粒子となって元の世界に戻って行った。 翔斗が粒子となって消え、残された物は脱ぎ捨てられた制服だけだ。 撒き散らされた青白い火花や、魔力の余韻も完全に消えていた。

 

「行っちゃったね」

 

「ああ、そうだな。 でも、きっとまた会えるさ」

 

「ふふ、それもそっか。 それじゃあ、午後の授業も頑張ろうか」

 

「そだな。 んじゃ、頑張りますか」

 

制服を拾い上げた悠斗は、凪沙は歩幅を合わせて、皆が待つ食堂へ歩き出した。

翔斗と会える日を楽しみにして――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

青白い閃光に包まれて、裸の少年が姿を現す。 その少年は、幼さを残した吸血鬼の男の子だ。

片膝を立てて座る少年の周囲には、金属製の魔具が無数に配置され、複雑な魔法陣を造り上げている。 その魔具からは伸びるケーブルは几帳面に束ねられ、小型のパソコンに繋げられている。 パソコンの前に座っているのは、端整な顔立ちに、華やかな髪型の女子高生だ。

 

「おかえり、翔斗。 実験お疲れさま」

 

翔斗は立ち上がり、飛ぶ前に置いた、彩海学園中等部の制服に袖を通す。

既に零菜は帰還し、萌葱から受け取ったトマトジュースを煽っていた。

 

「で、どうだった。 二十年前(・・・・)の世界は」

 

萌葱は、翔斗にそう聞いた。

 

「……ああ、楽しかったよ。 父さんと母さんもほぼ同い年だったし、父さんと力試しする事と、母さんにも会えたし」

 

翔斗は、もう一回会いたいな。と言ってから零菜に聞く。

 

「零菜はどんな感じだったんだ?」

 

「楽しかったよ。 わたしと同い年だった頃のママの様子もわかったし、それに死ぬ前の、元気だった頃のパパと会って話も出来たしね」

 

遠くを見るような表情で呟いて、零菜は寂しげに微笑んだ。

 

「いやいやいやいや、死んでないから。 あんたは今朝も古城君と会って普通に話してたでしょ。 ていうか、あの吸血鬼(ヒト)は殺しても死なないでしょうが」

 

そうツッコミを入れたのは萌葱だ。 零菜は、冗談です。と言いたげに悪戯っぽく舌を出す。

 

「あ、そうだった!?」

 

翔斗が急に声を上げた。

何事だ。と言うように、萌葱が口を開く。

 

「どうしたの?」

 

「今日はキャベツとキュウリの収穫日だったわ。 早く行かなきゃ、父さんと母さんに怒られる……」

 

萌葱は溜息を吐いた。

 

「……そんな事。 あの二人なら、少し遅れても許してくれるわよ。 にしても、紅蓮の織天使と、その血の従者が畑を耕すとか。 どんだけシュールなのよ」

 

「ま、まあそうだね。 でも、父さんと母さんは自由に生きたいんだって」

 

「……自由すぎる気がするけどねぇ」

 

零菜が窓辺へと近づいて、研究室を覆っていたブラインドを勢いよく上げた。

眩い陽射しが、薄暗い研究室の中を照らし出す。 窓の外に広がっているのは、一面の朝焼けと、視界を埋め尽くす広大な街並みだった。 そこは、絃神島と呼ばれていた土地だ。 四基の超大型巨大浮体式構造物(ギガフロート)によって構成された人工島。 金属と樹脂、魔術によって造られた魔族特区。 しかし今やこの街を、絃神島と呼ぶ者はいない。

かつて小さな絃神島は、二百倍近くまで拡張され、四国に匹敵する面積を手に入れている。 五十六万人だった人口は、既に四百万人を超えていた。

そしてなにより、この土地は、既に日本の領地ではなく、独立自治区の地位を与えられているのだ。 世界で四番目の夜の帝国(ドミニオン)の地位を。

そう、その帝国の名は、――――暁の帝国(ライヒ・デア・モルゲンロート)




神代家の眷獣強すぎだわ。凪沙も神々の気配は感知出来ちゃうんです(笑)
てか、悠斗君はチートすぎですね(>_<)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯
焔光の夜伯Ⅰ


更新が遅れました(-_-;)
今回もご都合主義が満載です。てか、新章も頑張って書きます!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


十一月も終わりに近づいた木曜日。

暦では晩秋だが、亜熱帯に位置する絃神島には強い日差しが降り注いでいる。 また、今日は振り替え休日なので、学校は休みなのだ。 ちなみに、今の時刻は十六時前後だ。

 

「どうすっか」

 

現在凪沙は、買い物で席を外しているのだ。

そう、彩昂祭の買い出しだ。 所謂、学園祭である。 だが、魔力の波動で、悠斗は勢い良く立ち上がる。

場所は、MAR付近だ。 悠斗はリビングを駆けドアを乱暴に開け放った。 外に出た所で、悠斗は眷獣を召喚させた。 誰かに見られ吸血鬼だと露見しても、今はそれ処ではないのだ。

 

「――降臨せよ、青龍!」

 

悠斗は青龍の背に飛び乗り、MAR研究所へ急いだ。 その途中で、第四真祖の魔力も察知したのだ。 古城と雪菜も、魔力の波動を感じ取ったのだろう。

 

「(……頼むから、先走るなよ)」

 

悠斗はそう懇願しながら、青龍を走らせた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

MAR研究所に到着し魔力の奔流の場所まで移動すると、そこには、ヴァトラーの側近と思われるトビアス・ジャガンの姿が映る。

また、その一方は、妖精めいた美しい顔立ちで、愉快に笑う少女。

 

「ほう、紅蓮の織天使か」

 

「……――トビアス・ジャガン。 お前は古城の護衛につけ。 ここは何とかする」

 

「……わかりました。 ご武運を」

 

ジャガンは、自身の力では少女に対抗できない事を悟ったのか、徐々に後退し古城の元へ走って行った。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は、少女と自身を囲むように結界を張った。 だが、この結界は気休めにしかならない。

 

「結界で我らを囲ったか。 周りを考えるようになったとはな、紅蓮の織天使も丸くなったものだ」

 

「……貴様は誰だ。 アヴローラじゃねぇんだろ?」

 

玄武でも感知が出来ないと言う事は、対策もされていると言う事でもあるのだ。

悠斗は少女を睨みつけ、左手を突き出す。

 

「そう身構えるな」

 

「――降臨せよ、朱雀、白虎!」

 

朱雀はMAR研究所を守る為、建物全体を焔の膜で覆った。

 

「本当に丸くなったのだな。 被害を最小限に抑える為、そいつら(・・・・)か」

 

少女は微笑んだ。

だが、悠斗に一つの疑問が浮上する。 少女は、悠斗の眷獣を知っているのだ。

 

「ならばこちらは――疾い(こい)、シウテクトリ」

 

少女の足元から出現したのは、火山の噴火を思わせる灼熱の人柱だ。 大蛇のようにのたうつ爆炎の激流が悠斗に襲いかかる。

 

「無駄だ!――切り裂け!」

 

白虎は走り出し、特殊能力、次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)で空間を切り裂いた。 焔の柱は、切り裂かれた次元に吸い込まれるように消滅した。

だが、玄武のように眷獣を無に還した訳ではないので、再び少女の元へ戻っただろう。

 

「ほう、黄龍と同じ能力があったのか」

 

「……何故そこまで知ってる。……まさかだとは思うが、お前、原初(ルート)か?」

 

原初(ルート)なら知っていても不思議はない。

悠斗は、古城と十二番目(アヴローラ)。 二人と協力して原初(ルート)と戦闘になった事があるのだ。 少女は眉を寄せた。

 

「違うな。……それよりも、貴様、覚えているのか。 焔光(えんこう)(うたげ)を」

 

「どうだろうな。 教える義務はない。 教えて欲しかったら、お前の正体を言え」

 

少女は、やれやれと頭を振った。

教える気はない、戦闘続行だ。と言う意味だ。

 

「次はコイツだ。――疾い(こい)、ソロトル」

 

少女が新たな眷獣を召喚した。 それは巨大な骸骨の巨人だ。 眼球を失った空虚な眼窩と、巨大な口腔。 剥き出しの肋骨の隙間を満たすのは、一切の光を反射しない闇だ。 悠斗は、コイツは危険だと直感で判断した。 そう、悠斗直感通り、コイツは空間攻撃を所有してる眷獣。 それも第四真祖以上の眷獣だ。 朱雀の守護の焔と白虎の次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)だけでは足りない。

 

「――往け(ゆけ)、ソロトル」

 

骸骨の肋骨が扉のように開いて、溢れだした無数の砲弾のように放たれる。 空間そのものを抉り取る闇色の砲弾だ。 結界も易々と破壊するだろう。 また、狙いは悠斗ではなく、MAR研究所内部を荒らすように戦闘を行っている古城たちだ。

 

「――降臨せよ、黄龍!」

 

悠斗は黄金の龍を召喚させた。 そう、この場で一番適した眷獣だ。

 

「――影沫(やぶき)!」

 

黄龍が闇の砲弾を空間から出現させ、骸骨が放った闇の砲弾を相殺させた。

また、黄龍が放った攻撃は、ほぼ骸骨の攻撃と同じものだ。

 

「ほう、同じ攻撃で相殺させたか。 流石と言っておこう。 だが、甘い」

 

空間から無数の闇の球体が出現し、今度は医療棟を狙ったのだ。

 

「(……不味い。 あそこには……。 だが、黄龍じゃ間に合わない……)」

 

その時、頭に声が響いた。

 

『一度だけ、我の力を貸してやる。 悠斗』

 

この声は、麒麟(・・)だ。

麒麟は封印されていたはず……。 だが、考えてる暇はない。

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

医療棟に前に召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は稲妻の衣を纏った神獣だ。

 

「――衣亙(いこう)!」

 

麒麟は、医療棟を稲妻の衣で守護したが、守護されていなかったビルの外壁を大きく抉って、地下深くに設けられた実験施設を剥き出しにしていた。 分厚い金属の内壁と、補強用の鉄骨。 高電圧コードに冷却液の循環装置。 無数の測定器。 工場の内部を連想させる無機質な空間だ。 この空間の中では、――十二番目が眠っていたのだ。

 

「ほう。 紅蓮の織天使、貴様、我より強いかもな。 かなり機転が利く。 今少し戦闘を楽しみたかったが、潮時か。 まあいい。 目的は果たしたのでな」

 

そう言って、少女はMARを後にしようとする。

 

「テメェ、待ちやがれ!」

 

その姿は徐々に遠くなっていく。 だが、無暗に追走するのは危険だ。

奴の思う壷になる確率もあるのだから。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は、少女との戦闘が終結した所で、MAR内部に入り古城たちの元へ向かった。

 

「よう、古城。 そっちも終わったんだな」

 

「ゆ、悠斗。 外で戦闘してたのは、お前だったのか!?」

 

「まあな。 逃がしちったけどな」

 

どうやら、古城と雪菜も、アヴローラに似た眷獣たちと戦闘になっていたらしい。

その為、古城たちの正体が、浅葱に露見したらしいが。 当の浅葱は、頭を抱えていた。

 

「もう意味分かんないわよ! 古城が、世界最強の吸血鬼(第四真祖)で、悠斗はそれを超える紅蓮の織天使。 姫柊さんは、国の特務機関から派遣されて来た監視役? 何なんよホントに……ああもうっ!」

 

浅葱が混乱するもの解らなくはない。

世界を動かせる吸血鬼が、この場に二人も居るのだから。

 

「それよりあんたちっ」

 

浅葱は、悠斗と古城を真剣な眼差しで正面から見た。

 

「「お、おう」」

 

「眷獣を使役できるって事は、ヤッた(吸血した)んでしょ?」

 

「「ま、まあ」」

 

古城と悠斗は、浅葱の剣幕の圧されてつい答えてしまった。 古城たちは、あっ、と声を上げたが、時既に遅しである。

 

「へぇ、それって姫柊さん? 悠斗は想像がつくけどさ」

 

「ま、まあ。 俺は浅葱の思ってる通りだ」

 

悠斗はかなり恥ずかしかった。

そう、凪沙の血を吸いました。と浅葱に報告すると通りなのだ。

 

「で、古城は?」

 

「いや、オレは、そのだな……」

 

「もうっ! じれったい!――姫柊さん!」

 

「は……はい!」

 

全身を竦めながら、雪菜は頭を上げた。 その雪菜の目の前に、ぐい、と浅葱が顔を近づける。 浅葱の瞳が見詰めてるのは、雪菜の細い首筋だ。

 

「えっと、何と言うか……非常事態だったので……」

 

思わず素直に指折り始めてしまう雪菜。 いきなりの事だったので、適当に誤魔化すという選択肢に至らなかったのだ。

 

「こ、古城! あんたねぇ!」

 

流石、浅葱と言った所かもしれない。

ここに居る三人が普通の人たちではないと解っても、動揺を一切見せないのだ。

 

「ま、待て、浅葱。 これには深い事情が……」

 

この時、悠斗が口を開いた。

 

「……言い争いは終わりだ。 お客さんだぞ」

 

悠斗の視線の先には、忽然と現れた若い男性の姿が映った。

黒衣を着た、繊細そうな顔立ちの青年だ。

 

「お久しぶりです、紅蓮の織天使」

 

「そうだな。 脱獄囚、絃神冥駕」

 

冥駕が握っていたのは、左右一対の短槍。 それを強引に接合し、一振りの長槍に変えた。

槍からは、漆黒の輝きを纏っている。

 

「……なるほどな。 零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)――獅子王機関の失敗作か」

 

「流石ですね。 その通りです」

 

冥駕は、悠斗を正面から見て微笑んだ。

 

「で、どうするんだ。 戦うのか?」

 

「いえいえ、挨拶を。と思いましてね。 流石の私も、第四真祖と紅蓮の織天使相手に、正面からでは敵いません。 ですが、あなたたちは、私に攻撃はできない。 眷獣を召喚したら、この建物を破壊してしまいますからね。 あ、忠告はしときますが、剣巫は私を倒せませんよ」

 

雪菜は動こうとしたが、悠斗が片手で制した。

 

「無駄だ、姫柊。 零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)の能力は、魔力も霊力も等しく消滅させる。 だが、絃神冥駕は如何なる異能の力を受けない。 ここまで言えば解るな」

 

万物には陰と陽があり、始まりと終わりがあるように、霊力と魔力の拮抗は生命の揺らぎその物だ。 人間であれ、魔族であれ、霊力と魔力の双方から切り離された状態では命を維持できない。 だが、絃神冥駕には、この法則は当てはまらないのだ。

 

「あなたは本当に面白い。 そこまで知っているとは」

 

「脱獄囚に褒められても嬉しくねぇーよ」

 

冥駕は、双槍の連結を解除した。

 

「では、いずれまた。 紅蓮の織天使、神代悠斗。 ふふ、電子の女帝、藍羽浅葱。 いえ、――カインの巫女(・・・・・・)よ」

 

静かな声でそう言い残し、冥駕は姿を消して行く。

また、悠斗は、冥駕の言葉を聞いて珍しく目を丸くしたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

サイレンの音が聞こえる。 特区警備隊(アイランド・ガード)の治安部隊だろう。 市街地で、真祖クラスの眷獣が暴れたのだ。 MARが通報しなくても、特区警備隊(アイランド・ガード)が押し寄せて来るのは当然だった。

MARの敷地は、無惨な姿を晒していた。 美しかった中庭焼け焦げ、建物の硝子は軒並みに砕け散り、人工島(フロート)の基底部まで剥き出しになっている。

 

真祖(・・)と紅蓮の織天使の戦い――存分に堪能させてもらいましたよ」

 

未だ膨大な魔力の余韻が燻る中、立ち尽くす古城たちの耳元に、軽妙な声が聞こえてくる。

耳障りな音と共に、虚空に亀裂が走った。

そこから現れたのは、黄金の霧だ。 そう、金髪碧眼の吸血鬼の貴族に。 また、ヴァトラーは真祖と言ったのだ。 女性の真祖と言ったら、悠斗の心当たりは一人しかいない。――中央アメリカの夜の帝国(ドミニオン)混沌海域(こんとんかいいき)の領主、二十七体の眷獣を従え、無数の化身へと姿を変える第三真祖――混沌の皇女(ケイオスブライド)だ。 彼女の髪の色も、虹色に輝く金髪から緑色に。 青白い瞳も輝きも消え、深い翡翠色に変わっていた。 先程までの少女とは完全に別人だ。

悠斗は、盛大に溜息を吐いた。

 

「お前らアホか! 何やってんだよ!」

 

「やァ、悠斗。 とても楽しませてもらったよ。 まさか、麒麟まで見れるとはね。 ふふ、古城には効果があったみたいだけどね。 だろ、古城?」

 

「……ああ、そうだな。……思い出したよ。 何もかも、全部な」

 

古城は、アヴローラの姿をした眷獣と戦い、破壊された医療棟の氷塊の中で眠る少女を見て、忘却の底に沈んでいた記憶を呼び起こしていたのだ。

 

「そうか。 ならば(ワタシ)の役目もこれで終わりだ」

 

彼女は、瞳に残酷な光を浮かべ、半壊した医療棟のビルを睨み上げる。

 

「だが、哀れなる十二番目(アヴローラ)の亡骸を弄んだMARとやら。 奴らには、相応の報いを与えてやるべきだと思うが――」

 

「――やめろ」

 

「――手を出すな」

 

悠斗と古城の覇気が膨れ上がった。

 

「……想像以上だ。 紅蓮の織天使は尤も、ヴァトラーが第四真祖も気に入ったのも頷ける」

 

ジャーダが満足そうに頷いた。

 

「ならば、此度は貴様らの顔を立てておこうか、暁古城、神代悠斗。 いずれ、我が混沌海域(こんとんかいいき)でまみえようぞ。 それまでに、無くしたものを取り戻しとくがいい」

 

古城は黙ったが、悠斗はそうではなかった。

 

「嫌に決まってるだろ。 つーか、俺に構うな」

 

「いや、君とは殺し合いをすると思う。 (ワタシ)の直感だがな」

 

そう言って、ジャーダは質感を失い、虚空へ溶け込むように消えて行った。

おそらく、第三真祖の眷獣の能力だろう。

 

「相変わらずおっかない婆さんだな。 厄介なのに目をつけられたね、古城。 それに悠斗、君は、必ず婆さんと戦うと思うよ」

 

ヴァトラーが同情するような眼差しを古城と悠斗に向けた。

 

「はあ、戦いたくないわ。 第三真祖の眷獣は、面倒な奴らばっかなんだぞ」

 

そう言って、悠斗は溜息を吐いた。

 

「いいじゃないか。 一度勝ってるだろ?」

 

「まあな、殺しはしなかったけど」

 

「ハハハハッ、それでこそ悠斗だ。 殺さないで次の戦いを楽しむ。 実にいいね! 僕も負けてられないよ!」

 

「……いや、何にだよ」

 

このやり取りに、若干頭を痛くした悠斗だった。

 

「まあいいや。 お前は部下の所に早く行け」

 

「ふふ、そうさせてもらうよ。 それとこの場の後始末は、君たちに任せるヨ」

 

「「は?」」

 

ヴァトラーが口にした言葉に、古城と悠斗はかなりの焦りを見せた。 この場には間もなく特区警備隊(アイランド・ガード)が押し寄せて来るのだ。

MARの施設は大破。 負傷者も多数。 設備の損害は、一億や二億ではきかないだろう。 襲撃の原因である第三真祖は逃亡済み。 ヴァトラーも既に姿を消している。

つまり、古城と悠斗に責任を取れと言う事だろうか?

 

「「勘弁してくれ……」」

 

古城と悠斗は、空を見上げてそう呟いた。

そんな時、雪菜がぽつりと聞いた。 視線の先には、医療棟の地下に設置された巨大な氷塊だ。

 

「先輩、彼女は……?」

 

「……本当のアヴローラ。 十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)だ」

 

「眠ってるの?」

 

浅葱がそう聞いてくる。

古城は、いや。と頭を振った。

 

「こいつはもう死んでるよ」

 

氷塊の中に横たわる少女の胸には、銀色の槍が輝いていた。 彼女の心臓を刺し貫くように。 そう、金属製の杭が。

古城は切なげに目を伏せ、呟く。

 

「オレが、この手で殺したんだ――」

 

悠斗は、古城の肩に手を乗せた。

 

「俺も死の間際に居合わせた――。本当は、部外者のはずだったんだがな」




第三真祖は、悠斗君と戦いたかったんでしょうね(笑)なので、古城君は自身の分身眷獣(アブローラ似)を戦わせた。と言う事です。
てか、この小説での凪沙ちゃんは、元気ですよ。なので、MARには入院してないんです。

この章の原作は読んだけど、矛盾が出そうで怖い……。
まあ、出たらゴリ押ししちゃいます(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅱ

この章は、ご都合主義が満載かも(笑)
昨日、日間4位にランキング致しました。ありがとうございます。これも、読者様のお陰ですm(__)m
てか、4000~5000字に纏めるの難しいですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


中世の城館を連想させる、古色蒼然(こしょくそうぜん)とした部屋だ。 不揃いな自然石を積み上げた壁が、ずっしりした質量を感じさせ息苦しい。 石壁に穿たれた小さな窓からは、血の色に似た赤い夕陽が差し込んでる。 敷き詰められた絨毯も色褪せた深緋色。 この場には、向かい合わせになりパイプ椅子に座る、悠斗と凪沙の姿がある。

 

「記憶共有ってこと?」

 

「そうだな。 凪沙も、俺の過去が気になるだろ?」

 

凪沙は頷いた。

凪沙が気になるもの当然だった。 悠斗が、何処でこの力を手に入れたのか? 何処の生まれなのか?は未だに謎なのだ。 悠斗の予想では、肉親(・・)に関わる事は、全て封じられているのかもしれない。 そう、悠斗が覚えているのは、一族関連の事と自身の事だけなのだから。

 

「俺も、両親の事はかなり気になってるんだがな。 つっても、また此処に来るとは思わなかったわ……」

 

悠斗が言う此処とは、監獄結界(・・・・)内部だ。 悠斗たちが座るパイプ椅子の下には、幾重にも構成された魔術の文字が描かれている。 これは高位の魔法陣だ。

また、古城と浅葱はあの後気絶してしまったので、監獄結界内部連れ込んだのは悠斗である。 そして古城たちは、追体験がすでに始まっているはずだ。

その時、那月が部屋の内部に足を踏み込む。

 

「世界を動かせる奴らが、この場に三人も居るとな。――暁凪沙、お前も真祖たちの仲間入りだな」

 

「そ、そうなんですか?」

 

凪沙は驚いたように聞き返した。

那月は頷いてから、

 

「お前は、紅蓮の織天使の血の従者だ。 真祖とほぼ同等だぞ」

 

凪沙は、紅蓮の織天使の血の従者になった事で、黄龍と麒麟を除き、四神たちを召喚可能になったのだ。

 

「そ、そうですか……」

 

どうやら凪沙は、今一実感が無いらしい。

まあ確かに、すぐに理解しろ。と言うのも難しいかもしれない。

 

「那月ちゃん。 やっぱそれを使うんだな」

 

「ちゃんづけをするな。 悠斗(・・)

 

悠斗は、那月が持つ扇子で額を小突かれた。

優しく小突かれたので、あまり痛みを感じなかった。 那月も私用となれば、悠斗とは昔のように接してるのだ。

那月は、まったく。と言い溜息を吐く。

 

「その通りだ。 これを使う」

 

那月の左腕には、一冊の古びた本が抱えられていた。

No.014 固有堆積時間操作(パーソナルヒストリー)の魔導書だ。 この魔導書は、経験、記憶、成長、変化の固有堆積時間操作(パーソナルヒストリー)を奪う。 優れた能力を持つ大人を無力な子供に戻し、相手の知識や経験を自身のものにするという、凶悪な魔導書だ。

世界中の魔導書を蒐集する犯罪組織、図書館(LCO)でも、犯罪者である総記(ジェネラル)だけが持つ事を許された危険な本だった。

 

「出来る事は記憶共有くらいだ。 お前相手では、記憶を全て奪い取る事は不可能だしな。 悠斗は、ある程度は予測してたんだろ? しかし、暁凪沙と一緒だったのは予想外だった」

 

「凪沙は、俺の過去を知るべき人だ。 連れてくるのは当たり前だ」

 

凪沙は、悠斗の過去を知る権利があるのだ。

那月は、そうか。と頷いた。

 

「わたしも見るがな」

 

「別に構わないけど、那月ちゃんも知る権利があると思うし」

 

「だが、悠斗。 お前には辛い体験になると思う。 一族が――――」

 

「……ああ、解ってる。 覚悟はある」

 

悠斗は、那月の言葉を遮った。

過去を見ると言う事は、天剣一族が滅ぼされる経緯も見ると言う事だ。 悠斗にとっては、肉親が失われる瞬間を見る事になるのだ。

 

「……暁凪沙。 お前も覚悟はいいか?」

 

「はい。 南宮先生」

 

「そうか。 ならば、始める」

 

瞬間、悠斗と凪沙の意識は地下深くを潜るように沈んで行った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

天剣一族が暮らす町は、とある辺境の地にある。 この場所は緑豊かで、争いは無縁の地だ。

神代悠斗は、水が透き通る浅辺の湖で、魚を取るに夢中になっていた。

 

「たあっ」

 

悠斗は狙いを定めて魚を取ろうとするが、やはり素手で魚を取るのは難しいらしい。

そんな悠斗の姿を、近場の石段に座り、微笑んで見ている少女の姿もあった。

彼女の名前は、神代朱音(かみしろ あかね)。 神代悠斗の――――()だ。

 

「ほら、頑張って。 今夜は魚にするんでしょ」

 

「姉ちゃん。 コイツら逃げ足が早いんだよ……。 そうだ! 姉ちゃんの眷獣の力を――」

 

「使いませんっ!」

 

「……姉ちゃんのケチ。 はあ、俺も眷獣を顕現できるようになればなぁ……」

 

悠斗はまだ未熟なので、眷獣を顕現する事ができない。 また、悠斗は一度も顕現した事が無いので、自身の中に、どのような眷獣が眠っているかも解っていないのだ。

 

「そんな事言ってないで、魚を捕る努力をしよう」

 

「はいはい」

 

悠斗は、若干へそを曲げてしまった。 彼を見ながら朱音は、まったくもう。と呟くのだった。

その後も、悠斗は魚捕りを続けた。 収穫数は、四匹だ。

 

「父さんと母さんを合わせてピッタリだよ。 流石でしょ、姉ちゃん」

 

「よく頑張りました。 お姉ちゃんがご褒美を差し上げよう」

 

そう言って、朱音は悠斗の頭をくしゃくしゃと撫でた。

朱音のご褒美とは、この事らしい。

 

「やめろよっ」

 

「良いではないか、良いではないか」

 

悠斗と朱音は、魚が入った大き目のバケツを持ち、帰路に着いた。 その間も、悠斗と朱音は、楽しく談笑をしながらだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は、木製のドアをスライドさせ玄関で靴を脱ぐと、バケツ持ちキッチンへ急いだ。

キッチンへ入ると、悠斗の母――神代優白(かみしろ ましろ)が微笑みながら振り向いた。

 

「お帰りなさい。 どうだった?」

 

「四匹捕れたよ」

 

悠斗は、流しにバケツを置いた。

見た感じ、かなり活きがいい魚たちだ。

 

「あら。 それなら、全員分あるわね。 じゃあ、お母さんはお料理作っちゃうから、居間に行ってなさい」

 

「わかった」

 

悠斗が居間に戻ると、畑仕事が終わった父――神代龍夜(かみしろ りゅうや)の姿があった。

話によると、そろそろ米の収穫時期らしい。

 

「父さん、お帰り」

 

「おう、悠斗。 ただいま」

 

それから数分後、朱音と優白がお盆に料理を乗せ、テーブルの上に乗せていった。

全員が着席し、いただきます。と音頭をとってから、各々が料理に手をつける。 夜食は、さんまの味噌煮に白いご飯、わかめ味噌汁と言った献立だ。

 

「自分で捕ったのは格別だね」

 

「ふふ、最初は全然捕れなかったくせに」

 

朱音の言葉を聞いて、悠斗はむくれた。

そんな二人を見て、優白と龍夜は苦笑した。 夜食を食べ終わり、各自で流しに食器を置いた。

そんな時、優白が声を上げた。

 

「今日のお供え物、神様に捧げたかしら?」

 

「まだだったような気がするな。 供え物は、玄関に置いてあった気がするぞ」

 

天剣一族には、神々を崇める祭壇があるのだ。

其処には、一日一回、神々に供え物を捧げる仕来たりがあるのだ。

 

「それじゃあ、俺が行ってくるよ」

 

「わたしも行くわ。 悠斗一人じゃ不安だし」

 

悠斗と朱音は立ち上がり、供え物を手にしてから、靴に履き替え家を出た。

祭壇の場所は自宅から離れ数分歩いた所にあり、祭壇の壁には、神々の彫刻が施されている。

其れは、月夜に照らされ幻想的に輝いていた。

 

「凄い……」

 

「ええ、そうね……」

 

朱音と悠斗は、祭壇に彫刻されている神々の絵を見入っていた。

その時、ドンッッ!!と凄まじい爆発音が聞こえてきた。 爆発音の発生地は、悠斗たちの家の方角。 そう、天剣一族の町からだ。

 

「な、何だ!?」

 

「様子を見に行きましょう!」

 

町に戻り、悠斗と朱音が見たものは、火の海に変わり果てた町だった。 家や畑なども焼け焦げ、原形を留めていなかった。

朱音の目には、襲撃者が映った。 黒いローブに身を包み、顔は見えない。 だが、眷獣を召喚しているのだ。 ローブの中は吸血鬼だ。 朱音は聞いた事があった。――――『異能狩り』。 この集団は、特殊な体質の持ち主を殲滅する集団だ。 天剣一族は、吸血鬼では有り得ないとされる神々の眷獣を内に宿すのだ。 誰の目から見ても、天剣一族は特殊なのだ。

 

「(でも、どうやってここを突き止めたの? もしかして、しらみ潰しに探してた?)」

 

そう、『異能狩り』は特殊体質の持ち主を感知できる力を持つのだ。

朱音の考えが的を得ていた。

町の人々も眷属を召喚して戦闘をするが、多勢に無勢だ。 眷獣の質が高かろうと、数で押し切っているのだ。――――悠斗と朱音の目には、一族の者が殺されていく光景が広がっているのだ。

その時、二人の影が飛び込んで来た。 悠斗と朱音の両親だ。 体の所々には、殺傷もちらほらと窺えた。 あの乱戦を潜り抜けてきたのだ。

 

「無事か? 二人とも」

 

「取り敢えず、遠くへ逃げるわよ」

 

悠斗たちは走り出した。

今逃げなくては、全員殺されてしまう。 他者を助ける余裕までなかったのだ。 だが、『異能狩り』も簡単には逃がしてくれない。

 

「朱音。 悠斗を連れて逃げるんだ」

 

「ここは任せなさい」

 

急に足を止めた、優白と龍夜がそう言った。 そう、悠斗と朱音を逃がす為、優白と龍夜はここで死を選んだのだ。

 

「ダメ! 一緒に逃げるんだよ!」

 

朱音が声を上げたが、龍夜と優白は頭を振るだけだ。

 

「いや、ここでお別れだ」

 

「朱音、悠斗を守るのよ。 約束して」

 

朱音は、先程と同じ言葉を口にしようとしたがそれを飲み込んだ。

すでに、『異能狩り』が目視できる距離まで来てるのだ。

 

「……約束するよ」

 

朱音は、涙を流しながら頷いた。

 

「いい、悠斗。 朱音の言葉を守るのよ」

 

「悠斗、お前は立派な男になる。 絶対に死ぬな、諦めるな」

 

悠斗は幼くても、頭は回る方だ。 すぐに状況を判断し理解した。 悠斗は、涙で顔を歪めた。

 

「……わかった」

 

これが、両親との最後の会話になったのだ。

朱音は目許に溜まった涙を拭い、悠斗の手を引いて走り出した。 龍夜と優白は敵を見据えた。 そして、左手を突き出す。

 

「――顕現せよ、青龍!」

 

「――疾て(きて)、白虎!」

 

龍夜の隣に青き龍が、優白の隣には純白の虎が召喚された。

二人は頷き合うと、敵集団の突撃を開始した。 龍夜と優白の最後の戦闘が始まったのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗と朱音は、涙を拭いながら走る。 その時、朱音の体に何かが入った感覚があった。 これは両親の温かさに似ていた。 そう、両親の眷獣だ。 龍夜と優白は、自身が絶命したら、眷獣の権限が移るようにしたのだ。

 

「……父さん、母さん」

 

「……姉ちゃん、もしかして……」

 

「……泣いたらダメよ。 父さんと母さんの約束を守るの」

 

だが、この場には隠れる場所がないのだ。

奴らが追跡を続けてるとしたら、見つかるのも時間の問題だ。 だがそれはやってくる――。

朱音は、後方を振り返った。 奴らが追ってきてるのだ。 朱音は、悠斗の手を引いた。

 

「いい、悠斗。 ここから動いちゃダメよ」

 

「……え」

 

同時に、朱音の言葉が響く。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は、四方の結界に包まれた。 朱音は、結界の前に立つ。

朱音が考えた事は、ここで敵を殲滅させる事だ。 敵の残りも三分の一だ。 両親が三分の二を削ったのだ。

 

「――おいで、朱雀、青龍、白虎!」

 

朱音が再び言葉を紡ぐと、朱雀は飛び朱音と融合した。――これにより、二対四枚の紅蓮の翼が朱音の背から出現する。 本来なら神々の力も付与されるはずだが、朱音にはそこまで力量はなかった。 なので、守護のみの向上だけだ。

本来なら、融合はせずに使役したいが、生身の状態で攻撃を受けると一撃で絶命する気険があるのだ。

 

「もしかしたら、わたしもここまでかもね」

 

そう言って、朱音は苦笑した。

ただ死ぬつもりはない。 『異能狩り』を全滅させてからだ。 だが、死を免れる事は不可能かもしれない。 三体の眷獣同時使役は、体力と精神力をかなり削るのだ。

朱音は息を吐いた。

 

「――雷球(らいほう)空砲(くうほう)!」

 

青龍の凶悪な口からは雷球が放たれ、白虎からは空気の砲弾が放たれた。

かなりの数は絶命させたと思ったが、直撃した者だけしか倒せなかった。 そう、死人のように蘇るのだ。

 

「……これが、父さんと母さんが負けた理由……」

 

其れからは死闘だった。 朱音は攻撃を掻い潜り、守護の焔で浄化させたり、青龍の雷で奴らを消し飛ばす。 白虎に突撃させ、爪で切り裂く。

同じ事を何時間繰り返したか解らなかった。 だが、徐々に敵の数が減っているのは確かだった。

 

「はあ……はあ……はあ」

 

荒い息を吐きながら、朱音は相手を見据えた。

敵の数は残り5人ほど。 だが、自身の体力、精神力は限界で、眷獣が今にも消えそうだ。 命を犠牲に攻撃できても、後1回だけ。

この1撃で決めるしかない。

 

「――雷……球!」

 

青龍が放った雷球が、直撃し残りを消し飛ばした。 朱音は、全ての『異能狩り』を倒したのだ。

それと同時に、悠斗を囲んでいた結界が解けた。 悠斗は朱音の元へ走り出した。

 

「ね、姉ちゃん。 死なないよね?」

 

「……ごめんね。 お姉ちゃん、限界かも」

 

朱音の眷獣は、徐々に消えかかっている。 これが命の残量と見て間違えなかった。

 

「……だ、ダメだ! お、俺、姉ちゃんがいないと!」

 

「……いい、悠斗。……これから辛い事がきっとあると思う。……でも、悠斗なら大丈夫……。 何て言ったって、わたしの弟だもの……。 それから、ゴメンね」

 

そう言って、朱音は悠斗の頭に手を置いた。

そう、肉親に関する事は封じるのだ。 今の悠斗は、この重圧に押し潰されてしまうからだ。

 

「……悠斗、あなたに封印を施したわ。……数時間後には、わたしたち家族に関する事は記憶の奥底に封じ込められる。……でも、わたしたち家族はずっと一緒よ……」

 

朱音は、ゆっくり目を閉じていく。

命の灯が消えかかっているのだ。 そして、――全身の力が完全に抜けた。 神代朱音は、神代悠斗を守りこの世を去ったのだ。 悠斗は、大好きな姉を抱え込むようにし、涙を流し顔を歪めた。

その時、悠斗の体に温かなものが入って来た。 これは家族の温かみだ。 龍夜(青龍)優白(白虎)朱音(朱雀)が使役していた眷獣だ。

最後に、一族から託された眷獣(玄武)も入って来た。

又しても足音が、再び『異能狩り』が駆け付けたのだ。 おそらく、絶命する間際に仲間を呼んだのだろう。 だが、これが最後の部隊だ。 悠斗は、ゆっくり朱音を横にし、立ち上がった。

 

「…………塵にしてやる」

 

皮肉と言うべきか、この状況で悠斗の力が覚醒したのだ。

 

「……降臨せよ、黄龍、麒麟、朱雀、青龍、白虎、玄武……」

 

悠斗は、手持ちの眷獣を全て召喚させた。

ここからは、まさに蹂躙と呼ぶものだった。――――敵は躊躇なく殺す。 慈悲を与えるなどはもっての他だった。 死が確認できない場合は、そこから被せるように攻撃を下す。 悠斗の服は、返り血で深紅に染まっていた。

だが、悠斗の怒りは収まらず、攻撃を繰り返した。 砂煙が晴れ周りを見渡すと、地面はクレーター、遠くの山が抉れていた。 そう、辺り一面焦土と化した。

悠斗はこの日に、大切な人たちを失ったのだ――。




悠斗君の過去を書いてみました。ええ、『異能狩り』は完全に消えましたね。つーか、最後のはオーバーキルだね(笑)
被害はもっと凄まじいはず。まあ凄いんです……。まあ、まだ完全に制御出来てない部分もあるんですが。

悠斗君の眷獣は、肉親に託された奴らだったんです!てか、悠斗君には姉がいたんす。

戦闘諸々は、え、ちょ。ってあったらごめんなさいm(__)m
まああれです。ご都合主義なのです。何て便利な言葉だ(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅲ

物語が、僅かに進みますね。
やっぱ、戦闘を描写するのは難しいです(^_^;)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


あれから悠斗は、様々な国を転々としていた。 今悠斗が居る国は、戦王領域(せんおうりょういき)、七十二の眷獣を従える覇王、忘却の戦王(ロストウォーロード)が支配する夜の帝国(ドミニオン)だ。

悠斗は街一角の石段に座り、先程購入したリンゴを口にしてた。

 

『……お前、何個目だ』

 

今話しかけてきたのは、悠斗の中に眠る黄龍だ。

 

「たしか、三個目だっけ?」

 

『四個目だ』

 

どうやら、麒麟が答えを言ってくれたらしい。

あれから悠斗の親代わりになっているのは、眷獣たちなのだ。 特に、黄龍と麒麟がメインである。

 

『今日はどうするんだ?』

 

「違う場所に移動しようか、かなりの情報も手に入ったし」

 

そう、欲していた聖殲(・・)の情報も手に入ったのだ。

 

『はあ、最近の趣味が情報集めだとはな』

 

「溜息を吐くなよ、黄龍。 将来、役に経つ日が来るかもしれないだろ」

 

悠斗は石段から立ち上がり、夜の帝国(ドミニオン)を出る為歩き出した。

ちなみに、現在の悠斗は、茶色のローブを羽織り顔が見えないようにフードを被っている。 夜の帝国(ドミニオン)出て、北の方角へ歩いていたら、純白のスーツを身に纏った青年が佇んでいた。

 

「君かな、第一真祖(爺さん)が感じた魔力の奔流元は?」

 

「はあ、何で真祖にはバレるんだよ……」

 

悠斗は既に、第三真祖にも露見し戦闘になったのだ。

結果は、悠斗の勝利。 だが、止めを刺す事はなかった。 その一番の理由は、世界の均衡が崩れてしまうからだ。

 

「何のようだ?」

 

「ぜひ、君と手合わせしてくてね。 紅蓮の織天使」

 

悠斗は溜息を吐いた。 どうやら、朱雀と融合した所を見られ、この二つ名がつけられたらしい。 悠斗は、あまり好きじゃない二つ名らしいが。

 

「え、嫌だよ。 疲れるし」

 

悠斗は平然にそう答え、踵を返した。

青年はニヤリと笑った。

 

「嫌でも、僕と戦ってもらうよ――娑伽羅(シャカラ)!」

 

青年が召喚したのは、超高圧水流で構成された海蛇だ。 その海蛇は、青年の頭上を旋回するように漂っている。

その蛇は、悠斗に向かって高圧された水流を放った。 並みの吸血鬼なら、一撃で絶命する攻撃だ。

 

「面倒くさいな……。――飛焔(ひえん)!」

 

悠斗は振り返ってから左手突き出し、掌から深紅の焔を放った。 それは水流と激突し、相殺された。

 

「ハハハハッ! 眷獣も召喚せず、攻撃を相殺するとはね! 最高だよ、君!」

 

「……望み通り戦ってやるよ。 でも、お前じゃ俺に勝てない」

 

青年は、好戦的な笑みを浮かべる。

悠斗はローブを仕舞い、左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、朱雀、青龍!」

 

悠斗の左側には紅蓮の不死鳥が、右側には天を統べる龍が召喚された。

 

「へぇ、それが君の眷獣か。 僕は――――摩那斯(マナシ)優鉢羅(ウハツラ)!」

 

青年は娑伽羅(シャカラ)と呼ばれた眷獣を異世界へ戻し、青年の背後に出現したのは、荒ぶる海のような黒蛇と、凍りついたような水面のような青い蛇だ。 それは空で絡み合い、一体の龍の姿へと変わる。 全長数十メートルにも達する龍である。

龍は降下し悠斗に襲いかがるが、当の悠斗は平静を保っていた。 相手の攻撃を分析してるようにも見える。

 

「――雷球(らいほう)!」

 

青龍が凶悪な口から雷球を放ち、それは龍と衝突した。

そして、この均衡に敗北した龍は、跡形も無く消え去った。 雷球(らいほう)が――――龍の眷獣を消し飛ばした(・・・・・・)のだ。

 

「なッ!?」

 

青年は心底驚いたようだった。

まさか、消し飛ばされるとは思わなかったのだろう。 悠斗は立て続けに指示を出す。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

青年は朱雀の焔によって弱まり、その場で片膝を突いた。

この勝負は、完全に悠斗が有利に立っていた。

 

「もういいか? 勝負は見えてるぞ」

 

「ふふふ、あはははは! 最高だ、これだよ! この高揚感が、僕が求めてた戦いだよ! 自己紹介が遅れたね。 僕の名前は、ディミトリエ(・・・・・・)ヴァトラー(・・・・)。 戦王領域の貴族サ」

 

「……神代悠斗だ」

 

ヴァトラーは眉を寄せた。

 

「……神代だって。――あの一族の生き残り……。 ハハハッ、これは面白い!」

 

ヴァトラーは一通り笑うと、

 

「安心してくれ。 この事は他言しないヨ。 続きをしようじゃないか。――跋難陀(バツナンダ)!」

 

ヴァトラーが召喚したのは、鋼の刃で覆われた蛇だ。 無数の剣の鱗を持つ蛇は、悠斗に突撃した。

これならば、飛焔(ひえん)の効果は受け付けないのだ。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は、正面に結界張って攻撃を防ぎ、大きく後方へ跳んだ。 悠斗がヴァトラーを見ると、歓喜の笑みを浮かべていたのだ。

悠斗はすぐさま反撃に移った。

 

「――閃雷(せんらい)!」

 

「――徳叉迦(タクシャカ)!」

 

青龍がヴァトラーに放った無数の雷撃は、禍々しい緑色の蛇の瞳から放たれた無数の閃光に、全て相殺させた。

地形は、攻撃余波により地面が抉られ、あちこちに巨大なクレーターが生まれていた。 最早、最初の原型は留めていない。

 

「君も、そいつら以外に召喚したらいいじゃないカ?」

 

ヴァトラーは挑発的にそう言ってくる。

悠斗は、このような挑発に乗る事はないのだが、今は違ったのだ。

 

「――降臨せよ、白虎、玄武!」

 

ヴァトラーが命じ、徳叉迦(タクシャカ)は再び無数の閃光を放った。 眷獣の攻撃により、大地が割れ、衝撃で空気が揺れる。

悠斗も、白虎に命じる。

 

「――切り裂け!」

 

白虎は、次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)により空間を切り裂いた。 無数の閃光は、その空間に吸い込まれるように消滅し、その直後、空間が元に戻る。

だが、悠斗の攻撃はまだ終わっていない。

 

「――無色(むしょく)!」

 

玄武がヴァトラーを無に還えす為、巻き付いた蛇を動かし空間の一部を食らった。 だが、それを察知してたかのようにヴァトラーは後方に大きく跳び回避。

 

「ッチ」

 

悠斗は始めて舌打ちをした。

今の一撃でヴァトラーを無に還し、勝負を決めて終いたかった。 ヴァトラーは合掌していた。 楽しくてしょうがない。と言ってるようにも見える。

悠斗はこのままでは埒が明かないと思い、言葉を紡ぐ。

 

「紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――来い、朱雀!」

 

悠斗と朱雀は融合し、悠斗の背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現した。

その姿は、天界に住むと言われる織天使(セラフ)だ。 天使化により、守護の向上、神力が付随された。

 

「行くぞッ!」

 

「フフッ、こっちこそ」

 

悠斗とヴァトラーは眷獣を連れ、同時に飛び出した。 序盤は拮抗していたが、悠斗が徐々に圧していくようになった。 悠斗は、ヴァトラーの反撃を強引にねじ伏せ、防御を粉砕し、容赦なく攻撃を叩き込んでいく。 ヴァトラーが身に纏うスーツは、無数の斬撃で傷が生まれ、裂けた皮膚から鮮血が噴き出る。

ヴァトラーと悠斗は、一旦距離を取った(仕切り直し)。 悠斗も無傷ではなく、所々に切り傷が刻まれていた。

 

「君は今まで殺ってきた中で、一番強いよ、悠斗。 それに、まだ余力を残しているのだろ?」

 

「まあな」

 

「フフ、そうでなきゃね。 こいつを召喚するのは、久しぶりだネ。――難蛇(ナンダ)跋難蛇(バツナンダ) 阿那婆達多(アナバダツタ)!」

 

ヴァトラーが召喚した三体の蛇が螺旋状に絡み合い、一体の龍へと変わった。

剣の鱗と、炎の鬣を持つ龍だ。この龍は、先程ヴァトラーが創り出した龍とは次元が違う。 その龍が旋廻するだけで、大地に深い傷が穿たれる。

 

「こいつは、君のそれ(天使化)じゃ防げないよ。 若干弱まってもいるしネ」

 

「ああ、その通りだ。――降臨せよ、黄龍!」

 

悠斗の隣に召喚されたのは、黄金に輝く龍だ。

ヴァトラーも、黄龍を見て目を見開いた。 黄龍は、四神たちを凌ぐ力を有しているのだから。

 

「――浄天(せいてん)!」

 

ヴァトラーの蛇と、黄龍が凶悪な口から放った黄金の渦が衝突した。

状況は拮抗したまま変わらない。 だが――、

 

「まだだ!――黄龍!」

 

黄龍の黄金の渦が勢いを増し、拮抗が崩れ、眷獣を消し飛ばし、黄金の渦ヴァトラーに直撃した。 ヴァトラーは片膝を突けたが、まだ戦意を消滅させていなかった。

だが、黄龍の一撃を受けたので、最早、体力が底を尽きかけてるはずだ。

 

「ふふ、アハハハハハハハッッ! 最高だヨ!」

 

高笑いするヴァトラーを見て、悠斗は眉を寄せた。

この状況でのヴァトラーの態度は、明らかに異常なものだ。

 

「……お前、狂ってるな」

 

「僕も自覚してるサ。 これが僕の最後の眷獣ダ。――――原初の蛇(アナンタ)!」

 

ヴァトラーはそいつを召喚した。 そいつは、大地を突き刺さる樹木。 根元には蛇の尾。 九体の蛇の眷獣が絡み合い、全長数百メートルの樹を作り上げている。 ヴァトラーは最後の力を振り絞り、蛇の鎌首に登って片膝を突けた。 そう、美しい黄金の障気が漂っているのだ。

悠斗は顔を歪めた。 また、こいつは真祖以上の眷獣なのだ。

 

「……お前、とんだ隠し玉を持ってたのな」

 

「……フフ、凄いだろ」

 

「……なら、こちらも切り札を使わせてもらう」

 

悠斗が左手を掲げると、大地が揺れ、雷鳴が轟いた。

 

「――全てを司る神獣よ。 今こそ我と一つになり、黄金の輝きを与えたまえ。 四神の長たる黄金の龍よ!――来い、黄龍!」

 

悠斗と黄龍は融合し、悠斗は黄金の衣に包まれた。

その背からは、朱雀から付与された紅蓮の翼。

 

「――降臨せよ、麒麟」

 

悠斗は、黄龍と同格の麒麟も召喚させ、再び左手を掲げると、目を奪われるような、美しい龍が召喚される。

悠斗は左腕を振り下ろした。

 

「――天舞(てんぶ)!」

 

火、水、風、雷、地が入り混じった龍は、原初の蛇(アナンタ)の攻撃と衝突し爆発を起こす。

 

「――嵐光(らんこう)!」

 

麒麟は光の渦を創り出し、追撃を下す。

天侯が回復し、爆炎の煙が晴れると、原初の蛇(アナンタ)は姿は完全に消滅していた。 悠斗はあの眷獣を完全に消し去ったのだ。

だが、悠斗も片膝を突けた。 黄龍との融合攻撃に、麒麟の攻撃。 悠斗の魔力(体力)は、かなり削られたのだ。 悠斗は融合を解き、眷獣たちを異世界へ還した。

 

「はあ……はあ」

 

悠斗は、荒い息を吐いた。

数メートル先には、この勝負を仕掛けたディミトリエ・ヴァトラーが横になっていた。 悠斗は、呼吸を整えてから立ち上がり、その場へ歩み寄る。

 

「……俺の勝ちだ、蛇野郎」

 

「……君の勝ちだ、悠斗。 ふふ、魔力(体力)も枯渇したヨ」

 

ヴァトラーは、満ち足りた笑みを浮かべていた。

今のヴァトラーは、半殺し状態にある。 なので、追撃は不可能だろう。 悠斗は、そうか。と頷き、ローブを羽織りフードで顔を隠した。

 

「僕を殺さないのかい?」

 

「まあな。 無防備な奴を殺すのは気が引ける」

 

ヴァトラーは、喉をくっくっと鳴らした。

 

「君は優しいネ。 誰譲りだい?」

 

悠斗には、肉親に関する記憶がないのだ。

このような質問をされても、わからない。としか言いようがない。 なので悠斗は、言葉を濁した。

 

「さあ、誰だろうな。 俺に勝ったら教えてやるよ。 つーか、救援が来るまで、そこで大人しく寝てろ」

 

「フフ、悠斗には借りができたネ」

 

「なら、後で返せよ。 その借りってやつを」

 

悠斗は踵を返し歩き出した。

紅蓮の織天使vsディミトリエ・ヴァトラーの勝負は、紅蓮の織天使の勝利に終わったのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が旅をしていると、ある一ヵ所に吸い付けられるように移動していた。 そこには、岩場の麓。 祭殿と思しき石造りの洞窟だ。 その洞窟は、赤茶けた石灰岩は雨嵐に侵食させ抉れており、周囲には破壊された車両の残骸が散らばっている。

だが、そこからは、ただならぬ気配が漂っていたのだ。――王気にも似た威圧感が。

 

「あれは……何だ? いや、聖殲の遺産(・・・・・)か?」

 

『その通りだ。 調べてたものに、すぐに会えるとはな』

 

黄龍がそう言った。

あの洞窟は、聖殲の遺産で間違えない。 悠斗が洞窟に近づくと、三人の中の一人が口を開く。 それは、この洞窟に関するものだった。

 

『……――十二番目(・・・・)……妖精……柩だ』

 

「……十二番目……」

 

悠斗は、静かにそう呟いた――。




蛇遣いとの戦闘を書いてみました。
上手く書けただろうか?不安です(-_-;)
悠斗君、この時から聖殲の知識を持っていたなんて、驚きですね(笑)
てか、黄龍の攻撃を受けたのに消滅してないヴァトラー凄ぇ。ま、何かで身を守ったんでしょうね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いいします!!


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焔光の夜伯Ⅳ

この章の矛盾が出てきたかも……。
まあ、ゴリ押ししちゃうんですが(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗が、野営地(キャンプ)から離れて一眠りした翌朝。 また、悠斗が野宿をしていた場所は、澄んだ泉もある。 近場に水があった方が、水分補給等には便利だからだ。

悠斗は森の奥に目を向けた。 玄武の察知能力が人の気配を感じたからだ。 感じる気配の数は二つ。 おそらく、野営地(キャンプ)いた兄妹の者だろう。

 

「……嫌な予感がする」

 

悠斗の嫌な予感とは、当たる確率が高いのだ。

妹が衣服を脱ぎ、泉の中に体を沈めるではないか。 兄の方は、岩陰で待機していた。 此処まで着いて来てあげたのだろう。 何とも、面倒見がいい兄である。

 

『覗かないのか』

 

「はぁ!? 何言ってんだよ! 変態になるだろうが!」

 

黄龍にそう言われ、悠斗は声を上げてしまった。 この声が響いたのか、少女の肩がビクッと震えた。

 

『……古城君。 今、声を上げた?』

 

『知らん、空耳じゃないか。 オレ、声上げてないし』

 

悠斗は、両の手で口元を覆った。

 

『……ならいいんだけど』

 

『つーか、覗く奴なんか居るわけないだろうが』

 

『わ!? こっち向かないでよ!』

 

少女の方に顔を向けた兄が、少女が投げた革製のブーツを鼻元に直撃し、悶絶した。

どうやら、悠斗の存在は露見しなくて済んだらしい。

 

「……早く離れよう」

 

悠斗は、肩を落としながら野営地(キャンプ)の方角へ歩いて行った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が昨日のように遺跡を観察していると、昨日より厳重な警備が敷かれていた。

 

「……あの女、吸血鬼か? 何でこんな所に?」

 

女性が、腕時計より一回りほど大きな、金属製のブレスレッドが嵌められていたのだ。 魔族の安全を保証する身分証であり、彼らを監視する為の発信器――魔族登録証である。

遺跡を調査するだけなのに、吸血鬼がいるのは余りにもおかしい。 いや、遺跡調査員とは、未知の物に手を出したがる者だ。――そう、十二番目に関する事などだ。

 

「……眠りから覚まそうとしてんのか? 止めるか? でも、面倒事には関わりたくないしなぁ」

 

と言う事なので、悠斗は傍観する事に決めたのだった。

すると、先程の兄妹が遺跡の中へ足を踏み入れた。 また、ご丁寧に強力な結界も施したのだ。

悠斗にとっては、紙切れ同然に過ぎないのだが。 その時、悠斗は感じ取ってしまった。警備隊の一人の存在が消えたのだ。 気配が消えると言う事は、何者かに絶命されたと言う事だ。

だが、周囲は結界が張られており、並みの魔族では侵入する事は出来ない。と言う事は、先に潜伏してた者の仕業が濃厚である。 おそらく、十二番目の柩が開かれた所を狙う算段だったのだろう。

 

「……途中で止めればいいものを。 遺跡調査員って、アホの集まりだな」

 

そう悪態を吐きながら、悠斗は岩山から飛び下りた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

調査団の野営地(キャンプ)は、炎で包まれていた。 車両や採掘用の重機は軒並みに破壊され、宿舎やテントも焼きが払われている。

悠斗が野営地へ降り立つと、死体が歩いていたのだ。 新たに、地面から這い出そうとしてる死体もある。 どうやら、悠斗も標的にされたようだ。

 

「はあ、人助けをしようとするもんじゃねぇな。――飛焔(ひえん)!」

 

悠斗は、左掌から浄化の焔を死人に放つ。 朱雀の真骨頂は清めだ。 負に関する物は、綺麗に浄化されるのだ。 悠斗は周囲を見渡し瞬時に理解した。

――黒死皇派。 戦王領域出身のテロリスト。 獣人優位主義を唱え、吸血鬼による夜の帝国(ドミニオン)の支配に反発。 人間と魔族の共存を目的した聖域条約の破棄を訴える好戦的な一派。 獣人でありながら死霊魔術(ネクロマンシー)に精通し、世界各地で様々なテロ活動を繰り広げる集団。

黒死皇派にとっては、吸血鬼の真祖は憎むべき敵だ。 もし、十二番目が本当の第四真祖ならば、この遺跡は、破壊すべき場所と言う事になるのだ。

そして、黒皇派で死霊魔術(ネクロマンシー)を使用する獣人は――死皇弟(しこうてい)、ゴラン・ハザーロフだ。

 

「面倒くせぇ」

 

そう言いながら悠斗は走り出し、傷だらけの者の前に立った。 左腕は折れてるようだが、命には別状はないらしい。 だが、戦闘続行は不可能だ。

 

「……誰だ貴様は」

 

「通りすがりの吸血鬼だ。 テロリスト。――炎月(えんげつ)!」

 

悠斗は、傷だらけの調査員を結界で囲った。

此れならば、テロリストは調査員に手を出す事は不可能である。 獣人が命を下すと、地中から数十体の死人が這い上がってくる。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

悠斗は、それを浄化させる。 悠斗の前では、無意味な攻撃だ。

だが、死皇弟を消し去るには火力が足りない。 朱雀を召喚して攻撃すると、おそらく、内部の十二番目も浄化してしまう。

 

「(……目覚めてるなら話は別なんだがな)」

 

そう、焔光の夜拍(カレイドブラッド)は世界に関わる代物だ。

消してしまったら、後々何が起こるか解らない。と言う事は、悠斗の攻撃手段も限られてしまうのだ。

 

「ほう、見事だ。 これならどうかな」

 

そう言って、死皇弟は地面から一〇〇体に及ぶ死人を呼び出した。

悠斗は舌打ちをした。 足止めには十分な数だ。

 

「では、通りすがりの吸血鬼よ。 奴らの相手をしていろ」

 

死皇弟は、そのまま洞窟内部に入って行く。

悠斗は動く事は出来ないので、護衛に付いてる女吸血鬼に時間稼ぎを任せるしかない。 悠斗はそう思いながら、死人に目を向けた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

数分経過した所で、悠斗は死人を完全に消し去った。 そんな時、結界に囲まれた調査員から言葉が発せられる。

 

「……洞窟内部にガキが居るんだ。 悪ぃが、オレは動けそうにない。 リアナ・カルアナと協力して、助けてくれ。 お前さんは、信用できる」

 

「ああ、わかった」

 

「……すまねェな。 恩に切る」

 

そう言って、調査員は気を失い、悠斗は洞窟内部へ急いだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「ッチ。 遅かったか」

 

悠斗が洞窟の最深部で目にしたのは、少女を庇い全身に銃弾を浴び絶命してる兄と、胴体を貫かれた女吸血鬼だった。

 

「古城君! 古城君……目を開けてよ、古城君! お願いだから……!」

 

少女は、兄の体に縋って必死に彼の名前を呼ぶが、彼の体は無数の銃弾を浴びて血みどろだった。 高い再生能力を持つ吸血鬼でも、助からないだろう。 人間なら尚更だ。

 

「そうか……。 妹を庇ったのか。 賞賛するぞ、少年。 無謀で愚かだが、勇気ある行動だった事は認めよう。 だが、所詮は脆弱な人間の肉体。 残念だったな」

 

哀れむような口調で死皇弟はそう言って、自らを巨大な神獣に姿を変えた。

悠斗は歯ぎしりした。 悠斗は、戦闘要員の命を奪う事は仕方がない事だと思っているが、非戦闘員の命を奪うなど言語道断なのだ。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗は、傍らに朱雀を召喚させた。

朱雀は、少女と彼を包み込むように翼で包んだ。 此れならば、彼女たちが被害を受ける事もうない。

 

「……貴様か」

 

死皇弟は、振り向きそう言う。

 

「……テメェ、何故彼女たちまで手にかけた。 恥ってもんを知らねぇのかよ!」

 

「我々はテロリストだ。 そのようなものは持ち合わせていない」

 

「……そうか。――降臨せよ、玄武!」

 

悠斗は、玄武を召喚させた。 そして、悠斗は冷徹になった。

最早、こいつには慈悲は与えない。

だが、悠斗が玄武に命じようとした時に、突然噴き出した凍気が、遺跡の中を埋め尽くした。 そう、少年が与えた己の血肉が、氷塊の中に眠って少女に降り注いでいたのだ。 ならば、十二番目が覚醒しても不思議ではない。

これは、十二番目の眷獣の力だ。 そして、血まみれの少女が起き上がる。 粗末で薄衣だけを纏った、妖精のような少女だ。

虹色に輝く彼女の髪は炎のように逆巻き、見開かれた瞳は焔光放っている。 彼女が撒き散らす冷気を浴びて、死皇弟と悠斗は、その壮絶な魔力に圧倒されそうになる。

そして、彼女の背後に浮かび上がったのは、氷河のように透き通る巨大な影だ。 上半身は人間の女性に似ており、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、指先は猛禽のような鋭い鉤爪になっている。 氷の人魚、あるいは妖鳥(セイレーン)――。

 

「……眷獣……だと……!?」

 

死皇弟がそう唸った。

そして、一瞬で凍結させた。 そう、絶対零度の負の温度領域まで――。

だが、悠斗にはそれは効かない。 玄武の無月(むげつ)での無効化だ。 そう、冷気のみを無に還しているのだ。

 

「ほう、我の攻撃で受け立っていられるとはな」

 

「……まあな。 俺は他の吸血鬼に比べると、奇妙(イレギュラー)な存在だからな。 お前も助けるさ。 眠ってていいぞ」

 

そう、石室は崩壊を始めているのだ。

彼女が全ての石を凍らせても、重力によって石は落ちてくるのだ。

 

「……そうか。 すまぬな」

 

彼女は、再び柩に横になった。

 

「いや、気にするな。――朱雀!」

 

朱雀は悠斗たちを翼で包み込み、崩壊から守ったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

崩壊から免れた悠斗は、朱雀で彼女たちを守護したまま歩き出した。

そこには、一人だけ生還した調査員と、フリルまみれの豪華なドレスを着た小柄な少女だ。

 

「お前か、奴を助けたのは?」

 

「ああ、助けられなかった人の方が多いけどな……」

 

悠斗が戦場で助けられたのは、一人だけだったのだ。

死皇弟が用意していた死人は、異常な数だったのだ。 なので、他の調査員まで手が回らなかったのだ。

 

「しかし、現場に居なかった調査員の生存者は二十三名。 地上に居たスタッフの約半分は助けられた計算だ。 貴様たちが死皇弟を抑えて、時間を稼いだからだな」

 

遺跡は、巨大な魔力のぶつかり合いによって陥没し、形を留めていなかった。

遺跡の復旧は絶望的である。

 

「ミス・カルアナは?」

 

「……悪い、間に合わなかった。 だが、二人は生きてる。 俺の眷獣で守護した」

 

「……そうか。 なら、死皇弟もお前が倒したのか?」

 

乾いた口調でそう言って、調査員は立ち上がった。

 

「女吸血鬼でも、俺じゃないのは確かだぞ」

 

次の悠斗の言葉で、調査員は荒い息を吐く。

 

「――十二番目の焔光の夜拍(カレイドブラッド)――アヴローラ・フロレスティーナ」

 

「何!?……眠り姫が……目覚めたのか……!?」

 

さあな。と言い、悠斗は口を閉ざした。

だが、悠斗の言葉は、遠回しに答えを言っているのと同じなのだ。

 

「まあ、少女の方は精神に大きな負担があるかもしれないから、十分な休息が必要だ。 彼は無傷だ。 だよな、空隙の魔女」

 

「そうだ。 銃弾を浴びて、肺と心臓を含めた全身の大部分を吹き飛ばされた痕跡も残ってるのにも関わらず、だ」

 

呻く調査員。

 

「十二番目の焔光の夜拍(カレイドブラッド)と、暁兄妹。 この三人は、極東の魔族特区で預かる。 戦王領域にもその条件で納得させた。 文句はないな、暁牙城(・・・)?」

 

「極東の魔族特区……!? 絃神島か!」

 

絃神島は太平洋に浮かぶ人工島。 日本政府が管轄する特別行政区だ。 そして、空隙の魔女。 南宮那月の本拠地でもある。

欧州から遠く離れた絃神島に連れて帰れば、戦王領域や、他の真祖たちの夜の帝国(ドミニオン)も手を出す事は不可能だ。

十二番目に対しても、暁兄妹に対しても。

 

「随分と手際がいいじゃねェか、空隙の魔女」

 

牙城が忌々しげに呟いた。 那月は、ふふん。と得意げに笑う。

 

「聖殲絡みだ。 わたしとて、多少は無理をする。 貴様にとっても、悪い話ではないと思うはずだが? 不満か、暁牙城?」

 

「……いや、あんたの思い通りになるのは癪だが、他に選択肢はなさそうだ」

 

牙城は疲れたような口調でそう言うと、焼け焦げた中折れ帽を拾い上げた。

そして、那月の視線が悠斗に向く。

 

「それで、お前はどうするんだ? 紅蓮の織天使」

 

悠斗は溜息を吐いてから、

 

「手を引く。って言いたい所なんだが。 完全に無関係、とは言えなくなったんだよな……。 はあ、如何すっかな」

 

悠斗は、思案顔をした。

 

「……気が向いたら行くよ。 俺は自由にさせてもらう。 悪ぃな」

 

そう言って、悠斗は踵を返し歩き出した。

再び、世界を回る為に――。




暁兄妹と邂逅?しましたね。
古城君たちは、悠斗君の姿は見られてませんが。てか、独自設定も満載です(笑)
朱雀を召喚しても、攻撃はしてませんから、十二番目は消滅しないんです(^O^)

牙城君は、悠斗君の事と会っていたんですね。実は悠斗君も、牙城の事を覚えてたり……(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅴ

早めの更新ですね。
……他のも更新しなければ(震え声)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗が旅に出てから数年が経過した。 その間、悠斗は一度だけ絃神島を訪れた事があったのだ。 そんな中、仙都木阿夜による闇誓書事件に巻き込まれ、島の異能関係は消え去り、対抗できる人物が、悠斗と那月だけと言う事態に陥ってしまったのだ。

悠斗と那月は島の崩壊を防ぐ為、共闘して仙都木阿夜を戦闘不能にさせ、監獄結界へ収容した。 その後は、那月は監獄結界の看守になり、悠斗は那月と約束を交わし、再び旅に出た。

だが、悠斗が絃神島の外に出ると、敵に狙われる事が多くなったのだ。 二つ名が各地に知れ渡った事で、賞金稼ぎ等に命を狙われる事になってしまったのだ。

 

「ッチ」

 

悠斗は舌打ちをした。 奇襲した敵の数は異常だ。 青龍の雷球(らいほう)で消し飛ばしても、次々に現れるのだ。 死体が、だ。

悠斗の予想では、襲撃者の正体は死霊魔術師(ネクロマンサー)。 おそらく、隠れて不死の死体を操り、悠斗の体力を徐々に削っていく戦法を執っているのだろう。

 

「――降臨せよ、玄武!」

 

悠斗は、周囲10kmを無に還す事に決めた。 この方法が手っ取り早いのだ。 だが、その代償として、周囲は荒地に様変わりをしてしまう。

 

「――無月(むげつ) !」

 

玄武が咆哮し周囲を無に還した。 なので、残るのは地だけだ。 周囲の植物、遮蔽物などは完全に消滅した。

隠れて死人を操っていた死霊魔術師(ネクロマンサー)も一緒にだ。

 

「……終わったか」

 

悠斗は、眷獣を異世界に還した。

今週で襲われた回数は、これで三回目。 月で換算すると約十五人。 体力は問題なくとも、精神はそうではないのだ。 特に心が、だ。

また、悠斗は旅の仲間ができた事があったが、裏切られ奇襲を受けた。 それも、信用していた仲間にだ。 悠斗は、人を信じる事もできなくなっていたのだ。

 

『……主、大丈夫か?』

 

朱雀は、悠斗を心配するように声をかけてくる。 悠斗の心は暴風のように荒れているのだ。 心に住まう眷獣たちには、それが良く解ってしまう。

悠斗は苦笑した。

 

「……ああ、何とかな」

 

そう言って悠斗は、ローブ羽織りフードで顔を隠した。 だが、その顔には疲労が色濃く滲み出ていた。

そして、その背中はとても寂しそうに見えた。

それからも、悠斗は命を狙われ続けた。 既に、心の均衡は崩れる寸前だ。――悠斗は心の均衡を保つ為、強者と戦闘を繰り広げた。

そして現在、悠斗は洞窟に隠れ傷の手当てをしていた。

 

『悠斗、お前は戦いすぎだ。 少しは休んだらどうだ』

 

黄龍にそう言われるが、悠斗は口を閉ざしたままだ。

 

「……何処でだ?」

 

僅かな沈黙の後に、悠斗はそう口にした。

 

『空隙の魔女の本拠地、絃神島(・・・)。 休息するには、最適な島だ』

 

絃神島。 太平洋に浮かぶ人口島。 南宮那月が管轄するこの島に居れば、真祖や襲撃者は、悠斗に手を出す事は不可能な地だ。

 

『学生生活ができるとも、空隙の魔女は言っていたな』

 

黄龍がそう言った。

那月は悠斗に、学生生活を送って見ないかと提案した事があるのだ。

 

『それに悠斗、あの島では面白い事が起こってる筈だ。――――焔光の夜伯(カレイドブラッド)に関する事だ』

 

麒麟の言葉に、悠斗は眉を上げた。

麒麟が言うには、絃神島には、様々な魔力が渦巻いてるらしい。 その魔力は、十二番目とほぼ同じだと言う事だ。 麒麟は言葉を続ける。

 

『悠斗は気づいているかもしれないが、暁古城、彼は十二番目の血の従者だ。――まだ借りだがな、十二番目の魔力の波動が感じられない』

 

――血の従者。 血の従者は、主人となった吸血鬼の能力を色濃く受け継ぐ。 相性によっては、主人となった吸血鬼をも凌ぐ力もあるとすら言われてるのだ。 もし、十二番目が本当の第四真祖だとすると、暁古城は、第四真祖の血の従者と言う事になる。

 

『どうだ? 興味はないか?』

 

「……興味が無いと言えば嘘になる」

 

第四真祖を覚醒させる為には、焔光(えんこう)(うたげ)と言う儀式が行われるのだ。

宴の資格を持つ奴を、選帝者と呼ぶ。 選帝者の資格は、一定規模の領地を持っている事だ。

そこには、獅子王機関も携わっているらしい。

 

「だが、閑古詠(しずか こよみ)も関わっているのか……。 面倒だな」

 

『奴らとは殺り合ったからな』

 

くっくっくと麒麟は笑った。

麒麟の言う通り、悠斗は、獅子王機関の三聖と殺し合いをした仲なのだ。

 

「死にそうになったけどな。 特に、閑古詠(しずか こよみ)の技は面倒だった」

 

閑古詠(しずか こよみ)は、静寂破り(ペーパーノイズ)の名を継いでおり、存在しないはずの時間を現実に無理矢理挿入して改変する能力を持つ。 その為戦闘に於いては、絶対先攻攻撃の権利を持つ。 悠斗はその能力で、深手を負わされそうになったものだ。

 

『朱雀が居なければ死んでいたな』

 

「だろうな」

 

暫しの沈黙。

 

『先程の件はどうするんだ?』

 

「……絃神島か……。 那月が居るし、行ってみるか」

 

悠斗が心を開いてる人物は、この世で一人しかいない。

南宮那月。――――空隙の魔女だけだ。

悠斗は絃神島へ向かう為、歩き出したのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

現在悠斗は、絃神島の人工島地区港湾地区(アイランド・イースト)、空港や埠頭(ふとう)が連なる絃神島の玄関口へやって来ていた。 此処では、厳重な島の出入りを行う為厳重なチェックが行われいるが、悠斗にとっては、すり抜けるのは容易いのだ。 まあ、不法侵入と言う扱いになってしまうのだが……。

絃神島の地を踏んだ悠斗は、顎に右手を当てていた。

 

「情報が欲しいな。 いや、まずはコーヒーが飲みたいわ」

 

と言う事なので、悠斗は喫茶店を目指して歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

数分歩いた所で、港湾地区で喫茶店を発見し内部へ足を踏み入れた。 店員に『何名様ですか?』と聞かれ、一人と答えてから窓際の席に腰を下ろした。 悠斗はコーヒーを注文し、一息吐いた。

注文したコーヒーを飲んでいたら、ある会話が聞こえてくる。

 

『戦王領域、カルアナ伯爵領主――フリスト・カルアナの娘。 ヴェルディアナです』

 

悠斗は眉を寄せた。

 

「カルアナだと。……そうか。 遺跡で絶命したリアナ・カルアナの妹だな。 だが、戦王領域の貴族が何で極東の魔族特区に? 焔光(えんこう)(うたげ)関連か?」

 

悠斗は耳を澄ませた。

これは、かなり有益な情報が入手できると思ったからだ。――――焔光の夜伯(カレイドブラッド)に関する情報だ。

 

『ペンプトス……五番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)の仕業、ですか。 あなたは単に巻き込まれただけの被害者だと?』

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の十二番目が最後ならば、一番から十一番までが居るはずと悠斗は踏んでいる。

 

『ふんふー……王、自らが襲って来たという事は、あなたが持っている鍵は、本物だと信じていいのかしら?』

 

――――鍵。

ヴィルディアナがコートの懐から取り出したのは、粗末な布に包まれた金属製の棒だ。 直径は三、四センチ程。 長さは五十センチ弱。 片方の先端を尖らせた形は、小型の杭を連想させる。 銀色に輝く表面には、細かな魔術文字が刻まれていた。

これは天部の遺産。――魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を切り裂く真祖殺しの聖槍だ。

起動するには純度の高い大量の霊力が必要だ。 また、これを扱えるのはメトセラの末裔のみ。 天部の因子を受け継いだ霊媒が必要になるのだ。 貴族が持っていても、ただの金属棒だ。

だが、悠斗は神々に恩恵を与えられた一族。 この法則には当て嵌まらないのだ。 結論を言うと、悠斗はこの槍を使用する事が可能だ。

 

『昔の凪沙ちゃんなら、たしかにそれを使えたかもね。 でも、駄目なの』

 

『駄目、とは?』

 

『凪沙ちゃんは、ゴゾ島の事件で精神に大きな負担を負って、力を無くしてしてしまったの。 今でも、入退院を繰り返してるわ』

 

凪沙とは、悠斗が守護した暁兄妹の妹だろう。

 

『妖精の柩を開ける一番確実な方法は、獅子王機関を頼る事でしょうね。 彼らは以前から、メトセラの末裔を集めて育てている噂は有名だもの。 だからこそ、獅子王機関が宴の采配者(ブックメーカー)を任されている訳だけど』

 

悠斗は頷いた。

獅子王機関が携わるのは不思議と感じていたが、メセトラの末裔、真祖を殺せる者が存在するなら合点がいくのだ。

 

『我々は、眠り姫を目覚めさせるつもりはありません』

 

――眠り姫。 十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)、アヴローラ・フロレスティーナ。 悠斗が遺跡で邂逅し、言葉を交わした焔光の夜伯(カレイドブラッド)

彼女は、妖精の柩と呼ばれる氷塊の中で封印されている。 ヴェルディアナは、彼女を目覚めさせる為に、多くの犠牲を払って、極東の魔族特区を訪れたのだ。

だが、交渉は決裂。 ヴィルディアナは乱暴に椅子を蹴って立ち上がり、この場から去ろうとしたが、何かの箱を渡されていた。

ヴィルディアナが箱を開封すると、中に入っていたのは、黒光する金属製の狩猟器具。 そう、クロスボウだ。 そのクロスボウは、ヴィルディアナの持っている金属杭が嵌る大きさだ。 また、内部に凄まじい霊力が充填された筒も同封されていたのだ。

あれだけの霊力があれば、柩の鍵を起動させる事が可能だ。 ヴィルディアナでも、十二番目の封印を解く事が可能なのだ。

 

『わたしたちは、眠り姫を起こすつもりはないの。 獅子王機関や、他の素体たちを敵に回すのも面倒だしね』

 

悠斗は、なるほど。と相槌を打った。

おそらく、ヴィルディアナを利用する気なのだろう。――眠り姫を起こした張本人として。 たしかに、今の悠斗ならば、ヴィルディアナを利用するだろう。 悠斗は、目的の為なら使える物は使うのだ。 それが――人間でも、だ。

そして話が終わり、その者たちは退席して行った。

 

「……アヴローラ・フロレスティーナに関わる情報が手に入るとはなぁ」

 

悠斗はコーヒーを一口飲み、予想外だわ。と呟く。

おそらくヴィルディアナは、これからMARを襲撃に向かうだろう。――アヴローラの眠りを覚ましに。

 

『悠斗。 お前は、宴に介入するのか?』

 

「さあな」

 

悠斗は冷めてしまったコーヒーを全て飲み、会計をしてから喫茶店を後にしたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗は無意識に足をMARに向けていた。 そう、アヴローラが気になったのだ。

その時だった。 MARが爆発したのだ。 ヴィルディアナがアヴローラを眠りから覚ます為、杭を放ったのだろう。

 

「……あの、アホ吸血鬼! 民間人が隣の棟にいるだろうが!」

 

悠斗は悪態を吐き、病練棟へ向かった。

病練棟へ到着すると、悠斗は眷獣を召喚させる。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗は、病練棟を守護するように命じ、隣接するMAR棟へ走り出した。 そこは氷で覆われていて、分厚い霜こびりついていた。 花弁のような結晶が、霧に覆われた大気に入り混じっている。 地面に生えた無数の氷柱が、茨のように鋭く尖って近づく者を拒んでいた。 悠斗は、内部を見て声を上げた。

 

「お前は変態か!?」

 

そう、アヴローラの姿を見て、――――少年が鼻血を噴き出していたのだ。

声に反応した少年が、

 

「違うわ! こいつが勝手に寄ってくるからだ!?」

 

「その鼻血はなんだよ!」

 

「こ、これは、不可抗力だ!」

 

「何のだよ!」

 

何とも、緊張感が無いやり取りだった。

すると、アヴローラは彼に顔を寄せて唇の端から牙を覗かせた。 その牙は、少年の肩に埋まっていった。 そう、アヴローラは少年の血を吸ったのだ。

だが、次の瞬間、彼女は怯えたように後ずさった。 血を舐め啜り、禍々しく笑っていた先程の彼女とは別人だ。

 

「(俺が出会った時とは態度が違う。……記憶喪失か?)」

 

悠斗はそう結論づけた。

どうやら、無事に十二番目は目を覚ましたようだった。

 

「お前、名前は?」

 

「あ、暁。 暁古城(・・・)だ」

 

「神代悠斗だ。――逃げるぞ。 警備ポッドが来る」

 

悠斗は懐からローブを取り出し、古城へ放り投げた。 何故か解らないが、悠斗は彼女を放って置けなくなったのだ。

 

「これを着せてやれ」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

そう言いながら、古城はアヴローラにローブを着せた。

此れならば、外に出ても問題ないだろう。 不格好になってしまうのは確かだが。

その時、ブルネットの髪を靡かせ、黒いクロスボウを携えた女が、悠斗の前に立ち塞がった。

但し、クロスボウには矢は装填されていない。 単なる威嚇である。

 

「――動かないで!」

 

「……退け」

 

悠斗の威圧だけで、ヴィルディアナは委縮した。

 

「お前は誰だ!」

 

今の彼女は、簡単に道を開けてくれそうにはなかった。

だが、次の悠斗の言葉で、ヴィルディアナは目を見開く。

 

「神代悠斗。――紅蓮の織天使だ」

 

「……そう。――暁古城。 彼と一緒に、その子を守って!」

 

ヴィルディアナは、古城に矢が装填されてないクロスボウを手渡した。

だが、古城は困惑するだけだ。 唐突に、その子を守って。と言われたら仕方ないが。

 

「この子を宴に巻き込むな」

 

「な、何故それを!」

 

ヴィルディアナは目を丸くした。

 

「お前に教える義理はない。 ヴィルディアナ・カルアナ、お前との話は後だな」

 

悠斗は、後方に目をやった。

 

「警備ポッドはお前が何とかするんだな。――行くぞ、暁。 話はそれからだ」

 

「お、おう」

 

この一件が、暁古城と神代悠斗の出会いだった――。




遂に、悠斗君と古城君が邂逅しましたね。
ちなみに、悠斗君は那月ちゃんにしか心を開いてませんよ(現時点で)那月ちゃん以外には、常に警戒してる状況ですね。

悠斗君は、プラハ国立劇場占拠事件で、黒死皇派を潰しましたよ。まあでも、トップを逃がしてしまったのですが……。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
闇誓書事件の時系列等は改変してますね(多分ですが……)
オリキャラ設定もズレが出てきたので、この章が終わってから修正しますm(__)m


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焔光の夜伯Ⅵ

今更だが、お気に入り1000件を超えました!やったね、舞翼。
……こほん。それはさて置き、書きあげました。
てか、この章は難しいです……(汗)ゴッチャになってないか不安だなぁ……。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗と古城は、アヴローラを連れてMAR棟を後にし、中庭までやって来た。

警備ポット等は、ヴェルディアナに押し付けるような形になってしまったのだが。 とはいえ、悠斗には悪気は一切なかった。

ローブを羽織り素性を隠しても、アヴローラの格好は余りにも不格好すぎた。 見方によっては、少年の二人組が少女を攫っている構図……にも見えなく無いのだ。

 

「(……性犯罪者じゃねぇかよ)」

 

悠斗は盛大に溜息を吐いた。

 

「な、なあ、何が起こってるんだ? 説明してくれよ?」

 

古城は、まだ困惑から抜け出せていなかった。

悠斗は頬を掻きながら、

 

「いいけど。 アヴローラの恰好を如何にかしてからだな」

 

「……アヴローラ?」

 

古城は疑問符を浮かべた。

 

「十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)、アヴローラ・フロレスティーナ。 この子の名前だ」

 

悠斗がそう言うと、古城はアヴローラの姿を眺めたが、アヴローラは悠斗の右足に摺り寄って行く。

 

「わ、我に(みだ)らな視線を向けるな……!」

 

アヴローラは弱々しく抗議した。 言葉遣いは高圧的だが、頼りない口調のせいなのか、あまり偉そうに感じない。

 

「だそうだ、変態」

 

「変態言うなっ! あれは不可抗力だ!」

 

古城の叫びを聞き、アヴローラは肩をビクッと上げた。 声に怯えたように、アヴローラは悠斗の右足を壁にして隠れてしまった。

 

「アホ。 アヴローラが怯えただろ」

 

「わ、悪い。 そ、そうだ。 凪沙の奴が……」

 

古城は担いでいたバックを下ろして、その中から荷物を取り出した。 どうやら、妹にクリーニングを頼まれた制服らしい。

 

「こっちの方が、今よりはマシになるだろ」

 

「あ、う……よ、よかろう」

 

アヴローラは、制服を受け取った。

アヴローラが制服に着替える為、古城も背を向けたが、着替えが終わる気配が一向に訪れない。

数分経過すると、今にも泣き出しそうなアブローラの声が聞こえてくる。

 

「あ、暁古城よ。……汝に(いまし)めの(びょう)穿(うが)つことを許そう」

 

古城は振り返り、怪訝そうな顔をする。 おそらく、アヴローラの言葉の意味が解らないのだろう。 なので、悠斗が解説する。

 

「変態。 アヴローラは、ボタンを留めて欲しんだと」

 

「変態呼びは止めてくれ……」

 

古城は溜息を吐いてから、制服のボタンを留めていく。 十二番目の血の従者なのか、アヴローラは、古城に懐いているらしい。

その時だった。 医療棟の建物内部から、サイレンが鳴り響いたのだ。 ヴェルディアナが眷獣を呼び出して対抗を始めたのだろう。

 

「此処に居たら、島の警備隊と鉢合わせる。 移動するぞ、説明はそれからだ」

 

「ま、またかよ……」

 

古城は、落胆するような声を上げた。

悠斗は周りを警戒するように、古城はアヴローラの手を握り歩き出した。――三人の出会いが、運命の歯車を回し始めたのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗たちは、アヴローラを連れて海沿いの歩道を歩いていた。

アヴローラは周囲を見渡し、ビルや行き交う自動車を眺めては、ふぉぉ。と驚嘆したような声を上げている。

 

「……オレが、十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)、アヴローラ・フロレスティーナの血の従者?」

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)。 古城はこの名前は知っていた。

第四真祖。 世界最強の吸血鬼。 一切の血族同胞を持たない、世界の理から外れた怪物。 古城には、アヴローラは頼りない少女にしか見えない。 また、自分の事を知る神代悠斗と言う人物も気になった。

 

「それに、この子は狙われてるのか?」

 

「まあな。 詳しい説明は身内に聞け。 俺が教えられるのはここまでだ」

 

悠斗は重要な事は伏せて、古城に今の状況を伝えた。

あの事件の詳細を、悠斗が話す訳にはいかないのだ。 悠斗は、あの現場に居合わせたに過ぎないのだから。

 

「お、おう。って、そうじゃなくて、狙われてんのかよ!」

 

「さっき言ったろ。 この子は、十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)って。 まあ心配するな。 殺りに来たら、殺り返すだけだ。……例外なく、な」

 

「ぶ、物騒な言い方するな。 ま、まあ、神代が普通じゃないくらい解るが」

 

「……その辺は詮索するな」

 

悠斗と古城が振り返ると、アヴローラはガードレールに凭れてグッタリしていた。

古城は慌ててアヴローラの元へ向かうが、悠斗はアヴローラがそうなった原因が解った。 そう、アヴローラは空腹なのだ。

 

「き、飢餓(きが)の衝動が、我を襲って……」

 

そう言ってアヴローラは俯き、頬を朱色に染めていた。 恥ずかしい感情は持ち合わせているらしい。

 

「腹が減って動けないだってよ」

 

「あー、……やっぱそうか」

 

「俺も食うぞ。 あ、言っとくが、暁の奢りな」

 

「は?……お、お前、中坊から金を毟り取る気かよ!?」

 

絃神島北地区(アイランド・ノース)は、企業や大学の研究所街がある所為か物価が高い。 中学生では、痛い出費になるのだ。 古城は脱力してから、アヴローラを抱きかかえた。 それから、近くの交差点を渡った。 古城が向かった目的地は、『るる家』のアイスクリーム屋だ。

悠斗は、ショーケースに陳列されたアイスクリームを見て、ほう。と声を上げて顔を近づけた。 以前来た時よりも、アイスの種類が豊富になっていたのだ。 アヴローラも、ふぉぉ。と興奮気味に小鼻をひきつかせている。

古城は、そんな二人を見て呆れ顔だ。

 

「……で、どうすんだ。 奢るぞ」

 

「……んっ!」「これだな」

 

悠斗が注文したのは、ストロベリーとポッピングシャワーのコーン二段重ねで、アヴローラは、今日のおすすめだ。

古城もアヴローラと同じ物を注文し、アイスを受け取って店内のテーブル席に座った。

 

「……くそッ。 痛い出費だぜ」

 

悪態を吐く古城とは裏腹に、悠斗とアヴローラは満足そうだ。

アイスを舐めたアヴローラは、大きな青い瞳を見開いた。 どうやら、かなりお気に召したらしい。

 

「ら、楽園の果実如し!」

 

「旨いよな、るる家のアイスは」

 

悠斗の言葉に同意するように、アヴローラは小刻み何度も頷く。

 

「う、うむ。……暁古城。 ほ、褒めて遣わす!」

 

「お、良かったな、暁。 主人が褒めてくれたぞ。 流石、血の従者だな」

 

「人を犬みたく言うなッ!」

 

アイスを全て食べ終わった悠斗は、今後どうするか考えを巡らせていたが、それはすぐに中断する事になる。

僅か数秒で、黒装束を身に纏い、獣の頭骨の仮面をつけた男たちに囲まれたのだ。

 

「……なんだよ、あんたたち」

 

「十六時三十八分四十四秒――十二番目と接触。 同伴者二名。 同伴者を無力化の上、十二番目を確保する」

 

先にアヴローラを庇った古城は、男に横殴りされ、数メートル程吹き飛び、コンクリートの堤防に激突する。

 

「古城――!」

 

アヴローラが大きな悲鳴を上げ、悠斗はアヴローラの前に立つ。

 

「アヴローラ、暁はお前の血の従者だ。 だから、心配するな」

 

「……う、うん」

 

アヴローラは、涙目で頷いた。

攻撃系統の眷獣は召喚できない。 此処には大勢の民間人も居るのだ。 召喚可能な朱雀の守護では、この場は意味を成さない。 ならば、現状での眷獣攻撃だけだ。

 

「――閃雷(せんらい)!」

 

悠斗は左手を掲げ、黒装束のみに稲妻を落とす。 だが、殺せるまでの威力は、今の悠斗では出す事はできないのだ。

だが、足止めには十分だ。

 

「暁、アヴローラを頼んだ!」

 

「お、おう!」

 

古城は、アヴローラの手を引いて走り出す。 この騒ぎで、周りの人々は避難したようだった。

悠斗は左手を突き出す。

 

「――降臨せよ、玄武!」

 

悠斗は、傍らに玄武を召喚させた。

 

「――無色(むしょく)!」

 

玄武に巻き付いた蛇が黒装束たちを食らい、無に還していく。 眷獣召喚により、悠斗の存在が露見してしまったが、アヴローラを守る事ができれば安いものだ。 また、これは牽制にもなるだろう。――十二番目(アヴローラ)の傍には、紅蓮の織天使がついていると。

 

「……はは、こんな所で会えるとはな……。――――紅蓮の織天使」

 

声の主は、無精髭を生やした長身の日本人だ。 色褪せた革製のトレンチコートに中折れ帽。 その肩には、かけ紐で、火炎放射器に似た奇妙な銃が下げられている。 古城はその男を呆然と見て、悠斗は踵を返した。

 

「……そうだな。――――死都帰り(・・・・)暁牙城(・・・)

 

「よくアヴローラを護ってくれたな。 感謝感激オレ元気ってな」

 

寒いギャグを言い、暁牙城は楽しげに笑い続けたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

牙城が古城たちを引き連れて訪れたのは、絃神島東地区(アイランド・イースト)にある小さな港であり、自家用の小型船舶を係留するマリーナだ。

桟橋には、小型のヨットやボートが五十隻ほど停泊している。 牙城は、その一隻に乗り込んだ。

 

「早く乗れよ、小増ども。 遠慮するな」

 

「そうか。 なら、遠慮なく」

 

悠斗は、牙城が乗る船に乗り込む。 古城とアヴローラも、悠斗に続いた。 牙城は船室から食料を運んでくる。 パンとベーコン、コンビーフ、冷えたビール。 それを、後部デッキのテーブルに広げた。

悠斗は牙城と向かいように座り、古城も悠斗の隣に腰を下ろす。 その隣に、アヴローラが怖ず怖ずと座る。 牙城は、アヴローラにサンドイッチを手渡した。

 

「……わ、我に供物を捧げるか、人の子よ……」

 

空腹を訴えていたアヴローラが、目を輝かせてそれを受け取り、食べていいか、と古城の顔を窺ってくる。 よく噛んで食えよ、と古城は促した。

このやり取りを見てから、悠斗が口を開く。

 

「で、暁。 話すのか?」

 

「え? 何を?」

 

悠斗は牙城に言ったつもりなのだが、古城が反応してしまったらしい。 確かに、暁が二人居るのだ。 区別をつけないと、どちらも反応してしまう。

 

「混合しちまうな。 そうだな。 暁古城は、暁。 暁牙城は、死都帰りって呼ぶ」

 

「おいおい。 小増は名前でもいいじゃねぇのかよ、紅蓮の織天使」

 

そう言いながら、牙城はビールを飲む。

 

「悪いな。 俺が名前で呼ぶ人物は、この世で一人しか居ないんだわ」

 

悠斗が名前で呼ぶ人物。

それは、――南宮那月だけだ。 悠斗は信用した相手ではないと、名前で呼ばないのだ。

 

「なるほどなぁ。 お前、過去に色々あったんだなぁ」

 

「まあな。 あんたが想像してる倍以上だと思うぞ」

 

牙城は口笛を吹く。

 

「それはご苦労なこって」

 

「親父! 説明してくれよ!」

 

どうやら、古城は痺れを切らしてしまったらしい。

牙城は、古城の怒声を知らぬ顔で受け流し、何気ない口調で聞いてくる。

 

「小増、何所まで知ってる?」

 

「あ、ああ。 オレが焔光の夜伯(カレイドブラッド)の血の従者と、アヴローラ名前、女吸血鬼が戦王領域の貴族で、アヴローラを眠りから覚ました張本人って事だけだ」

 

「ほぼ全部だぞ、それ。 つか、そこまで知ってるとか、お前どんだけだよ」

 

「教えてくれたのは、神代だ」

 

そう言って、牙城は悠斗を見た。

 

「あの事件の事は言ってない。 あれは、あんたが教える話だ」

 

「……ったく、律義だねぇ」

 

牙城は、古城に向き直った。

 

「そうだなぁ。 あの姉ちゃんの事からか。 彼女、ヴェルディアナは、オレの古い知り合いの妹だ。 姉は、お前と凪沙、お姫様を護って死んだ。 で、その直後に、紅蓮の織天使が助けた」

 

「……オレと凪沙が、死にかけた事件の事を言ってるのか?」

 

古城は、声を低くして聞いた。

 

「死にかけたわけじゃねぇ。 正真正銘、お前は死んだんだ(・・・・・)。 そして生き返った。 第四真祖の血の従者としてな。 事件の遭った直後の記憶が無いのはそのせいだ。 でだ、第四真祖の血の従者ってのは――」

 

牙城は頭を振った。

 

「あー、そうだった。 小増は、血の従者の意味を知ってるんだったな。 紅蓮の織天使、代わりに話してくれ、オレが許可する」

 

牙城はビールを飲み干し、新たな缶のプルタブを開けた。

それを見て、悠斗は嘆息した。

 

「その日、遺跡が襲われたんだ。 テロリストにな。 名前は――黒死皇派。 結果、暁牙城以外の遺跡チームは全滅。 調査員も、半数は死んだ。 その時、暁古城も黒死皇派に殺された。――遺跡内部でな。 でも、お前は生きてる」

 

「……凪沙が(・・・)、オレを生き返らせたんだな」

 

「そうだ。 暁凪沙が、暁古城、お前を生き返らせた。 でも、どうやって生き返らせたんだ? 死都帰りなら解るだろ?」

 

「凪沙は、アヴローラとの交信が成功した直後に襲われた。 この時点で、第四真祖は凪沙に憑依してたんだ。 第四真祖が小増を助ける義理はない。 凪沙が小増の生き帰りを願い、無理やり第四真祖の力を引き出し生き返らせた。 つまり、今も凪沙は、第四真祖は憑依したままって事になる。 凪沙は今も、霊能力を使い続けてる(・・・・・・)だよ、小増」

 

「俺が精神負担と考えたあの症状は、第四真祖に取り憑かれた代償と言うべきものだな。……ああ、なるほど。 アヴローラは第四真祖の意識の一部って事か?」

 

幾ら優秀な霊能力者でも、第四真祖の意識を全て受け入れる事は不可能だ。

だからこそ、アヴローラが目覚めたのではないだろうか?

 

「(……仮に、第四真祖が魂だとすると、アヴローラは何者だ。 監視者? 魂の器?って事は、焔光の夜伯(カレイドブラッド)の意味も違うのか? 意識の一部が宿ってるから、柩から目覚める事ができたのか? 暁妹の第四真祖をアヴローラに戻したら、アヴローラが本当の第四真祖?)」

 

牙城と古城が何かを話していたが、悠斗の耳には届かなかった。 また、悠斗がどんなに考思を回しても、結論が出る事はなかった。

悠斗は、何かを感じ取り立ち上がった。

 

「……何か来るぞ」

 

「紅蓮の織天使も気づいたか……。 お出ましだな」

 

牙城は気怠げに立ち上がり、銃を掴み上げた。

アヴローラも奴らの正体に気づき、小刻みに体を震わせていた。 アヴローラが見詰めているマリーナの海壁に、見慣れない人影が立っている。 スーツを着た痩身の中年男性だ。 その両脇には、黒装束の護衛が二人。 先程襲ってきた奴らの仲間だろう。

彼らの背後には、小柄な少女の姿もある。 少女の髪は金色。 瞳は焔のような青白い輝きを放っていた。 妖精めいた儚い美貌は、古城の隣で震えている少女とそっくりだ。

悠斗はすぐさま理解した。 あの少女は素体だ。 アヴローラを含め、十二ある焔光の夜伯(カレイドブラッド)の一つだ。

悠斗は、彼女の防護服に刻まれた数字を言った。

 

「……九番目(・・・)焔光の夜伯(カレイドブラッド)か」

 

悠斗の呟きは、風のように消えていった――。




悠斗君っ。頭の回転が速い!てか、眷獣を召喚しちゃいましたね(-_-;)
まあ、本当なら色々とヤバいと思うんですが、この頃の悠斗君は、全然気にしてませんからね。
まあ、戦闘員と非戦闘員は、区別はちゃんとしてますけど。戦闘員ならば、慈悲は与えん!的な感じです。

え?アブローラ名前呼びじゃんかよ。ってのは突っ込まないでね(^_^;)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅶ

やっべ、連投です。
いやー、作者頑張った。やっと、この章の主要人物が揃いましたしね。凪沙ちゃんは、後少し?したら登場しますよ。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


痩身の中年男性が、悠斗たちの方へ近づいて来る。 その左右には、黒装束の護衛だ。 中年男性は、悠斗たちの前に立つと、芝居がかった仕草で一礼する。

 

「やあ、皆様。 おくつろぎの所をお邪魔して申し訳ありません。 少しばかり、お時間を頂いても構いませんでしょうか。 ふふ、良い夜ですね」

 

朗らかに話しかけてくる男の目は、冷たい光を浮かべていた。 その視線を避けるように、アヴローラは古城の後ろに隠れる。 古城と悠斗は、アヴローラを庇うように一歩前に出る。 古城は、敵意剥き出しで男を睨んだ。 悠斗からは威圧感を滲み出ていた。

 

「……何しに来た……。 バルタザール・ザハリアス……」

 

悠斗の声は低く、冷徹さを纏っていた。

周囲の気温が一気に下がった感じだ。 やはり、男の左右に居る黒装束たちは、悠斗が消滅させた連中と同類だった。

 

「世界に混沌を齎そうとする、紅蓮の織天使様の高名はかねがね存じておりますよ。 先程、我々の同士が大変ご無礼をしてしまったそうで、申し訳ありません」

 

「……構わない。 殺したからな」

 

「ふふ。 噂通り、敵には容赦がないんですね」

 

そう言って、ザハリアスは爬虫類を連想させるように笑った。

 

「……で、意趣返し(復讐)に来たのか?」

 

悠斗がそう言うと、ザハリアスは驚いて見せる。

 

「滅相もありません。 むしろ、宴の選帝者として、非礼を詫びに参上した次第です」

 

「ハッ……なるほどな。 そういう事情か」

 

牙城は愉快そうに頷いて、船の手摺に気怠く寄りかかる。

古城は眉を寄せた。

 

「どういうことだよ、親父!……一人で納得しないで説明しろ。 どうしてアヴローラが二人いるんだ?」

 

「アヴローラ……。 ああ、十二番目(ドウデカトス)に名前をつけたんですね。 ふむ、そういう趣向もありでしょう。 優れた兵器に銘や愛称はつきものですから」

 

ザハリアスが腕を組み、感心したように深々と頷いた。

だが、悠斗の腸は煮え繰り返りそうだ。 アヴローラは気弱で臆病で、何処にでも居そうな少女だ。 兵器として見るなんて、有り得ないのだ。

 

「それでは僭越ながら、こちらも九番目(エナトス)を紹介させていただきましょう。 戦王領域、旧カルアナ伯爵領に囚われてたものを、我らネラプシの手で解放致しました。 九番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)です」

 

ザハリアスが伸ばした右手の先には、アヴローラと同じ顔の少女が立っている。 波打つ金髪と白い肌。 その姿は、アヴローラと瓜二つだ。

 

「知り合いか、アヴローラ?」

 

「わ、我の記憶に、斯様(かよう)鏡像(きょうぞう)の刻印は(あら)ず……」

 

声を潜めて聞いた古城に、アヴローラが頼りなく首を振った。 アヴローラ本人も、自身と瓜二つの存在が現れ、驚いてるのかもしれない。

 

「おや、ご存じないとは、完全に覚醒してないということですか」

 

アヴローラの反応を見ていたザハリアスが、少し意外そうに眉を上げた。

ふむ、と思案するように顎を撫でた。

 

「よろしい。 では、説明いたしましょう。――焔光の夜伯(カレイドブラッド)とは、新たな真祖を生み出す為の計画。 そして、その計画によって造られた第四真祖の素体の総称です。 三名の真祖たちと、天部の技術によって生み出された、至高の殺――」

 

ザハリアスの言葉が止まった原因は、悠斗からの濃厚な殺気だ。 ザハリアスのみに当てたつもりなのだが、周囲にも洩れ出していた。

これを浴び、古城は体を小刻みに震わせ、牙城は口笛を吹いた。

 

「……テメェ、それ以上言ってみろ……。 此処で塵にするぞ……」

 

「流石の殺気ですね、紅蓮の織天使。 ふむ、説明はここで終わりにしましょう。 暁古城殿。 知りたい事があるなら、紅蓮の織天使に聞いてください」

 

「……あ、ああ。 そうする」

 

古城は、呆然と答えるしかできなかった。

濃厚な殺気を浴びてるのだ。 こうなるのも無理もなかった。

 

「では、本題です。 私の本職は貿易業でして、主に兵器を取り扱っています。 兵器の取り扱いに関して、我らの右に出る者はいないと自負しておりますゆえ。――暁古城殿。 どうぞ私めに、そこにいる十二番目(ドウデカトス)を譲っていただきたい。 そうですね。 対価は、二億円で如何です。……いえ、三倍まで出しましょう」

 

古城はこれ聞き、頭に血が昇った。 先程の委縮が嘘のようだ。

 

「ざッけんなッ! アヴローラを売るわけがねぇだろうがッ!」

 

「……交渉は決裂だ。 ザハリアス、俺の理性が働いてる内に帰る事をお勧めするぞ」

 

「残念です。 ですが、気が変わったらいつでもお申し付けください。 手遅れになる前に、ぜひ」

 

意外にもザハリアスは、取り引きを無理強いする事無くあっさり引き下がった。

しかし、緊張の空気は今もまだ続いている。

古城は、粘りつくような重苦しい空気に逆らって、ザハリアスの背後にいる少女を見詰めた。

 

九番目(エナトス)さん……だっけか。 あんたも、兵器扱いされるくらいなら、うちに来いよ。 金は払えないけど、美味いアイスを食わせてやるぜ――」

 

その時、金髪少女が少し驚いたように瞳を揺らした。 その瞬間、九番目(エナトス)の周囲を凄まじい風が取り巻いた。 小規模な竜巻にも匹敵する暴風だ。 大気が歪み、激しく軋んだ。 それは、形を与えられたような強烈な衝撃破だ。 撒き散らされた振動が、破壊的な超音波となって無差別に周囲を破壊する。 海面が荒れ狂い、船が揺れる。 桟橋に打ちつけられた床板が、無惨に剥がれて砕け散る。 これは、九番目(エナトス)の感情の乱れによって洩れ出した、僅かな魔力の余波だ。

だが、悠斗たちはそれを受け付けない。――悠斗が張った結界が、全てを遮断してるのだ。

 

「――九番目(エナトス)!」

 

ザハリアスが、暴風に包まれた少女を叱責した。

その瞬間、九番目(エナトス)の周囲を取り巻いていた振動と衝撃破が消滅した。 荒れ狂った大気が次第に落ち着きを取り戻す。

それから、悠斗は結界を解いた。

 

「大変失礼致しました。 ですが、素体の危険性、これでご理解いただけたしょうか」

 

そう言ってザハリアスは、恭しい仕草で一礼する。

 

「いずれまた、ご挨拶に伺います。 その時には、是非とも色良い返事をお聞かせ下さい」

 

それでは。と言い、ザハリアスはが悠斗たちに背を向けて立ち去って行く。 姿はすぐに見えなくなり、静寂が包んだのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「はあ……」

 

牙城は船のソファに寝転んで、古城はぐったりと息を吐いた。 九番目(エナトス)と呼ばれた少女の力に対する、驚愕の余韻がまだ残っている。

もし、あの場に結界が無かったら……。 そう思うと、背筋が凍る感覚に陥るのだ。

悠斗はそんな古城を見ながら、

 

「あんなのでへばったのかよ。 しっかりしろよな、アヴローラの血の従者さん」

 

「……いや、これが普通の反応だから! お前が、色々おかしいだよ!」

 

悠斗にとっては、あれは攻撃の内に入らないのだ。

おそらく、微風程度だろう。

 

「……か、神代悠斗。……あ、暁古城。 ほ、褒めて(つか)わす!」

 

緊張でガチガチになりながら、アヴローラは声を上擦らせてそう言った。

恥ずかしさからなのか、アヴローラの顔は真っ赤だ。

 

「……あ?」

 

古城は、怪訝そうな視線を向ける。

アヴローラは俯き口を閉ざしてしまったので、代わりに悠斗が代弁する。

 

「あの時の、俺と暁の対応が嬉しかったらしい」

 

「ああ、なんだそんな事か」

 

古城はのろのろと体を動かし、どう致しまして。と言い、アヴローラの頭に手を置いた。 とまあ、これで終わりだと思ったのだが、アヴローラの視線が悠斗に向けられる。 ご丁寧に、お辞儀をしていたのだ。

 

「……ゆ、悠斗。 我に褒美を与えよ!」

 

悠斗は溜息を吐いた。

 

「……いや、アヴローラ。 逆だと思うんだが……まあいいけど」

 

そう言ってから、悠斗はアヴローラの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「お前は、ザハリアスの野郎には渡さないから心配するな。 その時は、俺がぶっ潰してやる」

 

「……う、うん」

 

悠斗は、アヴローラには心を開いてきてるらしい。 牙城と古城から温かい視線が送られてるのは、悠斗は気のせいだと思いたい……。

牙城は、漁っていた荷物とライフルを大きなゴルフバックに詰め込んで立ち上がった。

 

「さてと。……ほらよ、古城」

 

そう言って、古城に何かを放った。 錆びの浮いた、安っぽいキーホルダーだ。

 

「何だ、これ?」

 

「この船の鍵だ。 設備の使い方は、まあ、何となく勘で解るだろ。 ていうか、解れ」

 

一方的に言い残すと、牙城は古城たちを残して船を降りようとする。

 

「ちょっと待て、親父。 何処に行く気だ?」

 

「オレはこれからやる事があるんだよ。 深森の奴はいいとして、凪沙の安全を確保しとかねぇとな……。ったく、何処ぞ小増どもが、ザハリアスに殺気をぶち当てたり考えもなしに喧嘩を売りやがるから、余計な仕事が増えちまったじゃねぇか」

 

「「……うッ!」」

 

悠斗と古城は、同時に声を上げた。 そう、喧嘩を吹っ掛けたのは、古城と悠斗なのだ。

古城は、ふと思った事を口にする。

 

「アヴローラはどうすんだよ?」

 

「小増どもに任せた」

 

「「は!?」」

 

「この船は暫く貸しといてやるよ。 ま、ザハリアスの野郎も、此処では荒っぽい真似ばかりもできないだろ。 絃神島は、あいつにしてみれば完全に敵地(アウェイ)だしな。 アヴローラだって、さっきの九番目(エナトス)たんと同格なんだ。 ザハリアスの野郎も、そのお姫様のヤバさはよーく知ってる。 それに、お前さんたちには、アヴローラにかなり懐いてると解ったんだ。 向こうも簡単に手を出せねぇよ。 つか、紅蓮の織天使が居る時点で手が出せねぇか」

 

「待て。 俺も面倒を見るのか!?」

 

悠斗はそう抗議したが、牙城はやれやれと頭を振るだけだ。

 

「ザハリアスの野郎に殺気をぶち当てたのは誰かなぁ。 ああ……オレの仕事が増えた、大変だ」

 

牙城に棒読みでこう言われ、悠斗は、ぐッと唸った。

どうやら、完全に退路は断たれているらしい。

 

「…………やればいいだろ! やれば!」

 

悠斗は、やけくそに叫んだ。

 

「ったく、最初からそう言えばいいんだよ、紅蓮の小増」

 

古城と悠斗は、渋々この件を承諾した。

牙城は勝ち誇ったように胸を張り、

 

「古城。 さっきも話した通り、アヴローラの記憶だ。 記憶を取り戻させろ」

 

「でもなあ、どうやって?」

 

きょとんとしたアヴローラの表情を眺めて、古城は途方に暮れた。

 

「知るか。 オレは考古学者だ。 医者じゃねぇ。 ちっとはてめェで考えろ」

 

「お前、無責任すぎるだろ! てか、面倒くさいだけだろ!」

 

古城は忌々しげに舌打ちして呻いた。

牙城は悪びれもせず、

 

「頼まれもしないのに、役に立たないアドバイスをする方がよっぽど無責任だろ。 刺激を与えてみればいいんじゃねぇか。 色んな物見せたり、他人に会わせたり」

 

「無責任なアドバイスだろうが、死都帰り」

 

悠斗がそう言うが、牙城は右手を振るだけだ。

 

「細かい事はいいんだよ。 兎に角、ザハリアスが本気で動き出すのは、まだ先だ。 それまで、アヴローラと仲良くしとけ。――紅蓮の小増。 お前さんの力も当てにさせてもらうぜ」

 

「は? 宴に参加しろと?」

 

悠斗は選帝者でもなければ、一定の領地も所有してないのだ。 そう、悠斗が宴に参加となれば、完全な不確定要素(イレギュラー)になるのだ。

 

「そこまでは言わねぇが。 ま、オレも先の事はわかんねぇしな」

 

そう言いながら、牙城は船室を出て行こうとするが、出ていく寸前で振り返りアヴローラのスカートを指差した。

 

「ああ、それとな。 古城、お前、お姫様にパンツくらい穿かせてやれよ。 いくら此処が常夏の島だからって、風邪引くぞ」

 

古城は、げほっ、と咳き込んだ。

 

「何で穿いてないって解った!?」

 

「そうだぞ、暁。 ちゃんと穿かせろ」

 

悠斗はこの現状から逃れる為に、牙城の言葉に便乗したのだった。

 

「ちょ、神代! お前も、あの時居ただろ!」

 

「さあ、何の事かな」

 

古城と悠斗を見ながら牙城は船を降りて行き、それを確認した古城と悠斗は脱力したのだった。

 

「……かなり疲れた一日なったかもしれん。 色んな事が有りすぎだ……」

 

「まあ俺もだけど。 島に来てすぐこれって、マジでないわ……」

 

そう言って、悠斗は船内を見回した。

キッチンにテーブル、ソファやベット、冷蔵庫に電子レンジ。 電気も港から供給されているのだ。 必要最低限な物は、全て揃っている。

 

「てか、暁。 お前、今日はどうすんだ?」

 

「そうだな。 そろそろ家に帰って寝るわ……」

 

船内の時計を確認して、古城はのろのろと歩き出そうとすると、船内のベットで遊んでいたアヴローラが捨てられた子猫のような瞳で古城を見上げ、必死に袖口にしがみつく。

 

「……わ、我が魂の安寧(あんねい)のため、汝の掌に契約の(くびき)を」

 

「えーと……寝るまで手を繋いでろ、って事か?」

 

こくこくと、懸命に頷くアヴローラ。

それを見て古城は思い出した。 アヴローラは、長い時を氷の柩の中で封印されていたのだ。

 

「……そうか。 アヴローラはずっと一人ぼっちで眠り続けてたんだよな。――解ったよ。 今夜は一緒に居てやるから。 寝る前に、歯を磨いて、顔を洗わないとな」

 

古城がそう言うと、アヴローラは目を輝かせた。

 

「暁。 アヴローラと一緒に居てあげろよ。 んじゃ、俺はそろそろ――」

 

「ゆ、悠斗も我と共に……」

 

悠斗は、ポカンと口を開けてしまった。 アヴローラは、悠斗にも残れと言っているのだ。

 

「いやいやいや、暁が居るだろ」

 

「……うぅ」

 

アヴローラは、悠斗を涙目で見上げた。 古城は、諦めろ。と言う風に悠斗を見ている。

数秒は耐えたが、悠斗は折れたのだった。

 

「……俺も一緒に居てやる。――んじゃ、暁。 全部任せた」

 

「はあ!? 神代も手伝ってくれよ!」

 

「……やっぱり」

 

「おう、やっぱりだ」

 

悠斗は立ち上がり、古城とアヴローラに後ろを着いて行く。 アヴローラがバスルームに入り、蛇口から水道水を出そうとするが、コックがシャワーになっていたのだ。

 

「アヴローラ、ストップだ!」

 

悠斗がそう言うが、シャワーから冷水が流れ、ちょうどいい場所に立っていた悠斗とアヴローラは、頭から冷水を浴びたのだった。

 

「ひうっ……」

 

「冷たっ……」

 

急いで古城が止めてくれたが、僅かに濡れた。

 

「……えーと、ドンマイ」

 

「ドンマイちゃうわ!」

 

悠斗は古城の手を引き、古城を隣に立たせてから蛇口を捻り、シャワーから冷水を流す。

 

「「だああぁぁああ! 冷てぇ!」」

 

アヴローラは、古城と悠斗と見て大笑いだ。

悠斗がシャワーの蛇口を閉め、ズブ濡れの古城と悠斗、僅かに濡れたアヴローラは笑い合った。

これは、三人が始めて出会った日の出来事。 終わりに向かう物語の始まりだった――。




悠斗君たちの距離が一気に縮みましたね。まあでも、悠斗君の警戒は完全には解けてないんですけど(汗)
まあ最初よりは解けてきましたが、古城君はまだ名前呼びじゃないしね。
アヴローラには、ほぼ解けてる感じです。表裏もありませんからねー。あの子は。
ちなみに、ヴィルディアナも後で合流しましたよ。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅷ

れ、連投やで……。作者ビックリだ(; ・`ω・´)
凪沙ちゃんの登場は、最後の方になるかも……。まあ過去編だし、許してくだせぇ(-_-;)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


悠斗は古城にアヴローラを任せ、彩海学園高等部、職員室棟校舎最上階に赴いていた。 部屋の内部に入ると、そこには分厚い絨毯とカーテン。 年代物のアンティーク家具に天蓋つきのベット。 どれも、高価そうな代物ばかりである。

部屋の奥に備え付けられている、アンティークチェアに凭れているのは、悠斗がこの世で信用している人物。――南宮那月だ。

 

「久しぶりだな、那月」

 

「ほう。 珍しい客だな」

 

黒いフリルつきのドレスを着た那月は、黒いレースの扇子を畳んだ。

悠斗は、隣接する壁に背を預けた。

 

「それで、学園生活を考えてくれたのか?」

 

那月の話によると、既に手続きは終えているので、後は悠斗の一声だけらしい。 住居と食費も、手配するとも言っているのだ。

だが、悠斗は頭を振った。

 

「那月には悪いが、その話はまだ保留だ」

 

「……そうか」

 

那月は顔を俯けた。

そう、那月から見ると――――悠斗は、いつも孤独に包まれている。 だからこそ、那月は如何にかしてあげたいと思っているのだ。

那月は、気持ちを切り替えた。

 

「で、わたしに用でもあったのか?」

 

「――十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)、アヴローラ・フロレスティーナは、俺たちの保護下にあるって言う報告だ。 那月には直接言っときたくてな。 てか、皆知ってると思うけど」

 

「あれだけ派手に街中で眷獣を召喚して、魔力まで放出したんだ。 吸血鬼(コウモリ)どもは気づいてるだろうな」

 

そう言って、那月はテーブルに置いてあった、紅茶が入ったカップを一口飲んだ。

それから、ふぅ。と一息吐いた。

 

「俺の警告でもあるしな。 ま、それでもアヴローラを狙って来るんだったら、消えてもらうけど」

 

那月は、愉快そうに悠斗を見る。

 

「十二番目に情でも沸いたのか?」

 

「どうだろうな。 まあでも、放って置けないもの確かだ」

 

「だが目覚めさせたのは、戦王領域貴族、ヴィルディアナ・カルアナなんだろ?」

 

「でも、ヴィルディアナは、ほぼ利用されたに近いな。 暁牙城あたりが、何かの餌でも吊るしたんだろ。 おそらくだが、全て暁凪沙の為だな。――それに、ヴィルディアナ単体でMARを襲撃できたのは余りにも変だ。 ザハリアスの野郎も、簡単に手を引いたのも引っ掛かる。 だからこそ、MARを挟んで何かデカイ者も動いてる、と思う。――獅子王機関とかな。……まあ、全部仮の話だけど」

 

悠斗が古城から聞いた話だと、暁凪沙の第四真祖をアヴローラに戻せば、容態が安定するかもしれないと言う事らしい。

ならばこう予想できるのだ。 獅子王機関とMARが手を組み、ヴィルディアナを利用したのでは、と。 アヴローラを封印が解け、暁牙城たちは、暁凪沙の第四真祖をアヴローラの中に戻して、獅子王機関は、魔族特区に第四真祖を隔離する事が可能だ。 絃神島に隔離できれば、被害は此処だけで済むのだ。

 

「……それでも、お前の観察眼と洞察力には呆れるよ」

 

「まあな。 もしかしたら、俺は宴に参加するかもしれん。……無断でだけど」

 

悠斗は、焔光の宴には興味がないのだ。 参加しても、やりたいようにやらせて貰うだけだ。

 

「その時は、わたしたちも目を瞑る。 その前に、わたしたちじゃどうする事もできないがな」

 

「ま、その時はそうしてくれ。 俺は暁と、アヴローラの買い物に行って来る」

 

「……悠斗。 お前って実は、面倒見がいいのかもしれんな」

 

悠斗は、腕を組みながら苦笑した。

 

「どうだろうな。 じゃ、またな」

 

そう言って、悠斗は那月の執務室を後にした。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が向かう先は、彩海学園の校門前だ。 この場で、古城と合流。言う事になっているのだ。 そこには、古城以外にも生徒が居た。 華やかな髪形と、制服を校則ぎりぎりまで飾り立てた女子生徒と、短髪をツンツンに逆立て、ヘッドフォンを首に掛けた男子生徒だ。

 

「誰だ?」

 

悠斗は、古城にそう聞いた。

 

「オレの友達(ダチ)、藍羽浅葱と矢瀬基樹だ」

 

古城が男子生徒と女子生徒を紹介し、彼女たちは、悠斗に右手を上げた。

 

「わたしは藍羽浅葱よ」

 

「オレは、矢瀬基樹だ」

 

彼女たちは一般人だ。 悠斗は裏世界の住人なので、表舞台の人たちとは関わりを持ちたくないのだ。 まあでも、買い物にはアヴローラの下着等も含める。と言う事は、女子が居ないと、厳しいものがあるのも確かなのだ。

そう結論に至り、悠斗は、仕方ないか。と納得せざる得なかった。

 

「神代悠斗だ。 今日はよろしく頼む」

 

自己紹介を済ませ、悠斗たちは買い物へ向かうのだった。

これから、アヴローラ・フロレスティーナの血の従者と、紅蓮の織天使の束の間の時間が始まる――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

買い物も大抵終わった所で、古城は買い物袋を両手に、アヴローラたちと絃神市内にオープンされたばかりの魔族喫茶――獄魔館へ入って行った。

だが悠斗は、ふと目に入った店舗を見つけ、古城に一言かけてからそこへ向かった。――ネックレス店だ。

悠斗は、俺がこんな事するなんてな。と言い苦笑した。 悠斗はそこで、細い銀色チェーンに、紫色の小さなダイヤモンドが嵌められてる物を見つけた。

 

「……あれにするか。……安物だけど」

 

『ほう、永遠の絆か』

 

「……え、マジで。 うん、やっぱ止めよう……」

 

黄龍そう言われ、悠斗は即時に購入を止め店を出ようとする。

だが――、

 

『友達って言う意味でいいんじゃないか? 悠斗は、アヴローラと友達なんだろ?』

 

「……俺が友達ねぇ……。 あいつ裏表ないし、裏切ったりしないと思うけどさ」

 

『アヴローラ。 悠斗にかなり懐いてるしな』

 

悠斗はかなり悩み、購入する事に決めたのだった。

悠斗は、ネックレスを購入してから店を出て、古城たちが食事をしてる獄魔館へ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が店内に入ると、奥の窓際のテーブル席で右手を上げてる古城の姿が映った。

どうやら、あの席で昼食を摂ってるらしい。 悠斗はそこまで歩み寄り、空いてる椅子に腰を下ろした。

 

「神代。 何処に行ってたんだ?」

 

「まあ野暮用だ。 気にするな」

 

悠斗と古城を、浅葱は交互に見た。

 

「……あんたら、いつ仲良くなったの?」

 

浅葱に質問されるが、事情が事情なのだ。

世界に混沌を齎そうとする紅蓮の織天使と、アヴローラ・フロレスティーナの血の従者だったからです。と言う訳にはいかないのだ。

 

「暁には道案内を頼んだんだ。 この島の地理は解らんしな」

 

「そ、そう。 神代は絃神島に始めて来たらしんだ」

 

悠斗は、前以って回答を用意してたように平静に答え、古城もそれに乗るようにしたのだった。

浅葱も納得したように頷いた。

 

「あー、なるほど。 此処には沢山地区が在るし、覚える事も多いしね」

 

「まあ、暁と出会った経緯はそれだな」

 

その時、古城と悠斗の真ん中に座っていたアヴローラが、コップに注いできたホットコーヒーを啜った。 その瞬間、妖精めいた美貌が情けなく歪んだ。 かなり苦かったらしい。

 

「お……おおお……黒き復讐(メディア)の魔女の呪いが……」

 

唇からコーヒーを零しつつ、アヴローラはコーヒーの苦さにのた打ち回る。 古城と同じものを飲むと言い張り、このような現状になったらしい。

 

「お前がコーヒーを飲める訳がないだろう」

 

悠斗はそう言い、アヴローラの額を小突いた。

 

「……うぅ。 我も、下僕と同等な黒き混沌を……」

 

そこまで同じが良かったのか。と思いながら悠斗は溜息を吐く。

古城は唇を歪め、

 

「って、オレは下僕じゃねぇから!」

 

「……ひぃ!」

 

アヴローラは、古城の声を聞き委縮してしまった。

 

「アホ暁。 アヴローラが怯えたろうが」

 

「わ、悪い。 ついな」

 

「んじゃ、メロンソーダに変えてこい。 それならアヴローラも飲めるだろ」

 

「お、おう。 了解だ」

 

悠斗はアヴローラの口許とテーブルに零したコーヒーを拭いて、古城は近くのドリンクバーへと向かった。

そして古城は、メロンソーダをコップに注いで戻って来る。

 

「ほら、お前はこっちにしとけ」

 

「……あ、暁古城。 褒めて遣わす」

 

「おう」

 

そう言ってから古城は、メロンソーダを注いできたグラスをアヴローラに手渡した。 アヴローラは、メロンソーダを暫く警戒するように眺めていたが、やがて怖ず怖ずとグラスを口につけ、目を見開いた。

 

「至高の美味! 甘露(アムリタ)の顕現!」

 

炭酸の刺激で目を潤ませつつ、一息でメロンソーダを飲み干すアヴローラ。 未練がまさしくストローをズルズルと鳴らしながら、けふっ、と可愛らしくげっぷをする。

更なるお代りを求める彼女は、古城と悠斗の追うように、ドリンクバーコーナーに向かった。

悠斗がアヴローラを見ながら、

 

「もう飲んだのかよ? あれ、結構な炭酸だったぞ」

 

「……わ、我にかかれば、仔細無し」

 

「ほう。 暁、あれをやるぞ」

 

「お、あれか」

 

古城と悠斗は、グラスの中に二種類以上の炭酸を注ぎ、混ぜ合わせていく。

メロンソーダやコーラが混じり合い、不思議な色が形成される。

 

「は、弾ける混沌の渦が……!」

 

アヴローラは不思議な色を眺め、幼稚園児ようにはしゃいだ。 そんな三人を遠目で眺めながら、浅葱は溜息を吐いた。

 

「古城と神代は、あの子の保護者見たいに見えるわ」

 

「いや、あれは最早、兄二人と妹の構図だぞ。 そういや古城の奴、あの子は第四真祖かも知れないって言ってたな」

 

「ああ……十二番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)だっけ」

 

浅葱が無関心な口調で言う。

確かに、アヴローラが一般的な吸血鬼とは少し違っているのは事実だが。

 

「そうは見えんな」

 

「……全然見えないわね」

 

浅葱と基樹が口々にそう呟く。

その頃、アヴローラは炭酸飲料を注ぎすぎて、溢れ出す泡に呆然としていた。

 

「こ、古城! ゆ、悠斗! 水泡(みなわ)の膨張が留まる所をしらぬ……」

 

「ちょ、いっぺんに入れ過ぎだ! 暁、如何にかしろ!」

 

「ど、如何にかって……。 てか、揺らすな! 振るな!」

 

グラスの縁から零れる泡に、泣き出しそうな顔でうろたえるアヴローラ。

此れが、古城と悠斗、アヴローラの買い物の一幕であった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

その日、絃神島には雨が降っていた。 細い糸のように柔らかな、四月の春雨(しゅんう)だ。

古城が学校の校門を出ると、少し歩いた所に傘を差して、アヴローラと悠斗が佇んでいた。 古城はそんな二人を見て走り出した。

――アヴローラと悠斗、古城が出会ってから半年近くが経過したのだ。 その間のアヴローラの世話は、古城と悠斗の当番制によって行われていた。

 

「ど、どうしたんだ。 悠斗、アヴローラ?」

 

「悪いな。 アヴローラが、古城も一緒にアイスを食いたいんだと」

 

「わ、我に、るる家の凍てつく醍醐(だいご)の滴を!」

 

アヴローラの性格は余り変わっていなかった。それ以外の部分では、絃神島の生活に随分適応したんだが。

 

「あ、ちなみに、古城の奢りな」

 

「マジかよ……。新学期が始まってから、オレの財布の中が寂しい事になってるだぞ……」

 

古城は高等部に進級した為、教材の用意や手続き等で、財布から金が消えていってるのだ。

古城は、そうだ。と何かを思い出した。

 

「矢瀬に聞かれたんだけど、アヴローラと悠斗、学校に通う気はあるか? 那月ちゃんに口添えするけど」

 

古城の話によると、アヴローラはDNAサンプルが認められそうで、登録魔族として学校に通う事が可能になるらしい。 まあでも、細かな手続きがまだあるらしいが。 当のアヴローラは、学校に通えると聞き心底嬉しそうだった。 だが、悠斗は顔を顰めた。

 

「……俺はどうだろうな。 古城は信用してるが、他はな――」

 

悠斗は、古城は信用したものの、他人には一定の壁を作って、心に踏み込ませないようにしてるのだ。

 

「ゆ、悠斗。 わ、我と同じ学び舎に――」

 

どうやらアヴローラは、悠斗とも一緒に学校に通いたいらしい。

悠斗は頭を振る。

 

「つってもな、アヴローラ。 俺は他人を信用しないんだ。 学校に通っても、俺の場合は一匹狼になるぞ。 だからまあ、俺は保留だ」

 

「……うぅ。 一緒がいい――」

 

アヴローラはそう言って、顔を俯けてしまった。 瞳には、うっすらと涙も浮かんでいる。

悠斗は、うっ、と言葉に詰まってしまった。 そんな悠斗を見て、古城は、どうすんだよ。と言ってからニヤニヤした。 悠斗は、盛大に溜息を吐いた。

 

「……はあ、一緒に入学してやるよ」

 

悠斗は、那月に言わないとな。と静かに呟き、再び溜息を吐いた。

 

「う、うむ!」

 

アヴローラは太陽のように笑みを浮かべた。 そんなアヴローラの頭を、悠斗はわしゃわしゃと撫でる。 アヴローラが首から下げた悠斗からの贈り物は、雨の中でも綺麗に輝いていた。

 

「……こ、古城。 凪沙は?」

 

怖ず怖ずと気を遣う口調で、アヴローラが古城にそう言う。

古城が当番の時に、アヴローラと暁凪沙を会わせようとした事があるらしい。 もしかしたら、記憶が戻るかも知れないと思ったからだ。

だがまあ、その目論見は失敗に終わったらしいが。

 

「あいつは今日は病院だ。 いつもの検査入院だとさ」

 

アヴローラに気を遣わせないように、古城は素っ気なく言った。

暁凪沙の体調が回復しないのは、自身の記憶が戻らないせいだと、責任を感じてしまうらしいのだ。

 

「お前が気にする事はないって、行くか」

 

古城たちは歩き出し、るる家へ向かった。 看板が見えてきた所で、アヴローラが不意に立ち止まった。 アヴローラの見詰める先に、灰色の防具服を着た、九番目(エナトス)が映ったからだ。 いつも怯えてるアヴローラの瞳に、敵対心が浮かんでいる。

隣に立つ悠斗も、臨戦態勢を取った。

 

「お前……九番目(エナトス)……!?」

 

「我が名を記憶に留めていたか、暁古城。 褒めて遣わす」

 

古城はムッとした。 アヴローラと違い、おどおどした印象が無い分本気で偉そうだ。

だが、周囲にはザハリアスたちの姿は見当たらなかった。

 

「お前、一人か。 何で急に?」

 

「――契約の履行を要求する」

 

九番目(エナトス)が、古城を見据えてそう言った。 古城は怪訝顔をするので、警戒を解いた悠斗が解説する。

 

「アイスを食わせる約束をしたろ、それを実行しろだとさ」

 

「ああ、そういや約束したな」

 

九番目(エナトス)は、古城の答えを聞いて満足げに微笑んだ。

 

()く務めを果たすがいい」

 

るる家のショーケースを指差して、九番目(エナトス)は古城に傲然と命じ、古城たちは九番目(エナトス)を連れてショーケースの前まで移動した。

 

「……で、どれが食いたいんだ?」

 

「至高なものを我に捧げよ」

 

「オレ好みで決めていいのか。 じゃあ、無難にバニラにしとくぞ? アヴローラと悠斗は?」

 

「ス、ストロベリー、キャラメル、生チョコレートのトリプル!」

 

敵対心を剥き出しにして、アヴローラが店員に注文する。 流石に慣れたものである。

悠斗も、アヴローラに続いた。

 

「ポッピングシャワーに抹茶。 ラズベリーのトリプルだな」

 

そこで、待て。と意義を申し立てたのは九番目(エナトス)だ。

 

「暁古城。 何故(なにゆえ)十二番目(ドウデカトス)と紅蓮の織天使には、三度(みたび)の選択を許す?」

 

「そういうメニューなんだよ。 不満ならお前も三段重ねにするか。……はあ、金が消えていくぜ」

 

古城がうんざりしながら説明する。

 

「四段だ」

 

「は?」

 

十二番目(ドウデカトス)らが三段ならば、我は四段を要求する」

 

「ねぇよ、四段重ねとか。 メニューにあるのは、三段までだ」

 

この時悠斗が、あ。と声を上げる。

 

「……いや、確か隠しメニューであったような?」

 

悠斗の声に反応した店員が、

 

「お客様、よくご存じで。 そうです、最高七段までいけますよ」

 

悠斗は頷き、

 

「うし。 アヴローラ、七段にするぞ」

 

「うむ!」

 

「な、な、七段!?」

 

悠斗とアヴローラは、表情を引き攣らせた古城を押し退けて、七種類の注文をする。

九番目(エナトス)も、悠斗とアヴローラの前に割り込んだ。

 

「無論、我も七段だ」

 

「トッピングもつけるか。 えーと、ナッツとマカロンだな」

 

悠斗の問いにアヴローラは頷いたが、九番目(エナトス)は不満そうだ。

九番目(エナトス)は、ふむ。と頷いてから、

 

「我は全部だ。 全て載せよ!」

 

「お、そうくるか。 俺も全部だ!」

 

「わ、我も!」

 

しかし、古城は絶望するように、

 

「おおおおおおおおぉぉぉぉおおおお!? お前ら、悪魔か!?」

 

コーンに着々と積み重ねられてくアイスの代金を計算して、古城の顔から血の気が引く。 味の割りに、手頃な値段と評価のある“るる家”のアイスだが、先程の注文だと相応の価格になるのだ。

 

「悪魔、違う」

 

「我らも紅蓮の織天使も、吸血鬼に決まってるだろう?」

 

「で、古城は血の従者な」

 

「ああ、そうだな! 知ってたよ!」

 

自暴自棄になって、古城は叫んだ。

そんな古城たちのやり取りに噴き出しながら、店員ができあがったアイスを渡してくれる。 ほんの少し定価より安くしてくれたのは、古城に同情と気遣いなのだろう。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「……美味いな」

 

アイスを一口齧った九番目(エナトス)が、驚いたように呟いた。

 

「そうか。 そりゃよかった」

 

九番目(エナトス)の言葉に、古城はホッと息を吐いた。 あれだけ無茶な注文をしたのだ。 喜んで貰わないと、割りに合わない。

九番目(エナトス)は何を思ったのか、山盛りの特大アイスを古城の前に差し出した。

 

「汝も味わってみるか、暁古城」

 

「じゃあ、一口な」

 

古城は九番目(エナトス)のアイスを齧った。 これを見た悠斗は、ふむ。と頷いた。

 

「アヴローラ。 古城にあれをやってあげろ」

 

「う、うむ!」

 

古城は、アヴローラと悠斗はいつ意思疎通ができるようになったんだ。と思っていると、アヴローラが古城と九番目(エナトス)の間に割り込んで、アイスを突き出す。

 

「お、お前もの食えっていうのか!? ちょっと待て、一気にそんなもん食ったら……」

 

言い訳をする古城の口の中に、アヴローラが無理やりアイスをねじ込む。 一玉丸ごと口の中に放り込まれて、その冷たさに古城はぐぐもった悲鳴を洩らした。

そんな古城を見て、悠斗とアヴローラは大笑い。 古城は恨まがしい視線を送ろうとするが、こめかみの激痛で涙目だ。

 

「……礼を言うぞ、暁古城。 汝はたしかに契約を果たした」

 

古城がのた打ち回っている間に、九番目(エナトス)はアイスを食べ終わったらしい。 唇の端をぺろりと舐めて、満足そうに笑う。

彼女は、防護服の腰のポーチから一枚のカードを取り出した。 ハガキよりも一回り小さな、金属製のプレートだ。

 

「受け取れ、十二番目(ドウデカトス)

 

そう言って九番目(エナトス)は、アヴローラにカードを放る。 アヴローラは如何にか落とさずカードを受け止めた。 カードの表面には、短い文章が記されている。

 

「ザハリアスからの招待状だ」

 

九番目(エナトス)の真の目的は、ザハリアスの使いだ。 だがまあ、アイスの件も込みだったのだが。

すると、アイスを全て食べ終わった悠斗が口を開いた。

 

九番目(エナトス)、ザハリアスに伝えとけ。 紅蓮の織天使は、大人しくするつもりはない(・・・・・・・・・・・・)ってな」

 

「承知した。 では、次の満月の夜に、焔光(えんこう)(うたげ)で再びまみえようぞ」

 

九番目(エナトス)はそう言い残し歩き出す。 古城たちはその場で立ち止まり、九番目(エナトス)の背中を見送った。

再び降り出した春の雨が、三人を冷たく濡らしていく。

――――宴の始まり。 それは優しかった平穏な日々の終焉だ。 アヴローラの頬に零れた水滴が、静かに流れ落ちていく。 涙のように、音もない滴のように。

そんなアヴローラを見て、悠斗は右手掌をアヴローラの頭にポンと置いたのだった。 そう、彼女を安心させるように――。




悠斗君、古城君も信用しましたね。てか、古城君たちかなり仲が良いです(笑)
悠斗君がアヴローラに送ったネックレスは、最後ら辺で活躍する予定ですよ(^O^)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅸ

ここからは、ご都合主義満載でいきます!!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


九番目(エナトス)と接触して数日。 今日は古城がアヴローラの世話と言う事もあり、悠斗は書店で英字新聞を購入し、今後の為の情報収集に当たっていた。

悠斗は、近場の長椅子に腰を下ろし、新聞を捲っていく。そこで、紙面の片隅に小さく掲載された記事を見て眉を寄せた。

 

「……ネラプシ自治区で……大規模感染(アウトブレイク)の兆候?」

 

記事に掲載されている写真には、異国の街に溢れ出した暴徒の群れが、無差別に人を襲っている様子が映し出されていた。

それは――第一、二、三の、いずれの真祖の型にも該当しない――新種の吸血鬼感染病。 吸血鬼に噛まれて吸血鬼になると言うのは迷信とされており、世界保健機関でも原因は特定できておらず、感染源は未だに特定されてない。 故に、人間にも魔族にも無関係に感染し、発症した患者は理性を失って周囲の者を無差別に襲い始める。 そして、感染者を増やしていく。

症状はG種(グール)と呼ばれる吸血鬼に近く、感染者の多くに見られるのは、筋力や嗅覚などの身体能力の向上。 一方、時間が経過するつれ、感染者は記憶の欠落が顕著になり、やがては完全に知性を失い、生命活動の維持を困難とする。 単なる伝染病なのか、それとも未確認の新たな魔族の出現なのかも不明。 原因が特定できてない為、治療法も確立してないとある。 所謂、謎の感染症なのだ。 このままでは、世界流行の恐れもあった。 それが起こっているのは、ネラプシ自治区。――――旧カルアナ伯爵領だ。

 

「……もしかして逆……なのか?」

 

悠斗は、割れた声を上げた。

宴の選帝者は、一定規模の領地を収めてる事。 引いては、十分な数の領民を所有してる事だ。 選帝者の領地は、第四真祖が覚醒すれば新たな夜の帝国(ドミニオン)になる――。 悠斗はそう思い込んでいたが、違うのだ。――逆なのだ。

――第四真祖が覚醒する事で、選帝者の領地が夜の帝国(ドミニオン)に変わるのではないのだ。 選帝者とは、第四真祖の儀式を覚醒させる為の魔術儀式も実行者だ。――そう、自身の領地に住んでいる人々、数十万人の生け贄が必要なのだ。

そして現在、ネプロシ自治区と呼ばれているのは、嘗てカルアナ家が治めていた土地だった。 先祖代々、ヴィルディアナの生家に従ってきた忠実な領民である。 もちろんその中には、ヴィルディアナの顔見知りもいるはずだ。 そして彼らの命は、新型感染症によって危機に晒されている。

――この状況を仕組んだのはザハリアスだ。 この状況を作り出す為、ザハリアスはヴィルディアナの父親を殺し、領地を奪ったのだ。 もしだ。 もし、ヴィルディアナがこの詳細を何処かで知ったら、アヴローラを連れ宴に参加し、ザハリアスに復讐をしようとするだろう。

ヴィルディアナは、――アヴローラが匿われている船を知っているのだ。 古城が傍についてるが、ヴィルディアナは旧き世代の吸血鬼だ。

 

「……無事でいてくれよ!」

 

悠斗は立ち上がり走り出した。 アヴローラは、争いなど望んでいないのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗が“りあな号”へ到着した時には、戦闘の痕跡と、古城が甲板の上で横になっていた。 右肩から左脇にかけて、眷獣に切り裂かれた傷は、今は塞がっている。――そう、血の従者の力だ。 古城は、夕陽の眩しさに魘されて目を覚ました。

 

「……よう、古城」

 

「ああ、悠斗か」

 

古城は周囲を見渡し、ハッとした。

 

「アヴローラは!?」

 

「ヴィルディアナに攫われた。 目的は、ザハリアスの復讐だ」

 

ヴィルディアナがザハリアスに復讐する為向かった場所は、絃神島(アイランド)旧南東地区(オールドサウスイースト)だ。 元々は実験的に構築された試作人工島(ギガフロート)であり、その後は主に、絃神島本島を造る為、建設基地(ベースキャンプ)として使われていた場所だ。

住民の多くは、絃神島建設に直接関わる、都市設計者やその家族。 嘗ては絃神島の中心だった旧南東地区(オールドサウスイースト)だが、東西南北の四基の人工島(ギガフロート)が完成した事で役目を終え、最近では人口も減り続けている。

絃神島本島に比べると小型で設備も劣っている事や、人工島(ギガフロート)本体の耐久年数が迫っている事から、現在は廃棄エリアに指定され、数年以内に解体される事が決まっている場所だ。

――老朽化が進む廃墟の人工島(ギガフロート)。 この場所こそが、ザハリアスが主催する宴の舞台になるのだ。 この時悠斗は、ザハリアスにも、獅子王機関にも不確定要素(イレギュラー)となる事に決めた。

 

「俺は宴に行くぞ。 古城、お前はどうする?」

 

悠斗の問いは愚門だった。 古城の瞳には、決意の眼差しが見て取れる。

 

「――オレも行く」

 

「……そうか、解った」

 

悠斗は古城の右手を握り、引っ張るように古城を起こした。 それから古城たちは、東地区(イースト)の外れにある連絡橋の方角へ歩き出す。

連絡橋の入口が見えてきた所で、古城たちは異変に気づいて足を止めた。 橋を塞ぐような形で、装甲車によるバリケードが築かれている。 更には、武装した機動隊員や、対細菌・化学兵器用の防護服を着た人々の姿もあるのだ。

 

『人工島管理公社より、絃神島住民の皆さんにお知らせします』

 

古城たちの疑問に答えるように近づいて来たのは、上空を旋回する特区警備隊(アイランド・ガード)の無人広報ヘリだ。 小型ラジコン機に埋め込まれたスピーカーが、無感情な人工音声を流し続けている。

 

『本日、人工島(アイランド)旧南東地区(オールドサウスイースト)において、新型感染症の疑いがある患者が発見されました。 感染拡大の恐れがありますので、予防措置として、安全が確保されるまで、旧南東地区(オールドサウスイースト)への従来を禁止。 連絡橋を封鎖いたします』

 

このタイミングでの新型感染症――ネラプシ自治区に発生した、同じものだと考えて間違いないだろう。 そして、このどちらにも、ザハリアスが絡んでいる。

 

『現在、旧南東地区(オールドサウスイースト)への一切の渡航を禁止しています。また、旧南東地区(オールドサウスイースト)に立ち寄った船舶は、寄港せずに沖合で待機。 検疫官の指示に従ってください。 違反者には、罰則が科せられます。繰り返します――』

 

古城は呆然と立ち尽くしていたが、悠斗は頷いた。

 

「強行突破しろって意味らしいぞ、古城」

 

「……強行突破?」

 

悠斗は左手を突き出す。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗は傍らに、紅蓮の不死鳥を召喚させた。 それから、人間には害のない飛焔(ひえん)で、警備隊員たちを気絶させる。

困惑する古城を余所に、悠斗は朱雀に腰を落とすように指示を出す。

朱雀が腰を落とした所で、

 

「古城、行くぞ。アヴローラが待ってる」

 

「お、おう」

 

古城と悠斗は朱雀の背に乗り、飛翔を開始した。 目的地は旧南東地区(オールドサウスイースト)、宴の場だ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

クォーツゲートは、旧南東地区(オールドサウスイースト)の中央に位置する巨大な建造物だ。 建物の主要部分は六階建てで、嘗ては絃神市の市庁舎や、人工島管理公社の本社が此処に置かれていた。

外壁には魔術的に強化された透明なアダマス硝子が採用されて、建物全体が巨大な宝石の宮殿に見える。 宮殿の中央に位置するのは、六角水晶に似た巨大な時計塔だ。

極東の魔族特区、絃神島の技術を世界中に知らしめた、歴史的な建造物である。 しかし、旧南東地区(オールドサウスイースト)の解体が決定した事で、クォーツゲートは一般の立ち入りが禁止された無人の廃墟だ。 ザハリアスが宴の舞台として選んだのは、そのクォーツゲートの中央広場だ。

硝子張りの天井に覆われた広場の中央に、十二の棺桶が扇状に並べてある。その半数にあたる六個の棺桶に、六人たちの少女が眠っていた。

十一番目(ヘンデカトス)九番目(エナトス)八番目(オグドオス)七番目(ヘブドモス)二番目(デウテラ)、そして一番目(ブローテ)だ。 ザハリアスが所有する、焔光の夜伯(カレイドブラッド)だ。

彼女たちの中央に置かれているのは、宝石の結晶に包まれた灰色髪の少女。 痩せさらばえた遺体を、ザハリアスは無言で眺めていた。

時計塔が、夜九時の鐘を打ち鳴らす。 それが合図になったように、静かな女の声が聞こえてきた。

 

「お待たせしました、ザハリアス卿」

 

ザハリアスがゆっくり振り返る。

 

「ご協力感謝します、ミス遠山。 暁凪沙譲もようこそ、我が焔光(えんこう)(うたげ)へ――」

 

ザハリアスが向けた視線の先には、MARの遠山美和と、制服を着た暁凪沙の姿があった。 協力的な表情とは言い難いが、凪沙は縛られている訳ではない。 おそらく遠山は、凪沙の家族の安全を盾に取って、彼女を連行してきたのだろう。 その証拠に、遠山を見上げる凪沙の目には、敵意が宿っていた。

 

「あなたは、誰?」

 

凪沙が、ザハリアスを見据えて攻撃的に聞いた。

ザハリアスは胸元に手を当てて、深々と礼をする。

 

「申し遅れました。 バルタザール・ザハリアス。 第四真祖の血の従者です」

 

「真祖の……従者……?」

 

凪沙の瞳が恐怖に震える。 凪沙が魔族恐怖症だという情報は、ザハリアスにも伝わっている。 青ざめる彼女を安心させるように微笑んで、ザハリアスはその場に片膝を突く。

 

「あなたに気害を加えるつもりはありません。 どうぞ怯えないでください、暁凪沙。 私はただ、あなたが行った奇跡を、もう一度再現して欲しいだけなのです」

 

「……奇……跡?」

 

「然様。 死者の蘇生です」

 

ザハリアスが深々と頷いて顔を上げる。凪沙は、何を言われているのか理解できない。と首を振るだけだ。

ふむ。と言い、ザハリアスは目を細めた。

 

「そうですね。 まずは私の故郷の話から始めましょう。 私の故郷は、今はもう存在しないバルカン半島の小さな街です。 かつて、戦王領域と滅びの王朝、そして西欧教会の三つ巴争いに巻き込まれて消滅しました。 今から、七十年ほど前の事です」

 

そう言って、ザハリアスは左端に置かれた棺桶を見た。

棺桶に眠っているのは、胸を抉られたような傷を持つ金髪の少女だ。

 

「……戦争を仕掛けてきた人々の目的は彼女でした。 私の故郷に封印されていた一番目(ブローテ)――一番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)です」

 

世界最強の吸血鬼。 焔光の夜伯(カレイドブラッド)の噂話は、当然、凪沙の耳にも入っているだろう。 彼女の幼い顔立ちが驚愕に引き攣った。

ザハリアスが次に指を差したのは、宝石の中に浮かぶ灰色の髪の少女だった。

 

「彼女はヴラスタ。 私の妹です。 そして、一番目(ブローテ)を守護する巫女でした。――そして、吸血鬼どもに殺されました。 私はヴラスタを護ろうとして、同じ場所で殺された。 そして、私だけが生き返った。 ヴラスタが私を生き返らせたのです。 一番目(ブローテ)の血の従者として――あなたが、兄にしたように!」

 

「……兄? 古城君?」

 

凪沙は驚いたように聞き返した。古城の名前が出てきた事に、はっきりと動揺していた。

ザハリアスは苦笑した。

 

「やはり、覚えていらっしゃらないのですか。 あなたがやったことですよ。 あなたが兄を、真祖の血の従者に変えたのです。 不老不死の怪物に!」

 

「嘘だよ……そんなの……!」

 

凪沙が激しく首を振って叫んだ。 彼女にしてみれば当然の反応だ。 ザハリアスは、彼女の兄を怪物だと言ったのだ。 凪沙が恐れる、魔族の従者だと。

 

「わたしに、そんな力なんて……ない!」

 

「ええ、そうでしょうとも。 いかに優れた巫女であろうとも、死者を生き返らせる事はできない。 それが可能なのは、穢れた土地より蘇りし死者の王。 世界の理から外れた殺人兵器。 無限の負の生命力を操る人工の吸血鬼――第四真祖だけだ!」

 

ザハリアスが大きく両手を広げ、空を仰いだ。

 

「あなたの力で目覚めさせてください。 完全な第四真祖を。 幸いな事に、ここには既に六体の焔光の夜伯(カレイドブラッド)が――第四真祖の素体の半数が揃っています。 彼女たちには、ネラプシ自治区の生け贄から吸い上げた魔力が充填されてる。 覚醒の呼び水としては十分なはずだ!」

 

「……そんなこと……そんなことさせるか……! ザハリアス!」

 

ザハリアスの弁舌を遮って、広場に姿を現したのは、血塗れのメイド服に身を包んだ吸血鬼、ヴィルディアナだ。

彼女に引きずられるようにして、金髪の小柄な少女が立っていた。――アヴローラ・フロレスティーナだ。

 

「……アヴローラ……さん……」

 

怯えるアヴローラを見て、凪沙が呆然と呟いた。

 

「これはこれは、お待ちしておりましたよ」

 

ザハリアスには、ヴィルディアナの登場に口許を綻ばせる。 ヴィルディアナが自分を殺そうとしてる事を、ザハリアスは知っていた。

ザハリアスが動いても、アヴローラに手出しする事ができなかった。 なので、招待状をアヴローラに託したのだ。 あの招待状の存在を知れば、ヴィルディアナは、必ずアヴローラを連れて来る。――ヴィルディアナだからこそ、アヴローラを連れ出せたのだ。

そう、一番厄介な存在――紅蓮の織天使の隙を突けるからだ。

 

「我が焔光(えんこう)(うたげ)の会場へようこそ、ヴィルディアナ・カルアナ。 わざわざ七体目の素体を連れて来て頂けるとは、恐悦至極。 歓迎致しますよ」

 

「黙れ!」

 

ヴィルディアナの怒号と共に、二体の眷獣を召喚した。 炎を纏う魔犬(ケルベロス)と、凍えり息を吐く双頭犬(オルトロス)。 今のヴィルディナが扱える最大戦力だ。

 

「死になさい、ザハリアス! 父様に無念と領民たちの苦しみ、思い知れ――!」

 

勝ち誇った表情でヴィルディアナが叫ぶ。

だが、ザハリアスは如何なる動揺も無縁な表情だ。 棺桶の中に横たわる一番目(ブローテ)と手を取り合って、静かに命じる。

 

()()れ、神羊の金剛(メサルテイム・アダマス)――」

 

ザハリアスを守護するように、虚空から巨大な眷獣が出現した。

それは、金剛石(ダイヤモンド)の肉体を持つ大角羊(ビックホーン)だ。 眷獣の周囲には数千、数万もの宝石の結晶が浮かび、それが盾となってザハリアスを護っている。

 

「第四真祖の……眷獣!? そんな!?」

 

ヴィルディアナの表情が絶望に染められていく。 彼女の眷獣たちの攻撃は、空を漂う宝石の防護壁を傷つける事すらできない。 弾丸のように撃ち放たれた宝石の雨が、ヴィルディアナの眷獣を、跡形もなく消滅されていく。

ヴィルディアナの眷獣では、第四真祖の眷獣に対抗できる訳がなかった。

 

「アヴローラ! お願い、力を貸して欲しいの!」

 

追い詰められたヴィルディアナが、アヴローラを無理やり前へ引きずり出す。 アヴローラは委縮して動けない。 呆然と立ち竦んでるだけだ。

 

「あなたなら、あの眷獣にも対抗できる! あいつを殺して! ザハリアスを殺してよ!」

 

ヴィルディアナが絶叫した。 そんな彼女の胸元に、パッと大きな薔薇が咲く。

薔薇の正体は飛び散った鮮血だ。 血肉の花弁を撒き散らして、ヴィルディアナの体がぐらりと揺れる。

 

「……ひっ……」

 

返り血を全身に浴びて、アヴローラが頬を引き攣らせた。 ヴィルディアナが手を放したせいで、アヴローラの小柄の体は反動で地面に倒れ込む。

 

「ザハリアス……ッ!」

 

ヴィルディアナは吐血しながら、ザハリアスを睨んだ。

ザハリアスの右手に握られたのは拳銃だ。 あえて銃を使ったのは、神羊の金剛(メサルテイム・アダマス)の威力では、アヴローラまで傷つけてしまうという判断なのだろう。 護身用のリボルバーとはいえ、装填された銀イリジウム合金弾は、吸血鬼に致命傷を与えるだけの破壊力があるのだ。

立て続けに鳴り響いた、打ち放たれた五発の銃弾が、ヴィルディアナの胸元に吸い込まれる。 ヴィルディアナはその場で膝を突き、ゆっくり倒れていった。

 

「アヴ……ローラ…………どうして……」

 

虚ろな瞳でアヴローラを見上げたまま、ヴィルディアナが呟いた。

それきり、彼女は動かなくなる。 鮮血を浴びたアヴローラは、ただそれを呆然と見つめている。

 

「あ……ああ」

 

この声の主は、凪沙だ。

両手で頭を抱えた彼女が、人間の者とは思えない絶叫を放っている。

 

「ああああああああぁぁぁああああああっ!」

 

大気が振動し、クォーツゲートの建物が揺れた。

アヴローラはもちろん、ザハリアスまでもが唖然とし、その光景を眺めている。

 

「これは……全ての焔光の夜伯(カレイドブラッド)が共振してる……!?」

 

平静を残した遠山が、周囲を見渡して呟いた。

棺桶の中に横たわる六体の焔光の夜伯(カレイドブラッド)――アヴローラを除く全ての素体が、凪沙の感情に呼応するように目を開ける。

 

「目覚めるのですね、ついに真なる第四真祖が! 素晴らしい! 素晴ら……っ!?」

 

ザハリアスの声が、糸が切れたように唐突に消える。 彼の口から鮮血が零れ出し、ザハリアスの胴体は薙ぎ払ったように横一文字に裂けていた。 自分自身の血で染まった両腕を、ぽかんと見下ろしてザハリアスは首を振る。

 

「……な……!?」

 

なぜ、と口に出す事もできないまま、ザハリアスはその場に倒れた。 ザハリアスを攻撃したのは翼だった。

刃のように研ぎ澄まされた鉤爪を持ち、赤黒い血管を剥き出しにした――吸血鬼の翼。

その翼がザハリアスを襲って、彼の肉体を両断したのだ。

 

「凪沙……さん……」

 

遠山が掠れた声で凪沙の名前を呼んだ。 彼女の瞳にも、恐怖の色がある。

魔力で紡いだ黒い翼を、背中に広げていたのは暁凪沙だ。

結い上げていた長い髪を解いて、彼女は笑う。 その瞳は、炎のように青白く燃える焔光の輝きを放っていた――。




連投しますぜ!

