真GR(チェンジ!! ジャイアントロボ)~戯曲セルバンテス~ (いぶりがっこ)
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第一話

 男がやってくる。

 焦げ付いた匂いの残る、砂だらけの乾いた風を蹴散らして。

 男が通り過ぎる。

 その身の孤独を、血の色のゴーグルの奥に隠して。

 男が去っていく。

 無常の大地に、ただ転々と、男の足跡だけが道程を刻む。

 

 その男は、一体どれ程の時間を、こうして歩み続けてきたのだろうか。

 

 何カ月?

 何年?

 あるいは、それ以上か。

 

 男が歩み続けた時間に対し、しかし、世界が報いる事はない。

 男の眼前に広がるのは、ただ真っ黒に塗潰された無人の荒野。

 森も、街も、人も、全てが燃え尽きてしまった世界。

 何もかもが手遅れであった、世界の残滓のみである。

 

 幾たびもの刻を超え、幾つもの世界を渡り歩き、幾度となく、男はこの光景を目にしてきた。

 多重世界(パラレルワールド)

 この地上のあらゆる可能性の数だけ存在し、決して互いに交わり合う事のない平行線。

 だが、それぞれに因果の異なるはずの数多の世界の終焉は、いつも決まってこの光景であった。

 

 日没と共に絶望の夜を過ごし、夜明けには「せめて、あと一日」と、再び杖をその手に取る。

 未練とも執念ともつかぬ想いのみによって重ねられてきた男の歩み。

 

 その道程が、今、ついに終わりを迎えつつあった……。

 

「ふぅ……」

 

 大きく一つ息をついて空を見上げ、砂ぼこりにまみれたゴーグルを外す。

 開けた視界に広がるのは、心の底まで滅入るような、いつもの薄汚れた空のみであった。

 

(こんな時くらい、あの雲がのけてくたらなぁ……)

 

 ぼんやりと、子供のような我儘を思いながら、大の字になって、どぅっ、とばかり倒れこむ。

 体を傷めたわけではない。

 疲労に音を上げたわけでもない。

 例え純白のスーツが煤の色に染まり、上等なアラビア風のマントがほつれて破れ果てようとも、誇り高き戦士である男の体が衰える事などありはしないのだ。

 

 衰えたのは彼の心だ。

 世界征服を策謀する悪の秘密結社・BF団。

 かつて彼が忠誠を誓った、頂上の能力者達が集う組織の中にあって尚、重なり合う世界を渡り歩く使命をこなせるだけの能力を有した者は、男一人だけであった。

 

 自らに課した苛烈な任務を、今ここで彼自身が放棄したとして、誰が責める事が出来よう。

 幾星霜もの時をかけ、無限の孤独に耐えながら重ねられた男の歩みは、結局、人類にはひと握りもの可能性が残されていない、と言う事を確認するだけの作業に過ぎなかったと言うのに。

 

 

(……雨)

 

 雨。

 

 雨。

 

 雨が降る。

 死んだ筈の大地に、男の長旅を労うように雨が降る。

 

(全てが燃え尽きた大地にも、雨は降る、か)

 

 口元を濡らした一滴が、風景の一部となりかけていた男に、僅かに人間らしい思考を蘇らせる。

 

(何もかもが燃え尽きた大地、一度は煮えてしまった海。

 だが未だ大気は澄み、地球上のサイクルは、何ら変わる事なく繰り返されている……)

 

 呆然と巡る思考の中、雨足はいよいよ強さを増し、額のゴーグルを激しく叩きはじめる。

 

(こうして何千年、何万年と、同じ営みが繰り返されたなら

 やがて、この世界にも再び生命が戻り……。

 そして、その時は……、今度こそ燃え尽きる事のない世界ができるのであろうか?)

 

とりとめの無い、無意味な思考が男の脳裏に浮かんでは消える。

 

 感傷である。

 男にとってはあるまじき、そして、戦士にとっては唾棄すべき感傷であった。

 

 

 ――故に、気付くのに遅れた。

 

 

「……おかしい」

 

 魂に急速に火が灯り、同時に、屈強な肉体が大地に跳ね上がる。

 

「いかに自然のバランスの崩れた世界とはいえ、雨足が早すぎる……」

 

 嚢中に湧き上がる仮説をまとめるかのように、男が呟く。

 確かに、全ての理が燃え尽きてしまったこの世界の気候に、かつての常識は通用しない。

 今日の叩きつけるようなスコールに見舞われた事も、一度や二度では無かった。

 

 だが果たして、これほどの嵐とあってはどうか?

 何の前触れもなく、男の体を刻まんばかりに顎を広げたこの烈風。

 これすらも、過酷な自然現象の一部と割り切れるものなのか?

 

 否。

 

 男の体が覚えていた。

 そして、男の本能は感じていた。

 吹きすさぶ暴風の彼方より伝わる明確な悪意。

 知っている。

 これは異常気象でもなければ天変地異でもない。

 

 これは、兵器である。

 

 左手で降り注ぐ雨粒を凌ぎながら、ゴーグル越しに地平の彼方を睨みつける。

 果たして視線の先、荒れ狂う二本の竜巻を連れ添うように、その悪意が形となって空を覆った。

 

「おお!」

 

 思わず嘆息が漏れる。

 UFO、或いは鋼鉄の深海魚と呼ぶべきか。

 巨大な中華鍋を上下に張り合わせたかのような円盤型のフォルム。

 その正面に、鼻のように突き出したセンサー。

 何らかの宗教的な意図すら感じられるアンテナに、機械の兵器らしからぬ瞳の紋様。

 よもや見紛う筈もない。

 それはかつての彼の同胞、草間博士が造り出した兵器のひとつ――。

 

「ウラエヌスの仕業か!?」

 

 驚嘆の声を上げる男を脇目に、漆黒の鉄塊【ウラエヌス】が宙を往く。

 嵐の中、竜巻を従えて悠然と進むその姿は、さながら深海の主の威容である。

 

「だが、どういう事だ?

 全て生命が燃え尽きたこの世界で、誰がアレを動かせるというのだ。

 ヤツは、ウラエヌスは誰と戦っていると? あるいは……」

 

 

【ピィイイイイィイィィイィン】

 

 

 男の詮索を遮るかのように、ウラエヌスが独特の金切り音を上げる。

 ぎりりと歯を喰いしばる男の眼前に、唸りを上げる竜巻の片割れがじりじりと迫っていた。

 

 「あるいはまだ、この世界は燃え尽きてはいないと言うのか!?」

 

 

『ドリルッ ハリケェーン!』

 

 荒れ狂う猛竜巻が男を呑み込まんとした、まさにその時、若者の雄叫びが天空に轟いた。

 驚く暇もない。

 間髪入れず烈風の大渦が横合いから吹き抜け、男の眼前の竜巻を呑み込みにかかる。

 竜巻 対 竜巻。

 相食む二頭の竜が絡み合い、そして相殺する。

 礫の一つが男のこめかみを掠め、目じりの脇に一筋の紅い線を引く。

 

「これは……」

 

 呆然と男が呟き、上空を見上げる。

 そこには鋼鉄の螺旋を右手に描き、彗星の如き速度でウラエヌスへと迫る悪魔の姿があった。

 

 そう、悪魔、だ。

 男の背中がぞくりと泡立ち、凄まじき闘争の記憶が鮮やかにフラッシュバックする。

 あれはかつて、世界を燃やし尽くした悪魔の兄弟。

 天空を統べる黄金の巨人。

 

「まさかッ! GR3か!?」

 

『目だアァ――ッ!!』

 

 驚愕と咆哮の声が同時に轟き、巨人のドリルがウラエヌスの左目に深々と突き刺さる。

 

【ピィイイイ―】

 

『悪足掻きを、喰らえ、ドリルヘッド!』

 

 滅茶苦茶に暴れ始めたウラエヌスに対し、巨人は右のドリルを突っ込んだまま、左脇で対手の「鼻」をガシリと抱え込み、頭部に生えた大きな角を新たに突き立てた。

 たちまち角は螺旋を描き、ウラエヌスの強固な装甲を穿ち始める。

 

「なんだ……? 何と言う戦い方をする」

 

 吐き捨てるように男が呟く。

 GRシリーズの中でも造形美に秀でた細身のボディ。

 かつてはそこに、ある種の気品すら感じさせていたGR3。

 そんな優雅な外見とはかけ離れた醜悪なる戦法に、思わず顔が引き吊る。

 

「……だが、それでも似ている。

 武装やサイズは異なるが、やはり、あれはGR3」

 

 ぐっ、と男が一つ喉を鳴らす。

 GRシリーズ。

 それはかつての同胞、草間博士が最高傑作の一つ。

 地上を焼き尽くすほどの力を有した鋼鉄の巨神と、それを守護する兄弟たちの総称である。

 

 だが、GR3が草間博士の賜物ならば、相対するウラエヌスもまた草間ナンバー。

 どうにも振り切れぬ対手に痺れを切らし、まるで癇癪を起した子供のように、自らが生み出した猛竜巻へと遮二無二突っ込む。

 

「ム……、いかんな。

 アレでは翼が使えぬ」

 

 竜巻と鉄塊。

 質量と暴風に挟まれ、サンドイッチとなったGR3が、ミリミリと哭く。

 いかにGRナンバー中、最も飛行能力に長けたGR3と言えども、あの巨体である。

 出鼻を猛竜巻に抑えられた現状では逃れる術がない。

 そして、このまま我慢比べが続いたならば、恐らく先に音を上げるのは、コンセプトの段階で装甲を犠牲にしているGR3の方だろう。

 

(どうする? この場はこのまま、事態を静観しておくべきか……)

 

 目まぐるしく変わる状況に対し、男が思考を回転させる。

 眼前で死闘を繰り広げているのは、共にかつての同胞である、BF団のロボットである。

 一体いかなる事情で、かかる事態に陥ったのか、判断する材料は皆無に等しい。

 どちらを助成するべきなのか。

 選択を誤れば、ようやく見つけた未来の可能性を、自ら摘み取りかねない状況であった。

 

 ただ一つ、両者分ける要素があるとすれば、GR3の内部より発せられた「声」であろう。

 加えてGR3のとった戦法は、見ようによっては竜巻から男を守るかのようであった。

 その後、ウラエヌスを相手に見せた我武者羅な戦法もまた、傍目には極めて「人間臭い」戦い方であるように思えた。

 

「やはり……、助けるべきはGRだ」

 

 グッと両の手を力強く握りしめ、ゴーグルの奥にギラついた輝きを宿らせる。

 かつて悪鬼天魔とまで謳われた【十傑集】に名を連ねる男が見せる、本気の表情である。

 その鋭い眼光の前では、ウラエヌスの堅牢なる鋼鉄の装甲も、ゆうに十倍を超す対格差も、搭載された諸々の兵器群すらも、物の数ではない。

 

 独特の呼気を響かせ、ゆっくりと、男が肺腑に満ちた酸素を吹き放つ。

 その動作に合わせたかのように、男の周囲の空間が揺らぎ、迫りくる暴風雨が眼前で真っ二つに割れ……。

 

 ――と。

 

「あのロボになら加勢は無用ですよ、十傑集【幻惑のセルバンテス】殿」

「何?」

 

 まさに攻撃に移らんとした刹那、絶妙なタイミングで傍らから声をかけられた。

 高まった気勢が殺がれ、雲散する。

 反射的に振り返った先にいたのは、スーツ姿の細身の男であった。

 懐かしい顔に、思わず戸惑いがこぼれる。

 

「君は……」

 

「しばし、高みの見物と洒落こんでもらって結構。

 面白いもの見られるのは、これからですよ」

 

 

『チィッ! 一筋縄じゃいかないようだな』

 

『チェンジしろ、隼人!

 こう言う一つ覚えのパワー馬鹿相手には……』

 

『ハイ!ハイ!ハーイッ! おれだ、おれ!!

 ここは俺の出番だぜぇ! お二人さん!』

 

荒れ狂う猛竜巻に軋むコックピットの中、突如割り込んできた、緊張感のカケラもない通信に、拍子抜けしたGR3パイロット・神隼人が、思わず自嘲の笑みを浮かべる。

 

『フン、馬鹿には馬鹿か……。

 いいだろう、やってみろムサシ! オープゥンッ』

 

威勢の良い掛け声と共にレバーが倒され、一転、防戦一方だったGR3が驚異的な変化を遂げる。

竜巻相手に丸め込まれていたその姿が、一瞬、縮こまったかに見えた刹那、鋼鉄の巨体は三台の戦闘機へと分離して、吹きすさぶ暴風を却って利用する形で、一気に天空へと舞い上がった。

 

「なんと! GR3が、変形しただと!?」

 

「そう、あれこそが新たなるGRナンバーの形。

 そして、水と風を武器とするBFロボ・ウラエヌスが相手ならば……」

 

 GR3の性能からは想像もしなかった仰天動地の脱出法に、セルバンテスが驚愕の声をあげる。

 だが、それにも増して彼を驚かせたのは、その後、三台機がとった行動であった。

  

『へへっ、待ーってました!

 チェンジッ!GR――2!!』

 

 豪快なる叫び声と共に、三台の戦闘機が一直線に駆け上がり……。

 そして、空中でド派手にクラッシュしたではないか!

 

「なッ!?」

 

 驚く間もない。

 超高速のドッキングで三機が鋼鉄のミンチになったかと思われた刹那、鉄塊より武骨な手足がズドンと飛び出し、その全身が青黒く変色していく。

 ニョキリと生えた巌のような顔面に、特徴的な三日月の刃がジャキリと展開する。

 

 知っている、その無骨な面立ちは、GR3と同じ悪魔の守護者、GR2。

 

「馬鹿なッ、GR、2、だと?」

 

「その通り!

 元々、異なる状況での戦いを想定し設計されていた3台のロボ。

 そのコンセプトを、金属の分裂、変形による分離合体で再現し、臨機応変に使い分ける。

 それこそが、ゲッター線のもたらした【真・GR計画】なのです」

 

「ゲッター、線……?」

 

 スーツ姿の男の突拍子の無い言葉に、セルバンテスが眉をひそめる。

 知っている。

 その言葉は、()()()()()燃え尽きる前の世界において、耳にした記憶があった。

 

 気宇ばかり壮大で、一向に実用化の向きをみない、理屈倒れの次世代エネルギーとして。

 

【ピィイイイイィイィィイィン】

 

 束の間の思考の世界を突き破り、小癪な敵を仕掛けんと、ウラエヌスが竜巻をけしかける。

 確かにこの荒れ狂う風は、空戦に特化したGR3には有効な戦法であっただろう。

 だが今、ウラエヌスの眼前にいるのは、海中戦を想定し、超深海層での運用にすら耐え得る重装甲を有したGR2である。

 

『ワッハッハ!

 ムダムダ、そんなチンケな竜巻じゃあ、このGR最強の男には通じやせんのよ!』

 

 2号機パイロット・巴武蔵の威勢のいい啖呵を響かせつつ、ズン、とGR2が大地を揺らす。

 迫りくる竜巻を真っ向から掻き分け、その視界にウラエヌスの機影を捉えるや、両の豪腕をすっくと突き出す。

 

『うりゃあぁ――っ!

