ヤンデレヒッキー (kinkinkin)
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ヤンデレヒッキー
ーーー
私の彼はヤンデレかもしれない。そう思ったのは最近、彼と交際を始めてからだった。
意外にも告白は私からだった。「あれだけ人のこと罵倒しておいて信じられん」とは彼の弁。
まあ、確かに最初はね…。
しかしながら、依頼の内容にかかわらず、どんな形であれ、解決してしまう。そんな自称ぼっちの彼は、私の中では自立した人間で、周りの有象無象がなんと言おうと、理想のヒーローだったのだ。
とはいえ、修学旅行のように自爆に近い解答を導き出す傾向には大層不快にさせられた。
しばらく口も聞きたくないほど嫌悪感を抱いていたのは…今にして思えば……その、まあ…
私が彼に対して並々ならぬ感情を持っていた証拠なのだろう。当然、当時はそんなことは自覚なしで、彼に辛く当たってしまったのだが。
まあとにかく、憧れや羨望、自分にないものを持っている嫉妬が入り混じった感情から彼のことを常に考えるようになった。その思いは次第に彼のことを大事にしたいという思慕へと変わり、そしてよくわからないこの感情を精査するために思考を繰り返していたら、しっかりと蒸留されて純度の高い恋になっていたのだ。
今更だった。もっと早く自分の気持ちに気づいていれば、彼の好感度を下げるような発言や行動を謹んでいたのに。
正直、彼はモテる。
まず、行動や発言が率直で悪意がない。
本人は社会不適合者を気取って捻くれて自分を卑下する発言ばっかり繰り返しているが、つまりは気が使えて優しい人なのである。特に女子に対して。
相手のために自分を省みず、行動力もある。何というか、いい男だ。
周りの女子が放っておくわけがない。
この状況を冷静に省みて私はだいぶ焦った。このままだと負けると思ったのだ。
彼を他の女の子に譲りたくない。あの男に対してこんなに執着しているなんて昔の私が見たら失望して自害するまであるのだけれどね。
素直になりきれない私なりにいろいろアプローチを繰り返し、ガードを下げて懐に入り込み、我ながら咽せかえるようなピュアなハートをぶつけて、それが受け入れられて今に至るのである。
とまあ、長くなったがここまでがこれまでのあらまし。本題はここからだ。
私の彼はヤンデレかもしれない。
ーーー
付き合ってから彼の態度は変わった。豹変と言ってもいいかもしれない。これまでの態度が嘘のようなのだ。
よく、付き合うまで熱心にアプローチしてくるくせに付き合ってからは熱が冷めたような態度をとる男のことを、
釣った魚には餌をやらない男というが、彼は真逆である。
釣った後がとことん手厚いのだ。(釣ったのは私だって?うるさいわよ。)
つまり、恥ずかしげもなくいうと、何というか…すごい大切にしてくれるのだ。過保護とも言えるくらい。
そして二人っきりになると決まってこのやりとりが始まる。
「好きだ。雪ノ下。」
「ふふっ。ありがとう。どうしたの急に。」
「なんか言いたかったんだ。自分の気持ちを確かめたくなって。」
彼は顔を真っ赤にしてぎこちなく返事をする。
「なぁ、お前は俺のことどう思っている?」
「いまさら、私の気持ちなんて言わなくても伝わるでしょう?」
「お前の口から聞きたいんだ。」
彼は駄々をこねるように急かす。
「もちろん…私も好きに決まってるじゃない…。そもそも私からだったじゃない。このヘタレヶ谷君。」
「うっ…そうだな。なんかすまんな。でも、なんていうかこう言うのいいな…。お互い同じ気持ちっていうの。
素直に嬉しいって思うわ…。」
彼の言葉に二人で真っ赤になってお互いに手を一層深くつなぐ。
こんな感じですごいストレートに好意を伝えてくるし、逆にその返答を求めてくる。
まあ、これもこれまでぼっちだった彼なりの甘え方だと思って微笑ましく思っていた。
あの日までは。
ーーー
ところで。話変わるが私は葉山君に嫌悪感を抱いていた。理由は幼少期の体験からだ。
しかし、最近は素直にしゃべれるようになってきたように思える。心から信用できる人ができてから、私の心に余裕ができて視野が広がったのだ。
葉山君が大切にしているものがあることも理解できたし、彼がいわゆるリア充の立場を維持するために苦労していることもわかってきた。(理解できたところでなりたいとは思わないけれど。)
ちゃんと向かい合って話してみると人間関係を作るのに慣れているだけあって、会話の引き出しも多いし、教養のある話もできる。なるほど、人気があるわけだ。私や比企谷君には真似できない。
話してみれば幼馴染で付き合いも長いこともあり、共通の話題も多い。
クラスは違うが廊下ですれ違えば会話を交わすくらいの仲にはなっていた。
まあ、こういう風に葉山君との関係を良好にしてくれたのも間接的には比企谷君なのだ。
つくづく、彼には変えられてばっかりだ。なんか悔しい。
とある日、休み時間に廊下で葉山くんと多愛もない話をした日の放課後の部室での出来事だった。
「なあ、今日葉山と何を話していたんだ?」
珍しい。彼が葉山君のことについて聞いてくるなんて。
「大したことない話よ。あなたとの交際は順調か?とか。姉さんがまた好き勝手やってるとか。」
「本当か?」
「どういうこと?」
「いや…まあ、それが本当ならいい。」
「それが本当なら、、、」何かヌメッとした嫌な感情を覚えた。私の発言は信用に値しないというのか。
とはいえその時は特に深堀りすることもなく話は終了した。
その後は、いつもどおり二人して帰った。そしてまたこのやりとり。
「なあ、俺のこと好きか?」
「またその質問?好きよ。私の生活はあなたを中心に回っているのよ。」
「っ…そうか…ならいい」
彼ははにかみ、ホッとしたような安堵の表情を浮かべた。
一方、私はおもわず顔をしかめた。
私の手を痛いくらい握りしめていたのだ。彼の手が。
この時若干の違和感を覚えたとはいえ、それからは変わったこともなく、比企谷君と仲良くやっていた。
と、ふと気づいた。
そういえばもうすぐ八月。彼の誕生日だ。
ーーー
とある日、珍しく体育でJ組はF組と合同授業だった。なんでも、国際教養科と他のクラスとの交流を、とかいう取って付けたような理由だった。どうせ授業の手間を省くための方便に違いない。
F組は、比企谷君、由比ヶ浜さんという奉仕部の二人に加え、葉山君、川崎さん、三浦さん、海老名さん、と知り合いの多いクラスではあるが、面識のない人たちも多い。
特に男子から私の体操着姿をじろじろ見られている気がする。
好機の視線にさらされるのは慣れているとはいえ、嫌な気分である。
あとは、あの比企谷の彼女という興味本意の目線。まあ…これはいいでしょう。
彼はこんなに可愛い女の子と付き合っているのよ、見せつける意味でも堂々としておく。
そんなことよりも彼へのプレゼントが決まらないことの方が問題だった。
体操中に比企谷君をちらちら目で追いながら、彼が何を欲しいのかずっと考えていた。
そんな中、休憩時間に葉山君がこちらにスタスタと近づいてきた。私は特に警戒心なしに応じる。
「なにかしら?」
「雪乃ちゃん。露骨すぎだよ。今日ずっと比企谷のこと見てただろう?」
迂闊!
