喫茶店長の戦車道指導譚~アンツィオ風味~ (とらまる@)
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1︰艦外れの喫茶店

ここはアンツィオ高校学園艦にある、小さな隠れた名店「喫茶キャロル」

 

自分で名店なんて呼ぶのは少し恥ずかしいが、『小さな』と『隠れた』の部分なら胸を張って言える。

なんせ表の商店街から路地裏に入って更に奥に抜けた、町外れならぬ艦外れにこの店はあるのだ。

それでもこの店を始めて早2年。自慢の料理たちが噂に噂を呼び、今では常連客も増え店も軌道に乗り始めている。

そして現在もアンツィオ高校の可愛らしい女生徒たちが、学校帰りにうちの店に足を運んでくれている。

 

「てんちょーー!!日替わりピザとボロネーゼ、おかわりくださーい!」

 

「ペパロニ姉さん!私、リゾットがいいッス!サフランリゾット!」

 

「ドゥーチェ、それ美味しそうですねー!一口くださいよー!」

 

「店長、ワインおかわりくださーい!」

 

「一口だけだぞ・・・あぁ!!一口だけだって言っただろうがァ!!」

 

「すいませ~ん、お水のおかわりいただけますか~?」

 

「てんちょーー!!サフランリゾット追加ッス!」

 

「お腹すいたーーーテンチョーまだー??」

 

 

しかしまぁ可愛いのは外見だけで口を開けばこれである。

 

「お前らうるっさい!!他に客がいないからって大声で騒ぎすぎなんだよ!」

 

「えーーでも店長、ここの客って殆んどがアンツィオの生徒じゃないッスか」

 

「ぐっぬぬぬ・・・」

 

そう、確かに常連は増えた。だがその殆んどがこのアンツィオ高校の生徒なのだ。

上手いこと反論ができないまま俺は作り終えたばかりのラザニアを皿に移した。

 

「ほら、野菜たっぷりラザニアおまたせ!ペパロニ、おかわりとリゾット今から作るから待ってろ!カルパッチョ、すまんが水はカウンターにピッチャーがあるからセルフで頼む!安斎、涙目になってないで他のやつ静かにさせろよ!あとワインじゃなくて大人のブドウジュースって言えっていってるだろう!」

 

「な、なんで私だけ苗字呼びなんだぁ!?」

 

なにか安斎の声が聞こえた気がしたが気にしない。

まったく・・と溜め息をつきながらもワイn・・もとい大人のブドウジュースをグラスに注ぐ。

 

そしてそれからも注文を受けては料理を作り、やっといま手が空いて休憩できたところだ。

俺は換気扇の下に行くと愛用の紙巻き煙草アークローヤルに火をつけた。

 

フーーッと煙を吐きカウンター越しに彼女たちに目をやると、腹が満たされ満足したようで話題は戦車道の話へと移っていた。

 

そう、彼女たちはアンツィオの戦車道チームのメンバーなのだ。隊長のアンチョビこと安斎千代美、副隊長のペパロニとカルパッチョ。そして今年入学したての数多くの1年生たち。

今日も戦車道の練習の帰りだろう。体を動かした後ということで相変わらずよく食べる。太っても知らねーぞ。

 

「いやーもうすぐ念願のP40も買えるし鬼に金棒ッスね、ドゥーチェ!」

 

「だからってあんまり調子に乗るんじゃないぞ、ただでさえうちは他校との交流試合が少なくて経験不足なんだから!」

 

「いやほら、そこはノリと勢いでどうにかするのがアンツィオ流じゃないっすかー」

 

「それで今まで負けてるんだろー!もうちょっと頭を使え、頭をー!」

 

いやーペパロニさん流石だわー。そのプラス思考見習いたいわーマジで。

 

だが、まぁ確かに安斎が焦るのも分かる。実直にいえばアンツィオの戦車道チームは弱いのだ。いや安斎がアンツィオに入学してからは、大分マシになったらしい。戦い方も随分と変わった。

それでもこのままでは今年の全国大会も1回戦突破が関の山だろう。

 

そうだな、俺ならアンツィオの機動性を活かして陽動作戦を...いや止めておこう。

もう俺には戦車道なんて関係のないことだ。

さて、アイツらに食後のデザートでもサービスしてやろう。

 

そして俺は静かに煙草の火を消した。

 

 

 



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2︰安斎千代美の本音

「よし、綺麗に片付いたな」

 

アンツィオガールズの前回のバカ騒ぎから数日後、俺は店の閉店時間を前に店内の掃除をしていた。

ここ数日、うちの一番の常連であるアンツィオ高校の戦車道チームは、他校との練習試合の為に学園を留守にしている。

 

「たしか今日の夜に帰ってくるとか言ってたし、今頃は全員疲れてぐっすり寝てるだろうな。……明日の食材、少し多めに注文しとくか」

 

そう思い仕入れ伝票を取り出す。別にアイツらがいないから寂しいとかそういう訳ではない。決して。ただ、そう暇なだけなんだ、俺が!……なんかちょっと虚しくなってきた。

ひとり寂しく自問自答をしていると、ドアの開く音がした。

 

「いらっしゃい。...ってなんだ安斎じゃねーか、久しぶりだな」

 

そこに立っていたのは戦車道チームのリーダー、アンチョビこと安斎千代美だった。

 

「安斎じゃない!アンチョビだ!あ、もう閉店準備してたのか...すまない、後日出直すよ」

 

「まだ営業時間内だ、若い奴がいちいちそんなことで気ィ使うなよ」

 

「いや、確か店長も年齢たいして変わらないよな...じゃ、じゃあ改めてお邪魔する」

 

「おう、いらっしゃいませ」

 

店内に入り、席に着いた安斎に俺はミネラルウォーターとメニューを渡した。

 

「その様子じゃ大方、家の冷蔵庫が空っぽで夕飯食べてないんだろ?何にする?」

 

「ぐぬぬ...悔しいがその通りだ。じゃあなにかお任せでパスタを頼む」

 

「りょーかい」

 

 パスタか...確かエビと野菜が何品か余ってたな。よし、あれでいくか。

 俺は湯を沸かし食材の下準備にかかった。

 

「…………」 「………………」

 

 調理をしている間、安斎は無言のままだった。こりゃ試合負けたなー。あとでそれとなく聞いてみるか。

 

「よし、いい味だ!安斎、できたぞー」

 

 少し深めの皿を用意し、料理を盛り付ける。

 

 そして完成した品を安斎の前にそっと置いた。

 熱々のスープに浸かったエビやアサリ等の魚貝類にホクホクの野菜と黄金色のパスタ。

 

「魚貝類と茹で野菜のスープパスタだ。今日の夜は特に冷えてきたからな、温まるぞー」

 

「なんじゃこりゃー!めちゃくちゃ美味しそうだぞー!」

 

「まだメニューに載せてない裏メニューだが今日は特別だ。ま、そいつ食って元気出せよ」

 

「い、いただきまーす!」

 

「はいよ、どーぞ」

 

 

 とりあえず話を聞くのは食べ終わったあとでもいいかな。

 俺は棚からコーヒー豆を取り出し、食後の安斎と自分用に2人分のコーヒーを淹れ始めた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 安斎が食事を済ませたあと、俺たちは先ほど淹れたばかりのコーヒーを飲んでいた。

 3ヶ月ほど前に別の仕事で知り合った友人の影響で、一時期はよく紅茶を飲んでいたが 今日はいい豆があったこともありコーヒーにした。

 

 中米中部にあるホンジュラスという国で生産され、フルーティーな甘さと程よい酸味でバランスのとれた逸品だ。なによりコイツはミルクとの相性が抜群にいい。

 苦いのは苦手そうな安斎にはミルク多めのカフェオレにしておいた。

 

「今回の演習試合はな...マジノ女学院との試合だったんだ」

 

 先に口を開いたのは安斎の方だった。

 

「序盤は久しぶりの試合っていうのもあって勢いで結構優勢だったんだがな、うちは一度崩れると立て直しにどうも時間がかかるんだ。惜しかったなぁ、もうちょっとで勝てたんだけどなー」

 

 マジノ女学院といえばフランス戦車を主力とする学園だったはず。正直あまり強い印象はない、言ってしまえば弱小高に入る部類だ。

 アンツィオの戦車道チームも決して強いわけではない。だが、試合の詳細こそ知らないが勝てない試合ではなかった筈だ。

 

 実際に去年の戦車道全国大会では1回戦を突破している。2回戦こそ残念であったが、強力な戦車を保持していないアンツィオなりの戦い方をした良い試合だった。

 

「今年の大会までまだ時間もある、念願の重戦車だって買えるんだろ?そう落ち込むなよ」

 

「もちろん次は負けるつもりはない!いや勝つぞ!」

 

 そうそう、その気持ちが大切だ。

 

「ただ、な。私も3年生で今年で引退だ。2年生はペパロニとカルパッチョだけだし、正直不安なんだ...。今の1年生たちにはまだちゃんとした勝ちを教えれてないんだよ、アイツらこのまま戦車道辞めちゃったりしないかなぁ...」

 

 それは初めて見る顔だった。

 彼女が今まで溜め込んでいた、アンツィオ高校戦車道チームのリーダーである総帥アンチョビではなく、たった1人の3年生 安斎千代美としての本音だった。

 

 普段は強がって、周りのメンバーに不安を見せない彼女が漏らした初めての本音だった。

 

「すまんな...喫茶店の店長になに弱音吐いてるんだ、私は。明日からまた練習を始めるし、そろそろ帰るよ。ご馳走様」

 

 潤んだ瞳を拭って残ったカフェオレを飲み干すと安斎は立ち上がった。

 

「なぁ安斎、明日の練習ってのは何時からの予定なんだ?」

 

「ん?明日は通常授業が終わったあとになるから14時くらいかな。たぶん練習の後にみんなで店に行くと思うから、よろしく頼む。あと今日のことは他言無用でな」

 

「14時ね、分かった。しっかり全員集めておけよ」

 

「??う...うん、わかった。次は勝てるようにしっかり練習するよ」

 

 その後、会計を済ませ安斎を見送り俺は店を閉めた。

 

   さて、と。

 

ーーーーーーーーーー

 

 そして次の日の昼過ぎ

 

 アンツィオ高校の校庭で呆然と立ち尽くす彼女らを前に、俺は改めて自己紹介をした。

 

「えー、今日ここを訪れたのは喫茶店キャロルの店長としてではない。短い間だが君らの戦車道教導官を務めることになった。戦車道 島田流家元が長男、島田 白兎(ハクト)だ!」

 

 これは別に昨日見た安斎が可哀想に思ったとか、俺の中の戦車道魂に火がついたとか、そういったものじゃない。

 いつも来てくれる店の常連への、ちょっとしたサービスなだけだ。

 

 一度だけ、一度だけ彼女らを次の試合に勝たせる。この子らに足りないのは自信だ。だから次の勝利で俺はほんの後押しをする。

 

「という訳でよろしく頼むな、アンチョビ」

 

 

 

     「な…な……なんだってーーーー!!!!」

 

 

 その日の彼女の声は学園中に響き渡った。

 

 



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幕間︰此処に至るまでの物語

 

ーー少しだけ、昔の話をしよう。

 

 

 島田流、日本戦車道の数ある流派の中でも西住流と双璧を成し世界中に道場を構える名家である。

 

 その家元である島田千代の第1子として誕生したのがこの俺、島田 白兎だった。

 

 裕福な家庭で何不自由なく幼少期を送り、時には母の乗る戦車に乗って遠出し、また時には戦車道の大会に連れていって貰ったりもした。

 いつか自分も母のように戦車に乗り、有名な大会で優勝し家族を喜ばせたい。いつしかそう思っていた。

 

 だが、いつからだろうか。家にいる時に時折妙な違和感を感じるようになったのは。母が不安そうな顔を稀に見せるようになったのは。

 

 其れがのちに知るであろう、島田流家元としての跡取り問題による両親や親族からの不安や心配の声であった。

 

 そもそも戦車道とは、女性が乙女の嗜みを学び自身を鍛えるとされている武道である。

 

 そう、自分は母の跡を継いで島田流の家元にはなれないし、優勝は疎か大会に出ることさえ許されないのだ。

 子供ながらにその真実に気付き、当時の俺は酷く落ち込んだ。

 

 だが、現実は残酷であった。

 