 行け!ダブルロケットパァーンチィ!!』

 

 絶叫と共にGR2の瞳が瞬き、ズバン! と両手が射出される。

 スーパーロボットの代名詞、堅牢な要塞すら容赦無くブチ砕くであろう、圧倒的な速度と質量。

 

 だが今回、それを両腕共にの撃ち出したのは、いささかに博打が過ぎた。

 

【ピィイイイイィイィィイィン】

 

 迫りくる鉄拳に対し、ウラエヌスが再び烈風を巻き起こす。

 たちどころに展開した風の障壁が、その軌道を、横凪に左右へと逸らす。

 目標を失った両の腕が、勢いのままに虚空の彼方へと消え去っていく。

 

『……へっ? う、うわあぁーっ!?』

 

 呆然と立ち尽くGR2めがけ、たちまちありったけの水弾が浴びせられる。

 両腕と言うウエイトを失った鋼鉄の巨人が、猛烈な反撃の前に成す術もなく転倒する。

 何とか体勢を立て直そうというGR3の眼前に、後続の水弾が矢継ぎ早に降り注ぐ。

 

『クソッ、このお調子モンが』

 

『バカッ!バカ! 何やってやがる! もういい、代われ、ムサシ!』

 

『ま、待てっ、待てって竜馬! GR2の本気はこれからだ……よっ、と!』

 

 武蔵の掛け声と同時に、ガギョン、という一際大きな音が響き渡り、巨大な掌がウラエヌスを挟み撃ちにする。

いつの間にか、武蔵は両椀を大きく旋回させ、ウラエヌスの両脇を抑えていたのだ。

 

『ドリャアァアァァ! 大雪山・おろしイイィイィィィッ!!』

 ロケットが火を噴く! 

 武蔵の絶叫が再び轟き、ウラエヌスを掴む両椀が、狂ったかのように猛旋回を開始する。

 バランスを崩したウラエヌスが、自ら作った暴風の中へと飛び込み、制御不能となって巻き上げられていく。

 

『よしッ! 今度こそ行くぜ、オープゥン、ゲェーット!』

 

 チームリーダー、流竜馬の叫びが轟き、ロボは再び三台の戦闘機に。

 瞬く間に音速の世界を超えてウラエヌスの背後へと回り込む。

 

『チェーンジッ GR……1ッ!』

 

 勢いのままにレバーが倒され、戦闘機が流れるような動きでドッキングする。

 鮮やかな魔術のように中空で機体が姿を変えていく。

 鈍い銀色の輝きを放つ装甲。

 背中に負った二門のロケットブースター。

 古のファラオのような風格を漂わせる瞳。

 

 そして――!

 

 

【 ガ オ ォ オ オ ォ ォ ン ! 】

 

 

「……ジャイアント、ロボ」

 

 そして、セルバンテスは再び聞いた。

 かつて世界の終わりを告げた、鋼鉄の悪魔の咆哮を……。

 

 

『うおおぉォ――ッ! ブチのめせ、ロボッ!

 ジャイアントロボの本当の恐ろしさを味あわせてやれ!』

 

 裂帛の気合を込め、竜馬が操縦桿を握り締める。

 あたかもそうする事が、愛機に無限のエネルギーを与えるかのように。

 

 主の意思をくみ取るかの如く、GR1の装甲が異変をみせる。

 胸元からこぼれた淡い輝きが、徐々に力強い光となって、両肩、肘先を通過する。

 閃光放つ両の掌がバチバチと帯電し、強大なオーラが光球の形をとって膨らみだす。

 

 その光景を目にした途端、セルバンテスの全身が総毛だった。

 知っていたる。

 その輝きが、何を意味する物であるのかを。

 

「イ、イカン!? それを使ってはならん」

 

 

『ストナアァ……』

 

 

 セルバンテスの叫びは届かない。

 既にGR1はウラエヌス目がけ、光球の投擲体勢へと移っていた。

 

「やめるんだッ! それを使っては――」

 

「大丈夫ですよ、セルバンテス殿。

 あの光球は、世界を燃やし尽くすための力ではありません」

 

「何だと?」

 

「御覧なさい」

 

 

【ピィイイイイィイィィイィン!!】

 

 

 おぞましいばかりのエネルギーの潮流から逃れようと、ウラエヌスが出力を上げ 、ありったけの暴風を解き放つ。

 だが、竜巻は閃光の前で力を失い、GRを掠める事もなく消え失せて行く。

 

 その輝きは絶望の光。

 あらゆる物質のエネルギーを奪い、己が輝きへと変える最凶の兵器――。

 

【アンチ・エネルギー・システム】の光の輝き。

 

「……ですが、あの光が地上を焼き尽くしたのは、今や40年以上も昔の事。

 あの時、燃え尽きかけた世界を救ったゲッター線が、光球の制御法を教えてくれたのです」

 

 

『――サァン、シャァイィィーンッ』

 

 

 スーツの男の言葉に呼応するかのように、遂に光球が放たれる。

 薄緑のコロナを纏った小型の太陽が、たちまちウラエヌスの全身を包み込む。

 

「あの光球を覆う緑色のオーロラ。

 あれこそがゲッターエネルギーの障壁です。

 光球はあの障壁の外に溢れること無く、内部に捕われた敵のみを焼き尽くします」

 

「だが、光球がウラエヌスのエネルギーを吸い尽くせば、次はゲッター線を呑み込むであろう。

 そうしたアンチエネルギーの力は連鎖反応を生み、やがて、未曾有の消滅を引き起こすのではないのか?」

 

「ところが、そうはならないのです。

 何故ならばこの地上おいて、あのゲッター線のみが、アンチ・エネルギーに対抗出来る唯一無二のエネルギーなのです。

 理論は未だ不明ですが、ゲッターの輝きは、あの光球に侵されざる神秘を宿しています。

 故に二つのエネルギーは吸収しあう事なく相殺し、やがて、虚空へと拡散します」

 

「なんと……」

 

【ピイィ……】

 

男の説明が終わるのに合わせたかのように、エネルギーを失ったウラエヌスが、塵芥と化して大地に沈む。

程なく、白色の閃光が周囲を染め上げ、後には静寂のみが残った。

 

 

「あらためて紹介しましょう、セルバンテス殿

 彼らが、現在のGRを動かしている、GRチームの三人です」

 

「この子達が……」

 

 流竜馬、神隼人、巴武蔵――。

 真正面から向き合った少年達の若さに、セルバンテスが驚きの声を漏らす。

 

 一人は空手着の上から学生服を羽織った、燃えるような瞳の少年。

 一人は長髪をたなびかせ、冷めた表情の中に一抹の危うさを感じさせる長身。

 そして一人は、工事用ヘルメットに赤胴というありあわせの防具をまとった、愛嬌のある太っちょ。

 

 生気が漲っていた。

 いずれもこの、草の根一本育たぬ大地で生き抜いてきた強かさを、全身で感じさせる少年達。

 かつてのジャイアントロボの操縦者であった少年とのギャップに、思わず苦笑する。

 

 もっとも、少年達から言わせるならば、この無常の荒野に突然現れた、アラビア貴族風のスーツ姿の男の方が、よっぽど胡散臭い存在であったのは間違いない。

 やがて痺れを切らしたかのように、竜馬が口を開いた。

 

「なあ、軍師さんよォ

 本当にこの怪しいオッサンが、アンタの探していた【救世主】だって言うのか?」

 

「救世主? 私が、かね?」

 

 少年の思わぬ言葉に、セルバンテスがスーツの男を見やる。

 一方、竜馬から軍師と呼ばれた、その男はと言えば、涼しい顔で煙管をくゆらせている。

 

「ええ、間違いありませんよ、流君。

 少なくとも、このままあの【神の軍団】と、不毛な戦いを続けるよりは

 よっぽど勝算を持った男ですよ、彼は」

 

「――今一つ話が見えて来ないのだが、その、神の軍団とは」

 

「無駄話はそのくらいにしておいた方がいい」

 

 セルバンテスの言葉を遮り、ぶっきらぼうに隼人が言い放つ。

 程なく、地平の彼方より、大地を揺さぶる地響きが聞こえてきた。

 

「クソッあんにゃろうども、もう来やがったのか!」

 

「三人は急いで撤退の準備を、ゲットマシンで浅間山に帰還します」

 

 男の指示を受け、三人が慣れた動きでGRへと乗り込む。

 直ちに周囲に慌ただしい空気が満ちる。

 

「……一体、何が来るというのかね?」

 

「我々の『敵』ですよ。

 セルバンテス殿、よくご覧になっておいて下さい」

 

 男に促され、セルバンテスが地平を睨み据える。

 大地を埋め尽くし蠢く黒色の群れ、その正体を理解した瞬間、セルバンテスに戦慄が走った。

 

「うっ!?」

 

 西の大地を駆けるは、灼熱の太陽の如き力を秘めた人頭獅子、BFロボ【スフィンクス】百頭。

 

 東の大地に漂うのは、雷を操るまつろわぬ神の化身、BFロボ【シン】百体。

 

 北の大地より迫るは、天文を統べ、万物を凍らせる巨大顔面、BFロボ【ウラヌス】百機。

 

 さらにその奥、日食すら想起させるひたすらに大きな黒い塊、BFロボ【大壊級・ラー】。

 

 そして、大壊球の上に神体の如く鎮座するは、かつての【GR計画】の要石。

 BF団最強の兵器。

 

 神体ガイアー。

 

 ジャイアントロボと共に、地上の全てを燃やし尽くした災厄の象徴……。

 

「ガイアーだとッ! バカな!?

 ジャイアントロボと共に機能を停止したハズではないのか?」

 

「あれが【神の軍団】です。

 地球が燃え尽きたあの日から四十年余り……。

 ここまで生き延びてきた人類を、再び滅ぼさんとしているのですよ。

 我々がようやく地下から抜け出した、ここ一年ほど前から、ね」

 

「……!」

 

 セルバンテスの呻きは、もはや言葉にならない。

 地球が燃え尽きたあの日に、共に消滅した筈のBF団とBFロボ。

 かつての同胞たちが、よもや過去の亡霊と化して、運命の輪から逃れつつあった世界を呪い殺さんとしていようとは。

 忠実なるBF団の戦士たる彼にとって、我が目を疑うような事態であった。

 

「――さあ、今はこの場を離れましょう

 まずはあなたに、もっとこの世界の事を知っていただかなければ」

 

「……分かった、ひとまずは、君たちの指示に従うとしよう。 

 ああ、ところで」

 

 と、そこで一つ言葉を切ると、セルバンテスは、ややとぼけた調子で再び口を開いた。

 

「……こちらの世界でも君の事は【白昼の残月】君と呼べばよいのかな?」

 

「私の名前など、好きなようにお呼びくだされば結構ですよ、幻惑のセルバンテス殿」

 

 セルバンテスの問い掛けに対し、その、スーツ姿の男……、

 中国王朝風の帽子を被り、包帯を覆面のように巻きつけた、極めて胡散臭いスーツ姿のその男は、不敵な笑みを浮かべてそれに応じた……。

 

 

 




 第一話をお読みいただきありがとうございます。

 本作はご覧のとおり、GR=ゲッターロボ=ジャイアントロボ。
 つまりジャイアントロボにオープンゲットさせりゃ良いのか、と言うネタから始まったクロスSSです。
 陸・海・空と、それぞれに同じ役割を持つ両シリーズですが、ナンバーごとの割り振りが違うため、二号機に武蔵、三号機に隼人をあてがっております。
 下に覚書を置いておきますので、何かの参考にどうぞ。

・GR1(パイロット:流竜馬)
 陸戦型、ファラオ顔の主人公機。
 燃え尽きる日ベースなので、ミサイル、バズーカは無し。
 物騒なアンチ・エネルギーへの対抗策にゲッター線を用いた、危険極まりない複合炉心が売り。
 格闘が得意な砲戦機。

・GR2(パイロット:巴武蔵)
 水中戦型、戸田先生をして「完璧なデザイン」と言わしめた三日月が自慢。
 陸上で特に弱いわけでもなく、頑丈だが機動力がないと言う訳でもない。
 男のロマン、ロケットパンチもある、強い。

・GR3(パイロット:神隼人)
 空戦型、三機の中で一番線が細い。
 GR1にドリルが似合わない等の理由から、こちらが隼人用に。
 ゲッター翔とかネオゲッターとか、そんな感じ。








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第二話

 ――終末の光景が、見渡す限りに広がっていた。

 

 灰褐色のひび割れた大地の上に、生命の痕跡を真っ黒に塗りたくった世界が 、地平の果てまで延々と続く。

 所々、風化した瓦礫の跡が文明の名残を覗かせなければ、安っぽいテレビゲームのように、背景が延々とループしているのではないかという錯覚すら覚える有様である。

 せめて、黄昏時に相応しい茜色が大地を染め上げてくれたならば、 戻らぬ時間の大きさに涙を流す事も出来ようが、天空を覆い尽くすのは、心の底まで滅入らんばかりの曇り空。

 いかに凄惨なる風景とは言え、こうまでに色味も変化もないと、流石に三日で慣れる。

僅かばかりの希望に駆り出され、延々と変わらぬ光景を拝み続ける事になったこの男……。

 BF団十傑集・幻惑のセルバンテスともなれば、尚更である。

 

「――やはり君も、元の世界が恋しいと思うかね?」

「ん?」

 

 セルバンテスに問われた竜馬が、操縦桿片手に曖昧に応じる。

 答えを決めかねているというよりも、質問の意味を理解できてないのようであった。

 

「ワケ分かんねえ事を言うおっさんだな。

 恋しいも何も、俺が物心つく前から、世界はこんな有様だったんだぜ。

 四十年前の話だ。

 アンタだって元の世界の事なんざ、ロクすっぽ覚えちゃいないだろうに?」

 

「……む、ああ、そうか。

 そう言えば、そういう事になっているんだったね、迂闊だった」

 

「何だよ、そりゃ……?」

 

 要領を得ない中年の言葉にぼやきつつも、少年の目がレーダーを追い続ける。

 二人を乗せたゲットマシンは、目的の地へと近づきつつあった。

  

「っと、見えてきたぜ、あれが俺達のねぐら、早乙女研究所さ」

「ほう」

 

 竜馬に促され、セルバンテスが興味深げに地上を見下ろす。

 と、言っても、風光明媚な地として知られた浅間山は既に無く、そこには赤黒い岩盤がぶつかり合っては断層を刻む、代わり映えのしない終末世界の山岳が広がるのみであった。

 山裾の一角に、焼け焦げた巨大なパラボナアンテナの名残が無ければ、あるいは当の竜馬ですら、その地が自分たちのホームであることに気付かないのではあるまいか。

 

「見たところ、あの建物はすっかり朽ち果ててしまっているようだが……?」

 

「あれは旧研究所だ。

 俺たちの今の住居は地下にあるのさ」

 

 言いながら、竜馬が機体を旋回させる。

 ゲットマシンはそそり立つ絶壁の中央、岩肌を分割する渓谷のような断層の隙間を、器用にも縫うように進んでいく。

 やがて、断層は徐々に広がりを見せ始め、壁面に掘られた無数の虚穴から、文明の光がぽつり、ぽつりとこぼれ始めた。

 

「これはまた……!

