オーバーロードと魔法少女 (あすぱるてーむ)
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第一章 モモンガ、少女に転生する
終わりと始まり


ナザリック地下大墳墓の十階層にして最後に辿り着く場所――玉座の間。

最後を迎えるならば何処にするかと考え、そして、ここしかないだろうと思い至った場所である。

 

床には柔らかい絨毯が敷かれており、見上げれば、天井から幾つも吊り下げられた数多の宝石で作り上げられたシャンデリアが幻想的な輝きを放っている。

白を基調とした壁は汚れなど一つも無く金銀で精巧な細工が施されており、壁からは天井から床まで垂れ下がった見事な旗が全部で41枚あった。

旗にはそれぞれ異なるエンブレムの刺繍が施されており、それは、この場所――ナザリック地下大墳墓――を作り上げた41人のプレイヤーのサインでもある。

 

最奥に置かれた水晶の玉座。そこに、一人のプレイヤーが座していた。

その玉座に座る死の支配者――モモンガは、操作コンソールから手を離すと傍らに佇む女性を見て顔を逸らし、骨の手で口元を隠す。

 

「モモンガを、愛している。うわ、恥ずかしい」

 

人であれば顔を紅潮させていただろう、そんな声色だ。

その女性は美しい顔立ちをしており黒髪を腰まで伸ばし、純白のドレスを着ている。

モモンガがギルド長を務めるアインズ・ウール・ゴウン。

その、ギルドメンバーであるタブラ・スマラグディナが作り上げたNPC、アルベドである。

 

 

西暦2138年、数多に開発されたDMMO-RPGの中に、広大なマップ、膨大な職業、専用のツールを使えば保有する居住や装備の外装など幾らでも変えれるその自由度に、爆発的な人気を博したゲームがあった。

 

 

YGGDRASIL/ユグドラシル。

 

 

それが今、終ろうとしている。

 

 

 

かつては41人いた仲間達も、一人、一人とログインしなくなり、最後の時はモモンガ一人でギルドを支えていた。

共に冒険を繰り広げ、この拠点――ナザリック地下大墳墓を作り上げた仲間達がいつか戻ってくると信じて。

しかし、最後の時を持っても彼の呼出しに応じた――来てくれたのはたったの3人だった。

そんな彼らもログアウトして去っており、もういない。

 

モモンガは、最後の時を玉座の間でサービス終了を迎えようと立ち寄り、そこで傍らに立つNPC、アルベドを見かけて何気なく設定を閲覧した。

そこで目にした膨大な文字の長文に呆れつつ、流し読みといってよいスピードでスクロールさせていた指が止まる。

『ちなみにビッチである。』

その一文が目に留まり、罵倒の意味を表すその言葉にアルベドが余りに浮かばれないと書き換えたのだ。

『モモンガを愛している。』

自ら書いておいてなんだが、あまりの恥ずかしさに悶絶する。

だが、モモンガは考える。元の文字数と同じで収まりが良いはずなのに、漠然とした不安を感じる。何か、このままではいけない様な……。

 

それが何なのか、リアルはで恋愛経験の少ないモモンガこと、鈴木悟には分からない。

だからこそ、彼がこのように思ったとしても、それは致し方の無いことである。

「なんか、ちょっと物足りないのかな。」

そうか、少しインパクトが足りない。ならばと文字を足す。

『モモンガを愛している。心も体も骨の髄まで。』

口元に手を当て、身体をくねらせて気恥ずかしさに身悶える。

サービス終了日のちょっとした悪戯心であり、仲間達に見られたら悶絶して恥かしがったであろう言葉である。

だか、その仲間達も今はいない。

自分は今一人なのだと寂寥感で我に返る。誰にも見られずに消えるのだ、このままで良いか。

そう思いモモンガはコンソールを閉じた。

 

