殴る、蹴る、伐る
ただそれの繰り返し、目の前に広がる海……水ではなく、奇妙な生物によって作られた海を相手にしていた。
その生物、魔甲蟲と呼ばれるそれが！この世界に来てかなりの時が過ぎた。人類は大地を失い、その生存圏を空に、浮遊都市に移した。
人々は、飛行魔術を用い、その魔甲蟲から、自らを都市に住まうすべての人を守り、生活していた。
そんな世界、そんな世の中でその少年は、
地に足をつけて
その蟲たちと戦っていた。魔力とも呪力とも異なる力を用いて……
それもこれも、彼女との出会いがあったから、彼女のために、そう
エミリー・ウィットベルンのために
なぜそうなったのか、それには少し時を遡ることになる。
「裏切り者だ」
「あいつがあの裏切り者か」
「任務で腰抜かして飛べなくなったんだとよ」
「恥さらしが、出ていけよ」
まわりの声を聞きながら、彼ーーーカナタ・エイジは、数ある浮遊都市のひとつ、魔甲蟲と戦うための空戦魔導士の育成に特化した、学園浮遊都市『 ミストガン』の道を歩いていた。
彼は、とある事情からこの都市の裏切り者として扱われている。が、それもそろそろお別れかと思うと、なんだかスーっとした気分になった。
「ふんっ相変わらずですね、カナタ先輩。もうすぐ四時限目が始まりますよ」
有象無象がボソボソと陰口を叩くなか、一人の少女がそれらを代表するような辛辣な声でカナタを咎めた。
濃紺色のさらっとした髪を二つにまとめ、目は透き通るようエメラルドブルーの色をしている 。カナタに比べると背が随分と低く見える彼女は、クウセン魔導士科本科一年生の少女、ユーリ・フリストルだ。
彼女がSランクの特務小隊に所属していることもあり、カナタとは違い、いい意味で有名人だ。
それゆえか、彼女が出てくるとそれだけで周りの少年少女がわめきだす。
「ん、そうだな」
あえて皮肉を言ったにも関わらずそれをスルーされてしまったことに、そして、今だに、あの事を根に持っているせいで、ユーリの我慢は限界に近づいていく
「やっぱり先輩は、裏切り者ですね。そんなことすらできないなんて、この学校には相応しくありません」
「…………そうだな」
少し間をあけて、返ってきた答えが意外だったのか、ユーリは、驚いたような顔をする。しかし、さらにそれに関して怒りが爆発すると、さらに問い詰めようとした、が
「まぁまぁユーリ、その辺にしてあげて」
という声に阻まれた。
S128特務小隊隊長でかつ《寂滅姫》という異名を持つ、その禍々しい二つ名とは、真反対に優しい面持ちの少女ーーークロエ・ゼヴェニー、彼女がユーリを止めた本人だ。
「クロエ先輩……」
「ごめんねユーリ、きっとカナタにも色々あるんだよ」
「ですが……」
「大丈夫よ、ユーリがカナタのこと心配してるのは分かってるから」
「っな、そんなんじゃありません。失礼します」
ペコリとお行儀よくお辞儀して去っていくユーリ。クロエにからかわれたのと、それと同時にこれで終わりと暗に言われたのを受けて、去らざるを得なかったのだ。自らの見本たる先輩を前にしては、逆らうという選択肢は存在していなかった。
「ゴメンね、カナタ」
先程のニコニコした表情とはうって代わり、本当に悲しそうでそして、寂しそうな顔をしながら、クロエがそっと呟く
「気にすんなよ、もともとお願いしてるのはこっちなんだ、悪いのは俺だよ。それに、ユーリの言ってることは全くその通りだ。今の俺はここに相応しくない」
「そんな、そんなことないよ！」
自虐ともとれるカナタの台詞にクロエが珍しく声を荒立てて、反論する
「カナタは、私たちを守って……。でも。ユーリはあのとき気絶してたから」
「もういいんだよ、もうな」
数少ないカナタの事情を知るクロエは、そのことを言わないと固く厳命されている。そして、最後のカナタの台詞にどこかいつもと違う哀しさを覚えたが、自分の勘違いだろうと踏み、カナタのために持ってきた話に切り替えようとした。
「ううん、でも、私は、責任感じちゃうなぁ。ということで、カナタにいい話を持ってきたんだ」
「いい話？悪いクロエ。今はちょっと時間ないんだ。また、いつかにしてくれ」
自分の予想とは違った反応に戸惑い反応が遅れたため、その場は見送ってしまう。気づいたときには知覚外に行ってしまっていた。
「カナタ…………ごめんね」
その呟きは、空に消え、誰にも届くことはなかった。
彼の背中と同じように。
それより少し前から、いや、そのための布石を考えるとかなり前からカナタは、ある準備をしていた。そのために後方支援科の手伝いをしていたのだ。
