黒き悪徳を為す王として (望夢)
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永劫の開幕

ウチのデモベ主人公のクロウリードがマステリ様の代わりに黒き王を演じる感じの物語り。スパロボ要素は鬼械神に付随します。


 

 アーカムシティ――

 

 そこは現実には存在しない空想の街。魔術と錬金術により文明を過剰に発展させた街。聖者も愚者も金持ちも貧乏も光も闇も受け入れる摩天楼は実在する。

 

 此処ではない、極めて近く、限りなく遠い世界にて存在する街だ。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 死に物狂いで廊下を走る。本棚の隙間を縫って走り抜ける。

 

 後ろを振り向かずに、ただひたすらに前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前に、前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前前―――――――

 

 ヰguなヰヰぃぃヰぃぃぃぃぃいいい――

 

「あっ、あぁぁあああああああああああああああaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――――――!!!!!!!!!!!!」

 

 いくら走っても追ってくる怪物。図書館の中を駈けずり回っても撒く事が出来ない。

 

 吐き出す息は熱く喉を焼き、脚は鉛のように重く、心臓は破裂しそうな程に脈打ち、それでも命の危機に際して身体の枷を解き放ったかの様に限界を超えて身体を動かす。

 

 気づいたら俺はこの図書館に居た。陰湿で、真っ暗な雰囲気から真っ当な場所じゃないことは考えていた。

 

 でもそれが、あんな化け物に出会すとは思わなかった。

 

 あれはなんなのか。どういうものなのか。そんな事を考える暇もなく、いや、考えちゃいけない。あれは人間の認識が理解できるものじゃない。

 

「ひぃ、ハァ…、ひぃ、ひぃ、あぁ、あうっ、あああああああああああああああ!!!!!!」

 

 炎の魔術を使い、後ろから追ってくる怪物に向かって放つ。

 

 伊具なヰぃぃいいいいいいいい――――

 

「ひぃぃぃぃ、あああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

 炎によって照らされた怪物の姿。山羊の様に飛び出した眼球が、くるくると此方を見つめていた。

 

「ッ――――――いやああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」

 

 精神を容易く打ち破り、原始的な、野生が、生物としての遺伝子に至るまでに焼き付けられてしまった。

 

 吐き気を通り越し、身体を流れる血液すら冒す腐臭。

 

「あ、ああ、あ、あ、ぅぅ、ぅ、うあああああああ!!!!」

 

 もう正常な精神状態とも言えず、取り乱し、泣き叫びながら手当たり次第に本棚にある本を投げつける。

 

 手が触れた先から切り刻まれたり、腐ったり、焼けたり、乾いたり、膨れたり、異常を来しても構わずにそれだけだった。

 

 ヰぐなヰぃぃぃいイぃぃぃぃ――――

 

「はっ、はっ、ははっ、はっ、は、は、はっ」

 

 手に当たる物が無くなってしまい、足腰に力が入らないまま、本棚に背中を擦りながらなんとか怪物との距離を開ける。

 

 でも怪物は1歩、また1歩、近付いてくる。

 

 もうなにがなんだかわからないまま、ただ誰かの助けを求めた。誰がこんな怪物を退けられるのかわからない。誰も居ない図書館の中、あんな怪物から救ってくれる人が現れるはずもない。

 

 ヰぐなヰヰぃぃぃぃい――

 

「が、あが……っ」

 

 人間と同じ五本の指を持つ手に首を締め上げられる。片手で軽々しく持ち上げられ、すべての荷重が首に集約し、身体から首が抜け落ちそうになる様な感覚を味合わされる。

 

 殺される……っ。

 

 締め上げられる苦しさで浮かぶ涙に霞む視界の向こう。山羊の様に飛び出した眼球が見える。

 

 その目は俺の顔を映し、そして瞳は嘲笑うかの様に細められていた。

 

 人間と同じ四肢を持ちながら、体躯は2mは超す巨漢。だが纏う雰囲気は普通じゃない。

 

 魔術師、錬金術師、代行者、吸血鬼、霊魂、悪霊、使い魔――

 

 様々なものを見てきたけれど、こんな冒涜的な雰囲気を持った存在は生まれてはじめて見た。

 

「ば、け……もの……ぐああああああああああああ!!!!!!」

 

 いぐないいいいいいヰヰ!!!!!

 

 両手を使って首をへし折らんばかりに締め上げてくる怪物。

 

「あっ…かっ……あぐ……」

 

 全身から力が抜け、酸素の行き届かない頭はひどい頭痛を訴え、意識が遠退いていく。

 

 神様でも、悪魔でも、死神でも、吸血鬼でも何でもいい……。

 

 このばけものから、おれをたすけてくれ……。

 

 ―――――――――――。

 

「ぎっ、がああああああ!!!!!!」

 

 肺に残る酸素を吐き捨てる勢いで雄叫びを上げながら、魔術回路に魔力を通して、ソレヲモトメタ――。

 

 魔術回路を伝って、大気中のエーテルを伝って、なにかと繋がった。

 

 パラパラパラと、まるで紙が風に吹き飛ばされたかの様な音が聞こえてくる。

 

 首を掴んでいた手が、なにかによって切り落とされた。

 

「ゲホッ、ゲホッ、ぐぇっ、がはっ」

 

 強烈な吐き気と頭痛を感じながら、身体に酸素を取り込んでいく。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……かっ、はぐっ」

 

 涙で霞む視界の先には、怪物に立ちはだかる姿があった。

 

 黒い髪の毛、黒いドレス、陶器の様に白い肌、小柄の女の子だった。

 

 女の子の影から黒い犬が跳び出し、怪物に向かって飛び掛かった。

 

 肉を喰い千切り、怪物をズタズタに引き裂く爪。

 

 まるで助けを求めるように伸ばした腕さえ食い荒らされていく。

 

「うっぷ…」

 

 その悍ましい光景に吐き気を感じながらも、その光景を確と目に焼き付けた。

 

 犬が去り、気狂いしそうな程に煩く啼く何かの鳴き声が鳴り止まない中。女の子がゆっくりと振り向いた。

 

 その青い瞳に見つめられた自分は、身動きが出来なかった。

 

 吸い込まれそうな程に深い碧眼。

 

「ご無事ですか? マスター」

 

 鈴の音色の様な声が、怪物に冒された心を癒してくれる様だった。

 

「き、君は……」

 

 俺がそう呟くと、まるで君主に仕える騎士の様に片膝を着いて頭を垂れた。

 

「私はナコト写本が精霊。アナタ様の声に応え、御前に参上致しました」

 

 ナコト写本。その名を聞いた事はある。

 

 クトゥルフ神話に登場する架空の魔導書の名だ。

 

 その精霊と名乗った。

 

 魔導書の精霊? そんなものが存在するはずがない。ナコト写本? それは架空の魔導書だ。

 

 だが現に目の前に存在して、そして自分を助けてくれた。

 

「お労しや。さぞお辛かったでしょう」

 

 そう言いながら彼女は俺の手を取り、焼けて膨れ腐り爛れ傷だらけの手を癒してくれた。その温かさえ感じる魔力を感じて、心の中から安堵が込み上げ、そして底知れぬ恐怖に身を震わせた。

 

「なんだったんだ……。なんだったんだ()()は!!」

 

「……場所を移しましょう、マスター」

 

 後に黒羽(クロハ)と名付ける彼女との最初の出逢い。そしてアレはウィルバー・ウェイトリーと言う名の邪神の落とし子であり、ダンウィッチの怪と呼ばれたその日だったのを、後に知るのであった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 神秘で広大な宇宙。漆黒の景色に広がる星々の煌めき。

 

 だがその星の光とは別の光が咲いては消えていった。

 

 鬼械神の中。相対する鋼鉄の鬼神を前にして、俺は戦っていた。

 

 鋼鉄の鬼械神が持つ拳銃から閃光が次々と放たれてくる。

 

 その軌跡を見切り、血に濡れた魔剣をもって斬り裂く。

 

 左腕を突き出す黒神の我が鬼械神。

 

 黒き黒神、黒き天使、黒き鳥。そんな特徴を併せ持つ我が鬼械神は、漆黒の魔方陣を広げ、闇の力を左手に集束させる。

 

「アキシオン・キャノン、放て――!」

 

「イエス、マスター」

 

 収束した暗黒物質が射ち出され、鋼鉄の鬼械神に向かっていく。

 

 巨大重力圏へと導く一撃を、辛うじて回避する鋼鉄の鬼械神。だがその右手と右足、更には背中の竜の翼をごっそりと削り取られている。

 

 術者なしでよくも持ち堪えると感心する。

 

 魔導書というものは、術者が居てはじめてその力を十全に発揮できるのだ。術者無き今、本来の力の3割程度が関の山の筈。なのにこうも粘りを見せるのは驚嘆すると言うよりも、強いて当たり前の様なものに見えてくる。それがあの魔導書の精霊なのだから。

 

 片翼を失い、右の手足も失った鋼鉄の鬼械神はバランスを崩しながらも此方へと向かってくる。

 

 それは彼女の存在理由だからだ。

 

 邪悪を討ち斃す為に生まれたからだ。

 

 そして今の自分はその討ち斃されるべき邪悪の尖兵なのだから。

 

「黒き羽根と共に、死の舞を踊れ」

 

「エーテルフェザー、展開」

 

 背中の翼が開き、推進力として使うエーテルを吐き出し、翠色の翼から羽根を射ち出す。

 

 翠色の羽根は突き刺さると同時に爆発を起こし、鋼鉄の鬼械神の装甲を削り飛ばしていく。

 

 だがそれでも止まらずに突撃してきた。

 

「ぐっ」

 

 コックピットを襲う衝撃に息が漏れる。

 

 半壊状態にも関わらず、爆発的な推進力で機体が押し流されていき、景色が赤く染まっていく。大気との摩擦熱で赤熱化しているのだ。

 

「私達を道連れにしようとでも? 愚かな!」

 

 機体のパワーが上がり、組み付く鋼鉄の鬼械神を跳ね除ける。

 

「お行きなさい、黒き獄鳥よ!」

 

 機体の背中から黒い鳥の形をした僕たちが飛び立ち、鋼鉄の鬼械神を穿ち、撃ち砕き、削り取る。

 

「魂魄を穿て!」

 

 頭に血が上った様に声を荒げてトドメを放とうとする彼女を窘める。

 

「良い。放っておいても、アレはあの街に落ちる」

 

「ですが、マスター」

 

 俺に止められ、何故止めるのかと泣きそうな視線を向けてくるパートナーの頭を優しく撫でながら言い聞かせる様に囁く。

 

「良いと言っている。今ヤツを倒してしまえば、後々の楽しみが無くなってしまう」

 

 トドメを刺すのは簡単な事だが、それではこの無限螺旋の退屈は癒しきれない。

 

 もう何年来にもなるパートナーの彼女が居れば、もう何も要らない自分ではあっても、やはり白き王が次はどのくらい強くなってくれるのかという楽しみが無くなってしまうのは些か辛いのだ。

 

 ここ最近は覇道とも遊ぶのを我慢しているのだ。そのお陰とあってか、魔を断つ剣はより強靭となり、白き王の成長も目を見張るものがある。そしてその白き王を打ち負かせば、よりアーカムシティが発展する。人の執念、嘗めて掛かることなかれ。

 

 という具合にアーカムシティの生活基準を上げているし、大十字九郎を魔術師として宿敵の立場から鍛えるのが俺に与えられた役割だ。

 

 それがあの日の夜。ウェイトリーに殺される筈だった自身が助けられた対価だった。

 

 大導師としての立場になり、邪悪の魔手から逃れる為に世界に悪徳を為す存在として生き長らえることとなった。

 

 不死ではないが、不老となった自身はもう人間の範疇には収まることのない時を生きてきた。

 

 そしてその中で、白き王の敵としての黒き王を演じてきた。

 

 最初はそれこそアル・アジフを扱い切れる様な魔術師ではなかった大十字九郎も、最近は此方を追い詰める程にまで成長をして来ている。

 

 それでもまだ世界は輪転を繰り返している。俺もわざわざやられてやれるほどお人好しでもない。死にたくないのは俺も同じだ。

 

 だから全力で相対し、その果てに負ける時がくるまで俺は戦い続けるだけだ。

 

 

 

 

 

to be continued…



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窮極への鼓動

ある程度端折って書きますので、原作知識が必須になりますのと、スパロボ成分増々なのと、キャラ崩壊もありますから賛否がわかれると思いますが、気軽に読んでいただければ幸いです。


 

 アル・アジフの駆る鬼械神との戦闘を終えた後。アーカムシティに墜ちていく姿を見届けてから、自分もアーカムシティへと舞い降りる。

 

 アーカムシティは眠らない摩天楼だ。天高く聳え立つビルには煌々と明かりが点されていて、日が沈んだ漆黒の闇を暖かく照らしてくれる。

 

 路地裏に降り立ち、肩の力を抜く。

 

「お疲れ様です。マスター」

 

「ああ。お前もお疲れさま、クロハ」

 

「あっ……」

 

 労いも兼ねて、上質の絹すら霞む程に指通りの良い黒真珠の様な色彩の髪の毛に触れながら頭を優しく撫でる。

 

 クロハの母体はナコト写本の英語訳版である。モノホンのナコト写本より質は落ちても、拙い英語しかわからん俺からしたら大変有り難い魔導書だった。

 

 英和辞典片手に内容を熟読したのは良い思い出だ。アーカムシティは覇道財閥のお膝元でもあるからか、日本語が話せるだけでも取り敢えずは生きていける。まぁ、普段から翻訳魔術を使えば会話程度なら困らないだけれども。

 

 ともあれ、ダンウィッチの怪の後。ン・カイの森の焼け跡で彼の邪神に言われてブラックロッジの大導師として、俺はこのクラインの壷の中で生きることになった。

 

 目的は白き王の完成だ。つまり大十字九郎が輝くトラペゾヘドロンを手にするまで、マスターテリオンに代わってブラックロッジの大導師という役者を演じることになった。

 

 そもそも何故その様なことになったのかというと、俺がこの世界にやって来たひとつ前の戦いで、捨て身の一撃によってナコト写本が焼かれてしまったということだ。

 

 その戦いによって大十字九郎も命を落とし、結果アル・アジフとマスターテリオンが生き残るという、なにその装甲悪鬼的なシチュエーションが発生。

 

 ナコト写本修復の合間、俺が代役を勤めることになったのは、マスターテリオンの暇潰しと、邪神の暇潰しという思惑があったからだ。

 

 無論、ただの人間でしかない自分が魔人や邪神にどうこう言える立場にはないため、俺はブラックロッジの大導師として役柄を演じることになった。

 

 もう思い出すのも億劫な程の遥か彼方の大昔の出来事だけれども。

 

 不死ではないが、不老となった我が身はそんな悠久を今も生き続けている。理由はいくつかあるけれども、ひとつは死にたくないという理由がある。

 

 そして死ぬのなら、せめて白き王の手に懸かって死ぬ。でなければ死後どの様な扱いを受けるかわかったものじゃないのがこの世界だからだ。

 

 人間として真っ当な最後を迎えられるのが、敵の手によって死ぬという選択肢しかないのがこの世界だ。

 

 でもタダで死んでも利用されかねないから、邪神ですら十分ですよって思うくらいに頑張っていたら、死ぬタイミングを逸したっていうくらいだろうか。

 

 そんなことを思い出しながら懐中時計で時間を確認すれば、世間一般的な夕食に丁度良い夜の8時だ。少し急がないと不貞腐れられてしまう。

 

「さて。行くぞ、クロハ」

 

「あっ……。はい…」

 

 頭を撫でていた手を離すと、とても寂しそうに名残惜しむ声を出すクロハ。

 

 ナコト写本の精霊というものは忠犬属性の塊でもあるのか。このクロハもエセルドレーダと同じ様にとてつもなく献身的に俺を支えてくれる。

 

 今もこうして生きているのも、クロハが居てくれるからという理由も大きい。クロハの為に生き続けているところもあるくらいだ。

 

「あっ…。マスター……?」

 

 小さくてほっそりした手を取って握る。

 

「行こうクロハ。また終わりを始める為に」

 

「イエス、マイ・マスター。何時までも、何処までも。お供致します」

 

 肩を寄せてくるクロハの歩幅に合わせて歩き始める。俺なんかには勿体無い娘だけど、誰かに渡す気はない。こんな役割だ。世界最古の魔導書であるクロハを狙う輩も居る。クロハの存在を守る為にも、俺は誰にも負けていられない。それが例え白き王が相手でもだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 路地裏を抜けて暫く足を進めると、道端のカフェのドアを潜る。

 

「あっ、遅いよークロウ! もう食べ始めちゃったんだからね!」

 

 店の中に入ると、端のボックス席から声が上がる。苦笑いを浮かべながら人差し指を唇に添えて静かにする様にジェスチャーを送る。

 

 案内をしようとした店員に一言断って店の奥に向かう。

 

「やあ、お疲れさま」

 

「一時間の遅刻だよ! 罰として今日はクロウの支払いだからねっ」

 

 一度も払ったことない癖に良くも言うと思いながら、俺もクロハを伴って席に腰掛ける。

 

 先約は先程から煩い赤髪のロリっ娘と、眼鏡を掛けた金髪美少年に、クロハと双子並みに瓜二つの女の子だ。

 

「ねぇ、ねぇ、クロウ。これ頼んでも良い?」

 

 メニューの写真を指差しながら身体を寄せてくるのは赤髪のロリっ娘――エンネア。またの名を暴君ネロ。

 

 ブラックロッジでも位階の高い魔術師達、アンチクロスの一人にして、俺よりも強い魔術師の少女だ。というか俺の魔術の先生でもある。

 

 どこかネコっぽくて掴みきれない雰囲気を持っているが、共に邪神の被害者の会に属している。

 

 なにしろ前回のマスターテリオンが死ぬと問答無用で死ぬ運命にある少女なのだ。こんな幼気ない少女がそんな理由で死んでしまうなんてお兄さんの目が黒い内はさせませんからね!

 

「聞いてくれるかい兄さん? 今回はジャパンに行ってきたんだ。やはりあの国は何時訪れても良い。サブカルチャーの進化には、毎度僕も驚かされてばかりだ」

 

 そして旅行して来た感想を喋る眼鏡の似合う金髪美少年の名はペルデュラボー。言わずと知れるマスターテリオンの名だ。

 

 暇潰しと言う名の自由時間を満喫する背徳の獣殿にして、真の黒き王である。ちなみに俺が死ぬまで出番はありません。つまり死ぬ気がない俺が生きている限り、マスターテリオンとして白き王と事を交える事はない。出来れば一生そうしていてくれ。その為に偽名義とかダミー会社に分身まで使って日本を21世紀並みのサブカルチャー大国にしているんだから。ちなみに今は1930年代と言えばその異常さ(努力)がわかって貰えるだろうか。

 

 そのお陰で無類のテレビゲーム好きになってしまって、構ってくれる事が減ったと相談されもするが、それは仕方がない。それは魂に刻まれた属性なのだ。諦めてくれ。ちなみに最近のブームは超機人大戦での無改造縛りだとか。その内自身の鬼械神をゲームに登場させるのが密かな野望だとか。

 

 その金髪美少年の隣でミルクをジョッキで飲んでいるクロハと瓜二つの女の子は言わずともわかるだろうが、ナコト写本の精霊にしてペルデュラボーのパートナーであるエセルドレーダである。

 

 この狭い場末のボックス席に宇宙を破壊しても足りない存在が揃っていると誰が思うだろうか?

 

 思わないだろうなぁ。俺たちの顔を知っているのは覇道鋼造くらいしか居ないからな。

 

 ちなみに俺の名はクロウリードと言うのだが、この名を知るのはこの場に居る面子の他には邪神のみであり、その他には大導師だとかマスターテリオンと役者の名前で呼ばれている。

 

 それはさて置き、この面子が揃っていると言う事は、今日からが舞台の開幕である事を物語るものであり、気の抜けない日々の始まりだとも言える。

 

「あ、チョコパフェ追加で!」

 

「あなたはもう少し遠慮と言うものを覚えた方が良いかと」

 

 さっきからデザートを片っ端から注文しているエンネアに、クロハが睨みながら静止する。

 

 ペルデュラボーもエセルドレーダもそこそこ遠慮がないが、エンネアの方がかなり無遠慮だからだろう。ちなみに大抵アル・アジフと戦ってからこの店に来る俺は毎回遅刻して会計を払わされる事になるのはもう諦めている。

 

「クロウはお金持ちだから別に減るもんじゃないでしょ?」

 

「減ります! マスターの貯蓄が減ります!」

 

「飽きないわね、あなた達」

 

「あなたもあなたです。なにちゃっかり自分は関係ない体を装って居るのですか! マスターのお金で飲食をしているのですから、少しは私の味方をしなさい!」

 

「嫌よ。面倒だもの」

 

 女性陣がぎゃーすかと騒ぎ始めてしまったので、遮音魔術を使うと、俺は運ばれて来たコーヒーに口を付けながらペルデュラボーと携帯ゲーム機で協力してヘタレ○スのヘタレっぷりにイライラしながら閃光ハメで狩りをしていた。物欲センサーの所為か中々紅玉が出ないんだよ。

 

 そんな舞台の開演を祝する夜を過ごした後は徒歩で13番封鎖区画の地下に眠る夢幻心母へと戻った。

 

 気づけば日にちを跨いでいたが、初日は特に何という事もないから留守に出来るのだ。

 

「お帰りなさいませ、大導師(グランドマスター)

 

「ああ。留守を御苦労だった。アウグストゥス」

 

 夢幻心母の扉を潜れば、役者として演者を演じなければならない。

 

 頭を垂れるアウグストゥスに、俺は労いの一言を添える。

 

 無自覚の邪神の下僕というか化身か。こいつは少しでも油断すると直ぐ裏切る野心家だからあまり好きじゃない。あと弱いのに態度デカいのもマイナスポイントだ。

 

 ちなみに裏切った場合は問答無用でブチ殺すだけだから良いんだけどね。クトゥルーの力を手に入れても持て余して呑まれちゃう身の程知らずだから仕方がないんだけど。まぁ、邪神の遣わせた監視者だから突っぱねる事も出来ないから裏切らない限りは我慢してるよ。だってあまりコロッと殺っちゃうと邪神に怪しまれるからね。だから大義名分が生まれるときには徹底的にブチ殺してます。邪神には嫌がらせにもならないんだろうけどね。

 

「アル・アジフは現在、ドクター・ウェストが追跡中との事です」

 

「結構。だが相手はあの最高位の魔導書だ。ウェストには無理はしないよう伝えておけ。下がって良いぞ」

 

「はっ。では失礼致します」

 

 アウグストゥスを下げさせ、玉座に腰掛けると、トテトテと軽やかな足取りでエンネアが近づいてくる。

 

「それで? アル・アジフは今回どのくらい虐めてきたの?」

 

 物凄い加虐的な厭らしい笑みを浮かべながら、エンネアが膝の上に登ってくる。

 

「さてな。機体は半壊しているだろうが。あとは知らん」

 

 なにしろこっちももう少しで重力圏に引かれる所だったから、とにかく安全高度まで上昇することしか頭に無かった。取り敢えずはアーカムシティにアル・アジフが墜ちたのを見届ける事しかしていないのである。

 

「近いです退いてください」

 

 膝の上に登ってくるエンネアをクロハが退かそうとする。

 

「ふふーん? 嫉妬ですかにゃぁ? 見苦しいにゃぁ。この程度でそんなムキになってちゃ、マスターに呆れられちゃうかもよ~?」

 

 頼むからうちのクロハをおちょくるの止めてくださいませんかね?

 

「上等です。表に出なさい。無限光の中で、虚空の彼方に消し去ってやる…!」

 

 沸々と沸き上がってきてる魔力の所為か、バチバチと物理的に放電してるクロハ。我がパートナーながらさながらヤンデレ属性並みに俺に関することに容赦がないこの娘は、からかわれてるのをマジで受け答えるのである。つか頼むからエンネアさん離れてください。

 

「ふふっ…」

 

 ピタッとエンネアが俺の胸に寄り掛かってくる。丁度鼻にエンネアの髪の毛が当たって、甘くて柔らかい香りが漂ってくる。

 

「なに引っ付いていやがりますかキサマ。超重獄の井戸の底に沈めるぞ…」

 

 魂の底から底冷えしそうなクロハの声。見た目だけでなく声もエセルドレーダと同じであるからか、ドスの利いた声がマジ恐いです。ちなみにエセルドレーダがぶちギレすると俺でも死を覚悟するくらい強いです。

 

 そんなぶちギレ寸前のクロハ。クロハの場合は鬼械神の駆動機関と武装の為に、本気になると存在そのものを抹消する事が出来る。

 

 エンネアは俺とクロハの両方を交互に見た後に、にぃぃぃぃぃ~~~~っ――と、意地の悪い笑みを浮かべた。しかもこれ見よがしに俺の胸に顔を埋めて擦り付けてくる。

 

 あ、こりゃアカンやつだ。

 

「自分が一番クロウに近いって油断してると、こぉんなふうに他の女の子に盗られちゃうかもよぉ~?」

 

「――――――っ」

 

 もう泣きそうになりながらさらに放電するクロハ。如何にクロハでも、俺と密着してるエンネアをどうにかするのは無理だ。と言うより、それが最後のストッパーになっている。

 

「さて。僕らももう寝ようか」

 

「イエス、マスター」

 

 そしてこの状況に助けを求めたかったペルデュラボーも我関せずと言う様に去ってしまう。いや待てマスターテリオン! このロリっ娘お前のカーチャンだろ、どうにかしてくれ!

 

「ではおやすみ、兄さん。明日に響かないようにね」

 

 爽やかスマイルを残してエセルドレーダを連れて去っていくペルデュラボー。こ、この裏切り者! あとで覚えてやがれよ! 頼まれてた超機人大戦の最新作の予約をキャンセルしてやるんだから!

 

 頼みの綱も居なくなった俺をさて置き、エンネアとクロハはヒートアップしていた。

 

「あっ……でも、そもそもその貧弱な身体つきじゃあ、最初から相手されないかもねー。あははははは」

 

「こ、こ、こ、こ、このぉ! キサマとて変わらない身体つきでしょうが!!」

 

 ちなみに言うと、身長はどっこい。身体の細さはクロハに軍配が上がるが、適度な肉付きと言うか健康的な身体つきはエンネアに軍配が上がる。なお胸はクロハが一歩リードしてる。だってエンネアのは手の平に収まるけど、クロハのは少し余るんだもの。

 

 え? 何でそんなことを知っているのかって? 野暮なこと聞くなよ。

 

「うにゃあああっ、な、何するのさクロウ!」

 

「そこまでにしろお転婆娘。ほら、おいでクロハ」

 

「っ、ひぐっ、まずっっ、まずだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――――っ!!」

 

 エンネアを膝の上から退かして、玉座の腕置きに座らせながらクロハに声を掛けると、ぶわっと涙を噴水の様に流しながら抱き着いてきた。

 

「ちぇー、つまんないのぉ~」

 

「お前もあまりイジメてやるな」

 

 ぐずぐずに泣き崩れているクロハを撫でながら、エンネアを諌める。直ぐノリとかそんな感じてクロハをおちょくったりするエンネア。その度にクロハを慰めるの大変なんだで?

 

「別に良いじゃん。クロウは気持ちの良い思いが出来るんだし」

 

「次の日の昼過ぎまで搾取される男の快楽が苦痛に転化するあの感覚がお前にわかるか…?」

 

 開演初日にも関わらずに、緊張感のない初夜を過ごすものの。事が動くのは明日の夜からだ。そういう予定調和があるからだろうか。気づけばもう翌日の夕方になっていた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 と言うわけで、運命の夜が訪れた。

 

 アル・アジフを追っていたドクター・ウェストが、契約を果たした大十字九郎に返り討ちにあったという報告を受けた。

 

 それをなじるアウグストゥスと、言い返すドクター・ウェストとの間で口論になりそうな所に割って入る。

 

「ドクター。俺は別にお前を咎めるつもりはない。お前の技術力は俺も頼りにしている。その信に違わぬよう、より高度な技術革新を望む」

 

「グ……大導師(グランドマスター)!」

 

「失敗を糧にするのが大人の特権だ。下がって良いぞ、ドクター。そして新たな作品を、科学で魔術を打倒するという作品を俺に見せてくれ」

 

「い、イエス、マイ・ロード!!」

 

 感極まれりと言った風にルンルン気分で駆け出して玉座の間を出ていくドクター・ウェスト。

 

 その様子を見送った俺に、アウグストゥスが面白く無さそうな視線を向けてきた。本人は隠しているつもりだろうけど、隠しきれていない。

 

「大導師。あの様な物言いではドクターが調子づき、他の者にも示しが着きません。ドクターに対して処罰を下しませんと」

 

「人が身で魔術師に挑む時点で相当な処罰足り得ると思うのだがな。お前が俺に対して挑めと命令されているのも同義だと考えているが?」

 

「お戯れを。私は貴方様に忠誠を誓う身。その様な事は致しませんよ」

 

 そう言って傅くアウグストゥスだが、そう言って裏切った数はもう全身の毛の本数を足しても足りんわ。

 

 そんな裏切り者よりも、正当な成果を示すドクターに肩入れするのも至極当たり前だ。

 

 あのマスターテリオンが直々に、しかも毎回自らスカウトに行くだけあって、ドクターの技術力は正しく世界一だと思っている。毎回突拍子もない事を仕出かすから飽きが来ないしな、ドクターは。

 

 それに俺が今もこうして生きているのも、ドクターの技術力があるからこそでもある。

 

 なにしろ俺の鬼械神の何割かはドクターの造ったパーツも使われているのだから。

 

 さらには数度しか戦っていないアイオーンやデモンベインのパチモンを造り上げてしまうのだから、あれで天才でなければ世の中の人間は皆天才など名乗れないさ。……空気も読まずに自重しない人格面は目を瞑っておく。

 

「お前はどう見る? サンダルフォン」

 

 ドクターが去り、俺はどことも知れない闇に語りかけた。

 

 広間の隅。わだかまる闇の中に黒い天使は立っていた。

 

 黒い天使の姿は闇に融け、ただその機械の眸だけが爛々と輝いている。

 

(オレ)は機械や魔術の事など何一つ解らんが、――あの破壊力。鬼械神としか思えなかった」

 

「ふむ……」

 

 サンダルフォンが言うなら、8割方今回の大十字九郎の機体が何なのかは確定してきた。なにしろドクターが帰ってくる少し前まで鬼械神の整備に掛かり付けだったから、大十字九郎とドクターの戦いの見物には行っていないのである。

 

「おそらくはあのロボットが、覇道財閥が極秘裏に進めていたという計画の産物かと」

 

「……その通り。あれが覇道が造ったデモンベイン――人の造りし鬼械神さ」

 

「――――!?」

 

「何!?」

 

 アウグストゥスの声に答えるように、女の声が響いた。突然生じた気配に、サンダルフォンは身構え、アウグストゥスも辺りを見回す。

 

 広間の中央にいつの間にか立っていた女。黒い髪に魔性の紅い瞳。スレンダーでありながら女としての肉付きを強調するピッチリとした黒いスーツを纏い、収まりきらない胸を晒す姿は蠱惑的だ。

 

 だがコレを女と見ることなかれ。コイツは立派な邪神。千の無貌を持つその姿のひとつでしかない。

 

「貴様、何処から……ッ!?」

 

 アウグストゥスが魔力を練り上げるのを制する。

 

「良い、アウグストゥス。古い知人だ」

 

「元気そうで何よりだね。大導師殿」

 

「暫くだな。ナイア」

 

 最後に会ったのは20年と少し程前か。いきなり火星に眷族を創れなんて言う無茶な事をやらされたのは記憶に新しい。

 

「して、今日は何の用だ」

 

「うん。デモンベインの操縦者……アル・アジフの主人(マスター)についての情報を提供しようと思ってね」

 

「………………!」

 

「……………………」

 

 話題の火中のロボットの操縦者とあってか、アウグストゥスもサンダルフォンも、ナイアの放つ雰囲気に気圧されながらも耳を傾けてくる。

 

 わかりきっていることでも、やはり気にはなる。大十字九郎についてはそれなりにバリエーションが利く様に環境を整えているからだ。

 

 一番多いのはミスカトニックの魔術師見習いとして。時には特殊資料室の一員として早熟する時もあれば、覇道財閥お抱えの魔術師として覇道鋼造がスカウトしている事もある。

 

 ナイアが手渡してきた資料に目を通す。

 

 それにはやはり大十字九郎の詳細な経歴が載っていた。

 

「私立探偵? ミスカトニックの魔術師でなく?」

 

 思わず素で疑問を口にしてしまった。

 

 それほど衝撃的だったのだ。何せ今までこんなことは無かったのだから。

 

 ダンウィッチの怪事件後、ミスカトニック大学を中退と記載されている。

 

「どうだい? 面白そうだろう?」

 

 耳元に口を寄せながら囁いてくるナイア。甘ったるい、底無し沼に呑み込まれてしまいそうな甘美な声が鼓膜を舐る。

 

「確かに。面白くなりそうだ……」

 

 資料から目を上げて、俺は玉座から立ち上がった。

 

「アウグストゥス、留守を頼む」

 

「……はっ?」

 

「おやおや……大導師殿、御自ら御出陣かい?」

 

 いきなりの言葉に呆けるアウグストゥスと、茶化すように言うナイアを無視して歩き出す。

 

「顔見せはしないとならないだろう? それに……」

 

 一度言葉を切って、振り返って続きの言葉を紡ぐ。

 

 ミスカトニックでも覇道でもなく、待ち侘びた魔導探偵大十字九郎の誕生だ。もしかしたらもしかするのかも知れないのだから――

 

「待ち侘びた者と遊びに興じるのも、悪くはないだろうさ」

 

 漸くだ。漸くやって来た。巡りに廻る無限螺旋を踏破できるかもしれない時がやって来たのかも知れない悦びを噛み締めながら、俺は玉座の間を出ていく。

 

 あぁ、楽しみだ大十字九郎。我が愛しの宿敵よ。魔導探偵となったお前は、俺に何を魅せてくれるのだろうか……。それを考えるだけで震えが止まらないじゃないか。

 

「輝くトラペゾヘドロンへ到れるか。魅せてくれ、大十字九郎!!」

 

 

 

 

to be continued… 



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開演、無窮への路

もはや久し振り過ぎるとかそんな領域越えてるけど、コツコツ書いて書き上がった駄作をうp。一言くれると嬉しいかも。


 

「ククククク。付け焼き刃にも程があるが、実際目にすれば破天荒も良いところだな」

 

 ミスカトニック大学の時計塔の上から落ちていく大十字九郎の姿を、遥か彼方の上空から見下ろして笑いを噛み締める。

 

 今までの大十字九郎ならば、魔術師としての下地は出来ていた為、あのような無茶苦茶な特訓風景など見たことはなかった。

 

「しかしながらマスター。極限の状況に身を投じ、魂の力を引き出すということについては、あながち間違いではないかと」

 

 俺の言葉にクロハが添える。わかってるさ。俺も同じことをして来た口だ。

 

 しかしながら今の時期に特訓とは、少し時系列がズレているらしい。確かマスター・テリオン(ペル坊)にこてんぱんにされてから特訓を始めるはずだったが。

 

 結局、夜鬼(ナイトゴーント)先生に地面に叩きつけられて特訓は終わりらしい。

 

 俺も最初は夜鬼(ナイトゴーント)先生に一人の力で勝てなかったなぁ。

 

「……なんたる様。アレで死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)なのですか?」

 

 あまりの不様さに、腕の中に居るクロハが人違いではないのかと怪訝な表情を浮かべながら見上げてくる。

 

「あの魂、そして魔力の気配。間違える筈もない。今はお粗末にも程があろうともね」

 

 大十字九郎。我が愛しの怨敵。全身全霊をもって討ち果たし続けなければならない永劫の同胞(はらから)

 

 しかしながらクロハがそう思うのも無理もない。今の九郎であれば、クロハの力を借りずとも俺だけの力で殺す事も簡単な程に弱いのだ。

 

 だがそれで良い。この状態の九郎こそが、待ち侘びた可能性なのだ。最弱であるからこその、無敵の剣へと至れる可能性を持つ魔導探偵大十字九郎なのだから。 

 

 そのまま夕暮れまでクロハとデートして暇潰しと相成った。ほぼ予定調和で世間知らずのアル・アジフが巻き起こすドタバタ劇に九郎は巻き込まれるのだから、放っておいても構わないだろう。

 

 いや折角美少女の嫁が居るんで、忙しくなる前にイチャイチャしたいわけですよ。私も男の端くれなんです。

 

 綿あめに口を着けて満足そうなクロハを見るだけで此方もほっこりするくらいには、俺も修羅道(ロリコン)を往く人間である。

 

「…? マスターも食べたいのですか?」

 

 俺が綿あめを食べるクロハを見詰めていたからか、クロハは綿あめを差し出しながら首をコテンと傾げる。

 

 ヤバい。あまりのかわいさにくらっと逝きそうだ。いや寧ろ頂きたいです。まだ昼過ぎだけど。

 

「そうだね一口貰おうかな」

 

 そう言ってクロハの手から綿あめを受け取って齧りつく。女の子のクロハと、男の自分とでは一口のサイズは当然違う。クロハの齧りついていた所を丸ごと口の中に納めて噛みきる。

 

 舌の上で溶けていく砂糖の甘さの中に、クロハの唾液の甘さを感じて、それを混ぜ合わせて楽しむように転がした後、「美味しいですか?」と問う無防備なクロハの唇を奪う。

 

「ふぐっ!? んっ……ちゅぷ、はぅ……んんっ」

 

 とろとろに口の中で溶けた砂糖と自分とクロハの唾液が混ざった液体を、クロハの中に流し込む。

 

「んっく、ふぁ、ちゅる……、ちゅぱ、……ます、たー……」

 

 キスひとつだけでトロ顔のクロハ。これでご飯3杯は行けますねー。

 

 エセルドレーダが忠犬であるなら、クロハは忠犬ではあれども、愛犬色の方が色濃い娘である。

 

 続きを強請る様に身体を擦り付けてくる。その黒いゴシックドレスの中に隠されている程よい胸が、俺の胸板に押し付けられてぷにぷにと形を変える。

 

 脚も、俺の脚の間にクロハの脚が絡みつき、スカートの中からはみ出した白く細い脚が少女の姿ながら女を意識させる艶かしさを放つ。

 

 その小さな口から漏れる吐息も熱を帯びて、頬は(あか)くなり、瞳は潤い、その顔の造形は正しく男を誘う(おんな)のそれである。

 

 俺の脚に股間を擦り付け、胸板で上下する乳房の先は硬くなっているのが服越しでもわかる。

 

「ますたー、わたし、がまん…でき、ませ……ん」

 

 熱に浮かされた様な声で囁くクロハの姿は、男の理性を破壊するのに十二分の威力があるが、俺は敢えてそれに従わなかった。

 

「いけない娘だな、クロハ。この程度を我慢できない(おんな)に育てた覚えはないよ?」

 

「んんっ、……っはぁぁ、ま、ます、たぁぁぁ」

 

 熱を帯びるクロハの頬に手を添えながら耳元で囁くと、クロハは身体を小さく震わせて、熱い吐息を吐き出しながら泣きそうな声で俺を呼ぶ。

 

 いや俺も出来るなら今すぐ頂きたいんですが、それをしちゃうと絶対明後日の夜まで盛っちゃうから今はお預けだ。

 

「続きは今夜に、ね」

 

「…、い、いえす、まい、まひゅたぁ」

 

 最早腰砕けのクロハを支えながら、勝手知ったるアーカムストリートを歩く。

 

 丁度沈み行く太陽も良い案配で朱に染まっていく。

 

 へなへなで今一使えそうになかったクロハを魔導書に戻して、目的の教会の扉を開ける。いやクロハを使い物にならなくしたのは俺だと言うことはすっかり頭の中にはない。クロハがえっちなのが悪くて、おれはわるくぬぇ。

 

「(わたしをこのようにしたのはマスターですよね?)」

 

 知らんわ。元々犬属性なのが悪い。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 太陽が沈む間際。昼と夜とが入れ替わる為に訪れる時間。一際太陽が緋に染まる逢魔ヶ刻。その字の如く、俺はひとつの魔として教会の扉を開ける。

 

 中にはシスター、3人の子供。そして椅子にふんぞり返っている男の姿と此方を警戒する翡翠の瞳を持つ少女。

 

 はて、まだ大導師としてのロールは展開していないはずだ。いや、魔導書であるアル・アジフだからこそ、俺の魔力を感じて此方を警戒しても不思議な事はない。

 

 役者が揃っているのならば、始めるだけだ。

 

 開演と行こうじゃないか、大十字 九郎。この邪神の牢獄の中で何時終わるとも知れない永劫の物語りの、終わりを始めるために。

 

「「「「「ッ――!!」」」」」

 

 スイッチを切り替え、この身をただの魔術師から、世界の怨敵、ブラックロッジの大導師(グランドマスター)としてのロール(役割)移行(シフト)させる。

 

「なっ、なんなんですか…。あなたは」

 

 さすがはムーンチャイルド、いち早く持ち直したのはシスターだった。それでも身体を震わせている。恐怖に顔が強張っている。

 

 今の俺は物語りの力でマスターテリオンと遜色ない雰囲気を持っている。黒き王として、世界に仇成す大敵として威圧を放っているのだ。だから皆が俺を本能的に恐怖する。絶対強者の眼光に平伏す。

 

 ……虎の威を借りているみたいで余り良い気分をしたもんじゃないが。

 

「ごきげんよう、シスター。突然の来訪を詫びよう。しかし俺の目的はシスターや神のありがたいお言葉を賜る事ではない。俺の目的は、そう。そこに居る死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)だ」

 

 手の内に魔力を溜め、それを軽く放つ。

 

「っ、九郎!!」

 

「くっ」

 

 術衣を纏い、マギウスとなった大十字九郎はその腰の翼で、俺が放った魔力弾を打ち払った。

 

 あんなヘッポコホームズでも、これぐらいして貰わないと困ってしまう。魔術師としての質は間違いなく今までにないほどの底辺に近い実力しか持っていないだろう。

 

 だがその代わりに持っている物がある。それが神器を手にする可能性に到れる事を信じよう。

 

「テメェ、人んちに上がり込んでいきなりケンカを売るたぁ良い度胸だな」

 

 ファインティングポーズを取りながら言い放ってくる大十字九郎の姿に、俺は口許に笑みを描く。

 

「それは失敬。ようやく待ち詫びた遊び相手を前にして、俺も些か興奮しているのさ」

 

『マスター、マスターも術衣を』

 

 速く戦いたくて仕方がない俺に、クロハの声が響いてくる。

 

『いや。それには及ばない。クロハは今しばらく見ていてくれ』

 

『しかし…』

 

 術衣を纏うと言うことは、この世界の魔術師にとっては未熟者の証の様なものだった。

 

 魔導書の力と一体化する術衣形態は、それこそ意識するだけでも魔術を紡ぎ、また身体強化もデフォルトで備わっている。また魔導書と術者の融合の相乗効果によって術者の魔力も劇的に増幅する。

 

 字面だけを見ればメリットしかない術衣形態だが。魔術師からすれば、大の大人が補助輪を着けた自転車に乗っているのと同義である程の初歩的な形態なのだ。

 

 故にある程度の魔術師となると術衣形態を使う事はなくなる。そうしてようやく一人前なのだ。

 

 ……果てしなくバカらしくてどうでも良い。

 

 確かに物言わぬ三流二流の魔導書なら、俺も同じように術衣形態は使わない。意思のない魔導書と一体化した所でほとんど変わらないからだ。

 

 だがこと意思を持つ魔導書ならその限りではない。

 

 意識がリンクし、言葉も念話も要らず直接、ダイレクトに意思のやり取りさえ出来てしまう術衣形態は戦術の幅を広げ、そして共に戦っている実感を助長する。

 

 愛おしい相方と心をひとつにして戦える喜び。興奮。すべてを分かち合えるのだ。

 

 しかし今はそれをしない。大十字九郎の実力を見るために。

 

「変態に狙われる趣味はねぇよ!」

 

「待て九郎! その男は不味い!!」

 

 床を蹴り抜きながら飛び掛かってくる大十字九郎。術衣を纏い、常時肉体強化をされているその脚力が生み出す速さは、常人には捉えきれないだろう。

 

「そう邪険にあしらうなよ。此方も忙しさの合間を縫って出向いたというのに」

 

 だがこちらも既に悠久を戦い続ける悪鬼。これくらいの速さなら視える。

 

「だったらそのまま引き籠もってろ!」

 

「だが断る」

 

 振りかぶった拳の猛撃を敢えて受け止める。

 

「なっ!?」

 

「なるほど……」

 

 大十字九郎の拳を受け止めた手からびりびりと痺れが衝撃を伴って駆け上がってくる。

 

 正直泣きそうな程の痛みを堪えて、仕返しと言わんばかりに回し蹴りを叩き込む。

 

「ぐああああああっ!!」

 

「九郎ちゃん!!」

 

「フフフ、死にたくなければ邪魔をしてくれるなよ? シスター」

 

「っ!!」

 

 メタトロンことムーンチャイルドに釘を刺しつつ。吹き飛び、教会の壁を粉砕しながら転がって行く大十字九郎のあとを追う。

 

「っ、ぐっ、げほっげほっ」

 

「だから不味いと言うたろうに。今の汝では彼奴には万に一つも勝ち目はない」

 

 蹴り飛ばした脇腹を押さえながら咳き込む大十字九郎へと近づいていく。

 

「どうした? 辛そうじゃないか。それで死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)とはな」

 

 魔導書としては欠陥を抱えるアル・アジフ。魔術師としてなにもかも足りていない最弱の魔導探偵、大十字九郎。

 

 この程度では逆十字の咎人(アンチ・クロス)にすら敵わないだろう。しかしそんな最初は最弱の存在が、最後には神器を振るう旧神となる物語りを識っている。故にこの程度で終わらないで欲しい。

 

「っ、なん、なんだ、よ。テメェ、は…」

 

 辛そうに荒い息を吐きながら問い掛けてくる大十字九郎に、そう言えば忘れていたと思い口を開く。

 

「これはすまない。はしゃぎすぎて名乗るのを忘れていた。俺の名はマスターテリオン、ブラックロッジの大導師。魔術の真理を求道する者。以後お見知り置きを、死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)、大十字九郎」

 

「っ、テメェ、俺の名前を。それに、マスターテリオンだって……!?」

 

「そうだ。彼奴こそ、妾の敵だ」

 

 手を胸に添え、大仰な素振りでお辞儀をする。ようやく逢えた姫君を迎える王子の様に。

 

「フフ、知っているともさ、大十字九郎。俺はお前のことをお前以上に良く知っているとも」

 

 手の内に、血塗れた深紅の刃を持つ魔王剣を呼び出す。

 

「そう識っている。この程度で地面を這いつくばってくれる程度でもないことも」

 

 今まで悠久の刻を廻り、幾度となく刃を、拳を、言葉を交わして来た。それこそ最愛の怨敵と心に想う様になるまで。

 

 魔王剣に魔力を通し、深紅の刃が紅い光を放ちながら光を凝固させていく。

 

「フッ」

 

 その光に満ちた剣を、ゆっくりと振り向きつつ、振るわんと腕を上げる。

 

「やっ、やめろおおおおおおお!!!!」

 

 振り抜いた剣の刃から紅い斬撃が飛び、教会の屋根を僅かに削り取り、さらに離れた高層ビルを斜めに切り裂きながら虚空へと消え、アーカムシティの空を震撼させる程の大爆発を起こした。

 

「ふむ。僅かに手元が狂うか」

 

 元々当てる気はなかったものの、大十字九郎の一撃を受け止めた右手で振るった斬撃は予想よりも軽い被害しか及ぼさなかった。まぁ、利き手は左故にさして問題はないか。

 

「さぁ。寝ている暇はないぞ、その分だけどれだけの――っ」

 

 気付いた時には身体が宙を舞っていた。高層ビルよりも遥か上空に身体を打ち上げられていた。

 

「(っっ、挑発にノリ易い奴だけど、潜在的には半端じゃないな)」

 

 打ち上げられた空中で一転し、中空に立つ。

 

『マスター、ご無事で!?』

 

『まぁね。ありがとう、クロハ』

 

 打ち上げられた衝撃は伝わってきても、ダメージはない。大十字九郎が俺を殴る瞬間、クロハが幾重にも展開した防禦陣が守ってくれたからだ。

 

 まったく、趣味じゃない大導師プレイをしているから油断していた。最弱であっても相手は白き王なのだと。

 

「返礼だ。返してやるぞ」

 

 もう一度剣に魔力を込める。今上空から斬撃を放てば間違いなく教会にも被害が及ぶ。その構図を敢えて狙う。

 

 遥か地上から此方を見上げる大十字九郎の眼には明確な闘志と憎悪が燃えていた。

 

「うっうぅおぉぉぉぉおおおおおおおお――――デモンベェイイイイイッッッッ」

 

「ほう……」

 

『っ、なんと無茶苦茶な』

 

 大十字九郎の内に渦巻く闘志と怒りだけで、虚数展開カタパルトを開きデモンベインを召喚した。

 

 詠唱もなければ祝詞すらもなく、ただ怒りと憎悪が本能で座標をデモンベインに送りつけて喚び出した。

 

機械神(デウス・マキナ)を喚んだか。これで少しは楽しめそうだ、なっ!」

 

 高めた魔力をデモンベインへと向けて放つ。既に大十字九郎とアル・アジフが乗り、起動しているデモンベインは防禦陣を展開し、此方の一撃を防いで見せた。

 

 大導師プレイが出来るとはいっても、やはり下地が人間と魔人ではそもそもの造りが違う。生身で鬼械神を相手にするなんていう超人プレイが出来るほど、自分はそんなに強い魔術師ではない。

 

「なるほど。これは生身で相手にするには少々骨が折れそうだな『出番だ。来い、クロハ!』」

 

『イエス、マイ・マスター!!』

 

 骨が折れるどころか普通に粉砕されてしまうが、役割(ロール)に従い、余裕と尊大さを言葉で放ちながら念話でクロハを喚び出す。

 

 俺の背後の虚空から魔導書の頁がパラパラと紙特有の音を奏ながら沸き出て、腕の中に集まってくる。

 

 頁は人の形となって実体を結び、服越しでも人肌の温かさを伝えてくる。

 

『そっ、それは……』

 

『ちぃ、出てきおったか』

 

 デモンベインから外部マイクで大十字九郎とアル・アジフの声が聞こえてくる。

 

 その声に俺は最愛の相棒の腰を抱きながら見せつけ、誇る様に彼女を紹介する。

 

「紹介しよう。我が魔導書『ナコト写本』!」

 

 クロハの身体が頁へと解れ、俺の身体を包み込む。

 

 黒い髪はより闇を携えた黒に。赤い瞳も宝石の様な蒼に染まっているはずだ。そして服装もありふれたシャツとスラックスにコートといった姿から、ペル坊と同じ開放感のある黒いコート姿に変わっていた。

 

 術衣を身に纏った俺は剣指で宙に陣を描く。ナコト五角形が展開し、その奥に眠る物が強大な気配を放ちながら姿を顕そうとしている。

 

 再び実体化したクロハの腰を抱きながら、共に祝詞を紡ぐ。

 

「我は黒き王。我は悪徳を敷く者なり」

 

「我は黒き鳥。我は黒き天使なり」

 

 俺とクロハ、交互に紡がれる祝詞は、そのものの在り方を唱う。

 

「罪深き黒き風よ。因果地平を吹き荒れろ」

 

「罪深き黒き天使よ。共にこの永劫を駆け抜けよう」

 

 我らは咎人。例え与えられた役割であっても最早償いきれない程の罪を重ね、世界の骸を積み上げてきた。この風が吹き抜けた後には生者の輝きはない。

 

「虚空の空より来たれ、我が半身!」

 

「永劫の刹那を冒せ、我が翼!」

 

 何時までも、何処までも共に在る半身よ。再び世界を冒す時が来た。

 

『絶望の空に舞い降りよ――シュロウガ!!』

 

 魔法の内側から這い出て、邪気を放ちながら飛び出す黒い影。

 

 デモンベインに比べ細身の体躯。しかしその力はリベルレギスにも劣ることはない。

 

 科学と魔術の申し子。黒い旋風を巻き起こす殺意の翼。絶望と渇望と羨望を抱く我が同胞(はらから)

 

 我が機械神(デウス・マキナ)、シュロウガ。

 

「さぁ、仕切り直しといこうか。大十字九郎」

 

「マスターに手を上げた罪、主従共々思い知らせてやるっ」

 

 

 

 

 

to be continued…



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哀哭せよ。所詮、我等は神ならざる身

テンションに任せて書き上げてみた。

マスターテリオンの代役だから次の本格的な出番は夢幻心母浮上の時。

いっそその辺まですっ飛ばすのもありかな?

こんな駄作でも待っていてくれる人が居るのは嬉しい限り。あなたの一言が私の心を押し出し支えてくれているかも?


 

「ふぅ~ん。九郎ちゃんも大変だったのねぇ」

 

 九郎から事情を聞いたシスターライカの第一声はありふれたそれだった。

 

 それも仕方がない。誰とて事情を聞いても、それを体験した本人でもないのだから、その苦労を聞けどもそういう言葉で慰めるので精一杯だ。

 

 九郎はライカに出来得る限りの事情を説明した。自分の連れてきた少女は魔導書で、あれよあれよという内に自分を所有者として勝手に認定し、付き纏われ、それによって被った被害やトラブルやら。

 

 流石にデモンベインで破壊ロボと超機人大戦張りのドツキ合いをした挙げ句街の一部を吹き飛ばしたことは割愛したが。そんなことまで話せば長い説教を受けるのが眼に見えているからだ。

 

「けど九郎ちゃん。あまり邪険にするのも可哀想よ」

 

「だから、ライカさん。俺の話を聞いていやがりましたか? あいつはそんなことで悄気る様なガキでもなんでもないし。つーか女の子の姿をしているだけの妖怪ですよババァですよ!?」

 

 まったくもって自分の話を一ミリも信じていないライカに九郎は嘆きたかった。

 

 しかし頭の片隅ではそれも仕方がないと思ってもしまう。

 

 このアーカムシティは魔術と錬金術によって、文明が数段先を行く程に発展している。しかしそれを知る者はどれだけ居るだろうか。

 

 ミスカトニック大学で魔術を学んでいた九郎だからこそ知る。しかしこの小さな教会で孤児院を営む目の前のシスターには知る由もないのかもしれない。

 

 基本的に魔術は秘匿するものとして扱われている。外道の知識は決してひけらかすものではないからだ。

 

 例外なく外道の知識を力として行使する魔術は、使い方を間違えれば禍を招くとはミスカトニック大学の講師たちが口酸っぱく言っていた。

 

 それの意味を、九郎は己の身をもって知ることになった。

 

「っっっ――!!」

 

「……九郎ちゃん、大丈夫?」

 

 顔を覗き込む様に問うライカ。ライカから見た九郎の顔は真っ青であり、唇も震え、視線すら定かではなかった。

 

「あっ、ああ。大丈夫……。大丈夫だよ」

 

 ライカの声で我に還った九郎は、記憶の片隅から呑み込もうとする邪気を忘却する。気を紛れさせる為に子供たちの方を見れば、アル・アジフを交えて楽しそうに語らい遊んでいた。

 

 その中に紛れるアル・アジフとて、その正体を知らなければ生意気で偉そうな態度も子供たちの前で背伸びをしてお姉ちゃん振る女の子にしか見えない。傍から見ている分には微笑ましく見える。見ている分には、だが。

 

 ひとつ余計なものも居るが、いつも通りの何気ない日常の風景で心の中を落ち着かせようと思った時だった。

 

 その日常の風景に濁りを加える気配が、血の様に紅い黄昏を背に教会の扉を開いたのは……。

 

 それはあまりに突然だった。心臓を貫かれんばかりの悪寒が身を苛む。

 

 血が、全身の血という血が、体温と共に凍てついていく様な、心臓に氷の刃を突き刺した様な、背骨を抉られ氷柱に挿げ替えられた様な、脳味噌を氷水の中に浸した様な、――――そんな冷たい……恐怖。

 

 比喩でもなんでもなく、本当にこのまま凍りついて死んでしまいそうだと思える程の、それは圧倒的で、致命的で、絶望的な感覚だった。

 

 あるいはその時だけは本当に死んでいたのかもしれない。

 

 凍った躰が、臓腑が、脳が、魂が、時間が、ゆっくりと、ゆっくりと、錆び付いた歯車が軋み動き出す様に、永遠とも思える一秒一秒で、ゆっくりと蘇生する。

 

 それはそこに立っていた。

 

 開け放たれた扉が、ギィ……と軋む音を奏でる。

 

 射し込む夕陽が、その漆黒を照らしていた。

 

 燃える様な紅の只中に、その人物は立っていた。

 

 サイドに纏めて垂らした黒い髪。顔つきは中性的。小柄である身体つきから少女かとも思えてしまっても、それは女ではなく男だと直感が告げる。

 

 自分よりは年下。近いとするなら魔導書の精霊を名乗る少女より数歳年上の、10代半ばに見える少年だった。何処とない雰囲気も、彼女と似ている様な気さえしていた。

 

 街を探せば居そうな、そんな少年であるはずなのに、まるで魅入られた様に、もしくは呪縛された様に、少年から眼を逸らせなかった。いや、逸らしてしまった時、この命が狩られてしまいかねないと本能が警告して来ているからだろうか。

 

 少年は穏やかに笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらに向かってくる。

 

 その微笑みに、九郎はとてつもない吐き気を覚えた。ガタガタと全身が震え、奥歯がガチガチと鳴る。

 

 夕焼けを背に朱に染まりながらも煌々と輝く紅い瞳に貫かれた九郎は息を呑んだ。

 

 ……ヤバい。

 

 危険過ぎて、危機感のゲージが振り切れてヤバいという陳腐な言葉しか浮かばない。

 

 黄昏によって紅く染まりながらも、(やみ)を携えているその姿が。夕焼けの中で輝く紅い瞳が。その存在が放つ気配が。

 

 ……知っていた。思い出してはいけない。思い出すな!

 

「「「「「ッ――!!」」」」」

 

 まるで押し潰されてしまいそうな程の空気が教会の中を支配する。

 

「なっ、なんなんですか…。あなたは」

 

 絞り出すように少年に問うライカさん。その問いにニコリと笑って、少年は口を開いた。

 

「ごきげんよう、シスター。突然の来訪を詫びよう。しかし俺の目的はシスターや神のありがたいお言葉を賜る事ではない。俺の目的は、そう。そこに居る死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)だ」 

 

 少年の紅い瞳が九郎を射抜き、ゆるりと振り上げた手の内に魔力が集まっていく。

 

「っ、九郎!!」

 

「くっ」

 

 魔導書の声が聞こえ、魔力が交じる感覚。

 

 腰のスカートが開き、飛び出した頁が翼になって、放たれた魔力の玉を打ち払って消滅させた。

 

 魔力弾を弾かれても特に落胆せず、寧ろ出来てくれなければ困るという表情を浮かべている。その姿に、九郎は拳を構えた。

 

「テメェ、人んちに上がり込んでいきなりケンカ売るたぁ良い度胸だな」

 

 九郎の言葉に対し、少年は心底嬉しそうに顔を綻ばせながら笑みを携えた口を開いた。

 

「それは失敬。ようやく待ち侘びた遊び相手を前にして、俺も些か興奮しているのさ」

 

 腕を抱き、少しだけ頬を綻ばせている姿は今にも踊りそうで、実際少し身体が左右に揺れていて、まるで恋する乙女が相手の男とのデートに待ちわびている様な光景に口許が引き攣る。

 

 ……コイツ、色んな意味でヤベェ。

 

 あのキ○ガイとは別ベクトルでヤバい気配がする。

 

「変態に狙われる趣味はねぇよ!」

 

 とにかく変態とかキ○ガイに付け狙われるのはもう間に合っている。いや間に合いたくもないが。とにかくこの変態を黙らせて警察に突き出す為に拳を引き絞る。

 

「待て九郎! その男は不味い!!」

 

 床を踏み抜き、勢いに乗せた拳を放つ。

 

「そう邪険にあしらうなよ。此方も忙しさの合間を縫って出向いたというのに」

 

 此方の拳を見切りながら、そんな軽口を叩いて避け続ける少年に向けて九郎は言い放つ。

 

「だったらそのまま引き篭もってろ!」

 

「だが断る」

 

 涼しげに呟いた少年は、九郎の拳をその手で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「なるほど……」

 

 拳を受け止めた少年は、この程度かと言いたげに九郎を見ると、その瞳の目尻を釣り上げて――

 

「ぐああああああっ!!」

 

 吹き飛ばされ、教会の壁すらぶち抜いた先で眼にしたのは、蹴りを放った姿勢で此方を見ている少年の姿だった。

 

「っ、ぐっ、げほっげほっ」

 

 地面の上を転がり、ようやく止まった身体。蹴られた脇腹を押さえつつ咳き込む。

 

「どうした? 辛そうじゃないか。それで死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)とはな」

 

「っ、なん、なんだ、よ。テメェ、は…」

 

 心底がっかりだと落胆する様に肩を落とす少年に向けて、荒い息を吐きながら九郎は問い掛ける。

 

「これはすまない。はしゃぎすぎて名乗るのを忘れていた。俺の名はマスターテリオン、ブラックロッジの大導師。魔術の真理を求道する者。以後お見知り置きを、死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)、大十字九郎」

 

 その名をなんと言った。マスターテリオン? ブラックロッジの大導師? そんな名前を、都市伝説並みの存在の名を口にしやがった。

 

「っ、テメェ、俺の名前を。それに、マスターテリオンだって……!?」

 

 マスターテリオンを名乗る少年。それが本物か事実かなんてわからないが。そんな相手が俺の名前を知っているなんて事実は正直寝付きが悪くなりそうな事だった。

 

「そうだ。彼奴こそ、妾の敵だ」

 

 手を胸に添え、大仰な素振りでお辞儀をするマスターテリオン。完全に嘗めきられている。

 

「フフ、知っているともさ、大十字九郎。俺はお前の事をお前以上に良く知っているとも」

 

 そう言いながら、手の内に紅い光が集まり、漆黒の柄と金色の鍔と血に塗れた様な深紅の刃を持つ剣が実体化する。

 

「そう識っている。この程度で地面を這いつくばってくれる程度でもないことも」

 

 その深紅の刃に光が集う。まるでこの朱色の夕陽を吸い集める様に紅く、赤く、朱く、緋く――

 

 その刃を振り上げ、ここまでかと身構えた矢先。その刃の軌道は此方を向けられていない。

 

「フッ」

 

 その軌道が切り裂いて向けられる先には、背後にある教会が――

 

「やっ、やめろおおおおおおお!!!!」

 

 放たれた光の刃は、教会の屋根を掠めて、少し離れた高層ビルを斜めに切り裂いて、アーカムシティの空に爆音を響かせた。

 

「ふむ、僅かに手元が狂うか」

 

 剣を握る手を確かめるように捻るその姿は、不調をただ確かめるだけの少年の姿だった。

 

 今はギリギリ教会に被害はなかった。でもそのあと切られたビルにはどれだけの人間が居た?

 

 今は夕方。そろそろ帰ろうとするサラリーマンやOLたちで賑わってただろう。崩れたビルの下の道路には、帰りを急ぐ母や父が、学校帰りの子供だって居たかもしれない。

 

 この教会の近所も、九郎にとっては庭同然。そんな日常の風景だって、眼をつむれば思い出せる。

 

 そんないつも通りの何気ない平和な光景を、目の前の少年はさも気にしていない様にぶち壊した。

 

「さぁ。寝ている暇はないぞ、その分だけどれだけの――っ」

 

 続きは言わせなかった。言わせちゃならなかった。言わせてたまるか!!

 

 怒りで真っ白になった頭は、ただ拳を振り上げた。

 

 顎を打ち上げ、ロケットの様に空へと舞い上がる姿を睨み付ける。

 

 へっ、ざまぁみろ。そのまま落ちてトマトみたいに潰れる前にその顔をワシ掴んで地面に叩きつけてやる!

 

 しかしそう意気込んでも、少年は降りてこない。

 

 空中で一転した少年は、空に立ち、此方を見下げていた。

 

「返礼だ。返してやるぞ」

 

 再び深紅の刃に魔力が集う。

 

 またあの一撃を振るうつもりなのか。

 

 あの光景が、日常を破壊する深紅の光の刃が、今度こそ教会も巻き込んで振るわれる。

 

 ビルの両断される光景がデジャヴり、その光景に教会が重なったとき、怒りの導火線に火の点いた心が爆発した。

 

「うっうぅおぉぉぉぉおおおおおおおお――――デモンベェイイイイインッッッッ」

 

 気付いた時にはデモンベインを喚んでいた。この吐き気がする、人間を人間とも思っていない様なクソッタレ野郎をぶっ潰す力を俺は求めた。その力で手っ取り早くイメージ出来たのがデモンベインだった。

 

機械神(デウス・マキナ)を喚んだか。これで少しは楽しめそうだ、なっ!」

 

 アイツが、マスターテリオンを名乗った少年が、深紅の刃を放ってくる。

 

「魔導書! 結界を」

 

「ったく、人使いの荒い!」

 

 デモンベインが結界を展開し、その強力な魔術防禦陣が深紅の刃を浄化して消し去った。

 

 やれる。いくらマスターテリオンを名乗ったところで、デモンベインの力なら!

 

 そう意気込める力強さがデモンベインにはある。あの覇道のお姫様が必死に魔導書を探していたのもわかる力だ。

 

「なるほど。これは生身で相手するには少々骨が折れそうだな」

 

 そう呟いたマスターテリオンの背後からパラパラと音を立てて紙が沸いてくる。

 

 その紙は二重螺旋を描いてマスターテリオンの腕の中に集まると、女の子の姿になった。

 

 その女の子の放つ気配は、今目の前で此方をサポートしている背中と同質に感じた。

 

「そっ、それは……」

 

「ちぃ、出てきおったか」

 

 魔術師は魔導書を得る事で、その外道の力を行使する者。マスターテリオンを名乗るなら、魔導書を持っていても不思議じゃないのは考えなくてもわかる事だった。

 

「紹介しよう。我が魔導書『ナコト写本』!」

 

 黒い女の子、ナコト写本の精霊から頁が溢れ、マスターテリオンの身体を包み込みその姿を変える。

 

 黒い髪はより闇を携えた黒に。紅い瞳は宝石の様な蒼に。腕の内に収まる少女の特徴に上書きされていく。

 

 胸元を晒した黒いコート姿になったマスターテリオンからは魔力が湧き水の様に垂れ流され、世界を冒して行く。そしてその指が虚空に魔方陣を描き、口にさせる言葉は祝詞であると理解した時には遅かった。

 

「我は黒き王。我は悪徳を敷く者なり」

 

「我は黒き鳥。我は黒き天使なり」

 

 世界へと響く声は心地よく、そしてその存在を誇示する様に力強かった。

 

「罪深き黒き風よ。因果地平を吹き荒れろ」

 

「罪深き黒き天使よ。共にこの永劫を駆け抜けよう」

 

 その言葉はとても悲しみに満ち溢れ、世界を呪う呪怨だった。

 

「虚空の空より来たれ、我が半身!」

 

「永劫の刹那を冒せ、我が翼!」

 

 黒い風が魔方陣から吹き荒れ、その姿を顕そうと機械の手が魔方陣の中から現れ、這い出る様に魔方陣の縁を掴んでいた。

 

『絶望の空に舞い降りよ――シュロウガ!』

 

 二つの声が重なり、その名を詠んだ時。黒い旋風と共にその機神は翡翠の光を背中の翼から放ちながら姿を顕した。

 

 黒く細い四肢。肩や頭には金色の装飾が施され、背中には一対の翼。身体に走る紅い線はまるで血管の様だった。

 

 デモンベインよりも一回り小さいのに、その姿に気圧される。

 

 これがマスターテリオンの鬼械神(デウス・マキナ)なのか。

 

『さて、仕切り直しと行こうか。大十字九郎』

 

『マスターに手を上げた罪、主従共々思い知らせてやるっ』

 

 マスターテリオンの興奮を隠せない声と、その魔導書の怒りに震える声を耳にして、来ると直感で感じて身構える。

 

「なっ!?」

 

 気付いた時には、黒い鬼械神――シュロウガは懐に入り込んでいた。

 

 見えない程の速さ。まるで黒い疾風の様だった。

 

「っぐ、あああ!!」

 

「ぐあああああっ」

 

 強烈な衝撃がコックピットを揺さぶる。

 

 シュロウガに殴られたデモンベインは吹き飛ばされ、背中から地面に激突する。

 

『どうした大十字九郎。アル・アジフ。お前たちの力はこんなものじゃないだろう』

 

『黒き羽根と共に、死の舞を踊れ!』

 

 シュロウガが展開する背中の翼から若葉色の光が広がって光の翼となる。その翼から剥がれ落ちる様に光の羽が次々と撃ち出される。

 

「うわああああああっ」

 

「っ、まずい、ぞ。このままでは、嬲り、殺し…だ」

 

 次々と突き刺さっては爆発する碧色の羽。それはエーテルで作られた純魔力の塊だった。

 

 それがわかったところでこの絨毯爆撃の様な羽の嵐をどうこう出来る手段がない。

 

「おい魔導書! なにか武器はないのか!?」

 

「くっ、今すぐに使えるのは、これだけかっ」

 

 使い方と共に武器の情報がインストールされる。お約束的に装備されたこめかみのバルカン砲を放つ。

 

『その程度の玩具(オモチャ)を宛がうな!!』

 

 しかしバルカン砲はシュロウガの展開する光の壁を虚しく叩くだけに終わる。

 

『我が敵を破砕せよ、ガンファミリア!!』

 

 翼を閉じたシュロウガの背中から何かが射出された。

 

 黒い羽を生やした拳銃だった。

 

「そういうのアリかよチクショー!!」

 

 前から後ろから、横から上からと、オールレンジ攻撃してくるビットを防禦陣でひたすら防御する。

 

 狙いをつけたバルカンも、高速で動き、しかも小さいビットに当てる腕すらないなら撃ち落とそうとするだけ無駄だ。

 

 ひたすら耐えて、チャンスを待つしかない。

 

「おい汝、何時まで好き勝手撃たせるつもりだ? このままでは此方の魔力が尽きるぞ!」

 

「わぁってるよ! だから今はチャンスを待つしかないだろうが」

 

 放ってくる弾丸は実弾だった。ならいつか弾が切れるはずだ。その時がチャンスになるはずだ。

 

 一方的に撃たれ続けるものの、防御にすべての意識を割く防禦陣は強固なものだった。

 

『反撃することもなく守り一辺倒。この程度で。この程度がっ。この程度の力しかない者が!!者たちがマスターに手を上げたなどとっっ!!!!』

 

 聞こえてくる少女の声はもはや怨嗟に近かった。

 

 そんな恨まれる事をした身に覚えはないんだけどなぁ。

 

 そう思いつつ、ビットが戻っていくのを九郎は確認してデモンベインをジャンプさせる。

 

 脚の推進機も使って、上空のシュロウガ向けて拳を突き出す。

 

『この程度でしかないのならっ』

 

 デモンベインの突き出した拳はいとも容易く受け止められてしまう。しかも掴んだ拳から腕まで掴み、シュロウガはデモンベインを空中で背負い投げ、デモンベインはそのまま地面に激突した。

 

「がああああああっ」

 

「ぐうううっ」

 

 ダメージによって回路のいくつかがエラーを吐き出す。その修正は魔導書に任せるとして、デモンベインを立ち上がらせる。

 

『我が一撃で、冥界へ逝け!』

 

 シュロウガが突き出した手に黒々とした光が集まって膨れ上がっていく。

 

『数価変換、ゲマトリア誤差修正……』

 

 それはまるで黒い太陽の様に、黒い球体は眩い光を放ちながら、その脅威を示さんとするときを今か今かと待ち侘びていた。

 

『アキシオン・キャノン、マキシマム・シュート!』

 

 放たれた黒い球体に危機感が振り切れ、無理矢理機体を動かして退避させれば、着弾した地面がごっそりと抉り取られて消滅した。

 

「なっ、なんなんだよ……今の」

 

「重力結界弾だ。触れたら最後、あのように抉り取られて消滅は必至ぞ」

 

 んな危ない武器まで持ってるなんてエゲツすぎはしませんかね!?