ふと、アルベトと玉座を挟んで反対側に直立不動で立っている、執事服を着こなした初老の男に目をやる。肉体は鋼のように鍛えこまれた熟練の戦士を思わせ、その鋭い眼光には優しさを滲ませている。

いや、それはモモンガの思い過ごしだろう。

彼、セバスを設定した嘗てのギルドメンバーは謹厳実直を絵に書いた人である。それでいて弱者救済を是とする正義感あふれる男だった。

製造者の面影をNPCを通して感じてしまい、そのように感じるだけなのかもしれない。

 

セバスも、アルベドと同様に設定が気になり、コンソールを操作して設定を開く。

しかし、設定には何も書かれておらず拍子抜けしてしまう。

「うわ、真っ白。たっち・みーさんらしいや。」

流石にそれでは可哀相だと、何か書き足すことにした。

どうせなら、たっち・みーさんを意識した文章を残そうと、暫く考えを巡らせる。

『真面目な性格で嘘をつくことができない。正義を愛し、弱き者のため力を振るうことを信条とする。』

「うーん、面白みがないな。」

『アルベドに仄かな恋心を抱いており、決して知られてはならないとひた隠しにする。家事全般は割りと得意。』

「くっははははははっ、くはー」

モモンガは腹を抱えて笑った。身悶えして悶絶する。

思わず感情アイコンの笑顔マークを連打で表示する。

一頻り笑った後は、この楽しさを誰かと共有したい気持ちに駆られ、消すのが勿体無く感じた。

これはこれで残しておくか。

モモンガは鷹揚に操作コンソールを閉じると玉座に凭れ掛かる。

 

「もうすぐ終わりか、楽しかったんだよな……」

そう、呟くと天井を見上げ、静かに終わりの時を待った。

時間を確認する。サービス終了が深夜の0時ジャストだ。

 

 

23:59:35

36

37

 

時間を数え、目を閉じる。

 

56

57

58

59

 

――――――――――――

――――

 

突如、不思議な感覚に捕らわれる。それは、これから起こるだろうと予測していた強制ログアウトとは異なる感覚だった。

肉体から引き摺り出された魂だけが何処か別の空間に引き込まれる、そんな感覚だった。

そこは玉座の間であった。玉座に座っているのは鈴木悟のアバターである死の支配者(オーバーロード)、モモンガである。不思議なことに装備を一切身に纏っていない、そこにいるのは唯の骨である。その骨を通して玉座が透けて見えていた。モモンガはそれを俯瞰して見下ろしていた。

モモンガ様!

叫ぶ女の声が響く。掠れる様な、今にも泣き出しそうな悲観した震えた声だ。

唐突に世界が離れていく。光景が点となり白い霧に覆われていく。そして、深い眠りから覚醒するように、ぼやけた意識がハッキリとしていく。

全身を覆う気だるさを払うように頭を数度横に振る。

そして、モモンガはゆっくりと目を開いた。

 

「……な、んだ?何が起こった?」

 

そこは、木材で出来たお世辞にも綺麗とは言えない部屋の、知らない天井だった。

幻視した光景の影響か視界が歪み目が眩む。悪夢を見たかのように背中が濡れていた。

 

「…………どうゆうことだ?ここはどこだ?」

 

はっと、モモンガは自分の口に手を当てる。

声が、少女の声であった。

そして、唇に当たるその手の感触に、驚いて両手を目の前に上げる。

 

「……ばか……な」

 

それは、ぷにぷにとした小さな、幼い少女の手であった。

慌てて起き上がり、肩まで掛けていた粗い麻の毛布が腰までズリ落ちる。

そこで初めて、自分が寝ていたことを知る。

 

「な、なんじゃこりゃーっ!」

 

両掌を見ながら驚いて大声を上げてしまう。

それは、150年以上前の某ドラマを意識したわけでもない、正真正銘、心の叫びであった。

 

ふいに、モゾモゾと動く物体を横に感じてハッと横を向く。

そこには10代半ばの顔立ちの整った可愛い少女がいた。眠たそうに眼を擦りながら身動ぎする。

 

どうなってる?

