幽鬼うさぎも異世界から呼び出されたようですよ? (グリアノス)
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拒絶。それは物語の始まり

最近執筆意欲が減退しているのでリハビリも兼ねてノリと勢いで書きました。

後悔は微塵もしていないが反省は少ししている。





やあやあお立ち合いの皆様。

 

皆様は「遊戯王デュエルモンスターズ」というカードゲームを知っているだろうか?

 

今を生きる子供達に留まらず幼少の頃から慣れ親しんだ大人まで、そして国境をも越えて数多くの人間を楽しませてきた娯楽。

 

その知名度はもはやカードゲームの王様、とすら言えるかもしれない。

 

名前は知っている。

 

小さい頃やってた。

 

今でもやっている。

 

こういった声は存外にも多い。

 

その中でも今でもやっているという方々は「幽鬼うさぎ」というカードをご存知だろうと思う。

 

高性能かつどの様なデッキにも組み込める万能性と可愛らしいイラスト、そしてその需要とは反比例する希少性から専門店へ赴いてもその高価な値段に再録を望むプレイヤーも大勢居る事だろう。無論、私もその一人。

 

さて、長ったらしい前口上はこの辺で終えるとしよう。

 

あらゆる形で認識されるこの娯楽は千差万別、無限大の多様性を持って広がり続ける「遊戯王」。

 

そしてその中で生み出されたカード「幽鬼うさぎ」。

 

これは一枚の「幽鬼うさぎ」が何の因果か意識と肉体を持って神仏集う「箱庭の世界」に招かれる物語。

 

──────お楽しみいただけたら幸いである。

 

 

 

 

 

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真っ暗な世界に唐突に光が差した。目が痛い。

 

辺りの静寂が破られた事で喧騒が聴こえてくる。耳が痛い。

 

─────うぅん、眩しい。

 

「おい見ろよこれ!」

 

─────ん、誰だろう……?

 

「ああ?なんか良いやつ出たのか?」

 

─────声が聴こえる。

 

「ほら、これって今滅茶苦茶高いやつだろ!」

 

─────何の事だろう?

 

「マジか!? ってお前これ幽鬼うさぎじゃねえか! 運良いなオイ!」

 

─────幽鬼うさぎ? 私の事なのかな?

 

「まあ確かに良い効果だよなぁ。このカード」

 

─────そっか。私はカードなんだ。

 

「お前、これ売ってくれよ!」

 

「アホか! 嫌に決まってんだろ!」

 

─────大事に……して欲しいなぁ……

 

「ちょっ、俺帰るわ。じゃあな!」

 

「おい待ってくれよ!…………くそっ、羨ましいなぁ」

 

─────これからよろしくね。ご主人様。

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして名も分からぬ青年は「幽鬼うさぎ」というレアカードを手に入れ、デッキ構築に腐心する筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

異変が起きたのはその夜の事。

 

皆が寝静まった深夜、リビングのテーブルに他のカードと共に置かれていたカードが淡い光を発するとそこからごてごてと色々な物を差し込んだ和服を着込んだ白髪の少女が現れた。

 

彼女の名は幽鬼うさぎ。何の因果か意識と肉体を持った唯一のカードである。

 

「─────ん、ここはどこ?」

 

たどたどしく言葉を発する少女はまだ自分に起きた異変を正しく把握していないようで、キョロキョロと辺りを見回す。しかし夜中というのもあってか、部屋の中を窺い知ることは出来ない。

 

「何も……見えない」

 

そういうと和服の袖から一枚の御札を取り出すとそこから青白い発光体を作り出すと周囲に浮かべる。

 

「うん、少し……明るくなったね」

 

幽鬼うさぎがそう呟くと、青年は何処かと辺りを見回す。自分が何故肉体を持ったのかは分からないが、一先ず主となった青年に挨拶位はせねばなるまいと思ったからだ。

 

この部屋には居ないとわかると他の部屋に向かおうとする幽鬼うさぎ。そして彼女が部屋を出ようとした次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。開け放ったのは懐中電灯を手にした青年で、その顔には不可思議な現象への恐怖が見てとれた。

 

幽鬼うさぎは探していた青年が見つかった事で僅かに表情を綻ばせるが、青年の口から幽鬼うさぎの言葉を遮って発せられたのは困惑と拒絶の言葉だった。

 

「あ、ご主「誰だお前は! 玄関は施錠していた筈だ! 一体どうやって入り込んだ!?」………っ」

 

─────私の事がわからないの?

 

これは青年がカードのイラストをもっとハッキリと覚えていれば話は変わったのかもしれない。ただそれを責めるのは酷とも言える。この世界においてカードが実体化するなどいう非常識な事を誰が想像し、そして受け入れられるだろうか。

 

─────ご主人様……私は幽鬼うさぎだよ?

