◇1 HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生《完結》 (こいし)
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ハンター試験編
始まり


 何があったのかは分からない。突然唐突にオレはこの場所へやって来ていたのだから。だが、先程まで、何をしていたのかは覚えている。

 幼馴染の女子や親友だった男子、一つ下の妹。そこにオレを交えて4人で一緒に遊んでいたのだ。休日だったのを利用して、朝からお祭りかと思わせる位はしゃいで……幼馴染がナンパされたのを妹が金的で退けたり、親友が妹に愛の告白していたのを殴り飛ばしたり、妹がやけにひっついてくるのを苦笑したり、とにかく楽しい時間を過ごしていた筈なのだ。

 だが、気づけばどうだろうか? 3人は影も形も無く、オレは何も無い真っ黒な世界にやって来ていた。良くどこかの修行僧とかが心を無にする、なんて馬鹿な事を言っていたが…まさしくこの世界こそ無と言っていいのではないだろうか? そう思わせるほどこの世界は

真っ黒で、何も無かった。

 

「…どういう事かな…こいつは」

 

 状況確認もままならない。オレはここでどうすればいいのだろうか? 幼馴染達によく「お前は面白い事以外興味を持て」と言わしめたオレだが、こんな世界でどうやって娯楽や楽しみを見出せというのだ。

 だが、そこへ一つの声が響いた

 

「やぁやぁ。良い困惑っぷりだよ。仙道桜君」

 

 振り向くとそこには真っ黒の世界に関わらず、やけにはっきりと見える男の姿があった。みれば、オレの手や身体もはっきりと輪郭を持っていた。

 

「お前は…誰だ?」

 

 とにかく、現状確認を優先しよう。手掛かりはこの目の前の男しかないのだから。

 

「僕? 俺は神様だよ。君達の言う所のね」

 

 一人称が定まらないこの男は、自身の事を神とのたまった。まぁ、それならそれでいいのだが…オレの考える神様とは大きくイメージが違ったな。服装だって和服を現代風に改造した様な服を着ているし。人間の文明の進化と共に神様の世界も進化を遂げているのだろうか?

 

「まぁ、大方合っているよ。私達神は人間が作り出した存在だからね」

「なるほど」

 

 納得だ。じゃあ、何故その神様がオレの目の前にいるのだろうか

 

「それはね。君が死んでしまったからだよ」

「なるほど」

 

 納得だ。じゃあ、何故オレは死んでしまったのだろうか?

 

「思ったほど困惑して無いね。いいのかい?死んだんだぜ?」

「まぁ、死んだのなら仕方ないよ。大方、テンプレ通りトラックに轢かれたとかそんな理由でしょ」

「いや、君は歩いていたら某禁書目録のテレポーターよろしく心臓に針が現れて死んだんだよ」

 

 なにそれ怖い。でも、神様が言うのなら間違いは無いのだろう。神に二言は無いとかギリシア神話で読んだ気がするし。

 

「で、それならそうで良いんだけど。オレはこれからどうすればいいのかな?」

「うん、本題はそれだ。正直、君の死因って現実にありえないだろう?」

「まぁ、そうだね」

 

 心臓に針が転移されてくるとかありえないだろう。オレの世界は魔法も無ければ超能力も無いし、ましてそんな特殊な現象だって起こり得る筈も無いのだから。

 

「まぁ、ぶっちゃけると…あれはこちらの不手際なんだよね」

「どういう意味だ?」

「神様の世界には人間界に干渉できる物質がまぁ色々有るんだ。それが君の胸を刺し貫いたあの針だ」

「ふむ」

「で、あの針は別に誰が投げたとか、使ったとかそういう訳で君の世界に行った訳じゃない。本当に偶然、針を取り巻く環境が針の効果を発動させたんだ。結果、君は死ぬことになった訳だ」

 

 神様の世界には中々どうして…面白い物が色々あるようだ。是非行ってみたいもんだね。

 男子なら一度は考えたことがある筈だ。超能力とか使って見たいなぁとか、魔法が使えたらな、とかね。

 

「それで、オレはそのせいで死んだからここに呼ばれた訳?」

「そう。今や神様の世界は大慌てだよ。やっちまった!ってね」

「で、これがその対策ってわけ?」

「理解が早くて助かるよ。君にはこれから第2の人生を歩んでもらう」

.

 

 第2の人生…つまり、生き返れるってわけか。それともテンプレ通りに別世界に転生か…まぁ、どちらでもどんどこいって感じだ。どちらにせよ、面白そうだからな。

 

「まぁ、後者だよ。別世界に転生できる」

「そうかい、嬉しい限りだよ」

「まぁ、転生と言ってもアニメとか漫画の世界だけどね。僕が管理しているのは空想の世界だから」

「なるほど」

 

 てことはこいつは究極のオタクって事に…

 

「ならないよ」

「そうかい」

「じゃ、転生させるけど……何か希望はあるかい?こういう物が欲しいとか、生まれる環境とか―――能力とか…ね」

 

 にやりと笑い、神様はそう言った。正直…この神様はオレと同じで面白い事が大好きと見える。能力を希望して欲しいって感じに見えるぞ

 ならば、お望み通り…能力を貰おうじゃないか。

 

「じゃ、能力を貰おうか」

「いいね。どんな能力が良い?なんでも、いくつでも、商品はいくらでも揃ってる」

「じゃ、とりあえず……強靭な肉体を貰おうか」

 

 そう、それこそ…拳で地を砕き、蹴りで海を割り、音速以上で駆け抜け、鋭い感覚を持つ強靭な肉体を。

 

「オーケー。一番良いのを上げよう」

「次に、あらゆる世界の人間が習得出来得る全ての技術を」

 

 全ての人間が、習得し得る技術の全て。生きることから死ぬことまで、声帯模写や危険察知、料理やハッキング、ピッキング…人間が出来る事なら何でも出来る技術を

 

「オーケー、最高の技術を授けよう」

「匙加減は任せるよ。神様が良いと思う位の物をくれ」

「分かった。君は面白いね、君の転生した後の事はずっと見てるから…安心して楽しむと良いよ」

「もちろん、そのつもりだよ」

 

 オレはカラカラと笑い、神様はケタケタと笑った。笑い方が特殊な2人だと、自分でも思うさ。

 

「じゃ、行っておいで。仙道桜」

「ああ、ありがとう神様」

 

 世界が真っ白に染まって行き、ハッキリと見えていた神様の姿が光がまぶしくて見えなくなった。そして、視界が光でいっぱいになり、意識を失っているのか…はたまた視界がまぶしすぎるのか…良く分からない状況になった。

 

 

 そして、眼を覚ました時…『俺』は新緑に囲まれた森の中―――小さな手を握り締めていた。

 

 



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奇妙×な×出会い

 俺が転生してからおおよそ5年。転生時は赤ん坊であった俺は、現在5歳。だが、類稀なる身体能力に加え、人間の出来得る技術を全て持っている俺は、立ち歩く事は1歳時に出来ていた。最近では思考を言葉にする事が可能になり、舌っ足らずな口調も最近は落ち着いてきた。

 ところで、生まれた時から考えてはいたのだが……この世界は一体どの世界なのだろうか。あの神様の管理下にある世界はアニメや漫画等の空想の世界と言う事は分かっている。だが、空想の世界とはいえその数は大量にあるのだ。特定はかなり難しい。

 とはいえ、最近では結構絞り込めていると思う。俺は探偵等の推理技術を使って森に生息していた生物や環境を材料に、ONEPIECEやドラゴンボールまたはHUNTER×HUNTERの世界ではないかと推測しているのだ。生物はオオトカゲや見たことも無い生物がいるし、森と言う環境ならありそうだからな。しかし恐竜がいないので、ドラゴンボールの線は薄いと思う。

.

 

「となれば…やっぱりHUNTER×HUNTERかなぁ…」

 

 まぁ、どれにせよ…候補は全て気を抜けば死んでしまう世界だ。鍛えておいて損は無いだろう。幸いにして全ての技術の使用法や知識は全て頭に入っている。鍛錬技術もあるから困りはしないだろう

 よって俺は5歳より、修行を開始するのだった。

 

 

◇◇◇

 

 

そして、それから13年ほど経って俺は18歳になった。おおよそ前世での年齢に追い付いた。修行も適度に修めたさ。まぁ、世界の特定も出来た事しね。どうやってかって?

 俺は今から1年ほど前に森を出たんだよ。とりあえず、海はさっぱり見当たらなかったからONEPIECEの世界の線をばっさり切り落としていたのだけど、とある賑やかな町に立ち寄った時のことだ。ゴミ箱に捨てられていた新聞を拾い、この世界の事を知ったんだ。

 予想はついていたが、この世界はHUNTER×HUNTERの世界。拾った新聞には一つの記事があったのだ。それが

 

 ―――ハンター試験今年も開催。参加者はこぞって参加しろ!

 

 もう分かるだろう? この記事があるなら世界の特定は簡単だろう。

 だが、その新聞の日付は1998年の○月×日。原作開始の1年前だ。だが、俺は正直言うとこの物語の原作をほとんど知らないのだ。コミックスで1巻しか読まなかったからな。

 

「どうしたもんかな…」

 

 その日より1年。つまりは現在な訳だが…ハンター試験に主人公であるゴン=フリークスは出てくる筈なのだ。だが、それに出ようにも場所が分からない。

 

「…そういえばハンター試験は試験会場に辿り着く所から試験なんだっけ…?」

 

 となれば、とりあえずこの地を去ることから始めた方が良いだろう。試験開始まであと1週間と少ししかないのだから。

 

「そうと決まれば善は急げ。さっさとこの地を去るとしようか」

 

 そう呟くと、俺は踵を返して道なりに歩いて行くのだった。

 

「さて…ハンター会場は確か…え〜…っと。ザ…バン市だったか。え〜と、地図地図っと」

 

 街で地図を盗んだのだが、前世とは違う地図に少し困惑する。しかし、結構シンプルな地形をしているので理解に手間取ることは無かったけどね。

 

「あっちか」

 

 俺は地図に従ってザバン市に向かう。こういう所は1巻でも原作を読んでいて良かったと思うね。

 

「それにしても…少し不格好かな?」

 

 俺の服装は赤ん坊の頃から変わり無い。転生地は赤子だったので身体を包んでいた毛布で事足りていたのだが、やはり身体は大きくなるもので…そんなものでは足りなくなってくる。今ではその辺にあった大きめの葉を工作技術でかろうじて服にしているだけだ。

 

「う〜ん…次の街で服を盗るか。こんな恰好でハンター試験に行くのは少し場違いだし」

 

 そう言いつつ歩くが、正直この服装は結構動きやすいし涼しいので楽っちゃ楽なのだけどね。

 

「さて」

 

 しばらく歩いていたら街が見えてきた。新聞を拾った街より大きく、賑やかな街だ。とりあえず、予定通り服を盗った。

 黒いインナーに袴。その上から蒼黒い羽織を着て、帯を乱暴に巻いている状態だ。動きづらくは無いし、風通しも良いので重宝しそうだ。

 

「ザバン市まであと数km…期限はあと3日か…どうにか間に合いそうだな」

 

 結構歩いたが、食糧は野草や野生動物を狩って何とカ出来てるし、修行も欠かしていない。

 

「なぁ、お兄さん」

「ん?」

 

 そこで一人の少年に出会った。銀髪の癖っ毛。若干吊り眼で見た目は可愛らしい子供だ。年齢は12、3歳って所か。

 だが、雰囲気や匂いはプロのプレイヤーそのもの。百戦錬磨とは言わないが……人を殺した事のある人間だろう。だが……どこかで見たことがあるんだよなぁ…

 

「俺、ハンター試験ってのを受けに行きたいんだけど…試験会場って分かる?」

「ああ…俺もハンター試験を受けに行くんだよ」

「そうなの?じゃ、一緒に行こうぜ!」

 

 少年は人懐っこい笑顔を浮かべてそう言った。まぁ、一緒に行くくらいなら良いだろう。仲良くしていれば殺し合いになることも無いだろうし

 

「いいよ。じゃ、行こうぜ」

「おう!あ、そうだ。名前言ってなかった」

 

 少年ははっと気付いた様な顔でそう言い、俺に手を伸ばして

 

「俺の名前はキルア!よろしく!」

 

 と言った。 なるほど、キルアか。聞いたことのある名前と思ったら…ゴンの親友じゃねぇか!!

 ま、結構好きなキャラだったからいいか。少し原作キャラに出会う事が出来て結構興奮している。ヤバい、ガチで嬉しい。

 っと、自己紹介しないとな。前世の名前は使わずに、新しい名前を作ったんだ。折角だしそれを名乗らせてもらおう。

 

「キルアか、良い名前だな。俺の名前は――珱嗄(おうか)、面白い事が大好きな男だよ」

 

 泉ヶ仙珱嗄(いずみがせん おうか)。それが俺の名前。この世界では珱嗄=泉ヶ仙になるのかな?

 とにかく俺はそう言って、キルアの差し出した手を握った。

 



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道中×の×会話

 さて、キルアと出会ってから約2時間、俺達はやはりまだ道を歩いていた。ああ、違うな。歩いているのは俺だけで、キルアは持っていたスケートボードで軽快に滑っている。いいなぁあれ…皆も分かるかもしれないが、他人が美味しそう、または楽しそうに持っている食べ物や道具は何故かとても美味しそうとか面白そうに見えるもんだ。

 

「そういえばさぁ」

「何だ?キルア」

「オウカっていくつなの?背丈からしてみれば多く見積もっても20歳位だけど…」

 

 キルアは和名の俺の名前をカタカナで呼ぶ。やっぱり、この世界で和名は違和感があるようだ。世界が判明して無い時に作った名前だったからなぁ。

 

「ああ、俺は18歳だ」

 

 前世も合わせたら36歳だけど。肉体年齢を見たら18歳だよね。

 

「へ〜…結構貫禄あるんだな」

「そりゃどうも」

「あ、そうだ。オウカってなんでハンターになりたいんだ?」

 

 なんだ、質問攻めだなぁおい。まぁ、殺し屋としては相手の情報はいくらでも欲しいか。職業病だな、キルア君よぅ。

 

「ハンターライセンスって結構便利らしいじゃん。だからだよ」

「なるほど。あ、俺はハンター試験がかなり手強いって聞いてたからなんだ!」

 

 うん、聞いてないぞ俺は。お前の参加理由なんて。

 

「ふ〜ん…結構子供っぽいんだねぇ」

「む、俺の何処が子供っぽいんだよ!」

 

 おっと、少しばかり不機嫌にさせちまったようだ。悪い悪い。

 

「ん、いやなぁ…あれだいろんな物に挑戦したくなる少年心とかね」

「オウカには無いのか?」

「いや…あるよ。少年の心は何時だって忘れちゃいけない」

「なんだ、オウカも子供じゃん」

 

 どうやら、誤魔化す事は出来たようだ。さて、そろそろザバン市に着いても良い頃なんだけどなぁ…

 ふと立て札を見ると、右:ザバン市。左:スルナ市と書いてある。うん、着いた着いた。

 

「こっちだな」

「ザバン市?そっちで合ってんの?」

「そうだよ」

 

 キルアはやっぱり会場を知らなかったようで、ザバン市と言ってもピンと来ていないようだった。

 

「さ、行こうぜ」

「おう」

 

 俺とキルアは並んでてくてくとザバン市に向かって行った。

 

「さて、着いたなぁ」

「ああ」

 

 ぐい〜と身体を伸ばしながらそう言うと、キルアはキョロキョロと周りを見渡しながらそう答えた。まぁ、会場を探しているのだろう。こっからは確か一本杉を目指すんだったか。焼き肉屋に入ってた描写もあったし。

 

「さ、行こうぜ」

「場所知ってんの?」

「まぁ、ついて来いよ」

「…分かったよ」

 

 キルアは少し疑いつつも付いてくるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 キルアside

 

「さ、行こうぜ」

「場所知ってんの?」

「ま、ついて来いよ」

「…分かったよ」

 

 俺は今、試験会場に向かう途中で出会った着物姿の男。オウカと共に会場に向かっていた。

 最初に出会ったのは、ただの偶然だった。俺がオウカに話しかけたのがきっかけ。会場の場所を知らないか聞こうと思っただけだったんだけどね。

 これまでオウカにいわれるままに付いてきたけれど、結構疑う部分が多い。オウカはさも場所は知ってるかの如くさくさくと歩き、ザバン市までやって来たし、今だってどこへ向かえばいいのか知っているかのように歩きだした。

 一体何を知っているのかは知らないけれど…俺を騙している可能性もある。どうしたものかな…

 

「ああ、そうだ。キルア」

「!…な、なんだよ」

 

 オウカに対して後ろめたい考えを思考していたから少しだけ焦った。だがオウカは少しも気に掛けずに言った。

 

「お前――ゾルディック家の奴だろ?」

 

 俺の思考はその時、ぴたりと止まってしまった。

 

 

 ◇

 

 

 珱嗄side

 

 

「…」

「……っ」

 

 キルアは俺の問いに眼を見開いて立ち止まってしまった。聞くべきでは無かっただろうか?

 

「な、なんで知ってんだ?」

「いや、お前の雰囲気とかやたら俺の事を知ろうとして来たからな…それにお前の気配は血と殺しを経験してきた者のそれと同じだ。考えられるのは殺し屋か…殺人狂。でもお前には狂っている感じはしないし、殺人を快楽に思っている感じもしない。すると残るのは殺し屋だよな」

「……」

「ここらで有名なのはゾルディック家。だからカマを仕掛けてみたが…ビンゴだったな」

 

 キルアは俯いて、一言も発さない。殺し屋と知られたのが気まずいのだろうか?

 

「ま、それは良いんだ。別に殺し屋だろうと殺人狂だろうと一緒だしね」

「!…いいのかそれで」

「いいんだそれで。殺し屋と二人旅とか面白いじゃないか」

 

 面白ければ、それでいい。この状況はあまり体験できるものではないしね。

 

「そっか…」

 

 キルアは少しほっとしたような、嬉しそうな顔で呟いた。さて、そろそろかな

 俺はそう思い、目の前に視線を移動させた。そこには、しわくちゃな顔をにたりと歪めて道の真ん中に立っている老婆がいたのだった。

 

 

 



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焼き方は×弱火でじっくり

「オウカ……なんで…」

 

 キルアは深刻そうな顔でそう言う。その視線の先にあるのは転がっている一つの物体。珱嗄はそんなキルアの声に対して顔を背けた。

 

「……」

 

 そして珱嗄は、足元に転がる物に視線を向ける。そして顔を俯かせた。

 

「なんで…こんなことしちまったんだ!!」

「……」

「こんなことしなくたって良かった筈だろ!」

 

 キルアは反応もしない珱嗄の腕を掴み、ぐいっと強引に引っ張った。そして襟元を掴んで強引に顔を合わせ、言った。

 

 

 

「なんで婆さんをのしちゃったんだよ!!」

 

 

 どこかでずっこけた様な音がした。

 珱嗄はそのキルアの台詞に対して苦笑しながら頬を掻いて答えた。

 

「だって……問題じゃあ゛ぁ!とか言って来たから少しイラッと」

「いやいやイラついたのは俺も一緒だけどさ…だからって気絶させたら駄目だろ」

「いやいや、あそこはやっとくべきだって。今後の為にも」

「今後、気絶させられたことに何が起こるんだよ!?」

 

 さて、前回の最後の出てきた老婆。彼女が通りかかった珱嗄達にクイズを出そうとして来た。なんでもこれも会場に向かう為の試練の一つらしい。しかし

 

『さぁ゛あ゛てェ゛…問題じゃあ゛ぁ!!』

 

 ものすっごいドヤ顔としわがれた声で、そう言ったのだ。一瞬殺意だって芽生えるだろう。だから珱嗄は、その手刀で老婆の首に一撃落としたのだ。

 

「いやいや……ん〜…まぁ、いいか」

「いいのかよ」

 

 キルアは意外と流せるタイプの様だ。殺してたらそうはいかないだろうけれど。

 

「まぁ、いいか。じゃあ行こう」

「おう!」

 

 すると珱嗄は老婆の死体「死体じゃねぇよ!?」…老婆の身体を転がして、カモフラージュされた扉を開けた。そしてその中に迷い無く進んで行く。ここはほぼ皆無な原作知識が役立っている。だが、この知識ももうすぐ尽きてしまうだろう。そこからはもう自分の勘に頼るしかない

 

「へぇ〜…こんな道が隠されてたんだなぁ…」

 

 キルアは珱嗄の後ろでそう言いながらてくてくと付いてくる。珱嗄は少しだけ微笑を浮かべながら、その様子を見ていた。

 

「さて…キルア。ちょっと頼むぜ」

「へ?」

 

 珱嗄はキルアの腰に手を回し、抱え上げる。キルアは呆然として抵抗の行動すら見せなかった。そしてそのまま珱嗄は

 

「上から見て来ぉぉおおいっ!!!」

「のわああああああ!!?」

 

 キルアを真上にぶん投げた

 

「おー……良く飛んだなぁ…」

 

 キルアの姿はすぐに見えなくなり、珱嗄も手で日差しを遮りながらそう言った。だが、しばらくすると声が少しずつ聞こえた

 

「……〜〜ぁぁぁあああああああああ!!!!!?」

 

 ガシィ!と珱嗄は落ちて来たキルアをキャッチする。そして

 

「ふぅ…さて、キルアどうだった?」

「アホかぁ!?死ぬかと思ったわ!!」

「でも、死ななかったろ?」

「…もういいよ」

 

 キルアは珱嗄の腕の中から降りて地面に着地する。そして珱嗄はもう一度詳しく聞いた。

 

「キルア、ザバン市はあったか?」

「…そういうことか。ん〜…向こうの方に街があったのはちらっと見えたよ」

「そうか、良くやったぞ」

 

 珱嗄はキルアの頭に手を乗せ、柔らかい白髪を乱暴に撫でる

 

「ちょ…止めろよっ…!」

 

 気恥かしそうに珱嗄の手を払いのけ、キルアは頬を膨らませた。

 

「あはははっ。悪かったよ、じゃあ行こうか」

「むぅ…ああ」

 

 そう言って、キルアは自分の指差した方向へと歩き出し、珱嗄はその後ろをカラカラと笑いながら付いて行った。

 

「着いたなぁ…」

「そうだな」

 

 キルアは少し疲れた様な顔をしている。珱嗄は変わらず笑みを浮かべていた。

 

「疲れた?キルア」

「ああ、疲れたよ。主にオウカのせいで!」

 

 あのキルア飛翔事件からの道中。珱嗄はずっとキルアとボケツッコミの応酬を繰り広げたのだ。主に珱嗄がボケでキルアがツッコミである。そのせいで、キルアはツッコミ疲れをしているのだ。まだ若いキルアにツッコミは少々無理があったか?と考える珱嗄。まぁ、それでもやめはしないのだが。

 

「それはそうとして…ここまでくれば会場はすぐそこだ」

 

 キルアのおかげで辿り着いたザバン市にはそこそこお店が建ち並び、いい匂いも漂っていた。珱嗄はその中にあった定食屋に入って行く

 

「ここが会場なのか?」

 

 キルアも続いて入り、珱嗄に言う。珱嗄はその問いに、こくりと頷いた。そして店員を呼び

 

「注文良いかな?」

 

 と言う。キルアは食事するの?と怪訝な顔をするが、珱嗄にも考えがあるのだろうと様子を見ることにしたのか喋る事はしなかった。

 

「はい、ご注文は?」

 

「”ステーキ定食”」

 

 するとぴくりと店員の眉が少し動いた。キルアはその反応に、合言葉という事実を確信した。

 

「焼き方は?」

「”弱火でじっくり”」

 

 珱嗄は指を立ててそう言った。すると、店員は頷き

 

「では奥の部屋へどうぞ」

 

 と珱嗄達を奥に有った扉の向こうへと案内した。扉の向こうはエレベーターとなっていて、中心にはテーブルが置いてあった。その上には鉄板と肉や野菜、ご飯が置いてある。珱嗄とキルアはそのテーブルにつく。それと同時、扉が閉まりエレベーターが下へと動き出した。

 

「いただきまーす」

 

 珱嗄はご飯を食べ始めて、キルアも習う様に肉を焼き始めた。

 

「むしゃむしゃ…それにしてもオウカ…なんでここを知ってたの?」

「ごくん……ん〜…まぁ、俺は推理力はあるんだよ」

 

 ぶっちゃけ原作知識だが、それは内緒だ。話す必要も無いし、話そうとも思わない。珱嗄は次々と肉をその口に入れ、消費していく。キルアも負けじと食べていくが珱嗄ほどがつがつと食べてはいない。

 

「それにしても……ステーキ定食って言ったのに焼き肉だもんなぁ…むしゃむしゃ」

「むぐむぐ……まぁ同じ肉だしいいんじゃね?」

「それもそっか…ごくごく…」

 

 しばらく食べながら雑談をしていると、エレベーターはチ〜ン!という音と共に会場へと辿り着いた。

 

「さ、着いたよ。行こうか」

「ああ」

 

 丁度、テーブル上の料理を全て食べ終えた二人は立ち上がり、開いた扉の向こう側へと足を踏み出したのだった。



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電車の×腹痛×地獄だね

 キルアはさして気にして無いかのようにこの話題を切りあげた。

 俺としてはそっちの方が都合が良いし、助かるのだが……俺もちょっと気になるな…俺の強さとはどれ程のモノなのか。神様に頼んで手に入れた強靭な肉体と、それを補う為のあらゆる技術。その全ての粋を注ぎ込んだ修行。それが何をもたらしたのか……凄く気になるねぇ。

 

「どうしたの?」

「……いや、何でも無いよ。少し気になる事があっただけさ」

「ふ〜ん……」

 

 俺はこの試験に少しだけ……楽しみを見出したのだった。

 

「う〜む……結構集まって来たなぁ」

「だね」

 

 に辿り着いてから数時間。募集終了時刻まであと約1時間足らずまで迫ってきた。やって来た参加者はおおよそ400名近く。しかし、未だ主人公陣であるゴンやクラピカ、レオリオは到着していなかった。いや、もうすぐ来ることは分かっている。原作通りに行くのなら、現在401番までいるのだし、405番だったゴンもいずれやってくるだろう。

 

「……来た」

 

 ぼそりと呟く。エレベーターの稼働音と3つ程の生物が近づいてくる気配がしたので、十中八九ゴン達だろう。

 なぜそこまで分かったのかというと、ただの気配察知だ。確かこの世界の異能力は気配察知も出来た筈だが、俺はそれをまだ使えないので”技術”の方で人間単体で出来得る気配察知を行っている。

 

「え?へぇ〜…俺みたいな子供、他にもいたんだ」

 

 キルアが俺の言葉に反応してエレベーターを見る。すると、そこからは予想通り主人公勢が下りてきており、ナンバープレートを配布されている所だった。確かに、このハンター試験で子供が受けに来ることはほとんどない。故に、今回ゴンとキルアはかなり稀な例だろう。

 

「そうだねぇ…まぁ、お前は結構特殊な出自してんだし…向こうもそれなりに凄い奴なんじゃないか?」

「そっか。じゃあ後で話しかけてみようかな」

「そうすると良いよ。何か得ることもある筈だ」

「分かった、じゃああとで話してみるよ」

 

 キルアはそう言うと、また参加者の顔をキョロキョロと見始めた。だが、そこへ近づいてくる影。そいつは俺達の目の前で止まると、人の良さそうな…しかし何かを企んでいそうな笑みを浮かべて話しかけて来た。予想は付いているかもしれないが、そう”新人潰しのトンパ”だ。漫画で見るよりもふっくらと太っているのが印象的だ。

 

「やぁ、君達新人だろ?緊張してないかい?」

 

 正直、俺は1巻を読んだ時点であまりこいつの事が好きではない。新人を潰す為に工作を仕組むのはまぁ良いとして、とにかくしつこいのだ。ゲームや漫画、アニメでもある様に、同じシーンや同じ物語はどんなに派手でも2度目からはやはり飽きてくる。人間は貪欲で、飽きやすい生物だからな。

 

「で、お前さんは何をしに来たんだい?」

「ああ、俺はこのハンター試験を何回も受けてるからね。大抵の事は何でも知ってるんだ。見たとこ新人の君達に知りたい事があれば教えてあげようって思ってね。そら、お近づきの知るしにこれをやるよ」

 

 トンパは俺とキルアに一本ずつ缶ジュースを渡してきた。仕方なく貰うが…あまり飲むのは気が進まない。下剤入りと知ってるなら飲みたくは無くなるだろう。

 皆、電車通学……または電車通勤をした事はあるだろうか? 前世じゃ俺もそうだったのだけど、朝起きて朝食を食べ、家を出る。その後電車に乗って移動するのだが、その移動中……腹が下ることがたまにある。その時の辛さと言ったら悶絶モノだ。二度と味わいたくは無いね。

 

「ああ、ありがとう。貰っておくよ」

「俺喉乾いてたんだ!ありがとう!」

 

 キルアは何の疑いもせずにごくごくと飲みほす。見ているだけで嫌な気分になってくるが、キルアならお家柄大丈夫だろう。毒に対する抗体も並ではない筈だ。まぁ、それを言ったら俺の強靭な肉体に毒が効くのか知りたい物だ。試したりはしないけれど。

 

「俺は後で飲もう。今は喉が渇いていないのでね」

 

 俺は余裕そうに笑みを浮かべながらそう言った。トンパは少し舌打ちをしたが、気づかないふりをしておいた方が今は楽そうだ。キルアはなんの余裕か毒をがぶがぶ摂取したが、抗体にも限度がある。安易に毒を接種するのは勧められたもんじゃないね。

 すると、トンパは新しくやって来ていたゴン達の下へと近づいて行った。

 

「さて…そろそろかな」 

 

俺がそう呟く。すると

 

 

 ――――ジリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!!

 

 

 試験開始のベルが鳴り響いた。

 

 



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全力×全開

 さて、目覚ましの馬鹿でかい音と共に紳士が現れた。彼はこれから開始される一次試験の監督役の様で、一次試験の内容をすらすらと良く通る声で説明し始めた。内容は以下の通り。

 

・第二次試験会場までこれから移動する。

 

・移動経路や時間は一切明かさないので、監督である自分にひたすら着いて来い。

 

・付いて来れなくなった者から失格とし、失格となった者はお引き取り頂く。

 

 簡単に言えばこれだけ。つまりは自分に付いて来れた奴から一次試験合格にしてやるからつべこべ言わずに走れやコラァ!!って意味らしい。紳士の格好をしているくせに案外鬼畜じゃないか。とは良いつつも、試験は既に始まってしまっている訳で…キルアと並走しつつ考えてた訳だ。

 正直言えば、俺の肉体の体力はかなりの物で、10歳の時点で3日間全力で走り続けることが出来た。まして18歳の俺がどこまでの体力を保有しているのかは知らないが、おおよそそれ以上はあるだろうと見ている。とは言っても限界はある訳で、3日間走った後はだんだん疲れて来て最終的には地面に倒れ込んだのだ。それを考えると、体力自体は鍛えれば上がって行くが、限界はあるという事。

 

「はっ……はっ……はっ……」

 

 キルアがスケボで滑っているのが少し羨ましい。とても楽そうだ。まぁ、俺の体力もまだまだ余裕がある訳で、1時間走った現在でも息切れは一切起こしていない。無論汗もかいていない。

 

「オウカ」

「ん?どうしたキルア」

「あそこ見てみて」

 

 キルアの指差した先、そこには俺達よりも少し前を走る主人公の姿。なるほど、いい機会だからここで話し掛けておこうという訳か。

 

「ああ、いいよ。行ってこい」

「?……オウカはいかねぇの?」

「俺は良いよ。用がある訳じゃないし」

 

 ゴン君に関わるのは今じゃなくても良いし、最悪関わらなくても良いだろう。この世界の異能力については別の方法で手に入れればいいんだしね。ま、関わる時になったら関わるさ。

 

「……分かった。じゃあちょっと行ってくる!」

「おー……行ってらっしゃい」

 

 キルアは俺の隣からゴンの下へと参加者の間を潜り抜けながら移動していった。さて……

 

「1人になったな……」

 

 走りながらそう呟く。すると、後ろの方から声が聞こえてきた。ちなみに俺がいるのは最前列という訳じゃない。むしろ後方で走っているのだ。さらに言えば最後尾一歩手前の位置。なんでそこ走ってんのかって?そりゃああれだよ…前世の習性が残ってるんだろう。最初で飛ばしてると後々苦しくなる〜とかいう感じ。

 

「おい!新人、お前はもう駄目だよ!」

「さっさと落ちちまえよ。才能も無いんだからよ!」

 

 聞こえて来たのはそんな声。後ろを振り向いてバック走に切り替える。すると最後尾からさらに後ろ、そこではトンパと同じ様な体系をした坊ちゃん系の男が汗だくになりながら走っていた。その顔は、絶望と挫折の表情。そこに追い打ちを仕掛ける様なあの言葉だ。心が折れてしまうだろう。

 

「……」

 

 俺はそこで立ち止まる。少しだけ、思う所があったのだ。諦めはただの逃げだ。最後の最後まで挑戦して、そこで砕けて初めて終わりなのだから。皆びっくりしたような顔で走り去って行った。俺はそんなのを気にせず、挫折した男の目の前に歩み寄り言葉を掛けた。

 

「お前、その感情は挫折か?それとも悲痛か?後悔か?」

「……全部だ……!!」

「ならそんなつまらないモノ捨てちまえ」 するとバッと彼は顔を上げた。

「お前の才能は小さい。何処にも見当たらない位に小さい。だがそれに甘んじて高をくくっていたのはお前だ。努力に勝る才能は無い」

「……っ」

 

 彼は涙を流す。才能に溺れた奴ほど、挫折した時の感情の起伏が激しい。それこそ自殺する奴だっている位だ。それを思ったら、俺は馬鹿じゃねぇの?って言ってやりたくなる。

 

「じゃあな」

 

 俺はそう言った後、見えなくなった参加者を追う為に踵を返す。

 

「さて……全力を出すのは久々かな」

 

 クラウチングスタートの体勢で舌舐めずりをする。脚力は俺が一番鍛えた最大の武器だ。それに準じて腕力が並ぶ。

 

「せぇ〜……のっ!!!!」

「うわっ!?」

 

 ドン!!という擬音と共に俺の姿がひゅん!と消える。蹴った地面は重い何かが空高くから落ちて来たかのように罅割れ、深く沈んでいた。

 

 

 

 

 

 キルアside

 

 

「オウカ……どこに…?」

 

 俺は今、ゴンと最前列を走りながらオウカを探していた。さっきまではすぐ見える場所にいたのに、オウカの姿が今は見えない。何処に行ったんだ?

 

「まさか…脱落…?」

 

 いや、ありえない。オウカの走る様子を見れば体力はまだまだ有り余っている様に見えたし、足運びや普段の体捌きを見ていればかなりの実力があるのは窺えた。だからこんなに早くに脱落することは無い筈だ。

 

「だったら何処に…」

「どうしたの?キルア?」

 

 ゴンが俺に話し掛けて来た。ゴンは先程話し掛けたら、かなり友好的で、好意を持てる奴だった。今はゴンの友達らしいクラピカやレオリオって奴が後ろの方にいるという事だけ教えてもらっている。実際、さっきゴンが後ろに大声で話し掛けた時、反応があったし、そいつらはまだ脱落して無いんだろう。

 

「いや…俺と一緒に来た連れが見当たらなくて…」

「え?どんな人?」

「着物を着てるからすぐに分かると思うんだけど…」

 

 オウカの特徴は、その着物だ。今回の参加者に着物を着てるのはオウカ位の物だ。他には着物なのかは分からないが、髪の毛を丸刈りにした様な奴がいたな。でも、それくらいだ。

 

「いないね…」

 

 ゴンの嗅覚は異常なほど鋭いらしい。だから視力も鋭いのかと思ったが、その通りだったようだ。でも、オウカは見当たらないらしい。

 

「オウカ…」

 

 ここまで一緒に来たのだから、一緒に合格したい気持ちはある。脱落してしまったのだろうか?

 

「あれ?なんか変な音が…」

「え?」

 

 ゴンがそう言った。変な音? 耳を澄まして聴いて見る。すると、後ろの方から…ォォオオオオ!と音が聞こえてきた。声では無い。音だ。そう、例えるなら空気を何かが引き裂いて進んでいる様な…そんな音。

 

「な、なんだ!?」

 

 すると、その音はすぐ近くに迫り、俺達参加者の頭上を風を巻き起こしながら通り過ぎた。

 

「おおおっとぉ!!?」

 

 目の前で止まる、音。最前列のさらに前に出て止まったそれは、蒼黒い着物に黒い袴、少しクセのある黒い髪がゆらりと揺れた。そいつはくるりと振り返り、走る俺達に合流した。そしてまた振り返り、何事も無かったかのように走り始めた。

 

「ふぅ〜…あ、ただいまキルア」

 

 そいつは、先程まで探していた男。オウカだった。

 

 

 

 

 珱嗄side

 

 

「やっと追いついたぜ」

「いやいや、なんだ今の!?」

「俺の全力全開」

「知らねぇよ!!」

 

 キルアのツッコミが何時になく激しい。まぁ、音速の約5倍位の速度で走り去ったのだ、びっくりするっちゃするか。

 

「まぁ、いいじゃないか。ちょっと野暮用で一旦戻ったんだよ」

「戻ったの!?」

「うん」

 

 キルアはまたびっくりしたような顔をして、その後もう見慣れたあきれ顔を浮かべる。そして

 

「もういいよ…オウカは規格外だな、ほんと」

 

 と言った。

 

「そりゃどうも」

 

 俺は軽く、そう返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「う〜ん…いいね、良い素材だ……100点♡」

 

 だが、そんな珱嗄達とは別に、何処かで道化師がそう呟いた―――…

 

 



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道化師×弄り

 さて、あれから数時間走り続け、辿り着いたのは―――ヌメーレ湿原。植物が多く広がる湿原には霧が広がっており、猛獣なんかも多くいるようだ。それに…それとは違うが、先程音速移動を繰り広げてからなんだかじっとりというか…べっとりした様な視線を感じている。いろんな意味で嫌な予感がするね。

 

「さて、ここは別名…”詐欺師の塒”。ここは人間をも欺き捕食しようとする生物達の楽園です。なので、気をつけて付いて来てください。でないと……命の保証は出来かねますので」

 

 審査員、サトツの言う言葉にはかなり説得力と迫力を感じた。とはいえ、言っていることは事実だろう、なんせ…

 

「こんなんとかいるもんなぁ……」

 

 俺の腕の中には、今にも出て行こうとした2匹の猿。ボロボロの状態で気絶している。一応影からこそこそと動いていたので誰にも気づかれない様にこっそり仕留めた。まぁ、さっきから纏わり付いていた視線の持ち主には気付かれているだろうけど。

 

「さて、ぽいっと」

 

 猿をそこらに放り投げて捨てておく。まぁ気絶中だし、起きたら早々に立ち去ってくれるだろう。

 

「え〜と…うん、付いていけばいいのか」

 

 他の皆が走り去っていたので、まだ近くにある気配を追う。すると

 

「こっちだよ♡」

 

 一人、皆と一緒に走り去って無かった奴がいた。ピエロの様な風貌、または道化師の様な嘘だらけの雰囲気を纏った狐の様な男。両手でトランプを弄び、視線には品定めする様な企みが隠されもせずに見えていた。

 

「お前さんは…」

「僕の名前はヒソカ?よろしく?」

「ああ、俺の名前は珱嗄だよ。とりあえずその気に食わない視線を止めるか目を潰せ」

「ひどくないかい?」

「いやいや、いいじゃないか別に」

 

 彼、ヒソカは心底面白そうな笑みを浮かべた。

 俺はこいつの事を知っている。ヒソカ…異常なほどの戦闘好きな男で、良い素材を見つけると点数を付ける癖を持っている。武器は主にトランプだったはず…あれ?こいつって確かこの世界の異能力を持ってたような…

 

「ま、いいか。ほら、さっさと行くぞ。合格できなかったらどうすんだ」

 

 俺はそう言ってヒソカの襟を掴み―――

 

「へ?」

「行くぞ」

 

 ―――空高く飛び跳ねた。

 

「うわわわ!?何コレ?」

「空中散歩だよ……え〜と、おお…いたいた。ん?」

 

 空中から見ると、サトツさん率いる走者グループと…はぐれたグループの2つに分裂していた。はぐれた組にはレオリオやクラピカ、ゴンもいるな。ちょっと此処にヒソカがいるのは不味いな…

 

「ヒソカ。ちょっとあそこのはぐれた組連れて来い。全員で無くても良いからさ」

「え?」

「行ってこいっ」

 

 ヒソカの襟を握り直し、そのまま人間大砲よろしくはぐれた組の下へと…投げた

 

「あ、ゴンがいるなら別にヒソカ送りこまなくても良かったんじゃ……」

 

 …まぁ、いいか。さて、さっさとサトツ組に追いつくとしよう。俺はそう切り替えて、空中を蹴る。音速移動であれば、空中を蹴って進むことができる。某ワンピースの六式にもあるだろう?”月歩”とか言う技術がさ。あれと同じ。

 

「さて……ヒソカはどうなったかねぇ〜…ま、異能力がどんなんかは知らないけど…どうにかするだろ、それで」

 

 出来なかったら…まぁ、その時はその時だ。俺はそう考えてさらに空を蹴るのだった。

 

「よっとぉ……」

「おわっ…今度は空からかよ」

 

 キルアの隣に着地する。なんとか間に合ったようだ。人間を欺く湿原…しかし、空までは欺けなかったようだね。意外な攻略法だったよ。

 

「それにしても…ゴンの奴…間に合うのかな」

「ん?」

「あ、ああ。いやさっきゴンがレオリオとクラピカっつー連れがいなくなったから探してくるって言って、はぐれちゃってさぁ」

「なるほど。まぁ、大丈夫だよ。そっちには手を回しておいたから」

 

 回した人材は超危険人物だけどね。ヒソカの奴は1巻で危険人物とか言われてたし、普通に試験官にトランプ投げつける奴だもん。危険極まりないわ。

 

「そうなの?ま、それなら良いけど」

 

 キルアは少なからず俺の事を信頼してくれているようだ。まぁ、それならそれでいいのだけれど

 

「ん、ほら来た」

「え?あ、ほんとだ。おーい!ゴ〜ン!!」

 

 キルアがぶんぶん手を振り回してゴンを呼ぶ。すると、ゴンはこちらに気付いた様にクラピカやレオリオ達とこちらへ向かって来た。俺は別の場所を見ると、ヒソカがにこりと笑いながらこっちを見ていた。あれ?若干殺気混ざってね?…あぁ、ぶん投げたからか。悪かったって。悪気はあったし、わざとだったけど、あれはお前の実力を信頼してやった事なんだからさ。

 

「……」ぷい

 

 ヒソカはそっぽを向く様に不貞腐れた。まぁ、後々話すとしよう。

 

「じゃ、第二次試験を始めるわよ!!」

 

 二次試験も始まる事だし…ね。

 

 



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有利な×試験

「さぁ、第二次試験を始めるわ!」

 

 そう言って出て来たのは、ファンキーな髪型をした女性と山の様に大きな脂肪を蓄えている大男の2人。にやりと笑いながら女性がこちらを見ているが、男の方は巨大な皿の上に置かれた大量の肉をむしゃこら食っている。言いたい事はいっぱいあるけれど、とりあえず脂肪を蓄えるのを止めた方が良いと思う。

 

「……ふむ」

「いい?説明するからちゃんと聞いときなさい!」

 

 第二次審査員、メンチが大きな声でそう言う。参加者全員がその言葉に息を詰まらせ、静かに次の言葉を待つ。

 

「…うん。いい?第二次試験の内容は―――料理よ!」

 

 全員が呆けた。料理?マジで?

 

「ハンターには種類があってね、怪物ハンターや幻獣ハンター、協会ハンターとか財宝ハンターとかね。その中に、私達みたいな美食ハンターってのがいるわ。世界中のあらゆる食材を求め、追求するハンターよ。でも、そんな事をするハンターだから、必須スキルがやはり出てくる…それが料理スキル!」

 

 料理か…俺の得意分野だな。ああ、と言っても俺は全ての技術を持ってるから全部得意なのだけど。

「でも、美食ハンター以外もこの料理スキルは必要になってくるわ。怪物ハンターや幻獣ハンターでも長期の仕事になると、サバイバルをする事だって少なくない…そんなとき、料理スキルが無かった場合…最悪餓死してこの世からおさらばね」

 

 なるほど、料理スキルとはこの世界においてそこまで大事な物なのか…一つ勉強になったね。つっても、俺には料理スキルは有り余るほどあるけどな!!(二度目)

 

「さて、まずは私のコンビである後ろのこいつ…ブバラの課題をクリアしてもらうわよ!」

 

 後ろの奴も審査員だったのか。と言っても、彼の課題は簡単そうだなぁ…

 

「じゃあ、僕からの課題を出すよ、課題は―――」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「まさか、豚の丸焼きとはねぇ…」

 

 正直ここまで簡単かつシンプルな課題とは思わなかったよ。

 

「なぁ、オウカ。豚の丸焼きって…豚はあいつら使っても大丈夫かな?」

 

 おお、ここにきて初めて喋ったなキルア。ゴン達はどうした?

 

「ゴン達なら別んトコで豚探しに行ったよ?」

「なるほど。で、質問の答えだが…大丈夫だと思うぞ?」

 

 俺達の目の前には興奮した豚達が数匹いて、そちらを見てそう言う。そして何気なく豚の頭を小突く。豚は凶暴な性格をしているようだが、俺が触れると穏やかな雰囲気でその頭をこすりつけて来た。

 

「懐かれてるし…」

「これは俺の動物寄せスキルだ」

 

 俺の技術の中には常時発動している動物寄せのスキルがあった。これは恐らくフェロモン的な物だと思う。だが、逆として…動物避けのスキルもあった。切り替えは意識的な物で可能の様だ。動物に寄って来て欲しくない時は寄り付かず、触れたい時は寄せ付ける。そんなスキルらしい。

 

「ま、関係無く調理しますが」

 

 俺は手刀で首を落とした。手刀の切れ味の出し方としては、角度とか力の入れようとかそういう技術を使った方法を使用している。ま、現実じゃあそれで切れ味が出るとは思えないけど。ご都合主義って奴だ。

 

「えげつねぇな…」

「殺し屋が何を言うか」

「そりゃそうだけどよ…」

 

 そんな感じで、俺達は丸焼きをクリアしたのだった。 さて、実際俺達以外の参加者の大多数もクリアしており、失格者は殆どいなかった。戦闘が不得意な者や、凶暴化した豚にやられた者、豚を殺す自体出来なかった者など、失格者には色々種類があるが…そんなにはいなかった。いて数名だ。

 

「ふ〜む…今回の参加者は豊作みたいね…じゃ、次は私の課題よ!」

 

 メンチがそう言うと、豚で自信がついたのか余裕気に構える参加者達。試験中に余裕を持つとは…痛い目見るぞ、お前ら。そう思っていると、メンチは同じ事を思ったのか…にやりと笑みを浮かべてこう言った。

 

「私の課題は……”スシ”よ!!!」

 

 スシか…これは寿司って事で良いのだろうか?

 

「調理に必要な物は用意してあるわ!自由に使えばいい。作成方法・料理の見た目なんかは一切教えないわ!自分の中でスシを作ってみなさい!」

 

 メンチは意地悪だなぁ…この中で寿司を知っている奴が俺以外にどれ程いるか…う〜ん…そうだな、あのハゲは知ってそうだ。唯一和風な服装しているし。

 

「じゃ、調理始め!!」

 

 メンチはそう言って、手をパン!と叩いた。それと同時、俺達は調理の為に動きだすのだった。

 

「なぁ、オウカ…スシって知ってるか?俺は知らないんだけど」

 

 キルアは己にとって難解の課題に頭を捻り、四苦八苦しているようだ。まぁ、キルアは友達だし、合格者枠は1人と言う訳ではないのだから、手を貸す位ならいいかな。

 

「ああ、知ってるよ」

「そうなのか!教えてくれよ!」

 

 キルアは正直助かった!って感じの顔でそう言う。ここで突き離したらどんな顔するかな?まぁ、しないけど。え〜と、確か寿司は……

 

「じゃ、代わりに魚を取って来てくれるか?さっき川を見つけたし、多分そこに魚がいる筈だ。出来るな?」

「分かった!」

 

 キルアはそう言って、魚を取りに川へと走って行った。ゴン達はそれに気付き、キルアを追う様に走って行った。なるほど、キルアが寿司に付いて知っていると考えたのか。便乗するのは別にかまわないが、露骨すぎるぞ、おい。

 

「さて…待つとしますか」

 

 俺はキルアが帰ってくるのを、座りながら待つのだった。

 

 

 ◇

 

 

「オウカ!取って来たよ!」

 

 おおよそ1時間後、キルアが腕の中にいっぱいの魚を持って帰って来た。後ろにはゴン達も一緒だ。

 

「…後ろのは…」

「ああ、そう言えば珱嗄はまだ話してなかったっけ?こっちがさっき話して友達になったゴン!あと…」

「俺はレオリオだ」

「私はクラピカだよ」

 

 なんだ、後ろの二人はキルアもまだ知り合ってなかったんじゃないか。ゴンにレオリオにクラピカ…ね。正直、一つ気になることがある。それは

 

「クラピカ…だっけ?」

「?…ああ、そうだが?」

「男?女?どっち?」

 

 すると、クラピカは一瞬呆気に取られ…その後、少し苦笑しつつ答えた

 

「私は男だ。中性的な容姿をしているからな…分からなくても無理は無いか」

「なるほど」

 

 これですっきりした。クラピカの姿は結構ややこしいからな。

 

「それで?なんでここに?」

 

 まぁ、目的は俺の知っているという寿司の調理方法だろう。現状、調理法を知っているのは俺と…おそらくあのハゲのみ。だが、魚を取って来た時点で一歩リードしているだろう。さっさと調理を済ませて合格してしまおう。

 

「ああ、キルアに聞いた所…貴方はスシの作り方を知っていると…それで、厚かましいとは思うが…その調理法を我々にも教えてはくれないだろうか?」

「ん〜…嫌だね」

 

 そう言うと、落胆したように肩を落とすクラピカとレオリオ。ゴンも少ししょぼんとしている。というか、俺はキルアにだって調理法を”教える”とは言っていない。作りたいのなら、見て真似して覚えろ。

 

「ま、俺は勝手に作るから…その様子を見る位なら別にいいぜ?」

 

 俺がそう言うと、キルアも含む4人はぱぁっ!と明るい表情になり、元気にお礼を言って来たのだった。

 

「ほい、審査官。寿司できたよ」

 

 その後、俺はさくさく寿司を作りあげた。ちなみにキルア達は俺の調理風景を見て、見様見真似で寿司を作成中だ。ま、上手くいけばそれなりの物を作るだろう。

 

「ふむ、形は上出来ね。スシを知ってたのかしら?」

「ま、そういうことだ」

「じゃ、頂くわ。あむっ」

 

 もぎゅもぎゅと咀嚼して俺の作った寿司を飲み込んだメンチは、カッ!と目を見開き、キラキラした目で言った。

 

「美味いわ!!こんなスシ、本場でも食べたこと無いわよ!」

「合否は?」

「もちろん合格よ!!」

 

 ということで、合格を頂いたのだった。

 

「おい、合格してきたぞ」

 

 俺はキルア達の下へ戻る。すると、それぞれ形は寿司に見える料理を作りあげた所だった。味は分からないが、良い感じだと思う。

 

「オウカ!これどうかな!」

 

 キルアが皿を俺に差し出してそう言う。とりあえず、3つ作ってあったので、一つは俺の分かと考え1つを口に放り込んだ。

 

「む……うん、まずまずの出来じゃないか」

 

 正直、俺は食べられたらどうでもいいから、合格かは言わないけど。

 

「じゃ、行ってくる!」

 

 キルアはそう言って、メンチの下へと駆けて行った。

 

「さて……終わるまで待つとしますかね」

 

 俺はそう呟き、そこらの椅子に座って待つのだった。

 

 



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ゆらり×笑み

 結論から言って、この『スシ』を作るという二次試験は、俺以外不合格となった。スシの作り方を俺から学んだキルア達もそうだ。というか、メンチが俺のスシを食べて味を占めたのか他のスシを俺のと比べちゃったのだ。つまり、合格するには俺以上のスシを作らねばならないという事になってしまった訳で、なんやかんやで全員落ちた訳。

 で、現在なんだが、

 

「馬鹿かおぬしは、合格者一名だけとか話にならんわ」

「うぅ……」

 

 現ハンター教会の会長、ネテロさんがごっつい飛行機でやってきて、メンチを叱り付けていた。どうやら、二次試験の概要というか顛末を聞いたようなのだが、メンチのあまりにも贔屓されてる試験は取り消しになったらしい。

 

「すまんかったの、おぬしら。これより、不合格になった者については復活の試験を行なう。何簡単じゃ、試験内容は―――『ゆで卵』じゃ」

 

 ネテロはそう言った。ゆで卵といっても、使う卵が特殊なようで、なんと崖下にある卵を取ってこいというものだった。正直、合格しといてよかったなぁ、面倒だし。

 で、結果的に言えば崖を跳び下りる程度の試験で怯えていてはハンターは務まらない。小心者は此処で落ちて行った。

 

 148名中、42名が合格したのだった。勿論ゴンやキルア達も合格する事が出来た。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 さて、二次試験も終わり、三次試験に移るという事なのだが、またも場所を変えるようだ。ネテロ会長の乗ってきたごっつい飛行機に乗って、長時間休憩含む移動となった。

 俺はゴンやキルアに連れられて飛行機の中を探検していた。正直、疲れてはいないからいいのだが、寝ていたいなぁ……。

 

「なぁオウカ、あの走ってる時のあの速度は一体何だったんだ? 正直、人間に出せる速度じゃないと思うんだけど」

 

 すると、キルアがこちらを振り返って聞いてきた。そう言われても俺の出し得る最高速度なだけなのだが……まぁ神様補正のついた肉体だから音速程度の空気抵抗ならなんとか耐えられる強度を持ってるんだよね。

 

「ま、特殊な走法とでも思っておいてくれ」

 

 ただのクラウチングスタートだけどね。地面を蹴って、進んで、また蹴って、進む。それだけの単純な走り方だ。それが音速を超えただけ。それを説明するのは、少しばかり難しい。

 

「ふーん……そっか」

「とはいえ、飛行機に乗るのは何十年ぶりかな……」

 

 転生する前……つまりは死ぬ前だが、飛行機に乗った事は無い。元々、旅行をする様な性質でも無かったし、一人暮らしだったから外に出ても学校か近場にある遊び場位のモノだ。故に、こういう旅行的なのは言ってみれば初めてという訳だ。

 

「――――?」

 

 そんな感じで話しながら、外を眺めていると、ふと気配を感じた。感じて、呆れたような笑みが出た。生前ならこんな事は出来なかったのに、今じゃこんな風に気配察知なんて人間離れした事が出来る。なんというか、本当に異世界なんだな。

 という訳で、気配の感じた方を見てみると、そこには老人でありながら何処か威圧感のある人物、ネテロ会長がいた。というか、何故か知らないけどゴン達は俺とは反対方向を見てるんだけどどうしたんだろうか?

 

「素早いね、じいさん」

「今のが? ちょっと歩いただけじゃよ」

 

 冷や汗を掻くキルアとネテロ会長がそう会話する。ああ、なるほどそういう事か。俺は主人公達よりも幾分か人間離れしちゃってるらしい。

 

「まぁなんじゃ、暇なんで遊び相手を探しておった所じゃ。どうかな? ハンター試験は」

「うん! 楽しいよ! 思ってたのと違ってペーパーテストとかないし!」

「俺は拍子抜けかなー……もっと手ごたえのある難関かと思ってたし」

「俺は……まぁノーコメントで」

 

 すると、ネテロ会長はなんというかニコッと笑った。キルアとゴンは感じなかったようだが、俺はその笑みに対して、ネテロ会長の言いたいことが分かった。つまりはこう言いたいのだ。

 

 

 ―――そうそう甘くないぞ、小僧共

 

 

 そんな感情を完全に隠して、そんな笑みを浮かべられるというのは、中々実力を感じさせてくれる。

 

「さて、それじゃあおぬし等少しワシとゲームをせんかね? もしそのゲームで勝てたらハンターの資格をやろう」

 

 ネテロ会長はそう言って、目を細めた。俺は、なんだか知らないけれど、特に笑いたい訳では無かったのだけど、自然と口端がつり上がった。

 そして、そのまま俺は――――ゆらり、と笑った。そして自然と、当たり前の様にこう思った。

 

 

 

 ――――面白い

 

 

 



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ネテロ×勝負

 ネテロの提案した勝負。それは、ネテロの持つボールを取り敢えず奪い取って見せろというものだった。また、ネテロの方は一切攻撃しないとの事。確実に舐められていた。故に、俺はゴンやキルアなら大丈夫かな? とも思っていたのだが、そうはいかなかった。

 ゴンの野生染みた動きでも、キルアの洗練された殺しの動きでも、ネテロどころかボールを取ることすら出来なかった。流石は最強のハンター、凄まじい強さと精神力を備えている。しかも、戦闘経験も豊富だろう。

 

「そういえば………実践はこれが初めてか……」

 

 俺はそう呟いた。俺が修行を始めたのは5歳の頃から、今は18歳故に、実質的な修行期間は13年となる。だがその間の実戦経験は無いのだ。つまり、これが初の対人実践。

 身体能力で言えば、劣っているという事は無いだろう。だが、いかんせん経験の差が大きい。どうしたものかな……。

 

「さて、おぬしはどうする?」

「………ふぅ……ま、やれるとこまでやってみますかね」

 

 俺は、構えた。特に名前も無い、一番動きやすい姿勢だ。集中力を高め、ネテロの手、足、頭、胴、腰、肩、首、全体の動きをしっかりと認識出来るように視野を広げた。

 

「―――ほぉ……」

「じゃ、行こうか」

 

 地面を蹴る。体勢を低くして、ネテロの懐に入った。そしてそのまま手に持ってるボールを取りに行く、が―――

 

「むっ……!」

「チッ……次!」

 

 ボールを上に投げられ、躱された。ネテロの動きは俺よりも若干遅いが、動きが読まれた。だが、そこから俺はくるっと回ってネテロが取ろうとしたボールに向かって蹴りを繰り出す。しかし、ネテロは蹴りの足を掴んで自分の身体を持ちあげた。そしてボールを手に収めると、素早い動きで俺から距離を取った。

 

「なるほどの……速度は申し分ない……全盛期のワシよりも速いかもしれん……が、まだ経験が足りんな。それに、一つ一つの動きの間に隙が多い」

「ふぅ……ま、こんなもんか。それじゃあ、次だな」

「いいぞ、向上心ある若者は伸びる」

 

 俺はそういうネテロに向かって駆け出し、今度は速度を上げて背後を取る。そしてそのままボールを狙うが、どういう訳かボールを右手から左手に持ち替える事で躱された。今のは確実に死角だったはずだ、どういうことかな……?

