少女よ、大志を抱け (七瀬 凌)
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1.まさかの女の子

”神様はこの世にいる”

 

今僕がそれを高らかに宣言しよう。なぜそんな中二病じみたことを言ったかって?

中学二年生だから?違う。

左手が疼くから?違う。

現実逃避の最中だから?違う。

 

ーーどれも違う。正解はたった一つ。真実もたった一つ。

 

「あ、俺、神様!よろしくっ」

 

目の前に神(自称)がいるからだ。…あ、ちょっと待て、落ち着け、ページを閉じようとするんじゃない!

あーあー、こほん…話を続けよう。さて、一応断っておくが僕は馬鹿じゃない。目の前で自分が神だと言い張る人間を見て、あいつは神だ!なんていちいち信じない。

生まれた時から不況の真っ只中で生きてきた。夢も希望もクソもない世界で、ただ平穏に公務員にでもなって食をつなごうと思っていた現実的な僕。

そんな健気で慎ましい僕がどうして神がいるなどとほざいたのか、それはひとえに目の前にいる男の神々しさによる。

まず何かっていうと、眩しくて顔が見えない。声は聞こえるが、その声もものすっごく心地よい声(喋ってる言葉が馬鹿っぽいのを忘れそうになるほど)。こんな存在見たことがない!!だから僕はとりあえずこの自称神を神と認めることにしたのだ。

そもそも神とはなんなのか、と考え始めればキリがないのでここでは人知を超えたものとしておこう。目の前にいるヤツは間違いなく僕の常識の範囲内を超えたもの、だから僕はヤツを【神】と呼ぶ。

 

「実はさ、君死んだの」

 

出たよ。

 

おきまりの『あー、お前俺のミスで殺しちゃったわ』パターン。転生ものの小説によくありがちで、ありふれて、ぶっちゃけありえないパターン。

 

「あ、違う違う。俺のミスじゃねぇよ?俺がミスるわけねーじゃん。これはー…なんつーか、あれだ。神様クジっつーので、お前が運良く選ばれたってだけ」

 

「神様…クジ?」

 

「そうそう、年末恒例のアレよ。年末の総決済で神様んとこに死んだ奴の番号が書かれた紙が来るんだよ。んで、その番号が正月過ぎてちょっとしてから抽選が行われてな、選ばれた奴が神様に呼び出されるわけ」

 

年賀状じゃねぇか。

 

「あー…まぁ、これは人間の真似して始めたからな。だけどこれがまた結構評判よくってさあ」

 

ケタケタと笑う神。どうでもいいわ…って僕いつの間に死んでたわけ?まだぴちぴちの中二なんですけど。

 

「あ、ちなみにお前三等ね」

 

「三等?一等はなんなの?」

 

「生き返り券」

 

「マジで!?そんなのあるの!?つーかいいのかよ、生き返らせて!死んだ奴を生き返らせるなんてそんなことっ…」

 

思わず興奮して目を見開いて目がやられた。ちくしょう、眩しすぎる。太陽を直視したとき並みに眩しい。

 

「おいおい俺を誰だと思ってる。神様だぞ?」

 

…ムカつく。無駄にいい声だからなおさらむかつく。チッ、と舌打ちしたい衝動に駆られたが目の前にいるのは一応神様、下手に機嫌を損ねるようなことしないほうがいい。

ふぅ、と息をついた。

 

「…それで、三等ってなんなの?」

 

「よくぞ聞いてくれた。三等は別の世界での生き返り券だ」

 

「別の世界?」

 

「おうよ。どの世界に行きたい?」

 

「どの世界って言われても…どんな世界があるのかわかんないんだけど」

 

「んー…そうだな。忍者とかバスケは募集終わっちまったしなぁ…料理とか暗殺もあるけど…無難に海賊とか行っとく?」

 

なんだかどこかで聞いたことがあるような話だ。…これは、僕が生前読んでいた漫画じゃないか?

 

「あっは、バレた?お前の頭ん中にある記憶から引っ張り出してきたんだけどよー…お前もうちょっと遊べよ!!人生楽しめよ!!お前の人生クソつまらねぇ」

 

急にボロクソに言われた。なんて失礼な神だ。僕は僕なりに楽しんでいたのに。

 

「せめて祭り行ったらカタヌキだけして帰るのやめろよ!友達も困ってんじゃねェか!!」

 

そんなところまで見るのか。カタヌキの楽しみを知らないとは…難儀な神様だ。

 

「はぁ…まぁいい。んで、海賊でいいな?海賊行ってハーレムでも作りやがれ」

 

確かに…あのスーパーボインなキャラクターたちに囲まれたら楽しそうだ。

 

「よし、じゃあ行ってこい!チチに揉まれてこい!」

 

チチは揉むんじゃないのか?と思いつつも白くなる視界に、ぎゅっと目を閉じた。

 

「あ、ちなみに向こうではこっちの記憶しばらく消えちゃうからな〜」

 

そういうことはもっと早く言え!!と突っ込もうとした時、身体が水に包まれたような感覚に陥って意識が途絶えた。

 

 

***

 

 

眩しい光に、目を覚ます。

 

「ぅ…」

 

起き上がって、辺りを見渡す。そこは森…というよりジャングル。なにも手入れをされていないような木々や草が生い茂っている。

不意に、木の上にいた金髪の少年と目が合う。なんだか品が良さそうな雰囲気が漂っていて、このジャングルにはミスマッチだ。

 

「やっと起きたか」

 

「…あんた、だれ?」

 

「おれか?おれはサボ。お前は誰だ?」

 

「ぼく?ぼくは…」

 

なんだっけ?えぇっと…あ、そう、ハーレムだ。ハーレム作るんだ。

 

「はーれむ」

 

「ハー・レム?レムって言うんだな」

 

なんか違う。なんか違うけど訂正するのも面倒だからそれでいいか。それにしてもなんだこの舌ったらずな感じは。うまくしゃべれなくて気持ち悪い。

 

「お前、昨日海に廃材と一緒に打ち上げられてたんだ。エースが助けなきゃ死んでたぞ」

 

「えーす?」

 

「あぁ、エースって言うのは…」

 

「おいサボ」

 

どこからか、声がした。

 

「あ、エース!ちょうどよかった。お前が拾ってきた子供、今起きたんだ」

 

黒い髪に、頰にそばかすのある活発そうな少年。こちらはジャングルにしっくりくる感じがする。…というか、子供に子供って言われると腹立つ。どう考えても僕の方が年上だろ。ん?僕って何歳だったっけ?まぁいい、とりあえず助けてもらったなら礼を言うべきだな。

立ち上がって、そのエースという少年の方を向く。

 

「たすけてくれて、ありがとう」

 

…やはり違和感が拭えない。なんだこの幼稚園のお遊戯会みたいな喋り方は。それに視線がおかしい。なぜエースという少年の方が僕より背が高いんだ?

 

「…別に」

 

そう言って、ふいっと顔を逸らした。

 

「つーか、お前も捨てられたんだろ。そんなちっせぇのに」

 

捨てられた!?なんて物騒な響きだ。でもよくよく考えてみれば僕はハーレムってやつをつくるって目的しか知らない。ここがどこだかわからないし、自分がだれなのかもわからない。

 

「だからおれの子分にしてやる」

 

「こぶん?」

 

なんだその小物臭漂う感じは。それにこいつ、なんでこんなに偉そうなんだ。

 

「やだ、ぼくはこぶんになんてならない」

 

「なっ!?お前、だれが助けてやったと思ってんだ!」

 

そう言って怒り出したエースを、サボがなだめる。

 

「まあまあ、落ち着けよエース!相手は子供だぞ?」

 

お前たちも子供だけどな、と思いつつも黙っておく。これ以上怒らせると殴られそうだ。殴られたら殴り返すけど。

 

「お前なんか俺たちの子分にならなかったらな、すぐにのたれ死ぬんだからな!!」

 

なんて言い草だ、聞き捨てならない。

 

「ぼくはそんなによわくない!!」

 

「じゃあ勝手にしろ、おれは知らねェ!!」

 

「エース!!」

 

怒って出て行ってしまった。だがウマが合わなかったのだ、仕方ないだろう。

 

「ったくあいつは…気が短いんだから…」

 

やれやれ、とため息をつくサボ。

 

「さぼ」

 

「ん?」

 

「おなかすいた」

 

ぐーー、とおなかが鳴る。やはり人間の三大欲求には抗えない。

 

「しかたねェな、じゃあ狩りに行くか」

 

「かり?」

 

 

 

 

ジャングルの中。周りは鬱蒼としていて、気味が悪い。よくわからない鳥の鳴き声とか、カサカサ動く音とか。

 

「お、あれ食えそう」

 

「あれ、って…」

 

目の前にいるのは自分と同じくらいの大きさのイノシシ。あんなのに突進されたらひとたまりもないだろう。背中を冷や汗が流れる。

 

「よし、ちょっと待ってろ」

 

サボはそう言うと、イノシシに突進して行った。イノシシが突進してきたんじゃない、イノシシに突進して行ったのだ。

 

「さぼっ!!」

 

サボが危ない、と思ったけれど、彼は持ってる棒でうまいことイノシシをやっつけてしまった。なんてやつだ。第一印象の上品そう、が一気に覆された。7歳かそこらの子供が、自分と同じ大きさの獣をやっつけるなんて。

 

サボはすっかり伸びてしまったイノシシを縄でくくり、ズルズルと引きずる。それから火をおこすと、それを焼き始めた。なんて野性的なんだ。

辺りはもう日が落ちて、暗くなっていた。

 

「ほら、食えよ」

 

渡されたのは骨がついたままの肉の塊。

 

「いただき、ます…うまっ!!」

 

恐る恐る口にして、その美味しさに目を丸くした。空腹だったから余計に美味く感じるのかもしれない。

 

「だろ?ここの動物はちょっと凶暴だが、倒せるようになればこっちのもんさ」

 

まさか食べ物を取るところから始めるとは驚きだ。ここでは相当なサバイバルが強いられるらしい。

 

「…レム、どうしてエースの子分を嫌がったんだ?」

 

「こぶんって、かっこわるいから」

 

「ふーん…じゃあ、おれの妹になるか?」

 

妹…ん?妹?

 

「おとうとじゃないのか?」

 

「弟って…レム、お前女の子だろ?」

 

ピシャーンッ、と雷に撃たれたような衝撃を受ける。女?僕が女?とっさに股間に手を当てた。そこにあるはずの…男にとって一番大切といっても過言ではないものがない。

 

 

「おんなあああああ!?」

 

 

ーーこうして、僕の新たな人生が幕を開けた。



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2.おじいさんと海賊

 それから僕はサボと一緒に暮らし始めた。とはいえ、常に行動を共にするわけじゃない。僕は本来堅実に暮らす主義なのだ。ビバ、平穏。ビバ、安定。こんなサバイバルいつまでもやってられない。

 朝ご飯を食べてから家を出て、夕方に帰る。日が暮れる前に帰らないとサボにこれでもかというくらい説教をされるから要注意だ。エースは時折夕飯を一緒に食べるが、やはり仲良くなれない。

 

「おれの子分になる気になったか?」

 

「ならない」

 

「ちっ…強情なやつだぜ」

 

 でもなんだかんだ言ってエースは優しい時もある。

 

「おいチビ!服くらいちゃんと調達しとけ、みっともない」

 

 そう言ってよくわからないキャラクターのTシャツをくれたりする。ごくたまにだが。

 

 

 半年ほど経ちジャングルの生活にも慣れてきた頃、僕はハーレム作りに向けて動き出すことにした。まずはハーレムは何か、というところからだ。これは人の良さそうな廃墟の人間に聞けば教えてもらえるだろう。

 何かあった時のために廃墟のガラクタで作った弓を背中に背負っておく。これがなかなか使い勝手がいい。接近戦には向いてないが、獲物を仕留めるときに役立つ。

 

「おじいさん」

 

「おや…サボとエースのところの子か」

 

「そう。ねぇ、ハーレムって知ってる?」

 

「ハーレム?それはな…男にとっての夢じゃ」

 

 老人はそう言うと、まぶしそうに太陽を見上げた。

 

「夢?」

 

「そう、柔らかくていい匂いのする可愛い女子に囲まれてチヤホヤされる。それが叶うなら、わしゃ死んでもいい」

 

 ツ…と老人の頬を一筋の涙が流れた。

 

「やわらかくて…いい匂い…」

 

 可愛い女の子にチヤホヤされる…叶うなら死んでも構わないほどの夢。なんてすごい夢なんだ!!

 

「おじいさんおじいさん!!どうやったらハーレムつくれるんだ!?」

 

「ハーレムを作る方法はただ一つ」

 

 人差し指を立てた老人に、ゴクリと唾を飲み込む。

 

「世界で一番、強い人間になることじゃ!!」

 

「強い人間?それってどうやったらなれるの?」

 

「なーに、難しいことじゃない。自分の信念を貫けばいい。自分が正しいと思ったことをして、誰に文句を言われようが誰に蔑まれようが、己の信念を貫き通すんじゃ。

心にまっすぐな芯を持ってるやつはどんなに力が強い奴らより、強いからのう」

 

 おじいさんの言葉は、僕が理解するには少し難しかった。

 

「…僕、強い人間になる」

 

ーーその日から僕はおじいさんのところに通い始めた。世界一強い人間になるために。

 

 

 

「おいレム、最近何してるんだ?あんまり廃墟の方に行くなよ、あそこはたまに海賊が通る」

 

 夕飯の時、サボは僕に忠告してきた。最近よく廃墟でおじいさんと話をしてるのを見られていたのだろう。

 

「かいぞく?」

 

「あぁ、海賊に目をつけられたら面倒だからな」

 

「わかった」

 

 

 サボにそう言われて海賊には気をつけていたはずなのに…

 

「ずいぶん可愛いガキがいるじゃねぇの」

 

「こいつ、売ったら高値がつきますぜ!きっと」

 

「っ、離せっ!!」

 

 廃墟から帰る途中、やばそうな奴らにとっ捕まった。なぜだ。他にも人はたくさんいるだろうに。

 

「おいおい暴れてくれるなよ〜?死にたくなかったらな」

 

「っ…」

 

 ほっぺに刃を当てられて、ゾクリとした寒気に襲われた。このままこいつらの言うことを聞いてたら、どこかに連れて行かれてしまう。けれど肝心の弓は捨てられてしまったし、反撃する術がない。

 

「やめんか小童ども!」

 

「おじいさん!」

 

こちらに来たのはいつも僕に話をしてくれるおじいさんだった。

 

「そんな小さな子を捕まえるなんて…恥ずかしいとは思わんのか!?」

 

「うるせえジジイ」

 

「死に損ないが」

 

そう言って、海賊たちはおじいさんに暴行をくわえはじめる。危ない!と思ったが、おじいさんは棒を使って、海賊たちを倒してしまった。

 

「すごい…」

 