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅹ

続きいきまーす。


悠斗たちがクォーツゲートに到着した時には、全てが始まり、全てが終わろうとしていた。――そう、全てがだ。

そして、硝全の天井に覆われた中央広場。 満月の月に照らされて、二人の少女が立っていた。 長い黒髪の少女と、虹色の輝く金髪の少女。――暁凪沙とアヴローラだ。

悠斗と古城は朱雀の背から下り、アヴローラの傍に駆け寄った。

 

「古城……悠斗……」

 

近づいて来る二人の姿を見て、アヴローラが頼りなく唇を震わせた。

アヴローラは、古城の右足に必死にしがみついた。 余程怖かったのだろう。 悠斗は、周囲を確認して現状を把握する。

負傷してるザハリアスと、銃弾を浴び地に倒れているヴィルディアナ。 その隣に屈み込む遠山に、異常な気配を撒き散らしている、暁凪沙だ。

 

「……遠山美和。 俺の質問に正直に答えろ。 さもなくば、お前を敵として――――殺す」

 

悠斗の声は、低く冷酷だ。

冗談ではないと悟った遠山は首を縦に振った。

 

「……貴様、獅子王機関の攻魔師だな」

 

遠山は頷いた。

――獅子王機関。 国家公安委員会に設置されている特務機関。 大規模テロや魔導災害を阻止する為の捜査官だ。

 

「――お前らがMARと契約関係にあったのは大体予想できる」

 

悠斗は、違うか?と遠山に投げかけた。

 

「……はい。 我々は契約関係にありました。獅子王機関はMARに対して、封印された十二番目(ドウデカトス)の所有権を認める代わりに、監視役の受け入れと情報提供を求める――今回の事件に関しては、MARと我々の利害は一致してましたから」

 

「利害が一致してたのなら、どうしてあんたは、ザハリアスに協力した!」

 

語気を強めて、古城が遠山に聞く。 遠山が無理やり“宴”に連れていかなければ、凪沙が第四真祖として覚醒する事はなかったのだ。

 

「……目的は、第四真祖の覚醒です」

 

獅子王機関。 焔光の宴の采配者が、選帝者と繋がりを持っていたのだ。

 

「……そういうことか。 貴様、アヴローラが覚醒したことを、ザハリアスに伝えたな」

 

遠山は口を閉じたままだった。

だが、それは答えを言っているのと同義なのだ。

 

「だ、だからあの時、ザハリアスは簡単に引いたのか……」

 

古城の顔が驚愕に染まった。

 

「その通りだ、古城。――ザハリアスも、獅子王機関の掌で踊らせられてたんだよ」

 

第四真祖の存在は、確実に争いの火種になる。 ネラプシのような新興勢力ですら、第四真祖を招き入れるだけで、新たな夜の帝国(ドミニオン)の地位を手に入れられるのだ。 そうなれば、戦王領域や滅びの王朝を巻き込んだ世界大戦が起きてもおかしくない。

如何なる国家や勢力が手に入れても、第四真祖は、世界を確実に不幸にする。

だが、例外が絃神島だ。 聖域条約に基づいて、あらゆる魔族の受け入れと、政治利用の禁止を規定された魔族特区ならば、第四真祖を『隔離』する事が可能なのだ。

 

ならば、第四真祖が自ら絃神島を支配して、他国に戦争を仕掛ける心配もない。 絃神島は、太平洋上に建設された人工島であり、食品や生活物質の搬入が停止すれば、忽ち干上がってしまう事になるからだ。

少なくとも建前上では、第四真祖の存在を恐れる他国を納得されるには十分な説得材料だろう。

これこそが獅子王機関の筋書き(シナリオ)だ。――――悠斗の仮定が的を得ていたのだ。

 

「……覚醒される為には、第四真祖の器が必要だ。 そんでもって、第四真祖の本体は魂。 ま、俺も最近解った事なんだがな」

 

凪沙は、第四真祖本体()を憑依させているのだ。 後は覚醒させる為“宴”に参加し、ザハリアスの儀式を受ければいいだけだ。

 

「……そうです。 世界最古の魔族特区ゴゾ島に封印されていたのは、あなた達が知ってるアヴローラ、十二番目(ドウデカトス)でありません。 彼女は監視者に過ぎない。 遺跡に封印されていたのは、先程、紅蓮の織天使が言ったように、魂です。 それこそが、第四真祖の本体。 三人の真祖と天部の人々が協力して生み出した、人工の呪われた魂。――我々は、原初(ルート)アヴローラと呼んでいます」

 

「凪沙に取り憑いているのは、そいつ……原初(ルート)アヴローラ……!」

 

アヴローラは記憶喪失ではない。 彼女は、最初から何も知らなかったのだ。 原初(ルート)アヴローラを護衛、あるいは監視する為に造られた、空っぽの人形だったのだ。

十二存在する焔光の夜伯(カレイドブラッド)の中で、何故アヴローラだけが、世界最古のゴゾ島に封印されていたか。

――それは彼女が監視者だったからだ。 原初(ルート)アヴローラの、眠りを護る為の人形。 それが、十二番目(アヴローラ)の正体なのだ。

 

「やはり……そういうことでしたか……」

 

古城たちの四角。 広場に置かれた棺桶の陰から、血塗れのザハリアスが起き上がる。 ザハリアスの腹部は、真っ二つに切り裂かれたような深い傷が刻まれている。

人間なら生きてるはずがない重症だ。だがその傷は、逆スロー映像のように、ゆっくりと治癒を続けている。

 

「……お前も血の従者だったとはな、ザハリアス……」

 

悠斗がそう言うと、ふふ。と愉快そうに笑いながら、ザハリアスは立ち上がる。 唇の端から流れる鮮血を拭って、よろめく足で凪沙の方へ歩き出した。

 

「目覚めていたのなら、話が早い。 さあ、原初(ルート)アヴローラよ。 ヴラスタを生き返らせてください。 あなたの巫女である私の妹を――」

 

「愚かなる男よ、ザハリアス。 我は世界最強の吸血鬼。 聖殲の為に造られし殺人兵器。 不死にして不滅。 一切の血族同胞を持たず、支配を望まず、ただ災厄の化身たる十二の眷獣を従え、人の血を啜り、殺戮し、破壊する者ぞ。 我は何者にも屈せず、何者の支配も受けぬ」

 

「私の願いを聞く気はないと……? あなたの血の従者である、私の願いを!? 選帝者として、あなたに生け贄を捧げた私ですぞ!?」

 

ザハリアスが、必死の表情で訴える。

しかし凪沙が浮かべたのは、汚わらしい毒虫を見るような冷笑だった。

 

「愚かなる男よ。 その娘を殺したのは、汝自身ではないか」

 

「わ、私が……何を……!?」

 

「永遠の命を得んが為、自らの祖国と妹の命を対価に、一番目(ブローテ)より肋骨を纂奪した汝が、何故、妹の復活を我に祈る? 貴様の望みは妹ではなく、我であろう? ヴラスタとやらの体内に、貴様が仕組んだ魂魄捕獲の術式、我が気づかぬと思ったか?」

 

「ぐ……ぬ!?」

 

ザハリアスは言葉を飲んだ。 原初(ルート)アヴローラが、正確にザハリアスの目論見を言い当てたのだろう。

原初(ルート)が青白く輝いた瞳を向けると、ヴラスタを包み込んでいた宝石の柩が砕け散り、少女の遺体が光に包まれ、塵となって消えていく。

それは、ザハリアスの野望が潰えた事を意味していた。 ザハリアスにとって、妹の亡骸は、ただの道具――より価値のある商品(・・)を手に入れる為の材料でしかなかったのだ。

 

「薄汚い俗物め。 暁凪沙の存在を知り、貴様はさぞかし妬み、羨んだのだろうな。 故に、この娘と同等の力を持っていたはずのヴラスタとやらを復活させ、我を憑依させ、第四真祖の力をいいように操ろうと思ったのか?」

 

「ち……違うのです。……わ、私はただ、あなたの価値をもっと高める事ができるのは、この私だと自負していただけで……」

 

欺瞞に満ちたザハリアスの言葉に、最早先程まで力はない。 拠り所を失ったザハリエルは、怯えたように後ずさる。

そんな彼を見て、原初(ルート)は手を伸ばす。

 

「戦う意思を持たぬ汝に、殺戮兵器たる我の血の従者たる資格はない。 その力、返してもらうぞ。 ザハリアス」

 

「ひっ!?」

 

自らの背後に現れた人影を見て、ザハリアスが表情を凍らせた。

ザハリアスの退路を阻んでいたのは、胸に深い傷を持つ一番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)だ。 彼女の腕が動き、ザハリアスの左胸へとのめり込む。 一番目(ブローテ)が、ザハリアスの肋骨を抉り取ろうとしているのだ。

 

「よ……よせ、やめろ!……一番目(ブローテ)……やめろおおおおおおおおおっ!」

 

鮮血に塗れた少女の腕が引き抜かれ、肋骨を奪われたザハリアスの体が朽ちて崩れていく。

固有堆積時間(パーソナルヒストリー)の逆流だ。 ザハリアスは肋骨を奪われた事で、第四真祖から与えられていた不死の呪いが解けたのだ。

彼が体験した時間の重みが、一気に流れ込んで肉体を崩壊させたのだ。 やがて、ザハリアスの体は完全に崩れ去り、灰となって散った。

原初(ルート)アヴローラが、広場に残された棺桶の方へ歩き出す。 そんな彼女を迎えるように、眠っていた焔光の夜伯(カレイドブラッド)が目を覚まし次々に起き上がった。 おそらく、覚醒した原初(ルート)アヴローラは、焔光の夜伯(カレイドブラッド)たちを取り込む事で本来の力を取り戻す為だ。

 

「――待てよ、原初(ルート)!」

 

そんな原初(ルート)アヴローラの歩みを妨げたのは、古城だ。 彼女の行く手を妨げるように前に出て、少女を正面から睨みつける。

 

「凪沙を返せ」

 

「……ふむ?」

 

原初(ルート)アヴローラと化した凪沙が、冷厳な瞳で古城を見た。 見るだけで人の魂を凍りつかせるような焔光の瞳。 それでも古城は怯まない。 今、この瞬間を逃してしまったら、暁凪沙という存在は、未来永劫失われてしまう。 そんな予感を、古城を衝き動かしてる。

 

「お前が何者で、何の為に造られたなんて如何でもいい。 だけど、それは凪沙の体だ。 お前には、必要ないだろうが!」

 

「なるほど。 汝はザハリアスとは違うようだ。……愚かなである事には変わりないが」

 

原初(ルート)が、赤い唇の吊り上げて笑った。

 

「貴様の望みは聞けんな。 我が魂には器が必要だ。 それに、我は対価を支払ったはずだが」

 

古城を蘇らせる為、凪沙は第四真祖を憑依させ、第四真祖の力を使った。

ならば、それが彼女の対価だと言っているのだ。

その時、悠斗も古城の隣に立ち、原初の歩みを阻む。

 

「悪いな。 それでも、その子は返して貰うぞ。 原初(ルート)アヴローラ」

 

「汝の過去は知っているぞ。 『異能狩り』から逃れた、天剣一族の生き残り。 世界に混沌を齎そうとする紅蓮の織天使。 汝は、我と似てるな」

 

悠斗は、感心したような表情をした。

その隣では、古城が目を丸くしていたが。 一族の生き残りと聞いて、驚いているのだろう。

 

「へー、そこまで知ってんだ。 つーか、お前と一緒にするな。 俺は殺戮兵器でもねぇぞ。 てか、早くその子を返せ」

 

「貴様が人助けだとはな。 どういう風の吹き回しだ」

 

「助けたいから助ける。 ただそれだけだ」

 

原初は僅かに笑った。

悠斗から『返せ』ではなく『助ける』と言う言葉を聞いたからだ。

 

「ならば、この娘を助けて見せよ」

 

凪沙の姿をした少女が、大きく両腕を広げた。

長い黒髪が翻り、背中に巨大な翼が生える。 鋭い鉤爪を備えた吸血鬼の翼が、翼の数は三対六枚。

それぞれが意思を持つ蛇のようにのたうって、その翼が六体の焔光の夜伯(カレイドブラッド)の胸へと突き刺さった。 翼の赤黒い血管が、ドクドクと力強い振動を始める。

十一番目(ヘンデカトス)九番目(エナトス)八番目(オグドオス)七番目(ヘブドモス)二番目(デウテラ)、そして一番目(ブローテ)。 六体の焔光の夜伯(カレイドブラッド)の体が光に包まれ、翼の中へ消えていく。

引き裂かれた自分自身の分身を食らって、眷獣の支配を取り戻そうとしているのだ。 漆黒だった翼は鮮やかな光に包まれて、虹のように色を変えていく。 その美しい輝きは、極光(オーロラ)を見てるようだ。

その翼が、古城目掛けて伸びた。 古城を薙ぎ払おうとしているのだ。 そう、古城の背後に居るアヴローラを取り込み、七体目の眷獣の力を取り戻す為に。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

だが、古城に前に張った結界と、地面から突き出た無数の氷柱が翼を防いだ。 氷柱を操っていたのは、アヴローラだ。 彼女が、自らの意思で初めて力を使おうとしている。 原初(ルート)の意思に逆らって、古城を護る為に。

 

「……紅蓮の織天使、貴様」

 

それから、原初の視線がアヴローラへ移る。

 

「……十二番目(ドウデカトス)もなんの真似だ。 我に逆らうのか?」

 

原初(ルート)は、悠斗とアヴローラを睨んだ。 瞳を炎のように輝かせたアヴローラは、古城たちの前に立ち、両腕を広げる。

思いがけない彼女の行動に、古城と悠斗は驚きを隠せない。

原初(ルート)が解き放った魔力が暴風になり、クォーツゲートの硝子の壁を軋ませる。 しかし、アヴローラは引き下がらない。

 

「よかろう。 十二番目(ドウデカトス)、紅蓮の織天使。 せいぜい我を愉しませよ」

 

原初(ルート)は歓喜の声で言い放った。 翼は荒れ狂い、巨大な鞭と化して辺り一面薙ぎ払う。 膨大な魔力が竜巻を生み、硝子張りの天井を砕いて、破片の雨を降らせる。

悠斗は、すぐさま遠山の周囲と、自身の周囲に結界を張った。 その直後、純白の閃光が炎となって、古城たちを呑み込んだ。

そして、重々しく時計塔の鐘が鳴り響いた――。




ま、まだいけるはず(白目)
ヴィルさんは、霧になってしまいました。(し、死んではないよ……)


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焔光の夜伯Ⅺ

れ、連投です。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


頬を風が撫でていた。

おそらく、空を飛んでいるのだろう。

 

「ここは……?」

 

古城が目を覚ますと、そこは朱雀の背の上であった。 悠斗は原初(ルート)が去った後、気絶した古城と遠山、アヴローラを朱雀の背に乗せ、あの場を後にしたのだ。

ふと、古城が顔を上げると。 不安そうに古城を見下ろしているアヴローラと目が合った。

 

「よう、無事か……?」

 

「わ、我に仔細なし。 ゆ、悠斗の守護のお陰――」

 

掠れた声で古城が聞き返すと、アヴローラがあたふたと答える。

古城とアヴローラの制服は、原初アヴローラの暴風攻撃でボロボロだ。 尤も、これは悠斗に言える事だが。

 

「やっと気がついたか、アホ古城」

 

「アホ言うな、アホって」

 

そんな事を言いながら、古城は重い上半身を起こした。

そんな古城を見て、悠斗は安堵する。

 

「ま、無事ならよかった。 結界内でも、衝撃と騒音は凄かったしな」

 

「……あ、ああ。 助かったよ」

 

古城は先程の事を思い出し、悠斗に礼を言う。

次に悠斗が見たのは、同じく結界を張り助けた、遠山美和だ。

 

「で、遠山美和。 古城も起きた事だし、第四真祖の詳細を教えてもらうぞ」

 

遠山は、これ以上隠す意味もないと口を開いた。

 

「……解りました。――吸血鬼の真祖が強大な力を誇っているのは、彼らが最古の吸血鬼だからです。 不老不死である彼らが蓄えた固有堆積時間(パーソナルヒストリー)が、彼らの源泉です。ですが――」

 

第四真祖には思い出が、つまり歴史がないのだ。 造られた第四真祖にとって、それは致命的な弱点だ。

だからこそ、原初(ルート)と接触した人間は、その思い出を足がかりにして、記憶を奪われる。

第四真祖の関わる記憶は殆んど失う、と言う事になるのだ。

第四真祖が幻の吸血鬼であり続けた理由は、この記憶搾取能力が在るが為だ。

この説明を聞いた古城の背筋が、凍るような恐怖を覚えた。

 

「皆が……凪沙のこと、アヴローラのことを忘れるってことかよ……!?」

 

第四真祖と接触した者は、第四真祖の事は忘れてしまう。

ならば、覚醒した第四真祖憑かれた凪沙や、焔光の夜伯(カレイドブラッド)であるアヴローラの事は、忘却の対象になってしまうのだ。

古城たちは、あまりにも多くの時間を彼女たちと共に過ごしてきた。 その思い出全てが、失われてしまうのだ。

――悠斗は例外だ。 悠斗の中には、全てを常時無効化する眷獣。 神々の力も備わっているのだ。

 

「はい。予想では、今から二、三日以内に」

 

遠山の言葉が、容赦なく古城を打ちのめす。

 

「あなたのご両親、暁牙城博士と深森主任が、凪沙さんとの接触を慎重に避けておられた事にお気づき出したか? 凪沙さんを救おうとしている彼らは、凪沙さんとの思い出を失う訳にはいかなかった。 だからこそ、離れて暮らす事を選んだのです」

 

「……ふざけんな……。 なんだよ、それは……!」

 

一年の半年を海外で過ごす父親と、職場に泊まり込んで滅多に帰らない母親。 古城と凪沙は、それに慣れていた。 仕方ない両親だという諦めもあった。――だが、違ったのだ。

彼らは最初から知っていたのだ。 凪沙の記憶が奪われてしまう可能性を。

 

「どうかご両親を責めないでください。 彼らは、たとえ記憶が奪われたとしても、その方が、あなたが苦しまず済むと考えたのです。 妹さんを護れなかったと、自分を責め続けたあなたに、これ以上の重荷を背負わせる事がないようにと」

 

「そんなことっ、納得できるわけがないだろうが!」

 

古城の怒声が、夜の空に響く。

 

「……深森主任は、この三年間、ありとあらゆる手段を尽くして、凪沙さんの衰弱を食い止めようとしていました。 原初(ルート)の魂を十二番目(ドウデカトス)の肉体に移し替えれば、凪沙さんが助かると解ったのは、つい最近の事です。 ですが、その試みは成功しなかった」

 

それは当然の事だった。

十二番目(アヴローラ)は、原初(ルート)の監視者。 原初(ルート)の復活を阻止する為に造られた、封印の素体だからだ。

凪沙との接触で封印を解かれた原初(ルート)が、再び眠りに就く事を望むはずがない。

 

「妖精の柩で眠る十二番目(ドウデカトス)の封印を解くのは、最後の賭けでした。 凪沙さんにはもう、時間が残っていなかったのです。 覚醒した十二番目(ドウデカトス)なら、原初(ルート)の魂を受け入れる事ができるかもしれないと、我々は考えた。 それも、失敗に終わってしまいましたが」

 

「だから、凪沙を第四真祖にしたのか……?」

 

「はい。 完全な第四真祖として覚醒すれば、彼女は確実に助かります。 例え人間ではなくなっても、人々の記憶から消え去る事があったとしても……それに、凪沙さんの魂が、原初(ルート)を駆逐する可能性もゼロではない」

 

「同族食らいか」

 

悠斗の問いに、遠山は、はい。と頷いた。

――同族食らい、あるいは上書き(オーバーライド)

これは、存在を食われた吸血鬼が、自分を食った相手の存在を逆に奪い取る。 そう、凪沙が原初(ルート)に支配される事なく、逆に原初(ルート)の能力を奪い、意識を保ったまま第四真祖になる。 今となっては、これが最善の結末だろう。

 

「……アヴローラは、これからどうなるんだ?」

 

古城は、ふと顔を上げて、隣にいるアヴローラに目を向けた。

 

「第四真祖が取り込んだ焔光の夜伯(カレイドブラッド)は、ザハリアスが所有していた、一番目(ブローテ)二番目(デウテラ)七番目(ヘブドモス)八番目(オグドオス)九番目(エナトス)十一番目(ヘンデカトス)の六体です。 それらの支配権を完全に掌握し終えたら、七体目――十二番目(ドウデカトス)を回収に来るでしょう」

 

「アヴローラも取り込まれてしまうってことか……。 九番目(エナトス)のように……」

 

遠山の予想に納得して、古城は苦々しげに舌打ちした。

その時、この会話に悠斗が口を挟む。

 

「先に聞いとくが、お前ら(獅子王機関)はアヴローラを、取引材料として使う気か?」

 

「はい、その通りです。 我々は、第四真祖と平和協定を結ぶつもりです。 絃神島にはすでに、戦王領域や混沌海域から使者が到着してます。 彼らが所有する、残り五体の焔光の夜伯(カレイドブラッド)と共に」

 

獅子王機関で動く遠山の立場では、国家の安全確保が最優先だ。 アヴローラを取引材料として使い、平和条約の為に差し出すだろう。

悠斗は、そうか。と頷いた。

 

「悪ぃな。 それは無理だ」

 

遠山は睨むように悠斗を見たが、悠斗の表情に変化はない。

 

「……世界が戦争に巻き込まれる危険があるんですよ」

 

「――知らん。 戦争でも何でも好きにやれ。……三聖と使者に伝えとけ。 アヴローラを争いに巻き込もうとするなら、俺が相手になってやるよ」

 

悠斗は躊躇なく宣言した。

悠斗の中では、アヴローラは護ると誓った存在。 そう。 世界を敵に回しても、だ――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

絃神島本島に到着する前に、遠山は意識を失った。 遠山を安全な場所へ下ろし、匿名で特区警備隊(アイランド・ガード)に連絡をして、古城たちは自宅へ向かった。

七階に壁際に朱雀を停止させ、壁石を跳び越え、無事に暁家のマンションへ辿り着く。

古城がドアを開け、アヴローラに続き、悠斗がマンションの中へと入って行く。

 

「……此処(こなた)が汝の住処(すみか)か!」

 

リビングに案内されていたアヴローラが、好奇心に目を輝かせて部屋中を見回し、悠斗は感心していた。

部屋の中は、綺麗に整理整頓されていたからだ。

 

「綺麗な所だなぁ」

 

「家には、片づけ魔がいるからな」

 

そう言って、古城は苦笑した。 おそらく、片づけ魔とは凪沙のことだろう。

そんな時、悠斗の腹から虫の鳴き声がした。

 

「……悪い、古城。 腹減った」

 

そう言われた古城は、若干呆れ顔だ。

 

「冷蔵庫に何にかしらあると思うから、食っていいぞ」

 

悠斗は、アヴローラを古城に任せて、台所に移動してから冷蔵庫の扉を開け、中を見回して見つけたサンドイッチを取り出した。

そこには、『古城君へ。 これ作っといたから後で食べてね。 今から出かけて来ます。 凪沙より』と言う紙が、ラップに貼り付けられていた。

悠斗は食べるのに躊躇したが、ラップを取ってサンドイッチを口にした。

 

「……旨すぎだろ、このサンドイッチ」

 

悠斗は、ものの数秒でサンドイッチを平らげた。 悠斗がこんなにも旨い物を口にしたのは約数年ぶりだ。

今まで食べていた、非常食やコンビニの弁当とは格が違ったのだ。

悠斗は不覚にも、もう一回食いたいわ。と思ってしまった。 だが、当の凪沙は、第四真祖に体を乗っ取られる為、料理など不可能だ。

 

「……助けた報酬は、暁凪沙の料理にするか」

 

悠斗はこの時、凪沙を助けた報酬を決めたのだった。

そうこうしていたら、彩海学園の制服を着たアヴローラと、Tシャツの上にパーカーを羽織った古城がリビングに姿を現す。

 

「お前、飯を食ったら帰るんじゃなかったのか!?」

 

「……いや、決めつけんなよ。 俺も手を貸してやるよ。 つか、あの時聞いてなかったのか?」

 

あの時悠斗は、『助けたいから助ける』と言ったのだ。

古城はそれを思い出し、頭を下げた。

 

「……力を貸してくれ」

 

「おう。 報酬として、暁凪沙の料理を俺に食わせろ」

 

古城の表情は、今にも泣きそうだ。

今の古城には、心強い味方が二人もいるのだ。

 

「……あ、ああ。 帰ったらクサルほど食わせてやる」

 

このやり取りの後、古城たちは玄関へ向かう。 そして古城は足を止めた。

いつの間にか玄関前に、古びた段ボール箱が置かれていたのだ。 古城たちが帰って来た時には無かった筈だ。

古城は手を伸ばし、段ボールの封を破って中を確認した。

 

「……何だ、これ?」

 

箱の中には、表面に奇妙な文字を刻んだ、銀色の細い杭。

三枚の安定翼を取り付けた、金属製の薬莢だった。

この杭は、真祖殺しの聖槍(せいそう)。 魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を切り裂くことができる杭。

また暁家には、MARでヴィルディアナから受け取ったクロスボウもあるのだ。

 

「(……俺も、暁牙城の手の掌ってことか)」

 

悠斗は苦笑した。

だがまあ、嫌な気はしなかった。

 

「ゆ、悠斗。これ何か解るか?」

 

「それの杭は、真祖殺しの聖槍(せいそう)。 魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を切り裂く事ができる杭。 ヴィルディアナから渡されたクロスボウで使う杭だ。 で、それを撃ち出す為の、安定翼の薬莢だな」

 

悠斗がそう言うと、古城はクロスボウを手に取り、折り畳まれた弓を開いて、弦を張る。ライフルに似た銃身にはガイド用の溝が掘られており、薬莢部分にする安定翼に、杭が嵌るようになっていた。

それから古城は、クロスボウを構える。

 

「それは古城が使え。 俺には、眷獣の力があるしな。 てか、早く構えを解け。 アヴローラが嫌そうにしてるから」

 

アヴローラは、悠斗の背に隠れ嫌そうに銀色の杭を睨んでいた。

彼女の目には、露骨に不安な色が浮かんでいる。

 

「あ、ああ。 解った」

 

古城はクロスボウを折り畳み、杭と一緒にベルトにかけた。

 

「行くか。 暁凪沙を助けに」

 

「ああ」

 

「うむ!」

 

古城たちは玄関を出て、外際まで移動する。

悠斗は左手を突き出し、

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗に続き、アヴローラの手を握った古城が朱雀の背に飛び乗る。

古城とアヴローラが乗ったのを確認してから、朱雀は飛翔を開始した。――決戦の地、旧南東地区(オールドサウスイースト)へ――。




遠山は気がつくと、報告にいきましたね。
いやー、紅蓮の織天使は警戒される訳ですよ(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯Ⅻ

まだまだいくでー!
てか、戦闘の描写は難しい(-_-;)


古城たちは、旧南東地区(オールドサウスイースト)の岸壁で、朱雀の背から下りた。

そして、岸壁には多くの人影。 そのほぼ全てが、疑似吸血鬼化した感染者たちだ。 視界に入るだけでも、千は超えている。

彼らの約八割ほどは、新たな生け贄を求めて島内を徘徊し、残り二割は地面に蹲ったまま動かない。

彼らの目は見開かれたまま、何の感情も映していなかった。 その原因は――原初(ルート)アヴローラによる記憶搾取だ。

記憶を根こそぎ奪われた事により、生きる気力もまでも失って、死を訪れるのを待っている。 これこそが、第四真祖に捧げられた生け贄の姿。――焔光(えんこう)(うたげ)の真実だ。

 

「……こいつら全員、疑似吸血鬼か」

 

古城たちの接近に気づいて、感染衝動に衝き動かされた疑似吸血鬼たちが、一斉に視線を向けてくる。 まだ動ける感染者だけでも数百人。 しかも、彼らの身体能力は、第四真祖の血の従者と比べても遜色ない。

原初(ルート)に会う為には、彼らを突破しなければならないのだ。

 

「ど、どうすれば!?」

 

狼狽える古城を見て、悠斗は嘆息する。

 

「俺に任せろ」

 

悠斗は全魔力を解放。

次いで、朱雀は大きく飛翔を開始した。 悠斗が考え付いたのは、朱雀の飛焔(ひえん)を島全体に吹きかけ、感染者を戦闘不能に陥らせる事だ。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

朱雀は島全体に焔を吐いた。 焔を浴びた感染者たちは、次々と地に倒れた。

また、感染者の感染は浄化(・・)されたのだ。 尤も、既に命を奪われた者は例外だが。

 

「これで大丈夫だ。 それと、島の人々死んでないから心配するな」

 

「あ、ああ」

 

「ほ、褒めて遣わす」

 

悠斗は、先程開かれた道を歩き出し、古城もアヴローラの手を引いて歩き出した。

古城たちは、疑似吸血鬼の包囲から抜け、クォーツゲートへ向かう。

 

「凪沙は、どこだ?」

 

古城がそう呟く。

 

「か、彼方(かなた)に!」

 

アヴローラが指し示したのは、六角水晶に似た高い時計塔だ。 その尖塔に頂上に、傲慢の表情で原初(ルート)は立っていた。

 

「その子の体を返せ、原初(ルート)アヴローラ! あの飯が食えねぇだろうが!」

 

古城が、そこかよ!と突っ込んだが、いつものように悠斗は受け流す。

 

「たかが吸血鬼が我に命令するか、紅蓮の織天使」

 

「誠に遺憾だが、俺はただの吸血鬼じゃねぇよ」

 

悠斗は天剣一族の生き残り。

天剣一族は神々の力を備えるのだ。 原初(ルート)の言う、ただの吸血鬼には当て嵌まらない。

 

「まあ良い。 汝らのお陰で、十二番目(ドウデカトス)はよく育った」

 

「……育った?」

 

古城がアヴローラの横顔を盗み見る。

不老不死である吸血鬼の肉体が、半年で育つなど有り得ない。 現に、アヴローラの姿は出会った時のままだ。

悠斗は、そう考えてるであろう古城を見て、再び嘆息した。

 

「……肉体じゃなくて記憶だ。 固有堆積時間(パーソナルヒストリー)のことだ」

 

悠斗の言葉に、原初は愉快に笑った。

 

「如何にもその通り。 しかし、単に長き年月を過ごすだけでは無意味。 強い感情と想いの積み重ねが眷獣の力を増す。 宿主たる我に逆らう程の、強い想いがな」

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の眷獣は、感情を共有して自分の力に変える。 だからこそ、原初(ルート)アヴローラの反抗を喜んでいる。

アヴローラは、原初(ルート)に逆らう程の強い感情を手に入れた事で力を増した。 そして眷獣の力が増すと言う事は、宿主である原初(ルート)の力を増す事にも繋がるのだ。

 

「貴様たちの役目はここで終わりだ。 十二番目(ドウデカトス)を置いて去るがいい」

 

悠斗は溜息を吐いた。

 

「だってよ、古城。 原初(ルート)は言葉が解らないらしい。 てか、アホだな」

 

「ああ、そうだな。 アホだ」

 

「……なに?」

 

悠斗と古城の反応に、原初は頬を引き攣らせた。

古城は腰に提げていたクロスボウを握って、折り畳みられていた弓を広げた。 片手で弦を引き、薬莢を嵌めた銀色の杭を装填する。

 

「言ったはずだぞ。 凪沙を返してもらうってな」

 

古城はクロスボウの銃身を原初に向け、荒々しく犬歯を剥いて笑う。

 

「凪沙は取り戻す。 アヴローラも食わせない。 お前が世界最強の吸血鬼だろうが、殺人兵器だろうが知ったことか! アヴローラの為でも、凪沙の為でもない――ここから先は、オレの戦争(ケンカ)だ!」

 

「……いや、俺たちだと思うんだが。 まあいいや。 アホ吸血鬼、はよ封印されろ」

 

悠斗は左手を突き出し、挑発的に笑う。

 

「それが汝らの望みか……!」

 

古城たちの挑発に、原初(ルート)が吼えた。

原初(ルート)は造られて以来喧嘩を売られた事がなかったのだろう。 彼女が激昂するのは当然の事だった。

原初(ルート)の背に、極翼(オーロラ)色の翼が生える、その中の一枚が消え、巨大な眷獣の形を生み出した。 美しい女性の上半身と、巨大な蛇の下半身。 流れ落ちる髪は無数の蛇。 青白き水の精霊(ウンディーネ)――水妖(すいよう)だ。

水妖が撒き散らす水流に触れただけで、クォーツゲートの残骸が砂のように崩れ落ちた。 その攻撃を浴びた硝子や硅砂は水や酸素に、コンクリートも土塊に還る。

原初(ルート)が呼び出した眷獣は、まるで時間を巻き戻したかのように、全ての文明を無に還す怪物なのだ。

これは、古城一人ではどうにもならない相手だ。――そう、古城一人でなら。

 

「――降臨せよ、黄龍!」

 

悠斗は黄金の龍を傍らに召喚させ、アヴローラが古城の名を呼ぶ。

 

「古城!」

 

アヴローラが伸ばしてきた右手を、古城が掴んだ。その手を前に突き出して、二人は同時に叫ぶ。

 

「「疾や在れ(きやがれ)――妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」」

 

アヴローラの中に封印されていた眷獣が完全に姿を現した。全長十メートル足らずの美しい眷獣だ。

上半身は人間の女性に似ているが、下半身は魚の姿。 背中には透明な翼を生やし、指先は猛禽のような鋭い鉤爪になっている。

氷の人魚、或いは妖鳥(セイレーン)。――膨大な凍気を従えた妖鳥は、激流を纏う水妖に激突した。 激流を凍気が氷結させ、その氷が再び水へと戻る。

二体の眷獣は互角だ。だが――、

 

「――浄天(せいてん)!」

 

黄龍が口から放った黄金の渦は、凍気と入り混じるように再び妖水に激突する。

眷獣の攻撃が融合するなど有り得ないのだが、悠斗がアヴローラに送ったネックレスを介して、悠斗の力がアヴローラに流れている。 だからこその、融合攻撃だ。

そして、この攻撃に圧された水妖が、完全に消滅した。

 

「……貴様ら。 我の眷獣を!」

 

原初(ルート)が吼え、翼を三枚使って新たに三体の眷獣を召喚した。 一体は金剛石(ダイヤモンド)の肉体を持つ神羊(しんよう)、一体は琥珀色の巨大な牛頭神(ミノタウロス)だ。 最後の一体は、陽炎のように揺らく緋色の双角獣だ。

無数の宝石を纏った神羊が、その宝石を散弾のように撃ち放つ。

 

「――降臨せよ、朱雀!」

 

悠斗は、水鳥の前に朱雀を召喚させ、

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

手前に結界を張り、全ての散弾を弾き落とす。

続けて原初(ルート)が、次の眷獣に攻撃を命じた。 琥珀色の牛頭神(ミノタウロス)が大地を揺らし、巨大な戦斧(せんぷ)を振り上げる。 戦斧(せんぷ)が帯びているのは、凄まじい魔力の輝きだ。

だが、狙いは妖鳥たちではなく。 眷獣を操る古城たちだ。

だが――、

 

「――雷獄(らいごく)!」

 

「「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)!」」

 

黄龍が放つ高密度の稲妻と、妖鳥が放った膨大な凍気が、牛頭神(ミノタウロス)を完全に消滅させた。 原初(ルート)が、次の眷獣に攻撃の命を出そうするが、それは叶わなかった。そう、双角獣が原初(ルート)の命に背いたのだ。

 

「な……何故、我の命に逆らう、九番目(エナトス)……!?」

 

原初(ルート)が眉を上げて叫んだ。

そんな双角獣を見て、アヴローラが息を飲む。

 

双角の深緋(アルナスル・ミニウム)……」

 

九番目(エナトス)……だと?」

 

深緋色の眷獣は、古城たちを庇うように着地して、原初(ルート)を睨む。

その姿見て、古城は呆然とし、悠斗は納得していた。

 

「なるほど……。アイスの借りか」

 

双角獣が僅かに振り返えり、微笑したように――見えた。

そして古城たちの前には、双角獣に黄金の龍、紅蓮の不死鳥に妖鳥が並んだ。

形勢は、完全に古城たちが優勢だ。

 

「……よかろう、眷獣ども。ならば、我が完全に葬ってやろう!」

 

原初(ルート)が空に向けて高々と手を伸ばした。

現れたのは流星だ。 そう、灼熱に包まれた巨大な流星だ。 今は雲の上にあるにも関わらず、古城たちは肉眼で波っくりとその姿が見える。

流星の正体は巨大な武器だ。 三鈷剣と呼ばれる古代の武具。 神々が使用したと言われる降魔の利剣だ。 刃渡り百メートルを超えるであろう巨大な剣が、高度数メートルの上空から重力に引かれて落下してくる。

 

「……夜摩の黒剣(キファ・アーテル)!」

 

アヴローラが表情を凍りつかせて、その名を口にした。 その間にも、巨大な剣は速度を増して、地上までの距離を縮めている。

だが、いくら新たな眷獣を召喚した所で、葬ってしまえばいいだけの話だ。

 

「――雷獄(らいごく)!」

 

悠斗は驚愕する事になる。――そう、黄龍が放った稲妻は巨大な剣に打ち負けたのだ。 悠斗は冷汗を背筋に一筋流した。 あれは、ここにいる眷獣で防げる代物かと不安を覚えたからだ。

――――だが、手はある。

 

「――全てを司る神獣よ。 今こそ我と一つになり、黄金の輝きを与えたまえ。 四神の長たる黄金の龍よ!――来い、黄龍!」

 

悠斗と黄龍は融合し、悠斗は黄金の衣に包まれた。 左手を掲げると、美しい龍が召喚される。

悠斗は左腕を振り下ろした。

 

「――天舞(てんぶ)!」

 

火、水、風、雷、地。五種の属性を纏った龍は、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)と衝突し爆発を起こした。

 

「なっ……!?」

 

愕然と叫ぶ原初(ルート)の声が、古城たちにははっきり聞こえた。

そう。 金色の稲妻を撒き散らして、巨大な黄金の獅子が現れたのだ。 黄金の獅子は咆哮し、地上から撃ち出された凄まじい雷が、天舞(てんぶ)の追随となって夜摩の黒剣(キファ・アーテル)に直撃する。

そして、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)の落下方向を水平線へと変え、絃神島から約数千キロ吹き飛んだ。

だが、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)が海に落下した衝撃は、大きな波と暴風になって旧南東地区(オールドサウスイースト)を襲った。 それは、劣化した人工島(ギガフロート)の基礎部を破壊するには十分の破壊力を持っていた、

樹脂と金属で覆われた地表は陥没し、地下最下層まで一気に露出した。 人工島(ギガフロート)のメインフレームが破断して、島全体が左右に分割されていく。

建物の窓硝子は砕け散り、ビルが次々と倒壊した。 数千キロ飛ばし、海で着斬させても、これだけの余波があるのだ。

離れていてもこの被害だ。 古城たちに直撃していたら、旧南東地区(オールドサウスイースト)は勿論、絃神島本島の大部分も破壊したはずだ。

旧南東地区(オールドサウスイースト)が一気に沈没しなかったのは、人工島(ギガフロート)の基礎設計が優れていたからだ。 だが、島内の各ブロックも浸水が始まり、沈むのは時間の問題だ。

このような災害が起きているのに、古城たちには傷一つなかった。 古城たちを救ったのは、銀色の霧だ。 それが、古城たちの体を包み込んでくれたのだ。

 

「お、お前たちは……!」

 

傾いた時計塔に立つ原初(ルート)が、地上を見つめて苦々しげに言った。

黄金の獅子と、濃霧に包まれた銀色の甲殻獣。この二体の眷獣が、敵意を見せ原初を睨んでいる。

 

獅子の黄金(レグルス・アウルム)……甲殻の濃銀(ナトラ・シネレウス)……」

 

アヴローラが驚いた表情で眷獣の名前を言った。

彼らは凪沙を救う為、力を貸しに来てくれたのだ。

 

「凪沙……か!? こいつらも、凪沙を救うおうとしているのか!?」

 

片膝と突けた悠斗は立ち上がり、頷いた。

 

「……だろうな。 それ以外に、敵対する理由が見当たらない」

 

予期せぬ状況に、原初(ルート)は唇を歪めていた。 覚醒した直後の原初(ルート)は、まだ眷獣たちの支配権を完全に掌握してなかった。 だからこそ、九番目(エナトス)たちの離反を招き、原初(ルート)は窮地に立たされたのだ。

そして、追い詰められた原初(ルート)の足場が突然崩れた。 時計塔の根元が、空間を抉り取られたように消滅している。

破壊したのは、互いに絡み合う、銀色の鱗を持つ双頭龍。 この眷獣が時計塔を食らって、原初(ルート)を地に引きずり降ろしたのだ。

 

龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

三番目(トリトス)かっ!」

 

アヴローラと原初(ルート)が同時に叫んだ。 落下を続ける原初(ルート)は、最後に残された翼を引き抜いて、六体目の眷獣を召喚させる。

それは、灼熱の炎に包まれ、鮫の歯と獅子の胴体、蠍の尾と蝙蝠の翼。 人食い(マンティコア)の名で知られた眷獣だ。

だが、悠斗が放った攻撃が、そいつを消し去った。

 

「行くぞ、古城」

 

「ああ、頼んだ」

 

悠斗は古城の背中に、左手掌を押し当てた。

古城の体は、悠斗の空砲(くうほう)によって飛ばされた古城は、地上に降りた原初(ルート)の華奢な体を押さえつけた。

 

「終わりだ、原初(ルート)アヴローラ!」

 

「従者如きが! 弁えよ!」

 

原初の腕が、古城の脇腹へと突き入れられた。

おそらく、古城の肋骨を奪うつもりなのだろう。 だが、その行動こそが、古城たちが狙っていたものだった。

 

「効かねェな!」

 

古城は、原初(ルート)の腕をがっちりと押さえ込む。

単純な力比べに持ち込めば、華奢な凪沙の体では古城の力に対抗できない。 そう、完全に動きを止められるのだ。

 

「ぬ!?」

 

動きを封じられ、原初の表情に焦りが浮いた。

そんな彼女の背後に立っていたのは、金髪の少女――アヴローラだ。

 

十二番目(ドウデカトス)!? 貴様!」

 

原初(ルート)が振り返って絶叫する。

そんな彼女の背後から寄り添い、凪沙の首筋へと、アヴローラの唇が押し当てられた。 鋭い牙が、柔らかな肌を刺し抜く。

 

「そうか……。 これが汝らの目論見か! 同族食らいか!」

 

原初(ルート)は、愕然としたように目を見開いていた。

その首筋からは、鮮血が伝い落ちていく。 凪沙の体から力が抜け、古城を貫いていた腕がゆっくりと抜ける。 ぐったりと凭れる凪沙の体を、アヴローラはゆっくり抱き締めた。

同族食らい――。 あるいは上書き(オーバーライド)

吸血鬼が吸血鬼の血を吸って、相手の“血統”や“能力”を自分の中に取り込む事だと言われている。 だが、相手を自分に取り込むと言う事は、逆に取り込まれてしまう可能性もある。 存在を上書きされてしまうのだ。

そして、凪沙が助かる方法は上書き(オーバーライド)が最善策だった。 だが、その実現は限りなくゼロだった。 人間の凪沙が、原初(ルート)アヴローラの呪われた魂を乗っ取るはずなどできるはずない。

もし、上書き(オーバーライド)するのは人間ではなく吸血鬼なら? それが、封印の器なら?

そう。 これこそが、古城たちの狙いだったのだ。

アヴローラは、凪沙の首筋に牙を立てたままだ。 凪沙の体に憑いていた、原初(ルート)アヴローラを自らの体内に招き入れてるのだ。

だが、アヴローラが動く様子がない。

今、アヴローラの中では、二つの魂が能力の支配権を巡って、激しく争っているのだろう。

 

「……古城」

 

「……ああ、解ってる」

 

古城は、クロスボウに装填した杭を、アヴローラの心臓へ向けた。

この杭は真祖殺しの聖槍(せいそう)だと、悠斗が暁家で言った。 ならば、これは第四真祖を滅ぼす切り札になるのだ。

アヴローラが原初(ルート)の魂を上書き(オーバーライド)できればそれでいい。 だが、もし逆にアヴローラが食われたら、その時は古城が彼女を撃つ。――そして、聖槍(せいそう)で命を奪ってから、青龍の雷球(らいほう)で彼女を消し飛ばす。――古城と悠斗、アヴローラはそう決めたのだ。

時計塔の鐘が鳴り、その直後、意識をなくしていたはずの凪沙が笑い出す。

 

「くくっ……」

 

これは凪沙本人の笑い方ではない。 原初(ルート)のあからさま嘲笑だ。

 

「駄目なのか!? アヴローラ……!」

 

「――降臨せよ、青龍」

 

万が一に備え、悠斗は青龍を召喚させる。

古城がクロスボウの引き金に指をかけた。 そして祈るような気持ちで、アヴローラの返事を待つ。 凪沙は笑い続けていたが、それは次第に途切れていく。

 

「汝らの……勝ちだ……」

 

凪沙は満足げに呟き、眠るように目を閉じる。

脱力した凪沙の体を支えて、アヴローラが古城たちを見た。

 

原初(ルート)か?」

 

アヴローラの瞳を睨んで、古城が聞いた。

だが、そんな古城の頭に一つの掌骨が落ちる。

 

「アホ古城。 俺らが知るアヴローラだろうが」

 

「う、うむ。 アヴローラ・フロレスティーナだ」

 

古城は安堵し、クロスボウを下ろした。 だが、悠斗が落とした拳骨の場所は痛そうだ。

 

原初(ルート)と融合したんだな……アヴローラ」

 

古城の問いかけに、アヴローラは沈黙で答えた。 古城は、そうか。と頷き彼女の方へ歩き出す。

アヴローラは無言で後ずさる。

彼女の周囲には、雪が舞い始めていた。 常夏の人工島では、決して降るはずがない雪がだ。 純白の凍気が彼女の周囲を取り巻いて、足元には霜が降り積もっている。

離れようとするアヴローラに近づいて、古城はアヴローラの手を握った。

 

「古城……」

 

アヴローラが何か言いたげに口を開くが、それを古城が遮った。

 

「また眠りに就くつもりなんだろ」

 

アヴローラは驚いたように唇を噛む。

確かにアヴローラは、原初(ルート)上書き(オーバーライド)に成功した。 だが、それは一時的なもの。 天部が生み出した呪いの魂に、眷獣の器に過ぎないアヴローラは勝てない。 必ず原初(ルート)は復活し、アヴローラを今度こそ完全に支配するだろう。

だから、アヴローラは自分自身を封印しようとしている。

眷獣の力を使って、自らを氷の柩に閉じ込める。 嘗て、遺跡の中で眠り続けた頃のように。 何百年も、何千年も、たった一人で眠り続けるつもりなのだろう。

 

「つき合ってやるよ。 お前から目を離すのは不安だからな」

 

「まあ、俺もだな。 俺、不老不死の吸血鬼だし。 時間もたっぷりあるしな。 てか、お前を一人にするとあぶなっかしすぎる。 今度は、船を爆発させないように気をつけないねぇとな。 いや、マンションでも借りるか? 那月に言えば何とかなるはずだ」

 

「……古城、悠斗」

 

アヴローラは力なく、儚く笑った。

そしてその瞳には、覚悟を決めた者に特有の穏やかさがあった。

 

「……悠斗。 我は汝と共の歩み、共に笑い、とても楽しかった。 悠斗との思い出は、我は忘れることはない。 ありがとう」

 

突然悠斗の力が抜け、黄金の衣も、青龍も消えていく。 アヴローラが、再び力を繋げたネックレスを介して、魔力を吸収(ドレイン)しているのだ。

今の悠斗の強さは、ただの吸血鬼レベルだ。 対してアヴローラは、覚醒した第四真祖。 吸収(ドレイン)行為に抗えるはずもなかった。

ほぼ吸収(ドレイン)され、悠斗は片膝を突けた。

 

「あ、アヴローラ。何を……」

 

アヴローラは、穏やかな笑みを浮かべた。

悠斗は、アヴローラが実行しようとする行為が解ってしまった。

だが、悠斗にはもう止める術がない。 アヴローラは、これを実行する為に、悠斗の力を吸い取ったのだ。

そして、アヴローラの視線が古城に向く。

 

「……古城。 我は……我は、汝の望みを叶えた……次は……次は……古城の番……」

 

古城の右腕が意思に反してゆっくり持ち上がる。 銀色の杭が、真祖殺しの聖槍(せいそう)が、アヴローラの心臓へと向けられたのだ。

 

「アヴローラ!?」

 

輝くアヴローラの瞳を見て、古城も理解した。

古城は彼女の血の従者だ。 それは、主人のアヴローラが古城の意思に反して、古城の体を動かしているのだ。

 

「やめろ……! やめろ、アヴローラ!」

 

だが、血の呪縛には逆らえない。

そう。 原初(ルート)の復活を阻止する方法はもう一つあったのだ。 それは、アヴローラが原初(ルート)の魂を抱えたまま消滅する事だ。

 

「兵器として造られた呪われた魂は、我と共に、ここで消える……だが……」

 

アヴローラが動けない古城の首筋に牙を突き立てる。

そこから何かが流れ込んでくるのを古城は感じた。 それは力そのものだ。 アヴローラは第四真祖の力だけを切り離して、古城に渡そうとしているのだ。 そして自分は、原初(ルート)と共に消滅する気なのだ。 絃神島を、古城たちの世界を護る為に――。

 

「第四真祖の力を全て汝に託そう。 受け取れ」

 

「やめろ、アヴローラっ!」

 

古城の血を舐め取って、アヴローラは泣き笑いのような表情を浮かべた。

彼女の意思に導かれるまま、古城の指に引き金がかかる。

 

「だ、ダメだ! お前は、最初にできた友達なんだ! 死んだらダメだ!」

 

悠斗は目許に涙を溜めて、絶叫した。

 

「ふふ。 悠斗、汝は泣き虫なのだな。 初めて知ったぞ」

 

アヴローラはそっと目を閉じた。

 

「古城、悠斗……」

 

彼女が最後に紡いだ言葉は何だったのだろうか――。

そして、撃ち出された聖槍は、羽根のような軽い音を立てて、少女の胸に突き立った。

真っ白な光が、古城たちの視界を染めた。 荒れ狂う魔力の奔流の中を、純白の雪が舞う。

そして、暁古城は眠りに落ちるが、神代悠斗の物語はまだ続くのであった――。




この章も、後一話で終了です(^O^)
これも今日の内に投稿するぜ(白目)
つーか、悠斗君には隠された眷獣がいたんです!アヴローラは、力を送り悠斗君の封印を解いてから、再び力を吸収したんです。
まあ、ネックレスはまだリンクしてたんですね。ご都合主義です(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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焔光の夜伯XIII

え、エピローグです……。
今回は、結構長いですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


絃神島(アイランド)旧南東地区(オールドサウスイースト)が沈んだのは、古城と悠斗、アヴローラが、原初(ルート)を滅ぼした翌日の事だった。

元々解体が予定されていた廃墟エリアと言う事もあって、人工島管理公社による情報操作は容易だった。 予定されていた解体工事を、ただ早めに実行したと説明したのだ。

新型感染症の拡大を防ぐ為と言う大義名分もある為、旧南東地区(オールドサウスイースト)の消滅は、意外にあっさりと市民に受け入れられた。

また、特区警備隊(アイランド・ガード)の迅速な行動によって、島内の人々も奇跡的に大半が助かった。

飛焔(ひえん)によって吸血鬼感染が浄化されたが、大事な記憶は幾つか失った。 だが、本人が自覚する事はなかったし、心の空白は誰かと共有する事で埋まるのだ。

――誰かと共有できれば、だ。

焔光(えんこう)(うたげ)の記憶は、市民の中からは消え去ったが、眷獣の無効果能力によって、異能を無効にした悠斗だけが覚えている。

この世でアヴローラを覚えているのは、悠斗だけになる。 アヴローラは、悠斗の最初の友であり、思い出を一緒に共有した少女。

アヴローラの事を忘れてしまうと言う事は、古城も、悠斗と共に過ごした時間も忘れたと言う事だ。

 

悠斗は、再び心を閉ざしてしまった。 護ると誓った少女を護れず、死なせてしまったからだ。

絶叫し力を振るったが、そこまでの力が出る事はなかった。 あの時、アヴローラが力を吸い取っていたのが幸運と言えよう。

事件から一週間後、悠斗はアヴローラとの約束を守る為、那月に進言し、彩海学園高等部一年B組に編入した。

編入しても、悠斗は授業をサボり、屋上のベンチの上で横になっていた。

 

『……授業に行かなくていいのか。 主』

 

「知らん。 俺は約束を守る為、ここに居るだけだ」

 

朱雀が心配そうに声をかけるが、悠斗はぶっきら棒に答えるだけだ。 悠斗の心は、冷たく、氷の塊のようだ。

悠斗は昔のように戻ってしまったのだ。

数分横になってると、予鈴がなり授業が終了したらしい。

悠斗が目を閉じたら、屋上のドアが勢いよく開いた。

 

「やっぱりここにいたんだ。 悠君、授業はどうしたの? もしかして、またサボりなんだ。 もうダメだよ。 先生たち困ってるんだから」

 

そう言って、悠斗の顔を上から覗き込んだのは、古城と悠斗、アヴローラが救った少女――――暁凪沙(・・・)だった。

凪沙は、悠斗に何度も断られても、悠斗の事を気にかけてくれているのだ。

凪沙の目から見ると、悠斗は孤独に包まれていた。

そう。 悠斗は、学園に編入しても、クラスメイトにも心を開かず、友達を作らず、ずっと一人なのだ。

だからこそ、凪沙は悠斗を一人にしたくなかった。 放って置けなかったのだ。 それが、お節介と解っていてもだ。

 

そして、凪沙が悠斗の所に訪れるのは、既に三週間が経過していた。

最初、悠斗は追い払っていたが、次第に面倒になってきてるのだ。 なので、時間まで無視に決め込んでいたのだが――。

 

「……知らんし帰れ。 俺の安眠を邪魔するな。 つか、悠君言うのやめろ」

 

何故か知らないが、言葉に反応してしまっているのだ。

まあ、警戒心を醸し出すのは変わらないが。

 

「良い渾名だと思うんだけどなぁ。……うん、やっぱり悠君がしっくりくるよ」

 

呼び方は変わらないと悟った悠斗は、この件は諦めたのだった。

それから悠斗は、溜息を吐く。

 

「……で、何の用だ」

 

「今からお昼休みでしょ。 お昼一緒にどうかなって? お弁当、悠君のもあるよ。 あと、警戒しなくても、凪沙は何もしないよ。 いつも何もしてないでしょ」

 

まあそうだな。と言い、悠斗は警戒心を収めた。

そして、悠斗は僅かに揺らいだ。 あの時の、凪沙の料理の味を思い出したのだ。

 

「…………やっぱ帰れ」

 

「今のワンクッションは、凪沙の料理に揺らいだんでしょ。 で、どうかな?」

 

「……暁。 何で俺気にかける、俺とお前は他人だ」

 

凪沙は頬を膨らませた。

 

「凪沙でいいって言ってるでしょ。 それより、お弁当食べよう」

 

「勝手に決めんな。 俺は承諾してねぇぞ。 てか、俺の質問を無視すんな」

 

凪沙はちょっぴり強引に、悠斗に弁当を渡した。 今の悠斗は、多少強引ではないと効かないと思ったからだ。

悠斗は、上体を起こしベンチに座った。 そして、空いた隣に凪沙が座る。 悠斗が弁当箱を開けると、ミートボールに唐揚げ、ポテトサラダにソーセージに白い飯と、とても美味そうだった。

悠斗は弁当箱から箸を取り出し、唐揚げを一口。

 

「ッ!?」

 

かなり美味かったが、悠斗は顔に出す事はなかった。

凪沙は緊張の面持ちで、悠斗の横顔を見ていた。

 

「ど、どうかな?」

 

「……まあまあじゃないか」

 

当然嘘だが。

 

「そっかー。……もっとお料理頑張らないとね! うん、明日も頑張るよ!」

 

「はあ!? お前、明日も持ってくる気かよ!?」

 

凪沙は上目遣いで、若干目許に涙を溜め悠斗を覗き込むように見る。

それは、アヴローラにそっくりだった。 この表情をしたアヴローラに、悠斗は一度も勝てた事がないのだ。

 

「ダメかな……」

 

「……勝手にしろ」

 

そっぽを向いた悠斗を見て、凪沙は満足そうに笑った。

 

「うんうん、勝手にさせてもらいます。 それより悠君。 暁じゃなくて、凪沙って呼んでよ」

 

「……呼んで欲しかったら、俺に信用される事だな……」

 

「うん、りょうかい。 凪沙、頑張るね」

 

「は?」

 

悠斗は素っ頓狂な声を上げた。

諦めると思ったのに、凪沙の返しが意外だったからだ。

 

「……お前、俺に信用させる気か?」

 

「もちろん。 それに、悠君の根はとても優しいと思うんだ。 面倒見がいいって言えばいいのかな?」

 

悠斗の本質はとても優しいのだ。 そうでなければ、アヴローラと友になるなんて不可能だ。

食事を摂りながら、このように話していたら、あっと言う間に昼休みが終了しようとしていた。

 

「あ、時間だ。 凪沙、授業に行くね! またね、悠君」

 

悠斗から空になった弁当箱を受け取り、凪沙は慌ただしく屋上を後にした。

 

「……はあ、慌ただしい奴だな」

 

悠斗は嘆息した。

だが、この時から悠斗の心の中には、暁凪沙いう存在が徐々に入ってきていたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

悠斗はあれからも授業には参加せず、屋上で横になっていた。 最後の予鈴が鳴り、放課後になったらしい。

悠斗は、周囲に張った結界を解き、上体を起こしてから伸びをした。

 

「帰るか。 何か疲れたわ」

 

と言っても、悠斗はまともに授業を受けた事はない。 受けたとしても、体育くらいだけだ。

クラスでは、ほぼ幽霊扱いである。

鞄を肩にかけてから屋上を出て、下駄箱で靴に履き替えてから校舎を出ると、見知った人影が近づいてくる。

 

「悠君。 もう帰り?」

 

「……何でもいいだろ」

 

だが遠回しに、そうだ。と言ってるのだ。

 

「凪沙も今帰りなんだ。 一緒に帰ろう。 たしか、同じマンションだよね?」

 

凪沙は、可愛く首を傾げた。

そう。 悠斗が那月から与えられた住居は、アイランド・サウス七〇三号室。 暁家の隣なのだ。

この時悠斗は、何で隣のマンションなんだよ。と思っていた。

 

「……勝手にしろ」

 

「うん。 一緒に帰ろっか」

 

凪沙は元気よく返事をする。

悠斗は歩き出し、凪沙も悠斗の隣により歩き出した。 悠斗は無意識に道路側を歩き、歩幅も凪沙合わせ、信号付近になったら僅かに前に出て左右の確認も忘れなかった。

これは悠斗の癖だ。 悠斗は、アヴローラと一緒に歩く時このようにしていたのだ。 それが半年となれば、必然的に癖になるというものだ。

 

「……悠君、棘を取れば凄くモテそう」

 

「……何言ってんだ」

 

悠斗は両目を細めて凪沙を見て、凪沙はあたふたする。

 

「だ、だって、女の子が見るポイント満点だもん。 も、もしかして、無意識?」

 

「無意識も何も、普通に歩いてるだけだろ」

 

悠斗は嘆息した。

女の子が見るポイントと言われても、何の事かさっぱり解らないのだ。

 

「……感情の上下が激しい奴だな、お前」

 

「そ、そうかな」

 

悠斗と凪沙はモノレールの改札を通り、モノレールの中に乗り込む。車両の中は、案外混んでいた。

凪沙の小さな体が押し潰されそうだ。

悠斗は凪沙の手を握り、反対側の窓際に寄せてから乗客から守る壁になる。

 

「大丈夫か?」

 

「……う、うん。……――悠君、やっぱり優しいよ……」

 

後半の呟きは、悠斗の耳には届かなかった。

モノレールから下車する時も、悠斗が先頭になり、小さな道を作って凪沙に通ってもらう。

それから、凪沙と悠斗は、再び改札を潜りマンションへ足を向ける。

 

「悠君、さっきはありがとう」

 

「……気にすんな」

 

悠斗と凪沙はマンションのドアを潜り、ロビーに備え付けれられたエレベーターに乗り込む。悠斗が七階のボタンを押し、エレベーターがゆっくりと上に動き七階に到着した。

“開”ボタンを押し続け、凪沙が降りたのを確認してから、悠斗もエレベーターから降り、自身の部屋へ足を向けた。

凪沙が七〇四号室。 悠斗が七〇三号室のドア前に到着し、悠斗は、鍵を開けからドアを開き部屋に入ろうとするが――、

 

「あ、あの!」

 

何故か、凪沙は緊張気味だ。 若干頬も赤い。

 

「……なんだよ」

 

悠斗は、面倒くさそうに凪沙を見た。

 

「こ、これからも……い、一緒に帰ってくれるかな」

 

悠斗は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐにいつもの面持ちに戻った。

 

「……考えとく」

 

「う、うん」

 

それからは、悠斗と凪沙は一緒に帰る事が多くなった。

最初は棘があった悠斗だが、次第にそれも取れてゆき、言葉遣いも柔らかくなったのだ。

悠斗と凪沙は、いつものように自宅のドア前で立ち止まった。 悠斗は鍵を開け、そして――、

 

「――凪沙(・・)、また明日。 じゃあな」

 

「い、今、凪沙って」

 

だが、悠斗は返答せず部屋に入って行く。 凪沙は、悠斗に信用してもらう事ができたのだ。

これが、神代悠斗と暁凪沙の始まりの物語だ――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

そして現在。

悠斗が目を覚ました場所は、自身のベットの上だった。 監獄結界で気を失った悠斗を、那月が空間転移で送ってくれたのだろう。

悠斗は上体を起こした。

 

「……俺に姉がいたとはな。 それに、眷獣たちは、両親が託してくれたのか……」

 

そう言ってから、予想外だわ。と呟く。

だが、何故だろう。 凪沙と朱雀は、悠斗より相性がいいのだ。 まさか、朱音が関わっているのか。

……いや、肉親たちは、『異能狩り』に殺されたのだ。 魂が宿ってるなど有り得ない。

 

「……にしても、懐かしい夢を見たな」

 

その時、洗面器とタオルを持った凪沙が部屋に入って来た。 古城と凪沙、浅葱は、三時間足らずで目を覚ましたが、どうやら悠斗は、一日眠っていたらしい。

 

「おはよう。 悠君」

 

「ああ、おはよう。 懐かしい夢を見てたよ」

 

凪沙は、洗面器を隣に置き、ベットの隣に腰を下ろした。

 

「……うん、凪沙も全部見たよ。 アヴローラさんのことや自分のこと。 遺跡のことに、悠君のご両親のこと」

 

「……そうか」

 

凪沙は、古城と遺跡の事に関して話し合ったらしい。

――凪沙が、古城を第四真祖の血の従者、第四真祖にしてしまった事だ。 凪沙は暗い面持ちで古城に話したが、古城は感謝の気持ちで一杯だったらしい。

あの時凪沙が古城を生き返らせなければ、今の生活はなかったのだから。 そう、悠斗とも出会う事はなかったのだ。

古城と悠斗は、親友の間柄と言ってもいいのだ。

 

「凪沙が見たのが、俺の過去全てだ」

 

と言う事は、凪沙も、悠斗が持つ情報を全て知った。と言う事になるのだ。

凪沙には、聖殲の情報がほぼ正確にあるのだ。

 

「ま、暗いのは終わりだ。 明るくいこうぜ」

 

「そうだね。 それにしても、悠君が牙城君と知り合いだったなんてね。 凪沙、驚いちゃったよ」

 

悠斗は頬を掻いた。

 

「あー、まあ、成り行きでな。 俺、あの人には敵わねぇんだわ。 俺、殺されないよな。 大丈夫だよな……」

 

今の凪沙は、紅蓮の織天使の正式な血の従者だ。

これを知ったら、親バカの牙城はどういう反応をするのか? 悠斗は恐怖でしかない。

 

「きっと大丈夫。 凪沙と悠君なら」

 

そう言って、凪沙は両手で、悠斗の右手を優しく包み込んだ。

 

「それにしても、あの時の悠君、かなり棘があったね」

 

凪沙は唇を尖らせ、悠斗は喉を詰まらせた。

 

「あ、あの時は、色々あったからな」

 

「あの時、わたし頑張ったんだからね」

 

悠斗は、左手を凪沙の手の上に置き、悪かった。と言い、ベットから両足を下ろし、凪沙の額に口づけをした。

凪沙は、もうっ。と言い、若干頬を膨らませたが。 まあでも、嫌がってる素ぶりは無かった。

 

「俺の心の氷を溶かしてくれてありがとう。 大好きだよ、凪沙」

 

「ううん、凪沙もだよ。 助けてくれて、ホントにありがとう。 大好きだよ、悠君。――――愛してます」

 

悠斗の顔が赤面した。

 

「そ、それは不意打ちだぞ」

 

まったく。と言い、悠斗は苦笑した。

 

「――――俺も愛してるよ」

 

凪沙は、笑顔で頷いてくれた。それにつられて、悠斗にも笑みが零れる。

そんな二人を、カーテンの隙間から洩れる、太陽の光が照らしていた――。




さて、この章も完結しましたね。まあ、あの後も、アヴローラの事とか、思い出話をしました。
てか、作者燃え尽きたかも……。こんなに一気に投稿したの初めてですよ(-_-;)
まああれです。更新ペースは落ちるかも……。
次回は、日常編を挟んで、黒の剣巫ですかね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
悠斗君が、いつも授業をサボる場所は、高等部の屋上ですね。
だから、凪沙ちゃんも見つけられるんですよ。
後、悠斗くん編入して直後、凪沙ちゃんは悠斗君を見つけました。


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日常編
繋がる想い


いやー、こんなに早く投稿できるとは……。
今回は日常編ですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


現在悠斗は、ロビーの玄関口で婚約者(凪沙)を待っていた。

何でも、凪沙が買いたい物があるらしく、隣街のショッピングモールで買い物と言う事になったのだ。

まあ、モノレールで二駅程なので、悠斗の服装はラフな恰好だ。 黒のVネックに、黒の短パン。 俗に言う、真っ黒装備である。

 

「……これってデートか?」

 

悠斗がそう呟く。

お互いの気持ちが通じ合い、男女が一緒に出掛ける。 何処からどう見てもデートだった。

その時、ロビーに備え付けられたエレベーターのドアが開き、凪沙が姿を現した。

服装は、グレー色のサマーワンピースであり、肩にかけるようにブラウン色のショルダーバックが、長い黒髪は結い上げるのではなくサイドポニーだ。

いつもは活発的な雰囲気であるが、今日は大人っぽさを醸し出してる感じだ。 エレベーターを降りた凪沙は、周りを見回し、ロビーの玄関付近に立つ悠斗を見て、可愛い笑みを浮かべながら歩み寄る。

 

「悠君。 お待たせ」

 

「いや、待ってないぞ」

 

悠斗は、デートでお馴染の台詞を言った。

クサイ台詞であるが、まあ問題はないだろう。

 

「かなり似合ってるよ。 可愛いし、大人っぽい」

 

若干、化粧も施されているので、大人っぽさを際立たせている。

十人中、九人は見惚れる容姿だ。

また、凪沙はまだ中学生だ。 高校生になれば幼さは無くなり、かなりの美人になるだろう。

 

「ふふ、ありがとう。 悠君は、いつのもように真っ黒だね」

 

悠斗は、黒い服を好むのだ。

なので、真っ黒装備になるのも必然とも言えた。

 

「ま、まあな。 い、行くか」

 

「りょうかい」

 

ロビーを出て、悠斗と凪沙は歩道を歩きモノレールの改札へ向かう。 凪沙はマンションから出てすぐに、悠斗の左腕に抱きついた。

凪沙は中学生とはいえ、女の子特有のものは結構ある方である。

そして、絃神島は常夏だ。 必然的に服装も薄着になる訳なので、悠斗には、それがほぼ直に当たるのだ。 悠斗の理性はガリガリ削られていくが、悠斗の鋼の精神、某アニメで言う理性の化け物で、何とか踏み止まる。

だが、反動は大きそうだ。

 

駅に到着し、改札にICカードを翳して改札を潜る。

数分後モノレールが到着し、自動ドアが開き乗車する。 乗車すると、窓際の席が空いていたので、悠斗は凪沙はそこへ腰を下ろした。

凪沙は座ってから、悠斗の右肩に頭を乗せた。 誰もが羨む光景だ。

 

「悠君とデートするのは、三回目だっけ?」

 

本来なら、二桁くらいになるはずなのだが、悠斗と凪沙は事件等に巻き込まれていたので、時間が取れなかったのだ。

闇誓書事件や、錬金術師との戦闘、監獄結界での出来事などだ。

 

「まあそうだな。 でも、古城たちと買い物したよな?」

 

「あれは、デートに入るか微妙な所かな」

 

まあ確かに。 あの時は、雪菜に必要な物を購入しに行っただけだ。

デートに入るかは、微妙な所だ。

話していたら、モノレールが最寄り駅に到着した。 悠斗と凪沙は立ち上がり、手を繋いでからモノレールから下車する。

それから改札出てショッピングモールへ向う。 その間二人の手は、離れないように優しく握られていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

二重自動ドアを潜り、ショッピングモールの内部に入ると、涼しい冷気が体の熱りを引いてくれる。

ショッピングモール内部は、いつもに比べて多くの人で賑わっていた。

 

「何か、人多いよな」

 

「今日は、日曜日だからじゃないかな」

 

そう、今日は日曜日であり、仕事や学校が休みである。

家族連れや、学生が多いのにも納得だ。

 

「最初は何処行くか?」

 

「んとね、あそこのお店に行こう」

 

凪沙が指差し店は、ランジェリーショップである。

それを見た悠斗は、顔を引き攣らせた。

 

「な、凪沙さん。 ま、まさかと思いますが……」

 

悠斗の声には、若干だが震えが混じっていた。

凪沙は笑顔で頷き、

 

「もちろん。 悠君も選んでね。 ちゃんと着るから」

 

悠斗は、些細な反論を試みた。 あの店に入ると、悠斗は大切な何かを失う気がしたからだ。

前にもこんな事があったような、デジャブと言うやつだろうか?

 

「……い、いやー。 あそこはダメと言いますか……女の子しか入れないと言いますか……」

 

「……だ、ダメかな」

 

凪沙に、上目遣いで見られた悠斗は、うっ。と言葉を詰まらせた。

――完全に、悠斗の負けである。

 

「……わ、わかった。 入る、入るとも……うん、頑張る。 俺頑張るよ……」

 

悠斗は、僅かに自暴自棄になったのだった。

これから悠斗は、大事な何かを失うのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

ランジェリーショップ前に到着し、悠斗は意を決して内部に足を踏み込んだ。

内部は、女性の下着がかなり陳列されている。

ランジェリーショップには、女性の店員しか居ない為、悠斗にとってはかなり視線が痛い。

その証拠と言っては何だが、悠斗の額と両手からは冷汗が浮かぶ。

 

「悠君悠君。 これどうかな?」

 

凪沙が悠斗に見せたのは、オレンジ色を強調した下着だった。

――だが悠斗は、

 

「……い、いいんじゃないか……」

 

棒読みでこう答えるしか出来なかった。

今の悠斗は、早くこの場から脱出したい思いが強い。

 

「もー、ちゃんと見て意見を言わないと」

 

最早これは、公開処刑に近いのだ。 まだ、模造天使(エンジェル・フォウ)を相手にした方が楽かもしれない。

――――悠斗は腹を決めてから、周りの視線をシャットアウトした。

既に何かしらを失っているのだ。 ならば、堂々とした方がマシだ。

 

「……うーん。 落ち着いた色の方が良いような気がする……と思う」

 

「落ち着いた色かぁ」

 

考え込む凪沙。

 

「白でいいんじゃないか。 ちょっと着飾ってピンクとか?」

 

悠斗はこの時、やっべ、死にたい。とも思っていた。 紅蓮の織天使の名は、形無しでもある。

悠斗は平静を保ってるようにも見えるが、内心では一杯一杯なのだ。

 

「……うん、悠君が選んだ色にするよ」

 

凪沙は、悠斗が選んだ色の下着を持って会計に向かった。

悠斗は一足先に店を出て、それから盛大に息を吐いた。

 

「……何か、どっと疲れたわ」

 

悠斗は肩を落とした。

良い意味で言うと、人生の中で貴重な体験になった。と言う事だろうか。

 

「悠君。お待たせー」

 

どうやら、会計が終わったらしい。

右手には、店特有の袋が下げられている。

 

「悠君のお陰でいい買い物ができました。 ありがとう」

 

そう言って、凪沙は笑みを浮かべた。

悠斗は凪沙の笑顔を見ると、ほぼ大抵の事は許してしまう。

 

「気にするな。 俺も貴重な体験ができたしな」

 

「そっか。 今度は、悠君の番かな」

 

悠斗と凪沙は、近場にある案内板を見る。

悠斗の目に止まった店は、最近できたばかりの組紐とミサンガが売っている店だ。

 

「へぇ、組紐とミサンガね」

 

「珍しいね。 絃神島にこんなお店があるなんて」

 

「確かに。 ま、行ってみるか」

 

「りょうかい」

 

悠斗と凪沙は、二階にある目的の店へ向かったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

店に入ると、様々な色の組紐とミサンガが陳列されていた。

店内を見回っていると、髪を結ぶ組紐や、ブレスレッド状の組紐、ミサンガも単色の物から、カラフルの物も置いてある。

 

「一個ずつ買うか」

 

悠斗が手に取ったのは、赤、青、水色、ピンク、黄色、黄緑、紫、オレンジ、白と、カラフルなミサンガと、ブレスレッド状の組紐だ。

ちなみに、色はオレンジだ。

 

「じゃあ、凪沙はこれかな」

 

対して凪沙は、悠斗と同じカラフルなミサンガと、髪を結い上げるのに丁度いい組紐だ。

ちなみに、凪沙は赤色だ。

 

「組紐にことわざがあるんだっけ?」

 

悠斗は思考を回した。

 

「ええと、確か。 『よりあつまって形を作り、捻じれて絡まって、時には戻って、途切れ、また繋がり』だっけか。 旅の途中で聞いた話だから、正確には解らんけど」

 

「何か、運命の糸みたいだね」

 

「具体例としてはそんな感じか? てか、難しいことわざだな」

 

ともあれ、悠斗と凪沙は、選んだミサンガ、組紐を持って会計をした。

それから近場の長椅子に腰を下ろし、悠斗は、ミサンガと組紐を利き腕に、凪沙も、ミサンガは利き腕に、ヘアゴムを取り組紐につけかえた。

 

「どうかな?」

 

「かなり似合ってる。 流石、我が奥さん」

 

かなり可愛いので、変な虫が寄って来ないか。と、悠斗は心配になってしまった。

まあでも、凪沙は眷獣を使役できるので、心配ないと思うが。

ミサンガを利き腕につけるのは、恋愛。と言う意味らしいが、悠斗と凪沙には必要がないような気もするが。

まあ、他の色の効果があると思うので良しとしよう。

 

「ま、まだ、奥さんは早いよっ」

 

「悪い悪い」

 

凪沙は顔を赤く染め、悠斗は苦笑した。

それから、時間も丁度よくなってきたので、夕食を摂る事にした。 場所は、一階にあるパスタ店だ。

店に入り、店員に『何名様ですか?』と聞かれ、二人と答えてから、悠斗と凪沙は案内された席に着席した。

テーブルに用意してあったメニュー表を開き、注文の品を決める。 注文が決まった所で、ベルを鳴らして店員を呼んだ。

 

「お決まりでしょうか?」

 

「えーと。 カルボナーラに、ホットコーヒーで」

 

「わたしは、ミートソースとオレンジジュースで」

 

「かしこまりました」

 

そう言って、店員は厨房へ向かって行った。

悠斗は一息吐き、口を開く。

 

「それにしても、オレンジジュースか。 お子ちゃまだな、凪沙は」

 

凪沙は、ムッとした。

 

「な、凪沙は、お子ちゃまだもんっ。 で、でも、悠君だって。 凪沙と一つしか変わらないよ」

 

「俺の精神年齢は大人だ。……たぶんだけど」

 

「た、たぶんなんだ」

 

楽しく談笑していたら、注文していた料理が届いた。

店員がそれを二人の前に置き、一礼してから戻って行く。 悠斗と凪沙は、いただきます。と、音頭を取ってから、フォークでパスタを巻き口に運ぶ。

人気店もあってか、パスタはかなり美味い。

 

「美味しいね、ここのパスタ」

 

「まあ旨いけど。 凪沙の料理の方が、もっと旨いな」

 

悠斗の正直な感想だ。 悠斗の中では、凪沙が作った料理がダントツで一位だ。

おそらく、一生を通して、勝てる料理は出てこないだろう。

 

「そ、そうかな」

 

「そだな。 てか、格が違うし」

 

「あ、ありがと」

 

それから食事を続けたが、凪沙がフォークでミートソースを巻き、悠斗の口許へ持っていく。

俗に言う、あーん。というやつだ。

 

「悠君、口を開けて」

 

「お、おう」

 

凪沙にそう言われ、悠斗は口を開けミートソースを一口。

よく噛み飲み込んでから、

 

「旨さ倍増だな」

 

「ふふ、上手いんだから」

 

「事実だからしょうがない。 んじゃ」

 

悠斗も、フォークでカルボナーラを巻き、凪沙の口許へ。

 

「凪沙。 あーんだ」

 

「あーん」

 

パクリと一口。

凪沙も、よく噛んでから飲み込んだ。

 

「うん、美味しいよ。 悠君の味がする」

 

「俺の味ってどんな味だよ。 てか、エロい響きだから止めなさい」

 

凪沙は今の言葉を思い出し、顔をトマトのように真っ赤にした。

 

「え、えっと。 今のはね。 悠君のフォークだから……えーと、あの……」

 

「……凪沙、自爆してるよ。 無理に言わなくていいぞ」

 

悠斗のせいだと言うのも否めないだが。

だが、あそこで反応してしまうのが、人の性なのだ。

 

「そ、そうだね」

 

「ま、食べようぜ」

 

再び、凪沙と悠斗は食事を再開した。

食事を食べ終わり、会計してから店を出た。 今の時刻は、夜の6:30だ。 ショッピングモールを出て、マンションに着く頃には、丁度いい時間になってるだろう。

まあでも、食べた直後にいきなり動くのは良くないので、近場の長椅子で一休み。

 

「はあー、今日は楽しかったよ」

 

「最近は色々な事で忙しかったからな」

 

悠斗は、椅子に置かれた凪沙の右手の甲に、自身の左手をそっと重ねた。

これからも、ずっと一緒にいられるようにと祈りを込めながら。

 

「大丈夫。 ずっと一緒だよ」

 

悠斗の想いは、凪沙にバレてたらしい。

重ねた手が向きを変え、指と指が絡まり、恋人繋ぎになる。

 

「ああ、ずっと一緒だ」

 

凪沙と悠斗は見つめ合い、触れ合いだけのキスをした。 唇が触れた後は、抱きしめ合う。

紅蓮の織天使の血の従者と言えど、凪沙の体は華奢だ。 強く抱きしめたら壊れてしまいそうだ。

だからこそ、悠斗は――護ってもあげたいし愛おしくも思う。

数秒抱き合っていた悠斗と凪沙だが、今思うと此処は公共の場なのだ。 なので、温かい視線が凄い。

 

「やっちまった……。 外では、抑制してたはずなんだなんだけど」

 

「な、凪沙もだよ」

 

悠斗と凪沙は苦笑した。

 

「んじゃ、帰るか。 俺たちの家に」

 

「そうだね。 帰ったらお洗濯物たたまないと」

 

「なら、俺が風呂掃除しとくよ」

 

「うん、よろしくお願いします」

 

悠斗と凪沙は立ち上がり、ショッピングモールを後にした。

これが、神代悠斗と暁凪沙の休日の光景だ――。




悠君。最後は抑制しようぜ(笑)
後、君の名を。要素をぶっこみましたね。書いてる途中で、ぶっこんじゃおう。と思いまして。
うん、後悔はしてないぞ。

次回は、黒の剣巫に入ります。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫
黒の剣巫Ⅰ


新章の黒の剣巫が始まりますね。
頑張って、この章も書きます!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 水に濡れたコンクリートが、陽光を反射して輝いていた。

 彩海学園の校舎裏、午後の陽射しが照りつける放課後の屋外プール。 水を抜いたプール底に、デッキブラシを片手に立ち尽くしているのは、暁古城。 面倒くさそうに、デッキブラシでプール底を擦っているのは、神代悠斗だ。 古城は体操服、悠斗は黒一色のラフな恰好だ。

 強い陽射しに当てられ、古城は深い溜息を吐いた。

 

「……暑いな」

 

 古城の呟きは、揺らめく大気に溶け込んだ。

 冬休み直前。 半年に一度のプールの定期掃除である。 水垢で滑るプールサイド。 妬けたタイルに、絶え間なく降り注ぐ紫外線が、古城の体力をジワジワと奪っていく。

 

「絃神島は、平年よりも気温が高いそうです。 今年は暖冬だそうですから」

 

 真面目な口調でそう言ったのは、中等部の制服を着た、プールサイドに立っていた雪菜だ。

 雪菜は、いつものギターケースの代わりに、青いゴムホースを持ってプールサイドに水を撒いていた。 水飛沫に包まれた彼女の姿は涼しげで、額に汗が滲み出ている古城と悠斗とは対照的だ。

 そんな雪菜を、古城は羨望の眼差しで眺めつつ、虚ろな表情をした。

 

「気温が三十度越えてるのに、ただの暖冬で片づけるのは、幾らなんでも無理があるだろ……。 いや待て、そもそも今は冬なのか? 仮に今が夏だとすれば、冬休みも当分こないわけだから、プール掃除も必要ないよな?」

 

「本土は冬だ。 もう、十二月半ばだぞ」

 

 そう言って、悠斗は古城の妄言を否定する。

 絃神島は、東京の南方海上三百三十キロ付近に造られた人工島。 太平洋の真ん中に浮かぶ、常夏の魔族特区なのだ。

 

「絃神島の経度ですと、日照量も多いですし、海流や風の影響もあるから暑いだけで。 今日は特に天気がいいですね」

 

 雪菜がそう言い、古城は空を見上げた。

 

「そんな天気のいい日に、どうしてオレたちは、プール掃除なんてしてるんですかねぇ?」

 

 デッキブラシの柄にグッタリと凭れて、古城が誰にともなく問いかける。

 悠斗は、そんな古城を見て呆れ顔だ。

 

「……俺らは、遅刻や欠席のせいだろうが。 つか、手を動かせ。 物理的に焦がすぞ」

 

 悠斗は、デッキブラシを止めそう言った。

 それを聞いた古城は焦ったように、

 

「そ、それは勘弁だぜ」

 

 古城は、せっせとデッキブラシを擦り、プールの底の水垢を落としていく。

 古城たちの無断欠席の原因の殆んどは、魔族絡みの大きな事件だ。 だからこそ那月は、出席不足をプール掃除程度で補ってくれてるのだが。

 

「でも、炎天下にプール掃除とか、吸血鬼に対するイジメだろ……」

 

「なら、古城は大量のテストとプリントが良かったのか? 休日は一日中、教室に缶詰だぞ」

 

「……あー、いや、プール掃除の方がいいです……」

 

 古城は、大量のテストとプリントを消化する自身の姿を想像し、暗い声でこう答えた。

 だがまあ、二十五メートルのプールだが、二人で掃除となると恐ろしく広い。

 古城は、何かを思いついたように、

 

「そ、そうだ。 悠斗の眷獣、朱雀の飛焔(ひえん)で綺麗にしちまえばいいじゃんか」

 

 悠斗は溜息を吐く。

 

「那月ちゃんに頼まれたのは、俺らが掃除することだ。 てか、学校で眷獣を召喚してみろ。 那月ちゃんにバレたら死刑ものだぞ」

 

「だ、だよなぁ……」

 

 古城は、がっくりと肩を落とす。

 そんな古城を見た雪菜は、呆れたように小さな息を吐く。

 

「先輩。 落ち込んでないで、早く終わらせましょう。 わたしもお手伝いしますから」

 

「あ、ああ……悪いな、姫柊」

 

「どういたしまして」

 

 上履きと靴下を脱いで裸足になった雪菜が、ホースを持ってプールの中に降りてくる。

 古城も、デッキブラシを握り直して、再びせっせと水垢を落としていく。

 

「でも、今日は本当に暑いですね。 せっかくプールに来たのに、泳げないのが残念です」

 

 足元の小さな水溜りを見つめて、雪菜が可愛らしく肩を竦める。

 そんな雪菜に、古城は一瞬目を奪われながら、

 

「そういや、何となくだけど。 姫柊は得意そうだよな、水泳」

 

「そうですか? 高神の杜では、水中戦の訓練もありましたから、それなりには泳げるつもりですけど」

 

「俺昔あったわ、水中戦闘。 あれ、意外にきついんだよなぁ。 召喚できる眷獣も限定されるし」

 

 悠斗は、水中戦闘を思い出しながら空を見上げた。 だが古城は、オレが知る水泳とは違うと思うだが、と困惑した。

 

「で、古城はどうなんだ? 泳げるんだろ?」

 

「いや、オレは……ほら、吸血鬼だからな。水はちょっと体質に合わないというか……」

 

 悠斗に聞かれた古城は、言葉を濁した。 ぎこちない仕草で目を逸らす古城を見て、雪菜は不思議そうに古城を見つめた。

 

「神代先輩は吸血鬼で、水中戦闘ができるんですよ?」

 

「い、いや、でもほら、魔族によっては個人差ってやつのがあるだろ?」

 

 懸命に取り繕うと試みる古城を、雪菜が半眼になって眺めた。

 

「あの……先輩……もしかして……」

 

 悠斗も、雪菜の言葉に便乗するように、

 

「……なるほど。カナズチか」

 

「ち、違う。 別に泳げないわけじゃないからな! ただ、少し得意じゃないだけで!」

 

「……古城。 泳げないって言ってるのと同義だぞ、それ。 てか、世界最強の吸血鬼(第四真祖)が泳げないのかよ。 イメージとギャップがあるな」

 

「だ、だから、泳げないとは言ってないだろ――!」

 

 古城は必死に反論した。

 そんな古城の追い詰められた姿に、雪菜はクスッと笑った。 おそらく、泳げない事実を無理やり隠そうとしている、古城の態度がおかしかったのだろう。

 

「そういうことにしといてやるか、姫柊」

 

「そうですね。 そういうことにしておきましょう」

 

「ぐ……ぐぬ」

 

 頷いている悠斗と雪菜を見て、唇を曲げて古城が呻く。

 そんな古城を見て、雪菜は俯き肩を揺らした後、ふと思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、最近プールの宣伝をよく見かけますね。 たしか、専用の人工島が完成したって」

 

「ああ、ブルエリか。 昨日ワイドショーで特集してたな」

 

 ブルエリ――ブルーエリジアムは、絃神島の沖合に建造された新型の増設人工島(サブフロート)だ。 半径六百メートルにも満たない小さな島だが、特筆すべきは、増設人工島(サブフロート)が巨大なテーマパークとして設計されている所だ。 リゾートホテル、レジャープール、ジェットコースターなどのアトラクション施設。 魔獣庭園と呼ばれる特殊な水族館が整備され、絃神島の新たな象徴(シンボル)としての役割を期待されている。

 

「てか、姫柊も見てたんじゃないのか?」

 

「いえ、その時間帯は、入浴と洗い物をしてたので。 それと、先輩は食べ過ぎです。太りますよ」

 

 古城と雪菜が同棲を始めて、約二ヵ月経過しようとしていた。 最初は緊張してぎこちなかった二人だが、最近は、それを感じさせないようになってきた。

 

「さ、最近は腹が減ってな。 そ、そう。 姫柊が作る料理が旨いせいだ」

 

 雪菜は赤面した。 おそらく、古城の言葉が相当に嬉しかったのだ。

 

「わ、わかりました。 今度から多めにご飯を作りますね」

 

 悠斗は、完全に蚊帳の外だ。 完全に二人の空間ができていた。

 古城争奪戦では、雪菜が今の所、ダントツで一位だろう。 やはり同棲は、かなりの効果があるらしい。

 悠斗は口を挟むか迷ったが、この空間を如何にかしなければ、プール掃除が終わらず帰る事ができない。

 

「……おーい、お二人さん。 イチャつくのはいいが、俺の事を忘れてない」

 

「い、イチャついてません!」

 

「い、イチャついてねぇよ!」

 

 古城と雪菜は誤魔化すように言ったが、説得力が皆無である。 誰がどう見ても、イチャついてるようにしかみえなかった。

 

「……いや、十分イチャついてたように見えたんだが。 てか、一諸に住んでるんだから、名前呼びの方が良くないか?」

 

「「え? 名前で?」」

 

 悠斗の言葉が地雷だったのか、古城と雪菜は顔を赤く染めてしまった。

 

「……えっと……こ、古城先輩」

 

「……お、おう。……ゆ、雪菜」

 

 古城と雪菜は恋愛経験がないからか、かなり初々しく見える。

 話し合った結果。 名前呼びは、マンションの中だけで。と言う事になった。 まあ確かに、外で言ったら女性陣に勘ぐられるだろう。

 

「んじゃ、早く終わらせるか。 プール掃除」

 

「おう」

 

「はい」

 

 ともあれ、古城たちはデッキブラシやホースを使用し、プール掃除に励むのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 下校時刻の前に作業を終わらせ、古城たちは家路に着いた。

 また、今日は七〇四号室(暁家)で、四人で夕食となっているのだ。 今頃は、凪沙が食事の支度をして古城たちの帰りを待ちわびているはずだ。

 古城たちは、疲れた体を引きずるようにしながら、マンションへと辿り着く。

 陽が暮れて凶悪な陽射しからは解放されたが、蒸し暑さが和らぐ気配はない。 部屋に入れば、エアコンの効いた快適な空間が待ってるはずだ。

 だが――、

 

「「……う!?」

 

 玄関を開けた直後に流れてきたのは、屋外と同じ、蒸し暑く澱んだ空気だった。 キッチンや家電製品からの排熱が籠ってるぶん、寧ろ外より暑いかもしれない。

 

「な、なんだ。 この熱気?」

 

「……外より暑いんじゃないか、この部屋」

 

 古城と悠斗の声を聞きつけて、キッチンにいた凪沙が、ひょいと顔を覗かせた。

 

「古城君、雪菜ちゃん。 おじゃましてます! 悠君もおかえりー! ご飯できてるよ」

 

「な……凪沙」

 

「……な、凪沙。 それはやばいって」

 

 パタパタとスリッパを鳴らして、古城たちを玄関まで出迎える凪沙。

 凪沙を呆然と見つめた古城は、担いでた通学用のバックを落とし、雪菜は目を見開き、悠斗は吸血衝動を押さえ込むのに一杯一杯だった。

 そう。 凪沙が身に着けていたのは、アヒル柄のワンポイントが入った白いエプロンだけ。 それ以外は、何一つ身に着けていないようにも見えた。 ほっそりした肩や白い太股が剥き出しだ。

 

「お……お前、何やってんだ!? 何だよ、その格好は!?」

 

「なにって……ただの水着エプロンだよ。 ほら」

 

 そう言って凪沙は、エプロンの裾を摘まみ上げた。 申し訳程度にフリルのついた白い水着が、ちらりと古城たちの視界に入る。

 水着エプロンと言う事で、悠斗の吸血衝動も若干和らいだが、油断はできない状態だ。

 

「めくらなくていいっ! なんでそんな恰好をしてるのかって話だよ!」

 

「だって、ほら、暑いから。 この時間帯は、西陽の余韻がねー」

 

「エアコンは!? 何でこんなにクソ暑いのに冷房が入ってないんだよ!?」

 

 古城が、リビングを指差しながら喚く。 風通しの悪い気温は、人間の体温を超えている。 冷房なしでは危険な温度域だ。

 しかし凪沙は、不服げに唇を尖らせた。

 

「だって停電中だもん。 下の張り紙、見なかった。 マンションの変圧器を交換するんだって。 エレベーターやオートロックは、家庭用のやつとは配線が違ってるから動くみたいだけど」

 

「て、停電……?」

 

 意外な情報に狼狽する古城。 確かに、電気供給が途絶えているのでは、エアコンが稼働してないわけだ。 照明が点かず、部屋の中も薄暗いのも納得だ。

 

「変圧器の交換って……何でこんな時期に?」

 

「故障だって。 こないだ、北地区で凄い雷があったでしょ。 うちのマンションは設計が古いから、その時にだいぶ傷んだらしいよ」

 

「「あー……」」

 

 古城と悠斗は、複雑な表情を浮かべる。 北地区での凄い雷は、獅子の黄金(レグルス・アウルム)と麒麟の雷が原因なのだ。 つまり、この停電には、古城と悠斗が関わっている事になる。

 と言う事は、隣室の悠斗と凪沙の部屋も、電化製品は使用不可能と言う事になる。

 

「め、飯にしようぜ。 てか、凪沙。 着替えてきてくれ。 俺が色々とやばいから……」

 

 悠斗が、力を振り絞ってそう言う。

 凪沙は、数秒思案顔をしてから、

 

「しょうがないなぁ。 じゃ、着替えてくるね」

 

 キッチンに戻って行く凪沙を見て、悠斗は盛大に安堵の息を吐く。

 そんな悠斗を見て、古城は声をかける。

 

「ゆ、悠斗。 大丈夫か?」

 

「あ、ああ。 何とかな。 結構危なかったけど……」

 

 悠斗は、他の女性のなら問題はないのだが、凪沙だけは特別であり、例外なのだ。

 ともあれ、古城たちは薄嫌い廊下を抜けて、リビングへ向かう。

 凪沙の言っていた通り、夕食の準備は済んでいた。 ダイニングテーブルには、照明代わりになる非常用のロウソクと一緒に、大量の料理の皿が並んでいる。 古城たちは、手を洗ってから席に着いた。

 凪沙の格好は、部屋に残した短パンにTシャツだ。 ちなみに、今の凪沙の部屋は、雪菜の部屋になっている。

 

「雪菜ちゃんゴメンね。 腐るといけないと思ったから、悠君のお家の食材と合わせてお料理を作っちゃった」

 

 テーブルの上には、野菜と肉、魚にうどん、カレーとハンバーグと。 不思議な組み合わせの料理が置いてある。 三日分はありそうな量だ。

 

「いえ、大丈夫です。 わたしも、こうしてましたし」

 

「さすが雪菜ちゃん」

 

 それにしても、この大量の料理たちは保存ができないらしく、頑張って全部食べなければならないという事らしい。

 蒸し暑さのせいで食欲が湧かないが、そうも言ってられない。 古城と悠斗は箸を手に取った。

 暁家の玄関のドアが乱暴に打ち鳴らされたのは、その直後だった。

 どうやら、停電でインターフォンが使えないらしく、ドアを荒っぽくノックしてるだけらしい。

 

「はあ、俺が行くわ」

 

 凪沙に、悠君。お願い。という言葉を貰って、悠斗は立ち上がり玄関へ向かう。

 その間も、荒っぽいノックは続いていた。

 

「……ったく、誰だよ。 近所迷惑だろうが」

 

 悠斗がドアを開け視界に入ってきたのは、軽く茶色に染めた短髪を逆立てせ、首にヘッドフォンをぶら下げた少年だ。

 

「おーす。 古城。 どうなってんだ、このインターフォン?……って、オレ、家間違えたか?」

 

 基樹がそう言うのは尤もだった。 暁家のマンションなのに、悠斗が玄関から現れたのだから。

 

「いや、ここは暁家だぞ。 俺は飯を食いに来てるだけだ。 んで、基樹はどうしたんだ?」

 

「ああ、それなんだが。……って、うわ、暑ィな。 何だこれ?」

 

「停電で、エアコンが故障中だ」

 

「はー、なるほど。 悠斗はこの暑さを利用して――」

 

 基樹がしょうもないことを言おうとしたので、悠斗は無言でドアを閉めようとする。

 

「ちょ、待て。 冗談だ」

 

「……はあ、早く本題を言え」

 

「まあそうなんだが。 立ち話もなんだから、入れてくれないか?」

 

 いやまあ、ここのマンションの家主は悠斗ではないのだが――

 

「ダメだ。って言っても、勝手に入るんだろ。 お前」

 

 そう言って、溜息を吐く悠斗。

 

「おお、その通りだ。 んじゃ、お邪魔します」

 

 基樹は靴を脱ぎ、部屋の内部に踏み込んで行った。 その背中を見ながら、悠斗は嘆息した。

 

「あれー、矢瀬っち? どうしたの?」

 

「こんばんは、矢瀬先輩」

 

「はあ、何しに来たんだ。 矢瀬」

 

 凪沙、雪菜、古城と返答をする。

 

「よォ、凪沙ちゃんに、姫柊ちゃん、古城と。 全員集合か。 そいつはいいな。 手間が省けたぜ」

 

 古城は、若干だが警戒心を露わにした。 電話やメールでもいいのに直接伝えに来たからだ。 古城や悠斗だけではなく、凪沙や雪菜を巻き込む用件となると、あからさまに怪しすぎる。

 悠斗も、基樹の背中を追うように、リビングに踏み込む。

 

「……基樹。 何を企んでる?」

 

 悠斗も警戒しながら、目をスッと細めた。

 

「ちょ、悠斗のそれ怖いから……。 マジでやめてくれ」

 

 悠斗は表情を戻し、

 

「で、何だ。 早く要件を言ってくれ」

 

「なァ、古城、悠斗。 急な話でアレなんだが、お前ら、泊まりがけでリゾートに行きたくないか?」

 

「「……リゾート?」」

 

「おう、ブルーエリジアムってやつ」

 

 ブルーエリジアムとは、古城たちがプール掃除の時に話題に出したテーマパークの事だ。 何でも、入場料はかなりの価格になるらしい。

 そんな時、大声を出したのは凪沙だ。 基樹に詰め寄って、持ち前の早口で捲し立て聞き返す。

 

「ブ、ブルーエリジアムって、あのブルーエリジアム? 青の楽園? 遊園地とかホテルとか、魔獣公園とか九種類のプールとかがあるブルエリのこと?」

 

「そうそう。 そのブルエリのこと」

 

 凪沙に若干圧倒されながらも、微笑んで頷く基樹。

 

「正式オープンは来年からだけど、今月から完全招待制の仮営業をやってるのは知ってるだろ? スタッフの研修やマスコミへのお披露目を兼ねてのリハーサルみたいなやつ」

 

「……それに、俺たちを招待してくれるのか?」

 

 悠斗は怪訝そうに聞き返す。 魅力的な誘いよりも、不信感の方が大きい。 何しろ、完全招待制とされるブルーエリジアムの入場券は、その目新しさと希少性もあって、一枚数万円で取引されているプラチナチケットなのだ。

 それを、ここにいる人数を無料で招待となると、あからさまに怪しすぎる。

 しかし基樹は、古城たちの反応を見て愉しそうに、目を細めてニヤニヤした。

 

「二泊三日で入場料と宿泊費は無料(タダ)。 なかなか美味しい話だろ?」

 

「……胡散臭すぎるぞ。 そんな、魅力的な誘いがタダで舞い込むなんてな。 裏に何かあるだろ?」

 

「いやいやいや……実際の所、ブルエリの施設の幾つかは、矢瀬家(うち)が経営に絡んでるだよ。 ところが、予約ミスがあってな。 急に欠員が出ちまったわけ。 ありがちだろ」

 

「……まあそうだな」

 

 そう言って、悠斗は頷いた。 完全予約制を標榜しているのにも関わらず、ミスによって予約に欠員が発生。 確かに、ありがちなトラブルである。

 

「んで、施設の稼働率や、何かと問題があって、欠員のままにしとくのはマズイんだよな。 不安がる出資者も出てくるし、予約部門の責任問題にもなっちまう」

 

 基樹の実家は、魔族特区の運営に少なからず影響力を持つ名門の財閥だ。 彼らが、ブルーエリジアムの経営に関与してると言われても不思議はない。 そして、矢瀬家は実家の誰かに、予約欠員を埋めてくれと言われたのだろう。 欠員のまま放置するよりも、無料でも誰か泊めた方が、ブルーエリジアム的にも、面目が保てる。と言う事かもしれない。

 そのあたりの事情を知ってか知らずか、凪沙は力強く飛び跳ねながら、

 

「はいはい! 行きたい行きたい行きたい! ねぇ、古城君、悠君。 行こうよ。 話題のブルエリだよ。 普通に泊まったら、何万円もするんだよ」

 

 もしかしたら、基樹はこれを見越していたのかもしれない。

 悠斗は、凪沙の願いはできるだけ叶えてあげたい。 なので、必然的に泊まる。と言う事になるのだ。 基樹がこれが解っていたのなら、かなりの策士とも言える。

 

「胡散臭いが、その話に乗るよ」

 

「お、悠斗は話が解るな。 んで、古城はどうするんだ?」

 

 古城も、雪菜と話し合って答えを出したらしい。

 

「何か怪しい気もするが、無料(タダ)でブルエリだしな。 その誘いに乗るぞ」

 

「交渉成立だな。 じゃあ、ブルエリのパンフとチケット渡しとくから、後はよろしくな」

 

 そう言って基樹は、四人分のチケットとパンフレッドが入った封筒をテーブルの上に投げ出し、別れの挨拶と共に、忙しない足取りで部屋を出て行く。

 

「あ……おい。 矢瀬」

 

「古城、悪ィ。 まだ、ちょっと用事が残ってんだ。 じゃあな」

 

 慌ただしく帰って行く基樹を、古城はぽかんと見送るしかできなかった。 そんな古城を見ながら、悠斗は封筒の中からチケットを抜き出し、ロウソクの明りに照らし、予定の日付を確認する。

 

「えーと、……は? 今週の土曜?」

 

 悠斗がそう言うと、雪菜と凪沙、古城は沈黙し、部屋の中に静寂が流れた。 基樹がわざわざ自宅まで押し掛けてきて、息もつく間もなく帰って行った理由を理解したのだ。

 チケットに書かれた日付は今週の土曜日。 そして、今日の日付は金曜日だ。

 ということは、ブルーエンジリアムの招待日は――。

 

「って、明日かよ!?」

 

 停電中の薄暗い部屋に、動揺する古城の声が鳴り響く。

 明朝から、リゾートへの出発への準備に追われる、慌ただしい夜の始まりだった――。




補足としまして、凪沙ちゃんは、完全に紅蓮の織天使の血の従者ですよ。
まあ、主人の肉体の一部を分け与えられないといけないんですが、凪沙ちゃんは、悠斗君と経路ができて、悠斗君の魔力が循環してますからね。ちょいと例外なんス。
眷獣も使役できますしね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅱ

黒の剣巫のOVA見ました。
オープニングの、巫女装束の凪沙ちゃん可愛すぎです(^O^)
てか、あの章に入ったら、悠斗君暴走しそうですね……(-_-;)まあ、かなり先の事ですけどね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 増設人工島(ブルーエリジアム)は、絃神島本島から約十八キロメートル程離れた海上に建設されていた。 切り分けたパイナップルの形似た、扇形の小さな島である。 専用の船が絃神島との間を往復しており、増設人工島(ブルーエリジアム)までの所要時間は二十分程だ。

 船内は綺麗で、デッキからの眺めも素晴らしく、ドリンク等も無料サービスで充実していたが、これらを堪能する余裕は古城にはなかった。

 

「おーい、古城。死にそうになってるけど大丈夫か?」

 

 焼き鳥を食べながら、悠斗が、雪菜が介抱している古城の背を見てそう呟く。

 俯く古城の顔面は、血の気を失って蒼白だ。

 古城の体調不良の原因は船酔い。 船の揺れに三半規管をやられて、胃の中のものを戻してしまったのだ。

 

「お、おう……。 しばらく休めば復活する……と思う」

 

「こんな姿じゃ、世界最強の吸血鬼(第四真祖)の名も形無しだな」

 

 悠斗は、最後に串に残った焼き鳥を口に運んだ。

 古城は、よく食えるな、悠斗の奴。と思いながら、体調の回復に専念した。

 幸いな事に、基樹との待ち合わせ時間には、十五分程の時間が残っていた。

 基樹には、宿泊施設へのチェックインなどの、面倒な手配を済ませておいてくれる事になっている。 そんな訳で古城たちは、港で基樹の到着を待っているのだ。

 

「何か意外だね。 知らなかったよ。 古城君って、乗り物酔いする人だっけ?」

 

 そう言って、隣に屈み込んだ凪沙が、古城の横顔を覗き込む。

 

「揺れるものは、ちょっと苦手でな」

 

 古城が朱雀の背に乗った時、一度だけ、かなりの速度で、旋回、飛翔した事があるのだ。 おそらく、それがトラウマになってるのだろう。 ちなみに、高所恐怖症にもなってしまった。

 凪沙は、なるほどね。と納得した。 凪沙は、悠斗の過去の記憶を見たことがあるのだ。と言う事は、その時の光景を思い浮かべるのは容易だ。

 

「とりあえず、何か飲む? 売店で飲み物買ってきたけど」

 

 そう言って、凪沙はペットボトルを詰め込んだ買い物袋を広げた。

 

「そうだな。 炭酸系の飲み物ってあるか?」

 

「あるよ。 どっちがいい? ジャーマンポテトソーダと、栄養ドリンクのコーラ味」

 

 古城は、ぶほっと噎せ。 悠斗は、ほう。と頷いた。

 かなり、冒険心が擽られる飲み物たちである。

 

「この最悪な体調で、そんな不味そうな物を飲まされたら死ぬわ! つか、栄養ドリンクのコーラ味ってなんだよ!? 最初から、栄養ドリンクを飲めばいいだろ!」

 

「じゃあ、俺が飲むわ」

 

 悠斗は、凪沙から栄養ドリンクのコーラ味の500mlのペットボトルを受け取り、

 

「んじゃ、逝ってくる(飲んでみる)

 

「は? お前、字が違ったよな!? それ、ダメなやつだよな!?」

 

 声を上げる古城を余所に、悠斗は栄養ドリンクコーラ味を一口。

 悠斗は顔を顰めた。 かなり不思議な味がする。 不味くもなければ、旨くもない。 栄養ドリンクであり、栄養ドリンクではない。と言う感想だ。

 だが――、

 

「人によっては、冒険に出ちゃう人がいるかもな。 俺は平気だったけど。 んじゃ、ジャーマンポテトソーダは、古城が飲めよ」

 

「栄養ドリンクコーラ味は、凪沙と悠君で飲むから、古城君はそっちをお願いね」

 

「はあ!? オレに死ねと!」

 

 悠斗と凪沙にそう言われ、古城は絶叫した。 絶対に口にしたくない想いが、ひしひしと伝わってくる。

 悠斗は、雪菜に視線を向け、

 

「古城が飲まなかったら、姫柊に飲んでもらうけど。 この手の飲み物は、犠牲がつきものだしな」

 

「……え!?」

 

 いきなり会話に巻き込まれた雪菜が、凪沙が握る不気味なペットボトルを見て、表情を凍りつかせる。

 ベーコン風の固形物が浮かぶ乳白色の飲料。 ジャーマンポテトソーダが斬新なのは認めるが、一般受けする飲み物ではない。 ちなみに、栄養ドリンクのコーラ味の飲料の色は、そのままの黄色だった。

 

「って、犠牲って言ってるよな! オレを殺そうとしてるよな!? つか、飲まんぞ。 オレは絶対に!」

 

 そんな古城を見ながら、雪菜が上目遣いで、

 

「せ、先輩。 て、手伝ってください」

 

 古城は雪菜を見て、グッと唸った。 どうやら、雪菜の攻撃は効果抜群らしい。

 それから古城は、悠斗に恨みがましい視線を送るが、悠斗は知らんふりで受け流す。

 

「わ、わかったよ! 飲めばいいんだろ! 飲めば!」

 

 古城は、自暴自棄になってそう叫ぶ。

 ジャーマンポテトソーダは未知の味だ。 古城の体調が悪化しなければいいが。

 とまあ、そんなこんながあり、時刻は午前九時を過ぎた所だ。

 遊園地やプールなどの営業時間はまだ先だが、ブルーエリジアムには、続々と招待客が押し寄せている。 さすがは、噂の最新リゾート言ったところだ。

 ジャーマンポテトソーダを飲み終えた古城は、重い足取りで近場のベンチに腰を下ろす。 やはりと言うべきか、症状が悪化した感じだ。 そんな時、古城の首筋に、突然ひんやりとした何かが押し当てられた。

 うお、と驚いて振り返る古城を見て、私服姿の浅葱がニヤニヤと笑っている。 浅葱が、古城の首筋に当てた正体は、熱冷まし用の白い冷却シートだ。

 

「はい、古城。 これ貼っとくと、ちょっとは楽になるわよ」

 

「……浅葱か。 体調が悪いんだから、ビビらせんなよ」

 

「船酔いくらいで、なっさけないわね」

 

 口ではきついことを言いながらも、浅葱は古城の首の後ろに、丁寧にシートを張り付けてくれる。

 

「……船酔いだけじゃないんだけどな」

 

「だけじゃないって、何なのよ?」

 

「あ、ああ。 未知の領域に挑戦してきた」

 

 浅葱は、何のことか解らない。と言う風に、首を傾げるだけだ。

 心地良い冷たさが、体の芯にまで伝わってきて、耐え難かった吐き気が和らいでるように思えた。

 

「おお、何か効きそうな気がする」

 

「でしょう」

 

 古城の素直な反応を見て、浅葱が得意げに顎を逸らした。

 浅葱はそのまま、ぷぷっ、と小さく噴き出す。

 

「……何だよ」

 

「だって、第四真祖のクセに船酔いで冷えぺたとか、いくらなんでも、ダサすぎじゃない。 そんなんで、世界最強の吸血鬼とか言われても、未だに信じられないわ」

 

 古城の額に、二枚目のシートを張りながら、浅葱は愉快に笑った。 彼女は、つい先日、古城が吸血鬼になった事を知ったばかりなのだ。

 普通なら、動揺したり怯えたりするのだが、古城に対する浅葱の態度は、露見する前と何ら変わらなかったのだ。 寧ろ、面白がってるような印象すら受ける。 古城としても、浅葱の態度には感謝してるのだが。

 

「オレだって、好きこのんでこんな体質になったんじゃねーよ!」

 

 そう言って、古城は唇を曲げた。

 それから、浅葱の視線が、凪沙と話してる悠斗に向けられる。

 浅葱は真面目な口調で、

 

「悠斗って、古城よりも強いんでしょ」

 

「ああ。 悠斗は、知識、戦闘もオレ以上だ。 勝てる要素が見当たらない」

 

「わたしさ、もっと詳しく知る為に管理公社のデータベースで調べたんだけどさ。 悠斗って、世界に混沌を齎すことができる、紅蓮の織天使。――『異能狩り』から逃れた、天剣一族の末裔。 神々の恩恵を受けた吸血鬼。なのよね」

 

 流石、電子の女帝の二つ名を持つ浅葱だ。

 過去の文献や事件を調べるのは、彼女の専売特許である。

 

「あ、ああ。 そうらしいな」

 

 古城はぎこちなく頷いた。 まさか、的確に言い当てるとは思っていなかったからだ。

 そんな時、悠斗が古城たちの元へ歩み寄る。 どうやら、先程の話を途中から聞いてたらしい。

 

「そういうことだ。 ま、戦闘記録まで調べるのは無理だけどな。 てか、かなり殺り合ってるし」

 

 悠斗が、絃神島に辿り着くまでに行った戦闘は、三桁には昇るだろう。

 それほどまで、命を狙われ続けたのだ。

 

「この話は終わりだ。 せっかく、ブルエリ来たんだ」

 

 楽しむ為にブルーエリジアムに来たのだ。 裏社会の話は、今は保留だ。

 まあでも、第四真祖と紅蓮の織天使。 世界を変える事ができる存在が居るのだから仕方がないと思うが。

 

「浅葱も、基樹の誘いでブルエリに?」

 

 浅葱は頷いた。

 

「そうそう。 わたしも昨日夜遅くに、基樹から誘いがあったのよ。 かなり怪しいような気もしたけどね」

 

 どうやら浅葱も、欠員補充の為、基樹から呼び出しがあったらしい。

 浅葱も勘ぐっていたが、最終的には、この話に乗ったのだ。 古城争奪戦で、泊まりがけは、ある意味チャンスとも言える。

 だが悠斗は、浅葱、すまん。と心の中で謝罪した。 古城は雪菜と同棲しているので、この手の事には慣れているのだ。

 もし、浅葱にこの事が露見したら、古城は死ぬんじゃないか。と思い、悠斗は心配になった。

 

「あれぇ……矢瀬っち」

 

「悪ィ、悪ィ、待たせたな」

 

 凪沙がそう言うと、古城たちは振り返る。

 噂をすれば――とういやつである。 古城たちがいる船着き場の前に、小型電動カートの運転席に乗車し、密閉型ヘッドフォンを首にかけた基樹が現れたのだ。

 

「え、矢瀬っち、運転できたの!? 免許は?」

 

 電動カートに駆け寄った凪沙が、驚きながら運転席に座る基樹に聞く。 基樹は堂々と道の真ん中にカートを止めた。

 

「ブルエリの中は私有地だから、免許は必要ないんだ。 それに、こいつは無人運転だしな」

 

 そう言って基樹が指差したダッシュボードには、ブルーエリジアム内の簡昜マップと、行き先を指定するタッチパネルが埋め込まれていた。 タッチパネルの横には、コインを投入するスロットがある。 どうやら、この電動カートは、百円玉を投入して動かす仕組みらしい。 使用するのは係員なのに、コインを投入とはよく解らないシステムだ。

 

「えー、それでは、これより本日の宿泊地に案内致します。 皆様、カートにお乗りください」

 

 唐突に、旅行業務員と化した基樹が、古城たちに指示を出す。

 ぞろぞろとカートに乗り込む古城たちだが、

 

「あの、このカートって四人乗りなのでは?」

 

 座席が足らない事に気づいて、雪菜が途中で立ち停まる。

 基樹を含めた一行の人数は五人。 しかし、電動カートの座席は四つ。 それも、肘掛けつきの一人用にシートなので、無理やり詰めて座ることができない。

 

「ああ、大丈夫。ほら、荷台があるだろ」

 

 そう言って、基樹はリニアシートの裏側を指差した。 確かに、そこには荷物を載せる為の荷台スペースがあるが、本来はゴルフバック置き場だ。 座ることができない位に狭く、ゴルフクラブが取り出しやすくする為に、斜めに傾いている。

 

「荷台って、……こんな処に……誰が乗るんだ……?」

 

 あからさまに不安定な荷台を眺めて、呟きを洩らす古城。 その瞬間、その場にいた全員の視線が一斉に集まる。

 

「オレかよ!? ちょっと待て、まだオレは、船酔いの後遺症が……。 そ、そんなことより、悠斗はどうするんだよ!?」

 

 悠斗は、なんで解りきったことを聞いたんだ。と思いながら、きょとんと古城を見返した。

 

「いや、俺は凪沙と乗るけど。 んじゃ、乗りますか。 凪沙譲」

 

「OKー。 悠君、お願いね」

 

 そう言いながら、悠斗は座席に座り、膝の上に凪沙が乗った。 それから、悠斗が凪沙の腰に手を回し、落ちないように僅かに力を入れた。

 何とも、仲睦まじい光景だ。

 どうやら基樹は、これを見越していたのかもしれない。

 

「だそうだ、古城。 ま、車酔いする程のスピードは出ないから安心しろ。 じゃあ、出すぜ。 ポチっとな」

 

「ちょ……待てって言ってるだろ!」

 

 いきなり置き去りにされそうになった古城が、慌てて荷台によじ登る。 その瞬間、古城たちを乗せたカートは、突然弾かれたように加速した。

 確かに、スピードはそれ程速くないが、

 

「どわっ、揺れる揺れる揺れる、落ちる落ちる落ちる。 停めろっ矢瀬、せめてスピードを落とせって!」

 

 カートの荷台は、路面のオウトツを拾ってかなり揺れている。

 元々、人が乗車できるようには造られてはいないので、振動も直に伝わる構造なのだ。

 

「頑張れー。 古城」

 

「古城君。 ガンバだよ」

 

「せ、先輩」

 

「ったく、男を見せなさいよ」

 

 振り返った、悠斗、凪沙、雪菜、浅葱にそう言われ、古城は唇を歪めながら反論する。

 

「お、お前ら! 他人事だと思いやがって!――やばいやばいやばい、マジで落ちるから!」

 

 最後に、基樹から古城を絶望される言葉が発せられる。

 

「あ、古城。 こいつ、一度動き出すと目的地に着くまで止まらないんだわ」

 

「は?」

 

 お手上げだ、という風に肩を竦める基樹。 無人運転中のカートは、その間にもぐいぐい加速する。

 

「止めろおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおっ――――!」

 

 古城の悲痛な絶叫が、リゾート内に響き渡る。

 ブルーエリジアム滞在初日の朝は、そんな風にして始まった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 船着き場を出発したカートは、扇形のブルーエリジアムの外周を反時計回りに進んで行った。

 最初に見えてきたのは、魔獣庭園と名付けられた水族館及び動物園。 絶滅危惧種を含む世界各地の魔獣たち、三百種二千二百匹を飼育、研究する施設だ。 その多くは、一般の見学者にも公開されており、特に海棲(かんせい)魔獣の飼育数では、世界一を誇ると言われている。

 その次は、ブルーエリジアム最大の売りである、海岸沿いの広大なプールエリアだ。 国際大会も開催可能な室内競泳プールから、全長二百メートルを超えるウォータースライダーまで、趣向を凝らした多数のプールが用意され、水着のままで一日中遊べるようになっている。

 プールの隣にはアミューズメントパーク。 観覧車やジェットコースターなどの定番のアトラクション。 更には、とんでもない絶叫マシンが用意されている。

 レストランやショッピングモールを抜けた先が、古城たちが今夜から滞在する予定の宿泊エリアだ。 ブルーエリジアムの象徴ともいえる、ホテル・エリュシオンを中心に、多数のリゾートマンションの貸別荘が、運河沿いに配置されている。

 無人運転の電動カートが停止したのは、その中の一軒。 二階建ての白いコテージの前だった。

 

「いやぁ、全員、無事に着いてなによりだな」

 

 運転席に座っていた基樹が、カートを降りて背伸びする。

 

「これが……どうやったら無事に見えるんだ……?」

 

 恨みがましい口調で答えたのは、荷台にしがみついたままの古城だ。 船置き場からコテージまでの運転所要時間は約十五分。 そして、古城の体調は最悪だった。 ただでさえ、船酔いで弱っていた胃袋が、悲鳴を上げたのだ。

 しかし基樹は、悪気がない口調で、

 

「古城のお陰で、電動カートの安全面に、改善の余地があるってことがハッキリしたな。 運営会社にレポートを上げとかないと」

 

「……てめぇ」

 

 古城は、体力が回復したらコイツは殴って於こうと決意した

 凪沙は悠斗の膝の上から下り、地中海風コテージの中に移動する。

 

「ね、矢瀬っち。 今日から泊まるとこってホントにここ? いいの!?」

 

「なかなか、立派なものだろ」

 

 歓声を上げる凪沙を眺めて、基樹は自慢げに笑って見せる。

 まあ確かに、凪沙がはしゃぐだけあって、真新しいコテージの内部は想像以上に豪華なものだ。 広大な室内。 充実した設備。 冷蔵庫の中にも、飲み物が勢揃いだ。

 

「ベットは余ってるはずだから、適当に部屋割りをしといてくれ」

 

「はーい! わっ、二階も広い! お洒落! エアコンも効いてるし、キッチンも豪華だし、ソファもふかふかだし、お風呂にサウナまでついてるよ!」

 

 子犬のように、屋内を忙しなく走り続ける凪沙。 そんな凪沙を見て、カートから降りた悠斗は柔らかな笑みを浮かべ、来て良かったな。としみじみ思った。

 だが、それはそれ。 これはこれだ。

 

「――基樹。 本題に入ろうか」

 

 眼光が鋭くなった悠斗を見て、基樹の額に冷汗が浮かぶ。

 

「入場料と宿泊費は無料。――おそらくだが、予約欠員を補う交換条件で無料ってことだよな。 さて、欠員の内容は何かな? 俺は裏が知りたいなぁ。 矢瀬基樹くん」

 

 悠斗の言葉を聞き、基樹は冷汗がダラダラだ。

 その時、基樹を助けるように、宿泊エリアのゲートを潜って、新たな電動カートが近づいてきた。

 運転席に座っているのは、タイトスカートを穿いた女性だ。

 年齢は二十代後半くらいであり、清楚感のメイクや髪型を察するに、フェミレスやファーストフード店辺りの、有能女店長の雰囲気といったところだ。

 

「おーい、ごめんね。 待たせちゃったわねー」

 

 おっとりとした口調で、女が基樹に呼びかける。

 基樹は姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。 また、基樹は女に感謝した。 悠斗の尋問から逃げることができたからだ。

 

「ち、チーフ。 お疲れっす」

 

「……チーフ? 誰だ?」

 

 いったいどういう関係だ、と基樹と女を見比べる古城。

 カートを降りてきた女は、古城たちの全身ざっと眺めた。

 

「助っ人来てくれたのは、この子たち? うんうん、見た目もまあまあだし、助かるわねー。 この週末は、ぎりぎりのシフトで回してたからね。 さっそく、今日の午後からお願いね」

 

 話の内容を理解した悠斗は、溜息を吐く。

 予約ミスの裏側に隠されていたのは、アルバイトの頭数という事だったのだ。

 ブルーエンジリアムは、年間数十万の来場を予定してる巨大施設。 予約ミスで客が一組減った程度では影響はない。 なので、古城たちを無料で招待する理由もない。 

 基樹が必要としていたのは客ではなく、施設で働くアルバイト店員だ。

 急な欠員ということで、普段のアルバイト募集をしてる暇はない。 それに、ブルーエリジアムは仮営業中で、非公開の情報も多い。 あまり信用できない人間に働かせるわけにはいかない。 そこで、基樹が目をつけたのが、古城たちだった。という事だ。 そう、基樹の口車に上手く乗せられてしまったのだ。

 

「(……はあ、もっと裏が読めるようにならないとなぁ)」

 

 悠斗は、もっと洞察力と観察眼を鍛えないとなぁ。と思いながら、嘆息する。

 いやまあ、あの時の悠斗には、拒否権はなかったのだが。

 それに、このブルーエリジアムでは、大きなものが動いていると悠斗の直感が告げている。 それが何なのかはハッキリとは解ってない。 まだ、予測を立てる為の情報が少なすぎる。

 古城と浅葱は、基樹に抗議をしていたが、悠斗は三人を見ながら口を挟む。

 

「浅葱、古城。もう手遅れだ。 シフトも組まれてるし、やるしかないぞ。 タダ働き」

 

 でもまあ、悠斗は基樹には感謝もしていた。 凪沙たちは、楽しみにしていた宿泊研修を、錬金術師、天塚汞に潰されてしまったのだ。 その代わりになるのであれば、悠斗はタダ働きも厭わないのだ。

 

「……仕方ないか」

 

 古城も悠斗と同じことを思ったのか、同意の声を上げる。

 一方、放置される形になってしまった雪菜は、所在なげな表情で基樹も見上げ、

 

「あの……わたしたちは、どうすれば……?」

 

「ああ、姫柊ちゃんたちは、コイツらのことは気にせずに遊んでくれ」

 

 そう言って基樹は、ブルーエリジアムの刻印が入ったICカードを何枚か取り出した。

 

「コテージの鍵とアトラクションの無料パスは渡しとく。 これがあれば、基本的にブルエリ内の施設はタダで利用できるから」

 

「で、でも……」

 

「気を遣わなくても大丈夫だって。 どのみち、中学生を働かせるのは禁止されているしな。 古城と悠斗のプレゼントだと思って、凪沙ちゃんとのんびり過ごしな」

 

 遠慮しようとする雪菜の手に、基樹がICカードを押しつける。 そんな風に言われてしまったら、雪菜も断る理由はない。

 

「姫柊たちは、楽しみにしてた行事をしょうもない奴らに潰されたんだ。 ここで羽根を伸ばしても、バチは当たんないだろ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 雪菜の礼を聞いたところで、悠斗は基樹を再び見る。

 ちなみに、古城たちは同じ職場に配属されるらしい。

 

「わたしは――バイト代はしっかり請求するわ。 わかってるんでしょうね。 わたしは高いわよ」

 

「お……おう……わかってるぜ……」

 

 カートから降りた浅葱の視線に気圧されたように、脂汗を滲ませて頷く基樹。

 チーフと呼ばれた女性は、話が纏まったと判断し、古城と悠斗を呼び寄せて、カートから取り出した荷物を押しつける。

 

「これ、スタッフTシャツとタオルね。 下は水着で大丈夫。 時間がないから、早めに着替えてね」

 

 手渡された、三枚のTシャツとタオルを、古城と悠斗は無言で見つめた。

 ブルーエリジアムの空は快晴で、強い陽射しが濃い影を落としている。

 

「……って、オレはバイト代が請求できるのか」

 

「……いや、無理だろ」

 

 この呟きは、ブルーエリジアムの湿った風と共に流されていく――。




やっと物語が動き始めました。
てか、悠斗君の直感鋭すぎ。それに、あそこから洞察力も鍛えるとなると、チート性能に磨きがかかりますな(笑)
眷獣も、全ては解放されてませんからね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅲ

今回は、結構長いかも……。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 競泳プール程の広大な水槽に、無数の魔獣たちが泳いでいた。

 水底で眠っているのは、マカラと呼ばれる南アジアの怪魚。 蛙のような胴体にトビウオのような翼を持っているのは、海棲のウォータ・リーパだろう。 それ以外も、タコやウナギに似た名の知れぬ魔獣たちが、数え切れないほど水槽内を回遊してる。

 ブルーエンジリアムの最大の観光名所――魔獣庭園の大水槽だ。

 

「うっわー……」

 

 通路の手摺から小柄な体を乗り出して、暁凪沙が目を輝かせる。 ショートカット風に短く結い上げた長い髪が、そのたびにポンポンと揺れた。

 

「ホントに大きいねぇ。 さすが、世界最大の魔獣水族館だね。……あれって馬? 馬の魚? うーんー……」

 

 そう言って、凪沙が指差したのは、馬の前半身と魚の不思議な生物だ。 鬣の代わりに伸びた銀色の鰭が、水に濡れてキラキラと輝いている。 神々しさすら感じさせる美しい魔獣だった。

 凪沙が思考を回し、魔獣の正体が記憶と一致した。

 

「あっ、思い出した! ヒッポカンポスだね。 北海帝国の海岸に住んでる海馬の一種だよ!」

 

 雪菜は心底驚いた。 絶滅希少種で、正確な解説まで言い当てたのだ。

 凪沙はまだ十代で、この手の知識を持ち合わせる訳がないのだ。

 

「……す、凄いね。 凪沙ちゃん。 その通りだよ。 ど、どこで知ったの」

 

 凪沙は、あ、まずかったかな。と静かに呟く。 凪沙は、悠斗と記憶共有をしたのだ。という事は、悠斗の莫大な情報を全て知った。という事にも繋がる。 その記憶の中には、獅子王機関の三聖のことや、焔光(えんこう)(うたげ)、真祖、聖殲に関わることも含まれるのだ。

 流石に、獅子王機関に露見したら、色々な意味で面倒くさいことになるかもしれない。

 

「え、えっとね。 学校の図書館で見た、絶滅希少種の本かな」

 

 凪沙は、雪菜に嘘をつくのは心苦しいが、この場は回避させてもらうしかなかった。

 雪菜も、なるほど。と納得したようだ。

 まあ、絶滅希少種が直接見れるという事で、凪沙も雪菜も興奮を隠せなかった。

 

「あの目が可愛いよね……。 わたしもエサを上げてみたいなあ」

 

 うっとりとした口調で呟く凪沙。

 水槽の縁では、ウェットスーツを着た飼育員が、ピッポカンポスに餌を上げていた。

 来年の正式開業に向けて、ピッポカンポスに芸を仕込んでいるのだ。

 噂では、この魔獣庭園が建設された目的は、魔獣の研究に必要な膨大な飼育費の一部を、来場者からの入場料収入で補う事だと言う。

 吸血鬼や獣人のように、人間と意思疎通できるだけの知性を持ち、聖域条約によって権利を保障された魔族と違って、魔獣の保護は遅れている。 世間では、多くの魔獣が、未だに危険な怪物だと思われており、密猟や虐殺事件が後を絶たないのだ。

 現実に魔獣の多くは高い戦闘力を持ち、人を襲う種族も少なくない。

 魔獣庭園のような施設が増えて、魔獣の生態の研究が進めば、人類と魔獣の共生も出来るようになるかも知れないが、決して平坦な道とは思えなかった。

 

「(……これを逆手に取って、危険な魔獣の飼い慣らし……とかはないよね)」

 

 凪沙は、悠斗と同じく裏を読むようにもなっていた。 これも、紅蓮の織天使の血の従者だからだろうか。

 でもまあ、凪沙は今は楽しもうと思った。 ブルーエンジリアムで遊べるなんて、滅多にないことだ。

 雪菜は、歓声を上げてる凪沙の横顔を黙って見つめた。

 

「雪菜ちゃん、どうしたの?」

 

 怪訝そうな雪菜の視線に気づいたのか凪沙が、ん、と首を傾げて聞く。

 雪菜は、微笑んで首を振り、

 

「ううん。 何でもないよ」

 

「魔族恐怖症のこと?」

 

 雪菜は頷いた。

 凪沙は、第四真祖(古城)紅蓮の織天使(悠斗)とはずっと一緒だ。 魔族恐怖症を克服したと言っても、それがぶり返すことはないのかと心配になったのだ。

 

「それなら大丈夫。 それに今の凪沙は――」

 

 凪沙は、紅蓮の織天使の血の従者で吸血鬼なんだ。と言いそうになり口を閉ざした。 今は言う時期ではないと思ったからだ。

 雪菜は言葉の続きが気になったが、今は踏み込んではいけないと思い、言葉を飲み込んだ。

 凪沙は、雪菜の顔を興味深そうに覗き込んだ。

 

「ねぇねぇ。 雪菜ちゃんって、浅葱ちゃんのことどう思ってる」

 

「え……と。 恰好いい人だな、ど、度胸があって、優しくて」

 

 雪菜ちゃん、好き!と言われて、唐突に抱きつかれた雪菜は困惑した。

 凪沙は興奮した様子で、雪菜の両手を握りしめた。

 

「雪菜ちゃん、すごいね。 さすがだよ。 わかってるよ、そうなんだよ。 浅葱ちゃんは頭がよくて、優しくて、恰好いいんだよね。 みんな言ってもわかってくれないんだけど」

 

「……わかってくれない?」

 

「そうだよ、みんな浅葱ちゃんの見た目しか褒めないんだよ、特にうちのクラスの男子! 雰囲気がエロいとか、いろいろ手取り足取り教えて欲しいとか、援交やってそうとか……んもー、あいつら!」

 

 思い出してる内に腹が立ってきたのか、まるで自分のようのことにように怒り出す凪沙。

 次いで、凪沙の表情が慈愛に満ちた表情になる。

 

「……浅葱ちゃんはね、悠君が凪沙にしか心を開いてない時、古城君と一緒に話しかけてくれたんだ。 もしかしたら、その時の気分だったのかもしれけど、凪沙は嬉しかったんだ。 それからも気にかけてくれてね。――ほら、今ではあんなに仲がいいでしょ」

 

 雪菜は、悠斗の過去は知らないが、一時期かなり荒れてたと聞いた事があった。 そこに手を差し伸べたのが、凪沙であり、古城であり、浅葱だった。という事だ。

 

「藍羽先輩のこと、好きなんだね」

 

「うん。 浅葱ちゃんが、ホントのお義姉ちゃんになってくれたらいいよねぇ……古城君が相手じゃ勿体ないという問題は置いといて。――でも、雪菜ちゃんはかなりのリードがあるしねぇ」

 

 真剣な表情で凪沙呟いたので、そうだね。と、うっかり雪菜は同意してしまった。

 また雪菜は、唐突に話の矛先を向けられて、一瞬思考が停止。

 

「それは……。 その」

 

 さすがに、自分の気持ちを言うのに躊躇いがあるのか、雪菜のしどろもどろに答えるしか出来なかった。

 

「でも、雪菜ちゃんをお義姉ちゃんって言うのは抵抗あるよねぇ……ちょっと頼りないし……」

 

「た、頼りない……?」

 

 凪沙からの思わぬ低評価に、雪菜は衝撃を受けてしまった。

 まさか、凪沙が自身をそんな風に見てたとは、自分ではしっかりしているつもりだったので、ショックが大きい。

 雪菜は、反論材料を見つけたのか、口を開く。

 

「み、ミサンガと組紐どうしたの? 前は見かけなかったけど」

 

 苦し紛れの反論ではあるが、何とか話は誤魔化せるはずだ。

 凪沙は頷き、

 

「これね、ショッピンモールで偶々見つけたやつだよ」

 

「神代先輩も嵌めてたということは、お揃い?」

 

「うん、お揃いだよ。 悠君は利き腕に嵌めてるかな。 雪菜ちゃんも、古城君とお揃いしなよ」

 

「えっと……その」

 

 再びしどろもどろになってしまった雪菜。

 おそらくだが、雪菜は口では凪沙に勝てない事が分かった瞬間だった。

 その時、爆撃に似た暴力的な振動が、雪菜たちの足元から頭上に突き抜けて、増設人工島(サブフロート)を轟然と揺らした。

 足元が陥没するような錯覚を覚えて、雪菜たちは咄嗟に通路の手摺を掴む。

 

「これは……!?」

 

「なに……今の!?」

 

 周りを見渡すが、変化があったの雪菜と凪沙だけだ。

 増設人工島(サブフロート)の地面は揺れてない。 水面が波打ってる訳でもない。雪菜たち以外の来場者は笑顔のまま、魔獣園庭の見学を楽しんでいる。

 おそらく、強力な霊媒を持つ雪菜たちだからこそ不可思議な揺れを感知したのだろう。

 この正体は魔力の波動。 それも、ブルーエンジリアム全体を揺らす程の魔力だ。

 だが、この魔力の質は、第四真祖の者でも、紅蓮の織天使の者でもない。 それどころか、魔力の発生源は、ブルーエンジリアムの中ではない気がするのだ。

 これはもっと遠い場所から――増設人工島(サブフロート)から遠く離れた、深海底で発生したものだ。 逆に言えば、遠く離れてもいてもなお、雪菜たちには、真祖と同等の魔力を感じた事になる。 だとすれば、かなりの化け物ではないか。

 

「ゆ、雪菜ちゃん……魔獣が……!」

 

 雪菜が思考を巡らせていたら、凪沙の声によって現実へ引き戻された。

 魔獣庭園の魔獣たちが恐慌状態に陥り、水槽内で暴れ出したのだ。 巨大な魔獣たちは水槽の壁に激突し、強化硝子を軋ませる。

 魔獣たちは、霊力の反応には過敏だ。 この魔獣たちは、強烈な魔力を感知して、ここから逃げ出そうと思っているのだ。

 このままでは、いずれ水槽が崩壊し、ブルーエンジリアム内に甚大な被害を齎すことになる。 おそらく、パニックに陥っているのは、ここの魔獣たちだけではないはずだ。 庭園内の魔獣たちも恐慌状態になっているのであれば、一般来場客をこの場から避難させるのも危険である。 そう、八方塞がりだ。

 その時だった。 凪沙の頭の中に誰かの声が届いたのだ。

 

「(娘。 体を貸せば如何にかしてやろう。 まさか、悠斗の血の従者(血の伴侶)になってるとはな)」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、くくっと愉快に笑った。

 

「(……あなたは、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)? ううん、アヴローラさん?)」

 

「(アヴローラは我の器だ。 その辺は見たんだろ。 悠斗の記憶。――――焔光(えんこう)(うたげ)を)」

 

 凪沙は頷いた。

 そう。 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、アヴローラ・フロレスティーナが宿していた眷獣なのだ。

 

「(まあいい。 その辺の事情は、ゆっくりと悠斗に聞くがいい。 それより、どうするんだ?)」

 

「(う、うん。 わかった。 お願いね)」

 

 瞬間、凪沙に憑依し、凪沙の結い上げていた組紐が解けて、長い黒髪が背まで流れ落ちた。

 凪沙の瞳には、凪いだ水面のような無感情な光を湛えた。

 

「――――静まれ」

 

 凍気を孕んだ静かな声が、凪沙の口から洩れた。

 同時に放たれたのは、体の芯まで凍えるような爆発的な魔力だ。

 その膨大な魔力に圧倒されて、暴れていた魔獣たちが一斉に沈黙する。 恐怖に囚われた魔獣の心を絶望されることで、逆に鎮静化したのだ。

 

「あなたは……。 凪沙ちゃんの――」

 

 壮絶な威圧感に耐えながら、雪菜が凪沙を見つめて聞く。

 しかし、そんな雪菜も前で、糸が切れた人形のように凪沙の全身から力が抜けた。 性急な憑依の幕切れだ。

 

「わっ……と!?」

 

 バランスを崩して倒れそうになった凪沙を、雪菜がぎりぎりの所で抱き止める。

 凪沙は、んもー、荒っぽいんだから。と思いながら、ちょっぴり怒りながら首を振った。

 

「雪菜ちゃん、魔獣たちは?」

 

 雪菜は、未だに困惑から抜け出せなかった。 流石に、魔力の塊である眷獣が意思を持ち、憑依するとは考えられなかったのだろう。

 雪菜の代わりに答えたのは、背後からの聞き覚えがない声だ。

 上品だが、どこか冷たく突き放したような、距離を感じさせる声だった。

 

「もう、落ち着いたみたいね」

 

 気配もなく聞こえてきた声に、雪菜は驚いて振り返る。

 声の主は若い女の声だった。 通路の休憩用のベンチに、彼女は座っていた。

 古風な長い黒髪が似合う綺麗な少女だ。 黒を基調とした制服は、絃神市内にある名門校のものだ。

 膝の上には、コンパクトな一眼レフカメラが抱かれている。 壁に立て掛けてた黒い筒は、三脚を持ち運ぶ為のケースだろう。

 

「――違って?」

 

 驚く雪菜を見返して、黒髪の少女が首を傾げる。 魔獣たちのパニックを間近で見ていたはずなのに、彼女は落ち着いていた。 不自然なほど穏やかだ。

 

「いえ……そうですね」

 

 戸惑いながらも、雪菜は頷く。

 掴み所はない印象はあるが、少女からは敵意を感じなかった。 彼女は、ただ雪菜たちを観察していただけなのだ。

 

「恐かったわね、さっきの」

 

 困惑する雪菜を面白そうに眺めて、少女が聞く。

 雪菜は、凪沙を抱き支えたまま頷いて、

 

「あの、あなたは」

 

「写真」

 

「……え?」

 

「写真、撮らせてもらえて?」

 

 黒髪の少女が、カメラのレンズを雪菜たちに向ける。 彼女の要求に雪菜は、掌で目線を遮りながら、

 

「いえ……あの、今はその、プライベートなので……」

 

「そう。 残念」

 

 雪菜の言い訳を聞いて、少女は小さく噴き出し笑いをした。 三脚のケースを担いだ彼女は立ち上がり、さよなら。という風に唇の端を吊り上げた。

 

「また会えるわ。 できれば、その時は仲良くしてもらえる嬉しいのだけれど」

 

 最後に言い残して、黒髪の少女は背中を向けた。

 どこか意味ありげの彼女の言葉に、雪菜は黙って唇を噛む。

 

「今の人……綺麗な人だね。 年上かなあ……」

 

 雪菜に支えられたまま、凪沙が少女を見た感想を呟く。

 緊張感のない凪沙の言葉の態度に、苦笑しかけた雪菜だが、次の凪沙の言葉を聞いて、息を飲む。

 

 

「――――でも、ちょっと雪菜ちゃんに似てたかも、雰囲気が剣巫ぽいっていえばいいのかな」

 

 

 それは、雪菜自身、無意識に自覚していた事だったからだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 灼熱の太陽が照りつける、広大なプールサイドの片隅。

 そこに点在する屋台のレジで、浅葱が満面の笑みを浮かべていた。 やけくそ気味の営業スマイルである。

 下ろしたての華やかな水着の上に着てるのは、先程チーフと呼ばれた彼女から受け取った屋台のサイロゴが入ったTシャツ。 売店、“ラダマン亭ズ”のスタッフTシャツである。

 

「焼きそば三つとウーロン茶、コーラとメロンソーダで、二千二百五十円になります! 古城! 悠斗!」

 

「焼きそば三つ入りました! ほい、古城!」

 

「ウーロン茶とコーラ、メロンソーダ。 了解()ッス!」

 

 息の合ったリズムで、浅葱の注文を受ける、古城と悠斗。 古城たちが立っているのは、屋台の厨房。 かなりの熱気を醸し出す黒い鉄板と、各種のドリンクが並んだ、ドリンクバーの機器に似た器材の前だ。 各ドリンクなので、古城に限っては、かなりの動作が用いられている。

 

「だーっ、OKを出したが、こんなに動くとは聞いてねェぞっ! 死ぬっ! 焦げるっ! 灰になるっ!」

 

「うるせぇ! 蒸し熱い鉄板の前に立ってみろ! 額から浮き出る汗が蒸発すんだぞっ!」

 

「黙って作業しなさいっ! 熱いのはあんたらだけじゃないのよっ!」

 

 出来たての焼きそばパックを悠斗から、Mサイズコップに飲料を注いでから、カップで蓋をした飲料を古城から受け取りながら、浅葱が一喝する。

 その言葉を裏付けるように、浅葱も結い上げた髪の隙間から汗が滲み出てる。

 客が会計をして去ったのを確認してから、古城たちは水分補給の為、スポーツドリンクが入ったペットボトルを煽る。

 

「……今日の夕方まで作業とか。 死ぬぞ、オレ」

 

「いや、死にはしないと思うが、かなり体力は奪われるな……」

 

 がっくりと肩を落とす、古城と悠斗。

 世界最強の吸血鬼と紅蓮の織天使の面影は一切なかった。 最早、バイトで疲れ切った学生だ。

 浅葱は、そんな悠斗と古城を見ながら、

 

「……あんたらって、ホントに最強の吸血鬼なの。 一切そんなの見受けられないんだけど」

 

 そんなこんなで、昼食の混み合う時間帯も無難に客をさばいてみせた古城たち。 古城たちはかなり打ち解け合ってるので、厨房に立つやりとりもスムーズだった。

 素人である古城たちが、如何にか屋台を回せたのだ。 傍から見ても、上々の部類に入るだろう。

 それを裏付けるように、チーフと呼ばれた女性が上機嫌で古城たちに声をかけた。

 

「お疲れさま。 凄いね、君たち。 ここまで使えるとか、正直思ってなかったわ。 これは基樹()っ君に感謝かな」

 

 基樹の似合わない可愛らしい渾名に、古城たちは噴き出し笑いをしそうになる。何でも、チーフと呼ばれた彼女は、瀬兄の友人らしいので、基樹も、彼女とはそれなりに親しい間柄なのだろう。だからこその、基樹()っ君呼びだ。 この時悠斗は、この話題で弄ってやろうと決めたのだった。 どうやら、古城と浅葱も追及するらしい。

 そんな古城たちの思いを知ってか知らずか、チーフと呼ばれた彼女は微笑んだ。

 

「慣れない仕事で疲れたでしょ。 休憩に入っていいわよ」

 

「はい、ありがとうございます。――あんたら、先いいわよ。 わたしは、倍休ませてもらうから」

 

「ああ、悪いな」

 

「助かる、浅葱」

 

 額の汗を拭い、休憩に入ろうと事務所に戻ろうとした古城と悠斗だが、歩き出そうとした時、チーフに呼び止められ振り返った。

 

「事務所に戻るついでに、配達お願いできるかな。 これ、監視員の詰め所まで」

 

 渡されたのは、Lサイズのドリンクが二十人分。 古城と悠斗で、十人分ずつだ。

 OKを出したのだが、それが失敗だった。

 

「監視員の詰め所って……これか。 ライフガードセンター」

 

 古城がそう呟く。 配達先の建物は、ラダマン亭ズから見てプールを挟んだ反対側。 道則にして、約一キロ離れた場所だ。 此処には、監視員の詰め所や救護室、迷子案内所などが集まってるビルだ。

 

「……案内板、よく見とくんだったわ」

 

 そう言って、溜息を吐く悠斗。

 でもまあ、受けてしまったので、途中で放り出す事はできない。 放り出したのが凪沙に露見したら、悠斗は死刑ものだ。

 ともあれ、とぼとぼと、ライフガードセンターに足を向けた古城たちであった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「ちわーっす……ラダマン亭ズです! 飲み物のお届に上がりましたー!」

 

 古城は大きな声で、ライフガードセンターの中に呼びかける。

 だが、悠斗は嫌な予感がしたので、古城に飲み物を渡しこの場から回避。 古城は、見事な筋肉したライフガード氏に勧誘を受けていた。 古城は顔を引き攣らせるだけだ。 やはり、悠斗の嫌な予感は当たる。

 古城と悠斗がライフガードセンターを出た時には、既に休憩時間が終了しようとしていた。 休めた気が一切しないのは、気のせいだろうか?