 

「…………今なら見なかった事にしてやる。今すぐ出ていけ!」

 

「ッ!?」

 

青年の容赦の無い言葉の刃が彼女の心を抉る。そしてそれは彼女にこの世界に居場所はないと思わせるに充分だった。

 

─────私は…………ここに居ちゃいけないんだ…………

 

「どうした早く行け! このままじゃただじゃおかないぞ!?」

 

「ご、ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 

そう言って幽鬼うさぎは青年の家を飛び出して行った。外は外灯も少なく夜の闇に覆い尽くされている為に非常に暗い。しかし先程肉体を得たばかりの幽鬼うさぎにいく宛がある筈もない。

 

大きな瞳から大粒の涙が零れるが気にも留めずに走り続ける幽鬼うさぎ。

 

─────どうして? どうして私はカードのままいられなかったの?

 

どれくらい走り続けただろう。息を切らして空を見上げた幽鬼うさぎの目にはその傷心を嘲笑うかのように眩く輝いている星々が映る。

 

「ご主人様、私は……私は……」

 

─────私はカードのままで良かったんだよ? ご主人様と一緒に居たかったのに…………

 

「私は…………何処へ行けば良いの…………?」

 

幽鬼うさぎは溢れる涙をその悲しみのままに流しながら呟く。

 

─────ああ、このまま死んでしまえたら良いのに…………

 

「────あれ?」

 

いっそこのまま首を掻き切ろうと着物の帯に差してあった鎌に手を伸ばした時。幽鬼うさぎにとって見に覚えの無い手紙が帯に差し込まれていた事に気づいた。

 

「…………なんだろう。私はこんなの持ってなかった筈なのに」

 

─────そっか。ご主人様はこんな気持ちだったんだね。

 

この意図も差出人も届け方も一切が不明な怪しさバリバリの手紙を前に、先程青年が彼女を拒絶した気持ちを僅かばかり理解した幽鬼うさぎ。

 

このよくわからない状況を生み出した件の手紙をいっそ破り捨ててしまうべきかと思案するのも無理からぬ事である。

 

─────でも、することもないから開けてみようかな。

 

どうせ行く宛もないからと、半ば自棄になりながらも幽鬼うさぎは手紙の封を切る。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 

その才能(ギフト)を試す事を望むなら、

 

己の家族を、友人を、財産を捨て、

 

我らの“箱庭”に来られたし』

 

──────箱庭ってなんだろう?

 

手紙を読み終えた幽鬼うさぎは思案に耽るが、唐突にその思考は中断させられる事となった。

 

当然だ。誰でもいきなり上空4000mに放り出されたら思考のひとつやふたつ止まって然るべきである。現に幽鬼うさぎの他に呼び出されたであろう三人と一匹は口々に叫んだりしている。

 

それでも幽鬼うさぎには己の中でひとつの感情が渦を巻いていた。

 

──────此処には私の居場所はあるのかな?

 

果たして元の世界で居場所を得られなかった幽鬼うさぎは箱庭でどう生きるのか。

 

物語の幕はここに上がる。

 

 

 

 




続きを書くかは気分次第。

それでは皆様、読んでいただきありがとうございます。



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邂逅。それは招かれし者

どうも、まだまだ序盤というのもあってか筆が進んですらすらと書き上げられられたので投稿です。

それでは第2話、お楽しみいただければと思います。




上空4000mに突如として放り出された幽鬼うさぎとその他の少年少女。

 

先程、幽鬼うさぎは居場所を見つけられるかなどと思ったがそれよりも大切な事に気づいた。

 

──────あ、これ死んじゃう。

 

そうなのだ。先程までは華麗にスルーしていた問題が音を立てて目前に迫っていた。この身が人間と変わらないのであれば、この高さからの落下は致命的だと。

 

どうやら落下地点は湖になっているようだがそんなものは気休めにもならない。

 

当然だ。この高さから落下すれば水面の硬度はコンクリートと同等。皆等しく潰れたトマトになるだろう事は想像に難くない。

 

──────というか死ぬよね。

 

現在上空3000m地点。このまま湖の水面に叩きつけられれば無事はありえない。瀕死の重傷で済むことさえ奇跡だろう。

 

──────どうしよう。というか私が一体何をしたの?

 

私は自分の居場所を探したいだけなのに、と表情豊かとは言いがたい幽鬼うさぎは先程とは違う意味で泣きたくなった。一体誰が差出人不明の手紙の封を切ったら上空4000mに放り出されるなどと想像出来るだろうか。

 

──────これはあれか。私に居場所など作らせるわけ無いだろうとでも言うつもりか。

 

気に入らないのは結構だが、随分と手の込んだ殺し方をしてくるものだと思うと無性に腹が立ってきた幽鬼うさぎ。先程までの期待感はとうに消え失せ、今の彼女を支配するのは理不尽に対する怒りだ。

 

自分はただ肉体を持っただけでなぜこんな仕打ちを受けねばならないのか。しかも肉体を得たのは自分の意志と関係無くなのにだ。

 