 とりあえず、ネテロには異常な程の気配察知能力があると見よう。

 

「おらっ!」

「なっ……!?」

「取った!」

「いや、まだじゃ!」

 

 俺はネテロの足を払って体勢を崩し、再度ボールを取りに行くが、ネテロは逆に倒れる体勢を敢えて自分から倒すことで地面に手を着き、腕の筋肉で上空へと飛び跳ねた。勿論、ボールを取る手は空を切る。

 

「うーん……やっぱり無理かな」

「よっと……ほっほっほ、まだまだじゃな」

「んー、もういいや。これ以上やっても取れなさそうだし……諦めて体力回復に努める事にする」

「ほぉ、良いのか?」

「わはは、まぁ今日の所は引き下がるさ。でも、次やる時はその顔遠慮なくぶん殴るさ」

 

 俺はそう言って、またゆらりと笑った。なんというか、この笑い方は随分としっくりくるな。まぁそんなわけで、俺はネテロとの勝負―――というかゲームに負けた。やっぱり経験の差は覆らないみたいだ。

 とりあえず、ハンターになった後は経験を積もう。そう思い、俺は部屋を出て行った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ネテロside

 

 

 ワシは正直、あの三人がどれ程の物か試して遊ぶつもりじゃった。見つけたのも偶然じゃったし、特に思い入れのある面子という訳でも無かった。

 だが、思った以上だったな。

 

 今も部屋の床に転がっておる、黒髪がツンツンした少年……ゴン=フリークスじゃったか。彼は強い精神力と力強い意思を持っておる。それに、どこか野生染みた身体能力はこれから先、大きな可能性を感じさせてくれた。将来はかなりの実力者になるであろうな。

 それに、白髪で癖っ毛な少年、キルア=ゾルディック。あの暗殺一家ゾルディック家の人間なだけあって、その動きは経験が積まれ、洗練されたそれじゃった。それに、速度で言えばゴンを大きく上回り、小回りの利く動きは流石というべきじゃろうな。この少年もゴンと同じく将来が楽しみじゃ。

 

 じゃが、それ以上に―――あの男。オウカじゃったか……あの男は規格外の素材じゃった。あの身体能力は驚嘆に値する。小さく『円』を広げておったおかげで背後に回られた時は反応出来たが、『円』を広げていなかったら恐らく取られておったじゃろうな。それに、あの蹴りの威力……全盛期のワシが強化系のオーラを纏って攻撃した時程の物じゃった。しかも、アレでいて『念』を一切使っていないと来た。強いを通り越して、異常な強さ。

 おそらく、『念』を使えていたらワシは初手で取られておったじゃろう。それに、引きさがってくれたから良いモノの……あのままやりあっておったら手加減するのは無理じゃっただろうな。

 何故なら、ワシが奴の動きを見てアドバイスした後の最後の動き……一動作から次の動作までの隙が殆ど無かった。あの伸び様は、本当に異常だ。指摘した事を直ぐに実行出来るセンスと、規格外の身体能力、そして念を使わずにあそこまで動ける戦闘能力……この先、奴が念を使えるようになって、経験を積んだなら―――――……

 

 

「化けるかもしれんな……これは楽しみじゃの」

 

 

 ワシよりも上の最強の領域、そこに奴が辿り着いた時は―――改めて挑ませて貰おう。ワシが目指す最強は、まだまだ上の領域にあるのだから。

 

 

 



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三次×試験

 それから一晩明けて、三次試験の会場へと辿り着いた。まぁ見た目で言えば高い塔だった。俺達がいるのはその頂上で、そこそこ風も吹き荒ぶ中だった。

 試験内容は単純な物で、制限時間以内にこの塔の一番下に辿り着け、というものだった。どうやら、時間内に一番下に辿り着けば方法は問わないようで、特に説明は無かった。そしてその説明があってからしばらく、どうやって下へと行くか参加者全てが頭を捻っていた。

 

「とはいえ、随分と人数は減ってるみたいなんだけどねぇ……」

 

 そんな中俺は周囲を見渡しながら参加者の姿が少しづつ減っている事に気が付いた。キルアやゴンもいないことから、随分と出遅れているようだ。

 といってもまぁ、攻略方法は幾つかある。まず第一に、塔を破壊して一番下に行く手っ取り早い方法。第二に、地面にある塔への入り口から入って真面目に行く方法とかだね。

 

「オウカ♡」

「ん、ヒソカか……どうしたよ。もう拗ねてたのは良いのか?」

「君が原因だよねソレ?」

「何のことかな」

「………まぁいいよ♦ それより、君は進まないのかな?」

 

 ヒソカがそんな事を言いながら話し掛けて来た。ふむ、コイツと組むのもまぁいいか。方法は第二方法で行こうかね。

 

「じゃあ行くかヒソカ」

「え?」

「よっ!」

 

 俺は足元にあった隠し扉を開けて中に入る。ヒソカもその隣にあった隠し扉に叩き込んだ。そして、その先にあったのはそこそこ広い部屋だった。あるのは、ラジカセと床に刻まれた赤いライン。部屋の端と端に一本ずつ赤いラインが刻まれていた。

 

「なんだろコレ」

「さぁねぇ……でもまぁ、このラジカセを再生してみれば分かるんじゃないかな♣」

「分かってんなら速く流せよ」

「…………♦」

 

 ヒソカは無言でラジカセのスイッチを押した。すると、多少のノイズが聞こえた後、何処か高い女性の声が聞こえてきた。

 

『はーい! さて、この部屋に居るのは何人かな? アハハッ! どうせ二人なんだけどさっ! 』

「うざいな」

「同感だね♡」

「ヒソカと同じ位」

「…………♠」

 

 ヒソカはもう何も言わない事を心に決めたようだ。俺としてはここまで他人に暴言を言う事はそこまで無かったのだが、どうやら転生したからか若干性格が捻子曲がったようだ。まぁそれも面白いからいいかなって思うんだけどね。

 

『というわけで、君達にはこれから20mシャトルランをして貰いまーす! 曲が1000往復分流れ終わった時点で生きてたらクリア! ま、精々頑張ってねー! ちなみに、君達を邪魔する(トラップ)も幾つか用意してるから、本当に頑張ってね! ああ、赤い線の内側には罠が影響しないからそこは安心してね! ―――頑張らないと、本当に死ぬからね』

 

 最後の言葉は軽快な口調ではなく、真剣な面持ちのトーンだった。ヒソカはそんな声に楽しそうに笑い、俺はその言葉につまらないなと感想を抱いた。

 

『じゃ、位置に付いて!』

 

 その言葉と同時に俺とヒソカは赤い線に並んだ。そして、

 

『スタート!』

 

 曲が流れだす。その曲は、俺が転生前の世界で聞いた事があるドレミファソラシドの音階を流したもの。そこは似てるんだな、と思う。

 そして、ヒソカが走りだす。俺は動かない。

 

「? どうしたの珱嗄? 走らないと失格になっちゃうよ♡」

「馬鹿かヒソカ。この試験は『1000往復分の曲が流れ終わった時生きていたら勝ち』なんだよ。そんで、この赤い線の内側は、所謂セーフティゾーンだ。つまり、」

「そこで1000往復分の曲が流れ終わるのを待ってればクリアってことか♡」

「そういうこと」

 

 ヒソカが戻って来る。俺とヒソカはとりあえず安全領域の中で座って待つ事にした。お互い、動きたい訳でもないし、無理に戦闘を行なう事も無いだろう。

 

「さて……ヒソカ、お前………なんか変な力使ってるだろ。それの使い方を教えろよ」

「んー……そうだね♡ 僕と戦って、勝ったら良いよ♦」

 

 ヒソカはそう言ってなんというか気持ち悪い笑みを浮かべてくれやがった。なんて野郎だ、死ねばいいのに。と言ってみたものの………戦って、勝てば良いのなら、戦って勝てば良い。お望み通りに行こうじゃないか。それに、この部屋では今でも罠が自動で作動しまくっている。赤い線の向こう側では肉を穿つ矢が、断ち切る剣が、貫く弾丸が、首を刎ねるピアノ線が、足を滑らせる潤滑油が、次々と溢れだし、命を奪う機会が通り過ぎている。

 

 そんな中で、転生者()と、殺人狂(ヒソカ)が、殺し合う。なんともまぁ――――

 

 

 

 面白いじゃないか

 

 

 

「良いだろう。掛かって来いよヒソカ、俺の死ぬ日は今日じゃないが、お前の死ぬ日は今日かもしれないぜ?」

 

 ヒソカの提案を呑もう。そうする事で、俺は更に強くなれるだろう。あのネテロの鼻っ面、圧し折ってやれるじゃないか。それに、実践は出来るだけ積むべきだ。

 

「ハハッ!」

 

 ヒソカは俺の言葉を聞いて笑う。心なしか股間が盛り上がっているし、とんでもなく気持ち悪いな。まぁいい……とりあえず、ここで少し捻ってさくっと教えて貰おう。あの変な力を。

 

「さ、やろうか」

「じゃあ、まずは小手調べ♡」

 

 ヒソカがトランプを複数投げ付けて来た。実はアレかなりの切れ味を誇る。普通に肉を切断するのだから、どれだけ鋭いのかは予想するに難くない。

 なので、喰らう訳にはいかないのだが、赤い線の内側はかなり狭い。躱すには少し厳しいモノがある。故に、

 

「避けられないなら、斬りおとせばいいじゃない」

 

 俺は赤い線の向こう側に手を伸ばして飛んでくる剣を掴み取った。そして、トランプを躱しつつ斬り落とした。そして、そのまま剣をヒソカに投げ付ける。

 

「まだまだ♦」

「そう、それだけじゃない」

「―――!?」

「追撃!」

 

 ヒソカが剣に気を取られてる間にヒソカの腕を取る。そして、そのまま罠ゾーンへと放り投げる。

 

「ぐっ―――!」

「もういっちょう!」

 

 ヒソカは迫りくる罠を全て何やらオーラっぽい物で対処していた。だが、そこに俺は再度剣を拾って投げ付ける。

 

「お、しい、ねっ♡」

 

 だが、ヒソカはその剣が自身に届く前に向こう側の赤い線の内側へと退避した。

 

「チッ……そう簡単にはやられてくれないか」

「そりゃそうだよ♦ 僕は負けるのは嫌いなんだ♡」

 

 ヒソカが剣や矢が行きかう向こう側で、そう言った。笑っているのはヒソカだけでなく、俺もだけどね。

 

「さて……まずはあの力、ちょいと分析してみますかね……」

 

 俺は少しばかり、ヒソカの使ったあのオーラを、解析してみることにしたのだった。曲は丁度、500往復目を超えた所だった。

 

 



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オーラ×覚醒

 ヒソカの使う力について、少し分かった事がある。

 まず、あの力は特殊な性質を持つエネルギーを行使しているということ。それは、人体の強化であったり、攻防力の向上であったりだ。また、そのエネルギー単体での使い方も色々あるようだ。そして、まず俺はそのエネルギーに触れてみる事にした。ヒソカの拳を最大限威力を削った上で喰らってみた所、自分の中の何かの蓋が開いた様な感覚に陥った。

 そして、ヒソカの身体を纏っているエネルギーが目視出来る様になった。つまり、これはあのエネルギーを目視するには、自分もある程度エネルギーが出せないといけないようだ。見れば俺自身の身体からエネルギーが溢れ出ているのが確認出来る。目視出来るようになったのはこのせいだろう。

 

「―――――!?」

「どうした?」

「………いや、何でも無いよ♡」

 

 なにやらヒソカが驚愕した様な表情を浮かべているのだが、まぁ多分エネルギーが俺の身体から出たからだろう。だが……見ればヒソカはエネルギーを身体に纏わせており、俺の方は駄々漏れだ。これはエネルギーの浪費という事だろうか。俺の体内から出ているというのなら、その量は無限ではないだろうし。

 

「……纏う、ね」

「いく、よっ♦」

「おっと!」

 

 ヒソカが罠ゾーンを走りぬけて俺に迫って来る。俺は考察を一旦中断してヒソカのトランプによる横薙ぎを上体を後ろに反らすことで躱す。そしてそのまま身体を倒し、地面に両手を着いてバク天の要領でヒソカの顎を蹴りあげた。

 

「ぐ……あははっ♡」

「っと………やっぱりか」

 

 ヒソカには俺の攻撃がほぼ効いていない。小手先調べの牽制だからそこまで力が入ってる訳ではない物の、ここまでノーダメージだと少し面倒だ。やはり、あのエネルギーでの防御は中々強力だ。

 ここは、俺がこのエネルギーを使いこなせないといけない。

 

「……まずは……纏う」

 

 という事で、まずはヒソカと同じ様にオーラを纏わせることから始めよう。幸いなことに、このエネルギーは俺の思った通りに動いてくれる。これなら、纏わせる事は簡単そうだ。

 必要以上のエネルギーは身体の中に収め、それでも漏れ出るエネルギーを身体の周囲に纏わせる。それを維持するのは少しばかり慣れが必要なモノの、これなら大丈夫そうだ。

 

(! ……自分でオーラを纏った……♡ なるほど、これは思った以上の逸材かもしれないね♣)

 

 エネルギーを手に集中させたり、脚に集中させたりと具合を確かめる。とりあえず、この状態でどれほど強化されているのかを確かめてみよう。

 脚に纏わせていたエネルギーを全て集中。そして、ヒソカ目掛けて蹴り抜く!

 

「おーーーっりゃああ!!」

「っ!?」

 

 思った以上に蹴りの速度が上がっていた。ヒソカには躱されたものの、ヴン! と空気を切り裂く音が鳴り響いた所を見ると、確かに強化されている。

 

「―――え? ぐはっ……!?」

 

 すると、ヒソカが後方へ吹き飛んだ。その胴体にはまるで刀で切り裂かれた様な傷跡が出来ており、不思議な事に血はあまり出ていなかった。

 

「………まさか、これは……」

 

 あの傷跡と、この状況から考えてみると、これは攻撃によるダメージでは無く、現象によるダメージだと分かった。

 所謂、カマイタチ。蹴りが空気を切り裂いて、通った部分を真空状態にし、紙一重で躱したものの。そこに触れたヒソカの胴体が切り裂かれた、という訳だ。まぁこの現象で切り裂かれるほど皮膚は柔じゃないのだが。そこはご都合主義だろう。

 

「……オーラによる強化攻撃をもうモノにするとはね♦ やるじゃないか♡」

 

 ヒソカがそう言う。どうやらこのエネルギーはオーラと言うらしい。もしかしたらあのネテロ会長もオーラを使っていたんじゃないかと思えてくる。こんなチート使ってたのかあの爺。

 そう思いながら、戦闘を続行しようとしたその瞬間―――

 

『はい! 丁度1000往復分の曲が流れ終わりました! 今生き残ってるのどれくらいいるー? あははっ! この放送自体聞いている奴いないかもしれないけど、まぁ生き残った奴は現れる通路から先に進んでねー!』

 

 放送が流れた。どうやら考察している間に終わってしまったようだ。まぁ、例の力も初歩的な部分は使える様になったわけだし、後は伸ばして行くだけだ。別に勝つ必要はないだろう。

 

「じゃ、進むとしますか」

「うん♡ 残念♦」

 

 残念そうな表情で肩を竦めるヒソカだが、その仕草がやけに似合っている所を見ると、本当に道化師っぽいなぁと思える。

 

「……そういえば」

 

 俺は纏わせていたオーラを動かして俺を中心に広げてみた。ヒソカを覆いこむ程度まで広げると、ヒソカがどちらの足を踏み出しているのか、手を動かしているのか、鮮明に分かった。おそらく、あのネテロのクソジジイが使っていたのは、これだろう。俺が背後を取った後のあの反応、絶対これ使ってたな。

 

「オウカ、それは円って言ってね♦ オーラを広げて気配察知領域を広げる使い方なんだよ♡」

「へぇ……」

 

 ヒソカが教えて来たので、俺は現れた通路を進んで行く間、ヒソカにこのオーラについて色々と質疑応答するのだった。

 

 



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念×解説

 それからしばらく、通路を進んだ先には参加者がちらほらといて、どうやら珱嗄とヒソカは三次試験をクリアしたようだった。そこで、珱嗄はヒソカと一旦別れて習得した『念』と呼ばれるオーラを使う戦闘術について考えていた。

 まず、珱嗄が此処まで早く念を習得出来た理由として、珱嗄が神様から貰った特典が関わってくる。

 

『人間が習得し得る全ての技術』

 

 この特典は、その世界の人間が習得している技術ならば、全て使えるようになるという特典であり、所謂人間が持ち得る全ての才能と言い換えても良いかもしれない。勿論技術と言っても、使った事の無い技術を完璧完全に使いこなせる、という訳ではないが、使って行けば確実にそれをモノにする事が出来るというものだ。つまり、念であっても同じこと。

 つまり、珱嗄が念を此処まで早く習得出来たのは、それも一つの『技術』だったからだ。そして、今まで使えなかったのは念を使う為の条件が揃って無かったから。

 

 念を使うには、まずオーラを出せるようにならないといけない。そして、そのオーラの噴出孔の事を『精孔』と呼び、これは念を使える者に開いて貰わなければならない。珱嗄の場合は、ヒソカのオーラによる攻撃がそれだ。『精孔』を開くには、その身体にオーラを流し込んで貰わなければならない。これは直接オーラを流し込むか、オーラを纏った攻撃をその身に喰らうかなのだ。

 そして、この念と呼ばれる技術には様々なオーラの使い方がある。

 

 まず、オーラを身体に纏わせる基本技――――『(テン)

 精孔を開いた所で、駄々漏れだと直ぐにオーラが尽きてしまう。そうなると、大変危険な状態になるのだ。故に、珱嗄がやった様に必要量以外は身体の中に収め、必要量を身体に纏わせる必要があるのだ。ちなみにこれを行なうだけでも防御力が上がる。

 

 次に、纏とは逆に精孔を閉じてオーラを絶ち、気配を完全に絶つ技術――――『(ゼツ)

 これを行なう事で気配を限りなく希薄にし、疲労回復にも使える。

 

 次に、体内でオーラを練り精孔を一気に開き、通常以上にオーラを生み出す技術――――『(レン)

 これは絶とは逆に精孔を開いてオーラを全開放することで、圧倒的な攻撃力を得たり、圧倒的な防御力を得たり出来るのだ。また、念能力者の中では修行の成果を見せる事を『練を見せる』と読んだりする。

 

 次に、自分のオーラを自在に操る技術――――『(ハツ)

 念能力の集大成であり、所謂必殺技ともいわれる。これはオーラの性質にもよるが、自在にオーラを操る事で、ただの拳でも必殺の領域に至る必殺技に昇華させる事が出来るのだ。

 

 『纏』『絶』『練』『発』、この四つの技術がオーラ、ひいては念の基本技術であり、『四大行』と呼ばれる基本修行法である。また他にも、オーラを広げて気配察知をする『(エン)』や一部分に集中してオーラを集めて爆発的に攻防力や能力を上昇させる『(ギョウ)』など、四大行の組み合わせで出来る様々な使い方がある。

 

 珱嗄が現段階で出来るのは、『纏』や応用技の『凝』『円』だ。正式に念を習った訳ではないから、四大行など知らないし、出来ないのだ。

 

「――――………ま、こんなところか」

 

 珱嗄はそう言って、とりあえず今出来る事の整理を終わらせた。恐らく、念を使えるようになる事がハンターになる事の条件の一つなのだろうと予測する。ヒソカやネテロが共通して念を使えていた、というのは偶然ではないだろう。

 

「……とりあえず、この念に対して理解を深めて行くのがとりあえずの目的かな」

 

 取り扱い説明書が無い所が少しばかりハードモードかと思われるが、まぁ珱嗄としてはゲームは説明書を読まずにやって理解するタイプなので、別に良いのだが。

 珱嗄が呟いていると、ゴンやキルア達がやってくるのが分かった。丁度『円』を広げていたから分かったが、結構便利だ。

 

 そして、それと同時に三次試験が終わった。ネテロが出て来て、再度飛行機に乗る事になった。

 

 



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四次×試験×経過

 四次試験は、念の調整というか試しに丁度良いモノだった。所謂、サバイバルゲーム。試験会場にやってきた際に渡されたプレートがあるのだが、それが今回のサバイバルゲームの要だ。

 キルアと共に来た俺は、100番。ちなみにキルアは99番だ。三次試験までに残ったメンバーのナンバープレートを、一週間という時間内で、用意された森の中で奪い合い、自分のプレートとターゲットのプレートが各3点、その他のプレートが1点とし、終了までに6点集める、というのが、試験の内容。

 

 今回残った三次試験合格者は、25人。そして、既に試験が始まってから三日が過ぎていた。

 

 というのも、この試験が始まってから三日間はほぼ探り合いの期間だったのだ。直接的に動く者は殆ど居らず、自分のターゲットナンバーを持つ相手を探し、そして相手の手札や情報を出来る限り収集し、確実な対策を練ってから向かう。慎重である事は、ハンターにとってかなり重要な心構えだ。

 そして、珱嗄はそんな探り合いの期間の中で、既に規定の6点を集め終えていた。

 

「いやぁ……やっぱ『円』ってのは便利だね」

 

 珱嗄はまず、初日に森の中へと散らばる参加者を全て『円』で把握していた。そして、散らばった瞬間ターゲットを捕捉、開始10秒も経たない内に瞬殺したのだ。故に、自分のプレートとターゲットのプレートで計6点。無事に合格点を獲得しているのだ。つまり、珱嗄はこの3日間ずっと一ヵ所に留まって『円』を広げ続けていた。その範囲は、珱嗄を中心に半径500m、つまり直径1kmの円を広げられるのだ。三日間ずっと『円』だけをやっていた結果、突出して『円』の感知能力がかなり高くなってしまった。とはいえ、纏やその他の四大行なんかは知識面や経験値の少なさから必要最低限しか出来ないでいるのだが。元々、神様から貰った『強靭な肉体』は強度や筋力は勿論のこと、感覚器官、治癒能力、内臓強度、重力耐性、等々、多くの部分がこの世界の人間よりも上位の領域に足を踏み入れている。

 そしてそれはつまり、生命力がずば抜けて高いという事になる。そう、念能力で使用する生命エネルギー、『オーラ』の質が比べようも無く高く、圧倒的に量が多いのだ。

 

 つまり、持てるオーラを出来るだけ広げ、その範囲内なら正確な気配察知が出来る『円』と、オーラ量が膨大な珱嗄とは、抜群に相性が良かった訳だ。オーラ量が多ければ、『円』に回せるオーラの量も上がり、結果的にその範囲が広くなるという事なのだから。

 

「……まぁ、6点取ったから特に意味は無いんだけど………勿論のこと俺のナンバーを狙ってくるハンターも……いる訳だ」

 

 珱嗄はそう言ってゆらりと笑い、立ち上がる。着物の裾がひらりと揺れた。

 そして、珱嗄の身体を風が通り抜ける。そして、その風がぴたりと止んだ瞬間――――

 

 

「うわあああああああ!!」

 

 

 一人の男が突撃してきた。本来ならば、背後からの奇襲だった。しかし、珱嗄はこの襲撃を随分前から察知していたし、どの方向から来るのかもしっかり把握していた。そして、その男は念を使えない。

 

 つまり、

 

「負ける気がしないな」

 

 珱嗄は短くそう言って、突撃してきた男の手を取って引っ張り、足を払って前のめりに体勢を崩す。そしてそのまま地面に落ちる腹を殴って空中で一回転させ、そのまま地面へと身体を打ち付け、トドメとばかりに珱嗄は仰向けになった男の腹に足を落とした。

 

「ぐえっ……!?」

「―――ふぅ……まぁ、こんなもんだろ」

 

 珱嗄は敢えてプレートを取らずに男を転がしたままその場を去る。特に欲しい訳でもないし、誰か他の参加者が見つければ好機とばかりに持っていくだろうと考えたのだ。その結果、あの男が蛇や蛭なんかに殺されたとしても、関係無いのだ。ハンターになるとは多分、そういう事なのだから。

 

「さようなら、名前も知らない誰かさん」

 

 珱嗄はそう言って、もう慣れた風にゆらりと笑った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 三次試験で、珱嗄と共に合格したヒソカは、なるべく珱嗄とは戦いたくないと思っていた。といっても、このハンター試験内では、という条件が付くが。

 勿論のこと、戦闘狂である彼は強者である珱嗄と戦いたいという欲求はある、のだが……このハンター試験の中で彼と戦うのは恐らく、合否にかなり影響してくるだろうという考えもあった。勿論、強者と戦うのも目的にあったのだが、本当は人を殺しても免罪符としてハンターライセンスが便利そうだからというのもあるのだ。故に、彼としては人を殺す為に受けた試験を、人と殺し合いをして落ちるというのは余りに滑稽だった。

 

「うーん……とはいえ、僕のターゲットが見当たらないのも少し困ったかな♡」

 

 何故か語尾にトランプのマークを付けるという意味不明でどう喋ってんだと思う、書き手からすれば面倒極まりない話し方をするヒソカだが、やはりその辺の常識は持っていたようだ。

 

「……というかさっきからオウカの円から抜け出せないんだけどコレどういうこと?」

 

 ヒソカは珍しく汗を一筋流しつつ、困った風にそう言った。

 

 



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四次×試験×終了

 四次試験が始まってから、おおよそ5日が経過した。プレートを揃えて合格域に辿り着いている者も数多く出て来た所だろう。また、ハンター試験では生死の保証はないのでこのサバイバル中に死んだとしても文句は言えない。つまり、死んだ者も少なからずいると見て良いだろう。

 珱嗄はその状況下で、特に興味も無く、ゆらゆらと散歩していた。着物をはためかせ、草木を掻きわけながら進む。

 

 あの3日目からの2日間。珱嗄は特に誰かと接触していない。というのも、珱嗄は円を広げて移動している故に、人と会わない様に動き回れるのだ。とはいっても、珱嗄は移動しながら円を広げる、というのにあまり慣れていないので、その効果範囲は移動中に限り、半径100m程まで狭まっていた。

 

「一週間か……中々遠いねぇ……面倒だ」

 

 呟きながら歩く。この森の中にはどうやら、毒蛇や毒蜂、蛭や獣まで、様々な生物がいるらしく、死の香りがする様なモノは、そこらじゅうに転がっていた。とはいっても、何故か危険生物は珱嗄には近寄って来なかった。どうやら、珱嗄の円に入った事で、無意識に珱嗄が自分よりも強大な存在だという事を理解したらしい。蛇も蜂も、基本的に繊細かつ警戒心の強い生物だ。自分に死の危険が迫っている時は、速やかに撤退を選ぶ慎重さを兼ね備えている。珱嗄を刺す、または噛んだりした時には、自分の死もあり得ると踏んだのだ。

 故に、珱嗄の歩く道中に毒を持った蛇等は近寄って来なかった。逆に、猪や兎などの動物はそんな事は無かった。兎はそこそこ警戒心を持っているが、それはある程度の物で、珱嗄を目視して初めて逃げ出すのだ。そしてそれは、珱嗄からも目視されるという事だ。それでは遅すぎる。

 また、猪は警戒しつつ、その生物を殺してしまおうと考える。危険な存在を早々に排除したいのだ。また、自分に危害を与えてきた場合は、問答無用で頭に血を昇らせて強弱関係無く攻撃する。

 

 そんな動物達は、この一週間の間ありがたく珱嗄の腹の中に収まった。幾ら強いからといって、食べなくても寝なくても死なないという訳ではないのだ。

 

「さて」

 

 そんなわけで、珱嗄はその手に持っていた兎の干し肉を口に放り込みながら、立ち止まる。そして100mほどまで狭くなっていた円に集中し、再度限界ギリギリの、半径500mほどまで伸ばした。

 すると参加者が数人、円に掛かった。ここ5日間程人と会話もしていない珱嗄は、そろそろ人に会いに行こうと考えたのだ。とりあえず、円の範囲内で一番オーラが多い、または念が使える者を探す。まぁ当然のこと、ヒソカを見つけた。

 

「じゃ、行きますか」

 

 珱嗄はそう言って、ヒソカの方向へと着物をはためかせて足を進めた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方ヒソカもまた、6点分のプレートを集め終えて無事に合格点を稼いでいた。といっても、この5日間でヒソカがターゲットになったゴンが襲撃を仕掛けて来たり、ヒソカが返り討ちにして自分のプレートを渡したりと重要っぽいライバルイベントがあったのだが、そこは割愛。

 ヒソカも珱嗄同様に、一週間後の試験終了時刻を待つばかりだった。

 

「といっても、残りはあと1日と少し……退屈なのも事実だね♦」

 

 呟くヒソカ。彼はやはりというか、その性質は戦闘狂という所にある。この5日間で彼は4人もの参加者を惨殺しており、その4人の内一人がターゲット、そして残る3人から1点ずつプレートを奪い取っている。故に、計6点なのだが、それ以降彼は参加者に遭遇していない。勿論円を広げる事も出来るのだが、いかんせん彼の円の範囲は珱嗄みたく馬鹿げた範囲ではない。周辺を探った所で肉眼で見た方が早いのだ。

 

「おーすヒソカ。5日ぶり」

「オウカ♡ うん、久しぶりだね♦ どうしたのかな?」

「いやまぁ見つけたから話しかけただけだよ」

「ふーん……まぁいいよ♣ 僕も暇してた所だしね♡」

 

 とそこに珱嗄がやってくる。ヒソカとしては今は戦いたくはない相手だが、話し相手とするのなら大歓迎だろう。元々、ヒソカはその容姿の怪しさと言動の変態さから大部分の人々から避けられるのだ。こうして珱嗄の様に気軽に話し掛けてくる相手、というのは中々大切にするべき存在なのだろう。また、殺そうとしても中々殺されてはくれない相手でもあるのだし。

 

「で、どうよヒソカ。課題の方は」

「うん、一応クリアしたよ♠ ゴンに僕のプレートはあげちゃったから、少し手間だったけどね♦」

「ふーん……まぁ俺もクリアしたんだけどさ」

「やっぱり、君はクリアすると思ってたよ♡」

 

 珱嗄とヒソカは普通の会話を繰り広げる。適当な岩や丸太に腰掛けている故に、お互い戦闘の意思はないようだ。ヒソカはそのことを確認して、内心ほっと息をついた。勝敗は別としても、今は戦いたくないヒソカとしては、珱嗄に戦意が無い事は幸運だった。

 

「ってことはゴンは6点稼いだって事か?」

「僕のプレートがターゲットだったみたいだからね♦ 一応6点は稼げたんじゃないかな?」

「ふーん……まぁその後やられて無ければ、だけどな」

「大丈夫さ♡ きっとゴンは合格してくるよ♦」

「へぇ……まぁ、俺さっきゴン潰したけどな」

「何してんの君? さっきまでの会話の意味は?」

「嘘だよ」

「ここでそんな嘘を吐く意味!!」

 

 ヒソカが珍しく声を張り上げた。珱嗄はそんなヒソカを楽しげに笑った。すると、ヒソカは珱嗄のそんな笑みに毒気を抜かれたのかため息をついた。

 

「もうじき一週間だ。それまでちょっと念について教えてくれよヒソカ。基本的な事から応用的な事までで良いからさ」

「それ全部だよね? 要は全部吐けって事だよね?」

「分かってんなら早く言えよ変態」

「………♦」

 

 珱嗄の言葉にヒソカはがっくりと肩を落とす。

 

 そして、珱嗄がヒソカに残りの1日と少しの間、念について教えられていく内に、4次試験は終わりの時刻を着々と迎えるのだった。

 

 



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最終×試験×前に

 四次試験が終わった。簡単に言えば、そうなるのだが、結果的に見れば25名もの参加者はおおよそ半分以下にまで減り、最終試験へ進んだ参加者は全参加者約400名中の内、たったの10名。勿論のこと、主人公と名前が与えられている主要キャラ勢は合格、珱嗄もご存知の通りに無事に通過している。

 つまり、ゴン、キルア、レオリオ、クラピカ、ヒソカの5名と、珱嗄、そこに他4名を加えた10人だ。

 

 そして、最終試験へと移行する訳だが、またも会場を移動する事になった。例によって、あのバカでかい飛行機で、である。

 とはいっても、一週間というけして短くない時間の中で、命がけのサバイバルをクリアした直後な訳で、それはつまり一週間の中ずっと警戒心を高め、張りつめた緊張感の中で精神をガリガリと削っていたという事だ。故に、会場の移動のためとはいえ、飛行機の中で緊張感から解放されて落ち付ける時間がある、というのは少なからず最終試験通過者にとって、安堵と休憩を得る事となった。特に、サバイバルの中で一度でも命の危険を感じた者や、ターゲットが自分よりも強者だった者からすれば、それは顕著になる。

 といっても、珱嗄やヒソカといった、今回の参加者の中で一二を争う強者からすれば、そんなに疲労は無く、寧ろ森林浴気分でとても英気を養えたというべきだろう。まぁ、命の危険が一切なく、『円』によって警戒心も最小で済んだ珱嗄にとっては、精神的にも肉体的にも、疲労感というものは余り無かった。

 

 さてまぁ話は変わって、この移動中の飛行機の中で何もしないという訳ではない。最終試験の内容に関わる面接的な物を行なうようだ。マンツーマンで、参加者が順にネテロ会長と一つ二つ質疑応答をするのだ。

 今はその面接中。珱嗄は自分の番号が呼ばれるまでの間、ヒソカから聞いた念についての実験を行なっていた。やはり、生身一つで出来る実験というのは余計な準備がいらなくて良い。

 

「――――ふむ」

 

 珱嗄がヒソカから教わったのは、実践ではなく言葉による知識だけだ。基本的な所で、四大行を、応用的な所でヒソカが見本を見せられるモノを、教わった。

 今はそれを実践してみている。

 

 まずは四大行。これは念における基本的な修行法と以前に言っただろうけれど、珱嗄にとってはこの基本的な事を行なうのは、少しばかりコツを掴むのに時間が掛かった。

 

 『纏』については、既に出来ているので問題は無い。他の『練』や『発』については問題はなかった。問題なのは、精孔を意図的に閉じて、オーラを隠し、気配を絶つ技術―――『絶』

 珱嗄の場合、その膨大なオーラ量を全て身体の中に押し込めて隠すというのがかなり難しかった。精孔を閉じる事は出来る。だが、閉じ『続けられない』のだ。数秒経てばオーラが精孔を無理矢理開いて溢れ出てしまう。念が使えなかった時は恐らく、精孔がまだ一度も開いた事が無かった故に、無意識に流れ出ていたオーラだけで、内側に眠っていたオーラは溢れ出て来なかったのだ。だが、珱嗄の精孔は一度開いてしまった。故に、再度閉じる事が出来ない。キャップを開けたペットボトルのキャップを、元々の開いて無い状態に戻せない事と同じ様な物だ。

 

 つまり、現段階の珱嗄では『絶』を行なう事は無理であった。

 

「オーラが多いってのも考えものか……」

 

 とはいっても、珱嗄にとって気配を隠す必要性は特に無いので、今のところは問題はない。そして、次に応用編だが、ヒソカが教えてくれたもので珱嗄が使えるのは『(リュウ)』『(ケン)』『(エン)』『(シュウ)』『(ギョウ)』の5つだ。その他に、『(イン)』や『(コウ)』というのがあるのだが、どちらも『(ゼツ)』を応用した技故に、使おうとしても完全な形では使えなかった。『硬』については普通のハンターが使った時と同じ結果を出す事が出来るのだが、決まった形での使用は出来なかったというのが正しいだろう。

 

 簡単に応用について解説すると、『堅』というのは『纏』の強化版の様なもので、『纏』に『練』を組み合わせて、より多くのオーラを纏い肉体を強化し、防御力を上昇させる技術。実力者は約3時間以上その状態を維持出来るのが望ましい。珱嗄はそのオーラ量と特典の技術で普通にこなす事が出来た。

 次に、『凝』。これは身体の一部分にオーラを集中してその部分の攻防力や感覚を強化する技術。珱嗄が絶対に使えなかった『隠』や『絶』で隠匿されたモノを眼にオーラを集中させると見破る事が出来る。

 次に、『周』だが、これは『纏』を自分の身体だけでなく他の物に行なう技術。例えば、武器にオーラを纏わせれば刃物は切れ味や強度が上がるし、シャベルに使えば掘る能力が上昇する。

 次に、『流』。これは『堅』の状態のまま、攻撃や防御の瞬間に一部分へ『凝』でオーラを集中し、一瞬の攻防力を上昇させる技術。実力者の戦闘では『堅』のまま戦う事が多いので、こうした『流』で行なう一瞬の攻防力の上昇が勝敗を決めたりする。

 

 まぁこんなところだろう。後は追々登場ごとに紹介しよう。

 珱嗄としては、紹介した物は習得する事が出来た。まだ効果や練度は少ないものの、そこはまぁ努力次第だろう。

 

「―――続いて、100番の方」

「ん……へーい」

 

 珱嗄がしばらくオーラを操作して応用技術の修行をしていると、珱嗄の番号が呼ばれた。忘れているかもしれないが、珱嗄は100番である。

 そして、珱嗄は面接部屋に入って、中に鎮座するネテロと視線を合わせ、ゆらりと笑って対面に座った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 さて、こうして面談が始まったのだが、ネテロは一週間ぶりに見た珱嗄の姿に眼を丸くした。何故なら、一週間前までは出来なかった筈の、念能力を習得していたからだ。

 その証拠に、珱嗄から溢れ出るオーラがしっかりと、『纏』で整っていたからだ。

 

「……どうやら、この一週間で見違えるように成長したようじゃな?」

「まぁね、こんな技を使ってたとは随分と卑怯じゃないか」

「ほっほっほ、おぬしに言われたくないわ」

 

 念で防御していたにも拘らず、念を使わないで若干喰らうのが躊躇われる威力の蹴りをする存在に、念を使うのがずるいと言われるのは理不尽に思えたのか、ネテロは引き攣った笑みを浮かべてそう言った。珱嗄はそれに気付いていないが、まぁ世間話だ。別に気にするまでも無い。

 

「それじゃ、さくっと面談を始めようぜ。後ろが(つか)えてるしな」

「ふむ、それもそうじゃな。ごほんっ……えー、それじゃあ一つ二つ質問をするぞ」

「おう」

「それではまず、何故ハンターになりたいのじゃ?」

 

 質問。ハンターになりたい理由だが、珱嗄は特に理由は無かった。どう答えたものかと少し考えたものの、まぁ特に考えるべき事でも無いかと思って軽い気持ちで答えた。

 

「えーとね、新聞でハンター試験やるよーって書いてあったからだ」

「おぬしそれでいいのか? もしかしたら死ぬかもしれない試験受けるの軽くね?」

「ほら、死んでないし?」

「マイペース極まりないなオイ」

 

 ネテロはそう言ってため息を吐いた。珱嗄は苦笑した。

 

「まぁいい。それじゃあまぁ……次の質問じゃ」

「おう」

「今注目している参加者はおるかの?」

「一次試験で落ちたデブ」

「……なんで落ちた中で言うんじゃ。ちなみに理由はなんじゃ」

「あの後どうなったかなーって思って」

「それ注目違う! 残った者の中で選んでくれ!」

「……んー、じゃあキルア。99番の」

「何故じゃ?」

「アイツ落ちそうな顔してるでしょ?」

「おぬし考え方最悪じゃな」

 

 ネテロのツッコミに珱嗄はゆらりと笑った。ネテロにはその笑みがなんだか、悪人の様に見えた。最初にこの部屋に入って来た時に浮かべた笑みと同じなのに、どうしてこうも与える印象が違うのだろうと疑問に思ってしまう。

 

「ま、そんな所だ。プラス思考で考えるのならまぁ……53番かなー……ポックルとかいう」

「………………何故じゃ?」

「今それ聞くのすっごい迷ったな」

「聞かんといかんこのシステムに初めて嫌悪感を抱いたぞ」

「まぁ………近いうちにポックリ死にそうだから?」

「名前だろソレ。絶対名前から考えただろソレ」

 

 ネテロは持っていたペンの頭でぽりぽりと額を掻いた。そして再度ため息を吐いた後、次の質問に移った。

 

「えーと、それじゃあ最後に……一番戦いたくない相手は居るか?」

「いないな。全員倒せそうだし」

「そうか……それじゃあもう良いぞ」

 

 ネテロは予想通りの答えを聞いて少しほっとする。そして、珱嗄にそう言うと、珱嗄はすっと立ち上がってゆらゆらと部屋を後にした。

 

 

 



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最終×試験×終了

 最終試験は、今までの様な少し間接的な試験では無く、ただ単に参加者同士での試合だった。トーナメント形式の試合であり、勝った者から抜けて行くシステムになっている。そして合格条件は、『試合に一回勝つこと』それだけだった。

 トーナメント表としては、まず第一試合のゴンVSハゲに始まり、その他事前の面談を考慮した上での対戦表となっていた。珱嗄の相手は、ポックルである。そう、あのポックリ死にそうと感想を漏らした相手の、ポックルである。もう一度、ポックルである。ポクポクポックルである。

 ちなみに第二試合。ゴンの次だ。

 

 で、ゴンの試合だが……相手はハゲ、もとい修行僧が忍者のコスプレした様な容姿の男、名前はハンゾーだ。この試合では、ゴンとハゲの実力差が大きく、ゴンが圧倒された。だが、ハンゾーによる苛烈な攻撃にボロボロにされたゴンは、それでもあきらめない意思を見せつけ、ハンゾーを根負けさせた。この試合では殺害は禁止、つまりそれ以上攻撃するとゴンを殺してしまう事になると判断したハンゾーは、負けを認めさせる事は出来ないだろうと判断し、敗北を認めたのだ。故に、ゴンは納得していないが、合格した。まぁその後、ゴンは気絶してしまったが。

 

 続いて、珱嗄の試合だ。

 

「よろしく」

「……あ、ああ」

 

 ポックルにそう言う珱嗄。だが、ポックルは何処か珱嗄に恐怖を抱いていた。自分でも原因が分からない恐怖が、身体を支配していたのだ。

 

「では、第二試合――――開始」

 

 審判が、そう言った――――その瞬間だった。

 

 

「――――ッッッ!!?」

 

 

 背筋が凍った様な感覚、そして、圧殺されるかと思う程の圧力。身体が石の様に塊、鉛の様に重くなった様な錯覚を覚えた。ポックルは、動けない。歯が上手く噛み合わないかのようにカチカチと音を立て、顔から血の気が引いていくのが分かる。肌がぞわぞわとざわめきあった後、全身に鳥肌が立っているのが分かった。別に疲れてもいないのに、汗がダラダラと流れ落ちる。今にも、潰れて死んでしまう様な思いだった。

 

「ぅ……ぁ………!」

 

 ポックルは、眼球を動かして、視線を前へと向けようとする。ただ、それだけの行動に、随分と時間を掛けてしまう。そして、その視界にその圧力の原因を捉えた。

 

 

 

「――――^o^」

 

 

 

 にっこりと笑っている、珱嗄。ただ佇んでいるだけなのに、その表情と視線からは、どうしようもない圧力と、圧倒的な実力差が感じ取れた。そして、珱嗄は視線で告げた。

 

 

 ―――降参しないと怒っちゃうぞ☆

 

 

 ポックルは、その視線の意味を『降参しねぇなら、此処で殺す』と取った。そしてソレが嘘ではないという事も理解した。此処で下手に動けば、殺される。

 

「こ………う……降参……します……!」

 

 ポックルは膝を着き、半ば土下座の様な体勢のまま、激しいと動悸と息切れに意識を失いそうになりながらも、そう言った。弱肉強食、食物連鎖の様な関係でいうのなら、今の珱嗄とポックルの間には、確実に珱嗄が頂点に立ち、ポックルはその下に位置していた。

 

「ん、そうかい」

 

 珱嗄がそう言ってゆらりと笑うと、ポックルはビクッと身体を震わせた。それと同時、ふと圧力が無くなった事に気付いた。

 その事に気付いた数秒後、ハッとなって息を吸った。暫くの間呼吸が出来ていなかった様な気さえする。ポックルは懸命に酸素を吸う。そして、珱嗄はポックルに背を向けて試合場から観戦者のいる所へ戻っていった。第二試合は、ポックルの敗北で終わったが………ポックルはしばらくの間、その場から動く事が出来なかった。

 

「やっぱ、ポックリ死にそうだよなぁ………ポックル」

 

 珱嗄はそう言って、苦笑した。

 

 その後、珱嗄は他の試合を見る事無くハンターライセンス証明証を貰ってその場から去った。取り敢えずキルアやヒソカに挨拶すべきか迷ったものの、なんだか試合中に面倒な展開になっているようで、関わるのも面倒だったので止めた。

 

「さてさて……どうしたものかな?」

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑った。

 

 

 



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天空闘技場編
閑話×切っ掛け


 ハンター試験を無事合格で終えた珱嗄は、次なる目的地に迷っていた。原作知識はコミックス1巻分しかないのだ。この先どんな展開が待ち受けているのか、珱嗄も知る由がない。

 といっても、目的くらいは一応ある。念能力の強化と、戦闘能力の上昇だ。良くも悪くも、この世界は戦いが頻繁に起こり、頻繁に人が死ぬようになっている。つまりそれは、主要人物であろうとなかろうと、戦えない奴から死んでいくという事だ。故に、戦闘力の上昇は生きて行く上で必須なのだ。

 

 現在の珱嗄は、神様から貰った強靭な肉体を13年近く鍛え抜いただけで、実戦経験はこの試験中にいくらかあるだけだ。しかも、その全てがしっかりとした勝敗が付く前になぁなぁで終わっている。ネテロとの勝負に関しては、かなり早い段階で珱嗄が負けを認めている。

 つまり、珱嗄は実質、ちゃんとした実戦経験を積めていない。命のやりとりをしていない。それではこの先、生き残る事は出来ないだろう。それに、実はネテロの判断はかなり間違っている。

 

 飛行機の中、ボールを取り合ったあのゲームで、珱嗄とネテロの勝負があのまま続いていた場合、珱嗄は幾ら経ってもネテロからボールを奪う事は出来なかっただろう。何故なら、珱嗄は戦闘における『動き』が出来ていないからだ。あのまま長引いていれば、珱嗄は動き慣れた動作を繰り返し、ネテロはその動きに慣れていた筈なのだ。つまり、それは実力者であるネテロからすれば簡単に対応策を練る事が出来るということ。

 そうなった場合、珱嗄は幾ら速く動いたとしても、念能力という技を使えるか使えないかという差以前に、経験の差で負けていた。身体能力の高さだけで勝てるほど、戦闘というものは、命のやり取りというものは、死合いというものは、甘くない。

 

「となると……やっぱり実践を積むのが一番良いな」

 

 そして、それは珱嗄も十分理解していた。ネテロとの勝負の中、次何をすればいいのか、どうすればいいのか、全然分からなかったからだ。とりあえず突撃して、なんとなく二撃目をつないで、躱されたらどうするかを考えられない。あの時珱嗄がネテロにあそこまで威圧感を与えた理由は、『ネテロが攻撃しないルールだったこと』と『珱嗄の身体能力がネテロが見て来た中で異常に高かったこと』が絡んでいる。

 つまりは、初見でのインパクトが非常に高かったからだ。実際はそんなでもなかったのだ。

 

「さて……どうしたものかな」

「やぁオウカ♡ どうかしたのかな?」

「ああ……へんた……ヒソカ」

「今変態って言い掛けたよね? というかそこまで言ったら最後まで言い切ってよ! 変に気を利かせないでよ余計に辛くなるよ!?」

「何しに来たんだ」

「スルーかい? 僕がツッコミ入れるって結構レアだよ? 分かってる?」

「良いから言えよ」

 

 珱嗄の言葉にヒソカは眉を潜めた。ヒソカだけに。

 そして、少し肩を落とした後、用件を告げた。

 

「実践が積みたいって言ってたのが聞こえて来たからね♠ それなら良い情報があるよ♡」

「ん?」

「天空闘技場、って知ってるかな?」

「んー、知らね」

「ま、そうだろうね♡」

 

 ヒソカは珱嗄に天空闘技場について解説し始めた。

 まず、天空闘技場というのはその名の通り、参加者が闘技場で試合をする場所だ。そして、現実世界の格闘技の様に、ファイトマネーというものがあり、勝ち続けて行けば最高でも、2億以上の金が手に入るシステムになっている。

 そして、そのファイトマネーは1階に近いほど少なく、190階に上るほど多くなっていく。ちなみに、190階を勝つと、2億の大金が手に入り、200階に進む事が出来る。200階以降はファイトマネーは出ない。だが、200階以上は念能力者の巣窟となっており、身体に何らかの障害を残す危険性も出てくる。そして、最終的に251階の2年に一度行なわれるバトルオリンピアで勝利した者は、一生掛けても浪費出来ない富と名声を得る事が出来ると言われており、また誰もが羨む世界で最も高い私邸を得られるのだ。

 だが、勿論のことそこまでの道のりで立ち塞がるのは、実戦経験豊富な念能力者達だ。つまり、

 

 

「面白い」

 

 

 実践を積みたい珱嗄からすれば、うってつけの修行場所だ。しかも、念能力者が相手と来た。これは是非にでも行くべきだろう。

 

「ヒソカ、その天空闘技場―――何処にある?」

「君ならきっと興味を持ってくれると思ってたよ♡ 僕もこれから向かう所なんだ……一緒にどうかな♡」

 

 ヒソカが珱嗄より二三歩前に出て振り返り、手を伸ばしてそう言った。珱嗄はそのヒソカの誘いに対して、ゆらりと笑った。そして、伸ばされたヒソカの手をぱしっと叩いて歩きだす。

 

「乗った。しばらく二人旅と行こうか、変態」

「う~~んっ、やっぱり最高だね、オウカ♡」

 

 珱嗄とヒソカは歩きだす、目指すは天空闘技場。目的は、200階以降で待ちうける、念能力者達の打破、そして実戦経験を積むこと。

 そして、珱嗄はそこで初めて、この世界で未だ見た事も無い物を手に入れる事になる――――

 

 



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闘技場×新キャラ

 天空闘技場に向かった珱嗄とヒソカは、実のところ長い道中の中で、そこまで仲良く進めた訳では無かった。

 天空闘技場まで掛かった時間は、およそ三日間。その間で、珱嗄とヒソカは幾度となく殺し合いを繰り広げている。原因は、珱嗄のオーラ操作能力が日に日に成長していくのを見て、堪えられなくなったヒソカの襲撃。毎回夜這いを掛けるかのように珱嗄を襲撃し、戦闘になっているのだ。

 とはいえ、どちらかが死ぬ事も無く、毎回珱嗄が勝利する事で終着を見ている。ヒソカの死が回避されるのは、ひとえに珱嗄が殺さなかったというだけの事なのだ。

 

 そういう訳で、ヒソカはまだしも、珱嗄は日々警戒心を張り詰めて歩く破目になっている。この三日間で珱嗄は、ルパンダイブしてくるヒソカに対処しなければならない日常に、少し慣れてしまった。

 

「はぁ……全く、逐一面倒な変態だなぁ……」

「…………♦」

 

 そして、珱嗄達はそんな過程を踏みながらも天空闘技場に到着していた。珱嗄は少し疲れた様に歩んでおり、ヒソカはそんな珱嗄に引き摺られながらぐったりしていた。ここまでの連戦連敗、殺し合いの中で負った怪我は戦い続けていた三日間、増え続ける。しかも、その怪我は一晩経てば完治する訳ではないのだ。増えた怪我は確実に身体の動きを悪くし、敗色を濃くさせる。そんなループを三日間で何回も繰り返したのだ。負けた奴はこうなるのが当然だ。

 

「さて……ここが天空闘技場か、中々良い感じに高い建物じゃないか」

 

 珱嗄はそう言って額に手を当てて、天空闘技場の頂上を見上げた。塔にぶつかって音を立てながら通り抜けて行く風が、珱嗄の身体を通り抜けて行く。

 

「しかもこの行列……面白そうだ」

 

 珱嗄の目の前には、挑戦者達で作られた行列があった。長蛇の列は、塔から随分離れた位置まで伸びていて、そこから一旦折れ曲がってまた塔へと伸びている。天空闘技場に挑戦する人間の数を見れば、この世界においてどれだけ戦いが常識的な物なのかが理解出来る。

 

「さ、行くぞ。ヒソカ」

「…………♡」

 

 珱嗄はヒソカを引き摺って最後尾へと歩き出す。ヒソカは引き摺られながら、震えた腕でグッと親指を立てた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄とヒソカが最後尾に並び、受付まで辿り着くまでに掛かった時間は、おおよそ三時間という決して短くはないものだった。珱嗄の体感時間的に言えば、歩いて好きに進むことが出来ない分、三時間よりも随分と長い様にも感じた。

 

「はぁ……面倒臭いな此処は」

「お待たせしました。それでは此方の用紙に必要事項を記入して下さい」

「はいよ」

 

 珱嗄は受付の娘に貰った用紙を見て鉛筆を動かした。

 

 名前:オウカ

 性別:男

 職業:ハンター

 戦闘スタイル:蹴闘術、拳闘術、念能力

 

「っと」

「えーはい、承りました。それでは奥の方へとお進み下さい」

「うーい」

 

 受付の娘に参加証明証的なものを貰い、言われたとおりに進む珱嗄。その進む先の途中で、ヒソカがいつもの様に立っていた。服はボロボロで、空気に晒している腕や腹部には包帯や湿布が施されていた。どうやらここの設備で応急処置を行なったらしい。

 

「やぁオウカ♣ 受付は済んだみたいだね♡」

「まぁね。お前は随分と痛々しい姿になったな。帰るのか?」

「いやこの姿にしたの君だよね? しかも怪我人の僕を引き摺り回すという鬼畜の所業には流石の僕も引き気味なんだけど!」

「襲い掛かって来たのが悪くね?」

「初日はまだ僕の方が優勢だったと思うんだけどなぁ♦」

「人は成長するんだよ」

「早過ぎだろ」

 

 珱嗄の言葉に若干言葉遣いも荒れてきたヒソカ。ツッコミに回ったことでそろそろ余裕を感じるのも難しくなってきたらしい。

 珱嗄はそんなヒソカに対して、楽しそうに笑った。

 

「さて、この番号はハンター試験を少しだけ彷彿とさせるね」

 

 珱嗄がそう言って手に取ったのは、先程の受付でもらった参加証明書代わりの番号札。そこには4023番と書いてあった。どうやらこの天空闘技場において、珱嗄の番号は4023番ということになるようだ。

 

「続いて、4023番と4056番の選手の対決です。闘技場へ上がって下さい」

 

 ヒソカの立っているその先、そこには某天下一武道会に使われそうな闘技場があり、そこで受付を終えた挑戦者達がタイマンで戦い、何処の階へ上るかを査定するようだ。

 

「さて……行きますか」

「頑張ってね、珱嗄♡」

 

 珱嗄は首をコキっと鳴らし、ゆらゆらと闘技場へと歩いていく。そして、対戦相手の屈強な大男と視線を合わせた。思わずゆらりと笑みを浮かべる。

 そして、その大男も十分な実力者だったのか、珱嗄を見て油断はしなかった。寧ろ、珱嗄と視線を合わせた事で互いに実力を有る程度予想する事が出来ていた。

 

「ははは……俺も随分と運がねぇな」

「?」

 

 大男がそう呟くのを聞いて、珱嗄は首を傾げた。

 大男は珱嗄の佇まいに、隙を見つけられなかったのだ。しかも、珱嗄は自然体で佇んでいるだけ。つまり、無意識下で隙が無いという事だ。そんな芸当が出来る者は、有数の実力者だ。

 

「まぁなんだか知らないけれど……よろしく」

「おう、ま、一矢報いるさ」

 

 男はそう言って、珱嗄はゆらりと笑った。

 

 



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衝撃×透し

 珱嗄と対峙した男は、その名をクロゼと言った。彼も珱嗄と同じく何処かの流派出身では無く、我流での戦闘技術を学んできたらしい。その構えはまるで路地裏で喧嘩する不良の様な荒い構えだった。オーラの動きは一般人と同じものだった故に、珱嗄は鍛えられてはいるもののオーラを使える自分よりはまだ弱いだろうと考えた。

 だが、だからこそ驚いた。オーラで身体を纏い、防御力を高めていた筈の自分の身体に、関係無しの打撃を『透してみせた』から。オーラを擦り抜け、珱嗄の皮膚を擦り抜け、内臓までその衝撃を届かせてみせたのだ。

 

 油断していた、甘く見ていた、下に見ていた、軽んじていた、だからこそ、命取りになったかもしれない一撃を貰った。貰ってしまった。

 

『一撃位は喰らってやろう』

 

 こんな考えを持った事が、馬鹿だった。珱嗄が自分の力を過信したから出た馬鹿で、愚かな考え。

 

「ぐっ………!?」

 

 内臓をしっちゃかめっちゃか掻き回された様な感覚、鈍い打撃痛よりも、鈍い痛み。分かりやすく言うのなら、股間を蹴りあげられた後、あるべきものが上に上がってきている様な感覚が、胴体部分の内臓でも起こっていた。

 

「なんだ、随分とまぁ油断してくれたもんだな」

「ケホッ………なんつーか、これが噂の『衝撃透し』って奴か?」

「まぁな、習得するのには案外時間が掛かったが……そのおかげか一撃の精確さと威力には、自信がある」

「ああ、やっちゃったな……ケホッ」

 

 恐らく、念能力者にとってこれほど天敵たる技術は無いだろう。オーラではなく、しっかりと肉体にダメージを透す為の技術。幾らオーラで身体を覆っていようが、幾らオーラで肉体を強化していようが、その衝撃と振動で確実に内臓を抉るダメージを与えるのだから。本当に厄介で、不愉快だ。

 

「はぁ……面倒だな、その技術」

「まぁコレが通用しなかった相手は、そんなにいない」

「へぇ」

「一撃で沈まなかったのは、アンタが初めてだけどな」

 

 ある意味、珱嗄がこの技術で倒れなかったのは、単に珱嗄の肉体が神様製の強化された肉体だったからだ。おそらく普通の肉体で喰らっていたら、珱嗄はまず立っている事が出来なかったかもしれない。

 

「ま、結構鍛えてるからね……まぁそれはさておき、試合を続けようか……やられっぱなしは、好きじゃない」

 

 珱嗄はそう言うと、拳を握る。握った後、開いて『手刀』の形へと変えた。

 

「拳ではやり辛そうだし……やりやすそうな形でやるとしよう」

「……お前、まさか『衝撃透し』をやるつもりなのか?」

「その通り、お前の技術は俺も習得出来る技術だ。ここらでもう少し、引き出しを増やしておくとしよう」

 

 珱嗄の言葉に、クロゼは少しだけ眉を潜めた。何故なら、それだけ自分の技術を軽んじられているからだ。自分でも習得出来る、言いかえればその程度の技術と言われている訳なのだから。

 

「お礼に少しばかり俺もお前にこの世界にある一つの技術を教えてやろう」

「………良い感じに舐めてくれんじゃねーか。良いぜ、もう一発お見舞いして前言撤回させてやる」

 

 珱嗄は手刀をゆらりと揺らし、クロゼは拳を力強く握った。

 

「シッ!」

「ふっ!」

 

 一呼吸の間に、珱嗄とクロゼが地面を蹴った。速度で言えば、珱嗄の方が圧倒的に分がある。だが、クロゼはその速度に対応して一撃を当てた実績がある。動体視力と勘の良さで言えば、かなりの域に達している。

 故に、珱嗄の接近に対して、クロゼは焦ることなく肉薄した。迫る珱嗄の手刀を体勢を低くすることで避け、珱嗄の鳩尾目掛けて拳を放つ。だが、珱嗄もそれを焦ることなく対処した。

 躱された手刀の勢いのままに回転し、その拳に逆の手で作った掌底をぶつけた。本来そうなれば拳と掌底の衝突で鈍い音が鳴る筈なのだが、この場合

 

 ――――パァン!