そして、まさしくその日、クロエがカナタに、話を持ちかけようとした日、カナタの作戦が完了した。
「これで…………よしっと。いやぁ、ここまで時間がかかるとは」
口調こそ軽いものだが、その額には大粒の汗が浮かんでいる。それも、事情のせい、そのせいでこんなことまで苦労してやる必要がある。カナタは、その事にたいし少しイラッとすると、それも、今日で終わりだと切り替え、計画を在住段階へ進めた。
「もう、なんなんですか！カナタ先輩のバカバカバカバカぁーーーっ！！！」
S128専用の部屋に入った途端、はち切れるように騒ぐユーリ。自分の期待を夢を希望を裏切ったカナタが、彼女は、どうしても許せないのだ。人一倍憧れていたゆえに、その態度も刺々しい者になってしまう。
もうやめよう、と思っても、いざ、カナタを前にすると押さえられなくなってしまうのだ。
「まぁまぁ落ち着いてください。カナタも悪気があったわけじゃないですから」
わめき散らすユーリに金髪の少年がなだめにかかる。彼、ロイド・オールウィンも、カナタの事情を知る一人。故に、ユーリを宥めるようにカナタから言われるのも仕方のないことだった
「でも、でも…………」
「もう、気にしないんじゃなかったんですか？」
「それはっ…………そうなんですが……」
事情を知る彼としては、とても苦しかった。カナタの手伝いとしてこんなことでしか手伝えない事に。
そして物語は翌日、転機を迎える
ほんとに、書いてしまってすみません
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別れ
好評ならつづきがででくるかも笑
翌日早朝、フロン・フラメル、つまり、空戦魔導士科長から、特務小隊全員に呼び出しがかかった。
三人は、特務小隊が呼ばれるということは、かなり危険な状態なのだろうと察知し、すぐさまその呼び掛けに応じ、科長室に集まった。
「今日もカナタ先輩は、サボりですか」
ユーリの声が虚しく響く。しかし、今回はそれに答えがついて返ってきた。
「いいえ、今回に限りそれは、間違いよ。今日あなたたちを集めたのは、正に彼の事なのよ」
「え？」
その呟きは、ユーリではなくクロエだった。まだ、教官の話しはしてないのに……という意味合いもあったが、カナタと一番長く一緒にいる手前、気にせざるを得なかったのだ。
「落ち着いて、聞いてください」
すこし緩くなった三人に、フロンの声が刺さる。その真剣さに彼ら彼女らも、すぐさま切り替えた。
「昨夜未明、カナタ・エイジが、行方不明になりました」
・・・・・・・・・・・・・・・
沈黙が続く
誰もが口を閉ざす
いや、口が動かない
クロエは、無意識に涙を流していた
脳内に写るのは、昨日の出来事。
カナタとのふれあい
最後にみた背中
それから溢れ出すように出てくる彼との10数年に渡る思い出
その静寂を破ったのは意外にも、いや、事情を知らないという点を考慮すれば、必然かもしれないが、ユーリだった。
「な、なんで、なんでですか？それに、行方不明ってどういう……」
あらかじめ、こういう質問を想定していたのか、フロンは、遅れることなく、しかし、その赤くなった目を隠しながら、情報を伝えた
「昨日の夜、未確認の飛行物体がこのミストガンから、出ていくのを確認したわ。あまりに夜遅くの事だったから、分かったのが今朝でね。そして、調べると、彼だと……いえ、彼の事だから狙われたんでしょうね」
自虐的になりつつも、伝えるフロン。カナタの苦しみを知る一人として、彼をこういう状態に追い込んでしまった責任をひどく感じているのだ。
事情を知る３人が三人して俯く。いつかこうなるかもしれない、という懸念はあったのだ。それを、防ぐことが出来なかった。それがさらに彼らを追い詰める
いち早く口を開いたのはユーリ出あったが、最も早く体を動かしたのは、カナタとの思い出がそして、想いが一番深いであろうクロエだった。
振り向いて、扉へ走り始める。
「待って！！」
その迫力ある声に一度体を止める。
「どうするつもりなんですか」
その声は、フロンではなく、ロイドからの問いのものだった
「……カナタを……探しに」
涙と後悔と恐怖と悲しみと、さまざまな感情が入り交じったせいで、しゃべることすら一苦労のようなクロエ。その瞳には、もう希望の光は宿っていなかった
「あなたが行けば……いえ、あなたが死ねばこの都市は終わりよ……お願い」