「もうすぐ彼の誕生日だしね。プレゼントについて悩んでたってところかな?」
なんと!さすが彼はコミュニケーションだけで食ってきているだけあるのだ。ここまで的確に人の心を見抜くとは。
「そんなことないわ。勝手に人の心を推測して話を進めないでちょうだい。」
「まあ、聞きなよ。ちょうど誕生日に彼の両親は海外出張で日本にいないらしい。妹さんと二人でパーティやるんだ、って戸塚君にボヤいていたから確かだ。彼を雪乃ちゃんの家に誘って手料理でも食べさせてあげたらどうかな?」
なるほどその可能性は考えてもいなかった。
にしても彼女を放っておいて妹とパーティとは彼の頭の中は相当腐っているらしい。
早く矯正しなくては。
「彼、ああ見えて家庭の温かさに飢えてるんだと思うよ。大事な日に両親がいない時のこの誘いはだいぶ効くんじゃないかな。ちなみにその次の日は土曜で休みだから安心だね。」
「なにが安心なのよ。」
私は思わずこめかみに手を当てた。
にしても、私の家で私の料理を頬張る彼。そしてそのまま、良い感じになって……。なんか想像して顔が火照ってきた。
「うまくやりなよ。最近の君は本当に幸せそうだ…。悔しいけど応援してるよ」
そう言い残して彼は去っていった。
そして、別れの挨拶もそこそこに、私はどうやって彼を家に誘うか作戦を頭の中で立て始めた。
しかしながら、思考にふけっていた私は気づかなかったのだ。
遠くからそんな私たちを見つめていた淀んだ瞳に。
ーーー
それは、合同体育授業の放課後の部室での突然の出来事だった。たまたま、由比ヶ浜さんは休みで比企谷君と部室で二人きりだった。
「…なぁ、今日体育で合同授業だったよな。あの時、葉山と何を話していたんだ?」
なんと彼はあの会話を見ていたのか。
しかし、本人に誕生日プレゼントのことだと言っては興が削がれる。私は適当にごまかすことにした。
「また、葉山君のこと?世間話よ。」
「本当か?」
「本当よ。しつこい男は嫌いよ。」
「……結構楽しげにしてたじゃないか。雪ノ下も顔を赤くして。」
なんとまあ、よく見ていたものだ。彼は私のストーカーなのか?いや違った、親愛なる恋人だった。
これはもしかしてジェラシーというやつだろうか?あの彼からこんな発言が出てこようとは。
最近、私ばっかり彼に変えてもらっている気がしていたが、私の存在も彼に影響を与えていたのだと思うと嬉しくなった。
ここはちょっと思わせ振りな発言をして、煽ってみようか?そんな出来心が芽生えた。
今にして思えば、よしておけばよかったのに。
「ふふっ。あなたにはとても言えないわ。でも彼もモテるわけよね。とっても嬉しくなるような話よ。」
「………なんだよ………」
か細い声が響いた。
「えっ?」
「あいつとなにを話してたんだよ!!!!言え!!!!!」
怒号だった。一瞬何が起こったのかわからなかった。
彼は体全体で怒りを示しながら私のもとに近づいてきた。
「なぁ、雪ノ下。あいつのこと好きになったのか?やっぱり俺じゃだめなのか?俺に言えないことってなんだよ。俺、お前の恋人なんだよな?あいつに言えて俺に言えないことってなんだよ。」
止まらない。
彼は私を壁際に追い込み、両手で壁に付き、逃さないように顔を近づけて問い詰めてきた。
「そもそもなんだよあいつ。これまで雪ノ下のこと苦手そうにしていたくせに、俺と付き合い始めてからチョロチョロ近づいてきて。ぶざけんなよ!!!ああいう奴は大して努力もせずに要領よく、また俺から大事なもんを取っていくんだ。ふざけんな!死ねよ!雪ノ下は俺のもんだ!」
ああ、止まらない。
いつも以上にドロドロした彼の目は錯乱したように、失った焦点を求める。
「お前もなんであんな奴と楽しそうに話しているんだよ。あいつのこと嫌いだったんだろ!あいつに対して笑うなよ!常に邪険にしてろよ!俺だけが雪ノ下を笑わせていいんだよ!他の奴が幸せにできるわけないんだ!」
そして、彼の両手が壁を離れ私の首の方に回された。私は覚悟して目を閉じた。
「……………そんな姿見せられたら……不安になって死にたくなるだろ……」
私は彼の両手で、きつく上半身を抱きしめられていた。
「なぁ…雪乃…」
「何?」
「俺のこと…好きか?」
下の名前を初めて呼ばれるにしては、ムードもへったくれもない状態だった。そしてお決まりのやりとりを彼は始める。
彼の体は震えていた。しかしそれは、怒りではなく、小動物が怯えるような震えだった。
私は見誤っていたのだ。彼は一人でも強い人間なのだと、立派な人なのだと。
彼は常に闘っていたのだ。初めてできた近しい人を信用したい気持ちと、また裏切られるのではないかという恐怖の板挟みになりながら。
私はなんてバカなことをしたのだろう。こんなか弱い彼を自分のエゴのために煽り立てるような真似をして。
ふと私たちは相互依存のカップルなのだと気付いた。「人」という漢字が示す通り、お互いが支えあっている関係。そして、どちらかがいなくなれば容易く崩壊する関係。なんてお似合いなのだろう。私たち二人は一緒なのだ。嬉しい。嬉しくて私も泣きそうになった。
彼が私の存在を確かめるように、嗚咽をあげながら私の体を掻き抱く中、私は雰囲気にそぐわない穏やかで安堵に満ち溢れた表情で、彼の耳元でこう囁いた。
「もちろん、私も好きよ。八幡。誰よりも」
八月八日が今から楽しみだ。
私の彼はヤンデレかもしれない。
ヤンデレヒッキー 終
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ヤンデレゆきのん
ーーー
由比ヶ浜さんが比企谷くんに恋していることは自明である。
自明というのは、特に証明などをしなくても明らかであることや、わかりきっていることのことを言うが、なんというか彼女はあからさまなのだ。女の子ならまず彼女の行動にピンとくるだろう。
彼女の恋心の芽生えるきっかけといえば、やはり私の乗っていた車が起こした事故なのだろう。
彼女からしてみれば自分が大事にしている犬が死んでしまうかどうかという時に、身を張ってかばってくれた人をどうして嫌えよう。むしろどんな嫌いな人でもそんなことをされたら大幅上昇修正せざるを得ないようなドラマチックな展開である。
加えて、図らずしてその助けられた側、助けた側の二人が一緒の部屋に頻繁に居るのだ。(まあ、助けられた側の努力によってとも言えるけども。) 存在を意識しないほうが可笑しい。
繰り返し言わせてもらうが、由比ヶ浜さんは比企谷君に明らかに恋をしている。本人は隠しているかもしれないがバレバレである。クラスでは極力互いに話しかけないように気を使っているというが、にじみ出るものに気づく人は気づくだろう。
あんな可愛くて優しい子なら比企谷君のような男の子でなくても選択肢はいくらでもあると思うのだけれども、好きになったものは仕方ないのだろう。私にはまだ解らないが恋は盲目というし、そういうものなんだろう。
それに、照れもあるのか、思ったように彼に近づけない彼女を見ているのは微笑ましい。
そんな彼女がとうとう勝負を仕掛けるらしい。
ーーー
由比ヶ浜さんが思いつめたような表情で私に相談してくる。明日の放課後に比企谷くんに告白するのだそうだ。
なんでもこのままじゃいけない、行動しないといけないと思った、らしい。いよいよこの二人のドラマに変化が訪れるのかと思うと感慨深い。比企谷くんはあれでいて頼もしい男の子だ。奉仕部の活動でもいざという時になんらかの答えを出してくれる。まあ、修学旅行の時のこともあるが、結果的に良しとしよう。ぼっちの彼と社交的な彼女。一匹狼の男の子と母性にあふれた女の子。なんとも綺麗に凸と凹がはまるではないか。
そんな、まるでテレビの中の登場人物をみるような気分で聞いていた時に由比ヶ浜さんから思わぬ質問が飛んで来る。
「ゆきのんはこれで本当にいいんだよね」
質問の意味がよくわからなかった。
「…? どういうこと?」
「…ううん!やっぱりいい!明日がんばるね!」
由比ヶ浜さんは横に首を振って否定しながら、慌てるように帰ってしまった。
そんな彼女を見ながら私は、彼女の質問を頭の中でもう一度巡らせる。
彼女が私に何か許可をとる必要があるだろうか?