 

 風船が弾ける様な甲高い音が鳴った。それは、クロゼの衝撃透しの拳で作られた衝撃と、珱嗄の模倣した衝撃通しによる衝撃が、衝突の瞬間にぶつかって、行き場を失った結果空気中に弾けた音だ。

 

「んなっ……!」

「―――オラァ!!」

 

 その事実に驚愕するクロゼの一瞬の隙に、珱嗄は蹴りを叩き込んだ。勿論、オーラを纏わせた蹴り。衝撃透しとは違うが、念能力者でないクロゼにはそれと同等以上のダメージを与える。

 

「ゴハッ……!?」

「何処かの名探偵的な某Lが言ってたんだけど……一発は一発だ」

 

 勿論、クロゼにその一撃を耐えられる訳も無く、その場でクロゼは気絶。試合は珱嗄の勝利で幕を閉じたのだった。

 

 

 



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お金×修行

 珱嗄はクロゼとの勝負を終えて、50階に送られた。念能力を使えるというのが要因となって、最初にしてはかなり高い階へと送られたようだ。ヒソカも同様に50階へと送られた。実はヒソカは200階に行く事が出来る条件を揃えているのだが、珱嗄を見ていたいという事もあって、もう一度上る事にしたらしい。

 念能力という要素は、やはりというか、この世界においてかなりの実力者である事を証明する。何故なら、オーラを纏えるだけでも一般人の拳を無効化する程の防御力を発揮するからだ。それこそ、クロゼの様な『衝撃透し』の技術でもない限り不可能なのだ。

 また、珱嗄に敗北したクロゼは30階へと送られた。珱嗄としてはそれもまぁ仕方ないと思ったが、それは別として一つの確信が有った。

 

「アイツはすぐに上がってくるさ」

 

 呟くと同時に、ゆらりと口元を歪める。試合の最後、珱嗄の一撃はオーラを纏った攻撃であり、珱嗄としては必要以上にオーラを込めた蹴りだった。それを喰らったクロゼは、気絶した後放出していたオーラが一気に増えた。それはつまり、その蹴りのオーラに触れたショックで、クロゼの精孔が開いたということだ。

 念能力が使えるようになったということなのだ。『纏』が出来るかどうかは彼の力量次第だが、珱嗄はクロゼがそれを行なう事が出来ると思っている。あのままオーラを放出し続ければ、何れ生命力が無くなり、死に至るだろうが、そこまで来ればおそらく無意識にでもやってのける筈だ。

 

「それで、どうするのオウカ?」

「まぁ対戦の予定はないが……それよりヒソカ、コレなんだ?」

「え」

 

 珱嗄の手にあるのは、珱嗄がこの世界で全く見た事が無いものだった。先程試合が終わった後に係員に渡されたのだが、珱嗄はソレが何か分からなかった。

 

「えーと……オウカ、お金って知ってる?」

「知ってるよそれくらい」

「コレはお金だよ♦ しめて152ジェニーだね♡」

「………おお!」

 

 珱嗄が持ってたのは硬貨だった。これは、この世界のお金である。単位はジェニーであり、日本円で約136円となる。だが、珱嗄はこの世界に来てから現在までの18年間、お金というものを持った事がない。全てサバイバル生活だったからだ。

 

「すげえ! これでお金か! 152ジェニー、だっけ? ヒソカ、これで何が買えるんだ?」

「え、えーと……例えばそこの串焼きとか……♣」

「マジでかすげぇなオイ!」

 

 結果、珱嗄はとてもキラキラした眼でお金を握り締め、そう言った。初めてお金を持った感覚に、酔いしれている。それほどまでにこれまでの生活が大変だったのか、それは定かではないが、ヒソカを引かせるほどの歓喜の様子は、中々に珍しかった。

 

「……オウカ、僕のもあげるよ♡」

「え、良いのか?」

「うん……いいよ♤」

「さんきゅーヒソカ! それじゃ俺串焼き買って来るわ!」

 

 珱嗄はとても嬉しそうに二人分のファイトマネーを握り締めて串焼き屋へと走って行った。

 残ったヒソカはそんな珱嗄の姿を見て、少し哀愁漂う雰囲気を浮かべる。

 

「お金も見たこと無い生活を送ってたんだ……♦」

 

 ヒソカは珱嗄に対して、もう少し優しい対応しようと考えを改めるのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 一方珱嗄は、宣言通りこの世界で初めてのお金を使った買い物をしてご満悦だった。串焼きを二本手に持ち、はぐはぐと頬張っている。

 だがそこへ、試合で珱嗄に負けたクロゼがやってきた。どうやら蹴られた腹にはまだ少しダメージが残っているようだが、動く分には問題ない様だ。

 

「よう」

「ん? むぐむぐ……んっ、く……ふぅ、ようクロゼ」

「おう」

「何か用か?」

 

 珱嗄はクロゼの身体を見る。その身体からはオーラが漏れ出ており、中途半端にだが『纏』が為されていた。どうやら、本当に無意識の内に『纏』をやってのけたようだ。とはいえ、誰の教えも得ていないクロゼだ。完全に『纏』が出来ていない

 

「ああ………なんか知らねぇけど、お前との試合から俺の身体から何か出てんだよ」

「へぇ」

「お前が言ってた俺の知らない技術……ってのはこの事か?」

「まぁそうだな。念能力と呼ばれる力だ」

「……はぁ……なら責任もってこの使い方を教えろよ」

 

 クロゼの言う事は、理に適っている。珱嗄が押しつけた技術なら、珱嗄が責任もってその正しい使い方を教授するべきだろう。

 

「……仕方ないな……俺もコレ習得してそう時間が経ってる訳じゃないけど……基本的な事は教えてやるよ。そんで、俺のいる階まで昇ってきたらまぁ応用的な事も教えてやる」

「成程……全く、めんどうな事になってきやがった」

「だが、確実に強くなれるぜ?」

「………ま、そう考える事にしよう。強くして貰おうか、この俺を」

「強くしてやるよ。他でも無い、この俺が」

 

 珱嗄はそう言って、クロゼに念について自分が知っている基本的な事を叩き込む。その日、陽が落ちて日を跨ぐ頃まで、珱嗄によるクロゼの修行は続いたのだった。

 

 



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モブ×発

 クロゼは、中々に素材として十分な資質を兼ね備えており、珱嗄やヒソカ同様に戦闘において高い潜在能力を秘めていた。

 故に、彼が念能力の基本的な技術を習得するのに、そう時間は掛からなかった。と言っても、彼のオーラ量は珱嗄よりもかなり劣る。ひょっとすれば、並の念能力者より少なかった。

 だからか、珱嗄が得意とする『円』などの、オーラを広げて行なうような、オーラ量に関わってくる技術はさっぱりだった。その代わりと言ってはなんだけれど、オーラを瞬時に移動させて拳や蹴り等、一瞬の攻撃力や防御力を向上させる技術、『流』にはかなりの適正があった。初めて扱ったにしては、中級者並の精密なオーラコントロールを行なって見せた。

 おそらく、『衝撃透し』の修行で得た攻撃の精密性や衝撃を伝えるという感覚も相まって、かなり相性が良かったのだろう。

 

 結果的に言えば、クロゼは念能力を習得し、尚且つオーラ量の少なさを補って余りあるオーラコントロール能力に長けていたということだ。

 

 そして、そうして成長したクロゼは、すぐに珱嗄達のいる階に追い付いた。やはり、念能力という一般人とは一線画し強力な力は、身体を鍛え、実践を積んだだけの者に混ざるには異色すぎるのだ。

 という訳で、珱嗄とクロゼ、そして珱嗄に合わせて再度一階から上っているヒソカは現在、120階までその足を進めていた。

 

「なぁヒソカ、クロゼ」

「なんだ?」

「何かな♡」

 

 珱嗄達はここまで危なげなく進んできているが、珱嗄には少しだけ不服というか、なんだかなぁ、と考える事があった。

 

「……ファイトマネー、此処までで225万ジェニーになったんだけどさ」

「それがどうした?」

「勝ち進んできたんだから当然の報酬だよ♦」

 

 珱嗄は少しだけ言葉を溜めて、そして少し不満気に言った。

 

「なんか此処まで来るとお金のありがたみって何だろうと思って」

「「あぁ~……(♣)」」

 

 結構くだらないと思いつつも、共感出来る内容だった。命懸けの試合というか、怪我する事もあり得る勝負に勝ってきたのだから、それ位貰っても当然と考えるものの、珱嗄達の様な実力者からすれば、ただ念の使えないそこそこの実力者達を倒して得た金だ。ありがたみのあの字すら感じられない。

 それこそ、一階で152ジェニーを貰っただけであそこまで喜んだ珱嗄なら尚更だ。

 

「しかも、こんな個室まで与えて貰えるときた」

 

 この天空闘技場は100階へ到達すると、専用の個室が与えられる。かなりの優遇体制を取られ、この100階以上に残るのは、至難の技だ。

 

「ま、まぁ……仕方ねぇだろ。そういう場所なんだしよ」

「そ、そうだよ。寧ろそれを当然と思わない珱嗄はその気持ちを大切にすればいいんだよ♦」

「ま、いいか。金は幾らあっても困らねーし」

「「俺達(僕達)の慰めの言葉を返せ(♣)!!」」

 

 120階という決して低くない高さまでやってきた訳だが、そのせいで珱嗄の金銭感覚は若干壊れていたのだった。というか、もう金はあっても無くても別にいいやという結論に至っていたのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その後、珱嗄達は試合をする事になった。この階になって来ると、ちらほらと念能力者が混ざってくる。上の階に上るに連れて、参加者も少なくなり、そしてその中に念能力を持った人間が増えて行くのは、この天空闘技場のシステム上仕方のない事なのだ。

 珱嗄の相手は、奇しくも念能力者だった。とはいえ、珱嗄が此処に来た目的は『実戦経験を積むこと』。強ければ強いだけ、寧ろ歓迎ものなのだ。

 

「よう、テメェの事は少し前から眼を付けてたんだ。こうしてやり合えるのは嬉しいぜ」

「へぇ、俺はお前の事なんてさっぱり知らないけど……スライムでは終わってくれんなよ?」

 

 お前は俺の経験値なんだから、という言葉は呑み込んだ。この天空闘技場も中盤まで上って来たのだから、そろそろ中ボス程度の経験値が欲しい所だ。

 

「それでは、試合を始めて下さい」

 

 審判の声が響いた後、珱嗄と対戦相手は構えた。

 

「まぁ一応俺の名前を言っておくぜ………俺はゲイル……お前を倒す男の名前だ。頭に刻みこんどけや」

 

 ゲイル。この先、此処でしか出番のない、幸いにも名前を貰ったモブキャラである。

 

「!」

 

 ゲイルは、そのオーラを足に溜め、爆発させるようにして瞬間的に加速した。予想以上の速度で迫って来た事で、珱嗄は少し驚愕する。そして、その珱嗄の作った一瞬の隙に、懐へ潜り込んできたゲイルは目の前で全力で踏み込み、オーラで作った鉤爪の様な武器を横薙ぎに振るった。

 だが、珱嗄は歯をギリッと食いしばりながら、上体を後ろへ傾け、片足でゲイルの腕を蹴り、その攻撃を躱した。そして、そのまま後方へ倒れながら地面に手を着き、バク天を二三繰り返して距離を取った。

 

「………オーラで武器を作った……?」

 

 珱嗄はゲイルの手に精製されたオーラの鍵爪を見て眉を潜める。

 

「まさか……『発』か……?」

 

 珱嗄はその鍵爪に、オーラの修行の集大成、必殺技ともなり得るオーラの技術、『発』を考えついた。ヒソカから聞くには、この『発』には6種類の性質に分類する事が出来、念能力の創意工夫による固有能力へと応用する事が出来る。

 そして、その種類というのが、強化系、変化系、具現化系、操作系、放出系、特質系の6種類。ゲイルの場合は、具現化系となるのだろう。

 

 具現化系とは、オーラを物質化する事に長けた性質だ。ゲイルの様に、オーラで鍵爪という物質を作り出すというやり方があるのだ。

 その他にも、強化系というものの持つ働きや力を単純に強くする性質、操作系という物質や生物を操る性質、放出系というオーラを体外へと飛ばす事が出来る性質、変化系というオーラの性質を変える性質、そして特質系という他に類のない特殊なオーラを持つ性質がある。

 

 ちなみに、ヒソカはこの中の変化系に分類され、オーラを粘着性や伸縮性を持つオーラに変化させる事が出来る。

 

「なるほど……コレが」

 

 珱嗄はまだ、自分の性質が分かっていない。故に、『発』を行なう事が出来ない。だがしかし、だからと言って、珱嗄が確実に負けるという訳ではない。

 

「―――面白い」

 

 珱嗄はゆらりと笑い、ゲイルに立ち直る。ゲイルは珱嗄のそんな笑みと突き刺さる様な威圧感に、強風に煽られた様な感覚に陥った。こんどはその隙を、珱嗄が衝く番だ。

 

「―――くぅっ……!?」

「フッ……!!」

 

 両手に鍵爪を具現化し、珱嗄の接近に対して防御姿勢を取るゲイル、だが―――珱嗄はその両の手刀に『流』で一瞬の攻防力を上昇させ、その鍵爪を力づくで破壊する。

 

「んなっ……馬鹿な!?」

「残念だったなゲイルちゃん――――お前の『発』より俺の『流』の方が強いみたいだ」

 

 珱嗄はゲイルの目の前に踏み込み、止めを刺そうとして――――

 

 

「武器の使用は禁止だ! ゲイル選手、違反により失格!!」

 

 

 審判によって決着が呆気なく付いてしまった。

 

「………えー……」

 

 妙な空気がその場を支配し、試合が終わったのだった。

 



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娯楽×主義

 それからしばらくして、珱嗄達は150階から190階の間を意図的に上がったり下がったりして、目的である実戦経験を積めるだけ積んでいた。中でも、ゲイルを初めとした念能力者との勝負はそこそこ珱嗄に経験値を与える結果となっている。

 さて、今回はそんな珱嗄達がついにその足を190階から200階へと進めようと考え、そこでヒソカによる、珱嗄とクロゼの性質検査を行おうという話だ。

 

 前回、ゲイルとの勝負で『発』にある六つの性質について話しただろう。これは別に六つの内一つだけが使えるという訳では無く、六つの内一つの性質に向いているということなのだ。別に他の五種類が全く使えないという訳ではない。

 そしてその向いている性質を検査する方法が、『水見式』と呼ばれるコップと水と木の葉を使った方法だ。現在、この方法が一番ポピュラーとなっている。

 やり方としては、コップギリギリまで水を注ぎ、その水の上に木の葉を乗せ、そこに『練』によるオーラをぶつけ、その反応をみる感じになる。

 性質毎の結果を記載しておこう。

 

 強化系ならば水の量が増え、コップから溢れてくる。

 

 変化系ならば水の味が甘くなったりと味が変わる。

 

 操作系ならば浮かべた葉が動きだす。

 

 具現化系ならば水の中に不純物が生まれる。

 

 放出系ならば水の色が変化する。

 

 特質系ならば上記以外の変化が起きる。

 

 こんな感じだ。ヒソカの持論だが、この性質には法則があり、その人の性格にも影響があるらしい。強化系なら単純一途、変化系なら気まぐれで嘘吐き、操作系なら理屈屋でマイペース、放出系なら短気で大雑把、具現化系なら神経質、特質系なら個人主義でカリスマがあるとのこと。ヒソカは変化系なので、中々的を得ているのではないだろうか?

 

「じゃあまずはクロゼからやってみようか♦」

「おう」

 

 という訳で、水見式を行うわけだが、まずはクロゼが行うようだ。

 

「フッッ!!!」

 

 オーラ量の少ないクロゼだが、練をする。そして、コップに現れた変化は―――

 

「ふむ……どうやらクロゼは操作系の気があるようだね♡」

 

 ―――葉が動いて水の上からコップの外へと落ちた。つまり、操作系。やはりオーラコントロール力に定評があるクロゼとしては、オーラを操作するという性質が性に合っているようだ。

 それに、理屈屋でマイペース、というのも中々的を得ている。ヒソカの持論も、あながち間違ってはいないのかもしれない。

 

「なるほど……操作系か、まぁこの先は考え方しだいかねぇ……」

「それじゃあ次は俺か」

 

 続いては、珱嗄。ヒソカの考えでは操作系ではないかとなっている。珱嗄はマイペースだし、オーラを広げる円や一瞬で攻防力を上げ下げする流などが得意だからだ。

 落ちた葉をもう一度水に浮かべて、珱嗄は練を行なう。クロゼとヒソカはそのコップを覗きこむ様にして、その結果を見た。

 

「「!」」

「へぇ……」

 

 珱嗄はゆらりと笑い、クロゼとヒソカはその眼を見開いた。

 

「まぁ良いんじゃないの? 中々やりがいがありそうだ……っと、そろそろ試合だ」

 

 珱嗄はそう言って立ち上がり、試合の為に個室から出て行く。ヒソカとクロゼは出て行った珱嗄を尻目に、コップを再度見た。そこには、

 

「なるほどねぇ……確かにオウカにはある種のカリスマ性があるしね♣」

 

 コップが割れ落ち、コップの形に水が凍りつき、その上で葉が炭になった姿があった。つまり、どの性質にも無い変化。それは確実に――――

 

 

 ―――特質系の変化だった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 俺は娯楽(おもしろい)という概念が好きだ。

 

 だからハンターハンターという死がかなり身近にある世界に転生したとしても、特に悲観したりしなかったし、修行という面倒な事をしなければならない状況でも、笑ってそれを行なう事が出来た。

 例え人が死のうが、例え戦いに巻き込まれようが、例え平穏に暮らそうが、例えボロボロにやられようが、例え主人公と出会おうが、例え敵と仲間になろうが、例え自分が死のうが、どんな状況であれ、俺は全てを娯楽として受け入れて行くのだろう。

 

 元々、オレは娯楽が好きだったわけではない。転生をする前は、確かに面白い事が好きだったが、それで死んでも良いと思っていた訳ではない。

 だから、こうして転生した後にこう考えてしまう俺は、何処か精神が壊れてしまっているのかもしれない。

 

 転生前の名前は、仙道桜だった。そして、今の俺は泉ヶ仙珱嗄、名前も身体も違う。精神(こころ)だけが同じ別人だ。昔のオレは死んで、今の俺が生まれた。人格が変化した、というよりは昔のオレの人格が壊れ、その先に俺がいたという感覚が近い。

 

 昔の『オレ』はただ面白い事が好きだった、そして今の『俺』は娯楽(おもしろい)という概念そのものが好きなのだ。似ているようで、まるで違う。

 

 

 だから俺は、こうして転生して生まれた俺は、昔のオレを引き摺ってはいけないのだろう。忘れてはいけないが、引き摺ってもいけない。面白い、楽しい、こんな日々がずっと続いて欲しい、そんな事を思って幸せに生きていた普通の平凡な男子高校生ではもう、いられない。そうしていられる人間でも、環境でも、無くなってしまったのだから。

 

 故に俺は、昔のオレから決別するために、引き摺らない為に、オレが俺になる為に、自分の事をこう表現しよう。面白い『こと』が好きなのではなく、娯楽(おもしろい)『そのもの』を愛し、楽しむ者、そう――――

 

 

 

 ―――『娯楽主義者』と

 

 

 



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少年×合流

 珱嗄とクロゼの得意性質が割れた所で、ヒソカを含めた三人は200階へとその足を踏み入れていた。試合はまだ行なってはいないものの、登録を済ませ、一息付く段階にまで来た事は事実だ。

 この時点でファイトマネーも2億を超え、珱嗄達は揃って大金持ちとなっている。だが、200階以降はファイトマネーは発生せず、正真正銘命懸けの試合を行なう場となる。強いて言うのなら、戦いぬいた先には大きな名誉が待っている。ので、あながち試合だけの場というわけではないのだが。

 

 またそれとは別に、珱嗄とヒソカの二人にとっては少し気になる出来事が起こった。それは、一旦200階に登録して1階に下りて来た時の事だ。そこに見知った顔があった。ハンター試験で出会った時以来、挨拶無しに別れた可能性のある少年達。

 

 そう、ゴンとキルアだ。珱嗄達が此処に来て200階に上った丁度その時、彼らも天空闘技場へとやって来ていたのだ。クロゼはゴン達と会った事はないが、珱嗄達がゴンを見つけた事で、会う事となった。

 

「オウカ! 久しぶりだな! というかなんで挨拶も無く行っちゃったんだよ!」

「うるせぇなキルア……めんどくさかったんだよ」

「結構酷い!?」

「というか、なんであそこメンチ切ってんの? 怖いんだけど」

 

 クロゼが指差した先をキルアと珱嗄はふいっと見る。そこではゴンとヒソカがなにやら黙って見合っていた。というか睨み合っていた。正直、ゴンがめちゃくちゃ敵意満載で視線を送ってるのが怖い。

 

「ああ……あのツンツン少年はヒソカが好きなんだ。もうラブっちゃってんだよ。だから愛の視線を送ってる訳だ。で、ヒソカの方はあの少年をエロい目的で狙ってんだよ。もう存分に舐め回したいと思ってんだよ。だから色目使ってんの」

「違うんだけど!?」

「ヒソカなんて好きじゃないよ!」

「あ、それはそれで傷付く!!」

 

 ヒソカとゴンが反論し、ゴンの言葉にヒソカが傷付いた。

 

「でもヒソカあれだろ? 変態だろ?」

「君は僕がゴンをどうしたいと思ってる訳?」

「え、青い果実とか言ってはぁはぁしながら押し倒し、最終的にペロリシャス」

「ぺロリシャァァス!?」

 

 珱嗄の言葉にヒソカはそう叫んだ。そして、珱嗄はそんなヒソカを放置してゴンに向き直る。

 

「やぁ確かゴンだったっけ?」

「う、うん……ゴン=フリークスだよ」

「え、何引いてんの?」

「いや……」

 

 ゴンが崩れ落ちたヒソカをチラ見しながら珱嗄に対して若干引いていた。というのも、ゴンはヒソカにハンター試験でかなり痛い目にあわされているのだ。故に、ヒソカにはかなり強大な相手、という印象を持っていただけに、それを軽くあしらう珱嗄に少しだけ恐怖に似た感情を抱いたのだ。というより、ヒソカがそんな感じで自分を見ていた事がおぞましかったようだ。

 

「まぁ、いいか……一つよろしく」

「あ、う、うん……」

 

 珱嗄の差し出した手にゴンはおずおずと握手を交わした。

 

「あ、そうそうキルア。俺達200階にいるから『気が向いたら』おいでよ」

 

 珱嗄はキルアに顔を向けてそう言う。キルアはその言葉に対して、200階に珱嗄達がいるという事実ではなく、『200階に居るから上って来れるもんなら上って来いよ』という言葉に込められた意味を汲み取って息を呑んだ。そして、ハンター試験の時よりも珱嗄との実力に大きな差が付いてしまっている事を理解した。あの時の珱嗄と今の珱嗄では、圧倒的に何かが違ってしまっている。

 

 念能力を習得した事で、珱嗄はキルアとの差を大きなものにしていたのだ。それに、珱嗄が昔の仙道桜という自分と決別したことも、恐らく要因となっているのだろう。

 

「さて、と……それじゃあ飯でも食いに行くか。クロゼ、行こうぜ」

「ん、もう良いのか?」

「ああ、200階までに念を習得してれば上がって来るだろ……ヒソカそんな所に転がってると邪魔だよ」

 

 珱嗄は拗ねて寝転がるヒソカを足蹴にして通り過ぎる。クロゼは少し申し訳なさそうにしながらもヒソカを踏んで行った。

 

「いや踏む必要無かったよね!? 申し訳ないなら踏まないでよクロゼ!」

「あ、ゴメンなんか言った?」

「ぺロリシャス!!」

 

 ヒソカは頭を抱え、仰け反る様にして自身の荒ぶる感情を表現する。というかペロリシャス気にいったのだろうか?

 

「というかさっきからお前マーク使えて無いな」

「おっと? 君のせいだよね? もっと言えば君達のせいだよね?」

「ごめんね♡」

「僕の! アイデンティティ! がっ!!」

 

 仰け反りが更に仰け反ってもはやブリッジだ。だが何故か楽しそうなのが少し不安になって来る。もしかして真性の変態だったのかと。

 

「冗談は此処までにして……いい加減飯食いに行こうぜ?」

「あいよ」

「オッケー♠」

 

 珱嗄の言葉でクロゼもヒソカも切り替わった様に普段の調子に戻り、歩きだした。そして、ゴンとキルアは去っていく珱嗄達が雑踏の中に消えて行くのを見送って、はっと我に帰る。

 

「……なんというか、凄い奴だよな……オウカって」

「俺はなんとなく苦手かも……」

 

 珱嗄と最初に会った原作キャラであるキルアは、珱嗄と仲良くなった。だが、主人公であるゴンは、珱嗄に苦手意識を抱いたようだった。

 

 

 



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念能力×対ヒソカ

 200階という場所は、この天空闘技場においてある種のボーダーラインである。この階へと到達した『一般人』は、『念能力者』達による『洗礼』を受ける事になる。それは、耐えられない程の重圧を感じさせる殺気を浴びせかけられたり、試合で殺されたり、殺されなくとも五体満足ではいられない状態にされたり、再起不能にさせられたりといったものだ。

 つまりどういう事かというと、この200階より上には『念能力』が必要最低限保有していなければならない力だということだ。そうでなければ、勝ち進む事じたい、不可能なのだ。

 

 さて、そんな強者の領域に足を踏み入れた珱嗄達もまた、念能力者。『洗礼』を受けるにはあまりにも非凡な実力を持っていた。故に、珱嗄達は新参でありながら200階でも十分やっていけていた。

 そして、現在。珱嗄は200階へ到達してから、ゴン達と合流してから、3日の間に5回の試合を既に行なっていた。戦績は、5戦5勝。順調に勝利を積み重ねていた。そして、今、6戦目へと望んでいる最中である。

 

「―――念能力、それは自身の生命エネルギーであるオーラを使った技術である」

「今更、どうしたァ!!」

 

 相手は小柄だが、強化系の念能力者。そのオーラをもって脚力や腕力を強化し、素早く小回りの利く体格を利用した俊敏な動きで珱嗄に迫っていた。その速度だけで言えば、おそらくヒソカともタメが張れるほど。その速度を保ったまま方向転換出来ない所を見ると、まだまだ使いこなせているという訳ではない。

 

「―――ならば、そのオーラとは何か?」

「このッ! ゆらゆら動きやがって!」

 

 故に、珱嗄は軽く円を広げることで相手の動きを全て先読み、及び察知する事が可能であり、その攻撃は全て単純な動きで躱す事が出来た。

 

「―――考察してみれば、変化系や具現化系の能力者はオーラを物理的に触れられるモノへ変換する事が出来る訳だ。つまり、オーラは性質を変えられれば触れられないエネルギーから触れられる物体へと姿を変える」

「ハァ……ハァ……!」

 

 相手は少し動きを止めて、構える。珱嗄と距離を取って、呼吸を整える事に徹する。幸い、珱嗄はまだ攻撃して来ない。

 

「―――なら、『触れられる』という性質を利用しない訳にはいかないだろう?」

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑う。

 

「ッ!?」

 

 相手はその笑みを見て背筋が凍った様な感覚に陥った。何かが、恐ろしい何かが始まっている様な気がした。

 そしてその考えはかくして当たる事になる。珱嗄がトンッという音と共に相手に向かって一直線に地面を蹴った。その速度は強化して俊敏な動きを可能にした相手からしても、かなり速かった。そして尚且つ一瞬の硬直の後だった故に、即座に対応出来ない。とりあえず後ろに下がろうとする。

 

「なっ……これは!?」

 

 だが、それは珱嗄の思い通りだった。下がろうとした所に『オーラで作られた壁』があった。つまり、逃げられない。

 

200階(ここ)では怖気づいた奴から負けてくんだよ」

 

 珱嗄はその隙に零距離まで近づき、相手の顔面に拳を突き刺した。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「ふー……」

「お疲れオウカ」

「おうクロゼ」

「それにしても随分と多種類の性質を使いこなすねオウカは♡」

「ああ、ペロリシャスもいたのか」

「ヒソカだけどッ!?」

 

 試合を終えた珱嗄にクロゼ達が近寄ってくる。ヒソカはすっかりペロリシャスが定着してしまっていた。

 さて、ここで珱嗄の戦闘について解説しておこう。まず、珱嗄の性質は『特質系』だが、それは別に他の性質が全くないという訳ではないのだ。故に、珱嗄は他の性質も使えるように多少鍛えていた。『変化系』と『具現化系』の二つだ。

 さきほど、珱嗄はオーラの性質を『空気に触れた場所に固定する性質』に変化させ、そして具現化系でその性質を持ったオーラを壁として具現化させたのだ。故に、相手がぶつかった時もオーラの壁はその場を動かなかったし、物理的に触れられる故に『ぶつかる』という事も出来たのだ。

 

「まぁ結構集中力使うんだけどな。それに、さっきのだって壁と俺が離れすぎれば持続出来なくなるから、壁が消えるんだよ」

「流石に具現化系、変化系に加えて放出系を同時に使いこなすのは無理があるか♣」

「それが出来たらもっと使いようがあるんだろうけどな」

「操作系特化の俺からすれば少し羨ましいぜ」

 

 珱嗄の複数の性質を使いこなす、という所業にクロゼはそう言って肩を竦めた。珱嗄に対してクロゼは操作系の一極集中型だ。100%操作系を使いこなす余り、他の性質はさっぱりだった。正確には操作系に関しては右に出る者はいない位使いこなすのだが、他の性質では微妙な効果しか出ないのだ。実用には程遠い。

 だが、それでも珱嗄と同等にオーラを使いこなす。オーラを正確に、精密に、操るコントロール力はある意味脅威だった。

 

 操作系と言えば、生物や物体を操る事に長けているのだが、クロゼがそれをやった場合、余りの精密なコントロール力によって、まばたきや呼吸の仕方、眼球の動きすら詳細に操る事が出来るのだ。現段階ですらそうなのだから、成長すれば内臓の動きや筋肉の収縮作用ですら手中に収めるかもしれない。

 

「僕からしたらどっちもどっちだけどね♡」

「なんだヒソカ、珍しく弱気じゃないか」

「そうだぜ。念能力者歴でいえばお前の方が先輩なんだからもう少し強きで行こうぜ」

「いやオウカ達が強くなり過ぎだから♡ 流石の僕も戦うタイミングを計らざるを得ないよ♦」

 

 ヒソカがため息を吐く。珱嗄とクロゼはあの戦闘狂であるヒソカにそう言わしめるほど、念能力者として相当な実力を開花させていたのだ。異常な身体能力を持った珱嗄と、衝撃透しという技術を極めていたクロゼ。この二人に念能力は他の追随を許さない程相性が良かったのだ。

 

「よし、じゃあヒソカ。ちょっと俺らと勝負しようぜ?」

「お、試合か」

「話聞いてた?」

 

 珱嗄とクロゼがやる気満々に立ち上がり、対ヒソカ戦を提案する。ヒソカはその台詞を聞いていつも通りツッコミを入れた。だが、珱嗄とクロゼは最早止まらない。

 

「いつやろうか?」

「今でしょ」

 

 という訳で、善は急げ、思い立ったが吉日とばかりに、試合を組みに行く珱嗄とクロゼだった。ヒソカはそんな二人の背中を見送りながら、ため息を吐き、こう呟いたのだった。

 

「………はぁ……僕が戦いたくないと思う時が来るとはね……♦」

 

 



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クロゼ×ヒソカ

 その後、試合登録をして最初にヒソカが戦う破目になったのは、珱嗄ではなくクロゼの方だった。性質的な勝負で言えば、操作系対変化系といったところか。クロゼの戦闘経験や過去の実績は知らないが、ヒソカはかなりの戦闘を乗り越えてきており、その実力は恐らくトップクラス。使いこなしているとはいえ、念を覚えたばかりのクロゼでは少々辛い勝負なのではないかと、珱嗄的には予想している。

 

 だが、それは経験と実績を見た場合の予想だ。予想はあくまで予想、どうなるかは、分からない。

 

「それにしても、君と戦うのは初めてか♡」

「そうだな、まぁ会ってまだそう経ってねぇし」

 

 ヒソカとクロゼは闘技場の上で軽く身体を伸ばしながらそう会話する。試合開始もまもなく、両者ともその瞳には確かな闘志を宿していた。

 

「ん~~~……っあぁ! ふぅ……じゃ、やろうか」

「オッケー♣」

 

 クロゼがぐいーっと身体を伸ばし、大きく息を吐いた後、そう言い、対してヒソカは首をゴキゴキッと鳴らしながら短く答えた。

 お互い、今までの試合である程度手の内を知っている。クロゼの衝撃透しの技術は、ヒソカだけでなく念能力者には驚異的であるし、ヒソカの発も応用の幅が広い。接近戦でならクロゼに分があるし、中距離ならばヒソカに分があるだろう。

 

「それでは試合を始めて下さい!」

 

 審判の言葉にヒソカとクロゼが構える。200階以上になると、武器の使用が許可されてくる。つまり、ヒソカはあの切れ味抜群のトランプを使えるようになるという事だ。

 開始の合図と同時に、ヒソカはクロゼに向かってトランプを数枚投げつけた。が、当然クロゼはそれを避ける。地面に突き刺さるトランプを無視して、クロゼはヒソカに迫った。

 

「うわーお♡ 怖い怖い♣」

「んなッ……!」

 

 だが、ヒソカはそんなクロゼから、にたっと笑って逃げる。トランプを投げた際、クロゼの方だけでなく天井にも一枚投げていた様で、そのトランプには自身のオーラを纏わせていた。周の応用だ。

 そして、ヒソカの使う変化系の発の一つ『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を発動させたのだ。オーラを『ゴムと同様の伸縮性』という性質に変化させ、天井へバンジージャンプよろしく飛び上がったのだ。

 

「ふっ!!」

「ちィ!」

 

 そして天井に上がりながらヒソカはまたクロゼにトランプを数枚投げる。だが、クロゼもやられっぱなしではない。投げ付けられたトランプを二枚ほどキャッチし、同様にオーラで覆った。そして、そのままヒソカに向けて投げる。空中にいる事でヒソカはそれを避けられない。

 

「危ない危ない♡」

 

 だがヒソカは『伸縮自在の愛(バンジーガム)』を収縮させ、天井に足をつけ、地面に飛び降りることでトランプを躱す。が、クロゼは『操作系』の念能力者だ。つまり、躱したと思ったトランプは天井に突き刺さることなく、ヒソカ向かって軌道を変えた。

 

「なっ……ぐっ!?」

 

 ヒソカはそれに驚愕して少し身体を硬直させるが、即座に防御態勢に入る。頭と胴体を守る様に腕を交差させ、トランプによる怪我を最小限に抑えるために備えた。

 そしてそこにトランプが数枚やってきたが、事前に備えていたおかげでトランプは一枚を除いてヒソカの身体を掠る結果に終わった。だが一枚はヒソカの左腕に深く突き刺さってた。

 

「まぁこんなに複数の物体を操作したのは初めてだったが……まぁ中々の結果だな」

「ふぅ……いたたた……全く、末恐ろしいねぇ♦」

 

 ヒソカはトランプを腕から引き抜く。自身の用意した武器で自身が傷付く事になろうとは、ほとほと呆れるほどに、

 

「厄介だね……♡」

「そりゃこっちの台詞だ。こうも近づけなくちゃ決定打に欠ける」

 

 つまりはお互い、戦闘における相性は悪かった。ヒソカに関してはこう隠れる場所も無い闘技場という環境が実力を発揮出来ずにいる要素になってた。元々ヒソカの得意とするのは複雑な空間を利用した心理戦やトリッキーな戦闘だ。隠れる場所も無く、闘技場の上だけという制限の掛かった環境はヒソカの実力を大きく制限していた。

 

「つまり、お互い実力を発揮しきれてない訳だ」

「そうだね♡」

「まぁそんなのは―――」

「―――関係無いけどね♡」

 

 二人とも、珱嗄と一緒にいたせいか、中々苦しい展開に対して笑うようになった気がする。苦しい時ほど、笑って見せろ。珱嗄のようでなくてもいい、自分らしく、自分の思う様に、楽しめ。

 

 それでこそ、戦いである。

 

「掛かって来いよ、返り討ちにしてやんぜ? ピエロ野郎」

「掛かっていくさ、風通し良くしてあげるよ♡ 風穴開けてね♠」

 

 クロゼは接近戦でヒソカ以上に戦える。だが、敢えてヒソカはクロゼに肉薄した。これは命懸けの戦い。死んでも文句は言えないのだ。故に、ヒソカの狙うは最小限の傷で最大の結果を出す攻撃。クロゼは念能力者であっても耐えがたい衝撃透し。

 

 まず、クロゼの拳が振り上げる様にヒソカの胴を狙う。ヒソカは身体を捻子ってそれをなんとか躱す。そして、お返しとばかりにクロゼの首目掛けてトランプを振りぬく。当たれば頸動脈を切り裂き大量出血で殺す事が出来る。だが、クロゼはそれをオーラを操作し首に全オーラを集めることで肉を守った。トランプはオーラに阻まれ首を切り裂けない。

 次に、クロゼは低い体勢を取っていたヒソカの背中目掛けて拳を振り下ろす。ヒソカはその拳をクロゼの足を掴んで引っ張る事で体勢を崩させ、軌道を自分から外した。だが、クロゼはそこで引っ張られた足を逆に発破られる方向に勢いよく蹴りあげることでヒソカの鎖骨部分に蹴りを当てた。

 

「ぐっ……!」

「ぉ――――……おらァ!」

 

 ヒソカの上体が蹴りの衝撃で起き上がる。クロゼは蹴りあげた勢いのままバク天し、体勢を立て直す。どうやら無理な体勢で蹴ったせいか衝撃透しは上手く決まらなかったようだ。

 

「シッ!!」

「―――こっちの番だよっ♡」

 

 続く様にヒソカの胴へと裏拳を繰り出すが、ヒソカはその拳を下から殴ることで軌道を逸らし、結果クロゼの拳はヒソカの顔の横を通り過ぎた。そしてその隙にヒソカは通り過ぎた拳の付け根、手首をトランプで切り裂く。クロゼのオーラも間に合わず、手首にある動脈が浅く切られた。

 

「ぐ……ァっ!?」

 

 勢いよく吹き出る血液。ヒソカはトドメとばかりにクロゼの足を払い、転ばせる。そして、そのまま無防備になった胴体を全力で踏みつけた。

 

「はぁああ!!」

「ぐがァァッ……ガハッ!?」

 

 地面とヒソカの足で板挟みになるクロゼ。大量に抜けていく血液とも相まって、クロゼは意識を失ったのだった。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ~……ひやひやしたよ♦ でも、楽しかったよ、クロゼ♡」

 

 この勝負は、ヒソカの勝利で幕を閉じたのだった。

 

 



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珱嗄×VSヒソカ

 クロゼの敗北で終わった試合の後、とりあえず天空闘技場に配備されていた治療キットでクロゼの出血を止め、出血多量で死亡、なんて結果には終わらなかった。

 そして、天空闘技場内の個室にクロゼを寝かせた後、珱嗄とヒソカの試合となった。ヒソカは鋭利なトランプで自身の左腕を深く損傷している。

 負傷じゃない、傷で機能を損なっている腕となっているのだ。ここではトランプを刃物と呼称するが、左腕に突き刺さった刃物は皮膚を切り破り、筋肉を切り裂き、神経を切断し、骨に当たって止まったのだ。故に、実の所ヒソカの左腕は全くと言って良いほど使い物にならない状態となっていた。精々、失う覚悟で楯にする程度だろう。

 

 だからという訳ではないが、ヒソカがその怪我をオーラを使って塞いだとはいえ、珱嗄はこの勝負において左腕を使うつもりはなかった。無論、応急措置で怪我を塞いだ程度の腕が使えるようならば、存分に使って貰っても構わないとさえ思っている。

 

「そうだとしても、俺は左腕を使うつもりはないのだから」

 

 全くと言って良いほど、舐め腐っている。クロゼを負傷したとはいえあの状況下で打倒してみせたヒソカに対して、片手を使わないなんて。

 

「いいのかいオウカ♦ 幾ら念が使えるようになったからって、僕としてはまだ負けるつもりはないよ♡」

「あはは馬鹿言うなよ今まで俺に何回負けたと思ってんだ」

「本気でやってると思ってたのかな?」

「まぁ前口上はどうでもいいんだよ。この勝負は殺し合いというには程遠く、平凡に終わるさ。ただ単に、お前の負け星が一つ増えるだけだ」

 

 珱嗄の瞳と、珱嗄の言葉には、全く裏が無かった。本当に、本気で、そう思っているのが分かった。珱嗄は本当に片手を使わずヒソカに勝てると思っているのだ。本当に舐めていて、本当にやってのけそうなオーラを感じる。

 

「試合を始めて下さい!」

 

 審判がそう言うと、ヒソカはクロゼと戦った時と同様に、トランプを投げた。そして、珱嗄がそのトランプを対処する隙に、追撃を喰らわせようと近づく。

 だが、トランプが珱嗄に接触する瞬間。そして、ヒソカが珱嗄まであと一歩踏み込めば届く位置に迫った瞬間。

 

「――――ッッ!?」

 

 ヒソカは頭が揺さぶられる様な衝撃にぶつかった。しかも、『後頭部』から。

 

「ん、成功かな?」

 

 そして、ヒソカが揺れていた視界を取り戻した時、珱嗄は先程した場所には居らず、何故かヒソカが走りだした方、つまりヒソカの約5m後ろへと着地していた。

 

「何が……♦」

「あれ? 見えなかったかな?」

 

 珱嗄はそう言ってゆらりと笑った。ヒソカには珱嗄が何をしたのか、全く分からなかったのだ。勿論、ギャラリーの人々も分からなかった。ただ結果だけを述べるのなら、ヒソカが珱嗄を中心として半径2m程まで迫った瞬間、珱嗄がその場から消え、ヒソカの後ろに着地した、ということだ。

 着地した。というからには『跳んだ』ということだ。

 

 ヒソカが予想するには、珱嗄はトランプを跳ぶ事で躱し、ヒソカを飛び越え、着地したのだ。そして、ヒソカの真上を通る際に踵で後頭部を蹴った、という感じだろう。

 

「でも……それだとおかしいな♡」

「何が?」

「僕はこれでもかなり長身だ……それを飛び越えつつ、踵で蹴りながらそんな遠くまで移動するなんて、どんな身体能力を持ってようが不可能なんだ♦」

 

 そう、おおよそ7mを助走無しで跳躍し、途中で人の頭を蹴る。これはどんなに身体能力があろうと物理的に不可能だ。まず、人の頭を蹴る時点で跳躍の勢いは失われ、着地するにしてもヒソカの真後ろになる筈なのだ。

 

「となると……発かな?」

「大正解、とはいっても……まだ発展途上で未完成な訳だが―――仮名として挙げるなら……『蜃気楼(リコイルミラージュ)(仮)』だ」

 

 オーラを変化系の性質で『空間密度を急激に変化させる』性質へと変化させ、珱嗄を取り囲むよう壁の様に作りあげたオーラで光を屈折、さながら蜃気楼と同じ現象を引き起こしたのだ。そして珱嗄はその壁を崩壊させるようにして消し、それと同時にヒソカの後頭部を蹴り、そのままオーラを足元へ適当に具現化、それを足場にして後方へと二度跳び、着地したというわけだ。

 

 とはいえこれはまだ未完成で試験的な技である。

 

「まぁ今回は空中でオーラを足場に出来る、と分かっただけで十分か………」

「何を言って……♦」

「それじゃまぁ……終わりにしようかぺロリ……ヒソカ」

「ぺロリシャスって言おうとしたよね今? 君の中ではアレか? 僕=ペロリシャスなのかな?」

「そろそろマンネリ化するかね?」

「しねぇよ! いいよもう、一生そのネタを抱えて行くよ!!」

「おい著作権って知らねえのか。金払えよ」

「理不尽!!」

 

 ヒソカが突っ込むと、珱嗄はその隙にヒソカの隣へと踏み込み、顔を掴んで地面に叩き付けた。そして立ち上がろうとしたヒソカの顎を掠める様に蹴る。軽い脳震盪を引き起こしたヒソカはそのまま立ち上がれず、ネタとしか言えない結果で敗北したのだった。

 

 



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さらば×天空闘技場

 ヒソカに勝った。それをしっかりと実感出来た珱嗄は、そろそろ天空闘技場を出ようという結論を出した。元々は実戦経験をある程度積むために来た場所だ。高位の実力者であるヒソカを片手を封じて圧倒出来た、となれば最早此処で戦い続ける理由はないのだ。

 よって、珱嗄はファイトマネーで資金も潤っている今の内に、天空闘技場を出て気ままに旅してみようと思ったのだった。

 

「ってわけで、俺天空闘技場から出るわ」

「え、あ、そうなんだ……♦」

「ヒソカはどうするよ?」

「……うん、僕は残るよ。君には興味があるけれど、ゴンやキルア達にも興味があるんだ。此処で何処まで成長出来るか見てみたいんだよね♡」

 

 だが、その旅立ちにヒソカは付いていかない。ゴンやキルアという可能性を見届ける為に、彼は此処に残る事にした。珱嗄には、付いていかない。

 

「そうかい……さて、それじゃあどーすっかねー」

 

 珱嗄はヒソカに背を向けて、エレベーターに向かって歩き出す。ここは230階、天空闘技場を出るならば1階に戻らなければならない。

 ぐいーっと腕を伸ばしながら、ゆらゆらと歩いていく珱嗄の背中は、どことなく最初会った頃よりとても大きく見えた。ヒソカは珱嗄がまだ成長途中である事を思い出し、苦笑する。

 

「どこまで成長すれば気が済むんだか……だからオウカは面白い♡」

「あれ? ヒソカ……オウカは?」

「クロゼ、起きたんだ? オウカならたった今天空闘技場を発ったよ♡」

「マジか? くっそ、俺まだアイツに色々教わってねーのに!」

 

 クロゼが怪我の事も鑑みずに立ち上がり、珱嗄を追ってエレベーターに乗り込んでいく。どうやら、クロゼは珱嗄に付いていくようだ。ヒソカに負けて尚、挫けない様子は、更なる成長の見込みを感じさせる。

 

 見送るヒソカは自分に負けた可能性と、自分に勝った可能性、二つの可能性の人間がこの先どうなっていくのか、楽しみに思いながら、200階へと向かった。

 自分が次に見たいと思うゴン達を、200階にて『洗礼』する為に。続く様にエレベーターに乗り込んだヒソカは、とても楽しそうに、にっこりと笑みを浮かべた。

 

「またね、オウカ、クロゼ♡」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて、そういう訳で珱嗄とクロゼは二人、天空闘技場を発った。行くあてと言えば特に無いが、元々自由気ままに旅をしていたのだから、特に気にする事でも無いだろう。

 

「で、何処行くんだ?」

「んー……どうしようかなぁ」

 

 天空闘技場から少しばかり離れた街道を歩いている途中、珱嗄はクロゼの問いに間延びした風に答えた。正直、この世界に生まれてから知っている場所と言えば身体能力を鍛えていた森と、ハンター試験で行った場所、そして天空闘技場だけだ。他の土地など知る由も無い。

 故に、ここは他の場所を知ってそうなクロゼに行き先を任せる事にした。

 

「クロゼは元々何処行く予定だったんだ?」

「ん、俺か……俺は天空闘技場に金を稼ぎに来たからな、ある程度金を手に入れたらおさらばするつもりだったんだが……そうだな、次の行き先はヨークシンかな?」

「ヨークシン?」

 

 聞き覚えのない都市名。だが、クロゼによると結構人の多い賑やかな街の様で、オークションや商店が数多く開かれており、様々な地方のお土産や名産物が手に入るようだ。現代風に言えば、貿易都市といったところだろうか。

 

「そこで何をするんだ?」

「いや、金が手に入ったら色々楽しめるかなーと」

「ああなるほど……豪遊したい訳か……」

 

 珱嗄はそれを聞いてふむと頷く。そして、まぁいいかと考えをまとめた。特に行きたい場所がある訳でも無し、ならば別にそこへ行っても問題はないだろうと思ったのだ。

 

「じゃ、そこ行こうぜ。案内せよ」

「はいよ、それじゃあ行こうか」

 

 珱嗄とクロゼは歩きだす。向かう先はヨークシンシティ、珱嗄とクロゼはそこで、とある旅団に関わる事になる。そして、そこで珱嗄は――――自身の発を完成させる。

 

 



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ヨークシン編
筋肉×店員


 きっかけは、筋肉でした。俺はあの時、友人と食事をしに適当な食事処に来ていた。その時、彼は俺の席に相席してきた。

 これがまぁ不良とのぶつかりで、因縁付けられた、という展開ならありきたりなのだろう。だが、私が会ったのは筋肉だった。筋骨隆々の大男。まさしく野生人とも言える様なあの猛々しい大男。とてつもなく迫力が大きかった。そして、彼は私の友人を見てこう言った。

 

「お前の筋肉しょーぼーいっ!」

 

 子供か。

 

 ――――by 珱嗄

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ヨークシンにやってきた珱嗄とクロゼは、天空闘技場にて溜めたファイトマネーを豪勢に使う、という真似はせずにとりあえず適当な食事処で昼食を取っていた。席はほぼ満席で、おそらく新たな客がくれば席に座る事は出来ないだろう。

 

「それで、これからどうする?」

「ヨークシンに来て見たは良いモノの、特に無いよなぁ……やりたいこと」

「まぁそうだよな。精々買い物位だ………面白いことはないかねぇ」

 

 そう話す珱嗄とクロゼの表情には、暇を持て余している、ということが見て取れた。正直言って、この状況では手詰まりだ。苦しい状況でも、楽しい状況でも、なんでもいい。なんでもいいから、何か起こって欲しかった。

 だが、この物語において、何も起こらない、なんて状況が維持される筈が無い。故に、事は起こり始めていた。

 

「すいませんお客様、相席よろしいでしょうか?」

「あ、はい。いいっすよ」

 

 店員の呼び掛けに、クロゼが答えた。相席、こんなに混んでいる店だ。相席でもしないと人が入れないのだろう。そして、クロゼに一つ頭を下げた店員は入り口から随分と大柄な男を連れて来た。おそらく、この店の中にいる誰よりも大きいだろう。そして、その身体付きはとんでもない筋肉で覆われている。まさしく、表現するなら『野生児』といったところだろう。

 

「こちらになります」

「おう」

 

 野太い声で店員に片手を上げて答えた男は、クロゼの真正面、珱嗄の隣に腰かけた。

 

「はははっ! ワリィなお前ら、まぁこんなに混雑してんだ。よろしく頼む」

「わはは、寧ろその筋肉が邪魔にならない程度の混雑で良かったな」

「小生意気な奴だなお前!」

 

 珱嗄の皮肉に大男は笑う。かなりおおらかな性格の様だ。というより、大雑把な性格なのか。

 

「まぁお前らは反対にひ弱そうだなァ!」

「………なんだと?」

 

 そして、それに大男も皮肉で返す。珱嗄と男の間では社交辞令的な意識があったのだが……クロゼは空気が読めなかった。皮肉をそのまま受け取ってしまった。珱嗄はそれに気付いてため息交じりに頭を抱えたのだった。

 

「アン?」

「てめぇ、今俺らが弱いっつったか?」

「………ハッ、言ったがどうした?」

(あ、こいつ楽しんでるなコレ。いいや、しばらくほっとこ)

 

 変換したら一番最初にホット子になった言葉である。誰だ、ホット子って。

 

「俺はお前見てェな図体だけの馬鹿よりよっぽど強ぇよ」

「はっはっは! 言うじゃねえか………試してみるか?」

 

 両者が立ち上がる。店員も雰囲気の悪さに気付いて少し慌てている。同席しているからか、珱嗄の方に助けを求める様な視線を送ってきた。どうしたものかと考える珱嗄だが、このままでは店に迷惑が掛かるだろう。あと、少しばかり珱嗄にも。

 

「……仕方ないなぁ……ん」

 

 珱嗄はメニューを店員に分かる様に見せて、とりあえず一番高いものを指差した。つまり、この騒ぎを収める為にこのメニューを無料(ただ)で寄越せという交渉である。店員はそれを理解して即座に首を縦に振った。それはもう勢いよく振った。

 

「交渉成立……さて―――」

 

 珱嗄は立っている二人の方を見る。

 

「ここで勝負を付けるか?」

「上等だぜ」

 

 拳を握って動きだそうとした二人。だが、

 

 

「―――お前ら、少し黙れよ」

 

 

 珱嗄の言葉で、強制的に、抑えつけられる様に座った。これは特別何かしている訳ではない。ある程度の実力者であるからこそ出来る、圧力による組み伏せだ。視線と言葉に殺気を乗せ、相手の身体ではなく精神にぶつけるのだ。すると、気圧された精神によって肉体を一瞬弛緩させ、強制的に立っていられなくなるのだ。

 

 まぁ空想の中でこそ出来る技術なのだが。

 

 

「お、お前……今何をした?」

「何も?」

「……そ、そうか」

 

 クロゼも大男も驚いた様な表情で黙った。

 

「ま、そういう事で、大人しく飯を食おうか。とりあえず、俺は珱嗄だ。よろしく」

「え、と……クロゼだ。よろしく」

 

 珱嗄がゆらりと笑ってそう言うと、クロゼも同様に自己紹介した。先程までの怒りはどこへやら、やはり師弟関係である珱嗄とクロゼの上下関係でいえば、実力的にも精神的にも珱嗄の方が上だった。

 

「あー、おう……俺はウボォーギンだ。まぁ、悪かったな」

 

 大男はウボォーギンと名乗った。そしてこれが、彼の所属している、とある旅団と接触する、きっかけであった。

 

 



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武器×ゲット

 さて、その後の事だ。食事処から出た珱嗄、クロゼ、そしてウボォーギンの三名は、再発した喧嘩によりとりあえず二手に分かれる事になった。クロゼとウボォーギンが人気のない開けた所へ行き、戦いに行くらしく、珱嗄と一時別れる事になったのだ。

 という訳で、現在珱嗄は一人である。店に迷惑が掛からないのならば、何処でどう戦おうが興味はない。あくまで喧嘩なので、命を落とす危険も無いだろう。

 

「さて……俺はどうしたものかな……」

 

 天空闘技場から寄り道多めに進んできて約一週間。大分時間を掛けた末にここ、ヨークシンへとやってきた訳だが、そもそも此処へ来ようと言ったのはクロゼなのだ。珱嗄としては此処に何があって何が出来る場所なのか分からない。

 

「どうしろっちゅーんじゃ」

「おにーさんおにーさん」

「あん?」

 

 街を歩く珱嗄に、青年の声が掛かる。視線を向けた所、そこには武器屋を営む若い商人の男がいた。

 

「何か?」

「おにーさん見た所、ハンターでしょ? ウチは古今東西様々な武器を揃えてるんだ。ちょっとした護身用からガチで殺す用、数多くあるよ? 一回見てってよ!」

「へぇ……まぁ、見るだけならタダか……暇だし、見てくよ」

「いらっしゃいませ!」

 

 珱嗄は商人の背後に聳え立つ武器屋へと入っていく。その中には、確かに数多くの武器が五万とあった。剣、刀、ハンマー、手裏剣、片手剣、大剣、両手剣、盾付き剣、まきびし、斧、鎌、双刀、メリケンサック、毒針、槍、拳銃、大砲、ガトリングガン、ハンドガン、ライフル、爆弾、スタンガン、こんにゃくと、数多い。品揃えで言えばトップクラスかもしれない。

 

「刀もあるんだな……」

 

 珱嗄はとりあえず手近にあった刃渡り1m程の刀を手に取った。手に持ってみると、思っていたよりもかなり重量がある。並の人間なら振り回す前に振り回されるだろう。おおよそ85kgと言ったところだろうか?

 

「驚いた……それを片手で持てる奴がいるなんて……」

 

 店員も驚いている。珱嗄はその重量、例えるなら人間一人と半分を片手で軽々と持っていたからだ。

 

「?」

「えーとね、それは銘を『陽桜(ひざくら)』って言ってね……あの名高い刀鍛冶、ユダ=ハピネスが生涯最後に打ったとされる刀なんだ。その特徴として挙げられるのが、圧倒的な重量と、それに反する程の切れ味。普通、刀は重ければ叩き斬る、軽ければ切れ味重視、という使い方をするものなんだけど、その刀は重くて切れ味が鋭い。だから使い手を選ぶんだよね」

「重い物を持ち上げられる筋力と、切れ味重視の扱い方を出来る者、ね……中々シビアな条件だ」

 

 珱嗄はひゅんと音を立てながら刀を振るう。勿論、刀の扱いなんて全く知らない。

 

「で、なんでこんなに馬鹿げた重さになってんだ?」

「それは使われている素材が原因だよ」

 

 説明によると、この刀には『紅玉鋼(スカーレットメタル)』っていう玉鋼が使われており、その素材は叩けば叩くほど薄く引き延ばす事が出来、さらに強度を落とさない性質を持っているらしい。その代わり、指先に乗せる程度でもかなりの重さを持つ。

 これはこの玉鋼自体が、かなりの密度のオーラを秘めている事が原因で、このオーラが周囲に掛かる重力を更に重くするのだ。故に、刀を形作る程の量であれば、その重力はかなりの物になるだろう。

 

「なるほどね……でもまぁ……振り回せない程じゃない、か」

「でも、その重さに見合うだけの切れ味をその刀は持ってるんだ」

「というと?」

「その刀は以前一人だけ使い手がいてね、その使い手はこの刀で空を切り、海を断ち、大地を割ったとされているよ」

 

 それはまたとんでもない切れ味だ。というか、何故そんな刀が此処にあるのか分からない。しかも、抜き身の状態で置いてあるのが更に危険性が増している。客死ぬぞ下手したら。

 

「なんで鞘に入れないんだ?」

「あ、あはは……入れようとはしたんだよ? でも……鞘に入れたら鞘が真っ二つに切れちゃって……」

 

 切れ味が良過ぎて鞘に入らない。それはもうそれだけの性能を持っていても粗悪品だろう。何故折ってしまわないのか疑問だった。

 

「ふーん……いいね、気にいった。コレくれよ」

「え、欲しいの? まぁ売り物だから良いけれど……」

「幾ら?」

「132ジェニー」

「安いなオイ。天空闘技場の一階のファイトマネーか」

「いや、需要が無いからねぇ?」

 

 納得してしまえる理由だった。使い手をこんなにシビアな条件で選ぶ刀に高価な値段は付けられない、という事だろう。珱嗄は小銭を取り出し、それを商人に渡して刀を手に入れた。

 そして、刀を抜き身のまま肩に乗せ、店を出る。

 

「よろしく、『陽桜』。今日からなんとなく適当にやってこうぜ?」

 

 珱嗄の言葉に、陽桜はその抜き身で若干赤み掛かった色の刀身を、キラリと反射させた。

 

 



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迷い×の×断ち切り

 街中を抜き身の刀片手に歩く珱嗄。周囲の人々はその珱嗄の姿に恐れ、距離を置いていた。何せ凶器を片手に歩いてくる男がいるのだ。普通の人間ならその男の気まぐれで自分達が死んでしまう可能性があるのだから、当然の反応だろう。

 だが、珱嗄にはそんなつもりはない。あくまで、鞘が無いから抜き身で持っているのだ。まぁ折角手に入れた武器の性能を確かめてみたいという思いはあるのだが、そんな軽い考えで人に刃物を向けるなど出来はしない。珱嗄はまだ、人を殺した事はないのだから。

 

「………人を殺す、か」

 

 故に、珱嗄は少しだけ悩んでいた。このハンターハンターの世界にやってきて、こうして原作に関わると決めた以上、遅かれ早かれ、珱嗄は何かの命を―――――奪わなくてはならない。

 それは人であったり、獣であったり、色々だ。これまでの人生で、森に住んでいた頃は猪や兎を殺して生き延びてはいたが、未だ人を殺した事のない珱嗄は、自分が人を殺すという現実を実感出来ずにいた。

 

「……」

 

 人のいる街路を抜け、人気のない広場へと出た。そこで、刀を一振り。その切れ味は聞いていた以上に凄まじく、振り抜いた先、地面から数センチという距離に止まった刃は、触れてすらいないのに地面に切れ込みを入れていた。簡単に人を殺す事が出来る武器、珱嗄は軽い考えでこの刀を買ってみたは良いものの

 

 

 ――――果たしてコレを戦いの中、敵に向かって振り抜けるのか?