フロンは、本気で懇願するように言う。
そして、この中でユーリただ一人が状況がわかっていなかった。
「ど、どうしたんですか？みなさん。カナタ先輩なら大丈夫ですよ、ほら、そ、その仮にも特務ですから強いですし…………」
そう言っているとさらに雰囲気が重くなっているのに気づく。そもそも、元気付けるためにいったのではない、そう言っていなければ、そう思い込まなければ立っていることですらやっとだったのだ。見れば、ロイドは悔しい顔に、フロンは、なにかを堪えるような、そして、クロエは、とうとう声を出して泣き始めた
フロンは、二人が喋れないことを確認すると、ユーリに向かって話始めた。後ろでは今だにクロエの泣き声が響いている。
「ユーリさん、実は貴女には教えていないことがあるの」
急激な話題の転換に戸惑うユーリ。しかし、それが、カナタ行方不明による混乱した頭を逆に真っ白にしてくれた。
「カナタ・エイジについてよ。あなた、あの任務以降、彼が空を飛んだのを見たことがある？」
ここで、さらに戸惑いを覚える。転換に次ぐ話題の転換。そして、質問の内容
(先輩が空を？そんなの空戦魔導士なんだからあたりま…………え……)
「…………な、いです。みて……ないです」
考えて初めてわかる事だった。意識していなかった。ユーリは、あの任務、つまり、カナタが裏切り者と呼ばれる原因である任務のことだ。
「ですが、なんの関係が？」
だから、ユーリがこう聞くのも必然なことであった。
「あのとき、彼は無事に返ってきた。五体満足に」
「ええ、私も、先輩自身から、そう聞いています。私は、気絶していたのでその時の事はなにもしりませんが」
「右手左足損失、右目失明、内臓破裂、出血多量、骨折多数、ヒビ、痣、火傷、切り傷等ケガ多数」
「…………え」
「これが真実よ。カナタ・エイジが口止めしていたの、貴女には言うな、あいつは聞いたら責任を感じるだろうから、と」
「ま、まって」
「生きているのも不思議だったわ」
「まってください！」
「……なんですか」
「じ、じゃあ、あのカナタ先輩は……」
そう、ユーリのしる、カナタには、手足はもちろん、五体満足で存在していたのだ。フロンの証言とは合わない
「だから、後方支援科に行きづめだったのよ、人工の手足や内臓の調節のために」
信じない信じない、そんなの嘘。だってカナタ先輩は……カナタ先輩は…………
『カナタ先輩は、やっぱり裏切り者ですね』
唐突に現れるカナタに降らせた罵倒の雨。
(私は、なんてことを……そんなの……そんなのって)
だが、フロンの話には続きがあった。
「それだけじゃないの、カナタ・エイジは、魔力を失ったわ。跡形もなくね。だから、見なかったでしょ彼が飛んでいるところを。正しくは、飛べないのだけれど」
もはや、聞いていられなかった。ユーリは、知らなかった。でも、それで、許されるという範疇を越えた事をしてしまった。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
息をしているはずなのに、どんどん苦しくなっていく。酸素が肺に届かない。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
目の前が暗くなっていく、それでも思い出されるのは、カナタへの暴言。後悔しても遅すぎた。
現代の空は、魔力を持たない人間が一人で生きていくためには、あまりに過酷過ぎる。それを特務小隊たるユーリは、よく知っている。だから、こそ、カナタの行動がどういうもなのかよくわかっていた。
ーーーーーーーー自殺
追い込んだのは自分
原因をつくったのも自分
私のせいで、カナタせ…………
そこでユーリの意識は閉ざされた。
涙が止まらなかった。小さい頃からずっと一緒だった。何をするにも一緒だった。
カナタの苦労を苦しみを知っていた。
自分がもつすべての力を失ったことに対する苦しみ
周りからのプレッシャーや暴言にたいしての苦しみ
クロエは、なにもしてあげられなかった。
自分が苦しいとき辛いときカナタは、いつも隣にいてくれたのに、助けてくれたのに。
…………大好き、だったのに
もう、会えないんだ
カナタごめんね。本当にごめんね。わかってあげられなくて、助けてあげられなくて、ごめんね
会いたいよぉ、さみしいよぉ、カナタぁ
助けてよぉ
なんかほんとすんません
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