 

「っぐぅぅ」

 

 そう思うのも束の間。機体に、身体に、押し付けられる様な物理的な重圧が加わった。

 

 デモンベインの周囲にある建物は押し潰された様に潰れ、地面もクレーターを穿つ様に陥没した。

 

「うっ、重力結界かっ! このままでは、押し潰される……っ」

 

「くっそぉ……!」

 

 どうにか脱け出そうとレバーを操作してもデモンベインは動いてはくれない。機体が軋みをあげながら地面へと沈み込む。骨が軋む。加圧を加われた内臓が今にも腹を破って落ちそうな程だ。

 

『この程度の魔術で膝を着く程度なら、もう良いわ』

 

 地へと降り立ったシュロウガはその翼を広げ、光の羽が勢い良く吐き出されて拡大し、その碧色の光がアーカムシティを照らしていく。

 

『ティプラーシリンダー、オーバードライブ』

 

 両腕を広げるシュロウガの目の前に、十字を四つあしらった光の輪が現れる。

 

『テトラクトゥス、グラマトン……』

 

 その輪の中心に光が集う。その光は今度こそ喰らえば致命的という言葉すら浮かばない程の明確な死が内包されている事を感じさせる。まるで存在そのものを消し飛ばさんとするかの様な光だった。

 

『さぁ、虚無に還りなさい!』

 

『――そこまでだ、クロハ』

 

 その言葉と共に、今放たれんと爆発的に力を溜め込んでいた光は霧散した。

 

『何故、何故お止めになるのですかマスター!?』

 

 シュロウガから悲痛な叫びが響いてくる。何故目の前の敵を生かす必要があるのかと問う声は今にも泣き出しそうに聞こえた。

 

『この程度の術者にその奥義で葬る必要はない』

 

 そう言いながら、シュロウガはデモンベインに背を向けた。

 

『そう。この程度で尚這いつくばる者たちだったのならばの話だがな』

 

 そうマスターテリオンの声が響いた瞬間、一瞬でシュロウガの翼は光の羽の勢いを取り戻し、背中越しにもその強烈な光の姿が見えるほどに力は膨れ上がっていた。

 

『俺は言ったぞ。いや、言おうとしたが正しいか』

 

 まさか……。止めろ。これは俺たちの戦いのはずだ。そっちは関係ないだろ!!

 

『お前が寝ている間、その分だけどれだけの人間が死ぬかな?』

 

「やめろおおおおおおおおおーーーーーっ!!!!」

 

『圧壊せよ、アトラクターシャワー!!』

 

 九郎の叫びも虚しく、シュロウガから放たれた光は天空へと昇り、花火の様に弾けた光は幾筋もの線となって降り注いだ。

 

 着弾した箇所から漆黒の球体に呑み込まれ、抉り、穿ち、破砕し、消し飛ばし、着弾したアーカムシティの街並みは黒煙と紅蓮に呑み込まれていった。

 

『フフフ……』

 

 奴の、マスターテリオンの声が、陽の沈んだアーカムシティに木霊する。

 

 それは笑い声だった。

 

『あははははははははははっ、っははははははは!!!!』

 

 ひたすらに良く透る澄んだ声が世界に反響する。

 

『あはっ、あははははは、ははははははははっっ!!』

 

 それは終わることなく、何時までも何時までも、まるで狂ったように鈴の音を転がす少年の声は響いていた。

 

『あはははははははっ! あはははははははははっ! どうした、大十字九郎? ははっ、 あははははははははは!』

 

 無邪気に笑い続ける。傲慢に笑い続ける。狂ったように笑い続ける。亀裂のような笑みを浮かべるソレを―――俺は、このときはっきりと認識した。

 

 ―――コイツは、人間じゃない。人間と―――認めるわけにはいかない。

 

『はははははは――――っ』

 

 永遠に続くかと思われた狂笑は、しかしそれは突如終わりを告げ、九郎は思わず心臓を鷲掴む様にボディスーツの上から手を胸に当てた。

 

『次は、当てるぞ?』

 

 何に? 何処に?

 

 その思考が走り、振り向くシュロウガの視線の先を追っていけば、その先には教会が見えている。

 

「―――――――――っ!!!!」

 

 マスターテリオンの意図を理解した時、俺の(なか)で何かが弾けとんだ。

 

 意識が急速に拡大し、それは全方向――世界へ向けて拡散していく。躰は燃えるほどに熱くしかし、意識は冷たく冷静に澄み渡り、冴え渡っていた。まるで世界の果てまでも見通せる様な、そんな超感覚。

 

『ようやく覚醒(めざ)めたか。そうだ、それで良い』

 

 マスターテリオンの歓喜に満ち溢れた声が聞こえる。

 

『そう、魔術とは感情を理性で制御し、昂る魂を魔力と融合させ、精錬、精製するものなのだ。これが出来なければそれは魔術師とは言えんよ』

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっっ!!」

 

 マスターテリオンのご高説を前に、俺は掴みとった感覚をより高め、デモンベインを押さえつける重圧、その結界の構造を読み取る。そして、読み取った結界の繋ぎ目に魔力を流し込んで構成を崩壊させる。魔力が迸り、硝子が粉々に砕け散るような甲高い音と共に、重力結界が消えた。

 

「マスターテリオンの術を解呪(ディスペル)した!? 自力では術も満足に紡げない此奴が?」

 

 自らを縛る枷を文字通り引き千切り、デモンベインは疾駆する。疾走させる。地響きを響かせ、紅蓮に焼けるアーカムシティを揺るがしながら。地に脚を着く黒い鬼械神に渾身の一撃を叩き込む為に。

 

「このクソ野郎……! テメェのそのニヤケたツラァ! カートゥーンみたくペラペラにしてやらぁ!」

 

 佇んだままでいるシュロウガに向けて、鋼鉄の拳を握り締め腕を引き絞る。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 固めた鉄拳に集まる魔力が放電し、空間を灼き、迸る。渾身の魔力を込めた拳を、シュロウガへと叩き込む。デモンベインと比べ細身で一回り小さいその機体でマトモに喰らえばただでは済まないはずだ。

 

 身構えずに佇み、迫る拳を凝っと見つめるシュロウガの、光の壁を、激しい火花と紫電を散らしながら拳が押し込まれたデモンベインの拳が、皹を入れ、そこから喰い破り、打ち壊す。

 

『っ、ディフレクトフィールドを打ち破った!?』

 

 シュロウガの内から、少女の驚愕の声が上がる。

 

『小賢しい……っ』

 

 そしてようやく動き出したシュロウガの右腕が、デモンベインの右拳を受け止める。

 

『っ、きゃああああああ!!』

 

『うぐっ……!』

 

 だがデモンベインの拳の勢いは止まらず、シュロウガの腕を撃砕し、その漆黒の機神を殴り飛ばした。

 

「へっ、どうでぃ! このまま一気にバラしてやらあ!!」

 

『っぐ、……!! 思い上がるなあああっ』

 

 再び駆けようとするデモンベインを、少女の怨嗟が込められた二つのビットが足止めする。

 

「っ、厄介な武器だぜまったく!」

 

 飛び退いて銃撃を回避した矢先、視界一杯に紅い双眼が映り込む。

 

「っっっ!!??」

 

『フフフ……』

 

 右腕を粉砕されながらも、翼を広げたシュロウガは左手でデモンベインの顔面を掴み、押し倒した。

 

「あっ、がああああああっ」

 

「ぐううううっっ」

 

『中々に刺激的な一撃だったぞ。大十字九郎』

 

『よくも私とマスターの翼に傷をっ!!!!』

 

 パキパキと音を立てて、欠損したシュロウガの右腕――残った上腕から紫色の結晶が生え、砕け散ると共に右腕が再生していた。

 

『ズフィルード・クリスタル、正常稼働。機体修復率98.3%』

 

 戦いで負った傷が修復されていく。そんな機能まで持っているのは反則だろ。

 

『我がシュロウガに傷を付けた褒美だ。しかと受け止めろ』

 

 上空へと舞い上がるシュロウガはその手の中に冥い紫電を迸らせ、一振りの剣を召喚した。

 

『魔王剣、ディスキャリバー!』

 

『ディーンの火よ。その灯火を点せ』

 

 引き抜いた剣で、自らの手を傷つけ、その手を掲げ血を媒介に魔方陣を描く。

 

『転神だ、シュロウガ!』

 

『モード、エーテルライダー!』

 

 変形し、漆黒の鳥となったシュロウガは目にも止まらぬ速さで空を駆け、魔方陣の中を突き抜けてこちらに向かって突撃してくる。

 

『マキシマム・ドライブ、オーバーブースト!!』

 

『受けろ、アカシック・バスタァァァァー!!』

 

『シュロウガよ…闇を抱き、光を砕け! 我が怨敵の運命(さだめ)を消し去れっ!!』

 

 魔方陣を突き抜けて加速するシュロウガのボディが黒い焔に包まれ、それは巨大な鳥となって羽撃く。

 

 デモンベインのスピードで、格段に速さの増したシュロウガを回避するのは不可能だと九郎は確信していた。

 

「魔導書! 全部の魔力を注ぎ込んだって構わない! 全力で防御をっ」

 

「それしか打つ手がないかっ!」

 

 全力で幾重もの防禦陣が展開される。その一枚一枚、突破するのは並大抵ではない。

 

 しかし、運命さえ破壊し消し去る術式を身に纏った黒き獄鳥の突撃を止めるには至らなかった。

 

『闇の焔に抱かれて消えなさい……』

 

『我が絶望と渇望と羨望を知れ』

 

 易々と打ち砕き、侵し、冒し、犯し。自分でさえ生涯紡いだことのない領域(レヴェル)で堅牢に展開されていた防禦陣が粉々に砕け散る。

 

 それでも、防禦陣に込められた魔力が、対魔術防御の術式が、僅かにでもシュロウガの纏う魔力と術式を削っていた。

 

 衝突と共に駆け抜ける衝撃と魔力が弾け迸る爆発。大気を激震させ、閃光は白き闇となってすべてを呑み込んだ。光に呑まれる、光に満たされる、光に冒される。

 

 光よりもあとに来る筈の音は、耳に入ることはなかった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 横倒しのコックピットの中、九郎は寝そべった状態のまま、メインモニターに映し出されたアーカムシティの夜空をただ見上げていた。

 

 全身が痛みに悲鳴をあげていても、そんなことは気にならなかった。

 

 やはり寝転がったままのアル・アジフに九郎は視線も向けず絞り出すように、語りかけた。

 

「……おい、魔導書」

 

「……何だ、我が主?」

 

「…………………」

 

 瞳を閉じる。

 

 それだけで、あの狂笑が、耳に焼きついた聲が脳裏に甦る。

 

 記憶に焼きついた、忘れてしまいたい邪悪すら色褪せる邪悪が。暴虐の権化が、焼きついて離れない。

 

 続きを絞り出した声は、情けないくらいに震えていた。

 

「……なんなんだよ、アレは。あんなのアリなのかよッ!」

 

「これが今の汝と妾の限界だと云う事だ。妾は魔導書として不完全な状態にあり……汝は敵と戦うには、あまりにも未熟過ぎる」

 

「くっ……!」

 

 震える歯を無理矢理噛み合わせた。

 

 奥歯が砕けそうになるくらいに、強く。

 

 ギシリッと歯軋りが響いた。

 

「……それでも俺なのかよ? こんな落ちこぼれより、もっと役に立つのがいるんじゃねぇのか?」

 

 この期に及んでこの台詞だった。逃げ道が欲しいのか。この身を苛む恐怖から逃げ出したくて仕方がなくて、そんな情けない声が出てくる。

 

 アレを、あんな邪悪を目の当たりにして、こんなにも灼きついてしまっているのに。

 

 まだ、今なら逃げられると。今なら知らん振りをしていつも通りの日常に帰れると思っているのか? そう思いたくて仕方がなかった。

 

 そんな九郎をアル・アジフは逃がさなかった。そんな甘い幻想をハッキリと両断し、断言した。

 

「それでも汝なのだ。妾と魔力の波長が合い、かつまだ魔術の邪悪に染まっていない人間は汝しか居ない」

 

 アル・アジフの言葉のひとつひとつが、逃げ道を崩壊させて現実という崩落で塞いでいく。

 

「それに……他を探している時間は無い」

 

「でも俺はこのザマだぜ?」

 

 最後の逃げ道。こんなザマの自分を指して相手の失望を買おうとする。

 

 そんなに逃げ道が欲しいのか。すべてを放り出してあの廃れたアパートのソファに身を落ち着けて一眠りすれば、すべては夢だったと言われたかった。

 

 だがそんな最後の逃げ道さえ、アル・アジフは現実という名の爆弾で吹き飛ばして、埋め合わせていく。

 

「ならば強くなることだ。大十字九郎……これでも汝はまだ見ない振りをするつもりか?」

 

 すべての逃げ道は塞いだと言わんばかりの顔を向け、現実を、アル・アジフは語る。

 

「マスターテリオンを放っておけば今日の様な事が、また誰かの元で起こる。誰かが涙を流す。誰かが血を流す」

 

 脳裏を過ぎ去るのは、両断された高層ビル。抉られた街。押し潰された建物。紅蓮に呑み込まれていったアーカムシティの姿。

 

「邪悪を知り、それと戦う力を得、それでも汝は瞳を閉ざし続けるのか?」

 

 笑い続ける漆黒の魔人。その一挙一動で、日常が崩れ去っていく。

 

 敢えて見逃されたのだろう、ライカさんやガキんちょたちが居る教会は無傷だった。

 

 次は、当てるぞ――。

 

 次は、見逃されない。次は、奪われてしまう。

 

「――答えろ、大十字九郎!!」

 

 逃げ道はない。どうしようもない現実が九郎へと、ちっぽけなひとりの男へと降りかかった。

 

「……くそっ」

 

 そんな理不尽な現実を嘆いた。

 

 そんな理不尽な運命に怒った。

 

 そんな理不尽な未来を呪った。

 

「うがああああああああああああああああああ!!!!」

 

 そんな――どうしようもないすべてを慟哭し、口を突いたのは魂の叫びだった。

 

 その叫びと共に、心の中の何かが砕け散ったのを感じた。

 

 それはなんだったのか。自分が自分で居られるなにかだったのか。それとも邪悪に怯えてただ逃げて塞ぎ込むちっぽけで矮小な自尊心だったのか。

 

 それがなんだったのか探すのは無意味だ。

 

 記憶に焼きついた紅い瞳。血に塗れ、燃え盛る闇の眼。

 

 死者の灰を、平穏の骸が焼き尽くされた灰を被った黒い髪。闇を吸い、染め上げられた邪悪な黒の髪。

 

 狂った様に人の死を笑う。人の不幸を、災禍を嗤う狂笑。

 

 ……赦さない。許して置けない。

 

 絶対に赦せない。あんな怖気のする邪悪は認めてはいけない。

 

 マスターテリオン!

 

 ブラックロッジ!

 

 二度と……もう二度と!絶対に笑えなくしてやるっ!!

 

『あっはははははははははははははははははははっ』

 

 やってみろと、その不様な男がやって見せろと。幻聴が、幻笑が、嘲笑う。

 

 ちくしょぉぉぉっ!

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーッ!!」

 

 悔しさを、決意と共に吐き出す様に、九郎は夜空に向けて吼えた。

 

 

 

 

to be continued…



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邪悪が微笑む朝

なんかスゴい勢いでお気に入り数増えたからなんだぁ?って思ったら、日刊ランクに載っていたらしい。

だからちょっと頑張ってみた。閑話を挟んでサクッと飛ばす方針でも構わないよね。


 

 陽が沈み夜の摩天楼となったアーカムシティ。だがその一画では紅蓮に灼け、人々の悲しみと怨嗟が渦巻く地獄が生まれていた。

 

 ビルは倒壊し、アパートや地面は抉れ、瓦礫の下には何人もの人々が下敷きとなっては苦しみに喘ぎ、呻き、あるいは絶命していく。

 

 そんな地獄のアーカムシティの夜空を、漆黒の獄鳥が飛んでいた。

 

「っフふ、ふははははは、あっははははははははははははっ」

 

 既にロール(役割)から離れているというのに、機神のコックピットには少年の笑い声が木霊していた。

 

 それは眼下で今も死に逝く生命を嗤っているのではなく。人々の怨嗟を聴いて愉悦しているわけでもなく。

 

 己の腕の痛みに笑っていた。

 

 ズタズタになった右腕からは、今も興奮冴え止まない心臓の躍動に合わせて、全身に血が廻る勢いに合わせて血が流れだしていた。

 

 デモンベインによって打ち砕かれたシュロウガの右腕。魔術回路で繋がっていた彼の腕もまた、ダメージを受け、魔術回路を逆流してきた大十字九郎の――デモンベインの破邪の魔力が腕を裂傷させていったのだった。

 

「あははははは、っっヒグッ、ゲホッゲホッ、エホッ、んぐっ……。っ、ヒィーッ、ヒィーッ、くくっ、っあはははははは、あはっ、見た? 見たよね? 見ていたよね? ねぇ、クロハ!!」

 

「――イエス、マイ・マスター……」

 

 まるで狂っている様に笑い続けながら自身の名を呼んだ主に、悲痛な表情を浮かべてクロハは応えた。

 

 それはもちろん、何よりも優先し、何よりも崇拝し、何よりも信仰し、何よりも敬愛する自らの主に傷を負わせてしまった負い目と、自らの慢心が招いてしまった事に対する自責の念。

 

 そして――。心を病んでしまっている主に対する労しさもあった。

 

 ようやくだ。ようやく、ようやく主の積年の労力が報われる刻がやって来たのかもしれない。

 

「あはははははっ。九郎のヤツ、俺たちのアカシック・バスターを耐えやがった! 数十年前のあの時、扉を越えてきたアイツ等には耐えられなかった一撃を薄皮一枚で耐えたんだよ!? 軍神ですらも打ち壊せる一撃に耐えたんだ!! これが笑わずにいられる? 祝福せずにいられる? これが嬉しさを隠して胸の内に留めておける? いいや! 無理だね、不可能だ、不毛だよ!! 嗚呼(ああ)、まだ神の神器を手に出来るかなんてわからないけど確実にこれだけは言える!!!!」

 

 息継ぎもせずに一息に言葉を並べ立てるその姿は、突き抜けるところまで突き抜けてしまった狂人であると誰もがそう言うだろう。

 

 だが、従者たるクロハはそうは見えなかった。

 

 赤子の力でも容易く折れてしまう枯れ木が最後に魅せる生命の息吹の様に、力強くも儚い姿に見えた。

 

「俺たちの役目も、もう最期(おわり)だ……」

 

「イエス、マスター。私達はその為だけに、この悠久を戦って来ました」

 

 彼の願いは、その生に白き王の手によってもたらされる魂の一片も遺さぬ消滅。

 

 人の負の極限に立つ自身がまかり間違っても遺ってしまってはならない。それは人としての最後の切なる願い。

 

 死後も邪神に利用される可能性を残さない為に。もうあの無貌に利用されるなんぞクソ喰らえだと、彼はそれを誓いに今まで待ち続けた。

 

 白き王が完膚なきまでに自身を滅する領域に到れる刻を。

 

 マスターテリオンとしてロールプレイ(演者)をしている時は、クラインの壷のバックアップを受け、正真正銘の大導師としての強さを持っている。

 

 故にこんな序盤で、ここまでの手傷を負うということはまず今まであり得なかった。物語りのバックアップを受けていても、それを自力で上回れてしまっている事に他ならない。

 

 大十字九郎の潜在能力は、人間として負の極限に立つマスターテリオン(クロウリード・ダーレス)を討ち滅ぼせる領域に到れているということだ。

 

 もしかしたら今回でこの無限獄も終わりだろうという可能性に、ただひたすら笑いが込み上げて来るのだ。

 

「マスター、治療を」

 

「いいよクロハ。しばらくこのままで良い。このままが良い。このままでいさせて」

 

 ズタズタになった腕から流れる血を、丁寧に舐めとっては恍惚とした表情を浮かべるクロウリード。

 

「あぁ、この味。血の、戦いの、生命の、終わりの味だ……」

 

 大導師である彼は、滅多な事では血を流さない。人類でありながら神の血を引く落とし仔。ロールプレイ(役者)の間その能力を附与されるクロウリードは、不老ではあるが不死ではない。老化で死なないだけで、病気、呪い、飢餓、それこそ外傷でも致命傷を受けたら死ぬ存在でしかない。

 

 元々は邪神の戯れで大導師という役目をやらされているただの人間に過ぎないだけなのだ。

 

 黒き王がその従者の復活を果たしても代役に主演をやらせているのも戯れだ。

 

 そう、これはただの戯れ。邪悪の気紛れ。

 

 死ねばそれまでの代役に過ぎない。それは逆説的に死ぬまでは黒き王の代役として生命だけは保証されているということだ。

 

 故にクロウリードは死なぬ様に己を高め続けてきた。魔術で、錬金術で、科学で。

 

 ただのロール(役割)を超えた存在として、彼は存在している。存在し続ける。存在させ続ける。

 

 すべては己の目指す幕引きの為に。

 

「もう少し、あと一息……。付き合って、クロハ」

 

「……何時までも、何処までも。たとえ死が私達を別とうとも、御側に居ます。私は、あなた様の下僕(しもべ)。あなた様の剣。あなた様の盾。あなた様の愛隷。この身も心も魂も、すべては我が主の為に」

 

 傅き、頭を垂れる漆黒の少女に、黒き少年はその忠義と愛に酬いる為にその腰を抱いて引き寄せた。

 

「あっ、ま、ますたー?」

 

「クロハ。愛しき従者。運命の同胞。魂の半身。俺はお前が居るから……」

 

 頬に手を添え、唇を重ねる。

 

 舌を絡め、舐り、犯し、身体を押し付け合い、胸を嬲り、脚を股座に擦り付け合い、首筋を舐めあげられ、互いに互いを愛撫して心を高め合う。

 

「っ、はぁぁぁぁ……ます、たぁ……」

 

「……クロハ。大好きだよ」

 

 愛しているとは言わない。そんな飾る言葉ではなく、ストレートに、初めて好意を口にする無邪気さの様に言葉を贈る。

 

「っっっ、わた、私もっ。私もです、マイ・マスター……」

 

 唇を重ねる度に身体の魔力を循環しあい、交換しあい、分かち合い、傷を癒した手で腕の中の少女の服に手を掛ける頃には、もう黒き獄鳥も姿はなく。打ち捨てられた廃墟の建物からは一晩中少女の喘ぐ声が響いていた事を知るのは、それを肴に乱痴気騒ぎをするとある主従と混沌だけだった。

 

 ちなみに声に釣られて光に集る羽虫の様に集まって来た、女に餓えるホームレスやチンピラの男性方々はもれなくティンダロスの猟犬に追いかけまわされる事になったとか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 翌日。まだまだ足りないというか、もう興奮しまくりでハッスル状態から降りてこない思考を、予備の分割思考に切り替えて第13封鎖区画の土を踏む。

 

 レムリア・インパクトによってガラス化した地面を踏み締め、邪神の怨嗟という呪いの中を掻き分けながら夢幻心母の入り口を潜る。

 

 早朝だけあって、さすがの夢幻心母内も物静かだった。邪悪の根拠地とあって、ガチホラーが苦手な自分の心に毒な程の不気味さ満点の真っ暗な通路を歩いていく。

 

 ちなみにクロハは足腰立たないどころか、色んな体液ででろでろで、あへあへになっている為、魔導書形態で持ち歩いている。頁の隙間から半透明の液体が絶え間無く漏れだしているのは武士の情けで見逃して知らないフリをしてあげとこう。

 

 あとでそれを教えてあげれば、「マスタぁーのばかぁぁ!」って、顔を真っ赤にして涙目になって拗ねる姿はお持ち帰りしたいくらいかぁいいんだよ。

 

 ちなみにそのまま頂くのもあり、むしろ羞恥心全開で悶える彼女の姿に熱いパトスが爆発する。

 

 ドMだからね、Sっけはこれっぽっちもないのについ虐めたくなるんだよ。さすがはナコト写本の系譜。

 

 さぁ、目の前の君も今すぐナコト写本を見つけ出して契約してくるといい。新しい世界が開けるよ?

 

 修羅道(ロリコン)がなんだ! ペドフィリアがなんだ! 児童ポルノがなんだ!! 来いよPTA、理性も常識も捨ててかかってこいよ!!

 

 すべて皆殺しにしてやる。勝てば官軍。俺が法だ、黙して従え。

 

「ダメだ。まだ帰ってこれてない……」

 

 余程大十字九郎に傷つけられた事が嬉しすぎたらしい。

 

 そんなマゾっけはないはずなんだけど、これはもう黒き王としての性かもしれない。それほどまでに待ち望んだ相手からの必死の抵抗だ。

 

 思い出すだけでも身体が熱を帯びて、歓喜にうち震え、恍惚と幸福感に絶頂すら覚えそうだった。

 

「やぁ、兄さん。朝帰りなんて、昨日はお楽しみだったみたいだね」

 

「るさいよ、ペル坊。出歯亀して乱痴気騒ぎしてたの知ってるんだからね」

 

 いつの間にか現れたペルデュラボーことペル坊を伴って廊下を歩く。

 

「それにしても、随分と手酷くやられたみたいだね」

 

「手だけにってか?」

 

 右手をにぎにぎと閉じたり開いたりはするが、十全とは程遠い。魔術回路をズタズタにされてしまっているのだから当たり前か。

 

「見てたよな?」

 

「はっきりとね。この僕も、些か興奮を禁じ得なかったよ」

 

 クククククと、笑いを噛み殺し、口許を押さえながらも堪えきれない笑いが口許に弧を描く様は、まだまだあどけない子供の容姿と相まってとてつもなく絵になっている。

 

 それを横目に、懐から取り出した懐中時計のスイッチを押す。チクタクチクと針が音を立てて反時計回りに時を刻み、右腕に力が戻り、漲っていった。

 

 ド・マリニーの時計。あらゆる時空間に干渉出来るアーティファクト。その気になれば時間旅行すら可能である魔法の領域にあるアイテムだ。

 

 しかし成る程。いつも隣に居るはずのエセルの気配がない理由がわかった。

 

「盛りすぎだバーカ」

 

「それはお互い様じゃないかな? 兄さん」

 

 クロハの香りに混じって、似ているけれど別の甘い香りもしてくるくらいには、今日はエセルもクロハ使い物になりそうにないだろう。

 

 差し迫ってなにかが起こるわけでもないため、たまにはそういう日もあって良いだろう。

 

 月に1度程はブッキングしてそういう日があるのだが、構うまい。魔導書の精霊だって休みは必要だ。

 

「くぅ~ろう!」

 

「グエッ!」

 

 真正面から頭突きをかましてきた赤毛ネコ娘を避けきれずに、モロに鳩尾に衝撃を喰らう。

 

「もぉーっ、ネロを仲間外れに朝帰りなんていけないんだぁ~! 腹いせに軽く世界滅ぼしてきて良い?」

 

「……大丈夫かい? 兄さん」

 

「おっ、ごぅ……うっ…」

 

 なにも身構えていなかった無防備の状態での一撃。しかも今は大導師プレイをしているわけでもなく耐久力も人間のソレ。

 

 そんな身体に小柄の女の子とはいえ魔人が手加減抜きに頭突きしてきたのだ。

 

 衝撃で破裂したり背骨が折れて皮膚を喰い破って臓物をブチ蒔けるスプラッタな光景にならず呻く程度だけで済む辺り、人間としてはかなり頑丈ではあったりする。

 

 それでも魂が口から出そうな勢いで弱々しく呻くクロウリードの様子に、さすがのペルデュラボーもガチで心配する顔で問う。

 

「うぐぅっ、……こぉぉ、らああぁっ。エンネアぁぁあ……」

 

「きゃーっ! クロウが怒ったぁ♪ 逃げろ逃げろー!」

 

 まるで地獄から這い上がる亡者の様に呻きつつ怨嗟を乗せてネロの頭を掴もうとするが、その時既にネロはクロウリードから離れて走り出していた。

 

「まぁぁぁてぇ、こらああああーっ」

 

 割りとマジで怒気を孕んだ怒声をあげながらクロウリードは逃げるネロを追い掛ける。

 

「大導師プレイ中ならともかく、素の耐久力知っててわざとやって来る赤ネコ娘にはもう我慢ならねぇ!! 今日という今日はお尻叩き千回の刑じゃオラァ!!」

 

「わー、ころされるー、たべられるー、いやー、やめてやめておねがい、おいかけてこないで、きゃー、おかされるー、ろりこんだいどうしさまがはぁはぁいいながらせまってくるー」

 

 それは俺だけじゃなくペル坊にも地味にダメージ行くから止めない?

 

「はて? 今の僕はペルデュラボーだよ兄さん。ブラックロッジの大導師、マスターテリオンは兄さんのことじゃないか」

 

 俺の周囲に味方がクロハしか居ない件について。

 

 そんな邪悪の住み処。邪悪たちは笑って一日を始めた。

 

 邪悪の微笑む時、聖者は嘆き苦しみ涙を流す。

 

 誰かが幸福であるのなら、それは誰かが不幸であるという話の様に。

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 アーカムシティは広い。とにかく広い。東京23区よりもデカいのではないかと思うほどに広大だ。

 

 小さな片田舎の町が、世界最大の大都市へと変貌する様は、文明の力と発展を日々目にするかの様なある種の感動。または植物観察日記を付ける幼少の頃のワクワク感さえ覚える。

 

 ひとつふたつの区画が吹き飛ぼうと、それに恐怖するだけで、被害のない区画の人間たちは今日も変わらぬ日々を過ごす。

 

 1930年代の地球文化を吹き飛ばす勢いで数世代先の文明技術に溢れるアーカムシティ。

 

 破壊ロボが暴れようと、白と黒の天使が時折争おうと、ブラックロッジによる事件が起ころうとも。

 

 人の足が絶えないのは、それだけアーカムシティが魅力に溢れているからだ。

 

 それは邪悪と戦う最前線であり、世界経済の中心であり、覇道鋼造が来るべき日に備えてアーカムシティを発展させた結果である。

 

 そう、この街は邪悪と戦う為の血戦場。人類最後の砦。

 

 そして、21世紀からやって来た未来人型大導師が闇を取り仕切る街。

 

 駅に行けばもぎりが居る切符売り場。ラッシュ時間帯の行列の素。そんな行列に並べるかと、切符販売機と自動改札口を作った。

 

 テレビがあってもゲームがない。西博士にオーダーして作らせて世に解き放つ。ブラックロッジの資金はガッポガッポ。

 

 インターネットやりてぇ。パソコンを現代から持ってきて西博士に複製を作らせて量産後商品として世界に流通とインターネットの整備に従事。懐がほっこり。

 

 株式市場は覇道財閥と一進一退。そうするように出す技術を選んで世に解き放つ。

 

 すべてはこの無限螺旋での退屈な余暇を、快適に過ごすための処置。

 

 そのせいで色々文化が尖って進化している国もある。

 

 第二次世界大戦前の世界だというのに、既にジェット戦闘機やアングルドデッキの原子力空母を人類は保有していたり、核ミサイルも然り。

 

 インターネットの普及の為に人工衛星をばかすか打ち上げたり、電話回線どころか光ファイバーを使用した光回線も大都市には整備されていたり。

 

 日本ではサブカルチャーの進化が80年近く先を行っていたりと。

 

 そこはかとなく文化介入をして資金稼ぎをしつつ暇を潤す。

 

 なにしろ大十字九郎に勝利した後。クロウリードは再び白き王が無限螺旋に挑むまで暇しかないのだ。

 

 マスターテリオンことペルデュラボーがどの様にその時間の暇を潰していたかは知らないが。

 

 クロウリードは内政、又は外交プレイで暇を潰すのが通例だった。その結果が、20世紀前半であれど21世紀と変わらぬ生活環境が整備されたアーカムシティである。

 

 なお鉄道産業と車産業、不動産周りは覇道に任せているため、利便さや娯楽文化は21世紀相当だが。街並みの風景や、鉄道、街を走る車はどこか古めかしくあったりする。

 

 そんな混沌と進化した街を、クロウリードは自転車で走っていた。ありふれたママチャリの荷台に赤ネコ娘を乗せながら。

 

「はぁぁ、ツイてないなぁ。まさか適当にブッパした重力弾が産業道路直撃してたなんて」

 

 昨夜、大十字九郎を煽る為に使った重力散弾の雨は、アーカムシティの複数の区画に大損害を被らせた。

 

 その内の一発が、アーカムシティの動脈のひとつである産業道路を直撃。地下鉄の被害は軽微だったこともあり人の流れはまだ無事な交通経路へと移り、各地で渋滞や地下鉄は定員オーバーの寿司積め状態だった。

 

 大導師や逆十字とバレない様に一般人に紛れているクロウリードとネロも魔術を使わずに移動し、かつ快適な機動力として自転車を選んだのがそもそもの始まりだった。

 

 まだじくじくズキズキと痛む腹部を気にしつつも向かう先は、アーカムシティのシンボルタワーとも言える建物がある場所。

 

 ミスカトニック大学だった。

 

「でもさぁ、クロウ。今さらミスカトニック大学に行ってなにするのー?」

 

 荷台に座るネロがその荷台の上に立ち、クロウの首に腕を回し、その背中に身体をのし掛からせながら目的を問う。

 

 首筋の方から伝わる、クロハとはまた違う甘い香りと背中から感じる軟らかさと熱にも動じずに自転車を漕ぐクロウリードはその質問に対して田んぼを見てくる感覚で答えた。

 

「別に。ただ大十字九郎はどうしているか見に行くだけだよ」

 

 昨日もミスカトニック大学の時計塔で特訓をしていたのだ。そして、理不尽な邪悪を目の当たりにして、安穏と暮らしていられるほど図太い人間じゃないのは俺も知っている。

 

 ミスカトニック大学の学生でも、陰秘学科の学生でも、特殊資料室の見習いでも、秘密図書館のお手伝いさんでも。

 

 アイツは邪悪を目の当たりにして立ち向かって来た男だ。

 

 赤貧私立探偵になろうとも、それは変わらない。変わるはずがない。それが大十字九郎という人間なのだから。

 

 まだ遠くに聳え立つミスカトニック大学の時計塔の上で、米粒よりも小さい影がなにかやっているのが見える。

 

 確認するまでもなく大十字九郎とアル・アジフと、夜鬼(ナイトゴーント)先生だろう。

 

 あっ、落ちた。

 

「にゃはははははははははっ!! ナニあれぇ! あーんな高さから落ちたら、いくら大十字九郎でも死んじゃうってば♪ あははははは、っはははははは、にゃははははははは♪♪♪♪」

 

 大爆笑しながら後頭部をバシバシと叩いてくるエンネア。地味に痛い。

 

「つーかマジで痛てぇよ!! 自転車運転してるんだからやめーや! しまいにゃ歩かせるぞコラッ」

 

「きゃーっ、ゆらさないでぇ、おちるおちるおちちゃうーっ、ろりこんがロリっこをいじめるよぉ。いじめぼくめつー! ぼうりょくはんたーぁい♪」

 

 この似非赤ネコロリっ子め。いつか泣かす。

 

 といっても本気で振り払わないのは、クロウリードなりの優しさだった。

 

 同じ無限螺旋に囚われた同胞である魔人の少女。

 

 そんな少女にクロウリードは借りがある。無限螺旋に挑むための術を教えてくれた。

 

 だから少女がじゃれて来ても好きにさせるし、構ってもやる。

 

 この無限螺旋、幾度となく繰り返す始まりと終わりの輪廻を越えてすべてを共有出来る相手は非常に少ない。

 

 たとえそれが魔人であっても、共に存在する者を邪険に扱う必要は何処にもないのだから。

 

「さて、パンとコーヒーでも買って帰るか」

 

「ネロはねぇ。イチゴミルクとイチゴアイス!」

 

「どっちかにしなさい。腹壊すよソレ」

 

 ミスカトニック大学の敷地に入り、駐輪場に自転車を停め、背中にネロをぶら下げながらクロウリードは敷地内のカフェテリアを目指す。そこの蒸しパンとコーヒーは中々の美味であり、無限螺旋の最中での数少ない癒しの味でもあった。学生向け料金でもあるため良心的な価格なのも魅力的だった。

 

 時計塔を見上げれば、大十字九郎が術衣を纏い、翼を広げて夜鬼に追いかけ回されながらオフィス街の方へ消えていくのを見送った。

 

「追いかけなくていいの?」

 

「あの姿を見れれば、それは必要ないよ。それより朝メシだ。メシ」

 

 遠くで戦っている気配を感じつつ、注文した品を受け取り、朝食を摂る学生に混じって腰を落ち着ける漆黒の少年と赤毛の少女が魔人の類であると、言われても誰も信じられないだろう。

 

 口の中で蕩ける蒸しパンの甘さが、コーヒーの苦味とマッチして程好い苦味になる。

 

 昨日の今日で少しは気が滅入っているかと思ったが、それは杞憂だったらしい。

 

 それでこそ白き王、魔を断つ剣、我が愛しの怨敵。

 

「フフフ、そうさ。こんなことで折れるやつじゃない。頑張ってよ、大十字九郎。神器を手にする瞬間を見届けるまで、俺はお前を負かし続ける。自力で超えてきたからなんだって? だったら抜き返せば良い。叩き落とせば良い、蹴落とせば良い。そしていつも通り這い上がって来いよ。因果の果つる刻、俺はその領域で待ち続けるさ」

 

「愉しそうだね。クロウ」

 

「ああ。愉しいよ。楽しいともさ。ようやくここまで来たんだから。永い長い(なが)い、本当に永い間、待ち続けたんだから」

 

 ネロの言葉に、口許に弧を描いて噛み締める黒き役者は紡ぐ。感無量を言葉に乗せて、枯れ木の様に渇れきった小さく掠れそうな声で。

 

「■■■■■■・■■■■■■■■をその手に掴んだ刻、この世界もようやく終われる」

 

 

 

 

 

to be continued…



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舞台の裏で

あんまり飛ばすと味気ないからちょいと小ばさみ。


 

 無限螺旋――。

 

 それはナイア■■■■■■■が、封ぜられた神々の宇宙を内包する輝く■■■■■■■■を衝突させ、その神々の宇宙――アザトースの庭を解き放つ為だけに行われる儀式。

 

 人の負の極限――背徳の獣、マスターテリオン。

 

 人の正の極限――魔を断つ剣、大十字九郎。

 

 その両者が別たれた神器をぶつけ合うその時まで続く無限の牢獄。

 

 それは神が決めた配役。逃れる事の出来ない絶対運命。あるいは魂に刻まれている宿命なのだろう。

 

 ただ、その運命も宿命も無関係な一人の魔術師が背徳の獣――否、黒き王として、悪徳を為す世界の大敵として、魔を断つ剣と敵対する者として、神に定められた配役を演じる者が居た。

 

 クロウリード――。

 

 それがその魔術師の名だった。

 

 産まれも育ちも日本。父が錬金術師の家系で、母は占い師だった。

 

 14歳までは極々普通の、平凡な少年として育ったが。15歳のある時、彼は偶然にも魔術を発動させた。

 

 錬金術師の家系とあって、錬金術師の補助として魔術を使っていた父方と、星辰術によって星占いを得意とする母がその占いの補助として魔術を使っていたが為に、彼には必然的に魔術を扱う才は受け継がれていたのだ。

 

 しかし魔術師とは違い『  』を目指す様な事もしていなかった父、そして魔術を使う過程で聞き及んでいた裏の世界事情を知る母、その二人は彼を魔術に関わらせず、普通の人間として生を全うして欲しいと願って、魔術の事は伏せられていた。

 

 だが10代半ば、黒い歴史を積み上げる年齢というものは多感な時期だ。その時期に彼は魔を断つ剣の物語りと出逢ってしまった。

 

 紡いだ魔術が魔術回路を刺激し、術が発動したのだ。

 

 晴れて魔術師として覚醒した彼は、その拡大した霊感覚から、両親が魔術師であると看破し、その技術を身につけた。

 

 中でも彼の転換期となったのは、錬金術による魔導金属の精製。

 

 父方の家系は古くは魔導金属緋々色金を精製する一族だったが、その魔導金属を精製する一族も今は没落し、遺された術を細々と継承して行くだけの一族だった。

 

 だが、彼は身につけた魔術――古には魔法と言われた奇跡の技ではなく。

 

 外道の知識によって行使される魔術をもってして、より高度の魔導金属オリハルコンを生み出す迄に到った。

 

 それがすべての始まり。

 

 オリハルコンは魔術師の間でも稀少過ぎる品物だった。

 

 一流の魔術師家系の人間がその財産を擲っても手に入らないと言われる程のもので、実在する現物はアトラス院が保管する石ころ程度の大きさの塊が数点のみ。

 

 元々は星の生み出す稀少鉱物とされるオリハルコン。その稀少さは星のすべてを掘り返してもボーリング球程度の量が産出されれば良い方だと言われている。

 

 硬度は地球上で最も硬く、高い抗魔術性、抗魔力性を持ちながら、使用者の魔力伝導性や貯蔵力が最高級の魔石をただの無価値な石ころに転落させる程だ。

 

 そんな魔導金属を精製する技術を保存する目的で、魔術協会に封印指定された事から人生は狂う。

 

 日夜魔術協会の刺客に付け狙われ、オリハルコンの精製法を手に入れようとする死徒にも襲われ、真祖の吸血鬼と出逢ったり、代行者に襲撃され、逃げ込んだ街で同じく封印指定された人形師に出逢ったり、いつの間にか聖杯戦争に巻き込まれたりと色々あった。

 

 そんな生き難い世界から逃れる為に、彼は世界の扉を開けるひとつのアーティファクトの作成に成功する。

 

 完成したアーティファクトの銘は『銀鍵』と言った。

 

 完成した銀鍵の力で彼は自らの産まれた世界に別れを告げ、世界の扉を開いた。

 

 そんな扉を開いた先がとあるクラインの壷の中、ダンウィッチの怪の夜のミスカトニック大学の秘密図書館の中だったのは、悲運だったのだろう。

 

 ナコト写本の聖霊に救われ、ン・カイの森で邪神に黒き王の代役を言い渡され、無限螺旋に挑むことになったクロウリードの略歴だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「如何なさいましたか? マスター」

 

「いや。少し、昔の事を思い出していただけさ」

 

 玉座に腰掛けながら少しぼーっとしていた俺に、クロハが声を掛けてきた。

 

 膝の上に座って、身体を預けてくるクロハの肩に頬を乗せて、その細い腰に腕を回して、彼女と手を絡めたり、その白い太股を撫でたりとして暇を持て余す。

 

 ペル坊とエセルだったら、ペル坊の膝に頭を乗せて撫でられる事に愛と興奮を感じる程度に忠犬魂を持つエセルだが。

 

 俺は人肌の暖かみとか感じたいからクロハを膝の上に乗せて互いに乳繰り合うのが玉座スタイルだったりする。

 

 いやぁ、だってさ。こんな絶世の美少女侍らせてイチャイチャしない男なんてどこにもいないでしょ?

 

「あっ、ま、マスター…?」

 

 軟らかくも張りがある小振りながらもぷりっとしたお尻が常に股座にあるお陰で、そういう事をちょっとでも意識すると首をもたげる節操なしの我が息子に内心苦笑いしつつ、クロハの身体を少し持ち上げて位置を正す。

 

「ますたーの、あっ、あつくて、かたく、なって、ます」

 

「そのまま、温めてくれる? クロハ」

 

「い、いえす、まい…ますたぁぁ…」

 

 か細い声で涙目になりながら頬を朱くして発情状態になっているクロハに耳許で囁く。

 

 充血して硬くなったマイサンを、クロハの股座に挟ませて座らせただけだ。ズボン越しに感じる適度な熱が心地良い。ただ、なぜ直接入れてくれないのかと悲願するクロハの視線を誤魔化すために、そのぷにぶにで軟らかい頬に口づけする。

 

「ふあっ、ま、ますたぁぁぁ……」

 

 もう限界だと腰を小刻みに震えさせ、ショーツもその意味を成さない程に濡れてきてしまっているのが服越しにも伝わってくる。

 

 このままベッドinもありだろうけど、今日はデカいイベントが控えているから、イチャコラS○Xは自重してます。

 

「首尾はどうだ? アウグストゥス」

 

「はっ。ティベリウス、ティトゥス、そして弟君であらせられるペルデュラボー様の以上3名の配置が完了しております」

 

 そう、そのイベントとは、覇道邸襲撃イベント。このイベントを乗り越え、大十字九郎は正式に覇道瑠璃にデモンベインのパイロットとして認められる。

 

 これまでにアトラック=ナチャ、ニトクリスの鏡、バルザイの偃月刀は回収されている。先日此方で回収したクトゥグアの記述もティベリウスに渡してある。予定通りに行けば、クトゥグアも大十字九郎の手に渡るだろう。

 

「あちらはどうだ?」

 

「覇道につきましては、覇道鋼造が二代目覇道を連れ、現在覇道本邸へ向かっております」

 

「よろしい。では始めよう。アウグストゥス、留守を頼む」

 

「はっ。いってらっしゃいませ、大導師(グランド・マスター)

 

 アウグストゥスにあとを任せ、おれは玉座から立ち上がる。

 

 クロハの腰を抱いて転移術で覇道邸を目指す。

 

 ペル坊は今回見学枠で出向いているだけで、覇道邸襲撃は実質ティベリウスとティトゥスの仕事だ。

 

 そして俺の仕事は、覇道鋼造を抑える事だ。

 

 原作と違って覇道鋼造を生かしているのは、前回の大十字九郎こと覇道鋼造に、次なる大十字九郎を先達として鍛えさせる為だった。

 

 そのお陰で、回を重ねる毎に大十字九郎が強くなっている事を肌身で感じられていた。

 

 ちなみに原作同様覇道鋼造を殺してしまうと、その強さを感じられる幅が気のせい程度に落ち込むため、俺は敢えて覇道鋼造を殺すことをしなかった。

 

 転移が完了すると、既に覇道邸の内部から濃厚な血の臭いが漂ってくる。

 

 ペル坊は少し離れたビルからこのイベントを見守っていた。それはいつもの事だ。時折増援にやって来る盲目の賢者を相手にする事もあるが、彼がアーカムシティに居るのは稀なケースだ。大抵はアーカムシティ以外で邪神ハントをしているからである。

 

 ちなみにクラウディウスには俺が執筆したセラエノ断章を渡してある。あのガキじゃ、盲目の賢者には勝てないからなぁ。俺が奪ってきても良いんだが、あのダンディオヤジとハヅキのコンビは中々手強い。

 

 つまり奪うより自分の書いた魔導書を渡す方が簡単だし手間もないからだ。

 

 それでもクソガキはめちゃくちゃ可愛げもないクソ生意気なやつだけどな。

 

 閑話休題。

 

「マスター、近づいて来ます」

 

 こちらもそろそろ祭りが始まる。

 

 クロハの腰を抱きながら飛び退けは、先ほど居た場所に爆撃の様に異常な破壊力を持った銃弾が何十発も突き刺さった。

 

「ククク、久方振りだというのに、つれないな。覇道よ」

 

 着地して見詰める先には、老齢の男と、中年ながらも雄々しく立つ偉丈夫の男、そして潜水服の様な出で立ちの姿をした――潜水ゴリラ。

 

「ブラックロッジの首魁自らお出ましとは。探す手間が省けたな」

 

 齢70代、白髪に染まった老齢の男はしかし、衰えを感じさせぬ気迫を纏っていた。

 

 すべてを失っても抗い続ける男。覇道鋼造。

 

 その正体が前回の大十字九郎であることを知っているのは、俺やペル坊、エンネア、そして邪神だけだ。

 

 周囲を偽り、世界の為に人知れず邪悪と戦い続ける。大した美談だ。

 

「覇道の倅と、ご婦人も一緒とは随分な歓迎だな」

 

「父さん、ここは任せて瑠璃のもとへ」

 

 そう言いながら覇道鋼造の前に身を乗り出すのは二代目覇道こと覇道兼定だった。 

 

 覇道鋼造の息子であり、二代目覇道。しかし経済や帝王学、所謂人の上に立つ器はないと自分から早々に家督を瑠璃に譲り、自身は妻のエイダを連れて世界中を旅する風雲児と揶揄されているが、実は彼も邪悪に抗う者として世界中を飛び回る身の上だったりする。

 

 そしてそんな彼を陰日向に支えるのがエイダ・ダーレス、瑠璃の母親にしてデモンベインの修復者の一人でもある。

 

「いや、お前たちが瑠璃のもとへ行け。コイツはお前たちでは1秒でも持ち堪えるのは無理だ」

 

 彼我の実力差を骨身に染みている覇道鋼造が、兼定を下がらせようとする。

 

「しかし父さん、ブラックロッジのアンチクロスが動いているのなら、より確実に瑠璃を守れる選択肢を選ぶべきだ!」

 

「今こうして論じている時間こそ無駄だとわかれ兼定。それに瑠璃にはウィンフィールドと死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)が着いている。お前たちは万が一に備えて地下基地の指揮を執れ」

 

「万が一って、父さん……」

 

「話は終わったか?」

 

 いい加減話が進みそうにないので先を促す意味も込めて声を掛ける。覇道鋼造に向かわれると些か厄介だが。兼定とエイダが向かったところで大した抵抗力にはならないだろう。

 

「行け! やつの気が変わらん内に」

 

「行きましょう兼定。ここは御父様を信じましょう」

 

「くっ。勝手にくたばるなよ親父……!」

 

 覇道鋼造とエイダに促され、兼定は苦虫を潰した顔でエイダの手を引き走り始めた。

 

 それを見送った覇道鋼造は俺へと向き直り、相対する。

 

「相変わらずの余裕さだな。()()()

 

「正義の味方の相談を邪魔しないのが悪役の美学と言うものだ。覇道鋼造」

 

 魔力を高めつつ、闘志を募らせる覇道鋼造。その視線にはわずかばかりに哀れみが見てとれる。

 

 それは俺の罪、俺の運命(さだめ)、俺の絶望を垣間見せたからだ。

 

 おれの渇望と絶望と羨望を知った覇道鋼造は毎回こうして俺を哀れむ視線を向ける。

 

 いつ果てる事もない無限螺旋に囚われている俺を、世界の大敵ではなく被害者として哀れむ。底なしのお人好しさに呆れを通り越して関心すら覚える。

 

 だからどうした……?

 

術衣形態(マギウス・スタイル)!!」

 

『イエス、マイ・マスター!』

 

 俺の呼び掛けに応え、クロハが術衣形態術式を展開する。胸元全開の前衛的スタイルの導衣を身に纏い、魔力を高める。

 

「俺を哀れむ余裕があるとは。大層な自信があるらしいな。覇道鋼造」

 

 風が集い、高まる魔力が左手に集まり、実体を結ぶ。

 

「魔法剣、ディスカッター!」

 

 相手は覇道鋼造。最大能力は劣っても、現時点での安定力は大十字九郎を超えている傑物だ。

 

 そして今の俺はロールプレイ(演者)の外に居る。自力でこの覇道鋼造と相対しなければならない。

 

 そして俺はヒトであるから人の執念を甘く見ない。

 

 この身の全力で相手をする。それが覇道鋼造に対する礼儀であるとも思っている。

 

「ヴーアの無敵の印に於いて、力を――与えよ!」

 

 手の内に魔力が集い、炎が噴き出し、青銅の剣が実体を結ぶ。

 

 バルザイの偃月刀を鍛造し、逆手に身構える覇道鋼造。

 

「永劫なる風よ、我が意思に集え。今こそ疾走して駆け抜けよう」

 

 呪文と共に魔力が廻り、風が吹き荒び、身体を包む。呪文は清らかな風を運び、しかしそれは加護を授けし邪神に汚染され、邪気を孕む瘴風となる。

 

「第4の結印は旧き印(エルダー・サイン)。脅威と敵意を祓い、邪悪を滅するものなり!」

 

 破邪の結界を攻勢転換させ、身に纏う覇道鋼造。

 

 結界は瘴気を孕む風を浄化し、使用者の身を汚染から守る。

 

 互いに魔力を高め合い、最高潮に達するまで高める。それは殺し合いや邪悪と聖者の闘争ではない。

 

 それはまるで決闘だ。互いの力をぶつけ合う為にポテンシャルを引き出すための最良の状態へと高まるまでが勝負の幕を切る合図。集中力から滲み出した汗が額を流れ落ち、地面に零れ落ちた。

 

「「いくぞォーーーッ!!」」

 

 互いに、同時に飛び出す。

 

「おおおおおおッ!!」

 

「があああああっっ」

 

 風の加護を受けた少年と、破邪の結界を身に纏う折れし剣の刃が激突し、魔風の瘴気と破邪の結界が凌ぎを削り、反発しあう魔力が閃光と衝撃を生んだ。

 

 舞台の裏で、人知れずに始まるひとつの戦い。

 

 互いに配役のない時であるが故に、その闘いは、酷く、苛烈なものとなるのだった。 

 

 

 

 

 

to be continued… 



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それは、魔を滅ぼすものなり

テンションに任せてたらプロットはみ出してとんでもない方向に暴走する物語り。だれかこの荒唐無稽な物語の手綱の握りかたを教えてくれ(切実

あ、気が向いたらHなの上げるかも(予定


それは、魔を滅ぼすものなり撃、爆音=黒煙、灼熱×烈風。

 

「覇ァァァァァっ」

 

(シャ)ァァァァァっ」

 

 青銅の偃月刀と、オリハルコンの剣がぶつかり合い、火花を散らして弾けあう。

 

 ぶつけ合った魔力が互いを削り、貪り、犯し、その攻防が世界を灼く閃光を生み、衝撃が空間を割き、摩擦した魔力が爆発を起こし、黒煙に呑まれる身体を互いの附与した熱に焼かれ風に切り刻まれる。

 

 逸速く持ち直したのは覇道鋼造であった。その手には銀色に輝くリボルバーが握られている。ネロの魔銃には敵わないが、それでも使い込まれた年忌と刻まれた術式が強力な魔術武装――呪法兵装として完成させている。

 

「イア・イタクァ!!」

 

 覇道鋼造はリボルバーの弾倉にある6発すべての弾丸を撃ち放つ。弾丸は真っ直ぐには飛ばず、ひとつひとつが意思を持っているかの様に物理法則を無視し、直角に曲がったり、斜めにジグザグに曲がりながら、向かってくる。

 

「この俺を相手に風の魔術を使ってくれるか。愚かしい!!」

 

 知っているはずだ、識っているはずだ。知らぬとは言わせない。識らぬとは言わせないぞ!!

 

 ディスカッターの一閃によって6発の弾丸は切り裂かれた。

 

 元々俺は、風の魔術に高い適性を持つ魔術師だった。

 

 それは無限螺旋の最中で洗礼され、尖鋭され、先進され、あの盲目の賢者に迫る風使いの魔術師である自負がある。

 

 そんな俺にイタクァの風術など通用するはずがない。

 

 術式を一目で看破し、解析し、軌道を算出、迎撃まで一拍もなく可能だ。

 

 そんな俺でも手強く抵抗する盲目の賢者とハヅキのコンビはやっぱり頭おかしい。クトゥルフ神話本家の主人公の一人だけはある。

 

 そんな盲目の賢者とも同等の魔術師ではある覇道鋼造であっても、風の領域で遅れを取るつもりはない。

 

「風とは、こういう物だ!!」

 

 風を身に纏い、大地を蹴り抜き、空気の壁を突き抜けて魔法剣を振るう。

 

「ディスカッター、霞斬り!」

 

 文字通り風となり眼にも止まらぬ(はや)さで駆け抜けながら剣を振るったクロウリードだったが。刃が覇道鋼造に触れた瞬間、その姿は割れて砕け散った。

 

「っ、ニトクリスの鏡か!」

 

 アンチクロスさえ欺き騙す現実と虚像の境界を曖昧とする魔術は、ほんの一瞬であろうとクロウリードを騙し仰せた。

 

「神獣形態!」

 

 見れば空に浮かぶ覇道鋼造が、二挺のリボルバーをこちらに向け、その中央に魔方陣を何重にも展開していた。その魔方陣の中心、遥か彼方の宇宙、ヒアデス星団にあるフォマルハウト星に棲まう邪神の唸り聲が聴こえてくる。

 

「老骨に鞭を打って、中々楽しませてくれるっ」

 

 魔法剣を地面に突き刺し、足下に魔方陣が展開する。

 

 魔方陣を切っ先に展開したまま、魔法剣の柄を握り切っ先を覇道鋼造へ向けて振り上げれば、切っ先に展開する魔方陣もまた、覇道鋼造へ向けて広げられる。

 

 中空に展開する魔方陣へ、引き抜いた魔法剣を引き絞りつつ突入する。

 

「我が宿敵の運命(さだめ)を打ち砕き消し去れ!」

 

 魔方陣を突き抜けたクロウリードは、焔の鳥を身に纏い、覇道鋼造の居る空へと駆け羽撃く。

 

「イア、クトゥグア!!」

 

「アァァカシック・バスタァァァァァ!!」

 

 覇道鋼造から撃ち放たれた灼熱の獅子がその超高温の牙を剥く。その咆吼を耳にした者は須らく焼き尽くされるのは必至の一撃。

 

 それもプラズマ弾を撃ち出す様な生易しい物ではない。魔術という術式で身体を構成し、術者の魔力によってその力を振るうとはいえ、あれは神性の分霊である。

 

 並大抵の術者では制御仕切れるものではなく、並大抵の術者ならば眼前にしただけで成す術なく身体や魂さえひとりでに発火してしまうだろう。

 

 そんな炎の神性の分霊に真正面からぶつかっていくのは、錬金学の随意を結集した機神の放つ必殺技。相手の存在を運命から消し去る術式を熱素の鳥を共に纏い体当たりする。魔術と術理の奥義をぶつける技。

 

「おおおおおーーッ」

 

『GaAaaaaaaaaa――――!!!!』

 

 雄叫びと共に、灼熱の獅子に激突したクロウリードは、その身に纏う焔ごと呑み込まれた。

 

 逆巻き、渦巻き、塒を巻き、荒れ狂う炎の激流の最中でクロウリードはその身と魂を焦がしながらも突き進む勢いに衰えはなかった。

 

「っ、フフフ、ふははははははは」

 

 炎の竜巻の中から少年の笑い声が漏れ出す。

 

「あっはははははははははははははははは!!!!」

 

 術衣もクトゥグアの炎に必死に抵抗しているが、人の身で分霊とはいえ神性の力を防ぎ切れるわけもなく、服は焼け、髪をサイドに纏めていたゴム紐も焼け、髪の毛が炎の中に広がっていく。

 

 身を灼き焦がす炎の中にあっても、鈴の音を転がす様な哄笑だけが響いてくる。

 

 それは底冷えする微笑みでも、嘲笑う嘲笑でもなく。

 

 その声に込められているのはただひとつの讚美。

 

 そして炎は内側から膨張する様に広がっていき、膨れ上がった風船が破裂する様に、内側から炎の竜巻は喰い破られた。

 

『マスター!!』

 

 クロハの切羽詰まった声が、クロウリードにだけは聞こえていた。

 

 煤と焼け焦げて炭化した肌が剥がれ尾を引きながら墜ちていくクロウリード。

 

「…そ、うか……そういうこと、か…」

 

 肺の中の空気までも焼き尽くされたクロウリードの言葉は、一体化しているクロハにしか聞こえることはなかった。

 

 幾重にも保護術と治癒術の術式が、クロウリードの身体を包み、護り、癒し、その身をそっと地面に横たわらせた。

 

 再生された肺に空気を取り込む時にむせるが、それでもクロウリードは笑う事を辞めなかった。

 

「…………………」

 

 その様子を覇道鋼造は空から見下ろしながら、視線は哀しさを浮かべていた。

 

 覇道鋼造は識る。クロウリードという黒き王、囚われた呪いの牢獄から解き放たれる時を待ち侘びて幾星霜。那由多の悠久を闘い続ける哀しき代役者の罪と運命、そして絶望を。

 

『追撃を推奨する。マスター』

 

「……ああ」

 

 自身の生んだ魔導書の精の言葉に、覇道鋼造は半世紀越しの闘志に火をつける。

 

 例え本人が望むものではないとしても、そうするしかないとしても、成された悪徳に世界のどれ程の人々が涙を流し、血を流したか。

 

「斬るのはお前ではない」

 

 バルザイの偃月刀を鍛え上げる。八本のバルザイの偃月刀を鍛え、呪力を受けた青銅の魔刃はクロウリードへと殺到する。

 

()が斬るのは、お前の枷。その邪悪を断ち切る!」

 

 次々と偃月刀が突き刺さるが、それらはすべて防禦陣によって阻まれていた。

 

 自らの主に迫る脅刃を必死に防ぐその防禦陣を展開するのは、黒き王の傍らに在り続ける少女。ナコト写本の精霊。姿は見えずとも、今も主人の身体の中でその全身全霊を賭して攻撃を受け止めているのだろう。

 

 長い永い、久く続く終わりのない闘い。その戦を支え続ける健気な少女と漆黒の少年の在り方は、かつての自身を――()()()を彷彿させた。

 

 同情はする。偶々居合わせてしまった不幸から始まった悪徳への路。或いは自身のように他の魔導書に助けられていれば、或いは此処に立っていたのは彼だったのかもしれない。

 

 外道の知識を行使しながらも、魔術の邪悪に染まらぬその尊い魂の在り方は、邪悪を憎悪し、理不尽を認められず、その魂は刃金となりて闇を――『魔』を断つ己達の側の『人間』足り得たはずだ。

 

 だが、それも詮無いことだ。自分にも守らなければならない物が沢山ある。

 

 愛する家族。安穏とする日常を。最も信頼できる相棒は傍らには居ない。しかしそれでも守ると誓った世界の為に、覇道鋼造は必滅の術式を宿した剣を手に、漆黒の少年の素っ首にその断頭の刃を降り下ろしにかかる。

 

「残念だけど、お前には無理だ――()()()()()

 

「ぐううっ」

 

『っっ!!』

 

 背筋を駆け巡る悪寒を感じた時、身体が衝撃に吹き飛ばされていた。

 

 体勢を立て直し、未だ横たわる漆黒の少年を見下ろす。

 

 夕暮れの真紅の陽射しの中、血の様に紅く、逢魔ヶ刻を告げる太陽に照らされながらも、影を作るその(かお)にギラギラと滾る紅い眸。その灼眼は底無しの冥さを内包し、身を苛むほどの殺意に溢れていた。

 

「――ABRAHADABRA(死に雷の洗礼を)

 

 少年の躰から発せられた雷の閃光が結界に突き刺さるバルザイの偃月刀を撃ち抜く。

 

 いとも容易く爆裂四散する偃月刀。

 

 爆発は偃月刀を制御する魔術回路を伝播し、次の偃月刀に連鎖。

 

 爆裂し爆裂し爆裂し爆裂し爆裂し爆裂し爆裂し爆裂し爆裂して、咄嗟に手離した覇道鋼造の握っていた偃月刀も含めて全ての魔刃が破壊される。

 

 治癒が済んだのか。ユラリと立ち上がる漆黒の少年は身体をふらつかせながらも覇道鋼造を見上げ、その燃える眼光をぶつけてくる。

 

「門を越え、黒き王に喰いつき、激闘の果てにしかし我等(おれたち)を噛み砕けなかったお前に、()()()に、この命を()らせるわけにはいかないな」

 

『機神召喚!!』

 

 パラパラと少年の躰から紙が溢れ出てくる。魔術師ならば見抜けるその紙の正体は魔導書の頁だ。

 

 円環を作り、二重螺旋を描き、魔方陣を敷かれた上に立つ少年と、寄り添う漆黒の少女が謳い上げた。

 

「我は黒き王。我は悪徳を敷く者なり」

 

「我は黒き鳥。我は黒き天使なり」

 

 世界へと響く声は心地よく、そしてその存在を誇示する様に力強かった。

 

「罪深き黒き風よ。因果地平を吹き荒れろ」

 

「罪深き黒き天使よ。共にこの永劫を駆け抜けよう」

 

 その言葉はとても悲しみに満ち溢れた。界を呪う呪怨だった。

 

「虚空の空より来たれ、我が半身!」

 

「永劫の刹那を冒せ、我が翼!」

 

 黒い風が魔方陣から吹き荒れ、その姿を顕そうと機械の手が魔方陣の中から現れ、這い出る様に魔方陣の縁を掴んでいた。

 

『絶望の空に舞い降りよ――シュロウガ!』

 

 二つの声が重なり、その名を詠んだ時。黒い旋風と共にその機神は翡翠の光を背中の翼から放ちながら姿を顕した。

 

 黒く細い四肢。肩や頭には金色の装飾が施さ れ、背中には一対の翼。身体に走る紅い線はまるで血管の様だった。

 

 黒き王、世界に仇成す大敵、漆黒の獣、クロウリードとその魔導書ナコト写本の精霊クロハが召喚する罪に塗れた邪悪な翼シュロウガ。

 

 三位一体の黒き風がその威容を顕した。

 

 その罪で世界を冒し、その宿命で世界を呪い、その絶望で世界を破壊する漆黒の機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)

 

「我は……渇いたり」

 

「我は……飢えたり」

 

 少年と少女の声が世界に響き渡り、シュロウガから放たれた漆黒の瘴気が周囲の木々や大地を粉砕し、その真紅の魔術回路を発光させる。まるで血液が廻る様に、術者という命と魔導書という頭脳を得て、鋼鉄の躰は今か今かとその闘争に向けて力を滾らせていた。

 

 その紅く輝く双眼と、額の水晶の放つ光が、()()()()()()を幻視したのは果たして気のせいだったのだろうか?