 

 

 頭の中に浮かぶのは、それだけ。

 これまでネテロ、ヒソカ、クロゼ、天空闘技場の参加者、ハンター試験の参加者と、けして少なくない人数と生身一つで戦い、勝利を収めて来た珱嗄。だが、その戦いのなかで相手は死んでいない。珱嗄が、殺そうと思っていないから、殺し合いというものが分かっていないから、自身の拳にセーブを掛けてしまっているから。

 

「……分からないな」

 

 結局、珱嗄には分からなかった。殺し合いが何かということが。人は、殺せば死ぬ。そんな事実から目を逸らして、人を殺すという行為がどんなものか分からなかった。

 だが、この世界においてその現実から目を逸らす事は許されない。嫌でも向き合わなければならないものが、世界にはあるのだ。

 

「仕方ない。その時になったら考えるとしよう」

 

 だから、珱嗄はこの場で問題に向き合わず、先送りにした。本当に人を殺さなければならない時が来たその時に、向き合う事にしようと。だが、それも珱嗄の無意識の逃げである事に、彼は気付かない。

 

「さて……何処に行こうか……」

 

 珱嗄は思考を切り替えて、次の行動の指針を考える。刀の峰で肩をトントンと叩く。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 ふと、背中に悪寒が走る。圧倒的とは言わなくとも、珱嗄自身が勝てるか? と思ってしまう程の強者の感覚。このヨークシンに近づく強者の気配を感じ取ったのだ。

 あのネテロを超えるであろうオーラの質と密度、そして戦えば勝敗にかかわらずタダでは済まないと悟ってしまう程の威圧感。

 

「こいつは……キルアに似たオーラ……? ………ッ! まさか、これがゾルディック家の……!?」

 

 そして、珱嗄が結論に辿り着いたその時、目の前に―――

 

 

 

 ――――龍が降ってきた

 

 

 

 人気のない、広いこの場所で大きな龍が墜落し、轟音と共に地面を抉る。強風と瓦礫が飛んできて、珱嗄の身体を叩く。大したダメージは無い物の、余りの強風に珱嗄の身体が若干後方へ下がった。とりあえず買ったばかりの刀を地面に刺して支えにする事で吹き飛ぶ事を避ける。

 

「んだ……! これは……!」

 

 そして、風が収まり、瓦礫がガラガラと音を立てて地面に転がると、土煙の中から二人の人間がのそっと姿を現した。そして、その二人の内の片方、その片方が珱嗄に強者としての気配を感じさせた相手である。

 

 

「―――ん? 着地を誤ったか? ……ふぅ、服が土塗れじゃ」

 

 

 響いたのは老人の声。だが、威厳のある重い声だった。

 

「さて……と……無事ヨークシンに付いたようじゃが……お前は誰じゃ?」

「っ………ふー……俺は通り縋りの一般人だよ」

「ほォ……一般人はそうやって武器を構えてたりはせんと思うが?」

 

 珱嗄は抜き身の刀を持っている。老人はそれを戦闘態勢と勘違いした。しかも、珱嗄は念能力者だ。オーラが纏によって纏われていれば、戦いに来たのかと勘違いされるのも仕方が無い。

 

「違う」

「ふん、圧倒的な格の違いに命乞いか? 聞きたくないな、お前も戦う者なら潔く戦わんか」

 

 老人が戦意を瞳に宿して構えた。これはどう考えても、戦闘に入る展開だ。珱嗄としては、さきほどまで命を奪うのがどうこう考えていて先送りにしたばかりなのに、なぜこうなるのかと少し頭を抱える程の急展開。

 だが、珱嗄は眼を閉じ、思考を切り替える。少しして、瞳をすっと開いた。

 

「!」

 

 その瞳には、先程までの日常とは切り離された殺意と、少しばかりの迷いがあった。人を殺す、やった事はないが、やらなければならない。ここでやれなければ、最悪自分が死ぬ事になる。

 

「こんな展開も――――面白い」

 

 だから、珱嗄はゆらりと笑う。無理矢理にでも、笑って見せる。そう決めたから、全ての展開を、娯楽を、おもしろいと吐き捨てて笑ってやる。それが『俺』であり、珱嗄であり、娯楽主義者として生きる自分自身の生き様だ。

 二度目とはいえ、死ぬのは少し怖い。初めてだから、殺すのも怖い。だが、やってのけてやる。この戦いを切り抜けた先、例えこの手を血に染めていようが、この胸の鼓動が止まっていようが、全て呑み込んで笑ってやる。

 

「……『旅団暗殺』の依頼をこなす前に面倒じゃと思ったが……これは中々、運が良い」

 

 老人は不敵に笑う。

 

「シルバ、離れておれ。一切手を出すなよ?」

「……分かった」

 

 老人が一緒に来た男にそう言い、シルバと呼ばれた男は少し離れた位置まで移動していった。そして、珱嗄は『陽桜』を地面から抜き、肩に担ぐ。青黒い着物と、赤く光る刀は様になっており、老人も老人で珱嗄から圧力を感じていた。

 前髪で隠れていた珱嗄の青い瞳が、老人の視線と合った。お互いに浮かべた笑みとは対照的に、両者の瞳に映っていたのは、相手を殺すという意思のみ。

 

「お前でわしが殺せるか? 小僧」

「殺す殺さないじゃない。殺してやるよ、老害」

 

 珱嗄はそう言うが、老人は珱嗄の中にある迷いに気付いていた。口だけは達者と内心吐き捨てるが、久々に見た逸材だ。殺せないという迷いを抱えているのなら、

 

 

「その迷い、わしがぶっ殺してやろう。わしはゼノ=ゾルディック、暗殺一家ゾルディック家最強の、ただの爺じゃ」

 

 

 珱嗄はその言葉と瞳に少し気圧される。ゼノ=ゾルディックの着ている服に書かれた『生涯現役』の文字が、風に揺れてはためいた。

 

 



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珱嗄×の×決意

 珱嗄とゼノの勝負は、初手で同時に動きだした。地面を蹴ったのは同時、だが攻撃を当てたのは片方だけ。結論から言って、珱嗄が押し負けた。珱嗄の拳は空を切り、ゼノの蹴りが珱嗄の腹に打ち込まれ、珱嗄は地面をバウンドして体勢を立て直す。

 

「げほっ………!」

「速い、だが肝心な所で拳に迷いが見えとるぞ? そんな拳じゃ幾ら速くても人は殺せんわな」

 

 速度で言えば、珱嗄の方が圧倒的に速かった。あのネテロですら追い付けない速度だ、ゼノだって見切れる筈がない。ではなぜネテロが反応出来なかった速度にゼノが反応出来たのか?

 原因は二つ、これが『殺し合いである』ことと、ネテロが鈍っていたからだ。ネテロとの勝負はあくまでゲームであり、珱嗄も迷う必要は一切なかった。そして、ネテロはしばらく戦いから身を引いていた故に大分身体が鈍っていたのだ。つまり、この二つの要因が珱嗄がネテロを圧倒出来た理由である。

 そして、ゼノはネテロとは違ってこれまでの人生戦いから身を引いた事はない。故に鈍ってもいないのだ。そして、彼の実力はネテロとそう変わらないし、珱嗄にも殺し合い故の迷いがあるという理由で、珱嗄はゼノに打ち負けたのだ。

 

 ゼノに拳が当たる直前で、珱嗄の拳は死んでしまっている。

 

「お前は強い、だが殺した事が無いから弱い。そんなんじゃ勝てるのはお前が手加減出来る相手だけじゃな」

「………っしょ……と……まぁそうだろう、な」

 

 しかも、珱嗄の実戦経験はゼノに大きく劣る。数十回程度の戦闘で積んだ経験で、歴戦の殺し屋に勝てる筈も無い。

 珱嗄はふらっとした様子で立ち上がり、陽桜を構えた。オーラを周で刀に纏わせ、タダでさえ異常な切れ味の陽桜をさらに強化した。

 

「まだやるか」

「当然」

 

 珱嗄は陽桜を下段に構えてゼノに迫る。斜め下から切り上げるが、ゼノは軽い調子でその刃を躱す。カウンターで珱嗄の足を払い、体勢を崩した。

 

「う―――お!?」

「ハァッ!!!」

 

 オーラを込めた掌底が珱嗄の胸に直撃する。その衝撃は珱嗄の内臓に響き、肺から空気を強制的に吐き出した。そして、再度吹き飛ばされる珱嗄。今度は体勢を立て直すどころか地面に転がる様にして止まった。

 

「ガ………ッハァ……! くっそ……」

 

 起き上がりながら血を吐く。やはり、殺傷力の高い攻撃ほど直前で威力が死んでしまっている。攻撃が、当たらない。否、攻撃が攻撃になっていない。ゼノからすれば、子供が木の棒をがむしゃらに振り回している様な感じだろう。

 

「お前は人を殺すのが怖いのか? ならば何故ハンターになどなった」

「あ……?」

 

 ゼノは珱嗄に語りかける。

 

「ハンターになる前に、ハンターになったらこういう展開になると分かっておったじゃろう? ならば何故ハンターになったのじゃ? しかも、念能力まで習得して」

「……げほっ……なんでだっけな……ァ……」

 

 少し苦しそうにそう言って立ち上がる珱嗄。ハンターになった理由など、そう大したモノじゃない。とどのつまり原作に関わりたかったからだ。面白いものに触れたかったからだ。

 

「お前は何故戦う?」

「知る――――か!!!」

 

 珱嗄はゼノに一瞬で迫り、今度こそと陽桜で切りつける。だが、ゼノはその刃をオーラを纏った手で横からいなし、珱嗄の陽桜を持つ手を弾いて陽桜を弾き飛ばした。

 

「ぐ………!」

「お前にはその理由が無い」

「ごっ……!?」

 

 弾かれて上に上がった腕、そして隙だらけになった胴体に、ゼノは龍の頭の様なオーラを出して、突きの要領で叩き込んだ。

 

牙突(ドラゴンランス)

 

 ゼノの必殺技の一つだ。その威力は言うまでも無く強力で、強化系の高位念能力者の全力の一撃にだって負けない程だ。メキメキと音を立てて珱嗄の身体にめり込む龍のオーラの一撃。表情を歪めて歯を喰いしばる。これはどうしようもなく、直撃だった。

 幾ら珱嗄の身体が強靭なモノだからって、それを受け切るには無理がある。

 

「がっ………! ぐっ……! ごはっ……!!」

 

 地面を何度もバウンドして建物に一つにぶつかって停止する。口から血が溢れ出て、ぶつけたのか頭からも血を流していた。そして極めつけに、珱嗄の右脇腹の肉が少しばかり抉れていた。噴き出す血の量は、明らかに出過ぎだ。

 

「食い千切られた、か……ッ……!?」

 

 珱嗄は脇腹を抑えて足に力を込める。ギギギ、と壊れた人形の様に、ゆっくりと立ち上がった。足は振るえ、身体を起こすのもかなりの力が必要だった。

 

「さァて、どうする。このままだとお前は死ぬな……これでもお前は迷うか?」

「………!」

 

 そう言われても、戦う理由なんて見当たらない。何をどうして戦っているのかなんて、考えた事も無いのだ。

 

「俺が……戦う理由?」

 

 呟いて、考える。血が流れ過ぎて、霞む視界と、ぼやけた思考で、考える。

 元々、此処に来たのだって、神様の世界の理不尽な理由だった。自分で此処に来たいと思った訳ではないし、戦いの日々を送りたいと思った訳でも無い。

 

 ただ、面白くて楽しい毎日を送れれば―――――

 

「――――?」

 

 ふと、頭に引っ掛かった。楽しくて、面白い日々を送る? ならば、そこに戦いは入るのか? 答えは、入るだった。元より、この日々の中には全てが入る。全てを楽しんで、全てを受け入れるのが、娯楽主義者。人を殺して楽しむ、なんて快楽殺人者の気持ちが分かる訳ではないが、それでも楽しむために人を殺さなければならないのならば、自分は人を殺せるのではないだろうか?

 

 思考が思考を呼び、少しずつほつれた糸をほどいていく。

 

「俺は……俺の娯楽(おもしろい)を楽しんで行く為になら……人を、殺せる?」

 

 すっ、とぴったり何かが当てはまった気がした。途端に鮮明に透き通る思考。

 

「なるほど……簡単じゃないか」

 

 珱嗄の口元が、ゆらりと吊り上がる。そして、噴き上がるオーラが着物をはためかせる。ゼノはそんな珱嗄に眼を見開き、無意識の内に身構えた。

 

 

 

「――――俺は俺の娯楽の為なら、なんだってやってみせる」

 

 

 

 迷いは既に、吹っ切れていた。ゆらり、と手を弾き飛ばされた陽桜へ向けて、陽桜の持つオーラを引き寄せた。すると、勢いよく呼応するように珱嗄の手に飛んできて、陽桜は珱嗄の手に戻ってきた。

 

「待たせたな、クソジジイ……散々やってくれた礼だ、今から俺の『発』を見せてやる」

 

 珱嗄の持つ陽桜から、ゆらゆらと陽炎の様にオーラが立ち上っていく。その密度は、陽炎の向こう側がら歪んで見えるほどだ。そして、珱嗄が足に力を込め、ゼノが来る、と身構えた瞬間、珱嗄の姿が視界から消え――――

 

 

 ――――珱嗄はゼノの背後に抜けていた

 

 

「……は?」

 

 ゼノは目視出来なかった珱嗄の姿を振り向いて確認する。すると、珱嗄の身体から、陽桜から、オーラが全く感知出来ない事が分かった。そう、全く感じられないのだ。

 そして、次の瞬間、ゼノは足から崩れ落ち、地面に倒れた。痛みはない、なのに身体に力が入らない。どういう事だという疑問に、頭が全くついていかない。

 

「これが俺の完成した発――――『不知火(シラヌイ)』だ」

 

 珱嗄の言葉に、ゼノは倒れながら珱嗄に視線を向ける。すると、先程まで消えていたオーラが戻っていた。まるで、オーラ自体を何処かに置いて来ていて、今それを取り戻したかのように。

 

「だがまぁ………これは結構タイミングが難しいな……ぐっ…ぅう゛……それに……まだ使いこなせてない……っ……!」

 

 珱嗄は脇腹の傷を抑えて唸る。思った以上に、ダメージは深刻だった。技は決まったが、その完成度はおよそ6割と言ったところだろう。ゼノに意識がある事がその証拠だ。この技が完成すればそれこそ――――

 

「っ痛………まぁいいや……結構な深手を負わされたし……今日の所は此処までにしといてやるよ」

「お前……今、なにを……!」

「次会ったら覚悟しとけ、こんなもんじゃ済まさねーからな……爪と肉の間に爪楊枝刺してやるからな、クソジジイ」

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑い、身体を引き摺る様にしてその場を去っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……地味に痛くね? ソレ」

 

 観戦者のシルバが、人知れず、そう呟き、この勝負は珱嗄の勝利で終わったのだった。

 

 



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旅団×ヒソカ

 珱嗄が眼を覚ました時、知らない天井が視界に入ってきた。どうやら、ベッドに寝かされているようだ。起き上がろうと身体に力を入れると、脇腹に激痛が走り、再度ベッドに身体を沈める破目になった。

 

「……此処は」

「宿屋だよ」

「……クロゼ」

 

 珱嗄の短い疑問に答えたのは、クロゼだった。どうやら、ゼノとの戦いの後、出血多量満身創痍な珱嗄は気を失ったらしく、そこをウボォーギンとの勝負を終えたクロゼが見つけ、運んだということらしい。

 首だけ動かして部屋を見渡してみると、ベッドが二つの二人部屋だった。陽桜もテーブルの上に置いてある。まぁ盗られる可能性も頭に過ぎったが、あんなにクソ重たい刀、それも扱いも難しい品物を持っていこうと思う奴はいなかったということだろう。

 

「それにしても、何があったんだ? お前がそんな状態になるなんてよ。見つけた時は吃驚したぜ」

「……ま、色々あったんだよ。でも、負けた訳じゃない」

「……そうか、まぁお前が良いならそれでいいさ」

 

 クロゼはそれ以上追及して来なかった。珱嗄の表情にどこかすっきりした物を見たからだろう。

 そんなことより、と話を変えて、クロゼは明るい調子で話しだす。

 

「珱嗄、あの刀はなんだよ? 持ってみたらクソ重いし、刃に触れたらかなり深く切られたんだけど! 見ろよこの指!」

 

 クロゼは包帯を巻いた指を見せて来た。血が滲んでいる所を見ると、随分と深く切り込みを入れられたようだ。まぁ陽桜の切れ味は珱嗄も承知済みだ。なにせ鞘にすら入れられない切れ味なのだから。

 

「ははは、ざまあみろ!」

「お前最悪だな!?」

「アレは俺が買った武器だよ。まぁこれから先結構重宝するだろ」

「……幾ら?」

「132ジェニー」

「天空闘技場の1階ファイトマネーより少ねぇ!!」

 

 珱嗄が重傷を負ったとは言っても、通常通りの様子でどこか安心するクロゼ。ツッコミもどことなく嬉しそうだ。多分、こんなやりとりが出来ることが、クロゼ自身、気に入っているのだろう。

 

「あ、そうだ。俺発完成したぞ」

「お、マジかよ! やったじゃねーか!」

「ま、まだ成功した訳じゃねーけどさ」

 

 『不知火(シラヌイ)』はまだ完全な状態で発動出来ている訳ではない。あくまで珱嗄のイメージの中での完成だ。まぁ、全快になったあとであれば、何不自由なく、その発を完成させることが出来る筈だ。

 

「その代償として、ここまで負傷したとなれば、この状態も悪くない」

「……ははは、じゃあ楽しみにしてるぜ。その発」

 

 クロゼは珱嗄の言葉に対して、優しく微笑んだ。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その頃、とある場所、とある集団が、集まっていた。集まっている集団は、個々で個性的すぎる容姿をしていた。筋骨隆々の大男、顔をマフラーで半分隠した小柄の青年、黒ずくめの何処か不気味な男、そして、凶悪に笑みを浮かべる道化師。

 彼らは、その名を『幻影旅団』とし、史上最凶との悪名高いA級首の盗賊団とされている。彼等は全員が凄腕の念能力者で、熟練のハンターでもうかつに手を出せない。団員それぞれが体のどこかに、旅団のシンボルである12本の足を持つクモのタトゥーを入れている。それゆえ彼等に近しい者、また彼等自身も幻影旅団のことを「クモ」と呼ぶ。

 彼らは奇しくも、珱嗄とクロゼのいるこの街、ヨークシンにやってきていた。

 

「さて、オークションの日程だが……9月1日、つまりは今日な訳だ」

 

 その内の、団長がそう言う。名前はクロロ=ルシルフル。今言った通り、本日は9月1日、このヨークシンでドリームオークションと呼ばれる地下競売が行なわれる日だ。

 幻影旅団はこのオークションを襲撃する予定なのだ。

 

「だが、その前に少し厄介な要素が幾つか出て来た」

「厄介な要素?」

 

 団長の言葉に団員の一人が問う。

 

「今日、ヨークシンの街市場裏にある広間で、戦闘があった。しかも、どちらも凄腕の念能力者同士だ。両者は戦闘を行ない、勝敗は有耶無耶になった。が、おそらくこの旅団にいれば両者ともトップに立つ実力者だ」

『!?』

「このタイミングでそんな実力者がこの街にいる、となると我々の動向を掴んだ何者かが送りこんできた刺客かもしれない」

「でも戦闘を行なってたんだろ? 片方は確実に刺客では無いだろ」

「ああ、だがどちらも一流の実力者だ。片方だけだろうと敵に回ると厄介だ」

 

 団長がそう言うと、団員が少しだけ息を飲んだ。戦いになることが怖い訳ではない。各々の目的を邪魔される可能性があることが少し不安なのだ。ハッキリ言って、面倒極まりない。

 

「でだ……一応片方の情報を手に入れた。写真も一応ある」

 

 団長が出した写真を、団員達が覗きこむ。そこには――――

 

「ん♡」

「お?」

 

 ――――珱嗄の姿が映っていた。

 

(これはちょっと……あんなに清々しく別れたばっかなのになぁ……会いづらい……♦)

 

 道化師が心の内でそう思いながら、苦々しそうに頬を掻いた。というか、ヒソカだった。

 

 

 



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クロロ×勘違い

 クロゼと珱嗄はとりあえず、療養に尽くすことにしていた。宿屋のベッドに寝転がる珱嗄は、どこか退屈そうだ。神様特製の肉体だからか、回復力も並では無く、傷口自体は既に塞がっており、身体を動かす事に関してはまぁ問題ない。

 だが、それでもまだ内面に関しては回復しきっていない。この状態で無理に身体を動かすと、後々まで後遺症を残す破目になるのだ。というわけで、珱嗄はベッドの上から動けなかった。

 

「陽桜」

 

 珱嗄はゼノの時にやったように、陽桜の持つオーラを操作して手元に引き寄せる。相変わらず刃毀れも無く、紅く光を反射する刃はその切れ味を見ただけで想像させる。しかも、陽桜の持つオーラは珱嗄のオーラと混じり合って更に強力な物になっていた。使い手を選ぶ、というのはこういう事でもあるのだろう。

 

「……『不知火(シラヌイ)』のイメトレでもするか」

 

 珱嗄は陽桜を軽く振って、イメージトレーニングを開始する。眼を閉じ、陽桜を正面に構えたまま、しんと動かない。そして、その状態のまま深呼吸をして、意識をすーっと奥深くへと沈めて行き、ゼノとの戦いのときに行なった技を思い返し、頭の中で洗練し、完成形をイメージする。そうしていく内に、周囲の音が気にならなくなり、無駄な情報が遮断され、珱嗄は集中力をどんどん高めていった。

 

 

 ◇

 

 

 珱嗄の部屋に、入って来る者がいた。隠れもせず、堂々と、なんならノックもして入ってきた者がいた。幻影旅団の団長、クロロ=ルシルフルである。黒いコートを揺らして、集中する珱嗄を見た。

 

「……安心しろ、敵意は無い」

 

 クロロはそう言う。珱嗄が入って来た自分に向かって刀を構え、ひしひしと感じられる程の威圧感を放っていたからだ。だが、それでも珱嗄はその構えを崩さず、クロロの方に剣先を向けていた。

 瞳は前髪に隠れていて見えないが、この威圧感とオーラの量を見れば、あまり機嫌を悪くするのは好ましくない。故に、クロロは手早く用件を告げる事にした。

 

「そのままでいい……聞きたい事がある」

「――――」

 

 だが、珱嗄は何も言わない。クロロはその沈黙を用件を言え、という意味と受け取った。そして、妙な話だったら叩き斬る、と言わんばかりに、刀が赤く煌めく。クロロはその迫力に固唾を呑んで、冷や汗を掻きながら話を続けた。

 

「幻影旅団の団長をしている……クロロ=ルシルフルだ。今回は、お前が我々に敵意があるかどうかを問いに来た」

「………」

「先日、お前が強力な実力者と戦闘を行なった事は知っている。結論から言って、お前は強い。それこそ、我々の目的を脅かす程に……敵にまわられると少し面倒だ」

 

 クロロは率直に聞きに来たのだ。幻影旅団に、敵意があるか、ないかを。

 

「………」

 

 だが、珱嗄は一向に口を開かない。ただただ、刀を構えていた。その様子がとてつもなく、怖かった。すると、少しづつ紅い刀にオーラが収束されていく。うねる様にして刀を振動させるオーラの量は、最早一人の人間が抱えるには多過ぎるほどだ。

 

「っ………! 今日の所は………帰ろう、ではな」

 

 クロロはそのオーラの重圧と、今にも殺されそうな殺意の波動から逃げた。部屋から出て行き、持てる全速力でその場から去った。

 そして、走りながらぶわっと吹き出る汗を拭う事も忘れて、こう結論を出した。

 

(奴は……危険だ……! あの一瞬たりとも感情の変化を見せなかったあの態度、あの刀のオーラ、これは不味い事になったな……)

 

 幻影旅団は団長の勘違いから、珱嗄を警戒するようになった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一方、珱嗄は大きく息を吐き、切っ先を下に向けた。瞳を開いて吹き出て来た汗を拭う。陽桜に乗せたオーラをふと霧散させる。そして、ベッドにどさっと寝っ転がった。

 

「まぁ……こんなもんだろ。後は回復して……一回試してみない事には分かんないけど」

 

 『不知火』のイメージを掴む事は出来たようだ。ただ、まだあくまでイメージ、完成した訳ではない。やはり、一度試しに技を行なう必要がある。その為には回復が優先だ。

 

「あれ? 誰かいたのかな?」

 

 珱嗄は開けっぱなしになっている扉を見て、そう呟いたのだった。

 

 

 



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珱嗄×始動

 ヨークシンで行われるオークションが、幻影旅団(何者か)の手によって襲撃された。その知らせが珱嗄の耳に入るのに、時間は掛からなかった。クロゼが外で聞いた話だったのだが、大きなイベントが襲撃によって中止されたのだ。その知らせはすぐさま街中に知れ渡るだろう。

 

「んで、どうするよ珱嗄?」

「何が?」

「いや、この話を聞いてどうするのかってことだよ」

 

 そして、クロゼは珱嗄にそう聞いていた。この襲撃の話を聞いてどうするのかを。ゼノとの戦いから一晩が明けている。珱嗄の怪我も脇腹のもの以外はほぼ完治していた。まぁただ蹴った殴っただけの打撲だ。その程度なら強化系の念能力者でなくとも、ある程度回復力を強化することですぐに回復出来るのだから。

 

「そうだねぇ……なら、その襲撃者を探してみようか。んで……俺の発の試し打ちに付き合って貰おうか。見せてやるよ、完成した俺の発」

「くっはは! そりゃ良い! だが、その腹の怪我はいいのかよ?」

「まぁ強化系を完全に使いこなせる訳じゃないからまだ完治はしてねーけど……俺はオーラの性質を複数同時に使えるし、回復力を強化しつつ行動してれば今晩には治るだろ」

 

 珱嗄の言葉に、クロゼはもう心配いらないということを理解し、ひとまず安堵の息を吐いた。

 珱嗄はそんなクロゼを傍目に、ゆらりと笑う。窓の外、賑やかに商売に勤しむ街並みが広がっている。そして、その一角で一つの野次馬達で作られた輪があった。その中心にいる者も、宿屋の窓という高さからなら見えてくる。

 

「クロゼ、襲撃者に辿り着く為の第一歩になるかもしれない」

「あん? ありゃあ……なんだ?」

「ん、俺の知り合いだ。取引を持ちかけようぜ?」

 

 珱嗄はその手に一万ジェニーをぴらっと持って、そう言う。

 

「取引だと?」

 

 クロゼは首を傾げてそう言った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄達がやって来た騒ぎの中心にいたのは、ゴンとキルアとレオリオだった。どうやら、一万ジェニーの参加代でゴンと腕相撲し、その結果勝った場合は三百万ジェニー相当のダイヤ、負ければ参加代を取られる、というゲームだ。珱嗄はこれに参加するつもりなのだ。

 

「――――俺も参加、いいか?」

「え? ああはい! どうぞどうぞ!」

 

 レオリオは珱嗄の事を忘れているのか営業スマイルで一万ジェニーを受け取り、ゴンの前に座らせる。そして、珱嗄がゴンの前に座ると、ゴンとキルアは珱嗄の顔を見て―――表情を固まらせた。

 

「お、オウカ……」

「なんで此処に……?」

 

 金を増やす為にやっているこの商売で、ゴンは一切負けてはいけない。それこそ、念能力での強化をしてでもだ。結果的に、今までの勝負では負け無し。念能力者でもない相手に対して負ける事はなかったのだ。

 だが、此処に来て敗色濃いこの相手、これは金を増やす目的が達成出来ない。

 

「それではいいですか! レディ……ファイト!!」

 

 レオリオが開始の合図を言うと、珱嗄とゴンは繋いだ手に力を込める。拮抗する勝負だが、ゴンは全力、珱嗄は余裕の笑みを浮かべている。地力が違い過ぎる。

 ゴンは此処でオーラの強化を更に強くする。だが、珱嗄はそれに対して自分も強化することで対抗する。念についての練度は珱嗄の方が上、このままではゴンは負けてしまうだろう。

 

「なぁゴン、ここで俺に負けるのは都合が悪いんだろ?」

「ぐぎぎぎ……ま、まぁね……!」

「取引しようか、負けてやるから一つ聞かせろ」

「え?」

 

 珱嗄は返答を聞かずにぱたっと負けた。周囲の野次馬が歓声を上げて珱嗄に励ましのエールを送る。珱嗄は椅子から立ち上がり、手をぷらぷらと振りながらゆらりと笑った。

 

「それじゃ、一つ聞きたい。オークションを襲撃した奴、知ってる?」

「え? んーと……知らない、かな?」

「ああ、知らないぜ」

 

 ゴンとキルアは正直に答えた。珱嗄はその答えに眉を潜める。主人公勢なら何か知ってるんじゃないかと思っていたのだが、どうやら期待外れのようだ。

 

「……オウカ、オークションを襲撃した奴らを探してんの?」

「まぁね」

 

 ゴンが腕相撲の続きを始めた横で、珱嗄はキルアと会話する。クロゼはとりあえずゴンと腕相撲を始めていた。事前に珱嗄に勝ってはいけないと言われていたので、勝つ気はないのだが、とりあえず実力試しの様な物だ。

 

「なんでだ?」

「んー……そうだな、発を創ったからその試し打ちの相手が欲しいんだよねー」

「不憫すぎる!」

 

 珱嗄はキルアのシャウトに苦笑する。

 

「ま、知らないならいいんだ。邪魔したね、ほら報酬」

「え、報酬って……ええ!?」

 

 珱嗄はキルアの手に茶封筒を置いて去る。クロゼもそれを見て早々と負け、珱嗄の背後を付いて行った。

 キルアは茶封筒の中の物を再度見る。中には、およそ500万ジェニーが入っていた。

 

 

 

 

 

 



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クラピカ×パプリカ

 紅く輝く抜き身の刀を肩に掛けながら歩く珱嗄の姿は、購入時同様とても目立つ。オークションを襲撃した奴らを探しているといえば、十中八九そいつらを殺しに行くんだなと勘違いされそうだ。

 さて、あの後珱嗄は街を闇雲に探すというアホな行動は取らず、まずは情報収集をする事にした。オークションに乗り込んできた相手の数、容姿の特徴、襲われた結果、そいつらの実力等々だ。回ったのは酒場、情報屋等、そして使ったのはプロハンターライセンスを持つ念能力者しか入れない情報サイト等だ。

 

 結果、集まった情報はこうだ。

 

 オークションを襲撃したのは数名いて、大男や女、小柄な少年と様々な容姿をしていたそうだ。そして、実力的には警備員を軽く蹴散らす程、オークションの品物は盗られずに済んだ様だ。

 

「ふーん……とどのつまり、盗賊か」

「なんでだ?」

「いいか? まず犯行は複数人ということは、オークションの商品の中から一つ盗りたい訳じゃないだろう。おそらく、商品を全てかっさらうつもりだったか……そうでなくても出来るだけ多くの商品を盗りたかったんだと思う。一つだけ盗りたいなら、オークションを襲撃して陽動させる意味はないからな。隠密行動でこっそり取った方が理に適ってる」

「なるほど……」

「でだ、その複数人の連携行動からしてそいつらは仲間、おそらく全員念能力者だ」

「警備員の持つ銃弾が全く効かなかったからか」

「そうだ。そして、そうなると……タダの強盗じゃなく、実力のある盗賊だろう。そしてハンターライセンスを持った奴が入れるサイトから手に入れた盗賊団の情報を鑑みるに……相手は『幻影旅団』かねぇ」

 

 珱嗄の言葉に、クロゼは眼を丸くした。幻影旅団と言えば、A級の盗賊団だ。実力的には12人のメンバー全員が高位の念能力者で、勝負になれば数で圧倒される事もある。

 

「だが、念能力者の盗賊なら他にもあるだろ。なんで幻影旅団なんだ?」

 

 そう、クロゼの言うとおりだ。念能力の使える盗賊団なら他にもある。そこで幻影旅団と決めつけるのは無理があるだろう。

 

「それは……ただの勘だよ」

「へぇ……そりゃいい、じゃあその方向で行こうか」

「そういう大雑把な所は好きだぜ?」

「くははっ! だってよ、そっちの方が面白いだろ?」

「! わはは、それは俺の台詞だ馬鹿」

 

 珱嗄とクロゼは笑って歩く。勘で動くのも悪くないと思うのは、やはり珱嗄の影響なのだろう。この結果で例えなんの成果も得られなくても問題ないのだ。失敗も一つの娯楽として呑み込めるのが、珱嗄という人間なのだから。

 

「さて、幻影旅団と言えば……蜘蛛の刺青がある訳だが、そんなの一々探してもな」

「ん? 蜘蛛の刺青だと? あ! それなら俺見たことあるぜ!」

「何?」

「あの食事処であったあの大男……俺はあいつと荒野で喧嘩したんだけどよ……背中に11番の蜘蛛の刺青があった!」

「――――へぇ」

 

 珱嗄の口端がゆらりと吊り上がる。これは大きな手がかりだ。あんな特徴的かつ膨大なオーラを持ってる男は早々いない。ならば、探すのは容易だ。

 

「じゃあそいつを探そうか、そんで取り敢えず殺そう」

「お前さらっと怖い事言うよな」

「えー……じゃあ発試しにいこーぜ!」

「散歩行こうぜみたいな言い方で言っても同じだっつーの!」

 

 さらっと言えるようになったこの言葉は、ある種珱嗄の変化でもある。人が殺せる、という事実は珱嗄の強さを遺憾なく発揮出来るということなのだから。

 

「じゃあ行こうか。蜘蛛の糸を手繰り寄せ、蜘蛛を殺そう」

「オッケー」

 

 珱嗄は笑い、クロゼは肩をすくめた。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 珱嗄とクロゼがウボォーギンを見つけたのは、もう夜が更けて来ていた頃だった。珱嗄の脇腹の怪我も完治し、正真正銘全快で動ける。

 二人は街をずっと探していたのだが、珱嗄はその際に得意な『円』をちょくちょく広げていたのだ。その距離は停止していれば半径2kmまで広がり、動いている時は1kmにまで狭まるが、それで十分。円に引っ掛かったウボォーギンのオーラは恐らく戦闘中で、場所は余裕で把握できた。

 

 場所は荒野、肉眼で確認する限り、ウボォーギンの相手はハンター試験でも会ったクラピカだ。周囲に人の気配はなく、二人だけの戦闘らしい。

 

「あれはお前の知り合いか? オウカ」

「ああ、まぁ顔見知りって所だ。それにしても……あの鎖は具現化した物か……なるほど、つってもあのウボォーギンを殺されるのはちっとばかり面倒だ。蜘蛛への手がかりが無くなっちまう」

「そりゃそうだ」

 

 珱嗄はそう言って戦闘に割り込む為に近づく。クロゼはその場に待機だ。他に隠れている敵などの排除を担当する。

 戦況はほぼクラピカの優勢。時間の問題でウボォーギンは死ぬだろう。だから、その前に止める。

 

「ご機嫌いかが? パプリカ」

「……オウカ!? 何故此処に!? あとパプリカじゃない」

「ゴメンよピクルス」

「どんどん離れてるぞ」

「なんだっけ?」

「忘れてるんじゃないか!?」

 

 珱嗄の言葉にウボォーギンを鎖で縛っているクラピカは煩わしそうにそう言った。今は蜘蛛への復讐の最中だ。ギャグを処理出来る気分にはなれないのだろう。

 

「クラピカだ」

「似たようなもんだろ。パプリカもピクルスも」

「似てないな。ピクルスに至っては一文字も合ってない………何をしに来た」

「止めに来たんだよ。この馬鹿を殺されると困るんだ」

「何……?」

 

 珱嗄はウボォーギンを捕まえている鎖を掴んだ。そして、すぐにその鎖に使われているオーラの密度と量に気付く。極めて強力だ。

 

「こいつらは私の復讐の相手だ。譲る訳にはいかない」

「なら俺はお前をここで動けなくなるまで叩きのめすだけだ。オーケー?」

「ふぅ……ならば仕方が無い、恨みはないが……退いてもらおう……力づくでも」

「オイちょっと待てよ。これは俺と鎖野郎の勝負だ、介入してんじゃねーぞ」

 

 珱嗄とクラピカが戦意を醸し出すと、ウボォーギンがドスの利いた声でそう言った。

 

「うっせ」

「ごふっ!?」

 

 だが珱嗄はその言葉を無視して裏拳をウボォーギンの鳩尾に入れた。暫く呻いたウボォーギンは、そのまま膝から崩れ落ち、意識を失った。

 

「なっ……!?」

 

 クラピカは一撃でウボォーギンを沈めた珱嗄に後ずさりする。オーラを使った強化はしていなかった故に、それは自力での拳ということになる。つまり、珱嗄の生身の拳だけで、クラピカは攻撃力で大きく劣っている事になる。

 

「さて……やろうか?」

「……一つ問いたい、なぜその男を狙う?」

「決まってるだろ、幻影旅団と仲良くお話(ころ)しに行くんだよ」

「どういう事だ?」

「いやね、発を習得したからさぁ……試し打ちの人形が欲しくて」

「そんな理由で奴らと戦うというのか!?」

「そうだ、悪いか」

「悪いわ!!」

 

 ふんぞり返る珱嗄にクラピカは怒鳴った。幾らなんでも関わる理由が適当すぎる。

 

「まぁそんなわけでコイツは貰ってくぜ? お前の復讐なんて知ったことか」

「何……?」

「やるなら勝手にやって勝手に悲劇の主人公ぶってろ」

「この……! お前に何が分かる!!」

「分からねーよ、分かりたくもない。復讐する奴の気持ちなんて知るか、生憎と俺はそう言った物から一番遠い人間なんでね」

「……だがそれでも……私は復讐を遂げる」

「あっそ、勝手にすれば? それじゃ」

 

 珱嗄はウボォーギンを抱えてクラピカに背を向けて去っていく。本来ならば止めなければならないのだろうが、不思議とクラピカの身体は動かなかった。珱嗄に言われた言葉に傷付いた訳じゃない。ただ珱嗄の実力を見て、戦うのは得策ではないと判断したまでだ。ウボォーギンを逃すのは痛手だが、復讐を遂げるまで死ぬわけにはいかないのだ。故に、クラピカはしばらく、その場に立ち尽くすばかりであった。



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ウボォー×ゴリーラ

 ウボォーギンを攫った後、珱嗄とクロゼは何時まで経っても起きないウボォーギン……もうウボォーでいいや。ウボォーに飽きて来たので、とりあえず起こす事にした。そこで使ったのは、あの武器屋で売っていた、『こんにゃく』である。

 珱嗄はこんにゃくを幾つか買って来て、ウボォーの口の中に次々と詰め込んだ。しかも呑み込めない様に首を締めながらである。

 

 その結果

 

「もがぁっ!?」

「あ、起きた」

「俺はお前のより一層酷くなったアグレッシブさに脱帽だよ」

 

 ウボォーは慌てて起き上がり、珱嗄は軽い調子で首から手を放した。クロゼはそんな珱嗄に脱力しながら呆れた。

 

「あー……ん? お前らあの時の! なんでお前らが!?」

「うっせぇよ筋肉ダルマ。お前は人質だ」

「あ? ハハハッ! 見た所拘束もされてねーのにか? それに、誰に対しての人質だよ」

「わはは、決まってるだろ――――お前だよ」

 

 ウボォーの命を人質に、ウボォーを利用する。簡単なことだ。

 

「……何が目的だ」

「お前らの素性、そんで何処を拠点にしてるか……教えな」

「教えなかったらどうなるんだよ」

「決まってるだろ?」

「ハッ……殺すってか……やってみn」

「自分から死にたくなる位に辱める」

「オイ待て、話を聞こうじゃねぇか」

 

 珱嗄の言葉にウボォーは冷や汗を掻きながら話し合いをしようと言いだした。この時初めてウボォーは交渉の取引に生き死にだけでなく『辱める』という手段を取って来る奴がいる事を思い知った。

 

「まず、俺らの目的から話そうか」

「ああ……」

「と言っても、俺らじゃなくて俺の目的なんだけどな。ま、簡単に言えば発の試し打ちの相手が欲しいんだよ。当たれば相手を確実に殺せる自信があるからさ、迷惑掛からなそうな奴を探してんだけど」

「お前仮にもA級の盗賊団をそんな理由で探すんじゃねぇよ!」

「うるせぇぞ……えー、ウボォーギンだったか? 長いな、あだ名を付けよう」

「なんで親しくもねぇ奴にあだ名付けられてんだ俺」

「ウホッ」

「ゴリラか? ゴリラってか? 流石の俺でもそのネーミングセンスはないと思うぞ!? てか最早名前じゃなくて鳴き声じゃねぇか!」

 

 珱嗄のあだ名にウボォーは歯を剥いて怒った。とても良い名前だと思ったんだけどなぁと珱嗄は頭を掻いたが、結局クロゼの考えたウボォーというあだ名で落ち付いた。

 

「でだウボォー、お前に選ばせてやろう」

「偉そうに……」

「一つ、ここで裸に向かれた挙句四つん這いで金太郎よろしく夜の街を徘徊する。二つ、拠点を吐く、三つ、髪の毛を失う。四つ、股にある一物を失う。五つ、とりあえず死ぬ。さぁどうする!」

「碌な選択肢がねぇ……だが、みっ――――」

「ちなみに俺は髪の毛を毛根を死滅させつつ消滅させることが出来る。つまり、もう髪は生えてこない事になる」

「ちょっと時間をくれるか」

 

 ウボォーは頭を抱えた。此処まで常識の通用しない相手は初めてだった。なんだこの男はと心底思う。クロゼの同情の眼差しが痛い。

 

(どうする……まず五つ目と四つ目は駄目だ。どっちにしろ死ねる……二番目と最初は論外だろ……三つ目が無難だが……この先、俺はハゲで生きて行かなきゃならねぇってことが問題だ……この年でハゲを覚悟しろってのか! クソッ、一生を決める覚悟だ……!)

「はい、もう『ちょっと』待ったぞ。はよ決めろ」

「頼む、あと三分!」

「いーち……×180。三分待ったぞ、言え」

「鬼畜過ぎんだろ!!」

 

 掛け算がありな数え方なんて常識外れにも程があるだろう。

 

「く……さ……」

「さ?」

「三……番……!」

「お、いっちゃう? 三番いっちゃう?」

「あ、ああ……!」

「Number three 入りましたー」

「心底ムカつく奴だなお前……!!」

 

 無駄に発音の良い言い方や見下す様な笑みにあからさまな挑発の意図が感じられるが、あからさまだからこそ余計に腹立つ。なんというか、人を怒らせるのが上手い。

 

「まぁ冗談として」

「俺の覚悟を返しやがれ!」

「ハッ……いいかよく聞けよウホッ」

「ウボォーだ」

「お前の髪の毛抜くのにどれだけ時間が掛かると思う? 俺の時間はお前にやれるほど安くねーんだよウホッ」

「ウボォーだ」

「とりあえず一番で行こうぜ」

「それこそ時間使うんじゃねぇか!?」

 

 珱嗄の言葉にウボォーは必死に食い下がる。よりにもよって仲間に見られたら一番不味い選択肢を選ばれた。これはまずい。

 

「おいオウカ、それは止めてやれ」

「はいはい、分かったよ」

 

 クロゼの言葉で珱嗄は引き下がる。ウボォーは内心でクロゼに感謝した。

 

「それじゃあ本題だ……拠点を教えろ、ウボォー」

「……言えねぇな」

「へぇ……仲間は売れねぇってか?」

「そんな所だ。例え殺されようと吐かねぇよ」

「なら良いや。拷問だの尋問だの面倒だし」

 

 珱嗄はウボォーの言葉にあっさり引いた。追求するのも面倒になったのだ。

 

「なら解放してくれよ」

「いや、解放しない」

 

 珱嗄はそれでも、ウボォーを解放しない。情報を吐かせるのは諦めた。だが、解放はしない。その理由は何故か? 決まってる。ウボォーギンは背中の刺青からして確実に幻影旅団だ。そして、ウボォーの仲間を売らない所からして、おそらく旅団の中でも仲の良かったメンバーがいるのだろう。

 ウボォーが戻らない、所在も分からない、となれば向こうの方から動きを見せる筈だ。珱嗄はそれを狙う。

 

「お前が動いてくれないなら、向こうから寄って来て貰おうじゃないか」

「……お前……!」

「喜べ。お前の価値はたった今『人質』から『餌』に変わったぞ」

「チッ……」

 

 珱嗄はソファに座ってウボォーの眼を見た。その視線に込められた楽しそうな感情から逃げるように、ウボォーは眼を逸らす。

 先程、拘束はされていないと言ったが、ならば何故ウボォーが逃げないのか分かるだろうか? それは、単純に逃げられない程に隙が無いからだ。ウボォーは気が付いている。珱嗄の発している円が、宿屋だけでなく、半径2kmまで広がっている事に。幾らウボォーでも一瞬でこの円の外へ逃げる事は出来ないのだ。

 しかも、この円は旅団のメンバーに居場所を教える効果すら持ってしまっている。何もかも珱嗄の掌の上だ。この状況を脱するには珱嗄とクロゼをウボォーが打倒して逃げる事だが、ウボォーはクロゼと一回喧嘩しており、その実力を知っている。珱嗄もクロゼと同等に強いと見ると、二人を相手に勝算は見えない。つまり、逃げられないのだ。

 

「ま、お仲間が助けに来ない事を願うと良いよ。仲良くやろうぜウホッ」

「ウボォーだ」

 

 



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旅団×の×動き

 ウボォーが戻らない。この事実を受け止めた幻影旅団の中で、一つの仮説が立てられていた。ウボォーギンは以前見えない鎖によって捉えられ、攫われた。それをやった組織から、旅団のメンバーはウボォーを一度助け出したのだが、その際ウボォーは自身を捉えた鎖使い……この場合はクラピカだ。クラピカに顔面を殴られたらしい。

 故に、その恨みや怒りをクラピカを殺すことで晴らそうとし、一対一でクラピカとの勝負に挑みにいったのだ。その途中で珱嗄に攫われた訳だが、旅団が知っているのは『クラピカとの殺し合いに向かった所まで』だ。

 

 そこで立てられる仮説は当然こうなる。

 

 

『ウボォーは鎖野郎と戦い、死んだ』

 

 

 色々と他の可能性を探れば考えは浮かんでくるが、ソレが一番可能性が高い。

 

「クソッ! 鎖野郎……ぶっ殺す!」

 

 旅団の中で、珱嗄と同じ刀を持つ侍の容姿をした男、ノブナガが肩を震わせて言った。このノブナガはウボォーと特に仲が良かった。共に戦えばより一層実力を発揮する事が出来る相棒の様な関係だったのだ。

 そんなウボォーが死ねば、ノブナガは当然怒る。激怒し、歯を食い縛り、憎悪する。

 

「団長よぉ……鎖野郎を俺に殺させてくれよ!」

 

 座る団長、クロロにノブナガは懇願する。だがクロロはこの状況下で別の可能性に不安を抱いていた。それは、ウボォーが鎖野郎に殺されたのではなく、あの珱嗄によって殺された、または攫われたという可能性。珱嗄が関わって来ていた場合、ノブナガでは確実に殺されるだろう。そしてその戦闘で蜘蛛への敵意を抱かれでもすれば、最悪蜘蛛の消滅もあり得る。

 

「………っ」

「団長!」

「………分かった、好きにしろ……だが一つだけ言っておく、ウボォーがまだ死んだと確定した訳でじゃない。もし生きていた場合は救い出すことが最優先だ」

「ああ……それでいい」

「そして、ここからが重要だ。もしウボォーを連れ去った、もしくは殺したのが鎖野郎だった場合は好きにしていい。殺すなりいたぶるなりすればいい……だが、もしもその相手がこいつだった場合は……関わるな。間違っても蜘蛛全体に敵意を持たれる様なことは避けるんだ」

 

 クロロは珱嗄の写真に指を置きながらそう言う。あの時、珱嗄と対面したあの時感じたあのうねる様なオーラの量と、刺す様な殺意と威圧感。敵としてやり合いたくはないと考えるのは必至。まして、自分自身ならまだしも蜘蛛全体が珱嗄の敵として認識されれば、全滅を回避したとしても大きな損害になるだろう。

 

「アンタがなんでそいつとの関わりを避けてぇのかは知らねぇが……一応は了解したぜ……ただ、そいつがウボォーを殺していたら、悪いが俺は自分を抑えきれねぇかもしれねぇ……そうなったら、精々、俺単体に敵意が向くよう努力する」

「……それならいいが、くれぐれも注意してくれ。とりあえず、マチはノブナガに付いてくれ、フィンクス、パクノダ、フランクリン、フェイタンは補佐を。状況に応じて臨機応変に対処しろ」

 

 団長の言葉に、ノブナガ達は一つ頷いて返す。そして、そこからウボォー捜索に本腰を入れる。

 だが、そこに一つ声が掛かった。

 

「本当に気を付けなよ♡」

「ああ? どういう事だヒソカ」

「鎖野郎がどんなものか僕は知らないけど……その写真の男……オウカはつい先日まで一緒に行動してたんだ♡」

「何っ!?」

「念を覚えたのはここ二ヵ月間の事だし、僕の知る限りでは発はまだ習得してない♦ でも、念を覚えていない状態でも僕と同等以上に戦える才能(センス)を持ってる♡ 最後に別れてからもう一ヵ月ちょい……今はどれほど強くなってるか分からない♡」

 

 ヒソカの言葉に、ノブナガ達が恐れを為した様子はない。

 

「そんなに強ぇのか?」

「ああ……このまま行けば最強も狙える素材だとおもうな♡」

「だが、そんなの関係ねぇ……将来性がどれだけあろうが、どれだけ強い奴だろうが、ウボォーを殺ったならどんな奴でもぶっ殺す。それだけだ」

「まぁ、それなら別に良いけどね♣」

 

 ヒソカはそう言って、もう何も言うまいと黙った。そして、ノブナガ達が忙しなく動く中考える。自分が言った事は間違っていない、実際に珱嗄は強いと考えているし、おそらく将来的には最強の座に立つ者かもしれない。

 その筈なのだが、

 

(どうして僕はそんなオウカに対して……戦いたいと思えなかったのかな♦)

 

 珱嗄に対して戦闘衝動とも言える意欲が湧かなかったのか、あれほどほぼ完成された実力者とやり合いたいと思えなかったのか、分からなかった。

 

(次会った時は、ちゃんと戦いたいと思えるようになってると良いな♡)

 

 ヒソカは取り敢えず、そう結論付けて、その時を楽しみにすることにした。

 

 

 

 

 

 

 



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ノブナガ×こんにゃく

 嫌な予感は、確実に当たるのが漫画やアニメの定番だ。つまり、クロロの嫌な予感は当たっていた。ウボォーギンを攫ったのは、珱嗄だ。

 ノブナガ達はウボォーギンの行方を探すべく街に繰り出し―――直ぐに大きな手がかりを見つけた。珱嗄がウボォーの逃亡防止、およびノブナガ達を誘き寄せる為の『円』だ。ノブナガ達はその円に入った瞬間にその出所を掴み、即座に行動に移った。

 

 珱嗄達の住む宿屋を取り囲み、円を行なっている珱嗄のいる部屋の前までやってきた。この時点でノブナガ達は相手を鎖野郎ではなく、珱嗄だと認識している。何故なら、ウボォーが一度鎖で囚われた時に、これほどまでに大きなオーラを感じなかったからだ。別人だというのなら、相手候補はもう珱嗄しかいない。

 そしてその珱嗄はクロロが危険視する程の実力者と来ている。うかつに部屋に飛び込めない。

 

「………それにしても、このオーラの量はなんだ……!? 普通の人間の出せる量じゃねぇぞ……!」

 

 ノブナガはそう言って嫌な汗を一筋頬を伝わせながら刀を握り締めた。幸いなことに、この円に使われているオーラは本当に唯の察知用であり、それ以外の物は感じない。もしも殺意が込められていた場合、どんな影響を齎すか、計り知れない。

 

「……入るぞ!」

 

 ノブナガはドアを開けた。部屋の中にある物を瞬時に把握する。正面に写真で見た珱嗄、その斜め前にクロゼがおり、その斜め前にウボォーがいた。三人で三角形の頂点を描く様な陣形で向かい合っていた。

 

「ウボォー「あがりー」……お?」

 

 ノブナガは言葉を遮られてきょとんとする。目の前では珱嗄とクロゼとウボォーがトランプでババ抜きをしていた。

 

「クソッ!! また負けた!!」

「オウカ! てめぇイカサマしてんだろ!」

「してね~よ~(笑)」

 

 ウボォーが頭をガシガシ掻きながら手元の残ったトランプ睨み、クロゼはカードを叩きつけながら珱嗄に迫った。だが珱嗄はゆらゆらと笑いながら流している。

 

「オイ! ウボォー!」

「あん? お、おお! ノブナガじゃねぇか………逃げろノブナガ! 今すぐに!!」

 

 あまりの拍子抜けな空気にノブナガは耐え切れずに大声を出した。だが、ウボォーはノブナガに気付いた瞬間、逃亡を指示した。しかも、かなり焦った表情で。

 今までの温い空気は一瞬で凍りつく。珱嗄がノブナガの視界の端で、ゆらりと立ち上がっていくのが見えた。その手には紅く光る抜き身の刀、そしてその口端はゆらりと吊り上がっていく。

 

 

「っ!?」

 

 

 円に込められたオーラが一瞬揺れた。今までなんの影響も及ぼさなかったオーラの領域は、転じて重い重圧を与えて来た。一瞬、切り刻まれたかと思ってしまう程の威圧感が、ノブナガ達を襲っていた。

 

(これが………! 団長の言ってた奴か……!!)

 

 信長は刀の柄を掴んで練を行なう。普段よりも多くのオーラを生み出し、気休め程度だが威圧感に対抗する。

 

 

 

「いやぁ………待ちくたびれたぞ――――はろー? 蜘蛛の皆様……まぁ円で気配は察知してたけど、些か警戒が足りないんじゃねーの?」

 

 

 

 珱嗄の言葉が、剣の様にひしひしと身体を刺す。別に何でもない言葉なのに、なぜこうも精神をガリガリと削るのか。

 

「お前らに一つ選ばせてやる。これはウボォーにも行ったんだけどな?」

「……!」

 

 

 ―――一つ、裸に剥かれて四つん這いの状態のまま街を徘徊する

 

 

 ―――二つ、拠点を教える

 

 

 ―――三つ、髪の毛を失う

 

 

 ―――四つ、股間にある一物を失う/子宮を引き摺りだす

 

 

 ―――五つ、取り敢えず死ぬ

 

 

 珱嗄はウボォーに出した五つの選択肢を出し、刀を肩に担ぐと、前髪に隠れていた青黒く輝く瞳をすっと細め、言う。

 

 

 ――――さぁ、選べ

 

 

 ノブナガやマチ、その他の旅団のメンバーは、その選択肢を聞いて、頭の中でウボォーと同じツッコミが浮かぶが、余りの威圧感に何も言えない。

 すると、珱嗄はノブナガの手にある刀を見つけ、少し不機嫌になった。

 

「おい」

「っ……なんだ……!?」

「その刀、俺とキャラが被るだろうが。こんにゃくと交換」

「……いや、それはおかしい」

 

 珱嗄の言葉に、ノブナガは今度こそツッコんだ。刀とこんにゃく、交換するには価値が違い過ぎる。

 

「なぁウホッ、コイツ名前なんだっけ?」

「ウボォーだ。そいつはノブナガだ」

「何それ? 織田信長気取ってんの? 本能寺で死ぬんだぜ裏切られて。光秀はいねぇの?」

「ミツヒデ? そんな奴は知らねぇが……」

「なんで? ノブナガときたら取り敢えず光秀、秀吉、家康の三人は揃えとけよ。なんでそこで止まっちゃうの? 信長とか一番の重要人物がいるじゃん、あと少しじゃん。頑張れよ」

「いや知らねぇよ!?」

 

 珱嗄の重圧が消えた。ノブナガ達は少しふらついたが、珱嗄とウボォーの会話に少し脱力する。ババ抜きしていると思ったら凄まじい重圧が降り注ぎ、かと思ったら急に重圧が消えて変な会話を始める。この空気を破壊して作って破壊しての繰り返しに少し疲れてしまう。

 

「ま、いいや。ノブナガね……ノブナガノブナガマゲナガ……ぷふっ……」

「いや面白くねーよ! ………ぶふっ……!」

「おいウボォー、お前今笑っただろ? 髷が長くて面白いか? ん?」

 

 珱嗄のちょっとしたネタを一蹴したウボォーだが、ちょっと考えて笑ってしまった。ノブナガがそれに対して青筋立てて食い掛かる。

 だが、そこにフィンクス達補佐組が入ってきた。

 

「ノブナガ、それ位にしなさいよ。私達の目的を忘れないで………うあー……っ……!」

「おいパクノダ、真面目な台詞なら貫き通せよ。口開けて笑い堪えるんじゃねぇ!」

「その位にしとくよノブナガ。今のお前とても見苦しいね………っっ……!」

「肩震えてんぞフェイタン、口元いつもより隠してんじゃねぇ」

「良いから早くウボォーを連れて帰るよノブナgンッンン゛ッ!!」

「無理矢理笑いを打ち消してんじゃねぇぞマチ!」

「オイ……! お前らいい加減に―――ぶふっ!」

「フィンクス! お前ぶっ殺すぞ!!」

 

 旅団の全員が笑いを堪えていた。恐らく普段から気にはしていたのだろう。珱嗄の言葉による切っ掛けで全員がツボに入ったようだ。ノブナガは顔を赤くして羞恥心を堪えつつ、珱嗄を睨んだ。

 

「テメェのせいでいい笑われモンだぜ……コケにしてくれた礼に、その首刎ねてやる……!」

 

 珱嗄程ではないが円を展開し、珱嗄に殺意を向けるノブナガ。だが、

 

「ふあ………あ、ゴメンもう一回言って」

 

 珱嗄は聞いていなかった。

 

「……てめぇのせいでいいわらわれもんだぜ……こけにしてくれたれいに、そのくびはねてやる……!」

「え? なんだって? 棒読みで良く分からなかった。もう一回全力で!」

「テメェのせいで良い笑われもんだぜ!! コケにしてくれた礼にその首刎ねてやるっつってんだァァァ!!」

 

 遂にキレるノブナガ。刀を構えて居合の体勢に入った。殺気を振りまき、珱嗄に怒りをぶつける。オーラが煌々と輝き、ノブナガの感情に呼応するように燃え上がった。

 

「ヤバい……ノブナガの奴、本気だ……!」

「止めるか?」

「無理ね、アレは止めよとして止まるものじゃないよ」

「……なら、一回離れるか」

 

 フィンクスの提案に旅団の全員が頷き、窓から距離を取るべく出て行く。だが、彼らが窓から出て行く際に、短くこんな言葉が聞こえた。

 

 

 

「え? 何だって?」

 

 

 

 そう言った珱嗄は、ただただ面白そうに、陽桜を肩に担ぎ、『こんにゃく』片手にゆらりと笑った。

 

 



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珱嗄×発×完成

 ぷるん!

