東天紅の子 (かしみや)
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【000】パンピのままゴールできると思ったか?バカめ

 

火の国の首都、その端っこに、一軒のパン屋がある。

月ののぼる夜更けのこと。店内の明かりは落とされて、扉に下がるcloseの看板を街灯が照らしていた。

来客お断りの様子に構わず、私は扉を開けて店内に入っていく。

 

泥棒じゃあない。

文字通り、勝手知ったる我が家なので。

 

近所の酒屋でいただいたワインをしっかり抱えて、私は帰宅を告げた。

 

「ただいまー、」

 

パァン!!

奥の扉を開けると、同時に破裂音に迎えられた。

 

「「お誕生日、おめでとう!!」」

 

クラッカーに驚いてワインを取り落とすようなミスは勿論しない。こう来るのは分かってたからね。

 

「ただいま!ありがとう、お母さん、お父さん」

 

クラッカーから降り注ぐ紙吹雪をたっぷり浴びた私は、すぐさま恰幅のいい女性に抱きしめられた。パンの食べ過ぎで年々ふくよかになっている、私のお母さんだ。

お母さんの肩ごしに、お父さんがハグの順番待ちをしているのが見える。私はそちらにも満面の笑みで応じた。

ワインをお母さんに渡して、お父さんともハグをする。

 

今日は私の20回目の誕生日だ。

 

毎年この日は夕飯時になると、パーティの準備の時間稼ぎのために私はおつかいに出される。

自分の誕生日なんてその日になっても忘れてる事のほうが多いんだけど(ちなみに今年は忘れていたほうだ)、

せっかく両親の思惑通りに私が何も知らないままおつかいに出ても、向かった先の酒屋で「誕生日おめでとう」の言葉とプレゼントをもらってしまうから結局計画がバレるのだ。

まあお父さんもお母さんも分かってるんだろうけど。

 

というわけで別段驚きはないけど、何年たっても変わらずこうして祝ってくれるのは嬉しい。うちはお金はそんなに無くても、こういうお祝い事やイベントは大事にするほうなのだ。

 

「ほら今年は大奮発!アンタの好きな七面鳥もあるわよ」

「きゃーっ豪勢!!お母さん大好き!!」

「はいはい、冷めちゃう前にいただこうね。手を洗っておいで」

「はーい」

 

長く続いた第三次忍界大戦も終結し、私はめでたく20歳の誕生日を迎えることができた。

戦時中より豊かになったから食事も美味しくなったし、ああ生きてるって素晴らしい。まだまだ贅沢はできないけど、それでも今が最高に幸せだ。

 

チキンを切り分けてくれたお母さん。グラスにワインを注いでくれたお父さん。

 

そのあったかい手が20年前、道端にポイされてた赤ん坊を救った。

私はその手に生かされたのだった。

 

そう、私はこの夫妻の実の子供ではない。

 

捨て子だった。

 

今日だって、本当は私が生まれた日なんかじゃない。

私がここの軒先で、捨て猫よろしく粗末な箱の中で震えていたところを、この夫妻に救助してもらった日だ。

 

それから二人は私を本当の子供のように…いいや、本当に、自分たちの子供として育ててくれた。

私が捨て子だってことは、誰も、近所の人たちも知らないことだ。

私が拾われたのは夫妻がこの家に引っ越してきたその日のことで、だからみんなうちの事は本当の三人家族だと思っている。

 

さらに二人は私本人に対しても、この秘密を隠し通していた。

 

過去なんて知らせなければ本当の親子でいられるだろうと、嘘を真実にしようとしてくれた。

本当に優しい人たち。血はつながってなくても、大好きな家族だ。

 

そうして20年間、私は真実を知らされず大人になった。

夫妻の本当の娘として。

 

 

 

 

なのになぜ私がその秘密を知っているのかというと――

バッチリ覚えているからだ。

拾ってもらった時のこと、さらに言うと生まれてすぐ実の母親に捨てられた時のことまで。

 

実は母の胎から産まれる前から私は、胎児にふさわしくない成熟した精神を持っていた。

 

母の胎内で自覚したことだけど、私はどうやら一度死んで、新しい命を賜ったようなのだ。

私には全く別の人生を生きた記憶があった。

つまり前世の記憶というやつだ。

 

厨二病という概念がないこの世界で、こんなことを言うと頭の病院を勧められてしまうだろうけど、こうとしか言えないんだから許してほしい。

 

 

 

アイタタタタwww

 

 

と笑い飛ばせてしまえたらいいのになってもう2千回は思ったよ。

 

 

 

地球という星の日本国にうまれて、平凡だったけどそれなりに山あり谷ありの人生を26年間生きた。

 

ゆとり世代というレッテルを貼られ、就職氷河期を乗り越え、きつかっただけの仕事がやっと面白くなってきて。

 

そんなある朝に、歩きスマホのオッサンに押し出され駅のホームから転落、そこへちょうどやってきた快速急行により轢死。

 

それが私の最期だ。あっけなさ過ぎて泣けてくる死に様である。

 

 

 

そして気付けば真っ暗な場所で、全身生ぬるい液体に浸かっていたのだ。

そここそ、新しい母の子宮だった。

 

母親のお腹にいるときから意識がはっきりしていて、暖かい壁越しにうかがっていた外の世界の様子は、控えめに言って暖かくなんてなかった。

 

 

戦時中に身ごもってしまった望まれない子であったことも、

私を捨てた母親の腕の細いことも。

 

このおくるみ一丁で冬の夜は越せないだろうなー、誰か通らないかなーとか考えながら、

冷たい夜に助けを待っていたことも。

 

そして私を抱き上げた手のあたたかさも。

 

全部、鮮明に覚えている。

 

 

新しい家で揺りかごを揺らしながら、おったまげたもんだ。色々と。

生まれ変わったらしいって事にもだけど、まさか生まれた先が慣れ親しんだ平成の世じゃなくて、むかし漫画で見た世界であろうとは。夢にも思うまい。

 

ベビーベッドで横たわる事しか出来ないながらも、そこで見聞きした情報は私を驚愕させた。

 

ここが「火の国」の首都で、育ての親の故郷が「木ノ葉隠れの里」だってこと。

 

火の国、木ノ葉、火影、忍。

 

あの人気漫画、NARUTOの舞台となる世界である。

 

 

そうと気付いた時の私の心境は筆舌に尽くしがたい。

 

はるか昔に築いた黒歴史が、とうに社会人へと羽化した私へ、長き時を経て現実として襲い掛かってきた。

 

トリップ…転生…ユメショウセツ……ウッ頭が………

 

 

それでも半信半疑で過ごした時期はそう長くはない。

どれだけ待っても夢オチの朝なんて来なかったのだから、納得するしかなかった。小説よりも奇なりをこの身をもって知る。

 

ぶっちゃけ、どうしてこうなったのかなんて原因を考えるのも飽きたし疲れた。

目の前で起きてる事だけが現実なんだから、もう理屈なんかどうでもいいかなって。

 

 

そうして異世界の存在を受け入れたあとで思うこと。

 

「パンピーに生まれて、よかった」

 

これに尽きる。まじで。

特殊な能力をもった一族の末裔みたいなのじゃなくて本当に良かったと思う。

 

この世界で忍として生きぬくのって、難易度超ハードモードじゃないですか。

平成という、戦のない犯罪も少ない安全安心の世界で生きた記憶を持つ私にとってはまさに無理ゲーである。

 

26年の人生の中で、人を殴ったことも殴られたこともないんだから。

「二度もぶった!親父にもぶたれたことないのに」とア●ロできるのは相手に殺意がない場合だけである。忍者って一撃で仕留めるのが基本なんでしょ?二度目を喰らう前に即死する可能性の高いこと。

 

そしてもっとも大きな不安要素として、「原作知識」の乏しさを挙げたい。

 

今後どういう事件が起きて誰が黒幕で地雷はどこにあるか。

漫画を読んでて内容をよく覚えている人間が私と同じ状況にいたら、こういう知識のおかげで大体の危険は回避できると思う。

それにキャラクターの修行方法をパクって赤ちゃんの頃からやってみるとかして、早い段階から体を鍛えて生存率を上げるということもできそうだ。

 

よって原作知識はいわゆる「転生者」としての最大のアドバンテージといえるんだけど……悲しいかな、私のはスカスカの虫食い状態なのだ。

 

漫画の知識は、記録に残して今後に活かそうと思いついた頃にはすでに忘却の彼方だった。

前世ではコミックが擦り切れるくらい読み込んだものだけど、いっぺん死んだせいか今は細かいところまで思い出すことができない。

 

それに限らず前世のことで思い出せないことは多くある。

きっと事故のショックで飛んでしまったんだと思う。あの死に方だとどう考えても頭を強く打ったどころじゃ済まされなかったはずだし。

 

それでも覚えてる限りをと綴ったメモがあるけど、これから役に立つのかどうかは不明だ。

だって「九ちゃん たぶん15~16前」みたいな大雑把なメモが2ページほどあるだけ。

 

そんなお粗末な記録だけど、事が起きてから誰かに見つかるとヤバい代物だ。

あらぬ疑いをかけられても困るので、某新世界の神のアイディアを丸パクリした細工を引き出しに施してそこに隠してある。

慣れない工作をしながら、夜神さんのことは覚えてるのかよwwwと自らに突っ込んだものだ。

こんな細かい知識が残っている場合もあるのに、月とLの戦いの結末すら覚えてないんだから、本当に虫食いなのである。

 

 

そんなわけで、今がNARUTO的にいつの時代にあたるのか、私は正しく把握できていない。

 

現火影の三代目・猿飛ヒルゼン様はまだお若い方だという。

たぶん主人公のナルトはまだ生まれてもいない頃だとは思うんだけど。

 

この世界基準で時代背景を語るならば、生まれてから12歳頃までを第二次忍界大戦、16歳から今までを第三次忍界大戦というでっかい戦争のさなかに生きているらしい私。

 

20年の人生で世情が穏やかだった年月がたった4年間って何なんだ。

激動の時代すぎてぜったい歴史の教科書にkwsk載る部分だ。そんなタイムリー感いらんかった。

 

 

しかし意外や意外。

私は結構オイシイところに落ち着けたらしかった。

 

こんなご時世でも、火の国大名のお膝元で暮らす私たちは、案外戦争の影響を大きく受けることもなく生活できている。

強大な戦力を有する火の国が、だいたいいつも優勢にあるという事だった。

 

忍の人たちが戦争を肩代わりしてくれるから、私たち市民が徴兵されることもない。

物価が高騰して生活はけっこう大変だけど、忍でない私の家族は戦いで怪我をしたり命を落とすことはなかった。

親族で唯一、忍者だったおじいちゃんは私が生まれる前に亡くなってるし。

 

 

こんなにのほほんと生きてこられたのは、ちゃんとした人に拾われたおかげ。私は本当に運がいい。

 

この戦乱の世にあって、身寄りのない孤児なんて、どう扱われるか想像に難くない。

二人が私を引き取ってくれなかったら、あのまま凍死していたか、どこぞに売り飛ばされていたか。

良くて木ノ葉で忍に仕立て上げられ、捨て駒として野垂れ死にしていたかだ。

 

戦いと無縁の場所で平穏無事に生きてこられたのも、里親のふたりのおかげだった。

これから存分に親孝行をさせていただく所存。

 

 

もちろん家業は継ぐよ。

いつか優しいお婿様を迎えてパン屋を切り盛りしていくのだ。

 

モリモリ働いて、国一番の評判のパン屋にしてみせる!

 

 

前世にて大手外食企業のマーケティング部門にいた私のスキルが火を噴くぜ!

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

「許せよ、命にも序列というものがあるのだ。悪く思うでないぞ」

 

 

私は今、猛烈に後悔している。

 

どうしてあんなに盛大なフラグを打ち立ててしまったのかと。

 

 

序列がどうとか戯けたことを言うジジイの手には空になった注射器がある。

針の先から緑色の液体が滴って床に落ちた。

 

寝台に縛り付けられて身動きの取れない私に、白衣を着た老人は再び別の薬を打ち込もうとする。

 

もう何日間こうしているのだろうか。

 

何がどうしてこうなったのか分からないけど、あのモノローグがまずかったことだけは分かる。分かるぞ。

 

 

あの日、誕生パーティを開いてもらったあと、酔いを覚ましたくて私は表に出た。

このジジイは誘拐犯だ。店先で夜風にあたっていた私を、後ろからぶん殴って気絶させてからここに連れてきた犯罪者である。

 

歳は60くらいに見える。知らない顔だった。

時々ひとり言のように口ずさむ話を聞く分には、単独犯みたいだ。

 

あの緑色の薬を打たれてから体がぴくりとも動かなくなった。

たぶん麻酔とか筋弛緩剤とかそういうものだろう。

死にたくなるくらいの激痛を伴う薬もあったから今日のはまだマシなやつだと、ぼんやりしてきた頭で思う。

 

血なまぐさいラボで、マッドサイエンティストは今日も人体実験を繰り返す。

哀れな被害者は実験体とされ、その末路は…。

 

そんな映画の出来事みたいな災難が私に降りかかっていた。

あまりにバカバカしくて現実味なんてずっと無い。

もっとありえないビックリ体験は他にもしたけど、生まれ変わったと気付いた時のほうがまだ落ち着いてられたってもんだ。

だって命の危機がこんなに近くなかったから。

他人のこんなにも明確な悪意に晒されたことなんてなかったから。

 

拉致されてから連日、こうして怪しい薬を投与され続けて。

 

朝も夜もない。薄暗い部屋に窓はなく、外の様子が見えないから時間の経過も分からない。

 

助かる見込みはあるのかな。連れてこられてからもうずっと考えているけど、状況は絶望的だ。

さらわれてから1週間は経っていると思う。街の警務部隊は私ひとりのために動いてくれるのだろうか。

首都の住民とはいえ、戦後の行方不明者なんて、いったいどれくらいいる事だろう。

助けはきっと来ない。期待するには、この世界は何も持たない個人に厳しすぎた。

 

「うえ、げほッ」

 

正体不明の劇薬を投与され続けた私の体は、たぶんもう限界だ。

死ねないのが不思議なくらい。

痛みによって意識を失い、痛みによって目覚める毎日、じき正気を失うに違いない扱いを受けていた。

 

「…ちくしょ……わたしが、何したっての、」

 

「おや、まだ喋れるか。ただの実験体とするには勿体なかったかのう。

――いやしかし、器には足りぬな。おぬしの体は軟弱すぎて全てが足らぬわい」

 

謂れなき暴力の末に謂れなき暴言を受けて、頭のどこかが怒りで燃え上がった。

今まで私が何を言ってもガン無視しておいて、こんな仕打ちをしておいて。

このクソジジイ覚えてろよ。死んでもその顔忘れないからな来世で絶対復讐してやるから。

私が言うとハッタリでも脅しでもないぞ。

まあ次があればだけど。更に言うとまたこの世界に生まれる羽目になればの話だけど。

 

 

 

駄目だ。

 

 

最近はもう死ぬことしか考えてない。

死に救いを見出す事だけで正気を保っている。

HHの世界なら死者の念になって留まってやったのに。

いや、できなくてもやってやるくらいの気持ちでいきたい。

 

 

 

 

そうして、絶対呪い殺すと誓った瞬間のことだ。

 

突然、研究室が吹っ飛んだ。

 

な、何を言ってるかわからねーと思うが。

本当に突然、ものすごい音がして壁が天井が、破壊され吹き飛んでった。瓦礫にぶつかりながら私の体も寝台ごと吹っ飛ばされる。

考える余裕もなく二回くらいバウンドして、横向きに倒れるかっこうで私は止まった。

全身を強かに打ったため酷い怪我を負ったはずだけど、ついさっき打たれた薬のせいで痛みはまったく感じないのが不幸中の幸いというか、これ救いなの?