 跡継ぎの娘が未だ生まれないのならば、せめてこの島田の血を絶やさぬように、この息子が結婚し誕生した次の世代に託す為に、知識だけでも 技術だけでも 残さねば。

 

 その決議が行われた次の日から、この人生は『島田流家元の後継者』とはかけ離れた、ただの『島田流を次の世代に残す為のモノ』へと変わっていった。

 

 毎日のように叩き込まれる実戦、戦術、知識、技術。

 それは幼い頃に思い描いていた光景とは似ても似つかないものであった。

 当時5歳の俺は戦車道が嫌いになっていた。

 

 しかし神様は本当に気まぐれだ。

 この生活にようやく慣れてきた、もうすぐ7歳の誕生日を迎えようという時のことだ。元々子供の授かりにくい身体であった母だが、遂に娘を授かったのである。

 

 待望の跡取りが出来たことで親族は大いに喜び祝った、「これで心配事も消える」「跡取り問題も無事解決だ」と喜々としていた。

 

 こうして長いようであっという間の、島田 白兎の戦車道が終わりを告げた。

 

 その後産まれた子は愛里寿(アリス)と名付けられ、いつも俺のうしろをついてくる可愛い妹に育っていった。

 

 それから暫くは割と平和な日常が続いていった。

 愛里寿が戦車道を習い始めるまではまだ時間があったし、俺は家の責務が無くなりごく普通の小学生として過ごしていた。

 何より家族が、母がよく笑うようになった。跡取りの女児を産めなかった責任から解放されたからであろう。幸せな家庭がそこにはあった。

 

 そして、昔嫌いになっていた戦車道は もうそこにはなく、俺にとってどうでもいいものに変わっていた。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 愛里寿が産まれてから早6年の年月が経った。

 時間が過ぎるのはあっという間で、俺は小学校を卒業して地元の中学へと入学した。また愛里寿は6歳の誕生日を迎え去年から母に島田流戦車道の初歩を教わり始めた。

 

 そして、俺はまた再び戦車道を学び始めていた。

     今度は自分の意思で。

 

 島田愛里寿という跡取りが誕生したことで、これ以上俺が戦車道を学ぶ理由は皆無に等しい。ではなぜ、一時はあれほど嫌っていた戦車道をまた学び始めたのか?

 

 確かに男性でも戦車道に関わることは可能だ。

 試合などには出れずとも将来的には連盟の戦術指南役や指導教官になることはできる。

 

 だが俺が再び戦車道を始めた理由はもっと単純明快なものだった。

 

 妹の愛里寿と一緒に戦車に乗り、共に学ぶことができる。そして学び始めて間もない妹に自分が兄として、戦車道の先輩として教えてやることができる。つまりはただの妹バカで自己満足なだけだ。

 

 今日は我が家にあるイギリスの巡航戦車カヴェナンターに乗り込み、愛里寿に操縦を教えているところだった。

 

「兄さまは戦車道、好き?」

 

「んー、どうだろう?でもお前にこうして戦車の操縦を教えてる、この時間は好きだよ。愛里寿は?」

 

「私も兄さまに教えてもらう、この時間がすき。ボコと同じくらいすき!」

 

 愛里寿は包帯でぐるぐる巻きにされたクマのぬいぐるみを抱いてそう答えた。

 

「ふー、やっぱりカヴェナンターの車内は暑いな。よし愛里寿、今日の練習はここまでにしてアイスでも食べようか!」

 

「うん!食べる!」

 

 そんな平和で幸せなやり取りを経て、島田家兄妹の戦車道は培われていったのだった。

 

 

 

 

 ―――それから5年後、俺は高校3年生となり重大な選択肢に迫られていた。

 1つはこのまま大学へ入学し、戦車道連盟の戦術指南役を目指し勉強を進める道。

 もう1つは昔からの数少ない趣味である料理を仕事に、専門学校か何処かの料理店へと進む道。

 

 悩んだ末に俺は後者である料理人への道を選んだ。

 

 俺が好きだったのは、愛里寿と共にある戦車道だったんだ。

 その愛里寿は今や、天才少女と呼ばれ飛び級で大学選抜チームからのスカウトを受けている。

 もう俺が教えることは何一つ無い。

 そう考えると少し寂しさはあったが、それ以上に誇らしさがあった。

 

 親族からはやはり惜しいものがあると多少止められはしたが、最終的には認めてもらえた。

 更には叔父の知り合いの古い店を一店舗好きにしていいと借して貰えるようになった。どうやら彼らなりに子供の頃のことを悪くは思っていたようだった。

 

 こうして若干18歳にして一国一城の主になってしまった俺は、約束の店があるアンツィオの学園艦へと向かった。

 

 別に今生の別れというわけでは無いのだし、両親と愛里寿には軽く挨拶を済ませるだけだった。

 俺が戦車道を辞めたことで、最後まで愛里寿が拗ねていたのが心残りであったが。

 

 それから始めの1年はとにかく大変だった。小さな店ながら慣れるまでにやる事が多く、また学ぶことも多かった。

 更には戦車道連盟の教官をやっている叔母の頼みで、何度か他の学園艦へと講習に向かったりもした。

 

 

 そして今、俺はアンツィオ高校の臨時コーチとして彼女達を指導している。

 辞めたはずの戦車道なのだが、何故か未だに辞められずにいる。

 

 昔から年下の女性には甘い俺の性分のせいなのかもしれない。

 

 

 

 

 



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3︰模擬戦をしよう

 挨拶の後、安斎が落ち着くのを待ち簡単な説明を済ませると早速練習へ取り掛かることにした。

 

「よし安斎、早速だがこいつら2チームに分けて試合させるぞ!」

 

「え、いきなり模擬戦するのか?」

 

「おう、まずはお前らの実力を知らねぇとな。俺がいま知ってる事といえば、お前らがよく食べよく騒ぐって事くらいだ」

 

「なんだ、完璧じゃないっすか!うちらの戦車道も大体そんな感じっすよー」

 

 ペパロニのドヤ顔に軽く苛立ちつつも、俺は拡声器を取り出し全体に指示を出した。

 

「只今より模擬戦を行う!AチームBチームとに分け、車両はそれぞれセモベンテ1両にカルロ・ヴェローチェ4両の5対5だ!Aチームの隊長はペパロニ、Bチームはカルパッチョにやってもらう。なにか質問はあるかー?」

 

「えっあ…私は?私はどっちのチームに入るんだ?」

 

「安斎は俺と一緒に観戦。試合の動き見ながらそれぞれの長所短所を教えてくれ。よし、各員準備に入れー15分後には開始するぞ!」

 

 指示を終えるとペパロニとカルパッチョを中心に彼女たちは直ぐに行動を開始した。

 俺は今のうちに一息入れようとタバコを取り出したが、少し考えそのまま胸ポケットにタバコを仕舞い直した。

 

「あれ?なんでタバコ直したんスか?うちらもうちょい時間かかりますよー」

 

 一連の動作を偶々見ていたペパロニがやって来て声をかけてきた。

 

「まぁ一応ここも学園の敷地内だしな。流石に自重しておくよ」

 

「ふーん。じゃあ代わりといっては何ですがこれでもどうぞッス!」

 

 そういうとペパロニは自分の着ているパンツァージャケットのポケットから棒付きのキャンディを取り出し、俺に渡してくれた。

 正直、口が寂しかったのでありがたく頂くことにした。すぐに自チームの方へと駆けて行った背中に礼を言い、俺はキャンディの包み紙を取り口に咥えた。

 ていうかあいつのポケット随分パンパンだったけどあれ全部菓子入れてるんじゃねーだろうな…。

 

「ところで安斎、他校との練習試合の件だが何処か了承してくれたとこはあったか?」

 

「いや…今のところ返事はノーばかりだ。もうすぐ全国大会前になるからな、自分たちの戦力をあまり見せたくないのだろう。かといって余裕のありそうな強豪校なんかはうちなんか相手にしてくれないだろうしなぁ…。どうしたもんかなぁ」

 

 確かにもう各校でも全国大会の準備が始まっている頃だろう。だがここは是非とも試合を経て経験を積ませておきたいところだ。

 

「分かった。練習試合の件は俺に任せておいてくれ。少し心当たりがあるから後でそっちに聞いておこう」

 

「すまないな色々と。しっかし驚いたぞ、まさかあの島田流家元の息子だったなんて!なんでアンツィオの学園艦で喫茶店なんかやってるんだ?」

 

「別にいいだろ…安斎、次それ聞いたら以降ずっとフルネーム呼びするからな」

 

「フルネームなんてお前、ダメに決まってんだろーがお前!というかアンチョビって呼べっていってるだろう!さっき1回呼んだのになんでまた安斎に戻ってるんだー!?」

 

 はいはい、ドゥーチェドゥーチェ。

 

 そんなやり取りをしていると無線機からカルパッチョの声が入ってきた。

 

『ドゥーチェ、店長、両チーム準備整いました。いつでも始められますよ』

 

 練習場に備え付けられたカメラに映された様子を画面越しに確認すると、それぞれのスタート位置に5両の戦車が停められていた。

 

 各チームから詳細を聞くと、ペパロニ率いるAチームは隊長自らがカルロ・ヴェローチェに乗りフラッグ車のセモベンテを守りつつ攻め入る作戦らしい。

 逆にBチームの方はフラッグ車のセモベンテにカルパッチョが搭乗し指示を出すようだ。

 ここで早くも違いが現れた訳だな。

 

 そして、俺自身も久しぶりに肌で感じる戦車戦に内心高まりつつ、今模擬戦の開始を告げるのであった。

 

 

「これより模擬戦を開始する!両チーム、本番のつもりで心してかかれ!」

 

ーーーーーーーーーー

 

 俺が試合開始の合図を出すと共に、両チームのエンジンに火が点いた。

 

 そして、ペパロニが、

 

「おっしゃー!姐さんたちにいいとこ見せるぞー!!」

 

 カルパッチョが、

 

「みんな、日頃の成果を見せて頑張ろうね!」

 

 

  「「全車両、Avanti(前進)!!」」  

 

 チームメイトたちの闘志に火を点けた

 

 

 

 

 さて、始まったな。まずは両チーム共にCV33(カルロ・ヴェローチェ)を前面に出し、フラッグ車のセモベンテは後方で様子を見ながら進んでいる。

 正直今回の戦闘においてフラッグ車を撃破するにはCV33の機銃では厳しいものがあり、最終的にはセモベンテの18口径75mm榴弾砲が勝負の鍵になるだろう。

だが、そこに至るまでの陽動や偵察にどこまで上手くCV33を使いこなせるかが今回の 勝敗を分けると俺は踏んでいる。

 

 始めに動きがあったのはペパロニ側のAチームだった。

 前方に固まって走っていた4両のCV33が4方向へと散らばって走り出したのだ。

 これならば確かに敵フラッグ車を見つけ出す可能性は高くなる。だがその分、各個撃破される危険も増す。云わば諸刃の剣だ。

 

「あ”ーー!ペパロニのやつ、まーた後先考えないで攻め込んでるなぁ!」

 

 安斎の様子を見るからに、どうやらいつもの事のようだ。

 だがあの行動も悪いところだけではない。あの思い切りの良さ、それが足りずに負けていったチームを俺はいくつも見てきている。

 まったく、ノリと勢いのアンツィオってやつを体現したような奴だな。

 

「なら安斎、カルパッチョの方はどう動くと思う?」

 

 仲間同士ならある程度は相手の出方に予想が付くだろう。ならば対応も追いつくはずだ。

 

「うーん、私だったら下手に動かずに相手が来るまで高台辺りで待ち構えておくかな。たぶんカルパッチョも同じことを考えると思う。ただ、うちの子たちはそういうのあんまり我慢できないからなぁ…」

 

 結果、安斎の予想は見事に的中した。

 カルパッチョの指示で高台を陣取り相手を待ち構えていたBチームであったが、ペパロニ率いるCV33による攻撃に見事釣られ、高台での地の利をあっさり捨てて突撃。平地での撃ち合いとなり、乱戦となった。

 

 こりゃあれだ。知波単学園と試合したらいい特攻合戦になるだろうな…。

 

「あぁ、もうっ!危ないなーあいつら…」

 

 ほら、お前たちの大好きなドゥーチェが母親張りに心配してるじゃねーか。

 あーあーこりゃグダグダの乱戦になるパターンかねぇ…。

 