 フフ、まるでかつての梁山泊のような要害ではないか」

 

「またワケのわかんねえ事を……、まぁいいや、格納庫はもうすぐだぜ」

 

 程なく、二人を乗せたゲットマシンは、一際大きな虚穴から延びる滑走路へと気体を躍らせた。

  

「おお!」

 

 機体より降り立ったセルバンテスが、思わず嘆息をもらす。

 無理もない。

 彼の眼前に現れたのは、かつてのBF団の本拠と比べても遜色ない、近未来的とも形容すべき巨大なハンガーであった。

 

「素晴らしい、地獄のような荒野の世界に、これほどの技術が残っていようとは」

 

「……っつても、ここは四十年前の建物をそのまま使っているらしいからな。

 立派なのはここと、あとは研究所の中枢だけだぜ」

 

 半開きになった鉄扉の隙間を潜り抜ける。

 瞬間、聴覚を丸ごと奪われるかのような猥雑な「声」が、セルバンテスを包み込んだ。  

 成程、竜馬の言う通りであった。

 視線の先にあったは、ひび割れ、崩れかけた広い廊下に、百年は時代が遡ろうかという典型的な坑道が巡らされた、実に雑多な風景であった。

 だが、それ以上にセルバンテスを驚かせたのは、そこが『人』の世界であった事である。

 

 一体どこから拾い集めてきたのか、朽ちかけたクズ鉄の山を吟味するヒッピー風の男たち。

 図面を片手に声を張り上げ、延々と言い争いを続ける白衣と土方。

 混沌とした人並みを縫うように駆ける、薄汚れた格好の子供たち。

 まるでどこぞの闇市にでも紛れ込んだのではないかと錯覚してしまうような、熱気に満ちた猥雑な世界。

 セルバンテスが長らく忘れていた『人』の住まう世界がそこにはあった。

 

「……何とも、凄まじいものだな。

 ここが研究所なら、彼らもまた『所員』と言う事になるのかな?」

 

「まっ、研究所っつっても、ガキの頃からここは俺らの家みてえなもんさ。

 何でもこの施設の地下じゃあ、【シズマドライブ】の発電設備が生きてて、それでここの人間の生活を賄っているんだとよ」

 

「何と……、シズマドライブが!」

 

 竜馬の言葉から飛び出した予想外の言葉に、セルバンテスが興奮の声を上げる。

 

 シズマ・ドライブ。

 それはかつて、セルバンテスが巡った多重世界の中で、『幾人かの』シズマ博士が実用化に成功した、次世代エネルギー理論の総称である。

 完全無公害、完全リサイクルを謳うそのシステムは、人々から第三のエネルギー革命としてもてはやされ、世界の繁栄を約束するものであった。

 

 短くセルバンテスがうなる。

 確かにこの世界にもシズマドライブによる発電設備が現存していると言うのならば、この過酷な環境の中で、人類が生き延びていた事に対する説明がつく。

 

(だが、どういう事だ?

 ゲッター線とシズマドライブは、本来、相容れない理論であるはず)

 

 ふと疑問が浮かび、思わず首を傾げる。

 ゲッター線なる存在が数多の世界で発見されながら、その全容が解明されなかった理由。

 その理由の一端が、シズマドライブの発明にある。

 

 常に暴走の危険性を孕むゲッター線のエネルギー開発は、次世代エネルギーとしての安定性、実用性に秀でたシズマドライブの登場により、急速に開発熱を失い、廃れていく事になる、と言うのが、大筋の世界の歴史であった。

 そんな、本来競合相手であるはずのシズマドライブを、ゲッター線研究の中核に使うなどと言う発想は、これまで彼が渡り歩いた世界には存在しない、埒外の発想であった。

 

「ふふっ、これは俄然、興味が湧いてきたな。

 次世代エネルギーの主流が既に確定していたと言うのならば、

 一体この施設は、何のために建造されたと言うのかね?」

 

「ん? ああ、いや……

 俺はその、四十年前の人間じゃねぇし、詳しい事は……」

 

「ゲッター線研究の目的は、初めから次世代エネルギーの開発には無かったのですよ」

 

 しどろもどろとなった竜馬の言葉を引き継ぐ形で、後方よりスーツ姿の包帯頭が現れる。

 件の胡散臭いスーツの男、白昼の残月であった。

 

「ほう、どうやら『軍師殿』は、そちらの事情に詳しいと見える」

 

「まあ、その辺りの話はおいおい……。

 竜馬君はここらで結構ですよ、次の出撃まで羽を休めておいて下さい」

 

「そうかい? じゃ、後は好きにさせてもらうぜ

 それじゃな、おっさん。

 博士に会うなら心の準備をしといた方がいいぜ」

 

 などと軽口を叩きながら、竜馬が人だかりに消える。

 若きGRのパイロットは、やはり人気があるのか、先々で声をかけられては威勢良くそれに応じている。

 

「ふふ、あれじゃあ羽を休めているのか広げているのか、分かったもんじゃありませんね」

 

「ふむ、ときに残月君、『博士』と言うのは?」

 

「さて、竜馬君がどちらの事を言ったのかは分かりませんが……。

 セルバンテス殿にはまず、ここの所長である、【早乙女博士】にお会いしてもらいます」

 

 そう言って、つかつかと残月が歩き始めた。

 人だかりに消える竜馬の姿を見届けた後、セルバンテスもその後ろを追った。

 

 

 乾いた靴音を響かせ、二人が長い廊下を進む。

 おそらくは施設の中枢へと近づいているのであろう。

 床や外壁の崩れは徐々に目立たなくなり、対照的に、行きかう人々の姿は、徐々にまばらになり始めていた。

 周囲を見渡しながら口髭を撫で付け、ポツリとセルバンテスが問いかける。

 

「……先ほどの話の続きだがね」

 

「ゲッター線研究の目的についてですか?」

 

「うむ。

 ゲッター線研究の目的、あるいは……、軍事利用、ではないのかね?」

 

「…………」

 

 セルバンテスの口調に、珍しく緊張の色が混ざる。

 無理からぬ事である。

 セルバンテスの脳裏には、かつて別の世界において目の当たりにした、ゲッター線の暴走事故による惨劇の跡が蘇っていた。

 

 二十六名もの所員が一夜にして消失したという、前代未聞の事件。

 強大なエネルギーの放出により燃え尽き、蕩け、放棄された設備。

 実験用のロボットの暴走により刻まれたのだと言う破壊の爪痕。

 ゲッター線の未知の反応により結晶化した、まばゆいばかりの金属の世界。

 

 かつての原子力のと同等。

 いや、制御法が未解明である事を鑑みれば、ゲッター線の脅威は遥かに上であろう。

 そういう意味では、ゲッター線のエネルギーは確かに『光球』に対抗しうる可能性を秘めていたとも言える。

 

 ふう、と一つため息を吐いて、何か諦めたように残月が口を開く。

 

「その推論は、当たらずとも遠からず、と言ったところでしょうか?

 と、言うよりも、セルバンテス殿。

 その問いに対する答えは既に先ほど、あなた自身が目にしているはずですよ」

 

「……?」

 

「この世界のゲッター線は、初めからアンチ・エネルギーシステムへの抑止力。

 地球を燃やし尽くすであろうジャイアントロボへの対抗策として

 研究が進められていたのですよ」

 

「まさか!」

 

 予期せぬ残月の言葉を、反射的にセルバンテスが否定する。

 かつて、人類が繁栄を謳歌していた近未来。

 あの頃、ありとあらゆる世界に天才的な化学者、稀有な能力者の類が星の数ほど存在していたが、それでも尚『地球の燃え尽きる日』を避けられた世界は皆無であったのだ。

 

 今ここに、アンチ・エネルギーシステムの危険性を早期に把握し、その対策のためだけに、モノになるかも分からない未知のエネルギーの研究を推し進めていたプロジェクトが存在すると言う。

 セルバンテスにとって晴天の霹靂であった。

 

「ですが、可能性としては十分に考えられる事でしょう?

 あなたのように、偶然、GR計画が及ぼす災厄を予知できた能力者がいて。

 同じ時代に、偶然、ゲッター線の持つ可能性に気が付いた科学者がいたとして。

 そんな二人が、偶然にも出会う事が出来た世界が存在するならば……」

 

「それが、この世界だと――」

 

 

ド ワ オ ッ!!

 

 

「なっ!?」

 

 突如として後方で爆風が巻き起こり、分厚い鉄扉が弾け飛ぶ。

 二人が会話を中断し、巻き起こる黒煙を睨み据える。

 やがて煙の先から、分かり易い危険人物像を体現したかのような、ギョロ目の禿頭がひょっこりと姿を見せた。

 その姿を見た残月が、大きくため息を吐き出す。

 

「……敷島博士、またですか」

 

「ヒヒ! なんじゃ、軍師のボウヤか。

 何、例のリモコンを解析しとった所なんじゃが、ちぃっとばかし欲張り過ぎたわい……っと!」

 

 敷島と呼ばれた分かり易いマッドサイエンティストは、そこでセルバンテスの存在に気付き、眼球の大きく飛び出した右目を、にゅっと彼の方へと向けた。

 歴戦の十傑集・幻惑のセルバンテスも、男の圧倒的な個性の前に思わず鼻白む。

 

「ムホホ! そうか、お前さんがボウヤの言ってた『救世主』どのか!

 ええ! 実にええ体つきをしとる、

 どうじゃ? ワシの実験に付き合ってみる気はないかね」

 

「あ、いや……私は」

 

「ああもうメンドくせぇ! この際全身をビルドアップしてみるっちゅうのはどうじゃ?

 千年万年旅をしようがビクともせん体に改造して――」

 

「博士」

 

 一人で勝手に興奮しだした狂人の妄想に、残月が冷静に割り込む。

 

「セルバンテス殿は大事な使命を帯びた身なので、そう言う物騒な話は後日」

 

「なんじゃい、お前さんだってワシの腕前はしっとるじゃろうに」

 

 などと、敷島はしばらくの間、不満そうにボヤいていたが、それで興味が失せたのか

何やらブツクサ呟きながら、研究室の中へと戻って行った。

 

「……残月君、今の御仁は?」

 

「敷島博士。

 見ての通りの奇天烈な老人ですが、兵器開発の腕にかけては

 所内でも右に出る者のいないパイオニアですよ」

 

「敷島博士……、敷島……、敷……島……?」

 

「さあ、とりあえず彼の事は放っておいて、まずは早乙女博士の許へ急ぎましょう」

 

 と、まるでそれが日常の光景であるかのように、残月がさっさと歩みを進める。

 セルバンテスはしばらくの間、敷島の部屋を入口を見つめながら、何事か首を捻っていたが、

 

「まさか、な」

 

 小さく呟いて、急ぎ足で残月の後を追った。

 

 

 早乙女博士。

 

 現代科学におけるブラックボックスと謳われた、ゲッター線研究の第一人者にして、当代随一のロボット工学者。

 そして同時に、三百名近いスタッフを束ねる、早乙女研究所の頭脳と言うべき研究者である。

 

 だが、そんなインテリじみた肩書とは裏腹に、今、セルバンテスの前にいるその人物は、まるで歴戦の兵のような鋭い眼光を宿した老人であった。

 

「よくぞここまで来られた。

 ワシがこの研究所の所長を勤める早乙女じゃ」

 

「……お初にお目にかかります。

 私はセルバンテスと申す旅の者。

 もっとも、あなた方の言う『救世主』かと言われれば、全く自覚はありませんがね」

 

「フム」

 

挨拶もそこそこに、早乙女はしばしの間、セルバンテスの全身をジロジロと観察していたが、

やがて、小さくため息をついて口を開いた。

 

「……にわかには信じがたいが、アンタが複数のパラレル・ワールドを渡り歩く能力者じゃと言う軍師殿の言葉、今の所は信用するしかないようじゃ。

 アンタの素性を探っとる余裕は、今のワシらには残されてはおらんからな」

 

「……その事ですが、私はまだ、この世界の事情を把握できておりません。

 まずは、今この世界で何が起きているのか、お聞かせ願えませんか?」

 

「うむ、と言っても、まずは、何から話せばよいか……」

 

 そう断って、早乙女はボリボリと白髪頭を掻きながら、天井の片隅を見据えていたが、そのうちにぽつり、ぽつりと口を開き始めた。

 

「この研究所が設立したきっかけについて、軍師殿からは聞いていたかな?」

 

「なんでも、アンチ・エネルギーシステムの対抗策を研究していたと」

 

「そうじゃ。

 もっとも、当時のゲッター線は未解明な要素ばかりの危険なエネルギーよ。

 研究には常に細心の注意が求められておった。

 万一の暴走事故に備え、ゲッター汚染の拡大を防止できるシェルターに、外界とのつながりをシャットダウンした後も、自給自足で職員達を賄えるだけのシステム。

 広大な地下プラントや、当時最新鋭の発電設備だったシズマ・ドライブの導入も、全てはゲッター線を万全の態勢で研究するためだったというワケじゃ」

 

「そうだったのですか……」

 

「そして皮肉な話じゃが、世間から半独立化した研究所の機構によって、結果的にワシらは『地球の燃え尽きた日』を乗り越える事が出来た。

 あの日……、未完成だったゲッター線のバリヤー諸共、地上の施設は燃え尽きてしまったが。

 引きかえに地下の研究設備と、近隣からの避難住民だけは守り通す事が出来た。

 もっとも、大変じゃったのはそれからじゃったがのう……」

 

 早乙女の言葉はやや途切れがちになり、所長室に重苦しい空気が溢れだす。

 彼の口から出るのは、災厄の危機を乗り越えた人類の戦いの記録である、

 思い出話のような気楽さでできるものではない。

 

「復興は、遅々として進まなかったよ。

 いかにシズマドライブが、永久リサイクル可能なエネルギーとは言え、一度に供給できる電力には限りがあったし、食料の備蓄も避難民の人数には釣り合わなかった。

 その他、工業、医療、福祉……。

 最先端のロボット工学は、皆の生活を守るのには、あまりに無力じゃった」

 

「…………」

 

「それでも人々は力を合わせ、瓦礫をどかしながら、少しづつ、生活の範囲を広げて行った。

 同時に、ゲッター線の収集装置も活動を再開させた。

 分厚い層雲の切れ間から降り注ぐエネルギーを、少しづつ、各研究施設へと蓄え続けた。

 他の人類の生存の可能性を求め、外の世界に打って出る準備を整えるまでに、四十年近い時が流れてしまったがの」

 

「それが、今から一年前の話、と言うわけですか?」

 

「左様。

 じゃが、そこでワシらが出会ったのは、あの忌わしいBFロボ、じゃった……」

 

 早乙女はそこで一端言葉を切って瞳を閉じ、室内に静寂が満ちた。

 だが、いかに悲痛な記憶であろうと、時の流れは物事を解決してくれはしない。

 やがて、再び意を決したように、早乙女が瞳を開いた。

  

「ヤツらとの遭遇戦により、試作型のゲッターロボは大破し、搭乗者も全員が死亡した。

 人類は再び、滅亡の危機に曝されたんじゃ。

 そんな折じゃったよ、そこの軍師殿が、ワシらの前に現れたのは……」

 

「残月君が……」

 

 早乙女の言葉に、セルバンテスが残月の方を見やる。

 だが残月は、別段口を挟む事も無く、無言で早乙女に続きを促した。

 

「軍師殿が持ち込んだ、ジャイアントロボの設計図を基に、ワシらはアンチ・エネルギーシステムとゲッター線の複合炉心を開発し、新型の機体へと搭載した。

 同時に、かつての草間博士が名機・GRシリーズを参考に設計を一から見直し、独力で陸・海・空問わず戦闘できる機体へと、大幅に改修を施したんじゃ」

 

「あの新生GR……。

 それこそが【真・GR計画】と、言う訳ですか」

 

 セルバンテスの言葉に、早乙女が力強く頷く。

 

「GRチームと新生GRは、当初の期待以上の成果をもたらした。

 だが、それも長くは続かなかった……。

 敵のBFロボは神出鬼没で、GRに打ち果たされる度に却ってその数を増し、まさに無敵の神の軍団の如く、我々の前に立ち塞がったのだ。

 そしていつしか、軍団の頂点に、あの【神体】が、姿をみせるようになった」

 

「……ガイアー」

 

 ポツリと、セルバンテスがその名を呟く。

 BF団の禁忌・神体ガイアー。

 BF団首領・ビッグファイアの乗機とも、策士・孔明がGR計画完遂の要として建造させた、究極のロボとも言われるが、その詳細は一切が不明であり、十傑集に名を連ねるセルバンテスであっても、正体を探る事は叶わなかった。

 

 ただ一つだけ、セルバンテスが知っている事実。

 ありとあらゆる世界において、ガイアーとジャイアントロボは共に争い、やがて、世界を燃やし尽くす運命にある。

 それは。平行世界の傍観者であった彼のみが知りうる、血塗られた因果である。

 

「……アレはかつて、四十年前に、確かに機能を停止した筈じゃった」

 

長い沈黙の後、早乙女が再び口を開いた。

 

「それが何故、今頃になって再び動き出したのか……。

 セルバンテス君、アンタはあのガイアーの行動について、何かしら推測は出来んの?」

 

「……残念ながら」

 

 そうか、と早乙女が大きな溜息をつく。

 だがこの時、セルバンテスの嚢中には一つの仮説が。

 いや、まだ早乙女に語る事すら憚られるような、突拍子の無い妄想があった。

 

 かつて、数多の世界を巡る旅の中で、セルバンテスが悟った一つの結論。

 いかなる選択肢を積み重ねようとも地球は燃え尽き、人類は死滅する運命にある。

 これは理屈ではない。

 ガイアーとジャイアントロボの戦いを追い続けたセルバンテスの経験がそう語るのである。

 この世界の歴史もまた例外ではなく、四十年前の戦いの中で、一度地球は燃え尽きている。

 

 だが、この世界には一つの異物――、ゲッター線の存在があった。

 

 ゲッター線の未知の力の介入により、人類はかろうじて死の淵を脱し、再びGRの冠した機体を操り、ついに外の世界に飛び出すまでに至った。

 

 しかし、()()()()()ガイアーは蘇ったのではあるまいか?

