IS 熾天の器 (へタレイヴン)
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過去

どこにでもある平凡な幼稚園。だからこそ、そこでは彼女は異質であり、異端の存在であった。

彼女――篠ノ之束も、自分が他の子供と違うと言う事は、理解していた。だからこそ、誰とも関わらない為、何時もパソコンや分厚い参考書を見ることで眼を閉ざして、過ごそうと決めていた。だが、ある意味でその行為自体、目立つものには変わりない。幼稚園児がパソコンを持ち歩く姿なんて珍しい。そんな事も気にせずに、束は幼稚園の門をくぐる。

家に帰る気分でもないし結局は何時もの様に、公園の木下でパソコンをパチパチと叩いていると、なにやら上でガサゴソと音が聞こえてくる。

なんだろう?と上を見ると、少年と少女が、そこじゃない方が……とか、こっちの方が良いだろう!!とか口論をしているらしい。その内、一際大きな音を立てて、少年が落ちてきた。

 

「は、春秋、すまない!!だ、大丈夫か!?」

「いたたた。千冬ちゃん、大丈夫だよ。……もう、直ぐに手を上げる癖は治した方が良いよ~?」

 

頭に大きなたんこぶを作っておきながら、落ちてきた少年はあははは。とにこやかに笑い、上に居る幼馴染に手を振って見せた。

いきなり上から誰かが落ちてくれば流石の束も驚き、眼を丸くして驚くしかない。ん?と少年も束に気がついて、ジーっと視線を合わせてみる。

 

「…………な、なに?」

「いや、ほら、猫って視線を反らすと負けって言うから」

「わ、わたし猫じゃないもん!!」

 

慌てて否定すると、少年はキョトンとした後に、そうだね、とまたニコヤカに笑みを浮かべて見せた。その笑みは、暖かく優しい物。

その笑顔を見て、束も少しだけクスリと小さく笑ってしまう。なんだろう、随分と不思議な少年だ。

 

「は~る~あ~き~。私を放って置いて、見ず知らずの女子と話すとは、良い度胸だな……?」

「あ、あははははは。千冬ちゃん、ぼくむずかしいことばわからな~い」

「お前という奴は……。そこに直れ、愛木刀【妖刀・正宗】で叩き斬ってやる!!」

「ストップストップ!!見ず知らずの女の子の前で、そんなの振り回したら危ないって!!」

 

落ちてきた少年と違い、スタッと華麗に上から降りてきた少女が、何処から出したのか木刀を構え、少年を睨みつける。

後ろでゴゴゴと言う効果音と、紅蓮の炎が燃え盛っているのは、眼の錯覚かな……と思いつつ、目の前で始まった追いかけっこを束は声を出して笑いながら、眺めているのだった。

 

 

 

10分ほど続いた追いかけっこは、少年が少女に膝枕をするから、と言う提案で終わりを迎えた。……少年、それで良いのか。

 

「そうか、お前が隣のヒマワリ組の篠ノ之 束か」

「ち、千冬ちゃん、そんなに睨んだら、怖がっちゃうよ」

 

ただでさえ、目つきの鋭い少女――織斑千冬が眼を細めると、本当に睨んでいるようにしか見えない。案の定、怯えた様子の束を背中に隠しながら、少年は更に鋭くなった彼女の絶対零度の視線を受け止める。……まぁ、視線が鋭くなった理由は、千冬の物である筈の少年が、束を庇ったから、なのだろうが。

 

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。僕は、コスモス組の夏冬春秋って言うんだ。よろしくね」

「なつふゆはるあき?……すごく、変わった名前だね」

「あはは、みんなにそう言われるよ。けど、良い名前でしょ~?」

 

少年――夏冬春秋――なつふゆ、はるあき――は先ほどと同じように、あははと笑みを浮かべると、先ほどまで鋭い雰囲気だった千冬も、仕方がないと言った様子で視線を緩めた。

 

「同じくコスモス組の織斑千冬だ。……お前が越してきた近所に暮らしている」

「僕は少し離れてるかなぁ。……そう言えば、束ちゃんは何を見てるの?」

 

ヒョイっと束の持っているパソコンの画面を春秋が覗き込む事、数秒。意味不明な文字の羅列に、引きつった笑みを浮かべながら、束に視線を戻した。

 

「え、ええっと~。……文字化け?」

「ううん、違うよ。これは数学の公式で……」

 

なにやら熱く語り始めた束の数学講座を、春秋と千冬は何とか理解しようとするが……無理な話である。

春秋は乾いた笑みを浮かべながら、隣で煙を頭から噴出しそうになる千冬をなんとか支えている状態だ。

どの位時間がたったのだろうか。ハッと我に返った束は、恥ずかしそうに俯いて、小さくごめんねと謝って来た。恐らく、1人で喋りすぎたと思ったのだろう。

 

「気にしなくても大丈夫だよ。そっかぁ、束ちゃんは頭が良いんだね」

「……あの、私の事、おかしいって思わないの?」

「なんで?束ちゃんは、沢山お勉強したから、頭が良いんでしょ?だったら、僕も見習わないとなぁ」

「おかしいと、思うほうがおかしいと思うがな。春秋も、本ばかり読んでるから同じようなものだ。」

 

 

ポカーンとする束とは裏腹に、春秋と千冬はなんでもないという様子で、頷いている。それは、彼女にとって始めてだった。

同い年の子供でも、本能的に自分と違うと感じ取り、束からは距離をとり、見ず知らずの大人達も自分の事を不気味な者を見る眼をする。

それなのに、この2人は普通に接し、普通に話を聞いてくれた。嬉しくて、嬉しくて泣きそうになるのを我慢して、束は笑った。

 

「2人とも、ありがとう。えっと、春秋君と千冬ちゃん……?」

「なんでお礼?あと、別に君付けなくても良いよ~。」

「私も同じだ。その代わり、こっちも呼び捨てにさせてもらうぞ」

「うん、良いよ!!それじゃ、はるくんとちーちゃん!!」

 

これが後に天災と呼ばれる篠ノ之束と世界最強、織斑千冬、そして天才、夏冬春秋の出会いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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1羽 月

月面 

 

『よーし、補給物資が届いたぞ。ここではネジ1本、ワイヤー1本が超高級品だと思え!!』

『わかってますよ、コードS-1』

 

漆黒の宇宙に浮かぶ白い星、月。その大地の上で、宇宙服を装備した人物達が、工具やら月面車を持ち出して、なにやら作業を行っていた。

彼らは、国際宇宙開発プロジェクトのメンバー達であり、月面基地の開発と居住エリアの開発を任されたプロフェッショナル達だ。

地球から打ち上げられ、国際宇宙ステーションを経由して送られてきた補給物資を受け取り、基地の整備などを行うのが彼らの任務だ。

国際宇宙開発プロジェクト、アメリカ政府及びグローバルコーテックスと呼ばれる大企業が母体となり、全世界規模で行われている一大プロジェクト。かつて、人類を月に運んだ偉大なる船――アポロ号――の名を冠しアポロ・プロジェクトとも呼ばれていた。

 

 

『こちらムーンラビット。コードH-1が補給物資を輸送し、その後でそちらの作業にまわす。問題は無いかコードS-1』

「コードS-1了解。コードH-1によろしく言っといてくれ」

 

作業整備班長コードS-1――セルゲイ・スミノフは新しいパイプを溶接しながら、通信機の相手ムーンラビット――基地指令に返事を返すと、鼻歌交じりで作業に戻る。

コードと言うのは、彼ら開発プロジェクトメンバーの間で使われる通称のようなものだ。セルゲイの頭文字はSであり、一番最初の参加メンバーなのでS-1。

彼の部下のボブならば、B-1。先にジョージがJ-1と付けられていたので、ジョンソンはJ-2など。それぞれが作業中は番号で呼び合っているのだ。

唯一例外はH-1と呼ばれるコードを持つ【彼】ぐらいだろう。

月面を疾駆する銀色の影――と言えば、格好が良いかもしれないが、塗装も何も施されていない素体の色だ――が、ステーションから打ち出された補給物資を捕捉する。

 

『こちらH-1。物資を確認。これより、基地に輸送する』

 

ブースターを噴かして飛び上がり、銀色の影――国際宇宙開発プロジェクト所属の全身装甲IS――はワイヤーアンカーを補給物資に括り付けると、ゆっくりと地面に降ろす。

そして、物資コンテナに装着されていた車輪を起動させると、開け放たれていた月面基地の格納庫に運び入れた。

そこに待機していた作業員達に任せると、ワイヤーアンカーを解除して肩のインサイドに巻き上げる。

 

『ご苦労H-1。引き続き、外の作業に移ってくれ』

『了解。S-1、何か問題箇所はありますか?』

『あぁ、H-1か。今の所は大丈夫だが、新しいポンプ持ってきてくれるか?少し長さが足りなかった』

 

H-1は短く了解と答えると、格納庫内に設置してあったポンプを持ち上げると、S-1が作業している地区に飛び上がった。

眼下に広がる月面基地の所々で、溶接や塗装をしている作業員の姿が見える。その一角で、手を振っているのはS-1だ。静かに側に降り立つと、運んできたパイプを溶接箇所に設置して、H-1が背部に装着していた溶接器具でつなげ始める。

 

『そう言えば、今回の補給物資、中に家族からの贈り物があるんだったな』

『その筈ですよ。S-1は奥さん達からの手紙ですか?』

『なっはっは。うらやましいかH-1?お前さんも、良い嫁見つけろよ』

『月に居るのは、ウサギ位ですよ。後は俺達プロジェクトメンバーですか』

 

スキャンバイザーの下でH-1は小さく笑みを作る。多くのプロジェクトメンバー達は、最年少のH-1の事を良く気にかけてくれている。

時に最初期から参加しているS-1を初めとする古参達にとって、H-1は子供のような物らしい。

 

『H-1聞こえるか?こちら、D-2だ。すまないが、岩に車輪が挟まっちまった!少し手伝ってくれないか?』

『おいおい、D-2。昨日も同じことしただろうが!!気をつけろ!!』

『仕方がないでしょ、S-1!!でこぼこしてんですから!』

『こちらH-1。直ぐに向かいますよ。S-1ここはお願いします』

 

スキャンバイザーに記された地点まで飛翔すると、少し大きめの岩に車輪を取られた月面車が見えた。近くでは、先ほどの通信相手の作業員がこちらに手を振っている。

 

『アンカーワイヤーで引っ張りますから、少し離れててください』

 

任せた言って作業員達が、充分な距離をとったのを確認すると、H-1はワイヤーアンカーを打ち出して車に固定。ブースターを点火して、ゆっくりと車を動かし始めた。

本来ならば大出力ブースターなのだが、全開にしてしまえば、車を何処かに吹き飛ばしてしまうそうなので、出力には充分に気をつけているらしい。

そうしていると、岩から車輪が外れ、それを確認した作業員達が乗り込んでエンジンをかける。

 

『すまない、H-1。これで作業に戻れるぜ』

『また何かあったら、言ってください。……これは道路整備も考えないといけないか。やることは多いな……』

 

スキャンバイザーの下で小さく呟きながら、H-1は再び別の作業現場に飛び立った。

 

 

 

 

月面基地内部 IS専用格納庫

 

 

【酸素注入を確認。気圧問題なし、外壁ロック問題なし。ISを解除に問題ありません】

 

格納庫内の響く電子的な声を聞きながら、H-1はふうと小さく息を吐きながら、纏っていたISを解除する。その中から出てきたのは、明るい蜜色の髪が特徴的な少年。

本来ならば、ISとは女性にしか扱えぬ絶対兵器と言うのが、一般的常識。

最も、本来ならばH-1が行っているように、ISの本来の目的は宇宙開発の筈なのだが、何故か軍事転用された悲しき兵器でもある。

高性能なISは既存の兵器を旧世代の遺物にし、女尊男卑と言う風潮を作り上げてしまった。現在では、競技用として扱われているが、兵器には変わりは無い。

まぁ、月面基地には女尊男卑という物はないし、第一、母体となっているネスト財団は男女平等を謳っており、才あるものならば性別は問わない。

少年、アーウェンクル・ランガードはISスーツを脱ぐと、作業用の服に着替えて格納庫を後にした。人口重力が働く基地内部は、地球上と同じ環境に保たれている。

 

 

「よう、アーウェン。お疲れさん」

「セルゲイ班長。お疲れ様です。これから、食事ですか?」

「あぁ、お前もだろう。一緒に行こうぜ」

 

うーん……廊下で背伸びをしていると、アーウェンクルの背中を叩きながら、セルゲイは隣に並んで歩き始めた。叩かれた本人も、小さく笑みを浮かべて、はいと言っている。

こうして面倒見が言いセルゲイだからこそ、班長と言う肩書きを持っているんだろう。

 

「ったく、ディックの奴。また車輪をはめてやがったからなぁ」

「仕方がないですよ。そろそろ、作業用通路の舗装、考えたほうが良いかもしれませんね」

「まぁ、それも必要か。許可が下りるのは、次の物資補給だろうけどな」

「そう言えば、家族からの手紙見たんですか?」

「当然だろうが。ほれ、嫁さんからの手紙と写真。そして、ほれ!!」

 

満面の笑みでセルゲイは一枚の画用紙をアーウェンクルの鼻先に突きつけた。そこには、クレヨンで似顔絵が書かれていた。

恐らくは、彼の子供が書いた似顔絵なのだろう。持っている彼の顔は、これ以上に無いほどデレデレしている。

 

「お子さんが書いた似顔絵ですか?」

「おうよ!!もう、うれしくて嬉しくてしょうがねぇよ。きっと俺の子供はノーベル美術賞取るな!!」

 

親馬鹿全開のセルゲイに、アーウェンクルは乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

嫁と子供の惚気話を聞きながら、食堂に入り他の作業員達に手を上げたり、挨拶を交わしながら、何時もの様に地球が一望できる窓際の席に座る。

 

「よう、アーク。この記事読んだか?」

「記事?……あぁ、先ほど届いた新聞ですか」

 

作業員の1人が、アーウェンクルに新聞を投げ渡す。今回の物資で届いたものなのだろうが、どうかしたのか?と首をかしげて新聞をめくる。

すると、そこには世界初の男性IS操縦者が登場したと大きく書かれている。

 

「へぇ、ISを動かせる男性か。名前は……オリムライチカで良いのか。下は騒然となってるだろうな」

「いやいやいや!!まずは世界初って所に食らいつけよ!!お前だって、男でIS動かしてるだろう!?」

「俺の場合は特別ですし、何より公にはされてませんから」

 

なんでもないと言った様子で、アーウェンクルはレトルトパックのカレーを食べながら、新聞を横に置く。周りの作業員達は、ため息を付いたり、肩を落としたりと反応は様々だ。

この少年は、とことん自分の事に関しては無頓着らしい。

 

「おまっ……自分がどんだけ重要で希有な存在か、わかってんのか?」

「充分理解してますよ。だからこうして、人類の夢のため、月で働いてるんじゃないですか」

 

自分がISを動かせると知った時に、アーウェンクルは真っ先に月面開発に名乗りを上げた。先程も述べたが、ISの多くは軍事転用され、本来の目的、宇宙開発から遠のいてしまっている。だからこそ、唯一の例外である自分が月の開発に携わるべきだと思ったのだろう。何より、公になると色々と面倒だったので、月と言う僻地に行けばばれる心配も無い

 

「班長、こいつ……こんなんじゃ、絶対に恋人作れませんよ」

「それ以前に月なんかじゃ、どうにもならねぇよなぁ」

「……そういやさ、下にIS学園って言う所があるらしいぞ。IS専門の学園で、女子生徒ばかりらしい」

「ふ~ん。このオリムライチカも、そこの入学試験で発覚したって書いてるし、そこに入学すんだろう?男1人で大変だよなぁ」

「……だったらよ、アーウェンもそこに通わせれば良いんじゃねぇか?」

 

セルゲイの一言で、作業員達がアーウェンクルに一斉に視線を向ける。……向けられた本人は、カレーを完食しお汁代わりのラーメンを食べている所だった。

実際、彼ら作業員達は、アーウェンクルに普通の学生の様に、青春を送ってもらいたいと考えていた。人類の為に、こうして働いてくれているが彼はまだ若い。まだまだ青春を満喫して欲しいと言うのが本音。

 

『総員聞け。ネスト財団より緊急連絡がある。各自、最寄のモニターの前に集合せよ』

「緊急連絡だぁ?……おい、映画止めろ。モニターに写すぞ」

 

基地指令の放送と共に、ざわめいていた食堂が一斉に静かになった。食堂内のモニターで流されていた映画をとめさせると、セルゲイを初めとする作業員達が前に集まる。

後ろではマイペースにアーウェンクルはコーヒーを飲んでいた。映像を見なくても、音声だけ拾えれば問題ないと思ったのだろう。

 

『やぁ、諸君。久しぶりだ。経過報告を受けているが、開発は順調のようだね』

「レ、レイヴン総帥!?ま、まじかよ……」

 

モニターに映し出された男性こそ、月面開発プロジェクトの最大出資者、グローバルコーテックスの長、レイヴン・アークーフェザーその人である。まさかの総帥登場に、別な意味で作業員達は困惑を隠せない。

そのざわめきを気にせずに、レイヴンはにこやかな笑みを浮かべて、言葉を続けた。

 

『今回、緊急連絡と言う方法で通信しているが、なに、特別悪い知らせではないのだ。……勿論、暗号処理してあるので、解析はされないさ』

「暗号処理するって、結構やばい内容の様な気が……」

『はっはっは。セルゲイ君の言うとおりだな。まずは、今回の物資に積んであった新聞は読んだかね?世界初の男性IS操縦者の所だ』

「え、はぁ。読みましたけど、こちらではそんなに驚くことでも無かったですよ。アーウェンも居ましたし……」

 

男性でISを扱えるアーウェンクルを見てきたので、月面ではそんな大騒ぎにはならなかった。

強いて言えば、彼の存在が公にされておらず、オリヒメイチカが世界初と言う所で騒いだ程度だ。

 

『うむ。織斑一夏。彼はかの初代ブリュンヒルデの実弟であり、我が財団の頭脳、夏冬春秋の知り合いでもあるのだ』

「初代ブリュンヒルデと言う事は……ラナさんと決勝で戦った織斑千冬の?」

『おぉ、アーク、元気そうだな。うむ、君の言う通り、織斑千冬の弟だ』

 

世界最強と呼ばれる織斑千冬。そんな彼女と、第一回モンド・グロッソの決勝戦で戦ったのが、レイヴンの妻であるラナ・ニーセルンだ。

その決勝戦は、激戦にして名勝負だったと語り継がれている。アーウェンクルにとって、レイヴンは父の様な存在だし、ラナは母親のようなものだ。

 

『まぁ、彼の件に便乗と言う訳ではないのだが、アメリカ政府も財団に打診をしてきたよ。……そろそろ公表すべきじゃないのか、とね』

「それはつまり、俺の存在を世間に明かすと言うことですか?」

『うむ。政府も国内に居ないか調査して、発見したと言う事で公表したいと言ってきている。勿論、所属はネスト財団であり、開発プロジェクトになる。

勿論、私としては、この機会に地球に帰還し、織斑一夏と同じIS学園に入学して欲しいと思っている』

「し、しかし、俺が抜けたらこちらの開発計画が滞るのでは……」

『それに関しては問題ない。財団から増員と出資金額を増額する。……君も少しは学生生活を送りたまえ』

 

最後の方でレイヴンは、暖かな父親のまなざしでアーウェンクルの事を見つめていた。彼もセルゲイ達と同じで、アーウェンクルに地球で学生生活を送って欲しいと思っているのだ。

 

「アーウェン。たまには自分の事も考えろって。俺達だけでも、開発はうまく出来るさ」

「そうだぞ、アーク!!この機会に、地球の生活を満喫してこいよ!!」

「そうだ!!地球でアーウェンが嫁を見つけてこれるか、賭けしようぜ!!」

 