 と、そう思った矢先に動いたのはBチームのフラッグ車、カルパッチョの乗るセモベンテだった。

 周囲の生徒と比べて普段から大人しいイメージのあった彼女は、今回の乱戦でも自身のフラッグ車を守るために遠方からの援護射撃に徹すると思っていたが、その予想は大きく外れ自身も戦闘へ突入していったのだ。

 

 更には小さく素早いCV33相手に砲撃をし、装填の合間にも砲塔と前面装甲を矛とし相手の車両をなぎ払うという荒業まで見せてくれた。

 

「見かけによらず結構積極的だろ、カルパッチョは」

 

 流石自分の教え子だ、と言わんばかりに安斎は誇らしげに述べた。

 

「……正直驚いた。あと装填速度もかなりのものだな。かなり練習してるだろ、あれは」

 

「うむ、特に最近は小学生からの親友が戦車道を始めたとかで練習に熱が入ってたからな」

 

「なるほどねー。おっ、また1両撃破された」

 

 現在、Aチームは3両 Bチームは2両のCV33が撃破されて白旗が上がっている。

決着が着くまでそう長くもかからないだろう。

 

  次の瞬間だった。

 ペパロニの駆るCV33が左へフェイントをかけた直後、一瞬の隙を突いて逆方向の森からAチームのセモベンテが飛び出してきたのだった。

 迎撃に間に合わずBチームのフラッグ車側であるセモベンテは砲弾を見事に食らった。

 

ーー上手いっ!流石のカルパッチョも今のタイミングではどうすることも出来なかったようだ。

 

「よっしゃー!姐さーん、やりましたよー!」

 

 勝利の安堵を浮かべ、ペパロニが戦車から顔を出しこちらに手を振っている。

 

「なるほどな、安斎。あいつの欠点がよーく判ったよ…」

 

「うん、まぁ…そういうことなんだ。あいつはいっつも…」

 

 

  「「詰めが甘い」」

 

 

 その直後だった。被弾したものの白旗の上がらなかったカルパッチョのセモベンテに、Aチームのフラッグ車が撃破されたのは。

 

 

 

 

 

 



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4︰焼き菓子のあとは紅茶でも

 模擬戦が終わり、俺は戦車道チームの全員を校庭に集めた。

 

「全員集まったな。今の試合、しっかりと見せてもらった。それぞれの長所短所もある程度理解したつもりだ。特に両チームの隊長であるペパロニとカルパッチョは、急な試合にも関わらずよくやってくれた」

 

「今回は負けたけど次はしっかり勝つっすよー!アンチョビ姐さん、次こそは楽しみにしててくださいね!」

 

「あら、私だって。次やってもまた勝つつもりでいくわよ。見ててくださいね、ドゥーチェ」

 

 ホントに人望あるなぁ、安斎のやつ。やる気もあるし鍛えればきっといいチームになるだろう。ただちょっと全体的にバカっぽいんだよなぁ…。

 

 そんなことを思いながら心の中で苦笑していると、後ろにいた安斎が歩を進め皆の前に立った。

 

「よーしお前ら、明日からまた訓練再開だ!各員戦車の整備をしっかりしておけー!」

 

 「はーい」、といってそれぞれの乗っていた戦車に散っていく面々。

 その前に俺は散り行くみんなを一度引き止めた。

 

「あーー、ちょっと待ってくれ!みんな急な試合だったが良くやってくれた。俺は店の準備がある為もう戻らないといけないが、差し入れを持ってきた。これでも食べてから片付けに入ってくれ……って、うぉーい押すな押すな!ちゃんと全員分あるから!」

 

 俺が全て話し終える前に、さっきまで大人しかった彼女たちは目の色を変えてこちらに押し寄せてきたのだった。

 見てくれこそ女子高生に群がられるという良いものだが、実際はそんな良いもんじゃない。潰されそうになった…。どうやら彼女たちは戦車道<食事らしい。

 

「スフォリアテッラだ!」   「おいしそー!!」

「いただきまーす!」   「あぁ゛!お前ら、私の分も残しておけよぉ!」

 

 ほんと、模擬戦の時より元気じゃねーか。まぁこれだけ喜んでくれると作り甲斐があるけどな。

 

 今回俺が作ってきたお菓子は、スフォリアテッラ。イタリアのナポリ地方の名物焼き菓子だ。確かイタリア語で『ひだを何枚も重ねた』って意味だったと思う。

 その名の通り、貝殻をかたどったひだが何層もあるパイ生地状の生地に、カスタードクリームやリコッタチーズなんかを入れてオーブンでパリパリになるまで焼き上げたものだ。今回は更に隠し味でアーモンドクリームも入れている。自慢の一品だ。

 

「食べたらしっかりと戦車整備しておけよ。明日からビシバシ鍛えていくぞー!あと安斎、ほっぺたのクリームは明日までに取っておくように」

 

 生徒たちが舌鼓をしている中、俺は軽く挨拶を済ませると店に戻る為に学園を出た。途中、安斎がなにか叫んでいた気もしたが気にせず帰った。

 

 

 

「えっと…どこにやったかな?おっ…これかな、あったあった」

 

 店に帰って先ずしたことは開店準備ではなく、探し物だった。仕入れ等の連絡先が書かれた喫茶店用の電話帳ではない、副業とも言えるもう一つの方の連絡先が書いてある電話帳だ。

 そう、戦車道の教官をやっている叔母の頼みで過去に何度か講習に行った時の、その時の連絡先が書かれている物だ。

 

 その中の一つを見つけ出し携帯電話に番号を打ち込むと、一呼吸をおき通話ボタンを押した。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 神奈川県横浜港を母校とし、アーク・ロイヤル級航空母艦並みの大きさを誇る学園艦に在る、イギリス縁の名門お嬢様校。そして俺が半年前に講習で訪れた場所。それが聖グロリアーナ女学院だ。

 

「こんな格言を知っていて?『今日という日は、明日という日の二日分の値打ちがある。』」

 

「アメリカの政治家、ベンジャミン・フランクリンだろ。相変わらずだな、元気にしてたか?ダージリン」

 

「えぇ、貴方もお変わりないようで。本日はどういったご用件でして?」

 

 電話先の相手である彼女の名前はダージリン。現在の聖グロリアーナ戦車道チームの隊長を務めている。

 俺は彼女に現在アンツィオの戦車道チームを指導していること、そして練習試合の相手を探していることを彼女に伝えた。

 

「なるほど、それで我が校に連絡をしたということですね。……ですが先日、大洗女学園からの練習試合を承諾してしまい日程的にも難しいものがありまして」

 

 大洗女学園?あそこの戦車道は何年も前に廃止になったと聞いていたが、また再開したのか。

 

「そうか、いや急な申し出ですまなかった。忘れてくれ」

 

「しかし大洗側の参加車両は5両。つまり我が校のチームに試合に出ないメンバーがいるということ。その子たちで宜しければ練習試合、お受けすることが出来ましてよ」

 

 余りメンバーといえど大会本戦に出てくるであろう聖グロリアーナの1軍メンバーだ。相手にとって申し分ない。

 

「本当か!?是非ともお願いしたい!場所は何処にしよう、うちが横浜まで行こうか?」

 

「確かアンツィオは栃木県でしたはず。ならばうちが大洗から向かった方が近いでしょう。そちらにお邪魔させていただきますわ」

 

「色々とすまないな。詳細はまた後日連絡させてもらうよ」

 

「かしこまりました。えぇ、でわ」

 

 向こうが電話を切ったことを確認すると、俺は深く息を吐き出した。

 ふぅぅぅー。試合相手も無事なんとかなったな…。だが相手はあの聖グロリアーナ。明日からは更に気が抜けないな。

 それから暫くして、俺は重い腰をあげると店の開店準備に取り掛かるのだった。

 

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 

「さて。先ほどのお話は聞いていて?アンツィオとの練習試合の件、貴女に一任します。頼むわよ、ローズヒップ」

 

「もっちろんでございますわ!ワタクシにお任せくださいませ、ダージリンさま!」

 

 

 

 



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5︰訓練と練習試合前夜

 聖グロリアーナとの練習試合が決まった翌日、俺は訓練の為に再びアンツィオ高校を訪れた。

 

「しっかし、いつ来てもお祭り騒ぎだな。ここは」

 

 貧乏で知られるこの学校は、各部活を中心に屋台を出して売り上げを活動費にあてている。それらが集まったこの屋台街はいつ来ても賑わっていて、初めて学園艦に来た人達を驚かせている。

 

「あーー!てんちょーじゃないっすか!おぉ~い!」

 

 屋台街を見物がてらに歩いていると何処からか俺を呼ぶ声がした。声がする方向へ振り向くと、そこにはコックコートを着たペパロニがこちらに手を振っていた。

 

「なにやってんだ、ペパロニ?戦車道やめて料理人にでもなるつもりか?それなら先輩の俺が…」

 

「いやいや、新しい戦車買う為にこうやって資金調達してるんすよ。なんて名前だっけな?とにかくもうすぐ目標金額に達するみたいなんで、てんちょーも1つどうっすか?300万リラ!」

 

 そういえば以前にうちの店でも似たようなこと話してたな。確かP40重戦車を買う貯金だとか。つーか300万リラってお前はどこの駄菓子屋のおばちゃんだよ…。

 

「なら1つ貰おうか」 「へへっ、まいどありー!」

 

 ペパロニは慣れた手つきで玉子とひき肉と炒め、別に用意していたナポリタンの上に出来立て熱々のスクランブルエッグを乗せた。こいつ、手際いいなぁ。

 ペパロニに料金の300円を渡し、さっそく食べてみた。これが実に美味い。食材やオリーブ油をケチケチせずに使い、新鮮な玉子は見事にトロットロの状態をキープしている。

 

「美味いな…」 「でっしょー!もっと褒めてもいいんすよー!」

 

 あ、これは褒めすぎると調子に乗るタイプだな。

 

「確かに美味いが戦車道の方を疎かにするんじゃねーぞ。練習時間には遅れるなよ!あとごちそうさん」 「うっす、りょーかいっす!」

 

 鉄板ナポリタンを食べ終えるとペパロニと別れ、そのまま練習時間まで他の屋台を見て回った。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 時間になって集合場所に行くと全員が集まって待っていた。うん、偉い偉い。

 

「よーし、先ずは基礎の射撃と操縦訓練だ!土台がしっかりしてりゃ予想外の事態が起きてもある程度はなんとかなる!あと練習試合、2週間後に聖グロリアーナとに決まったから。はい、各員訓練開始ー!」

 

「はーい」 「うーす」 「聖グロってどんな学校だったけ?」 「あーなんか紅茶飲んでるとこ?」 「そんなのじゃすぐ腹減って力出ないじゃん!」 「じゃあ大丈夫っしょ」

 

   「ちょっと待ておまえらー!!」   

 

 お決まりのように安斎からのツッコミが入る。いや、今のは突っ込まれなかったらどうしようかと思った。流石に危機感無さ過ぎだろ、おまえら。

 

「聖グロリアーナといえば全国大会準優勝の実績もある強豪校だった筈ですよね、ドゥーチェ?」

 

「あぁ、カルパッチョの言うとおりだ。いきなりそんな強豪なんかとやって勝てるのか?」

 

 カルパッチョと安斎が不安そうな顔でこちらを見ている。まぁ無理も無い。

 

「大会に出ればいずれ当たるかもしれない相手だ。それに勝って自信をつけるにはいい相手だろう!それに今回、向こうの隊長車を含め5両は他の試合のため参加しない。うちが勝てる可能性も十分にあるぞ」

 

 俺が聖グロに行ったとき、確かチャーチルは1両だけだった筈。それならば此方に来るのはマチルダとクルセイダー辺りか…。流石に博物館のMk-Ⅰ戦車たち引っ張り出しては来ないだろう。

 

「なーんだ、それなら楽勝っすね!うちらの力見せてやりましょう姐さん!」

 

「だーかーらー調子に乗るんじゃない!まったく…」

 

 

ーーーーーーーーー

 

「はっ…くっしゅんですわ!」

 

「風邪ですか、ローズヒップさん?」

 

「大丈夫でしてよ、ペコさん。きっと誰かがこの聖グロ一の俊足、ローズヒップの噂でもしているんですわ!おほほほほ!」

 

「はぁ…?」

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 それから2週間の間、

 

「走れ走れ!止まったら撃たれると思え!直線にばかり走るな!ジグザグに走れー!」

 

 俺たちは必死に訓練を重ねた。

 

「こら、ペパロニ!デコイ全部置くんじゃない!2つは予備だって言っただろう!」 「あ、すいませーん姐さん」

 

 きっとこの努力が、

 

「こらー寝るなー、寝たら死ぬぞー!」

 

 俺らを勝利に導いてくれるだろう。

 

「パスタおいしーい!」 「まだまだお代わりあるからなー」 「あ゛ぁ!誰だ私のピザ食べたの!最後に取っておいたのにー!」 「あれ、ドゥーチェ食べないと思って頂いちゃいました」 「カルパッチョー!」

 

 

 

 あれ?大丈夫だよな…?

