機動私兵クロニクル (放置アフロ)
しおりを挟む

一章 UC.0097
キキ・ロジータの仕返し(前編)


 UC.0097年、8月。東南アジア、ラオス山中。バルク村より北東20キロの地点。

 

 ふたりの視線の先、およそ2キロの距離を隔てて、岩山に船が()()していた。ただの船ではない。白亜の船体にミノフスキー・クラフト・システムを内蔵し、大気圏内を海原を進むように飛行できる。

 雲と朝霧が混ざり、ときおりその巨体を抱きかかえていた。

 

偽装(カムフラージュ)されてるガ、ワタシのデータベースは65%の確立でペガサス級揚陸艦グレイファントムと適合していル」

 

 女の口から出たのは電子音声だった。

 

「ブ、ブーっ! 惜しいですが違いますね。ゲルクさんの頭にあるデータ、最後まで確認してみてください」

 

 答えるのは、声変わりする前の少年に聞こえる。

 

「『グレイファントムは83年のデラーズ紛争におけル核攻撃デ大破。翌年、廃艦処分』カ。ではアノ船はなんダ?」

「ホワイトベース級機動戦艦、その3番艦セントールですね。レア物ですよ」

「確かカ、モシェ?」

「『第一次ネオ・ジオン戦争の後、残党掃討のために地上へ降下。93年、アジアで作戦行動中に消息を絶つ』と。ぼくの内部記憶(データベース)は95%の確立だ、っていってますね」

 

 岩の頂に腰かけた青年モシェは単眼鏡を外し、隣の岩に立つ彼女を見上げる。長身の女、ゲルクに向け、ふわっ、と笑う。ショートボブから伸びたモシェのもみあげが、風に黒く揺れた。

 子供っぽさと中性的雰囲気を漂わせるモシェの必殺技も、しかし、女に通用しているのかわからない。

 異様であった。

 彼女、ゲルクの頭部はチタン・セラミック複合材の球体で覆われていた。目に当たる部分はごく細く水平にスリットが入っている。ときおり、内部でチカチカと人工的な光が点いては消えていた。

 つや消し黒(マットブラック)の表面処理は見る者に、硬く、不気味な印象を与えていた。黒い仏像の顔、その上半分といえば思い描きやすいだろうか。

 もっとも、モシェはサイボーグの異形も気にかけている様子はない。相変わらず、にこにことゲルクを見上げている。

 

「しかし、正体が何にせヨ、アレがジオン残党のネグラになっているというのハ、笑えない状況ダ。時に現実は冗談よりタチが悪いナ」

 

 昨年勃発した第三次ネオ・ジオン(ラ プ ラ ス)戦争で、この山間部を飛行するサブ・フライト・システム、―モビル(M)スーツ(S)の移動補助を主目的とした航空機―が目撃されていた。そのゲリラが座礁した船に潜んでいる可能性が高い。

 モシェとゲルクは民間(P)軍事(M)警備(S)会社(C)に所属し、ある事情でジオン残党を掃討しなければならない事態になっていた。

 

 麓に下りると、連邦軍から貸し与えられたホバー・トラック、そして2体の巨人が膝を折り曲げて駐機されている。

 

「にしても、74式トラックは骨董品だよ。ま、MSもどっこいだけどさ」

 

 ため息しつつも、モシェの黒目は輝いている。瞳に鮮やかなディープ・ブルーの機体が映り込んでいた。

 

「ブルー・ヘイズル1号機かぁ・・・・・・。やっぱり、ガンダム頭は趣味的だなぁ」

 

 確かにガンダムではある。だが、伝説のRX-78ではなく、余剰パーツで組み上げられた陸戦型ガンダム(RXー79)である。

 

「なのに、ヘイズルって呼ばれるなんて」

「ヘイズルとは確か、ティターンズの試験部隊ガ『敵に与える心理効果の研究』で、ジムにガンダムヘッドを搭載した機体の事だろウ? コイツは傍流とはいえ、ガンダムであることに違いはなイ」

 

 モシェが『待ってました!』と言わんばかりの顔になった。

 

「その通りです! ただこの機体、一年戦争中はジムヘッドだったんです」

「ナゼ、そんなややこしいコトをすル?」

「ぼくも詳しくは知りません。戦闘で破損して予備パーツがなかったのかも。

 気になるのが、このRX-79XX-1って型式は連邦軍も存在を否定してまして、マニアの間でも長年の議論の対象になってるんですよ。ひょっとすると、終戦間際に旧サイド6で破壊されたRX-78NT-1かな、とも思いましたがあれは試験的にオール・ビュー・モニターを採用されていたので違いますし。他にもRX-78XXっていう機体がですね、ゴビ砂漠の・・・・・・」

「オイ、ソノ話長いのカ?」

 

 仏像の無表情と冷たい電子音声が、突っ走るモシェを制動する。おたくには辛い。

 

「えと、・・・・・・すいません。

 で、このブルー・ヘイズル1号機はキャリホルニア・ベース攻略戦で大破して、倉庫にほったらかしにされてたんです。それがグリプス戦役後、ネオ・ジオン侵攻への備えで二線級配備されることになったんですが……。大変だったみたいですよ。他の陸ガンからパーツを取っ替え引っ換え、何とか一機組み上げたんです」

「ソレがコイツか?」

「はい。元はガンダムなのに、ジム頭だったからガンダムに戻っても、ヘイズルって呼ばれるわけです」

「なるほどナ。『英雄の子、日陰に追いやられ雑兵として死シ、軍神になりて転生するも、偽リの烙印を押されル』と言ったところカ」

「うわー、なんですか! 詩人ですね」

「おしゃべりは終いダ。始めよウ」

 

 モシェはブルー・ヘイズルの昇降ワイヤーに足をかけ、ゲルクはもう一機、カーキ色に塗られたジムⅡへ向かう。

 このジムも基地司令のガンダムに対する憧れなのだろうか、V字アンテナを装備した頭部だった。しかし、ガンダムは連邦軍の力の象徴でもある。頭部とはいえ、いや頭部だからこそ、簡単に量産型に付けられるものではない。

 V字アンテナは通常型ジムヘッドに飾りとして、無理やり取り付けられている。

 

「コッチはまるで『オオカミの皮をカブりそこなったヒツジ』ダ」

 

 ジムはヘイズルⅡ2号機と呼ばれていた。

 

 

「キキさーん、ありがとー。戦闘が始まるから隠れといてねー」

 

 モシェはブルー・ヘイズルを起こしながら、眼下の少女に叫ぶ。

 

「わかってるよ! ジオンの一つ目なんかさっさとやっつけてよね」

 

 地面に立つ16、17歳くらいの娘が、こまっしゃくれた感じで答え返す。バンダナでアップにした銀髪が風に揺れていた。

 

「帰りは村に寄るんだろ!」

 

 モシェを見る彼女の黒目は、先ほどMSを語っていたモシェと同様輝いていた。

 

「時間があったら、ね」

 

 黒髪を手でかきながら、モシェは隠れるようにコクピット・ハッチを閉じた。

 完全に密閉された空間が暗くなると、無線の呼び出しランプが光っていた。

 

「あれは惚れられたな、モシェ君よ」

「イケメンの辛いところだなぁ。もげろよ」

 

 ホバー・トラックの支援要員、スティーブとルイスだ。

 

「実はぼくもまんざらじゃないんですよ、へへ」

 

 モシェもよだれを垂らしそうな声で答える。

 が、

 

「ただ、・・・・・・」

 

 ふと、口をつぐんだ。

 連邦軍基地から東に直線距離で50キロ、バルク村はあった。モシェらは村人に協力を頼み、ゲリラの潜伏地点と思われる山までの道案内をしてもらうことになった。

 その案内人があの娘である。

 

「ちらっ、としか見てないんですが、見送りに来てたあの娘のオヤジさん、すごい目付きでしたよ」

 

 父親の憎悪と怒りがモシェに対するものなのか、あるいは搭乗するガンダムか、あるいは連邦の私兵(PMSC)なのかはわからない。

 

「ケンカしたら相手が『片足の東洋人(イエロー)』でも、勝てそうにないですね」

 

 父親には右足がなかった。

 

 

 

 

 ウォンゼィチットという名は言いにくいし、長ったらしいと思う。村人たちも親しみを込めて私を「オン(じい)」と呼んでくれるし、こっちの方がありがたい。

 村に居ついてもう20年近く経つ。

 私は独立戦争の第三次降下作戦でマレーシアに降りた。ひどいところだと思った。何度も帰りたいと思った。アジアで最後の便がラサから上がったと聞いたとき、見捨てられたと感じた。

 だが、人生の3分の一をここで過ごすと、悪くないなとも思えてくる。

 なにより、ラオスは私にとって先祖の土地だ。不法滞在と罵られようと、ティターンズが弾圧しようと、骨を埋めてやるんだと、肝も座ってくる。

 事態が変わったのは、4年前。当時はラサに隕石が落ちた直後で、異常気象がしょっちゅう起きていた。あの日の嵐もそうだ。

 衝突音も落雷のひとつだと、村人たちは思った。嵐が過ぎ去って仰天した。村の裏山にでっかい戦艦が座礁してたんだ!

 ジオン残党狩りをしていた船が雷にやられて山にぶつかった、と思った。実際は違った。嵐に乗じて反撃に出た残党に落とされたんだ。

 やがて、残党軍も村にやってきた。最初こそ村人は警戒していたが、一度ティターンズに焼き討ちされたことがある私たちは、食べ物も事欠く彼らに同情的だった。まぁ、よくも連邦艦を沈められたものだ。

 それから村人と残党の共同体が作られるのに、時間はいらなかった。

 

 

 最近、また村人が増えて畑はいくらあっても足らない。今朝も夜明け前から、出ようと思っていたが、霧が濃くて山仕事は遅らせるほかなかった。

 ようやく、地面が見えるぐらいになってきたので、家を出る。()()()を引いた足でも、愛機までの道のりは遠くない。

 うっすらとした霧越しに、山の稜線と重なるそれが近づく。しばしば思うが、こいつは重機にしてはデカ過ぎる。

 

「今日も頑張るか、ゴッタン!」

 

 親しみを込めてそのシルエットを呼ぶ。正体は水陸両用MSゴッグの上半身に、自走砲マゼラアタックの車体(ベース)部を無理付けし、キャタピラ化した「何か」だった。

 二人でも動かせるが、開墾作業程度では私一人でやることがほとんどだ。MS側のコクピットは車体の操縦もできるように改造してあった。

 

 突然、ゴッグタンク後ろの山が動いた!

 山の稜線と思ったのは、巨人―モビル(M)スーツ(S)だった。シルエットだけだが、細身の影は連邦軍のものだ。

 それはゴッグタンクの丸い頭部を鷲掴(わしづか)みにして揺すり、反動を利用して後ろにひっくり返した。

 正面にいたオン爺も巻き上げた泥土をかぶりながら、転ぶ。

 

「ソコでじっとしてなさイ、ポンコツ」

 

 巨人がスピーカーでののしる。女の電子音声は、まるでMSそのものがしゃべっているようだ。でかい脚を高々と上げ、頭上をまたぎ、村の中心へと向かっていった。その後をホバー・トラックが追っていく。

 いよいよ地響きを立てる足音や、騒ぎ出した家畜が村人に異常を知らせているだろう。

 だが、戦える者はほとんどいない。一年前の第三次ネオ・ジオン(ラ プ ラ ス)戦争で出払ってしまったのだから。帰ってきた者はいない。

 いや、ひとりいた。しかし、よそ者だ。彼が乗ってきたMSも整備不良で調子が悪い。

 

「あの娘たちを奪い返しに来たか」

 

 拳を握るが、ぶるぶると震えるだけで、何もできない。

 

(ポンコツ・・・・・・)

 

 先ほどの罵声がよぎった。

 独立戦争のときは地雷を喰らって脚を悪くした。

 デラーズ紛争はここではなかった。遠すぎた。二度のネオ・ジオン戦争もそうだ。

 一年前、ガランシェール隊とかいう、ネオ・ジオン一派の呼びかけにも応えなかった。なぜ、戦わなかった?

 脚のせいか? 老いたせいか? 土地に未練か? 命か? すべてだろう。

 

「チクショー!」

 

 不自由な脚に悪態をつき、オン爺はゴッグタンクに向け走る。

 

 

 

 

 敵の接近を知り、ゲリラは家を飛び出した。

 スマルツァMP-71(サブマシンガン)マズラMG74(機関銃)、連邦から分捕ったM72A1(突撃銃)を持つ者もいる。

 すべて役に立たなかった。

 朝の静寂を突き抜く轟音。ヘイズルⅡ2号機(ジ ム Ⅱ)が手にする90ミリ・マシンガンの掃射。

 それはむき出しの土の道に、一列の弾痕をうがってゆく。地上高10メートルから繰り出される火竜の吐息は歩兵はもちろん、あらゆる戦闘車両にとって脅威だった。

 

「無駄ナ抵抗はやめなさイ。武器を捨て投降しなさイ」

 

 お定まりのセリフだが、ゲルクの電子音声で棒読みされると、不気味なプレッシャーがあった。

 

「さっさと広場に集まれ! 武器はそこにひとまとめに捨てろっ! 両手は上げておけ!」

 

 ホバー・トラックの車上からは、ガンナーのスティーブが6連砲身のにらみと共に怒声を上げる。20ミリ・バルカン砲でも人間を肉にするには、十分すぎる威力だ。

 赤ん坊を抱いた母親や、敵意を見せる10歳にもならぬ少年、といった非戦闘員ばかりで、

 

「あのキキという娘の言うとおりだっタ。コレで麓の村は制圧。あとは山腹の厄介な船だけカ」

 

 ヘイズルⅡの足元に小山となった銃火器をモニターに見下ろしたゲルクは、別行動中のモシェを思った。

 

 と、

 

「後ろから、キャタピラ音! さっきのMSもどきかよッ!」

 

 オペレータ・ルイスの無線が耳を打つ。

 調整されていないキャタピラはガチャガチャとうるさく、ガスタービンもうなってばかりで前進速度は遅々としている。マフラーが吐く黒煙は、時代錯誤もはなはだしい外燃機関のようだ。

 

「やる気らしいナ。止まらないと撃ツ」

 

 警告の3.0秒後、ゲルクはトリガーを絞る。マシンガンから巨大な真鍮色の雨が降り、ゴッグタンクは激しく火花と、装甲片を散らしていった。

 

 

 

 

 顔を隠すようにしていたアイアン・ネイル(巨大な爪)に命中、老朽化したいくつかが弾け落ちたが、ゴッグタンクはそのまま突っ込んでくる。

 

「さすがゴッタン、なんともないぜ!」

 

 ゴッグは元々、機雷にも耐えられるほど頑丈にできている。

 アイアン・ネイルの隙間から、敵のジムⅡが弾切れを起こして、弾倉が飛び出すのが見えた。

 

「せめて一太刀!」

 

 敵機が弾倉交換を終え、マシンガンを構えなおす。

 ゴッグタンクが両腕を大きく横に広げた。

 まさに、

 

「よく狙え!」

 

 と、見せるために。

 マシンガンの砲口の動きが止まった。

 刹那、ディスチャージャーのスイッチを押す。ゴッグタンク腰部から二条の閃光が(はし)る。

 光の正体はメガ粒子砲ではなく、ただの夜間用HID(ライト)だが、思いがけない目くらましに敵は棒立ちになった。

 ようやく、ジムⅡが動き出すと何を思ったか、マシンガンを足元に落とした。

 いまさら、降参? 笑わせる!

 ゴッグタンクのフレキシブル・ベロウズ・リム(伸 縮 自 在 な 腕)を限界まで引くと、高速で突き出した。コクピットなら一撃でつぶせる!

 恐れや憎しみを越え、自然に雄叫びを上げていた。

 

「ジィ―――ク! ジ・・・・・・」

 

 高エネルギー・ミノフスキー粒子の輝きがモニターの正面から、夢のように広がった。

 

 

 

 

 ゴッグタンクの頭部の中心、モノアイにはサーベル・グリップが()()、後頭部からピンク色の長大な光刃を見せていた。

 ヘイズルⅡはマシンガンを投棄すると、抜く手も見せずにビームサーベル一閃、ゴッグタンクの目を焼き尽くす。

 しかし、燃え残ったウォンゼィチット(オ ン 爺)の意思が乗り移ったかのように、慣性のままゴッグタンクは止まらない。とっさに、ヘイズルⅡはサーベル・グリップを離すと、両手で押しとどめる。

 大質量の突進を食い止めるヘイズルⅡの足首までが、泥の地面に沈んだ。

 背後の村人たちもどよめきとも、わめきともつかぬ声を上げ、腰を浮かしかける。

 

「が、がんばれ、オン爺!」

 

 少年が叫ぶ。

 残念な結果になった。

 ヘイズルⅡは上半身に大きくひねりを加え、ゴッグタンクを横へ投げ転がす。巨大なボディが脇のぼろ家(バラック)をなぎ倒しながら突っ込んだ。路面の抵抗を失ったキャタピラが激しく空転し泥を撒き散らすが、やがてそれも止まった。

 コクピットのゲルクは、ふっ、と鼻で(わら)う。

 

「『ジーク・ジ』なんだっテ? ウフフ、『ジ・エンド』カ」

 

 ヘイズルⅡを回頭させると、霧と雲間に見え隠れする機動戦艦(セントール)を見やり無線を送る。

 

「モシェ、そちらの調子はどうダ?」

 

 

 

 

「今、頂上に着いたところですよ」

 

 ブルー・ヘイズル1号機は機動戦艦(セントール)が座礁した側の反対から、ワイヤーガンを使って山を登っていた。

 岩肌に張り付きながら、モシェはブルーの左側頭部からシュノーケル・カメラを伸ばし、下をうかがう。目もくらむような光景だが、横たわるセントールがよく見えた。下からは真上を見上げない限り死角になるし、小さなカメラを発見される可能性は低い。

 

「こちらも片付いタ。村人を拘束し次第・・・・・・」

「戦艦の砲は動かせんのか!?」

「無理ですよ! 主機も火が入らないのに」

「方向音痴のバロンはどこだ!? 格納庫に呼び出せ! MSを早く・・・・・・」

 

 ゲルクとの暗号無線の途中、ジオン残党の会話を受信した。シュノーケル・カメラを素早く格納する。

 

「ゲルクさん、聞きました?」

「オープン回線とは、連中焦りまくってるナ。だが、待てヨ、モシェ。ワタシが行くまデ・・・・・・」

「今なら奇襲できます。仕掛けます!」

 

 モシェはフットペダルを踏む。

 背部メインスラスターから軽く青い炎を見せ、ブルーが空中に機体を躍らせた。

 すぐに自由落下が始まる。

 モシェには内臓が上に持ち上げられる感覚も大したことがないのか、口元には笑みすら浮かべている。その目はHUDの高度表示を追った。

 下方センサーが障害物(セントール)を察知し、【衝突警告】を発する。

 まだ笑っているモシェは、ホワイトベース級(セントール)の特徴的な左右カタパルト、その左舷側に狙い定める。

 あわや、墜落というところで、フットペダルを床も抜けよ、と踏み抜く。一転して逆方向のGに血が一気に下がり、視界が暗くなる。

 常人()()()そのまま失神していた。

 ホワイトベース級(木 馬)()()()基部にハードランディングしたブルーは逆噴射でも落下速度を殺しきれず、膝のショック・アブソーバーは底突きせんばかりに収縮する。さらに、両手両膝を甲板上につき、ようやく耐える。

 立ち上がったブルーは艦橋を見上げ、上半身を反らし仰角を取る。

 即、胸部バルカン砲を放つ。威嚇射撃。曳光弾の火線が窓を擦過していった。

 砲撃音が木霊(こだま)となって、尾を引く。

 

「降伏か死か? 好きに選べ」

 

 モシェは外部スピーカーで最後通告する。

 永遠のような短い時間、オープン回線は沈黙を続けた。

 

(マスター)(ゆる)してくださるだろうか・・・・・・」

 

 つぶやくモシェが、操縦桿のトリガーに力を込めたとき、

 

(久シブリデスネ)

 

 気持ち悪いほど生暖かい風が、モシェの精神を揺らしていった。声はコクピットの中から聞こえてきた。

 背筋に冷たい汗が浮く。

 殺気を感じ取り、機体を回頭させながら無線に問わずにはいられなかった。

 

「ゲルクさん、何か言いましたっ……!?」

 

 ブルーの背後、カタパルトの先に巨人がいた。流れた雲が漂う、その中に。

 エメラルドの一つ目が燃える。炎刃が陽炎(かげろう)を見せる。

 まとわりつく雲がうっとおしい、とそいつは突撃した。

 

「マラサイっ!? いや違うッ、こいつは!」

 

 ハリネズミのように尖った肩。赤熱刀(ヒートサーベル)を携えた右手。

 

(・・・・・・炎ノ精霊サン)

 

 声の余韻の中、紫のMS、イフリート・シュナイドはヒートサーベルを高々と振り上げた。

 次の瞬間、うなりを上げてブルーに襲い掛かる!