 運命を本来の形――人類の滅亡という結末に導くため。

 そして、ジャイアントロボの末裔を、今度こそ根絶やしにするため。

 言うなればあのガイアーは、神体と言う形をとった、運命の亡霊なのではあるまいか?

 

(……我ながら、何を馬鹿な事を)

 

 次々と湧き上がってくるとりとめの無い思考を、頭を振って払い落す。

 意識を改めるべく、セルバンテスが話題を変える。

 

「それにしても早乙女博士、あなたは凄いお方だ」

 

「うん? 何だね急に」

 

「私がこれまで巡った世界において、アンチ・エネルギーシステムへの対抗策を打ち出せた人間は、ただの一人もいませんでしたよ。

 その答えを、未知のエネルギーであるゲッター線に求めたのみならず、短期間の内に実用化にまでこぎつけるなど、とても並みの人間では……」

 

「いいや、ワシは大した事はしとりゃせんよ」

 

 セルバンテスの賛辞に対し、早乙女はぶっきらぼうに応じると、この男には珍しい穏やかな瞳で、机に立てられていたフォトスタンドを軽く撫でた。

 

「その昔、鼻っ柱ばかり強い世間知らずだったワシの論文を拾い上げ、実用化に向けた理論を構築し、実際に研究機関を作れるよう働きかけてくれた人間がおったのじゃ。

 残念ながらその人は、四十年前のあの日に、故人となってしまったが。

 その恩師……、草間博士の尽力が無ければ、ワシも人類も、とうの昔に死滅しておったよ」

 

「なんと、草間博士が……!」

 

 早乙女の言葉からこぼれた懐かしい響きに、セルバンテスが感嘆の声を漏らす。

 

 草間博士。

 

 その孤高の科学者は、GRシリーズの生みの親であると同時に、かつてセルバンテスの生まれた世界において【草間の乱】を引き起こし、世界を燃やし尽くそうとした極悪人として、人々から恐れられていた人物である。

  だが、セルバンテスの知る草間博士は、噂とは裏腹に理知的で、瞳の奥に強い使命感と憂いを宿した人物でもあった。

 

 長い付き合いである。

 郷愁が胸元までこみ上げ、セルバンテスは、そっと机の上の写真を覗き込んだ。

 

 ……が、

 

「うっ!? こ、これは……」

 

 思わずセルバンテスが狼狽の声を上げる。

 写真に写っていたモノは、彼にとって、それほどまでにショッキングな光景であった。

 

 古びた写真に肩を並べる二人の若者――。

 

 写真左側の男については、何ら問題無い。

 背が低く、がっちりとした体型に、情熱と野心が混じり合った若者らしい瞳。

 ここに四十年の辛酸が積み重なったならば、セルバンテスの眼前にいる、峻厳な白髪頭になるのであろう。

 

 問題は、向かって右側の男――。

 痩せ型で背の高い、20代後半と思しき男。

 早乙女の言う『草間博士』なる人物の方だ。

 その穏やかな瞳の色には、確かに彼の面影がある、瓜二つだと言ってもいい。

 

 だが、何かが違う。

 写真の中の「草間」は、セルバンテスの知る男よりも遥かに若い。

 何より、草間は隻眼だったはずである。

 外見上、最大の特徴であった左目の傷痕が、写真の人物には全く見当たらないのだ。

 

 勿論、年齢や容姿の違いなど、パラレルワールドにおける誤差の範疇と説明も出来よう。

 だがセルバンテスはこの時、自分が犯した思い違いの正体に気が付き始めていた。

 

「セルバンテス君、一体どうしたと言うのかね?」

 

「……早乙女博士、その、草間博士の、本名と言うのは?」

 

「……? 草間、()()博士じゃが……?」

 

「お、おお……!」

 

 セルバンテスの胸中に熱い物がこみ上げ、たちまちの内に視界がぼやける。

 溢れ出た言葉は呻きにしかならない。

 早乙女が怪訝な表情を向けるも、それでもセルバンテスは、嗚咽の声が漏れるのを抑える事が出来ずにいた……。

 

 

 ――草間大作

 

 幼き頃、父・草間博士よりGR計画の要であるジャイアントロボを託され、地球の未来を一身に背負う事となった、運命の少年。

 

 かつて、BF団の十傑集が一人『幻惑のセルバンテス』が、異世界へと旅だった当初の目的は、この少年からジャイアントロボの操縦権を取り上げる術を求めての事だった。

  

 だが、そこでセルバンテスが見たものは、彼の想像を遥かに超えた世界。

 大作少年が死に、暴走したロボが地球を燃やし尽くす、おぞましき未来の光景だった。

 

 はじめセルバンテスは、その光景を悪い夢として忘れ去ろうとした。

 夜空に広がる星の数ほどにも存在する、可能性の世界の中で、たまたま全ての歯車が悪い方向に噛み合い、最悪の展開を引き出してしまった世界を垣間見ただけなのだ、と。

 

 だが、いくら世界を超えようとも、待ち受けていた運命は同じであった。

 

 大作の死とジャイアントロボの暴走。

 そこにどのような因果が成立しているのかは分からない。

 大作の死が暴走の引き金となる事もあれば、ロボの暴走に巻き込まれる形で、大作が死亡する事もあった。

 だがいずれにせよ、二つの事象は常にワンセットでセルバンテスの前に立ち塞がり、最期にはいつも、地球が燃え尽きる結末をもたらすのであった。

 

 

 

 ――残念ながら、こちらの世界の大作青年も、運命から逃れる事はできなかったらしい。

 

 だが青年は、その短い生涯を賭けた研究の中で、世界の運命を少しだけ変えた。

 彼が推し進めたゲッター線の研究は、アンチ・エネルギーシステムの脅威を克服した。

 甚大な犠牲を払いながらも、人類は滅亡の未来を乗り越え……、

 そして今、セルバンテスの心にも一つの希望を灯したのである。

 

「……そうか。

 こちらの大作君は、世界を救っていたのか」

 

 静寂の満ちた室内で、ぽつり、とセルバンテスが呟きを洩らす。

 大作が命と引き換えにもたらした一滴の救い。

 それは、絶望の荒野の中で終焉を迎えようとしていた、セルバンテスの心まで救っていた。

 

(……それならば、大作君が残したこの世界は、私が守り抜かねばあるまい)

 

 ことり、と、セルバンテスの体内に、重い何かが収まる。

 激情の嵐が過ぎ去った後、セルバンテスの瞳の奥底には、一つの使命感のみが残っていた……。

 

 

 



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第三話

 ――会議は踊る、されど進まず。

 

 夕刻より始められた作戦会議は難航し、今や日付が変わる時刻に至ろうとしていたが

 それでも一同は、かの『神の軍団』に対する有効な措置を見出せずにいた。

 居合わせた者達が無能だった訳でも無ければ、複雑な陰謀を巡らせていた訳でもない。

 ただ、ガイアーと謎のロボット軍団に対する情報が、圧倒的に不足していただけである。

 

 ともあれ、五時間近い会議による収穫は、これまでの戦いによって得られた

 以下の三項目の情報の確認のみであった。

 

 ①敵のBFロボは、未解明の手段によってその数を補充している。

 ②現在の敵ロボットの総数は、およそ三百体である。

 ③敵は何らかの手段でゲッター線を探知し、追尾するように行動している。

 

 資料に目を通したセルバンテスが顔を上げ、正面の早乙女へと問いかける?

 

「……博士、この、敵がゲッター線を探知している、と言うのは?」

 

「これまでの戦闘記録より推測した仮説じゃよ。

 だが、おそらく間違いは無いかと思う。

 何せこれまで、GRが単機でヤツらと渡り合えたのは、ゲッター線照射による誘導で各個撃破に徹してきたためなのじゃからな」

 

「ですが、今度ばかりは同じ手は使えません」

 

 ふう、と長く煙管の煙を吐き出し、残月が早乙女の説明を引き継ぐ。

 

「地球が燃え尽きたあの日より、宇宙より降り注ぐゲッター線は、分厚い黒雲によって大半が阻まれ、その照射量は、いまや、かつての十分の一程度にまで激減してしまいました。

 これまでは四十年分のエネルギーの蓄えで、何とか渡り合ってこれましたが、おそらくGRが全力で戦えるのは、せいぜい後、二、三回と言った所ではないでしょうか?」

 

「…………」

 

 残月の推測を受け、室内に重い沈黙が溢れる。

 だが、既に敵は数日中には浅間山に迫ろうと言う距離まで近づいているのだ。

 このまま黙りこくっているわけにもいかない。

 

「やはり、目標をガイアーに絞るべきではないかな?」

「……うむ」

 

 セルバンテスの提案に、曖昧な口ぶりで早乙女が応じる。

 セルバンテスの言葉は、ガイアーさえ倒せば一連の侵略は終わるかもしれないと言う、何とは無しの希望的観測に基づくものである。

 一科学者としては、根拠の無い可能性に人類の命運を賭けるのは躊躇われるのであろう。

 その一方で、()()神体ガイアーならば、という理屈抜きの畏怖を、BFロボの傑物が持ち合わせているのもまた、事実であった。

 しばし間を置いて、やがて早乙女が溜息とともに心嘆を吐き出した。

 

「……もはや、その可能性に賭けるしかないじゃろうな。

 元より今の研究所に、ガイアーとBFロボの軍団を同時に相手にする力は無い」

 

「問題は、どうやってあのガイアーを攻略するか、ですか?」

 

 残月の言葉に、再び室内がシン、と静まり返る。

 総勢三百もの敵より、大将のみを引きずり出す、それだけでも相当な困難が予想される。

 ましてや相手は、かつて世界を燃やし尽くした怪物の片割れである。

 うまく一対一の場面を作り出せたとして、エネルギーに不安のあるGRで、どこまで太刀打ち出来るものなのか。

 状況は、限りなく絶望的であった。

 

 どれ程の時間がたったであろうか?

 やがて早乙女が、重い口をゆっくりと開いた。

 

「……この研究所の灯を、落そうと思う」

 

 早乙女の沈痛な言葉に、室内のそこかしこより一斉にざわめきが溢れる。

 その周囲の態度を見て、セルバンテスも早乙女の意図を即座に理解した。

 研究所の灯……、つまりは施設の動力源であるシズマ・ドライブのエネルギーを、丸ごとGR1の光球へと注ぎこんで、ガイアーにぶつけようと言うのだ。

 

 自滅行為である。

 アンチ・エネルギーシステムを起動したが最後、シズマ管は内在する全エネルギーを吸収され、おそらくは二度と再利用する事は叶わないだろう。

 それは同時に、研究所に住まう全人類のライフラインを断つ事を意味している。

 

「早乙女博士……、それではあまりに、あまりにも代償が大き過ぎる……!」

 

「わかっておる!

 じゃがな、ここであの【神の軍団】に敗れれば、人類はどうなる?」

 

 早乙女が語気を強め、セルバンテス、いや、狼狽を見せる室内の所員全員へと断言する。

 

「たとえここで一たび文明を失い、多くの人間が飢えと寒さに倒れる事になろうとも……。

 それで人類と言う種を、わずかでも後世に残す事が出来たならば、全てはそれでいい」

 

「……博士」

 

 早乙女の覚悟の前に、セルバンテスは沈黙せざるを得なかった。

 元より、滅亡の未来に一粒ばかりの希望を求め、無常の荒野をさすらい続けた彼である。

 燃え尽きた世界に残る、早乙女研究所と言うちっぽけな灯りの中に生きる救いを見出した彼には、早乙女の決意を止める事は出来なかった。

 

(……だが)

 

「――無駄ですよ、おそらくその手は、あのガイアーには通用しません」

「なんじゃとッ!?」

 

 淡々とした残月の台詞に、早乙女がギョロリと鋭い眼差しを向ける。

 だが、当の残月は何ら怖じること無く、瓢々と煙管をくゆらせる。

 

「セルバンテス殿、いくつもの世界でジャイアントロボとガイアーの戦いを追い続けていたあなたになら、この戦いの結末が予測できるのではないですか?」

 

 渋々ながらセルバンテスが頷き、答える。

 

「……敵は、かつてジャイアントロボと相対し、世界を丸ごと燃やし尽くすほどのエネルギーを浴びながら、尚も機能を停止する事の無かったガイアーだ。

 おそらくは、現在の早乙女研究所の全エネルギーを注ぎ込んだとしても、アレを止める事は叶わないでしょう」

 

「だが……、だとしても、他にどんな手があるッ!?」

 

 ダンッ、と拳を打ちつけられ、長机が鈍い音をたてる。

 たちまち周囲が水を打ったように静まり返り、静寂が時間を支配する。

 

 どれくらいの時が流れたのか、やがて、おもむろに残月が口を開いた。

 

「手はありますよ、早乙女博士。

 私はただ、博打を打つにしても、もっと勝てる目に張るべきだ、と言っているのです」

 

「……何?」

 

 残月の思わせぶりな口調に、早乙女がはっと顔を上げる。

 残月はそこで一端言葉を切ると、じっ、とセルバンテスに視線を向けた。

 

「私があなたの事を、救世主と呼んだ事を覚えていますか【幻惑のセルバンテス】殿?

 この浅間山で玉砕覚悟の戦いを挑むより、ずっと有効な一手が、あなたの力ならば打てるのではないですか?」

 

「――ッ!? バカな!」

 

 珍しく狼狽の色を見せたセルバンテスに、一同の視線が集まる。

 だが、セルバンテスは周囲の目も介せず、今にも掴みかからん勢いで残月へと詰め寄った。

 

「残月……!

 まさか、あの戦いにGRチームを、竜馬君達を巻き込めと……?

 君は自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

 

「ですが、それこそが今の我々に出来る最善の選択でしょう?

 少なくとも、この研究所をまるごと放棄するよりは犠牲が少なくて済む」

 

「私は反対だ! 我々に一体何の資格があって、彼らを犠牲に出来るというのだ!?」

 

 セルバンテスの怒声を震わせ、一触即発といったような緊張感が場を支配する。

 だが、爆発寸前の空気は、直後に開け放たれたドアと共に室外へと掻き消えた。

 

「俺達は一向に構わないぜ! バンテスのおっさん」

 

「――! 竜馬くん」

 

 思わぬ来訪者に、セルバンテスの声が力なくしぼむ。

 一方、竜馬の瞳は力に満ち、まっすぐにセルバンテスを捉えていた。

 

「あの化物どもをブッ壊す手があるって言うんなら、迷わず使えよ!