──────良いだろう。ならばそんな意思などに屈するものか。そのよくわからない意思が私自身を否定するなら私だってその意思を否定してやる。

 

スッと目からハイライトを消した幽鬼うさぎは揺るぎない意志をその心に抱く。

 

──────舐めるな。元はただのカードであったとはいえ、れっきとした肉体を持つこの身。黙って殺されてなんてやるものか。

 

既に元の口調さえ崩れているがそんなことは幽鬼うさぎにとってはどうでも良かった。誰しも命の危機に晒されれば口調のひとつやふたつ崩れる事もあるだろう。

 

まあこれも、得られる筈の未来を失った矢先の為に陥ったヤケクソ状態だからではあるのだが。

 

ただいま上空2000m地点。このあんまりな状況を覆す為に出来る事を探す幽鬼うさぎ。そんな彼女に一筋の光明が差す。

 

──────! この体は飛ぶ、とまではいかないまでも浮く事は出来る。そしてこれは私だけでなく周りにも使えるらしい。

 

近くにいた猫に対して能力を行使した事で得た情報は(まさ)しく幽鬼うさぎにとって朗報だった。

 

だが事は自分の思い通りには進まないのが世の常、当然のように新たな問題が浮上してきた。幽鬼うさぎが宙に浮ける事を認識したのまでは良かった。が、しかし…………

 

──────だめ。私だけならともかく、他の人も一緒だと減速で手一杯。

 

まだまだ能力を手探りで模索している幽鬼うさぎに、自分だけならともかく三人と一匹を支えるだけの力はまだ無かった。

 

──────これは落ちるね。

 

おおよそ自由落下の三分の一程の速度にまで減速に成功はしたが、湖に落下するのはもう避けようが無かった。

 

──────でも、これなら死にはしない筈。後の事は後で考えよう。

 

能力による減速が途絶えないように意識を向けながら、幽鬼うさぎをはじめとした少年少女は予め用意してあった緩衝材の役割を果たすであろう水膜を突き抜け、湖にその身を落とし込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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──────うん。こうなるってわかってたけどさ。

 

「流石にあんまりじゃないかな」

 

一先ず、生きている事に安堵した幽鬼うさぎは全身の力を抜き、水面を漂いながらポツリと不満の言葉を漏らした。

 

そんな抗議の声に同調する声が二つ。

 

「全くよ! 問答無用でいきなり引き摺り込んだ挙句、空に放り出すなんて!」

 

「ホントにな。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。ファミコンの理不尽ゲーかっつーの。どうせなら空じゃなくて石の中にでも呼び出された方がまだ親切だ」

 

「…………いえ、石の中に呼び出されては動けないでしょう?」

 

「俺は問題無い」

 

「そう。身勝手ね。そこの貴女もさっさと上がってきなさい。そのままでは風邪を引いてしまうわ」

 

「うん。そうする」

 

彼らとは少し遅れて陸に上がった幽鬼うさぎは、やはり陸は良いものだと僅かに顔を綻ばせる。 間違っても上空4000mを何の装備も無く落下するなど金輪際経験したくないと思うのも仕方ない。

 

「ここ…………何処だろう?」

 

「さあな。まあ、世界の果てっぽいものが見えたし、何処ぞの大亀の背中だったりするのかもな」

 

ショートカットの少女の言葉に答えたのは金髪の少年だった。もっとも、答え自体は酷く哲学的で理解出来るものは限られそうだったが。

 

「まず間違いないだろうが一応確認しとくぞ。お前達も変な手紙を開けて此処に飛ばされたのか?」

 

「その通りよ。けどその“オマエ”っていうのは訂正してくれるかしら。私は久遠飛鳥よ。以後気をつけて。そこの猫を抱えた貴女は?」

 

「…………春日部耀。以下同文」

 

「そう。よろしく春日部さん。で、そこの野蛮で凶暴そうな貴方は?」

 

「高圧的な自己紹介ありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義者と三拍子揃ったダメ人間なので用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」

 

「あらそう。なら取り扱い説明書を用意して下さるかしら十六夜君。そしたら考えてあげても良いわ」

 

「ヤハハハ! 斬新な切り返しだな。それじゃあ今度作っとくから覚悟しとけお嬢様。さて、残るは最後まで湖に浮かんでた白髪ロリだな」

 

そこで皆の視線が幽鬼うさぎに集中する。幽鬼うさぎは己を見定めるような視線を気にせずに口を開く。

 

「私の名前は幽鬼うさぎ。皆、どこか痛い所はない…………?」

 

「痛い所、ねえ。空に放り出されてた時に体を持ち上げられた感覚があったが、あれをやったのはお前か?」

 

「うん。でも皆浮かせる程の力はないみたいで減速させるので精一杯だった」

 

幽鬼うさぎは十六夜の質問に特に隠す理由も無いのでありのまま答えた。

 