体は相変わらず動かせない。

 

「(なに?爆発?)」

 

土煙のなか目を凝らせば、一緒に吹き飛ばされたジジイは私のすぐ傍に倒れている。

意識はあるらしいが、何かぶつかったのか、胴体が血塗れだ。

プギャーしたかったけれど、私の怪我の程度も似たようなものなので笑えない。

早く止血しないと間違いなく死ぬよこれ。

 

「な、何事じゃ…」

 

事態が把握できていないのはジジイも同じらしく、せわしなく辺りを見回している。

そして煙がおさまってようやくクリアになった視界の向こうに、私とジジイは有り得ないものを見た。

 

山並みの中に、でっかい獣がいる。

 

体躯は山よりでかくて、尾が1、2、…9つある。

遠くにゆらゆらうごめくその姿がある記憶と結びつき、ジジイの呟きを聞いて確信した。

 

「九尾…なぜ……」

 

木ノ葉の歴史上最悪の事件。

 

九尾の化物が突如現れ、破壊の限りを尽くした日。

 

「(そっかああああ今日か!今日だったのかああああ!!)」

 

遠い記憶を漁れば、ぼんやりとだけど思い出した。九尾の襲撃事件。

暴れる化物を、四代目火影が赤ん坊の腹に封じることで里は守られた、という顛末だったはず。

火影が代替わりしたって話は知らなかったけど、もう分かった。それらはたぶん今日起こる事で。

おそらく今は九尾が「破壊の限りを尽くす」下りだ。

 

はず、とかたぶんとかおそらくとか言ったけど、それでも私は疑いなく確信している。

物語の始まり、コミック一巻の冒頭も冒頭で触れている事件だ。

序盤では、物語の核の要素になっていた事件。覚えているにきまってる。

そっか、ここは木ノ葉の里だったのか。首都からずいぶん遠いところまで連れてこられたもんだ。

 

かなり距離があるのにこの建物が全壊するほどダメージを受けたという事は、はかいこうせん的な技を食らったんだろうか。

九尾のいる場所から一直線に割れた地面を見て寒気がした。よく生きてたな私。

 

と、勝手に理解したところで、呆然と固まってたジジイがおもむろに立ち上がった。

かと思うと血相を変えて弾かれたように駆け出し、どこぞへ姿を消す。

 

あっという間だった。常人の動きじゃない。

ただのイカレた研究者だと思ってたけど奴は忍だったらしい。

だからといってイカレた、という形容詞を外す気にはならないけども。

マッドサイエンティストからクレイジーニンジャにクラスチェンジしただけだ。おめでとう。

あの尻尾のひとつにプチッてされちゃえばいいのになあ。

 

とにかくジジイは私をほっぽり出して行ってしまった。

しばらく呆気にとられていた私だが、事態を把握して歓喜する。

もしかしたら、このどさくさで助かるんじゃないだろうかと。

両親のもとに帰れるかもしれないと。

 

我ながらひどい考えだとは思う。

今この瞬間も沢山の人が殺され、物語の通りならば主人公にとっての一つの悲劇が起ころうとしている中で私はこの出来事に感謝すらしていた。

自分本位に期待する。誰か見つけてくれないかって。

この場所は九尾のいるところからまだまだ距離がある。

一般人だって忍だって、この非常時でも、明らかに不当に監禁されてましたというふうな人間を見捨てはしないだろうと希望を持った。

そう遠くはない所で、人らしき影が飛び交っているのが見える。

麻酔のせいで大声が出せないのだが、どうやって気付いてもらおうか考えていると、ジジイが何か大きなものを抱えて戻ってきた。

戻ってきてしまった。

 

「嘘でしょ……」

 

千載一遇のチャンスを私は棒に振ったらしい。

打ちひしがれている私をよそに、ジジイは抱えていたものを降ろす。

薄暗い中眼をこらしてそれを見て、私はぶったまげた。

 

「ひっ」

人だ。血塗れの。

 

妙齢の女性と、その女性の腕のなかに、小さな赤ん坊。

 

どちらもピクリとも動かない。

死んでいるのかと思ったけど、赤ん坊が泣き声をあげたためその生存が知れた。

よかった、赤ちゃんは生きている。

 

ただ耳鳴りするほど大きな泣き声を耳元で聞いているはずなのに、母親らしき女性は目を覚まさない。

たぶん、もう。

 

ジジイは彼女たちを丁重に寝かせたあと、瓦礫の下から機材をかき集め始めた。

素人の私には用途不明の物ばかりだが、主に私を苦しめるために使用していた道具やら薬やら運んでいるのを見て身震いする。

こんな状況でいったい何を始めようというのか。

 

なすすべも無く見守っていると、ジジイは赤ん坊と機材を無数の管(くだ)でつないでいった。

女性も同様につなげば、奴はせわしなく動かしていた作業の手を止める。準備が整ったらしい。

そして立ち上がると、一度咳き込んで血を吐いた。傷はやっぱり深いようだ。

早く死んでしまえと思う一方で、私は奇妙な感情を抱いていた。

赤子と女性の亡骸を扱う手が優しい。大事な人なんだろうか。

 

ジジイの足元には赤い水溜りができていたが、彼は構っていられないとばかりに再び手を動かした。

自分の指を複雑に組み合わせ、何やら唱えている。

「印」だ。印を組んでいる。

ならば今から行うのは忍術で。このタイミングで何をする気だろう。

 

ジジイは緩慢な動作で20ほども印をきると、最後に、赤ん坊と女性の胸にそれぞれ手をあてて叫んだ。

テレビの映像でも見ているかのように、私はただその光景をじっと見つめていた。

 

「×××××××××!!!」

 

なんと言ったのか、よく聞こえない。

青白い閃光が走り、私の意識はそこで途絶えた。

 

 

 




・初投稿です。どうぞよろしくお願い致します
・昔にプロットだけ作ってあったものに肉付けしているスタイル。
・矛盾にお気づきの際はそっとお知らせくださいませ。できる限り軌道修正いたします
・楽しんでいただければ幸いです。
・書いている方はとても楽しいです。


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【000.5】お祖父さまマジクレイジー

 

 

「東天紅チャボ」という名の忍がいた。

 

木ノ葉の里で、愛と使命に生きた男の話。

 

 

 

 

彼は忍の名家「うちは」一族出身の母と、

一般の里人の父との間に生まれた。

 

忍の世界の暗黙の掟として、優秀な血筋のもとに生まれた者は、自分の意思で伴侶を選ぶことは無い。

血を濃く保つため、そして血の拡散を防ぐためだ。

一族の間にのみ伝わる能力、技術。

それらがあるからこそ、戦闘において非凡な強さを誇る彼らは重宝されるのである。

 

特にうちは一族は、圧倒的な戦闘力を誇る血継限界「写輪眼」を有する。

うちは一族が里内で孤立している理由のひとつだが、だからこそ写輪眼を発現した者の婚姻はほとんどが一族間で取り決められ、管理されていた。

 

しかしチャボの母の場合。

彼女は優秀な忍でありながら、写輪眼を発現させることができなかったのだ。

 

開眼することの叶わなかった母に限っては、一族の人間どころか、忍ですらない一般人の家に嫁ぐことについて反対する者はいなかった。

うちは一族でありながら写輪眼を開眼できぬ者は、一族の会合に出席することも許されない。

一人前の忍として扱われていないということであったが、彼女自身にとっては幸福なことだったという。

そのおかげで、愛する人と添い遂げることができるのだからと笑っていた。

 

チャボは母のその笑顔が好きだったが、成長するにつれ、ある思いを抱くようになる。

 

母は本当に優秀な忍だった。写輪眼を持つ者に対しても、引けをとらない強さを誇っていた。

それなのに、開眼しないというだけの理由で、母の家族は彼女を見放した。

祖父と祖母は、チャボの前でも母を無視し、いないものとして扱っていたのだ。

里の中で彼らとすれ違ったとき、母はいつも悲しそうな顔をした。

しかし、すぐにごまかすように笑うのだ。チャボを不安にさせないようにと。

 

本当は、己の運命を呪っただろう。恨んだだろう。嘆いただろう。

笑顔は自分自身をごまかすための偽りなのだろうと。

強がっているに違いない母の笑顔を、しだいに哀れむようになっていった。

 

 

チャボには母同様、写輪眼は発現しなかった。

しかし、優秀な忍になった。

術の開発にかけて天賦の才を持っており、数々の新忍術を編み出して着々と力を付けていく。

一般人の父のもとに生まれながらもあっという間に出世していった彼は、努力の天才としてもてはやされる一方で、やっかみを受けることも多々あった。

 

母親の血のおかげだろう、と揶揄する者が少なからずいる。

そういう輩に対しチャボはいつも、「その通りだ」と、

それの何が悪いのだと、胸を張っていた。

 

努力が無駄だとはけして思わない。

が、血筋というものはやはり尊いのだと。

 

遺伝子に刻まれた肉体の強さはもちろんのこと、その集団の中で培われる技術というものも、大事に伝えられるべきものだ。

チャボは合理主義者である。

母を疎んじていた祖父母や一族の者たちのことは大嫌いだったが、うちは一族の力や技術そのものには敬意を抱いていた。

 

落ちこぼれとしての扱いを受けていた母さえ、里にとっては貴重な戦力であり、チャボという天才を生んだ。

バトンを後生に渡した。

 

次は、自分の番だ。

 

忍の女を妻に迎え、娘をひとり儲け、そんな想いは日増しに強く固まっていった。

 

 

 

ひとり娘のタマは、やはりすばらしい才能を持った子だった。

 

驚くべきことに、母が辿り着けなかった高みに、タマはわずか11歳で至ったのだ。

写輪眼を開眼したのである。

チャボと、数人の下忍らと共に赴いた任務中のことだった。

 

チャボは歓喜した。

母も自分も持ち得なかった眼を、娘は手に入れたのだ。

混血であるのにも関わらず、三世代越しの隔世遺伝。

まさに奇跡であった。

 

それだけでなく、タマは父の教えをよく吸収した。

才能に奢らず、努力を怠らなかった彼女は非常に優秀な忍となり、やがて特別上忍にまで上り詰める。

チャボはその成長を喜び見守っていた。

 

そして美しく成長した彼女が伴侶に選んだのは、チャボの願いに反して一般人の、戦うことをしない男。

しかし男は一般人ながら、うちは一族の人間であった。

渋りつつも最終的には、チャボは結婚を許した。

タマが既に身篭っていると聞き、期待の方が大きかったのだ。

血が再び濃ゆくなれば、子が開眼する可能性も上がるのではないかと。

後継を育てる喜びをタマも知るだろうと。

 

しかしタマは、生まれた孫娘に戦いを教えることをしなかった。

こどもの選択を尊重したいのだと言った。

チャボが副業として続けていた家業、養鶏場としての東天紅家を継ぎたいという、孫娘の夢を叶えてやりたいと。

 

忍としての技術や能力を後生に残すという使命感に囚われているチャボと、

子供には自分で将来を決める権利があると主張するタマ。

孫の教育方針を巡っては度々衝突することになる。

 

そんな折だ。

チャボは、娘の命がそう長くない事を知った。

 

不治の病だと、いますでに二人目の孫を身篭っているタマは、出産に耐えられたとしても、長くは持たないだろうと。医者がそう言った。

 

 

それからのチャボは変わった。

忍としての任務を辞退し、自分の研究室に篭るようになった。

 

なんとしてでも助ける。

何だってしてやる。

何だって。

 

 

愛する娘を救うため、彼は本当に何でもやってのけた。

 

不正に資料を手に入れ、タマと同じ年頃の女たちをさらい実験体として使った。

世間に隠れて、転生術の研究・開発を秘密裏に行った。

 

タマの精神を、他人の肉体に移す。

 

そのような術を作ろうとしたのだ。

 

すべては、娘の命を永らえるために。

なんでもした。どんな事でもする覚悟だった。

父親としての愛と、忍としての使命感。

これらが彼を動かし続けた。

 

まずは術の仕組みを完成させ、写輪眼を移植しても耐えられる肉体を探ししだし、その体へタマの精神と眼を移す。そういう計画だった。

 

そして術の完成まであと少しで手が届く、というところだ。

 

平和だった木ノ葉の里を、突如として九尾が襲った。

 

「九尾…なぜ……」

 

九つの尾を持つ化物、九尾の放ったチャクラの衝撃波が里を蹂躙し、チャボの研究室を吹き飛ばす。

 

何故だ。何故、今なのだ。

 

しかし、人中力に封じられているはずの九尾がなぜ突然現れたのか、その理由などどうでもよかった。

実験体の多くを失い己も負傷したが、かかずらわっている場合ではない。

 

家族の無事、そればかりを祈って自宅へ駆けつけた。

 

 

しかし無情にも、そんな彼の眼に映ったのは、

倒壊した家の傍に倒れているタマと、その夫。

 

二人は瓦礫の下敷きになっていた。

夫はタマを庇って既に死んでいたが、タマにはまだ息がある。

だが危険な状態だ。病に蝕まれたタマの体が耐えられる傷ではない。

 

絶望的な状況だった。

 

しかし咄嗟に抱き起こした娘の腕の中に、チャボはほの暗い希望を見た。

 

赤ん坊だ。

 

三ヶ月前に生まれたばかりの孫娘、シャムが母の腕に守られていた。

 

悪魔がささやく。

 

「もうこれしかない」と。

 

 

チャボは二人を連れて研究所へと戻り、術を発動させる。

己の負った傷も深い。最期と分かっていた。

最期の力を振り絞って孫娘、シャムへ転生忍術を施す。

生まれたばかりのシャムの体を、タマのために使った。

 

信念に、愛が勝った。

バトンを後世に繋ぐという己の使命を捻じ曲げてでも、愛娘を助けたかった。

 

シャムを犠牲にして生き永らえたと知れば、タマは許さないだろう。

チャボの事はもちろん、自分の事をも一生責め続けるだろう。

 

それでもいい。恨んでくれていい。

まだこの世に生まれたばかりの孫よりも、儂はお前が大事なのだ。

 

 

残酷な取捨選択をして、そして結果を見届けることなく、チャボは逝った。

 

 

一本だけ、管をつないだままの『実験体』に気付かぬまま。

 

赤ん坊の体に果たして『何』が宿ったのか、知らぬまま。

 

 

 

 

 

 



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【001】東天紅衰退記

 

はぁい私です。

思うとおりに動かない、小さな体を見下ろして絶望した。

 

どう見てもまた赤ん坊です本当にありがとうございます。

 

長い監禁生活の末に九尾の襲撃事件に巻き込まれ、やはり私は死んでしまったらしかった。

 

 

「ふええぇ……」

 

つらいとか悲しいとか、もうそんな感情もわかない。

またやり直し?