 俺達だって、そう簡単に潰れやしないさ。

 そうだろ? 隼人、武蔵!」

 

 持ち前の向こうっ気の強さで、竜馬が輩へと呼びかける。

 

「フッ、早乙女研究所一つと俺達三人……、

 どっちを切った方が得かなんて、引き算の問題にもなりゃしないぜ」

 

 ニヒルに毒を吐きつつも、隼人が自信に満ち溢れた瞳を向ける。

 

「ダハハ、愛しのGR2と心中なんて、嬉しくて涙出そうだよ、俺」

 

 威勢良く武蔵がおどけて見せるが。

 そこは流石にひょうげ過ぎたか、乾いた笑いが室内を通過する。

 

「おっさんよォ、犠牲だの資格だの、あんたが何を恐れているのか、俺には分からねぇ……」

 

「…………」

 

「けどなァ、ここは早乙女研究所で、俺達のシマだ!

 シマを守るのは俺達自身でやる。

 ヤツらをブチのめすためなら、何だってやってやるさ!

 それであんたが抱え込まなきゃならねえものなんざ、何一つあるもんかよ?」

 

 ジッと、若者達の眼差しを見渡す。

 三者三様、大きく個性の異なる彼らの、しかし、その瞳の根底にあるのは同じ色。

 いくつもの世界で、あの少年が最期に見せたものと同じ輝きをしていた。

 

(結局、この世界でも私は、彼らを止める事は出来ないのか……)

 

 未練と諦観を溜息と共に吐き出し、セルバンテスがゆっくりと立ち上がる。

 

「……どうやら、私の方が間違っていたようだな、竜馬君」

 

「おっさん!」

 

 竜馬の二の句を片手で制し、額のゴーグルをかけ直す。

 戦士の瞳であった。

 その淀みない動きから、セルバンテスの迷いは完全に払拭されていた。

 

「今から大陸に渡る。

 残月君、サポートを頼めるかね?」

 

「ええ、もちろん」

 

 セルバンテスの言葉を予期していたかのように、残月がすっくと立ち上がる。

 

「早乙女博士、我々はこれより、ガイアー攻略のための準備に移ります。

 詳細は追って、無線にて連絡いたします」

 

「うむ……、ええじゃろう。

 どの道この場は、君達に人類の命運を託すしかあるまい」

 

「ちょ、ちょっと待てよ、おっさん!」

 

 二の句も告げずに部屋を出ようとしたセルバンテス達を、慌てて竜馬が引き止める。

 

「ガイアー攻略の準備って、この世界は一面が焼け野原何だぜ。

 どこで戦おうと同じ事なんじゃないのか?

 大陸に……、そこに一体何があるって言うんだよ?」

 

 竜馬の問いを受け、セルバンテスはもったいつけるかのようにゆっくりと振り向くと、口許に不敵な笑みを浮かべて呟いた。

 

「ふふ……、すばらしい事だよ、竜馬君」

 

 

 ――二日後、AM10:30 旧佐渡島・金北山跡

 

 時に多くの貴人の配流先として、時に北前船の文化交流点として、また、時に莫大な金の産出で徳川幕府の懐を支えた離島の名残は、既に無い。

 そこにあるのは、僅かばかりに焼け残った荒涼とした大地に、来訪者を拒むように逆巻く海。

 そして、決戦の時を今や遅しと待ち望む、鋼鉄の巨人の姿のみであった……。

 

『諸君、作戦の全容をもう一度確認しておこう』

 

 コックピットの内部に、ノイズ混じりの早乙女の声が届く。

 GRに乗り込んで以来、心のどこかで待ち望んですらいた決戦の刻……。

 我知らず、操縦桿を握る竜馬の拳に力がこもる。

 

『【神の軍団】は既に昨夜、東北地方を席捲し、現在も時速100kmで南下を続けておる。

 浅間山近郊に到達するまで、およそ三十分と言ったところじゃ。

 そこで、君達にはGRを使い、ヤツらを引き付けてもらう』

 

「敵の習性を逆手に取り、高濃度のゲッター線を拡散して、ガイアーを誘導する、ですね?」

 

 隼人の言葉に、早乙女が静かに頷く。

 

『その通り、目的地は中国大陸・旧山東省近郊。

 そこでは軍師殿たちが、ガイアー打倒のための手筈を整えておるはずじゃ』

 

「まったく、あのおっさん達の秘密主義にゃあイヤになるよ。

 何をするか教えといてくれたっていいのに」

 

「へっ、どの道やるっきゃねぇんだからよ

 後はもう、ついてからのお楽しみって事さ」

 

 呆れ顔の武蔵に対して、ハイキングにでも出かけるような気軽さで、竜馬が応える。

 この底抜けの陽性もまた、若きチームを死線で支え続けた武器であった。

 

 

『――敵BFロボの一団・カメラに捉えました!』

 

 

 オペレーターの緊張した声に、三人が軽口を止める。

 

『よし、作戦開始じゃ。

 リョウ、ゲッター線照射のタイミングを、こちらのカウントダウンに合わせるんじゃ』

 

「了解、始めるぜ、GR1」

 

 オォン、と竜馬の声に合わせGRが小さく嘶き、諸手を開いて上空を仰ぎ見る。

 

『カウント開始します……、10、9、8――』

 

 カウントダウンに合わせながら、竜馬が手元のレバーを徐々に倒す。

 ブウウゥゥゥンと言う小さな起動音が反響し、コックピットに昂揚感が溢れだす。

 

『――5、4、3、2、1……』

 

 

「ゲッタアァァ――ッ ビイィィ――ムッ!!」

 

 

 刹那、吐き出された咆哮と激情に呼応して、GR1の大口がガバリと開き、薄緑に輝く閃光の渦が撃ち放たれ、ブ厚い黒雲を突き抜け天空へと一直線に駆け昇る。

 

 しばしの静寂。

 上空に空いたドーナッツの輪より晴天が覗き、GRの上へと降り注ぐ。

  

『――! 敵機ガイアー、進路を北西へと変更』

 

「よしッ! 行くぜ、隼人」

 

「ああ……、チェンジッ! GR3!」

 

 オペレーターの報告を聞くや否や、たちまちGR1は分解しゲットマシンへと転ずる。

 三台は上空へと旋回し、流れるような動きでスマートなロボットへと変じた……が、

 

「……ッ!」

 

 どうした事か、GR3は直後、空中で見えない壁にぶつかったかのように静止し、

 つんのめる形で大地へと降り立った。

 

「どうした!? 隼人」

「いかん、竜馬! 作戦失敗だッ!」

 

 隼人の声を受け、竜馬が反射的にレーダーを見る。

 瞬間、彼も事態を悟り、肌を泡立たせた。

 

「どう言う事だ? 敵が……、進路を変えてねぇだと!?」

 

「前線のBFロボ軍団と、ガイアーの距離が離れすぎていたんだ。

 ゲッター線に反応したのはガイアーだけだ!

 残りの三百は、まっすぐ研究所に向かってやがる」

 

 言いながら、隼人が素早い判断で機体を反転させる。

 

「この場は作戦中止だ、ひとまずは、早乙女研究所防衛に……」

 

『――いや、作戦は問題なく進んでおる』

 

「は、ハカセ……?」

 

 すかさず飛び立とうとするGRの動きを静止し、早乙女が動じた風も無く言い放つ。

 

『全てはセルバンテス君と示し合わせた結果なんじゃ。

 ガイアーと三百のBFロボ、いかにGRであっても同時に相手はできん。

 研究所に敵を引きつけておるうちに、ガイアーの活動を停止させるんじゃ!』

 

「バカなッ!? 無謀すぎる!」

 

「隼人の言うとおりだぜ、博士。

 ガイアーさえ何とかすれば、ってのは、あくまでただの推測なんだろ?

 それに、ヤツらの総攻撃に曝されたら、早乙女研究所だって長くは……」

 

『長くは、とは何じゃい! 

 ヒヒッ【燃え尽きた日】の生き残りを舐めんじゃねぇぞ!』

 

 老人のひょうげた啖呵と共にモニターが切り替わり、ガギョン、という重厚な金属のぶつかり合う音が反響する。

 画面には、鈍く輝く地金も誇らしげに、威風堂々BFロボ軍団に立ち向かう、鋼鉄の巨人達の姿が映し出されていた。

 無骨な鈍色に、真っ赤に燃える瞳を宿した、顔、顔、顔――。

 

 古参兵であった。

 歴史の流れの中で存在意義を失った古鉄たちが、今、一世一代の舞台を前に、一斉に炉心を燃やしていた。

 

「な、な、何だ! こりゃァ!?」

 

「これは、まさか【27体の鉄人】か!」

 

「――!? 知っているのか、隼人!?」

 

 驚きの声を上げる竜馬に、冷や汗混じりで隼人が応じる。

 

「かつて、地球が燃え尽きる前、日本の天才科学者・金田博士をリーダーとして、究極の巨大ロボットの建造を目的とした【鉄人計画】が進められ、27体の試作機が造られた……」

 

「それが、あのポンコツどもってワケか?」

 

「ああ、だが信じられん。

 鉄人計画は、機体の制御方法の問題をクリアできず、凍結されていたハズ」

 

『ヒヒヒ、どうじゃ、ヒヨッ子共! ちったァワシの研究の素晴らしさを思い知ったか!』

 

「げえっ!? 敷島」

 

 ジャーンジャーンとばかりに画面いっぱいに映し出された狂人に、武蔵が驚き叫ぶ。

 そこにいたのは、巨大なアンテナが二本突き出した電気椅子に座り、うなり声を上げながら帯電する敷島の姿だった。

 

『見よ、隼人ッ!

 これぞワシの新発明・人間リモコンじゃ!

 27体の鉄人どもを脳波一つで同時操作可能。

 しかもパーツであるワシ自身が完全武装しておるから、リモコンを奪われる心配もないぞ!』

 

「な……、なんて科学者だ」

 

『ムホホ、さあ行け鉄人! 不埒な怪ロボットどもをブッ殺すんじゃァ~ッ!!』

 

【 ガ オ オ ォ オ ォ ォ ォ ン 】

 

 

 敷島の電波を全身に受け、27体の鋼鉄の勇者が、怪ロボットの群れへと特攻する。

 その勇ましき姿を皮切りに、どうっと鬨の声が上がり、研究所に残っていたならず者達が、一斉に反攻の口火を切った。

 

「今だあ、ヤツ等を日本から叩き出せェ―ッ!」

「うおおッ!! 科学者ばかりが研究所の所員じゃねぇぞ!!」

「構うこたァねえ、この国はどこもかしこも焼け野原じゃッ!

 廃 墟 弾 片っぱしからブチ込んじゃれェ~ッ!!」

 

 一斉に鴇の声が上がった。

 人類の侠気、狂気、狂喜、驚喜が乱舞していた。

 四十年、踏まれ、にじられ、虐げられ続けた人間のストレスが、浅間山で一斉に噴火した。

 

 夥しい数の廃墟弾が、既に廃墟しかない前線に躊躇いもなく投下され、そして――!

 

 

 ――ド ワ ォ !!

 

 

 

『……まぁ、そんなワケだ。

 こちらはしばらく心配いらん。

 諸君らはガイアーの攻略に専念するんじゃ』

 

「博士」

 

『さあ、分かったら早く行け、ここでガイアーに捕まっては、全てが水の泡じゃぞ』

 

「……よし、GR3!」

 

 隼人の指令を受け、GR3は勇ましく翼を広げる。

 そのまま機体は鮮やかに身を翻し、西の空へと飛び立った。

 

 

 ――PM13:00 中国大陸・山東省上空

 

 GRチームが日本を発ってから二時間弱。

 GR3の翼は朝鮮半島を飛び越え、既に目的の地へと近づきつつあった。

 だが、一行はそこで、奇妙な違和感を感じ始めていた。

 

「な、なあ竜馬、隼人……。

 なんて言うか、なんか、おかしくねえか?」

 

 巴武蔵の戸惑の声に、油断なく辺りを見回しながら竜馬応じる。

 

「ああ、いつからだ? この霧は、いつから出ていた?」

 

「…………」

 

 竜馬の問いかけに、しかし、皮肉屋の隼人すらも答えることが出来ない。

 三人があらためて周囲を見やる。

 辺りはいつしか濃い霧に包まれ、視認すら困難な状況となっていた。

 

 GR3の搭載する高感度のセンサーならば、視界が不良であっても航行に支障はない。

 地上の常識が丸ごと燃え尽きてしまったこの世界では、突然の異常気象も珍しくはない。

 だが、GRには三人が搭乗していたのだ。

 早乙女博士が選び抜いた三名の若きエース。

 その三名が三名とも、目の前が真っ白な壁に塞がれるまで、誰一人、気象の変化に気付かないなど、そんな事態がありえるのであろうか?

 

『――GRチーム、よくぞここまで来てくれた』

 

 手元の通信機より、ノイズ混じりのセルバンテスの声が届く。

 

「おっさん、この霧は一体……?」

 

『大丈夫、目的の場所には近づいているよ。

 君たちはガイアーを誘導しながら、そのまままっすぐ黄河を遡るんだ』

 

「黄河……、だと?」

 

 セルバンテスの言葉に、驚いた隼人がじっ、と眼下を見下ろす。

 確かに目を凝らせば、そこにはぼんやりとだが水面らしき影が映る。

 航行をやめエンジンを切ったならば、大河のせせらぎを聞く事もできよう。

 

 だが……。

 

「……どう言う事だ?

 世界の地形は、四十年前のあの日を境に一変したハズだ。

 なぜこんな場所に、黄河などが存在する」

 

『目的地が近いのだよ……、ほら、見たまえ、徐々に霧が晴れていく』

 

 びゅう、と緩やかに風が吹く。

 まるで、セルバンテスの言葉に促されたかのように、霧のカーテンが引いていく。

 視界がゆるりと開けていく。

 

 最初に三人瞳に映ったのは、広大なる大沼沢であった。

 雄大なる大河の流れに分かたれた丘陵が、島を成して入り組んで、大陸特有の荘厳な光景を作り出していた。

 その中央、揺らめく霧の奥に黒い影が見えた。

 近づくほどに影は山を成し、武骨な岩肌が覗き始める。

 切り立った断崖の端々に豪奢な伽藍が姿を見せ、尖塔のような山肌が、絢爛たる山塞の姿を露わにする。

 

「こ、こりゃあ……、一体?」

 

『梁山泊……、かつて、国際警察連合の名の元に英雄・好漢達が集結した、夢の跡と言うだよ』

 

「夢の跡だと!? バカな、梁山泊は四十年も前に――」 

 

 と、隼人が疑問を投げかけようとしたその時であった。

 

 不意に山塞のそこかしこより光がこぼれ、大気が一瞬にして静寂に満ち、そして……、

 

 

 ―― カ ッ ――

 

 

 とばかりに閃光が周囲に満ちた。

 

「なッ!?」

 

 驚いている暇は無かった。

 閃光より数瞬遅れ、破滅を導く衝撃波がGR3を襲った。

 歴史を刻む伽藍が天空へとブッ飛び、偽装の下より現れた近代兵器の数々が、無残にも打ち砕かれて湖面に沈む。

 尖塔の如き山肌が断たれ、轟音と共に崩れ落ち、大河を下る大津波がGRをも呑み込む。

 

「何だ! 今のはまさか【光球】かッ!?」

 

「お、おっさん!? これは……!」

 

『あの梁山泊はね、まさに今、この時に、燃え尽きようとしているのだよ……』

 

「「「 !? 」」」

 

 思わず息を呑む三人に対し、セルバンテスがスピーカー越しに力強く呼びかける。

 

『さあ、行きたまえGRチーム! 