「わしも若いもんにはまだまだ負けられんわ。嬢ちゃん、大丈夫か?」

 

その言葉に、大きく頷いた。

 

「ありがとう!おじいさん!」

 

「わしはもう、明日からここへは来ない。だから嬢ちゃんもここに来るのをやめなさい。嬢ちゃんには少し危険が多すぎる」

 

「なっ、なんで!?どこ行くの!?」

 

「夢を、叶えに行くんじゃ」

 

おじいさんは笑っていた。

 

 

ーー翌日から、おじいさんは宣言通りいなくなった。風の噂で、おじいさんは病気だったというのを聞いた。

 

 

 

僕はそれでもグレイ・ターミナルに行くのをやめようとはしなかった。行けばまた会えるんじゃないかって、来る日も来る日もグレイ・ターミナルに行った。サボやおじいさんの言うことを聞かなかった。だからバチが当たったんだと思う。僕は海賊に捕まってしまった。

 

「助けてっ…サボ!!エース!!」

 

 そんな叫びも虚しく、船に連れて行かれてしまった。

 

 それからいくばくかの時間が経ち、嵐が起き始めたようだった。船は揺れに揺れ、激しい雨の音がする。ひどく心細くて、小さく丸くなった。

 

 そんなとき、バンッとドアが開いた。

 

「レム!!」

 

「エース!?」

 

 そこにはずぶ濡れになって身体中に怪我をしたエースが立っていた。僕を見るなりホッとしたように息をつくと、すぐこちらに来て僕の手足につけられた錠を外す。

 

「っ、エース!!」

 

 外れた瞬間、エースに飛びついた。もう二度と会えないかと思っていた。

 

「ったく…すぐに戻るぞ!!船が沈む前に」

 

「うん!!」

 

 甲板に出れば、この船はだいぶ島から離れてしまっていた。僕を捕まえた男たちがあちこちに伸びている。おそらくエースにやられたのだろう。

 

「っ、危ない!!」

 

 ピカッと光った瞬間、船の上に雷が落ちた。船が真っ二つに割れ、エースの身体が真っ暗な海に放り投げられる。

 

 

「エースっ!!」

 

 

 けれどその直後、僕の身体も海に投げ出された。荒れた海に投げ出され、ぶくぶくと沈んでいく身体。海はあんなにも激しくうねっていたのに、沈めば沈むほど穏やかになっていく。

 息が、苦しい。このまま死ぬのだろうか?強い人間になれず、エースをまき沿いにしてーーそんなの嫌だ。

 せめてエースだけは助けなきゃいけない。仰向けになっていた身体を反転させ、下を見ればエースがいた。その目は閉じられている。このままでは間違いなく死んでしまう。

 そう思ったとき、身体に何か変化が起きた。海の中だというのに、水中だというのに苦しくない。足は一本の尾ひれに変わり、ものすごいスピードが出せるようになる。エースの身体を掴み、そのまま水面まで上昇した。

 エース、死ぬな!死ぬなよ!と思いながら必死に島まで泳いでいった。なんとか島にたどり着き陸に乗り上げると、力尽きて意識が遠のいた。

 

 

 

「エース!レム!」

 

 サボの声に目を覚ましたときには嵐はやんでいて、代わりに夕日が空を真っ赤に染めていた。

 

「さぼ…?」

 

「良かった、お前ら無事だったんだな…」

 

サボがホッとしたように息を吐く。

 

「っ、ゲホッ、ゴホッ…はぁ、死ぬかと思った」

 

「エースっ!」

 

 良かった、エースも僕も助かったらしい。エースに思いっきり抱きついた。水飛沫が飛び、ぴちぴちっと音がする。

 

「ほんと手がかかる…って、え!?」

 

「…レム、お前…足…」

 

 びっくりしたような声を出すエースと、声を震わせて僕の足を指差すサボ。その指先の方に目を向ければ、魚の尾ひれがあった。

 

「ん?尾ひれ?」

 

 それに触れてみれば、そこにはちゃんと鱗がある。しかしどうにもおかしいのだ。僕の上体とその尾ひれが繋がっている。

 

「レム、お前人魚だったのか?」

 

 エースが目を丸くしながら、そう言う。

 

「人魚!?誰が!?」

 

「お前だよ!!どう見たってそのあし人魚じゃねぇか!!」

 

「ええええ!?」

 

「驚いてんのはこっちだよ!!」

 

「サボ!これどうやったら足に戻るの!?」

 

「知らねェよ!!」

 

 三人でギャーギャー騒いでいたら、いつの間にか尾ひれが足に戻っていた。

 

「はぁ、驚いた…」

 

「まさかレムが人魚だったなんてなぁ…」

 

 エースとサボがしみじみという。僕は急になんだか寒くなって、ぶるりと身体を震わせた。

 

「お前、唇真っ青じゃねーか!あっつ!熱もひどいぞ!」

 

「仕方ねぇ!!今日はうちに連れてく。ダダンに世話させる」

 

エースに背負われて、どこかに連れて行かれる。ひどく寒くて、エースの体温がひどく心地よく感じた。



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3.エースの思い

ーー海に打ち上げられている少女を初めて見たとき、おれはその小ささと幼さに驚いた。白くて細い手足は投げ出され、死んでるのかと思って近づいてみたら息があった。

 他人なんてどうでもいい、そう思ってたはずなのに。背を向けて歩き出そうとしたときその小さな手がおれの服の裾を引っ張った。そしたらなんだか守ってやらなきゃいけない気がして、助けてやらなきゃならない気がして、おれはそいつを同じ夢を持つ親友のところへ連れて行った。

 

 レム、という少女。おれは子分にしようと思ってたのに、あいつはきっぱりと断った。断られるなんて思ってなかったからムカついたけど、それでも殴ったりはできなかった。

サボと暮らし始めて、ここの暮らしにもだんだんと慣れていった。覚えるのが早く、見た目よりもずっと賢いレムは、自分で武器を作って食料を手に入れられるようにまでなった。

 

 ただ成長するごとに、レムは目立つようになった。廃墟で育つような奴らはみんな汚らしいのに、レムだけは綺麗だった。格好は薄汚くても、レムの周りの空気は綺麗に見えた。

 

そして今日、事件が起きた。

 

 レムが海賊に連れ去られたのだ。たまたまグレイ・ターミナルにいた人間にそれを聞いてサボと一緒に探し回った。それらしき船を見かけて乗り込み、海賊を倒してなんとか助け出したはいいものの嵐で荒れ狂った海に投げ出された。

このまま死ぬのだろうか、と海に沈んでいきながら思う。おれは鬼の子だ、死ぬなら死ぬで構わない。世界中の人間がそれを望んでる。だけどどうせならちゃんと、レムを助けたかった。

 

 でもレムは人魚だったらしく、おれを岸まで運んでくれてなんとか二人とも助かった。

 

レムはおれの中で、すでに大切な存在だ。血は繋がってなくても、家族みたいなものだ。

 それが今、唇を真っ青にして震えている。

 

「ダダン!!」

 

「なんだい騒々しいね!!って、なんだそのガキは…」

 

「震えてる!治してくれ!」

 

 ダダンに頼みごとなんて、死んでもしないと思ってたのに。おれは風邪なんてひいたことないし、こんなに苦しそうなレムを見るのは初めてでパニックになっていた。

頼れる大人は悔しいけれどダダンしかいなかった。

 

「はぁ!?ここは医者じゃないんだ、そんなこと言われたって…」

 

「じゃあどうしたらいい!?」

 

 そう聞けば、ダダンはレムを見る。

 

「っ、雨に濡れたのか。とにかく風呂に入れな!よくタオルで拭いて着替えさせたあと、布団で寝かせておくんだ」

 

「わかった!!」

 

 おれはすぐにそれを実行した。レムを死なせたくない、その一心で。

 

 

 ***

 

 

「ん…」

 

「起きたか、レム」

 

 すぐそばにエースが座っていた。ぼんやりとした頭で起き上がる。

 

「ここ、は?」

 

「おれの家だ」

 

 ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。

 

「おい、起きたみたいだぞ」

 

「エースがあの歳でガールフレンド連れて来やがった」

 

「全く、なんてやつだ」

 

「おれにも見せろよ」

 

 立ち上がってそちらに行きドアを開けると、ドアの向こうで聞き耳を立ててた奴らがなだれ込んできた。

 

「これ…エースのおにいちゃんか?」

 

「違う。ただの山賊だ。気にしなくていいから寝てろ。まだ熱下がってないんだぞ。それとも腹減ったのか?それなら何か取ってくる」

 

 なんかおかしい。何がおかしいのだろうか、と朦朧とした頭で考える。ーーあぁ、そうか。

 

「エースが、やさしい…へんなの」

 

 いつもより数倍エースが優しいのだ。おかしくて、くすぐったくてクスクス笑った。

 

「なっ、笑ってんじゃねェ!!さっさと寝ろ!!」

 

「うん」

 

布団に横になって、目を閉じる。身体が熱いような、寒いような、よくわからない感覚に襲われる。身体がガタガタと震え、奥歯がガチガチとなる。

 

「ちょっとどきな」

 

「なんだよダダン!」

 

うっすらと目を開ければ、そこには大きな人がいた。その人が僕の首に手を当てる。その手にびくりと身体を震わせた。

 

「…熱が下がってないな。エース、これ食わせときな」

 

「なんだよそのべちゃべちゃなご飯!嫌がらせか!?肉の方がいいだろ!」

 

「バカ言ってんじゃないよ!このガキは風邪引いてんだ。肉食って治るようなヤツなら風邪なんざ引いてないさ。いいからそれ食わせときな」

 

そう言うと、その人は部屋から出て行った。

 

「ちっ…ダダンのやつ…レム、起きれるか?」

 

「うん」

 

「これ食え。嫌だったら食わなくていいからな」

 

「わかった」

 

ドロドロした白いものは、食べやすかった。味なんてよくわからないけれど、身体があったまる。再びドアが開いて、大きな人が入ってきた。さっきエースがダダンと言っていた人だ。

 

「それ食い終わったら、これ飲ませときな」

 

ぽいっとなげられた袋を、エースが受け取る。

 

「なんだこれ?」

 

「いいから飲ませとけ」

 

ダダンはそう言って、ドアの向こうに戻っていった。

 

 

それから3日ほどして、回復した。

 

「ダダン、ありがとう。助かった」

 

「フンッ、まさかタダだと思っちゃいないだろうね」

 

「え?」

 

「掃除、洗濯、靴磨きに武器磨き、窃盗、略奪、詐欺、人殺し。お前がここにいた分きっちり働いてもらうよ」

 

確かにお世話になったんだ、なにもしないで帰るのも悪い気がする。

 

「わかった」

 

「わかったのかよ!!見た目よりたくましいガキだな!!」

 

こうして僕はダダンのところで、働くことになった。



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4.譲れない思い

 風邪が治ったからダダンの家を出て、サボの小屋に戻る。

 

「サボっ」

 

「おー!治ったのかレム!」

 

「うん、治った!」

 

「よかったな」

 

 それから寝るのはサボと同じ小屋で、朝起きて朝食を食べたらエースの家に行きダダンの手伝いをする。1日のノルマをこなしたら夕飯を狩りに行き、帰ってからサボと食べる。

 グレイ・ターミナルに行くのはしばらくやめることにした。また海賊にあったらと思うと、少し怖い。

 

「レムはよく働くなー」

 

「手際も早いし、いいお嫁さんになれるんじゃないか?」

 

 山賊は話してみれば、なかなか気のいい人たちだった。不満はなかった、不満はなかったが…エース達がなにをしてるのかが気になっていた。最近二人はこそこそと何かをやっている。いや、最近じゃない。僕が拾われたときからそうだった。

 

 まぁ、別に僕には関係ないけど。

 

「ダダン!洗濯終わったから今日は帰る」

 

「気ィつけて帰んな!」

 

「うん!」

 

 弓だけじゃ海賊には敵わない、と思い知って風邪が治ってからずっと廃材で銃を作っていた。威力の強いものは多少腕に負担がかかるが、ずっとサバイバルで生きてきたのだから問題ない。常に二丁の銃を持ち、使ったら弾を補給する。

 いつもの帰り道を歩いていると、声が聞こえてきた。

 

「っ、離せ!やめろ!」

 

 その声はエースの声だった。

 

「おれたちの金だぞ!!」

 

 サボの声も聞こえてきて、バレないように木の上にのぼる。エースとサボ足元にはキラキラした金がたくさんあった。それを見て、海賊は厭らしい顔で笑う。

 

「ガキがよくもこんなに金を集めたもんだ、ごくろーさん」

 

「てめっ…」

 

 男が金に触れようとした手を、撃った。銃弾が男の手を貫通する。

 

「ひっ、イテェ!!」

 

 それから続けてマシンガンを男達の足元に撃つ。

 

「な、なんだ!?なにが起きてる!?」

 

 死角からの攻撃に、男達は尻尾を巻いて逃げ出した。木の上から飛び降り、スタッとエース達の前に出た。

 

「なにしてるの、二人とも。僕びっくりしたんだけど」

 

「びっくりしたのはこっちだ!!」

 

「お前、おれたちにも撃ちやがったな!」

 

「あはは…まぁ落ち着いてよ二人とも。エースとサボなら避けられるでしょ?それより二人とも、先にそれを移動したほうがいいんじゃないの?」

 

 足元を指差せば、思い出したように二人が声を上げた。

 

「あっ!」

 

「そうだな!」

 

 

 

 (まき)がパキパキと音を立てて燃える。火の粉が真っ暗な空に舞い上がる。

 

「ーー海賊貯金?」

 

 今日とった肉を食べながら、二人の話を聞く。

 

「あぁ。俺たちは金を貯めて、いつか海に出るんだ!」

 

「へえ…」

 

「へえ…ってなんだよ。お前も来たいんだったら連れてってやってもいいぞ」

 

「僕はいい」

 

 海賊なんてやってる暇ないのだ、ハーレムを作るんだから。それに海賊は嫌いだ。この前誘拐されかけたばかりだし。あのときの恐怖は今でも忘れられない。

 

 二人はそれをわかってるのか、それ以上なにも言わなかった。

 

 

 

 最近、水が恋しくなる。それが自分の身体によるものだとわかってるから、毎日のように川に行き水を浴びる。川に浸かればみるみるうちに足は尾ひれとなる。海でも大丈夫だろうが、やはり海はまだ怖い。

 はじめは一人だったが、危ないとかなんとかで今では必ずサボかエースが一緒についてくることになってる。別に一人でも大丈夫なのに、と思うこともあるが、それが二人の優しさだと知ってるから断ることはなかった。

 

「レム、気持ちいいか?」

 

「うん!」

 

 水の中にいると、安心する。身体を包まれているのが、心地いいのだ。ただ川は流れがあるし、浅いから深くは潜れない。

 

「そういえば、エースのところに新しい奴が来たんだってよ」

 

「新しいやつ?」

 

「あぁ、年下らしいからお前と同い年くらいじゃないか?」

 

「男?女?」

 

「男だってさ」

 

「へえ〜」

 

 どうしてここはこうも男が多いのだろう。女って言ったらダダンくらいしかいない。あれは女とカウントしていいものだろうか?