「そうか。まあ礼は言っておく。質の悪いイタズラならアレで死んでてもおかしくなかったんだからな。お嬢様と春日部も礼くらい言っとけ」

 

「貴方に指図されるのは気に入らないのだけど理には叶ってるわね。ありがとう幽鬼うさぎ……少し言いにくいわね。ユキ………と呼んでもいいかしら?」

 

「良いよ。皆も私の事はユキって呼んでくれたら嬉しい」

 

「よろしく。ユキ」

 

「うん。素敵な名前をありがとう。飛鳥」

 

そう言ってふにゃりと顔を僅かに綻ばせる幽鬼うさぎにその場にいた全員が優しい気持ちになった。出会って間もない彼らも今なら団結して幽鬼うさぎを守るだろう。

 

十六夜は見た目に似合わず子供好きな一面を刺激され。

 

飛鳥はこんな妹が居れば良いなと思い。

 

耀は幽鬼うさぎの小動物的な可愛らしさに魅了され。

 

元の世界ではイレギュラーとしてまともとは言い難い生活を送ってきた者が、恐らく自分より年下の少女に助けられた上に、悪意もなにも無い純粋な笑顔を向けてくれるのだ。

 

彼らにとってこれほど嬉しい事も無いのである。

 

各々の形で彼女に魅了された三人はお互いの顔を見合わせると視線だけで会話をする。

 

(オイ、これも何かの縁だ。コイツを守るために共同戦線を張ろうぜ)

 

(共同戦線…………良いわ。乗ってあげる。この子は少し危なっかしいもの)

 

(私も協力するよ。ユキが傷つくのを見たくないから)

 

今の三人に言葉などなくても意思の疎通が容易に行える程だった。三人の考えに多少の差異はあれど思う気持ちはただ一つ。それはユキを泣かせる奴は許さない、だ。

 

こうして極めて密やかに、非公式ではあるが幽鬼うさぎ親衛隊が作られたのである。

 

ただまあ、件の幽鬼うさぎはわけがわからずにキョトンとしていたが。

 

そしてそんなやり取りを茂みから見ていた人物が一人。

 

(あ、あれ? なんか仲良くなりました?…………さっきまで協調性なんてまるでなかったのに…………)

 

彼らを異世界より呼び寄せた張本人であるウサ耳の少女は出ていくタイミングを完璧に見失っており、茂みより見続けるしかなかった。

 

「で、呼び出されたは良いがなんで誰も居ねえんだよ。。この展開なら招待状に書いてあった箱庭とやらの説明をする人間が現れるもんじゃねえのか?」

 

「同感ね。何の説明もなしでは動きようがないわ」

 

「…………二人共落ち着いてるね。必要以上に」

 

(全くです)

 

ウサ耳の少女は三人のやり取りにこっそりとツッコむ。いっそ大混乱の真っ只中の方がまだ出ていきやすいのだが、如何せん場が落ち着き過ぎていて出るに出れなくなっていた。

 

「…………くしゅん!」

 

そしてウサ耳の少女がまごついていた間に状況は更に悪くなる。

 

「…………もう良いや。四の五の言ってたらユキが風邪引くしな。手っ取り早くそこに隠れてる奴(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)に聞こうぜ?」

 

「ええ、そうしましょうか。この子が風邪でも引いたらどうしようもないもの。それに春日部さんも“アレ”には気づいてたんでしょう?」

 

「当然。風上に居れば嫌でもわかる」

 

「へえ、面白いなお前」

 

たったひとつの小さなくしゃみで逃げ道を完全に塞がれたウサ耳の少女は殺気立った彼らを前に出ていく他ない事を悟った。

 

観念して茂みから出てきたウサ耳の少女を出迎えたのは三人の殺気立った視線で、彼女からすれば出来ることならこのまま逃げ去ってしまいたいと思ってしまえる心境だった。

 

「や、やだなあ皆様方。そんな肉食獣もさながらの怖い顔をされては黒ウサギは死んでしまいますよ? ええ、古来より孤独と狼はウサギの天敵でございます。そんな黒ウサギの脆弱な心臓に免じてここはひとつ穏便にお話を聞いていただけたら嬉しいのですよ?」

 

「断る」

 

「却下」

 

「お断りします」

 

「……寒い」

 

「あっは、取りつく島もないですね♪ そしてそこの貴女は大丈夫でございますか!?」

 

バンザーイと降参のポーズを取りながら幽鬼うさぎを案じるという妙に器用な真似をする黒ウサギ。しかしその眼は冷静に三人を値踏みしていた。

 

(肝っ玉は及第点。この状況でNOと言える勝ち気は買いです。まあ、些か扱いにくいのは難点ですし寒がっている方はどうもふわふわしてて判断に困るところではありますが)

 

そんな事を考えていた黒ウサギだったが、ふと彼らに目を向けると自分に向いているのに気づいた。

 