 神体ガイアーを葬り去る最期の希望は、あの破壊の中心にある!』

 

 



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第四話

 ――かつて、まだ地上に、文明の灯りが満ち溢れていた時代。

 

 繁栄を謳歌する人々の笑顔の影で、激しい争いを繰り広げる二つの勢力が存在していた。

 

 一方は、世界征服を企む悪の秘密結社【BF団】。

 ビッグファイアなる人物を首領と仰ぐ彼らは、時に怪ロボットを操り世の治安を大いに乱し、時には絶大なる力を有する能力集団・十傑集を軸とした大規模な破壊活動を展開。

 仰天動地の悪事を以って、時の指導者達の無能を嘲笑い、世界中を大いに不安に陥れた。

 

 だが、各国政府の要人達も、BF団の脅威にただ手をこまねいていた訳ではない。

 やがて政府間で合意が無され、悪のBF団に対抗すべく、世界でも指折りのエキスパート達が一同に招集された。

 後の【国際警察連合】の誕生である。

 

 国際警察連合は、BF団の策動より無辜の民を守るべく、天然の要害たる梁山の地に一大拠点を設け、世界中の不穏な動向を絶えず監視し続けていた。

 

 梁山泊こそは、英雄・好漢達の集う正義の要石。

 人々の未来を守る、平和の礎であったのだ……。

 

 

 ――その梁山泊が、燃えていた!

 

 

 兵達が日々技を磨いた殿堂が、当代一流の科学者達が心血を注いだ数々の兵器が崩れ落ち、広大なる大河に水柱を跳ね上げる。

 水面を走るオイルが赤々と燃え上がり、バリヤーの残滓が燐光のように降り注いでは、凄惨なる血の臭い、眼下に広がる地獄絵図とは不釣り合いな幻想的な輝きを灯し、GR3の細身を怪しく照らし出していた。

 

「こいつは……、一体、何だってんだよ」

 

 川面に満ちた惨劇の光景を臨み、戸惑いが知らず、竜馬の口を突く。

 

「おっさん、いい加減に教えてくれや。

 この梁山泊とやらの中心に、一体何があるって言うんだよ」

 

『その答えは、本当は既に気が付いているんじゃないのかい、竜馬君?』

 

「何?」

 

「――竜馬」

 

 珍しく緊張の混じった声で、隼人が二人の会話に割って入る。

 

「先の光球……。

 アンチ・エネルギーシステムを使える可能性のあるロボットは、このGRとガイアーを除けば、歴史上で僅かに一体のみだ」

 

「――! おいおい、それって、まさか……」

 

 ごくり、と武蔵が喉を鳴らす。

 崩壊する伽藍を避けながら、GR3が破壊の中心たる熱源へと近づいていく。

 ドジュゥ、と言う大河の煮えたぎる音が彼方より轟き、やがて広大な川面がすっぽりと水蒸気の壁に覆われ始めた。

 

「……いる!」

 

 機体を止め、熱源の指し示す方角を睨みつける。

 沸き立つ蒸気の彼方に揺れ動く影が徐々に大きくなり、ズン、ズンと言う振動が、その度に洞内を揺らす。

 水蒸気の壁が大きく揺らめき、真紅に染まった『それ』の両眼が、慧々とした輝きを放つ。

 チッ、と隼人が舌打ちをする。

 

「やはり、ジャイアントロボかッ!!」

 

 

 

【 ガ オ オ ォ オ オ オ ォ オ オ ォ オ ォ ォ ン ッ !! 】

 

 

 

 狂乱する鋼の悪魔の叫びが、燃え尽きんばかりの梁山泊を再び揺るがす。

 衝撃と烈風が蒸気を打ち払い、瓦礫の山が容赦なく川面に降り注ぐ。

 

 銀色の地金は炎を映して紅に染まり、GR3より一回り大きい鋼の巨体が大河を揺るがす。

 偉大なる王(ファラオ)の風格はもはや無い。

 赤々と燃えるその瞳は、哭いているのか、あるいは笑っているのか。

 無機質な兵器にそぐわぬ悪鬼の形相で以って、世界の終わりを告げる咆哮を上げる。

 

 ジャイアントロボ。

 

 ありとあらゆる可能性を持った数多の世界。

 その全てを燃やし尽くす宿命を負った鋼鉄の巨人が、三人の眼前で、その真価を露わにしようとしていた。

 

 

「くそッ! どういう事だよ!?

 ジャイアントロボは四十年も前にぶっ壊れちまったハズだろ?」

 

「武蔵、言ってる場合じゃねえ、来るぞッ!」

 

「――オープゥンッ!」

 

 大きく振りかぶった対主の豪腕に対し、後方に飛び退きながら、GR3が分離する。

 機動力を旨とするGR3が、崩壊する空間も中で旧世代の怪物を相手取るのは、明確な悪手であった。

 直強靭なる鋼の拳が旋風を巻き起こし、ズオン、と、かろうじて残っていた社殿の跡を岩盤ごと消し飛ばす。

 

「なんて馬力だ……、あれが草間ナンバーの最高傑作、か」

 

「言ってる場合か! 隼人、GR1だッ!」

 

 降り注ぐ岩盤を縫うように避け、機体を大きく旋回させてドッキングする。

 オォンと言う唸り声が跳ね上がる水音に混じり、水面を割ってGR1が着水する。

 

 GR1とジャイアントロボ。

 本来出会う筈の無い『親子』が時間の壁を越えて対面する。

 

 崩壊する現世の中、両機に挟まれた300メートルのみが、あたかも地獄から取り残されてしまったかのように、張り詰めた時をゆっくりと刻む。

 

 操縦桿を握る竜馬の手に力が籠る。

 ハイブリットと言えば聞こえはよいが、GR1の新炉心は、元来アンチ・エネルギーが備えていた絶対の破壊衝動を、ゲッター線と言う鎖で押さえつけ、人の手で制御できるようにしたセーフティに過ぎない。

 

 一方のジャイアントロボは、ロボット工学の最盛期に生み出された、天才・草間博士が残した究極の黒歴史(ブラック・ボックス)

 しかも今、その制御が人の手を離れているのは、傍目にも明白であった。

 同じシステムを用いていたとしてもも、引き出される威力には、まさしく大人と子供ほどの開きがあるだろう……。

 

 ――と。

 

 不意にジャイアントロボがついと向きを変え、ゆっくりと両手を広げ始めた。

 GRの存在をまるで無視したかのような悠然とした佇まいに、気勢を削がれた竜馬が思わず弛緩する……、が。

 

「――!? いかん! 竜馬、バリヤーを張れッ!」

「……ッ、ロボ!」

 

 隼人の声と竜馬の動きは同時であった。

 オオン、とGRが一鳴きし、前方にかざした両掌から、薄緑色に輝くヴェールを展開する。

 程なく、相対するジャイアントロボの全身が燐光を放ち、周囲に白色の輝きが溢れ始めた。

 

「アンチ・エネルギーシステム、クソッ! まずいぞ、これは……」

 

「あ、ああ。

 ある程度はゲッター線で防げるとはいえ、これじゃあ反撃が出来ねえ」

 

「……そうじゃない、武蔵。

 忘れたのか? 崩壊しつつあるとはいえ、ここは梁山泊。

 国際警察連合の防衛システムの全てが結集した、大規模なエネルギー源だ」

 

 隼人の低い声を受け、二人がハッと周囲を見渡す。

 対岸を赤々と照らす大火。

 破損した設備から走る稲光、いや!

 日の目を見なかった巨大兵器の数々や、残存する手つかずの備蓄エネルギーすら、今のジャイアントロボの前では、格好の好餌に過ぎないであろう。

 現にロボの周囲では、大気中に拡散した防衛バリヤーの残滓が光の奔流を刻み。

 黄金色に輝くボディの中へと取り込まれ始めていた。

 

「くっ……!」

 

 覚悟を一つ決め、GR1が両腕で全身を庇いながら、一歩、また一歩と歩を進める。

 

『竜馬くん、一体どうする気だね?』

 

「うるせえ!

 どの道このままじゃジリ貧だ。

 こうなっちまったらイチかバチか、とことんブチ込んでやるまでだ」

 

『……それはイカン。

 早乙女研究所を救う唯一のチャンスを、自分達の手で潰すつもりかね?』

 

「……なんだと」

 

 セルバンテスの意味深な言葉に、竜馬が進撃の手を止め、スピーカーへと耳を傾ける。

 そうしている間にも、ジャイアントロボの巨体を中心に大河が逆巻き、大気に溢れたエネルギーの奔流が、鋼鉄の悪魔の全身にオーラの渦を生じ始める。

 

『ジャイアントロボにとって今の行動は、決戦の前のウォーミングアップのようなものだ。

 ああやって梁山泊中のエネルギーを取り込み、【敵】に丸ごと浴びせようとしているのだ』

 

 セルバンテスの言葉を肯定するかのように、ロボの接合部にピシリと亀裂が走り、直後、巨大な頭部がガゴンと展開した。

 ぽっかりと空いた頭部に稲光が走り、白色に輝く光球が生じ始める……。

 

「お、おい……、やべぇぞ、こりゃ」

 

 戦慄すべき眼前の光景に、単純豪放な武蔵らしからぬ弱音がこぼれる。

 GRチームが二の足を踏んでいる間にも、超エネルギーの竜巻は暴虐さを増していく。

 あたかもその場に小型の太陽が現出したかのように、光球が際限無く膨張を続ける。

 ともすればバリヤー諸共機体を呑み込まんとする衝撃波の嵐に、炉心を燃やしてGRが踏み止まる。

 

「どうすりゃあいい! あんなもんが炸裂したら、ここら一帯は……!」

 

「規模が違い過ぎる。

 あの光球のサイズは、東アジア全体を消し飛ばしてなお釣りがくるぞッ!!」

 

『その通り……。

 ジャイアントロボは今、内在する全アンチエネルギーをフル回転させて、間もなく訪れるであろう宿敵を、地上ごと焼き払おうとしているのだ。

 ――ゲッター線に導かれこの地に辿り着いこうとしている、神体ガイアーを』

 

「 !? 」

 

『竜馬君、そしてGRチーム、今から私の言う事を良く聞くんだ……』

 

 滅亡のカウントダウンが始まった梁山泊の中心に、セルバンテスの低い声が響く。

 

『おそらくはあと数分弱で、ガイアーはその場に辿り着く。

 そして時を同じくして、ジャイアントロボは臨界状態に達した光球を打ち放つだろう』

 

「…………」

 

『……GRチーム。

 君達はその時、GR1でアンチ・エネルギーの中心へと飛び込み、ゲッター線で光球を誘導し、全エネルギーをガイアーへと叩きつけるんだ!』

 

「――ッ!?」

 

「バカなッ!? 無謀すぎるッ!!」

 

 セルバンテスの【作戦】に絶句する竜馬に代わり、あらん限りの大声で隼人が叫ぶ。

 

「今のGRが炉心をフル回転させたところで、あのエネルギーの前では数秒も持たん!

 もしコントロールに失敗すれば、早乙女研究所は、人類は……!」

 

『問題無い』

 

 常ならぬ動揺を見せる隼人に対し、迷い無くきっぱりと断言した。

 

『今は詳しく説明している時間は無いが、()()光球には、()()()()()()焼く力は無いのだ。

 最悪、エネルギーの制御に失敗したとしても、死ぬのは私と、君達三人だけで済む……』

 

「……おっさんの言ってた【犠牲】って言うのは、つまりこの事か?」

 

『……すまない』

 

 沈黙は雄弁に真実を語る。

 へっ、と一声吐き捨て、竜馬が糞ったれな現実を鼻息で笑い飛ばす。

 

「上等じゃねぇか……。

 俺達がこの程度の事でくたばるかどうか、やってみてもらおうじゃねえかッ!

 ゲッターチームの底力、目ん玉ひん剥いてよく見てやがれ!」

 

「フン、死なば諸共か……、いっそ清々するな」

 

「ハハ、いいじゃないの、バンテスのおっちゃん!

 作戦ってヤツは今みたいに、バカにでも分かるように言ってくれなきゃな!!」

 

 狂気の沙汰は瞬く間に機内を走り、三人の戦士を恐れ知らずの馬鹿へと変貌させる。

 刻一刻と破滅の時が迫る中、奇妙な高揚感が場を包み込む。

 

『おしゃべりはそこまで、来ますよ……』

 

 冷や水を浴びせるかのような残月の呟きに、三人がたちまち戦士の目に戻る。

 彼方より、ビイィィィン、ビイィィン、と言う独特の機械音が、岩肌をこだまする。

 超エネルギーの中心地にふさわしからぬ奇妙な静寂が、三者を包み込む。

 

 ――そして、時は満ち、神体が、ゆらり、と、影をなし

 

 

【 オ オ オ ォ オ オ ォ オ オ オ ォ オ オ ォ オ ォ ォ ッ―――!! 】

 

 

 

 人類の到達した究極の破壊神が、ついに、歴史の終わりを告げる咆哮を解き放った!

 

 

 

「ウオオォッ!! いくぜェッ、ロボッ!」

 

【 ガ オ オ ォ オ オ オ ォ オ オ ォ オ ォ ォ ン ッ !! 】

 

 ジャイアントロボの暴走に。

 そして流竜馬の裂帛の一撃に共鳴し、GR1も唸り声を上げる。

 同時に三人が一斉にペダルを踏みしめ、緑の雷光を纏った人類最後の悪鬼が、一直線に破壊の中心へと飛び立っていく。

 

「うおおォおオォオォォォッ!!」

 

 竜馬が吼える。

 視界はたちまち白色の閃光に包まれ、帯電する計器の類が小刻みに爆裂する。

 強烈な熱風と衝撃がコックピットを襲い、煮え滾る血液が全身の毛穴から噴出さんばかりの錯覚に見舞われる。

 

『竜馬君、破壊の衝動を正面から受け止めてはいけません。

 エナジーの奔流を掴み、乗りこなし、ガイアーへと誘導するのです』

 

「勝手な事言ってんじゃねえェェ―――ッ!!!」

 

 暴走する操縦桿を文字通り腕力で抑えつけ、火事場のクソ力で竜馬がGRを旋回させる。

 光球は激しくブレ、洞内を必死で暴れ狂いながらも、やがて緑色のヴェールと混じり合い、神体の許へと大きく弧を描いて跳ね上がった。

 

 

 

「「「 シャァイイィイィンッ スパアァァァ――――クゥッ!! 」」」

 

 

 

【真・GR計画】最期の切り札、シャインスパーク。

 

 旧世界を燃やし尽くした光球の輝きに、ゲッター線の化身となったGRが融合した時……。

 

 

 ――その破壊力は!?