 





 しばらくハーメルンを使ってなかったら、自称「番人」みたいのが即効で沸いて笑った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キキ・ロジータの仕返し(後編)

 

 伏せたブルー・ヘイズル1号機の頭上3メートルを、赤熱刀(ヒートサーベル)がなぎ払った。

 片膝をつきながらブルーは右脚部サーベルラックからグリップをつかむや、即座に伸び上がる。

 瞬間形成したミノフスキー粒子の光刃は(くう)を下から上に切り裂いた。すでに、イフリート・シュナイドは短い後ろ跳び(ショート・バック・ステップ)でよけている。

 しかし、ブルーが胸部バルカンの照準をつける隙もなく、またイフリートは間合いをつぶす。

 ブルーの頭部を狙う袈裟斬りをかろうじて、ビームサーベルが防いだ。

 炎刃が生み出す電磁力と光刃のIフィールドが干渉する。バチバチと融解金属を撒き散らし、ブルーとイフリートの装甲に小さい穴をうがつ。

 そして、弾けた。衝撃に双方の機体が揺らぐ。

 立ち直りはイフリートが、

 

「速い!」

 

 モシェは敵パイロットの手腕に舌を巻いた。

 まさに、落葉(らくよう)の動き。目で追いきれない。

 次々と繰り出される斬撃は火炎竜巻となって、ブルーを駆逐しようとする。モシェは防戦一方となった。

 

「このままじゃ……!」

 

 モシェはショート・バック・ステップで距離を取り、射撃戦に持ち込もうとする。

 その絶妙なタイミングに、イフリートはショルダータックルを喰らわせた。

 

「あわわわ・・・・・・」

 

 自機のスラスター噴射も仇となり、ブルーは派手に吹き飛ぶ。カタパルトの端から落ちかけた。

 なんとか踏みとどまり、膝を付いて体勢を整えたとき、イフリートの姿は、

 

「き、消えた!? どこに」

 

 敵に備え、ビームサーベルを構えなおそうとしたブルーの右手に、グリップがない。どこかへ取り落としていた。

 

(やられる)

 

 死がそこにいた。思わず、目を閉じる。

 モシェの脳内の時間が引き延ばされた。

 

(いや、まだ()は死ねない! 

 見えないなら感じろ。この戦場(いくさば)で猛り、剥き出しにした殺意を。ブルー、それを感じ取れ!)

 

 かっ、と目を見開いたモシェは、右側から質量をともなったプレッシャーを察知する。大きく回り込み、右舷カタパルトを蹴ったイフリートが数十メートルの距離を跳躍して肉迫する。ようやく、コクピットに接近警報が反響した。

 

「間に合えっ!」

 

 ブルーの左脚サーベルラックから予備のグリップが飛び出す。

 空中のそれを引っつかむや、ブルーは捨て身の突きを繰り出した。

 脇構えのイフリートは両断せんと、必殺の水平斬りを浴びせる。

 蒼と紫のシルエットが重なった。

 

 

 

 

 一週間後。

 ラオス、ヴァンビエン連邦軍基地から東へ30キロ。バルク村への途上。

 

 車列の内、6輪カーゴトラックが泥沼となった水溜りにスタックした(はまった)

 

「またか」

 

 後ろを走る軍用電気自動車(エレカ)の助手席に乗る、地球連邦軍フォルタ大尉はうめく。

 泥にまみれた峠道である。移動速度が上がろうはずもない。

 

「なんで副司令の俺がこんなこと、・・・・・・」

 

 先頭の装輪装甲車に牽引(けんいん)され、ようやくトラックは脱出した。

 雨季の晴れ間に辺りは燃えるほどの暑さ、そして萌えるジャングルが発する草熱(くさいき)れが苦しいほどだった。

 フォルタは基地司令に命じられ、ゲリラから奪回したとある積荷の回収に向かっていた。

 

 

 一ヶ月前、基地への搬入物資を載せたトラック隊がゲリラに襲撃された。以前から、神出鬼没を噂されるジオン残党の仕業と思われる。連邦軍も捜索に動いたが、ジャングルに阻まれかんばしくない。

 トラック隊は民間の運送業者でその護衛は、ブッホ・セキュリティ・サービスという民間(P)軍事(M)警備(S)会社(C)が担っていた。事件の三日後、緊急アドバイザーが派遣された。ゲルクたちである。

 

弊社(ブッホ)は保険・補償の観点からモ、人道的見地からモ、連邦軍に全面的に協力しまス」

 

 ゲルクたちはまずバルク村の村長に接触した。すると、

 

「ここから西のビア山近くに残党をかくまっている村がある」

 

 と情報を入手した。人質がいるため、強行策には出られない。彼らは独自にゲリラとコンタクトする。それなりの身代金と粘り強い交渉の末、拉致された社員、ドライバーを解放させることに成功した。

 

「積荷は保険屋と相談ダ」

 

 人的被害をゼロにとどめたゲルクは笑って、モシェたちに言った。

 ところが、基地司令からは、

 

「独力で積荷を奪還してもらいたい」

 

 決め付けられてしまった。基地に戻ると、ご丁寧にモビル(M)スーツ(S)2機とホバー・トラックが用意されていた。

 

 

 

 

「で、今回の積荷はなんだったんです。(ヤク)? 銃? それとも、・・・・・・」

 

 軍用エレカのステアリングを握る軍曹はスケベな笑みを浮かべた。

 

「当たりだ」

 

 フォルタ大尉の答えに軍曹は口笛を吹いた。

 

「にしても、ブッホの連中、なんで積荷をバルク村に一時保管するなんていってるんです?」

「奴ら、『積荷が下痢を起こした』とか、司令にいってきたらしい」

「へっ、おもしれぇや! 連中、俺らのサイドビジネス、上にバラす気じゃないですか?」

「そのつもりなら、基地に運び込んで司令につめよるだろう。そうしないってことは大方、タカリ強請(ユスリ)のたぐいだ。傭兵風情がっ!」

 

 タイヤが巻き上げた泥まじりのツバをフォルタは吐き捨てた。

 

「それじゃ、・・・・・・()っちまいますか!?」

「待て待て。装甲車2台でMS2機とホバー・トラックを相手にできるか。それに今は戦争中じゃない。おおっぴらに暴れられねぇよ」

 

 軍曹はそれを聞いて、(なんだ、つまんねーの)と肩をすくめた。気持ちはフォルタも同じである。

 しかし、軍曹運転しながらよくしゃべる。

 

「大尉は一年戦争中もここらに派遣されてたんですよね」

「ああ、ラサまで転戦したよ」

「ラサ!? 地獄の『ラサの戦い』ですか?」

「そうさ。山みたいにでかいモビルアーマーが空にふわふわ浮かんでよ、メガ粒子砲の雨が降ってきた」

「よく助かりましたね」

「俺は悪運が強いからよ。負傷して後方に送られてたんだ。原隊のクロフォード大隊なんて地面ごとえぐりとられて全滅さ。

 そうそう、思い出した! これから行くバルクとかいうチンケな村にも行ったぜ」

「宇宙人をたくさん殺したんすか?」

「ハハ♪ ジオンのくそったれも殺るには殺ったが、あの村じゃゲリラ狩りだな。『解放軍が来たぞー』って、うれしそうに出てきた村人を片っ端から、こうやってな」

 

 フォルタは銃を構える形を作って、腕を左右に大きく振った。軍曹の肩にもぶつかる。

 

「そりゃ、おもしれぇ! 俺ももう少し早く生まれてりゃなぁ」

「そうそう、屍姦ってのも初めてやったんだよな。

 小娘が逃げやがったんだ。足を撃って捕まえてよ。ばっこんばっこん入れてたら、そいつ舌を・・・・・・」

 

 右手の鬱蒼(うっそう)としたジャングルから鳥たちが一斉に飛び立った。

 

 エレカのボンネットが突如膨れ上がる。

 車体前部で爆発した地雷はエレカを逆立ちさせ、さらに後ろにひっくり返した。

 同時に、先頭の装輪装甲車もジャングルから飛来した有線式重誘導弾(リジーナ)が命中し、爆発する。

 殿(しんがり)の装甲車が機関砲を森に向けるや、ブーン、と低いうなりを上げて何かが飛来する。それは赤熱短剣(ヒートダガー)。装甲車の砲塔に深々と突き刺さる。爆発はしなかったが車内は文字通り灼熱地獄、乗員は気道熱傷により窒息死した。

 前後をふさがれたトラックは逃げるつもりか転回する。が、し損ねて道の下の水田に落ちた。

 助手席から吹き飛ばされたフォルタは水溜りに落ちて助かったが、運転手の軍曹は足がペダルに挟まったまま、エレカに押しつぶされていた。

 

「くそったれぇ!」

 

 フォルタは立ち上がって、逃げる。

 が突如、足を払われたかのように転ぶ。遅れて、銃声。

 命中したのはマグナムライフル弾 。軍用弾(ミリタリーボール)ではなく、狩猟用ホローポイントだった。熱した銃弾が一瞬でマッシュルーム化し、運動エネルギーを貫通ではなく、肉体破壊へと導く。

 関節を木っ端微塵(こっぱみじん)にしながら、フォルタの右ひざが千切れて飛んだ。

 

「ぐおぉ、ぎ、ぎっ、ぎゃぁぁぁ!!」

 

 人のものとは思えない絶叫がほとばしる。

 その叫びを圧倒するガスタービンの咆哮が、森の中から湧き上がった。マゼラベースが水田の泥水を巻き上げながら、フォルタに迫る。

 マゼラベースは遅いが、ナメクジのように這うフォルタよりは速い。地面に泥と血が入り混じった赤い筋を描きながら、這い逃げる。

 出血から意識が朦朧(もうろう)としてきた。

 その時、甲高い笑い声を聞いた。泥に突っ伏したフォルタは汚い顔を上げる。

 少女がいた。

 

(ほら、もっとがんばんなよ。私があんたに撃たれたときはもっと走ったろ)

 

 二十歳に満たないだろう。少女がしゃがんでフォルタを見ていた。バンダナで上げられた赤茶っぽい髪が、風もないのに揺れていた。

 目が合う。彼女は歯を見せて笑った。その口から、どばっ、と血があふれる。そして、べろっ、と舌を突き出した。舌は半ばまで切断され、かろうじてぶら下がっていた。

 

(おかげでこんな風になっちゃってさぁ。()になっちゃうよ)

 

 まさに「舌足らず」なのに、はっきりとした言葉は、脳に直接突き込まれている。

 フォルタはもう這うのを止め、高熱にうなされたように震えた。

 キャタピラが地響きを上げて迫る。

 

 キュラキュラキュラ。

 

 水田に落ちたトラックを行きがけの駄賃とばかりに轢き粉砕し、マゼラベースは道に至る傾斜を一気に駆け上った。

 そして、

 

 キュラキュラキュラ―、

 断末魔―――、

 キュラキュラキュラ・・・・・・。

 

 

 

 

「すごい、400メートルはあった! ナイスショット、村長さん!」

 

 停車したマゼラベース、運転手用ハッチを開けたモシェは、車上に立つ女に声をかける。隣のゲルクほどではないが、大柄だ。両手に狙撃用ライフル(P S G 6)を持っている。表情はバンダナで覆面しているのでわからない。

 女はモシェには答えず、ひとりつぶやいた。

 

「・・・・・・キ、仇は取ったよ」

「あれ? 村長さん、今・・・・・・?」

 

 モシェの耳には()()覚えのある名前のような気がした。が、すぐに別の音をとらえる。

 バルク村の方角から、ババババ―、とサイドカーの騒音が近づいてきた。走行風になびく銀髪がかすかに見える。

 

「お迎えのようダ」

 

 ゲルクの足元、マゼラベースの車上にはリジーナの発射機が設置されていた。

 

「色々と面倒でしょうけド、子供たちのコトよろしく頼みまス」とゲルク。

「面倒は昔っから慣れてるからね」と女。

 

 積荷、―コンテナの中身はどこかでさらわれた少女たちだった。どういった用途にされる運命だったかは、語るまでもない。

 これを奪取したジオン残党も焦っただろうが、奪還したゲルクたちも驚いた。

 今、子供たちはバルク村で保護されている。

 

「どうするかは自分たちに決めさせるさ。あっちの村に懐いちゃった子もいるしね」

 

 あっちの村とはジオン残党の村である。

 

「リリーさぁーん! モシェー!」

 

 いよいよ声が聞こえてきた。立ち乗りした娘がこちらに向け、手を振っている。

 

「なんでぼくの名前も呼ぶんだろう。うげッ! お父さんも!?」

 

 サイドカーの()には、例の片足の父親が乗っていた。遠目にも不機嫌そうだ。

 

「お父さんにご挨拶していくかい、優男?」

「いえ結構です」

 

 マゼラベースを降りた女村長リリーは、バンダナを顔から外しながらモシェをからかう。

 

「賢明だね。あの子の親父は、ああ見えて頑固もんだから」

 

 カラカラと笑い、リリーはバンダナを投げ捨てた。

 それはかつてバルク村の皆から愛され、慕われた娘の形見だった。

 

(でも、もう必要ない)

 

 そして、長年続けた村長という役職も、固辞しようと心に決めた。

 

 

 リリーたちは去った。見送ってモシェがいう。

 

「それにしても、あのサンダースって基地司令、汚いと思いません? なんか、ぼくらがこうすること期待してたように見えるんですけど」

 

 ゲルクは、クツクツ、と笑った。

 

「オマエ、キレ者かと思ったけど、少し抜けてるナ」

「えっ?」

「なぜヤツらの車列に()()()ようにホバー・トラックがいなかったと思っているんダ?」

 

 不整地で機動力を発揮するホバー車両であれば、第一撃で致命傷を与えられなかった場合、逃げられる可能性はあった。

 つまり、フォルタたちには足の遅い車両ばかりが()()()配備された、ということなのか?