 

 冥い闇を瘴気と共に撒き散らし、沈み行く太陽の光を隠し、黒夜を呼び込む。

 

 その暗闇の中で翠色の翼を広げ、黒夜を照らす天使はされど天の御使いなどという生易しいものではない。

 

「シュロウガ……ッ」

 

 機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)――。

 

 最高位の魔導書が召喚できるまさに神に等しい力を持った鋼鉄の巨人。

 

 シュロウガは鬼械神としては小柄な方ではあるが、そのパワーもスピードも一線を画す性能を持ち、この世でその猛威に対抗できる鬼械神はほぼ存在していないだろう。

 

 かつて覇道鋼造はこの鬼械神に幾度も挑み、喰らいつき、殺意と闘志と憎悪をぶつけ合ったが。

 

 終に勝つことは叶わなかった。

 

 暗黒の破壊者。漆黒の堕天使。黒き獄鳥。

 

 度々世界の裏の歴史に現れては、その力ですべてを蹂躙する絶対者を前にして――覇道鋼造のその刃金の意志を携えた眸に揺らぎはなかった。

 

接続(アクセス)――虚数展開カタパルト、作動!」

 

《イエス、マスター。転送装置(カタパルト)起動確認。座標軸固定、電信回路による機神召喚呪文の送信を開始》

 

 覇道鋼造は唱えた。かつて幾度も唱えた破邪の誓い。邪悪を討ち祓う聖なる祝詞。人々の為にその権威を振るう刃金の機神を呼び寄せる呪文を。

 

「憎悪の空より来たりて、正しき怒りを胸に、()は魔を断つ剣を執る――」

 

 書を通じ、無線電信となった覇道鋼造の召喚呪文は、覇道邸の地下で幾度もなく破邪の機神を送り出してきた召喚装置を活性化させ、その機能を起動させる。

 

 そして、破邪の機神の心臓に火を灯す。

 

「汝、無垢なる刃――デモンベイン!」

 

 そしてそれは顕れた。

 

 デモンベイン、魔を断つ剣、外なる神の天敵、神殺しの刃――。

 

 しかしその形状はクロウリードが記憶するどのデモンベインとも異なる姿だった。特徴的なビームの鬣を発する角はなく、左腕も本来の太い鋼鉄の右腕の半分程度の細さしかない。両足の特徴的な巨大な盾も、その名残のある小さなパーツが両腰にあるだけ。そしてその顔は鋼鉄の覆面(マスク)を被り、どこか永劫の銘を持つ鬼械神を彷彿させた。

 

 だがそんな、クロウリードの記憶にない機神であろうと、その機械の眸は正しく邪悪に対する憎悪を滾らせ、シュロウガを射貫いていた。

 

「く、ククク、くはっ、ははははははは――」

 

 その眼光に貫かれ、クロウリードは、漆黒の少年は、黒き獣は、黒夜の魔王は全身の血液が、神経が、魂が燃焼した。

 

 なんだこれは。なんなんだこれは。こんなのは()()なのか。

 

「あはははははははははははははははは!!」

 

 それは歓喜と讚美に満ち溢れた哄笑だった。

 

 人の執念、此処に見たり。

 

「だから人間は素晴らしい!! 人間賛歌を歌わせてくれよ、声が涸れ果てる程に!」

 

 その魔を断つ剣は、今最も新しき剣であることをクロウリードは感じ取った。

 

 デモンベイン――それは魔を断つ剣、機械神の名を指すものではない。

 

 魔を断つ意志、それこそが魔を断つ者の、デモンベインという存在の総称なのだ。

 

 姿も形も時間も時空も次元も関係無い。魔を断つ意志を持つのならば、邪悪に対する憎悪を持つのならば、理不尽に泣く無垢なる怒りを持つのならば――。

 

 それ皆等しく、魔を滅ぼすもの(DEMONBANE)なのだ。

 

 

 

 

 

to be continued… 



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魔王の剣、乱舞の如く

適当タイトル。しかも内容は鬼械神で戦っているだけの超機人大戦。早く先進ませたいのに。


 

 機械神のコックピットの中で、覇道鋼造は漆黒の堕天使と相対する。

 

 幾度となく相対し、激闘を繰り広げ、死闘を演じてきた宿敵。

 

 お伽噺の英雄(ヒーロー)の為に用意された悪役(ヒール)

 

 互いに敵意を、憎悪を、怒りをぶつけ合った。

 

 言葉は不要。例えもはやロール(役割)の外であろうと、覇道鋼造とクロウリードは互いに敵対する者たち。今さら手を取り合うこともない。いや、黒き王の配役をクロウリードが担う限り、そんな時はやって来る事はない。

 

 故に操縦桿を握り締める覇道鋼造の眼に迷いはない。

 

『よくぞと言いたい。人の執念が産み出した最も新しき魔を断つ剣の切れ味。存分に愉しませてくれ!』

 

 鬼械神のコックピットの中で、恍惚に表情を破顔させているクロウリードの様子が覇道鋼造には感じ取れていた。透視出来ていたと言っても良い。それ程にクロウリードは戦いの中で分かり易く感情を発露させる。

 

 黒い風となってシュロウガの姿が掻き消える。

 

旧き印(エルダー・サイン)よ!」

 

 サブシートに座る魔導書の精が、オートで防御陣を展開する。

 

 目の前に現れたシュロウガの振りかぶった拳は、突撃の勢いを乗せ、大気の壁を貫き、衝撃波を伴いながらデモンベインに突き刺さる。

 

「ぐぅっ」

 

 大地に脚を着き、腰を沈めてどうにか耐えるデモンベイン。防御陣が漆黒の鋼鉄の腕と鬩ぎ合い紫電を散らす中、その細々しい左腕をシュロウガへと向けた。

 

「捕縛結界!」

 

「アトラック=ナチャ!」

 

 父と娘、著者と書、魔導師と魔導書。

 

 そんな間柄の相方は、此方の意図を読み取り行動に合わせてくれる。

 

 デモンベインの掌から噴き出した赤い光の糸。捕縛結界アトラック=ナチャ。

 

 それが漆黒の機神を絡め取り動きを封じる。

 

 最も信頼した相棒と比べ、繋がりは多く阿吽の呼吸すら生まれている連携だが。

 

 それでも心の何処かで使役者と道具という線引きをしてしまっている。ネクロノミコンの原典(オリジナル)の記述をすべて頭に叩き込んでいる覇道鋼造にとって、自身に背中を見せる金髪に角を生やした少女は替えの利く道具だと思ってしまっている。

 

 替えの利かない戦友。背中を預け、共に駆け馳せた相棒はもう傍らには居ない。生まれ変わり、今は未熟なマスターと共に、邪悪な者たちと戦っているだろう。

 

「凍てつく荒野より飛び立つ翼を我に!」

 

飛行ユニット(シャンタク)展開。全力機動(フルパワー)

 

 シュロウガに負けず劣らずの速さで天へと駆け上るデモンベイン。

 

 捕縛結界に捕まり、それを解呪(ディスペル)していたシュロウガは2拍遅れを取る。

 

 一瞬の隙が命取りの魔術師の攻防において、その2拍の時は目の前で棒立ちになるほどの隙を作り出す。

 

「第一近接昇華呪法・複式!!」

 

「イエス、マスター」

 

 デモンベインの出力が爆発的に上昇する。

 

 銀鍵守護神機関――デモンベインの心臓たる獅子の心臓から無限のエネルギーを汲み上げている。それだけではない。

 

 約30年程前、アーカムシティの隣街、神の国の名を持つプロヴィデンスが壊滅した事件。それは表向きには魔力炉の暴走とされているが。闇の世界の住人の極一部が知る真実は違う。

 

 そこに邪悪とそれに抗う者たちの闘争があった。

 

 魔術結社D∴D∴(ダークネス・ドーン)と覇道財閥及びミスカトニック大学秘密図書館特殊資料室の闘争。その中心にあったアーティファクト。

 

 マナウス神像――否、それは異界との門を開き無限の力を引き出す鬼械神の呪力中枢機関の心臓部。無限の心臓を覇道鋼造は手に入れ、このデモンベインの機体に組み込んでいた。

 

 自前の獅子の心臓、そして無限の心臓と、二つの心臓を持つ覇道鋼造のデモンベインは間違いなく比類ない力を備えている。

 

 そのひとつが、一撃必殺の攻撃呪法の連続運用だった。

 

 主の指示に従い、魔導書の精はデモンベインの二つの心臓を全力稼働させ、最大最強の攻撃呪法を展開し始めた。

 

「ヒラニプラ・システム発動。ナアカル語符号呼出・確認。術式解凍。第一近接呪法、封印解除。第一心臓、第二心臓、共に出力全開――」

 

 剣指を形作った両手を頭上に振り上げ、左右に開きながら降り下ろすデモンベインの背後に、五芒星形の破邪の結印(エルダー・サイン)が浮かび上がる。

 

 デモンベインの機体の至る所で設計限界の倍近い負荷を受けた魔導機が弾け飛ぶが、覇道鋼造はそんな些細なことをお構い無しにシュロウガへと向かっていく。

 

 左胸から右腕へ、右胸から左腕へ。光る血管の様に輝く魔術回路を伝い魔力の流れが両の掌に集中する。

 

 火花と破片を撒き散らしつつ、シャンタクからフレアを吐き出し、デモンベインは輝く両手を携えて降下してくる。

 

「さすがにアレを喰らうのはマズいな」

 

「如何なさいますか? マスター」

 

 クロウリードの掴んでいる確信が本物であるのなら、以前は攻略できた目の前の双撃昇華呪法も、その身に受ければ恐らく死は必定。

 

 宇宙空間ではなく地表であるから大分威力は抑えられていそうだが、それでも鬼械神を葬るのには申し分無い威力を内包しているのは見なくてもわかる。

 

 だが、シュロウガのコックピットで操縦桿を握るクロウリードは、その必滅呪法を真っ向から受けることを選択する。

 

「第一近接瘴華呪法、展開」

 

 故に無限の熱量には、同じく無限の熱量に応えるまで。

 

「イエス、マイ・マスター。ティプラー・シリンダー、オーバードライブ!」

 

 構成を解呪(ディスペル)されほぼ形だけだった紅の捕縛結界を引き千切り、シュロウガはその眼前に左手を掲げる。

 

 白く燃える極低温の光が、手刀を作るシュロウガの左手に呪力と魔力と共に宿っていく。

 

「我が怨念、余さず纏めて極めてやろう!」

 

「受けよ、極低温の刃!!」

 

 漆黒の翼を広げ、翠色の羽を拡げ、デモンベインに引けを取らない魔力を全身から溢れさせながらシュロウガは羽撃く。

 

「「ハイパーボリア――」」

 

「レムリア――」

 

 互いの機体が近づくに連れ、互いが纏う熱量がぶつかり合い、絶対零度と無限熱量に苛まれた大気は爆発し白い煙で辺りを包み込んだ。

 

「デュアル・インパクト!!」

 

「「ゼロドライブ!!」」

 

 白い霧を引き裂き、刃金と刃金がその必殺の一撃を交わし合う。

 

 独りの英雄(ヒーロー)と、二人の悪役(ヒール)の一撃がぶつかり合う。

 

 突き出されたデモンベインの左腕は、右腕の半分しか体積のない細い腕は過負荷によって魔導機が弾け最早繋がっているだけの状態。この一撃の後使い物にならず砕け散るだろう。

 

 それでも構わない。義腕パーツである左腕は壊れる事を厭わない。

 

 本命の右手、それこそを推し通せればそれで良い。

 

「雄ォォォォォォ!!!!」

 

「がああっ、だぁぁあああがあああああああっっ」

 

 デモンベインの左腕と交差するシュロウガの左手。

 

 無限熱量と絶対零度。対極に位置する正と負の無限熱量。その勝敗を制するのは単純な出力の差。

 

 砕けたのはシュロウガの左手だった。

 

 そのまま体勢を崩したシュロウガの胸に、デモンベインの右手が添えられる瞬間。その右腕を半ばから氷結させ、魔術回路をズタズタにして引き裂いたのはシュロウガの右手の極低温の刃。

 

 供給される魔力経路が絶たれた必滅術式はそれを留める結界が消え去り、内包していた正の無限熱量だけが解き放たれた。

 

「ぐあああああああっ」

 

「っああああああああ」

 

 互いの機体が解放された熱量に焼かれ、衝撃に弾き飛ばされる。

 

 黒夜の空に生まれた太陽の中。鋼鉄の肌を灼かれた二体の鬼械神は地上に落ちる。

 

 そう、表舞台の地上に。

 

 アンチクロスのティベリウスの駆るベルゼビュートと、死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)の大十字九郎の駆るデモンベインの戦っていた戦場に。

 

「…なっ、なん……だ」

 

「だっ、大導師さま!?」

 

 煙を上げ、ドロドロに装甲を溶かしたシュロウガと覇道鋼造のデモンベイン。

 

 そんな両者の乱入に九郎もティベリウスも困惑し、戦場の時間は止まる。

 

「生命よ、セフィロトを廻れ」

 

「ズフィルード・クリスタル修復機能全力稼働」

 

 二機の機神の装甲が光と共に修復されていく。時間を巻き戻す様に修復し、包まれた結晶が砕け散れば傷は初めからなかった様に修復し、瞬時に互いの機体は全快する。

 

「ティベリウス、もうここは良い。帰還せよ」

 

 後ろを振り返らず、背後に居るベルゼビュートへ向けてクロウリードは告げる。既にクトゥグアは回収されているのは気配でわかる。動きの鈍い大十字九郎のデモンベインを見れば、九郎本人も気絶一歩手前だろう。

 

『じょ、冗談じゃないわよ!! ここまで舐め腐られて、なにがアンチクロスよ!!』

 

 とはいえ、大十字九郎に追い詰められてクトゥグアの記述さえも奪い返されて頭に血が昇っているティベリウスが素直に退かないのはわかりきっていた。

 

 とはいえ……。

 

「フッ、フフフフ、良いぞ。面白い。それでだ、それでこそだ、それであるからだ」

 

 ゴウッと、シュロウガから闘気が膨れ上がった。最早既にクロウリードの頭の中からはティベリウスの存在などとうに忘却されていた。

 

 その視線、心は、覇道鋼造のデモンベイン、そして大十字九郎のデモンベイン、二振りの魔を断つ剣にのみ向けられていた。

 

 邪悪(ヒール)を前に立ち上がる英雄(ヒーロー)たちにのみ。その意識は向けられていた。

 

「ぐっ」

 

「かっは……っ」

 

 その闘気に当てられて、覇道鋼造と大十字九郎は苦悶の表情を浮かべる。魂さえ叩き潰し、押し潰し、粉砕せん程の重圧に苛まれた。

 

『ヒッッッ、ヒギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』

 

 背後とはいえ、そんな重圧を間近で受けたティベリウスは狂乱し、恐慌し、魂は砕け散る寸前だった。

 

「だから言ったぞ。退()()と、な」

 

 そんな聲が煩わしく、クロウリードは無粋な蛆虫を見下しながら、折角の愉しみに水を刺された不機嫌さを隠すことなく魂が底冷えしそうな程の声色でティベリウスに声をかけた。

 

 クロウリードにとって、アンチクロスなどどうでも良い存在だ。それこそ盤上の駒程度しかない。

 

 自分とネロ、そしてペルデュラボーの3人だけでも世界を相手に悪徳を為すには充分なのだ。

 

 ただ、舞台を飾る舞台装置として存在させているだけの存在に気配りしてやったのだから、それを無視する方が悪い。

 

『はいいいぃぃぃいい、おお、おおお、おゆるしおぉぉぉ!!!!』

 

 悲鳴を上げながら逃げ還るティベリウスを詰まらぬ物を見る視線で見送り、改めて魔を断つ剣たちに相対する。

 

「邪魔が入ったな。では、仕切り直しといこうか。覇道鋼造」

 

 そう、声をかけるのは覇道鋼造にだけ。しかし、片膝を着いていた大十字九郎のデモンベインもまた立ち上がろうとしている。

 

 その光景を見るだけで心が踊る。股座が熱り勃ちそうになる。全身の血液が沸騰しそうになる。

 

 魂が躍動する。

 

『よせ九郎! 今の汝の身体ではこれ以上は命に関わるぞ!!』

 

 そんな切羽詰まったアル・アジフの声がデモンベインから聞こえてくる。やはりティベリウスとの戦闘で深傷を負っているらしい。

 

「休んでいても良いぞ、大十字九郎。お前に死なれたら、楽しみがなくなってしまう」

 

 それだけは切実だった。ようやく自分(黒き王)を追い詰めてくれる魔導探偵が現れたのだ。こんな所で終わって貰ってしまっては困る。もう次こそはという儚い希望を信じるのも疲れてしまうというもの。

 

『ふざ、け…ん、な。お前、は……』

 

『機体を下がらせろ。アル・アジフ』

 

『覇道鋼造……』

 

 機神胎動を経て、軍神強襲をも経ているこの世界。覇道鋼造とアル・アジフは既に顔見知りの間柄である。

 

 死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)を死なせるわけにはいかない二人の思惑は一致するのなら、アル・アジフはデモンベインを下がらせるだろう。

 

『下がるぞ、九郎』

 

『あ、る……』

 

『もう汝は戦えぬ。もう充分だ。次を戦う為に、今は退け』

 

 大十字九郎のデモンベインが高速エレベーターで地下へ収容されていく。

 

 それを見送り、覇道邸の敷地内に残るのは二体の鬼械神。前世からの因縁を持つ覇道鋼造とクロウリードのみ。

 

「機体修復率99.89% 機体状況、オールグリーン」

 

「パーフェクトだ、クロハ」

 

 闘気に次いで魔力が解き放たれ、物理的な重圧に魔術的な重圧までが追加されても、覇道鋼造のデモンベインは雄々しくその機体を聳え立たせている。

 

「ククク、舞台の役者は引き、物語りも小休止。序盤の山場を過ぎた世界に束の間の平和が訪れる。良くある物語りの第一部の終幕。ここからはそんな物語りの演目の外側。俺たちも理の外のはずの者。にも関わらず、お前は俺に挑み、喰らいつき、今も目の前に立っている。先の攻防も一手対応を誤れば負けていたのは俺だ」

 

 まるで語り部の様に、独白する様に言葉を綴るクロウリード。隙だらけのその姿に、しかし覇道鋼造は踏み込めなかった。動いた瞬間、確実に此方が仕留められる光景(ヴィジョン)しか浮かばなかったからだ。

 

「これだから人間は素晴らしい。久方に死を間近に感じた。認めよう、覇道鋼造。既にお前は俺を超えている。俺の位階(レヴェル)を超えている。ようやく、よくぞ、いよいよ、そこまで到ってくれていた事に感謝したい。敬服する。人の執念が築き上げた魔を断つ剣の切れ味も申し分無い」

 

「っっ――――!?」

 

 1度言葉を切ったクロウリード。そしてシュロウガから膨れ上がる殺意の波動。並大抵の人間ならばその気配を当てられただけでも絶命する痛く冷たく鋭い殺意。

 

「だから抗って魅せてくれよ。心配するな。()()()()()()()()()()()()()。俺の唯一の希望を、奪わせはしない」

 

 右手を眼前に掲げ、その手に紫電が奔り、一振りの魔剣が顕現する。

 

「魔王の剣……疾風の如く!」

 

「エーテルフェザー展開、オーバーブースト!!」

 

 手の内から引き抜いた刀身は血に濡れた紅。血を滴らせながらシュロウガは背中の翼を広げ、翠色の羽を拡げ、黒い旋風となって駆ける。

 

「黒き霞となりて散れ!!」

 

 殺気を向けられて、来るとわかっていたから反応できた一撃。長年の闘争が培った無意識が鍛えたバルザイの偃月刀を初手の斬撃に差し込めた。

 

「フフ、無駄よ。マスターの剣は、総てを斬り裂く!」

 

 しかし魔王の剣はそんな障害がどうしたと言わんばかりに、衝突した衝撃すらなく術式構成を引き裂き、喰い破り、破壊し、偃月刀は抵抗することなく斬り裂かれた。

 

「っっぐ、全力結界防御! いや、魔刃過剰詠唱! 魔刃結界展開!!」

 

「イエス、マスター」

 

 一瞬全力で防御する事を選んだが、即座にそれを棄却し、迎撃する事を選択する覇道鋼造。攻撃は最大の防御とはいうが、あの黒き王の力を知る覇道鋼造だからこそ防御は無意味だと確信し、残された手立て。攻撃を迎撃し耐え凌ぎ活路を見出だすという選択肢という名の強制を強いられただけだ。

 

「無駄だ。すべてを削り裂く、その生命(いのち)を!」

 

 縦横無尽に、多方向からほぼ同時に斬撃がやって来る程の迅さでシュロウガは覇道鋼造のデモンベインを、鍛え上げられた偃月刀を、機体を保護する防禦陣を、その尽くを切り裂いていく。

 

「おおおおおっ!! アトランティス・ストライク!!」

 

 削り、裂かれ、破れる装甲、魔刃、結界――。そこから予測した次の攻撃地点へ向けて覇道鋼造は近接粉砕呪法アトランティス・ストライクを放つ。

 

 時空間歪曲エネルギーの込められた回し蹴りが、漆黒の烈風となったシュロウガを捉える。

 

 しかしシュロウガは放たれた蹴りをバレルロールで回避しつつ、脇を擦り抜けながら放たれた脚を斬り飛ばして駆け抜けて行った。

 

「右脚部損失」

 

「修復! 同時に出力上げ、魔銃召喚! シャンタク展開!」

 

「イエス、マスター」

 

 失った右脚を瞬時に再生し、背中に竜の鱗の翼を拡げ空に逃れるデモンベインだったが。それは最悪の選択だった。

 

 両手に握るリボルバーから放たれる魔導誘導弾すらシュロウガは斬り裂き、振り切り、空に飛び上がったデモンベインに猛追する。

 

(はや)さで俺たちに挑むか」

 

「最悪な程の悪手ね。その身をもって知っているというのに」

 

 大気の壁を裂き、衝撃波はすら置き去りに、駆け抜けるシュロウガは確実にデモンベインの装甲を削り裂いていく。

 

「ぐあっ、なんだ!?」

 

「推測:拘束術式による機体拘束」

 

 シュロウガの描いた軌跡が魔方陣を画き、その中心に磔られた様に存在するデモンベインを呪縛する。

 

 そして紅の刀身に魔力を込めた手を馳せ撫で、鍔の根本からその細身の刀身は構成に手を加えられ巨大化する。

 

 強大な魔力を集束された大剣を肩に担ぎ振り上げるシュロウガ。

 

 本能が最大警告を鳴らす。あの一撃は受けるわけにはいかないと。だが機体は動かず、脱出も出来ない。

 

「死の闇へ、沈め!」

 

「インテグラル・ディスキャリバー!!」

 

 振り上げられた魔王の大剣は、その自重を加えた鋼鉄の腕力によって振り下ろされた。

 

「マスター!」 

 

 珍しく感情の色のある声で自身を呼ぶ魔導書の精が転移術式を展開しているのを見る。

 

 それがいつかの光景と重なって見えた時――。

 

「ッッ―――――!!」

 

「なにっ!?」

 

 呪縛から出力に物を言わせ、デモンベインはその振り下ろされた大剣を避け――――切れずに左肩に刃が沈み込み、斬り落とされる。

 

 止めの一撃と共に背後に駆け抜けたシュロウガ。その背後で斬撃に込められた魔力が術式に従い爆裂する。

 

 爆発によって吹き飛ばされるデモンベイン。そして片膝を着くシュロウガ。

 

「マスター!?」

 

「はぁ…はぁ…はぁ……」

 

 機体の異変に後ろを振り向くクロハの視線の先には、荒く息を吐き、疲労も困憊している主の姿だった。

 

 物語の補助も無しに全力で戦っていたクロウリードの魔力は底を着いていた。科学的な攻撃ならばまだしも、魔術絡みともあれば少なくとも魔力は消費する。

 

 そして今の大技で、かなりの魔力を消費してしまったのだった。

 

 そんなシュロウガの視線の先では、機体をボロボロにしながら、軋みを上げてどうにか立ち上がろうとするデモンベインの姿があった。爆発によって装甲は亀裂だらけ、あちこちから火花と紫電を散らし、機体状況は大破寄りの中破といった体だった。

 

 感心を通り越して最早恐怖でもある。魔を断つ意志が折れぬ限り何度でも立ち上がってくる最弱無敵の機械神。その操者は1度は破れたとはいえ、そんな不屈の心を持つ魔術師。

 

 立ち上がり、大剣を向けるシュロウガ。立ち上がれずとも視線だけは向けてくる傷だらけのデモンベイン。

 

 そんな両者の睨み合いは一秒か、一分か、または一時間の様に長く感じるのは極限の集中力が体感時間を引き延ばしていたからだろう。

 

 デモンベインの魔術回路が輝きを失い、その鋼鉄の躰から魔力を感じなくなる。

 

「出よ、ディス・レヴ!!」

 

 そんなデモンベインに止めを刺そうとするクロハに、クロウリードは背中から抱き締めた。

 

「マスター!?」

 

「良いよクロハ。……充分だ」

 

 半分眠っていそうな程に瞼を閉じかけているクロウリード。緊張感の途切れが深い眠りへと誘おうとしているのだ。

 

 だがその顔は、少しもの足りなさそうでも、なにかを期待して眠ろうとする興奮を抑えきれない子供の様な顔だった。

 

「愉しみは減らしたくない。今日は、も…う……帰…ろ、う」

 

「イエス、マイ・マスター」

 

 覇道鋼造に止めを刺すよりも何よりも優先するべきことは愛する主の体調。

 

 ゆっくりと浮上していくシュロウガは機能停止したデモンベインに目もくれずに飛び立っていった。

 

 その背を、デモンベインのコックピットのなかで覇道鋼造は見送った。

 

「見逃されたか」

 

「機体稼働率18% 通常電力による機体回収不可能」

 

「司令室に連絡を。迎えが来るまで待つしかないな」

 

「イエス、マスター」

 

 デモンベインもまた、覇道鋼造もまた、魔力切れによって機能停止を余儀無くされた。

 

 魔方陣の呪縛から逃れる為にすべての力を使い果たしてしまった結果だった。

 

 見逃されていなければ首を取られていた。そんな幕引き。

 

 勝敗を別ったのは単純に、覇道鋼造とクロウリードの肉体年齢からくる魔力容量だった。

 

 還暦さえ迎える年齢の覇道鋼造と、不老であり全盛期の肉体年齢を維持できるクロウリードとでは、その一点だけは覆しようがない差だった。術者の魔力がなければ機械神もただの案山子だ。

 

 それでも魔導書単体でも鬼械神で戦闘出来るのは覇道鋼造も知っている。それでもあの主想いの魔導書がマスターの少年を優先して退いたというのはわからない話でもなかった。何故なら彼等はそういう関係だからだ。

 

 魔術師と魔導書。共に戦う戦友。互いに愛し合う男女。運命を共にする半身。

 

 だからこそ強く、敗けを知らない。その在り方がかつての自身達に被るのも無理もない。

 

「アル……」

 

 かつて背中を預けた戦友の名を口にしながら、覇道鋼造は空を見上げた。

 

 そこには邪悪が襲ってきたとは思えないほどに透き通った夜空に光輝く綺麗な月が鋼鉄のコックピットを照らしていた。

 

 

 

 

to be continued…



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邪悪が微笑む朝 その2

インターミッション的な回。

最近花騎士を始め出してしまったので更新速度が落ちるのは許して。デンドロビウム先生サイコーです(陥落


 

 覇道邸地下秘密基地格納庫。

 

 そこでは今、人類最後の砦たる魔を断つ剣がその傷ついた鋼鉄の躰を癒していた。

 

 機体に群がる自動修復装置(トイ・リアニメーター)。傷ついた装甲を修復し、焼きついた内装を交換し、人の手では時間の掛かる作業を大幅に短縮し修理していく。

 

 その隣、デモンベインの傍らには同じ様にトイ・リアニメーターに群がられ修理を受ける機神の姿がある。

 

 覇道鋼造の駆ったもう一体のデモンベイン。並び立つ姿は壮観であり、確かに此処に、理不尽な邪悪に対抗できる力があるのだと人々に実感できる光景が其処にはあった。

 

 たとえその身が傷だらけであっても。刃金は人理を守るためならば、幾度となく立ち上がり神の摂理にすら挑む。彼等はそういうものたちだ。

 

「今回は手酷く壊して来た様だな。ミスター覇道」

 

 そんな巨人たちの足下で、コンソールに指を走らせる初老の老人が呟いた。ミスカトニック秘密図書館館長、特殊資料室室長を兼任するヘンリー・アーミティッジ教授であった。

 

「アレが相手だったからな。寧ろこの程度の損傷で済んだのは幸いだった」

 

 一夜明け、覇道邸はその警備兵を半数失い壊滅状態。デモンベインも小破、死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)は重傷。

 

 そして覇道鋼造も私生活に問題はなくとも、しばらくは鬼械神で戦うには魔力を回復させなければならなかった。さらに覇道鋼造のデモンベインは限り無く大破寄りの中破。しかし覇道財閥の財力は寧ろこういうときのために蓄えたもの。

 

 鬼械神二体をこしらえ、資産が傾きかけていても覇道鋼造はデモンベインの修復に注力していた。

 

 いかなる時であっても万全の状態で魔を断つ剣を研ぎ澄ませる。何故なら彼等邪悪は自然災害の様にその発生を予知仕切る事は出来ない。後手に回ってしまうとしても、世界を冒す理不尽を、彼等に対する更なる理不尽で打倒する為にも、デモンベインは必要なのだから。

 

「やはり、模造品では対抗出来ても倒しきれないか」

 

 今から20年と余年。覇道鋼造はデモンベインに二つの心臓を内蔵し、マスターテリオンに挑んだ。

 

 結果は、一度は追い詰めるも惨敗した。

 

 死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)を喪い、アイオーンもデモンベインも大破し、地球へと無様にも帰還を果たした。

 

 火星からの侵略はほぼアーカムシティに限定されていた為、死に体を押し切って脅威を退けた。丁度一仕事終えてミスカトニック大学に戻っていたラバン・シュリュズベリィ教授の奮戦もあり、ギリギリの所でアーカムシティは邪悪の手に堕ちる事はなかった。 

 

 それもすべて、火星に眷族を創れ等という事を邪神に言われたクロウリードが計算して、役者が揃う様にピンポイントでパリとアーカムシティだけを攻撃させ、他の都市部には電波ジャミングを掛けて通信機能を麻痺させたことでエイダとエドガーを導いたとは誰も知らぬことだ。

 

 巻き戻しもなく軍神強襲を終えた覇道鋼造は、今後デモンベインが万が一にでも――否、既に予定されている未来で確実に地球から旅立つデモンベインの不在の間、世界を守り邪悪を討つ新たな剣を造る必要性を改めて実感し、結果生まれたのが覇道鋼造の駆るもう一体のデモンベイン。

 

 模造品(デモンベイン)複製(レプリカ)

 

 デモンベインの予備パーツ、厳しい査定に漏れてしまったパーツを掻き集めて造られた粗末な複製はしかし、ネクロノミコン機械語版の力により鬼械神と遜色ない性能を発揮する。そして二つの心臓を内蔵することで、複製でもシュロウガという一級品の鬼械神と渡り合える性能を獲得した。

 

 それが覇道鋼造の駆ったデモンベイン・レプリカントである。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夢幻心母(むげんしんぼ)――。

 

 かつて神の国(プロヴィデンス)と云われた土地が孕む化性の居城。

 

 その主マスターテリオンことクロウリード・ダーレスは、その背に漆黒の少女を担ぎながら通路を歩いていた。

 

 その少女は彼の半身、魔導書ナコト写本の精霊――クロハ……ではなく、真のマスターテリオンの魂の半身、魔導書ナコト写本の精霊エセルドレーダであった。

 

 静かに寝息を立てる漆黒の少女の寝顔は何処か満ち足りてスッキリしているのに対し、クロウリードの表情は夜勤明けの様にどんよりとしていた。

 

 今彼の横を過ぎ去ればその背中から濃厚な酒気を感じることだろう。

 

「おやおやぁ? 自分の嫁ほったらかして弟の嫁と朝までねんごろですかにゃあ? こわいよー、ろりこんこわいよー、いつか弟のお母さんもはぁはぁいいながらそのどくがでがぶーっていっちまいますよこのへんたーい!!」

 

 よくもまぁそんな長台詞をノンブレスで言い切るなぁ。

 

「はぁ……。悪いけどエンネア、今日は構ってあげられる余裕はないの。わかる? もう眠いのよわたくし」

 

 登場していきなり背徳的な関係に人を当て嵌めようとするネコ娘の隣を過ぎながら歩める足は止めない。そんな背中をネコ娘は追い掛ける。

 

「さっきまでこってり搾られてたもんねぇ。その前はガッツリ掘られてたね♪」

 

 ニタリニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべるネコ娘。その顔はおもちゃで遊ぶ子供の様に残酷だ。

 

「やめい、ただでさえ低い気が滅入る」

 

 自分の主に対しては忠犬ドMのクセして、同じカテゴリーの魔導書を使ってる俺に対しては厳しいドSだったりする。まるで小言を言いまくる姑の様。

 

 やれ術の構成が甘いだ、遅いだ、練度が低いだ。

 

 私の写本を使わせてあげているのだからそれ相応に相応しい魔術師にならなければ許さないだとか。

 

 とか言いつつダメな点を上げまくって罵倒に見せ掛けた助言をくれる辺り、それに気づけば煩い姑小娘が素直になれない世話焼きお姉さんポジションに早変わりである……なんて夢を見れればどんなに楽だったか。

 

 とはいえなんだかんだ色々助けてはくれる。複雑だけど少しは役得でもある……かな。

 

 考えてもみなさい。2次元にしか存在し得ない俺の嫁とS○X出来るんだよ? これが役得じゃないなんていう奴はホモだね。(確信

 

「さすがはろりこんだ。塩蒔いてお祓いしておこう」

 

「人を悪霊か邪霊の様に扱いますかアンタ」

 

「え? だって正直ネロに対しても興奮できる時点でもうクロウって魔性じゃん」

 

「……ぐぬぬ」

 

 ぐうの音も出ないとはこの事か。

 

 ハイ、ワタクシミノマワリノミウチゼンイントカンケイモッテマス。

 

 断じて言い訳が許されるのなら、クロハとは合意の上の相思相愛。エンネアに関しては童貞喰われてからずるずると。エセルとはペル坊が構ってくれないだ俺が魔術師として不甲斐ないだと愚痴を言いながら飲んで酔った勢いから。……ペル坊とは――――言わせないでくれ。

 

「そういえばさ。クロウはインスマウスに行くの」

 

 居た堪れない俺の様子にエンネアが話題を変えてくれた。

 

 インスマウス。まあ、深きものどもの混血児が集落作ってる寂れた漁村なんだが。覇道鋼造がそんな邪悪を抑えようとギルマンハウスというレジャーホテルを作って人が陽の気を運び込んでいて色んな意味で寂れている海だ。

 

 真っ昼間ならリゾート地として申し分ないがな。地元バスの運転手が醜悪なインスマウス面じゃなけりゃな!

 

 黒き王代行クロウリード・ダーレス!(某死神代行風) 嫌いなものは邪悪と醜悪。好きなものは愛と勇気に溢れたいのちの物語りです! 万歳三唱して人の勇気と覚悟に感涙する程大好きです!!

 

 二度とやり直し出来ないほどに邪悪に染まってるがな! でも醜悪に魂は売ってない。あんなの人間じゃねぇ。

 

 俺は世界の大敵。故に世界に対して試練を与えよう。

 

 怨敵に立ちはだかる壁として存在しよう。

 

 白き王に討たれるその日まで、黒き王として世界を苛む悪を演じよう。

 

 でも、醜悪の様な無様な悪は御免だ。悪は悪として悪徳は尽くしてやるが、醜い悪はもはやそれは屑の所業。

 

 並み居る強者も振るい落とす試練を与え、それを超えてくる勇者を讃え迎えよう。

 

 そしてその英雄譚が自身を超えて行くのなら、その時俺は敗北を認めよう。

 

 それが俺の掲げる唯一の悪のプライド。

 

 だがああいう手合いはしつこいしぶとい、そして意地汚い。

 

 敗北を認めずに意地汚く生き残り逆襲する機会を窺う様な三流悪党。そのもっともなのはティベリウスか。

 

 あと自身には力もないのに生意気にも粋がる奴も嫌いだ。クラウディウスとアウグストゥスだな。

 

 クラウディウスは補助輪を着けた自転車をあたかも補助輪なしの自転車のように漕いで粋がるガキそのもの。

 

 アウグストゥスは、自身がそう仕向けられているのを知らない道化。邪神の触覚だから仲良くしたいだなんて思わないし願い下げだ。

 

 カリグラはよくわからん。あまり絡まないし、クラウディウスと良くつるんで居るのはわかる。

 

 あと逆十字の中で一番最初に殺られるキャラだから、個人的には、フッ、奴は逆十字の中でも最弱。死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)に敗れるとは不甲斐ない奴よって感じ。

 

 ウェスパシアヌスはその挑戦心だけは素晴らしいとは思う。マスターテリオンを超える存在を産み出そうとするその努力は称賛したい。

 

 ただ、きっとおそらくそのマスターテリオンが俺を対象にしているならもれなく残念賞が着いてくる。いや俺を殺しても俺よりも強いペル坊が控えているのだから無駄な努力とも言えてしまう。しかも俺を下して自身がブラックロッジを率いて世界を手にしたいという木っ端な野望もちゃっかり持っている。だからアウグストゥスとは利害の一致でマスターテリオンを殺すために協力しても最後は仲間割れするのは眼に見えている。

 

 ティトゥスは好感は持てる。修羅に生き、闘争の中で自身の生を実感する手合いは、俺にも同じ様なことが言える。

 

 大十字九郎や覇道鋼造、死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)、多くの敵と対峙し、その怒りと憎悪、闘志を全身全霊で浴びるその時間は素晴らしいの一言に尽きる。

 

 どう評価しても最終的に裏切りイベントは強制だとわかっているからなんら期待はしちゃいないが。 

 

「んっ……んん…」

 

 そうこうしていたら背中のお姫様が目覚めようとしているらしい。王子様のキスはないけど。

 

「起きろーエセル。もう朝だぞ」

 

「んぅ……、もう、少し…、寝かせなさい…よ、…バカ……」

 

 そう寝惚けながら首筋に顔を埋めて、ぐっと背中にしがみつく力が増す。クロハより控えめでも充分に軟らかさを伝えてくれる胸の感覚に役得感から鼻の下が伸びそうになる。ちなみにクロハが手の平に収まらず少し余るちょうどよい大きさ。少し控えめでエセル。太股とかお尻は二人よりもっちりの代わりにさらに胸が控えめなのがエンネアだ。

 

 一番はクロハなのは不動として、抱き心地という意味ならエンネア。二人を足して割ったのがエセル、だけど三人の中で一番たぶんエロいのはエセル。言うと殺されそうだから言わないけど。だって仕返しで抱き返している最中イきそうになると主以外のモノでイく自分に赦しを請いながら燃えてる様な娘ですよ。

 

 やっぱり本質はドMだよエセルも。

 

「にひひ~ぃ、エセルドレーダったら。主以外の男の背中に埋もれて可愛い声だしてなんて淫猥ドM雌犬なんだろうねぇ。自分は主を愛しているなんて言いながらクロウのモノであひあひして幸せそうな雌犬は飽きられて捨てられちゃうかもよぉ?」

 

「っ、ネロ!? あなた何時からっ、早く言いなさいよこの鈍間!!」

 

「いだっ!! ちょ、本気で、いたたたっ、いたいいたい、あでっ! エセルたんま!」

 

「いいから降ろしなさい! 早く降ろしなさい! 今すぐ降ろしなさい! これだからあなたは鈍間でとろいから覇道鋼造程度に追い詰められるのよ! だいたい私の写本を使わせてあげているのだから――」

 

 背中から後頭部をボカボカ撲ってくるエセル。降ろせと言いながら足に力を入れて俺の腕が支えている太股から抜けない様にしているから降ろすに降ろせない。後ろに手を回して背負わなかったのは寝ている間に尻をさわったと言われて殴られない為の防衛措置だったが裏目に出た。てか理不尽過ぎませんかね?

 

 

 

 

to be continued…



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悪徳一家の夏休み

長いから一区切りが中途半端です。Rー18までの限界ってどれくらいなんだろうねぇ。とか言いつつRー18用の伏線だけは作っておく。


 

 インスマウス――。

 

 その名を聞いた時、諸君らはいったい何を思い浮かべるだろうか?

 

 不気味な魚影がうごめく禁忌の町か。

 

 頽廃の中でも確かに存在する邪悪の潜む町か。

 

 腐敗と荒廃に満ち満ちた忌むべき町か。

 

 無論、それは人其々の感性によるだろう。

 

 ただ我が兄はそんな冥く陰鬱で醜悪な町がお気に召さないらしく。嵩張る旅費を払い、一般人と同じアクセス経路を使い現地入りした。

 

 列車に揺られ、左右に赤毛の少女と黒毛の少女を侍らせている我が兄は世間から見れば贅沢な男だと嫉妬や殺意さえ抱かれるだろうが。そんな少女たちを撫で付ける手の動きが、まるで児をあやす母の様だと見て取れれば、その様子は歳上の兄が二人の妹を寝かしつけている光景にしか見えなくなる。

 

 そんな光景を手にする本から視線だけで盗み見る。

 

「ん? どうかした、ペル坊」

 

「いいや。なんでもないよ。兄さん」

 

 そう返答して再び視線を手元の本に移す。そしてもう一度盗み見れば、膝枕に寝そべる赤毛の少女のネコの耳の様に跳ねた髪を玩んだり、肩に寄り掛かる黒毛の少女の髪を手櫛ですいて撫でたりとする本人の顔はとても優しく慈愛に満ちていて、それは身内にだけ見せる顔だった。

 

 今の兄を指してこの場でその正体がマスターテリオンであると触れ回っても誰も信用せず鼻で笑われるだろう。それほどまでに普段は見せない軟らかく穏やかな表情をしている。

 

 そんな彼の慈愛を受けている彼女等を少し羨ましくも思いつつ、手元の本に文字を書き加えていく。この仕掛けが果たして兄の役に立つのかはわからない。終わりを迎えたい兄には余計なものだとわかっていても。

 

 ただの人間の彼は、魔人として産まれ壊し冒す事しか知らなかった自分に名を与え弟と呼び人として愛して守ってくれている。

 

 最初は邪神の戯れだった。そして自身も束の間の箸休め程度にしか思っていなかった。

 

 ボロボロになりながら白銀の鬼械神を狩り、逆十字を降し、そして大十字九郎を降し、ひとつの輪廻を越えた時は偶然だろうと思っていた。

 

 次もボロボロになりながら、ひとつの輪廻を越えた。

 

 二度ある事は三度あると言わんばかりにまたひとつの輪廻を越えた。

 

 それを積み重ねて回数は増え、10を数え、100を過ぎ、10000を越え、いつしか本当の黒き王として無限螺旋に挑む人間の一人となっていった。それに我が母の助力が大いにあったのは確かだ。だが、定められた力など持たないただの人間である彼は、目の前の壁に突き当たろうと、力を身に付けそれを踏破し続けた。

 

 そんな兄を自分も愛おしいと想う。人間の可能性を魅せてくれる我が兄は見ていて厭きない。喪いたくないとさえ思う。ここにいる皆がそれを思っている。

 

 家族ごっこ遊びが、いつしか本当の家族である様に思える程の時間を共に過ごして来た。

 

 でなければこの己が誰かの為に想い行動をする様なこともしない。

 

 我が母がその全身全霊で助力を惜しまないはずがない。

 

 我が魔導書がなにかと気遣い慰めるはずがない。

 

 我ら化性の存在を家族と呼び、邪神の計略から守ろうと己が身を削り、世界(ものがたり)に立ち向かうただの人間に魅入られて、愛せないはずもない。

 

 永遠に続く無限螺旋の中で、おそらく僕らはもっとも幸せな時間を過ごしているだろう。

 

 あれほど自身を産み落として憎しみと殺意を抱いていた母とも、彼を守るという共通意識から少しずつ関係を改善させるに至った。

 

 兄を生かし、邪神の計略を打ち破り、因果から解放された先の地で幸せに暮らしたい。それが僕らの願い。

 

 僕の孤独を、絶望を、渇望を羨望を……すべてを知ってなお受け入れて癒してくれる。埋めてくれる母の様な存在。そんな兄さんだから、僕も甘えたくなってしまう。

 

「兄さん」

 

「ん? なぁに、ペル坊」

 

「蒸しパンが食べたいな」

 

「……ホテルに着いたら探してあげるよ」

 

 急に何を言い出すのかと呆けて、そして注文に困った顔をする兄の顔をじっと見詰める。最近なにかと兄さんは忙しかったし、僕も部屋に籠り切りだったから。偶には兄弟の親睦を深めるのも悪くはないかな。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「海だあああーっ!」

 

 もう待ちきれないと言わんばかりに飛び出して行ったのは、だいたい想像つくだろうが赤毛のネコ娘ことエンネアであった。狙ってやっているのか、旧スク水にひらがなで「ねろ」と書かれている辺り確信犯だろう。幾つもの視線が過ぎ去るエンネアの姿を追尾して離れない。中身はともかく外見は間違いなく美少女ロリ娘であるからそういう水着が恐ろしい程に嵌まっていた。

 

「こらー、ちゃんと準備運動してからはいりなさぁーい!」

 

 一直線に海に飛び込むエンネアをお約束の様に咎めるのは、薄手のシャツにホットパンツ、サンバイザーを着用したクロウリードだった。大導師として顔が割れていることへの変装という名の罰ゲームに近い格好だった。パンツから覗く曲線美の白い脚に周囲の男の目を釘付けにしていた。バイザーで目元が隠れている為に素顔はわかりにくいが、長く垂らされたポニーテールの髪から周囲はクロウリードを女性として認識していた。声が高めなのもひとつの要因でもあっただろう。

 

 ちなみに服装はネロのチョイスである。

 

 とはいえ、言葉で止まって利くのならば始めから飛び出したりはしないのをわかっているので、これは様式美の様なものだ。

 

「場所はこの辺りで良いかい? 兄さん」

 

 そうクロウリードに訊ねるのはビーチパラソルとレジャーシートを抱えたペルデュラボーだった。

 

「そうだなぁ。もう少し別の場所にするかな」

 

 騒ぐときには騒ぐが、クロウリードは静かな場所を好む。だが周りには自分達と同じ様に家族連れや友人達、または会社の社員旅行で訪れた人々でごった返している。そんな人工密集地に態々居を構えたいとは思わない。

 

 インスマウスに訪れるのも初めてというわけでもない。それこそ無限螺旋の最中で訪れた回数は億は超えているだろう。勝手知ったる庭の様なものだが、それでも流動する人混みは予想し難い。

 

 人混みを見渡しつつ、何処か空いている場所はないかと頭を廻らせていると、人々の視線が色めき立っている気配がする。ペル坊にもお姉さま方から熱い視線が突き刺さっているが。いや見掛けは優しそうな美少年だからなぁ。しかしそのビッグマスはまず普通の人間の女が咥え込める物じゃないから止めておけ、あんなの普通の人間の女なら骨盤が砕けて膣が二度と使い物にならないくらいズタズタにされる。

 

 なんでそんな事を知っているのかって? 時折シャワー浴びてるときに入ってくるからだよこの坊っちゃんがな!

 

 しかもなんだよ。寂しいから一緒に寝てとか。お前エセルはどうしたとか聞いたらクロハと一緒に不貞寝してるから声掛け辛いとか。そりゃ一週間も部屋に籠ってゲーム三昧で良い御身分ですね羨ましい。その間にエセルが毎夜マスターが相手してくださらないからとか拗ねながら俺の所に来るの知ってるのか? え? 放置プレイ喰らって仕方なく俺の所に来て一緒に寝た事を事細かに聞きながら犯すと何時もより反応が物凄いから敢えて放置してるだけ? 死に腐れよバカヤロウ! その間どれだけ俺が大変だったのか知らねーだろコノヤロウ! いやだからお詫びに背中流しに来たって、そのフランスパンスゴいですね、いや見せつけなくて良いから、ビクンビクン震わせなくて良いから、いやなんで後ろから近寄るな擦り付けるな宛がうなったら、アーーッ!!

 

 という感じの事が月に1、2回起きるんだよ。しかもアレだ。引き篭もっているから量も体力も有り余っていてバカなんじゃないかってくらいに攻め立ててくる。

 

 尋常じゃないよ。こっちは普通の人間なんだよ。魔人基準で性欲に付き合わされたら堪ったもんじゃないよ。

 

 でもなぁ。兄さん兄さん言いながら甘えてくるペル坊見てると突き放したり突っ撥ねたり出来なくてさぁ。結局そのまま泥沼に沈むが如くずぶずぶと……。

 

「チョロすぎるよね、兄さんって」

 

「あん? なんか言ったペル坊」

 

 周りが騒がしくてなにかを言ったペル坊の言葉が聞こえず聞き返したが、ペル坊はにっこり笑って「なんでもない」と返してきた。

 

 なんでもないなら良いとして人々の視線を追えば双子の姉妹が其処には居た。人混みを分けてと言うより向かう先の人が勝手に避けていく。

 

 スポーティな白いビキニに身を包んでいるエセルだった。その色合いはアル・アジフに対抗しているのは毎度の事だ。漆黒の髪がより目立ち、さらには水着の白も目立たせ、相乗効果を産み出し、その容姿とも相まって人々の視線を釘付けにしていた。

 

「お待たせ致しました、マスター。なにぶん愚妹がいつもの様に」

 

「よい、エセルドレーダ」

 

 ペル坊に頭を下げるエセル。その理由は毎回ウチのクロハにある為、主としては耳が痛い。

 

 そんなエセルに手を引かれながらやって来たクロハは、周囲を睨むというより殺気混じりで睨み付けながらエセルの背中に隠れていた。

 

「マスター以外の男に私の肌を晒すなんて……あまつさえその脳内で私を慰みものに辱しめる様な舐めつける視線。気持ち悪い鳥肌が立つ邪な目を腐らせてしまいたい。でもそれでは折角のマスターの休暇を台無しにしてしまう。私が我慢すれば良いだけ。我慢我慢…我慢っ」

 

 エセルの背中に隠れているクロハからはもう呪いに近いなにかが溢れそうな勢いだった。我慢とは言っているが、漏れだしている呪力はエセルが無害な字祷子(アザトース)に分解していた。

 

 何だかんだ言いつつ面倒見は良き姉である。

 

 そんなクロハは半袖のパーカーに腰に黒いパレオを巻いているのはわかるが。黒さ加減が濃すぎて下の水着は何色かさえわからない。それでもパレオの隙間から覗く白い脚は余計に目立ち魅力を放って止まない。潮風に煽られて覗かせる太股がまたなんとも扇情的で男を誘う色香があり唆られてしまいそうだ。

 

「ま、マスター……っ」

 

 そんな俺の視線に気づいたクロハが殺気も呪力も霧散させて恥じらいながらパレオの裂け目を着かんで脚を隠す。……周囲の男どもから落胆となにやら危なげな視線が投げ掛けられる。

 

 まぁ、クロハがかわいいから仕方ないよね。

 

「おーい、エンネアー!! 何時もの場所に居るからねーーっ」

 

 両手を口に添えて大声を張り上げる。念話の方が確実且つ簡単に意思疏通が出来るが。内向きに使う魔術ならまだしも、外向きに使う魔術はこちらの存在を示しかねない為に自重しておく。

 

 そう。それはこのインスマウスの住人達もそうだが……。

 

「互いに束の間の休演を楽しむとしようか。大十字九郎」

 

 視線の先に見えるのは間違いなく大十字九郎。浜辺の水着美女を見て鼻の下を伸ばしている間抜け面を晒していた。……頼むぞ死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)。ダゴンやらインスマウスの住人やらに負けるような無様は晒してくれるなよ。

 

 浜辺の底から飛び出してくる破壊ロボと対面し、術衣を纏おうとする大十字九郎。

 

 しかし破壊ロボからぎゃりぎゃりとなにかを磨り潰す音が全身から響き渡り、ガキンッと音を立てて動かなくなる。……防塵処理が今一だったらしいな。

 

 ボコられるドクターを遠目に、俺は皆を連れて静かな岩場の方へと歩み始める。

 

 インスマウスでの行方不明者の報は世俗にも出回っているが、それでも行方不明者は決まって夜に出歩いていたり、自分達の様に少し離れた岩場や沖での行方不明になることがわかってくると、人というのは群れてその恐怖を隠す。これだけ人が居れば自分は大丈夫だろうという保身的な集団意識が集まって浜辺や浅瀬は人がごった返し、その陽の気が陰の気を持つインスマウスの住人から守る結界になるのも確かだ。

 

 その結界の外は浜辺の喧騒がウソの様に静かだ。

 

 浜辺から少し離れた岩場の隙間にある小さなスペースの浜。一家族がギリギリで収まるその空間は毎度このビーチで世話になる穴場である。

 

 レジャーシートを広げた上に重り代わりのクーラーボックスを置く。周囲は岩、あまり風も吹き込んで来ないでもこういうのは無意識の癖みたいなものだ。

 

 その辺に転がる石ころを拾ってルーンを刻み、その辺に投げる。結界を形成し、少しどんよりとした空気が浄められる。人の集まる陽の気から離れれば忽ち陰の気が立ち込めてくるのは胸クソ悪い。

 

 夢幻心母も大差ない陰気は持っているが、毛色が違うというか。どうもこの土地の持つ粘つく様な纏わりつく様な醜悪さの気は生理的に受け付けない。

 

 結界を張る仕事を終えたら次は蒸しパンを探して来ないとならない。無論無駄に施設が整い客のニーズに応えるギルマンハウスなら蒸しパン屋のひとつは見つかる。

 

 ペル坊にあとを任せて俺はもう一度浜辺の方に向かう。全高70m級の巨大なドラム缶が浜辺に聳え立つままだが、アーカムシティからの観光客の多いこのビーチは何時ものことかともはや驚く素振りもなく普通に海水浴を楽しんでいる。逆に他方からの観光客がおっかなびっくりという感じで破壊ロボに近づき見上げたり触ったり写真に納めていたりする。

 

 そんな観光客達を横目にホテルの方に向かえば、やはり見えてくる一団の横を過ぎ去る。どうやら変装は巧く行っているらしい。なんか男の尊厳を放り投げているけど気にしたら敗けだ。

 

「おやおや。随分愉快な格好をしているじゃないか、クロウくん」

 

 そう声を掛けてきたのは、黒いサングラスにグラマラスな身体を黒のビキニに包む女性だった。女性として考え得る魅力を凝縮して煮詰めて容にした様な扇情的で曜日な彼女。だがその正体を知っているからあまり関わりたくはない人物でもある。

 

「ナイア■■■■■■■」

 

 敢えてフルネームを口にしてやるが。後半はノイズが走った様に言葉が音に掻き消された。

 

「ウフフ、態々フルネームで呼んでくれるのかい? 嬉しくてお姉さん感激しちゃうなぁ」

 

 そう微笑みながら立ち上がるナイア。蠱惑的な笑みは容易く男を誘う淫靡に溢れていた。

 

 それを受け流しつつ彼女と対峙する。

 

「何の用だ? それとも、なにかを仕掛ける気か?」

 

 身バレしない様に魔力も闘気もフラットのままだが、形だけでも身構えておく。下手に隙を見せたら何をされるかわかったものじゃない。

 

「そんなに身構えなくても良いじゃないか。冷たいんだなぁ」

 

 そう肩を落としながら身体を絡みつけてくるナイア。女性としては身長が高めの彼女と自分では丁度彼女の豊満で手に余る胸が顔に押し付けられ、脚の間に挟まれた肉よかな太股が、股座に擦り付けられて快楽を感じる。普通の男だったらその軟らかい身体を獣の様に今すぐ彼女の下着の奥の膣に肉棒を突っ込みバカみたいに腰を振っているだろう。

 

 そんな誘惑を精神力で捩じ伏せる。どんなに魅力的に感じていても、コイツだけはダメだ。論外である。致命的である。思考する余地すらなく却下だ。断固拒否する。

 

 なにがあってもコイツを抱くつもりも、コイツに抱かれるつもりもない。そんな事をしてしまったら何をされるかわかったものじゃない。

 

「相変わらずつれないねぇ。ようやく終わりの見えてきた演目の出演料の代わりに色々とサービスしてあげようかなぁって思っただけなんだよ?」

 

「余計なお世話だ」

 

 腰に手を回されて、軟らかな身体に沈み込みそうになるのを抵抗する為に手を伸ばす。

 

「あんっ。もう、乱暴なんだから。痛いのは女の子に嫌われちゃうぞ? ボウヤ」

 

「嫌われて結構だ」

 

 肩を掴んで押し剥がそうとするが、身体は接着剤でくっついてしまったかの様にびくともしない。どんなに力を入れても離れる事が出来ない。そんなこちらを嘲笑うかの様にナイアは身体を寄せてそっと耳元で囁いてくる。

 

「精神力と耐性は見事なものだけど、直接触れあっている肉体だけはどうにもならないよ? ほら、僕も一応神様だからね。人間の肉体ひとつ手玉にするくらい造作もないんだ」

 

「っ、このっ、変態邪神が……っ」

 

 ナイアの言う通り、心はなんともないのに肉体だけが掌握されてこちらの言うことを聞きやしない。それでもどうにか抗って操り人形になるのだけは必死に抵抗する。結界金縛りに近い硬直状態になる。気を抜けば心に関係なく身体は発情した雄として目の前の極上の餌を貪り喰らうだろう。

 

「別に良いじゃないか。ヒトとしての尊厳を保つ為に、僕らみたいなのとは交わっていなかったんだ。でも、その落とし仔のマスターテリオンや、魔導書の娘らとの交わりは魂が蕩けてしまいそうな程なのは体験済みだろう? その上の快楽と幸福感を味わってみたいとは思わないかい?」

 

「んっ、くふっ、っっっ」

 

 囁かれる耳の穴を舌で舐め回し、そのまま首筋を伝って鎖骨を舐めあげる。それだけで果ててしまいそうになる快楽が神経を焼き尽くさんと駆けずり廻る。

 

「っっ、んぅぅぅぅぅっっ」

 

「フフ、良い聲で鳴いてくれるねクロウくん。こんなことならもっと早くキミに手を出しておくべきだったかな?」

 

「んひぃぃぃぃっっ」

 

 首に吸い付かれ、赤い花弁をちりばめながら、牙を立てられ血を舐められる。

 

 たったそれだけの児戯の様な愛撫なのに頭が真っ白になって意識が飛び、次に襲い掛かった快楽で意識が覚め、また堕ちる繰り返しの地獄。

 

「フーッ、フーッ、フーッ」

 

「あはは、可愛いねぇ。思わず手折ってしまいたいくらいに可愛いねぇ」

 

「んぎぃぃぃぃっっ」

 

 手が熱り立つ股座に添えられる。生地越しに撫でられて下着の中に射精してしまう。歯を食い縛ってもボロボロの自制心は役に立たず、身体を良い様に弄ばれる。ホットパンツのホックが外され、チャックを焦らすようにゆっくりと下げていく。拘束を解かれていよいよ下着から飛び出そうとしたところで……。

 

「そこまでだよオバサン。ウチの可愛い息子にナニしてくれちゃう気?」

 

 熱く興奮し発情していた身体が真っ青に冷める程の冷たく痛い殺気のお陰で我を取り戻す。

 

 ナイアの背後。黒い魔銃を突き付けるのはエンネア――否、アンチクロス最強最悪の罪人。魔人ネロ。

 

 ウェスパシアヌスがC計画の為に産み出した魔人。マスターテリオンを超える存在を目指して造られた人類最強の魔術師。唯一の味方の逆十字。

 

「やれやれ、無粋だねぇ。ネロ。これからクロウくんにちょっとしたお姉さんからのサービスタイムに連れていってあげようと思ったのに」

 

「クロウは魔性のガチペドロリコンだからそんな駄肉塗れの身体じゃ満足しないし出来ないしそもそも勃ちもしないよ」

 

「エン、ネア……」

 

 快楽漬けで白痴になりかけの意識で、赤毛の少女に手を伸ばす。情けない話。誰でも良いから助けて欲しかった。

 

「当の本人は満更でもなさそうなんだけど?」

 

「無理矢理手込めにして何を言うのかねぇ。いやがる男を無理矢理抱いたって逃げられちゃうだけだぞー?」

 

 そう言いながらネロは撃鉄を下ろす。その銃口の奥に装填されている弾丸の洗礼により、遥かヒアデス星団のフォマルハウト星に棲う神性が怨敵との邂逅に歓喜してその魔力が火花となって現世に溢れだしている。

 

「さすがに事を交える気のないときにそいつの焔は見たくないな」

 

 そう言ってナイアは胸の中でぐったりしてうち震えているクロウリードを解放した。

 

 崩れ落ちるその身体をネロは――エンネアは抱き止める。

 

 しかいナイアの背後には変わらず魔人ネロが銃口を向けていた。無銘祭祀書が作る分身、魔人ネロだ。

 

 拘束具に身を包む少女はいつでも引き金を引ける態勢で銃口を突きつけている。

 

「まぁ。また機会があれば頂くとするよ。こんなに美味しい仔を独占するなんて、ズルいじゃないか」

 

「何度来たって同じだよ。この子は私が――私たちが守る!」

 

 エンネアの言葉と共にネロが引き金を引き、弾丸に刻まれた洗礼が灼熱の獅子を召喚し、その牙が怨敵である女の貌をした闇を呑み込んだ。

 

「ふはははははははは!! ならば護って魅せよ魔人よ。ヒトの分際でこのクラインの壺の運命に抗って魅せよぉ」

 

 焼かれている炎の中から聴こえるのは嗄れた男の聲だった。

 

 炎が消えた時。あとにはなにも残ってはいなかった。

 

 あの程度で死ぬ様な存在でもないことはエンネアにもわかっていた。あれはこの世界に於ける絶対の神なのだから。

 

「大丈夫? クロウ」

 

「はぁ…はぁ…はぁ……エン、ネ、ア……はぁ…っ、うぅ」

 

 クロウリードの様子を覗き込むエンネアだったが。虚ろな目で熱に浮かされているクロウリードは普通の状態でないのは一目瞭然だった。

 

 姿見掛けは女の装いをしていても、溢れ出す香りは濃い雄の臭いを放っている。今はナイアが現実から切り離した空間に居るから良いが、このままでは現世に戻った瞬間、クロウリードの淫気に当てられた女子が集ってきて面倒な事になる。

 

「治療のためだもん。仕方ないよねぇ~?」

 

 一先ず場所を移す為にクロウリードを担ぎ上げるエンネアの口許はニヤリと弧を描いていた。棚からぼた餅。

 

 降って湧いてきた機会にエンネアは存分に楽しみつつ狂わされたクロウリードの治療をする為に、ホテルに予約した部屋に転移した。

 

 結局数時間クロウリードを独占したエンネアは魔導書の裏切りに合い、鬼の形相を浮かべたクロハによって鎮圧された。

 

 

 

 

to be continued… 



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黒き王の価値観

サブタイトル思いつかねぇ……。夜中テンションだから限り無くアウト。怒られたら修正かなぁ。でも文字の描写で、プレイそのものしてるわけじゃないからセーフかな?

あと電波受信だキャラの説得力に欠けるから少しやらかしてます。


 

「うっ、ぐぅっ」

 

 頭を苛む頭痛に目を醒ます。頭が割れて脳味噌が飛び出してしまいそうな、そんな痛み。

 

 頭を押さえながら起き上がれば隣にはペル坊が静かに寝息を立てていた。目元に薄っすら隈があるのはまた徹夜でゲームでもしていたんだろう。

 

 そして隣のベッドには女子組が眠っていた。寝相の悪いエンネアの所為でクロハもエセルも寝難そうにしている。

 

 それは少し可哀想なのでエンネアの寝相を正して布団を掛け直してやる。

 

 なにか夢でも見ているのだろうか。ニヤケ面で穏やかに眠っているエンネアに顔を近づけ、額に口づけする。昨日助けてくれた礼代わりが額にキスなんて陳腐かもしれないけど、今はそれくらいしか思いつかなかった。

 

 汗でベタつく肌が居心地悪くてシャワーを浴びに向かう。寝室の時計で確認した時間はまだ早朝の4時。だがこのギルマンハウスでは大体8割の確率でイベントが起こる。それは別に此方には関係無い事だ。見物客として見ているだけで良い。ただ今寝泊まりしているのは2階。イベントの時は騒がしくなるだろう。

 

「……魚くさい」

 

 もっと言えば水妖の気が水を通じて感じられた。それは仕方がない事だ。この土地はダゴンを信仰し、インスマウスの住人は深きものども(ディープワンズ)の血を引くものたちだ。水妖の気が土地の属性として根付いているのだ。

 

 指を弾いて簡易的な結界を張る。今このバスルームの中だけはどんよりとした水妖の気は消し去り清々しい風の気が充たす空間になる。

 

「ん、気持ち良い……」

 

 風。それは自身が最も相性の良い属性。初めてこの属性との相性が良いのを知った時は少し微妙な気分だった。そりゃ性格が捻れ曲がったクソ生意気なガキと同じ属性だ。微妙な気分にもなろう。しかしそれが彼の盲目の賢者と同じ属性だと知れば少し誇らしい気分だった。

 

 この風の力を存分に振るう為に、もっと言えばユメの中の盲目の賢者の様に近づけないかと模索した。

 

 その結果として魔術協会、そしてアトラス院で学んだ知識。自分の技術の集大成として鬼械神を造った時、いよいよアトラス院からも追われる身にもなった。それも仕方がない。あらゆる可能性を導くラプラスコンピューター。その力は運命(アカシック・レコード)にすら接続と干渉を可能とし、因果律すら歪める可能性も持つのだからだ。

 

 吸血鬼に狙われたのもそれが原因だった。

 

 人類が滅びる未来の運命に介入するために。

 

 人類滅亡の未来を予見し、その回避の為に魔法に挑むも敗れた稀代の錬金術師。吸血鬼となってまで人類救済の為に挑むその姿、姿勢はどうしようもなく眩しかった。タタリだ吸血鬼だとは関係なかった。そこには確かに困難を超える窮難に挑む人の輝きを見た。

 

 ユメで出逢ったとある男が言っていた。困難や苦難に挑み努力する人間は素晴らしいと。

 

 そんな吸血鬼との出逢いは悪くはなかった。ラプラスコンピューターの製法を教え、対価にエルトナムの錬金術をさらに深く学ぶ事も出来た。

 

 だが吸血鬼のそれも真祖と関わりを持ってしまったからだろう。いよいよ埋葬機関にまでも討伐対象に選ばれ世の中が住みにくくなった時。この世からの決別を決意した。

 

 その為に『門』を開くために『鍵』を造った。

 

 世界の壁を超える。それこそ魔法の類いだろう。並大抵の魔術師では逆立ちしても届かない領域。

 

 だがそれがどうした。届かないのならば届くまで努力するだけだ。努力に努力を重ね、それでも到れないと言うのは易い。要は諦めないことだ。諦めてしまえばすべてそれまでだ。八方塞がりだとしても、諦めなければなにかを掴めるかも知れない。

 

 ユメの中であの魔王と出逢い、人間の素晴らしさを語られ、努力する事を学んだから出来た事だ。根詰まった時、ユメに出てきては尻を蹴り上げ奮い起たせられたからだ。

 

 10歳になった時に出逢ったあの男のお陰で大分捻くれた価値観を持ってしまった自覚はあるが、あの男と出逢ったからこそ恐らく無限螺旋に挑み続けられている部分もあるだろう。

 

 だがわかるだろう。焦がれるのも無理もない。だって輝きを持つ人間は本当に素晴らしいのだから。

 

 人間でありながら邪悪に挑み続ける白き王。何も知らずに挑み続ける姿が憎いとユメの中の黒き王は言った。

 

 しかし俺は違う。その何も知らずに挑み続ける姿が好きだ。絶望を知っても抗い続けるその姿が好きだ。刀折れ矢は尽き満身創痍の只人となっても戦うその姿が好きだ。 

 

 だから、俺は大十字九郎を尊敬し、敬愛し、敬服し、敬意を表し、立ちはだかる者としてあり続ける。

 

 でなければ失礼だろう。自分が観たいものを魅せてくれる役者に、共演者だからこそ魅せてくれる。希望を紡ぐのなら、その希望を塗り潰す絶望を与えよう。

 

 刀鍛冶が熱した鋼鉄を打ち付ける様に。

 

 絶望という火釜で熱せられた希望という鋼鉄を打ち付け鍛え上げる。それが俺に求められた役目。

 

 錬金術師に刃金の鍛造という仕事を宛がったのだ。  

 錬金術師の誇りに懸けて、この役目は全うしよう。

 

 そして神の神器を手にした時、その役目も終わる。

 

 役目を終えた時、全身全霊でぶつかり合う。

 

 今まで人の輝きを魅せてくれた礼として、絶命という名の死を与えよう。

 

 その後に自分達か或いはお前達の敗北がこの世界の明日を決めるのだから。

 

「フ、フフフ、楽しみだなぁ……」

 

 熱い湯を頭から被り続けた所為だろう。身体は酷く熱く火照り始めていた。今鏡を見ればそこには熱に浮かされてうっとりとした(かお)を浮かべているだろう。自身の紅い眼はギラついているだろう。今の今まで殺せなかった相手を殺せる瞬間を想像するだけで絶頂してしまいそうだ。

 

「うわっ! ちょ、なに!?」

 

 妄想に浸ってぼーっとしていた所に不意打ちで腰に絡みつく腕。背中にぴとりと張り付く誰かの肌。

 

「ニヒヒー♪ だぁれだ?」

 

 目隠しはされずに声だけが耳に届く。何故なら手が厭らしく淫猥に絡みつきながら股座を弄っているからだ。

 

「エンネア……」

 

 振り向かなくても声だけで身内なら誰だかわかる。エセルとクロハは同じ声だが、言葉のトーンが違うから聞き分ける事は朝飯前だ。なにかとお姉さんぶりたいエセルと、常に此方を立ててくれる奥さん的なクロハだと同じ声でも大分違って聞こえるのだ。

 

「ひゃっ! く、くすぐったいって! あ……あうう! ん……いやっ、止め、ひゃあぁぁっ」

 

 まだ早朝なのもあって、しかも声の響くバスルーム。股座から感じる快楽に腰が砕けそうになりながら、壁に手を着いてどうにか踏ん張り、声を漏らさない様に堪えても激しくなる小さな手が繰り出す手淫がそうはさせてくれない。

 

「ホント、良い声で鳴いてくれるねぇ。クロウってば…」

 

「…くぅ……うぅぅ……」

 

 濡れている壁は摩擦もなく、力すら入らない腕は身体を支えられずズルズルと落ちて浴槽の床に腰を突き出して四つん這いの状態にまで沈んでしまう。背中に当たる熱湯が血液を温め、それを廻る身体は快楽と合わせてふやふやに解されてしまう。頭の中がボヤけて白み、思考を失っていく。

 

 これで相手があの邪神だったら、白き王の様に気を確かに持つのだけれども。

 

「…エン、ネ、アぁぁ……」

 

「フフ、かわいいクロウ……。昨日は途中までだったからさ。最後まで……シよ?」

 

「んっ……ちゅる……はふ、……ちゅぷっ……ふあぁ……」

 

 舐り、貪り、犯す様に唇を奪われ、舌で舌を絡め取られ吸い上げられる。仰向けに転がされて、跨がりながら身体を寄せてくる赤毛の少女を受け入れた。 

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

「クロウって、ホント魔性だよねぇ」

 

「煩いなぁ…」

 

 少し不貞腐れるクロウもかわいい。

 

 クロウは自分から求める事はない。私たちが求めてしまうから、求める前に貪られるからだ。

 

 私たちは我慢が出来ない。だってクロウは魔性だから。

 

 その魂は黒き王を演じていても気高く清い。

 

 まるで光に誘惑される羽虫の様に私たちみたいな存在は誘惑されてしまう。その魂を穢して犯したくて。

 

 尊厳なんて関係ない。すべてを犯して踏み躙りたい。染め上げて堕落させて溺れさせたい。

 

 なのにクロウはいつも清いまま。それはクロウの渇望が成し得る呪い/願い。

 

 人として大十字九郎に討たれたい。人として因果から解放されたいというクロウの渇望。

 

 だからクロウは犯せない。冒そうとする存在を逆に侵して支配してしまう程だ。

 

 でもクロウが心を開いているのは私たちだけ。他は一切心を開かない。だって開いても無駄だからだ。

 

 私たちだけが輪廻を越えて一緒に存在し続けられるからだ。

 

 だから私たちは犯し冒され侵し尽くされて絆されてしまった。ただの人間に。このただの人を愛おしくて、彼を守れるならなんだって出来る。邪神に喧嘩だって売ってやる。

 

「どうかしたのエンネア? お腹冷えちゃった?」

 

 お腹に――未だマグマの様に煮えたぎり子宮の中を熱と魔力で焼く精を感じる下腹部をそっと撫でていた私に、クロウは心配気に声を掛けてきた。その言葉の色は子供を心配する母親の様に温かくて、すべてを包んでくれる様な優しさに溢れていた。

 

「ううん。なんでもないよ」

 

 この身に刻まれた因果。苗床としての宿命。語り部として物語を語り続ける運命。

 

 正直気が狂いそうな役割だ。自分を滅ぼしたって、魂は次の器に宿るだけ。

 

 白き王と黒き王の戦いを永遠に語り続ける巫女。

 

 幾度とないはじまりとおわりを見守ってきた。

 

 幾度とない神話を見守ってきた。

 

 でも、ひとりの女として愛されて、ひとりの人として愛情を注がれて、ひとりの少女として庇護されたのはクロウが初めてだった。

 

 自分に課せられた役目に困窮し、頭を下げて魔術を教えて欲しいと言われた時の事は今でも鮮明に覚えている。

 

 無駄かも知れないと思っていた。この輪廻のただ一度だけの代役。そう思っていた。

 

 でも違った。クロウは必死に足掻いた。ボロボロで、傷だらけで、血反吐を吐いて、足下に血の池を作っても、クロウは立ち上がって戦った。

 

 その背中が、彼と重なるんだ。

 

 輪廻を繰り返し、なにも知らずに無限螺旋に挑み続ける白き王に。

 

 だから訊いてみたんだ。何故そんなになってまで戦うのか。

 

 クロウと九郎。同じ名前。姿も声も違うのに同じ背中を魅せる彼に。

 

 アンチクロスの裏切りをボロボロになっても斃した後、ルルイエの眠る海に向かう夢幻心母の中で、聞いたんだ。

 

 ――だって、俺が死んだらエンネアだって死んじゃうじゃないか。

 

 クロウが死ねば、また普通に物語が始まるだけだ。マスターテリオンが死ねば、その転生の為に苗床の私は死ぬ。

 