事故死の次は他殺。理不尽にも程がある。痛いのはもうたくさんだ。

次はせめて30歳まで生きてみたい。もう少し人生を謳歌させてください……。

 

「おぎゃあ」うんざりした気持ちで声を上げたら勝手に赤ちゃんボイスに変換された。うん、ものすごく覚えのある感覚。

 

「…んー、はいはい、ミルクかな?ちょっと待ってね~…」

 

私の声に誰かが答えた。

なんだ、ニューマザーいたのか。ちょっとびっくりした。

赤ちゃんのそばに誰かがいるのはごく当たり前なことなのに、私ちょっと理解が追いついてないらしい。

 

しかし私の声に応えたのは予想に反して、まだ7~8歳くらいの女児だった。

もしかしてお姉さんかな?と当たりをつける。

長い黒髪を靡かせてキッチンに消える姉(仮)を見送った私は、まだ完全にすわっていない首を必死に動かして辺りを見回した。

 

壁の時計を見れば深夜の2時ごろだった。

なのに両親らしき人物は見当たらない。

薄暗い部屋に布団は一組だけで、赤ん坊の私とあの女の子はふたり寄り添うように寝ていたようだ。

 

で、家の中をぐるっと拝見した感想。

 

(狭い……ボロい……)

 

部屋は4畳半ほどのこの一部屋のみで、キッチンの他は風呂・トイレに繋がっていると思しきドアがひとつあるだけ。

1K四畳半か…前世でもボロアパートに住んでたけど、ここまで狭くもボロくもなかった。

あんなちっちゃな女の子が歩いただけで、床はギシギシ耳障りな音で鳴る。なんだか苦労してそうなお宅だ…っていうか、これから苦労するのは私も一緒みたいだと悟って頭が痛い。

 

私が先行きに不安を感じてちょっとブルーになっていると、哺乳瓶を片手に女児が戻ってきた。

そして優しく私を抱いて、上手にミルクを飲ませてくれる。温度もばっちり人肌だ。この歳の子にしてはやるじゃないか。

なんていうか、慣れてる感じ?まさかお母さんだなんてことはないだろうが、やっぱりお姉ちゃんなんだろうか。

 

女児の小さな手に背中をトントンと叩かれながら、とりとめのないことばかり考えた。

何だかとても、疲れていた。眠い。おやすみなさい……。

 

 

 

 

さておなかがいっぱいになって眠って、眼が覚めたら朝。

物音のするほうを見れば、昨晩お世話になった女児がキッチンに立っている。

せわしなく朝の支度をしていた彼女は、私が起きた事にすぐ気が付いてミルクをくれた。やはりおぬし、出来るな。

 

「シャムちゃん、きょうもお店のおてつだいよ。おしめ換えてこうねー」

「うー」

 

久々の羞恥プレイに耐えつつ得た情報そのいち。

今度の私の名前は「シャム」というらしい。

 

気を取り直して。

 

姉(仮)は私を背負いおんぶ紐で固定すると、アパートを出てどこかへ歩き出した。

想像通り外観もボロかったアパートにしょっぱい気持ちになる。

 

しかもこんな小さい女の子が、お店のお手伝いとは。

だいぶ訳ありのようだ、と怪訝に思いつつ小さな背に揺られて付いていった先で、私は自分の置かれた状況を知ることになるのだった。

 

 

辿りついたのは、「うちはせんべい」との看板をさげたお煎餅屋さんだった。

私たちを笑顔で迎えてくれた店主さんと奥さんは、私を抱える女の子を「アサヒちゃん」と呼んだ。

 

「あらシャムちゃん、今日もいいお顔ねえー。おむつもきれいみたいね。アサヒちゃん、きちんとお姉さんしててえらいわあ」

「え、えへへへ…」

 

ほめられて照れ笑うアサヒちゃんは、やっぱり私のお姉さんで間違いないようだ。

 

 

アサヒ姉さんは毎朝ここに通って、私を奥の部屋に寝かせたあと、店の手伝いをする。

そして日が暮れるころ店じまいをして、夕飯をごちそうになり、私を連れてアパートに帰る、というのが私たち姉妹の生活サイクルとなっていた。

この世界の基準が分からないが、なかなかに特殊な生活をしていると思う。

そうして毎日通っていれば、漏れ聞こえる会話から我が家のちょっと複雑な事情を知ることができた。

 

まず両親についてだけど、やっぱり二人とも亡くなっているらしい。

九尾が里で暴れたために多くの人が亡くなり、私たちの両親も、それに巻き込まれて死んだのだと。

家族の中で無事だったのは、両親に庇われた私と、たまたま友人の家に遊びに行っていて一緒に保護されたアサヒ姉さんだけ。

 

私は頭を抱えた。

予想したとおり、両親がいないということ、そしてまだNARUTOの世界それも木ノ葉の里にいるらしいという事にも十分絶望したが、

この現象を生まれ変わりといっていいのか分からなくなってしまった事が、いちばん堪えた。

 

今回の転生では、私は母の胎にいた記憶がない。

前とちがって、記憶のはじまりが生後しばらくたった頃からというのはどうも不自然な気がしていた。

生まれ変わった、というよりも、死後とびだした私の魂が赤子に乗り移った、と考えた方が辻褄が合うような…とそこまで考えて鬱になった。

 

心当たりもある。あのクレイ爺ーニンジャが使ったあの術だ。

あれに巻き込まれて飛ばされた私の魂が、この体にスッポリ収まったんだとしたら。

いや、そうに違いない。

赤ん坊の顔の見分けなんて付かないけど、あの時術を行使した現場にいた赤ちゃんは、生後3か月くらい…今の私と同じくらいのサイズだった。

全部推測にすぎないけど、そうとしか考えられなかった。

私、あの赤ちゃんに乗り移っちゃったんだ。

 

そしてそれは、一度目の転生でもそうだったかもしれなくて。

 

胎内にいた頃から記憶があるからって、最初からそれが私だったっていう保証なんかどこにもない。

ふつうに生まれてくるはずの胎児に憑依してしまったのだとしたら、同じことだ。

 

自分の意思ではないにしろ、一人の人間の人生を、まるまる奪って生きている。

初めてその可能性に気付いた。

私には重すぎる。二人分の人生を背負う覚悟なんて、私には。

 

 

 

 

「あばぶばー(ま、仕方ないっしょ)」

「…うん?シャム~、やっとおねむかな~…?」

 

しばらく寝付けない日々が続き、姉さんには大変迷惑をかけた。ごめん。

 

しかし数日で割り切れたあたり自分図太いなと思う。

だってなっちゃったもんは仕方ない。私はこの問題に蓋をした。

 

よく考えても、私のせいじゃないし。

たぶん。きっと。うん。

そう考えないとやってられませんよ。

 

 

 

 

家族の話の続きをしよう。

九尾の事件で両親を失った私たちは、父方の実家で面倒を見てもらえることになったのだという。

それがここ、「うちはせんべい」だ。

 

もう漫画の知識はほとんど残ってないけど、主人公のライバルであったうちはサスケの名前は覚えていた。

木ノ葉の忍の中でもエリート中のエリート、うちは一族。

 

そんな「うちは」の名を掲げているうちはせんべいだが、この家の人たちは忍ではなかった。

エリートの一門といっても、一族皆が忍者というわけではなく、ここの店主と奥さんのように、忍以外の仕事をして暮らしている人も勿論いるのだ。

 

お父さんはこのうちはせんべいの家の次男で、名前をうちはノリといったらしい。

「うちは」の姓を持つ以上、居住区から出て暮らすことはできない決まりだが、忍ではない者に限り、一族と縁を切ることを条件に、敷地外で暮らすことも認められるらしい。

お父さんは煎餅屋の次男坊。とくに引き止められることもなかったんだろうな。

 

両親のいない私たちが、うちはの敷地外のアパートでたった二人で暮らしているのも、そういう一族のしきたりの為だった。

「うちは」の名を捨て、「東天紅」を名乗ったお父さんと、うちは一族との縁はとうに切れている。

つまりその娘である私たちも、無関係の部外者だ。

 

排他的な風潮が他の一族よりましてさらに強いうちはでは、たとえ一族の血を引くこどもだろうと、私たちみたいなのを一族のテリトリーに招き入れてはならない。掟を破る者には相応の報いがあると。

 

店主夫妻……私たちの祖父母、テッカさんとウルチさんが私たちを引き取らなかったのは、彼らの思いやりだ。

それでも幼い私たちをただ放っておくことはできなくて、店をほんの少し手伝わせる代わりに、二度の食事の面倒を見てくれている。

これが、うちはの掟に触れないギリギリのラインということだった。

やさしい人たちだ。こんなお家で育ったお父さんも、きっととても優しい人だったんだろうと想像してみる。

 

 

そして、母方の実家の事。

東天紅の名は、実は前回の人生できいた覚えがあった。それもまったく思いがけないつながりで。

 

東天紅は、木ノ葉創立期から続く養鶏場の家系だ。

東天紅産の鶏卵は最高級のブランド卵として国外にも広く知られていた、とか。

木の葉土産にいただいた東天紅産の卵で、親子丼を食べたのを思い出す。

一個400円もすると聞いた時にはたまげたが、あれは納得の美味しさだった。

 

というように東天紅はお金のある民間企業で、忍びではないという意味で一般人の家系だったらしいが。

先代と二代前の主、つまり私たちのお母さんとおじいちゃん。ふたりは忍者の仕事と、家業である養鶏場経営を兼業していたとか。

二人ともとても強い忍だったらしい。そのうえ家業も忙しいから、休む暇もなく働いていたそうだ。

そんな片手間に経営が勤まるのかしらと疑問に思ったけど、世界の東天紅には優秀な部下が何人もいて、彼らがずっとサポートしてくれていたから何とかなっていたようだ。

 

そんな東天紅だけど、九尾の暴走によって廃業せざるを得なくなった。

九尾の攻撃をモロに喰らって、鶏と小屋と家とそれなりにいた従業員、すべてを失ってしまったという。

 

アサヒ姉さんは、一人前になったら家業を継ぐのが小さい頃からの夢だったらしい。

しばらくは更地になった養鶏場跡を見ては死ぬほど落ち込んでいて、見るに堪えなかったんだけど、

何か気分の変わる出来事でもあったのか。

ある日突然元気を取り戻し、また夢を語ってくれるようになった。

 

「お金を貯めて沢山勉強して、東天紅を復活させてやる!」

と意気込む姉さんは本当に強いと思う。

両親も夢も無くして、幼い妹を抱えて。

不安で仕方ないだろうに、弱気になるまいと毎日必死に踏ん張っている。自慢の姉さんだ。

 

私も将来、そんな姉さんの手助けができたらいいなとぼんやり思った。

一生ものの仕事にするなら、いつ死ぬかわからない忍より、人の糧になるものをつくる仕事のほうがいいなあ。

痛いのは、ごめんだし。

 

 

しかしそれは儚い夢。

今は自力で立つこともできない私が、我が家の家計簿を覗けるようになって将来に絶望するのは、まだ先のお話だ。

 

 

 

 

 

* * * * *

 

 

 

 

 

九尾の事件から、つまり私がシャムとして目覚めてから、四年の月日が流れた。

 

私は四歳になっていた。

 

「はあ~……」

 

ちっこいちゃぶ台に広げた紙の束を見て、ため息をついた。

 

忍者学校(アカデミー)入学のお誘いに、資料と手続きに必要な書類もろもろ。

 

一人で学校を訪ねて、くれと言ったらくれたのだ。

保護者も付いていないし、追い払われやしないかとハラハラしながら行ったのに、願書までセットなのはどういうことだ。

怪訝に思いながら、封を開けてみると意外なことが分かった。

 

 

アカデミーへの入学条件は3つある。

①里を愛し、その平和と繁栄に尽力する志を持つ者であること。

②不撓不屈の精神を有し、たゆまぬ努力と鍛錬を行う者であること。

③心身ともに健全であること。

 

 

これだけ。

以上の条件を満たす者であればよし。とある。年齢制限は設けられていないようだ。

つまり、現在の私にも入学する資格はあるという事。

 

さらに言えば、入学金や学費は一切不要なのだという。

国の兵力を育てるための施設だからか。

 

とにかく私の意思次第で入学できるとわかったので、姉さんにばれる前にさっさと提出してしまうことにした。

見つかれば焼却処分されるだろう。

 

姉さんは、私が忍になることを許してくれない。

 

姉さんは、「貧しい暮らしだけど、たとえ砂を食んだとて忍者にだけはさせない」みたいなことを常日ごろ言っている。

忍になりたいなんて言ったことはないけど、言わなくても全力で反対されるだろう事がわかる。

 

姉さんは怖いんだろう。九尾の事件で死んだという両親や祖父みたいに、戦いでまた家族を失うのが。

 

でも、そんな姉さんには申し訳ないと思うけど、私は忍者になるつもりでいる。

 

「ふんふん、『在学中は所得に応じて各家庭に補助金が下ります』ねえ。手厚いわー」

 

理由のひとつがこれ。何せうちには、お金がない。

 

金欠に喘ぎ絶望することになるのはまだ先の話だといったな。あれは嘘だ。デデーン。

 

九尾の事件のせいで東天紅家は財産をほとんど失ってしまったし、この四年の間に、わずか残っていた遺産も底をつきてしまった。

食い扶持二人に働き手は姉ひとり。

うちはせんべいからのお賃金だけで食いつないでいる現状だ。そろそろ限界を感じている。

 

私も、うちはせんべいで姉さんと一緒に店番の手伝いくらいはできるようになった。

けど、精神が成熟していても、こんなにちっちゃい手足じゃお醤油のビンも運べないし火も触らせてもらえない。

というかうちはせんべいにはテヤキ店主と奥さんのウルチさん、跡取り息子のアミ叔父さんがいるし、お手伝いの姉さんもいる。

人手はじゅうぶん足りているのだ。

手伝いの手伝いというポジションで正直なんの役にも立ってない私はいわゆる穀潰しというもので…。

あ、情けなくて泣きそう。

元社会人やってただっただけに精神的にきついんだよね、使えない奴でいるのは…。

 

そんな私が家族に貢献できることといったら、もう道は限られている。

私だって痛いのはキライ。

怖いのも。命の危険なんてもってのほか。

 

それでも、いま食うものに困るんだから仕方ない。忍者やらなきゃ餓死するほうが先だ。

 

それにこの世界は弱者に優しくない。力がないと奪われることもある。

 

私は奪われた。

他人の都合で、あっけなく、命を奪われてしまった。

 

この世界で平穏に安全に寿命を全うしたいと思ったら、純粋な力が必要なんだ。

自分と姉さんだけでいい、それだけを守り抜く力が欲しいと思った。

 

だから喧嘩しても泣かれても、私は忍になる。

もう決めた。

姉さんが求人誌なんか隠し持っていて、しかも風俗系の求人にマルしてあるのを目撃したときに決意した。あとちょっと泣いた。

 

ちなみに姉さん、まだ12歳。

当然面接で落とされて目が覚めたみたいだけど。店側の人間が常識人でよかったと心底思う。

 

姉さんも私も、まだまだ大人の加護なしに生きてはいけない子供だ。そんなことは姉さんも分かってるはずなのに。

背伸びして私を守ろうとした姉さんが愛しくて、この人のためなら私頑張れると思う。

 

そういうわけで、書類には必要なところすべてに判を押し、封をした。あとはこれを窓口に持っていくだけだ。

そろそろ買出しを終えた姉さんが帰ってくるだろうから、書置きを残してから家を出る。

 

とまあ、固い決意のもと入学を決めた私だが、不安は大きい。

要約すると「在学中の訓練および卒業後の任務で怪我しても死んでも責任は負えませんよ」という内容の、サラッと恐ろしいことが書いてある誓約書のせいで。

今からかなり胃が痛い。

 

もう一度言うけど痛いのはキライだし怖いのもイヤだ。

命をかける覚悟なんてまだ微塵もできちゃいない。

 

ああ、平成の世が恋しい。あそこには就職氷河期があろうとも命の危険なんてなかったよ。

二度死んでも日本で培った精神は変わらなかった。

この世で誰より平和ボケしたビビリの精神抱えて生きていくこれからを思うと、もう今から欝。

フィジカルもメンタルも豆腐並みだけど大丈夫か。

きっと人一倍苦労することだろうし、そもそも卒業できるのか。

 

いや、やるしかないんだけどさ。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

無事願書を提出すると、入学の際に必要になるらしい書類を新たに受け取った。

両手には余るサイズの封筒を抱えてぷらぷら歩く。

 

他に用事も無いんだけど、なんでか、まっすぐ帰る気になれない。

夕日の中を赴くまま歩けば、そこそこ大きな公園にたどり着いた。

 

「おー…懐かしい感じ」

 

ずっと姉さんにべったりで家にばかりいる私は、子供の遊び場に縁がない。

こんなところに公園なんてあったのか。ちょっとした驚きと好奇心でもって足を踏み入れた。

 

広場では子供たちが鬼ごっこに興じている。

私は無人のブランコに座り、遠くではしゃぐ子供たちをぼんやり眺める姿勢をとった。

 

……そういえば、友達、いないなあ。

 

楽しそうな子供たちを眺めてると、なんだか涙がちょちょ切れる。

 

前の人生はまだ良かった。

友達0人でも、生きるのにまったく支障がなかったのだ。

私の住んでいた土地には本当に子供が少なくて、生活圏内に自分以外の子供はひとりもいなかった。

首都にいる間に5年間だけ通った学校は、読み書きなど本当に基本的なことを教えるためだけの学習塾みたいなものだったし、生徒の年齢もさまざまで、学年、クラスという概念事態がなかった。

だから人付き合いをしなくてもやっていけたんだけど。

 

アカデミーかあ…。クラスで友達ゼロはキツいだろうな。

 

私はあのはしゃぐ子供たちに混ざって溶け込むことができるのだろうか。

一緒になってケンケンパーできるんだろうか。

果たしてこの24年間で衰えたコミュ力を、取り戻すことができるのだろうか…。

 

…やめよう。

気分転換に来たのに新たな不安を持ち帰ってどうするんだ私。

 

日も落ちてきた事だし、もうけーるべとブランコから立ち上がった時だ。

 

「きゃーー!」

 

「うわああーー!」

 

子供たちが遊んでた方から、甲高い悲鳴が聞こえた。

何事?