 

 もう何度目になるだろうか? そんな音が室内に響く。床にはパタタタタッ! と水滴が落ち、ウボォーとクロゼの無表情にも、水滴が飛んでいた。

 原因は、ノブナガと珱嗄の剣戟? だ。ノブナガがもう何度目かになる居合を繰り出すと、その剣先を完全に身切って、こんにゃくで受け流す珱嗄。結果、先程の音を響かせて瑞々しい水滴を弾かせるのだ。切れない、こんにゃくなのに、切れない。何故だろうか。

 

「お前の剣を見た時に思ったんだ」

「何をだよッ!」

 

 珱嗄の言葉に再度剣を抜くノブナガ、弾かれる。

 

「あれ? あの剣って――――」

「はぁッ!!」

 

 剣を抜く、弾かれる。

 

「―――五右ェ門の斬鉄剣じゃね? って」

「割と本気で誰だよ!!」

 

 剣を抜く、弾かれた。

 

「知ってるか! 斬鉄剣はこんにゃくを切れないんだよ!!」

「これ斬鉄剣じゃねぇんだけど!!」

「似たようなもんだろうが!」

「本物知らねぇけど似てるだけで別モンだ!!」

「うるせぇ、その剣曲げるぞ髷だけに」

「面白くもねぇよ!?」

 

 まぁこんなやり取りをしつつ、結論を出すなら、ノブナガは珱嗄に弄ばれていた。攻撃しようと剣を抜くと、こんにゃくで弾かれるのだ。しかも、ぷるん! という音とは別に、ぺちっ! という音も響く事もある。ノブナガの顔はその音が鳴る度びしょびしょになっていく。

 こんにゃくで叩かれるのだ。顔を。無駄に濡れているから顔がもう洪水警報鳴らしまくっている。

 

「……今気付いたけど部屋がびしょ濡れじゃねーか……何してくれてんだオイ」

「悉く酷いぞお前!」

 

 そこまで来て、珱嗄はこんにゃくを後ろに放り投げた。

 

「あん?」

「ウホッ、食え」

「ウボォーだ。嫌だ」

「マゲナガの顔に触れたこんにゃくはやっぱ無理?」

「ノブナガだ。ウボォー、捨てとけそんなの」

「とりあえず置いとくわ」

 

 珱嗄はそこまで来て陽桜を担いでいた肩から下ろす。そして、峰を返した。これで斬ろうとしても殺す事はないだろう。ウボォーやノブナガは弄ってて面白かったから、殺さない事にしたらしい。

 

「じゃ、そろそろ終いにしようか……クロゼ、俺の発……よーく見とけよ?」

「あいよ」

「ノブナ……マゲナガ……お前とのやりとり、面白かったぜ?」

「ノブナガでいいじゃねぇか、なんで言いなおした」

「フッ……!!」

 

 クロロが見た時の様に、珱嗄の視線が鋭くなり、ノブナガはその視線に込められた殺意の大きさに身構えた。

 オーラが陽桜に収束されていく。うねる様に膨大なオーラ、押し潰される様な圧倒的重圧、そして、そのどんどん大きくなっていくオーラが突然―――

 

 

 

 ふっと消えた

 

 

 

「!?」

 

 珱嗄の姿を見失う。そして、ノブナガは自分が広げていた円の中に、珱嗄がいる事に気付いた。場所は背後、一瞬の間に抜かれていた。

 

「どういうッ……―――は?」

 

 かくんと膝が折れ、倒れるノブナガ。そして遅れるように全身がビリビリと激痛に捕らわれた。声が出せない、力も入らない、ただただ、痛い。

 

「~~~~~ッッ!!!」

「ノブナガ!」

 

 ウボォーが駆け寄るが、ノブナガに触れた瞬間、ウボォーの手にも鈍い痛みが走った。触れることが出来ないなど、治療も出来ないということと同義だ。

 珱嗄はそんなウボォーに対して陽桜を肩に担ぎながら言う。

 

「大丈夫、死にはしないよ。少しの間、痛みが止まらないだろうけど、まぁ寝かせておけば数分で元に戻る」

「……本当だろうな……」

「本当だよ。俺はこれだけの為に旅団を探してたんだ。さ、もう帰って良いよウボォーも」

「……これでノブナガが死んだら、今度は俺がてめぇを殺すからな……!」

「ま、楽しみにしとくよ」

 

 珱嗄の言葉に、ウボォーは歯噛みしてノブナガに寄り添う。触れる事も出来ない状態で、放置しておくしか出来ないなど、悔しくて仕方が無かった。

 

「クソッ!」

 

 ウボォーは床に拳を叩きつけてそう叫んだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて、その後部屋を出た珱嗄とクロゼは先程の発に付いて話しながら歩いていた。珱嗄は先程何をしたのか、クロゼに分かりやすく教えていたのだ。教えた所でどうしようもないと考えているのだ。

 

「で、お前が一瞬消えたのはなんでだ? ただの高速移動ってわけじゃないだろ」

「アレは『絶』だよ」

「絶?」

 

 クロゼは首を傾げた。『絶』はオーラを遮断して気配を限りなく断つ技術だ。目の前にいるのに気配を感じなくなるほど希薄な存在になることが出来る。

 だが、珱嗄は絶はおろか隠も出来なかった筈だ。そのオーラの量故に、完全に隠し切れなかった筈なのだ。

 

「なのになんで………! 陽桜か!」

「正解」

 

 そう、そこで珱嗄は自分のオーラを隠し切れるほどに減らす事で『絶』を行う事を可能にしたのだ。陽桜という自身のオーラを持つ武器に、珱嗄は自身のオーラの約3割を込め、自身に絶を行なう事を可能にしたのだ。とはいっても、その回復能力の高さから減ったオーラはしばらくすれば直ぐに戻ってしまうのだが、とりあえず陽桜にオーラを移した状態なら絶が可能なのだ。

 

 これが珱嗄の発の中心。絶に入る直前の膨大なオーラをその身に感じていた相手は、一瞬で絶に入った珱嗄を確実に見失う。その場から動いていない珱嗄に、気付くことが出来ないのだ。そこから珱嗄は持ち前のスピードで相手に接近、膨大なオーラで強化された陽桜の馬鹿げた威力と切れ味で真っ二つ、という訳だ。

 

「で、でもよ! 陽桜とお前のオーラの質は違うだろ? なのになんで陽桜にオーラを込められるんだよ? オーラ同士がぶつかって刀が壊れちまうんじゃねぇのか? それに、お前が絶で消えたとしても、陽桜は絶で消えられないだろ」

「まぁそうだろうな。でも、それは俺のオーラの特性が解決してくれた」

「オーラの特性……お前は特質系だったよな?」

 

 珱嗄のオーラの性質は特質系、特質系とは他の五種の性質とは全く異なるレアなオーラなのだが、珱嗄の場合、変化系にも若干の適正があった事もあり、そのオーラには『別種のオーラに合わせる』という特性を持っていたのだ。

 結果、陽桜のオーラに『合わせる』ことで二つのオーラを『同化』させることが出来たという訳だ。つまり、陽桜のオーラ=珱嗄のオーラと変換する事が出来るのだ。

 そして、その状態ならば珱嗄は陽桜を自分のオーラ故に絶で隠すことが出来る。何故なら、自分のオーラなのだから。珱嗄という器には珱嗄のオーラ全てを隠し切ることが出来ない。だが、珱嗄という器と陽桜という器、二つの器を使えば珱嗄のオーラを分けて隠す事が出来るのだ。

 

 故に、陽桜に珱嗄のオーラを込める事が出来たし、陽桜自体を絶で隠す事も出来たのだ。

 

「そうか……お前は複数のオーラを並列操作出来たし、不可能ではないな……」

 

 珱嗄は以前天空闘技場で複数の性質でオーラを同時使用した事がある。珱嗄自身と陽桜の二つのオーラを同時に絶で隠す事も朝飯前、という訳だ。しかも、珱嗄のオーラを陽桜のオーラに合わせるという工程を一瞬で行なうその技術力。凄まじいオーラコントロールと膨大な量のオーラ、そして持ち前の身体能力あっての発という訳だ。

 クロゼは知らないが、神様から貰った『人間が習得し得る全ての技術』もこの発に使われていることが分かるだろう。ちなみに衝撃透しを習得した時も、この特典が大きな要因となっている。

 

「だから『不知火(シラヌイ)』なんだな……そこに在るのに、無いように見える技、ね」

 

 どこかの妖怪ぬらりひょんの鏡花○月的な技だが、これは認識をずらすのではなく、完全に隠して殺す技だ。

 

「とはいっても、さっきノブナガにやったのは『不知火』の改良版なんだよね」

「改良型?」

「お前の衝撃透しの技術を使ってる」

「ってことは……」

「そう、俺のオーラで強化されまくった陽桜の馬鹿威力を峰打ちで放つことで衝撃透しが行なえるんだよ。斬撃じゃなく、打撃になるんだから。だから、この馬鹿威力を衝撃透しで相手の身体全体に振動させた。結果、めっちゃ痛い」

「ノブナガに触れられなかったのは触れたら衝撃透しで振動しているダメージが触れた所から伝わってくるからか」

「ま、そういうことだ」

「恐ろしい技だな……俺なら絶対喰らいたくない」

 

 クロゼは若干引きながらそう言う。だが、珱嗄はまだこの発を進化させるつもりだった。

 

「最終的にはこれを『連撃で』出来るようにするのが目標だ」

「俺達ずっと友達だよな」

 

 クロゼは珱嗄の敵に回らない事を決めた。珱嗄はクロゼのそんな意思に苦笑し、完成した発を最終目標を踏まえて名付けた。

 

「さしずめ、これは『不知火(シラヌイ):一閃』……かな?」

「……ああ、まだ一撃だけだからか」

「おう、これから先増えてくつもりだ。とりあえず……10連撃位良ければいいかな?」

「一瞬で10回もそれ受けたら細切れだな……ホント、酷い奴だ」

 

 クロゼは珱嗄の目標に対して、最早呆れるしかなかったのだった。

 

 



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GI編
修行×パート


 それから三日後。珱嗄はいつもの宿で身体の調子を確認していた。ゼノとの勝負で付けられた傷は全て完治し、傷跡も残らずに済んだ。後遺症も無く、以前と同様―――いや、精神面での問題が解決されたので、以前以上に動くことが出来るだろう。

 そして、この三日間で襲撃されたオークションは大体終わった。幻影旅団も活動を潜め、既にヨークシンからは出て行ったものとされている。クラピカはオーナーの意向で今日中にヨークシンから去る予定で、ゴン達はお金を集めていた理由である、高額のゲーム『グリード・アイランド』の入手に力を込め始めた。

 とはいえ、珱嗄の円による感知で旅団がまだヨークシンにいる事は確認済みである。どうやらクラピカの復讐とやらは結果的に見れば失敗したようだ。だがどうやらウボォーギンは死んだらしい。珱嗄が助けに入った直前、クラピカの能力である鎖の刃を心臓に打ち込まれていたようだ。

 

 クラピカの鎖の刃は具現化された能力で、これを打ち込まれた者はクラピカの指示に対して反抗すると、心臓を刺されて死ぬらしい。ウボォーに課せられたのは、『クラピカの問いに対して正直に答えること』。あの後クラピカに会い、こんなやりとりがあった。

 

『よう、久しぶりだな鎖野郎』

『命拾いした奴か……オウカはどうした?』

『アイツなら俺に変なあだ名付けた挙句色々やって解放してくれたぜ?』

『成程……ちなみになんてあだ名だ?』

『………教える訳ねーだろ』

 

 さて、ここでもう一度。クラピカがウボォーに課したのは『クラピカの問いに対して正直に答えること』、分かるだろうか? 『正直に答えること』だ。では上のやり取りを見返してみようか。

 

 

『なんてあだ名?』

『教えない』

 

 

 正直に答えてますか? 答えてません。ということは?

 

『ぐはぁぁッ!!?』

『『『『ウボォオオオオオオ!?』』』』

 

 ウボォーギンは死んでしまった。おお、なんと情けない。流石にこの時ばかりはクラピカも苦々しい表情で何とも言えなかった。辛うじて絞り出した言葉として、

 

『何だ……これは?』

 

 自分が打ち込んだ、打ち込まれた事を忘れていたらしい二人は、そのせいでこんな状況を作り出してしまったのだった。

 

 まぁ、そんな感じでウボォーギン死亡。珱嗄もそれを知った時には苦笑するしかなかった。ウホウホ言ってたあの男にはもう会えないとなると、別段寂しい気はしない。

 

「しねぇのかよ!?」

「そういえばクロゼ、お前ウホッと戦った時どうなったんだ?」

「一瞬、『ウホッと戦う』って何だと思ったぜ……」

「面白いなそれ。両者ウホウホ言いながら戦ってそう」

「シュールすぎて見たくもねーわ!! まぁあの時は腕相撲で勝負したんだよ」

「へぇ?」

「勝った。余裕で勝ったぜ」

 

 普通に力技で勝負すればウボォーに分がある。地力的にもオーラ量的にもウボォーの方が勝っているのだから。

 だからクロゼは念能力アリで行こうぜ、と提案。ウボォーが承諾すると、ウボォーの身体を操作、勝手に負けさせたのだ。力技ではなく、オーラの操作ならばクロゼに分がある。ウボォーが身体のコントロールを奪われ、敗北したのは、一瞬の事だった。

 

「卑怯だなお前」

「お前にだけは言われたくねーわ!」

 

 クロゼのオーラコントロール能力を見たウボォーはそこで戦闘になった場合を考え、クロゼの実力を悟ったのだ。まぁ過ぎた話だ。

 

「さて……これからどうしようか?」

「とりあえず別行動にしないか?」

「なんで?」

「いや、やる事もないし、それぞれで何か見つけてくる方が効率良さそうだしな」

「ふーん……まぁいいか。それでいこう」

 

 クロゼの提案で、珱嗄とクロゼは二手に分かれて行動する事にした。したい事もやりたい事もない。ならば、何かやってる事を探しに行くしかない。

 

「じゃ、まだあとで」

「おう」

 

 珱嗄とクロゼは宿の前で別々に歩いて行った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 さて、珱嗄はその後1時間ほど歩いていたのだが……そこで一人の少女に出会った。珱嗄が見るに、その少女も念能力者。纏の熟練度からして、かなりの実力者であることが窺えた。しかも、少女の容姿にしてはやたらの貫録染みている。彼女の名前はビスケット=クルーガー。50歳の高位念能力者だ。

 切っ掛けは、街角を曲がった際にぶつかったこと。体格差からビスケが尻もちを着いてもおかしくないのだが、ビスケの体重は予想以上に重く、両者ふらつくだけで済んだ。

 

「悪いな、お嬢ちゃん。怪我はないか?」

「……ええ、大丈夫です~……!」

 

 珱嗄の言葉にひくひくと口端を引き攣らせながら返すビスケ。それもその筈、50歳のビスケからすれば、20そこそこの容姿をしている珱嗄にお嬢ちゃん扱いされるのは少し癇に障るだろう。

 

「で、お前は何者だ?」

「!」

「その纏と容姿不相応な貫録……その容姿通りの年齢では無いんだろ?」

「良く分かったわね……その纏を見る限り、念を覚えてそんなに経ってはいなさそうなのに」

「まぁそれなりにな」

「……ふん、私はビスケット=クルーガー、50歳の念能力者だわさ」

「へー、50歳とかババアじゃん。それでそんな若づくりしてんの? でもさっきお嬢ちゃんって言われた時はかなり苛立ったようだけど、それっておかしくない? その容姿は絶対作ってるよね? なのに子供扱いされたら怒るってどうなの? それって年長者としてどうなの? 矛盾してない? してるよね? おかしいよね? しかも50歳って言ったって事はちゃんと大人の扱いをしてほしいってことだよね? 更に矛盾が深まったね? おかしいね? ねぇどうなの? そこのところどうなの?」

 

 珱嗄は一気に責め立てた。ビスケはぐいぐい攻める珱嗄に後ずさりする。たしかに、自分で少女の容姿を取っておいて少女扱いされたら怒る、というのは些か矛盾していた。言い返す言葉もない。

 

「わ、わかっただわさ! 私が悪かった!」

「じゃあ認めるんだな? 自分がババアであることを」

「……ぐ……はいはい! 認めるだわさ! そんなに言わなくても良いじゃないの!!」

「わはは、このクソババア」

「ぶち殺されたいの貴方は!?」

 

 珱嗄の胸ぐらを掴むビスケ。何が面白くてこんな街角でぶつかっただけの相手からここまで言われなければならないのだ。理不尽にも程があるだろう。と、ビスケは感じていた。

 

「さてビスケちゃん」

「あによ!」

「ちょっと俺の修行に付き合え」

「いきなり過ぎて付いていけねーだわさ!!!」

 

 ビスケはそう言って、頭を抱えた。

 

 



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不知火×弐桜

「で、私は何をすればいいだわさ?」

「まぁ実戦形式で俺と戦ってくれればそれでいい。何せ俺は実戦経験を積んでまだ半年位しか経ってないからな。経験量で上の奴ら相手にも戦える技を磨かないとな」

「へぇ……確かに、貴方の身体能力を見ればこれ以上ない位の素材ってことは分かる……でも、付け焼刃の技で私が倒されるとでも思ってるの?」

「倒すさ、その為の技だ」

 

 珱嗄とビスケはあの後、しばらく歩いてウボォーとクラピカが勝負していた荒野へとやって来ていた。ここならば誰も迷惑掛けないし、技の特訓的にも試合的にもぴったりだ。

 

「じゃあまぁやろうか」

「分かっただわさ……それじゃ……ッ!!」

 

 ビスケがオーラを開放し、その容姿が変わる。少女の姿は一変、体格が2m程で筋骨隆々の人物へと変わった。男と見間違えるほどの迫力と肉体。だがその節々に女性の要素が垣間見えることから、なんとか女性であることが分かった。

 オーラも先程とは違って猛り狂う程に溢れており、その実力はトップクラスだと理解出来る。伊達に50年もの間生きて来たわけではない、ということだろう。しかも、彼女はこの真の姿を見せた場合、相手を大抵瞬殺してしまうらしく、思い出として一撃打たせてやるのがビスケのやり方らしい。

 

「泉ヶ仙珱嗄だ、よろしくクソババア」

「ビスケット=クルーガー、掛かってきな若僧」

 

 珱嗄が肩に掛けていた陽桜をふっと下に降ろす。そして、肩幅に足を開いて発を発動させる為にオーラを開放した。

 

「いいね……ビリビリくるよ!」

 

 ビスケはそのオーラに自分以上の殺意と圧力を感じた。肌をビリビリと振るわせ、まるで焼け付くような熱さを持っていた。一瞬でも気を抜けば、すぐにでも刃が自分の肉に届いてくるだろう。故に、ビスケは自身の身体をオーラで強化、防御力だけでなく攻撃力も強化し、珱嗄の一挙手一投足を見逃さない。

 久々に一撃で死なない、自身が負けるかもしれない相手。ビスケもそんな珱嗄を見て、身体の内側から湧き出る者があった。

 

「久しぶりに猛って来ただわさ……!!」

 

 最近ではあまり抱かなくなって来ていた、戦士として当然の――――闘志。

 

「―――行くぞババア」

「本当に生意気な……ッ!」

 

 珱嗄のオーラがうねり、煌々と輝きながら燃えるようにその場に溢れた。この辺一帯が火の海に包まれたかのようにオーラが広がり、一点に収束されていく。大きな熱風が身体を叩いた。ビスケはその熱に眼を開けられない程だ。片腕を眼の前に置いてどうにか視界を確保する。

 そして、珱嗄がじり、と足を一歩、前に出した瞬間、

 

 

「!?」

 

 

 ビスケは珱嗄を見失った。急いで珱嗄を探す。前、横、後ろ、上、いない。そしてまた前に視線を移した時、珱嗄の刃がビスケの懐まで迫っていた。紅い輝きが軌跡を描き、例えるなら紅い閃光。

 

 

不知火(シラヌイ)――――『一閃』」

「う、ぐ、あ……! ァァァァアアアアア!!!」

 

 だが、ビスケは自身の身体を捻り、その刃の動きに合わせて自身の身体を引く。そして刃の軌跡から強引に身体をずらす、ミシミシと身体の骨が軋み、紅い一閃はビスケの脇腹を微かに切り裂いた。そして、切り抜けた刃はビスケの背後まで抜けて、それを操る珱嗄は地面をガリガリと削って停止した。

 

「―――驚いたな……まさかこれを躱せるなんて」

「膨大なオーラの気配を感じさせ、その状態に慣らした瞬間の絶………これじゃ見失うのは必至……か」

「その通り」

 

 珱嗄は技の仕組みを見抜いたビスケに、ゆらりと笑う。

 

(もう少し近くからやられてたら間違いなく斬られてた………それに、この脇腹の傷……出血が全くない……凄まじい切れ味だわさ……!)

 

 ビスケは軽く斬られた自身の脇腹をちらりと見る。そこからは一切の出血がなく、本当に綺麗に斬られている。これは陽桜の切れ味が本当に凄まじいものだという事を証明していた。痛みもない所を見ると、神経までもが完全に断ち切られている。

 

(確かに初見の相手ならそれこそ上位の実力者でも確実に殺せる発だわさ……しかし、弱点はある!)

 

 ビスケは傷から眼を逸らし、珱嗄を見る。珱嗄は瞳を閉じて大きく息を吸って、吐いていた。

 

(………?)

「いやはや参った……この技もまだ、未完成って訳だ――――でも」

「でも?」

「お前が相手なら、どうにかやれそうだ」

 

 珱嗄は下段に下ろしていた陽桜を今度は水平に持ち上げた。そして、大きく足を開いて腰を落とす。そして、今度は本当に『すぐ』だった。いつの間にか先程同様の灼熱のオーラの奔流が辺りに広がっていた。

 

「―――なっ!?」

「お前が相手なら………『閃光』から『桜』へ移っても大丈夫そうだ」

「どういう………ッ!?」

「閃光の向こう側、良く見とけ………不知火(シラヌイ)―――」

 

 音が消えた。ビスケの視界から、珱嗄が消えた。これは、先程と同じ不知火。だが、一度見た技ならば、躱せる。ビスケは目の前に集中し、凝を行なう。

 

(―――見えた!)

 

 珱嗄の刃を捉えた。今度は完全に躱した。そこから後ろへ抜けた珱嗄にその無骨な拳を叩きつけようとして、気付いた。

 

 

「――――『弐桜(にざくら)』」

 

 

 背後から、首を断つように二撃目が迫っていた。今度は、躱せない。

 

「ぐッ!?」

「………っはぁ……はぁ……!」

 

 寸止め。珱嗄の刀はビスケの首ギリギリで止まっていた。決定的な敗北だ。

 

「っふぅ……」

「……アンタ、今のは?」

「最初にやった一撃を連続で叩き込んだだけだ………ま、抜けた瞬間二撃目の為に動かなきゃいけねーから結構しんどい……はぁ……はぁ……こりゃ三撃目はキツイか……!」

 

 見れば珱嗄は顔を汗で濡らしており、息も荒くなっていた。おそらく、珱嗄の動こうとした動作に対して、肉体が付いて来ていない。珱嗄の考えている技は、珱嗄の身体能力を凌駕する動きだという訳だ。

 一撃目ですら精密なオーラコントロールを行ない、一瞬で相手に迫る必要があるのに、その一撃の後、二撃目の為に振り返って踏み込む脚力、刀を返して斬りつけるバランス調整、そして高速で動いている故にぶれる視界の中で相手に直撃させる動体視力と、分散したオーラを次の攻撃までに再強化する素早いオーラ操作、やることが多過ぎて一瞬で行なうにはかなり無理がある。

 珱嗄の特典である『人間の習得し得る全ての技術』と『神様製の強靭な肉体』を持ってしても、まだまだ成長途中の珱嗄では二撃行なうのが関の山だった。

 

 今回はビスケに通用したものの、これ以上の相手、ネテロやゼノ、果てはその上にいる様な相手には通用するかは分からない。少なくとも、この段階では『弐桜』は技足り得ていない。

 

「……なるほどね……『不知火』だったわね? ……その技を連撃で繰り出せればこれほど脅威な発もないだわさ……おそらく、初太刀を躱せるのはかなりいる。でもその次の弐の太刀を躱せるのは、それこそ限られてくる筈だわさ……それに加えて、参の太刀を完成させたとすれば――――この発は無敵の発に化ける!」

 

 ビスケは確信していた。これは完成すればどんな実力者であれ対処することは出来ないだろうと。まず、初撃の段階で、確実に太刀の攻撃範囲内に入られる。初撃を躱したとして、急速で迫ってきた刀を躱すのに、バランスを整えたままに躱せる余裕はまずないだろう。そこに間髪いれずにやってくる二太刀目、身体の体勢は辛うじて整えられるとしても、防御するには切れ味が強化されすぎている。下手な防御ではそれごと切り捨てられるだろう。

 どうにかその二撃目も避けた所で、体勢は完全に崩れる。もしそこに三撃目が待っているとなれば―――

 

 ビスケはゾクッと背筋に震えが走った。ビスケ程の実力者であっても、珱嗄の発の三撃目を躱すイメージを思い浮かべられない。初撃や二撃目をどう対処しても、三撃目でやられるイメージしか浮かんでこなかった。

 

「俺は最終的にこの不知火を、十連で出来るようにしたいんだよ」

「!?」

 

 珱嗄の言葉に、ビスケは目を見開いて驚愕する。三撃目で死ぬイメージしかないというのに、十連続も行なうというのか? もしもソレが本当に可能なのだとしたら、その時、その斬撃は全てを切り裂く刃へと変わるかもしれない。

 それこそ、陽桜の前の持ち主の逸話である、『空を裂き、海を割り、大地を切り裂いた』という絵空事を、可能にしてしまうかもしれない。

 

「ま、そういう訳で……良い修行法を知らないか?」

 

 珱嗄は肩に陽桜を担ぎ、大分整った呼吸でそう聞いてくる。ビスケはそれに対して、最適な修行法を一つだけ知っていた。だが、教えて良いのか躊躇った。

 この先、この技が珱嗄の言う所まで完成した時、珱嗄は最強の地位を手に入れるかもしれない。そうなれば、その力の使いようによっては最悪な事件が引き起こるかもしれないからだ。

 

「………昔、ハンター協会会長……ネテロがやったとされる修行法……『一万回正拳』」

「なにそれ?」

「一定のルーチンワークをこなした後、正拳を繰り出す。という動作を一万回、細部まで拘りながら打っては見直し、打っては修正を繰り返して毎日毎日行なったらしいだわさ……最初はそれこそ、一発の正拳に5,6秒は掛けていたそうよ」

「ふむ……それで?」

「彼が中年位まで年老いた頃、彼の一万回の正拳突きは一時間を切ったらしい」

「……成程……それをこの不知火でやれば……」

「おそらく、連撃も可能だと思うだわさ」

 

 それでも、ビスケは見たかった。この珱嗄という最高の原石が、光輝く宝石へと変わったあとの姿を。だから教えた。その修行法を。

 

「正直、この修行法を貴方に教えても良いのか分からなかった。でも、私は貴方の完成したその技が見たくなった! だから約束だわさ、その発が完成した時……私にそれを見せて欲しい!」

 

 ビスケは、言った。その言葉に対して珱嗄は、少しきょとんとした物の、いつも通りゆらりと笑って言った。

 

「いいよ―――そういう約束も、悪くない」

 

 



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修行×続いて×交代

 その後、珱嗄は『不知火』をただただ速く打てるように、ひたすら打ち続けた。

 

 

 ―――まず、オーラを刀に移し

 

 

 ―――次に瞬時に『絶』で刀と自身を隠し

 

 

 ―――そして相手の気付かれない内に斬り抜ける

 

 

 これが珱嗄の発、不知火の『一閃』だ。そしてこれを、『弐桜』へと続ける為に、切り抜けた後に再度これを行なう。

 

 

 ―――斬り抜けた直後に刀の強化を行ない

 

 

 ―――完了と同時に相手に二撃目を叩き込む

 

 

 これが二撃目。これを行なうに当たって珱嗄の肉体が付いていけていないのが現状だ。故に、珱嗄はその技を行なう為の脚力、腕力、オーラ操作を鍛える。故にビスケに教えて貰った『一万回正拳』不知火に変えて打つのだ。

 

 まずはゆっくり不知火を放ち、連撃を行なう。おそらく、この速度ならギリギリ十連撃が出来る速度だ。ただこの速度では素人でも珱嗄の動きを目視出来る。ただし、これは相手に気付かれない様に十連撃を当て終えるのが最終的な完成度だ。故に、これでは駄目だ。

 次に、速度を上げて素人には目視出来ない速度で行なってみる。すると、今度は十連撃には届かず、精々五連撃程しか出来なかった。

 そして、全速力でやってみると、やはり二連撃が関の山だ。

 

「んー……やっぱりまだ無理か」

 

 珱嗄は刀をトントンと肩に担いでそう言う。とはいえまだ始めてまだ初日だ、これから進歩していけばいい。

 そう思ってもう一度行なう。ゆっくりと動きながら十連撃を成功させ、少しづつ速度を上げて行けばいい。

 

「フッッ!!」

 

 オーラがうねり、消え、空気が切り裂かれる音が響く。誰もいない荒野で風の音と共に響く空気を切る音が、何度も何度も響いては消えて行く。

 

「ぅぐあ!?」

 

 途中で足が縺れて転んでしまった。勢いを失った刀は歪んだ軌跡を描きながら地面に突き刺さる。

 

「っと……やっぱ上手くいかねーなぁ……」

 

 珱嗄は呟きながら服の土を叩いて落とす。そして刺さった陽桜を抜いて、肩に担いだ。

 

「さて……と……帰るか」

 

 空は既に真っ暗になっていた。荒野を照らしていたのはオーラの燃える様な輝きと、陽桜の紅い輝きだけだ。ビスケも随分と前に帰ってしまっている。クロゼも待っているだろう。そろそろ帰らなければ。

 

「当面は『弐桜』までを簡単にやれるようにすることかな~……」

 

 珱嗄はそう呟きながら、着物を翻して宿へと戻って行った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて、それから日が経ち、珱嗄は相も変わらず修行に励んでいる。

 修行法を教えたビスケや、お金を集めて『グリードアイランド』を手に入れようとしていたゴンやキルア達は、オークションの結果全てのグリードアイランドを手に入れた、バッテラという豪商が行なった念能力者プレイヤー募集に赴き、無事に試験に合格。グリードアイランドをプレイしていた。

 

 そして、その合格者の中には―――――

 

 

「おーおー……随分と面白そうなゲームじゃねぇか」

 

 

 ―――クロゼが参加していた。

 

 珱嗄が修行に入る事は修行初日の後、クロゼには伝わっていた。故に、クロゼはその修行が終わるまで暇潰しを探したのだ。というか、珱嗄がビスケに会った日、クロゼもまた見つけていたのだ。

 

 グリードアイランドのプレイヤーをバッテラが探していた事に。

 

 だから参加した。クロゼは試験で自身の作った『発』を使って、見事に合格してみせたのだ。

 

「ふむ……『ブック』」

 

 ここはグリードアイランドのゲームの中。クロゼはこのゲームに置いて重要な呪文を唱えた。すると、クロゼの手の中に大きな本がぽんっと現れる。中は100枚のカードを入れるナンバーの付いたポケットと、40枚のフリーポケットがあった。

 これは、このグリードアイランドをクリアするために必要なアイテムだ。この世界にはあらゆるモンスターやアイテム等のカードが存在し、0から99までのナンバーが付いたレアカードを指定の番号が書かれたポケットに入れることで、ゲームをクリアした事になるのだ。

 

「さて……それじゃあまずはこのうざったい視線をどうにかするとしよう」

 

 クロゼはそう言って、珱嗄を真似する様に、口端を吊り上げる。しかし珱嗄とは違い、表情はそっくりなのに、雰囲気は全く違う。クロゼはあたかも笑っているかのように、にやりと笑わなかった。

 

 

 



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クロゼ×スタート

 さて、珱嗄が修行している中、クロゼはグリードアイランドをプレイする訳だが、まずクロゼはゲームに入って感じた視線に注目した。ゲームのスタート地点は、先にこのゲームをプレイしていたプレイヤー達に見張られている。新人の顔を覚えて、有望そうならば初期の段階で手に入れたカードを横どり出来るからだ。ルールをまだ良く理解していない新人が持つレアカード程、良いカモはない。

 だから、クロゼ達新規加入プレイヤー達は、視線を感じる方へ行くか感じない方へ行くかの二択で行動を取っていた。

 

 だが、クロゼはそのどちらの選択肢も取らなかった。クロゼの取った行動は、視線を送ってきているプレイヤーを探しだして、叩きのめすことだった。

 

「ふぅ……これで最後かな?」

 

 クロゼの立つ足元には、視線を送って来ていたプレイヤーが転がっている。彼らはゲームを始めて、実力不足でゲームから出られなくなった者達だ。故に、クロゼとは実戦経験を差し引いても圧倒的な実力差があった。

 

「えーと……まぁまぁの出だしかね?」

 

 クロゼは倒した者達から根こそぎカードを奪っていた。所謂、カツアゲである。この世界ではカードを手に入れる方法が大きく分ければ2つある。

 カードを正規の入手条件をクリアする事で入手する方法とカードを持っているプレイヤーから譲渡、もしくは強奪する方法だ。クロゼの取ったのは言うまでも無く後者である。

 

「なるほど、レアカードも持ってた様だし……ナンバー付きのポケットにもカードが入れられたってことは、運が良いな、俺」

 

 クロゼはブックと唱えて本を消す。カードや本の使い方はプレイヤーを倒していった中で覚えた。まぁ視線を送って来ていたプレイヤーは多くいたからカードの効果は全て他の奴に押し付けたが。

 

「さて……それじゃあカード探しに行こうか」

 

 クロゼはそう呟いて歩きだす。どうやら奪ったカードの中にあった『地図』によると、近くに大きな街があるようだった。故に、そこを目指す。とりあえずは情報収集と有益なカードの収集が必須になって来るだろう。

 

「珱嗄だったらなんて言うのかねぇ……ま、どうせゆらゆら笑って自由に行動するんだろうけどさ」

 

 クロゼはそう言いながら、にやりと笑わなかった。笑っているけれど、雰囲気は笑っていなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 クロゼがしばらく歩いた先には、大きな街があった。プレイヤーの他にも事前に容易されたNPC的キャラクターもいるし、ずっと前から参加していたプレイヤーらしき人物もちらほらと見かけた。

 但し、そういった人々の表情は、どこか浮かないものがあった。憂いがあるというべきだろうか。

 

「さて、と……このゲームのクリア方法はカードを全て揃えること、その手段は問わない訳だ。となると……交渉手段を手に入れるのが一番か……」

 

 クロゼの頭には、カードを手に入れる手段として『他人から奪う』というのがあった。というか、それを実行するつもりであった。

 その為に、クロゼはまずその奪う相手との交渉を行なう為の交渉手段を手に入れる事にした。まぁ挙げてみれば、レアカードだ。

 

 レアカードをちらつかせ、勝負に持ち込み、勝利して、カードを奪う。これがクロゼの思い付いたカード強奪のプロセスである。

 このゲームにはその場から遠距離にある街や人の下へと瞬時に移動出来るカードがある。勝負に持ち込む前にそれを使われては元も子もない。だから、『もしかしたらレアカードが手に入るかもしれない』という考えを持たせることで、逃げる可能性を減らすのだ。しかも、クロゼはオーラの量が少ない上に、念自体習得したのはごく最近の話だ。それも相まって、クロゼの実力を格下と舐めてくれればこっちのものである。

 

 このゲームのプレイヤーはまだゲームをクリア出来ていないことと、現実へ戻るカードを手に入れる実力が無いから、戻りたくても現実へ戻れない。だからこそ、この世界においてゲームクリアの鍵である『レアカード』の価値は、現実のどんな金額よりも上になってくる。

 そして、このゲームのカードにはそれぞれ『カード化限度枚数』というシステムがある。カードは元々物体であった物で、例えば条件をクリアして名剣を手に入れたり、遭遇した動物を倒したりして初めてカードになるのだ。いわば、現実物のカード化だ。

 このカード化には各々にカード化出来る回数が決まっている。その回数が『カード化限度枚数』。例えば、『カード化限度枚数』が『3』のカードを3人のプレイヤーがそれぞれカード化し、保有している状態で、4人目のプレイヤーがそのカードの現実物を手に入れても、既に『カード化限度枚数』を満たしてしまっている故、それはカード化する事が出来ないという事だ。

 だから、クロゼのカード入手手段に使うレアカードは『カード化限度枚数』が少ない程効果を増す。何せ、難しい条件をクリアしなくても、比較的弱そうなクロゼを倒すだけでレアカードが手に入れられるのだから。

 

「まずはナンバー付きのカードの情報を集めようかな……」

「おい、アンタ」

「あ?」

「アンタ、今日参加した新人だろ?」

「……そうだけど、お前は?」

「俺はずっと前からこのゲームをプレイしてる……今アンタが情報を集めようかと呟いてたから声を掛けたんだ。ナンバー付きのカードの情報が欲しいんだろ? 俺で良ければ教えるぜ?」

「へぇ……」

 

 クロゼは正直に思った。怪しい、と。だが、ここでこの男を逃せば情報の手がかりが無いのも事実だ。さてどうしたものか。

 

「……ま、考えるまでもないか……」

 

 クロゼは少し迷ったが、自分に念を教えてくれたあの師匠ならどう行動するかを考えれば、迷うまでもなかった。面白そうならば、危険など顧みないのがあの男のやり方だ。

 

「よし、行こう。教えてくれよ、その情報」

「お、おお! 意外だな、自分でも怪しい誘いと思ってたんだが……」

「お前の常識を少しでもあの馬鹿師匠が持っていれば俺もこうはならなかっただろうけどな」

 

 クロゼは苦笑する。そう言ってはいるものの、嫌いになれないのは、珱嗄の魅力と言えるだろう。その理由として挙げるのなら、珱嗄は何処までも自分に自由に生きているのだ。その生き方は、時に人に羨望の眼差しを向けられる。珱嗄の様に自由に生きている人間は、実はかなり少ないだろう。自由に生きるにはこの世界は殺伐としているし、自由に生きるには大切なものが多過ぎるからだ。だからこそ、クロゼもそんな珱嗄に惹かれたのだろう。

 

「ま、とりあえずはお前の怪しい誘いに乗ってやるよ。その方が、面白い―――受け売りだけどな」

「………ははは、そりゃ良い……その受け売りの台詞を言った本人に会ってみたくなったぜ。良いだろう、付いてきな……俺の知ってること、教えてやるよ」

 

 クロゼの台詞を聞いたその男は、気が抜けた様に破顔した。

 

 



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クロゼ×ブループラネット

「ふむふむ、なるほど……」

「これで俺が知ってるナンバー付きカードの詳細は全部だ」

 

 クロゼに声を掛けて来た男の名前は、トルコロール=ヒビコポッチ=デマグリアン=サチコルーボッチーノ。通称、ボッチである。

 クロゼは彼からほぼ全てのナンバー付きカードの情報を聞くことが出来ていた。どうやら、彼に付いて行ったのは正解だった様だ。最初のカツアゲでレアカードを手に入れられたこともあって、クロゼは運が良い様だ。

 

「となると……俺が手に入れるカードとしてピックアップするなら……これとこれかな?」

 

 クロゼが選んだのは、入手難易度SSクラスの『ブループラネット』と同じくSSクラスの『一坪の密林』だ。前者はカード化限度枚数が5、後者は3だ。

 

「そりゃまた随分と難しいのを狙ったな……」

「カード化限度枚数が少ないほど良いんだよ」

「……ま、このゲームをクリアしてくれれば俺はどうでもいいんだが」

「お前はクリアしねぇのか?」

 

 クロゼはとりあえずの目標を決めたので、ボッチの目的を聞く事にした。元々クリアが目的だったはずなのに、今ではクロゼにクリアして貰いたい様な想いすらある。

 

「ああ……本来なら俺もクリアしてぇ所なんだがよ……いかんせん俺には実力がない。でも、俺は現実世界に戻りたいんだよ……だから、情報を掻き集めて、実力のある奴にこのゲームをクリアして貰おうと思ったんだ。もう報酬なんていらねぇから……現実に帰りてぇんだ……!」

「あ、ゴメン聞いて無かった」

「ぶち壊しだぜ!!」

 

 クロゼは立ち上がり、肩を回しながらコキッと首を鳴らした。

 

「ま、とりあえず俺は俺のやり方でクリアを目指すさ。なんなら現実世界に戻るカードが手に入ったらくれてやるよ」

「!」

「お前の知ってる情報、全部出しな」

「お、おう!」

 

 クロゼはなんだかんだいって、優しかったのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「さて……」

 

 その後、クロゼはとりあえずカード化限度枚数が多い方、ブループラネットを手に入れる為に動き始めた。このカードの入手方法は、『これ以外の宝石を集めて、ゴージャスホテルにいる女性に話し掛ける』だ。これはなんというかおかしな話である。ボッチの情報によれば、このブループラネットは他の宝石の追随を許さない程のレアな宝石だ。なにせ、唯一無二の青く輝く宝石な上、宇宙からの贈り物ともされているのだから。

 なのに、他の宝石をじゃらじゃら持っていけばくれるというのだ。その女、頭おかしいんじゃないだろうか?

 

「とりあえず……最初のカツアゲで手に入れたカードの中に、宝石系のカードは数枚あったな」

 

 クロゼが持っているのは、『さまようルビー』『孤独なサファイヤ』『闇のヒスイ』『美を呼ぶエメラルド』の四つだ。どれも宝石系のカードの入手難度で言えば、低い方のカードだ。

 

「そうなのか?」

「ああ、まぁ入手難易度は低い方だけどな」

「そうか……あ、そうだ」

「どうしたボッチ」

「ほら、これ。やるよ!」

「これは……『浮遊石』!? なんでお前がこれを……?」

「俺はずっと前からこのゲームをやってた……去年の6,7月だったか、山賊の村でラピュタのイベントがあったんだ。それで、手に入れられた」

 

 クロゼは入手難易度Sの『浮遊石』を手に入れた。カードポケットに収め、本を消す。これで残る宝石は『レインボーダイヤ』『賢者のアクアマリン』『奇運アレキサンドライト』の三つだ。

 それぞれ、入手方法は、

 

 『レインボーダイヤ』

 →ドリアスという街のスロットの景品。

 『賢者のアクアマリン』

 →『マッド博士の整形マシーン』を持ってマッド博士という人物に話し掛ける。

 『奇運アレキサンドライト』

 →山賊の村で有り金をあげた後、聖騎士の首飾りをもって再度山賊に会う。

 

 だ。さて、クロゼはまずボッチに協力して貰って、賢者のアクアマリンを手に入れて貰う事にした。これは、比較的簡単な入手経路だ。マッド博士の家に置いてある『マッド博士の整形マシーン』が入った宝箱を探して貰い、それをマッド博士の所まで持っていって貰うのだ。

 とはいえ、それをするには恐らく、かなりの罠が待ち受けているだろう。入手難易度Aは伊達ではないのだから。

 

「だから、お前だけで行かせる訳じゃない」

「……どういうことだ?」

「ここで俺の『発』を使う」

「お前の『発』? どういうことだよ」

 

 クロゼの発、それは操作系の極みとも言っていい技だ。クロゼは自分のオーラを日常的に溜めている。これはクロゼの発に必要な事なのだ。

 そして、クロゼは既に念を習得し、発の話を聞いてから約半年の間、オーラを溜め続けているのだ。故に、クロゼは大体クロゼ30人分のオーラを溜められている。これは、クロゼの異常なオーラコントロール力あってのモノだ。少しでもコントロールを乱せば直ぐにでも溜めたオーラは行き場を失い、霧散していってしまうのだから。

 

「ああ、俺の発―――『憑依透し(トリップスキャン)』だ」

 

 クロゼはそう言うと、ボッチに触れ、自分のオーラを流し込んだ。

 

「お、おお!?」

 

 ボッチは流れ込んできたオーラが自分の身体の隅々まで染みわたるのが分かる。だが、反面オーラによる強化がされた様子もなかった。これはどういう発なのだろうか?

 

「俺は操作系の能力者だ。だから、他のモノを操るのが得意なんだ……んで、俺が元々持ってた技術である衝撃透しを媒介に、俺のオーラを他人に流し込む事で相手を操作する能力を作ったんだ」

「へぇ……あれ? でも俺操られて無いが……」

「ああ、これはただの操作とは違うんだよ。これは、相手を強制的に操る事も出来るが、その真価は操る対象に意識があるまま操ることが出来る、ということだ。しかも、身体の隅々までオーラを透したことで感覚を共有する事も出来るんだ」

「感覚を?」

「ああ、ちょっと後ろ向いて俺に見えない様に何本か指立ててみ?」

 

 クロゼの言葉に、ボッチは後ろを向いて三本指を立てた。勿論クロゼに見えない様にだ。すると、後ろからクロゼが声を掛ける。

 

「三本」

「!?」

「お前の視界を共有したんだ。ま、こういうことだ」

「ってことは……それってつまり」

「そう、俺はお前の身体で戦う事も出来る、ということだ。そして、俺単体のオーラとお前のオーラも相まって、普段の俺同様の戦闘が可能なんだ。だから、戦闘になったら俺が代わって戦ってやるよ」

 

 クロゼの能力は、操作の先。他人を他人のまま自分の物にするのだ。だから、ボッチが自分の意思を持ったまま操作する事が出来るし、いざとなればクロゼがその身体を乗っ取る事も出来る。しかも、相手に意識がある故に幾ら離れても能力が解除されることはない。オーラを管理させることが出来るのだから。

 

「……なんというか……恐ろしい能力に掛かったんだな俺……」

「まぁアレだ。ちゃんと目当てのカードを手に入れたら解除するから」

「ならいいんだけどよ……」

 

 ボッチは若干不安になると同時に、クロゼがとんでもない奴だという事に希望を感じていた。これなら、自分は元の世界に帰れるかもしれないと。

 

「じゃ、行こうか。アクアマリンの方、よろしく頼むぜ?」

「分かってるよ」

 

 ボッチとクロゼは、そうして動きだした。

 

 



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ババア×ババア

 さて、クロゼとボッチが別れてからしばらく。クロゼは持ち前の運を使って、無事に『レインボーダイヤ』を手に入れていた。これはドリアスという街のスロットの景品だ。完全に運任せのカード入手法なのだが、クロゼは此処に来てから何かと運が良い。一発勝利だった。

 そして、ボッチの方は現在マッド博士の家にあった宝箱を見つけ、『マッド博士の整形マシーン』をゲット。他三つのレアカードを入手していた。あとは罠を突破しながらマッド博士の下へ行くだけだ。

 

 なので、残るカードは『奇運アレキサンドライト』だ。有り金を全て山賊に渡さないといけないプロセスがあるのだが、そこは問題ない。何故なら、既定の金額ではなく、あくまでその人が『持っている金額全て』を渡すのだから。ならば、最低限の金額を相方に預けておき、最小限の金額を持っていけばいい。

 

「『同行(アカンパニー)』オン、ボッチ」

 

 故に、クロゼはカツアゲしたカードの中にあった移動系のカードを使う。『同行』は指定したプレイヤーか、行った事のある街に移動出来るカードだ。

 結果、一瞬でボッチのいる場所へとクロゼは移動した。

 

「お、クロゼか」

「おうボッチ、こっちは手に入れたぞ」

「ん、今俺も丁度……」

「ほれ、これをやろう」

「サンキュー爺さん………手に入れたぜ、『賢者のアクアマリン』!」

 

 丁度、ボッチも指定のカードを手に入れていた。それをクロゼは受け取る。そして、ついでにマッド博士の家で手に入れた指定ポケットカードを受け取り、本に収めた。

 

「さて、あとは山賊の村だ」

「おう……どうする?」

「とりあえず、カツアゲしたカードの中に『聖騎士の首飾り』がある。俺が山賊の村に行こう、とりあええず金を預かっててくれ」

「分かった。じゃあ俺は他の指定ポケットカードを集める。手頃な入手方法のカードは結構あるからな」

「頼んだ」

 

 すると、ボッチは『同行』のカードで近場の街へと移動していった。クロゼはそこから山賊の村へと歩き出す。

 その途中で、同じモノを欲しがっている、少女の姿をした猛者に出会う事も知らずに――――

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 場面変わって、同じくグリードアイランドをプレイしているプレイヤー。ゴンとキルアは、珱嗄と一悶着起こした少女姿の猛者、ビスケット=クルーガーに師事を得ていた。

 彼女もグリードアイランドのプレイヤーに抜擢されていたのだ。また、彼女は少し意地の悪い嫌いがあり、ゴンとキルアの友情をぶっ壊してやろうとかアホな事を考えていたのだが、ゴンとキルアの才能を見て、簡単に手の平を返した。いきなり現れて念の使い方を教えてやる的な言動で迫って来たのだ。

 

「それにしても、あのオウカといいコイツらといい……才能溢れる奴らがこんなにごろごろいるものかしら?」

「オウカ? ねぇビスケ、今オウカって言った?」

「なによゴン、アイツと知り合い?」

「うん! 少し前のハンター試験で一緒だったんだ!」

「……ふーん……ってことはアイツって念能力を手に入れたの本当に最近ってことだわさ!?」

「え? う、うん多分」

「それなのにあの実力……原石中の原石じゃない……」

 

 ビスケは珱嗄の事を思い出しながら眉を潜めた。

 あのオーラの量と、それを操るだけのスキル、そしてトップクラスの実力を自負するビスケが確実に躱せないと感じたあの発と、それを実現させてしまう身体能力、どう考えても最近念を習得した者の動きでは無い。しかも、まだ発展途上ときた。化け物クラスの才能、同じ人間とは考えられない位だ。目の前にいるゴンやキルアも世間的に見ればかなりの原石、なのに珱嗄と対戦したビスケからすれば、霞んでしまう。

 

「とはいえ、アイツの修行を手助けした私が言える事じゃないだわさ……」

 

 顔をフルフルと振って思考を切り返る。元々、自分がそんな事を言える立場にはない事くらい、彼女は分かっている。しかも、珱嗄と比べれば霞んでしまう才能とはいっても、何れビスケを超えられるであろう才能だ。ここで切り捨ててしまうのはもったいない。

 

「ほらほら、さっさと掘りな!」

 

 ビスケはゴン達にツルハシを渡して、オーラで纏わせ強化する『周』をやらせていた。そしてそのツルハシで積み重なった山を掘り進むのだ。これが現在ゴン達がやっている修行。オーラを正確に操作する修行だ。

 

「「おう!!」」

 

 素直に掘り進むゴンと、ぶつくさ言いつつも掘るキルア。強くなれるのなら、多少は我慢するということだろう。

 ビスケもその素直さ加減には感心するモノがあった。と、そこに

 

「あれ?」

「ん?」

 

 クロゼが現れた。

 

「アンタ誰よ?」

「クロゼってモンだ。そういうアンタは………金髪くるくるヘアーに……少女姿で……綺麗な纏……あ! そうか! お前ババアだな? ババアだろ!」

「ぶっ殺すぞお前!!?」

「いやー、オウカの奴に聞いてた通りの特徴だな。直ぐに分かったぜ、なぁババア」

「よーし分かった、元凶はあの男ね? 次会ったらぶっ殺す!」

「ところでババア」

「私の名前はビスケット=クルーガー! ババアじゃない!」

「え………」

「おいどうしたその反応は?」

「い、いやオウカの奴からアンタの名前はババア=ヒスッテルって聞いてたから……」

「あ、あぁぁぁああの野郎ォォォォォォォォ!!!!!」

 

 ビスケの雄叫びに、ゴンとキルアがびくっと肩を震わせた。

 



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ババア×の×災難

 それから、クロゼはしばらくゴンとキルアの修行をビスケと一緒に眺めていた。というのも、山賊の村まで行くのには少し掛かる。休憩がてら見物としたのだ。

 そして、隣にはビスケが居り、雑談を交えて、少しばかり関係も良好な物になっていた。主に、珱嗄への愚痴りあいだったが。

 

「それで、アンタは此処に何しに来ただわさ?」

「んー……まぁいいか、『ブループラネット』って奴を手に入れるつもりなんだ」

「え!?」

「どうした」

「それは私も狙っているモノだわさ! ち、ちなみに入手条件は分かってるの?」

 

 ビスケが食いついてきた。どうやら、ビスケも同様に『ブループラネット』を狙っているようだ。まぁ、クロゼとは違って本当の意味で欲しいようだが。

 クロゼは、『ブループラネット』の入手方法をビスケに教えた。そして、条件達成に必要なカードが、残り一枚であることも教えた。

 

「………そう、ってことはアンタは『奇運アレキサンドライト』があれば『ブループラネット』を入手出来るってだわさ?」

「そういう事になるな」

「……なら、私の持ってる『奇運アレキサンドライト』を預けるだわさ」

「持ってるのか!?」

「ええ」

 

 ビスケは、ブックと唱えて本を実体化させ、その中からまさしくクロゼの目的である所の、指定ポケットカードにして最後の宝石系カード、『奇運アレキサンドライト』を取り出して、クロゼに差し出した。クロゼはそれを受け取り、少し考えた。

 クロゼは聞き逃さない。このカードを、ビスケは『あげる』ではなく、『預ける』と言ったのだ。それはつまり、対価として何かを返せという事になる。そして、彼女の目的はクロゼと同じ、『ブループラネット』だ。必然的に、その対価として求めたいのは入手した後の『ブループラネット』だろう。といっても、たった一枚の条件カードを譲渡したからと言って、わざわざ入手した、それこそ入手難度もSと高く、カード化限度枚数も僅かしかない極上のレアカードをくれてやるのは、対価として合わない。

 

「だから、チャンスを頂戴」

 

 そんなことはビスケも分かっている。だが、その極上のカードを入手出来た要素として協力している以上、2割程度の所有権はある筈なのだ。だから、ビスケはただで貰うつもりは毛頭ない。

 条件を加える。もしも、この『奇運アレキサンドライト』を譲渡して、『ブループラネット』を手に入れることが出来たなら、その『ブループラネット』の所有権を賭けて勝負しろ、という事なのだ。

 

「成程な……」

「良いだわさ?」

「拒否する」

「なんでよ!?」

 

 だが、クロゼは拒否した。正直言えば、ここで『奇運アレキサンドライト』を譲渡して貰えば、これ以上なく楽に条件を達成出来るだろう。だが、それでもだ。クロゼは元々、山賊の村へと辿り着けば、なんの障害も無く『奇運アレキサンドライト』を入手する事が出来る。この取引は、応じなくても構わないのだ。

 

「俺はな、お前の助けなんか必要無いんだよ。オウカ風に言うのなら、『引っ込んでろこのクソババア(笑)』」

「うん分かった、つまりお前も殺されたいんだな?」

「俺を殺したらきっとオウカ怒るぜ?」

「う……」

「………………………多分」

「うん、ゴメン。私もアンタを殺した後アイツがキレるイメージが付かなかっただわさ……」

「寧ろ、高々と笑いそうで………」

 

 クロゼがビスケに殺された場合の珱嗄の動向をイメージして、クロゼは少し落ち込んだ。弟子であり、友人であるクロゼが死んでも悲しむイメージが付かないというのは、単に珱嗄の人柄が問題なのだろう。あそこまで鬼畜だと、例え自分が死んでも悲しまなさそうだ。

 

「……ま、まぁ殺されるのは困る」

「うん、まぁ私も本当にやろうとは思って無いだわさ」

「さて……俺はそろそろ行くわ」

「あ、うん。まただわさ」

 

 クロゼは『同行』のカードを使ってとある街へと飛んで行ったのだった。

 

「……ふぅ、全く。オウカと同じでとんでもない奴だっただわさ……あれ?」

 

 そして、ビスケは気付く、クロゼに手渡した『奇運アレキサンドライト』が無い事に。何処へ行ったのか、そんなの簡単に分かる。クロゼに渡したままなのだから、クロゼが持っているのだ。だが、彼は既にこの場にはいない。そしてビスケにはそれを追う手段が無い。

 

「あ、あんにゃろおおおおおお!!!!!」

 

 ビスケの雄叫びに、再度ゴンとキルアの肩が震えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「っと……」

 

 さて、クロゼはそんなビスケを尻目に、にやりと口端を歪める。その手にはビスケの『奇運アレキサンドライト』があった。ブックと本を実体化してそれを収めた。

 恐るべき手腕というか、実にさりげなくカードを盗んで見せた。

 

「これで、条件は達成か……あとは『ブループラネット』を手に入れて……それをダシにカツアゲするだけだ」

 

 クロゼは気が付いていないが、かなり珱嗄の影響を受けている。以前のクロゼなら、こういった卑怯な手段は取らなかっただろう。なのに、今ではこうやってさらっとやってのけてしまっている。これは、珱嗄と一緒に過ごしてきたから、やって良い事の範囲が大きく広がったのだろう。

 

「さて、それじゃあ行くとしますか」

 

 クロゼは飛んできた街の、ブループラネットを持った女性のいるホテルへと、足を向けたのだった。

 

 

 



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クロゼ×休憩

 それから、およそ4ヵ月が経った。前回の後、クロゼは無事に『ブループラネット』を入手、カツアゲ計画を実行した。そして、この4ヵ月で入手した指定ポケットカードは72枚。ほぼ7割が埋まっているのだ。

 だが、4ヵ月というけして長くない時間の中で、此処までの成果を挙げられたのには、理由がある。それは、ボッチを始めとした協力者の存在。クロゼはカツアゲをする中で、クロゼの強さを気に入った者を協力者として迎え入れ、ボッチ同様『憑依透し』に掛けたのだ。 

 此処まで言えば分かるだろうが、クロゼの取ったのは人海戦術。収集した指定ポケットカードを協力者に配布し、自分と同じことを数名で行なったのだ。しかも、クロゼの発に掛かった者の身体を使ってクロゼが戦うことが出来るので、負ける事は早々無かった。やはり、珱嗄相手に修行をしていた反面、他の者が物足りなく感じてしまう。

 そういった理由で、彼は指定ポケットカードを大量に収集する事が出来ていた。とはいっても、クロゼの本に指定ポケットカードが全て入っている訳ではない。協力者全ての本にバラバラに72枚の指定ポケットカードが収容されている。こうすることによって、他のプレイヤーに目を付けられる可能性を最小限にしている。

 

「……だが、これは少し暴れすぎたかな?」

 

 しかし、クロゼは少しばかり困った状況にあった。数名の協力者を使っているとはいえ、カツアゲにあうプレイヤーが増えているという情報が、上位プレイヤー陣の耳に入る事となったのだ。故に、カツアゲに対してかなりの警戒が敷かれてしまった。これでは今までの通りの手段でカードを手に入れることが難しくなってしまった。

 

「これは少しばかり身を潜めた方が良いかな?」

 

 クロゼはとりあえず、協力者を全員一ヵ所に集めることにした。そこで、72枚の指定ポケットカードを一つの場所に集めようと考えたのだ。ボッチを含め、協力者は12名。

 

「それじゃ、少しばかりの休憩と行こうか」

 

 クロゼはそう呟いて、少しだけ肩の力を抜いた。

 

 ◇

 

 その後、クロゼは全ての協力者を集合。全ての指定ポケットカードをボッチの本へと収容した。

 ここで何故クロゼでは無くボッチの本に収容したのか、それはボッチが一番の隠密性に長けた念能力者だからだ。

 彼はこれまでのプレイヤー人生において、誰にも悟られる事無く異常な程の量の情報を収集しているという実績がある。クロゼは彼からほぼ全ての指定ポケットカードの入手条件を聞くことが出来た。裏を返せばボッチはクロゼに『ほぼ全て』の指定ポケットカードの入手条件を教えられるだけの『情報』を持っていたのだ。これは紛れもない事実なのだ。

 

「いいかボッチ、お前はこの指定ポケットカードを持って、行動を起こさず、身を潜めておいてくれ」

「おう、まぁ一人身を潜めて気配を消すのは得意だ」

「ボッチだもんな」

「そこはかとなく嫌な気配を感じたぞオイ」

「気のせいだよ。とにかく、頼んだ」

 

 クロゼの頼みに、ボッチは頷いた。

 

「さて、それじゃあ皆一旦休日としよう。頃合いを見てまた招集を掛ける」

 

 クロゼの言葉に、協力者の全員が言葉無く去って行った。クロゼはその背中を見ながら座る。なんとなく手持無沙汰な思いがして、少し落ち付かない。最近はずっとカード集めに精を出していたから、こうした休日に何をしていいのかと考えてしまうのだ。

 存外、自分は忙しい身の方が性に合っているのだろうと、クロゼは思った。

 

「さて、珱嗄はどうしてるのかな?」

 

 クロゼはそう言って、ふと笑った。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 とある荒野に、一人の男がいた。その荒野は、4ヵ月前はかなりでこぼこした地形だったのだが、今では何故か更地になってしまっている。地形自体が変わってしまっているようだ。

 その原因は、やはりその男だ。持っている刀は抜き身で、紅く輝いている。そして、辺り一帯が灼熱の業火に包まれたかのように熱かった。

 

「ふー……」

 

 彼の頬からは大量の汗が流れ、吐く息は体温を少しでも下げるかのように、熱を持っていた。男はその刀を下段に構えて、オーラを爆発させる。大量のオーラが灼熱の炎を幻視させ、うねりを上げて大気を震わせる。

 

「―――不知火」

 

 男が呟くように言う。すると、男の姿がまるで陽炎の様に不確定な物になる。まるで、そこにいるのにいないかのような存在感。そして、すーっと男の姿が希薄になり、瞬間――――ふっと消えた。

 

「『  』」

 

 恐らくは技名。だが、それはオーラの震える音と――――地面が断ち切られる音で聞こえなかった。

 

 だが、男の姿が見え、オーラが終息していった後、男の目の前には地面に深く大きな切られた跡があった。

 

 

 

 



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クロゼ×帰還

 さて、それから更に二ヵ月の時が経った。クロゼはこの時間で指定ポケットカードではなく、呪文カードを集めていた。元々、クロゼはこのゲームをクリアするつもりではなかった。珱嗄が修行に入る、ということで、暇潰しの出来るものを探した結果、このゲームに参加する事を決めたのだ。

 故に、そろそろゲームを終わろうと考えた。そこで入手しようとしたカードが、現実世界へと戻る効果を持つカード、『離脱(リーブ)』だ。指定ポケットカードに入るレアカードは、最終時点で97枚。ほぼ埋まった状態だったのだ。それに、残りの入手もかなり容易だったので、クリアも同然。故に、クロゼはそれをゴン達に押し付けて、代わりに『離脱(リーブ)』を14枚集めさせた。

 そして、それを協力者である12人の念能力者達に配り、ゲームを終了することにした。

 

「それに、ゴン達に渡した全部の指定ポケットカードがあるんだ。直ぐにクリアされるだろうさ」

 

 クロゼは、そう考えたのだ。

 そして、現在。クロゼはそのカードの効果で現実世界へと戻って来ていた。そして、同じく戻ってきたボッチは、現実世界の久々の空気に触れ、感激しながらクロゼに礼を言った。

 

「ありがとう……本当にありがとう……!」

 

 クロゼはそんなボッチに対してひらひらと手を振って、珱嗄の下へと歩き去る。時間は既に約6ヵ月が経っている。つまり、半年だ。半年もの間、珱嗄は修行。クロゼはゲームを楽しんでいたのだ。しかも、ある意味クロゼはゲーム内でカードを対価とした勝負を何度も行って来ている。ある種、修行にもなっていた。

 つまり、この半年はクロゼにとっても珱嗄にとっても、実力向上の期間として有意義なものだった。

 

「あいつはどうしてんのかなー」

 

 のんきにそんな事を言いながら、街を歩く。泊まっていた宿が見えてくると、心なしか少しだけ安堵する自分が居て、やはり帰る場所というのは安心出来るものなのだろう。

 だが、何故か宿に近づいていくごとに降りかかる圧力がある。とはいっても気のせいといっても良い位の微かなモノだ。しかし、クロゼには気のせいとは思えなかった。

 

「なんだ……これは……?」

 

 宿に入り、自分達が取った部屋を目指す。この時点で、圧力は最早気のせいなんてレベルでは無くなっている。身体を押し潰す様な圧力では無く、心臓を鷲掴みにされているような、次の瞬間には死んでしまうのではないかと思う様な圧力。

 部屋の前まで来て、扉に手を掛ける。そして、ドアを開けた。瞬間、

 

 

 

 ぞわっ……

 

 

 

 背筋に氷を入れられたかのような緊張感で身体が硬直した。次に感じたのは、皮膚が焼かれているのではないかと思う位のオーラの波動。うねりを上げる灼熱のオーラが、開いた扉から熱された空気を勢いよく吐き出す。その熱風がクロゼの身体を通り抜け、汗や眼の水分が乾いていくのを感じた。