 クロウは知っていた。無限螺旋の物語を。優しい神さまが生まれる物語を。

 

 だからネロの事をエンネアって呼び続ける。

 

 Cの巫女のナンバリング。九郎に名乗った嘘の名前。

 

 でもクロウはそう呼ぶ。魔人でもCの巫女でもない。ただの女の子に話し掛ける様にその名前を呼んでくれる彼の次の言葉はこうだった。

 

 ――そんなの嫌だって思う。俺が死んだら、俺を助けてくれたエンネアも死んでしまうかもしれないって識っているから。そんなのあの世で目覚めが悪いだろうしさ。簡単に言うなら、後味が悪いって言えば良いのかな。

 

 後味が悪い。そんな言葉だけでわかってしまう。あぁ、この子も同じなんだ。どうしようもなく救いようもないお人好しな人間なのだと。

 

 師と弟子。そう呼んでも良いのかわからないけど、当て嵌めるのならそんな関係だった私たちの関係は、その言葉を聞いた時に変わった。

 

 この子を守ろうと、誰にでもなく誓った。自分の命が惜しいとかそういうのじゃない。死なせてはならない、死なせたくない、死が不可避であるのならその運命を壊してやろうと。

 

 その為に本腰を入れてクロウを鍛えた。幸いにも自分はもうひとりのマスターテリオン。魔術に関してならば人類最強の女である自負があった。

 

 そしてクロウの呑み込みも早いのもあって、1000を超える輪廻を踏破する頃にはもう自分を超える魔術師となっていた。

 

 クロウは私やペルデュラボーの方が強いとはいうけど、それは違う。それは物語というフィルターで増長されている思い込みだ。

 

 クロウが憧れた物語の中で圧倒的な力を振るったペルデュラボーと私に対する思い込み。もうクロウは私たちよりも強い魔術師だ。

 

 でもだからって守られているばかりじゃない。それはカッコ悪いし、なにより家族として胸を張れない。

 

 だから私たちもクロウに負けない様に強く在り続けている。失望させないように、あの子の憧れた物語に嘘を吐かせない為に、あの子の心の柱を守る為に。

 

「くしゅっ」

 

「……湯冷めしちゃったかな」

 

 風呂上がりからあまり時間は経っていないけど、不意に出たくしゃみに、クロウが苦笑いを浮かべながら髪の毛をバスタオルで拭いて、そのまま流れ作業で身体を拭き上げて、下着を履かせて、服を着させてくれる手際は手馴れたものだった。

 

「はい。先にあがってて。俺も直ぐ着替えて出るから」

 

「うん。……ありがとう、クロウ」

 

 背中を押してくれるクロウに振り向いて礼を言いながら、背伸びをしてその白い額に口づけする。

 

「眠っている女の子ってね、王子様のキスで目覚めてしまうんだよ?」

 

「あっ、うっ……え、エンネア…っ」

 

 私の言った言葉の意味を理解したクロウの顔は瞬く間に赤くなっていった。

 

「えへへ、またあとでねー♪ ク・ロ・ウ」

 

「っ……」

 

 迂闊だったと額を押さえながら俯くクロウに背を向けて私はバスルームをあとにした。

 

 準備も舞台も整いつつある。後は時を待つばかり。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 シャワーを浴び終わり、魔術で瞬時に身体を乾かし、長く伸びる髪の毛をサイドテールで纏めてエーテライトで縛る。これならちょっとやそっとの焔で燃える事はない。

 

「なにやってんだろ……」

 

 朝から盛って、しかも柄にもない行為もバレバレ。久方ぶりにあんなに恥ずかしく思った。穴があれば入りたい気分だった。

 

「っ……よし!」

 

 頬を叩き気合いを入れ直して思考を切り替える。分割思考からいつも通りの思考のバックアップを呼び出して切り替える。

 

「良いかい? 兄さん」

 

「ああ、ペル坊。それにエセルも、おはよう」

 

「うん。おはよう兄さん」

 

 気合いを入れ直した所にペル坊がまだ夢の中に居るエセルの手を引きながら脱衣所に入ってきた。

 

「パーティが始まりそうだ。騒がしくなる前に僕たちもシャワーを浴びる事にするよ」

 

「いや、ゆっくりしてて良いよ」

 

 ペル坊の脇を擦り抜けながら、俺は振り返らずに言葉を置いていく。

 

「醜悪な魚野郎どもをぶち殺して来るだけだから」

 

 毎回夢幻心母を依り代にクトゥルーを召喚しているが、クトゥルフ海産物大嫌いの俺は我慢するが、襲ってくるなら容赦しない。

 

「いくの? クロウ」

 

「ああ」

 

 まだクロハが寝ているベッドで寝転がっていたエンネアが上半身を起こして問い掛けてきた。

 

「まぁ、ゆっくり寛いでいてよ。二階には上げないからさ」

 

 俺は部屋を出て下の階に向かう。向かいながらそこかしこの影から這い出す黒い犬達に指示を飛ばす。

 

 廊下を駆けていく犬達は階段を駆け上がり、或いは駆け下りていく。そして遠くから聴こえる悲鳴。

 

 それは男、或いは女、或いは児、或いは老人。

 

 だが一般人には害はない。猟犬達は嗅ぎ分ける。その血に刻まれた汚泥の血脈の気配を。 

 

 雑多な処理は猟犬達に任せて、俺は階段を降りる。

 

 一階はメインホール。ホテルの受け付けやアミューズメント施設、他にはレストランもある。

 

 食い散らかされた肉塊。服の布の残骸にはこのギルマンハウスの従業員のものだ。

 

 まだ比較的に若く、インスマウス面の面影のない若い個体が従業員として働いて、時を待っていたのだ。行方不明の若い女性客を手引きしているのもそういった若い個体だ。

 

 そして近づいてくる吐き気を催す臭気の方に目を向ければ、列を成してやって来る者達。鍵を掛けられている入り口を斧や鉈、或いはその異形の腕で打ち破って来たのは、カエルか魚か、そんな醜い貌の者達。インスマウスの住人達だ。

 

「…オトコ、要ラナイ……コロス…」

 

「……オンナ、探セ」

 

「生ケ贄……探ス」

 

 そんな人ならざる聲を発する者達に対峙する。

 

「フン、両棲類の出来損ないどもが。ここから先は通行止めだ」

 

 俺は嫌悪を隠さずに吐き捨てる。身体に風を纏っているのに感じる魚臭さに吐き気を感じてイライラが募る。

 

「…陸ノ人間、邪魔……」

 

「コロシテ、海ニ捧ゲヨウ」

 

「海に還るのは貴様等の方だ。悍ましく退化した半魚人が人間の真似をするな」

 

 醜悪で人間の尊厳を冒す連中を赦してはおけない。

 

 指先にエーテライトを絡めて、オーケストラを奏でる指揮者の様に腕を振るった。

 

「うがふなぐるぐあぁああぁぁ!!」

 

 先頭の1匹が斧を振り上げて襲い掛かる。

 

 まだ若い個体達。完全に変化する者たちは島の祭壇だろう。此方にはまだ人の特色が色濃い連中ばかりだ。

 

 毎回そうだ。そうであるから自分から行こうと誘わないのだ。別にこのホテルの人間がどうなろうが知った事じゃない。だが人間の尊厳を冒涜するコイツ等を見ていると沸き上がってくる怒りと憎悪が歯止めが利かずに爆発するのだ。

 

 人に寄生し、種を遺す様な汚泥の血脈が赦せんのだ。

 

 人の輝きを穢す遣り口が気に入らんのだ。

 

 故に死ね、故に根絶えろ、故に滅びろ。

 

 エーテライトで編んだ檻に正面から激突したインスマウス面の青年は細切れになって肉塊となった。

 

 象が引っ張っても千切れない強度の擬似神経繊維。扱い方次第ではこうして武器にもなる。

 

 相手からすれば何故細切れになったのかわからないはずだ。極細の繊維は、目を凝らして漸く見える物だ。

 

 そんな正体不明の死に方をした仲間を見て後退るインスマウス面の若者達。

 

 そいつらに踏み出して俺は高らかに言葉を紡ぐ。

 

「貴様等が穢した人の尊厳。そのなんたるか。この俺が教えてやるからかかってこい!」

 

 魔術は使わない。人の力を舐めている連中にわからせてやる。

 

 猟銃を向けてくるインスマウス面の女の腕にエーテライトを巻きつけて、腕を引けば、巻きついた繊維が肉に食い込み引き裂いて寸断した。

 

「ぎゃああああああああ!!!!」

 

 赤い血を噴き出しながら腕を抑える女。その首にエーテライトを巻きつけて引く。

 

「ぎっ――…………」

 

 首が落ちて静かになった。

 

「ションベンは済ませたか? 神様にお祈りは? 部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする心の準備はOK?」

 

 糸を操り化け物を葬る死神執事に敬意を払いながら、台詞と共に指を振る。わざと繊維に光を反射させる。それが凶器だと示す。

 

「コロセェェェェ!!!!」

 

 恐怖に戦きながらもその恐怖を振り払わんと声を荒らげるインスマウス面の若者。

 

 それに呼応して鉈やチェーンソーを振り回すインスマウス面の少年達。女は銃を撃ってきた。猟銃や拳銃。

 

 中れば死ぬ攻撃を、エーテライトを振るって引き裂く。

 

 魔術で強化していなくとも、技術があれば乗り越えられる。

 

 銃弾の軌道は、発砲される瞬間の銃口の向きから計算できる。

 

 斧や鉈やチェーンソーや鍬やらは目に見えているのだから見切り易い。

 

 物事の本質を見極められる眼は、すべてを見透かす。

 

 銃弾に走る黒い線をエーテライトで切れば、銃弾は真っ二つに切り裂かれた。

 

 斧や鉈やチェーンソーや鍬や銛も、黒い線をエーテライトで切れば、柄の木や先端の鉄、鉄塊の機械さえ関係なく断ち切る。

 

 軒並み武器を破壊したら、インスマウス面の者達は後退るのを止められない。その顔にははっきりとした恐怖が張り付いている。

 

「どうした? まだ武器を失っただけだろう。その手の爪はなんだ? その口の牙は飾りか? 人間じゃないんだろう? お前達は。おのれの血を奮い起たせてみろ、汚泥の血脈の血で身体を変化させてみろ!」

 

 一言一言を紡ぎながら一歩一歩歩み出せば、奴等は一歩一歩後退る。

 

「徒党を組んだ化け物が人間ひとりに怯えてどうする」

 

 足が、首を落としたインスマウス面の女の頭を踏み潰す。ぐしゃりと音を立てて頭蓋を砕き腐った脳漿を撒き散らし、飛び出した目玉が床を転がる。

 

「お楽しみはこれからだぞ化け物ども。歌い踊れよ化け物ども! ただ血を引いて年月を経たなければ化け物になれない半端者が人間を駆逐しようなどと思い上がりも甚だしい!!」

 

 エーテライトを振るい、最前列のインスマウス面の者達の腕や脚を引き裂く。

 

「ぎゃぎいぃぃぃぃ!!!!」

 

「があああああああ!!」

 

「ままぁ!! ままぁぁあああ!!」

 

「たすけっ、たすけええええ!!!!」

 

 情けなく泣き喚く化け物達に更に怒りが募る。

 

 こんなものか。この程度が。こんな無様な連中が人間を犯して冒涜して穢すのか!!

 

「恥を知れっ!!」

 

 泣き喚く化け物達の首を落とす。

 

「ひいいいいいい!!!!」

 

「や、やめてくれ、おれたちはただおとなたちにいわれてっ」

 

「たすけてっ、たすけてください!!」

 

 とうとう命乞いまで始める始末だった。人間に畏れられるべき化け物が人間を畏れてどうする。

 

 泣き喚く者、床に土下座して額を擦り付ける者、女達は血迷った様に服を脱ぎ自慰をして濡れそぼった膣や硬くなった乳首を晒して肉便器になることを望む。

 

 ……見ていて吐き気を通り越して興も失せてくる。

 

「もう良い…………」

 

 そう言って背中を見せて、エーテライトを燃やす。あんな醜悪な血の着いたものを懐に入れる気はない。

 

 その様子に背後から安堵の空気が流れてくる。

 

 バカな連中だ。化け物に犯されているから脳ミソも退化しているのだろうか。

 

「お前達は、犬のエサだ」

 

 その言葉と共に、腐臭を漂わせて顕れる猟犬たち。この臭いにも慣れないが。魚臭さに比べたらまだマシだ。

 

「ヒィィィっ」

 

「な、なぜ、ナゼェェェ!?!?」

 

「いやあああああ!!!! なんでもしますなんでもしますなんでもしますからあああああ!!!!」

 

 涎を垂らしてじわじわと歩み寄る猟犬を目にしたインスマウス面の者達は狂乱しながら叫び、何故と問い掛けてくる。

 

 そんなこと、問わねばわからないというのか。

 

「そうやって助けを求める人間に、お前達はなにをした?」

 

 その言葉だけで答えになるだろう? むしろこれで理解できないなら、もう人の言葉すら喋るな。

 

「喰らい尽くせ……っ」

 

 言葉と共に指を鳴らせば、お預けされて待っていた猟犬達が一斉に襲い掛かった。

 

「オノレエエエエエ!!!!」

 

「ん?」

 

 まだ生きていたインスマウス面の青年が紙を手に広げて怨嗟の雄叫びを上げていた。

 

「くするふるるいえうなふなぐるふたぐん!!!!」

 

「ほう……」

 

 どうやら賢しく根性のある奴が紛れていたらしい。

 

 輝く魔力。命と魂を焚べて召喚されたのは3m級の機械(マキーナ)

 

 稀に居るのだ。死の間際に直面して、こうして機械(マキーナ)を召喚する魔術師(もぐり)が。

 

 人間に毛が生えた程度の化け物が見せる最後の抵抗。

 

 絶望の淵で見せる確かな足掻き。だが心は揺れ動かない。

 

 何故ならそんな光景を見ても余りにも輝きがないからだ。化け物の輝きを見ても、それを踏み潰したくなるだけだ。だって人間じゃないのだから。

 

 かつての死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)が魅せた最後の足掻きに比べたらなんとも小さすぎる。

 

 機械(マキーナ)が動き、猟犬を追い払えば真っ先に逃げ出しだ。だからつまらない。輝きがない。立ち向かおうとする気概も勇気もないからだ。

 

「では、幕引きといこうか」

 

 エーテライトを編み、魔力を通し、擬似神経繊維という骨組みに情報と魔力で肉付けをする。

 

 3m級だが確かに再現した機神が剣を抜き疾駆する。

 

「魔法剣、ディスカッター!」

 

 逃げる機械(マキーナ)の背中。見える黒点を貫く。

 

「ギャアアアアアアア!!!!」

 

 断末魔を上げて崩れ落ちる機械(マキーナ)。毎回そうだが拍子抜けだ。

 

 やはり大十字九郎や覇道鋼造、或いは死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)は特別で格別だ。

 

 自分という存在に恐怖はするさ。でも逃げない。立ち上がってくる。立ち向かってくる。

 

 そんな人間が狂おしい程愛おしい。

 

「我々があの島に行っている間に、まさかこんなことをしていたとはな。どういうつもりだ、マスターテリオン」

 

 そう声を掛けてきたのは初老の老人。老いても尚その闘志は揺るがない傑物。

 

「知らんとは言わせんさ。いや、識っているはずだ。俺は人間が大好きなんだ」

 

 我が愛しの怨敵。覇道鋼造。

 

「良いのか? 愛する孫娘――いや、()()()()は島に赴いたのだろう?」

 

「……貴様の心配は要らん。今はリトルエイダも着いている」

 

「なるほどな」

 

 魔導書の気配がしないと思ったらそういうことか。

 

「どうする。命を擲って刺し違えるか? まぁ、それだとつまらないから適当に気絶させて終いにするがな」

 

「貴様と言うやつはいつまでも上から目線で物を言う」

 

「実際歳上だからな」

 

 戦う気がないから出来る世間話。覇道鋼造も魔力が回復しきっているわけではないのは感じられる。

 

 これから絶望がアーカムシティを苛み陵辱するとわかっていて命を擲つバカでもない。

 

「………ダゴンが蘇ったな」

 

「なんだと……」

 

 感じる気配。強まる水妖の気とお粗末ながらも感じる神気。

 

「だが、そう苦戦することもないだろうさ」

 

「……なぜそう言い切れる」

 

 不思議がる様に訝しむ様に覇道鋼造が訊ねてきた。

 

「簡単だ。信じているからさ。大十字九郎が、アル・アジフが、デモンベインが。あんな蘇り損ないのフナムシ程度にやられるわけがないだろう」

 

 そう、信じている。俺は彼等をこの世で最も信じている。

 

 そして今回はお前が鍛えた魔を断つ剣があるだろう。

 

 万が一、億が一、にも負ける要素は皆無だ。

 

「それより結界を張った方が良いぞ。クトゥグアの焔で焼かれたくなかったらな」

 

「貴様に言われずともわかっている」

 

 踵を返して覇道鋼造は去っていく。今から地下の魔力炉で結界を張るのだろう。

 

 床にルーンを刻み、またオリハルコン製の礫をギルマンハウスの四方に打ち込む。

 

 地脈から魔力を吸い上げ、結界を張る。まぁ、一泊の恩というヤツだ。

 

「2体のデモンベインか。これがどう転ぶのか」

 

 輝く■■■■■■■■に到れる可能性の中で生まれたイレギュラー。

 

 人間の執念が造り上げた新たな剣。その存在が糧となるか。

 

「覇道の娘よ。余り邪魔をしてくれるなよ?」

 

 妨げとなるのならば、此方には幾らでも手立てはあるのだから。

 

 小さな島で行われる大怪獣ロボット大戦を見守りつつ、残る余暇をどう過ごそうかと片隅で考えつつ、クトゥグアの爆発に備えるためにひたすら魔力を練り上げて結界を強化し続けた。

 

 

 

 

to be continued… 



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とあるフォトジャーナリスト・リポート

導入な感じだからめっさ短めだ。3500文字行ってないからね。その分前話頑張ったから赦せ。

感想版で色々とひけらかしているけど別に良いよね。感想版なんてあまり他の人見ないでしょ?


 

 今、私の思い出す姿は余りに不鮮明で。

 

 それは例えば、アーカムシティに放たれた眩い光。

 

 例えば、人通りの絶えた街並みに落ちる巨大な影。

 

 そんな、まるで微かな手触りの様なものでしかないけれど。

 

 でも、その手触りがアーカムシティを遠く離れた今でも、私の中にはっきりとした感触として残っていて、時々不意に現れては私の心に強烈な色彩を放っていってくれる。

 

 そう、あなたの名前を聞いた、その時から……ずっと。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。デモンベインって知ってる?」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「うっはぁぁ……」

 

 列車から降りてホームの改札口を出て言葉に出来たのはそんな陳腐な驚きだった。

 

 人の波が絶えず動く改札ホール。田舎生まれで、仕事で何度か都会に住んだことはあったけれど、駅の中だけでもこの街が世界で最も文明が進んでいる。世界の文化はアーカムシティから始まっているという言葉にも納得できる。

 

 駅を出れば、もう夜だというのに人の流れも車の流れも絶えていない。昼の様に明るい。眠らない摩天楼が心を擽る。

 

 これだけ大きな街なら特ダネだって直ぐに出会えそうね。

 

 ジャーナリストとして特ダネを掴む事は生活にも関わってくる。

 

「ともしても、先ずは寝床よね」

 

 仕事先は明日から探すので良いとして、先ずはホテルを探す。こんな大きな街なら格安のビジネスホテルのひとつやふたつはあるはず。

 

 キャスター付きのキャリーバックを引きながらホテル街を歩いていく。表通りはやっぱり割高なホテルばかり。しばらく歩いても同じような価格が並ぶだけだ。あまり貯金もない側としては余計な出費は避けたい。

 

 なら表通りから逸れれば良いだけだ。

 

「でもねぇ……」

 

 これでも一応女である。表通りを逸れる道にも確かにホテル街は続いている。怪しげな雰囲気バリバリで。

 

 ジャーナリストの勘が告げる。あっちはあまりよくないと。

 

 かといって適当なホテルで格安ホテルの場所を訊くのも気が引ける。

 

「どうしようかしら……」

 

 駅に戻って駅員さんや交番を見つけて聞いてみるのもありかと思った矢先。

 

 ――地面が吹き飛んだ。

 

「きゃあっっ、なになになにぃ!?!?」

 

 実際には大きな地震だった。でもそう思ってしまう様な縦揺れが足下から襲ってきたのだ。

 

『ドクタァァァァァァァァァーーッ・ウェェェェェェェェェストッッッッ!!』

 

 拡声器で増幅された声が夜の街に響く。

 

 掻き鳴らすギターが不協和音を奏でる。

 

「なっ、なにが起こったのよ……っ」

 

 街行く人達は我先にへと地面から迫り上がって現れた入り口の中に入っていく。なのに何処か慣れている様に冷静だった。

 

「俺の店、大丈夫かなぁ……」

 

「二区画先って言っても、暴れまわるからなぁ」

 

 そんなわけがわからない会話が聞こえてくる。

 

「なんなのよぉ……いったい」

 

 訳もわからずへたり込んでいた私に、おじさんが声を掛けてきた。

 

「嬢ちゃん、悪いことは言わないから早く避難するんだ」

 

「ひ、避難って、なにかあったんですか?」

 

 あんな揺れだ。まさかガス爆発とか物騒な出来事が起こったんじゃ。

 

「破壊ロボだ。ブラックロッジの破壊ロボが現れたんだ」

 

「は、破壊ロボ? ブラックロッジ?」

 

 なにかの暗号? いやロボ? ってテレビとか小説に出てくるロボットのこと?

 

「きゃああああっ。今度はなにぃ!!??」

 

 物凄い爆発と、離れた所で倒壊するビルに私はパニック寸前だった。

 

「不味い、早く逃げるんだよ嬢ちゃん。良いね!」

 

「あっ、ちょっと!」

 

 そう言っておじさんは走って行ってしまった。

 

 崩れ落ち、土煙と飛び散る瓦礫の向こう、立ち並ぶ高層ビルよりもなお巨大な影が聳え立っていた。

 

「…………なんの冗談よ……アレ」

 

 自分は夢でも見ているんじゃないかと頬をつねってみても、感じる痛みがすべては現実だと物語っていた。

 

 それくらいに出鱈目で無茶苦茶な光景だった。

 

「ろ、ロボットぉおおぉぉ!?!?」

 

 寸胴のドラム缶に、ドリルの付いた腕が生えていていくつもの大砲で武装しているビルよりも巨大なロボット。

 

 もう、笑うしかなかった。

 

「きゃあああああ!!」

 

 重い腕を振り回す。ドリルが唸りビルを粉砕しながら薙ぎ倒し、砲口が火を噴き爆砕されながら爆発するビル。

 

 そう。それは出鱈目で無茶苦茶で、不恰好で。だが確かに存在する破壊の権化。

 

 ――破壊ロボ。

 

 その意味がようやくわかった。

 

 そして、なのに、立ち上がって、走り出した。

 

 商売道具のカメラを携えて。

 

「こんなビッグニュースを前にして逃げられるわけないじゃない!」

 

 正直どうかしていると思う。でもこの身体を突き動かす衝動に身を任せて外れた事は一度もない。

 

 危険だ。果てしなく致命的に。

 

 でも私はジャーナリストだもの。危険だからって身を引いていたら特ダネには巡り会えない。

 

「きゃっ」

 

「わっと…!」

 

 夢中に走っていたから誰かとぶつかってしまった。

 

「ご、ごめんなさい! 急いでいたから」

 

 そう言いながらぶつかってしまった相手を見る。

 

 目についたのは夜の闇を溶かして凝縮した様な黒い髪。そして、街の灯りを反射してより輝く血の様に紅い瞳。

 

「俺は平気だよ。それよりお姉さんこそ平気?」

 

 にっこりと笑って手を差し伸べてくれる。男の子なのか女の子なのか見極めに困るくらいの幼さの残る中庸な顔つき。声も高めで、でも自分を俺って言っていたから男の子なのかな? でも髪は悔しいくらいしっとりとしていそうにキレイな色だった。

 

「え、ええ。それよりもあなたは逃げないの?」

 

 手を引いて立ち上がらせてくれた男の子(仮)に訊く。自分で言うのもアレだけどかなり危険なはずなのに。

 

「まぁ、ここは安全だからね」

 

「安全って……」

 

 今にも瓦礫が降ってきそうな程に周りは爆発したりビルが崩れたりしているのに。

 

「……来たな。白き王」

 

「え?」

 

 摩天楼の灯りを、街を焼く紅蓮の炎を、更なる明かりで照らす空の光。中心に星が描かれた円の光が広がっていく。

 

「お姉さん写真でも撮る気なの?」

 

「ふえ? え、ええ、そうよ。私フリーのフォトジャーナリストなの」

 

「そっか。ならその眼と写真に確り焼きつけて納めておいた方が良いよ」

 

 そう言いながら男の子(仮)は頭上を、星の描かれた円の光を見上げて、釣られて私も見上げた。

 

「邪悪と戦う正義の機神――デモンベインをね」

 

「デモン……ベイン…?」

 

 そしてそれは現れた。地を砕きながら膝を着き、ゆっくりと立ち上がる姿はまるで神様が現れた様に見えた。

 

 鋼鉄の巨人。冷たい鉄の身体なのに、熱く滾る程の力強さを見る者に感じさせる。

 

 鋼鉄の巨人と巨大なドラム缶が睨み合って、互いに駆け出してぶつかり合う。衝撃は数ブロック離れているここにも届いてくる。

 

「っと、やばいかな」

 

「え?」

 

 びゅおおおっと、なにかが通り過ぎた。

 

 見えたのは背中。小さな背中。キレイで綺羅びやかで、まるで絵本に出てくる魔法の剣を振り抜いた姿の背中。

 

 ズドドォォォォォンッッという音と振動が胸を、身体を、耳を、脚を、突き抜けていく。

 

 後ろを振り向けば、ビルが巨大なドリルに薙ぎ倒されていた。()()()()になったドリルに。

 

「なっ、なななななな!?!?」

 

「ほら、安全でしょ?」

 

 ニヒヒと笑うその顔は、とても無邪気なのに。無邪気過ぎて逆に怪しさ全開の悪魔めいた顔に見えた。

 

「それよりそろそろお姉さん。今宵の決着が着くよ」

 

 男の子(仮)が指差す方を見れば、鋼鉄の巨人が夜空に飛び上がっていた時だった。

 

 それをドラム缶ロボがミサイルやら砲弾を放って打ち落とそうとしている。

 

「5・4・3――」

 

 男の子(仮)が数字を口にするそれがカウントだと頭がわかる前に反射的にカメラを構えていた。

 

「2・1――今!!」

 

 カシャリとシャッター音が耳に届いた時、身体がぐらりと背中に向けて倒れていた。何事とカメラから顔を離せば男の子(仮)が私を押し倒していた。

 

「ちょ、むぐっ」

 

 口を開く前に顔をその胸に抱き締められた。軟らかくて、お日様の様な香りだった。

 

 影になって見えない。でも襲ってきた衝撃と熱と赤い明かりがなにが起こったのか容易に想像させた。

 

 カメラのシャッターを切った時。それは鋼鉄の巨人がドラム缶ロボに飛び蹴りを喰らわせた瞬間だった。

 

 風が止んで男の子(仮)が私の上から退いてくれる。

 

「相変わらず凄まじいな」

 

 周囲のビルはボロボロで砂埃が道を埋め尽くしていた。ガラスは軒並み砕け散っていた。

 

 炎の中に揺らめく影。人の形をした影。焼かれながらも存在する確かな偉容。

 

「アレは……なんなの……?」

 

「……デモンベイン。魔を断つ者の意を持つ鋼鉄の巨人さ」

 

「デモン、ベイン……」

 

 その名が、その時、私の心を鷲掴みにした瞬間だった。

 

 

 

 

to be continued… 



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とあるフォトジャーナリスト・リポート 中章

うえきの法則で川上さんの声を知り、好きな声だったんですよねぇ。

クロウと関わった事でちょっとしたハードモード突入のリリィさん。頑張れ。その勇者系黒き王は選択肢さえ間違えなければ良いだけだから。


 

 ――あなたは、何者なの……。

 

 ――何者か。何者かと問われるなら、俺はしがない錬金術師だ。

 

 ――錬金術師……?

 

 ――そう、錬金術師。とはいっても魔術に傾倒した魔術協会の錬金術師とは違う。コテコテの技術屋の錬金術師だ。

 

 ――ま、まじゅつ……?

 

 ――そう、魔力を使い行う、かつては魔法と言われた術。文明の発展と共に魔法ではなくなった、かつての奇跡の残滓。こうして火を起こすのなら、今はマッチやライターがある。その昔は火打ち石で火を起こすことさえ魔法だった。それまで火は天からの贈り物だったからだ。

 

 ――あのぉ、もしかして君って、宗教(そっち)関係の人間だったりする?

 

 ――フフ、さて。それはお姉さんの想像にお任せするよ。今夜はここに泊まると良いよ。値段も良心的でサービスも良いから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「……朝、か」

 

 昨夜、街に流れる風になにかが混じって気になって出歩いていたら破壊ロボvsデモンベインのスーパーなロボットの対戦に遭遇。いつどこで起きるかなんてドクターの気分次第だから、例えば前回彼処で今日起きた今回も起きるだろうと出待ちしても起きないことの方が多い。ドクターの人生のフローチャートはいったいどうなっているのだろうか。

 

 そうして50m級vs70m級のスーパーロボット対戦を見守っていたら、背中からぶつけられた衝撃にたたらを踏んだ。

 

 振り向けば金髪に碧眼の女性。カメラを首から下げている女性には見覚えがあった。彼女がデモンベインの周りに近づくのなら、風に紛れているのはロイガーとツァールだと導く。まぁ、吹き飛んで来たドリルを斬ったのは気紛れだ。闇の世界を見ても光の側に居続ける人間を見ていたかったからと言うのもあったのだけれど。

 

 彼女のことは知っていても関わるのは初めてだったから色々とサービスしてあげたけど、まぁ、大丈夫だろう。

 

 今日もアーカムシティを捜索する。風の神性は隠れるのが上手い。最近アウグストゥスもカリカリしてるからここらでアル・アジフの断編が手に入ればよし。まぁ、なくても裏切りは確定だからどうでも良いのだけれど。

 

「まぁ、怪しいのはここしかないよな」

 

 昨夜の戦闘によって立ち入り禁止になった区画。巨大な立て看板の前に立って中を探ってみる。

 

「居るな……」

 

 何処にというのはわからない。ただこの辺りには居るという確信。これでクロハが居れば確実に場所までわかるのだが、今クロハはシュロウガのオーバーホールをしているから共には居ない。

 

 つまり身一つで今俺はアーカムシティを出歩いている。そこまで危険ではないとはいえ、やはり魔術師が魔導書を持ち歩かずに出歩くというのは不用心ではある。

 

 なら何故そんな事をしているのか。そんな状態で出歩くのか? バカなのかと罵声を浴びせられても仕方がない。

 

 それがどうしたと言えるのは、普通の魔術師ではないからと言える。魔導書がなくてもある程度は戦えるし。伊達に魔術協会、アトラス院、埋葬機関から逃げ続けたわけでもない。勝てずとも死なないという戦い方は心得ているつもりだし。いざとなれば固有結界もある。

 

 心象風景を具現化する固有結界。俺の場合はユメが現実を冒すものだ。その中でならばまず大抵の敵には負けることはない。此方側ではSAN値直葬されかねないため使いどころが難しい『眼』もある。

 

 それにラプラスコンピューターを通じて事象を計算することも可能であるなら、危険な場所に赴いても安全な場所、または対処、因果を計算すれば良いだけだ。

 

「あれ? 君は……」

 

「こんにちは、お姉さん」

 

 ただ、せっかく知り合ったのだからいくつか余計なお節介をかけても良いんじゃないかって思っただけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日一日聴き込みをしてみても、デモンベインの名前は知っていても あとは知らない人だけだった。

 

 まだ一日目だし、特ダネ、スクープは地道な聴き込みから拾えることもある。

 

 一番怪しそうなのはあの食いしん坊探偵。何か知ってるのを聞き出すのもこれからの付き合い方次第。

 

「でも魔術って言葉にはかなり食いついてくれたのよね」

 

 デモンベインの話題をはぐらかそうとしていた一方で、魔術に関してはまるで釘を刺す様に真剣な顔で言われた。

 

 ――魔術ってのはほぼ例外なく外道の知識を行使する術だ。もし関わろうってんならそれこそ止めとけ。シャレにならないことになる前にな。

 

 どこかそれは、実感の籠った言葉だった。

 

「はぁ、この街にまともな人は居ないの…?」

 

 話を聞いてくれないシスター、怒りん坊の警察官さん、話をはぐらかす貧乏探偵――。

 

 巨大なドリルを切り裂いた不思議な男の子(仮)。

 

「あの子なら、なにか知っているのかしら」

 

 そんな不思議な雰囲気があの子にはあった。

 

 『デモンベイン』という言葉に込められた感情の想いの丈、重さが違って聞こえたあの子なら。

 

 そう思っていたら、噂をすれば影の様にあの子が居た。

 

「あれ? 君は…」

 

「こんにちは、お姉さん」

 

 穏やかな笑みを浮かべて挨拶してくる男の子(仮)。昨日は黒いコートを来ていた姿から一変、今は黒い上下の学生服。確か日本の学校で男の子が着る物――よりもっと上質でピシッとした服。軍人の着ている服に白の外套、帽子も軍帽を被っていた。

 

「あぁ、これ? ちょっとした罰ゲーム」

 

 苦笑いしつつも満更でもない様子はなんなのだろうか。コスプレにしては結構良い値段がしそうな生地に見える。

 

「それよりお姉さんの方はどう?」

 

 どうと言われても、空振りというか、なにかが掴めそうで掴めない。そんなまだまだ不鮮明で輪郭のハッキリしない。霞を掴もうとするかの様だった。

 

「あまり、かなぁ。聴き込みも空振りだし」

 

「まぁ、普通の人間に訊いている限りはそうだろうねぇ」

 

 この子の言う言葉はなにか知っていて、まるでなにも知らずに奔走している私を見て楽しんでいる様に聞こえた。

 

「あなた、なにか知っているでしょう」

 

 だから私は問う。訊くでもなく訊ねるでもなく、確実になにかを知っているという決めつけ。取材を重ねて様々な人に出逢ってきた私の目は、この子がなにかを、それも核心めいた事を知っていると見た。

 

「そのなにか。それがなんなのか。それを知りたい。でもねお姉さん、世の中には知らなくても良いこともある。知らなければ幸せなこともある。知ってしまって不幸になることもある。知らなければ良かったと後悔することもある。表面的な情報から推察して記事を書く事だって出来る。例えばデモンベインは、どこぞの財閥が造った道楽。例えば政府が極秘裏に造った決戦兵器。例えば人類滅亡を回避する為に眠りから醒めた超古代の文明が造った機械の巨人。そういう噂を纏めて新しい噂を作ることも出来るし、それが例え捏造でも、上手く出来れば、人の心を掴める物なら売れるものなんだ」

 

 彼の言うことは、デモンベインを調べる過程で知った事だ。そんな作り物の記事、憶測の域を出ない記事、根拠も証拠もないのに彩られて着色された記事。でもそれは一流のライターだからか、言葉巧みに人を納得させる魔力を秘めた記事ばかりだった。

 

 なら何故、君はそんな記事の事を語っているとき怨めしく顔をしかめていたのか。まるで大切な物を傷つけられてあまつさえ汚された様な親の顔をするのか。

 

 その横顔はまるで娘を凶悪犯に犯された被害者の父や母を取材した時に見た顔その物だった。

 

「上面さえ知らない俗人が書く記事はなにも知っちゃいない。ただ見たものから、こんなものだろうとそんな想像力もない頭で考えただけのもの。街に転がる噂を集めて言葉を付け足したもの。知らないから書ける突飛もないもの。知るものからすれば勘違いも甚だしい。声を大に叫べるのならば叫びたい。でもそれは嫌だ。何故なら真実は言葉だけでは伝わらないからだ。言葉だけでは伝えきれない。結果伝えられた側はその真実に余計な付け足しをするしかない。理解出来ない事を理解出来る範囲を拾い上げて、理解出来ないところは創作して繋ぎ合わせる。だから矛盾を孕む記事が出来るし、説得力が弱い、どこか物語りの様な記事が出来る。しかもそれを売る性根がわからない。結果真実は埋もれてしまう。虚実が真実となり、真実が虚実になる」

 

「…………知っているのね。あなたは、デモンベインを」

 

 まるで舞台の台本を読み上げている様に演技めいた口調で語る彼の姿は本場の役者の様だった。身体の動きはなくただ言葉だけで魅せる力がある熟年の役者を見ている気分だった。

 

 そしてそれが、デモンベインの事を知っている自負の誇りに満ちていた。

 

 自慢するのではなく誇りを抱いている。その話し方は他の誰にもないことだった。

 

「知っている。知っているさ。知っているとも。識っているともさ。それこそ人が知り得ない事すら識っている。デモンベインがなんなのかを。でもそれを知るにはまだまだお姉さんはこの街の事を知らない」

 

 ひょうっと、風が吹いた。妙に冷たくてピリピリする風だった。沈む夕陽を背にする彼は、影の中で光る紅い瞳で私を見つめている。まるで見定める様に。

 

「この街の――いや、この世界の深淵を覗く勇気はあるか?」

 

 彼の影が足元まで伸びてくる。違う、それは彼の背に太陽が隠れてしまったからだ。なのに何故、だったらどうして彼が私より大きく見えるのか。そんなに離れていないのに、遠近法なんていう常識が当て嵌まらない様に彼の姿が大きく見える。

 

「此方が深淵を覗く時、深淵もまた此方を覗いている。真実を知るとはそういう事だ。世の中の真実ほど残酷な事はない。だから上面だけ見てあとは想像するのは一種の防衛本能だ。知れば不味い、危険だとわかっているからだ」

 

「もし、真実(それ)を知った時。どうなるの?」

 

 彼の言葉は脅しじゃない。まるで言葉が命を奪う凶器に聞こえた。ここが線引き。まだ引き返せる場所。

 

「それは人それぞれさ。理解出来ない真実に狂うか。真実を追い求めても辿り着けないか。はたまた真実を付け狙う者に殺される時もある。穏やかさなんてない、深淵を覗き込むのだから、安全、命の保証、そんなもの誰の言葉も口も言えるものじゃない。次の瞬間には命がなくなっていることなんてざらにある」

 

 いつの間にか、痩せ細った犬が彼の周りに集まって来ていた。反射的にその犬と眼を合わせそうになるのを逸らす。いけない、マズい、危険すぎる。ジャーナリストの勘が叫んでいる。

 

 関わったら死ぬ。……だけど。

 

「それでも私は知りたいわ。デモンベインの事を」

 

 死ぬかもしれない。だけど私は知りたい。デモンベインの事を知りたい。この胸の内に沸き上がる衝動が、死の臭いがする路を前にしても足を踏み出させた。

 

「ククク。合格だよ、お姉さん」

 

 いつの間にか目の前に居た彼が、笑いを噛み殺しながら私の頬に手を添えて撫でてきた。それはとても優しくて、昔、小さいときにお母さんがしてくれた様に優しく褒めてくれた時の手つきだった。

 

「っ、少し時間掛けすぎたかな」

 

「え?」

 

 ゴオッと、まるで風が突風の様に吹き荒れた。私に背を向けて庇うように立つ彼の肩に手を置く。そうしないと飛ばされそうな程強く風を感じた。

 

 吹き荒れる風の中で眼を細める。それくらい強い風。

 

「シャアアアッッ」

 

「ッッッ」

 

 そんな眼を細めていた私は獣の雄叫びに驚き、振り向くと視界いっぱいに広がるのは、いつの間にか現れたなにかが大きく口を開いて噛みつこうとしている光景だった。

 

「リテイク! やり直してこい」

 

「キャヒンッッ」

 

 バシンッとなにかが、噛みつこうとしたなにかを叩いた。そして風が弱くなって見えてきたのは、地面に転がる女の子。青い着物を着た女の子だった。

 

「だっ、大丈夫――」

 

「見掛けに騙されるな――!」

 

 バンバンバン、それが銃声だとわかった時。地面に倒れていた女の子は起き上がって私をその尖った爪で引き裂こうとして、銃弾に撃たれてまた地面を転がっていく姿だった。

 

「シィィィィッッ」

 

「フッ、姉妹を撃たれて怒り心頭か?」

 

 瓦礫の上に現れたのは紅い着物を着た女の子だった。でもその目は人にしたらあり得ないほど、まるで彼を視線だけで射殺す様に見開かれていた。人間味がない姿は人間なのに人間じゃない。引き裂かれた様に弧を描く口許。まるで獣の様に尖った歯が余計にそう思わせる。

 

「なんなの……これ」

 

「これが世界の真実。その極々一部だ。世界で人が安穏と暮らしている裏で……いや、深淵で確かに存在する闇だ」

 

「シャァァァアアッッ」

 

 世界の真実。そう聞いて私はカメラを構えた時。瓦礫の上に居た女の子の姿が霞消える。そしてレンズ越しに見えるのは大きく開かれた口。生え揃う歯はまるでサメみたいだと思った。

 

 シャッターを切る。なにかが叩きつけられる音がして、紅い着物の女の子も地面を転がった。

 

「逃げずに自身の信念に忠実か。ジャーナリスト魂というやつか?」

 

「危ないって言われても時には飛び込まなくちゃこの業界でやっていけないもの。女は度胸よ!」

 

「くはっ、あはははははははは!!!! 良いぞ、面白い。だから人間ってヤツはこうであるから大好きなんだ」

 

 大口を開けて笑っている彼。それが心の底から笑っているのがわかる。でもそれはバカにしている笑いじゃない。もっとそう、讃えてくれてくれている様な笑いだった。

 

「とはいえ、銃とエーテライトじゃ壊しきれないか。仕方ない。今は退こうか」

 

「退くって、逃げられるの?」

 

 今にも飛び掛かって来そうに身体を引き絞っている二人の女の子にカメラを向けながら私は彼に問う。

 

「出来るとも。合図と共にフラッシュを焚け。眼を眩ませている間に遁走と洒落込むさ」

 

 余裕の表情で言ってみせる彼。その自信は何処からくるのか。あれだけ啖呵切ったけど、実際には恐くて堪らない。足は震えているし、腰だって引けているのに。私より小さい彼は、でも胸を張って笑いながらこのわけのわからない女の子たちを相手にしている。

 

「来るぞ。構えておけよ」

 

「っっ」

 

 だったら私は私で出来ることをする。こんな自身満々の彼が敢えて私に事柄を振った。これを出来なかったら私の命はここまで。そんな予感さえあった。

 

 真実を知る。デモンベインの事を知る為に、私は死ぬわけにはいかない。

 

「5・4・3――」

 

 カウント。昨日と同じ。レンズの向こうで限界まで、飛び掛かる猫の様に身体を引き絞っている二人の女の子に照準を合わせる。

 

「2――」

 

 カウントより女の子たちの方が早く飛び掛かってきた。

 

「1――」

 

 なのに焦りはない。変わらずにカウントは続く。すべての神経を彼のカウントを訊く耳とシャッタを切る指に集中する。

 

 爪を立て、牙を剥く、殺意に満ちた光景が迫ってくる。私だけならもう次の瞬間にはズタズタに引き裂かれている。でも――

 

「今!!」

 

 シャッタを切った瞬間、フラッシュが焚かれた。

 

「クレイモア――!!」

 

 ズバァァァンッッと、意識を集中していた耳に聞こえたのは破裂音。

 

 そして飛び散る紅い液体。グッと引かれる首根っこ。

 

「乗れ!!」

 

 首根っこを掴まれたまま強引にサイドカー着きのバイクに乗せられた。

 

 エンジンの音が響き、車体がウィーリーしながら緊急発進。私が覚えているのはここまでだった。

 

 

 

 

to be continued… 



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間章 黒き魔王の履歴

読まなくても大丈夫な回。なにこのぼくがかんがえたさいきょうのしゅじんこう設定を文字にして書き上げただけですので。

魔王、黄金、水銀、いったい誰が一番優しい試練なんだろう。


 

 初めてその男に出逢った時の事は、今でも忘れはしない。

 

 永劫に続く円環。無限螺旋の直中で保持すべき、保存、保管し、時の磨耗から守るべき記憶以外のものは忘却へと消えていく中で、そんな保護を必要としない程に強烈な色彩を放つ記憶のひとつだった。

 

 魔術師の家系に産まれたからだろう。自分は子供ながらに子供らしくない子供だった。聡く、早熟した自己。

 

 この頃から女子の方が精神的成熟は早いと言われているが、それを加味しても自分は周囲から浮く程に早熟し過ぎていた。

 

 だがそんな自分をして、あの時は無邪気に、年相応に、焦がれ、その背を追い掛けた。

 

「この様な場所に只の童が紛れ込むとはな」

 

 その男との出逢いは、確かに自分が一生忘れはしないと断言できる。

 

「時に童よ。お前に夢はあるか?」

 

 夢。そんなものはなかった。

 

 何故なら夢を見るようなガキではなかった。警察官になりたい、消防士になりたい、教師になりたい、はたまた特撮のヒーロー、アニメのヒーローになりたいと、そんな夢幻を無責任に口にする程、自分は純粋でも幼くもなかった。

 

 故にない。目指したい展望もなく、なりたいという自己の未来すらなかった。

 

「ほう。その年頃にしては捻くれている。いや、現実(セカイ)というものが見えているのか」

 

 だから無責任な言葉は紡がない。愛想を取り繕ったところで意味はない。目の前の男はそれを望まない。

 

「だが童が、夢はないと真顔で語る。その姿は悲しさすら覚える。如何様な生まれかは知らぬが、お前の様な年頃は、まだ夢物語を語る様な夢幻を口にする権利があるというのに」

 

 夢はない。なにしろそれを口に出来るほど自分は大人ではないこともわかっていたからだ。

 

 なにかになりたいわけでもないのに、夢はそれになりたいと口にするのは、その夢を掲げて努力している者に対する侮辱だ。

 

 だから夢はない。それを指標にし、指針にして突き進む。選定する為の経験がないからだ。

 

「ならば探してみるか? お前が掲げるに値する夢を」

 

 そんな事が出来るのだろうか? 魔法でもあるまいし。

 

「この邯鄲(ユメ)の中でなら、それも出来よう。望むがままにすべてが叶う。そう、夢を探すことすら容易だ」

 

 まるで悪魔の誘い。怪しさ全開の言葉。なのに惹き付けられるなにかがある。

 

「夢を叶える為に努力する。それは当たり前の事だ。だが夢を探す為に努力する、変わり種だがそれもまたよし」

 

 おかしな話だと思う。夢がないから夢を探してみよう。そんな話なだけだ。

 

「これもなにかの縁。もしくは世界の気紛れかもしれん。だが何処(いずこ)かの(セカイ)からやって来た無望の童よ。この俺がお前を手助けしてやろう」

 

 マントを広げながら楽しそうに笑う男。それは只の気紛れだったのかもしれない。

 

「見せてみてくれ、童よ。お前が掲げるに値する夢を手に入れる時を。夢を叶える瞬間を。夢を叶える為に試練に立ち向かう輝きを」

 

 そこからすべてが始まった。

 

 夢界の中で夢を探す。言葉だけなら頭がおかしい人間の言葉に聞こえるだろう。

 

 だが夢の世界はそんな生易しいものじゃなかった。

 

 現実化された夢はもはや夢とは言えない。それは現実と変わりはしない。

 

 そんな邯鄲(ユメ)の中で出逢ったのが、暗黒神話を踏破するいのちの詩の物語だった。

 

 何度も何度も倒れても、傷ついても、剣が折れても立ち上がって、人には抗い難い存在に挑んでいく姿が心を鷲掴んだ。

 

 初めてそれが夢を抱いた瞬間だった。あんな風になりたいと。何があっても諦めない、挫けない、強い人間になりたいと思った。

 

 だがどうすれば良いのかわからなかった。夢は抱くものでもあると同時に叶える為にある。でなければ夢とは言えない。

 

 夢を叶える為にはどうすれば良い。抱いた夢は職業の様に定められた物ではない。故に目指すべき終着点は曖昧だ。

 

 だから少しずつでも、なにかに立ち向かう(セカイ)に挑んだ。それを望んだ。困難や試練を前にして逃げずに立ち向かう心を持つ為に。諦めない心を鍛える為に。

 

 あの男はそんな俺を笑いながら讃えた。俺もまた、努力する人間として認められた瞬間だった。

 

 月の聖杯戦争に挑んだ。なにも知らないままでも挑める試練だとあの男は言っていた。

 

 サーヴァントと呼ばれる使い魔を使役して挑む生き残りを賭けた戦い。様々な願いを胸に、また野望を胸に挑む魔術師の戦争で得られた物は多かった。中でも、死にたくないという生物の原初の願いを抱えて戦っていたマスターの姿に、俺はあの男の言う人間の素晴らしさを感じた。

 

 その渦中、なにかがあったのかもしれない。ただ好いた相手の為に狂いながらも愛を唄った物語があったかもしれない。月の裏側から脱する為に敵同士であったマスター達が団結し、困難と試練に挑んだ末席に居たかもしれない。曖昧ながらしかし胸にある感動が、なにかがあった事を覚えている。

 

 邯鄲(ユメ)から醒め、現実世界では2年の月日が流れていた。

 

 人の輝き、即ち本質を見定めようとしていた自身の眼は、物事の綻びを視る事の出来る眼になっていた。

 

 両親を魔術師だと看破した。さらに、魔術を研鑽する為に時計塔に転がり込んだ。

 

 して年に一度の里帰り。聖杯戦争に巻き込まれた。実家が冬木市だったのが運の尽きだったのだろう。

 

 キャスターの、人の尊厳を冒涜する外法を知ってしまった時、募った怒りが憎悪と共に爆裂した。

 

 月を共に駆けたサーヴァントを召喚した。それは本来ならば有り得ない召喚だった。すべてのサーヴァントは出揃っているのに新たなマスターとサーヴァントが現れるはずがない。

 

 知ったことか。俺の(セカイ)が、そんな外道を赦せないと叫んでいたのだ。或いは現在過去未来を観測する月の聖杯を手にした(岸波)のお節介だったのだろう。

 

 聖杯を破壊した事でひとつの奇跡は激闘と共に終わった。

 

 生き残った者の一人として、より一層強さを貪欲に求めた。夢を叶える為に、諦めず、挫けない、強い人間になるために。

 

 あの男すら納得させる男になる。それが夢を抱かせてくれた者に対する礼儀だと思っていた。

 

 聖杯戦争を終えた俺は時計塔からアトラス院に鞍替えした。星が自然に産み出すしか手に入らない稀少魔導金属オリハルコン。

 

 それを造れる錬金術を招き入れるメリットは推し量れないものだったのだろう。噂に聞く通り、案外すんなりと入ることは出来た。人類を7度滅ぼせる超兵器を造る穴蔵の中は、魔術教会よりも居心地は良かった。

 

 そして造ってしまった。七大兵器なんていうから感化されて造ってしまった。造れてしまった。

 

 それは人類を災厄から守るために造られた機神だった。アカシック・レコード、つまりは運命を破壊し。因果律にすら干渉する正しく神の如き力を持つ機械の神。

 

 魔装機神。

 

 精霊と契約こそしていない為、正確には魔装機ですらないのだが、それを抜きにして今の時代の錬金術が到達する事の出来ない境地の産物を産み出してしまった。

 

 年に一度だけの帰郷権も取り上げられた時、アトラス院から去る事を決めた。なにより人間の輝きが好きな自分が穴蔵に籠って生活するなんぞ無理があったのだ。

 

 逃亡の末に転がり込んだのは同じく封印指定された人形師の所だった。家賃代わりにアトラス院で学んだエルトナム家の錬金術やホムンクルスの製造法を開示したらドン引きされたが、以来付き合いは続いている。

 

 そして真夏の夜、吸血鬼に出逢った。それまでに幾度か襲われていたが、本格的な本体のお出ましだった。

 

 自分を狙う理由はラプラスコンピューターを手に入れる事だった。因果律に介入し、滅びの因果を変えるための手段としてラプラスコンピューターを欲していた。

 

 それこそタタリ。いや、タタリが俺の噂から具現化したズェピア・エルトナム・オベローンとの出逢いだった。

 

 人類の滅びを導き、その回避に挑み続けた人間。吸血鬼となり魔法に挑むも破れた狂人。だがその姿は輝きに溢れていた。敵わない、乗り越えられない壁。確定している人類の滅びを前に、足掻きもがき挑み続ける姿はなによりも美しく尊い。

 

 短い間とはいえアトラス院に席を置き、エルトナムの錬金術を学んだ錬金術として、稀代の錬金術に敬意を表し、ラプラスコンピューターの製法を開示した。その等価交換としてアトラス院の錬金術のすべてを学んだ。

 

 その時初めて俺は、世間一般的には悪に立つ側として、遠野志貴、シオン・エルトナムと対峙した。

 

 そしてようやく、真の意味であの男と自分は同じ属性を持ったどうしようもないバカなのだとわかった。

 

 ボロボロになっても諦めない。勝算は限りなくゼロに近いのに挑んでくる。なんど殴り付けても立ち上がってくる。

 

 人間の輝きを傍らで見てきた時以上に心が躍った。何故なら、人間の輝きを間近ではなく、正面から受け止められるのだ。これ程に興奮する役割(ポジション)があるだろうか。

 

 互いに死というものが視える者同士の殺陣。互いにエルトナムの錬金術を納めた錬金術。

 

 同じ力、同じ技術を使うのなら、あとは意志力の問題だった。

 

 結果敗北した。味方するタタリが敗れた。それ以上争う理由もないならば退散するだけだ。俺の目的はただ困難に挑む人間を見ることだったからだ。それが勢い余ってラスボスのお供に付いてしまっただけに過ぎない。

 

 そしていよいよ埋葬機関にまで討伐対象に指名されたのを切っ掛けに、この世界で生きる事を諦めた。

 

 落胆されるだろう。なにしろあの男なら迫りくる刺客を退けつつ死ぬその瞬間まで抗い続けてみろというだろう。

 

 だからこの世界で生きる事を諦めた代わりに他の世界で生きる事を決めた。逃げだ。呆れられるか。

 

 だが世界の壁を超えるなど魔法の領域だ。

 

 それに挑むことで帳消しにさせてもらえないだろうか。

 

 刺客を退けながら日々式を編んだ。モデルは鍵と決めていた。

 

 世界を隔てる壁は、壁であると同時に扉であると思っていたからだ。

 

 だがそんな魔法の領域に、魔術を錬金術の補助程度にしか使っていなかった一族の子息が到れるわけがないだろう。

 

 正直挫折しそうだった。行き詰まってしまった。次の答えに到れない。そんな自分の尻を蹴りあげたのがあの男だった。

 

 自分にとっては第二の父と呼んでも良いかもしれない男。何故なら夢を持たなかった只の童を今の自分に育み育て上げたのは彼だったからだ。

 

 そんな行き詰まった自分を鼓舞し、奮い起たせて次の答えに到る為の路を提示してくれた。

 

 どこぞの(セカイ)から訪れたお客人。現友人。

 

 人間愛の同類。黄金の獣。座の神に等しき至高天。

 

 愛を示せという。卿の愛を響かせろという。困難とか試練だとかそういう領域では言葉に出来ない至高の黄金との語らいは、ボロボロになりながらギリギリ及第点を戴けたというものだった。

 

 黄金の獣殿の友人、水銀の蛇より授かった法によって遂に完成した式を用いて、自らの産まれた世界と別れを告げた。

 

 それがまさか憧れた物語に参加する事になるとは思いもしなかったが。

 

「さて、今日はなにを見られるのやら」

 

 デモンベインを追っている女性ジャーナリスト。彼女は本当に只の人間だ。ただ、只の人間が宇宙的恐怖に挑むのは本家元来。ただ恐怖よりも物理的に死ぬ可能性の高いこの世界。抗う力を持たないが、真実を追い求める姿。恐怖に対して勇気で乗り越える姿は好ましい。だから彼女の露払いもやぶさかではない。

 

 なに、彼女が諦めない限りは付き合うさ。

 

 あんたよりかは、俺は寛容だからな。

 

「そうだろう? 甘粕」

 

 今日もどこかで人間讃歌を歌い上げているだろう。咽喉が涸れ果てる程に。

 

「幾度となく繰り返される無限螺旋。その終局を御観覧あれ」

 

 

 

 

to be continued…



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とあるフォトジャーナリスト・リポート 中章2

Gジェネやら艦これやらで時間が取れん。そして長くなりそうだから中途半端ながら区切ったよ。


 

「はぁ……どうしよう」

 

 昨日、私は確かに命の危機よりも自身の探求心に従った。

 

 私だけなら、今頃爪に引き裂かれて、牙に喰いちぎられていただろう。

 

 でもそんな死の脅威から守ってくれる人が居たから、私は動じずにカメラのシャッターを切れた。

 

 思い出しても恐怖が込み上げてきて脚が震える瞬間を納めた写真。でも編集長のお気に召さず、やっぱりデモンベインじゃないとだめらしい。

 

 どこからともなく現れる鋼鉄の巨人。だれもその正体を知らない。謎に包まれた正義の味方。

 

「怪しいのは……」

 

 覇道財閥。この街に本拠を置く世界的にも有名な大財閥。

 

 聴き込みの中でわかってきたのは、デモンベインは常勝の巨人じゃないことだった。

 

 治安警察でも歯が立たないブラックロッジの破壊ロボを倒せる巨人。

 

 でもデモンベインは負けた事がある。その時に駆け回っていたのが覇道財閥。まるでデモンベインの存在を庇護するかの様に。箝口令も敷かれていた。つまりはその事実を秘匿したかった。

 

 覇道財閥はデモンベインと何らかの関係があるのは明らかで。それでも決定的な証拠がない。

 

「その様子だと、振るわなかったらしいね」

 

「あなた……」

 

 会社から出ると、バイクに背を預けている彼が居た。

 

 まだ子供なのにバイクに背を預けている姿は、子供が親を待って待ち惚けている姿にも見える。

 

 特に約束した覚えもないのに待っていたのだろうか。 

 

「どうして」

 

「どうしてと言われると、特に何でもない。ただの暇潰しに近いかな?」

 

 暇潰しと言われたら、私にはなにも言い返せない。たぶん彼が善意で私の前に現れてくれているなら、素直に厚意に甘えるのが正しいのだろう。デモンベインの調査はともかく、またあんな目にあった時に自分の力だけじゃどうにもならないのはわかっているから。

 

「そういえばまだ自己紹介してなかったわね。私はリリィ・ブリッジ。よろしくね」

 

 名前を名乗りながら手を差し出す。何度か助けて貰ったのに名前を名乗っていなかったのは大人としてはダメよね。

 

「よろしく。俺はクロウリード」

 

 そう名乗って私の手と握手を交わしてくれるクロウリード。

 

 クロウリードど聞いて思い出したのは、昨日出逢った食いしん坊探偵。……デモンベインの事を何か隠していた様だったけれど聞き出せなかった。それだけの情報に関して20$程の出費は少し痛すぎた。

 

「どうかしたの?」

 

「うえ? い、いや、なんでもないわ」

 

 手を握ったままコテンと首を傾げるクロウリードは、普通に可愛らしい子供だった。

 

 夕陽を背に、あんな悪魔だか魔王の様に言葉を紡いでいた様子とは全く別人だった。

 

「と、とりあえず、向かって欲しいというか。案内して欲しいところがあるんだけど」

 

「あ、それはお安いご用さ。この街なら庭みたいなものだから」

 

 サイドカーの座席からヘルメットを取り出して手渡して来たクロウリードからそれを受け取って被りつつ、座席に座る。

 

「それで場所は? 何処に行きたい?」

 

「そうね。先ずは――」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 リリィ・ブリッジ。フリーのフォトジャーナリスト。

 

 この街、アーカムシティでデモンベインと出逢い、その正体を追うことになる女性。

 

 俺が知るのはそれくらいの事だ。だが、デモンベインの事を知りたいというその情熱は俺好みの輝きを感じ取れるには充分合格ラインだった。

 

 双子の卑猥なるもの。ロイガーとツァールを前にしても臆さなかった度胸も素晴らしい。

 

 今まで関わりは持たなかった。いや、偶々偶然今回、彼女の縁が大十字 九郎ではなく、俺と絡み合っただけだった。

 

 それが思わぬ掘り出し物だったのは重畳。故に俺は彼女と行動を共にする路を選択する。そのジャーナリスト魂が、俺に魅せてくれる輝きを期待しながら。

 

「やっぱりダメねぇ。みんな喋ってくれるのは当たり障りのないことだらけ。噂とかそんなのと同じ」

 

 少し遅めの昼食で蒸しパンをかじりながらリリィがぶうたれていた。それも仕方がない。箝口令が敷かれたとはいっても、誰もデモンベインの本質など知らないのだから。

 

 虚数展開カタパルトで召喚されるデモンベイン。引き上げる時は避難が終了して人払いされた区画のリフトで回収されている。その様子は治安警察だって知らない。

 

 それどころかアンダーグラウンドに生きる情報屋だって多分知らない。なにしろ彼らだって命が惜しい。だから覇道財閥の避難勧告には従うからだ。

 

 これが幹也くんならそれでも真実に辿り着けるのだろう。彼はその手の天才――を通り越した稀代の才を持つ人間だからなぁ。

 

 流し目でチラリと此方を見てくるリリィ。それもそうだ。なにしろ隣にデモンベインの事を知っていると豪語した人間が居るのだ。聞き出したくて仕方がないはず。でもそれをしないのは俺が喋る気がないのを察しているからだ。

 

 序盤から攻略本とネタバレを用意されたRPGなんてつまらないでしょ?

 

「次は何処に向かう?」

 

「そうねぇ……」

 

 地図を広げてにらめっこするリリィ。地図にはデモンベインが戦った場所が記されている。つい先日の戦場以外はほぼ復興は終わっている為、今更調べようと物的証拠が出てくるはずもなし。それでも聞き込みはしているものの核心に迫る物はなにもなし。それでもまだ彼女の探求心は小揺るぎもしていないが。

 

「やっぱり、昨日の場所に行ってみるしかなさそうね」

 

 そう言う彼女の声はあまり気の進みのしないものだった。それも無理はない。普通の感性の人間なら、恐い思いをした場所に進んで行きたがるわけもない。

 

「まぁ、アレが出てきてもまた逃げればよし。虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ」

 

 ロイガーとツァール程度、正面から挑めば敵じゃない。ないのだけれど、今はリリィが主人公であり、自分はそのお着きの助手だ。物理的な脅威程度の露払いはするが、真実に辿り着くのは彼女の努力に任せるつもりだ。

 

「そうね。……その時はまた、世話になるわ」

 

 とは言いつつ、本人はあまり気乗りしていなかった。何やら負い目を感じているという表情だった。

 

 まぁ、見てくれは年下の子供に身の安全を任せるしかない大人の良心の叱咤だろう。そういう一般常識的に負い目を感じている点も実に人間らしい。

 

 これで守られるのは当たり前だとかと思う恩知らずな高慢ちきな人間だったら、そもそも俺が力を貸したりはしないが。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「さ、着いたよ」

 

 そう言いながら彼がバイクを停めたのは、先日デモンベインが戦って、今は封鎖されている区画だった。

 

 瓦礫の山はそこで激しい戦闘があった事を物語っていた。

 

 今日一日の最後の締め括りとしてやって来た封鎖区画は、朱の夕陽に染め上げられ、不気味な影を落としている。ふと、隣の彼を見てみれば、特になにもなく自然体で佇んでいた。拳銃の弾倉を引き抜いて、別の弾倉に入れ換えているのに違和感を持たないのは、その銃が彼の雰囲気に馴染むほどに使い込まれているからだろうか。

 

 バイクのサイドカーから一振りの棒――初めて会った夜に振るった剣を取り出して腰に挿す姿は堂に入っている。

 

 いったい、彼ほどの子供が何をしたらそんな凶器を身に付けている事が普通だなんて思える雰囲気を持てるのだろうか。

 

 怪しくて、妖しくて、謎ばかりのクロウリード。

 

 なのにどうしてか信じられた。信じても良いと思える。本当に魔王だとか悪魔であっても、他人を気遣える優しさは嘘偽りない彼の気持ちだと思うから。

 

「なにか手掛かりになる様なものでも見つけられれば」

 

 他の戦闘があった区画はもう復興が済んでしまっている。なにかあるとしたら未だ手付かずのここしかない。

 

 昨日の出来事が頭を過る。眼前にまで迫った大きく開かれた口。そこに並ぶギラギラとした牙。その光景のフラッシュバックに、一瞬身体が戦いて震える。

 

「……っ」

 

 そんな私の肩を、彼が叩いてくる。

 

「その感情は正しい。怖いものを恐いと思えている内はまだ、常識が残っている証拠だよ」

 

 思わせ振りな言葉を紡ぐ彼。そんな彼には微塵の恐怖も見当たらない。まるで慣れ親しんでいるかの様に普通だった。

 

「その心を持ったまま、前に進め。怖さを知るからこそ、その恐怖に立ち向かえる。それが人間(ヒト)の強さだ」

 

 胸を張って讃える様に、私に向かって言葉を紡ぐ彼。その瞳は、なにかを期待している色が見える。

 

 どうして彼は、私を助けてくれるのだろう。ただの写真を撮るジャーナリストの私を。

 

 暇潰しで一歩間違えたら死んでしまうかもしれない事柄に首を突っ込めるのだろうか?

 

「さぁ、お宝探しでもしましょうか?」

 

「お宝って……」

 

 無邪気な子供の様に振る舞う彼に苦笑い。デモンベインに関する手掛かりがお宝なのかしら?