あまりに事態を客観視しすぎていたからよくわからない。
その点を反省して、由比ヶ浜さんの告白を頭の中でシミュレートしてみる。
放課後の教室。部室に行こうとする比企谷君に由比ヶ浜さんが声をかけ、誰もいない教室に呼び出す。二人っきりの空間で、聞いているほうが恥ずかしくなるようなストレートな愛の言葉。そんな彼女の思いに応えるように、彼もまんざらでもない様子で顔を赤くしながら受け入れる。彼女は大喜びで今にも彼に抱きつきそうな様子だ。
そこまで想像していたら胸に引っかかるものを感じた。
これは、なんだろう。あまり良い気持ちのいい感情ではない。
なぜだろう。祝福すべきことにもかかわらず。
自分の気持ちがわからずに思考にふけっていると、気がついたら外が暗くなっていた。
いけない。早く帰らないと。
ーーー
それから、次の日になるまで、胸の違和感は継続していた。
夜のうちに自己分析しているうちになんとなくこの気持の成分がはっきりしてきた。
主な成分は「焦り」と「苛立ち」だ。あともう一つばかり何か混ざっているが、よくわからない。
さて、なぜ私は焦っているのか、なぜ苛立っているのか。
どうも可笑しい。彼女のことを応援しているはずなのに。親友の思いが成就するのが近いはずなのに。これまで彼女の努力を微笑ましく見守っていたはずなのに。
なぜこんなにも気持ちが晴れないのだろう。
ーーー
告白予定の放課後、自分でもわかるぐらい私は落ち着きがなかった。
由比ヶ浜さんの言っていたとおり先に部室で待っていたが、どうも読書する気にもならない。
紅茶でも入れよう、そう思って私はポットを手にとった。
その時だった。部屋に由比ヶ浜さんが入ってきたのは。
自分の指先が震えるのがわかった。ポットとフタが軽くぶつかり合い、陶器独特のカラッカラッとした音を小刻みに立てている。
結果は、結果は、どうなったのだろう。
「ゆきのんね。わたしね…。」
駄目だ、震えがとまらない。手元の茶具はより一層高い音を奏でる。
「…ヒッキーに断られちゃった。」
由比ヶ浜さんが比企谷君に振られたと聞いたときに私の紅茶をいれる指先に力が戻ってきた。
しかし、変化はそれだけではなかった。
胸がとてもあたたかくなっていたのだ。これまでの違和感が嘘だったように。
そして、次の瞬間気づいたのだ。なんと、私は由比ヶ浜さんが憎かったのだと。
なんということだろう。
友人と呼べるような存在を持たずに生きてきたこれまでの17年間、今にして思えば黒歴史とも呼べる同級生との断絶期間を経て、初めてできた親友。初めて心を許し、共に経験や喜びを分かちあい、同じ時間と場所を共有してきたこの素敵な女の子を私は憎んでいたのだ。「憎しみ」これが昨日までのもやもやの最後の成分だったのだ。
そうだ。今にして思えば、彼女の自分の気持ちを相手に伝えることのできる素直さ、
自分にないよさを持っている彼女の全てが憎かったのだ。
ちょっとまちなさい。これはまずい。ちょっとや、そっとの自己嫌悪ではない。私はなんてひどい人間なのだろう。
私は必死で感情が顔そして声に出ないように取り繕う。
精一杯同情するような残念そうな表情と声で由比ヶ浜さんに声をかける。
「許せないわね。こんないい子を振るなんて。」
「ううん!別にいいの。うまくいく保証なんてどこにもなかったから覚悟はできていたの。でも後悔していないんだ!自分の気持ちを伝えられないでもやもやしている方が嫌だったから」
「そう…あなたって見た目どおり図太いのね…」
ほんっと、そんな折れない心が憎たらしい。
「もうっ、見た目どおりに図太いってなんだし!!なんか悪口いわれている気分だよ!」
その私の持っていない明るさもウザったい。
「なんか部活の雰囲気が暗くなっちゃっても嫌だからさっ、気分変えないとね!ねえっ、ゆきのん。こんな結果になっちゃってヒッキーも気まずくて帰っちゃったから、今日は二人っきりだよ!二人っきりのデートしようか?甘いものでも食べに行こうよ!!」
私と違って場の空気に敏感でフォローがうまいところが癇に障る。
いやいや、こんな良心の塊のような子に対して憎しみを覚えるなんて可笑しいのだ。
狂っているのは私なんだ。私が悪いんだ。こんな汚れた気持ちは一度リセットしないと。
「そうね。余計な邪魔者がいないところでゆっくり比企谷くんの悪口を言いまくりましょうか。」
私は必死に取り繕いながら、彼女の案に乗ることにした。
「もう、ゆきのん!だめだよ。ヒッキーだって悪気があって振ったんじゃないんだから。ほら、私結構あからさまだったみたいでさ。ヒッキーの中でも私が告白してきたらどうしようか前から考えてくれてたみたいだし…。ちゃんと考えてくれてたんだよ…。」
「まあ、確かにバレていないと思っていたのは本人くらいかしら。」
「そんなに!?うわ〜!!!なんか恥ずい〜!!!明日からクラスでどうすればいいかわかんないよ〜〜。優美子がヒッキーに絡まないといいけど…。」
よし。いつもどおり振る舞えている。
「じゃあね!早速ゲームしよう!名づけて”じゃんけんで負けたほうが部室の鍵を返しに行くゲーム”!!!」
「はあ、しようがないわね。つきあうわよ。今回だけよ。」
こめかみに手を当て呆れたように私は言う。
「いくよ〜。せ〜の。」
「「じゃんけんっぽんっ」!!」
ーーー
じゃんけんは私がチョキ、由比ヶ浜さんがパーだった。
私の勝ち。
由比ヶ浜さんが教員室に「やっぱりグーだしときゃよかったよ〜」とぼやきながら向かっていったのを見送り、一人になったところで私は一人目を閉じた。目を閉じて今日の心情の変化を復習していた。
まず、由比ヶ浜さんに告白されて、顔を赤くしながら受け入れる彼を想像する。
彼女も大喜びで今にも彼に抱きつきそうだ。
その次に、彼女の思いをきっぱりと断る彼を想像する。
彼女は顔をくちゃくちゃにして泣きそうな顔で理由を問いただす。
うん、やっぱりそうだ。この感情にぴったりな言葉が見つかった。この一言でこの気持ちはお終いにしよう。狂ってて、悪いのはきっと私なんだから。明日からは普通の雪ノ下雪乃として二人に接することができるように。
そう気持ちを固めて、目を開けた。
思わず、抑えきれず、口元を吊り上げながら、おそらく第三者がみたらびっくりするほどの笑顔で、忌憚なく、誤解を恐れずに、私は思いの丈を注ぎ込んだ言葉を誰もいない空間につぶやいた。
「ざまあみろ」
それからしばらくして、私は比企谷くんに告白して付き合う事になった。
ヤンデレゆきのん 終
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ヤンデレヒッキー その2
ーーー
「いつまでそうしているの?」
頭の上の彼女の口からそんな声がかけられた。
「…まだこうしていたい。」
「本当にどこまで幼児退行するのかしらこの子は」
「…うるさい。」
額をグリグリと彼女の左胸に押し付ける。
「こら、ちょっとっ。痛いからやめなさいってばっ。もうっ」