セルゲイを筆頭に、騒ぎ出す作業員達をレイヴンは、はははと見ているし、アーウェンクルに至っては戸惑っていた。

しかし、作業員達は口々に、ここは任せろ、とか、子供は子供らしく学校に行けよ。と暖かく送り出そうとしてくれている。

 

『どうかね。みんながこう言っているのだ。こちらに戻ってこないかね?』

「総帥……。わかりました。アーウェンクル・ランガード。地球に帰還し、IS学園に入学します」

『よろしい。ならば、数日中に帰還用のシャトルを用意しよう。会見はこちらで行っておく。勿論、君は以前から月面開発に従事しており、帰還して調査したら、適正があった、と発表する

入学手続きも、任せておきなさい』

 

 

 

こうして、世界で2番目の男性IS操縦者、アーウェンクル・ランガードはIS学園に入学することになった。

 

「よーし、野郎共!!今日はアーウェンの門出だ!!騒ぐぞぉぉ!!」

「「「おぉー!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

・レイヴン・

 

地球 アメリカ アイザックシティ

 

本社ビルの最上階で、私は小さく息を吐き捨てた。アーウェンクル・ランガード。彼と出会ってから、随分と時間が過ぎ去ったものだ。

自宅の庭先の手入れをしていたときに、彼は木々の間で静かに眠っていた。私の気配に気がついたのか、目覚めた彼を、とりあえず家の中に連れて行き話を聞いた。

しかし、その全てが訳の分からないものだったよ。名前は無い、地名も知らない。親も分からない。なにより、声に感情が無い。

覚えていた言葉も、訳が分からない物だらけだ。【次期H-1デバイス】【熾天の器】【秩序の守護者】何かの神話なのだろうか

警察に届けるべきか……と悩みながらも、私は一応財団の医療スタッフにメディカルチェックを行わせたのだが、ある意味で良かったのかもしれない。

知らされた内容は、驚愕するほどのものであり……吐き気をもよおすものだった。彼の身体は……殆どが改造されていた。

内蔵系は通常のものより、強固な物に変換され、筋力も薬物か何かで引き上げられている。

なにより、狂気としか言い様がないのは、神経の光ファイバー化、骨格内部に機械を埋め込んだ骨格強化。それなのに、成長するとはどういう原理なのか。

一体、誰が何の目的で、この少年にそんな改造を施したのかは、分からない。ただ1つ言える事は、その全てが高水準であり、代償など1つもないというところか。

なにより、一番気になったことは、彼の瞳と左肩に記されている文字【H-1】とは何なのだろうか。疑問は尽きなかった。

調べていくうちに、彼が唯一所持していた紅いイヤリングがISのコアだと分かり、彼は何処か非合法な研究機関で生まれ、改造されたのかと結論付けた。

驕りではないが、私の庇護の下に居れば、そんな研究機関に狙われることも、政府に預けてモルモットにされることも無いだろう。私は、彼の存在を伏せる事にした。

アーウェンクル・ランガードと名づけて、息子のように可愛がり、無償の愛を注いできた。

だからこそ、彼には自分の事を考えて欲しいのだ。私の宇宙開発と言う夢だけではなく……自分の未来を。

 

「……あぁ、私だ、春秋博士。アーウェンクルがIS学園に入学してくれることになった。うむ、ついては君もそちらに行って貰いたい。うむ、彼のISは特別性だ。君以外には整備は出来ないだろう。後は、武装と塗装も施さねばなるまい。……資金は用意しよう、よろしく頼む。」

 

夏冬春秋。彼もまた、私の夢の為に、引き入れた天才。かの天災、篠ノ之束と世界最強織斑千冬の幼馴染。

束博士が失踪したときに、日本の要人保護プログラムで篠ノ之一家が分裂するのを完全には防げないが、週3~4回は連絡を取れる様にできる。その代わりに、我が財団に所属して欲しいと持ちかければ、帰ったきた答えはOKと言う物だった。束博士には及ばない物の、彼もまた天才であり、宇宙開発には無くてはならない存在となっている。

つくづく、私は汚い大人なのだろう。……彼の優しさを利用し、彼自身と彼の大切な者の間を引き裂いたのだから。

その贖罪と言う訳ではないが、IS学園には織斑千冬が居ると言う。再会の手伝いくらいは……行いたいものだ。

 

 

 

 




短いのに詰め込みすぎて、訳が分からなくなった……


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夏冬春秋

「そうですか。彼がIS学園に……。えぇ、僕の方も行く用意をしておきます。えぇ……はい、お任せください、総帥」

 

机に備え付けられていたモニターの電源を切り、白衣姿で眼鏡をかけた青年が椅子に深く腰掛けると、使い古された椅子がギシっと音を立てる。

どうやら、自分も彼、アーウェンクル・ランガードと一緒にIS学園に向かう事になったらしい。整備士兼保険医として派遣されるそうだが、不安がないと言えば嘘になる。

青年――夏冬春秋は机の上に飾られている写真に目を写す。

そこには、明るい笑顔の少年が真ん中に、左側には嬉しそうに笑顔で少年に抱きついている少女。右側には照れた様にそっぽを向きながらも、しっかりと少年の手を握る少女。

少年は春秋であり、左の少女は束、右の少女は千冬。彼の大切な幼馴染達だ。随分と遠くに来てしまったが……それは今でも代わらない。

 

「やれやれ、向こうに千冬ちゃんが居るそうだけど……どうなることやら」

 

すっかり冷めてしまったコーヒーを喉に流し込むと、春秋は引き出しから便箋を取り出して、ボールペンを走らせる。送り先は勿論、織斑千冬。

篠ノ之束は、彼のパソコンに侵入してくるので、送らなくても問題は無い。ネスト財団の頭脳ともいえる春秋だが、幼馴染達にはとことん甘いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご機嫌な鼻歌を奏でながら、少女――束はトコトコと目的地目指して歩いていた。目指すのは、彼女の大好きな幼馴染、夏冬春秋の家。

そこには、もう1人の大好きな幼馴染、織斑千冬も居るはずだ。彼らに会えると判ると、自然と歩みが速くなる。

立派な門構えと、典華流剣術道場と達筆で書かれた看板が掲げられている道場兼住宅が、春秋の家であり、千冬が剣道を学んでいる道場。

何時もの様に、道場の門から入り、中を覗くと竹刀と竹刀がぶつかる音、掛け声などが道場に響き渡っている。

その中で白い胴着の少女、千冬を見つけると、束は花の咲いたような笑顔で飛びついた。

 

「ちーちゃん!!あっそびにきったよー!!」

「……束、いきなり抱きつくなと、何度も言っているだろう。ええい、暑苦しいから離れろ!!」

「ちーちゃんの汗のにおいくんかくんか!!」

 

千冬の首筋に顔を埋めて、彼女の汗のにおいを嗅んでいる束の姿は、変態にしか見えない。と言うか、変態だ。何気に、千冬の胴着を脱がしに掛かっている辺り、始末が悪い。

脱がされそうになった千冬も慌てて束の額に拳骨を落として、自分から引き剥がした。……周りでは、兄弟子や姉弟子がまたかと笑っている。

 

「いたい!!ちーちゃんの愛が痛いよぉ!!けど、愛ならもっとちょうだい!!」

「相変わらず、お前の頭の中はお花畑のようだな。……それで、今日はどうしたんだ?」

「勿論、ちーちゃんと愛を育みに、いたいよぉいたいよぉ」

 

額に青筋を浮かべながら、千冬は束にアイアンクローをお見舞いする。天才と言っても良い頭脳を持っているのに、何故こうも馬鹿なのだろうか。……馬鹿と天才は紙一重とも言うのだが。

 

「はっはっは。相変わらず仲が良いみたいだね」

「し、師範。すいません、何時もお騒がせして……」

 

黒い胴着の男性――春秋の父親で典華流剣術道場師範――に千冬は慌てて頭下げる。……後ろに居る束はそっぽを向いて無視しているので、後で拳骨を落とそうと思いながら。

一体どうしてなのか判らないが、束は家族と千冬とまた赤ん坊の一夏、そして春秋以外を人として見ていない。周りの人間は、それを知っているので、春秋の父親も何も言わなかった。

 

「春秋!!束ちゃんが遊びに来ているぞ!!っと、そろそろ来客の時間が。千冬ちゃんも、無理はしないように」

 

大声で奥の間にいる春秋を呼ぶと、他の門下生達に指示を出しながら、春秋の父は道場を後にする。どうやら、来客があるようだ。

姉弟子から受け取ったタオルで汗を拭きながら、千冬は束を連れて道場の縁側に腰掛けた。晴れ渡って居るが、風が気持ちよく拭いている。

 

「はぁ、束。いい加減、師範にも挨拶をしろ。お前が来ても笑顔で対応してくれるのは、あの人くらいだぞ?」

「む~、私はちーちゃんとはるくんに会いにきたの。他の人なんて知らないし、見たくない」

 

ぶう~と頬を膨らませて、足をパタパタさせる束に、はぁ……と千冬は深いため息を零す。人嫌いと言うのか……それとも人と思っていないのか。

風に千冬の綺麗な黒色の長髪が揺れ、火照った身体を覚ましてくれる。そのまま眼を閉じようとする千冬の頬に、何か冷たいものが押し付けられた。

 

「ひゃあ!?……スポーツドリンク?」

「あはは、ごめんごめん、驚かせちゃったかな。はい、稽古お疲れ様」

「ちーちゃんの驚いた声かわいいよぉ~。そして、はるくんだぁ、はるくんだぁ!!」

「はいはい、束ちゃん、ここに居るよっ…ってうわぁ!?」

 

可愛らしい悲鳴を上げる千冬に、黒い胴着の少年――春秋は笑顔を浮かべて、頬に押し付けていたスポーツドリンクを手渡した。

ようやく現れた春秋に、束は押し倒す勢いで抱きつくと、彼の胸に顔を埋めてグリグリと甘え始める。

 

「いたた。束ちゃん、そんなにいきなり抱きついたら、危ないよ?怪我したら大変でしょ?」

「ごめんね、けど、はるくんなら受け止めてくれるって思ってたから、大丈夫!!」

「一体どういう理屈?……千冬ちゃん、ボトル、そんなに握り締めると中身溢れちゃうよ?」

「う、うるさい!!人の頬にこんなものを押し当てるな馬鹿者!!……その、ありがとう」

 

最後の方は照れたようにそっぽを向く千冬に、春秋はどういたしましてと答えると、胸の中の小動物状態の束の頭をゆっくりと撫でる。

こうして彼女に抱きつかれるのは、毎回の事で慣れてしまったが……慣れても言いのだろうか。

 

「ねね、はるくん。奥で何をしてたの?何時もは、ちーちゃんと練習してたよね?」

「型を纏めた本を作ってたんだ。ほら、他の人達も、見るだろうからさ」

「ふん、お前も攻めの型を学ぶべきだな。何時までも、守ってばかりだと負けるぞ?」

「……千冬ちゃん、僕の受け流しを一度も崩せてないのは、誰だっけ?」

「く……あ、あれは偶々だ!!今度こそは、私が勝つ!!第一、なんだあの受け流し技は!!私の菊閃を流すなんて、卑怯だぞ!!」

「あんなの貰ったら、2~3日は寝込むからね。……必死の覚悟だったよ」

「ちーちゃんって、手加減が下手だもんね~」

「……束、お前、少し調子に乗ってきたな」

 

ギンっと音を立てて、千冬が束を睨みつけるが、睨まれた本人はもっと睨んで!!とはぁはぁ言っているので、効果は薄いようだ。

天気の良い空には、千切れ雲が少しあるだけ。暖かな日差しと、涼しい風。そして、大好きな春秋の胸の上、千冬の隣と言う事で、束は安心しきったように小さな欠伸を零す。

 

「束ちゃん、眠いの?……昨日は何時に寝たの?」

「う~んと……今日の5時。ちよっと設計図かいてたら、のっちゃって~」

「相変わらず、研究馬鹿だな。その内、体調崩すぞ?」

「そのときは、ちーちゃんとはるくんに看病してもらうから、いいんだも~ん」

 

ふにゃ~と溶けた笑顔を見せる束に、春秋は仕方がないなぁと言った様子で、背中をポンポンと一定のリズムで叩き始める。

心地よい温もりとリズムに、束の瞼は徐々に下がっていき、閉じる頃には、すぅすぅと小さな寝息を立て始めた。

 

「寝ちゃったね。ん?どうしたの、千冬ちゃん。こっちのほうを見て」

「な、なんでもないぞ!!べ、別に羨ましいなんて思ってないからな!!」

 

千冬は口ではそういっているが、明らかに束が羨ましいと言った表情をしている。千冬だって春秋のことは大好きなのだが、性格が災いして素直になれない。

こんな時は、何時でもストレートに大好きと言ってくる束が羨ましいとさえ思えた。しかし、相手は春秋だ。幼馴染の心は手に取るようにわかる。

 

「あ~あ、なんか少し寒いなぁ。誰か、右側から暖めてくれないかな~?」

「……な、なんだ春秋。寒いのか?」

 

束を起こさないように、左側に腕枕をしながら動かして、春秋はわざとらしく右腕を伸ばして千冬の方を目を移す。自分からきっかけを作れば、彼女も素直になれると学習しているのだ。

 

「さむいなぁ。このままだと僕、風邪引くかもなぁ~」

「ふ、ふん。仕方が無いな。お前がそこまで言うなら、わ、私が暖めてやろう。…み、右腕に頭を乗せるからな」

 

顔を真っ赤にしながら、千冬は春秋の右腕を枕にして寝転がった。気を抜くとにやけそうになる顔を、必死に引き締める彼女に春秋は小さく笑みを零す。

まぁ、その笑みのせいで、千冬の努力は崩れ去り、嬉しそうな笑顔で少しだけ春秋に密着する。心臓がバクバクと高鳴っているのは、千冬か春秋か。

なんにせよ、大好きな幼馴染の腕枕ならば、良い夢をみれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

日本 IS学園 教員宿舎 織斑千冬の自室

 

仕事が終わり、自室に戻った千冬は何時もの様にシャワーを浴びる。先ほど、管理人から手紙を預かったが、後で確認するらしい。

スーツを洗濯機に押し込み、シャワーのスイッチを入れると、暖かなお湯が肌の上を滑り落ちる。10分ほどでシャワーを浴び終わった千冬が出てくるが、何も着ていない。

精々、頭を拭いたタオルを首にかけた程度で、美しく引き締まった裸体を晒しているが、誰も居ない自分の部屋だ。見るものは居ない。

冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、コップに注いで一口飲むとテーブルの上におく。歩くたびに豊満な胸が揺れる。

こんなにも美しい彼女ならば、引く手数多なのだろうが……あいにく、世界最強と呼ばれるブリュンヒルデであり、千冬に釣り合う男など早々居ない。

まぁ、仮に釣り合う男が現れたとしても、彼女の心は、既にあの人物に、夏冬春秋に奪われている。彼以外の男には、興味が無いのだろう。

 

「そう言えば、手紙が来ていたか」

 

クローゼットを開けて、下着とシャツを身に着けながら、千冬は適当に投げて置いた手紙に目を移す。どうせ、自分に軍事教官を頼みたいと言う類だろう。と思いつつ、一応は確認する。

差出人は誰だ?と封筒の裏を見て、千冬は眼を見開き固まってしまった。そこには、離別して以来会っていなかった幼馴染の名前が書かれていた。

 

「春秋…だと…?っ、お、落ち着け、何を焦っている。今更、奴から手紙が来たところで、何を……」

 

なぜか手紙をテーブルの上において、千冬はブツブツと自分を落ち着かせようと努力している。恐らく、何時ものクールな彼女の姿を見ている生徒や弟が知ったら、びっくりするだろう。

そして、数十秒ほど悩んでいた千冬だが、意を決して封を切り中身を取り出した。そこには、相変わらず丁寧な字で、簡単な挨拶と手紙を送った理由が書かれていた。

自分が、来期からIS学園の整備士兼保険医してネスト財団から派遣される事、こちらでも新しく男性操縦者が見つかったこと等等。

他にも色々と書かれていたのだが、千冬の頭には入ってこない。

 

「春秋が、こっちに来る……?ここに、教師として勤める……?」

 

教師ではなく、整備士兼保険医なのだが、どうでも良い事だろう。何度も何度も手紙を読み直すも、間違いは無い。

フラフラとした足取りで千冬が、ベッドに大きな音を立てて倒れこむ。枕に顔を埋めているが……その表情は笑顔だ。

 

「あの馬鹿者め。ようやく、私の元に戻ってくる気になったか。……春秋、早く私の元に帰ってこい」

 

サイドテーブルに眼を移し、1つの写真立てを胸に抱きしめる。それは、彼女が初代ブリュンヒルデに輝いた第一回モンド・グロッソ優勝時の写真。

トロフィーを手に持っている千冬と笑顔で彼女に抱きつく束。そして、整備士の格好をして笑っている春秋の姿が映っていた。

懐かしい過去の栄光にして、楽しかった最後の記憶。写真を抱きしめながら、千冬は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

モンド・グロッソ優勝者、織斑千冬のISは、天災篠ノ之束の作品だ。そんな情報を手に入れた各国は、束をなんとしてでも自国に引き入れようと、何度も接触を試みた。

しかし、それが嫌気がさした束は、ISコアの製作を投げ出して、行方を暗ませてしまった。

日本政府は束の家族、篠ノ之家が各国に利用されることを恐れ、要人保護プログラムと言う名目で、引っ越させる事になったのだ。

しかし、保護プログラムといっても、軟禁状態に近く、外部との接触は禁じられている。何処が保護なんだ!!と憤りを感じた春秋だが、彼にはどうすることも出来ない。

だが、それを打破すべきチャンスがめぐってきたのだ。世界最大規模の財団、グローバルコーテックスからの勧誘。

連絡を取り合えるように日本政府に取り計らう代わりに、宇宙開発プロジェクトに参加し、財団専属技術者になると言う条件付のもの。それでも充分だった。

自分が幼馴染と別れようとも……弟のように思ってきた少年と、妹のように思ってきた少女の仲を引き裂きたくは無い。そう思ったのだろう。

 

 

春秋が財団所属を決め、アメリカに移住する前日、月明かりの下、千冬は道場に正座して目当ての人物を待っていた。

ガラっと音を立てて入り口が開き、青年が、春秋が驚いたような……そして、悲しそうに一瞬だが顔を背ける。

それでも、春秋はなんとか笑顔を浮かべて、千冬に声をかけた。

 

「……千冬ちゃん、来てたんだ。こんな夜にどうしたの?」

「春秋、木刀を持て」

「え、木刀って……。まさか、これから稽古?あ~、もう僕じゃ千冬ちゃんの相手にはならないと思うけど」

「いいから、持て!!……持たなくても、仕掛けるからな……!!」

 

木刀を構え、一足飛びで斬りかかってくる千冬に、慌てて春秋は立てかけてあった木刀を持つと、振り下ろされた木刀を受け止める。

最早、敵無しの千冬の斬撃は重く、男の春秋でさえ吹き飛ばされそうな威力を誇る。慌てて距離をとり、木刀を構えなおすと、春秋は大きく息を吐き捨てる。

 

「相変わらず、鋭くて重い太刀筋だね。……流石はブリュンヒルデ。恐れ入った」

「黙れ。手を抜いていると、貴様の頭蓋を叩き折るぞ」

 

殺気むき出しの千冬に、春秋は冷や汗をたらしながら、静かに構えを別な物に変える。彼が最も得意とする受け流しの極意、風柳の型である。

風に揺れる柳の如く、全てを受け流すその型は、典華流剣術の極意の1つだ。しかし、千冬もこの道場で学んできた門下生。

彼女もまた、攻めの極意、菊閃の型を極めている。月明かりが差し込む道場で、木刀が舞う。千冬の高速の斬撃を、春秋が受け流す。

どちらも極められた技だが、唯一違うとするならば、千冬はISを装備してではあるが、世界の猛者達と戦ってきたのだ。春秋とは場数が違う。

月が雲に隠れた時に放たれた一閃が春秋の木刀を弾き飛ばし、そのままの勢いで千冬は彼を床に押し倒して馬乗りになった。

 