 

 

 

「……なあ隼人、竜馬。

 俺達、何か夢でも見てたのか?」

 

「聞くな! こんなモン、誰にも分かりはせんさ」

 

「……ガイアー」

 

 一面の青空があった。

 終末の光景を置き去りにしてしまったかのような蒼穹が、三人の頭上に広がっていた。  

 

 燃え尽きたドス黒い大地を踏みしめ、ポツリと竜馬が呟く。

 虚空の彼方まで吹き抜けたかのような晴天の下、三人は、陽光を遮り佇立するそれを、ただ茫然と見上げていた。

 

 神体ガイアー。

 

 四十年前、この地球上を破滅へと導いた、究極の神体であった。

 そう、そこにあったのは、数分前までの、人類を破滅に導こうとしていた幽鬼ではない。

 

 いかなるテクノロジーによるものなのか、外装こそ大きく汚れ、くたびれきってはいたものの、地上の何もかもが燃え尽きた世界で尚、神体はその身を歪める事なく、当時のままの姿で現存していた。

 だが、その瞳からは、見る者の心を震わす畏怖の輝きが抜け落ちていた。

 三人の眼前にあるのは、もはや何ら魂の宿らぬ、巨大な偶像のオブジェに過ぎない。

 

 おかしな言い方をするようだが、そのロボットはやはり、初めから死んでいたのだ。

 おそらくはもう、四十年も昔に。

 

 ゆっくりと竜馬が振り返る。

 視線の彼方には、神体と相打ちを遂げたと思しき悪魔の名残があった。

 

「そして、こっちにはジャイアントロボ、全ては歴史の通り、か……」

 

 竜馬の視線を追って、誰にともなく隼人が呟く。

 半ばまで大地に埋もれたロボの半身は無事とはいかず、全身が大きく蕩け、錆び、あるいは風化し、かろうじて残った面立ちの隻眼のみが、じっ、と三人を睨み据えていた。

 

『……聞こえるか、GRチーム……応答せよ……』

 

 ゲットマシンより響くノイズ混じりのダミ声に、三人が慌ててコックピットへと駆け戻る。

 

『――どうやら、うまくやってくれたようじゃな……

 こちらではたった今【敵】の消滅を確認したところじゃ』

 

「消滅……? 研究所に向かっていたBFロボが?」

 

 竜馬の口から漏れた疑念に、どこか戸惑いつつも早乙女が答える。

 

『……ああ、そうじゃ。

 研究所を包囲していた三百のBFロボ。

 その全てが、まるで煙のように消え失せてしまったわい。

 まるでそんな物は、はじめから存在しなかったかのようにな……』

 

「……そんな」

 

『にわかには信じがたい話じゃが、セルバンテス君の読みは当たっていたと、言う事じゃろうな』

 

「……ところで、そのおっさんは?」

 

 ややためらいがちな竜馬の言葉に、スピーカーより小さな溜息が洩れる。

 

『さっきから呼びかけを繰り返してはいるが、反応が無い。

 ……おそらくはもう、研究所には戻ってこないつもりじゃろう』

 

「結局、あのセルバンテスとは何者だったんです?」

 

『うむ……、まだ若い君達には分かるまいが』

 

 と、隼人の問い掛けに対し、早乙女が訥々と言葉を紡ぎ始めた。

 

『かつて、まだ地上に文明の灯りが満ち溢れていた頃。

 彼らのような超常的なエキスパート達が確かにおった。

 時に絶大なる超能力で人々を恐怖に陥れ、時には巨大なロボット相手に生身で立ち向かう。

 彼らは国際警察連合とBF団、二つの勢力に分かれ、繁栄を謳歌する人々の影で、激しい争いを繰り広げておったんじゃ。

 今、こうして言葉にしても、荒唐無稽な御伽噺としか思えんじゃろうがな』

 

「あのバンテスのおっちゃんは、そん時の生き残りだって言うのか?」

 

『さぁての……。

 さ、昔話は終わりだ。

 彼らには彼らの、そして、ワシらにはワシらの戦いがあるんじゃ。

 お前たちには明日からまた、ガンガン働いて貰わねばならん。

 分かったらとっとと帰投せんか!』

 

 うへぇ、と武蔵が思わず叫ぶ。

 

「とほほ、ガイアーなんかよりも博士の方が百万倍もおっかねぇや」

 

「フフ、いっそあの場でくたばっちまってた方が、よっぽど幸せだったかもな」

 

 銘々に憎まれ口を叩きながら、手慣れた動きでゲットマシンへと乗り込む。

 竜馬は一つ溜息をつくと、澄みきった天空を見上げ呟いた。

 

「素晴らしい事、か……」

 

 

 三台の機影が蒼穹の彼方へと消えていく姿を、セルバンテスは小高い丘の上から見送っていた。

 

「これで、全てが終わりましたね」

 

「ああ」

 

 と、事もなげに応じたセルバンテスに、残月が更に言葉を重ねる。

 

「【舞台演劇】

 初めてお目にかかりましたが、本当に凄まじい技ですね。

 滅びゆく異世界と現世をつなぎ、あのガイアーまでをも呑み込んでしまうとは……」

 

 残月の賛辞に、ニヤリ、とセルバンテスが口ひげを撫で付ける。

 

「フフ……、狙った人間の意識を狩り出し、その空間で一つの目的をもたせ、本人達の思うがままに行動させる……。

 ただし、そこに呼ばれた者が傷ついた場合、その肉体もタダでは済まない。

 それぞ、我が【舞台演劇】。

 ……とは言え、今度ばかりは内心ヒヤヒヤものだったがねぇ」

 

 セルバンテスは大きく肩をすくめ、残月に対し恨めしげな苦笑を覗かせる。

 

「なにせ、もしもあのガイアーが本当に何の変哲もないロボット。

 人工知能で動く機械人形だったなら、舞台演劇は大失敗。

 早乙女研究所は今頃、成す術も無く陥落していたところだったのだからね」

 

「けれど、セルバンテス殿も気付いていたのでしょう。

 あのガイアーが以前とは別物の、まるで幽鬼のような存在であった事に」

 

「まあ、何とはなくだが、ね……」

 

 そこで短く言葉を切ると、セルバンテスは再び、長く尾を引く飛行機雲を眩しげに見上げた。

 

 ――結局、ガイアーの正体が何であったのかは分からずじまいであった。

 

 かつてセルバンテスが夢想したように、人類を滅亡へと導こうとする運命じみた存在が、過去の亡霊の姿をとったものであったのか?

 あるいは、彼すらも知りえぬ神体に秘められた力が、活動を停止した筈の機体を動かしていたのか?

 今となっては真相を知る術は無い……。

 

 ただ一つだけ確かなのは、【敵】が実態を持たぬ、ある種の意思であったが故に、セルバンテスはその意識を捉え、崩壊する異世界の狭間に葬り去る事が出来た。

 その事実のみであった。

 

 と、そこでセルバンテスは思索を止め、思い出したように背後を振り向いて言った。

 

「……ところで、そろそろ全貌を種明かししてくれても良い頃合ではないのかね?

 ()()()() 君?」

 

「……その言葉は正確ではありませんよ、セルバンテス殿」

 

 言いながら、残月がゆっくりと上着を脱ぎ捨て、その右手を自らの胸骨の辺りに差し込む。

 ギッ、と言う音とともに胸板が開き、ぽっかりと空いた胸元から、たちまち薄緑色の輝きがこぼれ始めた。

 

「なぜなら私は、草間大作の記憶情報を有してはいても、元の個性までプログラミングされている訳ではありませんから」

 

「小型のゲッター炉心……。

 やはり君は、草間大作博士が製造したロボットだったのだね?」

 

 セルバンテスの断定に、今度は残月も頷く。

 

「……この胸元のゲッター炉心が、全ての始まりでした」

 

 どこか遠くを見るような表情で、残月が独白を始める。

 

「異世界より持ち込まれた一本のサンプル、ゲッター線エネルギー。

 その性能を解析するうち、草間大作は対アンチ・エネルギーへの可能性を見出しました。

 草間はゲッター線に関する論文の収集を始め、やがて当時、異端の科学者として名を馳せていた、若き日の早乙女博士と知り合い、ゲッター線研究のための活動を開始しました」

 

「それが、早乙女研究所の始まりと言うワケか」

 

「ええ。

 けれど歴史の流れの早さは草間の予想を遥かに超えていました。

 万一の事態に備え、草間は自らの記憶をプログラムしたロボットと、ジャイアントロボに関するデータをまとめたブラックボックスを、早乙女研究所の地下深くに封じました。

 ……それから四十年の時が流れ、外界に飛び出したプロトゲッターが消滅したのを察知し、私もまた、目覚める事となった訳です」

 

「ふぅむ……」

 

 残月の言葉の一つ一つを、セルバンテスが反芻する。

 しばしの間を置き、再びセルバンテスが問いをこぼした。

 

「――今の話だけでは、まだ話半分と言ったところかな。

 なぜ君は、私がここに来るのを知っていた?

 なぜ大作君は、自らの死期を知っていたんだ?

 いや……、そもそも最初にそのゲッター炉心を、この世界に持ち込んだのは誰だ?」

 

 矢継ぎ早に繰り出される問い掛けに、残月がクスリと苦笑を漏らす。

 

「その答えは簡単です。

 草間大作に未来の出来事を教えたのも、最初のサンプルを持ち込んだのも、もう一人のあなたがした事なのです。

 ここまで言っても分かりませんか【幻惑のセルバンテス】殿?」

 

「――そうか! ()()()()私の仕業、か!?」

 

 望外の回答に、一瞬、セルバンテスの思考が真っ白になる。

 だが、その答えはよくよく考えれば十二分にありえる話であった。

 

 可能性の数だけ世界が存在するのと言うならば……。

 その可能性の数だけ、異世界を彷徨うセルバンテスがいたとしても、何ら矛盾はない。

 

「こちら世界のセルバンテス殿は、自らの命と引き替えにして、異世界より一本のサンプルを持ち帰り、草間大作へと託しました。

 地球が燃え尽きる未来も、大作に迫る死期も、全て、こちらのあなたが教えてくれたものだったのです」

 

「…………」

 

「――それと、もう一つの答えについてですが。

 私は別に、貴方の来訪を予見できていた訳ではありません。

 ただ、一つの予感がありました」

 

「……予感、かね?」

 

「ゲッター線に携わり続けた、研究者としての予感です」

 

 てらいなく、真剣な面持ちで残月が言う。

 

「万物を奪い破滅に導くアンチ・エネルギーと、惜しみなく与え、生命の進化を促すゲッター線。

 二つのエネルギーは、まるで対の柱です」

 

「…………」

 

「一年前、滅びた筈の人類が地上に飛び出したのと呼応するかのように、あの、アンチ・エネルギーの亡霊が、再び動き出しました。

 ならばきっと、対の一柱も、ガイアーに合わせて動き出すはず、と、そんな妄想じみた予感があっただけです」

 

「ふむ、私もまた、運命の歯車の一部、と事かね?」

 

「……気分を害されましたか?」

 

「いや、構わんよ。

 自分が何者であるかなど、正確に答える事の出来る人間などおるまいよ」

 

 そう言って、セルバンテスが苦笑する。

 そう、自分であるのか、自分の行動が世界に何をもたらすのか?

 そんな事に一々思いを馳せていてもキリがない。

 運命の神がセルバンテスに何を望んでいたとしても関係ない。

 少なくとも彼は自身の意思で、自分の望む未来を探して、数多の世界を流浪しているのだ。

 

 

「さて、セルバンテス殿、これは私自身の興味から聞くのですが……」

 

 と、残月から一つ、問いが出される。

 

「今ここに、あなたが探し続けていた世界、人類滅亡の運命を回避した世界があります。

 幻惑のセルバンテス……、あなたの旅は、それでも続くのですか?」

 

「……さて、私もね、今それを考えていたところさ」

 

 言いながら、セルバンテスが再び飛行機雲の行方を目で追いかける。

 思い出されるのは、この世界を自分達のシマだと言いきった、若者の熱い啖呵である。

 

「――うん、やはり違うんだろうな。

 この世界は、竜馬君やGRチーム、早乙女博士達が守り抜いた世界だ。

 私にいるべき場所などはないか……」

 

 ――それならば、自分のいるべき場所とはどこであろうか。

 

 フッ、とセルバンテスが自嘲する。

 答えは明白であった。

 偉大なる主、頼れる戦友、恐るべき強敵達。

 文明、陰謀、闘争、繁栄、破壊――、そして一時の安らぎ。

 不意に湧き上がった望郷の念が、年甲斐もなくセルバンテスの胸を焦がす。

 

「私が求めるのは、地上が燃え尽きずにすむ世界……、君が死なずに済む世界だよ」

 

「……それならば、私はここで見送る他はないようですね」

 

 そらとぼけた風に煙管を燻らせる残月に、セルバンテスが不敵な笑いを向ける。

 それが別れの合図であった。

 

「フフフ……、では次はまた、別の世界で会うとしよう【白昼の残月】君」

 

 セルバンテスがさっ、と身を返し、その姿を断崖へと躍らせる。

 直後、ごうっ、という一陣の風が巻き上がり、マントの翻った先には、男の姿はすっかり消え失せていた。

 

「ええ、またお会いしましょう……、バンテスおじさん」

 

 風の行く先を見上げながら、ぽつり、と残月が呟いた。

 

 

 

 

 過ぎ去りし近未来!

 

 人類は避けがたい滅亡の運命を、その身を以って知る事になる日が来るのだと言う……。

 

 絶対の刻が迫る中、因果の掌からこぼれ出す道を探し求め、今日も無常の荒野を彷徨い続ける、一人の男の姿があった。

 

 

 その名は――

 

 

 

 

 



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エピローグ

 

 奇妙な輝きであった。

 薄緑色の淡い光が、暗闇を仄かに照らし出していた。

 

 男の目の前に、両手に収まる程度の大きさの、円筒状のガラスケースがあった。

 透明の器の中で、細かな粒子が夜光虫のように煌めいて、薄緑の朧な燐光を生み出していた。

 

 真紅のゴーグルを外し、まじまじとケースを覗き込む。

 ざわり、と知らず男の背筋が震える。

 

 この、光……。

 いかなる神秘に依る現象なのであろうか?

 光量自体はさしたるほどでもない。

 けれど、この仄かな燐光には、単純なる化学反応を超えて、捨て置けない何かがある。

 と言って、催眠生物ライトのような外連の類でも無い。

 眩術、人を欺く術にかけては当代随一のこの男が、そんなちゃちな小細工にかかる筈も無い。

 

 この光はもっと別の力。

 例えば、セント・エルモの火のように、見る者の魂を直に揺さぶる、原始的な光。

 あるいは……、命?

 根源的な生命の脈動、そのものか?

 

(馬鹿な……)

 

 突拍子もない思考を振り払い、速やかにゴーグルをかけ直す。

 この光は、何と言うか、危うい。

 目にした者の心の内側に入り込み、ともすれば、そのアイデンティティすら塗り替えかねないような、たまらぬ魅力がある。

 

「どうかね、セルバンテス君……。

 ゲッター線の輝きは、君の目に、どう映るかね?」

 

「博士……」

 

 背後から聞こえた「博士」の穏やかな声に、男、幻惑のセルバンテスが、ゆっくりと振り返る。

 視線の先に居たのは、渋いスーツの上に白衣を纏った、初老の男であった。

 口元に刻まれた深い皺が、この男らしい温厚な笑みを作っていた。

 矍鑠とした紳士然とした出で立ちに反し、めっきり白くなった頭髪が、男の年輪を感じさせる。

 そんな中、分厚い眼鏡の奥の瞳が、無垢な少年のように煌めくのを、セルバンテスは見た。

 

「さて……、何と評すればいいのか?

 正直、怖いですな。

 この光には、出来る事なら、関わり合いにはなりたくない」

 

 慎重に言葉を選び、セルバンテスが男の問いに答える。

 サンプル自体の怪しい魅力も去る事ながら、この老人から、この研究所の最重要極秘事項とも言うべき存在が明かさされた理由もまた、不気味であった。

 そんなセルバンテスの回答に対し、やや意外そうに男が眉を上げた。

 

「ほう、怖い、かね?