焦るような彼女の声の後に、ふふっという微笑ましいものを見るかのような声が聞こえた。それと同時に雪乃の手が体の後ろに回され抱きしめられ、もう片方の手で俺の頭を撫でてきた。
「…っ」
思わず情けない甘えた声を出しそうになって必死になって飲み込んだ。
今この瞬間、雪乃の意識と両手は自分のためだけに使われているんだ。他の誰でもない自分に向けて彼女が愛情を注いでくれているんだ。
そう思うと酷く安心する自分がいた。
休日に雪乃のマンションを訪ね、手作りの昼食後にソファの上で彼女の細い体を抱きしめ、胸に顔をうずめてから、かれこれ1時間が立っていた。
セックスとは別に、性欲と切り離して行う愛の営み。始めたきっかけは俺が頼んだことだが、いつの間にかお決まりの行為になっていた。
最初はなんとなしにイチャつきの一環として始めたこの行為を、俺は相当気に入っている。
当初は私は胸が無いから、と渋っていた雪乃も今ではまんざらでも無さそうだ。実際問題、彼女は本人が言うほど胸が無いわけではない。小さいながらも女の子らしくちゃんとあるのだ。
性欲盛んなお年ごろだというのに、この時ばかりは不思議といやらしい気持ちにならず、いつまでも雪乃に素直に甘えていたいと思える。なんか無性に泣きつきながら愚痴を言いたくなる。
表現しづらいが、彼女に抱かれると自分の中の強がりが溶かされていくのを感じるのだ。嫌なことがあった時に、子供が泣きながら家に帰って母親に抱きつくように、心が丸裸になっているのだ。今、俺の口は相当緩くなっているだろう。
これが母性というものなのかと、ふと思った。
「なあ。」
「ん?どうしたの?」
「お前良い母親になれそうだな。」
「……ほんとにどうしたの? らしくないわね。」
俺の唐突な発言にきょとんとしながらも、俺のことを心配する彼女を見て、自分の確信を深める。
一般的に見れば由比ヶ浜の方が母性があるように思えるのだろう
でもみんなから氷の人と評され、怖がられるこの女の子ほど一緒にいて安心できる人を俺は知らない。
やはり自分にはこの人しかいないのだと強く思った。
ーーー
雪乃に甘やかしてもらいながら、思わず雪乃との未来を脳裏に浮かべた。
このまま高校生のうちは学生らしく愛を深めよう。ああ、葉山の奴には金輪際雪乃に話しかけないように念押ししておかないとな。
大学生になったら一緒にキャンパスライフを送れたら最高だ。まあ、学力が違うから一緒の大学は厳しいかもしれないが、遠距離にならないようにしないと。
雪乃は大学生になったらもっと綺麗になるだろう。彼女の美しさに目がくらんだロクでもない男どもが狙ってくるのだろう。彼女のことを何も知らないくせに。
彼女がキャンパスで見知らぬ男と楽しげに話している光景が思い浮かんだ。ああ、そんな奴と話すんじゃない。お前も離れやがれ、殺すぞ。
「どうしたの?八幡。ただでさえ腐った目が一段と死んでるわよ。」
「…いや。なんでもない。」
「…そう。」
彼女は撫でるのを再開してくれる。
ああ、やっぱりこいつに撫でてもらうと安心する。彼女の鼓動を聞くと安堵のため息がでる。この合わせ技に勝る精神安定剤はないだろう。こうしていると雪乃が俺だけを見てくれているって信じることができてホッとする。
俺は再度未来に想いを馳せる。
大学を卒業して…。やっぱり就職するしかないか…。まあ、雪乃のためだし仕方ない。適当に就活して自活できるようになったら結婚する。ああ、まずプロポーズしなきゃな。雪ノ下家は俺のことを認めてくれるだろうか。雪ノ下さんに裏から手を回してもらうのが順当な作戦だろうか。
そして、愛し合う二人に子供が産まれる。二人の生活が三人の生活になるわけだ。雪乃に似てほしいな。俺に似たらロクなことにならないし。きっと子供は可愛いんだろうな。俺は雪乃と子供との生活を想像した。
「俺は良い父親になれるかな?」
「いまから不安に思うのは流石に気が早いと思うのだけれど……。我が子を愛する気持ちがあれば大丈夫よ。きっと。」
「…なら大丈夫だ。おまえとの子供だろ。俺が愛せないはずないからな。」
そういいながら俺はまた額をグリグリと左胸に押し付けた。
頭蓋骨を通じて雪乃の心音が伝わってくる。ああ。このまま、皮膚を突き破って心臓に直接顔をうずめられたらいいのに。
「もうっ。今日は一段と甘えん坊ね。でもダメよ。もうちょっとしたら夕食の買い物に行くから。だからもう少しよ。」
「おう。わかった。」
実はさっき嘘をついた。
たぶん俺は雪乃との子を愛せない。
雪乃と結婚して子供ができる。それ自体はとても幸せなことだと思う。
でもそれは二人だけの世界の終わりも意味している。
もし子供が生まれて雪乃の愛情が我が子に向けられてしまったら、こんな感じで甘えられる頻度も少なくなるだろう。
自分の居場所が子供に奪われるシーンを想像した。雪乃の胸に抱きかかえられるように俺たちの子供がいる。子供を心底幸せそうにあやす雪乃。ついこの間まで俺に向けられていたはずの愛情が余すことなく我が子に注がれる。
次の瞬間、想像の中で、嫉妬に駆られて我が子を絞め殺す自分の姿が脳裏をよぎった。
ああ、なんてこった。良い父親になんかなれないじゃないか。
でも、仕方ないだろう? 俺から雪乃を奪うからこうなるんだ。
ーーー
彼女はぼっちで俺もぼっちだ。
ぼっちとぼっちを足してもできあがるのは、二人ぼっち。
「なぁ、雪乃。1足す1はなんだっけ?」
「はぁ……。今日の八幡は本当に理解不能ね。2に決まってるでしょ。」
頭の中で反芻する。
1+1=2
ほら。3にはならない。
そんな当たり前のことを思いながら、俺は残り少ない今日の至福の時を堪能していた。
ヤンデレヒッキー その2 終
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ヤンデレゆきのん その2
ーーー
私は、私の胸の中で緩みきった顔で眠る八幡の頭を撫で続けていた。こんな彼の姿を見たら、彼をよく知る皆は何て言うだろうか?
私に負けて劣らず、周囲の人間を警戒しながら生きていた彼がこの表情を見せるのは私だけだろう。小町さんに聞いたら、ご家族相手にも捻くれてなかなか素直にならないらしいし。
私が危害を加える可能性なんて少しも疑ってない様子で彼は身を預けている。素直に可愛いと思う。眠る前の彼が私を良い母親になれると評したが、この愛おしく思える気持ちが母性なのだろうか。
微笑ましく彼を見守りながら時間は過ぎる。そして、今夜彼と食べるメニューを何にしようか考えていると、彼の首筋にふと視界に入った。
とたん、私はなぜか無防備に晒されるそれに興味を持った。
理由なんてものはないが、私は彼の首全体を包み込むように両手をかけてみた。両手のひらから、彼の頸動脈の奏でるリズムを感じる。
ここで手を思いっきり締め上げれば彼は窒息する。
私は興奮した。彼が生死与奪権すらも私に預けてくれていることに高揚感を覚えている自分がいた。
全てを私に委ねる彼を、まるで盲目的に親鳥についてくる雛のようだと思った。ますます、可愛くて甘やかしてやりたくなった。
もし今ここで、私が彼を殺そうとしたら、彼はどんな顔をするだろう?