 そして、その原因を探ろうと部屋の中を見ようとした、その時。

 

 

 先程まであった気配が、消えた。

 

 

「!?」

 

 クロゼは部屋の中を見て、何もない、誰もいない事実に、目を丸くして驚愕する。

 

「――――ん?」

 

 だが、それは錯覚だ。本当は部屋の中心に、珱嗄は居た。オーラを普段通りに戻し、瞳を開く。そして、開いた入口に佇むクロゼに気が付いた。視線を向けられたクロゼは、どことなく珱嗄に恐怖を抱いた。自分がゲームをしている間に付いてしまった圧倒的な格の違いを理解した。それと同時、珱嗄が自分の発である『不知火』を、完成させている事も強制的に分からされた。

 故に、珱嗄の視線に一歩、足を下げた。しかし、

 

「ああ、ようクロゼ。ゲームはどうだった?」

 

 珱嗄は以前と同様の柔らかい雰囲気と、ゆらりとした笑みを浮かべてそう言う。クロゼはそんな珱嗄に、きょとんとした。そして、引き攣った笑みを浮かべながら、部屋に下げた足を入れた。

 

「ああ………楽しかったぜ、満足だよ」

「それは良かった。俺も大分強くなれたんじゃないかなと思うよ」

 

 珱嗄はそう言う。そこまでいって、クロゼは珱嗄は珱嗄だと思った。どれだけ強くなろうが、それを扱う珱嗄はどこまでいっても変わらない。ならば、どこまでいっても自分は珱嗄の友人だ。

 

「さぁて、それじゃどうする? アレから半年も経ってずいぶんと世情にも疎くなっちったし……年もいつの間にか明けてるし、もう3月だぜ? 3ヵ月遅れの新年挨拶でもする?」

「明けましておめでとう」

「おめでとー………はい、それじゃあ次のこと考えようか」

「無駄なやり取りだったなオイ」

「ああ、そうだ。ババアには会った?」

「そうだよ、お前嘘吐いたろ! あの子の名前ババアじゃなくてビスケらしいんだけど!」

「そうだよ」

「さらっと認めんなぁあああ!!」

 

 久々のこんなやり取り。クロゼは内心で、やはり楽しいなと、そう思った。

 

 

 

 ―――そして、この時はまだ気付かない。自分の命が脅かされる事態が、直ぐ近くまで迫ってきている事に。

 

 

 



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キメラアント編
蟻×人間


 それから時間は経ち、季節は春。5月に入った。珱嗄とクロゼは、あの後、ヨークシンをあとにした。修行も終わって、行きたい場所も、やりたい事も無いので、差し当たりぶらぶらと旅をする事にしたのだ。

 だが、現在から少し前の事。気になる事があった。空気が変わったのだ。

 

 とはいっても、漠然としたもので、珱嗄が言いだしただけのこと。具体的に言えば、何かが起こりかけてて、何かが生まれて、世界を変える何かがこの世界に出現したのを感知した、と言った方が良いのだろう。空気が変わった、というのはそういう事だ。気配というか、世界の流れの様な、保たれていた均衡が崩壊したかの様な、そんな変化を感じ取ったのだ。

 ただ、詳細は分からない。恐らく、何も知らないまま『これ』を感じ取ったのは珱嗄だけだろうし、少しづつこの原因に気付いて人知れずその原因を究明に務めている者もいるのだろう。

 

 世界規模の脅威が、すぐそこまで迫っていた。

 

「……嫌な気分だ」

 

 この世界に来て、始めて感じた嫌な予感。自身が死ぬことは怖くはない。そういう状況に身を置いているのだから、何時死んだとしてもおかしくはない。だが、どこか胸の中でざわざわと蠢く気持ち悪い感覚が、どうも振り払えないままでいた。

 

「どうした、オウカ?」

「………いや、何でもない」

「ふーん……まぁならいいんだけど。それじゃ、これからどうするよ? ヨークシンを出てもう一ヵ月位経ったし、そろそろ何かしらのイベントがあっても良い気がするんだけど」

「まぁね、そうだなぁ……感覚的に目指す進路は―――」

 

 珱嗄は指を彷徨わせて、瞳を閉じた。そして、何かを探る様にしながらしばらく指をふらふらとさせながら、一つの方向を指差した。

 その先には、先程から感じていた嫌な感覚の元凶の気配があった。クロゼはその方向を見て、ふーんと嘆息した。視界には森がある。

 

「あっちは……何があったっけ?」

「知らね、まぁ行ってみるだけ行ってみようぜ」

「ま、中身が分からない方がサプライズ感あるしな」

 

 珱嗄とクロゼは、そうして歩きだす。脅威のある方向へ、強大な存在の方向へ、そして、世界だけでなく、自分達の命を脅かす方向へと、進みだしたのだった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ここで、珱嗄の感じた元凶というのが、キメラアントと呼ばれる第一級隔離指定種に設定されている危険な虫の生物だ。所謂蟻と呼ばれる種族で、その大きさはまちまちだが、今回のは外来種で、最悪2m程の大きさはあるとされている。

 恐ろしいのは、この種族は摂食交配を行い、食べることで進化し、食べることで仲間を増やす。そして、仲間を生むのは基本的に女王蟻の個体のみ。

 

 だが、彼らには食べれば食べるだけ、食べた物の性質や能力を取りこんで、進化出来る可能性があった。おそらくは、どの生物よりも強力で、強靭で、なにより早い進化が可能なのだ。これが、キメラアントが危険とされる要因である。

 

「キルア、ゴン。コイツはお前らだけで倒してみせろ」

 

 そして、そのキメラアントは珱嗄の嫌な予感を的中させるように最悪な形で進化を遂げていた。これまではただの生物だったキメラアントが、『人間』を喰らい、劇的な進化を遂げた。元々高い知性を持っていた女王がより強力な子供を産むようになった。

 そして、なにより厄介なのが―――

 

 

 ―――念能力を会得していたのだ。

 

 

 何処かで念能力を持った人間と交戦したキメラアントの一個体が、念に目覚めたのだ。そこからはトントン拍子、その力の存在は次々とキメラアント全体に広がり、その解明が進められている。いずれは、全てのキメラアントが念能力を使えるように。

 そして、現在。ゴンとキルアはキメラアントの一体と対峙していた。

 グリードアイランドをクリアしたゴンは、その報酬で手に入れた『同行(アカンパニー)』のカードを使い、父親であるジン=フリークスの下へと向かったのだが、そこにいたのはゴンが小さい頃に出会ったハンターであり、ジンの知り合いでもある男。カイトだった。

 そこからゴンとキルアはしばらくカイトと行動を共にし、キメラアントの存在を知った。そしてその調査に向かい、この森を進んでいたのだが、そこで現在に至る。

 

「なんだテメェら?」

 

 目の前に現れたキメラアントは、最早蟻の原型を留めていない。人間をベースに兎や鳥の要素を混ぜ込んだかのような容姿をしている。だが、どうやらこの個体は念能力を会得してはいない様だ。

 ゴンとキルアはその個体と対峙し、構える。念能力を使えなくとも、様々な動物種の良い所を掻き集めた様な存在なのだ。強敵には変わりない。

 

「奴を倒せないようであれば、足手まといだ。二人揃って街へ帰れ」

「「!」」

 

 カイトの言葉に、ゴンとキルアはイラッとする。そして、不機嫌そうな顔でキメラアントに歩み寄りながら、言い返す。

 

「「子供扱いするな」」

 

 そんな二人の様子に、カイトはふと笑みを浮かべる。そして、ゴンとキルアが近づいてくるのを見たキメラアントは下卑た笑みを浮かべながら、どうやって二人を殺してやろうかと考えていた。

 

「ケヒヒ……テメェら如きが俺を倒せるとでも思ってんのかよ!」

「倒すさ、それでカイトを見返してやるんだ」

「調子に乗ってると、すぐに死ぬぜ。アンタ」

 

 キルアとゴンの言葉に、兎型のキメラアントは楽しそうに、狂ったように笑う。完全に見た目で実力を判断している。子供である二人に負ける筈が無いと、確信している。間違った確信を。

 そして、その実力差が思っているのと全くの逆である事をこれから思い知る、

 

 

 筈だった。

 

 

『ッッッ!?』

 

 

 その場にいた全員が、硬直した。圧倒的な、何かが近づいている事を察した。念能力者であるゴンやキルア、カイトはそれが、自分達がその『何か』の円に入ったことが原因だと分かった。だが、そうでないキメラアントは円だとは察せなかった。しかし、それでも分かった。動物の本能と野生の勘で分かった。自分よりも圧倒的に上、天地が引っ繰り返っても勝ちようが無い相手が、近づいて来ている事が。

 

「これは………なんだ……ッ!?」

 

 カイトは、その気配に驚愕し、相対してはならないことを即座に判断する。だが、ゴンとキルアはそれが誰なのか分かった。知っているからこそ、分かった。分かったからこそ、驚愕した。

 彼と最後に会ったのは、半年前のことだ。たったの半年、たったの半年会わなかっただけで、此処まで変わるのか。敵では無いことから、安堵の笑みが浮かべられるが、その強大さにダラダラと汗が噴き出す。

 

「全く………! なんだこの成長速度……!」

「あの人、だよね……!」

 

 キルアとゴンは、その重圧の中ゆっくりとした動作で背後を振り向く。森の木々の影から、切り離される動く影、その影はゆらゆらとまるで幽鬼のように歩いてくる。恐怖を感じる、畏怖を抱かされる、闘争心が捻じ伏せられ、逃走心が生まれる。まさしくその姿は文字通り、幽霊の様な鬼だ。攻撃が当たる気もしない幽霊みたいで、勝負で勝てそうでもない鬼みたいな存在。

 

 

「やぁ、久しぶり。とりあえず、俺はそこにいる兎モドキに用がある」

 

 

 泉ヶ仙珱嗄が、そこにいた。まるで当たり前の様に、そこにいた。ゆらりと笑って、そこにいた。

 

 



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ピトー×猫

 さて、それからだ。珱嗄は『一人』で現れ、いつも通りのゆらりとした笑みを浮かべながら、カイトの横を通り過ぎ、ゴンとキルアの間を通り抜け、ごく自然な様子で兎型のキメラアントの目の前に立った。その動きは極々自然で、誰もなんの危険を感じず珱嗄の歩みを遮らなかった。

 だが、兎型のキメラアントは珱嗄が近づいてくることになんの危険も感じなかった、というより気が付かないようだった。先程まで感じていた圧倒的な威圧感も感じなくなり、珱嗄の接近に気付けていない。だから、焦った。あの威圧感を放っていた珱嗄が、いきなり視界から消えたから。

 

 珱嗄は兎型のキメラアントの顔を覗き込み、つまらなそうにため息を付くと、そのままキメラアントの横を通り過ぎた。

 

「! あん………オイアンタ……どこ、に……!?」

「お前はまだ全然面白くない。だから、殺しはしないよ。念を習得して出直して来な」

 

 珱嗄の手には、抜き身の刀『陽桜』が刃を反した状態で握られていた。兎型のキメラアントは自分の身体の中で、ピシ、という音を聞いた。そして次の瞬間、全身に痛みが走る。

 

「ガッ……ア、ガ……アアアアアア!!!?」

 

 以前のノブナガと同じ。峰打ち状態での不知火。衝撃透しを使った激痛を生み出す手加減技だ。しかも、オーラを使った強化もしていない。だがそれでも、兎型のキメラアントは思わず地面に倒れ、のた打ち回る。叫び声を響かせて、痛みを少しでも和らげようと必死に転がった。

 

「ぐ……ぅぅゥ……! この野郎……!」

「おや、随分と手加減したとはいえ、中々に頑丈じゃねーか」

「コロス……! 絶対、殺してやる……!」

「へぇ、さっきまで震えていた兎が吠えるじゃないか……じゃあ、まずはそこにいる二人を倒してから言うんだな。そいつらにも勝てない様じゃ、俺を殺すとか夢のまた夢だぜ。精々頑張れ兎モドキ」

 

 珱嗄はそう言って、見下した様に笑うと、そのまま去って行った。兎型のキメラアントは、拳を地面に叩き付け、まだビリビリと全身を這いまわる痛みを堪え、立ちあがった。

 そして、そのまま抱いた怒りをゴンとキルアに向ける。こいつらが殺せないのなら、珱嗄が殺せない、ならば、殺してやる。そして、いずれ珱嗄を殺す。

 

「殺す……! テメェらも、あの人間も! 皆殺しだァァ!!!」

 

 兎型のキメラアントは、喉を震わせてそう雄叫びを上げた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「思ったより予想外れだったな」

 

 珱嗄はその後、また嫌なモノがありそうな気配を追って、進んでいた。先程兎型のキメラアントを見つけて、それが珱嗄の感じる嫌な気配に関係している者だと分かった。というより、その嫌な気配から派生した存在、と言うべきだろう。

 キメラアント、という存在は知らないが、珱嗄は生物的にあの兎型のキメラアントは上位に位置するのだろうと思っている。あの時、珱嗄が兎型のキメラアントをじっと見ていたあの時、珱嗄はまず兎型のキメラアントの身体能力と出来そうな事を探っていたのだ。

 結果は、兎型のキメラアントはほぼ人間と同じ人体構造をしており、そこに兎の脚力や鳥の爪なんかが合成された様な身体をしていることが分かった。そこから出来る事を予想するのは簡単だった。まず並の人間以上の身体能力を有しているのは明らかであったし、爪や牙が鋭いのは見てとれる。特に脚力に関しては並の念能力者が強化した状態にも劣らないだろう。

 

 だがだからこそ予想外れだった。それほど優れた部分があっても、珱嗄には遠く劣っており、念能力が使えないのは問題外だ。

 

 おそらく、珱嗄が感じている嫌な予感、嫌な気配というのはまだ生まれていないのかもしれない。というより、それが生まれる前の生物なのか、起ころうとしている展開なのかも分かっていないのだから、それはまだ予想も付かない。

 

「さて……」

 

 珱嗄は森から視線を少し上に向けた。その視線の先、おそらく1km程だろうか、そこにはちょっとした岩や植物で出来た塔があった。そこから感じるのは、おそらく先程の兎型のキメラアントなんて足元にも及ばない程の強者の気配。

 脅威には感じないが、それでも珱嗄の知っている実力者の中ではトップクラスであろう気配。そして、その気配が此方を見ていた。

 

「ちょっと喧嘩を売ってみようか」

 

 珱嗄はゆらりと笑って、その視線に軽く威圧を送る。これで完全に此方が相手に気が付いていることが分かっただろう。珱嗄は『陽桜』を下段に構えて、待った。

 すると、その気配は動きを見せる。立ち上がり、力を溜め、

 

 

 跳んだ

 

 

 その速度は、一瞬。珱嗄のいる場所まで、一瞬で詰めて来た。詰めて来て、その速度のまま珱嗄に肉薄する。

 珱嗄は『陽桜』を斬り上げる様にして反撃した。すると、その相手も持ち得る爪で攻撃し、刀と爪が衝突し、拮抗した。ギギギ、と音を立ててお互いの攻撃が押し合っている。そのことで珱嗄が驚愕したのは、その腕が斬れなかったことだ。幾ら強化していなかったとはいえ、『陽桜』の切れ味は素の状態でも凄まじいものがあるのだ。それで斬れない耐久度を持っている、という事実が、珱嗄にとって驚きだった。

 

「へぇ……お前、随分と面白そうだ」

「―――にゃん」

 

 相手は、思ったより小柄だった。先程の兎型のキメラアントよりは人間らしい容姿をしていて、頭には白い髪と猫耳が生えている。猫の様にしなやかな身体と、ここまでひとっ飛びでやってくるだけの脚力を生み出す脚。お尻の部分からは尻尾も生えていた。なにより、持っているオーラの質と量が尋常ではない。見る者に嫌悪感すら抱かせるその凶悪なオーラは、その実力を暗に物語っていた。

 

「君は随分と面白そうだね」

「そいつは結構っ」

「にゃっ……!」

 

 刀と爪がギャリッと音を立てて離れる。同時に、珱嗄とそのキメラアントの距離も離れた。

 

「よう、猫耳ちゃん。お前は誰だ?」

「――――僕はネフェルピトー、女王直属護衛隊の一人だよ。よろしくね」

「そうかい、じゃあネフェル……ネフェルピ……………猫」

「ネフェルピトーだよ」

「うるせぇ、呼びにくいんだよ。猫で良いだろ猫で」

「そこムキになる所? 呼びにくいならピトーでいいよ」

「ネコー」

「そうじゃないよ! ネコーってなにさ!」

 

 珱嗄による弄りが発動した。どうやらこれは人間でなくても通用するらしい。

 

「でだネコー」

「ピトーだよ」

「似たようなもんだろ」

「棒線しか合ってないよね」

「お前らの目的は?」

「無視かな? まぁいいけど……僕の目的は君達を女王に近づけさせないこと。君に関しては……難しそうだけどね」

 

 珱嗄の言葉に、ピトーは答えた。しゅるっと尻尾を動かして、トントンと片足のつま先で地面を叩く。どうやら今ここで珱嗄を殺す、もしくは撤退に追い込むのが目的らしい。といっても、実力差が分からないほど愚かでは無い様だ。珱嗄の方が自分よりも強い、というのは察せれていると見た。

 

「んじゃまぁ……やるか」

「!」

 

 珱嗄は『陽桜』を構えて、ゆらりと笑った。その笑みに、ピトーは少しばかり、恐怖を抱いたのだった。

 

 



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猫×交渉

 それは、ボクが目覚めて直ぐの事だった。卵から出て、最初に見たのはボクを生んだ女王の姿。ボクは直ぐに自分の役割を理解した。女王直属の護衛軍の一人、名前は女王が付けてくれた。ネフェルピトー、それがボクの名前だ。

 ボクの近くには他に護衛軍になる予定の仲間が入った卵が二つ。まだ生まれる様子はない。女王は生まれたボクに名前を付けると、すぐに命令を下してきた。それは、

 

 

『ここに、良くない者が近づいて来ています………強大な力で、貴方でも返り討ちに遭う可能性があります。しかし、王が生まれるのだけは邪魔されてはなりません……! どうにか、追い返してください』

 

 

 敵の抹殺、もしくは撤退戦だった。ボクはその強大な力、という存在を感覚で理解した。かなり離れた位置から、少しづつこっちに近づいて来ているのが分かった。肌にビリビリと突き刺さる様な戦意が、それを物語っていた。ここまでその存在感を届かせる圧倒的な実力の持ち主が、女王に迫っている。

 これは、ボクの力でもどうにも出来ないかも知れないと分かっていたけれど、それでもボクは女王を守る為に、ひいては生まれてくる王を守る為に生まれた、現状最も強い蟻だ。ボクが行かなければいけないと、そう思った。

 

 それに、これは必ず殺せという命令では無い。女王は寛大にも、追い返してくれと言った。相手が言葉の通じる人間だというのなら、話し合いで退いてもらう、という方法でも可能性はある。例え、ボクがこの戦いで死のうとも、残る二匹の護衛軍が、ボクの後を継いでくれるだろう。

 だから、ボクは死ぬことになっても、怖くはなかった。短い生涯だろうと、女王の為に死ねるのなら本望というものだ。

 

 ボクは、その後直ぐに行動に移ることにした。後ろにあった二つの卵に手を付けて、もしも死んだ時の為に意思を残す。

 

「女王の為に。後はよろしく頼んだよ」

 

 卵の中から、鼓動が返って来た。多分、これなら大丈夫だろう。

 

 ボクは塔の上に上り、その存在がいる場所を睨む。すると、向こうから威圧が返ってきた。どうやら、ボクの事は気が付いているみたいだ。なら、隠れる意味はもうないだろう。

 身体の調子を確かめて、脚に力を込める。ボクの脚力ならば相手の位置までひとっ飛びだ。不意打ち出来ないのは苦しいけど、先手は貰う事にしよう。

 

 ボクは跳んだ。自分の出せる最高速度で相手に近づく。遠くまでよく見える視力で前を見ると、そこにはゆらりと笑う人間がいた。抜き身の刃物を持っていて、それをボクの速度に合わせて振って来る。ボクはそれに自分の爪をぶつけた。

 人間はボクの腕が斬れなかった事を驚いていたようだけど、ボクはあの刃物が折れなかった事に吃驚した。こう言ってはなんだが、ボク達の身体に付いている牙や爪といった武器は、かなりの硬さを持っている。それを猛スピードで叩き付けたのなら、壊れてもおかしくはない筈なのだ。

 

「へぇ……お前、随分と面白そうだ」

「―――にゃん」

 

 人間が喋った。よく考えたらボクが初めて会う人間だ。こんなに強そうな相手が初めて会う人間だなんて、よくよくツイてない。

 

「君は随分と面白そうだね」

 

 人間との会話。まずは探る様にそう返した。すると、人間は刃物を滑らせる様にしてボクの身体を押しかえす。

 

「そいつは結構っ」

「にゃっ……!」

 

 自慢のバランス感覚で空中で体勢を立て直し、着地する。人間は此方を見て面白いものを見るような表情をしていた。

 

「よう、猫耳ちゃん。お前は誰だ?」

 

 猫耳ちゃん、というのはボクの事の様だ。確かに蟻なのに猫の耳があるけれど、そんな名前で呼ばれるのは少しだけ不満がある。折角名前を貰ったのだから、それを名乗ることにした。

 

「――――僕はネフェルピトー、女王直属護衛隊の一人だよ。よろしくね」

「そうかい、じゃあネフェル……ネフェルピ……………猫」

「ネフェルピトーだよ」

 

 ボクの名前を覚えられないのか、最早単純に猫と呼ぶ人間。もう一度教えてやると、

 

「うるせぇ、呼びにくいんだよ。猫で良いだろ猫で」

「そこムキになる所? 呼びにくいならピトーでいいよ」

「ネコー」

「そうじゃないよ! ネコーってなにさ!」

 

 なんなのこの人間は。わざわざ呼びやすいように配慮したのに、もう覚える気もないのか。ネコーって、ネコーって! まんまじゃないか!

 

「でだネコー」

「ピトーだよ」

 

 ここは譲れない。なんどでも修正しようと心に決めた。

 

「似たようなもんだろ」

「棒線しか合ってないよね」

 

 間違っているのは人間の方だ。名前に関しては絶対に認めない。だが、人間はしれっと別の話題に変えてしまった。後で絶対に名前を覚えさせよう。

 

「お前らの目的は?」

「無視かな? まぁいいけど……僕の目的は君達を女王に近づけさせないこと。君に関しては……難しそうだけどね」

 

 正直言うと、会話出来ているのが幸いな位だ。もしも問答無用な相手だったら、ボクはきっとこうして話していない。そこらで死んでいるのかもしれない。

 

「んじゃまぁ……やるか」

「!」

 

 人間が刃物をゆらりと構えた。まるで戦いを楽しむかのように笑う人間は、少しだけ怖かった。だけど、ここで戦いに持ち込むのは少し分が悪い。会話出来る今だからこそ、話し合いで解決するべきだ。

 

「待って」

「ん?」

「ボクは戦いに来たんじゃないよ」

 

 ボクの言葉に、人間はきょとんとした顔をする。そして、とりあえず、といった風に刃物を肩に担ぐようにしてボクの次の言葉を待った。どうやら、話し合いに応じるだけの度量はあるらしい。

 ここからが正念場だ。ボクは生まれて間もないから、そこまで交渉の知恵がある訳ではないけれど、女王を守るため、どうにかこの人間を説得しなければならない。

 

 

 あまりのプレッシャーと緊張に唾を呑んだ。さぁ、分の悪い交渉を始めよう。

 

 



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珱嗄×ピトー

 戦いに来たのではない、という言葉が放たれ、ピトーが意気込んで交渉に入った後の話。結果的に、交渉は数秒で終了した。というか、珱嗄が此処に来た理由は嫌な予感がしたからだ。その原因を探る為に来た訳で、特に何か仕出かすつもりは毛頭ない。なので、交渉自体はこんなやり取りで終わった。

 

「結構無茶な事を言ってるのは分かってる………でも、出来れば女王に手を出さないで欲しい」

「いいよ(^O^)/」

「えっ……」

 

 今はその後の話だ。珱嗄とピトーは大木の根っこでお互いに座って話をしていた。女王に手を出さない条件として、友達になれという対価を珱嗄が要求したのだ。会話をすれば中々弄り甲斐のある猫だということが分かったので、そう言ったのだ。

 

「へぇ、ってことは王様産む為に女王さんはへこへこ頑張ってんの?」

「その言い方はちょっと気に食わないけど、まぁそうだよ」

「よし、決めた。王様生まれたらとことん子供扱いしておちょくってやろ」

「君なら本当にやっちゃいそうだから今から不安になって来たよ……」

 

 珱嗄がケタケタと笑うと、ピトーは疲れた様に肩を落とした。女王直属の護衛軍一人が仕事を忘れて会話に勤しんでいる、と思われるかもしれないが、今の彼女の仕事は女王に命じられた命令だ。

 

 つまり、『珱嗄を女王の下へ連れて行かないこと』

 

 こうして珱嗄を足止めしていれば、十分仕事をこなしているという事になるのだ。故に、ピトーは少しだけ胸中不安が渦巻いていた。珱嗄がその気になれば、すぐさまピトーを振り切って女王の下へと向かうだろう。言葉だけの約束では、まだ警戒は解けないのだ。

 だから、交換条件である『友人になる』という対価を今払っている。こうして大人しく言う事を聞けば、少なくとも時間稼ぎは出来る。足止めは出来る。後はどうにかして帰って貰えば良い。

 

「なぁネコー」

「ピトーだってば」

「お前ちょっと猫みたいに振る舞ってみ? とりあえず語尾に『にゃ』付けろ」

「え」

「お手」

「それ犬じゃないか……にゃ?」

「そんな感じそんな感じ」

「……とても複雑な気持ちになる………にゃ」

 

 ピトーは元々猫だからか、語尾に『にゃ』を付けて話す事になんの違和感も感じなかった事と、人間に対してそんな言葉遣いを強要されるのが、少しだけ屈辱的だった。

 とはいっても、そうしないと機嫌を悪くされる気もして、逆らえない。とても複雑な気持ちだ。

 

「そういえば君の名前はなんて言うのにゃ?」

「あ、もう『にゃ』要らない」

「強要時間短過ぎだよ!」

「えー……」

「おい今なんで引いた」

「ネコー、口調崩れてるよ」

「ピトー!!」

 

 ピトーはふしゃー! と怒りながら叫んだ。珱嗄はそんなピトーに対して、楽しそうに笑うばかり。ピトーはそんな珱嗄の屈託のない笑みに、毒気を抜かれつつ、頬を膨らませた。

 なんだか警戒しているのが馬鹿みたいに思えてくる。珱嗄は本当にピトーを友人みたいに扱ってくるし、キメラアントと人間という種族の壁すら簡単に破壊してくる。乗り越えるのではない、最早通り抜けてくる感じだ。そして、こちらが作った壁を壊して入って来る。

 多分、ピトーはまだよく分からないが、これが嫌いになれない人、というのだろう。

 

「ま、いいや。そういえば俺の名前を言ってなかったな」

「むぅ……」

「俺の名前は泉ヶ仙珱嗄、珱嗄と呼んでくれ」

「オウカ、ね……ところでオウカはなんで此処に来たのかな?」

「なんか嫌な予感がしたから」

「嫌な予感?」

「まぁなんかあんのかなーと調査に来た訳。連れがいたんだけど、そいつは別の方向からあの塔を目指してる」

「!?」

 

 珱嗄の言うことが本当ならば、ここでピトーが寛いでいる暇などない。そっちの方を止めなければならない。女王が危ないのだ。

 

「そう焦んなよネコー」

「ピトー」

「とりあえず、連れの方は近くの街の宿を取る様にさっき連絡しといたから女王さんには近づいてないだろ」

「な……いつそんな事を?」

「アイツの能力でね、俺と感覚を共有してたんだよ。だからお前の容姿や俺らの会話も聞いてたはずだ。だから危険はないと判断して宿を取りに行ったはずだ。事前にそう言っておいたからね」

 

 クロゼの念能力、『憑依透し(トリップスキャン)』。珱嗄にクロゼのオーラを馴染みこませ、感覚を共有していたのだ。だから、クロゼはピトーの姿を視覚の共有で、会話を聴覚の共有で知っている。女王を目指す事はないのだ。

 ある意味、お互いの状況確認をするのにうってつけの能力と言える。

 

「ならいいけど……」

「さて、と」

 

 珱嗄はピトーの不服そうな表情を見て、立ち上がる。ピトーは少し警戒するが、帰るのかという希望も抱いた。

 

「行くぞ、猫」

「せめてネコーで留めておいてよ! それとピトーだって言ってるじゃないか! それで何処に!?」

「女王さんの所」

「は!?」

「大丈夫大丈夫、何もしないから。ただ挨拶にね、うちのペットがお世話になってますって」

「そのペットってボクのことじゃないよね? ねぇ違うよね?」

「………さ、行こうか」

「その間は何!? 待ってよ! 女王の下へは行かないって約束だったよね!」

「……そんな約束しましたっけかね!!」

「この鬼畜!」

 

 ネコー、もといピトーは珱嗄に引き摺られる様にして女王の下へと帰還する。やはり、珱嗄を止めるのは無理だった様だ。

 

 



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ピトー×カイト

 ピトーが結局泣く泣く珱嗄に引き摺られながら、塔に戻って行く頃。兎のキメラアントとゴン達の戦闘も、終わりを迎えていた。

 結局、念による実力差は埋められず、兎のキメラアントは仲間に助けられる形で撤退していった。そして、ゴンとキルア、カイトの三人は、実力を認めあった上で、先に進んでいく。三人は先程珱嗄が進んで行った方向に、とても嫌なオーラを持つ生物が高速で降り立った事に気が付いていた。一瞬だけ膨れ上がった二つの大きなオーラの奔流は、兎の蟻を含めて全員が一瞬硬直してしまうほどだった。

 

 勝負が終わった後、カイトはゴン達を連れて進むべきか迷った。本来ならば、実力的にはまだまだ未熟なゴンとキルアを連れて、あんな怪物のいる先へ進むべきでは無かった。なのだが、ゴンとキルアの後押しで結局進む破目になった。理由を聞いた所、『オウカが先にいるから』だそうだ。二人とも珱嗄が味方であると思っているので、多少進んだ所で危険はそうそうないと考えているのだ。

 

「だが、ゴン。奴は一体何者だ? この俺も奴の様な存在は知らないぞ」

「うん、あの人はオウカっていって、すっごく強いんだ!」

「多分カイトよりも強いんじゃないかな?」

「ふむ……確かにあの威圧感、只者では無かったな……」

「まぁオウカなら早々負けやしないって!」

「そう言うのなら良いが……」

 

 キルアの珱嗄推しが強い。珱嗄との付き合いでいえば、誰よりも早く出会っている彼だから、そう思うのは仕方ないのだが。

 

「だが、それでも奴に追随するような化け物が向こう側にいるのも事実。気を引き締めろ」

「分かってる」

「おう」

 

 三人はかくして進む。一応バレない様に絶を行なっているが、視認は出来るのだから木々に隠れつつの移動だ。

 

「それにしても、オウカはなんで此処に来たんだろ? アイツはまだキメラアントの事を知らない筈だろ?」

「おそらく、勘付いた、というのが正しいだろうな。まだ表面しか知らないが、奴の実力であればキメラアントの存在になんとなく気付く事もあり得るだろう。あの円の広さからして、感知能力や危険察知は得意だろうからな」

「そんなことできるの?」

「野生の勘、と言えば分かりにくいが、風の噂や虫の知らせといった不確かな物を感じ取ることに長けた実力者というのは、中々少なくないものだ」

「じゃあカイトも?」

「俺は……どうだろうな。感じた事はまだない。まだまだ未熟ということだろう」

 

 カイトの言葉に、ゴン達は少しだけ驚く。カイトの実力がどのような物であれ、自分達より遥かに上にいる事は分かるのだ。そんなカイトでも、まだ未熟。それは珱嗄がどれほど高みに登っているのかを示唆していた。珱嗄という男が、どれ程の人間なのかを理解して、息を呑んだ。

 

 しばらく進んで、塔が段々と近づいて来た頃。ゴン達は珱嗄とピトーが衝突した場所に辿り着いた。見れば、衝突した場所を中心に木の葉が円状に吹き飛んでおり、地面にも微妙な歪みがあった。相当強い力でぶつかったことが分かる。

 

「どうやら此処で戦闘があった様だな……しかし、血痕や更なる争いの痕跡がないことから、衝突から戦闘には発展しなかった様だな……オウカが衝突で気絶させられて連れ去られたか……はたまた珱嗄が相手を倒して連れて行ったか……か?」

「やばい……なぁゴン、俺珱嗄が相手をのして連れて行ったようにしか思えない」

「あ、あはは……俺もだよ」

「とりあえず、もう此処には情報はないようだ……先に進も――――二人とも下がれ!!」

「「!?」」

 

 カイトが叫ぶと同時、二人は大きく後ろに飛び跳ねた。そして、二人が後方、地面へとその足を届かせ、着地した瞬間。その時だった、瞬きの間に黒いしなやかな影がカイトの横を通り抜け、ゴン達との間に四本足で着地した。

 その口には、ある物が咥えられていた。

 

 

 カイトの――――――腕だ

 

 

 その影はすっと立ち上がると、咥えた腕を放して自分の手で掴んだ。

 三人はその姿に視線を送る。その者は、白い髪に、猫耳を生やしており、お尻には尻尾、猫の様な吊り目と口元に見える八重歯が何処となく純粋な恐怖を抱かせた。

 

「う、うわ、あああああああ!!!」

「っ!!」

「逃げろ!二人とも!」

 

 特攻しようとしたゴンをキルアが攻撃し、気絶させた。そして、そのまま担いで逃げていく。カイトは二人にとにかく逃げろと指示して足止めに徹する事を即座に判断する。

 

「……っ」

「――――にゃん」

「くそ……オウカという奴は殺されたのか……?」

「オウカ……帰ったら噛みついてやる……!」

 

 その影、ネフェルピトーは少し不満気になりながら手に持ったカイトの片腕を地面に落とした。そして、去ろうとする。カイトには眼もくれない。

 

「ま、待て!」

「にゃん?」

「お前は……此処で殺す!」

「――――ああ、そう。オウカがアレだったから忘れてたよ……ボクは女王を守る為に生まれて来たんだった」

「………ッ!」

「ボクの名前はネフェルピトー、いいかい? ネフェルピトーだよ。呼びにくいようならピトーと呼んでも良い。間違っても猫だのネコーだの妙な名前で呼ばない様にね」

「……もし呼んだら?」

「勿論ころ――――(待てよ? オウカがこう言う時にはこう言った方が良いって言ってたような……?)」

 

 ネフェルピトーが口籠ったので、少し怪訝な表情を浮かべるカイト。だが、ピトーは直ぐに口を開いた。

 

「もし呼んだら死にたくなる位に辱める」

「絶対呼ばない」

「おお! 本当だった……!」

 

 ピトーは説得できたことで、少しだけ珱嗄を信用した。だが、名前の件はいつか絶対修正する。

 

「それじゃあ、ボクはボクのやることをしないとね」

「殺る気か……」

「うん、やっぱりこうでないとね……最初に会ったのがオウカだったのは、生まれて初めての不運だったよ」

 

 ネフェルピトーは、そう言って殺意を振りまくのだった。

 

 

 



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蟻×笛

 ピトーとカイトの戦いは、珱嗄の時とは違ってマジバトルだった。圧倒的な実力を持つピトーに対して、カイトがやった事と言えば、ピトーの顔に若干の掠り傷を付けた事くらいだ。本当の本当に、何も出来なかった。何も出来ない内に、カイトは死んだ。首を落とされて、死んだ。呆気ないくらいあっさりと、死んでしまった。

 本来なら、ネフェルピトーという怪物は本当に関わってはいけない程の凶悪な実力を持った蟻だ。出会って、戦えば、大抵が死ぬ。その爪の一閃で四肢は切り取られ、その牙の牙突で内臓が食い破られる。並大抵の、いや……高位の実力者であっても、彼女の前に立てば良くて重傷、最悪戦うことすら出来ないだろう。

 

 だが、このネフェルピトーであっても、まだ女王直属の護衛軍。そう、トップではないのだ。女王の産むであろう蟻の王こそが、このキメラアントという種の頂点。実力的にも、カリスマ的にも、凶悪さ的にも、トップに立つ王様。おそらく、珱嗄とだって互角かそれ以上に戦えるだろう。

 

 これが今世界を恐怖に陥れようとしているキメラアントだ。カイトはその最初の犠牲者とも言えるだろう。

 

「うーん、楽しかった」

 

 カイトの生首、それを抱き抱えながら座るピトーは、そう言った。爪は血に汚れており、猫の様ににんまりと口元を歪めている。本当に本当に、楽しそうだ。

 

「さて……帰ろう。オウカの奴一回噛みついてやらないといけないしね」

 

 生首と、バラバラの肉体を抱えて、拠点へ戻るピトー。さて、まずは何故珱嗄と共に拠点へ戻った筈のピトーが此処にやってきたのかを話すとしよう。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 まず、珱嗄とピトーは普通に飄々とした様子で塔へとやってきた。他のキメラアントは随分と眼を丸くしていた。何故なら、自分たちよりも上だと分かるキメラアントであるネフェルピトーを、更に圧倒的な圧力で上回る人間が引き摺ってやってきたのだから。

 そして、やってきた珱嗄の手を振り払ったピトーは、少しばかり食い掛かった。

 

「放して! 全く、少し扱いが雑なんじゃないかな?」

「ははは、猫がほざきおる」

「ピトーって言ってるよね? 聞こえてるよね? その耳は飾りなのかな?」

「何言ってんのお前?」

「にゃああああああ!!」

 

 珱嗄が飄々と受け流すので、地団駄を踏むピトーの姿は、他のキメラアントからすれば恐ろしいものだった。ちょっとしたことでその苛立ちが自分に向いてしまうのが怖かったからだ。

 そして、珱嗄はそんなピトーを放ってとりあえず周囲を見渡す。見え隠れする数十のキメラアント達、彼らが怖がっているのを察した。その原因が、自分たちである事も。

 

「………ああ、そういうことか」

「にゃ?」

「おいネコー、周囲を見渡してみろ。皆お前を怖がってるじゃないか。浮いてんぞお前」

「いやいやいやいや、明らかにちげーだろ。あとピトーだよ」

 

 ピトーの言葉に、周囲の全員が内心で頷いた。いや、間違ってはいないのだが、一部間違っているのだ。

 

『(お前もだよ!!)』

 

 さてさて、そんな彼らの心境に気付かない珱嗄は、ピトーが全ての原因だと決めつけて、ピトーを抱え上げた。訳も分からない内に、ピトーは、

 

 

 

 空中にいた

 

 

 

「―――――え?」

 

 具体的に言うと、塔から投げ飛ばされていた。超高速で飛んで行く自分に気付いた時、驚愕する前に迫る地面に着地するべく体勢を立て直す。そして、ズガン! と隕石を思わせる様な音を立てて地面に着地する。その際、何かもぎ取った様な感覚があったが、まぁ気にしない。

 で、珱嗄はというと、ピトーを投げ飛ばした先にカイト達がいるのに気付いて、やっちったと舌を出した。

 

「さて、と。ほらお前ら、これで怖くない」

『(なわけねーだろ!!!)』

「臆病だな……ほらおいで、怖くない」

 

 珱嗄はとりあえず『風の谷の○ウシカ』の様に、指を差し出して優しい声でそう言った。だが、その指に噛み付いてくる者がいる筈が無い。ナウシカ作戦失敗。あ、言っちゃった。

 

「んじゃ……取り敢えずかいさーん」

 

 珱嗄は不満気な顔をした後、どこから取り出したのか、蟲笛をひゅんひゅんと振り回しながらそう言った。すると、キメラアント達は、頭を抱えて

 

「「「「うわあああああ!!」」」」

 

 と叫びながら散り散りに去って行った。その様子に、珱嗄は驚愕する。手元にある蟲笛と散って行った蟻達の方向を交互に見て、戦慄した様に小さくこう言った。

 

 

「蟲笛………! 最強か……!?」

 

 

 案外、蟲笛はキメラアントの天敵なのかもしれない。

 

 



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珱嗄×プフ

 さて、それからというものだ。珱嗄はその後帰って来たピトーに若干噛み付かれたが、大したことはないと受け流した。そして、女王にはバレている事も承知の上でその拠点に住みついてしまった。キメラアントの面々は全員が全員、何なんだコイツと思いながら、実力差が分かっているので手を出せない、という状況に悶々としていた。

 具体的な日数を上げると、約二週間程だ。この日数で、世界は大きく動きを見せていた。この場合の世界、というのはハンター達とキメラアント達のことになる。キメラアントは、ほぼ全員が念能力を習得、ハンターの面々は対キメラアント戦に向けて戦力を整えていた。全面的な戦いが、何時勃発してもおかしくはなかった。

 

 そんな中、クロゼもまた、別の勢力として動き始めていた。

 珱嗄との感覚共有によって入手したキメラアントの情報は、恐らくこの世界の誰よりも正確かつ、濃厚だろう。キメラアントの事を一番知っている人間の一人であると言っても過言ではない。珱嗄もこの一人だ。

 とりあえず、クロゼの判断としては、自分の実力ではネフェルピトーと名乗ったあの護衛軍の一人と戦った場合、勝敗は良くて五分五分といった所だ。運が良ければ勝てる、だが死ぬ確率の方が高い、というのが感想だった。そこで、まずクロゼが取った行動は、珱嗄のやった行動から、蟲笛を作る事だった。おそらく大抵のキメラアントはこれで何とか出来るんじゃね? という予想に基づいた行動である。

 

 そして、それを終えた後に行ったのは、一般人を襲うキメラアントの撃退だ。現段階で、キメラアントの数はそう多くはない、増えつつはあるがまだ少ない方なのだ。しかしそれでもその中の少数のキメラアントが人を襲うようになっている。それは、拠点の珱嗄を通じてえた情報から分かっているのだ。

 故に、クロゼはその拠点から人間を襲う為に出ていくキメラアントの容姿や情報も珱嗄を通じて取得し、それに対処している訳だ。

 

「つっても、だ……ちょっとこれはヤバいな」

 

 そんな仕事をしているクロゼだが、現在進行形でかなりの重体だった。少数とはいえ数のあるキメラアントを一人で対処するには少しばかり無理があった。数多くの戦いを経て、少しづつ負った傷が身体を蝕んでいた。

 

「仕方ない、か……」

 

 クロゼはそこで、仕方なく溜めていたオーラを開放することにした。珱嗄に憑依させているオーラを除いた、約52人分のクロゼと同等のオーラを自身に還元する事で、オーラ量を膨大に増量し、そのオーラを使った治癒力強化で身体を回復させたのだ。だがその身体を治すだけでは52人分のオーラは消費しきれない。となるとどうなるのか、通常なら霧散する所なのだが、クロゼはこのオーラをある事に使う。

 

「少し前から考えてたんだ……じゃ、張り切って行きますか」

 

 クロゼはそう言って、その膨大なオーラを凝縮させ始めて行った――――

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方、珱嗄のいる拠点の方では、珱嗄に内緒で人知れず念を習得してきたピトーが珱嗄に一捻りにされていた。

 

「にゃ………」

「あのな、猫。考えてみ? 猫が一匹で人間に立ち向かった所で勝てるか? 抱きかかえられて撫でまわされるのが落ちだろ? 分かるな?」

「むー……ピトーだ」

 

 そこまで言って、珱嗄はピトーに聞く。

 

「ところでお前、どこで念を手に入れた? しかも、使い方までも」

「……んー、あそこに転がってる人間から情報を引き摺りだしたんだよ。脳みそをくちゅくちゅーっと」

「ああ……て、どっかで見た様な……あ!」

 

 珱嗄がピトーに指差されて送った視線の先には、一人のハンターが転がっていた。頭の皮膚を剥がされ、頭蓋骨を割られ、脳みそが丸見えになっている一人のハンターが。

 だが、珱嗄にはそのハンターに見覚えがあった。ハンター試験の際、珱嗄と最終試験で対戦相手になった少年、ポックルだ。

 

「あー……本当にポックリ死んだな……ポックル……」

「知り合い?」

「ああ、まぁ顔見知りって程度だよ……なんだよそんな顔すんなよ」

「い、いやー……」

 

 珱嗄の顔見知りを脳みそくちゅって殺したとなれば、少し機嫌を損ねるのではないかと少し不安になったピトーは、かなり青褪めた顔であわあわしていた。だが、珱嗄は若干苦笑気味にそんな表情のピトーの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「別に怒ったりしねぇよ。友達って訳じゃないし、ポクポクポックルが勝手にポックリ死んだだけだ」

「殺したボクが言うのもなんだけど、随分と死人に鞭打つねキミ」

「だって友達じゃねぇし」

「……まぁいいけど」

「ところで、お前この笛の音聞いてどう思う?」

 

 珱嗄は話を切り替えて蟲笛をひゅんひゅんと鳴らし始めた。すると、周囲にいたキメラアント達が次々と耳を塞いで逃げていく。この世界では蟲笛は虫に対して虫除けの効果を持つらしい。だが、

 

「ん、まぁ少しだけ耳障りな感じがするけど……問題ないかな?」

「そうか……」

 

 珱嗄は少し考える。どうやら蟲笛は護衛軍以上のキメラアントには効かない様だ。

 

「まぁいいか、それじゃまぁ……コイツの相手は少しばかりめんどくさそうだ」

 

 珱嗄は振り向きながら、暗闇の向こうより歩いてくる者に視線を向けた。

 

 

 

 

「おや、何故此処に人間が?」

 

 

 

 

 やって来たのは金髪に蝶の羽を持った青年。何処か気品を感じさせる顔立ちだが、その実放つオーラはネフェルピトー同様の、禍々しさを持っていた。

 彼の名前はシャウアプフ、三人の女王直属護衛軍の内の、一人。ネフェルピトーと肩を並べる実力を持った、蟻である。

 

 



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プフ×擬音

 珱嗄とピトーの目の前に現れた、二人目の女王直属護衛軍、シャウアプフ。彼は生まれながらにして念能力を知っているかのように使えているようだ。見た限り、きちんと纏が為されているようだし。

 彼の容姿を説明するのなら、美男子というべきだろう。細身で長身の金髪美男子が、あたかも貴族見たいな服装を着て、その頭と背中からそれぞれ蝶を思わせる触角と大きな羽を生やしている。ピトーを人と蟻と猫を混ぜたキメラアントと表現するのなら、彼は人と蟻と蝶を混ぜたキメラアントと言えるだろう。

 

 そんな彼は、ピトーをしっかり自分と同様の護衛軍と認識していた。だが、何故人間である珱嗄が此処にいるのか、さっぱり分からない様子だ。また、念能力を念能力と認識も出来ていない様子でもある。つまり、念能力に関して言うのなら、生まれつき波紋の呼吸が出来たジョセフ的な感じなのだろう。

 

「それで、貴方は一体何なのでしょうか? 人間風情が何故我々の拠点に?」

「猫の次は蝶、か……ん? 蝶と、猫?」

 

 珱嗄はシャウアプフの容姿を見て、ピトーが猫、彼が蝶という現実を考える。そして、取り出したのは先程も鳴らした蟲笛。シャウアプフは紐でぶら下げられた筒らしきものを見て、怪訝な表情を浮かべる。それはピトーも同じだ。というか、ピトーですらソレが何か分かっていないのだ。

 珱嗄はピトーにやった様にひゅんひゅんと蟲笛を振り回した。ピトーはその音の耳障りさに少し顔をしかめる。先程もやった通り、ピトーには蟲笛がそう効かない様だ。

 

 だが、

 

 

「ぐあああああああ!!? ぐふっ、ぎゅふ!? ぎゃああああ!!」

 

 

 目の前で雄叫びを上げるシャウアプフは違った。叫び声を上げながら、口から飛び出る唾を抑えようともせず、無様に地面を転がるばかりだ。だがどうしてピトーには効かなかった蟲笛の音が、同じ女王直属護衛軍のシャウアプフには絶大な効果を及ぼすのだろうか?

 

「ふ、やはりな……ネコソン君」

「ピトーだって言ってんだろ」

 

 珱嗄はありもしない髭を撫でる仕草をし、ありもしない煙管を吹かしながら、妙にキリッとした態度で話し始めた。どこの探偵だ。

 

「君にこの蟲笛が効かなかったのは、君の容姿に虫の要素が少なかったからだ。対して、彼は蝶という虫同然の要素がかなり多い。つまり、蟲笛の効果は虫の要素が多いほど上がるという事だ!」

「何それ……」

「だが、目の前の無様なこの姿こそ、その証拠であろう」

「否定できないのが何とも言えないなぁ……」

 

 そう、つまり、蟲笛が効く効かないは実力の高さでは決まらない。どれだけ虫の要素を身体に持っているかいないかで決まるのだ。つまり、どれだけ実力を持っていようがシャウアプフはあくまで蝶と蟻という要素がかなり虫らしいのだ。故に、蟲笛が効果を発揮した訳だ。

 

「で、この転がってるイケメンは何て名前?」

「知らない。多分女王に直接名前を貰ってる筈だよ」

「く………はぁ……はぁ……忌々しい音でした………」

「なぁイケメン、お前の名前は?」

「………私の名はシャウアプフです」

「シャウア……シャッ……………シャランラ」

「どこの擬音ですかそれは」

「字面は似てんだろうが!」

「発音は違うんですがぁ!?」

 

 ピトーは少し既視感を感じた。あ、これ見たことあるー、と遠い眼をする。というか、現在進行形で自分が衝突している壁の一つである。なんというか、シャウアプフとは仲良くなれそうだと思った。

 

「呼びにくいならプフで良いですよ……」

「ぷふっ……」

「おいなんで今笑った」

「名前を呼んだだけだ」

「嘘吐かないでください、今貴方は絶対笑いました」

「何言ってんだコイツ」

「清々しいまでにシラを切る貴方には怒りを通り越して殺意すら覚えますよ……」

 

 ピトーはまた、これ見たことあるー、と遠い目をした。というか瞳が死んでいる。もしかして直属護衛軍は全員こんなやり取りをする破目になるのではないだろうかとさえ思えて来た。

 そして、プフはプフで絶対ちゃんとした名前を呼ばせてやろうと心に決めた。知らぬうちにピトーと同じ考えに至った。

 

「……それで、貴方の様な人間が何故此処にいるのですか?」

「実はこのネコーと友達になってね、しばらく此処に厄介になってんだよ」

「ネコー? ああ、貴方の名前はネコーというのですか。同じ護衛軍として、よろしくお願いします」

「ボクの名前はネフェルピトーだ、二度とその名で呼ぶな。でないとボクは君の事をシャランラと呼ぶことになる」

「すいませんでしたネフェルピトー」

 

 ピトーの反応にプフは彼女と珱嗄の間に何があったのかを即座に察した。そして一瞬で直角に頭を下げた。今のは自分に非があることが分かったのだ。

 そして、頭を下げた彼を見て、ピトーとプフは会ってまもない内に心が通じ合った気がした。

 

「ピトーで良いよ。こっちもプフって呼ぶし……君もだよ分かってる?」

「ネコー! ネコーネコー…ネコー……」

「殺すよ割と本気で!」

「無駄にエコーが掛かっている所がそこはかとなく苛立ちを誘いますね……!」

 

 珱嗄は何処まで言っても珱嗄だった。護衛軍二人を目の前にしても、全く物怖じした様子が無い。どうやらこの二人を相手にしても、余裕ということなのだろう。不知火の連撃を完成させた珱嗄からすれば、どうとでも出来るのだ。

 

「まぁなにはともあれだ、そういうわけで俺とネコーは友達なのだ。どうする? シャランラも入る?」

「シャウアプフです。入りませんよ別に」

「………」

「な、なんですかピトー……その眼は……」

 

 プフの腕をギリギリと力強く掴んで放さないピトーが、血涙すら流す勢いでプフを睨んでいた。そして、喉の奥から絞り出す様な、怨念とも言える響きの声で、さながらホラー映画の様に、こう言った。

 

 

 

 

 ―――ボクを一人にするな………!!

 

 

 

 

 その言葉を聞いて、蝶の蟻にして女王直属護衛軍の一人、シャウアプフは、肩を落としながら珱嗄の友達となる道を選んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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戦い×前の×静けさ

 それから時間が経つ。ピトーとプフが珱嗄を通じて仲良くなるのは早かった。5月の下旬になり、ピトーもプフも自身の持つ力の理解を深めている。

 キメラアントの数は増えに増え、すでにハンター協会の対抗勢力を大きく上回っていた。膨れ上がった数は拠点から溢れだし、既に多くの一般人の命を奪っている。クロゼの対処では最早追い付かないのだ。それに、クロゼはもう溜めたオーラの残量が無い。珱嗄に憑依させた分を回収すればまだ何とかなるだろうが、それでも数の暴力には勝てないらしい。

 

 そんな中で、ゴン達はカイトの死の可能性を念頭に置きながら、キメラアントに対抗すべく修行を開始している。今まで以上の実力を得るには、まだまだ成長が必要なのだ。

 他にも、ハンター協会会長のネテロや、その部下達も動き出している。ネテロは全盛期の実力を取り戻す為に、精神集中に入っている。その集中力と圧倒的な威圧感は、他の生物を寄せ付けない程だ。

だからだろうか、キメラアントの侵攻は、実はそこまで進んでいる訳ではない。数匹のキメラアントが好き好きに一般人を襲っているだけだ。ニュースでは騒がれているが、キメラアントの存在を知らない一般人の方が多いだろう。

 

「という訳でだ、ネコーとシャランラ」

「ピトーだって」

「プフです」

「ピトーだってプフ? え、お前らどっちもシャランラしてんの?」

「「違う」」

 

 そんな中、拠点の中で相変わらず珱嗄とピトーとプフはそこそこ仲良くやっていた。キメラアント側の二人としては、珱嗄はいつまでこの拠点にいるんだ、と内心感じていなくはないのだが、実の所珱嗄がそこまで害では無いのを理解しているので、別段追い出そうとも思えないのが現状だ。

 珱嗄の親しみやすさは種族の壁を超えるらしい。というより、最初の時点で手荒に扱えない強さを持っているから、不本意ながら付き合っていく内に珱嗄の親しくなる、というのが正解だ。

 

「それにしても、お前らって実際の所何がしたいの?」

「にゃん?」

「と言いますと?」

「いやね、お前らがなんでこんな所に拠点作って王様生まれんの待ってんのかなーと思って。王様生まれたら何すんの?」

 

 会話の種も無いので、とりあえず珱嗄はキメラアントがどのような生物なのかを知ることにした。すると、ピトーとプフはお互い顔を見合わせた後、珱嗄の方を向いて同時に答えた。

 

「「さぁ?」」

「知らねーのかよ」

「ボク達が命じられたのは女王の守護、そして王が生まれれば王に付き従う王直属の護衛軍になるからね。ボクらの動向は王が決めた方向に自然と向かうよ」

「出たよ他人任せな今時の若者が……だからお前はネコーなんだよ!」

「ピトーっつってんだろそろそろ覚えたらどうなの!?」

「自分の意見くらい持ったらどうよ? お前は今、何をしたいんですかー?」

 

 珱嗄の言葉に、二人はむっとなって考える。差し当たって、したい事を。すると、ふと思い付くことがあった。それは奇しくも同じ事を考えており、どちらもそれを望んでいた。

 

「「オウカに名前を覚えこませたい」」

「わはは、ゴメン俺4文字以上は覚えられねーんだ」

「ピトーとプフって3文字と2文字だよね? なんで覚えられないの?」

「足したら5文字だろうが」

「足さないでください、割ってくださいよ」

 

 珱嗄の言葉に、ピトーとプフが仏頂面になる。どうあってもこの男は自分達の名前をちゃんと呼ばない。そもそもなぜこんなことにムキになっているのかも不思議なのだが、少なくとも一番付き合いの長いピトーは、このやり取りを少しだけ、大切なものだと感じ始めていた。あくまでも無意識下で、だが。

 そして、プフも同じ様に、このやり取りを楽しいと感じているのだろう。そうでなければ、苦笑であっても、笑う筈が無いのだから。

 

「さて、それじゃあちょっと拠点内を探索しようかな」

「え」

「お前らは此処でなんかしてろ。しりとりでもしてたら?」

「え」

「じゃね、シャランラネコー」

 

 珱嗄はそう言って、暗い洞窟の奥へと消えて行った。後に残ったプフとピトーは、ため息をつきながら漏らす。

 

「シャランラネコーって……どんな猫ですか」

「ボクの名前はネフェルピトーなんだけど……」

 

 決戦の時は近い。こんな風に馬鹿やってられるのも、そう長くはないだろう。

 

 

 ピトー、↑ラストの台詞時。

 

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ユピー×後退型

「ぶっ殺してやる、人間!」

「元気良いな、将来有望な顔して」

 

 プフが生まれてから、数週間が経ち、6月上旬。珱嗄と対峙して殺気を放っているのは、珱嗄よりも強大な体格を持ったキメラアント。そのオーラ量はピトーやプフを上回り、珱嗄に追随するモノがあった。そして、ピトー達に負けず劣らずの禍々しさは、暗に彼の実力が高い事を示していた。

 抜き身の刀、『陽桜』を肩に担ぐ珱嗄と、両手を開いて野生の獣の様に構えるキメラアント。互いにオーラをその身の内から(ほとばし)らせ、拠点内にいるキメラアントを気絶させるほどの殺意を所構わず振りまいていた。

 

 それを眺めるピトーとプフもまた、その圧倒的な殺意に顔を歪めている。介入出来るかと言われれば、出来るだろうが、それでもこの二人の間に入るのは憚られた。

 一触即発、どう考えても、止められない戦いが此処にあった。

 

「オオオオオオオオァアアアアアア!!」

「来いよ、赤ん坊。お兄ちゃんが少しあやしてやろう」

 

 こうなったのは、少し時間を遡らなくてはならない。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 いつもの様に、珱嗄とプフとピトーが取り敢えず仲良くやっていたのだが、この日、遂に三人目が生まれた。女王直属護衛軍の三人目、その名もモントゥトゥユピー、見た目で言えば、人間+蟻+魔獣といった造りらしい。

 だが、珱嗄からすれば、人間+蟻+後退型ハゲだった。ぶっちゃけそれはもう人間(ハゲ)+蟻だと思われる。だが、確かに見てみればかなりおでこが広かった。ついでに言えば鼻も低い。下半身は獣の様に毛に覆われているので、魔獣要素はあるのだが、やはりというか、珱嗄はそんなモノ気にしなかった。

 そして、ピトーとプフの二人が予期していた会話が繰り広げられる。

 

「俺の名前はモントゥトゥユピーだ……人間野郎」

「よろしくハゲ」

「オイコラ名前は無視か?」

「猫、うるさい」

「ピトー、だっ、つっ、てんっ、じゃん!!!」

「すっかりキレの良い動きになりましたね………ピトー」

 

 最早珱嗄は名前を言おうともせず貶した。ユピーはそんな珱嗄に普通に突っ込んだ。そしてピトーはキレキレの動きで5回転ターンを決めながら名前を修正する。プフはもうピトーに圧されて冷静になった。

 

「俺の名前はモントゥツ゛ッ……ユピーだ」

「噛んだな」

「うるせぇ、言いにくいんだよ文句あるかコラ」

「生憎と俺はお前に文句言うだけの興味はないんだよハゲ」

「よーし分かった表に出やがれクソ野郎」

「誰がお前の言う事を聞くか。一生にお前に反抗して生きてやるざまーみろ」

「オォォォイ!! プフ! ピトォォ! なんだコイツはめんどくせぇぞ!!!」

 

 ピトーは珱嗄の言動に匙を投げた。ピトーとプフは、最早名前の原型がない呼び方に同情の視線を送った。目を逸らしてユピーを更に傷付ける。二人が味方しないという現実に、ユピーは若干のショックを受けたが、それならばと珱嗄に向かい合う。

 

「決めた、ぶち殺す!」

「なんだコイツめんどくせぇな」

「「お前が言うな」」

 

 ということで、最初に戻る。マジバトルというよりは、ギャグバトルの展開である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「よし、掛かって来いよ。俺に勝てたら正式名称で呼んでやろう」

「ブッコロォォォォス!!」

 

 ユピーが地面を蹴った。その速度は、珱嗄との距離を一気に詰める程。その長く鞭の様にしなる腕を高速で振り、珱嗄の顔を狙う。

 だが、珱嗄はその腕の軌道に『陽桜』を置いた。ユピーの腕が陽桜を通り抜け、珱嗄を傷付けずに通り抜ける。そして、その腕を引いた瞬間、ユピーの腕は途中から先が消えていた。ユピーはその事に歯を食いしばって吃驚するも、攻撃の手を止めない。次の手と、もう片方の腕を突き出す。だが、珱嗄はその腕をくるりと躱してその勢いのままユピーの懐に入った。

 

「っ!」

「シッ!」

「グバッ!?」

 

 珱嗄は陽桜の柄でユピーの鳩尾を打った。しかも、御丁寧に衝撃透しを使っている。少しの衝撃でも、一点集中で弱点を打たれれば、それなりにダメージを貰う。ユピーは痛みに耐えながら珱嗄から距離を取る。

 

「次は俺の番だ」

「!」

「喰らえ!」

 

 珱嗄がそう言って取り出したのは――――

 

「ギャアアアアアアア!!!?」

 

 蟲笛であった。ユピーは隣から聞こえて来たプフの叫び声に拍子抜けした様な顔で視線を向けた。そこでは、プフが無様に転がっている。なんだあれはと意味が分からなくなるが、どうやら珱嗄の回している蟲笛がプフを虐めているらしいという事は分かった。そして珱嗄はユピーにも蟲笛が効かないことが分かって頷いた。

 

「まだやる?」

「……もういいや」

「だよねー」

 

 プフの姿に珱嗄とユピーは脱力し、戦意を失っていた。興が削がれたのだ。ユピーはその場に座り込み、仏頂面になる。珱嗄は蟲笛を仕舞って、プフは立ち上がり、ピトーは空気だった。

 

「ていうか王様はまだ?」

「生まれてもオウカにだけは会わせちゃいけないのは皆が理解してるよ?」

「ですね」

「アア」

「何それ、イジメ?」

 

 珱嗄と女王直属護衛軍は、いつもの様に話しだす。この関係が進むに連れて、近い未来、戦いが起こった時に、その胸の内にとある感情が生まれることを知らずに。

 

 



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王×茸

 その時は、一瞬だった。不意に、ふとした瞬間に、訪れた。初めに聞こえて来たのは甲高い女王蟻の悲鳴。激痛を訴える様な、断末魔の叫び。そして、その叫び声が聞こえる中で、何かを引き千切る様な音も混じる。ブチブチと、皮膚を引き裂き、肉を引きちぎる様な、そんな音が。

 そして、その音が止んだ頃、その拠点の中にいた全ての者が察した。

 

 

 王の誕生を

 

 

 それは他でも無い。珱嗄もである。ピトーを猫の様に扱って弄っている中で、それに気付いた。瞬時に動いたのは護衛軍の三人。王の下へと我先に駆けつけて行った。残された珱嗄は口を噤んで少し困った様な表情を浮かべた。

 何故なら、その王の圧倒的な王の覇気を感じ取ったからだ。こいつは自分よりも強いかもしれないと、そう思った。無論、戦えば負けるつもりは毛頭ない、だがそれでも、勝てるか分からない相手は、これが初めてだった。これが王、これがキメラアントという凶悪な種の頂点に立つ最強の王。そして、何より護衛軍の三名を超える程の凶悪なオーラが、じりじりと肌に食いついてくる。

 

「………勝てるかねぇ」

 

 元々、珱嗄が此処に来たのは、どこか嫌な予感がしたからだ。自分にとって、嫌な展開が起きるのではないかという、予感。その原因が、今はっきり分かった。この蟻の王は、危険すぎる。

 この王が動くことで、珱嗄が死ぬのかもしれない。はたまた別の誰かが殺されるのかもしれない。そういった嫌なビジョンが鮮明に思い描くことが出来た。

 

「……まぁ、会ってみない事には仕方ないか」

 

 珱嗄は呟き、立ち上がる。そして、肌に食いつくオーラを押し返す様に、自分のオーラを解放した。勢いよく吹き荒れるのではなく、ゆらゆらと実体のない煙の様に動くオーラは、珱嗄の足が一歩、また一歩と進む度に、揺れた。立ち向かえば絡め取られ、訳も分からない内に殺されると思ってしまう程に、濃く重いオーラの重圧。キメラアントの拠点の中で、二つのオーラがお互いの知らぬ間に衝突し、(せめ)ぎ合っていた。

 そんな中、進む珱嗄は正面から自分に近づいてくる存在に気が付いた。そして笑う。同じなのだ、王の方も。珱嗄という人間の圧倒的な存在感に気付き、自分自身が戦って勝てるか分からない相手だと考えた。だから会おうと思った。但し、珱嗄とは違って、本当に殺すつもりで近づいて来ていた。

 珱嗄もそれを察する。覇気の中に混じる殺意を感じたからだ。

 

 お互いの足音が、聞こえる。他に三つの足音があるが、それはきっと護衛軍の足音だろう。

 

 そして、お互いの姿が見えた。足音が止まる。

 まず見えたのは、お互いの瞳。珱嗄の青黒く揺れる瞳と、王の資質を爛々と感じさせる冷たい瞳。交錯する視線は、間違いなくお互いを見ていた。

 

「――――お前は」

 

 口火を切ったのは、王の方だった。重く、冷たい声だった。

 

「誰だ? 何故此処にいる?」

 

 当たり前で、当たり前の疑問。珱嗄はそれに対して、普通に答えた。

 

「俺は泉ヶ仙珱嗄、面白いことが大好きな唯の人間だ。此処にいる理由は……観光?」

「……観光、だと?」

「そうだ。ついでに言えば、王サマであるお前を一目見たかったのもあるね」

「……お前達はコイツの事を知っているのか?」

 

 王は護衛軍の三人に聞く。

 

「……はい、我々では勝ち目のない相手でしたが、王の誕生を阻止させる訳にはいかず……この拠点に居座らせれば大人しくしている、という約束の下、此処に……」

 

 ピトーが答えた。やはり女王直属の護衛軍といっても、王が生まれれば彼らの使命は女王ではなく、王の護衛軍と変わってしまうらしい。

 

「なるほど……確かにこの人間は王である余でも、勝てるか分からぬ……その選択は正しいな」

「でだ、王様ちゃん」

「………余をその様なコケにした名で呼ぶな」

「じゃあ名前は?」

「……余の名は……名前は……ない」

「じゃあなめこで良い?」

「なめことはなんだ」

「なななな・な・なめこ♪っていう音楽で有名な植物だ。色んな種類がある」

 

 珱嗄はそう言うが、王は顎に手を当てて考えている。護衛軍の三人は、膝を付いた状態でだらだらと冷や汗を流す。どうみてもまともな名前じゃねぇと考えていた。まさか王にまでこのようにあだ名を付けるとは思わなかったのだ。

 

「……ふむ、ならば仮の名前として使うことにしよう。余の事はとりあえずなめこと呼ぶが良い」

(((王!!?)))