 

「まさか! じゃあ、ゲルクさんは最初っから?」

「ソレとなく、司令には臭わされていタ」

「きったなーい」

「『敵ヲ欺くにはまず味方かラ』といウ」

「『偽りを捨て、隣人に真実を語りなさい』と聖書にありますよ。ま、いいです。ぼくもゲルクさんに内緒があるから。

 にしても、司令も人が悪いなぁ。ぼくらに殺らせるより、自分で殺っちゃった方がよっぽど早いのに」

 

 モシェは基地司令のドレッドヘアーといかつい顔貌を思い浮かべた。

 

「彼も昔は戦争屋だけど・・・・・・イヤ、戦争屋で何度も修羅場をかい潜ったからコソ老獪(ろうかい)になったのサ。

 護衛に付いてた連中は副司令の取り巻きダ。一緒に甘い汁を吸ってたヤツらだからナ」

「うわー、こっちの手汚させて、不良在庫一掃セールなの?」

「どうせ、ジオン残党に襲われたコトになってル」

「事実そうだし、な」

 

 最後のセリフは二人の頭上からかけられた。背後には紫のMS、イフリート・シュナイドが立っていた。

 

 

 

 

 一週間前の戦闘。

 

 機動戦艦(セントール)の甲板上で、蒼と紫の巨人は石像のように動かない。互いの格闘武器は必殺の間合いである。

 ブルー・ヘイズル1号機のサーベル・グリップはイフリートのコクピットに向けられている。が、ビームの刃は形成されず、発振器が不気味な黒い穴を見せているだけ。

 イフリート・シュナイドのヒートサーベルはブルーの腹側部から1メートルも離れないところで止まっていた。生身の戦いであれば、寸止めである。

 モシェも敵パイロットも不思議だった。お互い相手を殺すつもりだった。ところが、機体(マシーン)人間(マスター)を拒絶した。

 それは100万分の一にも満たぬ偶然。両機とも同時にシステムエラーを起こし、フリーズしたのだ。

 先に動いたのはイフリートだった。

 

「参った」

 

 沈黙していたオープン回線が息を吹き返すと、イフリートのコクピット・ハッチが開く。

 男は旧ジオン公国軍のパイロット・ヘルメットを脱ぎ捨てた。

 

 

「でも、あの寸止めで、・・・・・・ぼく、おしっこ、漏らしたかと、思いました」

 

 モシェは自分でいって恥ずかしかったのか、左手で口元を隠し、右の人差し指はくるくると伸びたもみあげを巻きつけていた。頬を染めている。

 

「ソノ仕草は気持ち悪イ」

 

 ゲルクが仏像の仏頂面で即答する。

 

「いや、あのまま続けていたら、私がやられていたのは間違いない」

 

 イフリートから地上に降りたパイロット・男爵(バロン)がいう。

 

「あの時、イフリートは左腕が動かなかった。ビームサーベルと正面からの斬り合いでは、じり貧だったろう」

「またまたご謙遜を!」

「事実さ。君こそ虚無恬淡(きょむてんたん)を地で行っているな」

 

 きょとん、とするモシェを見てバロンは笑った。頬の端にえくぼができる。

 後ろに結ばれた総髪とカイザル髭の組み合わせは「没落貴族」といえなくもない。

 

「分からないのカ、モシェ? 虚無とは『頭空っぽ』のオマエのことダ。覚えておけ、ワタシも前にいわれたことがある。『上司(マスター)の指示には従うもの』だト。

 さて、そろそろ終わらせよウ」

 

 

 ゲルクの人工筋骨格が手榴弾を遠投する。それはマゼラベースの開いたハッチに吸い込まれた。爆発、一拍おいて誘爆、車体は四散する。長年、村に尽くしたゴッグタンクの最後だった。

 

「これでオン爺さんも安らかに眠れますね」

「死んでないかラ。爺サンを勝手に殺すナ」

「あはは、そうでした。ところで、朝食がまだですよ。ステーキでも食べますか?」

 

 人を轢き殺したことも気にせず、モシェがのん気そうに笑う。

 

「いいだろう、新入リの歓迎にワタシがおごろウ。しかし、ステーキはどうも・・・・・・」

 

 ゲルクは地面にひろがったミンチを思い出し、いいよどむ。

 そして、

 

「マクダニエルの方がいイ」

 

 ハンバーガー・チェーン店の名を挙げた。

 

「こんな田舎にはない。それより、保険と称していつまでイフリートに爆弾を仕掛けておくつもりだ? 一応、借り物なんだが」

 

 新入りバロンは憮然として、カイザル髭をいじる。

 

 いつの間にか風が吹いている。

 硝煙の匂いに、彼方の焼畑の焦げ臭さが混じり始めた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マリーダ・クルスの思い出

 

 月のフォン・ブラウン市。共同墓地に遺体の埋まっていない墓がある。宇宙に生きる時代の人々にとっては珍しくない。

 墓標にはこう記されている。

 

『UC.0089年1月17日。エルピー・プルツー、ここに眠る』

 

 幼い強化人間は死んだ。葬送は彼女を知る、ジュドー・アーシタと仲間たちによってとり行われた。

 ()()()()()()()()()()

 数年後、木星往還船ジュピトリスⅡ世号にて、亡命事件が起きる。このとき、ひとりのモビル(M)スーツ(S)・パイロットが、亡命者ミネバ・ザビの影武者を護衛していた。

 そのパイロットが死んだはずの強化人間だ、と考えられる者は少なかった。

 そして、エルピー・プルツーが死んでくれていれば、この復讐劇は終わっていた。

 

 

 

 

 UC.0096年、5月。第三次ネオ・ジオン(ラ プ ラ ス)戦争末期、インダストリアル7沖会戦。

 

「ビランチャ中尉のガルスが敵艦にとり付いた! 続け、突撃!」

 

 袖付き(ネオ・ジオン)パイロット、ジェラルディン・スー少尉が叫ぶ。全天周囲モニターの下方、つまり、彼女にとっては足元の敵艦へ()()()する。宇宙戦闘であるから、天とか地とかの感覚はない。しかし、敵の強襲揚陸艦ネェル・アーガマの艦底に向け突っ込むMS、ズサは急上昇というほかない。

 

(あそこに、マリーダ・クルス中尉が・・・・・・。今行く!)

 

 ジェラルディンは地球連邦軍ペガサス級の意匠をくんだ白亜の巨体を見て、胸が熱くなる。

 

「ぎゃあぁ・・・・・・!」

 

 僚機、レッダー少尉のドライセンが被弾し、装備のジャイアント・バズごと左腕を失う。ドライセンは離れていった。

 

「役に立たない、新米が・・・・・・」

 

 レッダーの戦線復帰は難しかろう。

 ズサはネェル・アーガマとの距離一万メートルで、背部の大型ブースターを切り離す。慣性航行に入ると、大型ミサイル(AMS-02H)を次々と発射する。

 十数発の弾雨はズサの異名「ミサイル・キャリアー」にふさわしい。戦闘濃度のミノフスキー粒子のため画像誘導式ミサイルとはいえ、命中弾は機銃座をわずかにふたつ、潰したのみである。

 しかし、そのかいあってか被弾もなく、ズサはネェル・アーガマの中央カタパルト裏面に着艦した。数十メートル先には、口径1800ミリのハイパー・メガ粒子砲の威容がある。飲み込まれそうな黒い輪の空洞は異様でもあった。

 それをじっくりと眺める暇もなく、隣接するカタパルト上では友軍のシュツルム・ガルスと敵機(ジェガン)が格闘戦を演じていた。ジェガンのビームサーベルを難なく()()()、ガルスは返しのスパイク・シールドの強打で(ほふ)る。

 転瞬! 背後から別の敵機、ギラ・ズールが光刃を斬りかかった。

 

「ビランチャ中尉、危ない!」

 

 ジェラルディンが叫ぶ。とっさにズサのマニピュレータに装備した197ミリ口径(ZUX-197)ショットガンを向けるが間に合わない。

 杞憂に終わる。

 突撃したギラ・ズールは、流水のように動くシュツルム・ガルスからカウンターの後ろ回し蹴りを喰らい吹き飛んだ。相当の強撃で、ギラ・ズールは格納庫シャッターに激突する。

 

「裏切り者、ガランシェール隊!」

 

 ヘルメットの内に唾棄せん勢いで、ジェラルディンはトリガーを絞る。

 ズサの手にしたショットガンが火を噴く、と続いてスライド・アクションで排きょう、装てん、撃発、ニ連射。18粒のルナチタン・コーティング・バックショットにより、ギラ・ズールの片腕片脚が千切れた。

 とどめの攻撃はカタパルト床面から立ち上がった防護壁に遮られた。

 

「ジェリー、援護しろ!」

 

 シュツルム・ガルスの無線を受け、ズサも隣のカタパルトへ乗り移る。

 ズサが防護壁の物陰からショットガンのにらみをきかす内に、ガルスは連結吸着機雷(チェーン・マイン)を格納庫シャッターへ投げつける。機体をひるがえし防護壁に隠れるや、連なった爆発が艦全体を揺るがした。

 切り裂かれたシャッターがギザギザに開口していた。

 

「いける!」

 

 その切り口を広げようと、ズサが防護壁から機体の半身を出し、ジェラルディンはミサイルのトリガー・ボタンを押す、

 刹那! 光弾の二連射(タップショット)を頭部に受け、ズサのメインカメラが死ぬ。

 

「くそっ!」

 

 毒づくジェラルディンは見えていない。前方、シャッター上部のスタークジェガンがビーム・ハンドガンを構え、仁王立ちしていた。すぐさま、シュツルム・ガルスが応戦に飛び出す。

 

「早く切り替わってよ!」

 

 ようやく手動切替に成功し、補助カメラの狭い視界に飛び込んで来たのは、

 

(MSの薬莢(やっきょう)?)

 

 ドラム缶サイズの円筒が三つであった。くるくると回転しながら、ズサに近づく。モニターの光景をジェラルディンはスローモーションのように眺めた。

 テルミット焼夷弾(ファイア・ナッツ)だと気づいたときには遅く、スクリーンは蒼白い火炎に埋め尽くされた。機体は火だるまの状態である。しかし、パイロット自身が燃やされているわけではない。

 が、

 

「ああぁぁぁ、熱い、あつイ―――!」

 

 ジェラルディンは絶叫しつつ、操縦桿をめちゃくちゃに入力していた。ズサが火炎をまとった途端、蒼い炎を見た彼女は()()に襲われていた。

 不意に踏み込んだフットペダル。スラスターが火を噴き、転げるようにズサはネェル・アーガマから離脱していった。

 

 

空気残量少(low air)バッテリー残量少(low battery)

 

 どれほど彼女の意識は漂流したのだろう。

 警告音と点滅するモニター表示にジェラルディンは正気を取り戻した。

 

(炎だけであれほど取り乱すなんて)

 

 意外だった。

 

「とうに克服した、と思ったけど」

 

 声に出してほろ苦く笑うと、生きる気力が沸いてくるような気がした。

 ファイア・ナッツはズサの全身の装甲を焼いたが、焼き尽くすほどではない。

 

「推進剤に引火しなくて、運がよかった」

 

 ダメージ・コントロール画面で損傷をチェックしてゆく。

 

母艦(レウルーラ)まで帰れるかな? いや、帰れるはず」

 

 今までだってやってこれた。チャンスは逃したが、これで終わりではないはずだ。またやり直せばいいだけのこと。

 ズサの現在位置とレウルーラの推定位置を確認し、ルートを算定する。

 その時だった。

 ゴン、ゴン、と連続的にデブリと衝突する小刻みな振動がコクピットまで届く。

 

「なに?」

 

 ジェラルディンは手元のサブモニターから全天周囲モニターに目を移す。ほとんどが真っ黒か砂嵐の映像だったが、右上方の生きているスクリーンが何かを映し出した。

 

(え・・・・・・そんな、まさか!)

 

 心臓が飛び上がった。一瞬だったが、その正体を悟り、声にならなかった。

 ジェラルディンは無駄だと知りつつ祈ったが、再度流れてきたデブリがはっきりと現実を突きつけた。

 緑に塗装されたガンダリウム装甲の残骸。『NZ-666』と彫りこまれていた。

 

「誰が、・・・・・・誰が彼女を・・・・・・う、う、ううう・・・・・・ちくしょぉぉぉ!!」

 

 泣きながら、ジェラルディンはノーマルスーツのまま、宇宙に飛び出していた。残骸のひとつに抱きつき、胸を押し当てる。

 ひとしきり背中を痙攣させていたが、ぴたりと止まった。

 次の瞬間、腰からサバイバル・ナイフを抜き爆散したMS、クシャトリヤの装甲に叩きつける。

 

「私ガッ! 私こそがあいつを殺してやるはずだッたのニッ!」

 

 最後の生き残り。ネオ・ジオンに潜り込んでまで近づいた。もう少しだったのに!

 

「あいつの蒼い瞳を抉り出シ、切り刻ミ、命乞いをさせながら殺してやるはずだったのニ!」

 

 奴のオレンジがかった栗毛も細い顎の線も、すべてが憎い!

 

「私の恨みを奪った奴は誰ダ! だれダァァァ!」

 

 

 ジェラルディンは酸素が続く限り、ナイフを振るい、その後は宇宙のデブリとなって果てるつもりだった。

 だが、運命はまだ生きろと彼女にささやく。

 やがて、連邦軍艦艇に彼女は救助された。しかし、酸素欠乏症により惰性で心臓が鼓動するだけの『人の形をしたモノ』になってしまった。

 その人形が自分を取り戻したのは、それから1年後。

 死んだはずのプルシリーズのひとりが木星圏で生きていることを知った時だった。

 

 

 

 

 UC.0097年、8月。ラオス、旧都ヴィエンチャン。ホテル、ドン・チン・パレス。

 

 ゲルクは目覚めた。まだ日付は変わっていない。

 就寝中、150キロ近い体重でホテルに用意させた一番頑丈なソファを破壊し覚醒した、わけではない。

 

「長い夢を見たナ」

 

 電子音声がつぶやく。

 その内容を反芻(はんすう)するように頭をなでまわす。手の平の触覚素子が脳に伝える感覚は、冷たい金属のものであった。当然である。彼女の頭部はチタン・セラミックの複合素材に覆われているのだから。

 続いて、人工筋骨格の手を見る。手首のサーボモータを回し表裏と返す。それは生身の人間の首を絞めれば、窒息どころか引き千切ることも可能なマニピュレータである。

 当然、マシーンの腕に火傷のあとなど無い。人工皮膚の、ざらっ、としたドライな感触があるだけだ。

 

「機械であっても、幻痛は起こりうるのだろうカ?」

 

 彼女を担当する研究員は「可能性では、ある」といった。

 

「とすると、ヤツを殺すのに火炎放射器やテルミットは避けたほうが無難カ」

 

 立ち上がったゲルクは脱ぎ散らかした化粧台(ドレッサー)の前へ行く。ボトムスをはくと、ベルトに通した(シース)からナイフを抜いた。

 緑のブレード、それはガンダリウム合金装甲から削りだして作られた。『666』と不吉な数字を彫りこんである。

 

「悪魔が、悪魔を殺ス。最高の喜劇だと思わない、マリア・アーシタさン?」

 

 鏡の前に置かれたブッホ・セキュリティ・サービスの社内秘(シークレット)資料、その一枚目に問いかけた。あるジュピトリス警備要員の履歴書(レジュメ)である。栗色の髪と蒼い瞳の女性、クリップで挟まれた彼女の写真に問いかけたのである。

 

「マリーダと同じ、その目は美しイ。抉り取るのはやめダ」

 

 ゲルクは(わら)う。数少なく残った生身の部位、舌を出しナイフのブレードをなめた。色は人外の青紫だった。

 

「自分の腹が斬り裂かれるのを見せてあげたイ。(ハラワタ)を引きずり出しテ、首にかけてさし上げますヨ」

 

 気が高ぶったゲルクは眠れそうもない。素早く衣服を着て、ホテルを後にした。

 近くを流れる大河、メコン沿いをのんびりと歩く。遠くから屋台の喧騒が、BGMのように漂う。

 

「チンピラや勘違いした娼婦などいないだろうカ……。それにしても、妙ナ」

 

 夜闇を歩きつつ考え込む。

 ジェラルディン(Geraldine)ゆえに、かつてのニックネームはジェリー(Gerry)だった。今彼女をそう呼ぶものはいない。

 

ゲルク(Gelk)ってそもそも『k』は一体どこから来たのかしラ? ま、ドイツ名みたいでかっこいいからいいけド。まるでワタシじゃない別人みたイ」

「旦那~、ちょと焼酎(ラオラーオ)買う金、融通してくんないかえ~?」

 

 ふと、背後から間延びした声がかけられた。

 

 

 ナイトマーケットの明かりが朝日に追いやられる(とき)、ひとりの不運な酔っ払いがメコンに浮かんでいた。

 長いピンク色がゆらゆらと川面に揺れている。

 男の腸だった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ポケットの中の戦争ごっこ(前編)

 

 UC.0097年、11月。北アフリカ、アルジェリア中部。オアシス都市エルゴレア。

 

 星月の明かりで砂漠は白く映し出された。地平近くの砂丘もはっきりと形が分かる。

 3機の旧公国系モビル(M)スーツ(S)が北上しエルゴレアを目指していた。砂上走行用のジェットスキーをはいたザクが2機、そして、指揮官機らしき赤のゲルググ。すべて砂漠戦仕様である。

 ズームしたモニターの先、エルゴレアのモスクのドームがうっすらと確認できる距離、センサーが感知の電子音を鳴らす。くさび隊形の中央先頭のディザート・ザクが停止する。ホバーの制動が冷めた砂を巻き上げた。

 

「どうした、リキ?」

 

 ゲルググから届く女の無線。

 ザクパイロットのリキは目を凝らす。ヘッド(H)アップ(U)ディスプレイ(D)には各種センサーからもたらされた情報が複合的に分析され、ある答えを導き出す。

 

「街の建物、屋上に何かいる! MSだ」

 

 僚機にもデータリンクされ、HUDに【RMS-119(アイザック)】の文字列が並ぶ。

 直後、二条のビームが地を(はし)った。リキ機の両脚が持っていかれる。ザクの上半身は砂地を転がった。

 

「いい格好だな、ジュニア。後で拾ってやるよ」

 

 僚機パイロット・アマジークのセリフは耳に残った。何もできない自分に、ニキJrことリキは歯噛みする。

 

 

「アマジークは右だ」

「了解!」

 

 短い応答を返すザクがモニターの端に小さくなっていく。

 先ほどのビームは正面二方向から同時に発射された。

 

「偵察用のアイザックを除けば、2対2。まだやれるさ」

 

 ゲルググを駆るマサイ・ンガバは、つぶやく。彼女はかつて単機でエゥーゴのガンダム・チームと互角に戦った。

 

「まだまだ経験が浅いね、リキは」

 

 戦場で不用意に止まるな、と教えたはずだが今は身を持って学んだことだろう。

 

「潜砂からの狙撃。相変わらず、いい腕だね」

 

 初撃のビームは砂漠を這うように抜けていった。敵が()()()リキ機の脚に命中させたことをほめる。

 

「出てこないなら、いぶり出させてもらう」

 

 ホバー走行でジグザグに動きつつ、ゲルググは右肩にかついだジャイアント・バズで焼夷榴弾を撒く。敵予想位置に扇状に着弾、破片が燃える焼夷材を砂上にひろげた。夜空が急に赤々と照らされる。

 

「そこだ!」

 

 砂丘と同化していた小山が突如、盛り上がる。熱と光でサーマルセンサーとナイトビジョンをやられた敵機が、砂の中から飛び出した。

 十分な()()をもって、放たれた焼夷榴弾が敵機の手前で弾ける。

 

「今のは()れてたよ」

 

 うそぶくマサイは笑ったが、敵機ハイザックのパイロットも口角を上げていた。

 火炎を突き破って狙撃用ビームランチャーの光軸が(ひらめ)く。が、発射の前にゲルググは避けていた。

 

「その程度の狙いで撃つ? 手加減してるつもりかい」

 

 ホバーで後退するハイザックをゲルググは猛追した。追いながら、ジャイアント・バズを放つ。重く、バランスの悪いバズーカを高機動下で扱うマサイの手練は、相当なものと言ってよい。

 ハイザックも牽制射撃するが、長物のビームランチャーは取り回しが悪い。すでに(ちゅう)から近距離に接敵されたゲルググに、照準(レティクル)は追いきれなかった。たまらず、メインスラスターを焚き上空へ退く。

 

「私から逃げられると思うな!」

 

 撃ちつくしたジャイアント・バズを捨て、身軽になったゲルググも飛ぶ。腰からビームナギナタを抜いた。

 突然、コクピットを騒がすロックオン警告音。

 頭上から見下ろすハイザック。

 武装を捨てるという一瞬の隙を突き、ビームランチャーの銃口が微動だにせず、定められていた。

 

(もういいだろ、……タグ?)