状況が理解できずビックリした顔になるだろうか。はたまた、怒りの表情を浮かべるだろうか。
本気で抵抗されたら、私も流石に男性の力には敵わないから、簡単に引き剥がされてしまうだろう。形勢逆転したら、本能的に私を敵と見なして同じことをやり返してくるかもしれない。
理性が残っていたら冷静に理由を問いただしてくるかもしれない。理由なんてないなんて言ったらお説教だろうか。身の危険を感じた彼から別れ話を切り出すかもしれない。まあ、私が認めないけど。
あるいは、信じていた人に裏切られた哀しみから、抵抗する気力すらも失い、絶望した表情で死んでいくのだろうか。それはあまりに八幡が可哀想だわね。私たちは絶望する時も、死ぬ時も一緒がいい。私たちは一蓮托生なのだから。
私はしばらく彼の首に手をかけながら、彼の死にゆく姿を想像し続けていた。
ーーー
結局どの八幡の反応もいまいちしっくりこなかった。私の愛する八幡は私に対してこんなありふれた男女の痴情のもつれみたいな反応はしないだろう。
私たちはお互いがお互いのためだけに存在しているのだ。互いの全てを全力で委ねあっている運命共同体なのだ。相手が死ぬ時は自分も死ぬ時なのだ。一般の男女の感覚のそれではない。
そこまで思索していると今更睡魔が襲ってきた。なんてことだ、これから夕食の買い出しに行くはずなのに。まだメニューすらも決めてないのに…。
でも…まあ…いいか。
彼が私にそうしたように。私も彼に全てを委ねて眠りにつこう。
そう決めた私は、少し力の入ってしまった両手を彼の首筋から離して、八幡を起こさないように自分の身体の位置をずらした。
今度は私が彼の左胸に額をグリグリと押し付ける番だ。ああ、この場所は無類だ。誰にも譲るつもりはない。たぶん、私も彼に負けないぐらい緩みきった表情になっているだろう。
眠りにつく直前に、さっきとは逆に自分が八幡に首を絞められたらどう反応するかを想像した。
彼が全力で私の首を絞める。普段あまり感情を見せない彼の、愛情、憎しみ、喜び、殺意、慈愛、嫌悪、優しさ、怒り、戸惑い、そして腕力と体重、その全てが私のためだけに向けられる。
その瞬間だけは彼が本当に私だけのものになるのだ。
ハッと閃いた。ああ、これだ。私に殺される時は、彼もきっとこんな表情をするに違いない。
脳裏にその光景を思い浮かべた私は、思わずニヤけていた。
全力で首を絞める私を見上げながら、私の想像の中の八幡は死んでいく。
その顔に浮かぶのはこれ以上ない程の喜びの表情だった。
ーーー
私はまどろみの中、首を絞める真似をする自分の両手から、挽肉をこねくり回す動作を連想した。
そうだ。今夜はハンバーグにしよう。
そう決めて私は眠りに落ちた。
ヤンデレゆきのん その2 終
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ヤンデレゆいゆい
この部はもう駄目だー。
ーーー
あの日、あたし、由比ヶ浜結衣の一世一代の大告白は失敗に終わった。告白相手はもちろんあのヒッキーだった。
とある放課後にあたしはクラスの友達にばれないようにヒッキーを空き教室に誘導した。勘のいい彼のことだ。あたしが何をするかに彼はこの時点で気付いていただろう。二人っきりの西日が刺す教室の中、あたしは人生で一番緊張しながら話を始めた。
あたしは彼に対して、自分がいかに奉仕部に救われたか、そしてサブレ救出劇に始まるヒッキーの行動、優しさがいかにあたしの心を冒していったかを飾らず述べた。そしてこれからは友達以上の関係になりたいという、自分の希望を伝えた。
しかし、ヒッキーはたっぷり沈黙したあとごめん、とつぶやいた。涙目になりながら詰め寄るあたしに対して彼は答える。あたしの気持ちについては前からなんとなく感づいていたこと、自分の様なぼっちになんかもったいない女子からの好意に内心浮かれまくったこと、でも残念ながらその思いには答えられないこと、それらを訥々と語ってくれた。
あたしは精一杯の告白がダメになったことで大泣きした。彼と二人で歩む未来はなくなったのだと思うと悲しくて寂しくてしょうがなかった。
そんなあたしを彼は大切なものを失ったような切ない目で見つめていた。正直、頭を撫でたりとかして慰めてくれないかな、なんて内心期待したりもしたが、彼なりのけじめなのか、直接の接触はなかった。
この時あたしはこれ以上ないほど悲しんでいたが、ただ不思議と相反する気持ちもあった。普段彼が見せない素直な気持ちをあたしに語ってくれたこと、真剣にあたしの気持ちに向き合って考えてくれていたこと、それらの事実に、むしろ嬉しさを感じていたのだ。そしてそれとは別に親友を裏切らずにすんだという自己犠牲的な安心感も感じていた。
もともとこの勝負は分が悪かったのだ。というのは奉仕部仲間で親友のゆきのんの存在だ。高潔なお嬢様で、わたしの尊敬の的である雪ノ下雪乃こと、ゆきのんは最近あからさまにヒッキーが気になっているように思えた。彼女は京都旅行直後ヒッキーに対してドロドロとした思いを抱えていたようで腫れ物に触るような対応をしていた(あたしも人のこと言えないけど)。しかし、その険悪な関係は最近復旧しつつもあるように見えた。とはいえ、元をたどれば彼女の失望も彼への大きな期待の証拠にすぎないのだ。ゆきのんはヒッキーを信じたかったのだ。ヒッキーなら自分の期待する何かになれると信じたかったのに裏切られたから失望したのだ。
ではゆきのんはヒッキーなら何になれると信じていたのか?あたしには彼女が無意識にヒッキーに何を求めているのか嫌でも勘付いた。あたしと同じに違いない。
私はそんなゆきのんの見え隠れする乙女心を見逃さなかった。そしてなによりもヒッキー自身がゆきのんに対してちょっとした執着めいたものを見せ始めたことに気づいたことも、私を焦らせるには十分だった。
彼女が恋心を自覚する前にヒッキーを私のモノにしてしまうのが一番だが、親友としての情からまだ自覚のない彼女を出し抜くような真似をするのはズルいように思えた。だから、あたしはゆきのんに事前に告白について相談し、彼女の戦意を確認したのだ。ここで戦いの舞台に上がってこないようなら結果的に出し抜くことになっても仕方ないと、覚悟を決めて。
結局、あまりにも当事者意識のなさすぎる彼女に呆れかえり、告白の前日、最後の相談をした時に、彼女にわざわざ自覚を促すようなことを言ってしまった。
「ゆきのんは本当にこれでいいんだよね。」
今にして思えば、あの時の同情と憐れみからきた最後の一言があたしの最大のライバルを覚醒させてしまったらしかった。なにしろ、あたしが振られたあとゆきのんがヒッキーに積極アプローチを仕掛け、ちゃっかりとヒッキーと付き合い始めたのだ。やっぱりな、と諦めに近い感情と共に、大した助走距離もなしにちゃっかりヒッキーを奪っていった親友に対する恨みもちゃんと感じていた。ゆきのんのバカ!卑怯者!ってね。
まあ、とにかく負けちゃったのだ。最近この件でしょぼくれてばかりいたが、あたしの中で心の整理をつけ始めていた。結局、最初からあの二人はお互いしか見えてなかったのだ。二人とも自分自身に対して素直じゃ無かっただけで。って言ったら二人は全力で否定するだろうけど。
その証拠に付き合い始めた二人は、今まで反動からか二人の世界を作りすぎている。部室でのあたしは清々しいくらい蚊帳の外である。
「雪乃、俺のこと好きか。」
「またそれ?ふふっ。なんて答えたらいい?」
「俺の雪乃は、俺のことが好きじゃないなんて言わない。」
「うん正解。好きよ。私の八幡。んっ、もう、くすぐったいわ。」
うん。爆発しろ。
思わず噛み締めた奥歯からギリッという耳を塞ぎたくなる音が聞こえる。
というかヒッキーはゆきのんに甘え過ぎでしょ。いつまで彼女をあすなろ抱きしているんだか。それを許容するゆきのんもゆきのんだ。おーい。ここにいますよ〜。本来失恋で部活やめてもおかしくない立ち位置の人が。そろそろあたしの奥歯が歯ぎしりのし過ぎで無くなりそうなんですけど〜。
とはいえ、二人のスキンシップはあたしがいるからこの程度で済んでいるようで、二人っきりの時のヒッキーの甘えっぷりは更に酷いものらしい。ゆきのんといろはちゃんと三人でガールズトークした時に聞いたところではヒッキーはゆきのんの胸に顔をグリグリするのがお気に入りだとか。うわー、申し訳ないけど正直想像すると相当キモい。あたしはその話を聞きながら、引きつりながら苦笑した。いろはちゃんもドン引きだった。ゆきのんはドヤ顔だった。その時ゆきのんが張った胸を見ながら、顔を埋めるっていってもこれじゃあ固くてお互い痛いんじゃなかろうか、という失礼な心配をしてしまった。あたしだったら柔らかくつつみこんであげるのに。うん。どう考えてもあたしの方が彼の顔面に優しい……ってなにを競っているんだあたしは。
とはいいつつも、冗談みたいだが、こうして大好きな二人が幸せそうなのを見るのは嫌いじゃ無い。…好きでもないけど。いままでの険悪な関係より100倍良い。あたしは一段と寛容になった自身の心の広さと進歩したスルースキルに感動した。
あたしもこうして大人になっていくのかな?
そんな負け惜しみを思いながら、なんとなくヒッキーとの出会いを思い出していた。
ーーー
ヒッキーとの出会いは、サブレが轢かれそうになった交通事故だ。あの時彼は危険を顧みずあたしの愛犬を助け出してくれたのだ。心底かっこよかった。
あの時は直接お礼を言う機会を得られなかった。あの時のお見舞い品は彼の口に入ったのだろうか?