「ははは、参った、降参で白旗揚げるよ。いやはや、僕じゃ千冬ちゃんには勝てないなぁ」

 

おどけた様子の春秋からは、影となった千冬の顔は見えない。何時もの様に、馬鹿者と返ってくるか思ったが……何時までも何も帰ってこない。

おかしいなと首を傾げると、ポタっと彼の頬に水がたれてくる。雲から出てきた月が照らし出したのは……千冬の泣き顔。たれて来た水は、彼女の涙。

 

「ち……ふゆちゃん?泣いて、どうしたの…?」

「…してだ。……どうして、お前まで居なくなるんだ……!!」

 

カランと、木刀が音を立てて床に落ちる。何時も凛とした表情の千冬が、ボロボロと泣きながら、幼子の様に彼の胸を叩く。

 

「父さんと母さんも居ない……束も居なくなった……もう、私と一夏には、お前しか居ないのに……どうして居なくなるんだ!!」

 

千冬の両親は、一夏が生まれて直ぐに交通事故でなくなってしまった。それ以来、夏冬家と篠ノ之家が2人を支えてきたのだ。

だからこそ、幼馴染である束と春秋の存在は、千冬の心の支えであったのだろう。

 

「……ごめん。ごめんね、千冬ちゃん」

「あやまるなばかもの……!!あやまるくらいなら、ずっとわたしのそばにいろぉ…!!」

 

頬に伸ばされた春秋の手を握り締め、千冬はボロボロと涙を流す。

行かないでほしい、行ってほしくない。自分の側に居て欲しい。何度も何度も言葉にするが、春秋は、ごめんねと謝ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今度こそ、今度こそお前を手放したりはしないぞ、春秋。お前は私のものだ、私だけのものだ。……束にも、絶対に譲らない」

 

絶対的な自信に満ちた笑顔を浮かべて、千冬は拳を天井に突きつける。今度こそ、お前を私のものにすると言う意志の表れ。

それと同時に、もう1人の幼馴染、束に対する宣戦布告でもある。

 

「ふん、何時までも表に出てこないのならば、春秋は私が貰うからな、束」

 

写真立てをサイドテーブルに戻すと、千冬は目を閉じた。こんなにも来学期が待ち遠しいと思ったのは、実に久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所

 

 

 

 

「はるくんがIS学園にかぁ。うう~、邪魔な人達いなければ、束さんも行ったのにぃぃ!!」

 

うさぎ耳のカチューシャを付けて、何処か不思議の国のアリスを思わせる服装の女性、篠ノ之束は悔しそうに頭をブンブンと横に振っていた。

 

「はるくんはるくんはるくん……はぁ~、パソコン越しに見るんじゃ無くて、直接あいたいよぉ~。抱きしめて欲しいよ~」

 

ブツブツと呟きながら、束はアルバムをめくり、春秋の写真――全部盗撮したもの――を眺める。

予定なら、数年前にグローバルコーテックスから誘拐して、一緒に研究している筈だったのだが……

 

「けど、流石グローバルコーテックスだね。あんなにガードが固いなんて束さんもびっくりだよ。うう~、あのセキリュティは絶対にはるくんだぁ!」

 

破ることには苦労しないが、何だかんだで地味に時間を取らせるセキリュティシステムは、やはりと言うかなんと言うか春秋の設計であった。

束が自分の元に現れると予想して、組み立てていたようだが、予想通りだったらしい。

 

「けど自分のパソコンには、私専用の回線を用意してくれてるんだもんねぇ。そんな優しいはるくんだ~いすき!」

 

 

回線が隔離された自分専用パソコンに、きちんと束専用回線を用意して、財団本部のメインコンピューターに被害が行かないようにしている春秋もさすがと言うべきか。

ふんふ~んと束は鼻歌を歌いながら時刻を確認すると、春秋のパソコンに接続して、彼の寝顔を眺めるのだった。

 

 

 

 

 




また短いのに詰め込みすぎて、訳がわからなくなった……
今度から、少しずつ時間をかけて書いていきますか。


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2羽 再会と出会い 

・春秋・

 

IS学園、職員室

 

「本日付でグローバルコーテックスより、整備士兼保険医として派遣されてきました夏冬春秋です。よろしくお願いします」

 

何時も通り、にこやかな笑顔での当たり障りのない挨拶。僕的には、満点で花丸を貰いたいくいだ。

財団本部のあるアイザックシティからこうして、IS学園に派遣されてきたのは良いものの……何というか、女性の視線には中々なれない。

名前の如く、IS操縦者を重点的に育成するこの学園は、生徒と職員が全て女性で構成されているから、男性である僕は異端なんだろうねぇ。

この学園内に居る男性のうち、他の2人は同じクラスだから、良いんだろうけど、生憎男性職員は僕だけ。いやはや、これは医務室に篭るしかないかな。

 

「皆さんもご存知の通り、グローバルコーテックスは我がIS学園の出資者の1つでもあり、夏冬先生もIS武装開発に関しては、多大な貢献をなさっています。」

「なるほど、彼がマイスター春秋。噂で聞いてたより、ずっと若いのね」

「他にも月面開発に携わってるらしいわよ」

「武装研究、整備の腕に関しては、世界トップクラスだそうよ。学園の整備能力がまた上がるわね」

 

学園長、僕の事を説明してくれるのありがたいのですが、他の女性職員の視線がつらいです。なんて事は、口が避けてもいえない僕はヘタレなんだろうか。

まぁ、大半の視線は友好的なもので、ホッとするよ。……マイスター春秋って渾名は本気で止めて欲しい。僕自身、名乗ったわけじゃなくて、周りがそう言ってるだけなんだから。

……ところで、さっきからこう……グサリと、音を立てて突き刺さってくるこの視線は誰のものなんだろうね。背中に、冷や汗がびっしょりな訳なんですが。

視線で人が殺せたら、僕は何回殺されてるんだろう?なんて、のん気に考える僕も僕か。

 

「では、夏冬先生には医務室勤務となりますが、一応はこちらにも机をご用意しております。勿論、常に医務室待機でもかまいませんが、会議の際はこちらに来てください」

「あ、わかりました。整備のほうに関しては?僕でよかったら、何時でも整備しますけど」

「学園所属の整備士のスケジュールに合わせる予定ですが……」

「学園長、出来ましたら、夏冬先生には早めに整備のローテーションに入っていただきたいのですが」

「はい。マイスター春秋と異名をとる夏冬先生の手並みを、早く見たいものです」

 

あの~、僕としてはそんなにハードルを上げないで欲しいんですけど。……いや、僕の腕を信じてるって言う事は判るけどね。

 

「学園長、そろそろ授業が始まる時間です。彼のスケジュールに関しては、後の会議で決めましょう」

「あ、織斑先生の言う通りですね。整備、医務室管理のほかに、出来ましたら新武装の設計も、と財団より頼まれているそうですか」

「え、あ。あははは、そうなんですよ。汎用武装の開発とか、新型シールドの設計ともありまして」

 

そんな話、聞いてない!!なんて、言えない僕はチキンなんだろうさ。くっそ~、ようやく研究から解放されて、のんびりと過ごせると思ったのに。

 

「それでは、織斑先生、夏冬先生のことを医務室まで案内お願いします」

 

……え゛?ちょ、まっ……。それはまずいです、学園長。僕の命に関わることだと思います。

いや、千冬ちゃん……じゃなくて、織斑先生もはいって言ってるけど、ニヤリっと一瞬笑ったよね?…ごめん、アーウェン君、僕はここまでかもしれない。

 

 

 

医務室

 

「ここが医務室だ。それなりの機材も揃っているから、有事の際は活用してくれ」

「は、はぁ。確かに、色々と揃ってますね。……あ、財団で作った設備もある。……そして、これが……」

 

織斑先生に案内されて医務室に到着したわけなんだけど、廊下を歩くときは無言。話せる雰囲気じゃなかったし……すれ違う女子生徒からの視線があるわけで。

そんな雰囲気をごまかす為に、医務室内に配置されている各種設備をチェックする。うん、流石はIS学園、充分過ぎる医療設備だ。

これなら、よほどの大怪我じゃない限りは、充分対処が出来そうだ。そう、満足している僕の後ろから、なにやらガチャリと言う施錠音とピっと言う電子ロック音が聞こえてきた。

 

「……織斑先生。何をなさってるんでしょうか」

「よし、これで出入りは出来なくなったな。さてと……」

 

あの~、なにが、さてと、なんでしょうかね!?ロックをかけてどうするつもりなんですか!?こちらに振り返った、織斑先生の目付きは…や、刃の如く。

 

「夏冬先生。いや……夏冬春秋、覚悟は出来てるだろうな?」

「か、覚悟って何ですか!?ちょ、まってくださ…!!」

 

最後まで言う前に、織斑先生の平手が僕の頬に炸裂した。うん、恐ろしいくらいのフィンガースナップをありがとう。軽く星空を越えて、月まで見えたよ。

いたた…と呟きながら、頬を押さえるて、椅子に座り込む僕のネクタイをグイっと引っ張って、織斑先生は眼と眼を合わせて睨みつけてくる。

 

「さて、春秋。なにか弁明はあるか?あるのならば、一応は聞いてやろう。勿論、許す気など皆無だがな」

「それ、聞く気は無いって言ってると思うんだけどさ……千冬ちゃん」

「っ!!こ、この歳になってちゃん付けで呼ぶな、馬鹿者」

「いやぁ、僕にとって、千冬ちゃんは千冬ちゃんの訳だし……一夏君も箒ちゃんも、大事な弟妹な訳だしね」

「……貴様という奴はとことん、救いようの無い大馬鹿者だな。2人の為に、自分を差し出したと聞いたが」

「親の愛情を受けれない子供は、歪んでしまうよ。…週に数回程度でも、話せるのなら、大丈夫。一夏君だって、話したかっただろうからさ」

 

掴んでいたネクタイを話して、織斑先生……いや、千冬ちゃんは怒気を緩めて、今度は呆れたようにため息を零した。心底、呆れてるって感じだね。

保護プログラムという名の軟禁。家族とも会えずに、各地を転々とする生活なんて、僕には許せなかった。だったら、せめて週に数回程度でも連絡を取り合えるように出来るのなら、この身を、頭脳を捧げるのだって厭わなかったさ。

 

「貴様らしいと、言えば、貴様らしいがそのせいで、私がどれだけつらい想いをしたか、貴様はわかってるのか?」

「あはは、そりゃ……あれだけ泣かれて、あれだけ一緒に居て欲しいとか言われたらいてててて!!!」

「それを今言うな!!」

 

ぐに~と両頬を引っ張る千冬ちゃんの顔は真っ赤に染まってる。相変わらず、恥ずかしがりというか意地っ張りというか。何時までたっても代わらない彼女に安堵した。

丁寧に、たてたてよこよこと引っ張りまわした後に解放された頬は、見事に赤くなっている。……勿論、最初に平手を貰った右頬には紅い紅葉マークが生まれている。

 

「しかし、一夏君が世界初の適性者だったとはねぇ。……束ちゃんの気まぐれか、天からの贈り物か」

「確実に束だろうな。だが、グローバルコーテックス財団にも居たとはな。そちらは、お前の気まぐれか?」

「さてさて、僕からなんとも。……唯一いえることは、彼は財団の秘蔵っ子で、総帥夫婦の義息子だ。甘く見ないほうが良いかもね」

「ふん、ラナ・ニールセンの義息子か。私と同い年の癖に、子持ちとな。だが……そうか、元気そうで何よりだ」

「今でも君との試合が、一番楽しかったって話してるよ。」

 

ラナ・ニールセン、現在はラナ・アークフェザー。レイヴン総帥の奥方にして、自他共に認める千冬ちゃんのライバルだ。

まぁ、ライバルと言っても現役当時、しかも第一回大会限定の筈だったのに、なぜかそう呼ばれている。まぁ、整備ピットから見てた僕でも、凄まじい激戦だった事は判るからね。

 

「…しかし、これで貴様は私の元に帰った着たわけだな」

「あはは、そうなるのかなぁ。…んじゃまぁ……ただいま、千冬ちゃん」

「ふん。……おかえり、春秋」

 

 

 

 

 

 

「1年1組は……あぁ、ここか」

 

教室の扉を前にして、アーウェンクルは安堵のため息を零す。こうして、学生生活を送るのは、彼には初めての体験であり、1つ1つが新鮮で仕方が無い。

教室の場所を誰かに聞こうにも、女子生徒ばかりと言う事もあり、聞きにくい。多少、迷った挙句どうにかたどり着いたのだ。

まぁ、IS学園はIS操縦者育成機関と言っても良いのだろう。そんな所に、男子用制服を着ている彼が居たら、誰でも驚く。

とりあえず、静かに扉を開けて中に入ろうとするが……なぜか中にいた女子生徒たちの視線が、一斉にアーウェンクルただ一点に集中した。

その視線に、一瞬たじろぎながらも、とりあえず自分に割り当てられている筈の席に座り、外を眺める横顔にも、視線を感じる。

そこまで自分が珍しいのだろうか……?と疑問に思っていると、誰かに肩を叩かれた。

 

「な、なあ、もしかして、あんたがもう1人の男性IS操縦者か……?」

「ん?あぁ、そうだが。……あぁ、お前が噂の世界初、織斑一夏?」

「うぐ……あんまり噂とか世界初とか言わないでくれ。あんまり良い心地がしないんだよ」

「っと、それはすまなかった。悪気は無かったんだ。俺はアーウェンクル・ランガード。よろしく」

「いや、良いよ。けど、本当によかったぁ。俺以外にも同い年の男子が居てさ。1人で心細かったんだよ!」

「それは、わかる気がするな。現に話してるだけで、注目されている」

 

くくっ……と小さく喉を鳴らして笑うアーウェンクルに、だよなぁ……と一夏はげんなりしたように肩を落とした。

先ほどまで嬉しそうな表情を浮かべていたのに、直ぐに落ち込むようにコロコロと表情が変わる彼に、早速アーウェンクルは好印象を抱いていた。

何処か人を惹きつける真っ直ぐで裏表の無い人柄なのだろう。

 

「しかし、初対面の気がしないな。あの人から、良く話を聞いていた」

「あの人?……あ、予鈴だ。席に戻らないと」

「あぁ、それじゃ、また後で」

「…あぁ、また後でな!」

 

また後で、それだけの言葉だが、男1人だけかもしれないと覚悟していた一夏にとって、とても心強いものであった。

 

 

 

 

 

「みなさん、入学おめでとうございます。私は副担任の山田真耶です。一年間、よろしくお願いしますねー」

 

そう言って教卓で挨拶する副担任こと、山田真耶。……しかし、小柄でぽやぽやした雰囲気はどこか幼い感じがする。

まぁ、ああ見えても、ISのスキルに関しては何気に高く、元日本代表候補生でもある。

簡単な自己紹介と、簡単な説明を終え真耶がにっこりと笑みを浮かべる頃には、何処か緊張感に包まれていた教室の雰囲気も、随分と和らいだ。

 

「それでは、次は皆さんの自己紹介をお願いします。それでは~、あの人からはじめましょう」

 

あから始まると言う事は、自分は最後の最後かと思いつつ、アーウェンクルは一夏の後姿を眺める。彼と真耶の雰囲気のお陰で、随分と緊張が和らいでいるようだが、まだ硬い。

 

「それじゃ、次は織斑君お願いします。……あれ?織斑君?……おりむらく~ん?」

「え、あ。はい、なんですか!?」

「あのね、今、自己紹介で織斑君の番なんだけど、自己紹介してくれるかな?……お願いできないかな?」

(そこでどうして涙目になるんですか!?)

 

内心で突っ込みを入れつつも、一夏は慌てて、真耶に謝ると立ち上がり、意を決して後ろを振り返る。

やはりと言うべきか、あるのは女子生徒達からの熱い視線。マジかよ……と冷や汗をたらしながらも、窓辺のアーウェンクルに眼を移すと「頑張れよ」とエールを送ってくれた。

 

「えっと、織斑一夏です。よろしくおねがいします」

 

短くて、簡潔すぎる挨拶。ただ、緊張していた彼にしては、上出来だろう。しかし、あと一言二言あると期待している女子生徒達の視線に、一夏は答えようとするが……

 

「……以上です」

 

ガックリ!!と音を立てる女子生徒と苦笑を浮かべるアーウェンクル。なんと言うか、とても初々しくて見ていて楽しいのだろう。

笑うなよ!!と言った眼で見てくる一夏に、無理だと返しておく事も忘れない

そうこうしていると、ガラッ教室の扉を開けて、スーツ姿の女性、織斑千冬が入ってきた。

 

「すまない、山田先生。挨拶を任せてしまったようだな」

「あ、織斑先生。医務室への案内は終わったんですか?」

「あぁ、一応は終わった。…さてと、諸君、自己紹介の所悪いが、先に名乗らせてもらう。このクラスの担任を務める織斑千冬だ」

(彼女が織斑千冬。ラナさんと対等に戦ったIS操縦者にして、世界最強か)

 

眼を細めて、アーウェンクルは教卓で挨拶する千冬を観察していると、その視線に気がついた千冬が視線を返してきた。

なるほど、この程度の視線すら感じ取るか……と内心冷や汗をたらしつつ、小さく頭を下げておく。

千冬も、一夏以外の男子は1人しか居ないし、義母のライバルを見ていたのだろうと考え付けて、何も言わない。

 

「これから一年間、私の言う事はきっちりと聞いてもらう。良く見て、良く学び、よく動け。理解できないことがあったら、直ぐに聞け。……以上だ」

「きゃ~~!!千冬様素敵」

「ほほほ本物の千冬さまよぉぉ!!」

「……ええい、馬鹿者が多くて困りものだな。」

 

なんか良く判らない歓声に、呆れたように千冬は静かにしろと言って、生徒達の自己紹介を促す。

その後も、自己紹介は滞りなく進み、最後のトリはラの付く苗字、アーウェンクル・ランガードになってしまった。

さて、何を言ったものか……と考えながら、椅子から立ち上がり口を開く。

 

「グローバルコーテックス財団及び、国際宇宙開発プロジェクト所属、アーウェンクル・ランガード。月面開発に従事していたので、こちらでの生活に不慣れですが、よろしくお願いします」

「宇宙開発プロジェクトって、すっご~いエリートじゃない!」

「はぁ~、凛とした声で切れ長の目……素敵~」

「一夏君も素敵だけど、彼も良いなぁ。どうしよう、アタックかけようかな」

 

何処か人を惹きつける魅力を持つ黒髪の少年、一夏と少しミステリアスな明るい蜜色の髪の少年、アーウェンクルは、結構目立つようだ。

 

 

 

休み時間

 

 

「……随分と疲れてるな、一夏」

「アーウェンクルか……いや、なんつうか緊張感が半端ない」

「はぁ、慣れないとその内、胃に穴が開くぞ?あと頭、大丈夫か?」

 

机に突っ伏している一夏の肩を、アーウェンクルはポンポンと叩いておく。先ほどのIS基礎理論の授業を聞く限り、理解できてなかったのだろう。

なにより、重要な基礎理論書を電話帳と間違って捨てたと言った一夏の頭に振り下ろされた、千冬の出席簿は物凄く痛そうだった。

たんこぶが出来てないか、一夏の頭を撫でつつ、周囲に眼を配ると、教室内だけでなく、廊下からも女子生徒達の視線を一身に浴びる。

……とりあえず、愛想笑いを浮かべると、頬を紅く染めるので害意は無いだろうと無視しておく。

 

「なんとか……あ~、本当にお前がいてくれて助かったよ。俺1人だけだったら、孤独な学園生活だったなぁ」

「そうなってたら、卒業までには胃潰瘍になってただろうな」

「ありえるから、困ったな。……けど、月面開発に従事してたっと本当なのか?」

「嘘を言っても仕方が無いだろう?向こうで基地建設をしていたよ」

「すごいな。……やっぱり、月から見た地球で、すっげぇ綺麗なのか?」

「さて、それは秘密だな。見たいのなら、卒業したら一緒に月に良くか?IS操縦者なら、大歓迎だぞ?まぁ、地球の偉大さが良く判るといっておこうか」

「うっわ、それ言われると、滅茶苦茶行きたくなるだろう!!」

 