「うん……よろしく………なめこ……!」

 

 珱嗄はぷるぷると肩を震わせてそう言った。笑いを堪えるのが大変だった。自分自身で王の覇気を醸し出しながら名乗った名前が『なめこ』。どんな状況だろうとそれは噴くだろう。何言ってんだコイツはとツッコミすら入れたくなる。

 

「して、何故なめこなのだ」

「頭の形がなめこに似てるから」

「……ふむ、なめことは余の様な顔をしているのか……一度見てみたいものだな」

「いつか見れるよきっと……く……っ……」

 

 珱嗄は口を抑えていた。天才かコイツ、と思った。何処の世界にクソ真面目な表情でなめこを見てみたいという奴がいるというのだ。目の前にいるわ。

 

「それで、貴様は余と相見(あいまみ)えた訳だが……如何する?」

「特に何も。だがまぁなめこちゃんが怖いってんなら、戦う事も吝かじゃないよ」

「……なるほど、ならば今は捨ておいてやろう。だが、覚えておけ、余はまだ生まれたばかり、更に強靭な強さを手に入れた果てには、必ず貴様を殺す」

「………それは楽しみだ」

 

 珱嗄がそう言うと、王は振り返って闇に消えていく。護衛軍の三人は珱嗄をちらっと見て、少し迷った様に王に付いて行った。

 王はまだ珱嗄と戦って勝てるか分からなかったから、今は戦わないことを選んだ。そして、勝てる実力を手に入れた時、改めて珱嗄という脅威を殺す事を決めたのだ。無暗に脅威を排除しようとせず、王として自身の選ぶべき選択肢を間違えない。それは人間としても、あまり出来ないこと。

 珱嗄はそんな王に、少しだけ恐怖を感じたのだった。

 

 

 



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それぞれの×想い

 私の子、それはもう私の下にはいないけれど、無事に生まれてくれた。良かった。でも、まだ不完全な状態だったかもしれない、早かったかもしれない。それが、この先あの子の障害になるのではないかと思うと、私は不安になる。

 護衛軍の三人、ネフェルピトー、シャウアプフ、モントゥトゥユピー、しっかり、あの子の事を支えてあげて下さい。あの子が全ての種の王になるその日まで、そして王となったその後も、あの子の進む道が明るく、勇ましいものになる様に、常に傍にいて、支えてあげて下さい。

 私はもう生きられない。あの子のことを見守っては上げられない。邪魔者は潔くこの世を去りましょう、だって、私はあの子を産む事が出来ただけで、十分幸せなのですから。

 

 

 ああ、私の子。貴方の名前は『メルエム』

 

 

 ああ、なんて幸せなのだろう。さぁ、そろそろ眠くなってきた。最後に願うのならば、この名前をあの子に伝えて欲しい。誰でもいい、この想いだけでいいから、伝えて欲しい。

 

「―――ああ、任せろ。おやすみなさい、蟻の母よ」

 

 声が聞こえた。少なくとも私の子の気配ではない。多分、ネフェルピトーを産んだ日に此処へやってきた人間の声だ。そして、あの子達は気が付いていないだろうけれど、護衛軍……特にネフェルピトーの友人となった人間。でも、もう貴方でも良い。どうか……どうかよろしくお願いしますよ………キメラアントの友人。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 蟻の女王。初めて対面したが、死ぬ寸前だった。珱嗄は王と護衛軍がこの拠点から去っていくのを見送った後に、此処へやって来たのだ。随分と蟻を大きくした様な、キメラアントという名前に相応しい、アリみたいな蟻だった。腹部の破損、おそらくは王が出て来た場所。そこには、まだ生命の波動が感じられた。おそらくは王と同じ様にして命を与えられた蟻の子がいるのだろう。つまりは、王の双子の弟というわけだが、珱嗄はそれを取り出さない。此処へやってくるキメラアントや、近づいて来ているハンター協会の人間達が、きっと見つけるだろう。

 踵を返して、蟻の母に背を向ける。久方ぶりに、母の想いに触れた。この世界に来てから、親なんてものは無かったから、仕方ないと言えばそうなのだが、それでも命を賭して子を愛するというのは、どこの世界、どこの種でも同じらしい。

 

「メルエム、ね。なめこの癖に随分と良い名前を貰ったもんだ」

 

 陽桜を肩に担いで、歩きだす。向かうは王の居場所。王が強くなる前に、王とケリを付けよう。此処で倒せないようならば、此処から先、王を打倒出来るものはいないだろう。それほど強い相手なのだから。

 

「さて、ちょっとだけ真面目に行こうか。まずはクロゼと合流かな」

 

 珱嗄はそう呟いた後、拠点を後にするのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 クロゼは、王の誕生を察知していた。珱嗄と感覚を共有していたから元々王の誕生は分かっていたのだが、それ以外にも自分の肌を突き刺す様な邪悪なオーラを感知していたのだ。そして理解する。こいつには勝てないと。珱嗄と同等、またはそれ以上の実力を感じた。普通なら逃げるんだろう。この相手と戦うのを避ける為に、どうあろうと逃げ去るのだろう。

 

「……けど、そう出来ないんだよなぁ……全く、困ったもんだ」

 

 珱嗄と出会ったから、出会ってしまったから、関わってしまったから、一緒に居続けてしまったから、話してしまったから、何より珱嗄の生き方に、触れてしまったから。

 

「娯楽主義、なんともまぁ……俺も染められちまったもんだ」

 

 珱嗄の生き方を、羨ましいと思ってしまう程には、クロゼは珱嗄を尊敬していた。羨望の眼差しを向けてしまう程には、クロゼは珱嗄を眩しく見ていた。

 余りにも自分に正直で、余りにも自分中心的で、余りにも自由な、その生き方が、羨ましい。どこまでも楽しそうなその表情が、羨ましかったのだ。

 

「じゃ、行きますか。王様の所に」

 

 クロゼは自分自身に呆れた様な表情を浮かべて、嘲笑しながらこう言った。

 

「さぁ、楽しみに行こうか」

 

 娯楽主義、それは珱嗄だけの生き方だ。だがそれでも、それに惹かれた者は、少しでもその生き方に近づきたいと考える。クロゼの様に。自分に正直に、楽しく生きる為に行動する。だから、珱嗄ならこうするだろう、という考えの下に動くクロゼは、娯楽主義者というには落第だ。

 だが、ここで自分の命を投げ出せる程に珱嗄の生き方をなぞれるクロゼは、限りなく娯楽主義者に近い者なのだろう。

 

「それに、『これ』も届けないとな」

 

 クロゼの手には、袋に巻かれた細長い何かが握られていた。

 

 



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クロゼ×遺恨

 王が生まれ、ボク達は拠点を後にした。向かう先は、特に決めていないけれど、王が王であれる広い拠点を手に入れるつもりだ。その道中で、幾つか人間を殺した。王が満足する様な美味い人間には出会えなかったけど、王の放つオーラに少しだけ活力が加わったから、脆弱な人間でも王の糧になったみたいだ。

 それは喜ばしいことだ。だけど、なんでだろうか、少しだけ前の拠点の方が気になっている自分がいる。いや、多分違う。オウカのことが気になっているんじゃないかな。プフもユピーも、それは同じみたいだ。さっきからちょくちょく来た方へ視線を送っている。

 なんでこんなにオウカが気になるんだろう。考えても分からないけど……まさか寂しいのかな、ボクやプフ、ユピーは。……いや、そんなわけない。たかが人間にそこまで感情移入してしまう筈が無い。どうせ、名前を最後まで修正出来なかったことが悔やまれているのだろう。きっとそうに違いない。

 

 王が何れ殺すと言っていたけれど、それでも今はまだ生きているのだ。生きているのなら、また会えるだろう。その時、ボクは彼が殺されるのを黙って受け入れられるかは、考えないことにした。

 

「よう、王様」

 

 そうして考えていると、目の前に黒髪に黒いコートを着た人間が立ち塞がった。オーラを見なくても分かる、この人間は――――美味い(レアモノ)

 それはボクだけじゃなく、王やプフ達も分かったらしく、薄く笑みを浮かべている。オウカほどではないけれど、この人間を食べれば大幅に強くなれるだろう。

 

「ふむ、貴様は何をしに余の前に立つか?」

「悪いね、唯の野次馬根性だ。王様、此処で死んでくれ」

「ほぉ……言うではないか、人間の癖に粋がるな」

「ハッ、そういう性分なんでな。さて……」

 

 人間は手に持っていた布に巻かれた棒状の何かを地面に突き立てて、拳を合わせた。オーラの量は少ないけれど、拳の中で循環し続けるオーラがその拳を強化し続けているのが分かった。時間を掛ければ掛けるほど、その威力は格段に上がると思う。とんでもないオーラの精密操作能力だ。

 

「楽しもうぜ」

「ふん、まぁいいだろう。折角のレアモノだ、余が自ら料理してやろう」

 

 王が前に出る。その際、ボク達の方を見て、言外に手を出すなと伝えて来た。ボク達はその命令に従うべく、少し後ろへ下がる。確かに時間が長引けばあの拳は王やボク達の身体を貫く威力になるかもしれないけれど、王がそんな事態になるまで時間を掛けるとは思えない。王の勝利は確定的だった。

 

「では行くぞ」

「―――チッ!」

「ハハ、遅いな」

 

 人間に急速接近した王は、一瞬でその距離を詰めた。人間の方は速度の速い動きに慣れてでもいるのか、一瞬遅れて反応した。王の拳を身体を回転させて躱す。だが、

 

「ガッ!?」

「貴様達人間とは身体の造りが違う」

 

 王はその尻尾を使って自身の横に移動した人間の腹を打った。転がる様に吹き飛ぶ人間は、すぐさま体勢を立て直した。ダメージを負って尚乱れない拳のオーラ操作は、正直驚愕だ。

 

「む……?」

 

 王の怪訝な顔。見れば、尻尾から血が出ていた。あの打ち飛ばされる一瞬で、尻尾を殴ったのか? だとすれば、その喰らい付きの強さは、死に物狂いともいえるだけの全力さが感じ取れる。

 

「こんどはこっちだ!」

「フン、特に痛くも痒くもない」

「おおおおおお!!」

「!?」

 

 王に接近する人間の姿が、一瞬にして掻き消える。何処に行ったかと探すと、既に人間は王の背後へと入っていた。そして、その拳を王の背中に叩き付ける。鈍い音が鳴り響くが、あの程度の強化では王へダメージを与えることは出来ない。はずだった。

 

「ガッ……はぁあ!?」

 

 王が血を吐いた。驚愕に目を見開く。そこまで威力があったというのだろうか? あの拳には、オーラや筋力といった要素以外の何かがある。

 

「ゴホッ………なるほど、その技術……見上げたモノだな……」

「一撃で見抜くかよ。とんだ化け物だな、本当に」

「貴様が弱いだけだ。時間は掛けられない、そろそろ終わらせて貰うぞ」

「は?」

 

 王が口元の血を拭って笑う。オーラが身体から膨れ上がり、その身体を極限まで強化した。おそらく、ボク達護衛軍三人の総力をもってしても届かない程の大きなオーラの奔流。そんな量のオーラで強化された王は、その状態のまま口を開いた。

 

「貴様、名は何と言う?」

「………クロゼ、お前らがここ数日一緒にいたオウカの友人にして一番弟子だよ」

「ほぅ……なるほど、奴のか……どおりで」

「本当は逃げるつもりだったんだけどな………俺ってばオウカに憧れちゃってるからさ。動かずにはいられねーんだよ」

 

 クロゼ。それはオウカがボクに最初に会った時に口にしていた名前だ。確かに、彼はオウカの友人なのだろう。だとすれば、此処で彼を殺せばオウカが怒るかもしれない。怒れば、王以外対抗する事は出来ないだろう。あの紅い輝きを放つ刀の切っ先が、ボク達を射抜くことになる。

 

「……ま、此処で俺が勝てるとは思ってない」

「ならば何故此処に来た?」

「面白そうだから、それだけだ」

 

 オウカなら、きっとそう言うだろう。それはボク達護衛軍は直ぐに思い立った。それでも此処に来た、というのなら、正真正銘、頭がおかしい。オウカにどこまでもそっくりで、どこまでもかけ離れている。

 

「ああ、そこのネコー」

「ピトーだ。なにかな?」

「あそこに立てた棒きれだが……俺が死んだ場合、オウカの馬鹿に渡してやってくれねーか?」

「……なんでボクがそんなことしないといけないのかな」

「わはは、お前が一番オウカと付き合いの長いキメラアントだからかね。ま、気が向いたら頼むわ」

 

 クロゼと名乗った人間は、そう言ってカカッと笑った。本当に楽しそうに、此方の事を見通している様な瞳で、穏やかに笑った。

 

「さて、行くぜ王様。いや、なめこ」

「ああ、掛かって来い。貴様の血肉を余の糧として、あの男を殺してやろう」

 

 クロゼと王が腰を落とした。見れば、クロゼの拳で循環していたオーラが急速にその循環速度を上げた。その威力が急激に上昇する。そのオーラから考えられる威力は、おそらく王に届き得る牙。

 対して王は膨れ上がったオーラを更に増大させて強化を施した。

 

 両者が構え、呼吸を読み合う。

 

 

 まだ。クロゼの頬を汗が流れる。

 

 

 まだだ。王が息をふーっと吐く。

 

 

 そして、段々と二人の呼吸が合わさっていき、

 

 

 

 今!

 

 

 

 両者は地面を蹴った。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「はあああああああああ!!!」

 

 クロゼはその拳を振り絞り、王に向かって振り抜く。その目指す先は、心臓。だが、その拳は当たらない。王はその拳を軽く打ち払い、クロゼの首にその爪を立てた。ぶちぶちと、音を立てて皮が千切れた。そして次に筋肉が、神経が、骨が、順番に引き裂かれ、断たれ、砕かれた。そして、音がしなくなったその時、真っ赤な液体が、地面を紅く染め上げた。

 

 どちゃ、と倒れる肉塊。クロゼという人間だったモノ。その首から上は、千切れてなくなっていた。

 

「―――幾ら拳の威力を上げようと、その拳を繰り出す腕の筋力は貧弱な人間のモノだ。故に、余に当たる訳が無い。貴様の敗因は、負けると分かっていながら余に戦いを挑んだことと、種の力の差を理解していなかったことだ」

 

 王が負けた人間の敗因を、人知れず言葉として漏らす。その手にはクロゼの生首が掴まれていた。

 

「残念だったな人間。面白い、というだけでは貴様はあの男にはなれない」

 

 王はそう言ってクロゼの頭にその歯を立てて、その血肉を喰らった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 クロゼside

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「はあああああああああ!!!」

 

 ぶっちゃけると、俺はオウカの様になれない事を、ちゃんと分かっていた。王に挑んだのは、ただの強がりだ。意味のない人真似。オウカが知ったら、多分馬鹿じゃないのと吐き捨てるだろうか。

 

 俺の拳が打ち払われた。やっぱりか。勝てないなぁ、この化け物め。これで俺の人生終了かよ。

 

 俺は自身の首に王の爪が食い込んでくるのを感じながら、思い出す。オウカとの思い出を、短かった人生を、最後に残したかった想いを。

 生まれて思い知った自分の弱さ。死に物狂いで手に入れた衝撃透しというたった一つの武器。オウカとの出会い。天空闘技場での念能力の習得。グリードアイランドでのカード集め。それからのオウカとの旅。楽しかった。悔いが無い、と言えば嘘になる。まだまだやりたい事はある。オウカと楽しい事を探して旅をして、もっともっとオウカみたいな強さに近づきたかった。

 

 でも、これで終わり。ああ、ちくしょう……悔しいなぁ……なんで逃げなかったんだろうなぁ……くそ、全部オウカのせいだ。全く、お前に会ってから俺の人生狂いっぱなしだ。

 

 ちくしょう、楽しかったなぁ、面白かったなぁ、もっと、生きていてぇなぁ……

 

 視界に移る、突き立てた布に巻かれた棒状のモノ。俺がオーラの全てをつぎ込んで具現化したもの。アレは、俺の死によって、完成する。オウカの奴にあれが渡れば、もっともっと強くなるだろう。アイツの強さの一部になれるというのなら、それも悪くない。

 

 気が付けば、俺の視界はぶれて、紅い色に染め上げられた。少しづつ紅い色が黒くなっていく。自分の意識が薄れていく。これが死か……全く、全然面白くねぇな。だがそれでも、こういうのも、悪くない。

 

 

 



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珱嗄×激怒

 クロゼの遺体は、ほぼ残らなかった。修練を重ね、高位の念能力者であったクロゼの身体は、王にとってまさしく栄養の塊のようなものだ。故に、頭からつま先までしっかりと王によって捕食された。辛うじて残ったのは、ボロボロの骨だけだった。

 そして、王達はまた新たな拠点を求めて進みだす。

 

「む、ピトー。それは持っていくのか?」

「はい、王はあの男……オウカをいずれ殺すと仰られました。故に、後々会うことになるのならば、渡してしまおうかと」

「ふむ……中身はなんだ?」

「えーと……分かりません。反った棒きれの様ですが……」

「……ならばいい、好きにしろ」

 

 ピトーはクロゼの突き立てた布に包まれた棒状のそれを珱嗄に渡すことにした。クロゼは珱嗄の友達だった男だ。故に、この遺品とも言えるモノを運んでやりたいと思ったのは、ピトーにとっては自分自身の事だったからこそ、少し意外だった。だが、この棒きれには並々ならぬオーラの気配を感じていた。クロゼの念によって具現化されたこの棒きれ、死後の珱嗄への尊敬と感謝の念が宿り、更に強力なオーラの塊と化していた。

 

「……怖いなぁ……人間の想いってものは……」

「何か言いましたか? ピトー」

「いいや、なんでもないよ」

「そうかよ。じゃあ行くぞ、王を待たせるな」

「うん」

 

 かくして4匹の蟻は進みだす。その先に待ち構えているのは、生か死か、それも分からずに、強者としての圧倒的な奢りの下、進むのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 消えたのを感じた。自分の中にあった、友であり、弟子であった男のオーラが、消えたのを感じた。しかも、男の下に戻って行ったのではない。珱嗄の身体の中で、純粋にふと消滅して霧散したのだ。それはつまり、珱嗄に掛かっていた発を行った術者が死んだことを暗に示唆していた。

 言ってしまえば、クロゼは死んだ。完全に死んだ。殺されて、死んだ。

 

 珱嗄はそれを理解した。クロゼが死んでしまった事を理解した。しかも、かなり近い所で死んでいる。元々クロゼと合流しようと発の発生源の下へと向かっていた珱嗄の近くで、クロゼは王と戦い、死んだ。

 珱嗄は目を見開いてその事実に驚き、駆け出した。自分の出せる最高の速度で、自身に掛かっていた発の発生源が消失した地点へと走った。そして、その場所へは直ぐに辿り着いた。その場に王や護衛軍の姿は無く、代わりに、地面を汚す赤い色と鉄の匂いが充満していた。そしてなにより、地面に転がる無残な骨の残骸と、クロゼの着ていた黒いコートがそこに無造作に放置されていた。

 

「………」

 

 珱嗄は無言でそれらを拾い上げる。コートに骨を包み、燃やす。形式等は分からないが、火葬という形で、珱嗄はクロゼを弔う。燃えていく火が燃え尽きるまで、その火を眺め続けた。赤く燃え上がる火の中で、骨が灰となり、コートも塵となって風に飛ばされていく。そして、火が消えた時、その地面には焦げ跡だけが残り、何も残らなかった。

 珱嗄は空を見上げる。茜色に染まった、夕焼け空。その茜色を瞳に映して、目を閉じる。すると、クロゼとの思い出が次々と思い浮かんできた。天空闘技場、幻影旅団、そしてキメラアント、約半年という短い時間の中で、たくさんの思い出があった。

 

「……そういや、友人が死ぬのって初めてか……」

 

 珱嗄は呟く。そして、笑おうとして、口端を吊りあげようと意識を向けるが……どうやっても口端は吊り上がらなかった。笑えない。

 

「……あーあ、笑えない………なんでだろうなぁ……」

 

 代わりに、自然と歯がギリッと音を立てた。知らず知らずの内に歯を食いしばっていた。そして、胸の内から沸々と湧き上がる感情を抑えられない。

 そこで珱嗄は気が付いた。この感情の正体に気が付いた。

 

 

 

 

 ―――なるほど、これが『怒り』か

 

 

 

 

 クロゼの死が、珱嗄の感情のタガを外した。琴線に触れた。逆鱗に触れた。人を殺す事を決意した珱嗄だったが、人を殺される覚悟は無かったようだ。故に、クロゼという身内(ゆうじん)を殺されたことで、珱嗄の中に怒りが生まれた。それも、荒々しく、まるで嵐の様な憤怒が。

 

「あ、あぁ………ああああああああああああ!!!!」

 

 咆哮が荒れ地に鳴り響く。吹き荒れるオーラの嵐が、地面を抉り、空気を振動させ、灼熱の炎を生んだ。壊してしまうのではないかと思う程に陽桜を握り締め、陽桜も珱嗄の怒りに呼応して、叫ぶ様に甲高い悲鳴を上げた。

 そして、珱嗄は陽桜を高く振りかぶり、全力で、怒りのままに、振り下ろす。

 

 

「っらァッ!!!!」

 

 

 一振りが、空気を切り裂いた。空を切り裂いた。地面を切り裂いた。その一振りが、余りの速さと威力に、地球を両断した。だが、余りの速さと鋭さに、地球は両断されたことに気付かなかった。珱嗄の一振りは、地球を切り裂いたが、切り裂かなかった。代わりに、宇宙まで届く斬撃は『軽く』地面と空に刀傷を付けた。

 

 数㎞先まで届く地面の刀傷と数㎞先まで届く空の刀傷が、『軽い』ものなのだ。

 

 本来なら、地球を真っ二つにしていたのだから。

 そしてその一振りを終えた珱嗄は、陽桜を肩に担いで大きく息を吐く。少しだけ冷静になった精神を使って、これからの事を考える。といっても、やる事は決まっていた。

 

「あのなめこ野郎………首洗って待ってろよ……俺がこの手でぶっ殺す」

 

 王を殺す。ただそれだけだ。珱嗄の怒りは頂点にまで達していた。

 

 



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カイト×経過

 珱嗄が地球を斬った頃、王達は東ゴルドー共和国の宮殿を襲撃し、乗っ取っていた。新たな新拠点を手に入れたのだ。そして、その事実はハンター協会側にも知れ渡っている。

 珱嗄、キメラアントとは別の、第三勢力であるハンター協会だが、主にゴンやキルア、それに二人と共にこの拠点へと乗り込む算段を付けている協会側の人物、体格が良く、サングラスを掛けているモラウという男やゴンとキルアに修行を付けた不良姿のナックル、着物姿のシュートが主力だ。

 王の誕生以前にピトーを遠目に見て恐怖した人間は、少なくない。正直言って、勝算はかなり低い。今この瞬間にも自身のオーラを練っているネテロが来れば、少しはまともな戦いになるだろうものの、今は自分たちだけでどうにかしなければならない。

 またそれとは別に、珱嗄の事を気にかけているゴンとキルア。彼がいれば、王はまだしも護衛軍三人位簡単に倒してくれるのではないかと思っていた。

 

「だがよー、そのオウカって奴はあの女王の死体があった拠点にはいなかったんだろ? しかも、あそこには人間の骨が腐るほどあったんだ……だったら、そいつは……」

「…………」

「ゴン………ああ、分かってるよナックル……俺達もオウカが生きてるとは思ってない。もし生きてたとしても、助けに来てくれるなんて期待はしてない……」

「……なら良いけどよ」

 

 それでも、キルアは珱嗄が死んだという可能性の大きさを、受け入れられないでいた。生きている可能性を望んでいた。生きていて、欲しいと。

 

「話は終わったか?」

「ああ、悪ぃな。モラウ」

「ならいい。そろそろ目的地だ」

「カイト、本当に大丈夫なの?」

 

 ゴン達はカイトの下へ向かっていた。実の所、カイトは既に死んでいるのだが、珱嗄と過ごしていたピトーが時間の合間を縫って蘇生させたのだ。いや、蘇生は出来なかったのだ。精々、首と身体をくっつけて、操り人形の様にしただけだ。そして、その人形と化したカイトを外へと放った。結果、ハンター協会側が拘束した、という訳だ。

 だが、ゴン達はそれを操られているだけでカイトは生きていると判断したのだ。

 

「……大丈夫、というには少し異常事態だな」

「どういうこと?」

「カイトは今……敵の術中にある」

「!?」

 

 モラウが扉を開け、そしてその先にいたのは、キルアの修行を付けたシュート。純和風な姿着をしている。そのシュートの後ろには大きな小さな檻があった。

 

「………?」

「この檻の中に、カイトはいる」

「!?」

「気をつけろ、この先にいるのは……カイトではない、別の生き物だ」

 

 ナックルがそう言う。そして、シュートは檻を開けた。その中から出て来たのは――――

 

 

 満身創痍で光を失った眼をした、カイトだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 時間は少し遡る。まだ、プフやユピーが生まれて無かった頃の事だ。珱嗄とピトーは名前のやり取りで中々上手くやっていたのだが、ある時ふと珱嗄がカイトの死体に気が付いた。

 

「あれどうすんの?」

「にゃー……生き返んないかなぁって捨てられず……」

「何故?」

「オウカと違って手頃に強かったから、もう一回戦いたいなぁって思って」

「手頃に強いって新しい言い回しだな。今度俺も使ってみよ」

 

 そんな会話をする二人だが、これがきっかけでカイトを生き返らせる話になった。とはいえ、特に思い付かないのがこの話の問題を大きいものだと認識させる。

 

「とりあえず寝てる奴を起こすみたいなやってみようぜ。コイツは死んでいないんだよきっと」

「そうだね、死んでない死んでない」

 

 珱嗄はとりあえずカイトの生首を胴体に無理矢理ひっつけることにした。その辺にあった木の棒を切断面に突き刺し、仮縫い的にひっつけた。

 

「よしまずはお決まりの顔に落書きだな」

「うん」

「とりあえずでこに肉って書こう!」

「ほっぺたに猫の髭書くよ!」

「じゃあ俺鼻の下にちょび髭書くし!!」

「じゃあボク瞼に目を書くよ!!」

 

 わいのわいのと顔に落書きしていく珱嗄とピトー。最終的にカイトの顔は凄まじい程に馬鹿げたものになった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ゴン達はカイトの顔を見て戦慄する。そこには酷い落書きがあった。

 

「カイトの顔……なんであんな風に!?」

「俺達があった頃はもうあんな風だった……きっと、キメラアントの奴らがやったんだろ……!」

「ひでぇ……戦えないカイトをあんなふうに弄んだのかよ……!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「さて、次はどうするかな」

「ゆすり起こしてみる?」

「そうだな、転がすか」

 

 珱嗄とピトーはそう言ってカイトを起こし始める。まずはピトーがカイトの胸に手を置いて揺すった。だが、それでは起きない。当然だ。

 すると、珱嗄は立ち上がり、ピトーをどかした。疑問の顔を浮かべるピトーを尻目に、珱嗄は自信満々な表情を浮かべていた。

 

「あの顔……何か良い策があるんだね……!」

「そんなんじゃコイツは起きない。なら、もっと強い力で起こしてやるんだ」

「なるほど………つまり!」

「こうするんだ!」

 

 ゲシゲシ! と珱嗄はカイトの身体を蹴り飛ばした。転がる身体、追いかけるのはピトーだ。カイトの身体に追い付いたピトーはカイトの足を掴んで振り回し、地面に叩き付けた。

 

「オラッ!」

 

 そして地面に叩きつけられて一瞬空中に跳ねたカイトの身体を珱嗄が再度蹴った。その辺りからメキメキと嫌な音がしていた気がする。

 それから、おおよそ1時間ほど珱嗄とピトーによる揺すり起こし(死人に鞭打ち)作業が続いていった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして、ゴン達は落書きされた顔からカイト全体を見る。そこには、酷い打撃痕や変な方向に折れ曲がった腕が見えており、まさしく重傷の身体があった。

 

「カイトは戦えなくなってからかなり蹂躙されたようだな……酷い傷だ……おそらく、死んだ後も攻撃され続けたのだろう……」

「ここまでやるのか……! キメラアントって奴はよぉ!!」

「カイト………!」

 

 ゴン達が悲痛な声を上げる。カイトの健闘とその後の扱いに、沸々と怒りを感じた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして、一通り殴ったり蹴ったりした後。珱嗄達はそれでは起きないことに気が付いた。

 

「これだけやってもだめか……!」

「どうするの?」

「んー……ああ、目を開いた状態で固定すれば起きるんじゃね? ほら、目がカッサカサになるから」

「ああ、まばたき出来なかったら不快感で起きるかも」

 

 珱嗄とピトーはカイトの瞼をこじ開け、固定した。ぎょろっと剥き出しになるカイトの眼球。死んだ瞳が珱嗄とピトーを見ていた。若干気持ち悪いモノを見た風な反応をする珱嗄とピトー。

 

「起きないな」

「起きないね」

 

 少し待ってもカイトは起きない。そりゃそうだろう。死んでいるのだから。この死人に鞭打つ作業は何処まで続くのだ。

 

「……もう念能力でそういう能力創れば良いんじゃね?」

「あ……そうだね」

 

 珱嗄の提案で、ピトーは今気付いたという風に頬を掻いた。そして、そういう能力を創る。傷を癒し、怪我を修復する能力を。

 そうして出来上がったのが、『玩具修理者(ドクタープライス)』という能力。ピトーの尻尾に繋がる様にして出てくるナースゾンビの様な人形が、手術という形で他人の身体を治すのだ。

 

「とりあえずこれで首を繋げちゃうね」

「おう」

 

 そして、その人形は直ぐにカイトの首を身体にひっつけた。そして治し終わった後に気付く。

 

「あ……木の棒入れっぱなし」

「あ」

 

 カイトの首を辛うじてくっつけていた木の棒が胴体と首に埋まったまま繋がってしまった。少しの沈黙と気まずい雰囲気が場に流れる。

 だがしかし、

 

「ま、いっか」

「だな」

 

 二人は特に気にしなかった。その後、この能力では人の蘇生は不可能だと察した二人は、結局死体を操るという結論で妥協することにしたのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして、ゴン達はカイトの首の不自然な膨らみに気付く。まるで何かが埋まっている様な感覚だった。

 

「あの首、何か埋まっているな……もしかしたらそれがカイトの身体を操作している原因かもしれないな」

「棒みたいなものかな?」

「ああ、少なくとも首の付け根から顎下の辺りまでの長さだ」

「それを取り出せれば」

「カイトは助けられる!」

 

 ゴン達はそうして、決意の表情を浮かべ、カイトに向かい合う。そして、カイトに戦いを挑むのだった。

 

 



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決戦×開始

 カイト、クロゼと強力な実力者が死んでから、既に一月が経っていた。それぞれがそれぞれの想いを持って、様々な準備をしていたのだ。

 王達は拠点を手に入れ、人間達という餌を捕食し続け、自身らを強くしていた。王の目的としては、珱嗄を殺すことである。ピトーはとりあえず、クロゼの遺品である布に巻かれた棒状の品を常時持ち歩きつつ、周囲の警戒を担当していた。そんな中で、王は現在進行形で様々なゲームを行っていた。各国に存在する、ゲームの上手い人間を攫い、対決するのだ。そうすることで、王は相手の思考を読む、といった先読みと展開の作成能力を大きく向上していた。

 ハンター協会側は、カイトの救出が未だ不可能と考え、術者であるピトーの打倒や王の打倒を目的として、まずは個々の実力の上昇に務めた。頭脳班は東ゴルドー共和国宮殿に乗り込む方法や、相手の実力、そして攻略方法を練る。全ては、キメラアントの王を倒し、世界に平和を齎す為に。

 そして、彼らは王の下へと向かう。

 

 そして、そんな二つの勢力をおいて、珱嗄という人間は、どうしているかというと、

 

「―――」

 

 ただひたすら、陽桜を振っていた。オーラを放出しては、斬撃に乗せる。自身の限界のその先、最も強力な一撃を打てるように、修行に励んでいた。確実に王を殺せるまでの実力を手に入れる為に。

 

「不知火……!」

 

 また一つ、灼熱のオーラが刀に乗って、空気を断つ。初撃は連撃となり、二連、三連とその攻撃の回数を重ねていく。珱嗄の頬から大量の汗が流れ、動きに合わせて宙に舞った。そして、十連撃目を振り終えた時、珱嗄の手から不知火が落ちた。見れば、手の皮がすりきれて、血が滲んでいる。一ヵ月近くずっと振り続けた結果だ。思えば最後にまともな食事をしたのは何時だったかと思った。クロゼの死を受け入れて、それからずっと振り続けているのだとすれば、一ヵ月近く何も食べていないことになる。そう考えると、珱嗄のオーラの量が膨大なモノだというのが分かった。

 

「チッ……」

 

 珱嗄はとりあえず、陽桜を拾って、手近な岩に座った。着物の袖で汗を拭う。そして、呼吸を整えた。

 

「ふぅ……取り敢えずは十連撃はモノに出来た……何回打っても大丈夫そうだ……だが、これでもまだ王を殺せるかは分からない、『新たな不知火』を考えないとな……せめてもう一本陽桜があれば連撃数も上がるんだけどな……」

 

 ずっと前から考えていた。陽桜の二刀流。この切れ味の刀がもう一本あれば、連撃数はおそらく倍に跳ね上がる。通常の不知火だけで、二連撃の攻撃になるのだ。それだけでかなりの強化となるだろう。

 だが、無い物ねだりをしていても意味が無い。珱嗄はこの陽桜一本で出来る新たな不知火を思考していた。

 

「この連撃の不知火を不知火『連覇』と名付けるなら、今度は一撃に全力を注いだ不知火を……」

 

 珱嗄は考える、更なる強さを。珱嗄は求める、更なる力を。

 

「どうするかな………」

 

 呟いた言葉は、珱嗄の不知火で生み出される灼熱のオーラで高熱となった大気に、溶けて消えた。

 

 

 ――――決戦の時は近い

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから、更に二週間程が経った。この日が決戦の日だ。王達はなんとなく、ピリピリした空気を感じていた。

 宮殿の中で、王は一人の少女ととあるゲームを繰り広げていた。恐るべきことに、王はこの少女にだけ勝利する事が出来ないでいた。時刻は既に日を跨ごうとしている。王も少女も、集中している。

 

「………」

「………」

 

 パチ、パチ、と、駒を進める音だけが部屋に響いていた。それを見つめるのは護衛軍の中でも王に最も心酔しているプフだ。ピトーは外への警戒、ユピーもまた同様に宮殿内に侵入者がいないかと見回っていた。

 そんな中、ピトーに視点を向けてみると、ピトーは少しだけ複雑そうな表情を浮かべていた。というより、どこか退屈そうだ。現時点の状況をつまらないと感じている様な表情だった。

 

「あふ………退屈だにゃ~」

 

 珱嗄に一度強要された事もある語尾を使って退屈な欠伸を一つ。そして、人の影すら見えない変わらぬ光景を眺め続ける。ここ最近で広げている円にも、反応はなかった。

 

「…………なんか足りない」

 

 ピトーは、自分の生活に、何かが足りないと思っていた。思えば、珱嗄がいた頃はとても楽しいと感じていた。王が生まれる前の短い期間だったけれど、珱嗄との日々はおそらく、一番刺激的で、一番楽しくて、一番退屈していなかった日々だった。

 だから、今この時、珱嗄が傍にいない時間が、つまらない。例えるなら、携帯を失った現代人の様な気分だった。

 

「……なんであの人間は、あそこまでオウカを想えるんだろう」

 

 気まぐれに、暇潰しで思い出したのは、クロゼの事だった。王にその一撃を届かせた男、そして他ならぬピトーに珱嗄への遺志を託した人間。今もその想いは、ピトーの手の中に残る棒状の品に籠っている。その品に宿る並々ならぬ純粋なオーラの気配が、それを悟っていた。死んだあとにも残るオーラの遺志というものの凄まじさを語っていた。

 

「ボク達の価値観で言う、王が……あの人間にとってのオウカだったのかもしれないね」

 

 ピトーは呟いて、その品を布から取り出す。まるで繊細な芸術品を扱う様に、優しく触る。その感触は、なめらかなで、色は黒く、艶のある漆色。特に装飾は無いが、微妙に反りかえった棒だった。ピトーにはそれが何か分からないが、純粋なオーラの塊故に、珱嗄にはその使い方が分かるのかもしれないと考える。そして、少し魅了された様に眺めた後、布に再度収めた。

 

「それにしても、暇だなぁ……」

 

 呟く。瞳を閉じて、ため息をついた。そして、その瞳をすっと開く――――

 

 

 

 

 瞬間だった

 

 

 

 

 空から、龍が振って来た

 

 

 

 

 

 



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蟻×ハンター

 東ゴルドー共和国宮殿に降って来たのは、大きな龍だった。最初に気が付いたのはピトー、そしてその龍は拡散し、大量の小さな龍となって、あたかも流星群の様に降り注いできた。

 だが、ピトーはその一つ一つを対処出来るだけの能力を保有してはいない。故に、その龍に混じって降ってくる、老練の戦士を見つけ、最大の危険の排除に務めた。

 

 龍に混じっていたのは、ネテロだった。ハンター最強とまで言わしめた、まさしく老練の戦士だ。あのハンター試験で初めて会った頃の珱嗄と戦えば、おそらく負けることは無いだろうという程に、強い。全盛期の勘を取り戻した姿が、そこにあった。

 ピトーはその脚力を最大限にまで活用し、飛び上がる。ネテロの間合いにまで一瞬で飛び込んだ。

 

 

 だが、ネテロとピトーが肉薄するまでのほんの一瞬、一刹那の間に、聞こえた。

 

 

 

「そりゃ悪手だろ、蟻ん子」

 

 

 

 瞬間、ピトーは空中で何かに吹き飛ばされた。強烈な一撃の下、吹き飛ばされた。このままでは数㎞先へと飛んでいくのではないかと思う程に、強烈で強力な一撃。だが、そんな遠くまで飛んで行く訳にはいかに。ピトーはカイトの死体弄りに使った『玩具修理者(ドクタープライス)』を出す。この能力で出した人形は、出現地点から動く事は出来ないのだ。そして、ピトーの尻尾と繋がっている故に、ピトーは人形によってその勢いを止める。

 だが、そんな事をしている内にネテロは王のいる宮殿へと落ちていく。ピトーはこれは不味いと焦った。王が負けるとは考えないが、それでも危険と感じるほどにはネテロという人間が強いと思ったからだ。

 

「――――んにゃあッッ!!」

 

 取り出した人形を蹴って、すぐさま能力を解除する。その勢いでネテロに追い付いたピトーは、背後からネテロに爪を立てた。

 しかし、ネテロもそれに気付いている。奇襲というには、程遠い。

 

「喰らい付いてきたのは見事、じゃが――――」

「ッ!?」

「まだまだ、青いな」

 

 ネテロはピトーの腕を掴みとり、そのまま背負い投げの要領で自分の下へと位置を変える。必然的にネテロを見上げる形となったピトーは、その時に一瞬だけ見た。

 

「とりあえず転がっとけ」

 

 その言葉と同時に繰り出された、大きな『掌』を――――

 

 轟音と共に、ピトーは再度吹き飛ばされた。その際、先程より衝撃を感じなかったのには疑問を抱いたが、地面に向かって吹き飛ばされるのを感じたピトーは、すぐさま体勢を立て直そうとする。

 しかし、その速度はあまりに速く、着地体勢を取る前に地面に衝突した。

 

「ぐ………うぅ………!」

 

 この時のネテロの誤算としては、ピトーの意識を完全に削り取るつもりの一撃だったのに、その考えに反してピトーの意識がまだあったことだ。

 その理由としては、ネテロの『掌』による攻撃を、あるものが防いでいたことが大きい。

 

「……っ痛~……でも、さっきよりは痛くない……なんで……って……コレ……?」

 

 ピトーは頭を擦りながら起き上がり、浮かんだ疑問を考える。すると、自分の手に何かが握られていた。それは、クロゼの遺品。黒い棒状の品だった。あの一瞬、ピトーはがむしゃらにこれを掴み、掌と自分の間に挟んだのだ。そのことで、おそらくこれが掌を防御したのだろう。

 その証拠に、今ピトーが感じているのは地面への衝突によるダメージだけだ。あの強烈な一撃を防御し切るその耐久力、ピトーはこの品の凄まじさを思い知った。

 

「あの人間の遺品、か……人間の感情って凄いね……」

 

 ピトーは立ち上がり、その遺品を大切に持ちながら宮殿に走る。少しばかり距離のある場所へと落とされてしまったが、この距離なら直ぐに駆け付けられる。ピトーは出来る限りの速度で、宮殿へと走りだした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 流星群と同時刻、ゴン達もまた宮殿内に侵入していた。ゴン達の仲間の一人に、空間と空間を移動する事が出来る念能力者がいるのだ、それで宮殿内へと侵入したのだが、

 

「!」

 

 そこには運悪く、ユピーがいた。即時戦闘になるのは必至、両者とも、お互いの遭遇に一瞬硬直した、だが、

 

 ゴンとユピーだけが、敵を見ていた。

 

「ああああああ!!」

「ハッハアアアアアアア!!!」

 

 ゴンがユピーの攻撃を抜けて、後方へと抜ける。それを見て、他のメンバーも我に返った。ゴンに攻撃が向かない様に、ナックルとシュートが足止めとなる。キルアもその隙にゴンを追った。

 向かうは王のいる部屋、だが、ゴンの敵はあくまでもピトーだ。カイトを殺した張本人で、ゴンにとってはカイトを救う為に倒すべき相手、キルアはそんなゴンに少しだけ心配を抱きながら、ゴンの後ろを走り続けた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 王はそんな戦闘が起きながらも、少女……コムギとゲームを続けていた。のだが、コムギが流星群によって負傷した。ゲームは強制的に中断される破目になったのだ。

 そして、そこへネテロと流星群を降らしたゼノが入って来る。この二人がハンター協会の用意した王に対抗出来る最高の人材だ。片や最強の殺し屋、片や最強のハンター……これ以上ない組み合わせだ。

 

「……これが王か……」

「……成程、中々手強そうじゃわい」

 

 その言葉に、王は答えない。倒れたコムギを抱き抱えながら、得体のしれない怒りを感じていた。自身の勝てない相手、ゲーム……軍議と名のついたゲームにおいて、未だ勝てない少女が、こんなにも簡単に息絶えようとしている。自身が勝てないまま、自身より上のまま、死のうとしている。

 そんなのは、許さない。その怒りは、入ってきたネテロとゼノに向けられた。

 

「「!?」」

「王!」

「……ピトーか」

 

 そんな部屋に、一足遅れてやってきたのは、ピトー。そしてピトーは部屋の状況を見て、すぐに状況を理解した。

 

「ピトー、コムギを治せ。頼んだぞ」

「! ………はい!」

 

 ピトーは王のコムギへの慈愛の念を感じた。その表情の一切に曇りは無く、純粋にコムギを想う王の姿があった。そして、その姿を見たピトーは人知れず涙を流した。これが、これが誰かを想う心か! と、鳥肌が立った。故に、すぐさまコムギに近づき、治療を開始する。幸い、まだ怪我を負って時間は経っていない。頑張ればどうにか命を繋ぎとめることが出来そうだった。

 

「……さて、貴様ら……ここでは戦いづらいだろう。場所を移すか」

 

 王はそう言って、二人の間を歩いて抜けた。ネテロとゼノは、気付けなかった、王が自分の横を当然の様に通り過ぎた事を。そして、背後に抜けた後に、気が付いた。純粋に、実力の差を感じた。これがキメラアントの王。世界に脅威を齎す蟻の王にして、最強の怪物だ。

 

 

 だが、しかし

 

 

「アイツに比べれば……屁でも無いのォ」

「ゼノ? アイツとは誰じゃ?」

「ふん、お前も知っとる男じゃ。奴め、わしに随分と深い傷を残して行ってくれたわい……治るまでの3ヵ月ちょい、動く事も出来んかったわ」

 

 カカッと笑うゼノに、ネテロは思い出す。ハンター試験の時に会ったあの男の事を。珱嗄の事を。あのゆらりと笑う、最高の原石の事を。アレから半年以上経っている、ゼノを倒す程に強くなったとしたら、それはかなり大きな希望となるだろう。

 

「わはは、それはまた……緊張感を和らげるには最適の文句じゃったな」

 

 ネテロも笑い、そして歩きだす。王に付いていくように、歩きだす。これから起こるのは、ネテロと王の一騎打ちだ。ゼノはここで護衛軍やキメラアントと戦うのだ。

 ここに、ハンター協会の切り札とキメラアントの王の決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 泉ヶ仙珱嗄は、まだ現れない

 

 

 



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珱嗄×降臨

 ネテロと王は、宮殿から離れた。人のいない、二人が存分に暴れられる場所へと、移動していった。その事は、ゴン達と護衛軍の両陣営に、メリットとデメリットを一つずつ与えた。

 

 ゴン達にとっては、王が離れたことで、護衛軍との戦いに王が介入してくる可能性が無くなったことがメリット。護衛軍にとっては、王が離れたことで、王の事を気にせず全力を出せるというメリット。

 そして、その二つのメリットはお互いにとってデメリットと化す。

 

 戦え、拳を握れ、オーラを振り絞れ、そうすることで、敵に喰らい付き、最後に立っていた者が勝者だ。人間と、蟻。二つの種が衝突し、勝利した方がこの世界において頂に座する王となる。人間が勝てば今まで通りの秩序と安寧と偽りの平和を、蟻が勝てば今まで以上の恐怖と絶望と痛い現実を、生き残った者が味わうことになる。それが、人間であろうと、蟻であろうと、同じこと。

 つまりは戦い続けなければならない。お互いが、滅びるか、お互いが、戦いを止めるまで。

 

 これが種の削り合い、食物連鎖の頂点を奪い合う戦いだ。

 

「ああああああああああ!!!」

「おおおおおおおおおお!!!」

 

 魔獣と蟻の混合種、王直属護衛軍が一角、モントゥトゥユピーと、ハンター協会が用意した刺客、ナックルとシュート、この両陣営の戦いは圧倒的にユピーの優勢だった。それが例え、二対一の戦力的不利な状況であってもだ。

 ナックルの念能力、『天上天下唯我独損(ハコワレ)』の効果は、殴った相手にポットクリンという一種の取り立て屋を取り憑かせ、一定時間毎にナックルのオーラを貸し付けるというもの。そして、その貸し付けていくオーラが貸し付ける相手の許容オーラ量を超えた時、相手を強制的に30日間絶状態にする。ナックルはこの時点で、ユピーにポットクリンを取り憑かせることに成功していた。

 

 だが、

 

 ユピーの許容オーラ量が圧倒的に多過ぎる。未だユピーがポットクリンによる限界オーラ量の貸付けに至る様子は無かった。だからこそ、ナックルとシュートは焦っている。このままではユピーをトばすことなく自分達の方が敗北してしまうからだ。

 

 だが、まだユピーはポットクリンの意味に気が付いていない。気付かせる訳にはいかない。そうなると、まずポットクリンの方をどうにかしようとされるからだ。それだけは回避しなければならない。

 だから、立ち上がる。何度でも、何度でも、ナックルが意識を失わない限り、ポットクリンは消えない。足を奮い立たせろ、拳を握れ、ユピーを睨みつけろ、噛み付く様に、喰らい付け。

 

 両者は咆哮を上げ、お互いの攻撃を繰り出し続ける。

 

「お―――――っらァアアア!!」

「ギャッハハハハハハァァァァァ!!!」

 

 ナックルの拳を受けて、ユピーは笑う。全く堪えていない。だが、その一撃で更にオーラを貸し付ける。ポットクリンが貸付数値を更新した。

 

「ハハハハハ! 随分と拳に力が入ってねーぞ人間! もう限界か!?」

「グ……フ………はぁ……はぁ……ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞデカブツ……!」

「アン?」

「まだまだこれからだろうが……! ハハハ……! オラ、続けようぜ」

「ハッ、根性だけは認めてやるよ、じゃあ死ね人間がァァァァァ!!」

「掛かってこいやぁああああああ!!!!」

 

 ナックルとユピーが自身のオーラを開放し、拳と変化する肉体を衝突させる。お互いの命を奪う為に。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 その頃、ゴンはコムギを治療しているピトーの下へとやって来ていた。ピトーは治療している間、念を使えない。だが、王の命令であるコムギの治療は最優先だ。これは、どう見てもピトーの絶望的不利な状況だった。

 

「……俺を覚えているか」

「………君は……」

「俺はゴン! カイトを救いに来た!」

「……!」

 

 ピトーはゴンが怒っていることを理解し、カイトという名前から、自分が殺したあの男の知り合いかと考えた。だが、ピトーはゴンの事を覚えていなかった。あの時は直ぐにゴンはキルアに連れられてその場を去っていったし、ピトー自身珱嗄の事を考えていて周囲を気にかけていなかったからだ。

 

「……そうか、君はあの人間の」

「お前を、殺す……!」

「………君も、誰かを想って此処に来たんだね。王や、これを託してきた人間と同じように」

「……何を言ってるんだ、お前……!?」

 

 ゴンは既に感情が昂ぶっていて、ピトーを倒す事しか頭にない。なのに、ピトーは何時まで経っても戦闘態勢を取ろうともしない。それが余計にゴンの勘に触った。

 

「ボクはこれまで誰かを想う心の強さに触れて来た。死をも恐れないその想いの強さは、自身の死を持ってしても覆らない……」

「だから何を言ってるんだよ!! いいから俺と戦え!!」

 

 ゴンはピトーの言葉に苛立ち、オーラをその身体から噴き出した。そのオーラの強さは、ピトーの言葉を確証付ける様に強く、猛々しい。

 

「……悪いけど、ボクは今君と戦う訳にはいかない」

「!?」

「彼女を治しているんだ。だからせめて、彼女の命が助かる所まで治させて! その為なら、なんだってする!」

「な……な……何を………!」

 

 ピトーはゴンが動揺しているのを見て、自身の言葉を本当だと思って貰う為に、その右手を左腕に添えた。

 そして、

 

 

 ―――バキッ

 

 

 折った。部屋に響くその音が、呆気なく骨が折れた事を伝えた。ゴンは、ピトーの折れ曲がった左腕に、目を見開いて驚く。そして、ピトーがコムギを助けたいという気持ちが本当のモノだという事を、嫌でも思い知らされた。

 だが、それでも納得出来なかった。見たところ、治療されている少女は蟻ではなく人間だ。つまり、蟻が人間を救おうとしているのだ。

 

 

 ならば、何故。何故だ。

 

 

「ならなんでカイトをあんなふうにしたんだよッッッ!!! おかしいだろ!! なんでそいつだけ!!!」

 

 ゴンの表情は崩れていた。あまりの理不尽さに、耐えきれなかった。何故カイトはあんな無残な姿にしたのに、コムギの命は救うのか、理不尽すぎる。

 息が切れる程に、地団駄を踏む。感情が揺れて、情緒不安定になってしまう。

 

「ッ……!」

 

 だが、そんな叫びは直ぐに落ちついた。ゴンの雰囲気が変わる。先程の情緒不安定な様子からは考えられないほど、ゴンは落ちついていた。というよりも、目が据わっていた。

 

「―――その子を治すまで、どれくらい掛かる?」

 

 ゴンの問いに、ピトーは少し戸惑ったが、余裕のある時間を答えた。

 

「……3時間位」

「1時間だ」

「!?」

 

 ピトーはゴンの言葉に目を見開いた。ピトーの治療能力は、かなり成長していた。故に、コムギの治療にかなり早い時間で対処出来る様になっていた。その時間は、良く行って1時間。ゴンはそれを知っていたかのように口に出した。

 

「………っ……分かった……!」

 

 ピトーは頷いて、治療に専念する。ゴンはその場に座って、時が過ぎるのを待った。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 時間が過ぎる。ゴンとピトーが沈黙の中、治療をしている時も、ユピーとナックル達が凌ぎを削っている時も、刻一刻と、1秒、また1秒と、時間だけは進んで行く。

 

 

 だが、

 

 

 そんな時、一瞬の戦いの中、その場にいる全員が感じた。ゴンが、キルアが、ナックルが、シュートが、モラウが、ピトーが、ユピーが、プフが、時の流れが遅くなったのを感じた。世界がスローモーションに感じた。空気の流れが遅くなり、宙に浮かぶ塵や埃ですらも視認出来るほど、世界がゆっくりと進んでいる様に感じた。

 

 全員が、自分と周囲の相手の動きが鈍くなったのを自覚した。そして、次の瞬間――――

 

 

 

 ――――全員が地面に押し潰された。

 

 

 

 正確には、全員が得体の知れない重圧に触れて、地面に倒れ込んだのだ。起き上がれないほど濃く、重い威圧感。なんだこれは、意味が分からない。どうなっているのだ。

 

「これは………どういう……ッ!?」

 

 誰かがそう漏らした。その言葉は、その場の全員の思っていること代弁していた。この場の全員が状況の理解を求めていた。

 そして、その原因は直ぐに分かった。宮殿の真上、上空から―――

 

 

 灼熱の大気と共に、

 

 

 紅い煌めきと共に、

 

 

 青黒い瞳に宿る怒りと共に、

 

 

 

 

 ――――泉ヶ仙珱嗄が、隕石の様に降りて来た

 

 

 



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やられ役×プフ

 珱嗄は、宮殿のど真ん中に降りて来た。着地と同時に、その衝撃で宮殿に大きな罅が入り、拡散する灼熱の大気が近くにいた全員の身体を熱しながら吹き抜けた。ガラガラと壊れていく宮殿の一角、珱嗄はその中心で、ゆらりと立ちあがった。紅く煌めき、珱嗄の怒りに呼応して悲鳴を上げる陽桜が、軌跡を残しながら珱嗄の肩に乗る。そして、一旦その怒りのオーラを抑えた。途端に重圧に解放され、動ける様になったゴン達は、即時動き出す。

 まず最初に珱嗄の下へやって来たのは、プフとユピーだった。ナックルやシュート、キルアといった戦いの相手に背を向けて、瞬時に珱嗄という危険の対処へやって来たのだ。そして、そのナックル達が遅れてやってくる。珱嗄の姿を見て、ナックル達は何者だ? という疑問を、キルアは珱嗄が生きていた、という喜びを抱いた。

 

 だが、その珱嗄と相対しているのはプフとユピー、自分達が全く適わなかった護衛軍、それも二人だ。確実にやられてしまう。ナックル達は相手がどうであれ、人間である珱嗄をみすみす殺させる訳にはいかない、といつでも飛びこめるように身構えた。

 

 

「―――……よぉ、シャランラにハゲ」

「プフです」

「ユピーだ」

 

 珱嗄の言葉は、それこそ少し前のじゃれあいと同じだったが、その言葉に込められた感情と珱嗄の表情が、プフとユピーの胸を締め付ける様な恐怖を感じさせた。

 ほぼ条件反射で名前の訂正をしたが、目の前にいる珱嗄と昔の珱嗄とでは、何もかもが違ってしまっていた。その理由に心当たりは、ある。寧ろ、それしかなかった。

 

 

 王がクロゼを殺したこと

 

 

 あの人間は珱嗄の友人にして弟子だと言っていた。故に、それを殺されれば当然怒るのが道理だろう。今までずっと心の片隅で抱いていた最悪の事態が、現実のものとなっていた。

 

「一つ聞きたい」

「……」

「クロゼを殺したのは………お前らか?」

「………王だ」

 

 ユピーは、素直に答えた。本来なら、王ではなく自分達だと言って、怒りの矛先を自分達に向ける筈だった。しかし、珱嗄の威圧と途方もない殺意から、とても嘘を言える雰囲気ではなかった。嘘を言おうとすれば、瞬時に命を奪われていたかもしれないと思えた。

 

「やっぱりか……で、クロゼは何故死んだ?」

「………ここへ来る道中、王の前に立ち塞がったのです。それで、王と一騎打ちの勝負となり……結果、王に殺されました」

「……そうかい、なら良かった」

「?」

 

 何が良かったのだろうか。見れば、珱嗄の顔が少し落ち着きを取り戻した様に見える。それこそ、いつも通りの雰囲気を感じた。

 

 だが、

 

 それは勘違いだ。珱嗄は安心したのだ。面倒が減った、と。

 

「殺すのが王だけで良かった。手間が要らない」

 

 珱嗄はゆらりと笑って、そう言った。あたかも、王を殺すのに、そう苦労はしないとでも言いたいかの様に、そう言った。怒りが収まったのではない。静かに怒っているのだ。

 荒々しく怒りを振りまくより、理性的で、怖かった。

 

「じゃあ、そこを通して貰おうか………流石に友人を殺すのは気が引けるんでね」

「……我々をまだ友人と言ってくれるのですね」

「まあね。俺から言いだした関係だからな」

「ですが……王の下へは行かせません……!」

「俺達はお前の友人だ……でも、今は……敵だ!」

 

 珱嗄はプフもユピーもピトーも、蟻側だとしても友人だと思っていた。だからこそ、珱嗄は目の前に立ち塞がる二人が二人らしい行動を取ることを、面白いと感じた。口端を吊り上げ、灼熱のオーラを漂わせる。

 

「いいだろう、なら俺はお前らを潰して王を追うとしよう」

 

 珱嗄の言葉に、プフとユピーは身構えた。身構えたが、無駄だった。ナックル達は見た。プフとユピーが、一瞬で倒されるのを。ほんの、まばたきを一回した瞬間だった。

 プフは地面をのた打ち回り、ユピーは珱嗄に頭を掴まれて地面に叩きつけられていた。

 

「う、があああああああ!?」

「ゴッ……ガッ……!?」

 

 珱嗄はユピーの頭を踏みつけ、立ち上がる。そして、その片手に持っているものを得意げに振り回す。ひゅんひゅんと鳴り響く風を切る音が、空間に響いた。

 

 

 蟲笛

 

 

 プフは蟲笛によって簡単に無力化され、ユピーはただ単純に叩きのめされたのだ。プフのやられ方が雑だがそんなのは知らない。

 

「はははシャランラ、お前を倒すのなんてこの笛で一発だぜ」

「ぐがああああああ!? 忘れていたああああああああ!!!!」

 

 その光景に、ナックル達は呆然とするしかない。あんなに苦労して戦っていた相手が、あんなにも簡単に無力化されている。現実離れしていて付いていけない。

 ただ唯一理解したことは、この場において、人間側が蟻側に勝利したという事実だけだった。

 

「………さて、王は……いや、その前に一つ気になることがあるな……ネコーの所へ行こう」

 

 珱嗄は気絶したユピーから足を退け、苦しむプフを歩く途中で踏んで進む。苦しんでる相手に追い打ちを掛ける所が珱嗄らしかった。まさしく泣きっ面に蜂という奴だ。

 珱嗄は王の下へ行く前に、ピトーのいる場所にクロゼのオーラを感じたことが気に掛かった。だから、まずはピトーの下へと向かう。その途中で、珱嗄はキルアの傍を通った。

 

「ん、キルアじゃないか……久しぶりだね。ほら、これやるよ」

「な、何だよコレ」

「蟲笛。俺がやってたみたいに振り回し続ければいつかシャランラも耐えられなくなって気絶するだろ」

「………納得いかねぇ……」

 

 キルアはプフがこんなちっぽけな物で何とか出来る事実に打ちひしがれた。なんともいえない悔しさがあった。納得いかないもどかしさがあった。

 

「じゃあな」

 

 珱嗄はそう言って、その場から跳躍し、ゴンとピトーがいる一室へと向かって行った。台無し感が半端無かった。

 だがそれでも、友人である二人を殺さなかった。そこは珱嗄の友人を思う優しさが残っていた、ということだろう。

 

 

 



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陽桜×遺品

 ピトーとゴンがいる沈黙の空間に、珱嗄は入ってきた。どうやら珱嗄による重圧に解放された後、直ぐに治療を再開したようだ。だが、流石のピトーも、感情を殺していたゴンも、珱嗄の登場には驚愕した。ピトーは治療の手を止め、ゴンは目を丸くして珱嗄に視線を送った。

 

「オウカ!?」

「……オウカ……」

「やぁゴンに猫。久しぶりだね」

「ピトーだ」

「相変わらずでなにより」

 

 珱嗄はそう言って、ピトーに近づく。目的は、クロゼのオーラを感じるあの品だ。ゴンは珱嗄の動きを止めずに視線を送り続けた。そして、珱嗄は早々にピトーの傍に置いてあったクロゼの遺品を手に取った。布から取り出すと、そこにはピトーが見たものと同じ、黒い軽く反り返った棒があった。

 珱嗄はそれを見て、初めて目を見開いて驚いた様子を見せた。

 

「……おい、ピトー……これは何処で手に入れた?」

 

 珱嗄は、ピトーを初めてピトーと呼んだ。そのことが、この問いが珱嗄にとってどれほど重要なモノかということを示していた。だからこそ、ピトーは押し黙る。珱嗄の強い視線と、真剣そのものの表情を、初めて見たから。その気迫に押されて口を開けなかった。

 だが、答えなければ珱嗄に殺されるかもしれない。そう思ったピトーは強引に口を開き、言葉を紡いだ。

 

「クロゼとかいう人間が………王と戦う前に……ボクに、託したんだ………自分がここで死んだら、お、オウカに渡してくれ、って……」

 

 珱嗄はそれを聞いて、はっと何かに気が付く様な表情を浮かべた。

 なんだそれは、もしもそれが本当だとすれば、クロゼはわざわざ自分から死にに行ったようではないか。何故、そんな事をする必要がある。どういうことだ?