 

 うーん、確かに私からすれば喉から手が出る程に欲しい物だけど。お宝……なのかしら。

 

 立ち入り禁止の看板と、鉄線を越えて、瓦礫の街並みに脚を踏み入れた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ったく、アルのやつどこ行きやがったんだ?」

 

 それはいつも通りにアルの断片探しに街をふらついていた時だった。

 

『妾の断片の気配がする。行くぞ九郎!』

 

 なぁんて言いながらマスター置いてけぼりで行っちまいやがった高慢ちきな古本娘もとい相棒のアル・アジフ。

 

 まぁ、この間のインスマウスからこっち、互いに微妙に気まずさがあって距離を測りかねているからだろう。

 

 ……もとはといえば、俺の不注意だしなぁ。

 

 毒にやられて危うくアイツを……。

 

「やめだやめだ。過ぎた事を気にしてもしゃぁない」

 

 頭の中に思い出した光景を振り払う。俺はロリコンじゃねぇ。至ってノーマルだ。てかそんな光景になったらライカさんにあらぬ誤解を植えつけて少なくともアリスンから遠ざけられるのが目に浮かぶ。

 

 ……ホント、どうしちまったんだろうなぁ。俺。

 

「ダウジングに反応なし。ホントにあるのか? ここに」

 

 人指し指から垂らした振り子のダウジングはまったく反応しない。覇道の爺さんから魔術に関して色々と習っていく内に、一応は初歩的な魔術はアル()の助けなしでも行使出来る様にはなった。まぁ、探偵家業のなかでもダウジングは拙いなりにやっていたからというのもあるかもしれないがな。

 

 振り子に注意を向けながら歩く九郎の居る場所は、先日破壊ロボを倒した区画だ。戦闘の影響でまるで戦場跡の廃墟になってしまった。復興まで封鎖されるこの区画の中に、アル・アジフが自らの断片の気配を感じたと言い調査に乗り出して二日。今までの断片は事件を起こしていたのにも関わらず、今回はかなり大人しい。いや、それが一番なのだと九郎は思った。確かに目印にはなるが、その所為で誰かの日常が壊されてしまうと思うと、九郎は胸がキリキリと痛む思いだった。

 

 誰にだって、日常を壊されて良い理屈なんてありはしない。邪悪が世界を侵して良い理屈なんてありはしない。

 

 ただ、戦いの度に壊れた街を目にすると思い出してしまう。自分を嘲笑うあの笑い声。

 

 夕陽の中に佇むあの漆黒の化生の姿を。

 

 そう、今もまた、沈み行く夕陽を背に笑っている目の前の紅い瞳の少年を。

 

 

 

 

to be continued…

 



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とあるフォトジャーナリスト・リポート 中章3

濃厚なスパロボ&ウルトラ怪獣注意報


 

 その姿を目にするのは二度目だった。夕陽を背に笑っている目の前の紅い瞳の少年。闇に溶ける漆黒の少年。白の外套と帽子を身につけてさえいたが、そんな服装の違い程度で見間違う事はない。

 

 真理の求道者。背徳の獣。ブラックロッジの大導師。

 

「マスター……テリオン……ッ」

 

「フフ、久し振りだな。大十字九郎」

 

 どうにか言葉を絞り出せた九郎。だが心臓を突き刺す様な冷たく鋭い思惟を誤魔化す事は出来なかった。

 

 穏やかで、愉しそうな。久し振りに逢えた恋人を想う少女の様な見惚れてしまう笑みをマスターテリオンは浮かべていた。

 

 ただその瞳に渦巻いている狂喜がすべてを台無しにして物語っていた。

 

『ヤツを倒せるのは恐らく世界最強の魔導書を操る死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)だけだ。それをわかっているからこそ、ヤツには気をつけろ。ヤツは死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)に対して異常な執着と狂気を持ち、そして死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)を倒す事に長けた男だ』

 

 覇道鋼造の言葉を九郎は思い出していた。それは忠告ですらあった。

 

 完全な状態でのアル・アジフを所持する死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)ですら、相手にならないバケモノ。魔術にすら深い知識を持ち、幾度も対峙してきた覇道鋼造の身に染みる想いが滲み出す言葉。

 

 ほぼ完全な状態のアル・アジフと遜色ない完成度と記述を持つネクロノミコン機械語版を所持する今世界で最も完全な死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)である覇道鋼造ですらも痛み分けが限界の魔術師。

 

 そんな傍迷惑な執着を持つマスターテリオンを前にして、九郎が思い起こすのは疑問だった。

 

 何故この場にマスターテリオンが居るのか。それに尽きる。

 

 ブラックロッジの首魁であるはずの少年がこんな戦場跡に来る程の理由。その心当たりが九郎にはあった。

 

「まさか、アルの頁を奪いに来たのか!?」

 

 ブラックロッジにクトゥグァの記述が回収されていた様に、また他の断片を回収しに来た可能性もあった。断片探しはキチ○イに任せっきりかと思えば、裏でちゃっかり着実な手を打っていたわけだ。

 

 ブラックロッジの大導師が現れる程にアル・アジフの断片が魅力的という事なのだろうか。ネクロノミコンのオリジナルであるのだから魔術師からすれば喉から手が出るほどに欲して止まないだろうが、そうではないと確信めいたものが九郎にはあった。

 

「勘違いするなよ。俺は別にアル・アジフの断片欲しさにこの場に赴いたわけじゃない」

 

 心底興味はないと言いたげに、マスターテリオンは肩を落としながらつまらない事を訊くなと言葉を吐き出しだ。それを九郎は訝しく。ならば何故大導師程の存在がこんな所に居るのだというのだ。

 

「俺が此処に居る理由か? それを教えてもお前には関係ないことだろう。ただ俺自身の欲求を満たす為に、俺は此処に居るだけだ」

 

 さも当たり前の事を訊くなよと言いたげなマスターテリオンに、九郎が抱くのは困惑。

 

 自身の欲求を満たす為。ブラックロッジの大導師の欲求とは如何に。そんな物を知っても知らずも、九郎のやる事は変わらない。

 

「ほう。逃げないのか? このマスターテリオンを前にして、只人でしかない身で、逃げぬというのか」

 

 九郎は今にも逃げ出しそうな引け腰を張る。確かに今傍らに相棒たる魔導書は居ない。何処をほっつき歩いているか見当すらつかない。

 

 その気になればマスターテリオンの手によって容易く奪われる命だ。それでも無様を晒すくらいなら一矢報いて噛みついてやるくらいの気概を持って睨み付ける。

 

 その姿勢がマスターテリオンに受けたのか、彼はうっとりとした表情を浮かべ、肩を震わせていた。

 

「クククッ、くははは、あはははははははは!!!! そうだ、それで良い!! それでこそ死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)! それでこそ大十字九郎だ!! お前のその気概は、邪悪に立ち向かう姿勢は、恐怖を前にしても立ち向かえる心の強さは素晴らしい」

 

 誉め称え、褒めちぎる。まるで大切な人が偉業を達成したかの様な喜び様に、九郎は別な意味で腰が引ける思いだった。相変わらず変態だと。

 

「この変態ガキ大将が。俺の平穏の為にも、テメェは取っ捕まえて覇道の爺さんに突き出して更正させてやるから感謝しやがれ!」

 

「ははははははっ、それは無理だな。何せ俺は捻くれているわけでも歪んでいるわけでもない。真摯に、真っ直ぐに、ただお前の事を想っているだけだ。曲がってもいないことをどう更正させる? さしもの覇道とて、無理だろうさ」

 

 目の前の少年に狂っている自覚等ない。それもその筈だ。最初から狂っているのだから、それが普通なのだから。

 

 価値観が狂っている。ただそれだけの事でしかない。

 

 何時剣を抜かれるか気が気でない九郎。あの紅の剣を抜かれれば、さすがの九郎も為す術なく切り捨てられる。防禦結界も展開できない三流魔術師でしかない九郎には、今物理的に、呪術的に、マスターテリオンに抗う術はない。

 

 ただ対峙しているだけだというのに、九郎は自分が押されている感覚に陥る。

 

 マスターテリオンはただそこにいるだけ。ただ、次に九郎が何をしてくれるのかと期待を込めた視線を向けているだけに過ぎない。

 

 白き王よ、どうか抗ってくれ。愛しき君よ、どうか背を向けないでくれ。魔を断つ剣よ、どうか、どうか、どうか――――。

 

「っ!?」

 

「ちっ……無粋だな」

 

 マスターテリオンの狂気に呑み込まれる寸前、外界の変化が刺激となって九郎の意識を呼び戻す。

 

 風がざわめき、空気が変わる。

 

「キャァアア!」

 

「っ、今の声は――!?」

 

 目の前にマスターテリオンが居ることなど気にも止めずに九郎は駆け出した。その悲鳴は女性の物で、ここ最近聞いたばかりの声に似ていたからだ。

 

 そんな駆け出した九郎の背を見届けてからマスターテリオンもゆっくりと歩き始めた。

 

 白き王の背を追って、悲鳴のもとへと。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 術衣形態(マギウス・スタイル)の時と比べても鈍重と言えてしまう、それでも平均的な成人男性よりも速い速度で、魔導探偵大十字 九郎は現場に駆けつけた。

 

 カメラを持った女性が襲われていた。不自然な風が吹き荒れ、彼女を襲っていた。

 

 カメラのフラッシュが焚かれると、瓦礫になにかが盛大に衝突し、ゆらりと土煙の中から姿を現したのは、赤と青の着物に身を包む二人の少女。

 

 その少女たちの放つ気配を九郎は知っていた。

 

「こいつら、まさかアルの――」

 

 少女たちの放つ闇の気配。それは自らの相棒である魔導書のソレ。つまりは魔導書アル・アジフより抜け落ちた記述が実体化した姿だった。

 

 姿は少女のものでも、獲物を今にも喰らわんとする猟奇的な目は普通ではなく、その目を見る者の恐怖を掻き立てるには十二分だった。

 

 場は膠着状態。目の前の獲物をどう料理しようかと算段でもしているのだろうか。

 

 そんな最中でも彼女はカメラを果敢に向けていた。プロ意識というか商魂逞しいというか。

 

 しかし普通の人間が怪異に絡まれたには、最早出来ること等限られている。一途の望みを懸けて遁走するか、諦めて襲われるか。

 

「こっちだリリィ!」

 

 無論非力であっても目の前で誰かが襲われそうなのに見ているだけなんていう後味の悪い選択をする筈がない魔導探偵は、カメラを構えるリリィの腕を掴んで遁走の道を選ぶ。

 

「え?」

 

 思いも寄らない人物に助けられて呆気に取られるリリィだったが、それでも引かれるままに足は動いた。

 

「ちょ、ちょっとあなた、九郎!?」

 

「今はとにかく逃げる!!」

 

 ぐいぐいと腕を引かれてたたらを踏みそうになりながらリリィも走り始める。

 

「ちょっと待って! 私は」

 

「アレがヤバいなんてのは素人でもわかるだろ!」

 

「でも」

 

 確かに九郎の言うことはわかる。わかるし、体験もした。

 

「シャアアアアアアア!!」

 

「ちぃ! やっぱり追って来やがった!」

 

 目の前で獲物を掻っ攫われたのだ。追って来ない理由もない。

 

 相手がどの様な怪異なのか、九郎には見当もつかない。しかし二人の少女はまるで風の様に素早く駆り立ててくる。普通に走って逃げるというだけでは逃げ切れないだろう。

 

 魔導書がなければ、怪異ひとつにも抗えない。大十字 九郎もまた、どうしようもなくただの人間だった。

 

「クソッタレ!!」

 

 それでもただ尻尾を巻いて逃げるのだけは癪だった。紐の着いた石をポケットから取り出し、後ろから追ってくる断片の少女たちに投げつけた。

 

「なにを――」

 

「見るなリリィ!!」

 

 九郎が投げた物をつい目で追うリリィに、九郎は怒鳴る様な声で言いつける。そして背中から後光が射すような強烈な光が発する。

 

 何かが瓦礫に突っ込む音が聞こえても足を止めることなく駆け抜ける。

 

 奇しくも似たような逃走風景にリリィはこのまま逃げ切れるのだと安堵した。

 

 しかし一度ならず二度までも同じ手で逃げられる様な甘い相手でもなかった。

 

 風の神性を持つ彼女らは、やはり突如の閃光を受けて失速した。しかしそれでも風を割く気配に向けて飛びついた。

 

 目が見えずとも、風が彼女らにすべてを教えてくれる。

 

 鋭く鋭利な爪が肉を引き裂かんとした時だった。

 

 風を裂いて何かが迫って来た。

 

 それは彼女らの身体を絡め取り、地面に叩きつけた。

 

「ガハッ」

 

「グフッ」

 

 まともに受け身すら取れず、更にはただ叩きつけたのではなく、確実に身体にダメージが出る様な力で叩きつけられた。

 

 魔力で実体化していると言えど、実体があるなら物理的ダメージは避けて通る事は出来ない。

 

「お前は――」

 

「…く、クロウ……?」

 

 リリィの腕を引いて走っていた九郎の目の前に現れたのは、駆けていった九郎の後を追ったマスターテリオン――クロウリードだった。

 

「なんのつもりだ……」

 

 リリィを背に庇いながら、九郎は現れたクロウリードへと問う。敵であるはずの存在が自分を助ける。そんな状況がわからなかった。

 

「ロイガー、そしてツァール。共にアル・アジフの断片であり、忌まわしき双子と呼ばれる風の神性だ。ハスターの仔でもあり、先ず徒歩で逃げ遂せる程甘くはない」

 

 両手の五指に輝く極細の糸を結びつけながら威風堂々と腕を組んでいるクロウリードは、九郎が追われていた怪異の正体を告げる。

 

 そして腕を振るえば、地面に転がる少女たちは吹き飛ばされたかの様な勢いで瓦礫を打ち砕きながら激突して蹲る。

 

「彼女に死なれると折角の楽しみが減る。丁重に送り届けろよ?」

 

「なにを言って……まさか!?」

 

「え? なに?」

 

 訝しくリリィに振り返る九郎だったが、当の本人はキョトンとしている。

 

 その様子に、クロウリードは込み上げる笑いを噛み殺しながら告げた。

 

「ククク、早とちりするな。彼女は俺たちとは関係ない。ただその情熱に敬意を払って個人的に助力しているだけだ」

 

 クロウリードの言葉を鵜呑みにするほど九郎もバカではない。この街に来たばかりといった彼女が実はマスターテリオンと繋がっていた。デモンベインの情報を知りたがったのも、マスターテリオンにその情報を流す為だったのかと疑る。

 

 しかしそんな回りくどい方法で情報を得る意味がマスターテリオンにあるのかとも考えてしまった。

 

 絶対強者であるマスターテリオンが態々敵の弱点を探す等とは考えられなかった。どんな敵でも真正面から踏み潰す。そんな存在と敵対した経験からありえないと直感し、そして自分よりも戦い続けてきた覇道鋼造からも幾つもの逸話を聞いたから正しいのだとわかる。

 

 リリィは本当にただマスターテリオンの道楽に付き合わされているだけなのだと。

 

「さぁ、俺の奏でる舞踏(ワルツ)で舞ってみろ。化け物ども!」

 

 クロウリードは愉悦と恍惚が混じった苛虐的な甘い声で言い放ちながら、指揮者の様に腕を振るう。

 

 その度に二人の少女は地面をのた打ち、壁や瓦礫に打ち付けられ、時には互いに激突し、そして地面に頭から叩きつけられる。

 

 まるで子供が人形を乱暴に扱う惨さの様にボロ雑巾の様にされていく少女たち。怪異の存在だとわかっていても居た堪れなくなる光景。しかし九郎もリリィも声をだす事は出来なかった。

 

 無邪気に、ただ当然だと言わんばかりに少女たちを痛めつける少年の狂気的な雰囲気に気圧されていた。

 

「さて、ここまでやれば充分解れたか?」

 

 ドサリと地面に横たわる少女たちは痣だらけで腕や足はおかしな方向に曲がっていてもやは皮膚や肉で繋がっている様な有り様だった。

 

 端整に整っていた美貌も見る影もなく血塗れで歪んでいた。

 

 それでも錆び付いたブリキ人形が動くようにグギギと震えながらクロウリードを睨み付ける。

 

「ほう。まだそんな元気が残っていたか」

 

 感嘆という風に声を漏らすクロウリード。

 

 そんなクロウリードに青の着物の少女――ツァールが牙を剥きながら飛び掛かる。折れた脚など気にせず、骨が脚から突き出そうと構わず踏み込んだ突進。

 

 しかし、たかが断片が実体化しただけの、本能や習性に従うだけの獣が、マスターテリオンに敵うはずがないのだ。

 

「ふむ、好い足掻きだ。冥土の土産に取っておけ」

 

 ここに来て初めてクロウリードは腰の剣を抜いた。

 

 ロイガーとツァールが足元にも及ばない神性を秘めた剣を、クロウリードは自身に迫り来るツァールに向けて振り抜いた。

 

「吹き荒べ、険悪にして窮極なる風よ!!」

 

 軌道に沿って風の刃が放たれた。

 

 その刃はツァールの胴を真っ二つに裂き、赤い血を噴き出しながら剣圧によって吹き飛ばされ、蹲ったままだった事で助かったロイガーの前に転がって投げ出された。

 

「ア、アァア……」

 

 息絶えた姉妹に目を見開くロイガーの瞳が揺れ動く。

 

「さぁ、次はお前だ」

 

 風を纏う剣を手にしたクロウリードが構える。風は集い、意思を持って放たれようとしていた。

 

 男の放った風は、自らの父のものだった。自分達は父の遣いへと牙を向けたのか?

 

 そんな判断が彼女らに出来るはずもなかった。ただわかるのは目の前の男に姉妹が殺されたことだけだった。

 

「アァアアアアアアアアアア!!!!」

 

 それは慟哭。獣でも彼女らは神であり、意思を持つ魔導書から零れ落ちた欠片。姉妹の死を悲しみ、その怒りをぶつける程度の感情はあった。

 

 しかし自分一人では力が足りない。足りないのならばどうするのか? 補えば良い。不安定な存在感を堅実にする為に魔力を求めたように、姉妹の仇を討つ力を手に入れる為に。

 

「うっ……」

 

「オイオイ……マジかよ」

 

「ククク、面白くなりそうだな」

 

 その力がまだ残っている内に喰らいついた。姉妹の血肉を我が物として、目の前の獣に復讐する。

 

 血も肉も、髪も服も、解けかかった紙片でさえ喰らい尽くした紅の着物の少女はゆらりと立ち上がり、月夜に吼えた。

 

「ウォォォオオオォオオオオオオ!!!!」

 

 着物を裂いて現れるのは異形の肉体。変質しながら巨大化していくロイガー。その風貌はまるで竜の様に変わっていく。

 

「か、怪獣ぅぅ!?!?」

 

 リリィは闇夜に現れた異形の姿を見て叫んだ。

 

 巨大化したロイガーはまさしく怪獣だった。二本の角を備えた竜の如き顔。一対の翼に、三本の爪の生えた手足。物語の怪獣がそのまま飛び出して来た様な有り様になったロイガーは、口からチラチラと火の粉を散らし始めた。

 

 そんな手合いの怪物と戦った九郎は猛烈に嫌な予感というかデジャヴを感じて一目散に駆け出す。

 

「ヤバいっ、逃げるぞリリィ!!」

 

「待って、でもあの子が!」

 

「アイツはこの程度で死んでくれる様なヤツじゃねぇよ!」

 

 リリィの腕を引いて走る九郎。今度こそ本格的になにも出来る事がない九郎はただ逃げるだけだ。

 

 ゴウッと、炎が、ロイガーの口から放たれた炎が火炎放射の様に迫ってくるのが伝わってくる。

 

 一か八かで防禦結界で身を守るかとも考えたが、どんな威力があるかわからずとも鬼械神クラスの巨体の放つ炎を防ぎ切れる程強固な防禦陣を張る事等出来ない事は九郎自身が良くわかっていた。

 

 だからだろう。清らかな風が吹き荒れて、自分達を守った事に呆気に取られて振り返ってしまった。

 

 火炎の熱波を防ぎ、吹き荒れる風の中に居て羽織る外套をはためかせながら印を結び祝詞を紡ぐ少年のその背中を見てしまった。

 

「――終段・顕象!――」

 

 見たこともない円陣を背負い、清らかな暉の中で彼は謳った。

 

 風が呼ぶ、この蒼穹(そら)羽撃(はばた)けと

 

 我、烈風となりて暗雲を切り裂く者

 

 彼方へ翼よ舞え、疾風となりて駆け抜けよう

 

「来い、魔装機神――サイバスター!!」

 

 その機神の名を呼びし時、背の円陣から飛び出したのは白銀の鳥だった。

 

 シルバーメタリックの、鎧を着込んだかの様な機鳥は空へと舞い、そして人形へと変形を果たす。

 

 背中の三対の翼から煌めく光を放ちながら滞空する白銀の風騎士。

 

 錬金術師クロウリードが造り上げた封印指定の魔導兵器。

 

 魔装機神サイバスター。

 

「行くぞ、サイバスター!」

 

 ギンッと、魔装機神の双眼に光が灯る。

 

 白銀の鎧に走る魔術回路が活性化し、力が胸から四肢に行き渡るかの様に光が奔る。

 

 剣を手に、巨大化したロイガーを遥か上空から月を背に見下ろす。

 

「さぁ、第二ラウンドの始まりと行こうか!」

 

 

 

 

to be continued… 



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とあるフォトジャーナリスト・リポート 終章

 

「スゥ……ハァァァァ………。さぁて、行くぞサイバスター!」

 

 月を背に、巨大化したロイガーを見下ろす風の魔装機神。

 

 そのコックピットの中でクロウリードは肺の中身が空っぽになるまで息を吐き、そして意気込む。

 

 晴れやかで、輝きに満ちている眼は真っ直ぐにロイガーに向けられていた。

 

「Kyraaaaaaaaaaaa――!!!!」

 

 それは怨嗟か、はたまた怒りか、もしくは復讐への歓喜か。

 

 何れにせよ、人のカタチを捨て、純粋な化け物となったロイガーの表情とその雄叫びを読み取ることは、人には出来ない。

 

 両翼を広げ、空へと羽撃くロイガー。そのスピードは流石は風の神格、流石はハスターの血を引くもの、並大抵の魔術師であれば知覚する暇さえなかっただろう。現に、羽撃く瞬間は目に出来た九郎であっても、次の瞬間には鬼械神級の巨体が掻き消えて、月夜を背にするサイバスターに迫っていた。距離にして1000m以上はあっただろう彼我の距離を一瞬にして肉迫した。

 

 デモンベインで同じ事をされた時に対処出来るのか、そう考えてしまう程の速さ。

 

 しかし風の魔装機神の(はや)さは更に上を行く。

 

「KyraaaaaaaGAAAAAAAaa――!!」

 

 空へと駆け昇るロイガーは、その鋭い手の爪で擦れ違い様に切り裂こうという魂胆だった。速さに重きを置く者故の本能、留まらず、止まらず、速さで相手を削る。

 

 一撃離脱。

 

 戦術とも呼べない、しかし生き残る、命を刈り取るという意味では生命が等しく持つ原初の術。本能に従ったが故の最適な方法。

 

「遅い…!」

 

 しかし人は智恵と理性で自然を相手に生き残ってきた。

 

 本能だけで攻めてくる相手を前にして遅れを取るわけがない。

 

 ロイガーの爪が引き裂く筈だったサイバスターの姿が霞の様に消える。

 

 通り過ぎたロイガーの背後に回って追随するサイバスター。その手の中には小さな魔方陣が展開している。

 

「熱素の矢を授けろ!」

 

 ロイガーの背に向かって突き出した右腕から放たれた蒼い光の矢。

 

 カロリックミサイル(熱素の矢)は、ロイガーに直撃し、バランスを崩す。

 

 しかし断片とはいえ風の神性。直ぐ様建て直したロイガーはサイバスターに向かって火球を放つ。

 

「っ、……ちぃ!」

 

 舌打ちしながらクロウリードは避けられる筈の攻撃を迎撃した。ディスカッターで斬り裂いた火球は内部に秘められた熱と破壊力を解き放ち、容赦なくサイバスターの装甲を焼いた。

 

 避けられる攻撃を敢えて受ける。それはそうせざる得ないからだった。

 

 ロイガーの背を追っていたサイバスターの背にはアーカムシティが広がっている。別段街を守るなどという正義感があるわけでもない。しかし、今、サイバスターの足下には術衣を纏えない大十字 九郎とリリィが居る。

 

 それに気付いた時、クロウリードはロイガーの攻撃を敢えて受ける選択しか出来なかったのだ。

 

 そしてロイガーはまるで弱点を見たりと言わんばかりに次々と火球を放ってくる。

 

 外道の知識の集大成のかけら故なのか、人が嫌がる事を平然としてくる。

 

 放たれ続ける火球を斬り裂き続けるサイバスター。

 

 その光景を、白き王は歯噛みをして見上げるしかなかった。

 

 敵に守られているという屈辱が、九郎に二の足を踏むのを躊躇わせた。

 

 自分に何が出来るわけでもない、リリィを安全な場所に避難させなくてはならない、しかしそれでマスターテリオンに背中を守らせて自分は退けるのか。

 

 否だ。

 

 わかっている。今の自分にはなにも出来ない。そしてそんな自分が居ることでマスターテリオンが自由に動けないことは百も承知だ。

 

 ならば何故動かないのか。それはある種の信頼があった。あのマスターテリオンがこの程度でどうにかなる等とは思っていないからだ。

 

 戦ったことがあるから。対峙した事があるから。それは一度だけの筈なのに、そう信じて疑えない強さを持っていると、揺るがない確信がある。

 

 いずれは決着をつけなければならない相手の動きを一つでも脳裏に焼きつけようと九郎は白銀の騎士の一挙一動を逃さないように神経を集中させていた。

 

「しゃらくさい!」

 

 ロイガーの火球を受け続けるクロウリードは埒が空かないと、サイバスターに別の剣を握らせる。

 

「バニティリッパー!!」

 

 ディスカッターとはまた異なる二本の剣を構えながらサイバスターはロイガーへ向けて駆け上がる。

 

 一刀から二刀、単純に倍の攻撃速度。次々と撃ち出される火球を斬り裂いてサイバスターは進む。

 

「お前の憎悪(ユメ)は世界を穢す物語(ユメ)だ……」

 

 サイバスターの機体に風が纏う。魔術師であり、黒き王、世界に仇為す大敵であるはずのマスターテリオンが駆る白銀の騎士は、その操者とは正反対の清らかな気を纏う剣を振りかざす。

 

「人が紡ぐ明日(ユメ)に、お前の居場所(ユメ)はない!」

 

「Gyraaaaaaaaaaaaaa――――!!!!」

 

 最早火球では勢いは止まらないと悟ったロイガーが、その巨腕の爪を振り上げ、今まさに懐に入らんとするサイバスターへ向けて降り下ろした。

 

 しかし降り下ろした瞬間、サイバスターの姿はそこにはない。確かに今そこに居たはずだった。懐に飛び込む勢いを持った機神は何処へ。

 

「秘剣! バニティリッパー、霞斬り!!」

 

 気付いた時、ロイガーの目の前にはサイバスターの煌めく翠色の光を放つ背中が見えていた。

 

 好機――!

 

 自分を目の前にして背中を向けた怨敵へ向けてロイガーは火球を放とうとした。

 

 ガクンッ、と身体が落ちる。血飛沫が舞う。崩れたバランスを立て直そうとする。翼が動かない…………いや、翼がなかった。

 

 あの一瞬でサイバスターは真正面からロイガーの懐を斬り裂きながら駆け抜け様に片翼を斬り裂き、そしてロイガーの周囲を旋回しつつ連続切りを浴びせ、最後に背後から残った片翼を斬り落としたのだ。

 

 墜ち行くロイガー。翼を失った竜は重力という枷に捕まり、この地球という星の大半の生命と同じく地に伏した。

 

「きゃっ」

 

「ぐっ」

 

 その巨体が地に墜ちた衝撃と、舞い上がった砂煙は地上で戦いを見守っていた九郎とリリィを容赦なく襲った。

 

「大丈夫か、リリィ?」

 

「ええ、なんとか。でも……」

 

 砂煙の中で蠢く影。瓦礫と土を巻き上げながら立ち上がるロイガー。未だその巨体のままに、その腕を九郎とリリィに向かって伸ばしていく。

 

「くそっ、逃げるぞ!」

 

「あわわわ、ちょっと!?」

 

 今度こそ身に危機が迫ったところで九郎はリリィの腕を引いて駆け出した。

 

 クロウリードとサイバスターによって痛めつけられたロイガーは更なる力を求めた。自身の存在を安定させる為に、九郎の魔力とリリィの命を欲した。

 

 だが人の脚で鬼械神級の巨腕から逃げる事は難しい。

 

 いくら傷を負って動きが鈍くなろうとも、人よりも遥かに巨体の巨腕は二人が駆けるよりも速く迫ってくる。

 

 それでも前を見て駆ける九郎と擦れ違った影があった。

 

 白いドレスに身を包んだ小柄な少女。その姿を追った視線の先で、防禦陣が巨腕を塞き止める。

 

「アル!」

 

「なにをしておる! そう長くは保たんぞ!」

 

 自身の相棒の名を呼べば、急かすように叱りつけるアル・アジフ。

 

 今までどこぞをほっつき歩いていたクセにと言いたかったが、文句を言う前にやるべき事がある。

 

「リリィは早くこのまま逃げろ。しばらく行けば地下への避難口があったはずだ」

 

「え? でも九郎は」

 

 リリィに逃げるように言いながら、九郎は懐からリボルバーを取り出し、魔術でバルザイの偃月刀を鍛造する。

 

「俺は大丈夫だ。心強い助っ人が来てくれたからな」

 

 アル・アジフに魔力を供給しながら九郎もロイガーと相対する。

 

「巻き込まれない内に早く行くんだ。良いな?」

 

 背中を向けて念を押しつつ、九郎は今まで逃げて来た道に駆け出す。

 

 確かに一人じゃ何も出来ない。だが、魔術師が魔導書と共に在るなら、邪悪に立ち向かう事だって出来る。

 

「イア! クトゥグァ!!」

 

 リボルバーから吐き出される弾丸。それはクトゥグァの力に指向性を持たせて操る魔導具だ。

 

 洗礼を施された弾頭と、火薬に混ぜ込まれたイブン=ガズイの粉薬が魔力に反応して強力な炸裂弾となる。

 

 有効打は期待出来なくとも、注意を引き付ける事は出来る。

 

「全く、面倒な」

 

「仕方ねぇだろ。俺としても立場が微妙なんだし」

 

 デモンベインの事を知りたがるリリィ。そして九郎はデモンベインに対する当事者の一人だ。実際にコックピットで戦っている。

 

 それを自慢する気はないし、言い触らす気もない。魔術の恐さを、闇の世界の怖さを知るからこそ。まだ引き返せる彼女には踏み入って欲しくないという九郎の個人的なお節介だった。

 

 術衣を纏い、九郎は詠い上げる。どういう風の吹き回しか、しかし倒すべき敵に守られっぱなしは寝付けが悪そうだし後味も悪い。

 

 これから先は自分達の戦いだという意思を込めて世界に唱う。

 

 憎悪の空より来たりて――

 

 正しき怒りを胸に――

 

 我等は魔を断つ剣を執る――

 

「汝、無垢なる刃――デモンベイン!!」

 

 過去、数え切れぬ程に詠われた祝詞。邪悪を討ち倒す聖なる詩。

 

 空間が弾け、押し退けられた空気が突風となって吹き荒れる。

 

 天に描かれた魔方陣の中から顕れた影は、地面を破砕し、大地を揺るがしながら、片膝を着いて着地する。

 

 ゆっくりとその偉容を示す様に立ち上がる鋼鉄の巨人。邪悪を滅ぼす刃金。理不尽を更なる理不尽で覆す人のための機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)

 

 機械神――デモンベイン。

 

「うおおおおお!!!!」

 

「Gyraaaaaaaaaaaa――!?!?」

 

 デモンベインの拳が、ロイガーを打ち据える。

 

 鋼鉄の拳の勢いに堪らずたたらを踏み、後退するロイガー。デモンベインは攻撃の手を緩めない。即座に追撃する。

 

「もういっぱぁぁぁ!!」

 

 再び拳を握り締め、ロイガーに向かって振り被る。

 

 しかしロイガーはデモンベインを近づけまいと口から火球を放ち、攻撃の最中だったデモンベインはそのまま直撃を受けてしまう。

 

「くぅっ、調子に乗るからだうつけ!」

 

「ちぃ、油断したぜ……っ」

 

 続けざまにロイガーは自身の身体を回転させ、力強さが見て取れる尻尾をデモンベインに叩きつけようとする。

 

「アトランティス・ストラァァァイクッ!!」

 

 ロイガーの迫る尻尾に対し、時空間歪曲エネルギーを纏った回し蹴りを放つデモンベイン。

 

 ただの質量と慣性での打撃。しかしデモンベインにはさらに時空間歪曲エネルギーの破壊力が上乗せされている。

 

 ロイガーの尻尾を粉砕し、デモンベインは一息吐く余裕さえあった。

 

「此方デモンベイン。姫さん、レムリア・インパクト頼むぜ! ヒラニプラ・システム、アクセス!!」

 

 デモンベインのコックピット。そこで鋼鉄の巨人を操る魔導師大十字 九郎は、この戦いに幕を降ろす第一近接昇華呪法の解凍を要請する。

 

「うおおおおおおおお!!!!」 

 

 九郎が吼える。デモンベインが咆える。

 

 高純度の魔力を獅子の心臓が吐き出し、それが両手に宿る。

 

 魔力を宿した両手を掲げ、旧き印(エルダー・サイン)を背負いながら掲げた両手を扇状に開く。

 

 結界が展開し、デモンベインとロイガーを包む。 

 

「光射す世界に、汝ら暗黒、棲まう場所なし!」

 

 高密度の術式と魔力が駆け抜け、必滅の威力を封じ込めた術式が覚醒する。

 

「渇かず、飢えず、無に還れ!」

 

 デモンベインが地を蹴り、疾駆する。掌から溢れ出す閃光がデモンベインを、アーカムシティの闇夜を、白い闇で染め上げる。

 

「レムリアァァァ・インパクト!!」

 

 掌の無限熱量を放つ爆発的な光が、導かれる様にロイガーへと吸い込まれていく。同時に、必滅の術式がその内部へと浸透していく。

 

「昇華!」

 

 アル・アジフの声が世界に響き渡る。それは邪悪が滅する時を世界に告げる勝鬨の声だ。

 

 デモンベインの掌から発せられた無限熱量は、眩い光で闇夜を照らす。離脱したデモンベインを照らす。朝焼けと共に、世界に夜の終わりを告げる。

 

「マスターテリオン……」

 

 デモンベインが、大十字九郎が見つめる。白銀の騎士を、世界の怨敵にして邪悪なる大導師を。

 

「フッ……」

 

「あ、コラっ、待ちやがれ!!」

 

 しかし踵を返す様に振り向いたサイバスターは九郎の制止も聞かずに飛び去った。

 

「今宵は楽しかったぞ、大十字九郎。そう遠くない未来(あす)に再び見える時を楽しみにしているぞ」

 

 そんな言葉を添えて。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 結局、デモンベインの正体に迫る事は出来なかった。

 

 ただ、その代わりにわかった事はある。

 

 世界は穏やかに見えていて、その実、闇はいつでも私たちの陰に居る事を。

 

 それから程なくして、ブラックロッジよってアーカムシティは滅茶苦茶になって、それでもデモンベインは戦って、勝利したらしいのを風の噂に聞いた。

 

 私はアーカムシティを離れて、変わらずフリーのジャーナリストを続けながら世界各地を巡り歩いた。その最中、私が関わった事件の中には闇の世界が関わったものもあった。

 

 私もジャーナリストという仕事柄、さらには写真を撮るフォトジャーナリストとあって、そういった闇の世界の住人に命を狙われる事はいくつもあった。

 

 それでも私が今も生きているのは、彼の遺してくれたお守りのお陰だった。

 

 旧き印が刻印された石灰石。この石には邪を退け清める印が刻まれている。

 

 そして旧き印の裏には風の刻印が施されていて、命が危ない時はこの風の刻印を目印にして、神様が助けに現れてくれる。

 

 鬼械神(デウス・エクス・マキナ)。機械仕掛けの神様。収拾がつかなくなった物語に介入して終わらせる理不尽な神様。

 

 悪夢を、邪悪を、討ち滅ぼす人のための理不尽装置。

 

「風が呼ぶ、我は旋風。烈風よ、暗雲を切り裂け――」

 

 聖なる風が舞い、思い浮かべるのは二つの神様。魔を断つ剣、そして風を纏う白銀の騎士。

 

「我が声を聞き届け給え! 我が願いに応えよ!」

 

 汚液を口から撒き散らす化け物が私を襲おうとする。でも向こうは私を傷つけられず、風の壁に阻まれる。

 

「招来! 隼の騎士――ジャオーム!!」

 

 風を切り裂いて顕れる機械仕掛けの神様。大きさはデモンベインには遠く及ばず。それでもその機体は私を幾度も危機から救ってくれる、彼の遺してくれたもの。

 

「行って、ジャオーム!!」

 

 その無手に風が集い、一振りの剣が実体化する。身体から僅かに力が抜ける。けれでも問題ない。

 

「ディスカッター、霞斬り!」

 

 思い描く白銀の騎士には遠く及ばない鈍足。それでも隼の騎士はその剣で邪悪を切り刻んだ。

 

「情報屋! 無事か!?」

 

 邪悪を切り捨てたジャオームの背中を見守る私に声を掛けてくるのは、彼の様に幼い男の子。彼の様に肩から掛けたマントがジャオームの纏う風によって靡く。

 

「ええ、私は大丈夫よ。彼が守ってくれるから」

 

 アーカムシティを離れた私は、風の噂を聞いて再びこの街に戻ってきた。

 

 もしかしたら彼に会えるのではないかと思って。

 

 今さら会ってもなにを話せば良いのかわかりはしないけども、せめて一言だけ、お礼は言いたかった。

 

 助けてくれたことを、そしてこのお守りのことを。

 

 世界を滅ぼそうとした大罪人。闇の帝王。血も涙もない魔人。彼の事を人はそういう。でも構わない。確かにそうだとしても、彼はそれだけじゃない人間であることを私は知っているから。

 

 ひゅぅと、風が吹く。その風を肌に感じながら空を見上げる。朝焼けに照らされる空に、隼の騎士は飛び立ち去っていく。その姿は、まるで白銀の騎士そのものだった。

 

 

 

 

to be continued



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夢ってある?

ちょー久方です。興が乗ったので軽めに書きつつクライマックへの布石を打っておく。


 

 降り積もる雪を、ザクザクと音を立てながら踏み締める。

 

 夏を訪れたアーカムシティで雪が降るという異常気象は、さすがに破壊ロボとデモンベインによるスーパーなロボットの対戦に馴れているプロ市民でも対応仕切れず、都市機能の一部が麻痺している。

 

 それでも一部であるのは21世紀の東京メトロ並みの地下鉄網が都市区画の隅々にまで行き届いているアーカムシティだからだろう。これが他の都市だったのなら都市機能全面麻痺すら有り得る。それほどにアーカムシティは20世紀真っ只中でも21世紀と変わらない生活を約束している。それほどに生活基盤を整えるのに奔走したともいう。

 

「うぅぅ、寒いよクロォ~……」

 

 背中から聞こえてくるへこたれた声に、だから言わんこっちゃないと呆れながら振り返る。

 

「まったく。だから待ってた方が良いって言っただろう」

 

 気分屋で掴み所がない猫の様なところは性格だけでなく、寒いのが苦手なのも知っているから連れてくる気はなかったのだが。

 

 こんな大雪の日に「蒸しパン喰いてぇ♪」などと言い始めた我が儘ペル坊に代わってミスカトニック大学のカフェに徒歩で向かっている。交通網は麻痺しているのだから当たり前で、この日ばかりは泣く子も黙る天下のブラックロッジの信徒諸君でさえ大人しく引き篭もっているほどだ。そんな日でも、大学の学生寮に住む学生相手に商売をするのが大学カフェの商魂逞しいこと逞しいこと。それを知っていて雪の日でも平気でお使いに行かせるマイブラザーの鬼畜の所業。

 

「だってだってだってぇ! 詰まらないんだもん、楽しくないんだもん、クロウと居た方が面白いことありそうなんだもん、退屈過ぎて軽く世界滅ぼしてリセットしちゃいたいくらいヒマなんだもん!」

 

 ぶぅっと膨れながら実に物騒で、実に実際に出来てしまう人型最終兵器しているのは赤髪の幼女。これが泣く子も裸足で逃げ出すブラックロッジはアンチクロスで最も最強最悪の魔人である暴君ネロだと誰が思うだろうか。

 

 誰も思いやしないだろう。それこそ前回の大十字九郎こと覇道鋼造と、暴君ネロを産み出した『ことになっている』ウェスパシアヌスくらいだろう。他のアンチクロスの連中で気付けるのはティトゥスとアウグストゥスだろう。他3名には本気で魔力遮断をしているエンネアを見抜くのは難しい。そもそも今も無幻心母最下層牢獄の中に暴君は封印されている『ことになっている』ので、別段騒ぎ立てられる様な事はないが。

 

 そんな彼女――ネロもといエンネアを連れてクロウはミスカトニック大学へ向かっていた。

 

 普段なら燦々と輝く太陽と、コンクリートジャングルが奏でるヒートアイランドで汗が滝のように流れ出すのだが、雲に陰り太陽熱は地上に届かない。だけでなく、吹きつける横風は冷気を孕み、降り注ぐ雪が人々から熱気と活力を奪っていた。

 

「寒い~、寒い寒い寒い、さーむーい~!」

 

 そんな子供の様に駄々を捏ねられても、魔術を使うことをしないクロウにはどうにも出来ないことだ。

 

「うわっ、な、なんだよぉ」

 

「寒いからおんぶして!」

 

「いや意味わかんないから」

 

 無理やり背中に引っ付いて来たエンネアが落ちないように背中に手を回しながらも理不尽な物言いに反論するクロウ。だが背中に引っ付いたネコ魔人は離れる気がないらしく、腕を首に回すだけでなく、脚を閉めて身体を固定させた。

 

「うりうり~、こうやって人肌で暖めあえばクロウだって温かいでしょ?」

 

「ちょ、やめ、動くなぁっ」

 

 身体を擦り付ける様に動くエンネアに、身体のバランスを狂わされてふらつくクロウ。

 

 これでクロウが大十字九郎の様にガタイの良い青年だったならばこう身体がふらつく事もないだろうが、クロウとエンネアの身長は良くて頭一つ分しか変わらない。端からみれば兄妹がじゃれあっている光景にしか見えない。しかし片方は人類最強の魔人だ。魔術なし、魔力もなしのクロウが力比べで敵う相手ではない。

 

「うわっ!」

 

「みゃん!?」

 

 結果踏ん張れなかったクロウは脚を滑らせて転ぶしかなかった。

 

「いっつぅぅ。エンネア、大丈夫…?」

 

 転んだのはエンネアの所為だが、それでも相手を心配するのは家族であり師であり恩人であり、一応は女の子だからだろう。クロウにとって些細でも家族を心配するのは当たり前の事だった。

 

「えへへ、大丈夫だよ。クロウが守ってくれたから」

 

 背中を雪に埋もれさせ、仰向けのクロウの上に横たわっているエンネアは甘える様に頬をクロウの胸板にスリスリする。その様はやはりネコにしか見えない。

 

「……ちょっと」

 

 エンネアを諌める様にクロウは声をかける。脚を絡めてくるエンネア。下腹部を擦り付けてくる仕草に、さすがのクロウも待ったをかけたかった。

 

「大丈夫だよ。こんな雪だもん、誰も来ないって」

 

「こんな真っ昼間から白昼堂々野外青姦なんて御免被りたいんだけど」

 

「またまたぁ。クロウ、ドなんだし、始めちゃえばなんだかんだで受け入れちゃうし」

 

「誰も好きでそうなったわけじゃないやいっ」

 

 埒が明けそうにないため、クロウは真剣な眼差しでエンネアの目を見据えながら問う。

 

「なにを考えてるの、エンネア」

 

「………………」

 

 そんなクロウの視線から逃れる様にエンネアは顔を背け、クロウの身体から身を起こして背中を向けた。

 

「べっつに~。ただ、ちょっとムラっとしちゃったからクロウに慰めて貰おうかなぁって」

 

 ただ無邪気な響きなのに、クロウはエンネアの声が何処か無理をしているかの様に聞こえた。

 

 だから問い詰める事にした。確かに掴み所がなく突拍子がない所があるからと言っても、いつものエンネアらしくはなかったからだ。

 

「……終わりが近づいているから」

 

 言葉で言ってもはぐらかされるのは目に見えている。故に無言でクロウはエンネアの言葉を待った。

 

「終りたくない。終わらせなきゃいけないのに、でも終りたくない。クロウともう一生会えないだなんて、考えたくないっ」

 

「エンネア……」

 

 クロウがこの世界に居るのは代役であるからに他ならない。その役目がある限り、クロウは無限螺旋に囚われ続ける。その終わりがやっと見えてきた。

 

 エンネアにはわかっていた。大十字九郎の完成は間近であることが。そして神器を手にした白き王に、クロウが勝つ術を持たないことも。

 

 そうなればクロウは無限螺旋から解放される。アザトースの眠る宇宙に封じられて。

 

 そして黒き王は敗れ、邪神の計略は崩れ、自分は語り部として生き続ける。

 

 でもそこには、最も居て欲しい人が居ない。

 

 知らなければ耐えていけただろう。人の持つ可能性と勇気を語り継ぐ事の誇りを胸に歩めただろう。

 

 でも今は、今の自分はもう失ってしまったら一歩を踏み出す事すら出来ないほどに弱くなってしまった。

 

「我が儘なのはわかってる。クロウは今まで本当に頑張って来たのも知ってる。この無限螺旋から解放してあげたいよ。でも…」

 

 その為には、この囚われた因果を絶ち切らなければならない。その方法は一つだけた。たったひとつ、しかしその方法は確かに因果を絶ち切っても、アザトースの庭に封ぜられ、今よりも比べ物にならない程の地獄を味わうか、そんな認識を抱く前に魂が砕け散るだろう。

 

 何処をどう転ばせても、自分達を家族と呼び、無限螺旋に挑み続ける勇敢な仔を救ってあげられない。

 

 ならばいっそのこと、すべてが朽ちるまでこのまま永劫の回帰を続けても構わない。――構わないと思っていても、無駄だった。

 

 クロウの心は決して折れない。白き王と同じ様に、例え剣が折れようとも、折れた剣を腕に括り付けてでも戦う人間だった。

 

 だからここまで戦ってこれた。折れずに黒き王として在り続けられた。故にその救済もまた運命に従うしかない。

 

「エンネアには、夢はある?」

 

 そんなエンネアにクロウは問う。自分の存在意義の根幹に根差す問いだった。

 

「俺には夢がある。だから戦えるし、戦っていられる」

 

 夢はクロウにとって力そのものだ。夢は諦めなければいつか必ず叶うもの。それをクロウはとある男から教えられた。クロウという人間の根幹に関わっている男の言葉を疑うはずもない。

 

「だからエンネアも、夢があるなら諦めないで。夢は諦めなければいつか必ず叶うから」

 

 その為の努力が、この無限螺旋の踏破であり、『夢を叶えること』が、クロウの試練だった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夢……。

 

 それを問われた時、エンネアは答える事が出来なかった。

 

 自分にとっての夢。それは無限螺旋からの解放だった。それこそ、那由多の回帰を繰り返しても解放されることのない何時果てるともわからない時を廻り続けた幾星霜。魂は回帰を続けて、エンネアは魔人としてこの物語の行末を知っている。

 

「違う……」

 

 それは飽くまでも目的だ。無限螺旋からの脱却の先に夢はある。

 

 夢。

 

 エンネアの夢はただの普通の女の子として産まれて、生きることだった。

 

 人類最強の魔術師ではない。神話の語り部とも違う。ただの普通の女の子としての生が欲しかった。

 

「違う…」

 

 しかし、その夢を叶えて、果たして傍に家族は居るのだろうか。

 

 自分がいる。憎たらしくも同じ大切なものを護る息子。その魔導書。人間でありながら魔人を愛し家族と呼ぶ弟子。その魔導書。時には自身の魔導書も含めて。

 

  ふざけあって、割りと殺意の籠ったどつきあいとか、カンカンに怒ったクロウとの追いかけっこ、温かい料理を用意して家族で顔を合わせる食事。魔人の胃袋を押さえにかかったクロウ、なんて恐ろしい仔。

 

「諦めなければいつか必ず夢は叶う…か」

 

 まるで歌のような言葉。諦めなければ夢が叶うなんて、それこそ夢物語だ。

 

 それでもクロウの言葉には確かな確信が込められていた。まるでその言葉の実現を見てきたかの様に。

 

「……………」

 

 立ち止まっているだけではダメだ。何も変わらないし、変えられない。なら、いっそのこと。

 

「次があるなら、もっともっと強くなる……」

 

 いつか、遠い昔のいつか。お人好しの誰かと交わした言葉。

 

「九郎……」

 

 その時が、来たのかもしれない。大分時間は掛かってしまったかもしれないけれど。

 

 意識を共有する夢幻心母の地下牢獄で、自らを封印する枷を解く。

 

 動き出したら止まれない。あとは終わりまで進むだけ。

 

 

 

 

to be continued…

 

 



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一人の夢はみんなの夢

久々の投稿で日刊6位まで行っていたことの嬉しさと感謝を込めて書き上げられました。


 

 季節外れの大雪から暫く、晴天が続いていたアーカムシティ。ここ暫くは秋晴れといった晴天が続く予報だったが、その日はバケツを引っくり返したかの様に大粒の雨が土砂降りに見舞われていた。

 

 分厚い曇天が太陽光を遮り、真っ昼間でも路地裏等の影では夜とあまり変わらない暗さだった。

 

 故に、闇に紛れる者達もまた活発となる。

 

 銃声――。

 

 しかし珍しくもない。このアーカムシティでは銃声程度珍しくもない。それこそ路地裏であれば1日でさえ絶えない音だ。それこそチンピラの喧嘩やギャングの闘争なんぞ日常的な物だ。

 

 銃声銃声銃声――。

 

 だが、まるで戦場の様に鳴り響く銃声の連続は、そんな銃声に慣れているアーカムシティの住人でも異常性を感じるだろう。

 

 銃声銃声銃声、銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声……、銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声銃声――、銃声は止まらず永遠に響く銃声の殺戮(ガンハザード)

 

 その銃声一発で命は消える。しかしそれほどの銃声の乱舞(ウォークライ)であっても消せない生命がある。

 

 銃声、銃声銃声銃声銃声――。

 

 腹の底を叩く様な音は、一発で命を刈り取っていく。

 

「――――。………、……っ、―――――っは」

 

 意識して落ち着いて息を吐く。

 

 それは普段運動をしていない身体をバラバラになりそうな程酷使した反動だろう。使い慣れている筈の銃の反動でさえ、手首や指、腕や肩に負担を強いる。

 

 人類最強の魔術師が聞いて呆れる。平和ボケがし過ぎたらしい。

 

 魔力で強化していなければ殺意の暴威に自分が負ける。

 

 複数の足音が迫ってくる。闇の世界は彼等の庭だ。それこそアーカムシティ(マイホーム)の路地裏で彼等の手から逃れられるのはほんの一握りだ。

 

 アーカムシティがホームグラウンドなのはこちらも同じ事だが、相手は多勢に無勢。人海戦術でこちらの行く手に直ぐ現れる。

 

「っ、ふふ……あはっ」

 

 マシンガンを構える覆面の男たちに囲まれている中、自然と笑いが込み上げる。

 

 悪くない。申し分ない。鈍った勘を取り戻すには丁度良い。幸い少し減らした所で、限定的でも経験値は無限湧きだ。

 

「銃神、仕る。だっけ?」

 

 いつか見た、二挺拳銃の殺戮乱舞。一対多でこれ以上ないほどの全領域(オールレンジ)攻撃。

 

 両手に握る重厚の黒と耽美な銀を交差させ、踊るように引き金を引きつつ敵を撃ち抜く。

 

 反撃の銃撃はすべて避ける。銃弾の射線、僅かな隙間に身体を滑り込ませる。こういうときの小柄な身体というのは有利で便利である。防禦陣で防ぐという方法もあるが、脚が止まってしまうし、なにより美しくない。

 

 彼の様に、風のように、暴虐を嵐として、殺意を弾丸に込めて薙ぎ払う。

 

 銃声が止み、動きを止める。もはや周りにには生きた人間は居ない。蜂の巣になったか、肉塊に粉砕されたかの何れかだ。

 

 煙の立ち込める銃口。火薬によって熱せられた銃身が土砂降りの豪雨の中において存在感を放っていた。蒸発する水蒸気が銃身を包み、それはまるで殺した命の魂を纏っているかのようにも見える。

 

 こうして戦うのは、いったい何時ぶりなのだろうか。銃を手にすることさえ何時が最後だったのか覚えていない程だった。

 

 確かまだ、クロウが弟子の時分だった頃は、反逆したアンチクロスを代わりに倒していただろう記憶はある。

 

 そのあとは特に戦う事すらなくなって、ずっと彼の戦いを見守って来た。

 

 それほど甘えていたということなのだろう。

 

「これは、骨が折れそうかな?」

 

 路地裏の前方。岩の様な巨漢と自分と同じくらいの子供が立っている。

 

 今の怠けた身体で相手にするのは少し厳しい。

 

 なら、相手にしない。自分の目的は。

 

 ピンッと、音を立てて弾丸を親指で弾きあげる。

 

 魔術刻印がされた特殊な弾丸。数はないが、それでも退くくらいの威力はある。

 

 風が舞い、空気の圧力が増す。闘気が物理的な圧力を持つ。――――しかし、温い。

 

「クロウの風は、もっと容赦がないよ」

 

 なにしろ風を感じた時には首が吹き飛んでいてもおかしくないのがクロウの風だ。クロウの風が疾風なら、今感じる風は微風(そよかぜ)の様なものだ。

 

 だから――。

 

「術種選択:魔砲弾(カノンスペル)!」

 

 今は目の前の邪魔者を片付けよう。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 祭壇――。

 

 夢幻心母の中心に位置するその場所で、クロウは膝のクロハの頭を撫でながら、撓垂れ掛かるルルイエ異本の精霊の腰を抱いて眼を瞑っていた。

 

 その眸は、向かってくる閃光を焼き付けていた。

 

「暴君は逃れたか…」

 

 誰の耳にも入らない呟きを漏らす。

 

 ある意味で予定調和。カリグラとクラウディウスを向かわせたのはアウグストゥスの采配だが、あの二人相手なら暴君は逃れ切れるのは保証書付きだ。

 

「暴君が動いた様だね、兄さん」

 

「ああ。しかしさてはて、暴君が居なければ中枢ユニットが使えん」

 

 珍しく部屋から出て、玉座の背凭れに肩を預けて立っていたペル坊が話し掛けてきた。それに対して現状を伝えるだけでも、ペル坊相手なら問題はない。

 

「カリグラとクラウディウスを向かわせました。如何に暴君と言えども、アンチクロス二人に追われれば抵抗も出来ませんでしょう」

 

 こちらの会話にアウグストゥスが割って入った。確かに普通なら、アンチクロスが二人掛かりで獲物を仕損じるはずはない。

 

 だが、相手はあの暴君だ。しかもどういうわけか、エンネアが動いている。暴君はエンネアの影だ。暴君を動かせるのはエンネアだけだ。今まで暴君を動かしはすれども、エンネア本人が出向いていったということはなかった。

 

 なにかが動き出そうとしている。そう予感せずにはいられないのは、魔導探偵へ彼女が会いに行ったからだろうか。だとするのなら、本当に終わりは近いのだろう。

 

 クロハの頭を撫でながらこの世界の終わりへと想いを馳せていたら、カリグラとクラウディウスが仕損じたと報告が入り、アウグストゥスにそのまま捜索と追撃を命じる。だが傷の手当てもある。再び動くのは1週間後だろう。

 

 勝負は1週間。その間にエンネアは何をするつもりか。

 

「俺も、決着を着けなければならないだろうな」

 

 もう思い出すことも出来ない遥かな那由多の時を永劫繰り返してきたこの無限螺旋への終止符を前に、決着を着けなければならない相手がクロウには居た。

 

「そうだろう? 覇道……いや。大十字九郎」

 

 地力で既に自分に迫っている、或いは既に越えられている愛しき宿敵。彼との決着無くして白き王に挑む資格があるだろうか。否、あるはずがないだろう。

 

「マスター……」

 

 ただ己の主と魂で繋がっている魔導書だけが、その言葉に込められた想いを理解していた。

 

 クロハを撫でる手を退けると、膝から顔を上げた彼女にぶつからない様に立ち上がり、ルルイエ異本の精霊を床に立たせて玉座から降りる。

 

「大導師、いったい何方へ?」

 

「忘れ物を片付けてくる。留守を任せるぞ、アウグストゥス」

 

 クロウを呼び止めようとしたアウグストゥスだったが、二の句を告げる前にクロウは祭壇から姿を消した。否、二の句を告げる以前に告げられなかったのだ。

 

 アウグストゥスの顎をヒヤリとした汗が垂れ落ちる。

 

 一言交わしただけであるにも関わらず、途方もない威圧感が、魂ごと捻り潰されそうな重圧が襲ったからだった。

 

 C計画を目前に控え、余り出歩かれては困るのだが、アウグストゥスにクロウを止める事は出来なかった。それこそ機嫌を損ねれば羽虫を捻り潰す様にあっさりと自分は殺されるだけだ。

 

 故にアウグストゥスもまた動き始める。祭壇の間から出ていくアウグストゥスをペルデュラボーの金色の双眼が見詰めていた。

 

「動き出すのですね、マスター」

 

 そんな金色の少年に寄り添う漆黒の少女は、しかしこの夢の終わりを感じて何処か落ち着きがなかった。

 

 夢は何時か覚めてしまうものだ。楽しかった夢の時間は終わりを告げる。しかし夢は終わらない。終わらせない。終わらせはしない。

 

「兄さんの夢は僕の夢だ。お前はどうだ、エセルドレーダ」

 

「マスターの夢が私の夢。マスターの望む夢は私の望む夢です」

 

 わかりきった返事だ。この二人もまた、魂で繋がっているのだ。今更口にする事でもない。ただこれは決意表明だ。

 

「アウグストゥスたちの動き次第で、僕たちも動く。すべては母さんが動くその時だ」

 

「イエス、マスター。宇宙の遍く万象すべてはマスターのもの。即ちそれは」

 

「僕の物は兄さんのものだ」

 

 世界に仇なす怨敵。黄金の獣を弟と呼び、ただの人の暮らしを与えたただの人間。だから愛した、愛された、余興のつもりがその魂の輝きに魅せられた。

 

「この無限の呪縛からの解放を勝ち取らんがため…」

 

 この身も、魂も捧げる覚悟だ。そして訪れる真なる未来(あす)の為に。

 

 ただの家族として、ただの日常を送るのがクロウの夢だ。

 

 人間らしい夢。だからこそその夢は高潔で尊くて、儚く、本気になれる。

 

 笑ってしまうような凡庸な夢だ。世界を手に入れたいアンチクロスからすれば笑ってしまうようなくだらない夢だ。

 

 ――――笑わせんさ。夢を持たぬ童が見つけた心の底から願う夢を、どうして笑う事が出来ようか。

 

 ここではない何処の夢の果ての世界。その世界で呟かれた言葉は確かにペルデュラボーの耳に届いていた。

 

「そうさ。笑わせはしない。兄さんの夢は、僕たちの夢。このマスターテリオンの夢を、いったい誰が笑う事が出来ようか…!」

 

 誰にもできるはずがない。人類最強の魔術師にして、黒き王にして、世界の怨敵であるマスターテリオンの夢を笑えるのは唯一。

 

 白き王、人の正の極限にして、世界の英雄である大十字九郎だけだ。

 

 

 

 

to be continued…



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夢を追う魔王

今回、カッス成分が増々なので色々とご注意です。つまりノリで書いています。


 

 月明かりの照らす夜中のアーカムシティ。

 

 しかしその上空で激しく火花を散らす存在が居た。

 

「おおおおおあああっ!!!!」

 

 煌めく粒子をその翼から放ちながら大空を舞う黒い天使。

 

「はああああああああっっっ」

 

 竜の鱗を重ね合わせた翼から光を放ちながら大空を舞う刃金の巨人。

 

 摩天楼の空を、月明かりよりも激しく照らす閃光は魔剣と魔刀の衝突によるもの。

 

 魔力と魔力の衝突によって生まれる衝撃と閃光は即ちそれは魂のぶつかり合いだ。

 

「イア! イタクァ!!」

 

「行け、黒き獄鳥よ!」

 

 少女たちの呪詛が世界を蝕む。男たちの闘気が鋼鉄の身体に熱き血潮を循環させる。

 

 風の加護を受けた魔導誘導弾と黒き獄鳥たちが衝突し、いくつもの火球を生み出す。

 

「魔刃鍛造! 複式!!」

 

「クロハ!」

 

「イエス、マスター! エーテルフェザー、展開!」

 

 次々と鍛え上げられる偃月刀。刀身の魔術回路を輝かせ、炎を纏い回転しながら射出される。

 

「黒き羽と共に、死の舞を踊れ!」

 

 飛来する偃月刀の群れを、翠色の羽が撃ち落とす。

 

「アトランティス、ストライクッ!!」

 

「ABRA――」

 

 刃金の巨人の脚と、黒き天使の腕を紫電が纏う。

 

「でああああああっっ」

 

「HADABRAァァ!!!」

 

 重力を味方にした速度、それに合わせて時空間歪曲エネルギーを爆裂させたスピード。目に見えて空間が歪むほどのエネルギーを充填させた必殺の蹴りが降ってくる。

 

 それを雷の洗礼をもって迎え撃つ。が――――

 

「押し負ける…か」

 

 シュロウガの腕から放たれていた稲妻を打ち払いながら近づいてくるデモンベインに舌打ちをしつつ回避行動に移る。

 

「エーテルフェザー!」

 

 翼を広げ、推力を最大にしてデモンベインの攻撃圏外から逃れる。ギリギリで避けるシュロウガに、間近を過ぎた時空間歪曲エネルギーの余波が襲い、コックピットを激しく揺さぶる。

 

「…っ」

 

「あぅっ」

 

 苦悶の表情を浮かべながら、クロウリードは攻撃直後のデモンベインを追撃する。背中の翼から光を放ちながら射出される翠色の羽の弾丸が闇夜を切り裂いてデモンベインの背中に迫る。

 

「魔力弾追尾、後方6時」

 

「シャンタク、フルパワー!!」

 

 しかしデモンベインは脚に紫電を纏いながら背中の飛行ユニットから激しくエーテルを散らし、その場で180度方向転換。物理法則もあったものじゃない動きにさすがのクロウリードも一瞬面食らってしまう。あんな動きをしたら中身のパイロットが保ちはしないだろう。

 

 だが魔術師ならばそんな物理法則も無視出来る。魔術とは己の描く世界で今ある世界を壊し、侵し、有り得ざる結果を無理矢理現世に顕現させるのだから。

 

 羽の弾丸を蹴散らしながらデモンベインの一撃がシュロウガを捉えた。

 

「っ、障壁か!」

 

「フィールド出力全開、抜けさせるな!!」

 

「イエス、マスター」

 

 ディフレクトフィールドがデモンベインの一撃を防ぎ、フィールドのエネルギーと時空間歪曲エネルギーが互いに鬩ぎ合い、激しい閃光を灯す。

 

 コックピットさえも眩しく照らす閃光に瞳を焼きながらも、クロウリードは額に汗を浮かべながら笑っていた。

 

 空という自身の得意なフィールドで防戦に押し込まれつつある。その現状が厭に愉しく思えて仕方がない。

 

 幾度、幾億繰り返せど、この時の興奮だけは至福の一時のひとつだった。

 

 黒き王として白き王と戦う時は、黒き王として物語りの補助が入る。黒き王でいる限り自分は白き王に負けはしない。それこそ白き王が神器を抜かなければ。

 

 しかし物語りの助けを借りて座しているだけならばこうも多くの回帰をする事はなかっただろう。

 

 何時からだろうか、覇道鋼造との一騎討ちを始めたのは。それこそ、人の身でしかないクロウには思い出すことは出来ない。しかし人として、輝きを忘れないその在り方に心を奪われたのは確かだ。

 

 黒き王との戦いの果て、覇道鋼造となる大十字九郎。齢老骨の身となっても邪悪への怒りと憎悪で立ち上がり、折れぬことを知らぬ英雄の残滓との戦いは唯一クロウリードという人間が真の意味で魔王(人間)として輝ける相手だった。

 

「いいぞ、その粋だ。先程の切り返しも驚嘆に値する。それでこそ魔を断つ剣というものだ!」

 

「飽きもせずに同じ減らず口を。貴様は変わらんな、哀憫の魔王」

 

「くははははは。……お褒めに預かり恐懼感激の極みなり。あぁ、変わらんとも。魔王(ひと)として人間(ひと)に討たれることこそ本懐。であれば、お前との戦いはその本懐に最も近い興奮を与えてくれる!!」

 

 黒き王として白き王に、世界に仇なす大敵として存在し挑まれる時ほど魂が躍動する事はない。

 

 もとよりこの身は魔王の眷属。もとよりこの魂は魔王に売り渡した。であれば、魔王として世界に仇なす大敵として挑まれるこそ本望。 

 

 だがそれは定められた役目でしかない。ある意味で最も興奮出来るとすれば、互いに役目(ロール)の外にいる今の様な瞬間こそ、至高の躍動を感じるのだ。 

 

 閃光を散らすフィールドと時空間歪曲エネルギー。魔術によって生み出された超常のエネルギーは科学の権化を侵食する。

 

 亀裂が生まれるフィールド、クロハは焦りを感じながら自らの主を見上げた。空という自分達の領域。その場所で押され、しかし主は笑っている。この密着状態で反撃しようにも、フィールドを解除すれば次の動作に入る前にはデモンベインによって機体は蹴り砕かれてしまうだろう。

 

 致命傷とはいかずとも大きな隙を生むだろう。

 

 レムリア・インパクトでも叩き込まれればいくらシュロウガと言えども致命傷だ。その隙は充分生まれる。だがクロウは寧ろこの瞬間こそを魂の底から楽しみ、そして故に更なる試練(かだい)を課す。

 

「故にだ。無論、この程度は片手間に乗り越えて魅せてくれよ。オン、マカキャラヤ、ソワカ―――」

 

 瞬間、クロウの纏う圧力が増した。亀裂の入っていたフィールドがより強固となって再生する。

 

 印を結び、クロウはこの瞬間を打開し、且つ覇道への試練として、この一石を投じた。シュロウガが右手を頭上に上げ、良からぬ気配を感じた覇道鋼造もその視線を向けた。

 

「リトルボォォォイ!」

 

 二体の鬼械神の頭上に姿を顕したのは巨大な爆弾。

 

 第二次世界大戦において広島に投下された核爆弾。

 

 全長3.12m、最大直径0.75、総重量約5tの爆弾を起爆させた。それこそシュロウガの生じさせるディフレクトフィールドを激震と超高熱が襲う至近距離で。

 

「ぐっおおぉおおぉぉっ!!」

 

「ぐぅぅぅっ」

 

 デモンベインのコックピットを、同じく激震と閃光が襲う。それこそネクロノミコン最大火力であるクトゥグアの炎に匹敵しかねない威力と熱の中で、しかし覇道鋼造は直ぐ様手を打った。既に神の火を手にしている人類であるから、核の恐怖を覇道鋼造は熟知している。

 

「クトゥグアァァア!!!!」

 

 デモンベインの機体が灼熱し、核爆発を包むように強固な結界が形成され、炎と熱が渦巻く結界の内でクトゥグアの炎を解放する焼滅呪法を解き放つ。

 

 核爆発を焼滅呪法で対消滅させた覇道鋼造とデモンベイン、しかしその機体は焼け焦げ、所々が熔けて悲惨な姿をさらしていた。装甲が剥げた胸にある心臓から光が漏れて見えていた。銀鍵守護神機関によって守られ制御されている異界の門。獅子の心臓と無限の心臓が激しく光を放ちながら、デモンベインの機体を瞬く間に修理していく。

 

「フッ、やはり防いでくれたか。自分の身を顧みず、見ず知らずの他人の為に魂を削り核の炎を消し去る。一節程度の文章でも、勇者は斯くあるべしと示すには充分すぎる行いだ。狂おしい程に愛おしいぞ、その気概が、その勇気が!」

 

 今の覇道鋼造こそ勇者だと、なにも知らずにこの街に生きる人々に向かって誇る様にクロウは叫ぶ。

 

 核爆発なんぞ、先ず人が立ち向かえるはずのない相手だ。人が神の炎に抗えるはずがない。だが実際に抗って踏破する人間が居る。遣り過ごすことも出来るはずだ。しかし覇道鋼造はこの街を核爆発から守るために自分の身を削るような方法で対処して魅せた。自己犠牲を称えているのではない。その選択を出来る、自身よりも他人の為に行動できる、試練に立ち向かえる気概と勇気を讃えているのだ。

 

 高らかに感動しているクロウをさて置き、デモンベイン・レプリガンドを駆る覇道鋼造は額に汗を浮かべながら目の前の哀しい魔王に向き合っていた。

 

 人に討たれることを望み、人類の悪として君臨する魔王。しかしそれは邪神によって課せられた囚人であり、魔王によって歪められた無垢なる心の持ち主だ。

 

 人類の悪として君臨しながら、しかし人類の滅びを願う者でもない。寧ろ人類に対する愛が行き過ぎている大馬鹿者だ。

 

「機体修復完了、稼働率98%をキープ」

 

 外装を修復し、内装までも完全修復を終えたが、目の前の黒き天使を降すにはまだ足りない。力が足りないのだ。

 

 鬼械神の出力差でも、魔術師としての魔力量でもない。

 

 覇道鋼造とクロウリードの両者の歴然の差は意志力だ。

 

 どこぞの魔王の様にひとりで全人類の意志力を凌駕する程でもないが、夢を叶えるために、物語りの主人公に喧嘩を吹っ掛けて打ち倒し、神の神器を白き王が手にするまで永劫回帰を続ける程度には強い意志力を持っている。

 

 邪悪への怒りと憎悪で戦う覇道鋼造は、クロウリードという一個人を哀れんでいる。故に、家族で平穏に暮らしたいという人間が誰しもが持つ当たり前で純粋な願いを夢として戦っているクロウリードに、戦う意志力で負けてしまう。

 

 クロウの意志力を上回るには、それこそ愛する人との明日を願う程の意志力でなければならない。哀れまれて、その呪縛を解放しようと思うのでは駄目なのだ。勇者が魔王を哀れんでどうする。勇者はただ、明るい未来の為に世界に仇なす魔王を討ち果たせば良いのだ。

 

 真っ直ぐ己の意思を曲げず、ただひたむきに明日を願う勇者(にんげん)こそ魔王は憧憬し、その道を譲るのだから。

 

 では1度負けてしまっている覇道鋼造という人間が、魔王に勝つにはどうすれば良い。魔王を哀れむ事を止めて戦えば良いのか? 無理だろう。夢を持たなかった子供が漸く掴んだ夢を叶えるために世界に挑み続けている事情を知って、叶えてあげたい無垢な願いを悪と断じて討ち果たせる様な神経を持つ程、覇道鋼造は無情にはなりきれない。

 

 倒さねばならない。倒さねば自分の愛するものを失ってしまう。その思いを胸に覇道鋼造は戦っている。

 

 実に厭らしい構図だ。互いにただ、愛するものを失わない為に戦うなど虚しすぎる。そして思う、思ってしまう。お人好しの白き王は、そんな黒き王が囚われた呪いの牢獄を打ち破らんと、この哀れな魔王に救済を。

 

「故にお前は敗れた。それを繰り返すか? 失望させるな()()()()()。俺は魔王だ、俺を倒さなければこの街は消えて無くなるぞ? お前の愛する孫娘もまたそうだ。どうしてくれよう?」 

 

 ドクリと、覇道鋼造の中で何かが蠢く。

 

「ティベリウスにくれてやるのも一興だが、それはつまらん。ではどうするか、アレも中々の輝きを持っている。故に、祖父の後を継がせるのもまた一興だな。魔術師として祖父の仇を討つ孫娘。物語りとしてこれもまた面白そうだ」

 

「貴様は……っ」

 

 此方を煽るために孫娘を持ち出す魔王。そこに怒りが沸かないわけがない。こんな辛い戦いを孫娘にさせる気はない。彼女は白き王を支える者だ。間違っても魔王に立ち向かう勇者の役者をやらせるわけにはいかない。

 

「あり得ないと? それこそあり得んよ。お前は知っているはずだ。あぁ、思い出せば胸が高鳴るぞ。愛する男が戦えないから、自分が戦わねばと世界を背負って恐怖と責任と戦った覇道瑠璃。彼女の戦いもまた、斯くも凄絶に美しかった。危うく恋をしそうになるほどにな。そんな彼女を抱き締めたくなった、愛したくなった。いや、愛させてくれ。その魂を」

 

「マスター……!」

 

 クロハが制御系に介入し、機体を退ければ、ディフレクトフィールドを二発の弾丸が打ち砕いていた。

 

「渡さん。彼女は何があっても貴様にはな! マスターテリオン!!」

 

 デモンベインの握る二挺拳銃が字祷子(アザトース)へと解け二重螺旋を描き、別の形へと再構成されていく。それは杖だ。魔法使いの杖を脇に構え、砲身が展開する。いくつもの環状魔方陣が高速回転し、魔力を集束させていく。

 

「神銃形態――!!」

 

「ほう…」

 

 天井知らずに高まる魔力。機体から光が溢れている。魔術回路が負荷に耐えきれずに火花を散らしているのが見える。

 

「人類は、世界は、生命は、お前の玩具じゃないぞ、マスターテリオン!」

 

 砲口が帯電し、紫電が迸る。それほどの超プラズマ体をその身に宿しているのが気配で伝わってくる。

 

「ふははははははは!! いいぞ、面白いっ」

 

 翼を広げ、煌めく光の羽を夜空に広げる様は正しく天使に相応しい。

 

 両手を広げ、魔方陣を展開するシュロウガ。その両手に暗黒の太陽が顕れる。黒い光を放ち、闇の炎で世界を照らす暗黒天。

 

 その姿に危機感を抱いた覇道鋼造は、魔王を討つべく焔の神性を解き放つべく引き金を引いた。

 

「イア! クトゥグア!!」

 

 後から準備に入ったシュロウガは、無謀にも焔の咆吼にその身を晒していた。しかし焦りはない。なにしろ信じているからだ。間に合うと、今も高速で術式を処理している生涯の魂の半身を信じているからだ。

 

「――終段・顕象ォォッ!!」

 

 魔方陣が腕の先からシュロウガを包み、その形を変容させていく。黒い機体が紅く血で染まっていく。翼が閉じ、機体を覆っていく。その姿はまるで蝙蝠を彷彿させる。

 

「我が怨念、余さず纏めて極めてやろう!!」

 

「受けよ、極低温の刃――!」

 

 変容を終えたシュロウガは今まさに装甲を噛み千切らんと牙を向く焔の獅子に向けて、その右手を突き出した。

 

「ハイパーボリア――!」

 

「ゼロドライブ!!」

 

 極低温の刃となった右手は、焔の獅子を引き裂き、燃える焔を凍らせて砕け散らすという物理法則を無視した結果を生みつつ、そのままデモンベインへと迫っていく。

 

「その姿はっ!?」

 

 初めて見るシュロウガの姿。しかし覇道鋼造はその姿を知っている。無限の心臓ことマナウス神像。

 

 異界への門を開くことの出来るアーティファクト。その姿こそ奇怪でありながらも翼を閉じた蝙蝠に似通っていた。今、目の前に迫る姿を変えたシュロウガの様に。

 