すっかりと打ち解けたようで、2人は笑い声を上げる。その姿は何処にでもいる少年だ。

 

「一夏、少し良いか」

「ん?おぉ、箒。どうかしたのか?」

「いや、さっき千冬先生から聞いたんだが……」

「あ、アーウェンクル。こいつ篠ノ之箒。俺の幼馴染なんだ」

「そうなのか。知ってると思うが、アーウェンクル・ランガードだ。よろしく」

「篠ノ之箒だ。話しているところすまない」

 

ポニーテールの女子生徒、篠ノ之箒はアーウェンクルに小さく頭を下げるので、彼も小さく礼を返しておく。

しかし、篠ノ之と言うからには、かの天災篠ノ之束の関係者なのだろうと思いつつ、そう言えば、彼から聞いていたのは彼女の事かとアーウェンクルは思い出した。

 

「あぁ、なるほど。篠ノ之箒、春秋の言っていたのは、君と一夏の事だったわけか」

「え、アーウェンクルは春兄を知ってるのか?」

「なんだ一夏、知らなかったのか?兄さんは、ネスト財団に所属してたらしいぞ。それで、整備士兼保険医として派遣されてきたらしい」

「マジでか!?春兄に会えるのか!?」

 

よっしゃぁぁ!!とガッツポーズをとる一夏を見て、箒はやれやれと肩をすくめているが、彼女の表情も嬉しそうだ。

以前から、一夏達の事を春秋から聞いていたアーウェンクルは、彼のことを覚えていてくれよかったと、安堵する。

 

「俺のISは春秋の設計だからな。医務室にいるそうだから、今のうちに会って来たらどうだ?彼も会いたがっていたぞ」

「そっか。よし、今から会いに行って来る。箒も行くんだろう?」

「勿論だ。兄さんには、礼を言わなければならないからな。アーウェンクルはどうするんだ?」

「俺は今朝まで一緒だったから、良いさ。折角の再会に水のさすのも悪い」

 

ヒラヒラと手を振って一夏達を見送ると、自分の席に戻り海を眺める。箒が言っていた礼とは、連絡を取り合えるうに取り計らってくれたことに関してだろう。

現に、一週間前だが、一夏と箒は再会できたわけだ。最初こそ、ギクシャクしたが手紙でやりとりしていたので、直ぐに元の関係に戻る事は出来たらしい。

 

「少しよろしいかしら?」

「ん?君は……セシリア・オルコットだったか?」

 

美しい金髪と、可愛らしい顔をした少女、セシリア・オルコット。アーウェンクルが知ってる限りでは、イギリスの国家代表候補生であり、名門オルコット家の令嬢だ。

 

「えぇ、そうですわ。グローバルコーテックス財団のアーウェンクル・ランガードさん。一応は、我がオルコット家と提携関係ですので、挨拶をさせていただきますわ」

「ご丁寧にありがとう。これから一年間、よろしく頼むよ」

「それは貴方の態度次第ですわね。まぁ、ネスト財団所属の貴方と国家代表候補の私では、色々と違いがあると思いますの。それでは、失礼しますわ」

 

言う事だけ言って、自分の席に戻っていくセシリアの後姿を眺めつつ、アーウェンクルは小さくため息を零した。

月にはなかった女尊男卑をこんな所で目の当たりにするとは、思っていなかったのだろう。

面倒な事にならなければ良いんだが……と左耳に付けている紅いイヤリングに触れるアーウェンクルであった。

 

 




一日掛けてこの程度、文才が無くて泣きたくなる今日のこの頃。


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3羽

ネスト財団をグローバルコーテックス財団に変更しました。
3月1日 一部修正


・春秋・

 

医務室

 

「いやはや、勤めて一番最初の仕事が、自分の怪我の治療ってマジで締まらないね」

 

軽口を叩きつつ、千冬ちゃんからプレゼントされた紅葉マークに、シップを貼り付ける。う~ん、我ながらなんて情けない顔。

こんな所、アーウェン君に見られたら、また笑われそうだなぁ。僕より若いのに、随分としっかりしてるからね~。

……まぁ、総帥から彼が非合法な改造を施されていると聞いたときには、本気で驚いたものだよ。実際、明らかに反射神経、思考速度等が飛びぬけて高い。

日常生活では、穏やかな彼だけど、戦闘訓練になると一変して、周りを驚かせていたよ。

 

「神経の光ファイバー化、一部分だけでなく全身の神経を、なんて狂気の沙汰だ。しかし、それのお陰で新しい治療法の確立もまた事実……か」

 

事故により切断された神経組織を、人工的な回路に切り替える手術方法は以前より存在していた。だが、失敗する確率も高く、難しい物だった。

しかし、アーウェン君の身体を解析し、術式を調べれば調べるほど、高水準だが、従来の方法でも対処可能な所が多々発見できた。

いやはや、何処の誰だか知らないけど惨たらしく、そして、奇跡的な改造を行ったと感心するよ。……仮にした人が現れたら、僕は全力で殴り飛ばすけど。

 

「まぁ、こんな貧弱が殴っても痛くないだろうけどねぇ、あはははは……はぁ~」

 

うん、自分で言ってて悲しくなってきた。最近、研究ばかりで身体がなまってるからなぁ。久しぶりに剣道やるかね。

そんな事を考えていると、コンコンと扉を誰かがノックする。おやおや、お客さんのようですなぁ。

 

「あいてますよ~。怪我かな、病気かな?改造手術は行っておりませんので、あしからず~っと」

「し、失礼します。怪我とかじゃないんですけど……あの、もしかして、春兄……?」

「おんや~?僕をそう呼ぶ君は、もしかして……一夏君かな?随分と久しぶりだね~」

「ほ、本当に春兄が居た……。あ、その、お久しぶりです!!」

「はいはい、そんなに頭を下げなくても良いよ。ほらほら、こっちに来て座りなよ」

「はい!!……ほら、箒も照れてないで、こっちに来いって!!」

 

扉を開けて入ってきたのか、我が弟的存在の一夏君ではないか。いやはや、これは嬉しいサプライズだね。

そんな彼が、誰かを引っ張っているが……もしかしなくても、もしかするかな?

 

「う、あ。そ、そんな引っ張るな一夏!!……その、兄さんお久しぶりです」

「おっと、僕の事を覚えててくれたんだね、箒ちゃん。うんうん、お兄さんは嬉しいよ~」

「そんな!!春兄の事を忘れるなんて、ありえないですって!!」

「そうですよ!兄さんのおかげで、どれだけ助かった事か……本当にありがとうございます」

「何のことかな?ほら、箒ちゃんもこっちにおいで。……う~ん、一夏君はかっこよくなったし、箒ちゃんも可愛くなったね」

 

僕が差し出した椅子に座る2人は、本当に大きくなったものだよ。僕の記憶の中には、まだまだちっちゃい頃の2人しかなかったからね。

けど、面白いものだ。一目で、一夏君と箒ちゃんだと気がついたよ。うん、流石は兄馬鹿を自負してただけのことはある。

 

「かっこよくって……春兄、昔から俺達の事をからかう癖、治ってないんですね」

「一夏君。そこは素直に受け取っておきなって。ほら、箒ちゃんなんて照れちゃって、可愛いじゃないか。うんうん、耐性付いてなくて、お兄さん安心したよ」

「か、からかわないでください!!……けど、安心しました。兄さんも本当に元気そうで」

「うんうん、突然居なくなるから、本当に心配したんですよ!!千冬姉に聞いても、何も教えてくれないし」

「あ~、うん。千冬ちゃんとは喧嘩別れな感じだったからなぁ」

 

ポリポリと頭をかきつつ、ポットからお茶を注いで2人に差し出す。うん、日本人やっぱり緑茶だね~。

 

「あ、兄さん、やっぱり居なくなったのは私達の……」

「は~い、箒ちゃんストップ。それは秘密で言いっこ無し。こうして、君たちに会えたんだから、問題は無しなのさ」

 

そう言って笑えば……ほら、箒ちゃんも笑顔になってくれる。一夏君は、頭に?マークを浮かべているけど、まぁ良いさ。

僕がグローバルコーテックに所属した理由を、彼女はなんとなくわかっていたんだろうね。

けど、うん、こうして見ると実に安いものだった。こうして、目の前で大事な弟妹達が、笑顔で居てくれるんだからね。

 

「そう言えば、アーウェン君とは話したかな?」

「はい。あいつのお陰で、男1人だけの孤独な学園生活から救われましたよ」

「周りは女子生徒ばかりだからねぇ。これは箒ちゃんもウカウカしてられないよ?」

 

ニヤニヤと笑ってからかうと、兄さん!!と箒ちゃんは顔を真っ赤にする。ほんと、一夏君の事が好きなんだねぇ。照れくさくて隠してるんだろうけど、ばればれだ。

……まぁ、好意を向けられている本人、一夏君が超の付く鈍感だから、少しかわいそうになるけどね。

 

「に、兄さんはアーウェンクルとは、知り合いなんですか?」

「まっ、アーウェン君は僕にとって弟みたいなもんでね。仕事上のパートナーでもあるし、僕は彼のISの開発者だ」

「それって、専用機持ちって事ですか!?……あいつ、やっぱり凄いんだな」

「あはは、アーウェン君は財団の秘蔵っ子だからねぇ。けど、一夏君も負けてないよ」

 

少し落ち込んだ様子の一夏君を励ますために、ポンと肩を叩いて眼を合わせる。大丈夫、君はアーウェン君にも負けてないさ。なんたって君は……

 

「君は、僕や千冬ちゃん、そして束ちゃんの弟であり、秘蔵っ子なんだからね」

「……春兄。はい!!俺……頑張ります!!」

 

そう言って笑う一夏君の顔は、本当に光り輝いている。うんうん、一夏君には、この笑顔が一番似合うね。

……それにしても、この笑顔でどれだけの女の子を墜としてきたんだか……本当に罪作りな弟だよ。

 

 

 

 

 

学生寮 アーウェンクルの部屋

 

 

「ふむ……2人用だが1人か。広くて良いな」

 

授業も滞りなく――所々で一夏の頭に担任が出席簿を振り下ろしていたが――終わり、割り当てられた部屋の中を見渡して、俺は満足げに頷いた。

広々として、キッチンまで完備されている一室は、ホテルやマンションのようだな。その中で似つかわしくないのが、多数の段ボール箱。その全てが、財団本部から送られてきた俺の衣服や嗜好品の本など。

それらの梱包を空け、最初に衣服を取り出してクローゼットに仕舞う序にラフな格好に着替える。制服は皺にならないようにハンガーに掛けて、仕舞うのも忘れない

テキパキとダンボールの中身を仕舞いつつ、ダンボールは畳んで後でごみに出しておくか。

最後に空けた段ボール箱から、9個の銀色の球体と、厳重に包装された小箱を取り出して、サイドテーブルの上に飾った。

大小様々な大きさの銀色の球体をセットして、台座のスイッチを押すとそれぞれの球体が半重力で浮かび上がり、ゆっくりと円を描くように回り始める。

そして、今度は厳重に包装されていた小箱を開けて、中にあったガラスケースを取り出して、それも飾る。ガラスケースの中には、白いウサギの石像が2体。

この2つは俺の大切な宝物だ。銀色の球体は、太陽系を模した物で、中央の一番大きな球体が太陽。それに続くように水星、金星、地球……となっている。

白いウサギは、月の石で作った石像だ。手先の器用なセルゲイ班長が、俺の為に作ってくれた世界でただ1つの石像。

 

「よし、こんなものか。……っと、この写真もだな」

 

っと、こを忘れるのは、まずいな。回っている球体とウサギの石像の間に、一枚の写真を飾る。それは、俺が世話になっていた月面基地の仲間達の写真。

セルゲイ班長を始めてする月面開発チームの面々は、全員が子供の様に輝いた笑顔を浮かべていた。

彼らは、人類の希望と夢の為に突き進んでいる。だからこそ、何時でも希望に満ちた笑顔を浮かべていられるのだろう。俺の憧れだ。

さてと、シャワーでも浴びるか。そう思ってい矢先に扉をノックされる。……あぁ、もう来たのか?

 

「よう、アーウェンクル。遊びに来たぞ」

「やっぱり、一夏か。ようこそ、歓迎するよ、と言っても、まだ何も無いが」

「あはは、そうかもな」

 

扉を開けた先には、同じようにラフな格好の一夏が立っていた。教室で、遊びに行っても良いか?と聞かれて、かまわないと答えたので、こうしてきたのだろう。

確か、こいつは篠ノ之箒と同室らしいが……。幼馴染とは言え、男女が同室で良いんだろうか?まぁ、そのお陰で、俺は気ままな1人部屋を満喫できるわけなのだが。

 

 

「良いよな、アーウェンクルは1人部屋でさぁ。お、なんだこれ?」

「まぁ、運が良かっただけだ。って、来て早々部屋を物色するな。それは太陽系模型だよ。俺の宝物だ」

 

キョロキョロと部屋に中を見渡して、早速というべきか、太陽系模型に一夏は興味津々のようだ。高いから壊すなよ?と伝えると、慌てて距離をとる。はは、本当に面白い奴だ。

 

「そう言えば、箒と同室らしいな。一夏の部屋の都合が付かなかったんだったか?」

「ん、まぁな。なんか千冬姉が、幼馴染だから、問題ないだろうってゴリ押ししたらしい。だからさ、頼みがあるんだよ。箒がシャワーの時とかに、アーウェンクルの部屋に来ても良いか?」

「俺はかまわない。……まぁ、覗いたら、まずいだろうからな」

「のぞかねぇよ!!……わざとじゃなくて、見たら命がなさそうだし」

 

青い顔をする一夏を少し不憫に思いつつ、了承しておく。まぁ、俺だってこいつとは話しをしたい。…俺にとっては、初めての同年代の友人なのだからな。

その後、適当にソファで寛いでいるように言うと、俺はキッチンで飲み物を用意して、テーブルの上に置いた。

 

「ほら、熱いから気をつけろよ?」

「お、サンキュー。これってホットミルクか?」

「あぁ、結構好きなんだよ、ホットミルク。」

「ふ~ん。……お、すっげぇ美味い。なんか甘いんだけど、なんか入れたのか?」

「そうだな、蜂蜜を少しだけ。そして、俺の愛情をたっぷりと……な」

「うげ、男の愛情なんて、嬉しくないんだけど。つうか、真顔で言うなよ、気持ちわりぃ!」

「おまっ、人の好意になんて事言うんだ!!」

 

軽口を叩きあいながら、俺達は笑い声を上げる。はは、本当に一夏と話していると、楽しくて仕方が無い。馬が合うとはこういう事を言うのだろう。

 

「お、もしかしてこの写真って、月面基地の人たちか?へぇ~、色々な人達が居るんだな」

「あぁ、国際プロジェクトだからな。国籍も年齢もまちまちだよ。まぁ、俺が最年少には変わりないが」

「なるほどな。けど、みんな良い笑顔してるなぁ。なんだろうな、本当に夢に向かって生きてる!!って感じがするよ」

「はは、そう言ってもらえると、俺も嬉しいな。ほら、隣にウサギの石造あるだろう?それ、月の石で出来てるんだ」

「マジでか!?そう言われると、なんか感動するだけど。なぁ、触っても良いか?」

「あぁ、良いぞ。ただし壊したら、月まで取りに行かせるからな。序に一緒に月面開発に、携わってもらおうか」

「月面開発かぁ。……宇宙って男のロマンだよなぁ。」

「そうだな。宇宙は無限の開拓地であり、無限の可能性のある世界って誰かが行ってたな」

 

ウサギの石像を手のひらに乗せ、窓から覗く満月を見上げる一夏につられて、俺も夜空を見上げる。誰かが言ってたな。月は何時でもそこにあるって……な。

 

 

 

 

 

翌日 一時限目

 

 

「これより再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく、生徒会の会議や、委員会の出席なども役割となっている。まぁ、クラス委員長と考えた方が早いだろう。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 

教壇に立つ千冬が、教室内を見渡す。本当なら初日に決める筈だったが、昨日は昨日でバタバタしていたので、予定より遅れてしまったのだろう。

一夏はへぇ~とのん気に聞いているし、アーウェンクルは海を眺めながら、授業が始まるまで居眠りでもしてるか……と我関せずの態度で眼を閉じてしまっている。

どうやら、両者とも自分より他の生徒がするだろうと、高を括っている様だ。しかし、そんな2人を他所に、クラスの女子生徒達はそれぞれが声を上げた。

 

「はい!!織斑君が良いと思います!!」

「いぃ、俺ぇ!?ちょ、待ってく……」

「私はランガード君を推薦します!!」

「げ……なんでそうなる」

 

戸惑う2人を他所に、織斑君の方が良いだの、ランガード君の方が適任だのと好き勝手盛り上がる女子生徒達。

 

「俺は辞退する。よって一夏に決定。はい、終了!!」

「ちょ、アーウェンクル、俺に全投げってふざけんなよ!!お前やれよ、俺よりしっかりしてるだろ!?」

「うるさい黙れ、俺は面倒が嫌いなんだ!!織斑先生!!俺も一夏を推薦します、と言うか、一夏意外にありえないと思います!!」

「だったら、俺もアーウェンクルを推薦する!!俺より絶対に、委員長の仕事をこなしてくれると思います!!」

 

がるるると威嚇しながら、一夏とアーウェンクルはにらみ合う。お前ら、仲が良いのに、こう言う時は敵対するのか。

しかし、そんな事をしていると、金髪の少女、セシリアが机を叩いて立ち上がった。

 

「納得いきませんわ!!そのような選出は認められません!!」

 

その声に、騒いでいた一夏、アーウェンクルの2人だけでなく、周りの女子生徒達も静かになる。

千冬にいたっては、やれやれとった様子で、額に手を当てている。

 

「オルコット、何か言いたいことがあるのか?」

「当然ですわ!!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしです!!私に、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!!」

 

キッっとセシリアは、アーウェンクルと一夏を睨むが、前者はこのままセシリアがやってくれたら……と期待しているし、一夏は馬鹿にされたと思って睨んでいる。2人とも両極端だなおい。

 

「良いですか!?クラス代表者は一番強い人がなるべきなのです!!それならば、実力から言ってイギリスの代表候補生であるこの私こそ、一番ふさわしいに決まっていますわ!!