 

 長い一瞬の後、ハイザックはゲルググに向け獲物(ランチャー)を投げつけた。

 ゲルググもそうすることが当然のように、長銃身を斬る。誘爆はしなかった。

 背を見せてハイザックは退却した。アマジークが相手していた別のハイザック、そして後方のアイザックも退いたようだ。無線が入る。

 

「追撃するか?」

 

 モニターのアマジーク機は肩装甲が焦げている。ビームがかすめたらしい。

 

 マサイが「いや、退き方が鮮やか過ぎる」と言えば、「罠か?」とアマジークは返す。

 

「私たちの目的はエルゴレアの制圧だよ。深追いは無用さ」

「それもそうだな」

「リキの様子を見てきて」

 

 一機残ったゲルググのコクピット・ハッチが開く。遠い空は濃紺から紫に色が変わってきている。

 マサイは自分の長い夜が明けつつあることを予感した。

 

 

 

 

 その日、小さな紛争程度に思われていたラプラスの魔が牙をむく。

 UC.0096年5月1日、ダカール沖から突如現れた大型機動兵器(モビルアーマー)は市街地・工業地帯を無差別に攻撃した。

 死者・行方不明者、四万余。

 以降、一連の戦いは第三次ネオ・ジオン戦争と呼ばれる。ダカール戦はアースノイド対スペースノイド、連邦対ジオンという従来の構図だけでなく、古い恨みも呼び起こすこととなった。

 民族対立である。

 これはダカールを破壊したガーベイ一族がイスラム教徒であり、白人社会を憎悪し、この虐殺を引き起こしたことが発端である。白人(フランク)と原住民、お互いの不満や嫉妬をもう我慢する必要はなくなった。風に乗った熱砂のように、憎しみはあっという間に広がった。

 ここ北アフリカでは、第一次ネオ・ジオン戦争後、ほとんど崩壊状態だったアフリカ民族解放戦線FLNが息を吹き返していた。白人もアルジェリア欧州人軍事組織OASが対抗する。

 エルゴレアがFLNに奪われ、OASは援軍を民間(P)軍事(M)警備(S)会社(C)に要請した。

 

 

 エルゴレア襲撃から2週間後。アルジェリア中部、ガルダーヤの街。

 

 UC.0087年のネオ・ジオン/FLN連合軍の攻撃で、地上街を破壊されたガルダーヤは再建後、軍事設備の大部分を地下化していた。MSハンガーもそうである。

 

「これに乗るの? ……腰がないじゃん」

 

 紅白、連邦軍伝統のジムカラーに塗られたMSを見上げ、モシェはいう。但し、ジムではない。

 

「君、ブッホの人?」

 

 チーフメカニックらしき黒人が近づく。

 

「あっ! ・・・・・・はい。ブッホ(B)セキュリティ(S)サービス(S)のモシェ・リジョンです」

「ホワイト・ウォールのエセルバート・ヒンカピーだ。君も民族主義者かい?」

 

 ヒンカピーは苦笑いしながら、手を差し出す。一瞬の戸惑いを見抜かれていた。

 

「そういうわけじゃないんですけど・・・・・・。黒人の方が地下にいらっしゃるので、ちょっと。でも、その、ごめんなさい」

「初めての人は大体、そんな感じだよ。普通、()()()みたいな黒いのは下りられないからね」

 

 ヒンカピーは気を悪くした感じではない。モシェはほっ、とした。

 

「うちのルイスさんはセキュリティと口論になって、帰っちゃいました。ぼくも、これ、やられたし」

 

 モシェは左手を自分の右肩に置き、右腕を真っ直ぐ下ろした。それは反ユダヤ的ジェスチャーだった。

 

「お互い住みにくい街だなぁ。オイラなんかあからさまにこれだぜ」

 

 ヒンカピーは中指を立てて見せる。

 白人至上主義によって、ガルダーヤの地下街は有色人種の立ち入りは禁じられていた。モシェのようなユダヤ系も嫌われる。

 

「うわー、天下の()()に向けて? 勇気あるのか、バカなの・・・・・・」

「ちょっとちょっと」

 

 ヒンカピーがとっさにモシェと肩を組んだ。近くを通るセキュリティが彼らをにらむ。

 

「PMSCの最大手ホワイト・ウォール、なんて言われてたって実態は全然ブラック企業だよ。そこで働くオイラも黒人(ブラック)

「あの、とりあえず、早く離れてくれませんか?」

 

 モシェが身をよじる。

 ホワイト・ウォールは地球連邦軍の退役軍人イーサン・ライヤーによって設立された。

 一年戦争終結後、ライヤー少将は軍から身を引く。世間的には勇退だが、アジア戦線での失態から出世コースを外れたとも噂される。しかし、引退後も強い人脈を残していたライヤーは、軍から優先的に仕事を請ける代わりに、扱いに困った兵隊を積極的に受け入れていた。

 

「そんなに嫌がるなよ。ま、オイラも()ティターンズだけどさ」

「そ、そういうんじゃなくて。男同士でこんなくっつくなんて!」

 

 腕をつっぱったモシェの頬が桃色になっていた。

 

「そ、それよりこのバーザム、ぼくら(ブッホ)が連邦から貸与される機体ですよね? やっぱり腰アーマーないんですね」

 

 紅白のMSはメンテナンスベッドに独特のシルエットを立たせていた。

 ヒンカピーがいう。

 

「正しくはこいつはバー()()だがね。ほれ、頭もモノアイからジム系のゴーグルタイプに変ってるだろ」

「色と頭以外はあいかわらず『甲羅つけたテナガザル』っぽいんですけど」

「いうねぇ! でも、もともとはガンダムMk-Ⅱの量産機も視野に入れて開発されたんだぜ。ときがときなら、ジムⅢの立場にこいつがおさまってたかもよ」

 

 バーザムはハイザックやジムⅡの後継主力機として、ティターンズで開発された。

 ヒンカピーが続ける。

 

「コストの圧縮に苦労したらしいね。で、大幅な設計変更。独特の外見だけど、フレーム・装甲一体構造はコストと重量を下げながら、防御力の維持に成功したんだ」

「でも、腰アーマーないじゃないですか。股関節むき出しじゃ・・・・・・」

「腰、腰ってホントこだわるねぇ!」

 

 バシッ!

 

「きゃうんっ!?」

 

 ヒンカピーがモシェの股を叩く。

 

「ソノ声は気持ち悪いっテ」

 

 いつの間にか、隣にゲルクがいる。

 ぎぎぎ、とさび付いたねじを回すように首を巡らせるモシェ。じと目だった。耳まで真っ赤だ。

 

「訂正すると、な」

 

 ヒンカピーがいう。

 

「局所的防御力の低下はある。けど、それを補って余りある機動力を手に入れた」

「つまり、腰部アーマーを排除シ脚部の稼動範囲が増えたことデ、AMBACが有利になったということカ?」

「さすが鉄面姐(てつめんねえ)さん、ご名答!」

「ゲルクだ。よろしく頼ム」

 

 ふたりは握手を交わし、またヒンカピーが口を開く。

 

「大出力のスラスターエンジンも脚に積んでるし、・・・・・・ホント、こいつは悪くないんだが」

「連邦軍にとっテ、ティターンズは黒歴史だからナ」

 

 グリプス戦役での敗北。連邦軍史上、汚点となったティターンズは、狩る側から狩られる側に追い落とされた。組織だけでなく、MSもである。UC.0090年頃に高まったモノアイ排斥運動も拍車をかける。

 ジオン臭いハイザックは民間やジオン共和国に払い下げられ、傑作空戦機アッシマーはアンクシャに名と顔を変えなんとか生き延びた。バージムも同様である。

 

「もっとも、機械だけでなく、人もね。オイラはなんとか軍に残れたけど、民間に出向で、(てい)の良い厄介払いさ。ま、銃殺にされなかっただけでも儲けものかもなぁ」

 

 ふしぎな表情をしたヒンカピーが、メンテナンスベッドに立つ2機のバージムを見上げる。自然にゲルクとモシェは無口になってしまった。

 ゴン、ゴン、ゴン、と沈黙を破る重低音が響く。隣のベッドが起動していた。

 

「そうそう! こいつも来たのか。ほんっと、オタクら()いてるのか、軍のウケがいいのかねぇ」

 

 意味がわからず、モシェはベッドが立ち上がる様子を眺めた。そこに眠るMSが目に入ってくる。

 グリーンともブルーとも言い表しにくい手足。

 旧公国系ゲルググに似た頭部。当然、モノアイである。

 

「これって、まさか・・・・・・」

「運が悪けりゃ、オイラはこいつに墜とされてたかもしれない」

 

 トレードマークである背部大型放熱フィンは、格納されていて見えない。だが、ガンダムマニアであるモシェは正体に気づいた。この機体は限りなくガンダムに近い。

 

「ディジェじゃないですか! うわー、初めて見た! えと、その・・・・・・」

「その、まさかっ!」

 

 ヒンカピーが思わせぶりにいう。

 

「うわー、ホントに? 乗せてくださいよ! コクピット入れてください! アムロ・レイ大尉の匂いくんくんしたい!」

 

 モシェは()んでいった。

 

「ヘンタイ」

 

 ゲルクが小声でいう。

 

「あはは、・・・・・・奇特な、お仲間、だね」

 

 ヒンカピーもこめかみに汗を浮かべていた。

 ハンガーにはモシェの「うわー」がいつまでも響いた。

 

 

 

 

 今回の警備業務は、ブッホにとっては「臨時アルバイト」のようなものだ。

 

「どういうことです?」とモシェ。

オイラたち(ホワイト・ウォール)は北のガス田の警備もやってて、人が足らなくなっちゃってね。それで急きょブッホさんにご協力頂いたわけ」とヒンカピー。

 

 ふたつの組織のメンバーは地上街にあるカフェに集まった。

 四角い顔をした青年がいう。

 

「ホワイト・ウォールのMS小隊長をやってるアジス・アジバだ。よろしく。こっちはアイザックのパイロット兼チーフメカニックのヒンカピーと、向こうがもう一機のハイザック・パイロット、マイクだ」

 

 親しげな口調だが、彼のまじめさがにじみ出ていた。ブッホも自己紹介を返し、円卓につく。

 アジスが説明する。

 

「2週間前、エルゴレアで夜襲を受けた。敵は一個小隊だったが、手練れのパイロットがいてやられた。結局、俺たちはガルダーヤまで後退した」

 

 元ジオン公国軍人のバロンがカイザル(ひげ)をいじりつついう。

 

「相手は赤い彗星かなにかですか?」

 

 アジスがまたいう。

 

「シャアかどうかはわからないが、赤いゲルググであることは確かだ。

 敵はアフリカ民族解放戦線―FLN。連中は白人支配からの脱却を目指しているが、エルゴレアを制圧したのは水資源の確保が目的だろう」

「飲み水カ、それとも農業用? ソレほど砂漠化が進行しているのカ?」

「かなりひどい。当面の水を手に入れたから、ガルダーヤに攻め込むとは考えにくいが一応偵察に出ないと。スポンサーとの都合もあってな。

 その間、ここの留守をブッホに守ってもらいたい。最近はMSで武装した野盗のたぐいもいると聞いてるから」

「いつ出ル?」

「今夜にも」

 

 出撃準備にホワイト・ウォールは出て行った。ブッホのメンバーだけ残る。

 

「どうもにおウ」

 

 ゲルクの仏像面、目のスリットの奥で光が瞬いた。

 

 

 

 

 砂色のガルダーヤの街路が夕暮れに染まる。

 突如、15メートル四方の地面が割れた。埋設されたハッチが横にスライドしていく。地下からエレベーターが立ち上がり、巨人が姿を現す。白く塗装されたそれはまさに、白壁(ホワイト・ウォール)と呼ぶにふさわしい。

 ハイザックD型。

 ハイザック・カスタムをベースに砂漠戦と、より狙撃に特化したMSである。潜砂のため関節部はシーリングされ、頭部にはモノアイとは別にシュノーケル・カメラを搭載。射撃姿勢を阻害するためシールドは装備していない。武装はハイザック・カスタムと同じビームランチャーである。長距離射撃だけでなく、連射も可能な使いやすいビーム兵器だ。

 ホバーで機体を浮かすと、2機のハイザックと偵察用MS・アイザックはエルゴレア方面へ飛び去った。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ポケットの中の戦争ごっこ(後編)

 

 夜の砂漠。岩山と砂丘が作り出す幻想的な風景。

 今、砂丘のくぼみから赤いディザート・ゲルググが跳躍した。

 

「そこっ!」

 

 パイロットのマサイ・ンガバはヘッド(H)アップ(U)ディスプレイ(D)にハイザックD型をとらえる。ガン・レティクル(照 準)に入り込む刹那、ハイザックはスラスターをふかして逃れる。

 

「この前より速い。やはり、ゲルググにはバズーカよりビームライフルが似合う」とアジス。

「ぬかせ! 手加減したとでもいうのかい」とマサイ。

 

 オープン回線のハイザック・パイロット、アジス・アジバの声をきき、マサイは笑みを浮かべる。

 アジスはアルジェリア欧州人軍事組織OASに雇われた傭兵であるし、マサイはアフリカ民族解放戦線FLNに所属している。敵同士である。

 では、これは一体どうしたことだろう?

 攻撃をかわしつつ敵機を照準にとらえようと、2機は旋回を続ける。ときに、逆方向に切り返し、岩を遮蔽物にし、またスラスターで跳躍する。

 

「こりゃ互角の勝負だな」

 

 高台に陣取るアイザック、コクピットハッチを解放したそこからエセルバート・ヒンカピーが顔をのぞかせていた。

 彼の横からまだ少年の面影を残す顔が現れる。眼下のMSの激しい機動戦を見やり、

 

「すごい・・・・・・」

 

 ひたすら驚きの声をもらすニキJrことリキだった。

 上から見ると、スラスターの青白い光が何度も弾け、地上で花火が打ち上がっているようだ。しかも、それが軌跡を描いて複雑にからみ合う。

 

「アジスの腕だって相当だよ。ティターンズの中では見劣りしたかもしれないけど、今のそこらの現役なんて全然。マサイさんもかなりのものだね」

 

 ヒンカピーの言葉もリキには届いていなかった。まるで、とりつかれたようにリキは2機を目で追った。自然に思いがこぼれていた。

 

「俺もマサイやアジスみたいに、強くなれば・・・・・・」

「え?」

 

 リキをうかがうヒンカピーに気づいていない。

 

「ガンダムを倒せる。父ちゃんを殺した、憎いガンダムを」

(リキも、・・・・・・ガンダムにとり()かれたひとりか)

 

 グリプス戦役中、あるガンダムに関わったことがあるヒンカピーは、ガンダムが持つ魔力を感じ、また胃が重くなった。

 そのヒンカピーだが、このごろはパイロットよりメカニックの仕事が板につき始めていた。実戦から遠ざかり、感覚が鈍り油断もしていた。

 背後から隠密接近する不明のMSに気が付かなかった。

 

 

 

 

 岩山にゲルググを隠ぺいさせながら、マサイは後悔する。

 

(やっぱりアジスは強い。ナギナタが使えたら・・・・・・)

 

 ()()()()()で「射撃武器のみ」なんて決めるべきではなかった。だが、ビームサーベルが使えないのはアジスも同じなのだ。

 互角とも思える勝負も時間が経つにつれ、マサイのボロが目立つようになった。動きの変化がわずかに遅く、パターン化しつつあった。疲れである。

 

(次で決める)

 

 それは決意というよりは、やや捨て身の気持ちが入っていた。

 岩山から半身を出したゲルググにロックオン警告音がなる。飛び出すと見せかけ、ターン。岩を回りこんで反対から仕掛ける。

 

(頼むよ!)

 

 誰に祈ったのか?

 ゲルググがビームライフルを突き出す。モニターには、フェイントに引っかかったハイザックの姿が、―――なかった。

 直後、先程よりも長いロックオン警告音。ゲルググの上からである。

 スラスターで跳躍したハイザックのビームランチャーが、ゲルググの胸部に照準されていた。マサイは生身の胸に、アジスの武器が突きつけられているように思えた。

 

「勝負あったな」

 

 アジスの無線にマサイが口を開きかけ、

 

 そのとき!