 

 

 今日はダダンの家に行く日だ。今は週に3回ほどダダンの家で家事を手伝っている。サボに話を聞いてから初めて来たが、そこに新入りはいなかった。

 

「あれ?新入りは?」

 

「それがよー、初日にいなくなってから帰ってきてないにー」

 

「そうなの?」

 

 ジャングルで獣に食い殺されたのだろうか、それともエースが何かしたんだろうか。エースはああ見えて天邪鬼なところがあるからな。僕もはじめは仲良くなるのに相当時間がかかった。

 

 とりあえず仕事が終わったらどこか探してみるか。

 

 川に行き、魚の声に耳をすます。何度も川に来てわかったことだが、僕は魚の話してることがわかるらしい。今では友達になってしまい、食い損ねたやつが何匹もいる。

 

 ”谷のほうに変なやついたよ、姫!”

 

 ”変なやついた!”

 

「谷か…わかった、ありがとう」

 

 魚はなぜか僕を姫と呼ぶ。そんなガラではないのだけれど。尾ひれから足に戻すと、サンダルを履いて谷のほうに行った。

 

「…あ」

 

「誰かー!助けてくれー!」

 

 そこには泣きながら狼に追われている少年がいた。どうしてあんなところに、と思いながら銃を撃つ。銃弾が当たったオオカミは、逃げていく。

 

「よっ、と」

 

 ザザッと谷に下りて、麦わら帽子を被った少年の前に立つ。

 

「お前誰だ!?」

 

「僕はレム。ここらへんに住んでる」

 

「そうか、おれはルフィ!お前今、助けてくれたんだろ!?ありがとうな!」

 

 陽だまりのような無邪気な笑顔に、一瞬言葉が詰まる。ここにいる人間とは、雰囲気が明らかに違う。

 

「…気にしなくていいよ。ここに来たばかりなら、慣れなくて大変だろ」

 

「そうなんだよ!なぁ、レム!エースって知ってるか?」

 

「知ってるも何も、エースは僕の友達だ」

 

「そうなのか!?おれはぜひともエースと友達になりてェんだよ!どうしたらなれる!?」

 

 まっすぐな感情に、クスリと笑みをこぼす。

 

「お前ならきっと大丈夫だよ、すぐにエースと友達になれるさ。じゃあ、あとはここを登ってまっすぐ行けばエースの家に帰れる。僕は先に行くよ」

 

 他の場所より比較的緩やかな坂を駆け上がった。

 

 

 

 それから少し経った頃、グレイ・ターミナルで海賊達がエースを探してるのを見かけた。またエースが何かやらかしたらしい。エース達の宝のありかに行くと、そのそばですでに海賊達がいて麦わらの少年ーールフィを掴んでいた。

 

「っ、」

 

 どうやら宝のありかを知ってしまったらしいルフィは下手な嘘をついて連れてかれてしまった。ルフィが連れて行かれた後、エースとサボの二人が出てくる。

 

「二人とも、何してんだよ!!あいつ連れてかれたぞ!!助けに行かないのか!?」

 

「どうせあいつはすぐに口をわる。だからまず宝を移動させる」

 

「でもっ…今のは海賊だろ!?しかもここらじゃやばいって言われてるブルージャムっ…」

 

 エースに口を塞がれた。

 

「大声を出すな、気づかれる」

 

 エースとサボは五年前からずっと、海賊になるために金を貯めてきた。その宝にかける思いも、相当なものなのだろう。だけどあの少年を見殺しにしていいのか?

 

「お前はダダンのところにいろ。サボの家は港の入り江にも近くて危ない。わかってると思うが、絶対に海賊には手を出すなよ」

 

「っ…」

 

「悪いな、レム。これは譲れねェんだ」

 

 エースとサボはそう言って、宝を別の場所に移動させ始めた。海賊は怖い。エースにもサボにも譲れない夢がある。放っておけばいい、海賊に目をつけられたのが運のつきだったのだと。

 

 ”エースと友達になりてェんだ!”

 

 あの陽だまりのような無邪気な笑顔が脳裏をよぎって、ダダンの家に向かっていた足を止めた。見捨てて仕舞えばいいのに。海賊なんて大嫌いなのに。

 

「くそっ…」

 

 ーーそれでも今あいつを助けなかったら、僕は一生後悔する。

 

 

 エースとサボの言ったことに背いてグレイ・ターミナルに行くと、そこには子供の泣き声が響いていた。その痛々しい声に、胸がチクリと痛む。殴る音が聞こえてくる。

 

「おじさん、あそこに子供がいるの?」

 

「あぁ、そうなんだ。さっきからずっと殴られてて…」

 

「なにかを隠してるみたいなんだが、ずっと黙ってるんだ。言ってしまえばいいものを…」

 

 二丁の拳銃を持ち、セットする。

 

「おい嬢ちゃん!行っちゃダメだ!!」

 

 手も足も、震えていた。それでも僕は、あいつを見殺しにして後悔するくらいなら、死んだほうがマシだ。

 

 バンッと小屋のドアを開ける。

 

「なんだ!?」

 

 煙幕を投げ、パンパンッと男の足に銃を撃つ。

 

「ぐっ…誰だ!?」

 

 ルフィのいる場所に行き、縛られている縄を切って解放する。

 

「助けに来た」

 

「レム!」

 

「おい抑えろ!!」

 

 その声に、まずい、と思う。小屋がボロボロで、煙幕が消えるのが早すぎた。

 

「よくエースとサボと一緒にいるって言われてるガキじゃないか!?」

 

 襲いかかられて、怖くなって銃の引き金を引いた。パンッという音とともに、自分に大量の血飛沫がかかる。

 

「あ…」

 

 怯んだ瞬間、身体を押さえ込まれた。

 

「っ…」

 

「こんな廃墟にいるガキにしちゃあ…ずいぶん上玉じゃねェか」

 

「に、げろっ…ルフィ!!」

 

「おいレム!!やめろ!!レムに手を出すな!!」

 

 ルフィがこちらに来ようとして、海賊に捕まる。ルフィだけでも逃したかったのに…

 

「こいつもブルージャム船長に引き渡せば…このミスも帳消しになるだろうよ」

 

 ゾクリ、鳥肌が立つ。

 

「あのガキはなかなか場所をはかないんで困ってたんだよ、その綺麗な顔に傷つけられたくなかったら…俺たちの金のありかを吐け!!」

 

「イヤ、だ」

 

「どいつもこいつも!!」

 

 投げ飛ばされて、身体が床に打ち付けられる。

 

「っ、」

 

「さっさと吐け!!」

 

 ガンっ、ガンっ、と身体を踏まれる。何度殴られても、ルフィは場所を吐かなかった。それなのに僕が、場所を吐くようなみっともない真似できるわけない。

 

「ルフィを…帰せ。そいつは関係ない」

 

「俺が聞きたいのはそんなことじゃねェんだよ!!」

 

「っ、かはっ…」

 

「レム!!やめろよっ…レムが死んじまう!!」

 

 再び足が振り下ろされそうになった時だった。

 

 

「やめろおおおおおお!!」

 

 

 小屋の壁を突き破って、エースとサボが入ってきた。二人の姿に安心して、意識を手放した。



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5.交わした約束

 俺たちが見たのは、血だらけで横たわるレムの姿とその横で泣くボロボロになったあいつの姿だった。

 

「う、う、うわあああん!!レムが死んじまうよお〜!!」

 

「っ、戻ってろって言ったのに!!」

 

 サボがそう言った。けれど気を失ってるのか、レムはピクリとも動かない。なんとか海賊を倒し、その場から逃げる。ルフィから何があったのかを聞いた後、俺たちはダダンの家へ戻った。サボの小屋も危ないから、と、ダダンの家に連れて帰ることになった。

 

「ルフィ、エース、レム…ん?」

 

 それからなんとかサボもダダンの家で住んでもいいことになったが、朝になってもレムが目を覚まさない。

 

 疲れて寝てるんだろう、と思っていた。

 

 それで俺たちは一度家から出て、夕方に帰ってくると家がバタバタと騒がしかった。

 

「お前らっ…なんでレムを放置してた!!」

 

 帰るなり、ダダンに殴られる。わけも分からずにレムのいる部屋に連れて行かれると、そこにはひどく苦しげなレムがいた。

 

「おい!どうしたんだレム!?」

 

「なにがあったんだよ!?おいダダン!どういうことだ!」

 

 慌てるサボとおれに、ダダンが落ち着き払った声を出した。

 

「…お前ら、そこに座りな」

 

 その声はいつもと違い、何かを押し殺してるような声だった。

 

「いいか。レムはお前らみたいに頑丈なわけじゃない」

 

「っ…」

 

「こんなひどい怪我をずさんな手当でごまかせるほど、レムは強くないんだよ!!前にも熱を出したことがあっただろう、なんで気づかない!?」

 

 レムが…俺たちと違う?ずっと一緒に暮らしてきた。俺たちと同じように獣を捉えることもできるし、山を駆け回ることだってできる。

 

「それにレムは女の子なんだ!!怪我をして身体に傷が残ったら、お前らどう責任取るつもりだ!!」

 

 そう言われて、初めてレムがひどく脆い生き物に思えた。

 

「うっ、ううっ…レムっ…」

 

 ルフィが泣き出す。いつもなら泣き虫ってからかってやるのに、今はそれができなかった。

 

「っ、ぅ…ルフィ?」

 

 ルフィの泣き声に、目を覚ましたレムが顔をしかめながらゆっくりと起き上がる。

 

「まだ起きちゃダメだレム!」

 

「お前骨が折れてんだ!」

 

 山賊たちが口々に言う。

 

「…これくらい平気だよ、みんな大げさなんだ。ルフィ、また泣いてんの?泣き虫だなぁ…」

 

 そう言ってレムは力なく笑う。その無理やり作ったような笑みに、心にグサリと何かが刺さったような痛みを感じる。無理しているのはバレバレだった。頭を包帯でぐるぐる巻いて、頬にはガーゼがはってあって、目の周りが青黒く腫れている。

 

「ダダン、これは僕が自分でバカやってついた傷だよ。みんなを責めないで」

 

 レムの手がダダンの腕を掴む。その小ささに、驚いた。

 

「レム…お前、」

 

 ダダンが驚いたようにレムのほうを見る。おれはギュッと拳を握った。

 

 

「…おれが責任取る。レムに傷が残ったら、おれがレムを一生守る」

 

 

 おれははそう言って、レムを見据えた。頭に巻かれた包帯が、頬に貼ってあるガーゼが、痛々しい。レムが今まで見てきたよりも、ずっと弱くて儚いものに見えた。レムはおれを見て、苦笑した。

 

「やめてよエース、僕は大丈夫だって…こんなのどうってことないから、だから…」

 

「レム、もういい!無理して喋るな!」

 

 サボがレムの身体を支える。

 

「っ…」

 

「…どっちにしろその怪我じゃ、一ヶ月は治らないだろうよ。お前らは少し反省しな」

 

 

 ーーダダンの言った通り、レムは一ヶ月近く治らなかった。

 

 

 ***

 

 

川の水面に光がキラキラと反射する。

 

「はぁ、やっと治った!!」

 

 なんて長かったんだ。動こうとすれば止められ、働こうとすれば布団に押し込まれ…それを一ヶ月もだ。いい加減身体もなまってしまう。エースもサボもなんだかぎこちないし。

 

「なんだレム!お前足が魚になってるぞ!」

 

 うおー、すっげー!と瞳をキラキラと輝かせるルフィ。前と変わらないその反応に、ホッとする。

 

「なぁ、それ食えんのか?」

 

 食う!?

 

「なに言ってんだこのバカ!!」

 

「食おうとすんじゃねェ!!」

 

 僕を守るように、ザッと移動してきたサボとエースがルフィの前に立ちはだかってゲンコツを食らわせた。

 

「いってぇ!!言ってみただけじゃねーか…」

 

「全く、なにやってんの。ルフィ、大丈夫か?」

 

 尾ひれを足に戻して、川から上がる。

 

「ん、もういいのか?」

 

「うん、今日はもういい」

 

サボの問いかけにそう答えた。

 

 

 

 怪我をしてから、エースもサボも僕に気をつかうようになった。けれど悪行は四人で繰り返され、その名は中心街にまで轟くようになった。

 

 そんなある日ラーメン屋をタダ食いして逃げる途中、サボを呼ぶ者がいた。

 

「サボ、お前…生きてたのか!」

 

 けれどサボは振り返ることなく、走って逃げ始める。逃げ切るとエースとルフィがサボに問い詰めた。

 どうやらサボは貴族の子だったらしい。どうりで振る舞い方が上品に見えるときがあったわけだ、と納得する。サボは貴族であったが、そこに居場所がないと感じてグレイ・ターミナルに住み始めたらしい。

 

「エース、ルフィ、レム!おれたちは、必ず海へ出よう。この国を飛び出して、自由になろう!広い世界を見て、おれはそれを伝える本をかきたい!

 航海の勉強ならなんの苦でもないんだ!もっと強くなって、海賊になろう!!」

 

 ルフィとエースが笑う。

 

「僕は海賊なんてお断りだけど」

 

僕はボソッとそう呟いた。

 

「そんなもん、お前に言われなくてもなるさ。それとレムに拒否権はねェ!おれが守ると決めたんだ、お前はおれたちと一緒に来い!この海に出て、勝って勝って勝ちまくって、おれは最高の名声を手に入れる!それだけが、おれの生きた証になる!」

 

「おれはなーー!!」

 

 サボ、エース、ルフィがそれぞれの夢を語りあって笑いあう。それだけで未来が希望に満ち溢れている気がした。

 

 

 

「お前ら知ってるか?盃を交わすとな、兄弟になれるんだ」

 

 そう言って、エースが酒を注いでいく。

 

「…ねぇ、僕の分がないんだけど」

 

「レムはおれの嫁だろ。兄弟じゃない」

 

「なに!?いつからレムがお前の嫁になったんだ!!」

 

 ヨメ?よめ…嫁!?