 

ーーーーーーーーーー

 

 時刻は夜の20時。

 聖グロリアーナとの練習試合を前日に控え、俺は今 栃木県にあるホテルの一室にいる。

 アンツィオ高校の本籍地は海のない栃木にある為、学園艦は静岡県の清水港を母港としている。試合当日の移動は時間がかかる上、長時間の移動で疲れもでる。

相手はあの聖グロリアーナだ、万全の体制で挑むに越したことはない。

 

 俺の経営する喫茶店『キャロル』は今日から三日間の休業を頂いている。学園艦が帰港している間は生徒の大半が実家に帰っているか、今回の試合を観戦する為にこの近くに泊まっている筈だ。ただでさえ少ないお客が更に少なくなるんだ。開けてもあまり意味ないだろう。

 

 安斎を中心とした明日の試合に出る戦車道メンバーには、夕方のうちに作戦の最終確認を行い解散させている。試合中は俺自らが彼女達に指示を出すことは出来ない。つまりは俺の役目の殆どは既に終わり、あとは見届けるのみとなっていた。

 

 短い間だが共に頑張ってきた教え子達の試合だ。緊張を紛らわす為に煙草を咥え、火をつけようとした時だった。机に置いてあった携帯電話の着信音が部屋中に響き渡ったのは。

 

 着信先の名前を見ると俺は少し笑ってしまった。

 家族というのは離れていても繋がるものがあると聞いたことがあるが、これもそういうことだろうか。

 いや、流石に偶然だろう。

 

「もしもし、久しぶりだな。元気にしてたか?愛里寿」

 

「うん。兄さまも元気だった?」

 

 

ーーーーーーーーー

 

 現在、愛里寿とは1ヶ月に1、2回電話で会話をしている。俺から電話をすることはほぼ無いのだが、愛里寿から「今日の試合は無事勝てた」や「新しいボコのぬいぐるみを買った」等の何気ない話題だが電話して来てくれる。俺の方も「今日はこんなお客さんが来た」や「新作の料理を作ってみた」という話題を返す。

 そんな何気ない会話の繰り返しだが、俺の大切な 幸せな一時だった。

 

「そんなことだからこっちは元気にやってるよ。愛里寿も大学生のチームメイト達と仲良くな。」

 

 ちなみに俺が今現在、アンツィオの戦車道チームを指導していることは話していない。この関係も明日には終わる筈だ。特に話すこともないだろう。

 

「うん。今度休みが取れたらお店に遊びに行くね。じゃあ兄さま、おやs...「てーーんちょー!!トランプしましょうよ、トランプー!!」 ......兄さま?今の女の人の声、なに?」

 

 あいつら...遊びや旅行で来てんじゃねーんだぞ!緊張感ねーのか!

 

「お、お客さんだ。お客さんから呼ばれただけだから、な。愛里寿!」

 

「けど今、トランプって言ったよね?兄さまは仕事中にお客さんとトランプするの?」

 

 マズイ!声のトーンが違う、明らかに機嫌悪くなってる!

 

「トランプじゃなくてトリッパだ、トリッパの煮込み!牛の胃の煮込みな!すまんな愛里寿、注文が入っちまった。また連絡するよ、おやすみ!」

 

「......うん。おやすみ、兄さま。またね。」

 

 ふぅ、危なかった...。愛里寿は一度機嫌損ねるとなかなか許してくれないからな。

 さて、次はドアの前に居るであろうバカの番だ。

 

「てんちょー、トランプー」

 

「うるせーぞ、ペパロニぃ!お前のせいでまた大量のボコぬいぐるみ買わないといけないとこだったじゃねーかぁ!つーか明日試合だぞ、早く寝ろよ」

 

「えーー。じゃあ1回だけ、1回だけトランプしましょうよ!そしたらうちらも寝るっすから」

 

 どうやらもう既に集まっているらしい。コイツらは、全く。

 

「ったく...1回だけだぞ。お前らに島田流トランプ術というものを見せてやろう」

 

「おっ!そうこなくっちゃ!アンチョビ姐さん達はもう部屋に集まってるんで行きましょ!」

 

 

 

 

 

 ちなみにそのあと、めちゃくちゃババ抜きした。

 

 

 

 

 

 そして、練習試合当日を迎える。

 



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6︰そしてまた彼はその道を歩き出す

 練習試合当日の朝、気持ちのいい程の快晴である。

 

「ごきげんようでございますわぁ!!」

 

 豪勢に土煙をあげてやってきた5両の戦車。編成は予想通り、クルセイダー3両にマチルダが2両だ。

 そして朝から異様にテンションの高い奴が1人。

 優雅で気品ある聖グロリアーナのイメージからかけ離れたコイツを俺は知っている。

 

「よぉ、久しぶりだな。クルセイダー隊の隊長就任おめでとう。相変わらず無茶な走りしてるみたいだな、ローズヒップ」

 

「ありがとうございますわ、白兎さん。伊達に聖グロ一の俊足は名乗ってませんのよ!」

 

 彼女との出会いは半年前に聖グロリアーナへ講師として行った時だった。当時はまだクルセイダー隊の隊員として、幹部候補であった彼女だったがこの春めでたく隊長に就任したらしい。

 

「ローズヒップ、紹介しよう。こっちがアンツィオ高校の戦車道チーム隊長の安z「アンチョビだっ!!」」

 

 いかんいかん、いつもの癖が。

 

「今回急な申し出に快諾してもらい感謝している。今日の試合も宜しく頼む」

 

「こちらこそ、宜しくお願いしますわ!」

 

 お互いが挨拶と握手を交わしたところで試合開始30分前となり、両名はそれぞれチームの待機場所へと別れていった。

 さて、俺も観戦するとしようか。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 今回の練習試合は市街地の他に森林地帯と荒地が戦場となっており、小回りの聞くCV33は市街地よりも後者の方が力を発揮するだろう。

 そしてこちらの編成はセモベンテ3両、CV33ことカルロヴェローチェが2両である。安斎とカルパッチョはそれぞれセモベンテに、ペパロニはCV33に搭乗している。

殲滅戦である今回はこちらのCV33、あちらのクルセイダー。両チームの高機動戦が勝負の決め手になる筈だ。

 

 

 そして今、試合開始の合図と共に全車両が動きだした。

 

「Avante(戦車前進)!!」 「行きますわよ!全車両前進!!」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 島田流戦車道において重要視させるのは、攻撃よりも機動力による連携及び偵察である。そういう点ではアンツィオの機動戦術との相性は非常に良かった。

 だが短い期間で教えられる事はそう多くはない。そこで俺が彼女達の戦いを見て最も可能性を見い出せた部分、それが独創的な発想からなる作戦だ。

 マカロニ作戦、分度器作戦、T型定規作戦などの奇策。ネーミングセンスは兎も角、これらの作戦を更に強化できればきっと強力な武器になる。

 

 そして今回の聖グロリアーナ戦、俺たちが用意した作戦がコイツだ!

 

 

「なんですの、この穴は!まともに動けませんわ!バニラ、クランベリー貴女たちもですの!?」

 

 ブカティーニ作戦。中心に穴の空いたパスタであるブカティーニが名前の由来であるこの作戦、簡単なところ敵が早いならば、たくさん穴掘って凸凹の不整地を作り足を止めてしまえという単純な作戦だ。

 

 先にCV33が先行し敵を撹乱させる。この隙に残りのメンバーは大胆にも戦車から降り、全員でひたすら穴を掘る。あとは動きの鈍くなったところを狙い撃ちという寸法だ。

 

 しかしこの作戦も完璧ではない。不整地を作り上げるまでの時間、たったの2両のCV33で相手の車両と対峙し時間を稼ぎおびき寄せなければいけないのだ。

 結果、1両が途中で撃破されてしまったがペパロニの乗るもう1両が見事クルセイダー3両を連れて来てくれた。訓練の賜物である。

 

 その後は、流石隊長というべきか激しい凹凸の不整地にも関わらずローズヒップ車がセモベンテ1両を撃破。

 残ったマチルダ2両は指揮官を失ったことからの混乱もあり無事撃破となった。

 

 

「聖グロリアーナ、全車両戦闘不能。アンツィオ高校の勝利です!」

 

 

 最後は激しい撃ち合いとなり無事な車両こそ残っていなかったが、結果 見事あの聖グロリアーナから勝ち星をあげることが出来たのだった。

 反省点は多々あれど立派な勝利だった。

 

「まったく...あれほど走ることに夢中になるなと言っておいたのに」

 

 後ろからの声に振り向くと、そこには見知った顔が立っていた。

 

「なんだ、ダージリン来ていたのか」

 

「今しがた到着したところですわ。けど残念、もう終わってるんですもん」

 

「しかもうちの負けでですね...」

 

 隣にいる子は初めて見るな。1年生だろうか。

 

「紹介しますわ。我が校の1年生でオレンジペコ、チャーチルの装填手を任せてますの。ペコ、こちらが島田白兎さんですわ」

 

 1年生でニックネーム持ちとは珍しいな。後の隊長候補ってやつかな。

 

「お初にお目にかかります。オレンジペコと申します。島田さんのお話は以前から伺っておりました」

 

「おう、はじめまして。俺の事は白兎でいいから。そうだ、せっかくだしお前らも参加していけよ」

 

「参加...とは?このあと何かあるんですの?」

 

 そりゃあまぁ、試合が終わってやる事といえばコイツしかないだろう。

 

「あ、てんちょー!うちら勝ちましたよー!!」「やはり我がアンツィオは弱くない、じゃない強いのだ!」「次は負けませんわよ!あ、ダージリン様ですわ、ダージリンさまー!」「うふふ、次も負けませんよ」

 

 

 ちょうど試合を終えたメンバーがやって来たことだ。

 

「よーし、お前ら!いくぞーーー!!」

 

 

 

「「「宴会だーーー!!!」」」

 

ーーーーーーーーーー

 

「諸君!試合だけが戦車道じゃないぞ!勝負が終わったら、試合に関わった選手やスタッフを労う!これがアンツィオの流儀だ!!」

 

 安斎が声を上げると同時に、調理車両から担ぎ出されてくる大量の調理器具。試合や練習時よりも元気が良いのは相変わらずである。

 

「さて、俺も何か作るとするかな。ダージリンもオレンジペコも好きなだけ食べて楽しんでいってくれ」

 

 俺は袖を捲り、カバンからサロンエプロンを取り出して料理の支度を始める。

 

「久しぶりに貴方の料理が食べられるのね。なら私もなにか作ろうかしら?」

 

「先に言っておくが、鰻は材料にはないぞ」

 

「あら、それは残念。折角腕をふるおうと思ったのに」

 

 コイツ、やっぱり鰻のゼリー寄せ作る気だったな...。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「みんなグラスは持ったなー!では、厳しい練習にも耐え見事勝利を収めた我がアンツィオの面々、急な申し出にも関わらず試合を受けてくれた聖グロリアーナの戦車道チーム、今日の為に頑張ってくれた設営やスタッフの皆さん、そして我らの輝かしい今後の戦車道に、乾杯だー!!」

 

「「「かんぱーーい!!!」」」

 

 

 試合が終わってしまえば、彼女らも普通の女子高生である。食べて騒いで、大いに賑わっている。

 料理を作っているこちらもいつも以上に熱が入る。

 

「やっぱり試合の後のパスタは最高だねー」「どうだ1年生諸君、アンツィオは決して弱くない!じゃなかった、強いのだ!」「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」「ンマッ!なんですのこれ、美味しいですわ!おふぁわり!」「紅茶ってあんまり飲まないけど美味いっすね!」

 

「ふぅーー。盛り上がってるねぇ」

 