この女は誰だ?

何で俺の隣で寝ている?

やばい?

ひょっとして事案ですか?

俺、逮捕されちゃうの?

 

顔にはてなマークを大量に浮かべ、目を泳がせて狼狽える。

同じ毛布に包まっていたため、半分剥ぎ取られた形となった少女は、不満を訴える瞳を向けると、煩わしそうに体を起こす。

その顔は、何時だと思っているのよと、怒っているように見える。

 

「もう、大声出してどうしたのネム。」

「違う、鈴木悟だ!てか、……どちら様ですかぁ?」

 

少女は、眉間に皺を寄せるぷくぅと頬を膨らませる。

「馬鹿なこと言ってないで、早く寝なさい。」

「いや、あのですね。」

一向に寝る気配の無いモモンガに憤ると、手伸ばして手の甲でネムと呼ばれた少女――モモンガの頬を触れると、そのまま首の後ろに腕を回す。

そして、ゆっくりと引き戻した。

モモンガの顔が少女の成長途上ではあるが十分に膨らんだ胸に埋まる。

「あったかーい。」

「え、いや、あの。」

「寝るの、わかった?」

「あ、はい……」

漸く肯定の言葉を聞けて満足げに頬を緩ませると、お休みなさいと目を閉じて毛布を肩まで引き上げる。

モモンガは、ほんのりと汗と埃が混ざった匂い――決して嫌な匂いではない――と、それに加えて微かに感じる柑橘系の甘い香りに頭が呆ける。

顔に血が上り紅潮しているのがわかる。

少女の腕から逃れるように体を移動し、天井を見上げて目を閉じる。

その柔らかい膨らみに顔を埋めるなど、滅多に、いや、この機を逃したら二度と味わうことが出来ないかもしれないのだが、プライベートでは殆ど女性と話したことの無い鈴木悟には刺激が強すぎたのだ。

 

脈打つ鼓動でとても眠れそうに無かったが、興奮でまともに思考が働かない。

 

もう寝よう。

明日、考えればいい。

 

しかし、その思いは朝日が昇るまで繰り返されることになる。

隣で寝息が聞こえる度に、んっと声を上げて身じろぐ度に沈みそうになる意識が覚醒してしまい、結局、一睡も出来なかった。

翌朝、少女が目を覚ませたら、今夜からは別々に寝ることを提案しようと心に誓うモモンガであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女は、ただ、終わるのを待っていた。

年齢は二十代前半だろうか、若く、美しい顔をした女性は、地面に転がされたままの姿勢で、ただ、じっと壁の方を見ていた。

顔を殴られ折れた鼻から流れた血が顔の下半分を赤く染め上げているが、それでも彼女は美しかった。

外は夜だというのに騒がしい。人が走り回る音、何かが壊れる音、そして人の悲鳴。

部屋の隅、彼女の視線の先には父と母が折り重なるように倒れている。二人とも既に息はしていない。

両親が覆い重なるその下から、二つの眼が真っ直ぐ女性を見ていた。

彼女には年の離れた妹がいた。

 

街灯の無い村では太陽と共に行動するのが基本である。日の出と共に働きに出、日の出と共に就床する。

何時もなら太陽が沈む前にささやかな祈りを捧げ質素な夕食を済ませる。そして暗くなる頃には、村は静かな静寂に包まれる。

だが、今夜は違った。数十名の騎士が村を襲ったのである。

村人の誰もが寝静まった頃に襲われたのだ。まともに逃げることが出来た者は殆どいない。

突然、家に上がり込んで来た騎士は、起き上がろうとした父を剣で刺し、悲鳴を上げた母を斬り付けた。

父と母は、共に寝ていた妹に覆いかぶさる様に倒れ、騎士に発見されること無く妹は姿を隠すことが出来た。

騎士は、騒ぎに目を覚ました女を見ると、下卑た笑い声を上げ、手に持つロングソードをチラつかせる。

剣の刃先からは先程吸ったばかりの血が滴り落ちた。

女性が悲鳴を上げると、徐に一発殴り、服を力任せに引き裂いた。悲鳴を上げると、さらに殴り、黙らせた。

 