 珱嗄は浮かんだ疑問を解けない。クロゼは自分から死にに行く様な馬鹿では無い。それは一緒にいた珱嗄がよく知っている。だとすれば、何故王に挑んだのか? 分からない。

 

「……そ、それは……あの人間が死んだ後の強い念が籠ってる……多分、珱嗄への想いだと思う……」

「俺への………想い?」

 

 珱嗄はピトーの言葉を聞いて、一つの可能性を考えた。そんなわけは無いと考えながらも、辻褄が合うその可能性を。

 それは、クロゼが珱嗄の生き方を習って、娯楽主義者として生きようとした結果、王に挑んだという可能性。

 

 確かに、珱嗄はクロゼを弟子として育て、友として一緒に過ごしてきた。だからこそ、考えたのだ。クロゼが珱嗄の娯楽主義という生き方に憧れた可能性を。だが、珱嗄はその可能性が本当だったと仮定して考えて、こう思った。

 

 

「馬鹿じゃねぇの……?」

 

 

 珱嗄の生き方は、珱嗄だけの物だ。クロゼがどれだけ真似しようと、それはクロゼの生き方にはならない。娯楽主義とは、その人がその人の面白いという感情の従って生きるから娯楽主義なのだ。クロゼは間違えた。クロゼは珱嗄が面白いと思う事に従って生きて、王に挑んでしまった。珱嗄の生き方を羨ましいと思うのなら、クロゼはクロゼなりの面白いという感情に従って生きるべきだった。王に挑まず、逃げても良かったのだ。

 

「オウカ……?」

「馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ………馬鹿すぎて、馬鹿らしすぎて、馬鹿馬鹿しい」

 

 珱嗄はブツブツとつぶやいて、俯いた。ピトーはクロゼの珱嗄への想いを知っているから、それを踏みにじる様な事をいう珱嗄に、少なからず失望した。人を想う想いを踏みにじる珱嗄に、失望した。

 だが、それは直ぐに覆される。俯く珱嗄の口端が、ゆらりと吊り上がって行く。そして、珱嗄がふと顔を上げた。

 

 

 

「だが、それも面白い」

 

 

 

 珱嗄には、最早先程までの怒りが無かった。寧ろ、今まで通りの珱嗄だった。ゆらゆら笑って、人生のその時その時を楽しんで生きている珱嗄だった。

 珱嗄は思ったのだ。クロゼの行動の馬鹿らしさと、自分を想って死んでいったクロゼの強さが、面白いと。クロゼは確かに間違えた。だが、それでもそれが正解ではない訳じゃなかった。それも見方を変えれば一つの正解なのだ。だからこそ、馬鹿馬鹿しいが、面白い。珱嗄を尊敬した気持ちは、羨ましいと思った気持ちは、絶対に、クロゼだけの想いなのだから。

 

 故に、珱嗄は怒りを収めた。クロゼが死んだのは、クロゼが自分を貫き通したから。珱嗄の生き方を真似てしまった所はあるが、それでも自分の想いに従って王に挑み、死んでいった。この遺品を残して。

 それで怒るのは筋違いだ。珱嗄はクロゼの死を受け入れた。ここでクロゼを殺した王を憎んだとして、怒ったとして、それはただクロゼを侮辱しているだけなのだから。

 

「それに、こんな良いモノ残してくれたんだ。ありがたく貰っておくさ」

 

 珱嗄は黒い棒の端を持って、陽桜を近づけた。そして、その棒の中心に陽桜は収められていき、陽桜は『鞘』に収まった。

 クロゼの残したのは、鞘だったのだ。それも、陽桜の切れ味で斬れない鞘。自らの死を持ってして、最早破壊不可の耐久力を持ったオーラの鞘。それは陽桜を収める為にある様なものだった。

 

 そして、生まれてから一切鞘という器に入らず、抜き身のままその姿を晒してきた陽桜という刃は、初めて自らを受け入れてくれる鞘に、その姿を隠したのだった。

 

 

 

 



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珱嗄×対×王

 鍔鳴りの音を立てて鞘に陽桜を仕舞った珱嗄は、その場で陽桜を抜き、瞬時に仕舞った。二度目の鍔鳴りの音が空間に響く。ピトーも、ゴンも、紅い煌めきを視認する事が出来なかった。だが、その刃は確実に外界へと抜かれていた。何故ならピトーの横、地面がまっすぐに切り裂かれていたからだ。

 抜刀術、達人が使えば神速とも言われる最速の殺人剣術だ。もしも陽桜を収められる鞘が他にあったとしても、抜刀術を行なわれれば即座に真っ二つになっていただろう。そういう意味でも、クロゼの鞘はぴったりの代物だった。

 

「うん、良い感じ良い感じ。それじゃあこの鞘の名前はクロゼと俺の名前を取って、『黒珱(こくよう)』にしよう」

「なんでそんなまともな名前を考えられるのにボクの名前はネコーなの……」

「まぁいいじゃないか。それに、もうネコーなんて呼ばねぇよ」

「え?」

「これでも感謝してるんだ。ありがとう、ピトー。クロゼの遺志を託されてくれて」

「! ……どういたしまして」

 

 珱嗄はそう言うと、コムギに近づいて打ち抜かれた脇腹に触れた。何をするつもりだと思うピトーだが、珱嗄が触れた場所からコムギの傷がみるみる内に塞がって行く。信じられない治癒速度、圧倒的にピトーの治癒能力を上回っていた。

 

「オウカ……これは!?」

「おいおい、お前俺の陽桜がどれだけ色んなものを切って来たと思ってんだ。それなりにメンテしてやらないと直ぐに錆びて折れるだろ」

「……?」

「だが生憎俺は刀の扱いは詳しくない。だからこれは俺が疲弊した陽桜を治す為に生みだした二つ目の発、自身のオーラを欠けた部分の代替品にして馴染ませることで対象を治す発、『請負う欠陥(リバイバルスカーレット)』」

 

 珱嗄のこの能力は、王を倒す為に修行を重ねていた時に生みだした能力。例えば、陽桜の一部が欠けたとしよう。その部分でオーラを重ね、代用品とし、時間と共にそれを本来の状態へと変化させていくのだ。つまり、重ねたオーラは時間と共に陽桜に溶け込み、欠けた部分を修復する。

 ただ、この能力は無機物には効かない。オーラを持った命あるようなモノでないと通用しないのだ。陽桜はそれ単体でオーラを持った武器故に修復が可能、という訳だ。

 

 だから、これは陽桜の為に生まれた能力だが、本体は生物の怪我や傷に使うべき治療能力なのだ。

 

 珱嗄はこれで自分のオーラを使い、コムギの身体に掛けた部分をオーラで形作り、代用品にする。漏れる血液が形作られたオーラの血管を通って循環し、オーラで形作られた内臓が身体機能の役割を果たす。すると、コムギの表情から苦痛の感情が消え、規則正しい呼吸をするようになった。

 ピトーが自らの治療能力で確認するも、コムギの命にはなんの支障もない。無傷同然の身体となっていた。見た目的にも、脇腹にあった傷が肌で覆われている様に見える。とんでもない治療能力だ。

 

「時間が経てばそのオーラは俺の支配下から離れてその子の本当の血肉に変わる。その子の肉体が元々持っている自己回復機能が俺のオーラと繋がって、欠けた部分を再生するんだ」

「ってことは……」

「まぁ大人しくしてれば1時間ちょいで歩きまわる位は出来るだろうよ。完治までは……まぁ1ヵ月ってとこか」

 

 珱嗄はそう言うと、すっと手を放して首をコキっと鳴らしながら部屋を出て行こうとする。

 

「ああ……その腕はサービスだ。精々感謝しろよ、ピトー」

「え?」

 

 ピトーはそう言えば折った左腕に痛みが無くなっているに気が付いた。見れば、腕が治っていた。いつのまに治療能力を使ったのか認知出来なかったが、触れなくても能力を発動する事が出来るのかもしれない。

 視線をもう一度部屋の入口に向けると、そこには既に珱嗄の姿は無かった。

 

「……ピトー」

「……うん、分かってるよ。ボクが殺したあの人間の仇討ちだよね……」

「ん?」

「え?」

 

 二人の間になにやら思い違いの雰囲気が漂った。

 

「……カイトはお前が操ってるんだろ?」

「……カイトっていうんだね………カイトはボクが殺したよ。あれは死体を操ってるだけに過ぎない」

「………は?」

「………ん?」

 

 勘違いが、今ここに解かれた。

 

「ちょっと一回詳しい話をしようか」

「分かった」

 

 立ち上がったピトーとゴンは、再度地面に座ったのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 珱嗄は、怒りではなく、自分の生き方に従って王の下へと移動していた。距離はそう遠くない、直ぐに付くだろう。近づく毎にぶつかりあう二つのオーラを感じる。だが、既に勝負は終盤の様だ。王とネテロの戦いは、まだ目視していなくても分かった。ネテロが負けている。おそらくは、ネテロ渾身の最後の一撃を放とうとしているのが分かった。

 クロゼが王に挑んだのは、珱嗄だったら面白そう、と言いながらそうしそうだったからだ。実にその通り、珱嗄は王に挑む事が面白いと思った。だから、クロゼを殺した怒りではなく、面白そうという想いに従って挑むのだ。

 

 珱嗄は地面を蹴った。そして、遂に目視する。ネテロの最後の一撃を、ネテロの念能力『百式観音』の最後の一撃、離れている此処からでも分かる、恒星の如き輝きを放つオーラの咆哮。

 

 

 百式の――――『零』を

 

 

 そしてその咆哮が止み、土煙が舞う戦場に、珱嗄は辿り着く。風が土煙を吹き飛ばし、両者の姿を露わにする。攻撃を打った方のネテロは、精魂尽き果てたと言わんばかりの、痩せこけた、吹けば崩れ落ちてしまいそうなほど弱々しい老人となっていた。見れば、王にやられたのか右足と左腕は無かった。

 対して、攻撃を喰らった側―――王は、

 

 

「見事な一撃だったぞ」

 

 

 その態度を崩さず土煙の中から現れた。無傷という訳ではないが、けして重傷という訳ではない。掠り傷が数ヵ所ある位だった。

 ネテロの渾身の一撃、百式の零。必殺にして切り札にして最後の奥義。それでも、王には届かなかった。精一杯手を伸ばしたのに、届かなかった。これが格上の相手、自分よりも武において上の領域にいる存在の実力だ。

 

「零でも……駄目なのかよ……!」

 

 既に満身創痍。身体の内に残るオーラは少なく、身体ももうほとんど動かない。情けなく座り込んでいる位しか出来なかった。

 

「ようクソジジイ、ピンチ?」

 

 そこへ、珱嗄はネテロの背後から近づき、座りこむネテロの隣に立ってそう言った。そうして初めて、ネテロと王は珱嗄の存在に気が付いた。

 

「お、お前……!?」

「お前はあの時の……久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだねなめこ」

「………貴様、もう余は知っているぞ。そのなめこという名前の植物のことを。妙な名を付けてくれたものだ」

「あ、知っちゃったの?」

「………わしが教えた」

「馬鹿お前何してんだよ」

「あいてッ!?」

 

 珱嗄はネテロの頭を叩いた。ネテロは軽く叩かれたのに前に倒れ込んで起き上がろうともがく。だが、どうやらその力もない様だ。珱嗄はネテロに若干オーラを譲渡して、遠くに投げ飛ばした。邪魔だったのだ。ネテロは貰ったオーラでどうにか動けたのか、着地し、座りこむ。

 それを見届けた珱嗄は、王を見据えた。

 

「さて……どうやら俺の友人が世話になった様で」

「仇討ち、という訳か?」

「いやいや、そんな訳無いだろう。面白そうだからだ」

「お前もか……」

「ちょっと違うな、俺が本家だ」

 

 珱嗄は鞘に刺さった陽桜の柄を掴んだ。王は少し身構える――――が、

 

 

 王の右肩から腰の左側までが、ばっさりと切り裂かれた。

 

 

「ッ!!」

 

 王はその場を転がって、離れる。見れば、自分の身体はまだ繋がっていた。珱嗄は柄を握って、抜刀術で攻撃しようとしただけ、それだけで王は自分が両断される映像(ビジョン)をイメージしてしまった。咄嗟に転がったから良かったものの、本来ならそうなっていたのだろう。

 自分のいた場所に、大きな刀傷があるのを見れば、容易に理解出来た。

 

「あぁ、避けるかよ。全く、折角その頭のなめこ刈り取ってやろうと思ったのに。残念」

「何が残念だ………本気で余の命を奪い取る気だっただろう、恐ろしい殺意だったぞ……!」

「まぁ、抜刀術とコイツの切れ味はかなり相性が良いからな……お前のその硬い甲殻もばっさり切り裂けるだろうよ。まぁ、抜刀術限定だけど」

 

 珱嗄は陽桜を肩に乗せる。敵がいる状態での抜刀術は初めてなのだ。珱嗄は納刀を行なうことが出来なかった。そして、王が陽桜を再度鞘に入れさせる隙を与える筈もない。つまり、もう抜刀術は使えない。

 

「さて、始めようか王様………俺の足元から俺を見上げて貰うぜ?」

「ふん……まぁ良い。余も貴様を何れ倒すと言ったのだ………今がその時だ、覚悟しろ人間」

 

 珱嗄は下段に陽桜を構え、王は徒手空拳での構えを取った。そして、呼吸を読み合う。王はコムギとのゲームや、ネテロのとの戦いで掴んだことがある。

 

 それは、個には一定の流れの様な物がある。ということ。そこから、癖や好みの手、嫌いな手、それらを読み、次の手を先読みし、対処出来ない攻撃を繰り出す。王の戦い方は、必然的に先読みし、分析し、一手ずつ追い詰める様な物になっていた。

 対して、珱嗄の戦い方は自由と言って良い。自由奔放、軽快に動きまわり、型の無い自然な流れの攻撃を繰り出してくるのだ。故に、一つの攻撃をした後、その攻撃と同じものが再び行われるのはおそらく無いかもしれない。読み合いにおいて最も相性の悪い戦い方だ。

 

「読み切れるもんなら、読み切ってみな」

「ふむ……飛車角落ちと行ったところか……かなり手強いが……まぁやってみるとしよう」

 

 そして風が吹き、音を掻き消す。そして訪れたほんの一瞬の沈黙、その中で、二人は同時に動きだした。地面を蹴り、お互いの間の中心で、刀と拳がぶつかった。地面に衝撃が伝わり、空気が震えた。

 

「おおおおお!!」

「はああああ!!」

 

 陽桜と拳の甲殻が鬩ぎ合い、一瞬火花を散らした。お互いがお互いの攻撃力に後方へ吹き飛ぶ。だが、すぐに体勢を立て直す。視線が交錯した。

 そして次はもっと強い一撃を、と両者譲らずオーラを開放した。王の凶悪な噛みつく様なオーラと珱嗄の灼熱の紅いオーラがぶつかり、削り合う。そして、王の冷たい瞳と珱嗄の青黒い瞳が合った。殺意をぶつけ、鋭い眼光を持ってして自分が上だと言い張った。

 

「―――不知火」

「ッ―――クッ!?」

 

 だが、珱嗄の姿が、視線が、オーラが、一瞬で掻き消えた。珱嗄の姿を見失う王。しかし、自身の首に迫る紅い刃を捉え、上体を反らしてその刃を躱す。

 

「一閃――――続く、弐桜」

「おおおおお!!」

 

 だが、そこではまだ終わらない。王の後ろへ抜けた珱嗄はすぐさま振り返り、流れる様な動きで弐撃目を繰り出す。だが、王はその可能性を考えていたかのように反らした身体をそのまま倒し、ブリッジの要領で両手を地面に着き、飛び跳ねることで弐撃目を躱した。読み合いにおいて、珱嗄を上回ったと思った。

 

 だが、まだ終わらない

 

 

「殺す、『惨殺(ざんさつ)』」

 

 

 飛び跳ねたことで上空に浮かぶ王の身体へ横薙ぎの参撃目が襲い掛かる。これは全く予想していなかった。王は空中故に避けられない。だから、咄嗟に王は自身の尻尾を地面に突き立て、一瞬空中に停止する。そうすることで、ギリギリ参撃目が鼻先を掠めるようにして通り過ぎた。そしてすぐさま地面へ着地し、距離を取ろうとする。まだあるかもしれないと思わせるには十分な連撃。

 

 そしてその予想は当たる。珱嗄は通り過ぎた刃の勢いのまま回転し、下から上へ切り上げる様に四撃目に繋げて見せた。

 

 

「繋ぐ、『四渡(よわたり)』」

 

 

 考えた通り、とばかりに王はその四撃目をバックステップで躱した。躱すと同時に、あの灼熱のオーラが珱嗄の身体から吹き荒れたのを感じた。やばいのが来るかと身構える王。しかし、それは勘違いだった。目を放さないとばかりに、珱嗄の一挙手一投足を観察する。オーラに動きが無いかと集中する。

 

 

 珱嗄の思い通りに王は動いた。

 

 

 そして、最初の様に珱嗄の姿が消えた。オーラが消えた。気配が消えた。王は自分の愚策に気が付く。珱嗄の狙いは自分のオーラ、姿、気配に集中させることだったのだ。そうすることで、初撃の様に姿を見失わせることが目的だったのだ。つまり、

 

 

「輝く、『伍光(ごこう)』」

 

 

 まさしく視線を騙す光。珱嗄は既に王の懐へと入っていた。そして、同時に陽桜も王の腹へと突き出されている。王は初撃と同様辛うじてそれに気が付き、尻尾で地面を叩く事で通常のバックステップよりも後方へと跳んだ。伍撃目が突き切り、王は伍撃目を躱しきった。だが、珱嗄はもう一歩前へ出た。

 

「まだ――――!」

 

 突き切った刃を、王の下まで届かせ、下へと斬り下げる。当たれば腸や跳ねたことで股下から前に出ている尻尾が切り裂かれる。王はどうにかそれを躱そうと頭をフル稼働させる。結果、王は――――

 

 尻尾を犠牲にした。

 

「ぐ、ああああああああ!!」

「咲く、『六花(りっか)』」

 

 尻尾を断ち切る六撃目。王は尻尾を斬りおとされた痛みを歯を食いしばって耐え切り、ようやく地面に付いた足で反撃とばかりに、刀を下に斬り下ろしたことで隙だらけとなった珱嗄の上半身、その首へとその手刀を繰り出した。

 

 だが、この隙すらも珱嗄の狙い。王ならばこの隙を見逃さないと信じて作りあげたこの隙すらも、珱嗄の連撃の為の要素なのだ。

 珱嗄は空中へ跳びながら回転、首を狙った手刀は珱嗄の頬を掠めただけで空振り、逆に―――

 

 

「誘う、『七夜(ななや)』」

 

 

 手刀によって突き出された腕の甲殻を、回転の遠心力と、オーラで強化された陽桜が斬り砕く。腕は斬り落とせなかったが、それでも甲殻の下の腕を少し切り裂くことが出来た。反射的に腕を引く王、珱嗄はその隙に地面へと着地し、勢いよく腕を引き、尻尾を失ったことでバランス感覚を乱し、体勢を崩した王へと飛び込んだ。そして、七撃目に重ねる様に、王が引いた腕を追って、連撃を繰り出した。

 

 

「重ねる、『八重桜(やえざくら)』」

 

 

 八連撃、それによって、若干切り裂いた王の右腕を―――今度こそとばかりに、斬り落とす。

 

「ぐああああああ!!?」

 

 王は、尻尾、右腕と走る激痛と、勢いよく噴き出す血液を視界に捉え、妙に冷静になった。思考が加速しているのか、かなり多くの事を短い時間で考えられた。身体は動かない。おそらく、斬られたことで崩れていた体勢が更に崩れ、地面に倒れようとしているのだろう。尻尾が無い今、倒れれば死ぬといのに、反して体勢を立て直す事は出来なかった。

 そして、煌めく紅い刃が倒れる自分の背中と、地面の間に滑り込んできた。まさか、と思う。

 

 

「拡げる、『九扇(くおうぎ)』」

 

 

 背中が斬られ、無理矢理身体が起こされた。倒れることすら許してくれないのかと、全身に走る痛みに歯を食いしばる。

 だが、起き上がれたというのなら是非もない。王は拳を握り、せめて一矢報いてやるとばかりに、残った左拳に全てのオーラを集めた。ネテロがやった様に、全てのオーラを珱嗄にぶつけようと思ったのだ。そして、珱嗄も自身が出来る最後の連撃、十連目へと陽桜を振るった。ただ、王が伍撃目までを躱したことで、珱嗄の身体には本来以上の負担が掛かっていた。空振る、というのはその攻撃に込められた威力を支える負担を負う、ということだからだ。故に、十撃目を打てるかは、少し分からなかった。

 

 だが、打たなければ死ぬ。それほどのオーラが、王の左拳に込められていた。ならばと、珱嗄は陽桜へと灼熱のオーラを込めた。

 

 

「お………おおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 王が咆哮を上げた。右腕と尻尾を失って尚、空中に自身の血液を振りまきながらも尚、蟻の王たる覇気を持って、その拳に全力を込めていた。

 珱嗄もまた、それに応える様に陽桜へ全てのオーラを込めた。その負担に陽桜が震える。珱嗄のオーラの量と質に耐えられないのだ。

 

 だが、一回で良い。王を倒す為に、今この一撃だけ、持ってくれ。

 

 

「あああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 珱嗄も雄叫びを上げた。珱嗄の不知火の連撃、最後の十撃目――――誇る、『十桜(とうろう)

 そして、この十連撃を総称し、名付けたこの技は、『不知火:連覇』。

 

 王の拳と陽桜がぶつかる。ぎゃりぎゃりと火花を散らし続けながら、拳と刀がお互いを壊そうと凌ぎを削る。ミシミシとどちらが押し負けているのか、押し勝っているのか、分からない音が鳴り響く。拳の甲殻と陽桜は、オーラによって強化されている。故に、より強い強化を行なった方が打ち勝つのだ。

 

 

 

「「おおおおあああああああああああああああ!!!!」」

 

 

 

 混じり合う二人の咆哮が、更にオーラを増幅させた。そして、

 

 

 

 

 ―――――バキィッッ!!

 

 

 

 

 どちらかが、壊れた。壊れた破片が、地面へと落ちる。

 

「ッ……!?」

「あああああああ゛あ゛あ゛!!」

 

 壊れたのは、『陽桜』だった。拳が当たっていた陽桜の中央部から、罅割れ、折れたのだ。珱嗄のオーラによる負荷の打ち負けた要因だったが、元々陽桜の切れ味よりも、王の甲殻の硬度の方が上回っていたのだ。地力の差が、ここでも顕著に出てしまった。

 王の拳が、珱嗄に迫る。王は打ち勝った喜びを胸に、思った。これで―――

 

 

「余の、勝ちだぁぁぁぁ!!!」

 

 

 王の全てが籠った拳が、珱嗄に迫る。このままでは、負ける。いかに珱嗄であろうと、その肉体が神様製であろうと、その一撃は珱嗄の命を奪い取る最強の拳だ。

 

 

 だが、

 

 

 反射的にだった、無意識的にだった。勝手に身体が動いた。この一撃に対抗出来るだけの手を打つ為に、考えもしなかった行動を身体が勝手に取った。拳が珱嗄に当たる。

 しかし、その攻撃の威力が、空中に拡散し、無力化された――――

 

 

「な、んだと………!?」

「これは……!」

 

 

 ――――珱嗄の手に握られた、クロゼの遺品。『黒珱』の鞘によって。

 

 



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珱嗄×メルエム×決着

 鞘が、王の攻撃を防いだ。だが、その防ぎ方が異常だ。受け止めたのではなく、受け流した。これは珱嗄が鞘を用いて使った技術ではない。鞘が、単体で行った現象だ。

 クロゼの作りあげたその執念の結晶は、謂わばクロゼの全てを凝縮したオーラの塊といって良い。つまり、この鞘にはかなり高位の衝撃分散能力があった。クロゼの持つ衝撃透しの技術が、この鞘に宿っていたのだ。

 つまり、ピトーがネテロの百式観音の攻撃を受けた際、地面へ衝突した際のダメージしか受けていなかった理由は、この鞘が百式の攻撃を分散し、無力化していたからなのだ。

 

 攻撃した王と、攻撃を防いだ珱嗄、二人は一つの鞘の起こした現象の前に驚愕を持って硬直し、お互いに動きを止めた。

 そして、我に返ったのも同時。

 

「「ッ……!?」」

 

 バックステップでお互いに距離を取った。そして、仕切り直しとばかりに様子を窺う。お互いがお互いに視線を向けたまま、出方を考えていた。

 そして、珱嗄はそんな中考える。クロゼの鞘が、自分の命を救った現実を。そして、未だ手元にある折れた陽桜と、クロゼの遺品である黒珱を握り直す。やるならば、今しかないと思った。

 

 

 珱嗄が会得した、連撃型不知火とは違う、正真正銘、最後の切り札。ネテロにとっては百式の零、王にとってはあの最後の拳、それと同等の、自身の全てを凝縮させた技。

 

 

 つまり、一撃集中型の不知火。連撃の一撃一撃における威力など比べ物にもならない、まさに地球を切り裂く超高火力の一撃を、珱嗄は繰り出そうとしていた。

 だが、陽桜は折れてしまっている。このままではその一撃は放つ事は出来ないだろう。だから、珱嗄は自身の念能力、『請負う欠陥(リバイバルスカーレット)』で一時的に刀身を自身のオーラで代用した。おそらく、一振りすればすぐさま壊れるだろう程に頼りない刀身だが、元々身体の負担はかなり大きな負荷となっている。放てるのはあと一撃が精々だろう。

 

 だから、これでいい。一撃に全てを込めよう。

 

 そしてそれは、王も同じだった。自身の全力の拳を防がれたことで、まだ少しだけオーラが残っている。それを全てつぎ込んで、限界を超えてオーラを絞り出し、最高の一撃を持って迎え撃とうと考えていた。

 お互いに、打てるのは最後の一撃だけ。この勝負に打ち勝った方が、この戦いの勝者だ。

 

 

 ―――人間か、蟻か、決着を付けよう。

 

 

 深く息を吸って、吐く。お互いに瞳を閉じて、最早相手しか見えない程に、集中力を高めていった。まず、周囲の余計な情報が消えた。既に、お互い数㎞離れた木の葉の擦れる音ですら聞き逃さない程に、感覚が鋭くなっていた。

 

 鼓動が聞こえる。相手の鼓動が。その鼓動の音と、自分の鼓動の音がだんだんと重なる。そして、その瞬間は、すぐにきた。

 

 

 

 ―――ドクン

 

 

 

 鼓動が重なった。勢いよく瞳を開き、同時に灼熱のオーラと凶悪なオーラが一気に溢れ、その場を満たした。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「はああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 腹の底から、凄まじい殺意と純粋な闘争心が咆哮となって放たれ、衝突する。そして、溢れ出たオーラは王の拳へ、修復された陽桜へ、注がれていく。

 王は拳を引いて構えた。珱嗄は陽桜を黒珱に収め、腰を落とした。そして、荒々しく吹き荒れるオーラの奔流は、拳に凝縮され、鞘の中に収められ、一瞬で消えた。沈黙がその場を支配する。

 

 

 

 ―――掛かって来いよ、メルエム

 ―――殺してやろう、オウカ

 

 

 

 お互いがお互いの名前を呼んだ。王は、珱嗄が呼んだその名前が、自身が女王より授けられた名前だと、感覚で理解した。珱嗄は、王が自身の名前を強者として認めた末に呼んだことを、本能で理解した。

 お互いがお互いを、倒すべき強者だと認めていた。そして、次の瞬間、動きだす。言葉は、無かった。音も、衝撃も、風も、何も無く、動いているのは戦う二人だけと思う程に、二人以外は何一つ動かない静止した世界がそこにあった。

 

 

 メルエムが拳を振るう。その凶悪なオーラが拳の通った場所に軌跡となって現れる。踏み込み、腰を落とし、踏み込みの力を身体を捻って拳へと伝達させる。まず間違いなく、最高のタイミング、最高の威力、最高の速度で、王の拳は放たれた。

 

 

 

 だが、

 

 

 

 王は見た。

 拳を突き出すその前に、珱嗄の鞘から陽桜の鍔が浮き始めたその時、鞘から紅く、赤い、灼熱の炎が吹き出て来たのを。

 

 それは、抜刀術から繰り出される、一撃必殺。珱嗄が放つ、最大最強の一刀だった。

 

 

「ッッッ必殺のぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 珱嗄が瞳を見開いた。青黒い瞳では無く、そこには灼熱のオーラと同じ、深紅に煌めく紅い瞳があった。

 陽桜が鞘から神速で引き抜かれる。同時、鞘から抜かれた刃に引っ張られる様に、大気を灼熱の業火が包んだ。一瞬で荒野が炎で包まれる。メルエムの拳と、真っ赤に染まった陽桜が衝突する瞬間、メルエムは視界一面が紅く染まったのを見て、こんな時だというのに、思ってしまった。

 

 

 

 ―――美しいと

 

 

 

 真っ赤な視界に移る、業火が、気温を大きく上昇させる。メルエムと珱嗄はその暑さに大量の汗を流すが――――一瞬で蒸発してしまう程、気温は高くなっていた。

 そして、拳と刃は衝突する。

 

 

 だが、拮抗はしなかった。

 

 

 陽桜はメルエムの拳にぶつかった瞬間、豆腐でも斬るかのように、まず甲殻を切り裂いた。そして次に肉を、筋肉を、神経を、骨を、いとも容易く切り裂いていった。

 メルエムの拳から、深紅の刃は腕を切り裂き、その奥にあったメルエムの身体を、真っ二つに切り裂いた。勝負は決した。珱嗄の刃が、メルエムの最強を切り裂いた。つまり、珱嗄の勝ちだ。

 

 

 

 

「不知火――――『迦楼羅(かるら)』………!!」

 

 

 

 

 珱嗄はその言葉と同時、メルエムの横を通り抜け、真っすぐに切り抜けた。音が戻ってくる。衝撃が戻ってくる。メルエムを切り裂いた陽桜の斬撃は、メルエムの後方数㎞先まで、高熱に熱せられて溶岩と化した裂傷を地面に残した。

 

「―――見事だ……オウカ………余の、負けだ」

 

 メルエムの言葉に、珱嗄は崩れていく陽桜を鞘に収め、崩れ落ちそうになる身体を意地で支えて、ゆらりと笑った。そして、威風堂々、強がりながらも力一杯の勝利宣言をする。

 

 

 

「勝ったぞ、この野郎………!」

 

 

 

 拳を天に掲げ、荒い息を抑えずに、とても嬉しそうに笑いながら、そう言った。その言葉はまるで、自分に言っているようで、死んだクロゼに捧げているようで、負けたメルエムへ宣告する言葉だった。

 珱嗄はこうして、人間はこうして、蟻という種に

 

 

 

 勝利した。

 

 

 

 



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ピトー×理解

 王と珱嗄の戦いが終わった頃、ピトーとゴンも時を同じくして戦っていた。

 

 だが、少しだけこの戦いは、戦い足り得ていなかった。攻めているのはゴン、それを受け流しているのはピトー。というよりも、攻撃しているのはゴンだけで、ピトー自身は全く戦意を持たず攻撃を全て受け流しているのだ。その表情は重く、少し悲しむ様な表情だった。

 自分を憎しみ、恨み、怒り、己の全てを掛けて殺そうとしてくるゴンに、痛々しいとばかりに悲しい視線を送っていた。それが、ゴンの怒りをまた誘った。

 

 だが、ゴンの拳は幾度となく空振るばかり。復讐をしたいとしても、誰かを護りたいとしても、強さが無ければ、意味は無い。ただの空想、夢物語、頭の中で描いた絵空事でしかないのだ。

 ゴンには力が無い。自分の思った事を実現出来るだけの力が無い。復讐を遂げられるだけの力が無い。だから、ゴンの復讐心は現実に叶う事の無いただの夢物語なのだ。

 

 ピトーの内心は、かなり複雑な心境だった。何故そこまでして、他人の事を思って行動できるのか、分からなかったからだ。目の前にいるゴンも、コムギを想って此処から離れて行った王も、他人を想うことでより強い意志をピトーに見せた。それこそ、熱い何かが込み上げてくる程に、美しく、感動的な意志を。

 ピトーには分からない。他人を想う、という感情が。人間は喰らう餌、蟻はお互いに想いやる程一枚岩ではない。どうして人を想うだけで命を掛けられるのだ。意味が分からない。感動するほど強い意志を持った者だからこそ、ピトーはゴンを殺そうとは思えなかった。その意志に感動してしまったから、否定する事が出来ないのだ。

 

「このッ!! いい加減俺と戦え!!」

「ボクは君と戦う意思は無いよ……それに、君にはボクは倒せない。諦めて去るというのなら、ボクも君を追わない」

「くっ……! ふざけるなよ!! 何が戦う気は無いだ! 何が追わないだ! そんな事言える訳が無い! お前に! そんな事が言えるわけが無いんだ!!」

「―――確かに、ボクはカイトを殺したよ。でも、あれからボクは色んなものに触れて、色んな事を学んだ。その中で、ボクを変えたとするのなら……それはきっと『誰かを想う心の強さ』だ」

「!?」

 

 ピトーの言葉に、ゴンは動きを止める。人を想う心、それは分かる。だが、それをピトーが言うのか? 何故? そんな事を言えて、誰かを想う心を分かっているのなら、何故カイトを殺したのだ。ふざけた事を抜かしやがって――――

 

 

「そんな綺麗事………お前が抜かすなよ……!!」

「!」

 

 

 ゴンが涙を流しながら、憎悪の視線でピトーを睨みつけた。その小さな体から放たれる殺意の波動に、ピトーは身震いする。ここまでの憎悪と殺意は、人間が放てるようなものなのか。

 

「これは……!?」

 

 膨れ上がるゴンのオーラ。どういうことだ、なんだ、何が起こっている……?

 そして、そのオーラは次々と膨れ上がり、ピトーを超える。そして、更に膨れ上がったオーラは――――

 

 

 蟻の王にも匹敵する力の暴走となって顕現する。

 

 

 光が辺りを包んだ。ピトーはその光量に両眼の前に手を添えて、眩しそうに瞳を閉じた。そして、その光が少しづつ止んだ頃、ピトーは静かに眼を開ける。

 そして、その視線の中にいたのは………筋骨隆々、子供の時とは考えも付かない、筋肉に包まれた大人の身体になったゴンがいた。猛り狂うその身体から感じる活力と、膨大なオーラは、ピトーでも勝てないと思ってしまう程のものになっている。

 

 これは、覚醒とか、技とか、そういう類の物では無い。ピトーを倒すことだけの為に、ゴンが自身の全てを捨てて、ありったけの力を使えるように、ピトーという強敵を倒せるようになる年齢まで、強制的に成長したのだ。無論、この力はリスクが高い。おそらく、この戦闘が終わった時、この状態で動いた分の負荷が、元の身体に戻ったゴンの身体を蝕むだろう。それこそ、死んでもおかしくない負荷が。

 

「……ピトー」

「……っ………!」

「お前を、殺す……!」

 

 ゴンの瞳は、子供の時のものから一切変わらぬ憎悪の瞳。寧ろ、成長したことで更に強い眼光がピトーを貫いた。硬直する身体、此処で死ぬかもしれないという考えが、頭を埋め尽くす。

 だが、王の為になら、死んでも良いと思った。王がこの状態のゴンと戦わなくて良かったと思った。だから、ここで殺されても良いと思った。無論殺されてやるつもりはない。最後まで抵抗するつもりではある。

 

「……すー……はぁ……」

 

 ピトーは深呼吸をひとつ入れて、戦闘用の発を発動させる。自分自身を操ることで、自分の限界を超えた動きを行なうことが出来る能力。『黒子夢想(テレプシコーラ)』。

 

「どうやら、今までみたいに流せるのは無理みたいだね……仕方ない……いいよ、戦ろう」

 

 ピトーは戦う事を決めた。そして、じりじりと距離を測り、ゴンへと襲い掛かる。今まで以上の脚力を使った超速の突貫。その爪でゴンの心臓を狙った。

 だが、その爪は空を切る。一瞬でゴンが消えた。そして、探す暇もなくピトーは上空へと蹴り飛ばされていた。自分が空中へ蹴り飛ばされたと自覚した時には、腹部へ衝撃とダメージが伝わり、血を吐いた。そして、そのまま落ちていく。視線を向けると、そこにはゴンが腰を落とし、拳を構えていた。その拳に込められていくオーラは、ゴンの出来る最大の一撃。

 

 

 強化系の必殺は、己の拳や蹴りを、極限までオーラで強化すること。ただそれだけで十分に強い。

 

 

 アレを喰らえば、死ぬ。死ななくても、満身創痍となり、次の一撃で確実に命を落とす。ピトーはそれを察した。だが、落ちゆくピトーにそれを躱す方法は無い。少しづつ落ちていき、ゴンの拳が届く距離まで落ちて来たその時、

 

 

 

 ゴンの拳は放たれた

 

 

 

 空気を切り裂き、ボッ! という音と共に繰り出される最強の拳。それは吸い込まれる様にピトーの顔面に突き刺さる。ミシミシ、メキメキ、と嫌な音が響き、ピトーが吹き飛んだ。予想していた通り、ピトーは満身創痍となる。その威力は確実にピトーの身体を破壊し、死ななかったのが奇跡と思う程の重傷を負わせた。

 転がるピトーは、吹き飛ぶ中で、王の事では無く、何故か珱嗄の事を思い出した。珱嗄と出会い、過ごしてきた今までの事が、自分の障害で最も長く一緒にいた人間、珱嗄との思い出が、走馬灯のように駆け巡る。

 

 

 涙が零れた。

 

 

 地面をガリガリ削って、後方へと転がる身体を抑えられない。だがそれでも、歯を食いしばり、何故か溢れ出る涙が、どうしようもなく切なかった。

 悔しい。王の為なら死ねると思ったのに、死にたくないと思ってしまうなんて。珱嗄を思い出して、楽しかったやり取りを思い出して、何も言わず別れたあの日を思い出して、再会したのに碌に話せ無かったのを残念に思って、最後はこうして殺される。

 

 

 死にたく、なかった。

 

 

 そこまできて、やっと分かった。珱嗄との日々が、自分にとって大事だったことを。珱嗄がいた生活が、充実していた事を。そして分かった。これが、

 

 

 ―――これが、人を想うという事か

 

 

 気付いてしまったからには止められない。壁にぶつかって身体は止まった。だが、顔は既にぐしゃぐしゃだ。涙、鼻血、吐血、青痣、内出血、様々なモノがあふれていた。動けない自分が悔しかった。

 もう一度、珱嗄と会いたかった。自分の事を友人と行ってくれたあの人間と、他愛のないやり取りをしていたかった。名前を間違えられて、修正する。ただそれだけのやりとりで良かった。それだけで良かった。

 

 だが、もうこれで終わり。ここでピトーの命は燃え尽きる。ピトーは涙を拭って、俯く。眼の前にゴンが歩み寄ってきた。これでトドメだ。一匹の蟻の一生が、此処で終わる。

 そしてゴンが腰を落として、オーラを溜め始めた。その瞬間に、ピトーの猫耳がピクリと動いた。

 

「……これで終わりだ」

 

 声が聞こえた

 

「……死ね、ピトー」

 

 声が聞こえた

 

「ジャンケン―――――」

 

 声が聞こえた

 

 

 

「―――やらせる訳には、行かない」

 

 

 

 声が、聞こえた――――

 

 

 

 顔を上げる。もう碌に力が入らない身体で、それでも眼を見開いて驚くほど、目の前の光景が信じられなかった。そこにあったのは、青黒い着物の背中。ゆらりとした雰囲気を纏いながら、灼熱のオーラでゴンの拳を受け止めている男がいた。

 

「オウ………カ……!」

 

 拭った筈の涙が、溢れて来た。また会えた。最後の最後で、来てくれた。人間であるゴンでは無く、蟻である自分を助ける為に、来てくれた。それが、それだけが、嬉しかった。

 

 

「よう、ピトー……待たせたな」

 

 

 珱嗄はそう言って、ゆらりと笑った。

 

 



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終わり×と×始まり

 倒れ伏すピトーの前に、珱嗄とゴンは対峙していた。ピトーは珱嗄をよく見ると、所々に傷があるのが分かった。どうやら、誰かと戦った後に此処に来たらしい。

 

 

 誰と?

 

 

 そんなのは決まりきっている。珱嗄の実力は知っている、この男に傷を付けられる存在など、ピトーは一人しか知らない。王だ。ということは、珱嗄は王を倒して此処に来たということになる。

 王はどうなった? 疑問が生まれるものの、それを問おうとは思わなかった。

 

「………オウカ」

「よおゴン。しばらく見ない内に……その、なんだ……逞しくなったね」

「………うん」

 

 気付けば気まずい雰囲気が流れていたからだ。ピトーを全力で殴ったゴンは、幾らか気が晴れたのかかなり理性的になっていた。そもそも珱嗄が邪魔しなければ勝っていたのだ。実質、復讐は済まされたと見ても良い。

 だから、珱嗄が逞しくなったと言ったのを聞いて、ゴンは自分の身体を見た。確かに逞しくなってしまっている。少しの沈黙の後、ただ頷く事しか出来なかった。

 

「……えーと、まぁなんだ……気持ち悪いな」

「ソレ言っちゃいけない奴だよオウカ」

「元に戻れよ」

「やってみる……えーと……こう、かな?」

 

 ゴンのオーラが収縮し、元に戻った。そして、ドサッと座り込む。どうやらかなりの負荷があったようだ。大量に噴き出す汗が、それを物語っている。

 

「………さて、後の事はハンター協会に任せようかね」

「ぐ………お、オウカ……王は……?」

「……王、メルエムは……俺と戦って、死んだ。最後は笑って死んでったぜ」

「……あ……そう……うん、分かった……ありがとう、オウカ……王を、笑ったまま死なせてくれて」

「まぁ、結構いっぱいいっぱいだったけどな……強かったぜ、お前の王様は」

 

 珱嗄が苦笑してそう言うと、ピトーは悲しさを感じさせる笑顔を浮かべた。王は死んだ。だが、不思議と清々しい気分だった。おそらく、珱嗄が来た時にプフはやられ、ユピーも潰され、そして王が殺された。真正面からこうも堂々とやられてしまうと、もうぐうの音も出ない。満足だ。

 

「ボクも、殺すの?」

「いや、実の所死んだのは王様だけだ。プフもユピーも一応拘束という形を取ってる……まぁ王が死んだのを知れば自害しそうだけど」

「ボク達はどうなるの?」

「さぁね……協会の判断だからなぁ………まぁ最悪殺処分だろうな」

「………そっか」

 

 ピトーは珱嗄の言葉を聞いて、自嘲気味に笑った。だがまぁ、最後に友人と会えたのだから、それもまた良いだろう。最早死すらも恐れないすっきりとした精神状態にあった。

 

 だが、

 

「馬鹿言うなよピトー」

「え?」

「もう友達が死ぬのはクロゼだけで十分なんだ。よっと……」

「にゃ!?」

「ここから逃げるぞ」

「え? どういうこと?」

「これから俺とお前で協会から逃げる。面倒な事情聴取とか、お前の処刑とか、七面倒臭いあれこれはだるいからな。それに、クロゼが死んで、連れがいないんだ。ちょっと付き合えよ」

 

 珱嗄の言葉に、お姫様だっこで抱え上げられたピトーは眼をパチパチとまばたきさせた後、その意味を理解した。

 つまり、友人としてこれからの旅に付き合ってくれという意味だ。友人として、殺させる訳にはいかない。という珱嗄の考えの結果がこの提案なのだ。

 

「俺と一緒に、世界を見て回ろうぜ。面白そうだろ? ピトー」

 

 珱嗄はゆらりと笑った。そして、ピトーはそんな珱嗄の笑みに、思わず吹き出してしまった。満身創痍の傷に響いて痛いが、それでも笑わずにはいられなかった。

 なんというか、本当に自由な人間だと思った。だが、このやり取りが懐かしかった。心地良いこの感じ。だからピトーは傷の痛みを堪えながら、笑い過ぎと傷の痛みに涙を浮かべて答えた。

 

「良いよ、キミと一緒に世界を見たい。ボクを連れて逃げてよ」

 

 珱嗄はそれを待っていたとばかりに、地面を蹴った。実は、此処に来る前にプフとユピーに王が死んだことを伝えてあった。そして、二人は王が死んだならばと自分達も死ぬ事を選んだ。呆れるほどの忠誠心。珱嗄はその答えに笑って蟲笛を回した。プフがのた打ち回ると、自然と珱嗄もユピーも笑顔になった。キルア達が見てる中で、まるで友人の様に笑い合った。プフも、頭を抑えながら最後は笑っていた。

 そして、最後に二人はこう言った。

 

『もしもピトーが貴方と生きていくのを選んだのなら、是非とも……よろしくおねがいします』

『なんだかんだでアイツは良い奴だからよ……よろしく頼むぜ』

 

 王だけを見ているかと思ったら、存外ピトーの事を大切に想っていた様だ。珱嗄はそんな二人に約束した。ピトーと楽しみながら精々旅するよ、と。それを聞いた二人は、とても安心したような笑みを浮かべた。そうして、珱嗄はピトーの下へ駆けつけたのだ。

 

「―――まるで囚われのお姫様みたいな台詞だな」

 

 珱嗄は二人の笑顔を思い出しながら、苦笑気味にそう言う。ピトーはそんな珱嗄の腕の中で、そうだね、と笑った。

 

 珱嗄は思った。数々の出会いがあって、別れがあって、戦いがあって、その末にこうした結末を迎えることが出来た。クロゼが死んで、王も死んだ。だからきっと、珱嗄とピトーにとって、ハッピーエンドとは言えないだろうが、それでも二人にとって納得出来る結末を迎えられた。

 

 だから、こう言うのだろう。

 

 

「だが、こういうのも面白い」

 

 

 ゆらりと笑って、珱嗄は駆けていくのだった。

 

 

  

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それから、二年が経った。キメラアントによる事件は終息を迎え、今の所はまだ平和な日々を送れている。ゴンも、キルアも、その他の者も、キメラアント事件による禍根は全て解消された。たったひとつの事柄を除けば。

 そんな中、一つの喫茶店でとある二人が向かい合って座っていた。

 

「お、なぁピトー。お前の賞金額また上がってるぜ」

「え、本当? ……あ、本当だ」

 

 片方は珱嗄、片方はピトーだ。あれから二年、珱嗄とピトーの消息をハンター協会は追っていた。何せ、王を殺した男と、キメラアントの王直属護衛軍の一人だ。それは追わざるを得ないだろう。

 つまり、キメラアント事件の後遺症とも呼べる要因が、ピトーという存在なのだ。ピトーの首には賞金が掛かり、珱嗄も追われている。二人の追われている理由は対照的だ。

 

 ピトーは処刑の為に、珱嗄は感謝の意を伝える為に、それぞれ追われているのだ。

 だが、ピトーは今キメラアントという事を隠す為に帽子と裾の長いコートを着ている。見た目的には人間とあまり変わりない。だからか、この二年間ずっと逃げ果せているのだ。

 

「さて、それじゃあそろそろ行こうか」

「にゃ、次は何処行くの?」

「そうだなぁ……気ままに歩いて行こうぜ。歩いていれば何処かしらに辿り着くでしょ」

「適当だね~……まぁいつも通りだけどさ」

 

 珱嗄とピトーは喫茶店を出ていく。そして、思うままに歩いていく。世界を見て回るという珱嗄とピトーの旅は、かなり適当な匙加減で今までやってきた。

 そして、それはこれからもずっと続いていくのだろう。

 

 

 二人は楽しそうに鼻歌を歌いながら、歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――――HUNTER×HUNTERにお気楽転生者が転生   完

 

 




完結までお付き合い頂きありがとうございます!


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番外 クロゼの女子力

 これはまだ、クロゼが生きていた頃の話。

 グリードアイランドから帰って来たクロゼは、修行中の珱嗄の為にちょっとした趣味として料理を始めた。何かを作ったり操ったりすることがかなり得意なクロゼは、とても器用だった。

 少しづつ料理は上達し、今ではそこらの料理人顔負けの実力を持っている。得意料理はチャーハンだ。この料理には珱嗄の舌も唸らせている。

 

「さて、今日は何にしようかね」

 

 クロゼは外へ料理の材料の買い出しに来ていた。買い物かごを片手にうんうん唸っている男の姿は、なんというか主夫だった。

 

「あらあら、クロゼちゃん! 今日も買い物?」

「あ、肉屋のおばちゃん。おう、今日も飯作ってやらないといけないからな」

「全く、クロゼちゃんにこんなに尽くされて……相手は幸せ者ね!」

「ははは、まぁアイツはアイツで頑張ってるからな。誰かがねぎらってやらないと」

「男前ねー! 私がもう少し若かったらほっとかないよっ!」

 

 クロゼは料理をするようになってから随分と親しまれる様になった。肉屋のおばちゃんや、魚屋のおじちゃん、八百屋のお姉さんや、料理器具店のお爺さん等々、真摯に付き合ってくれるクロゼに親しくしてくれる人が多いのだ。

 故に、たまにおまけしてくれたりする。

 

「今日は何を作るんだい?」

「そうだなぁチャーハンにしようかな」

「クロゼちゃんの得意料理ね! いま必要なお肉持ってきてあげる!」

「お、ありがとうおばちゃん!」

「いいのよ、彼女さんをしっかり支えてあげるのよ!」

 

 クロゼは彼女と言われ、首を捻った。相手は珱嗄なのだが、どうやら少し勘違いがあるようだ。だが、クロゼは訳も分からずとりあえず頷いておくことにした。

 

「おう! 頑張るぜ!」

 

 こうして少しづつ勘違いが生まれるのだった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 さて、それからしばらくして、クロゼは材料を全て集めた後、宿屋の調理場を借りて料理を作っていた。作るのは勿論チャーハンだ。

 

「~♪」

 

 鼻歌交じりに下準備を始める。炊いたご飯や、切り刻んだ人参、玉葱、ひき肉、ピーマン、タケノコ、油、醤油、胡椒、塩、卵を準備する。

 なんとこの男。米を炊くのに釜戸を使うのだ。なんと手の込んだチャーハンを作るのだろうか。

 

「さて、それじゃあ作ろうかな」

 

 卵を割り、溶く。そして油を布いたフライパンを火に掛け、そこへ卵を投入。菜箸で卵を掻き回しながら、そこへ炊いたご飯を投入した。そして、卵と油を絡ませるように炒める。そして、少し絡んできたとこで人参、ピーマン、タケノコ、ひき肉を投入し、同じ様に炒める。

 ご飯が卵でコーティングされ、人参やピーマンに火が通る。そして、クロゼはそこへ醤油や塩、胡椒を適量振りかけた。そして、付け加えとしてにんにくをすり下ろした物を少量投入した。

 

 さらに炒める。そして、段々といい匂いが充満していく中で、クロゼは火を止め、余熱で少しだけ炒めた。

 

 そして、皿へと盛り付けた。そこで、調理場に人が入って来る。クロゼは振り返るとそこには珱嗄がいた。どうやら匂いに誘われて来たようだ。

 

「珱嗄ぁ、飯出来たぞー!」

「あいよー」

 

 クロゼはニカッと笑って珱嗄にそう言う。珱嗄はそれに対し、楽しみだとばかりにゆらりと笑って、そう答えた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 全てが終わった後の珱嗄は、夜に思い出す。隣で寝ているピトーの頬をつついて、空を見上げた。星が満天に広がる夜空に、漆黒に塗りつぶされた空に、クロゼの事を思い出す。

 良くも悪くも、様々な部分で珱嗄を支えてくれた男。最初は弟子で、後の友人で、最後は親友だった。

 

 だが、その男はもういない。骨も、服も、なにもかも燃やして無くなった。珱嗄の手元にあるのは、あの戦いの後念能力で修復した陽桜を納めた漆色の鞘。黒珱のみ。

 

「………あの時のチャーハンは美味かったなぁ……まぁ俺の作った奴の方が美味いんだけど……まぁなんだ、愛情とか誰かの為に作った物ってのは……総じて凄まじいものだ。この黒珱がそれを証拠付けてる」

 

 珱嗄はゆらりと笑う。

 

 

 

「なぁクロゼ。お前は最高の親友だったよ」

 

 

 

 珱嗄はそう言って、遅ればせながらの弔いをする。心の中で、クロゼへと感謝の気持ちを伝える。転生という人生を変化させる出来事を終え、強くなったとはいえ、天涯孤独な珱嗄の、初めての友人。それがクロゼ。そして、珱嗄の為に命すら掛けてくれた本当の親友。

 珱嗄はまだ子供だ。人外というほどに生きていない精神年齢30代程でしかない子供だ。脆弱な子供だ。弱々しい人間だ。

 

 

 だから、クロゼの為に、涙を流した。一筋だけ、涙を流した。

 

 

 こうして、クロゼと珱嗄の友情は続いていく。まだまだ続いていく。そして、珱嗄が本当に死んだ頃にまた会えるだろう。それくらいの我儘なら、許してくれるだろうさ。

 

 

 この友情は、本物なのだから。

 

 

 




女子力クロゼです。
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