 

「ウワハハハー!!みんなカラフルにしてやるってばよー!!くらえ!!」

 

「ありえねー!やめろバカ!!!」

 

「きゃああー!!おきにいりのワンピースがっ!」

 

「てめ、なにすんだナルトォ!!!」

 

広場を振り向いて見れば子供がひとり増えていた。

 

私と同じ年頃で、鮮やかな金髪をした男の子。

彼はフタの開いたペンキ缶をブンブン振り回して他の子たちを追っかけまわしている。

 

……いた。主人公じゃん。

この世界で初めて漫画の登場人物それも主人公に遭遇したけど、浮かんだ感想は思いのほか薄かった。

 

 

 

「(なんというクソガキ)」

 

 

 



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【002】皆様はご存知でしょうが意外に短髪も似合うんだぜ

 

 

主人公と遭遇しました。

 

 

ナルトのペンキ攻撃によって髪やら服やらベッタベタにペイントされた子供たちはキャンキャン怒っている。

 

「サイアク…もう落ちないじゃない、これ」

「やばんだわ!サイテーー!」

「髪までかかった…ありえねー」

 

「へっへーんだ!ザマミロ!!悔しかったらここまでおーいでぇ!!」

 

かすかに覚えのある悪童ぶりである。

く、クソガキだァーー!!

 

私若いころに夢小説読みすぎたんだなあ。

可憐なちびナルトなどいない。

原作初期のクソガキっぷりだ。思わず拳骨かましたくなった私悪くない。

 

 

そして怒れるちびっこを更に挑発しようとするナルト。

子供たちはしかし、そんなナルトをひと睨みしただけで背を向けた。

 

「ほんっとムカつく…消えてよね」

「お母さんいないからあんなに乱暴なのよ」

「まじでウゼー。かかわらねーようにしようぜ」

 

「え、おいお前ら……っ!!」

 

取っ組み合いの喧嘩になるかと思われたけど、意外にも子供たちはあっさり引いてナルトから距離をとる。

拍子抜けしたのはナルトも同じで、慌てた様子で彼らに追いすがったのだが。

 

「わっ!!」

 

石につまずいて盛大に転び

ペンキ缶が手からすっぽ抜け

ひっくり返った缶から中身がナルト自身に景気よく降りかかる

 

というコンボが繰り広げられるのを、私は呆然と見ていた。

 

ドリフかな?

さすが漫画の世界。

 

「…プッ」

「アハハハハ!バカじゃねーの!」

 

少しの沈黙のあと、どっと笑いが起きた。

自分たちよりたっぷりのペンキを引っかぶったナルトを見て、子供たちは彼を罵る。

 

「いい気味」

「そんなんだからともだちいないのよね」

「あんなのほっといて帰ろうぜ」

「バーカ」

 

…おおう、すんごい嫌われようだ。

九尾のことで意地悪されるのは可哀想だし理不尽だと思うけど、今の件については当然の報いといえよう。自業自得だ。

子どもたちは思い思いにナルトを罵りながら、さっさと帰ってしまった。

 

ナルトはと言えば、擦りむいたひざ小僧をおさえてうずくまっていている。

妙に静かだと思ったら小さな肩がときどき上下しているのが分かって動揺した。

な、泣いてる。マジか。

 

漫画やアニメでは、嫌われていても、寂しそうでも、涙なんて見たことがなかった気がする…

キャラクターなのになんて思って、ひどいことを考えている自分に気付いた。

 

生きてるし、人なんだ。

 

考えるし、悲しんだりする。

同じ次元に生きていて同じ空気を吸っている。

キャラクターなんかじゃない。

そんな当たり前のことに、衝撃を受けた。

そして衝撃を受けてる自分に一番、驚いた。

 

 

思えば可哀想な子だ。

家族がいなくて、腹にいる九尾のせいで嫌われていて。

里の人々は九尾とナルトを同一視している。大事なわが子を脅威から遠ざけたいと考える。あの子と遊んではいけないよと教える。

そう言い含められている子供たちへ、たとえばまともに接していたって、友達なんかできなかっただろう。

 

陽気でおバカなクソガキ。表面だけを見るとそうなんだろう。

でも、あんな悪戯も、みんなに構ってほしくてしたのだと分かる。

丸くなった背中がひたすら哀れでたまらなくなった。

 

私とナルト以外誰もいなくなった広場で、私はその背中に近付いて声をかけた。

 

「あの。大丈夫?」

「!!?うわっ!?」

 

まだ人が残っていると思わなかったのか、ナルトは驚いて弾かれたように顔を上げた。

こちらを向いた眼もとが赤い。

 

やっぱり泣いてたんだと気付くと同時に、バシャッと不吉な音を聞いて私は凍りつく。

 

……おいまさか。

 

「「あ……」」

 

 

スカートに斬新なアートォォォォ!!!

 

 

驚いた拍子に、ナルトはハケを持ったままの腕を振り上げてしまったらしい。

撥ねたペンキが、私のワンピースの隅にべたっと付着していた。

 

てめぇスカートなんてこれ一着しか持ってねーのになんて事を…

 

一張羅を駄目にされて貧乏魂に着火しかけたけれども、私は堪えた。

そう、相手は子どもだ。いったいお前は何年生きているんだ、大人な対応をするのだシャムよ。

 

私は気を取り直し、しゃがんだままで固まっているナルトへ手を差し伸べた。

 

 

「転んでたでしょ?怪我とかしてない?」

「っ、だいじょうぶ……すぐ、なおる」

「ほんとに?」

 

遠目にけっこう痛そうな擦り傷が見えたのだ。

強がってるのかと思ったけど、半ズボンの下の膝小僧は無傷だった。

 

一瞬怪訝に思ったけど、九尾の力で治癒力が半端なく高いんだっけ。忘れてた。

こういうところも気味悪がられてしまう一因なんだろう。今後なるべく人前で怪我をしないといいんだけど…。

 

「……そう?じゃ、ペンキ、片付けよっか」

「……うん」

 

そうして私とナルトは、広場に飛び散ったペンキの後始末(上から砂かけるだけ)をざっとした。

ペンキの空き缶はあとでゴミ箱に捨てよう。

 

私は、頭からかぶったペンキのせいで全身真っ黄色のナルトに向かい合った。

問題はこっちなんだよね。

 

ナルトは声をかけた時からずっと怯えた顔のままだ。叱られた子犬みたいな態度のナルトに、私は極力優しく聞こえるように意識して口を開いた。

 

「うーん、その服はもう駄目だね…。

ペンキって、一度ついたら落ちないんだよ。もう捨てなきゃいけないの。髪もこれ、けっこう刈らないとだねえ」

 

服は言わずもがな、元から黄色いから目立たないけどよく見ると髪の毛までべったりだ。

すでに乾いてバリバリになっている。ちょっと切るだけじゃどうしようもなさそうなレベルだ。どう足掻いてもバリカン不可避。しばらく坊主頭だろうなと想像してちょっと笑ってしまったのは許してほしい。

 

「悪戯もほどほどにね。

女の子の髪にかかってたら嫌われるどころか殺されてるよ」

「…っ、おまえも」

「ん?」

 

「おまえも、オレのこと、嫌いになる……?」

「……まあ…わざとされたら殺意かも」

「っ!」

 

からかい半分でちょっと本音を漏らすと、でっかい眼がすぐ潤みだした。

どうやらちゃんと反省しているみたいだから、お節介のお説教はもうやめにする。

 

取り返しのつかない悪戯はしちゃいけない。それが分かってくれたらいいなと思ったのだ。

ナルトと九尾は別の存在だって理解している大人として、教えてあげたかった。

きっと、今のナルトをちゃんと叱ってくれる人はとても少ないだろうから。

 

「もういいよ。嫌いじゃないから泣かないでよ」

「……ほんとに…? でも、服…オレ……」

「いいってば」

 

ナルトがまだ気にしてるのをちょっと意外に思いつつ、私は自分の汚れの具合を確かめた。

黒い無地のワンピース。端っこに、黄色いペンキがちょっと撥ねただけだった。

ナルトの手にぶら下がるペンキ缶を見て私は閃く。まだ着られるかもしれない。

 

「ねえ、それちょっと貸りていい?」

「…え? う、うん」

 

怪訝そうなナルトからペンキ缶とハケを受け取って、私はスカートの汚れに上書きをした。

 

ぎょっとして固まったナルトを横目にハケを滑らせ、黄色のボーダーを数本描き足せば、さっき撥ねたペンキの跡はすっかり隠れる。

よし。もともとこういう柄の服に見えなくもない。着たままだから描きづらかったけど、我ながら上出来である。

 

「これでまだ着られるから、大丈夫だよ」

「…すげえ!じょうず!似合ってるってば」

「そ?ありがとよ」

 

私の思い付きに、ナルトはちょっと感動したみたいだった。

何せ元美術部よ。褒められて悪い気はしないのでエッヘンと胸を張る。

洗濯に耐えられるかどうかは謎だけどね。剥げるだけならまだしも他の服に色移りしてはたまらないのでしばらくは別洗いだ。

でもこの子にそれを言う必要はない。やっと笑顔を見せてくれたからオールオッケーだ。

 

「それじゃ私は帰るね。きみも気を付けて」

「うん。かたづけ手伝ってくれて、ありがとってば…」

 

帰ると言った瞬間シューンとめちゃくちゃ寂しそうな顔をされた。なんだこの可愛い生き物。

一瞬でほだされたけど私べつにショタコンじゃない。

どちらかと言うとシブイおじさまが好みだから信じてほしい。

 

萎れた肩に後ろ髪を引かれる思いだが、そろそろ帰らないと姉さんが心配する。

こっそり帰って書類をぱぱっと隠し何食わぬ顔でただいまを言うのがベストなのに、玄関先で待ち構えられていたら詰みだ。

そうだ、書類は一旦ベランダに隠して、普通に玄関から帰宅しよう。隠した書類は後で姉さんの目を盗んで回収すればいい。

 

と歩きながらそこまで考えて、そこで初めて自分が手ぶらなのに気付いた私マヌケすぎる。

え、まじで?

 

「ノオオオオオ!書類どこ!?まさか落とし…どこに!?」

「――ーい、おーい、なあってば!」

 

パニックに陥る私に追いすがって声をかけたのは、ついさっき公園で別れたナルト少年だった。

 

「これ、忘れてる……」

「へ?」

 

息を切らしているのは走って追いかけてくれたからだろう。

その手にはまさに私の書類の入った封筒がある。

 

お前が神か。

 

 

「大事なもん、だろ?」

「うん、うん!ありがとう助かった!ねえこれどこに落ちてた?」

「公園の、ブランコの上に…」

「Oh…なるほど」

 

おそらくナルトに声をかけた時に置きっぱなしにしちゃったんだろう。私のアホ。

個人情報満載の書類である。仕事なら考えられないミスだ。超凹む。

この世界で一般市民ひとりの個人情報がどれほどの価値を持つのか知らないけど、自分が許せん…。

 

 

「…もしかして、アカデミーいくの?」

 

地味に落ち込む私に書類を手渡しながら、ナルトが尋ねた。

封筒には大きく「忍者学校入学のご案内」と印字されている。

そういえばこの子同い年だし、同じ書類を最近手にしたのかもしれない。

 

頷いて肯定すると、ナルトははにかんで変な顔をした。

嬉しそうな、不安そうな?ほっぺたが紅潮しててとにかく変な顔だった。

 

「オレもっ、アカデミー、通うんだってば。らいねん、だからその…」

「うん」

 

言葉が尻つぼみになってしまっているが、まだ何か言いたげにしているので私は待った。

しばらくモニョモニョするとナルトは意を決して、というように口を開く。

 

「と、ともだちに、なってください!!」

 

 

「(……おっっ前って子はもう……)」

 

私は思わず天を仰いだ。

こんなに素直な子だったのか。

劣悪な育成環境にあってどうしてこんなに真っすぐ育つことができたのか。

 

あまりのピュアさに打ちひしがれる。

言葉に詰まっているとナルトがもっと不安そうな顔をしたので、私はあわてて返事をした。

 

「っそんなことか!いいよいいよ!どんと来いだよ!こちらこそよろしく!!」

「っ、ほんとか!?」

 

何故かキレ気味に返してしまったというのにナルトは嬉しそうだ。

というか現在Friend/zeroの私的にも願ったり叶ったりの話じゃん。

お互い友達第一号だね!よろしく!たのむ!

 

ナルトは何かまたちょっと泣いてる。

嬉し泣きとかやめろ。願いだから涙を拭いてくれ。お姉さんもらい泣きしちゃう。

 

私若いころに夢小説読みすぎたんだなあ。

悪辣なスレナルなどいない。

 

大人を泣かせるんじゃないよォ!!

 

 

「お、おれ、おれってば、ナルト。うずまきナルト」

「よろしくね、ナルト。私は東天紅シャム。シャムでいいよ」

 

こうして私たちは友達になった。

 

 

次の日、同じ公園で待ち合わせてやって来たナルトは髪を短く刈っていた。晴れ晴れしい笑顔に私もニッコリした。

オウ、なかなか似合ってるじゃないの。

 

 



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【003】大器晩成型だから 伸びしろを評価して お願い

 

 

ナルトと知り合ってからの私は、憤慨しっぱなしだ。

三代目は何でこの子をほったらかすわけ?