その後、彼が退院して学校に通い始めてからは、彼のクラスでの立ち位置もあり、なかなか話しかけるきっかけが掴めず彼のことをチラチラ見つめるばかりで一年が過ぎた。そんなじれったいことをやりながら、勇気を出してお礼をすることを決心して平塚先生に相談に行き、奉仕部のことを教えられ、部室にて再会に至るのである。
あの病院でちゃんとヒッキーの意識がある時に出会いを果たしていれば、今回の告白はまた違った結果になったかもしれない。あそこでもう少し踏ん張ってちゃんと対面していればゆきのんよりヒッキーとの時間を一年分リードすることができたのに。それはとても大きなアドバンテージになった気がするのに。
ああ〜〜、昔のあたしの馬鹿、馬鹿、馬鹿! 思わずその場で地団駄を踏む。
「由比ヶ浜さん!? どうしたの? 急に唸りながら足踏みなんてして。」
「ひゃい!! な、なんでもないよ!」
「なんか高校生にもなってガキみたいなことすんのな。おまえ。」
「馬鹿にしすぎだし!ガキなのはヒッキーでしょ!さっきからゆきのんに甘えすぎ。ちっちゃい子みたいでキモい!」
「確かに八幡。さっきのはキモいわ。心底。」
「おまえまで手の平返すのかよ! …分かったよもう二度とやらねぇ。」
「ふふっ。無駄よ。あなたの戻ってくるところはここしかないのだから。八ちゃん。」
「マジでガキ扱いするんじゃねぇ…。」
「んっ…。」
「そう言いながらまた、ゆきのんに抱きつくんじゃ説得力無いよ…。ヒッキー…。」
こうしてゆきのんに素直に甘えるヒッキーを見ていると、彼はこういった人に甘えるということに飢えていたのだと思う。いままでのトラウマから自分でなんでもこなそうとして、自分の中でなんでも完結させようとして、人に頼ることを極力しない不器用さがゆきのんを前にして剥がれている。完璧超人に見えるゆきのんにもそんな弱さがあるけど、ヒッキーも一度崩れるとなし崩しに誰かに依存する性質なのだと再認識した。やっぱりお似合いの二人なんだね。
いいなあ、私も彼にあんなふうに彼の全てを委ねられたい。雛の様に甘えてくる彼を甘やかしてあげたかったなという後悔が沸き起こる。
その時、ふと、頭の中に非常に不謹慎な考えが生まれた。
ヒッキーはまた事故に遭って入院してくれればいいのに、というとんでもなく不謹慎な願いだ。
ーーー
あたしはイチャイチャする二人を見ながら、ヒッキーが事故に遭って入院すればまた出会いをやりなおせば、あたしだけのことを見てくれるようになるのではないか、という支離滅裂な論理を組み立てて妄想をはじめた。
再び交通事故に遭うヒッキー。命には別状はないが、両手両足に重度の障害が残り誰かがいないとまともに生活すらできないヒッキー。他に頼る人が居なくてあたしだけに助けを求めてくるヒッキー。そんな光景が頭に浮かぶ。
彼は、歩くことすらろくにできない。あたしが彼に肩を貸し、車椅子に乗せるのだ。車椅子はあたしが押す。彼は行き先を言うだけであとは私まかせ。
彼は、ご飯を一人で食べられない。そんな中あたしが雛に餌付けをするかのように手作りの料理を作って食べさせてあげるのだ。ヒッキーはあたしに嫌われたくないから、味の悪いあたしの料理でも「おいしいっ。おいしいっ。」って言いながら食べてくれる。
彼は、当然下の世話も自分でできない。尿瓶は私が持とう。おむつを交換しなくちゃいけなくなったらあたしが取り替えよう。場合によっては両手の使えない彼の代わりに手や口で性欲を発散させて上げても良い。同級生の女の子に汚いところも恥ずかしいところも全部見られた彼は絶望的な顔になるのではないだろうか。そんな顔も可愛いんだろうと思う。
いままで当たり前にできていたことができなくなった彼はどんな顔をするだろう。深く傷ついて、泣きそうな顔をするかもしれない。ああ、俺はもう五体満足には二度と戻れないんだって。こうやって人に世話をしてもらわないと生きていけないんだって。
そこまで想像してあたしの背筋がゾクッとした。
ああ!なんて可哀想なヒッキー!
哀れみと同情が湧くと同時に、狂おしいほどの愛おしさを感じる。
わたしはその傷心につけ込んできっとこういうのだ。あたしがいるから大丈夫だよ。これから何かする時はあたしに言ってね。ヒッキーのためならなんでもやってあげるから。
甲斐甲斐しく世話をしながらゆっくりゆっくり刷り込んでいく。こいつがいないと俺は生きていけないんだ、って。あえて口に出して言ってもらうのもいいかもしれない。「俺は結衣がいないとなんにもできない。俺には結衣しかない」って。人間言葉にするとより深く頭に定着するって言うしね。
一般的に言えば、好きな人の不幸の願うなんて頭がおかしいのだろう。でもあたしだけのものになったヒッキーを想像するたびに、胸が踊るのだ。狂ったあたしの脳みそは嬉しがる。
と、その時あたしの妄想にノイズが入った。あたしの頭の冷静な部分が浮かれている脳みそを指摘する。もし、現実にそんな事態になったらゆきのんがあたしのやりたいことを全てやってしまうに違いない、と。
そう思った瞬間、妄想の中のあたしの立場が全てゆきのんにすり替えられていく。彼に肩を貸すのも。車椅子を押すのも。ご飯を食べさせるのも。尿瓶を持つのも。性欲を発散させるのも。ヒッキーが泣きつくのも。ゆきのんが全部あたしのポジションを奪っていった。
あたしは絶望した。あたしは妄想の中ですらヒッキーを独り占めすることができないのか。こんな酷い仕打ちあっていいのだろうか。このままじゃヒッキーが交通事故に遭ってもまたゆきのんに取られちゃう!!そんなあたしにとある名案が閃いた。
雪ノ下雪乃が死ねばいいんだ。そうすれば、彼は私のものになる。
あたしは思わず自分の考えに戦慄した。
ーーー
部活の帰り道、三人で校門前まで歩きながらあたしは自分に失望していた。あたしってこんな嫌な子だったんだ。よりにもよってゆきのんが死ねばいいなんて考えるなんて。気持ちが暗くなり、歩みも自然と覚束なくなる。そんなあたしの様子を見て前方からヒッキーとゆきのんのヒソヒソ声が聴こえる。
「おいっ…。由比ヶ浜のやつなんか今日おかしくないか?」
「そうね。なにか嬉しそうだったり、落胆したり躁鬱が激しい様子だったわね。心配だわ。」
ああ、あたしは二人にそんな心配してもらえるだけの価値もない酷い子なのに。さっきまでの考えが二人に知られたら間違いなく二人に嫌われちゃう。そんなのは嫌だ。あたしはいつもの自分を取り戻すために無理に明るく行動した。
「…っねえ!二人とも!今日は三人一緒に甘いもの食べようよ。いい店見つけたんだ!」
「嫌だ」「嫌よ」
「二人揃って即答しないでよ!」
「いや。だって早く帰りたいし…。」
ヒッキーはそう言いながらその目は脇にいるゆきのんへ向いている。あたしはイラッとした。
「二人共あたしにももっとかまってよ!寂しいんだよ!?どうせ二人は早く帰っても今日も家でイチャイチャするんでしょ!?おっぱいグリグリなんでしょ??!!」
「「…。」」
図星だ。こいつら。やっぱり爆発すればいいんだ。
「…まあ、決して由比ヶ浜さんをないがしろにしてわけでは無いのだけれど由比ヶ浜さんとも最近話せていないのも事実だわ。だから今日は奉仕部全体の親睦を深める意味でも甘味処に行くことにしましょう。そうと決まれば時間ももったいないし。早速行くわよ。」
照れ隠しの様に早口でそう捲くし立てながら。彼女は青信号になったばかりの横断歩道を一人すたすたと渡り始めた。
そんな時だった。
ゆきのんに法定速度を明らかに無視した速度で乗用車が近づいていることに気づいたのは。そしてその車はスピードを緩める気配が全く無かった。
あっゆきのん。車。来てる。
あたしはとっさのことに声が出なかった。
なんてことだ。あんなくだらない事ばかり考えているからバチが当たったのだ。
ゆきのん。死んじゃう。
「雪乃っ!右!」
「っ…!!!!!」
ゆきのんはヒッキーの声で車に気づいて慌てて車道から飛びのいた。その直後、彼女の体のすれすれを車体が通り過ぎる。死に物狂いで回避行動をおこなった反動でゆきのんの体は歩道に横たわり、スカートがめくれて、鞄も投げ出されていたが、大した傷はなさそうだった。
ああ、よかった。
「雪乃!無事か!」
ヒッキーはゆきのんに抱き起こす。放心状態の彼女もヒッキーを抱きしめ返す。
「八幡! 怖かった! 死ぬかと思った!」
「ふざけんなよあいつ! 雪乃を殺す気か! 信号見ろよ! ……でも雪乃が無事で本当によかった!」
「っ…。 八幡! 八幡!」
二人はお互いの存在を確かめ合う。
そんな二人の様子をみて思わず安堵の溜息が出る。
「……ったな。」
「…? 由比ヶ浜? どうかしたか? 雪乃は無事だったぞ。」
「………っ!! ううん! ゆきのん平気? つーか今の車ありえなくない!?」
私はハッとしたように二人のもとに駆け寄った。