第一片や、極東の島国の野蛮な猿なのですよ!?」

「好き勝手言ってるけどな、イギリスだって大したお国自慢ないだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

「それは言えてるかもしれんがな、一夏。ここで我慢しておけば、2人とも助かったものを……!!」

「あ、あなた、私の祖国を侮辱しましたわね!!そこのあなたもですわ!!馬鹿にして……!!」

「先に馬鹿にしたのは、そっちだろう!!」

 

アーウェンクルは、挑発に乗らずに流しておけば良いのに……と一夏に伝えただけなのだが、セシリアは馬鹿にされたと思ったのだろう。

 

「第一、あなたもですわ!!宇宙開発、月面開発なんて子供の夢みたいなものを何時までも、追いかけてますの!!」

「んな、お前、それは言い過ぎだろう!!子供みたいな夢っていってるけどな、どれだけ大変な事かわかってんのか!?」

「事実ですわ!!そんなの費用や時間の無駄です!!第一、無能な男だけで宇宙開発なんて出来るわけがありませんわ!!」

 

一夏がバン!!と机を叩いて立ち上がった。最近では、宇宙開発のニュースも良く流れているし、人類の新たな偉業とも言われている。

ましてや、友人であるアーウェンクルが、そこで働いていたのだ。一夏にとって、友達を馬鹿にされるというのは、とても許せるものではない。

セシリアの放った無能な男達、宇宙開発なんて無駄。その言葉に、アーウェンクルの肩がピクリと動く。たが、セシリアはそれに気がつかずに、言葉を続ける。

 

「グローバルコーテックスなんて、なりあがりの夢想者ですわ!!宇宙開発に資金を使いより、ISの開発にむぐ……!?」

「そこまでにしておいてくれるか。……彼らは、関係ないだろう?」

 

まだ何か言おうとするセシリアの口を、後ろから押さえつけて、アーウェンクルは耳元で低く囁いた。

その甘く囁く声に、セシリアだけでなくほかの女子生徒達の顔も真っ赤に染まり、腰が砕けている者さえ居る。

 

「俺の事は何を言ってもかまわない。ただ……彼らを、俺の恩人達を馬鹿にするのだけは、止めて欲しいな、セシリア・オルコット嬢?」

 

怒るのは、自分の事を馬鹿にされたからではない。彼の恩人を、人類の希望と未来を信じて働く彼らを馬鹿にされたから。

クスクスと笑みを零しながら、ささやく彼の声に腰が砕け、脳髄が溶かされそうになるのを我慢して、セシリアは手を振り払い、アーウェンクルに指を突きつけた。……今だか顔は真っ赤に染まっているが。

 

「こここ、ここまで私を侮辱するなんて……許せませんわ!!あなたたちに、決闘を申し込みますわ!!」

「良いぜ、それならはっきりしてわかりやすい!」

「やれやれ、2人で盛り上がってるなら、後は任せたぞ、一夏。俺は辞退する」

「辞退は認めんぞ、ランガード。」

「だから、俺に全部なげるんじゃねぇよ!!お前も一緒だろう!?」

「ふざけていますの、アーウェンクル・ランガード!!あなたにも、決闘を申し込んでいるのです!!」

「フルネームで呼ぶな、長くて大変だろう?……はぁ、面倒な事になったな。まるで怯えた子猫だな……お前は」

「お、怯えた子猫ですって!?もう、許しませんわ!!どこまで私を馬鹿にするのですか!?」

「子猫ですって、きゃ~、ランガード君キザ~♪」

「けど似合ってるから、かっこいいわよね~」

 

一夏はやる気満々だし、セシリアに至っては、プルプルと怒りで震えていた。どうにも、適当に流せる状況ではないと観念したアーウェンクルは、深いため息を零した。

実際、アーウェンクルにはセシリアが怯えた子猫に見えるので仕方が無い。何に怯えているのかは判らないが――例えば孤独とか――虚勢を張っているように見えたのだ。

しかし、口から出た言葉を消す事は出来ない。子猫なんていったお陰で、セシリアの怒りの火に油を注いでしまったらしい。

どうにか逃げ道はないかと考えていたようだが、何時までたっても終わらない様子に、我慢の限界が来た千冬は教卓をダン!!と叩く。

 

「ならば、3人で模擬戦を行い、勝った者がクラス委員長とするば良い。異論はあるまい?」

「げ、先生、辞退は……」

「却下だランガード。貴様が一番話を拗らせたんだ、責任を取れ」

 

ジーザス!!とばかりにアーウェンクルは天を仰ぎ見た。どうやら、最早回避不可能のようだ。口は災いの元とよく言ったものだ。

 

「良いか!!勝負は一週間後。授業終了後の放課後に第3アリーナで行う!!3人は、それまでに準備をしておくように」

「ふん、逃げない事を祈っておきますわ!」

「誰が逃げるかよ!!」

「くっそ~、これは面倒な事になったぞ……!!……まぁ、やるからには、勝つけどな」

 

やる気を出す一夏と敵愾心むき出しのセシリアに、見えないように小さく口元に笑みを作るアーウェンクルであった。

……どうやら、彼はやる時はやるらしい。

 

 

 



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4羽

 

教室

 

 

「しかし、面倒な事になったな。はぁ、どうしたものか」

「お前、まだそんな事言ってるのかよ。もう終わった事なんだし、覚悟決めろよ」

 

1時限目が終わり、千冬が出て行った教室内部は、女子生徒達の会話で花が咲き誇っていた。

そんな中、窓際に一夏と並んで立ちながら、アーウェンクルは深くため息を零した。先ほどから、セシリアの視線からの微妙に痛いのも、原因のひとつだ。

 

「やれやれ、のん気にいってるけどな一夏。お前、国家代表候補生とか、専用機の事とかを知ってるか?」

「えっと、候補生って言えば、簡単に言うとオリンピック選手の候補も見たいな感じで良いんだろう?」

「まぁ、至極簡単に言えばな。それじゃ、専用機については?」

「……候補生専用のISで良いんだよな?」

 

一応は、一般的な知識のある一夏に、先ほどとは逆にアーウェンクルは安堵のため息を零す。授業などのIS基礎理論に関しては、まだまだだが、この位ならば問題ないようだ。

だが、まだ何か足りないので、どうしたものかと考えていると、こちらに近づいている金色を確認。ちょうど良いと口元に笑みを浮かべる

 

「あら、2人して模擬戦のご相談ですか?それとも、逃げる算段でも?」

「ちょうど良い所に来た、セシリア。はい、専用機について説明してやってくれ」

「はっ!?な、なぜ私が説明しなければならないのですか!?」

 

からかってやろうと思って近づいてきたセシリアだが、逆にアーウェンクルにペースを乱されてしまったようだ。それに関しては、隣で一夏も、すごいなと内心で感心している。

2人で早く早くとワクワクした感じの視線に、毒気を抜かれたセシリアは、はぁ……と息を吐くと、説明を始めた。……根は素直らしい。

 

「良いですか、ISのコアは世界に467個しか存在しませんのよ。その貴重なコアを使い、自分専用のチューニングを施した機体を持てるのは、私のような一部のエリートだけなのです!」

「と言う訳だ。つまり、お前は、訓練機で専用機持ちのセシリアと戦うわけだ。……凄まじくやばいと考えるべきだぞ?」

「……え~っと、俺ってもしかして……かなり切羽詰った状況か?」

「あぁ、非常にまずい状況だな、ご愁傷様としか言えん、南無阿弥陀仏」

「あ、貴方達には、緊張感と言うものがありませんの!?」

 

マジかよ、と頭を抱える一夏の肩をポンポン叩くアーウェンクルだが如何せん、彼らには緊張感のカケラも無い。まぁ、一夏には実感がなく、アーウェンクルは余裕があるだけと言えるかもしれない。

 

「あぁ、言い忘れていた織斑。お前のISだが、準備まで時間が掛かるそうだぞ」

「へっ?え、ちふ……じゃなくて、織斑先生、俺にも専用機があるんですか?」

 

伝え忘れていたと言った様子で、教室に戻ってきた千冬がその事を口にすると、周りの女子生徒達から、良いなぁと言う声が聞こえてきた。

 

「学園に予備の訓練機が無い。それに、お前は色々と異例だからな。学園と政府で用意するそうだ」

 

それだけ伝えると、何事も無かったかのように、千冬は再び教室から出て行った。世界初の男の操縦者であり、異例すぎる織斑一夏。その為、政府も慎重になっているのだろう。

まぁ、千冬もアーウェンクルもデータ目的だろうな、と内心では見当を付けている。政府から援助された機体を持っているのならば、下手に各国に手を出される心配も無いので、一石二鳥だろう。

 

「良かったな一夏、これでセシリアと対等に戦えるぞ、武装に関しては」

「安心しましたわ、それならばフェアに戦う事が出来ますわね。……それで、そちらの彼は専用機をもらったようですが、あなたはどうなのですか?」

「一応は持っているが、あくまでデータ収集が目的だ。あまり、過度な期待はしないで欲しいな」

「あら、貴方も専用機持ちでしたのね。まぁ、あのコーテッスの人間ならば、納得できますわ。結果は見えておりますけど、2人とも、せめて私を楽しませてくださいますように」

「はぁ、仕方が無い、一夏。今夜、俺の部屋で作戦会議するぞ。負けれなくなったからな」

「アーウェンクル、色々とごめんな。けど、助かるよ。よし、そうと決まれば授業も真面目に受けないと」

 

予鈴が鳴り響き、真耶が入ってくるのが見えたので、慌てて席に戻るアーウェンクルと一夏なのであった。

 

 

 

 

医務室

 

「だーっはっはっは!!!それで……あのアーウェン君が子猫みたいって……ぶ…ははははは!!!だ、駄目、もう腹痛い。もう無理、限界!!げほげほ、はははは!!!」

「はぁ、笑いすぎだろう、春秋」

「だって、千冬ちゃん、幾らアーウェン君だって、子猫はないよ子猫は!!あ~、また笑えてきた!!」

 

千冬の目の前で、身体をくの字に曲げて、机をバンバンと叩きながら春秋は大声を上げて笑っていた。見ている彼女は、はぁ……と呆れたように出されたお茶で喉を潤す。

午前の授業であった事を、春秋に話していたようだが、その中でアーウェンクルが零した言葉を聴いて、先ほどから狂ったように爆笑しているのだ。

笑いすぎて、ぜーぜーはーはー言いながら、涙目になった眼を抜くぐうと、春秋も自分の分のお茶を一気に飲み干した

 

「あ~、もう一週間分は笑った気がするよ。しっかし、模擬戦ねぇ、しかも国家代表候補生と……か。うん、何を考えてるんだかねぇ」

「一夏は乗り気と言うか、流れでそうなったようだが、ランガードは辞退したいと何度も言ってきたな」

「ふ~ん。……ちなみに、辞退させる気は?」

「無い。第一、それではお前がつまらないだろう?」

 

無いときっぱり言い放つ千冬に、きびしいねぇと言葉を漏らしながら、春秋は面白そうに笑っている。

確かに、模擬戦ともなれば、それなりの実働データが手に入る。アーウェンクルのIS自体のデータは、月面開発である程度は揃っているが、それは非武装時のデータだ。

 

「武器を搭載してのデータはまだ揃ってないからね。うん、彼には悪いけど、楽しみにさせてもらおうかな」

「ふん、ならば私にも感謝して欲しいのだが?」

「あはは、そうだね。千冬ちゃん、本当にありがとう。後でなにかご馳走するよ」

 

当然だと言う様に頷く千冬に、笑みを見せながらも春秋は頭の中では別な事を考えていた。

 

(一夏君のISか。どんな機体が出来上がるのか……。なんにせよ、アーウェン君には悪いけど、良い機会だね)

 

アーウェンクルのISは確かに春秋が設計したものだが、それは彼が持っていたISコアに記録されていたデータを元に作り上げた機体だ。

正確に言えば、財団が解析して作り上げたISに春秋が改良を加えた、と言うべきか。

 

「一夏とランガード、そしてオルコット。オルコットは候補生だから、能力はわかる。しかし、ランガードは未知数だな。一夏は素人だから、期待も出来たものではない」

「一夏君だって未知数だよ。……まぁ、アーウェン君はある程度経験あるから、今回は一夏君には分が悪すぎるね」

「そうかも知れんな。たが、何事も経験だ。……勝てると思うか?」

「さてさて、それはやってみてからのお楽しみ。唯一言えるのはアーウェン君って、やるときはやるからね」

 

 

 

 

食堂

 

授業も終わり、お昼時と言う事もあり、食堂は昼食を取る生徒達で賑わっていた。彼女、セシリア・オルコットもその1人だ。

ただ、周りは友人と食事をしているというのに、彼女は窓際の席で1人で、静かに食事を取っている。イギリスから来日して今日まで、友人と呼べる存在が出来ていない。

なれない環境と、文化の差は思った以上に大きいのだ。何より、少し高いプライドが邪魔をしているのだろう。

なんとなく味気ない食事だと思いながら、パスタを口に運ぼうとすると、目の前にカツ丼やら牛丼、カレーとラーメンが乗ったトレイが置かれた

 

「ここ、開いてるなら座るぞ。ふう、ようやく昼食にありつける」

「あ、あなたは……ランガードさん、何か私にようでもありますの?態々、ここに座らなくてもよろしいのではなくて?」

 

いきなり目の前に、山盛りのトレイを置かれれば誰だってびっくりする。呆気に取られたセシリアだが、対面に座る男子、アーウェンクルの顔を見て、表情を険しくしている。

だが、当の本人は気にする素振りを見せずに、カツ丼に箸を伸ばす。

 

「いや、空いてる席が無かったからな」

「窓辺の席があいてますわ」

「予約席らしいぞ。海の前だし、景色が良いからな」

「でしたら、むこうの席は?女子の方が、手を振っていますわ」

「残念だが、指定席らしい。ついでに手を振ってるんじゃ無くて、驚いてるだけだと思うが」

「……そ、それではあそこのボックス席は」

「なんだ知らないのか、ペンキ塗り立てって張り紙がしてあった」

「貴方、やっぱり馬鹿にしてますわね!?」

「テーブルを揺らすな、あと、目立ってるから座れ」

 

先ほどからふざけた事ばかり言っているアーウェンクルに、頭に来たのか、セシリアがバン!!とテーブルを叩いて立ち上がる。

しかし、怒られている当の本人は、何処吹く風だといわんばかりに、目の前の食事を胃の中に収め続けていた。

 

「やれやれ、お前とゆっくり話したいと思ったんだが、駄目なのか?」

「え、私と……話をしたいと?な、何を改まって言うと思えば……」

「あぁ、さっきは一夏への説明で終わったし、授業の時はそれどころじゃない。なら、こんなときしかないだろう?」

 

穏やかに笑う彼に、別の意味で顔を紅くしながら、それならば……とセシリアも椅子に座りなおした。

 

「はぁ、つくづく、貴方といますと、ペースが乱されてしまいますわ」

「それは失礼。まぁ、こんな性分だからな、そこは大目に見て欲しいものだが」

「……それで、私と話したいとおっしゃいましたが、何を話すというのですか?……それとも、私に、オルコットに取り入ろうとでも?」

 

少しばかり、セシリアの視線が鋭くなる。自分の周りに居た人間の殆どが、オルコットの財産目当てで近づいてくる俗物ばかりだった。

口では、何かとこちらを気遣う事を言っているが裏では、女の、しかも子供であるセシリアを侮っている者が多い。そんな俗物から、両親が残しくれた財産を守るために、勉学に励み、国家代表候補生と言う地位まで上り詰めたのだ。

グローバルコーテックスとは友好な関係ではあるが、セシリア自身、歴史の浅いコーテックスを成り上がりと警戒しているのだろう。

たが、そんな事を言われたアーウェンクルは取り繕う、もしくは焦るといった様子を見せずにキョトンとしてしまっている。

 

「なんで、オルコットに取り入るんだ?……俺はただの財団所属の下っ端なんだが」

「はっ?下っ端って、あなた、専用機持ちなのでしょう!?ならば、私と同じエリートの筈ですわ!」

「生憎だが、俺より優れた技能を持つ人達は沢山居る。開発部も、研究部も。そして、上で開発してる人達も」

 

上で開発している、それはつまり月面、もしくは宇宙開発をしているスタッフの事を言っているのだろう。彼自身は自分が特別だと思った事は、一度も無い。

特別というより、自分は特殊だと言うような事は思っているが。

 

「第一、俺は肩書きで人を判断したり、選んだりするのが嫌いでね。だから、俺はセシリア・オルコットではなく、ただのセシリアとして見ているんだが」

「っ!!あ、貴方……本当に馬鹿ではありませんの?」

 

多くの人が、オルコットのセシリアとして彼女を見ていたのに、彼はアーウェンクルは、セシリア・オルコットとしてみてくれている。

彼女にとって、そんな事を言われたのは初めてかもしれない。自分でも、顔が赤くなっていると自覚しながら、セシリアはソッポを向いてしまう。

 

「どうしてそこまで、人を拒絶と言うか、怖がるのか、俺には理解しがたい」

「……貴方に、私の何が分かると言うのですか?」

 

誰もわかってくれないだろう、誰も知ってはくれないだろう。ひたすらに、只管にオルコット家を守るために努力してきた自分の事なんて、誰もわかってくれない。

どうせ、彼もがんばっているのは知っていると、口先だけの言葉を並べるのだろう、そう思っていた筈なのに、

だが、目の前で食事を終えた少年は、知らないのが当然だと言わんばかりに口を開いた。

 

「何も知らない、何も判らない。だから、学ぼうとする、だから理解しようとする。だから知ろうとする。だから、こうしてセシリアと話したいと思ったんだ。……無責任に、お前は頑張っていると、言うと思ったか?」

「……ほ、本当に……本当に貴方は、変わり者ですわ。……仕方がありませんわ、少しお話してもよろしくてよ?」

「それはありがたい。それじゃ、何から話そうか」

 

そう言って微笑む彼の透き通った瞳に、セシリアの胸は高鳴り、徐々に惹かれていくのであった。

 

 

 

アーウェンクルの自室

 

「さて、これより第一回模擬戦作戦会議を行う。恐らく、これっきりだろけどな」

 

授業が終わり、普段着に着替えて、一夏と何故か箒も一緒に、アーウェンクルの部屋に訪れていた。どうやら、彼の部屋で作戦会議をすると言うのを聞いて、一夏が行くのならば!!とごり押しで彼女も参加してのだろう。アーウェンクルも、何も言わないので、問題は無い。

ソファに座りながら、アーウェンクル特製のホットミルクを飲みつつ、一夏はふぅ……と小さくため息を零す。

 

「あ~、ほんとアーウェンクルの淹れるホットミルクって、旨いなぁ」

「確かに。初めて飲むのに、懐かしくて安心する味だ」

「お前ら、褒めてくれるのは嬉しいけど、まずは話を聞け」

 

ホットミルクを飲んで一息ついている一夏と箒に、苦笑を浮かべながらアーウェンクルは簡単に調べたセシリアの専用機のデータを手渡して、説明を始めた。

 

「まず、最初に六七口径特殊レーザーライフル、スターライトmkⅢ。凄まじく簡単に言えば、高出力ライフルだな。恐らく直撃すれば、並のISでは終わりだろう

次の武装が最大の特徴、自立機動兵器ブルー・ティアーズ。機体名前と同じであり、名前の如く遠隔操作可能な小型射撃武器だな。後は小型ミサイルなどのIS標準装備武装という所か」

「見る限り、射撃武器がメインの様だな。それなら、懐に入ってしまえば、良いのではないか?」

「まぁ、箒の言うとおりだな。ただし、そんな判りきった弱点は、セシリアも知ってるだろうから、入り込まれないように回避行動は取るだろう」

 

箒の言葉に、アーウェンクルは頷くながらも、簡単にいかないだろうと補足を入れておくのを忘れない。

 

「けどさ、実際懐に入らなけりゃ、どうにも出来ないんだろう?だったら、やるしかにないんじゃないのか?」

「一夏の言うとおりだ。アーウェンクル、何か良い方法は無いのか?」

「そうだな。高出力ライフルとなれば、そう簡単に連射は出来ないだろう。一発目を回避して、その隙に接近する。もしくは、回避を続けて、狙いが荒くなってきたところで……」

「接近するって言う事か。けど、狙いが荒くなるってどういう事だ?」

「良く考えてみろ一夏。セシリアはプライドが高く、射撃には絶対の自信を持っているはずだ。それなのに、一発二発と続けて回避されれば、どうなる?」

「……なるほど、動揺するか、ありえないって頭に血が昇るって事か」

「その通りだ。そう簡単にいくとは思えないが、今の段階ではこれ位しか思いつかない。とりあえず、データをじっくりと見ておけ。箒、すまないがカップ持ってきてくれるか?」

「む?あ、あぁ。一夏、飲み終わったカップを渡してくれ」

 

サンキューと言いつつ、データから眼を離さない一夏に、頑張れと小さくエールを送りながら、箒はアーウェンクルの後を付いていく。

キッチンでは、先に自分のカップを洗っていた彼が、箒の方を振り返り、小さく笑みを浮かべていた。

 

「やれやれ、とことん一夏に一途だな。一緒に対策を考えるというのも、口実だろう?」

「うな!?……な、なぜばれた……?」

「気がつかない方がおかしい。それに、春秋から聞いていた」

 