 

「はあ、休憩になってねぇぞ」

 

「まあ仕方ねぇんじゃないか」

 

 古城、悠斗と呟き、ライフガードセンターを後にする。 休憩時間も残されていないと言う事で、古城たちはラダマン亭ズに戻ったのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「遅い!」

 

 ラダマン亭ズに戻った古城たちに待っていたのは、浅葱の恨みまがしい視線だった。 古城たちに配達に行った時、かなりの団体客が押し寄せて来たらしく、厨房の周りは、嵐のような惨状だ。 その忙しさの反動で、浅葱はかなりのご立腹だ。 だが、それをさばける浅葱は、かなりきっちりしてるとも言える。

 

「悪かったよ! 配達先が遠かったんだよ! 仕方ねぇだろ!」

 

 古城は浅葱にそう弁解するが、どうやら機嫌は直らないらしい。

 ならば、ここは悠斗が収めるしかない。

 

「古城が一回だけ言う事を聞いてくれるらしいから、機嫌を直せって」

 

 古城が、おい!聞いてないぞ!抗議の声を上げるが、悠斗はそれを無視。 浅葱の機嫌を直すのには、これが一番手っとり早いのだ。

 

「一回言う事をねぇ。 んじゃ、ナンパのことは、スルーの方向で考えてあげるわ」

 

 すると、浅葱の視線が古城の背後に向けられる。

 

「ナンパ……?」

 

 なんのことだ、と困惑しながら、古城は浅葱の視線を追って振り返る。 当然、気配感知ができる悠斗は気づいていたが。 だが、悠斗一人では如何しようもないので、ここまで連れて来た。と言う事である。

 古城の背後には、小学生と思われる女の子で、ナイロン製のバーカーに明るい猫っ毛の髪と、気難しい猫を連想させる大きな瞳が印象的な少女だ。

 

「お前、さっきライフガードセンターで見かけた迷子か?」

 

 古城たちが帰る時に、連れが見つかったと言う事で背後を着いて来たのだ。

 古城がそう聞くと、少女は怖ず怖ずと会釈した。 彼女の瞳には、警戒心と期待が入り混じっている。

 

「江口です。 江口結瞳」

 

「……結瞳?」

 

 古城が、そう聞き返す。

 

「はい。 子供っぽい変な名前だと思うかもしれませんけど……」

 

「そうか? 普通にいい名前だと思うぞ。 可愛いだろ?」

 

 古城は思ったことをそのまま口にする。 変わった名前の持ち主は、今どき幾らでもいるし、それを言うなら、“古城”だって十分に変だ。

 しかし、古城の返答は、少女にとって意外なものだったらしい。 大きな瞳をパチパチと瞬いたあと、頬を赤らめながら目を伏せて、

 

「そ、そうですか。 お世辞でも嬉しいです」

 

「アホ古城。 小学生まで落とす気かよ。 お前は、本当に女たらしだな」

 

「オレが女たらし? いつそんなことをしたんだ?」

 

 悠斗がそう言うが、古城は、なんのことだ。と思いながら首を傾げるだけだ。

 ザ・鈍感は健在である。 雪菜がかなりリードしてると思ったが、そんな事はないのかもしれない。

 ともあれ、事情を聞かなければ話が進まない。

 

「結瞳でいいのか、俺たちになんか用でもあるのか?」

 

 悠斗がそう聞くと、結瞳は、はい。と頷いた。

 

「あ、あの……。 暁古城さんと、神代悠斗さん。 ですよね?」

 

 結瞳はそう言って、古城と悠斗を見上げる。 彼女の手の中に握られているのは、古城と悠斗の写真だ。

 

「そうだけど。 俺が神代悠斗で、こっちが暁古城」

 

 悠斗は、自身と古城を指差した。 だが、古城も悠斗も結瞳とは初対面なはずだ。 何故、名前を知っているのだろうか?

 情報が欲しいので、悠斗が質問する。

 

「なんで、俺らの名前を知ってるんだ。 てか、どこで聞いた?」

 

「えっと、暁古城さんの恋人さんから聞きました。 困ったことがあったら、この人たちに頼りなさいって」

 

「こ、恋人……!?」

 

 声を裏返らせて叫んだのは浅葱だ。 もの凄い勢いで睨まれた古城は、慌てて首を振り、

 

「いや、知らん知らん! 全然心当たりないぞ!」

 

「あの、余計なお世話ですけど、浮気はいけないと思います。 二股なんて……」

 

 結瞳は、浅葱と紗矢華が、古城に好意を寄せているのにすぐ気づいたらしい。

 まあ、古城とやり取りする、浅葱と紗矢華を見ると一目瞭然なんだが。

 とまあ、悠斗はいつものように便乗するのだった。

 

「お、結瞳も気づいたか。 古城は鈍感でな、二人の、いや、三人の好意に気づかないんだ」

 

 結瞳は、大きく目を見開き、

 

「……も、もしかして、三股なんですか。 さすがにそれは……」

 

 軽蔑にも似た視線を向けられた古城は、だーっ、と頭を抱えた。

 

「だから違うって! 誰だよ! お前に適当なデマを吹き込んだのは!? てか、悠斗も便乗して話を大きくすんなよ!」

 

 悠斗は、悪い悪い、ついな。と言って右手を振るだけだ。

 

「背が高くて綺麗なお姉さんです」

 

 結瞳の解説によれば、背が高く、胸が大きく、髪型はポニーテールで、弓にも変形する長剣のような物を持っていた。

 この特徴に該当する人物が、古城と悠斗の知り合いにはいる。 獅子王機関の舞威姫、煌坂紗矢華だ。

 

「これって、煌坂のことだよな」

 

「だろうな。 特徴が一致するし。ということは、煌坂もブルエリに来てるってことか? なら、当人はどこに行った?」

 

 結瞳は、表情を暗くして弱々しく答える。

 

「あの人は……閉じ込められていたわたしのことを助けてくれたんです」

 

 結瞳が口にした言葉に、古城と悠斗の目つきが険しくなる。

 誘拐、監禁、あるいは人身売買――あまり想像したくない不愉快な単語が、次々と古城たちの脳裏に上がる。 古城たちの例外を除けば、仮営業中のブルーエンジリアムを訪れてるのは、特別な招待者だけ――つまり、金持ちや大企業の経営者、社会に影響力を持つ人物の可能性もある。 そうであった場合、結瞳が誘拐の対象になっても不思議はないのだ。

 結瞳が誘拐に巻き込まれていたのなら、紗矢華が彼女を助けたことも納得だ。 紗矢華は、魔導犯罪対策を担当する舞威姫だ。 結瞳を監禁してた組織の調査中に襲撃され、結瞳を先に逃がした。と言うのも考えられるのだ。

 だが、獅子王機関が携わると言う事は、ただの事件ではなく、魔族絡みだと言う事。

 そして、紗矢華が助けたという江口結瞳も、ただの小学生ではない可能性が高い。 詳しい事情が聞きたいが、当の紗矢華は行方不明だ。

 

「(……江口結瞳が普通の人間じゃないとすれば、何かを操る人柱、生け贄ってところか? つっても、何の生け贄だよ。……江口結瞳を特定してたということは、あいつら(獅子王機関)は、これから何が起こるか知ってるのか?)」

 

 悠斗は、矢瀬基樹が本当の第四真祖の監視役だということを知っている。 ならば、何らかの繋がりがあっても不思議ではない。

 

「(……あー、なるほど。 基樹を仲介して、俺たちをアルバイトの欠員で呼び寄せたのも不思議じゃないわな。 俺たちは、保険ってところか?……他にも動いてそうな気がするしなぁ。 たぶんだけど。 つか、これが当たったら最悪だわ)」

 

 まあでも、悠斗の考えは全て予測なので、合っているかは解らないが。

 ここまで考えた所で、悠斗は意識を浮上させた。

 

「それで、結瞳を助けた煌坂はどこにいるんだ?」

 

「わかりません……。 逃げる途中で、追いかけてきた人に見つかって、結瞳に先に行けって、あとですぐに追いつくからって。 でも、いつまで待ってても来てくれなくて、それで――」

 

 古城の迂闊な質問に、結瞳の声が頼りなく震えた。

 その時だった。 突然、結瞳がしゃがみこんだ。 頭を抱えて、何かに怯えるよう、震えている。 古城と浅葱も、視線を合わせるよう結瞳の前にしゃがむ。 浅葱が、怖がる結瞳を安心させるよう背中をさすって、古城が肩に手を置いて、落ち着いた声で話しかける。

 

「おい、どうした?」

 

「い、いえ……よくわからないんですけど、何かすごく怖い感じがして……」

 

 魔力感知に長けている悠斗は気づいてしまった。 遠くの深海底から凄まじい魔力の波動を感知したのだ。

 おそらく、強力な霊媒を持つ雪菜や凪沙たちも、魔力の波動を感知しただろう。

 これだけの魔力を深海底から放てるのは、真祖を抜くと奴しか考えられない――、

 

「(……海の魔獣の類って言ったら、――嫉妬の蛇、レヴィアタンかよ。ったく誰だよ、あんな生物を叩き起こそうとしてるのは……。 あー、やっぱり関わっちゃうのかなぁ)」

 

 悠斗は、まじか。と思いながら盛大に溜息を吐いた。

 どうやら、かなり面倒な事件に巻き込まれてしまったようだった――。




凪沙ちゃんも強化されつつありますな。
てか、悠斗君の情報を持ってる時点で、チートかも……。

悠斗君も、頭の回転も早すぎですね(-_-;)
すでに、レヴィアタンを言い当てるなんて。ちなみに悠斗君は、魔獣の騒動を止めたのが、凪沙ちゃん(妖姫の蒼氷)ってのがすぐに解りました。

古城君は、真祖になったばかりなので、察知ができなかったんです。ご都合主義ですね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅳ

特に、前書きで書くことがない……。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 古城たちのバイトは、午後五時に終了した。 チーフは残念そうにしていたが、それ以降の時間帯は売店の酒類を販売する為、未成年に働かせる訳にはいかない。

 古城たちは労働で疲れた体を引きずるように、ラダマン亭ズの事務所を出る。 古城が背中に負ぶっているには、熟睡した結瞳だった。 古城たちと会って張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、結瞳は泣き疲れてそのまま眠ってしまったのだ。

 

「……ダメね。 江口結瞳って名前の子は、絃神市に住民登録されてないわ」

 

 浅葱が、愛用のスマートフォンを弄りながら顔を顰めている。 人工島管理公社のサーバーに侵入して、個人情報にアクセスしたらしい。

 

「……結瞳の魔族の台帳も調べてみたけど、該当者なし。 過去の記録も見当たらない」

 

「……結瞳は、絃神市に住んでいたわけじゃない、ってことか」

 

 古城と浅葱は、誘拐の線で話し合っていたが、悠斗は違うことに目をつけていた。

 

「古城たちの線も否めないが、俺と同じ未登録魔族って言う線もあるぞ。 獅子王機関も関係してるんだ。 こっちの方が濃厚だと思う」

 

 獅子王機関は、対魔族に関する政府機関だ。 獅子王機関が携わっているなら、結瞳は魔族。と言う可能性は高い。

 

「じゃあ、結瞳の両親はどう説明するんだ」

 

 古城の言う通りだ。 もし、彼女が本当に誘拐されたのなら、既に両親から捜索願いが出ている可能性もある。 常識的に考えれば、警察に引き渡して保護してもらうのが最善だ。

 そう、――常識的に考えれば、だ。

 

「魔族には、それぞれに力が備わっているのは知ってるよな?」

 

 悠斗の問いかけに、古城は、そうだな。と頷く。

 

「もしだぞ。 もし、結瞳が一般家庭に生まれ、何かによって突然変異した魔族だったら、普通の人間はどう対応すると思う」

 

 古城と浅葱が、顔を顰める。

 

「まさか――虐待されて捨てられたって言いたいの」

 

 浅葱の語尾が強くなったのは、悠斗の聞き間違えじゃないだろう。

 確かに、血の繋がった子を捨てたのだ。 憤るのも無理もない。

 

「いや、俺の予想だ。 だが、浅葱も誘拐より、こっちの線の方が高い。そう考えるはずだろ? でだ、虐待から保護されたのはいいが、その力を利用されようとした。 だからこそ、獅子王機関が動いたんじゃないか」

 

 浅葱は押し黙ってしまった。

 絃神島では、人間と魔族の共存と言っても、まだ差別する人も多くいるのだ。 完全な人間と魔族の共存。 これも魔獣と同じく、長い道のりなのかもしれない。

 

「そうか。 だから、煌坂はオレたちに預けたのか」

 

「かもな。 こっちには、第四真祖に紅蓮の織天使、剣巫がいるんだ。 安全が確定したと言っても過言じゃないしな」

 

 もし、結瞳を利用する奴らが警察を襲ってきた場合、普通の警察ではひとたまりもないだろう。 それならば、古城たちの手元に置いておく方が安全だ。 おそらく紗矢華も、古城たちが保護してくれるのを期待して、預けたのに違いない。

 

「ねぇ、剣巫って姫柊さんのことよね?」

 

「まあな。 剣の修行を収めた巫子ってところか。 煌坂は、呪詛と暗殺に特化した舞威姫」

 

「……煌坂さんも、あの子のお仲間なわけね」

 

 浅葱が、どこか不満な口振りで聞いてくる。

 浅葱はごく最近に、古城が吸血鬼化したこと、雪菜は古城の監視役であることを知ったのだ。 自分だけが、ずっと秘密を知らされてなかったことを、未だに根に持ってるらしい。

 古城たちは、浅葱を裏世界の事情に巻き込みたくない。という気持ちもあったのだが。

 

「獅子王機関って、どういう組織なの?」

 

 浅葱は、そう悠斗に聞いた。 ずっと裏世界にいる悠斗の方が詳しいと思ったのだろう。

 

「国家公安委員会に設置されている特務機関だ。 大規模な魔導災害や魔導テロを阻止する為の、情報収集や謀略工作を行う機関ってところか」

 

 獅子王機関の源流(ルーツ)は、平安時代に宮中を怪異から守護した滝口武者なる存在だ。 そこで、魔族との直接戦闘を担当してた者たちが剣巫、内乱の鎮圧や、要人護衛を担当してた者たちが舞威姫と呼ばれるようになったらしい。

 

「ふーん……で、組織の規模は? 何人くらいで働いてんの? 給与は? 福利厚生は?」

 

「いやまあ、その辺はお前の方が詳しいだろ。 電子の女帝さま」

 

 悠斗は、獅子王機関の内部を知っているが、これを知ったら、浅葱は完全に裏世界から手を引けなくなる。 完全な裏世界の住人になってしまうのだ。 だからこそ、悠斗は言葉を濁した。

 浅葱は、唇を尖らせた。

 

「前に言わなかったっけ。 わたし、その二つ名嫌いなのよ」

 

「それを言うなら、俺もだぞ。 誰だよ、紅蓮の織天使って二つ名つけた奴」

 

 浅葱と悠斗は、同時に溜息を吐く。 でもまあ、つけられてしまったものは仕方ないので、諦めるしかないが。

 浅葱は、まあいいわ。と言い、気を取り直した。

 

「わたし、獅子王機関について調べたのよ。 でも、出てこないよね。 都市伝説なダミー情報が多すぎて、全容が掴めないの。 ああいう組織は、外部のネットワークから切り離されてることが多いから、直接侵入(ハック)することもできないしさ」

 

 悠斗は感心した。

 

「(へー、浅葱にも露見しないようにダミーをバラ撒いてんのか。 侮ってかもな、獅子王機関の三聖を)」

 

 すると、浅葱の視線が古城へ向けられる。

 その表情は、真剣そのものだ。

 

「って、古城は危険だと思わないの? 姫柊さんにつきまとわれてて」

 

「……危険?」

 

 いきなり矛先を向けられ、なんのことだ。と思いながら古城は戸惑った。

 そんな古城を見て、浅葱は呆れ顔で嘆息した。

 

政府機関(獅子王機関)ってことは、結局お役所でしょ? 組織同士の利害の対立や縄張り争いと無縁ってことはないでしょうが。 仲間内で、派閥争いがないとも限らないし」

 

 悠斗は、古城たちに聞こえないように、大史局も含めてな。と呟く。

 大使局も、獅子王機関と同じく、政府の国家公安委員会内に設置された特務機関。 人為的な魔導災害や魔導テロなどを専門とする獅子王機関に対し、こちらは自然発生的な魔導災害を阻止する機関だ。

 

「姫柊と煌坂は、かなり仲がいいけど。 あいつら、姉妹みたいなもんだし」

 

「あの二人が仲がよくても、組織としてはどうかわからないってことよ。 獅子王機関と警察や、他の関係も、どうなってるか知れたもんじゃないし」

 

 悠斗も真面目な表情になり、

 

「浅葱が言いたいことは、政府組織を無条件で信用するのは良くないってことだ。 自分が信用できる人物以外は、少しでも疑いを持った方がいいかもな。 特区警備隊(アイランド・ガード)も含めてな」

 

 古城は、そこまで徹底する必要があるのか。と思いながら顔を顰めたが、真剣みを帯びた浅葱と悠斗の表情を見て頷いた。

 

「ああ、煌坂たちのやってることが、本当に正義とは限らないってことだろ」

 

「まあそういうことだ。 正義も悪も紙一重だ。 何かの事柄だけですぐに入れ換わる。 それが人間であり、組織ってことだ」

 

 古城は、やっぱり悠斗は大人びてるよな。と思いながら、表情を戻した悠斗を見ていた。

 悠斗の言う通り、正義や悪を決めつけることはできない。 獅子王機関は、無条件で人を救うとは限らないのだから。 もしかしたら、獅子王機関が、逆に結瞳を利用する為に助けた。と言う可能性も否めないのだ。

 もし、犯罪者として捕えられていた結瞳の脱獄を、紗矢華が手伝った可能性すらゼロではないとも言えてしまう。

 その場合、結瞳を保護した古城たちも、犯罪の共犯者と言うことにもなってしまう。

 

「けどなー……結瞳が悪人って可能性があると思うか?」

 

 結瞳の無防備な寝顔を見ながら、古城が投げやりな声を出す。

 浅葱と悠斗は、うーん。と唸った。

 

「いや、悪人とは考えられないな」

 

「そうね。 もし悪人だとしても、この子を見捨てるのはちょっとね」

 

「だろ。 とりあえずコテージに連れて帰って、その先のことは、また後で考えようぜ。 ベットは余ってるって、矢瀬も言ってたし」

 

 そう古城は提案。 その提案に、浅葱も悠斗も異論はないと同意した。

 古城たちが向かっている先は、プールエリア中央のバス停である。 ブルーエンジリアムの圏内には無人運転バスが循環しており、それに乗れば、無料で、最短でコテージまで帰ることができるのだ。

 しかし、浅葱が交差点を渡る寸前に何かに気づいたように立ち止まった。

 

「待って、古城。 今お金持ってる」

 

「まあ、財布は持ってきてるけど……なんでだ?」

 

 困惑する古城とは対照的に、悠斗は頷いていた。

 

「ああ、なるほど。 結瞳の着替えだな」

 

「そう。 結瞳ちゃんの着替えよ。 いつまでも、水着でうろうろさせておくわけにいかないでしょ。 何か、着替えを買ってあげないと」

 

 古城は、浅葱は気が利くなと感心して、ポケットから財布を取り出す。

 

「って、オレが払うのか!? 財布くらい、お前も持ってるだろ!?」

 

 悠斗は嘆息し、

 

「ったく、心配するな。 俺も半分出すから。 つか、拾ってきたの俺たちだし」

 

 浅葱は、ふふん。と笑い、

 

「さすが、悠斗は解ってるじゃない。 たしかこの先に、ちょっとよさげなブティックがあったのよね」

 

「……気のせいか、メチャクチャ高そうな店構えなんだが……」

 

「……いや、どこからどうみても、高級店だろ」

 

 古城と悠斗は、がっくりと肩を落とした。 かなりの金が財布から無くなるのは必須だろう。

 そんな、古城と悠斗を知ってか知らずか、浅葱はかなり上機嫌だ。

 

「日本初上陸のブランドなのよ。 アルディギア王室御用達なんだって」

 

 まじか。と溜息を吐く古城と悠斗。

 それから高級ブランド店へ向かい、店内へ入って行く。 ちなみに、悠斗はブランド店で、水色を基調に、様々なアジサイの色があしらってある浴衣を購入した。

 ――凪沙へのプレゼントである。 折角、ブルーエンジリアムに来たので、その記念としてだ。

 

「(……着てもらいたいから買った。って言われそうだなぁ)」

 

 悠斗には、そんな気は一切ないのだが。

 ともあれ、買い物を終えてコテージへ帰る古城たちであった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 大量の服を買い込んでコテージに戻った浅葱は、結瞳のコーディネートと、自身の荷物整理に取り掛かっていた。

 結瞳は、女子部屋のベットで就寝中だ。

 古城と悠斗は、今日の疲れを癒す為、入浴を終えてからリビングへ戻る。 床に座り、テーブルに置いた350mlのペットボトルのお茶を飲んでいたら、玄関あたりが騒がしくなる。 自由行動をしていた雪菜と凪沙が帰って来たらしい。

 

「……大丈夫、凪沙ちゃん? 唇の色、凄いことになってるよ……」

 

「うん、大丈夫大丈夫。 ちょっと休んだら、すぐに復活するから」

 

 雪菜の肩を借りた凪沙が、儚げに微笑んでいた。

 悠斗は凪沙の儚げな声を聞いて、立ち上がり玄関まで飛び出した。

 

「凪沙!? どうした!?」

 

 完全に動転した悠斗が、裏返った声を上げる。 凪沙は昼に、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)を憑依させ、魔力を行使したのだ。

 凪沙があの時、異常なほど魔力を放出していたら体調に影響が出る。 若干だが、悠斗の顔色が青くなった。

 

「姫柊! 何があった! 早く教えてくれ!」

 

 切羽詰まった悠斗の表情を見て、問い詰められた雪菜は困ったように顔を逸らす。 雪菜に支えられたまま、凪沙は悪戯のバレた子供のように、てへへ、と笑った。

 

「えっとね、遊園地エリアでジェットコースターに乗ったら、こんな感じに」

 

「…………は? ジェットコースター」

 

「いやあ、さすがにブルエリ名物の水中突入型コースター“ハデス”だよねぇ。 高さ、九十七メートルから海面に向かって、時速百八十キロで落下するんだよ。 凄い迫力だったよ。 三回乗ったのは、無謀だったかも」

 

 へなへなへな、と言う擬音が似合うように、その場に悠斗は崩れ落ちた。 雪菜は、珍しいものを見た表情だ。

 だがこの一件で、雪菜は、悠斗がどれだけ凪沙を大切に想ってるかが解った瞬間でもあった。

 

「……そうか。 無事でよかった」

 

「えへへ。 ゴメンね、悠君。 心配かけて」

 

 悠斗は立ち上がって、凪沙の額を人差し指で小突き、あうっ、と凪沙が呟く。

 

「ったく、心配かけやがって。 体調が回復するまで横になってろ」

 

「はーい」

 

 返事をして、玄関で靴を脱ぎ、リビングのソファに寝転がる凪沙。 疲れていたのか、すぐに小さな寝息を立て始める。

 それを見届けてから悠斗は安堵の息を吐き、玄関で靴を脱いで、廊下に立ち尽くした雪菜に振り返った。

 

「姫柊、助かった」

 

 悠斗は、雪菜を見てから深々と頭を下げた。 悠斗の行動が予想外だったのか、雪菜はあたふたしてしまった。

 

「い、いえ。 あ、頭を上げてください」

 

 悠斗は、ああ。と言い、頭を上げる悠斗。

 

「そうだった。 古城が姫柊に会わせたい奴がいるらしい。 俺は、姫柊が知ってるとは到底思えないって言ったんだけどな」

 

 悠斗が言う、古城が会わせたい奴とは、江口結瞳のことだ。 何でも、獅子王機関繋がりで何か知ってるんじゃないか。と言う事らしい。

 

「わかりました。 わたしは、先輩のところへ行ってみます」

 

 そう言って雪菜は、リビングにいる古城の元へ向かった。

 悠斗は階段を上り、外のベランダへ向かった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗はベランダの外側まで移動し、木製の手摺の上に、腕を組んで目先の満月を眺めていた。

 

「面倒な事件に巻き込まれたな。 よりにもよって、レヴィアタンかよ。 でも、どうやってあの巨体を操る気だ。――――精神支配が濃厚だな、夢魔(むま)か?」

 

 悠斗は、今までの情報を照らし合わせ、自身の予想へ組み込んでいく。

 もし、結瞳が未登録魔族、夢魔(むま)であり、レヴィアタンを操る生け贄。

 生け贄にする為、何処かの組織が結瞳を監禁し利用しようしたところを、獅子王機関が救助した。 だが、その途中で襲撃に遭い、紗矢華は行方不明になり、先に結瞳を逃がし古城たちに保護させた。 しかし、何処の組織に襲撃されたかは不明。

 

「……辻褄は、合うか。 つか、獅子王機関は、本当に結瞳を助けるために救援に向かったのもかも解らしな。 はあ、決定打に欠けるよな」

 

 そう考えていたら、背部に近づく気配があった。 どうやら、目隠しをしようとしてるらしい。

 目隠しの前に、悠斗は振り返り声をかける。

 

「凪沙か」

 

 凪沙は頬を、リスのようにぷくっと膨らませた。

 

「んもー、悠君の気配感知はズルイよ。 気づかない振りをしてくれてもいいのに」

 

 悠斗は、悪い悪いと言い苦笑した。

 凪沙は、もう。とちょっぴり怒ってから、

 

「悠君。 ご飯だって」

 

「そうか。 わかった」

 

 そう言って、悠斗と凪沙は一階へ向かったのだった。

 ブルーエンジリアムの一日は、まだ続きそうだ――。




悠斗君。かなり真相に迫っております。つか、かなりの情報を持ってるよね、悠斗君(笑)
情報関係でも、悠斗君に勝てる奴はいるのだろうか?頭の回転も早いしね。
てか、悠斗君の予測書くの、ちょっぴり難しいかも、章の原作を理解してないといけないし。
ちなみに、古城君はあの時、凪沙ちゃんがジェットコースターの乗りすぎで体調不良になったのことを予想で解ってたです。だからまあ、悠斗君に任せたんですね。

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黒の剣巫Ⅴ

やばい、矛盾が出てきたかも……。(たぶんだが)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 コテージの庭にバーベキューコンロが備え付けつけられられ、コンロの上に敷いた網の上で肉が焼かれている。 単独行動をしていた基樹が大量の肉を購入したので、この日の夕食はバーベキューと言う事になったのだ。

 

「ひゃほおお! 肉だ、肉だ!」

 

 夕暮れの暗闇の中で、一際テンションが高く騒いでるのも基樹だ。 炭火を見ている古城の隣で、ガツガツと肉を噛み千切っている。

 

「食ってるか、古城。 俺様が調達してやったゴージャスな高級肉だぜ!」

 

「うるせーな! お前も、少しは焼くのを手伝えよ! 熱ィんだよ! ていうか、何が高級肉だ……思いっきり特売タイムセールのシールが貼ってあるじゃねェかよ」

 

 こいつは、本当に金持ちの御曹司なのか、と疑いながら、古城は団扇で炭を扇ぐ。

 また、リゾートプールに遊びに来たのに、何故、アルバイトのタダ働きに、炭火を煽っているのかと、古城は自問していた。 待近で浴びる炭火の熱は、想像以上に熱くて体力をすり減らす。

 そんな古城を余所に、自分が食べる分を確保し、悠斗は芝生の上に置いてある大きめの岩の上に座り、満月を見ながら肉を食べていた。

 

「……皆で、バーベキューか。 初めてだな、こんな経験をするのは……」

 

 約一年前までの悠斗は、いつも一人ぼっちで、友達も作らず、壁を作り心には踏み込ませなかったのだ。

 そんな悠斗を救ってくれたのは、凪沙だった。

 そう思い返していたら、凪沙が悠斗も元まで歩み寄り、隣に座わった。

 

「悠君、どうしたの? みんなから離れちゃって? もしかして、お腹痛いとか?」

 

「いや、思いに耽てたのかもな。 ほら、俺っていつも一人だっただろ? だから、皆でバーベキューは初めてだなって」

 

 悠斗と凪沙が満月を見ながら、暫しの沈黙が流れる。

 そして、それを破ったのは凪沙だった。

 

「そっか。 でもね、悠君はもう一人じゃないよ。 永久(とわ)に、凪沙が隣にいるからね。 だって凪沙は、悠君の血の従者(血の伴侶)だしね」

 

 ――血の従者(血の伴侶)は、主人となる吸血鬼と永遠の生命を共にする。 それは、何十年、何百年、何千年とだ。

 既に悠斗の隣には、暁凪沙がいるのだ。

 笑みを浮かべた凪沙は立ち上がり、

 

「暗いのは終わりだよ。 みんなの所に行こっか」

 

「そうだな」

 

 悠斗の返事を聞いてから、パタパタと古城たちの元へ向かう。 悠斗は、そんな凪沙を見て苦笑し、岩から立ち上がった。

 古城たちの元に移動した悠斗は、凪沙に結瞳のことを聞かれていた古城を見て、この話に乗りからかおう。と決めたのだった。

 

「基樹。 古城は、結瞳まで口説いてるんだ。 ある種の才能だとは思わないか」

 

「小学生も落とそうとするなんてな、古城のことは色んな意味で見直したぜ。 まったく、シスコンは伊達じゃないな」

 

 そんな古城から、凪沙との婚約をもらった悠斗は流石としか言いようがないが。

 

「はあ!? 何言ってんだ! お前ら、誤解を招く発言はやめろ!」

 

 そもそも、オレはシスコンじゃねから、と言う古城の反論を、この場にいる全員は無言でスルーする。

 結瞳のことは、雪菜の友人の連れであり、彼女と連絡が取れるまで預かっているという設定で、古城たちは口裏を合わせている。

 

「結瞳ちゃんも食べてね。 遠慮しないで」

 

 言い訳を続ける古城に背中を向けて、結瞳の為に焼いた肉を取り分ける凪沙。 可愛らしいワンピースに着替えた結瞳が、礼儀正しく頭を下げた。

 

「はい、いただいています」

 

 結瞳は、凪沙の紙皿の上を見ながら、

 

「凪沙お姉さんは、もう少しお野菜を食べたほうがいいと思います。 お肉ばかりだと、栄養バランスがよくないですから」

 

「う……しっかりしてるなあ。 でも、結瞳ちゃんも、ニンジン残しちゃってるよね」

 

 ちょっと意地悪く微笑む凪沙の指摘に、結瞳はバツ悪そうに下を向く。

 

「それは……その、ニンジンだけは苦手なんです。 すり下ろしてカレーに入れてもらえたら、食べられるんですけど」

 

 結瞳が見せた年相応の幼さに、凪沙が目を輝かせてふるふると悶える。

 

「か、可愛い……! 悠君! わたし、今からカレー作る!」

 

「はいはい、明日の夕飯にしような。 凪沙譲」

 

 凪沙を落ち着かせるように、悠斗はそう言った。

 そんな悠斗の紙皿に置かれた物を見て、結瞳が指摘する。

 

「余計なお世話かもしれませんが、悠斗さんも、ピーマンをちゃんと食べないといけないと思います」

 

 結瞳にそう言われた、悠斗の表情が凍った。

 まさか、年下の子に指摘されるとは思わなかったのだろう。

 

「い、いや、嫌いとかじゃないんだぞ。 そ、そう。 苦手なだけなんだ」

 

「……それって、嫌いと変わりませんよ。 悠斗さん」

 

 悠斗はこの時、あれ、これってデジャブじゃね。と思っていた。

 古城と雪菜、悠斗でプール掃除をして際に、このようなやり取りがあったはずなのだ。 まあ、その時の対象は古城だったのだが。

 それから結瞳の視線が、悠斗と凪沙が首に下げたネックレスと、利き腕に嵌めたミサンガを見る。

 

「凪沙お姉さんと悠斗さんは、付き合ってるんですか?」

 

「……かなり踏み込んだ質問をするんだな、結瞳は」

 

 悠斗と凪沙は婚約者だが、まだ牙城の許可が下りてないので、完全な。とは言えない。 だが、付き合ってる関係は通り越してるのだ。

 また、凪沙は悠斗の血の従者(血の伴侶)なので、永遠を共にするが、結婚はしてない。 そして、悠斗と凪沙は愛し合ってる。 今思えば、どんな関係かと聞かれたら、答えるのはかなり難しい。

 

「うーん、お互いを支え合う関係って言えばいいのかな?」

 

 凪沙がこう答える。

 確かに、今の質問の返しには最適な答えだ。

 

「なるほどです。 良い方向で色々と複雑なんですね。 古城さんと全然違います」

 

「まあそんなところだな。 ま、古城の場合は、何も始まってないしな。 てか、本人が気づいてないし」

 

「……そうですね。 お姉さんたちが若干可哀想です」

 

 どうやら、結瞳にも同情の気持ちがあるらしい。

 そんな古城に悠斗が目を向けると、古城はベンチの端に座り、食事に手をつけず、むっつりと海を眺めている浅葱のテーブルの前に食器を運んであげていた。

 浅葱は、無言で古城から箸を奪い取り、あっち行け、と言いたげに顔を逸らす。

 

「なんなんだよ、ったく。 オレ、なんかしたか」

 

 そんなことを言いながら、不満げに戻ってきた古城に、結瞳が気遣うような口調で聞いてくる。

 

「……まだ謝ってないんですか、さっきのこと」

 

 結瞳の言うさっきのこととは、雪菜に結瞳を紹介する為に、ノックをせずに女子部屋に入ってしまったことだ。

 浅葱と結瞳は着替えの最中であり、古城に背を向けて、頭からワンピースを被ろうとしていた結瞳と、着ていた水着を脱ぎ、ビキニのブラを右手に持って、左手だけで胸を隠した状態の浅葱とバッタリ会ってしまった。

 そして、胸を隠して立ち上がった浅葱が、ベット脇に置かれていた目覚まし時計を蹴り飛ばし、立ち尽くす古城の無防備な脇腹に突き刺さった。

 それから、何回も謝っているのだが、浅葱の機嫌が直ることはなかったらしい。

 

「謝ったよ、何回も。 なにのあいつ、いつもまでも根に持ちやがって、大人げねぇ」

 

「浅葱お姉さんは、本気で怒ってるわけじゃないと思いますけど。 単に、古城さんのフォローが下手なだけで」

 

 遠慮がちな口調で結瞳が言うが、古城は、納得いかん。と唇を尖らせた。

 

「フォローって言われてもな……たしかに、ノックしなかったのは悪かったけど、あいつだって、鍵をかけ忘れたんだし、オレの腹に目覚まし時計をぶちこんだだから、おあいこじゃね?」

 

「そういう態度がダメなんだと思います。 あの時の、浅葱お姉さんが着ていた水着、新品だったのに、何も言ってあげませんでしたよね。 今のお洋服も何度も着替えてやっと選んだのに」

 

「……え? それってなにか関係あるのか?」

 

 意味が解らず、古城は真顔で聞き返す。 そもそも、下半分しか着ていなかった水着に対して、いったい何を言えばいいのかと、古城は困惑するだけだ。

 

「……古城。 それって、わざとじゃないよな。 つか、ここまでとはな。 姫柊もふりだしかもな」

 

「……古城君の恋愛に関する精神年齢は、小学生で止まってそう。 わたし、改めて思ったかも」

 

「……悠斗さんと、凪沙お姉さんの言う通りかもしれません」

 

 悠斗、凪沙、結瞳に嘆息されるのを見て、古城が唇を歪める。

 

「な、何だよ。 三人共」

 

 悠斗と凪沙は、ダメだこりゃ。と思い、再び嘆息した。

 すると、結瞳は少し恨めしげな眼差しで古城を見た。

 

「着替え見られたの、浅葱お姉さんだけじゃないんですけど」

 

「あ……えー……す、すいませんでした。 ごめんなさい」

 

「わかりました。 許してあげます」

 

 頭を下げた古城を見て、結瞳は悪戯っぽく微笑んだ。 その目元が少し赤いのは、泣きながら眠ってしまっただろう。 気丈に振舞っているものの、結瞳の立場は、不安定なままなのだ。

 結瞳からは、監禁、誘拐については、まだ聞いていない。 結瞳自身もどう説明していいか決めかねている様子だ。

 ともあれ、今は雪菜が獅子王機関に連絡を取っているらしい。

 

「先輩。 スマートフォン、ありがとうございました」

 

 コテージからこっそりと戻ってきた雪菜が、古城が貸したスマートフォン本人へ手渡した。

 

「どうだった? 煌坂とは連絡が取れたのか?」

 

「いえ。 任務中の舞威姫への通信は、一切禁止されてるんです。 もともとは、呪詛と暗殺を行うための部署ですし……あ、暗殺任務なんて、滅多にないですけど。 その分、最近は要人警護や潜入工作のお仕事が増えてて」

 

「獅子王機関の任務は危険が伴うものばかりだ。 例外を除けば、情報を漏洩させることを恐れて、トップも教えるわけがないしな」

 

 悠斗が言う例外とは、第四真祖の監視だ。

 第四真祖の監視は、情報が漏洩する訳でもないし、他人に露見しても、命の危険もないのだ。

 雪菜が言うには、師家様に連絡を取ったところ、紗矢華以外の舞威姫は送られてないらしい。 任務続行不可能ならば、獅子王機関はすぐに後任の舞威姫を送り込むはずである。

 逆を言えば、代わりの舞威姫が派遣されていないということは、紗矢華は今現在も任務を続行中ということだ。 つまり、紗矢華は生きていることに繋がるのだ。

 だが、紗矢華は生きているのに、なぜ結瞳を迎えに来ないのか。

 

「(……やっぱ、襲撃を受け深手を負ったか、それとも捕まった、か)」

 

 悠斗は、満月の空を見上げながらこう思っていた。

 どうやら彼女は、想像以上に厄介な立場に置かれているらしい。

 

「あの……もしかしたら、あのお姉さんは、莉流(りる)に会おうとしてるのかもしれません」

 

「莉流? 誰のことだ?」

 

 古城がそう聞いた。

 すると、結瞳は顔を伏せ、

 

「姉です、わたしの。 わたしは、姉と一緒にクスキエリゼの研究所に閉じ込められていたんです」

 

「(……そういう事かよ)」

 

 悠斗は内心で悪態を吐いた。

 クスキエリゼとは、ブルーエンジリアムの出資者であり、主に魔獣庭園の運営を担当してる有名企業だ。

 だが、クスキエリゼの会長、久須木は、トゥルーアークの出資者でもある。 久須木はトゥルーアークと繋がりがあったのだ。 実質的リーダーとも言ってもいい。

 トゥルーアークを簡単に説明するならば、魔獣保護を名目に破壊や工作をするテロリストだ。

 久須木が、江口結瞳を生け贄にし、レヴィアタンの制御。 そして、自身たちの邪魔者になる組織を破壊。

 それを阻止する為に、獅子王機関の舞威姫、煌坂紗矢華がブルーエンジリアムに派遣された。 だが、結瞳を取り戻そうとした連中と戦闘になり、結瞳を先に逃がした紗矢華は負傷し、敵の手の中に落ちた――。

 レヴィアタンでのテロ活動となると、自然発生的な魔導災害、魔導テロを阻止する、大史局も動いている。と言う事にもなるのだ。

 

「(……大史局も動いてんのかよ……。 獅子王機関とぶつかったら、かなり面倒くさいことになるじゃねぇかよ……。つか、本当に結瞳には姉がいるのか? なんか腑に落ちないんだよなぁ……)」

 

 そう考えながら、盛大に溜息を吐く悠斗。

 再び、結瞳から有益情報をもらおう。と悠斗は思い、耳を澄ませた。

 

「――だけど、お前の姉貴が危ない目に遭ってるんだったら、早く助けなきゃマズイだろ。 危険かどうかだけでも教えてくれないか?」

 

 どうやら古城は、監禁についての事柄について結瞳から聞いてたらしい。

 

「――莉流のことは心配しなくても大丈夫だと思います。 クスキエリザの人たちは、わたしじゃなくて莉流が必要だったんです。 危害を加えたりするはずがありません。 それに莉流は、実験に最初から協力的でしたから」

 

 実験という単語に、悠斗と凪沙は眉を寄せた。

 悠斗と凪沙は、古城たちに聞こえないように話す。 まだ、確定情報ではないからだ。 もしかすると、混乱を招く恐れがある。

 

「……悠君。 すでにレヴィアタンは、久須木会長さんのほぼ手中にあるんじゃないかな?」

 

「……だろうな。 んで、結瞳を生け贄にする為、レヴィアタンを動かす為の仮装実験ってところか。 莉流って奴の正体も気になるし。 てか、本当に姉か? 結瞳は一人っ子じゃないのか?――凪沙、今回の事件は政府絡みだ。 手を引い――」

 

「――わたしも手伝う」

 

 悠斗の、『手を引いた方がいい』という言葉は、凪沙に遮られてしまった。

 凪沙の瞳には、“結瞳を助ける”と言う、確固たる意志が込められていた。 そんな凪沙を見て、悠斗はポンと凪沙の頭に右手を置いた。

 

「……危険だと判断したら、すぐに離脱するんだぞ。 守れるか?」

 

 といっても、凪沙は真祖と同等な力があるんだが。

 でもまあ、油断は禁物である。

 

「わかった。 ちゃんと守ります」

 

「そうか」

 

 ともあれ、再び芝生の上に置いてある岩に座り、悠斗と凪沙は食事の続きを再開するのであった。

 だが、自分の分を確保してなかった古城は、基樹が購入してきた肉を食べられずにいた。

 肉を取る為に振り向き、コンロの網の上に目をやると、残っているのはキャベツの切れ端だけ。 そう、浅葱に全て食べられてしまったのだ。 肉だけではなく、エリンギなどのキノコ類も全滅だ。 ちなみに、基樹が購入してきた生肉は、約十人前はあった。

 浅葱は、スレンダーな見た目に反して大食いキャラなのだ。 そんな浅葱を見ながら、古城は絶句し、空かせた腹を押さえ、そんな古城を見た浅葱は機嫌を直してくれたようだ。

 悠斗の隣で、食事を終えた凪沙が立ち上がり、

 

「悠君。 凪沙は、結瞳ちゃんと花火をしてくるね」

 

「おう。 火には気をつけてな」

 

「はーい」

 

 無邪気にはしゃいで、凪沙と花火をする結瞳はごく普通の少女のものだ。

 だが、その微笑みは、どこか儚げに、寂しげに感じられる。

 ブルーエンジリアム――人工の“青の楽園”の夜が更けていく――。




凪沙ちゃんの洞察力等も、悠斗君譲りですね。といっても、この章にはまだ裏があるんですが。
てか、結瞳ちゃんに、嫌いな物を指摘されてしまった、悠斗君と凪沙ちゃんですね(笑)

さて、この章でも凪沙ちゃんは参戦ですね。凪沙ちゃんの頭の回転もかなりのものですね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅵ

ご都合主義満載です(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 悠斗は、頬を撫でる冷気で、二人掛けのソファーの上で目を覚ました。 もちろん、隣では凪沙が寝息を吐いていた。

 昨晩、花火が終わった後、罰ゲームつきのポーカーがかなりの盛り上がりを見せた。 カードの引きが強い雪菜と、記憶計算と記憶力にものを言わせる浅葱。 基樹は所々で勝負強さを見せつけ、悠斗は洞察力と観察眼で仕草や癖などを見抜き、凪沙も悠斗譲りの洞察力が功を奏す。

 なので、途中で睡魔に襲われ脱落した結瞳を除くと、古城がずっと最下位。と言う怒涛の展開が繰り返されていた。

 そして古城たち(基樹は除く)は、疲労と眠気に勝てず、そのまま眠ってしまったのだ。

 左側に備え付けられているソファーでは、雪菜と浅葱が肩を寄せ合い眠っていた。

 時刻は七時少し前。 最後に時計を見たのは、深夜一時過ぎだ。

 

「……悠君。 ずっと一緒だよ」

 

 声の主は、悠斗の隣で眠っている凪沙からだ。

 そう、悠斗を想いやる寝言だった。

 

「そうだな、ずっと一緒だ。 凪沙」

 

 そう言って、凪沙の頬を人差し指で突く悠斗。 凪沙は、んん。と言いながら、気持ち良さそうに眠っている。

 悠斗は、窓際の床で目を覚ました古城に声をかける。

 

「古城も起きたのか?」

 

「あ、ああ。 床で寝てたから、体のあちこちが痛ェな」

 

 そう言いながら古城は、固まった関節を軋ませながら伸びをしていた。

 

「……やっぱ、姫柊と浅葱も寝オチしてたか。……凪沙もな」

 

 悠斗は若干黒い笑みを浮かべ、古城を見た。

 

「……なんで、凪沙がオマケみたくなってるのかな? 暁古城くん」

 

 古城は慌てながら、

 

「い、言い方が悪かったな。 な、凪沙のことは、悠斗に任せたんだ。 だから、後付けになったと言うか……」

 

 悠斗はいつもの表情に戻ってから、

 

「……そうか」

 

「ああ」

 

 そう言って古城は立ち上がり、エアコンのリモコンを操作し部屋の設定温度を上げてから、雪菜と浅葱にブランケットをかけて上げていた。

 ちなみに、凪沙は眠ってからすぐに、悠斗がブランケットをかけて上げていた。 悠斗は、それから数分後、ソファーの上で寝オチ。と言う事である。

 そんな時、リビングの扉前に、基樹が立っていた。 水を飲む為に、男子部屋から下りてきたのだろう。

 だが、いつもと様子がおかしかった。 彼は何も言わずに佇んでいるだけだ。 代わりに、ぎこちなく唇を震わせている。

 

「……いな……さん」

 

「え?」

 

 基樹が洩らした呟きに、基樹の前に立っていた古城は眉を寄せた。

 そんな古城に向かって、基樹は一歩踏み出し、そのまま両手を大きく広げると、

 

「緋稲さんああああああん!」

 

「どわあああああっ!」

 

 絶叫しながら抱き付いてきた基樹に、古城は度肝を抜かれて硬直する。

 そんな古城の背後に回り込み、力強く抱きしめる。

 悠斗は、緋稲と呼ばれた人物に心当たりがあった。 一度しか見たことはなかったが、あれは忘れもしない、獅子王機関の三聖、閑古詠(しずか こよみ)だ。 そう、殺し合いをした獅子王機関の長だ。

 そして、緋稲は基樹と付き合っている。

 

「(やっぱ、その緋稲経由で、俺たちをブルエリに呼び出したのか。 まあ、予想はしてたけど)」

 

 悠斗は無用な争いは避けたいので、手を出すことはないだろう。 だが、大切な人や友人に手をかけようなら、雪菜たちを除き、獅子王機関を潰しにかかると思うが。

 

「(ま、大史局も例外じゃないけどな)」

 

 そんな事を考えながら、悠斗は、古城と基樹のやり取りを傍観しようと決めたのだった。

 また、悠斗の予想が正しければ、雪菜と浅葱もその対象になってるだろう。

 

「ははっ、相変わらずつれないねぇ……だけど、今日のオレは諦めない!」

 

「寝ぼけんな、この馬鹿! 起きろ!ってか、離れろ!」

 

 全身に鳥肌を立てながら、古城は力任せに基樹を振りほどいた。

 基樹の体は勢い余って派手に吹き飛び、ゴン、と鈍い音を立てて壁に激突する。 そのまま、ずるずると倒れ込む。

 

「だ、大丈夫か、矢瀬? だけど、今のはお前も悪いだろ」

 

 古城は、基樹の隣に屈み込み心配そうに見るが、しかし基樹は、古城の存在を気づかずに唇を歪めながら独り言のように呟く。

 

「やられたぜ、畜生……精神、支配か……」

 

 驚く古城の目の前で、基樹は壁に体重を預けて意識を失う。 力尽きたように眠るその顔には、苦悶の表情が浮かんでいる。

 どうなってるんだ、と古城は困惑する。

 古城が立ち上がると、背後から声がかけられる。――雪菜の声だ。

 

「――先輩」

 

 古城が振り返えると、そこには、気配もなく立っている雪菜の姿ある。

 

「姫柊、起きてたのか……!」

 

「はい。 先輩、わたし――」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 そんな二人を見ながら、悠斗は感嘆な声を上げていた。 真祖たちを除くと、他の生物たちは支配が可能なのかもしれない。

 そんな時、凪沙が目を摩りながら目を開けた。 やはり、真祖と同格の凪沙を支配する事はできなかったらしい。

 

「悠君。 おはよう」

 

「ああ、おはよう」

 

 凪沙は、悠斗の視線の先を見て、可愛く首を傾げた。

 

「あれ、古城君と雪菜ちゃんは、なにをやってるのかな。 なんか、日曜劇場みたい」

 

「……日曜劇場とか、ドラマの見過ぎだ」

 

 悠斗が凪沙の額を小突き、あうっ、と声を上げる。

 まあでも、凪沙の意見も一理あった。 古城と雪菜の一幕は、ドラマのワンシーン見たいだ。

 凪沙は、普段見ない雪菜に目をやりながら、

 

「……精神支配?」

 

「お、流石だな。 その通りだ、凪沙」

 

 凪沙も雪菜の本音が聞きたいのか、傍観することに決めたのだった。 大事に至る前に止めれば問題はないだろう。

 悠斗と凪沙が悪役に見えるのは気のせいか?

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「――先輩の傍にいるのはわたしなんですよ! マンションの中では、名前で呼んでくれる約束をしましたよね!」

 

 古城たちは、マンションの中での名前呼び。と言う約束をしたのだが、やはり名字に戻っているらしい。

 

「そ、そうだけど……。 い、今はそれどころじゃないだろ! 矢瀬の様子が変だったんだ!」

 

「誤魔化さないでください!」

 

「え、ええ!?」

 

 雪菜に真顔で叱りつけられ、オレが悪かったのか、と一瞬本気で悩んでしまう。

 そんな古城に、雪菜はぴったりと体を密着させた。

 

「先輩の監視役で、いつも近くにいるのはわたしなんですよ。 それなのに、先輩は紗矢華さんや結瞳ちゃんのことばかり気にしてて、昼間は藍羽先輩とイチャイチャして……」

 

「ちょ、待ってて姫柊! 昼間は、悠斗も一緒だったろ!?」

 

「わたしにはそう見えるから、それでいいんです! それに、神代先輩には凪沙ちゃんがいますから!」

 

 古城は、何がなんだか解らん。と頭を痛めるだけだ。

 寝起きの雪菜から漂ってくるのは、微かな甘い香りだった。 薄いシャツ越しに伝わってくる彼女の柔らかな弾力に、古城は思わず唾を飲む。

 

「……やっぱり、わたしではダメなんですか……? 満足できませんか……?」

 

「いや、別に満足がどうとか、そういう問題じゃなくて……」

 

 なけなしの自制心をかき集め、古城は雪菜の体を引き離す。

 その瞬間、雪菜は大きな瞳に絶望の色を浮かべた。

 

「不満ですか……そうですか。 それなら、監視役として先輩を殺してからわたしも死ぬしか……」

 

「は……!?」

 

 雪菜がすっと右手を伸ばした。

 その先に立て掛けられていたのは、雪菜が持ってきた黒いケース。 海辺のリゾートで見かけても違和感のない、ボディボード用の収納ケースだ。

 しかしケースの中身は、獅子王機関の秘奥兵器、七式降魔突撃機槍(シュネーヴァルツァー)。 吸血鬼の真祖をも滅ぼすと言われる槍だ。

 

「ば、バカ! こんなところで、雪霞狼なんか持ち出したら……!」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 そんな二人を傍観していた悠斗と凪沙は、助けに入るか否を決めかねていた。

 そう、雪菜が雪霞狼に触れれば、精神支配が解除されるからだ。

 

「どうしよう、悠君?」

 

「姫柊も正気を取り戻すだろうし、心配はないと思うけど。 てか、姫柊。 心の奥底ではこんなことを考えてんのかよ。……何と言うか、愛が重い。でいいのか」

 

 悠斗にしては、上手い表現である。

 

「そ、そうかも。 でも、雪菜ちゃんが、こんなにも古城君のこと好きだったなんてね、ちょっと意外かも」

 

 凪沙と悠斗がこう話している間も、日曜劇場が加速する。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「――何してるの、古城?」

 

 雪菜に、雪霞狼を突き付けられそうになって、後ずさる古城の背中を突然誰かが抱き留める。 振り向いた古城が目にしたのは、藍羽浅葱だ。

 

「え!?あ、浅葱!?」

 

 古城が驚いたのは、浅葱が浮かべていた今にも泣き出しそうな表情だ。

 

「わたしに黙って、二人でなにしてたの?」

 

 途切れ途切れの掠れた声で浅葱が聞く。 涙で盛り上がった瞳から、涙が流れ落ちる。 そんな浅葱を見た古城は、全身を硬直させ、頼りなく首を振るだけだ。

 

「いや、これは……なんというか、その」

 

「また、わたしに内緒で姫柊さんとイチャつくの? やっぱり、その子の方がいいんだ……」

 

「……え!?」

 

「わたしだって、頑張ったんだけどな……恥ずかしいことも、いっぱいしたし」

 

 そう言って、古城の背中にしがみついてくる浅葱。 その全身が嗚咽するように震えている。

 またこれかよ、と思い古城は天井を振り仰ぐ。

 

「お前までおかしくなってるのかよ!?」

 

「おかしくってなによ、バカ古城! わたしだって不安なんだよ……あんたが、何も言わずにわたしを置いてどっか遠い所に行っちゃうんじゃないかって。 わたしは、あんたが第四真祖とか、わけのわからないものになるずっと前から……」

 

「あ、浅葱……」

 

 浅葱が弱々しく古城の背中を叩いている。 不器用なのには変わりはないが、暴走した浅葱は気弱で幼い印象がある。

 これが彼女の本音ではない、と頭で理解しながらも、むげに突き放すことができずに古城は硬直。 そんな古城の耳元に、浅葱が何かを囁こうと――、

 

「――そこまでです、藍羽先輩」

 

 そういう大切な告白は正気の時にどうぞ、と言わんばかりのタイミングで、浅葱の首筋へと雪霞狼を押し当てた。

 薄皮一枚切れるかどうかの斬撃。 だが、その瞬間、浅葱の全身は青白い火花に包まれて引き攣った。 そのままグッタリと倒れ込む浅葱を、雪菜が横から抱き留める。

 

「ひ、姫柊……!?」

 

「藍羽先輩の精神支配を解除しました。 これで、正気に戻ると思います」

 

 真面目な口調で雪菜が言う。 いつも通りの冷静な彼女の雰囲気に、古城は安心感を覚えた。

 

「やっぱり、誰かに操られてたのか。 姫柊の様子もおかしかったのもそのせいか?」

 

「も、もちろんです。 雪霞狼のおかげで解放されましたけど」

 

 雪菜は不自然に顔を強張らせながら、強く主張する。 雪霞狼を握る手に力が入りすぎて、三つ又に分かれた刃の先端が小刻みに震える。

 

「ですから、さっきの言葉は決してわたしの本心ではないですから。 違いますから」

 

「お、おう」

 

 脅迫めいた表情で詰め寄られ、古城は慌てて頷いた。 それ以外に、どう答えてらいいか解らない。 取り敢えず、雪菜に手を貸して、浅葱をそっとソファーの上に横たえる。

 そんな時、雪菜と古城の視線が、事の成行きを傍観していた悠斗と凪沙を見る。

 

「古城。 さっきは凄かったな」

 

 古城はポカンとしながら悠斗を見て、なんで助けてくれなかったんだ。と肩を落としていた。

 凪沙は、雪菜を耳元に顔を寄せ、

 

「(雪菜ちゃんの本音、しかと聞きました。 まさか、あそこまで古城君のことを想ってるなんてねぇ。 でも、浅葱ちゃんも凄かった。 いやー、この先どうなっちゃうんだろ?)」

 

 雪菜は、顔を真っ赤に染めた。

 

「(あ、あれは。 わ、わたしの本心じゃないよ)」

 

 と言われても、あの後の反論は説得力が皆無に等しかった。

 ともあれ、古城たちの混乱が解けた所で、悠斗はソファーから立ち上がり、二階へ続く階段を見上げた。

 

「さて、結瞳。 そろそろ出てきてもいいんじゃないか?」

 

 楽しげな笑いが降り注いだのは、それから数秒経過した時だった。

 吹き抜けの階段の手摺から、幼い少女が顔を出している。

 肩の辺りで切り揃えた、柔らかそうなクセっ毛と大きな瞳は、古城たちが知っている結瞳のものだが、しかし彼女からは黒い尻尾が生えていて、浮かべる笑みも普段とはずいぶんと印象が違う。

 

「バレちゃたかー、つまんないのー」

 

 舌足らずな声でそう言って、結瞳が不満そうに肩を竦めた。

 拗ねたように唇尖らせながら、古城たちを見回した。

 

「そこのお姉さんが元に戻ったのは、その変な槍の力みたいですけど、わたしの支配が効かなかった、お兄さんたちとお姉さんは何者です? わたしなら、レヴィアたんだって支配できるって、キリハは言ってたのにな」

 

 悠斗は、結瞳を見ながら訂正をしていた。

 

「(レヴィアたん。 じゃなくて、レヴィアタンな)」

 

 悠斗の中では、ひらがなとカタカナの間違えは結構大きいらしい。

 まあでも、彼女は結瞳であり、結瞳じゃない。 まるで別人のようになったようだ。 おそらく、古城たちの名前を忘れてしまっただろう。

 

「で、お前は誰だ? 江口結瞳じゃないんだろ?」

 

 結瞳は、あらー、と愉快に笑いながら、

 

「お兄さん。 意外にドライなんですね」

 

「……そんな風に言った覚えはないんだが。 てか、話を進めたいんだ。 お前は誰だ?」

 

「わたしも結瞳ですよ。 結瞳は、わたしのこと莉流(りる)って呼んでるみたいですけど」

 

 古城と雪菜は小さく息を飲んだ。

 ――莉流(りる)とは、昨晩、結瞳が口にしていた姉の名前だ。 莉流と結瞳は、一緒にクスキエリゼに捕まっていたといはず。 そして、結瞳だけが研究施設から脱出することができた。

 だが、莉流と名乗る少女は、結瞳の体を借りて笑っている。

 

「まさか……解離性同一性障害……?」

 

 雪菜が、莉流と名乗った少女を見上げて呟いた。 結瞳の突然の変貌に、思い当たる節があったらしい。

 しかし莉流は、ふふ、と愉快に笑い、

 

「多重人格ってやつですかぁ? つらい体験をした結瞳が、自分の精神を守る為に生み出した、もうひとつの人格ってやつですかぁ。 そうですねぇ、当たらずともいえども遠からず、ですかねぇ」

 

 他人事のようにそう言って、莉流が嘲笑する。

 

「つらい体験って、学校とかでのいじめとか?」

 

 凪沙がそう言うと、莉流は正解と言うように腹を抱えて笑った。

 

「結瞳はずっといじめられてたんです。 同じ学校の生徒にも、実の両親にも、クスキエリゼは孤立していた結瞳を引き取ってくれた恩人なんですけどぉ?」

 

 悠斗は嘆息しながら、

 

「そうか。 やっぱり、結瞳は夢魔(ゆま)なんだな。」

 

 ――夢魔。 或いはサキュバス。

 サキュバスは滅多にいない魔族であり、精神支配を得意にする種族だ。

 

「お兄さんの正解。 結瞳は夢魔なんですよぉ。 他人の心に入り込んで好き勝手操ったり、欲望を刺激したり。 そんなエッチな小学生なんて、恥ずかしいですよねぇ。 それはみんなに嫌われちゃいますよー……なんて他人事みたいに言っちゃってますけどぉ」

 

 莉流が自嘲するように唇の端を吊り上げる。

 そして、夢魔であることを否定したい結瞳が、夢魔の能力や欲望を切り離して作ったのが、莉流だ。

 

「ずるいですよねぇ。 嫌なところだけ他人に押しつけて、一人で清純ぶっちゃって。 もー、結瞳のむっつりさん! こんな立派なモノを生やしちゃってるくせにぃ」

 

 彼女が着ているサマードレスの裾から、黒く細い尻尾がゆらゆらと揺れている。――魔力によって実体化した獣の尻尾。

 悠斗の予想通り、結瞳は未登録魔族であり、夢魔と言う希少種。 だからこそ、クスキエリゼ監禁していたことにも説明がつく。

 

「というかぁ。 あれだけで言い当てちゃうなんてぇ、お兄さん、本当に何者なんですかぁ?」

 

「俺か。 俺はただの吸血鬼だ。 つか、俺の予想が当たっただけだ、おチビ」

 

 莉流は、頬を膨らませムッとした。

 

「……もしかして、おチビってわたしのことですかぁ? お兄さん」

 

「お前以外にはいないだろうが、おチビ。 おチビちゃんの方がいいか?」

 

「……お兄さん、わたしのことバカにしてますよねぇ」

 

 悠斗は、悪戯な笑みを浮かべながら、

 

「いやぁ、そんなことはないぞ」

 

「……お兄さんの人でなし」

 

「それ酷くね」

 

 それからも、悠斗と莉流の口論は続いた。

 そこで仲裁に入ったのは、凪沙だった。

 

「まあまあ、悠君も莉流ちゃんも落ち着いて」

 

 凪沙にそう言われ、口論を止める悠斗と莉流。

 だが、一つ解ったことは、莉流(結瞳)の心は悪意と共に、とても悲しそうだった。 悠斗は過去の経験から、悪意や悲しみには敏感なのだ。

 

「ま、お前の目的は時間稼ぎだったんだろ、莉流?」

 

 莉流は楽しそうに笑った。

 

「そのとおりですよぉ。 ホント、お兄さんって何者ですかぁ?」

 

「言ったろ、ただの吸血鬼だって」

 

「教えてくれないんですかぁ、残念」

 

 凶悪そうに眉を吊り上げて、莉流が階段の手摺を乗り越える。 サマードレスの背中を破って、彼女の背から生えたのは翼だった。 魔力によって創られた半実体の翼だ。

 その翼をはためかせ、莉流は、古城たちの背後に着地する。 硝子窓を開け放ち、彼女はコテージの外へと飛び出して行った――。




凪沙ちゃんは原作と違い、精神支配にかかりませんでしたね。
てか、傍観する悠斗君と凪沙ちゃん(笑)

さて、悠斗君は莉流の心を知ってどうするのだろうか?
まあ、一応考えてはいるんですけどね。
つか、自身より強力な術者以外の精神支配を受けず、異能も無効化できちゃう悠斗君チートすぎ(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅶ

書きあげました。
今回も、ご都合主義満載です。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


「待て、結瞳……!」

 

 古城が莉流を追って外へ出る。 莉流は裸足のまま芝生の中庭に立っている。

 古城が、彼女の所へ駆け寄ろうとした瞬間、悠斗に服の首根っこを掴まれ情けない声を上げた。 瞬間、古城の視界を何かが通り過ぎる。 それは金属製のフクロウだ。 そのフクロウは、金属製の凶器にもなっている。

 悠斗は、又してもこちらに向かってくるフクロウに左手を向け、

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

 悠斗がそう言うと、左手掌から焔が放たれ、それを浴びたフクロウが跡形もなく消え去る。

 この術式は、獅子王機関の舞威姫、煌坂紗矢華のものだ。

 

「(……洗脳かよ。ったく、面倒くさい)」

 

 口にはしないが、悠斗は内心で悪態を吐いた。 そして悠斗の視線の先には、コテージ前の道路に車を止めて、制服を着た黒髪の女子高校生が、駆け寄る莉流を出迎えていた。

 整った顔立ちと、華奢だが、しなやかな強靭さを感じさせる体つき。 彼女の肩にかけられているのは、カメラの三脚を持ち運ぶ為の黒いケースだ。

 

「キリハ。 ただいま!」

 

「お帰りなさい、莉流。 少しは気が晴れて?」

 

「まあねー。 特にお兄さんとお姉さんのお陰かなぁ」

 

 黒髪の少女に纏わりつきながら、莉流がけたたましく笑う。

 また、莉流が言うお兄さんとお姉さんとは、悠斗と凪沙のことらしい。 まあ確かに、悠斗と凪沙は、結瞳(莉流)と遊んだ時間が一番長い。 おそらく莉流は、この事を言っているのだろう。

 

「お前が、キリハって奴か?」

 

「その通りよ、紅蓮の織天使。 実際に見ると、まだお子様なのね。 もっと大人びてると思ったわ」

 

 この時悠斗は、額に青筋を浮かばせる。

 

「……お前は高校生なのに、かなり歳食ってるように見えるんだな。 太史局の小母さん(おばさん)

 

 悠斗が挑発的に言うと、キリハと呼ばれる少女の額に青筋が浮かぶ。

 

「……それは、わたしに言ってるのかしら?」

 

「お前しかいないだろうが。 小母さん(おばさん)だから、耳も遠いのか?」

 

「一々癪に障る言葉ね。 紅蓮のお子様(・・・)

 

 このやり取りを見て、古城と雪菜はポカンと呆けていた。 何処からどう見ても、小学生の口喧嘩に見えてしまうのだ。

 そんな二人の仲裁に入ったのは、やはりと言うべきか、暁凪沙だ。

 

「まあまあ。 悠君も霧葉さんも、落ち着いて落ち着いて」

 

「「ふん!」」

 

 同時に顔を背ける、悠斗と霧葉。 この二人のやり取りは、この場ではシュール以外の何物でもなかった。

 再起動したように、古城が悠斗に問う。

 

「ゆ、悠斗。 この女性は何者なんだ?」

 

国家公安組織(大史局)の使いだな。 で、そこの剣巫って所か」

 

 大史局の六刃神官は、陰陽寮の流れを引く魔導災害担当の攻魔師であり、八雷神法を行使する事もできるのだ。 そう、獅子王機関の剣巫と、大史局の六刃神官は、源流(ルーツ)が同じものなのだ。

 

「紅蓮の織天使の言葉で、強ち間違ってなくてよ」

 

 声を上げたのは雪菜だった。

 

「で、ですが。 何故、大史局が紗矢華さんの任務の妨害を……」

 

「ちょとした政策(ポリシー)の違いがあっただけ。 あなたたちと争うつもりはなくてよ。――わたしはね」

 

 瞬間、凪沙が叫んだ。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 そして洋弓の矢が、凪沙が張った結果と衝突し砕け散る。

 古城は、矢が飛来してきた方向へと視線を向けた。

 そこには、霧葉と莉流を護衛するように、銀色の弓を構えている背の高い少女だった。 ポニーテールに纏めた長い髪が風に流され舞っている。

 

「煌坂……なんで……お前が……」

 

「あれは洗脳だ。 煌坂は、霧葉っていう女の命令によって動いてる」

 

 愕然とする呻く古城に、悠斗がそう解説する。 そんな古城たちを見据えながら、紗矢華が新たな矢をつがえた。

 動けない古城たちに背を向けて、霧葉が莉流と歩き出す。 彼女たちの前に止まっているのは、クスキエリザの社用車だ。

 

「――姫柊と凪沙は、莉流を追いかけてくれ。 ここは、俺と古城で何とかする」

 

 召喚してもいい眷獣は、朱雀と白虎限定と、悠斗は凪沙に伝えた。

 流石に、青龍と玄武は、この場では危険すぎるからだ。

 

「わ、わかりました。 行きましょう、凪沙ちゃん」

 

「うん、雪菜ちゃん」

 

 走り去って行く雪菜たち見送って、古城と悠斗は、紗矢華と対峙する。 瞬間、紗矢華が呪矢を放った。

 上空へと向かって飛んだ矢が、高密度の呪文を生成する。 展開した巨大魔法陣に生み出された雷撃が、古城たち目がけてピンポイントに降り注ぐ。

 悠斗は嘆息し、

 

「防御は俺に任せて、古城は攻撃方法を頼んだ」

 

 そう言ってから、悠斗は上空から降り注ぐ矢に目を向ける。

 

「――閃雷(せんらい)!」

 

 悠斗がそう言うと、頭上に雷のカーテンが展開され、そのカーテンにより呪矢が消滅していく。

 紗矢華の行動は早かった。 煌華麟を洋弓から剣に変形させて、古城たちに接近戦を挑んできたのだ。 だが、そんな紗矢華を見ても、悠斗は平静を保っていた。

 それから左手を伸ばし、掌を紗矢華に向ける。

 

「――空砲(くうほう)!」

 

 左手掌から放たれた空気の砲弾を受け、紗矢華は後方へ吹き飛ばされた。 剣でガードしていたので、無傷らしいが。

 だが、意図も簡単に獅子王機関の舞威姫を引かせるのだから、悠斗の規格外さが窺える。――眷獣すら召喚していないのだ。

 

「で、古城。 策は思いついたか?」

 

「要は、煌坂を支配してるものよりも、強い魔力で上書きしてやればいいんだろ」

 

「吸血する気かよ。 姫柊が知ったら怒るぞ。 あいつ、嫉妬深いと思うし」

 

「ちょ、何で姫柊が出てくんだよ」

 

 お前の事が好きだからだよ。と言う言葉を悠斗は飲み込んだ。

 これは本人が伝えることであり、他人から聞くのは筋違いであるからだ。

 

「まあ気にするな。 その策、途中まで手伝ってやるよ」

 

「お、おう。 そうしてくれ。 痛ェのは勘弁だからな」

 

 ちなみに、古城だけで実行する場合は、古城の腹に風穴が空く。

 古城の左腕が、黒く変色する。

 

「――疾や在れ(きやがれ)甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)!」

 

 古城が召喚したのは、霧を纏う巨大な甲殻獣だ。 甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)は、吸血鬼の持つ霧化能力を司る眷獣だ。 その効果範囲は、宿主である古城だけではない。 物質の持つ結合力を奪い取り、物質を霧に変える。

 そして古城の狙いは、紗矢華ではなく、彼女の足元だ。 紗矢華が立っているのは、樹脂と金属によって造られた増設人工島(サブフロート)。 その下にあるのは――海だ。

 古城の狙いは、これによっての紗矢華の動きを封じる事だ。

 だが――、

 

「アホ古城! やり過ぎだ!」

 

 銀色の霧に包まれながら、重力に引かれて、紗矢華と悠斗は下の海に落ちて行く。

 海水まで高さはおそらく、六、七メートル。 二人が海に着水すると、派手な水柱が噴き上がる。 強力すぎる眷獣の攻撃は、当然それだけでは済まなかった。

 銀色の霧が凄まじい勢いで広がって、人口の大地に半径数メートルの巨大な穴を穿つ。

 増設人工島(サブフロート)を支える構造物も、敷き詰められた表地も、その上の樹木や街灯も完全に消滅。 支えを失った道路が陥没して、次々に海面へと落下する。

 

「くそ……やり過ぎた……。 悠斗まで巻き込んじったよ……。 なんつーか、後が怖ぇな……」

 

 十中八九、古城は悠斗に締められるだろう。 その未来が見え、古城は顔を強張らせた。

 そんな古城は、傾いた地面にしがみついている。

 眷獣の召喚を解除して、古城も海へ飛び込む。 そこでは、悠斗が黄金の鎖で紗矢華を拘束していた。 これは黄龍の技、鎖巻(バインド) だ。

 

「(……古城。 後で締めるからな。――まあ、今は煌坂の精神支配解除が先だが)」

 

「(お、おう)」

 

 古城は、吸血鬼が持つ筋力を全開にして、古城は水を蹴りつけた。 四、五メートル程の距離を一気に詰めて、真正面から紗矢華に迫る。

 

「(……暁古城)」

 

 海水と汗に濡れた白い首筋。 濡れたシャツの下から浮き上がる細い鎖骨。 優美な顔立ちと、華奢な体つき。

 これは、古城の欲望を刺激するのには十分過ぎた。

 古城は瞳を真紅に変え、口の端からは牙が覗く。 古城は露わになった首筋に牙を突き立て、紗矢華の血を啜りながら魔力を送り込む。

 紗矢華は快楽に溺れるように、古城に体を預け、全身の力が抜けた。

 これを見て悠斗は、

 

「(……はあ、これから修羅場か……)」

 

 とまあ、身も蓋もない事を思っていた。

 そんな三人を、朝焼けの空が静かに照らしていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 クスキエリゼの社用車は、コテージから少し離れた海辺の道路に停まっている。 搭載された無人運転装置が、雷を察知したのだ。 言わずとも、悠斗が放った雷である。

 霧葉は、莉流を連れて車から下りてくる。 車での移動を諦めて、徒歩でクスキエリゼに向かう事にしたのだろう。

 だが、莉流の手を引いて歩き出す前に、霧葉は立ち止まって顔を上げる。

 霧葉の眼先には、雪霞狼を構えた雪菜と、臨戦態勢に入っている凪沙の姿があったからだ。

 

「――結瞳ちゃんを返してもらいます」

 

「――霧葉さんたちの目的を、話してくれるかな?」

 

 霧葉を睨んで、凪沙と雪菜が告げる。

 霧葉は溜息交じりに首を振り、肩に背負っていたケースから槍を引き抜いた。 音叉(おんさ)のような二叉(ふたまた)に分かれた、鉛色の双叉槍(スピアフォーク) である。

 

「わからないわね、暁凪沙。 姫柊雪菜。 あなたたちには、莉流を連れ戻す理由はないのではなくて?」

 

 雪菜の任務は第四真祖の監視であり、凪沙はこの事件には無関係とも言える人物なのだ。

 確かに、莉流を連れ戻す権利はないが――、

 

「洗脳した紗矢華さんに、先輩たちを襲わせただけでも、わたしが、あなたを敵と見なすのは十分な理由だと思いますけど? 特に、凪沙ちゃんにはですが」

 

 霧葉は、やれやれと首を振る。

 

「莉流と第四真祖、紅蓮の織天使とは接触させたくなかったの。 彼らは、わたしたち(対史局)にとって、余りにも危険すぎる不確定要素(イレギュラー) だから」

 

 彼女たちの後方から、巨大な破壊音が聞こえてきたのはその直後の事だった。 爆炎に似た霧。 古城が眷獣を召喚したのだ。

 

「彼らの様子、見に行かなくてもいいの?」

 

 雪菜は、表情を崩さずに言う。

 

「きっと、先輩方は大丈夫です」

 

「……信頼してるのね、彼らのこと。 少し意外」

 

 霧葉の視線が凪沙へ向く。

 

「それはそうと、暁凪沙。 あなたから彼の魔力を微弱に感じるのは何故かしら」

 

 凪沙は嘆息してから、上手く隠してたんだけどなぁ。もう隠さなくていいか。と呟く。

 

「霧葉さんは、雪菜ちゃんの一枚上って所かな。――そうだね。 わたしは、紅蓮の織天使の血の従者(血の伴侶)だよ」

 

 凪沙の口調はいつもと変わらないが、雪菜には解った。

 凪沙は、かなり怒っているのだ。 魔力の波動がプレッシャーとなって、霧葉に襲いかかっている。

 

「かなりの魔力とプレッシャーを感じるわけね。 真祖と同格と言った所かしら」

 

「凪沙も、それが定かなのか解らないんだけど、南宮先生と悠君が言うにはそうらしいよ」

 

「……あなたも、わたしたち(大史局)の脅威リストに仲間入りでしてよ」

 

「それは嬉しい事なのかな。 何でもいいけどさ」

 

 この場には重い空気が流れている。 一色触発と言ってもいいだろう。

 最初に動いたのは、凪沙だった。

 

「雪菜ちゃん、結瞳ちゃんをお願い。――牙刀(がとう)!」

 

 凪沙は地面を蹴って、召喚させた刀を霧葉へと叩き付けようとする。

 だが霧葉は、それを咄嗟に双叉槍(スピアフォーク) で受け止めて舌打ちする。 そして、驚愕に包まれた。

 

「ッ!」

 

 霧葉の双叉槍(スピアフォーク) に激突して、凪沙の持つ刀が眩い輝きを放ったからだ。

 これは、――神通力(・・・)の輝きだ。 凪沙は刀に、神々の力を纏わせたのだ。

 霧葉は無理やり刀を弾き、後方へ跳ぶ。

 

「……何故、あなたがその力を使えるのかしら……。 そしてその剣捌き、あなた元々普通の人間でして?」

 

「どうだろう。――記憶のお陰。とでも言っておくよ。 その槍の正体も知ってるよ。 大史局の乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)。 結瞳ちゃんを覚醒させたのも、獅子王機関のお姉さんに暗示をかけてたのも、その槍の能力なんでしょ? 違う?」

 

 結瞳の中に眠っていた莉流の人格は、突然覚醒した。

 別人格が目覚める切っ掛けとなる、刺激や体験がなかったのにも関わらず、だ。

 だとすれば、可能性は一つだけ。 誰かが、外部から結瞳の精神を支配して、強制的に莉流を目覚めさせたのだ。

 乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)。 それは、獅子王機関とは異なる技術体系によって生み出された調伏兵器だ。

 その能力は、蓄積した魔力を増幅し、その使い手の意思によって放出すること。 双叉槍(スピアフォーク) の使い手は、人間に使えないはずの特殊能力や、膨大な魔力を操る事ができる。 謂わば、魔力を模倣(コピー)する武器なのだ。

 霧葉は、結瞳が夢魔としての魔力を事前に乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)に蓄え、この特殊能力を使い、結瞳を覚醒させたのだ。

 

「……その通りよ。 今、あなたに対する、脅威レベルがかなり上がったわ……」

 

「それはどうも。 あと感じるでしょ」

 

 凪沙は平然とそう言った。

 対して、霧葉に動揺が走る。

 

「……ええ。 さっきの衝突で、乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)に蓄えた魔力を打ち消したのね……」

 

 魔力を操る乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)にとって、蓄積した魔力が消滅する事は、霧葉の術はすでに破れた。と言うことにも繋がる。

 

「正解。 流石、大史局の六刃神官って言った所かな」

 

「……紅蓮の織天使の血の従者(血の伴侶)に、お褒めの言葉を貰え光栄でしてよ。――眷獣は召喚しないのかしら?」

 

「うーん。 召喚してもいいんだけど、ここ狭いし被害があるかもだから。 朱君なら大丈夫だと思うけど……。 でも、朱君の魔力を吸い取っちゃうんでしょ?」

 

 乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)には、魔力を吸収する能力もある。 なので、朱雀の飛焔(ひえん)は吸収され、霧葉の力に変換されてしまうのだ。

 

「……暁凪沙。 あなた、何処まで乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)の秘密を知ってるのかしら? それを知ってるのは、一部の人間だけでしてよ……」

 

 凪沙は刀を構えながら、

 

「敵のお姉さんに、教えるわけがないでしょ」

 

「……それもそうね」

 

 凪沙が、チラリと莉流の方向を見ると、雪菜が無事に保護をしていた。

 また先程、莉流は結瞳の人格を取り戻し、クスキエリゼへの帰還を望まなかったのだ。 それでも、強引に結瞳を連れ去ろうするのなら、霧葉は単なる誘拐犯だ。

 なので凪沙は、躊躇なく霧葉を叩き潰すだろう。 そして、古城たちを傷つけようとした張本人なのだ。

 

「形勢は、こっちがかなり有利だけど。 霧葉さんは、クスキエリゼに一人で帰ったら。 結瞳ちゃんは、わたしたちが保護するから」

 

 今凪沙は、大史局の面目を潰したのだ。 そう、大史局はやり過ぎた。――凪沙の逆鱗に触れてしまったのだ。

 霧葉は、槍を無造作に旋回させ、構える。

 

「……引くわけには行かないのよ」

 

「ふーん、戦うんだ。 それじゃ、お望み通り――」

 

 霧葉が繰り出してきた槍を、凪沙は刀で受け止める。

 霧葉が持つ乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)に充填された魔力は残っていないが、武器としての機能が失われた訳ではない。 そして神通力は、相手が通常の武器の場合、効果が得られない。 霧葉と凪沙の武器の強さは同等なのだ。 後は、どちらの腕が高いかである。

 

「そこっ!」

 

「ッチ!」

 

 あり得ないことに、凪沙が六刃神官を押していた。 腕は互角と思われるが、刀の方が短く、素早く攻防できるのだ。

 霧葉は、凪沙の連続攻撃に防戦を余議なくされる。

 雪菜は目を丸くする事しかできない。 もし、自分が凪沙と戦ったら、必ず負けるだろう。 それ程の力量を、凪沙は持っている。

 

「ふ、ふふふ。 あははははっ! こんなに楽しませてくれるなんてね。 洞察力に剣捌き、紅蓮の織天使の血の従者(血の伴侶)の名は伊達じゃないってことね。……ふふ……そうでなくてはねぇ……」

 

 霧葉が獰猛に笑い出す。 上品ぶっていた鍍金が剥がれ、彼女の本性が洩れ出しているのだ。

 

霧豹(むひょう)双月(そうげつ)!」

 

 霧葉が突き出した乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)の二本の刃が共鳴して、破壊的な音波を撒き散らす。

 魔力を増幅する乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)が霧葉の呪力を増幅し、強力な攻撃呪法として撃ち出したのだ。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 だが、この攻撃は、凪沙が張った紅い結界によって防がれる。

 両者は、再び一定の距離を取った。

 

「こんな小娘と殺り合うのが、こんなに刺激的だと思わなかった。 時間切れが勿体ないわ」

 

 霧葉は、戦意を喪失したように乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)を下ろした。

 

「時間切れ?」

 

 その直後、増設人工島(サブフロート)を襲ってきたのは、大地を揺らすほどの爆発的な魔力の波動であった。

 昨日、凪沙たちが感じたものと同じだ。 だが、あの時と比較して、魔力の密度が上がっている。

 

「(……この波動はレヴィアタンの……。 だけど、昨日と比べると魔力が桁違いに高い……)」

 

 凪沙がそう考えていると、結瞳を戦闘から守っていた雪菜が突然叫んだ。

 

「結瞳ちゃん。 待って、何処に行くの!?」

 

 結瞳は、凪沙たちに背を向け、何処かに飛び立つように黒い羽を展開している。

 そう。 結瞳が自ら、夢魔の力を引き出したのだ。

 

「……もうやめてください。 霧葉さんも、凪沙お姉さんも」

 

 引き裂かれたサマードレスの襟元を押さえて、結瞳は寂しげに微笑んだ。

 そして、ブルーエンジアムへと目を向ける。 その先の向こう側に見えるのは――クスキエリゼの研究施設だ。

 

「もういいんです。……わたしが、全部終わらせますから……」

 

 そう言って、結瞳は翼を羽ばたかせる。 結瞳は空へと舞い上がり、そのまま滑るように飛び去って行った。

 何故、クスキエリゼから逃げ出して来たはずの結瞳が、心代わりをしたのだろうか。

 その答えを知っている霧葉も、何故か不安げな表情を浮かべ、結瞳が飛び去った空を見上げている。

 雪菜も、凪沙も、霧葉も、既に戦う理由は失われ、茫然と空を見上げる事しかできなかった。

 ――そう、結瞳はもういないのだ。

 

「藍羽……浅葱……」

 

 乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)を下ろした霧葉が、背後へ視線を向けて呟く。

 サンダルを履き、浅葱は息を弾ませながら、凪沙たちの方へ駆け寄って来る所だった。 意識を取り戻した浅葱が、古城たちの不在に気づき、探しに来たのだ。

 

「――姫柊さん、何があったの? てか、何で凪沙ちゃんが刀を持ってるのよ? 結瞳ちゃんは?」

 

 矢次に浅葱がそう聞いてくる。

 霧葉は浅葱を一瞥し、哀れみと侮蔑の視線を向けた。

 

「そう……あなたが、カインの巫女……」

 

 雪菜と浅葱は疑問符を浮かべたが、凪沙は目を丸くする。

 悠斗の記憶で、第三真祖との戦闘、絃神冥駕との邂逅までは見ていなかったからだ。

 

「誰よ、あんた……?」

 

 霧葉は、乙型呪装双叉槍(リチエルカーレ)を強く握ったが、すぐに思い返したように首を振り、

 

「あなたを責めるのは、筋違いだったわね。 でも、ごめんなさい。 悪く思わないで――」

 

 さよなら。と言い残し、霧葉は凪沙たちに背を向けた。

 そのまま無言で立ち去る彼女を、凪沙たちは見送る事しかできなかった――。




……あれですね。凪沙ちゃん、チートすぎ……。凪沙ちゃんは、悠斗君の動きをほぼ模倣できますね。まあでも、獅子王機関の三聖には届いていないんですが。
てか、凪沙ちゃんがキレると怖いわ……。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅷ

明けましておめでとうございます!
こちらの小説は、新年初投稿ですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 コテージの庭があったはずの場所は、悲惨な姿に変わっていた。

 地面が大きく陥没し、剥き出しになった人工島の構造物が、海水に沈んでいる。 街灯も敷き詰めた道路も、ガードレールも、全て跡形もなく消え去って、斜めに傾いた緑の芝生を、打ち寄せる波が洗っていた。

 もちろん、これを起こしたのは古城だ。 やはり、悠斗のように繊細な眷獣制御は無理だったらしい。

 

「先輩!?」

 

「悠君!」

 

 海に沈みかけた芝生の先端。 波打ち際になっている場所に、古城のパーカーを上にかけ横になっている紗矢華と、その場に座り、髪から海水が滴り落ちる古城と悠斗。

 

「ちょっ……。 こ、これどうしたの!? コテージの庭が破壊されてるじゃない!? 古城と悠斗がやったの!?」

 

 悠斗は、心外だ。と浅葱に言ってから、

 

「アホ古城が犯人に決まってるだろ。……ここまで眷獣制御が下手だったとは予想外だったが」

 

「い、言うな! 強力な力の完全制御は難しすぎるからな!」

 

 眷獣制御では、古城より凪沙の方が上手い。

 意思を持つ眷獣。と言う要素もかなり入っているが。

 

「俺は完璧だけど」

 

「ゆ、悠斗は規格外すぎるんだよ! 通常の技の出力も完璧って、どんだけだよ!」

 

 ちなみに、凪沙は、朱雀と白虎のものだけだ。

 青龍と玄武は、かなりの繊細さを要いられるので、使用する事ができない。

 

「紗矢華さん、気分はどうですか? 怪我は?」

 

 雪菜は、横になっている紗矢華に呼びかける。 彼女には目立つ怪我はなかった。 ただ、シャツの襟元だけが不自然にはだけている。

 紗矢華の細い首筋に残る痕を見て、雪菜はムッと眉を寄せた。 どのようにして、紗矢華の精神支配を解除したのかが、分かった瞬間でもある。

 

「雪菜……?」

 

 ぼんやりとした表情で、紗矢華が目を開ける。

 視界に映る雪菜を見上げ、紗矢華は、今の現状を見て小さく首を傾げる。

 

「気づきましたか、紗矢華さん」

 

「……わたしは、クスキエリゼで六刃の女に会って、それから――」

 

 頼りない声でそう呟いて、紗矢華は今までの事を思い出して顔を赤くし、上体を起こしてから自分の首筋を押さえた。

 おそらく紗矢華は、吸血の件を思い出したのだろう。

 悠斗は、修羅場になる予感を覚えて、立ち上がってから凪沙も元まで移動した。

 

「凪沙。 結瞳はどうだった?」

 

 凪沙は、顔を若干俯けた。

 

「……悠君、ごめんね。 連れ戻せなかった……」

 

 凪沙が言うには、莉流から結瞳の意識は戻すことはできたが、魔力干渉を感じ保護には応じなかったらしい。

 

「……レヴィアタンを何とかしないと無駄ってことか」

 

 凪沙は顔を上げた。

 

「悠君、わたし思ったんだ。 莉流ちゃんの行動は――結瞳ちゃんの為じゃないかって」

 

 そうなると結瞳の目的は、レヴィアタンの内部で一生を終えると言うこと。レヴィアタンの内部で消滅すれば、代々受け継がれる夢魔の力も完全に消滅するのだ。

 

「……結瞳(莉流)の目的は、夢魔の悲劇を終わらせる為、か」

 

 これならば、莉流がクスキエリザに協力する辻褄が合う。

 凪沙は寂しい口調で、

 

「……でも、孤独に死んじゃうなんて、寂し過ぎるよ」

 

結瞳(莉流)を一人にしないさ。 だろ、凪沙?」

 

 凪沙は力強く頷いた。

 

「うん! 必ず助けるよ。――みんなも力を貸してね」

 

 後半の言葉は、内に眠っている眷獣たちに向けたものらしい。

 その証拠に、眷獣たちからの同意の声が挙がっていた。

 

「だな。 必ず助けような」

 

「もちろん!」

 

 これが、悠斗と凪沙のこれからが決まった瞬間でもあった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 カーテンを閉め切ったコテージの女子部屋。 椅子に座り、机の上で浅葱がPCを開いていた。 彼女の肩越しに画面を覗いてる古城と悠斗、両脇に立つ凪沙と雪菜、紗矢華だ。 ちなみに、浅葱以外は、全員が立っている。

 

「いたわ……。 たぶんこれよ。 レヴィアタン」

 

 対潜哨戒機から通信を傍受して、浅葱が言う。 映し出されているのは、魚群探知機の映像に似たオレンジや緑の斑模様だ。

 

「分かりにくいな、この映像。 何処にいるんだ?」

 

「古城君。 画面に映ってる斑模様がレヴィアタンだよ」

 

 凪沙にそう言われ、古城は目を丸くした。

 周囲の地形とそれを見比べ、映像に映し出された数字を何度も確認する。

 

「……デカ過ぎだろ!? 何メートルあるんだ!?」

 

「大体、全長四キロ程度だな。 ま、伝説の生き物として見ると、小さいのかも知れないけど」

 

 だが、眷獣一体と比べると、その大きさは伊達ではない。 空母や原潜は目ではないだろう。

 

「……このレヴィアタンを、クスキエリゼの会長ってのは、飼い慣らそうとしてんのか――?」

 

「そうだな。 クスキエリゼの久須木は、結瞳の内に眠っていた夢魔としての力を覚醒させて、覚醒した結瞳を生贄にする気だな――」

 

 紗矢華は頷き、

 

「神代悠斗の言う通りよ。 でもね、暁古城。 夢魔というのは、それほど強力な魔族ではないの。 彼らの精神支配が及ぶのは、睡眠中や無防備な相手だけだから。――だけどね、例外があるのよ。 極稀に、凄まじく強力な精神支配を持った夢魔が現れるの。 その代表的な存在が――」

 

 紗矢華は古城に、懇切丁寧に説明してくれる。

 

「リリス、か?」

 

 ええ、と紗矢華は重々しく頷いた。

 

「夢魔という種族は、吸血鬼みたく不老不死じゃないから、転生という形で引き継がれるの。 先代のリリスが死んだ後、次世代のリリスが世界のどこかで誕生する。 リリスの器の適合を持っていた江口結瞳は、偶然、それを引き当ててしまったわけ。 当然ショックだっただろうし、両親との軋轢もあったみたいね。 ちょっとした虐待があった事も報告されてるわ」

 

 紗矢華の言葉を、悠斗が引き継ぐ。

 

「でだ。 虐待を受けていた結瞳を、クスキエリゼが引き取ったんだ」

 

 紗矢華と悠斗の説明を聞いた古城は、納得のいく表情をしていた。 昨日、結瞳は古城たちと出会って以来、一度も両親の元へ帰りたいとは言わなかったのだ。 今なら、彼女のあの態度も腑に落ちる。 また今回も、悠斗の予想はほぼ的中と言っても過言ではなかった。

 

「結瞳ちゃんの能力が、レヴィアタンを制御するのに有効だって事を、クスキエリゼは最初から知ってたわけ?」

 

 眉を寄せて浅葱が聞く。 もしもクスキエリゼが最初からそれを知っていたのなら、最初から結瞳を生贄に捧げる為に引き取った事になる。

 

「それはどうかしらね」

 

 紗矢華は、冷静に首を振った。

 

「夢魔は追害される魔族だから、クスキエリゼは彼らの保護活動に出資してるの。 夢魔の能力は魔獣を飼い慣らすのにも有効だから、将来的にはクスキエリゼの社員や、魔獣庭園の職員として雇うことができるし」

 

「実益を兼ねた社会貢献ってところか……。 割とまともな話に聞こえるな」

 

 古城は軽く戸惑いながら呟いた。

 夢魔を保護する事でクスキエリゼの企業イメージは向上し、有能な社員を確保する事ができる。 夢魔にとっても、大企業による援助は歓迎すべき事だろう。

 両者は良好な関係を築いていたのだ。――レヴィアタンという存在が絡んでこなければ。

 

「クスキエリゼは、結瞳ちゃんがリリスだったから保護したわけじゃない、ってこと? それどころか、リリスだって事に途中まで気付かなかった可能性もある?」

 

 浅葱が真剣な表情で考え込む。 紗矢華の説明が事実なら、結瞳はクスキエリゼに保護されたのは単なる偶然だ。 今回の事件とは結び繋がらない。

 そんな時、口を開いたのは凪沙だ。

 

「――古城君たちは、これが仕組まれた事だってわかるはずだよ」

 

 最初に息を飲んだのは雪菜だった。

 

「もしかして、大史局が――」

 

 大史局の六刃――妃崎霧葉。 クスキエリゼを扇動し、この状況を仕組んだのが大史局なのだ。 そう考えれば、霧葉が結瞳を連れ戻そうとした理由も分かる。

 

「だろうな。 大史局は、事前に結瞳の正体に気づいてただろうな。 んで、出資を条件として久須木に提案したんだよ。 夢魔の力を使って、大史局と生体兵器を制御してみませんか。ってな」

 

「大史局ってのは、魔獣による災害を未然に防ぐのが仕事なんだよな? だったら連中がレヴィアタンを制御したいって思うのは、それ程おかしいことじゃないと思うだが」

 

 古城は、ふと素朴な疑問を覚えて呟く。

 だが悠斗は、未然に防ぐんだったら封印だろ。と思いながら、

 

「いや、おかしいから。 普段は海の底をグルグル回ってるだけの奴だぞ。 何で叩き起こす必要がある?――こう考えると、久須木は利用されてるな。 大史局の思惑は解らないけど」

 

「利用……されてるのか。 何でだ?」

 

「おそらく、大史局にも目的があるんだろ。 大方、碌でもない事だろ。 今一、政府組織の考える事は解らんしな」

 

「……組織か。 面倒なものが絡んでるんだな」

 

 これでは話が進まないと思った雪菜が、かなり強引に古城と悠斗の中に割って入る。

 

「た、大史局の思惑はともかく、クスキエリゼはどうして協力してるんでしょうか?」

 

 その答えは、雪菜の隣、凪沙から返ってきた。

 

「それは簡単だよ、雪菜ちゃん。――浅葱ちゃん、お願い」

 

「りょうかいよ」

 

 PCを操作していた浅葱がEnterキーを叩くと、新たな画面がPC画面に映し出される。

 そこには、ある組織のウェブサイトだ。

 

「クスキエリゼ会長、久須木って男は、トゥルーアークの出資者なのよ」

 

「トゥルーアーク?」

 

 聞き覚えのない組織名に、雪菜がちょこんと首を傾げる。

 

「名目は環境保護団体だけど、その中身はテロリストだね。 悪の組織だよっ、悪の組織」

 

 凪沙は、ブルエリにそんな人が居るなんて最悪だよね。と言いながら唇を尖らせた。

 古城たちは目を丸くした。――凪沙が、裏世界に関して詳しいからだ。 やはり、悠斗が持つ莫大な情報ならば、並大抵の事は解るらしい。

 

「魔獣を売り買いしてる会社の会長が、そんな連中に金を渡してるのか?」

 

 古城は顔を顰めて言った。

 浅葱もうんざりしたように溜息を吐いて、

 

「ああいう連中は、自分たちの主張の矛盾を一々気にしたりはしないわよ。 自分たちが正義だと思い込んで、そこで思考を停止しちゃってるんだから」

 

 絶滅寸前の魔獣の保護は、もちろん活動だが、その為なら何をしても許される事ではない。 魔獣を守る為に人間を襲うなど論外だ。 ましてやクスキエリゼは、その魔獣を捕獲したり売り捌いたり、研究に使っている企業だ。

 クスキエリゼがテロ活動を支援するのは身勝手な事であり、かなりの矛盾があるのだ。

 悠斗がそんな事を考えていたら、無性に腹が立ってきた。 まだ幼い子を、生贄にしようとしてるのだ。

 

「……かなり腹が立ってきた、今すぐ久須木の野郎を締めてぇわ」

 

「……凪沙も、激怒ぷんぷん丸かな」

 

 何とも可愛らしい怒り方である。

 だが、それとは裏腹に、かなり濃密な魔力が洩れ出している。

 

「温厚なわたしも、かなり頭にきたわ」

 

 浅葱は、再びPCのキーボードを叩き始めた。

 

「悠斗!」

 

 クスキエリゼのネットワークに侵入していた浅葱が、悠斗の名を叫んだ。

 どうやら、結瞳の場所を特定したらしい。

 

「結瞳ちゃんは、潜水艇に乗せられてレヴィアタンに向かってるわ。 久須木も一緒よ」

 

「潜水艇? 直接レヴィアタンに乗り移る気か」

 

 レヴィアタンは生物兵器だ。 内部に制御する為の洞があっても不思議ではない。

 そして、海の底に潜られてしまったら、こちらに攻撃手段がないのだ。

 

「レヴィアタンの制御システム本体は、クスキエリゼの研究所にある“LYL(リル)”ってシステムね。 そっちを乗っ取っちゃえば、久須木の計画は潰せるけど」

 

 浅葱は、もう一度のPCを眺めてから、

 

「夢魔の能力を安定して引き出す為に、結瞳ちゃんの人格の一部をコンピューターに移植した人工知能みたい。 人工的に造り出した、下層第二人格(ワイヤード・ドッペルゲンガー)って感じかしらね。 この“LYL(リル)”が結瞳ちゃんを乗っ取って、リリスの能力を引き出してるってわけ」

 

 悠斗は、なるほど。と頷いた。

 莉流は、結瞳の肉体を操りながらも、結瞳から切り離された別の存在だった。

 彼女に乗っ取られた時の結瞳が、夢魔の力を完全に使いこなしていた理由も解る。“LYL(リル)”とは、その為に造り出されたシステムだからだ。

 そのシステムが稼働してる限り、結瞳を救い出す事はできない。と言うことは、レヴィアタン向かった結瞳を救出するだけではなく、クスキエリゼの研究所内にあるシステムを如何にかしなければならない。と言うことだ。

 

「こっちはわたしが何とかするから、悠斗たちは、結瞳ちゃんと助ける事に集中しなさいな」

 

「助かる、浅葱。 これが終わったら、古城が二回言うことを聞いてくれるらしい」

 

 これで浅葱のモチベーションは、最高潮に達するだろう。 その証拠に、指を鳴らしやる気満々である。

 そして古城は、なッ!と声を上げる。

 

「何で、もう一回プラスされてんだよ!」

 

「いや、古城を締めるの忘れたから、これでチャラにしようかなと。……締めて欲しかったとか? もちろん、手加減なしの物理でだけど」

 

 第四真祖は不死身の吸血鬼なので、悠斗は躊躇なく眷獣たちの技を使用するだろう。

 その光景を想像したのか、古城は全身を震わせた。

 

「わ、分かった。 悠斗の案を飲むよ」

 

 ともあれ、古城は浅葱に二回ほどパシリになる事が決定したのだった。

 なぜか凪沙は、顔を僅かに赤くしていたが。 おそらく、年頃の事を考えたのだろう。

 

「さて――」

 

 悠斗がそう言うと、再起動した紗矢華が焦ったように会話に割り込んでくる。 この一件は、獅子王機関が紗矢華に出した任務なのだ。

 

「ちょ……勝手に話を進めないでよ!? これ、わたしの任務なんだけど!」

 

 悠斗は嘆息してから、

 

「じゃあ、俺たちの手を借りなくても如何にかできるのか? 事態はここまで進んでるだぞ?」

 

 悠斗の尤もな意見に、紗矢華は、うっと言葉を詰まらせる。

 悠斗は苦笑してから、

 

「意地の悪い返しだったな。 乗りかかった船だ、最後まで付き合うさ。 移動手段だが――」

 

 飛んで移動する事は可能だが、古城たちの存在が公になってしまう。 流石に、これは最終手段になる。

 となると――、

 

「煌坂。 クスキエリゼに予備の潜水艇はないのか?」

 

 無かった場合は、最終手段だな。と悠斗は付け加えた。

 

「……潜水艇はないけど、高速艇が残ってるわ。 自動操船装置があれば、こっちで操縦できると思う。 結瞳ちゃんたちに追いつけるかどうかはギリギリだけど、レヴィアタンが海上に浮上してる間ならチャンスはあるかも」

 

 旅行バックからタブレッドPCを取り出した浅葱が、研究所内の見取り図を表示して古城に手渡す。 船がある格納庫は、魔獣庭園の一番奥だ。

 

「早く行こうぜ。 時間が惜しい」

 

 悠斗と凪沙も、古城に同意だ。

 結瞳を助けるのは、時間との勝負でもある。

 

「待って下さい、先輩。 わたしも行きます」

 

 雪菜は、わたしは第四真祖の監視役ですから、と言う。 雪菜の右肩には、肩紐でギターケース(雪霞狼)がしっかりと下げられている。

 

「あ……あの……わたしに任務……なんだけど……」

 

 ギターケース(煌華麟)を抱いた紗矢華が、弱々しい声で自分の存在をアピールする。

 だが、紗矢華の自己主張は、勢いよく開いたドアの音でかき消された。

 

「おーす……あれ、お前ら、どこに行くんだ」

 

 ノックもせずに部屋に入って来たのは、部屋着姿の基樹だった。 廊下に寝かせたまま放置してたのだが、今になって目を覚ましたらしい。

 

「「なんでもねぇ! 眠ってろ!」」

 

 説明するもの面倒なので、古城と悠斗は、基樹の胸元に枕を投げつける。

 時刻は、午前八時を回った頃だ。 昨晩、夜更かしした事を思えば、それ程的外れではないはずだ。

 

「いや、そう言われても、こうも騒がしくちゃな。 早起きは朝の秘訣だぜ」

 

 この発言を聞いていた浅葱が、イラッとしたように振り向き、

 

「いいから、あんたはわたしの朝ご飯の支度をしなさい。 コンビニ行って買ってきて!」

 

「お、おお……コンビニって、お前ここ、出来たばかりのリゾート……」

 

「うっさい! 早く!」

 

 幼馴染の暴言な命令に、不満を洩らしながらコテージを出て行く基樹。

 と言っても、基樹は一部始終を見てるだろう。 基樹には音響結界(サウンドスケープ)があるのだ。 第四真祖の監視役に選ばれたのも、この力が大きい。

 ともあれ、結瞳救出へ動き出した古城たちだった――。




この章も、後二話くらいですね。いや、一話かな。
ともあれ、終わりが近づいてるってことです。

さて、レヴィアタンの巨体にどうやって対抗するのか?何かを解禁することは確かなんですけどね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。

この小説は、14巻とエピローグで完結と言う形になってますね。
い、一応、書いといた方がいいのかな。と思い報告しました。


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黒の剣巫Ⅸ

何か、矛盾がありそうで怖い……(震え声)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 無人運転電動カートに乗って、古城たちは魔獣庭園到着した。 古城と悠斗、凪沙の恰好は、戦闘を考慮してTシャツに短パンと動きやすいラフな恰好であり、雪菜は水着を大きめのナイロンパーカーで隠し、黒いギターケースを背負っている。

 紗矢華は、リボンの縁を取りが入った桜色のビキニだ。 一応、上にシャツを着ているが、浅葱から借りた水着が小さいのか胸の谷間が凄い事になっている。 まあ、今となっては古城たちは気にしてないが。

 ともあれ、到着した魔獣庭園の門を見上げると、庭園の周囲は高圧電線入りの鉄柵と深い運河に囲まれて、入口ゲートはシャッターが降りている。

 

「そりゃ、この時間はまだ閉園してるよな……どうやって中に入るか?」

 

 時間を確認して、古城がそう呟く。

 そんな時、言葉を発したのは、悠斗の隣に立つ凪沙だった。

 

「一部を破壊して中に入る? その方が手っとり早いよ」

 

 凪沙の言葉を聞き、古城は顔を引き攣らせ、雪菜と紗矢華は目を丸くした。 悠斗が平然な顔をしてるということは、凪沙と同じ事を考えていたのだろう。

 

「……な、凪沙。 お前、悠斗と思考回路が似てきたな……」

 

「そうかな? でも、被害が一番少ない方法だしね」

 

 まあ確かに、凪沙の言う通りだった。 だが、その時、魔獣庭園内部で異変が起こった。

 荒々しい地響きや唸り声。 重量のある何かが激突する音。 逃げ惑う人々の悲鳴――。

 

「……魔獣たちが暴れているのか?」

 

 異変の正体に気づいて、古城は動揺する。 広大な魔獣庭園の周囲で、魔獣たちが一斉に暴れ出したのだ。 屋外で放し飼いされていた群れはもちろん、檻や建物の中で飼育されてる種族や、屋外プールにいる海棲な魔獣までもが、完全にパニックを起こしている。

 

「おそらく、レヴィアタンの魔力の波動を受けて、それに怯えて暴動を起こしたんだ」

 

 悠斗の言う通りだった。 レヴィアタンが放つ魔力の波動に当てられ、それを察知した魔獣たちが死の恐怖を覚えて怯えているのだ。

 

「ここって……何匹くらい魔獣を飼ってるんだっけか?」

 

「三百種、二千二百だっけか」

 

 古城の疑問に悠斗が軽い口調で答えた。その絶望的な数字に古城は目眩を覚える。

 

「まずいぜ……。 そいつらがそのまま、魔獣庭園の外に逃げ出したら手に負えない……」

 

 自分自身の呟きで、古城は事態の深刻さを痛感する。

 魔獣庭園には、魔獣たちの脱走を防ぐ設計が成されているだろう。

 しかしそれは、獰猛な魔獣たちを対象にしたものだ。

 人間に危害を加える恐れがない穏和な魔獣たちまでもが恐慌状態になって、自滅する事を厭わず一斉に暴走を始めたら、完全に防ぎきる事は不可能だ。

 既に、庭園内や研究所のあちこちで、魔獣は檻を破って暴走を開始。 複数の場所で火の手が上がり始めていた。 檻が破られてしまうと、先に脱出した魔獣たちによって、園内の警備システムが破壊され、暴走の連鎖が広がっていく。

 三百種の全てとは言わないが、その半数近くは、確実に庭園の外へ脱走するだろう。

 その魔獣たちが遊園地やプールで暴れたら、どれだけの被害が出るか想像もつかない。 魔獣庭園のスタッフだけでは、それを止めるのは不可能だ。

 

「紗矢華さん、煌華麟は使えますか?」

 

 獅子王機関の舞威姫が持つ銀色の長剣を見つめて、雪菜が聞いた。

 紗矢華の煌華麟、六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)は制圧兵器だ。 鳴り鏑矢によって紡がれる高密度な呪文が、人間には詠唱不可能な高度な呪術を発動する。 その呪矢の力をもってすれば、数千匹の魔獣を一斉に無力化する事もできるはずだ。

 

「鎮圧系の呪矢は残ってるから、眠らせる事はできると思うけど、さすがにこの範囲全部をカバーする事は無理だわ。 せめて、一箇所に纏まってくれれば」

 

 これを聞いて頷いたのは凪沙だ。

 

「ここは、わたしに任せて」

 

 凪沙が左手を突き出すと、そこからは凍気が発せられる。

 

「――おいで、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 凪沙の背後に浮かび上がったのは、氷河のように透き通る氷の眷獣だ。 上半身は人間の女性に似ており、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、指先は猛禽のような鋭い鉤爪になっている。 氷の人魚、あるいは妖鳥(セイレーン)――。

 

「(魔力波動を周囲に発して、魔獣を一箇所に集める事は可能かな?)」

 

「(要は、四方から迫るようにすればいいだろう)」

 

 四方から魔力の波動が迫るようになれば、必然的に魔獣たちは一箇所に集まるのだ。

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は魔力の波動を発し、魔獣たちはレヴィアタンをも凌ぐ凶悪な魔力の波動によって、新たな恐怖に怯え動き出した。

 

「んじゃ、庭園の中に侵入するぞ。――雷球(らいほう)!」

 

 悠斗が極小の雷球を放ち、魔獣庭園の入り口ゲートに人一人が入れる穴を開けた。

 古城たちは走り出し、その穴の中に跳ぶ込むように入って行く。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 古城たちが魔獣庭園の中に入ると、魔獣庭園の広場の一角には、数百匹の魔獣たちが集められていた。 檻から逃げ出した魔獣たちを此処まで追い込んだのは、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の魔力の波動だ。 強大な魔力の波動が四方から迫り、魔獣たちを一箇所に誘導したのだ。

 紗矢華は煌華麟を洋弓に変形させ、スカートをたくし上げてから、太腿に巻き付いていたホルスターから金属製のダーツを取り出した。

 紗矢華が右手で一閃すると、それが伸びて銀色の矢に変わる。

 紗矢華は洋弓を構え、流れるような美しい姿で矢をつがえて、

 

「――獅子の舞女たる高神の真射姫が讃え奉る」

 

 紗矢華の口から、澄んだ祝詞が流れ出す。

 紗矢華は、つがえた呪矢に膨大な呪力を流し込みながら、紗矢華は弦を引き絞る。

 

「極光の炎駆、煌華の麒麟、其は天樂と轟雷を統べ、噴焰をまといて妖霊冥鬼を射貫く者なり――!」

 

 紗矢華が矢を放つと、轟、と激しい渦を巻きながら、射放たれた呪矢が空へと舞い上がった。

 荒々しく鳴り響く鏑矢の音色が描き出したのは、空を覆い尽くす不可視の魔法陣だ。 そこから噴き出した濃密な瘴気が、黒い霧となって地上へ降り注ぐ。

 

「つ、疲れた……」

 

 立てつづけに数本の呪矢を放った紗矢華が、力尽きたようにぐったりと座り込む。

 彼女が使用したのは、沈静化呪術。 暴れ回っていた魔獣たちを麻痺させて、そのまま深い眠りに就かせたのだ。 魔獣の種類によって個体差はあるが、半日は目を覚まさないはずである。 事態を収拾するには十分な時間だろう。

 

「何とかなったね。 でも、魔獣さんたち大丈夫かなぁ……」

 

 そう言ってから、凪沙は眷獣を異世界に還す。

 雪菜は頷き、

 

「これだけ強力な呪詛を浴びると衰弱する魔獣も出てくると思いますけど……。 そこは人命優先ですね。 それにしても、凪沙ちゃんの眷獣の扱いは先輩より上手ですね」

 

 そう言って雪菜は、古城を見る。

 

「な、何だよ。 お、オレでも何とかできたからな!」

 

 だが、古城が行った場合、魔獣庭園はかなりの被害があったに違いなかった。

 まあ、破壊の化身しかいない第四真祖の眷獣たちなので、仕方がない事だと思うが。

 

「……暁凪沙が使役できるのは、四神たちだけではなかったのね。 意外だわ」

 

 古城たちが声の方向を振り向くと、そこには二叉の槍を構えて立つ、長い黒髪に黒い制服姿の女だ。

 

「礼は言ってとくべきかしら。 魔獣たちの暴走に対する対策を、私たちは用意する事ができなかったから。 お陰で、来島者を避難させる余裕ができたわ」

 

「化け物を制御しようとするお前らが、避難だと!?」

 

 霧葉を睨み、古城は困惑の表情を浮かべる。

 

「そう、避難よ。 港が混み合う前に、あなたたちにも避難をお勧めしてよ」

 

 霧葉は、レヴィアタンが来る前に逃げろ、と言っているのだ。

 雪菜は雪霞狼を引き抜いて、いつでも戦えるように身構えていた。 立ち上がった紗矢華も同様だ。

 しかし霧葉は動かない。 彼女には交戦の意思はないのだ。

 そんな彼女を見ながら、古城が口を開く。

 

「お前は、クスキエリゼの研究所でレヴィアタンの制御が行われてる事を知ってるはずだよな。 ブルエリを破壊するという事は、レヴィアタンの制御ができなるって事だぞ」

 

「そうね。……だから、なに?」

 

 片眉だけ軽く上げて霧葉が聞き返す。

 

「“LYL(リル)”のシステムが破壊されると、莉流としての人格はなくなるんだぞ! ブルエリを攻撃するなんておかしいだろ!?」

 

 古城の疑問は尤もだった。 莉流は自分自身が消滅する事を知ってブルエリを攻撃しようとしてるのだ。

 だが、悠斗がそれを訂正するように言葉を発する。

 

「古城。 莉流の目的は――この世からの消滅なんだよ。 だからこそ、妃崎は自覚してなかった結瞳の目的を思い出させたんだ。 レヴィアタンの中で消滅すれば、リリスの悲劇がなくなるからな」

 

「そういうことかよ……だからお前は、あの時莉流の人格を目覚めさせたんだな。 コテージから結瞳を連れ戻す為に」

 

「その通りよ、紅蓮の織天使に第四真祖」

 

 ふふ。と愉快に笑い、霧葉は微笑んだ。

 

「すでに莉流は、レヴィアタンを支配してる。そして彼女自身を――“LYL(リル)”消滅させる為にブルーエンジリアムを襲ってくるわよ。 紅蓮の坊やが言うように、江口結瞳が殺しがってる自分自身の一部なんだから」

 

 悠斗は、誰が坊やだ。と抗議したが、見事にスルーされてしまった。

 まだ、レヴィアタンの姿は見えない。 だが、レヴィアタンの存在は、息苦しいような威圧感となって、水平線越しにはっきり感じられる気がした。

 

「じゃあ、“LYL(リル)”が破壊されたら結瞳は――」

 

「古城の思ってる通りだ。“LYL”のサポートがなくなれば、レヴィアタンの制御は困難になる。んで、結瞳の支配から逃れたレヴィアタンは眠りに就く。――その先は想像がつくよな」

 

「結瞳を腹の中にいれたままか……! そんなことさせるかよ!」

 

 そう言って、古城は吼えた。

 そして、一歩前に出たのは凪沙だ。

 

「古城君、凪沙も手伝うね。 戦力は多い方がいいでしょ?」

 

「もちろん、俺もだ」

 

 凪沙が言ってから、悠斗が続く。

 この光景を見た霧葉は呆れ顔で聞いてくる。

 

「レヴィアタンを止めるつもり? いくらあなた達が強くても、相手は神々の古代兵器よ?」

 

 悠斗はそんな霧葉を見て嘆息する。

 

「言っとくが、俺たちは世界を塗り替える力を持つ者だぞ。 てか、神に関するもので俺の上に立とうとか、百年早いんだよ」

 

「そう……では、これをあなたに渡しておくわ」

 

 霧葉が制服のポケットからキーホルダーを取り出して、それを悠斗に放ってきた。

 悠斗は反射的にそれを掴み取る。――キーホルダーの正体は、高速艇の鍵だ。

 

「……何の真似だ」

 

「いえ、私には要らないものだから、あなたにあげてよ。格納庫の扉は開けてあるわ」

 

 霧葉は、悠斗たちをこの場から離れさせたいので、高速艇の鍵を渡したのだ。もしも、悠斗たちが戦いを挑んだら、眷獣たちの攻撃の余波により“LYL(リル)”は破壊されるだろう。 ブルーエンジリアムを救うのが目的ならば、これで十分だが、今ここで“LYL(リル)”を破壊してしまえば、レヴィアタンは海の底へと戻ってしまい、結瞳を救出する機会は永遠に失われてしまう。 逆を言えば“LYL(リル)”を破壊すればブルーエンジリアムが襲われる事がなくなるのだ。

 だが、なぜ大史局は、六刃神官まで犠牲にしてブルーエンジリアムを沈めようとするのか? 悠斗が、この先を考えるには情報が少なすぎた。

 ここまで思考を巡らせた所で、悠斗は口を開く。

 

「……お前、案外良い奴なのかもな。 俺の偏見かもしれんが」

 

「あら、紅蓮の織天使にそんな言葉を頂けるなんてね。 少し意外。――しかし、良いのかしら?」

 

 悠斗が凪沙を見ると、不機嫌オーラを醸し出していた。

 凪沙の目には『浮気はダメだよ……』と言う意味が込められている。 悠斗は、『お、おう。大丈夫だ』と言う事しかできなかった。

 ともあれ、悠斗は魔獣庭園の奥へ視線を向けた。浅葱が探してくれた地図によれば、船の格納庫があるのは、その先の突端だ。

 しかし、走り出そうとした古城たちの背中を、雪菜が呼び止める。

 雪菜が浮かべていたのは、厳しい選択が突き付けられたような苦悩の表情だ。

 

「先輩! 聞いてください。 妃崎霧葉が、先輩方にその鍵を託したのは――」

 

 そんな雪菜の言葉の続きを、悠斗が右手を振って遮る。

 

「ああ、妃崎の思惑はわかってるから。 誰かが倒してくれれば、問題ないだろ」

 

「なら、わたしが残るわ」

 

 そう言ったのは、煌華麟を長剣に戻し、その切っ先を霧葉へと向けてる紗矢華だ。

 

「わたしはいいから。 雪菜は、第四真祖たちと江口結瞳を必ず助けてあげて」

 

 一瞬、紗矢華と目を合わせ、雪菜は言いかけた言葉を飲み込んだ。

 雪菜は目を伏せ、古城たちの元へ駆け寄る。

 

「んじゃ、行くぞ」

 

 悠斗がそう言って、古城たちは格納庫へ走り出した。

 霧葉と紗矢華は、古城たちの後ろ姿を暫く無言で眺めていたが、

 

「残念ね、煌坂紗矢華。 あなたも彼らと一緒に行ってくれたら、手間が省けたんだけど――」

 

 先に苦笑したのは霧葉だった。

 彼女が握る双叉槍が、音叉のように小刻みに震え出す。 流し込まれた霧葉の呪力に共振して増幅してるのだ。

 

「あなたが、暁古城たちに鍵を渡したのは、あの男たちがここで暴れて、“LYL(リル)”を破壊されると困るからでしょう?」

 

 溜息混じりに紗矢華がそう呟き、クスキエリゼ研究所を睨んだ。

 

「江口結瞳は自分自身を憎んでいる。 当然、自分の分身である莉流の事も。 だから彼女は、この島を襲ってくる。“LYL(リル)”を消滅させる為にね。 逆に言えば、他の誰かが先に“LYL(リル)”を破壊してしまえば、彼女がブルーエンジリアムを襲う理由はなくなるわね。といっても、神代悠斗にはお見通しだった見たいだけど」

 

 紗矢華は、ホント、チート吸血鬼だわ。と言って、煌華麟を構える。

 

「そう。 だから、わたしはここに残ったの。“LYL(リル)”を守る為に」

 

「だったら、話は簡単ね。 あなたをぶっ倒して、“LYL(リル)”を壊しに行くわ」

 

 霧葉が槍を構えて一歩前に出る。

 紗矢華は霧葉の奇襲にやられたが、今回は手の内は分かっている。 条件は対等だ。 二度も同じ相手に負ける訳にはいかない。 悠斗も、紗矢華たちなら霧葉に勝てると信じていたので、躊躇なくレヴィアタンの元へ向かったのだろう。

 ならば、紗矢華の役目は、“LYL(リル)”の破壊だ。 その為には、霧葉をここで倒さなければならない。

 

「今度は手加減しなくてよ、舞威姫――」

 

「そういう事を言うと、負けた時に恥ずかしいわよ、六刃神官――」

 

 間合いを詰めた彼女たちが動き、魔獣庭園に、二人の呪力が激突する轟音が鳴り響いた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 船は分かりやすい場所に停泊していた。 白と青に塗り分けられた双胴船だ。 全長二十メートル近くはあるだろう。

 魔獣の暴走騒ぎで避難したのか、付近にクスキエリゼの職員は見当たらない。 なので、古城たちはあっさり船の操縦室に辿り着く事ができた。

 

「姫柊は島に残ってくれ。 ここまで来れば、後はオレたちだけで十分だ」

 

 後ろについて来る雪菜を振り返って、古城が言った。

 相手は巨大な生体兵器だ。 迂闊に近づけば、軍艦ですらない民間所有の高速船など、一瞬で沈められてしまうだろう。 自身を守る術を持つ悠斗と凪沙、不死の属性を持つ古城は問題ないが、雪菜は生身であり人間だ。 古城は危険な戦地に、雪菜を連れて行く訳にはいかないと思った。

 しかし、雪菜は頑なな表情で首を振り、

 

「一緒に行きます」

 

「だから、駄目だって! 悠斗と凪沙はともかく、姫柊はレヴィアタンの攻撃を受けたらひとたまりもないんだ。 危険すぎる!」

 

 そんな二人を見ながら、船の上に立っている悠斗と凪沙が口を開く。

 

「古城、諦めろ。 姫柊の頑固さは今に始まった事じゃないだろ」

 

「うんうん。 諦めようか、古城君。――将来、古城君は苦労するかもね。 色んな意味で」

 

 二人の言葉を聞き、古城は顔を逸らした。

 

「ったく、好きにしろよ」

 

「はい。 そうします」

 

 勝負負けした古城を見て、雪菜はホッとしたように笑った。

 古城は、防水ケースに入れたスマートフォンを取り出して浅葱に電話をする。 全長二十メートルもの高速船を、古城たちが操る事は不可能だ。

 ここはやはり、彼女に頼るしかないだろう。

 

『はいはい、もしもし』

 

 少し遅れて、浅葱が応答した。 取り込み中なのか、余裕のない口調だ。

 

「浅葱、船に着いたぞ。 電源も入れた」

 

『悪いわね、古城。 厄介な奴に会っちゃって、こっちは手一杯なのよ。 とりあえず、案内係を送っとくから、あとはそっちで上手くやって』

 

「……あ、おい」

 

 どういう意味だ、と古城が聞き返す間もなく、一方的に回線が切断された。

 スマートフォンを握って立ち尽くす古城の耳元に、クックッと奇妙な笑い声が聞こえてくる。

 高速船の操縦席――GPSナビの画面に映ったのは、ぬいぐるみの形をした奇妙なアイコンだった。 それは、船に搭載された自動操縦装置を乗っ取って、勝手にエンジンを始動する。

 古城の隣に立つ悠斗が、

 

「モグワイか。 かなり使われるみたいだな。 お前も大変だな」

 

『最近は、嬢ちゃんの要望が多くてな。 ケケッ』

 

 そう話してると、桟橋を離れた高速船は、港内を滑らかに旋回し、白い水飛沫を立てながら加速を始める。

 十五分ほど航行を続けていると、窓の外を見ていた雪菜が、あっ、と息を呑む気配がした。

 

「先輩方、凪沙ちゃん。 あれを――」

 

「島……か? そんなものあったか、この方向に?」

 

 雪菜が指差した方向に浮かび上がったのは、海面に浮かぶ群青色の塊だった。 高速船が接近するにつれ、その姿は地平線を埋め尽くすほどに大きくなっていく。

 

「いや、あれは島じゃないぞ、古城」

 

「うん、あれはレヴィアタンだね」

 

 凪沙と悠斗の言葉を聞いた古城は、固い表情で島を見つめる。

 

「……マジか、おい……!? いくらなんでもデカすぎるだろ!?」

 

「ま、一応伝説の生き物だしな」

 

 だが、悠斗の表情には変化が見られなかったが。

 ともあれ、結瞳の場所が解らない限り、事態は一向に進まない。

 

「モグワイ、結瞳がどこにいるか解るか?」

 

『クスキエリゼの潜水艇だったら、あのデカブツの中に入り込んだみたいだぜ』

 

「中に入った? いや、潜水艇の位置を特定する事は可能だろ?」

 

『ケケッ。 紅蓮の坊ちゃんは、ホント冷静沈着だぜ』

 

 潜水艇には、“LYL(リル)”を構成する一部の機器が積み込まれているのだ。 その機器の通信を逆探知すれば、潜水艇の大まかな位置が判明する。 結瞳もその近くにいるはずだ。

 

「なるべく結瞳ちゃんの近くに着けてください、モグワイさん」

 

 雪菜がそう呟く。

 潜行機能を持たない高速船では、レヴィアタンの体内に入る事ができない。 結瞳を救出する為には、船を捨ててレヴィアタンに乗り移るしかないだろう。

 帰りの船が無くなっても、悠斗の眷獣たちが空を飛んでくれるので問題ないはずだ。 ちなみに、この場所は人目につかない場所なので、正体が公になる心配もない。

 

『気楽に言ってくれるな、剣巫の嬢ちゃん。あのデカブツがちょこっと動くだけで、伝説級のビックウェーブが味わえるだがな……。 ま、やって見るがな』

 

 脅すような口調でそう言って、モグワイが舵を切る。

 舳先が向けられたのは、海面に漂うレヴィアタンの正面だ。 その巨体の胸元辺りと思われる地点に、結瞳を乗せた潜水艇が入り込んだらしい。

 そして、古城たちの接近に気付いたと思われるレヴィアタンが、頭部をゆっくり動かした。

 その微かな動きだけで、海面が激しく渦を巻き、絶壁のような高波が次々に高速船に襲ってくる。 そして、波頭に乗り上げた高速船の船体が空を舞い、古城たちを翻弄した。

 船の機関部は異音を放ち、船体が波打つように歪む。 転覆せずに済んだのが、奇跡に思える位の衝撃だ。

 追い打ちをかけるようにレヴィアタンが放ったのは、大気を歪める濃密な魔力の波だった。 至近距離からそれを受け、古城は声を上げる。 直接的な苦痛はないが、硝子を爪で引っ搔くような騒音を頭の中で鳴らされている気分だ。

 

「ぐ……なんだよ、この気持ち悪いのは!?」

 

「これは魔力波動だ。 この波動を使って、レヴィアタンは周囲の様子を調べてるんだよ」

 

 結界を展開し防御しながら、悠斗がそう言う。

 また、凪沙は結界を展開し、雪菜も雪霞狼を展開し防御しているので、魔力波動を受けているのは古城だけになる。

 

「イルカが超音波で、餌を探してるみたいなもんか……!」

 

『ケケッ……ってことは、(やっこ)さん、オレたちの存在に気づいたんじゃねーか?』

 

 モグワイの言う通り、古城たちの存在はレヴィアタンに露見したらしく、胸ビレと呼ぶには巨大すぎるレヴィアタンの肉体の一部が、海面を割って浮上した。

 そのヒレの表面には、クジラの噴気孔に似た深い穴が幾つも空いている。 それを取り巻く群青色の鱗が、電子回路のように次々に発光した。 眩い魔力の輝きが、穴の奥に蓄積されていく。 巨大な砲弾を装槇するかのように。

 逸早く動いたのは悠斗だった。

 

「降臨せよ――青龍!」

 

 悠斗は、素早く青龍を召喚させた。

 そして、無数の砲門から放たれた閃光が、大量の海水を一瞬で蒸発されて、強大な水蒸気爆発を巻き起こしながら古城たちの元へ降り注ぐ。

 だが――、

 

「――雷球(らいほう)!」

 

 青龍が放った雷球が砲弾を撃ち落とす。

 

「ったく。 現代兵器のオンパレードかよ」

 

 悠斗が呆れたようにそう呟く。

 そう、海面下に沈むレヴィアタンの巨体の何処からか、稚魚のような物体、魚雷が射出されたのだ。 その数は全部で百体は超えているだろう。

 そして、再び装槇された砲門から閃光が正面に放たれ、間髪入れずレヴィアタンの巨体から無数の青い影が空中に向かって撃ち出される。 これは、対艦ミサイルだ。

 レヴィアタンからの、上、正面、下からの同時攻撃だ。

 

「俺が上を何とかするから、古城たちは他を頼んだぞ。――閃雷(せんらい)!」

 

 青龍が空に展開した雷のカーテンに、対艦ミサイル直撃し無数の爆発を起こす。

 そして凪沙も、眷獣を召喚させる。

 

「おいで――妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 凪沙が召喚させたのは、美しい妖鳥の眷獣だ。

 

「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)!」

 

 妖姫の蒼氷は絶対零度の凍気を放ち、眼前の一部の海水と共に魚雷を凍結させる。

 後で第四真祖の眷属、水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)の能力で、出現する前まで時間を戻せば問題はないだろう。

 

「――雪霞狼!」

 

 雪菜が、雪霞狼の切っ先に展開した神格振動波の輝きが、レヴィアタンの魔法弾の爆発的な魔力を無効化し、砲撃を切り裂いていく。

 

疾や在れ(きやがれ)――獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

 古城が召喚した雷光の獅子が稲妻と化してレヴィアタンを襲い、閃光がレヴィアタンの巨体を包み込み、長大な尻尾を焼いた。

 群青色の分厚い鱗が、粉砕されてバラバラと海面に落下する。

 だが、レヴィアタンの動きに変化はなく、悠然と浮かび続けている。

 

「――効いてないのか?」

 

「いや、あれは魔力障壁だ」

 

 古城の隣で、冷静に悠斗が呟く。

 

「障壁? バリアみたいなもんか……?」

 

「まあそうだな。 俺たちが総攻撃を仕掛けても、あの障壁が邪魔をして戦闘不能まで陥らせる事は不可能だな」

 

 獅子の黄金(レグルス・アウルム)の直撃を食らったレヴィアタンの表面には、深さ十メートル近い破壊の爪痕が刻まれていた。 通常の魔獣なら致命傷だが、しかしレヴィアタンの巨体のとっては、引っ搔き傷程度のダメージだろう。

 

「……外側からじゃ、埒があかないな」

 

 古城が半ば呆れた表情で呟く。 たださえ規格外な巨体に加えて、頑丈な魔力の楯。 核弾頭の直撃でも倒せるかどうか、微妙な相手である。

 

「でも、結瞳ちゃん救出には、レヴィアタンの中に入るしかないよ」

 

 確かに凪沙の言う通りだ。

 そして、レヴィアタンまでの直進距離は、残り一キロを切っていた。 だが、このまま平穏な形で船を着ける事は不可能だろう。

 