近くでみるとまだゆきのんはプルプル震えていた。不謹慎だけどちょっと可愛かった。
「マジでありえねえ。よりにもよって俺の雪乃に対してな!幸いナンバーは押さえた。すぐに天下の千葉県警に連絡してやる!」
そう言いながらヒッキーは本気で通報しようと携帯を出しており、ゆきのんは恐怖からか涙目になりつつもこの短時間にそこまで準備を整えた彼に半ば呆れた様子で見つめている。
そんな賑やかな二人の様子を見て安心したあたしは現場から走り去った習志野ナンバーの車をぼんやり思い出しながら、既に何もいない車道を眺めて、さっきと同じ言葉を小さく口の中でつぶやいた。
「……もうちょっとだったのにな。」
あたしは大好きな親友が死ななくてとても残念だった。
ヤンデレゆいゆい 終
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ヤンデレいろはす
先輩と雪乃先輩が付き合い始めたのを知ったのは、結構最近だった。
なんかいろいろ3人の間でゴタゴタがあったのは奉仕部の様子から気づいていたけど、はっきりとしたことを聞いたのは結衣先輩からだった。
やっぱりなぁという気持ち、なんだか先輩という存在が少し離れてしまったような寂しさ、そして何よりも胸に走る痛みが先輩に対する淡い情熱を今更ながら思い出させました。
でもこんな独白をしながらも、実は言うほど後悔はしていません。そもそも先輩のいう「本物」に私が選択肢に入っていたのかも疑わしいし。
先輩もなんだかんだいいながらあの頃から心の底では雪乃先輩に惹かれていたのではと思いますし。あの最高にめんどくさい二人がお互いに自分の欲しかった本物とやらを手に入れられたと言うのなら、ここは素直に諦めて祝福する心の整理をつけることとしましょうかね。
まあ、そうと決まったらやることは決まってますよね。
そう、二人をいじることです。あの二人は絶対ウブな反応すると思うんですよねー、という確かな予感とともに、私は好奇心とほんの少しの空元気をカラカラと回して今日も奉仕部にお邪魔していました。
ーーー
ということで奉仕部にお邪魔したはいいんですが。
「彼もなかなか甘えんぼでね。私の胸に頭を擦り付けてくるのが好きみたい」
はい!みなさん、わかります?
「それだけじゃなくて、彼はね…」
これは誰かって?嫌だなぁわかるでしょ?
「そしたらね、彼がこう言ったの…。まあ、私もにゃんにゃんしたかったのだけども…。」
激しくキャラ崩壊ですね。雪乃先輩絶好調です。
ああ、私の目のハイライト残ってます?マジで病みそうなんだけど。
コピペ風に言うなら、もぅマヂ無理。 好きな人のせぃへきを恋敵から教えられるとか、ぃゃだよ。
ああ、先輩は平塚先生に呼び出されて一時退室中だそうです。先ほど奉仕部室にきた私がジャブがわりに軽く雪乃先輩を彼氏ネタでからかってみたら、出るわ出るわ。
話の止まらない雪乃先輩を横目に、チラッと結衣先輩の方を見る。
「あはは・・・。なんていうか、ヒッキーやっぱり愛に飢えてたんだね。なんか生々しすぎて想像するとアレだけど・・・。」
終始苦笑いを浮かべながらも、ちゃんと話を聞いてあげている。
「なんですか。それ。軽くどころか重くドン引きなんですけど・・・。」
「なんとでもいいなさい!私達には私達の接し方があるんだから。」
私も軽口を叩きながら無難に会話をこなす。
ふむ・・・にしても・・・
果たして結衣先輩はどんな気持ちでこの話を聞いているんだろう?恋敵の勝利宣言兼惚気という最悪の組み合わせに対して、苦笑いで済ませる結衣先輩は、傍から見たら聖人君子の域に達しているようにすらみえる。
少しは何か文句言ってもバチは当たらないだろうに。ジェラシー感じたりしないのかな?私みたいに…。
い…いや、別に私はもうそんなこと思ってないですよ。そんな感情持ってたら逆に雪乃先輩に殺されかねない。
少し危ない目してますからね、雪乃先輩、たまに。彼氏の目が感染ったのかな。
話が脇道に逸れましたが、たぶん結衣先輩は結衣先輩なりに心の整理をつけているんでしょう。なんたって「本物」にあれだけこだわっていた三人だ。三人で話し合ってお互いの心の妥協点を見つけているのでしょう。
みんな大人だ。私だけいつまでも感情を引きずって、なんか子供みたいだ。
なんか悔しい。
ーーー
そうこうしているうちに先輩が教員室から戻ってきた。
「ったく。本当にあの人はしょうがなさすぎだろ・・・。面倒ごとばかり押し付けてきて・・・。」
「あら八幡。戻ったのね。先生の無駄な脂肪に誘惑されていないわよね?」
先輩はどうやら平塚先生からまた面倒事を押し付けられたようだ。
「まあ、先輩は汚れ役やってなんぼですからねー。一番仕事しているのにとことん汚れてそのうち誰にも見向きされなくなるまでありますからね。」
私はからかうように言いました。
「ちょっと、いろはちゃん。いいすぎだよ。」
結衣先輩が少し焦ったようにツッコミを入れます。とその直後に雪乃先輩が私の発言を咎めるように口を開きました。
「・・・。ずいぶんわかったような口を聞くのね一色さん。」
私は雪乃先輩の発言からは少しの棘を感じました。
雪乃先輩はさらに言葉を重ねます。
「八幡の頑張りと報われなさを本当に理解しているのは、あなたじゃない。私だけなのよ。変に分かった気にならないで。」
私は妙な違和感を感じました。
単に彼氏の悪口に対して怒っている、そんなふうに見える発言のその裏側に潜む、妙に自分の優位性を強調する排他的、そして調和とはほど遠い雰囲気を。
「おい、雪乃。俺が報われないのは、お前のせいでもあるんだぞ。あとアレは無駄な脂肪でない。自分にないからって見苦しいぞ。」
「そう言いつつもまた、我慢できずに私の胸にすり寄ってくるんでしょ?」
「・・・。まあ否定はしないが・・・。」
「ふたりとも会話がキモいよ!」
「あら、由比ヶ浜さん。これもコミュニケーションのうちよ。」
「ええ、そうかな・・・。これって私がおかしいの・・・?もうわかんないよ・・・。」
妙な雰囲気はなりを潜めて、二人はラブラブモードに入りました。
にしても先程の雪乃先輩の剣呑な発言がささくれになって心が落ち着きません。さっきは三人が納得してすべてが丸く収まったとか思いましたが、なんか納得いきません。これが私の欲しかった奉仕部ハッピーエンドだったんでしょうか?結衣先輩はどう思っているんでしょうか・・・。
ーーー
その帰り道、当然のごとく先輩たちは二人で雪乃先輩のマンションに帰っていきました。リア充爆発しろ。
そうすると私と結衣先輩は二人になります。
そして、私が聞きたいと思っていた結衣先輩の本音は意外にも本人の口から語られる事になりました。
「あのね、いろはちゃん…。」
「はい。なんですか?」
「仲いいあの二人を見ててさ・・・。モヤモヤ、すっごくモヤモヤするのっておかしいのかな。」
「まあ、あの二人これまでが嘘のようにすごいラブラブですからねー。先輩なんて他人の目に敏感に生きていたはずなのに今や雪乃先輩だけしか見えないー、って感じですもんね。まあ、あれだけ私のものだアピールされれば、さすがの心の広い結衣先輩も嫉妬して当然だと思いますけど。」
「う、うん。それだけならよかったんだけど・・・。」
「はい?もしかして、なにかあったんですか?」
「いや・・・。あのね・・・。ただの嫉妬じゃないの。結構やばいレベルで相手のことをどうにかしちゃいたい。ゆきのんを、その・・・、変なことを言うけど、ゆきのんのことを傷つけてでもヒッキーのことを奪いたいって思っちゃう自分がいるの。」
「・・・。はい?」
「今日、ゆきのんヒッキーのこと本当わかっているのは私だけだって言っていたでしょ。実はゆきのんのああいうところ、少し苦手なんだよね。」
えっ。
「自分勝手だって思う。私のものだって自己主張が激しくて、正直気分悪い」
あのっ。
「ヒッキーのことを理解してあげるのものもダメだっていうの!?私のほうがずっと昔からヒッキーのこと想っているのに・・・。」
絶句です。
「・・・あっ。はい・・・。」
「・・・いっ、いや。ううん!!ごめん今のナシ!忘れて!あはははっ。変なこと言っちゃって驚いたよね!嘘、ウソ!ちょっと最近疲れてて変な方向に頭がいっちゃってるんだ。へへへっ。」
「・・・」
「わ、私今日、寄る所あるから。またねっ!さよならっ!」
結衣先輩は明らかに存在しないであろう寄り道を探しに行ってしまいました。
正直にいいます。私は三人に失望しました。
結局本物ってそんなものなんですね。まるで安い小説の三角関係みたいです。忘れられないだの、嫉妬だの、奪っただの、奪われただの、寝取られただの、復讐だの、痴情のもつれだの。
イライラする。
そうじゃないでしょ。先輩たちは。
そんなんじゃないものを、もっと他とは違う、崇高な、次元の違う本物を求めていたんじゃないですか?