 

「なに言ってるんだエース!!レムはおれがもらう!」

 

「ルフィまでっ…おれは絶対に認めないからな!!」

 

 なんで僕がお前らの嫁にならなきゃいけないんだ。

 

「…もう勝手に言ってろ」

 

 結局四つ用意して、みんなで盃を交わした。おのおのが希望に満ち溢れた未来を描いて。

 

 ーーたとえそれが、叶うことのない未来だったとしても。



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6.優しい手のひら

 ブルージャム海賊団の一件があってからダダンの家で暮らし始めたサボと僕。早い者勝ち、というのに慣れていない僕に必ずエースが肉をひとかたまり取ってくれた。

 

「お前はちゃんと食わねェと、大きくならないからな」

 

「ありがとう」

 

 エースは強くて頼もしい、兄のようだった。

 

 サボは優しくて頭のいい兄。

 

 ルフィは泣き虫で手のかかる弟。

 

 そんな三人と暮らす日々は、ハーレムとは程遠いが楽しかった。悪いことも山ほどしたし、何度も危ない目にあった。だけど四人でいれば、できないことなんてなかった。

 

 

 

 ある日、ルフィがいた村から大人が来た。

 

「ルフィ!」

 

 綺麗な女の人と、お年寄り。その人たちを見るのは初めてで、ジッと影からその人たちを見る。

 

「あら?女の子もいるの?」

 

こちらを向いた女の人。優しい笑みを浮かべているその人に、ドキリと胸が高鳴った。

 

「こんな山賊の家にいるなんてどんなクソガ…なんて弱々しい子なんじゃ!」

 

 おじいさんはそう言って目を丸くする。いくら陽に当たっても焼けない体質のせいか、弱いと思われることは少なくなかった。いつもなら怒ってかかるが、今日はどうでもいい。僕の視線は綺麗なお姉さんに釘付けになっていた。

 

「おいで?」

 

そう言って彼女はこちらに手を伸ばす。僕の身体は素直に動いた。誘われるままにギュッと抱きつく。

 

「やわらかい…」

 

エースやルフィとは違う、山賊のみんなとも違う、ダダンとも違う。細くて柔らかくて、それにいい匂いもする。

 

「ふふ、可愛い」

 

「えへへ」

 

優しく頭を撫でられて自然と頬が緩み、ふにゃっとしたとろけるような笑みを浮かべて彼女を見た。

 

「ずるいぞマキノ!!レムは滅多に笑わねェのに!!」

 

「あんなに満面の笑み…初めて見たぞ」

 

プンスカ怒るルフィに、驚愕(きょうがく)するサボ。しかしそんなことはどうでもいいのだ。

 

「お名前は?」

 

「レムっ」

 

「レムちゃんって言うのね。私はマキノ。よろしくね」

 

「うん!よろしく!」

 

マキノは見ず知らずの子供である僕たちにも優しかった。僕のボサボサに伸びた長い髪を切ってくれたり、一緒にお風呂に入ったり。彼女は女神に違いない。

 

「マキノ、結婚しよう!!」

 

そして僕は、一世一代のプロポーズをした。

 

「結婚?」

 

「ちょっと待てレム!お前はおれの嫁だろ!」

 

「エースは可愛くないから却下」

 

プイッと顔をそらしてマキノに抱きつくと、マキノがふふっと笑った。ああ、幸せ。

 

「男が可愛かったら気持ち悪いだろ!?」

 

「まあまあ落ち着けよエース」

 

怒り出したエースを、サボがなだめる。

 

 

「それにレム…女同士じゃ結婚できないだろ?」

 

 

その言葉にピシャーンッと、雷が落ちたような衝撃が身体をはしる。ーー女同士じゃ、結婚できない?

 

「っ、そう、だった…」

 

そうだ、そういえば僕は女だった!!なんてことだ!!

 

「残念だったな、レム!」

 

ニヤリ、としたり顔で笑うエースを、キッと睨みつける。

 

「エースのバカ!嫌いだ!」

 

「なんだと!?」

 

ガルルル、と火花を散らしてにらみ合う。エースはいつも無神経で自分勝手なんだ!!

 

「ほら、喧嘩しちゃダメよ」

 

「はーいっ」

 

「「機嫌直るの早っ!!」」

 

驚くサボとエースを尻目に、僕はマキノにもう一度抱きついた。

 

 

 

 

「お口に合うかしら」

 

 その夜用意されてたのはいつもの肉の塊ではなく、料理されている食事。

 

「どう?レムちゃん」

 

「おいしいっ」

 

「そう、それはよかった。次来る時は女の子の洋服も持ってくるわね」

 

「ん!」

 

 マキノとはすっかり仲良くなれた。結婚できないのは残念だが、結婚が全てではない。女同士の方が仲良くできることもある!!…これは断じて負け惜しみなんてものじゃない。

 

「全く、なんでこんなところに子供が四人もおるんじゃ。しかも一人は女の子じゃないか、全くガープは一体なにを考えておるのやら」

 

プンプンと怒るのは、ルフィのいた風車村の村長さん。マキノ情報によると、この人もルフィを心配して来たという根の優しいおじいさんだ。

 

「じじいは関係ねェ、レムはおれが拾った」

 

「なぬ!?」

 

エースの言葉に驚くおじいさん。

 

「おれたちはいつか海に出て、海賊になるんだ!そんときはレムも連れてく」

 

「おれも海賊になるんだーー!!」

 

 エースに続けてルフィがそういった瞬間、向かいの席に座るダダンたちが一斉に食べ物を噴き出した。汚い。ダダンたちの視線を追えば、どうやら僕たちの後ろを見てるらしい。振り返ると、そこには大きな男がいた。

 

「ほーう、躾が足りてないようじゃな…ダダン」

 

 バキバキと手を鳴らすおじいさん。その大きさと威圧感にびっくりする。

 

「ん、なんじゃ?小童(こわっぱ)が二人増えとるじゃないか」

 

そういって、こちらを見た。顔に大きな傷があり、厳つさを増している。

 

「サボとレムだ!いつかみんなで海に出て海賊になるんだ!」

 

ルフィが言った言葉に、マズイ、と思う。その大きな男の雰囲気が変わったのだ。どうやら彼は海賊が好きじゃないらしい。

 

「つまり…教育する子供が二人増えたっちゅうことじゃな」

 

 ガンっ、と叩かれ、エースとルフィの頭に大きなたんこぶができた。二人が涙目になるのを見て、目を丸くする。エースは強いし、ルフィはゴムだからきかないはずなのに…どれだけこのおじいさんは強いのだろう、と。それから今度は自分の頭に降ってくる拳に、ギュッと目を瞑った。

 

 でも、想像していたような痛みはこなかった。代わりにゴツゴツした大きな手で頭を撫でられる。

 

「え?」

 

 上を向けば、おじいさんは僕の方を見て笑った。

 

「わしは女の子は殴らん主義じゃ」

 

 その優しい笑顔に、目を見開いた。僕は彼にとって見ず知らずの子供のはずなのに、僕にも愛をくれた気がした。

 

「ほらさっさと表にでんかい!!クソガキども!!」

 

 ルフィとサボとエースを追い立て、外に出て行った。嵐のようにいなくなったおじいさん。

 

「ガープさんは相変わらずね」

 

クスリとマキノが笑う。

 

「ガープさん?」

 

「さっきの人よ。ルフィのおじいちゃんなの」

 

「ルフィの…」

 

確かに似てるような…いや、あんまり似てないな。ルフィはあんなにいかつくないし、強くもない。

 

「ったく…なんであたしまで」

 

ブツブツ言いながら、ダダンが起き上がる。

 

「…ダダン」

 

「あ?」

 

「なんでルフィのおじいちゃんなのに…あの人は僕にもあんなに優しい顔をしてくれたんだろう」

 

 気づけば涙が溢れていた。僕は捨てられた子供なのに、血も繋がってないのに、今日会ったばかりなのに、どうして優しくしてくれるんだろう。ルフィのおじいちゃんも、マキノも、村長さんも。いつも僕に向けられるのは嫌悪や侮蔑の視線ばかりだった。

だから僕は、ここにいるエースやルフィ、ダダンや山賊たち以外の人がみんな僕のことを嫌ってるんだと思ってた。

 

「レム…」

 

「僕におじいちゃんがいたら…あんな感じなのかな」

 

 優しくて、大きくて、あったかい。不意にダダンの手が、僕の頭に乗った。

 

「バカ言うんじゃないよ。あんなにおっかないわけあるか。レムのじいさんなら、きっとガープよりずっと優しいさ」

 

 そう言ったダダンの声は、いつもより優しい気がした。そしてその日、僕はあることを決めた。

 

 

 

ーーその決心がのちに世界を揺るがすことになるなど、その時は誰一人思っていなかった。



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7.壊れていく家族

 ガープさんがきたその夜、僕たちはダダンの家を出て独立することになった。どうやらエースたちはガープさんによほどひどい目にあわされたらしい。頭のたんこぶが語っていた。

 

『独立する ASRL』

 

そう書いた紙をはり、僕たちはこっそりダダンの家を抜け出した。ダダンの家に帰らなくなるというのは多少寂しさを感じたりしたが、それでも三人がいるから問題なかった。秘密基地を作り、海賊旗を立てた。海賊旗は、僕らが自由だという証でもあるように思えた。

 

 

 そしてそれから一週間ほど経ったある日。

 

「ねえ見て!拾った!」

 

「なんだそれ…鳥?」

 

エースはそう言って、首を傾げる。

 

「うん、すごい弱ってるんだ」

 

 僕はもふもふした小さな黒い鳥を拾った。怪我をしていて今にも死にそうだったから助けたのだ。

 

「怪我してるな。休ませてやろう」

 

 

 サボが言ったとおりに拾った鳥の世話をして、二週間くらいすると鳥はすっかり元気になった。

 

「カァ」

 

「よかったな、クロウ」

 

 鳥はクロウと名付けた。よく懐いて、四六時中僕のそばにいた。

 

 

 四人と一匹で暮らしていたある日、嵐が来て秘密基地がボロボロになってしまった。

 それでエース達は直すための材料をグレイ・ターミナルに取りに行くことになった。その間に僕は川へと水を浴びに行った。

秘密基地の前で落ち合うことになっていたのに、なかなか帰って来ない。何かあったのだろうか?と思い、僕はグレイ・ターミナルに向かった。

 

「っ!」

 

 グレイ・ターミナルにつくと、そこには海賊に捕まってるサボとエース、ルフィがいた。それによくよく見れば、サボのお父さんがいる。どういう状況だ、と考えていると、体が急に持ち上げられた。

 

「わっ!」

 

「船長!こっちにも仲間がいましたぜ!」

 

そんなことを言う海賊。しまったと思い、暴れる。

 

「レム!やめろ、レムに手を出すな!!」

 

 サボが叫ぶ。エースとルフィも口々に叫んだ。僕は必死に捕まっている腕から逃げ出そうともがいた。

 

「っ、離せ!!」

 

「暴れるな!」

 

 ガンッと頭を殴られて、まぶたが切れる。ドクドクと血の流れる感覚と痛みに、泣かないよう唇を噛み締めた。

 

「レム!!てめーらレムに何してやがる!!」

 

 エースが暴れる。それを抑えるように、海賊がエースを地面に叩きつけた。そのひどい仕打ちに息を飲む。

 

「わかった!」

 

たまらなくなったようにサボが叫んだ。

 

「なにがわかったんだ」

 

静かな声で、サボのお父さんが言う。サボはエースの制止の声も聞かず、口を開いた。

 

「なんでも、言う通りにするよ。言うとおりに生きるから…だからこの三人を傷つけるのだけはやめてくれ。お願いします…大切な、兄弟なんだ」

 

「さ、ぼ…?」

 

なんでもこの言うとおりにするって…サボはそれが嫌で逃げ出してきたのに?僕たちのために、サボは犠牲になるのか?

 

「ならば、今すぐうちに帰るんだ。くだらん海賊ごっこは、おしまいにしなさい」

 

 その言葉に、後ろを向いて歩き出したサボ。痛みより、海賊の怖さより、サボがいなくなることの恐怖が勝って僕は叫んでいた。

 

「待ってよサボ!!僕はサボの妹だって言ってくれたじゃんか!自由になるんだろ!?行くなサボっ……行か、ないでっ…」

 

小さくなる背中に涙がこぼれ落ちた。

 

ーー僕の声にも、エースやルフィの声にも、サボが振り返ることはなかった。

 

 

 

 それから、エースとルフィはブルージャムの手伝いをすることになった。僕はサボを僕達から奪った奴らの手伝いなんてしたくなかったから、断った。あいつらは初めから僕は役に立たないと踏んでいたのだろう、強要してくることはなかった。

 ルフィとエースを置いて、先に帰った。一人ぼっちの秘密基地の中で、頭に浮かぶのはサボのことばかり。サボはどうしてるだろうか?初めてできた僕の家族はサボだった。

 

”おれの妹になるか?”

 

どこの馬の骨とも知らない僕に、そう言ってくれた。そんなサボが…僕の知らない場所に行ってしまった。貴族だとかよくわからないけど、僕じゃ手に届かないほど遠いところに行ってしまったんだってことくらいはわかる。

 

 夜になって、エースとルフィが帰ってきた。いつもより元気のない二人。僕は夜中眠れなくて、起き上がってエースに声をかけた。

 

「…エースは、これで良かったの?」

 

「いいも悪いも、あいつはもともとあっち側の人間だ」

 

 ずっとエースとサボと一緒に暮らしてきた。今ではルフィも一緒だ。楽しかったときはあっという間に過ぎてしまった。

 

「エース…」

 

「なんだ」

 

「寂しい、よ」

 

 ポタリポタリ、落ちた涙が床を汚していく。サボとずっと一緒にいた。サボは優しくて、あったかくて、僕にとっては初めての家族だった。

 

「っ…泣くな、レム」

 

 そう言われても、涙を止めることはできなかった。エースにしがみついて、ひたすら涙を流していた。

 

 

 

 翌日も、エースとルフィはブルージャムの手伝いに行った。僕はその間、秘密基地でじっとしていた。いつの間にか眠りについていて、目がさめるとなんだか外が異様に明るかった。

 

「…火?」

 

 外を見て、目を見開く。グレイ・ターミナルいっぱいに炎が燃え広がっていた。

 

「っ、エース!ルフィ!」

 

 僕はエースやルフィまで失うのか!?そう思ったら背筋がゾッとした。

 

外に出て急いで炎に向かって走っていくと、クロウが飛んできた。クロウは僕の先導するように、炎に向かって進む。

 

「お前…二人の居場所を知ってるのか?」

 

返事をするように振り返って一鳴きしたクロウの後を追って、僕は走った。炎の中につくと、ブルージャムの奴らがエースとルフィを捉えてるのが見えた。

 

「エースとルフィを離せ!!」

 

 ガンッ、とルフィを掴んでる男に棒を叩きつければ、男は倒れる。

 

「うっ、いでェよ〜、あちィよ〜!じにだぐねェ」

 

涙やら汗やら鼻水やらで顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

 

「っ、ルフィ、大丈夫か!?」

 

「このクソガキが…」

 

 ハッとして上を向けば、剣をこちらに向けてる男がいた。ルフィを抱きしめて、目を瞑る。

 

 

 

「そいつらに手を出すなっ!!」

 

 

 

 エースがそう言った瞬間、”何か”がおきた。バタバタと海賊達が倒れ、ブルージャムとエースだけが炎の中に立っている。

 

「クソガキっ!お前らまで俺をコケにするのか!!?」

 

「エースっ!!」

 

 怒り狂ったブルージャムにエースに銃が撃たれそうになったとき、ダダンがきた。

 

「そのガキはうちで預かってんだ、手ェ出すなら容赦しないよ!!」

 

「大丈夫かおまいら!ルフィのやつひどい怪我だニー…レム!その目はどした!?」

 

 山賊のみんなが、加勢に来てくれたらしい。そのことに安堵して、ホッと息をついた。

 

「これは昨日できた傷だから平気…ルフィを頼む」

 

 僕はルフィから離れて、ブルージャムと向き合う。逃げるぞ!と言ったダダンに、ついていくことはしなかった。

 

「…お前は先に逃げろ、レム」

 

「いやだ、僕も逃げない」

 

エースの隣に立つ。

 

「なァにしてんだ二人とも!さっさと逃げるぞ!」

 

そう言われても、逃げる気はなかった。

 

「…いい。お前らルフィとレムを連れて先に帰ってな。エースはあたしが責任を持って連れて帰る」

 

 ダダンはそう言うと、エースの隣に立つ僕を掴んで山賊たちの方に放り投げた。

 

「なっ、やめろ!離せ!」

 

 山賊の一人にうけとめられ、ひょいっと担がれる。暴れても暴れても、手を離してくれない。僕だって戦えるのに、それなのにどうして…!!?