 一条のビームがハイザックをかすめる。HEAT弾がゲルググの足元に着弾する。

 自由落下に入っていたハイザックはスラスターノズルを偏向させると同時に、手足を振って緊急回避。マサイのゲルググもホバー走行で岩山に隠れる。

 

「ヒンカピー、どこからだ!?」

 

 アジスの問いに返事がない。

 マサイ機同様、岩山に隠ぺいしたアジス機がシュノーケル・カメラを引き出し、高台を見る。

 

「くそっ! ブッホの奴らなんで」

 

 ディジェがビームナギナタの光刃をアイザックのコクピットに突きつけていた。

 

「アジス、ごめんよ~」

 

 情けないヒンカピーの声である。

 

「サテ、説明してもらおウ」

 

 無線が電子音声を飛ばす。

 射撃後、即回避、砂丘の窪地に潜んでいた、トサカ頭のMSが姿を現す。ゲルクの搭乗するバージムである。

 

「砂漠の真ん中で戦争ゴッコとはいいご身分ダ」

 

 

 

 

 この場にはFLN側はディザート・ザクに乗るアマジーク、ホワイト・ウォール側はハイザックのマイクもいた。アジスとマサイの戦闘を傍観していた。

 つまり、全員が()()()()()のグルである。

 

「敵勢力と通じて、サバイバルゲーム? ソレを給料泥棒といウ」

 

 バージム右手のビームライフルはマイクのハイザックをロックオンし、左手のクレイバズーカはアマジークのザクに向けられていた。当然、ふたりもバージムに武器を向ける。

 

「……金で(かた)をつけないか? お互い傭兵だろ?」

 

 苦々しくアジスがいう。

 

「『地球を守らねバ』と戦ったティターンズの言葉とも思えなイ。エルゴレアも金で転んでわざと制圧させたのカ?」

「事情も知らないでなにをいう! アジスは水を皆平等に使えるように・・・・・・」

「マサイっ! いいんだ」

「ホゥ。金ではなク、女に落とされたらしイ」

 

 岩陰からゲルググが飛び出した。一挙動でビームナギナタを抜くと、バージムに肉迫する。

 バージムは棒立ちのまま動かない。

 危ないところで、横からアジスのハイザックが体当たりし、ゲルググを阻止する。

 マイクとアマジークは判断がつかずに動けない。

 

「お姐さん、そういうことするのやめてください。でないと、ぼく、このふたりを蒸発させなきゃならないんで」

 

 ディジェに乗るモシェがやんわりと警告する。ディジェは左手をアイザックの肩に置き、接触回線を開く。

 

「口先だけなんで。そんなことするつもりないですから」とモシェ。

「おっ、やさしいねぇ。さすが、MSオタク」とヒンカピー。

「違いますよ。ぼくはガンダムオタクですよ」

 

 緊張感がなさ過ぎる。

 

「ヒンカピーさん、知ってました? こいつモノアイの奥にツインアイ用のソケットがあるんですよ。チンガードを外せばガンダムに早変わり! ディジェガンダム? いや、ガンダムDかなぁ」

「ほぅ」

 

 長々と続く。

 

「で、リック・ディアスから急造で仕上げたせいか、バランスは微妙です。ちぐはぐな感じ? サブ・フライト・システムと組み合わせた戦闘爆撃機的な運用が多かったらしいので、陸戦用でも、さてどこまで、みたいな感じですよ。

 マニアとしては、いくらディアスがガンマガンダムという開発コードがあったとしても、ディジェをガンダムと呼ぶのは抵抗感あるんですよ! ただ、あのアムロ・レイ大尉の乗機ですし」

「なぁ」

「しかも、ガンダムヘッドにできるってことなら! ……でも、なんで大尉はガンダムにしなかったんだろ? 連邦に禁じられてたからなのかなー。ヒンカピーさんはどう思います?」

「そういうことしゃべる状況じゃないよな」

 

 普段おどけた調子のヒンカピーが説教する。

 

 

「……デハ決闘で勝負をつけよウ」

 

 いつの間にか、ゲルクとアジスたちの方は裏金でも横流し物資でもなく、(おとこ)臭い決着をつけることになっていた。

 

「2対2ではおもしろみがなイ。4対1でどうダ? アイザック以外の全機でかかってこイ」

「えぇっ!?」

「サイボーグ(あま)ぁ、なめてんのかっ!」

 

 モシェの悲鳴とマイクの怒号が重なった。

 

「実力を考慮していってル」

「落ち着け、マイク。そっちがそれでいいなら、異論はない。約束通り、こちらが勝ったら会社には黙っていてくれるんだな?」

「二言はなイ」

 

 力強く答えるゲルクを、モシェは不安に思う。

 

「大丈夫ですか?」

「実力を考慮しタ、といったろウ。ソレに伝説のアムロ・レイの乗機ダ。ソノぐらいのハンデをくれてやってもいいだろウ」

「え? ディジェ使うんですか?」

「ああ、オマエがナ」

「え・・・・・・」

 

 

 

 

 ディジェの正面には1キロの距離を隔てて、2機のハイザック、ゲルググ、そしてディザート・ザクが対峙した。

 高台に立つバージムが真上に向け、ビームライフルを放つ。

 合図と同時にハイザックとゲルググは散開した。

 だが、単機ディザート・ザクを駆るリキは突撃する。彼はアマジークにパイロットを代わってもらっていた。

 

「ガンダムもどきめ、ぶっ壊してやる!」

 

 ガンダムは敵だ。

 リキはフットペダルを全力で踏む。

 

 

「なるほどね」

 

 ディジェのコクピットでつぶやくモシェにとって、この展開は想定内だった。

 ハイザックは中・長距離射程をいかして射撃戦をするだろうし、その隙間をぬってゲルググが接近戦を仕掛けてくることも考えていた。

 わからないのはディザート・ザクだけ。まさか、一直線に向かってくるとは思わなかったが、推力は陸戦型ザクに毛が生えた程度なので、対応する間があった。

 

「やる気は買うけど早死にするよ。ま、遊んであげるっ!」

 

 ディジェはホバーで横移動しつつ、右手のビームライフルを無造作に上げる。HUDの照準にザクをとらえかけたところで、ロックオン警告音がなる。右急旋回でハイザックからの照準を外す。

 

「さすがに、簡単にはやらせてくれないか」

 

 警告音は断続的だが、鳴り止まない。「3秒連続でロックオン」された場合、撃墜判定というルールだった。左右に二回切り返して、ようやく2機のハイザックの射線を外すが、

 

「うわっ、次はお姐さんか!」

 

 ビームナギナタの軌跡も鮮やかに、ゲルググが躍りかかった。今回は格闘戦もありだ。

 ディジェも同じくビームナギナタで光刃を受ける。低出力でも、光刃が生むIフィールドの干渉は2機の装甲をまぶしく照らす。

 

(格闘戦をやってるうちは、ハイザックもやたら狙えないだろうけど)

 

 足の遅いザクが追いつき両刃型ヒートホークを振り上げた。ディジェとゲルググの立ち位置を入れ替えながら、赤熱刃をかわす。

 

「ザコでもうっとおしい!」

 

 モシェの顔がイラつき歪んだ。

 背後を斬りつけようと追いすがるザクには、ゲルググから離れざま横蹴りを入れ距離を取る。

 

「あぶなっ!」

 

 不用意な後退だったのでゲルググの光刃が右肩シールドをかすり、縦の筋を描いた。

 さらに、短い後ろ跳び(ショート・バック・ステップ)で逃げるディジェ。そこへ再度ロックオン警告。ハイザックの十字砲火だった。

 

(だから、4対1なんて無理なんだって!)

 

 心中で不平をもらしつつ、モシェの手足は絶え間なく動く。ジグザグの機動を見せ、ディジェが逃げ続ける。

 2秒近いロックオンが続く中、唐突に途切れた。

 砂漠に出現した岩山の陰にディジェが入り込んだ。実際には、攻撃を避けながらモシェが意図的にそこへ逃げたのだった。岩山は高層ビルを3、4棟つなげた大きさがある。

 もっとも、砂漠にひとつある岩山は、

 

(あんまり役に立たないよなー。さて、どうする?)

 

 時間稼ぎにしかならない。モシェはほんの数瞬だけ逡巡し、作戦を立てた。

 

 

「マイクと俺で回りこむ。逃げてきたところをマサイたちが!」

「わかったよ、アジス。遅れるな、リキ!」

 

 モニター正面の岩山に対してアジス機が左に、マイク機が右に旋回する。

 マサイのゲルググとリキのザクは岩山に直進した。

 アジス機は山陰に隠れたが、マイク機は岩の向こうに行きかけ、引き返す。岩山を一周したディジェが戻ってきたのだ。

 ゲルググがビームライフルを照準する。

 

「終わらせる!」

 

 

「ぐっ、マサイさんか」

 

 ゲルググとディジェは中距離、ライフルの間合いだ。回避しつつディジェも右手のビームライフルで応射の構えを見せる。

 

「さっきみたいに仕掛けて来いよっ!」

 

 じりじりするモシェは強い口調になる。

 ディジェ左手のナギナタはだらりと地面に向けて下げられていた。光刃は大地の砂を焼いている。

 先に格闘の間合いに飛び込んだのは、リキのザクだった。

 ナギナタでヒートホークを受け止めつつゲルググをうかがうと、射撃をあきらめ突撃してくる。

 

(よしっ!)

 

 敵を威嚇するように、ディジェの背部大型放熱フィンが展開した。

 ビームナギナタの光刃が不意に消える。つばぜり合いからザクは前のめりに姿勢を崩した。

 ディジェは機体をスピンさせザクを十分に引き込みながら、バックブロー気味にナギナタを払う。再度出現した光刃はザクの首元に命中した。

 

「ひとつ!」

 

 通常の出力なら首をはねていただろうが、今は装甲を焦がす程度ですんだ。

 背後からすさまじい殺気! ゲルググが迫る。

 回頭させずに、ディジェは背部スラスターノズルを四方に向け、噴射する。

 

「なに!?」

 

 マサイは驚愕する。

 あたりがディジェのナギナタに焼かれた熱砂と、ガラス粒子によってベールがかかる。光学センサーとサーマルセンサーが死んだ。

 

「見えなくったって!」

 

 格闘戦の間合いだ。マサイは予想位置の正面に光刃を突きこむ。手応えがない。

 直後、ゲルググの背後から衝撃を感じた。強くはない。だが、宙返り(サマーソルト)から後ろを取ったディジェのナギナタに三度斬られていた。

 

「ふたつ!」

 

 砂煙が晴れる前にモシェは敵意の方角へディジェを突っ込ませる。マイクのハイザックだった。アジス機は岩山が邪魔になって、援護できない。

 ハイザックとディジェが同時に互いのランチャーとライフルを向ける。実戦であれば、相撃ちだったかもしれない。だが、「3秒ロックオンルール」である。

 反撃に戸惑い、マイクはショート・バック・ステップで逃げる。

 その隙にディジェは一旦上昇し、低空で頭頂部をマイク機に向ける。爆発的にスラスターが青白い花弁を咲かせた。

 頭から突っ込むディジェは激突寸前で、ハイザックの左側方を擦過する。

 瞬間、マイクは全天周囲モニターの正面に、ビームの輝きが(はし)るのを見た。すれ違いざまナギナタでモノアイを一閃されていた。

 

「みっつ!」

 

 ようやく、アジス機からのロックオンがうるさい。急旋回しロックオンを外す。

 ディジェもビームライフルを向けるが、今までとうって変わってゆっくりとした動作だった。

 

 

 

 

 アイザックのタイマーが0を示す。

 

「時間だ。どっちも武器を引いてくれ」

 

 ヒンカピーが終わりを告げる。

 

 

「なぁ、モシェ。お前わざとドローにしただろ?」

「そんなことないですよー」

 

 隣に立つディジェと接触回線を開き、ヒンカピーがいう。4対1で3機被撃墜判定であるから、実際はアジスたちの完敗といえる。

 

「ま、そういうことにしとこうか。鉄面姐さんもやさしいのな」

「そうですか? この前ラオスじゃ一個小隊皆殺しにしましたよ」

「あ、はは……。それは、……知らんけど。

 でも、本当に密告するつもりなら、決闘なんかしなかったさ。ガルダーヤに帰って、上に報告しちゃえばそれですむことだろ?」

「確かに」

「ワイロも要求しないし」

 

 マサイのゲルググとアジスのハイザック、そしてゲルクのバージムが機体を寄せていた。コクピットを開放した彼らは肉声で話しているらしく、ヒンカピーとモシェは聞こえない。

 

「やさしいよなぁ。『こんなことやってると、いつか消されちまうぞ』って忠告だよ」

 

 ヒンカピーの言葉を理解したモシェは気づいた。ゲルググとハイザックは互いに寄り添うように立っている。

 

「そういうこと? はぁー、ごちそうさま。砂でじゃりじゃりするんだからさー、早くシャワー浴びたいなー」

「そういや、モシェくんよ」

「はい?」

「首は平気なのかい?」

 

 MSには過大な加速による怪我からパイロットを保護するため、Gリミッターが設けられている。明らかにディジェの機動は制限(リミッター)を取り去った、機械的(マシーンの)極限に近い性能だった。

 

「オイラが見たところ、相当の対G特性の持ち主じゃなきゃ」

 

 首を痛めるだけでなく、脳にダメージを負う可能性もある。モシェの体つきは細い。

 

()()()人間にゃあんな曲芸はできないぜ。こんなこと聞きたくないがね。お前さんさぁ、……」

 

 ふと、ガルダーヤの方角から小さな光が向かってくるのが、モニターに映る。ワッパのヘッドライトだ。ワッパは地上すれすれを飛ぶホバー・バイクである。

 まだ遠い。が、モシェたちに気づいたらしく、さかんにパッシングしている。

 と、

 

「ザ―――、野盗が襲撃してきた! バロンが応戦してるが数が多い!」

 

 ガルダーヤに残したブッホの同僚、ルイスだった。

 無線に混じる風切音から、相当飛ばしているらしい。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ほつれた袖(前編)

 野盗の攻撃は奇襲ではなく、強襲だった。ガルダーヤの郊外、砂漠に埋設したセンサーが敵の接近をとらえたためだ。

 対応できたのは不測に備え、地上で待機していたバロンのバージムと、10台のガルダーヤ防衛隊のミサイル・エレカだった。荷台に有線ミサイルを装備した簡易対MS戦闘車両である。

 バロンは街の外に退避する。

 

(地下街の制圧が目的なら、準備砲撃が来る)

 

 だが、予想したような対地ミサイルや砲弾は降ってこなかった。

 

(その手の武器を持たないか、地上街も無傷で手に入れたいから、か?)

 

 バージムをホバー走行させながら、バロンは思い巡らせる。

 ナイトビジョンの単色の世界、全天周囲モニター正面に広がる砂漠の地平はモヤがかかったように、不明瞭になっている。

 

「む!」

 

 とっさに急旋回したバージムの脇をビームの光軸が(はし)る。

 バロンもビームライフルを応射する。

 ガルダーヤ北面から迫る3機の敵モビル(M)スーツ(S)、ゲルググ1個小隊が即散開した。

 

「ほぅ、袖が付いているな」

 

 敵機の前腕部に施された装飾(エングレービング)を見てバロンは(わら)う。敵をあざけったというより、元ジオン公国軍人の自分が公国復権を目指す連中(ネオ・ジオン)をまさに今葬ろうという状況が、

 

「悪い冗談だ」

 

 バージムは稼動範囲の広い股関節による低い姿勢と、大出力スラスターでホバー旋回を続ける。右手のビームライフルが再度閃いた。

 袖付きのパイロットは、その体勢で正確な射撃がくるとは思わなかったのだろう、ターン切り返しのわずかな停滞した瞬間に、1機のゲルググが光軸に貫かれた。

 腹から背に抜けるメガ粒子の槍はエンジンを大爆発させ、機体を木っ端の部品に変えながら砂漠を照らす。

 

「しかし、貴公らも武人ならばわきまえていよう。生きるも死ぬも時の運」

 

 足並みを乱した隙を突き、ホバーで後退する1機を追う。さがりながら、牽制のビームを放つゲルググだったが、殺意のこもらぬ射撃は、

 

「狙いも甘いことよ」

 

 頭上をすれすれで通過した光軸がバージム頭部のトサカ状のアンテナを焦がす。

 反撃に見舞ったビームはゲルググの右大腿部を貫通。右脚がもげ暴走した推力によって機体はコマのように回転した後、砂を撒き散らして転倒する。

 最後の1機はわずか数分の内に僚機が墜とされ、恐れをなしたかガルダーヤの方角へ急加速し逃れた。

 

「ずいぶんといい逃げっぷりだが、・・・・・・」

 

 そのスピードにいささか疑念を抱いた。

 

(ゲルググにしては妙な?)

 

 回頭しガルダーヤの方角へ戻す。戦火による炎が街のあちこちから上がっていた。

 

「すでに、中心まで入り込まれたか」

 

 わずかに歯噛みしたバロンはフットペダルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 バロンとは街をはさんだ反対側。

 

「ペンプティの偵察が当たっていたか」

 

 袖付き(ネオ・ジオン)中尉、アヴリル・ゼックがいう。

 ほとんど抵抗らしいものも受けずに街を制圧でき、眉尻が下がる。

 が、彼が駆る水陸両用MS、ゼー・ズールのコクピットを緊迫した無線が引き締める。

 

「アヴリル中尉! アランとザカリーがやられました。援護を頼みます!」

 

 北から南下し、街を挟撃する予定のテッセラ・マッセラからだ。冷静沈着なテッセラがめったに出さない焦りを含んでいる。

 

「敵は何機だ?」

「1機です。ティターンズのバーザム」

「バカなっ!」

 

 アヴリルは声を荒げる。

 

(ゲルググの『皮をかぶった』機体を、しかも1個小隊をたった1機で相手する!?)

 

 ありえない。テッセラは公国軍時代からの古参兵なのだ。

 

「私が行く。他は地上の掃討と地下街の制圧を急げ」

 

 アヴリルがいうと、曲がり角から出現したミサイル・エレカが誘導弾を放つ。スラスターのスピンターンでかわしたゼー・ズールは、左手のザクマシンガン改をワンショット。車体はバラけた。

 

「弱いのに、出てくるからそうなる!」

 

 イラつきを、どなって発散する。

 フットペダルを底まで踏み込む。いまや水中用装備を放棄して久しい。身軽になったゼー・ズールは空に躍り上がった。

 上空からは戦況がよくわかる。

 一旦、北上し郊外に逃げた敵機バージムは反転、メインストリートを猛然と南下していた。ゼー・ズールが自由落下に入ったときには、テッセラ機を追うバージムは早くも右折―西に曲がる。旧市街のうねった街路で流星のスラスター光を見せていた。

 重力加速を感じながら、アブリルはトリガーを絞る。ゼー・ズールの右手、ビームライフルから光軸が伸びる。

 狙いは甘かった。外れた。

 が、直後にバージムが見せたインメルマン旋回風の縦ロールはすさまじい。まだ空中にあるゼー・ズールに肉迫しながら、バージムがビームを応射する。

 

「く・・・・・・っ!」

 

 とっさに腕を振り、スラスター噴射。殺意の光軸が右上腕部を焦がしていった。バランスを崩し、ゼー・ズールのライフルは明後日の方角に向けられている。

 

(次弾が!)

 

 敵の畳み掛ける攻撃を予期し、ゼー・ズールは左手ザクマシンガンを牽制に放つ。

 すでに近距離に入ったバージムは弾雨をものともせず突進し、そして、

 

「なに!?」

 

 アヴリルはバージムが投げつけたビームライフルを撃っていた。Eパックに命中した刹那、あたりは照明弾に等しい輝きに満たされた。

 閃光と熱を突き破って、バージムが迫る。袖口から飛び出したグリップは早くも光刃を形成していた。

 ゼー・ズールが唐竹割りにされる直前、巨大な爪がビームサーベルを受け止める。ザクマシンガンを投棄するや左前腕からは電熱兵器ヒートクローが飛び出していた。

 両機の接触回線がつながる。

 

「ビーム兵器はクラッカーじゃないんだぞ!」

「問題ない。貴様のライフルを奪って撃つ」

 

 激昂するアヴリルと冷静なバロンは対照的だった。

 2機はからみ合いきりもみ状態になる。墜落の寸前で、バージムがゼー・ズールを蹴り反動で離れる。

 バージムは狭い街路の交差点に軟着地したが、ゼー・ズールは一軒の空家を倒壊させながらのハード・ランディングだった。

 

 彼我の距離はおよそ200メートル。アヴリルは焦る。

 

(奴にはライフルがない。距離を保って射撃戦に持ち込めば、・・・・・・だが)

 

 常識で考えればそうなのだが、バージムの戦い方はどこか、

 

(キレてる! 正攻法では勝てない)

 

 である。

 アヴリルが決断する間もなく、再度バージムが突撃にスラスターをふかす。

 瞬間、ひらめいた。

 

「欲しければ、受け取れ!」

 

 ゼー・ズールがバージムに向けビームライフルを投げつける。

 アヴリルはバージムがライフルをとっさに斬りつける、と予測した。しないまでも、ぶつかるか、かわすかしていずれにしろ、

 

(隙ができるはずだ)

 

 想定外だった。

 ほぼ同時にバージムもビームサーベルを投げていた。回転する光刃がビームライフルを両断し、先ほどと同じ超小型太陽が出現する。ちょうどバージムとゼー・ズールの中間距離であった。これはアヴリルだけでなく、バロンも驚いたらしくバージムの足が止まっている。

 衝撃から立ち直るや、

 

「一旦退く!」

「惰弱」

 

 後方斜め上空にスラスターで跳躍するゼー・ズール、そして、猛然と機体を突っ込ませるバージム。

 明と暗が分かれた。機体の性能より、思い切りの良し悪しがはっきりと出た。

 ゼー・ズールの全天周囲モニターの足元から、バージムは沸きあがるように迫る。その左袖口からサーベルグリップが飛び出す。

 転瞬、長大な光刃はすくい斬りにゼー・ズールを(たお)すだろう。

 

(どこで間違えた・・・・・・?)