カチャカチャと金属がぶつかる音に続き、重たい金属が地面に落ちる音がする。

騎士は、全身鎧(フルプレート)の腰の一部と太股を覆っていた部分の鎧だけを外しズボンを脱ぐと、女性の上に覆いかぶさる。

女に顔を近づけてはぁはぁと息をする。女は顔を顰めて横を向く。男の動きに合わせて、女は胸を上下させる。その顔は、じっと壁の方を、両親の下に隠れて息を潜ませている妹を見ていた。

首を横に振る。出てきてはだめ。隠れていなさいと告げる様に。

 

「べリュース隊長」

家の外から声が聞こえた。

「あぁ?どうした」

女に覆い被さったまま、男は上ずった声を上げた。

声がした方に歩み寄り、外から中の様子を伺った騎士は、呆れたような深いため息をする。

「村人はほぼ集め終わりました。」

「あぁ、分かった。俺が行くまでに人数を減らしておけ。」

行為に及びながら答える。その後姿にもう一度ため息をする。

「畏まりました。」

踵を返し、足早にその場を後にする。

 

 

広場に向かいながら騎士は、先程の光景を思い憮然とした表情をする。

無理も無い。任務の最中だというのに欲望に身を任せ、村の娘を襲うような下種が隊長なのだから。

そのくせ大した実力も無い。ベリュースは資産家の息子で、金とコネだけで隊長になった男である。

今回の任務に参加したのも、己の経歴に箔を付けることが目的だ。

 

「クソッ」

 

ロンデス・ディ・ブランプは歯噛みする。

今回の任務は、ある男を罠にかける為の撒き餌の役目を果たすことである。

村々を襲うことで騒ぎを起し、王都からその男を引きずり出す。王都側にいる協力者の手引きで、それは間違いなく行われるだろう。

後は、村人の中から数名を逃がし、足枷とすることで相手の戦力をそぎ落とす狙いもある。確実な勝利を得る為に。

その為に、この非道な作戦は遂行しなければならない。彼らの死は尊いものあり、止むを得ない犠牲なのだと考えていた。

それがベリュースには分からない。大人の中に子供が混ざっているようなものだ。苛立ちもする。

 

村の中央に近づくにつれ、同僚の騎士達の姿もチラホラと見え始める。

騎士達は、隠れているものがいないか家捜しをしたり、火を放った際に良く燃えるよう家周りや下水溝に錬金術油を流し込んでいた。

ロンデスに気付いた騎士が、作業の手を止めて近づいて来た。

「よう、どうした、ロンデス。」

「ああ、エリオンか。」

ロンデスは苦虫を噛み潰したような顔をして、ベリュースがいた方向を親指で指し示す。

「馬鹿がまたお楽しみ中なんでね。変わりに俺が仕事をすることになった。」

毎度のことだと、両手を広げて首を振る。

エリオンはニヤニヤしながらロンデスの肩を叩く。

「そいつはご苦労さま。アレでも一応隊長だしな。俺が様子を見てくるよ。」

「ああ、頼む。」

手をヒラヒラ振りながらロンデスが来た道へと分かれた。

 

 

 

エリオンは真っ直ぐ路地を進んでゆく。

殆どの村民は殺すか村の中央に集めているのだ。この辺りは既に人の気配を感じない。

不意に、エリオンが向かう先の家のドアが開いた。

警戒して剣を構えると、なるべく音を立てないよう扉の影にいる人物が見える位置まで静かに移動する。

家から出てきた人物がベリュースであることを確認すると、ほっと息をついて剣を下げる。

 