「モグワイ、このまま中に突っ込もうと思う。 舵も効かないんだろ?」

 

『ケケッ。 その通りだぜ、紅蓮の坊ちゃん。 このまま真っ直ぐ突っ込むぜ!』

 

 そう言って、モグワイは船体を加速させる。 体当たり前提の無茶な速度だが、こうでもしなければ、レヴィアタンの周囲の荒れた海面は乗り切れないのだ。

 

「んじゃ、古城。 行くぞ」

 

「おう!」

 

 船の先端に、古城と悠斗は並び立った。

 そして悠斗は、獣が一匹が乗る事ができる結界を展開する。

 

「降臨せよ――白虎!」

 

 悠斗は、結界の上を足場にするように、純白の虎を召喚させた。

 それから悠斗は、白虎の足場を作るように結界を張り、白虎は走り出す。

 

「――切り裂け!」

 

 白虎が爪を一閃すると、魔力障壁の一部を切り裂いた。 白虎の特殊能力――次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)だ。 魔力障壁の次元を切り裂いたのだ。

 

疾や在れ(きやがれ)、――龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

 古城が召喚した双頭龍が、レヴィアタンの鱗を食い破り、体内へと続く空洞を穿つ。

 そして、古城たちを乗せた高速船は、海面を巻き込みながら体内へ突入した。

 敵の姿を見失ったレヴィアタンは、猛り狂った咆哮を放っていた――。




古城君たち、完璧な連携ですな。
ともあれ、レヴィアタンの内部に侵入しましたね。まあ色々とご都合主義です(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅹ

連投です!(^O^)
またまた今回も、ご都合主義満載ですね(笑)

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 古城たちがレヴィアタンの内部に侵入すると、突然、規則的に続いていたレヴィアタンの振動が止まる。 残されたのは波間を漂うような緩やかな揺らぎだけ、レヴィアタンが泳ぐのを止めたのだ。 浅葱と紗矢華が上手くやってくれたのだろう。

 そして、古城たちがいる場所は、航空母艦の格納庫に似た広大な空間。 ここまで乗って来た高速船は、レヴィアタンの体内に侵入した時、双胴が真っ二つに割れて、完全に航行が不可能だ。

 そんな時、古城がポケットに入れたスマートフォンの着信音が鳴り響く。

 

『古城。 聞こえる?』

 

「あ、浅葱か?」

 

 古城がそう返すと、浅葱は満足そうに笑った。

 

『どうやら無事みたいね』

 

 通話口から流れ出した浅葱の声に、古城は少し驚く。 ここは強力な魔力障壁で遮断されていて、外界とは隔絶されているはずだ。

 

『“ヨタカ”って潜水艇の通信機器を使って中継してるのよ』

 

 此方に侵入する為、改造された潜水艇を仲介に挟んで、連絡を取り付けたらしい。

 古城は周りを見渡し、

 

「ああ、何とか全員な。――“LYL(リル)”を乗ってくれたんだな、浅葱?」

 

『なんとかね。 煌坂さんも、クスキエリゼの研究所に着いたみたいよ』

 

「そうか」

 

 古城は安堵の息を吐く。 残りは、古城たちが結瞳を見つけて連れ戻すだけだ。

 

『とりあえず今は、こっちでレヴィアタンを大人しくさせてるわ。 ただ、“LYL(リル)”を無理やり騙してるだけだから、そう長くは持たないかも――せいぜい、五分か、十分か』

 

 かなり焦りを滲ませた声で、浅葱が言う。

 

「それまでに、結瞳を見つけて脱出しないといけないわけか」

 

『わたしの方で、“LYL(リル)”を抑えておけなくなったら、煌坂さんにシステムを丸ごと破壊してもらうわ。 それで、ブルーエンジリアムを攻撃する理由はなくなるはずだから』

 

「わかった。 それでいい」

 

 その直後に回線が切断される。

 古城が悠斗を見た。

 

「悠斗。 タイムリミットは十分程度だ」

 

「ああ、わかってる」

 

 スピーカー越しに聴いてたしな。と悠斗は付け加える。

 

「んじゃ、行くか。 結瞳はこっちだ」

 

 悠斗は既に、結瞳の気配を覚えている。 なので、結瞳の場所を特定する事など容易いのだ。

 緩やかに湾曲した空洞を進んでいく内に、微かな光が見えてくる。

 人工的な白い輝きの正体は、潜水艇の投光器だった。 レヴィアタン内部に鎮座するような形で、潜水艇が止まっている。

 

「あれか!」

 

「ああ、あれだな。 クスキエリゼの潜水艇は」

 

 古城が声を上げ、それに悠斗が同意する。

 船体に刻まれた“ヨタカ”の文字を確認するまでもなく、潜水艇の正体は明らかだった。 このような所に紛れる込むような潜水艇が、そう何隻もあるはずがない。

 

「悠君、古城君。 中に人が」

 

「おそらく、クスキエリゼの会長だと思われます」

 

 開かれたハッチの内部を見て、凪沙と雪菜がそう言った。

 倒れていたのは、青い潜水服を着た男性だ。 クスキエリゼ会長、久須木で間違いはなさそうだ。 久須木は眠らされ、目を覚ます気配はなかった。 だが、このまま放っておけば、死は免れない。

 そして、古城と悠斗の背後で、異様な魔力が膨れ上がる。

 

「古城!」

 

 悠斗がそう警告するが遅い。 闇を切り裂いて伸びてきた漆黒の鞭が、古城と悠斗の四角から打ち据える。

 素早く刀を召喚させ鞭を弾いた悠斗はともかく、古城は苦痛を訴える間もなく吹き飛ばされた。

 古城と悠斗を打ち据えた鞭の正体は、鋭く尖った先端を持つ尻尾だ。 魔力で紡がれた黒い尻尾を、これ見よがしに高く掲げて、小柄な少女が姿を見せる。

 体にピッタリと張り付いた水着のような服に、その背中には、黒い翼が生えていた。

 そして、悠斗の隣には凪沙が立ち、起き上がれない古城を背中に庇って、雪菜が雪霞狼を構えながら降りてくる。 しかし、雪菜には槍を少女に向ける事はできない。 何故なら、彼女を連れ戻す為に此処まで来たのだから――。

 

「結瞳!」

 

 立ち上がった古城が、少女の名前を叫ぶ。 しかし、結瞳と同じ顔をした少女は、あは、と笑いながら、挑発的に両腕を広げて見せた。

 

「結瞳だと思った? 残念。 莉流(りる)ちゃんでした」

 

「……莉流(りる)だと?」

 

 古城は唖然としながら、莉流(りる)と名乗った少女を見つめた。

 だが、悠斗は嘆息して、

 

「そういえば莉流(結瞳)って、ニンジンが苦手なんだっけ」

 

 凪沙も片言で、悠斗に続く。

 

「好き嫌いはいけないんだよ。 じゃないと、身長が小さいままだしね」

 

「なっ!? カレーに摩り下ろしてもらえれば、ニンジンだって食べられますっ! それに、わたしは小さくありません! 悠斗さんも、ピーマン嫌いを凪沙お姉さんに直してもらってください!」

 

 莉流と名乗った少女は、あっ!と口を両手で塞ぐが、時既に遅しだ。

 そして、苦笑する悠斗と凪沙。

 

「帰るぞ、結瞳。 お前、演技下手すぎだぞ。 つか、アレは嫌いじゃなくて、苦手って言うんだ」

 

 凪沙は、呆れ顔で悠斗を見ながら、

 

「……悠君。 それって、屁理屈って言うんだよ」

 

「……あー、それもそうか。 てか、囲まてるんだが……」

 

 悠斗が左右に目を向けると、視界に入ってきたのは闇の中で蠢く無数の生物の群れだった。 姿形は巨大なヤドカリに似ている。 本来あるべきハサミの代わりに装着されているのは、何処となく機関砲に似た筒状の腕だ。

 多少の個体差はあるものの、生物たちの全長は二メートル前後。 強固な殻に覆われた、小型兵器の集団だ。 その数は、百体を超えている。

 壁や床から湧き出してきた生体兵器の大群が、無人だったはずの空洞を満たして、古城たちを包囲してるのだ。

 その一匹から打ち出された魔力弾を、悠斗は結界を展開して防ぐ。 おそらく、結瞳が古城たちを追い返す為に用意した物なのだろう。

 

「凪沙」

 

「OK-」

 

 悠斗と凪沙は背中合わせになり、左掌を生物兵器に向ける。

 

「「――飛焔(ひえん)!」」

 

 紅い焔が放たれ、周囲の無数の生体兵器は、綺麗に浄化され消し去ったのだった。

 生体兵器の、呆気ない幕引きである。

 

「ほら、帰るぞ。 結瞳。 お前をここから連れて帰る為に、俺たちは来たんだからな。 な、古城?」

 

「ああ。 早くこんな鰻野郎から出るぞ、結瞳」

 

 古城たちの言葉を聞いた結瞳は、ひくっ、と喉を震わせた。

 盛り上がった涙で、彼女の瞳が揺れる。 泣き出すのを必死に堪えるように唇を噛んで、結瞳は掠れた声を出す。

 

「どうして……なんですか……」

 

 彼女の背中から翼が消えた。 少し遅れて、尻尾も消滅する。

 残ったのは、肩を震わせる無気力な少女だ。

 

「わたしとは会ったばかりじゃないですか。 家族でも友達でもないのに、こんな危険な所までわたしを迎えに来るなんて! 生きて帰れる保証なんてないんですよ!」

 

 嗚咽が混じりで頼りない声で、結瞳が叫ぶ。

 莉流を受け入れた今の結瞳は、全てを理解してる。 自分が、死ぬ為にレヴィアタンの中に来た。ということもだ。 ここで結瞳が死ねば、レヴィアタンの魔力障壁に阻まれリリスの魂は転生できない。 だからもう、リリスの力で不幸になる子供は二度と生まれない。

 だが結瞳は、無関係な古城たちを巻き込みたくなかった。 なので、莉流の振りをして、古城たちを追い返そうとしたのだ。

 古城と悠斗は、彼女の気持ちを理解していた。 安らかな死こそが彼女の望みである事も。 だが、それは認める事はできない。 その理由が古城と悠斗にはある。

 

「昔、オレたちには、お前によく似た知り合いがいたんだよ」

 

「そうだな。 おっちょこちょいで、危なっかしくて、放っておけない奴がな」

 

「え?」

 

 唐突な古城と悠斗の言葉に、結瞳は目を瞬く。

 

「そいつも普通の女の子だったんだ。 オレと同じ学校に通うのを楽しみにしてたんだ。 だけど、世界最強の吸血鬼の“呪われた魂”なんてものを抱えたまま、勝手に死んだ。 オレと凪沙を助ける為に――」

 

 悠斗は、共に笑い合った彼女を思い浮かべながら、言葉を発する。

 

「……いや、俺にもっと力があれば、古城と凪沙、アヴローラを助ける事が可能だったかもしれない。 古城たちは、ある意味被害者だったんだ」

 

 そんな悠斗を見て、凪沙は悠斗の手を優しく握る。

 悠斗は、『ありがとう、凪沙』と言ってから、結瞳を見た。

 

「だからまあ、俺がやってる事は偽善だよ。 助けられなかった彼女の代わりに、結瞳を救おうとしてる。 自己満足に浸りたいだけだ。 最低な考えかも知れないけど、俺はお前を助けるぞ」

 

「わたしも、結瞳ちゃんを助けるよ」

 

「どうして――!」

 

 結瞳が悲鳴のような声で絶叫した。

 悠斗と凪沙は、笑みを浮かべながら言葉を発する。

 

「そんなのは簡単だ。 結瞳は、俺にとってはもう他人じゃないからだよ」

 

「悠君の言う通りだよ。 わたしたちの心の中には、すでに結瞳ちゃんが居るんだよ。 もう、他人じゃない」

 

 手を差し出す、悠斗と凪沙。

 だが、結瞳は――、

 

「そんなこと……できるわけが、ない……。 だって、わたしは……」

 

 首を左右に振り、悠斗と凪沙の手を振り払おうとする。

 それを見かねた古城は、

 

「世界最強の夢魔だろうが、リリスだろうが関係ねーよ。 お前は、これから死ぬまで幸せな一生を過ごさなくちゃいけないんだ。 その権利はお前にある。 それを邪魔しようとする奴がいるなら、大史局だろうが、レヴィアタンだろうが、オレが全部ぶっ潰す! お前は、もう一人じゃない。 ここから先は、オレの戦争(ケンカ)だ!」

 

 この時悠斗と凪沙は、また悪い癖が出ちゃったよ。と思いながら、内心で頭を抱えていた。

 

「……古城……さん……」

 

 結瞳は一瞬だけ嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐに首を横に振る。そんな結瞳に向けて、優しく目を細めた雪菜も右腕を差し出す。

 

「いいえ、先輩。 わたしたちの(・・・・・・)戦争(ケンカ)、です」

 

「で、でも。 わたしには、帰る場所がもうない……」

 

 悠斗は、はあ。と息を吐き、

 

「先の事は後々考えればいいだろ。 里親探しもそれからだな。 ま、遊び相手くらいにはなってやるよ」

 

「そうそう。 結瞳ちゃんは今を大切にしないとね」

 

 悠斗と凪沙も、右腕を差し出した。

 

「……悠斗さん……凪沙お姉さん……」

 

「一緒に帰りましょ、結瞳ちゃん」

 

「雪菜お姉さん……」

 

 結瞳の瞳から、遂に涙が溢れ出す。 潜水艇の屋根を蹴り、結瞳は古城たちの元へ駈け出した。 その瞬間――、

 

「ああ――っ!」

 

 結瞳の小柄な体が、突然、電気に打たれたように仰け反った。

 意識をなくして倒れ込む結瞳を、凪沙がギリギリの所で抱き留める。

 

「結瞳!? くそ、時間切れか!?」

 

 ぐったりと動かない結瞳を見て、古城が呻いた。

 浅葱が“LYL(リル)”を抑えておけるのは、長くても十分程度と言う話だった。 その制限時間を超えて、再び莉流(りる)が人格が結瞳を乗っ取ったのではないか疑ったのだが、いつまで経っても、結瞳は動く気配がない。それに、“LYL(リル)”が再起動ではないのかもしれない。 あれはまるで、レヴィアタンを支配していたはずの夢魔の力が、結瞳に逆流してきたかのようだった。 そう。――本来の支配者が目を覚ましたのだ。

 そんな事を思いながら、悠斗と凪沙は先に行くと言い、悠斗が結瞳を抱きかかえ、来た洞窟を引き返した。

 また、悠斗と凪沙が居なくなってから、古城は雪菜にアレ(吸血)をしたらしい。 まあ確かに、レヴィアタンに巨体に対抗できる唯一の眷獣だが。

 ともあれ、古城と雪菜を朱雀の背に乗せ、レヴィアタン内部から脱出したのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 レヴィアタンは、生体魚雷やミサイルを撒き散らしているが、古城が召喚した獅子の黄金(レグルス・アウルム)が稲妻となって、悠斗が召喚した青龍が雷撃の雨を降らせ、ブルーエンジリアムを守る為防御に徹していた。 ちなみに、意識のない結瞳は、雪菜が庇っている。

 

「……神々の時代の生体兵器……世界最強の魔獣、か……」

 

 空からレヴィアタンを見ながら、古城がそう呟く。

 

「考えようによっちゃ、お前が今回の一番の被害者だったのかもな。 気持ちよく海底で眠ってる所を叩き起こされて、好き勝手操られて――暴れたくなる気持ちも分かるぜ」

 

 古城はレヴィアタンを哀れむように呼び掛ける。

 そして古城は、吼えた。

 

「ここまでやって許してくれってのは、さすがに都合がよるぎるよな。 だから、恨むならオレを恨めよ――レヴィアタン!」

 

 古城の全身から、黒い瘴気に似た魔力が吐き出される。

 両手を高々と振り上げて古城が睨んだのは、遥か頭上の青空だ。その古城の姿はまるで、目にも見えない巨大な剣を大地から引き抜いてるようにも感じられる。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――」

 

 古城が撒き散らした瘴気は空間を歪め、やがて剣の姿を虚空に生み出した。

 高度数千メートルの高さにありながら、肉眼でくっきりとその姿が見える。 優に刃渡り百メートルを超える大剣だ。

 

「――疾や在れ(きやがれ)、七番目の眷獣、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)!」

 

 古城の呼び掛けに応えて、巨大な剣が落下を始めた。

 重力に引かれて加速する刃が、灼熱の炎に包まれる。その姿は、空から落ちてくる隕石そのものだ。

 流石のレヴィアタンもそれに気付き、回頭を始める。

 夜摩の黒剣の落下地点から逃れようとしてるのだ。

 だが、その前に夜摩の黒剣(キファ・アーテル)の速度が増した。 夜摩の黒剣(キファ・アーテル)はただの巨大な剣ではない。 意思を持つ眷獣なのだ。

 

夜摩の黒剣(キファ・アーテル)の能力は重力制御。 通常の何倍もの重力に引かれて加速した剣が、超音速の弾丸と化して、レヴィアタンの巨大へと飛翔する。

 次の瞬間、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)がレヴィアタンの胴体を刺し抜く。

 神々の兵器が誇る堅牢な魔力障壁も、圧倒的な大加速が生み出す運動エネルギーの前では無力だった。 刃渡り百メートルを超える巨剣が、レヴィアタンを完全に貫通し、一気に海中まで到達する。

 だが、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)による破壊はそれだけでは終わらない。 夜摩の黒剣(キファ・アーテル)が生み出す破壊力の本質は、剣撃の直後に到達する爆発的な衝撃波だ。 その衝撃が海を割り、圧縮効果による高熱で大量の海水が蒸発し、凄まじい水柱を噴き上げる。 まるで津波のように海面が盛り上がり、さらにその反動で直径数キロメートルにも達する巨大な渦が巻き起こった。

 これを見ていた悠斗は頭を抱えた。

 

「……アホ古城。 やりすぎだ」

 

「し、仕方ないだろ、手加減する余裕なんてなかったんだから……!」

 

 古城は引き攣った表情でダラダラと汗をかく。 夜摩の黒剣(キファ・アーテル)を召喚したのは初めてであり、想像を遥かに上回る扱いづらさだったのだ。 古城は、ここぞという時までは召喚しないと心に誓ったのだった。

 だがレヴィアタンは、再び海面に浮上し姿を露わしたのだ。

 

「――あいつ、まだやる気なのか!?」

 

 手負いのレヴィアタンを睨んで、古城は奥歯を噛み締めた。

 そう。 レヴィアタンはまだ戦意を失って無かったのだ。

 

「要は、海に還せばいいんだろ。――凪沙、いけるか?」

 

「もちのろんだよ! 悠君」

 

 古城と雪菜は、霊媒がないのに、悠斗は新たな眷獣を召喚できるのか? という表情だ。

 そんな古城たちが見てる中、立ち上がった悠斗と凪沙は言葉を紡ぐ。

 

「――我の内に眠りし者よ」

 

「――汝の枷を解き放つ」

 

 悠斗が召喚しようとしてる眷獣は、アヴローラの力で封印が解かれ、悠斗の中に眠っていた者だ。

 その者の解放条件は、血の従者(血の伴侶)と共に封印解放の呪文を唱える事だった。 そして、この眷獣を呼び出す為には、悠斗と凪沙、二人が揃わなければならないのが必須条件。 この条件は、黄龍より難しかったのだ。

 

「――対話(・・)終焉(・・)を司りし神獣よ」

 

「――今こそ我らの声に応えたまえ」

 

 悠斗と凪沙は、最後の言葉を紡ぐ。

 

「降臨せよ――神龍(シェンロン)!」

 

「おいで――神龍(シェンロン)!」

 

 天を割って顕現したのは、長い緑色の髭を生やし、凶悪な歯が並び、その頭部には鋭い角が二本。 中央部には手と足が鉤爪となって生え、龍の表面を緑色が基調としており、その裏側は肌色に近い。 眼光は真紅に輝いている。

 古城と雪菜は、眼前の光景を見て体を硬直させている。 先程の眷獣、夜摩の黒剣(キファ・アーテル)と比べると格がまるで違った。

 

「(我が主は、貴様らか)」

 

 神龍(シェンロン)の声は、厳かと言った所だ。

 

「(そうだな。 お前を召喚した理由だが、あの巨体を鎮めてもらいたいんだ)」

 

「(神龍(シェンロン)。 お願い)」

 

 悠斗と凪沙が思うに、神龍(シェンロン)の扱いはかなり難しいだろう。

 無理難題を押し付けるのは、あまり宜しくない眷獣だ。

 

「(ふむ、あのデカブツか。 いいだろう)」

 

 そう、神龍(シェンロン)は対話も兼ね備える眷獣だ。

 レヴィアタンを鎮める事は造作もない。 神龍(シェンロン)が虹色の粒子を周囲に撒き、レヴィアタンと対話を開始した。

 そして、数秒後に対話が終了すると、レヴィアタンは静かに海に還って行った。

 

「(これで仕舞いか?)」

 

「(ああ、助かった。またなんかあったら呼ぶよ)」

 

「(ありがとう、神龍(シェンロン))」

 

 神龍(シェンロン)は一鳴きし、

 

「(そうか)」

 

 と言って、天に帰って行った。

 雪菜と古城は唖然とするしかない。 そして、紅蓮の織天使が使役する眷獣の中では、一番の規格外さが窺えた。

 ともあれ、この事件が幕を閉じたのだった――。




悠斗君、遂に召喚してしまいましたね、神龍(シェンロン)(^_^;)
だからまあ、レヴィアタンの決着がすぐでした。あの龍、チートのチートですからね(笑)
神龍は、あのアニメからですね。解る人には解ると思いますが。てか、召喚条件シビアすぎ(笑)

次回で、黒の剣巫は終了ですね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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黒の剣巫Ⅺ

エピローグですね。なので少し短いです。
てか、先程12巻を読み返していたのだが、雪菜と紗矢華が、チートまではいかないが、かなり強いと解った瞬間だった。

ともあれ、投稿です。
本編をどうぞ。


「つ……疲れた……」

 

「……俺も同意だ」

 

「……凪沙も疲れたよぉ……。 今日は、もう動きたくないかも」

 

「……流石に、わたしも疲れました」

 

 古城、悠斗、凪沙、雪菜と呟く。

 今、古城たちは、眠っている結瞳を連れブルーエンジリアムの歩道を歩いている。 ちなみに結瞳は、古城の背に負ぶられ眠っている。

 

「でも、この程度の被害で済んでよかったです。 プールや遊園地も通常通り営業するみたいですし」

 

「だな……。 まあ、絃神島の住人たちは、台風なんかの災害には慣れてるしな……」

 

 理由になってるか解らないな。と言い、古城は勝手に納得する。

 色々あったが、少なくても島は無事であり、結瞳も一緒に帰ってこられた。 今は、それだけで満足するべきなのだろう。

 

「てか、悠斗の最後の眷獣は何だったんだ?……かなりやばい気配がしたんだが」

 

「やばいな。 世界を混沌に陥れる事ができる力を持つ眷獣だし。 まあ、そんな事はしないから心配するな」

 

 雪菜が間髪入れず、

 

「そんなの当たり前です!……何で神代先輩には監視がつかないんでしょうか……」

 

 悠斗は気配感知もできるし、式神の類を見破る事は容易いのだ。

 監視をつけても、上手く交わされるのがオチである。

 

「つけても意味がないからじゃないか」

 

「……そう、なんですよね。 はあ……」

 

 雪菜は溜息を零すだけだ。

 そんな雪菜を励ますように、凪沙が笑顔で言う。

 

「大丈夫だって、雪菜ちゃん。 凪沙がしっかり監視してますから」

 

「……いえ、監視よりも、いちゃついてるようにしか見えないんですが……」

 

 どうやら、雪菜は苦労が絶えないらしい。 この中で一番苦労してるのは、雪菜ではないだろうか?

 

「でも、さすがに今日は遊ぶ気にはなれねーな。……今日はのんびりしたいぜ」

 

 近づいてきたコテージを見て、古城はホッと息を吐く。

 幸いな事に、古城たちの宿泊予定はまだ一泊残っていた。 今夜は何もしないで、翌朝までのんびりと過ごすのだ。

 そんな時、嘆息したのは悠斗だ。

 

「そう考えてる所悪いが古城、俺たちにはやるべき事があるんだぞ。……はあ、疲れてるんだけどなぁ……」

 

 その時、恐ろしいものから逃げ惑うような形相で、浅葱が古城たちの方へ走って来る。

 彼女の狼狽ぶりに、古城は警戒を隠せない。 そんな古城の背中で、ん、と結瞳が覚醒する気配があった。

 

「浅葱、何があったんだ?」

 

「来たの! あ、あれ見て、あれ」

 

 浅葱が指し示す方向に視線を向けて、古城はそのまま硬直し、悠斗は溜息を吐いた。

 コテージの前の駐車スペースに、見覚えがある電動カートが停まっている。

 飾り気がない業務用のカートだ。 助手席のドアには、『ラダマン亭ズ』という店名のロゴが描かれている。 カートの隣に立つのは、タイトスカートを穿いた女性。 プールサイドの売店を切り盛りする女店長である。

 

「チ、チーフ……!?」

 

「……やっぱり来てたのか」

 

「暁くん、神代くん。 お帰り。 ちょうど迎えに来た所だったの、楽しいアルバイトのお時間よ」

 

 基樹と話をしていたチーフが、古城たちの帰還に気づいて、おいでおいでと手招きをする。

 そう、あれほどの騒ぎがあっても、ブルーエンジリアムは営業してるのだ。ということは、必然的に売店も開かれてると言う事である。 その事実に気づいて古城は目眩を覚える。

 

「や、矢瀬――!?」

 

「なんだ? 何かよくわからんが、オレにはどうにもならねーぞ? 今回の旅費等は、お前たちのバイト代から出てるだからな」

 

 いきなり怒鳴られた基樹が、困惑したように言い返してくる。

 宿代は無料(タダ)だが、交通費諸々は古城たちのバイト代から降りているのだ。 なので、基樹の言い分は正しい。 そう、正しいのだ。 悪いのは、朝からレヴィアタンと戦わされる羽目になった古城たちの方だ。 だがしかし、あれだけの死戦を潜り抜けた後に、あのハードなアルバイトというのは、厳しいのも確かなのだ。

 

「待ってください――!?」

 

 絶望の表情を浮かべる古城を庇うように、澄んだ声が基樹に反論した。

 声の主は、古城の背から下り、両腕を広げて割り込んできた結瞳だった。

 唐突な乱入に、基樹とチーフはもちろん、悠斗と凪沙も驚いた。

 

「ゆ、結瞳?」

 

「古城さんは、わたしと一緒に遊ぶんです。 お仕事なんてダメです」

 

「……え? え?」

 

 結瞳の言葉を聞いた古城は、困惑の表情を浮かべるだけだ。

 

「だって、古城さんは約束してくれたんです。 一緒に遊園地とプールに連れてくれるって。 わたし、泳ぐのは得意なんです。 楽しみです!」

 

 キラキラした眼差しで、結瞳が古城を見上げてくる。

 結瞳に敵視される形になった基樹とチーフが、居心地悪そうに古城を見た。

 そして、どういうことかしら、と半眼で睨んでくる浅葱と、あちゃー、と思いながら内心頭を抱えてる悠斗と凪沙。

 古城は、唖然とした表情で結瞳を見返して、

 

「や、約束……?」

 

「はい。 古城さんが言ってくれたんじゃないですか、わたしのこと、一生幸せにしてくれるって」

 

「一生幸せに……って……え!?」

 

 古城は混乱しながら半歩程後ずさった。 そして、なんだそれは、と自問する。 何となく似たような事を口にした記憶はあるが、明らかな語弊があると思う。

 そう。 これはまるで、プロポーズだ。 間違っても、小学生にかける言葉ではない。

 

「オレが……そんなことを言ったのか?」

 

 結瞳は、『はい!』と答え、悠斗と凪沙に視線を向ける。 何故か知らないが、悠斗の額に一筋の汗が流れる。

 

「――お父さん(・・・・)お母さん(・・・・)も、そう聞いてましたよね」

 

 そう言って結瞳は、古城に腕を絡ませて、えへへ。と可愛らしく笑った。

 そして悠斗は唖然するしかない。

 確かに、里親探しは後々考えればいい。と言った記憶はあるが、自分が父親になるなんて一言も口にしてないはずだ。

 

「ま、待て、結瞳。 俺が言ったのは、親の事は後から考えればいいって言ったんだぞ。 だ、だよな、凪沙」

 

 悠斗が凪沙に問いかけるが、凪沙は、『悠君と凪沙の子供……』と言い、顔を真っ赤に染めて、悠斗の言葉が聞こえてないようだ。

 

「……古城……悠斗。 あんたら……」

 

 浅葱が、古城と悠斗に不信感に満ちた視線を向けてくる。 まあ、なんだ。お前ら幸せにな。と無責任な励ましの言葉をかけてくる基樹。

 古城と悠斗は現実から目を背けるように、視線を空に向けた。

 

「「勘弁してくれ……」」

 

 そう呟く、古城と悠斗の声は、澄み切った空に吸い込まれていく。

 魔族特区、絃神島の増設人工島(サブフロート)ブルーエンジアム。

 楽園の名前を持つ島の騒がしい一日は、まだまだ続きそうだった――。




これにて、黒の剣巫は終了ですね。
次回からは新章かな?まあその辺は、追々考えます。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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冥き神王の花嫁
冥き神王の花嫁Ⅰ


新章開始です。この章も頑張って書きます!

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 十二月の第三週。 今日で彩海学園の授業が終了し、明日から冬休みである。

 忙しない空気の中、午後の授業を終えて、彩海学園の生徒たちが下校を始めている。

 いつものように古城たちが下校していたら、校門前に一人の少女が立っていた。 白いワンピース型のセーラー服を来た小学生である。 明るい色の猫っ毛の髪に、学校指定のベレー帽を被る、可愛らしい少女だ。

 少女は古城たちを見つけると、華やかに笑い手を振った。 そして、小走りで古城たちの方へ駆け寄って来る。

 

「古城さん!」

 

「結瞳! オレを待ってたのか?」

 

 古城は驚きながら立ち止まる。

 少女の名前は江口結瞳。 古城たちが今から一週間程前に、ブルーエンジリアムのリゾート施設で知り合った子だ。 結瞳が持つ“夜の魔女(リリス)”の力を利用されそうになった所を、古城たちが成り行きで助けたのだ。

 それ以来、結瞳は古城たちかなり懐いている。

 

「いえ、お父さ――」

 

「ちょ! 結瞳、それは言わない約束だぞ」

 

 結瞳の、『お父さんも――』という言葉を遮ったのは、同じく結瞳を見て立ち止まった悠斗だ。

 結瞳は悠斗のことを、お父さん。凪沙のことを、お母さん。と呼ぶようになった。 だがしかし、悠斗と凪沙は未成年であり、結瞳を引き取る年齢に達してないのだ。

 なので、将来引き取る事を約束して、未成年である内は名前呼びで。ということになっている。

 

「あ、そうでした。“悠斗さん”」

 

 悠斗は、ホッと息を吐いた。

 ともあれ、今は下校時刻で正門前は混み合っている。

 古城たちを待ち受けている可愛い小学生の存在は、異様な程目立っていた。 当然、結瞳と一緒にいる古城と悠斗もだ。 だか、結瞳を追い返す訳にもいかないので、悠斗が話を進める。

 

「で、結瞳はどうしたんだ?」

 

「編入手続きが早く終わって、少し時間があったので……迷惑でしたか?」

 

 結瞳がベレー帽を押さえながら、少し不安に聞いてくる。

 悠斗の勘が正しければ、結瞳は古城に会いに来た確立の方が高い。 悠斗がそう思うのは、悠斗と凪沙は、ブルーエンジリアムから帰宅してからも結瞳と遊んでいたからである。

 

「い、いや……。 お前が迷惑ってわけじゃないんだが……」

 

 結瞳から好意的に見られた古城が、額にうっすら脂汗を浮かべながら答える。

 

「古城は、結瞳坊を一生面倒見なきゃならない立場だしな。 あ、悠斗もだっけ」

 

 悠斗の隣にいた基樹が、そう言って結瞳の頭を乱暴に撫でた。

 結瞳は、基樹の手を払いのけ、乱れた帽子を直しながら不満そうに頬を膨らませる。

 

「勝手に変なあだ名をつけないでください。 馴れ馴れしく触られるのも不愉快です」

 

「ぐ……」

 

 このガキ、と思わず口を歪める基樹。

 それをたしなめるようにして、後方で話を聞いていた浅葱が、古城たちの間に割って入る。

 

「編入手続き……? じゃあ、結瞳ちゃんが着てるその制服って、もしかして――」

 

「あ、はい。 天奏学館(てんそうがっかん)の制服です」

 

 結瞳は得意げな表情でそう言った。

 おそらく、結瞳が彩海学園に訪れたのも、新しい制服を真っ先に古城に見てもらおうと考えたからであろう。

 

天奏学館(てんそうがっかん)? たしか、メチャクチャ偏差値高かったろ?」

 

 古城が感心したように呟く。

 天奏学館(てんそうがっかん)は、人工島西地区(アイランド・ウエスト)にある小中高一貫教育の名門校だ。 一般人が生徒の大半を占める彩海学園とは違って、天奏学館(てんそうがっかん)には登録魔族が多い。 中には、貴族級の吸血鬼や、上位種の獣人の女子も通っているという。 他の生徒も家柄や成績の持ち主ばかり。 所謂、全寮制のお嬢様学校である。

 

「でも、人工島管理局と魔族総合研究所の推薦がもらえましたから。 そこの失礼なお兄さんのお陰で、生活の面倒を見てもらえることにもなりましたし。…………欲を言えば、悠斗さんと凪沙お姉さんのお家に住みたかったですが」

 

 そう言って結瞳は、おざなりな態度で基樹に頭を下げた。 そこまでの注文は無理に決まってるだろうが、と基樹が結瞳を指差して唸る。

 古城は怪訝な表情で基樹の横顔を眺めた。

 

「ああ、そっか。 矢瀬ン家の兄貴って、魔総研の仕事もやってるんだっけか?」

 

「そ。 だからわたしが、推薦しろって基樹に言ったの。 結瞳ちゃんなら確実に魔族保護育成プログラムの特特生に選ばれるって」

 

 浅葱が少し得意げに胸を張る。

 基樹の兄。 矢瀬幾磨(かずま)は、北米連合(NAU)の大学を飛び級で卒業した秀才だ。 まだ二十代半ばでありながら、人工管理公社で重要な役職を任されている。 基樹の幼馴染ということで、浅葱は幾磨と顔見知りなのだ。

 魔族特区である絃神島は、身寄りのない魔族の為に支援政策が充実している。

 魔族総合研究院の特特生もその一つなのだ。 世界最強の夢魔(サキュバス)である結瞳ならば、その資格を満たしている。 少なくても絃神島にいる限り、この先、生活に困る事はないはずだ。

 

「まあいいんじゃねーか。 幾磨は、利用価値のあるものは利用する。ってのがモットーだしな。 結瞳坊が相手なら丁重に扱うだろ」

 

 基樹が素っ気なく呟く。兄に借りを作ったのが不本意なのか、何処となく拗ねた表情だ。“結瞳坊”と呼ばれて、結瞳も同じような顔をしていたが。 気が合っているのか、それともいないのか、よくわからない二人である。

 

「ともかく、住居と食費が手配できてよかったんじゃないか。 俺と凪沙も、まだ支援を受けてる段階だしな」

 

「はい! わたし、悠斗さんと凪沙お姉さんの娘になって、一緒に暮らすのが夢でもあるんです!」

 

 結瞳の言葉を聞いて、周囲の生徒たちは、『嘘!?あの年で父親なの!?』『凪沙ちゃんって、暁の妹よ。その子が母親って』等の声が上がる。

 悠斗は自分の発言を後悔し、額に右手を当てて空を見上げるのだった。

 

「古城さん。 待っててくださいね!」

 

 そして結瞳は、瞳をキラキラさせ古城を見る。

 その真っ直ぐな視線に、古城はなぜか気圧された。

 

「え? 待つって、なにをだ?」

 

「約束してくれましたよね。 わたしのこと幸せにしてくれるって。 結婚できる歳になるまで、あと五年もかかっちゃいますけど……」

 

 左手薬指に触れながら、もじもじと頬を赤らめて呟く結瞳。 隣でそれを聞いていた浅葱が、ピキ、と頬強張らせ、悠斗は、ほぼ同い年の義弟はいらん。と呟くのであった。

 

「ま……待て! 違う! いや、違わないけど、あれはそういう意味じゃなくてな――」

 

 古城の表情に焦りが浮かんだ。“夜の魔女(リリス)”の魂を封じる為、自ら死を選ぼうとした結瞳に、幸せにならなければならい。という言葉を贈ったのは古城自身だ。 ただし、古城の意思とは違う形で伝わってしまったらしいが。

 その誤解を解こうとする古城の言葉は、自分の世界に入り込んでしまった結瞳には届かない。 胸の前で小さな拳を握り締め、強く宣言する。

 

「わたしだって、いつまでも子供じゃありませんし、その、頑張りますから!」

 

「頑張らなくていい! 普通にしてろ!」

 

 そう声を上げる古城に悠斗は、『古城って、ロリコン?』と声をかけ、古城は『おいこら、ロリコンじゃねーからな!』と言葉の叩き合いをするのだった。

 立ち話もアレだしな。という基樹の提案で移動する事になった。 その間も、結瞳は古城にぴったりと寄り添っていた。

 まあ、意味深な言葉もあったが、ここでは語らない事にしよう。

 ともあれ、第四真祖。 紅蓮の織天使の冬休みは、そんな風にして始まった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗は古城たちに一声かけて、逸早くあの場から離れ凪沙と合流した。 集合場所をメールで決めていたので、迷うことはなかった。

 そして悠斗と凪沙は、街路樹の歩道を歩きながら、古城たちの状況を眺めていた。

 

「古城はハーレムを形成するぞ、あれ」

 

「古城君の周りには美少女が集まるんだよね。 何でだろ?」

 

 そんな事を話していたら、街路樹の幹に身を潜めて、気配を殺してる少女を発見した。

 ベースギター用のギグケースを背負った、中等部の制服を着た少女だ。――獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜だ。

 

「まったくもう……なにやってるんですか、あの人は」

 

 植え込みの隙間から頭だけを出して、雪菜は不満そうに一人ごちる。

 彼女の眼先にいるのは暁古城だ。 雪菜の監視対象でもある――第四真祖だ。 移動しながらも古城の隣にぴったり寄り添っているのは、真新しい制服に身を包んだ結瞳だ。 それを浅葱がすぐ背後にくっつき、それを面白そうに安全な場所から基樹が眺めている。

 その光景が、雪菜を不機嫌にさせているのだ。

 しかし、あの状況下に割り込むのは非常に難しい。

 その所為で、雪菜の苛立ちは募る一方だ。

 

「いくら相手が結瞳ちゃんだからって、小学生相手にデレデレして――!」

 

 雪菜の指先には無意識に力が籠り、街路樹の枝がメキメキと音を立て軋んでいる。

 その光景を見た悠斗が、嘆息してから雪菜に話しかける。

 

「で、そういう姫柊はなにやってんだ?」

 

 雪菜は、びくっと肩を震わせてから振り向いた。

 

「か、神代先輩ですか」

 

「入りたいなら、入ってくればいいのに」

 

 もっと修羅場が見れそうで面白そうだ。という、悠斗の思惑も入っているが。

 

「い、いえ……さすがに、あのタイミングではどうかと……」

 

 まあ確かに、名門小学校の制服を着た結瞳はもちろん、浅葱の容姿も結瞳に劣らず注目を惹く。 その二人が、古城を争奪する真似をしてるのだ。 俗にいう、修羅場でもあった。

 また、雪菜がそこに入って行ったら、更なる混乱を招くのは必須だが、監視役として古城の隣で監視をしていたい。

 そんなジレンマが、雪菜を板挟みしてるのだ。

 

「まあいいけどな。 女難が続く古城を見てるのは楽しいし」

 

「凪沙も同じくかな」

 

 やはり、悠斗と凪沙の思考回路は若干似てきてるらしい。

 そして古城たちは、叢雲珈琲店(ムラクモ)に入って行った。

 

「あ、古城君たち叢雲珈琲店(ムラクモ)に入って行ったよ! わたし、あの店の黒糖生チョコラテが好きなんだよね、いいなー。 でもさすがに、今から同じ店入って行ったらアレだし。 ねぇねぇ、悠君――」

 

 凪沙は、子猫のような瞳で悠斗を正面から見た。

 そんな悠斗は苦笑した。

 

「そうだな、今度一緒に行くか。 もちろん、俺の奢りだ」

 

「やった! 結瞳ちゃんも一緒でもいいかな?」

 

「その辺は、凪沙が決めていいぞ」

 

 凪沙は悠斗に抱き付き、

 

「悠君、大好き!」

 

 悠斗は、右手掌をポンと凪沙の頭に乗せ、クシャクシャと撫でた。

 

「俺もだ」

 

 凪沙は悠斗から離れ、唇を尖らせながら両手で髪を直した。

 おそらく、周りから二人を見ると、バカップルがいちゃついてるよ。という風にしか見えないだろう。

 

「せ、セットが崩れちゃうよ」

 

「すまんすまん。いつもの癖でな」

 

 凪沙は、も、もう。と怒るだけだ。

 悠斗にとっては、愛おしいだけなんだが。

 

「そうだ。 代わりになるものを、凪沙がコンビニで買ってくよ」

 

「ん、そうか。 じゃあ、いつもので」

 

 悠斗のいつものとは、ブラックコーヒーである。

 凪沙は、呆気に取られてる雪菜を見てから、

 

「雪菜ちゃんはなにがいい? スポドリ系? 炭酸系? 果実系?」

 

「え……っと、じゃあ、なにか冷たいお茶を」

 

「OK-、任せて」

 

 そう言ってから凪沙は、近場のコンビニに駈け出して行く。

 それから悠斗と雪菜は、眼前のベンチに腰を落ろした。

 

「神代先輩と凪沙ちゃん。 相変わらずですね」

 

「まあな」

 

 雪菜は、悠斗の僅かな変化に気づいた。 悠斗が、突然現れた者に警戒する感じだ。

 

「――で、暁牙城(・・・)。 急にどうしたんだ?」

 

 悠斗が振り向くと、そこにはだらしなくシャツを着崩した長身の男性だ。

 顎にはうっすらと無精髭に覆われ、全体的に気怠い雰囲気を漂わせている。――古城の父、暁牙城だ。 尤も、牙城は悠斗と初対面という事になるが。――焔光(えんこう)(うたげ)の、記憶摂取の副作用だ。

 

「――噂には聞いていたが、お前さんの気配感知はハンパないな」

 

 雪菜は目を丸くした。

 牙城までの距離は、三メートル足らず。 そこは、雪菜の間合いなのだ。

 だが雪菜は、それに気付く事ができなかった。 もし奇襲を受けていたら、深手を負わされて居たに違いない。

 

「そりゃどーも」

 

「それにしても、極東の魔族特区にお前さんが居るとはな。 隣、いいか?」

 

 そう言って牙城は、悠斗の隣のベンチを指差した。

 

「どうぞ」

 

「いやー、歳を食うと、このクソ暑い中うろつくのはしんどくてなー」

 

 牙城は無造作にベンチに座り、着古した中折れ帽の鍔を上げた。

 

「んで、今日はどうしたんだ?」

 

「年上に敬語なしかよ……。 まあいいけどよ。 今日は凪沙に用があってな」

 

 悠斗の視線が僅かに鋭くなった。

 遺跡調査から、焔光(えんこう)(うたげ)に繋がったと言っても過言でないからだ。 悠斗が警戒するのは当然だ。

 

「……そうか。 だが、その用件は俺も聞かせてもらうぞ」

 

 悠斗の口調は、有無を言わせない口調だ。

 

「おいおい、怖ェな。 物騒なことじゃねェから安心しろって」

 

「……ならいいんだけどな」

 

 空気がかなり重くなってきたのを感じた雪菜は、咄嗟に口を開いた。

 

「そ、そういえば。 暁ということは、暁先輩の関係者なんですよね?」

 

「んにゃ、古城とは大いに関係者だな」

 

 そんな時、コンビニから飲み物のペットボトルを抱えた凪沙が、牙城を見て目を丸くしてる。

 

「牙城……君?」

 

「おお、凪沙! 元気かっ?」

 

 牙城は立ち上がり、両手を広げて満面の笑みを浮かべた。 かなりの変貌ぶりである。

 

「相変わらず可愛いな、お前は! どこの女神かと思ったぜ! いやあ、お前がコンビニに走ってくのが見えたから、ここの小僧と女子中学生ちゃんに挨拶をしてたんだよ」

 

「あ、そうなんだ……。 てゆうか、牙城君、なんでいるの? いつ日本に帰ってきたの? お仕事は? 深森ちゃんに会った? 悠君たちとなにを話してたの?」

 

 矢継ぎ早な凪沙の質問に、牙城は自慢げに顎を上げた。

 

「絃神島に着いたのはさっきかな。 遺跡の発掘調査にカリブ海の方に行ってたら、いきなり内戦が始まっちまってなー、ハハッ、参った参った。 んで、深森さんの職場に行ったら、邪魔だって追い返されちまったから、小僧と女子中学生ちゃんと雑談してたわけさ」

 

「悠君と雪菜ちゃんと?」

 

 首を傾げてそう聞く凪沙。

 牙城は笑いながら、

 

「そうそう、悠君と雪菜ちゃん」

 

 お前が悠君言うな。と悠斗は抗議したが、牙城は知らない振りをして受け流す。

 

「ああ、そうそう。 紅蓮の小僧は知ってると思うが、自己紹介がまだだったな……お?」

 

 牙城はその場で手を挙げた。

 彼が見つめていたのは、公園沿いのカフェテラスの席だ。

 そこには、注文を終えて店から出て来た古城たちの姿がある。 牙城は古城たちに手を振って、

 

「おーい、古城。 こっちだ、こっち」

 

「げ……!? なんでお前がいるんだ、クソ親父!?」

 

 彼の存在に気付いた古城が、脊髄反射で悪態を吐く。

 古城の言葉を聞いた雪菜は、牙城と古城を見比べた。 確かに、古城と顔がそっくりだ。 仕草や気怠げな雰囲気もだ。

 

「あ、暁先輩の……お父様……?」

 

 半信半疑で雪菜が口を開く。

 牙城は、硬直する雪菜を面白そうに眺めてから不敵に微笑んだ。

 

「古城と凪沙の父親です。 暁牙城。 よろしく。といっても、紅蓮の小僧は知ってたみたいだけどな」

 

 なぜか怪しげなイントネーションで、牙城はそう言ったのだった――。




作中では言われてませんが、絃神島でも、若干魔族差別がありますね。
これに関しては、時が解決してくれると思いますが。
ちなみに牙城には、悠君の正体はバレてますね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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冥き神王の花嫁Ⅱ

違う作品と並行して書くのは疲れますね。といっても、投稿出来てない作品もあるんですが……。

で、では、投稿です。
本編をどうぞ。


「やれやれ、いくら女にモテないからって、小学生に手を出すとはな――」

 

 暁家のリビングのソファーに座って、暁牙城が笑いながら肩を揺らしている。

 牙城がマンションに帰宅したのは、実に一年数ヵ月ぶりだ。

 すると、テーブルの椅子に座って口を開いたのは悠斗だった。

 

「死都帰り。 古城は、ハーレム要因に結瞳を加えようと企んでるんだ。 所謂、ロリコンだな」

 

「さすがは我が息子。 男の夢だもんな、ハーレムは」

 

 古城はすぐに察した。 牙城と悠斗が結託すると、厄介極りないという事に。

 古城は、この二人を会わせるのは、今後は極力避けようと誓うのだった。

 

「おいこら、ロリコンじゃねーからな! てか、オレがハーレムなんていつ形成したんだよ!」

 

 悠斗は、凪沙が運んで来てくれた麦茶を啜ってから、口を開く。

 

「いや、すでに形成してると思うんだが」

 

「ほう、そうなのか。 紅蓮の小僧、その辺を詳しく聞かせろよ」

 

 牙城は、面白そうにして悠斗の言葉に便乗した。

 古城は、うんざりと唇を曲げる。

 

「ハーレムなんか形成してねェからな!」

 

 古城は声を上げて反論するが、牙城と悠斗は聞く耳持たずだ。

 牙城は、古城を見ながら意味ありげに笑う。

 

「まあ、オレの息子なら、女全員を幸せにさせる事ができる度量がなくちゃな。 オレがご教授してやろうか、これでもオレは、ハーレムを形成しかけた男だぜ」

 

 牙城はリビングを見回して、

 

「でもまあ、古城が姫柊ちゃんと一緒に住んでるのは予想外だったわ。 もうヤったのか?」

 

 その言葉を聞いて、雪菜は顔を真っ赤に染めた。

 今の雪菜ならば、牙城の言葉の意味も理解できるからだ。

 

「話がややこしくなるだろうが! 黙ってろよ、クソ親父! 一緒に住んでるのは仕方なくだ!」

 

 古城は、牙城の耳元で怒鳴るが、牙城は凪沙が運んできた麦茶を啜る。

 

「仕方なく……ですか。……そうですか」

 

 雪菜は顔を伏せ、声を低くしたそう呟く。

 だがしかし、古城は雪菜の変化に気づくことはない。

 

「ふーん、古城は仕方なくだと思うが。 姫柊ちゃんはどうなのかなぁ。 で、どうなの? 姫柊ちゃん?」

 

「へ!?」

 

 突然話を振られ、困惑の声を上げる雪菜。

 

「だから、話をややこしくするなよ、てめェは――!」

 

 軽くキレた古城は、牙城の顔面目がけて渾身の右フックを放つ。 殆んど手加減抜きの拳だ。 まともに入れば、牙城の頭蓋骨が粉砕されてもおかしくない。

 しかし、吸血鬼の腕力で放たれた古城の攻撃を、牙城は余裕の動きで回避する。

 悠斗はそれを見て、ほう。と感嘆な声を上げるのだった。

 

「おおっと……危ない危ない。 怖い怖い」

 

 大きく態勢を崩しながらも、小刻みな左ジャブを連打する古城。 だがしかし、その渾身の連続攻撃は、牙城の動きに翻弄され虚しく空を切る。

 牙城は、少し感心したように唇を吊り上げて笑い、

 

「ほー……しばらく会わない内に、いい動きをするようになったじゃねェか。 さすが、オレも息子だな。 まあ、まだまだだけどな」

 

「な!?」

 

 牙城の予期せぬ行動に、不意を衝かれた古城は反応に遅れた。 いつの間にか牙城の手には、テーブルの隅に置かれたはずのタバスコの瓶が握られていたのだ。

 そして古城の四角から、牙城は瓶の中身を古城の顔面へと振りかける。

 このタイミングで、飛来する液体全てを避け切るのは不可能だ。 タバスコをもろに眼球に浴びて、古城は堪らずのたうち回る。

 

「ぐおおおおおおっ……目があっ、目があっ!」

 

「せ、先輩……!?」

 

 雪菜が素早く立ち上がり、濡らしたおしぼりを持って古城に駆け寄った。

 甲斐甲斐しく古城の介抱を始めた雪菜を、牙城は興味深そうに観察する。

 悠斗は古城を一瞥してから、牙城に顔を向ける。

 

「かなり良い動きをするな。 武術の心得でもあんのか?」

 

「いやー。 オレの仕事上、これ位はできないとかないとな。 てか、できないと死ぬわな」

 

 たしかに、牙城の遺跡調査の仕事は、内戦が留まる事を知らない。 これ位はできておかないと、死に直結してもおかしくないのだ。

 悠斗は真剣な表情をしてから、牙城を見た。

 

「んで、さっきの用ってなんだ?」

 

「用でもあんのか? クソ親父」

 

 充血した目を擦りながら、古城はよろよろと上体を起こした。

 牙城は、ったく。と舌打ちをしてから、

 

「凪沙を迎えに来たんだよ。 な?」

 

 そう言って牙城は、目前にいる凪沙の頭にポンと手を置いた。

 

「もう、来るなら来るって、もっと早く言ってよね。 凪沙にも、色々予定があったんだから」

 

 凪沙は牙城を見て、拗ねたように頬を膨らませる。

 だが、悠斗は牙城を、最大限に警戒するように見る。 その眼光は、牙城を射抜くようだ。

 

「……凪沙をどこに連れてく気だ?」

 

「……ああ、悠斗の言う通りだ」

 

 視界を取り戻した古城も、牙城を睨めつけるようにして低い声で聞く。

 古城も、遺跡で起きた記憶を取り戻してるのだ。 古城も悠斗同様、警戒するのは当然だ。

 しかし牙城は、呆れるように嘆息する。

 

「あのなぁ、小僧ども。 季節を考えろよ。 帰省だよ、帰省」

 

 牙城の言葉に、古城と悠斗は沈黙した。

 年末年始といえば、世間一般では帰省の時期である。 本土から遠く離れた絃神島でも、そろそろ帰省ラッシュが始まる頃だ。

 

「もうすぐ正月だろ。 丹沢(たんざわ)の婆さんが、たまには帰って来いってうるせーんだよ。 去年までは凪沙が入院してて、それどころじゃなかったしな。 明日の朝一の飛行機だからな」

 

「なんだよそれは……いきなりだな。 オレ、なんの準備もしてねーぞ」

 

 古城は仏頂顔で文句を言うが――、

 

「あ? 誰がお前を連れてくっていったよ。 帰んのは、オレと凪沙だけだ。 深森さんは婆さんと仲が悪ィしな。 だからまぁ、古城は紅蓮の小僧と留守番だな。 つーか、本土までのチケットはバカ高ェし。 凪沙を連れてくだけで、オレの財布が空っきしだ」

 

 空港の発着枠が限られている事もあって、絃神島から本土までの航空運賃は高い。 繁忙期となると尚更だ。

 絃神島の出入りには、面倒な手続きがあり、その手数料として別途料金が加算されるのだ。

 

「それに、凪沙を連れて帰るのには訳があるんだよ。 一度、婆さんに祓ってもらおうと思ってな。 凪沙の霊能力が消えた原因、一度ちゃんと調べておいた方がいいだろ?」

 

 祖母から受け継いだ、巫女としての素養と、深森から受け継いだ過適応能力者(ハイパーアダプター)の力、凪沙はその両方を併せ持つ、希少な混合能力者(ハイブリッド)だったのだ。 だが、遺跡事件後から力が失われた。

 悠斗にも、凪沙が力を失った原因が分からないのだ。 なので、牙城の言い分にも一理あった。

 

「待ってください。 凪沙ちゃんを本気で調べるなら、獅子王機関に任せたほうが――」

 

 雪菜が古城と悠斗の近場に寄り、小声で囁いてくる。 いつになく真剣な表情だ。

 自身も霊能力者である雪菜は、除霊の危険性をよく知ってる。 素人が手を出して、凪沙に悪影響が出る可能性を懸念してるのだろう。

 

「ああ、いや、たぶん大丈夫だと思う。心配してくれるのはありがたいけど、前も言ったろ。うちの祖母(ばあ)さんは未登録(モグリ)の攻魔師もやってたって。 その手の仕事には慣れてるから」

 

「……オレは嫌な予感がしてならない。 正直言うと、帰省には反対だ」

 

 悠斗は、だが。と言葉を続ける。

 

「……死都帰りの案にも一理ある――。それと、姫柊には悪いが、俺は獅子王機関を信用してない。 凪沙を預けるなんてもってのほかだ。 大史局も含めてな」

 

 それなら、まだ身内の方が安心できる。と悠斗は付け加える。

 悠斗と獅子王機関は、殺し合いをした仲だ。 信用しろと言われても、無理な話だ。

 雪菜は眉を寄せたが、諦めたように小さく息を吐く。 何を言っても、悠斗は言葉を撤回しないと悟ったからだ。

 そんな時、牙城が会話に割り込んでくる。

 

「なになに、なんの話? おじさんにも聞かせてくれないか?」

 

「ただの雑談だ。 気にすんな、死都帰り」

 

 悠斗が、あっち行け、という風に手を振ると、牙城は、ちぇ、と残念そうに肩を竦めるが、大体の内容は把握してるらしい。

 

「まあ心配すんな。 祖母(ばあ)さん本人の霊視の腕はともかく、凪沙の安全はオレが保障する。 紅蓮の小僧にとって凪沙は、この世の全てみたいなもんだしな」

 

「まあそうだな。 凪沙に何かあったら、俺はなにを仕出かすか分かったもんじゃねぇしな。 その辺は十便考慮してくれよ、死都帰り」

 

 悠斗が暴走すると、最悪、世界を混沌も齎す可能性もある。

 それほどまでに、悠斗にとって凪沙は大切な存在なのだ。 もし暴走したら、第四真祖でも止めるのは困難を極めるだろう。

 

「お前さんが何を仕出かすか解らないとか、怖ェの一言だな……」

 

 そう言って、牙城は顔を引き攣らせた。 ともあれ、この案件は解決を見たのだった。

 真面目な話から一転、牙城は悠斗と凪沙を見てニヤリと笑った。

 

「紅蓮の小僧と凪沙は、できてんのか? 娘もいるとか小耳に挟んだが」

 

 此処で言うことじゃねだろ、アホ。と言い、悠斗は嘆息した。 凪沙も顔を赤くして、牙城君のバカ。と言いたい表情である。

 悠斗が凪沙に視線を向けると、悠君が言っていいよ。と視線あった。

 

「まあ一応。 てか、激怒すると思ったんだが」

 

 牙城は頬を掻きながら、

 

「頼りにならん男だったら、アレだったかもしれねェな。 つーか、何か知らんけど、お前さんは信用できんだよな。 凪沙の魔族恐怖症も、お前さんのお陰で直ったらしいしなぁ」

 

 牙城は、不思議だわなぁ。とぼやいた。

 牙城は、悠斗と出会った記憶を失っても、悠斗がどのような人物か感じ取れるのかもしれない。

 

「凪沙のことをそれ程想ってくれるんだからな、言うことがねェぞ。 つか、『命にかけても凪沙を守る』って感じだしな、お前さんは」

 

 そうだな。と悠斗が同意した時、凪沙が立ち上がり悠斗の隣まで移動して、軽く頭を叩いた。

 

「もう、そんなこと言わない。 もしそうなったら、凪沙、悠君と心中する覚悟はあるからねっ」

 

 目を丸くする悠斗と、ポカンとした表情の牙城。

 そして、取り残される古城と雪菜。 所謂、混沌(カオス)に近い雰囲気が漂っていた。

 この空気の中、牙城が声を上げて笑った。

 

「マジか。 凪沙がそこまで言うとはな。 いやー、参った参った」

 

 悠斗は、凪沙の頭を優しく撫でた。 悠斗の表情は、とても慈愛に満ちている。

 そんな悠斗と凪沙を見て、牙城は口笛を吹いていた。

 

「凪沙を置いて死んだりしないから心配すんな」

 

「ホントだよね? 約束だよ?」

 

「約束だ」

 

 悠斗は凪沙のことを優しく抱きしめたかったが、さすがに父親と兄、同級生の前では躊躇われたのであった。

 ともあれ、この一連が、死都帰り――暁牙城の絃神島への訪問だった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 翌日。

 早朝の絃神島中央空港で、私服姿の古城は欠伸を噛み締めていた。

 時刻は午前七時。 夜行性の吸血鬼にとっては、一日で尤も辛い時刻である。といっても、悠斗はこれを克服してるが。 全ては、凪沙のお陰である。

 空港まで着たのはもちろん、凪沙の出発への見送りだ。

 

「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。 紅蓮の小僧と姫柊ちゃんと仲良く留守番するんだぞ、古城」

 

「うるせェな。 いいからさっさと行け」

 

 色褪せたトレンチコートを着た牙城が、古城にそう声をかけ、古城は鬱陶しげに父親を睨みつける。

 飛行機の出発時刻まで後一時間足らず。 魔族特区の特有の検査の事を考えると、そろそろ手荷物検査のゲートを潜ら開ければならない頃合いだ。

 一方凪沙は、古城と一緒に見送りに来た悠斗と別れの挨拶を交わしていた。

 

「凪沙の身にあったら、宝玉のネックレスを通して俺に伝わるようになってるからな」

 

「大丈夫だって、悠君。 ただの帰省だから」

 

「……まあそうなんだが」

 

 もし凪沙の身に何かが起きようなら、悠斗は魔族特区の手続き等を無視して本土に急行するだろう。

 だが、絃神島を出ると悠斗を狙う敵が現れる可能性もある。 その時は容赦なく、悠斗はその敵を消すだろう。

 

「悠君は心配しすぎだよ」

 

 そう言って、凪沙は苦笑した。

 

「……そうだな。 過保護になりすぎるのもよくないしな」

 

「そうそう。 でも、凪沙は心配だなぁ。 悠君、ちゃんと自炊するんだよ。 コンビニのお弁当は栄養が偏っちゃうから、火の扱いには十分気をつけること。 ちゃんと歯を磨いてから寝るんだよ、虫歯になっちゃうから。 あとあと、戸締りもしっかりすること。 泥棒さんが入ったら大変だからね。 それとね――」

 

 凪沙の矢継ぎ早な言葉聞いて、悠斗は苦笑するのだった。

 

「大丈夫だ、心配するな」

 

「なんか釈然としないけど、よしとしよう」

 

 凪沙は、ん。と言って両手を広げた。 おそらく、当分会えないだから抱きしめて。と言っているのだが。 如何せん、この場には兄と父親が居るのだ。

 でもまあ、当分は会えないのだ。 牙城と古城も許してくれるだろう。

 悠斗は両手を広げた凪沙を優しく抱きしめる。 凪沙も、悠斗の背に手を回した。

 そんな時、乗客の手荷物検査を促すアナウンスが流れてくる。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

「ああ、道中は気をつけるんだぞ」

 

 そう言ってから、抱擁を解く悠斗と凪沙。

 これを見ていた古城は呆れ顔で、雪菜は顔を真っ赤にし、牙城は、『孫の顔はすぐに見られるな、これは』と言って口笛を吹いたのだった。

 

「それじゃあ、古城君。 雪菜ちゃん。 行ってきます! 特に雪菜ちゃん、古城君のことあんまり甘やかしちゃダメだよ。 古城君も雪菜ちゃんに無理やり変なことをしないこと!」

 

「あ、甘やかしてないから!」

 

「するかっ!」

 

 思わず乱暴に言い返し、古城たちはゲートを潜る凪沙と牙城を見送った。

 凪沙と牙城を見送った古城は大きく伸びをし、周りを見渡してから口を開く。

 

「気のせいかもしれないけど、今日はやたらと皆ピリピリしてないか?」

 

 古城の言う通り、出発ゲートや出入り口を見張る空港警備員の数が、普段と比べると圧倒的に多い。 彼らの表情や仕草から、厳重に警戒してるという雰囲気が伝わってくる。

 

「たぶん、あれだろ」

 

 そう言って悠斗は、空港の待合所に置かれている大型テレビを指差した。

 テレビ画面に映し出されているのは、海外ニュースの映像だ。 見知らぬ外国の街を背景に、砲撃や爆弾によって傷ついた建物や負傷者の姿が見える。

 

「あれ……って。 戦争か?」

 

 悠斗は、そうだ。と頷いた。

 世界を回っていた悠斗にかかれば、各国の言葉を訳すのは容易いのだ。

 

混沌界域(こんとんかいいき)での内戦だな。アメリカ連合国との国境付近に配備されていた軍の部隊が武装蜂起して、自治独立を求めてるらしいな」

 

混沌界域(こんとんかいいき)って、ジャーダって女がいる夜の帝国(ドミニオン)だよな?」

 

 古城は、翠玉(エメラルド)色の髪と翡翠色の瞳を持つ美しい吸血鬼の姿を思い出した。

 古城たちは約一ヵ月前に、彼女と戦闘を繰り広げたばかりなのだ。 第三真祖――ジャーダ・クルルカン。 公式に認められた真祖の一人だ。

 

「……なんか意外だな」

 

「意外……ですか?」

 

 そう聞いたのは雪菜だ。

 

「だって反乱が起きるっていうことは、国民に不満が溜まってるってことだろ? あいつって、いわゆる暴君だったのか?」

 

 そうは見えなかったけどな。と言って、古城は首を傾げた。

 第三真祖、ジャーダ・クルルカンは、真祖に相応しい威厳をと力を備えていたが、話の通じない奴とは見えなかった。 寧ろ、計算高さと茶目っ気を感じさせる人間臭い吸血鬼だという印象がある。

 そんな古城の感想を裏付けるように、雪菜が小さく首を振る。

 

「たしかに真祖は、それぞれの夜の帝国(ドミニオン)の名目上の統制者ですが、直接、国を治めてるわけではないんです。 議員選挙や官僚試験も行われているはずですし、そもそも第一、第二真祖は、何十年も国民の前に姿を現してませんから」

 

 確かに雪菜の言う通り、古城と悠斗は、第一、第二真祖の顔を知らない。 写真などでも目にした記憶はなかった。

 

「そんな中で混沌の皇女(ケイオスブライド)だけは、普段から帝国内をうろつき……いえ、視察して回ったり、平民にも気さくに声をかけてるするということで、国民から熱狂的な支持を受けてるはずです。 国内の治安や経済状況も決して悪いわけではありませんし」

 

 雪菜の懇切丁寧な解説を聞いて、古城は、成程な。と相槌を打つ。

 だが、古城には疑問が浮上してくる。 なぜ、国民から支持が高いのに、内戦が行われているのか?と言う事だ。

 

「だったら、どうして反乱なんか起きてるんだ?」

 

 悠斗は、古城を見て嘆息した。

 

「アホ古城。 第四真祖ならそれくらい分から――」

 

 言いかけた悠斗は、途中で言葉を止めた。

 空港の中央入口から、到着ロビーにと向かう通路に、左腕に登録魔族の腕輪を嵌めた銀髪の男性を見たからだ。

 古城はいつでも戦闘ができるように身構えたが、悠斗は平然と立っているだけだ。

 

「お前――」

 

「先輩、下がって!」

 

 銀髪の少年は、そんな古城と雪菜を見て蔑むように嘆息した。

 

「貴様か、暁古城。 相変わらず小娘に尻に敷かれてるようだな」

 

「敷かれてねェ!」

 

「敷いてません!」

 

 完全に同調した二人を見つめて、銀髪の少年が冷淡に笑った。

 そんな光景を見ていた悠斗が口を開く。

 

「んで、トビアス・ジャガン。今日はどうしたんだ?」

 

 トビアス・ジャガンは欧州、戦王領域(せんおうりょういき)出身の貴族。 第一真祖、忘却の戦王(ロストウォーロード)直系の古き世代の吸血鬼である。

 彼は、アルデアル公、ディミトリエ・ヴァトラーの側近として絃神島に滞在してるが、立場的に古城の敵に近いのだ。

 ジャガンは、恭しく頭を下げた。

 

「いえ、今日は野暮用がありまして。 中央空港に赴いた次第です、紅蓮の織天使様」

 

 抗議の声を上げたのは古城だ。

 

「おま! 何で悠斗には敬語なんだよ!」

 

 ジャガンは勢いよく頭を上げた。

 

「お前は、筋金入りのアホなのか! 紅蓮の織天使様は、閣下よりお強いんだ。 敬意を払うのは当然だ。 バカめ!」

 

「な! なんだと!?」

 

 悠斗は二人を見て溜息を吐く。

 

「……お前ら静かにしろ、客には見えないように物理を放つぞ」

 

 悠斗が僅かに殺気を込めそう言うと、先程の言い争いが嘘のように霧散した。

 悠斗は嘆息してから、

 

「ジャガン、野暮用を済ませてこい。 この手のことには絡まないように努力するから。 古城、帰るぞ」

 

 ジャガンは、ありがとうございます。と言ってから一礼して、通路を歩き出した。

 古城は、遠ざかるジャガンの背中を睨みつけた。 それから、なんだったんだ、あいつ。と言って肩を竦める。

 悠斗が空港内を歩き、展望スペースから外を眺めると、一際目立つメガヨット、オシアナス・グレイブⅡが見当たらなかった。 見逃すはずもない巨大な船の姿が、絃神島から消えている。

 

「……ヴァトラーの船がないだと?」

 

「……いつもなら嬉しい所だが。 嫌な予感しかしねぇぞ」

 

 混沌界域(こんとんかいいき)の内戦。 ジャガンの謎の行動。 この事柄がタイミング悪く重なった。

 おそらく、古城たちの知らない所で何かが動き出しているに違いない。 そして、ヴァトラーの真意を確かめる術は古城たちにはない。

 古城、悠斗、雪菜は顔を見合わせて、溜息を吐く。

 どうやら古城たちは、ヴァトラーが居なくても、彼に振り回される運命にあるらしかった――。




暁家一行から認められましたね、悠斗君と凪沙ちゃんの婚約(^O^)
これで堂々とイチャイチャできます(今更感)

ともあれ、これから物語が動き出しますね。
つか、次巻では悠斗君が暴走しそう……。いや、たぶんですが……。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
凪沙ちゃんは力を失っても、強力な巫女であることにも変わりはないですね。
まあ、強力(雪菜以上)な霊媒の持ち主と考えてください。


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冥き神王の花嫁Ⅲ

 古城が暁家のマンションに戻って来たのは、正午近くなってからだ。

 ちなみに、悠斗も一緒だ。 帰宅している途中で昼食の話になり、一緒に摂ろうという事なったからである。

 

「姫柊も料理が上手くなったよな。 最初はあんなのだったのに」

 

 暁家のリビングのテーブルの椅子に座りながら、キッチンに立つ雪菜を見て、悠斗が感嘆な声を上げる。 悠斗は一度だけ雪菜の作った料理を見た事があるのだが、俗にいうダークマターに近かったのだ。

 悠斗の隣に座る古城が、げんなりと肩を落としてから、

 

「……最初の頃は、オレが実験体になったんだけどな」

 

 食材たちが勿体ねーしな。と古城は付け加える。

 悠斗は、同情の目差しで古城を見てから口を開く。

 

「……なんつーか、ご愁傷さまとか言えないわ」

 

 悠斗と古城の言葉を聞いていたエプロン姿の雪菜が、鍋の中に入った具材を、右手に持ったお玉でかき混ぜながら拗ねたような可愛らしい顔をした。

 

「そ、それは昔の話です! 先輩方も掘り返さないでください!」

 

 昼食の献立はカレーらしい。 その為、カレー特有の匂いが漂ってくる。

 雪菜は炊飯器を開き、大き目の皿にご飯をよそってから、鍋に入れてあるお玉を右手で取り、ルーを掬い僅かに開けた場所に注いでいく。

 三人分を作り終えてからお盆に乗せ、それを両手で持ってリビングのテーブルの上に置く。 カレーからは湯気が上がり、とても旨そうだ。

 雪菜も椅子を引いてから、古城と悠斗と向き合うように着席する。 古城たちが眼前に置かれたスプーンを手に取り、いただきます。と合掌してカレーを口に運ぶ。

 古城は、食べ終わった悠斗を見て呟く。

 

「そういやあ、悠斗は空港でオレに何て言おうとしてたんだ?」

 

「ああ、国境紛争(内戦)の話か」

 

 古城は頷いた。

 

「いいか、古城。 北米大陸には、“混沌界域(こんとんかいいき)”以外にも、アメリカ連合国(CSA)北米連合(NAU)っていう二つの大陸があってな。まあ、国境と接してるのはアメリカ連合国(CSA)だけど。 ここまではいいか?」

 

「ああ……そういや、地理の授業でやった気がするな」

 

 古城はうろ覚えの世界地図を思い出す。

 アラスカから五大湖周辺までの各州で構成されている北米連合(NAU)と、大陸中心部を版図とするアメリカ連合国(CSA)。 そして、北米大陸南岸から中来、カリブ海地域を支配する“混沌界域(こんとんかいいき)”。 それら三国が、北米大陸を構成する主要国家だ。

 

「“混沌界域(こんとんかいいき)”とアメリカ連合国(CSA)の国境付近には、大量の地下鉱物資源が埋蔵されてると言われてる。 んで、国境地帯の帰属を巡って両国の争いが絶えないんだ。 まあでも、背後に北米連合(NAU)があるから、アメリカ連合国(CSA)としては大規模な戦争を仕掛ける訳にはいかないからな」

 

「なるほどな。 挟み撃ちにされるとマズイ、ってことか」

 

 古城は、悠斗の説明を理解した。

 アメリカ連合国(CSA)の背後には、強大な北米連合(NAU)が控えている。“混沌界域(こんとんかいいき)”との戦争によって消耗すれば、不利になるのはアメリカ連合国(CSA)なのだ。

 

「そうだ。 アメリカ連合国(CSA)は“混沌界域(こんとんかいいき)”内の反乱分子を唆して内戦を引き起こしたんだ。“混沌の皇女(ケイオスブライド)”の評価が高くても、夜の帝国(ドミニオン)の内部には、吸血鬼の支配されるのを良しとしない連中はいるからな」

 

「隣のアメリカ連合国(CSA)が、反乱軍の黒幕ってわけか……言われてみれば、ありそうな話だな」

 

 古城は顔を顰めて頷いた、

 そういう理屈なら、“混沌界域(こんとんかいいき)”で内戦が起きた理由も分かる。

 どれだけ王が善政を施しても、不平不満を抱く輩は少なからず存在する。 そんな連中に敵国が接触し、武力や資金を与えれば、反乱を唆すのは容易なのだ。

 

「一つ引っかかるんだわ。 第三真祖が本気になれば、この程度の連中なら壊滅できる。 でも、第三真祖はそれをしない――」

 

 古城も気づいた。 悠斗が言わんとしてる事に。

 

「……そうか。 真祖の対抗できる何かを手に入れた。ってことか。 ナラクヴェーラみたいな」

 

「そんな所だな。 まあ、絃神島までには被害がないから大丈夫だろ。 内戦も、ジャーダ・クルルカンに任せとけば問題なしな」

 

 悠斗が軽い口調でそう答えると、向かいに座っていた雪菜が肩を落とした。

 

「……神代先輩は客観的すぎますよ」

 

 そんな時、ピーンポーン。とインターフォンが部屋の中に鳴り響く。

 

「配達か? オレ、何も頼んでないぞ」

 

 そう言ってから、古城は椅子から立ち上がり玄関へと向かった。

 玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは見慣れない制服を着た配達員だ。 彼の足元には、伝票を直に貼り付けた大型のスーツケースが置かれている。 国際宅配便だ。

 

「お荷物をお届けにあがりましたー。 こちらに受け取りのサインをお願いします」

 

「あ、はいはい」

 

 配達員が差し出してきた伝票には、流麗な筆記体の英語で荷物の中身が記入されていた。

 古城が辛うじて読み取れたのは、マンションの住所と古城自身の名前。 おそらく、荷物の送り主は牙城だと想像する。 怪しげな国際便を送ってくるのは彼しかいないと思ったからだ。

 

「毎度―」

 

 古城がぎこちなく署名をすると、配達員は伝票を奪い取るような勢いでそのまま立ち去って行った。 玄関に残されたのは巨大な荷物だけ。

 かなり重い金属製のケースであり、重量は百キロ近くありそうな代物だ。 吸血鬼の力を使った古城でも、片手で運ぶのは少々厳しい。

 

「なんだ、このデカイスーツケース……えーっと……っ!?」

 

 荷物の隣に屈み込んで、古城はもう一度伝票を確かめる。

 差出人の名前を確認し、古城は、うげっ、と声を上げる。

 

「ちょっと待ってくれ! この荷物はいらない。 てゆうか、持って帰って欲しんだけど!」

 

 裸足のまま玄関を飛び出して、古城が配達員に呼びかける。 しかしマンションの通路には、配達員の姿はない。

 

「って、もういねェし! くそっ!」

 

 古城は脱力して膝を突いた。 差出人を確認しないまま、書類にサインしてしまった古城のミスだ。 この荷物は、何としても受け取りを拒否して、送り返すべきだったのだ。

 

「古城。 そんなに騒いでどうしたんだ?」

 

 古城の声を聞きつけて、悠斗が玄関までやって来る。

 苦悩するように頭を抱えながら、古城はスーツケースの伝票部分を指差す。

 

「……いや、これなんだけど」

 

「………………………………は?」

 

 悠斗はそう言ったまま、その場に凍りついたように停止した。

 そう、スーツケースの送り主は――ディミトリエ・ヴァトラーだ。

 数秒停止し、再起動した悠斗が口を開く。

 

「…………碌でもないことは確かだしな。ということで、俺は何も見てない。 うん、何も見てない」

 

 悠斗はくるりと回り、リビングへ足を向ける。

 玄関に上がり、悠斗の右足にすがった古城が、

 

「ゆ、悠斗! ちょ、待ってくれ!」

 

 おそらく古城は、『もしもがあったら、手伝ってください! お願いします!』と懇願してるのだろう。

 悠斗は観念したように、

 

「わ、わかったから! この件には、最後まで付き合ってやるから!」

 

 悠斗は、ったく。と言って溜息を吐き、古城は、す、すまん。と頭を下げたのだった。

 キッチンで皿を洗っていた雪菜も、騒ぎを聞きつけてやって来る。

 

「先輩方、どうかしたんですか?」

 

 悠斗が指差した伝票の差出人の名前を見て、雪菜は顔を強張らせた。

 

「……あ、アルデアル公から……ですか」

 

 戸惑いの表情を浮かべて、雪菜が呟く。

 僅かに流れた沈黙を、悠斗が溜息混じりに破る。

 

「取り敢えず、中身を確認しないと何も始まらん」

 

「まあ、たしかに。……つか、開けた途端に爆発ってないよな……」

 

 古城はそう言って、スーツケースに迷惑そうな視線を向ける。

 雪菜は、古城の励ますように真顔で首を振った。

 

「いえ、その心配はないと思います。 第四真祖ならばバラバラにされてもすぐに生き返りますし、紅蓮の織天使には結界、呪いや魔術の類は、わたしの“雪霞狼”で無効化しますから。――なので、アルデアル公がそんな無駄なことをするとは思えません」

 

「いや、理屈は合ってるけどさ。 てか、オレは死ぬ前提かよ……」

 

 古城はドンヨリと肩を落とし、悠斗は古城を励ますように、右肩にポンと手を置いた。

 

「まあ元気出せ。 古城、運ぶぞ」

 

 古城は、お、おう。と頷いた。

 古城は立ち上がり、悠斗と力を合わせてスーツケースをリビングに運んだ。 その間に雪菜は、ギグケースの中から“雪霞狼”を取り出した。

 雪菜が“雪霞狼”を展開させてから起動し、悠斗も四方に結界を展開。

 雪菜と悠斗の準備が完了し、古城が開閉口に手が届くように、悠斗が部分解除させる。

 もしも爆発だった場合は、古城が開閉口に入れた左腕が吹き飛ぶ。 開閉口に手をかけると、古城の魔力に反応しケースのロックが解除された。

 

「いくぞ。三……二……一……!」

 

 ゼロ、のカウントと共に、古城が勢いよくケースを開けた。

 その瞬間、ケースの中から噴き出してきたのは、濃い純白の霧だった。

 古城は、『寒っ!』と言って、結界部分から手を抜いた。 確かに、そこからは冷気が流れ出してきてる。

 

「な、なんだこれ!? ドライアイスか!?」

 

 悠斗が結界を解きスーツケースの中を覗くと、内部にはびっしりと霜がこびりつき、迂闊に素手で触れば手が貼り付く。 間違いなく、ケース内の温度は冷蔵庫以下だ。

 濃密な霧に阻まれて、ケースの中身は解らない。 古城は取っ手に手をかけたまま、為すすべものなく霧が晴れるのを待っていた。

 霧の隙間から中身を確認し、悠斗は内心で頭を抱えた。 絶対に面倒事だ。と悟ったからだ。

 ――物ではなく、()だったからだ。

 

「お、女!?」

 

 古城が呆然と呟いた。

 ケースの中身は、木目細かな褐色の肌と蜂蜜色の髪。 しなやかな四肢と、幼さを残した顔立ち。 引き締まった腰つきと、豊かな胸の膨らみ。

 ケースの中に横たわっていたのは、異国の若い娘だった。 生まれたままの姿でだ。

 しかし、彼女は動かない。 まるで、死んだように冷たく眠り続けている。

 

「な、なんでいつまでも見てるんですか!?」

 

 少女に見とれていた古城の脇腹を、雪菜が掌低で張り飛ばした。

 ぐほっ、と脇腹を押さえ古城が仰け反る。 古城は、不可抗力だろ!と叫んだ。

 

「悠斗はどうなんだよ!?」

 

「神代先輩は凪沙ちゃんしか見てませんし、その辺は問題ないかと」

 

 雪菜の言う通りである。

 悠斗は、凪沙以外の女性には興味がない。 なので、他の女性の裸体を見ても興奮はしないが、凪沙の生まれたままの姿を見れば、吸血衝動が襲ってくるだろう。――そう、ほぼ制御不能のだ。

 

「つか、古城。 鼻血出てるから。 お前、興奮しすぎだ」

 

「は? 悠斗、お前なに言ってんだ?」

 

 そう言って、古城は鼻元を拭うと真っ赤な鮮血が右手にこびりついた。

 古城の前にあるのは、裸体で横たわる異国の少女である。 古城は彼女を見て、性的興奮を覚えたのだ。

 

「先輩……」

 

 そんな古城を、雪菜がムッと睨みつける。

 

「ち、違う! 何かの誤解だ!」

 

「いやらしい」

 

 感情が籠っていない平坦な声で、雪菜はそう言った。そして、軽蔑したように溜息を吐く。

 なんでだああああっ!と思わず絶叫する古城。 二人を見て、悠斗は嘆息する。

 ケースの中で眠り続ける異国の美しい少女。 この時古城たちは、争いの火種になってしまう“花嫁”を招き入れた事は、まだ知る由もなかった――。




切りがいいので、少し短めでした。
ヴァトラーは、悠斗君も巻き込むつもりで、花嫁を送ったんでしょうね(笑)

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
雪菜は、凪沙ちゃんと前々から料理を作っていましたが、一人で作ると失敗ばかりしていた。という感じで。


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冥き神王の花嫁Ⅳ

投稿が遅れて申し訳ない。……約五ヵ月ぶりですね。なので、矛盾がない事を祈りやす。
それと、CVは決まってませんが、容姿は東のエデン、滝沢朗。ですね。その他は、読者様のイメージって感じで(声とか諸々)。オリ設定も書き変えないとですね。

前置きはこれ位にして、投稿です。
では、どうぞ。


 清楚なパステルブルーシーツの上に横たわっているのは、スーツケース詰められ送られてきた異国の少女である。 意識の無い彼女を雪菜が自室に運び込んだのだ。

 少女が見に着けているものは、古城が貸したTシャツと短パンだ。 そして、異国の少女の隣には、藍色の髪を持つ人工生命体(ホムンクルス)が、聴診器を片手にちょこんと座っていた。

 世界で唯一の眷獣を宿す、アスタルテである。

 アスタルテの情報によると、人種は人間であり、患者の生体パターンは、既知の如何なる魔族とも該当しない。 人種的にはラテンアメリカ先住民族およびヨーロッパ系コーカソイド。

 肉体年齢は十五歳。

 健康状態は良好。

 身長は百六十一cm。

 体重は四十六kg。

 伝票に記載された情報から、個体名『セレスタ・シアーテ』。

 

「そのまんまじゃねぇか……まあいいや。 とにかくありがとな、アスタルテ。 お前が来てくれて助かった」

 

「まあそうだな。 この手の事は、俺たちは専門外だしな」

 

 アスタルテは、古城と悠斗の呼び出しに、理由も聞かず応じてくれたのだ。

 彼女の医療知識が無ければ、古城たちは今頃、眠り続けるセレスタを抱えたまま途方に暮れていただろう。

 

「謝辞は不要です。 私の診断は簡易的なものであり、正確な検査ではありません。 念の為、正規の医師による診断を推奨します」

 

「……コイツがただの生き倒れだったら、迷わず病院に連れてく所なんだけどな。 送り主がヴァトラーの野郎だからな……」

 

 と、古城が言う。

 あのヴァトラーが、古城を名指しで送りつけてきた少女だ。 もし、危険人物だった場合、彼女を病院に連れ込む事で、無関係な病院関係者や患者に危険が及ぶ可能性も否めない。

 

「ほう。 ディミトリエ・ヴァトラー……戦王領域(せんおうりょういき)の蛇遣いか。 懐かしい名を聞いたな」

 

 不意にのんびりとした声が聞こえてくる。

 

「お知り合いでしたか、院長様?」

 

 その呟きに答えたのは、聖女のような雰囲気を漂わせた、銀髪碧眼の少女だ。 そして、夏音の膝の上には、身長三十センチ程のオリエンタルな美貌な人形が胡坐をかいて座っている。 いや、正確には人形ではない。 ニーナ・アデラードと呼ばれる、古の大錬金術師の成れの果てである。

 

「直接会った百年ほど前に一度きりだがな……。 いや、二百年前だったか……。 紅蓮の織天使、お前さんは過去に会った事があるって聞いたぞ」

 

「……まあな。 数年前に喧嘩を売られて殺し合いをした仲だ。 まあ、俺が半殺しにしたけど」

 

「……知ってた事だが、お前さんはどれだけ規格外な存在なんだ」

 

「さあな。 其処ら辺の理解はお任せするよ」

 

 そう言ってから、悠斗は夏音を眺めて聞く。

 

「んで、夏音の恰好はどうしたんだ?」

 

 悠斗がそう聞くのも頷けた。 夏音が見に着けているのは、彩海学園の制服ではなく、スカートの丈が長い、純白のエプロンドレスだ。 欧州大戦当時の従事看護師を思わせる服装である。

 まさに白衣の天使という感じのその姿は、夏音にはかなり似合っている。――が、流石に看護師のコスプレが、彼女の普段着だとは思いたくない。

 

「ア……アスタルテさんの助手でした」

 

 ナースキャップを押さえ俯き、夏音が照れたように言った。

 

「助手?」

 

 古城がそう言ったら、夏音が、『はい、でした』と頷く。

 夏音とアスタルテは、那月の自宅に居候している。 古城たちがアスタルテに連絡した時、電話を取り次いでくれたのも夏音だ。 とはいえ、中学生に過ぎない夏音に、アスタルテの助手が務まると思えないのだが――、

 

「あまり夏音を責めてくれるな、古城。 此奴は、アスタルテが往診を頼まれたと聞いて、てっきり主が倒れたと勘違いしてな。 主の看病をする気でやってきたのだ」

 

 そう言って、ニーナは夏音を庇うように言った。

 

「い、院長様!」

 

 透けるような白い肌を真っ赤に染めて、あうあう、と夏音が狼狽する。

 ニーナは怪訝そうに見上げて、

 

「なんだ? 真実のことであろう?」

 

「そうか……ありがとな、叶瀬」

 

 縮こまって恥じらう夏音に、古城は素直に感謝した。

 

「い、いえ、お兄さんの為……でしたから」

 

 そう言って幸せそうに微笑む夏音。 すると、二人を交互に見た雪菜が、コホン、とわざとらしく咳払いをする。

 

「それで、先輩たちはこれから彼女をどうするつもりですか?」

 

「……この手の厄介事は、できれば那月ちゃんに任せたかったんだけどな」

 

 古城が顔を顰めて言った。 正直セレスタの扱いは、古城たちの手に余る問題だ。 この件は、悠斗も古城と同感だ。

 しかし――、

 

南宮教官(マスター)は、特区警備隊(アイランド・ガード)の要請を受けて特別警戒任務中です」

 

 アスタルテは事務的な口調で答える。 そして、悠斗が怪訝そうにして目を細めた。

 

「……特別警戒任務だと?」

 

「肯定。 未登録魔族の密入国の痕跡が発見された、との情報があります」

 

「……密入国ってことは、セレスタに関わる事じゃないよな?」

 

 彼女は、箱詰めになって宅配便で送られてきたのだ。 まともな入国手続きを踏んだとは思えない。

 とはいえ、彼女は特別警備が必要なほど危険な人物なのか?ということは、古城たちだけでは判断できない。 それこそ、那月の力が必要になる。

 

「不明。 データ不足により回答不可」

 

 アスタルテの回答に、古城たちは反論する事はなかった。

 悠斗はセレスタを見ながら、

 

「……まあ、暫くは様子見って所だな。 目を覚ませば何かしら情報を聞き出せるだろうし。 アスタルテには悪いが、那月ちゃんと連絡を取ってみてくれないか?」

 

命令受託(アクセプト)

 

 アスタルテは首肯した。 悠斗は、面倒事では無いように。と、祈るだけだ。……まあ、神の一族とも言える彼が祈りとは変な話かもしれないが。

 悠斗は、夏音を見守ってる存在には気づいていたが、無用な騒ぎになるかもしれないと思い、黙っている事にしたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 昼食を摂っていないと夏音たちに、雪菜は先程作ったカレーを御馳走し、古城はセレスタの元へ、悠斗はベランダに出てある人物を想っていた。

 悠斗が想う人物。 そう、凪沙の事だ。 そして安堵もしていた。 もしかしたら、何か大きな事が絃神島で起こる予感がしてるからだ。

 

「(……凪沙を本土に連れていってもらって正解だったかもな)」

 

 絃神島から移動していれば、被害を受ける心配はないし、もし面倒事だった場合も、凪沙が帰還するまで解決すればいい話である。

 その時、悲鳴にも似たような声が内部から聞こえてくる。 どうやら、セレスタが目を覚まし、古城が何かをやらかしたらしい。

 悠斗は、

 

「……とんだトラブルメーカーだな、古城」

 

 と呟き、部屋に入って行った。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「……先輩……セレスタさんに何をしたんですか……」

 

「お兄さんの事信じてましたのに……なのに……」

 

「よもや第四真祖ともあろう者が、下劣な性犯罪に走るとはな。 これも若さゆえのリビードの暴走というやつか」

 

「反省。 監督不行届でした」

 

 雪菜、夏音、ニーナ、アスタルテと呟く。

 悠斗は嘆息しながら、

 

「……変態古城。 今度は何やらかしたんだ……」

 

 古城は、ぶんぶん、と擬音が似合うように首を振る。

 

「ち、違う! 待て、お前ら! 黙って聞いてれば好き勝手に、変態やら犯罪者呼ばわりしやがって! 抱きついてきたのは、コイツの方だっての!」

 

「……抱きつかれたんですか……なるほど……」

 

「……なるほどな。 鼻血の理由はそれか……」

 

 温度を感じさせない雪菜の声音に、古城の鼻元を見ながら呟く悠斗。

 そして古城は、『違う、オレは冤罪だ! 鼻血の件は、仕方なくだ!』と頼りなく言ってから、首を振り天井を見上げて絶叫した。

 

「誤解だああああああぁぁぁああああっ!」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 錬金術の極致とも呼ばれる生きた金属、賢者の霊血(ワイジマンズ・ブラッド)は、それ自体が膨大な魔力源であり、自在に姿形を変える高性能な魔具でもある。

 その賢者の霊血(ワイジマンズ・ブラッド)の一部を使用し、ニーナが作り出したのは、銀色の小さなイヤリングだ。 未だ不安げな表情のセレスタの両耳に、ニーナはそれを装着する。

 

「これでよい。 読み書きは無理だが、会話なら通じるはずだ」

 

 ニーナが短い呪文を唱えると、イヤリングの表面に魔法文字が浮かび上がった、翻訳用の魔具が起動したのだ。

 

「ありがとうございます、ニーナさん。 助かりました」

 

 そう言って、床で正座する雪菜が丁寧に頭を下げた。 古城たちはセレスタが目を覚ましたのに、言葉が通じなくて困っていたのだ。 ニーナが言うには、セレスタの言葉は“混沌界域(こんとんかいいき)”の公用語に近いが微妙に違う、との事だ。

 

「院長様、さすがでした」

 

 夏音が微笑みながらニーナを抱き上げる。 ニーナは尊大な表情でふんぞり返り、

 

「うむ。 存分に賛美するがよい。 錬金術の真髄を極めた我には、児戯にも等しい術だがな。……紅蓮の織天使。 貴様も同じような事ができたんじゃないか?」

 

「アホか。 俺は錬金術師でも魔術師でもねぇし、できるわけが無いだろうが」

 

 そう言ったのは、窓際の壁に寄り掛かり立っている悠斗だ。

 悠斗も歳を重ねればニーナのような術を覚える事ができるかもしれないが、現状の力量では不可能だった。

 

「そんな事より、古城は縛ったままでいいのか?」

 

 そう、古城は手足を鎖で縛られ、床に転がっているのだ。 雪菜曰く、怯えるセレスタを安心させる措置だということ。ちなみに、鎖は、古城のパーカーの素材を錬金させてニーナが作り出した。

 

「ふむ。 女子(おなご)の身体を見て興奮する変態真祖はこのままでよかろう」

 

「変態じゃねぇわ! 不可抗力だからな! つーか、さっさと解放しろ! てか、オレのパーカー、ちゃんと元に戻せるんだろうな!?」

 

「問題ない。 二、三割ほど体積が目減りするかもしれんが、案ずるな」

 

「案ずるわ! パーカーが、ニ、三割縮んだらぱっつんぱっつんじゃねぇかよ!」

 

「――先輩、静かにして下さい!」

 

 声を張り上げて抗議する古城を雪菜が咎めた。 彼女は、ベットの上で膝を抱え警戒するセレスタのゆっくり近づき、優しく話しかける。

 

「私の言葉が解りますか、セレスタさん? セレスタ・シアーテさん……ですよね?」

 

 雪菜の呼び掛けに反応して、セレスタがのろのろと顔を上げた。

 セレスタの瞳に浮かんだのは、隠しきれない猜疑(さいぎ)の色だ。 雪菜を値踏みするように全身を眺め回し、フンと嘲けるように小さく笑う。

 

「他人の名前を聞く前に、まずは自分から名乗ったら、地味女」

 

「じ、地味……!?」

 

 怯えていたセレスタから思わぬ場等を浴び、雪菜が一瞬言葉を失くした。 だが、雪菜は素早く自我を取り戻す。

 

「し、失礼しました。 姫柊雪菜、獅子王機関の剣巫です」

 

「ケンナギ? シシオーキカン?」

 

 戸惑ったように小さく首を傾げるセレスタ。 どうやら、ニーナの翻訳魔術には、本人の知識に無い固有名詞までは翻訳できないらしい。

 その事に気付いた雪菜は、首を振って訂正した。

 

「……つまりは巫女です。 戦闘系の」

 

「巫女? あなたも?」

 

 悠斗は内心で、

 

「(……今の聞き方だと、セレスタ自身も巫女って事になる。……てか、空港で何かあったのか? 何か混戦してる感じだけど)」

 

 悠斗は特区警備隊(アイランド・ガード)に任せる事にした。 一学生が飛び込むと、那月に迷惑を掛けるし、凪沙も本土に向かった。 悠斗が心配をする事はない。

 だが、悠斗には気がかりな点もあった。 セレスタの言葉から察するに、セレスタ自身も巫女である確率が高い。 もし巫女だとしても、戦闘系の巫女ではない。 セレスタはどう見ても奉る系だ。

 

「で、そこに転がってる変態は?」

 

「誰が変態だ!」

 

 床に転がったままの姿で、古城がイライラと歯を剥いた。 殆んど初対面な相手に、変態呼ばわりする理由はない。と古城は思う。

 だが、悠斗との出会いに若干似てる気がするのは気のせいだろうか?

 

「変態が気に入れらなきゃ、詐欺師よ。 この犯罪者! 人間のクズ! よりにもよって、ヴァトラー様に成りすまして、私の気を惹こうとするなんて!」

 

「あんな奴の振りなんかするかっ! お前が寝ぼけて勝手に間違ったんだろうが!」

 

「うっさい、変態! クズ男!」

 

 セレスタの罵詈雑言に圧倒されて、古城は、ぐぬっ、と歯軋りする。

 しかし、セレスタもいきなり興奮した所為か、息を切らして軽く咳き込んだ。 冷凍保存の後遺症から、完全に回復しきれていないのかもしれない。

 苦しげな彼女を見かねた夏音が、寝室を抜け出して、コップに水を注いで戻ってくる。

 

「お水、飲みますか?」

 

「あ……ありがとう」

 

 バツ悪そうに頬を赤らめて、セレスタは差し出されたコップを受け取った。 おっとり微笑む夏音に対しては、セレスタも強気に出る事ができないらしい。

 夏音は、雪菜の隣に腰を下ろす。

 

「あんた、名前は?」

 

「叶瀬夏音です。 雪菜ちゃんのお友達でした。 こちらは院長様とアスタルテさんでした」

 

 床で正座をするアスタルテは、ぺこりと頭を下げる。

 

「……アスタルテは解ったけど、院長様って?」

 

 セレスタが困惑したような視線をニーナに向けた。 身長三十センチ足らずの女性。 しかも、自由自在に姿を変え、錬金術まで使いこなす。 セレスタが不審がるのも無理もなかった。

 

「ニーナ・アデラードだ。 古の錬金術師と呼ぶ者もおるがの」

 

「は、はあ……」

 

 セレスタはますます混乱したように表情を浮かべたが、理解できないと悟りすぐに割り切った。

 

「……で、あの変態は?」

 

「あの方は、お兄さんでした」

 

 古城を差すセレスタに、夏音が答える。 セレスタは驚いたように目を大きくした。

 

「お兄さん? あんた、あいつの妹なの?」

 

「いえ、お兄さんは凪沙ちゃんのお兄さんでした」

 

 にこやかな表情で返答する夏音。 苦悩するセレスタの眉間に皺が寄る。

 

「凪沙って、誰よそれ?」

 

「お友達でした」

 

「ごめん……あんたが言ってること、さっぱりわからない」

 

 セレスタがガックリと肩を落とした。 それを見かね、古城が息を吐く。

 

「凪沙ってのは、オレの妹だよ。 叶瀬と姫柊はその友達で、悠斗にとっては世界で一番大切な奴。 で、オレは暁古城。 古城でいい」

 

「ふーん。で、悠斗ってのは」

 

 今までの事柄を見ていた悠斗は、気だるげに話し掛ける。

 

「神代悠斗だ。 呼び方は何でもいい、好きに呼べ」

 

「……アンタ、何気にクールなのね。……ちょっと待って。 悠斗って事は、ヴァトラー様が言ってた天使って、貴方の事?」

 

 悠斗は、余計な事を。と言って、盛大に溜息を吐く。

 

「……まあな。 紅蓮の織天使とも言われてる。 で、何でセレスタは冷凍保存されて送られてきたんだ? 差出人は、ヴァトラーだ。 何か心当たりはあるか?」

 

「……様をつけなさいよ」

 

 セレスタが声を低くして呟く。

 だが、悠斗は――、

 

「いや、俺より弱い奴に様をつけるわけないから」

 

「あ、貴方。 ヴァトラー様より強いっていうの!?」

 

「まあ一応。 半殺しにしたし」

 

「そ、そう。 ならしょうがないわね」

 

 セレスタにとってのヴァトラーは、最強の存在だったらしい。 だが、上には上が居るという事だ。 やはりセレスタは、格上の存在には強く出る事ができないらしい。

 

「んで、セレスタは此処に送られてきた理由とか解るか? ゆっくりでいい、解る事があったら言ってくれ」

 

 セレスタは首を左右に振った。 そして、顔を見合わせる古城たち。

 

「……セレスタ、お前記憶が欠落してるのか?」

 

 セレスタは無言のまま頷いて唇を強く噛み締める。

 古城に対する攻撃的な態度は、不安の裏返しだろう。と悠斗は結論付ける。 彼女の言動を察っするに、ヴァトラーの存在、ヴァトラーが最後に言葉にした天使(悠斗)。という言葉しか覚えていないのだろう。

 

「ふむ、なるほど……記憶の欠落の原因は、間近で強大な魔力を浴びたせいだな。 ディミトリエ・ヴァトラーに出会ったのが、主の最古の記憶と言うわけか?」

 

 夏音からセレスタの頭上によじよじと登るニーナは、原因を言う。

 

「あの方は助けてくれたのよ。 神殿で殺されそうになっていた私のことを」

 

 セレスタの言葉を聞いた悠斗は、内心で溜息を吐く。

 ヴァトラー=神殿=巫女=内戦が勃発してる“混沌界域(こんとんかいいき)”付近。 この事柄から予測するに、セレスタは何かしらの生贄にされそうだった巫女。だという事が非常に高い。

 

「(……ま、俺の予測だけどな)」

 

 だが、悠斗の予測は当たる確率が非常に高かったりもする。

 

「アスタルテ、こいつの記憶を戻せないか?」

 

「頭部外傷や薬物使用の痕跡が認められないため、原因は心因性のものと思われます。 魔術や催眠療法による強制的な記憶回復は、危険を伴うため推奨できません」

 

「そう……か」

 

 無表情のまま首を振るアスタルテの回答に、古城は沈鬱な表情を浮かべる。

 古城もまた、記憶を喪失していたのだ。 監獄結界で記憶を取り戻すまでは、古城は第四真祖になった理由も、悠斗とのコレまでの関係を忘れていた。 もちろん、悠斗も肉親の記憶を封じられていたのだ。

 その真剣な古城の態度に、意表を突かれたのかセレスタは戸惑って、

 

「な、なによ?」

 

「いや、ちょっとな。 オレも似たような経験があるからさ……どんなにつらい記憶でも、自分のことを思い出せないのは苦しいよな」

 

「あ、あんたと一緒にしないでよ。 別に私はヴァトラー様の記憶があれば十分だし……」

 

 懸命に強がるセレスタの頬が、仄かに赤く染まっていく。 そのせいか、彼女の表情から険しさが薄れているようにも感じられた。

 そして、セレスタの緊張が解けたのを合図に、ぐぅ、という健康的で、かつ間抜けな音が発生する。

 羞恥に俯くセレスタに視線が集まるも、夏音が柔らかく呼び掛けた。

 

「あの、セレスタさん。ご飯にしませんか?」

 

 この問いに、反論するものは居なかった――。




次回は、早く投稿できるように頑張りますm(__)m

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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冥き神王の花嫁Ⅴ

更新が遅れて申し訳ないです……(-_-;)
でも、頑張って書きあげました。久しぶりの投稿なので、矛盾が生じてないか不安です。
で、では、どうぞ。


 テーブルの椅子に座り、セレスタの前に並べられたのは、雪菜が先程作ったカレーだ。 カレー特有な匂いが、セレスタの鼻腔を刺激する。 夏音たちも昼食は摂って入なかった為、雪菜は、夏音たちの前にカレーをよそった皿を置く。

 セレスタはスプーンでカレーを掬い一口食べた。 ちなみに、古城たちは輪を作るようにテーブルの椅子に座っている。

 

「これって、地味女が作ったの?」

 

 どうやら雪菜は、“地味女”という渾名がセレスタの中では定着してしまったらしい。

 

「そうですね。 口にありませんでしたか?」

 

「……美味しいけど。 地味女が作ったとか以外でね。 あんた、ドジで料理ができない部類だと思ったから」

 

 セレスタの言う通り、雪菜は料理にあまり手をつけてなかったので、最初の方はダークマターと呼ばれるものを作り、古城が顔を顰めながら胃に流し込んだらしい。

 

「いや、セレスタ。 姫柊は料理ができない部類だったぞ」

 

「ああ。 オレは最初の頃、物体Xを食ってたしな」

 

 雪菜は、何で言うんですか。と思いながらキッと睨むが、古城と悠斗は涼しい顔でそれを受け流す。

 すると、セレスタが、

 

「へぇ、やっぱり地味女はできない部類だったのね」

 

 セレスタの追撃を受け、雪菜は肩を落としたのだった。

 ともあれ、夏音とセレスタの食事が摂り終わり、今後の事を話し合う事になった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「……悠斗の事はわかったけど。 変態はホントの所どうなの? ヴァトラー様の家来じゃないの?」

 

「……何でオレが、あいつの家来になんねぇといけないんだよ。 冗談でもやめろ」

 

 古城は、心外だ。と言いながら、唇を曲げた。

 セレスタは、不快そうに唇を尖らせる。

 

「じゃあ、何で私は、あんたたちの所に送られてきたのよ……」

 

 それはこっちが聞きたい。そう思いながら、悠斗と古城は内心で頭を抱える。

 セレスタが目覚めたのはいいが、彼女は記憶を失っていて、肝心なヴァトラーとコンタクトも取る事もできず、那月と連絡を取る事もできない。 正に、八方塞りというやつである。

 ニーナは腕を組みながら、

 

「蛇遣いは、古城と悠斗の手元にセレスタを置くのが安全と判断したんだろうな」

 

 古城は第四真祖であり、悠斗は紅蓮の織天使だ。 最強と呼ばれる者たちの手元に置くのが安全。 ニーナの言う通り、ヴァトラーはそう判断したのだろう。

 ニーナの発言に、雪菜はある仮設を立てた。

 

「二ーナさんの言う通りかもしれません。 第一真祖“忘却の戦王(ロストウォーロード)”を除けば、アルデアル公が御自分と同格以上の戦闘能力の持ち主だと認めているのは、おそらく先輩方だけ――ですよね?」

 

「まあ、そうかもな……」

 

「だろうな」

 

 ヴァトラーが認めるもの。それは“絶対的な力”だ。

 敵や味方という概念すら曖昧なヴァトラーが、多少なりとも敬意を払うのは、戦う価値があると認めた相手だけだ。

 正確にいえば、古城は第四真祖から受け継いだ血であり、悠斗に限っては、唯一負けた相手で、再戦を楽しみにしてからである。

 

「なのでアルデアル公は、先輩方にセレスタさんを任せたんだと思います。 先輩方以外には、セレスタさんを護れないと考えたから――」

 

 “力こそが絶対”。 シンプルだが、その分説得力もある仮説だった。

 そして、雪菜の主張は、同時にもう一つの可能性も示している。

 

「……なるほどな。 セレスタは何処かの組織に狙われてる可能性があるって事だろ?」

 

「はい、あくまでも仮説ですけど」

 

 悠斗の問いに、雪菜は表情を硬くして頷き、これを聞いたセレスタは目に見えて怯えてるようだった。

 

「――心配は不要。 第四真祖、紅蓮の織天使があなたを護る」

 

 怯えるセレスタを励ますように、アスタルテが無感動な声を発した。 アスタルテがこのように発言するのは珍しい事であった。

 

「大丈夫です。 お兄さんと悠斗さんは、私のことも助けてくれました」

 

 夏音も怯えるセレスタに微笑みながらそう言った。

 セレスタは照れたように顔を背け、ごにょごにょと歯切れ悪く言い返す。

 

「べ、別に心配してないし。 護ってもらわなくても平気だし」

 

 セレスタは話の矛先を変える為、咳払いをしてから姿勢を正す。

 

「夏音だっけ? あんたは、その男のことどう思ってるの?」

 

 セレスタが言うその男とは、古城の事を指している。

 夏音は首を傾げつつ、簡潔に答えた。

 

「お兄さんのことは、ずっと好きでした」

 

 ごふ、と古城が咳き込み、雪菜は硬直している。

 

「そ、そうなの?」

 

 毒気を抜かれたような態度で、セレスタが聞き返した。

 

「はい。 お兄さんに雪菜ちゃん、凪沙ちゃんに悠斗さん、アスタルテさんも大好きです」

 

「あ……そ、そういうこと……」

 

 紛らわしい事いわないでよ。と言って、へなへなに脱力するセレスタ。

 アスタルテはいつも通りだが、古城と雪菜はぐったりと顔を伏せていた。 悠斗は言わずとも、ある少女(凪沙)の事を想っているので別段気にしてる様子は無い。

 名前を呼んでもらえなかったニーナだけが「妾は?」と不満げに腕を組んでいた。

 そして、マンションのベランダでは、ガタンッ、と誰かが蹴躓いたような気配があった。 通常ならば聞き逃してしまう音だが、雪菜は即座に反応した。

 立ち上がり、壁際に立てかけてあったケースから雪霞狼を取り出し、滑らかな動きで構え、折り畳まれていた三枚の刃が展開し全金属製の柄がスライドする。 流し込まれた呪力に反応し、刃が発光する。

 

「――雪霞狼!」

 

 だが、悠斗がベランダ付近に紅い結界を展開。 雪菜が放つ攻撃は、結界に阻まれたが、それと同時に紅い結界も消滅した。

 

「――姫柊、ストップだ!」

 

 悠斗がそう言うと、純白のローブに全身を包んだ若い女が姿を現す。

 銀色の装飾を施した長剣を背負って、ノースリーブに改造したミニスカートの軍服だ。 彼女の第一印象を表現すると、間違った忍者のコスプレをした外国人である。 彼女は、夏音の護衛についているアルディギア聖環騎士団、ユスティナ・カタヤ要撃騎士である。

 

「コイツは夏音の護衛、アルディギアの騎士だから敵じゃない。 心配するな」

 

「――忍! 紅蓮の織天使殿の言う通りでございます。 私は、アルディギア聖環騎士団所属、ユスティナ・カタヤであります! 至急、伝えなければいけない事が――」

 

「ああ、用件は解ってるよ。 ここのマンション、包囲されてるんだろ?」

 

 悠斗の眷獣、玄武は気配感知が可能だ。 だが、直前まで感知する事ができなかった。 この事から導き出せる答えは、認識阻害魔術が使用されていたが妥当だ。 悠斗の能力対策がされていたのである。

 

「(……マンションを包囲した時に、魔術を解いたってのが妥当の線だな。ったく、玄武の対策をしてるとか最悪だな……)」

 

 眷獣の能力に頼り過ぎたのが仇になったな。と思いながら、悠斗は溜息を吐く。 この組織相手に、玄武の気配感知能力は効果を持たない。 また敵の狙いは、セレスタの身柄確保だろう。

 敵の数は二人。 逃げるのは困難である為、おそらく、正面から戦闘になるだろう。 そして、爆音と共に玄関ドアが粉砕され、飛び込んで来たのは獣の姿をした巨大な影。 こうして、第四真祖、紅蓮の織天使の日常は終わりを告げるのだった――――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 最初に動いたのは雪菜だった。

 玄関のドアを粉砕し、金属破片を撒き散らしながら現れた歪な人影。 その姿が完全に入る前に跳躍し、呪力を伴う強烈な踵蹴りを叩き込む。

 

「――鳴雷っ!」

 

 顎骨が砕ける鈍い音と共に、侵入者の大柄な体がぐらついた。

 侵入者の正体は、身長二メートルを超える獣人だ。 自分自身の四倍近い体重の魔族を、続けて放たれた雪菜の掌底が吹き飛ばす。

 悠斗と古城は、夏音、セレスタ、アスタルテを背にするように立った。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 悠斗が紅い結界を、夏音たちと古城たちの間を遮るように展開し、その結界が四方に展開され、彼女たちを護る。 これで、結界の内部にいる彼女たちの無事は確保されたはずだ。 だが、念には念をだ。

 

「――ユスティナとアスタルテは、夏音とニーナ、セレスタを護れ。 俺たちの心配はしなくていい」

 

「――御意!」

 

「――命令受託(アクセプト)

 

 その時、雪菜が叫んだ。

 

「――先輩方、此方は囮です!」

 

「囮!? 陽動作戦って事か!?って事は――!」

 

 窓硝子を粉々に割り部屋内部に侵入して来た第二の獣人に、古城が右ストレートで迎撃するが、その一撃は手応えがなく虚しく空を切った。

 そう、古城が殴ったのは、呪力によって生み出された幻影だ。 幻影の背後に立っていた本体が、荒々しく牙を剥いて笑っている。 その獣人は、大きく体勢を崩した古城目掛けて、鉤爪を振り上げる。

 

「――牙刀(がとう)!」

 

 悠斗が、古城と獣人の間に割って入り、左手に召喚した神力を纏う刀(・・・・・・)が、魔力を纏った獣人の腕と衝突し火花を散らす。

 悠斗がその均衡に勝利し、左腕を弾き、そのまま胸元を抉る。 その傷口が青白い炎に包まれて、獣人が苦悶の声を上げた。

 

「凄ェ……。 その刀、神力も纏ってるだろ……」

 

「まあな。 最近になってできるようになった。 まだ、微弱しか使えないけど」

 

 だが、神がかった芸当ができる時点で、悠斗は人外とも言える存在かも知れないが……。

 ともあれ、

 

「二人とも、動かないで下さい!」

 

 雪霞狼を握った雪菜が、獣人たちに向かって鋭く叫んだ。 構えた槍の切っ先は、倒れた第一の獣人の喉元付近に突き付け、第二の獣人の喉元付近には、悠斗の刀の切っ先が向けられている。

 

「これ以上の戦闘は無益だと思いますが、まだやりますか?」

 

「…………」

 

 雪菜に顎を砕かれた獣人が、ぐふっ、と苦悶の息を吐いた。 聞き取りにくい声で、彼は口を開く。

 

「シアーテの娘を、返してもらおう」

 

「……っ!」

 

 怯えたように息を飲んだのはセレスタだった。

 記憶を持たない彼女にとって、獣人たちの襲撃は、見知らぬ過去から迫って来た恐怖そのものだ。 何故、自身が狙われているのかも解らないまま、ただ不安と苦悩に震えるしかない。

 

「その娘は、我らが育てたザザラマギウの依り代。 我らのものだ」

 

 なッ!? と声を上げたのは悠斗だ。 彼は神の一族であり、神に関する知識ならば持っているのだ。

 そして、ザザラマギウとは邪神の名前だ。 獣人は、セレスタはザザラマギウの依り代と言った。という事は、セレスタはただ巫女ではなく、邪神召喚に必要な――――取り換えが効かない生贄なのだ。

 おそらくこの獣人たちは、ザザラマギウ信者の末裔なのかもしれない。 なので彼らは、どんな手を使っても、セレスタを取り戻そうとするのだ。 ただ、ザザラマギウを召喚させ、何を望んでいるのかは解らないままだが。

 

「テメェらにセレスタを渡すわけがねぇだろうが、他を当たれ」

 

「……そうか。 慈悲を与えたのは間違いであったか」

 

 く、と低く笑う獣人。襲撃が失敗し追い詰められているはずの彼らが見せる余裕。 嫌な予感がした古城たちは、数歩後退した。

 直後、獣人の体が、さらに二回り以上も大きく膨れ上がり、そのまま姿を変えていく。 人型から完全な獣の形へ。 体長、四、五メートルにも達する禍々しい獣へと。

 

「っち、神獣化かよ」

 

 悠斗はそう言ってから舌打ちをした。

 神獣化とは、獣人種族の中でも、一握りの上位種だけが持つと言われている特殊能力だ。

 寿命すら縮める程凄まじい消耗と引き換えに、自らの肉体を神獣へと変える。 鳳凰や龍にも匹敵する神話級の存在へと。

 

「アスタルテ!」

 

 神獣化となれば、悠斗の結界だけでは心元ないので、悠斗はアスタルテに叫んだ。

 

命令受託(アクセプト)。―――防護モード。 自衛権を行使します。 執行せよ(エクスキュート)薔薇の指先(ロドダクテュロス)

 

 アスタルテは羽織っていた白衣を脱ぎ捨てて、背中に魔力の翼を広げた。 それは巨大な眷獣の腕へと変わって、夏音たちを護るように、神格振動破の防護結界を形成させる。

 

「姫柊も、雪霞狼で結界を展開させろ! お前の呪力なら、神格振動破だけで問題ないはずだ!」

 

 悠斗は古城と目配せをする。

 古城が頷き、悠斗たちは玄関側の神獣の足元に滑り込み、二体の神獣が一直線に並ぶ角度を見計らい両手を突き出す。

 

「――疾や在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

「――雷球(らいほう)!」

 

 古城は眷獣の魔力だけを抽出して、高密度な衝撃波を弾丸として撃ち放つ。 理屈的には可能なはずなのだ。 その例が、悠斗が放つ眷獣攻撃だ。

 悠斗も、魔力を一点に集中させ、魔力の塊を形成させ、それを神獣に撃ち放つ。

 神獣化した二体の獣人を纏めて吹き飛ばし、マンションの外へと押し返す。

 

「くっそ……悠斗のように完全に制御するのはまだ無理か!」

 

 血管が破れて血塗れになった両腕を押さえて、古城が荒々しく息を吐いた。

 悠斗は意図も簡単に行使してるが、攻撃系統の眷獣攻撃となるとかなり制御が難しいのだ。

 

「古城、まだ終わって無いぞ。 奴らは生きてる」

 

 半壊したベランダに飛び出して古城が見たのは、隣のマンションの建物によじ登って古城たちを睨む、神獣の姿だった。

 

「……ま、マジかよ! さっきのに耐えたのか!? 仮にも、真祖以上の攻撃だぞ!?」

 

 二体の神獣は無事だった。 深手を負っているが、戦闘能力まで失っていない。 やはり、魔力を押さえた攻撃では倒し切るのは困難だったらしい。

 

「神獣化した状態の獣人は、吸血鬼の眷獣以上の力があるとされてるんだ。 そこに超速再生も加われば、この結果は必然なのかもな」

 

 悠斗は盛大に溜息を吐いた。 これは使用したくないが、状況が状況であり、素早く動く神獣にはこれしかなかった。

 悠斗は、それぞれの二体の神獣に片手ずつを向ける。

 

「――雷神槍(らいじんそう)!」

 

 悠斗の両手から召喚されるように無数槍が形成される。 魔力が無数の槍に凝縮した代物だ。 槍の移動速度も稲妻と同等であり、防ぐには並みの吸血鬼、獣人では不可能だろう。

 悠斗が放った槍は、神獣の体に突き刺さる。 彼らの苦悶の絶叫が、ビリビリと大気を震わせる。

 閃光の光が晴れた時、神獣の姿は既に消えていた。 深手を負い、戦闘不能と判断した神獣たちは、そのまま逃走したのだろう。

 

「逃がしたか……」

 

「ゆ、悠斗……。 お、お前、そんな技を隠し持っていたのかよ……」

 

「黄龍の技で、殺傷能力を高めた稲妻の槍だ。 並みの吸血鬼なら消滅するな」

 

 そう、槍を外し地面に着弾した場所は、鋭い小さな穴が穿たれているのだ。 悠斗の言ってる事は冗談ではないだろう。

 

「そ、そうか。……てか、もう使わないでくれよ……」

 

「まあ、状況によってくるな」

 

 それを聞いた古城は、最悪な状況だけにはならないでくれよ。と懇願しながら背後を振り返り、投げやりな口調で呟いた。

 

「で……どうするんだ……これ……」

 

 古城たちのマンションは、控え目にいっても、グチャグチャで人が暮らせる環境ではない有様だ。 これは、二体の獣人と、彼らを撃退した古城たちの攻撃が原因でもある。

 フローリングの床は捲れ上がり、窓枠とベランダの手摺は跡型も残っていない。 リビングの家具は全て破壊され、残骸となって床に散らばっていた。

 それを確認した雪菜は雪霞狼を畳みながら溜息を吐き、悠斗は腕を組んでリビングの惨状を眺めていた。

 

「――どうしましょう?」

 

「……いや、どうしようもないだろう」

 

 雪菜の頼りない声と、悠斗の声が破壊されたリビングに響いた。




ユスティナさんが空気になってしまった……。なんかゴメンナサイm(__)m

さて、次回も頑張ります!!
感想、評価、よろしくお願いします!!

追記。
凪沙ちゃんも、刀に神通力を宿る事ができちゃうんですよね(笑)


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冥き神王の花嫁Ⅵ

この章も折り返し地点?くらいまできましたね。まあ、独自解釈がてんこ盛りなのでご了承をm(__)m
では、どうぞ。


 翌日。 冬休み二日目の朝。

 古城は、耳をつんさぐ轟音と震動で目を覚ました。

 

「うおっ!?」

 

 一瞬何が起きたかの解らず、寝ぼけた頭を抱えて困惑する。

 壁越しに隣の部屋から伝わってくるのは、コンクリートを削る騒音だ。 そして、上体を起こし回りを見渡すと、部屋には凪沙と悠斗が笑みを浮かべている写真があった。

 

「……此処は、悠斗と凪沙のマンションだったな」

 

 かけ時計の時間を確認して、古城はのろのろとベットから下りた。

 獣人たちの襲撃で破壊された古城たちのマンションは、獅子王機関の手配で修理される事になったらしい。 金に糸目をつけない突貫工事によって、凪沙が帰ってくるまでに修理が完了するとの事だ。

 また、雪菜と古城の部屋は辛うじて被害を免れていたので、衣服や持ち物は無事だった。 破壊された家具や食器類も、同じ物が注文されてるという。 呪術迷彩による隠蔽と、睡眠暗示で、近隣住民の記憶処理も万全だ。

 残るは、修理が完了するまでの一週間、何処に寝泊まりする問題だけである。 古城が思うに、今から一週間、悠斗と凪沙のマンションに転がり込むだろう。 ともあれ、古城はリビングに足を向けたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 古城がリビングに足を踏み入れると、キッチンに立ち朝食を作っている悠斗が目に入る。 朝のメニューは、白飯にスクランブルエッグ、コーヒーだ。

 

「悪い、古城。 テーブルまで持っていくの手伝ってくれないか?」

 

 古城は、朝食が乗ったお盆を持ち、

 

「あ、ああ。 何か悪いな」

 

「気にすんな。 古城たちは客人なんだ、これくらい当然だ」

 

「助かる。 てか、姫柊たちは?」

 

「姫柊なら、セレスタの所だ。 昨日の事もあったし、心配になったんだろ」

 

 古城はお盆を持ってダイニングテーブルまで向かい、四人分の朝食を置いていく。 それから数分後、雪菜とセレスタも合流し朝食を摂る事になった。

 食事を一通り口につけた頃、セレスタが思い出したように口を開く。

 

「ねぇ……。 昨日の奴ら、何者だったのかな?」

 

 悠斗は言葉を濁した。

 

「状況から見るに、セレスタを奉る宗教的な奴らじゃないか? ほっとけば、自然と帰ってくれるだろ。 あんな事までしたんだしな。 ヴァトラーと合流するまで、この場は我慢してくれ」

 

「まあ、そういう事なら……。 で、でも、もしまた襲って来たら……」

 

「心配すんな。 昨日見てただろ、俺たちの戦闘能力を」

 

 と、その時。 古城のスマートフォンから着信があった。 ポケットから取り出し、古城がディスプレイを確認すると、着信者は藍羽浅葱の文字が映る。 悠斗が思うに、昨日の爆発についての電話だろう。

 

「悪い、電話に出てもいいか?」

 

「構わん」

 

「大丈夫です」

 

「いいわよ」

 

 悠斗たちの許可が出た所で、古城は通話ボタンをタップし右耳に通話口を当てる。

 通話口からは浅葱の声が洩れていた為、浅葱が古城たちをかなり心配した電話だと解った。“監視カメラをハッキング”という単語が聞こえたが、これには触れない方が吉だろう。

 古城は浅葱から『昨日は何処に泊まったの?』『ご飯は如何してるの?』等聞かれたらしいが、悠斗を引き合いに出して上手く回避していた。

 電話が終わり、セレスタが手洗いで席を立った所で悠斗は口を開く。

 

「古城、姫柊。 セレスタは邪神召喚に必要な生贄だ」

 

「……では、セレスタさんは巫女ということですか?」

 

 雪菜の問いに、悠斗は、ああそうだ。と首肯する。

 すると、古城が、

 

「……何で悠斗は、ザザラマギウが邪神だって解ったんだ?」

 

「俺の場合は一族の文献だ。 古城は、俺が天剣一族の生き残りだって知ってるだろ」

 

「悠斗は神の一族(天剣一族)の生き残りだもんな、知っても不思議はないか……」

 

 セレスタが邪神召喚の生贄だとするならば、古城たちの役目はセレスタを護る事だ。 おそらくヴァトラーは、組織の根本を潰す為に残ったのだろう。 という事は、絃神島に侵入して来た獣人たちを撃退し、島の外に追いやれば組織は自然するはず。 セレスタにはこのまま絃神島で暮らしてもらえば安全が確保されるだろう。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 朝食を終えた古城たちは、人工島西地区(アイランド・ウエスト)へと向かった。 飲食店やファッションビルなどが集まる商業地区(繁華街)だ。

 人工島西地区(アイランド・ウエスト)に訪れた理由は、セレスタの衣服を購入する為である。 流石に、いつまでも男物のTシャツ、短パンを着せておく訳にはいかない。 まあ、工事の騒音が酷くて、マンションから退避した。という理由もあるが。

 

「これが……絃神島?」

 

 硝子張りの展望スペースから周囲を見渡してセレスタが呟いた。

 現在、古城たちが訪れている場所は、ショッピングモールの最上階レストランフロアだ。 一通り買い物を終えて、セレスタに購入した服に着替えてもらい、一休みする事になったのだ。 ちなみに、セレスタが選んだ服は、革製のサンダルと、カラフルな刺繍を施したショート丈のワンピースだ。

 

「何か、ゴミゴミしてるわね。 やたら人は多いし、煩いし」

 

 顔を顰めたセレスタが呟く。 絃神島自慢の近未来的な景観も、島に慣れないセレスタの目にはあまり好ましく映らなかったらしい。

 

「この辺りは商業地区だしな。 それに、此処は品揃えも良いし便利だしな」

 

「ふーん、そういうものなの……あの大きな建物は?」

 

 そう言ってセレスタは、島の中央に立つビルを指差した。 絃神島の中でも一際異彩を放つ、楔形の巨大な建物だ。

 

「あれはキーストーンゲートだ。 島の中心部だ。 あっちには港があるし、ヴァトラーの船が帰って来ると――」

 

「船!? ヴァトラー様の!?」

 

 セレスタは声を弾ませながら、悠斗の言葉を遮って話題に喰い付いてくる。

 

「……まあな。 洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱって船だ」

 

「もっとヴァトラー様の話を聞かせて頂戴! 好きな食べ物とか、好きな音楽とか、好きな女の子のタイプとか」

 

 セレスタは興奮気味にそう言ってくるが、悠斗は、こんな事がなければヴァトラーに関する事など話くない。という風に顔を顰めていた。

 だが、手掛かりになるのは、ヴァトラーとザザラマギウの事だけだ。 ザザラマギウの召喚目的は不明なので、ヴァトラーから直接話を聞くしかないのだ。

 

「知らん。 そういう事は自分で聞け。 それに俺は、必要最低限の事しかあいつからは聞かないと決めてるしな。 本当の事をいえば、顔を合わせたくないけど」

 

「……ホント、ヴァトラー様の事になったら、悠斗はドライになるわよね……それより、何であんたたちは私の面倒を見てるわけ?」

 

「何でって言われてもな……それって理由が必要か? 別に大した事はしてねぇし」

 

 セレスタの言葉に、古城が呟いた。

 確かに、自分の所為で襲撃を受けた事。 命の危険に晒された事。 セレスタが昨日の事を気にしてると、古城たちは今になって気付く。

 

「あいつらに襲われたのは、お前の所為じゃないだろ。 成り行きとはいえ、お前を護りきらなかったら、ヴァトラーに何を言われるか解ったもんじゃねーし」

 

「……地味女はどうなの?」

 

 唐突に話題を向けられた雪菜が、少し困ったように首を傾げる。

 

「私は、暁先輩の監視役ですから。 寧ろ、危険人物である先輩が、セレスタさんに手を出したりしないように見張る義務がありますし」

 

 セレスタは、最後に悠斗の表情を窺った。

 

「俺の場合は、古城に貸しを作る為でもある。 それに、途中で放り出したりしたら凪沙から説教もんだしな」

 

「……悠斗って、凪沙って奴がホント大事なのね」

 

「世界を敵に回して護ると決めてる少女だ。――――相手がどんな奴でもな」

 

 そう言ってから悠斗は、注文したコーヒーを一口飲む。

 

「……んで、古城。 あれどうする?」

 

「あー……あれな」

 

 古城が横目で見たのは、レストランの入り口付近にあるボックス席だ。 半透明ティションの陰から、古城たちの様子を覗いてる小柄な二人組の人影あるのだ。

 

「……ほっとくわけにもいかないしな」

 

「……まあそうなるわな」

 

「……そうですね」

 

 古城たちは溜息を吐いて立ち上がった。 そのままボックス席へ向かうと、尾行者は慌てて頭を下げたが姿を隠せる筈がなかった。

 テーブルにうつ伏せた尾行者を見下ろす古城が、疲れたように声を出す。

 

「何やってんだ、お前ら」

 

「……あ」

 

 尾行者たちは、見つかってしまった。と思いながら顔を上げた。 一人は銀髪碧眼の少女で、もう一人は藍色の髪をした少女だ。

 

「あ……お兄さん……。 ぐ、偶然でした」

 

「吃驚」

 

 夏音とアスタルテが、わざとらしい口調で言う。

 

「こんなあからさまな偶然があるか」

 

 夏音とニーナの話によると、古城がセレスタに手を出さないように見張って置かねばならない。という事らしい。

 

「そういえば、那月ちゃんと連絡が取れたのか?」

 

「肯定。 ミス・セレスタの情報も報告しました」

 

「そうか。 それで、那月ちゃんは何て言った」

 

「“私は忙しい、そっちは任せた”、との事でした」

 

 これを聞いた悠斗は嘆息する。 何とも投げ槍な回答であった。

 

「補足。 南宮教官(マスター)から伝言があります。――――アンジェリカ・ハミーダという女性と遭遇した場合、蛇遣いに話を聞くまで、セレスタ・シアーテと共に速やかに逃走せよ。の事です」

 

 アンジェリカ・ハミーダ。 彼女は、ゼンフォース――アメリカ連合国(CSA)陸軍特殊部隊の中隊長だ。

 四年前に起こったアンデス連邦の内戦では、政府側に軍事顧問として参戦し、四十四名の部隊を率いて二千人近いゲリラを駆逐したと言われている。 彼女に名付けられた異名が“血塗れのアンジェリカ”だ。

 そして、他国の特殊部隊、極東の魔族特区を訪れるとは考えにくい。 だが、“混沌界域(こんとんかいいき)”の内戦が関係してると考えてほぼ間違えない事は確かだ。 いや、もしかしたらセレスタが何かに関わっているかもしれない。とも考えられる。

 

「(……てことは、空港で騒ぎは、アンジェリカ・ハミーダが関わってるのか? だから、那月ちゃんは手が離せないって考えるのが妥当か?)」

 

 内心で悠斗は、マジかよ。と呟きながら溜息を吐く。 悠斗が思う以上に面倒事に巻き込まれたのだ。 まあ、ヴァトラーからセレスタが送られ来た時点で決定してた事かも知れないが。

 内心で考えていると、ニーナが、

 

「処で、古城。 先程から気になっていたのだが、セレステ・シアーテは何処に行った?」

 

 古城たちが振り返ると、先程まで座っていた場所にセレスタが座っていなかったのだ。 悠斗の能力は万能であるが完全ではない。 同じフロアに居るとすれば、玄武の気配感知もあまり意味を持たないのだ。

 悠斗が回りを見渡すと、非常口のドアが開いていた。

 

「セレスタは店の非常口から外に出た! 追うぞ!」

 

「あの……バカ! 何考えてるんだ!?」

 

 古城たちは非常口に向かって走り出す。 もし、セレスタが昨日の獣人に囚われたら何が起こるか解ったものじゃない――。




次回は戦闘か……。上手く書けるかな。
ちなみに、古城君は悠斗君の部屋で、悠斗君はソファーで寝ましたね。セレスタと雪菜は、凪沙の部屋ですが。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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冥き神王の花嫁Ⅶ

連投やでー!
戦闘回ですね。え?的な所が出てきたらゴメンナサイ(-_-;)


 セレスタは、港外れの埠頭に立っていた。

 革製のサンダルに、カラフルな刺繍を施したワンピース。 特徴的な蜂蜜色の金髪が風に吹かれ揺れている。

 錆びた手摺に凭れたまま、彼女は沖合に浮かぶ船を眺めていた。 船の名前は、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)。 だが、彼女は船に近づく事はできなかった。

 恩人であるヴァトラーには会いたいが、しかし会いたくない。という気持ちもあるのだ。 おそらく彼に会えば、全てが終わってしまう予感があったからである。

 

「セレスタ!」

 

 古城が彼女の名前を呼び、セレスタは迷惑そうに振り返る。 息を切らした古城たちは、セレスタの無事を確認して足を止める。

 

「何でついてきたのよ!? あんたらって変態!?」

 

「うるせぇ! お前こそどういうつもりだよ!? 一人でどっかに行って、ヴァトラーに会えなかったらどうする気だったんだ!?」

 

「……俺は変態じゃないからな。 さっきも言ったけど、俺は途中で投げ捨てないだけだ」

 

 だが、凪沙に出会う前の悠斗だったら、完全に投げ捨てていただろう。 絃神島に訪れ、凪沙との出会いが悠斗の人生を180度変えたともいえる。

 

「何それ!? わけわかんない!?……それに、私、思い出したのよ」

 

 セレスタは、言葉を紡いでいく。

 

「私は、自分の村からあいつらに攫われて、森の奥にある壊れかけた神殿に連れて行かれた。 あいつらは、私を生贄にするつもりだったの」

 

 セレスタの記憶を取り戻す切っ掛けになったのは、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱの船影だ。 セレスタは洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱを見た事があるのだ。 おそらく、神殿の惨劇を経て、絃神島へと送り出される前に。

 

「あいつらって、あの獣人の事か? ザザラマギウの信者だな?」

 

 セレスタは古城の言葉に首を振った。

 

「違う……あの人たちは……私を護ろうとして……。 私を生贄にしようとしてたのは軍人よ。 命令してたのは女だったわ」

 

 セレスタは目を閉じて、その光景を思い出す。

 攫われたセレスタを救い出す為に、多くの獣人たちが神殿に押し寄せ、彼らは殺された。 近代的兵器と奇怪な技を操る軍人たちが殺したのだ。

 その時、ディミトリエ・ヴァトラーが現れなかったら、獣人たちは全滅していたに違いない。 そして、間違いなくセレスタも殺されていただろう。 邪神に捧げる生贄として――、

 

「(……じゃあ俺は、根本から間違ってたのか……。 最初の段階から、俺の思考は間違った方向に進んでいた、のか……)」

 

 悠斗は愕然とした。 そう、あの時の獣人たちは、セレスタを奪うのではなく手元に置く為(護る為)に襲撃したのだ。

 ――――セレスタが発言した女軍人。 おそらく奴は、アンジェリカ・ハミーダで間違えはないだろう。 那月の伝言と辻褄が合うのだから。

 その時、悠斗は咄嗟に体を捻り、肩に鋭い痛みが走る。 悠斗は右肩に銃撃を受けたのだ。 超直感が遅れていたら、確実に急所(心臓)を撃たれて戦闘不能になっていただろう。

 悠斗は振り向き、

 

「(……迷彩を使った、長距離からの狙撃かよ……。ったく、眷獣に頼り過ぎたつけがきたのかもな……)」

 

 古城は、悠斗の右肩から流れる血を見ながら、

 

「悠斗!――姫柊!? 今のは!?」

 

「長距離からの狙撃です! おそらく、狙撃者は神代先輩の対策をしてるんだと思います!」

 

「対策って……悠斗の玄武と朱雀の焔の事か!?」

 

 雪菜は、はい、おそらく。と頷いた。

 そう、敵は悠斗の戦闘能力を落とし、全快を出させない事だ。 敵も気づいているのだろう、真正面から悠斗と戦闘になったら勝てないと。 ならば、隙を突いて戦闘能力を削ぎ落とし弱体化させればいい話だ。

 

「囲まれてます! そんな……いつの間に……!?」

 

 雪菜がギグケースから雪霞狼を抜き、展開する前に古城たちの周囲に複数の人影が現れた。 女が一人と男が二人。 そして、全員が外国人だ。

 地味なグレーの衣服を身に着けているが、男二人は異様に目立ち、どちらも身長は二メートル近いスキンヘッドの大男だ。 片方は髭面で、片方は機械化した両目にサングラスをかけている。

 そして女は、モデルのような長身と人工的な美貌。 毛皮つきの豪華なコートを纏っていているが、その下はかなり鍛え抜かれた肉体が隠されている事がよく解る。 それに見るものが見れば解るだろう、女の動きは訓練された軍人の動きだと。

 その女がコートの下から取り出したのは、小型のサブマシンガンだった。

 一瞬先の未来を見る霊視能力を持つ雪菜にとって、サブマシンガンの連射性能は脅威である。 迂闊に動く事ができない。

 

「さて、紅蓮の織天使。 今のお前は手負いだ。……今のこの状況、如何にかできるのか」

 

「……さあどうかな。……――アンジェリカ・ハミーダ、貴様は命を狙われているのに余裕そうだな」

 

 悠斗は左手を突き出し、掌はアンジェリカ・ハミーダの急所を狙っているのだ。

 だが、古城が第四真祖とは露見してる様子はない。 素姓が露見されていたのは悠斗だけらしい。

 

「余裕に決まってるだろう。 お前は負傷し、ほぼ人質が三人。 どちらが優勢で主導権を握ってるか、普通に解る状況だろう。 それに、私がお前の攻撃で確実に死ぬと断言できるのか」

 

 アンジェリカが一方的に告げてくる。

 確かに、悠斗が的確な攻撃をしても、訓練された軍人であるアンジェリカならば、今の距離からでも急所を躱す事が可能なのかもしれないのだ。

 それに、相手は三人であり銃器で武装している。 状況から見て、絶対絶命の危機だ。

 

「我々からの要求は一つだ。 セレスタ・シアーテの身柄を引き渡してもらおう。 無用な交戦は避けたいのでな。 素直に応じてくれるとあがりたい」

 

 悠斗はセレスタの表情を見ると、セレスタの瞳に浮かんでいたのは、アンジェリカたちに対する純粋な恐怖。

 悠斗は視線で、古城。セレスタの護衛を頼んだぞ。と目線で語る。 古城は顔を歪めたが頷いた。

 

「嫌に決まってるだろうが、このアホが」

 

「そうか。 残念だ」

 

 アンジェリカが無造作に左手を振った。

 その瞬間、古城たちを襲ってきたのは目に映らない斬撃だ。 雪菜の雪霞狼で魔力を打ち消す事はできるが、あの強烈な運動エネルギーまで撃ち消す事はできない。 古城と雪菜、セレスタが受ければ一溜まりもないだろう。

 悠斗は、アンジェリカに向けていた左手を古城たちの方へ突き出し、

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 悠斗は紅い結界を展開させ、古城たちに飛来する刃を弾くが、悠斗は、ブイエ、マティスと呼ばれる部下のたちから銃撃を受け、左手に召喚した刀で弾くが相手はサブマシンガンだ。 急所だけを狙撃から防ぐのが精一杯だ。 悠斗は、ほぼ蜂の巣状況に近い。 そして、これはただの銃弾ではなかった。 そう、朱雀の焔の鎧も貫通しているのだ。 悠斗は、朱雀の鎧の出力を上げれば防げると踏んだが、その対策もされていたのだ。

 

「ほう。 冷酷と言われた紅蓮の織天使が民間人たちを護るか。 しかし、お前を護ってる守護も紙切れ同然だろう」

 

 お前が創り出す結界は別だがな。と、アンジェリカは付け足す。

 悠斗は唇を曲げ、

 

「……うるせぇな。 つか、認識阻害魔術もそうだが、魔力を込めた銃弾とか、どんだけ俺の事を研究してんだよ……」

 

「軍人である私たちは、紅蓮の織天使と出くわしたら死ぬと思えと言われていたんだ。 自分を護る為、お前の対策をするに決まってるだろ」

 

「……ったく、有名になり過ぎるのも考えものだな……――古城!」

 

 古城は霧の塊と化した腕で地面を殴りつける。 その瞬間、古城の腕が触れた地面も、実体の持たない霧へと変わった。 足場を失ったアンジェリカたちが咄嗟に反応して背後に跳び退く。

 しかし、古城が撒き散らす霧化の方が圧倒的に早い。

 

「ああ、解ってる!そのまま海に突き落としてやる!――疾く在れ(きやがれ)甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)!」

 

 古城の背後に、うっすらと銀色の巨影が浮かんだ。

 第四真祖が従える四番目の眷獣、甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)は霧化能力を司る眷獣だ。 その霧は周囲の物体全てに及ぶ。

 

「第四真祖か! 織天使に気をかけ過ぎて、こちらが手薄になったのか!?」

 

 軍人からして、紅蓮の織天使と第四真祖を比べると、圧倒的に紅蓮の織天使の方が脅威なのだ。 第四真祖ならば眷獣召喚をする前に処理できるが、紅蓮の織天使は常時眷獣能力を行使できるのだから。

 

「チッ、ポーランド!」

 

 アンジェリカが首に嵌め込んだ通信機に向かって怒鳴る。

 

「がっ!?」

 

 古城が鮮血を吐き出して膝を折った。

 古城の心臓が吹き飛ばされ、意識が一瞬途切れ眷獣召喚が解除されてしまった。 霧化してた地面が再び実体を取り戻し、溶岩大地のようにドロドロに歪んだ姿で定着する。 そしてこれは、長距離からの狙撃だ。 アンジェリカの部下はもう一人いたのだ。 離れた場所に建つ灯台の上から、狙撃用のライフルで古城の心臓を狙い撃ちしたのだ。

 

「――雷神槍(らいじんそう)!」

 

 悠斗が放った稲妻の無数の槍は、離れた場所に建つ灯台から狙撃した男に突き刺さった。 これで確実に男の息の根を止めただろう。

 だが、体の自由が効かない古城は上体を必死に起こそうとするが、顔を上げるのが精一杯だ。 そんな古城を狙って、髭面の男が動いた。 手袋を脱ぎ捨てた腕は、無骨な金属製の義手だった。

 男が義手の掌を古城の頭に向けた。 この距離で撃たれたら逃れようもなく、生き返ったとしても既に戦闘は終了しておりセレスタの安否を確認する事ができなくなる。

 だが――、

 

「――妖撃の暴王(イルリヒト)よ」

 

 冷ややかな響く少年の声と共に、閃光に包まれた巨大な猛禽が現れる。

 翼長数メートルに達するその巨体が、遥か上空より降下して、義手の男を吹き飛ばしたのだ。

 間一髪で直撃を逃れた男の足元が、高熱に炙られて一瞬で融解する。

 猛禽の正体は吸血鬼の眷獣だ。 摂氏数万度にも達する高密度の炎の塊。 古城たちのすぐ傍に現れたのは、冷たい刃物を連想させる顔立ちの少年だ。 少年は、悠斗に向かって敬意を持ち頭を垂れる。

 

「お久しぶりです、紅蓮の織天使様。 それにしても、酷い傷で」

 

 悠斗は苦笑した。 だが、一時的に眷獣召喚が不可能なのだが。

 

「ったく、皮肉か? まあいいや、ジャガンはゼンフォースの動きを監視してたでいいのか?」

 

「ええ、動きがあるまで此方から動けなかったもので」

 

 悠斗は、なるほどな。と言って頷いた。

 

「――崩撃の鋼王(アルラウト)よ」

 

 ジャガンが猛禽の眷獣を還し、新たな眷獣を召喚した。

 それは全長四、五メートルにも達する鋼色の類人猿だった。 濃密な魔力によって実体化した、鋼鉄の土人形(ゴーレム)だ。 巨大な鉄塊に似た両腕が、義手の男目掛けて振り下ろされ、地面を抉る。

 先に仕掛けたジャガンは、義手の男と戦闘になっており、ジャガンが“魔眼(ウァジエイト)”と名付け、目を合わせた者の脳に侵入し、その意識を支配する。 ジャガンは義手の男の支配をし、土人形(ゴーレム)は攻撃を仕掛けるが寸前で回避されてしまう。 見えない糸に操られているような、人形めいた不自然な動きだ。

 そして、隙を突かれたジャガンに、サングラスの男の両肩の体内に埋め込まれていた魔具が露出し、放熱フィン似た男の魔具が虹色の鮮やかな陽炎を放った。 これは、灼熱の陽炎を生み出して目標を消し炭へと変える魔具だ。原理は解らないが、それは間違いなく魔族を殺す為に作られた魔具なのは確かだ。

 隙を突かれたジャガンは、陽炎の攻撃範囲から逃れる余裕は無い。虹色の輝きがジャガンを包むが――、

 

「お前ら、オレを忘れてもらっちゃ困るぜ。――疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

 片膝を突いて立ち上がった古城が、獅子の黄金を呼び出していた。

 破壊された心臓の再生は終わっている。正確には、心臓というよりは、魔力の塊で出来た得体の知れない臓器。が適切だが。 とにかく、万全でないものの、何とか戦えるのだ。

 まあ、プライドの高いジャガンは、古城に助けられて屈辱に震えていたが……。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗はこの戦場を見ながら、一人の眷獣に話かける。

 

「(この場はお前に任せていいか?――――妖姫の蒼氷(・・・・・)

 

「(構わない。 体を貸してもらうぞ、悠斗。 だが、僅かな時間しか表に出る事ができないと覚えておけ。 我の存在に、お前の体が持たない)」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の完全憑依は、朱雀たちとの融合と根本が違うのだ。

 

「(了解)」

 

 悠斗は掌を開き、左腕を突き出す。

 

「降臨せよ――妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

 

 悠斗の背後に浮かび上がったのは、氷河のように透き通る巨大な影だ。 上半身は人間の女性に似ており、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、指先は猛禽のような鋭い鉤爪になっている。 氷の人魚、あるいは妖鳥(セイレーン)――。

 そして悠斗は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)に体を預け、ジャガンたちの元まで歩み寄る。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 古城たちが戦闘してる中、周囲に冷気が漂い寒さが増していく。 その発生源はアンジェリカたちの方に歩み寄る悠斗だ。――――だが、悠斗の様子がいつもとは違う。 瞳は蒼く、何かに憑依されたような、冷たい刃を連想させる。

 

「……やってくれたな貴様ら、我が護ろうとした者を傷つけた罪。 貴様らの命で償ってもらおうか」

 

 その声は、男性と女性の声が混ざったような声だ。

 

「あ、貴女は!」

 

 巫女である雪菜はすぐに気づいた。 今の悠斗は、第四真祖の眷獣に憑依されているのだと。

 悠斗が左手を挙げると、周囲の冷気が増し、周囲の物が徐々に凍っていく。

 

「――坊やたち、死にたくなければそこから退く事をお勧めするぞ」

 

 ジャガンは反論しようとしたが、それは叶わなかった。 そう、――自身との力量が桁違い過ぎるのだ。 古城たちは、後方に跳び退きアンジェリカたちから距離を取る。 それを見た悠斗は、愉快に笑うだけだ。

 アンジェリカは唇を曲げた。 この場では悠斗と戦うのは得策ではない。

 

「ッチ」

 

 これ以上の戦闘は無益。 そう判断したアンジェリカは、即座に戦術目標を修正した。

 敵の殲滅から、自軍の撤退へと。

 

「撤退だ。 援護しろ!」

 

 部下たちにそう命じて、アンジェリカは跳躍する。

 だが――、

 

「……――氷華乱舞(ダイヤモンドダスト)

 

 悠斗がそう言うと、古城たちがいる前方。 港の方向に吹雪が吹き荒れ徐々に周囲を凍りつかせていく。 既に、付近の海は凍っていた。

 アンジェリカは吹雪から逃れる為、港外れにある倉庫の屋根に着地して姿を消した。 彼女の部下の男たちも既に撤退を終えている。 敵が完全に立ち去ったのを確認して、古城たちは、憑依、眷獣召喚を解除した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「やあ。 古城、悠斗」

 

 金色の霧を纏って、古城たちの前に現れたのは金髪碧眼の吸血鬼だ。 既に、古城と悠斗の傷は塞がっている。

 

「『やあ』じゃねから。 何でもっと早くに現れねぇんだよ」

 

 悠斗はそう言ってから、ヴァトラーを睨み付けるが、ヴァトラーは、やれやれと首を振るだけだ。

 

「あの時の悠斗は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)を憑依させていたのだろう。 紅蓮の織天使と妖鳥の憑依。 僕でも近づきたくないよ。 まだ短時間しか使えないらしいけどネ。 流石、第四真祖の眷獣といった所かナ」

 

 古城は目を丸くする。

 

「やっぱり、悠斗のさっきのは憑依、なのか?」

 

「ああ。 簡単に言えば、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)との融合だ。 俺自身の力に、奴の力が上乗せされる。 まあ、俺自身が眷獣っていっても過言じゃねぇかもな」

 

「……悠斗。 お前、規格外さが増してるぞ」

 

 古城はそう言って、溜息を吐いていた。

 ともあれ、セレスタは無事に護る事ができ、ヴァトラーとも合流できたのだった――。




悠斗君。遂に妖姫の蒼氷まで憑依(融合?)させちゃたよ(笑)まあ、凪沙ちゃんもほんの短時間ならできるんですが。
ちなみに、張った結界は正面だけですね。

ではでは、感想、評価、よろしくお願いします!!