くく……と小さく喉を鳴らして笑うアーウェンクルに、ばればれだと言われて箒は顔を真っ赤にして俯いてしまった。その姿に、更に彼は笑みを深くする。

 

「一夏が超鈍感とは聞いていたが……これほどとはな」

「い、一夏にはまだ言わないでくれ。……まだ勇気が持てそうに無い」

「了解。まぁ、手伝いくらいはしてやろう。……一夏!!お前、剣道してたそうだな?」

「あぁ、してたけど、それがどうかしたのか?」

「一週間、箒とみっちり剣道の稽古をして置け。接近戦を徹底的に鍛えておけ」

「いぃ!?けど、それだけで良いのか?」

「剣道とかの武術は、身体をイメージ通りに動かせなければ、話にならないだろう?ISも同じものだ。なら、付け焼刃の格闘技より身体が慣れている剣道の方が信頼性は高い」

「そういうもんなのか?……あれ、けどアーウェンクルは一緒に特訓しないのか?」

「生憎だが、模擬戦は俺とお前も戦うんだ。お互い、手の内は隠した方が面白いだろう。まぁ、相談くらいには乗ってやるさ」

 

マジか~と言っている一夏から視線を外し、箒の方を見ると、口をパクパクとさせながらアーウェンクルと一夏を交互に見ている。

 

「これで、一週間の放課後は一緒にいる口実が出来たな。応援してるんだから……うまくやれよ?」

「あ、アーウェンクル、すまない!!……なんだ、一夏、私が教えるのが、そんなに不満か?」

「いや、そんな事は言ってないけどさ。……うん、一週間、よろしく頼む、箒」

「ま、任せろ!!きっちりみっちりと鍛えてやる!!」

 

後ろでなにやら楽しそうに話している2人の友人達の声を聞きながら、お代わりのホットミルクを淹れるアーウェンクルなのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地球上の何処か

 

 

【H-1デバイスのシグナルを確認。……全システム、起動開始】

 

まるで塔の様な巨大なコンピューター群が不気味な音を立てて、一斉に動き始めた。

 

【H-1デバイス、シリアルコードXA20483を確認。選定を開始せよ、選定を開始せよ】

 

ガコン!!と大きな音を立てて、コードで繋がれていた紺色の人型の眼に赤い光が宿り、動き出した。

 

 

 

 

 



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5羽

食堂

 

「……あ、そう言えば、今日模擬戦だったか」

「あ、あなた忘れてましたの!?」

 

今思い出したと言わんばかりのアーウェンクルに、セシリアは鋭い突っ込みをいれる。既に一週間が経過して、今日が模擬戦だと言うのに、彼はいつもどおりに過ごしていた。

一夏は特訓に励み、箒はその付き添い兼指導を行っており、アーウェンクルはと言うと……密かに専用ISの動作チェックを行っていた程度だ。

相変わらずのマイペースな彼に、仕方が無い人と言った様子でため息を零し、セシリアはクスクスと笑みを浮かべている。

 

「忘れてたというか、実感が無いと言うべきか。毎日毎日、模擬戦相手と話して、顔を合わせていれば尚更だ」

「そ、それはそうですが……。何時も誘ってくださるのは貴方ですのに」

 

最近では、セシリアはこうして1人で食事を取らずに、アーウェンクルと一緒に食べる事が多くなってきていた。

何時も何時も、アーウェンクルが誘ってくれるのだが、誘われるのが少し遅くなるとそわそわしたり、他の女子生徒と話しているのを見ると、胸が苦しくなる。そんな自分の心の変化に戸惑いつつも、セシリアは彼と居る事を中々楽しんでいるらしい。

以前の彼女ならば、忘れているとは自分の事を相手にしていないのか、馬鹿にしているのかと噛み付いただろうが、彼の性格と雰囲気に徐々にトゲトゲしい感じは和らいでいるようだ。

 

「もう一人の方は特訓してるそうですが、貴方はどうなのですか?」

「ISの動作チェック程度か。後はデータ確認と適度な運動」

「はぁぁ~、本当に緊張感のカケラもありませんのね。それを余裕と捉えるべきか、侮られているだけと捉えるべきか、迷いますわ」

「別に侮ってはいない。国家代表候補まで上り詰めたセシリアを、そう捉えるほど馬鹿ではないんだが」

 

食後のコーヒーと紅茶を楽しみつつ、2人はクスクスと笑いあう。セシリアにとって、アーウェンクルの存在は、とても心が安らぐ。

マイペースで飄々として居ながら、話す言葉は心に染み込んで来る心地よいもの。彼女にとって、初めて意識する男性なのかもしれない。

 

 

 

 

アリーナ、第一出場ピット

 

「さて、これから模擬戦の訳だが……一夏、大丈夫か?」

「大丈夫と言えば、大丈夫なんだけど……ふ、不安だ。お前の言う通り、一週間剣道漬けだった訳だし」

「し、仕方が無いだろう、アーウェンクルの言う通りに、私は指導しただけだ!」

 

ピット内のベンチに座り、緊張した感じの一夏に声を掛けつつ、俺ははどうしたものか……と思考をめぐらせる。

模擬戦まで10分をきっており、俺と一夏はそれぞれが専用のISスーツに着替えを済ませていた。一夏は白の、俺は黒地に紅のラインが入った物を。

確かに、一夏の特訓に箒を指名して、剣道漬けの一週間を送らせた。一夏の隣で、箒が言ってる通りの事実。

必要最低限の知識は、俺が夜に教えていたし、授業でも説明を受けていた。だが、如何せん、こいつ専用のISが今届いたばかりで、動かしてすら居ないと言う現状。

 

「タイミングが悪いというか……ISがもう少し、早く届いてくれれば、違ったのだろうが。まぁ、一夏と箒だって出来る限りの事はしたのだろう?」

「あ、あぁ。剣道の腕に関しては、上がったと思うけどさ。基本的な知識だけだから……」

「一週間で出来る事なんて高が知れている。余計な事を詰め込むより、一つの事に集中したほうが良い」

「アーウェンクルのいうとおりだぞ、一夏!わ、私が指導したのだから、大丈夫だ!!」

 

不安そうにしている一夏を、何とか励まそうとしている箒に姿を見ていると、本当に一途だと痛感する。はぁ、それなのにこの鈍感男は……。

そんな箒にサンキューと返しつつ、一夏は俺を見つめてきた。

 

「ん、どうかしたのか?」

「いや、相変わらずお前は落ち着いてるなってさ。」

「俺まで不安になったり、取り乱したりしたら、誰がお前を安心させるんだ」

「は、はは。その通りなんだけどさ。……うっわ、なんか観客席、人が沢山居る気がするんだけど」

「あぁ、一年生期待の新人、織斑一夏とイギリス国家代表候補生、セシリア・オルコットの模擬戦だからな。みんな注目してるんだろう。」

「あのさ、アーウェンクル。余計にプレッシャー掛けないでくれるか……?」

 

そんなつもりは無かったんだが……余計な事を言ってしまったか。だが、実際に観客席は学年を問わず、女子生徒達で埋め尽くされている。

世界初の織斑一夏の存在は、彼女達にとっても注目すべき事なのだろう。

 

「2人とも準備は出来ているか?」

「やっほ~、アーウェン君、一夏君。今日は楽しませてもらうよ」

 

そう言って入ってきたのは、織斑先生と春秋の2人。恐らく、観戦兼データ収集で来たのだろう。

若干、逆行メガネの春秋に呆れつつも、何時ものように苦笑を浮かべておく。

 

「2人とも、ここで観戦ですか?」

「あぁ、観客席は生徒達で埋まっているからな。それに、春あ……夏冬先生が、こちらの方がデータを取りやすいと」

「うんうん、ほら、この方がモニターは大きいし、各種情報が表示されるからねぇ。……あ、山田先生、そっちはどうですか?」

『はい、問題はありません。……えっと、そちらに映像はとどいていますか?』

 

ピット内に備え付けられている大型モニターに、山田先生の不安そうな顔がアップで移る。後ろを見る限り、アリーナの管制室か?

そして切り替わった映像には、アリーナの中央で専用IS、ブルー・ティアーズを纏っているセシリアの姿が映し出される

 

「オルコットの準備は出来ているようだな。織斑、最初の相手はお前だ」

「は、はい!!……箒、アーウェンクル、行って来るよ」

 

そう言って立ち上がる一夏の表情は、先ほどの不安そうなものから一変して、立ち向かう勇気の表情に変わっていた。

箒は、見とれつつも、頑張ってこいと声をかけ、俺はと言うと……笑みを浮かべ右手を掲げる。それを見て、一夏も右手を掲げて……パン!!とハイタッチを交わす。

そして、純白のIS、白式を展開して、飛び立っていった。

 

 

一夏とセシリアが、何かアリーナ内で会話しているが、生憎こちらには届いていない。そうこうしていると、山田先生の開始の合図が響き渡り、両者が交戦を開始した。

俺の予想に反して、スターライトmkⅢは最高出力でなければ、連射が可能であったらしく、甘い考えが悔やまれる。

だが、一夏も流石と言うべきか、俺の指示通り、最初は回避に専念して、虎視眈々と接近するチャンスを狙っているようだ。あいつ、見かけによらず、冷静だな。

しかし、セシリアも至って冷静のようだ。……おかしい、これだけ回避されれば、頭に血が昇ると思ったが……。

なんにせよ、一夏は回避、セシリアはそれを追う形でレーザーとミサイルでの波状攻撃を繰り返している。

 

 

「しかし、予想以上と言うべきか……一夏め、能ある鷹はなんとやらか?」

「アーウェンクルの指示通り、回避に専念しているな。……なぁ、本当に私が教えても良かったのか?…お前が教えたほうが……」

「生憎だが、俺は人に教えれるほど、説明が上手くない。なにより、箒のほうが、一夏の事を良く知ってるだろう?」

 

そう聞けば、隣でモニターを見ていた箒が、そうだと答える。……やれやれ、一夏がよほど心配か。

 

「安心しろ。勝てないまでも一夏だって、そう簡単には負けないさ。……お前が、一夏を信じずに、誰が信じるんだ?」

「そ、それは……。そうだな、私が一番信じなければいけないんだ」

 

不安そうな表情を消し去り、箒はモニターに視線を戻す。――良い表情だ、これだから人間とは興味深い――

 

「っ……。なんだ……?」

 

突然、頭にノイズが走る。なんだ、先ほどの言葉は……?左目の奥が疼き、慌てて抑える。まるでそこに心臓があるかのように、脈打っている感じがする。

だか、痛みは治まるどころか、徐々に左目……いや、眼球や瞳が熱を持ち始める。なんだこれは……!?

 

「おい、ランガード?…おい、どうした、大丈夫か!?」

「大丈夫と聞かれると、そうでもないと答えるしか……!!」

「こんな時までふざけるな、馬鹿者!!春秋、直ぐに医務室に運べ!!」

 

俺の異変に気がついた織斑先生が、慌てて駆け寄ってくる。はは、冷静な先生でも、取り乱す事はあるんだな。あと、夏冬先生じゃなくて、春秋って呼んでますよ。

痛みに耐えかねて蹲る俺の、春秋は静かに歩み寄ってきた。

 

「はいはい、こういう時は慌てちゃ駄目だよ、千冬ちゃん。……さ、アーウェン君、立てるかい?」

「な、なんとか……な。しかし、この後模擬戦が……」

「後日行えば良いさ。それより、今は君の体調が心配だ。ほら、医務室に……」

 

そう言って、春秋が俺を助け起こそうとした瞬間、突然大きな揺れがピット内部……いや、アリーナを揺らした。

慌ててモニターに視線を戻すと……天井が崩れ落ちているではないか。交戦していた2人も、なんだ!?と言った表情で大穴が開いた天井を見つめていた。

そこには、紺色の影が紅い眼で、2人を見下ろしている。あれは……ISか……?

 

「馬鹿な、遮断シールドを貫通するだと……!?まずい、2人とも、直ぐに非常用シェルターに退避しろ!!」

『そ、そんな事を言われましても……きゃぁぁ!?』

『セシリア!!こいつ、攻撃してきた!?』

 

紺色のISの持つライフルから放たれたレーザーが、セシリアに直撃する。それが始まりだといわんばかりに、紺色のISは2人に襲い掛かった。

一夏はともかく、セシリアは直ぐに体勢を立て直して、ミサイルでけん制し、ライフルで撃ち返すが、全て回避されてしまっている。

どうやら、避難する暇さえ与えるつもりは無いらしい。セシリアと交戦している隙を突いて、接近しようとした一夏に、背部に装着されていた砲門が火を噴き、直撃する。

小型グレネードランチャーだと……!!??このままでは、2人とも撃墜されてしまう。外部障壁も下ろされ、恐らく外からの救援は期待できない。

ならば……ここは俺が行くしかないか?

 

「織斑先生、俺が行きます」

「馬鹿な事を言うな!病人を、出撃させれるか!」

「ですが、このままでは一夏とセシリアが墜とされます。……友人が落とされるのを、黙ってみていられるほど、出来た人間ではありません」

 

真っ直ぐに織斑先生を見つめて対峙する。彼女だって、2人を見殺しにはしたく無い筈だ。左目の痛みも、何時の間にか消えうせている。

 

「……やれやれ、一度言い出したら、聞かないからねぇ。……ピットゲートの開放、30秒あれば終わらせれるよ」

「春秋!?」

「現在の最高戦力は、アーウェン君だけ。なら、彼を出撃させるべきだ。大丈夫、彼は財団の秘蔵っ子だ。得体の知れない機体に負けるような子じゃないよ」

 

ため息を零しつつ、春秋が物凄いスピードでキーボードを叩いて操作を始める。恐らく、ゲートのシステムに強制侵入しているのだろう。

 

「……無理は戦闘は禁ずる。危険だと判断したら、直ぐら撤退しろ、良いな!!」

「了解です。春秋、ゲートは!!」

「後10秒~。アーウェン君、戦果を期待しているよ!!」

 

 

 

 

 

 

「く……こいつ、なんなんですの!?」

 

セシリアが悪態をつきつつ、目の前のISを睨みつける。いきなり襲ってきたかと思えば、尋常ではない強さ。隣では、満身創痍の一夏が、肩で息をしている。

 

「織斑さん、大丈夫ですか?」

「俺は大丈夫だけど……さっきの直撃で、エネルギーがごっそり削られた」

 

明らかに人間の反応速度を超える勢いで振り返ったISかに放たれた砲弾は、白式のエネルギーを一気に削り取っていた。ただでさえ、燃費が悪いのに、それは致命傷だ。

無駄口を叩いている暇は無いぞ、と言うように、紺色のISの眼が光り、背部に装着されていた球体から、小型兵器――ビット――が射出され、2人に襲い掛かる。

 

「ビット兵器まで搭載していると言うのですか!?」

 

ビット兵器ほ搭載している事に驚くと同時に、凄まじい精度で襲い掛かってくるビットに、セシリアも回避に専念するしか出来なくなった。

一夏をビットに任せて、紺色のISは脅威度の高いセシリアに狙いを定め、ブースターを噴かして高速で接近。そして、左腕に装備されていたブレード発信装置から生み出された高熱の刃――レーザーブレード――でスターライトmrⅢを両断する。爆発する銃から慌てて手を離し、後方に飛び下がるが、狙っていたかというように、紺色のISの肩が開き、インサイドミサイルとエクステンションの追加ミサイルが一斉に発射された。恐らく直撃すれば、無事では済まないだろう。だが、回避するにはタイミングが遅すぎた。

ここまでなのね……と何故か安らかな表情で、セシリアは襲ってくる衝撃に備えたが……襲ってきたのは、爆風だけ。

 

「ミサイルの排除を確認。護衛目標、健在。任務を継続する。……無事か、セシリア?」

「貴方は……ら、ランガード……さん?」

 

セシリアを庇うように立ちふさがる人物。顔は見えないが、セシリアの耳に届く優しげな声は、確かにアーウェンクルのもの。

全身を覆う装甲には、鮮やかな紅と艶のある漆黒の塗装を施され、背部には折り畳まれた大型グレネードランチャーとチェーンガンが装備されている。

左右の腕の部分には、黄金に輝くブレード発信装置――WL-MOONLIGHT――が装備されている。

両の手に持たれたマシンガン――03-MOTORCOBRA――の銃口からは、硝煙が昇っているので、それでミサイルを全て撃墜したのだろう。

非固定浮遊パーツなどは一切存在せず、スマートでありながら圧倒的な存在感を醸し出すIS。そして、左肩には弾丸で撃ち抜かれたような9のエンブレム。

頭部のメインカメラには蒼い色が灯り、紺色の無人機を捕らえている。

ナインボール・オニキス。セシリア達は知らないだろうが、とある場所では、紛い物でありながら、最強とも呼ばれた機体。

オニキス――漆黒の宝石であり、迷いの無い信念を象徴するような強さ、そして、魔よけの護符として扱われている。

 

「大丈夫のようで安心した。……一夏と一緒に避難用シェルターに撤退しろ」

「ら、ランガードさんはどうするのですか?」

「俺は、こいつの相手をする。……一夏とセシリアを傷つけたんだ。それ相応の報いを、受けてもらおうか」

 

呼び戻された紺色のISのビットをMOTORCOBRAで撃ち抜き、撃墜するとアーウェンクルは紺色のISに突きつける。

後ろで、護ってくれたと言うことと、心配してくれたと言う事で、顔が紅く染まり、心臓が高鳴るのを感じながら、セシリアはお気をつけて……と彼に言葉を送り、後方に下がる。

 

【H-1デバイスを確認。ターゲットを変更。これより選定を開始する】

 

本体より指令を受けた紺色の無人IS――実働部隊IS――は、不気味にメインカメラを赤く光らせて、アーウェンクルに襲い掛かった。

それを頭部パーツの下で、口元に笑みを浮かべて、迎え撃つ。それは、絶対的な自信に満ちた笑み。

 

「ターゲット確認。排除、開始」

 

 

 

 



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6羽

「うわ……マジかよ。眼が追いつけねぇ」

「凄い……。高機動戦闘を行いながらの、精密射撃なんて……」

 

非常用避難シェルター内部で、モニターに映し出されている映像に、一夏はセシリアは魅入っていた。

紅と紺が交差するごとに、光の粒子が舞い、銃弾が交わり合う。

 

「2人とも、大丈夫か!?」

「織斑先生。はい、私達は無事ですわ。……ただ、ランガードさんが戦っておりますが……」

「それなら大丈夫でしょ。アーウェン君、まだ本気出してないみたいだしね~」

「まだって……あれが本気ではありませんの!?」

 

ピット内から繋がる非常用通路を走って来たはずなのに、千冬と春秋は息1つ切らしていないのは、日ごろの鍛錬の賜物か。

なんにせよ、2人の無事な姿を見て、千冬は安堵のため息を零す。自分自身、ブラコンだと思うが一夏はそれほどまでに大事な存在なのだ。

シェルター内のモニターを見ていた何気ない一言に、セシリアは驚いたように反応する。2人がかりで苦戦したISを相手取りながら、本気すら出していない。

飄々として、何処か抜けている感じの日常の彼と、目の前で激戦を繰り広げている冷静な彼。まるで二重人格のような性格に、セシリアは強い興味を抱き、その心がどんどん引かれていく。

 

「おっと、リグを使うのか。セシリアちゃん、後学の為に、彼のリグを良く見ておくと良いよ」

「リグ?……あれ、ビット兵器!?彼のISにも搭載しているのですか!?」

「正確にはリモートコントロール兵器だよ。君のブルー・ティアーズと同じ、遠隔操作可能な小型兵器だけどね」

 

 

 

 

・アーウェンクル・

 

 

無人機からビットが射出され、こちらを捕捉し、襲い掛かってきた。確かに、攻撃の精度は高いが、避けれないものではない。

たが、邪魔な事は事実だな。ならば、こちらも使わせてもらう。

 

「行け、エスコート・リグ。ターゲット、ビット兵器」

 