「あ、あのー、どうかなさいましたか皆様?」

 

黒ウサギの疑問には皆を代表して十六夜が答えた。

 

「ああ、言いたいこと聞きたいことは山のようにあるが、その前に確認させろ。俺達を呼び出したのはお前って事で良いんだよな?」

 

「はいな。その通りです」

 

「そうかわかった」

 

そこまで聞いた十六夜は聞きたいことは聞き終えたようで、黒ウサギから視線を外して飛鳥と耀に視線を移した。そこで行われるのは視線での会話。視線で語り合った時間は僅か数秒だったが、しっかりと意思の疎通はできたようである。

 

「ならまずお前に言いたいことは────」

 

「「「あんな呼び方した詫びに焚き火でも用意しろやこの駄ウサギ」」」

 

用意しなければ分かってんだろうな?とでも言うかのようにかけられたプレッシャーに黒ウサギは泣く泣く焚き火の用意を始めるのであった。 

 

 




読んでいただきありがとうございます。





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慈愛。それは満たす心

大変長らくお待たせしました。

皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私はここ最近、スランプだのインフルエンザだの仕事が超多忙だの碌なことが起こりませんね。

まあ、そんな情けない有り様ですがほそぼそとやっていこうと思いますので生温く見守って下さいませ。



あ、余談ですがサブタイトルの付け方を変えて見ました。うん、どうでもいいですね。


「ん、あったかい…………」

 

幽鬼うさぎ達が放り込まれた湖の畔、その一角に拵えられた小さな焚き火に手を翳しながら頬を緩ませる幽鬼うさぎ。その表情から喜んでいる事が伺い知れた黒ウサギは焚き火の用意に費やした事で得た疲労感が癒されるようだった。問題児に睨まれ、涙目で準備したかいがあったと言えるだろう。

 

一方の十六夜と耀はというと、

 

「オラァッ!!」

 

湖の水面に向かって全力の投石を敢行していた。

 

ドッパァアアアアアンン!!!!

 

デタラメな威力を持って放たれた石の礫は湖の水を湖の底が見える程に、まさに根こそぎ吹き飛ばした。十六夜達が一見無意味とも言える事を行うのにも幾つか理由がある。いや、極論すれば理由などいたってシンプルなのだが。

 

十六夜達の目的はひとつずづ説明していくとしよう。

 

まずは投石で水を吹き飛ばし、湖に棲息していた魚を空中に打ち上げる事である。

 

「…………ここ」

 

そして打ち上げられた魚を耀が並外れた跳躍力で跳んで人数分キャッチ。魚を抱えたまま湖の底に着地した耀はすかさず再度の跳躍を図り湖から離脱して十六夜の傍に戻ってきた。

 

十六夜と耀はお互いに視線を合わせると同時にグッとサムズアップを交わした。

 

幽鬼うさぎの為に首尾よく魚を捕獲した二人の連携は出会ったばかりとは思えない程のものであった。

 

「おーいお前ら! 魚焼くからちょっとそこ退いてくれ!」

 

魚を手早く絞めて口から木の枝を通す十六夜と絞めた魚を受け取る耀は内心でこう呟く。

 

( (これでユキに魚を食わせてやれる(食べさせてあげられる) ) )

 

内心での呟きに多少の差異はあれど内容自体は全く同じだった。全くもって出会ったばかりなのか甚だ疑問である。

 

「でかしたわ十六夜君、春日部さん」

 

飛鳥も二人に対してサムズアップを向けて嫌味無く労う。そして飛鳥が内心で思うのも、

 

(これでユキに魚を食べさせてあげられる)

 

当然他の二人と相違なかったりする。

 

二人だけでも目を逸らすので精一杯だった所に飛鳥も加わった事で黒ウサギのアウェー感は限界を迎えた。

 

「もういい加減ツッコミますよ? 良いですよね?……………………御三方ともさっきが初対面ですよね!? 仲良くなるの早すぎませんか!? そもそもいきなり異世界に呼ばれたら疑心暗鬼に陥るのが普通ではないのですか!?」

 

黒ウサギは怒涛のツッコミを敢行し、息切れをしたようでゼェゼェと肩で荒い息を吐く。

 

しかしそんな必死極まりないツッコミも問題児達にかかれば、

 

「「「あ、まだ居たんだ」」」

 

「居るに決まってるじゃないですか!?」

 

「…………皆酷いね」

 

この様に諸行無常極まりない返答が帰ってくるのであった。

 

ツッコんだ黒ウサギもまさかスルーされるのでは無く、真面目に意識から抜け落ちでいるとは思わなかった黒ウサギはこの箱庭の貴族たる自分の扱いの適当さに驚愕を禁じ得なかった。

 

事実、十六夜達の優先順位は幽鬼うさぎ>>>>>>超えられない壁>>>>>>黒ウサギとなっていた。

 