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冥き神王の花嫁Ⅷ

矛盾があったらごめんなさいm(__)m
では、投稿です。
本編をどうぞ。


 ヴァトラーの部下が人払いの結界を展開したので、あれだけ派手な戦闘が行われていたのにも関わらず、特区警備隊(アイランド・ガード)が埠頭に駆け付けて来る事はなかった。 或いは、アンジェリカたちが、事前に通信妨害するなどの対策を行っていたのかもしれない。

 証拠隠滅などの裏工作は、オシアナス・ガールズが担当してるらしい。 青い迷彩服を着込んだ彼女たちは、ノートPCを取り出して防犯カメラの回線等にハッキングを仕掛けている。

 悠斗は重い体に鞭を打って、毅然と立つ。 どうやら、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の完全憑依の負担は予想より大きい。

 

「これまでの事を説明してくれるんだろうな、ヴァトラー」

 

 そう言って、悠斗はヴァトラーを睨み付ける。

 

「もちろん。 だけど場所を変えようか。 治療は兎も角、着替えは必要だろ、悠斗も古城も」

 

 桟橋の方角を指差してヴァトラーが提案する。 丁度、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱが港に接岸した所だった。 まあ確かに、ヴァトラーに世話になるのは癪だが、血塗れの服を着たまま出歩く事は、色々な意味で危険である。 また、アンジェリカに狙われているセレスタにとって、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱの船内は、絃神島で最も安全と言ってもいい場所なのだ。

 しかし、肝心のセレスタは、古城の背に隠れたままヴァトラーと目を合わせようとはしない。 寧ろ、避けているようにも見える。

 

「おい、セレスタ。 どうしたんだよ?」

 

 古城が、不審に思ってセレスタに聞き、セレスタはギクッと肩を小さく震わせる。

 彼女は、カクカクと首を巡らせ、

 

「な、なにが?」

 

「なにがじゃねぇよ。 ようやく、憧れのヴァトラーに再会できたんだろ。 もっと喜べよ」

 

「よ、喜んでるわよ。 ヴァトラー様は相変わらず見目麗しい……はー……かっこいい……」

 

 悠斗が二人の会話に入る。

 

「蛇野郎がかっこいいね……。 変態の間違いじゃねぇか」

 

「あ、あんた、ヴァトラー様に向かって失礼よ…………それよりも、あんたたち、傷は大丈夫なの?」

 

「問題ない。 吸血鬼の再生能力を舐めるな。 まあ、古城には劣るけど」

 

「まあオレも問題ない。 つっても、オレも悠斗も服はボロボロだな」

 

 古城はズタズタに裂けたパーカーを引っ張る。 首周りには大きな裂け目が入り、背中と胴体には焼け焦げた大穴が空いている。 服の形を保っているのが不思議なくらいだ。

 対する悠斗は、右肩のシャツは完全に裂け、肌が露出し、黒のVネックのTシャツは所々に穴が空き、此方も服の形を保っているのが不思議である。

 

「ご……ごめん」

 

 古城の背に隠れながら、セレスタは小さく呟く。

 彼女らしからぬその言葉に、古城はと悠斗思わず自分の耳を疑う。

 

「「え?」」

 

「ごめんって言ったの! あと、ありがとう! 護ってくれて……嬉しかったし……」

 

 セレスタは、もじもじと両手の指を絡ませながら、拗ねたような早口でそう言った。

 

「いや、それは古城だけに言ってくれ。 俺はタラシになる気はないしな」

 

 古城は、どういう意味だよ。と突っ込むが、悠斗は知らない振りで誤魔化す。

 悠斗は、半眼で雪菜が古城を呆れたように見ていたのを見逃さなかった。 さて、古城を巡る女の戦いは何処まで大きくなるのだろうか?

 ともあれ、古城たちは、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱへ向かうのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱが停泊する桟橋までは、徒歩五分程の距離だった。

 いつ見ても豪華な船である。 約二ヶ月前に戦闘によってデッキの一部が破壊されたはずだが、修復を終えて以前よりも絢爛さを増している。

 ヴァトラーが古城たちを案内したのは、その絢爛な展望デッキだ。

 そしてそこでは、黄金の刺繍を施した服を着た集団が待ち受けていた。 彼らの人数は九人。 全員が男性だが年齢はバラバラである。 白髪の老人も居れば、若い男性も居る。 身分が高いのか、様々な装飾品や宝石を身に着けている。

 

「なんだ、あいつら?」

 

 古城が無意識に呟いた。

 

「……あいつらは如何見ても魔族だな。 それに、神獣化できる魔族って考えた方がいい」

 

 悠斗の言葉に、古城は愕然とした。

 しかし、警戒する古城たちを宥めるようにヴァトラーが穏やかに笑った。

 

「心配しなくていいよ。 古城、悠斗。 彼らは敵じゃない」

 

 そう言われても、ヴァトラーの言葉は全面的に信用できない。

 

「彼らは、古代中米都市国家“シアーテ”を統べていた、獣人神官たちの末裔。 世界で尤も旧い獣人種族の一つだよ。 ちなみに、彼らの故郷では、獣人は神の使いとして崇拝されているそうだ」

 

「……シアーテの神官だと。 コイツらはザザラマギウに信仰する者たちか……」

 

 セレスタを利用しようとしてるのは、獣人たちだけではなくアンジェリカたちも。 そして、その板挟みになるように、中心には古城たち。という事になる。

 

「ふふ、彼らは確かにザザラマギウに仕える神官だが、邪神の出現を望んでいるわけじゃない。 その逆さ。 ザザラマギウの封印が彼らの役目だヨ。 荒ぶる神を鎮める儀式を、彼らは千年以上も続けてきた。 熱帯森林の奥地の街で、誰にも知られる事ことも、讃えられることもなくね」

 

 そうだろ。と尋ねるヴァトラーに、獣人たちは首肯した。

 

「ザザラマギウの正体は、実体を持たないエネルギーの塊だ。 シアーテの都は、この絃神島と同じく、龍脈の要に存在するのサ。 ただし、地形関係でそのエネルギーは流れる事なく蓄積されていく。 それが爆発すればどうなるか容易に想像できるだろう?」

 

 龍脈を流れるエネルギーは、都市を繁栄に導くといわれている。 絃神島が本土から遠く離れた太平洋上に建設されたのも、絃神島が洋上を流れる龍脈の交差する場所だからだ。

 しかし、過剰な力は、時として災厄を引き起こす。 一夜に海に沈んだとされる大西洋の王国を筆頭に、過去多くの古代文明が龍脈の力の暴走によって滅んだのだ。

 

「とはいえ、僕の天使が力を全開放し、世界を滅ぼす為に使ったら同じ事ができる可能性もあるけどネ」

 

 だが、悠斗がそんな事をしたら命を対価にする必要があるだろう。 まあ、悠斗はこんな事は絶対にしないだろうが。

 

「話がそれたネ。 まァ、ザザラマギウが邪神と呼ばれているのには、もう一つ理由がある。 シアーテの人々は、自らの神殿に、龍脈のエネルギーを実体化させる魔術装置を組み込んだ」

 

 それは吸血鬼の眷獣と同じ、濃密な魔力はそれ自体が意思をもち実体化して宿主の命に従う。 つまり、制御される。

 

「彼女は、ザザラマギウの“花嫁”だよ。 邪神に見初められた存在だ。“冥き神王”の“卵”は彼女に抱かれて、孵化する時を待ち侘びている。 龍脈の力を吸い上げながらね」

 

「まさか、閣下がセレスタさんを絃神島に送ってきたのは……!?」

 

 雪菜が驚いたように口にする。

 

「そうだネ。 絃神島がもっとも強力な龍脈の流れる場所の一つだからだよ。 ザザラマギウの“卵”は、龍脈から切り離されると崩壊するからね。 そうなると、“花嫁”も無事では済まない。 だから僕は、彼女を仮死状態にした上で絃神島に運ぶしかなかった」

 

 ヴァトラーは雪菜にそう解説した。

 彼女はあの時、ただ眠っていただけではなかった。 一度、仮死状態になって、龍脈上にある絃神島へ辿り着いた事によって蘇生したのだ。

 

「……どうして、そこまでしてセレスタを外に連れ出した?」

 

 古城が、責めるような眼差しをヴァトラーに向けた。

 だが、ヴァトラーはそれを気にせず簡素に答えた。

 

「彼女が狙われていたからだよ」

 

「なるほどな。 そこでアンジェリカ・ハミーダ。 ゼンフォース――アメリカ連合国(CSA)陸軍特殊部隊の中隊長様。 真祖に対抗する切り札って事か」

 

 アメリカ連合国(CSA)がどれほど裏工作に長けようとも、“混沌界域(こんとんかいいき)”の内乱には“混沌の皇女(ケイオスブライド)”が居る。そして“混沌の皇女(ケイオスブライド)”は、市民が血を流す事を良しとしないのだ。 そのような事があれば、彼女は動き出し反乱軍を全滅させるだろう。

 しかし、吸血鬼の真祖に対抗できる武器があれば、話は別になる。 “混沌の皇女(ケイオスブライド)”が邪神と対峙しても敗北する事はないだろうが、天災そのものの破壊力を備えた二十七体もの眷獣が、邪神と戦闘になれば、戦闘の余波により市民の被害は想像以上だろう。

 

「その通りだよ。古の邪神と第三真祖の戦い。中々、興味を惹かれる組み合わせだけど……残念ながら見過ごすわけにもいかなくてね」

 

「……嫌な選択を突きつけようとする蛇野郎だ……」

 

 邪神復活を阻止する方法。――それは、邪神の依り代であるセレスタを殺すという事。 彼女が“花嫁”で生き続ける限り、いつか必ず“卵”は孵る。 何年先か、何十年先かは不明だが、龍脈の破壊的なエネルギーを限界まで溜め込んで破裂する。

 

「君たちがセレスタ・シアーテの面倒を見てくれてる間に、“混沌界域(こんとんかいいき)”に入り込んだ、アメリカ連合国(CSA)は僕が排除した。 このまま邪神の出現がなければ、“混沌界域(こんとんかいいき)”の内戦はすぐに終わる。“混沌の皇女(ケイオスブライド)”が出るまでもない」

 

 ヴァトラーの行いは結果として、“混沌界域(こんとんかいいき)”の内戦を終決させる事に繋がり、後は“花嫁”を殺すだけで全てが丸く収まる。

 

「後は君たち次第だよ。 古城、悠斗。 セレスタ・シアーテを殺して、ザザラマギウの復活を阻止するか。 それとも、セレスタ・シアーテを殺さず、絃神島で邪神降臨を待つか。 君たちの好きに選べば良い。 だけど、セレスタ・シアーテの中には、邪神の“卵”がある事を覚えといた方がいい」

 

 異世界――高次空間に存在する“卵”には手は出せないが、“花嫁”を殺してしまえば、“卵”の中に神気を溜め込む前に放出させることができる。 世界への影響も、精々大規模な火山噴火程度で済む。 だが、“卵”の依り代となっている“花嫁”は神気の放出に耐え切れず、消滅する。

 蓄積された神気は龍脈へと還り、“冥き神王”は再び長い眠りに就く。 彼らは、邪神の依り代となる“花嫁”を育て上げ、邪神を鎮める為に――――殺す。

 そして、歴代の“花嫁”たちは、呪術によって創り出された偽りの幸せと共に、邪神召喚阻止の生贄として死んだのだ。 そう、セレスタの記憶が曖昧なのはこれが理由だ。 彼女は、アンジェリカの襲われる前から記憶を奪われていたのだ。

 

「……ヴァトラー……様……」

 

 セレスタがか細い声を洩らした。

 彼女にとってヴァトラーの存在は、不安と孤独の中に残された最後の拠り所だったはずだ。

 しかし、ヴァトラーが求めていたのは、セレスタの中に眠る“卵”だった。 その事実が、追い詰められたセレスタの精神に亀裂を入れる。

 絶望に震えるセレスタを雪菜が支える。 雪霞狼を握り締めた雪菜の指先も震えていた。 雪霞狼は魔力を打ち消す破魔の槍。 だが、人工の神気では、本当の神に抗えるはずもない。

 

 ――――……いや、何かがおかしい。 アンジェリカたち、獣人たちの目的正体は解った。 セレスタ抹殺が目的なら、何故マンションを襲って来た獣人は、生きたまま回収しようとした? しかし、目の前に立っている獣人たちはセレスタの殺害を望んでいる。という事は、内部の派閥と考えるのが妥当か? セレスタの中にある“卵”は、孵化までに時間がある? その為に神官たちは違う対策を練っていた。 だが、その中に裏切り者がいて、その考えを無意味と考えセレスタを殺そうとする輩がいる?

 

「(……そう考えると、全ての辻褄が合う……。 じゃあ、ヴァトラーが考えてる事は!?)」

 

 だが、悠斗の思考は中断される事になる。 船上に低い声がしたのだ。

 神官たちの中で、若い男が、獣のように変貌しながら笑っている。――そう、神獣化だ。

 

「いや……違う。 異国の吸血鬼どもよ。 そうではない。 貴様らには、選択肢などないのだ」

 

 最初に攻撃されたのは、ヴァトラーだった。

 凄まじい魔力に覆われた鉤爪が、肉体を背後から抉る。

 その奇襲に振り返る事もできないまま、ヴァトラーの上半身は粉砕された。 魔力の炎が、肺も心臓も頭蓋も、飛び散った細胞の一片すら残さず焼き尽くす。

 

「……ヴァトラー!?」

 

 古城が叫んだ。

 その古城を横殴りに衝撃が襲い、左半身が抉られて船のデッキに転がる。

 また、もう一人の神官が神獣化を終えて、古城の体を薙ぎ払ったのだ。 そして、もう一人の攻撃も悠斗に迫るが、

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 悠斗は超直感で攻撃を察知し、自身を中心に結界を展開し防ぐ。

 だが――、

 

「い……や……あ……ああ……あああああああぁぁぁぁぁあああああっ……!」

 

 セレスタは絶叫した。 それは、邪神を呼び起こす絶叫。 悠斗が周囲に展開した紅い結界も、ボロボロに吹き飛ばしたのだった――。




さて、この章も終盤に差し掛かってきましたね。
今後も頑張って書きます!

ではでは、感想、お願いします!!


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冥き神王の花嫁Ⅸ

この章も、終りが近づいてきましたね(^O^)
矛盾があったらごめんなさい。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 空の色が、変貌を遂げていた。

 澄み切った青空が、朝焼けのような赤紫色へと。 雷雲が竜巻のように渦を巻き、無数の稲妻が空を埋め尽くす。 突然吹き始めた風が、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱの船体を揺らしている。

 

「ヴァトラー様……古城……悠斗……」

 

 絶望に染まった表情で、セレスタが呟いた。

 心の支えであったヴァトラーは殺され、古城も瀕死の重傷を、悠斗も吹き飛ばされ額から一筋の血が流れている。 その光景が、壊れかけていたセレスタの精神を破壊した。

 不老不死の呪いを受けた古城が、守護の加護を受けている悠斗ならば、この程度では死ぬはずかない。

 だが、そんな理屈は、セレスタには何の説得力も持たなかった。

 

「あ……あああ……」

 

 セレスタの頭上に浮かんでいたのは、虚空に穿たれた穴のような、直径一メートルにも満たない奇怪な球体だ。 球体の表面にはおぞましい斑模様が描かれ、それは生物の内臓のように不気味に動いている。

 だがそれは、空間を食い破って成長を続けているように感じられる。

 セレスタが投影のように生成した球体は、表現するならば“卵”に似ていた。 異界より生じた、異形の“卵”のようだ。

 

「脆いな、吸血鬼共。 やはり、我らとお前たちでは格の差がありすぎる」

 

「貴様!」

 

 憤怒の表情で動いたのはジャガンだった。 神獣たちを睨んで、灼熱の猛禽を実体化させる。

 だが――、

 

「やめろ、ジャガン。 あんな攻撃で、俺たちも蛇野郎も死ぬわけないだろうが」

 

 立ち上がりながら、寸前の所で悠斗がジャガンを止めた。

 もう一人の神獣が、セレスタの前に移動していたからだ。

 奇妙な球体を召喚したとはいえ、今のセレスタは無防備だ。 神獣の一撃を受ければ命を落とすだろう。

 それに、悠斗が思うに、ヴァトラーは死んでいない。 何かを使い、死を偽造したのだろう。

 

「動くなよ……死にぞこないの吸血鬼共。 この状態で“花嫁”が死ねば、娘に憑いてる邪神がどうなるか解らんぞ。 この島ごと吹き飛びたくなければ、オレたちには手を出さない事だな」

 

 何処か清々しい口調で、神獣が言う。

 彼らの脇腹には、深々と貫かれた傷跡が残っていた。 雷神槍(らいじんそう)を受けた傷跡だ。

 古城たちのマンションを襲撃してきたのは、彼らだったのだ。

 

「何故だ……お前たち……」

 

 神官の一人が震えた声で言う。 仲間の裏切りが理解できない。という反応だ。

 

「悪く思うな。 邪神憑きの小娘の世話をする為に、密林の奥地に一生縛り付ける暮らしなんて、もううんざりなんだよ。 あの女(・・・)は、上位種たるオレたちに、相応の待遇を与えてくれる。 この小娘さえ奴らに引き渡せばな――」

 

「愚か者共が――」

 

 最年長の神官が、裏切り者たちを哀れむように呟いた。

 ――アンジェリカ・ハミーダが、ザザラマギウの神殿の位置を正確に知り、絃神島に来て間もない彼女たちが、簡単にセレスタを見つけた事。

 それは、神官の中に裏切り者(内通者)が居たからだ。

 彼らは、セレスタの臭いを知っている。 それを辿って、マンションを襲撃する事も、埠頭までセレスタを追跡する事もできた。 彼らは金に目を眩ませて、神官たちを売ったのだ。

 

「老いぼれども……何を……」

 

 驚愕したのは、裏切り者の方だった。

 セレスタを人質にした彼らの前で、最年長の神官が自身の心臓を自ら抉り出したからだ。 それは、一瞬の出来事であり、止められる者は居なかった。

 

「全ては、ディミトリエ・ヴァトラーの思い通りか……。 口惜しいが、我ら一族の役目は終わりだ。“冥き神王”の出現は止められぬ……」

 

 神官たちが、抉り出した心臓を、セレスタの頭上へ投げ入れる。

 ――虚空に浮かぶ、邪神の“卵”へと。

 

「まさか貴様ら……邪神召喚の儀式を……」

 

 神獣の一人が怯えたように呟く。

 神官たちの血を吸った“卵”が、脈打つように震えたのはその直後だった。

 

「“花嫁”の絶望と、我ら神官たちの血――召喚の儀式は整った」

 

 最年長の神官が、満足そうに微笑んだ。

 彼の肉体は、鮮血を撒き散らしながら“卵”に食われた。

 斑に蠢く球体の表面から触手が伸び、一瞬で最年長の神官を取り込んだ。 食われたのは最年長の神官だけではない。 他の神官も触手に攫われ、球体に取り込まれていく。

 

「や……やめろ……やめろおおぉぉおおっ!」

 

「た……助け……う、ああァァああっ!」

 

 触手が攫っていったのは神官だけではなく、神獣化した神官にも巻き付き取り込んでいく。

 神官たちを取り込んだ触手は、植物のような蔓である。“卵”は彼らを取り込むにつれ、大きさを増していた。

 既に、“卵”の直径は七メートルを超え、洋上の墓場(オシアナス・グレイブ)Ⅱのデッキを覆い尽くす程まで成長しており、それは怪物の種子のようでもあり、異界へと通じる(ゲート)のようでもあった。

 己の意思をなくしたセレスタが、ゆっくり両腕を真横に広げ“卵”まで歩み寄る。

 そんな彼女の全身に、無数の蔓草が絡み付く。

 

「待……て……セレスタ……!」

 

 彼女がやろうとしてる事に気づいて、古城が咄嗟に手を伸ばした。

 しかし、彼女に触れる前に、伸びてきた複数の蔓草が鞭のようにしなって古城を打ち据えた。 そして蔓草は、苦痛に呻く古城に巻き付き手足を引き千切ろうとする。

 

「――牙刀(がとう)!」

 

 悠斗は刀を左手に召喚させ、走りながら一閃してから跳び、古城の隣に着地する。

 背中から叩き付けられた古城は、激しく咳き込んだ。

 

「無事か、古城?」

 

「……まあ、何とかな……」

 

 そう言ってから、古城は無理やり上体起こす。

 セレスタは内部に取り込まれ姿を消していた。

 

「……厄介だな、あの蔓……」

 

 ――蔓は、魔力を吸収する能力があったのだ。

 “卵”の元は邪神だ。 それは、神の力も例外ではない。 その証拠に、神通力を纏わせた刀から、力だけを吸収されている。 そう、通常の刀に戻っているのだ。 蔓に巻き付かれた古城は、魔力の大半は吸われたと、悠斗は予想する。

 

「(……おそらく、常時展開の守護もだよな……。 なら――)」

 

 悠斗は左手を突き出し、守護の眷獣、朱雀を傍らに召喚させる。

 悠斗が考え付いたのは、眷属(朱雀)と融合し、蔓を上回る(守護)を自身に付与させる事だ。――所謂、力押しだ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――来い、朱雀!」

 

 悠斗と朱雀は融合し、悠斗の背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現し、黒髪も僅かに赤く染められ、黒色の瞳も朱が入り混じる。

 

「助けに行きますか」

 

 悠斗の隣に並び立った雪菜が、

 

「神代先輩、私も行きます」

 

「……いや、雪霞狼だけじゃ危険すぎる……」

 

 そう、棒きれ一本で、ダムの放水を止めるようなものなのだ。

 

「それでも行きます」

 

 雪菜の意思は固い。 こうなった雪菜は、一歩も引かないのだ。

 悠斗は嘆息し、

 

「……わかったよ。 危険だと感じたら、俺を盾にしろよ。 これが条件だ」

 

「わかりました」

 

 雪菜は、古城の所まで歩み寄り、自らの右手首に雪霞狼の穂先を押し当て、浅く斬り裂かれた雪菜の白い肌から鮮血の滴が溢れ出す。

 

「――すいません、暁先輩。 今は、これだけで」

 

 傷口から血を吸い出した雪菜が、血を含んだまま、唖然とする古城に唇を重ねた。 口移しに流し込まれた彼女の血が、古城の中に広がっていく。

 

「――暁先輩、外での事はお任せします!」

 

「お、お前ら!? 何を!?」

 

 立ち上がろうとした古城の腹を、雪菜が乱暴に蹴り飛ばした。

 展望デッキから突き落されて、古城はそのまま下の階へと落下する。

 最後に古城が目にしたのは、飛来する蔓草の鞭を斬り裂きながら、球体に飛び込む雪菜と悠斗の後ろ姿だ。

 炎に染まった空に暴風が逆巻き、押し寄せる高波が絃神島全体を揺らしている。

 そんな中、虚空に浮かぶ邪神の“卵は”力強い脈動を刻み始めていた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「都市国家“シアーテ”を滅ぼした“冥き神王”の復活か……壮観っすね」

 

 空に浮かぶ球体を眺めて、首にヘッドフォンを掛けた少年が――矢瀬基樹が言う。

 彼が座っているのは、絃神島中央空港ターミナルビル屋上。 二日前、南宮那月が、アンジェリカ・ハミーダと遭遇した場所だった。

 古城たちがいる巨大桟橋までは、直接距離でも二千メートルは離れている。 しかし、虚空に穿たれた“卵”は、肉眼でもハッキリ見えるまでに膨張していた。

 

「ずいぶん余裕だな、矢瀬。 奴の存在は、公社(お前たち)にとっても想定外(イレギュラー)だろうに」

 

 基樹の隣に立った南宮那月が、日傘を差したまま聞いてくる。

 人形のような担任教師を見上げて、基樹は肩を竦めた。

 

「まあ、だからこそ、情報価値が高いって思ってる奴らもいるんですわ」

 

「ふん、難儀だな」

 

「そういう立場なもんでね。 しゃーないッス」

 

 基樹は自嘲するように頭を掻く。

 暁古城の親友、神代悠斗の友人。というポジションの裏側で二人の監視役という面倒な役目を担っている。 そんな基樹にとって、今回のセレスタ・シアーテの一件は完全な不意打ちだった。

 神獣化能力を持つ上位種の獣人(神官)たち、“戦王領域”の貴族、ディミトリエ・ヴァトラー。 そして、アンジェリカ・ハミーダ。

 人工島管理局が保有する戦力では、何れも手に余る化け物揃いだ。

 なので、セレスタ・シアーテの正体に気づいた時には、既に基樹には手に負えない状況になっていた。 苦悩する古城たちの姿を眺めながら、手助けをできない自分自身に嫌悪感を覚えなかった。といえば嘘になる。

 だが、その一方で、この事件が貴重な“予行演習(リハーサル)”に成り得る事も事実なのだ。

 

「それで、公社の人工知能は、あの丸い奴をどう分析してる」

 

「あー、ザザラマギウとかいう奴を降臨させる為に形成された、保護フィールドって感じっすね。 いうならば、“卵”っす。 おそらくあの中に、 邪神の“(コア)”があると見てます。 んで、今はレーザー攻撃の準備中って事で」

 

 残り、九十分と少し、と基樹は腕時計の表示を確認する。

 人工衛星搭載型の対地レーザー砲は、人工管理局が隠し持つ切り札の一つだが、未完成なシステムだ。 発電能力と軌道高度の関係で、絃神島へ精密射撃が行えるのは、約三時間に一発だけ。 ザザラマギウの実体化まで間に合うか微妙な所だ。

 また、レーザー砲で、あの“卵”を完全に破壊できるかどうかは別問題だ。

 

「邪神の実体化を止める方法は?」

 

「今んとこ、不明。 他の“魔族特区”でも調べてもらってますけど、何せ、古い記録しかないもんで。 姫柊ちゃんたちに期待するしかないっすね」

 

「――獅子王機関の七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)に、紅蓮の織天使か……。 確かに、時間稼ぎにはもってこいの人選だな」

 

「二人の事だから、時間を稼げば古城が如何にかしてくれるって信じての事でしょう。 実際、そのお陰でこっちにも対処する余裕もができた訳だし。 ホント、頼れる後輩と友人ですよ」

 

「そうだな」

 

 那月は、内心で微笑んでいた。

 人を拒絶していた悠斗が、今では人を信じているのだ。 那月は、出会った時の悠斗を知っているからこそ、不謹慎だが今の状況が嬉しかったのだ。――那月は、悠斗の義母(・・)といっても過言ではないのだ。

 

「あいつが実体化した場合、絃神島にどの程度まで影響が出る?」

 

「“卵”だけなら、大した影響はないっすよ。 仮に、あれが現在のペースで膨張を続けたとしても、人工島(ギガフロート)の機能に影響が出るまで九十六時間以上かかる計算っス。 呪術迷彩を使ってる限り、市民の大半はあれが存在する事も気づかないんじゃないかと」

 

「邪神とやらが降臨したら?」

 

 那月は、眉を動かすさず聞く。

 

「試算不能っすね」

 

「規模がデカすぎて、公社の人工知能でも予想できないという事か?」

 

「いや、計上するまでもない、って意味っす。 今のままだとザザラマギウは、完全に実体化する前に自らの霊力を使い尽くして自己崩壊するって話で」

 

 もともと存在するべき神殿から切り離されて、まともな供物も儀式もない状態での召喚。 本来の力を発揮できる方が、異常なのだ。

 

「なるほど。 だが、気に入らんな。 ヴァトラーめ……最初からこの結果を予想してたのか? だとしたら、奴はなんの為に……」

 

 不機嫌そうに独りごちる那月の目つきが、突然険しさを増す。

 空中に浮かぶ“卵”の内部から、緑色の触手が吐き出され、桟橋を包囲していた特区警備隊(アイランド・ガード)の装甲車に絡み付いたのだ。 触手は、重さ十四トンの装甲車を抱え上げ、球体の中に引きずり込む。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)を、食っただと!?」

 

 基樹が弾かれたように膝立ちになった。 那月は、煩わしげに唇を歪めている。

 

「なるほど……。 そう来るか、邪神め」

 

「那月ちゃん……今のは!?」

 

「あの球体、絃神島と融合するつもりだぞ」

 

「融合?」

 

 基樹は那月の言葉に困惑する。 ザザラマギウの正体は龍脈が生み出すエネルギーの塊だ。 シアーテの神殿に構築された巨大な魔術装置によって、それに実体を与えたものに過ぎない。

 絃神島との融合は、邪神本来の機能に含まれてないはずだが――、

 

「絃神島の住人全員を供物にして、本来の“冥き神王(ザザラマギウ)”ではなく、単なる怪物――真の邪神として出現する事になるが」

 

「供物って……まさか……」

 

「おそらく食われるな。――絃神島の全てが」

 

 那月が平然と言い、その言葉に基樹は息を呑んだ。 南宮那月はこんな時に冗談を言う人物ではない。――食われる。と彼女が口にしたのなら、絃神島は本当に食われるのだ。

 

「……対応が早いな。 流石に、公社も慌て始めたか」

 

 空港の滑走路の片隅から、無人ヘリの群れが離陸する。 特区警備隊(アイランド・ガード)の攻撃ヘリだ。 当然、目標(ターゲット)はザザラマギウの“卵”だろう。

 しかし、特区警備隊(アイランド・ガード)の対魔族装備全てを以っても、ザザラマギウの“卵”を破壊できるかは未知数だ。

 身じろぎもせず立っていた那月は、日傘を揺らして歩き出す。

 那月が見つめていたのは、球体に浸蝕され始めた港湾地区だ。 大破した特区警備隊(アイランド・ガード)の装甲車の上に、長身の女の姿がある。 大柄な男たちを従えた、毛皮付きコートの美女。――アンジェリカ・ハミーダだ。

 

「怪獣退治は趣味ではないのでな。 私は私の仕事をやらせてもらう。 私は、あいつらを信じているからな。――――特に、あの少年の事はな」

 

 そう言い残して、那月は姿を消した。

 彼女が立っていた場所は、ゆらゆらとした波紋だけが残されている。

 基樹は、『悠斗は、絶対的信頼(信用)を那月ちゃんにされてるんだなぁ』と、呟きながら、ゆっくり立ち上がりながら、ズボンのポケットに手を入れた。

 取り出したのは、見慣れない型のスマートフォンだ。

 

「さあて……厄介な事になっちまったな……モグワイ、浅葱の調子はどうだ?」

 

 基樹が液晶画面に呼び掛けると、液晶が浮かび上がり、不気味なマスコットキャラが姿を現す。

 

『遺憾だが、ご立腹だぜ。 激怒中だ、訳のわからなまま“C”に閉じ込められたんだから、無理もねぇがな。 ケケッ』

 

 声は奇妙に人間近い合成音声だ。

 

「やれやれ……ケーキでも買い占めて女帝様のご機嫌を取っとくか」

 

 憂鬱そうに呟いて、基樹は通話を終わらせた。

 画面に表示された日時と日付と、虚空に浮かぶ“卵”を見比べ、忌々しげに舌打ちする。

 

「頼むぜ、古城、悠斗。 今はまだ早ぇんだ……」

 

 基樹の微かな呟きは誰の耳にも届く事はない。

 そして、吹き荒れる風が強さを増していく――。




次回も頑張ります!
感想、評価、よろしくお願いします!!


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冥き神王の花嫁Ⅹ

ご都合主義満載です。
卵の中では、じわじわと自我が削られてる感じで。まあ、悠斗君は守護の力から押しでどうにかしちゃってますが(笑)回復した古城君は、魔力を纏ってる感じで。


 雪菜と悠斗が着地した場所は、四方を密林で囲まれた広大な遺跡の入り口だった。

 石柱が無数に建ち並び、その中央を石畳の道が走っている。

 遺跡の中央に建っているのは、半壊した石造りの神殿だ。

 建造させて、千年以上の時間が経過しているのだろう。 神殿の表面は風化が進み、苔むした柱は蔓に覆い尽くされている。 降り注ぐ陽射しは、絃神島より更に強烈だ。

 

「神殿? まさか都市国家シアーテの……」

 

 雪菜は戸惑いながら呟いた。

 雪菜たちは、セレスタが召喚した異界の(ゲート)を使って、ザザラマギウの“卵”に入ったつもりだった。 しかし、辿り着いた場所はこの遺跡だ。“卵”に取り込まれたはずのセレスタの姿はない。

 

「いや、此処は遺跡じゃないぞ。その証拠に、――飛焔(ひえん)!」

 

 悠斗が左手を突き出し、掌を神殿に向け紅い炎を放つと、一瞬だけ、神殿は蜃気楼のように揺らいで消えた。

 

飛焔(ひえん)で完全に浄化できないんだ。 おそらく、神殿を構築する魔力が絶え間なく補充されてるんだろうな」

 

「なるほど。 魔術的に再現された、仮想現実(イミテーション)……ですか」

 

 だろうな。と言い、悠斗は首肯した。

 空の色は、朝焼けに似た炎の色。 それは、ザザラマギウの神気の影響下にある事を示している。

 この遺跡は、邪神に創り出された世界。 遺跡自体が結界なのだ。

 ザザラマギウは、龍脈のエネルギーを制御する為、魔術装置によって生み出された神。 ザザラマギウが完全に実体化するには、魔術装置であるシアーテ神殿が不可欠だ。

 しかし、ザザラマギウは、神殿から遠く離れた絃神島で召喚された。 なので、ザザラマギウは、神殿そのものを再現しなければならなかった。 ザザラマギウは、自らを召喚する為、魔術装置を自分自身で構築しようとしてる。

 

「だったら、まだ間に合うはずです」

 

 遺跡はまだ完全ではない。 これだけの規模をゼロから生成するには、邪神の力を以ってしても不可能だったのだ。 だとすれば、邪神は不足した質量を、絃神島と融合する事で補おうとするだろう。 だが、それには相応の時間が必要になるはずだ。

 まだ、セレスタを救うチャンスは残されている。 また、守護を付与した悠斗は問題ないが、“卵”の中で、雪菜が自我を保っていられる時間は、おそらく長くないだろう。

 雪菜の心情を読み取ったように――、

 

「心配すんな。 その時は俺の守護でどうにかしてやる。 ま、外の事は古城に任せて、俺たちはできる事をしよう」

 

 雪菜は、楽観的ですよ。と思いながら頷くと、遺跡を覆う蔓草たちが動き始めた。

 邪神の意思が、結界内に紛れ込んだ異物として、雪菜たちを排除しようとしているのだ。

 

「先輩、この先は何があるか解りません。 できる所まで道を切り開きますので、先輩は力の温存を」

 

 確かに、“卵”の中は邪神の住処(テリトリー)といってもいい。

 もし、予想外な事態に陥ってしまった場合、悠斗の力が底を尽きかけていたら元も子もない。

 悠斗が頷いたのを確認すると、雪菜は微笑み雪霞狼を構えた。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る―――!」

 

 雪菜が構えた雪霞狼が、眩い神格振動波の輝きを放つ。

 その輝きは強力な防護結界となって、雪菜たちに対する遺跡からの攻撃を阻害した。

 龍脈のエネルギーが生み出すザザラマギウの神気が、雪霞狼の神格振動波と、極めて近い属性を有しているからだ。

 相手の力を無効化する事ができない代わりに、敵として認識させる事はない。 環境に適応したウイルスに近い形で、遺跡の中を動き回れる事ができるのだ。

 

「雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

 雪霞狼の一閃が、神殿入口を閉ざしていた扉を打ち破る。

 そして、雪菜たちは結界に守られ内部へ足を踏み入れた。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 神殿内部は、異様な光景が広がっていた。

 上下感覚のない奇妙な空間であり、雪菜たちが床だと思って立っていた場所は壁であり、天井だと思っていた方向が床になっている。

 階段だと思われた場所は、別の階段の裏側に過ぎず、床に穿たれた落とし穴の底には美しい青空が広がっていた。 天井にある窓の外の景色は海の底だ。

 その空間の中央には黄金の祭壇が置かれ、蜂蜜色の髪を持つ少女が上下逆さになった状態で祭壇の上に浮かんでいた。

 

「……行くぞ、姫柊」

 

「わかりました」

 

 雪菜と悠斗は祭壇の方へと歩き出す。

 だが、その瞬間、上下の感覚を奪われて床へと転がった。

 重力の働きが明らかにおかしいが、それは遺跡の防御機能ではない。 この広間は、ザザラマギウの“花嫁”だけが入る事を許された空間なのだ。

 

「セレスタ、起きろ。 お前は死ぬには早すぎる」

 

 片膝を突けた悠斗の声が届いたのか、セレスタがゆっくり目を開ける。 この反応から察するに、セレスタは生きてる。 彼女の精神も人間のままだ。

 

「……悠……斗……」

 

 祭壇上でゆっくり回転しながら、セレスタが答えた。

 その声は、絶望の響きがある。 確かに、セレスタが置かれた立場を思えば、当然の感情だった。

 

「あんたら……なにやってんのよ……早く逃げなさいよ……見てよ、私はもう……」

 

「駄目だ。 俺が凪沙に嫌われるからな。 つか、このままだと、帰る家がなくなるんだよ」

 

 この時雪菜は、先輩、捻くれすぎです。と思っていたのは悠斗には秘密である。

 

「ゆ、悠斗……この場で惚気話とかありえない!」

 

「いや、惚気じゃないからな! 事実を言ったまでだ!……まあいいや、取り敢えず帰るぞ」

 

 セレスタは、理解できない。という風に首を振った。 セレスタは、悠斗たちとはまだ数日の付き合いだ。 古くからの友人でもないのに、何故、危険を冒してまで自分を救おうとしているのだろうか。

 

「……どう……して……?」

 

 セレスタは思わず呟いた。 邪神降臨を防ぐのが目的なら、今この場でセレスタを殺すべきだ。

 だが、雪菜たちはそれをしない。

 

「助けるのに理由は要らないし、孤独で死のうとする奴をほっとけない。って感じか」

 

 セレスタは、孤独。と呟いた。

 悠斗は、一族が滅ぼされ、旅の中で仲間に裏切られ、絃神島へ辿り着き、古城たちに出会うまでは孤独に包まれていた。

 なので悠斗は、同じ境遇にあるセレスタを放って於けないのだ。

 

「俺には今、友がいて伴侶もいる。 俺の偏見だったら悪いが、セレスタも生きて、自身の幸せを掴み取る資格があると思う」

 

 答えになってないような気がするが。と思いながら、悠斗は頭を掻いた。

 だが、蔓は無造作に雪菜たちに襲いかかる。 だが、左手を突き出し、蔓に向かって掌を向けた悠斗が――、

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

 悠斗が掌から放った紅い焔が、全ての蔓を浄化させ消し去った。 だが、邪神の結界は無尽蔵の神気を持っている。 戦うまでもなく、セレスタには、多勢に無勢と見えていた。

 

「やめて! あんた一人の力じゃ神に勝てるはずがない! そんな事もわからないの!」

 

「いや、俺をあんまり見限るなよ。 俺はこれでも、神の一族(天剣一族)の生き残りでもあるんだから」

 

 この場で眷獣を召喚し攻撃を仕掛けてもいいが、不具合が置きセレスタが死ぬ可能性が否めない。

 だが、このまま悠斗が戦い続けていれば、その分だけ“卵”の神気は消耗する。 なので、その分邪神の実体化は遅れる事になるのだ。

 

「それに、お前を助けようしてる奴がもう一人いるぞ。 ま、そういう事だから、帰るぞ」

 

「悠……斗……」

 

 セレスタの唇が小さく震え、彼女の瞳に失われていたはずの意思が戻る。

 逆さになっていたセレスタの腕が微かに伸び祭壇の外へ。 だが、セレスタの指が祭壇の外に届いた瞬間、神殿全体が揺さぶられたように震え、広場の重力の捻じれが消滅し、神殿はあるべき姿へと戻る。

 床はただの床に。 壁はただの壁に。

 重力に引かれていたセレスタは落下し、祭壇の外へと転げ落ちた。

 

「痛った……」

 

「だ、大丈夫か?」

 

 悠斗と雪菜は、倒れているセレスタの元へと駆け寄る。 自力では立てない程消耗しているが、セレスタは無事だ。

 その時、神殿が大きく揺さぶられ、結界が震え出す。

 結界中枢である生贄を失った事で、邪神を実体化させる為の魔術装置が機能不全を起こし、辛うじて制御されていた莫大な神気が不規則に乱れ始めたのだ。

 このままでは、邪神として実体化する事ができないまま、溜め込んだエネルギーだけが解放される事になる。 結果として生じる現象は、神気の爆発だ。

 最低でも、半径数キロの甚大な被害になるだろう。 そうなれば――絃神島は確実に消滅する。

 

「お、おい。 何で戻るんだ、セレスタ」

 

 再び祭壇に登ろうとしたセレスタを見て、悠斗が声を上げた。

 解放されたばかりの結界の中心地に、セレスタは自ら戻ろうとしているのだ。

 

「大丈夫……心配しないで。 私が何とかしてみせる……」

 

 邪神の“卵”を召喚したのはセレスタだ。 彼女の絶望と同調(シンクロ)する事で、邪神の実体化は始まった。 逆を言えば、邪神の実体化を止められるのも、彼女だけだという事なのだ。

 しかし、上手くできる保証はない。 セレスタ自身も自信はないはずだ。

 だが、僅かに可能性が残されている以上、彼女を信じる。――雪菜と悠斗はそう思った。

 セレスタは悠斗の方を振り向き、

 

「もし、私が失敗したら――」

 

 だが、その言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 祭壇と続く階段が割れ、石を敷き詰めた神殿の床に、見えない斧を叩き付けたような巨大な亀裂が生じる。

 その亀裂に阻まれて、雪菜たちとセレスタとの距離が開いた。

 神殿の床を斬り裂き、祭壇を砕いたのは、圧倒的な破壊力を持つ不可視な斬撃は戦術魔具によるもの。

 

「よくやってくれた―――と言っておこうか。 貴様らのおかげで、生贄の間に入れた」

 

 聞こえてきたのは、機会に似た冷酷な声だ。

 神殿の入り口に立っていたのは、毛皮付きのコートを着た長身の女性。

 何時でも攻撃を繰り出せるように、左腕を振り上げた姿勢で、雪菜たちを冷ややかに睨んでいる。

 アメリカ連合国(CSA)陸軍特殊部隊少佐、アンジェリカ・ハミーダが、静かに一歩を踏み出した。

 

「獅子王機関の剣巫、紅蓮の織天使。 セレスタ・シアーテを渡してもらおう。 私としては、成るべく穏便に済ませたいのでな……」

 

 左腕を頭上に掲げたまま、アンジェリカが告げる。

 神殿の外で起きている異変には、アンジェリカも気づいているはずだ。 しかし、アンジェリカの表情には変化はない。 彼女には、この異変を制御し乗り切る自信があるのだ。

 その時、悠斗が雪菜の隣に立ち、アンジェリカに話かける

 

「もし、セレスタを渡さなかったらどうすんだ? つーか、何でそんなに戦争をしたがるんだ?」

 

 悠斗は平静に対応し、雪菜は雪霞狼を構え精神を研ぎ澄ませる。 剣巫の霊感が、目の前の敵の危険さを伝えてくる。 気を抜くと、凄まじい重圧に押し潰れそうになる。

 如何なる魔族とも違う、人間の兵士。 雪菜がこれまで戦ってきた敵とは異質の存在だ。

 だが、アンジェリカを前にしても、多くの修羅場を乗り越えてきた悠斗は一歩も引かない。 これには、流石としか言いようがない。

 

「それは、我らの理念の為だ。――セレスタ・シアーテを回収し、“混沌界域”へと移送する。 貴様たちにとっても、望ましい条件のはずだが?」

 

 邪神の“花嫁”を連れ出す。

 だが、龍脈に縛れらている“花嫁”を絃神島から離そうとすれば、寄り代を失った神気は爆発し、絃神島に甚大な被害を齎す。 ヴァトラーは、セレスタを仮死状態にし、一時的に龍脈から離したみたいだが既に“卵”が出現してるのだ。 今の状況では、ヴァトラーが取った方法は使用できない。

 

「……でも、少佐様はできるんだろうなぁ」

 

「そうだ。 だから、私はここにいる」

 

 必要最低限の言葉で、アンジェリカが答える。 突き放すようなアンジェリカの声音が、言外に交渉の終了を宣言していた。

 

「五つ数える。 その間に、私の視界から消えろ。 さもなくば、貴様らは死ぬ。 それと、お前の結界の対策をしてると頭の片隅に置いとけ。――五……四……」

 

 悠斗は内心で焦っていた。

 

「(……マジか。 四方を結界で囲めば問題ないと思ったんだが……)」

 

 アンジェリカの表情は、余裕を持った表情だ。 つまり、アンジェリカが持つ魔具は、悠斗の結界を斬り裂く事が可能だという事。 悠斗個人なら、守護で何とかなると思うが、雪菜はアンジェリカの攻撃に対抗できるかが不明であり、神殿の床に穿たれた亀裂のせいで、セレスタの盾になる事はできない。

 ならば、先制攻撃(ファーストアタック)で決めるしか手段はない。

 

「……姫柊。 きっと思ってる事は同じだろうな」

 

「……はい。 チャンスは一度きりです」

 

「……アンジェリカの次のカウントで行くぞ」

 

「……りょうかいしました」

 

 アンジェリカが、三、と言った瞬間に、雪菜と悠斗は全力で床を蹴り、爆発的にアンジェリカの懐に飛び込む。

 雪菜の雪霞狼は空を切ったが、悠斗が左手に召喚した刀が、アンジェリカの不可思議な魔具を斬り裂いた。

 ――その時、神殿の外壁が凄まじい勢いで爆散し、撒き散らされた膨大な魔力と、視界を埋め尽くす銀色の霧の中に包まれて立っていたのは、血塗れのパーカーを着た古城だ。

 

「悪い……悠斗、姫柊、待たせたな……!」

 

 古城が獰猛に牙を剥いて笑った。

 古城の背後では、彼の呼び出した眷獣たちが、遺跡に対して破壊の限りを尽くしている。 目的も手加減もない破壊だ。 それを目にした悠斗も獰猛に笑い、俺もちょっと暴れるかな。体力も温存してた事だし。と言って、悠斗は目を真紅に染め左手を突き出す。

 とはいえ、玄武の無効化はこの中では拙いので、玄武はお休みである。

 

「――降臨せよ、青龍、白虎、黄龍、麒麟」

 

 悠斗は、行け、お前ら。と指示を出し、召喚された眷獣たちは神殿から出て行く。

 雪菜は焦ったように、

 

「か、神代先輩。 何やってるんですか!?」

 

「ちょっと破壊の手伝いをな。 セレスタも無事に連れ出せるって解った事だし、結界の破壊をと思ってな。 ま、やりすぎには注意しろって言っておいたから心配するな」

 

「あ、ああ。 オレもだから心配するな」

 

「そ、そうじゃありません! 先輩、後で説教ですから! 神代先輩は、凪沙ちゃんに言い付けます!」

 

 瞬間、古城と悠斗の表情が凍りついた。

 古城は免疫があるから兎も角、悠斗は、凪沙の説教は世界で一番怖いと言っても過言ではないのだ。

 そんなやりとりをしてる間に、アンジェリカは立ち込める霧の隙間から、新たな魔具を取り左手を振り下ろす。

 そして、銀色の霧を斬り裂いて不可視の斬撃が放たれる。

 アンジェリカの新たな魔具が発動し、不可視の刃が形成され古城たちを狙う。

 古城が、悠斗と雪菜の前に立ち攻撃を受けたが、古城の正面に浮かび上がったのは宝石のような美しい煌めきの壁が、キンッと響き、直後、アンジェリカの鮮血が散った。

 

「な……んだと……」

 

 そう呟き、アンジェリカが床に転がった。

 古城は何もしていない。 アンジェリカの不可視な斬撃を撥ね返したのだ。

 アンジェリカは、体を両断された状態でも生きていたが、だがこの姿では戦闘の継続は不可能だろう。 最早、この結界の中に残っている理由もない。 セレスタを連れて脱出する。

 エネルギーを止めるには、紅蓮の織天使と第四真祖が揃えば問題ないだろう。

 

「まだだ……まだよ、貴様ら。 私の部隊を舐めるなよ、魔族如きが――」

 

 古城たちが振り返ると、目を逸らした隙に、アンジェリカの横には新たな人影が立っていた。

 機械化した目を持つ大柄な兵士だ。 ブイエと呼ばれていた、アンジェリカの部下である。

 

「少佐。 遅くなりました」

 

 彼の全身は傷を負い、両肩に埋め込まれた魔具も破壊されている。 神殿に辿り着く前に、凄まじい戦闘を繰り広げたと思われた。

 部下を見上げて、アンジェリカが聞く。

 

「貴様一人か、ブイエ」

 

「はい。 他の者は、トビアス・ジャガンに」

 

「……そうか。 ならば、貴様をもらうぞ、ブイエ」

 

「我が祖国に永遠を――」

 

 ブイエは満足そうに頷いて、アンジェリカの手を取った。

 そして、彼女の手の甲に口づけをする。 古城たちは、この小芝居にも見える光景を無言で眺める事しかできなかった。 瀕死のアンジェリカは、部下を右手で触れているだけだ。

 沈黙を破ったのは、神殿内に走り込んで来たトビアス・ジャガンだ。

 

「その女を止めろ! アンジェリカ・ハミーダの右腕は、“女王の抱擁”だ!」

 

 怒鳴りながら、ジャガンは眷獣を召喚した。 横たわるアンジェリカはと部下に目掛けて灼熱の猛禽を放つ。

 だが――、

 

「が……ッ!?」

 

 鮮血を撒き散らして倒れたのは、胴体を深々と斬り裂かれたジャガンの方だった。

 ジャガンの眷獣が攻撃を仕掛ける前に、アンジェリカの攻撃が届いたのだ。 ダメージに耐え切れず、ジャガンが片膝を突く。

 巨大な斧の傷跡に似た不可視な攻撃。 重傷を負ったはずのアンジェリカの技だった。

 

「“斬首の左手”だ。……トビアス・ジャガン」

 

 ジャガンが召喚していた眷獣が消滅した。

 燃え上がる炎の向こうに側に立っていたのは、歪な程高い奇怪な人影だ。

 人影の頭部は美しい女性。 しかし、彼女の両腕には、もう一対の腕と男性の体がある。 切断させたアンジェリカの下半身の代わりに、彼女の部下の肉体が融合しているのだ。

 

「……成程な。 仲間を食ったのか」

 

 悠斗が忌々しそうに呟く。

 アンジェリカの右腕に埋め込まれていた魔具は、抱き寄せた肉体を、自身に取り込むという効果を持っていたのだ。 悠斗が言うように、アンジェリカは部下を食って自らの一部に変えたのだ。

 

「我が右手は、私が望んだもの全てを私の肉体の一部へと変える。 ゼンフォースとは、私の為だけに編成された部隊。 隊員たちの肉体は、全て、私の予備部品(スペアパーツ)に過ぎぬ。 敵も味方も、一様に殺す。 故に私は、“血塗れ”のアンジェリカなのだよ」

 

 感情のない声で、アンジェリカが言う。

 アンジェリカの中では、忠実な部下の肉体を奪った事すら、任務遂行に必要な要因に過ぎないのだろう。

 アンジェリカの体内に埋め込まれた機械が蠢いて、部下の体内の人工臓器に接続し、回路を繋ぎ換えていく。 単なる融合魔具の効果だけではない。 全身、機械化した魔義化歩兵(ソーサラスソルジャー)同士だからこそ可能なのだ。

 これを見ていた古城は牙を剥いた。 拳を握り締め、アンジェリカに殴り掛かる。

 そんな古城の行動を最初から狙っていたように、アンジェリカが左手を振りかぶった。 その瞬間、古城はアンジェリカの狙いに気づく。 攻撃に気を取られていた今の古城には、先程の反射は使えない。

 アンジェリカの左手に埋め込まれた魔具が発動し、不可視な刃を形成した。

 しかし、刃が振り下ろされる前に、古城とアンジェリカの間に割り込んだのは、雪菜だ。 だが、雪菜の雪霞狼だけでは魔具を破壊できるか解らない。 だが、徐々にアンジェリカの左腕が凍っていく。

 悠斗が目視する物を凍らせる冷気だ。 それは空気中に漂い、アンジェリカの左腕に絡み付くように凍らせているのだ。 これこそが悠斗の狙い、冷気で完全に左腕を凍らせ、雪菜の雪霞狼で左腕を貫き破壊する。

 それを見たアンジェリカは、満足そうに微笑んだ。

 

「お前たちがそう動く事は視えていたよ」

 

 左腕が砕けるのも構わず、アンジェリカは強引に雪霞狼を引き抜いた。 悠斗も、繊細な技の後なので、上手く反応する事ができない。 アンジェリカの目的は、雪菜たちからセレスタから意識を逸らせる事。

 部下から奪った足を使って、アンジェリカは凄まじい加速で跳ぶ。

 その先には、恐怖で立ち竦むセレスタだ。 アンジェリカは、恐怖で竦むセレスタを抱き寄せ、右腕を輝かせる。

 アンジェリカは、セレスタと融合するつもりなのだ。

 

「“抱擁の右手”――アメリカ連合国(CSA)が誇る魔具の真の力だ」

 

 その輝きは、セレスタを飲み込んでいく――。




この章も、あと、二、三話で終わりですね。

ではでは、感想、評価よろしくお願いします!!

追記。
悠斗君は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の冷気を通常でも使える感じです。出力は、召喚時より弱いですが。


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冥き神王の花嫁Ⅺ

れ、連投です。今日で、この章を終りにしたいなぁ。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 不吉な音が、神殿内を満たしていた。 空間そのものが激しく震えているのだ。

 広大な遺跡が消滅を始め、巨大な石造りの神殿が呆気なく揺らいで消えていく。

 古城たちの目の前では、アンジェリカが姿を変えていく。 全ての色を失くして、夜の闇にように黒く染まった人間の輪郭を失った体が、膨張しながら形を変える。

 それは、巨大な鳥のようであり、同時に蛇のようでもあった。 或いは、禍々しい卵から孵ったばかりの、狂獣の雛のようにも感じられた。 人間だった頃の面影は、黒曜石の鱗に包まれた三本の腕だけだ。

 翼を広げたその姿は、全長七メートルを超え、尚も成長を続けている。

 全身を覆う黒い鱗には、精緻な電子回路に似た黄金の魔術文様が浮かんでいる。

 回路の中枢に居るのは、セレスタだ。 怪物の額に四肢を埋め込まれたような姿で、彼女は恐怖に目を見開いたまま彫像のように固まっている。

 アンジェリカは“女王の抱擁”を使ってセレスタを自身の中に取り込み、邪神の寄り代を手に入れたのだ。 形はどうあれ、アンジェリカは任務を完遂したのだ。

 

「ザザラマギウの“花嫁”と融合したか……」

 

 古城たちの背後から、少し舌知らずな声が聞こえてくる。それは、南宮那月のものだ。

 豪奢なドレスに日傘を傾けて、那月は、変貌したアンジェリカを哀れむように見上げている。

 

「……なるほどな。 最初から、シアーテ神殿に刻み込まれていた魔術装置を自身の体に埋め込んでたのか……」

 

 悠斗が呟いた。

 セレスタが“卵”を召喚しても、邪神は実体化する事ができなかった。 何故ならば、絃神島には魔術装置が――いや、シアーテ神殿は存在してないのだ。

 だからこそ、邪神は異世界を創り出し、絃神島を浸蝕してまでも神殿を再現しようとした。 古城たちは、セレスタを遺跡から救出し“仮想(偽物)”を破壊する事で邪神の実体化を防ごうとした。 いや、防いだはずだった。――アンジェリカ・ハミーダという不確定要素(イレギュラー)が介入しなければ。

 那月が悠斗の問いに答えた。

 

「悠斗が思ってる通りだ。 アンジェリカ・ハミーダは、自身の体内にシアーテの神殿と同じ魔術装置を埋め込んでいたのだろうな。 一センチ四方の集結チップに凝縮してな」

 

『その通りだ。 紅蓮の織天使、空隙の魔女』

 

 異形の怪物が、アンジェリカの声で話し出す。

 それはアンジェリカが、邪神の力を完全に制御している事を意味していた。 “花嫁”であるセレスタを取り込む事で、邪神を支配してるのだ。

 崩壊が加速し、邪神の魔力によって維持されていた結界が消滅し、現実世界へと復帰する。 通常空間に放り出された古城たちは、重力に引かれて絃神島の岸壁に落下した。 邪神の“卵”によって浸食された岸壁は、ボロボロの廃墟となっている。

 那月は空間を操り安全な場所へと瞬間移動し、雪菜も危なげに着地する。 古城は海に落ちそうになりながらも、剥き出しの構造材にしがみつく。 悠斗は、紅蓮の翼を羽ばたかせ安全な場所へ着地した。

 そして、邪神と化したアンジェリカは、闇色の翼を広げ、上空から古城たちを睥睨している。

 

『しかし、“冥き神王”の降臨に対する我が国の関与が公表させるのは、望ましくない。 故に、目撃者の抹消を行う』

 

 黒曜石の鱗に覆われた邪神の腕が漆黒の炎に包まれ、凄まじい熱量が大気を揺らぐ。

 ザザラマギウは死を司る夜の神だ。 この炎を浴びれば、絃神島の殆んどの住民が殺されるだろう。

 そして、黒い輝きの炎が落とされるが、それが絃神島に落下する事はなかった。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

 朱雀の守護の焔と、邪神の死の炎が衝突し、空中で相殺したのだ。

 邪神を止める方法は、二つしかないとヴァトラーは言った。 セレスタを殺して邪神の実体化を防ぐか、或いは、降臨した邪神を倒すか。の二つだ。 邪神が降臨すれば、セレスタの肉体は衝撃に耐えられず消滅するとも。

 しかし、アンジェリカとセレスタと融合した事で、条件に狂いが生じた。 アンジェリカは邪神化したが、セレスタの自我は失われていない。 だとすれば、セレスタの意識や肉体も破壊されず取り込まれている可能性がある。 ならば、やるべき事は一つだ。

 古城と悠斗は並び立ち、

 

「……古城、準備はいいか」

 

「……ああ、いつでもいける」

 

「そうか。 んじゃ、やりますか」

 

「ああ、オレたち(・・・・)邪神(あいつ)をぶっ倒してセレスタを助ける。 ここから先は、オレたちの戦争(ケンカ)だ――!」

 

 古城が宝石の壁を展開する。 邪神が再び黒炎を放ち、両者の魔力が激突した。

 砕け散った壁の破片が無数の弾丸と化して、邪神へと反撃を仕掛ける。

 だが、炎を放ち終えた邪神の姿は、古城の視界から消えていた。 古城の背後に回り込んだ邪神が、死角から新たな炎を撒き散らす。

 古城の死角からの攻撃なので、悠斗の飛焔(ひえん)で相殺するのは間に合わない。 放った場合、古城も焔を浴び気絶してしまう。

 ――だが、悠斗に変化が訪れた。 紅蓮の翼が氷の翼に。 髪は黒色に戻り、瞳は蒼くなる。

 死の黒炎は氷の壁に阻まれ、 冷気を浴び、氷の壁の中に吸収され完全に消し去った。

 その時、悠斗の頭に声が届く。

 

「(我の全てを悠斗に預ける。 我との融合(憑依)はあまり時間を食うなよ、悠斗の体が持たん)」

 

「(わかってる。 その時は黄龍か朱雀の力を借りるさ。 だが、今の状況ではお前との融合が適切だ)」

 

「(……そうか。――――悠斗、死ぬなよ)」

 

「(大丈夫だ。 俺には待ってる人が居るしな)」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は苦笑した。

 

「(そうだな。お前の帰りを、暁の巫女は待っているからな。――武運を祈るぞ)」

 

「(ああ、サンキューな)」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は再び苦笑。

 まあ確かに、眷獣と分け隔てなく話す事ができるのは、凪沙と悠斗くらいだろう。

 

「いいえ、先輩方。 わたしたち(・・・・・)戦争(ケンカ)です――!」

 

 雪菜は雪霞狼を翻し、古城たちと背中を合わせるように立ち、雪霞狼を構える。

 そして、古城たちは頷き、古城は右手を高々と掲げる。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ――」

 

 古城が撒き散らした瘴気は鮮血が、閃光と共に巨大な獣へと姿を変える。

 それは、濃密に渦巻く魔力の塊。 金剛石(ダイヤモンド)の肉体を与えられた、巨大な大角羊(ビックホーン)。 第四真祖の新たな眷獣だ。

 

「――疾や在れ(きやがれ)、一番目の眷獣、神羊の金剛(メサルテイム・アダマス)!」

 

 宝石の結晶を撒き散らして神羊が咆哮した。 神羊の能力は、自分を傷つけた者にその傷を返す。 吸血鬼の不死の呪いを象徴する眷獣だ。

 空を舞う怪物を封じるように、神羊が生み出した無数の宝石の障壁が空一面を覆い尽くし、その障壁に攻撃すれば、攻撃の威力はそのまま邪神に返る。

 最早、絃神島を破壊する事は出来ず、逃亡する事も不可能だ。

 古城を睨んで、邪神と化したアンジェリカが吼えた。

 闇色の翼を羽ばたかせ、怪物が降下する。

 迫り来る漆黒の巨体を見上げて、古城は表情を硬くする。 邪神は、己の体を使って古城を踏み潰そうとしているのだ。

 邪神の逃亡を防ぐ為に、眷獣を使用している古城は新たな障壁を展開できない。 魔力を纏わない物理攻撃は、雪菜の雪霞狼では防ぐ事ができない。

 だが――、

 

「俺を忘れんなよ。――氷結の絶壁(アイス・ウォール)

 

 突如、古城たちの目の前に美しい氷の壁が召喚され、邪神の物理攻撃を弾き返す。

 

「た、助かった。 悠斗」

 

「気にすんな。 てか、眷獣が倒せないんだから、宿主を狙ってくるに決まってるだろ」

 

 古城は、うぐッ、と唸る。

 

「ま、まあそうなんだが。 つ、つか、眷獣と融合とか、悠斗が規格外すぎんだろが……」

 

「……まあ俺も否定しない。 眷獣と融合する吸血鬼とか、イレギュラーすぎるもんな。 まあいいや、行くぞ」

 

「ああ!――疾や在れ(きやがれ)双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

「――降臨せよ、黄龍!」

 

 古城と悠斗は眷獣を召喚し、黄龍は左から稲妻の槍を。 右方向は、双角の深緋(アルナスル・ミニウム)が凶悪な高周波振動を撒き散らし、衝撃波の弾丸となって襲い、黄龍の、一槍に力を凝縮した稲妻が左方向から邪神を襲う。

 回避不可能なはずの攻撃を、邪神は躱し、或いは自身の攻撃で相殺した。

 黒曜石の腕から放たれた黒炎が、悠斗と古城の眷獣を撃ち落とす。

 

「――なッ!?」

 

「――避けた、だと!?」

 

 古城と悠斗は眷獣たちに再び攻撃を命じるが、結果は同じだった。

 邪神化したアンジェリカは、ザザラマギウの力を完全に引き出している訳ではない。

 本来、地脈から遠く離れての実体化。 魔具による強引な融合など、不完全な儀式が原因で本来の力を僅かにしか再現できていない。 セレスタが人間の姿を保ち、アンジェリカの自我が残っているのがその証拠だ。 今なら、邪神を倒してセレスタを救い出す事ができる。

 だが、攻撃が当たらないのでは如何にもならない。 こうしてる間も、邪神は龍脈から力を吸い上げて徐々に力を増している。

 

「……先読みして避ける……アンジェリカの魔具……。――――成程な」

 

「ゆ、悠斗。 何か解ったのか!?」

 

「まあな。 奴に攻撃が当たらないのは未来予測だ」

 

「未来予測?」

 

「そうだ。 解りやすく言うならば、獅子王機関の剣巫の力だな」

 

 獅子王機関の剣巫は、一瞬先の未来を霊視する事で、魔族を上回る速度で動く。

 アンジェリカも、魔具の能力によってこの力を持っているのならば、攻撃が当たらないのも当然だった。

 

「そうか! 姫柊と同じって事か!?」

 

「ま、そういうことだ。 んじゃ、行くぞ。 那月ちゃんも頼んだ」

 

 悠斗がそう口にすると、古城と雪菜は頷き、那月も、わかったよ。という風に頷いた。

 ここから先は、言葉は要らなかった。 古城たちは、これから何をすべきなのか。が意思疎通してるように。

 

「――闇の渦(ブラック・ホール)

 

 黄龍が空間に歪みを創り出し、そこからの引力で邪神を引き寄せる。 邪神は引力により、自由が利かず制止してる状況だ。 これならば、アンジェリカが先の未来が見えても意味を成さない。

 この状況に陥ったアンジェリカは、初めて恐怖を覚えた。

 

「上出来だがやりすぎだ、悠斗」

 

 那月が足元から放ったのは、戦艦の錨鎖(アンカーチェーン)にも似た、巨大な黄金の鎖だった。 神々が鍛えた呪いの縛鎖(ドローミ)――黄金の魔具に繋がれて、邪神が地面へと引きずり落とされる。

 

「――獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る!」

 

 その瞬間、雪菜は雪霞狼を握って走った。 祝詞と共に流し込まれた膨大な霊力が、神格振動波を生む。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもち、我に悪神百鬼を打たせ給え!」

 

 雪霞狼が、黒曜石に覆われた邪神の肉体を貫いた。

 狙っていた場所は、ただ一点。――アンジェリカの体内に埋め込まれた魔術装置のチップの場所だ。 一センチ四方の小さな集結回路を、雪菜は一撃で正確に破壊する。

 その瞬間、邪神を実体化させていた力は失われた。 残るは、異形な怪物の姿だけだ。

 邪神と融合していたアンジェリカの肉体は吐き出され、同時に、空に吐き出され降下するセレスタを、待機していた黄龍が背で受け止めこの場から離脱した。

 空間を揺るがすような咆哮と共に、邪神の力が暴走を始める。

 凝縮された膨大な神気が解放されようとしているのだ。

 

「――疾や在れ(きやがれ)龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)ッ!」

 

 古城が召喚した双頭龍が、暴走寸前の邪神への肉体へと食らいつく。 龍たちに食われた邪神の肉体が、空間ごと削られたように消滅する。 邪神の神気が解放させる前に、次元食い(ディメンジョン・イーター)である双頭龍が、神気そのものを食い、異世界に飛ばしたのだ。

 肉体を食われ続ける邪神が、苦悶の咆哮を上げながら荒れ狂う。 残された最後の力を振り絞り、邪神は自らの下半身を切り捨てて、双頭龍の顎を振りほどいた。

 

「やばッ!」

 

「なッ!」

 

 千切れた邪神の肉体の一部が、地上へ向けて落下してくる。

 それを見ていた古城たちの表情に焦りが浮く。

 古城は無数の障壁を展開し、光に触れる度に、邪神の体は削がれて力を失っていくが、実体を失いつつある邪神全てを防ぎきるのは不可能だった。

 細かな破片と化した邪神の残骸が、流星雨のように絃神島に降り注ぐ。 僅かに残された神気だけでも、絃神島全体を消滅させる程度の威力はあるはずだ。

 雪菜の雪霞狼でも、全てを撃ち落とす事は不可能だ。

 だが、莫大な魔力が周囲を埋め尽くした。 その発信源は、古城の隣に立つ悠斗だ。 吹雪が舞い散り、吹雪たちが、邪神の破片を包み込む。

 

「――氷華乱舞(ダイヤモンドダスト)

 

 包み込まれた破片は、吹雪と共に消滅し、光輝く粒子が空を舞う。

 世界から邪神の神気が消えた事で、空の色も戻っていた。

 古城は眷獣召喚を解除し、悠斗は片膝を突き、眷獣憑依、召喚を解いた。

 悠斗は荒い息を吐き、

 

「……マジできつかった」

 

 こう呟くのだった。

 まあ確かに、連戦に眷獣憑依に眷獣召喚、莫大な魔力の放出と。 このようになるのは必然だった。

 ともあれ、セレスタは黄龍が安全な場所まで運んだので、無事である。

 と、その時、黄龍が安全な場所に下ろしたセレスタを、青年貴族が優しく上体を起こしていた。――その青年とは、アルデアル公、ディミトリエ・ヴァトラーである。

 融合した際に衣服を失ったセレスタは、生まれたままの姿だ。 また、肌には目立つような大きな怪我はない。 酷く消耗しているが、記憶の混乱もないようだ。

 そんなセレスタに、貴族青年は優雅に微笑んだ。

 

「無事だったようだね、セレスタ・シアーテ。――おめでとう、と言わせてもらおう」

 

 ヴァトラーは、自らのスーツの上着を裸のセレスタにかけてあげた。

 セレスタは驚いたように顔を上げ、半ば無意識に貴族青年の名前を呼ぶ。

 

「ヴァトラー……様……」

 

 セレスタの呼び掛けに答えずに、ヴァトラーは歩き出した。

 傷付いたジャガンを労うように微笑んで、ヴァトラーはジャガンを連れて行く。

 

「ヴァトラーの野郎……。 今頃出てきやがって……」

 

「何で蛇野郎がセレスタを助けたようになってんの? あいつ、何にもしてないよね……」

 

 だがまあ、ヴァトラーはセレスタに何もしなかった。 それ所か、ヴァトラーは途中でセレスタを見捨てようとしたのだ。

 セレスタと同調(シンクロ)していた邪神の神気は、実体化した事でセレスタの元から離れ、古城たちに食い尽くされた。 セレスタは、もう邪神の“花嫁”ではないのだ。

 なのでヴァトラーは、セレスタに興味を失くしたのだろう。 セレスタに対する優しい振る舞いは、ヴァトラーの無関心の表れだ。 尤も、セレスタがそれを理解しているとは思えないが。

 『納得いかねぇ』、と古城と悠斗は呟き、顔を歪めた。

 

「……まあいいや、俺は帰って寝る。 疲れたし、風呂も入りたい」

 

「ちょ、オレも帰る。……つか、オレたちの家は直ってないからな。 てか、先に風呂いいか?」

 

「いや、家の主である俺が先だろうが」

 

「じゃ、じゃあ、ジャンケンで決めようぜ」

 

 古城と悠斗は、那月ちゃん。後は頼んだ。と言い、この場から離れていく。 那月は呆れたように古城たちを見て、雪菜はその背を必死に追う。

 そんな古城たちのやりとりを見て、セレスタは小さく噴き出した。

 目の端に浮いた涙を拭って笑うセレスタの横顔を、絃神島の夕陽が明るく染めている。

 

「ありがとう……古城……悠斗……雪菜……」

 

 彼女の呟いた短い言葉は、海風に攫われて消える。 古城たちの耳には届かないままに――。




うむ、悠斗君は妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)との憑依で自我が保て、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の技も眷獣召喚(+自身の力)の威力です。
憑依中でも、眷獣召喚が可能なので、眷獣憑依に召喚、……チートですな(笑)

ではでは、次回もよろしくお願いします!!

追記。
朱雀や妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の融合時のイメージは、BLEACHの氷輪丸の卍解ですね。まあ、翼は二対四枚ですが。


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冥き神王の花嫁Ⅻ

エピローグなので短いです。


 夕刻。

 古城たちは、病院の通路で時計を見上げていた。 人工島管理公社の付属病院。 魔族や攻魔師の治療する“魔族特区”の専門病棟である。

 近くのベンチでは、途中で合流した夏音やアスタルテの姿もある。

 やがて、診察室に続く扉が開いて那月が現れた。 豪奢なドレスに扇子という、相変わらずの服装である。

 

「那月ちゃん……セレスタは?」

 

 那月の元へ駆け寄った古城が聞く。 あれから意識を失ったセレスタは、那月の手配で、この病院に運ばれた。

 そして検査を受ける事になっていたのだ。 無事に救出したとはいえ、一度は邪神と融合したのだ。 酷く衰弱もしていたので、後遺症や反動の心配もあった。

 

「簡易的な検査だが、邪神の残留神気は見当たらなかった」

 

 那月が言うには、セレスタはザザラマギウの“花嫁”ではないという事だ。という事は、セレスタは誰にも狙われる事もなく、自由の身だ。

 僅かな後遺症が残るかもしれないという事だったが、絃神島で療養すれば完治するという事らしい。

 

 ――閑話休題。

 

 これで内戦は終結した。

 第三真祖、“混沌の皇女(ケイオスブライド)”が出陣する事もなく、“混沌界域”の反乱軍は鎮圧されたのだ。

 戦闘は呆気なく終了し、民に犠牲は殆んど出る事はなかった。その事で、第三真祖は為政者として評価を上げた。

 アメリカ連合国(CSA)の軍事、及び、謀略工作の証拠も公開され、その中には負傷して捕虜となった、特殊部隊の女将校の名前もあったという。

 結果、アメリカ連合国(CSA)は国際的な非難を浴びる事になり、“混沌界域”への賠償金に頭を悩ませている。という事だ。

 また、今回の事件は、直接的には“混沌界域”は無関係だが、戸籍上では“混沌界域”の民という事になるセレスタは、今後の治療費や生活についての資金は、“混沌界域”から支援を受ける事になる。 何故、小娘一人に援助を。と思うが、セレスタのお陰で、アメリカ連合国(CSA)に莫大な賠償金が請求できるのだ。 ならば、彼女にはそれ相応の待遇をしよう。となる事は不思議ではなかった。

 

「(……まあ俺は巻き込まれただけで、何の待遇もないけどな)」

 

 そう思いながら、悠斗は深い溜息を吐く。

 でもまあ、古城に貸しを作る。という事はできたと思うが。 悠斗は、及第点でいいか。と決め、病院を後にしようとする。 理由は、古城が新しい眷獣を掌握した話題になったからだ。

 古城は、全ての眷獣を掌握した訳ではない。 新たな眷獣を支配下におく為には、吸血行為が必要になるのだ。 それも、強力な霊媒の持ち主の血を吸う事が絶対条件でもある。

 第四真祖の監視者である雪菜は、当然その事を知っている。 だが、監視者(雪菜)の目を盗んで吸血行為を働いたとなると、由々しき問題なのだ。

 

「んじゃ、俺はお先に」

 

 そう言って、悠斗は病院を後にする。

 邪神の脅威が過ぎ去って、“魔族特区”に平和な夜が更けていく――。




この章が完結しました(^O^)
次回からは、新章の開始ですね。

ではでは、次回もよろしくお願いします!!


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逃亡の第四真祖
逃亡の第四真祖 Ⅰ


舞翼です!
今回から新章開始ですね。この章では、悠斗君の動向がどんな風になるんでしょうか?

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 直射日光が降り注ぐ無人の校庭で、陽炎が揺れていた。

 開かれた教室の窓からは、湿気を含んだ生温い風が吹き込んでくる。

 だが、正面教卓の席に座った、暁古城、神代悠斗は、難解な英作文の問題を解いていく。 悠斗は問題ないが、古城は苦痛の表情を浮かべていた。 古城に限っては、額から大きな汗の滴が伝い落ち、湿った手首に張り着く回答用紙が鬱陶しい。

 

「暑ィ……」

 

 制服の襟元に指を掛けながら、古城が弱々しく呟く。

 

「絃神島だしな。 暑いのはしょうがない」

 

 古城の呟きに、悠斗は平然とした様子で答える。

 悠斗は守護に護られている為、絃神島の暑さも、本土の寒さも関係ないのだ。 悠斗が旅の途中、朱雀の守護に何度助けられた事か。

 

「悠斗は、朱雀の焔で自身を守護するとかズル過ぎだろ……。 オレにもやってくれよ」

 

「できない事はないが、その為には俺の宝玉を受け取るか、俺の“血の従者”にならないとできないぞ。 宝玉は凪沙が大事にしてくれてるし、古城が紅蓮の織天使の“血の従者”とか無理だろうが」

 

「……マジか。 それは無理だな」

 

 だろ。と悠斗は呟く。

 如何にか最後の問題を解き終わった古城と悠斗はシャーペンを置く。

 

「あのさ、那月ちゃん。今日って大晦日だ――」

 

 そう言いかけた古城の眉間に、見えない拳骨に似た青白い火花が散り、仰け反った古城の姿を那月は冷めた目つきで睥睨する。

 

「暑くてイライラしてる時に、担任をちゃんづけで呼ぶな。 馬鹿者」

 

「そんな理由で、教師が生徒に暴力を振るうのは許されるんですかねぇ……!?」

 

 涙目で顔を顰める古城が、額を押さえて言い返す。 アンティーク風の豪華な肘掛の椅子に座っている那月は、鼻を鳴らして古城の抗議を黙殺した。

 那月の隣では、メイド服を着たアスタルテが扇風機の前に座り込んで「ああああああ」と声を出していた。 初めて見る扇風機が、興味深かったのだろう。 結果的に、扇風機はアスタルテに独占されてる形になっている。 そもそも、職員室から扇風機を運んで来てくれたのも彼女なので、古城たちは文句を言える立場ではないが。

 

「そういえば古城。 年越し蕎麦って姫柊が作るのか? 何なら、俺が作るけど」

 

「あ、ああ。 そういえば、決めてなかったな」

 

「……馬鹿者らと暁妹、転校生は最早家族だな。 さっさと回答用紙を寄こせ」

 

 古城と悠斗は立ち上がり、英語の回答用紙を那月に渡した。

 採点が終わった那月は、

 

「ふん。 合格点だ。 こんな日まで補習につき合ってる私に感謝するんだな」

 

「ああ、それは感謝してるよ、本当に」

 

「補習がなかったら、今頃俺たちは留年確定だしな」

 

 吸血鬼絡みの事件に巻き込まれた古城たちは、出席日数を減らしてきたが、那月が頼み、時間を割いて補習授業を設けてくれているので留年を回避できているのだ。 なので、那月には感謝しかない。

 感謝の気持ちを口にすると思ってなかった那月は、少し面食らったように唇を曲げた。

 

「ところでお前ら、暁牙城は今どこにいる?」

 

 古城の父親、暁牙城と南宮那月は接点が殆んどない筈だ。

 なので古城が真っ先に考えたのは、不倫、という二文字だ。 見た目、幼女としか思えない那月だが、自称二十六歳の大人だ。 大人の恋愛が一つや二つあってもおかしくはない。

 そんな事を考えてる古城の頬を、那月は乱暴に吊り上げた。

 

「その目は失礼な事を想像してるんだな、暁古城」

 

「痛ィ! 痛ィ!――って、まだ何にも言ってないだろうが!」

 

「黙れ。 いいから質問に答えろ」

 

「今は絃神島にはいねぇよ。 凪沙を連れて丹沢の婆さん家に帰省中」

 

 那月は、意外そうに声を上げた。

 

「ほう。 悠斗が暁凪沙を手放すとはな。 何の心境の変化だ」

 

「いや、過保護になり過ぎんのも良くないだろ。 それに、身内との時間も凪沙には必要だと思ってな」

 

 凪沙は、悠斗の眷獣を召喚できるし、眷獣の技も使えるのだ。 まあ、朱雀と白虎のだけ。という制限もあるんだが。 なので悠斗は、あまり心配していない。

 

「暁牙城とは連絡は取れるのか? 暁古城」

 

「それはちょっと難しんじゃねーか。 あの辺りは、スマホの電波も届かないし」

 

 そもそも、古城たちは牙城の番号を知らないのだが、取り敢えずそれは黙っておく。

 

「田舎なのだな。 暁古城の祖母が住んでる土地は」

 

「……那月。 何で関心の無い事を古城から聞いたんだ。 何か理由でもあんのか」

 

 そう言った悠斗の視線は、那月の内心()を読み取ろうとしている。

 那月は平静を装い、

 

「いや……少し気になっただけだ。 気にするな」

 

 古城は、那月と悠斗の醸し出した(重い)空気を感じ取り押し黙ってしまう。

 暫しの沈黙が流れ、悠斗が嘆息する。

 

「……そうか」

 

 今の会話は、高レベルな腹の探りあいだ。

 流石は那月といったところだ。 悠斗は那月から、何の情報も引き出せなかった。 おそらく、逆の立場になっても同じ事だろう。

 緊張(空気)も解れ、古城は息を吐く。

 

「私の補習はこれで終わりだ。 精々、良い年を迎えるんだな」

 

「うっす」

 

「了解」

 

 古城と悠斗は席に戻り筆記用具を片付けていると、教室のドアが開き新たな人物が姿を現した。 体育教師、佐崎岬だ。

 岬は、那月に授業終了の確認を取り、肩を落としている古城たちを見る。

 出席不足の古城たちは、英語の補修だけではなく、体育の補習もあるのだ。 しかし、少しの間だけでも解放感に浸りたかった古城たちである。

 

「綺麗に纏まった所悪いんだけど、英語の次は体育の補習だったりして。 取り敢えず、マラソン十キロだから、着替えてグラウンド集合ね」

 

 テンションの高い口調で、岬が古城たちに笑いかける。

 古城たちは、光輝く真昼の太陽を見上げ、陽射しに灼かれている運動場に目を向けた。 太平洋の真ん中にある絃神島は、亜熱帯気候に属する常夏の島だ。 例え、大晦日でも正午近くなれば気温は三十度に迫る。

 古城は、直射日光に弱い吸血鬼だ。 悠斗は、暑さが問題なくても動けば体温も上がるし汗を流す。

 

「「……十キロか……」」

 

 迫り来る恐怖を覚えつつ、古城たちは弱々しく呟いた。

 アスタルテが扇風機に向かって奏でる澄んだ声が、青空に吸い込まれるように響いていく。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 それから二時間が過ぎて、補習から解放された古城たちは、ふらつく足取りで駅へと向かう。

 古城の隣には、黒いギターケースを背負った雪菜の姿もある。 第四真祖の監視役として、古城たちの補習が終わるのを校内で待っていたのだ。

 雪菜の隣には悠斗も居るのだが、雪菜にとってはついでの監視である。 正式な監視が可能なのは、獅子王機関の三聖くらいだろう。

 

「あ、あの……先輩方。 大丈夫ですか?」

 

 足取りが覚束ない古城と悠斗を見て、雪菜が心配そうに聞いてくる。

 

「何とかな……。 本気で干涸びると思った……」

 

「……いや、それを言うなら脱水症状で倒れるじゃねぇか」

 

 小テストで頭を使った後に、炎天下でのマラソンだ。 なので、古城と悠斗は完全に消耗していた。 駅までの徒歩十五分足らずの道のりが遠く感じる。

 

「と、とりあえず、先輩方は水分補給してください。 あと、これ、レモンのハチミツ漬けとスポーツドリンクです」

 

「ああ、サンキュ」

 

「何か悪いな」

 

 雪菜の手回しに感謝しつつ、古城と悠斗はレモンが入ったタッパーとスポーツドリンクを受け取った。

 古城は《第四真祖》であり、悠斗は《紅蓮の織天使》。 そして、雪菜は政府から派遣されてきた監視役。

 しかし、今の古城たちはどう見ても試合後に疲れ切った運動部員と、気の利く敏腕マネージャーだ。

 

「悪いな、姫柊。 大晦日なのに学校につき合わせて」

 

「つっても、姫柊が居た事で助かった事も多々ある」

 

 悠斗の言う通り、雪菜に世話になってるのは確かである。 今となっては、凪沙も含まれるが。

 

「いえ、監視は私の任務ですから。 まあ、神代先輩の監視は私には務まりませんが」

 

 雪菜は、いつもの生真面目な表情で答える。

 

「それにしても、俺と古城が姫柊に出会ってから半年は経つんだな」

 

「長いようで短かった気もするが。 つか、姫柊の最初の印象は最悪だったんだぞ」

 

「だよな。 野郎吸血鬼に、雪霞狼を持ち出すのは弱い者虐めだろ」

 

 悠斗と古城の言葉を聞き、雪菜は頬を赤く染める。

 

「そ、それは忘れて下さい! そ、そもそも、あちらがナンパして来たのが悪いんです! 条約違反をしたんです! したんです!」

 

 雪菜は珍しく声を上げて言い返してくる。 あの頃の刺々しい言動は、本人にとっても思い出したくない恥ずかしい記憶らしい。

 駅に着いてモノレールに乗り込んでも、雪菜は拗ねたように顔を背けたままだ。 モノレールの車内は、大晦日という事で通勤客が少ないのか、普段よりも空いていた。 やはり、年末だからだろうか。

 車内に吊り広告にも、新年の挨拶や、新春初売りなどの広告が吊り下げられている。

 

「つーか、古城。 さっきからスマホ見すぎだ」

 

 悠斗がそう言うと、古城が肩を震わせる。 そう、古城は黙々とメールの確認していたのだ。

 

「い、いや。 最近、凪沙から連絡がないなーって思ってな」

 

 悠斗は溜息を吐く。

 

「俺の眷獣を還してだが、凪沙は安全だ。 心配すんな」

 

「そ、そうか。 でもなぁ……」

 

 再び古城は、スマホに目を落とす。

 この時悠斗が、古城のシスコンは一生治らないと思う。と思ったのは古城には秘密である。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 駅前で昼食を済ませ、古城たちが自宅に帰り着いた時には午後三時を回っていた。

 エレベーターでマンションの七階に上がって、悠斗が七〇四号室のドアを開け、古城と雪菜は、お邪魔します。と控え目な口調で言いながら、悠斗に続いて玄関に入り、靴を脱いでリビングへ続く廊下を歩く。

 古城と雪菜の自宅である七〇五号室は前の事件でボロボロになっており、復旧工事が終わったものの、生活に必要な家電製品等が未だに揃っていない。 そんな訳で、古城と雪菜は、悠斗と凪沙のマンションに居候しているのだ。

 リビングに入った所で、古城たちは驚愕に息を呑んだ。 リビングにある全ての棚やタンスの中身が残らず床に散らばっていたからだ。

 古城と雪菜は、泥棒か。と思っていたが、悠斗はある人物が思い当たった。 侵入者が居るのは、廊下の手前側。 凪沙がある人(・・・)の為に、洗濯物や小物を仕舞っている部屋だ。

 ドアを開け、古城たちが目にしたのは、クローゼットの正面に屈み込んだ、よれよれの白衣姿の人影。 寝癖の髪に、眠そうな瞼。 だらしない大人だな。と解る童顔の女性だ。

 

「わー、悠斗君に古城君、雪菜ちゃんも。 ちょうどいいところに!」

 

 部屋に入って来た古城たちに気づいて、童顔の女性は、ふんふー、と鼻歌い混じりに言った。

 悠斗は嘆息し、

 

「……深森さん。 何でここに? 大体の予想はつくけどさ」

 

 クローゼットを引っ搔き回していたのは、古城と凪沙の母親、悠斗にとっては義母になる、暁深森だ。

 通勤が面倒くさいという理由で、普段は研究室で寝泊りしており、自宅にはほぼ帰って来ない彼女だが、年末は研究室から追い出されたらしい。

 彼女の荷物等は凪沙が管理しているので、神代家にやって来たのだろう。 合鍵も、何かあった時の為にと凪沙が深森に渡している。

 そんな彼女が、クローゼットの奥にあった荷物に手を掛け、

 

「スーツケースを見つけたんだけど、結構奥にあってね、取り出せないのよ。 古城君か悠斗君。 ちょっとこの辺押さえててくれる」

 

「ちょ、待て! 折角、俺と凪沙が綺麗にしたんだぞ! あの時見たいに、またグチャグチャにする気か!?」

 

 そう、悠斗と凪沙が帰って来た時に、このような光景に出くわした事があるのだ。 その時にはもう、リビングもクローゼットも寝室も。 物が散らばっていたが……。

 

 ――閑話休題。

 

 家事能力皆無の深森は、典型的な《片付けができない大人》である為、家事等は偶に研究室に訪れる凪沙が行っているのだ。

 そして、クローゼットの中は綺麗に整理整頓させており、スーツケースを無理やり取り出そうとすると、整理された荷物が崩壊するのは火を見るよりも明らかだ。

 だが、悠斗の制止は虚しく、荷物は崩壊し、その残骸が悠斗の頭上に降り注ぐ。

 

「よかった。 これで荷造りができるわ」

 

 大惨事の元凶である深森は、ご機嫌でスーツケースを開けている。 悠斗が彼女の防波堤になり、深森は荷物の崩落による被害を受けなかったのだ。

 悠斗が思うに、リビングの惨状も、深森がスーツケースを見つける為に汚したのだろう。

 

「おいこら。 この惨状をどうしてくれるんだよ」

 

 責めるように悠斗は深森に言ったが、深森は不思議そうに悠斗を見返して、

 

「時間がないの。 今夜から職場の社員旅行で北海道に行くから」

 

「帰って来たと思ったら社員旅行で北海道か。 んじゃ、土産を頼む。――じゃなくてな、何か言う事があるだろうがっ」

 

 深森は、ふんふー、と笑う。

 そして、悠斗にウインクをして、

 

「悠斗君、ナイス突っ込みよ♪」

 

 悠斗は、諦めたよ。という風に盛大に溜息を吐いた。

 

「……楽しんで来いよ。 深森さん、疲れが溜まってそうだし。 息抜きも必要だろ」

 

「さっすが悠斗君、わかってるわねー。 ホント、凪沙ちゃんも良い旦那さんを捉まえて来てくれたわね。……ところで当の凪沙ちゃんが見当たらないんだけど、何処に行ったの?」

 

「暁牙城と帰省中だよ。 一週間前からな」

 

 帰省中。と聞いた瞬間。 深森の表情が引き攣るように歪んだ。

 

「チッ……あの妖怪め。 まだ生きてたのね」

 

 多国籍企業の研究所で働く天然者の超能力者、片や神社の神職を務める攻魔師崩れの霊能力者。 お互いに話が合うはずもなく、両者の仲は最悪なのだ。

 深森は表情を戻し、悠斗の頭に声が流れる。 これは、深森が悠斗の魔力に、超能力を使って周波数を合わせたからだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

『それにしても、顔が解らない妖怪に、悠斗君が凪沙ちゃんを預けるなんてね』

 

『……俺も最初は渋ってたよ。 でも、凪沙の事を考えると丹沢の婆さんに会わせてあげたいし、過保護すぎるのも良くないだろ。 遺跡での後遺症の事も気になるしな』

 

『……そうだけど。 でも、あの妖怪には気をつけるのよ。 何を考えてるか解らないし。 もしも――――があるかも知れないんだから』

 

 凪沙は、祖母から受け継いだ巫女としての素養と、深森から受け継いだ過適応能力者(ハイパーアダプター)の力。 その両方を併せ持つ混合能力者(ハイブリッド)だ。 だが、今はその力は失われているらしいが、潜在能力として眠ってる可能性は多いにある。 悠斗はその一部を、眷獣憑依とも考えてもいるのだ。

 なので、良い意味でも悪い意味でも利用しようとする奴は居るかもしれない。 深森は言葉を濁して、そう言っているのだ。

 

『……身内だぞ。 俺の眷獣もいるし、そんな事ありえないだろう』

 

 だが、それを見越して対策をされていたら、悠斗の宝玉も、朱雀の焔も結界も、白虎の()も意味を持たなくなるのだ。

 

『……私もそう願いたいけどね。 一応身内なんだし、あったとしても凪沙ちゃんには危害はないでしょ。 何もないのが一番だけどね』

 

『……そうだな。 でももしもがあったら、俺の歯止めが効かなくなりそうで怖いな』

 

 悠斗は自分自身が暴走した場合、何を仕出かすか解らない。 もしかしたら、世界に混沌を齎そうとするかも知れないのだ。

 

『……悠斗君、世界を破壊しちゃダメよ。 いいわね』

 

 深森の表情は、いつになく真剣なものだ。 悠斗が混沌を齎す。という事になると、悠斗は完全に闇に飲まれ、日常に戻る事は不可能だ。 そう、――昔のように孤独に生きていくしかないのだ。

 

『……そうならないように努力はするが、――――約束は、できない』

 

『……そう。 その時はその時考えましょうか』

 

『ああ、悪いな』

 

 ともあれ、悠斗は先程の会話に戻る。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「あー、そういうのはいいから。 急いでるなら行っていいぞ。 片付けはやっておくから。 まあでも、後で何か奢れよ」

 

「ホント頼りになる旦那さんだわ。 凪沙ちゃんが羨ましいっ。 まあそれは置いといて、三人とも、そこに並んでちょうだい」

 

 窓辺に立つように促され、古城たちは深森の言葉に従う。

 

「はい、雪菜ちゃんは、あともう一歩古城君の方に近づいて」

 

「こ、こうですか?」

 

 今ひとつ状況を把握できないまま、古城の隣に立つ雪菜。

 

「悠斗君はそのままでOKよ」

 

 古城を真ん中にし、左側に立っている悠斗にOKの指示を出す深森。 深森が手に持っているカメラは、銀色のコンパクトなデジカメだ。 サイズはスマートフォン程度。 其処には、大口径のレンズがついている。 見るからに高価そうなカメラだ。

 カメラの製造元はMAR社。 深森の勤務先の多国籍企業である。

 深森は、古城たちがフレームに収まったのを確認すると、

 

「さて問題です。 一+一は」

 

「普通に二だから、小学生か」

 

 シャッターが切られ、三人は記念写真を撮ったのだった。

 

「うん。 よく撮れてるわ。 このカメラ、雪菜ちゃんにあげるわ」

 

「いいんですか? 私が頂いてしまって?」

 

 遠慮がちに尋ねる雪菜に、深森は悪戯っぽく笑う。

 

「いいのいいの。 一足早いお年玉だと思って。 元々、職場からタダで貰ってきた試作品だし」

 

「そういう事なら……あの、ありがとうございます」

 

 雪菜は、おずおずと深森からカメラを受け取る。

 

「んふ。 人間の記憶なんて曖昧なものだから、思い出に残しておくのも悪くないわよ。 本当に大切な時間って、なくすまで気づかないものだしね。 まあ、悠斗君は一番わかってそうだけどね」

 

「確かにな。 大切な思いでを共有できないのは、結構きついもがあるし」

 

 その間も、スーツケースに荷物を放り込んでいた深森は、膨れ上がったケースの蓋を力任せに閉め、一息吐く。

 

「ふんふー、荷造り完了っと。 行って来ます」

 

「おう。 行って来い」

 

 深森はスーツケースを持ち、古城たちの脇をすり抜けるように、サンダルを玄関で履き外に出て行った。

 悠斗は回りを見渡し、溜息を吐く。

 深森が散らかした場所を掃除するのには、大掃除よりも手間だろう。

 

「……さて、片付けますか」

 

 そんな悠斗を見た、古城と雪菜が、

 

「まあうん。 悠斗、オレも手伝うよ。 居候してる身だし、オレの母親の仕業だしな」

 

「私も手伝います。 人は多い方が早く終わりますし」

 

 そういう事なので、古城たちの大掃除が始まったのだった――。




序盤は、大晦日の話になりそうです。

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
補修などの根回しは、那月ちゃんがやってくれてます(^o^)
レモンのハチミツ漬け等は、モノレールに乗る前に食べてゴミは捨てました。


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逃亡の第四真祖 Ⅱ

この章は短くなる予感。


 大掃除は、三人ががりでも結構な手間になった。 現在の時刻は、午後九時十五分。 今年の残り時間は、約二時間程だ。

 交互にシャワーを浴び、古城たちが一息ついた直後、インターフォンのチャイムが鳴り、モニターに映し出されたのは矢瀬基樹だ。

 

『おーっす。 お前ら、来てやったぜ』

 

 基樹は、勝手にドアを開けて入って来る。 基樹の両手に握られているのは、コンビニの袋だ。

 湿った髪をバスタオルで拭きながら、悠斗が玄関で出迎えた。

 

「こんな時間にどうしたんだ? 何か、用事でもあったけ?」

 

「どうしたもこうしたもねェよ。 年が明けたら、皆で初詣に行くって約束だっただろ。 一旦、お前ん家に集合して」

 

「あ、忘れてたわ」

 

 最初は、古城の自宅に集合という計画だったのだが、前の事件があり、悠斗のマンションに集合となったのだ。

 悠斗は、補習や掃除に追われていたので、その辺の記憶が抜け落ちていたらしい。

 

「てか、悠斗。 お前やつれてないか?」

 

「さっき深森さんが来て、事後の片付けをな」

 

 補習の後に、家の大掃除。 結果、これらの事項が重なり、意外と悠斗の体力を奪っていた。

 基樹は、合点したように頷いた。

 

「成程な。 取り敢えず、邪魔するぜ。 菓子とか飲み物とかは買って来たからな」

 

「構わないぞ。 つか、浅葱はどうしたんだ?」

 

「あいつなら、もうすぐ来ると思うぜ。 ほら」

 

 基樹が自身の背後を指差すと、玄関前に新たな人影が姿を現した。 一人は華やかな髪形の女子高生で、もう一人は小柄な小学生だ。 ふらふらと危ない足取りで、二人は如何にか神代家の玄関前に辿り着く。

 悠斗は困惑した表情で、

 

「……お前ら、暑くないのか?」

 

 彼女たちが身に着けているのは振袖だ。 浅葱は、淡い薄紅の生地に無数の花を散らした豪華な振袖である。

 浅葱に手を引かれている結瞳は、明るい青緑色の生地に宝尽くしの模様を描いた振袖だ。 しかし、絃神島は常夏の島である。

 

「せ……せっかくの新年だし、偶には晴れ着もいいかなーって思ったのよ」

 

「(なるほど。 浅葱は古城に晴れ着を見て欲しくて無理をしたと)」

 

 まあ、浅葱の考えは悠斗には露見していたが。

 結瞳は、体をもじもじさせながら、

 

「――ゆ、悠斗さん。 似合ってますか?」

 

「おう、似合ってるぞ。 凪沙にも見せてやりたいくらいだ。――凪沙が帰って来てから一緒に写真撮ろうか」

 

「そ、それじゃあ。 凪沙さんは振袖で、悠斗さんも袴姿でお願いします」

 

「いいぞ。 凪沙には俺から言っとくよ」

 

 結瞳は、はい。と元気よく返事をする。

 ともあれ、リビングに到着した所で、ぐったりとソファに倒れ込む浅葱と結瞳。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「お前ら、暑そうだけど大丈夫かよ?」

 

 リビングに入った悠斗は、壁に立て掛けてあるリモコンを操作し、キッチンからやって来た古城が、浅葱と結瞳に水の入ったグラスを渡す。

 

「ほれ、水だ」

 

「古城さん。 助かります」

 

「ありがとう、古城」

 

 グラスを受け取り、結瞳、浅葱が言った。

 

「……って、古城!? あんたが、何で悠斗のマンションに居るのよ?」

 

 古城は驚き、一歩後退する。

 

「お、おう。 悠斗のマンションに居候してるからな」

 

「あ、ああ。 そういえばそうだったわね。 古城の家、神獣に破壊されたんだっけ」

 

「まあな。 修理が終わっても、家具が揃ってねぇーしな」

 

「ふーん。……で? 何で、姫柊さんも一緒なの?」

 

 古城は、額から冷汗を一筋流した。

 浅葱たちは、古城と雪菜が同居してる事は知らないのだ。 まあでも、露見するのも時間の問題だと思うが。

 助け舟を出すように、悠斗が口を開く。

 

「姫柊は、年越し蕎麦を一緒に食う為だ。 普段は凪沙も一緒なんだけど、今は帰省中だから俺たち三人で。って事だ」

 

 古城も、悠斗に便乗するように、

 

「オレたちは四人で、いつも夜食を食ってるしな。 浅葱たちも飯まだだったら、年越し蕎麦食うか?」

 

「私たちはいいわ。 食べて来たし」

 

 古城がキッチンに向かいながら、

 

「姫柊。 蕎麦は三人分でいいぞ」

 

『わ、わかりました』

 

 私服にエプロンを着けた雪菜は、引き出しから三つ御椀を取り出し、箸を手に取り、鍋から蕎麦を取りよそっていく。

 お盆に三人分の御椀を運んで来た雪菜は、テーブルにお盆を置き、御椀をテーブル前に座る古城と悠斗の前に置いていく。

 これを見ていた浅葱たちは、軽い敗北感を味わってしまう。――そう、雪菜が作る料理が、かなり美味しそうだったからだ。 それに何処から見ても、ザ・家庭料理。という感じだった。

 高みの見物を決め込んでいた基樹は、部屋に漂うシャンプーの匂いに気づいて、面白そうにニヤリと笑う。

 

「ほー……湯上りの姫柊ちゃんは色っぽくていいですなぁ」

 

「え? そ、そうですか……?」

 

 冗談めかした基樹の指摘に、軽く動揺する雪菜。 基樹は顎に手を当てて、

 

「待てよ……同じシャンプーの匂いって事は、かなり前から一緒に居て、何故か交互にシャワーを浴びたって事だよな……いや、悠斗にとっては浮気になるんじゃ……」

 

「アホか。 俺が、凪沙以外の人を好きになるわけがねぇから。 つか、古城と姫柊には、深森さんが荒らした手伝いを頼んで、埃っぽいからシャワーを浴びただけで何もねぇよ」

 

 基樹は、なるほど。と頷いたが、

 

「ん? 何で、古城の母親の物が、悠斗の家にあるんだ?」

 

「それは簡単だ。 凪沙が深森さんの物を管理してるからだ。 俺と凪沙が同棲してる事は、基樹も知ってるだろ?」

 

「なーんだ。 そういうことか」

 

 流石、悠斗と言うべきか、基樹の危うい質問を受け流したのだった。

 

「話は変わるが、何で結瞳が、基樹たちを一緒なんだ?」

 

「ああ……それはほら、書類上はウチの兄貴が結瞳坊の保護者って形になってるだろ。 だから、天奏学館の学生寮が閉まる年末年始は、矢瀬家が預かってんだよ。 そんで結瞳坊が、古城たちにどうしても会いたいっつーから、わざわざオレがこうしてだな。 まあでも、一番は悠斗と凪沙ちゃんに振袖姿を見てもらいた――」

 

 そう説明しようとした基樹が、痛てッ、と鼻の頭を押さえて仰け反った。 結瞳が、振袖の袖を鞭のようにして、基樹の顔面に攻撃したのだ。

 結瞳は顔を赤く染めながら、

 

「よ、余計なことは言わないでください。 それに、変なあだ名で呼ぶなってお願いしておいたはずですけど」

 

「ぐっ……」

 

 このガキ、と口を歪めて結瞳を睨む基樹。 結瞳は、つん。と顔を背けている。

 そんなこんながあり、古城と悠斗、雪菜は、箸を持って蕎麦を食べる。

 

「しかし今更だけど、絃神島にいると、年越しだの新年だのって言っても、ピンとこねぇーよな」

 

 外から聞こえてくる蝉の鳴き声に、古城がそう言った。“魔族特区”である絃神島は、必然的に海外出身者が多く、常夏の所為か季節感に乏しい。 テレビでは国営放送の歌番組が盛り上がりを見せていたが、それも絃神島では遠い出来事に思えた。

 

「だな。 つか、絃神島の初詣ってつっても、新年のカウントダウンと花火大会がメインだしな。 面倒くせぇから、このまま悠斗の家でゴロゴロしててもいいかもな。 結瞳坊もそろそろおねむの時間だろ」

 

 ソファにだらしなく寝込んだ基樹が、そう言って結瞳の頭を撫でる。

 結瞳はそんな基樹の手を乱暴に払いのけ、

 

「子供扱いしないでください。夜更かしくらい平気です。私は“夢魔(サキュバス)”ですから。 寧ろ、これからが本領発揮といっても過言ではないです」

 

「てゆうかお前、花火が見たいだけだろ」

 

「ち、違いますし!」

 

 基樹に指摘された結瞳が、顔を赤くして首を振る。

 しかし、振袖で体力を消耗したのか、強気な発言とは裏腹に今にも眠りそうだ。 まあ確かに、瞬きの回数も増え、お菓子にも殆んど手をつけていない。

 

「でも、一度涼んじゃうと外に出たくなくなるわね。 この恰好だと」

 

 結瞳に気を遣い、浅葱が独り言のような口調で言う。

 

「無理して倒れられたら困るし、二人とも着替えるか?」

 

 着替えは、凪沙の服だけどな。と悠斗は付け足した。

 

「あの……もし着替えるなら、その前に写真を撮らせてもらってもいいですか?」

 

 雪菜は立ち上がり、棚に置いてあったデジタルカメラを取った。 おそらく、着替える前に浅葱たちの晴れ着姿を撮影しておこう、という事らしい。

 カメラを見た浅葱は、目を丸くする。

 

「MARのゼータナインじゃない。 買ったの?」

 

「いえ、戴きものです。 お年玉代わりにという事で、深森さんが」

 

「う、なにそれ。 羨ましい。 この機種、日本では未発売なのに……」

 

 眉を下げ、何故か悔しそうな浅葱。

 そう、パソコンマニアである浅葱は、この手のデジタル機器には目が無いのだ。

 古城は、浅葱の食い付きに興味を持ち、

 

「えーと、そのカメラ。 結構いいやつなのか?」

 

 浅葱は頷き、

 

「うん、かなり。 防水だし耐衝撃だしセンサーてんこ盛りで、ネットにも繋がるし。 撮影素子もかなり高性能なのよね。 この機種の売りは新型のDSPよね。 独自設計の積和演算回路を積んでて、コードの実行効率が概算で二桁上がるって話よ」

 

「お、おう……」

 

 さっぱり解らなかった、と思いながらも古城は弱々しく頷いた。

 悠斗は意味が解ると思い、古城は質問する。

 

「(悠斗。 今、浅葱がなんつったか解るか?)」

 

「(俺もデジタル系は疎くてな、詳しい知識は持ち合わせてないんだ)」

 

 莫大な情報を持つ悠斗だが、全ては過去に関わるものでなので、現在の事は、再び情報収集する必要がある。

 その事を古城に話すと、なるほどな。と頷いた。

 

「そうだ。 撮った写真、後で私にも送ってくれる?」

 

「あ、はい。 やり方を教えてもらえれば」

 

 雪菜が自信なさげな表情で首肯する。 呪術関係の知識に強い雪菜だが、機械類の操作は苦手なのだ。

 

「あ、そっか……。 接続設定しておかなきゃだよね。 姫柊さんってパソコン持ってる?」

 

「いえ」

 

 すいません。と雪菜が首を振り、ううん。と浅葱が残念そうに肩を落とした。 普段は自前のノートPCやタブレッド端末を何台も持ち歩いてる浅葱だが、振袖姿ではそういう訳にもいかなかったらしい。

 

「悠斗は持ってるっけ?」

 

「まあ一応。 凪沙と共有してるノートPCならある」

 

「借りていい」

 

「まあいいけど。 共有つっても、ネットショッピングくらいしか使わないしな」

 

 そう言ってから悠斗は、リビングの隅に置かれていたキャビネットを開け、そこからノートPCを取り出す。

 ノートPCを受け取った浅葱は、悠斗に許可を貰ってからノートPCを開く。

 

「うわ……」

 

 そう呟き、浅葱は顔を上げた。PCのキーボードの上に、悠斗か凪沙と思しきユーザー名と、ログインが大きく貼り付けられていたからだ。 無防備すぎるセキュリティである。

 

「これでログインするのって、ハッカーとしてのプライドが微妙に傷つくんんだけど……」

 

「ほぼ無防備だからな。 まあ、中身がバレても問題ないしな」

 

 浅葱は溜息を吐き、ノートPCとカメラを接続する。 MAR社製のカメラは、高性能な分設定しなければならない初期項目多く、その入力が面倒くさい。 なので、PCを利用する事で手間を省くのだ。

 

「とりあえず、カメラの設定だけしておくから、後は姫柊さんが写真を選んで、私のアドレスに送ってくれたら…………ん?」

 

 作業を進めていた浅葱が、ふと何かに気づき手を止めた。

 

「何かあったのか?」

 

 悠斗は浅葱の手元を覗き込む。

 

「このアカウント……凪沙ちゃんのスマホと同期してるみたいなんだけど……」

 

「あー、マジか。 凪沙の奴、同期設定を解除し忘れたんだな。 後で解除しとくよ、ある意味危険だし」

 

 スマートフォンとPCが同期していれば、スマートフォンとPCのやり取りを共有する事ができる。 便利といえば便利だが、放置気味のノートPCとの同期は危険とも言える。

 

「で、何か受け取ったのか?」

 

「凪沙ちゃんがスマホで撮った写真が一枚ね。 データが壊れて、半分くらいしかまともに表示されないんだけど。 たぶん、直後にスマホを落としちゃったのかもね」

 

 悠斗は眉を寄せる。

 

「……データが破損」

 

 撮影日は一週間前。 凪沙が丹沢にある祖母の元に到着した日。

 画像の下半分はデータが破損して、モザイク模様になってしまい、上半分に映っていたのは夜空だ。

 車の窓越しに撮影した写真なのだろう。 山の稜線が切り取られた冬の空。 そこには月も星も映っていない。 深い暗闇が画面に広がっている。

 その闇を中心に、奇妙な紋様が浮かび上がっている。 幾重にも重なった同心円。 その内側を埋め尽くす魔術文字の羅列――、

 

「……魔法陣なのか?」

 

 悠斗は、無意識に呟いた。

 だが、凪沙に危険が及んでいない事は確かだ。 その事は、眷獣を介して伝わっていたのだから。

 そして、画像を見た古城と雪菜も、顔を見合わせて息を飲んでいた。

 それは、十二月三十一の夜。 本土から遠く離れた“魔族特区”絃神島での出来事だった。 新年を迎えるまで、残り約一時間と五十分――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 除夜の鐘が鳴り始めている。 時刻は、午後十一時四十五分を過ぎた頃だ。

 多くの人々が見守る中、鮮やかな閃光が島中の大気を震わせる。――新年のカウントダウンの花火大会だ。

 夜空に舞い散る光の乱舞を、古城たちは神社の参道から見上げている。

 大きな目を殊更に見開いて花火を見る雪菜と、雪菜から借りたカメラを使って花火を撮影する浅葱。

 古城は唇を噛み締めたまま、不機嫌な顔でスマートフォンを睨み続けていた。 音信不通である凪沙のスマートフォンにメールを送り続けているのだ。

 悠斗は平静を保ちながら、古城の隣で花火を見ているのだが、内心では動揺が隠し切れていない

 “凪沙は無事”。と解っていても、大規模な魔法陣の画像を見てしまうと、“凪沙が何かに巻き込まれたんじゃないか”。という不安感が拭えない。

 

「落ち着きなさいよ、古城。 まだ、凪沙ちゃんに何かあったって決まったわけじゃないんだし」

 

 古城を見た浅葱が、呆れたような口調で呟く。

 

「わかってるよ。 オレはメチャクチャ冷静だろ」

 

「どこが冷静なんだか」

 

 震え声で言い訳をする古城を見返して、浅葱が溜息を吐いた。

 

「ほら、悠斗も焦り過ぎだから落ち着きなさい」

 

 浅葱の言葉に雪菜は疑問符を浮かべた。 雪菜から見れば、悠斗はいつもの佇まいで花火を見てるようにしか見えない。

 だが、浅葱は違った。 一年弱だが、浅葱が悠斗と連れ添った時間は濃密なものだ。 なので、浅葱から見てしまえば、悠斗が内心で動揺してるのが解るのだ。

 

「あ、ああ。 大丈夫だ」

 

 動揺が隠し切れていない悠斗の言葉を聞き、浅葱は再び溜息を吐く。

 でもまあ、浅葱は悠斗の気持ちも解る。 もし、古城が失踪した場合は、浅葱も悠斗と同じ状況になるだろう。 いや、もしかしたら自暴自棄になり、古城探索の為、企業や監視カメラをハッキングしたりと暴走するかもしれない。

 ともあれ、参拝者の列が動き出し、古城たちは鳥居を潜った。

 古城たちが初詣に来た絃神神社は、花火が良く見えるというだけの理由で人気になった有名参拝スポットだ。 境内は大勢の人で賑わっており、夜店の屋台も数多く軒を連ねている。

 ちなみに、浅葱は振袖姿であり、古城はハーフパンツにパーカーとラフな恰好。 雪菜は、いつもの黒いギターケースを背負い、ボーダー柄のニーソックスにミニスカートと少女バンド風の恰好。 悠斗はVネックTシャツに黒のジーンズと真っ黒装備だ。

 浅葱は、古城と悠斗を励ます方法が見つからず、

 

「とりあえず、古城と悠斗はお祈りしといたら? ここの神社、御利益があるらしいわよ」

 

 古城は死んだ魚のような目で、神社の立て看板を眺めながら、

 

「商売繁盛と縁結びの神って書いてあるんだが……」

 

「少しくらい苦手な分野でも何とかしてくれるわよ、神様なんだから。 何だったら、神の一族(天剣一族)である悠斗に祈りを捧げればOKだと思うけど」

 

 悠斗は、俺に祈られても困るぞ。という雰囲気だ。 ともあれ、古城たちは参拝をしてから、鳥居の前まで移動した。

 古城と悠斗が手に持つスマートフォンの液晶に映っているのは、ノートPCから転送した例の写真だ。

 

「……この画像、やっぱ花火でした。ってオチはないよな?」

 

 古城は、液晶を見ながらそう呟いた。

 夜空を満たす巨大な紋様、空中を乱舞する人工の輝き。 その意味で、この光景は花火のようであるが、浅葱は迷いなくその可能性を却下した。 デジタルデータは幾らでも改竄できるからだ。 また、この画像が仮に魔法陣であっても、凪沙を狙ったものとは限らない。 だが、凪沙を狙ったものではないという保証も何所にもない。

 悠斗は、雪菜の方を向き、

 

「……なあ姫柊。 この魔法陣、“煌華麟”が発する魔法陣に似てるは気のせいか?」

 

 悠斗の質問に、古城は、ハッ、と顔を上げた。

 液晶に映る画像は、“煌華麟”より、鳴り鏑矢を利用して作り出す大規模な魔法陣に類似するものがあるのだ。

 

「あの弓矢、煌坂以外にも持ってる奴がいるのか……?」

 

 そう言って、古城は雪菜に顔を向ける。

 

「いえ。 六式重装降魔弓(デア・フライシュツツ)は取り扱いが難しくて、まともに使いこなせるのは紗矢華さんだけだと聞いてます。 起動に必要な呪力量が桁外れに多い上に、相性が凄くシビアなので」

 

 雪菜の話によると、“煌華麟”のデータを基に、構造を簡略化したモデルが開発されているという噂もあるという。

 確かに、それを使えば紗矢華でなくても、空中に魔法陣が描けても不思議ではない。 だがそれだと、量産型を開発したのは――獅子王機関という事だ。

 

 

 

 ――――つまり、凪沙を事件に巻き込んだのも、獅子王機関の関係者という事になるのだ。

 

 

 

 古城が、紗矢華に連絡を取ろうとしても、繋がる事はなかった。

 “煌華麟”と酷似する魔法陣。 紗矢華と連絡が取れなくなったタイミング。 凪沙と連絡が途絶えた日付。 全ては大した事はない出来事と捉える事ができるが、この事柄が立て続けに起きたという事実が、古城と悠斗を嫌な想像を掻き立てた。 目に映らない悪意の壁に、視界を遮られている気分だ。

 雪菜が獅子王機関と連絡を取る事は可能だと思うが、この画像だけでは何を聞いたらいいか解らない。 聞けたとしても、真実を話してくれるという保証もない。

 

「……悠斗。 凪沙は……安全なんだよな?」

 

 古城の声は、僅かに罅割れている。

 

「あ、ああ。 安全なのは確かだ」

 

 それは、今現在でも眷獣たちを介して解る。 だが、安全と解っても不安を拭いきる事ができない。

 

 

 ――――そして、嫌な予感が的中する事になる。 突然――――凪沙との繋がりが切れたのだ(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 加えて、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)との繋がり(リンク)も切れている。

 ――――これが意味するのは、凪沙の身に何かがあったという事だ。

 

「……悪い。 古城、姫柊、浅葱。 後は任せる。 俺は行く所ができた」

 

 そう言ってから、悠斗は踵を返し走り出す。 古城たちが後ろから何かを言ってるが、悠斗は足を止める事はなかった。

 そして目的の場所は、凪沙が帰省した――丹沢の《神縄湖》だ。




基樹は原作通り、兄貴と連絡を取る為古城たちとは別行動です。結瞳も寝てしまったので、基樹が面倒を見てる感じですね。

さて、悠斗君が暴走しないか心配になってきましたね。まあ、半分理性は残してますから大丈夫だと思いますが。

ではでは、次回もよろしくです!!


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逃亡の第四真祖 Ⅲ

予想通り、この章は短くなりました。
でもまあ、次章に繋がってるからいいよね(投げやり感)

今回は戦闘回です。戦闘で、え、違くない。的な所が出てきたらごめんなさい(>_<)
独自設定。独自解釈も含まれてますので、ご了承くださいですm(__)m

では、本編をどうぞ。


 悠斗は、絃神島の人工島地区港湾地区(アイランド・イースト)、空港や埠頭が連なる絃神島の玄関口へ向かって疾駆している。 絃神島から出る為には、特有の検査(メディカルチェック)を受け、手荷物を検査し空港に続くゲートを潜らなければならない。

 だが、悠斗にとっては検査をすり抜けるは容易だ。 もし、不都合が起きようなら、眷獣を召喚し強行突破をすればいい話だ。

 悠斗が港に到着した瞬間だった。――――虚空から、銀色の鎖が撃ち出されたのだ。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

 悠斗は超直感で鎖に気づき、咄嗟に左手を突き出し、紅い焔が鎖を浄化させた。

 先程の鎖は、――――神々が鍛えたと言われる“戒めの鎖(レージング)”だ。

 

「……“戒めの鎖(レージング)”は、些かやり過ぎなんじゃないか、那月(・・)

 

「……何処へ行く、悠斗?」

 

「ちょっと本土に用ができてな。 通してくれ」

 

 予想はしていたが、那月が現れたのだ。

 タイミング良く現れるという事は、悠斗を監視していたのだろう。 悠斗の眷獣の特性を知っている那月ならば、悠斗の隙を突き監視する事は可能だ。

 おそらく、長年の経験と、同じ時間を長く共有したからこそ可能だったのだろう。

 

「まずは、役所に行って査証(きしょう)をもらってからだ。 発行手数料は三千三百円。 ただし、査証の申請には魔族登録が必要だ。 悠斗は未登録魔族だから登録が必要だな」

 

 那月の回答は、素っ気ないものだった。

 

「そこは、臨機応変に対応するから心配するな」

 

「……どうしてそこまで、本土に拘る?」

 

「野暮用だ、《神縄湖》にな」

 

 ――――《神縄湖》。

 南関東の丹沢にある人造湖。 今は観光地で知られてる場所だ。

 今から四十年前に、神緒多ダムがある土地には一つの町があり、ダム建設の犠牲となって湖に沈んだと言われている。 だが、当時の住民全員が失踪したのだ。――痕跡すら残さずに、だ。

 原因は解らない。 原因不明の事故なのか、それとも公表されてないのか。 ただし、沈んでしまったその町には、《犀木シャーマニクス》という呪装品機器を扱う企業、研究施設があった。

 偶然か、それとも必然か解らないが、神緒多ダムが完成した年に《犀木シャーマニクス》は倒産してる。 当時の経営者や従業員たちの記録は散逸(さんいつ)し、彼らは行方不明。 倒産の原因も不明なままだ。

 しかし、神緒多地区には、墜落した軍用機器の残骸が多く残っており、積まれていた物質の中に強力な呪物が含まれていた。 それも、先の大戦中に使用されるはずだった物質だ。

 住民の失踪が呪物が原因だとしたら、強ち大げさとも言い切れない。 或いは、神緒多ダム自体が、呪物その物を封印する為に造られたものとも言える。

 貯水量六万五千トンの人造湖で封印しなけならない代物(呪物)。――――それは“聖殲”の遺産では?と考えるのが妥当だ。

 この事柄は、四十年前の出来事。 だが、“聖殲”の遺産の封印が弱まってきたら? 活性化が進んでいたら? “聖殲”の遺産は、一度凪沙がこじ開けた事がある。 もし、再び封印する為、凪沙の力が必要ならば? そう考えると、この事柄には――暁凪沙が関わってくるのだ。

 

 

 ――《神縄湖》の底に、“聖殲”の遺産と思わしき物が眠ってる可能性。

 ――《神縄湖》付近で、“煌華麟”に類似した魔法陣が出現し、獅子王機関の武神具の簡略化の噂。 そして、魔導災害専門の獅子王機関が、何らかの動きを示してる事。

 

 

 いや、《神縄湖》という、巨大なものが関わっているのだ。 もしかしたら、獅子王機関以外にも、大きな組織が動いている可能性は大いに考えられる。

 悠斗の考えでは、暁牙城は関わっていない。 もし関わっているのであれば、凪沙を“聖殲”の遺産がある場所に連れて行く訳がないのだから。

 “聖殲”の遺産となれば、牙城の手に負える代物ではない。 そして、凪沙が“聖殲”の遺産と接触するとなると、嫌な想像しか浮かばない。

 悠斗が、この事柄を那月に説明すると、那月は珍しく目を見開く。

 

「説明した通りだ。 凪沙と“聖殲”の遺産と思われる物と接触させる訳にはいかない。 それに、凪沙との繋がり(リンク)が切れたんだ。 現場に急行しないとマズイ事くらい、那月にも解るだろ」

 

「……悠斗。 お前の情報量と頭の回転には舌を巻くよ。 だが、駄目だ。 お前を行かせる訳にはいかん」

 

 那月が考えてる事は、悠斗にも解る。

 神の力を持つ悠斗が、“聖殲”の遺産に近づくのは危険なのだ。――――那月は悠斗を守る為に、悠斗の前に立ち塞がっているのだ。

 

「……それでも行くって言ったら、どうする?」

 

「ああ。 その場合は、冬休みが終わるまで、監獄結界でおとなしくしてもらう。 悠斗が居ない期間、暁凪沙には上手い事言っておくから心配しなくていいぞ」

 

「その案は却下だ」

 

 悠斗は那月の案を否定した。

 悠斗は、それに。と言葉を続ける。

 

「俺の予想では、連中と那月は何かを取引してるんだろ、おそらく凪沙の安全が妥当だな。 じゃないと、こんなに平静でいるはずがない」

 

「……そうだ。 暁凪沙の安全は確実だ。 連中も、暁凪沙を死んでも守ろうとするだろう。 暁凪沙は無事帰ってくる。 悠斗、もしかしたらお前が帰って来れなくなるかもしれないんだぞ」

 

 那月は、教え子を危険な目に合わせる訳にはいかないしな。と付け加える。

 

「……連中が期待した物であり、もし俺が行けば覚醒が早まる可能性もある、か。 確かに、危険な巣の中に飛び込むと同義だな」

 

「それならば――」

 

 那月は表情を歪める。

 那月は、悠斗を心から心配しているのだ。

 

「でもな、那月。 俺は、この目で確かめたいんだよ。 この不安感を残して置く事は、俺には到底できない。 俺が強大な力を持ってるとしても、俺の精神は、那月が思うより子供なんだ……」

 

 悠斗は、愛する者の安否を待つ程、精神が成熟していないのだ。

 だが、何故そこまでして凪沙を必要とするのか? 悠斗は逡巡させた。――“聖殲”の遺産=暁凪沙=憑依=氷の柩=封印の術式=魂=犠牲=命。

 

「……アヴローラの魂を繋ぎ止める為、命を代償にする。 俺の“血の従者”でなくなった瞬間に、凪沙の命は尽きてしまう……。 もし俺が《神縄湖》に行くと“聖殲”の遺産の活発化がするかも知れない。 だから、凪沙の安全を第一に考え、那月は連中の条件を飲み、俺の足を止める、か……」

 

 十二番目の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”――アヴローラ・フレスティーナ。

 彼女は“原初(ルート)アヴローラ”と呼ばれる邪悪な魂から凪沙を救う為、自らを犠牲にこの世を去った。

 だが、悠斗の予想通り、彼女の魂を繋ぎ止める為、凪沙は命を削り(霊力を失い)混合能力者(ハイブリッド)としての力を失う。 もしそうならば、今までの事柄と辻褄が合う。

 悠斗は一拍置いてから、

 

「連中たちは、アヴローラの術式()を利用し、《神緒多ダム》にある“聖殲”の遺産を封印する。 封印()の器であった彼女なら可能であり、凪沙は彼女の魂が抜けた事で、命を削らずに済むって事か……」

 

「……その通りだ。 だが、お前にはそこまで予測して欲しくなかった」

 

 那月は、悠斗に《神縄湖》に行く理由を増やさせない為、口に出さなかったが、悠斗はそれまでも読んでしまった。

 

「……私は恨まれてもよかった。 悠斗が幸せになってくれるなら」

 

「……ありがとう那月、そこまで考えてくれて。 でも、此処で足を止めるのは無理だ」

 

 アヴローラは、悠斗の最初の友であり、護ると誓った少女。

 そして彼女を、《神縄湖》に居る連中は利用しようとしてるのだ。 黙認する訳にもいかないし、アヴローラの魂も救って見せる。

 

「……そうだろうな。 私はお前を力づくでも止める。 《神縄湖》に行かせる訳には行かない」

 

 おそらく那月は、本気で悠斗を止めるようとするだろう。 その事は、悠斗が一番感じるのだから。 そして、那月と悠斗からは悲しみの波動も生まれる。 本当は、戦いたくないのだ。 だが、そういう訳にいかない。

 那月は静かに左手を掲げ、悠斗は左手を突き出す。

 

「……――起きろ、輪環王(ラインゴルト)

 

 瞬間、那月の背後に現れたのは、黄金の甲冑を纏った人影。 魔女に与えられた“守護者”だ。 魔女を守り、願いを叶える力を与えてくえる。

 その一方で、魔女が契約を破棄した時、魔女の命を狩る処刑人に変わる存在。 謂わば、魔女の契約そのものを具現化した存在。

 “守護者”の力の強さは、契約の重さに比例する。 那月の契約の代償、それは“眠り”だ。

 那月は、監獄結界の管理人として、未来永劫、自らの夢の中で眠り続けなければならない。 成長する事も、老いる事も、触れ合う事もできず、夢を見続けるだけ――。

 なので、強力な“守護者”と予想するのは容易である。

 

「……――降臨せよ、朱雀、黄龍」

 

 悠斗は傍らに、紅蓮の不死鳥と黄金に輝く龍と召喚し、悠斗が言葉を紡ぐと、悠斗と朱雀は融合し、髪と瞳は僅かに紅く染まり、背からは二対四枚の紅蓮の翼が出現。 那月の“守護者と”悠斗の 眷獣が大気を震わせる。

 

「――浄天!」

 

「――禁忌の荊(グレイプニール)!」

 

 悠斗は舌打ちした。

 那月の“守護者”が撃ち出した銀色の鎖が、黄金の渦(浄天)を消し去り、黄龍の体に巻き付いたのだ。 通常なら悠斗にダメージがあるのだが、朱雀の守護を受けてる為、それは無効化してる。

 

「――降臨せよ、白虎!」

 

 悠斗は、純白の虎を召喚し、白虎は黄龍に向かい走り出す。

 

「――切り裂け!」

 

 白虎は左手を振り上げ、禁忌の荊(グレイプニール)を切り裂く。

 禁忌の荊(グレイプニール)は、次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)の効果を受け切断された。

 

「……禁忌の荊(グレイプニール)を切り裂くか。……流石だな」

 

 悠斗が思うに、禁忌の荊(グレイプニール)であれば、第四真祖の眷獣を捕える事が可能だろう。

 

「負に関する眷獣は兎も角、こっちは神の眷獣たちだ。 禁忌の荊(グレイプニール)が千切られる事くらい予想してただろ」

 

「ああ、そうだな。 一筋縄ではいかないのは承知済みだよ」

 

 この僅かな交戦だけで、海岸沿いのガードレールは薙ぎ倒され、地面も抉れている。

 これだけで、紅蓮の織天使(悠斗)の眷獣と、魔女(那月)の“守護者”の規格外さが解ってしまう。 そして、共に絃神島を沈めかねない巨大な魔力同士が激突し、この程度の被害で済んだのは幸運と言えよう。 なので悠斗は、後方全てを結界で覆った。 これで後戻りはできない。 那月が倒れるか、悠斗が倒れるか。 それまで戦闘が続くという事だ。

 

「これで後戻りはできない」

 

「私が倒れるか、悠斗が倒れるかまで、だろ」

 

「……そうだな」

 

 那月が扇子を翻すと、虚空から無数の鎖が出現し、悠斗だけに放たれる。

 確かに、眷獣を倒せないと解れば、宿主は狙うのは当然だ。

 

「――牙刀(がとう)!」

 

 悠斗は左手に刀を召喚し、神通力(・・・)を宿らせ、鎖を撃ち落とす。 飛来する鎖の軌道を、全て知っていたかのような反応速度だ。

 これは、剣巫の霊視――未来予測そのものだ。 いや、悠斗の超直感は、剣巫の霊視を上回ってるようにも見える。

 

「那月、俺の超直感を舐めすぎだ」

 

「……やはり、撃ち落とされるか。 このままじゃ、平行戦だな」

 

 そう、那月と悠斗。 二人には全く隙がないのだ。 これでは、隙を突く事は不可能だ。

 悠斗は眷獣に指示を出し、那月の“守護者”と攻防をするが埒が明かない。 両者は、今の所ほぼ互角なのだ。 おそらく那月は、悠斗を殺すつもりで戦闘を行っているのだろう。

 

「悠斗。 何故、青龍、玄武、麒麟を召喚しない?」

 

「……あいつらを召喚し攻撃すれば、絃神島は確実に沈む。 俺はどんな事があっても、無益な血は流さないと心に決めているんだ」

 

「ほう。 それは、お前がもし暴走してもか」

 

「ああ、たぶんな」

 

 那月が掲げた日傘の中から、無数の小さな獣たちを撒き散らす。 おそらく、この獣たちは全方位からの一斉攻撃で、悠斗の動きを制限する為に撒き散らされたのだろう。 そして動きが止まった隙に“戒めの鎖(レージング)”で戦闘不能にする。 これは、魔女の使い魔(ファミリア)。 触れれば、手足の一、二本は吹き飛ぶ。 ならば、悠斗の守護を貫通させるには効果的だろう。

 ――だが、これだけでは甘い。

 

「――閃雷(せんらい)!」

 

 無数の稲妻が周囲に落ち、獣たちを焼き焦がし消滅させる。

 悠斗は眷獣を召喚せずとも、眷獣たちの技を使用する事が可能だ。

 だが――、

 

「それを待っていた」

 

 眷獣の技が使用できると言っても、代償として数秒体が硬直してしまうのだ。 那月は、悠斗の裏を読んだのだ。

 那月の後方から撃ち出されたのは、直径十センチにも達する鋼鉄の鎖。 鎖のリング一つ一つが凶器である。 これは“呪いの縛鎖(ドローミ)”だ。

 

「甘い!――雷神槍(らいじんそう)!」

 

 黄龍の凶悪な口から放たれたのは、稲妻が凝縮された一本の槍だ。

 この槍が、“呪いの縛鎖(ドローミ)”と衝突し、相殺し爆炎を撒き散らしたが、視界は煙で遮られた。

 ――そう、“呪いの縛鎖(ドローミ)”は囮であり、那月の本命の攻撃は、死角からの“戒めの鎖(レージング)”の一撃だ。 それを受けた悠斗は、工場の壁に激突し、凄まじい轟音と、衝撃で破壊された金属類が撒き散らされる。

 

「意識は失っていないと思うが、神々が鍛えた鎖の一撃だ。 かなりのダメージを負っただろう」

 

 空間に鎖を巻き戻しながら、那月が呟く。

 悠斗は立ち上がり、那月の正面に姿を現す。 戦闘不能のダメージを受けなかったのは、朱雀の守護があったからこそだろう。 だが、白虎の具現化は解けてしまった。

 

「……那月。 ここからは加減なしだ。 殺すつもりで迎え撃つ」

 

 悠斗は左手掲げると、絃神島の空が雷雲に包まれていく。

 

「――全てを司る神獣よ。 今こそ我と一つになり、黄金の輝きを与えたまえ。 四神の長たる黄金の龍よ!――来い、黄龍!」

 

 悠斗と黄龍は融合し、悠斗は黄金の衣に包まれ、その背からは朱雀から付与された紅蓮の翼だ。

 那月は僅かに目を見開く。

 

「……そうか。 これが私が聞いていた、悠斗の切り札の一つか……」

 

「いや、まだだ」

 

 悠斗は言葉を紡ぐ。

 

「――天を統べる青き龍よ。 我の矛になる為、我に力を与えたまえ。 汝、我を導き槍となれ。――稲妻の神槍(ライトニング・スピア)

 

 悠斗が両手で握るのは、青龍そのもの(・・・・・・)が武器となった槍。 この稲妻の槍は、眷獣そのものと言っていい。 そしてこの槍は、数万ボルトの稲妻により形成されているので、宿主以外の者が触れると身を焦がす。

 

「……眷獣を武器として召喚した、か……」

 

「正解だ。 これなら、絃神島には被害が出ないからな。――那月。 いくら分身でも、これを食らえば、数時間は分身を生成するのは不可能だ」

 

 那月の分身は無敵だが、分身が消され動きが止められるとなれば、悠斗が絃神島から出る時間は十分に稼げるのだ。 今の状況ならば、一撃必殺になるとも言っていい。

 那月もこの事に気づき、

 

「……お前は油断できない相手だよ。 ここまで切り札を出すという事は、そこまで絃神島から出たいという事か……」

 

「ああ、俺は凪沙の安否を確めに行く。 絶対にだ」

 

「……そうか。――輪環王(ラインゴルト)!」

 

 悠斗は走り出し、黄金の騎士と衝突した。

 攻撃はほぼ互角だが、眷獣の力を纏っている悠斗が確実に押してきている。

 那月は、虚空から“戒めの鎖(レージング)”を実体化させ撃ち出した。 おそらく、“守護者”の援護の為だろう。 だが、攻撃は拮抗したままだ。

 “守護者”は悠斗に押さえられ、那月は“戒めの鎖(レージング)”を撃ち出しているので、隙ができていた。

 その時、空から目を奪われるような、美しい龍が召喚される。 悠斗のもう一つの切り札になる攻撃。 黄龍との融合攻撃である――天舞(てんぶ)だ。

 火、水、風、雷、地の属性が入り混じった龍は、悠斗たち目掛けて降下してくる。 悠斗には、朱雀の守護、黄龍の衣を纏っているので、最小限のダメージに留める事が可能だ。

 だが、那月はそうではない。 魔女の“守護者”が強力とはいえ、この攻撃に耐える事は不可能だろう。 吹き飛ばされるのは目に見えていた。

 

「……そういう事か。 分身である私ならば、手加減は要らないという事か」

 

 那月は溜息を吐いた。

 

「……この勝負、悠斗の勝ちだ。 何処へなりとも行けばいい」

 

「……すまないな那月。 俺の好きにさせてもらう」

 

 瞬間、悠斗たちの居る場所に、美しい龍が衝突した。 その衝突は、人工島地区港湾地区(アイランド・イースト)、結界の外側を全て破壊尽くす攻撃だ。 その証拠に、人工島(ギガフロート)の一部が破壊され、足場は剥き出しになり下は海だ。

 既に、那月の姿も“守護者”の姿もない。 完全に消滅したのだ。

 悠斗は眷獣たちとの融合、武装を解除し、黄龍、青龍を異世界に還し、朱雀の背に乗り《神縄湖》目指して絃神島から飛翔するのだった。

 この光景を傍から見ていた蛇遣いが、悠斗の後ろ姿を見て微笑んでいたのは、悠斗が気づく事はなかった――。




那月ちゃん、悠斗君のお義母ですね。まあ、深森さんとはベクトル?が違う感じです。
つか、悠斗君。本気になった那月ちゃんに勝つとか、最早規格外ですね。いや、解ってた事かも知れんが。
ともあれ、悠斗君は絃神島から出ましたね。《神縄湖》に到着し、気を失ってる凪沙ちゃんを見たら、悠斗君どうなるんだろうか?

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
悠斗君は、自身の中にある丹沢に関する情報と、持ち前の思考で《神縄湖》に関する情報を掴みました。……あれです。悠斗君の情報量、思考回路、チートすぎ……。


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咎神の騎士
咎神の騎士Ⅰ


新章開始です(^O^)
でも、悠斗君の出番はまだないです。……すんません。じ、次回は出します!