 料理の方が一段落し、俺は少し離れた所で腰を下ろしタバコを咥え余韻に浸っていた。

当初の目的であった、彼女たちに1度勝利をプレゼントし自信をつけさせることは無事達成し、俺の役目も終わりという訳だ。

 短い期間であったが、久しぶりに戦車道を楽しいと感じられる時間だった。これからはまた普通の喫茶店の店長に戻るが、全国大会の時には応援に行ってやろう。

 

「こんな所にいらっしゃったのね」

 

 声の方を向くとダージリンが、更に後ろにオレンジペコが立っていた。

 

「よぉ、料理の方は堪能してもらえたか?」

 

「えぇ。とても美味しかったですわ。次にお会いできるのは抽選会か試合会場ですわね」

 

「悪いな、アンツィオでの俺の戦車道はここで終わりなんだ。次に会うとしたら、その時はただの喫茶店の店長としてだな」

 

「......。こんな格言を知っている?『凧が一番高く上がるのは、風に向かっている時である。風に流されている時ではない』、もう少し風に向かったままでもいいのではなくって?私たちはそろそろ帰りますわね。ローズヒップ、帰るわよ。あと口の周りを拭きなさい」

 

「はいですわー!ダージリン様!」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「アンチョビさん、全国大会でお会いしましょう。次は聖グロリアーナが勝たせていただきますわよ」

 

「あぁ、楽しみにしている。今度もいい試合をしよう!」

 

「次も負けないっすよー!」

 

 そして彼女達は紅茶の香りと共に優雅に去っていった。

 

 

「さて...改めて礼を言うよ、店長。いや、ハクト」

 

「これはお前たちが頑張った結果だ。俺は少し後押ししただけに過ぎないよ。これからはお前たちだけでも大丈夫だろ」

 

「なーに言ってんすか、ウチらまだ全然習い足りないっすよ!」

 

「そうですよ。大会優勝まで面倒みて貰わないと」

 

 ペパロニもカルパッチョもあっさり言ってくれる。

 まぁこのままの実力じゃ2回戦突破が関の山だろう。

 

 もう少し自分に正直に生きてもいいんじゃないか。彼女達との戦車道は楽しかった。理由はそれだけでいいんじゃないだろうか。

 

 

 向かい風に歩を進めるのは容易な事ではない

 

 それでも1人じゃなければ、こいつらとならもう少し進めそうな気がした。

 

「大会優勝なんて無茶なこと言ってくれる。だが乗りかかった船だ、もう少し付き合ってやるよ。大会まで時間もないが...改めて宜しくな、安斎」

 

「ア ン チ ョ ビ だ!!」

 

 

 

     だから、あと一歩前に 進もう

 

 

 

 

 



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7︰アンツィオよ、空を行け!

 んん...寝てたのか。

 聖グロリアーナとの練習試合から数週間が過ぎ、今日は全国大会のトーナメント抽選日である。

 そういえば昨日は全国大会の開催前の記念ってことで、うちの店で宴会したんだったな。どうやら、そのまま盛り上がって寝ちまったらしい。

 

「うわぁ...なんだこの惨状は...」

 

 辺りを見回すと店内は空いた皿やグラス、散らばったクラッカーや紙吹雪、そして騒ぎ疲れて爆睡している死屍累々の数々。

 寸胴や鍋かぶって寝てる奴までいるんだが、どうなってんだこりゃ。

 

「これは後片付けが大変だな...。今何時だー?」

 

 とりあえずコーヒーでも入れて目を覚ますか、なんて考えながら時計を見ると時刻は昼前10時半である。

 うーん、よく寝たなぁ。ん......あれ?今日の抽選会って12時からじゃ...

 

 

「あ、安斎ーー!!起きろーーー抽選会遅刻したら不味いだろ!!」

 

 

 俺は一気に眠気が覚め、床でマントに包まって寝ている安斎を揺さぶり起こす。

 

「ムニャムニャ...不味くはないだろ~...このパスタは絶品だぁ...Zzz...」

 

「こんな時に幸せな夢見てんじゃねーぞ!他のヤツらも起きろ!全国大会出れなくなるぞ!!」

 

「ん...白兎か...、おはよう。いま何時......あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ!抽選会!時間っ!!ふぁあ゛ぁ...どうじよう、はくどぉぉ」

 

 事の重大さに気付き慌てふためく安斎、その声で残りの面々も目を覚ましだす。

 

「んー...なんすかー、朝ご飯の時間すか~?」

「たかちゃ~ん、おはよう......あら、ここどこかしら?」

 

 参ったな...学園艦は朝のうちに最寄りの港に着いている筈だが、これから抽選会場まで向かっても間に合うかどうか。

 

 いや、悩むまでもない。ここで間に合わなかったら今までの苦労が水の泡になってしまう。

 そう決心した俺は携帯を取り出し、ある人へと電話を掛けた。

 

「もしもし...オーナー、頼みたいことがあるんですが..」

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「なぁ白兎、学園の校庭なんかにいてどうするんだ!?早く学園艦出て会場に向わないと間に合わないぞ!なぁなぁ、白兎!」

 

「やかましい安斎!!なんとか間に合わせるからちょっと黙っとけ!」

 

 現在、俺たちはアンツィオ高校の校庭で人を待っている。俺たち、というのは俺と安斎とペパロニの3人だ。カルパッチョには残りのメンバーへ指示を出し、店の片付けをするよう頼んでいる。

 

「んー、でも本当に大丈夫なんすか?今からじゃ車かっ飛ばしても厳しいんじゃないっすかねー」

 

「確かに陸地を行くのは間に合いそうにない。だったら...空から行くしかないだろっ!!」

 

 

 遠方から徐々にこちらに向かって聞こえてくるプロペラ音。そしてそれ以上の爆音でスピーカーから響き渡る『ワルキューレの騎行』。

 

「白兎ちゃ~~ん、おまたせぇ~☆」

 

 

オカマがヘリでやって来た。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

「もぉ~白兎ちゃんからの呼び出しなんて久しぶり過ぎてびっくりしちゃったわよ~」

 

「すいません、オーナー。これしか間に合う方法が思いつかなくて」

 

「ママさん、お久しぶりっす!」

 

「あらペパロニ、アンタ相変わらずバカ可愛いわね~」

 

 彼女(?)の名は、沢田 マリア。『キャロル』のオーナーであり他にも色んな仕事をしているらしいが深くは知らない。知ろうとも思わない。ちなみに本名は、沢田 次吾郎。

 

「マ...ママ、間に合うのか?大丈夫なんだな!?」

 

「大丈夫よ、マリアに任せなさ~い!それより、あんまり喋ると舌噛むわよ!」

 

「へ...?ギャアァァァァァ!!!」

 

 その日の安斎の叫び声は『ワルキューレの騎行』と共に大空へと響き渡った。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

「ほら、着いたわよ!さっさと行った行った!」

 

「助かりました、オーナー!」 「どもっす、ママさん!」 「ぎぼぢわるいぃ...」

 

 オーナーに礼を言って抽選会場に飛び込むと、今まさに学校名を呼ばれているところだった。あぶねぇ!

 

「アンツィオ高校代表の方ー、いらっしゃらないのでしたら失格と見なしますよ」

 

「はーい、はいはーい!ほら姐さん、頼んますよ!」

 

「うっぷ...へぁ~い」

 

 間一髪のところでペパロニが返事をし、安斎を送り出す。ふらふらだけど大丈夫かアイツは...。

 

 まぁ何にせよ、無事会場まで辿りつけた訳だ。これで1回戦の相手が決まる。

 

 さて、初戦のお相手は...?

 

 

 

「抽選の結果、アンツィオ高校の1回戦の相手は...ワッフル学院です!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 1回戦の相手がワッフル学院に決まり、俺は少し安心した。

 時間も練習量も不足している現在のアンツィオでは、初戦から黒森峰やプラウダに当たりなどしたら正直勝つ見込みは限りなくゼロに近いだろう。

 対戦相手のワッフル学院には悪いが、強豪校と呼ばれる部類ではないこの学校と当たったのは幸運と思うべきだろう。

 

「あら、もう対戦表決まったの?ほんとギリギリだったわねー」

 

「お陰様でなんとか間に合いましたよ。てかこの会場、関係者以外立ち入り禁止なんですけど...?」

 

 ちなみに俺の場合は事前に教導官として同行申請を出し、あとちょっと島田の名前を利用させてもらった。

 

「アタシはほら、こういう所にも知り合い居るからチョチョイと頼んで入れてもらったのよ~!」

 

「おぉー!流石っすね、ママさん!」

 

 ペパロニはこんな感じで軽く言っているが、普通そんな簡単に入れねぇって。ホント何者なんだよ、この人...。

 

 

 

「ちょっと君、アンツィオ高校の生徒だよね。困るよーあんなギリギリに来てもらっちゃ。こっちにも段取りってやつがあるんだからさ!」

 

 俺達の会話に割り込んで突然ペパロニを怒鳴り始めた男は、戦車道連盟の役員だった。確か何度か連盟の建物で見たことがあったな。

 

「あー..サーセン。まぁ間に合ったし良いじゃないすか!次は気をつけますんで!」

 

「それじゃ困るんだよ!兎に角、今回の件は何かしらのペナルティを付けるつもりだからね」

 

 ーーおいおい、遅れたのは流石にうちが悪かったがそれはちょっとやりすぎじゃないか!

 

 そう思い役員の方へと足を伸ばした瞬間、俺よりも一回りは身体のデカいオカマに道を阻まれたのだった。

 

「ちょっとアンタ、黙って聞いてりゃそれはやりすぎじゃないの!あの時の糞ガキがちょっと偉くなったからって調子乗ってんじゃないわよ!」

 

「うげぇ..! さ、沢田次吾郎!?なんでお前がここに!」

 

「おいゴラァ!!次、その名前で呼んだら潰すぞ!オォ!?......アタシは沢田マリア☆よーろしく!」

 

 

 怖ぇよ...男の、次吾郎の部分、完全に出てるよ...。

 

 

「こ...今回は特別に見逃すから、次回からは気をつけるように!」

 

 そう言い残し役員は一目散に逃げて行った。

 ペパロニ泣いてんじゃねーのか...。そう思って振り向くと、

 

「ママさんかっけー!!」

 

 キラッキラに目を輝かしたバカがいた。

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 ちょっとした邪魔が途中入ったが、俺たちは抽選を終えた安斎を迎えに行く事にした。

 

「ってあれ?なんかあっちも絡まれてる...?」

 

 視線の先では、1人の少女が安斎になにか大声で叫んでいるところだった。

 

「久しぶりですね、アンチョビさん!初戦の相手が貴女たちアンツィオだとは、これはまさに運命!デスティニー!」

 

 あの制服は確か、ワッフル学院の生徒か。どうやら安斎とは知り合いみたいだな。

 

「おい、ペパロニよ。あそこの女生徒のこと知ってるか?」

 

「あぁー!!ブリカマ姐さん!ブリカマ姐さんじゃないっすかー!!ひっさしぶりっすねー!」

 

 え、なに?ブリカマ?ブリカマってあの魚の鰤の?美味しいよね!

 

「ペパロニ!その名前で私を呼ぶんじゃない!私の名前は真部 里香(まなべ りか)!オーケー?」

 

「安斎、えっと...この人は?知り合いみたいだが」

 

「あぁ白兎か、紹介しよう。彼女は真部 里香。去年まで私の同級生としてアンツィオで戦車道を共に学んだチームメイトであり、現在はワッフル学院の隊長を務めている」

 

「なるほど、それで安斎やペパロニと知り合いだったのか。で、ブリカマってのは何なんだ?」

 

 正直それが一番気になる。

 

「あ~...ペパロニの奴が考えたんだ。私やペパロニ、カルパッチョにはそういう名前があるのに彼女だけなかったからな。ほら、真部里香の読み方変えて部から何回か読んでみな」

 

 部里香真部里香真、部里香真...部里香真(ぶりかま)!すげぇな天才かよペパロニ!