 

 目前に横たわる自分の死をアヴリルはゆっくりと眺めた。

 

(トリントンか? 箱が開放されたときか? それとも、・・・・・・)

 

 堂々巡りの後悔が渦巻き、答えはかけらもなかった。

 

「アヴリル中尉っ!」

 

 女の無線と共に、バージムに榴散弾が撃ちこまれる。近接信管によりばらまかれる散弾雨がガンダリウム装甲を打つ。

 我に返り回避入力したアヴリルと、わずかにひるみ軌道をそらされた斬撃。バージムのビームサーベルは空を切り裂くにとどめた。

 アヴリルはフットペダルを強く踏み、さらに距離を取る。

 

「敵の増援です。包囲されつつあります。援護します、撤退を!」

 

 街路の低木に潜みマゼラトップ砲を構えるザク・ディザート、クイント中尉からの無線だ。バージムへの一撃も彼女である。

 

「・・・・・・頼む」

 

 苦々しくアヴリルは応答する。

 クイント機が殿(しんがり)で砲身が焼けるまで牽制射撃する隙に、テッセラほか3機のゲルググ()()()も後退する。

 

「クイント中尉も早く、・・・・・・」

 

 モニター上の敵味方識別信号(I F F)が入り乱れる表示を見て、アヴリルは焦る。

 そのとき、街の郊外にいたザク・ディザート、クイント機の信号が消滅した。すでに戦闘地域を脱したアヴリルは、遠く爆発音を聞いた気がした。

 

 

 

 

 ガルダーヤの地下街に設けられた留置施設。

 

 時刻は真夜中に近い。

 一室からあからさまに不満そうな男たちが退去する。ガルダーヤ防衛隊の面々である。半脱ぎのズボンのベルトを締めなおしている男もいた。

 

「すまなイ。コノ埋め合わせはいづレ」

 

 原稿を読み上げるような電子音声のゲルクは、モシェをともなって部屋に入る。

 

「クイントさんと呼べばいいのカ?」

「クイント()()と。仲良くする理由はないはずだ」

 

 ゲルクは床に落ちヒビが入ったメガネを、ジオン残党のクイントにかけてやる。後ろ手に手錠をはめられ、パイプ・イスに拘束されたクイントにはできない。

 

「ワタシたちが間に合って良かっタ。もう少し遅かったら、『お召し上がり』にされてたところですヨ」

 

 一年戦争の頃から従軍するクイントだが、女の()()がないわけではない。

 

「もう少し早ければ、殴られずにも済んだのに」

 

 クイントがいう。

 

「そうですネ」

 

 ゲルクが答えて、裏拳気味にビンタを放った。

 メガネが粉々に砕ける。一緒に白いものが宙を飛んだ。クイントの歯だ。彼女自身もイスごと床を転がった。先ほどの連中どころではない。人工筋骨格が生み出す、意識が飛ぶほどの痛撃である。

 

「起こセ」

「はいはい。暴力反対ですよー」

「戦車で人をひき殺すヤツがいうことカ」

「マゼラアタックは戦車じゃなくて、自走砲ですよー」

 

 まじめなのか、ふざけているのか、モシェはクイントを起こす。

 ゲルクは抜いたナイフをもてあそんでいた。

 

「コノ緑のブレードはガンダリウム合金の装甲から削りだしたから、とても軽イ。使いやすくてネ。オマエはいい素材になりそうダ」

 

 近づき、クイントの前でかがむと目線を合わせた。

 

「まずは足の小指から切り落とさせてもらウ。何本目で吐くか賭けようカ?」

 

 ゲルクは笑って後ろのモシェを振り返った。顔を戻したところに、クイントが血唾を吐きつける。

 瞬間、ナイフの切っ先はクイントの左眼球に突き立てられ、

 

「ぎっ・・・・・・!」

 カチリ。

 

 クイントは悲鳴を飲み込み、ゲルクは動きを止めていた。

 

「なんのつもりダ?」

 

 モシェがK-38小型リボルヴァーをゲルクの鉄仮面に向けていた。撃鉄(ハンマー)がすでに起きている。

 

「目はやめましょう。傷の衝撃で死ぬかもしれませんよ」

「知ったような口をきク」

「ええ。知ってますから」

 

 自信たっぷりのモシェに、(おや?)と思いゲルクは再度振り返った。

 

「ぼくもやられましたから。ほら」

 

 モシェは自身の左目に手をやり、目玉を抜いた。眼球そっくりの巨大コンタクトレンズを手の平で転がす光景はシュールだった。

 

「なんダ、義眼なのカ。おどかすナ」

「や! 驚いてはくれたんですね? 大成功♪」

 

 モシェはにこにこと笑うが、左目の生々しい肉色との組み合わせは、ひどくアンバランスだった。

 

「これ死ぬほど痛かったですよ。美人のクイントさんにはこうなってほしくないなー」

「ちょっと、ソレ貸してくレ」

「ほいっ」

 

 モシェが投げた義眼をキャッチし、ゲルクはクイントの顔に押し付ける。

 

「オマエもえぐって欲しいのカ?」

 

 

 

 

「じゃりじゃりー。シャワー浴びたいー。眠いー」

 

 モシェをなだめすかし、ゲルクとバロンの3人はブリーフィングで借りたカフェに集まる。とうに閉まった店のカウンターが占拠され、勝手に冷蔵庫の中身を飲み食いする。

 

「今回はワタシの失敗だっタ。バロンにはずいぶん迷惑をかけたナ」

 

 冷えたビールの缶をバロンに渡しながら、ゲルクがいう。

 

「ひとつ貸しにしておこうか」

「あれー? 勝手に決闘とかさせた、ぼくにはいうことなしですか?」

「まさカ! ほうびを取らせよウ」

 

 芝居がかった口調のゲルクは冷凍庫へ向かった。プラスティックの箱とスプーンを持ってくると、

 

 ドンッ!

 

 乱暴にモシェの前へ置く。モシェの顔がひきつった。

 

「オマエの大好きなアイスクリーム2リットルダ。好きなだけ食エ」

「ぼくが甘いの苦手だって知ってるくせにー! 嫌がらせだよぅ」

「決闘というのはなんだ? ホワイト・ウォールとなにかあったのか?」

「実は、・・・・・・」

 

 ゲルクが説明する。

 

「なるほど・・・・・・。しかし、私はネオ・ジオン残党の方が気になる」

「同感ダ」

 

 先ほどの戦闘。

 孤軍奮闘するバロンに加え、ガルダーヤに急行したブッホのゲルク、モシェと、ホワイト・ウォールのアジスら5機のMSに挟撃され、袖付きは退却した。

 バロンがいう。

 

(いくさ)慣れしているように感じたが、どうにもやる気がない。ダカールやトリントンで聞いたような全滅必至の覚悟がない」

「おかしなコトは他にもあル。ワタシはヒンカピーと一緒に、撃墜したMSの検分に立ち会っタ。アレは外装だけゲルググだっタ。内骨格にムーバブル・フレーム、おそらくネモだろウ」

「それは確か元カラバのMS・・・・・・」

 

 ゲルクがうなずく。

 

「タイミングからいって残党がコノ街に斥候を入れていたのは間違いなイ。というコトは、前々から狙っていタ。だが、武器やMSの強奪が目的なら砂漠でワタシたちを待ち伏せているはずダ。連中はガルダーヤを襲っタ」

「はぁー……。前のネオ・ジオン/FLNの襲撃はガルダーヤ地下街を制圧するためだったんですよね?」

 

 ため息をつくモシェ。一向に減らないアイスを食べつついう。

 

「そうダ。もっとも10年前のハマーン軍と今日の袖付きでは立場がまるで違ウ。当然、目的も違うだろウ」

「一年前の第三次のとき、うわさがあった」

 

 ふと、バロンがいう。

 

「袖付き一部部隊に新たなスポンサーがついた、と」

「一部部隊?」

 

 モシェが身を乗り出す。

 

「地球に降下していた連中だ。ガランシェール隊、とかいってたな」

「スポンサーというのハ?」

「ルオ商会だ」

「なるほド。パズルピースが集まってきたナ」

「と、いうと?」

 

 バロンがきく。

 

「捕虜を尋問して聞き出しタ。連中にゲルググもどきを渡したのも、ルオ商会ダ」

「きな臭いな」

「ココからは全部ワタシの推論ダ。ガルダーヤの北西、ハシルメルにガス田があるのは知ってるナ?」

 

 いきなり登場した固有名詞に戸惑い、モシェがきく。

 

「確か……、ヒンカピーさんたちホワイト・ウォールが守ってる、半公営のガスポロム・コンツェルンの……、ガス田ですよね?」

「そうダ。旧世紀からあるガス田だが、地中海のアルジェに抜けるパイプラインを新たに開発しタ。コレは当初、ほとんどの資金をルオ商会が投入していタ。ところが完成間近になって、連邦政府がストップをかけタ。環境破壊を理由にナ」

 

 バロンが(わら)う。

 

「こんな砂漠の真ん中で環境破壊か。滑稽だな。それで?」

「開発は頓挫するかと思われたガ、先のガスポロムが参画するコトで一応の決着はついタ。が、パイプライン合弁会社の持ち株は51パーセントを持っていかれタ。対するルオ商会は24パーセント」

「それじゃルオ商会は金を出すだけ出して、やられっぱなしじゃないですか!」

「そうダ。そして、残りの25%を取得したのがライヤー物産、つまりホワイト・ウォールの親玉ダ。さらに、イーサン・ライヤーはガスポロムの役員にも名を連ねているし、連邦軍出身の政治家にも顔が利ク」

「それだけ調べていた、ということは()()()をつけていたな?」

「まぁ、ナ」

 

 バロンの言葉に、ゲルクはにやりと笑う。

 

「面白いな。OASを支援する名目で北アフリカに私兵を置くホワイト・ウォールに、商売ガタキに一泡吹かせたいルオ商会。商会は以前のコネを利用し袖付きに接触、裏から手を回してガルダーヤを制圧させようとした」

「そうか! ネモは昔ルオ商会が支援していたカラバで使われてたMSだし、ガルダーヤを押さえればガス田までは目と鼻の距離なんだ!」

「声が大きいゾ、モシェ! さて、コレから連邦政府とFLNがどう動くカ、見ものダ」

「アジスとマサイさん、ロミオとジュリエットになっちゃうのかな?」

「もうなってル」

 

 いまさらのモシェに、ゲルクがあきれた。

 

「元ジオン軍人の私から見て、ゲルクの仮説には不可解な点がある」

 

 バロンがいう。

 

「なにカ?」

「ジオニストは理想主義者かつナルシストだ。私兵と違って金で転ぶことを嫌う。形の上で従属していても、それは偽りか、あるいは秘めた目的を持ち協力しているように見せているだけだ」

「袖付きがルオ商会の手先になっているのは、裏があるってことですか?」

 

 モシェの問いにバロンはうなづく。

 

「元ジオニストの分析なら確かだろうネ。ソレで、・・・・・・オマエはナニをたくらんでブッホの私兵をしていル?」

 

 ゲルクの仏像面、目のスリットの奥で暗い光が瞬いた。

 

「私は滅私奉公するつもりさ。ブッホこそ、これからどうするんだ?」

 

 どこ吹く風でカイザル髭を整えるバロンに、「上が決めることダ」と肩をすくめるゲルク。ひとりモシェは親のカタキに出会ったような顔をして、アイスをがっつく。

 3人の頭上で天井扇(シーリングファン)がけだるそうに回っていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ほつれた袖(後編)

 

 袖付き(ネオ・ジオン)中尉、アヴリル・ゼックは第三次ネオジオン(ラ プ ラ ス)戦争のダカール襲撃時に地球へ降下した。彼はオーストラリアのトリントンへ転戦後、地上に残る。

 戦いは宇宙へと移っていった。

 終息宣言ともいえるミネバ・ザビの放送を、アヴリルはアフリカへ脱出する潜水艦で聞いた。

 

「……私たちの中に眠る、可能性という名の神を信じ――」

 

 銃声。

 耳鳴りの中、モニターに弾痕があり、黒い板と化していることにアヴリルは気づく。

 古参兵のひとりがヴァルタP8拳銃を握っていた。

 

「われわれが独立戦争、いや連邦の犬にいわせれば一年戦争でしょう、それから長い年月、身をやつしてまで戦ってきたのはなんだったんです。

 人の善意? そんなんじゃない。主権国家としてのジオン承認でしょう! その可能性を信じて戦ってきたんです。

 苦労も知らない小娘の、訳のわからん可能性のためじゃない! 違いますか、中尉?」

 

 銃口から立ち上る青白い硝煙は、彼の積年の恨みと怒りに見えた。

 古参兵とアヴリルとの付き合いは短い。地上に降りてからだ。それこそ、アヴリルが小学校のまずい給食に文句をいっていた頃から、地球に残り戦っていたのだろう。

 硬くなった彼の心に、ミネバの善意はとどめを刺した。アヴリルはかけるべき言葉を持たない。

 詰め寄ろうとする兵はアヴリルの肩をつかみ、・・・・・・かけてやめた。

 その後の動作はいたって自然だった。

 彼は拳銃を左手に持ち替え、目が覚めるような敬礼を送った。

 

「ジーク・ジオン」

 

 そして、自分のこめかみを撃ち抜く。側頭部に銃口を押し付けたため銃声はボスッ、とくぐもった不気味さを含んでいた。

 

 

(あれから一年半、か)

 

 アヴリルはアジトの隠ぺいした入り口から外をうかがう。

 ここはガルダーヤの東北東70キロ、ゼルファナの街郊外。干上がった河床(かしょう)を利用し、横穴が掘られていた。

 ガルダーヤの襲撃に失敗してから十日が過ぎていた。

 スポンサーであるルオ商会に連絡をとると、

 

「補給はない。再度、攻撃をかけるように」

 

 有無をいわせぬ指示があった。

 五日前、ガルダーヤへもう一度斥候に出たペンプティは戻ってこなかった。

 

(これまで、か)

 

 横穴の奥に戻ると、最後まで残った10余名の部下、―いや今は同志といったほうがよいか―が思い思いに体を休めていた。もはや、軍隊の(てい)をなしていない。

 

(同志・・・・・・。だが、こころざしもなく、か)

 

 野盗に成り下がった自分、そして彼らの姿を見てアヴリルは感情が高ぶった。

 不意に声がかかる。

 

「アヴリル殿」

「ああ、テッセラ中尉。すまん、ちょっと砂が目に入った」

 

 慌てて袖でこする。ネオ・ジオンの意匠をこらした袖も、ほつれたままにされて久しい。

 

「そろそろ出撃しましょう」

「わかった。皆を起こしてくれ」

 

 アヴリルは自決した古参兵を思う。

 

(ゲリラとして戦った苦節の16年と、こめかみに銃口を当て引き金を絞る一瞬。はたして、どちらが、苦しかったのだろう?)

 

 今のアヴリルに残された選択肢は少ない。

 降伏しテロリスト袖付きとして厳しい罰―おそらく死―を受けるか、このまま砂漠に日干しにされるか―これも死―、もしくは、

 

(戦っていさぎよく討ち死にするか。それもいいだろう。心残りは連中を宇宙に帰せないことだ)

 

 ルオ商会に協力するに当たって、アヴリルは条件を出した。

 

「希望者を宇宙へ帰してやって欲しい。ほかに報酬はなにもいらない」

 

 である。

 

(だが、今となってはどうすることもできないな)

 

 アヴリルは寂しげに笑う。

 

 そのときだった。

 横穴の外から湧き上がるようなスラスターの爆音。入り口にかけられた砂色の布は噴射にあおられ、ばたついていた。

 

モビル(M)スーツ(S)、・・・・・・3機はいる)

 

 戦闘準備を終えた同志たちに、

 

(穴の奥へ逃げろ)

 

 身振りで指示しながら、自身は入り口の布をひそかに開ける。

 はたして、2機のバージム、そしてディジェが扇状に囲んでいた。当然、その手のビームライフルやクレイバズーカを向けている。

 アヴリルは深く吐息する。彼らのMSは外の砂漠に潜って隠されていた。横穴の入り口はこのひとつしかない。

 

(絶体絶命か)

 

 振り返ると、テッセラがなにか悟ったような顔をして、腰から手榴弾を取り出した。だが、決心がつかないのか、アヴリルの命令を待っているように見える。

 

「ここまでだな。テッセラ中尉、それを私にくれ。ピンは私が抜・・・・・・」

「アノちっぽけな石ころをパラオと名付けたヤツは間違いなく皮肉屋だろウ」

 

 唐突に、バージムの外部スピーカーから響く電子音声。

 アヴリルは全身が硬直するのを感じた。彼だけでない。一緒に降下した袖付き組の同志は全員動きを止めていた。

 ゲルクがいう『パラオ』とは、太平洋に浮かぶ美しい島々の楽園、ではない。地球と月の引力の拮抗点、―ラグランジュ点―通称L1に浮かぶ鉱物資源衛星のことである。

 そして、かつて袖付きがジオンの再興を秘めた拠点でもある。

 

「シリンダーの端、『山』から吹き降ろす砂風。シャフトにたまった『永久の霧』。アレは幻想的だっタ」

 

 霧の正体はパラオ中心軸周辺、無重力帯に漂う砂塵(さじん)である。

 

「しかし、何年も止まったままのシールドマシンは不気味なオブジェとも思えたナ」

(こいつはパラオを知ってる)

 

 アヴリルは思う。

 捕虜から聞き出した内容ではない。特に理由があるわけではない。しいていえば、直感である。

 

「夜も早イ。夕食はウサギのソテーにしよウ」

「中尉っ!」

 

 テッセラの制止も聞かずに、アヴリルは飛び出した。腰のヴァルタP8を抜き、バージムへ向ける。

 雲ひとつない青空の下、乾いた銃声が響くだけ響いて消えた。

 薬室には装てんされた弾丸が残っている。だが、まだ踏ん切りがつかなかった。

 それを見透かしたように、

 

「死ぬ決心があれば、なんでもできるはずでス。アブリル中尉」

 

 ゲルクがいう。

 

「大義もこころざしも失ったのなら、ワタシがあなた方に新しい、そして最後の役を与えましょウ」

 

 

 

 

 ガルダーヤから北北西およそ60キロ。ハシルメル・ティウアン空港内、民間(P)軍事(M)警備(S)会社(C)ホワイト・ウォールのMS基地。

 

 遅い夜のラジオからはドイツ女の甘ったるい歌声が流れていた。ライブ音源なのか、曲の終わりに拍手が起こり、DJがしゃべりだす。

 

「マレーネ・ディートリッヒの『リリー・マルレーン』でした。次は、うって変わって最近のカバー曲です。去年のヒットナンバー、フロンティアで『未来の二人に』」

 

 ソファで寝そべっていたひとりがバネ仕掛けのように上体を起こした。

 

「俺、サイドギターのエレドア・マシスの大ファンなんだよ!」

 

 曲が段々と盛り上がり、サビに入りかけたところで、

 

 ヴィ―――!!