「これが真の姿、背徳の獣(マスターテリオン)が駆る法の王(リベルレギス)。新世界の開闢への手向けに、その奥義をもって葬ってやろう」

 

 その手に黄金の十字架――黄金の法剣を手に、シュロウガは――リベルレギスはデモンベインへとその刃を降り下ろす。

 

「我が絶望と渇望と羨望を、今一度知れ!!」

 

 超高密度魔力の集中によって紫電を纏う法剣を縦に降り下ろす。

 

 咄嗟に覇道鋼造は偃月刀、魔導書の精は障壁を、しかし魔王の一撃はそんな些細な抵抗すら諸共に切り裂く。

 

 だがその抵抗を突破する為に数瞬の時が生まれた。

 

「ヒラニプラ・システム、アクセス!!」

 

「第一近接昇華呪法・複式」

 

 二つの心臓が唸りを上げて魔力をその巨人の両手に勝利の剣を与える。

 

「マスター!!」

 

 降り下ろした刃を切り返し、横へ切り払う動作の最中、致命的なタイミングへの反撃にクロハは主に叫ぶ。

 

「ふ、ふははははは。いいぞ、それでこそだ」

 

 だがクロウは笑っている。魔王の笑みを携えて。誰から見ても死が見えるその瞬間でも笑っている。

 

「この間合い、確かにこれは致命的だ。自力でこれは切り抜けられまい。だが」

 

 だからどうした。だからどうしたというのか。致命的だからなんだというのだ。

 

「諦めん、諦めんぞ見るが良い。俺の辞書にそんな言葉は存在せん!!」

 

 印を切り、天を仰ぎ、クロウは高らかに叫ぶ。

 

「神鳴る裁きよ、降れい雷ィ!!」

 

 リベルレギスの機体から光が空に向かって放たれる。しかしそれを気づける余裕は覇道鋼造にはなかった。

 

「ロッズ・フロォム…ゴォォォッド!!!」

 

 天空を切り裂いて、今まさにリベルレギスの装甲に無限熱量を叩き込まんとしたデモンベインの左腕を、バラバラに引き裂いて地上にクレーターを作った鉄の塊。それは柱、鉄の芯、天罰の様に降って来た神の杖。

 

 刹那の攻防にそんな横槍を入れられては、空かさずの二撃目も揺らいでしまう。

 

 迫る右手の無限熱量へ法剣を叩き込み、盾にすると、リベルレギスは右手をデモンベインに向ける。

 

「ン・カイの闇よ!」

 

 リベルレギスから放たれたマイクロブラックホール弾が次々とデモンベインの機体を抉り、背中のシャンタクが機体を支えられない程に削り取られ、デモンベインは墜ちていく。

 

「ABRAHADABRA――!!」

 

 そして雷の洗礼を無防備に浴びたデモンベインはそのまま地表に激突した。

 

 神の杖によって一区画がクレーターとなった大地に墜ちたデモンベイン。機体のあちこちから火花を散らし、割れた装甲からは水銀の血が流れ落ちる。

 

 デモンベインを追って地表に降りたリベルレギスは、砕けた装甲を晒すデモンベインの胸に手を突っ込み、無限の心臓を内包する銀鍵守護神機関を引きずり出して背中を向ける。

 

「これは返してもらうぞ。我等が悲願C計画の為に」

 

 そう言い残し、リベルレギスはゆっくりとアーカムシティの夜の闇に消えていった。

 

 大破したデモンベインのコックピットで覇道鋼造は数十年前にも見た去り際の姿をただ同じ様に無力に見続けるだけだった。

 

 

 

 

to be continued…



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星が辰(うご)く刻

大分間が空いたうえに、こんなんで良いのかと思いつつ、この展開だけは外せなかった。ある意味バカで黒き魔王であり勇者でもある光の奴隷、亡者でもなく眷属というのが正しいのだろうか。




 

「うっへぇ……隕石とか恐ぇな」

 

 新聞の朝刊を片手にインスタントコーヒーの入ったマグカップに口をつけてなんちゃってブルジョワジーな朝を迎えている我等が魔導探偵大十字九郎。

 

 あの赤貧貧乏筆頭探偵が人並みの生活を送っているのをエンネアは馴染めない感覚を抱きながらも朝食を作る手を動かしていた。なにしろあの九郎が車を持っているのを見た日には目が点になったのは記憶に新しい。

 

 思わず「九郎が車持ってる!」と口に出して驚いてしまった程だ。「失敬だなぁ。俺だって車の一台くらい持ってるって。一応社会人だし」っとドヤ顔で胸を張る九郎に「先日水道代を払えずに外で湯浴みをするハメになった奴がどの口で言うか」とアルが悪態を吐いてジト目で睨み、途端そんなこともありましたねぇとそっぽを向いて九郎は誤魔化した。

 

 相変わらず仲が宜しい様で何よりだ。しかもアルの自分に対する突っ掛かり方も遠い昔に体験した物にそっくりだった。即ちそれはホントに終わりが近い事を示唆していた。

 

「隕石まで降ってくるとは。この街は遂に宇宙にまで好かれているようだな」

 

 と、マイカップに砂糖とクリームを増々で入れてもはやミルクティに色が変わっている駄々甘いコーヒーを啜りながら九郎の言葉にアルも続く。

 

 しかしただの隕石が街の一区画を破壊できるのかと言われたら、有り得るのかもしれない。

 

「(十中八九、クロウの仕業だよね)」

 

 昨夜は結界を張り、外の戦いを二人に気づかせなかったエンネアだったが、さすがにクレーターを作った地響きだけは誤魔化しようがなく九郎は飛び起きた様だが直ぐに地響きは収まった為、地震だろうと思って再び眠りに就いた。ただ、アルだけは気づいたかどうか迄はわからない。気づいていたとしても興味がないのか、特に動くことなく朝を迎えたが、今の言葉から恐らく気づいていないのかとエンネアは思う事にした。

 

 隕石を降らせる様な大魔術の気配こそしなかったものの、よく知っている魔力同士のぶつかり合いが起こっていた事をエンネアは感じていた。そしてクロウが全力全開で何かをしたことも感じていた。それならクレーター程度が出来たり街の一区画が吹き飛ぶのも頷けるというか、良くそれだけの被害に止まっていると関心すら覚える。なにしろノリにノリまくったクロウならついやり過ぎて星を真っ二つにする位はやってのけてしまうのだから。

 

 星が一つの生命体という考え方があるだろう。如何に強大な力を持とうとも、星には抑止力というものが存在する。例えばクロウの本気は星どころか宇宙すら簡単に粉砕してみせる。しかし地球という星の中では如何に本気を出そうとも精々が大陸ひとつを消し飛ばすのが精一杯だろう。

 

 地球という生き物が自壊を恐れてクロウの力を抑え込み、そして体内の異物であるクロウを排除する為に白血球を送り込む。その白血球こそが白き王だ。

 

 世界に仇成す病巣たる黒き王を駆逐せんとする世界より遣わされたカウンター。それが白き王だ。

 

 だが幾ら星の抑止力であっても、その病巣が星を上回る生命力と意思力を持っていたらどうなるだろうか。

 

 パンパンに膨れ上がった鞄のチャックを無理矢理閉めている様な状況だ。そして鞄の中身は少しずつ増える。結果耐えられず中身が飛び出す。鞄の中身。星の抑止力でさえ抑えきれないのがクロウだ。普段は自重しているから辛うじて世界は滅んでいないだけ。その自重が外れれば時を待たずして世界は滅ぶ。1度やらかした事がある為、それ以来自重していたのだが、その枷が外れかかっているのだろう。終わりが近く、自力で自分を追い詰める覇道鋼造を前にして。

 

 そして覇道鋼造を降したクロウは、無限の心臓を奪った。――着実に儀式の準備をしている。なのに迎えには来ない。迎えに来ないのは自分が帰ってくる事をわかっているからだ。

 

 それを逆手に取る。今まで甘えてきた分、わたしはクロウに何かをしてあげたい。その手始めに今の九朗がどの程度の魔術師であるのか知る必要があった。

 

 だからもう一度、九朗に近づいた。ほんの少しだけの勇気をもらうために。今度こそは自分の意志で世界に抗えるように。

 

「ほらー!ご飯できたよー」

 

 だから今はまだエンネアとして過ごしている。九朗の力を見るために。黒き英雄と対峙することの出来る白き勇者となれているのかを。

 

 九朗を利用するのは気が引けてしまうけれど、彼を無限螺旋の牢獄から解き放つには白き王の力が必要なのだから。

 

 因果の鎖を断ち切った時、その時こそが彼の因果を消し、因果の始まりへとリセット出来れば彼はこのクラインの壺から抜け出すことが出来る。

 

 その為に魔人として戦う勇気を貰いに来た。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 夢幻心母。

 

 ブラックロッジの本拠地にしてかつて神の国があった場所、邪神の怨嗟に汚染された第13封鎖区画の地下に眠る魔の居城。

 

「そろそろだと思っていたぞ。アウグストゥス」

 

「我々の裏切りを予知していたと?」

 

「お前の野心を見抜けないと思われていたとは。見縊られたものだな」

 

 その玉座にて座したまま、マスターテリオンとして存在するクロウリードは腹心であるアウグストゥスをはじめとしたアンチクロスの面々に囲まれていた。

 

「徒党を組めば勝てるとでも思ったか?」

 

 夢幻心母の祭壇に映る外の景色には主の居ないネームレス・ワンが映っていた。

 

 なるほど。つまり裏では既にサンダルフォンが動き、今頃は大十字九郎と遭遇でもしているだろう。

 

 世界には様々な分岐点はあるが、その分岐点を敢えて同じ道筋を選び続ければ結果をある程度操ることは可能だが。逸りすぎたな、アウグストゥス。

 

 胸を背中から貫く刀の刀身。しかし血は出ていない。その刀を握るティトゥスの四肢は極細の糸で拘束されている。

 

「動かない方が身のためだぞティトゥス。無理矢理に動けば食い込んだ四肢が輪切りになるぞ」

 

「グッ」

 

 パリンッという砕ける音が玉座に響く。

 

「ニトクリスの鏡!?」

 

「やろう、何処に逃げた!」

 

 身体が鏡に砕けた事に動揺するウェスパシアヌス。それもそうだ。なにしろ魔術を使った痕跡を一切感じなかっただろう。

 

 そしてニトクリスの鏡の幻影で逃げたと思っているクラウディウスは祭壇の間を隅々まで見渡している。

 

「逃げる? 何故おれが逃げなければならない」

 

「っ、オオオオオオ!!!!」

 

 撃震と共に放たれる大質量の拳。魔力を纏うその一撃は純粋な打撃力としてはアンチクロス随一だろう。

 

 カリグラが腕を振るう先に現れたクロウ。

 

 衝撃と共に床が砕け土埃が舞う。

 

 端から見ればそれで潰されたと判断するだろう。だが誰もがそうは思えなかった。

 

 土埃が晴れ、丸太の様な腕から放たれた拳を真正面から受け止めるのは儚き少女の様な細身の腕。

 

 その身体は闇を融かした様な漆黒の軍服に白い外套を身に纏っていた。

 

 その様な姿を見たものはなく、またその意味を知る者もなく。その真意すら理解は出来ない。

 

 ただわかることは気を抜けば魂が砕かれる程の威圧を感じているという事だ。

 

「どうしたカリグラ。お前のバカ力はこの程度か?」

 

 燐とした透き通る様な声。普段彼等が耳にする大導師の声とは似ても似つかない程の覇気に溢れた声だった。

 

 魂の底から悲鳴を上げ、恥もかなぐり捨てて逃げ出したくなる程の圧力を、小さな少年とも言える存在に抱かされていた。

 

「…ぉ、ぉぉぉぉ……おおおおお!!!!」

 

 それを一番真に受けていたカリグラが再びクロウに向かって拳を振るった。

 

「それでいい。奮い起てよ魔人。魔に落ちても未だ人なのだ。故、己の心を奮わせて挑むことも出来るだろうよ」

 

 2度目の撃震。衝撃波が大気を震わせる。そのバカ力にはアンチクロスの中でも一定の定評はある。無傷では済むまい。そう願う。いや、思いたいのだ。

 

「やはりな。恐怖、忌避感に駆られた力では届かんか」

 

 腰から抜いた一本の刀。刀身が黒く、闇を凝縮させたかの様に鈍く光るその細身の刀身の腹で軽々しくカリグラの拳は受け止められていた。

 

「だが一概にそうとも言わんよ。もっと奮い起て。諦めるな、全力で来い。本気になれば倒せると信じろよ。であれば、あるいは届くやも知れんぞ?」

 

「だったらさっさとくたばっちまいなァ!!」

 

 横合いからクラウディウスが風の刃を放ってきた。だがクロウはその魔術で編まれた風の刃を腕払いだけで掻き消した。

 

「なに…!?」

 

「驚くことかよ? その魔導書はいったい誰が書き与えたものだと思っている。与えられた力に胡座をかいて意気がっている様なガキの力でどうしておれを切り裂ける」

 

「クソッ」

 

 連続して風の刃を放つが、そのどれもが地面や壁を切り裂いてもクロウだけは切り裂けない。

 

「魔術の編み方が雑すぎる。綻びがありすぎる。眼を使うまでもない」

 

 腕を振るい、風の刃を放つクロウ。風と風ならば、より強い風が勝つのは自然の理。

 

「ぐあああああっ」

 

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるクラウディウスに眼も向けず、クロウは刀で受け止めたままのカリグラに視線を向けた。

 

「どうした? 本気になれと言っているだろう。恐怖に呑まれてどうする。逆らった事を憂いてどうする。覚悟があったのだろう? 選んだのだろう? ならば貫き通せよ。泣く子も黙るアンチクロスの名が泣くぞ」

 

「ぐぉぉぉぉっ、クラーケン…!!」

 

 クロウの頭上に現れる途方もない大質量。それは人間がちっぽけに見えるほどの巨大な腕。その腕は鋼鉄の拳。神の鉄槌が降り下ろされた。

 

「流石にこの夢幻心母を壊されるのは無視出来ないな」

 

 印を結んだクロウ。その力が高まるのをその場の皆が感じた。

 

(うた)え! ガルバ、オトー、ウィテリウス!!」

 

 なにかされると本能で感じたウェスパシアヌスがクロウの封じ込めに動いた。使い魔3匹の呪いの謳が物理的にも魔術的にもクロウの身体を拘束し、その精神を狂わせにやって来た。

 

 少しでも気を抜けば喰われる。あれはそういった存在だ。

 

 その一点で心境が繋がったアンチクロスたちは例にない程の連携でクロウに襲い掛かる。

 

「スターヴァンパイア! 暴食せよ!!」

 

 迷彩された使い魔たちが襲い掛かり、クロウから魔力を奪い破裂する。そして鋼鉄の拳がただひとりの少年を討ち果たす為だけに振るわれた。

 

 玉座を粉砕するほどの激震。その破壊力は街のひと区画すら容易く粉砕するほどの威力を持つ。故に異常が瞬時に理解できた。何故ならその破壊力が一切振るわれていないからだ。

 

「悪も突き抜ければ美しいものだ。たとえ魔に属する者でもその信念は斯くも凄絶に美しかった」

 

 鋼鉄の拳を生身で受け止めながら黒き英雄は呟く。

 

 紅き月に敗れた師は絶望せども足掻いた。

 

 全てを愛する黄金の獣も、唯一の終わりを求めた水銀も、その信念を貫いていた。

 

 人の輝きを絶えさせたくはないと願っていた我が父もまた、その歪みを持ちながらもただ直向きにその想いを貫いた。

 

 たとえ歪んでいても、正しくとも、悪かろう、醜かろう、バカらしかろうと、貫き通す意志力こそ人の魅せる輝きだと信ずるがゆえに。

 

「だというのに、キサマらはなんだ。同じ魔人が聞いて呆れるぞ」

 

 同じく魔人であっても獣の爪牙たちは輝きで満ちていたぞ。

 

 だが七つの頭を持つ獣たちの堕落さといえば目も当てられない。

 

 世界を手に入れたい。その願いは間違ってはいない。だがその力は自分のものか?

 

 化け物を超える化け物を造り出したい。ならば造り出した者を畏れずに立ち向かえ。

 

 不死を手に入れたいのなら自分の力で不死になれば良い。他人の命を使い消費するのが不死といえるのか?

 

 己の限界を超えるために魔人に落ちる。ならばその落ちた先でも限界を感じるな。目の前の壁くらい踏破してみせろ。

 

 与えられた力に胡座をかくな、粋がるな。努力しろよ。研鑽しろよ。己の力でなにかを成してみろよ。

 

 ただ力を振るうだけでただ壊すだけがすべてと思うな。壊すなら生み出せ。生み出さぬのなら始めから壊すな。

 

 七つの頭。そのひとつ唯一の輝きだけがある。この無限螺旋に挑む為に彼女は動き出した。だからどうか諦めないでくれ。その道を歩み続けてくれ。

 

 大丈夫。その道はきっと未来(あした)に続いているから。

 

「故にこの輝きは新世界を歩む彼女への祝昂としよう」

 

 黒い刀が眩い光りを放ち始める。その暗黒の様な禍々しい剣から放たれている事が嘘のように綺羅びやかな黄金の輝きだった。その光りに焚かれ、黒き魔王の深淵の様な頭髪が毛先から色が抜けていく様に美しい金色に変わっていく。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 

 黄金の(かがや)きが全てをその(ひか)りに融かして呑み込んでいく。

 

 そこには一点の陰もなく、天上を貫き闇夜を切り裂いて輝きは世界を照らした。

 

 

 

 

to be continued…

 

 



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開闢の使者

色々属性混ぜ混みごった煮だったクロウの最終到達点。

元々のコンセプトはビアン博士みたいに敢えて敵になり試練となる事で九郎に無限螺旋の因果を断ち切らせたかった。

そこから人間讃歌の魔王となり、しかし魔王でありながら勇者であり、諦めなければ夢は必ず叶うと信じている魔王故に諦めなければ必ず勝てるというトンチキ光の奴隷、亡者とも少し違うから光の眷属って事で方向性は纏まった。つまり何が言いたいのか?

カッスと本気邪竜おじさんとトンチキが悪魔合体した主人公に完成してしまった。もうこれ以上属性増やすつもりなかったのに、Dies動画漁ってたらヴァルゼライド閣下に出逢っちまった己の不覚さが憎い。


 

 闇夜を照らす極光の煌めき。星の朝焼けとも見間違う様な壮絶な光量はアーカムシティをまるで昼間と勘違いさせる程に照らしている。

 

 第13封鎖区画の地下を食い破り、極天に座す第二天。その恒星の如き輝きはまさしく太陽。

 

 それを見た者はその瞳を焼かれただろう。

 

 世にもこんなに美しい光があるのかと誰もが思うだろう。

 

 突然の襲撃に戦っていた大十字九郎も、その九郎と戦っていたサンダルフォンも、戦いの手を止めてその光りを見るほどに、見てしまう程に強烈な輝きを放っていた。

 

「クロウ……?」

 

 共に歩み続けて幾星霜。那由多の果てまでも永劫繰り返してきた時の中でも初めて見る黒き魔王の姿があった。

 

 黒き王と同じく金髪を靡かせて、しかしながらその色は金色という表現は下品であるかの様に上質な、もっと位高い色。褪せることのない輝き、即ち黄金なり。

 

 本物の黄金を知るがゆえに、夢の力でその力を振るう黒き英雄は今世界で最も黄金に近い存在だった。

 

 それはクロウリードという存在が持つ二面性だ。

 

 彼はその出生から、人の輝きを見るために自ら世界の試練となることを厭わない存在だ。

 

 だが同時に光りも愛する存在だ。生きにくくなった世界に見切りをつけたのも、いつかその光りを奪われてしまうやもしれないという恐れもあったからだ。

 

 世界の垣根を越えたのも、そんな存在がなく、且つ自身の性質を発揮できる舞台へと誘われたのもある意味自然だった。

 

 黒き王として君臨し、人の輝きを愛で、その心を尊ぶ楽園(ぱらいぞ)にてクロウリードは己を磨き続けた。

 

 そして魔王(バカ)眷属(むすこ)もまた魔王(バカ)だ。

 

 愛と勇気を愛するが故に、その属性は立場によって容易く変化する。

 

 世界の試練として君臨する魔王と、世界の危機に救い人として現れる勇者。

 

 その特性も正しくクロウリードは受け継いでいる。

 

 つまり、世界の悪意に挑まれたら、魔王としてではなく勇者として相対するのが礼儀だろう。

 

 なら何故今までその姿をエンネアも見た事がなかったのか。答えは単純。

 

 クロウリードがその力を扱える位階に登り詰めた迄だ。

 

 クロウの邯鄲法は甘粕正彦に与えられたものだ。錬金術という自前の力は戦闘には不向きだ。魔術もまた然り。こちら側の魔術を使うようになっても元々はただの人間だった。

 

 人間だったから、邪神はその補助として物語の補正力を与えた。即ち主人公に倒される悪い竜は主人公以外に倒されたりはしない。

 

 しかし邪神は失念していた。自らが招き寄せたその人間は魔王であり勇者であり、途方もなくバカの眷属(むすこ)であることを。

 

 何があっても諦めない。諦めなければ夢は必ず叶うと信じている魔王(バカ)が父ならば、子はまだ掴みもしていない、夢というものを追いかける前にくたばってなるものかと奮い起ち、物語の補正を上回る自力で白き王を討ち果たした。

 

 その度に位階を上げた。いや、覚醒していったと言ってもよい。クロウはその度に強くなった。限界を超えて強くなっていった。限界を迎えても更なる覚醒を。

 

 なにしろ人間だったクロウは素のスペックは無限螺旋の演者たちの中でも最弱だったのだ。

 

 物語の補正があったとしても覆せない絶対的な差があった。だが白き王との戦い、あるいは邪悪と戦う者たちとの闘争、あるいは逆十字との私闘がクロウを成長させ続けた。

 

 格上を相手にしても自らを奮い起たせて挑み、経験を積み重ねて練磨し、傷を受けながらも強くなり、相手が強くなるのならば自分も強くなれば良い。そしてたとえ瀕死の重症を負っても意志力で捩じ伏せる。

 

 努力と気合いと根性で、伸し上がってきたのだ。

 

 そんな彼が愛する家族が、新世界へ歩み始めようと運命と対峙したのだ。その背中を押してやりたいとも思うのも愛が故。尻を蹴りあげるのではない。ただそっと背中を押すために、その道を照らさんが為に暉となっただけである。甘粕の眷属であるのだからノリは弁えている。

 

「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」

 

 更に暉をまして闇を掻き消す恒星。その煌めきは黄金の力を宿し、その剣を耀かせる。

 

「巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧制を我らは認めず是正しよう」

 

 即ち既に古き闇など必要ない。光へと歩み始めた者のために、その闇を照らし消し去る光りたらん。

 

「勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる」

 

 必ず勝って、この世界の因果を断ち切るから。その時は語り部じゃない、普通の生活を送らせてあげるから。

 

「百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼よ、我が手に炎を宿すが良い」

 

 その輝きは灼熱となり黒い刀を耀(ひかり)りの剣へと鍛え上げる。

 

「大地を、宇宙を、混沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん」

 

 遍く森羅万象悉くを滅っさんと、光の剣は輝きを増す。この世すべての悪を葬り去らんと、光の意志は告げている。

 

「聖戦は此処に有り。さあ、人々よこの足跡へと続くのだ。約束された繁栄を新世界にて齎そう」

 

 この狂った因果を断ち切る為に、今まで踏破した命たちよ。どうか力を貸して欲しい。然る後、因果を正された世界で平和に暮らすために。

 

超新星(Metalnova)――天霆の轟く地平に(Gammaーray)闇は無く(Keraunos)!!』

 

 星が爆発したかの様に光が爆裂した。稲妻を纏い、光の剣は全てを融かしていく。

 

 下方から伸びてくる鋼鉄の腕でさえ、一振りで熱した棒で触れられた飴細工の様に融解した。

 

 そして振り翳した一撃の斬撃は光りを伴う刃となってそのまま鋼鉄の腕の根本に向かっていく。

 

 鬼械神――クラーケンの重厚な装甲。そして幾重にも重ねた防禦陣も意味を成さずに貫かれて両断した。

 

 邯鄲法によって今のクロウが振るう剣は正しく邪悪を滅ぼす死の光そのものだ。その本家元来と同じく攻撃のひとつひとつがあらゆる防御を貫徹する。掠めただけでもその毒光が体内に浸透して激痛が襲い続ける。

 

 驚異的な精神力と鍛錬によって磨きあげられたその絶技によって繰り出される亜光速の放射性分裂光(ガンマレイ)の光撃は眼前の障害を容赦なく焼き払う。

 

 その再現性は本家元来に引けは取らず、故代償も変わらない。全身を襲う激痛も気合いと根性で耐えるのみ。

 

 腰に指す鞘を抜き放ち、その鞘にも光は宿り、比翼の羽撃きの如く束ねた一撃は、鋼鉄の体躯を一撃で粉砕した。

 

『てんめぇぇぇええ!! よくもカリグラおおおっ』

 

 天に向かって駆け上がってくる鬼械神、ロード・ビヤーキー。

 

 風を操る鬼械神としては簡素な造りで、位階(レヴェル)の低さを見るものが見ればわかるだろう。

 

「ただ友のため。だが座していた分、その格差は致命的だ」

 

 風には風を宛がうのが礼儀だろう。

 

 天空より飛来する刃金の鳥。白銀の機鳥。炎を纏い、ロード・ビヤーキーを吹き飛ばす。

 

『ぐあああああああ!!!!』

 

「しかし怨恨ではおれは倒せん。そもそも魔の側が勇者に怨恨を抱いてどうする。それは勇者の特権のひとつだろう。仲間を、家族を、恋人を奪われた場合の勇者の特権であり。魔人はただ、己の欲望を害する勇者に相対するのみだ」

 

 そう。魔人は仲間を失っても仲間の敵討ちなどという俗な考えを持ったとき人間になり、そしてそれはただの悪人に位を下げてしまうことに他ならない。

 

「お、お許しを。大導師さま、どうか情けを」

 

 鬼械神には乗らず、不死の道化師が跪きながら土下座して赦しを乞う。

 

「強者に従うその小悪党根性はある意味見張るものがあるな」

 

 だがそれで赦すも赦さぬもない。

 

「え?」

 

「今まで散々赦しを乞う弱者を嬲ってきたのだ。される覚悟も当然あるのだろう?」

 

 その身体を極光の刃が貫き、一瞬で蒸発させた。

 

『ぎやあああああああああああ!!!! いたいいたいいたいいたい、なんでなんでなんでなんでぇぇぇ!!!!』

 

 身体を失っても持続する痛みにティベリウスはただ混乱した。痛みが消えない。身体ではない別の本体が痛みを感じているのだから。

 

「我が光は霊魂すら逃さぬ。浄化の光に焼かれて果てるがいい」

 

 そう、我が覇道を妨げる者は何人であろうとも切り裂くのみ。我が歩みを止めたくば、この屍を超えて行け。それが出来ないのならばただこの光の中に消え逝け。

 

 霊魂ごとティベリウスを切り裂いたクロウは残ったアンチクロスに目を向ける。

 

 アウグストゥス、ウェスパシアヌス、ティトゥス、クラウディウス。

 

 各々が既に鬼械神を駆り、こちらと対峙している。彼我戦力差は1対4。だが1対1を4回こなせば良いだけだ。

 

「何をしている! 大導師(グランドマスター)といえどもたった一人の魔術師にアンチクロスがこうも弄ばれてどうする!?」

 

 1対1では敵わない。故に他5人を拐かして一時の共同戦線を構築したアウグストゥスだったが、どう言い繕ってもアンチクロスに互いを助け合うという殊勝な心を持つ輩が居ないのだから各個撃破されるのも已む無しと言えた。

 

「恐ろしいかウェスパシアヌス。この力、お前が超えたいと願った力と相対した感想は」

 

『ええ。実に、実に恐ろしいですとも。暴君をもって貴方に匹敵する器を造り上げてしまったと自負していましたが。それは大きな間違いだったご様子だ』

 

 サイクラノーシュが3つの塔を造り出し、その中心に位置するクロウへ向けて第13封鎖区画にこびり着く邪神の怨嗟も加えた呪いを叩きつける。

 

「ぐうっ」

 

 流石に生身で邪神の怨嗟を浴びたクロウもただでは済まなかった。肌は爛れて腐蝕し、血管からはタールの様な腐った血が溢れだした。

 

 流石の生身では如何に人類最強の魔術師であっても、人類最強クラスの魔術師が鬼械神の力で増幅させた邪神の怨嗟は受けきれなかった。

 

 ウェスパシアヌスはその光景を見て、己の選択が正しかったと確信した。如何に人類最強の魔術師と言えども神の力の前に手も足も出ない。

 

 故にウェスパシアヌスは選択を間違えた。

 

「っおおおおおおおおお!!!!」

 

 邪神の怨嗟の中で、その身を犯されながらも耀きを失わない。それどころかその煌きは増し、身を苛む圧力が倍になった。

 

 正義が悪に追い詰められた時、正義は挫けなければ立ち上がり強くなるのだ。

 

 ただ力で欲望のままに捩じ伏せてきた魔人にはわからないのだ。善と悪の関係性というものは。

 

「ごめん。最後まで、守ってあげられなくて」

 

 自分が不甲斐ないから、彼女は動き出したのだろう。自分が弱いから、彼女は戦う決意をしたのだろう。

 

 大切だから、戦いから遠ざけた。それが彼女を追い込むとわかっていても。

 

 だからせめて、その道を阻む邪悪は断ち切るから。

 

 一緒にいてあげられない後悔を噛み締めながら、それでも願いたい。どうかわかって欲しいと、みんなが幸せに暮らせるのならばそれだけでいいんだと。

 

 だから――。

 

「悪の敵は、それらしく悪を滅しよう」

 

 闇を祓う不滅の光。不撓不屈の輝く刃を雄々しく振るい、煌めく明日を切り拓こう。

 

 光の剣を携えた絶対無敵の英雄に恥じぬよう、明日へと突き進み勝利をこの手に――!

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星(ほむら)を掲げるがため」

 

 故に更なる覚醒を。今の身で耐えられないのならば、それに立ち向かえる強さを今手にすればいい。

 

「荘厳な太陽(ほのお)を目指し、煌めく翼は天駆けた。火の象徴とは不死なれば、絢爛たる輝きに恐れるものなどなにもない」

 

 だからもっと強くなる。信じてくれる者たちの為に、敗北など許されない。無敵の英雄に、敗北(そんなもの)はないのだから。

 

「勝利の光で天地を焦がせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる」

 

 だから恐れるな。その覚悟を胸に我が道を往け。威風堂々と胸を張れ。その道を、英雄が切り拓こう。

 

「絶滅せよ、破壊の巨神。赫怒の雷火に焼き尽くされろ。人より生まれた血脈が、英雄の武功と共に汝の覇道を打ち砕く」

 

 如何なる敵、如何なる悪であっても英雄はその宿業を必ず断罪する。それは英雄の宿命だ。

 

「天霆の轟く地平に、闇はなく」

 

 故にもう一度宣誓する。光の前に立ち塞がる闇は悉くを滅するのだ。

 

「蒼穹を舞え、天駆翔。我が降臨の暁に創世の火を運ぶのだ」

 

 だから迷わず進め。その道を歩むための道標を指し示そう。

 

「ゆえに邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」

 

 光の前に闇は無く、如何なる闇でもこの光で断ち切ろう。もはやそれしか知らぬのだから。

 

「天空を統べるが如く、銀河に羽ばたけ不滅の煌翼(ヘリオス)。果て無き未来(たびじ)をいざ往かん」

 

 この意志有る限り滅びはしない。だから必ず打ち勝つ。打ち勝つまでは決して滅びはしない。

 

「――創世神話(マイソロジー)は此処にある」

 

 例えその歩みが誰も知らない黙示録(マイソロジー)であったとしても、確かな記憶としてその胸に生き続ける。

 

超新星(Metalneva)――森羅超絶、赫奕と煌めけ怒りの救世主(Raging Sphere Saver)!!』

 

 天空を焼き尽くす太陽が、更なる光りを得て自らを蝕む闇を祓い、そして浄化の光が闇の探求者をその体内に飼う魔物ごと葬り去った。

 

 

 

 

to be continued…



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光の探求者

なんかニトロ成分薄くなりすぎてヤバい。でも仕方ないよね。そしてノリでやらかしたカッスクオリティを許してくれ。


 

 闇夜に咲いた太極天。その輝きを生む存在を誰もが見上げていた。

 

「クロウ……」

 

 遥か高く聳え立つ鬼械神、ネームレス・ワン。自分にとっての運命。

 

 大切な九郎の世界を壊すものだと自身に語りかける宿業を、更に遥か天空に座す天駆翔(ハイペリオン)が、荘厳な黄金の光を纏い、邪悪を滅ぼす死の光そのものとなった。それが彼の英雄譚(マイソロジー)

 

 すなわちそれは世界の法則からの脱却。黒き王であるはずのクロウリードは自らの意志で、世界に仇なす大敵の席を降りた。物語の恩恵は得られない。故に以後のすべての戦いを己の自力のみで戦わなければならない。

 

「敵わないなぁ……」

 

 自分が先に行きたかったのに、ただその道を歩けるように先に進んでしまうのだから。無明の道さえも照らして守ろうとするその愛に応えなくて、なにが人類最強の魔術師か。与えられたレールから外れることに迷いがあった自分の為にその道を開拓した英雄は今、古き邪悪を悉く滅ぼすだろう。

 

 そしてその行く末もまた、見えていた。

 

 黒き王だから、世界に仇なす大敵だから、いいや、そうではない。彼の黙示録の終点は、白き王との聖戦以外に有り得ない。

 

「こんにちは、お嬢さん」

 

「今は夜だよ、おじいちゃん」

 

「はて。そこまでボケたつもりはないんだがね。現に今は昼間の様に明るいじゃないか」

 

 振り向いた先には老齢を迎えながらも確かな歩みを止めない偉丈夫の老人。隣に奇妙な角の生えた金髪の少女を従えていた。

 

「彼が目覚めたのか」

 

 あらゆる意味で彼を知る老人は、その光の英雄となった黒き王の姿を見て、まるで憧憬の念を抱く様な視線を向けていた。

 

「開き直っただけだよ。ううん、前より質が悪くなってる」

 

 黒き王のままでいれば自制心というストッパーが働いていた。だが今の彼は止まることを止めた。

 

 夢を追い掛けて、すべてを変えようとしている。

 

 家族でありながら、彼の本質を知りながら、しかしそれを量りきれなかった。

 

「貴方が死んじゃわなかったからだよ、おじいちゃん」

 

「おやおや。これは手厳しいお嬢さんだ」

 

 それは皮肉でもなんでもなく、事実を老人へ突きつけた。

 

 新たな魔を断つ剣を手に、老骨に鞭を打って黒き王に挑み続けた白き王の残骸。

 

 そんな彼の魅せる輝きが、彼を魔王から英雄へと転化させたのだ。人間讃歌の陰に燻っていた、彼の様な人間の男なら誰もが持つ憧憬の念に火をつけてしまったのだ。

 

 悪を滅ぼす英雄に――悪の敵になりたいと。

 

 黒き王、金色の獣、世界に仇なす大敵の枠組みには収まりきれなかった彼の英雄願望が、白き王の残骸との決戦を経て位階を上げてしまったが為に、逆十字の反逆により反転した属性がついに楔を断ち切ってしまったのだ。

 

 魔王から勇者に、そして勇者ではなく英雄にとクロウは己の属性を進化させたのだ。

 

 つまりアウグストゥスが余計な事をしなければクロウはそのまま黒き王のままでいただろう。アウグストゥスの裏切りが確定事象であるため予測回避不可能事案であったことは目を瞑る。であれば、覇道鋼造の努力と根性、愛と勇気が然るべくしてクロウを目覚めさせたのだ。故にエンネアはこの事態を招いた責任を、覇道鋼造に丸投げした。

 

「どう変わってもクロウはクロウだよ。世界の因果を断ち切るために、世界を滅ぼすよ」

 

 すべては愛する家族が普通の暮らしを享受できる世界にするために。

 

 涙を笑顔に変えんがため、男は大志を抱くのだ。

 

 天に輝くその恒星は、或いは禍津星であるかもしれない。それはその光で多くを照らしてはくれるけども、その輝きを放つものはなにがあっても報われない。報われることも望まない。ただそこにあって、壊れるまで、砕け散るまで、輝きを放つのだろう。

 

 頑張れ、負けるな、挫けるな、諦めなければ必ず届くから、だから前を見ろ、本気で、全力を出せば叶えられる。

 

 誰もが誰かに向ける声援。そんな輝きがが煌めく光に込められた祈りだった。

 

 そしてただ光を放つことだけが英雄の特技ではない。英雄は悪を滅ぼすもの。そして人々を導くものだ。

 

「やがて夜が明け闇が晴れ、おまえの心を照らすまで、我が言葉を灯火として抱くがいい――急段・顕象ォォ!!」

 

 光が嵐となって妖都を呑み込んでいく。眠らない摩天楼を叩き起こさん程の強い輝きは海の向こう、山の果て、更に空の彼方からでも見ることが出来るほどの光量を解き放つ。

 

 魔王(バカ)英雄(バカ)でもやはり魔王(バカ)眷属(むすこ)だった。

 

 光が収束する。輝きはそのままに、その光が更なる煌めきを産み出した。

 

斯くあれかし(あんめいぞォォ)――聖四文字(いまデウスぅぅ)!!』

 

 剣指を左手に作り、陰陽師の様にその剣指を顔の前に置き、そして右手を天に掲げた。

 

 核を使えないし、神の杖も封じられている。それらは魔王として自分に立ち向かう勇者にこそ相応しい兵器であって、間違っても英雄たる自身を滅ぼそうとする魔人に対する攻撃ではない。そこは弁えている。今のクロウは英雄だ。無辜の民を傷つけるようなこともしない。

 

 故にクロウはアラヤの中から人々の集合無意識から、今の現状にて最適な力を汲み上げた。

 

 彼らが望むもの、見たがるもの。ああそうだとも、楽しませるというならば、甘粕の眷属である自分にできないはずがない。

 

 そう、彼もまたノリを理解して敢えてノリに身を任せてやらかすタイプのバカだったのだ。

 

 刃金の機鳥が、その姿を変えて白銀の騎士となり、足元からその銀の鎧を黄金の耀きに染まっていく。そして足元に広がる魔方陣からは字祷子(アザトース)と共に術式を帯びた魔術文字が天へと昇って黄金の機士を包み込んでいく。その姿は正しく人の心の光を受けた光の巨人。

 

『なにをやるか知らねぇが、バラバラに吹き飛んじまいなァ!!』

 

 ロード・ビヤーキーが邪気を纏いながら黄昏の輝きを放つクロウと、黄金の耀きに包まれる機士に向かっていく。

 

 黄金の生命樹(セフィロト)を背に、その翼から黄金の六枚羽を(きらめ)かせ、最高位熾天使(セラフ)の如く微塵の淀みもない愛と正義を謳いあげる掛け値なしの絶対的善性の機神へと昇天させた。

 

 その手に握るは神の器。神造兵器とも呼べる究極の呪法兵装――。

 

 無限に存在する平行宇宙そのものを結界と化して、邪心たちの宇宙を封じたもの。

 

 対邪神用の、第零封神昇華窮極呪法兵葬を今この瞬間に抜き放った。

 

 黄金に耀く機士はその捻れ曲がった刃の無い神剣を掲げ正面から挑むロード・ビヤーキーに向けて、光の英雄はその極光の剣を降り下ろした。

 

 クロウの光の剣だけでもオリハルコンの装甲を溶断せしめる威力があるというのに、夢の力で無理矢理使っているとはいえ窮極呪法兵葬による一撃を浴びたロード・ビヤーキーは縦に真っ二つになりながらその身を邪神の宇宙へと沈めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「なんという事をしてくれたんだいクロウくん。いくらなんでもこれじゃあ舞台がメチャクチャだよ」

 

 光の英雄となったクロウを、世界の何処かから見詰める邪神。その燃える三つ目は憎悪に燃え、黒き王を見詰めていた。

 

「僕の干渉すら受け付けない。僕の宇宙が僕の言うことを聞いてくれない」

 

 この事態を流石に看過出来なかった邪神は宇宙の巻き戻しを図ったが、いくら手を尽くしても宇宙の時間が戻らないのだ。

 

「おい。何者かは知らぬが、折角眷属(むすこ)が夢と信念の為に解脱し覚醒者となったのだ。もっとこの輝きを魅せてくれよ、無粋な真似はするなよな」

 

「なっ!?」

 

 この宇宙の中心に響く声に邪神は振り向いた。自ら以外が干渉できないはずの特異点の中に他の存在が居てたまるものかと。

 

 そこに居たのはひとりの男だった。齢は二十から三十そこらだろうか。黒い軍服に軍帽、白い外套を纏った人間が居た。

 

「そうか。お前が…」

 

「否。やつは自らで道を選んだ。魔王でありながら英雄という一見矛盾している様に思えるが、英雄ではあるが勇者ではないのだ。逆立ちしてもやつは勇者にはなれん。だが涙を笑顔に変える英雄にはなれるのだ」

 

 その男もまた、腰から黒い刀身を持つ刀を抜きながら剣指を顔の前に置き、そして右手を天に掲げた。

 

 その所作、すべてが今邪神の頭を悩ませる光の英雄となった黒き王と全く同一であった。

 

「ただの人間が。この場所で、この宇宙で僕に抗えるとでも?」

 

 その身体を闇に変え、正真正銘宇宙となり男を囲む。並みの人間であれば既に絶命している程の圧力を浴びても男の顔に歪みなし。それは眷属(むすこ)の旅立ちを祝して、その輝きを愛で、そしていつの日かその輝きをもって自身に向かって来ることを期待して。

 

「あまり人を無礼(なめ)ない方が身のためだぞ廃神。人の輝きは、どんな困難であっても必ず踏破するぞ」

 

 その身体から光が溢れる。その光は正義。英雄ではなくともその男もまた光の属性を持つ魔王なのだ。

 

『――終段・顕象ォォ!!――』

 

 光が爆裂する。その光を引き裂いて、一筋の黄金が邪神の宇宙(からだ)を吹き飛ばした。

 

「さあ盟友よ。刮目して見よ! 我が眷属(むすこ)はああも立派になったぞ!!」

 

「ほう。あの童があれほどの輝きを放つ迄に至ったか。であれば、次こそは真実の愛を語れそうだな」

 

 爆裂した光から現れたのは正しく黄金であった。夢の力で再現された紛い物でもない、その存在。魂も肉体もすべてが黄金律の存在。人の身で神槍を手にできる規格外の器。真の黄金の獣。

 

「さて、外なる神との対峙は既に既知のものだ。卿は、我が友の様に我が愛を耐えられるか?」

 

「っ!?」

 

 黄金の獣の放つ神槍から感じる禍々しい力に身を引く邪神。であるが、埒外のところから再びその身体を切り裂くものが現れた。

 

『創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星』

 

 クロウの清らかで透き通る様なものではなく、重く鈍く、そして悪性に対する絶対的な殺意を持った声が響く。

 

 煌めく剣を手に現れた二人めの黄金。悪の敵、真の光の英雄がそこに居た。

 

『巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧政を我らは認めず是正しよう』

 

 その言葉に夢はない。何故ならそれはその黄金の紡いだ英雄譚だからだ。

 

『勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる』

 

 故に古き邪悪よ。疾く滅びるがいい。浄化された宇宙こそ、新たな英雄譚が始まりを告げる舞台なり。

 

『百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼よ、我が手に炎を宿すがいい』

 

 星の輝きを手に、光を放つ英雄は夢の力では引き出しきれない荘厳さを纏いただ目の前の邪悪を断つ剣とならんと誓いを謳う。

 

『大地を、宇宙を、混沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん』

 

 宇宙を統べ、大地を汚す混沌はここに来てはじめて怯えを抱いた。

 

『聖戦は此処に在り。さあ人々よ、この足跡へと続くのだ。約束された繁栄を新世界にて齎そう』

 

 英雄は語りかける。民に、この聖戦を見守る踏み締められた世界の人々に、因果を正された世界で正しく繁栄を築く為に。

 

 この邪悪を赦しておけはしないのだと――!!

 

超新星(Metalnova)――天霆の轟く地平に(Gammaーray)闇は無く(Keraunos)!!』

 

 闇を切り裂く極光の剣が、放射性分裂光(ガンマレイ)の煌めきが邪神の身体を犯しながら切り裂く。邪悪を滅ぼす死の光が正しくその名の如く邪悪に死を与えていく。

 

「ぐううううっ、なんなんだ、この力は……っ、人間に、この僕が…」

 

「その宿業が重くとも、涙を笑顔に変えんがため、大志を抱き誇りをもって世界を切り拓くと信じ。人々の幸福を、希望を未来を輝きを――守り抜かんと願う明日の光は奪わせんッ!」

 

「故にだ。用済みの邪龍はご退場願おう。これより最終演目は英雄譚だ」

 

 邪神を前に一歩も退かずに剣を掲げる光の英雄。そして光の魔王。その力は高まり、次なる試練を目の前の邪悪に齎さんとしている。

 

「にんげん…、風情がああああああ!!!!」

 

 男とも女とも聞き分けられない雄叫びで闇が吼えた。常人ならば魂が蒸発する程の怨嗟を前に、しかし三人の男たちは涼しく受け流した。

 

「その怨嗟。卿の怒り、嘆きをすべて愛してやろう。故、簡単に壊れてくれるなよ? 私を落胆させないでくれ」

 

「認められないというのならば、邪龍は邪龍らしく俺たちを蹴散らせばいい。それが出来ぬのならば、故文句はあるまい」

 

 聖槍の輝きが増し、光の魔王と黄金の獣もまた、攻勢に転じた。

 

『――終段・顕象ォォ!!――』

 

『――Atziluth(流出)――』

 

『――超新星(Metalnova)――』

 

 宇宙の中心に響く覇道と夢と英雄の聲は邪神の魂を揺るがした。

 

 

 

to be continued…



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我らが英雄譚

ニトプラ成分どこいった?いやあいつなら休暇だってさ。

デモベのリプレイ動画や小説、マンガにアニメ見返したのに頭の中が光の亡者の思考の所為でlightのままのノリから抜け出せぬぇ。

おっかしいなぉ、リトルボーイとかロッズ・フロム・ゴッドとか連発して街が滅茶苦茶になってブチギレ九郎ちゃんと殺し愛いするはずだったのになぁ。

ナイア「こんなの絶対おかしいよ!!」

カッス「いいぞもっとやれ!! 俺にお前を愛させてくれぇぇぇ!!」

獣殿「ご苦労だったなカールよ。卿も一局如何かな?」

水銀「星を操る事など容易いものですよ獣殿。しかし黄昏の輝き、あれほどの意志力とは。やれやれ、女神殿を差し置いて思わず恋をしそうになってしまったよ」

閣下「悪を断つ死の光。なるほど、彼も私と同じ道を歩むか」

刹那「もうやめてやれって……」

あまりの理不尽さにナイアさんが不憫に思う練炭であった


 

 遥か天空に座する大導師を見上げるアウグストゥスの心境は、可能ならばあの絶対強者の少年を地に落とし、四肢を砕いて地べたを這いずる様を玉座から見下ろしながらその顔に浮かぶ絶望を肴に悦に浸りたかった。

 

 確かに強い力を持つ魔術師だ。アンチクロスは皆、一対一で大導師に挑み敗れ、その力に平伏したのだ。

 

 しかし六の頭の力に逆らわれれば如何に大導師であろうと降せると思っていたのだ。

 

 これが不意打ち、あるいはクトゥルーを召喚したあとのぺルデュラボー、本来のマスターテリオンであれば討たれていただろう。なにしろ彼は討たれてもまた生まれ変わることができる。そして、マスターテリオンの代わりにブラックロッジを手中に納めたアンチクロスとの戦いは大十字九郎が成長するために必要なファクターだ。

 

 だがクロウリードは違う。如何に最強の魔術師であっても、マスターテリオンであっても、彼は代役。その命はひとつしかないのだ。故にいつも不意打ちには気を配っていたし、反逆されたら返り討ちにしてきた。

 

 今回も同じだが、そこには外的要因が関わっていた。

 

 覇道鋼造が魅せた人の輝き。そしてエンネアが再び運命と対峙した。

 

 人の輝きを魅せられて、奮い起たない魔王が居ようか。人の輝きを愛するが故に自身は黒き王の席に居るのだから。

 

 しかし、だからこそ憧憬する。羨望する。自分もそうでありたいと思ってしまった。

 

 故に新世界の道をいくエンネアの為に、なによりも自身の抑えきれない渇望の為にクロウリードは立ち上がった。黒き王から光の英雄に。その属性反転をアウグストゥスは手助けしてしまったのだ。

 

 それはある意味身に染み付いたカウンターだったのだ。

 

 必ず裏切られるから、その時命を守るために瞬時に切り替わるスイッチ。一気に臨戦態勢になるためのスイッチが勢い余ったのだ。そして邪悪に挑まれたから反転した属性が勢い余って光の使徒へと進化してしまったのだ。

 

「さて、次はどちらだ? どちらでも構わんぞ。2対1でも構わん。これは御前の決闘ではないのだからな」

 

『くっ、ティトゥス!!』

 

『……参らせて頂く、大導師!』

 

「いいだろう。来るがいい!」

 

 鬼械神――皇餓(おうが)を駆り、ティトゥスは天に座す光に向かって駆け上がる。

 

 その巨大な刀を、クロウは軍刀と鞘をクロスさせて受け止める。サイバスターがその手の魔法剣と魔王剣で皇餓の勢いを止めた。

 

 肩を突き抜ける痛みを気合いで耐えながら、再び煌めきを放つ極光剣にて皇餓の刀を溶断した。

 

 そして鞘から伸びる光の剣が皇餓の装甲を切り裂く。崩れ落ちる皇餓から飛び出す影は魔人ティトゥス。その刀の強襲を真正面からクロウは受け止めた。

 

「ぐぅっ」

 

 両手の刀の斬撃を、両手の刀と鞘で受け止めた時、ティトゥスから伸びた第三、第四の腕に握られた刃がクロウの胸を刺し貫く。肉を裂き、骨を断つ手応えをティトゥスは疑問に思いながらもその感触を感じていた。

 

「大導師、何故」

 

「貴様は本気で挑んできただろう。不意打ちではなく真正面から」

 

「大導師…」

 

 ティトゥスは魔人だ。血肉に餓え、人の身では満足できなかった邪剣であっても戦士の礼節を知るものだ。

 

 破壊、怨恨、恐怖、そのどれにも当て嵌まらずに戦士として挑んだティトゥスは、他のアンチクロスの様に悪の敵である英雄の弧線には触れずにここまで肉迫できたのだ。

 

 外道の技なれど技量は戦士のもの。故にこそ、本気を出した魔人の剣士には本気で応えなければ罰当たりだろう。

 

「そうさ。人間やればなんでも出来るんだ。要は本気じゃないんだよ。本気で求めれば手に入れられるのに、無理だと諦めてしまうんだよ。ふざけるな、諦めなければ叶うんだよ。否――叶えてみせよう。それが犯した犠牲を礎に、明日を切り拓くと誓った意味がない!!」

 

「ぐっ!? なにっ」

 

 出血も、傷が深くなることも構わずにクロウはティトゥスの刀を更に自分の身に押し込み、背筋と腹筋で刀の自由を殺すという破天荒な対処法で一瞬ティトゥスの動きを完全に止めた。

 

 そして無理矢理な体勢ながらも手の刀でティトゥスを斬りつけた。

 

「ぐはあっ、こ、れは…っ」

 

「闇に光あれ。その極光は邪悪を断つ死の光なり」

 

 触れただけでも放射能の毒光が体内に浸透して激痛が襲い続ける。放射性分裂光(ガンマレイ)が、今ティトゥスの身体を蝕んでいるのだ。

 

 剣士としての目がクロウの斬撃を捉えていた。僅かに反応が遅れて胸を掠めた斬撃。ただティトゥスは知らなかったのだ。その万象絶滅の斬撃は決して触れてはならないものだった事を。

 

 身体を蝕んでいる激痛を捩じ伏せながらも新たに刀を鍛えたティトゥスの眼前には既に金髪が散りばめられていた。

 

 斬ッ――!!

 

 反応できない速度で間合いに入られ、そして目で捉えられなかった斬撃は戦士の勘が無意識で防御させていた刀ごと魔人の身体を両断した。

 

 稲妻を帯び、炎を帯び、恒星(ほむら)の輝を纏う極光剣の輝きをその目に焼きつけながら魔人の剣士は光の英雄の前に散った。

 

『クソッ、役立たずどもが!』

 

 魔人の剣士の散り際に残心を感じていたクロウの耳に障る声が聞こえた。

 

『消し去れぇぇい!!』

 

 レガシー・オブ・ゴールドから放たれる幾筋ものビーム。しかしその光源は光の英雄を止めるには至らない。

 

 その一発一発が人間を軽く呑み込むものであっても、穢れた光ごときで英雄が足踏みするわけもない。

 

「笑止! この程度の光が、光を名乗れるか。正しき光、黄金の輝きの前に散れ!!」

 

 夢の力でその力を振るうことすら畏れ多いというのに、あのような穢れた存在が光を操ることが我慢ならない。

 

 本物の黄金の輝きを知るが故に。

 

「故にこそ、この怒りが貴様にもわかるだろう――終段・顕象!!――」

 

 黄金の輝きを共有できる神性への接続。その力を我が身に降ろす。

 

「天昇せよ、我が守護星――鋼の恒星を掲げるがため」

 

 身体から放たれる輝き以上の熱量が、クロウの身体を渦巻き始めた。黄金の英雄の力を振るう不埒もの。しかしながらその光を侮辱する輩への怒りは共感できた。

 

「おお、輝かしきかな天孫よ。葦原中国(あしはらなかつくに)を治めるがため、高天原(たかまがはら)より邇邇芸命(ににぎのみこと)を眼下の星へ遣わせたまえ」

 

 機神召喚よりも更に上、人造であっても神をその身に降ろすという自殺行為であったとしても、悪を断つ為ならば是非もなし。

 

 耐えられないのならば、耐えることが出来るまで覚醒すれば(つよくなれば)いい。

 

日向(ひむか)高千穂(たかちほ)久士布流多気(くしふるたき)へと五伴緒(いつとものお)を従えて。禍津に穢れし我らが大地を、どうか光で照らしたまえと(かしこ)(かしこ)み申すのだ」

 

 故に、なればこそ教えてやるのだ。真なる光を魅せてやるのだ。穢れた光では世界は照らせぬと弁えさせるのだ。

 

「鏡と剣と勾玉は、三徳示す三種宝物(みくさのたから)。とりわけ猛き叢雲よ、いさや此の頸刎ねるがよい――天之尾羽張(あめのおはばり)がした如く」

 

 神でありながら意思を持つその存在は普通の人間など呑み込まれとしまう意志力を持っている。

 

 ()()()()()()()!! 今さら神様拵えたくらいで呑み込まれるほど柔な意志力はしちゃいない。幾星霜の那由多の果ての永劫回帰を繰り返したこの精神力を無礼(なめ)るな!!!!

 

 なればよし――その意志あらば、この光を魅せてやるのだ。

 

『我は炎産霊(ほむすび)、身を捧げ、天津の血筋を満たそうぞ。国津神より受け継いで(ほむら)の系譜が栄華を齎す』

 

「天駆けよ、光の翼――炎熱()の象徴とは不死なれば、絢爛たる輝きにて照らし導き慈しもう。遍く闇を、偉大な雷火で焼き尽くせ」

 

 その金髪は深みを増し、黄金の中に黄昏を抱く金色となり神々しささえ感じさせる色合いを帯びながら、その身からは夜を焼き尽くさんとするかの様な輝きがより一層激しさを増して太陽そのものが顕現しているかの様だった。

 

『ならばこそ、来たれ迦具土神。新生の時は訪れた。煌く誇りよ、天へ轟け。尊き銀河を目指すのだ』

 

『「――これが、我らの英雄譚」』

 

 光が収束し、その誕生の時を迎え、そして爆裂した。

 

超新星(Metalnova)――大和創世、日はまた昇る(Shining Sphere)希望の光は不滅なり(riser)!!!!』

 

 アーカムシティの夜に、太陽が生まれた。黄金の煌めきによる光ではない。それは正しく太陽の光を放っていた。

 

 そしてその手に握る黄金の光の極光剣は更に耀きを増して黄昏を抱く金色へと天昇する。

 

『いざ、鋼の光輝は此処に在り――城滅せよ!』

 

霆光(ガンマレイ)天御柱神(ケラウノス)!!」

 

 そして敢えて光の極光剣に拘ったのは、その神性が最も魅せられた光の代名詞だったからだろう。

 

 太陽の光を授け、更に輝きを放つ極光剣は何処までも伸びてゆき、穢れた光で世界を焼かんとする邪悪を断末魔さえ響かせずに裁ち切った。亜高速で迫るガンマレイを止められる存在は皆無である。

 

 光の英雄の力、そして焔の神性の力、窮極呪法兵葬まで使った自らをして恥も反省もない。それは力を借りた神性と模した光の英雄に対する侮辱である。故にこの身は英雄として白き王と対峙する。

 

「っ、マスターテリオン……」

 

「否。今のおれは黒き王ではない。光の魔王の眷属(むすこ)にして、光の英雄の亡者。甘粕黒羽(あまかすくろう)だ」

 

「甘粕…黒羽…?」

 

「汝、言葉遊びも大概にしろ。汝はマスターテリオン、魔術の真理を求道する金色の獣であろう!」

 

 クロウに対してアル・アジフは憎悪を向け、マギウス・ウィングでその喉元を掻き切らんとした。――そのマギウス・ウィングが何故か燃えて大惨事だが。

 

「んなあ!?!? あちいぃぃ!!!!」

 

「く、九郎!? おのれぇぇっ」

 

『騒がしいぞ魔導書の小娘が。我が輝きを魅せる天駆翔を害するのならば、その屑紙を悉く燃やし尽くすぞ』

 

 クロウの身体には僅かにだが神性の力が残っていた。その力がアル・アジフに警告する。ある意味の最後通告だ。

 

「クロウ……」

 

 まるで迷子になった仔猫の様な足取りで近付いてくるエンネア。クロウはその背後に聳え立つ鬼械神をその太陽の黄昏を宿した光の極光剣で切り捨てる。

 

「あっ……」

 

 瓦解する機械神。それは運命との訣別。すべてが今から始まる英雄譚(マイソロジー)

 

 その綴りの1節は、因果の破壊なり。

 

「決着はつける。大十字九郎、そして覇道鋼造。因果地平の彼方にて、お前たちを待つ」

 

 光の中に融け、クロウは天空へと飛び立った。

 

「クロウ…っ」

 

 見上げてもそこには既に光はなく、太陽もまた消え失せていた。

 

 運命の語り部の少女は独り、慟哭のままに声をあげた。

 

 そして、黄昏の神々の一夜は明けた。

 

 

 

to be continued…

 

 



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黄昏のあと

状況整理だから短めの3700文字。

自分で一気読みしてみて、こんなブレブレの物語の主人公で大丈夫だろうかと心配になってきた。誰か間違えたら変態糞眼鏡に閣下がしたようにガンマレイで正してくれ。


 

 黄昏の夜より一夜明け、人々はいつもと変わらぬ朝を迎えた。しかしいつもと少し違う感覚を皆が抱いていた。曰く、いつもよりもやる気がある気がする。なにか凄く興奮する夢を見た気がすると。

 

 それは気のせいと笑われてしまえば終いだが、例えば会社や学校、或いは通勤列車の中であっても皆が熱気を持った様に興奮しているのだ。

 

 そして、その日は過去に例を見ないほどの犯罪発生率と治安警察は過去に例を見ないほどの犯罪摘発率を誇ったとか。

 

「始まるぞ、エセルドレーダ。再び余は舞い戻った。世界に仇なす邪悪として、余は再びこの世界に悪徳を敷く者。黒き王、金色の獣、世界に仇なす大敵、マスターテリオンとして!!」

 

「yes、マスター。すべての遍く森羅万象はただマスターの為に」

 

 夢幻心母の中心。主の居ない玉座にて、ペルデュラボーは再びマスターテリオンとしてその椅子に腰掛けた。その感覚は久しく忘れていた感覚。世界に悪徳を敷く者として、世界の補正を受ける身の力の張り。要は心の持ちようだった。

 

「星の位置は揃いつつある。エセルドレーダ、Cの召喚に問題はないな?」

 

「yes、マスター。ルルイエ異本とその鬼械神を中枢ユニットとし、この夢幻心母を依り代にすることで確実に」

 

「ならばよし。あとは星の魔力が充ちるのを待つのみ」

 

 幾星霜の那由多の果て。真の背徳の獣はその役割を果たさんと動き始めた。元来その為だけに産まれたのだ。故にそれしか知らぬのだ。

 

「兄さん。だから早く僕のところに来てくれ。兄さんが討つべき邪悪は此処にいるよ」

 

 故に少年は待ち望む。光の英雄を。光となった魔王を。愛する家族を。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ぐっ、おのれぇぇぇ……」

 

 黄昏の守護者、光の英雄、悪の敵による神座大進撃を辛うじて生き延びる事が出来た邪神ではあるが、その肉体は消滅寸前とも言えた。

 

 本体にすらダメージを負いかねなかった極光剣の一撃。霊子核にすら直接ダメージを与えてくる黄昏の守護者たち。そして極めつけは全人類の集合無意識の力で何度でも向かってくる光の魔王を前に邪神は命辛々逃げることで精一杯だった。

 

 人間であるはずなのにその力は旧神クラス。そんなやからが3人だったのにいつの間にかひとり増え、またひとり増え。その軍勢は更に多くの戦士たちが邪神は悪として討ち取りに来たのだ。

 

「あんなの、聞いてないぞ……」

 

 人の輝きを奪わせない。愛を奪わせない。邪悪は疾く去ね。時間を巻き戻してなかったことにするなどふざけるな虫酸が走ると。

 

 そんな人間的な理由で邪神は追い詰められたのだ。数ある端末のひとつであっても邪神は邪神。人間程度に追い詰められるはずがないのに。

 

「それでも世界はまだ回っている……」

 

 巻き戻しは出来なくとも、世界は定められた因果のままその役割を全うする為に次の贄を定めた。

 

「ククク、そうさ。人間ごときが僕の計画をどうこう出来るはずがないんだ……」

 

 しかし脚本家としては、このままでは存在が砕けてしまう。

 

「君も存外しぶとかったね、アウグストゥス」

 

 息も絶え絶えながらまだ生きている魔人にして邪神の触手はまだ生きていた。とはいえ身体の大半は消し炭だ。そして放射性分裂光の毒に蝕まれていて絶命は時間の問題だ。

 

「それでも器がないよりはマシだな…」

 

 触手を喰らい、邪神は一先ず生き延びた。そしてすべての元凶を探す。あの存在を排除しなければ計画が破綻する可能性が大きい。故にその可能性は可能な限り排さねばならない。

 

「待っていてよ、クロウくん。必ず君を見つけ出して、僕の味わった恐怖を万倍に返してあげよう」

 

 邪神は復讐者となりて、光の英雄を探すために闇の中にその身を沈めた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 覇道財閥にて、覇道鋼造は邪悪に対抗する者たちを集めていた。

 

 その中には大十字九郎に連れられたエンネアの姿もあった。

 

「昨日の戦闘。映像記録としてはほぼ真っ白でなにも確認できませんでしたので、大十字さんやお爺様から伺いましたが。アンチクロスとマスターテリオンの内紛とは。俄には信じ難いですね」

 

 目の前で見ていた九郎でさえ、改めて瑠璃が口にした言葉を耳にしても現実感は湧いてこなかった。

 

 あれほどの邪悪さを感じていたマスターテリオンが、甘粕黒羽と名乗った時の金色の姿はどこから見ても魔に属するものではなく、その対極に位置する光の使徒にしか見えなかった。あのマスターテリオンが行った殺戮を忘れてしまうほどに清らかだったのだ。

 

「別人か、他人の空似という線はないかい?」

 

 そんな瑠璃に対して覇道兼定が訊ねた。

 

 瑠璃程の才覚はない。覇道鋼造程の魔術師でもないが、それでも風来坊という噂を隠れ蓑に人知れず邪悪と戦ってきた戦士だ。数多くの邪悪と対峙し、マスターテリオン本人とも相対したから、なお話に聞く昨夜の戦いは真にマスターテリオン本人なのかと疑問に思ったのだ。

 

「そう思うだろうが、事実あれはマスターテリオンだったものだ」

 

 それを最もマスターテリオンを知るだろう覇道鋼造が否定した。

 

「なら覇道のじいさん。昨日のあいつはなんだったんだ?」

 

 マスターテリオンと戦ったという共通項からマスターテリオンの事を覇道鋼造程でないにしろ、骨身に染みて知っている九郎は訊ねた。あれは人が変わっただとかそういう次元で語れるものじゃなかった。

 

 まったくの、姿形が似ている他人といわれた方がまだしっくりくる程だった。

 

「それについては私と、なによりそこのお嬢さんが知っている」

 

 そういう覇道鋼造の視線が向くのはエンネアだった。無意識にエンネアを守ろうとする九郎の腕を退けて、エンネアは前に出た。

 

「エンネア?」

 

「……ごめんね、九郎。エンネアは、本当は九郎の敵なんだ」

 

 黒いゴシックドレスが、赤い血のようなコートに変わり、その両手には黒と銀の銃が握られていた。その銃は見覚えがある物だった。

 

「その銃は……」

 

 サンダルフォンとの戦いの最中に現れた謎の銃は、今は九郎にとってクトゥグアとイタクァの制御媒体となっている銃だった。

 

「わたしは、魔人ネロ。人類最強の魔術師、もうひとりのマスターテリオン」

 

「マスターテリオン!?」

 

 マスターテリオンの名を口にしたエンネアに警戒心を一気に引き上げた瑠璃と、その瑠璃を守らんと身構えるウィンフィールド。しかし最も動くだろう覇道鋼造はまったく動かなかった。

 

「クロウは、わたしの鎖を断ち切った。完全じゃないけど、もうわたしには物語に加わる資格がない」

 

「どういうことなんだ。エンネア…」

 

 だから九郎も身構えずにエンネアの言葉を待った。既にエンネアは敵じゃない。それを昨日の夜に確信していた。泣き腫らしたその姿が、今も九郎の頭から離れない。

 

「この世界の真実を知る勇気が、みんなにはある?」

 

 そこにいるのは可憐な女の子ではない。魔人として人を試す、マスターテリオンと同じ視線が注がれた。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 宇宙の中心。その中心に設けられた座にクロウは座っていた。神座のような力はないが、宇宙の中心はその世界の中心だ。故にクロウの持つ属性が僅かながら世界の法則に流れ出していた。意志力が強すぎて世界を侵してしまうのだ。

 

 そんな座に座しながら、クロウは一冊の本を抱いていた。

 

「クロハ……」

 

 愛する家族は今その機能を仮死させている。それは邪神にこの場所を悟らせない為だ。

 

 邪神が用意した魔導書だ。故に彼女は知っていたのだ。なにかがあったとき彼女は彼の敵になる事を。故にすべてを封じたのだ。自らが最も愛する主の手を煩わせない為に。

 

「さぁ、早くこい。大十字九郎、覇道鋼造。お前たちの愛をおれに魅せてくれ」

 

 でなければ世界に希望に満ちた光が流れ出すだろう。歪んだ因果を壊すため、世界を壊す法則が流出するだろう。その影響は少なからず人々の無意識には芽生え始めているのだ。

 

 その法則は何があっても諦めないで突き進む法則だ。そして意志力があれば死すら超える世界になるだろう。人々が老若男女関係なく輝く未来の為に努力する世界。何事にも本気になって諦めずに夢を叶えようとする世界。

 

 それは正しい法則に見えるのならば、それは光しか見ていない無知な輩だ。

 

 本気で努力して核ミサイルを放つ者や、本気で努力して世界に悪徳を敷く者や、本気で努力して魔術結社を従えて大暗黒時代を築く者もいるかもしれない。

 

 世界の法則に対する流出というのはそういうものだ。無論その対極に位置する者も数多くの人々が覚醒し立ち上がるだろう。その結果世界が耐えられずに滅ぶだろう。善も悪も覚醒し、際限なく死を否定し続け、溢れた意志力が世界を根底から破壊するだろう。

 

 それが聖戦。それがこの世界の黙示録にして創世神話となるだろう。

 

 だが、白き王はそんな世界を認めないだろう。あれは黄昏の刹那と同種の人間だ。故に獣殿よりもある意味質の悪いこの覇道を止めに来るだろう。必ず、そう信じるが故にこうして待っているのだ。真の聖戦の為に、己の誓いを果たすために。

 

「そうだ、“勝つ”のはおれだ」

 

 黄金の英雄を模したものだとしても、選んだ道に後悔はない。あらゆるものを踏破してでも未来を求めてこの燃える大志を成就させるのみ。

 

「だから早く、おれを止めに来い。この覇道が世界に流れ出す前に」

 

 光の英雄は待ち焦がれる。自らに挑む勇者の到来を、異なる立場にあって同じ渇望を抱く者を。故に戦わなければならないのだ。同じ渇望を抱く者でも、その終着駅は交わることがないのだから。

 

 

 

to be continued…

 



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覚醒者

わかる人にはわかる中の人ネタ……と思ったらなんか色々こっちも余計なものを覚醒めさせてしまった。

光の英雄が居るならやっぱり邪竜も居ないとなァ。本気を出せばこれくらいは出来るようになると思った。

早くこのlightの全壊熱い流れからデモベの静かに熱い流れに戻してぇ(切実


 

「ぐはっ……」

 

 ぽたぽたと滴り落ちる血。全身の鋼鉄を砕かれ、光を放つ翼も悉く折られた。蝋の翼をもがれたイカロスの様に地に這い蹲っていた。

 

 流れ出る血は致命傷に近いだろう。このままでは遠からず(オレ)は死ぬだろう。

 

 光に憧れた。その輝きを魅せられた。

 

 自分を置いて行ってしまった姉に対する恨みなどもはやどうでもよかった。

 

 いや。どうでも良くはない。それは己の宿業だ。その宿業の果てにこそ、あの光の英雄との真なる決着を。

 

「かはっ……ま、だだ…っ」

 

 故にこんなところで、()()()()()()()()()()()()()

 

 黄昏の夜。その黒き天使は光の英雄のあとを追った。

 

 その輝きに目を奪われてしまったのだ。あまりに眩しすぎて直視することすら憚られるほどの清らかな存在から目を離せなかったのだ。

 

 畏れを知らず、不死身の様に傷を負っても敵を葬ったその姿を一挙一動目を話さず魅てしまった。

 

 そして去来するのはそんな黄金の声援。

 

 頑張れ、負けるな、諦めるな、きっと出来る、必ず果たせる、本気になればなんだって出来る。

 

 衝撃を受けた。魂が震えた。己にまだそんな事を感じられる感情があったのかと自分自身で驚くほどになにかを揺さぶられたのだ。

 

 己が姉を倒せないのは、幾度も挑んでもあしらわれる意味がそこにある気がした。

 

 故に黒き天使は光の英雄に問うた。

 

「教えてくれ、大導師。(オレ)はどうしたらメタトロンに勝てる!!」

 

 それは答えがわからない子供が、答えを教えてほしいと縋って駄々を捏ねるかの様な問いだった。

 

 その問いに、光の英雄は言った。

 

「お前の明日はどこにある。サンダルフォン」

 

(オレ)の、明日だと……?」

 

「過去に囚われる者が。どうして明日を生きようとする者に勝てようか。まるで生きていないのだ。そんな有り様で生者にその拳が届くものか!」

 

「っ、黙れ!!」

 

 過去に囚われるだと。お前に何がわかる大導師。強者である貴様に弱者だった(オレ)のなにがわかるというのだ。あの白い部屋で、ただ姉の存在を支えに生きて、その姉に裏切られた(オレ)の何がわかる!!