 

「どうも本人には気に入られなかったみたいだけどな。しかしワッフル学院に転校したのは知っていたが、まさか戦車道の隊長を務めているとは驚いたぞ」

 

 さて...ブリカマの謎が解けた今、先ほどの話を聞いて真面目に危機すべき点は2つある。

 

 1つは、転校して1年もせずに彼女はワッフル学院の隊長になった。つまりそれだけの実力を持っているという可能性が高い。

 2つ目は、アンツィオの戦い方を彼女が理解していること。俺が現在指導しているのは、島田流の戦術を彼女たちアンツィオの戦い方にアレンジして教えているということだ。

 つまりは手の内がバレやすい。俺達の作戦が意味を成さない可能性が出てくる。

 

「昔のチームメイトを倒してしまうのは少し心苦しいですがこの1回戦、我がワッフル学院が勝たせて頂くわ!」

 

「ふん、望むところだ!お前が転校していった後の新生アンツィオを見せてやる!」

 

 ふむ。この流れだし俺も一応挨拶しとくか。

 

「現在、アンツィオ高校戦車道チームの教官をしている島田 白兎だ」

 

 俺が右手を差し出すと、彼女は素直に握手に応えてくれた。

 

「ワッフル学院戦車道チーム隊長、真部 里香です。宜しくお願いしますね、島田さん」

 

「あぁ、宜しくな。ブリカマ!」 「真部 里香よ!!」

 

 

 

 こうして1回戦は奇しくも、アンツィオの元同級生同士の戦いとなったのだった。

 

 

 

 

 



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8︰ライバルと幼なじみと妹と

 

 時刻は19時。

 抽選会での一悶着の後、俺たちはアンツィオの学園艦へと帰り安斎とぺパロ二を見送って、自分の店であるキャロルに戻ってきた。

 ちなみにオーナーは俺達を学園艦へと送ってくれ、そのまま爆音と共にまた何処かへと飛び立っていった。ホント、何者なんだあのオカマは...?

 

 店に入ると綺麗に掃除をして片付いた店内のカウンターで1人、カルパッチョがノートパソコンを弄っていた。そういえば出る時に鍵を渡していなかったな。どうやら待たせてしまっていたようだ、悪いことをした。

 

「あ、店長。おかえりなさい。ご飯にしますか?それともお風呂にしますか?」

 

「俺はまだこんな美人な嫁さん貰った覚えはないぞ。それとあんまりそういう事するんじゃねえぞ、その辺の男だったらコロッと落ちちまうぞ」

 

 実際悪い気はしなかったがな。

 なんて思いつつ俺は夕食の準備に取り掛かり、2人分の材料を冷蔵庫から取り出した。

 

「うふふ、それはざーんねん。それで1回戦のお相手は何処の学校になったんですか?」

 

「初戦の相手はワッフル学院だ。お前も知ってるだろ、真部 里香。元々アンツィオの生徒だったらしいな。彼女が相手チームの隊長を務めている」

 

「あぁ!ブリカマさん!久しぶりの再会で喜びたいところですが、それは少し困りましたね」

 

 やっぱりブリカマで通るのか...。

 

「残念ながら既存の作戦は意味を成さないだろう。更にこちらの戦車の情報も筒抜けだろう。カルパッチョ、ブリカマの実力はどの程度か分かるか?」

 

「そうですね、彼女は常にドゥーチェをライバル視して競い合っていましたから個人の実力もかなり高いですよ。向こうで隊長に就任したのも納得かと」

 

「成程...分かった。明日からはそれらの問題も考慮しつつ訓練に入るとしよう。......よし、トマトとボンゴレのスパゲッティだ。遅くまで待たせて悪かったな」

 

 完成したばかりの熱々の品を皿に装い、カルパッチョに差し出し俺も隣の席にお邪魔する。

 

「わぁ~美味しそう!待っていた甲斐がありました。いただきまーす」

 

「鍵を渡し忘れていたのは俺の不手際だからな。そういえばパソコンなんて開いて何してたんだ?調べ物か?」

 

「いえ、小学校の幼なじみとメッセージのやり取りをしてたんですよ。最近になって戦車道を始めたらしくて、いつか試合してみたいねって話していたところなんです」

 

 そう語る彼女の顔はとても嬉しそうだった。よっぽど仲が良いのだろう。そしてこれからは親友でもあり、戦車道の良きライバルとなるのだろう。そんな彼女を俺は少し羨ましく思った。

 

「ところでその幼なじみの子は何処の学校なんだ?上手くいけば大会で相手校として当たるかもしれないぞ」

 

「はい、大洗女子学園です!」

 

 大洗女子学園...数十年振りに戦車道を復活させて今回の大会に参加したことが少し話題になっていたな。確か西住流が隊長を務めているとか言っていたな。

 

 そして今日決まったトーナメント表を思い出す。

 確か...反対側のブロックで初戦の相手はサンダース大付属だったな。中々やっかいな相手と当たったものだ。

 仮に当たるとすれば決勝だが、アンツィオにしろ大洗にしろ、随分と先の長い話になりそうだ。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 その後 食事を済ませたカルパッチョを途中まで送り、俺は店の2階にある自分の部屋で調べ物をしていた。去年までの大会映像や記録を遡り、今年のワッフル学院の戦術や使用車両を少しでも把握する為だ。

 昨年までの車両をそのまま使ってきたりはしないだろうが、それでも情報はないよりマシだ。

 

「主な戦車はルノーにシャーマン、それにヴィッカーズT-15か。なるほどな...ん?」

 

 ジャケットのポケットから電子音が鳴っている。どうやら携帯に着信が入ったようだ。

いったい誰だろうか?俺は携帯を取り出し画面を覗き込んだ。

 

【着信︰愛里寿】

 

 どうやら我が愛すべき妹からのようだ。

 

「久しぶりだな、愛里寿。元気でやってるか?」

 

「うん、兄さまも元気そうで何より。特に用事って訳でもないけど、久しぶりに声が聞きたくなって」

 

「天使か。可愛すぎだろ我が妹」

 愛里寿は寂しがり屋だな。大学選抜の方はどうだ?上手くやれてるか?

 

「兄さま、心と声が逆になってる..。ふふっ、相変わらずだね」

 

 おっといかんいかん、つい本音が。

 

 それから1時間ほど俺達は久しぶりの会話を楽しんだ。

 大学選抜のお姉さん達、特にアズミ ルミ メグミという3人のチームメイトの人達が良くしてくれている話。大洗の近くにあるボコランドによく行っている話。先週の試合の御褒美に母様から新しいボコのぬいぐるみを買ってもらった話。

 7割近くはボコの話だったが、それでも俺は十分に幸せだった。

 

「じゃあ兄さま、そろそろ寝るね。最後に..その、今度兄さまのお店に遊びに行ってもいいかな?」

 

「あぁいいよ、いつでもおいで。じゃあおやすみ愛里寿」

 

「うん、おやすみ兄さま」

 

 

 中々に忙しかった1日だったが最後に愛里寿分も補充出来たことだし、明日からまたワッフル学院戦への対策と訓練も頑張れそうだ。

 

 

 そして俺はゆっくりと夢の国へと落ちていった。

 

 



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9︰VSワッフル学院

 

 抽選会の波乱から数週間、あれから俺とアンツィオ戦車道チームは血の滲む様な特訓を重ね今日、全国大会1回戦の会場へとやって来た。

 そう、あの特訓を無駄にしないよう...あれ、おかしいな?回想の大半が飯食ってる光景なんだが・・。

 

「うおーい、ハクトー!そろそろ試合が始まるから、私たちはスタート地点に移動するぞー!」

 

 おっと、もうそんな時間か。よし、ここはひとつ激でも飛ばしてやるか。

 

「お前たち、今日までの訓練をしっかり思い出して頑張っ 「ごきげんよう、アンチョビさん!隊長の私自らが挨拶に来ましてよ!」

 

 俺の激励は敵チームの隊長にかき消された。おのれブリカマ..。

 

「あ、ブリカマ姐さんだ!こんちわー」 「あら、ブリカマさん。お久しぶりです」 「やぁブリカマ、今日はよろしくな」

 

     「真部里香よ!!ま、な、べ、り、か!!」

 

 安斎達もやるなぁ。試合前に相手を煽って平常心を崩す作戦か。...まぁ天然なんだろうが。

 

「そうやって調子に乗れるのも今のうちよ!勝つのは私たちワッフル学院なんだから!」

 

 随分と自信満々だなぁ、ブリカマ。

確かにお前たちも今日の為にたくさん訓練をしてきただろう。負けるつもりで挑んでくるヤツなんてのはいない。

 けどな..この俺も、こいつらも、負けるつもりなんて1ミリも無いんだよ。しっかり作戦も対策だって考えてきた。

 だから、

 

「ブリカマ、お前さんがいた頃のアンツィオと同じだと思っていたら、痛い目みるぜ」

 

「ふ、ふん!ならばそれ以上の力で捻り潰すまでです!では試合後にまたお会いしましょう。シーユー」

 

 そういってブリカマは車に乗り颯爽と去っていった。

 

「さて、俺はそろそろ観戦席に行くよ。お前たちも準備にかかれー。ここまで来て間に合いませんでしたじゃ洒落にならねーぞ。1回戦くらい軽く蹴散らしてこい」

 

「任せろ!いくぞぉお前たち!Avante!!」

 

 

 「「「「おおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「さて、中継モニターも見えるしこの辺りでいいかな。ん、あれは...」

 

 観戦場に着き見通しの良い場所を見つけると、そこには見知った先客がいた。

 

「よぉ、久しぶりだな。1回戦突破おめでとさん」

 

「ありがとうございます。ペコ、白兎さんに紅茶を」 「はい、ダージリン様」

 

 先日、BC自由学園に勝利し1回戦を突破した聖グロリアーナ女学院の戦車道チーム隊長のダージリンと、1年生のオレンジペコちゃんだ。

 今日は大方、次の対戦相手の視察に来たのだろう。

 そう、この試合に勝った学校が2回戦で戦う相手こそ聖グロリアーナなのだ。

 

「今日はやけに静かだと思ったら、ローズヒップやアッサムはいないのか。お、サンキュー ペコちゃん」

 

 オレンジペコちゃんから紅茶を受け取り、早速いただく。相変わらず良い茶葉使ってるなー。うちの店のより高級品なんじゃねーか?

 

「ローズヒップ達はお留守番。2回戦からはあの子も出場させるからアッサムに訓練を見てもらっているの」

 

「ふーん。ってそれ俺に話しても大丈夫なのか?」

 

「あらまぁ、どうしましょうペコ」 「もーー、ダージリン様ったら」

 

 なるほどね。余裕の表れってヤツですか。

 

「試合も始まるし俺は別の場所で観戦するわ。紅茶ごちそうさん」

 

「あら、ここで一緒に見ないのかしら?席なら直ぐ用意しますわよ」

 

「わりーな。2回戦の相手と一緒に観戦ってのは流石にマズいだろ」

 

「ふふ..そうね。では2回戦でまたお会いしましょう」

 

 

 そして俺はダージリンたちに別れを告げ、別の観戦席に腰を下ろした。

 

 確かに今までのアンツィオはどうしようもないくらいに弱かったかもしれない。

 だったら今日、この試合が新生アンツィオ戦車道のお披露目だ!

 

 

   「これより第63回戦車道全国高校生大会、1回戦!アンツィオ高校対ワッフル学院の試合を行います!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

さぁ始まったな。1回戦で使用できる戦車は全部で10両。この試合でアンツィオが使用した戦車は、セモベンテ3両にCV33が7両。

 

そして全国大会ではフラッグ戦が採用されている。相手車両を全て行動不能にさせる殲滅戦と違い、フラッグ戦は自チームの車両の中からあらかじめ1両をフラッグ車として指定し、相手のフラッグ車を先に行動不能とした側が勝者となる。

 

今回の試合でのアンツィオ側のフラッグ車は、安斎の乗るセモベンテだ。

つまりどれだけ他の車両が行動不能になろうと安斎のセモベンテが残り、相手チームのフラッグ車を撃破出来れば勝ちなのだ。

逆にいえばどれだけ優勢に立ち、他の車両が無事でも安斎のフラッグ車が撃破されれば逆転負け。1回戦敗退である。

 

「さぁ、頼むぜ...。切り込み隊長はお前だ、ペパロニ!しくじるんじゃねーぞ」

 

ーーーーーーーーーー

 

ーー走る! 奔る! 疾走る!