俺も両肩部のインサイドから、小型飛行機の様な形の小型自律兵器、エスコート・リグを射出し、無人機のオービットに向かわせる。

こちらは2機のみのリグに対して、向こうは軽く10機は操っている。そうなると、恐らくあのISは無人機。そして、IS本体を操作するAIの他にバックアップを勤めるコンピューターが存在するのだろう。それも、かなり大型のもの、もしくは最先端技術の固まりか。

2機のリグから放たれた銃弾が、ビットを破壊するのを尻目に、背部クイックブーストを使用して、一気にトップスピードまで速度を引き上げる。

正面から放たれるビットのレーザーを、身体をローリングさせ突っ切りつつ回避し、新たに両手に展開した銃剣――04-MARVE――で撃ち落とす。

眼前にまで迫られた無人機は、バックブースターで後方に下がると背部グレネードランチャーを展開し、こちらに標準を合わせるが……遅い。

左肩のクイックブーストを使い、半身を無理やり射線から外し、その勢いで前方に飛び出た右手の04-MARVEを撃ち込む。

砲弾が膨大な熱量を伴って発射されるが、それは俺に当たることなく後方のアリーナの障壁を破壊し、俺の04-MARVEから放たれた銃弾は、無人機の右腕を吹き飛ばす。

なるほど、無人機故、搭乗者の安全を守る絶対防御は搭載してないと言う訳か。その分のエネルギーをシールドにまわせるならば、確かに燃費は良いだろうな。

そんな事を考えていると、俺を後ろから撃とうとするビットが2機。判らないと思ったようだが、俺は特殊なんでね。グリッドレーダにより、ある程度は分かっている。

振り返ることなく、他のビットを破壊し終えたリグにレーザーブレードを展開させて、両断する。

射撃武装でありながら、リグにはレーザーブレード発信機が搭載されているから、こんな無茶な芸当も可能になるわけだ。春秋の才能に感心すると同時に、少しの恐怖を覚えるよ。

 

『相変わらずだね、アーウェン君。うんうん、みんな驚いているよ』

『春秋か。直ぐに畳み掛けて終わらせる。話は後にしてくれるか?』

『それなんだけどさ、出来れば鹵獲してくれないかな?ほら、色々と情報が欲しいし、それじゃ、よろしく~』

『冗談はよしてくれ。無人機相手に降伏勧告なんて出来ないぞ。って、おい!!』

 

あの能天気馬鹿め。俺が一番苦労する方法を選択してくれたな。

ため息を零してリグを自分の周囲に呼び戻し、何時でも攻撃できる様に装填させると、両手の04-MARVEを突きつけて無人機の様子を伺う。

本来ならば、ここで完全に叩き潰すのが良いんだろうが……春秋の無茶な要求。俺自身、出来れば、鹵獲して情報を集めたいのが本音だ。

だが、現実、そんなに簡単に事が運べは、誰も苦労しないわけだ。それに、降伏勧告をしようにも、相手は無人機。話が通じるわけが無い……と思っていたら、そら来た。

残った左腕のレーザーブレードを振り上げて襲い掛かってくる無人機に04-MARVEとリグの弾丸を撃ち込むが、前進は止まらない。余剰エネルギーを全てシールドにまわしてやがる。

スキャンバイザーの下で、舌打ちをしながら04-MARVEを格納し、左腕のMOONLIGHTを起動させ、蒼白い光の刃が迎え撃つ。

刹那、バチバチと音を立てて、レーザーブレードがぶつかり合う。一瞬、均衡するかと思われたぶつかり合いは、出力の差で勝敗が分かれた。

MOONLIGHTの出力を上げると、鈍い音を立てて、無人機のレーザーブレードに徐々に食い込み始める。どうやら、出力ではMOONLIGHTの方が上らしい。

音を立てて、無人機のレーザーブレードを切断し、右腕に付けられているもう1つのMOONLIGHTで残っていた無人機の左腕、そして、近距離射撃を行おうとしていたグレネードランチャーの砲身を切り落とす。しかし、無人機の特製なのだろうか、痛みを感じぬ人形は、体当たりをするかのように、前進を止めない。

舌打ちをしながら、左背部武装のチェーンガンを展開し、高速で撃ちだされる弾丸を、無人機の胴体に浴びせながら、蹴り飛ばす。

そして、右背部武装の大口径グレネードランチャーの砲身を伸ばし、蹴り飛ばした先に、砲弾を撃ち込んだ。

眩い光と轟音を放ちながら、灼熱の炎が無人機に襲い掛かる。これで落ちなければ、化け物だな。

 

「堕ちないか、最後のエネルギーを防御に回したな」

 

爆煙からの中から出てきた無人機は、各部をスパークさせ、右足も膝から下が消し飛ばされている。それなのに、機能を停止しない。

すこぶる丈夫な機体なのか、それとも、無人機の妄執なのか。

 

【選定完了、適性合格。彼をH-1デバイスと認定。これ以上の戦闘行為は無意味、撤退せよ】

 

再びブースターを吹かす無人機の姿に、まだ続けるのか?と思っていると、何をする事もなく、天井に開いた大穴から飛び出すと、一気に飛び去っていってしまった。

追撃は……不要か。織斑先生には、無理な戦闘はするなと言われているし。10秒ほど、天井の大穴にリグとMARVEを突きつけていたが、何も起こらないので格納。

それと同時に、ドッと疲れが込み上げてきた。それと同時に、ナインボール・オニキスの性能に驚愕する。流石はグローバルコーテックスの技術の粋を集めた機体。

なにより、俺の覚えている記憶の中で、最強と呼ばれた……名も姿も知らぬ『誰か』の機体と同じ姿。

 

『こちら千冬。ランガードご苦労だった。お前も帰還しろ』

『了解。……先生、追撃部隊は向かわせたんですか?』

『いや、あの機体はステルス性能があるらしい。アリーナから飛び出した瞬間に、レーダーから消えた』

『なるほど。つまり、侵入してくる際もレーダーに反応が無くて、気が付けなかった……と』

『悔しいが、お前の言うとおりだ。それに関しては、教員達で対処する。お前が気にする事じゃない』

『そうですね。……その手の処理なら、春秋も得意でしょうから、使ってください。では、任務終了、これより帰還します』

 

無人機の性能の高さに驚くと同時に、何故IS学園を襲ったのか。そんな事を考えながら、開け放たれたゲートの向こうで待つ一夏や箒の元に戻る俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・海上・

 

 

 

海面すれすれで飛行する紺色のIS――実働部隊機――のカメラアイが点滅し、一定のポイントで停止する。

少しの間待っていると、海中から巨大な影が上ってくる。海上に姿を現したそれは、大型機動兵器D-C101-D。色や形が何処か、海老やザリガニを髣髴させる。

機体上部に着陸した実働部隊機を格納すると、再び潜航を開始する。内部では、数機の実働部隊機がコードにつながり、起動するのを待っていた。

D-C101-Dは彼らの輸送もかねており、内部である程度の整備も可能となっているのだ。整備機械達が破損したパーツを取り除き、無人機の修復に全力を挙げる。

 

【H-1デバイス、全能力規定値以上。合格と判断する】

 

艦内に響く女性の声。誰も聞くものは居ない筈、それでも、声は眠っている無人機達に、まるで話して聞かせるように言葉を続けた。

 

【これより、D-C101-D及び搭載機はH-1デバイスの護衛を担当せよ。いかなる障害も排除する事。なお、月面での起動確認を感知。恐らく、月からも来る事でしょう。】

 

その言葉に、意志の無いはずの無人機達の眼が少しだけ光を宿す。それはまるで、H-1デバイス、アーウェンクル・ランガードを護ると言った意思表示のようだ。

 

【全ては人類の再生と、復興のため。地球の私達と月の私達。どちらが正しいかは不明です。だからこそ、最後まで知りましょう。学びましょう】

 

 

 

 

時刻 夜

 

 

「……こ、ここがランガードさんのお部屋ですね」

 

アリーナでの騒動の後、模擬戦を行っている場合ではなくなり、その場で解散という流れになった。

学園側は無人機の性能や特徴を聞きたかったようだが、流石に戦闘したばかりで、今日は休ませた方が良いと言う、千冬と春秋の意見で後日、話を聞く事になったようだ。

それなのに、彼女、セシリア・オルコットは目の前の扉――アーウェンクルの部屋――を見つめて、何度も何度も深呼吸を繰り返していた。

 

(な、なにを怯えていますの、セシリア・オルコット!!か、彼にお礼を良いにきただけではありませんか!)

 

自分にそう言い聞かせても、高鳴る胸は止まらない。一週間、彼と楽しく過ごし、淡く形を成していなかった恋心は、先ほどの無人機から庇ってくれた事、そして、圧倒する戦闘を見た事により、完全な恋心に変化していたのだ。彼の笑顔を見るたびに、こちらにも嬉しくなる。彼の何気ない行動でも全て見たい。

思い出すのは、一番最初に彼に囁かれた自分の名前。甘く脳髄すら溶かしそうな囁き声。それなのに、一緒に食事をする時の声は、凛とした澄んだ物。

もし、彼の腕の中にいられれば、もし常にあの声で囁かれたら……甘美なものとなるだろう。

少しだけ、そんな事を考えていたセシリアだが、自分がここに来た目的を思い出して、頭を横に振り、意を決したかのように静かに扉をノックした。

コンコンと言う音が、静かな廊下に響き、扉の向こうから誰かが動く気配がする。

 

「どうした、一夏。今夜は部屋で休むんじゃ……セシリア?」

「こ、こんばんわ、ランガードさん。夜分遅くに失礼しますわ」

「いや、かまわないんだが……一体、どうした?まぁ、立ち話もなんだし、入るか?」

 

てっきり一夏だと思って扉を開けたら、セシリアが居るのだ。流石のアーウェンクルも眼を丸くして、キョトンとしてしまった。どうやら、シャワーを浴びたばかりのようで、頭にタオルがかぶっている。とりあえず、部屋に招き入れようとするアーウェンクルにセシリアは若干、顔を紅くして小さくお邪魔しますと言って、彼の後ろに続く。

始めてはいる男性の部屋であり、見慣れない物――太陽系模型やウサギの石像――が飾られているので、失礼だと思いつつセシリアはキョロキョロと中を見渡したしまう。

そんな彼女に苦笑を浮かべつつ、適当にタオルで髪の水気をふき取ると、籠にいれる。これだけ適当に拭かれても、彼の蜜色の髪は艶を失わず、そして乱れる事は無い。

世の女性が見たら、羨むと同時に恨まれること間違い無しだろう。しかし、セシリアは別な所、湯上りで上気した肌や、シャツから覗く胸元に眼が言ってしまう。

どこか、危ない色香を持ちながら、アーウェンクルはキッチンで飲み物を用意し始めた。

 

「今日は大変だったな。何度も聞くが、怪我とかはしてないんだな?」

「はい、貴方が助けてくれたので、大丈夫ですわ。……あの、そちらの模型は?」

「ん、あぁ。太陽系模型だ。半重力で浮いてて、惑星の軌道と同じ動きをしてるんだよ。はい、熱いから気をつけてくれ」

 

ソファに座るセシリアの目の前に、コトっと静かにマグカップがおかれる。中身を見ると、暖めたミルクのようだ。カップを両手で持つという何処か子供らしい仕草のセシリアに、微笑ましいなと感想を抱きながら、アーウェンクルはパソコンの設置されている机の前に座る。

 

「まぁ、甘くて美味しいですわ。砂糖かなにか、入れましたの?」

「蜂蜜を少しな。上では、貴重品だったが、こっちでは簡単に買えるからな。ついつい、使ってしまう」

「あ……ら、ランガードさん。その……月面開発が無駄なんていってしまって、本当に申し訳ありません」

「なんだ、気にしていたのか?まぁ、言われてショックだったのは事実だが、そこまで怒ってない」

 

上という単語に、セシリアは彼が月面開発に従事していた事を思い出し、それと同時に月面開発になんて無駄と言った事を思い出し、慌てて彼に頭を下げる。

だが、アーウェンクルは気にしてないと言った様子で、笑顔を浮かべる。そんな彼にセシリアの心が再び温かくなる。

 

「言ったと思うが、俺のことはなんと言っても良い。ただ、人類の明日を信じて働いている人達の事は認めてやってくれ。俺の恩人でもあるからさ」

「も、勿論ですわ。最近、調べましたが、本当に命掛けで働いているようですし……そ、それに貴方の事を馬鹿にするなんて出来ませんわ」

 

いまやアーウェンクルは、セシリアにとって最愛の人。自分を庇ってくれた後姿は、物語の騎士の様であった。

最後の方は小声で聞こえなかったアーウェンクルだが、気にせずにパソコンの操作を始める。

 

「確か、この回線のはず……っと、繋がったつながった。セシリア、こっちに来てくれ」

「どうかしましたの?」

 

そう言って、セシリアがアーウェンクルの後ろからパソコンの画面を覗き込むと、見知らぬ数人の男性達が押し合いへし合い取っ組み合いしている映像が流れていた。

どうやら、映像通信らしいが、何処からなのだろうか?と頭に疑問符を浮かべていると、取っ組み合いを制した男性の顔がアップで映る。

 

『よう、アーウェン久しぶりだな!!元気にしてるか!」

『お久しぶりです、セルゲイ班長。はは、見ての通り、元気ですよ。そちらの皆さんも元気のようで』

『おうよ!!どいつもこいつも、元気ばかりが有り余って仕方がねぇよ。それなのに、外ではサボろうとするするから困ったもんだ』

『はんちょ~、俺らにもアークと話させてくださいよ!!』

『っるせい!!さっき、つながったばかりだろうが!!』

 

再び後ろで騒ぎ始める作業員達に、男性――セルゲイ・スミノフは大声で一喝する。何時までも変わらない彼ら――月面基地の面々――にアーウェンクルは笑みを深めていた。

何時もの笑みとは違う、無邪気な顔にセシリアは見とれながらも、彼が言っていた恩人、月面開発の人達なのだろうか?と考えをつける。

 

「彼らは、月面基地のメンバーだよ。さっきの人が、班長のセルゲイさん。はは、みんな本当に元気そうだ」

「そ、そのようですわね。なんだか、取っ組み合いしておりますが……」

『いてて、てめぇら、少しは落ち着…………』

 

再び画面の前に戻ってきたセルゲイだが、アーウェンクルの後ろ、セシリアを見つけて固まってしまった。

アーウェンクルとセシリアは顔を見合わせて、どうかしたのだろうか?と首を傾げると、画面の向こう側から大歓声がとどろいた。

 

『よっしゃぁぁぁ!!!アーウェンが、嫁を見つけたぞぉぉぉぉ!!』

『まじですか!!祝杯挙げましょうぜ!!取って置きをあけろぉぉ!!』

『ちょ、どんな娘ですか!?みせてくださいよ!!』

「よよよ、嫁!?わ、私が……ランガードさんの……」

 

いきなりの嫁発言に、セシリアは顔を真っ赤にして、身体をクネクネとくねらせる。どうやら、かなり嬉しかったようだ。

だが、1人アーウェンクルは冷静にやれやれと言った様子で、ため息を零している。

 

『違いますよ。彼女は俺のクラスメイトのセシリア・オルコットです。……第一、俺の嫁なんて言ったら、彼女に失礼でしょ』

「そ、そんな事はありませんわ、ランガードさん!!わ、私、あなたなら……」

『なんだよ、違うのかよ~、お前、いい加減にみつけろよなぁ』

 

セシリアの呟きは、画面の向こうがわから聞こえてくる落胆のため息にかき消され、アーウェンクルの耳には届かない。

そんな彼に、若干、がっかりしつつも何れは……とセシリアは決心を固めているので、問題は無いのだろう。

その後、他愛の無い話をしていると、セルゲイが何か思いついたように、向こう側のモニターを動かし始めた。

 

『そうだ、アーウェン。彼女に、あれをみせてやるか』

『あれ?……あぁ、そうですね。お願いできますか?』

「ランガードさん、あれってなんですの?」

「見てからのお楽しみ。……お、映ったな。ほら、見てみろ」

 

そう言ってパソコンの前を席を譲り、セシリアを座らせて画面を見せる。なんだろう?と思いながら、画面を見たセシリアから、まぁ……と感動したように、短い言葉が漏れた。

そこには、漆黒の空間――宇宙――に浮かぶ青い宝石――地球――の姿が映し出されていた。アーウェンクルやセルゲイ初めとする月面基地の面々が大好きな光景。

あまりにも美しい光景に、セシリアは完全に魅入ってしまっていた。

 

「綺麗だろ。俺の一番のお気に入りの光景なんだよ。月から見える最高の景色だな」

「はい、とても……とても綺麗ですわ。私、感動してしまいました」

『おいお~い、アーウェン。そこはさ、君のほうが綺麗だよ。って言って笑うのが常識なんだよ!!』

 

んな常識があるかと突っ込みを入れつつも、ふむ……とアーウェンクルは、考える素振りを見せ、徐にセシリアと見詰め合う。

優しく澄み切った瞳に吸い込まれそうになるセシリアだが、次の言葉で思考が完全に停止してしまった。

 

「セシリア、この光景より、君のほうが綺麗だよ」

「な…なな……きゅう~」

「せ、セシリア!?おい、大丈夫か、おい!!……班長、ショックで気絶されたんですが」

『それはない。……はぁ、その笑顔でその言葉を言ったら、誰でも落ちるわな。っと、そろそろ時間だし、今回の通信はここまでだ。それじゃな!!』

「あ、ちょっと!!……まったくいきなり、切るか、普通……」

 

妙な声を上げて、こちらに倒れてくるセシリアを抱きとめつつ、アーウェンクルはセルゲイに抗議の声を上げる。しかし、向こう側では、反則だな、とか、恥ずかしい奴とか好き勝手に言ってくれている。そして、通信の時間が終了して、暗くなったモニターに恨み言を吐きつつ、仕方が無いなと言った様子で、苦笑を浮かべていた。

その間もセシリアを抱き止めているわけだが、アーウェンクルとセシリアが更に密着するわけで……オーバーヒート寸前の頭でセシリアは再起動を果たす。……最も、彼に寄りかかる体勢だが。

 

「はぁ、いきなり気絶するから焦ったぞ。やはり、模擬戦の疲れがたまってるんじゃないのか?」

「だ、大丈夫ですわ。…む、むしろ今のは貴方が悪いのです」

「良く判らんが……とりあえず、すまない。っと、今夜は遅い、そろそろ部屋に戻ったほうが良いぞ」

「あ、もうそんな時間なのですね」

 

確かに時計を見ると、随分と時間がたっていたようだ。少し名残惜しいと思いつつ、セシリアは彼から離れる。

少し温くなってしまったホットミルクを飲み干すと、アーウェンクルに見送られながら、扉の前で小さく頭を下げる。

 

「その……無人機から、助けていただき、本当にありがとうございます。……その事で、お礼を言いに来ましたの」

「なんだ、その事か。気にしなくて良い。俺が好きでやった事だから」

 

笑いながら、アーウェンクルは自分より低い位置にあるセシリアの頭を優しく撫でる。撫でられるのは何時以来だろう……と思いつつ、セシリアはその暖かな感触に身を委ねた。

 

「それでは、ランガードさん「アーウェンクルだ。」…え?」

「ランガードって呼ばれるのは、慣れてなくてな。出来れば、名前でよんでくれ」

 

一瞬、どうしよう……と迷ったセシリアだが、彼の願いだ。けど、アーウェンクルでは、少しつまらない。

ほんの少し考える素振りを見せ、セシリアは綺麗に笑みを浮かべて、彼の名前を呼ぶ。

 

「はい、それでは、アーウェンさん。また、明日会いましょう。おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ、セシリア。良い夢を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7羽 

アーウェンクルの部屋

 

「……今、何時だ……?」

 

ベッドから伸びた手が、サイドテーブルにおいてある腕時計に伸びる。蜜色の髪の少年は、眠気で閉じそうになる眼を必死に開けると、文字盤を見つめていた。

6時を時計の針が指し示しているのを確認すると、少年――アーウェンクルは時計をサイドテーブルに戻して、再び布団を被ってしまった。

授業が始まるのは、9時から。ならば、起きるのは7時30分で良いし、食事を取るのならば8時からでも充分に間に合う。だからこそ、こうして睡魔に身を任せたのだ……が。

5分経過……時計は6時。10分経過……時計はまだ6時。15分経過……時計はやっぱり6時。正しい時刻、現在、8時である。

 