 

「エース!いやだ!いやだああああ!!!」

 

 小さくなっていくエースにいくら手を伸ばしても、この手が届くことはなかった。



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8.自由を阻むもの

 それからエースもダダンも、帰ってはこなかった。クロウを肩に乗せて、毎日のように探しに行っては見つけられずに帰ってくる。王国の奴らに見つからないように、気をつけながら。

 グレイ・ターミナルはもう何一つなくて、日に日に希望が薄れていく。だけどエースが死ぬわけないと自分に言い聞かせ、何度も何度も探しに行った。

 

 

「今日は王国の式典だニー。そっちに探しに行こうと思ってるんだけど、レムも行くか?」

 

「…いく」

 

 いつもより綺麗な服を着せられて、ドグラと一緒に街へ行く。そこにはたくさんの人がいた。楽しそうに笑っていた。港にはすでに仰々しい道があって、囲むように多くの人がいた。遠くに見える大きい船をぼんやりと見ていた。

 

「おい!あれなんだ?」

 

 ざわざわと騒ぎ始めた人たちに、ハッと我にかえる。

 

「おい…あれ、サボじゃニーか?」

 

「え!?」

 

 大きな船の前、小さな漁船が海に浮かんでいた。そこに乗ってるのは、確かに海賊旗を掲げたサボだった。

 

「なんでサボが海にいるんだ!」

 

 サボは言っていた、17歳になったら海へ出ると。でもまだサボは10歳だ。

 

「ドグラ!なんであんなところにサボがいるんだよ!」

 

「俺だって知らニーよ!でもあんなとこにいたら…」

 

 ドンっと衝撃音がした。そちらを見れば、サボの船が燃えていた。世界政府の船に乗ってる誰かが、サボの船を撃ったらしい。

 

「サボっ!!」

 

「ダメだレム!!今行ったらお前も巻き添えをくらうっ!」

 

「離せ!サボがっ、サボが死んじゃう!!」

 

 次の瞬間、また銃声がして船が全壊した。あまりにもひどい仕打ちに、言葉を失った。どうして…船を壊す必要があった?サボの船が邪魔したわけじゃない。それなのに、どうして?

 

 世界政府の人間が陸に上がってくる。歓声が妙に耳につく。どうしてお前ら、笑えるんだよ。目の前で子供が1人殺されてて、どうしてそいつらを歓迎なんてできるんだよ!?

 ふつふつと湧き上がる怒り。ここにいる人間も、あの政府の役人も、みんなみんな狂ってる。ドグラを振り切り、サボを殺したやつの前に立つ。

 

「なんでお前、サボを殺した!!」

 

 観衆がどよめく。だけどそんなことどうでもよかった。ただ目の前でサボを殺されたことが、許せなかった。

 

「なんだこのガキ!?」

 

「向こうへ行け!」

 

道から引き摺り下ろそうとしてくる男たちに抵抗する。

 

「っ、サボが…サボがお前らに何をしたっていうんだ!!サボはただっ…」

 

 自由になりたかっただけなのに、という言葉は、続けることができなかった。パンッと銃声がなり、身体に襲ってきた鋭い痛みと共に世界がスローモーションになる。

 

 

「何してるえ。下々民(しもじみん)が、なぜわしの前に立ってるえ?海に捨てておけ」

 

 

 どこからか悲鳴が上がった。視界に入ったのは男が僕を見る侮蔑の表情。放り投げられて身体が海に沈んでいく感覚を最後に、僕は意識を失った。

 

 

 ***

 

 

 ダダンを連れて小屋に戻ると、ルフィが泣きついてきた。おれを勝手に殺しやがって…おれが死ぬわけないのに。

 

「なあ、レムはどうした」

 

 ここにいないおれの家族。帰って来ればすぐに会えると思っていたから、少し胸騒ぎがした。

 

「レムなら、ドグラと街にお前らを探しに行ったぞ」

 

「毎日毎日、レムはエースを探しに行ってたからな。おれらが止めても聞きやしねェ。飯も食わないし、困ってたんだ。でもエースとお頭が帰ってきたならもう大丈夫だな」

 

 そう言って笑う山賊たち。だけどなんだか嫌な予感がしていた。レムが今ここにいないことに対する、不安感だろうか?

 

「いつ帰って来るんだ?」

 

「さあ?夕方には帰って来るんじゃないか?」

 

「そうか…」

 

 

 

 夕方に帰ってきたドグラは、びしょ濡れで真っ青な顔をしていた。

 

「おいドグラ、レムはどうしたんだ?エースたち、帰ってきたんだぞ!」

 

 ルフィが尋ねると、ドグラが街で何が起きたかを話し始めた。その話に、頭が真っ白になる。

 

「なんだと!?サボとレムがっ…嘘つけてめェ!!冗談でも許さねェぞ!!」

 

 ドグラにつかみかかる。嘘だ。サボとレムが死んだなんて…嘘だ!!

 

「冗談でも嘘でもニーんだ!!おれも唐突すぎてこの目を疑った。だけどサボの船は撃たれて沈没して…レムはそのことに怒って天竜人に楯突いて、おれの目の前で銃で撃たれて海に捨てられたんだ!!海の中を探したけどっ…深くてレムは見つからなかった!!」

 

 頭にカッと血がのぼる。

 

「黙れ黙れ黙れ!!サボは貴族の親の家に帰ったんだ、海にいるわけねェし…レムが死んだなんて信じねェ!!」

 

 おれはあのときレムを逃した!レムが死ぬ理由なんてどこにもない!!

 

「っ、おれたちみたいなゴロツキにはよくわかる!帰りたくニー場所もあるんだ!!それにレムはおれの目の前で殺されたんだ!!」

 

 ドグラがおれを押しのけて、声を震わせた。

 

「あいつが幸せだったなら、海へ出ることがあったろうか?海賊旗を掲げてっ…一人で海に出ることがあったろうか!!?

 それを見たレムはっ…サボを目の前で殺されたレムは、黙って見過ごすことができなかったんだっ…」

 

「っ…」

 

 ポタリポタリ、ドグラが涙をこぼした。

 

 サボとレムが…死んだ?隣でルフィが泣き始める。それがひどく、耳についた。悲しみより先に、怒りが湧いてきた。

 

「サボとレムを殺したやつはどこにいる!?おれが仇を取ってやる!!」

 

 怒りに任せて小屋を飛び出そうとしたら、ダダンに頭を床に押し付けられた。

 

「止めねぇかクソガキが!!ろくな力もねェくせに威勢ばっかり張りやがって…一体お前に何ができるんだ!レムみてェに死ぬつもりか!!

 死にゃ明日には忘れられる、それくらいの人間だお前はまだ!!

 サボとレムを殺したのはこの国だ、世界だ!おめェなんかに何ができる!!?お前の親父は死んで世界を変えた!それくらいの男になってからっ…死ぬも生きるも、好きにしやがれ!!」

 

 それから一晩中木に縛りつけられていた。ずっとルフィの泣き声が聞こえてきて、これが夢でも嘘でもないと嫌でも自覚させられた。

 思い出すのはおれを呼ぶレムの叫び声で…もしあのときおれがレムを先に逃さなかったら、レムはおれを探しに行って死ぬことがなかったのだろうか、なんて今更どうしようもないことを考えて唇を噛み締めた。

 

 

 

 その翌日にサボからの手紙が届いた。一足先に海に出るとか、誰よりも自由な海賊になるとか、長男二人に妹一人と弟一人とか、ルフィを頼むとか、レムに手を出すなよ、とか。

 

 もうここには、レムはいないのに。

 

 サボもレムも、いない。どれだけ探したって、海賊になって海を航海したって二人は見つからない。その事実を突きつけられてるようで、胸が痛くて苦しくて、涙が止まらなかった。



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9.セレブ魚人

”ーーレム”

 

誰かが僕を呼ぶ声がする。僕はもう眠たいのに。寝かせてくれよ、疲れたんだ。僕は家族を二人も目の前で失った。これ以上なにも、失いたくない。目を閉じていれば、もうなにも嫌なものを見ないで済むだろ?

 

”レムっ”

 

不意に浮かんだのは、太陽のような満面のえみを浮かべる弟。泣き虫で手のかかる、僕の家族ーーそうだ、僕にはまだルフィがいる。エースもサボも失って、僕までいなくなったらあいつは一人になる。

 

 

「ぅ…る、ふぃ…」

 

重たい瞼を開けた。どうやらここは海の底らしい。辺りは暗くて、よく見えない。

 

”起きた!姫が起きたぞ!”

 

”よかった…人間はなんてひどいことしやがる!”

 

魚…?

 

「僕は…助かったのか…」

 

そう自覚しても、自分が助かったことを素直に喜べなかった。思い出すのはサボが撃たれた姿と、自分を貫いた銃の音。サボは…死んだ。僕はそれを、見てることしかできなかった。ぽっかりと胸に穴が空いたようだった。

 

「あら、起きたのねん」

 

水中の中で姿を見せたのは、タコのような人。

 

「…あなたは?」

 

「オクトパ子よん。たまたまこの近くの海にいたのだけれど、魚たちが妙に騒がしいから来てみたら貴女がいたのん。人魚でしょ?珍しいわねん、こんなところにいるなんて」

 

「他に人は…?」

 

「いなかったわよん。そもそも人間がこんな海の底に来れるわけないじゃない。即死よん、即死」

 

それもそうか。人間は海の中じゃ呼吸できないのだから。

 

「その傷、人間にやられたんでしょう?捕まらなくてよかったわねん。一ヶ月も目を覚まさないから、もうダメかと思ったわよん」

 

「…僕、帰らなきゃ」

 

動こうとして、肩にズキリと痛みを感じる。銃弾が当たったのが心臓ではなく肩だったから助かったのだろう。

 

「帰るってどこへ?魚人島へ行くなら、私も行こうと思ってたから一緒に行きましょう」

 

「違う…僕は人間と暮らしてたんだ。ルフィのところに帰らなきゃ」

 

もうルフィには、エースもサボもいない。泣き虫で弱虫だから、きっとルフィは一人で泣いてる。

 

「人間と、って…貴女、奴隷だったのん?」

 

「違うよ。ルフィは家族なんだ」

 

「…ともかく、その傷が治るまでは安静にしてなきゃダメ。その怪我って人間のせいでしょ?貴女は人間の恐ろしさを知らなさすぎるわよん。そのルフィって人がいい人間だったとしても、他の人間に捕まったら大変なことになるわよん」

 

一刻も早く帰りたかったけれど、オクトパ子が帰らせてくれる様子がなかったから諦めて海底で養生することにした。

 

 

 

「ーーなんで人魚なのにそんなに泳ぐのが遅いのん!?そんなんじゃすぐに殺されるわよん!!」

 

「ゔ…」

 

そんなこと言われても、川は狭くて泳ぐスペースなんてそんなになかった。海は海賊がいそうで怖くて入らなかったし…

 

「とにかく特訓ねん!!」

 

朝起きて朝食を食べ、昼にリハビリを兼ねつつ泳ぎを特訓し、夜になったらオクトパ子の長い長い肌の手入れやお洒落の話を聞く。オクトパ子は魚人族という種族で、その多くは人魚と一緒に魚人島というところに住んでいるらしい。

 

 

ーーそうして、あっという間に二ヶ月が経った。

 

 

「オクトパ子、いろいろとありがとう。助かった」

 

思っていたより完治に長くかかってしまった。

 

「いいわよん。これもなにかの縁ってやつでしょ。それより、本当にいいのん?魚人島に行かなくて」

 

「うん、僕を待ってる家族がいるんだ」

 

「なら止めないけど。レムは人間のように足を二股にできるみたいだけど、陸に上がったら十分に気をつけるのよん。今の貴女は海の中なら誰にも捕まらないでしょうけど、陸に上がったら何があるかわからないから」

 

普通、人魚というのは三十歳になってから初めて尾ひれが二つに割れて二股になるらしい。僕がオクトパ子の前で二股になって人間と同じ姿になった時、それはもう驚かれた。

人間と同じような足になる人魚なんて初めて見た、と。

 

「うん、じゃあまたどこかで会おう」

 

「えぇ、またねん」

 

海は広い。もう会わないかもしれない。だけど僕は、また会える気がした。

 

陸に上がると、ずっと人魚として生活してたせいかやけに重力を重く感じた。地に足をつけ、歩く。初めはふらふらしたが、だんだんと元の感覚を取り戻していく。

ルフィは大丈夫だろうか。意識のなかった一ヶ月と、それから怪我が治るまで待機してた二ヶ月、合わせて三ヶ月ぶりに会うことになるのだ。元気だといいけど…。

 

「服、びしょびしょだ…」

 

せっかくオクトパ子にもらった服が水分を吸ってしまい、べったりと身体に張り付いている。

 

「カァ!」

 

「わっ…って、クロウ!!」

 

久しぶりに会ったクロウは、前より一回り大きくなっていた。僕の肩にのり、すり寄ってくる。

 

「心配かけてごめん…クロウ。ちゃんとエサもらってたか?」

 

「カァ!カァ!」

 

「そうか、よかった」

 

ダダンの家が見えると、懐かしさで胸がいっぱいになった。たった三ヶ月、されど三ヶ月。こんなにこの場所が恋しかったのだと、今になって実感した。

 

「…ん?」

 

ダダンの小屋の前に、よくわからない建物が建っている。暗くてよく見えないから、二つ立っているうちの小屋に近い方を見てみる。

 

「ルフィの…国?」

 

なんだろう、これは。その隣に肉がちょこんと供えてあって、よく見れば、”レムの墓”と書いてある。クロウは僕の肩からおりると、その肉にかじりついた。

 

レムの……墓?