 

予想してたことだけど、ナルトの生活風景は荒れに荒れていた。

 

火影が任命した世話係とかいう人がいるにはいるらしいけど、私がナルト宅へ訪ねるまで、ホコリのつもった調理器具は使われた形跡がなかった。

いつもナルトのいない時を見計らって食料を置いていくだけで、料理をしてもらったことはないんだって。

丸のままの野菜とか肉とか、包丁の握り方も知らないナルトがどうやって食べられるというのか。

 

何も教わってないナルトができたことといったら、せいぜいがお湯を沸かすくらいで、そんなだからレトルト食品しか食べなくなった。

他にも生活の面倒を見てもらったことはないと聞いて怒りすら覚える。

もっと小さい頃なんてどうしてたんだろう。

腹に封印された九尾のおかげで生命力が強いナルト。

どんな扱いをされていたのか、想像するのも恐ろしい。

 

こんなのはネグレクトだ。平成の世なら出るとこ出てるわ。

しかしここで警察や政府にあたる機関のとった対応がこうなんだからどうしようもない。

これじゃああまりにお粗末じゃありませんかね?

 

ふつふつと怒る私のもとにある日、三代目がじきじきに尋ねてきたことがあった。

 

「おお、東天紅シャムじゃな。ナルトが世話になっとるのう」

「いえ…こちらこそ」

 

ナルトの事で話があると言われてつい身構えてしまったが、何のことはなかった。

ナルトの初めての友達の顔が見てみたかった、それだけだという。

 

私がナルトに友好的なことに、彼はとても嬉しそうにしていた。

これまで悪戯っ子だったナルトに初めて友達ができてほっとした、と。これからも仲良くしてやってほしいと。

 

そんな感じのことを少し話して、去っていく三代目の背中を見つめる私の目は、冷ややかだったかもしれない。

暖かい人だけど、この人はナルトの味方になりきれないんだ。

 

 

ナルトが大事なら、どうしてちゃんとした人に任せてくれなかったの。

 

 

三代目は人を見る目が無いのだろうか。

不敬だと知りつつそんな風に思ってしまう程には、火影や里の大人への不信感が募っている。

 

多忙で目が届かないのだろう。

里のすべてを取り仕切っている人だ。他に問題はいくらでもある。

ナルトの事情だけに拘ってはいられないのも、理解できるが。

 

それでも大人の事情に寄り添えない私の精神はもう、大人とは言えないのかもしれない。

 

 

「ねえシャム」

「うおおお!?」

 

なんだ姉さんか。

突然声をかけられてびっくりした。いつの間に帰ってきてたんだ。

 

「ついさっきよ。ねえ、さっき表で火影様とすれ違ったんだけど、こんな辺鄙なところでどうしたのかしらね」

 

そう聞かれて、私は火影のことを姉さんに話すべきか、しばし迷った。

 

ナルトと仲良くなったことは、姉さんも知っている。

友達ができたと報告した時に顔が強張っていたから、九尾の噂も知っているはずだ。

事件当時は8歳だった姉さんも、今は12歳だ。

箝口令が敷かれてはいるが、人の口に戸は立てられない。どこかで耳にしたんだろう。

 

姉さんや私にとって、九尾は家族の仇だ。

それとナルトを同一視している姉さんにとって、私とナルトが友達になったことは、歓迎できないことだろう。

 

そんな姉さんにあえてナルトの話をしたのは、隠し通せることではないと思ったからだ。

 

本当なら隠しておきたかった。

姉さんの心配は杞憂だけど、説明してもわかってはもらえないだろう。

それにナルトが無害だと言い切ることもまたできない。

証明する術がないし、悪意ある者の手で再び九尾が解き放たれる可能性がある以上、ナルト自身が完全に無害な存在だともいえないのだ。

 

唯一の姉だ。不要な心配はかけたくなかった。

でも姉さんのために、ナルトとの付き合いをやめるのは違う。

既に出会って、関わってしまったのだから。

 

 

それでも火影のことを話すのを迷ったのは、これ以上ナルトの話を姉さんにして余計な心労をかけたくなかったからだ。

 

…いや、話してしまったほうが、姉さんの不安は和らぐかもしれない。

里で一番力のある忍がナルトを監督していると分かれば、少しは安心してくれるかもしれないと思った。

よく考えると、むしろこれは好機かもしれない。

 

「姉さん、実はね、火影様うちに来た」

「えっ!?なんでまた」

「ナルトをよろしくって。ナルトの中の怖いものは、ちゃんと見張ってるから安心しなさいって」

 

姉さんが息を呑んだ。

 

もちろん火影様はそんな言い方はしなかったが、私はそのように受け止めた。

 

たぶん、火影は私のことを「早熟すぎる子供」だと思っている。

そう見えるよう演出しているところもある。

下手に子供らしい芝居をしてボロが出てしまっては、いらない疑惑を受けることになりそうだと思った。

だから私は普段から、自分の性格を子供らしくみせることはしていない。

 

『大人たちはナルトを化け物だと、恐ろしいものだと言っているけど、強い忍がちゃんと見てるから大丈夫なんだ』

 

子供でも、察しの良い子がたどり着く答えとして矛盾はないはずだ。

というかそれを期待してわざわざ出向いてきたんだろう。

とにかく、怪しいところは何もないはず。おかしいことは、しゃべっていないはず。

 

駆け引きは苦手だから、天井裏とか床下とかで誰かこの話を聞いていないことを願う。

こちらには気配を探るスキルなんてないので、聞き耳を確かめる術もないのだ。

 

 

「…そっか。九尾とナルト君のこと、シャムも知ってたのね?」

「…大人たちが言ってるのが聞こえたんだ。でもね、みんな間違ってるよ。ナルトは人間だよ」

「そうね。――そうなのよね」

 

話しながら姉さんは遠くを見ていたが、ややあって動き出す。

戸棚を開け、一枚の封筒を取り出すとこちらに戻ってきた。

姉さんの手で取り出されたものを見て私は凍り付いた。

アカデミー入学のご案内と印字されたそれがなぜか、姉さんの手の中にある。

 

あれは書類を用意したその日のうちに畳のうらに隠しておいたのに。

絶対反対されると思って、姉さんに黙ったまま提出するつもりだったのに。

 

姉さんは封筒を私に差し出してこう言った。

 

「出してきな」

「ごめんなさい!!!……え、はい?」

 

聞き間違いかな?

眼を白黒させている私を、姉さんは優しい顔で見つめている。

 

「母さんはね、お祖父ちゃんとよく喧嘩してたの。

忍になりたくない、養鶏場を継ぎたいって言った私のせいで、おじいちゃんは母さんを責めた。

忍の親は子どもを忍として育てるのが役目だって、怖い顔で怒るおじいちゃんに、でも母さんは全然折れなかった。

子どものやりたいことを応援してやるのが親の役目だって言って、一歩も譲らなかったのよ」

 

姉さんが思い出話をするのを、初めて聞いた気がする。

穏やかな表情で話す姉さんの顔は、なんだか違う人に見えた。

 

「だからね、母さんが生きてたら、どうするかなって考えたわ。答えは決まってたわね。

私に遠慮なんかするんじゃないわ。好きな子と仲良くしな。なりたいものになりな」

「姉さん……」

「ただ、それで死んだら許さない。私を一人にしたら追っかけてもっぺん殺してやるわ」

「それは後を追うって言ってるの!?やめてよ重いよ!!!」

「死ななきゃいいのよ、死ななきゃ」

 

カラッと笑えない事を言って笑った姉さんはもういつもの姉さんだ。

この笑顔の裏に、何度の涙を隠してきたんだろう。

こんなに小さい子が、こんなに早く大人にならなければいけなかった。

 

妹のために。

――私のために。

 

私、絶対姉さんより先に死ねないなあ。

 

この人を悲しませる結果には、絶対にしない。できない。

 

「…ありがとう、姉さん。私、絶対高給取りになって見せるから!」

「うーん、期待しないで待ってるわ」

 

決意を新たに、私はアカデミーへ入学したのだった。

 

 

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

 

そうして入学して早一週間。

 

「シャムったらお弁当小さくない?ダイエット?」

「給料日前でこれしか食材がないだけなんだけど。これ以上ダイエットなんかしたら私骨川さんだよ改名したほうがいいかな???」

「……ごめん、おかず分けたげるからその顔やめてくんない」

「ほら、私のもあげる」

「僕も」

「オレも」

「あたしも」

「かたじけない」

 

ちびっこの間ではぼっち覚悟だったが、案外すんなりクラスに馴染んでいる私がいる。

 

ボンビーキャラも悪くないな。おかず恵んでもらえるし。

プライド?そんなものでお腹は膨らまない。いいから弁当よこせ。

 

およそ30年ぶりの学校生活に不安しかなかったけど、対人スキルというのは自転車の乗り方と一緒で忘れないモンだったらしい。

 

それに私とナルトは入学する時期が平均より3年も早かったようで、クラスの子の年齢は7つより上ばかり。

知恵がついてきてワンパクな年頃だが、理性が育ってない4歳児を相手にするよりは断然楽にコミュニケーションをとることができた。

 

一方、私という他人と付き合うようになって、ナルトのコミュ力はめきめき上がったようだ。

 

「シャム、飯くったら裏庭いこーぜ!ミカンたちとサッカーすんだ」

「へえ、ミカンくんとは喋ったこともないんだけど私行っていいの?」

「そんなん気にしないってば!他にも10人くらい一緒だし、シャムいないとつまんねーってばよ」

「じゃあ行く」

 

ナルトはもともと明るくて人懐っこい性格だ。

人を困らせるような悪戯をやめたら、友達はみるみる増えていった。

 

親の言いつけを守ってナルトを避けていた子たちも、ナルトと私が普通に仲良くしてるところや、ミカンみたいなクラスの目立つ子と友達になったのを見て態度が和らいでいくのがわかる。

ここのところナルトは毎日楽しそうで、幸せそうだ。本当によかった。

 

 

 

授業の方では、座学は順調だからいいとして。

大きな問題が二つあった。

ひとつは体術の訓練だ。

 

この世界の子供たちは、おかしい。

 

まず身体能力がおかしい。

誰もが入学してすぐ垂直2mジャンプをわけなくこなすんだけどどうなってんのこの里。

 

しかしやってみると私にもできた。

3mくらい跳べた。

訳が分からない。

この世界の空気はきっとプロテインでできているんだね…。

 

でもビビリすぎて着地に失敗する。

そんなの私だけで、みんなはひとり地面とキスをする羽目になった私を訝しげに見ていた。

ナルトまでもが器用に着地して私に胡乱げな目を向けている。

こんなの絶対おかしいよ。おまえらサイヤの戦士かよ。

 

そして組手の授業でも私はへっぴり腰だった。

攻撃するより避けることばかり優先するせいで先生には何度も怒られている。

 

いやいや先生。攻撃をかわすのだって、修行のうちです。

しかも子供とはいえサイヤの星の子だよ?

当たったら絶対痛いじゃん。逃げるが勝ち。

 

痛いの怖い精神で攻撃を避けまくっていたら、テストではいつもギリギリ合格をもらえた。

いまだに誰からも一撃も喰らったことはないから、私けっこうやる方かもしれない。

 

 

 

ヤバイのが忍術だ。

 

忍として一番大事かもしれない要素だが私はこれがてんでダメだった。

知っていたことだが、ナルトもダメダメ。

一年間学んでも、二人とも術を一個も会得できないでいた。

 

これが仕方のない事だと知っているのは、残念ながら私だけだ。

ナルトは腹の中の九尾の存在のせいで、チャクラがうまくコントロールできていないせい。

私の方は推測だが、あのジジイが行使した術のせいじゃないかと考えている。

 

精神エネルギーと身体エネルギーをミックスして作るのがチャクラだ。

 

今の私が他人の体を借りている状態なのだとしたら、精神と体が喧嘩していても不思議はない。

 

と分析してみたものの、先生やほかの生徒たちにこのような事情が分かるはずもない。

忍術の授業において私とナルトはドベドベであった。

 

 

二年経っても、

 

三年経っても、

 

ドベドベであった。

 

 

 

 

ところでこの学校。

座学、体術、忍術すべての科目で一定の成績を収めねば卒業どころか次のカリキュラムに進むこともできない。

 

 

 

 

私たちは3回もダブったのだった。

 

 

 

 



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【004】私のかわいい妹と、胡散臭いお兄ちゃんと、家族の写真

(姉視点です)


 

 

「ごめんくださーい!」

 

とっくに日は暮れて夜も8時をまわったころ、そんな元気な声とともにチャイムが鳴った。

私は「はいはい~」といつもの調子で、ドアスコープも覗かずにドアを開ける。

 

そこにはいつも通り、ドロドロに汚れた子供ふたりがいた。

 

「こんばんは、アサヒさん!夜遅くまで、いつもすみません…」

「こんばんは、リー君。こちらこそ、いつもうちのがお世話になって…」

 

ぶっとい眉毛の男の子リー君と、彼に負ぶさって寝こけている私の妹シャム。

ここ一か月、授業が終わったあと2人は毎日この時間まで修行をしているらしい。

なんでも、術のテストに通らないと進級できないんだとか。

 

術のテストなのに走り込みとか筋トレとか組手とかばかりしてるみたいだけど、そんなんで良いんだろうか?

一般人のお姉ちゃんには忍者のことはよく分からない。

一つ年上でしっかり者のリー君が一緒だから安心なんだけど、毎日毎日寝落ちするまでよくやるわ…。

 

リー君は私にシャムの身柄を引き渡したあと、ビシッと礼をして走って帰って行った。

元気な子だなー。シャムがこんなにバテバテなのに、まだまだパワー有り余ってるって感じ。

 

 

とりあえず、汚れた服を剥いでからポイポイと洗濯機へ放る。

濡らしたタオルで簡単に汚れを落としてやってから、布団を敷いて寝かせた。風呂は朝入んなさい。

この間ずっとされるがままのシャムは全く目を覚まさない。よっぽど疲れてるんだろうな。

 

このひと月で、こうしてシャムを寝かしつけるのがすっかり日課になりつつあった。

ちょっと面倒だけど、実は私、こうしてこの子の世話をやくのが楽しかったりする。

8つも歳の離れた妹だし、赤ちゃんの頃から私が面倒をみてきたのだ。昔から可愛くて可愛くて仕方ない。

 

5年前のあの日、両親を亡くしてから、私たち姉妹は2人だけで暮らしている。

孤児院に入ることができなかったからだ。

九尾の事件でたくさんの子供が親を亡くして、木の葉の孤児院は定員オーバーだった。

東天紅家の財産を持っていた私たちは、他の子に席を譲る他なかったのだ。

 

私は当時8歳。

実に頼りない小さな子供だったけど、赤ん坊だったシャムにとってはたった一人の家族で、母親代わりだった。

ミルクをあげてオムツを替えて寝かしつけて。

でも今ではこの子ってば何でも自分でやってしまうから、私が手を出すスキもない。寂しいもんだ。

 

「まだ5歳なのにねえ…」

 

どうしてこの子はこうなんだろう。

実はというと、赤ん坊だった時でさえ、本当に手のかからない子だった。

ふたりで暮らし始めた頃、周りの大人は「こんなに小さいうちから子育ては大変でしょう」とか「何か困ったら言うのよ」と言って心配してくれたんだけど、

しかしそういう周囲の心配をよそに、私たちはたくましく生きてきた。

私の子育てはメチャクチャ楽だったのだ。

シャムは夜泣きもムダ泣きもしないし、言葉を覚えるのも早く、特に何を教えたわけでもないのに生活に必要なことをどんどん吸収していった。

 