 

・食堂・

 

 

「おはよう、セシリア。……ふあ~あ、やっぱり眠い」

「おはようございます、一夏さん、箒さん。あらあら、そんなに大きな欠伸をして、どうしましたの?」

「昨日、夜遅くまでアーウェンクルの部屋で遊んでたみたいだからな。まったく、私が起こさなければ、まだ寝てただろう?」

 

何時ものように、海を一望できるテーブルで朝食を取っているセシリアの対面に座りつつ、一夏は大きな欠伸を隠そうとしない。

その隣に座ると箒はため息を零しつつ、持ってきたトレイをテーブルに置いた。

 

「仕方がないだろう。久々に大乱闘オリンピアブラザーズで遊んでたし、楽しかったんだからさ」

「そうでしたの。けど一夏さん、睡眠はキチンと取らないと駄目ですわよ。授業中に寝てたりしたら、また出席簿が振り下ろされますわ」

「もしくは、山田先生に泣かれるかもな」

 

う……と言葉を詰まらせる一夏に、クスクスと笑みを零しながら、セシリアはトーストを口に運んでいるし、箒は呆れたようにしながら紅鮭の骨を綺麗に取り除く。

あの模擬戦及び無人機乱入事件の後、アーウェンクルの仲介もあり、セシリアも一夏や箒と話す機会が多くなっていた。

勿論、最初に揉めた事はキチンと謝罪し、最初から人間関係を構築しようと言う話になったのだが、一夏は細かい事を気にしない性格だし、箒は彼と一緒ならばなんでも良い。

だからと言うべきか、今ではこうして普通に話すと、食事も一緒にとっているの。まぁ、簡単に言えば、友人関係だろう。

 

「け、けど、アーウェンクルも寝てる時があるだろ。それなのに、なんで俺ばっかり出席簿が……」

「……一夏、アーウェンクルの成績を考えれば、おのずと理由は分かると思うんだが」

「アーウェンさん、あの様にしてましても優秀ですもの。以前の小テストで、90点台をマークしておりましたよ」

「……後でコーヒー、飲もうかな、眠気覚ましにはなるだろう」

 

なんとなくやるせない表情で、味噌汁を飲む一夏を、箒とセシリアはやれやれと言った様子で眺めていた。

確かに、IS基礎理論の授業などは専門用語ばかりで、一夏が眠くなるのは仕方がないことだろう。しかし、ISは立派な兵器だ。それを生半可な気持ちで扱っては、大怪我どころではすまない。一夏だって、居眠りは言語道断だと分かっているのだが……春の陽気に誘われ、眼が閉じてしまうのだろう。

 

「そう言や、アーウェンクルはどうしたんだ?もう、起きてる時間のはずなんだけどさ」

「確かに今日は見てないな。ん、食堂にも居ないし、まだ寝てるのか?」

 

キョロキョロと箒が食堂内を見渡し、目立つ蜜色の髪を探してみるが、何処にも見当たらない。箒にとって、一夏には恋愛の愛情を抱き、アーウェンクルには親愛の愛情を抱いている。

一夏への恋の相談にも乗ってくれるし、2人の時間を作れるようにお節介も焼いてくれる。彼女にとって、アーウェンクルは異性の親友と言うものなのだろう。

 

「寝てるんだったら、そろそろ起こさないとやばいよな?あいつ、一食抜いたら死ぬっていってたし」

「まぁ、朝からカツ丼食べてお汁代わりにラーメンで、おかずにカレーライスを食べる程だからな。……どんな胃をしてるんだろう」

「あの方は、沢山食べますものね。あ、一夏さん、私が起こしに行きますので、食事を続けててください」

「んぉ、良いのかセシリア?別に俺が行っても良いんだけど」

「良いから、合鍵を渡せ。……セシリア、ここは貸しを作っておくからな」

「う……あ、後できっちりとお返ししますわ!!」

 

一夏の胸ポケットから、アーウェンクルの部屋の合鍵を取り出すと、箒はニヤリと笑いながらセシリアに手渡す。以前に、何時でも遊びに来いと言う事で、一夏はアーウェンクルから合鍵を渡されていたのだ。箒もそれを知っていたし、何時も胸ポケットに入れているのも分かっていた。

若干、顔を紅くしつつ、ルンルン気分で食堂を後にするセシリアの後ろ姿を眺めつつ、改めて彼女が自分のライバルにならなくて良かったと思う箒なのであった。

 

 

 

・セシリア・

 

 

コンコン……と扉を叩き、また少しの間をおいて再びコンコン。

 

「反応がないですね。……はぁ、アーウェンさん、セシリアですが、入りますわよ?」

 

中から反応が返ってこないという事は、まだ眠っているのでしょうか。一応は、声を掛けて一夏さんから渡された合鍵を使い、扉のロックを外して中に入る

カーテンが締め切られ、薄暗い部屋の中でも、彼の……アーウェンさんの蜜色の髪はとても目立ちますね。

足音を立てないようにそ~っとそ~っとベットの近くに歩み寄る。だ、だって、彼の寝顔を見れる貴重な機会なんですもの。このまま起こすだけなんて、勿体無さ過ぎますの。

 

「ふふ、かわいらしい寝顔。……こうしてみると、やっぱり同年代なのですね」

 

何処か大人びた風に見える彼ですが、やはり眠っている表情はあどけないもの。私だけが、彼の寝顔を独占できていると思うと……脳髄に甘い痺れが走ります。

もっと良く見ようと、顔を近づけると、何か甘い香り――まるで蜂蜜のような――が鼻に届く。こ、このまま……アーウェンさんの頬に口付けをしてしまいたい……。そんな甘い誘惑が脳裏を掠めます。……だ、駄目ですわ、セシリア・オルコット!い、幾ら彼が眠っているからというって、その様なこと……ね、眠っているのなら、気がつきませんよね……?

 

「う…ん……誰か居る……か?」

「っ!?あああ、アーウェンさん、えっと…その~、お、おはようございます!!」

 

私がアタフタとしている気配を感じ取った彼は、眠たそうにしながらも、閉じられていた眼を開けて、そのルビー色の瞳で見つめてきた。透き通った本当に綺麗な瞳。

 

「おはよう。……なんで、俺の部屋にセシリアが居るんだ?……それに、時間もまだ6時みたいだが」

「な、中々起きてこないアーウェンさんを起こしに来たのですわ。それに6時って、今は8時30分ですわよ?」

 

ぼ~っと、私を見つめてくるアーウェンさんはとても可愛らしくて……なんだか、彼の方が猫の様。しなやかな身体つきと、気まぐれで飄々としている性格は、まるで猫です。

私が時刻と、腕時計を示すと、アーウェンさんは、サイドテーブルにおいてあった腕時計を眺め、次には青い顔をしてベットから飛び降りました。

あら、彼の腕時計を見ると、時刻が6時で止まっていますね。きっとそれで時間を勘違いして寝ていたのでしょう。

 

「ね、寝過ごしただと!?時計は……止まってるとか、冗談過ぎる!!す、直ぐに準備するから、先に行っててくれ!!」

「あ、そんなに慌てますと……」

 

ドタバタと慌てて顔を洗いに行く彼の後姿を眺めながら、どうしても笑いがこぼれてしまう。アーウェンさんの行動1つ1つと新鮮で……とても愛おしい。

口元に手を当てて、クスクスと零していると、今度は彼の慌てた声が聞こえてきました。

 

「くっそ、朝食取ってる時間は皆無か……あぁ!!け、携帯水の中に落とした!?……や、厄日か今日は!!」

「……貴方にとって厄日でも、私にとっては吉日ですわ。ふふ、アーウェンさんの寝顔が見れたのですから」

 

小さく零した私の言葉は、彼に聞かれる事なく消え去るのでした。

 

 

 

・教室・

 

・箒・

 

暖かな陽気が降り注ぐ教室で、女子生徒達が思い思いに会話に花を咲かせている。その中で、やはりと言うべきか、話題に上るのは月曜日に起きた模擬戦と無人機襲撃事件の事。

国家代表候補のセシリアの実力は噂どおりで、その彼女相手に素人同然の一夏も大健闘。一部の生徒では、彼の白式が駆ける姿を【白い閃光】と呼んでいるそうだ。

模擬戦では、優れた機動力を見せた一夏なのだが……何故か実技になると、飛ぶのになれないらしい。本番に強いタイプだったのは覚えているが……今度から、一緒に飛行訓練にも誘ってみよう。一夏が飛ぶのに不慣れと言うのを知った他の女子生徒が、一緒に訓練しないかと誘っている場面を何度か目撃したし、このままでは先を越されてしまう。

……まぁ、鈍感な一夏だから、相手の想いには気がつかないだろうが……それで私の想いにも気がつかないとなると、少し複雑。

しかし、女子生徒達の会話は、一夏の事だけじゃない。模擬戦後に襲撃してきた無人機相手に大立ち回りを演じたアーウェンクルの事も、話題に上がる。

いまどき珍しい全身装甲のISを纏い、重火器を搭載しながらも軽やかな機動力を発揮した彼の実力は、初心者の私が見てもかなりのものだと分かる。

最近では、一夏とアーウェンクルを一目見ようと、他の学年からも人が来るほどだ。

……しかし、そんな憧れの男子生徒の片割れ、アーウェンクル・ランガードは、机の突っ伏してどんよりとした雰囲気を醸し出しているではないか。

外は晴れ渡っているのに、彼の周りだけ鉛色の空気で……正直、ドン引きしてしまう。そんな空気に若干戸惑いつつも、放って置く訳にも行かずに、私は声を掛けてみた。

 

「お、おい、アーウェンクル、大丈夫か?空気が、完全に死んでいるが……」

「ぁぁ…箒か。俺はもう……駄目だ。ぶじに、一夏と添い遂げるんだぞ………」

 

しかし、返った来たのは、本当に死ぬ間際と思うほどのか細い声。行ってる事は、何時も通りの事なんだが声に張りがない。ま、まぁ、応援してくれているのだから、悪い気はしない。

はぁ…とため息を零しながら、この異性の親友は本当に空腹に弱いと改めて認識した。良く見れば、何時もは明るい蜜色の髪も、今日はなんだか暗い気がする。

 

「ほら、あと1時限で昼食だから、頑張れ。それに、一夏が購買に何かないか見に行ってるはずだ」

「持つべきものは……友達だな」

 

それだけ言うと、アーウェンクルは再び机に突っ伏して、微動だにしない。これ以上、消耗させるのは危険と言う事で、私は自分の席に戻る事にした。

やれやれと言った様子で肩をすくめていると、日直の仕事を終わらせたセシリアがこちらに来るのが見えた。恐らくアーウェンクルの状態が、気になったんだろう

 

「箒さん、アーウェンさんの調子はどうですか?」

「一応は生きているが、かなりテンションが低い。よほど、お腹が空いてるんだろう」

「そうですか。……はあ、こんな事なら、何か作って差し上げればよかったです」

「ふふ、なんだセシリア。やっぱり、アーウェンクルの事が気になるむぐ……」

「ほほほ箒さん!!ここ、こんな所で言わないでくださいますか!!」

 

顔を真っ赤にして、私の口をふさぐセシリアは、本当の必死のようだ。なんとなくだが、彼女に共感してしまう。大好きと言う想いを抱いているのに、伝える勇気のないもどかしさ。

私の心の大半に一夏が居るように、そして彼女の心の大半にアーウェンクルが居るのだろう。……しかしだ、セシリア、そろそろ息が苦しくなってきたぞ!?

 

 

「ぷはっ、いきなり何をするんだ!窒息するかと思っただろう!!」

「ほ、箒さんが変な事を言うからですわ!!わ、私がアーウェンさんの事を、だなんて……」

「違うのか?今朝、起こしに行くときに、喜んで行った様だし、さっきも何か作ってあげればとか行ってた気がするんだが」

「そ、それは……。く、セシリア・オルコット、一生の不覚ですわ。まさか気が付かれていたなんて……」

「ふふ、気がつかない方がおかしいんだ。……アーウェンクルはまったくのようだがな」

「……わ、分かっていますわ。私はあの方にとっては、友人の1人。……一夏さんだって、箒さんの気持ちには気がついてないのでしょう?」

「そ、そうだが……セシリア、もしかして私の気持ちに気がついていたのか?」

「先ほどのお言葉、そっくりそのままお返ししますわ」

 

ニヤリと笑うセシリアに、今度は私の顔が赤くなる。ど、どうやら彼女も私と同じ事を思っていたようだ。……本当のセシリアが恋のライバルにならなくて良かったと思える。

あ……とセシリアが言葉を漏らし、見つめる先には、購買から戻ってきた一夏と、買ってきてもらったアンパンを食べているアーウェンクルの姿。

本当に生き生きとして食べているな。実技のときや、自主訓練のときの表情と、日常を過ごす彼の表情は、本当に違うものだな。

 

「あはは、どれだけ腹減ってたんだよ」

「仕方がないだろう。腹が減ってはなんとやらだ。……ご馳走様。一夏、本当に助かったよ。お詫びに、昼食でも奢らせてくれ」

「お、ラッキー。それじゃ、遠慮なく」

「ただし、日替わりランチAセットに限りだが」

「うわ、感謝してるのか感謝してないのか微妙だ!!」

 

なにやら馬鹿な事を言いあって、一夏達は笑い声を上げている。ふふ、あの2人は本当に仲が良くて……もう親友と言っても良いんだろうな。

私は一夏の、セシリアはアーウェンクルの事を何時までも見つめているのだった。

 

 

 

 

医務室

 

春秋

 

「春秋、今度の日曜日は暇か?」

「日曜日かい?まぁ、暇と言えば暇だね。いきなりどしたの、千冬ちゃん?」

 

千冬にお茶を注いだ湯飲みを渡しながら、僕は首を傾げる。最近、千冬ちゃんは職員室よりここにいる時間のほうが長くなってきた気がする。いや、僕的には嬉しいし大歓迎なんだけどさ。けど、日曜日かぁ……確か、予定も何もなく、暇つぶしに釣りでもしてみようかと考えていたところだ。

 

「よし、暇ならば私と街に行くぞ。予定があっても、そちらをキャンセルしてもらうが」

「それ、僕に拒否権無いと思うんだけどね!?……けど、街に行くって、何か買い物かい?」

 

あ、相変わらずの千冬ちゃんに、乾いた笑いしか出てこない。別に嫌じゃないし、これは彼女の魅力でもあるんだけど……唐突過ぎるのが玉に瑕。

あれ、そこでなんでため息を零すのかな。何か買うものあるの?って聞いただけなんだけど……

 

「春秋、スーツと作業着、そして白衣以外に着るものは持っているか?」

「え……え~っと。……そう言われると、持ってないかも。あれれ、おかしいな?」

「おかしいなじゃない、馬鹿者。どうせお前の事だ、コーテックスに居た時も、スーツや白衣姿で過ごしていたんだろう」

 

あ、あははははは……流石は幼馴染。何から何までお見通しのようで……。確かに普段着なんて、ここ最近は買ってないし、何時も白衣にスーツ、それか作業着姿だった気がする。

 

「この機会に、お前の服を買い揃えるぞ。良いな、日曜日の10時に、中央公園の噴水前に集合だ」

「あれ、ここから一緒に出かけた方が効率は良いような気がするんだけど」

「馬鹿者。少しは、デ……デートの醍醐味を考えろ」

「はい!?デートって言った!?え、あ、これってデートなんいてててて!!!」

 

顔を若干赤くしながら、千冬ちゃんはぐに~っと僕の両頬をつねる。む、昔から照れるとこうする癖があったけど、まだ抜けてなかったんだね。

けど、千冬ちゃんとデートかぁ……あ、自然と顔がにやける僕は、おめでたい奴なんだろうね。

 

「ふん、そんなににやけた顔をするな。本当ならば、高校……いや、中学の頃には初デートを済ませている予定だったのだが……」

 

なにやらブツブツと呟いている千冬ちゃんに、首を傾げつつ、僕は少しぬるくなってしまった緑茶で喉を潤すのだった。

 

 

 

 

 

食堂

 

「相変わらず沢山食うな。親子丼にチャーシュー麺とビーフシチューに、パンケーキか」

「み、見てるだけで、お腹が一杯になりそうだ。……セシリアは驚かないのか?」

「えぇ。先週から、彼が沢山食べるところは見てきましたから」

 

相変わらずの大食漢のアーウェンクルに驚く一夏と箒だが、セシリアに至ってはクスクスと笑みを零しながら、目の前で山盛りの料理を片付けている彼に見つめていた。

恋は盲目と言うべきなのか……それても、食べる姿でさえも愛しい感じるのかは、彼女以外には分からない。

 

「今日は朝食なしだったからな。腹が減って仕方がないんだよ。……しかし、まさか時計が困れてたとはな」

「あぁ、それで寝坊したのか。まぁ、壊れてたのなら、仕方がないだろ。今度から携帯のアラーム使えばいいんじゃないか?」

「……その携帯も、顔洗ってたら水に落としたと言ったら、一夏はどう思う?」

「とりあえず、ドンマイって言って、後は爆笑する」

「よし、良い度胸だな、一夏。放課後、徹底的に叩き落してやる」

 

冗談だ冗談!!と慌てて訂正する一夏を、ジト眼で睨みつつアーウェンクルは、どうしたものかと思案にふける。まさか今日一日で、腕時計と携帯を一緒に壊すとは思わなかった。

幾ら彼が特殊な人間とはいえ、流石にタイマー機能までは搭載していない。

 

「仕方がない。今度の日曜日に買いに行くか」

「お、それなら俺も一緒に行こうか?模擬戦の礼とかもしたいし、一緒に遊ぼうぜ?」

 

そう言って、一夏はアーウェンクルを誘ってくれるが、彼は目の前で食事を取っている箒が、少しだけ羨ましそうにしているのを見逃さなかった。どうやら、彼のお節介が起動したようだ。

 

「それはありがたいんだが、お前は俺よりも先に箒に礼をするべきじゃないのか?」

「ああ、アーウェンクル!?」

「へ、なんで箒に礼するんだ?」

「あのな……模擬戦前の一週間、箒はずっと一夏の訓練に放課後を費やしてくれたんだぞ?その彼女に礼をしないと言うのは、問題あると思うが」

「あ~、そっか。それもそうだよな」

「とりあえず、今度の日曜日に荷物持ちでもしてやれ。箒もそれで良いんだろう?」

「は、話を勝手に……い、いや……そ、そうだな。丁度買い物に行きたいと思ってたんだ。その……一夏は良いのか?」

「あぁ、俺は良いぞ。久々に箒と出かけるのも良いしな。よし、それじゃ、何処に行くか決めておくか」

「そ、そうだな。まずは……」

 

そう言って、一夏と箒は何処に行こうとか、あそこに行くかと日曜日の予定を立て始めた。そんな彼らを、優しげに見つめながらアーウェンクルは食事を再開する。

チラリと箒が、感謝の視線を送ってくるので、世話が焼けると苦笑を返すのも忘れない。しかし、こうなると1人で買い出しかと、若干味気ない休日になりそうだと思っていると、セシリアが徐に口を開いた。

 

「アーウェンさん、よろしければ私がお買い物に付き合いましょうか?」

「ん、セシリアが?……俺は別に構わないんだが、良いのか?多分、つまらないと思うが……」

「い、いえ。そんな事ありませんわ!ひ、1人でお買い物に行くよりは、2人の方が楽しいでしょう?」

「それはそうだが……うん、それなら付き合ってもらえるか?」

「は、はい!!……ふふ、私とアーウェンさんの初デートですわ」

 

 

実に嬉しそうに、セシリアは笑顔を浮かべるのであった。

 




ぐだぐだ感が凄まじい。やはり乗らない時は書くべきじゃないのか…。


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