 

「ふ、ふふ…ふざけんなルフィ!!」

 

人のこと勝手に殺しやがって!!といきり立って、バンッと小屋を開けた。みんな一様にこちらを見て目を丸くする。

 

「ルフィはどこに…って、ダダン!!?生きてたのか!!ってことはエースも!?」

 

怒っていたのも忘れ、目を輝かせてダダンを見る。

 

「れ…む?」

 

「ぎゃー!!レムが化けて出たーー!!」

 

「助けてくれーー!!」

 

みんな一様に震え上がる。なぜだ。

 

「やかましいな…おい、何があったんだ」

 

風呂から上がってきたらしいエースが、だるそうにそう言った。

 

「エース…」

 

思わずその名前を呼べば、こちらを向いたエースの目が見開かれる。

 

「レム?お前…レムなのか?」

 

「エースっ!!!」

 

駆け寄って抱きついた。少しエースの身体が大きくたくましくなったような気がする。

 

「な、なんで、お前…」

 

「エース〜、何があったんだ?…ってレム!!?」

 

「ルフィ!」

 

エースから離れてルフィの方に行こうとしたら、腕を掴まれてエースの方に逆戻りした。

 

「わっ、」

 

「バカ、やろう…どこ行ってたんだよ!!」

 

僕を抱きしめるエースの声は震えていた。

 

「レ〜ム〜!!」

 

ルフィも泣きながら抱きついてきた。そんな二人の温もりに、涙が溢れた。

 

 

 

「ーーえ、じゃあレムはずっと海底にいたのか!?」

 

「ああ。そこでオクトパ子っていう魚人に看病してもらってたんだ」

 

「そうだったのか…」

 

とりあえず風呂に入ったというのに、濡れてる僕にくっついたせいでまた濡れてしまったエースとルフィと一緒にお風呂に入った。あったかい水は久しぶりで、心が休まる。

 

「スゲーなァ!俺も海の底に行ってみてェ!!」

 

さっきまでめそめそ泣いていたルフィが、にししっと笑う。

 

「悪魔の実のお前が行ったら即死だろうが」

 

「ちぇっ」

 

エースに突っ込まれて唇を尖らせるルフィ。ルフィは本当に、表情が豊かだ。

 

「エースはどうやって生き延びたの?僕があんなに探しても見つからなかったのに…」

 

「中間の森で隠れてダダンの看病してたんだ。周りには王国の奴らがいて、迂闊に動けなかった」

 

「そっか。何はともあれ、エースが生きててよかったよ。ルフィは泣き虫だから」

 

「泣き虫じゃねェ!妹のくせに生意気だぞレム!」

 

その言葉に目を丸くする。

 

「妹?ルフィが弟だろ?」

 

「違う!おれはレムの兄ちゃんだ!!」

 

「ルフィが兄ちゃんとかありえないだろ!!僕より弱いくせにっ」

 

「なにっ!?おれはレムよりつえーぞ!」

 

ルフィとにらみ合った。納得いかない、どうしてルフィが兄なのか。どう考えても弟だろう。

 

「あー、もううるさいお前ら!」

 

エースに一喝されて、ルフィと二人で黙りこむ。そんな何気ないことが嬉しくなって、三人で笑った。



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閑話 それいけ、オクトパ子さん

これは閑話です。読まなくても支障はありません。


美しいものを探しに、私は海で一人旅をしていた。昔から魚人島の一等地で暮らしてきていた私に、外の海はたくさんの危険が付きまとっていたがそれ以上に今まで知らなかった美しいものを知るのが楽しかった。

 

ーーそんなある日、私が出会ったのは美しい人魚だった。

 

はじめはただの好奇心。魚たちが騒がしいから、何があるのだろうと思って見に行っただけだった。

 

けれど私は、そこにいたものに一目で心を奪われた。

 

私は女で、恋に落ちるとかそういう感情を抱くはずはないけれど、もしも男だったら一目惚れしていただろう。そう思えるほどに美しかった。

海にたゆたう美しいブロンドの髪、真珠のように白く綺麗な肌、光に反射して光る水色の尾ひれ。嫉妬するのもおこがましいほどに、美しい人魚だった。

けれどその肩からは大量に血が流れていた。そんな人魚を魚達は心配そうに取り囲んでいた。私はセレブなお嬢様で、面倒なことなんてしない主義なのに…この人魚が起きて話す姿を見たいと、思ってしまった。

 

それからその人魚に応急処置を施した。けれど輸血する血はなく、それからはただ安静にさせて目を覚ますのを待つことくらいしかできなかった。もうダメかもしれないと何度も思った。

 

 

ーーけれど一ヶ月経ったある日、その人魚は目を覚ました。

 

「あんたは?」

 

思った通りの高く美しいソプラノの声で話されるのは、とても上品とは言えない言葉。すぐに帰ろうとする少女を引き止めたのは、安静にしてなきゃダメだというのも嘘ではないけれど、もっと話したかったから。

 

一週間も経つとまだぎこちなくて危なっかしくはあるが、少女は動けるようになった。ただ、その動き方に驚いた。なんと足を二股にして歩き出したのだ!!

えっ、なに、見間違い!?

目玉が飛び出るほどの衝撃を受けた。

 

普通、人魚が二股になるのは三十歳になってから。だからレムがものすっっっごい童顔で、幼い出で立ちの三十歳だというなら(納得したくはないが)納得できる。

 

けれどレムの場合、それ以上に納得しかねる問題があった。

 

二股の尾ひれが、あの水色の美しい尾ひれが、人間の足そのものになったのだ!

そんな人魚見たことない。

 

「れっ、れれ、れれれ、レムっ!!?」

 

「ん?」

 

ん?じゃないわよん!!なにしてんのよん!?どうなってんのよん!!

 

「そそそそ、その足っ…」

 

「足?足がどうかしたのか?」

 

そう言ってくるりと回ってみせる。うん、細くて白い、綺麗な足ねん…じゃなくて!!

レムはことの重大さがわかっていないのか、小首を傾げる。うん、可愛い…じゃないわよん!!

 

「その足どうなってるのん!まるで…人間じゃない!!」

 

「なにをそんなに興奮してるんだ?僕は人間だよ」

 

「じゃあさっきの尾ひれは!?」

 

「あー、あれはなんていうか…僕にもよくわかんない」

 

「わっ、わかんないって…」

 

レムによれば、一度海で溺れかけてから尾ひれが使えるようになったらしい。突然変異のようなものなの?

 

「親は人魚族よねん?」

 

「うーん…わからない」

 

「わからない?」

 

「捨てられてたらしいからね。親は見たことないんだ」

 

飄々と答えたレムに衝撃を受けた。私は裕福な家に生まれて、ずっと大切に育てられてきた。だから親が子供を捨てるなんて、考えられなかった。驚くと同時に、自分の無神経さを恥じた。

 

「ごめんなさいん…不躾なことを、」

 

「あ、ねえこの貝うまそう!!」

 

「話を聞きなさいんっ!!」

 

シリアスムードに入るかと思いきや、足元の貝を捕まえて目をキラキラと輝かせるレムに、呆れたような…けれどどこかホッとしたような気分になった。

 

すぐに分かったことだが、レムは泳ぐのが下手くそだった。人魚は世界でも他に類を見ないくらいに泳ぐのが早いはずなのに、レムはかなり遅かった。私でも追いつけてしまうほどに。

 

人魚は泳ぐのが速いからこそ、他の種族の餌食にならずに済む。それなのにレムは遅い。もし見つかれば、捕まってしまうことは間違いないだろう。

私が徹底的に教えなければ、という使命感に駆られ、みっちり(しご)きはじめた。

 

 

「ーーえっ!?何も手入れしてないのん!?」

 

「うん」

 

肌のケアも手入れもせずにそんな美しい肌を保ってるだなんて…憎い!!憎すぎるわよん!!

特に気にした風もなく、貝をムシャムシャと食べるレム。

 

「そんなのダメよん!!今はいいかもしれないけどねん、年を重ねれば重ねるほど肌は衰えるのよん!!」

 

「ん?別にいいよ」

 

「よくないわよん!!」

 

ガミガミと言ったが、レムは「女って大変だなー」なんて他人事のように言う。全く女らしさの欠片がないレムは見た目とのギャップが激しいが、それも彼女の良さであるように思えた。

 

一緒に過ごすたびに、どんどんと彼女に惹かれていく自分がいた。自分を取り繕わないレムは、一緒にいて疲れない。

 

だからだと思う。

 

 

「僕、そろそろ帰らなきゃ」

 

 

そう言った彼女に、軽くショックを受けたのは。

 

怪我の治りは良好で、もう海の中を自由に泳いでも問題ないくらいだった。だからそろそろだろうとは、思っていた。でもレムがあまりにもそういうそぶりを見せないから…このまま一緒に魚人島に行けるんじゃないかって、どこかで期待していた。

 

「…帰るのん?」

 

平静を装って出した声は、いつもより堅かった気がする。

 

「うん、このままオクトパ子にお世話になってるのも悪いし。家族が待ってるんだ」

 

そう言って屈託なく笑うレムは、私と離れることに微塵も寂しさを感じていないようで。なんだか悔しくなった。

 

「レムは私と離れることなんて、どうでもいいのねん…」

 

そんな、子供じみたことを言った。けれどそれは確かに私の本心で、やるせない気持ちになった。

 

「何言ってんの、オクトパ子」

 

「何って…」

 

 

「だってまた、会えるでしょ?」

 

 

さも当たり前のように言って、微笑むレム。

 

「海は広いのよん!?」

 

ここで会えたのも、奇跡みたいなものなのに。

 

「んー…でもさ、会える気がするんだ。魚人島もいつか行ってみようと思ってるし…あ!もし魚人島で会ったらさ、案内してよ!」

 

名案を思いついた、と言わんばかりに目を輝かせるレムに、肩の力が抜けた。ふっと、息を吐く。

 

「…しょうがないわねん」

 

そういって微笑むと、レムは嬉しそうに笑った。

 

 

 

去っていくレムの姿を見送ったとき、少しだけ涙が出た。たった3ヶ月だったけれど、レムに会えたことを嬉しく思う。

 

「また…会えるわよねん」

 

誰にともなくそう呟いて、私もその場から去った。




ここまで読んでくださり、ありがとうございました。この一週間、1日に1話は投稿していましたが、作者の都合でおそらく次の更新が遅くなります。すみません。エタるつもりはないので、気長に待っていただけると幸いです。


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10.レムの反抗期

エタるとこでした。危ない。ひっそりと更新再開。


 最近、エースがおかしい。

 

 何がおかしいかって、言動が、だ。僕がここに戻ってきてから、過保護になった。少しエースの目の届かないところに行こうとしただけで「どこに行くんだ」とか、「俺の側から離れるな」とか、口うるさい。

 一度、死んだと思われるほどのことがあったからだと思うけど、正直なところそこまで心配されるほどじゃない。僕だって、もう何もできない子供ではないのだから。そんな不満がたまっていた。

 

だから、だと思う。

 

「おいレム、どこに行くんだ?」

 

「どこでもいいでしょ」

 

 そう投げやりな返事をしてしまったのは。

 

「どこでもいいわけねぇだろ。俺もついてく」

 

「来ないで!」

 

 そう、怒ってしまったのは。

 

「なんだよその言い方、人が心配してんのに!」

 

「心配してなんて頼んでない!最近変だよエース…僕のこと何もできない子供みたいに扱って。僕はもう子供じゃない!自分の身は自分で守れる!」

 

「守れないから死にかけたんだろ!!」

 

 そう怒鳴ったエースに、ぎゅっと拳を握りしめた。あれは確かに僕の実力不足だったかもしれない、でもあのとき死にかけたとしても何もしないで見過ごすのは許せなかった。敵わない相手かどうかなんて、問題じゃなかった。それでも敵わなかったのは事実で。考えれば考えるほど、悔しくて目頭が熱くなる。

 

「エースのバカっ」

 

 そう言って家を飛び出した。

 

「おいレム!!」

 

 本気で姿をくらまして、エースから逃げた。

 

「はぁ、はぁ…なにしてんだろ」

 

 時間が経って冷静になると、自分がしたことの愚かさに大きくため息をついた。エースは僕を心配してくれていたのに、それを無碍にして逃げてきてしまった。

 ーーいや、それでも僕は僕が許せなかった。

 自分がまるで、エースの足かせになっているように思えてならなかったのだ。獲物がくれば僕の前に立って怪我をさせないようにしたり、少し怪我をしただけで本気で心配させたり。

 

「僕が男だったらよかったのにな…」

 

 そうすれば、きっとエースもこんなに心配することはなかっただろう。そう考えながら、人気のない場所を歩く。

 

「ーー海賊王の子供がこの島にいるって噂知ってるか?」

 

 ざわり、心が波立った。これはおそらく、エースの話だ。エースは海賊王の息子だと、随分昔にエースに聞いたことがある。海賊王の息子なんて、素直にすごいと思った。

 

「もしそんなのがいたら、死刑だな」

「捕まえたらがっぽり儲けられるんじゃねぇか?」

 

 下品な声で笑うやつらに、血の気が引いた。エースに向けられた悪意。

 

「死ぬときは言ってほしいな。”生まれてきてごめんなさい”ってよ」

「そりゃいいぜ。海賊王の息子なんて、生きてるだけで罪だからな」

 

 ゲラゲラと笑う声。爪が食い込んで、血が滲むほど固く拳を握りしめる。その誹謗中傷に、自分の中の何かが切れる音がした。

 

「お前らなに勝手なこといってんだ!ふざけるなよ!」

 

「あ?なんだガキ…」

 

どうしても、許せなかった。なぜエースがそんな言われ方をされなきゃならない。生きてるだけで罪だなんて、おかしいだろ。エースはあんなに優しくて、あんなにいいやつなのに。

がむしゃらに暴れまくり、男たちを傷つける。自分がどれだけ怪我をしようと構わなかった。

 

「ったく、手こずらせやがって」

「よく見りゃなかなか可愛い顔してんじゃねぇの」

 

片手で首を掴まれ、持ち上げられる。

 

「は、なせっ!!」

 

両手でその手を離そうとするが、ビクともしない。

 

「ガキが大人に刃向かおうなんて、無謀にもほどがある。もっと利口に生きたほうがいいぜ?今俺に土下座して謝るってんなら、許してやってもいい」

 

「だ、れが…そんな、こと…」

 

「レム!!」

 

その声の主に、びくりと肩を震わせた。怖いからとか、そういう理由ではない。この男たちが彼を貶していたのを、本人に知られたくなかった。

 

「なんだ?嬢ちゃんの仲間かァ?」

 

「あぁ、そうだ」

 

迷うことなく、エースはそう言い切った。

 