興ざめです。先輩も雪乃先輩にもがっかりです。ちゃんと結衣先輩と腹割って話し合ったんですか。お互いにしこりを残さないように思いの丈をぶつけ合ったんですか。
そんな結末を迎えるのだったら、私は…私はなんのために身を引いたんですか。あんなにも気に入っていた先輩を、猫かぶりの私に正面から向き合ってくれた先輩を諦めたのは、奉仕部こそが先輩の求める本物だと信じたからなのに。
バカ正直に譲った私が本当のバカみたいです。
そんな感情が頭の中に溢れてきた次の瞬間、頭に浮かんだのは雪乃先輩から先輩を奪うしたたかな私の姿でした。
でもそうじゃない。そうじゃないんです。それがほしいんじゃないんです。ああ、なんでこんなにうまく思いを言葉にできないかな・・・。
私が先輩たちに求めている、こうであって欲しい姿があと少しでちゃんと見えそうなのに。
その帰り道、小学生のときに3DSでポケモンをやってる時によくリセットボタンを押す友達がいたことを何故か思いだしました。彼は面倒なことが起こるとリセットボタンを躊躇なく押す子でした。私が、なんでそんなに思い切りよくデータを消すことができるのか、間違ってとっておきたいことまで消すのが怖くないのか、と質問したときに彼はこう返しました。
「こういうのは、思い切ってやらないとだめなんだって。変に迷うと逆に、あのときの惜しかったなーとか、こうしておけばよかったなーって思って、やり直すのがダルくなるから。さっぱり前のセーブデータまで戻って気分一新してやり直したほうが、うまくいくんだ。」
私はそれに対して、そんなものなのかと興味なさげに返事したっけな。
あいつ、別の中学行ったっけ今なにしてんだろ。
はて…。
なんでこんなときに、こんなことを思い出したんでしょうか?私は。
ーーー
「でも、ゲームっていうほど面倒なこと起きないよね。あいつ何であんな頻繁にリセットしてたんだろ?」
その夜。私は寝付けませんでした。ベッドでゴロゴロ。
ああああ、いろいろ考えるの面倒くさい。人間はゲームほど単純じゃない。パラメーターの数も多いし、なによりも人間は機械じゃないから感情によって行動が大きく左右されます。ましてや人間が複数人いればその間で起こる化学反応は複雑怪奇でコントロールできるものではありません。
そして今回の登場人物は素直でないあの曲者の先輩方。無理無理、もぅマヂ無理。
人間関係こそリセットできたらいいんです!奉仕部があんなギスギスした関係になるんだったら一回完全に壊してしまいたい!そしてもう一回やり直せればいいのに!!
そう考えたとき、私の頭の中でゴトンという大きな音がした気がしました。そして襲い来る罪悪感。
いやいやいや!なにを考えているんですか私は!!!???壊す?人間関係を?あの大好きな三人の?私ってこんなにひどい人間でしたっけ?人間関係をやり直す?これまでのことをなかったことにして?そんなのできるの?ムリムリムリ。そんなの友達の間でも聞いたことがない。でも、あの三人ならもしかしたら?確かに、あんな歪んだ関係で三人が終わるのをみていたくない。だったら、壊したほうがいいんじゃ?そもそもその程度で壊れる絆が本物を欲しがる?あれ、ちょっと。ちょっと。本気で私、壊したほうがいいとか思っている?やばいやばい・・・。
さっき、私の中で鳴り響いたゴトンという音。それは、自分の目の前に特大のリセットスイッチが用意された感覚だったのです。私はこれを押そうと思えば押せるということに気づいたんです。ほら、よくコントであるじゃないですか?地球滅亡スイッチとか核ボタンみたいな。押しちゃいけないのはわかっているのに、中には押したくなる人が出てくるみたいな感じです。
正直いって、私はこれを押したときにどんな音を立てて環境が変わっていくのか非常に興味があります。
旧友も言っていたじゃないですか。こういうのは思い切ってやらないとだめなんです。
下手な迷いをいれると純度が下がるから。
ーーー
「全然寝れなかったし、授業も先生に当てられるし。最悪・・・。」
私は次の日の放課後、さっさと仕事を終え生徒会室で一人少し残り、昨晩の考えを反芻していました。今日は奉仕部に行きたくありません。
結論からいうと、やっぱり私には自分がこれからしようとしていることがどうしても悪いことだとは思えなくなってきました。むしろ義務感と正義感にあふれてやる気まんまんな自分に少し驚いています。
むしろ、無謹慎にもこれからの奉仕部を取り巻く嘘偽りのない本物の愛憎劇に私が加われるのがいまから楽しみでしょうがありません。
私は想像します。
一人の男を血みどろになって取り合う二人の女。そこに加わって一層場を混乱させる私。お互い負の感情を何も隠さず、けなしあい、本音をぶつけ合い。そのお互いボロボロになった末に残ったものこそ、私が見たかったものだ。本物なのだ。
馬乗りになって取っ組み合いとかもするんでしょうか?顔面たたいて、鼻血を垂らしながら愛を叫んで、お互いに罵り合いながら髪を引っ張って、顔面に激情を浮かべながら相手の発言の揚げ足をとりあう。なんか想像できないけど、お互いに遠慮しないければそれでいい。これこそが正しいコミュニケーション。
うん。こういうのでいいんですよ。心も体も痛くて辛いだろうけど、こういうのでいい。今よりずっといいです。
「むしろこれで壊れるくらいなら元々何もないのと一緒ですしね。何も残らないほうが本物っぽくないですかね。」
口がにやけてくる。
ああ、なんだ。これで納得いく。
簡単だったんですね。
これでみんな等しく傷つく世界の完成じゃないですか!
うん!しっくりくる。
私は答え合わせをするかのように、声に出して思いを整理する。
「これで・・・」
「これでようやくみんな本物になれますね!」
明日の放課後にめちゃくちゃになっているであろう先輩達の人間関係を思い、私はルンルンと音符が飛び交いそうな気持ちで教員室に生徒会室の鍵を返すと帰路についた。
ヤンデレいろはす 終
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