試合開始の合図と共に、3台の豆戦車が試合会場を走り抜ける。

 

「行け行けー!このペパロニに続けぇー!!」

 

「「うおぉぉぉ!!」」

 

先頭車両に乗る副隊長、ペパロニが声を張り上げると他の車両に乗るメンバー達も負けずと声を上げる。

 

今回の作戦での最初の要は彼女達にあった。

どの車両よりも早く目的地である森の中に着いた彼女達は大胆にも戦車を降り、CV33の後部に積んだ荷を降ろし始めた。

 

「よーし、アンチョビ姐さん達が来るまでに急いで組み立てるぞ!全部降ろ...いや、2つは予備だ!それ以外降ろせー!」

 

訓練の甲斐あったのか間違う事無く、降ろしたソレを手際良く組み立てるとそこには見事な戦車の隊列が出来ていた。

ベニヤ板製の折りたたみ式デコイによる誘導作戦ーー通称『マカロニ作戦』である。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

フラッグ車である自身のルノーR35に揺られながら、真部 里香は勝利を確信した。

先に偵察に行かせた軽戦車 ヴィッカーズT-15からの報告によると、敵車両は森の中で停止しているとのことだった。

 

知っている。真部 里香は知っている。これは私がアンツィオから転校する前にアンチョビが提案したマカロニ作戦だ!

それは全てデコイ、偽物だ。偽物に気を取られている内に本隊は背後から回り込んで攻撃をしてくるつもりだろう。

 

「何が新生アンツィオよ!何があの時とは違うよ!私がいた時と全然変わってないじゃない。全車両、森の中にあるのは偽物のデコイだ、相手本隊は回り込んでくるぞ!返り討ちにしてやれ!」

 

相手の作戦の裏を突き、一斉撃破を狙うべく全車両に指示を下す。

相手車両はおそらくセモベンテとCV33だ。貧乏のアンツィオがそう直ぐに新しい戦車を揃えられる筈がない。

セモベンテさえ撃破出来れば後は問題無い。一方的な狩りである。

 

真部 里香がそこまで見越したところで先行していたヴィッカーズから連絡が入る。

それは予想外の報告だった。

 

「真部隊長、森の中の敵車両が撃ってきました!後退中の事だった為、既にこちらは2両撃破されました!どうしましょう!」

 

ーーーーーーーーーー

 

ワッフル学院の車両が撃破された事を知らせるアナウンスが流れ、俺は一先ず安心する事が出来た。

おそらく作戦が上手くいっているのだろう。

 

今回発案した作戦は『マカロニ作戦・改』。以前からあったマカロニ作戦を対ワッフル学院もといブリカマ用に改めたものだ。

相手がこっちの手の内を知っているのなら、逆にそれを利用してしまえばいい。

 

ペパロニ達が設置したデコイの更に奥に戦車を潜ませる。マカロニ作戦と知ったブリカマは回り込んで来るであろう敵車両を迎え撃つ為に戦力を逆方向にやる。

ケツを見せた戦車ほど楽な標的は無い。後は混乱した相手部隊に一気に攻め入るのみだ。

 

「だが、それだけじゃ終わらないぜ」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

真部 里香は混乱していた。

自分の知っているマカロニ作戦では無い?回り込むと見せかけて森に潜んでいたのか?

 

「全車両、敵は森の中よ!ヴィッカーズが攻撃を受けているわ、援護に回って!早く!」

 

まだ巻き返せる。まだ後方には主戦力の105mm榴弾砲装備のシャーマンだって残っている。軽戦車が2両やられただけだ。

 

確かにアンツィオの作戦がこれだけなら、ワッフル学院は巻き返せただろう。

だが『マカロニ作戦・改』はまだ終わってはいなかった。

 

「こちらシャーマンA、背後から攻撃を受けています!護衛のルノーR35が撃破されました!真部隊長、指示を!」

 

「後方からも敵車両!?まさか森の中に残っていただけでは無く、回り込んでもいたというの!」

 

いったい敵主力はどちらに行ったのか。フラッグ車は何処に?落ち着きを取り戻そうとしていた彼女の頭は、再び混乱へと追いやられた。

 

「こちらヴィッカーズC!森の中で敵フラッグ車を発見!繰り返す、敵フラッグ車を発見!セモベンテです!」

 

天はまだ我らに味方していたのか。これを逃す機は無いとばかりに、全車両に支持を送る。

 

「交戦中のシャーマンAはそのまま後方の足止め!残りは森へ入り一気にフラッグ車を仕留めるわよ!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「ルノーが撃破されたって事は回り込み組が仕掛けたな」

 

先行していたペパロニ達にセモベンテが1両混ざり、そのまま回り込みを仕掛ける。デコイによる足止めのお陰で、セモベンテの速度でも何とか間に合うはずだ。

そして後方部隊を撹乱。1、2両撃破出来れば上出来だと思っていたが、アイツら上手いことやってくれたらしい。

 

相手チームが混乱している状態でフラッグ車をチラつかせば、ほぼ間違いなく食いついてくるだろう。

そこで森に残ったセモベンテ2両の出番だ。

 

「締めはお前達だ...安斎、カルパッチョ!」

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「いた、フラッグ車!全車両あのフラッグ車に攻撃を集中!」

 

まだ距離はあるがこのまま追い込んでしまえ!木々が邪魔だが突き進め!

 

もうこうなれば当てたもん勝ちだ。確かに以前の、私が知っているアンツィオとは違っていた。それは認めよう。

 

「だけど勝つのはこの真部 里香よっ!!」

 

距離を縮めセモベンテに近づく自身のルノーR35は、フラッグ車でありながらも先頭へと飛び出していった。

危険ではあるが、これで終わりだ!その確信と共にルノーの戦車砲から放たれた砲弾がセモベンテの後方部に直撃した。

 

行動不能である白旗を確認し、真部 里香は深く安堵を覚えゆっくりと座り込んだ。

 

「勝った...やったわ!」 「隊長、違う!これは!」

 

その声に驚き、再び見たセモベンテにはあるモノが無かった。遠目で発見した時に確かにあった筈の、フラッグ車にある筈の旗が...その車両には無かったのだ。

 

「まさか...途中で入れ替わったの!」

 

確かにフラッグ車の旗を確認したのは、距離の離れた発見時のみだった。その後は早く近づき当てることに集中し過ぎていたのだ。

まさか途中で車両が入れ替わったなんて...そんな大胆な事を全国大会の試合で実践するなんて...。

 

だが気付く頃にはもう遅い。別方向から現れた、安斎 千代美の駆るセモベンテが真部 里香のルノーを撃破したのは直ぐの事だった。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

フラッグ車と他車両の入れ替え。普段なら間違いなく成功しないであろう行為だが、事前の多方向からの同時攻撃による混乱。

更に木々の生い茂る森の中でフラッグ車の旗が見えづらいという限定条件でのみ、成功確率を上げた今回限りの決め技である。

 

相手チームの隊長車がこちらに攻めてくるであろう事は大方予想がついていた。

向こうがこちらのやり方を知っていると同時に、こっちだって以前まで同級生だった相手の性格くらいは分かる。

 

「しっかし、上手くいって良かったぁ...」

 

安斎とカルパッチョにはそれぞれのセモベンテで何度も入れ替わりの練習をさせたが、幾ら条件が揃っていたとはいえ途中でバレる可能性もあった。

 

「危ない橋ではあったが...まぁ何とか切り抜けることが出来たようだ」

 

アナウンスにより改めて知らされる結果に安堵しつつ、俺は教え子たちの元へと向かうのであった。

 

 

『この試合、アンツィオ高校の勝利です!』

 

 

 

 

 

 




今回のワッフル学院戦についての後付け。
両チームの出場戦車は、
アンツィオ︰セモベンテ..3両、CV33..7両
ワッフル︰ルノーR35..4両、シャーマン105mm榴弾砲..2両、ヴィッカーズT-15..4両でした。


あと宣伝を、こちらの作品と別にもう一つガルパン作品を連載し始めました。「安斎千代美の消失」という作品です。
良かったらそっちも宜しくお願いします!


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10︰島田白兎の休日(前編)

 

 全国大会1回戦から数日が経った平日の昼過ぎ、俺 島田白兎は久しぶりの休みを迎えていた。

 店は月に1度の定休日の日だし、アンツィオの方は明日にしか戦車が修理から戻って来ない為に訓練は明日から再開の予定だ。

 

「ここ最近は店以外にも戦車道の指導もあって中々ゆっくり出来なかったからなぁ。さて..これから何をしよう」

 

 新作のメニューの試作でもしようか。それとも色んな店を食べ歩いて回るか。久しぶりに映画なんかもいいな。何にせよ明日からは更に忙しくなるだろう。...とりあえず一服してから決めるか。

 煙草を咥えて火をつけようとすると、店の前で誰かが話している声が聞こえた。2階の窓から下を覗いてみるといつもの3人組の姿が見えた。

 

「定休日って書いてあるぞー!どーするんだ、ぺパロニぃ!」

「あ、ホントッスねー。でも姐さんだって誘ったらノリノリでついて来たじゃないッスか」

「まぁまぁ2人とも落ち着いて」

 

....しょうがねーなー。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「いやー助かったッス店長!あのままだとアンチョビ姐さん泣き出しそうだったし」

 

「だ、誰が泣くかぁ!誰がぁ!!」

 

 あの後俺はすぐに1階へ降り、3人を店に入れた。これ以上店の外で騒がれても迷惑だし、3人分くらいなら食材を仕入れていない今日でもなんとかなるだろう。

 

「お前たち学校はどうしたんだよ?まだ放課後には早いだろうが」

 

 時刻は未だ15時前。普段なら午後の授業があっている時間帯だ。

 

「今日の午後は選択授業の日だったんですが私たち戦車道チームは戦車不在の為、早めの解散をしたんですよ。そのあと私たちで作戦立案しようって話になったんですが、それなら店長さんのお店で話し合った方が良いのでは。っという流れになりまして」

 

「なるほどねぇ。まぁ俺も明日には色々と2回戦の事を話そうと思っていたところだ。ならば丁度いい、俺の意見も話しておこう。簡潔に言うと、2回戦でアンツィオが勝利する確率は5%も満たないだろう」

 

「な、なんでッスか!またこの前みたいに穴掘って動き止めたりしたらいいじゃないッスか!」

 

「相手は毎年大会上位入賞校の聖グロリアーナだぞ。同じ手が2度も通じるような相手じゃない。それにあの時とは違って隊長のダージリンもいる、指揮能力が以前とは段違いだ」

 

「そんな...」

 

 突然言い渡された現実に驚きを隠せないぺパロニとカルパッチョ。それに比べて落ち着きがあったのは安斎だ。ある程度は自分で既に予想していたようだ。

 

「よし、とりあえず飯でも食べるか。安斎、なにかリクエストあるか?」

 

「うぇえ!?じゃ..じゃあ、カルボナーラ!」

 

「ho capito(了解)!」

 

 材料を取り出し調理を始める。

 熱したフライパンにオリーブオイルとバターを加え、溶けてきたところにニンニクを入れ炒める。更にベーコンの代わりに小さく切ったパンチェッタ(塩漬け豚バラ肉)を投入。肉の脂がよく出てきたとこでパスタを入れ、ソースと混ぜていく。いい匂いがしてきた。

 ここで火を止め、用意しておいた卵とチーズを混ぜたソースを加えしっかりとパスタと絡めていく。仕上げにパスタの茹で汁とバターを入れて余熱で溶かしながら混ぜて、最後に粉チーズと黒胡椒を振りかければ、生クリームを使わない簡単カルボナーラの完成だ。

 

「ほら、おまち。温かいうちに食べな」

 

   「「「いっただきまーす!!」」」

 

   「「「あーーー!!ずるーいドゥーチェたち!」」」

 

 店の入り口、声のした方を見ると、そこにはいつの間に集まったのか大勢のアンツィオ1年生が立っていた。

 

 食材、足りるかなぁ...。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「うーん、明日は大目に食材の発注しないとなぁ」

 

 1年生たちに料理を出し終える頃には冷蔵庫はほぼ空っぽになっていた。流石にこれ以上の来客はいない筈だ。

 

「すまんな、1年達も次の試合の事を話にここに来たらしくてな」

 

「今回は特別に1回戦勝利のご褒美ってことにしておいてやるよ。そういえば安斎、あれからブリカマとはどうだ?試合後の打ち上げで話してたみたいだが」

 

「あぁ、彼女とは連絡先も交換してあれからもよくメールしているよ。今度アンツィオにも遊びに来るそうだ。あと次は負けないってさ」

 

 それなら良かった。良きライバルが出来たというところか。

 

「姐さーん、さっきから店長となに話してるんですかー?」 「なになにードゥーチェと店長が秘密の話してるのー?」

「べ、別にそういう訳じゃなくてだな!お前たちー!!」

「えー、なんか怪しーい!」

 

 あーー、そういえばコイツらも女子高生だったな。こういった色恋話も好きだよな。

 俺はどうもそっち系の話は苦手だしな、まぁ放っておけばいいか。

 

 

「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」 「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」 「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」 「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」

 

「お"ま"え"だち"ー!!」 「あ、ドゥーチェが赤くなったー!」

 

 

 

「ねぇ、この状況は何...兄さま?」 「あ..」

 

 

......妹がアンツィオにやって来た。

 

 

ーーーーーーーーーー

 

「ねぇあの子って誰なの?」

「なんか店長の妹さんらしいよー!」

「あー、確かに少し似てるかも!目の辺りとか」

「かーわいーい!」

 

 アンツィオの連中は、後ろのテーブル席に固まりこちらをチラチラ見ては何か話している。

 しかしそんな事よりも問題は、俺の目の前にいる可憐な少女であった。

 

「なぁ愛里寿、機嫌直してくれよー。いちごジュースお代わり飲むか?」

 

 カウンターに座りふくれっ面の少女。この子が俺の愛しい妹、島田愛里寿だ。怒っている顔も可愛いがここは早く機嫌を良くせねば!