で、では、本編をどうぞ。


「──っくし!」

 

 山奥の神社。朝霧に煙る境内に響き渡ったのは、男のくしゃみだった。

 日焼けした肌に、前髪はナイフで無造作に切ったように不揃いで、顎には無精髭が目立っている。 本職は考古学者のはずだが、どちらかといえば時代遅れのマフィアの一員か私立探偵。──男の名は、暁牙城。

 

「うー……寒ィ。 やっぱ本土の朝は冷えるな、畜生」

 

 腕立て伏せを中断した牙城が、汗塗れの身体をタオルで拭う。

 牙城がいる場所は、古い土蔵の中だった。 樹木の茂る鎮守の森の奥。 神社の本殿から半ば隔離されたような場所に建てられた、土壁造りの建物である。

 床は畳張りで快適ではあるが、窓の位置は高く、外の様子は殆んど解らない。 建物の出入口には頑丈な鉄格子が設置され、複雑な錠前で何重にも施錠され、足首には鎖付きの足枷が嵌められている。 所謂、座敷牢というやつだ。 要するに牙城は、軟禁されているのだ。

 神緒多神社を訪れてからの約一週間。 牙城はこの座敷牢から一歩も外に出ていない。 だが、牙城の表情には余裕があった。

 畳の上に胡坐をかき、外にいる見張り役の少女に親しげな口調で呼びかける。

 

「おーい、唯里ちゃん、朝飯まだー?」

 

「そ、そんなふうに、馴れ馴れしく呼ばないでください!」

 

 頰を真っ赤に染めながら土蔵に入ってきたのは、高校生とおぼしき制服姿の少女だった。 身長は百六十センチ程度。 髪型は清楚な雰囲気のミディアムボブで、斜めに流した前髪をリボン型のヘアピンで纏めている。

 彼女が背に背負っているのは、金属製の銀色の長剣だ。 名を――六式降魔剣・改(ローゼンカヴェリエ・プラス)。 獅子王機関が開発した、対魔族武神具。

 唯里と呼ばれた少女は、土蔵の鉄格子越しに牙城を見て、ひっ、と怯えたように息を吞んだ。

 

「な、なんで裸なんですかっ!?」

 

「あー、これか。 日課なんだよ、トレーニング」

 

 上半身裸の牙城が、全身に白い湯気を纏いながら答えてくる。

 

「ほら、オレもいい歳だろ。 油断してると腹回りに肉がついちゃって困るんだよな。 ただでさえ、狭い場所に閉じ込められて運動不足だってのによ」

 

「だ、だからって、そんな恰好で……!」

 

 唯里が目元を覆いながら必死に反論した。 幼い頃から全寮制女子校で育った彼女にとって、男性の上半身裸を見るのは物心ついて以来ほぼ初めてだ。 彫刻ばりの筋肉に覆われた牙城の肉体は、唯里の恐怖を誘うのに十分だった。

 しかし牙城は、唯里の心情などお構いなしに畳の上に寝転がって、

 

「唯里ちゃんも一緒にどうだ? ストレッチを手伝ってもらえるとありがたいんだが」

 

「ス、ストレッチ……!?」

 

「そうそう。 おじさんと一緒に気持ちいいことしようぜ」

 

 手招きしてくる牙城から、唯里は表情を引き攣らせて後ずさる。

 唯里もストレッチの重要性は理解していた。 トレーニングの後に柔軟体操をするのは理に適っているし、二人組でしか行えないストレッチがある事も知っている。

 しかし、牙城のストレッチを手伝うという事は、当然、彼の上半身に触れなければならない。 場合によっては互いの体を密着させることもあり得る。 男の筋肉に触った上に、肌と肌を密着する。 これが、大人への階段を上るということなのか。 男性の相手は初めてなのだが、痛くされたりしないだろうか──などと、唯里が軽く困惑する。

 

「──って、ぬお!?」

 

 寝そべる牙城の耳元近くに、ズドッ、と金属製の矢が突き刺さった。 狙いが数センチ外れていたら、牙城の左耳は根元から千切れていただろう。

 

「唯里を誘惑するな、ケダモノめ!」

 

「し、志緒ちゃん……!?」

 

 唯里が驚愕の表情で、自らの背後を振り返る。

 牙城に憎悪の目を向けていたのは、銀色の洋弓を構えた黒髪の少女だ。 また、洋弓の名は――六式降魔弓・改(フライクーゲル・プラス)

 背格好は唯里とほぼ同じ。 両サイドだけを長めに残したショートヘアのせいか、気の強そうな印象を受ける。

 彼女が着ているのは唯里と同じ制服だ。 その制服のスカートの下から新たな矢を取り出して、彼女は再び牙城に狙いをつけようとする。

 しかし牙城は、志緒の足元に置かれた食事のトレイを見つけて、

 

「おっ、飯だ飯だ」

 

「ふ、服を着ろ! 馬鹿っ!」

 

 上半身裸のまま距離を詰めてくる牙城を見て、焦った志緒が矢を取り落とした。

 牙城は鉄格子に身体を預けて、志緒の方へと身を乗り出し、

 

「ところで、志緒ちゃんさ」

 

「あ、あなたにちゃん付けで呼ばれる筋合いはない」

 

「んじゃ、志緒。 いつまでオレを、こんなに入れとく気だ? お前ら、政府の特務機関(獅子王機関)なんだろ。 善良な一般市民を拉致監禁していいのかよ?」

 

「市民を保護するための緊急措置だ。 問題ない。というか、呼び捨てもやめろ!」

 

「緊急措置……ね」

 

 志緒から食事のトレイを受け取りつつ、ふむ、と牙城は唇を斜めにした。

 トレイに載っているのは、缶入りの五目飯に沢庵漬け、牛肉の野菜煮という組み合わせ。 メニューとしては豪華だが、明らかに保存食だと解る組み合わせだ。

 ともあれ、箸を取り、食事を摂る牙城。

 

「それに牙城さんの拘束は、緋沙乃様の指示なんです」

 

「信じられないが、あなたはあの方の息子なのだろう?」

 

「ちっ……あの婆か」

 

 唯里と志緒の弁明を聞いて、牙城は舌打ちした。

 一週間前。 神緒多神社を訪れた牙城を不意討ちで気絶させ、座敷牢に放りこんだのが、牙城の母親、緋沙乃だった。

 以来、緋沙乃は姿を見せず、牙城は事情を知らされていない。 凪沙を連れて帰省した息子への仕打ちとしては、最悪といっていいだろう。

 

「いい歳こいて実の息子を虐待しやがって。 あれはロクな死に方しねェな。 で、その婆さんは今なにをしてるんだ?」

 

「あなたがそれを知る必要はない。というか、食べるか喋るかどちらかにしろ!」

 

 口に食べ物を含んだまま質問してくる牙城を睨んで、志緒が不機嫌そうに目を細める。

 しかし牙城は、出された料理を食べ終えると、

 

「ふーん。 自衛隊が動き出したのか。 いよいよだな」

 

 何気ない口調でそう言い切った。 それを聞いた志緒たちの顔が青ざめる。

 

「獅子王機関と連携してるってことは、習志野の特殊攻魔連隊あたりだな。 指揮してるのは獅子王機関の三聖クラス……目的は神縄湖底の〝黒殻(アバロン)〟かな?」

 

「暁牙城、あなた……なぜそれを……!?」

 

 志緒が運んできた料理は、神社で調理されたものではなく、戦闘糧食の一種だった。 簡単な調理だけで食事が摂れるように、予め加工された自衛隊の装備品だ。

 戦闘糧食が配給されたということは、志緒たち獅子王機関の関係者から、調理に手間をかける余裕が失われたことを意味している。 本格的な作戦行動が始まったという事だ。

 牙城は、食事内容の変化、彼女たちの言質で、正確に当ててみせた。

 獅子王機関と自衛隊の連携は、機密度の高い極秘作戦だ。 作戦開始の正確な日時は、唯里たちにも知らされていない。 そんな重要な情報を部外者に洩らしてしまったことに気づいて、唯里と志緒は動揺する。

 

「少しは鎌をかけたんだけどな。 引っかかってくれて何よりだ。 つか、〝黒殻(アバロン)〟か。――“聖殲”の遺産とか、洒落になんねェぞ」

 

「相変わらず小賢しいことですね、牙城。 誰に似たのでしょうか……」

 

 立ち尽くす唯里と志緒の背後に現れたのは、合気道風の道着を身に着けた老女だった。

 背筋がすらりと伸びている為か、実際の身長以上に背が高く見える。 長い白髪は背中で無造作に結われていた。 頰には年齢相応の深い皺が刻まれているが、凜とした彼女の佇まいは美貌の面影を色濃く残している。

 牙城はそんな老女を見上げて頰杖を突く。

 

「ようやくお出ましかよ、妖怪蛇骨婆」

 

「誰が妖怪ですか、失敬な」

 

 苛立ちを圧し殺したような口振りで、緋沙乃は言った。

 異様な親子のやり取りを、唯里たちは息を殺して見守っている。

 緋沙乃の表向きの役職は、神緒多神社の巫女たちを纏める巫司だ。 なので、唯里たちの直接の上司というわけではない。

 しかし緋沙乃は、過去、多くの魔導災害鎮圧に攻魔師として協力しており、獅子王機関を含む多くの組織で呪術教官を務めていた。 彼女の教え子の多くは、今でも現役の国家攻魔官として活躍している。 つまり、唯里や志緒にとっては、師匠に近い立場の人物だ。

 

「凪沙は?」

 

 牙城が、攻撃的な視線を緋沙乃に向けて聞く。

 この座敷牢に囚われた後、牙城は、凪沙と一度も顔を合わせていない。 凪沙が体調を崩したという情報を、唯里たち経由で与えられただけだ。

 

「もちろん無事ですよ。身体の方も回復しました」

 

 表情を変えずに緋沙乃が告げる。

 牙城は、空になった戦闘糧食の缶を眺めて、そうか、と静かに呟いた。

 

「……凪沙の安全は絶対だ。 凪沙に何かあったら、奴が黙ってない……」

 

 緋沙乃が眉を顰める。

 

「……『奴』。とは誰の事ですか? 牙城」

 

「……紅蓮の小僧だよ。――――紅蓮の織天使」

 

 牙城の言葉に、三者は目を丸くする。

 すると志緒が、

 

「……ぐ、紅蓮の織天使だと。 噂話じゃなかったのか!?」

 

「……志緒。 紅蓮の織天使はちゃんと存在するんだよ。 つーか、紅蓮の小僧は化け者だぞ。 例外になる奴らは兎も角、あいつにはつけ入る隙がない」

 

 それもそのはず、悠斗には朱雀の守護。 玄武の気配感知。 青龍の稲妻。 白虎の牙。 そこに、自身の超直感だ。 悠斗は例外を除き、隙が全くない。

 

「紅蓮の小僧にとって凪沙は、世界の全てと言っていい。 何かあったら飛んで来るぞ、あの小僧は。――もしもがあったら、最悪、殺されるぞ……」

 

 『何かあったらオレも小僧の対処じゃね。』と心の中で牙城は思い冷汗を額に一筋流した。

 牙城は悠斗に、凪沙の安全を保障した。 だが、それを破るとなると、排除の対象となるかも知れない。

 緋沙乃は嘆息した。

 

「大丈夫です。 此方の用意は万全、儀式も成功するでしょう」

 

「儀式……だと!?」

 

 牙城は鉄格子に指をかけ、緋沙乃に詰め寄ろうとする。

「お前ら、凪沙に何をする気だ……!? つか、オレの話を聞いてなかったのか!? 儀式なんかして失敗して見ろ、オレたちは全員共犯者で、小僧の排除の対処になるんだぞ!」

 

「心配いりません。 儀式は成功させ――」

 

 凪いだ湖のように平坦な声音で、彼女は告げた。

 

「アヴローラ・フロレスティーナを殺します。 今度こそ、完全に」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 暁凪沙は、浴槽の縁に頭を載せて、のんびりと溜息をついていた。

 神緒多神社の巫女たちが暮らす社寮の大浴場。 岩風呂風の天然温泉だ。 浴場内には他の人影はない。 広々とした浴槽を独占して、凪沙は温泉を満喫していた。

 

「ふー……気持ちいー……」

 

 澄んだ水面を漂いながら、凪沙が満足げな呟きを洩らす。

 浴槽のお湯は、熱すぎず心地好い温度だ。 噂によればこのお湯の効能は、筋肉痛や関節痛の治癒、病後回復や美肌効果など。 何よりも重要なのは、消耗した霊力を癒す優れた霊泉という事だった。

 一週間前、凪沙は何故か意識を失い倒れてしまった。 しかも、凪沙の血に宿る眷獣の反応もない。 何故、眷獣たちの存在が感じられないか不思議でしょうがなかった。 もしもの対策がされていた?と勘繰るが、いやいやそれない。と首を振った。

 そして、凪沙に対して祖母の緋沙乃が命じたのが、この温泉を使っての入浴だった。

 要は、時間が許す限り温泉に入って、体力を回復させろ、という事らしい。 凪沙が温泉に浸かっているのは、それが理由だ。

 水が合うという言葉があるが、実際、凪沙の肉体は神緒多の霊泉に良く馴染んだ。 絃神島という巨大な龍脈から離れた事で、無自覚に体力を消耗していたのだろう。 なので祖母は温泉を勧めてくれた。 凪沙はそう結論付けた。

 

「やっぱり温泉はいいよねえ。 雪菜ちゃんたちも一緒に来られたらよかったなー。 ここ混浴らしいしなぁ。 悠君と一緒に入りたかったかも……」

 

 凪沙は誰に言うともなく呟いた。 独りぼっちの入院生活が長かった反動か、口数が多いのは凪沙の悪癖だ。

 寝込んでしまった上に、神社の所在地がスマートフォンの圏外という事もあり、古城とは一週間、まったく連絡が取れていなかった。 凪沙に対して過保護な彼だから、今頃は大騒ぎしているに違いない。

 

「悠君が、安全を知られてたと思うんだけどなぁ。……古城君は、心配してるよねぇ。まったくもう、過保護すぎだよ」

 

 古城のスマートフォンの留守番電話サービスには事情を吹き込んでおいたのだが、古城がそれに気づいたかは定かではなかった。 焦りの余り、古城が無茶な行動に出ていなければいいのだが、と凪沙は余計な心配をしてしまう。

 その時──ガラガラガッシャンッ、と派手な騒音が浴場に鳴り響いた。

 少し遅れて、ひゃあっ、と頼りない悲鳴も聞こえてくる。

 

「だ、誰!?」

 

 凪沙は慌てて水面から頭を出して振り返った。

 積み上げてあった湯桶の山が崩れ落ち、その隣に尻餅をついている人影が見える。

 凪沙と同い年くらいの小柄な少女だ。 濡れた岩で足を滑らせて、裸のまま仰向けに転倒してしまったらしい。

 

「ご、ごめんなさい。すみません、ごめんなさい」

 

 あうう、と弱々しい声を洩らしながら、少女はもたもたと起き上がり、散らばった湯桶を片付け始める。 見るからに大人しく、気弱そうな雰囲気の()だった。

 泣き出しそうな不安げな表情をしているが、もともとそういう顔立ちらしい。

 生まれつきの体質なのか、彼女の髪の色は白かった。 神々しいまでの純白だ。

 しかし、凪沙の目を奪ったのは少女の髪ではなく、彼女の胸元だった。

 

「で、でかい……」

 

 少女の裸を凝視しながら、凪沙はごくりと唾を吞む。 小柄な体つきからは想像もつかないほどの巨大な二つの膨らみが、少女の動きに合わせて弾んでいた。 形といい大きさといい張りといい、凪沙の理想を体現したような胸である。

 そんな凪沙の視線に気づいたのか、白髪の少女はおどおどした態度で顔を上げ、

 

「あう……お、お見苦しい姿をお目にかけてしまいまして」

 

「いえいえ、そんな」

 

 結構なモノ()をお持ちで、と思わず声に出しかけて、凪沙はギリギリで思い留まった。『悠君も、大きいのが好きなのかな?』と思ったのは、彼には内緒である。

 湯桶の整理を終えた少女が、身体を流して遠慮がちに湯船に入ってくる。 神社の職員にしてはずいぶん若い。 間違いなく、凪沙とは初対面のはずだ。

 

「あのっ、ここの神社の方ですか?」

 

 少女は、少し慌てた様子で首を振り、

 

「ち、違います違います。ちょっとした事情があって、今だけお世話になってるんです」

 

「だったら、私と同じですね」

 

 少女に共感を覚えて、凪沙はにこやかに微笑んだ。 祈りや憑きもの落としの為に、神緒多神社を訪ねてくる客は多い。 彼女も訪問者の一人なのだろう。

 

「わ、私、白奈といいます。 闇白奈」

 

 ぎこちない口調で名乗りながら、少女が頭を下げた。 凪沙もつられてお辞儀しながら、

 

「よろしくお願いします。 えっと、私は──」

 

「し……知ってます。 暁凪沙さん、ですよね」

 

 凪沙が自己紹介をする前に、白奈が凪沙の名前を言い当てる。 凪沙はぱちぱちと目を瞬いて、

 

「そうだけど……どうして……?」

 

「緋沙乃様のお孫さんが来てると聞いていたので」

 

「そっか。 お祖母ちゃんの事を知ってるんだ」

 

「はい」

 

 白奈はおずおずと頷いて、自分の胸元に目を落とした。 彼女の胸の膨らみが、ほんのりと桜色に染まりながら、透明な水面に浮かんでいる。 深い胸の谷間が作り出す絶景は、氷河に彩られた美しさを連想させた。

 凪沙が一瞬我を忘れて、食い入るようにその光景を見つめていると、

 

「あの……もしよかったら、触ってみますか?」

 

 もじもじと頰を赤らめながら、白奈が自分の胸を凪沙に向けた。

 

「え? いいの!?」

 

「す、すみません……なんだか、気にしてるみたいだったので……」

 

「う、うん。 実は……でも、本当にいいの?」

 

「はい。 こんなもので喜んでいただけるなら」

 

「じゃ、じゃあ遠慮なく!」

 

 白奈の気が変わらない内に、と彼女の胸に触れる凪沙。 包み込むように丸めた凪沙の両手の掌から、白奈の胸が零れ落ちる。

 

「おお、こ、これは……!」

 

 経験したことのない手触りに、凪沙の気持ちが一気に上がる。 密着した掌に伝わってくるのは、ずっしりと心地好い重量感だ。

 

「柔い……それでいて、このしっとりとした弾力。 吸いつくような肌触り……絶品だよ!」

 

「う……う……」

 

 白奈は唇を嚙みながら、凪沙の蹂躙に耐えている。 恥じらいに満ちたその表情が、凪沙の気分を更に盛り上げた。

 

「ふわあああ……危なかった……意識が遠のくところだったよ……」

 

 白奈の胸を堪能して、凪沙は名残惜しそうに手を離した。

 白奈は顔を真っ赤にして俯いたまま、

 

「ま、満足していただけましたか……?」

 

「うん。 いやー……気持ちよかったよ。 ありがとね」

 

「そう……ですか」

 

 涙で潤んだような眼差しで、白奈が凪沙を見返してくる。 そして白奈は、口元に妖しげな笑みを浮かべた。 伸びてきた彼女の右手が、凪沙の二の腕をそっと握る。

 

「では、次は私の番ですね」

 

「へ……!?」

 

 白奈に引き寄せられて、凪沙は間の抜けた声を洩らした。 反射的に逃げ出そうとした凪沙を背後から抱き寄せて、白奈が肌を密着させてくる。

 

「ふふ……凪沙さんの背中、綺麗です」

 

「ちょ、ちょっと、白奈さん……!」

 

「だめ。 自分だけ他人のことを触るのはなしですよ」

 

 耳元に息を吹きかけられて、ひっ、と凪沙は全身を硬直させた。 電気が流れたような感覚が背筋を這い上り、手足に力が入らない。

 

「で、でも、ほら、凪沙なんて幼児体型だし、白奈さんみたいに立派じゃないし、朝ご飯食べすぎちゃってお腹ぽっこりで……」

 

「いやいや。 膨らみきらぬ蕾には蕾の風情があるというものよ。 己に自信を持つがいい」

 

 必死の説得を続ける凪沙を嘲るように、白奈がクッと喉を鳴らして笑った。

 先ほどまでの気弱げな彼女とは別人のように力強い口調だ。 声色も心なしか変わっていた。 老人臭い口調のせいか、年齢不詳な印象を受ける。

 

「し、白奈さん……そ、そこはちょっと……ひゃっ!?」

 

 脇腹あたりの敏感な部分を白奈に触れられて、凪沙はたまらず悲鳴を上げた。 白奈の人格は、さっきまでの彼女とは明らかに別物だ。 多重人格、或いは憑依──詳しい原理は不明だが、なんらかの理由で性格が激変している。 もしくは今の白奈こそが、彼女本来の人格なのかもしれない。 白奈の急激な変化に、凪沙は為す術もなく翻弄される。

 ぐったりと脱力した凪沙は、半ば朦朧とした状態で水面に仰向けに浮かんでいた。 そんな凪沙の首筋に、白奈が舌を這わせてくる。 白奈の白い髪が自ら意思を持つように動いて、凪沙の肌にそっと巻きついた。

 

「白奈さん、あなたは──!」

 

 凪沙が大きく目を開いて白奈を見た。 弛緩していたはずの凪沙の全身が、恐怖で再び強張った。 凪沙が見ているのは白奈本人ではなく、彼女の内側に潜む異質の魂だ。

 

「さすが緋沙乃の孫じゃな。 儂の本性を、こうも簡単に見透かしてくれるか」

 

 白奈が感心したような口調で告げてくる。 彼女の束縛から逃れようと、凪沙は必死に抗うが──、

 

「怯えずともよい。 我は魔族に似て真なる魔族に非ず。 寧ろ其方に近しい存在よ──十二番目のアヴローラ」

 

「い、いやっ……! だめ! 私たち(アヴローラとの)の繋がりを切らないで! (悠君)との繋がりも切れちゃう!」

 

 抵抗を続ける凪沙の瞳を、白奈が至近距離から覗き込んでくる。 その瞬間、凪沙の意識が弾け飛んだ。 流れ近んできた膨大な情報で、頭の中が真っ白に染まる。

 凪沙は力尽きたように動きを止めて眠りに落ち、彼女を見下ろして白奈は自らの唇を舐めた。

 意識をなくした凪沙の身体を、白奈は片手で抱き上げ浴槽を出た。 彼女が左手を一閃すると、虚空から真新しい白装束が現れる。 それを横たえた凪沙の上にかけ、白奈は自らも新たな白装束を羽織った。

 それが合図になったように、金色に輝いていた白奈の瞳から光が消えた。

 元の気弱げな表情に戻った白奈は、目の前で倒れている凪沙に気づいて息を吞む。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 凪沙の寝顔にそっと囁きかけて、白奈は静かに目を閉じた。

 白奈には二つの意思がある。 何世代にもわたって引き継がれてきた闇の意思。 そしてもう一つは、闇の力の器としての彼女だ。

 力を使うかを決めるのは闇の意思だが、実際に力を操るのは彼女──。

 彼女もまた、闇の原罪から逃れる事はできないのだ。

 『ごめんなさい。』と白奈はもう一度呟き、彼女の頰を涙が流れ落ちていく。

 自分が誰に赦しを請うているのか、それすら理解できないままに――。




これは、大晦日に起こった話ですね。リンクが切れたのは大晦日の夜です。牙城たちのやり取りから、大分時間が立ってますね。

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
牙城は、〝黒殻(アバロン)〟が湖に眠ってる事は半信半疑でしたね。原作とは違い、牙城はこの事は知りませんでしたから。


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咎神の騎士Ⅱ

早めに投稿ができました。悠斗君登場です。いやまあ、次回以降もだけどね(笑)
今回は繋ぎ回かも。本格的に動き出すのは次回からかな。

では、投稿です。
本編をどうぞ。



 凪沙は水の中に浮かんでいた。 見渡す限りの透明な檻。 周囲は深い空のように青く澄んで、揺らめく光の帯が、頭上の水面から雨のように、静かに降り注いでいる。

 息苦しくも、寒くもない。 柔らかな宝石の中を漂っているような不思議な感覚だ。

 

「ここ……どこ?」

 

 凪沙は視線を巡らせながら呟いた。 解けた長い髪が、尾ヒレのように追従してくる。

 他にも、凪沙の身を隠すものは何もない。 水面から射しこむ淡い光が、凪沙の白い素肌の上に、波のような、幾何学(きかがく)模様を描いている。

 

「え!? 私、なんで裸!? そういえば、神社のお風呂で──」

 

 夢を見ているのか。と思い、凪沙は自分の頰に触れてみる。

 また、呼吸や体温の心配をする事もなく、水中に潜っていられるという状況は現実ではあり得ない。 だが、これは夢ではないと、凪沙は感覚で解った。

 凪沙自身の意識も明瞭だ。 寧ろ、目覚めている時よりも知覚が冴えているような実感がある。 凪沙が捉えたのは、寄り添うように背後を支えてくれる小柄な少女だ。

 

「目覚めて……ますか、凪沙さん」

 

「白奈ちゃん!?」

 

 白奈に呼びかけられて、凪沙は声の方角に体を向けた。 その瞬間、バランスを崩して沈みそうになった凪沙の腕を、白奈が素早く引き寄せる。

 

「寒くはありませんか?」

 

「あ、はい」

 

 白奈の肌の温もりを感じて、むしろ気持ちいいです、と凪沙は危うく口に出しそうになる。

「あの、ここは?」

 

「神縄湖です。 水中の方が霊体を安定させやすいので」

 

「湖の……中?」

 

「凪沙さんの意識だけを、切り離させてもらいました。 幽体離脱……みたいなものです」

 

「え? 幽体離脱?」

 

 白奈の説明を聞いて、凪沙はうっすらと透き通る自身を見下ろした。

 幽霊になったという実感はないが、言われてみれば腑に落ちる点はあった。 水の冷たさや息苦しさを感じないのも、霊体ならば当然の事だ。

 

「じゃあ、今の白奈さんも生き霊ってこと? 凪沙の本当の体はどこ?」

 

「それは今……神縄湖の祭壇に」

 

「祭壇?」

 

 凪沙は頭上へと意識を向ける。 直接視認できる距離ではなかったが、幽体離脱の恩恵か、祭壇の存在はすぐに感じられた。

 陽光に煌めく水面に、神楽の舞殿に似た小さな祭壇が浮かんでいる。 小舟を連結させて造った木製の簡易祭壇だ。 祭壇上にいるのは、銀色の長剣を持った制服姿の少女。

 彼女に見守られるような形で、巫女装束を着せられた凪沙が横たえられている。

 見慣れた自身の姿。 だが、髪の色だけが、普段とは違っている。 光の加減で刻々と色を変えていく金髪。 逆巻く炎のような虹色の髪だ。

 

「……私の体をどうする気?」

 

 凪沙は白奈を見上げて聞いた。

 白奈は泣き出しそうな表情のまま、ゆっくりと湖底を指し示す。

 彼女の示す方角を目で追って、凪沙は動揺した。 得体の知れない恐怖に襲われて、寒気を覚える。 湖底に埋もれるような姿で沈んでいたのは、巻き貝に似た闇色の多面体だった。

 表面は黒い真珠に似て、陽炎のように不規則に揺らいでいる。 生物と人工物の特徴を兼ね備えた異質な物体だ。

 

「なに……あれ……」

 

「神緒多の土地に眠る災厄を封じるための結界です。 自衛隊の人々は“黒殻(アバロン)”と呼んでいますが」

 怯えたように呟く凪沙に、白奈が説明する。

 

「結界……あれが……? いや、待って。“黒殻(アバロン)”って事は、湖の底に沈んでいるのは――聖殲の遺産、なの……」

 

 白奈は、左右に首を振った。

 

「ご、ごめんなさい。 私には解らないんです。 で、でも、大丈夫……です。 大勢の人たちが、あれを鎮めるために動いていますから。 獅子王機関の攻魔師や、自衛隊の特殊部隊も集結してます。 緋沙乃様の采配です」

 

「お祖母ちゃんが……? で、でも、聖殲の遺産かもしれないんだよ。 獅子王機関は兎も角、自衛隊で如何にかなるものじゃないよ……」

 

「……大丈夫だと思います。 神緒多神社の本来の役目は災厄の眠りを見守り、鎮める事……ですから」

 

「鎮めるって……」

 

 凪沙はもう一度、湖底の黒い塊に視線を向けた。 不規則に揺らめく外殻は、内包された強大な魔力を封じ込めた薄い膜のようにも見える。

 だが、内圧が限界に達して、紙風船のように弾け飛ぶのではないか──そう思わずにはいられない。 そして、あんなものをどうやって鎮圧するというのだろう? 凪沙はそんな疑問を抱く。

 

「霊力に優れた巫女を人柱とする事で封印を強化する……それが、神緒多神社の神職に課せられたお役目です。 最後に儀式が行われたのは、七十年以上も昔の事ですが」

 

「人柱……」

 

 白奈が淡々と告げた返事に、凪沙は強く反応した。

 凪沙の脳裏をよぎったのは、異国の遺跡で、氷漬けのまま眠り続けていた少女の姿だ。 彼女も〝災厄〟を鎮める為、人柱として封印されていた。

 

「災厄を避けるために穢れなき乙女を湖に沈める──同様の儀式は世界各地で行われてきました。 ですが、今回の儀式は違います。 贄にするのは人ではなく魔族。 しかも彼女は、すでに死んでます……から。 凪沙さんの力で、現世に意識を留めていただけで」

 

「白奈さん、それって……まさか、私の体からあの子の魂を……!?」

 

 凪沙は絶望的な思いで頭上を見上げた。

 何故、祭壇に自分の体が横たえられているのか。 何故、幽体離脱という形で、自分の霊体だけが肉体から切り離されたのか──凪沙はそれを理解した。

 湖の上に造られた祭壇は生贄の霊体を抽出し、湖底の“黒殻(アバロン)”に送り込む為のものなのだろう。 生贄として使われるのは、凪沙の肉体に残されたもう一つの霊体──即ち、アヴローラの魂だ。

 

「十二に裂かれた第四真祖の眷獣──その一体を封印する為に生み出された、人造の吸血鬼、アヴローラ・フロレスティーナ。 災厄を鎮めるための生贄に、彼女以上の適任はいません。 それはあなたにも解るはずです、凪沙さん」

 

 凪沙の直感を裏付けるように、白奈が答える。 それは、ある意味で良く練り上げられた作戦だった。

 活性化した“黒殻(アバロン)”の封印を強化する為、外部から霊力を供給する。

 死者であるアヴローラの魂を人柱として使い、その結果、表向きは一人の死者も出さずに、生贄の儀式を執り行うことができるのだ。

 アヴローラは、第四真祖の魂を封印する器として造られた吸血鬼。 肉体を失ったとはいえ、彼女の霊体は、桁外れの魔力を残している。 ならば、彼女は生贄として最適だろう。

 アヴローラの魂が消滅すれば、依り代としての凪沙の役目も終わる。

 緋沙乃はそれを知っていた。 だから彼女は、この冷酷な計画に荷担したのだ。 霊力の酷使が齎す肉体の衰弱から、孫娘である凪沙を救う為に。

 だが──、

 

「駄目だよ、白奈ちゃん。 それは駄目……! アヴローラさんの事なら、近い内に何とかなるの! 彼女に触らないで!」

 

 凪沙が、祭壇で眠るアヴローラを庇うように両腕を広げた。

 しかし今の凪沙に出来るのはそこまでだ。 体に戻り儀式を妨害したくても、白奈の髪から伸びる純白の霊糸が、凪沙の霊体を水中繋ぎ止めて逃がさない。 霊糸こそが、他人の霊体を自在に操る能力の触媒なのだろう。

 

「“黒殻(アバロン)”の事なら、私たち(・・・)に任せてくれればいい! 悠君には、私から口添えするから!」

 

 “紅蓮の織天使(悠斗)”と“血の伴侶(凪沙)”が、“黒殻(アバロン)”に接触するのは危険が伴うと思うが、聖殲の遺産を鎮める事ができるのは、ほぼ確実と言ってもいい。

 凪沙は、『私たちが何とかする。 なので、獅子王機関、自衛隊は今すぐ手を引いて。』と言っているのだ。

 

「お願いです、凪沙さん。 聞き分けてください。 もう遅いんです。 迂闊に近づけば、あなたの魂も儀式に巻きこまれてしまいます……から」

 

 白奈の髪から伸びる霊糸が数を増し、凪沙の霊体を拘束していく。

 湖上の祭壇では生贄の儀式が始まっていた。 無数の巨大な魔法陣が水面を覆い尽くし、湖底の“黒殻(アバロン)”へと向けて、巨大な樹木のように束ねられ伸びていく。

 霊糸を経由して、アヴローラの魔力を送り込むつもりなのだ。

 

「“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”の一体を憑依させたまま何年も過ごすのが、そもそも無謀だったんです。 あなたがどれほど優れた巫女であっても、これ以上は自らの寿命を削るだけ……だから」

 

「違うの、白奈ちゃん!」

 

 そして凪沙は、真実(・・)に気づき、焦りに表情を歪め叫んだ。 白奈たちはまだ気づいていないのだ。

 凪沙は祖母譲りの霊力を持つ強力な巫女だが、同時に母親から素養を受け継いだ天然の“接触感応能力者(サイコメトラー)”でもある。 力が失われたといえ、感知する事は可能だ。 だからこそ、凪沙だけが辿り着く事ができた。 白奈を含めた攻魔師たちが気づかなかった真実、彼らが“黒殻(アバロン)”と呼んでいるものの正体に──。

 

「あれは封印なんかじゃないの。 監視してたのは、あの子の方なんだよ。 あの子を起こしちゃいけなかったの!」

 

 凪沙は気づいた。――――今の凪沙は、悠斗の“血の従者”ではなくなってしまった事に。 そう、今の凪沙は“人間”だ。 原因は、白奈に意識を切り離された時だろう。

 『これは拙い』。 凪沙はそう思った。 繋がりが切れたという事は、凪沙に何かあったという事になる。 そしてこの場所には、獅子王機関、自衛隊がいるのだ。 おそらく、悠斗の思考は嫌な方向へ傾くだろう。

 

「悠君が来る前に、私を早く此処から解放して! このままじゃ、皆が危険だよ!」

 

「凪沙……さん? あなた、何を言って……!?」

 

 白奈が初めて困惑を見せた。 だが、手遅れだった。

 祭壇から伸びた霊樹の幹が、“黒殻(アバロン)”へと到達し、アヴローラの霊体に残されていた魔力を吸い上げようと脈動する。

 

「なに……これは……!?」

 

 湖底に起きた異変を感知して、白奈が声を震わせた。

 “黒殻(アバロン)”の表面に亀裂が走り、その隙間から無数の影が現れる。 正体は、鋼色に輝く生物の姿。 それは、複眼を持つ蜂のようでもあり、長い尾を持つ蛇のような怪物だ。

 白奈にとっても予想外だったのだろう。 体に巻きついた霊糸を通じて、彼女の動揺が凪沙にも伝わってくる。

 しかし異変はそれだけでは終わらない。 鋼色の怪物たちを迎え撃つかのように、水中から巨大な影が出現する。

 意思を持つ濃密な魔力の塊。 異界からの召喚獣。 上半身は人間の女性に似て、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、猛禽のような鋭い鉤爪。 氷の人魚、あるいは妖鳥。──彼女は、アヴローラの中に封印されていた眷獣だ。

 

「……駄目……やめて……」

 

 眷獣を見上げて、凪沙が祈るように訴える。 だが、繋がり(リンク)が切れた凪沙には、彼女を止める術はない。

 妖鳥の翼から撒き散らされた膨大な魔力が、神縄湖全体を凍りつかせていく。 急激な凍結が齎す収縮と脆化により、あらゆる物質を塵に還す破壊的な凍気だ。 膨大な魔力を秘めた“黒殻(アバロン)”といえども、その攻撃の前にはひとたまりもない。

 だからこそ凪沙は絶叫する。

 

「アヴローラ! 駄目えぇ────────────!」

 

 瞬間、凪沙の視界は眩く蒼い光に包まれた。

 神縄湖と呼ばれていた場所の全てが、渦を巻く巨大な氷の結晶へ変わる。

 純白の霧と氷雪が、周囲の山々を覆い尽くしていく。

 薄れゆく意識の片隅でそれを知覚しながら、凪沙の霊体は光に吞まれていった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗は、神縄湖上空付近を、朱雀の背に乗り飛翔していた。 凡そ、神縄湖までは約十キロ弱。 時間で換算すれば、約一時間だ。

 その時、悠斗が感じたのは魔力の波動。 この波動には覚えがある。 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の波動だ。

 

「……急げ、朱雀。 嫌な予感がする」

 

 朱雀は一鳴きし、限界まで加速する。

 悠斗には、凪沙の無事を祈る事しかできない。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗の目に見えているのは、鋼色に輝く異形の怪物。

 全長は三、四センチ程、雀蜂に似た頭部と蛇の胴体、翼竜のような翼。

 鱗は通常のライフル弾程度では貫通できるものではなく、偵察用の高機動車を主体とした特殊攻魔連隊の装備では、火力不足。 戦闘力は獅子王機関の攻魔師が手古摺る程度に厄介だ。

 悠斗の視界に入るだけでも二十以上の大軍で、空を埋め尽くすような勢いで迫っているのだ。

 作戦本部の置かれた展望駐車場の周辺も、体長四、五メートルに迫る鋼色の魔獣たちが、十体近く暴れている。

 陣を敷いている自衛隊の戦力は、今はかろうじて拮抗ができていても、包囲を突破されるのは時間の問題。

 

「……“黒殻(アバロン)”の取り巻き。“蜂蛇(ボウダ)”って所か。……だが、封印にしてはこの状況はおかしい……」

 

 悠斗は頭の中にある情報から、“黒殻(アバロン)”の事について分析していく。

 もし、もしだ。“黒殻(アバロン)”は知識を必要とする“災厄”だった場合。 人柱にした生贄から知識を吸い上げたという事になる。 そして、獅子王機関がアヴローラを贄にした場合、“黒殻(アバロン)”は、アヴローラの知識を手に入れたという事になり、その情報で目覚めた。 そして“蜂蛇(ボウダ)”の大群は、災厄の先触れに過ぎない。 ならば、湖底に魔獣たちの主が潜んでいる。 そう結論できる。

 

「……成程な。 獅子王機関は“黒殻(アバロン)”の正体を見誤った。ってところか」

 

 だが、もしそうでも、獅子王機関がアヴローラの魂を利用したのは変わらない。

 悠斗の内心からは、闇の渦(・・・)が沸々と湧いてくる。 悠斗は気づく事はなかったが、悠斗の眷獣たちは闇に浸食されていく(・・・・・・・・・・・)

 

 ――閑話休題。

 

 悠斗回りを見渡すと、長身の巫女が薙刀で“蜂蛇(ボウダ)”と交戦し、その背には白髪の少女だ。 おそらく、老人の巫女は、白髪の少女を守りながら交戦しているのだろう。

 だが、悠斗は援護に駆け付けるか悩んでいた。

 白髪の少女は、悠斗が戦った獅子王機関の三聖、闇白奈だったからだ。

 悠斗の内心は『獅子王機関の三聖なら、死んでもいいだろ』という考えなのだ。といっても、凪沙の安否を確認するには重要な人材でもある。

 助けに入ろうと降下しようとした時、白奈の髪が、重力から解き放たれて音もなく舞い上がり、そこから伸びる不可視の霊糸が網の目のように湖一帯を覆う気配があった。 霊力の糸を介した巨大なネットワークを編み上げて、全てを白奈が掌握していく。

 自衛隊員たちの動きが変わったのは、その直後だ。

 生き残っていた装甲車搭載の機関砲が火を噴き、分厚い霧の中に隠れていた“蜂蛇(ボウダ)”たちを、砲弾が正確に撃ち抜いていく。 傍にいた他の隊員の視覚情報を使って、目標の正確な位置を割り出し“蜂蛇(ボウダ)”を殲滅する。 同様の光景は包囲網のあちこちで起こっている。

 一切の時間差を感じさせない、完全な連携。

 目の前の敵を殲滅した部隊は、戦力の手薄な部隊の援護に回り、救護部隊は行方不明だった負傷者の救助へと動き出す。

 白奈一人の意思が、戦場全体を支配している。 自衛隊員を駒として操っているのだ。

 

「……忌々しい力だ。 人を駒のように使うとはな」

 

 白い冷気の霧の中に、一瞬だけ浮かび上がったのは巨大な影だ。

 ”災厄”そのものに形を与えたような、黒く禍々しい影だ。 この影こそが“災厄”そのものなのかも知れない。

 おそらく、凪沙は、“災厄”付近に居る確率が高い。 悠斗は朱雀の加速を高め、現場に急行するのだった――。




……悠斗君。闇に浸食され始めましたね。(まだ本人は気づいていない)
てか、悠斗君の頭の回転は、凪沙ちゃんたち以上ですね。
次回、騎士と対面かな。でもまあ、悠斗君ならすぐに退けそうだが……。

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
凪沙ちゃんは、白奈が三聖だと気づく事はありませんでした。まあ、持ってる情報が膨大過ぎますからね。しょうがないちゃ、しょうがないです。


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咎神の騎士Ⅲ

予定より長くなってしまいました(;^ω^)
ご都合主義が満載ですが、ご容赦を。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


「なんだったんだ、さっきの魔獣は?」

 

 氷原の中央に立ち尽くしたまま、志緒が牙城に質問する。

 民間人に過ぎない牙城に、舞威媛が助言を求める、という時点で失態ではあるのだが、今はそんな建前を気にしている場合ではない。

 

「魔獣……か。 あれが、本当にただの魔獣ならいいんだがな……」

 

 しかし牙城は、思い悩んだような表情で答えてくる。

 

「どういう意味?」

 

「当たりだったのかもしれねェってことだよ。 この地に埋まってるって“災厄”。 婆ァの話、噓じゃなかったのかもな」

 

「災厄って……まさかさっきの龍族のことか……?」

 

 霧の中で一瞬だけ目にした漆黒の巨影を思い出し、志緒は声を低くする。

 龍族は、攻魔師である志緒にとっても未知の存在だ。

 “混沌界域”や暗黒大陸の奥地に少数だけ生き残っていると言われても、その実態は解らない。 人類以上の知性を持つという龍族は、魔族と魔獣の境界線上に位置する種族であり、旧き世代の吸血鬼をも凌ぐ、凄まじい戦闘力を持つ事で知られていた。 その龍族が神緒多地区に出現したら、獅子王機関や自衛隊による包囲網だけで防ぎきれるとは思えない。

 牙城は、志緒の呟きに素っ気なく首を振る。

 

「いや、そいつは違うな」

 

「え?」

 

「龍ってのは、護る者だろ」

 

「護る……者……?」

 

 牙城の曖昧な言葉に、志緒は困惑の視線を向けた。

 牙城は志緒に向き直って、いつもの胡散臭い笑顔を見せてくる。

 

「とにかく、一度引き上げようぜ。 どのみち怪獣退治はオレたちの領分じゃねぇ。 つか、凪沙を紅蓮の小僧に引き渡しての言い訳しねぇと、オレの命がない」

 

 それは、獅子王機関も例外じゃないんだぜ。と、牙城は笑いながら告げる。

 志緒はぎこちなく頷き、

 

「そうだな……うん……」

 

 志緒は牙城の提案を受け入れた。 牙城の説明を納得した訳ではないが、意識のない凪沙の体調が気がかりだったからだ。

 冷気の霧に包まれた湖上の気温は零度を下回っていた。 このまま凪沙が無防備に眠り続けていたら、最悪、体温を奪われて凍死の危険性もある。

 

「霧が、晴れてきたか……」

 

 近い湖岸に向かって志緒たちが歩き出したその直後、牙城が不機嫌そうに呟いた。

 眠っている凪沙を背負ったまま足を止めて、ゆっくりと周囲を見回している。

 牙城の言う通り、湖の周囲を覆っていた霧は薄れてきたように感じられた。 遠くの景色は未だに白く霞んでいたが、湖の対岸程度までは、うっすらと視認できるようになっている。

 

「急に静かになったな……嫌な雰囲気だぜ」

 

 盛り上がった氷の丘陵を睨んで、牙城が呟く。

 牙城が見つめていたのは、氷上に刻まれた不規則な染みだった。

 無数の亀裂に覆われた斜面のあちこちに、複数の鋼色の汚れが残されている。 それが単なる汚れではなく、引き裂かれた魔獣の死骸だと気づいて、志緒は小さく息を吞んだ。

 

「こんな……いったい誰が……!?」

 

 魔獣の死骸は一体や二体ではなかった。 四、五十体、あるいはそれ以上か──魔獣の群れが、一方的に虐殺されている。

 霧に隠れていたせいで気づかなかったが、生き残っていた魔獣の殆んどが、この場所に集結していたのではないかと思われた。 そして何者かと戦い、全滅したのだ。

 氷の斜面の中腹に、立ち尽くしている小さな影があった。 道着姿の白髪の女性だ。 彼女の手には抜き身の薙刀が握られている。

 

「緋沙乃様!?」

 

 驚く志緒の声が聞こえたのか、緋沙乃がゆっくりと振り向いた。

 志緒の背後にいる牙城を見ても、緋沙乃は驚かず溜息を吐くだけだ。

 

「斐川志緒……凪沙を助けてくれたのですね。 礼を言います」

 

「いえ、そんな。 私はなにも……」

 

 感謝の言葉を告げてくる緋沙乃に、志緒は慌てて首を振る。 事実、気絶した凪沙を保護した以外に、志緒は何もしていない。

 

「よう、婆ァ。 こいつらは全部あんたがやったのか?」

 

 牙城が緋沙乃に聞き、緋沙乃は冷ややかに牙城を見返して、

 

「そんなわけがありますか。 私も、つい先程これを見つけたところです」

 

「自衛隊の仕業、ってわけでもなさそうだな」

 

 そう言って牙城は、魔獣の死骸を靴の先で転がした。

 魔獣に残された傷跡は、刃物か、あるいは鋭利な爪などによるものだ。 銃器が主体の自衛隊の攻撃ではあり得ない。

 

「まるで、何かを護るために戦いを挑んだようにも見えますね……」

 

 志緒が無意識に感じた印象を口にする。

 全滅した魔獣の行動には明確な意思が感じられた。 女王蜂を守るのように一カ所に群がって、全滅するまで戦いをやめようとはしなかったのだ。

 志緒の言葉を無言で聞いていた緋沙乃が、何かに気づいたように顔を上げた。

 牙城は苦々しげな顔で頷き返すと、振り向きもせずに早口で志緒に聞いてくる。

 

「志緒ちゃん、筋肉強化系(フィジカルエンチャント)の術は使えるよな?」

 

「……できるけど、どうして?」

 

 志緒は、むっ。としながら聞き返した。

 しかし振り返る牙城の表情からは余裕が失われていた。 意識をなくしたままの凪沙の体を、志緒に押しつけてくる。

 

「凪沙を連れてここを離れてくれ。 なるべく遠くまでだ」

 

「え?」

 

 戸惑いを覚える志緒の頭上で、太陽が翳る気配がした。 銀黒色の巨大な影が、志緒たちの頭上へと旋回しながら降りてくる。

 その正体に気づいて、志緒は言葉を失った。

 十四、五メートルにも達する巨大な翼。

 鎧のような鱗と、分厚い刃のような蹴爪で武装した二本の後ろ脚。

 鞭のように伸びる太い尾と、肉食のトカゲに似た凶暴な顎。

 

「わ、飛龍(ワイバーン)……!?」

 

 空から舞い降りてくる巨大な魔獣を、志緒は呆然と見上げて呟く。

 嘗て、戦争の道具として使われた飛龍の戦闘力は、飛行系の魔獣の中では最強だ。 本物の龍には及ばぬまでも、他の魔獣とは格が違う。 太史局の六刃神官でも、単独で撃破することは不可能だろう。

 志緒をさらに動揺させていたのは、飛龍の背中に据え付けられた騎乗用の鞍だった。

 鞍上には、騎槍を構えた騎手の姿。 漆黒のマントを羽織った、黒銀の騎士だ。

 

「魔獣を皆殺しにしたのは、あいつか」

 

 “死都”から取り出した機関銃を構えて、牙城が言った。 大火力を誇る軍用重機関銃が、飛龍(ワイバーン)の巨体の前には頼りなく感じられる。

 

「正義の味方……というわけじゃなさそうだな」

 

 黒銀の騎士を睨んだまま、牙城が緋沙乃に問いかけた。 緋沙乃は厳めしい表情のまま頷いて、

 

「ええ。 今、姿を現したということは、あの者の目的はおそらく──」

 

「神縄湖の災厄そのもの、か……最悪の予想が的中しやがったぜ」

 

 牙城の悪態と同時に、黒銀の騎士が動いた。 飛龍(ワイバーン)を自らの手脚のように操って、志緒たちの頭上から一気に襲いかかってくる。

 

「牙城、飛龍(ワイバーン)の相手は任せます。 乗り手は、私が──」

 

「ただでさえ老い先短いってのに、無理すんじゃねーぞ!」

 

 緋沙乃と牙城が武器を構えて散開した。

 牙城の機関銃が轟然と火を噴き、飛来する飛龍を迎撃する。 機関銃に給弾されているのは、対魔族用の琥珀金弾。 だが、蜂蛇(ボウダ)たちの鱗を容易に貫通したその弾丸が、飛龍(ワイバーン)には通じない。

 一方、緋沙乃は黒銀の騎士に向かって、攻撃用の式神を放っていた。

 ハヤブサに似た銀色の猛禽が、弾丸並の速度で騎士を襲う。 だが、二十体を超える緋沙乃の式神は、黒銀の騎士に触れた瞬間、砕け散るように消滅した。

 防御されたわけでも、撃ち落とされたわけでもない。 式神としての機能を失って、完全に無効化(・・・・・・)されたのだ。

 

「なに……!? どうなってるの!?」

 

 志緒は牙城たちの苦戦する様子を、困惑しながら見つめていた。

 いくら強靭とはいえ、生物に過ぎない飛龍(ワイバーン)が、琥珀金弾の銃弾を無傷で撥ね返せるとは思えない。 ましてやただの人間が、魔術も使わずに緋沙乃の式神を無効化できるはずがない。

 騎士の強さの性質は異常で異質だった。 牙城と緋沙乃には、その異質さに対抗する手段がない──。

 おそらく牙城たちは、最初から気づいていたのだろう。 だから牙城は、志緒に離れろと言ったのだ。 自分たちが時間を稼いでいる間に、逃げてくれ、と。

 

「走れ、志緒ちゃん!」

 

 機関銃を投げ捨てて、牙城は新たに対物ライフルを構えた。 本来なら、地面に固定して使う巨大な銃を、強引に腰だめに構えて撃ち放つ。

 飛龍(ワイバーン)の眉間に撃ち込まれた弾丸は、凄まじい魔力を撒き散らしながら爆発した。 濃縮した魔力を撃ち出す弾丸、呪式弾だ。

 飛龍(ワイバーン)は大きく仰け反り動きを止めたが、それも一瞬の事だった。 殆んど無傷のまま首を振り、牙城を嘲笑うように咆吼する。

 

「呪式弾が……効いてない……!?」

 

 目の前の信じられない光景に、志緒は無意識に足を止めた。

 その直後、緋沙乃が振り下ろした薙刀が、甲高い音を立てて砕け散る。 黒銀の騎士が握った槍が、奇怪な波動を放ちながら緋沙乃を地面に叩きつけていた。 特殊攻魔部隊の教官を務める程の緋沙乃が、為す術もなく一方的にやられている。 彼女が弱いわけではない。 黒銀の騎士の装備が、緋沙乃の攻撃を封じているのだ。

 

「緋沙乃様!?」

 

 鮮血を吐く緋沙乃の姿に、志緒は悲鳴を上げた。 凪沙を凍った湖面に横たえて、志緒は銀色の洋弓を構える。

 

「──認証申請! 六式降魔弓・改(フライクーゲル・プラス)、解放!」

 

「よせ、志緒ッ!」

 

 血塗れの牙城が、志緒に怒鳴った。

 しかし志緒は、牙城の警告を黙殺した。 この状況で牙城や緋沙乃を救えるのは、志緒の、六式降魔弓・改(フライクーゲル・プラス)だけなのだ。 獅子王機関が誇る最新鋭の制圧兵器なら飛龍(ワイバーン)が相手でも、一撃で消滅させられるはず。

 

「獅子の舞女たる高神の真射姫が請い奉る! 白刃(ひかり)、あれ──!」

 

 残された呪力全てを注ぎ込んで、志緒は最大威力の攻撃を放つ。

 呪矢に取り付けられた鳴り鏑が、高密度の魔法陣を描き出し、吸血鬼の眷獣にも匹敵する巨大な魔力の砲弾を生成する。

 その灼熱の閃光を黒銀の騎士は自らのマントで受け、水面に零したインクのように騎士のマントが虚空を侵蝕し、厚みを持たない漆黒のオーロラとなって、呪術砲撃は闇の中に吞み込まれ消滅した。

 ――そう、まるで最初から存在しなかったかのように。

 

「う……噓……」

 

 矢を放ち終えた姿勢のまま、志緒は全身を竦ませる。

 黒銀の騎士が、ゆっくりと振り返って志緒を見た。 そして、音もなく飛翔した飛龍(ワイバーン)が、志緒の方へと突撃する。

 騎士の槍の切っ先は、志緒の心臓へと向けられていた。 それでも志緒は動けない。 限界以上の呪力を放出したせいだ。 呪力の枯渇で全身の力が抜けていく。

 自分の胸元へと迫る槍の輝きが、志緒の瞳にスローモーションで映っている。

 ゴッ、と鈍い衝撃があり、志緒は背中から氷原に叩きつけられて、頰に温かな鮮血が降り注いだ。

 志緒が流した血ではない。 彼女の盾となって、代わりに槍に貫かれた者がいたからだ。

 志緒の正面を向いている牙城が、両膝を氷の地面に突ける。

 

「……逃げろ……志緒……」

 

 牙城は目を閉じたまま動かない。 牙城の背中からは、凄い勢いで血液が流れ出している。

 志緒を庇って、黒銀の騎士の攻撃を受けたのだ。

 

「違う……違うんだ……私……こんなはずじゃ……」

 

 志緒が弱々しく首を振る。

 志緒にも解っていた。 この状況を招いたのは自分自身だ。 牙城の警告を無視して黒銀の騎士を攻撃し、そのせいで牙城は重傷を負ったのだ。

 自分の勝手な行動が、牙城たちを窮地に追い込んだ。

 ――――絶対絶命のその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠斗が、朱雀の背に乗って姿を現したのだ。

 飛翔する朱雀の背で立ち上がり、

 

「……降臨せよ、黄龍」

 

 悠斗は、自身の隣に黄金の龍を召喚した。

 

「――雷神槍(らいじんそう)

 

 黄龍が放った稲妻の槍が、騎士の槍を弾き返す。

 牽制攻撃とはいえ、黄龍の攻撃に耐えたという事は、騎士が携える槍は何かしらが付与されている。 そう考えるのが妥当だ。

 悠斗は、朱雀の背から飛び降り、回りを見渡し溜息を吐く。

 悠斗の後方で横たえられている凪沙。 負傷してる牙城に緋沙乃。 牙城が庇い、呪力が枯渇した志緒だ。

 獅子王機関、自衛隊は壊滅状態であり、神縄湖は知っての通り、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の魔力の波動により氷の結晶と化している。

 

「……んだよこの状況は、俺は何処に怒りをぶつければいいだよ……」

 

 悠斗は、もう我慢の限界だ。と呟き、目を向けたのは、飛龍(ワイバーン)に乗り、槍を構え、漆黒のマントを羽織った騎士だ。

 

「……お前でいいや」

 

 悠斗の内から黒い何かが眷獣たち包み、闇に沈む。

 悠斗は言葉を紡ぎ朱雀と融合するが、付与された翼は紅蓮でなく漆黒(・・)だ。

 召喚した黄龍と、融合した悠斗の魔力の波動を当てられ、漆黒の騎士は冷汗を額に一筋流した。

 その時――、

 

「──“娑伽羅(シャカラ)”!」

 

 静かな、威厳に満ちた美しい声が聞こえてくる。

 金色の霧から金髪碧眼が姿を現し、異界からの眷獣を召喚し、悠斗に攻撃を仕掛けたのだ。

 

「……闇夜の翼(ヘル・ウィング)

 

 だが悠斗は、背に付与された漆黒の翼で体を包み込み、“娑伽羅(シャカラ)”の攻撃を防いだ。

 

「……ふーん。……これが噂の、煉獄(・・)の力ってところかナ……」

 

 ――煉獄の力。

 それは、神の力が負に傾くと現れる力。 今の悠斗は、負の感情が渦巻いてる状況なのだ。

 

「キラ、トビアス──あれは任せる。 せっかくの手がかりだ。 丁重にもてなしてあげてくれ。 僕は、天使と遊ぶよ。 いや、今は悪魔(・・)かな」

 

 貴族青年は、黒銀の騎士を睨んで部下に呼びかけ、彼は、氷上に横たえられた凪沙の方へと近づいていく。

 だが、この時、悠斗の背の翼のから、鋭い棘のような物が放たれる。

 

「――“跋難陀(バツナンダ)”!」

 

 ヴァトラーが召喚したのは、鋼の刃で覆われた蛇だ。

 無数の剣の鱗を持つ蛇は、漆黒の棘と衝突し、それを弾き飛ばす。

 

「……暁凪沙を視認できてないのか」

 

 ヴァトラーは、悠斗と凪沙、回りを見渡してから、

 

「……成程。 暁凪沙を傷つけられて、かなり頭にきてたんだネ」

 

 戦闘になるが、ヴァトラーは凪沙たちを護るように戦っていた。

 ヴァトラーは、『昔の借りを返すよ、暁凪沙たちを護るって事でネ』こう内心で思っていた。

 

 ――閑話休題。

 

 ヴァトラーができるのは、悠斗の攻撃から凪沙たちを護る事だけだ。

 “今後の戦闘と混乱を楽しもうとする。” もし、ヴァトラーが現状で他の眷獣たちを召喚すると、この場から約二キロは吹き飛ばしてしまう。

 なので、ヴァトラーは――、

 

「(暁の巫女よ。 どうか悠斗を止めておくれ)」

 

 と、思った。

 そして、黄金の龍と蛇が衝突し、ヴァトラーは戦闘を続けるのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 暁凪沙は、不思議な空間の中にいた。 四方形の空間の中で、自身は浮いているといえばいいのか。 そんな感じだ。

 ちなみ衣服は、巫女装束のままだ。

 

「……此処はどこだろう?」

 

 漂いながら、凪沙は呟く。

 そして、後方から声が聞こえてきた。 懐かしいような、聞き覚えがある声だ。

 凪沙は其方に振り向き、目を丸くした。

 凪沙の目に映ったのは、――――悠斗の家族だったからだ。 何かしらの力によって現世に魂を留めていたのだろう。 おそらく、眷獣が留めていた。が妥当だ。 魔力の塊である眷獣なら可能と考えられる。 そう凪沙は結論付けた。

 

『初めましてかな。 オレの名前は、神代龍夜(かみしろ りゅうや)。 神代悠斗の父親だ』

 

『私の名前は、神代優白(かみしろ ましろ)、悠斗の母親よ。 あの子がお世話になってます』

 

『私は、神代朱音(かみしろ あかね)、悠斗の姉よ。 よろしくね、凪沙ちゃん』

 

 残留思念だけどね。と朱音が言い、神代一家は笑った。

 凪沙は、こういうのは最初が肝心なのにー。と内心で呟きながら、

 

「あ、暁凪沙です。 よろしくお願いします」

 

 ペコリと頭を下げる凪沙。

 凪沙がこの空間に入れたのは、意識が切り離された状況であり、アヴローラ・フロレスティーナの魂が共鳴したからだ。 それを神代一家から聞いた凪沙は、なるほど。と頷いた。 ちなみに、この空間での十分は、外界での一秒らしい。

 という事なので、神代一家と凪沙は約一時間程、悠斗と自身の絃神島生活について談笑した。

 

『成程な。 悠斗と凪沙ちゃんは、絆を深めて婚約者になったのか』

 

『辛い事も一杯あったと思うけど、私たちの子は立派に育ってくれたのね』

 

『うんうん、悠斗の姉として鼻が高いよ』

 

 龍夜、優白、朱音と呟く。

 

「い、いやー。 それ程でも」

 

 恥ずかしくなった凪沙は、右を掻き、顔も桜色に染まっていた。

 それにしても、外は戦闘の真っ最中だというのに、凪沙たちはかなり和んでいた。

 談笑が終わり、張り詰めた空気に変わった所で、龍夜が本題に入る。

 

『今の悠斗は暴走状態に近い。 そして被害を最小限に留め、悠斗を止められるのは、凪沙ちゃんだけだ』

 

『私たちが、悠斗の眷獣の支配権を一時的に奪い、凪沙ちゃんに託すからね』

 

『私たちが使役してた眷獣だから、可能な芸当なんだけどね』

 

 確かに、優白と朱音の言う事は可能だ。

 元を辿れば、朱雀、青龍、白虎は、両親たちが宿していた眷獣なのだ。 玄武に関しては、一族で位が高かった龍夜が呼びかければ機能が停止するだろう。

 

『残るは、黄龍と麒麟か……オレたちは見た事ないし、奴らとは面識がないからな……』

 

 黄龍と麒麟は、悠斗が宿した眷獣だ。 なので、本人から機能を奪う事は不可能である。

 龍夜の言葉に、凪沙が龍夜を正面から見る。

 

「そこは任せて。 私とアヴローラで呼びかける。 私たちでなら可能だよ」

 

 今の凪沙は人間だ。 悠斗の“血の伴侶”としての繋がりが切れている為、上手く干渉できるとは限らないが、凪沙たちは確実に成功すると思っていた。

 きっと、自身と悠斗の絆は、切っても切れないもの。と、凪沙は強く思ってるから、今の発言をしたのだろう。

 確かに、これまで凪沙と悠斗が築き上げた時間()は、誰が見ても強固なものだろう。

 凪沙の目の前に現れたのは、光の加減で色を変える淡い金髪。 だが、場合によっては、燃え上がるような虹色の髪を持つ、妖精のような少女だ。――十二番目の“焔光の夜伯(カレイドブラッド) ”アヴローラ・フロレスティーナだ。

 この空間でならば魂だけだとしても、元の体を再現する事が可能なのだ。

 

「アヴローラ。 さっきの話に付きあってくれる?」

 

「我の魂は、暁の巫女と共に――」

 

「そっか。 じゃあ、お願いね」

 

「汝の願い、訊き届けた――」

 

 アヴローラの魂は、凪沙の体の中に入っていった。

 

『それじゃあ、オレたちもだな』

 

『凪沙ちゃん。 朱雀の所有権を奪ったら、すぐに融合して。 そしたら、多少の無理は可能だと思うから』

 

『魔力は心配しなくても大丈夫。 私たちで何とかするわ』

 

「わかった」

 

 凪沙が頷くと、神代一家の魂は、凪沙の中に入った。

 凪沙は深呼吸をしてから、現実世界に帰還する。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「暁の巫女よ。 お目覚めかな」

 

「ヴァトラーさん。 後は任せて下さい」

 

 凪沙が置き上がり、ヴァトラーにそう言うと、ヴァトラーは静かに微笑んだ。

 

「後は貴女に任せます。 悠斗が目を覚ましたら、こう言って下さい。『蛇遣いは、借りを返した』と」

 

「わかりました」

 

「では、そのように。 僕は王子の元へ向かいます」

 

 凪沙がヴァトラーの顔を向けた方を見ると、そこには、イブリスベール・アズィーズ──第二真祖“滅びの瞳(フォーゲイザー)”の直系にして、“滅びの王朝”北方八州を統べる王子がいた。

 どうやら、イブリスベール・アズィーズは、今の紅蓮の織天使(悠斗)には興味が無いらしい。

 確かに、今の悠斗は理性を失い、ただの獣だ。 こんな状態で勝負を挑んでも、ただの作業と変わらない。

 

「……悠君。 朱君たちの所有権を一時的にもらうね」

 

 凪沙が左手を突き出すと、悠斗の内から、魂のようなものが吸い上げられていく。――そして、悠斗の背の漆黒の翼は消え、朱雀、青龍、白虎の所有権を奪う事に成功する。

 玄武を奪う事はできなかったが、状況から察するに召喚の機能が停止している。 悠斗は、眷獣の所有権を奪われるとは思っていなかったのだろう。 かなりの動揺の色が窺えた。――そう、常時の守護も消えているのだ。 悠斗が平静だったならば、このような事態は上手く回避してた事だろう。

 そして、悠斗に残された眷獣は、黄龍と麒麟のみだ。

 凪沙は言葉を紡ぐ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱君!」

 

 凪沙と朱雀は融合し、背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。

 本来なら、凪沙が眷獣と融合するのは不可能だ。 だが、今の凪沙の中には、朱音の魂があるのだ。 この融合は、その賜物とも言えるだろう。

 

「――おいで、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 黄龍は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)によって抑えつけられた。

 黄龍も、ヴァトラーとの戦闘で激しく消耗しており、今にも具現化が解けそうだ。

 勝負は目に見えていた。 そして、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の吹雪が、黄龍を氷漬けにしていく。

 困惑する悠斗を余所に、凪沙な悠斗の前まで歩みより、正面から優しく抱きしめた。

 

「悠君、私の隣で笑ってて下さい。――――愛してます」

 

 凪沙は、自身の想いを悠斗にぶつけた。

 すると、悠斗に反応があった。

 

「…………凪沙……か」

 

「……うん、凪沙だよ」

 

 凪沙は、悠斗の唇に自身の唇を合わせた。

 悠斗と凪沙の間には、再び繋がりが構築され、この瞬間に凪沙は、悠斗の――――“血の伴侶”に戻り、周囲を囲むように光の渦が舞い上がった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗が目を覚ました場所は、暗闇に包まれた空間だ。

 何度か訪れた事がある、眷獣たちの精神世界とも異なる。

 

「どこだ、ここ。……てか、俺。 暴走したんだっけか」

 

 そこら辺が曖昧で思い出せねぇ。と呟く悠斗。

 悠斗が腕を組み考え込んでいると、すると目の前から一人の少女が姿を現す。

 顔立ちは凪沙だが、しかし髪の色が違っている。 髪は色を淡い金髪。 だが、見方を変えると、燃え上がるような虹色の髪の少女だ。

 

「再び、相見えることができたな」

 

 悠斗は、震えた声で呟く。

 

「お、お前。 アヴローラなのか……」

 

「我の名は、アヴローラ・フロレスティーナ。 久しいな、悠斗」

 

 悠斗が、『凪沙はどうしたんだ?』と問いかけると、アヴローラが、『優しき、暁の巫女の御霊(みたま)は、我の中に』という事だ。

 詳しい理屈は解らないが、凪沙がアヴローラに体を貸し、アヴローラは表に出る事ができたらしい。 アヴローラの話によれば、此処の空間は、悠斗の心の中だという事だ。

 

「つっても、暗過ぎないか」

 

「それは悠斗。 汝が、闇に呑まれそうになってるから」

 

「……闇、か。 てことは、煉獄の力が発動したのか……。 あの力は、色々とマズイぞ……」

 

「案ずるではない。 汝と四神たちの動きは、暁の巫女の元に」

 

 アヴローラの話によると、悠斗の両親の魂があったからこその芸当。と言っていたが。

 悠斗はそれよりも、

 

「(……マジか。 凪沙が俺の両親と会ってたとはな)」

 

 と、いう思いの方が強いのだ。

 

「汝の麒麟は、まだ不完全なのか?」

 

「一度だけ手を貸してくれたんだが、それ以降は技が制限されてな。 召喚に応じてくれるのも、奴の気まぐれが多い」

 

 MARにあったアヴローラの亡骸を守る時に、自ら封印を解き手を貸してくれたが、以降は力が制限され、上手く召喚できるかも危うい。

 

「この暗闇から脱出するには、奴の力が不可欠」

 

「……黄龍に負担かけすぎた、って事か」

 

 悠斗は暴走し、黄龍に無理をさせすぎた。 なので、現状で黄龍の力を頼るのは不可能だろう。 脱出の鍵である麒麟も、力が制限され、神の力を出し切れていない。

 そして悠斗は、アヴローラの言葉の真意を読み取った。

 アヴローラはこう言っているのだ。――――『我の血を吸血すれば、麒麟の支配下は、完全に悠斗のものになる』と。

 現在、悠斗の血に住まう眷獣は、黄龍と麒麟なのだ。

 

「でもなぁ……」

 

「……悠斗。 我の血を吸血するの不服? 悠斗って、ヘタレ?」

 

 こてんと、可愛く首を傾げるアヴローラ。

 

「おいこら、シリアス空気をぶち壊しだな。 つーか、その言葉どこで覚えたんだよ」

 

 肩を落とす悠斗。

 

「以前、暁の巫女が言っていたのを思い出しただけ」

 

「そういう事。 まあ、魂が共存してるなら不思議ではないし」

 

「で、あろう」

 

「……急に片言になるなよ。 それにしても、一緒に遊んでた事を思い出すな」

 

 アヴローラは微笑んだ。

 

「……“るる家”の凍てつく醍醐(だいご)の滴を食した」

 

「そうだな。 るる家のアイスは美味かった。 いや、アヴローラたちと食べたから美味く感じたのかもな」

 

 暫しの沈黙が流れ、アヴローラが口を開く。

 

「……悠斗。 汝は、暁の巫女と共に歩むべき。 我は悠斗を、暁の巫女の元へ送り届けたい」

 

 悠斗は覚悟を決めた。

 

「……わったよ。 お前の血を吸わせてもらうよ。……つっても、元は凪沙なんだけどな」

 

「いや、暁の巫女の魔力(霊力)と共に、我の魔力も混合している」

 

「……成程な。 覚醒した事で、アヴローラの魔力が循環し始めた。ってところか」

 

 もし、悠斗が吸血をし、アヴローラの魔力が悠斗にも循環すれば、アヴローラの魂は、悠斗の中に留まる事も可能になるらしい。

 まあでも、アヴローラの魂は、凪沙に任せるのが得策だろう。

 

「……俺、規格外さが増してくな」

 

「それは元から、心配いらない」

 

「おいこら、平然と同意するな」

 

 アヴローラは悠斗の前まで歩み寄り、右手で衣服装束をずらすと、肩から、白い肌と細い鎖骨。 首筋が露わになる。

 そして、悠斗の瞳は真紅に変わり、唇の隙間から牙が覗く。

 悠斗はアヴローラをゆっくり抱き寄せ、悠斗の牙が凪沙の体にそっと埋まっていく。

 

「……んん」

 

 アヴローラの口から、弱々しい吐息が洩れる。

 やがて、抱き付いていたアヴローラの力が抜け、吸血が終わった悠斗は、そっと牙を抜いた。

 そして、アヴローラから離れ、

 

「悪い、痛かったか」

 

「ん、問題ない」

 

 巫女装束を直したアヴローラがそう呟く。

 悠斗はというと、魔力が全快し、麒麟の封印は完全に解け、アヴローラの氷の魔力も使用できるようになっていた。

 

「さて、行くか」

 

「我も、暁の巫女と共に。我、暁の巫女の肉体を借りている」

 

 悠斗は、そうだな。と頷いた。

 左手を突き出し、言葉を紡ぐ。

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

 悠斗の正面に召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は、黄金の衣を纏った神獣だ。

 アヴローラと悠斗が麒麟に背に乗り、悠斗が合図をするとその場から跳び、黄金に輝く神獣は一筋の閃光へ変わる――。




神代一家の魂は、悠斗君がヤバくなったら出てくるような感じになってました。
まあ、作者の独自設定ですね。(無理矢理感が否めないが)
つか、ヴァトラーがいい人過ぎる(笑)

ではでは、次回もよろしくです!!


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咎神の騎士Ⅳ

更新です。
矛盾が出てきてないか、怖いっス(-_-;)
さて、今回もご都合主義満載ですね(笑)
ちなみに、悠斗君が平静に戻った時、黄龍と麒麟は、具現化を解きました。

では、更新です。
本編をどうぞ。


 悠斗が目を開けると、正面では凪沙が微笑んでいた。

 

「おかえり、悠君」

 

「ただいま。 悪いな、暴走しちゃって」

 

「ううん、私の為に怒ってくれたんでしょ?」

 

 悠斗は、そうだな。と頷き、

 

「それにしても、本当に朱雀と融合してるとは……」

 

 凪沙の背からは、二対四枚の紅蓮の翼が付与されているのだ。

 悠斗が付与する守護はなくなってしまったが、悠斗には、先程手に入れた力を使う事ができる。

 

「氷結を司る妖姫よ。 我を導き、守護と化せ!――来い、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

 

 悠斗は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)と融合した。

 本来なら、融合ではなく憑依という形になるのだが、アヴローラの魔力を取り入れた事で、朱雀と同様な事が可能になったのだ。

 悠斗の瞳には蒼が入り混じり、背から二対四枚の氷結の翼が出現する。

 

「初めて見るけど、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)との融合は綺麗だね」

 

「そうか? まあ、朱雀の蒼バージョン的な感じだしなぁ。 てか、俺らもヴァトラーたちの所に行くか」

 

 悠斗たちがヴァトラーの元へ歩み寄ると、悠斗の目に映ったのは、超小型結脚戦車(マイクロロボットタンク)から顔を出してる浅葱。 リディアーヌの、超小型結脚戦車(マイクロロボットタンク)補助腕(マニピユレーター)に回収された、牙城に志緒、そして緋沙乃。

 ヴァトラーは悠斗に気づき、振り向いた。

 

「おや。 戻ったんだね、悠斗」

 

「まあな。 凪沙たちのお陰だ」

 

 悠斗の姿を見たヴァトラーは、ふむ。と頷き、

 

「その姿は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)との融合かイ?」

 

「ああ、そうだ。 ちょっと色々あってな、可能になったんだよ。 で、今の状況は?」

 

「咎神の騎士と、イブリスベール・アズィーズ殿下が戦闘中だよ」

 

「……成程。 咎神の騎士か」

 

 ――咎神の騎士。

 彼らは、聖殲派の武装工作員だ。 だが、悠斗は不可思議に思った事があった。

 “カインの巫女”である浅葱に向かってなぜ矛を向けた? 奴らならば、“カインの巫女”を傷つけようとしないはずだ。

 悠斗が考えた事は二つだ。

 ――咎神の騎士は、浅葱が“カインの巫女”という事を知らなかった。

 ――咎神の騎士が奉る“カインの巫女”はもう一人いる。

 後者の場合は、今より面倒くさそうになりそうだなぁ。と思い、溜息を吐く悠斗。

 悠斗は、まあ今はいいや。と思い、思考を停止させた。

 

「(……それにしても、雷酸の王蛇(メルセゲル)か……)」

 

 イブリスベールが召喚していた眷獣は、飛龍(ワイバーン)の巨体をも凌ぐ、王蛇(コブラ)に似た眷獣だ。 王蛇(コブラ)は猛毒の瘴気を纏っており、生物が触れるだけで絶命するだろう。 王蛇(コブラ)によって支配された空間では、雷酸の王蛇(メルセゲル)の猛毒の範囲内。 相手にすると、苦戦を用いられる眷獣ともいえるだろう。

 雷酸の王蛇(メルセゲル)は、マウィア第二王女()の眷獣のはずだ。 だが、雷酸の王蛇(メルセゲル)はイブリスベールが使役している。 考えられる可能性は一つだけだ。――姉を食らい、イブリスベールは、雷酸の王蛇(メルセゲル)を取り込み戦力を強化したのだろう。

 咎神の騎士は、黒銀の鎧に今はかろうじて護られているものの、力尽きるのは時間の問題だ。

 その時だった。 咎神の騎士は、騎槍を氷原の上に突き立て、其処に落ちていたのは、牙城が投げ捨てた重機関銃だ。 騎槍が機関銃を貫いた瞬間、騎槍の輪郭が歪み、融けた飴のように流動して、鋭利な騎槍が無骨な銃器へと姿を変えていく。

 錬金術師が使う物質変成に似ているが、本質は別物。 錬金術師は物質の組成を自在に操るが、原理の解らない複雑なメカニズムを再現することはできない。

 対しては咎神の騎士は、騎槍の組成は変えないままに、弾丸を撃ち出すという機能だけを模倣した。機関銃という兵器の“情報”だけを奪ったのだ。

 騎槍の先端に新たに穿たれた銃口から、漆黒の弾丸が撃ち出され、隙ができた瞬間に、傷ついた飛龍(ワイバーン)が飛翔した。 飛龍(ワイバーン)は騎士を拾い上げ、そのまま上空へと逃れていく。 魔獣の限界を超えた凄まじい加速だった。

 騎士の姿は小さくなり、消え残る冷気の霧に紛れて消える。

 

「逃げた……いや、より有利に戦える場所を求めて撤退したか。 小癪な奴よ」

 

 イブリスベールが苛立たしげに呟いた。

 咎神の騎士は、近代兵器の能力を模倣する。 だとすれば、周囲に何もない氷原よりも、利用できる兵器の多い場所の方が圧倒的に有利に戦えるはずだ。

 

「首尾はどうだい、キラ?」

 

 ヴァトラーが誰もいない方角に向かって呼びかけると、その場に銀色の霧が集まって、美しい少年の姿を生み出した。 彼の指先には、熔岩に似た琥珀色の糸が結びつけられて、それが上空に向かって伸びている。

 

「問題ありません、閣下。 捕まえました」

 

 キラ・レーベデフが恭しく答えた。

 彼らのやりとりを聞いていたイブリスベールは不満げに鼻を鳴らし、

 

「端から、聖殲派の隠れ家をあぶり出すのが狙いか。 喰えない男だな、蛇遣い──」

 

「我らが戦王の下知でしてね」

 

 ヴァトラーは素知らぬ顔で肩を竦める。

 

「──彼の咎神を滅ぼすことが、我ら戦王の末裔の宿願。 その為の聖域条約だと」

 

「その言葉、今は信じたことにしておこう」

 

 イブリスベールは、冷ややかな目つきでヴァトラーを見上げた。 友好的な口調とは裏腹に、二人の間に流れている空気には、抜き身のナイフのような緊張感が含まれている。

 そんな空気の中に割り込んだのは、有脚戦車から顔を出していた浅葱だ。

「なんだったの、あの黒マント? てか、今気づいたけど、何で悠斗がここにいんのよ?」

 

「凪沙が危険って聞けば、俺がその現場に急行するのは当然だろ」

 

 浅葱は、それもそうね。と納得する。

 

「でだ。 さっきの浅葱の質問だが、奴らは“聖殲派”──咎神カインを奉じる狂信者だ」

 

「テロリストって……何でそんなのが出てくるわけ……?」

 

「奴らの目的は“聖殲”の再現だな。 全ての魔族を滅ぼし、人類の本来あるべき姿を取り戻す。 魔族も魔術も存在しない世界をな。 その為の鍵が、この地にあったんだろうな」

 

 俺の予想も外れてるかもな。と呟く悠斗。

 

「全ての魔族を……滅ぼす……?」

 

「そう、全てだ」

 

「どうして落ち着いてるの、悠斗!? それって、あんたも対象に入ってるんでしょうが!」

 

「あー、まあそうだな。 でも俺、“聖殲” とか興味ないんだわ。 俺は、凪沙と暮らせれば何でもいいし」

 

「……何て言うか、ホントぶれないわよね、あんた」

 

 悠斗の言葉を聞き、溜息を吐く浅葱。

 すると、イブリスベールが悠斗と凪沙を一瞥してから、

 

「時に、神代悠斗。 暁凪沙。 それは眷獣融合なのか?」

 

 イブリスベールが困惑するのも解る。

 眷獣と吸血鬼が融合する。 そのような事は、通常ではありえないからだ。

 

「まあな。 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)との融合だ」

 

「私は、朱雀とだよ」

 

 イブリスベールは、失笑した。

 

「神代悠斗は“紅蓮の織天使”ではなく、“氷結の織天使”だな。 代わりに、暁凪沙が“紅蓮の姫巫女”って所か」

 

「ちょ、待て。 そういう二つ名はどこで洩れるか解らねぇから、安直に付けるなよ」

 

「私も、“紅蓮の姫巫女”はちょっと恥ずかしいかも……」

 

 だが悠斗は、“紅蓮の姫巫女”は、凪沙にぴったりな二つ名だな。と思っていたのは、彼女には秘密である。

 浅葱は、凪沙の眷獣融合に関して深くは聞いてこなかったが、おそらく予想はしているだろう。 今の凪沙は吸血鬼であり、悠斗の血の従者(血の伴侶)だという事に。

 これまで話を聞いていたヴァトラーが、会話に入ってくる。

 

「では、僕はこれで。――キラ、トビアス」

 

 言葉が全て終わらぬ内に、ヴァトラーは金色の霧と化して姿を消した。

 また、浅葱の話によると、古城と雪菜も“神縄湖”に来ているらしい。

 

「どうする、凪沙? 古城と合流するか?」

 

「そうだね、合流しよっか。……古城君の事だから、過保護を拗らせてるかもしれないし……」

 

「まあ、古城はシスコンだからな。 てか、凪沙。 翼の動かし方わかるか」

 

「えっと、こうかな?」

 

 凪沙が、肩甲骨付近に力を伝えると、紅蓮の翼は羽ばたくように動いた。

 悠斗が、よし。と頷いて、

 

「んじゃ、古城たちの所まで飛ぶか」

 

 悠斗は気配感知で、古城が居る場所は特定していたのだ。

 

「OK-」

 

 凪沙は軽く返事をし、紅蓮の翼を羽ばたかせ、悠斗もそれに続く。

 悠斗は、後は任せたわ。と呟き、悠斗と凪沙は翼を羽ばたかせ飛翔した――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 悠斗と凪沙が飛翔していると、目の前では戦闘が行われていた。

 其処にいたのは、少女二人と、骸骨に似た人型の傀儡(ゴーレム)だ。 おそらく、少女と対峙している傀儡(ゴーレム)も、“情報”によって造られたのだろう。

 

「……あれは、獅子王機関の剣巫か?」

 

「悠君。 あの子が持ってる長剣は、六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)だよ」

 

「成程。 んじゃ、獅子王機関の剣巫で間違いなさそうだな。 そしたら、あの幼い子は誰だ?」

 

 悠斗の目に映ったのは、鋼色の髪の少女だ。

 傀儡(ゴーレム)たちの狙いは、鋼色の髪の少女に限定されていた。 その証拠に、この場から逃走する自衛隊員には目を向けていない。

 傀儡(ゴーレム)の背後から、銀黒色のローブを纏い仮面をかけた人影が、少女たちと対峙して何かを話、交渉が決裂したかのように六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)を携える少女と戦闘になるが、結果は目に見えていた。

 少女が携える、六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)が無効化されているのだ。 まるで、異能の力など、最初から存在(・・・・・・)しなかったかのように──。

 そして、トラックから生み出された傀儡(ゴーレム)の巨体が、少女目がけて片足を踏み下ろそうとする。

 少女はそれに対抗しようと、六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)の剣身で受け止めようとするが、六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)の障壁が無効化されているので、力で押され潰されるのは時間の問題だろう。

 だが、直後に鋼色の髪の少女が叫ぶと、それは獣の雄叫びに変わる。

 少女のコートが弾け飛び、現れたのは透明な鱗に覆われた龍だった。 異形の翼と禍々しい四肢。 太古の恐竜を思わせる蛇身──。

 悠斗は頷き、

 

「……彼女が“神縄湖”の底に封じられてたものか。 龍って事は“聖殲”が作った護り手。って所だな」

 

「……悠君。 どっちの助けに入るか明白だね」

 

「そうだな。 獅子王機関の剣巫を助けるか。 今後の情報も手に入りそうだし」

 

 悠斗と凪沙は、下降準備に入り、少女たちの場所目掛けて加速する。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ――――傀儡(ゴーレム)の片足が、唯里に踏み下ろされる瞬間、ドンッ!という衝撃音と、少女たちの前のコンクリートが穿たれる。

 そして、傀儡(ゴーレム)は氷漬けにされ、唯里は紅い結界に護られていた。

 

「え!? 凪沙さん!?」

 

 唯里は、巫女装束を纏った凪沙を見て目を丸くする。

 唯里が護衛に就いた時の凪沙は、金髪の髪をした少女だったはずだ。

 だが今の凪沙は、背からは紅蓮の翼が二対四枚、計八枚展開され、僅かに、瞳は朱く染まっているのだ。

 

「……悠君。 コンクリートに穴が空いちゃったよ」

 

「……い、いやー。 カッコよく登場しようと思ったんだけど、加速の加減をミスってな……」

 

 あはは、と笑う少年。 少年の背には、氷結の翼が二対四枚。 此方も、瞳は僅かに蒼に染まっていた。

 緊張感が皆無なやり取りを見た唯里は、

 

「(誰!? この男の子!?)」

 

 唯里から見て、ほぼ同い年と思われた。

 一つだけ解る事もあった。 もし唯里が、全力で少年と戦っても必ず負ける。 強さは、獅子王機関の三聖に匹敵すると思われた。

 ――直後、再び介入する気配があった。

 ローブの者の足元から伸びていた漆黒の薄膜を、銀色の閃光が断ち切った。

 閃光の正体は、青白い神格振動波の輝きだ。 龍族を縛る漆黒の薄膜を、紙切れのように無造作に引き裂いていく。

 圧倒的な力の差。 戦闘とすら呼べない一方的な蹂躙だった。

 実体化した濃密な魔力の塊が、雷光の獅子の姿になって唯里たちの前に着地する。

 雷光の獅子を従えて立っていたのは、どこか気怠げな表情を浮かべた、パーカー姿の少年だ。

 そして、少年の傍らには、銀色の槍を抱いた制服姿の少女が寄り添っている。

 そんな彼らを見て、氷結の少年が、

 

「遅いぞ、古城」

 

「悪ィ、悠斗。 遅くなった」

 

「雪菜ちゃんもお疲れー」

 

「お待たせしました、凪沙ちゃん」

 

 唯里は、少年たちの名前を聞いて確信した。

 雷光の獅子を従えてたのは、第四真祖、暁古城。

 雪霞狼を携える、最強の監視役、姫柊雪菜。

 傀儡(ゴーレム)を氷漬けにしたのは、紅蓮の織天使、神代悠斗だ。

 

「大丈夫ですか、唯里さん!」

 

 雪菜が唯里の名を呼んだ。

 

「……雪菜(ゆっきー)

 

 唯里は雪菜の名を呼び、よかった。と安堵し、もう大丈夫だよ。とグレンダに心の中で呼びかける。

 彼らが揃えば、想定外(イレギュラー)が起こらない限り、安全はほぼ確保されたと言っていいのだから――。




悠斗君がすぐさま融合したのは、何かが起こってるって直感したからですね。
それにしても、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)と融合(憑依ではない)とかチート染みてる(笑)

てか、凪沙ちゃんにも二つ名がつけられそう(笑)ちなみに、四神の所有権は、この章が終わるまで、凪沙ちゃんのものですね(玄武は除く)

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
グレンダの事は、古城君が助けると、悠斗君は解ってました。
ちなみに、その他のゴーレムも吹き飛ばしましたね。


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咎神の騎士Ⅴ

話がごっちゃになってそうで怖いよ((( ;゚Д゚)))


雪菜(ゆっきー)……」

 

 唯里が、雪菜を見つめて呆然と呟く。

 悠斗たちの予想通り、彼女は獅子王機関の剣巫である事は真実だった。 こちらの少女について正解だったという訳だ。

 

「あれが傀儡の親玉か……? いかにもそれっぽい見た目だけど……」

 

 銀黒色のローブを纏った奴を睨んで、古城は眉を顰める。

 古城の隣に立った悠斗が、

 

「たぶんそうだろ。 現に、襲い掛かってたのコイツだし」

 

 何処から見ても、趣味の悪いコスプレにしか見えない恰好だが、意味もなくそんな恰好をしてる筈がない。 おそらく、何かの武具を纏っている。と考えるのが妥当かもしれない。

 

『第四真祖……紅蓮の織天使……』

 

 銀黒色のローブを纏った奴が、苛々しげに古城たちを見据えて言った。 そしてその目は、古城たちの事をゴミのように見る目だ。

 

「オレたちの事知ってんのか……?」

 

「知ってても不思議はないぞ。 絃神島以外でも、俺たちは結構有名らしいからな」

 

 俺は嬉しくないんだが。と、悠斗は付け加える。

 奴が無言で杖を振り上げた直後、巨大な咆哮が古城たちの肌を震わせた。

 

「みんな! 後ろ!――炎月(えんげつ)!」

 

 凪沙が叫ぶ。 振り返る古城たちの目に映ったのは、木々を薙ぎ倒しながら迫ってくる巨大な魔獣の姿だった。 翼長十数メートルにも達する二脚の翼竜だ。

 凪沙は、古城たちを護るように四方に紅い結界を展開させ龍を弾くが、鉤爪が結界に亀裂をいれ、龍は頭上を駆けていく。

 鉤爪は、真祖以上の攻撃に匹敵すると見ていい。 その証拠に、朱雀の結界に亀裂を入れ破壊した。

 

「(……俺と凪沙は何とかなるが、古城たちは一撃食らえばお陀仏だぞ)」

 

 不老不死である真祖でも、鉤爪の攻撃を受ければすぐに再生、とはいかないだろう。 その瞬間に眷獣の具現化が解け、無防備になり捕縛されて終わりだ。 人間の唯里と雪菜は、一撃で死亡だ。

 

疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)――!」

 

 古城が獅子の黄金(レグルス・アウルム)に反撃を命じる。 膨大な魔力によって実体化した獅子の前肢が、飛龍(ワイバーン)目がけて振り下ろされる。

 だが、その前に銀黒色のローブが動き、ローブの内側から洩れ出した闇色のオーロラが、水面に落としたインクのように広がり獅子の黄金(レグルス・アウルム)の行く手を阻む。

 獅子の黄金(レグルス・アウルム)は構わず引き裂こうとするが──、

 

「なに!?」

 

 古城が、驚愕な声を上げた。

 漆黒のオーロラに触れた瞬間、獅子の前肢は音もなく弾かれた。 獅子の黄金(レグルス・アウルム)が纏う稲妻が霧散して、火花すら残さず消えていく。

 オーロラに包まれた飛龍(ワイバーン)は無傷。 激突の衝撃で、大きく姿勢を崩しただけだ。

 

「……咎神の騎士が持つ魔具(レプリカ)か」

 

「……魔具? ゼンフォースの奴らが持ってたものか!?」

 

 古城が、眉を顰めて悠斗に聞く。

 

「そうだな。 奴が持つ魔具の効果は、仙都木阿夜が持ってた“闇の聖書”の能力って感じだ。 だから、古城の眷獣攻撃は無効化される。 雪霞狼なら何とかなると思うが、飛龍(ワイバーン)がいるんだ。 奴に近づくのは難しいかもな」

 

 だが、例外がある。 それは、悠斗たちの眷獣たちだ。 彼らは、神の恩恵を持つ眷獣。

 奴が神の道具(魔具)を使うならば、此方も神の力で対抗するだけである。 悠斗の予想では、四神の攻撃を無効化する事はできないだろう。

 

「(……つっても、複数の自衛隊員を護りながら戦闘じゃ、俺たちが不利だな。 病み上がりの凪沙に無理はさせられないし、俺も魔力は全快したが暴走直後の反動が凄ぇし……)」

 

 このままじゃ平行戦だな。と悠斗が思っていると、銀黒色のローブが、

 

『グレンダ……』

 倒れている龍を眺めて苦々しげに呟き、舞い降りてきた飛龍(ワイバーン)の背中に跳び乗った。

 

「待て…………っ!?」

 

 飛び去る飛龍(ワイバーン)を撃ち落とす為新たな眷獣を召喚しようとして、古城は苦痛に顔を歪め、右手が焼けつくような痛みを訴えてくる。 絃神島で“静寂破り”に、“雪霞狼”で刺された傷の場所だ。

 悠斗は、古城の右手の甲を眺め、

 

「……古城。 これは、神格振動波か?」

 

「あ、ああ。 絃神島から出る時、巫女装束を着た三聖とちょっとな」

 

 激痛に汗を浮かべながら、たいしたことはない、と古城は笑ってみせる。 古城たちの傍には、倒れたグレンダを庇っている唯里たちいるのだ。 彼女に余計な心配をかける訳にはいかない。

 悠斗は一つの仮説を立てたが、考えすぎか。と思い、思考を停止させた。

 閑古詠(しずかこよみ)の思惑がどうあれ、今、古城たちを如何こうするという考えはないはずだ。

 

「……悠斗は、奴を知ってるのか?」

 

「ああ。 獅子王機関の三聖たちとは殺し合いをした仲だ」

 

 古城は絶句した。

 悠斗は、あの化け物じみた奴を三人同時に相手にし、五体満足で勝利したのだ。 まあ、厳密に言えば引き分けなのだが、戦闘の内容では悠斗の勝利だ。

 

「……悠斗。 お前化け物すぎだ」

 

「……化け物とは失敬な。 普通じゃありえないと自覚はしてるけど――まあそれは置いといてだ」

 

「ああ、そうだな」

 

 古城たちが後方を振り向くと、そこでは雪菜と凪沙に介抱されていた龍族化から戻った少女の姿が映った。

 衣服は、悠斗が事前に凪沙に渡していたローブ姿である。 少女の年は、十三、四歳ほどの、可愛らしい顔立ちの女の子だ。

 

「……奴らの狙いは、この子か?」

 

「たぶんそうだ。 奴らの狙いは、この子に眠ってる“情報”かもな」

 

 俺より詳しいはずだ。と付け加える悠斗。

 古城は頷き、

 

「なるほどな。 奴らはこの子を利用しようとしてる訳か」

 

 冷たい風に乗って古城たちの耳に届いてきたのは、人々の悪意の籠った囁き声だった。

 

「お、おい」

 

「ああ、吸血鬼だ……なんで魔族がこんなところに……?」

 

「それにあの娘……獣人か?」

 

 負傷した自衛隊員たちが、古城たちを遠巻きに見つめている。 彼らは互いに顔を寄せ合って、低い声で会話を続けていた。 敵意と好奇に満ちた彼らの視線は、古城にとっては馴染みの薄いものだった。 これまで殆んど体験する事のなかった感情だ。

 魔族に対する怯えと敵意──。古城はゆっくりと空を見上げた。 うっすらと低い灰色の雲に覆われた真冬の空。 常夏の絃神島には存在しない季節──、

 

「ああ……そうか」

 

 そうだったな、と古城はようやく実感する。

 

「ここは“魔族特区”じゃないんだな」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「アヴローラの魔力を使って封印しようとした所、“黒殻(アバロン)”から飛び出して来たのは、龍族って事でいいのか」

 

 悠斗は、唯里にそう聞く。

 

「はい。 私も一瞬しか見る事ができませんでしたが、間違いないと思います」

 

「でも、悠斗。 獅子王機関は“聖殲の遺産”を封印しようとしてたんだろ? 何で龍なんかが出てくんだ?」

 

 この古城の問いには、悠斗の隣で立つ凪沙が答えた。

 

「古城君。 龍族っていうのは、護る者の事なんだよ」

 

「護る者?」

 

「うん、黒殻(アバロン)の正体は、咎神の後継者の資格を与える程の神具か宝器。──これが龍族によって、厳重に護られていたんだよ(監視されていた)。 咎神の騎手の目的は、“聖戦の遺産”じゃなくて、護り手の龍族の覚醒(情報)。 咎神の騎手を利用した、獅子王機関にも違う思惑もあったと思うけど」

 

 だからこそ、自衛隊が動いた。――そう、自衛隊の中には、“殲滅派”も混じってたという事にもなる。

 おそらく、獅子王機関は事前に“黒殻(アバロン)”の護り手を知っていた。 獅子王機関は、龍族を囮に、自衛隊の中から“聖殲派”をいぶり出す思惑もあったのだろう。 武具である“聖殲の遺産”ならば、多少の時間を於いてから封印でも遅くないのだ。

 悠斗が言葉を引き継ぐ。

 

「おそらく“聖殲派”は、今の情報を秘密裏に聞いてたのかもな。 特殊攻魔部隊が脆かったのも、大した装備を持たなかったからだ。 しかも、魔獣の出現を警戒して神縄湖を包囲していたはずなのに関わらずだ。 だから、護り手の一部であった蜂蛇(ボウダ)の群れに駆逐された。 黒幕も、“黒殻(アバロン)”の中身を知ってたんだ。 そして部下たちに、逸早く中身の座標を知らせる為に見張らせてた。 おそらく黒幕は、この作戦の指揮官だろうな」

 

 蜂蛇(ボウダ)は強力な魔獣だったが、唯里たちの能力で対処できた相手だ。

 魔族に対する特殊攻魔部隊(自衛隊)が、圧倒される程の相手とは思えない。 ただしそれは、特殊攻魔部隊が、万全の状態であればの話だ。

 蜂蛇(ボウダ)は、龍族と共生する魔獣だ。 象や水牛の背中に集まる鳥たちのように、強力な龍による庇護を求めて、黒殻(アバロン)の周囲には蜂蛇(ボウダ)の群れが巣くっていた。

 蜂蛇(ボウダ)は、黒幕の計画を狂わせたものの正体だ。 蜂蛇(ボウダ)の大発生は獅子王機関だけでなく、黒幕にとっても想定外だった。 だからこそ、大した装備を持たない特殊攻魔部隊は、脆く、蜂蛇(ボウダ)に駆逐された。

 

「じゃ、じゃあ、安座真三佐の作戦は全て嘘で、本当の目的はグレンダの捕獲、なの?」

 

「詳しくは解らん。 場所の特定だからこそ、奴らは大した武装をしなかったんだろう。 想定外(イレギュラー)がなければ黒幕は容易にグレンダの位置を特定し、奴らの部下たちがグレンダを捕獲してただろうな。――だか、黒幕にはもう一つの思惑があったと思う。 グレンダを確保した部下を殺し、グレンダを手に入れる。 だから、部下にグレンダを横取りされない為に、大した武装しかさせなかっとも考えられるんだ。 自身が欲しているのに、横取りされちゃ意味がないだろ?」

 

 唯里は絶望の表情を浮かべた。 唯里たちは、獅子王機関と自衛隊に、掌で躍らせられた事にも繋がるからだ。

 だが、悠斗はそれを見ても言葉を続ける。

 

「獅子王機関、自衛隊の目的が龍族。 今回の儀式では、龍を覚醒させる条件を満たしていのは凪沙だったっていう事だ。 つか、絶望の表情は浮かべんな。 獅子王機関が凪沙を命懸けで護ろうとしたのは、事実なんだしな」

 

 悠斗は、クックッと喉を鳴らして笑う。

 

「まあでも、凪沙の情報を与えた奴には、ちょっとお灸を据える必要があるかもしれんが」

 

 だが、プラスマイナスゼロでもある。

 また、この儀式のお陰で、悠斗はアヴローラにもう一度出会え、凪沙も悠斗の両親と顔を合わせる事ができ、悠斗と凪沙は力を強化する事ができたのだ。

 その時――、

 

「ゆいりー!」

 

「グレンダ? どうしたの、その服……?」

 

 飛びついてきたグレンダを抱き留めて、唯里は目を丸くした。 グレンダが着ていたのは、茶色いローブだったはずだ。 だが今は、大きめサイズのミリタリージャケットとコンバットブーツ。 アクセントのイヤーマフだった。

 

「余っていた私たちの装備の中から、勝手に選ばせてもらいました」

 

 グレンダと一緒に戻って来たのは、オシアナス・ガールズだ。 国籍不明の謎の美女集団に、唯里は怯えたような顔で頭を下げつつ、

 

「あ、ありがとうございます。 似合うよ、グレンダ」

 

「えへへー」

 

 唯里に褒められたグレンダが、嬉しそうに目を細めて笑う。

 

「あの、ところで、皆さんはいったい……?」

 

 唯里はオシアナス・ガールズを見返して遠慮がちに質問した。

 これは失礼しました、と赤バンダナの金髪美女が、迷彩服姿のまま優美に一礼し、

 

「申し遅れました。 第四真祖の妻です」

 

 残る四人の異邦の少女たちも、次々に澄まし顔で微笑んで、

 

「同じく、側室です」

 

「愛人です」

 

「セフレです」

 

「ハーレム要員、的な」

 

「え!? え……!?」

 

 唯里はあまりの驚きで、彼女たちと古城の顔を見比べるだけの機械と化している。

 ――そして、紅蓮の翼が背に付与されてる凪沙の視線が古城を射抜いた。

 

「……古城君の変態」

 

 古城は妹に冷たくされ、慌てて弁明する。

 

「凪沙!? 違う、違うからな! 全然違うから! オレは潔白だからな!」

 

「で、でも、第四真祖ともなれば、妻や愛人の五人や六人くらいは──」

 

 オシアナス・ガールズの一人がそう言った。

 凪沙の冷たい視線は変わる事はない。

 

「ちょ、ちょっと黙ってくれ! 凪沙が考えてる事は誤解だ!」

 

 ご、誤解だあああァァああ!と叫ぶ古城。

 その時、助け舟を出したのは、氷結の翼を展開する悠斗だ。

 

「古城だから仕方ない。 古城の女たらしはデフォだからな」

 

「ゆ、悠斗さん……。 それはフォローになってんの? 姫柊もなんとか言ってくれ」

 

 潔白を証明するべく、雪菜に助けを求める古城。 しかし雪菜は、拗ねたような無表情で首を振るだけだ。

 

「私ははただの監視役ですから。 先輩が変態でも気にしません」

 

「ひ、姫柊! お前もかよ!」

 

 最後の希望を断たれた古城が、頭を抱えて大袈裟に喚く。

 狼狽する古城を暫く呆然と眺めていた唯里だが、やがてクスクスと声を洩らして笑った。

 

「唯里さん?」

 

 雪菜が、唯里を気遣うように怖ず怖ずと声をかける。 唯里は笑いながら首を振って、

 

「やっぱり古城くんは似てるな、と思って。 牙城さんの息子さんなんだな、って」

 その瞬間、古城の口元が苦々しげに歪んだ。

 

「わ、ごめんなさい。 で、でも、苗字で呼ぶと牙城さんと混乱するかと思って、つい」

 

 唯里が焦って謝罪する。 馴れ馴れしく名前で呼んでしまったせいで、古城が怒ったのだと誤解したらしい。

 違う違う、と古城は顔の前で手を振って、

 

「いや、オレとあいつは全然似てないだろって話。 呼び方なんかべつになんでもいいんだけど」

 

「そ、そうですか? あ、いえ、そうですね。 すみません。 私のことも呼び捨てちゃってくれていいですから」

 

 礼儀正しく謝罪する唯里に、ああ、と古城は曖昧に頷いた。

 

「まともだよな……獅子王機関なのに」

 

「だよな……。 ストーカー気質もねぇし」

 

「雪菜ちゃんにも良いところは一杯あるんだよ」

 

「だからって、どうして皆さんで私を見るんですか?」

 

 しみじみと感想を洩らす古城たちを、雪菜がむっつりと睨みつけてくる。

 その時、グレンダが、ぴくり、と耳を動かして、低い声で唸り始める。 彼女が睨んでいる方角は、神縄湖に続く細い山道である。

 

「ゆいり、きた。 また」

 

「え?」

 

 グレンダの言葉から少し経過し、野太いエンジン音が聞こえてきた。 自衛隊の装輪装甲車が三台連なって、古城たちの方へと近づいてくる。

 停車して装甲車から降りてきたのは、武装した迷彩服姿の一団だった。 小隊長とおぼしき人物が、グレンダを庇う唯里に近づいてくる。

 

「獅子王機関の羽波攻魔官ですね」

 

 形ばかりの敬礼をして、小隊長は唯里に問いかけた。

 

「自衛隊特殊攻魔連隊第二中隊、上柳二尉です。 負傷者搬送中の部隊が、龍族の襲撃を受けたとの報告があった為、護衛を命じられました」

 

「龍族の襲撃……?」

 

 唯里が驚いたように目を見開く。

 

「いえ、違うんです。 襲ってきたのは龍族じゃなくて、彼女は私たちを助けようとしてくれたっていうか──」

 

「ゆいり……」

 

 グレンダが怯えた声で唯里を呼んだ。 上柳二尉の背後の隊員たちが、無言で銃を構えている。 特殊攻魔部隊専用の個人防衛火器。 その銃口が狙っているのはグレンダだ。

 

「この現場における指揮権は我々にあります。 グレンダを引き渡してください、羽波攻魔官」

 

 表情を強張らせる唯里に向かって、上柳が高圧的に言い放った。

 それは、敵意に満ちた声だった。

 

「……グレンダを引き渡せ、か」

 

 大柄な自衛官──上柳二尉を気怠く見返して、古城は大げさに肩を竦めた。

 唯里はグレンダを庇ったまま目を見開いて、会話に割り込んできた古城を見つめる。

 

「なあ、聞かせて欲しいんだが、あんたたち、どうして龍の名前がグレンダだと知ってたんだ? 保護者のこの子だって、さっきようやく教えてもらったばかりだってのに――」




次回は戦闘回……上手く書けるかな(-_-;)
まあご都合主義、独自設定、独自解釈が満載になると思いますが、ご了承下さいm(__)m

ではでは、次回もよろしくです!!


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咎神の騎士Ⅵ

か、書きあげました。
この章も、中盤?くらいまで突入しましたね。
では、本編をどうぞ。


 古城が、だろ、と確認するように唯里の目を覗き込み、唯里は頷いた。

 グレンダの名前を知っているのは、古城たちと、襲われたトラックに乗っていた自衛隊員だけ。 上柳が、グレンダの名前を知る機会はなかったはずだ。

 

「仮に龍族が女の子に変身した──って情報を知ってたとしても、ここにいる連中からどうやってあんたは本物のグレンダを見分けたんだ?」

 

 そう言って古城は回りを見回した。

 そこにいるのは、紅蓮の翼と氷結の翼を展開した、悠斗と凪沙。 年齢も国籍も髪の色も違う謎の美女集団、オシアナス・ガールズ。 しかも彼女たちが着ているのは、グレンダとお揃いの迷彩柄のミリタリージャケット。

 悠斗と凪沙を除外しても、迷彩柄の服を着た女の子から、迷わずグレンダの正体を見分けることなど不可能に近い。 できるとしたら、グレンダの詳細を知っていた者だけ。 つまり、黒銀の魔法使いの仲間だけ、という事になる。

 

「小僧──」

 

 上柳が、表情を憤怒に歪めて古城を睨む。

 

「お前が沖山一尉の報告にあった第四真祖か。 可能な限り交戦を避けろと言われていたが、この状況ではやむを得んな──」

 

 自然な動作で、上柳が右手を上げた。

 瞬間、古城の顔面が何者かに狙撃されそうになるが――、

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 狙撃の瞬間、凪沙が古城の前方に張った結界が銃弾を弾き飛ばす。 これは、高難度の部分展開だ。

 

「……暁凪沙が奇妙な力を有してる報告も事実だった。という事か――」

 

 凪沙は結界を解き、

 

「これでも、紅蓮の織天使の“血の従者”ですから」

 

「まあそういうこった。 つか、凍ってくれ――吹雪の嵐(ブリザード・ストーム)

 

 ――吹雪の嵐(ブリザード・ストーム)

 この技は、悠斗が視認し、その対象を下半身から凍らせる、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の技の一つだ。……凍らせた自衛隊員は、死亡してはないはずだ。

 だが、上柳は流石と言うべきか、この技から逃れていた。

 まあでも、悠斗が妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の技の制御に慣れていない。殺傷しないように手加減した。という要素も入っているが。 ちなみに、雪菜と唯里は、グレンダたちの護衛に回っている。

 

「……神よ、我が神よ、我に報復の力を──」

 

 装輪装甲車に駆け寄った上柳は、腰のポーチから奇妙な道具を取り出した。 それは銀黒色の籠手だった。 中世の騎士が身につけるものに似たガントレットだ。

 その籠手で上柳が触れた瞬間、装輪装甲車の輪郭に変化が起きた。

 金属製の装甲が融けたように流動し、甲虫に似た傀儡(ゴーレム)へと姿を変えていく。

 逸早く動いたのは、古城だった。

 

龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)──!」

 

 古城が喚び出した双頭龍が、巨大な顎を広げて傀儡(ゴーレム)へ襲いかかった。 だが──、

 

「なに!?」

 

 古城が戸惑いの声を洩らす。 空間を抉り取るはずだった双頭龍の攻撃が、傀儡(ゴーレム)の装甲に届く前に弾かれる。

 激突の衝撃で傀儡(ゴーレム)の巨体は吹き飛ばされたが、その表面はほぼ無傷。 古城の眷獣が喰いきれなかったのだ。 黒銀の魔法使いの飛龍と同じ──魔力無効化能力だ。

 

「……こいつら“聖殲派”は、一人一人“魔力無効化”の魔具を所有してるって事か」

 

 悠斗は、古城にとっては面倒な相手だな。と呟く。

 “彼ら”は、魔力の塊である眷獣の攻撃を無効化するのだ。 吸血鬼である負の眷獣なら尚更だ。と言っても、神々の眷獣には効果を持たないんだが。

 

「伏せてくださーい!」

 

 古城たちの背後で、突然、軽やかな声がした。

 咄嗟に身を屈めた古城たちの頭上を、何かが物凄い勢いで駆け抜けていく。

 振り返ると、黄色いベレー帽を被ったオシアナス・ガールズの一人が、金属製の筒を担いでいるのが見えた。 対戦車ロケットランチャーだ。

 戦慄する唯里たちの目前で、爆発に巻きこまれた傀儡(ゴーレム)が横転する。 魔力を無効化する黒い膜も、純粋な射撃兵器には効果がない。 戦車の正面装甲すら撃ち抜く成型炸薬弾頭は、傀儡(ゴーレム)の外殻を貫通し爆散させた。

 

「くっ……“情報”が……オレの“情報”が……!」

 

 傀儡(ゴーレム)内部から吐き出された上柳が、千切れかけた自分の右腕を押さえている。

 上柳の肉体から流れ出しているのは、オイルに似た黒い液体だった。 それは青白い閃光を散らして、地面に落ちる前に虚空に溶けていく。 上柳が身に着けた籠手は、彼の肉体を人間以外の何かに変えていたのだ。

 

「くそ……許さん……許さんぞ、貴様ら……!」

 

 古城たちの目前で、上柳が再び装輪装甲車に近づいた。 残っていた二台の装甲車を融合させて、彼は新たな傀儡(ゴーレム)を生み出した。 攻撃力を犠牲にして、防御を強化したのだろう。 古代の鎧竜に似た重装甲の爬虫類だ。

 オシアナス・ガールズの一人が対戦車ロケットを発射し、残る四人も、それぞれ対物ライフルや無反動砲を放つ。 どれもが並の魔獣なら一撃で仕留められる強力な武器だ。

 しかし上柳の鎧竜は、その攻撃を平然と受け止めた。

 

「あいつ……装甲車の頑丈さをそのまま引き継いでるってことか……」

 

「だろうな。 あの傀儡(ゴーレム)は、奴が“情報”を与え生み出した新たな生物だ」

 

 工業製品を生物へと変える魔具。 機械と生命の等価交換。

 それが聖殲派が使う銀黒色の武器──咎神の魔具の正体だ。 上柳の肉体が、人外のものへと変貌しつつあるのは、魔具を使った代償ということだ。

 このまま魔具を使い続ければ、彼は人ではいられなくなるはず──

 

「先輩」

 

「悠君」

 

 雪菜と凪沙は、槍と刀を構え古城と悠斗の隣に立った。

 雪菜の雪霞狼は、魔力を無効化するフィールドそのもの無効化する事ができ、凪沙が携える鋼の刀――いや、白虎を武器に具現化した刀だ。 なので、ただの刀ではない。 空間切断(・・・・)能力が付与されているのだ。――凪沙はこの短時間で、悠斗の切り札を模倣したのだ。 それにしても、凪沙の成長速度は目を見張るものがある。

 

 ――閑話休題。

 

 唯里は怪訝な表情を浮かべた。 四人が今から何をするかが理解できなかったのだ。

 

「姫柊?」

 

「凪沙?」

 

 古城と悠斗は、雪菜と凪沙と目を合わせた一瞬に、彼女たちの意図を悟っていた。

 巨大な鎧竜が旋回する隙をついて、二人同時に攻撃を仕掛ける。

 

「──雪霞狼!」

 

「――牙刀!」

 

 雪菜の槍が鎧竜の表面を覆う漆黒の薄膜を消滅させ、凪沙の刀が空間を切り裂く。

 ありとあらゆる結界を斬り裂く“雪霞狼”の神格振動波は、魔力を無効化するフィールドそのものをも無効化し、凪沙の刀は、六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)と同じ 空間切断の能力で魔力フィールドを切り裂く。

 

『なに!?』

 肉体の大半を鎧竜と融合させた上柳が、愕然して動きを止める。

 

疾く在れ(きやがれ)──双角の深緋(アルナスル・ミニウム)!」

 

「我の守護から解き放つ。――降臨せよ、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 上柳の目前に、眷獣が出現する。 陽炎にも似た濃密な大気の歪み。 暴風と振動そのものを実体化させた緋色の双角獣。

 悠斗の背から氷結の翼が消滅し目の前に現れたのは、氷河のように透き通る巨大な影だ。 上半身は人間の女性に似ており、下半身は魚の姿である。 背中には翼が生え、指先は猛禽のような鋭い鉤爪になっている。 氷の人魚、あるいは妖鳥(セイレーン)

 古城の戦意に共鳴して双角獣が吼え、悠斗の意思によって妖鳥が空気を震わせる。

 そして、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の吹雪が鎧竜を凍らせ、凍らせた鎧竜を、超振動の蹄が鎧竜を粉砕する。 原形も留めぬ程の鎧竜は粉々に砕け散り、金属と融合した姿の上柳だけが地面に投げ出される。

 

「ぐ……魔族ごときに、このオレが……」

 

 オイルに似た液体を零しながら、上柳が憎々しげに古城たちを睨んだ。 半ば機械と融け合った彼の肉体は、身動きもままならない有様だ。 これ以上の戦闘は不可能だろう。

 古城はやれやれと首を振りながら、双角獣の召喚を解除しようとし、悠斗はこの光景を見て溜息を吐く。

 

「──先輩!」

 

「――悠君!」

 

 直後、雪菜と凪沙が鋭い声で警告した。

 雪菜たちが見つめていたのは、眷獣たちの頭上だ。

 銀黒色の翼を広げた飛龍が、眷獣たちを狙って急降下してくる。

 漆黒のオーロラを纏った飛龍の激突に、双角獣と妖鳥がよろめいたが、眷獣にダメージはない。 だが、魔力を無効化する黒いヴェールのせいで動きは封じられる。 飛龍の背中に跨がっているのは、唯里たちを襲っていた黒銀の魔法使いだ。

 

「(……ミスったな。 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)にはまだ、神力が循環してなかったか……)」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)とは、一時的とはいえ繋がり(リンク)が切れてしまったのだ。 なので、負の眷獣に戻っていた。という事だ。

 

「さっきのコスプレ女か!」

 

「まだだ、古城。 もう一体来るぞ」

 

 飛来した飛龍は二体いた。最初の飛龍が眷獣を抑えているうちに、地面スレスレを滑空してきたもう一体が、上柳の真横に着地する。 二体目の背中に乗っているのは、銀黒色の騎士鎧を纏った長身の男だ。

 

「安座真三佐!」

 

 黒銀の騎士を崇めるような姿勢で、上柳が歓喜の声を上げた。

 その言葉に古城と雪菜、唯里は衝撃を受ける。 安座真とは、唯里が口にした、自衛隊の指揮官の名前だったからだ。

 

「お前が黒幕か。――いや、咎神の騎士」

 

「如何にも、やはり、紅蓮の織天使には露見していたか」

 

「よく考えれば、誰でも辿り着く答えだぞ」

 

「ふむ。 以後それも踏まえて注意しよう。――やはり、君たちの相手はあの方たち(・・・・・)に任せるしかないか」

 

 あの方とは誰だ?と思い悠斗は眉を寄せたが、これだけの情報では結論に至る事はできなかった。

 騎士鎧で全身を覆った安座真は、上柳を無表情に見下ろした。

 

「増援感謝します、三佐! 自分に“情報”を、もっと強力な“情報”を──」

 

 上柳は、縋るよう安座真に手を伸ばす。

 

「グレンダの足止め、ご苦労だった、上柳二尉──」

 

 感情の籠らない平坦な声でそう言って、手に持っていた騎槍を上柳に向け、安座真は騎槍の先端を、無造作に上柳に突き入れた。

 

「え?」

 

 胸に突き刺さった騎槍を、上柳は間の抜けた表情で見下ろした。

 彼の全身が、光り輝く無数の光点に変わり、騎槍の中に吸い上げられていく。

 

「三……佐? なぜ……」

 

「不完全な君の魔具の力では、ここまでだ。 今、楽にしてやる──」

 

 安座真の言葉を最後まで聞くことなく、上柳の姿は消滅した。 彼らが言うところの“情報”へと変換されて、安座真の騎槍に喰われたのだ。

 

「あ……あ……」

 

 驚愕に声を失う古城たちの背後で、グレンダが声を上げた。

 

「ああああああああああああ────っ!」

 

「グレンダ!?」

 

 激しく取り乱すグレンダを、唯里が必死で落ち着かせようとする。

 古城たちも、慌てて彼女たちの方へ駆け寄った。

 

「落ち着け、グレンダ! いったいな何が────うおおおっ!?」

 

 古城は、グレンダの肩に手をかけようとした瞬間、凄まじい衝撃をを襲った。

 身に着けていたミリタリージャケットを引き裂いて、グレンダの肉体がいきなり何十倍もの質量へと膨れあがったのだ。 龍族化だ。

 

「せ、先輩!」

 

「掴まれ、姫柊!」

 

 グレンダの背中から振り落とされそうになった雪菜に、古城は必死で手を伸ばす。

 ほっそりとした雪菜の手首を握り締めた瞬間、強烈な加速が古城と雪菜を襲ってきた。

 魔力を帯びた巨大な翼が大きく羽ばたき、物理法則を無視した強烈な速度で、龍族化したグレンダが空へと舞い上がる。

 

「悠君! 早く妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)と融合して、グレンダさん飛ぶよ!」

 

 凪沙は、紅蓮の翼を羽ばたかせる。

 

「ああ、了解した!」

 

 悠斗も融合の呪文を唱え、背に二対四枚の氷結の翼を展開させ、翼を羽ばたかせた。

 

「いやあああ──っ、グレンダの馬鹿ぁ──!」

 

 龍の前脚に握られた唯里が、半泣きになって絶叫している。

 叩きつけてくる暴風に息を詰まらせながら、古城は、遠ざかる地上を呆然と眺めていた――。




今回は、繋ぎ回ですね。
さて、安座真が言っていた、あの方とは誰の事なんでしょうか?その辺は、次回書こうと思ってます。
今回も、ご都合主義が満載ですが、ご了承を。てか、これからずっとだと思うが(-_-;)

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
戦闘も、四人を活躍させなければ。という事でお願いしますm(__)m


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咎神の騎士Ⅶ

れ、連投です。いやー、疲れました……。
では、本編をどうぞ。


 不死にして不滅。 一切の血族同胞を持たず、支配を望まず、災厄の化身たる十二の眷獣を従え、人の血を啜り、殺戮し、破壊する──世界の理から外れた吸血鬼。 第四真祖。

 ――世界を混沌に齎す事が可能と言われ、真祖を超える力量があると噂があり、孤独に生きる吸血鬼。――紅蓮の織天使。

 この伝説の吸血鬼たちは何所かの国に出現し、獅子王機関の誰かが、彼らを抹殺する為に派遣されるのではないか。全寮制の名門女子高にして、獅子王機関の養成所でもある“高神の社”の生徒の間では、そんな情報が瞬く間に広まって、彼女たちを恐怖に陥れていた。

 とはいえ、所詮根拠のない噂話だ。 急速に広がったと同じ勢いでその話題は風化して、忘却の彼方に追いやられるのは、そう長くはかからなかった。

 そんな中で、唯里は、思いがけない人物の口から第四真祖たちの話を聞かされる。

 獅子王機関三聖、閑古詠(しずか こよみ)である。

 第四真祖の正体が絃神島に住む高校生であり、唯里と同い年であること。 彼の監視役として派遣される剣巫の候補に、唯里の名前が挙がっていること。 もしかしたら、絃神島には紅蓮の織天使が姿を隠してるかもしれないということ。 そして、唯里の同年代であるということ。 唯里が、第四真祖、紅蓮の織天使は同世代と聞いた時はかなり驚いた。――だが、恐怖もした。

 もし、凶悪な力を振るう高校生だった場合、自身は監視役として任務を全うできるのか? 恐怖で足が竦んでしまうのではないか? 少年たちを前にして逃げ出してしまわないだろうか?

 一方で、微かな期待もあった。

 同い年の男子である第四真祖たちを監視している内に、彼らの隣を歩けるようになるのではないか。という甘い期待だ。 寮で同室の志緒以外は知らない事だが、唯里の愛読書は少女向けの恋愛マンガであった。

 

 ――閑話休題。

 

 唯里が監視役に選ばれることはなかった。

 理由は単純だ。 一つは唯里が七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)を上手く扱えなかったこと。 獅子王機関の秘奥兵器である七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)は、使用者に合わせた調整ができない。 その為使いこなせるかどうかは、使い手の能力や技量ではなく、武器との相性に左右される、という話だった。 事実、閑古詠(しずか こよみ)ですら、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)の本来の能力を完全に引き出すことはできなかったらしい。

 もう一つは、唯里が孤児ではなかったことだ。

 “高神の杜”で暮らす少女たちの中では珍しく、唯里の家族は存命だった。 両親は獅子王機関の事務員で、歳の近い弟もいる。

 もちろん唯里とて、親の七光りで剣巫になったつもりはない。 だが、唯里の家族に配慮して、第四真祖の監視役などという危険な任務から外された、とも考えられる事だった。

 なので、唯里は雪菜に対して、今も負い目を感じている。

 自分がもう少し上手く七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)を使えていたら。 彼女にも自分と同じように家族がいたなら、第四真祖の監視という危険任務に就いていたのは、唯里の方だったかも知れないのだから。

「気がついたか」

 

 ぼんやりと輝く薪ストーブの炎に照らされながら、古城が声をかける。

 吸血鬼の真祖というイメージから思い描いていた程遠く、それなりに魅力的といえなくもない顔立ちの少年だ。 見知らぬログハウス風の建物の床に、古城は、脚を投げ出して座っている。

 古城の隣に座るのは、黒髪に漆黒の瞳、顔立ちは整っており、何所かやんちゃさを連想させる少年だ。――少年が、神代悠斗と名乗る紅蓮の織天使で間違えないだろう。

 唯里はあやふやな記憶を辿りながら、ゆっくりと上体を起こした。

 その瞬間、左腕に鈍い痛みが走る。 グレンダが飛行中、飛龍に乗った騎士の銃撃攻撃で受けた傷だった。 グレンダが庇ってくれたお陰で、大した負傷ではなかったが、暫く左手で剣を振るのは無理だろう。

 あの後、古城たちが飛龍を退かせたが、銃撃戦で龍族化したグレンダがパニックを起こしてしまい、唯里はグレンダの腕に掴まれたまま、地上に向かって落下したのは覚えている。 そして地表に激突する直前、唯里の視界は銀色の霧に覆われた。 正確には、自分自身が霧に変わったような異様な感覚に襲われたのだ。

 その凄まじい濃霧の中で、巨大な甲殻獣の姿を見たような気がした。 もしかしたら、あれは第四真祖の眷獣だったのかもしれない。

 自らの肉体を霧に変化させて移動するのは、多くの吸血鬼が持つ特殊能力だが、本人だけでなく、周囲の物体全てを霧に変える現象など聞いたこともない。 今回は元に戻れたからよかったが、もし彼が眷獣の制御に失敗していたらと思うと正直ゾッとした。

 ともあれ、唯里とグレンダは、またしても古城たちに救われたのだ。

 

「つっても、何だ。 怪我させて悪かった。 まだあの時は、判断力が鈍ってたらしい」

 

 悠斗の謝罪に、唯里は頭を振った。

 あの絶対絶命で、この程度の傷で済んだだけで幸運と言えるのだから。

 

「えっと、気にしないでいいよ。……えーと、古城君、悠斗君でいいのかな?」

 

「呼び方は何でも構わん。……紅蓮の織天使だけは勘弁な」

 

「ああ、オレもそれで構わない。……てか、悪い。 隠してもらえると……助かる」

 

 決して目を合わせようとしないまま、古城がボソボソと小声で言った。

 

「きゃ……ああああああああっ!」

 

 その瞬間、唯里は制服を着ていない事に気づいて悲鳴を上げた。 幸い下着は身に着けたままだが、そんな事はなんの救いにもならなかった。 男子の前で堂々と肌を晒すなど初めての経験だ。 弟の前でもこんな姿は見せたことがない。

 悠斗は平静な顔をしていた。 唯里は恥ずかしながらこうも思ってしまう『悠斗君は、女性の下着姿に興味がないのかな?』と。

 だが、悠斗はある女性(凪沙)を深く想っているのだ。 なので、他人の女性の下着姿を見ても微動だにしない。

 

「──唯里さんになにをやってるんですか、先輩!?」

 

 唯里の悲鳴を聞きつけた雪菜が、バタバタとログハウスの奥から駆けつけてきて古城を睨む。

 下着姿の唯里を見て、おおよその事情を理解したのか、雪菜は深々と溜息を吐いて、

 

「本当に油断も隙もない吸血鬼(ヒト)ですね……」

 

「今のはオレのせいじゃなかっただろ!」

 

 古城が、ふて腐れたように頰杖をついて反論する。 実際、古城の言う通りだったので、唯里は頼りない笑みを浮かべるだけだ。

 

「でも、古城は鼻を伸ばしてたよな」

 

 古城は悠斗の言葉を聞き、うぐッ、と言葉に詰まってしまう。

 だが、仕方ない事でもあるのは確かだ。 これは男性の性とも言えよう。

 

「まあいいか。 古城が変態真祖なのには変わりないんだしな」

 

「ちょ、待て。 変態真祖は言い過ぎじゃねェーか」

 

「いや、日頃の行いを振り返ってみろよ。 まあ、古城が狙ってないのは確かなんだけど」

 

「だ、だろ。 つ、つーか、悠斗も凪沙にラッキースケベをかましたんだろ」

 

「……あれは吸血衝動がやばかったな。 まあ、吸血してないが」

 

 唯里は、古城と悠斗の言い合いを聞き、何処にでもいる男子高校生ではないか。

 もしかしたら、自分が監視役に選ばれても、問題はなかったのではないか?とも思ってしまう。

 雪菜は、古城と悠斗を見て溜息を吐くだけだ。 唯里が思うに、いつもこうなのか。と思った。

 

「動けますか、唯里さん? 応急処置だけはしておいたんですけど」

 

 包帯を巻いた唯里の左腕を見て、雪菜が心配そうに訊いてくる。

 どうやら唯里の制服を脱がせたのは、彼女だったらしい。

 

「ありがとう、雪菜(ゆっきー)。 怪我は大丈夫。 それより、ここは……?」

 

「登山客向けの山小屋だと思います。 自衛隊の封鎖の影響で、無人になっていたみたいです」

 

「そっか……」

 

 自分の隣で寝ているグレンダの無事を確認して、唯里はホッと息を吐いた。

 墜落地点の近くにあったこの山小屋を見つけて、古城たちは唯里を運んできてくれたのだろう。 外の明るさから判断して、唯里が意識を失っていたのは、二、三時間といったところか。

 

「あと少ししたら、浅葱が……オレの友達が迎えに来てくれることになってる。 グレンダもまだ動けそうにないし、今はここに隠れてた方がいいだろ。 もうすぐ陽も暮れるしな」

 

「あ、そうなの? 俺の眷獣で絃神島まで連れてこうと思ったんだが」

 

「いやいや、朱雀や妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の守護もないのに、本土からのそれは自殺行為だから。 凍死しちゃうから」

 

「あー、まあそうだな。 氷点下の空を飛行するとか自殺行為だわ」

 

「ということで、唯里さん。 迎えが来るまでもう少し辛抱してくれ」

 

「うん、わかった」

 

 雪菜に渡された制服を着ながら、唯里は、背中を向けたままの古城に同意した。

 同じ布団の中にいた灰色の髪の少女が身じろぎして、甘える子猫のように、唯里に抱き付いてくる。

 

「ひゅいりー……ひゅいりー……」

 

「グレンダ、怪我は大丈夫?」

 

「だー」

 

 少し寝ぼけているのか、謎の言葉で呼びかけてくるグレンダの髪を唯里は撫でた。

 オシアナス・ガールズが用意してくれたグレンダの服は、龍族化で再び弾け飛んでしまっている。 今の彼女が身に着けているのは、さっきまで暁古城が来ていた白いパーカーだけだ。

 グレンダの体に目立つ外傷はなく、それを確認して唯里は胸を撫で下ろす。

 

「で……悠斗。 この子は“聖殲の遺産”で間違えはないのか?」

 

「それは間違えないな。 グレンダは“情報”の器。 咎神(カイン)が残した護り手だよ」

 

「じゃ、じゃあ、安座真の目的は、自分が神になろうっていうのか?」

 

「いや、それはない。 グレンダの“情報”の器を利用しても、奴は神にはなれない。 でもな、神を復活させる事や、操る事は可能だと思う。 まあ、それには条件見たいなもんがあると思うけど」

 

「じゃあ、尚更、安座真に渡すわけにはいかねぇぞ。 最悪、“聖殲”の再現が起きても不思議じゃねぇしな」

 

「ま、そういう事だ。 俺らでグレンダを安全な場所へと保護させないとな」

 

 そうなれば、絃神島が最適な場所になるだろう。

 絃神島ならば、各夜の帝国(ドミニオン)も、真祖たちも聖域条約によってグレンダに手を出す事は不可能だ。

 気まずい静寂を破ったのは、ぐるぐる、という低い音だ。 空腹に耐えかねた唯里のお腹が鳴った音である。

 考えてみれば、唯里は今朝から何も口にしていない。 非常食のビスケットは、全てグレンダに奪われてしまった。

 そして、気山小屋の中にはいい匂いが漂い始めていた。 奥のキッチンで、非常食の残りで鍋料理を作っていたのだ。

 

「キッチンに非常食が残っていたので、お鍋を作って見ました。 今、凪沙ちゃんが火を見てくれてます」

 

 すると、凪沙が厚手の手袋を嵌め、鍋の端にある手持ち部分を持ち、薪ストーブの上に乗せ、凪沙はお玉を使い各自の御椀の中にスープを注いでいく。

 凪沙が料理を取り分け終わると、各自の目前には、具たくさんの野菜スープに、乾パンとチョコレートバーなどのお菓子類。 実に魅力的な食事だ。

 

「ありがとう、凪沙さん、雪菜(ゆっきー)。 なんだか、助けてもらってばかりだね」

 

「いえいえ、簡単なものですから。 お礼は不要です」

 

 まあ確かに、凪沙がちゃんとした食材を使って料理をすれば、三つ星レストランで出せる料理が調理できたりもするのだ。

 

「唯里さんには、昔から紗矢華さんがよくお世話になってましたから。 恩返しができてよかったです」

 

「あはは。 煌坂さんは、よく志緒ちゃんと喧嘩してたからねー」

 

 スープを口に運びながら、唯里は懐かしい気分で笑う。 同学年で同じ舞威媛候補で、どちらも気が強いこともあって、志緒と紗矢華は張り合うことが多かった。 その尻ぬぐいをさせられるのは、彼女たちと同室の唯里と雪菜だったのだ。

 

「そうか……姫柊と唯里さんは子供の頃からの知り合いなのか」

 

 古城が、不思議そうな表情を浮かべて聞いてきた。

 過去の話をするのは苦手なのか、雪菜は少し照れたように俯いて、

 

「そうですね。 学年が違ったので、直接お話しする機会はあまりなかったんですけど」

 

「ていうか、雪菜(ゆっきー)は誰ともあまり話さなかったよね。 孤高っていうか、小さなころからやたら冷静で、模擬戦のときとか、ちょっと恐かったし」

 

 目の前の後輩を見つめて、唯里はしみじみと呟いた。

 それを聞いた雪菜が、驚愕したように目を瞬く。

 

「こ……孤高? 恐い?」

 

「うん。 勝ってもニコリともしないし、話しかけても素っ気ないし。 私の渾身のギャグをスルーされた時はへこんだよー」

 

「そ、それは試合前で緊張してただけで……」

 

 雪菜が弱々しく弁解するが、彼女のその可愛らしい表情に悪戯心を刺激され、唯里は、ふふふ、と笑いながら続けた。

 

「やたら真面目で几帳面で、成績も抜群だったしね。 なんていうか、もう近寄りがたくて」

 

「私、そんなふうに思われてたんですか……」

 

 本気でショックを受けている雪菜を見て、唯里は少し反省した。 久しぶりに再会しても雪菜の生真面目さは相変わらずだ。 そのことが少し微笑ましい。

 

「あ、でも嫌われてたわけじゃないんだよ。 憧れてる後輩も多かったし。 雪菜(ゆっきー)七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)をもらって第四真祖の監視役になったって聞いたときには、納得したよ。 やっぱりって」 

 

 雪菜を慌ててフォローする唯里の言葉を聞いて、古城が何かに気づいたように口を開く。

 

「そうか……唯里さんも剣巫ってことは、姫柊の代わりにうちの隣に引っ越してくる可能性もあったのか」

 

「いやいや、違うでしょ、古城君。 今は、雪菜ちゃんと二人暮らしなんだからね」

 

 凪沙の指摘を受け、古城は、ああ、そう言えばそうだったな。と呟いた。

 

「え? 雪菜(ゆっきー)と古城君。 一緒に住んでるの?」

 

 唯里が驚いて雪菜を凝視した。 雪菜は、唯里の大げさな反応に怪訝な表情を浮かべて、

 

「はい。 任務ですから」

 

「というか、悠斗と凪沙も同棲してるぞ」

 

「そうだな。 もうそろそろ、半年くらいか? つか、風呂掃除してねぇから、カビが這えたりしてないよな。……いや、牛乳も期限が間近だったはずだ」

 

 凪沙は頬を膨らませ、

 

「もう、その時はその時だよ、悠君。 そうなっても、一緒にお掃除すればいいし、牛乳は勿体ないけど廃棄処理すれば問題ないよ」

 

「……その通りなんだけどさ。 あー、祭りの前に一気に飲んどけばよかったわ……」

 

 そう言って、悠斗は肩を落とした。

 唯里は古城たちを見ながら、

 

「え、えっと、古城君たちも、悠斗君たちと同じ感じなの?」

 

 顔を見合わせる、古城と雪菜。

 

「まあ一応。 似た感じだな」

 

「先輩、帰ったらお風呂の掃除ですからね。 サボりは許しませんからね」

 

「えー、メンドイ。 オレのダラダラする時間がなくなる……。まだ一回も使ってないんだし大丈夫じゃね」

 

 古城たちのマンションの修理は完了しているが、家具や、身の回りの物がまだ揃っていないので、悠斗たちのマンションに居候をしてるのだ。

 

「いえ、定期的に掃除は必要です。 埃がついてるかもしれないので」

 

 雪菜は、私がリビングとキッチン周りを担当します。と言っていたが、古城は唇を曲げていた。

 

「……わかりました。 先輩のご飯の量は、今後減らすことにします」

 

「それは勘弁。……はあ、解ったよ。 やればいいんだろ、やれば」

 

「最初からそういえばいいんです」

 

 唯里は動揺していた。 四人の会話を聞いていると、最早、夫婦の域だ。

 四人の自然なやりとりを、唯里は暫く無表情に眺めていたが、やがてついに発作的な衝動に襲われて、

 

「夫婦か!」

 

 思わず天井目がけて大声で叫ぶ。

 

「な、なんだ!?」

 

「唯里さん?」

 

「どうした?」

 

「もしかして、凪沙のお料理が口に合わなかったとか?」

 

 古城たちが、驚いた顔で唯里を見た。 四人とも、唯里が突然なにを言い出したのか理解できないという表情だ。 よもや自分たちの行動に問題があるとは、夢にも思ってないのだろう。 だが、そんな雪菜たちの仲睦まじい姿は、ほんの少しだけ唯里の罪悪感を溶かしてくれた。

 雪菜が唯里の代わりに危険な任務に就いたことには変わりないが、第四真祖と呼ばれた少年は何所か気だるげで、これといった危険はないし、紅蓮の織天使と呼ばれている少年も、優しく友達想いと解ったからだ。

 紅蓮の織天使には、監視役が就いてないと聞いていたが、凪沙という想い人が隣にいる限り、危険はないと判断できる。

 第四真祖、暁古城。 紅蓮の織天使、神代悠斗に対して抱いていた緊張感と警戒心も消えていた。

 

「ごめんなさい、なんでもないから。 ちょっと叫びたくなっただけだから」

 

「お、おう」

 

 古城が、おどおどと返事をする。

 そして、一つの疑問も感じていた。

 冷静に考えれば古城たちには、唯里やグレンダを助ける義理はないのだ。 彼らがこの地を訪れた理由は、凪沙を保護する為であり、安座真と戦う理由などない。

 なのにどうして、唯里たちの為にここまでしてくれるのか──。

 その理由を知りたくもあり、同時に、それを彼らに聞くのが恐くもあった。

 一つだけ解っているのは、古城と悠斗、そして凪沙を──姫柊雪菜が信頼している。ということだ。

 そして見えない絆、とも言えばいいのか、四人からはそれが感じ取れた。

 

 ――閑話休題。

 

 グレンダは腹が膨れて眠気を催したのか、布団の上に丸くなって再び寝息を立てている。

 だが、グレンダの耳がピクリと動き、彼女は低く唸った。

 古城たちも気づいていた。奇怪な魔力の持ち主が、この山小屋へと近づいている。唯里がそれを古城たちに告げようとした瞬間、雪菜が立てかけてあった“雪霞狼”に手を伸ばすのが見えた。

 

「……飛龍です」

 

「見つかったのか……早かったな、くそ」

 

「……もしかしたら、安座真だけじゃないかも知れない。 何か、奇妙な気配も感じる」

 

「……うん、凪沙も感じる。 何か、朱君たちと魔力の波動が似てるね」

 

 シリアルバーの残りを口に含んで、古城と悠斗が素早く立ち上がる。

 よく見れば古城も雪菜も、悠斗も凪沙も靴を履いたままだった。 安座真たちの襲撃に備えていたのだろう。

 慌てて追いかけようとした唯里を見て、雪菜が冷静に伝えてくる。

「唯里さんはグレンダさんをお願いします。 もしもの時は、私たち(・・・)を置いて逃げてください」

 

雪菜(ゆっきー)……」

 

 山小屋を出て行く雪菜たちの背中を見送って、唯里は思わず苦笑した。

 当然のように雪菜が口にした一言を、思わず口の中で繰り返す。

 

「(私たち、かあ……)」




邂逅は、次話になりそうです(-_-;)
戦闘回かー。上手く書けるかな……。

ではでは、次回もよろしくです!!