それで「私ってば子守りの才能あるのかも!」なんて調子に乗って子守のバイトをした事がある。

結果は散々。

泣くわ暴れるわ意思疎通できないわで、赤ん坊とはほとんど動物と変わらない生き物だということを知らなかったのだから。

ワタワタする私に先輩のベビーシッターは全力のあきれ顔だった。

赤ちゃんってこういうもんなの!?と半泣きになりながら、私は認識を改めることになる。うちの子が特別だったのね…。

赤ん坊って、話せるようになるのが遅いだけで、はじめから大人の言葉をちゃんと理解できてるものだと思ってたもの。

 

私がそんな誤解をしてしまうくらい、シャムは本当に早熟な子だった。賢い子だ。

早い時期から、自分のおかれた状況が分かってたんじゃないかと思う。

 

遊びより先に家事を覚えて、お菓子やおもちゃより特売の野菜をほしがった。

こいつ末恐ろしいなとも思ったけど、そんな妹を見ていたら、私がしっかりしなくてどうするんだって、頑張ろうって気持ちが湧くのである。

家族も家もいっぺんに亡くして、寂しくて悲しかったけど、泣いてばかりいられない。

この子が子供らしく過ごせるように、私がどんと構えていなくちゃ。

 

そう決心して、私は働いた。

働きまくった。

うちはせんべいのお手伝いにくわえて、甘味処と居酒屋のバイト、新聞配達や掃除屋までなんでもやった。

生きていくために。

そして、私たちの未来のために。

 

私は東天紅の復活を諦めていない。幼いころからの夢だったのだ。

鶏も従業員もみんな死んじゃったし、小屋も粉々になっちゃったし、土地も無くなってしまったけど。

資本金をためて、いつか必ず東天紅ブランドを復活させてみせる。

 

それにシャムにも、いつか自分の夢を追ってほしい。

母さんが私にそうさせてくれたように、本当にやりたい事をさせてあげたい。

 

この里では、孤児はだいたい忍になる。

学校に行けば補助金がもらえるし、無事卒業して忍者になれれば食いっぱぐれることもないからだ。

少ない選択肢の中、最も安定した収入が得られる仕事を選ぶから。

そんなふうに、お金のために命を危険に晒すような事はしてほしくなかった。

 

それなのに。

そう決意して、バイトを増やした矢先のことだ。

まだ4歳だというのに、シャムは忍者学校に入学することを決めてしまった。

 

部屋の大掃除をしていて、畳を干そうと引っぺがした下からアカデミーの書類を発掘した時は、思わず脱力したものだ。

私の決意はいったい何だったのか。

 

私の目を盗んで、こっそり家計簿をチェックしていたのを知ってる。

そんな子だから、「自分が何とかしなくちゃ」とか思ったんだろう。

私ってそんなに頼りない…?と悲しい気持ちになった。

夢として掲げてる東天紅の復興も、この子を犠牲にしてまで叶えたいとは思わないのに。

 

でも、幼児のくせに、働けないことを気に病んでたことも知っているから。

結局、学校にいる間はそんなに危ないことはないだろうと思って入学を許したけど。

 

この子がアカデミーを卒業するまでに、私は見極めなくちゃならない。

自己犠牲の精神で忍者を目指していないか。

 

本心から忍になりたいと言うのなら、いい。だけど、そうじゃないなら。

たとえばお花屋さん。たとえばシェフ。たとえば芸術家。

やりたい事が他にあるのに、家のために忍をするというなら止めるつもりだ。

 

 

ただ、今見ている限りでは――

 

 

入学前からテキストは書き込みだらけ。ペーパーテストはいつもほぼ100点だ。

こうして連日ぶっ倒れるようになる前からだって、自分で考えたらしいトレーニングメニューを毎日こなしていた。

これだけ努力しているんだし、母さんの子なんだから、強い忍になれるだろう。

 

「("本心"かは分からないけど、"本気"ではあるんだよねー)」

 

なら今私ができることは、この子の努力を後押ししてあげること。

そしてたくさん働いてお金を溜めて、この子の選択肢をもっと増やしてあげること。

 

いつのまにか蹴り飛ばされていた布団を掛けなおしてやって、私も眠りについた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

「いらっしゃいませー、ってあれ、シスイさん!」

「やあアサヒちゃん。こんにちは」

 

のれんを潜って現れたそのひとを見て、俄かに心が浮足立った。

背が高くて、愛嬌のある団子鼻の、掘りの深い顔立ち。無造作に跳ねた癖毛。

うちはシスイ兄さんだ。

いつもの連れの姿はない。珍しいな。

 

「今日イタチは一緒じゃないの?ひとり?」

「一緒に来るはずだったんだけど、急に任務が入っちゃって。どうしようかなと思ったけど、アサヒちゃんの顔が見たくてさ」

「はいはい、おべっか使ったって何も出ませんよーだ。ご注文は?」

「ううん、手厳しい。そんなんじゃないんだけどなあ」

 

彼は母さんが現役だった頃の仲間だったらしく、昔から私たち姉妹のことを気にかけてくれてた。親戚のお兄さんのような人だ。

一応本当に遠い親戚ではあるんだけど、私の家はひいお婆ちゃんの代で一族と縁が切れてるらしいから、「ような」で正解。

立場上あんまり仲良くできない私たちだけど、シスイさんは本当によくしてくれていた。

 

食料に困った時とか、何も連絡してないのに、でっかいスーパーの袋いっぱいに買い物してきてくれたり。

電気代の支払いが遅れて真っ暗になっちゃった夜にランプ持ってきてくれたり。

私やシャムが風邪をひいたとき、薬やら氷のうやらリンゴやら抱えてお見舞いに来てくれたり。

 

とにかく困ったときには必ず助けてくれるんだけど、普段は離れて生活しているのにそういうの何でわかるんだろうとかそんな疑問は「忍者だからさ」の一言でいつもはぐらかされてしまう。そんなもんなのか。

ちなみに今の家に越してきたときに冷蔵庫と洗濯機をプレゼントしてくれたのもシスイ兄さんだ。

 

いやほんと足向けて眠れないんだけど、この人いったい母さんの何だったんだろう。歳を重ねるにつれて分かってきたんだけどちょっと怖くない?

 

でもまあ、悪い人ではない。

それは間違いないし、好きだと思う。

 

「シスイさん、私そろそろあがりなんだけど。良かったらご一緒してもいい?」

「お疲れ様。歓迎するよ。いやあ、タイミングが良かったなあ」

 

まさかシフト知っててこの時間に来たんじゃないでしょうね。

思わずジト眼になってしまった。忍者ってこういう胡散臭い人が多い気がする。

 

 

 

 

「最近変わったことはない?」

 

そう聞かれて、羊羹をつつきつつ、最近なにやら必死に修行しているシャムの姿を思い出した。

ほとんどの科目でいい成績をもらってるのに忍術だけはダメで、一度進級テストに落ちたこと。

チャクラコントロールとかいうのがうまくできないってぼやいてたこと。

 

シスイさんに相談してみたら、彼は少し考え込んでしまった。

 

「修行を見てあげたいのは山々なんだけど…難しいなあ」

「難しいよねえ」

 

シスイさんはうちは一族の中でも5本の指に入る実力者だと聞いている。

そんな人が、一族の輪から追放された筋の子供に修行をつけるというのは、やっぱりよろしくない。

 

「努力家のシャムちゃんなら大丈夫だと思う。もうしばらく様子を見よう。どうしてもダメそうなら、また俺に相談してほしいな」

 

そういうことで、シャムのことはしばらく保留になった。

私もなんだか話してるうちに、あの子なら今にも自分で乗り越えてそうだなーと思ってしまったし。

 

 

それからしばらく他愛ないおしゃべりをしてお茶を楽しんだ。

そして当然のように奢ってくれたシスイさん。非常にスマートだ。いつも思うけど、モテそうだなこの人。

 

店を出ると、どこからか飛んできた黒いカラスが、シスイさんの肩にとまった。

ややあってこちらを振り向いた残念そうな顔を見て、説明されなくても大体の事を察してしまった。

 

「ごめん、俺も任務みたいだ。送っていきたかったけど」

「ううん。ありがとう、話聞いてくれて。いつも頼りにしちゃって悪いな」

「いいんだよ。俺が好きでやってるんだから。それじゃ、またね」

 

うーん。

モテそうだけど、彼女ができても続かないのかなあ。

忙しすぎるのも考え物だ。

 

 

シスイさんも行っちゃったし、もう真っすぐ帰ろうか。

今日はとっておきのお土産がある。きっとあの子驚くな。

私は軽い足取りで帰路についた。

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

そろそろ授業も終わる時間だ。

ちゃぶ台の上に「お土産」を広げて、私は少しワクワクしながらシャムの帰りを待った。

 

「ただいまー」

「おかえり、シャム。修行に行くまえにちょっとこっち来て。いいもの貰っちゃった」

「いいもの?」

 

キョトンとしてオウム返しするシャムをちゃぶ台から手招いた。

私の手にあるのは、二つ折りの立派な台紙に収められた、二枚の写真だ。

その形状を見て、シャムがうっと声を詰まらせた。

 

「なにこれ、お見合い写真?姉さんにも私にもまだ早いと思うよ」

「違うわ!よく見て!これ結婚写真!ウエディングフォト!!」

 

5歳児のくせに何故お見合い写真なんて知ってるの。

なんて突っ込みはもういちいちしない。この子はもうこういう生き物だと割り切っている。

 

シャムにも見えるように中を開いて見せると、どんぐり眼がパチパチと瞬きをした。

 

「……これ、もしかしてウチの?」

「そう。父さんが婿入りしたときのやつ。写真屋のおじいさんがくれたんだ」

 

すぐそこの通りに50年以上続いてる写真屋があるのだが、ご主人はこれから隠居するらしく、今週いっぱいで店をたたむらしい。

店内に展示していた写真の中に東天紅家のものがあり、ちょうど私が通りがかったので、捨てるのも何だからと言ってくれたものだ。

 

14年くらい前のかな。白無垢の母さんと、紋付羽織の父さん。そしてふたりの後ろに立ってるお祖父ちゃん。

 

生まれて三か月でみんなと別れてしまったシャムは、父さん母さん、お祖父ちゃんの顔を知らなかった。

九尾に家を粉々にされたせいでアルバムはダメになっちゃったから、家族の写真はもうこれしか残ってないだろう。

今日写真屋さんに声をかけてもらえて良かったと思う。

家族の顔を知らないシャムに、やっと見せてあげられた。

私も5年の間に、三人の顔を忘れかけていた事に気が付いたから。

人は死んでも記憶の中で生き続けるというけど、だからこそ忘れてしまうのは悲しい事だ。

 

「…………」

 

シャムは食い入るように写真を見つめている。

いつも表情がコロコロ変わる子なのに、なんだか能面みたいな無表情だ。

その様子に少し違和感があるような気がして。

 

声をかける前に「姉さん」と感情の読めない声で呼ばれて、少しどきりとした。

 

「これが母さん、これが父さんだよね?…この人は?」

「ああ、この人がお祖父ちゃんだよ。頑固でね、怒らせたら大変だったなー」

「へえー、」

 

シャムの、一筋だけ赤い髪の色は祖父譲りだ。

写真の中のお祖父ちゃんは、めでたい日だというのにしかめっ面。まあもともとこんな顔してた気がするけど。

 

そう話す私は少し早口で、なんだか焦った感じの口調になってしまった。

何故だろう。

 

けれど私の話にプッと噴出したシャムは、いつものシャムだった。

 

「このしかめっ面は遺伝しなくてよかったって心底思うよ。綺麗に生んでくれてありがとうお母さま」

「ひどーい。あの世でお祖父ちゃん泣いてるかもよー」

 

なんて言いながら私も笑った。

きっと気のせいだ。

 

一瞬、シャムのことを怖いと思ったなんて。

 

 

 

 

 




若干すれ違ってるけど、支えあって生きている姉妹でした。


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【005】ゆとりじゃない!!!!

 

 

姉さんの「お土産」。

それは14年前に撮影されたというウエディングフォトだった。

新婚の父さん母さんと2人の後ろで仏頂面してるおじいちゃん。

私はそこで初めて、姉さん以外の家族の姿を見た。

 

母さん。

綺麗な人だ。うちは一族の血が濃そうな、黒髪の美人さん。姉さんと、顔がとてもよく似てる。

白無垢を着て頬を染めて、幸せそうに微笑んでいる。

父さん。

優しそうな人だ。幸せで今にも死にそうな、砂糖菓子みたいなフニャフニャの顔で写っている。

顔がだらしないぞ。お母さんにベタボレだったんだなあ。

 

お祖父ちゃん。

めでたい日なのに、めちゃくちゃしかめっ面で写っている強面のお爺さん。頑固そう。

お歳のわりに見事な黒髪の中、一筋だけ赤い部分があるのが目を引く。

黒に赤のメッシュですか。

なかなかシャレオツですね……

 

ところでアンタどっかでお会いしませんでしたかね……

 

ああうん

コイツだよコイツ!!

私を拉致虐待して殺害したのコイツ!!!

 

脳みそがものすごい勢いで回転して、今までずっと気にかかっていた謎が解けたような気がする。

1秒が恐ろしくゆっくりに感じて、頭の片隅で「ハッ!アハ体験!」とアホな事を考える余裕すらあった。

 

なんと私(パン屋の娘)をモルモットにして散々嬲って挙句殺したマッドサイエンティストは、

私(東天紅の娘)と血のつながった家族(お祖父ちゃん)だったのだ。

 

――いや、本当は気付いていた。あのジジイが東天紅シャムのお祖父ちゃん、東天紅チャボだという事くらい。

九尾が現れて研究所が破壊されたあと、血相変えたジジイが連れてきた血まみれの女性は、きっと母さんだった。

そしてお母さんの腕の中に守られていた赤ん坊がきっと、生まれたばかりのシャム。

あえて考えないように、頭の隅に追いやっていただけで。

考えたところで真実を知るすべはないし、ムカつくだけだと分かってたから。

 

パン屋の娘だった私が死んだあの日の真相はおそらくこうだ。

私はやっぱり、一度目のように「転生」をしたわけじゃない。

現在私が憑依しちゃってるこの体は、あの時ジジイが運んできた赤ん坊のものだ。

 

そして本当なら術の対象は私じゃなくてあの二人だった。

あのとき奴は遠くに転がる私の存在なんて忘れてただろう。ガン無視されてたし、器械に繋がれていたのはお母さんと赤子(シャム)だし、こうなってしまったのは完全に手違いで事故だったに違いない。印を組んだ後、力強く開いた手も母さんとシャムに向けられていたのに。どういう手違いが起きたのかは、私にも分かんないけど。

 

とにかくジジイは娘の命を助けようとした。あの術は、死んでしまいそうだった母さんの命を繋ぐための術だったんだろう。

「ジジイ自身、もしくはシャムの生命エネルギー的なものを母さんに分け与える」というような。

失敗してしまったけど、最期の力を振り絞って、娘を助けようとしたと。

 

……いや、違う。

私は自分でこの仮説を否定した。

 

姉さんから見て、東天紅チャボという人は――

頑固で厳しい人だったけど、彼は彼なりに家族を大事にしていた良き祖父だったようだ。

誰かにとって憎むべき殺人鬼である者が、誰かにとっては愛すべき家族だった……なんてよくある話だけど。

 

果たしてその男は東天紅家の人たちにとって「愛すべき家族」であったのか。

私にはそれも疑問だ。

 

もしかしてあの男は、

「孫の体」に「娘の魂」を移そうとしていたんじゃないか?