「それならちょうど良い。この嬢ちゃんが俺たちに歯向かってきたのに、全く反省の色が見えねぇんだ。代わりにお前が土下座しろ」

 

「なっ、そんなの、おかしいだろ!!」

 

「まだそんな大声出せたのか」

 

首を絞める力が強くなって、息も絶え絶えになる。それでも男を睨みつけることをやめなかった。絶対に許さない、その気持ちだけで意識を保っていた。

 

「…すみませんでした。レムを、返してくれ」

 

エースは男たちに土下座した。

 

「なん、で…」

 

「ほぅ、なかなか聞き分けがあるじゃねぇか。でもまだ頭がたけぇよ」

 

ガッとエースの頭が地面に押し付けられる。

 

「エースっ…」

 

エースは逃げも刃向かいもしなかった。殴られても蹴られても、ジッと耐えていた。男たちは泣きも叫びもしないエースの態度に飽きると、僕を投げ捨てるように放って酒を煽りながらどこかへ消えていった。

 

「っ、げほっ…」

 

「レム、大丈夫か?」

 

エースはすぐに駆け寄ってきた。その額は赤く腫れている。

 

「あいつらっ、許さないっ…」

 

 悔しくて悔しくて、たまらなかった。

 

「いいから、やめろレム」

 

 そう言って声の主ーーエースは今にも飛び出して暴れそうな僕の身体を羽交い締めにした。

 

「離してよ、エース!あいつら、ぶっ飛ばしてくる」

「俺のためっていうなら、そんなのいらねぇよ。帰るぞ」

 

 エースには全てお見通しらしかった。有無を言わせない強さで腕を引かれ、それについていく。日は暮れ始めていて、空に星が瞬いている。

 

「どうせ俺の悪口でも言ってたんだろ。あいつら、酒に酔うとその話ばっかしやがるんだ」

「知ってたのか?」

「まぁな」

 

それならなおさら、あいつらに頭をさげることはエースにとってこれ以上ないほど屈辱だっただろう。

 

「僕の、せいで…」

 

僕があいつらに捕まっていたから、エースがその尻拭いをする羽目になったのだ。自分が、みじめで情けなかった。怒りに身を任せたばかりに、自分の手に負えなくなってエースに迷惑をかけるなんて。

 

「ーーありがとうな、レム。俺のために怒ってくれて」

 

「そ、んな…僕のせいでエースは!」

 

「あんなのどうってことねぇよ。そんなことより、レムが無事で良かった。これに懲りたら、俺がいないところで無茶するんじゃねぇぞ。ダダンにその怪我見てもらわねぇとな」

 

あぁ、どうしてエースはこんなに優しくて、強いのだろう。泣きそうになって、俯いた。エースはピタリと足を止めた僕の方を振り返り、口を開く。

 

「なぁレム、お前はおれのことが嫌いか?」

 

「なに言ってんだよ。大好きに決まってんだろ」

 

 エースもおかしなことを聞くものだ。好きじゃなきゃ、こんなに一緒にいない。エースは僕の返答を聞くと、ケラケラと笑った。

 

「おれはお前がそう言ってくれるから、平気でいられるんだ。ありがとうな、レム」

 

 その瞳が、やけに大人びて見えてた。

 

「…さっきは、悪かった。逃げたりして」

 

「別に構わねェよ。おれはお前がどこにいようと、必ず見つけられる自信があるからな」

 

「なんだそれ」

 

 エースの発言に苦笑すれば、エースは自信ありげに笑った。

 

「だってレムは、俺の嫁だからな」

 

「またそんなこと言ってんの?」

 

懲りないやつだ。あれだけ断固拒否しているというのに、当然のように言ってくるとは。

 

「何度だって言ってやるさ。これは決定事項だからな」

 

珍しく難しい言葉を使ったエースに、これ以上何を言っても無駄だろうと思いため息を吐く。

 

「レム、顔上げろよ」

 

エースの声に、俯き気味だった顔を上げる。それと同時に、額に何か生暖かいものが当たった。”それ”がなんだか理解した瞬間、全身からドバッと汗が噴き出す。

 

「なっ、何してんだエース!!」

 

「顔真っ赤だぜ、レム」

 

僕が振り上げた手をヒョイっと避け、さっさと走り出す。僕は怒りながら、その背中を追いかけた。



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11.決意と別れ

 それから月日が経ち、僕とルフィは十二歳になった。…といっても僕については、それが正確な値かどうかわからないけれど。

 

「エース、ルフィ…僕、海兵になる」

 

 ある日、僕は前々から思っていたことを二人に告げた。

 

「…はぁ!?」

 

「かかか海兵!?海賊になるんじゃないのか!!?」

 

 目を丸くする二人に、頷いた。

 

「僕、ずっと前から考えてたんだ。始まりは多分、ガープさんに会ったことだ」

 

「じじい?」

 

「うん。ガープさんに会って、僕は海賊をやっつける海兵という仕事を知った。僕は海賊が嫌いだ、だから海軍は僕に向いてるんじゃないかって思ったんだ」

 

 そう、あの日。初めてガープさんに会った時、海軍という仕事に興味を持った。

 

「っ…じじいか…」

 

「レムも海賊やろうよ!絶対海賊のが楽しいって!!」

 

 エースが苦虫を噛み潰したような顔をして、ルフィは焦ったようにまくし立ててくる。だけど僕の決意は変わらない。エースやルフィと一緒に旅をするのは楽しそうだけど、僕にはやらなきゃいけないことがある。

 

「…サボが貴族を嫌ってて、天竜人かなんだか知らないけど偉い大人に目の前でサボが殺されて…こんな世界、変えなきゃいけないって思ったんだ。海軍になって、偉い人になれば…僕にも誰かを救ってあげられるかもしれない。だから僕は、海軍になる」

 

 昔おじいさんが言っていたように、僕は強い人間になりたい。もう大切な人を誰も失わないように。そしてあの日ガープさんがくれたような優しさを、与えられる人間になりたい。

 

「…もう決めたのか」

 

 まっすぐに僕の方を見て、エースはそう言った。思えば、エースはずっと僕を海へと誘ってくれていた。それを断るのは、心が痛い。それでも僕は今のまま…エースに守られているばかりでは嫌なのだ。

 

「うん。次にガープさんが来たら、海兵に入れてもらえるように言うつもり」

 

「そうか…頑張れよ」

 

「なっ、エースいいのかよ!?エースはずっとレムと海に出るって…」

 

「ルフィ」

 

 エースは静かな声でルフィの言葉を遮った。

 

「おれたちはもう子供じゃない。やりたいことがたとえ違ったとしても、立場が敵同士になろうと…おれ達は家族だ。ガタガタ言わずに応援してやろう」

 

 エースの言葉に、ルフィが泣きそうに顔を歪めた。

 

「っ…わかった」

 

「ごめん…二人とも」

 

 僕を海に誘ってくれたのに。

 

「謝ることなんてねェだろ。良かったじゃねェか、やりたいことが見つかって」

 

 その日のエースの笑顔はいつもより少しぎこちなかった。

 

 

 

 ーーそれから三ヶ月後にガープさんがきた。

 

「帰れ!帰れよじいちゃん!」

「なんじゃ、じいちゃんに向かってその口の利き方は!!」

 

 ダダンの小屋の前で争う二人を見かけた。

 

「まだ来る時じゃねェ!!帰れジジイ!!」

「なんなんじゃ一体…反抗期か?」

 

 いつもガープさんを見たらすぐに逃げ出す二人が、ガープさんの前に立ちはだかっていた。どうしてガープさんを止めてるのかわかったから胸がチクリと痛んだ。それでも、僕はやめられない。

 

「ーーガープさん」

 

 僕の声に、二人の抵抗がピタリと止む。

 

「おお、元気にしとったかレム」

 

 こちらを振り返ったガープさんが、いつものように温かな笑顔を見せる。

 

「はい、あの…お話があります」

 

「ん?なんじゃ?」

 

「僕を…僕を最強の海兵にしてください!!どんな敵も、どんな悪党もやっつけられるような海兵に!!」

 

 これ以上ないくらいに頭をさげる。手に汗が滲んだ。

 

「いいぞ」

 

 ガープさんは僕の要求を、あっさりと受け入れてくれた。あまりにもあっさりすぎて、「えっ?」と間抜けな声が出た。もしものときのために志望動機とか考えてたのに、まったくいらなかった。

 

「っ…なんで断らないんだよじいちゃん!!」

 

 ルフィがムキになってそう言うと、ガープさんは当然のように話しだす。

 

「かわいいレムがわしにお願いしとるのに、どこに断る理由があるんじゃ。よし、そうと決まったら明日から海軍に行こう」

 

 そう言って、ポカンとする僕の頭を大きな手で撫でた。

 

「明日!?ジジイ!それはあまりにも急すぎじゃねぇか!?」

 

 エースもびっくりして目を丸くする。

 

「なーに、何かをするのに急すぎるなんてことはないわい」

 

 豪快に笑うガープさん。その笑顔が眩しくて、もう一度僕は頭を下げた。

 

「っ、よろしくお願いします!!」

 

 

 ーーこうして僕は強い人間になるための一歩を踏み出すことになった。

 

 

 

 

 朝になり、ダダンの家からガープさんと一緒に出る。思えば、長いときをここで暮らした。エース、ルフィ、それからサボ。みんなと暮らせて、とても幸せだった。

 

「気ィつけてなあ!」

 

「風邪引くなよー!」

 

 山賊たちが応援してくれる。僕は大きく頷いた。

 

「レム〜〜!!行ぐなよ〜!!!」

 

「ルフィ、また帰ってくるって」

 

 最後まで泣き虫なルフィに、クスリと笑みが溢れる。自分の背丈とそれほど変わらないルフィにハグをして、頭を撫でた。泣き虫なルフィを置いていくのは心配だ。だけど強くて優しいエースがきっと、泣き虫なルフィを守ってくれるだろう。

 

「次会うときは、泣かないくらい強くなってなよ」

 

「っ、ゔん!!もう泣がねえ!!」

 

 そう言ってルフィはゴシゴシと目元の涙を拭った。

 

「行くぞ、レム」

 

「うん…あ、ダダン!今までありがとう!山賊のみんなも、今まで世話になった!!」

 

「さっさと行きやがれ小娘が〜!!」

 

 どうやらダダンは泣いてるらしい。山賊のみんなも鼻をすすっている。僕ももらい泣きしてしまいそうになったから、それ以上何も言えなかった。ただ笑顔で手を振った。そこにエースは、いなかった。

 

 

 

 ガープさんにお願いして先に行ってもらうと、かつてエース、ルフィ、サボと一緒に暮らした秘密基地に行った。懐かしい。今思えば、あの頃が一番幸せだったかもしれない。不意に、気配を感じた。やっぱりここにいたのか、と思う。

 

「出てきてよ、エース。見送ってくれないの?」

 

「…本当に行くのか?」

 

 僕が呼びかけると、エースが木の上から降りてきた。エースは僕よりも背が高い。前からエースの方が高かったけれど、エースに成長期が来たのか、さらに差ができてしまった。

 

「行くよ。次にここに来れるのがいつかわからないけど、エースの出航のときには必ずくる」

 

 エースは今、15歳。あと2年後には、エースは海賊になる。

 

「ああ…」

 

 エースは昨日と変わらず、浮かない顔をしていた。そんなエースのそばに行き、頬を引っ張る。

 

「なにふんだ」

「いや、伸びないなって思って」

「当たり前だろ、ルフィじゃないんだから」

 

 エースはそう言って僕の腕を掴み、頬から離す。その手も僕より一回り大きい。

 

「あ、大丈夫だよエース!エースとルフィは海賊になっても捕まえないから」

 

「ふん、生意気言いやがって…捕まえられない、の間違いだろ」

 

 ニヤリ、エースが笑った。その余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な笑みに、ムッとする。結局最後まで、僕は一度もエースに勝てなかった。でもこれからは違う。エースやルフィを守れるくらい、強い人間になるのだ。

 

「僕は最強の海兵になって、どんな海賊でも倒せるようになるんだ!!強い人間になって、世界を変える!!」

 

 小さい頃にグレイ・ターミナルで会ったあのおじいさんより強くなって、誰もが自由に生きられるような、そんな世界を作るんだ。

 

「もう二度と…僕は大切な人を誰一人、失わない世界にする」

 

 理不尽な理由で殺されたサボのためにも。そしてこれから海へ出ようとする兄弟たちのためにも。

 その信念を貫けば、僕はきっと誰よりも強い人間になれるから。

 

「…じゃあ、約束だ」

 

 エースは僕を見て挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「約束?」

 

「いつかおれがワンピースを見つけて海賊王になったら、レムがおれをつかまえるんだ。おれはレム以外には捕まらないし、そう簡単にはレムにも捕まってやらない」

 

「わかった、じゃあもしエースが僕に捕まったら、そのときは僕の部下になってね」

 

「上等だ」

 

 エースやルフィと離れるのは寂しい。だけどこれは永遠の別れじゃない。小指を絡ませたあと、エースと笑顔で別れた。

 

 

 ***

 

 

「エース!どこ行ってたんだよ!?レム行っちゃったぞ!」

 

 夜になって小屋に戻ると、小屋の外でおれを待っていたらしいルフィがおれにそう言った。

 

「知ってる」

 

 だって見送ったのだから。本当は力ずくでも海軍へ行くのをやめさせようと思ってた。ずっとおれと一緒にいろって言いたかった。だけど、レムは優しいやつだから。世界中にいる傷ついてるやつや、困ってるやつを放って置けないから。

 

「本当によかったのか?海賊に誘わなくて…」

 

「あいつはあれで、いいんだよ」

 

 そう言うとルフィは、それならおれが誘えばよかったな〜、なんて言いながら小屋に入っていった。

 

 世界を変える、なんて…ワンピースを見つけるより、海賊王になるより難しい。だけどいつかレムが作る世界を、見てみたいと思った。

 

 ーーきっとその世界は、今よりもずっと自由に生きられる世界になってるから。

 

「なぁ、お前もそう思うだろ?サボ」

 

 小さな声でポツリと呟くと、返事をするように穏やかな風が吹いた。




そういえば久しぶりに投稿してるんですけど、評価とかめちゃくちゃ怖いっすね。
ひー!評価つけられてるぅ!
ひー!感想アルゥ!
ひー!お気に入り増えてルゥ!
ってかんじで冷や汗が止まらないヨ。
ーーってことで、やっと動き出しました海軍編。あらすじで予告しておきながら中々入れなかった海軍編。生温かい目で見ていただけると嬉しいです。


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12.新たな出会い

 ガープさんに連れられて、着いたのは大きな海軍の船。そこで制服をもらって着替えたが、少々大きい。ズボンはぶかぶかすぎて腰からずり落ちる。「すまんがこれ以上小さいのはないんじゃ、下は適当にはいておけ!」と言われた。なんとも自由な人だ。仕方がないから代わりに、マキノにもらったスカートをはいておいた。ズボンの色と似ているから大丈夫だろう、うん。

 早く成長期こないかな。大きいっていいよね。強くてかっこいいし。僕は是非ともガープさんくらい大きくなりたい。ムキムキになりたい。

 

「それでガープさん、この子は…」

 

 おそるおそる、といったような感じでガープに声をかける海兵。

 

「わしの孫じゃ。海兵になりたいと言っておってな、連れてきた」

 

 ガープさんはそう言って、ポン、と僕の頭に手を置いた。

 

「「「ええぇええええ!?ガープさん孫いたんすか!?」」」

 

 一斉に両手を挙げて目を見開いて驚く海兵達。海兵ってコント集団だったのか?