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咎神の騎士Ⅷ

お久しぶりですm(__)m
てか戦闘を描写するのって、難しいですね(-_-;)
戦闘で、おい、マジか。的な点が出てきてもご容赦を。


 飛龍(ワイバーン)は、山小屋から少し離れた場所に着地した。

 背に乗っているのは、騎士鎧を身に着けた安座真。 もう一体の飛龍(ワイバーン)には、和服を基とした男女が乗っている。

 

「……悠君」

 

「……ああ、解ってる」

 

 悠斗と凪沙は眉を寄せた。

 飛龍(ワイバーン)の背に乗っている男女から、神力に類似する力を感じ取ったのだ。

 

「……古城。 あの男女は、俺と凪沙に任せろ」

 

 凪沙も、こっちは何とかするね。と言って、にっこりと笑った。

 

「……ああ、了解した」

 

 そう言って古城は頷き、悠斗と凪沙は歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 凪沙と少女は、僅かに距離を取り対面していた。 

 

「私は、夜光美月(やこう みずき)

 

 夜光美月は、ある土地で彼と出会い、吸血鬼の集団から命を助けてもらってから行動を共にしたということだ。

 美月の両親は、美月を護りこの世を去った――。

 

 ――閑話休題。

 

 美月は、ほぼ悠斗と同じ境遇なので、悠斗の気持ちが痛い程解った。という事にも繋がる。

 そして凪沙が、どのようにして悠斗の心の傷を癒したのかも。

 

「えっと、私は――――」

 

「知ってる。 紅蓮の織天使、“血の伴侶”暁凪沙。でしょ?」

 

 凪沙は目を丸くし 美月は苦笑した。

 

「同じ“血の伴侶(・・・・)”なんだから、気づいて当然かも。 凪沙も、薄々気づいてたんでしょ?」

 

 美月は彼の“血の伴侶”。

 そして美月も、凪沙たちと同じく彼の魔力が循環し、彼の眷獣が扱えるのだ。

 

「まあうん。 そうなのかも……。――ねぇ美月ちゃん。 私たち、争わないといけないのかな……?」

 

 美月は、ごめん。と呟いた。

 

「……私は信じる人(・・・・)の為に戦うよ。 凪沙ならわかるでしょ?」

 

「……うん、わかるよ」

 

 凪沙も、私も信じる人の為に戦う。と呟いてから左手を突き出し、

 

「――おいで、朱雀!」

 

 凪沙は言葉を続ける。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――!」

 

 凪沙と朱雀は融合し、背部からは、二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。

 美月は、なるほど。と頷いた。

 

「それが、凪沙の守護……か」

 

 美月も言葉を紡ぐ。

 

「全てを食らい尽くす、漆黒の大蛇よ。 我を守護し、我の声に応え降臨せよ!――八岐大蛇(ヤマタノオロチ)!」

 

 美月が傍らに召喚したのは、八つの頭と八本の尾を持った巨大な蛇だ。

 見るからに凶悪な蛇は、うねうねと動いて、今にも凪沙に襲いかかりそうだ。 守護なしで戦闘になった場合、一撃食らえばお陀仏だ。

 凪沙は、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)に対抗できる眷獣を呼び出す。

 

「――おいで、青龍!」

 

 凪沙の傍らに召喚されたのは、稲妻を纏う青き龍だ。

 真祖の倍の力を持つ青龍ならば、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)と同等に戦う事ができるはずだ。

 

「――いくよ、凪沙」

 

「――うん、いつでも。 美月ちゃん」

 

 そして、漆黒の大蛇と、青き龍が衝突し爆炎を撒き散らした――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「ほう。 貴様から来てくれるとな」

 

 彼は、八神蓮夜(やがみ れんや)と名乗り、悠斗も自身の名前を名乗った。

 それから――、

 

「お前のそれ、神力だよな? 」

 

 悠斗は、疑問に思っている事を聞いた。

 神力は、天剣一族に受け継がれている力なのだ。 一族では見かけなかった奴が、神力を持っているのは余りにも不自然すぎた。

 

「オレの力は漆黒(・・)だ。 神じゃない。――そうだな。 漆黒一族(異能狩り)、人間の母さん。と、言えば解るだろ?」

 

 悠斗は、ああ。と頷いた

 蓮夜はこう言ってるのだ。――異能狩りの者、人間の母が混じり合い、生まれた子供だと。

 漆黒一族(異能狩り)は、純潔吸血鬼の集まりでもある。 族の中に混じり合い(半端者)がいる。 この要素だけで、族の者がどのように対応するか想像は容易だろう。

 蓮夜の母は、彼を生んですぐに他界。

 父は、蓮夜の生い立ちを知った者たちが、蓮夜をどうするか容易に想像がついた為族から抜けようとするが、異能狩りは真祖たちに目をつけられている一族。 族を抜けるのはどう見ても自殺行為だ。 また、蓮夜を護りながら旅に出る。 この案も論外だ。

 ならば、一族に戻っても、蓮夜を護ればいい。というのが父の出した結論だった。

 

「常に父と、父の眷獣がオレを護ってくれていたが――綿密に計画を立てられ、それが実行されたとなれば、力ある父も多勢に無勢。――裏切り者として殺されたよ。 オレを護ってな……」

 

 天剣一族襲撃の前日、前祝いというように蓮夜の父は一族の者に殺された。

 そして蓮夜は、隠し扉の中に押し込められる形になったのだ。 そこには、数日暮らせる非常食も揃っていた。 おそらく蓮夜の父は、既にここまで見越していたのかも知れない。

 この事柄を聞いた悠斗は、蓮夜の力に合点がいった。 そして、もしも。という事も考えられる――、

 

「……話は解ったが、生き残りであるお前が、俺に意趣返し(復讐)に来たのか?」

 

「勘違いするな。 オレは族の中で、疎外されてた身だ。 復讐なんて微塵も思ってない」

 

「なら、お前はあの日――」

 

 悠斗が言う『あの日』とは、異能狩りが、天剣一族を襲撃した日。――悠斗が全てを失くした日だ。

 蓮夜は頷き、

 

「お前の想像通り、村に放置されたままだ。 ま、そのお陰でオレは助かったんだけどな」

 

「……そうか。 なら、なぜ戦う必要がある?」

 

「まあ、自衛隊に傭兵として雇われてる。 そして、父の形見を自衛隊が管理してる(奪っている)からだな」

 

 父の形見というものなのだ。

 蓮夜の父の遺言や遺産の鍵。という事が考えられた。

 

「まだ、取り返す算段がつかないんだよ。 だからまあ、殺し合いをするしかないんだ。……恨みはないが、死んでくれ」

 

「俺は、凪沙を残して死ぬわけにはいかねぇんだよ」

 

 蓮夜と悠斗は同時に地を蹴り、魔力を纏った、蓮夜の突き出した右拳と、悠斗の左拳が衝突した。

 拳が衝突し、押し負け後方に吹き飛ばされたのは――――悠斗(・・)だった。

 後方に飛ばされた悠斗の体は、壁に叩きつけられ砂煙を巻き起こす。

 

「……無傷とまではいかないか」

 

 蓮夜の右拳は、皮膚が裂け、血が滴り落ちていた。

 悠斗は砕けた岩を撒き散らし、前方に加速し右回し蹴りを放つが、蓮夜の右腕によって防御されてしまう。 そして悠斗は、内心取り乱していた。

 

「(……こいつ、直前にフェイントかけたのに防御しやがった。 つか、魔力を纏った蹴りだぞ……!?)」

 

 悠斗が蓮夜を見やると、涼しい顔で防御してるようにも見えた。

 悠斗はこの短い攻防だけで悟ってしまった。――――今の力量を比べると、蓮夜の方が一枚上手だという事に。

 そして、基本能力(スペック)は、蓮夜の方が上であると解った瞬間でもある。 なので、悠斗の決断は早かった。

 

「内に眠りし妖鳥よ、今こそ我と一つになり力を与えたまえ。――妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

 

 悠斗は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)と融合し、悠斗の瞳には蒼が入り混じり、背から二対四枚の氷結の翼が出現する。

 そして悠斗は、守護を攻撃に回す。 所謂、ドーピングだ。

 

「……成程。 守護の融合を攻撃に回し、オレと同じ土俵に立ったか。 良い判断力だな。――が、無理やり力量を上げるとなると、そう長くは持たないだろうな」

 

「……お気遣いどーも」

 

 悠斗と蓮夜は、同時に左手を突き出す。

 

()い――暴君の神龍(ウロボロス)!」

 

「降臨せよ――黄龍!」

 

 蓮夜が傍らに召喚したのは、蛇のような神龍だ。 そして悠斗も、黄金の龍を傍らに召喚させる。

 

「――浄天(せいてん)!」

 

 悠斗がそう言うと、黄龍が凶悪な口から黄金の渦を放つが、

 

「ふん、甘い!」

 

 黄金の渦は、暴君の神龍(ウロボロス)に直撃する寸前に、全てを飲み込まれる。

 そして――、

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前の技だ。 返すぞ(・・・)――浄天(せいてん)!」

 

「――なッ!?」

 

 悠斗は驚愕した。

 技そのものを吸収し、自身のものにするなど聞いた事がない。

 しかも、黄龍の力に、暴君の神龍(ウロボロス)の力も混ざっているのだ。 天の力は、今や煉獄(・・)、の力といっても過言ではない。

 暴君の神龍(ウロボロス)の力と黄龍も力は拮抗したが、最終的に黄龍は消し飛ばされて(・・・・・・・)しまった。

 だが、悠斗は平静を保つ。 焦っては、相手の思う壺だ。

 

「――闇の渦(ブラック・ホール)!」

 

 悠斗の目前に出現した闇の渦(ブラック・ホール)は、全ての攻撃を呑み込んだが、その負担は大きかった。

 その証拠に、悠斗は片膝を地に落とす。

 

「(……クソ、上限ギリギリって所か……。 つか、体に負担がデカすぎる……)」

 

 この為、この戦闘で闇の渦(ブラック・ホール)を使用するのは不可能になってしまった。

 悠斗は立ち上がり、黄龍と同等な眷獣を召喚させる。

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

 悠斗の正面に召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は、黄金の衣を纏った神獣だ。

 

「麒麟か。――神代悠斗の中に眠るもう一体の眷獣」

 

「……どんだけ俺のこと調べてんだよ。 ストーカーかよ、お前」

 

 蓮夜は、心外だ。という顔をした。

 

「失敬な。 敵となる奴の情報を調べるのは当然の事だ」

 

 と、その時――、

 

「悠君」

 

 離れた所で戦闘をしていた凪沙が、青龍と共に悠斗の隣に立った。

 おそらく、個々の力では敵わないと思い、悠斗と合流したのだろう。 その証拠に、凪沙が身に纏っている巫女装束はボロボロだ。

 対して美月は、肩越しの衣服に亀裂が入っているだけだ。

 

「……美月ちゃんは、今の(・・)凪沙の力量じゃ勝てないかも……朱君の守護があって、攻撃を捌くのがやっとだよ……」

 

 美月は、凪沙の行動を完全に読んでおり、ほぼ全ての攻撃が効かない。 剣巫の未来視ではないかと疑う程だ。

 

「……ああ。 それはこっちも同じだ。 八神蓮夜は、おそらく俺の一枚上手(・・・・)だ。 奴の前では、俺の超直感もゴミ同然(・・・・)だしな」

 

 今は、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の力を上乗せして同じ土俵に立っているが、それが崩れるのも時間の問題だ。

 状況から見て、麒麟の攻撃も無力化させると見ていい。

 

「……暴君の神龍(ウロボロス)八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を超える奴といえば、あいつ(・・・)しかいないだろうな」

 

「……わかった。 でも、上手くいくかな?」

 

「……大丈夫だろ。…………まあ、確証はないんだが」

 

「……悠君。 今のポイント低いよ」

 

 ともあれ、悠斗と凪沙は並び立ち、片手を掲げる。

 そして、奴を呼び出す言葉を紡ぐ。

 

「――我の内に眠りし者よ」

 

「――今こそ汝の力を解放する」

 

「――対話(・・)終焉(・・)を司り神獣よ」

 

「――我らの声に応えたまえ」

 

 悠斗と凪沙は、最後の言葉を紡ぐ。

 

「――降臨せよ、神龍(シェンロン)!」

 

「――おいで、神龍(シェンロン)!」

 

 天を割って顕現した龍は、長い緑色の髭を生やし、凶悪な歯が並び、その頭部には鋭い角が二本。 中央部には手と足が鉤爪となって生え、表面を緑色が基調としており、その裏側は肌色に近い。 眼光は真紅に輝いている。

 

「……それがお前ら神龍か……」

 

「……これは、凄いね……」

 

 蓮夜、美月が感嘆な声を上げる。 神龍(シェンロン)は、悠斗と凪沙の最後の切り札(・・・・・・)と言ってもいい。 そして神龍(シェンロン)は、悠斗と凪沙で共に詠唱(・・・・)をしなければ、呼び出せない神獣――。

 

「お前らにコイツは止められるか?」

 

「……現状では厳しいだろうな。 追撃として、麒麟、青龍の攻撃もあるんだろ?」

 

 悠斗は、ああ。と頷く。

 

「蓮夜君、美月ちゃん。 ここは引いて欲しいかな。 無闇に血は流したくないから」

 

「……蓮夜君。 ここは一時退こう。 神龍(シェンロン)は、今の(・・)私たちじゃどうしようもできないよ……」

 

「……ああ、わかった。 今日の所は退いてやる。 次こそは必ず殺す」

 

 だが、蓮夜と美月は、悠斗と凪沙を殺そうとしてるのか微妙な所だ。

 また、捨て台詞を残して、蓮夜と美月は飛龍(ワイバーン)の背に乗り、飛龍(ワイバーン)を飛翔させこの場を後にした。

 ――それを見送ってから、悠斗と凪沙は脱力したのだった。




悠斗君と凪沙ちゃんの宿敵の登場ですね。てか、蓮夜君と美月ちゃん、悠斗君たちより強いとか、チートですね(笑)
神龍(シェンロン)がいなければ、悠斗君たちの負けでしたから(^_^;)
まあ、悠斗君たちも元よりチートなんですが……。

ではでは、次回もよろしくです!!

追記。
悠斗君の麒麟召喚は、技を相殺させるその場凌ぎの召喚ですね。
ちなみに、蓮夜君の親父さんは、族の中ではかなりまともな人です。具体的には、争いを好かない人。って所でしょうか。


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咎神の騎士Ⅸ

読者の皆様。明けましておめでとうございます(^^ゞ
はい、新年をボッチで迎えた舞翼です゚ヽ(○゚´Д`゚○)ノ゚

今年も頑張って更新するので、よろしくお願いします!!
そしてそして、記念すべき100話です(^O^)

では、新年初の投稿です。
それではどうぞ。


「暁古城──我々は君を不老不死の呪いから解き放ち、人間としての死を与えてやる」

 

 安座真が冷厳な口調で告げてくる。

 真祖として一人で何千年も生き続けるくらいなら、人間として死ね、と古城に伝えているのだ。

 馬鹿げた理屈ではあったが、魅力的な提案でもあった。 永劫の孤独と、先の見えない不安。 それは一人で抱え込むのには、あまりにも重すぎる荷物だ。 安座真はその終わりなき苦悩から、古城を解放しようとしている。

 だから邪魔をするな、と古城に言っているのだ。

 

「考えようによっては、まあ、悪くない提案だよな……あんたの言うことが本当なら」

 

 安座真の主張の正当性を、古城は認めた。 不老不死の力など、古城が望んで手に入れたものではない。 それを捨て去ることに抵抗はなかった。

 

「先輩……!」

 

 自暴自棄とも取れる古城の呟きを聞いて、雪菜が怒りを露にする。

 雪菜を見て、古城は曖昧な苦笑を洩らした。 雪菜こそ、第四真祖抹殺の任務を与えられて古城の監視を続けているのだ。 彼女が怒るのは理屈に合わない。

 

「グレンダを渡せ、第四真祖。 我らには“器“が必要だ。 人工島管理公社に対抗する為に」

 

 安座真が要求を口にし、古城の顔が強張る。

 

「人工島管理公社……だと? 絃神島になんの関係が……!?」

 

 ゴォン、と遠雷に似た轟音が聞こえてきたのは、その直後だった。 着陸間際の旅客機のような巨大な飛行物体が、立ちこめる雲の中から降下してくる。

 

「先輩! あれは……!?」

 

「なんだ!? 輸送機か……?」

 

 灰色に塗られたその機体は、軍用の輸送機によく似ていた。 だが、機体側面に設置された無数の砲門は、ただの輸送機のものではあり得ない。

 その禍々しくも巨大な機体は、グレンダたちのいる山小屋を目がけて高度を下げている。

 

「自衛隊特殊攻魔連隊の切り札……AC-2対地攻撃機(ガンシップ)だよ。 今は聖殲派(我々)のものだがね」

 

 安座真は、淡々と告げてきた。

 輸送機として設計された機体に、大量の武器弾薬を積み込む事で、通常の航空機にはあり得ない重武装と大火力を与えられた局地制圧用の攻撃機。 それを操縦しているのは、銀黒色のローブを纏った女だ。

 

「まさか、あの機体を素体にして傀儡(ゴーレム)を──!?」

 

 安座真たちの目的に気づいて、雪菜が表情を凍らせる。

 女の能力は、兵器の持つ性能をそのまま受け継いだ傀儡を造り出す事が可能にする。 装甲車が素体の傀儡(ゴーレム)ですら、普通ではあり得ないほどの堅牢さと攻撃力を持っていた。 だとしたら、対地攻撃機(ガンシップ)を素体に生み出した傀儡(ゴーレム)が、どれほどの火力を持つか想像もつかない。

 しかも彼らは、古城の眷獣の攻撃を無効化することができるのだ。 魔法無効化障壁に唯一対抗できる“雪霞狼”も、空を飛ぶ傀儡(ゴーレム)には届かない。

 

「話は終わりだ、暁古城。 グレンダを置いてここから立ち去れ」

 

 安座真が騎士兜を装着し、飛龍(ワイバーン)が巨大な翼を広げる。

 

「あんたの話は少しだけ魅力的だったよ、安座真三佐」

 

 古城が牙を剝きながら獰猛に笑った。

 

「だけどオレは、あんたが仲間をあっさり殺したのを見てる。 聖殲派のせいで、負傷した無関係の隊員も大勢いたはずだ。 あんたは信用できねーし、そんな相手にグレンダは渡せねえな。 それに、オレは孤独で生きていく事はない。 オレには、規格外な親友がいるしな」

 

「そうか……残念だよ、第四真祖」

 

 安座真が構えた騎槍が、古城の心臓に向けられる。

 そして彼は宣告した。 初めて生の感情を剝き出しにした声音で──、

 

「ならば、魔族に堕ちたままここで死ね!」

 

 構えた騎槍から、轟音と共に弾丸が放たれた。 グレンダを傷つけたものと同じ漆黒の球体だ。

 古城はその球体を回避しない。 回避すれば球体は山小屋に当たり、中にいる唯里たちが巻き込まれるからだ。

 古城は、右腕を掲げて荒々しく吼える。

 

「──疾く在れ(きやがれ)、一番目の眷獣、神羊の金剛(メサルテイム・アダマス)!」

 

 古城が、右手を襲う激痛に耐えて召喚したのは、光り輝く神羊だった。 眷獣を取り巻く無数の金剛石の結晶が、攻撃を防ぐ盾となる。

 漆黒の球体と激突した結晶は次々とぶつかり合って方向を変え、結晶が弾丸と化して、あらゆる角度から安座真を襲う。

 だが、その金剛石の弾丸は、安座真が展開した漆黒のオーロラに阻まれる。

 一切の厚みをもたない黒い膜が、染みこむように空間を侵蝕し、世界そのものを塗り替えていくのだ。 音もなく闇の中に吞み込まれ、眷獣の攻撃が無効化されていく。

 

「あの黒いカーテンみたいなやつか……!」

 

 古城の眷獣を無効化する騎士の力に焦りを覚えながら、一方で古城は密かに安堵していた。

 “聖殲の遺産”で武装しているとはいえ、安座真は人間だ。 まともに眷獣の攻撃を浴びれば、ほぼ確実に死ぬ。 相手が殺人者だからといって、古城が彼を殺していい理由にはならない。 たとえ彼の目的が、全ての魔族の抹殺にあるとしてもだ。

 

「──先輩は、グレンダさんたちの護衛をお願いします! 安座真三佐は私が!」

 

 攻撃を躊躇う古城の傍から、雪霞狼を構えて雪菜が跳んだ。

 安座真が放つ銃弾を撃ち落とし、雪菜は距離を詰めていくが、

 

「邪魔だ、剣巫!」

 

 安座真が飛龍(ワイバーン)に攻撃を命じた。 飛来する飛龍(ワイバーン)に阻まれて、雪菜の攻撃は安座真に届かない。

 

「姫柊──!」

 

 雪菜を援護する為に駆け出そうとした古城の頭上で、対地攻撃機(ガンシップ)が咆吼した咆哮した(・・・・)。 上空を旋回する巨大な機影は、航空機の形を保っていなかった。 龍族化したグレンダや飛龍(ワイバーン)を遥かに上回る巨体、そして九つの首を持つ多頭龍(ヒュドラ)もどきだ。 対地攻撃機(ガンシップ)の火力をそのまま受け継いだ多頭龍(ヒュドラ)もどきが漆黒の炎を吐く。

 

「黒い砲弾……だと!」

 

 神羊の金剛(メサルテイム・アダマス)が、障壁を展開した。 だが、無類の硬度を誇る金剛石の結晶が、多頭龍(ヒュドラ)もどき砲撃の前にことごとく砕けていく。 安座真の騎槍の銃撃と同じだ。 多頭龍(ヒュドラ)もどきの砲弾には、魔力無効化能力が与えられている。

 障壁を破られて、無防備になった古城を漆黒の砲弾が襲い、巨大な球体が古城の全身を吞みこむ寸前、眩い閃光が虚空を薙いだ。

 

六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)──起動(ブーストアップ)!」

 

 六式降魔剣・改(ローゼンカヴァリエ・プラス)を構えた唯里が、古城の前に着地する。 唯里の剣撃が生み出した空間の断層が、漆黒の砲弾を防いだ。 砲弾の魔力無効化能力で疑似空間切断の効果は失われるが、そのときには砲弾そのものも消滅している。

 

「唯里さん……!?」

 

「ごめんなさい! でも、あんなのが相手じゃ、隠れてても無駄だと思って──」

 

「ああ、いや……そうだな。 助かった。グレンダは?」

 

「だー!」

 

 周囲を見回す古城の背中に、パーカー姿のグレンダが、ばふ、という効果音とともに跳び乗ってくる。 グレンダの身体の軽い感触に、古城は戸惑いの表情を浮かべ、

 

「ええと……古城くんの後ろが一番安全だと思って……」

 

 古城に、伏し目がちに答えてくる唯里。 古城にくっついていろとグレンダに指示したのは、どうやら唯里だったらしい。 だが、グレンダが文字通り古城に密着するとは、唯里も予想していなかったのかもしれないが。

 

「それはいいけど、まずいな、このままじゃ──」

 

 頭上の多頭龍(ヒュドラ)もどきを見上げて、古城は焦燥を覚える。 次に砲撃を受けたら、唯里にも防ぎきれないはずだ。その前にあの巨大な傀儡を倒さなければならない。

 

「くそっ! 疾く在れ(きやがれ)――獅子の黄金(レグルス・アウルム)龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)!」

 

 古城が呼び出したのは、雷光の獅子と双頭龍だ。 それらは宙を舞う多頭龍(ヒュドラ)もどきに殺到し、その巨体を撃ち落とそうとする。

 その攻撃を防いだのは、多頭龍(ヒュドラ)もどきの頭上に立つ女だ。 彼女はローブの隙間から漆黒のオーロラを広げて、多頭龍(ヒュドラ)もどきの全身を覆い尽くしたのだ。

 激突の衝撃が多頭龍(ヒュドラ)もどきを揺らしたがそれだけだ。 魔力を封じられてしまえば、第四真祖の眷獣といえども、多頭龍(ヒュドラ)もどきを破壊しきれるものではない。

 だからといって飛龍(ワイバーン)を撃ち落としたときと同じ手段は使えなかった。 多頭龍(ヒュドラ)もどきとの距離が近すぎる。 この状態で眷獣を暴走させたら、古城たちも無事では済まないし、安座真たちを確実に殺してしまうだろう。

 

「ダメか……!」

 

 多頭龍(ヒュドラ)もどきが轟然と炎を放った。 古城の眷獣たちがそれぞれ攻撃を放って、飛来する漆黒の砲弾を相殺する。 それでも防ぎきれない砲弾が古城たちの頭上へと降り注ぐが──、

 

 

 

 

 

 

 

「――虹色の絨毯(カラー・ガーデン)

 

 古城たちの前に、神龍(シェンロン)が放った虹色のカーテンが展開され、注がれる砲弾を一部を除き(・・・・・)呑み込んだ。

 大規模な力を前にして、古城たちと、安座真の動きが止まる。

 古城が後ろを振り向きそこにいたのは、古城たちとは距離を取り戦闘になっていた悠斗と凪沙だ。――だが、悠斗の衣服と凪沙の巫女装束はボロボロだ。

 紅蓮の翼、氷結の翼の具現化が解けようとしている。 この事から、先程の戦闘の凄まじさが窺えた。 そして、悠斗と凪沙は、古城たちの隣まで移動した。

 

「……古城、苦戦しすぎだ」

 

「……でも悠君。 凪沙たちならともかく、魔力攻撃を無効化するってことは、古城君とは相性最悪なんだよ……」

 

 そう言って、凪沙は溜息を吐く。

 そして、古城たちの目前に雪菜が着地した。

「無事ですか、先輩! 唯里さん!」

 

雪菜(ゆっきー)……!」

 

「姫柊! 飛龍(ワイバーン)は……!?」

 

 雪菜は前方を指差した。

 飛龍(ワイバーン)は、片翼と胴体を深々と抉り取られて、地上でのたうち回っていた。 多頭龍(ヒュドラ)もどきの砲撃に巻き込まれたのだ。

 ──多頭龍(ヒュドラ)もどきの砲撃に巻きこまれる位置に、絨毯(カーテン)が展開されておらず、飛龍(ワイバーン)を巻き込んだ。といった方が正しいか。 いや、多頭龍(ヒュドラ)もどきの見境の無い攻撃とも言えた。 だが、直撃ではないので消滅はしていないが、戦闘不能だろう。

 

「……紅蓮の織天使(神代悠斗)紅蓮の姫巫女(暁凪沙)。 あの方たちを退かせるのは予想する事ができなかった。――貴様らの力は、危険すぎる……」

 

 飛龍(ワイバーン)を盾にした、安座真が忌々しそうに呟く。

 

「いや、知らんから。 てか、蓮夜の親父の形見を、奴に返せ。 俺、あいつと戦うと精神がすり減るんだよ」

 

「……うん、凪沙も同感。 美月ちゃん、強すぎるもん……」

 

 次に、悠斗と蓮夜、凪沙が美月と戦闘になれば、必ず勝利をもぎ取れる。とはいかない。 このままでは、次は敗北するだろう。

 次の戦闘までに、今以上の力をつけておく必要があった。

 

「貴様らの戯言など聞く耳もたない――第四真祖! 貴様もだ!」

 

 そう言って安座真は、漆黒のマントを広げた。

 しかし滲み出した闇色のオーロラは、虚空を覆い尽くすこともなく、安座真の足元の地面に音もなく吞み込まれていく。

 戸惑う古城たちの足元に、暗い影のような染みが広がった。 その染みは、厚みを持たない無数の刃になって、地中から古城、悠斗、凪沙を刺し貫こうとするが――、

 

「――凪沙!」

 

 悠斗は凪沙を押し飛ばした。 おそらくこれは、異境(ノド)の侵蝕だ。

 ――異境(ノド)の浸蝕とは、咎神カインが放逐されたとされる異世界だ。 そして“聖殲”によって、統べるべき神を失った、虚無の世界。

 

「先輩!」

「古城くん!?」

 

「悠君!」

 

 雪菜と唯里、凪沙が、驚愕に目を見開く。 地中からの見えない攻撃には、未来視の力を持つ彼女たちも反応できず、悠斗に限っては、先の戦闘で疲労が溜まり、超直感、気配感知の使用が不可能だったのだ。

 

「ぐ……はっ……!」

 

 古城の全身を貫いた闇色の刃は吸血鬼の力も奪っていた。 自らの眷獣を呼び出すこともできず、古城は声もなく鮮血を吐く。 背負っていたグレンダを突き飛ばし、彼女を救うだけで精一杯だ。

 全快の悠斗ならば、異境(ノド)の侵蝕に抗う事は可能だろうが、先の戦闘で、体力(魔力)が大半奪われているので、抗う事ができなかったのだ。 そして悠斗も、全身を闇色の刃で貫かれ、力を奪われていった。

 

「ッチ!」

 

 古城と悠斗の足元に広がった闇は、大気をも侵蝕して全身を包みこんだ。

 

「唯里さん……グレンダを連れて……逃げ……」

 

「(……悪ぃ凪沙。 時間稼ぎ頼む)」

 

 自分に駆け寄ってくる唯里を、古城は目の動きだけで制止し、悠斗は凪沙に『必ず戻って来る』というメッセージを残した。

 雪菜が“雪霞狼”で異境(ノド)の侵蝕を打ち消そうとするが、侵蝕速度のほうが速かった。 古城たちは闇の中へと溶け込み、漆黒の澱みだけが残される。

 

「──沖山一尉」

 

「了解」

 

 安座真の指示を受けた沖山が、多頭龍(ヒュドラ)もどきの上から跳び降りて来る。 安座真がグレンダを確保するまでの間、一人で雪菜たちの相手をするつもりなのだ。 

 沖山にとって、凪沙は脅威に映るが、先の戦闘でほぼ満身創痍。 神龍(シェンロン)の具現化も解けている(・・・・・)のだ。 ちなみに、凪沙の眷獣(青龍)は、美月たちとの戦闘終了時に解けてしまっている。

 凪沙が眷獣(四神)召喚となれば、一度が限界だろう。 そして、継続時間も短いはずだ。

 

「……雪菜ちゃん、唯里さん。 私が時間を稼ぎます」

 

 雪菜は解っていた。 凪沙は体力(魔力)が限界に近いということに。

 凪沙は、先程の悠斗の言葉を信じているのだ。――時間を稼げば、必ず悠斗が助けに来ると。

 雪菜は、無謀すぎる。と思った。 凪沙はほぼ満身創痍の状態であり、敵は、安座真に沖山、多頭龍(ヒュドラ)もどきだ。

 

「私も残ります。――唯里さんは、グレンダさんを逃がしてください!」

 

「凪沙さん、雪菜(ゆっきー)……!」

 

 凪沙、雪菜の背中を見て、唯里の瞳に迷いが浮かんだ。

 おそらく、凪沙と雪菜が力を合わせても、安座真と沖山、多頭龍(ヒュドラ)もどきの相手は、五分五分だろう。 なので、負ける可能性も捨てきれないのだ。

 だが、唯里までもがここで倒れたら、グレンダを護る者がいなくなる。

 どうすればいい、と苦悩する唯里の前で、グレンダは思いがけない行動に出た。

 

「うぅ──────っ!」

 

 地表に残された漆黒の澱みに──古城(・・)が吞み込まれた虚無の闇へと、グレンダは自ら飛び込んだのだ。 グレンダの姿が消えた直後、収縮を続けていた闇は完全に消滅する。

 彼女が着ていたパーカーだけが、ぱさり、と音を立てて地面に落ちた。

 

「グ……グレンダ!?」

 

「なに……!?」

 

 驚いていたのは、唯里たちだけではなかった。安座真も、予期せぬ結末に呆然としている。

 

「“器”が自ら異境(ノド)に飛び込んだ……だと……馬鹿な……!」

 

 自失したような口調で、安座真が呻く。

 咎神の騎士の力をもってしても、闇の侵蝕に巻きこまれた存在を元に戻すことできない──その冷徹な現実を、絶望に震える彼の声が示していた――。 

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ――とある辺境の村。

 だが、空は紅く、緑が茂る草木は枯れ、周囲の建物は破壊され焼け落ちている。 巨大な災厄に襲われた直後か、戦火に焼きつくされたような光景だ。

 

「どこだ……ここは?」

 

 悠斗は、異境(ノド)に侵蝕され、虚無の闇に吞まれた。 そして気づいた時には、この世界に一人で立っていたのだ。

 

「……天剣一族のなれの果てとでもいうのか……」

 

 悠斗が振り返ると、正面にある老人の人影が立っていた。

 悠斗は目を細め、その人物を観察する。 そして、ある人物の顔と一致した。

 

「……嘘だろ。 天剣一族の祖じゃねぇかよ……」

 

 悠斗は絶句した。

 なぜ先祖がこんな所にいるのか? 悠斗の考えでは、古の昔、天剣一族は天部と力を合わせ、咎神カインと対立していたのかもしれない。

 

「───……───────」

 

 悠斗の存在に気づいた彼は、何かを伝えるべく唇を震わせた。

 だが、その言葉が声になる前に、男の姿は薄れ消えていき、彼が消え去る直前、何かを指差した。 同時に、悠斗が立っていた場所も、細かな光の粒と化して静かに消滅を始め、闇に吞まれいく。

 今の悠斗は、異境(ノド)に侵蝕に飲み込まれそうになる。 悠斗は、僅かな神力で浸食に抗う。 だが、悠斗が力尽きるのは時間の問題だろう。

 

「……何だあれ?」

 

 彼が指差した場所が、光を放ち、異境(ノド)に侵蝕に抗っている。 悠斗は闇をかき分け、その場へ急いだ。

 光輝いていたのは、蒼く透き通る刀身をもつ刀だ。

 その刀の名は――鏡花水月(きょうかすいげつ)。 天剣一族の宝剣(・・)である。

 おそらく、祖はこの宝剣を使用し、異境(ノド)に侵蝕に抗いながら戦い、異境(ノド)の中に宝剣を突き刺し、命を落としたのだろう。

 

「……この刀、神格振動波(・・・・・)を生み出しているのか? てか、雪霞狼は(・・・・)鏡花水月を基(・・・・・・)にして作られたのか?」

 

 悠斗のこの考えは、あり得ない話でもない。 だが、この話が事実だという確証もないのだ。

 闇に刺さった宝剣を抜くと、悠斗の全身が神格振動波の結界に護られ、異境(ノド)の浸蝕を打ち消した。

 悠斗が、宝剣を軽く一振りすると、異境(ノド)に侵蝕の闇が切り裂かれる。 これに比べたら、神通力の刀がちっぽけに見えてしまう。

 悠斗は嘆息し、

 

「……どんだけ規格外な宝剣だよ」

 

 悠斗の考えでは、自身の神力を宝剣に送り込む事で、神格振動波は本来の威力を発揮する。――異境(ノド)の闇を切り裂き、凪沙たちの元へ帰還する事ができるだろう。

 ――悠斗は、自身の神力を宝剣に注ぎ込み、振り上げる。

 

「――――切り裂け!」

 

 剣を振り下ろし、悠斗は光に包まれた――。




……うん。悠斗君にチートが付与されましたね(^_^;)ちなみに、鏡花水月は異空間に仕舞う事が可能ですね。
宝剣は、簡単にほいほいと出す事はないですね。まあ、今回は例外かもしれませんが。

ではでは、次回もよろしくお願いします!!

追記。
今年も、“ストライク・ブラッド~紅蓮の織天使~”をよろしくお願いしますm(__)m


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咎神の騎士Ⅹ

久しぶりの更新です……(震え声)
最近、執筆速度が……。

で、では、投稿です。
本編をどうぞ。


 多頭龍(ヒュドラ)もどきの砲撃が、大地を抉り、雪菜と凪沙は寸前の所で回避する。 そして安座真は、再び地表に漆黒のオーロラを広げていた。

 一度は閉ざされてしまった異境(ノド)への回廊を開こうとしているのだろう。 グレンダが自力で戻ってくるのを期待しているのかもしれない。 その場合、邪魔になるのは雪菜たちの存在だ。 なので沖山は、安座真のサポート役として、雪菜たちを排除しようとしているのだ。

 

「……雪菜ちゃん。 あの大きな蛇は、私に任せて」

 

「で、ですが、凪沙ちゃん」

 

「雪菜ちゃん。 悠君のいう適材適所だよ」

 

 凪沙は、多頭龍(ヒュドラ)もどきを見据えた。

 確かに、雪菜では多頭龍(ヒュドラ)もどきを相手にするのは荷が重すぎた。

 

「……わかりました。 凪沙ちゃん、気をつけて」

 

「りょうかいだよ。 雪菜ちゃん」

 

 雪菜は、多頭龍(ヒュドラ)もどきの相手を凪沙に任せ、地上に降り立った沖山の前に立つ。

 雪霞狼が、沖山のローブを切り裂く。 だが、沖山観影が纏った漆黒のオーロラが消滅する事はない。 それどころか彼女は、ローブを脱ぎ捨てて、雪菜の視界を遮る楯にした。

 そしてローブの死角から、雪菜へと杖を叩きつけてくる。 銀黒色に輝く杖を──。

 雪菜は寸前でその一撃を受け止めた。 防ぎきれなかった衝撃で、後方に大きく吹き飛ばされる。 そんな雪菜を見て、沖山は感心したように微笑んだ。

 

「それがあなたの魔具ですか、沖山一尉──」

 

 沖山を睨んで、雪菜が言った。

 安座真が身に着けている騎士鎧は、それ自体が異境(ノド)の侵蝕を操る咎神の魔具だ。 彼女のローブにも、魔具としての機能があると思っていた。

 だが、違った。 魔法使い風のローブはただのまやかしだ。

 気づくのが遅れたせいで、雪菜の最初の攻撃は防がれた。 沖山を倒すのが遅れれば、その分凪沙が危険になる。

 

「ええ、そう。……あなたは、姫柊雪菜さん、でしたね」

 

 沖山が、手の中で杖を回転させて雪菜を睨む。

 

「ご安心を。 この魔具は複製品(レプリカ)です。 安座真三佐の騎槍を模倣した紛い物。 異境(ノド)の侵蝕を自在に操る程の力はありません。 せいぜい傀儡(ゴーレム)を生み出して、虚無のヴェールで覆うのが精一杯。 ただし──」

 

 次の瞬間、沖山の姿が雪菜の視界の中で霞んだ。

 凄まじい速度の跳躍。 そして刺突。 雪菜の反応速度を以ってしても、攻撃の軌道を僅かに逸らすことしかできず、杖の先端に装着された銃剣が、雪菜の肩を掠めていく。

 

「銃剣術!?」

 

「白兵戦闘なら、私に勝てると思いましたか? 私は特殊攻魔連隊ですよ?」

 

 沖山の絶え間ない連続攻撃に、雪菜は追い詰められた。

 単純な格闘戦の技術では、沖山は雪菜を遥かに上回る。

 沖山の杖は、雪霞狼に比べて射程で劣るが、圧倒的に小回りが利く。 その優位性を最大限に活かす為に、沖山は雪菜に超至近距離での打撃戦を挑んでいた。 体格と筋力で彼女に劣る雪菜は、反撃の糸が掴めない。

 

「その槍が魔族に対して無敵を誇ろうとも、人間である私にとっては、時代遅れの近接兵器に過ぎない。 剣巫の未来視も、異境(ノド)の侵蝕に覆われた私には通用しない」

 

「くぅっ……!」

 

 沖山の体当たりを受け、雪菜は大きく吹き飛ばされる。 だが、それは雪菜にとってもチャンスだった。 雪霞狼を構え直す間合いが得られたからだ。

 着地すると同時に乱れた呼吸を整え、顔を上げる。 雪菜は、沖山が自ら後方に跳び退くのを見た。 なぜ、と雪菜が混乱した一瞬の隙をつき、沖山が傀儡(ゴーレム)に命じる。

 

AC-2(ガンシップ)、撃て!」

 

「しまっ──!」

 

 着地した直後の雪菜に向かって、多頭龍(ヒュドラ)もどきの九つの頭が一斉に火を噴いた。

 

「――雪菜ちゃん!」

 

 凪沙は雪菜も元へ走り出し、右手を突き出し、力を振り絞って召喚を命じる。

 そして今、この場面での青龍、白虎の相殺攻撃は、雪菜を巻き込んでしまう恐れがある。

 

「――おいで、朱雀!」

 

 凪沙は、雪菜の正面に紅蓮の不死鳥を召喚させた。

 

「――炎月(えんげつ)!」

 

 雪菜たちの正面には、紅い結界が張られ、多頭龍(ヒュドラ)もどきも砲弾は結界に阻まれ消滅した。

 

「――――暁凪沙さん。 私はこれを待っていたのですよ」

 

 おそらく、沖山は解っていたのだろう。 凪沙の眷獣召喚が一度しか使えない事に。

 

「私の見解では、凪沙さんの眷属持続時間も短い。 そして、融合は不可能ですね」

 

「……もしそうなら、どうだって言うんですか?」

 

 凪沙は、沖山を睨み付ける。

 

「いえ、“紅蓮の姫巫女”が現れたと基地の中で聞いたのですが、この程度だった。と思いましてね」

 

 沖山の言葉を聞いた凪沙は、もう二つ名が知れ渡ってるんだ……。今後も呼ばれるのかな。と思いながら、溜息を吐きたい気持ちだった。

 

「あなたの結界も消滅するのは時間の問題。――撃て!」

 

 沖山がそう命じると、多頭龍(ヒュドラ)もどきの九つの頭が火を噴き、絶え間ない砲撃が結界に衝突する。

 確かに、沖山の言う通り結界が消滅するのは時間の問題。 凪沙は、結界を維持するので精一杯なのだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「――凪沙ちゃん。 砲撃が止まった瞬間に結界の一部を開けて下さい。 一か八か、爆風に隠れて沖山一尉の懐に飛び込みます」

 

「雪菜ちゃん、その賭けは危険すぎるよ。――なので、却下します」

 

 雪菜は、ふふ、と苦笑した。

 

「その有無を言わせない所、神代先輩に似てますね」

 

「そ、そうかな」

 

 雪菜は、はい。と頷いた。

 

「ですが、この案が却下となると、八方塞がり。 殺されるのも時間の問題です」

 

「……うん。 でも、凪沙は信じてる。 悠君たちを」

 

 その直後、多頭龍(ヒュドラ)もどきが炎に包まれた。

 戦車砲弾の直撃を受けた多頭龍(ヒュドラ)の巨体が、着弾の衝撃で大きくよろめく。

「うっ!?」

 

 動揺を見せたのは、雪菜たちではなく沖山の方だった。

 密集する針葉樹林の中から現れたのは、真紅に塗られた超小型有脚戦車(マイクロロボットタンク)だ。 その主砲が、沖山の傀儡を狙い撃ったのだ。

 

「効いてるわ、“戦車乗り”! もう一発!」

 

 ハッチから顔を出した浅葱が、双眼鏡を片手に叫んでいる。

 

『火力を強化してきた甲斐があったでござるな!』

 

 有脚戦車(ロボットタンク)が、自動装塡された次弾を再び撃ち放つ。 同時に戦車背面のミサイルポッドから、大量の対戦車ミサイルがばら撒かれた。

 多頭龍(ヒュドラ)もどきの巨体が、大量の金属片を撒き散らしながら崩れていく。

 沖山の銀黒色の杖は、現代兵器を魔獣へと変える魔具だ。 兵器としての攻撃力は魔獣にも引き継がれるが、同時に魔獣の防御力が、素体になった兵器の強度を超える事もない。 輸送機をベースに設計された対地攻撃機(ガンシップ)には、戦車砲に耐えられる程の強度はないのだ。

 真紅の小さな有脚戦車(ロボットタンク)が、巨大な傀儡(ゴーレム)を一方的に蹂躙する。 全ての砲弾を撃ち尽くした時には、多頭龍(ヒュドラ)もどきは瀕死の鉄屑と化していた。

 

「藍羽先輩──!」

 

「浅葱ちゃん――!」

 

 暫し呆然と立ち尽くしていた雪菜たちが、戦車の上の少女に向かって呼びかけた。

 赤い有脚戦車(ロボットタンク)は、雪菜たちのすぐ隣に停止して、

「遅くなってごめん、姫柊さん。 凪沙ちゃん。 古城と悠斗は?」

 

「──私たち信じます。 先輩たちを」

 

 雪菜は黒銀の騎士へと目を向けた。

 安座真は、破壊された傀儡(ゴーレム)には目もくれず、地表に展開したままの虚無の薄膜を眺めていた。

 

異境(ノド)の侵蝕に吞み込まれたか」

 

 この光景を見て全てを悟ったのだろう。 戦車の上に乗っていた異邦人の少年が、愉快そうにクックッと喉を鳴らす。 彼の全身から立ち上っているのは濃密な魔力だった。

 

「イブリスベール・アズィーズ……それにカインの巫女か。 こんな時に……」

 

 安座真が、騎槍を抜いて少年を睨み付けた。

 イブリスベール・アズィーズの名前を聞いた唯里が、ぎょっとしたように少年を見上げる。

 一方、雪菜の瞳に浮かんでいたのは純粋な困惑。 凪沙は来てくれたんだ。という思いだった。 “滅びの王朝”の凶王子イブリスベール・アズィーズの名は、ディミトリエ・ヴァトラーにも劣らぬ超危険人物だ。 凶悪な吸血鬼の王子が、どういう経緯で藍羽浅葱と行動を共にしていたのか──雪菜たちにはまったく解らない。

 

「沖山一尉」

 

「はい、三佐。 戦車の始末は私が──」

 

 安座真と沖山が、それぞれの魔具を構えた。

 多頭龍(ヒュドラ)もどきを失っても、安座真たちには異境(ノド)の侵蝕が残っている。 イブリスベールの助力があっても、油断が許される相手ではない。

 だが、対照的にイブリスベールの表情は穏やかだった。

 地表に残されたままの虚無を眺めて、吸血鬼の王子が歯を剝いて笑う。

 

「逸るな、咎神の下僕──貴様の相手はオレではないぞ。 今は、まだな」

 

「なに……!?」

 

 騎士鎧に隠された安座真の表情が、驚愕に歪む気配があった。 彼の制御を離れたはずの異境(ノド)の侵蝕が、消滅する事なく膨れ上がっていく。

 まるで誰かが、そこにある見えない扉をこじ開けていくように──。 そして、もう一方は、淡い蒼色の光が――。

 闇の中から噴き上がる魔力は、世界最強の吸血鬼の魔力。 そして、紅蓮の織天使の魔力だ。

 

「馬鹿な! 魔族が……魔族ごときが自力で異境(ノド)の境界を破るというのか!?」

 

 安座真の声音に混乱の響きが交じる。 咎神カインを奉じる彼にとって、異境(ノド)とは、全ての異能の力が存在しない世界でなければならない。 そこから帰還する魔族など、決してあってはならないはずだった。 例え、第四真祖、紅蓮の織天使といえどもあり得ないのだ。

 

「なにを驚く? 異境からの帰還を成し遂げた者はすでにいるはずだぞ。 遥か遠い過去に、一人だけな。――いや、古い文献ではもう一人、だな」

 動揺する安座真を嘲笑うように、イブリスベールが厳かに告げた。

 安座真の全身が、戦慄したように凍りつく。

 

「まさか、奴らは咎神の記憶を喰ったのか──!?」

 

 掠れた安座真の声が響く前に、闇が割れた。

 

「いや、もう一人は喰ったんじゃない。 異境(ノド)を切り裂く、だ」

 

 凄まじい魔力の奔流と共に現れたのは、しっかりと抱き合った一組の男女だ。 どこか気怠げな表情を浮かべた少年と、ぶかぶかの制服のブレザーを羽織った小柄な少女。 その隣からは、蒼く透き通る長剣を左手に携える少年だ。

 

「先輩! グレンダさん!」

 

「こ、古城!? 悠斗!?」

 

「グレンダ! 古城くん! 悠斗君!」

 

「古城君! 悠君!」

 

 雪菜と浅葱、唯里と凪沙が口々に驚きの声を洩らす。 そして、

 

「貴様ら──ッ!」

 

 銀黒色の鎧を纏った、安座真が絶叫した。

 

「ゆいり――!」

 

「グ、グレンダ!?」

 

 物凄い勢いでジャンプしてきた鋼色の髪の少女を、唯里が慌てて抱き留めた。

 ぶかぶかのブレザーの裾からは、少女──グレンダのすらりとした太腿が覗いている。 それに目を奪われながら、浅葱は表情を強張らせる。

 

「だ、誰よあれ? どうして古城と一緒に……?」

 

『おー、なかなかの美脚でござるな。 眼福眼福』

 焦る浅葱と、吞気な感想を洩らしているリディアーヌ。

 そんな少女たちの姿を遠目に長めながら、古城は疲れたような溜息を吐き、悠斗は長剣を肩に担ぎ欠伸を洩らした。 唯里たちが無事だったのは幸いだったが、何やら面倒な事にもなっているらしい。

 

「なぜだ、第四真祖……なぜ咎神の“器”が君を選ぶ……!? それに、紅蓮の織天使! グレンダと一緒に居なかった貴様が、なぜ異境(ノド)から出られた!?」

 

 何事もなかったように大地に立っている古城と悠斗を睨んで、黒銀の騎士が忌々しげに吼えた。

 

「オレを助けてくれたのはグレンダだ。 あんたが道具扱いしてたあいつが、あいつの意思で力を貸してくれた。 自分の仲間をあっさり殺したあんたには理解できねぇかもな」

 

 古城は、敢えて彼の神経を逆撫でするように言い放つ。 身勝手な正義を振りかざし、グレンダたちを危険に晒した安座真に、古城は怒りを覚えていたのだった。

 

「まあ俺はアレだな。 これのお陰だ」

 

 悠斗は、宝剣を掲げる。

 

「き、貴様! その光は、――神格振動波か!?」

 

「先祖が残してくれた遺産だ。 ちなみに、神格振動波は天然ものだぞ」

 

 雪霞狼より強いな。と付け足す悠斗。

 

「まあ、俺は神力を注ぎ込んで、異境(ノド)を切り裂いた」

 

「き、貴様ら──」

 

 安座真が、古城たちを蔑むように睨み付けてくる。

 

「黙れよ、おっさん」

 安座真の罵りを、古城は無造作に切って捨てた。

 怒りに絶句した安座真を哀れむように見返して、古城は冷ややかに言い放つ。

 

「確かににあんたの言うように、この世界は歪んでるのかもしれねぇー。 だけど、世界を在るべき姿に正すという、あんたの理想が正しいのなら、あんたはどうしてテロリストになった? 仮面を被って正体を隠してないで、平和的な手段で世の中を変えてみせろ! 吸血鬼の真祖たちが、聖域条約の形で実現してみせたようにな!」

 

「お前の目的はどうでもいいが、凪沙との生活が壊される事に繋がるなら、俺も黙っていられないぞ」

 

「貴様ら……」

 

 騎士兜越しにも解る程に、安座真の顔が激情で染まった。

 

「それができない今のあんたは魔族以下だ。 種族も能力も関係ない。 あんたは魔族の正義に負けたんだ。 歪んでるのは世界じゃなくて、真実を直視できないあんたの方だろ!」

 

「つーか、聖殲派(お前ら)ってクズの集まりなんだろ? そんな奴らが、蓮夜の気持ちを踏みにじるんじゃねぇよ」

 

 悠斗は蓮夜と戦い、蓮夜の心の中を読み取る事ができた。 それは――優しさだ。

 言葉では、《殺す》と言っていたが、本心は争いを好かない少年なのだ。 まあでも、宿命(ライバル)となったからには、殺さないといえど、戦う事になるかもしれないが。……矛盾しているように聞こえるが、気のせいである。

 そして、人類と魔族の共存を目的に締結された“聖域条約”──その実現に貢献したのは、吸血鬼の真祖たちの強力な後押しだった。 全ての魔族を滅ぼす事でしか世界を正せないと聖殲派が主張している間に、魔族の盟主たちは、平和に至る手段を形にしてみせたのだ。

 その時点で聖殲派は、正義を語る資格を失った。 だからこそ彼らはテロリストであり、そして犯罪者とされたのだ。

 

「来いよ、おっさん。 あんたがそれでも正義を名乗ってグレンダを狙うのなら、オレがあんたを止めてやる! ここから先は、第四真祖(オレ)戦争(ケンカ)だ!」

 

「いや、オレもだと思うんだが……。 まあいいか」

 

「貴様らァァァァァァァァ────ッ!」

 

 感情を剝き出しにして、安座真が吼えた。

 騎士鎧から放たれた異境の侵蝕が、再び地中へと伸びていく。 だが、それらが刃と化して古城を貫こうとした瞬間、銀色の閃光が虚無の薄膜を縫い止めた。

 青白い輝きを纏った槍が、古城の足元の地面に突き立てられている。

 

「いいえ、先輩。 私たちの戦争(ケンカ)、でもあります──」

 

 異境(ノド)の侵蝕を斬り裂いて、雪菜が古城の傍らに着地した。

 地中から襲い来る咎神の騎士の攻撃は脅威だが、警戒していれば、動きを見切るのは難しくない。 一度手の内を見せた時点で、安座真の奇襲攻撃は効果を失っていたのだ。

 

「うん。 私たちの戦争(ケンカ)、だね」

 

 そして、沖山が悠斗たちに投擲したナイフは、凪沙が携える白虎の牙()が弾く。

 

「悠君、お待たせ。 若干だけど、回復させてもらったよ」

 

「すまんな。 無理させて」

 

 凪沙は、にっこりと笑った。

 

「気にしないで。 でも、あとでたくさん甘えさせてね」

 

「ああ、約束する。 それと帰ったら、写真撮ろうな」

 

「うん!」

 

 これを聞いた、古城と雪菜は呆れ顔である。

 死闘中でもイチャつくのかよ。と言いたい表情だ。

 古城は気持ちを切り替え、

 

「姫柊、悪い。 待たせた」

 

 心配をかけたであろう雪菜の為に、古城は自発的に謝罪する。

 しかし雪菜が投げかけてきたのは、古城の予想を上回る冷めた視線だった。

 

「──グレンダさんの血を吸ったんですね、先輩?」

 

 抑揚の消え失せた雪菜の口調に、古城は声を上擦らせた。

 それらしい痕跡は残っていなかったはずだが、雪菜には気づかれていたらしい。

 

「ち、違う。 あ、いや、違わないけど、つまり、正確にいえば、あれはグレンダであってグレンダじゃなかったっていうか」

 

 などと意味不明な古城の供述を、雪菜は無感動に聞いていた。

 そして彼女は、雪霞狼を旋回させる。

 

「そうですか。 では、その話はあとでゆっくりと──」

 

 静かに告げてくる雪菜の言葉を聞きながら、無かったことにはならないんだな、と古城は軽い絶望感を覚え、悠斗と凪沙は、どんまい古城(君)。と内心で合掌していた。

 その間に、安座真の隣には、杖を握った沖山が駆け寄っている。

「安座真三佐──」

 

「あとは頼む、沖山一尉」

 撤退を進言しようとした沖山を制止して、安座真は自らの胸に騎槍を向けた。 その先端を、心臓目がけて突き入れる。

 騎槍は、安座真の胸を貫通した。 出血も、苦痛の声もない。 ただ、銀黒色の騎士鎧が、青白い光の粒と化して騎槍に吞み込まれていく。

 

「やばい……!」

 

 安座真の目的に気づいて古城が青ざめた。

 咎神の騎士が持つ魔具は二つ。 一つは異境(ノド)の侵蝕を操る騎士鎧。 残る一つは、あの騎槍だ。 兵器の“情報”を奪い取り、自らに融合させる魔具である。

 

「あいつ、自分の魔具を、もうひとつの魔具に喰わせる気だ……!」

 

「奴の魔具を考えるなら、そうだろうな」

 

 騎士鎧を喰った安座真の騎槍が変貌していく。 今や魔具は完全に融合して、人型の新たな魔具へと姿を変えていた。騎士鎧を身に着けていた、安座真の肉体を吞みこんだ上で。

 

「そんな……そんなことをしたら、自我が魔具と融合して消滅するしか──」

 

 雪霞狼を握り締めて、雪菜が言った。

 

「こっちは、俺と古城で何とかする。 姫柊と凪沙は、沖山を頼む」

 

「わかりました」

 

「りょうかいだよ。 悠君」

 

 安座真と呼ばれていた鎧の怪物は、“情報”が足りない、と言わんばかりに、破壊された多頭龍(ヒュドラ)もどきの残骸へと手を伸ばす。 騎槍の魔具は、破壊された兵器からでも“情報”を抜き取れるのだ。 事実、安座真はそうやって、上柳の“情報”を奪っている。

 しかし、所有者を失った一つの魔具が制御するには、多頭龍(ヒュドラ)もどきの情報はあまりにも巨大だった。 安座真の意思は増殖する膨大な“情報”の中で希釈され、統一された人格を残しているとは思えない。

 安座真を救える可能性があるとすれば、彼が完全な融合を終える前に、融合の鍵である騎槍を破壊する事だけだ。

 

「やらせない!」

 

 古城たちの左側で、沖山の銃剣が突き出される。 彼女は安座真の部下として、彼の最後の命令を、愚直に実行するつもりなのだ。

 だが、その攻撃は刀の迎撃によって防がれ、凪沙と雪菜は沖山と対峙した。

 

「あなたの相手は、私たちだよ」

 

「あなたを、先輩たちの元へ行かせる訳にはいきません」

 

「くっ!」

 

 沖山が苦悶の声を上げる。

 

「黒雷──!」

 

 無数の残像を従えて、雪菜が跳んだ。 人間の限界を遥かに超えた敏捷性だ。

 

「馬鹿な……獅子王機関の剣巫が、幻術を……!?」

 

 閃光にも似た雪菜の攻撃に、沖山は反応していた。 狙いが丸わかりだ、と言わんばかりに、カウンターで銃剣を突き出してくる。 もしも雪菜が、正直に彼女の魔具を狙っていたなら、そこで勝敗は決していただろう。

 しかし雪菜は、雪霞狼を繰り出してはいなかった。 武器を持たない左手を、無造作に前に突き出していただけ。 体勢の崩れた沖山観影を目がけて、溜め込んだ呪力を一気に放出する。

 

「火雷──!」

 

「がっ……!」

 

 透明なハンマーに似た呪力の塊が、攻撃を終えた直後の無防備な沖山観影を襲った。 一瞬、呼吸不能に陥って、沖山観影の全身が硬直する。

 だが、技の反動で雪菜の動きも一瞬止まるが、この場には雪菜だけではない。――心強い味方がいるのだ。

 

「――凪沙ちゃん!」

 

「――りょうかいだよ、雪菜ちゃん!」

 

 凪沙は走り出し、刀を逆方向に持ち変える。

 そして、逆方向に持ち変えた柄の部分が、沖山の腹部に直撃する。 ドスッ、と鈍い音がしたが、骨は折れていないだろう。 そのまま沖山は意識を失い、両膝を地に突け前屈みに倒れ込む。

 彼女の手から離れた魔具を、雪菜は“雪霞狼”で破壊した。 何とも呆気ない幕引きである。 単純な実戦の経験だけなら、沖山は雪菜たちを遥かに上回っていた。 だが、それだけだ。

 雪菜の背中には凪沙が、凪沙の背中には雪菜がついているのだ。 雪菜たち一人で戦っていたわけではないのだ。

 沖山の敗因は、自分たち以外の存在を全て敵だと切り捨て、自ら成長の機会を捨てたからだ。

 

「貴様らァァァァァァ!」

 

 巨大な怪物が、安座真の声で咆吼した。

 その怪物の顎から吐き出されたのは砲弾の嵐だ。 狙われている古城だけでなく、その近くにいる雪菜や沖山。 さらにはグレンダたちまでも巻き込もうとしている。

 だがその無差別の砲撃は、地上から噴き上がった琥珀色の壁に阻まれた。

 

「なに!?」

 

 安座真の口から、驚愕の声が洩れてくる。

 彼と古城を隔てているのは、煮えたぎる灼熱の熔岩の壁だ。 放たれる高熱が大気を歪め、膨大な質量が生み出す圧迫感に、安座真の巨体が後退する。

 

「あんたのことは哀れに思うよ。 目的の為には犠牲を厭わない。 仲間の命すら平然と使い捨てにする──その犠牲の中には、あんた自身の命もカウントされてたわけか! 歪みすぎだろ、あんたは!――あんたは絶対に死なせない。 自分がどこで道を誤ったのか、きっちり反省させてやる──! 疾く在れ(きやがれ)、二番目の眷獣、牛頭王の琥珀(コルタウリ・スキヌム)!」

 

 古城の全身から噴き出した魔力が眷獣を実体化させた。

 それは熔岩の肉体を持つ巨大な牛頭神(ミノタウロス)だった。 大地から無限に湧き上がる熔岩自体が眷獣の本体だ。 琥珀色の輝きを放つ全身は身長十メートルを超え、その巨体をも超える重厚な戦斧を握っている。

 その灼熱の戦斧を防ぐ為、安座真が虚無のオーロラを展開する。 空間を塗り潰す異境(ノド)の侵蝕。

 牛頭神(ミノタウロス)の肉体が高温と大質量を誇ろうとも、それが魔力によって生み出されたものである以上、異境の障壁は破れない。

 だが、古城たちは知っていた。 異境(ノド)の侵蝕が無力化できるのは、咎神カインが支配する魔術の法則だけ。単純な物理攻撃に対しては無力だと──。

 安座真の足元の地面が灼熱の輝きを放ち、地底から噴き出した無数の熔岩の杭が異境(ノド)の侵蝕を破り、安座真の巨体を刺し貫く。

 

「熔岩の杭……だと……!?」

 

 銀黒色の安座真の巨体が震えた。 対地攻撃機(ガンシップ)の残骸と魔具で構成された肉体が、高温で熔け落ち、その表面が赤錆びた鉄塊へと変わっていく。

 

「この力……第四真祖、貴様はやはり……」

 

 破壊された頭部に、青い光の粒子に包まれた人型の影が浮かび上がる。

 騎槍に胸部を貫かれた騎士鎧──咎神の魔具が、破壊された“情報”を切り捨てて、本体だけを脱出させようとしている。 当然その騎士鎧の内部には、安座真の肉体が残されているはずだ。

 

「古城。 ここからは俺に任せろ。 殺さないから心配するな」

 

 悠斗は両手で宝剣を構え、神力を注ぎ込む。

 宝剣はそれを吸い、蒼く発光した。――神格振動波の輝きだ。

 悠斗が宝剣を振り下ろすと、蒼い輝きが槍となり、飛翔した。 剝き出しになった今の魔具には、刃が届くのだ。

 

「咎神の鎧……が……!」

 

 魔力を奪われた聖殲の遺産が砕け散り、血塗れの安座真が姿を現す。

 悠斗と古城は、安座真の前まで移動し、右拳を作り、

 

「「──終わりだ、オッサンっ!」」

 

 驚愕と憎悪に歪む安座真の顔を、古城たちの拳が打ち抜いた。 安座真の肉体は音もなく宙を舞い、地面に叩きつけられて動きを止める。

 それを確かめて、古城と悠斗は深々と息を吐いた。 達成感はない。 ただ安座真を止めなければ、と感じて、それをやり遂げた。 それが正しい選択だったのかすら、今はまだわからない。

 だが、振り返った古城たちの視界に映ったのは、安堵の表情を浮かべている唯里たちと、彼女たちに甘えるグレンダの無邪気な笑顔だった。

 

「まあいいか、皆無事だったんだし。 つーか、事情から離れすぎだろ……」

 

 悠斗の言う通り、古城たちの当初の目的は、凪沙の安否の確認だ。 聖殲派と戦闘になるとは予想外だった。

 古城は苦笑し、

 

「終わり良ければ全て良し、じゃねぇーか」

 

「まあそうか」

 

 悠斗は溜息を吐き頷いた。

 こうして、この一件は解決へと向かうのだった――。




久しぶり過ぎると、書き方が解らなくなりますね(-_-;)
さて、この章も次回で終わりかな。

ではでは、次回もよろしくです!

追記。
雪菜の隣で凪沙ちゃんも、多頭龍(ヒュドラ)と戦ってました。雪菜のピンチに駆けつけた感じですね。
ちなみに、唯里はグレンダの護衛です。その前は、自身を護り、ほぼ見てるだけ?的な感じです(多分)まあ足手まといになる。と思ったのかもしれないですね。

再び追記。
古城君たちが登場した所で、凪沙ちゃんは眷獣召喚(結界も)を解きました。超ご都合主義ですね(笑)


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咎神の騎士Ⅺ

早く投稿出来ました(^O^)
今回は、これでエピローグですね。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 正月休み真っ直中にもかかわらず、羽田空港の旅客ターミナルは混み合っていた。 丹沢上空で発生した謎の暴風の影響で、航空ダイヤが乱れたせいらしい。

 帰省客や観光客が慌ただしく行き交う出発ゲートの片隅で、煌坂紗矢華は、小さな縫いぐるみを抱いていた。 すらりとした長身に、キーボード用の黒い楽器ケースが似合っている。

 黙って立っていれば、誰もが振り向く程の優美な容姿の持ち主だが、今は周囲の人々全員が、彼女を避けるようにして足早に通り過ぎていく。 紗矢華が、縫いぐるみ相手に必死で語りかけていたからだ。

 

「お、終わった……!?」

 

 手にした縫いぐるみの瞳を見つめて、紗矢華は呆然と呟いている。

 傍目には猫の縫いぐるみに見えるし、実際、材質的にはその通りなのだが、猫はれっきとした式神だ。 操っているのは、縁堂縁。 紗矢華の師匠に当たる魔術師である。

 紗矢華は彼女に呼びつけられて、遠路はるばる羽田までやって来た所だったのだが、

 

「師家様!? 獅子王機関三聖の勅命じゃなかったんですか? 事件は片付いたから、もういいってなんなんです!? こっちは謹慎明けで、ようやくもらえた休暇を潰してここまで来てるんですけど!? 来てるんですけど!?」

 

 喚き散らしながら、紗矢華は縫いぐるみを揺さぶった。 猫の首に縫いつけられた小さな鈴が、チリチリと軽やかな音を立てる。

 しかし縫いぐるみの応答はない。 式神の制御を解除して、通話を一方的に打ち切られたのだ。

 

「──って、師家様? ちょ、逃げないでくださいよ、師家様!」

 

 あの女ァ、と地団駄を踏みながら紗矢華が絶叫した。

 そんな紗矢華の細い肩が、背後から誰かに叩かれる。

 

「おーい、奇行に走るのはその辺にしとけよ。 あんたはただでさえ目立つんだから……」

 

「げっ、お、男っ!?」

 

 振り返る紗矢華の背後に立っていたのは、髪をツンツンに逆立てて、首にヘッドフォンをぶら下げた男子高校生だった。 紗矢華は本能的な動作で、彼の顔面に肘打ちを叩きこもうとするが、彼は軽く後退しただけで、その攻撃をいなしてみせた。

 紗矢華は思わずカッとなり、懐の呪符に手を伸ばそうとしたが、少年の顔に見覚えがあると気づく。

 

「あなた……暁古城たちの友達の……」

 

「矢瀬基樹だ。 いい加減、名前くらい覚えてくれてもいいんだぜ、煌坂さん」

 

 馴れ馴れしい口調で基樹に呼びかけられて、紗矢華は殺意を覚えた。

 それでも頰を引き攣らせながら、なるべく平静な声を出す。

 

「……魔族特区の住人がこんな所に何の用? 観光客には見えないけど?」

 

「たぶんあんたと同じだよ」

 

 基樹が苦笑交じりに肩を竦める。

 

「うちの幼馴染のじゃじゃ馬が、絃神島を飛び出してったからな。 様子を見に行こうと思ったんだが、追いつく前に祭りが終わっちまってな」

 

「なにそれ。 ストーカーってこと?」

 

「隠し撮りの写真を待ち受けにしてる子に言われたくねーなー……」

 

 そう言いながら基樹が取り出してみせたのは、獅子王機関に支給された紗矢華のスマートフォンだった。 つい最近まで謹慎を理由に没収されていて、ようやく返してもらったばかりのものだ。

 ロック画面に表示されていたのは、登校中の雪菜の写真。 雪菜の隣には、若干見切れ気味の古城の姿も映っている。

 

「ちょっ……わ、私のスマホ! なんであなたが……!?」

 

 いつの間に取られたのか、と混乱しながら、紗矢華は背中のケースに手をかけた。

 ケースの中に収められているのは、攻魔師権限で機内持ち込みを認めさせた銀色の長剣。 制圧兵器である“煌華麟“だ。

 

「き、斬る!」

 

「待て待て! 返す! 返すから!」

 

 周囲の通行人の目を気にしながら、基樹が慌ててスマホを突きつけてくる。

 紗矢華は顔を真っ赤にしながら、そのスマホを受け取って、

 

「い、言っとくけど、この待ち受け画像は雪菜がメインで、背景に映ってる通行人なんて全然興味ないんだからね! むしろ汚点だと思ってるから!」

 

「へいへい」

 

 見透かしたような表情で基樹が投げやりに頷いた。

 紗矢華は涙目で彼を睨みつけ、

 

「用が済んだんなら、さっさと絃神島に帰るか、地獄に落ちるかしなさいよ!」

 

「帰りたいのは山々なんだが、ちょっと気になるものを見つけちまってな──あんたにここで騒がれると、連中が警戒しそうで困るんだよ。 少し静かにしててくれ」

 

 頼むぜホント、と基樹が言ってくる。 どうやら基樹が声をかけてきたのは、紗矢華に不用意に目立たれたくない、という理由だったらしい。

 つまり、獅子王機関の舞威媛に見られると困る人々が、この近くにいる、という事だ。

 

「連中って……彼らのこと?」

 

 基樹の視線を追いかけて、紗矢華は空港の貨物積み卸し場に駐まった航空機に目を留めた。 貨物機仕様の小型ジェット旅客機だ。

 貨物の積み替えに当たっての検査中らしく、機体の周囲に技術者らしき人物が集まっている。

 その検査官の中に見知った顔を見つけて、紗矢華は、おや、と目を瞬いた。

 

「暁古城のお母様……?」

 

「なんだ、知り合いだったのか」

 

 基樹が少し意外そうに聞き、紗矢華は無言で頷いた。 よれよれの白衣を着た眠そうな顔立ちの女性、暁深森。 紗矢華は彼女と、MAR社のゲストルームで遭遇したことがある。 ふわふわした頼りない童顔とは裏腹に、深森はMAR医療部門の主任研究員なのだ。

 

「あの機体、MARがチャーターした貨物機だ」

 

 基樹が、自分の耳元に手を当ててぼそりと言う。

 

「貨物室の中身は北海道から運んできた、って建前になってるが、あれの出所はもっと北だな」

 

 こりゃ、あの人相手では悠斗は大変だな。と、他人事のように言う基樹。

 

「北……って、もしかしてモスクワ皇国ってこと? 聖域条約非加盟国のはずだけど……」

 

 紗矢華が表情を険しくした。 ユーラシア大陸北部に位置するモスクワ皇国は、広大な領土と豊富な地下資源を持つ大国だが、日本との交流は殆どない。“聖域条約”に非加盟の彼らは、国際的な経済制裁の対象国だからだ。

 

「だからこんな所でコンテナを広げてるんだろ。 人道支援って扱いにしとけば、相手が経済制裁対象国でも難病の患者の受け渡しはできるし、魔族特区の検疫よりは、羽田の方が緩いしな」

 

「……難病の患者?」

 

 具体的な基樹の言葉に、紗矢華は不審なものを感じながら目を凝らした。

 

「密輸すれすれじゃない……MAR程の企業がそこまでしていったいなにを……」

 

 機内に貨物が運び込まれる直前、コンテナの扉が開いて一瞬だけ中身が外気に晒される。

 それは、氷の柩のような青いガラス容器に収められていた。 眠り続ける、美しい少女だ。

 

「女の……子?」

 

 紗矢華が困惑に眉を寄せる。

 少女を保護する容器には、彼女の素性を示す単語が、短く、一言だけ刻み込まれいた。

 ――――巫女(シビュラ)、と。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 獅子王機関が用意したヘリが、古城たちを迎えに来たのは、日没近くになってからだった。

 迷惑をかけたお詫びという事で、古城たちは、絃神島まで送り返してもらえる手筈になっている。 魔族特区から本土への密航もなかった事にされたらしい。 もちろん、古城たちとしても文句があろうはずもない。

 悠斗は、それにしても。と前置きをし、

 

「今回の事件で、凪沙に二つ名がつけられるとは」

 

 凪沙の二つ名。

 それは――、

 

「う、うん。――“紅蓮の姫巫女”だって」

 

 そう言って、凪沙は嘆息した。

 ちなみに、悠斗も“氷結の織天使”の二つ名がプラスされたのだった。……まあ、本人は知らないらしいが。

 

「ま、まあ、二つ名って知らない内に広まってるしな。 き、気にすんな」

 

「だ、大丈夫だよ、悠君。……凪沙、色々諦めてるから」

 

「そ、そうか。――さ、さて、絃神島に帰ったらの予定でも話すか」

 

 悠斗は、現在の話題を逸らすように言った。

 

「えっと。 結瞳ちゃんとの写真撮影だっけ?」

 

「だな。 ちなみに、凪沙たちは振袖で、俺は袴でもある」

 

「OKだよ。 楽しみにしてて」

 

 ともあれ、ヘリの中に乗り込む、悠斗と凪沙。

 ちなみに、出島手続きを済ませて来た浅葱は、正規の飛行機で帰る為、本土のブランドショップや、化粧品店などを回り、商品をがっつりと買って行くらしい。 リディアーヌは、ディディエ重工の回収機を待ち、イブリスベール・アズィーズはいつの間にか姿を消していた。

 古城と雪菜に限っては、いつもの夫婦喧嘩をしていた。 古城が、雪菜に化けたグレンダの血を吸ったとか何とか。 ならば古城は、裸のグレンダが血の記憶で再現した、裸の雪菜の血を吸ったという事になる。

 悠斗と凪沙は、そんな光景を見ながら、

 

「……古城って、色んな意味で苦労するな」

 

「……うん、そうかも」

 

 そう言ってから、悠斗と凪沙は溜息を吐くのだった。

 椅子に座った凪沙と悠斗は目を瞑り、繋がる(リンクする)先へ意識を落とした。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 地に足をつけた悠斗と凪沙は、不思議な空間の中にいた。 四方形の空間の中だ。――悠斗と凪沙が目を開けると、そこには神代一家が居た。

 悠斗は目を見開き、

 

「……父さんと母さん。 姉ちゃんも」

 

 優白と朱音はにっこりと微笑み、龍夜は頷いた。

 

『久しぶりね、悠斗』

 

『悠斗のこれまでの事は、凪沙ちゃんから大まかに聞いたよ。……大変だったんだね』

 

『ごめんな。 辛かっただろ』

 

 悠斗は首を左右に振り、

 

「……まあ辛い時期も在ったけど、今はそうじゃない。 俺の隣には凪沙がいる」

 

 凪沙は、悠斗の左腕を抱きしめた。

 

「うん、凪沙と悠君はずっと一緒。 離れ離れはダメだよ」

 

 悠斗は、ああ。と頷き、凪沙の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

『凪沙ちゃん。 これからも悠斗をよろしくね』

 

『私からもお願いね、凪沙ちゃん。 それと、朱雀との融合が可能になってるから、必要な時に使ってあげてね』

 

 でも、間違った使い方はダメだぞ。と、朱音は付け加える。

 

『既に知っていると思うが、青龍、白虎、玄武の召喚も可能だ。 朱音も言ったと思うが、四神たちの力は、世界を還る事もできると言われてるんだ。 間違った使い方だけはするなよ』

 

「うん、わかってる。 心配しないで」

 

 凪沙が頷いたのを確認してから、悠斗が口を開く。

 

「んじゃ、俺たちは現実世界に戻るな。 てか、父さんたちはこれからどうなるんだ?」

 

 眷獣の手から離れた残留視念()が、これ以上現世に留まる事は不可能だろう。

 もし可能だとしても、神代一家の魂留めている凪沙の負担が多大なものになってしまうだろう。

 

『オレと母さんは、消えるな』

 

『でも、悠斗の顔を見れただけで満足だわ』

 

『私は、凪沙ちゃんとアヴローラとの魂と相性?が良いらしくて、残る事が可能らしいの。 魂の負担も無いに等しいらしいわね。 でも、色々大変かもだし拒否してもいいわよ』

 

 凪沙は、ぶんぶんというような勢いで、左右に首を振った。

 どうやら、凪沙の答えは決まっていたらしい。

 

「てことは、凪沙が姉ちゃんで、姉ちゃんが凪沙?って事になんのか?」

 

『んー、ちょっと違うわね。 悠斗は眷獣融合の時、個々の意思を持ってるでしょ』

 

「なるほど。 姉ちゃんは凪沙の中に居るだけってこと」

 

『たぶんそんな感じかな』

 

 という事は、凪沙の意思で、朱音の意識のON、OFFが可能。という事だ。

 

『そろそろ時間だ。 悠斗、お別れだ』

 

『母さんたちは、天から、悠斗と凪沙ちゃんを見守ってるわね』

 

「ああ。 よろしく頼む」

 

「見守ってて下さい。 お義父、お義母」

 

 そうして、優白と龍夜の魂は天に昇るように浄化し、悠斗と凪沙は目を閉じ、眠りに就いた。

 こうして、今回の一件は幕を閉ざしたのだった――。




こ、これで凪沙ちゃんも真祖と同等やで。……まあ蓮夜君と美月ちゃんも何ですけどね(笑)
まあ、今回の話もぶっ飛んでたかもですが、書いて後悔はしていない(キリッ)

さて、次回からは新章です。
ではでは、次回もよろしくです!

追記。
悠斗君も、両親と邂逅しましたね。この話は、最初から書こうと決めてました。


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タルタロスの薔薇
タルタロスの薔薇 Ⅰ


投稿が遅れてすいません(^_^;)
新章開始です!


 現在、神代悠斗は、テティスモール付近に建設されたデパート内部で、少女たちの背を徒歩で追っていた。 その少女たちと言うのが――暁凪沙、夜光美月(やこう みずき)である。 となれば、必然的に――、

 

「……お前も絃神島に来るとはな、八神蓮夜(・・・・)

 

「フルネームはよせ、神代悠斗。 オレが彼女の願いを断れると思うか?」

 

「いや、無理だな」

 

「だろ」

 

 蓮夜にとって美月は、悠斗にとっての凪沙と同義である。 蓮夜と悠斗は、良くも悪くも似ている。

 前の方では、途中で購入したカップアイスを食べながら、花壇を見ながら笑い合う少女たちが映る。

 

「自衛隊から、親父の形見は取り返せたのか?」

 

「まあな。 でも、お前とは白黒つけるぞ」

 

 殺しはしないがな。と付け加える蓮夜。

 

「ああ、それでいいぞ。 てか、凪沙と夜光美月。 仲良すぎだろ……」

 

 凪沙と美月は、何処からどう見ても仲の良い女友達。としか見えないのだ。 そして、溜息を吐く悠斗たち。 傍から見ると、尻に敷かれている彼氏。という風にも見える。

 ともあれ、凪沙たちの元へ向かう蓮夜と悠斗。

 

「凪沙。 そろそろ帰るか」

 

「うん、わかった。 美月ちゃんもいいよね?」

 

「りょうかい」

 

「じゃあ、美月。 帰るぞ」

 

 はーい。と、返事を返す凪沙と美月。

 ちなみに、これから蓮夜たちは、絃神島を観光するらしい。 悠斗と凪沙が案内をしようかと提案したのだが、自由に観光したいのでいいそうだ。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 蓮夜たちと別れた後、凪沙と悠斗はマンションへ続く歩道を歩く。

 

「なんつーか、この頃の凪沙は落ち着いてる感じだよな」

 

 事件前までの凪沙は、天真爛漫というか、世話好きというか、人懐こくて騒々しい性格だったはずだ。

 だが今の凪沙は、平静に物事を捉えられ、凛とした感じにも見える。

 

「そうなのかな? 凪沙はあんまり自覚がないんだけど。 たぶん、朱音さんの魂やアヴローラの魂が覚醒したから、彼女たちの影響が、凪沙から出てるとか?」

 

「アヴローラは解らんが、姉さんは平静な所があったからなぁ。 その影響か?」

 

「うーん、可能性としては考えられるけど。 正確にはわかんないや」

 

 だよな。と、悠斗は同意したのだった。

 また、悠斗には気がかりの事があった。 最近、貨物船が事故に遭い、絃神島に物資が届かなかったのだ。 理由は様々だ。 船の故障であったり、船の座礁、船内での食虫毒などだ。

 その時、悠斗のスマートフォンから着信音が鳴った。――差出人は、南宮那月の文字だ。 内容は『暁凪沙と、今すぐ彩海学園の生徒指導室まで来い』という文面だ。

 嫌な予感がするなー。という言葉を、悠斗は声に出さず呟いたのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 人工島である絃神島には、地盤の関係上、高層ビルというものが存在しない。 代わりに市街の中心部には、同じような高さの中層ビル密集する形になっている。

 そのビル群の中でも、特に目立たない地味な建物の屋上に、一人の少女が寝そべるような姿で伏せていた。

 身長百五十センチに満たない小柄な少女であり、年齢は十代半ば程。 身に着けた白いシャツと吊りスカートのせいで、名門校に通う小学生のようにも見えなくもない。

 顔立ちも幼く気弱だ。 やや吊り目がちの大きな瞳は可愛らしいが、取りたて目立つような容姿ではない。 ただ一箇所――頭部に生えた大きな獣耳を除けば、だが。

 

「聞こえますか、ディセンバー?」

 

 少女が、床に置いたスマートフォンに向かって呼びかけた。

 

『こちらディセンバー。 聞こえてるよ、カーリ』

 

 スマートフォンからはすぐに返事があった。 緊張感が乏しい、おっとりとした口調だ。 その声に少女は、何所か安堵したような表情を浮かべる。

 

「カーリ、配置につきました。 視射界、問題ありません」

 

了解(コピー)。 対象を乗せた車両は、人工島西地区(アイランド・ウエスト)十四番大街路をキーストーンゲート方向に移動中。 三百秒以内に予定地点に到着するよ』

 

「こちらも目視で確認しました。 狙撃準備に入ります」

 

 カーリと名乗った獣耳少女は体を起こし、手元に置いてあった黒い運搬用のケースを開け、軍用の大型ライフルを取り出した。

 

『はいはい。 データ送るね』

 

「確認しました」

 

 スマートフォンの画面に表示されたのは、ディセンバーが計測した情報だ。 風向き、風速、湿度、気温、大気密度とターゲットの服装。

 

『あとは任せるよ。 カーリの判断でやっちゃって』

 

了解(コピー)。 感謝します、ディセンバー」

 

『どういたしまして』

 

 ディセンバーの明るい声を聞きながら、カーリは伏射姿勢を取り、照準器の中を覗き込む。

 中に見えるのは、乱立するビルの僅かな隙間。 照準器の中に切り取られた景色は、高級ホテルのエントランスだ。

 人間離れしたカーリの敏感な聴覚が、九百メートル先を移動する乗用車の気配を的確に捉え、黒塗りの高級セダンがホテルの前に止まった。 ドアが開き、助手席に乗っていた一人目の護衛が降り、続けて後部座席に乗っていた二人目の護衛も降りる。 そんな彼らに挟まれて、小柄な老人が車から出てくる。 狙撃のチャンスは、一度だけである。

 体に染みついた感覚を頼りに、カーリは風や大気状態による僅かなブレを修正。 カーリが引き金を引くと、マズルブレーキからガスが噴き出し、五十口径弾特有の鈍い反動がカーリを襲った。 だがそれでも、カーリは冷静に、撃ち放たれた弾丸の行方を追っている。

 獣人特有の動体視力は、狙撃対象(ターゲット)の頭部がザクロのように弾け飛ぶ瞬間をしっかりと見届ける。

 全ては、一瞬の出来事だ。 おそらく狙撃対象(ターゲット)は、最後まで何が起きたか理解できなかっただろう。

 

「着弾を確認。 撤収します」

 

 役目を終えたライフルをケースに格納しながら、カーリが告げる。

 

『さすがだね、カーリ。 でも、撤収には気をつけてね』

 

 スマートフォンの向こう側から、ディセンバーの優しい声が聞こえてくる。 その言葉に誇らしさを覚えながら、カーリは小さく首を振った。

 

了解(コピー)。 ディセンバー」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 生徒指導室のソファに座って、古城と那月は向き合っていた。 古城の隣には、雪菜の姿もある。

 テーブルの上には高価そうなティーカップが置かれ、那月のメイドである、アスタルテが淹れた紅茶が上品な匂いを漂わせていた。

 那月は悠然と足を組み、レースの扇子を広げている。

 

「……で、この鎖はいったいなんなんですかねぇ?」

 

 古城は、那月をジト目で睨み、低い声で質問した。

 古城の両手足は、金色の鎖で拘束されていて、殆んど身動きが取れない状態だ。 那月は古城の全身を縛り上げ、無理矢理この部屋に連行したのだ。 ちなみに、雪菜のことは、泣き真似で脅すように連行したらしい。

 

「私が優しく声をかけてやったのに、いきなり逃げ出そうとするからだ」

 

 お前が悪い。と言わんばかりの口調で、那月が古城に言う。

 古城は不満げに唇を歪め、溜息混じりに那月を見返す。

 

「那月ちゃんと姫柊が一緒に追いかけてきたら、わけが解らなくても普通は逃げるだろ。 どうせ碌なことじゃないんだし」

 

「わ、私も、南宮先生と同じ扱いなんですか……!?」

 

 雪菜は、古城の言葉に若干傷付いた表情を浮かべた。

 那月は紅茶を啜り、

 

「お前らの痴話喧嘩につき合ってられん。 話すにしても、まだ奴らが到着してないようだからな」

 

 古城と雪菜は、奴ら?と疑問符を浮かべたが、すぐに奴らが解った。

 そう――神代悠斗と暁凪沙だ。

 その時、ノックをして、悠斗と凪沙が生徒指導室の扉を開け、内部に入る。 悠斗と凪沙は古城を見て、まーた何かやらかしたのか?という感じで見るだけで、ほぼスルーだ。

 

「那月。 メールに書いてあるように来たんだが、何かあったのか?」

 

「――アスタルテ、例の資料を出せ」

 

命令受託(アクセプト)

 

 アスタルテは、テーブルにコピー用紙の束を広げた。

 座礁や衝突した船の写真と、被害状況の報告書。 それらの内容を纏めた一覧表。 全てが、絃神島周囲で発生した船舶事故だ。

 

「……昨日までの発生した事故の報告書か?」

 

 しかし、悠斗の問いに、アスタルテは首を振った。

 

否定(ネガティブ)。 本日正午までに発生した事故報告書です、紅蓮の織天使」

 

「本日正午までっ……って、今日だけでこの件数なのか!?」

 

 積み重ねられたコピー用紙を眺めて、古城は絶句した。

 事故の総数は、届け出があっただけで二十一件。 機関または電装系の不調による漂流が七件。 衝突及び座標が四件。 船員の傷病が二件。 その他八件だ。

 これは見るだけで以上な数である。 単なる偶然で片付けられるものではない。

 

「これが事故の発生地点だ。 どう思う?」

 

 那月がテーブルの上に地図を広げた。 赤くバツ印をつけた場所が事故現場を示しているのだろう。 事故は広範囲に渡ってランダムに起きている。

 

「……見る限り、絃神島に向かって来る船を、遮ってる感じだな」

 

 悠斗は地図を眺めた感想を言う。

 

「そうだ。 被害に遭った船には共通点はないが、全ての船は絃神島に向かう船であり、その船は辿り着けないまま本土に引き返してる」

 

「んじゃ、那月。 絃神島から出た船は?」

 

「被害はない。 それは航空機も同じだ。 お陰で、島内の港と空港はガラガラだよ。 島から出て行く一方だからな」

 

「……そうか」

 

 事態の深刻さに、悠斗は頭を抱えたい気分だった。

 もし、絃神島に近づく船や航空機だけを狙って事故を起こしているのだとしたら、それは明らかに人為的な攻撃(・・)だ。 おそらく犯人の目的は、輸送経路を遮断して絃神島を孤立させる事。

 人工島である絃神島では、生活物資の殆んどを本土からの輸送に頼っている。

 その補給源が断たれてしまったという事は、“魔族特区”存続の危機を示している。

 

「南宮先生が、暁先輩たちをここに集めた理由がわかりました」

 

 雪菜の言葉に、那月は、ほう。と面白そうに片眉を上げる。

 

「この異変が、暁先輩たちの仕業ではないか?とも疑ってたんですね?」

 

 そういうことだ。と頷く那月。

 

「は? オレのたちせい? なんでそうなる?」

 

 被害に遭った船が一隻、二隻なら、事故を装った破壊工作の可能背があるが、今回の事件は被害件数が多く、絃神島に向かう船や航空機だけに発動する呪い。 或いは、侵入者を攻撃する結界のようなものが展開されていると考える方が自然だろう。

 その場合、問題になるのは結界の効果範囲である。

 事故が起きた海域は、絃神島を中心とした半径百キロ範囲に及んでいる。 面積だけなら、首都圏を覆い尽くす程の規模だ。

 

「これだけ広範囲に結界を展開できる程の魔力源は貴様らだけだからな。 これが、神代悠斗と暁凪沙を呼んだ理由でもある。 まあ、知恵も借りたいっていう要素もあるがな」

 

 だが、一箇所に力を持つ者を集めても特に事態が解消しないという事は、那月の期待が外れた。という事になる。

 古城は、オレは最初から無罪だっつーの。と不貞腐れていたが。

 そんな時、地図を見ていた凪沙が挙手をする。

 

「……南宮先生。 一定の場所から迷路のようになっているという事は、風水――――八卦陣じゃないでしょうか?」

 

 八封陣とは、風水術によって構成された呪術的な迷路である。

 那月は眉を吊り上げた。

 

「……なるほどな、八封陣か。――確かに、絃神島付近を流れている龍脈を利用すれば、絃神島を八封陣で覆い尽くすことも不可能ではないな」

 

 悠斗は、ハッとした。

 

「――いや、待てよ。 似たような事例はあったはずだ」

 

「で、でも、悠君。 六年前にあった“イロワーズ魔族特区”の崩壊事件は、都市内の発電プラントの老朽化と、大嵐による洪水が原因だったはずだよ?」

 

「凪沙の言う通りだが、それは表向きの見解だ。 あの街は人為的に滅ぼされたんだよ、タルタロス・ラプスに在籍してる風水術者と、その集団にな」

 

 悠斗が発言した、タルタロス・ラプスとは、殺し屋の事である。 金で雇われて魔道テロを行う破壊集団。

 古城は首を傾げながら、

 

「いや、悠斗。 そんな事件があれば、普通ニュースで報道されてるだろう? 六年前って、つい最近のことだぞ」

 

 古城の言う通り“魔族特区”が破壊されたのだ。

 普通はその情報が流れるはずだが、当時そんな騒ぎは一切なかった。

 

「日本政府が揉み消したって線が怪しいな。 名前も聞いたことがない犯罪集団が、欧州の“魔族特区”を破壊したんだ。 タルタロス・ラプスの犯罪小規模集団が、都市を破壊したって情報が流れれば、世界はパニックなるな」

 

 確かに。と呟いて、古城は目つきを険しくする。

 一つの街を破壊した事実を揉み消す。 そんな事が可能なら、現在公表されている情報も信じられなくなってしまう。 そして、人々は真実を知らないまま、事件は無かった事にされ、破壊を引き起こした集団は今も逃げ延びているのだ。

 

「だが、都合がいいことに真実を知る人間は少なかったからな。 生き残ったイロワーズの住人たちも、自身の身に何が起きたのか、殆んど理解できていなかったはずだ。……まあ、その事件は例外という事になるな」

 

 と、那月が悠斗の問いに補足説明をする。

 

「じゃ、じゃあ、もし誰かが、そのタルタロス・ラプスって殺し屋に絃神島を破壊してくれって依頼したら、絃神島を潰すってことだよな――?」

 

「その可能性は高い。 てか、今の状況とかなり酷似してるんだがな……。 で、那月。 タルタロス・ラプスの風水術者の素性って知ってるか? 俺、そこまでの情報はないんだわ」

 

 ふん、と那月不機嫌そうに息を吐いた。

 

千賀毅人(せんが たけひと)――年齢は、今なら四十歳前後ってところか。 世界屈指の法奇門使いだ。 欧州ネウストリアに軍事顧問として雇われていたこともある。……しかし意外だな。 お前が知らない情報があるとは」

 

「……いや、俺だって知らない情報はあるから。 それに、風水系の情報は事例が無さすぎで疎いんだよ……」

 

「そうか。 お前も、チート吸血鬼ではないという事だな」

 

「おい、酷ぇ言いぐさだな。 まあ理屈上なら、タルタロス・ラプスに在籍する千賀毅人(せんが たけひと)を捕まえればこの事件は解決だな」

 

「それが本当に、タルタロス・ラプスの仕業、ならな」

 

 ともあれ、那月の指示でアスタルテが特区警備隊(アイランド・ガード)に連絡をいれ、千賀毅人(せんが たけひと)を捜索させるように伝えた。

 那月は、お前たちは手を出すなよ。と釘を刺したが、悠斗が、また巻き込まれる可能性もあるだろうなぁ。と内心で思っていたのは内緒だ。

 その時、アスタルテから第二種警備態勢(オレンジ)が発令されたとの情報を受け取り、那月は呻きを洩らした。 第二種警備態勢(オレンジ)が発令された理由は、人工管理局上級理事が二名狙撃されたからだ。 この事柄を偶然と片付ける事はできない。 おそらく、この八封陣と無関係ではないはずだ。

 物流を停滞させ、対策を取るべき人間を消す。

 絃神島を潰す布石を、一つ一つ配置していく。

 

「目的は公社の指揮系統の撹乱か……。 これは明らかに、絃神島を破壊しようとするテロ攻撃だ」

 

「……事件の首謀者は、タルタロス・ラプス。――最重要人物は千賀毅人(せんが たけひと)、か……」

 

「……南宮先生。 もしかしたら、私と悠君も動くかもしれないと頭の片隅に置いといて下さい」

 

 悠斗たちの呟きは、重い空気の中で響き渡った――。




蓮夜君たちは、この章ではまだ登場する感じです。

では、次回も頑張ります!!

追記。
古城君は土曜日の追試で、学校にいましたね。ちなみに、悠斗君はなしです。


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タルタロスの薔薇 Ⅱ

かなり久しぶりの投稿です。……まああれです。エタりました。すんません((+_+))
んで、メッセージをくれた方のお陰で、再び書き出しました。ここまで書いたなら完結させないと(他の作品にもいえることだが)。

では、投稿です。
本編をどうぞ。


 ~人工島南地区(アイランド・サウス)、川沿いの公園内~

 

 悠斗と凪沙は、海辺沿いの手摺に体重を預け今後の話をしていた。

 

「犯行がタルタロス・ラプスって解ってもなぁ……」

 

 いつもより弱い口調で悠斗は呟いた。

 まあ確かに、タルタロス・ラプスの足取りが掴めないと、千賀毅人(せんが たけひと)は探し出すことが困難なのだ。

 

あっち(タルタロス・ラプス)からの接触を待ってみる、とか?」

 

 凪沙の問いに悠斗は頷いた。

 

「それも一理あるな。 十中八九、奴らは俺たちに接触してくるだろうしな」

 

 絃神島で事を起こそうとするタルタロス・ラプスは、危険要素を排除する為に、悠斗たちを消すか、仲間に引き込もうとしようとする筈だ。

 

「蓮夜たちの方にも勧誘とかがあるだろうな。……まあ、あいつらは断るだろうが」

 

 蓮夜たちは束縛を酷く嫌うのだ。というか、勧誘関連でいざこざがあり、眷獣を怒りに任せて召喚しないかの心配の方が大きい。

 確かにね。と言って凪沙は苦笑した。

 

「てか、風水関連の知識が少ないのは痛いなぁ……」

 

 もっと、その辺も調べて於くんだった。と言い、溜息を吐く悠斗。

 

「悠君、その辺はアレだよ。 気合いで何とかしようっ」

 

 そうだな。と言って、悠斗は笑みを浮かべた。

 その時、悠斗が直感で反応を示した。 そして、目標までの距離は数メートルといった所だ。 悠斗は、なぜ?と困惑する。 玄武の気配感知が効果を示さなかったのだ。

 

「(……最近になって、気配感知をすり抜ける奴ら多くないか?)」

 

 悠斗は、内心で溜息吐き呟くのだった。 まあ確かに、気配感知の効果が効かなくなってくると、今後の戦闘などに響いてきたりする。

 悠斗は振り向き、凪沙も悠斗の後を追うように振り向く。

 

「俺たちに何か用か?」

 

 其処には、バイク用のヘルメットを被った見知らぬ少女が、“るる家”のアイスの袋を持って立っている。

 

「いや、紅蓮の織天使と紅蓮の姫巫女に挨拶を、と思ってね」

 

 少女は袋からアイスのカップを一つ取り出すと、どうぞ。言って、袋を悠斗に差し出す。

 悠斗は受け取るのを躊躇ったが、強引にでも渡してくるのがオチだろうな。と思い、袋を受け取った。 ともあれ、悠斗と凪沙は袋からアイスのカップを取り出し、カップを空けてから小さなスプーンでアイスを一口。 ちなみに、どちらともバニラ味である。

 

「んで、お前は誰だ?」

 

「ディセンバー。 そう呼んでもらえたら嬉しい」

 

 ゴーグルをヘルメットの上にずらして、ディセンバーと名乗った少女は目を細めた。 光り輝くような青い瞳だ。

 

「それで、貴方たちを何て呼べばいい? 紅蓮の織天使、紅蓮の姫巫女じゃ嫌でしょ?」

 

「――神代悠斗。 呼び方は、名前でも苗字でも好きな方で呼んでくれ」

 

「――あ、暁凪沙です。 呼び方は、お任せします」

 

「ふむふむ。 神代悠斗くんと……暁凪沙ちゃん、ね」

 

 ディセンバーの青い瞳が、悠斗と凪沙の瞳を覗き込む。

 

「……二人の中であの子(・・・)は生きてる。って見ればいいのかな……いや、別の子もいるね……」

 

 ディセンバーと呼ばれる少女は、凪沙たちと繋がりを持つアヴローラの魂と、凪沙の中に宿っている朱音の魂を見抜たのだ。

 悠斗は、なるほど。と内心で頷いた。

 

「ディセンバーは、アヴローラの関係者(・・・・・・・・・)か……。てことは、お前は器か? まあ、裏付けが何にもないから憶測に過ぎないけどな」

 

 だとしたらディセンバーは、第四真祖の眷獣を召喚することが可能だということだ。 なので攻撃的な姿勢は、この場では得策ではない。 そしてディセンバーは、ふふ。と笑った。

 

「それは教えられないな。 ま、君ならすぐに答えに行くつくだろうけど」

 

 ともあれ、悠斗たちは無言でアイスを食べるのだった。

 

「あの、ディセンバー……さんは、ここで何を?」

 

 自分のアイスを全て食べ終わり、カップを袋に捨てたところで、凪沙が口を開く。

 

「さん。は要らないよ。……そうだね。 強いて言えば、監視と挨拶かな」

 

「監視と挨拶……ですか」

 

「そうなの。 計画に、余計な茶々を入れられないようにね。 監視ついでに、アイスでも食べながら高みの見物に決めこもうかなって。 そろそろ時間(・・)のはずだけど」

 

 ディセンバーの言葉を聞いた悠斗が、目を見開く。

 

「……お前!? 人工管理局上級理事を消すってことか!?」

 

 直後、視界の片隅で閃光が弾け、一瞬遅れて轟音が響き、絃神島の人工の大地が揺れ、その余波が人工島(ギガフロート)をも震わせる。

 建物の外壁が崩れ落ち、粉塵が空へ舞った。 そう、爆発が起きたのだ。 キーストーンゲートの建物の地下で。 大地を揺らす程の爆発が。

 

「へぇ。 タルタロス・ラプスの名前と動機までは調べ上げてたんだね。 そう、今は一つ一つに布石を打ってる感じかな。……おっと、この場から動いちゃダメだよ。 無闇に暴れたくないしね」

 

「……足止めの監視か。 でもそれは、自分が第四真祖の器って言ってるとほぼ同義だぞ」

 

 第四真祖の眷獣ならば、戦闘になっても悠斗たちの時間稼ぎは可能だろう。 ただ、自衛に徹すれば良いだけなのだから。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「(ディセンバーさんの相手は私に任せて。 悠君は南宮先生と合流して、情報の共有に向かったほうがいいかも)」

 

 確かに、それが今現在の最善策だろう。 まあでも、那月が気配感知から逃れていたら、虱潰しに回るしかないが。

 だが――、

 

「(眷獣一体とはいえ、ディセンバーの力は第四真祖そのものだ。 それに、眷獣の能力が未知数すぎる)」

 

 もし、精神支配系統の眷獣で、眷獣の支配権を奪われたら勝負がついたとほぼ同義である。 一人で対面するのは危険過ぎる。

 

「(悠斗は行って。 凪沙ちゃんには私がいるんだから大丈夫。 精神支配系の眷獣でも、精神支配なんてさせないし、されても絶対に抗うしね。 私のしぶとさは悠斗も知ってるでしょ?)」

 

 確かに、朱音のしぶとさは折り紙つきである。 それは、身近で朱音を見ていた悠斗は身に沁みているのだから。

 

「(……了解だ。――凪沙には朱雀たち(四神)を預ける。 俺は妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)たちがいれば大丈夫だしな)」

 

「(りょうかい。――朱音ちゃん。 融合と眷獣制御の補助、頼りしてるよ)」

 

「(OK。 青龍と玄武の制御は任せて。 朱雀の融合に関しては、悠斗よりも適性が高いし大丈夫だよ)」

 

「(朱雀の融合に関しては、凪沙の方が適性が高いのね。 ま、この場は任せた)」

 

 悠斗は薄々感づいていたことだが、やはり、朱音の魂と適合できた凪沙の方が朱雀との相性が良いのだろう。

 

「「((りょうかい))」」

 

 悠斗と凪沙は、融合呪文を唱える。

 

「――氷結を司る妖姫よ。 我を導き、守護と化せ!――来い、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)!」

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱雀!」

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)と融合した悠斗の瞳には蒼が入り混じり、背から二対四枚の氷結の翼が出現し、朱雀は融合した凪沙の背部からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。

 悠斗は氷結の翼を羽ばたかせキーストーンゲートの方角へ飛び出し、凪沙はディセンバーと対面するように道を塞いだ。

 

「……悠斗を行かせて、凪沙が私と戦うってこと、なんだね」

 

「……うん、私が足止めだよ。 これでも真祖と同等の力があるらしいし、簡単には通さないよ」

 

「……そっか。――()()れ、麿羯の瞳晶(ダビ・クリュスタルス)

 

 ディセンバーの傍らには、全長十メートルにも達する巨大な眷獣。 それは、銀水晶の鱗を持つ美しい魚竜だ。 前肢半透明な翼であり、野羊(やぎ)に似た螺旋状の角も光り輝く水晶柱だ。

 その眷属が纏う禍々しい気配は、第四真祖の眷獣とまったく同質なものだ。

 

「……十番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)なんだね。 ディセンバーさんは……」

 

「……そう。 そして私は特別の器。眷獣の封印を解いても、元の体に戻ることが可能なの。 だから、私がこの場で消滅することはない、かな」

 

 そう言ってから、ディセンバーの背後には、獅子の黄金(レグルス・アウルム)冥姫の虹炎(ミネラウバ・イーリス)、を複製させた。

 

「そして、麿羯の瞳晶(ダビ・クリュスタルス)の能力は、精神支配に、魅了と複製(・・)。 だからこんなこともできちゃうんだ。 二体が限界だけどね」

 

「そっか。――おいで、青龍、白虎!」

 

 対する凪沙は、天を統べる青き龍、大地を統べる白き虎を傍らに召喚した。 おそらく、獅子の黄金(レグルス・アウルム)には青龍、冥姫の虹炎(ミネラウバ・イーリス)は白虎を、ということだろう。

 

「まだだよ。――牙刀(がとう)

 

 そして、物理攻撃に対する神通力を纏った白虎の(かたな)を召喚し、右手で持った。

 先に動いたのは凪沙だった。 凪沙は紅蓮の翼を羽ばたかせながら、ディセンバー目掛けて刀を振るう。 だが、その攻撃はディセンバーには届かず、麿羯の瞳晶(ダビ・クリュスタルス)が体勢を崩したので、銀水晶の鱗に当たり弾かれる。

 そしてディセンバーは、牽制として腰から拳銃を抜き、引き金を引いたが、凪沙が瞬時に距離を取り、銃弾を刀で弾き飛ばした(・・・・・・・・・・)

 数メートル両隣では、獅子の黄金(レグルス・アウルム)の雷砲と、青龍の雷球が衝突し、凄まじい爆風が起こり公園の遮蔽物を薙ぎ払い、白虎と冥姫の虹炎(ミネラウバ・イーリス)の次元能力により、空間に歪みが生じ、粉塵が凄まじい。

 

「(凪沙ちゃん。 やっぱりここでの戦闘はちょっとヤバイかも……)」

 

「(……だよね)」

 

 頷く凪沙だが、既に、公園が破壊されたという被害があったりする。

 だからこそなのかも知れない、凪沙は開き直ってしまったのだ。

 

「(……うん、しょうがない。 南宮先生に後で怒られよっか)」

 

 朱音は、悠斗に似てきたよ、凪沙ちゃん。と言ってから、わざとらしく溜息を吐いた。

 

「(りょうかい。 じゃあ、行こっか)」

 

「(うん、朱音ちゃん)」

 

 すると、凪沙の紅蓮の翼の威圧が増し、四神たちは咆哮を上げた。 この咆哮は、絃神島全体に響き渡っていると見ていいだろう。 そして、膨大な魔力が漂っている。 凪沙は魔力放出により、麿羯の瞳晶(ダビ・クリュスタルス)の精神支配に抗っているのだ。

 

「……凄いね、凪沙は。 普通だったら、もう君の眷獣たちは戦闘不能になっていてもおかしくないのに」

 

「まあ、ね。 結構、いっぱいいっぱいな所でもあるんだけど」

 

 再び、凪沙とディセンバー。 そして眷獣たちが衝突し、凄まじい爆発音が響き、周囲に粉塵が舞ったのだった――。




凪沙ちゃんとディセンバーとの戦闘でした。戦闘の描写、かなり不安です(^_^;)

公園の被害ですが、完全に周りが吹き飛ばされてます。まあ、焦土と化した。まではいかなかったですが。てか、真祖の一撃でこれだけの被害で済んだのは、ほぼ奇跡ですね(笑)

次回は早めに更新できるように頑張ります!

追記。
麿羯の瞳晶(ダビ・クリュスタルス)の複製能力は、作者の独自です。


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タルタロスの薔薇 Ⅲ

投稿が遅れて申し訳ないです(^_^;)


 千賀毅人(せんが たけひと)は、港近くの廃工場から絃神島の夕景を眺めていた。

 ――絃神島。 魔族特区は最先端の建築技術の塊であると同時に、魔術的な建造物だ。

 島を構成する四基の超大型浮体式構造(ギガフロート)は、其々が独立して暴風や津波の影響を受け流し、水没による被害を最小限に留めるように設計されている。

 四基を東西南北に配置することで、其々の超大型浮体式構造(ギガフロート)には、ある魔術的な役割が与えられ、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武。――即ち、風水でいう四神相応である。 絃神島とは、巨大な風水術式装置なのだ。

 その絃神島の構造を利用して、法奇門の要と為す。 それこそが、千賀毅人が仕掛けた八卦陣の正体である。 絃神島そのものが動力源になっているからこそ、半径百キロ以上という、巨大な結界を展開することができたのだ。

 結界の持続時間は、残り四日。 だが、その時までには、絃神島は消滅しているはずだ。――“タルタロスの薔薇”によって。

 

『先生、聞こえる?』

 

 左耳にかけたイヤフォンマイクから、変声期前の男の子の声が流れてくる。 声の主は人工生命体(ホムンクルス)の少年――ロギだ。

 

「聞こえてるよ、ロギ。 爆発の煙も見えた」

 

 環状道路で起きた爆発の光は、千賀の位置から確認できた。 ロギが仕掛けた自動車爆弾の閃光だ。 高性能爆薬を搭載し、金属片を撒き散らす自動車爆弾は、軍用装甲車の性能でも容易には防げない。

 三年前。 在る事情からタルタロス・ラプスに合流したロギに、爆弾の扱いを教えたのは千賀だった。 それ以来ロギは、千賀のこと先生と呼ぶのだ。

 

『それなんだけど、ごめん――失敗した』

 

 悔しさを滲ませた口調で、ロギが言う。

 

「失敗?」

 

『うん。 勘のいい運転手でさ、起爆の寸前に逃げられたんだ』

 

「そうか。 さすがは“魔族特区”。 一筋縄ではいかないな」

 

 千賀は、ロギを責めることなく呟いた。

 爆弾は、シンプルだけに確実性の高い暗殺手段だ。 そして、ロギが爆発のタイミングを外すことはあり得ない。 それにも関わらずロギの攻撃から逃れたとすれば、相手がただ者ではないということだ。

 

『本当にごめん、先生』

 

「気にするな。 計画に支障はない。 無差別テロと思わせておけば、陽動にもなる」

 

『……うん』

 

 ロギが落ち込んだような声を出す。

 千賀は、そんな彼に優しく呼び掛ける。

 

「ロギ、手筈通りに頼むな」

 

『わかった』

 

 ロギはそう言ってから通信を切った。

 千賀はイヤフォンマイクを外して、無造作にポケットに入れた。 そして、ゆっくりと顔を上げ、錆びた屑鉄が山のように打ち捨てられた工場の跡地。 夕闇に沈んでいく倉庫街を背後に、西洋人形のような、小柄な女の子が立っている。

 

「待たせてしまったようだな」

 

 千賀の問いかけに、女の子――那月は長い髪を揺らして左右に振る。

 

「構わんよ。 面白い話も聞けたしな」

 

 口調は大人びているが、舌知らずな声だった。 そして千賀は、懐かしさに目を細めて失笑する。

 

「南宮那月……十五年ぶりか。 変わらないな、お前は」

 

「貴様は老けたな、千賀毅人(せんが たけひと)。――だが、残念ながら中身は変わっていないようだがな」

 

 那月が、蔑むような冷たい表情で言った。

 欧州で那月を最後に見た時、千賀は二十代半ばだった。 当時の那月は、見た目通りの年齢で、普通の人間だった。 那月に悪魔との契約を教え、魔女となる切っ掛けを与えたのは、千賀なのだ。

 

「変わらない、か……。 だが、それはお前も同じだろ? 魔族殺しの“空隙の魔女”――」

 

「残念ながら、私は変わったよ。 魔女になり、ある少年に出会ってからな」

 

 強くなる切っ掛けも与えてしまったよ。と言って、溜息を吐く那月。

 千賀は眉を寄せ、

 

「……噂に聞く、紅蓮の織天使、なのか?」

 

「まあな。 奴に、魔術の細かいことを享受したのは私だ。……そのせいか、奴は強くなりすぎたが」

 

 そう、悠斗の繊細な魔力のコントロールは、那月の享受によるものだったりする。

 ――その時、氷結の翼を羽ばたかせ、悠斗が那月の隣に着地する。

 

「噂をすれば何とやら、だな」

 

「……俺の噂話かよ。 何話したんだよ、那月」

 

「気にするな。 お前の、昔話程度だ」

 

 いや、気になるんですけど。と悠斗は内心で呟く。

 那月は、小さな時の悠斗を、両親の次に知っているのだから。

 

「で、暁凪沙は一緒じゃないのか?」

 

 悠斗は、ああ。と頷き、

 

「凪沙は、時間稼ぎの為に残ったよ」

 

「……なるほどな。 監視(足止め)か」

 

「まあな」

 

 ――その時、ドンッ。という衝撃音と、眷獣たちの鳴き声が響き渡る。

 那月は眉を寄せ、

 

「……戦闘か?」

 

「だろうな。 相手は、ディセンバーって奴だ。 たぶん、タルタロス・ラプスの幹部に近い奴だ」

 

 そんな時、これまで沈黙していた千賀が口を開く。

 

「……そうか。 暁凪沙、紅蓮の姫巫女か。……貴様たちが別行動で動くのは、予想外だな」

 

「そうか?……いや、昔の俺だったら、意地でも残ってたかもな」

 

 ともあれ、悠斗は、世間話をしに来たんじゃねぇな。と思い頭を振った。

 

「んで、八卦陣の方はどうなってんだ、那月?」

 

 那月は、鼻をふんと鳴らし、

 

「予想通り、千賀を倒せば破れる。――話はその後でゆっくり聞かせてもらうぞ、千賀毅人」

 

 那月が差していた日傘をゆっくりと振ると、それが切っ掛けになったように、千賀の周囲に武装した特区警備隊(アイランドガード)が現れる。 部隊の規模は、二個小隊。 四十人近く居るだろう。

 

「いや、今のお前らでは、“タルタロスの薔薇”は止められぬよ!」

 

 勝ち誇ったように言い放つ千賀に、特区警備隊(アイランドガード)の隊員たちが、千賀に銃を向けた。 だが、工場地に地鳴りのような轟音が鳴ったのは、その直後だ。

 突如として周囲を満たした爆発的な呪力の流れと、廃工場の敷地内に取り残された屑鉄の山が、意思を持つ生物のように流動して盛り上がる。 やがてそれは巨大な人の形となって、夕暮れの空に咆哮する。

 全高七、八メートルにも達する人型の怪物。 巨大傀儡(ストーンゴーレム)だ。 それに合わせ、倉庫街には濃霧が立ち込め、竜巻のような暴風が生じている。 真新しい倉庫の壁が罅割れて、風に飛ばされた瓦礫が空を舞う。

 

「嵐と波浪を操る傀儡……そうか、石兵か」

 

 ――石兵。 それは、法奇門の奥義で作り出したものだ。

 嘗て、蜀漢皇帝の軍師は、諸葛亮が設置して、呉の武将を率いる五万の軍勢を壊走させたと言われ、これが戦争に利用された風水術。 そう、優れた風水術師は、龍脈から汲み上げた呪力を使って巨石を操り、天候もを自在に変動させる。 優れた風水術は、一人で数万の軍勢に匹敵するのだ。

 

「撃つな!」

 

 悠斗が声を上げたが、既に遅かった。

 特区警備隊(アイランドガード)が持つ銃からは銃弾が放たれ、石兵から飛び散った瓦礫の塊が、人の形となって置き上がる。 そう、破壊すればする程、瓦礫兵の人数は増していくのだ。

 そして、石兵たちを動かしているのは、龍脈の力だ。 ならば、龍脈の力がある限り、傀儡たちは無造作な動力源を有しており、破壊しても断片が残っていれば再生する。

 悠斗は舌打ちをし、特区警備隊(アイランドガード)の隊員たちを結界で包み込む。

 

「――特区警備隊(アイランドガード)を連れて来たのが裏目に出たか……。 悠斗。 この数だが、凍らせられるか?」

 

 那月からの問いに、

 

「……特区警備隊(アイランドガード)を巻き込んでなら、絶対零度(アヴソリュートゼロ)で凍らせられる」

 

 一体一体時間をかけて凍らせるなら話は変わってくるが、全体を凍らせるのは、この場では危険が伴うのだ。

 

「……なるほどな。 お前の技も万能じゃないってことか。――仕方ない、特区警備隊(アイランドガード)は私に任せて、お前のやりたいようにやれ」

 

 那月か空間転移により、特区警備隊(アイランドガード)を安全地帯に転移させていく。

 そして、悠斗は左手を突き出し、

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

 悠斗の傍らに召喚されたのは、一本の角に白い鬣、体の背部の衣は白色であり、その他は稲妻の衣を纏った神獣だ。

 

「――麒麟よ! 繋がりを断ち切れ!」

 

 ドンッ、と地響きが起き、麒麟が放つ稲妻が傀儡に直撃し機能を停止させた。

 そう、悠斗が取った手段は至極単純だ。 龍脈から力を汲み取っているのなら、その元を遮断(・・)してしまえばいい話だ。

 

「――なッ……石兵が崩れるだとッ!?」

 

 千賀が唸るように声を上げた。

 崩れ落ちた石兵は再生しない所か、屑鉄となって自壊していく。 麒麟は、傀儡の動力源である龍脈を切り離したのだ。

 本来なら、龍脈から切り離す事は不可能だが、麒麟は神獣であり、龍脈に干渉(・・)する事は不可能ではない。

 

「……紅蓮の織天使。 貴様、風水術を正面から打ち破るなど、本当に規格外な存在だな……」

 

「……まあ、それが俺っていう存在らしいからな。 自分で言っててアレだけど」

 

 そう言って、悠斗は嘆息した。

 その時、紅蓮の翼を羽ばたかせた凪沙が降り立った。

 

「悠君。……ごめん、逃げられた」

 

「いや、気にするな。 こうして、千賀毅人と対面できたしな」

 

 そして、獅子の黄金(レグルス・アウルム)の背に乗り、千賀の隣に着地したディセンバー。

 ちなみに、二人の衣服は所々が裂け、血が流れ、切り傷もあった。 おそらく二人は、かなりの激戦を繰り広げたのだろう。 あの公園も、完全に吹き飛ばされたと見ていい。

 

「ホント、凪沙ちゃんの強さは予想以上。 毅人、ここは体勢を立て直した方がいい」

 

「ああ、そうだな。 目的も果たした」

 

 何。と悠斗と那月は目を細めた。

 瞬間、地響きと共に人工島が揺れ、噴き上がる炎が空を照らした。 悠斗たちの後方では、食料備蓄倉庫(グレートバイル)が次々に燃え上がっているのだ。

 ディセンバーからの足止め、悠斗が那月と合流させる為の布石、千賀が食料備蓄倉庫(グレートバイル)から離れた廃工場に現れた理由。 石兵などという大規模な術式。 全ては囮であり、悠斗たちは、知らず内に千賀たちの策に嵌まっていたのだ。

 

発火能力者(バイロキネシスト)……か」

 

 那月が背後を振り返って呟いた。

 炎に包まれた倉庫街の中央に、女の子のような可愛らしい服を着た小柄な少年が立っている。 藍色の髪をした人工生命体(ホムンクルス)の少年だ。 彼の両手から放たれた炎が、倉庫を燃やしていく。

 爆弾を扱う時、尤も困難なのは爆薬では無く、意図通りのタイミングで確実に爆弾を起爆させる装置だ。 優秀な起爆装置さえ準備できれば、爆薬などは近場にある肥料や小麦粉でも十分なのだ。

 だが、起爆装置となれば、探索機などで探し当てることが可能だ。 当然、特区警備隊(アイランドガード)は周囲の警戒を行ったが、起爆装置は発見されなかった。

 そう。 装置ではなく、発火能力を持つ過適応能力者(ハイパーアダプター)。――これこそが、タルタロス・ラプスが用意した爆発物の正体である。

 

「キーストーンゲート爆破テロの実行犯も奴か。 道理で、地下駐車場の危険物センサーの類が役に立たなかったわけだ。 破壊集団の名も伊達ではないということか」

 

 那月が、冷え冷えとした視線をディセンバーに向けるが、

 

「そうね。 まずは南宮那月、貴女からかしら――」

 

 その時、悠斗と凪沙は直感で何かを感じ取った。

 

「「――炎月ッ!」」

 

 凪沙と悠斗は、前方に紅い結界を張った。

 直後、結界は銃弾により破壊されていくが、貫通される事はないだろう。

 

「(……調整された呪式弾とか、完全に俺ら対策かよ……)」

 

 タルタロス・ラプスは、悠斗たちの対策を練っていた。ということだ。……それにしても、ここ最近、悠斗たちの対策がされているのは気のせいではないだろう。――結果、奴らに撤退の猶予を与えてしまい、逃げられてしまった。

 悠斗と凪沙は、ボロボロになった結界を解いた。

 

「しかし、対策されるとなると、面倒だな……」

 

「たぶん、最近になって悠君対策が確立されてきたんだよ。……これまで通りいかなくなるってことだね」

 

 マジか。と溜息を吐く悠斗。

 すると那月が、

 

「この件、悠斗たちに動いてもらうことになるかも知れん。……今回の件で、食料備蓄倉庫(グレートバイル)が燃やされてしまったからな、私はこっちの件で足止めを食らだろう」

 

「その時は任せてくれよ。 つーか、蓮夜の奴、観光を潰されて怒ってそうだわ」

 

「かもね。 美月ちゃん、観光を楽しみにしてたから……」

 

 内心で溜息を吐く、悠斗と凪沙。 でもまあ、蓮夜たちは気まぐれもあるので、絃神島から出て行くかも知れない。という可能性も捨てきれないが。

 ――だが、絃神島の崩壊は既に始まっており、タルタロス・ラプスを止めない限り、絃神島の崩壊は免れないだろう――。




現場に居たのは、悠斗君と凪沙ちゃん、那月ちゃんだけってなりますね。
古城君たちは、戦闘現場に向かっていたので、千賀たちの所には居なかった設定になっています。
てか、麒麟強ッ!龍脈に干渉できるとかヤバイですね……。まあ、これは麒麟しかできない芸当でもある為、完全解放されないと使用できなかったんですよね~。

んで、今回から、悠斗くん対策が凄いです。まあ、今後もあると思われます(笑)
悠斗くんのアドバンテージが奪われていくよ……。

まああれです。ご都合主義満載って事ですね(笑)


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タルタロスの薔薇 Ⅳ

投稿が遅れて申し訳ない(-_-;)
疾走だけはしないので許してください……。

で、では、本編をどうぞ。


 悠斗のマンションにあるテレビでは、燃え盛る倉庫街の様子が映し出されていた。 昨夜、絃神島の食糧備蓄倉庫(グレートバイル)で発生した爆破テロだ。

 爆発によって引き起こされた火災は、折からの強風に煽られて燃え上がり、一晩経った今も収まる気配がない。

 今回の魔道テロによって人工島管理公社が失った備蓄食料は、絃神市民一人当たりに換算して約六十日分。 損害額は、百億円から二百億円とも言われていた。

 それから、テレビ前のソファに座る悠斗と凪沙が口を開く。

 

「タルタロス・ラプスの奴らに完全に乗せられたな」

 

「確かに。 ディセンバーさんたちは、私たちの行動パターンも眷獣まで解析してたしね」

 

 だが、黄龍、麒麟、神龍(シェンロン)妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は例外であり、融合に関しても、例外だろう。

 

「今回の件では、四神たちは凪沙に預ける」

 

「りょうかい。 朱君たちは凪沙に任せて」

 

「頼んだ。 後、千賀毅人(せんが たけひと)が言っていた“タルタロスの薔薇”について手掛かりがあればいいんだが」

 

 “タルタロスの薔薇”という単語が、今回のテロ事件の深くかかわっている事には間違えない。

 そして、千賀の言葉を汲み取ると、既に“タルタロスの薔薇”を起動する準備が着々と進められているのだろう。

 

「うん。 悠君の情報の中にも該当するものは無いんだよね?」

 

「ああ、全くない。 今は手探り状態って感じだ。 てことだし、情報収集に向かうか」

 

「ん、りょうかい」

 

 立ち上がった悠斗たちは窓を開け、悠斗が左手を突き出した。

 

「――降臨せよ、黄龍!」

 

 悠斗たちの前に黄金の龍が召喚され、悠斗と凪沙は黄龍の背に飛び乗る。

 上から探索するように地上を見ていたら、ある公園の真ん中に中世的な小柄な少年が姿を現す。 その少年とはロギと呼ばれ、昨夜、食糧備蓄倉庫(グレートバイル)を燃やした張本人である。

 

「……案内するから降りて来いってことか」

 

「……悠君。 今は彼の指示に従おうよ」

 

「……了解。 でも、警戒は怠るなよ」

 

 俺は黄龍を下降させ、少年が居る前に着地させる。 それから眷獣を異世界に還し、少年と向き合う。

 少年の周囲は、ゆらゆらと揺れている陽炎だ。 温度差による屈折を利用して、自分の姿を消しているのだ。

 

「(……なるほど。 道理で気配が感知できないわけだ)」

 

 そう思いながら、内心で溜息を吐く悠斗。

 

「俺たちをこれからどうしたいんだ?」

 

「うん。 君たちと、千賀毅人(せんが たけひと)が話したがっている」

 

 ロギと呼ばれる少年が、抑揚の乏しい声で告げる。

 だが、この場でロギを捕まえてタルタロス・ルプスの情報を聞き出せば、今の窮地から抜け出すことができるが、ここからは駅が隣接している。 もし、悠斗たちが不可解な動きを見せれば、狙撃者が駅にいると思われる住人を射殺する算段なのだろう。

 

「はあ、そんなことしなくても大人しく着いて行くよ」

 

「君たちは脅しじゃないって解るからね」

 

 武装を解除する悠斗と凪沙。

 

「状況判断が早いね。 紅蓮の織天使(神代悠斗)紅蓮の姫巫女(暁凪沙)

 

 ロギは悠斗たちに背を向け、無防備に歩き出す。

 

「大したおもてなしはできないと思うから、期待しないで」

 

 知ってるよ。と頷き、悠斗と凪沙は歩き出した。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 その建物は、商業地区(アイランド・ウエスト)の裏通りにひっそりと建っていた。

 悠斗は立ち止り上を見上げると、看板にはセンガ・ペットクリニックという名前があり、デフォルメされた肉球のマークが刻まれている。 ごんまりとした建物はパステルカラーで統一され、窓には色画用紙で作られた動物たちが幾つも張り付いている。 病院の入り口には、『休診』と書かれた立て札がかけられている。

 確かに、動物病院なら見慣れない人間が出入りしても怪しまれる事はない。 また、それなりの薬品を入手する事も可能だ。

 

「なるほどなぁ。 動物病院か」

 

「カモフラージュには打って付けの場所だね」

 

 ロギは入口のドアを開け、院内に入って行く。 どうやら、この動物病院に千賀毅人(せんが たけひと)が居るという事らしい。

 

「んで、俺らを隠れ家まで案内してもよかったのか? 俺たちがバラしたら、特区警備隊(アイランド・ガード)が突入して来るぞ」

 

「君たちは、南宮那月に報告をするかも知れないが、特区警備隊(アイランド・ガード)の連絡することはないだろ。 きっと南宮那月も、これを知っても独断で動くだろうし。 やっぱり、組織が絡むと色々と面倒くさいからね」

 

 なるほど。と、悠斗は頷いた。 確かに、ロギの言う通りに事が運ぶ確率が高い。

 ともあれ、ロギは、建物の奥にある診療所へと悠斗たちを手招きする。 おそらく、この先に千賀毅人(せんが たけひと)が居るのだろう。

 診療所に入り悠斗たちを待ち受けていたのは、簡素な椅子に座った千賀だ。 千賀は、悠斗たちを見ると値踏みするように目を細める。

 

「古城と蓮夜も呼ばれてんのかよ……」

 

「オレの場合は、気まぐれだけどな。 風水術師を見る機会は稀だしな」

 

「オレは悠斗と同じ感じだ」

 

 蓮夜の場合は気まぐれで、古城たちの場合は、悠斗と同じく連行。ということだ。

 その時、千賀の背後で薄いピンク色のカーテンが揺れ、そこから顔を出したのは、だぶだぶの分厚いコートを着た少女だった。 可愛らしい顔立ちだが、無表情で目つきが悪く、首には長いマフラーを巻いている。 年齢は十代半ばといった所だろうか。

 彼女がトレイに乗せて運んできたのは、カップ入りのアイスクリームだった。 バニラ味とチョコレート味を其々悠斗たち渡し、余った最後の一つを自身が取る。

 

「食べて、いいよ」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、私も遠慮なく」

 

「ありがとう。 いただきます」

 

 マフラーの少女に促され、女性陣はアイスを口にしたが、男性陣は顔を顰めるだけだ。

 だが、出されたものに手をつけないのも失礼だろう。 そう思いながら、悠斗たちもアイスを口にした。

 それから、最初にアイスを食べ終わった悠斗が、千賀に問う。

 

「千賀。 俺たちを此処に連れて来た理由が聞きたいんだが?」

 

「そうだな。 君たちに私たちが絃神島を破壊する理由を知れば、協力してくれるのでは、と期待して此処に呼んだんだ」

 

 千賀が言うには、絃神島を破壊するのには、特別な理由があるらしい。

 

「ここ絃神島は、悲劇を齎す島。 咎神カインを復活させる為の祭壇だからだ」

 

 千賀が言うには、絃神島の設計者――絃神千羅は、カインの復活を望んでいたが夢半ばで命を散らした。 だが、彼の思想を受け継いだ者たちが絃神島の中枢に残っている為、その者たちを暗殺していったという事だ。

 

「聖殲派などと言うお粗末なテロリストとは訳が違う。 何十年もの歳月をかけて咎神カイン復活の準備を整えた、本物の魔導の探究者たちだよ」

 

 この時悠斗は、最後のピースが嵌まったように感じていた。

 

「(……千賀の言葉から察するに、浅葱以外にもう一人カインの巫女がいるってことか)」

 

 おそらく絃神島の幹部たちは、眠りに就いているカインの復活を目論んでいるのだろう。 今まで、浅葱が自由に動けたのが証拠だ。

 だが――、

 

「(……いや、浅葱を使えば、何か大規模なことが出来るから野放しにしていた……? モグワイは浅葱の監視役?)」

 

 駄目だ、解らん。 そう思いながら思考を停止させる悠斗。

 その時、口を開いたのは蓮夜だ。

 

「悪いが、オレはそういうの如何でもいいんだよ。 てことで、帰っていいか?」

 

 確かに、悠斗には蓮夜の気持ちが解る。

 今もそうだが、悠斗が一番に考えるのは、凪沙との生活だ。 おそらく蓮夜も、美月との生活を大切にする。の事柄だけしか考えていないのだろう。 なので、周りの事には興味を示さないのだ。

 

「……貴様ならそう言うと思っていたよ。 まあ、この件に関わらないでくれていたら、それで良い」

 

 口約束だがな。と言って蓮夜と美月は動物病院から出て行った。 だがまあ、悠斗の予想では、蓮夜はこの事柄に最後まで関わると思っている。――悠斗と蓮夜は兎も角、凪沙と美月は友達なのだがら。

 そんな時、古城が口を開く。

 

「で、あんたは何が言いんたいんだよ?……殺しに加担しろとか言わねぇよな」

 

 ふふ、と千賀が失笑を洩らした。

 

「殺しか、違いない。 だが、私は先程言っただろ。 絃神島の正体は咎神カイン復活の祭壇だと。 もし、咎神カインが完全復活するとなれば、島の連中は何も知らずに消滅するんだぞ」

 

「……証拠もなしに、あんたの話を信じろっていうのかよ」

 

 古城は荒々しく言い返すが、千賀は不思議そうに古城を見返した。

 

「お前たちは知ってる筈だ。 絃神千羅という男は、どんな極悪非道な手段も実行する、とね」

 

 そう、それはロタリンギアの『聖人』の遺体を生贄に捧げていた事だ。

 絃神島の設計時、不足した要石の強度を確保する為に、絃神千羅は禁忌をされていた供犠健在を解決策として、ロタリンギアの大聖堂より『聖人』の遺骸を簒奪した。

 

「そんな男が目的もなく、善意で人工島の“魔族特区”を設計したと思っているのか?」

 

 ――断じて否だ。と、強く主張する千賀。

 

「だからこそ、私たちタルタロス・ラプスは、この手で咎神カインの復活を阻止する」

 

 確かに、タルタロス・ラプスは自らの手で“イロワーズの魔族特区”を滅ぼした。 だからこそ、公表はされずともタルタロス・ラプスが“魔族特区”を破壊したという実績は、自分たちの主張を裏付けてくれるだろうと。――これは、大義ある行為、タルタロス・ラプスは世界を救う、と。

 

「私の話はこれで終わりだが、返事を聞こうか」

 

 千賀は、古城と悠斗に協力するのか?と問いかける。

 

「……正義と悪は紙一重、だね」

 

 凪沙は呆れたように溜息を吐き、それを見た千賀は目を細める。

 

「……何が言いたい、紅蓮の姫巫女(暁凪沙)

 

「最近、私たちも同じ経験をしたんだよ。 その時彼ら(大史局)も、正義の為に動いていたから」

 

 千賀は感嘆したように、

 

「ほう。 ならば、私たちと同じ思想の持ち主だったのだろうな」

 

「そうかも知れないけど、絃神島の人々を傷つける行為はなんか違うなって、私は思うよ」

 

「……それは偽善だ。 何かをやり遂げる為には、何かを犠牲にするのは必須。 それとも何だ、お前はこの件を片付けられるとも?」

 

「まあうん、悠君と力を合わせれば、何とかなっちゃう気もするんだけど……」

 

 だが、不確定要素が多いから、凪沙は断言することはできなかった。

 

「でも何であなたたちは、それが正義だと決めつけてるの? 誰かに相談した? 何で周りの声を聞かないの?」

 

 千賀は、凪沙の言葉を聞き、微かな苛立ちが滲み始めていた。

 だが、凪沙の言葉は続く。

 

「私だったらこの件を公表して、周りの信用を得るのが最善だと思うけど」

 

「……公表か……やろうとしたさ。 何度もな!」

 

 千賀が初めて声を荒げる。

 

「だが、その結果が今のこの状況だ! 世界は何も変わらなかった! そして、咎神復活の計画だけが着実に進んで行く!」

 

「だからタルタロス・ラプスを結成し、自分たちで復活を阻止する。 それは正義だから、犠牲はつきものってか?」

 

 悠斗の問いに、千賀は声を荒げて反論する。

 

「咎神カイン復活阻止為には、多少の犠牲は止む負えない!」

 

「ああそう。 なら、あんたらに、俺たちが協力することはない。 古城も俺たちも、偽善者の集まりなんだわ」

 

 悠斗と古城は、何かを犠牲にして何かを得るなど望んでいない。……まあ、悠斗の場合は丸くなった(優しくなった)と言うべきか。 昔の悠斗ならば、必要ないものは問答無用に切り捨てていただろう。

 千賀が「……そうか」と呟くと、暴風に似た魔力の奔流が、悠斗たちに向かって吹き付けてくる。 ふと気付けば、診察室の床面に、複雑な魔法陣が浮かび上がっていた。

 

「風水術か――!」

 

「皆さん! 伏せて下さい!」

 

 悠斗たちを庇って前に出たのは雪菜だった。 ギターケースから弾き抜いた“雪霞狼”を一閃し、その切っ先を床に突き付ける。

 槍の穂先から迸った閃光が、千賀の魔法陣を切り裂き、膨大な魔力が出し抜けに消失し、先程までの魔力の暴風が消失し診療室に静寂が戻って来た。

 しかし、千賀たちの姿はない。 彼らは、隠れ家を捨てたのだ。

 

「まあ、こういう準備をしてなければ、俺たちを呼び出す真似はしないだろうしなぁ」

 

 当然ちゃ当然か。と呟く悠斗。

 それよりも、もう一人のカインを復活させるなら、浅葱は邪魔な存在となる。 それに、千賀とディセンバーが分かれて行動しているのも気にかかる。

 古城は浅葱の安否確認の為、スマートフォンに電話をかけるが、一向に繋がらない。

 

「……何かに巻き込まれてるのか?」

 

 古城がそう呟く。

 

「……いや、解らん。 まあ、巻き込まれてるとしたら碌でもない事は確かだけどな」

 

「玄武の気配感知は?」

 

 悠斗は神経を研ぎ済ませる。

 

「正確にではないが、此処から数キロ離れた所にある。 消滅してないって事は、浅葱はまだ生きてる。 てか、基樹のもあるな」

 

 古城は安堵の息を吐き、

 

「そうか。 矢瀬と一緒に行動してるのか。 でも――」

 

「ああ、解ってる――凪沙」

 

 凪沙は、りょうかい。と言って頷き、左手を掲げる。

 

「――おいで、朱雀」

 

 凪沙が傍らに召喚したのは、悠斗から預けられた紅蓮の不死鳥だ。

 

「みんな、乗って! 浅葱ちゃんも所まで、急がないと!」

 

 頷き、朱雀の背に飛び乗る悠斗たち。

 そして、朱雀が飛翔した所でトラウマを思い出した古城は顔を青くしたが、それを見ても悠斗たちはスルーするのだった――。




蓮夜、美月ちゃんの出番は後半にある感じです。
ライバルキャラ出さなければよかったかなぁ。若干、扱いに困っております(-_-;)
まあ、如何にかするんですけどね。てか、キャラが被らないように注意しないとなぁ。いや、共通点はかなりあるけどね(汗)

以上、作者の言い訳?でした(^O^)
今後も頑張って更新しますね。

追記。
これから先は、悠斗君のアドバンテージがほぼ皆無になってくるんだよなぁ。まあ、眷獣(武器にもなる)たち、悠斗君の技はチートになるんですが(笑)
てか、この章は書くの難しい。頭がごっちゃになりますね(^_^;)

追々記。
悠斗君たちの眷獣召喚は、人目に触れない所で召喚しているので、周囲には露見してないっス。


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タルタロスの薔薇 Ⅴ

更新が遅れて申し訳ないです……。話が食い違ってないか心配です(-_-;)
てか、ご都合主義が満載になっております。では、どうぞ。


 絃神市街は、大混乱に陥っていた。

 街は、吸血鬼の眷獣暴走に、巨人(ギアス)の精霊魔法が荒れ狂い、妖精(エルフ)が無秩序に精霊を召喚し、獣人が獣化をして街を破壊する。 また中には、路上で獣化して苦悶している獣人種族。 霧化状態のまま意識を無くしている吸血鬼も居る。

 至る所で災害が発生し、人々の悲鳴や緊急車両のサイレンの音が絶え間なく街中に響いている。 出動した特区警備隊(アイランド・ガード)は現場を鎮静化させる為に事態の収拾に当たっているが、手に負えなくなりつつある。

 絃神島に住む魔族は全人口四パーセントに過ぎないが、それでも二万人を超えている。 そして、その二万人近くが暴走状態なので、最悪、絃神島が崩壊する事も考えられる。

 

「暴走の原因はなに!?」

 

 浅葱が、右手で握っているスマートフォンに向かって、叫ぶ。

 

『さあな。 嬢ちゃんはどう思う?』

 

 モグワイが浅葱に質問に質問で返し、浅葱は迷うことなく即答した。

 

「……遅効性にウイルスね」

 

『ケケッ、同感だな』

 

「……どういう意味だ?」

 

 状況が飲み込めていない基樹が、戸惑いの表情を浮かべて聞いた。

 そして、浅葱が口を開く。

 

「登録魔族証よ。 あの腕輪には、簡易的な魔術を発動する為の回路が埋め込まれてるの。 魔族の体調のモニタリングや、位置情報の特定の為にね」

 

「ま、まさか、その回路に誰かがウイルスを流し込んだのか?」

 

 基樹は振り返り、歩道の上に倒れたままの吸血鬼に目を向けた。

 彼ら登録魔族の手首に嵌められた金毒製の腕輪。 その表面に彫り込まれた幾何学紋様の隙間(スリット)が、赤く発光を続けている。

 

『簡易的な回路と言っても、殆んど全ての魔族が、四六時中、直に身につけてる物だからな。 呪術の触媒としちゃ、かなり強力だぜ。 催眠状態に陥れる程度なら、わけねーな』

 

 得意げな口調で、モグワイがそう言った。

 基樹は、信じられない。という風に首を振る。

 

「島内全ての登録魔族証に、一斉にウイルス汚染させたってのか……どうやって?」

 

特区警備隊(アイランド・ガード)のネットワークを使ったのよ」

 

 落ち着いた浅葱の答えに、基樹は驚いたように浅葱を見る。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)だと? そういや、昨日、特区警備隊(アイランド・ガード)の本部でハッキング騒ぎがあったらしいな……」

 

「その犯人の目的は、特区警備隊(アイランド・ガード)のサーバーを乗っ取ることじゃなくて、魔族登録証にウイルスを感染させることだったわけ」

 

「お前も、それに気付かなかったのか……?」

 

「仕方ないでしょ。 私が特区警備隊(アイランド・ガード)の本部に到着した時には、敵の本命のプログラムは役割を終えて、跡形も無く消滅してたんだから。 気づきようもないわよ」

 

 浅葱が、拗ねたように唇を尖らせて言う。

 そんな浅葱を庇うように、モグワイが含み笑いを洩らした。

 

『それに、魔族登録証周りの防壁はガチガチに固められてるから、理屈はわかっても普通は実行できねーんだわ。 犯人の腕は相当だぜ』

 

「ていうか、登録魔族証のハッキングなんて、メリットがないから誰もやらないよね、普通」

 

「確かに。 無差別テロくらいにしか使えねーしな……」

 

 島の惨状を見回して、基樹は溜息を吐いた。

 登録魔族証に搭載されている装置のメモリ容量では、複雑な魔術は実行できない。 魔族の意識を失わせて、暴走させるのが精一杯なのだ。 だがそれでも、魔道テロには十分である。

 

「なあ、モグワイ。 そのウイルスってやつ、どうにかできないか?」

 

『無理だな。 物理的アクセス経路(ルート)がねぇ。 今の登録魔族証(リンク)は、特区警備隊(アイランド・ガード)のネットワークからも切り離されちまってるからな』

 

「通信が切断されてるから、駆除(ワクチン)プログラムを送り込むことができない、ってわけか」

 

『まあ、独立稼動モードの登録魔族証(リンク)に、強制的に介入する手段がねぇーわけじゃないが……』

 

 モグワイの呟きに、基樹が小さく息を詰まらせた。

 

「そうか……“C”か……」

 

「“C”って、私がこないだ連れて行かれたコンピューター室のこと?」

 

 基樹は、「ああ」と、頷いた。

 ルーム“C”――キーストーンゲート第零層に設置させた特殊区間。

 完全気密処理させた空間内に、絃神島を管理する五基の超電算機(スパコン)のコアユニットが埋め込まれ、神経のように張り巡らされた島内のネットワークの全てを接続。 そこは、核弾頭の直撃や、水深二万メートル級の水圧にも耐えられるとも言われている。

 そして、“C”の経由の命令(コマンド)は、人工島管理公社が所有する全端末に対して、最優先のアクセス権を有している。

 当然、“C”への入室は厳しく制限されており、人工管理公社の上級理事や絃神市長ですら立ち入りを許可されていない。 だが一人だけ、入室を許可された正規ユーザーが居るのだ。 それは、《カインの巫女、藍羽浅葱(電子の女帝)》――。 《カインの巫女(藍羽浅葱)》が“C”に投入されれば、“絃神島”さえも掌握することも可能になる。

 だが、タルタロス・ラプスの情報戦を担当する者も、戦略級情報処理能力を持ち、直接コンピューターネットワークに介入する事ができるのだ。 タルタロス・ラプスに選ばれた者ならば、人間の限界を超えた情報戦のエキスパートなのだろう。 そんな鬼才に敵うとしたら、《カインの巫女》である、藍羽浅葱だけだ。――だが、《カインの巫女》と呼ばれる存在は、浅葱だけではない(・・・・・・・・)

 

「……そうか。 だから浅葱を狙ってたのか……」

 

「はい?」

 

 基樹に、まじまじと見つめられて、浅葱は居心地が悪い表情を浮かべた。

 

「正規ユーザーとして、“C”へ入室が許可されているのは、今は(・・)浅葱だけなんだ。 浅葱が死ねば、もう誰も魔族の暴走を止められない」

 

 基樹は「違う意味(・・・・)での止めるなら、(ダチ)たちもできるがな」と、小さく呟く。

 そして浅葱は、「は!?」と大きく目を見開く。

 

「なにそれ! 初耳なんだけど!? 本人に黙って、何でそんな属人的なシステム作ってんの? 馬鹿じゃないの!? 私が狙われてるのって、完全なとばっちりじゃない!?」

 

 激昇した浅葱が、基樹の胸ぐらを締め上げる。

 まあ確かに、浅葱は《カインの巫女》である以前に、基本的には普通の女子高生だ。 本人からしたら、絃神島の命運を左右するような重責を担うつもりなどないし、ましてや命を狙われるなどまっぴら御免であった。

 しかし、現実では“C”の正規ユーザーに登録しているので、命を狙われている。 なので、浅葱が激怒するのは当然であった、が――、

 

「くっ……!」

 

 暴れる浅葱を抱きかかえて、基樹が地面に転がった。

 二人の頭上を弾丸が通過し、背後の民家の壁を抉る。 着弾の衝撃で撒き散らされた破片が、バラバラと基樹の背後に降り注いだ。

 

「文句は後で聞いてやる。 その前に、この状況を何とかするぞ。 何がなんでも、お前をキーストーンゲートまで連れていく!」

 

 浅葱を強引に引きずり起こして、基樹が怒鳴った。

 

「でなきゃ、マジで今日が絃神島最後の日になるぜ」

 

 呟く基樹の頭上では、異様な気配(・・・・・)が渦巻き始めていた。 暴走した魔族から放出された魔力が、飽和して絃神島上空を覆い尽くそうとしているのだ。

 それがどのような事態を引き起こすか解らないが、碌でもない事は確実である。

 

「勘弁してよね……」

 

 浅葱が、古城の口癖を呟く。

 

「全くだぜ」

 

 基樹も、心底同意して頷いた。

 そして、浅葱と基樹は走り出し、キーストーンゲートへ向かって行ったのだった。

 この一連のやり取りが、悠斗たちが到着するまでに行われた光景であった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 朱雀は浅葱がいた付近に着地し、古城たちは朱雀の背から飛び下りた。

 

「ゆ、悠斗。 浅葱は?」

 

 古城が、悠斗にそう聞く。

 

「浅葱は無事だ。 今は、基樹とキーストーンゲート前に到着してるな」

 

 「そうか」と、古城は安堵の息を吐いた。

 

「……それにしても、浅葱たちはこの惨状の中を掻い潜って行ったのかよ」

 

 古城が周囲を見回しそう呟いた。

 古城の言う通り、市街地の至る所で魔力の暴走が起きている。

 中でも特に目立つ被害は、吸血鬼の眷獣によるものだ。 比較的若い吸血鬼の眷獣でも、無制限に解き放てば、民家を丸ごと吹き飛ばす威力はある。 ましてや、“旧き世代”の吸血鬼の眷獣となれば、その戦闘力は最新鋭の戦車と同等かそれ以上だ。

 しかし、眷獣たちが召喚された場所や破壊対象に規則性はない。

 彼らの力の暴走に、何らかの目的があるとも思えない。 魔族自身の意思ではなく、単純に制御を失っているだけで、何者かが彼らを操って魔力を暴走させているのだろう。――そして、凪沙が合図を送ると、朱雀は絃神島上空に飛翔を開始した。 悠斗は、凪沙の行動が理解できたが、古城と雪菜は疑問符を浮かべるだけだ。

 

「――飛焔(ひえん)!」

 

 朱雀は、口から紅い炎(浄化の炎)を地表全体に吹きかけ、暴走している吸血鬼たちの行動を停止させる。 だが、タルタロス・ラプスはこの事は予想しており、バックアップしたウイルスを拡散させるだろう。 現状は以って数分、といった処だ。

 凪沙は、ふぅ。と息を吐いた。

 

「これで数分は暴走が収まると思う」

 

 といっても、一時的な応急処置だが。

 そして、古城のスマートフォンの液晶から、浅葱の相棒であるモグワイが映し出され、合成音声が聞こえてくる。

 

『助かったぜ。 攻撃を止めてくれて感謝するぜ、紅蓮の嬢ちゃん』

 

 凪沙は「紅蓮の嬢ちゃんって、私のことなんだ」と、内心で呟いていた。

 ともあれ、先程の攻撃を停止したお陰で、浅葱たちはキーストーンゲート内部に到着する事ができたという事。

 

『詳しい話は端折るが、市内で起きている魔族の暴走は、魔族登録証のハッキングが原因だ』

 

「魔族登録証をハッキングできる奴が居たってことか? でも、そんなことができるのか?」

 

『それができる奴がいたんだぜぇ、第四真祖の兄ちゃん。 でもって、それを解除できるのが、今んところ嬢ちゃんだけでな』

 

 悠斗は、「なるほどな」と頷いた。

 この異変がタルタロス・ラプスの仕業ならば、浅葱が狙撃されていたことも説明がつく。 千賀たちは、浅葱の天才的プログラム能力を恐れたのだ。

 だが、浅葱はキーストーンゲートに到着し、暴走を止める事が可能だ。

 

「じゃあ、オレたちも浅葱と合流した方がいいんじゃ――」

 

 古城の問いに、液晶に映っているモグワイが左右に頭を振る。

 

『いや、嬢ちゃんはキーストーンゲートに到着してるから、矢瀬の旦那がいれば問題なねぇぞ。 それよりも、第四真祖の兄ちゃんと紅蓮の坊ちゃんには頼みたいことがあるんだぜ』

 

 古城と悠斗は「……頼み」と言って、怪訝そうな表情をする。

 そしてモグワイが、真面目な口調で続ける。

 

『とりあえず、嬢ちゃんが魔族登録証(リンク)の方をどうにかするまで、絃神島とその住人を守ってくんねぇか?』

 

「……いや、どうしてそんな事――」

 

 古城の言葉を遮るように、悠斗が、

 

「――古城、上だ」

 

 古城たちが空を見上げ、言葉を失った。 直径十数キロにも達する謎の幾何学的な紋様が、絃神島を覆い尽くしていたからだ。

 それは密集したオーロラのようであり、魔力の渦のようでもあった。 或いは、美しい花弁にも見える。

 そしてそれは、幾重にも折り重なった複雑な紋様の集合体だった。 絃神島を包み込む程の巨大な魔法陣。 その実体化を可能にしているのは、“魔族特区”から供給させる膨大な魔力だ。 絃神島に住む約二万人の登録魔族の魔力を吸い上げて、真紅の魔法陣が形成されている。

 現在は鎮圧化されているが、彼らは魔力の暴走だけが原因ではない。 魔力がこの魔法陣に奪われているせいだ。

 