 世界征服を策謀するBF団の大幹部、十傑集の一人ともあろう君が?」 

 

「力あればこそ、と言う面もありますよ、博士。

 なにぶん、私ももう若くはない。

 なまじ人よりチョッピリ先が見えるせいで、分からない、と言う事象そのものが恐ろしい。

 ましてや目の前にあるのが、莫大なるエネルギーを秘めた宇宙線の増幅炉、ときては、ね」

 

「……理想的な回答だよ、セルバンテス君。

 今宵、私の下を訪ねて来てくれたのが、君のような男で本当に良かった」

 

「博士……?」

 

 要領を得ない男の言葉に、セルバンテスの口から疑念がこぼれる。

 男はセルバンテスの傍らに並び、未だ燐光放つ容器を撫ぜながら呟いた。

 

「この増幅器。

 ゲッター炉心建造の核となるサンプルの一つを、君に、預かってはもらえないだろうか?」

 

「何と……」

 

 あまりにも予想外な言葉に、セルバンテスが返答に詰まる。

 いかにサンプルの一つに過ぎないとは言え、目の前の増幅器は、膨大な予算と労力を費やして生み出された財産の筈である。

 それを、よりによってBF団の一員である、自分に託そうなどと。

 

 その提案は、確かにセルバンテスにとっても魅力的な話であった。

 ゲッター線、などと言う眉唾モノの粒子はとにかくとしても、そこにこの工学研究のパイオニアが執心していると言う噂には、少なからぬ興味があった。

 ゲッター線なる存在が、アンチ・エネルギーへの対抗策となり得るならば、あるいは力尽くででも、と、不穏な思考まで胸に密かに抱いていたセルバンテスである。

 

 だが、そのセルバンテスにとっても、かかる事態はまったくの想定外であった。

 

 目の前の老人はかつて、平和をこよなく愛する男であった。

 日本のロボット工学の父とまで呼ばれた人物であった。

 BF団にとっては幾度煮え湯を飲まされたか分からない、不倶戴天の敵と言って差し支えない男であった。

 それほどの男が、晩年に入り狂ってしまったと言うのか?

 ゲッター線の輝きに魂を惹かれ、己を見失ってしまっているのか?

 あるいは、現在の彼は、それほどまでに追い詰められていると言う事なのか?

 

 セルバンテスの動揺を見てとったのであろう。

 男は深くため息を吐いて、頬の深い皺に自嘲の笑みを刻んだ。

 

「何もそう、構えなくても良いでしょう。

 私にはもう、君たちの行動を咎め立てしようなどと言う、大それた情熱は残っていないよ。

 このサンプルもそう。

 私の生涯を賭けた研究とするつもりだったのだが……。

 知っての通り、これはもうこの世界では、二束三文の値打も無い我楽多さ」

 

「……シズマドライブ、ですか」

 

 躊躇いがちなセルバンテスの言葉に、男が静かに頷く。

 

 シズマ・ドライブ。

 近年、ベルギーのシズマ博士たち五人の科学者が発表した、エネルギー理論の総称である。

 完全無公害、完全リサイクルを謳うそのシステムは、エネルギー問題に頭を悩ませる各国に諸手を上げて歓迎された。

 瞬く間に実用化が進み、旧来の燃料機関の多くがシズマ管へと差し替えられ、今や世界は、第三のエネルギー革命と謳われる新時代を迎えつつあった。

 地球を覆う闇は去った。

 人類は、ついに沈まぬ太陽を手にするに至ったのだ。

 今さら何で、絶えず暴走の危険を伴う宇宙線の研究に、巨額の資金を投ずる必要があろうか?

 

 改めてセルバンテスが無人の室内を見渡す。

 浅間山ゲッター線研究所。

 所員は非常勤を含めて二十六名。

 確かに並みの研究機関を鑑みれば、しっかりとした設備の揃った施設ではある。

 しかし、これが日本の高度経済成長を支え続けた偉人の、終の住処であろうとは、なんとも寂しい話ではないか?

 

「私は、これと共に生き、これと共に死す」

 

 胸中の意思を確認するかのように、淡々と男が語る。

 

「生涯の研究テーマを自ら定めたのだ、悔いはない。

 けれど、その成果が明かされないまま墓の底では、あまりにも悲しすぎるからね」

 

「それで、私ですか?」

 

「そう、そこで君だ。

 この未知なる宇宙線の神秘が宿るサンプル。

 それが例え()()()()()()日の目を見ないテクノロジーであったとしても、君にとっては希貨足り得る存在なのではないかな?」

 

 男の言葉に、セルバンテスが静かに頷く。

 未練、執着、そういう話ならば確かに分かる。

 このサンプルをセルバンテスに託す事が、男の生きた証となる、そんな他愛無い夢ならば。

 

 けれど、その程度の慰めで、この男は満足すると言うのであろうか?

 彼が生み出した研究の成果を、彼自身の目で確認する日は、永劫に訪れる事は無い。

 十傑衆・幻惑のセルバンテスが旅先で出会った、一夜限りのゲスト。

 そんな役回りで人生を終える事に、不満は無いのだろうか?

 

「……これ以上、この地でゲッター線を研究する意義があるのでしょうか、博士?」

 

 つい、余計な質問を口にしてしまった。

 口にしてすぐ、セルバンテスは苦虫でも噛み潰したように顔をしかめた。

 その一言は、自分に返る刃であった。

 人類が滅亡する未来から逃れる事が出来ないと言うのならば、セルバンテスがこうして、いくつもの時代を彷徨い続ける事の意義こそ何だと言うのだ?

 

「意義、かね……?

 そんなものは所詮、ただの言葉だよ」

 

 セルバンテスの心理を知ってか知らずか、突き離すように男が嘯く。

 

「人は誰しも、自分の行動に大義付けが欲しいものだが……。

 知っての通り、現実は往々にして理想と異なる。

 工夫の労働環境を改善するためのダイナマイトが戦争の道具となる一方で、

 戦争で生み出された数々の兵器が、社会を支える新たな発明の礎と為り変わるように、ね」

 

「…………」

 

「我々がしている事の意味など、それこそ後世の史学者くらいにしか分からぬ話さ。

 あのシズマ・ドライブにしたってそうだ」

 

「……シズマ・ドライブに、何か問題でも?」

 

「いいや、あれは確かに万能のエネルギーだ……、万能に、過ぎる。

 安価でクリーン、しかも半恒久的にリサイクル可能。

 火力、水力、原子力と言った従来の発電設備を、瞬く間に過去の存在としてしまった。

 万一の時のライフライン確保のため、本来ならば分散されるべきリスクを、今やあの万能のシズマ管が一本で引き受けてしまっているのが世界の現状だ。

 たった一つの要石によって支えられる脆弱な文明社会、危ういとは思わんかね?」

 

「ゲッター線が、そのもしもの時の鼎になる、と?」

 

「――と! いや、すまん。

 これはどうやら、我ながら()()()が過ぎたようだな。

 らしからぬ事を言った、忘れてくれたまえ」

 

 たちまち男は恥ずかしげに苦笑し、その後、真剣な顔を作り直した。

 

「さあ、もう行きたまえ、セルバンテス君。

 君が必要とする物は、今度こそ本当に、ここにはもう残っておるまい」

 

「はっ」

 

「……君に頼むのもおかしな話ではあるが、草間博士の息子にも宜しく」

 

「ええ、ありがとう博士……、敷島博士」

 

 軽く会釈をして、セルバンテスが、男の背後の闇に消えていく。

 ドアが開く音はしなかった。

 空気が動く気配も無かった。

 けれど室内にはいつの間にか、老人ただ一人となっていた。

 十傑衆、幻惑のセルバンテスの姿は、研究所から、いや、その世界から忽然と消え失せていた。

 

 

 

 ――二週間後。

 

 浅間山ゲッター線研究所の存在は、国内で大々的に取り沙汰される所となった。

 理由は昨日の未明に起きた、ゲッター線暴走事故。

 

 責任者の敷島所長を始めとした、二十六人の研究者は、いずれも消息不明。

 天空まで噴き上がる光柱の後に残されされたのは、無残に蕩け、捻じれ、混ざりあった設備の残骸と、未知なる力によって結晶化した金属の世界のみであった。

 文明を謳歌する人々は、ロボット工学の父の無残な最期に戦慄した。

 だが、そのニュースを()()セルバンテスが知る事は、ついに無かった。

 

 

 

 

 無残な世界があった。

 セルバンテスの眼前に、終末を乗り越えた、おぞましき世界が一面に広がっていた。

 

「これは……、一体何の冗談だ?」

 

 崩れかかったビルディングの屋上で、セルバンテスが呻くように呟いた。

 眼下に広がっていたは、全てが燃え尽き塗り潰されたいつもの世界とは、別の風景であった。

 

 木があった。

 草があった。

 土が、コンクリートが、鉄骨が、川が、森が、海があった。

 だが、いずれをとっても、独立できているモノは、一つとして無かった。

 物質が、生命が、境界線を失っていた。

 何もかもが、あるいは爆ぜ、あるいは歪み、捩じり曲がっては渾然一体となり……。

 

 そして……、全てが蕩けていたのだ。

 

「――まったくよォ、花の東京がこの有様とは、情けなくて涙が出てくらァ」

 

「むっ?」

 

 剣呑なる響きを匂わせながら、奇妙に陽気な声が背後より投げかけられる。

 聞き覚えのある声色に、セルバンテスがゆっくりと振り返る。

 

 バン、と鉄扉を蹴破って現れたのは、一人の逞しい男であった。

 隆々とした肉体にサラシを巻いて、袖も通さず羽織っただけの上着で風を切って歩く、豪放磊落を絵にしたかのような大男であった。

 油断ならぬ相手だ。

 知っている、セルバンテスの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。

 

「ほぅ、随分と懐かしい顔だな……、村雨竜作よ」

 

 村雨竜作。

 ある時は国警の核弾頭として、ある時は独立勢力・村雨組の頭目として、幾度となくBF団と矛を交えた好漢である。

 が、その竜作の姿を見とめた瞬間、セルバンテスはさっ、と表情を変えた。

 

「村雨……、左腕は?」

 

「あん、これかい?」

 

 と、半ば合金化し、大きくねじ曲がった左腕を、竜作が事もなげにひらひらと振るった。

 竜作もまた、唯一人では無かった。

 片腕が捻じれ、蕩け、すでに人と呼べる存在では無くなりつつあった。

 

 そんな対主の動揺など何処吹く風とばかりに、竜作がこの男らしい軽さで飄々と笑う。

 

「へっ、いわゆるゲッター線照射障害ってぇヤツよ。

 われながら、とんだドジをこいちまったモンよ」

 

「ゲッター線……、照射障害、だと?」

 

 あっけにとられるセルバンテスを尻目に、竜作が身を乗り出し、東洋の大都会と謳われた繁栄の跡を覗き込む。

 

「ああ、どこもかしこもヒデェもんさ。

 三年前、浅間山で巻き起こったゲッター線の暴走事故。

 その日を境に、日本中のなんもかんもが、すっかり蕩け切っちまったのよ。

 だが皮肉な事に、その時溢れだしたゲッター線の力によって、日本だけは【燃え尽きる日】の惨劇を乗り越える事が出来た」

 

「……この世界でも、アンチエネルギーの脅威から、ゲッター線が人類を救った、のか?」

 

「あん!?

 フザけた口利いてんじゃねえぞ! おっさんよォ!

 この光景のドコに救いがある? 何処に人類が居るってんだ!?

 あの日以来、神国日本はあのクソッタレのイデアどもの天下ってェのによ!」

 

()()()()

 

「ゲッター線を享受し、溺れ、すっかり身も心も歪んじまった化け物どもよ。

 このねじ曲がっちまった世界に相応しい、腐れ外道ってワケだ」

 

 ジッと西の空を睨みつけながら、竜作が心底忌々しげに吐き捨てる。

 ゲッター線とアンチ・エネルギー。

 時を超え、大きく立場を変えながら、どこまでも絡み合う超エネルギーの因果に、セルバンテスが言葉を失う。

 

 かつて、あの白昼の残月は言った。

 アンチ・エネルギーとゲッター線は、決して交わる事の無いエネルギーである、と。

 ゲッターの光が、万物を破壊する光球の輝きと、対の柱であると言うのならば、その光はきっと、人類にとって救い足り得ない。

 あるいは、もっとおぞましいモノ。

 全てを喰らい、奪い、呑み込み、絶対の破壊をもたらすアンチ・エネルギー。

 惜しみなく与え、注ぎ、無理やりに生物の進化を導き出すゲッター線。

 その、過剰にもたらす力が勝利した世界が、コレだ。

 

 ならばこれは、罰ではないだろうか?

 ゲッターの何たるかも知ろうともせず、無限のエネルギーよと弄んだ。

 その因果が今、こうして、ゲッター線の完全勝利した世界、と言う形となって、セルバンテスの前に現れたのではあるまいか?

 

 じっ、と押し黙ってしまったセルバンテスに、竜作が訝しげな視線を向ける。

 

「んな事よりよォ、アンタこそ、何だって今さら化けて出やがった。

 なあ【眩惑の】セルバンテスさんよォ?

 風のウワサじゃアンタ、三年前のあの日に紅海で死んだ、って聞いてたぜ?」

 

「……何?

 そうか、私はここでも死んだ、か」

 

 竜作の言葉に、セルバンテスが思わず自嘲をこぼす。

 

「やれやれ、十傑集のセルバンテスとやらも存外骨の無い奴だ。

 フフ、これじゃあ大作君の事ばかり言ってられんなぁ」

 

「……?

 まあいい、折角だからちィっと手ェ貸せや、眩惑の。

 世界がこんななちまったんじゃァ、今さら国警だのBFだのでも無いだろう?」

 

「ふむ、相変わらず人遣いの荒い男だな、君は?

 今度は一体、どんな悪だくみかね、村さ……」

 

 

「 ジ ャ イ ア ン ト ロ ボ の 発 掘 じ ゃ ア ァ ー ッ !! 」

 

 

「!?」

 

 と、その時、それまで村雨の背後に控えていた老人が、突如として狂声を上げた。

 ぐるぐると滾る狂人の瞳に、思い切り逆立った白髪の禿頭。

 白衣に一升瓶、それにサンダル。

 そして何より、この絶望的な光景を、喜色満面に見つめる嗤い顔。

 知っている、こう言う狂人と出会った事が、確かにある。

 

 あっけにとられるセルバンテスの前に、狂人が、ぐいっ、と豪酒を呷って畳み掛ける。

 

「グヒッ、あんのロクデナシのイデアどもを皆殺しにするにはよ。

 ヤツら光のゲッターに対抗できる『(アンチ)』ゲッター線エネルギーの怪物が、どうしても必要なんじゃッ!!」

 

「アンチ・ゲッター線……、目には目、ですか?」

 

「オウッ!

 ヒヒヒ! その点、草間博士の生み出したアンチ・エネルギー理論は、実に()()ゲッターに馴染みそうじゃからのう。

 まずは一刻も早くロボの行方を探しだし、その全貌を白日の元に晒してやるんじゃァ!!!」 

 

 狂人が叫ぶ。

 あの豪放なる竜作までもが鼻白み、思わず声のトーンを落とす。

 

「……ま、そう言うこった。

 ノラ犬に噛まれたとでも思って力貸してくれや、眩惑のおっさんよォ」

 

「ふっ、お前も随分と苦労しているようだなあ」

 

 セルバンテスはしばし、迫りくる狂人と遠い目をした宿敵の姿をしみじみと見つめていたが、やがて一つ、大きな溜息を吐き出した。

 

「……やれやれ、今回はまたずいぶんと、長い寄り道になりそうだ」

 

「ンン、何か言ったかの? 眩惑のセルバンテス君!!」

 

「いえ、出来ればお手柔らかに頼みますよ……、敷島博士」

 

「ムホホ! ワシの名前まで知っとるのか! 名乗る手間が省けたワイ!」

 

 頭を抱える二人を尻目に、今やすっかり上機嫌となった敷島が、諸手を上げ高らかと宣言する。

 

「ヒヒッ!! 役者は揃った、さっそく始めるとしようかッ!

【 反 ッ!! G R 計 画 】開幕じゃあアアァ――――ッ!!」

 

 

 

 ――来るべき近未来ッ!!

 

 滅亡の未来を乗り越えた人類は、息吐く間もなく、新たな危機を迎えつつあった。

 

 宇宙から降り注ぐゲッター線の輝きと、未だ地の底に眠るアンチ・エネルギー。

 

 相反する光と闇の因子の狭間で、男の舞台演劇が、再び幕を開ける。

 

 その名は――!

 

 

 

 

 

 

 

 



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