「ねえ十六夜どうしよう、魚四匹しか捕まえてないよ」

 

ここで更なる問題が浮上してきた。黒ウサギの事を真面目に忘れていた三人は黒ウサギを除いた人数分しか魚を確保していなかったのである。

 

「オイオイマジか。さっきのやつ、もう一度やるのか?」

 

「うーん、流石に面倒じゃないかしら」

 

「じゃあ黒ウサギのは?」

 

十六夜は非常に面倒くさそうな顔をし、飛鳥もそれに同調するようになんとも言えない顔をする。そこに幽鬼うさぎが問いかけると三人は一頻り唸った後、

 

「「「…………ま、いっか!」」」

 

非っ情に良い笑顔で開き直った。

 

「う、うわああああああああああああああああん!!」

 

この世に生を受けて二百年。種族的にはぶっちぎりで若輩者である黒ウサギだったが、もはや適当を通り越してぞんざい極まりない扱いにとうとう泣きが入ってしまった。

 

確かにファーストコンタクトにこそ躓いたものの、ここまでしなくても良いではないかと思うのも至極当然である。

 

「よしよし、良い子良い子」

 

膝から崩れ落ち、割りとガチ泣きをしている黒ウサギの頭を撫でる幽鬼うさぎ。頭を撫でる手が時折触れるウサ耳の感触をこっそり楽しみながら声に出さずに独りごちた。

 

─────これは流石に可哀想。

 

このままでは黒ウサギは心に多大な傷を負って立ち直れなくなるかもしれない。

 

「ふええええええええん、ユ"キ"さ"ぁん"」

 

─────何か上手く宥める方法は無いかな。

 

呼び出された面々のうち、唯一自分を邪険にしない幽鬼うさぎの平坦な胸に顔を押しつける黒ウサギ。絵面が端から見ると些かまずい気もするが、流石に十六夜達もやり過ぎた自覚はあったようでそれは指摘しなかった。

 

幽鬼うさぎもしとしとと泣き続ける黒ウサギをあやしながら自身に出来る事を探っていく。

 

「あー、悪かったな冗談だ。だから泣きやめ。な?」

 

「ゴメンね。流石にやり過ぎた」

 

「私も謝るわ。ごめんなさいね」

 

「ひぐっ…………えぐっ…………ホントに?」

 

もはや幼児退行に等しい精神状態の黒ウサギに庇護欲をかきたてられる十六夜達だが、黒ウサギをここまで追い詰めたのは自分達である為になんとも言えない心境だった。

 

そんな中、再び幽鬼うさぎにひとつ光明が差した。

 

─────そうだ。私が捕まえれば良いんだ。

 

そうと決まればやることは一つ。幽鬼うさぎは早速行動に移る。

 

幽鬼うさぎは湖面に向って手を翳すと目を閉じて水中を探っていく。

 

「ん、これかな」

 

そして魚と思しきモノを探り当てると一息に水中から引き揚げた。引き揚げた魚は驚いたのかビチビチと体を捩り続ける。

 

─────さて、ここからどうしよう。

 

魚を首尾よく引き揚げたはいいものの、魚が跳ね回って思うように掴めない幽鬼うさぎ。そこに飛鳥が声をかけてきた。

 

「ユキ、私に任せて頂戴」

 

「…………わかった、お願いする」

 

幽鬼うさぎの返答に満足した飛鳥は幽鬼うさぎの頭を一撫ですると魚の方を向いて一言。

 

「動くな!」

 

たった一言で魚はピタリと動きを止め、それを見ていた皆が驚いたように目を見開いた。

 

─────わ、動きが止まった。凄い。

 

「なんだよ随分と面白い事が出来るじゃねえかお嬢様」

 

「そこら辺の石ころであんなデタラメな威力を出す貴方には言われたくないわ十六夜君」

 

「ヤハハハ、違いねえ!」

 

飛鳥の異能を目にした十六夜は好奇心を刺激されたのか非常に嬉々とした声を上げる。一方の飛鳥はお前が言うなと言わんばかりに切り返すと十六夜もさもありなんと哄笑していた。

 

そんな二人をよそに幽鬼うさぎは手近い所にあった木の枝を魚の口に刺し込んでいくと、焚き火の近くに立て掛ける。

 

─────よし、後は焼けるのを待つだけだね。

 

ほとんど表情は動いていないが、何処か満足そうに頷く幽鬼うさぎ。願わくば黒ウサギの機嫌が直ってくれればと思うばかりだった。

 

─────じゃあそろそろ本題に入らないとね。

 

「じゃあ黒ウサギ、お魚が焼けるまで時間があるからそれまでお話を聞かせてほしい」

 

目的をすっかり失念していた黒ウサギは幽鬼うさぎの言葉を受けてハッとして立ち返った。

 

「ん、皆もここは静かに聞こうね。黒ウサギにいじわるはしない事」

 

「「「わかった(わ)」」」

 