 

「ならば来るがいい。その嘆き、怒り、憎悪(あい)のすべてをぶつけてみろ!!」

 

「ッ、雄ォォォォおおおおお!!!!」

 

 そして怒りに身を任せ、黒き天使は光の英雄に挑んだ。

 

「がはッ」

 

「どうしたサンダルフォン。お前の力はその程度ではないだろう!!」

 

 徒手空拳。拳と拳のぶつかり合い。片や人間だ。片や改造人間。その力の差は明白で、一撃一撃に光の英雄は血を吐き、骨を砕き、身を引き裂き、砕けた骨が皮膚を突き破っても倒れない。

 

 そしてそんな満身創痍で放たれる一撃は大気に殴られたかの様に重く深く、この身を破壊した。

 

「立ち上がれ、気高く舞えよ黒き戦士よ。命を燃やせお前の本気をおれに魅せてみろ限界の三つや四つ容易く超えて魅せてみろォォ!!」

 

「ッッ!!」

 

 光の英雄の言葉を受けた瞬間。ぼろぼろに砕けた身に力が沸き上がってきた。

 

 敵に応援されて力が沸いてくるなどというバカな話があるわけがない。しかし現にこうして内から力が沸いてくるのだ。

 

「そうだ、それでいい。改造されようともお前は人間だ。人間だから、本気になればなんだって出来るんだよ!!」

 

「牙ぁぁぁあああああ!!!!」

 

 感情を、想いを乗せ、拳を突き出す。

 

 その拳は光の英雄の顔面を捉えた。骨が砕ける感触。しかし瞬時にこちらも懐を殴られたが、吐き出す息を気合いで耐え、更に殴る。殴り返される。

 

 拳の応酬が続く。殴り殴られ殴って殴り返して。

 

 永遠に続くと思うほどの応酬はしかし痛烈な黄金の一撃の前に幕を閉じた。

 

 そして敗れたのは黒き天使だった。

 

 去り際に光の英雄は残した。

 

「やれば出来るのだ。人は、その想いを抱き続ければどんな道でも踏破出来る」

 

 光の英雄は振り向かない。振り向かずただその黄昏の金色の姿を見るものに焼きつけるだけだ。

 

「次はもっと本気のお前を魅せてくれサンダルフォン。宿業を乗り越えた果てに再び拳を交えよう」

 

 そして光は消えた。

 

 負けたというのに悔しさは沸かない。いっそ清々しかった。

 

 いくら殴っても止まらない光。あれが英雄の意志。

 

 その光をいつか必ず手に入れる。メタトロンを降し、必ずもう一度その輝きを目前にしてみせよう。

 

「まだだ……っ」

 

 痛みを発する躯を気合いで捩じ伏せる。

 

 休まなければ死ぬだろう。()()()()()()()!!

 

 この程度で死ぬのならばそこまでの存在だ。いや、この程度で()()()()()()()()()()

 

 ここで死んだらそれこそ光の英雄の期待を裏切るだろう。

 

「そうだ、まだ、終われんっ」

 

 鎧の隙間から止めなく血が流れ出る。気を失いそうな程の眠気を意志力で捩じ伏せる。

 

「むむ!! き、きさま、サンダルフォン!」

 

「…ドクターウェストか」

 

 慌てた様子で路地から走ってきた白衣の男はドクターウェスト。ブラックロッジが誇る天才科学者だ。

 

「WOW! これまた全身トマトジュースの様に程好く真っ赤に染まり通常の3倍の強さが素敵に無敵に輝いておるな。良いか? リミッターは外すなよ」

 

「………………」

 

 相変わらず何を言っているかわからないキ○ガイにサンダルフォンは言葉もなくその真意を探った。

 

『キシャアアアアアア!!』

 

「しまったあ~! 追いつかれたであーる!」

 

 路地の闇から這い出てくるのは見るものに嫌悪感を抱かせる様な醜い顔の魚人だった。

 

「ちょうどいい。取引だ、ドクターウェスト」

 

「な、なぬ!?」

 

 このキ○ガイ、言動はアレだが腕は確かなのは知っている。この己の身体を治すくらいの技術はあるだろう。

 

 砕かれた腕に構わず構えを取る。天地鳴動、踏み出した震脚が、魚人の気勢を削いだ。

 

「覇ぁぁあ!!」

 

 突き出した腕の拳圧が、魚人の身体を吹き飛ばした。

 

 だが一匹だけでは済まなかった。あとからあとから沸いてでてくるのだ。

 

「お前を助けてやろう。代わりに(オレ)の身体を治せ」

 

「な、何故きさまの言い分を聞かなければならんのであるか!?」

 

「カラクリ娘はどうした。アレ無くしてこの軍勢から逃げ遂せるか?」

 

「ぬぐ…」

 

 確かにドクターウェストはその科学力で核爆発にすら耐えるが、多勢に無勢はやはり分が悪い。それに彼は科学の求道者であって戦士ではないのだ。

 

「殺ぃィ!!」

 

 さらに二撃目の拳が数匹の魚人を殴り潰した。汚泥の血を避け、さらに拳圧で集団を薙ぎ倒した。

 

 光の英雄に傷つけ、傷つけられ浴びた返り血と自らの血にあのようなドブを混ぜてなるものかと、黒き天使は一歩も間合いに魚人を近づけなかった。

 

 満身創痍で身も骨もぐちゃぐちゃであるはずなのに、僅かな再生機能に魔力はすべて回して損傷を防ぎ、あとは気合いだけでサンダルフォンは動いていた。

 

 刀を突き刺されても、その刀をより深く突き刺して腹筋と背筋で固定して敵の動きを止めるなんていうことをやっていた英雄に比べれば、たかが自身は全身の骨のあちらこちらが砕かれていて、腕が潰れているだけだ。その腕も骨は砕けてもまだ筋肉で動かせる。魔術回路を擬似神経にして命令すればまだ腕は動くし足は確と大地を踏み締めている。ならば倒れる理由がない。

 

「そうだ。お前がオレを生まれ変わらせた。誰にも渡さん、(おまえ)(オレ)の物だ!!」

 

 闘気が溢れ、血が鎧の中に染み込んでいく。躯から漏れる淡い光。それが魔力を放ち、更なる輝きが路地の闇を照らす。

 

()()()英雄(ひかり)は、この程度ではなかった!!」

 

 破壊された躯が負荷に耐えられずに悲鳴を上げている。だからどうした。この程度では英雄は止まりはしなかった。全身の骨を砕いても立ち続けていたぞ。まだ腕と胸と肩と鼻と顔と程度くらいしか骨は砕かれていないだろう。まだ足は健在だ。わざと遺されたのだ。再び歩める様に、歩みを止めない限り再び光に挑める様に。

 

 そうだ。次こそはこの(つるぎ)を届かせよう。否、届かせるのだ。この鋼の拳はその為だけに生まれ変わった。壮麗な威光を前に溢れんばかりの欲望(とうし)が朽ちた屍肉(ココロ)を蘇らせたのだから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「ウェストは逃げたか」

 

「yes、マスター。どうやらサンダルフォンが助力した様です」

 

「なるほどな」

 

 今や夢幻心母の中は深きものども(ディープワンズ)が徘徊する乱痴気騒ぎの真っ只中だ。

 

 男は皆殺され供物に。女は皆犯され苗床に。そしてその嘆きと絶望によって高められた魔力が地脈に蓄えられていく。

 

 クロウがアンチクロスを全員葬ってしまった為、Cの召喚の為に若干面倒な手間を取らなければならなくなってしまったのだ。

 

 だがそれも今まで経験済みだ。一番早いのは信徒同士を乱痴気騒ぎに落してその高まった魔力でCの召喚をする方法だが、これは魔力にばらつきが出て安定性が欠ける。リベル・レギスを中枢ユニットにすると、大十字九郎と全力で戦えない。全力で戦わなければ意味がない。白き王に遅れを取るくらいでは、光の英雄はやってこない。世界すべてを滅ぼす程の悪徳を敷かなければ、英雄は自分を討ちに来ない。古来より、勇者とは

英雄とは、世界の滅びに瀕した際に現れる救世主なのだから。

 

 だからルルイエ異本に中枢ユニットとCの巫女の代わりをさせる為に可能な限り不純物を取り除き、眷属の祷りと魔力でCの召喚を行うのだ。

 

「見るに堪えんか?」

 

「ええ。余りに醜悪で品性の欠片もありません。愛のない交じりなど見ていて虫酸が走ります」

 

 眼下で行われる乱痴気騒ぎを、エセルドレーダは魂から嫌悪している。悪徳を敷くものでも、彼女は愛を知っている。故にどう扱おうと愛を忘れたことなど一度もないのだ。

 

『ぎゅぴばががぎば――』

 

 一匹の深きものどもが猟犬に切り裂かれた。極上の魔力に惹かれて玉座に近づいた愚か者はこうして引き裂かれるのだ。

 

 猟犬たち皆がその汚らわしい行いを嫌悪していた。エセルドレーダが愛を知るのならば、猟犬たちは皆、愛を受けて産まれ育ったのだから。母は光の英雄となってしまっても父を案じている。故に今は自分達が父を守ることが至上の使命なり。

 

「すべてを終えたとき、また一緒に暮らせるさ。その為に僕は再び黒き王と戻ったのだから」

 

「yes、マスター。白き王を討ち果たした時こそ、真の始まり。この世界の新生の時まで、この力、存分にお使いください」

 

 君主に剣を捧げる様に傅く黒き少女。それに、その忠誠に頷く黒き王。終演は目の前まで迫っていた。

 

 

 

 

to be continued…



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世界を紡ぐものたち

連日会議疲れで書く暇がなかったぜ。ニトロにlightがごちゃ混ぜごった煮状態だけどもう突っ走るだけだと思ってる。


 

 燃え盛る街並み。闇の時代を告げる様に、破壊と殺戮、涙と悲鳴が新たなる戦いの狼煙となった。

 

「世界はいつでも残酷だ。ただ、その残酷である世界の中でどう生きるかが人の持てる力を量る指標となる」

 

 光の魔王のいう人の輝きが試される。そんな世界が今、眼下に広がっていた。

 

白き天使(メタトロン)、貴公も運命と袂を別つ者となるか?」

 

 量産型破壊ロボの大進撃。爆撃される摩天楼。Cの召喚。整えられる舞台は整えた。あとは世界の天祐に流れを任せるだけだ。

 

 天空を裂き、破壊の波を切り裂く白き閃光。

 

 眩い光とは言い難い。今はまだその輝きは真の始まりを迎えてはいない。それでも抗う者として、ひとりでも多くのものを守ろうとその手の閃光刃(ビームセイバー)を振るう。

 

 数の多さから迎撃で手一杯だろうが、それでも懸命に数を減らそうとしている。

 

「そして――」

 

 圧倒的大質量の気配。天空を割って現れる刃金の救世主。

 

 2体の魔を断つ剣が顕現する。

 

 二挺の拳銃を構え、吐き出す弾丸は一撃で複数の破壊ロボを蹴散らしていく。その光景は正しく、正しく邪悪に挑む勇者たち。鋼鉄の刃金を纏い、白き勇者たちは天を目指して駆け上がっていく。

 

「久しく忘れていたな。やはりこの感覚はいつ感じようとも病みつきになる」

 

 その金色の瞳を燦々と輝かせながら、ペルデュラボー――マスターテリオンは夢幻心母の上で勇者たちを見下ろしていた。

 

「シャンタク鳥の翼か。これで、『アル・アジフ』も完全になったか」

 

 デモンベインの背に、竜の鱗の様に重なっている鋼鉄の翼。飛行ユニット・シャンタクも、アル・アジフから失われている頁だ。

 

「ですが波長がズレています。恐らくは写本かと」

 

 ペルデュラボーは感じていたが、同じ魔導という存在故にエセルドレーダはより強く感じられたのだろう。

 

 向こう側には永劫の召喚式以外を完璧に網羅した最も本物に近い写本がある以上、決戦に備えて覇道がそういった準備をしないはずもない。

 

 たとえ写本から複写した頁でも大本はアル・アジフの記述なのだ。馴染むまで時間はかからないだろう。

 

「高エネルギー反応、急速接近」

 

「役者は揃ったか」

 

 破壊ロボを蹴散らしながら黒い閃光が空をメタトロンへ向かって突き進んでいく。

 

 それは復讐者。黒き堕天使(サンダルフォン)

 

「ほう」

 

 その内から溢れる、感じる魔力の中に見知ったものを感じた。

 

「マスター」

 

「まて、エセルドレーダ。良い余興が見れるやも知れんぞ」

 

 動きだそうとする魔導書を制する。黒き天使から感じる波動を我慢ならないのだろう。

 

 魂は受け継いでいても、愛を注がれ、そして愛を紡いだ相手は黒き王。人として魔導書を愛した人間。人間として魔人を愛した人。故に背徳の獣と黒き狗は互いに主従関係にありながらそれで完結した存在ではなく同じ存在を愛することでより強い絆を紡ぐ事が出来た。

 

 たとえこの身が滅びようとも、救いたい人が居る。それが二人の共通意識。 

 

 それが戦う理由。契約は交わされた。故にあとは特異点を生じさせて挑むのみ。

 

「大十字九郎はどうだろうな」

 

「至れなければ、その時は我等が挑むのみですマスター」

 

 光の英雄への挑戦権。今この場に居る白き天使以外の皆は光の英雄に挑む者たちだ。

 

 私闘、大義、あるいは救済。あるいは――。

 

「クライマックスだ。共にこの歌劇を踊ろうではないか。踊り明かせよ勇者たち、背徳の獣は此処に居るぞ!」

 

 両腕を広げて役者の様に大振りで言葉を紡ぐペルデュラボー。マスターテリオンとして、世界の大敵として、今の自分は此処に在るとおおらかに叫ぶ。

 

 それは宣誓。黒き悪徳を成す王として、世界に向けた懇願。

 

 悪の敵よ、どうか聞いておくれ。光の英雄よ、討つべき邪悪は此処に在る。だから――。

 

「お願いだよ兄さん。僕を置いていかないで。僕を独りにしないで。兄さんが居ないと寂しいと感じてしまうほど、兄さんはもう僕の一部なんだ」

 

 その金色の瞳は、何処までも、何処までも遠くを見詰めていた。世界の何処かに居るたったひとりの肉親。たったひとりの兄弟へ向けて、黒き悪徳を成す王は悲嘆した。

 

「そう、埋葬の華に誓って(ぼく)は世界を(こわ)すものなり」

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 第13封鎖区画より現れた謎の飛行物体。歪な形をしているがそれは球体状の物体だった。

 

 ブラックロッジの有する移動要塞――夢幻心母。

 

 その夢幻心母の浮上が意味するところはCの召喚だ。

 

 だがそれには本来ならば高位の魔導書と魔術師を必要とする大掛かりな儀式だった。しかしクロウがアンチクロスを全員葬ってしまった為、ペルデュラボーは別の方法を実行した。

 

 ブラックロッジの信徒を贄に、深きものどもの祝詞と嘆願は死せるクトゥルーを甦らせる。

 

 しかしそれでは足りないのだ。贄が、血が、魂が。ではどうするのか。

 

 居るではないか、眼下に広がっていた。そこに在る命を捧げろ。

 

 それは怪談。或いは奇談。または都市伝説。

 

 そういった常識人は鼻で笑うような奇妙な物語の出来事の様に、しかし確かに存在する世界の闇が、表の現実を冒しにやって来た。

 

「クッソ、なんなんだよこりゃあ!」

 

 悪態を吐きながら九朗はまた1体の魚人をバルザイの偃月刀で捌き降ろした。

 

 バルザイの偃月刀を投げつけ、近場の敵を切り裂きながら両手に黒と銀の魔銃を握る。これがどういったものかはエンネアから直接聞いている。魔術理論で造られた武器。呪法兵装であり、銃という機械(マキーナ)が魔術理論を組み込まれて完成した云わばこの銃それも機械神(デウスマキナ)

 

 まるで自分が握るために造られたかの様に手に馴染む二挺の魔銃を向けるのは死骸を貪る悪鬼。

 

「クトゥグア、イタクァ――!!」

 

 あの暴れじゃじゃ馬だったクトゥグアの力も完全制御出来ている。だがそれでも被害を食い止められない。

 

 無限に沸き続ける異形の存在に街はパニックシティと化している。

 

 普通だったらこのアーカムシティの住人は避難に慣れっこだ。どこぞのキ○ガイ博士が毎週発行される週刊誌の一面を飾られに来てるんじゃないかってくらい週一で破壊ロボを乗り回して暴れまわっていて皆避難する事が習慣着いている。

 

 なのに今、街はおかしい。なぜなら――()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そこに人種も性別も年齢も関係なく、誰もが誰かの為に戦い逆に被害が拡大しているのだ。

 

 銃を持つ者はまだ良いだろう。だが中には鉄パイプや木製のバット。包丁やカッターナイフ、果てにはハサミ、子供なら玩具の剣を手に持って戦おうとしているのだ。

 

 そんな異常な光景は無意識で行われて広がっているのだ。なにしろ意識して逃げろと言えば住人たちは蟻の子を散らす様に逃げ始めるのだから。

 

「何かの魔術だってのか……」

 

 こんな異常事態を引き起こせるのはそれこそ魔術以外にはないだろう。

 

「否、これは魔術でも催眠でもない。字祷子(アザトース)が乱れておる。だがなんなのだこれは」

 

 そしてその異常は少ないとはいえ自分も影響されている。

 

 どんなに悲惨でも、酷くても、それを見て先ず沸き上がるのは怒りだ。生命を奪う邪悪に対する怒りだ。

 

 言ってはなんだが、確かに怒りは抱くものの、こんな雑魚に対する怒りがマスターテリオンに向ける怒りに比する程の怒りと憎悪を抱くのだ。

 

「感情を抑えろ。どうやら邪悪に抗う思いを利用されているらしい」

 

「なんだって!?」

 

 腕を組むチビアル――いや、その腕はなにかを抑える様に組まれ、昂るなにかを必死で我慢している様に見えた。

 

「彼女は邪悪を討ち果たす為に産まれた。その存在意義を抑え込んでいるのだ。並大抵の胆力ではない」

 

「覇道のじいさん」

 

 覇道鋼造もまた、昂る想いを理性で制御しているが、本人から感じる覇気は正しく覇道の名に相応しい程のものを感じさせる。

 

「大十字君、時間との勝負だ。これ以上酷くなる前にアレを――夢幻心母を落とす」

 

「酷くなる前にって」

 

「邪悪があるからこの昂りは徐々に増し、やがて邪悪を滅ぼすために人は世界を亡ぼすことさえするだろう。世界がなければ邪悪もクソもない。究極的な解決方法を」

 

 覇道鋼造の言葉に息を呑む九郎。そんなデタラメな事を考えるバカがいてたまるかと思って――。

 

「ッ――――」

 

 脳裡を過ぎる黄昏の黄金の暉。それは玉座。それは揺り籠。真っ暗なその場所にただぽつんと浮かんでいるそこに深く身体を預けて眠っているのはひとりの――。

 

「驚いたな。外の世界を識り、故に肥大化した認識力がこの場所を知覚したか」

 

「マスター……テリオン……」

 

 赤い瞳に黒く闇を融かした様な深淵を纏う髪をサイドで纏めていた姿から、黒い軍服と白い外套を身に纏ってその身体には黄金で編み上げた髪を靡かせる英雄へと変神(へんしん)を遂げた魔人(にんげん)

 

「今はその名は相応しくないが、お前との縁だ。甘んじて受けよう」

 

 エンネアの話を聞いてから目の前の少年が何をしたいのか、したかったのかを聞かされた時、すべての非道を赦してしまいそうになった。ただ明日を家族と一緒に暮らしたいだけの、そんな人が誰もが思う願いすらまともに叶えることが出来ない立場をやらされたただの人間に刃を向けられるのかと。

 

「何を迷う。何故迷う。ただ世界を毀す敵を斬ればいい」

 

「そんな簡単に出来るわけないだろう。だってお前は」

 

「無理矢理悪徳を成す王になったと?」

 

 エンネアの話じゃ、途方もない時間を、文字通り世界を超えて戦った。した悪徳は拭えないとしても。

 

「もうお前は違うんだろう? なら、今までのことなんて俺は知らねぇし。確かに俺とお前は最悪な出逢い方をしちまったけどよ、そういう願いくらい叶えたっていいじゃないか」

 

 そんな俺の言葉を鳩が豆鉄砲を食らった様な顔をして聞いたマスターテリオン。

 

 そんな白き王の言葉を聞いたクロウは、しかしながら険しい顔を白き王に向けた。

 

「ひとつ教えよう。おれの目的はこの狂った因果を破壊し是正すること。故にこの世界を毀す必要がある」

 

「他に方法はないのか…」

 

 夢の力の再現とて限界はある。エンネアの楔は切ることは出来たが、根本的な因果はやはり世界を正さなければ切ることが出来ないのだ。

 

「もとより魔王。英雄になれども本質は変わらない。世界を毀し再世(さいせい)することこそ本懐。悲願成就の為に、踏破した生命に報いる為に、おれは夜道を照らす光になる」

 

 その黄金が輝き始め、熱を帯び、黄昏の黄金を纏う。

 

「祝福の華に誓って、我は明日を拓く者也り」

 

 その手に黄金の捻れ禍った神剣を握っていた。

 

「白き王よ。自らの明日を拓きたいのならば、我が屍を超えて往け!」

 

 光の英雄が紡ぐものは新世界の明日に訪れるものであり、白き王の紡ぐものは旧世界の明日に訪れるもの。

 

 互いの終点は致命的なまでに入り交じる事はないのだ。

 

 それを白き王は遣る瀬無い想いを噛み締めながら再度、問う。

 

「本当に、どうにもならないのか?」

 

 黒き王でもなく、魔王でもない今の光の英雄ならば聞き入れてくれるのではないかと切に願う白き王の言葉は然りとて英雄には届かない。

 

「己に譲れないものがあるのなら、己の力で守って魅せろ。己の輝きで世界を守って魅せろ。大十字九郎」

 

 お前なら出来る。必ず成し遂げられる。そう信じて疑わない視線を向けられて、その視線を放つ碧眼は清らかで荘厳な覚悟を宿していた。

 

 その背にあるものを九郎は知らない。その覚悟の根底を九郎は知らない。その身が踏破した屍の数を九郎は知らない。築き上げた愛を知らない。積み上げた悪徳を知らない。その深淵を知らなければ、その反転である高みも見えない。

 

「心しろ。深淵を覗くとき、深淵(向こう)もまた此方を覗いているのだと」

 

「まっ――」

 

 瞬きした覚えもないのに、テレビのカットの切り替えの様に景色が変わったのを知覚できなかった。

 

 瓦礫の積まれた景色しかない。空には穢れた黒い太陽が昇っている。

 

 風は生暖かく、腐臭を運ぶ。あまり長居はしたくはない。そんな空間で九郎は佇んでいた。

 

「なんだよ……ここ…」

 

 まるで世界その物が死んでしまったかの様な錯覚を受ける。

 

 むせ返る程の血の臭い。そして粘つく程の空気の重さ。

 

 一歩を踏み出しただけでも肌を突き刺すような死の気配。それでも九郎は歩みを止めない。なにしろ歩く以外に今の自分に出来る事はないのだから。

 

「おわっ!?」

 

 なにかに足を滑らせて尻餅を着く九郎。それは管状のなにか。それを視線で追うと、道化師の死体。

 

「ッ、アンチクロス!」

 

 思わず身構えたが、襲ってくる気配はない。いくら切り刻んでも死ななかった腐乱死体が死んでいる。そうわかる程の死の気配がある。

 

 それだけではない。そこから視線を上げれば、そこには見知った顔すら地に伏していた。

 

「執事さん…、ライカさん……アリスン、ジョージ、コリン……姫さん…」

 

 九郎の世界そのものとも言える日常を支える人々。そのすべてが瓦礫の山に横たわっていた。

 

「クッ」

 

 そんな死の静寂だけの世界でなにかが激突した。

 

「デモンベイン!!」

 

 デモンベインが戦っていた。世界の邪悪と戦っていた。

 

 傷だらけになっても戦って戦って戦って、戦ってしまった果てにはなにも残ることはなく、すべての邪悪を滅ぼすために戦い続けた先に明日はない。

 

「デモンベインが戦い続けたら、世界がおわっちまうって言うのかよ」

 

「許容限界の問題だよ。邪神を倒すために強くなりすぎた力にセカイが耐えられずに無に還る。死闘、苦闘、悲嘆、苦痛、想い、願い、祈り、決意。何も残りはしない」

 

 誰でもない。見たことのない女の子が――マギウスでもない今の自分でも感じられるよろしくない気配を放つ少女に九郎は身構える。

 

「世界は敗北を重ねてきた。多くの生命を踏破して、結界となる宇宙を自身で築き上げてきた。彼は世界の屍を紡いで明日を拓く剣とした。原罪の果てに正邪の果てを往くもの。彼はこの世界の黄昏の黄金となった」

 

「黄昏の黄金……?」

 

 デモンベインが黄金の光に貫かれて崩れ落ちる。

 

 右腕を断たれ、そして世界は廻る。

 

「それでも優しいもんさ。魔人でも彼は人の心を失う事は決してない。人の心を失ったら人の(かがやき)がわからなくなってしまうから。それでもカミサマだって忘れてしまう様な時間を人間(ヒト)の心が壊れずにいられると思うかい?」

 

 慈しむ様に、愛する様に、そして哀れむ様に彼女はすべてを視てきたかの様に語る。

 

「お前はいったいなんなんだ……」

 

「…きし、きしし。世界を(ころ)す英雄よ。どうかあなたの原初(ねいろ)を魅せておくれ」

 

「色が見たいのか? ならばこの光を目に焼きつけて果てるが良い」

 

 地面ごと少女の身体がバラバラに砕け散る。

 

 しかし何事もない様に身体を再生した。

 

「再生とは訳が違う。因果の逆転、自身の身体が滅びる前に戻した。時の逆巻きとは、神の領域の話だな」

 

「きしし。そういうあなたもまた、神の如き権能を振るうものだろう。夢見る魔王」

 

 顕れたのは黒い軍服に白い外套を纏った黒髪のひとりの男だった。印を切り、右手を天に掲げた。

 

「リトルボォォォーイ!!」

 

 なにもない場所に顕れた一発の爆弾がすべてを吹き飛ばした。世界を丸ごと吹き飛ばした閃光熱量(アトミックブラスト)は容赦なく少女を焼くが、やはり彼女は何事もなかった様に何処からか現れる。

 

「ひっどいなぁ。親が子どものお遊戯会を邪魔しちゃいけないと思うなぁ」 

 

「なぁに。心配しなくても弁えているさ。故にだ、もっと俺に輝きを魅せろ大十字九郎。我が眷属(むすこ)は俺に似てそういったもがきあがき立ち上がる光景が好きなのだ」

 

 そして再び天に手を掲げた。しかし爆弾が降ってくることはない。ただ天空に描かれた魔法陣から途方もない気配の顕現を感じる。

 

「これは白き王と正邪の果てを往くものの物語だ。部外者は疾く退場と行こうじゃないか」

 

「それはあなたもだろう。夢見る魔王どの」

 

「あぁ、故に諸共に特等席での観覧と洒落込もう」

 

 そして魔法陣から光が爆裂した。宇宙誕生の光など非にはならないそれは破壊の光だ。

 

「――終段・顕象ォォ!!――」

 

「きし、きししししし。参ったな。そりゃ反則じゃないか?」

 

「夢はすべての人間が等しく持つものだ。それがたとえ神であれ元が人ならば夢を伝い喚び出すことも可能だ」

 

 そこに顕れたのは黄金に輝く魔を断つ刃。祈りの空より来るもの。切なる叫びに応えるもの。迷える人の夜道を照らすもの。

 

「さあ、祝福を、喝采を! 明日を拓き紡ぐ者たちに輝きあれ!! 万歳、万歳、おおおぉぉォッ、万歳ァィ!!」

 

 五芒星の輝きを背に光に融けていく男と少女。そして世界もなにもかもが白い闇に包まれていく。

 

 あらやる邪悪を討ち果たす、宇宙の善なる存在。

 

 ――■■。

 

 

 

 

to be continued…



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立ち上がるもの

おっかしいなぁ。もう終盤なのになんでこんなことになってるのか誰か説明してくれ。


 

 それは闇に蠢くものたち。闇の中から這い出るものたち。チクタクチクタクと、歯車と螺子と針金が奏でる不規則な合唱。

 

 骨格は鋼、内臓は歯車、血は油に、それを闇で包み押し固めて実体を結ぶ。魂は禍々しい世界の記憶(ものがたり)が補う。

 

「さて。舞台は整った。人間風情が、我々(わたし)の計画を止められると思うな」

 

 闇の中から這い出る混沌。すべては悲願成就の為に。封ぜられた神々の宇宙(せかい)を取り戻す為に。

 

「そうだとも。すべてはこのナイアルラトホテップの意のままに」

 

 黒いファラオを取り込み、千の無貌はその力を大きく削がれようとも悲願成就の為には諦めない。

 

 たとえその身が砕かれようと、千の無貌は不滅なのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 気付けば九郎は先程と同じ場所に居て、思考も変わらないものの意識だけは変わっていた。

 

 アレは夢だったのか。いや、夢なんて生半可なものじゃない。あれは事実現実そのもので、一歩間違えたら――。

 

 きし、きししししし――――。

 

 そう、あれは誘いだ。一歩間違えたらそうなるという警告。脅し、そして願いだ。

 

「させねぇよ……」

 

「九郎?」

 

 デモンベインは魔を断つ剣だ。決して世界を滅ぼすために生まれた魔剣じゃない。デモンベインは邪悪だけを断つ魔剣だ。

 

 だから観てろよ魔人ども。俺たちのデモンベインは、明日を創る為の力だ!

 

「いくぞアル! デモンベイン、召喚だ!!」

 

「応よ!」

 

 身体から頁が溢れ、周りを取り囲み、虚数展開カタパルトへのアクセスが始まる。

 

 そしてもう何度も口にしてきた祝詞を紡ぐ。それは勝利の為に、そして明日を掴む為に!!

 

「憎悪の空より来たりて――」

 

「正しき怒りを胸に――」

 

 元の大きさに戻ったアルが寄り添って詠唱に続く。そうだ、デモンベインとアルがいる限り、俺は敗けやしない。負けられないんだ。

 

「「我等は魔を断つ剣を執る!!」」

 

 そうだ。この手に剣が有る限り負けはしない。アルがいる。デモンベインがいる。姫さんや執事さんメイドたち。覇道のじいさんやライカさんガキんちょたち。

 

 守りたい世界の為に俺は戦うだけだ。

 

「「汝、無垢なる刃――デモンベイン!!」」

 

 空に顕れる鋼鉄の巨人。その頭脳となり魂となり、破邪の剣は正しく仕手を得て邪悪を討ち果たす。

 

『凍てつく荒野より飛び立つ翼を我に――シャンタク!!』

 

 デモンベインの背に鱗を何重にも積み重ねて伸びた様な翼が顕れた。

 

「妾の鬼械神、アイオーンの飛行ユニットだ。汝の目指すべき場所を強く思い浮かべれば物理法則すら我等を捉えられぬ」

 

「よぉし、やってやらあ!!」

 

 マギウス・ウィングを扱う時のように浮力を得たデモンベインが空を翔び、二挺の魔銃を手に機械の軍団を撃ち落とす。

 

「待ってろ、マスターテリオン。今からてめぇの所に行ってやる!!」

 

 一度感じられたのだからもう一度感じることだって出来るはずだ。宇宙の中心に居る光の英雄の気配を逃しはしない。そこにもう一度到る為にはこの世界の決着を着けなければならない。

 

 夢幻心母の守りは硬い。だとしても、この程度を切り抜けられなくてあの光に至ることは出来ない。

 

 そう。その光輝く魔を断つ剣が、己の目指すべき極致であるという確信があった。

 

 だからこそ、ただの機械の軍団を相手に負けている暇すらない。

 

 世界を守るためにはあの光の英雄を止めなければならない。それがたとえ無垢なる明日への祈りを踏み躙ることになったとしても。

 

 

 

◇◇◇◇◇ 

 

 

 

 宇宙の中心。特異点。神座に座する光の英雄。その覇道が徐々に世界を狂わせていた。

 

「やぁ、はじめまして。黄昏の黄金」

 

「その著しは別の意味に聞こえるな。魔人」

 

「きしし。あぁ、気にしているのかい? それは失敬。光の英雄どの」

 

 透けているというより服としての意味を成していない様なドレスを身に纏った少女こそ、白き王をこの場に導いた張本人。

 

「なんの用だ寄車(よぐるま)むげん」

 

 ヨグ=ソトースの影と呼ばれている時間や空間、因果さえ操る魔人。

 

 それがこの物語りに関係があるのかないのかは目の前の魔人の気分次第だろう。何故ならこの寄車むげんはヨグ=ソトースと同じく“どこにもいてどこにもいない”存在なのだ。気にした時点で仕方のない相手なのだ。

 

「ははッ、わたしたちの事も当然識っている。夢見の眷属は勤勉だねぇ」

 

 愉快そうに笑う魔人。そんな魔人の意図を図る為にクロウはその視線を外さない。

 

「そんな情熱的な視線を向けないでくれ。思わず襲いたくなっちゃうぞ?」

 

「出来るものならばやってみろ。その瞬間、切り伏せられるのはお前だ魔人(フリークス)

 

「やれると思うかい? 英雄(ヒロイン)

 

 正直今のクロウは昂る邪悪への闘志を抑え込むので忙しかった。光の英雄となったことで、そして夢を叶える為にはこのクラインの壷を破壊しなければならない。この宇宙が邪神の創った宇宙であるからか、魂の昂りが天井知らずに上がっていくのだ。それがなければ今頃目の前の魔人の首は飛んでいただろう。

 

 座から立ち上がり、魔人を無視してその脇を過ぎ去る。

 

「いくのかい?」

 

「後始末が不十分だったからな」

 

 白き王と黒き王の対決に混沌は不要。もとより静観する筈の混沌を呼び覚ましたのは身内の落ち度だ。その尻拭いをさせられる身としては余り喜べるものはないが、悪の敵である今の己は悪即斬に則り、魔性を討ち果たすものだ。

 

「見るだけならば好きにしろ。ただ、余計な手出しはするな」

 

「きしし。ご忠告痛み入るよ」

 

 そして姿を消したクロウを見送り、魔人は彼のいた神座にその身を降ろした。接触面から身体が焼け爛れて皮膚が溶け出しても構わずに座に座る彼女の眼は妖しい光を携えていた。

 

「はぁ…っ、黄昏の君よ。あなたの物語(セカイ)を魅せておくれ。正邪の果てを往くものの夢を魅せておくれよ」

 

「そこまでにしておくべきだな、魔人よ。その座に座るには、卿では資格が足りん」

 

 恋をする乙女の様に消えた背中に呟く魔人の告白を遮って顕れたのは真の黄金。黄昏を守護せし黄金。すべてを愛する破壊公。

 

 黄金の英雄の光が破邪の輝きならば、その黄金はすべてを愛する(こわす)破壊の光だ。

 

「おやおや。父親だけでなくお師匠様までとは。君たち過保護が過ぎるんじゃない?」

 

「ふむ。別段過保護なつもりはないのだが。数少ない私と語り合える者を気にかけているという点は否定はせんよ」

 

 神殺しの槍を向けながら黄金の破壊公は魔人に言葉を紡ぐ。

 

「甘粕が卿を探していたぞ。折角用意した特等席から逃げられれば、男子は傷つくだろうよ」

 

「きしし。ここ以上に特等席に相応しい場所もないとは思わないかい? 獣殿」

 

「悪いがその呼び名は親しき友人にしか許していないのでね。失礼を。お嬢さん(フロイライン)

 

 そう言いながらも黄金の破壊公は料理に集るハエを払うかの様に神槍を振るった。

 

「おっと危ない。さすがにその槍はちょっと貰いたくないな」

 

 神槍である筈の神々しい槍。しかしその内には禍々しい程の魂を内包している。それこそ存在そのものすら数えることがバカらしく思う程の魂を内包しているのだ。

 

 そんな槍で貫かれればいくらヨグ=ソトースの影である魔人といえどもただでは済まされない。故に魔人は座から飛び退いた。

 

「そこまでだ獣殿。此処で力を使えば、貴方の覇道が世界に流れ出しましょう」

 

 影法師の様に魔人の背後に顕れた妖しい雰囲気を持つ男。その存在を背後に流石の魔人も身動きを止めた。

 

「きしし。まさかの御同輩まで御目見えとは、彼は魔性だねぇ」

 

「魔性はお前だろう。邪神の影よ。おかしな真似をすれば即刻切り伏せる」

 

 絢爛たる輝きと共に顕れた黄金の英雄。黄金の破壊公、水銀の蛇、黄金の英雄と来ればあの魔王が黙っている筈もなく。

 

「やれやれ。関係者以外立ち入りは禁止すべきだな」

 

 彼等が観たいのは正邪の果てを往くものの夢を掴むための闘いだ。勢い余ってつい邪神を消滅寸前までにさせてしまったが、弁明するなら悪気はなかったのは確かだ。ただほんの少し興が乗ってしまったのだ。

 

 なにも物語を壊したい訳ではない。結果的に邪神は復讐者となり、より強い意思を持つ敵となった。

 

 ただこの邪神の影がどういった意図をもってこちらの世界に干渉しているのか。その真意は問わなければならなかった。

 

「大意はないよ。ただ、視てみたくなったんだよ。正邪の果てを往くものが、正の路を歩むその瞬間を」

 

 それはとても悲しくて、残酷で、でも誇り高くて、温かくて。

 

「ヒトが、神に到るその瞬間を」

 

 神座の者たちにとってはそんな光景はいつも視てきたことだろう。宿敵が神の領域に到ること。そしてその宿敵が魅せる輝きもまた、その光景は今思い出しても心が沸き立つ。

 

 それを、ただのひとりの人間が到達しようとしている。その瞬間を待ちわびてつい足を運んでしまう程に。

 

 今もまた、ヒトが邪悪に立ち向かおうとしている。

 

 愛と、勇気と、友情或いは信頼の絆を武器に立ち上がる。

 

 それを祝福するかの様に魔人たちは笑った。嗤うでも、嘲笑うでもない。笑ったのだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 破壊ロボを切り裂きながら白い天使は進む。

 

 銃弾も砲弾も、弾幕を掻い潜り突き進む。ただ必死に。それは何故か。

 

 白い天使が戦うことはアーカムシティに住む住人たちには見慣れた光景だ。しかしその様子が何時もと違うのを幾人の人間が気付けるだろうか。たとえ気づけたとして、その理由を察せる人間がどれだけ居るだろうか。

 

 天空に座す黒い月に向かってただひたすら空を駆ける天使。その気迫は過去にない程の威圧を放っていた。

 

『く――っ』

 

 その仮面で見えないだろうが、彼女の顔は苦虫を磨り潰した様な顰めた顔を浮かべていた。

 

 その理由を知るためには少し時を戻す必要がある。

 

 アーカムシティの地下シェルター。そこへ子供たちを連れてライカは避難していた。

 

 子供たちに晒してしまった戦士の力。恐がられる、拒絶される。そう思っていた彼女をしかし子供たちは受け入れた。血は繋がっていなくても子供たちには彼女こそ母であり愛の象徴で、そして彼女が守りたいと思う世界なのだ。

 

 だが今は、その世界が崩れようとしている。

 

『子供は預かっていくぞ、メタトロン』

 

『サンダルフォン――!!』

 

 黒き天使の腕には彼女が守りたい日常が抱かれていた。

 

「アリスンを放せ!」

 

「ライカ姉ちゃん…!」

 

 少年たちが立ち向かおうと、家族を取り戻そうと声をを張り上げる。

 

『決着を着けよう、メタトロン。お前が己に届きさえすればな』

 

『待て!』

 

 黒き天使は白い天使の大切な宝物を奪い翔び去った。

 

 僅かながら残るダメージを気に掛ける暇すら惜しんでメタトロンは駆ける。大切な宝物を奪った邪竜を討つべく駆ける勇者の様に。

 

 刃金の勇者のひとりとして、彼女もまた運命に決着を着ける者として立ち上がった。

 

 そして、立ち上がった者。――否、立ち上がろうとする者もまた居た。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 覇道邸襲撃。倒された筈の逆十字の魔人たち。相対するのは戦いを支える人々。――いや、本来であればそうだったのだろう。

 

 しかしこの場には白き王も白い天使も居ない。

 

 だが在る者は居た。

 

 殺戮を撒き散らす魔人たちを前に姿を現す者が居た。

 

「そこまでだ。これ以上僕の家は壊させない」

 

 黒いマントを纏い、腰には弾倉を幾つも納めたベルトを巻きつけた、何処か白き王に似た雰囲気を持つ男。

 

「大十字九郎……じゃねぇな」

 

「あらぁ、誰かと思えば覇道のお坊っちゃんじゃない。おひさしぶりネん☆」

 

 風を操る児と死を嗤う道化師が、現れた男と退治する。

 

「口を開くな腐乱死体。空気が汚れるだろう」

 

 その手には二挺の銃が握られていた。魔銃には劣ろう。しかし幾多の化け物(フリークス)を葬ってきた年忌は伊達ではない存在感を放っていた。

 

 その周囲を魔導書の頁が舞う。

 

 それは魔術師である証だ。その気配は忘れもしない。アル・アジフと同列の物。

 

「ネクロノミコン・ギリシャ語版。世界で最も原本(オリジナル)に近い高位の魔導書さ」

 

 その魔導書を従えて、覇道の名を持つ彼は魔人に挑む。

 

「ケッ。インスタント魔術師が、ボクたちに勝とうってのかァ?」

 

 銃を手に向かってくる覇道をクラウディウスは嗤い、腕を振るった。風の刃が覇道を断ち切る。しかしその姿は霞となって消えた。

 

「余り人間を嘗めない方が良いよ。化け物」

 

「な――っ」

 

 気付いた時には遅い。クラウディウスの眉間に宛がわれた銃口が火を噴き、クラウディウスの頭が跡形もなく吹き飛んだ。

 

 螺子や歯車を撒き散らして魔人は斃れた。

 

「イヤン、暫く見ない間に男前になっちゃって♪」

 

「別に君を喜ばせる為に強くなったわけじゃない」

 

 道化師は以前。10年ほど前に目の前の魔人と対峙した。その時は抗うことは出来なかった。だから抗う力を手にいれた。ただそれだけのことだった。

 

 

 

 

to be continued…



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煌めく星を視る児

サブタイトルに捻りがなくなってきた。そして黒き王であることを辞めたバカの快進撃が始まるかもしれない。これで最後はちゃんと白き王に負ける未来に持っていけんのかなぁ。トンチキだもんなぁ。輝くトラペゾヘドロン耐えそうで恐い光の奴隷ってなんなんだろうなぁ。


 

 蠢く闇。果てしない殺戮。血臭を撒き散らして魔人は――邪神は進む。先ずは覇道邸の襲撃。シナリオを進めるために必要な措置。

 

 大十字九郎も覇道鋼造も不在の覇道邸を襲撃したところでメリットなどないのだが、破壊と殺戮を餌に釣られてやってくる存在を待っているのだ。

 

 見つけるだけの力はまだ回復していないが、回復を待っていては大事に障る。故に見つけてもらうことにしたのだ。その為には涙と悲鳴が必要だ。

 

 男を殺し、女を犯し、子を玩び、悪徳の坩堝を作り上げていく。

 

「何を考えているのかね? アウグストゥス君」

 

「決まっているとも。大導師殿に御登場頂くための下準備よ」

 

 邪悪な笑みを浮かべてウェスパシアヌスの問いに答えるアウグストゥス。否、アウグストゥスの皮を被った邪神。死したアンチクロスを甦らせた魔人に対して老紳士の魔人は不気味な物を覚えた。

 

「(まあ良い。良いな。いずれにせよ逆らえぬのならば与えられた役目は果たすとしよう)」

 

 只者ではなくなっているアウグストゥスの事を深く追求することもないと、ウェスパシアヌスは使い魔を操り殺戮を撒き散らす。

 

 自身が死人で如何様な手法で甦ったかはわからずとも、虎視眈々とアウグストゥスを蹴落とそうとしていた自らがこうして素直に彼に協力の姿勢を見せているのは無意識下に植えつけられたなにかによってアウグストゥスには逆らわない様に仕向けられているからだろうとウェスパシアヌスは思っていた。

 

 そして辿り着いたのはひとつのシェルターだ。入り口は強固な隔壁によって守られているが、魔人にとっては障子の紙を破る程度の労力で済む程の薄壁でしかない。

 

「カリグラ」

 

「グゥゥ、おおおおっ」

 

 カリグラの放つ丸太の様な腕が隔壁を吹き飛ばした。

 

 そして聞こえる悲鳴は吹き飛ばされた隔壁に巻き込まれて絶命した避難民の家族か或いは知り合いなのだろう。

 

 シェルターに足を踏み入れたアウグストゥスがなにかを探すようにして――なにかを見つけて止まった。

 

「っ、てて。大丈夫かコリン?」

 

「うーん、…なんとか」

 

 吹き飛ばされた隔壁が丁度折り重なった隙間から這い出てきたジョージとコリン。それをアウグストゥスは見つけ、人の良い人相を張り付けた笑みを浮かべて近づいていく。

 

「おやおや。大丈夫かな君たち」

 

「「ッ――」」

 

 そのおぞましくも通りの良い聲。魔術的にも伝播しそうな響く聲で語りかけたアウグストゥスの聲を聞いて二人の子供はその動きを止めた。

 

「どうしたのかな? 恐がる必要はない。私は神の御使いでね。君たちを迎えに来たんだよ」

 

 優しく、恐怖を和らげる様に子供に語り駆ける人の良い神父の様に、アウグストゥスは言葉を紡ぐ。

 

 だが子供たちも普段から教会に身を置く者として聖職者とはなんたるかを視てきた経験から、目の前の男が決してそうした神道の徒でないことは直感で確信していた。

 

「いや、やだよ…、ライカ姉ちゃん……」

 

「くっ…」

 

 そんな邪悪な神父の仮面を被る男の気に当てられたコリンは震えながら白き天使の名を呼んだ。居ないとわかっていても、多くの人を助けに行った白き天使は。正義の味方である前に彼らにとっては親同然の絶対的な保護者なのだ。

 

 そして教会では自分が歳上だからと心の隅にあるジョージはコリンの身体に覆い被さりながら、恐くてもいつでも逃げれる様に目の前の魔人を睨み付けていた。その目尻に涙を浮かべていても、いたずら小僧で時には女の子を泣かせてしまうことはあっても、それは子供特有の加減がわからないだけで。子供であっても彼は家族を守ろうと恐怖に立ち向かう男の子だった。

 

「どうかね? ウェスパシアヌス。彼等の素養はあると思うが」

 

「確かに。この場に居てそうも強く自我を保てることは評価に値する。するとでも。誇りたまえ、君たちは凄いのだよ」

 

 健気に恐怖と戦う子供たちをウェスパシアヌスは素直に称賛した。

 

 普通なら恐怖に戦いて、或いは気を狂わせてもおかしくはないだろう。

 

 それが子供たち以外の周囲に乱雑する肉袋だった。発狂して狂った者から呪いを受けたかの様に身体を内側から破壊されて呪いに食い尽くされていく。

 

 だが二人の子供はその呪いに耐えていた。恐怖によって反応する呪いに。それはほんの少しの遊びだ。ただ、この手の遊びが好みなのを邪神は知っている。

 

「助けて……」

 

 白き天使も、白き王も。彼等が一番頼れる大人が。保護者が誰もいない。そんな絶望(げんじつ)の中でも精一杯呪いに抗いながらも、恐怖に砕けそうな心を必死に守り耐えながらも、どうにもできない現実を前にして。

 

 片方の弱気な少年が一言呟いた。

 

 小さな声だ。小さすぎて庇う少年ですら聞こえない声量の儚い願いだ。

 

 そんなものはないと言われてしまいそうな程にか細く呟かれた精一杯の一言。

 

 故にそれは当然の様にやって来た。

 

 血と屍を築き上げる災禍を生む魔人を滅するために。

 

 切実なる生命の叫びを聞き届け、どんな小さな祈りであっても聞き届けるもの。

 

「――そこまでだ」

 

 言葉と共に振るわれた閃光の一撃が、シェルターを覆う呪いを消し飛ばす。

 

 子供たちを背に現れたのは年端もいかない子供だ。黄金の輝きを放つ髪を靡かせ、その荘厳な碧眼に宿敵を映す。

 

 その背中は小さく頼りないだろう。だがそれを目前にしている子供たちは違った。

 

 嘆きも恐怖も、そして心を苛む絶望すら一瞬で消し飛ばし、あまねく負の因子を鎧袖一触せしめる絢爛たる煌めきを放つその背が、絶対守護者として存在するという気圧に、子供たちは魅せられた。

 

 覚悟と共に邪悪を射抜き、守護を誓うと宣誓するその姿を。

 

 故に悲劇は閉幕。少なくとも子供たちを襲う悲劇は幕を閉じた。

 

 希望を与える熱気に嘆きは消え、恐怖は蒸発した。

 

 恐怖と絶望が支配しようとしていた心に沸き上がってくるのは震えるほどの頼もしさ。もう大丈夫だと、万の言葉を尽くすより雄弁に魂が喝采を叫ぶのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()と――。

 

 あらゆる邪悪は一切滅びるのだと、その姿に確信を持てた。

 

 その顔を子供たちは覚えている。あの夕焼けに現れた魔人であることを子供たちは覚えている。

 

 自分たちの遊び仲間になった少し歳上の少女よりもまた少し歳上の少年。自分たちの保護者からすれば彼も庇護の対象になるだろう年頃の少年が、日常の延長で小バカにしたりじゃれたりする青年と戦ったことも覚えている。

 

 しかし今のその姿はその時がまるで夢の様に欠片もなく同じ人物とは思えないほどに頼もしく。そして味方であると確信出来たのだ。

 

 そして子供たちは光の煌めきをその目に焼きつけることになった。

 

創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星

 

 その手に握られた二振りの魔法剣と魔王剣に膨大な光熱が宿り始める。

 

巨神が担う覇者の王冠。太古の秩序が暴虐ならば、その圧政を我らは認めず是正しよう

 

 この覇道を止められはしない。悪がこの路を阻むのならば、それを降してみせよう。

 

勝利の光で天地を照らせ。清浄たる王位と共に、新たな希望が訪れる

 

 故にその身に許されるのは勝利のみ。邪悪を浄化し、この狂った因果を是正する。

 

百の腕持つ番人よ、汝の鎖を解き放とう。鍛冶司る独眼(ひとつめ)よ、我が手に炎を宿すがいい

 

 己の敵を、余さずすべて焼き払う絶死の焔を見るがいい。これが邪悪を滅ぼす死の光。

 

大地を、宇宙を、混沌を――偉大な雷火で焼き尽くさん

 

 万物すべてを滅亡させる天神の雷霆。生命を根絶する死の閃光である。

 

聖戦はここに在り。さあ人々よ、この足跡(そくせき)へと続くのだ。約束された繁栄を、新世界にて(もたら)そう

 

 故に人々よ。その責苦と共に怒りと嘆きを力に変えてぶつけてくれ。己の身はその代弁者。そして明日を拓く剣なり。

 

超新星(Metalnova)――天霆の轟く地平に(Gammaーray)闇はなく(Keraunos)

 

 二振りの魔剣に宿った黄金の輝き。児らはその光に希望を見た。そして邪悪に身を連ねる者は嫌悪と憎悪を抱いた。

 

 その輝きは黄金の輝きを放つ鋼の英雄。或いは総てを愛する黄昏の破壊公と同じ、すべてをその煌めきで照らしているが。

 

 甘粕黒羽――クロウリードは善性の属性を持っていようともその本質は魔王だ。

 

 秩序・悪の様などうしようもなく質の悪い存在である。

 

 故に英雄本人ではないクロウが放つ光は夢の産物でしかなく、あくまでフェイク――偽物だ。そこには本物には迫れないリアリティが欠けてしまう欠点がある。贋物であるが故の劣化だ。

 

 だがそれを補完するのがその光を見た相手の実感なのだ。この光をただの光と思えば、究極な話だが核分裂光でさえただの電気の明かりの様に感じるだろう。

 

 しかし今この場に居る魔人たちと子供たちにとっては、黄金の輝きを放つ煌めきは真実夢ではなく現実なのだ。

 

 その実感がより強い破邪の光となって魔剣を英雄の煌めきに迫る光で輝かせるのだ。

 

 邯鄲法に依って再現される力なのだ。その法則は邯鄲法に影響されて然るものでもあった。

 

 夢を持たなかったからこそ手に入れた力は。(イメージ)を自らの物にすること。

 

 悪徳を成す黒き王も、邪悪を滅ぼす光の英雄となったのも、この邯鄲(ユメ)があればこそ別人の様に振る舞えるのだ。

 

 今のクロウは黄金の英雄の夢を自らのものにしている。即ち悪の敵として立ちはだかる英雄なのだ。

 

「お待ちしておりました、大導師(グランドマスター)。貴方様に復讐する為、黄泉の国から舞い戻って参りました」

 

「邪神に呑み込まれたか。隠さずともわかっているぞ、アウグストゥス。如何様に力を付けようと邪悪はただ断つのみ」

 

 悪神断つべしと、クロウはその煌めく光の剣を構えた。

 

 光の英雄であるから悪を赦してはおけない。何故なら今の彼は正義の光の徒だからだ。英雄の様に英雄たれと自らに課しているからだ。

 

 無辜なる児に涙を流させる不条理に断罪の刃を降り下ろさんが為に。

 

 そしてアウグストゥスは心優しそうな神父の仮面を剥がし、忌々しげに顔を歪めてその聲には憎悪すら含んだ聲で言葉を紡いだ。

 

「度が過ぎたのだよ、人間。いと愛おしき者よ。君は実によくやってくれたが、我々(わたし)のシナリオを外れるというのならば是非もなし。用済みの役者にはご退場願おう」

 

 その影が蠢き、アウグストゥスの仮面すら剥がして邪神その本性を光の英雄へ向ける。

 

 その吐き気を催す悪意は質量すらも持ち、光の英雄を襲うが。その悪意を真正面から受け止める。何故なら今の彼には背に背負う生命があるからだ。故に何があろうと引きはしない。退きはしない。

 

「黙れ、邪神。貴様にくれてやるものなど欠片のひとつもありはしない」

 

 その悪意を吹き飛ばして紡がれたのは誓いだ。言葉少なくとも明確に込められた守護の意志だ。

 

「それでもなお()ると言うのならば加減はしない。全力で相手をしよう。そして滅ぶがいい。おれからお前に告げるのはそれだけだ」

 

 たとえ人類の宇宙が滅びるのだとしても、アザトースの庭を解放する為に途方もない時を幾度も繰り返すその諦めの悪さ。執念。必ずその悲願成就の為に成し遂げるのだという真摯な姿勢には、ある意味敬意さえ持っている節もある。その点には共感出来るのは自らも幾星霜の那由多の果てに永劫回帰を乗り越えてきたからだろう。

 

 ()()()()()()

 

 目の前の邪神は許されざる悪だ。その一点だけで、悪の敵となった光の英雄に容赦はない。ただ成敗する“悪”として認めるが故に破邪の光となって闇を切り裂くのだ。

 

 光の英雄が閉口すると、場は沈黙に包まれた。誰もが身動きせず、次の一手を読む為に闘志を滾らせて集中しているのだ。迂闊な真似は即刻死を意味する。それは全員の共通認識であるが故に、戦場に居ながら観客席に座った二人の子供だけはその場を離れることも出来た。

 

 仮に彼等が動き、魔人たちがその生命を狩ろうとするのならば光の英雄が全力でその魔手を切り落とすだろう。守られているという自覚があるからこそ、二人は動かない。動けないのではない。動かないのだ。

 

 英雄の背に魅せられ、その姿を今からも視る為に。

 

 そして、英雄の武勇譚が始まった――。

 

 

 

 

to be continued…



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蘇る片翼

最初はさ、兼定とティべちゃんのガチバトル書くはずだったのに、そっちが思いつかないから後回しで書いてたらなんかとてつもないことになってしまった。だから光の奴隷とか亡者とか殉教者とか勝手に動いてくれないでくれませんかねぇ。


 

 邪神と魔人と対峙する光の英雄となった魔王。

 

 その手に握られる極光剣。邪悪を打ち破る破邪の光を子供たちは目に焼き付け、邪神は忌々しげに顔を歪める。

 

「ガルバ! オトー! ウィテリウス!」

 

 最初に動いたのはウェスパシアヌスだった。魔王であれども呪詛は通じるという経験則が、必然的にこの場での一番槍をウェスパシアヌスが担う事になったのだ。

 

 使い魔の奏でる怨讐の共鳴。それは三重奏となり純度を高めて英雄を襲う。

 

 これが魔王であれば正面から受ける前に障壁で防ぐか、当たる前に避けるだろう。

 

 しかし英雄はその場から身動きを取らない。何故ならば英雄の背中には今、守り尊ぶべき無辜の生命を背負っているのだから。

 

 純化した呪いはもはや物理的な実態すら結び、汚泥の様な粘度の津波となって英雄を呑み込もうとしている。

 

 これに呑み込まれれば常人ではただでは済まないだろう。そしてその常人の生命を英雄は背負っている。

 

 故に英雄に後退はない。否、最初から英雄にそのような言葉は存在しない。進むと決めたのならば進み続けて踏破する。その道のみが光の英雄に許された唯一の路。その名を覇道という。

 

 一度踏み出した覇道の歩みは止められない。止められるのならば、それは覇道とは言わない。

 

 世界を作り替えて明日へと到る為に、英雄は覇道を征く事を選んだのだ。

 

 魔人の呪詛程度で怯みもしないし止められもしない。

 

 故に奮い起て、顔を上げて前を向け、進むべき路は己が切り拓こう。

 

 閃光一閃。振り抜かれた極光剣から放たれた十字の光波が、その邪悪を断つ光が呪詛を両断した。

 

 この背には何人たりとも触れさせはしないという絶対守護の誓いと共に英雄の剣は更なる輝きを灯す。その力の源泉は正しく背にある無辜の生命の英雄への無条件の信頼だ。頼るべきもののない小さな生命が、最後に縋れる相手(えいゆう)に向けて抱く切実なる生命の叫びが光の英雄の力になっているのだ。

 

 ――信じるものがいる限り、たとえ何者が相手でも勝利する。

 

 それが光の英雄が掲げる戦の(しんねん)だ。

 

「故に。その強さが仇となる」

 

「ぐぅっ――がっ……ごほっ」

 

 邪悪な神父の言葉と共に、英雄がその口から吐血する。それも鮮血ではない。黒く濁りきったタールの様なドロリとした粘度のある最早血液等とは呼べない代物だった。

 

「失念していたかね? 君の言葉を借りるならこうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「かは…っ」

 

 身体の中を、病が蝕む。頭痛がする。吐き気と目眩が襲う。身体は不快な寒気と燃えるような熱に侵される。自らの身体の中で突如として発生した異常事態。死の病魔が猛毒となって英雄の身体を毀しているのだ。それだけではない。身体から力が抜けていくのだ。魔力、精力、活力。生きるための力が簒奪されていく。

 

 そして邪神の手には一冊の魔導書が在った。その魔導書は著しく力を封じているが故に感じる力は下位のそれよりも弱く死んでいる魔導書と同じだろう。だがその魔導書の放つ妖気を見間違えるはずもない。

 

 我が半身。我が伴侶。我が存在の半翼。

 

「くろ、は……」

 

 自らの魂にまで同化している筈の魔導書が、他人の手に渡る筈がない。

 

 しかし現に魔導書は邪神の手にある。その仕掛けは単純にして明解だった。

 

「千の無貌を持つ我が化身(アヴァタール)。ただそれだけの意味(こと)よ」

 

「ぐっ」

 

 魔剣を杖代わりに、クロウは邪神を睨む。煌めく黄金の髪は本来の漆黒に変わり。絢爛たる碧眼も血のような真紅のそれに戻っていた。魔導書を通じてあらゆる闘争に必要なものを吸いとられているのだ。

 

「カリグラ」

 

「オオオオオォォォォーー!!!」

 

 逆十字一の怪力の拳。魔力を纏った砲撃の様な一撃が、クロウの身体に突き刺さる。

 

「ごがっっ……」

 

 丸太のような太さの拳が、小さな身体の骨を、内臓を、粉々に、ぐちゃぐちゃに、粉砕した。

 

 衝撃が背中を突き抜け、身体の中身が背中から出ていかなかったのが奇跡のような深刻な痛手を負った。

 

 脊髄すら粉砕された。しかし、それでも剣を握る手は鋼の意志で離さない。衝撃は肩の関節を外し、筋肉もズタズタにしても、剣を離さない腕がクロウの身体をその場から引き下がらせない。

 

 身を焼く熱に、脳細胞を犯す病がもたらす腫瘍により想像を絶する痛みが襲おうとも、その視線だけは離さずに邪悪を睨む。そして魔人を睨みつける。その視線に魔人は怯えた。自らを殺した者の目付きはまだ死んではいない。むしろ必ず滅してやるという誓約にも似た誓いを完遂するという狂気に怯えた。

 

 カリグラはその恐怖を払わんと、再び拳を振り上げた。頭から潰せばいくらなんでも死ぬだろうという判断だった。

 

 それは間違いではない。魔術という術を奪われた今のクロウは見かけ相応の、子供の身体と相違ない耐久力しか持たない脆い存在だ。今の一撃で死なずに形が残っている方が奇跡に近いのだ。

 

 そう。奇跡なのだ。普通の人には成し得ないかもしれない。しかし人故に誰もが成せるだろう。

 

 守るべき生命があるから。守りたい生命があるから。そして――。

 

「かえ、せ…っ。″ソレ(クロハ)″、は――おれのものだ!!!!」

 

「グっ!?」

 

「なに!?」

 

「なんと!」

 

 カリグラが降り下ろした拳は障壁に阻まれた。五角形の黒い魔方陣。ナコト五角形の示す意味は、それがナコト写本の魔術である事を意味する。

 

 そしてクロウの身体から現れる黒い少女。それは邪神の手にある魔導書の精霊。しかし身体とも言える魔導書は邪神の手にあるのならば精霊である彼女もそこに在って然るべきだろう。だがそんな道理は彼女には通用しない。何故ならば彼女はたったひとりの魔術師に仕える存在だ。たとえ何者であっても、幾星霜の那由多の果ての永劫回帰の中で培われたものは真に彼女だけの物語だからだ。

 

「何故だ。貴様は我々(わたし)の一部だ。千の無貌を持つ我々の一面が、何故その様なちっぽけな人間の味方をする!」

 

 千の化身を持つ邪神。それは個であり全でもある。だがそれは総てで単一という存在ではなかった。邪悪な神父や褐色肌のメイド、機械仕掛けの神が居るように、とある世界では人の化身、あるいは魔を断つ剣となった様に、確かに化身であっても、その個が築いた物はその個だけの個性であるのだ。

 

「私の全身全霊はマスターの物。生まれはどうあれ、わたしと(マスター)の絆は確かなもの。死がわたしたちを別つとも、私は我が主クロウリードと共に在る!」

 

 それは聖約だった。何があっても自分だけは共に在るという彼女の誓い。たとえ世界の総てが敵になっても、たとえ主の生命の灯火が消えようとも、富めるときも病めるときも、何があっても自分だけは共に在るという彼女の告白が彼女の存在を確立させている。

 

「莫迦な! ありえん! そんな感情(もの)は幻想に過ぎぬ! 我々(わたし)の影に過ぎぬ半端物の魔導書が自己を持つなどと、身の程を知れ!」

 

 魂ならば肉体から辿り接続出来る。邪神は手の中にある魔導書に強制介入を掛けるが、目の前の少女には一切の変化はみられない。

 

「なにをした!?」

 

「私は縛られない。わたしはマスターの命令(ことば)のみに従うもの。我こそは、『ナコト写本魂魄言語版』なり」

 

「魂魄、言語……」

 

「まさか。魔導書が自己を肉体たる書から分離させて意識という魂のみの存在として魔導書となるとは。凄いものを視たなぁ」

 

 自らを魂魄言語という聞いたことのない分類を名乗るクロハに、ウェスパシアヌスは奇跡の産物でも見るかの様な口調で言葉を発した。

 

「まだ戦えますか? マスター」

 

「ああ。まだだ…。おれは戦える」

 

 病に犯され、身体を動かす精力は奪われ、戦うための活力を奪われ。しかしその程度では止まらない。

 

 その程度で止まっていて、夢が叶えられるものか。諦めない、諦めないぞ見るが良い。これが人間の底力だ。これが人間の持つ輝きだ。そうだ、まだ自分は生きているのだ。生きているのなら、折れない闘志があるかぎり戦える!!

 

「そうだ、――()()()!」

 

 再び邯鄲(ゆめ)の力を使う。人類の無意識に問う。この場合の対処を。それこそ魔王が震撼する程の術を使い、この死に体から脱却する為の術を。

 

接続(アクセス)――マスター」

 

 そして魂で繋がっている従者が主の為に邯鄲の力を行使する。魔王の眷族である彼の半身ならば力の一部を行使することは可能だ。

 

蘇る。そう、あなたはよみがえる。私の塵は短い安らぎの中を漂いあなたの望みし永遠の命がやってくる

 

 紡がれる祝詞は新生の為の呪いの詞。魂を捧げ、怪物を世に蘇らせる為の儀式の調律。

 

種蒔かれしあなたの命が、再びここに花を咲かせる。刈り入れる者が歩きまわり、我ら死者の欠片たちを拾い集める

 

 生命と死の循環を今ここに。死せる命の輝きを取り戻す為に。

 

おお信ぜよ。わが心。おお信ぜよ。失うものは何もない。私のもの、それは私が望んだもの。私のもの、それは私が愛し戦って来たものなのだ

 

 死者の復活が罪と言うのならば、この罪をもって死者よ蘇れ。

 

おお信ぜよ。あなたは徒に生まれて来たのではないのだと。ただ徒に生を貪り、苦しんだのではないのだと。生まれて来たものは 滅びねばならない。滅び去ったものは、よみがえらねばならない

 

 滅ぼすと言うのならば新生を今ここに。この命は神が徒に産み落とした忌み児ではない。世界を絢爛たる輝きで照らし、導き慈しむ光であるのだから。

 

震えおののくのをやめよ。生きるため、汝自身を用意せよ。おお苦しみよ。汝は全てに滲み通る。おお死よ。全ての征服者であった汝から、今こそ私は逃れ出る

 

 捧げる供物は世界の魂。踏破した数だけ無量大数の魂たちは、たとえその担い手が黒き王であれども邪神を倒す為とあらばその力を躊躇なく差し出してくれる。

 

「――太・極――」

 

 太極の展開と共に、既にクロウの身体の病は完治され、死肉となった身体の再生が始まる。

 

 それを妨害しようにも、詠唱と共に魔導書の精から吹き荒れる黄昏の輝きが邪神や魔人の動きを阻害していた。この儀式を邪魔立てすることは決して許しはしないという意志が介在するかのように。

 

「随神相――神咒神威(かじりかむい)無間衆合(むげんしゅうごう)

 

 それは神座の世界で紡がれた新生の儀式。

 

 吹き荒れる黄昏の輝きが死せる肉体を包み込み、新生の時は訪れた。

 

 病に侵され失った血肉を再生させながら、それでも精神的に乱された、奪われた物の再生は自らの力でのみ。誰の力も借りられない。それだけは最終的には自分がどうにかするしかないのだから。

 

 そして、邯鄲での再現とはいえ鋼の意志で踏破する者の力を使い創世の神の力までも使っていながらこの無様を何時までも晒すことは出来ない。

 

 故に不屈の意志は倒れる事なく立ち上がる。

 

 涙を明日の希望に変えるため、必ずやこの手に勝利(ゆめ)を掴むと決めた。その信念がある限り、敗北は許されない。英雄の様に決して敗ける事はないのだと豪語するように。

 

 それでも万全には程遠く、しかしそれでも抗える物語(ゆめ)を使わせて貰おう。

 

創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星

 

 星の輝きの様に、もう一度自らの闘志を燃焼させる。水を掛けられたどころか砂や土を混ぜた泥水をぶちまけられた焔は一度消されてしまったとしても、また火を点ければいい。そして、また燃え上がらせればいい。

 

 破邪の為の火を、今、灯そう。

 

愚かなり、無知蒙昧たる玉座の主よ。絶海の牢獄と、無限に続く迷宮で、我が心より希望と明日を略奪できると何故(なにゆえ)貴様は信じたのだ

 

 闘志を灯せ。邪悪への怒りで燃焼させろ。足りない現実味(リアリティ)を、意志の力で補填しろ。いくら奪われてもこの魂にある闘志だけは奪えぬものと知れ。

 

この両眼(りょうがん)を見るがいい。視線に宿る猛き不滅の(ほむら)を知れ。荘厳な太陽(ほのお)を目指し、高みへ羽ばたく翼は既に天空の遥か彼方を駆けている

 

 夢を叶える。その渇望を燃焼させろ。それを邪魔する邪悪を赦すな。邪神を赦すな。その存在を憎悪の焔で燃やし尽くせ。

 

融け墜ちていく飛翔さえ、恐れることは何もない。罪業を滅却すべく闇を斬り裂き、飛べ蝋翼(イカロス)――怒り、砕き、焼き尽くせ

 

 高め、荒ぶり、断ち切り、燃やす。それがこの星光の基本にして奥義のすべてと言えるだろう。だからこの身を焦がされようと、蝋翼が溶け落ちようとも、進み続ける事を止めはしない。それが英雄に焦がれた者の路だ。

 

勝利の光に焦がされながら、(あまね)く不浄へ裁きを下さん。我が墜落の(あかつき)に創世の火は訪れる

 

 たとえ倒れても、悪を滅するという意志だけは貫くと。あの英雄の様になりたいと切に願い、あるいは魂の叫びを形にする。

 

ゆえに邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ

 

 邯鄲を通じて結晶化する星の輝きの名は――。

 

超新星(Metalnova)――煌翼たれ、(Mk・braze)蒼穹を舞う天駆翔・紅焔之型(Hyperion)!」

 

 黄昏の輝きの中から現れたのは死肉を健常に復活させた英雄の姿。しかしその姿はまだ不完全。髪はまだ黒いまま。闇を融かしたような漆黒の長髪を靡かせながら、しかしその瞳は色違い(オッドアイ)だった。

 

 血の様な紅と、水のような碧眼は妖しくも絢爛たる輝きを放つ宝石の様だった。

 

 そして、その手に握られているのは黄金の柄と鍔を持ち、魔術術式加工を金属粒子レベルで施された風の魔剣に宿るのは確かな荘厳な黄金の輝き。無様で不完全で、でもその手の剣だけは英雄の剣に相違なし。

 

 心にある魂は何よりも心強くて、なにものにも換えられないもの。

 

「戻ったな。クロハ」

 

『イエス、マスター』

 

 魂に溶け込む別の魂。同化しながらも調和し、個と個であるのは二人が互いの存在を個として望んでいるからだ。融け合うほどに愛しているから、個として高間いに愛を奏でたいから。

 

 剣を構える。些か背が縮んでいるが問題はない。剣は振るえる。か弱い女児の身体であっても、鋼の意志で剣を振るうまで。

 

 黄金の輝きを宿した魔剣を、握り締めながら床を蹴る。風の様な(はや)さで振るわれた一撃は魔人の知覚を超えてひとつの宿業を断罪した。

 

「先の一撃の借りだ。とっておけ」

 

 両断という表現すら烏滸がましい。魔剣を包む黄金の輝きの焔が巨漢の魔人を呑み込み断罪した。断頭台の刃が呆気なく死刑囚の首を落とす様に、呆気なく切り裂いた。ただ邪悪の一切を滅するだけ。

 

 復活には遠いが再起は果たした。ならば進むのみ。ただこの歩みを続けるだけだ。

 

 自らの敗北が惨事に繋がると知るならば、己は絶対に勝たなければならないのだから。

 

 だから英雄の力を使うことができる。英雄の属性を自らに当て嵌め――いや、自らが英雄の力を使う器に変わらせるだけだ。

 

 故に英雄として悪を討つ。

 

 英雄として世界を救う。魔王として世界を殺してきた自らの贖罪だ。

 

 それが最後の試練だ。

 

 奪われたからなんだ。失われたからどうしたというのだ。

 

 奪われたのならば取り戻せ。失われたのならば生み出せ。

 

 その様な道理など無理で抉じ開けろ。それができる意志の力は(こころ)に。

 

 邪悪の魔手を砕くため、尊ぶべきものたちの未来のために。

 

 明日の涙を笑顔に変えるために、この魂を正義として再燃焼を開始する。

 

 今のは反射だった。込められた祈りが身体を動かした。これからは意志で破邪を、断罪を、悪へ不義の鉄槌を。

 

 閃光に輝く剣を構え、身体から焔を噴き出して、炎熱の星となった英雄は踏み出す。

 

 その刃は魔人を捉える。結界に阻まれる。刃が通らない。力ではなく知が高いこの魔人にとって真正面からの斬撃ならば止めることは容易い。知覚出来ずとも来るとわかっているのならば備えられる。しかし魔人よ、貴方はまた同じ過ちを犯しているのに気づいているのだろうか?