 

私にはこの世界の科学技術や高等忍術のことは分からないけど、私の身の上に起きた結果をみるに、あの術は「生命力を分け与える」というよりは、「精神を他人に移す術」だったように思う。

しかも、生前研究所で聞いたアイツの言動を思い出してみれば、その術では精神は「共存」ではなく「上書き」されるもの。

 

つまりは、

娘だけを救うつもりだったんだ。

まだ赤ん坊だった孫娘を犠牲にして。

 

そう考えると、胸がすっと冷えるような心地がした。

この感情は軽蔑であり、落胆だ。

 

断定はもちろんできない。

あの男に痛めつけられた経験や記憶が、こんな想像をさせるのかもしれない。

私を害した人間が、実は家族思いの良いやつであってたまるかと思い込みたいのかもしれない。

だけどもう私にはそうとしか考えられなかった。

 

だって、あいつは「命には序列がある」と言った。

見ず知らずの人をモルモットのように扱える人間だった。

そして、シャムは無傷だった。

自分自身ではなく、無傷の孫だけを機械につないだ意味は…?

 

もしこの胸糞悪い説が正解だったとしたら。

何かの手違いで私がINしちゃったけど、術が成功していた場合は、この体には『母さんの精神』が入っていたはず。ちいさな赤ん坊の魂は、どこかへ行ってしまって。

えげつねえ。

それで生き永らえたとして、母さん本人が喜ぶわけがないのに。

アサヒ姉さんの昔話を聞く限り、母さんは、めっちゃ子煩悩な優しいお母さんだったはずだ。

自分の命のために、我が子を生贄にして平気でいられるような人間だったとは思えない。

父親の手によって娘が殺されたと知れば、憎んだだろう。

 

あの男は、たとえ自分が憎まれたとしても、娘に生きていてほしかったのかな。

そうだとしたら、なんというエゴだろう。

母さんにとって、きっと何より大切なものは我が子だったはずなのに。

 

個人の視点に立てば、人間の命の重さは平等じゃない。それは分かる。

自分にとって大切な人と、赤の他人とだったら比べるまでもないから。私だってそうだ。

それでも、悪いけど、チャボという男は人として大事な何かが壊れてるとしか思えない。

無関係の人間をさらい利用して、愛する人の子供をも犠牲にした。

もしかしたら、忍社会特有の何か重大な事情があったのかもしれないけど。

何にせよ私の理解の及ばない次元の話だ。分かりたくもないとも思った。

 

 

「シャム、大丈夫ですか?少し休みますか」

「あ、いや大丈夫です。まだいけます」

 

物思いに耽っていると、隣で高速腕立て伏せしていたリーさんが、同じく腕立て伏せ(標準スピード)をする私を気遣ってくれた。

もうやめよう、あの男のことを考えるのは。

「そうですか。では続けましょう。ノルマまであと少しですよ!」と腕立て伏せを再開したリーさん。幼いながらも紳士なのである。

 

リーさんは、一歳年上のゲジゲジ眉毛がトレードマークの男の子。彼と私は現在、毎日こうして一緒に鍛錬をする仲だ。

初めてナルトのほかに修行仲間ができた私は、このところ年相応に、健全に青春しているんじゃないかと思う。

彼と出会ったきっかけは、この冬が始まる頃のことだった。

 

忍者学校(アカデミー)のシステムは、日本の小学校のそれとよく似ている。

私やナルトのように早くから入学する子供もいるけど、大体の生徒は6~7歳で入学し、平均して6年間かけて卒業してゆくみたいだ。

忍者の学校というのだから、入学前までは戦闘に関することばかり学ぶのかと思っていた。

けど実際は、入学してからの一年間は読み書き計算などの一般教養を勉強することになった。

座学に関して言えば、いまさら平仮名だの足し算引き算だのさせられるのかと思うとゲンナリしたものだけど、いかに字を美しく書くかとか、暗号文を作って勝手に計算を難しくしてみるとか、そういう楽しみ方をしてたから意外と充実したものだったかもしれない。

 

体術の授業も、生徒たちの身体能力はオリンピック選手並だけどやってることは体育と同じ。たまに組手をするけど、基本は走り込みとか器械運動とか、身体づくりがメインの内容だ。年齢を考慮すれば当然か。

2年目でようやく、訓練用の刃をつぶしたクナイを持たされたくらいだ。木の葉の忍者養成機関、生徒に対して意外と過保護である。入学前に大仰な同意書を書かされた身としては正直拍子抜けしたよね。

いや私としては大歓迎だけど。怪我しないのに越したことはない。過保護万歳。

大戦時代ならこんなにのびのびと育ててもいられなかっただろうから、いまの平和を築いてくれた全ての人に感謝したい。

 

そんな意外とヌルい(失礼)忍者学校のカリキュラムだけど、日本の学校と大きく違うところが、実力主義だという点である。

定期的に実力テストというものがあって、座学、体術、忍術すべての科目で一定の成績を収めねば卒業どころか次のカリキュラムに進むこともできない。

出席さえしていれば、成績に関わらず自動的に学年が繰り上がる小学校と違って、アカデミーではデキる奴はどんどん飛び級していくし、出来ない奴はいつまでも一年生のまま。慈悲はない。

まあ仕方のないことだった。1年生の間はそれこそランドセルの似合いそうな子供たちだけど、一般教養を一通り習得したあとは本格的に忍術を学んでいくことになる。

忍術や体術の授業は危険を伴うものになってくるから、実力の伴わない者を参加させるわけにはいかないもんね。

 

そして私はというと、座学と体術はクリアしているものの、忍術のテストに初回から連続で落ち続けていた。

基本中の基本、身代わりの術ができなくて。

今年度最後になる秋のテストにも落第し、めでたくもなく留年が決まってしまった。

救いとも言えないけど、仲間はいる。ナルトも一緒に試験に落第し続けていたため、私たちは二人仲良く留年決定だ。悲しいね。

 

私もナルトも、チャクラをうまく練ることができない。

通常なら教えられずとも、無意識下で行えるような、ごく基礎的なチャクラコントロールすらできないのだ。

原因はおそらく、それぞれの特殊な境遇と体質にある。

だけど試験を担当する教師は、私たちの事情を知る由もない。落ちこぼれの烙印を押されてしまったのは仕方のない事だ。

 

とはいえ、ナルトは主人公。細かいことは覚えてないけど、生まれ持った才能の助けもあって、いつか入学してくるであろうサスケやサクラたちと一緒に卒業できることは確実だ。

思うに彼が術を失敗する原因は、膨大なチャクラを有するために、使用する分のチャクラ量をうまく調節できていないためだ。

基礎体力とチャクラのコントロールを身に着ければ、忍術なんて膨大なチャクラ量を味方につけてめきめき上達するはず。

現に、テストの課題である「代わり身の術」も、あと一歩というところまでは持っていけてる。ナルトは大丈夫だろう。

 

だがしかし。私については何の保証もない。

魂と肉体、本来なら別々だった2人の人間が1つになってしまったのが「東天紅シャム」という存在だ。

原作では今の私のように、他人の体に憑依して生きてた人物がいたし、そいつは普通に忍術を使いこなしてたけど、よくよく考えてみるとそれは尋常なことじゃない。

忍術は、読者だったころにそう思っていたほど万能じゃないのだ。

 

自分の体の事だから、歩けるようになってすぐ図書館に通い詰めて、一般人にも閲覧できるレベルの資料は読みつくした。

そうしてみて分かったけど、この世界の常識から言っても「魂を他人に移す技術」なぞマジイミフである。

 

普通のやり方でチャクラが練れないんなら、他人同士の精神エネルギーと身体エネルギーを調和させる方法はないかと思って探したけど、まず精神エネルギーと身体エネルギーを切り離すなどという発想をする人はいなかったようで、有益な情報は何も出てこなかった。今のところはお手上げ状態だ。

大蛇丸とかいう中ボスならドンピシャの研究をしてたはずだけど、とても手を出せる領域じゃない。

 

忍者であれば閲覧できる資料はぐんと増えるのに…。その忍者になるために忍術ができなければダメだっていうんだから、どうしようもない。

 

このままでは忍者になるどころか、来たる里の危機から身を守ることすらできないんじゃないかと、私はめちゃくちゃ焦っていた。

いっそ姉さんと一緒に、忍の来ない人里離れた山の中にでも暮らしたほうがいいかもしれないと思い始めていたのだが。

 

『忍術は全く使えないが、体術の成績が良かったため、特例として進級した生徒がいる』

 

そんな噂を聞いて私は一縷の希望を見出した。

ぶっちゃけると私は、忍者として出世はできなくても、卒業さえできればそれでよかった。

卒業して忍にさえなってしまえば、禁書の一部の閲覧許可をもらえる。

ジジイが使ったあの術に似た技術がないか調べ、仕組みや原因が分かれば、何か工夫をして、忍術が使えるようになるかもしれない。

 

居ても立ってもいられなくなった私はすぐさま校舎内を駆けずり回り、噂の彼を探し出して接触したのだ。

 

「え、はい、ロック・リーは僕ですが…」

 

鬼気迫る表情の私に若干引きつつも話を聞いてくれたリーさん。これが出会いだった。

 

果たして噂は本当だった。

リーさんは、体内のチャクラそのものは感じることができるものの、コントロールがドヘタなのか、忍術を一つも使えないのだ。

そんな彼だけど、試験担当の教師に頼み込んで「体術だけでも戦えます」と自分の才能を示し、本人たっての強い希望で、卒業までは様子を見ようということに決まったのだという。

 

その話を聞いて、私はハッとした。

私は座学と体術は常に上位をキープしている。なのにリーさんのように、忍術の試験を免除されることなかった。

試験を免除してもらった彼と、一方成績は良かったのに落とされた私。その違いは何か。

 

それは……相手の心を動かす熱意だ。

 

「無理を言って、体術のテストの点数の半分を、忍術に入れてもらったんです」

 

とリーさんは教えてくれた。その無理を通すために、土下座までして呆れられたのだとも。

 

それに比べ私は何のリアクションを起こすこともなかった。

落ちるのが分かり切っている試験だからと、失敗したあとは壇上からそそくさと退場していた。

教師を説得してみるだなんて、考えた事も無かったのだ。

 

そういえば私は、「子供の中に1人混じった大人」という環境に気恥ずかしさがあったせいで、がむしゃらな姿勢を見せることを「大人げないこと」と思っていた節がある…かもしれない。

いや、生存率を少しでも上げるために体術の修行は欠かさなかったし、けっして怠けていたわけじゃないんだけど。

けど「人前で努力することは恥ずかしい」と思っていた私のアカデミーでの姿は、先生方からすればさぞ冷めた子供に見えたことだろう。

組手では一度も攻撃を当てられた事がない、身のこなしを評価してもらってるから体術の成績はいいけど、相変わらずビビりまくってるし。

忍者になりたくないんじゃねーの?とすら思われていそうだ。

この覇気の無さといったら、まるで就活地獄のさ中でさんざん囁かれた「ゆとり世代」そのものじゃないですか……。

違う…違うんです……

 

ちっぽけなプライドはポイして、リーさんのように真っすぐ頼んでみればよかったのだ。

なんてもったいないことを……。私はもう少し、少年の心を取り戻す必要があるようだ。

 

「リーさん、もしよろしければ修行ご一緒してもいいですか」

「?はい、それは構いませんが……無理はしないでくださいね!」

「ありがとうございます」

 

リーさんマジ紳士。

こうして私は弟子入りを果たしたのだった。

 

弟子入りといっても私が勝手にそう言ってまわってるだけで、やっていることと言えば、ただリーさんの後ろについて同じメニューのとレーニングをしているだけだ。私のノルマは彼に比べて少な目にしてあるけど。

筋トレご一緒していいですかと言ったあの日から、走り込みにうさぎ跳びに逆立ち歩行。リーさんの後ろについてまわる私の姿はさながら金魚のフン。

彼を見習ってもっと我武者羅に努力してみようという前向きな気持ちが大半だったけど、2割くらいは「この姿をどこかで見ているだろう先生方への印象アップ」というゲスい目的があった汚い大人には金魚のフンがお似合いだ。

それでも私はやるぞ。私と姉さんの将来のために絶対忍者になってやるのだ。

時々リーさんが眩しすぎて真っ直ぐ見れないけど、それでもお前の側にいていいかな……?

 

肝心なNARUTO知識は飛んでる癖に、なんで他の漫画のセリフは一字一句覚えてるんだ私は。

とにかく進級できるまではお供させてくださいな。

 

 

 * * * * *

 

 

赤子のころ、つかまり立ちをして歩けるようになった瞬間から体を鍛え始めた私だけど、彼についていくのはかなりきつかった。

瞬発力はけっこうある方でも、持久力、体力はそこそこだったのだ。

過酷なトレーニングを終えて家に帰れば、食事も風呂も投げて泥のように眠る日々。

私が寝落ちした後も数時間修行を続けているというリーさんは化け物だと思う。

そんな生活を続けてしばらく、最近やっと帰宅後に晩御飯を食べる余裕が出てきた。私も順調に化け物じみていってるのだろうか。

 

そんなある日のこと。

座学のテストがやばいということで、その日リーさんは珍しく(本当に珍しく)修行をお休みしていた。

どこにいるのか、ナルトも捕まらず、私は一人でいつものメニューをこなしていたのだが、里内走り込み30週目に突入したあたりで背後から声がかかった。

 

「東天紅シャムだな」

「はい…?」

 

夕方のそこそこ賑わっている商店街の片隅で、男の忍が一人立っている。

ごく普通の木ノ葉ベストを着た忍だけど、能面みたいな無表情がちょっと怖いと思ってしまった。

知らない顔だ。

 

「えっと、いかにも私が東天紅シャムです…何かご用でしょうか」

「………」

 

オイ溜めるな。一体何の用だ。

私なんかしたっけ……

 

何故か叱られるのを待つ子供のような気分になってしまって居心地が悪い。

あんまり嬉しくない用事のような、気がする。

心当たりもないのに漠然とした不安に冷や汗が出そうになった時、名前も知らない忍が言った。

 

 

「ついて来い。ダンゾウ様がお呼びだ」

 

 

 



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【006】足音

 

無表情の忍の案内で、詰め所に入り、廊下を抜け、地下に降りる。

受付のフロアはこれから任務に向かう人や、逆に任務帰りで報告に来た人なんかでそこそこ賑わっていたのに、階段を下りたあたりからはひと気が急に少なくなった。どんどん奥まったところに進んでいく。

途中で動物を模った奇妙なお面を付けた忍とすれ違った。あれが暗部か。初めて生で見た。ヤバそうな臭いがプンプンする。忍でもないアカデミー生(しかも6歳児)の私が入っていい場所じゃない気がするんだけど…。

 

――随分歩くな。一体どこまで行くのやら。

鍛えてるから歩き疲れたりとかは全然しないけど、空気が重すぎて気疲れしてきた。ここまでずっと無言を貫いてる案内人の存在と相まってかなり居心地が悪いんですが。

 

同じような眺めがずっと続く廊下に飽き飽きしてきたところで、案内役の忍が立ち止まった。扉に表札はない。

ノックのあと硬い声で「失礼します」と言って入室した彼に続いて中に入る。

広くて薄暗い部屋の中央に、いかにも重役という厳格な雰囲気の老人が座しましていて私はチビりそう。

 

「(わーいマジで6歳のジャリガキが面会する相手じゃないよー!)」

 