「……これが“タルタロスの薔薇”の正体なんだね――」

 

 凪沙が呟いた。

 魔族を催眠状態にして、魔道テロの道具にする事がタルタロス・ラプスの真の狙いではない。 無差別テロは前座。 いや、目的の為の手段であり、本命は空にあったのだ。

 そして、魔法陣によって形成された薔薇から、数枚の花弁が舞い落ちてきた。

 自らが実体を持つ程に濃密な集合体。 それはやがて、意思を持つ獣の姿に変わる。

 

「……そうか。 魔力で絃神島を破壊するのが目的だったわけか」

 

 悠斗がそう言うと、“タルタロスの薔薇”から生み出された眷獣が魔力を帯びた咆哮を放つ。 全長、三メートルから五メートル程。 実体化までは不完全だが、ほぼ完全な獣の輪郭を保っている魔力の塊。 そして、登録魔族から吸い上げた魔力による、無制限の眷獣召喚。

 対抗できるのは、特区警備隊(アイランド・ガード)が保有する大型魔術兵器か、一部の国家攻魔官たちが持つ強力な武具。 そして、同じ力を持つ魔族。

 しかし現在、各地の特区警備隊(アイランド・ガード)の隊員たちは、絃神島の復旧(応急処置)、魔族、住民の避難に追われており、眷獣に対処する余裕はない。 それは、国家攻魔官(南宮那月たち)も同様だろう。

 登録魔族たちは、タルタロス・ラプスのハッキングによって、ほぼ全員が意識不明状態に陥っている。――つまり、この場を凌げるのは魔族登録証を持たない悠斗たちだけだ。

 

「こいつら、誰が召喚してるんだ……?」

 

 古城が、焦燥に顔を歪めて雪菜に聞く。

 

「宿主は、あの魔法陣そのもの、だと思います。 街中の魔族から吸い上げた魔力を使って、眷獣を無差別に召喚してるんです」

 

 雪菜が強張った表情で答える。 古城は、「嘘だろ」と呻いた。

 

「そんなんで、どうやって眷獣(あいつら)に言うことを聞かせるんだ?」

 

「古城。“タルタロス・ラプス”にとっては、そんなことは如何でもいいんだ。――聞いただろ? 奴らの目的を」

 

 タルタロス・ラプスの目的は、絃神島の破壊。 なので“薔薇”で召喚した眷獣に、精密な操作など求めていない。 絃神島を破壊する為、眷獣を暴走させるだけで十分なのだ。

 登録魔族から吸い上げた魔力による、無制限眷獣召喚。 それこそが、“タルタロス・ラプス”が“イロワーズ魔族特区”を破滅に導いた破壊工作。 謎に包まれていた奴らの手口だ。

 

「古城!――降臨せよ、黄龍!」

 

「ああ!――疾く在れ(きやがれ)獅子の黄金(レグルス・アウルム)!」

 

 街に振り注ごうとする眷獣たちに向けて、古城と悠斗が召喚した“黄龍”と“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”が攻撃を放つと、彼らはズタズタに切り裂かれて消えた。

 だが――、

 

「……復活した!?」

 

 古城の言う通り、切り裂かれた眷獣たちは灰塵が集合し傷を癒し元の状態に戻っていた。 悠斗たちが再び攻撃を命じても結果は変わる事がなかった。

 薔薇は、悠斗たちの攻撃に対抗するように花弁を散らす速度を増している。 増殖を続ける眷獣たちの数は、既に数十体を超え、最早正確な数は解らなくなっている。――――そう、召喚魔術が続いているのだ。

 そして悠斗は、憎々しげに舌打ちをした。

 

「……奴ら、人工神力(・・・・)も宿ってやがる。 俺たちの攻撃は、半減されたと見ていいだろうな……つか、タルタロス・ラプスの奴ら、天剣一族に力について詳細に調べやがったな」

 

 それならば、人工神力が宿っている原因に説明はつくだろう。 しかし、神力が相手では、負を持つ古城の眷獣たちでは分が悪いだろう。 神の力には、神の力で対抗するしかない。

 この説明を聞いた古城は、「マジかよ」と唖然とする。

 絃神島の街表面(・・・・・・・)、意識不明の魔族たちを、朱雀の結界で覆って安全を確保した凪沙が、

 

「……古城君、ここは私と悠君で食い止めるよ」

 

「ああ。 神力相手じゃ、古城は分が悪すぎる。 この場は俺たちに預けてくれ」

 

「でも、オレたちはどうすればいい?」

 

 古城が悠斗にそう聞く。

 

「古城たちは奴らの中枢、ディセンバーを見つけて倒してくれ。 奴らを内部から崩すにはそれしかない。 それに奴は――――焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)だ」

 

 古城は目を丸くした。

 古城はディセンバーの事を、“旧き世代”だと思っていたのだ。 きっと古城は、ディセンバーが“焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)”とは夢にも思わなかっただろう。

 そして古城は「ああ。了解した」と頷き、悠斗たちと二手に分かれた。

 

「……しっかし、かなりの数だなぁ」

 

 仲間を大勢破壊した事で、悠斗は危険対象と見て、眷獣たちは軌道修正し、悠斗だけを狙っているのだ。 しかしこれは、街の被害を最小限に留める為、眷獣たちの意識を自身に向ける策でもあったのだが。

 眷獣たちは様々な形を作っていた。 ある者は蝙蝠のようでもあり、ある者は獰猛な肉食魚、ある者は大蜘蛛である。 完全な意思を持たないせいか、動きは単調であり、獲物目掛けて突っ込んで来る。 最早、悠斗を殺す為の捨て身の策である。

 悠斗は嘆息し、異空間を開きある得物を取り出す。 それは、悠斗の切り札になりうる代物だ。――鏡花水月。 天剣一族の宝剣である。

 悠斗は鏡花水月を右手で握り、自身の神力を宝剣に注ぎ込むと、鏡花水月は蒼く輝き出す。――神格振動波の輝きだ。 それに“雪霞狼”とは違い、人工的なものではなく天然もの(・・・・)である。

 悠斗が、宝剣を「はッ!」と勢いよく振り下ろすと、神格振動波が斬撃に変わり眷獣たちを葬り去っていくが、“薔薇”を破壊するまでには至らない。

 そして、悠斗と凪沙は頷き呪文を唱える。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――!」

 

「――氷結を司る妖姫よ。 我を導き、守護と化せ!――来い、妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)!」

 

 凪沙は朱雀と融合し、背からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じり、悠斗も妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)を召喚し融合した事で、瞳には蒼が入り混じり、背から二対四枚の氷結の翼が出現する。

 

「時間稼ぎと行きますか、凪沙さんや」

 

「りょうかい♪ 悠君も無理はしないように」

 

 悠斗は「了解」と頷いた。

 時間稼ぎとはいえ、相手は無限に出現する眷獣であり神力も宿っているのだ。 ここから先は、死闘になることは間違えないだろう。

 悠斗は宝剣を構え、凪沙も傍らに青龍を召喚させ、右手に刀を携え神通力を纏わせてから構え、地を蹴り死線へ向かったのだった――。




悠斗君たちが朱雀で飛翔してる時には、古城君にディセンバーが焔光の夜伯(カレイド・ブラッド)である事を伝えてませんでした。
あれですね。悠斗君のアドバンテージがなくなっちゃいました。てか、凪沙ちゃんの力量がハンパないっス(^_^;)

ではでは、次回もよろしくですm(__)m


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タルタロスの薔薇 Ⅵ

更新が遅れて申し訳ない……。週初めに投稿しようとしたんですが、風邪で寝込んでました(-_-;)
てか、戦闘回とか難しすぎましたね、はい。……すんません、いい訳ですね。

では、どうぞ。


 島の上空を覆い尽くす魔法陣からは、今も眷獣たちが召喚され続けていた。

 その眷獣たちを、悠斗の宝剣と凪沙の刀、そして“黄龍”と“青龍”の攻撃で消滅させるが、一向に減る気配がない。 眷獣を迎撃、しかし新たな眷獣が生み出される。――この繰り返しだ。

 戦況的には悠斗たちが押しているが、それがいつまでも続かない事は悠斗と凪沙は理解している。 強大な力を有しているとはいえ、力を行使するという事は、精神力と体力を消耗するのだ。 守護を解けばある程度負担が軽減する事ができるが、奴らの攻撃が直撃すればあの世行きだろう。

 

「きりがねぇな。 凪沙、まだいけるか?」

 

「大丈夫。 まだ余裕はあるよ」

 

 悠斗は、そうか。と頷く。 まあ確かに、凪沙は人間から“血の従者”になったのだが、今までの経験と日々のトレーニングが功を制しているのだろう。 また、悠斗の計算では、時間は十分稼げるはずだ。

 だが、絃神島上空を覆う魔法陣に、異様な変化が起きていた。

 全ての薔薇の花弁が散って、四つの球体へと変化して、大きな種子を形作った。 “タルタロスの薔薇”の最終形態。 咲き誇る真紅の花弁が散り、新たに種が生み出されたのだ。

 夥しい数の薔薇の眷獣たちは、四つの種子に魔力を奪われ千涸びるように次々と消滅し、種子たちが取り込んだ魔力量は、悠斗の予想を遥かに超えている。

 その異常な量の魔力を内包したまま種子が割れ、出現したのは四体の化身だった。

 一体は猛禽のようであり、一体は鰐に似た姿。 一体は龍に似て、最後の一体は虎に酷似している。 いずれも全長二メートル超える眷獣たち。 吸血鬼と同じく、濃密な魔力の集合体だ。

 

「……冗談、だろ」

 

 悠斗の声が珍しく罅割れていた。――四聖獣。 奴らは、悠斗に馴染み深い眷獣だったからだ。

 東西南北――四基の超大型浮体式構造物(ギガフロート)で構築された絃神島は、風水術の応用を用いて人工島の安定化を図っていると言われている。 卓越した風水術師の千賀が、その事実を知らないはずもない。 そして、“タルタロスの薔薇”の術式は、絃神島の構造を利用し千賀が協力して生み出したものなのだ。 そしてそこには、悠斗の四神の特性も混じっている。

 悠斗は、ものは試しだ。と内心で呟いた。

 

「――雷神槍(らいじんそう)!」

 

 悠斗がそう言うと、“黄龍”が凶悪な口から稲妻が凝縮された鋭い“神槍”が四聖獣たちへ向かうが、それは直前で消し去った。

 ――玄武の特性である魔力無効化である。

 

「……悠君。 やっぱり、物理攻撃じゃなきゃダメなのかな?」

 

「ああ。 千賀の野郎、俺たちの四神の特性まで取り入れてやがる。 てか、解析しやがった」

 

 最悪だな。と嘆息する悠斗。 それにしても、悠斗たち対策がここまで進んでいたとは、予想外過ぎた。

 物理攻撃となれば、眷獣たちの突撃攻撃、宝剣と(得物)の攻撃位である。

 

「凪沙の刀じゃ、少し不利かも」

 

 まあ確かに、今の戦闘で刃が欠けてきている。 神通力が宿ってるとはいえ、物理消耗がある刀は不利なのは間違えない。

 凪沙は刀を異空間に仕舞い、呪文を唱える。

 

「――天を統べる青き龍よ。 我の矛になる為、我に力を与えたまえ。 汝、我を導き槍となれ。――稲妻の神槍(ライトニング・スピア)

 

 凪沙が両手で握るのは、青龍そのもの(・・・・・・)が武器となった槍。 この稲妻の槍は、数万ボルトの稲妻により形成されているので、宿主以外の者が触れると身を焦がす。しかも、稲妻は天然ものなので魔力無効化の能力を受ける心配もない。 そう、物理攻撃に適した槍なのだ。

 凪沙は右手を掲げ、眷獣を召喚させる。

 

「――おいで、白虎! 玄武!」

 

 凪沙の傍らに召喚されたのは、純白の白い虎。 亀の甲に蛇が巻き付いている神獣。

 そして悠斗が、右手を突き出す。

 

「――降臨せよ、麒麟!」

 

 悠斗が傍らに召喚したのは、黄金の縦髪を靡かせる神獣である。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「二人は、四聖獣の玄武と白虎をお願い!」

 

 凪沙の問いに答えるように、白虎と玄武は咆哮し、玄武は“四聖獣の玄武”の足を止める為突撃し、白虎も“四聖獣の白虎”の次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)を無効化するように突撃して爪と爪が衝突し金属音を奏る。……もはや、怪獣映画のような惨状だ。 それでも、絃神島周囲に凪沙が結界を張ってくれたので、沈没する。という心配はないのだが。

 残るは、“四聖獣の朱雀と青龍”。 朱雀に対峙するのは凪沙で、青龍に対峙するのは悠斗である。

 そして、空を断ち切るように“四聖獣の朱雀”から鋭い爪が振り下ろされ、

 

「――っ!」

 

 凪沙は槍でそれを受け止め、爪を弾き返し、隙を作った所で背後へ飛んだ。

 今の一撃はかなり重い。 眷獣の武器ではなかったら押し潰されていただろう。 今の衝撃で額に切り傷が入り、一筋の血液が流れる。

 それを見た悠斗は、声を張り上げる。

 

「凪沙ッ!」

 

 凪沙は額を袖で拭い、

 

「だ、大丈夫。 掠り傷だよ」

 

 そうか。と、悠斗は安堵し、

 

「麒麟! 四聖獣の朱雀の足止めを頼む!」

 

 麒麟は一鳴きし、“四聖獣の朱雀”に息吹の攻撃を仕掛けるが、流石守護の化身と言うべきか“麒麟”の攻撃は寸前の所で阻まれている。 そして、“四聖獣の青龍”が襲ってきそうな所を、“黄龍”が足止めをしてる状況だ。 正に、同力の衝突と言ってもいいだろう。

 

「……凪沙。 一か八か、やってみるか?」

 

 確かに、全快の悠斗たちの“宝剣”や“雷槍”の力を上乗せすれば、四聖獣たちを押し退ける事ができただろうが、大量の眷獣を相手にした後で今の戦闘だ。 体力と精神力の消耗が凄まじい。

 

「……わかった。 自信はないけど」

 

「……いや、そこは『自信がある』だろう。……まあ、俺も自信なさげの言葉だったかも知れんが」

 

 悠斗は両手で宝剣を握り締め、宝剣に神力を流し込み、凪沙も雷槍に魔力を込めていくと、“宝剣”は蒼く発光し“雷槍”は稲妻が勢いを増す。

 

「はッ!」

 

「行っけ――!」

 

 悠斗の宝剣からは一つの槍を形成し、雷槍からは電撃の塊が四聖獣たちの元に飛来するが、それは跡形も無く消え去る。 四聖獣の玄武の常時無効化能力だ。 

 

「……今思うと、玄武の力ってチート染みてるんだな」

 

 まあ確かに、今の眷獣たちも物理攻撃しか届かない。

 

「……うん。 今のは反則だよ」

 

 そして、“四聖獣の白虎”と白虎の均衡が崩れ、白虎は次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)によって切り裂かれ消滅し、玄武も“四聖獣の玄武”に押され気味だ。

 こうなったら、最終手段か?と、凪沙と悠斗が思考していた時、――後方から声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「全てを食らい尽くす、漆黒の大蛇よ。 我を守護し、我の声に応え降臨せよ!――八岐大蛇(ヤマタノオロチ)!」

 

 すると、蛇の八つの頭が、“四聖獣の青龍”と“四聖獣の朱雀”を押し退ける。そしてこの眷獣は、夜光美月(やこう みつき)が行使する眷獣だ。

 ということは、奴も居るはずだ。

 

()い――暴君の神龍(ウロボロス)!」

 

 悠斗の背後で、漆黒の龍を召喚したのは夜神蓮夜(やがみ れんや)である。

 

「――暴食者!」

 

 飛翔した暴君の神龍(ウロボロス)は、“四聖獣の玄武”の体半分を食い千切った。――次元捕食(ディメンジョン・イーター)だ。 この能力は、第四真祖の眷獣、“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”と同等なものと見ていいだろう。 四聖獣の玄武は、体の半分を食われて戦闘不能状態であるが、魔力無効化能力は継続中である。

 そして、美月が凪沙の隣に、蓮夜が悠斗の隣に立つ。 それから数秒後、力を使い果たした玄武は消滅し、暴君の神龍(ウロボロス)は蓮夜の傍らに着地する。

 

「派手にやられてるな」

 

「……コイツ(四聖獣)らの“前座”で消耗しすぎただけだ。 お前の助けがなくても、何とかなった」

 

 蓮夜は「ふん」と鼻で笑い、

 

「水を差して悪かったな。 ところで神代悠斗、お前のその剣は何だ?」

 

 蓮夜が見ているのは、悠斗が携える“鏡花水月”だ。

 

「あ、ああ。 天剣一族に代々伝わる宝剣だ。 俺の“切り札だった”ものだ」

 

「まあそうか。 オレに見られた以上、切り札じゃないって事か」

 

「ま、そういう事だ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 凪沙の隣に立った美月は、凪沙の顔を覗き込む。

 

「凪沙、大丈夫?」

 

「な、何とか。 助けに来てくれてありがとう」

 

 美月は頭を振り、

 

「ううん。 友達だから当然だよ」

 

 そう、美月は神力を感じ取り、凪沙の救援に来たのだ。……あれだ、悠斗はオマケみたいなものである。 まあ、今後どうなるかは不明だが。

 そして、美月の傍らに立つのは、八つの頭がうねうねと動き、八本の尾を持つ巨大な蛇、八岐大蛇(ヤマタノオロチ)だ。

 

「――いくよ、凪沙」

 

「――いつでも、美月ちゃん」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「今の戦闘で解ったと思うが、あいつらの動力源は絃神島の“龍脈”だ」

 

 蓮夜の言う通り、それは戦闘不能状態になった“四聖獣の玄武”が現していた。

 そう、先方の蓮夜の攻撃は、“四聖獣の玄武”が吸い取る龍脈の“(コア)”ごと空間を食ったので、現状を作る事ができたのだ。

 

「ああ。“(コア)”を潰せばいいんだな」

 

「そうだ、不意打ちはもう効かない。 オレと美月で四聖獣の白虎を止める、次元切断(ディメンジョン・セェヴァル)は面倒な相手だからな。 神代悠斗は、四聖獣の青龍を頼んだ。 朱雀は、暁凪沙が何とかするはずだ」

 

 ああ。と、悠斗は頷く。

 

「――行くぞ」

 

「――了解」

 

 悠斗は“縦髪を靡かせる麒麟”は引き連れ、四聖獣の青龍の元へ、蓮夜と美月は“八岐大蛇(ヤマタノオロチ)”、“暴君の神龍(ウロボロス)“を連れ、四聖獣の白虎の元へ、凪沙は“黄金の龍(黄龍)”を連れ四聖獣の朱雀の元へ向かったのだった。

 後は簡単な作業だ、眷獣たちが物理的に“四聖獣たち”の動きを止め“(コア)”を剥き出しにし、悠斗は宝剣で、凪沙は雷槍で、蓮夜たちは眷獣で、それを破壊するだけだ。“(コア)”が破壊され、龍脈の根源が消失した四聖獣たちは動きを止め煙のように消え去り、完全に“タルタロスの薔薇”は機能を停止(消滅)したのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 一方その頃、ディセンバー探索に向かっていた古城たちは、巨大傀儡(ストーンゴーレム)の相手をしていた。 そして、窮地に陥りされそうになった時、救援に駆け付けたのは八卦封陣を内部から解析した“舞威媛である、煌坂紗矢華と斐川志緒”。“剣巫である羽波唯里”だ。

 

「暁古城! 術者を見つけたわ! 三時の方向、距離六千二百!」

 

 紗矢華が、“六式重装降魔弓(煌華麟)”の呪矢を再装填しながら古城に向かって叫んだ。

 その隣では、斐川志緒が“六式降魔弓・改(フライクーゲル・プラス)”を構え、連続して呪矢を巨大傀儡(ストーンゴーレム)に向かって放ち、召喚される巨大傀儡(ストーンゴーレム)たちを消滅せ、羽波唯理が“六式降魔剣・改(ローゼンカヴェリエ・プラス)”で空間ごと切り裂く。そこから数メートル先では、古城が“獅子の黄金(レグルス・アウルム)”で巨大傀儡(ストーンゴーレム)を吹き飛ばし、雪菜が“雪霞狼”で切り裂く。

 

「――距離六千二百?」

 

 古城は、紗矢華の言葉を受け眉を寄せる。

 そこにあるのは、海上に僅かに残された土地だけだ。 島の半分以上は海中に沈んでおり、三日月型のような歪な形をしてる場所。 壊れかけたビルだけが立ち並んでいるその場所は、人工管理公社からも見放されている廃墟だ。

 

「――人工島・旧南東地区(アイランド・オールドサウスイースト)……廃墟区間か!……すぐ向かわねぇと!」

 

「でも、暁古城! この状況はどうするのよ?」

 

 紗矢華がそう古城に言う。

 確かに今の状況は、巨大傀儡(ストーンゴーレム)に囲まれて身動きが取れない状況だが、古城と雪菜は苦笑した。

 

「いえ、龍脈が徐々に切り離されていくのを感じます」

 

「ホント、自力で“薔薇”を破壊するとかチート染みてるぞ」

 

 直後、巨大傀儡(ストーンゴーレム)は煙のように姿を消した。

 ともあれ、“薔薇”を破壊できたのは、悠斗たちだけの力ではない。 蓮夜たちの力が有ってからこそだ。 でもまあ、古城はまだこの事を知らないので、蓮夜たちを数に入れていないのは仕方ない。

 そして雪菜は古城の隣に立ち、古城は眷獣召喚を解いた。

 

「行きましょう、先輩」

 

「ああ。 グレンダ、まだ飛べるか?」

 

 グレンダは「だぁ!」と謎のガッツポーズを取りながら頷いた。

 

「唯里さんたちは待っててくれ。 消耗が激しいだろ」

 

 確かに、今の戦闘で呪力をほぼ使い果たしてしまい、走るのがやっとの状態だ。 現状でついていっても、戦闘の邪魔になるのは確かだろう。

 紗矢華は古城を睨み、

 

「暁古城。 雪菜に何かあったら許さないから」

 

「ああ。 その時は呪い殺してくれて構わないぜ」

 

 するとグレンダは、着ていた服を脱ぎ捨て、出現した鋼色の龍族(ドラゴン)が古城たちを背に乗せて空へと舞い上がって行った――。




“薔薇”をどうにかしちゃうとか、悠斗くんたちはチート過ぎますね。四聖獣も原作よりかなり強く設定しましたからね(笑)
ちなみに、玄武の重量等は張った結界でなんとかなってます。

次回も頑張って更新します。では、また次回m(__)m

追記。
悠斗君の宝剣は、物理消耗とかそういうのには例外です。天然ものの、神格振動波が宿っていますからね。


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タルタロスの薔薇 Ⅶ

ひ、久しぶりの投稿です……。覚えてる人いるかな(^_^;)
てか、戦闘描写、難しすぎです……。


 その場所は、嘗て多くの人々で賑わっていた商業施設であり、無人の廃墟となっても、残されたポップな装飾やカラフルなワゴンが愉しげな雰囲気の名残を留めている。 そして今、この広場にいるのはディセンバーとラーンだ。

 広場の片隅には、ゴミが積み上げられ動かなくなった建設機器や自動車の部品。 テレビや冷蔵庫などの家電製品。 これらは、人工島(アイランド)旧南東地区(オールドサイスイースト)が廃棄された直前に、心の無い人々が不法に投棄したものだ。

 その廃棄物の中に紛れて、真新しい発電機と通信機、防水処理が施された大型のコンピューターが稼働していた。 ディセンバーたちはこれを事前に持ち込んで、粗大ゴミの下に隠していた代物だ。 コンピューターに繋がるネットワークケーブルの一部は、ラーンが首に巻き付けたマフラーの下から伸びている。

 

「”カインの巫女”がキーストーンゲートに入り、プログラム“タルタロスの薔薇”破壊。 魔族登録証四千八百個の反応ロスト」

 

 コートを着たラーンが、膝を立てて地面に座ったまま呟く。

 ラーンは、首と背中のコネクタを経由して、脳を、絃神島のネットワークに接続する事ができる。 その結果、ラーンは絃神島全体を見渡せるハッキング能力(介入能力)を手に入れた。 魔族登録証のハッキングも、彼女だから成し遂げる事ができたのだ。

 しかし、カインの巫女である藍羽浅葱、神代悠斗(暁凪沙)八神蓮夜(夜光美月)は、そのラーンの“性能”をも上回る。

 

「そっか……」

 

 ラーンの報告を聞きながら、ディセンバーは寂しげに微笑んだ。

 藍羽浅葱がキーストーンゲートに辿り着き、“タルタロスの薔薇”が破壊された事により、戦況は大きく変わりつつあった。 魔族登録証に感染させたウイルスが駆逐されるのも時間の問題であり、絃神島を破壊させる“四聖獣”は消え去ったのだ。

 

「ラーン、貴方は逃げて。後は、私だけで大丈夫だから」

 

 ディセンバーは、ラーンに呼びかける。

 

「ごめんなさい」

 

「ラーン?」

 

「逃げられない、離れたくない……気持ち……いい……」

 

 ネットワークに接続したまま、ラーンはうっとりと声を出す。 その姿に、ディセンバーは動揺した。 “巫女”がキーストーンゲートに入ったことで、“C”が活性化を始めたのだ。

 魔族登録証の制御を奪い返されただけでは無く、ネットワークを経由して“C”の意思がラーンを汚染し始めているのだ。

 

「駄目、ラーン! 相手は、絃神島を掌握してる化け物よ。 幾ら貴方でも、そんな膨大な情報に脳が耐えられるはずがない!」

 

 ディセンバーが、ラーンの肩を掴んで激しく揺さぶった。 しかしラーンは反応を見せず、青白い肌を薔薇色に染めて視線を彷徨わせている。

 

「これが……“C”の記憶……綺麗……あ……ああ……」

 

「ラーン! 接続を解除して、ラーン!」

 

 絶叫するディセンバーの掌が眩い火花と共に弾かれた。

 限界を超えて脳に流入してくる情報を処理しきれずに、ラーンの肉体が暴走を始めているのだ。

 

「ありがとう……ディセンバー……私……わかった……」

 

「待って、ラーン! 行っては駄目!」

 

 ディセンバーが、ラーンに接続されていたケーブルを強引に引き千切った。

 その瞬間、ラーンの肉体は激しく痙攣し、糸が切れたようにその場に倒れ込む。

 

「ごめんね、ラーン……大好きよ。 カーリ、ロギ……みんな……」

 

 苦悶を続けるラーンの体を、ディセンバーが横たえた。 乱れたマフラーをそっと巻き直し、優しく髪を撫でる。

 

「……ラーンの脳内にはね、常人の十六倍もの微細化された神経回路が張り巡らされているの。 そのことによって、彼女には戦略級コンピューター並みの情報処理が与えられた」

 

 誰に聞かせるという事もなく、ディセンバーが語り始める。

 

「生きた人間の脳が、膨大な情報を処理できるわけがない。 細胞の代謝だけで神経が焼き切れるわ。 だから彼女に与えられたのは、死霊魔術(ネクロマンシー)によって動く、死者としての肉体だったの。 彼女は謂わば、脳改造版フランケンシュタインの怪物、といったところね」

 

 ディセンバーは立ち上がって振り返る。 虹色に輝く彼女の金髪が、ふわりと風に煽られて広がり、炎のように輝く碧い瞳が一人の少年を映し出す。

 

「そんな彼女の生まれ故郷である“魔族特区”を滅ぼしたいと願うのは、可笑しいかしら。 君はどう思う、暁古城?」

 

「そう判断するのは、オレじゃない」

 

 古城は、迷いを断ち切るように静かに言った。

 寂れた広場に着地していたのは、翼を持つ鋼色の龍だ。 龍はこの廃墟に――第四真祖、暁古城を連れて来たのだ。

 

「確かにその子たちの怒りには、正当な理由があるかも知れない。 千賀の言っていたように、この島のせいで、大勢の犠牲者が生み出されるかも知れない」

 

 古城は、左右の拳を握り締め叫んだ。

 

「でもな、お前らが絃神島を破壊したいと思ってると同じ位、オレは……いや、オレたちは、絃神島で暮らしている人々護りたいと思ってるんだよ!」

 

 その筆頭は、凪沙と悠斗だろう。

 彼らにとって絃神島は、想いを通じ合わせ、人々と巡り合わせてくれた島なのだから。

 

「オレは、島の運命を託された!だからオレは、お前らを止めるぞ!タルタロス・ラプス!ここから先は、オレの戦争(ケンカ)だ!」

 

「私は認めない! そんな理屈――!」

 

 ディセンバーが、古城の言葉に抗うように絶叫した。

 彼女の背後には、眷獣の影が浮かび上がり、眷獣の瞳が放つ魔力が古城を捕らえ、古城の体がぐらりと揺れた。 これは、眷獣による精神攻撃だ。 古城の肉体だけではなく、第四真祖の眷獣までも支配しようとする強烈な意思。

 その圧倒的な支配力を断ち切ったのは、眩い銀光の一閃だった。

 

「いいえ、先輩。わたしたちの戦争(ケンカ)です」

 

 雪霞狼を構えた雪菜が、古城を庇うように前に立つ。

 雪霞狼は、ディセンバーの精神攻撃は、雪霞狼は無効化する事ができるのだ。

 

「くっ!」

 

 自らの不利を悟ったディセンバーが、不法放棄された廃棄物の中に手を伸ばし、それを合図に、廃棄物の中に仕込まれていた術式が軌道。

 地鳴りのような振動と共に、廃棄物の山が盛り上がり、多数の金属の残骸を纏った人型の巨人が出現する。 その数は、十五体にも及ぶ。 そしてこの傀儡(ゴーレム)たちは、千賀が法奇門で事前に仕込んだ石兵である。

 轟、と生命を持たないはずの傀儡(ゴーレム)が咆哮する。

 全身を金属の鎧で覆った石兵が、巨人に似合わぬ敏捷さで雪菜を襲おうとするが――、

 

「――炎月(えんげつ)

 

「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)

 

 黄龍の背に乗りながら、紅蓮の翼と氷結の翼を展開した凪沙と悠斗がそう呟き、紅い結界に包まれた傀儡(ゴーレム)たちは、結界内部に吹き荒れる吹雪によって凍らせられる。

 結界を解くと、凍らされた傀儡(ゴーレム)たちが氷の残骸となり崩れ落ち、黄龍は古城たちの付近に着陸し、悠斗と凪沙は黄龍の背から飛び下り、黄龍の召喚を解き古城と雪菜の隣に立つ。

 切り札を失ったディセンバーは呆然と立ち尽くすしかない。 さすがに、あの数を数秒で失うのは予想外過ぎる。

 

「終わりだ、ディセンバー」

 

 ディセンバーを冷たく睨んで、古城がそう言う。

 客観的に見て、ディセンバーの不利は決定的であるが、ディセンバーは吹っ切れたように微笑む。

 

「まだよ!“タルタロスの薔薇”が破壊されても、術式と微かな残り香は残っている。 私の仲間たちが紡いでくれた――絃神島を破壊する力は!」

 

 ディセンバーが放つ魔力が上空に舞い上がり術式が浮かび上がる。

 

疾く在れ(とくあれ)魔羯の瞳晶(ダビ・クリユタルス)――!」

 

 ディセンバーが、自らの眷獣を完全に解き放っていた。

 全長十メートルにも達する巨大な眷獣は、銀水晶の鱗を持つ美しい魚竜だ。 前足は半透明の翼であり、野羊(やぎ)に似た螺旋状の角が光り輝く水晶柱だ。

 その禍々しさ、大気を震わせる存在感、魔力の密度は、第四真祖の眷獣と同質なものだ。

 だが、不可解な事ではない。――ディセンバーの眷獣も、第四真祖の眷獣でもあるのだから。

 

「第四真祖の眷獣、か……。 それに『十番目の月』…………そういうことだったのか、十番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)、か」

 

 勢いを増す、ディセンバーの魔力に気圧されながら、古城は唸った。

 第四真祖の正体は、古の時代に“殺神兵器”として生み出された人工の吸血鬼だ。“聖殲”と呼ばれた戦争が終結し、役目を終えた第四真祖は封印された。

 そして、第四真祖を恐れた人々は、第四真祖の十二体の眷獣を、其々異なる場所に封印したのだ。

 眷獣を封印する為だけに造られた人工の吸血鬼――焔光の夜伯(カレイドブラッド)と名付けられた十二人の少女の中に。

 

「お前もアヴローラと同じ、第四真祖の封印体だったんだな、ディセンバー……」

 

「今更そんな事を聞くまでもないでしょ、暁古城。 君は、本当にわかってなかったのね。――まあ、悠斗はすぐにわかったらしいけど」

 

「悠斗と同じように見るのは止せ、オレは何も知らなかった人間だ」

 

 「そうかもね」と言って、クスッ、と悪戯っぽく微笑むディセンバー。

 そして古城は、ディセンバーの言葉を認めた。 第四真祖の復活の儀式“焔光の宴”で、古城の記憶の大部分を奪われている。 ディセンバーの正体に最後まで気づかなかったもの、“焔光の宴”が原因と言ってもいい。

 

「私は、十二番目(ドウデカトス)と違って、記憶も曖昧なくらい遠い昔に目覚めたの。 四十年くらい前に、タルタロス・ラプスの存在を知って、彼らの仲間として三つの“魔族特区”を滅ぼした。“焔光の宴”に関わらなかったのは、その頃、第三真祖と一緒に居たせい」

 

「第三真祖……ジャーダが、お前を匿っていたのか……」

 

「匿っていた……結果的にはそうなるわね。 お陰で、ラーンたちと再会できたわけだし」

 

 ディセンバーは、笑うように目を伏せた。

 彼女と六番目(ヘクトス)以外の封印体は、全て“焔光の宴”で消滅している。 この人工島(アイランド)旧南東地区(オールドサイスイースト)を滅ぼした“焔光の宴”によって――。

 

「私が解放されたのは、絃神島に行くと第三真祖に伝えたからよ。 君は、彼女に気に入られてるのね、暁古城。――それと、彼女が『紅蓮の織天使、あの時の屈辱は忘れもしない』と言ってたわ。 悠斗も厄介な人に気に入られてるのね」

 

 悠斗は顔を顰めた。

 

「ディセンバー――お前、体が……」

 

 少女に肉体は、金色の粒子に包まれて、さらさらと崩れ始めていた。

 通常の吸血鬼の霧化とは違う、彼女の存在そのものが消滅しようとしてる。

 

「私の肉体は“タルタロスの薔薇”と接続していたの。“タルタロスの薔薇”が存在してる限り消滅することはないけど、破壊されたら別。“薔薇”が無くなれば、私は器そのもの――この状態で封印を解けば、消滅するしかないわ」

 

 ディセンバーが晴れやかな表情で笑って、両腕を大きく開いた。

 

「私が封印していた――そして、私自身である『十番目』の眷獣“魔羯の瞳晶(ダビ・クリユタルス)”は、吸血鬼の持つ“魅了と複製”の能力を司る眷獣よ。 だから、封印を解いた私は、こんなこともできる」

 

 古城は絶句した。

 術式と魔力を培養として、 “四聖獣”たちを複製したのだ。 龍脈の力が付与してない分、本来のより力が劣っているが、絃神島の脅威になるのは間違いない。

 

「君たちが絃神島を護るというのなら、この私を倒して見せて。 それができたら、君たちの力が正しいと認めてあげる」

 

「待て、ディセンバー――!」

 

 制止しようとした古城の目の前で、ディセンバーの体は力尽きたように崩れ落ちる。

 そして動き出したのは、完成された術式から出現した“四聖獣”たちだ。 攻撃対象は古城たち――いや、絃神島そのものだ。 絃神島は“四聖獣”の攻撃を浴びたら一溜まりもないだろう。

 

「古城、お前は“四聖獣”を吹き飛ばせ。 絃神島の安全は俺たちが保証する」

 

 悠斗が「古城は前だけに集中しろよ」と呟くと、古城は「ああ」と頷く。

 

「凪沙、行くぞ」

 

「りょうかいだよ、悠君」

 

 悠斗と凪沙は紅蓮、氷結の翼を羽ばたかせ上昇する。

 ――今から行うことは、絃神島全体(・・・・・)を結界で包む、上空に展開するだけとは訳が違うのだ。 また、朱雀以外の四神では、絃神島を傷つけてしまのは目に見えている。

 なので、残る手段は一つ。――魔力を練り上げ、技を放つ。 だが、四神召喚は一時的に不能になる。

 ともあれ、悠斗は左手を掲げ、言葉を紡ぐ。

 

「我を護る妖姫よ、我との結びを解放する――――降臨せよ、妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)

 

 妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)は具現化され、悠斗の蒼い瞳、翼は消滅し、変わりに、悠斗は妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)の肩に乗るように、その場に立つ。

 

「凪沙も、妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)の肩に」

 

 凪沙は「うん」と頷き、妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)の肩に着地し、左手を掲げ言葉を紡ぐ。

 

「我を護る不死鳥よ。 我との結びを解放する――――おいで、朱雀」

 

 凪沙も融合を解き、紅い瞳、翼が消滅し、黒色に戻る。 変わりに、朱雀が隣に召喚される。

 悠斗と凪沙は魔力を解放。 朱雀も一鳴きし、力を溜める。

 

「「――炎月(えんげつ)!」」

 

 悠斗たちと朱雀の魔力が一つに合わさり、絃神島全体を紅い結界で覆い尽くす。

 絃神島を破壊する為、“四聖獣”たちは島に攻撃するが、攻撃は結界に弾き落とさせ、古城は隙を逃さず反撃。 また、自身の周囲にも結界を展開させてる為、攻撃が流れて直撃しても問題ないのだ。

 悠斗と凪沙はかなりの疲労感に襲われるが、朱音と妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)の力を借り、如何にか持ち堪える事に成功。 ともあれ、現状を把握する為に下を見下ろす。

 

「……夜摩の黒剣(キファ・アーテル)以外の眷獣召喚、雪霞狼はやりすぎじゃないか」

 

「……双角の深緋(アルナスル・ミニウム)獅子の黄金(レグルス・アウルム)だけで十分だと思うよ」

 

 でもまあ、“四聖獣”を吹き飛ばせ。と言ったのは悠斗だ。 古城の判断は強ち間違っていないのだ。

 最後に、獅子の黄金(レグルス・アウルム)が“四聖獣”を消し飛ばした所で決着がついた。 そんな中、周囲に展開した結界を解いてから妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)は降下し、悠斗と凪沙は飛び下り地面に着地する。

 金色の霧に包まれたディセンバーは「……あの子だけじゃなく、十二番目の眷獣も君たちの中に居るとはね」と呟いてから儚げに微笑み、古城はゆっくりと歩き出す。

 

「君たちの勝ちだね……古城。――最後にお願いがあるんだ。 あの子たちを、ちゃんとした研究施設に連れて行ってあげて欲しい。 あの子たちはこのままじゃ、そう長く生きられないから……」

 

「わかった。約束する」

 

 改めて言われるまでもないと、古城は頷く。 彼らをこのまま死ねせる訳にはいかない。

 酷かもしれないが、彼らは多くの罪を犯した。 その罪を償った上で、もう一度機会を与えるのだ。 魔族と虐げられてきた、彼ら幸せに生きる機会を。

 絃神島でなら、それができるはずだ。 この島は“魔族特区”で、不確定要素(イレギュラー)も受け入れているのだから。

 

「私は、君たちの正しいと認めてあげる。 だから、古城には『十番目』の眷獣の力、悠斗には私の知識を――」

 

 ディセンバーは「悠斗もこっちにおいで」と促し、悠斗は頷くと歩き始める。 古城の腕の中にいる少女の元まで。

 

「……ディセンバー……オレは、そんなもの……」

 

 古城が戦ったのは、絃神島を護る為。

 ディセンバーの力を奪う為でも、消滅を望んでいた訳でもない。――だけど悠斗は、

 

「古城、ディセンバーの最後の頼みだ。 お前は、彼女の想いを受け継いでやれ」

 

「ふふ。 悠斗は何でもお見通しなのかな。――古城、私の想いを受け取って。 虫がいい話だけど、これが私にできる罪の償いかた」

 

 古城は頷き、

 

「……お前の想いを受け継ぐ。 だが、お前はオレの中で生きるんだぞ、罪を完全に償うまで死ぬことは許さない、いいな?」

 

 「わかったよ」とディセンバーは苦笑した。

 

「悠斗は、私の手を握って。 私の知ってること、これからのことを託すね。 君なら、正しく扱えるはずだから」

 

 悠斗は「ああ」と頷き、ディセンバーの左手を握ると様々な情報が脳内に流れ込む。 これは、ディセンバーが経験した()想い(・・)だ。

 

「古城、そんな哀しそうな顔をしなくても大丈夫。 私は、君の傍にいるんだから。……悠斗も、凪沙と幸せな人生を歩んでね」

 

 完全に金色の霧に変わったディセンバーが、古城の腕の中から姿を消していった。

 その時に、

 

『――私たちは、君たちの傍に』

 

 幻聴なのかもしれないが、ディセンバーが意識を薄れさせていく中、悠斗と古城はそう聞こえた。

 そして、悠斗と古城が、焔光の夜伯(カレイドブラッド)と呼ばれる少女を見送ったのは二度目。 その光景を見たことがある凪沙はもどかしくなり、雪菜は、過去と現在を噛み締めている背中に掛ける言葉が見つからず、見つめるしかできなかった――。




次回で、タルタロスの薔薇は終わりかな。ちなみに、蓮夜君と美月ちゃんは、次回登場する予定です。

では、次回もよろしく(@^^)/~~~

追記。
朱音の魂と妖姫の蒼氷(アレルシャ・グラキエス)は、個々で存在してます。後、複製の四聖獣は、“薔薇”の時とは比べるとかなり弱体化してます。


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タルタロスの薔薇 Ⅷ

覚えてる人いるかなぁ。


 古城たちの戦闘の結果の報告を耳にしながら、那月は単独で“タルタロス・ラプス”の構成員である、千賀毅人を追い掛けていた。

 那月が空間転移で千賀毅人の元へ到着した時には、全てが終わっていた。――そう、千賀毅人は血塗れで倒れていたのだ。

 苦しげな呼吸を続ける千賀毅人の全身には、無数の殺傷と刺傷があり、その多くは内臓まで達しており、出血量も危険域を超えている。 まだ意識があるのが不思議な位の致命傷だ。

 

「やあ那月……。 やはり私を追っていたのか……」

 

 そう言って、千賀が那月を見上げて呟いた。

 そんな千賀を見て、那月は表情を変えないまま、

 

「誰にやられた?」

 

 だが、キーストーンゲートの最下層を訪れた時点で、千賀が実行しようとした事は解っている。

 問題なのは、千賀をこの場で倒した者がいる。という事実だ。

 

「それを聞いて、今のお前に何ができる?」

 

 千賀が愉快そうに笑う。

 千賀が言いたいことが那月には解った。 それは、那月が手出しできない存在――即ち、魔族特区の為政者側の人間なのだ。

 なので千賀は名前を伏せ、那月を苦しめない為にもこの場で引き返すべきだと判断したのだ。

 

「言いたいことはわかっているつもりだ。だが、私の教え子が指をくわえて見てるのが想像できんがな」

 

「……第四真祖に紅蓮の織天使、か」

 

「ああ。 奴らがその気になれば、絃神島の政界の人間は一掃されるだろうな」

 

 でもそうなれば、古城たちが高校生として生活することは叶わなくなるだろう。

 そう、絃神島(夜の帝国)を管轄する第四の王とならなければいけないのだ。

 だが那月は、古城たちを利用する形になるのは望まない。 なので那月は、古城たちを巻き込まない道を模索すると決めている。

 

「待っていろ、すぐに病院に運んでやる」

 

「構うな。 もう必要ない」

 

 千賀が那月の申し出を断る。

 そう、魔族特区の医療技術をもってしても、彼は助からないだろう。 千賀自身、それは承知済みなのだ。

 

「そうか。――それと、十番目(デカトス)以外のタルタロス・ラプスの構成員は確保した。 全員重傷だが、命に別状はない」

 

「ああ」

 

 那月が告げた情報を聞いて、千賀が安堵の表情を浮かべた。

 

「では、すまないが彼らを頼む。 わかっているだろうが、あいつらはオレに道具として利用されていただけだ。 彼女らには罪はない」

 

「貴様の証言として伝えておこう」

 

 那月が事務的な口調でそう言うと、千賀は、それでいい。と頷いた。

 この先のタルタロス・ラプスの裁判において、千賀の証言は生き残った構成員たちに有利に働くだろう。 仲間たちに対する千賀の思いが、真実であるかどうかは別として。

 

「十五年前――お前がたった一人で復讐を終わらせて、オレたちの前から消えた時には、失望したよ。 だが、今にして思えば、正しかったのはお前の方だったな」

 

 千賀が懐かしげな表情で呟く。

 そして、咳き込む千賀の口元からは、血の塊が零れ落ちる。

 

「オレはガキ共に人殺しの技術を教えることで、あいつらに依存していたんだ。 共依存というやつか。 お前はそれに気付いたんだな、那月。――そしてその後、お前は紅蓮の小僧と出会い、変わった」

 

「ふん。 織天使との出会いは偶然が重なっただけだ。……だがまあ、その後の絃神島のいざこざでは共闘もしたが」

 

 特に、昔に起きた“闇の書”事件では、共に戦場を駆け、魔導犯罪人を監獄結界に放り投げたのは、那月の記憶に焼き付いている。

 

「……そうか。 それがお前の人生の転期になった、と言っても過言じゃないってことか」

 

 千賀がジャケットの襟の裏から小さなチップを取り出す。 それは、データ保存用のマイクロメモリだ。

 血塗れの千賀は、震える指先で、それを那月に手渡す。

 

「お前の教え子たちは、自らの意思で絃神島を護ることを選んだ。……その判断は愚かだが、オレには眩しい。 那月、お前は良い生徒に恵まれたようだ」

 

 那月は「そうだな」と頷いた。

 

「……千賀毅人、このチップは何だ?」

 

「勝者には戦利品があって然るべきだろう? その中身をどう使うかは、お前が決めろ」

 

 そう言ってから、千賀は静かに目を閉じた。

 その口元には微笑が浮かんでいた。

 

「負けたはずなのに、悪くない気分だ。……オレを止めたのが、お前たちでよかった……」

 

 千賀の体から力が抜け、那月はそれを無表情で眺めていた。

 

「さよなら、先生」

 

 空間を波紋のように揺らし、那月がこの場から消えた。

 薄暗い無人の通路には、血溜まりの痕跡だけが残されていた――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 廃棄地区に居る古城たちを回収しに来たのは、特区警備隊(アイランド・ガード)の警備艇だった。 紗矢華たちが獅子王機関経由で手を回してくれたのだ。

 最初ははしゃいでいたグレンダも、雪菜の膝枕で眠っている。 文字通りグレンダは、中央広場と廃墟地区を休まずに飛んだのだ、彼女が疲れて眠ってしまうのも無理もない。

 また、悠斗と凪沙も特区警備隊(アイランド・ガード)の厚意に甘えることにしたのだ。

 

「やれやれ……ようやく戻って来れたか」

 

 船から降りた古城が、絃神島全体を見渡し気怠く呟いた。

 四聖獣(薔薇)が消滅して三時間程経過し、街は落ち着きを取り戻してる。

 建物の被害は甚大だが、奇跡的に負傷者の数は少ない。 やはり、短期決戦で薔薇を破壊できたのが大きい要因だろう。

 古城の呟きに促されるように、悠斗、凪沙と船から降り、両手を上げ体を伸ばす。

 

「ああ、やっと終わったな」

 

 悠斗は「もう面倒事は勘弁して欲しいけど」と内心で呟く。

 だが、強力な力を持つ者の元には、完全な平穏が訪れることは無い、かも知れない。――強者の力が、戦争に利用される可能性がある限りは。

 

「凪沙も疲れた、かも」

 

 凪沙もそう呟いた。

 そして拘束具付きの担架に乗せられ、ラーンが特区警備隊に運び出される。

 だが彼女は今も眠り続けている。 肉体そのものに異常はなく、夢を見続けている状態なのだ。 おそらく、ネットワーク越しに接触した膨大な“情報”が原因だろう。

 

「あいつら、これからどうなるんだろうな?」

 

 目を閉じたままのラーンを見送って、古城は長い溜息を吐く。

 そう。 タルタロス・ラプスは、自らの意思で絃神島を破壊しようとしたのだ。 逆らえない相手に利用されていた、アスタルテや優真とは根本的に違うのだ。

 ましてや、タルタロス・ラプスは国際指名手配の重罪人。 そして、未登録魔族でもある。 最悪、永遠の牢獄である“監獄結界”に永久隔離される可能性もあるのだ。

 

「その辺は那月に任せるしかないな。 国際問題関係は、真祖や織天使(姫巫女)は専門外だぞ」

 

 人任せになってしまうが、学生の古城たちにはどうすることも出来ないのも事実である。……だがまあ、古城たちが絃神島を夜の帝王(ドミニオン)と認定し島の管理者になれば話は別だが。

 そして、国境の破壊、世界の破壊となれば、真祖や織天使(姫巫女)は大いに関わってくるだろう。 おそらく、戦争の前線に立つ機会も出てくるはずだ。

 雪菜が、グレンダを抱きながら船から降りると口を開いた。

 

「神代先輩の言う通りですが、彼女たちには情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地はあると思います」

 

 雪菜は、「ですが、罪は消えることはありませんが」と真面目な口調で付け加えた。

 

「それに、絃神島の全住民が証人です。 “イロワーズ魔族特区”の時とは違いますから」

 

「……事件を揉み消したり、一方的に処分できないってことか」

 

「はい」

 

 古城の呟きに雪菜が頷く。

 人工島管理公社といえども、彼女たちを勝手に裁くことはできないのだ。 ましてや、彼女たちが暗殺される、と言ったことにも起こらないだろう。

 ディセンバーとの約束は、取り敢えずは守る事ができそうだ。

 そう雪菜に保証されて、古城は一先ず胸を落ち着けさせることができた。

 

「悪い古城、俺たちは一足先にお暇するな」

 

「ごめんね、古城君」

 

 悠斗と凪沙は申し訳なさそうに呟く。

 ちなみに、この場所からアイランド・サウス七〇三号室まで数十キロあるが、悠斗と凪沙には数分で帰路に着ける手段があるのだ。

 そして古城は頭を振る。

 

「ああ、今回も助かった。後は任せてくれ」

 

 古城がそう言うと、悠斗が「悪いな」と呟く。

 悠斗と凪沙は詠唱を唱える。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。 我の翼となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱雀」

 

「――氷結を司る妖姫よ。 我を導き、守護と化せ!――来い、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 朱雀は融合した凪沙の背部からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じり、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)と融合した悠斗の瞳には蒼が入り混じり、背から二対四枚の氷結の翼が出現した。

 

 ――若干回復した悠斗と凪沙が出した結論は、早く帰る為に守護の翼を羽ばたかせ、帰路に着く、である。

 

 こんなことで呼び出される眷獣たちは呆れるだろうが、早く帰路に着きたい悠斗と凪沙は、「今だけは目を瞑って下さい」と懇願する。

 ともあれ、一時的にだが“タルタロスの薔薇”事件は幕を閉じたのだった――。




これでこの章は完結ですね。
今回の話で美月ちゃんたちを出すと言いましたが、あれは嘘だ。……いや、出すタイミングが無くてですね(-_-;)
まあ、次回(幕間)に美月ちゃんを出すことは確定なのですが、蓮夜君は次章になりそうです。

ではでは、また次回(*・ω・)ノ
宜しければ、感想もよろしくお願いしますm(__)m


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日常編
永遠の友


連投ができました。
今回はメインは凪沙ちゃんと美月ちゃんですね。


 ~数週間後~。

 

 現在、凪沙は最寄駅付近で待ち合わせをしていた。

 凪沙たちは美月たちに絃神島を案内することになったのだが、“タルタロスの薔薇”の事件があり、案内が出来なかったので改めて予定を組んだのだ。

 だが、蓮夜と悠斗はこの場に居ない。 二人は「女の子だけで回った方が、何かと都合がいいはずだ」と言って、今日は別行動である。

 

「凪沙ちゃん、お待たせ」

 

 そう言ったのは、小走りで待ち合わせ場所に到着した美月だ。

 彼女は、可愛らしいワンピースの上に紫を基調とした薄めの上着を羽織り、白のショルダーバックを肩に掛けるといった可愛らしい格好である。

 対する凪沙も、白を基調にしたワンピースに麦わら帽子、茶色のショールダーバックを肩に掛けるという格好だ。――そして凪沙と美月は顔立ち、雰囲気も似ている為姉妹に見える。

 

「あ、美月ちゃん」

 

 そう言って凪沙が微笑むと、それを見た美月も顔を綻ばせる。

 美月は、凪沙の元まで歩み寄り、

 

「今日は予定を組んでくれてありがとう、凪沙ちゃん」

 

「うん。 絃神島を案内するって約束だもんね、こちらこそ色々と遅れてごめんね」

 

 まあ確かに、絃神島は人工島(フロート)の修復やこれからの事などでゴタゴタしていたのだ。

 ともあれ、凪沙が「逸れないように手を繋いで行こっか」と言って、美月の手を握り、美月は、うんっ。と笑みを浮かべる。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 凪沙たちが駅からモノレールに乗り訪れた場所はショッピングモールだ。

 このショッピングモールの内部は、雑貨店やレストラン、服屋にゲームセンターなどが整っており、絃神島で、一、二を争う有名ショッピングモールでもある。

 それから、凪沙たちはショッピングモールのパンフレッドを入手し、パンフレッドを見ながら目的の場所へ歩き出す。 凪沙たちが最初に訪れた場所は雑貨店だ。 この雑貨店は品揃えが豊富なので、絃神島住人からの評価は高い場所だ。

 

「わあ。 綺麗なシュシュだね」

 

 凪沙は棚に陳列されたシュシュを見ながらそう呟いた。

 その中でも、黄色のシュシュが印象的だ。

 

「うん。 きっと凪沙ちゃんに似合うと思う」

 

「美月ちゃんも似合うと思うけどなぁ」

 

 凪沙は閃いたように、右手を握り左手に掌を打つ。

 

「美月ちゃん、お揃いしない?」

 

「賛成っ。 さすが凪沙ちゃん」

 

 美月は、シュシュの中から紫色が目に止まった。

 そして、これにしよう。と決める。

 

「私は紫色かな。 凪沙ちゃんは?」

 

「私は黄色、かな」

 

 そう言ってから、凪沙たちは各々のシュシュを手に取り会計場所へと向かい、凪沙が会計場所でお金を払う。 ちなみに、凪沙の手持ち金は百万円ほどある。

 凪沙が「お買い物に行くかも」と悠斗に言った所、悠斗は「軍資金だ」と言って、ぽんと百万円を手渡してくれたのだ。――ちなみに、悠斗の口座資金は数億単位だったりする。……まあ命懸けで稼いだ金なので那月(凪沙)以外は知らないが。

 ともあれ、シュシュを購入した凪沙たちは、長い黒髪をサイドポニーになるように結んだ。

 

「どうかな、凪沙ちゃん?」

 

「似合ってるよっ。 私はどうかな?」

 

「うん、可愛い。 悠斗君はいいお嫁さんを貰ったなぁ」

 

「ま、まだ結婚はしてないよぉ」

 

 凪沙は顔を朱色に染める。

 でも確かに、凪沙は紅蓮の織天使の血の従者ということもあるので、二人が将来を共にするのは決まったも同然であるが――凪沙はまだ中学生、結婚には早い年齢だ。

 

「美月ちゃんも、将来は蓮夜君と共に歩むの?」

 

「うん。 私も蓮夜君が大好きだし、蓮夜君の血の従者だからね」

 

 凪沙も美月との交戦した際、美月が蓮夜の血の従者ということを薄々感じ取っていたが今確信に変わったのだった。

 なのでこの場には、真祖と変わらない存在が二人もいるのだ。

 

「そっか」

 

 凪沙はそう言って微笑んだ。

 凪沙が、じゃあ次は。と指差した店はランジェリーショップである。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 店に入ると、凪沙たちを見た店員は「いらっしゃいませ」と言って一礼をし、それから「お客さんも今は居ないから、ゆっくり選んでいってね」と声をかけられ、凪沙たちは「ゆっくり選ばせてもらいます」と言って一礼した。

 

「たくさん種類があるねー」

 

 凪沙が店内を歩き、その一角で止まりそう呟いた。

 店内には、赤、青、黄、緑と様々な色の下着に、各々の種類の下着が並んでいる。

 

「そうだね。――てか、下着には興味を示さないんだよね、蓮夜君」

 

「わかるよ美月ちゃんっ。 悠君も興味を示さないんだよねぇ。……やっぱり、下着は布認識なのかなぁ」

 

「……あれだよね、勝負下着の意味がないんだよね」

 

「そうそう、私たちは真剣に選んでるんだけどなぁ。 あと、一回だけ悠君の選んでもらったことがあるんだけど……意識してくれたのは最初だけだったよ」

 

「私も同じ経験があるけど、最初に褒めてくれただけだったよ……」

 

「だよねぇ」

 

 はあ、と溜息を吐く凪沙と美月。

 やはり共通の認識であるのか、悠斗たちの愚痴が絶えない凪沙たちである。

 

「でも下着は欲しいね。……最近、ブラが合わなくなってきちゃって」

 

「私も欲しいかも……最近、私もブラが合わないんだ」

 

「やっぱり、えっち後に大きくなった感じかな?」

 

「そんな感じがするなぁ」

 

 ある意味生々しい話をしながら、凪沙と美月は上下の下着(五着)を見繕い、会計に向かい、お金を払って店員から買い物袋に包んでもらい店を後にした。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ゲームセンターでゲームをした後、ペットショップを回った頃には時間も丁度良くなったので、凪沙たちは夕食を摂ることにした。 場所は、一階に並ぶパスタ店である。

 店に入り、店員に「何名様ですか?」と聞かれた所「二人です」と答えて、店員に促されるようにテーブル席で対面で着席し、買い物袋を隣に置く。

 それから、テーブルの上に用意してあったメニュー表を開き、注文品を決めると、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

 

「はい。 お伺いします」

 

「えっと、カルボナーラとホットコーヒーをお願いします」

 

「私はミートソースにホットコーヒーでお願いします」

 

「注文品は、お一つずつで宜しいでしょうか?」

 

 凪沙たちが「はい」と答えると、店員は「畏まりました」と言って、テーブル席から下がった。

 店員が下がった所で、凪沙が口を開く。

 

「美月ちゃんたちは、この後はどうするの?」

 

「もう暫くは絃神島に居るかも。 でも滞在が終わったら、また旅に出るかなぁ」

 

 凪沙は「そうなんだ」と呟いた。

 でも、離れたとしても凪沙と美月は友達に変わりはない。

 

「旅かぁ。 色々と落ち着いたら、私も悠君と旅に出て見たいなぁ」

 

 きっと悠斗は、凪沙のそれを断ることはないだろう。

 そして悠斗にとっての旅は、人生の歩みとも捉えることもできるのだ。

 

「悠斗君と旅に出るなら、一度天剣一族の名残を見る必要が出てくるかも。 まあ、一族の想いが残ってれば最高なんだけど」

 

「うん。 それはきっと必要なことなんだと思う」

 

 そして凪沙は、眷獣を通しその想いの力に干渉が出来たことがある。

 だがそれは、朱雀たちは本来悠斗の両親()が使役していたこと、凪沙が悠斗を愛している想いが重なったからこその現象である。

 なので、もし一族の想いが残っていたとしても、そこに干渉できるという保証はないのだ。

 それから軽く談笑していた所で、注文していた料理が運ばれて、凪沙たちの前に置かれ、凪沙たちは「いただきます」と言ってからフォークを使いパスタを口に運び咀嚼してから飲み込み口を開く。

 

「美味しいね、ここのパスタ」

 

「だね。 さすが、有名店って感じかも」

 

 そう言って食事を続けていたが、不意に凪沙が呟く。

 

「美月ちゃんのミートソース食べて見たいんだけど、いいかな?」

 

「ん、いいよ。 私も、凪沙ちゃんのカルボナーラを頂くね」

 

 そう言ってから、凪沙がフォークでミートソースを巻き、美月の口許へ持っていく。

 俗に言う、あーん。というやつだ。

 

「美月ちゃん、あーんして」

 

「あーん」

 

 凪沙にそう言われ、美月は口を開けカルボナーラを一口。

 美月はよく咀嚼して飲み込んでから、

 

「うん、美味しい」

 

 美月もそう言ってから、フォークでミートソースを巻き、凪沙の口許まで持っていく。

 

「凪沙ちゃん、あーん」

 

「ん、あーん」

 

 パクリと一口。

 凪沙もよく咀嚼してから飲み込んだ。

 

「うん、美味しい」

 

「ふふ、そっか」

 

 ともあれ、この後も時々食べさせ合いながら凪沙たちはパスタを完食した。

 食後のホットコーヒーを飲んだ所で席から立ち上がり、買い物袋を持った所で、会計を済ませ店を後にする。

 現在の時刻は夕陽が落ちる時間帯に差し掛かろうとしていた。 なので、ショッピングモールを出て駅付近に到着する頃には、夜に差し掛かる時間と言った所だろうか。

 

「帰ろっか、美月ちゃん。 遅くなり過ぎたら、悠君たちが心配するだろうし」

 

「だね、帰ろう」

 

 そう言ってから、凪沙と美月の手は繋がれる。

 今日という日は、絃神島を案内(観光)する日であり、凪沙たちが友達から親友になる日にもなるのだった。

 そして、“タルタロスの薔薇”の事件は完全に幕を閉じたのだった――。




百合百合してるなぁ。と思いながら執筆していた作者です。
やはり、親友(友達)同士仲がいいですねぇ。

それに、下着の件では描いているのが恥ずかしくなりました。
まあ、凪沙ちゃんと美月ちゃんは、B→Cって感じです。

ではでは次回(*・ω・)ノ
宜しければ、感想もよろしくお願いしますm(__)m


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黄金の日々
黄金の日々 Ⅰ


お久しぶりです。
……今までサボっていてスイマセン。作者は生存しています。失踪だけはしないので、お許し下さい。……まあ、不定期更新は変わらないかもですが。


『お聴きの放送局はJOMW――FM絃神。時刻は、午後三時三十分になりました。

 これからの時間は、島内で話題の人物や出来事にスポットを当てて紹介する“インサイト・イトガミコーナー“、本日もこちら、キーストーンゲート最上階、人工島第三スタジオがお送りしてまいります』

 

『さて、まだ記憶にも新しい“タルタロスの薔薇”事件。魔族特区破壊集団タルタロス・ラプスによる魔族登録証の大規模ハッキング攻撃から、ちょうど二週間が経過しましたね。

 事件による爪痕は絃神市内のあちこちに残されていますが、市街地の復旧作業は現在も急ピッチで進められています』

 

『開通の遅れていたモノレール還状線、本日から始発から通常通りの運行。航空機の一部は国際線を除いて全便運航を再開しました。湾岸道路も、一部区間を除いて、この週末には運行規制が解除されるということで、ホッとしている人も多いのでしょうか』

 

『その絃神島で、現在もっとも注目を浴びている人物は、そう、この方。

 タルタロス・ラプスのハッキングを阻止し、絃神島への被害を最小限に食い止めた、美少女天才ハッカー、“電子の女帝”こと藍羽浅葱さんです』

 

『藍羽浅葱さんは現在十六歳。絃神市内に通う現役女子高生なのですが、実は彼女、知る人知る天才プログラマーとして、ハッカーの世界じゃ有名人だったんですね。

 これまでにも数々の革命的なプログラムを発表して、付いた渾名が“電子の女帝”。あの日、タルタロス・ラプスの攻撃を逸早く察して、独断でハッキング妨害プログラムを制作。この結果、彼女の行動が、魔族特区破壊集団によるテロの脅威から、絃神島を救うことになったわけです』

 

『それだけでも凄い事なのですが、彼女を一躍有名にしたのは、芸能人顔負けのこのルックス。特に、事件直後に撮影された彼女のインタビュー動画は、奇跡の七秒間と呼ばれネットでは既に六百万回再生以上もされているそうです。本当に可愛らしい方で、学校の制服も良く似合ってますね』

 

『浅葱さんのお父様は、現職の絃神市評議議長、藍羽仙斎氏。浅葱さんご自身も、幼いころから絃神島にお住まいということで、以前から地元では美少女として有名だったとか。まさしく、魔族特区が誇るアイドルだったわけですね』

 

『そんな浅葱さんですが、現在は人工管理公社の依頼で、絃神島復旧の為に大規模プロジェクトに参加中とのこと。更には、事件による被害者支援の為の、慈善活動にも積極的に参加されています。来月には絃神島復興支援チャリティーソングを発売の予定。既にご本人が出演するテレビCMも撮影済みということで、どんな内容になるか楽しみですね』

 

『番組では、藍羽浅葱さんに対する応援メッセージ、そして彼女に関する情報をお待ちしております。浅葱さんの今後の活動リクエスト、あなたが街で見かけた浅葱さんの姿、あなただけが知っている彼女のプライベート情報など、番組ホームページよりどしどしお寄せ下さい』

 

『それでは、ここで一曲聞いていただきましょう。絃神島復興支援チャリティーソング“Save Our Sanctuary”のカップリングですね。藍羽浅葱さんで“片恋Parameter”』

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 深海の海。

 東京の南方三千三百十キロ付近の海上へと、一機の輸送機がゆっくり降下を始めていた。

 四基のターボファンエンジンを搭載した巨大な水上両用機だ。湖沼や海面などを利用しての発着が可能な、飛行艇である。

 全長・翼幅共に四十メートルを超え、民間所有の飛行艇にしては規格外だ。また、深紅に縁取りが施された機体が、月光に反射して銀色に輝いている。

 尾翼に描かれているのは、飛龍に牽引された戦車の紋章であり、戦王領域の飛行艇、ストリクス。

 高度を下げたストリクスは、カーボンファンバーと樹脂と金属と魔術によって造られた人工島の港に入ったストリクスを歓迎するかのように正面には、一隻の外洋船が停泊する。

 船のマストに掲げられている船籍旗にも、戦王領域の紋章が記されている。船の名称は、オシアナス・グレイブⅡ――戦王領域の大貴族にして、アルデアル公国領主ディミトリエ・ヴァトラーの私有船だ。

 その船を寄り添うようにして、ストリクスは停止し、機体上部のハッチが開きストリクスの翼の上に人影が現れる。

 浅黒い肌を持つ長身の男であり、身に纏う威厳と落ち着きは老獪な武将や政治家を思わせる。身に着けた古風なコートと長い黒髪が、見るからに実直で聡明な彼の風貌に良く似合っていた。

 そして、両船の主人である二人の『古き世代』の吸血鬼が互いに剣と蛇を交え、彼らなりの挨拶(殺し)を終わらせると、うんざりとした溜息と共に、黒髪の男が呼びかけた。

 

「……気は済んだか、蛇遣い?」

 

 その直後、彼の前に黄金の霧が舞い、砂のように虚空から零れ落ちる黄金の粒子が、青年の姿へ変わっていく。それは、鮮やかな純白のコートを着た、金髪碧眼の吸血鬼――ディミトリエ・ヴァトラーだ。

 

「せっかくの再開だと言うのにつれないじゃないか、ヴィレッシュ・アラダール?」

 

「オレは貴様のくだらない趣味に付き合う為に、こんな辺境の島国まで来たんじゃない」

 

 アラダールと呼ばれた黒髪の男が、ヴァトラーに冷たく言い放つ。

 ヴァトラーは彼の言葉を、満足げに目を細めて聞いていた。アラダールはヴァトラーの本気の攻撃をまともに受ける事が出来る数少ない対等の友人なのだ。

 だからこそヴァトラーは、彼に相応の礼儀を払う事は厭わない。出会い頭の攻撃は、ヴァトラー成りの敬意の挨拶なのだ。

 

「では、改めまして――ヴィレシュ・アラダール、戦王領域帝国議会議長殿。遥か遠方よりのご降臨賜りし、このヴァトラー、恐悦至極に存じます」

 

「嫌味のつもりか、ヴァトラー。全て貴様が仕込んだことだろうが。第四真祖にカインの巫女、おまけに今度は沼の龍(グレンダ)か。そして、知ってか知らずか解らないが、紅蓮の織天使、紅蓮の姫巫女、か。――よくもまあ、これだけ厄介な状況を揃えたものだな」

 

 本来であれば、そうならないようにするのが外交の立場で絃神島へ滞在しているヴァトラーの役目でもあるが、ヴァトラーの本質は元老院の任よりも、己の欲望を優先する性質。それは、過去と現在も変わる事はない。

 強者との死闘。そして、戦争。

 ある意味、最も吸血鬼らしく狂っているのが、ディミトリエ・ヴァトラーという吸血鬼なのだ。

 

「それは失敬した、アラダール。だけど君がこの島に来たという事は、議会の元老たちもようやく乗り気になってくれたと思っていいのかな?」

 

「彼らとて見過ごすわけにはいかないだろうさ。“棺桶(コフィン)”の開放を知らさせてな」

 

 それに、とアラダールは溜息混じりで頭上を見上げた。

 クルーズ船の甲板に、小柄な少女が立っている。逆巻く炎のように刻々と色を変えていく虹色の髪。微笑む彼女の唇の隙間からは、白い牙が覗いていた。

 

「六番目の焔光の夜伯(カレイドブラッド)か」

 

「そう。混沌の皇女(ケイオスブライド)が匿っていた、最後の宴の鍵だヨ」

 

 アラダールの呟きに、ヴァトラーは獰猛に笑って頷いた。

 焔光の夜伯(カレイドブラッド)と呼ばれる少女たちは、いずれも第四真祖の眷獣を封印する為に作り出された吸血鬼だ。その数は全部で十二体。だが現在その封印は、十一まで解放されている。

 今だ不完全な第四真祖だが、第四真祖が最後の焔光の夜伯(カレイドブラッド)の封印を解いた時、何が起きるのか、それは数百年も生きて来たヴァトラーやアラダールにも予想できない。

 ただ一つ解るのは、存在しない筈の第四真祖の出現が、この世界の秩序と安定を掻き乱す、という事実だけだ。おそらくは、取り返しがつかない程決定的に。

 ――なので、今起きている事態は、元老院内では問題視とされているのだ。

 

「我が王の許しは得た。だが、ヴァトラー――貴様、わかっているのか?完全な第四真祖を復活させる意味を?」

 

「わかっているさ、アラダール」

 

 ヴァトラーは、ふふ。と不敵に笑う。

 

「それに十二番目の魂は、紅蓮の姫巫女の中で生きているんだヨ」

 

 ヴァトラーの言葉に、アラダールは眉を寄せる。

 

「……なんだと。焔光の夜伯(カレイドブラッド)の封印を解けば、彼女たちは消滅するはずだ」

 

 ヴァトラーは、そのはずなんだけどねぇ。と言ってから笑みを深くする。

 

「――第四真祖の封印の器である十二番目に、第四真祖の復活。そして、紅蓮の織天使に紅蓮の姫巫女。噂じゃ、八神蓮夜も。……本当にこの島は混乱に愛されているねぇ」

 

 芝居が掛かった仕草で両腕を広げ、ヴァトラーは静かに背後へと視線を向ける。夜の海上に煌々と輝いているのは人工の魔族特区。

 それを見つめるディミトリエ・ヴァトラーの瞳に、炎にも似た獰猛な光が浮かぶのであった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「で、お前は何やってるの?」

 

 悠斗は、隣でスープの味見をしている“ある人物”に声をかける。

 その人物とは――八神蓮夜だ。

 

「オレは美月の付添だ。美月の奴、どうしても暁凪沙の手伝いがしたいって言ってな」

 

 悠斗は、なるほどなぁ。と頷く。

 それにしても、暁凪沙という女の子は、人と仲良くなるのがもの凄く巧い。――数ヵ月前までは、夜光美月とは殺し合いをした仲だったはずだ。

 

「ところで、今あの場で味見をしている少年が“第四真祖”か?」

 

 蓮夜の目線の先には、赤く透き通った液体を小さな器に垂らし、その匂いを嗅ぎながらスープの味を確かめてる“第四真祖、暁古城”の姿だ。

 

「そうだ。間違っても、この場で殺し合いをしようなんて考えるなよ」

 

 というか、この場で戦闘になったら、此処に居る人々たちは無事では済まないだろう。

 ともあれ蓮夜は、そんなことするわけないだろ、と言ってから、ゆっくり息を吐く。

 

「美月が世話になってるんだから、挨拶でもと思っただけだ。それに、第四真祖は絃神島の王なんだろう?」

 

「いや、そうとも取れるが、正確には領主では無いんだよなぁ」

 

「なるほど、複雑な事情か。……オレたちも人のことを言えないんだが」

 

「まあな。凪沙は兎も角、俺と蓮夜たちはお尋ね者だしなぁ」

 

 そう、悠斗と蓮夜たちは絃神島内で登録する筈の住民登録(魔族登録)をしていない。

 絃神島外で見れば、悠斗たちは存在しないはずなのだ。

 

「まあいいや。折角来たんだから、お前も手伝ってくれ」

 

 そう言ってから悠斗は、傍らに用意していた緑色のエプロンを蓮夜に向かって放り投げる。

 蓮夜は溜息を吐き、

 

「ああ。美月の手伝いが終わるまでだがな」

 

 そう言ってから、悠斗たちは公園の一角に置かれた屋台風の仮説テントまで移動する。

 衝立で仕切られた裏側には簡易キッチンが設置され、業務用のガスコンロの上で大量のミネストローネが煮えている。大鍋四つで約三百人分。調理するだけでもかなりの重労働だ。

 ともあれ、食料の配給を待っているのは、絃神島の住人たちだ。

 彼らの殆んどは、二週間前に起きた“タルタロスの薔薇”事件時の被害者たちなのだ。魔族特区の高度な医療システムの恩恵もあって、奇跡的に死者こそは出なかったものの、無差別に召喚された眷獣たちの暴走によって、市街地には大きな被害が出た。

 住居は破壊され、今だ避難所で不自由な生活を強いられている人々も多い。悠斗たちが訪れている場所は、市内でも特に被害が大きかった地区である。

 何せ、絃神島のタルタロス・ラプスによって焼き払われた、食料備蓄倉庫(グレートパイル)も恩恵を一番受けている場所でもあるのだ。

 

「あ、悠君。お話終わったの?」

 

 悠斗の姿を見た凪沙が、きょとんとする。

 

「ああ。蓮夜も手伝ってくれるってよ。てか、整理券は配り終わったのか?」

 

「うん。だけど、昨日より人が増えてるかも。炊き出しの口コミを見た人たち、わざわざ遠くから来てる見たい。一応、整理券は配り終わってるけど、お鍋とおにぎりが足りるか不安になってきちゃったよ」

 

 悠斗がテントに並ぶ列を確認した所、最後尾までは二百人はいるだろう。なので、凪沙が不安に駆られるのも無理はない。だが、暗い雰囲気は感じ取れない。どちらかと言えば、被災者の為に開かれた気分転換や娯楽の類に窺える。

 でも一番の要因は、『可愛い女子中学生の握ったおにぎりが食べられる』といった目的が大きいのかも知れない。これを悠斗がスマホの口コミで目にした時、呆れた表情が隠しきれなかった。

 とはいえ、これが宣伝になって、他の慈善団体の協力も得られたし、相当な寄付金が集まったと聞く。なので、凪沙たちは絃神島復興に大きく貢献したということになるだろう。

 

「じゃあ、やるか」

 

「うん。頑張ろう」

 

 そう言って、腕捲りをする悠斗と凪沙であった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 配給者を全て捌き終わった悠斗は、深い溜息を吐いて傍のパイプ椅子に腰を落とした。

 そんな悠斗を見ながら、凪沙は傍らに設置されている簡素なテーブルに紙皿を置く。紙皿の上には、大きな握り飯が置かれている。どうやら凪沙が、事前に取り置きをしていてくれたらしい。

 

「悠君、お疲れ様。これ、登校前に食べちゃって」

 

「助かる。てか、もう学校か……休んでいいかな」

 

 公園に設置されている時計を見て、悠斗は肩を落とす。

 いつの間にか、時刻は午前八時になろうかという所だ。そして、色々な事件に巻き込まれて出席日数がギリギリの悠斗だ。遅刻したとなれば、担任の那月の雷が落ちること間違えなしだろう。

 

「だ、ダメだよ休みなんて。また、南宮先生に怒られちゃうよ」

 

 凪沙の言葉には、別の意味も込められている。

 以前無断欠席した悠斗は、那月に、次に無断欠席したら“戒めの鎖(レージング)”を使って監獄結界に閉じ込め補修。と、脅されてもいるのだ。

 

「へいへい。ちゃんと行くから心配するな」

 

 凪沙は、へいへい。じゃなくて“はい“でしょ、と言って、頬を膨らませる。

 ともあれ、おにぎりを右手で紙皿から取り口に運ぶ。作りたての握り飯は、まだほんのり温かく。焼き海苔もパリッとした食感を保っており、とても美味だ。

 具材は、塩を塗しただけであるが、そのシンプルさが美味さを惹き立てている。

 

「どう、美味しい?」

 

「美味いぞ。やっぱ、凪沙の作った飯は絶品だな」

 

「ふふ。褒めても何も出ないよ、悠君」

 

 ともあれ、全部食べ終わった所で、悠斗は椅子から立ち上がる。

 そんな時、後方から声が掛かる。

 

「んじゃ悠斗。学校へ行くか」

 

 そう言って、古城は悠斗の隣に並んだ。

 悠斗が席を外していた間、古城は蓮夜と話をしていたらしい。そしてこうも思っていた、なぜ悠斗の傍には強者が集まるのだろうか、と。

 まあ確かに、ヴァトラー然り、八神蓮夜然り、獅子王機関然りだ。

 

「じゃあ凪沙は、夏音ちゃんと雪菜ちゃんと合流するね」

 

 そう言って、凪沙はこの場を後にする。

 そしてこの日を栄えに、悠斗たちがある事件に巻き込まれるなど想像もつかなかった。




古城は絃神島で住民登録をされていますが、悠斗は住民、魔族登録ともされてないので、お尋ね者、ということです。


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黄金の日々 Ⅱ

ストブラのアニメ少し見返しましたが、登場キャラ全員魅力的ですよね。(作者が初めてストブラのアニメを見た時、凪沙ちゃんを見て推しになりました)


 悠斗たちが彩海学園の教室に到着したのは、始業時刻の少し前だった。

 教室に入った悠斗たちを呼び止めたのは、クラスメイトの棚原夕歩。古城にとっては中等部時代からの同級生で、悠斗にとっては高等部からの知り合いである。

 

「あ、来た来た、暁、神代!こっちこっち!」

 

「棚原?」

 

「どうしたんだ、棚原の奴?」

 

 悠斗の問いに、古城が、さあ。と首を傾げる。ともあれ、古城たちは夕歩の元まで歩み寄る。

 いったい何の用だ?と、訝る古城に、夕歩は窓際の机を指差す。――その席の主は、古城たちの友人“藍羽浅葱”の席であった。

 

「ねぇ、暁、神代。あんたら最近、藍羽と連絡取ってる?」

 

「浅葱?……ああ、最近取って無いな?」

 

 古城は、悠斗はどうだ?と、問いかける。

 

「いや、俺も取って無いな。……浅葱、今日も欠席なのか?」

 

 そう。浅葱は“タルタロスの薔薇”事件以来、一度も学校に来ておらず、欠席状態なのだ。

 その理由は、人工管理公社に籠りきりで、絃神島復興の手伝いをしているということだ。確かに現在の浅葱は、絃神島復興の為の支援活動の真っ最中と、テレビやラジオで連日放送されている――謂わば、絃神島のアイドル(広告塔)、といった所だろう。

 

「へぇ。あんたらが藍羽と連絡を取らないなんて珍しいわね。でも困ったなぁ……。小学生の従妹に、藍羽浅葱とのツーショットの写真を送るって約束しちゃったんだよね」

 

 手に持った端末機器を握りながら、唇を尖らせる夕歩。

 古城は不思議そうに夕歩を見て、

 

「いや、なんで小学生が浅葱の写真を欲しがるんだ?」

 

「そりゃ、藍羽のファンだからでしょ。私が藍羽のクラスメイトだって言ったら、あの子凄い喜んじゃって」

 

「……まるでアイドル扱いだな、浅葱の奴」

 

「実際アイドル扱いだろうな。……絃神島復興の為に、浅葱の力が必要なんだろ。でもなぁ、これ本当に浅葱か?違和感しかないんだが」

 

 悠斗がスマホをポケットから取り出して、ある動画を再生させる。

 その動画で流れているのは、“Save OurSanctuary”――人工管理公社のプロデュースによる絃神島復興支援チャリティーソングとして、島内の至る所で流れている曲だ。

 歌っているのは、純白のサマードレスを着た藍羽浅葱。海岸沿いを裸足で歩くその映像の中の浅葱は、確かにアイドルと呼ばれてもおかしくないが、悠斗は正直好きになれなかった。

 

「え、そうなの?……でも、さすが何時もつるんでるだけあるわね」

 

「いや、何時もって訳じゃないが、だがここ数年は世話になってるな」

 

 そんな夕歩たちの会話を聞いた古城は苦笑し、

 

「あの時の悠斗、棘が有りすぎだったしな。あの時浅葱、若干びびってたんだぞ」

 

「あー……その話は呼び起こさないでくれると助かる。あれは俺の黒歴史でもあるしな」

 

 誰も寄せつけようとしなかった悠斗は、学園に居る時でも、“誰も近寄るな、話かけるな”という雰囲気を撒き散らしていたのだ。

 それを一番最初に壊した人物は――暁凪沙でもあるんだが。

 

「話を戻すが、オレも今ここに映っているのは、浅葱じゃないと思う。つーか、浅葱がアイドルとか無理が有り過ぎだろ。棚原は、浅葱に何を期待してんだ?」

 

「そう言われれば、そうなんだけど」

 

 夕歩が拗ねたように頬を膨らませる。浅葱は黙っていれば美人なのだが、見た目に反して色気とは無縁のタイプだ。

 ちやほやされて喜ぶ性格ではないし、他人に媚びが売れる程器用でもない。どう考えても、藍羽浅葱がアイドルに向いているとは思えないのだ。

 

「でも、藍羽のプロポーションビデオは結構可愛くて好きなのよね。本格的なアイドル見たいで。なに、暁も気に入らないの?」

 

「まあな。悠斗と同じく、違和感があってな」

 

「へぇ。でもあんたらがそう言うなら、偽物なのかもねぇ」

 

 夕歩は、面白いものを見つけた。と、言う風に一人で納得をしている。

 

「そうね。良く撮れてるけど、そこの浅葱は偽者よ」

 

 会話に割って入ってきたのは、大人びた身長の女子生徒。クラス委員長の築島倫だ。

 彼女は、浅葱とは一番付き合いが長く、親友とも言える女子生徒でもある。

 

「やっぱりそうなのか?」

 

 悠斗がそう聞くと、倫が、

 

「うん。たぶん魔術かCGじゃないかな。浅葱が自分でこんなもの作るなんて思えないけど」

 

「そうか……。でも築島はなんでわかったんだ?」

 

 古城の質問は尤もであった。

 倫は、魔術やCGとは無縁なはずだ。

 

「ピアスよ」

 

「ピアス?」

 

 古城が倫の問いに聞き返す。

 確かに、プロモーションビデオを見た時、浅葱は古城の知らない赤いピアスを嵌めている。浅葱が普段愛用している蒼いピアスではない。

 浅葱の親友でもある倫からすれば、浅葱が蒼いピアスを外したり、ましてや捨てたりすることなど有り得ない。

 あれは、意中の男の子の貰った、大切なプレゼントなのだ。

 

「それに、あの子が歌って踊ることなんてありえないし、あの子、隠してるけど音痴だから」

 

 古城は、お、おう。と答えるしか出来なかった。

 だが確かに、浅葱が絃神島復興の為とはいえ、人前で歌うとは思えない。浅葱なら、自分で歌うくらいなら、自分で合成プログラムを組みそれに歌わせるだろう。

 しかし問題なのは、人工管理公社は何故浅葱の偽者を用意してまで、浅葱をアイドルに仕立てたのか?ということだ。絃神島内を混乱させない為とも考えられるが、それならば絃神島内で人気がある芸能人を起用した方が良い筈だ。

 だがそうなれば、本物の彼女は、今何所で、何をしているのだろう――。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「浅葱ちゃんが偽者?」

 

 その日の放課後、悠斗は校門前で一緒に帰る約束をしていた凪沙と合流し、アイランド・サイスのマンションに帰宅している途中だ。

 それに、こう言っている凪沙だが、彼女もプロモーションビデオの映る浅葱の違和感に気づいていただろう。

 

「正確な情報じゃないんだけどな。でも、信憑性もあるしな」

 

 凪沙は、なるほど。と頷く。

 悠斗たちがモノレールの駅に入ると、モノレール駅の一角には、絃神島復興支援プロジェクトのポスターが大々的に貼り出されており、そのポスターにアイドル風に映る浅葱は、やはり作り物のように思えた。

 

「浅葱の奴、また面倒事に巻き込まれてないよな?……人工管理公社が黒幕となれば、那月も手が出せないかも知れないし、最悪だぞ」

 

「ま、まだ決まったわけじゃないんだし、早とちりするのはよくないよ、悠君」

 

「……そうだな」

 

 凪沙の問いにそう答える悠斗だが、何か胸騒ぎするのだ。

 暗い雰囲気を払拭するように、

 

「そ、そういえば悠君って、何で南宮先生のことを呼び捨てなの?」

 

 確か、凪沙の記憶では“那月ちゃん”呼びだった筈。

 呼び捨てするにしても、それは悠斗の昔の記憶だ。

 

「そうだなぁ。一番は、那月が“昔の呼び方で構わん”って許可してくれたからな。まあ学校では“ちゃん”呼びだが」

 

 でも、“ちゃん”づけだと怒るんだよな、那月。とぼやく悠斗。

 だが今思うと、空隙の魔女、南宮那月を呼び捨て出来るのは、神代悠斗だけではないだろうか?

 

「そっかぁ。南宮先生と悠君って、昔からの知り合いでもあるんだよね」

 

 そして凪沙は、悠斗と那月の出会いから、今までの経緯まで知っている。神代悠斗が、南宮那月をとても大切に想っているとも。

 妬けちゃうなぁ。と、凪沙は内心で思うが、悠斗の時間(記憶)を見てしまえば納得だった。

 

「そうだな。まあ俺の義母みたいな存在だしな、那月は」

 

 それに、悠斗に人との関わりも持たせてくれたのが、南宮那月。という存在でもある。

 

「そっか。てことは、わたしの義母になるのかな?南宮先生」

 

「どうだろうか?俺のことを義息子として見てるのかも解らんし」

 

 そんなことを話しながら、悠斗たちはモノレールを待っていると、隣から可愛らしい音が鳴る。音の発生源は、凪沙のお腹の音だ。

 

「――っ!?ろ、六限目が、た、体育でね。お昼ご飯を全部消化しちゃったんだよ!」

 

 悠斗は苦笑し、

 

「じゃあ、どっかに食いに行くか。俺も小腹が空いたし」

 

 悠斗がそう言うと、凪沙は、うぅー、と言って、顔を朱に染め俯いてしまう。やはり、意中の男の子にお腹の音を聞かれるのは恥ずかしいのだ。

 ともあれ、この付近で安くて美味しい手頃な店と言えば、やはり“麺屋いとがみ”だろうか。このラーメン屋は、見かけによらず大食いの浅葱に連れられて、教えて貰った店だ。

 

「んじゃ、“麺屋いとがみ”でいいか?あそこなら、俺らの財布には優しいしな」

 

 まあ確かに、億単位の金が口座にあるからといって、無駄使いするのは宜しくない。無闇に金を使うと、金銭感覚が馬鹿になる。

 

「だね。それじゃあ、モノレールも着た所だし行こっか」

 

 そう言ってから、凪沙と悠斗はモノレールの車内に乗り込み、目的地である“麺屋いとがみ”に向かうのだった。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 “麺屋いとがみ”店内に入った凪沙と悠斗だが、店内は異様な雰囲気に包まれていた。

 その店内に一番奥のテーブルには異様な雰囲気を醸し出している四人が座っている。二人外国人であり、もう二人は日本人で、悠斗たちの見知った顔である。

 

「古城君と雪菜ちゃん?」

 

「あれって、イブリスベール・アズィーズじゃねか。何で奴が絃神島に居る?」

 

 きっと面倒事だ。と思い、悠斗と凪沙は離れたテーブル席に座り、用意した割り橋を右手に持ち、注文したラーメンを口に運ぶ。

 やはり、“麺屋いとかみ”は穴場のラーメン屋だ。麺がこってりしていて美味い。

 

「何の話をしてるんだろうね、古城君たち」

 

「さあな。でも、何か巻き込まれる未来しか見えないのは、俺の気のせいか?」

 

 凪沙は、気のせいじゃないかも。と呟き、注文したラーメンを口に運び、咀嚼する。

 そして、全ての注文した商品を食べ終え、テーブル席から立ち上がり、空いた食器を流し場に返そうとした時――、

 

「第四真祖。話しても構わぬが、その条件として、あのテーブル席に座っている“紅蓮の織天使”、“紅蓮の姫巫女”と相席するのが条件だ。この話、お前一人で如何にかするのは些か難しい気がするのでな」

 

 と、凛とした声が悠斗と凪沙の耳に届く。

 これだけの騒音の中で届くということは、何か特殊の魔術か術式によって可能にしているのだろう。

 そして、こうなったかぁ。と、内心で溜息を吐く悠斗たち。もしかしたら、蓮夜たちも巻き込んじゃうのかもなぁ。とも思ったのだった。

 ともあれ、テーブル席を立ち、奥のテーブル席に向かった悠斗と凪沙は、促された席に腰を落とす。

 

「久しぶりだな、イブリスベール・アズィーズ」

 

 悠斗は平然と言うが、雪菜は、もっと敬意をはらって話して下さい!神代先輩!と内心で声を上げる。

 まあ確かに、イブリスベール・アズィーズという吸血鬼は、“滅びの王朝”、滅びの瞳(フォーゲイザー)に統制された、中東の夜の帝国(ドミニオン)の王子。つまり、第二真祖の息子ということだ。

 

「ふん。オレに馴れ馴れしい言葉を吐くとは、失礼な奴よ」

 

 イブリスベールは、不服そうな表情で呟く。

 

「んで、俺と凪沙も交えての話の本題って何だ?」

 

 イブリスベールは、にやっと笑い。

 

「――人工管理公社が、藍羽浅葱をキーストーンゲート最下層に幽閉しているという話よ」

 

 イブリスベールの言葉に、目を丸くする古城たち。まさか、人工管理公社が浅葱を幽閉しているなんて、夢にも思ってなかっただろう。

 

「まあ、オレよりも詳しく知っているのは、こいつなんだがな」

 

 イブリスベールが指差したのは、幼い体格にぴったりとフィットするスクール水着のような衣服を身に纏う少女だ。――彼女の名前は、リディアーヌ・ディディエ。

 浅葱が、“戦車乗り”と呼んでいた、有脚戦車(ロボットタンク)の操縦者だ。

 すると、リディアーヌの対面に座っている古城が、真剣な表情でリディアーヌに頼み込む。

 

「――その話、詳しく聞かせてくれ」

 

「わ、わかったでござる。か、彼氏殿」

 

 こうして、今後を左右する話し合いが行われるのだった――。




ちなみに那月ちゃんは、悠斗のことを義息子のように思っています。
また、悠斗が凪沙と結ばれて、本当の母親のように喜んでいました。(表情には出さず、本人には内緒にしていますが)


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黄金の日々 Ⅲ

ストブラのアニメ見返してますが、私的に面白いです。
てか、FINALの制作が決定していたなんて、最近知りました。
完結までアニメでやってくれるなんて、結構珍しいですよね(たぶん)


 四十分後。

 古城たちは絃神島中心部に程近い地下通路の入り口に立っていた。通路を下りた先は、長いトンネルになっており、人工島の地下に流れ込んだ雨水を海に排出する為の放水路となっていた。

 ただし、それは表向きの話であり、このトンネルの真の目的は別にある。

 キーストーンゲート内に設置された機密区間――キーストーンゲート、第零層への物資搬入路。それが真のトンネルの用途なのだ。

 

「キーストーンゲート第零層、この先に浅葱が幽閉されているのか?」

 

 明かりの無い通路を覗きつつ、古城がリディアーヌに確認を取る。

 

『左様でござる、彼氏殿。なので、第零層に辿り着くまでの経路は拙者から指示を出すでござる』

 

 リディアーヌの声は古城が持つスマホから流れる。

 リディアーヌ本人は、壊れかけた赤い有脚戦車(ロボットタンク)に乗っている。前足一本と殆んどの武装を失い、戦闘能力を消失した有脚戦車(ロボットタンク)だが、搭載された軍事コンピュータとネットワークの機能は健在だ。そして、リディアーヌは浅葱と同等であろう天才ハッカーなのだ。

 

「それは助かる。……けど、お前の戦車をここまでぶっ壊すような奴らが相手か」

 

 古城はボロボロになった有脚戦車(ロボットタンク)を見て、何とも言えない表情を浮かべる。

 幾ら小型とはいえ、リディアーヌが乗る有脚戦車(ロボットタンク)は対魔族用戦車だ。――それも、最新鋭の試験機なのだ。

 そんな中、凪沙が口を開く。

 

「問題ないよ、古城君。凪沙が使役する朱雀で特区警備隊(アイランドガード)を無効化させるし、警備ポットは破壊するから」

 

 古城は、お、おう。と言い、右頬を引き攣らせる。……何時の間に凪沙は、こんなにも戦闘狂?になってしまったのだろうか。

 そして、現在の四聖獣(四神)の権利は、凪沙が持っているのだ。なので、現在悠斗が使役している眷獣たちは、麒麟、黄龍、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)だ。

 

「リディアーヌは、オレたちは手助けして大丈夫なのか?もしまた特区警備隊(アイランドガード)に襲われでもしたら……」

 

 古城の言う通り、今の“膝丸”には戦う力は残されていない。そして、“膝丸”を失えば、リディアーヌは只の小学生なのだ。

 そんな危険に晒してまで、リディアーヌに協力を仰いでいいかどうか――と、葛藤する古城に、“膝丸”の上部に座るイブリスベールが、

 

「案ずるな、第四真祖。この騒動が収まるまでは、オレがこの娘の面倒を見ておいてやろう」

 

 イブリスベールの案に、ポカンとする古城。

 まさか、彼からその提案が挙がるとは思ってもいなかった。

 

「任せてもいいのか?」

 

「ふん。ここで貴様らに貸しを作っておくのも悪くあるまい。オレの巨下も、間もなく絃神島に到着する頃合いだしな。それに、人工管理公社とやらの企てには些か興味がある」

 

 古城は、そうか。と安堵の息を吐く。

 

「一応礼は言っとくけど、あんまり派手な真似はしないでくれよ」

 

「貴様の言葉とは思えんが、まあいい、一応心に留めておこう」

 

「ああ、頼んだ」

 

 ともあれ、リディアーヌのことはイブリスベールに任せるとして、古城たちは暗い通路に向かって歩き出す。

 古城、悠斗、凪沙と並んで歩くが、その後にぴったりとくっついて来たのは雪菜だった。

 当然のように着いてくる雪菜を、古城は呆れるように見て、

 

「姫柊はここで待ってろよ。体調だって万全じゃないんだし、この先は何があるのか解らないしな」

 

 古城の言う通り、雪霞狼があるとはいえ、人身である雪菜が不意な爆発等に巻き込まれたら只では済まないだろう。

 

「も、問題ありません!私は第四真祖の監視役です!一緒に行くに決まってますっ!」

 

「いやでも、しかしだな」

 

 そんな古城たちを見た悠斗は、

 

「諦めろ古城。姫柊は駄目つっても付いてくるぞ。ブルエリ事件を思い出せ」

 

 古城は、あー……。と言いながら、頭をガシガシと掻いて上を見上げる。

 確かあの時も、古城が反対意見を出しても、雪菜はそれに反して一緒に来た筈だ。

 古城は溜息を吐き、

 

「……まあ、先走ったり無理したりしないって約束できるなら構わないぞ」

 

「はい。というか、最初からそう言えばいいんですっ」

 

 そう言って、雪菜は唇を小さく尖らせる。ともあれ凪沙の、じゃあ、行っこか。という合図と共に、古城たちは地下通路を歩き出す。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 延々と続く地下への階段を下りると、その先には長大なトンネルが伸びていた。トンネルの直径は四、五メートル程。床には物資輸送用の線路が敷設され、壁や天井には、送電線や光フェイバーなどのケーブルが這い回っている。

 

『彼氏殿!』

 

 通路を歩いている時に、古城の胸元でリディアーヌの声が届く。スマホの画面に映っているのは、地下トンネルの地図である。

 その地図のあちこちには、赤い点が複数浮かび上がっている。

 

「リディアーヌどうした?この点滅はなんだ?」

 

『警戒めされよ。防衛機構の作動を確認したでござる』

 

「防衛機構だァ……。監視カメラや警報装置は、そっちで何とかしてくれんじゃなかったのか!?」

 

『おそらく、地下トンネル内部で完結している、自律制御(スタンドアロン)のシステムでござる。遺憾ながら、拙者には手が出せぬ』

 

 リディアーヌのハッキングが期待できないとなると、古城たちに残された手段は強行突破だけだ。

 地下トンネルに敷設された線路を使って、何か滑るように近付いてくる。ゴムバケツをひっくり返したような形の金属製の円筒だ。

 直径は八十センチ程で、高さは百二十センチ程だろう。その胴体部分には、対人用のマシンガンが装備されている。

 

「古城君下がって。――閃雷(せんらい)!」

 

 凪沙は僅かに前に出て、右腕を掲げ叫ぶ。

 奴らの頭上に降り注ぐのは、蒼い稲妻だ。――これは青龍の雷である。凪沙は眷獣の技を生身でも引き出せるように特訓していたのだ。

 

「さすがだな、凪沙。青龍たちの技を完全に制御するとはな」

 

 感嘆な声を上げる悠斗。

 確か悠斗は、眷獣の技を完璧に制御するのに、一年は掛かったはずだ。

 

「でも、朱音ちゃんの協力もあってこそなんだけどね」

 

 えへへ。と笑う凪沙。そして悠斗は、なるほど。と納得する悠斗。

 古城と雪菜は「朱音ちゃん?」と首を傾げる。まあ確かに、悠斗から話を聞かない限り、“朱音”と呼ばれる者が、悠斗の姉など夢にも思わないだろう。

 

『……姫巫女殿、大変言いにくいのでござるが、修繕費は大丈夫でござるか?あの警備ロボット、安く見積もっても一台二千万は下らないのではないかと』

 

 リディアーヌの言葉を聞き、顔を青くする凪沙。

 そんな凪沙に助け舟を出したのは、悠斗だった。

 

「それは心配いらない。正当防衛が成立しなかった場合、俺が自腹で弁償するさ」

 

 まあ確かに、使用されず口座の中に眠っている金も、何かの役に立てた方が嬉しいだろう。

 それにまあ、一億単位の金なんて高校生が持つ金額ではない。

 

「先を急ごう。自律制御(スタンドアロン)システムが起動してるとなれば、こっちの浸入に気づかれたかも知れないしな」

 

 悠斗の言う通り、自律制御システムが起動しているとなれば、再び見つかり攻撃されるのは時間の問題だ。

 悠斗の言葉を聞き、リディアーヌが、

 

『承知。第零層への道はあと僅かである。参るでござる』

 

 幸いにも、自律制御システム以外の侵入者対策は、リディアーヌが問題なく解除できる。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

「これが……第零層、なのか?」

 

 古城は目の前に現れた光景を見回し、困惑して足を止める。

 そこにあったのは、ただの広い空間であり、直径は凡そ十メートル。深さ十五メートル程の円筒形の空間。それが、キーストーンゲート第零層を呼ばれる場所の正体であった。

 目の前に聳え立つ垂直の壁は、頑丈な金属で造られ、外壁に扉や繋ぎ目は無く、よじ登る為の足場すらない殺風景な空間だ。

 だが、この場所が古城たちが目指した場所で間違えはないだろう

 そして、第零層には先客がいた。黒い道士服を着た青年。青年が握るのは漆黒の槍。両先端に穂先持つ、歪な形の長槍だ。

 

「やはり来ましたか、第四真祖、紅蓮の織天使」

 

 ゆっくりと古城たちに視線を向けて、青年は語りかける。

 その青年の名を古城は知っていた。一度だけ監獄結界が破れ、波朧院フェスタの日に監獄結界から脱走した、七人の魔導犯罪者の最後の一人。――元獅子王機関の、“廃棄兵器”を持つ男。

 

「絃神……冥駕」

 

 古城の呼びかけに、冥駕は不機嫌そうに顔を顰めて、それを聞いていた。



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黄金の日々 Ⅳ

ご都合主義満載です。


「再びお目にかかれて光栄ですよ、第四真祖。本当はもっと早く会えることを期待していたのですが……まあいいでしょう。おかげで、私の傷も癒えた」

 

 古城たちとの間合いを詰めながら、冥駕がそう言う。

 

「古城、姫柊。お前らは俺と凪沙の後ろまで下がれ。雪霞狼と古城の眷獣は、冥駕の零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)と相性が悪すぎる」

 

 零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)の能力は、魔力も霊力も等しく消滅させる。

 万物には陰と陽、始まりと終わりがあるように、霊力と魔力の拮抗は生命の揺らぎその物だ。人間であれ、魔族であれ、霊力と魔力の双方から切り離された状態では命を維持できない。だが、絃神冥駕には、この法則は当てはまらないのだ。

 それは、負を司る真祖の眷獣も例外ではない。

 

「ふふ、そうですね。紅蓮の織天使が指摘したように、私の零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)はありとあらゆる物の魔力を無効化する。それは、吸血鬼の負の眷獣も例外じゃないんですよ。――一部の例外を除いてね」

 

 冥駕は楽しそうに笑う。

 そう。冥駕の言う通り神々の眷獣は例外なのだ。悠斗たちの内に眠る眷獣は、その法則さえも無効にすることが可能なのである。

 

「お前がここに居るってことは、浅葱は第零層に幽閉されてるんだろ」

 

 悠斗が冥駕に問いかける。

 だが冥駕は、やれやれ。と言った風に、

 

「カインの巫女はこの場には居ませんよ、紅蓮の織天使」

 

「居ないだと?」

 

「はい。カインの巫女は、この場では無い場所に幽閉されているとのことです。私も、詳細までは解りませんが」

 

 すると古城が、

 

「オレらが、脱獄囚の言うことを、ホイホイ信用できるわけねーだろう」

 

 そう言って、古城は怒鳴り返す。

 魔導犯罪者が現れた場所が、ただの場所だとは考えにくい。浅葱の居場所が解らず、帰ることなど出来ない。

 冥駕は、ふむ。と心外そうに呟く。

 

「確かに私は犯罪者ですが、君たちも私たち側だと思うのですが?」

 

「うっせーよ!」

 

 古城は今までの事件を思い出し言葉に詰まるが、今はそれ所じゃない。

 古城は殺意の籠った視線で、冥駕を睨み付ける。

 

「浅葱はどこだ、絃神冥駕。力ずくでも答えてもらうぞ」

 

 冥駕は、ふっ、と失笑する。

 

「第四真祖、あなたは勘違いをされている」

 

 古城は眉を寄せる。

 

「勘違い?」

 

 冥駕は微笑んで、古城を見る。

 

「私は第四真祖、あなたには脅威を感じていない。興味も抱いてない。とういことで、君たちならばここから特別に見逃してあげましょう」

 

「そいつは親切にどうも」

 

 古城が溜息混じりに溜息を吐いた。

 冥駕は、面白そうに悠斗と凪沙を見つめ、

 

「だが、この場に君たちがやってくるのは予想外でした。貴方たちは、先程始めた宴には必要な存在です。私から真実を告げましょう」

 

 悠斗が眉を寄せる。

 

「真実?」

 

 悠斗は、絃神冥駕の言う真実が、何のことか想像もつかない。

 冥駕は、真実です。と言って、

 

「なぜ天剣一族と呼ばれる一族が、神々の眷獣を宿すか、ということですよ」

 

 冥駕の発言は、悠斗も知らない情報()だ。

 なぜ奴が知っているのか解らないが、この場で、真実。とやらを話す気なのだろう。

 

「君たち天剣一族は、完全なる第四真祖と同じく、“天部”の連中が咎神カインに対抗する為に創造した者ですからね」

 

「……聖殲か」

 

 もしかしたら、悠斗が異境(ノド)に落ちた時、あの場で見た光景は神と天剣一族の祖が死闘を繰り広げて場所なのかも知れない。

 なので、異境を切り裂くことができる一族の宝剣が異境(ノド)に突き刺さっていたのも頷ける。

 

「はい。だからこそ異能狩りたちは、脅威と成り得る天剣一族を滅ぼした」

 

「……奴らは咎神の末裔(・・・・・)か」

 

 冥駕の言っていることは真実なのだろう。

 これならば、異能狩りが天剣一族を襲った理由の辻褄が合うのだ。

 

「はい。君たち一族は、正確には聖戦の末裔なのですよ。だからこそ、異境の力に対抗できる力を備えることができる」

 

 それは、零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)も例外ではないのだろう。

 

「だからこそ、この場で死ねと」

 

「そうしてくれるのが一番有難いのですが、君たち相手では一筋縄ではいかないでしょう。――巫女(花嫁)もいるなら尚更です」

 

 ――巫女(花嫁)

 それを指すのは彼女――暁凪沙のことだろう。

 その場で冥駕は、零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)の穂先の先端を金属の床に突き立てると、次の瞬間、無防備に立ち尽くす古城の肉体を無数の刃が貫いていた。

 その影は、厚みを持たない闇色の刃。世界そのものを侵食する闇の薄膜(オーロラ)だ。

 

「第四真祖。貴方に横槍を入れられるのは、今以上に分が悪くなるので、大人しくしていて下さい」

 

「くそっ……。この感覚!異境(ノド)の浸食かっ!」

 

 冥駕の零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)は、異境を操れる武器でもある、古城とは相性が最悪の武器なのだ。

 

「古城君っ!――飛焔(ひえん)

 

 凪沙が古城に左手を向けると、その掌からは浄化の焔が古城を包み込む。そして、古城を取り巻く異境の刃を消滅させると、古城は、げほっげほっと、膝を突く。

 冥駕はふっと笑い、

 

「暁凪沙、それは朱雀の焔ですね。さすがにあの程度の異境は浄化させてしまいますか」

 

 やはりそうか。と悠斗は内心で頷く。――本来の飛焔の使用方法は、異境の一部を浄化させる焔だったのだ。

 飛焔の能力が割れているということは、ほぼ全ての四聖獣の能力は割れているだろう。悠斗が思うに、絃神冥駕は聖戦の血の記憶を保有している。

 

「――降臨せよ、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 悠斗が召喚したのは、第四真祖の眷獣だ。

 上半身は人間の女性。そして美しい魚の姿を持つ下肢。背中には翼。猛禽の如き鋭い鉤爪。

 氷の人魚。あるいは妖鳥(セイレーン)か。

 

「――氷菓乱舞(ダイヤモンドダスト)

 

 妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)は、絶対零度の凍気を吐き冥駕を凍らせるが、氷に捕らわれた冥駕を仮死させることは叶わなかった。

 

「……ほう。紅蓮の織天使が第四真祖の眷獣を召喚しますか、ますます興味深いですね」

 

 氷を割った冥駕に肉体から零れ出るのは、腐敗した血液のようなどす黒い液体だ。

 冥駕はそれを気にすることなく、古城たちの方へ歩き出す。

 

「……なるほど。僵屍鬼(キョウシキ)か」

 

 僵屍鬼(キョウシキ)。それは、禁術によって蘇らせられた人工の吸血鬼。世界の理から隔絶した観測者。

 だからこそ、絃神冥駕は異境(ノド)の力を振るっても、蝕まれる問題などは解消しているのだろう。

 

「さすがの知識量ですね、紅蓮の織天使」

 

「まあな。昔の趣味が情報集めだったんでな」

 

 このままでは埒が明かない。

 それにこの場で眷獣の力を全力で振るえば、キーストーンゲートは破壊され、絃神島を破壊してしまうのは免れないだろう。

 なので、この場での戦闘を長びかせるのは得策ではない。それに、周囲に人が居るのか悠斗はずっと感知を続けていたが、この場には古城たちと冥駕しか居ない。冥駕の言う通り、この場に浅葱はおらず、違う場所へ幽閉されているのだろう。そうなれば、もう一度リディアーヌに協力を求めた方が得策だ。

 この場で冥駕を殺すことは可能だが、冥駕が起動した聖戦を止めるとなれば、この場で冥駕を殺すべきではない。捕まえるにしても、仮死状態は失敗済みだ。

 

「ふっ、まずは邪魔になろう第四真祖を片付けましょう。君たちには、この子たちの相手をして貰います」

 

 冥駕が零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)を振るうと、金属の黒い波が打ち、人型のどろどろとした人形のようなものが姿を現す。

 正体は死霊魔術師(ネクロマンサー)たちと死霊魔術師(ネクロマンサー)たちが操る死神が複数。おそらく、その死神たちは異境(ノド)を纏い、悠斗と凪沙に取り付き異境(ノド)に閉じ込めようとしているのだ。

 

「――玄武、を召喚して無に還すのもいいですが、それは事前に対策済みです。どういうものかは教えられませんが」

 

「親切に教えてくれてどーも。お前が聖戦の血の記憶を保有してる限り、攻撃手段が限られているくらい解ってるわ。……玄武の欠点、反射、だろ」

 

 守護を纏えば自身に“無”の効果を受けることは無いが、それ以外の者を対象にされ、それが直撃したらその者が“無”に還ってしまう。――今までは弱点が露見していなかった為、周りに気を配るだけで済んだが、今回ばかりはそうはいかないだろう。――謂わば玄武は、諸刃の剣でもあったのだ。

 

「やはり、眷獣の欠点くらい解っていますか。――行きなさい、死霊魔術師(ネクロマンサー)たち」

 

 死霊魔術師(ネクロマンサー)たちは死神を操り、奴らは悠斗と凪沙の元へ飛来する。

 おそらく、生身で一撃を受けたら強制的に異境(ノド)に閉じ込められるだろう。

 

「っち。――凪沙」

 

「――りょうかいっ!」

 

 悠斗と凪沙は、ある呪文を詠唱する。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。我の(守護)となる為、我と心を一つにせよ――おいで、朱雀!」

 

「――氷結を司る妖姫よ。我を導き、守護と化せ。――来い、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)

 

 凪沙と朱雀は融合し、背部からは二対四枚の紅蓮の翼が出現し、瞳も朱が入り混じる。そして悠斗も、召喚した妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)を取り込み、瞳には蒼が入り混じり、背から二対四枚の氷結の翼が出現する。

 

「――我を導く(つるぎ)よ、今ここに召喚せよ、鏡花水月」

 

 悠斗が両手で柄を持ち握る剣は、天然の神格振動波を生み出している。

 鏡花水月は雪霞狼の上位互換見たいなものだろう。もしかしたら、雪霞狼は鏡花水月を元に創られた槍、なのかも知れない。

 

「――天を統べる青き龍よ。我の矛になる為、我に力を与えたまえ。汝、我を導き槍となれ。――稲妻の神槍(ライトニングスピア)

 

 凪沙が両手で握るのは、青龍そのものが武器となった槍。

 この稲妻の槍は、眷獣そのものと言っていい。そしてこの槍は、数万ボルトの稲妻により形成されているので、宿主以外の者が触れると身を焦がす。そして凪沙は、青龍の稲妻で、擬似的な神格振動波を生み出している。

 悠斗と凪沙は頷き、飛来する死神と対峙する。

 悠斗と凪沙は、ある死神は斜めから斬り付け消滅させ、ある死神は絶対零度と浄化の焔で留めを刺す。

 

「ッ!数が多いな」

 

「悠君っ。死霊魔術師(ネクロマンサー)を倒さないと永遠に死神は増え続けるよっ」

 

 悠斗も解っているが、容易に近づくことは間々ならない。

 最悪、死神に取り付かれて、守護を剥ぎ取られ、強制的に異境(ノド)へ閉じ込められるだろう。悠斗と凪沙は、極力死神たちとは接触をさけ、戦うしかない。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 冥駕が、背中から倒れ込む雪菜を見下ろす。

 

「第四真祖の前に、あなたからです」

 

 雪菜は先程まで、冥駕の零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)と刃を合わせていたのだが、霊力を封じられてしまえば、雪菜は非力の少女でしかない。なので、冥駕に圧されていくのは当然であった。

 

「かつて冬佳が救ったあなたを、私が殺す。――これも私に相応しい運命の皮肉か」

 

 ぼそり、と冥駕が静かに呟く。

 

「冬佳……様?あの人の名前を、あなたが、どうして……?」

 

「さようなら……神狼の巫女よ――冥餓狼!」

 

 冥駕が零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)を無造作に構え、その切っ先が雪菜の胸元へ吸い込まれる。――刹那、

 

「姫柊、逃げろ!」

 

 古城の背後からのタックルが、冥駕を吹き飛ばす。

 攻撃を中断された冥駕は、傷付いた古城を鬱陶しげに睨む。だが古城は、先程の冥駕の異境(ノド)の攻撃で、全身はズタズタであり、左腕は力なくだらりと垂れている。

 それでも、古城は雪菜を庇うように前へ出る。

 そんな古城を、冥駕は冷ややかに見据えて、ゆるりと槍を構えた。それは、獅子王機関の攻魔師だけしか知らない構え。

 

「駄目です、先輩!逃げて!」

 

「――冥餓狼!」

 

 冥駕が古城の懐に飛び込み、音も無く槍を振るう。

 この行動には、雪菜も古城も反応することが叶わなかった。そしてそれは、古城の心臓を刺し抜き、背中まで深々と突き刺さる。

 激しく飛び散った鮮血は、雪菜の頬を赤く濡らした。

 

「先……輩……」

 

 雪菜の喉が引き攣るように動き、声を絞り出した。

 古城の体が床に転がると、鮮血が止めどなく流れ出す。一般の吸血鬼なら、絶命している出血量だ。

 

「う……あ……ああああああああああああああぁぁ――っ!」

 

 雪菜は雪霞狼の柄を握り絶叫し、闇に包まれていた空間に眩い純白の閃光が染める。

 そして、雪菜の背から溢れ出した輝きが、巨大な紋様を空中に掻き出す。――その翼は、悠斗と凪沙に付与された、守護の翼と酷似している。僅かに異なる点と言えば、翼の枚数だろうか。

 

「馬鹿な……まさか、この力……!?」

 

 冥駕の唇が驚愕に歪む。

 不死身の筈の冥駕の肉体が白煙を噴き上げて焼け焦げ、零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)が撒き散らす異境(ノド)の浸食が、薄い硝子のように砕けて消滅していく。――雪菜の圧倒的な霊力に、零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)が無効化しきれないのだ。

 冥駕は閃光の中で目を細めながら零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)を構える。

 

「やってくれたな、獅子王機関っ!これがお前らの本当の目的か……!」

 

 傷付いた体を引きずるようにして、冥駕は雪菜に近付いて行く。

 雪菜は既に意識を無くしている。今なら冥駕は、雪菜を殺すことができるのだ。――否、殺さなければならないのだ。

 だが、零式突撃降魔双槍(ファングツァーン)を構える冥駕の耳に届いたのは、絶命したはずの古城の声だった。

 

焔光の夜伯(カレイドブラッド)の血脈を継ぎし者、暁古城が、汝の枷を解き放つ……」

 

 心臓を貫かれた筈の古城が、獰猛に笑った。

 雪菜の放った閃光が、古城から失われていた力を復活させたのだ。

 

「疾き在れ、五番目の眷獣、獅子の黄金――!」

 

 古城が召喚した黄金の獅子が、第零層と呼ばれていた空間を凄まじい閃光と衝撃波で薙ぎ払う。人工島の大地を揺るがす圧倒的な魔力。その黄金の輝きが、第零層の空間を飲み込んでいく。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 死神を全て消滅させ、死霊魔術師(ネクロマンサー)に向かう悠斗と凪沙はすぐさま異変に気付く。これは疑似天使、模造天使(エンジェル・フォウ)そのものだ。

 何故、このような力が発生しているのか解らないが、悠斗が危惧していた、第零層が崩壊するだろう。最悪、絃神島を破壊し得る力だ。

 

「ッ!?第四真祖の眷獣もかよ!――凪沙!」

 

「わ、わかってるっ!」

 

 悠斗と凪沙は圧倒的な飛翔で後方に跳び、武器を消し雪菜と古城たちの前に着地。

 既に雪菜が放つ閃光は光を失っている。雪菜を殺そうとする冥駕も、地鳴りのように金属の床が揺れ、立つこともままならないのだ。

 

「――紅蓮を纏いし不死鳥よ。汝の守護を解放し、今ここへ降臨せよ!」

 

 凪沙が詠唱を唱えると、凪沙の守護が解け、傍らに紅蓮の不死鳥が召喚される。

 

「朱君!翼で古城君たちを覆ってっ!」

 

 凪沙がそう言うと、朱雀は甲高く一鳴きし、朱い翼が古城たちを覆う。

 

「――氷結の絶壁(アイスウォール)っ!」

 

 悠斗が周囲に氷結を撒き、それが結界のように朱雀を覆うようにして、仮結界のように召喚する。これならば、朱雀の守護+氷結の結界なので、真祖の眷獣の攻撃を受けながらも守護することが可能になる。

 ――そして古城たちは、崩れた金属の床の下に落下し、第零層の下の階まで落ちていく。




凪沙ちゃんの感情が高ぶってる場合は、朱雀や青龍呼びですが、普段は朱君や龍君呼びです。
死霊魔術師(ネクロマンサー)に僅かな時間で守護(翼、体)に触れられる程度なら大丈夫ですが、長時間触られると守護が剥がされ異境に引っ張り込まれますね。なので、真祖(吸血鬼)にとっては相性最悪です。
それが複数となれば、もっと最悪です。悠斗たちはそんな奴ら複数を相手にしてました。
眷獣複数召喚(守護を除く)も考えていましたが、周囲の被害を考慮して召喚しませんでした(第四真祖の眷獣より被害大)。……まあ最終的に古城君が召喚してしまったんですが。

追記、古城は眷獣を召喚して雪菜を援護しようとしましたが、霊力が使えない雪菜に当たれぱ、雪菜は消滅してしまうので援護がままならない状況でした。


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黄金の日々 Ⅴ

矛盾が発生してないか心配です。


 研究所の一室で悠斗と凪沙は隣になり白ソファに腰掛け、陰気な顔立ちの中年男性――元アルディギア王国宮延魔導技師であり、夏音の義父――叶瀬賢生がコーヒーを淹れてくれたカップを右手で持ち、口許に移動させてから口に流し込んでカップを置く。

 

「で、絃神冥駕は殺すことが出来たのかい?」

 

 悠斗にそう聞いたのは、悠斗の対面のソファに座る萌葱色(もえぎいろ)の髪の長命種(エルフ)であり、白いマントの下にノースリーブにアレンジされた巫女装束の白い衣装。悠斗の記憶に焼き付いている人物――獅子王機関の三聖の一人、縁堂縁だ。

 縁は悠斗たちの魔力を追ってから見つけ、この場に匿ったのだ。縁は事前に、叶瀬賢生と会談する場所を確保していたのだ。

 

「いや、殺せてない。てか、あの状況じゃ無理だ」

 

 そう言って、悠斗は絃神冥駕との戦闘の詳細を話し、その話を聞いた縁は目を細める。

 

「そうかい。お前さんの眷獣の能力が割れてるとはね」

 

「絃神冥駕は聖殲の血の記憶を保有してる。四聖獣の能力はほぼ割れてると言っていいだろうな」

 

 だがもしかしたら、黄龍と麒麟の能力はまだ割れていないかも知れない。

 あの眷獣たちは悠斗の中で覚醒した眷獣でもあるので、詳細までは知られていない可能性がある。

 

「……聖殲の血の記憶かい。長年生きてるあたしでも、不明な点が多過ぎるしね」

 

 縁堂縁は、ほぼ寿命が尽きない長命種(エルフ)だ。

 僅かとはいえ、聖殲のことを知っていても不思議ではない。

 

「だろうな」

 

 そう言って溜息を吐く悠斗。

 こうなると、冥駕とは手探り状態で戦うことになるだろう。

 

「それにしても、あんたが絃神島に来訪とはどういう風の吹き回しだ?」

 

「お前さんも気づいてるだろう?雪菜の中で何が覚醒しようとしてるかを」

 

 雪菜が第零層で発した純白輝き、あれは模造天使(エンジェル・フォウ)のものだ。――そしてそれは、雪霞狼の副作用、霊力を変換して発する神格振動波との霊的中枢である。

 雪霞狼を使用し続けたら雪菜の体内ではそれが活性化し、雪菜は最終的に模造天使(エンジェル・フォウ)になり消滅するだろう。例外で無い限り、人間が天使に近付くのは自殺行為だ。

 

「ああ。模造天使(エンジェル・フォウ)、だろ」

 

「そうさね。でも、それがすぐに解ったということは、さすが本物の天使って言った所かい」

 

 縁の言葉を聞いて唇を曲げる悠斗。縁は場を和らげる冗談のつもりだが、悠斗は“天使”と呼ばれるのは遠慮したい。

 だが今の話を聞く限り、縁は雪菜の中で覚醒しそうな模造天使(エンジェル・フォウ)の止めに来たのだろう。

 

「で、そっちの子が、紅蓮の織天使の“血の伴侶”かい?」

 

 凪沙は、びくっと体を強張らせる。

 縁堂縁の貫録はかなりのものだ。初対面で緊張するなと言う方が難しい。

 

「あ、暁凪沙です。よ、よろしくお願いします」

 

「暁?」

 

 縁は疑問符を浮かべる。

 まあ確かに、“暁”と聞けば、獅子王機関で話に挙がった第四真祖(暁古城)を思い浮かべるだろう。

 

「こ、古城君の妹です」

 

 縁は、ほう。と、興味深く凪沙を見る。

 

「妙な(えん)はあるものだね。お前さんの血の伴侶(姫巫女)が第四真祖の妹とは驚きだよ」

 

「そうか?……でも、昔の俺が見たら、冗談だろって笑い飛ばすだろうな」

 

 縁は面白おかしく悠斗を見る。

 

「昔のお前さんは、孤独に生きる者だったからな」

 

 縁はあの死闘を思い出し、懐かしそうに呟く。まあ確かに、縁はあれ程心躍った死闘は久しぶりだったのだ。

 縁は、話は変わるが。と、言葉を続ける。

 

「姫巫女は、眷獣が使役できるのかい?――他言はしないよ、三聖の名に誓おう」

 

 まあ確かに、紅蓮の織天使の血の伴侶となれば、気になる質問だ。

 

「えっと。四聖獣(神々)の召喚と、朱雀と融合することが可能ですよ」

 

 凪沙の言葉に、賢生が興味深そうに凪沙を見つめる。

 人間からの血の伴侶に成った者が、主の眷獣を使役できるなど聞いたことがない。しかも、眷獣融合が可能だとは夢にも思わないだろう――だが、紅蓮の織天使の“血の伴侶”となれば、特別な力があっても不思議ではない。

 縁の隣に座る賢生が、

 

「実に興味深いな。人間から血の従者(血の伴侶)になった者が眷獣を使役できる例など聞いたことがない」

 

 賢生は自分が培った記憶を遡るが、悠斗と凪沙の話は初めて聞いたのだ。

 凪沙は不思議そうな顔で、

 

「そ、そうなんですか。血の伴侶(巫女)になった者は使役できると思ってました」

 

「いや、眷獣の権利(融合)となれば、君たちの事例が一番最初だろうな。しかしそうなれば、紅蓮の織天使。お前さんの戦闘能力が下がるのではないか?」

 

 まあ確かに、賢生の指摘通り、今の悠斗は四神を召喚することができない。

 ――だが悠斗は、

 

「問題ない。俺はそれに連なる神獣(黄龍、麒麟)を召喚することが出来るしな」

 

 ちなみに凪沙は、黄龍や麒麟を使役することは不可能だ。

 縁は、ふっと笑い、

 

十二番目(第四真祖)の眷獣もだろう。まさか、お前さんが使役できるなんて予想外もいい所だよ」

 

「まあ色々あってな」

 

 まあ確かに、アヴローラ(暁凪沙)の血を吸って、召喚が可能になりました。とは言えない。さすがに、この場で発言する言葉ではないだろう。

 ともあれ、悠斗は本題を切り出す。

 

「ところで縁堂縁、古城と姫柊の体調はどうなんだ?安定してるんだろ?」

 

「そうさ。雪菜は霊力も安定してるし、第四真祖の坊やも傷が癒えてるはず。問題は、これからのことさ」

 

「でもあんたのことだ。一応、解決策は考えてるんだろ」

 

「そうさね。――これだよ」

 

 縁が懐から取り出したのは、銀色に輝く小さな円環だ。それは、上下一組の円環を貼り合わせたような、シンプルなデザインの指輪だ。指輪の大きさからして、古城ではなく、雪菜の指に嵌める指輪であろう。

 そして、悠斗は目を丸くする。

 

「……あんたがそれ(・・)に手を出すとはな。解決策は花嫁ってわけだ」

 

「そうさ。これが、吉と出るか凶と出るかまだ解らないけどね」

 

 そう、この指輪の中には、古城の肋骨の欠片が入っているのだ。吸血鬼の肉体の一部を受け入れた人間は、主人である吸血鬼と同じく不死の肉体を手に入れる。――血の従者という疑似吸血鬼となるのだ。

 だが、もし縁の想像が正しければ、この指輪で雪菜の天使化は防ぐことが出来るだろう。おそらく、古城の肉体の一部を呪力の触媒として、霊的経路(パス)を繋ごうと考えているのだろう。

 

「でもそれが成功した場合、姫柊は古城の血の伴侶(血の従者)ってわけだ」

 

 まあでも、正確には擬似的な血の伴侶(婚約者)だろう。

 完全な血の従者になった場合は、雪菜の霊力は完全に消滅してしまう。

 

「よかったじゃねぇか、縁堂縁。あんたに義息子候補ができるぞ」

 

「不本意だがそうなるね。――けど、うちの愛弟子(まなでし)にもしものことがあったら、第四真祖の坊やには死んだ方がマシだって目に遭わせてやるよ」

 

 縁は本気だ。

 雪菜を悲しませたら、古城に罰を与えるだろう。

 

「ふむ。あの男がうちの娘を泣かせた時に備えて、対真祖用の凶悪な呪詛を完成させておいたのだが、興味はあるかね?」

 

 賢生が、冗談とも本気とも判断がつかない、真面目な口調でそう言った。

 縁は、クッと愉快そうに噴き出して、

 

「そいつは是非拝見したいね。あの手の不老不死の手合いを苦しめる方法なら、あたしも助言できると思うしね」

 

 賢生は「なるほど。参考になりそうだ」と重々しく頷く。

 

「で、でもでも、こ、古城くんは変態さんだけど、雪菜ちゃん夏音ちゃんを大切に想ってるはずなので、し、心配いりませんよっ」

 

 縁と賢生の言葉に、必死に古城を弁護する凪沙。

 「親バカめ」と、悠斗と凪沙は不意に思ってしまったが、口に出すことはなかった――。




悠斗と凪沙ちゃんは無傷な状態で、縁に発見された設定です。
ちなみに悠斗は、異境のことについても縁に話してあります。

話の中に、血の従者は主の体の一部を受け入れないと血の従者になれないとありますが、悠斗と凪沙ちゃんは神縄湖の時よりも強固な経路(パス)が形成され(もう獅子王機関の三聖も切り離すことは不可能)、凪沙ちゃんの中にも神々の魔力が循環してます。悠斗が渡した宝玉の効果がそれをブーストしてる感じですが。だからこそ、特別な血の伴侶ってわけですね。
そしてこれは主が死なない限り、血の伴侶として継続し続けます。


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黄金の日々 Ⅵ

投稿ペースが保てればいいのですが……。
ちなみに悠斗は、四聖獣が離れた今でも四聖獣の武器を使用することは可能です。


「入るぞ、古城」

 

 悠斗がそう言って、古城が横になっている研究の一室に入ると、そこには全裸で弁解している古城に、顔を真っ赤にし六式重装降魔弓(デア・フライシュッツ)を長剣状態にし古城に向けて振り回す紗矢華に、凍り付いたように固まる夏音。

 

「な……!?なんてもの見せるのよ、変態真祖っ!」

 

「お前がいきなり斬り掛かって来たせいだろうがっ!」

 

「うるさい、黙れ!灰になれっ!」

 

 顔を紅潮させながら、紗矢華が剣を振り回す。それはもはや、構えや型もあったものじゃない。古城は、無差別に振られる長剣を避けながら夏音を庇いつつ後退する。

 悠斗は溜息を吐いてから、古城と紗矢華の間に割って入り、

 

「――刀牙」

 

 キンッ、と甲高い音が響き、紗矢華は目を丸くし飛び退く。

 

「お前ら夏音を巻き込むな。夏音に何かあったらどう責任を取るんだ?んっ?」

 

 悠斗に気圧された古城と紗矢華は、

 

「「……す、すいませんでした」」

 

 そう言って、紗矢華は長剣を下ろし古城は安堵の息を吐く。

 

「ゆ、悠斗先輩。わ、私は大丈夫でした」

 

 夏音は、紗矢華と古城を弁護する。

 悠斗は刀を消滅させ、

 

「……まあ夏音がいいなら、手を引くけど」

 

 今一納得がいかない悠斗であった。

 ともあれ、古城は夏音が用意してくれた着替えに袖を通す。

 

「予想するに、煌坂は姫柊のことで古城を襲ったんだろ?」

 

 何で知ってるの?と目を丸くする紗矢華。

 まあ確かに、神代悠斗はこの件に関しては、何も知らされてない吸血鬼()であったはずだ。

 

「な、なんで神代悠斗が雪菜のことを知ってんのよ。あんたは、この件に関しては部外者の筈でしょ?」

 

「いや、思いっきり関係者だわ。件の詳細は、あいつに聞いた」

 

 開いたドアから入って来たのは、美しい長命種(エルフ)であり、紗矢華と雪菜の上司である――縁堂縁だ。

 

「し、師家様ッ!」

 

 その場で片膝を床に突け、敬いの格好を取る紗矢華。

 さすがに、この場に三聖筆頭の一人がいるなんて予想外すぎた。

 

「紗矢華、あんたはもっと平静さをつけることだね。平静さを取り乱すことは、任務の失敗に繋がるよ」

 

「は、はいっ!師家様っ!」

 

 頭を下げる紗矢華。

 やはりと言うべきか、さすがの貫録である。

 

「あんた……ニャンコ先生!?そうか、あんたがオレたちを見つけてくれたのか……」

 

「正確には、紅蓮の織天使の魔力を追っただけだよ。それよりも、身体の調子はどうだい?第四真祖の坊や?」

 

 古城は、坊やって、と口籠るが、縁から見たら古城はまだ数十年しか生きていない少年だろう。

 しかし古城が思うに、こんなに美人の女性が悠斗と死闘を繰り広げたなんて想像がつかない。

 

「おおよその事情は、雪菜から聞いてるよ。不肖の弟子たちが随分迷惑をかけてしまったね」

 

 破壊されたベットや、紗矢華を呆れ顔で眺め、縁が頭を下げる。

 思いがけず、殊勝な縁の振る舞いに、古城は肩透かしを食らったような気分で唇を歪めた。

 

「あ、いや……迷惑ってわけじゃないんだが……てゆうか、なんだ、この状況?ここは、いったい何処なんだ?」

 

「叶瀬賢生の研究所だってよ、古城。俺から姫柊に起きてることを説明してやる、叶瀬賢生、補足を頼んだぞ」

 

 悠斗が言うように、叶瀬賢生は模造天使(エンジェル・フォウ)について一番詳しい人物だろう。

 そして、縁の背後から現れた叶瀬賢生は、ああ。と頷く。

 

「姫柊の身に起きていること……?」

 

 古城は疑問符を浮かべる。

 

「古城。姫柊が発していた光、何かに似てなかったか?」

 

 悠斗の言葉に古城は記憶を遡り、一つの可能性に行き着く。

 ――あれは、悠斗と凪沙が纏っている守護の光の酷似しているではないか。

 

「ま、まさか。天使化……か?」

 

 古城は震える声で呟く。

 人間の身で天使に近付く、それは世界の理に反する者になるのだ。

 

「そうだ。姫柊の中では、模造天使(エンジェル・フォウ)が覚醒しようとしてる。――俺や凪沙のような特殊な吸血鬼じゃない限り、それは自殺行為だ」

 

 「じゃ、じゃあ、儀式はどうなってるんだよっ?」と、古城が訊き返す。

 確かに、模造天使を創り出す為には、人体を強制的に天使化させる為の高出力な霊的中枢が大量に必要でもあったのだ。

 

「人体が耐えうる限界まで強化された霊的中枢回路を七人分――それを一人の人間の体内に移植することで、ようやく完全な模造天使が生まれる」

 

 賢生が悠斗の言葉を補足する。

 夏音が、ビクッ、と体を震わせたが、賢生はそれを気にすることはなかった。

 

「あ、あいつが他人の霊的中枢を奪ったことなんて、これまで一度もないはずだぞ!?」

 

 古城の言う通り、雪菜は他人の霊的中枢を奪っていない。

 だが、雪菜の槍はそれに似た効果を発するのだ。

 

「第四真祖。剣巫には七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)があった」

 

 古城は賢生の言葉に「どういうことだ?」と、疑問符を浮かべる。

 

七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)の生成する神格振動波は、模造天使が発する神気と同一なものだ。剣巫の霊力を吸い上げて神気へと変換する七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)は、擬似的な霊的中枢とも言える。当然、それは剣巫の肉体に影響を及ぼすことになるだろう」

 

「それが、雪霞狼の副作用か――」

 

 古城はそう言ってから、表情を怒りに歪めて縁を睨み付ける。

 

「なんだよそれは!?ふざけてんのか!?あの槍は、お前ら獅子王機関が姫柊に使わせていたんだろうが!?」

 

 縁は古城に睨まれながらも、平静に話し出す。

 

「雪霞狼を使いこなせるのは、ごく限られた適合者だけでね。剣巫として未熟な雪菜が、お前さんの監視役に選ばれたのも、雪霞狼と極めて高い適性を持っていたからなのさ」

 

 縁がそう言って目を閉じた。少しだけ辛そうに首を振る。

 

「だがそのせいで、雪菜の天使化は獅子王機関の予想より速く進行しちまった。今回の件は、あたしたちにとっても想定外だったんだよ」

 

「でも、雪霞狼を使用しない限り、姫柊の日常生活に支障はないらしいぞ」

 

 悠斗が縁の言葉に付け加える。

 

「じゃ、じゃあ。姫柊がもう戦うことがなければ、天使化は防げるんだな!?」

 

「……そうだな」

 

 悠斗が言葉に詰まった理由は、雪菜はこの事柄が解決しない限り、戦場に赴き戦おうとするだろう。それは、雪菜の性格を知っていれば予想は容易いことだ。それは縁も同じことを思っている。なので縁は、あの指輪に賭けるしかない。

 

「……そうか。戦わなければ姫柊は消滅しないんだな」

 

 だが、雪菜は幼いころから過酷な訓練に明け暮れ、剣巫になる為だけに育てられたのだ。

 そんな彼女が、剣巫としての力を奪われる。それがどんなに残酷なことか、古城には薄々想像はできた。

 

「今の話、姫柊には――」

 

 古城はどうにかそれだけを口にする。

 縁は、少し困ったように肩を竦めた。

 

「あの子が起きたら、あたしの口から伝えておくよ。そんなわけで第四真祖――今日の所はお引き取り願えるかい?雪菜も、落ち込んでいる姿をお前さんに見られたくはないだろうからね」

 

「姫柊をほっといて帰れっ、ってことか?」

 

七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)は獅子王機関の秘奧兵器だからね。本来なら部外者に聞かせていい話じゃなかったんだ。それをお前さんに伝えたのは、あたしなりの誠意のつもりだよ」

 

 苛立つ古城を冷たく睨み返して、縁がそう言った。そして縁は、話を聞き呆然とする紗矢華を眺めて、

 

「後任の監視役が決まるまで、あんたには紗矢華をつけておく。ま、仲良くやっておくれ」

 

 え、私。と驚いたような顔をする紗矢華を、マジか。と古城は見下ろした。何しろ古城は、先程紗矢華に殺されかけたばかりである。

 紗矢華と古城は顔を見合わせ、二人同時に溜息を洩らした。

 勘弁してくれ、と落ち込む古城と紗矢華の横顔を、夏音は心配そうに見守っている。

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ~廊下~

 

 縁と悠斗が部屋から退出し、廊下の一角である物を手渡していた。

 それは縁と悠斗たちの話の中で話題に挙がった――白銀の指輪である。

 

「これであたしの役目は終わりだよ。――もし雪菜が無茶な決断をしたら、助けてやっておくれ」

 

「……俺に託すとか、敵だった奴を信用しすぎだと思うんだが」

 

「お前さんはあたしにとって好敵手だったからね。――だからこそだよ」

 

 指輪を受け取り、溜息を吐く悠斗。

 

「わかったよ。姫柊は後輩であり凪沙の友達だからな」

 

 縁は「素直じゃないね」と言って、ふっと笑う。

 

紅蓮の織天使(神代悠斗)――雪菜のことを頼んだよ」

 

「ああ。あんたの弟子は、模造天使(エンジェル・フォウ)にはさせないさ。最悪、俺の力で封じ込めるよ」

 

 

♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦

 

 ギターケースの中に雪霞狼が入ってることを確認して、雪菜はファスナーを締めた。

 叶瀬賢生に病室の代わりに用意された小さな実験室である。室内にいるのは雪菜一人だけ。気分が悪いと嘘をつき、賢生を追い払ったのだ。

 患者着に雪菜の髪には、銀色の蝶が止まっている。雪菜が呪術で創り出した蝶の式神だ。その式神を使って、先程の縁たちの会話を聞いていたのだ。

 

「雪菜ちゃん」

 

 一目を避けるように周囲を見回しながら、夏音が部屋に入って来る。彼女が胸に抱いているのは、綺麗に折り畳まれた彩海学園の制服だ。

 

「雪菜ちゃんに制服、洗っておきました。あと、これ。私ので、よかったら」

 

 そう言って、夏音が手渡してきたのは、新しい下着と靴下だった。多少気恥ずかしくはあるが、今の雪菜には有り難い心遣いだ。昨日からの海風と雨、戦闘によって雪菜の制服はくたくたな状態だったのだ。

 

「ごめんね、いろいろ迷惑をかけて」

 

 渡された制服に着替えながら、雪菜は夏音に礼を言う。

 渋る夏音に強引に頼み込み、雪霞狼と制服をこっそり運んでもらったのは雪菜なのだ。自分の我儘で夏音を苦しめるのは承知だったが、夏音が脱走を手伝ってくれると、雪菜は最初から確信していた。もしも夏音が雪菜の立場なら、きっと夏音も同じことをする。――雪菜はそれがわかっていたからだ。

 自分の存在が模造天使(エンジェル・フォウ)になって消滅したとしてでも、古城たちを助ける。――それが、雪菜の決断だったのだ。

 

「私のほうこそ、ごめんなさい、でした。私が模造天使(エンジェル・フォウ)になりかけた時には、雪菜ちゃんに助けてもらったのに」

 

 胸の前で両手を握り合わせて、夏音は泣き出しそうな表情を浮かべている。

 模造天使(エンジェル・フォウ)になりつつある雪菜を、自分の力では救えない。夏音はそれを嘆いているのだ。

 

「夏音ちゃんが謝るようなことは、何もないよ。それにあの時、夏音ちゃんを助けたのは暁先輩と神代先輩だから。ううん、あの時じゃなくて、いつも――」

 

 雪菜は首を振って優しく苦笑した。

 そう。雪菜が古城の監視を始めた時、古城はいつも誰かを助けようとし、悠斗も気だるそうにしながらも古城に助力していた。

 古城たちが吸血鬼の力を使うのも、誰かを助けようとする時だけなのだ。

 だからこそ、絃神冥駕と対峙する古城と悠斗――今では、暁凪沙もいる。自分は彼ら、彼女の為なら身を捧げても構わないと思っている。

 

「ひとつだけお願いを聞いてください」

 

 着替えを終え、ギターケースを背負う雪菜を見つめて夏音が言う。

 

「え?」

 

 雪菜は驚き、夏音を見返した。こんな時に願い事を言い出すのは、夏音らしからぬ行動に思えたからだ。夏音はそんな雪菜の手を握って、囁くように告げる。

 

「戻ってきて、雪菜ちゃん」

 

 涙に揺れる夏音の瞳を、雪菜は無言で見返した。夏音に嘘はつけない。約束はできない。だから雪菜は、精一杯の思いを込めて、一言だけ伝える。

 

「ありがとう」

 

 と、夏音と視線を合わせて。

 その時不意にドアが開き入ってそこに立っていたのは、雪菜と同じ制服に袖を通し、肩まで流れる髪をポニーテールに纏めている女の子――暁凪沙である。

 凪沙は「……そっか」と言って、両眉を下げる。

 

「行くんだね、雪菜ちゃん」

 

「ごめんね、凪沙ちゃん。どうしてもこれだけは譲れないの」

 

 凪沙を見る雪菜の瞳には強い眼差しが宿っている。

 

「……うん、わかってる。わたしも同じ状況に陥れば、雪菜ちゃんと同じ決断をしてるもん」

 

 凪沙は「……悠君。ごめんなさい」と呟く。

 

「――雪菜ちゃん。わたしも同行するね。戦力は多い方がいいでしょ」

 

 凪沙の提案に目を丸くする雪菜。

 きっとこの言葉の裏には「共犯者がいた方がお説教は緩和されるよ」という意味も込められている。

 

「いいの?たぶんだけど、神代先輩たちには私のことを止めるように言われてたんだよね」

 

「……うん。でも、わたしが雪菜ちゃんをお手伝いしようと今決めたから」

 

「ありがとう、凪沙ちゃん」

 

 そんな雪菜たちを見ながら、夏音は微笑する。

 

「――雪菜ちゃん、凪沙ちゃん。行ってらっしゃい」

 

「「――行ってきます」」

 

 そう言って、ギターケースを背負った雪菜と凪沙は夏音に微笑してから病室のドアを潜り、古城たちの元まで走る。

 こうして、絃神冥駕との戦いは刻々と迫っていく――。




凪沙ちゃんの神々に纏わる裏話?
なぜ凪沙ちゃんが眷獣の権利(融合)が可能かというと、四聖獣の元の宿主が悠斗ではないからなんですよね。
青龍は神代龍夜(父)、白虎は神代優白(母)、朱雀は神代朱音(姉)、玄武は一族に祀られていた眷獣(一族の呼びかけがあれば召喚可能)。それに凪沙ちゃんは両親の魂と出会い権利条件を満たしてますし。
特に朱雀との相性(融合)は、悠斗より適性があります。まあ朱音の魂を宿しているという要素もありますが、それを抜きにしても悠斗より適性は高いです。
逆に言えば、妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)の適性は悠斗の方が高いですね。

追記。
縁は三聖という立場もあり、冥駕との戦いには介入できない立場の設定です。


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