(この濃い面々をすっかり手懐けていらっしゃる…………ユキさんの魅力には脱帽でございますね。嘘をついてこのまま嫌われたくはないですし、いっそ内情を明かしてしまいましょうか)

 

それに思いの外鋭い感性をした彼らだ。もしかしたらこちらの思惑などとうに見透かされているかもしれないと結論づけた黒ウサギ。たとえ彼らから協力を得られなくとも、もはやここで不義理を働く選択肢は無かった。

 

(では粗方の説明を終えたらお腹を割って話をしませんと…………ジン坊っちゃん、申し訳ありません)

 

内心でリーダーである少年に謝罪しながら、黒ウサギは説明を始めた。

 

「コホン、それでは皆様────」

 

 

 

 

 

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─────なるほどね。話の触りは大体わかった。

 

「つまり要点をまとめるとだ。この世界は“箱庭”の世界と呼ばれる修羅神仏の集う場所で、そこでは主催者と参加者の下、“ギフトゲーム”と呼ばれる、オマエ曰く“神魔の遊戯”が催されている。法律こそあるものの、重要視されるのは何処までも自身が宿す“恩恵”であり、ギフトゲームとは凡そこの世界のルールと呼べるものである。と、こんな感じか?」

 

「YES! 補足を付け加えますと、箱庭に招かれた方々は数多あるコミュニティに所属し、あるものはコミュニティの力を誇示するために、己の力を試す為にギフトゲームを行うのですよ」

 

─────ギフトゲーム…………私にクリア出来るのかな?

 

自分の宿した恩恵などと言われても今ひとつピンとこない幽鬼うさぎは、早くも不安に駆られていた。とりあえず自分の宿した恩恵とやらは荒事には向かないと漠然とではあるが察していた。

 

まあそう思うのも無理からぬ話だと言える。先程、上空4000mからの落下の際には多少なりとも役立った程度なのだ。そんな局所的な場面が続く事など早々ありはしないだろう。

 

─────私にはきっと十六夜達みたいな力はない。それでも、皆と一緒に居たいな…………。

 

「皆、ちょうど魚が焼けたみたいよ。話は一時中断して食べましょう」

 

話がちょうど一区切りついたところで飛鳥から魚が焼けた旨が伝えられ、皆が焚き火に視線を落とすとジュウジュウと音を立てて香ばしく焼けた魚が映った。

 

「お、なかなか美味そうだな」

 

「そうだね。これなら後十匹くらいは獲っておけば良かったかな」

 

─────耀、それは食べ過ぎじゃないかな。

 

「…………春日部さん、貴女一体どれだけ食べる気なのよ」

 

「そうですよ。食べ物は少し足りない位が一番良いのです」

 

呆れを多分に含んだ飛鳥のツッコミに同調する黒ウサギ。二人からすればそんな小さな体の何処に入るのかという思いだった。

 

飛鳥は皆の手に魚が行き渡ったのを確認すると全員を見渡し声をあげる。

 

「それじゃあ皆。手を合わせて」

 

─────こういう時はこう言うんだっけ。

 

「「「「「いただきます」」」」」

 

皆が魚に齧り付くのを見ながら幽鬼うさぎは魚に口をつける。

 

─────これが食べ物を“食べる”ってことなんだね。

 

「ユキ、美味いか?」

 

「どうだろう。私にとって“食べる”っていうのはこれが初めてだから。けどね十六夜」

 

「なんだ?」

 

「とてもあったかい。これがきっと“美味しい”って言う事だと思う」

 

「…………そうか」

 

幽鬼うさぎの返答から複雑な事情があるんだろうなと思った十六夜。しかし十六夜は今は何も聞かずに幽鬼うさぎの優しく頭を撫でるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

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「全員食い終わったな? じゃあそろそろ箱庭とやらに行こうぜ」

 

皆が魚を食べ終えた事を確認した十六夜は焚き火に砂をかけて火の始末をしながら移動しようと提案した。

 

「ええ」

 

「そうしようか」

 

「そうだね」

 

当然、この場に留まらなければならない理由もない面々は反対する事も無く頷いていた。

 

「皆さん、その前にもう少しだけ黒ウサギのお話を聞いていただけないでしょうか」

 

しかしそこに待ったをかけた黒ウサギ。十六夜を除いて黒ウサギの意図を計りかねている飛鳥達は怪訝な表情を浮かべていた。

 

「へえ? 意外だな。話す気になったのか?」

 

「…………十六夜さんは既にお気づきでしたか」

 

「ま、ある程度はな」

 

意外も意外と感心したような表情を浮かべる十六夜に、黒ウサギは自分の予想は間違っていなかったと思った。それと同時に黒ウサギは悟ってもいた。年齢からすると分不相応な洞察力と、通常の人間からは大きくかけ離れた力を持つこの少年は敵に回すべきではない事を。

 

「十六夜君。一人で納得してないで説明をしてくれないかしら」

 