 

 アラートが鳴るや、パイロットたちはドアに向け駆け出す。外はMSハンガーになっている。3機のマラサイがベースジャバー(S F S)とドッキングした状態で駐機されていた。

 ベースジャバーは有人・無人飛行ともに可能な航空機である。メガ粒子砲を装備しているので戦闘爆撃機的使い方もできる。ホワイト・ウォールではベースジャバーは無人で運用している。

 やがて、3機はスクランブル発進した。夜空に蒼白いスラスター光が映える。

 離陸後、旋回し北に進路を取る。

 

「ガス田プラントか!?」

「いや、北ルートのパイプラインだ」

 

 隊長機からデータリンクされ、また地上のオペレータから無線が届く。

 

「敵はプラントから北35キロ、河床にかかるパイプラインを破壊した模様。目撃した作業員によると、メンテナンス中に突如MSが出現、攻撃してきたとのこと。規模は一個小隊程度」

「了解した、急行する」

「緊急弁を閉鎖していますが、現場では火災が発生しています。ご注意を!」

 

 眼下のプラントを通過し、3機はさらに北上する。亜音速のベースジャバーであれば、3分とかからない。

 

「各機、上空擦過しつつ散開。索敵しろ」

「了解」

「撃つ時は注意しろよ。いくら弁が閉まってるからって、パイプにはまだガスが・・・・・・」

 

 隊長がいいかけて、口を閉じる。正面に早くも炎の明かりが見えた。

 

「ひどい・・・・・・」

 

 僚機パイロットがうめく。

 パイプラインは長さ数キロに渡って破壊され、連なった火炎はまるで、

 

サラマンダー(火とかげ)だ」

 

 もうひとりのパイロットがつぶやく。

 ぼんやりと水平飛行をしていた隊長は自身を叱咤させるように、フットペダルを踏み、操縦桿を倒しこむ。

 

「ぼやっとするな! 警戒区域だぞ」

 

 わずかに遅かった。

 夜空を照らす二条のビームが味方のベースジャバーを貫通する。

 

「ゲリラふぜいがビーム兵器を使うのか!?」

 

 しかも、亜音速機を落とすほどの技量である。照準もよく調整されている。

 全天周囲モニターにサイドミラー風に表示される火球となって墜ちるベースジャバーに、隊長は痛恨の思いだった。無人であったのがせめてもの救いだ。

 2機のマラサイは四肢を振りつつ降下し地上を目指す。狙いを定めさせないよう、ジグザグのスラスター光跡を描いていった。

 

「バルド、ラマン、一旦退くぞ! 一撃加えてから回収する」

 

 隊長のベースジャバーは横ロールしながら、機体下面のメガ粒子砲を旋回させる。

 光学センサーが捉えたビームの軌跡を、コンピューターが分析、敵予想位置がはじき出された。

 

(火災の向こう? 炎に隠れて狙撃か。こしゃく!)

 

 トリガーを絞る。ビームライフルよりも図太いメガ粒子の奔流が火炎を切り裂く。続けざまの牽制射撃で着弾地点は、ガラスのきらめきを撒き散らしながら、砂柱が上がった。

 旋回から切り込むように急降下する。正面下方に味方機のマーカーが映る。

 

「バルドっ!?」

「やられました!」

 

 悲鳴だった。

 バルドのマラサイは砂漠に仰向けに倒れ、かたわらには不明機の姿。

 

「別働隊の待ち伏せ?」

 

 敵MSはこちらに背を向け立っている。とっさにヘッド(H)アップ(U)ディスプレイ(D)ガン・レティクル(照 準)を合わせる。

 が、

 

(くそっ!)

 

 射線上にはマラサイも重なっている。隊長はバルドが脱出したか確認できなかった。

 わずかに回頭しこちらを見た敵機、―ゼー・ズールの頭部モノアイが光ったような気がした。

 

(ええい、ままよ!)

 

 隊長はベースジャバーから分離(ドッキング・アウト)させながら叫ぶ。

 

「バルド、さっさと逃げろ!」

 

 マラサイの左マニピュレータがシールドの裏からビームサーベルを抜く。

 落下の勢いそのままにマラサイが光刃を叩きつけ、振り返りざまゼー・ズールは左腕ヒートクローで受け止める。着地の衝撃に砂漠が震える。

 

袖付き(ネオ・ジオン)か」

 

 ゼー・ズールの袖の意匠が目に入り、隊長は忌々しげにつぶやく。

 ビームと電熱兵器の競り合い。飛び跳ねた融解金属が両機の装甲を、擱座(かくざ)したバルド機の装甲を小さくうがつ。

 と、バルド機のコクピットハッチが開放された。

 

「バ、バカ! まだそんなとこに。今出たら、・・・・・・」

 

 火の玉のシャワーがコクピットに降り注ぎ、パイロットを焼き殺す・・・・・・寸前でゼー・ズールが回りこみ、機体を盾にしてバルドを守る。

 

「なんだ? くっ!」

 

 疑問に思う暇はない。

 振り上げたゼー・ズールの右腕からも、格納されていたヒートクローが飛び出す。左右のコンビネーションから繰り出される斬撃。

 マラサイは後退しながら、ビームサーベルでしのぐ。怒れる灰色熊(グリズリー)のような猛攻のさなか、隊長は下方モニターの端にバルドが脱出する姿を捉えた。砂丘の陰に飛び込む。

 

「ライフルが無いなら」

 

 マラサイは短い後ろ跳び(ショート・バック・ステップ)で距離を取る。突進して猛追するかと思われたゼー・ズールは、意外にも左横跳び(サイド・ステップ)で逃げた。

 

「逃がさん!」

 

 一度は射線を外されたが、機体を開くように右回頭したビームライフルが追っていく。HUDのレティクルにゼー・ズールのサイド・シルエットが入り込む、

 

 刹那!

 

 正面から再度二条の光軸が閃く。初撃でベースジャバーを撃墜した光と同じだった。ビームはマラサイの前方20メートルの砂漠に着弾。低い発射角のそれはガラスと熱砂の混合をマラサイに、どばっ、とぶちまけた。

 

「畜生!」

 

 瞬間的にモニターが死んだこともあるが、なによりパイロットの心が折られた。マラサイはホバー走行で一挙に後退していた。

 

 30分後。

 ホワイト・ウォールの隊長が現場に戻ると、襲撃者の姿はどこにもなかった。

 

「遅いですよ、隊長。忘れられたかと思いましたよ」

「すまん。ラマンもゲルググ2機に追い回されてな」

 

 バルドをマニピュレータに乗せ、コクピットに招きつつ隊長は思う。

 

(ほつれた袖でも技は衰えず、か)

 

 砂漠に落ちた赤熱爪(ヒートクロー)の残骸が下方モニターに映っていた。

 

 

 基地に戻った彼らは袖付きの襲撃以上に驚くこととなった。

 ハシルメル・ガス田のパイプラインは全部で5ルート。

 アルジェに向かう新しい北ルートのほか、ジブラルタル海峡へ通じる西ルート、ギニア湾へ通じる南ルート、地中海沿岸の都市ベニ・サーフに至る北西ルート、そして、アフリカ大陸から地中海に飛び出すボン岬半島に至る北東ルートである。

 3機のマラサイがスクランブル発進した直後、西・北西・北東の三つのルートも北ルート同様襲撃され、破壊された。

 これはアフリカから南ヨーロッパに供給されるガスパイプラインが、断たれたことを意味する。

 

 

 

 

 翌日、ガルダーヤ地上街にて。

 

 その日もアフリカは焼けるようだった。ブッホの面々はカフェの一室で暑さをしのいでいた。

 

「マサイさん、なにか飲みますか?」

 

 モシェがいう。

 

「いや、いいよ」

「そんな遠慮しないで」

「じゃ、ラベン(バターミルク)をもらえるかい?」

「取ってくるね」

 

 にこにこしながら、モシェは出て行った。

 この場にはマサイ・ンガバもいた。

 南の都市エルゴレアが民族(F)解放(L)戦線(N)に制圧された後、しかも昨夜にはハシルメルのパイプラインが大規模テロにより破壊されたにも関わらず、マサイはすんなりとガルダーヤに入ることができた。この街を支配する欧州人(O)軍事(A)組織(S)にとって、マサイの属するFLNは敵である。

 すべて、ブッホとホワイト・ウォールのアジスらの手引きによるものだった。

 

「昨日はご苦労だっタ。西ルートは大分念入りに壊してくれたようだナ」

「あんたたちのためにやったわけじゃない。あのガスはどうせヨーロッパ人に使われるのがほとんどだからさ」

「なるほド。そういう意味ではワタシが北西ルートを破壊したことは感謝されてしかるべきカ」

 

 西ルートはマサイらFLN、北西ルートはゲルクの攻撃により寸断されていた。ふたつのルートは地中海を渡ってスペインへ天然ガスを供給している。

 

「ジブラルタルも大騒ぎだろうナ」

 

 ゲルクがいう『ジブラルタル』とは海峡のことではない。宇宙への玄関口、マスドライバーを擁するアーティ・ジブラルタル、さらにはそれを管轄する宇宙引越し公社(P C S T)のことを指している。

 残りの北東ルートはモシェのディジェとバロンのバージム、2機に破壊された。地中海に浮かぶサルデーニャ島やシチリア島を経て、イタリア半島にいたるパイプラインである。

 モシェがグラスを持って戻る。

 

「ありがとう。ねぇ、あんた……」

「はい?」

 

 マサイに向け、モシェが小首をかしげている。伸ばしたもみあげが肩にかかっていた。

 

「前に会った事があるかい? なんだか、あんたの顔を見ると、……ふしぎな気持ちがするのだけれど」

 

 モシェは首をさらに傾け、困った顔をした。

 

「ぼく、アフリカに来るの初めてですよ。お姐さんはエルサレムに来たことありますか?」

 

 マサイが首を振る。笑った。

 

「他人の空似ってこともあるからね」

「遅くなってすまない」

 

 そのとき、新たな集団が部屋に入る。アジス・アジバらホワイト・ウォールの面々だ。

 アジスを見たマサイの顔が明るくなる。

 

「ずいぶんかかったナ。連中を始末するのに、そんなに時間ガ・・・・・・」

 

 ゲルクがいいかけて、口を閉じる。最後尾の黒いベールの人物が視界に入ったからだ。ムスリルの女性が着るニカブだった。目しか見えない。

 仏像に似たゲルクの鉄面、目の奥のスリットで光が(はし)る。

 

「誰ダ?」

 

 早くもナイフを抜いていた。

 

「落ち着いてくれ。武器は取り上げてある」

 

 アジスはそういって、ニカブへうなずいた。黒いベールを脱ぐ。現れる袖付きの軍服。

 アヴリル・ゼックである。

 

「北のパイプラインをやレ、とはいっタ。連れて来い、といった覚えはなイ」

「知ってる。最後に『ネオ・ジオンを皆殺しにして、砂漠に埋めろ』ともいわれた」

 

 空気が緊張した。マサイとモシェも席を立つ。

 ゲルクはため息をつく。

 

「オマエたち、早速ネオ・ジオンと内通したのカ? どこまでも手癖が悪い連中ダ。元ティターンズが聞いて呆れル」

 

 カチリ。

 

 ゲルクの背中にふたつの拳銃が向けられる。モシェのK-38リボルヴァーと、今まで一言も発せず腕組みしていたバロン、彼が手にする短銃身(ショートバレル)のヴァルタPP8-Sである。

 

「宇宙に帰してやる、なんて約束しちゃったらしょうがないでしょ」とモシェ。

「どういうつもりダ? そんなことは知らなイ。袖付き(テロリスト)とは交渉しなイ」とゲルク。

 

 カチッ。

 撃鉄(ハンマー)を起こすのとは、違う作動音がした。

 

『ああ、約束しよウ、アヴリル中尉。確かに、他の連中は宇宙に帰ス。パラオのパンを食し、同じ袖に通した仲間ダ。神に誓おウ』

 

 バロンが手にしたレコーダーのスイッチを切る。

 ブッホが袖付きの隠れ家(アジト)を包囲したとき、ゲルクがいった空手形(からてがた)をモシェは録音しておいた。これをホワイト・ウォールのアジスらにも伝えておいたのである。

 ゲルクのセリフを信じるならば、彼女も元・袖付きということになる。

 バロンがいう。

 

「貴様が神を口にするのか? 私は新参者だが、『傭兵は腕と信義だけが取り柄』じゃないのか?」

「誰からだったカ、『人間だけが神を持ツ』と聞いタ。ならば、肉体改造されすぎて人外に至ったワタシには、関係ないことダ。そう、『すべての神は死んダ』ヨ。

 フッ、信義だト? そんなもの、野良イヌに食わしておけばいイ」

 

 モシェが首を振る。

 

「そういう難しい話はいいです。ゲルクさん、吐いたツバ飲む気ですか? そもそも会社の()は連中を処刑しろ、とは言ってないでしょう。独断専行ですか?

 そういえば、……アイスクリームをさんざん食べさせてくれたお礼がまだでしたね。弾でお返ししましょうか?」

「だったら、アイスで返セ。ワタシだって好きなんダ」

「その体じゃもう食べれないでしょうに」

「ゴ名答」

 

 張りつめた沈黙が流れる。

 唐突に、コロン、と金属音が床からして一触即発は終わりを告げる。

 

「降参。嫌われたものダ。さすがに、コレだけの数を相手するのは無理だナ」

 

 緑のガンダリウム・ブレードが転がっていた。

 

「しかし、オマエたち全員、逃走援助罪だゾ」

「パイプラインをさんざんぶっ壊した人がどの口でいうかな?」

 

 ボソッとモシェがいう。先日の『戦車で人をひき殺すヤツがいうことカ』のお返しである。

 

「実はそのことなんだが、ちょっと相談が」

 

 アジスがいう。

 

「下手すれば仲間を殺していたかもしれない。それにウチ(ホワイト・ウォール)はベースジャバーも墜とされて、いや、私がやったんだが、・・・・・・とにかく大損だ」

 

 マラサイの乗るベースジャバーを撃墜したのは、アジスと仲間のマイク、ふたりのハイザックの仕業である。潜砂からビームランチャーの狙撃で姿を見られることもなかった。

 

「なにがいいたイ? ソレ以前にFLNと内通していたオマエが、文句をいえる立場カ?」

「少しはこっちの言い分も聞いてくれよ! 捕虜にしたペンプティ、あいつメカニックだろ? こっち(ホワイト・ウォール)にくれよ。人手が足りないんだ。このままじゃ、オイラ過労死しちゃうよ」

 

 空気と同化していたが、この場にはホワイト・ウォールのメカニック兼パイロットのヒンカピーもいる。

 

「できれば、あのゼー・ズールってMSとパイロットも一緒にな」とアジス。

「元ティターンズがネオ・ジオンの人員と装備を使ってナニがしたイ?」とゲルク。

「天下の白壁だよ。アフリカじゃ誰も文句いわないって!」調子のいいことをいうヒンカピー。

「ゲルググもどきのネモなら、後ろ暗い仕事に使えるんじゃないですか? ブッホ(ウチ)でもらいましょうよ」とモシェ。

「それはダメだ。ルオ商会のものはルオ商会に。元のところへ返すべきだ」とバロン。

 

 

 混乱を収束するには、たっぷり二時間必要だった。

 結局、アヴリルとゼー・ズール、そして偵察に出てガルダーヤ防衛隊に捕まったメカニックのペンプティは、ホワイト・ウォールが身請けすることになった。

 

「MSはどういいわけ、するんです?」とモシェ。

「鹵獲したことにすればいい」と苦い表情のアヴリル。

 

 アジスは複雑な顔をする。かつての自分を見たような思いだった。

 

「アブリル中尉()、……ネオ・ジオンのイデオロギーを捨てたそうだ」

 

 捕虜にされたクイントとパイロットのテッセラ・マッセラほか数名はゲルググもどきとともにFLNに合流する。

 

「もったいないなぁ。OASにMSを売るだけでも大金になりますよ。考え直しましょうよ、ゲルクさん?」

「ルオ商会と事を構えたいのカ、モシェ? 夜にぐっすり眠りたかったらFLNにくれてやったほうがいイ。商会だって、OASやガスポロムと戦ってくれる組織とコネがもててメリットがあるんダ」

 

 残りの袖付きメンバーはブッホが航宙チケットやら、偽造IDやらを用意して宇宙に上げる手はずとなった。

 

「なんだか、ぼくら(ブッホ)だけ骨折り損してません?」

「バカカ? オマエらがワタシに銃を突きつけなければ、こんなコトにはならなかっタ」

「うわー、そういうこという? 元はといえば、ゲルクさんが空手形なんか切るから・・・・・・」

「ジャパンには『損して得取れ』という言葉もある。私たちもずいぶんと()を得たことだろう」

 

 言い争うモシェとゲルク。バロンはひとり達観した顔をしてしきりにうなずいていた。

 

 

 

 

 ハシルメルのパイプラインが破壊されたことで、ガス供給はタンクローリーでの陸上輸送に頼らざるをえなくなった。なぜか事態を予測していたかのように、ルオ商会はパイプラインの権利を売却していた。その上、北アフリカのローリーを買い占めていた商会は大きな利益を得る。

 また連邦政府はガス田プラントの警備が不十分だとして、PMSCへの予算を大幅に増やして計上する。ホワイト・ウォールだけでなく、正式にブッホ・セキュリティ・サービスも食い込める結果となった。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あるプルの逆行夢

 

 袖付きの捕虜はすみやかに宇宙に上げる、はずだった。

 思わぬ事態になった。

 ガス・パイプライン襲撃事件から人心動揺が起こり、()()を予定していた人々がアーティ・ジブラルタル宇宙港に殺到した。アルジェリアにいるゲルクたちも当然、ジブラルタルを使うつもりでいたが、壮絶なラッシュを起こし宇宙へのチケットを確保できなくなった。

 

「じゃ、ニュー・ホンコンに行きますか?」

「別の宇宙港を使うのは構わんガ、ホンコンまでの航空チケットはオマエが払うんだナ、モシェ? 無論、捕虜も含めた全員分ダ」

 

 モシェは口を閉じる。

 また、ガス田・ハシルメルの警備をブッホ(B)セキュリティ(S)サービス(S)が一部受け持つことになり、ゲルクたちも駆り出されることになった。

 瞬く間に一ヶ月が過ぎ、彼らは神の子が生まれた日をアフリカで迎えることになった。

 

 

 UC.0097年、12月。アルジェリア中部、ガルダーヤ地上街。

 

 すっかり常連となったブッホの面々がカフェの店主を追い出し、占拠し、クリスマスを祝う。

 まずそうにビールを飲んでいたモシェは、突然立ち上がり、

 

「ぼく、お風呂入ります!」

 

 服を脱ぎ始めた。目が、とろん、としている。

 シャツを投げ捨て、最後のトランクスに手をかけたところで、バロンが止めた。

 

「落ち着け……」

「そうダ。これでも飲メ」

 

 かぶせるようにいったゲルクが、さっ、とグラスを差し出す。氷の浮いた茶褐色のそれは、いい感じで水滴の汗をかき、ぼぅ、としたモシェは、

 

「なにこれー? おいしそー」

 

 無防備に喉を鳴らした。

 

「コーヒー牛乳だぁ」

 

 一息に飲み干す。

 

「あれ? この天井、回ってる?」

 

 そのまま後ろにひっくり返った。気を失っている。

 

「なにを飲ませた?」

「タダのカルーア・ミルクダ」

 

 バロンはため息しつつ、倒れたモシェを引き上げる。テーブルに突っ伏す形にしてやると、右上腕のタトゥーに気づいた。

 

(……0(ゼロ)?)