 

「それに連れてきたって…この子まだ子供じゃないですか!」

 

 驚愕する海兵たちに、にこりと微笑む。

 

「よろしく頼むっ!」

 

 マキノに習った敬語を使って挨拶をした。海兵たちが動揺しているように見えたが、まあそのうち慣れるだろう。

 

 

 船に乗り始めて1時間くらいすると、ガープさんは寝はじめてしまった。…暇だ。見張りの海兵にでも話しかけるか、と思いザッと周りを見渡せば、こちらに向けていた顔を一斉にそらす海兵たち。…よし、とりあえず僕が話しかけても大丈夫そうな人に話しかけてみることにしよう。

 

「ねえねえおじさん」

 

「うん?どうした?」

 

 僕がいても唯一こちらを向かず、ずっと真面目に見張りをしていたおじさんに駆け寄って話しかけた。

 

「海軍って、誰が一番偉いんだ?」

 

「そうだな…今は元帥のセンゴクさんだな」

 

「センゴク…その人倒せば僕が元帥?」

 

「ははは、面白いことを言うんだな。海軍は海賊を倒して、功績を挙げた数だけ位が上がる。もし仮にセンゴクさんを倒したとしても、反逆者として捕らえられるだけだぞ」

 

「ふーん…」

 

 つまり海賊を片っ端から倒せばいいんだな、なんて考えていたら、船が大きく揺れた。

 

「うわっ…」

 

「大変です、大佐!!海からバカでかい海王類が出てきました!!」

 

 大きな船を見下ろすのは、船の二倍ほどあるんじゃないかと思われるほど大きな魚。グラグラと揺れる船につかまりながら見上げる。

 

「うわー、おっきいー!」

 

「グズグズするな!!大砲を撃て!!」

 

 ドーン、ドーンっ、と大砲を撃つが、これっぽっちも効いてない。あんな大きな魚にとっては蚊に刺された程度だろう。

 

「っ、くそ。なんでこの海域にこんな大きな海王類がいるんだ!ガープ中将を起こしてこい!!早く!!」

 

 焦る海兵たち。ドタバタと船の上で走っている。

 

「ウオォオオオオオ!!」

 

 魚は大きく威嚇の声を上げると、船に噛み付いてこようとする。このままじゃ海でも息ができる僕は大丈夫だとしても、船に乗ってる海兵たちが危ない。

 

「ストップ」

 

 僕は魚の前に立って両手を広げて、そう言った。

 

「おい君!!危ないぞ!!何し、て…る?」

 

 魚は止まり、僕をジッと見る。大きな目と僕の目が合った。

 

 ”攫われたんじゃないのか、天に愛されし一族の末裔よ”

 

「まさか。僕は僕の意思でここにいる」

 

 っていうか、天に愛されし一族の末裔ってなんだ。

 

「え…おい、どうなってる?」

 

「なぁアレ…喋ってないか?」

 

 ヒソヒソと喋り合う海兵たち。ギョロリと魚が目を向ければ、ヒッと引きつったような声を出して尻餅をついた。

 

 ”…どうやら勘違いだったようだ。驚かせてすまなかったな”

 

「ううん!間違いは誰にでもあるものだよ。今は見張りの手伝いしてるから、今度会ったらもっと話そう」

 

 ちゃんと謝れるなんて、この魚はいい子だ。大きくてカッコイイし、ぜひとも友達になりたいが今は仕事中。魚は僕の言葉に返事をするように一鳴きしてから、海の中へと戻っていった。

 

「え、も、戻った?」

 

「っていうか今…」

 

「ぶわっはっはっ!!面白いもんが見れたわい」

 

 大きな笑い声に振り返ると、そこには上機嫌な顔をしたガープさんがいた。

 

「あ、ガープさん。起きたの?」

 

「あんなに大きな声で海王類が吠えとったら、わしも起きるわい」

 

「かいおうるい?」

 

「海に住んどる化け物みたいな大きい魚のことじゃ。今のやつがいい例じゃな。この海域にはぎょうさんおるんじゃ。あんなに大きいのは滅多にいないはずなんじゃがな。それに、海軍の船には滅多に攻撃せんようになっとるんじゃが…レム、お前話せるのか?」

 

「うん、魚とは昔から話せるよ。あんなに大きいのと喋ったのは初めてだけど」

 

 世の中にはあんなにデカイ魚もいるのか。

 

「そうか。さすがわしの孫じゃ!!」

 

 わしゃわしゃっと大きな手で頭を撫でられた。なんだかよくわからないけど、褒められたことに嬉しくなって笑った。

 

 

 

 

「この子を頼む!」

 

 海軍本部に着き、ガープさんに連れてこられたのはアイマスクをしている男のところ。

 

「なんですかガープさん、いきなり〜。びっくりするでしょうよ」

 

 よっこらせ、と立ち上がる男。その背の高さに驚いた。ヒョロっとしていて細長い。僕の二倍はありそうだ。

 

「わしの孫じゃ」

 

「え?ガープさん孫いたんすか?」

 

 なんだろう、このだらけきった喋り方は。海軍ってもっとシャッキリしてるものだと思ってた。天然パーマっぽい髪、眠そうな目、棒のような長い身体。

 

「じゃあ頼んだぞ!わしゃセンゴクに呼ばれててすぐ行かにゃならん!」

 

「え?ちょっと待ってくださ…あーあー、行っちゃった」

 

 取り残されたのは僕と目の前にいるノッポ。この男は、強いのだろうか?まあきっと、そんなに位は高くないだろう。僕は海軍に入ったばかりで雑用だろうし、この男は雑用のちょい上くらいにいるに違いない。

 

「えーっと…まぁ、あれだ。お嬢ちゃん、名前は?」

 

「レム」

 

「んー、じゃあレム、そこの植木に水やっといてくれるか?」

 

 やっぱり雑用か。

 

「ああ、わかった。ところであんたの名前は?」

「クザン。でもよく青キジって言われてる」

「そうか、よろしく青キジ!」

 

 ニコッと笑えば、青キジは呆れたようにため息をついた。

 

「お前さんもう少し敬意ってものを…まあいい。おれのモットーはだらけきった正義だ、よろしく」

 

「それでいいのか!?」

 

 思わず突っ込んでしまった。

 

「正義でも、行きすぎるのはよくないからな」

 

 そう言って青キジは、椅子に座るとまたうたた寝をはじめた。



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13.立派な雑用係

ーーぶっちゃけ、僕は海軍をなめてた。それを認めよう。

 

「どうした。もう終わりか?」

 

「っ、はぁっ…はぁっ…」

 

僕が青キジに会ってから3日ほど、雑用らしき仕事をして過ごしていた。だけどこれでは強くなれない、と思い青キジに宣言したのだ。

 

青キジをぶっ飛ばして雑用をやめる、と。

 

しかしそれは甘い考えだった。雑用のちょい上くらいなら僕でも簡単に倒せると思っていたのに、青キジは僕が想像してるよりはるかに強かった。借りた剣を使っていくら攻撃しても、青キジは無傷だった。避けも逃げも隠れもしない。それどころか欠伸までする始末。

 

悪魔の実ってやつは相当厄介だ。蹴っても殴っても全然効かない。

 

力尽き、膝をついた。肩で息をする。自分の呼吸の音が、やけに大きく聞こえる。身体中が心臓になったみたいに脈を打つ。ちくしょう、苦しい。

 

「お嬢ちゃんは動きが荒すぎる。そんなんじゃあ、誰にも勝てねェよ」

 

「っ…」

 

誰にも勝てなきゃ、僕は誰一人守れない。何一つ変えることなんてできない。大口叩いてこんなところまできて、雑用よりちょい上の男にすら勝てないなんて。

 

「そんなことあってたまるかよ!!!」

 

「!!」

 

剣の先が青キジに触れ、頬にうっすらと赤い線を作った。

 

「っ…面白いじゃねェの。見込みがなきゃガープさんにつき返そうと思ってたんだがな。アイスサーベル」

 

青キジは地面にあった草を積み、それを元にして氷の剣を作った。

 

「かかってきなお嬢ちゃん、死ぬ気でな」

 

 

 

 

それからというもの青キジを倒すために僕は朝から晩まで訓練した。朝は筋トレと雑用、昼は青キジに稽古をつけてもらい、夜になればその日の反省を生かして足りないものを考える。

 

それを繰り返して一ヶ月、僕は相変わらず青キジに勝てなかった。

 

「やっぱりお前さんは攻撃が荒い。まずは剣を手放して、自分の体術を磨きなさいや」

 

「…わかった」

 

青キジに渡された本を見れば、六式というのが書いてあった。

 

指銃(しがん)鉄塊(てっかい)紙絵(かみえ)(そる)月歩(げっぽ)嵐脚(らんきゃく)

 

人体を武器に匹敵させる体術。指を硬化させて銃にしたり、体を固くしたり、相手の攻撃を紙のようによけたり、地面を蹴って動きを加速したり、空を蹴って宙に浮いたり、蹴りで鎌風を起こしたり。

 

今まで知らなかったことばかりが書いてあって、興味深かった。

 

よし、早速使ってみるか。ーーと、訓練を続けて三ヶ月、僕は剃と月歩、嵐脚を身につけた。他のも完璧ではないが、要領は掴んできた。三ヶ月前の自分より相当強くなった。これならきっと、青キジも倒せる。

 

 

「ずいぶん顔色がいいじゃねェの。なんかいいことあったか?」

 

任務に行くと言って二週間前からいなかった青キジが帰ってきて、僕は戦いを挑んだ。

 

「今日僕は、お前を倒す!」

 

堂々と宣言する。いつまでも雑用なんてやってられるか!!訓練の合間に部屋掃除、トイレ掃除、靴磨き、花に水やり、それから青キジにくる仕事の依頼の整理!!ありとあらゆる雑用をこなした!もうこりごりだ!

 

「ほーう、言ってくれるねェ」

 

「余裕こいてられるのも今のうちだ!剃!」

 

地面を素早く10回蹴り、加速する。青キジの後ろに回りこんで、その腹に蹴りを入れる。しかし青キジは僕の攻撃を避け、僕を殴ろうとしてくる。しゃがんで避けると、すぐに体制を立て直した。

 

「ヘェ…ちょっとはマシになったじゃねェの」

 

ヘラリ、青キジが笑う。

 

地面に降りて再び剃を使い、青キジの懐に潜り込むと、青キジの身体に指を突き立てた。これで終わりだ!!

 

「指銃っ!!」

 

青キジに指銃をした…はずだった。

 

「いっ!!」

 

痛い痛い痛い痛い!!青キジに指銃したとき、指先に強烈な痛みを感じた。声を上げることもできず、地面にのたうちまわる。なんて固さだこの男!!人間じゃない!!

 

「なァにしてんのよ、ちょっと見せなさいや」

 

そう言われて起き上がり、青キジに指を見せる。指先は真っ赤に腫れ、本来曲がってはいけない方向に曲がっていた。青キジは呆れたようにため息をつく。

 

「あーららら、折れてんじゃねェの。指銃なんてそう簡単にうまくいくわけないでしょうに。普通の肉体ならまだしも、おれは氷だぞ?お前さん程度の力じゃムリに決まってるでしょうが」

 

「うるさい!!青キジぶっ飛ばす!!」

 

「はいはい、わかったから医務室行ってこい」

 

適当にあしらわれ、ブツブツと文句を言いながらも医務室に向かう。なんでだ、なんで敵わない。やっぱり悪魔の実か?でも僕は悪魔の実なんて絶対食べるもんか。海で泳げなくなるなんて冗談じゃない。

 

「失礼する」

 

医務室に行くと、そこには大きなタバコをふかしてる男がいた。なんて目つきの悪さ。医務室にミスマッチな風貌だ。

 

「…なんでここにガキがいやがる」

 

「ガキとは失礼だな。僕は訓練中の雑用だ」

 

「雑用が医務室に何の用だ」

 

「指を怪我した」

 

ほら、と言って腫れ上がった指を見せれば、男は顔を顰めた。

 

「今、医務室の医者は留守だ」

 

「なんだ。ならいいや、勝手に包帯借りる」

 

戸棚から包帯を取り、自分の指に巻きつける。だけどこれがなかなかうまくいかない。片手で包帯を巻くのは思っていたより難しい。というか、包帯が患部に触れるたびに激痛が走る。これはもう、何もしないほうがいいんじゃないだろうか?うん、きっとそうだ。

 

「放っておけば治るか。失礼した」

 

「…おい」

 

出て行こうとしたら、低い声で呼び止められる。

 

「なに?」

「こっち来て座れ」

 

そう言って、椅子を指差す。

 

「え、でもやることが…」

 

青キジに負けたから大量の書類の整理をしなきゃいけない。

 

「いいから座れ」

 

ギロリと威嚇されてしまい、僕は渋々男の座っている長椅子の隣に腰をかける。男は立ち上がると、戸棚から布を取り出して僕の指に巻いた。ひやりとした感覚に、びくりと身体を震わせる。

 

「なにを、」

「ジッとしてろ」

「うっす…」

 

有無を言わせない声で再び威嚇され、ジッとする。男は添え木のようなものと一緒に指に包帯を巻きつけた。その見た目には似合わない、丁寧かつ手慣れた手つきに驚いた。綺麗に手当てされた指に、おお!と声を上げた。

 

「あんたすごいな!見た目はイカツイのに!!やっぱり医者なのか!?」

 

「医者じゃねェ。これは応急処置だ、雑用でもここにいるならそれくらい覚えておけ。いいか、あくまで応急処置だからな。あとで医者が戻ってきたらちゃんと診てもらえ」

 

そう言うと、男は立ち上がる。出て行こうとする男を慌てて呼び止めた。

 

「待ってよ!あんた、なんて名前なの?」

 

「…スモーカー」

 

「ありがとうな、スモーカーさん!!僕はレム!今度会ったらなんか礼をするよ」

 

「礼をする前に礼儀を学んどけ、ガキが」

 

スモーカーさんはそう言って、医務室を出て行った。

 

「いいやつだったな、スモーカーさん。さて、青キジの書類整理するか〜」

 

綺麗に応急処置をされた指を見ながら、僕は上機嫌にそう呟いた。



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