「まあ慌てるなよお嬢様。そこら辺は本人に聞いた方が良いだろ」

 

十六夜の言い分にそれもそうかと思った飛鳥は素直に引き下がる。皆が耳を傾けた事を確認した黒ウサギは真剣な表情で口を開く。

 

「はい、それではもう少しだけお付き合いください。今から話すのは皆さんを異世界から召喚しなくてはならなかった私共の事情です」

 

「事情…………つまり黒ウサギは困っていた?」

 

「ざっくり言えばその通りですよ耀さん。それこそ私達だけではどうにもならず、異世界から人材を呼び寄せなければならない程に」

 

「黒ウサギ、続きを聞かせてくれる?」

 

「わかりました。事の始まりは三年前に遡ります─────」

 

 

 

 

 

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「─────というわけで、私達は皆さんを異世界から召喚した。というわけです」

 

黒ウサギが、いや黒ウサギの所属しているコミュニティの抱える事情を聞いた一同は揃って閉口した。なんでも主催者権限というものを使ってゲームを強制的に吹っ掛けられ、敗れた結果何もかも奪われてしまったのだという。奪われてしまったものにはコミュニティに所属するゲームプレイヤーだけでなく、子供達の親まで含まれているそうなのだ。この話を聞いて彼女を茶化す言葉など吐ける者は居なかった。

 

─────これは想像以上、だね。

 

「子供達から親を奪うなんて、なんて事をするの…………」

 

「ひどい…………ゲームだからってここまで…………」

 

「YES。ですがこれもまた、箱庭では少なからず罷り通っている事なのですよ」

 

沈痛そうな面持ちでポツリと言葉を漏らす飛鳥と耀に黒ウサギは出来るだけ感情を出さない様に淡々と告げた。

 

「…………なあ黒ウサギ、ひとつ聞きたい」

 

「なんでしょうか十六夜さん」

 

「お前の所属するコミュニティってのはなんで魔王に滅ぼされた後に新しくコミュニティを旗揚げしなかった? コミュニティが壊滅させられる事自体がそこそこあるんなら、そう言った再建方法もあったはずだろ?」

 

黒ウサギの独白に埋もれそうではあったものの、誰もが思いつく手段を何故取らなかったのか。十六夜は今ひとつ理解出来ずに聞き返した。

 

「確かにそれは可能です。ですがそれはコミュニティの完全解散を意味します。本当ならもはや再建は望めない事も、新しくコミュニティを作り直すべきだということも、分かってるんです…………しかし私は、私達は諦める事が出来なかった! 惨めにしがみついてでも、恥の上塗りをする事になっても! 散り散りになった同士達の帰ってこれる家を! ただ、守りたかったのです…………」

 

初めこそ淡々と語っていたものの、そのうちに感情を抑えきれなくなった黒ウサギは涙をボロボロと零しながら偽らざる本音をぶちまけた。

 

そんな中、幽鬼うさぎは皆から一歩進み出ると口を開く。

 

「黒ウサギ、少ししゃがんでほしい」

 

「ユキ、さん?…………こう、ですか?」

 

黒ウサギは戸惑いながらも言われた通りにしゃがむと、幽鬼うさぎとちょうど同じ高さの目線になった。言われた通りにしたものの、やはり意味がわからないと黒ウサギは困惑していた。

 

「ユキさん?これは一体─────」

 

疑問の声を上げた黒ウサギの言葉は途中で遮られた。幽鬼うさぎによって胸元に抱き寄せられた為に。

 

「黒ウサギ、辛い時は泣いて良いんだよ。寂しい時は誰かに甘えても、良いんだよ」

 

「…………え?」

 

「私は黒ウサギみたいに強くはない。だからこうするしか出来ない」

 

そう言いながら黒ウサギの頭を優しく撫でる幽鬼うさぎ。誰かに抱きしめられ、頭を撫でられる事など久しく無かった黒ウサギの目から再び涙が溢れ出す。

 

「そ、そんな事言われたら…………我慢、出来なくなるじゃないですかっ…………」

 

「良いよ泣いても。今なら私達以外は誰も見てないから、ね?」

 

「うぅっ……ふぐぅっ、ふぇえええええええええええええええん……」

 

「よしよし、今はたくさん泣いてすっきりしようね」

 

まるで幼子をあやす母親の様な慈愛を湛えた微笑みを浮かべながら、幽鬼うさぎは黒ウサギを抱きしめ続けていた。

 

(しかし凄えな。体はロリなのになんつー包容力だ)

 

(全くね。今はあの子が黒ウサギのお母さんに見えるわ)

 

(ユキって不思議な子だね…………)

 

十六夜達の言う通り、目の前にあるのは泣き虫な子とそれを慰める親の図。彼らの目の前に広がる光景にただただ驚嘆するばかりだった。

 

 




それでは皆様、読んでいただきありがとうございます。


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