 

 数字のようだが、はっきりとしない。なぜなら、

 

「ホゥ。コイツはひどいヤケドダ」

 

 向かいのゲルクもいう。

 モシェの右上腕筋から三角筋にかけて、ひどい火傷の痕で皮膚がぐずぐずになっていた。

 

「ワタシもこんなサイボーグになる前は腕といわず、脚といわずヤケドだらけだっタ」

 

 バロンがきく。

 

「どうしたんだ?」

「どうしたカ? ソレは……おかしイ、記憶障害(メモリーエラー)ダ。内部記憶(データベース)を引き出せなイ。

 しかたもあるまイ。ワタシはインダストリアル7沖会戦で3時間も宇宙漂流したのだかラ」

「……酸素欠乏症か?」

「そうダ。医者の話ではもう脳の一部が死んでいたらしイ。側頭葉は人工大脳が埋め込まれていル。思い出せないというよリ、そもそも記憶がないのかナ」

 

 ゲルクの記憶に、『全身の火傷の(あと)』という道標はある。だが、その先は断崖絶壁になっていた。

 

「しかし、覚えていることもあるんだヨ。ヤケドを負わせた連中をひどく恨んでいて、殺しても飽き足らないと、思っていたらしイ。記憶ともいえない断片だけド、ワタシの体を焼きながら、そいつらは笑っていたんだヨ」

 

 

 いつしか、宴の喧騒も冷めた。

 カフェには物憂げな裸電球の光の下、テーブルに突っ伏したモシェ、そして、横で黙然とウイスキーをなめるバロンしかいない。

 

「ん……」

「起きたか」

「あれ、ぼく、寝てた?」

 

 モシェが身を起こした拍子に、かけられていたシャツが床に落ちる。腕の火傷が否が応でもバロンの視界に入った。

 

「……アハハ、……昔、ちょっと、ね」

 

 モシェは笑う。

 

「いや、別に」

 

 バロンは「興味ない」と、目を手元のグラスに戻した。氷がコロンと音を立てる。

 モシェの頬に酔いとは違う朱がさした。

 

「ねぇ、バロンさん知ってる?」

 

 思わずバロンはまた顔を向けた。下着一枚のモシェがすぐ横ににじり寄っていた。

 

「昔、ジャパンでは罪人の腕にタトゥーを入れたんだって。咎人(とがにん)ってわかるように、さ」

「コリアでも顔に焼きゴテを当てられたりしたらしいな。どこの国も似たようなものだ」

「そうだね。はぁ、……」

「っ! おい」

 

 モシェは頭をバロンの肩にしだれかけた。

 

「昔のこともタトゥーみたいに、消せたらイイなぁ……。はぁ、……ゲルクさんは覚えてないんだって。イイなぁ……」

「……」

 

 そのまま、再び眠ってしまった。モシェの黒髪から立ち上る甘い匂いに、なんともいえない感情を抱きかけ、バロンは首を振った。

 モシェの体をテーブルに戻し、落ちたシャツをかけてやろうとしたバロンは、はっ、とした。アルコールで血流がよくなったためか、普段は隠れている【消したはずのタトゥー】が現れている。

 なにか紋章のような図形と、文字列であった。

 

(pr……d……ced? by Ne……Ze……!)

 

 失われたアルファベットを補完し、戦慄する。

 

ネオ・ジオン製(produced by Neo Zeon)!? なぜこんな……)

 

 人間に彫り込むべき字面ではない。意思を持たぬ物、MSなど機械に授けるべき印しである。

 ならばモシェは、

 

(無理やり入れさせられた? だから、焼いて消した、のか?)

 

 判然としなかった図形は、亡霊のようにネオ・ジオンの紋章として浮き出ていた。

 

 

 

 

 7ヶ月前。

 UC.0097年、5月。地球と月のラグランジュ点L5のサイド1。ブッホ・コロニー。

 

 最終面接は社長のマイッツアー・ロナが立ち会った。

 これは何事も他人任せを嫌う父、シャルンホルスト・ロナの影響もある。が、マイッツアーがブッホ・グループ内では新参の民間軍事警備部門に並々ならぬ期待を寄せている証しでもあった。

 マイッツアーがいう。

 

「来年、ジュピトリスの帰還に合わせて警護モビル(M)スーツ(S)隊を再編成する。これは連邦の新たな軍事計画にブッホが一枚噛んだこともあるが、裏には違う意味がある。

 君はそのMS部隊を率い、実戦データの蓄積を行ってほしい。今はまだその時ではないので詳しく話すことはできないが……。表向き編成する部隊は、対ネオ・ジオン残党掃討が主任務だが真の目的、それは世界に新しい秩序をもたらす、なんと言おうか、

 そう! 尖兵(バンガード)を担っている。

 同時に、君には()()()()()としての役割をしてもらいたい。自浄能力を有しない組織は連邦であれジオンであれ、いずれ腐っていくことは明白だ。それは人類の歴史が証明している。

 結果的に君自身が汚れていくこともあろう。だが、それで目指す理想が近付くのならやる価値はあると、思わないか?」

 

 そこで初めてモシェは反問した。

 

「自分の理想と社の理想が合致したものかどうか、分かりかねますが」

「リジョン、君はこの世界をどう考えている? 宇宙にまで人の生活圏が膨れ、ゴミを垂れ流す状況を」

「腐敗していると思います。『地球連邦政府が腐っている』とよく耳にしますが、裏で連邦とつながり茶番を演じている共和国やネオ・ジオンも同じ穴のムジナです」

「ほぅ、バッサリ斬り捨てたな」

「度重なる戦禍による環境破壊、それでも増え続ける人口。もはや状況は連邦の絶対民主制では進まないところまで来ているのです。かといって、ボンクラの独裁は破滅しか招きません」

「ザビ家はボンクラか?」

「そこまで、直接的に言っているわけでは……。しかし、はい、そう思います」

 

 マイッツアーは愉快そうだった。

 

「続けてくれ」

「はい。自他を律し、高貴な理想を追い求められる人間だけが、この世界を変えていけると思います。民主主義は聞こえは良いですが、『皆仲良く、責任者不在』です。今必要なのは、強力なカリスマ性を持った英雄による衆議独裁です」

「なるほど。では、シャアはどうか? 彼はボンクラではあるまい」

「シャアの理想は高いのではなく、狂っていたのです。彼は人の可能性(ニュータイプ性)を否定しながらどこかで捨てきれず、()()()()いました。そんな右も左も分からない思想に人類の未来をたくせるほど、世界はバクチ好きではないのです。アクシズなど落とさずとも彼自身が道を示し、人類を導くべきでした」

「確かダカールで演説したのは、シャアだったかな? 彼は『地球を人の手で汚すな』『人類を地球から巣立たせる時が来た』と言った。あれは道を示したのではないか?」

「訂正します。寿命のすべてを賭け、道を示し()()()べきでした。一度や二度の挫折で何もかもリセットさせようとする人間など、ボンクラ以下です」

「若者の傲慢(ごうまん)を聞いていると、老人には心地よいな」

 

 柔和な笑みを浮かべるマイッツアーはまだ老齢に達していない。一転、眼光鋭く切り込む。

 

「しかし、会社が雇いたいのは英雄でも独裁者でもない。グループ内の監視者(フィルター)であり(いち)MSパイロットだ。

 仮定の話は好きではない。だがあえてきこう。もしも強力なMS、……例えばガンダムを与えたらジュピトリス隊のエースパイロットが駆るキュベレイや、かつて『四枚羽根』と呼ばれた袖付きのMSに、君は勝てるかね?」

 

 確信した。この男(マイッツアー)は過去を知っている。その上で試している。

 

「今の()()には無理です」

 

 マイッツアーは明らかに落胆した。さすがに、『ぼく』はまずかったか。

 

「面白い物言いだ。では、いつの君なら勝てる?」

 

 意地の悪い人だ。しょうがない。

 

「……8年前の()ならツーや、ましてトゥエルヴ()()()に遅れは取らない。いつでも、戻る覚悟はあります」

 

 打って変わった我の強いセリフにマイッツアー・ロナは満足した。

 

「では試してみよう! 合格だ、モシェ・リジョン。BSSは君が能力を十全に発揮することを期待する。()をMS隊隊長の座から降ろして見せたまえ!」

 

 翌月。

 モシェとゲルクは発足した、BSS緊急アドバイザーに任じられた。

 

 

 4年前。

 UC.0093年、10月。サイド1のコロニー、ロンデニオン。ブッホ・コンツェルン職業訓練校。

 

「はじめまして! モシェ・リジョンです。アストライヤ孤児院から来ました。

 特技は短距離走と機械いじりです。苦手なものは……甘いもの、かな? 特に、ごてごてしたチョコパフェとかありえない。

 あっ! でも女の子の甘~いキスは大好きですよ♪」

 

 校内上下関係(スクール・カースト)が微妙な入学初日の自己紹介。同級生はモシェが放った最後の一言で、

 

こいつ(この人)はエロキャラ確定だな()

 

 決め付けられた。

 しかし、充実した三年間を過ごす。

 モシェは卒業後、横滑りでグループ企業のブッホ・ジャンクに入社した。同社に6ヶ月を勤め、BSSの幹部社員試験を受けることを決意する。

 

 

 7年前。

 UC.0090年、10月。イスラエル、エルサレム。

 

 反連邦・イスラム原理主義の女がテロを起こす。最大効果を狙い、混雑するショッピングモールの真ん中で自爆した。

 レスキュー隊員はガレキまみれの子供を見つける。小柄だ。ティーンエイジャーになるか、ならないかぐらいだろう。

 その子は死体に取りすがっていた。父親なのか。

 

「さあ、早くこっちに!」

 

 返答を待たずに、抱きかかえ生き地獄を脱出する。救急車へ向かう途中、子供の手からスクール・パス(I D)が落ちた。拾い上げ、レスキューが励ます。

 

「辛いだろうけど、しっかり生きなきゃ! モシェ・リジョンくん、お父さんの分まで頑張るんだよ!」

 

 名無しの浮浪児が再び名を与えられた瞬間だった。

 レスキュー隊員は知らない。

 本当のモシェ・リジョンは父親から、2メートル離れたガレキに埋まっていることを。

 本当のモシェ・リジョンは黒髪だが、その子の髪は違う色をしていることを。

 白でも黒でもない灰色(ガレキ)の世界が覆い隠した。

 天涯孤独のモシェは、アストライア財団が運営する孤児院に引き取られた。

 

 

 およそ8年前。

 UC.0090年、1月。タイ、バンコク、ある地下医院。

 

「本当にいいのかい? 君の(とし)で全摘出したら、もう……」

「いいんだ。この姿を鏡で見るのはもうイヤだ」

「分かったよ。じゃあさ、……幼女の卒業記念におじさんを楽しませてくれないかな?」

 

 その闇医者からは心の腐臭が漂っていた。栗毛の少女は一晩、男に夢を見させてやった。

 

 

 クスクスクス……♪

 

 ひざまずき、男のモノをくわえ込んだ少女─モシェの前身を、死後の沼から浮かび上がった何者かが嗤っていた。

 ひとり、ふたりではない。

 八姉妹(エイト・シスターズ)。男に奉仕を強制されるモシェと、左目を除けば、鏡映しの少女たちであった。すでに、モシェは隻眼だった。

 同じ似姿をしたクローンだが、モシェは連中のにおいを嗅ぎ分けられた。

 特に、ひとりの少女に覚えがあった。

 

(かわいいでしょ)

 

 その栗毛が笑いながらいう。

 モシェが一物を口から離すと、闇医者の姿はかき消えていた。

 

「いや、醜いよ」

 

 舌なめずりし、モシェが嘲った。

 確かに醜い。

 少女の左目の上に直径10ミリぐらいの弾痕が開いていた。ふしぎに血は出ない。代わりに穴から太い蛆虫がにょろにょろと這い出た。グロテスクなことに少女と同じ顔をしていた。

 蛆虫がわめく。

 

(誰のせいでこうなったと思ってるの!? あんたでしょ、外れモン! ファイヴも、セヴンも、みんなあんたのせいで死んじゃったんだ。あんたがあの時……)

「ギャーギャーと、うるさいんだよ」

 

 モシェは冷笑した。

 

「なにが()のせいだ。君たちはザコだから死んだんだ。死んでまで汚い顔を見せるな」

 

(嫌なコ……)

(わたしよ、死ね!)

(あなたこそ消えちゃいなよ!)

 

 口々にモシェをののしりながら、少女たちは虚無に飲まれていった。

 

 

 

 

 現在。

 UC.0097年、12月。ガルダーヤ地上街、ホテル・クラマ。

 

 モシェ・リジョンは目覚めた。

 喉はひどく乾いている。嚥下した唾液はぬめっていた。

 

(まるで()()みたいだ)

 

 夢の中で強要された性欲処理のようだった。

 気持ち悪いと分かっていても、命じられれば受け入れてしまう。受け入れることで精神的安定を得られる。

 

(やっぱり、ドMなのかな?)

 

 声もなく笑った。間違いに気づいたから。

 それはプログラミングされたものだから。自分の意思ではどうしようもない、と気づいたから。

 

(でも、今は(マスター)がいてくださる)

 

 枕元に置いた聖書を手に取る。古く、使い込まれ表紙はぼろぼろだ。

 

(誰もぼくに命令できない。主だけだ。でも、主は滅多に命じられない。道を示すだけ)

 

 今夏、東南アジア・ラオスでの仕事の後、昔世話になった闇医者と会った。再会を喜び、夕食を共にしそのままダブルベッドにチェックインした。

 

「連れに逃げられちゃったみたい」

 

 翌朝、モシェはホテルのフロントで舌を出す。

 肝心の連れ、闇医者は

 

(とっくに土に還ったろうなー。ぼくのことチクったの、あいつだな多分。マイッツアーさんも()()()だよ)

 

 昨晩、飲まされたカルーアが効いたのだろう。だから、久しぶりにあの夢も見た。

 立ち上がったモシェはバスルームに行き、鏡の前のミネラルウォーターに口をつける。ボトルの横にはカラーコンタクトのケースが置かれていた。

 洗面台でモシェは、2()()の義眼を外す。しばらくうつむいていたが、決意し顔を上げた。鏡を見る。

 つぶれた左目は、サーモンピンクの結膜を見せている。

 だが、黒のコンタクトを外した右目は深く、蒼い。まるで海底のようだった。

 

「あれ?」

 

 鏡をのぞき込み、肩まで伸びたもみあげをかき上げる。黒髪の根元がオレンジの栗色に変わりつつあった。

 

「また染め直さなきゃ。バレたらゲルクさんに殺されちゃうよ」

 

 染色を済ませたモシェはベットに戻る。

 

(そういえば、バロンさんが連れてきてくれたのかな?)

 

 自分の足で部屋に帰った記憶はない。

 

(なんだか、キュンキュンする……)

 

 モシェは胸をおさえる。

 もしも、健全な女のままだったならば、彼と……。だが、後戻りはできない。人生は絶対にやり直せない。

 時として、性の喪失にモシェの心臓はくっぽりと空洞になってしまったかのような、虚無感に襲われる。

 

(それでも、……昔の姿、あの娘の顔を見るよりましだ)

 

 モシェはブリーフケースから社内秘(シークレット)資料を出す。ジュピトリス警護MS隊のエースパイロット、マリア・アーシタの顔写真を見る。彼女の碧眼はモシェの右目と同じ色である。

 写真を握りつぶす。クシャクシャになったそれを広げ、今度はバラバラに引きちぎり、床にぶちまけた。

 第一次ネオ・ジオン戦争末期に感じた怪物的殺人願望、それがモシェの(ずい)から黄泉帰(よみがえ)ろうとしていた。

 だが、当人はその無意識には気づかず、ただひとつの救いであるかのように、聖書を胸に抱いていた。

 

 

 予定では大型宇宙輸送艦ジュピトリスはヘリウム採取作業を終え、来年UC.0098年3月に木星を発し、何事もなければおよそ3ヶ月後、地球圏に帰還する。

 その船には、ゲルクとモシェが殺したくてやまない強化人間がいた。かつてネオ・ジオンではプルツーと呼ばれ、今はマリア・アーシタと名を変えたMSパイロットである。

 

 

 

 

 一章 UC.0097 ~終~

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。