頭と顔の右半分を包帯で覆った、顎にバッテン傷のある男。

志村ダンゾウ――木の葉の重役のひとり。

木ノ葉の暗部養成部門「根」のリーダーで、木の葉の裏の部分を牛耳っている人物だ。

っていうのはこの里で暮らす者共通の認識であり、私はそれより多くの情報を持ち合わせてはいない。実際に顔を見たのも初めてだ。

 

重要人物っぽいのに、虫食いの原作知識の中にこの人のことは残っていなかった。

私の知識の偏りに大きいも小さいも無く、重大な情報でもすっぽ抜けてたりするから、たとえばこの人がワルそうな見た目に反してとびきりの人格者であっても、その反対に世界征服を目論むNARUTO界のラスボスだったとしても、私には判断ができない。

ただこの人が就いてるポストの性質を考えると、つい警戒してしまう。

遠くない未来に世界を揺るがす何かが起こるとそれだけは知っている私としては、力のある人間は誰も彼も怪しく見えてしまうんだけど。

 

とにかく偉い人だもんね。私は神経を張り巡らせて礼をとった。

三代目火影という里のトップに会った時はこれほど気を使わなかったのにってのはまあ、場の雰囲気がね。

 

「東天紅シャムです」

「よく来たな。話は聞いている。お前は忍術が使えないそうだが、その他の能力は目を瞠るものがあると」

「とんでもない、もったいないお言葉です」

 

恐縮どころかおったまげた。何度も試験に落ちている落第生に対しての評価としてまったく相応しくない。

こんなに偉い人の耳に入るほど自分が優秀だなんてとても思えないんだけど。担当教師にはため息ばかりつかれるのに、ここにきてどうしてそんなに過大評価されるのか。

親の七光りって忍社会でも有効だったんだろうか。

聞いた話でしかないが優秀だったらしいお母さんや、忌々しい祖父の顔が浮かんだ。

 

それとも何か企んでいるんだろうか。ヨイショして手のひらで転がしてやろうってか。

簡単には騙されてやらないぞ私は。ヌケサクのチキン女とはいえ、見たままの6歳児とはそりゃ違うのだ。

 

「して、眼はどうだ」

「眼?ですか?」

 

唐突な質問に思わずオウム返しした私の、ちょっと失礼なリアクションに対しては何も言わず、ダンゾウ様の口からは予想外のワードが続けて出てきた。

 

「写輪眼は開かぬか」

「いえ……」

 

イヤ無理ですよ。変わり身の術もできないのに。

うちは一族にしか発現しない故に謎が多い能力だけど、さすがにチャクラコントロールもままならん幼児に使えるわけがない。

まして私は純血の「うちは」ってわけでもないし。

 

「お前の母親、東天紅タマは、写輪眼を開眼しておった。木ノ葉上層部の者以外には隠していたようだがな」

「…知りませんでした」

 

そうなの!?母さん、写輪眼使えたんだ…。

ひいおばあちゃんがうちは一族で、ひいおじいちゃんが、一般の家出身の民間人。

その間に生まれた、ハーフ?(というべきなのか)の東天紅チャボ。

「うちは」ではないけど、そこそこの名家出身のおばあちゃんとチャボの間に生まれたのが母さんだ。

優秀だとは聞いてたけど、開眼が本当なら結構すごい事じゃないだろうか。3世代越しの隔世遺伝だ。やるな母さん。

 

……なんてのんきに感心してる場合じゃないよね。

 

以前それなりに調べたけど、よその血が混ざっても写輪眼が発現した例なんて聞いたことない。

そもそもが、写輪眼を持ちながら一族以外の者と結ばれた人なんていなかったから、当然の事と言えるけど。

ひいばあちゃんだって、開眼してなくて半人前の扱いだったからこそ、ひいじいちゃんと結婚できたのだ。

 

だから母さん自身が開眼したと言っても、信じる者がいるかどうか。

「うちは一族の誰かから眼を奪ったのだ」と、疑われるかもしれない。

母さんは、うちはと争いたくなかったから、自分の眼を隠したのかな。

 

嫌な予感の通り、ダンゾウ様のお話は不穏な方向に進んでいらっしゃった。

 

「お前は知らされておらんだろうが――死体が見つかっておらんのだ」

「……え?」

「あの『大災害』の後、お前の父親や祖父の死体は発見され、他の犠牲者と共に弔われたが…その祖父と一緒におったはずの東天紅タマの死体だけは見つからなんだ。ワシは、うちは一族に奪われたのではないかと睨んでおる」

「それは…写輪眼を持ってたからですか」

「そうだ。死体に残された写輪眼から、里に一族の秘密が渡るのを恐れたのだろう。あやつらは、木ノ葉によからぬ感情を持っておる」

「よからぬ、感情――」

「お前はまだ幼いから知らぬだろう。木ノ葉とうちは一族の間には、創設期からの根深い因縁がある。奴らの逆恨みに過ぎぬモノだがな。

そして『うちは』の血を引きながらも、身柄が一族の管理下にないのは現在、お前たち姉妹だけだ。もし今後写輪眼を開眼したとして、どう利用されるか分からぬ。あやつらを信用せんことだ」

 

母さんと結ばれた父さんは、忍じゃなかったけど「うちはせんべい」の息子。純血かは不明だが、正真正銘うちは一族の人間だ。

そしてその間にうまれた私とアサヒ姉さん。

ふたたび血が濃くなったともいえる存在だ。母さんが本当に開眼していたとしたら、私たちが開眼する可能性は十分ある。

そして、過去に縁の切れた一家が、一族に味方するという保証はない。取り戻せないなら、木ノ葉に一族の力が渡るくらいなら――と考えてもおかしくない。

私たち、けっこう危ない立場だったのか。

 

自分たちの生命の危機に直結するダンゾウ様の話を聞き漏らさないよう神経を使いながらも、私の意識は半分話の趣旨とは違う方向に向いていた。

 

「遺体が見つかっていない」ことの意味について考えていた。

 

あの時私は、壊れた寝台に拘束されたまま、少し離れた位置から事の成り行きを見ていただけだ。

あの人は血がたくさん出ててピクリとも動かなかったけど、脈や呼吸は確かめていない。

 

母さんの……東天紅タマと思われる女性の、生死を確かめていない。

 

 

母さん――生きてるの?

 

 

「シャムよ。写輪眼を開眼したら、誰にも気取られてはならぬぞ。火影はうちは一族擁護派だ。故に、タマの秘密もあやつらに漏れてしまった。

 開眼したらワシのもとに来い。『根』は闇の組織だ。ワシの下にいる内は、やつらの脅威から守ってやれる」

「……はい。ありがとうございます。肝に銘じます――」

 

ダンゾウ様は…駄目押しのように、「うちはの人間が九尾をけしかけたせいで、5年前の災害が起きたのだ」と言った。

けっして「うちは」を信用してはならぬ。

そう繰り返した彼に頷いて見せ、私は考え事で頭を埋めながら、部屋を後にした。

 

 

 

 * * * * *

それからしばらくして、三代目に呼び出された。

 

「シャムよ。もし写輪眼を開眼した時は、むやみに他人に知らせてはならぬ」

 

だいたいはダンゾウ様が話した内容と同じものだった。

違うのは「うちは一族を信用するな」とは言わなかったことと、

開眼したとき「自分に知らせろ」ではなく「誰か信頼できる者にだけ打ち明けろ」と言ったところだ。

疑わしいというだけで人を悪く言わなかった三代目の人の好さは信じられるかもしれないけど。

 

 

 

ひとつだけ断言できる。

 

もし写輪眼なるものを開眼できたとして。

 

 

私は■■■■には絶対報告しないだろう、という事だ。

 

 

 

 * * * * *

 

 

「お、シャムおかえり。三代目の話って何だったんだ?」

「ただいまーナルト。試験免除した分、課題たっぷり出すから覚悟しろってさ。

 それより君は次のテストで受からないと学年離れちゃうよ。早く上がっておいでね」

「うっ…!受かる!絶対受かってやるってば!!」

「うんうんその意気」

 

術の修行をするというナルトと別れて帰路につく。私はウチで進級祝いをするから鍛錬はお休みだ。

一度帰って姉さんに試験の結果を報告すれば、ささやかなご馳走の為に買い出しに出された。

日が落ちて肌寒くなってきたので、上着を羽織って家を出た。アパートの側のイチョウがほとんど葉を散らしている。冬の足音が近づいていた。

 

リーさんに倣って熱血志向に徹すること、一年と少し。

サスケとサクラその他見覚えのある顔ぶれが入学してきたり、イルカ先生の登場に感動したり、姉さんがシスイさんとラブフラグを成立させてたり、何故かサスケに目の敵にされたり、それが原因ですべての女子が私の敵になったりした――イベントが目白押しの一年の間、

私はひたすら身体を鍛え、

鍛え、

鍛えぬき、

先生方に努力を示すため、自分を苛め抜いた。

 

そうして今日、ようやく進級のお許しが出たのだが、

座学と体術の成績がトップなのに1年も足止めされていた理由が「私の年齢の低さ」だったと知らされた私の心境を述べよ。

 

いくら優秀でも、忍術の一つも使えないのに、こんなに幼いうちから進級させられないと。

私の歳がみんなと並ぶのを待っていたと。

 

 

だったら!!もっと早くそう!!言ってくれれば!!

 

トレーニングはあそこまで過酷にしなかったよ!?!?

 

 

試験の免除を必死にお願いする幼気な私に対して真実を言うのは心が痛んだのだろうか。

毎度毎度言葉を濁しやがって。

 

……いや、過ぎたことはもういいや。

想定してた以上に体力ついたし、うん。プラスに捉えよう。

 

とにかく私は晴れて進級が決まった。心配なのがナルトだ。

原作で同期だった面子がこの学年に揃った今、ナルトは次の試験に落ちるとサスケサクラと下忍チームを組めなくなってしまう。

原作乖離の危機なので何としてでも受かってほしい。彼には運命のライバル・サスケと競い合って力をつけて頂きまだ見ぬラスボスを倒してもらわなきゃいけないんだから。

世界の、ひいては私の平穏のためにも死ぬ気で頑張ってくれ。

 

術の出来は本当にあと少しってとこだから、あとはやる気次第だろう。

私に競うように鍛錬してたナルトの実力は間違いなく上がってるはず。落ちることは私と私の一年間が許さん。

 

 

「あ、シャムちゃん。こんにちは」

 

シスイさんとイタチさんだ。

商店街の肉屋で2か月ぶりの肉を包んでもらっていると、シスイさんに声をかけられた。

2人とも最近多忙だったみたいだから、こうして一緒に出歩いてるところに会うのは珍しい。

 

「こんにちは。お2人は今日オフ?」

「そんなとこ。シャムちゃんはお使いかな?」

「うん。やっと進級が決まったから、そのお祝いするの」

 

2人とも、足踏みしてた私を随分心配してくれていた。

近いうちに会いに行くつもりだったけど、こんなに早く報告ができてよかった。

 

「わ、おめでとう!頑張ってたもんなあーシャムちゃん」

「おめでとう。サスケも喜ぶ。仲のいい友達が一緒に進級できて良かったよ」

「うーんイタチさん…それはどうだろうね。でもありがとう!」

 

シスイさんは自分の事のように喜んでくれたし、イタチさんは安定のブラコン節を炸裂させつつ祝ってくれる。

私とサスケのことを喧嘩するほど仲がいいというお約束の関係だと思っているイタチさんとしては、今のも嫌味のつもりは全くないんだろうが、サスケが聞いたらムキになって怒りそうなセリフだ。

 

「でも、結局忍術は使えないままなんだ。それがちょっと悔しいかな」

「そうだね。でもシャムちゃんはまだまだ若い。これから伸びていくはずだよ」

「ふとした切っ掛けで克服できることもある。焦らず自分のペースでやればいい」

「そうだね。ありがとう」

 

優しい言葉が染みる。なんだか申し訳ない気持ちになった。

忍術の才能がまったく無い人というのも、まれにいるらしい。

私自身は術が使えない原因が分かってるから必要以上に落ち込んではいないんだけど、気を使わせちゃったかな。

 

「よし、俺たちにもお祝いさせてよ。何かほしいものはある?」

「えーと、うーん」

 

ほんとに気をつかわなくていいのになあなんて思いつつ。

問いかけてきたシスイさんへ、わざとらしくシナをつくって囁いた。

 

「じゃあ、――あなたの時間をくださるかしら?」

「ん”ん”っ?」

「姉さんが拗ねてたんだよね。最近お店に顔出してくれないって」

「ああそういうことか…びっくりした…シャムちゃん、君はそういうのどこで覚えてくるの…」

「イタチさん、笑ってないで。あなたもなんですけど。お兄さんに構ってもらえなくて拗ねた弟君のサンドバッグになるの私なんですけど」

「いや、すまない。シャムは全部うまく受け流してくれるから、あいつも安心してじゃれ付けるんだろう」

「痛いの嫌だもん。いい迷惑です」

 

私はいいから二人を大事にしてやってくれ。

特にブラコンの方のお兄さん。弟さんにストレスを与えないでください。もれなく健康を損ないます、私の。

サスケってばメキメキ戦闘力上がってて怖いんだよ。

今はスタートダッシュの差で私が一歩リードしてる感じだけど、何せポテンシャルが違う。追い抜かれるのも時間の問題だと思う。6歳児のくせしてやたら鋭い蹴りを入れてくる。末恐ろしい。私が怪我を負う前に暴力行為をやめるようコントロールしてくれ。頼むから。

ライバルポジはナルトがいるからそっちで満足してくれたらいいのに、八つ当たりの矛先がいつも私なのが解せぬ。一応女子なんですけど。

座学と体術のトップをいつも私がかっさらうから気に入らないみたいなんだけど、サスケってそんなに成績にこだわる子だっけ?原作の知識も遠いし、この年頃の子どもなんて私にとっては未知の生物である。

 

 

兄貴分2人と談笑しながら、ふとあの警告を思い出した。

 

開眼したら、

 

気取られてはならぬ。

知らせてはならぬ。

 

この世界で私が無条件で信じて頼れるのは、私自身と、主人公だったナルトだけだ。

姉さんは守るべき対象だから。

イタチさんは、一族代表の家の長男だから、彼自身のことは好きだけど、立場を考えれば頼るべきじゃない。

シスイさん――この人はどうだろう。私にとってどういう存在だろう。

今の私のヘッポコスペックからは考えられないけど、もしも私が写輪眼を得たとして……打ち明けることができるだろうか?

 

今は分からないけど、できることなら、私は彼らの方を信じたい。

ぽっと出てきて口だけ出してきた偉い人より、そばにいて触れあって、手を差し伸べてくれた人を信じたい。

その時自分がどういう選択をするのか分からないけど、それが今の気持ちだ。

 

 

 

 * * * * *

 

 

 

2人と別れておつかいを完遂し、帰宅するとオニオンスープとサラダが出来上がっていた。

感動した。今日はこれに加えてリブステーキとマッシュポテト、なんとブドウとオレンジまでついてくる。

ああ、こんな豊かな食卓を見るのはいつぶりだろう……!!

 

「姉さん姉さん私も手伝う!ありがとう!!感動をありがとう!!」

「ふふふー。出世払いで返すがよい!さー、手洗ってきて」

「合点承知!!」

 

姉さんお手製のご馳走と、マフラーのプレゼントを貰って、その日は心もお腹も満たされて幸せな気持ちで眠りについて。

 

幸せなこのときの私は不穏の気配に気づいていなかった。

 

 

 

 

この日から、シスイさんとイタチさんの姿を見なくなった。

 

 

私は何を忘れてる?

 

 

 

 




 

次回から空白の一年編かな。
誰の視点から始めるか悩みます。


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