 確かに前からアンツィオに遊びに来るとは言っていたが、急に今日 よりにもよってこのタイミングで来られるとは...。どう言い訳したものか。

 お、安斎が愛里寿の方に向かっていった。同性同士上手いこと仲良くやってくれよ!

 

「し、島田愛里寿といえば大学強化選手の隊長を務めている有名人じゃないか!私はアンチョビ、アンツィオ戦車道チームの隊長をしている。よろしくな!」

 

「チーズくさい。アンチョビくさい。近寄らないで」

 

 あ、駄目だった。肩落として去っていった...。

 

「姐さん!私たちは姐さんの匂い大好きッスよー!」

「そうですよ、ドゥーチェ!落ち込まないでくださーい!」

「あうぅ...」

 

 ドゥーチェ、めっちゃフォローされてんじゃねーか。

 

「兄さま、どうしてアンツィオの戦車道チームの人達が兄さまのお店にいるの?私ひと言も聞いてなかったのだけれど」

 

「あーー、それはなぁ..話すと長くなるんだが...」

 

 まいったな、こんな事なら事前に電話で話しておけば良かったか。

 

「長くなっても大丈夫。私、今日から1週間こっちに泊まる事にしたから。よろしくね、兄さま」

 

「なん...だと..?」

 

 

 愛里寿の突然の宿泊宣言、普段なら飛んで喜ぶところだが…うーん、これは少し厄介なことになるかもしれないなぁ..。

 

 一体、俺の平穏な休日の予定は何処に行ってしまったのだろうか。

 

 

ーー島田白兎の慌ただしい休日は、まだ終わらない。

 

 

 



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11︰島田白兎の休日(後編)

 

 あれから数分ーー

 

 俺は愛里寿に今までの経緯を話していった。ちなみに後ろのテーブル席では、未だに安斎が後輩達に慰められている。

 

「...という訳なんだ。愛里寿に話していなかったのは悪かったよ。俺もまさか全国大会にまで関わるとは思ってなくてな」

 

 初めは練習試合を1度だけのつもりだったからなぁ。

 

「兄さまの言い分は分かった。だけど、女の子と仲良くしすぎ」

 

「いや、俺としてはそんなつもり全くないんだがな...はい、以後気をつけます」

 

「罰として今日の晩御飯はハンバーグがいい!島田の実家にいた時に兄さまがよく作ってくれたやつ。」

 

「オーケー、目玉焼きの乗ったやつだな。最ッ高に美味しいハンバーグ作ってやるから!」

 

 目玉焼きを乗せたハンバーグ。昔よく愛里寿に作ってやっていたもので、愛里寿の好物だ。

 

「それと、えっと...あのチーズくさい人」

 

「チーズ..?あぁ安斎な。おーい安斎ー!愛里寿がお前に話があるってよ」

 

 テーブル席にいる安斎を手招きして呼び出した。どうやら後輩達から慰められて少し元気になったようだ。

 あ、けど愛里寿と少し距離置いてる。チーズくさいと言われたのをまだ気にしているようだ。不覚にもちょっと笑いそうになってしまった。

 

「愛里寿、改めて紹介するよ。こっちは俺が教官をしているアンツィオ戦車道チームの隊長、安斎千代美だ」 「安斎と呼ぶなぁ!アンチョビだ!」

 

「そしてこの可愛らしい少女が俺の妹、島田愛里寿だ。どうだ可愛いだろ?可愛いって言え」 「私の時と扱い違いすぎないか!?」

 

 うーん、いいツッコミだ。それでこそからかい甲斐があるってもんだ。

 

「よろしく......千代美。今日から1週間、私もあなた達の指導に加わらせて貰うから」

 

「だから、アンチョ...なんだってえぇぇ!!!」

 

 店内全体に響き渡る声で安斎が叫ぶ。これが通常の営業時なら追い出しているところだ。しかし俺も少なからず驚いた。あの人見知りの愛里寿がほぼ初対面のアンツィオの面々に指導の協力をするとは。

 

「諸君、聞け!白兎だけでなく、大学選抜チームの隊長である島田愛里寿までもが我がアンツィオに協力してくれるぞ!2回戦も勝つぞ!いや優勝するぞぉ!」

 

「流石ドゥーチェ!」 「もう勝ったも同然ッスね!」 「宴会だ宴会ー!」 「勝ったな、こりゃ!ハッハッハッ」 「「ドゥーチェ!ドゥーチェ!」」

 

 勝利宣言するの早ぇよ、ドゥーチェ。

 しかしこれで少しは2回戦勝利の可能性が見えてきた。それでも不安要素はまだまだ多い..。あくまで可能性が少し上がったに過ぎないが。

 

「よーしお前達ぃ!湯を沸かせ、釜を炊けぇ!今日はこのまま島田愛里寿の歓迎宴会だぁ!!」

 

 いや沸かさせねぇし炊かさせねぇよ!ここ、俺の店!しかも今日は定休日だからっ!

と、突っ込もうとしたがその前に口を開いたのは愛里寿の方だった。

 

「勘違いしないでね、千代美。私はあくまで島田白兎の妹として、あなた達を指導する兄さまの手伝いをするだけだから。大学選抜や島田流は関係ない。それに今日はこちらに来るので疲れたから歓迎会はしなくていい」

 

「あ、ハイ..」

 

 うーん..13歳に尻に敷かれる高校3年生がもうそこにいた。

 

 さて、愛里寿もアンツィオまでの移動で疲れているし今日のところは解散させるか。俺もハンバーグの下拵えをしないといけないしな。

 

「よぉーし、お前ら!飯も食ったし十分騒いだだろ!今日は早く帰って明日からの訓練に備えておけー!」

 

「「「はーーーい」」」

 

 腹も膨れ、騒ぎ疲れて大人しくなったアンツィオの生徒達を店の外まで見送る。

 最後に店から出てきた安斎が、眉をハの字にして申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。

 

「休日なのにすまなかったな。結局いつもと変わらない騒ぎになってしまってあまり話も出来なかったが、明日からどうする..白兎?」

 

「まぁ、このノリにもバカ騒ぎにもいい加減慣れてきたとこだ。明日の事については後で俺と愛里寿とで考えておく。明日からはいつも以上に厳しくいくからな。頼んだぞ、ドゥーチェ」

 

「あ..あぁ!このドゥーチェに任せておけ!ではまた明日な、白兎!よぉーし、帰るぞぉお前達!!」

 

 最後まで元気に騒がしく、アンツィオの面々は嵐のようにやって来て、そして去っていった。

 

ーーーーーーーーーー

 

「確かに、今の状況では聖グロリアーナ相手に勝つのは難しいだろうね...」

 

「そうなんだよなー。機動性に関してはかなりのものなんだが、如何せん火力の面がなぁ..」

 

「それにまだ全体の動きにムラが多い。指揮系統が良くても実行までに時間が掛かりすぎるね。」

 

 あれから俺達は久しぶりに兄妹水入らずの夕食を楽しんだ。メニューは愛里寿のリクエスト通り、目玉焼き乗せハンバーグとライスにサラダ、そしてデザートに苺のティラミス。

 久方ぶりに味わった兄のハンバーグにご満悦だったようで、いつの間にか愛里寿の機嫌も治っていた。よかったよかった..。

 その後の入浴時には一緒に入らないかと愛里寿に誘われたが、そこは流石に止めておいた。イエス シスコン、ノー タッチ!

 

 そして現在、2階の俺の部屋で明日からのアンツィオチームへの指導方針について話し合っている最中だ。

 

「そういえば安斎が以前、P40重戦車の購入資金がもうすぐ貯まるとか言ってたな。間に合うようなら戦力的にも大分マシになるな」

 

「うん、恐らく聖グロリアーナのフラッグ車はチャーチルだろうから、少しでも装甲を抜ける車輌が欲しいところ」

 

 戦車については明日にでも安斎に確認しておくとしよう。それに明日には戦車の修理も終わり、本格的な練習を開始できる。

 

「ねぇ、兄さま。昔よく軽戦車使ってやってたアレをやってみたら?」

 

「アレ...あぁ、アレか!確かにアンツィオの機動性を考えるといいかもしれないな。愛里寿もいるし2人なら効率よく出来るだろう」

 

 今までは俺1人での指導という事もあり指示の至らない所もあったが、愛里寿の助けもあり今まで以上に教えに専念できる筈だ。

 更に愛里寿は大学選抜チームの隊長を現役バリバリで務めている。ある程度戦車道から離れていた俺なんかより、余程指導に慣れているだろう。

 

「しかしこうやってまた愛里寿と2人で戦車道に携われる日が来るなんてな。人生分からないもんだ」

 

「私もまた兄さまと戦車道が出来て嬉しい。幼少の頃、兄さまと一緒に学んだ戦車道が今の私の土台であり支えになっているから」

 

 あぁ、この言葉だけでどれだけ救われただろうか。む..まずい、目頭が。

 

「ちょっとホットミルクでも作ってくるよ。愛里寿も飲むだろう?」 「あ、うん」

 

 そう言って俺はそそくさと部屋を出、1階のキッチンへと向かった。

 あの場にいたら妹の前で泣いてしまいそうだったから。

 

「そう考えると再び戦車道に関わるきっかけをくれた安斎達にも感謝だなぁ。あと練習試合のみで辞める予定だった俺に続ける後押しをしてくれたダージリンにもな。まぁ感謝はするが、次の試合には勝たせてもらうけどな」

 

 軽く深呼吸をする。少しは落ち着いたようだ。結局涙を流すことはなかったので顔を洗う必要もなさそうだ。

 牛乳を温めてハチミツを混ぜホットミルクを2人分作る。これも島田の実家にいた頃に愛里寿と寝る前によく飲んでいたものだ。

 

 それを持って部屋へ戻ると、妹は机にうつ伏せになった状態で眠っていた。長旅の疲れもあり疲れがピークに達したのだろう。遅くまで付き合わせてしまって、少し悪い事をしたな。

 起こさないようにゆっくりと愛里寿をベットに運び、部屋の電気を消した。

 

 俺はまだ温かい2つの牛乳を持って再び1階に降り、最後に明日からの流れをノートに纏めた。

 ホットミルクで温まった俺の身体は、それから15分もせずに眠気に襲われることになった。欠伸をしながら空になった2つのコップを洗い、俺は再び寝室へと戻っていった。

 

 既に眠っている愛里寿を起こさないように静かに、携帯電話のライトを使ってベットの隣に敷いた布団へと横になる。

 

 当初予定していた休日のプランとは全く違うものになってしまったが、なかなかに慌ただしくも楽しい1日だった。たまにはこんな休日も悪くない。

 

 そんな事を思いながら、彼は久しぶりに再会した妹と共に深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 




アプリ「戦車道大作戦」のアンツィオ制服愛里寿が可愛する問題につきまして。
あれ...?愛里寿アンツィオ転校ワンチャンあるか?!いやけどチーズもオリーブもアンチョビも苦手だもんなぁ~どうなんだ、公式ィィ!!


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