 

「ぬお!?」

 

 英雄の握る光の剣は輝きを増して結界に綻びを生む。強化しても、食い込んだ刃の光が術式を端から焼き尽くしていく。

 

 だがまだ足りない。灯した意志は戻っていても、重ねた邯鄲(ゆめ)を一度崩され、その威力は積み重ねる前には及ばない。

 

 並ばもう一度積み重ねれば良い。

 

接続(アクセス)――マスター』

 

 そして未だ弱い灯火に重ねるのは更なる灯火。

 

かれその神避りたまひし伊耶那美は(Die dahingeschiedene Izanami wurde auf dem Berg Hiba)

 

 選んだ物語(ゆめ)は、家族を取り戻したいと願った少女の力。型には嵌まらないとしても今はこの灯火が必要だった。火と火を合わせて炎にする為に。

 

出雲の国と伯伎の国(an der Grenze zu den) その堺なる比婆の山に葬めまつりき(Landern Izumo und Hahaki zu Grabe getragen.)

 

 この想いを情熱に換えて邪悪を祓う焔となれ。決して諦めない意志と共にこの火をどこまでも燃やそう。

 

ここに伊耶那岐(Bei dieser Begebenheit zog Izanagi sein Schwert,)

 

 立ち塞がるものあらばこの焔の前に塵となれ。夜道を灯す様に闇の中でさえ燃え上がれ我が魂。

 

御佩せる(das er mit sich führte und die)十拳剣を抜きて(Länge von zehn nebeneinander gelegten)

 

 だから我が主よ。どうか迷わないでください。止まらないで、歩き続ける路を私も続いて征きますから。

 

その子迦具土の頚を斬りたまひき(Fäusten besaß, und enthauptete ihr Kind, Kagutsuchi.)

 

 この輝ける焔で、貴方の敵を尽く灰塵と帰す。

 

創造(Briah―)

 

爾天神之命以布斗麻邇爾ト相而詔之(Man sollte nach den Gesetzen der Götter leben.)

 

 英雄の身体を更なる灯火が包み、そして大きな炎となって溢れ出す。まるで身体が焔そのものになるかの様に、髪も瞳も朱に染まる。

 

 光の輝きとは違う焔という熱が災禍を焼き尽くさんと結界の術式を焼き切り、魔人の身体を切り裂いた。

 

「やはり…、貴方は化物だった……」

 

「ああ。おれは化物だ」

 

 そう残して灰塵となって消えていく魔人への手向け。光の魔王の眷族が化物で無いわけがないだろう。黒き王として登り詰め、そしてその登り詰めた属性が反転した光の英雄でもある自分が化物でなくなんだと言えるのかと、英雄は塵と消えた魔人に問うように答えた。

 

 そして英雄は邪神と相対した。そして今度こそ邪神は目の前の英雄を呪いを吐くかの様に嫌悪した。

 

「おのれ。化物め…」

 

「重ねて言うぞ。おれは化物だ」

 

 そう。邪悪を滅する化物だ。宇宙の混沌を受け入れない、人の覚悟を身に宿した光の英雄(バケモノ)だ。

 

 負の極限に堕ちた悪鬼でありながら正の極限に至る英雄の資質を持つ人間の窮極の存在へと登り詰めた存在。

 

「そう。それが黄昏の黄金へと至った彼。世界そのものである魔人となった。彼もまたクラインの壷の中で産まれた一柱の神。そもそも君たちは揃いも揃って光の属性を嘗めすぎだ。散々同じ様な過ちを犯しているのに気づいていない。正邪の極限に至った彼が、何故旧神の様な神様にならないと誰が言えるのか」

 

 世界の中心で魔人は焔となった英雄を視て、愛しげにその存在を語った。

 

 語り部の因果は断ち切られた。ならば新たな神の英雄譚を語ることはこの魔人の仕事にしても罰は当たるまい。

 

「きしし。魅せておくれよ我が愛しき黄昏の黄金。貴方に恋をさせておくれ。貴方の愛を奏でさせてくれ。貴方の輝きを刻みつけておくれ」

 

 うっとりと、初恋に蕩ける少女の様に、魔人は世界の中心で愛を謳った。

 

「よかったな、カールよ。先達として何か助言でもくれてやるべきだと思うが?」

 

「この私からしてもドン引きですよ獣殿。私の女神へ捧げる愛と同列に扱って貰っては困るというもの」

 

「人を超え、獣を超え、神に至りしその気概。良いぞ、我が眷族(むすこ)よ。今のお前は輝きに溢れているぞぉっ!!」

 

 なんやかんや神様と魔王たちは持ち込んだ円卓テーブルや無駄にデカイ椅子やらに座りながら世界の中心で事の経緯を見守っていた。

 

 

 

 

to be continued…



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背徳の狩人

light汚染の所為で生身バトルについ熱が入りすぎた。久方ぶりのデウス・マキナファイトでやりたいと思うことはやれたかなぁ。


 

 量産型破壊ロボの群れを突破して夢幻心母に突入した俺たちを出迎えてくれたのは気持ちの悪い光景だった。

 

「気をしっかり持て。邪神の気に当てられるぞ」

 

「ああ…」

 

 邪神クトゥルーの復活。それがブラックロッジの狙いだった。

 

 肉と無機物が冒涜的にひとつになって融け合っている。

 

 夢幻心母を依代にして召喚されたクトゥルー。その器のこの夢幻心母の中はさながら邪神の腹の中ということだろう。

 

「気味が悪ぃな…」

 

 インスマウスの神殿程ではなくとも視ていれば平常を狂わせる程度にはグロテスクで人の感覚が理解してはいけないものから目を逸らしながら九郎はデモンベインを進める。

 

 エンネアから齎されたこの世界の真実。

 

 繰り返される戦いの輪廻。終わりの見えない永劫の戦いを戦い。

 

 因果を断ち切られても、それまで無限螺旋の語り部を担ってきたのだ。

 

 そして知ることになったのはひとりの魔術師が叶えたいと願う切実な願い。

 

 ただ巻き込まれただけのひとりの魔術師が辿った凄絶な覚悟と、何者をも犠牲にしようとも己の望みを叶えたいという強い意志だった。

 

 それを俺は実感した。夢であって(ゆめ)でない現実(ゆめ)

 

 あの邪悪は、本当の姿ではなかった。その魂は尊ぶべき光を持った存在だった。

 

 同情しちゃダメだよ九郎。クロウはね、九郎に倒されなきゃならないんだよ。あの子の因果を終わらせられるのは九郎だけなんだ。

 

 奴に同情も哀れみも不要だ。その感情を抱いた瞬間に負ける。救う側になってはならないのだ。挑み、そして踏破するものとして戦わなければ、マスターテリオンは倒せん。

 

 エンネアと覇道鋼造から告げられた言葉に納得のいかなかった九郎ではあるが、夢の中でクロウの心に触れた九郎は直感的に理解してしまったのだ。

 

 そして()()()()()の経験談から告げられた言葉にも腑に落ちてしまった。

 

 今の狂った世界を作り替えて、正しい因果の世界にする。それがどんな結末を迎えるかなんてわからないし、結果的にはクロウの掲げる答えが正しいのかもしれない。

 

 それでも、それでこの世界を滅ぼされて堪るかと思うから、戦うしかないんだろう。互いに譲れないものがあるから。

 

 そしてこの夢幻心母でクトゥルーを召喚した真のマスターテリオンについてもエンネアから聞かされている。

 

 クトゥルーを止める為の術もだ。

 

 クトゥルーを止めなければ世界が滅ぶ。クトゥルーは前座に過ぎない。その後に控えている更にヤバいものの存在も。それこそ今は先にコイツから止めなければならないと思える程の真実。クトゥルーを今この場で倒せるかはわからないし、正直ダゴンみたいな雑魚とは比べ物にはならないと覇道鋼造から教えられている。

 

 それでも、やらなくちゃならない。失いたくない日常を失わないために。

 

 ああ。俺に前世なんて関係ないし。今の状況が仕組まれたものだってわかっても別段なにかを思うことはない。

 

 俺がアーカムシティに来たのも、ミスカトニックに入ったのも、邪悪に触れて一度逃げ出したけど、高慢ちきな古本娘に絡まれていつの間にか世界の命運なんぞという御大層な物を背負っちまう立場になったのも。

 

 全部自分で決めたことだ。

 

 アーカムシティに来ない選択もあった。ミスカトニックに入らない、邪悪に触れても逃げない、古本娘を知らん振り。

 

 思い返せばいくらでも今の居場所に居ない選択だってあったんだ。

 

 それでも。ここにいるのは自分の意志だ。

 

 視線を下に下げれば、小さくても頼もしい背中がある。

 

 最初は巻き込まれただけだった。そして逃げ出した筈の邪悪が日常に迫ってきた。そして打ち負かされた。

 

 だから戦おうと決めた。悔しさをバネに、そして邪悪が二度と日常を脅かさない様に。

 

 戦って、戦って、戦って……。

 

 傷ついたし、痛かったし、苦しかったし、逃げたかった。

 

 でも逃げたら、逃げたら後味が悪ィってわかってるんだから逃げるんじゃなくて戦ってきたんだ。失わないために。

 

 ただ平穏が続けば、それで良かった。

 

 少しだけ目を閉じれば思い浮かんでくるのは日常を彩る人達の顔だ。

 

 ライカさんやガキんちょたち。姫さんや執事さん、メイドたち、覇道のじいさん。そしてわけわかんねぇけどバカども。あとは――。

 

「どうかしたのか?」

 

「いんや。いつの間にか、色んな物を背負ってるんだなって」

 

 アルが振り返ったのに対して、俺は気にするなと前を向く。それに倣ってアルも前を向いた。

 

 そうだ。なにも俺ひとりで戦ってきたんじゃない。

 

 アルが居る。デモンベインが居る。そして守りたい人達が居る。

 

 誰かが背中を守ってくれるから戦える。誰かを背中に庇っているから戦える。

 

 だからマスターテリオンの言う世界を滅ぼすっていうのを見過ごせないし、やらせはしない。守りたい願いがあるように、俺にも守りたい世界があるんだ。

 

「扉……?」

 

 デモンベインの何倍も巨大な扉に辿り着く。この奥から途方もない大きな気を感じる。

 

「恐らくこの奥が中枢だ。覚悟は良いな?」

 

「ああ。もとより承知の上だぜ」

 

 エンネアから聞かされた相手の情報。

 

 マスターテリオン――元々は普通の人間で、俺とあまり変わらない歳だったらしい。それが今じゃアルと姫さんの中間くらいの子供の姿なのは、それが魔術を行使する上で最適な姿らしい。

 

 そしてそんな姿になってまで戦い続けた理由のひとつがこの先に在るとエンネアは言っていた。

 

 まるで俺たちを待っていたかの様に扉が開いた。

 

『どうした? 早く入ると良い』

 

 扉の奥から聞こえてくる。聞いたことのない奴の声だが。その波長には身に覚えがあった。

 

 この心臓を鷲掴みにされるような重圧感は決して忘れはしない。

 

 デモンベインを進ませれば、紅い血のような海に天井から吊るされて不気味に鼓動する巨大な心臓が聳えていた。

 

 そしてその心臓の前に待ち受ける者がいた。

 

 その鬼械神の姿を知っている。一度挑み、そして敗れた相手だった。

 

「シュロウガ……ッ」

 

 マスターテリオンの愛機にして、黒き堕天使。

 

 堕天使は宙に浮かびながら腕を組んでいた。戦うべき者をじっと待つかの様に。

 

 そしてコックピットが開け放たれ、姿を表したのは金色の少年と漆黒の少女だった。少年は幼くなるほど確かにマスターテリオンの弟なのだろう。そして魔導書はマスターテリオンが扱う書の原本だけあって感じる気配は更にアルと同質に近い。

 

「御初にお目にかかる、死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)。僕の名はペルデュラボー。そして我が魔導書ナコト写本が精霊エセルドレーダ。以後お見知り置きを」

 

 律儀に場違いに丁寧な自己紹介をする少年。ペルデュラボー。彼が真のマスターテリオン。本来のマスターテリオン。本物のマスターテリオン。本当の敵。

 

「んで。アニキはどうしたんだよ」

 

 だが本当に俺が戦うべき相手はコイツじゃない。本当に俺が戦うべきなのはマスターテリオン――俺が戦わなくちゃならない相手は“あの”マスターテリオンなんだ。

 

「中々、つれないじゃないか。大十字九郎」

 

「ッッッ――」

 

 シュロウガから放たれる闘気が物理的な力を伴ってデモンベインにぶつけられる。その勢いに機体が震える。

 

「今目の前に居るのは僕だろう。ああ、なるほど確かに貴公は兄さんに再戦(リベンジ)する為に、兄さんに負けた悔しさをバネに立ち上がり、打倒し、踏破する為に強くなった。だから兄さん相手じゃないと戦う気になれないと」

 

 エンネアから聞いた。ペルデュラボーとマスターテリオンの関係性。血の繋がり等ない赤の他人。しかしペルデュラボーが兄と呼ぶその言葉には、人が誰もが持つ家族への愛情を知れる。

 

 だから、どうして。

 

「でも良いのか? 僕を放っておいて。僕は真のマスターテリオン。本当のマスターテリオン。本来のマスターテリオン。僕はこの世界を滅ぼす魔王だ」

 

「チッ―――!!」

 

 知覚するよりも本能が機体を動かした。

 

 気づけば紅の魔剣を降り下ろす堕天使の姿。

 

 半分も実体化していないバルザイの偃月刀を差し込み、実体化が完了した瞬間の刀身に食い込みながらギリギリで魔剣の勢いを止める。

 

『ほう……』

 

 機械を通した声が響く。意外だと言わんばかりに。

 

『このシュロウガの(はや)さを止めたか』

 

 正直今のはギリギリで、間に合ったのも半ば奇跡に近い。今まで積み上げてきた戦いの経験がなかったら真っ二つだった。

 

「伊達に一撃は貰ってないっつうの!」

 

 そしてその剣速が二度目であったからこそ、対応が間に合った。

 

 それでも半ばまで沈んだ魔剣の刃はジリジリと火花を散らしながらバルザイの偃月刀の刀身に沈んでいく。

 

『止められたから、受けきられるとでも思って?』

 

 魔導書の声は同じ魔導書だから、あの底冷えしそうに苛烈さのある声とは違う。しかし彼女とは別の熱を携えた声だった。この力を生半可で受けることは許さない。この力は誇りをもって振るわれているのだと知れ。

 

 金属の破砕音と共に砕け散るバルザイの偃月刀。断ち切られたそれに目もくれずに魔術を行使する。

 

 パリン――ガラスの砕けた音が響く。

 

『エセルドレーダ!!』

 

『イエス、マスター。お行きなさい、黒き獄鳥たち』

 

 ニトクリスの鏡による幻影は働いているはずなのに。

 

「ぐあああああっ」

 

「きゃあっ」

 

 シュロウガから放たれた魔術で編まれた黒い鳥は正確にデモンベインを襲った。

 

『魔を断つ刃を断ち切る為に兄さんが磨き上げた機神(デウス・マキナ)

 

『魔を狩る狩人。シュロウガは遍く総てを狩り尽くす。例外はないわ。たとえ魔を断つ剣であったとしても!』

 

 そこにあるのは狂気とも取れる程に凝縮された自信。自尊心ではなく、感じられるのは病的なまでの信仰心にも似た意志の波動。

 

「クトゥグア! イタクァ!」

 

 二挺魔銃を錬成する。空かさず弾倉の弾丸を撃ち尽くす。

 

『熱素の矢を…受けよ!』

 

『カロリックミサイル、ファランクス・シフト!』

 

 背中から魔力のフレアを盛大に吐き出しながら、そのフレアの表面に浮かぶ魔方陣。そこから爆撃の嵐の様に放たれる魔力弾。

 

「……冗談だろう」

 

 魔力弾の爆撃は二挺魔銃の弾丸を呑み込んで襲い来る。

 

「ボサッとするな!」

 

「こなくそ!!」

 

 守ったらヤバい雰囲気が伝わってくる。なら切り抜けるしかないだろう。

 

 シャンタクと脚部シールドのエネルギーを解放する。 

 

「アトランティス・トルネード・ストライク!!」

 

 相手が面で攻めてくるなら、此方は点の攻めで切り抜けるしかない。回転するドリルの様にエネルギーを纏ったデモンベインは、魔力弾の壁を突き抜けた。

 

 そのまま一気に駆け抜けて、エネルギーの奔流をシュロウガにぶつけてやる!

 

『その程度でシュロウガを』

 

『捉えられると思って?』

 

 アトランティス・ストライクの及ぼすエネルギーの奔流の効果範囲ギリギリを擦り抜ける様に半身で、半歩だけ避けたシュロウガ。その勢いのまま駆け抜ける。デモンベインのビームの鬣が半ば程切り裂かれた。

 

 少しでも反撃の為に制動を掛けていたら浅くないダメージを負っただろう。

 

 ロイガーとツァールを呼び出し、合体させながら制動を掛けて振り向き様に投擲する。

 

『珍しい物を使う』

 

死に雷の洗礼を(ABRAHADABRA)――!!』

 

 シュロウガが向けた掌から撃ち出された稲妻の閃光は容易くロイガーとツァールを貫いて粉砕し、デモンベインを襲った。

 

『させはしない。やらせはしない。なによりも信じている。証明してみせる』

 

『あの子の力は、必ず暗黒神話を終わらせる。故に滅びなさい、魔を断つ剣。あの子の因果は、なによりも私たちだけが断ち切ることを許される!』

 

 閃光に焼かれるデモンベイン。しかしどうにか体勢を立て直す。受けたダメージは重いが致命傷には程遠い。

 

 だが一瞬でも動きを封じられた。

 

『さあ。シュロウガよ…闇を抱き、光を砕け…!』

 

『モード・エーテルライダー。ティプラー・シリンダー、フルドライブ!!』

 

 前方に腕を突き出し、展開した魔方陣の中に変形しながら突っ込んで行くシュロウガ。その姿が紅く輝き見るからに必殺の一撃を宿しているのが伝わってくる。

 

 避ける暇もなく、デモンベインは変形したシュロウガの体当たりをまともに受ける。

 

『これが彼の罪、彼の運命(さだめ)、そして彼の絶望だ!!』

 

 頭の中を駆け巡って行くのはひとりの魔術師の半生。産まれたのは錬金術師の家系。そんな家系だからか、彼は賢く育ちそして速く育ちすぎて子供特有の希望(ゆめ)を持てなかった。そして魔王と出逢って自分が叶えたい夢を探し始めた。そして叶えたい夢を見つけて魔王となった。魔王にならなければ生きていけなかったから。魔王にならざる得なかったから。

 

 そして今、夢を追い掛けて総てを変えようとしている。

 

『闇の炎に抱かれて消えなさい!!』

 

 そして視界を、漆黒の闇が包み込んだ。

 

 

 

 

to be continued…

 

 

 

 

 

 



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ヒトの可能性

なんか勢い余った。まだ自重してるから大丈夫!


 

 不死身の道化師。しかし不死身とは名ばかりの他人の命を貪り我が物として力とする畜生。唾棄すべき邪悪に挑むのはひとりの魔術師。

 

 世界最古のネクロノミコンの写本であるギリシャ語版と契約している覇道財閥の風来坊、覇道兼定。

 

 彼が魔術に触れる切っ掛けは今から20年以上前。火星人の地球進行が切っ掛けだ。第一次進行によりパリは壊滅。そこに居合わせた当時の死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)により水際にて食い止められたその事件。第二次進行によりアーカムシティも少なくない被害を被った。

 

 覇道財閥の跡取り息子としての兼定は、自らの父親が嫌いだった。母を捨て、自分を捨て、どの面を下げて自分を引き取り育てたのか。世界有数の財閥の跡取り息子なんて与えられた地位にも頓着がないほど父親を恨んですらいた。

 

 しかしそれも邪悪との闘争を過ぎ去れば見方も少しは変わり、父親と同じ世界で戦っている今では尊敬に近い念すら抱いている。

 

 守りたいから。邪悪が日常を汚すのが我慢ならないから。そんな一念で戦っている自分の想いはきっと父親と同じだろうと思っている。たとえ本当の父親じゃないとしても。

 

 関係ない。覇道鋼造が居たからこそ、自分は愛する妻に出逢えたし、愛する日常を守るために戦えるし、未来ある娘の為に闘争に駆け馳せられる。きっと、父親(おやじ)も同じ想いのはずだ。

 

 守りたい人が居たこの街を守るために戦っている。

 

 正直今の死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)の青年が世界を超えて自分の父親になるというのは実感の沸かない話ではあるが、彼を注視すれば確かにその振るまい、根底の部分は同一人物なのだと納得してしまうところもある。だからどうしたというわけではないが、そんな父親と今の死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)の戦う思いは同じだから、父親は魔を断つ剣(デモンベイン)を託せたのだろう。

 

 デモンベインについては妻や父親から色々と聞かされてきたし、自分も鬼械神についてはネクロノミコンのソレを見たこともある。

 

 そんな魔を断つ刃の身近にあったから、今でも自分はその刃の一振りとして邪悪の尖兵と戦っている。

 

 だが今目の前にいる道化師は過去に戦ってきたそんな尖兵(ザコ)とは比べ物にならないだろうという重圧を兼定はひしひしと感じていた。

 

 それもそうだろう。泣く子も黙るブラックロッジの逆十字(アンチクロス)。その戦闘力は今から10年ほど前に一度体験しているのだから。

 

「あの時はお流れになっちゃったけど、今度はそうはいかないわよん☆」

 

「黙れカマ野郎」

 

 覇道財閥の御曹司として育ってきたが、父に反抗的故に少しやんちゃだった名残からそんな乱暴な口調も心得ている兼定は隠すまでもない嫌悪感を魔人にぶつける。

 

「あらあら嫉妬? そう力まなくても兼定ちゃんも仲間に入れてあげるわよ」

 

 無駄に回る道化師の言葉をスルーしながら兼定は静かに魔力を練る。それが魔人にバレないわけでもないが、それも承知で何時でも動けるように備えておく。

 

「エイダ嬢ちゃんも歳にしては中々艶やかだったし、瑠璃お嬢ちゃんのお肌もぴちぴちでよかったわねぇ。親子だから肌の感触も似るのかしら?」

 

「黙れ」

 

 それが我慢の限界だった。それが挑発の類であるかの判断の前に兼定は動いた。この腐乱死体にこれ以上家族を穢させてなるものかと、兼定は駆ける。

 

 その手に集まる炎。それは曲線を描いて固定化・実体化を果たす。

 

「ヴーアの無敵の印に於いて、力を与えよ!!」

 

 バルザイの偃月刀。青銅製の刀にして魔導の杖の鍛造。同じネクロノミコンの系譜であれば行使する術も必然と同じようなものになってくる。

 

 しかし兼定のバルザイの偃月刀は九郎や覇道鋼造のそれよりも細身でありより刀――日本刀に近い形をしているのは彼が関わった死霊秘法の主(マスターオブ・ネクロノミコン)の戦いが無意識に邪悪との根底に根付いているからだろう。

 

「もう。人がせっかく自慢話ししてたのに、ノリが悪いったらないわね」

 

「くっ」

 

 バルザイの偃月刀を振り下ろす兼定だったが、その一撃は魔人には届かなかった。まるで煙のようにするりと兼定の脇をすり抜けて避けたのだ。

 

 だが兼定もただの魔術師ではない。戦う者、魔導士だ。そして家族をあの様に言われて、ましてやその腐った脳内で淫らな妄想をされて平気な家長が居るはずもない。居たとしたらそいつは紛れもなく変態だ。

 

「イア! イタクァ!!」

 

 銀のリボルバーから兼定の殺意を載せて放たれた弾丸。偃月刀を握っていない左手で、脇の下から後ろに向けて放たれた弾丸は意思を持って魔人の顔面に突き刺さった。

 

「ぎぃあああああああああっ」

 

 如何に不死身の魔人でも痛覚はあるのだと兼定は経験から知っている。

 

 そして目の前の腐乱死体は頭を撃ち抜いた程度では死なないことも知っている。

 

 素早くリボルバーの弾丸を再装填する暇はない。そのまま偃月刀で切りかかる。

 

「ぎゃああああああああ!!!!」

 

 身体を縦に真っ二つに断たれ、傷口から燃え上がる道化師。

 

 ミディアムテイストに焼けた肉の残骸を見届け、兼定は肩の力を抜いた。

 

 司令室に続く道を戻ろうとするとパラパラと音がした。振り向けば炭化した皮膚から腐った血肉を再生させている。

 

「化け物が」

 

「い゛だがっだわよお゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

 

 襲い来る裂かれた腹の腸を偃月刀で切り裂き、ガードし、或いは躱す。衝動に任せた攻撃に当たるような易い戦いはしてきていない。

 

「アタシはこの程度じゃ死なないわ。ワタシは不死身なのよお゛お゛お゛お゛お゛!!!!」

 

 ブクブクと吐き気を催す様に肉を蠢かせ、爆ぜる肉塊から触手が伸びる。狭い通路を隙間なく埋め尽くすような面の攻撃に逃げ場はなく、しかし兼定は退くわけには行かなかった。なにしろここの守りを突破されたらあとは司令室まで一直線だ。司令室にこの腐乱死体を通したらそれこそ虫酸の走る凌辱が家族を襲うだろう。

 

「それだけは絶対にさせない!」

 

 バルザイの偃月刀を床に突き刺し、ありったけの魔力を流し込む。

 

旧き印(エルダーサイン)よ!!」

 

 兼定の目の前。通路をカバーする様に結界が展開する。触手が次々と結界に阻まれては浄化されて灰になっていく。しかし浄化する速度よりも触手が結界を押し込む方が速い。

 

「くっ。おおおおおおお!!!!」

 

 兼定はさらに結界に力を込める。こうなったら我慢比べだと言わんばかりに床に突き刺した偃月刀に魔力を流し込む。強固に立ち塞がる守りは兼定が最も力を入れた魔術だ。

 

 死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)の様に派手な戦闘が出来るほどの贅沢な魔力があるわけではない兼定は堅実に守りを固めて期を伺い一確実な撃を打ち込む様な戦いかたを鍛え上げた。

 

 故に堅牢さにだけは自身があった。何があっても背中には何者さえ通さないという固い意志が結界の強度を引き上げる。

 

 それでも、腐っていても逆十字の咎人。魔力が完全ではなかったとはいえ束になればマスターテリオンすら討ち果たす魔人だ。

 

 堅牢さに自負はある兼定の結界が徐々に蝕まれている。

 

「このまま押し潰して挽き肉にしてあげるわよォ!!」

 

 結界に亀裂が走る。魔力を込めるが一度構成が緩んだ結界を抉じ開ける様に触手が集中的に結界の亀裂を押し広げ始めた。

 

 結界を張りながら攻撃するという器用な真似が出来る様な魔術師ではない兼定はどうにかしてこの状況を打開しようと思考を巡らせるが。結界を破られるか意図的に解除しても次の魔術が間に合わないという答えしか浮かばなかった。

 

「くそ。このままじゃ」

 

 かつて見た死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)の様に暴力的でも敵を悉く倒せる力が羨ましく思う。

 

 結界の綻びが無視できないレベルに達する。全力を傾けた分、魔力の消費も激しい。致命傷覚悟で道連れにするくらいしか方法が思い付かない。

 

「僕はここまでか……」

 

 そんな諦めにも似た言葉が吐いて出るのも冷静に彼我の戦力差を分析した結果だ。

 

「そう簡単に諦めてしまって良いのか?」

 

「なに!?」

 

 背後から掛けられた声。しかし今の兼定には後ろを振り向く余裕はない。さらに言うなら背後は司令室に続く通路には他からの道はなく、司令室から誰かが出てこない限り後ろから声を掛けられるなどあり得ないことだった。

 

「此処を突破されれば愛するものを蹂躙される。そうなるくらいならば刺し違えてでも目の前の邪悪を殺す。なるほど確かにそれも男の覚悟。一家の大黒柱として自ら矢面に立ち災禍から妻や娘を守れるのは男の仕事だ」

 

 声の主が兼定の視界に入るように斜め前に佇んだ。

 

「だが遺された家族はそれで幸せか? 死して得た名声を否定するわけではないがな。男なら悪を倒して生還し、妻を抱いてやるくらいの気概は魅せろよ。家族を泣かせるのがお前の仕事ではないだろう」

 

 その男は白い外套を肩に掛け、黒い帽子と丈の長い靴を履いていて腰に一振りの刀を携えていることしか後ろ姿からは見受けられない。ただ確実なのは兼定の知り合いにはこういう男は居ないということだった。

 

「もう一度問おう。諦めてしまって良いのか? 邪悪に屈してしまうのか? お前はなんのために戦っているのだ?」

 

「僕は……」

 

 見知らぬ男。背後から現れたその男は敵であるかもしれないというのに、その言葉に不思議と惹き込まれた。

 

 なんの為に戦っているのか。それは邪悪が赦せないからだ。

 

 娘が生きる世界に少しでも邪悪の手が届くのを阻止する為だ。

 

「僕はただ……」

 

 家族を守る。それだけが戦う理由か?

 

 それだけじゃなかったかもしれない。

 

「諦めなければ必ず敵うと信じろ。今のこの世はそう言った理が流れ出ている。別段神から特別な力を授かり粋がるわけではない。これは祈りだ。細やかな祈り。その者の持つ本来の力を引き出し易くする。所謂火事場のバカ力というヤツだ」

 

 男の言う意味はわからないが、確かに諦めかけていた心は持ち直せた。

 

「奮い起て。挫けるな。折れない限り必ず勝てると信じろ」

 

「無茶を言う」

 

 絶体絶命であることは変わりはない。なのに今の兼定は先程までの切迫感はない。

 

 だがお陰で魔力を練る余裕が出てきた。

 

「しかしこうも至近では反撃の糸口もクソもない。踏破出来ぬ試練は試練とは言えんな」

 

 そう言いながら男は一度振り返った。

 

「さて勇者たらん者よ。お前の輝きを魅せてくれ。絶死の間合いは退けよう。そのあとはお前がどうにかするが良い」

 

 男は笑い。そしてその手を空へ伸ばす様に掲げた。

 

「神鳴る裁きよ。降れィ雷!!」

 

 結界が突破される。男の背に迫る汚液に濡れる触手の槍が迫る。しかし気にした様子もなく高らかに天に届けと叫んだ。

 

「闇に暉あれ! 光に栄光あれ!! ロッズ・フロム・ゴォォォォォッドッッ!!!!」

 

 そして天空を引き裂き、神罰の様に神の杖は死ねぬ魔人をピンポイントで貫き、その身を微塵に砕けさせる。

 

「――――――――!!!!!」

 

 声すら上げられる間も無く魔人を粉砕した魔王は兼定に向き直る。

 

「ふむ。少々やり過ぎたか」

 

 魔人を粉砕した神の杖は覇道の地下基地を貫通し、地盤を砕き、奈落の底にクレーターを作り出した。

 

 あり得ない。そんなことをしたら覇道の地下基地丸ごと落ちている。しかしそこはまるで決戦場の様に空間的には独立していた。その程度、魔王には造作もないのだ。

 

 その決戦場ではまだ生きていた肉塊が再生しながら巨人になろうとしていた。

 

「鬼械神……。ヒトの造りし神だ」

 

 鬼械神――ベルゼビュート。

 

「放っておけば、ヤツは上に上がってくるぞ」

 

 さぁ、どうするのかと問うように魔王は兼定に視線を向けた。

 

 なにかを期待する様に。なにかを信じる様に。魔王は人を信じている。人の可能性。人の底力を。だから兼定は訳もわからずしかしひとつの魔術を行使する。

 

 世界最古にして最も原初に近い写本であるが故に存在する魔術の奥義。

 

 魔導書の頁が宙に舞い、兼定の身体を取り囲む。そこに高速で疾走する魔術の術式が魔術回路を形成する。

 

 そして書の知識に従い、兼定は高らかに世界に発した。

 

永劫(アイオーン)――――!!!!」

 

 

 

 

to be continued…



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ヒトの輝き

デモベ書いてるはずなのに終(つい)やっちまいそうになる。どうすれば良いのだ!


 

 顕現する漆黒の機体。それは永劫の名を持つ最強の鬼械神。

 

 その姿は荒々しく、堅実さの兼定が召喚したにしてはかなり暴力的でなんでも力で捩じ伏せてやるといった気概さえ感じてしまうだろう。しかしそれは兼定にとってアイオーンという鬼械神がそういうものなのだと心に刻みついているからに他ならなかった。

 

「フハハハハハハ、ハハハハハハ!!良いぞ、覇道兼定。そうだとも。人間その気になれば神さえ従える事が出来るのだ!!」

 

 自らの意志力だけで数多の神々の力を推せる魔王(バカ)は高らかに笑いながら漆黒の鬼械神に向けて賛辞を贈る。

 

 魔王からしてみれば覇道兼定という人物は白き王を支える姫を産み出す為に存在しただけの凡夫という認識だ。それもそうだ。とある破壊的な死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)の対比として描かれる兼定はなんの力も持たない人間だった。そしてティベリウスに殺されてその人生に幕を閉じる何処にでも居る人間のひとりに過ぎない。

 

 しかしクロウは必要以上に覇道の力を削ぐ事を嫌い、結果エイダも覇道鋼造も本来ならばとっくに退場している役者が未だに舞台の上に存在している。

 

 しかしそこには兼定の生存という項目は一切設けてはいない。

 

 魔王を自負していたクロウは確かに覇道を襲わせ、エイダに屈辱を与えて邪悪への憎悪を植えつけ様とした。

 

 彼女の運営する孤児院をティベリウスに襲撃させ、子供も職員もティベリウスの好きにさせる変わりにエイダには凌辱程度に留めるように厳命した。

 

 その現場に不運にも居合わせた兼定。愛する妻を救うために魔人と戦った彼だったが、人間だった彼は軽くあしらわれ、いざ殺されそうになったときに覇道鋼造が間に合い、ティベリウスは撃退されたのだ。

 

 考慮外だったとはいえ、運良く生き延びた兼定は邪悪に対する怒りと憎悪によって魔術師としての人生を歩む事を選ばせた。

 

 覇道鋼造の伝でミスカトニック大学秘密図書館特殊資料室と接触し、魔術を学び、そして盲目の賢者に弟子入りし、鍛練を重ねた言わば運命の影響も受けずに鍛え上げられた天然物の魔を断つ剣の一振りだった。

 

 世界の深淵を知ろうとも、邪悪への怒りと憎悪で立ち向かう勇気。その気概を魔王は気に入っていた。

 

 故に少々の手助けも野暮と言ってしまえばそれまでだが、魔王として審判者として、詰みの試練に意味などないと思うこともまた試練を与える魔王故だろう。

 

 飛行ユニットのシャンタクを広げ、アイオーンは地下の決戦場に降りていく。

 

 その様子を魔王は見送った。焚き付けた手前、この戦いの行く末を見守る義務があると残ったまでだ。

 

「これが鬼械神か…っ」

 

 身体を襲う不快な感覚。魂を掘削機かなにかで削り取られていく様な感覚。成る程確かにこの感覚は命と魂を削り燃料にするのだとわかる。

 

 既に決戦場では鬼械神がアイオーンが早く降りてこないかと待ち構えていた。

 

 鬼械神――ベルゼビュート。

 

 その姿も10年前に一度兼定は見ている。父親の駆るデモンベインと死闘を演じた鬼械神だ。

 

 魔術師の不死性に比べたらちゃんとダメージを負ってくれる分有情だと思える。

 

 ただ他者を糧にして魔力補充や補填が出来る為に一撃で殺しきらなければならないというなんともインチキな相手だった。

 

『g■■ja■pa■p■■■■■――――!!!!』

 

 もはや人の言葉の意味を持たない雄叫びを上げて道化師と鬼械神はアイオーンに向かってその拳を振りかぶってきた。

 

「くっ」

 

 兼定はアイオーンにバックステップを取らせて避ける。

 

「力を、与えよ!」

 

 バルザイの偃月刀を鍛造し、降り下ろす。しかしベルゼビュートはその一撃をナックルガードで受け止め、強かに拳をアイオーンのボディに打ち込む。

 

「がはっ」

 

 強い衝撃がコックピットを揺さぶる。

 

「おおおおおおおお!!!!」

 

 偃月刀をへし折る勢いで両手で振りかぶった一撃を再度打ち込むがベルゼビュートは真っ向からバルザイの偃月刀を迎撃した。

 

『Gyba■■h■tja■■w――――!!!!』

 

 バルザイの偃月刀が機体に食い込むのも厭わずにベルゼビュートが組ついてきた。

 

 そしてそのまま電撃をアイオーンに浴びせてきたのだ。

 

 エラーを吐きまくり発狂する魔術回路。そして魔力が奪われていく。それに気づいた兼定はバルザイの偃月刀に発火魔術を行使。ベルゼビュートの食い込んだ肩口から強引に刃を沈めて右腕を肩から溶断することで拘束から脱出する。

 

「はぁはぁはぁっ」

 

 拘束から逃れてアイオーンはバルザイの偃月刀を握り直す。

 

 アイオーンの召喚に維持。戦闘ともなるともはや兼定に魔力の余裕はない。

 

「っは。だから化け物は嫌いなんだ」

 

 失った右肩から蛆虫と共に機械のパーツが産まれながら交ざり冒涜的な光景を生み出しながら、装甲が再生される。

 

 このままバルザイの偃月刀で攻撃しても再び再生されるだろう。

 

 一撃で塵も残さずに消し飛ばす必要がある。

 

 そんな一撃は……あるな。あるが……。

 

「出来るのか? 今の僕に」

 

 パリを火星人ごと吹き飛ばした一撃なら再生する暇も与えずに倒せるだろう。

 

 ただその一撃を使えば1日は気を失ってしまう。

 

 それでも今、目の前の鬼械神を倒さなければならないのは事実だ。死霊秘法の主(マスター・オブ・ネクロノミコン)も父親も夢幻心母の攻撃に向かっている。今すぐには呼び戻せないのだからやるしかない。

 

  覚悟を決めた兼定はバルザイの偃月刀をベルゼビュートに投げつけ、空中に飛び上がる。

 

 ベルゼビュートはバルザイの偃月刀をはたき落とし、そして何かが一瞬だけ現れて消えるのを目撃する。

 

 次の瞬間、アイオーンの機体があちこち爆発する。

 

 しかしダメージを負いながらも兼定は魔術行使に集中する。

 

 迷彩兵器スターヴァンパイアによる攻撃でも落ちないアイオーンに向けてベルゼビュートも最終兵器を行使する。

 

 突き出した両手に宿るのは怨霊の叫び。

 

 突き出した両手に生じる巨大な光の柱。

 

 凝縮される怨嗟。加速する術式。

 

「神銃形態!」

 

 身体からごっそりとなくなった魔力では足りず、魂さえ燃料に焚べて無理矢理魔術を発動させる。

 

「ごはっ、ゴボッ」

 

 兼定の口から漏れる血は命を削っている証拠だ。アイオーンの機体が建て付けの悪い家具の様にがたつく。ダメージに加えて魔力不足で機体の維持が限界だった。

 

「っく。まだだ!!」

 

 まだだ。まだ終われないのだと。それでもこの一撃だけは届かせるのだと意地を張って兼定はその魔術を完成させる。

 

 光の柱は実体を結ぶ。それはアイオーンの身の丈以上にある杖だった。そしてその杖を構え、眼下のベルゼビュートへと向ける。

 

 杖の先端が開き、巨大な砲口を形成する。杖を幾重にも取り囲む魔法陣が高速で回転し込められた魔力を加速させる。

 

「イア! クトゥグァ!!」

 

 世界が爆ぜる。炎精神格(クトゥグァ)の力の込められた魔力光(ビーム)の砲撃はベルゼビュートの放つ怨霊呪弾を貫き、まさしく一撃でオリハルコンの装甲を蒸発させた。

 

「クハッ、ハハハハハハ!! 実に申し分ない輝きだったぞ。覇道兼定!」

 

 ただの凡夫が限界を超えて逆十字の魔人を葬ったのだ。これ以上の結末があろうものか。

 

 空から地面に崩れ落ちるアイオーン。その機体の魔術回路は既に輝きを失い沈黙している。もはや戦闘は不可能だ。

 

『ア゛――ア゛ダシは、ホロ、ビ、ナィイイ』

 

「死ねぬというのも成る程苦痛だな」

 

 或いはそれが他者の命を貪り不死身となった事の咎に対する罰なのだろう。

 

 しかし物理的に滅ぼしても未だにティベリウスは生きていた。怨霊を纏い、蝿の大軍を身体として今だ魂は健在だった。

 

 あれを滅ぼすには霊的なダメージが足りなかったのだろう。或いはレムリア・インパクトの様に結界で包んだ空間丸ごとを昇華させる程でなければダメなのだろう。

 

「或いは魂魄を問答無用で破壊する。そんな一撃を放つまで」

 

 魔王とは別の声が響く。聞くものの魂を問答無用で縛り付ける程の圧力を持った声だった。

 

 黒い軍服に身を包む魔王とは対象的に白い軍服に身を包む金髪の偉丈夫。総てを愛する黄金の獣がその姿を顕した。

 

「おやおや。俺と違って傍観者に徹すると思っていたのだが」

 

「既に勝敗は決した。無粋なことは言わせるな甘粕。勝者への褒美と前座への報酬を支払いに来たまでだ」

 

 魔王と獣の視線が不死身の哀れな子羊に降り注いだ。

 

『――――――!!!!』

 

 重圧だけで魂が砕け散りそうになりながらも、怨霊を集めるティベリウス。

 

 だが何れ程の怨霊を数集めた所で意味はない。雑魂でどうにか成る程魔王も、そして黄金の獣も易くはない。

 

 そも墓守の王であり死を想う事を座右の銘にしている獣殿にとって死者が死者の魂を幾ら集めた所で小揺るぎもしない。

 

 それでも総てを愛する彼は不死身の道化師の生き汚ささえも愛する。そしてただの人が魅せた邪悪への奮戦もまた、愛する。

 

 しかし彼も人だ。今、彼はただの人が魅せた邪悪への奮戦を愛し、その健闘を讃え、こうして勝者への褒美を与えに来たのだ。

 

「受け取れよ。これが開戦の号砲だ」

 

 世界が震えた。その存在感に悲鳴を上げた。しかしそれは獣殿には関係のないこと。その力に耐えられない世界が脆いだけなのだから。

 

Yetzirah(形成)――」

 

 世界が砕け、光が集う。世界に傷をつける程の神威を携えてそれは顕れる。

 

Longinuslanze Testament(聖約・運命の神槍)

 

『ヒィィィィァァァァアアアアアアア!!!!!!』

 

 最早狂乱。死から逃れ続けた魔人は明確な滅びの顕現にただ叫ぶ事しか出来ない。

 

 矮小な魂は神槍の威容を前にしてただ処刑の時を待つのみだ。

 

「何を畏れる。卿の望む不死身を与えてやろうというのだよ。それが前座への報酬だ」

 

 しかし不死身を望む道化師は黄金の獣の言葉に歓喜することはなく、その威容に気圧され最早恐怖に慄くだけであった。

 

 そして黄金の神槍は不死身の魔人を貫いた。

 

『ギャアアアアアアア!!!! 其処は、其処は、イャアアアアアアア!!!!』

 

 神槍に貫かれた瞬間。黄金の獣の言う不死身の意味を理解した魔人であったが、ただ個人の意志が数百万の魂に敵うはずもなく魂を砕け散らせながら神槍と共に魔人は『城』の一部と化し、共に逝った魂たちが城の戦奴と結託し、踏みにじった命の分自らの魂を蹂躙されているだろう。

 

 その間に兼定を抱えて魔王が戻ってくると、覇道の地下通路は何もなかったかの様に元に戻った。

 

「さて。血相を変えて眷属(むすこ)が来る前に退散するとしよう」

 

「承知した。私としても、今のアレと事を交える気はないのでね」

 

 舞台袖の裏とでも言える場所であるからこそ魔王と黄金の獣は出向いたまでだ。彼ら主役の舞台にまで出るつもりはない程度には自戒しているし弁えてもいる。だから少しは発散する程度のちょっかい位は黙認して欲しい。

 

 魔王と黄金の獣が消えた通路で、ただ静かに兼定が眠るだけだった。魔人の怨嗟も、魔王の痕跡も、黄金の獣の威光も、すべては幻であったかの様に何も残らなかった。

 

 

 

to be continued…



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激突、黒と鋼

なんか勢い任せにしたらアカン感じになってきた。これ無事に終われるのかもうわからんね。


 

 夢幻心母の中枢。心臓の間。

 

 シュロウガの必殺の一撃を受け、崩れ落ちるデモンベイン。

 

「足りぬ……」

 

 呟きは、自然と零れ落ちた。

 

 血の海にゆっくりと沈んでゆくデモンベイン。機体は半壊していた。その姿をただシュロウガの中で見守る獣には今だ何ら感慨はなく。いや、或いは魔を断つ剣の不甲斐なさに呆れているのだろうか。

 

 足りない。致命的に。これが魔を断つ剣だというのならば何もかもが足りない。

 

 邪神の血を色濃く引き、己もまた限り無く神に近い魔人である最強最悪の『獣』として、魔人は識る。

 

 この程度の相手でしかなかったのか。この程度で黒き魔王に挑もうというのか。

 

 其処に沸き上がるのは怒りだった。

 

 この程度の力で世界が救えると本気で思っているというのならば身の程知らずも甚だしい。

 

 この程度で、兄を超えられる気でいるのかと思われたら腸が煮え繰り返りそうだ。

 

 シュロウガを通して溢れ出す怒気が、血の海を蒸発させ紅い霧を生み出す。

 

 しかしその怒りを胸に納めただ次の獲物を待ち侘びた。

 

「魔力反応接近。来ます、マスター」

 

「さて。覇道が鍛えし魔を断つ剣。その破壊を以てこの物語の終演としよう」

 

「イエス、マスター」

 

 そう、まだ早いのだ。この怒りを込めてぶつけてやろう。

 

 現れたのはデモンベインと同じくシャンタクを広げた機械神。覇道のデモンベイン。

 

『遅かったか…!』

 

『デモンベインの反応消失(ロスト)

 

『シュロウガ……マスターテリオン、ではないな』

 

 魔力の気配から覇道鋼造はシュロウガのパイロットがクロウではないことを見抜く。

 

「ようこそ、我が城へ。勇猛果敢たる勇者よ」

 

 兄に則り、覇道鋼造を勇者として迎える。霊気を伝導し、獣の声は幾重にも木霊して響き渡った。耳で聞く音ではない。精神に直接語りかけてくるような聲だ。

 

 それだけでこの空間の主は誰なのかと理解するのには充分な効力はある。

 

「我が名はペルデュラボー。この夢幻心母の主にして、真のマスターテリオン。以後お見知り置きを」

 

『大導師マスターテリオンというわけか…』

 

「如何にも」

 

 永劫回帰の那由多の果て。無限螺旋の終点にてまさか原初の宿敵とこうして2度も相まみえる事になるとはペルデュラボー自身も思いもしなかったが、それでも白き王は歯応えがなかった。

 

 物語から外れ、覚醒しているのはなにも覇道鋼造や覇道兼定、クロウリードだけではないのだ。

 

 その立ち位置こそ今はマスターテリオンとしているが、その目的は既に物語から外れている。そもそも暗黒神話の物語(シナリオ)は形骸化しているのだ。

 

 白き王以外の何者にもなれない大十字九郎だけが世界の補正力を受けているだけ以外に最早クラインの壷はなんら効果を及ぼすことはない。

 

 覚醒した覇道鋼造に対し、覚醒したクロウ。そのクロウにとって絶対的な背徳の獣としての強さを信じられているペルデュラボーが弱い筈がない。ある意味軍勢変生に近いものだが、それでもペルデュラボーは自力で最愛の兄の信じる絶対強者の背徳の獣として君臨している。

 

 だから今だ物語から解脱仕切れていない白き王には負けない。そして覚醒したとしてもかつての宿敵に負けるわけにはいかないのだ。

 

「さぁ。余に魅せてみよ! 鍛え上げた魔を断つ剣の切れ味。この背徳の獣が吟味してやろう!!」

 

 魔王剣を抜き、構えるシュロウガの気配が変わる。冷たく、鋭く突き刺さる威圧感になまくらを宛がわれた怒りを込めて、駆ける。それこそ大十字九郎に放った一撃とは比べ物にならない疾風迅雷の如き速さで駆け抜ける。

 

『バルザイの偃月刀!』

 

 しかしその一撃を覇道鋼造は受け止めた。

 

『術式開放』

 

『アトランティス・ストライク!!』

 

 そして紫電を纏った蹴りをシュロウガに放つ。

 

 しかしシュロウガの姿が掻き消える。

 

『後ろか!』

 

「疾ィィィィああああ!!!!」

 

 そのまま紫電を宿した蹴りを後ろ回し蹴りに切り替え、シュロウガの持つ魔王剣と衝突する。刹那でも反応が遅れていれば切り裂かれていた。

 

 覇道鋼造の背筋を冷たい戦慄が灼く。

 

 物語からの補正力がないとはいえ、覇道鋼造は門を超えてマスターテリオンであるクロウに挑んだ大十字九郎だ。未だ門を越える前の白き王よりも地力は勝っていても不思議ではない。経験の差が、覇道鋼造をシュロウガの死の旋風を越えさせたのだ。

 

「ABRAHADABRA」

 

 魔王剣を砕かれながらも両手に宿した雷光が紫電を灼き、(デモンベイン)レプリカントの魔術回路を灼く。

 

 発狂する回路。損傷する機体。雷光に焼かれたDレプリカントの右足はズタズタになった。爆裂して吹き飛ばなかっただけマシだろう。

 

『捕縛結界』

 

「小癪な!!」

 

 しかしシュロウガが雷光を放ち、ダメージを与えている隙にDレプリカントもまた反撃していた。

 

 リトル・エイダにより発動された捕縛結界の赤い糸がシュロウガの躯体を縛り上げ、直ぐ様解除(ディスペル)に意識を割きながらエセルドレーダが吠える。

 

 シュロウガの額から放たれる閃光とDレプリカントのこめかみから放たれる砲弾が激突して爆裂する。

 

「おおおおおおおおお!!!!」

 

『覇ァァァァァァァァ!!!!』

 

 砕けた魔王剣に代わる剣。魔王の大剣を担いで降り下ろすシュロウガにDレプリカントは二刀流のバルザイの偃月刀で迎え撃つ。

 

 一撃でバルザイの偃月刀を破壊する。しかし降り下ろした技後の一瞬で残ったバルザイの偃月刀でシュロウガは両腕を切り裂かれてしまう。

 

 そしてシュロウガはDレプリカントに蹴りを入れ、変形して真上に翔び間合いから離脱し、再び人型に変形。

 

 既に修復を終えた両腕に魔王剣と魔王大剣を手に、急降下する。

 

 両手に銀のリボルバーを錬成し、絶えまぬ銃撃で迎撃するDレプリカント。しかしその銃撃の嵐をすべて切り落とす。

 

 降り下ろされる二刀に合わせてDレプリカントは修復した右足に再び紫電を纏わせて迎え撃つ。

 

 拮抗した力が破裂し、互いの機体を後退させる。

 

 力も技も互角。防御力ならばDレプリカント、機動性ならシュロウガが上回っている。

 

 しかし互いに致命打を与えられない。

 

 致命傷を与えるにはそれ相応の(いとま)と溜めが要る。

 

 しかし距離を離せばその瞬間切り刻まれる事を予測できる覇道鋼造はシュロウガに対して接近戦を挑むしかない。初手でシュロウガが近接戦闘を仕掛けて来なければ今頃は地に伏していただろう。

 

 しかし間合いを開いた今。叩き込む隙は今しかない。

 

『神獣形態』

 

「アキシオン・キャノン!!」

 

 互いの魔導書の声が響く。

 

 焔の獅子と氷の竜が黒い太陽と激突する。

 

 超高温と超低温、そして超重獄が空間を歪ませて爆ぜる。

 

 しかしその空間の歪みを越えて征くのは漆黒の天使の心臓を持ち、歪んだ空間ですらものともしないシュロウガであった。

 

『レムリア――』

 

 しかしそれを予測していたDレプリカントは右手の必殺の無限熱量を解き放たんとしていた。

 

「ハイパーボリア――」

 

 だがそれすらも予測していたシュロウガもまた無限熱量を解き放つ準備を整えていた。

 

『インパクト!!』

 

「ゼロドライブ!!」

 

 互いの無限熱量が衝突し、正と不の無限熱量は互いの熱量により融合し相転移を引き起こし対消滅する。

 

『「マスター!!」』

 

 互いのマスターを気遣う魔導書。しかしそのマスターは退く事をしない。

 

 右腕を失ったDレプリカント、左腕を失ったシュロウガ。

 

 先に動いたのはシュロウガだった。その背中から大量のエーテルを吐き出し、エーテルの羽を弾丸に変え、爆撃を行う。

 

旧き印(エルダー・サイン)よ!』

 

 その爆撃をDレプリカントは結界で凌ぐ。

 

「重力結界――アトラクターシャワー!!」

 

『くっ、抜かった…!』

 

 右手を掲げ、光の束を打ち上げるシュロウガ。

 

 足を止めた所に重力結界に捕まってしまうDレプリカント。このままでは重力結界弾に機体を抉られてしまうだろう。

 

「滅せよ! 覇道鋼造(だいじゅうじくろう)!!」

 

 光の束は広がりながら、しかし様々な方向から意思を持ちDレプリカントただ一点に降り注ぐ。

 

 一撃だけでも行動不能に陥るだろう攻撃が数えるほどバカらしい数で迫っている。

 

『まだだ!!』

 

 シャンタクから膨大なエーテルを吐き出し、重力結界に縛られた機体を無理矢理飛び立たせる。

 

 着弾寸前で目標を失った光の束は無数の重力球を生み出して不発に終わる。

 

 そのまま真下からシュロウガを強襲するDレプリカント。

 

 バルザイの偃月刀を手に駆け上がって来る。

 

 シャンタクの性質。望めば望む程にその機動力は天上知らずに上がる。

 

 目指したのはシュロウガの懐だ。

 

 知覚の領域外の迅さをもってDレプリカントはシュロウガの体躯を切り裂いた。

 

「ぐあっ」

 

「くぅぅぅっ」

 

 揺さぶられ、弾け、落ちるシュロウガ。

 

『神獣形態!!』

 

 Dレプリカントのから放たれる二柱の神獣が漆黒の機神を灼き尽くし凍て尽かせる。

 

 両手と両足が燃え崩れ、砕け散る。

 

 燃え残り、散り残ったズタズタの翼でどうにかバランスを取り戻したシュロウガ。しかしその身は既に戦闘を継続出来る様子出はない。

 

「いいえ。まだよ……」

 

「ああ。まだだ……」

 

 シュロウガのコックピットで主従は叫ぶ。

 

 怨嗟、殺意、怒り。世界の理不尽に向かって。

 

「「まだ。終われるものか!!」」

 

 シュロウガの瞳が輝き、その身を瞬時に修復した。そしてその機体を走る魔術回路が禍々しく赤い光を放ち、その姿を変異させる。

 

『なんだ……これは…』

 

 その変異を覇道鋼造はただ見守るしかなかった。

 

 黒い体躯がまるで黄金のような輝きに包まれていく。

 

 足元に魔方陣が広がり、黄金の魔術文字がその魔方陣から昇り、シュロウガの頭上に集まっていく。

 

 顕現するのは神の器。捻れた神剣が顕れた。

 

輝く(シャイニング)トラペゾヘドロン……」

 

「そんな……なぜ…」

 

 その力を使うには場が整っていないにも関わらず、この神剣が抜ける筈がないのに。

 

 今その手に神剣が抜かれた。

 

 

 

 

to be continued…



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玩具匣

なんでこうなったのかわからない。強いて言うならダイスの女神が暴れた。


 

「うっ、くぅ……はっ」

 

 気づけば九郎は礼拝堂に立っていた。

 

「ここは……っ、アル!?」

 

 相棒である魔導書の名を呼びながら辺りを見渡すが、高慢ちきで寂しがりやな人外幼女の姿はなく、ただ見えるのはステンドグラスから照り入る光に照された礼拝堂の姿のみ。

 

「いったいここは。どうなっちまってるんだ」

 

 まさかの天国とか言わないよな。

 

「ほう…」

 

「ぐっ」

 

 男の声が静寂な礼拝堂に厭に響く。そして同時に身を襲う重圧に膝を着きそうになる。しかし九郎はどうにか絶えながらどうにか視線を向けられた。

 

「…マスター……テリオン…」

 

 礼拝堂には不釣り合いな玉座が鎮座し。そこに腰掛ける男の姿を見て、九郎は宿敵の名を絞り出した。

 

「いいや違う。しかし違わないでもない。なるほどそうか。中々どうして誇らしい。我が眷属(むすこ)と見間違われる程度には、やつも魔王足り得ていたということか」

 

 そもそも名乗ってもいないのだから間違われても仕方がないという軽く笑い飛ばそうとするように軽快な声色とは別に。

 

 その目に危険な色を宿した魔王は玉座から立ち上がり会釈した。

 

「甘粕正彦。しがない帝国軍人の身だ。同郷の志よ。お前の戦いを見せてもらっていた」

 

「こっちは見せもんじゃねぇっての……」

 

 甘粕正彦と名乗った男はその背格好や顔の造形を除けば恐ろしいほどマスターテリオンと酷似した姿を持つ人間だった。

 

 白い外套の下に見える服はおそらく黒い軍服なのだろう。

 

「そう邪険にあしらうなよ。これでもまだ、舞台を台無しにしないレベルで自重はしているのだ。覗き見くらい寛容な心で赦せ」

 

「なら俺のその心が寛容な内に帰り道を教えてくれ」

 

「まぁ待て。今は役者が切り替わり、お前は舞台裏に下がったという表現が当て嵌まる。次の出番までに語らう時間は充分にある」

 

 嫌とは言わせないという強い視線を九郎は感じていた。別段魔王にその気はない。ただ話してみたいという欲求があるのは然り。

 

「白き王よ。俺はお前と語りたかったのだよ」

 

「俺と……?」

 

 玉座から九郎の居るところまで歩み寄る魔王。それだけでも九郎は息の詰まる思いだった。一瞬でも気を抜けば殺される。殺気は一切感じないのにも関わらずそう確信出来るほど今の自分は試されているのだと感じた。

 

「邪神の落とし仔に遭遇し、一度は折れた自身を鍛え上げ、日常を冒す邪悪に挑む勇気を俺は讃えたい。宇宙的悪意と相対し、逃げなかった人間などそう多くはない。向き合う勇気。目を背けずに前を見詰めるその心は素晴らしい」

 

 九郎の事を持ち上げる魔王の言葉に本人は別にどう思うつもりもする様子もない。

 

 こういう手合いというか。今甘粕正彦はマスターテリオンをして息子と宣った。

 

 甘粕黒羽と名乗ったマスターテリオン。ならばこの甘粕正彦がその親だというのならば片時も気を抜かずに相対しなければならないだろうと九郎は内心気構える。

 

「だがその意志に対して肉体が未だ惰眠を貪っているのは忍びない。お前の実力ならば背徳の獣に敗れる様な柔なものではない。いったい何故、それでも敗北した」

 

 大十字九郎が負ける筈がないと、しかしそれでも敗北した原因。その敗因を魔王はわかっている上で九郎に問う。

 

「んなのわかるわけねぇし。それにまだ負けちゃいねえ」

 

「ほう。魔を断つ剣は血の海に沈んだというのにか」

 

 確かに負けた。それでもまだ敗けたわけじゃないと九郎は思っている。死ななきゃ安いというわけではないが、死んでいないのならまた幾らでも挑めば良いだけだ。

 

「ああそうだ。まだ敗けてない」

 

 勝てないからと諦めてしまったら、守りたい世界が守れない。

 

 失いたくないものが増えすぎた自分にとって、世界を救うなんてのは次いでのことに過ぎない。

 

 本当に守りたいもの。自分の身の回りの小さな世界を守りたいから戦うだけだ。

 

 世界を滅ぼされたら、自分の愛する世界が滅ぼされないわけがない。

 

「守りたいものがある。失いたくないものがある。一度は逃げた俺だから、痛いし恐いし苦しくて反吐が出そうでも足踏ん張ってでも守るんだよ!」

 

 力は及ばずとも、折れない覚悟と気概は既に持ち合わせていた。確かに絶望的な状況を体験という意味ではまだまだ生温いだろう。

 

 それこそ魔導書無く生身で逆十字に抵抗し、打ち勝ち、諦めずに戦い続けるという経験を積めないという意味ではだ。

 

 しかしその潜在的なものは持ち合わせているのだ。要は、その絶望的状況を経験し成長するに比する成長を遂げれば良いだけだ。

 

 戦いの中で強くなる。それは主役の特権というわけでもない。人間誰もが持つものであり、それを自覚出来れば際限なく強くなれる。

 

 クロウが流出させた理は、諦めなければ必ず成せるという物だ。

 

「なるほど、それがお前の戦か」

 

 主人公として産まれたのだから、愛するもののために身を粉にするのは当然のことだろう。

 

 人間、その人生はその人物の主観で紡がれる物語だ。故に人は誰もが主人公なのだ。

 

 困難に立ち向かう勇気。愛するもののために世界を守る決意。他人の願いを否定する覚悟。

 

 その輝きに満ちる姿は、魔王の求める益荒男に相違ない。

 

「ならば良し! その決意を忘れずに我が眷属(むすこ)に挑め白き王よ。己の我欲を、想い、願い、望みを貫き通せ! 英雄となり、水銀の識を学ぶ我が眷属(むすこ)を納得させて魅せろ。でなければ何をしようともやつは斃れん!」

 

 まるで子を自慢する親の様に、魔王は高らかに宣う。その姿が遠くなっていくのを感じて九郎はやれやれと肩の力を抜いた。

 

「攻略法のご啓示か。余裕なのか、それとも――」

 

 そこに他意はなく、魔王は九郎が眷属(むすこ)を倒す事を心から期待していた。歪んだ親子愛もクソもない。

 

 何故ならそうして挑まれる眷属(むすこ)の健闘を何よりも信じているのだから。

 

「ったく。どいつもこいつも他人を信じるのが大好きな奴等だこって」

 

 しかし同時に確信する。その価値観を歪めた、或いは植えつけたのは間違いなくあの男であることを。

 

「見たいなら観てろ。必ず救ってやるさ」

 

 マスターテリオンとの戦いは、単純に相手を滅ぼすだけには終わらないと九郎は考えていた。

 

「救う、か。救ってやれるさ」

 

 何よりも同じ想いを抱えてるのに世界を滅ぼすだなんだって物騒すぎるんだよ。それでも世界を滅ぼされたら溜まらねぇし。かといって俺がマスターテリオンを倒しても、エンネアも、マスターテリオンも序でにあのペルデュラボーって弟も救ってやれば万事問題ないだろう。

 

 だから――まだ、この程度で音を上げるわけにはいかないだろ!

 

「っは……ぁぁ、うん。よし!」

 

 気づけばデモンベインのコックピットに戻っていた九郎。暗くなり、僅かな計器の光が手元の把握だけはさせてくれる。

 

「動かない、か」

 

 下を見ればアルはまだ気絶している。だからデモンベインも動かない。

 

 デモンベインのシステムにアクセスして無事な回路同士を繋げて動力を復旧させる。通常電力ならば九郎ひとりでもデモンベインを動かすことは出来る。もちろん戦闘など出来る出力はない。非常用電源にそんな無茶が出来る筈がない。

 

「ぐっ」

 

 意識を掻き乱す強烈な気配。

 

 そこは神の体内。クトゥルーの血の海。神気を持つ血の海は生命の存在を赦さない異界だ。

 

 赤黒い粘りつく海。ユークリッド幾何学の及ばない、超次元的な異空間だ。

 

 デモンベインはそんな歪んだ海を漂流していた。

 

 どうにか脱出出来ないかと足掻く。だが纏わりつく粘液はまるで意思を持つかの様にその圧倒的質量でデモンベインの動きを呪縛する。

 

 大ダメージを負い、アルの力もない今のデモンベインではこの海から逃れることは不可能だった。

 

「クソ……っ」

 

 邪神の血液――粘液の一滴一滴には、邪神を構成する元素の一つ一つに、神気/邪気/瘴気/狂気が宿り、九郎の精神でさえも縛ろうとしていた。

 

「まけ……る、か…!」

 

 敗けられない。負けても、負けても、負け続けても最後には勝てば良い。

 

 心が敗けない限り、敗けはしない。

 

「ぐっ……ぉぉっ」

 

 狂気が精神を侵食していく。脳神経を灼き、脳髄を蛆が這い回っているかのような生理的に受け付けられない感覚が襲っている。

 

 がりがりと自分が削られていく。

 

 意識が朦朧とする。意識を失えば二度と目覚められない確信。しかし意識を失えば楽になれるという誘惑が誘う。

 

 肉体と精神を冒す恐怖と諦観に、九郎は抗い続ける。

 

「ああああああああ!!」

 

 自らを悪夢から醒ます様に雄叫びを上げる。抗い続けるのは得意だ。無様でも、抗って勝機を見つけて来た。

 

「――――!?」

 

 一瞬、意識を何かの光景(ヴィジョン)が過ぎ去る。

 

 雑念が紛れ込んだ。

 

 落ちかけていた意識を無理矢理叩き押された程に、怒濤の如く流れ込んでくる大質量の思念。

 

 灼けるように熱く。

 

 壊れそうな程に烈しく。

 

 苛烈で壮絶な魂の衝動/燃焼/激動/疾走/爆発/嵐――

 

「く、ろう……」

 

「目ェ覚めたか? アル」

 

「あ、あぁ……。我等は」

 

「まだ敗けちゃいない。ここからが本番だぜ」

 

 そうだ。まだこれからが本番だ。

 

「そうだな。まだまだやれるな、九郎?」

 

「応ッ!!」

 

 デモンベインの魔術回路に再び魔力が宿る。

 

 散乱していた計器類の破片が組み合わさり、修復されていく。欠損した部分からパーツが溢れ出し、機体を修復していく。

 

 機体の修復は済んだ。なにも欠けているものはない。

 

「なぁ、アル」

 

「なんだ?」

 

「往くぞ!」

 

「ああ!」

 

 細かい言葉など不要だった。何故なら心はひとつであると確信しているからだ。

 

 汚泥の様に粘つく腐海に降り注ぐ光。

 

 その光が強く、九郎を照らす。そして光が産まれた。

 

 デモンベインの足元。九郎の足元。アルの足元。

 

 光が立ち上って結晶になる。

 

 それは(ハコ)だった。

 

 それは真っ直ぐに捩れた直線を持つ平行線を持たない正方形で形成された七つの面を持つ正六面体の常として五つの面によってのみ構成される、異界の幾何学によって形造された匣だった。

 

 匣が啓く。

 

 匣の中には硝子玉が納められていた。

 

 七本の支柱によって支えられた、黒い結晶体。

 

 結晶体には無数の紅い(ライン)が走り、血管のように脈打っていた。

 

 匣は更に結晶体を中心にして、非ユークリッド幾何学的に展開。

 

 開いて→開いて→開いて→開いて→開いて→開いて→開いて→開いて→開いて→開いて→啓く。

 

 複雑に変形/変容していく匣は、やがて自らを執るものに相応しい形状に顕現する。

 

 それは虚空より聳え、奈落を支える捻じ曲がった神柱。

 

 それは二羽の(とり)を抱く、狂った神樹。

 

 それは刃の無い、諸刃の神剣。

 

 それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは、それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それは…それはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれはそれは……………其れは。

 

 

 

 

to be continued…

 



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