「もうよろしいので?」

「ああ、終わった。」

 

ベリュースは、ロングソードを小脇に持つと、腰周りのプレート/金属鎧をガチャガチャと音を立てながら装着していた。

片側が垂れ下がり、持ち上げれば反対側が下がる。その繰り返しに四苦八苦している。

 

「ああ、くそっ」

 

剣をエリオンに投げて渡すが、届かずに地面に落ちて金属音を響かせる。エリオンは開いた手でそれを拾う。

両手が開いたベリュースは腰の留め金を不器用な手つきではめていく。装備が終わると、ドアを足で閉めて晴れやかな笑顔でエリオンから剣を受け取った。

 

「この家にも火を放て。痕跡を残すな。」

「はっ」

 

錬金術油の入った瓶を取り出そうと腰に吊るした袋に手を伸ばす。

 

「ああ、いらん。錬金術油なら俺が撒いといてやったぞ。」

「左様ですか。」

 

ならばと、火種の入った金属の小箱を取り出す。箱から取り出したのは長さ5センチ程の楕円形の鉱石である。発火石と呼ばれるそれは、少し削って水を垂らすと、すぐに発熱して燃え上がる。多少値が張るのだが生憎と今はこれしかない。

本来であれば松明に火をつけた後、各家々に付け火をしていくのだが、それは、他の者が担当する仕事である。

エリオンはドア付近に腰を下ろして発火石を軽く削ると、火種に枯葉や乾燥した枝を集めてその上に水筒の水をかける。

たちどころに火が発生して、木造の住家へと燃え広がった。炎はぐるりと周囲を取り囲むように広がり黒煙を吐き出した。

不意に、爆発的に炎が吹き上がる。室内に撒かれた錬金術油に引火したのだ。

内側から膨れ上がった炎は瞬く間に家を飲み込み、高熱でガラスが割れる音があちらこちらで聞こえる。

炎と共に、家の中から女性の絶叫が聞こえた。

 

「……止めを刺さなかったので?」

「ああ、そういえば忘れていたなぁ。だか、結局は同じことだろう?」

 

おちゃらけて話すベリュースに、エリオンは心底呆れた顔をする。吹き上がる炎の熱が面頬付き重兜(クローズドヘルム)の隙間から入り込みヒリヒリと焼けるように痛み、ベリュースは顔を背ける。

 

「おうあっちっち。こんな所にいられるか。おい、行くぞ!」

 

意気揚々と歩き出すその後を、深いため息を吐いたエリオンが続いた。

 




次回『カルネ村の魔法詠唱者』

投稿は1週間以内を目指します。


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カルネ村の魔法詠唱者

人称ネム=中身アインズ様です
ネムの声で脳内再生よろしくお願いします。


ネムは手頃な石を拾うと、満足げに頷いた。手の中にすっぽりと収まり、十分な硬さと重さを確かめる。尖った石の先端を指でなぞり、これなら文字が書き易そうだと頭を縦に振る。

 

 

 

この世界に転生してわかった事がある。

 

――転生であると結論付けたのには、もちろん理由がある。

 

一つは、この世界が自分の知っている世界――鈴木悟が生まれた世界――とは余りにもかけ離れていたからだ。

大気の汚染、水質の汚濁、土壌に汚染などが見られず、自然が有りのままの姿で残っている。そして、文明レベルが非常に低く中世ヨーロッパの開拓村を思わせた。

さらには付近の森―トブの大森林――には、ゴブリンやオーガといったモンスターも数多く存在すると聞く。

これだけならば、ユグドラシルのサービス終了と共に、新しいサービス――ユグドラシルⅡとも言うべき――が開始した可能性も視野に入れるだろう。

しかし、本来ならばゲームとしては有り得ない出来事、顔の表情の変化や匂い、そして、生理現象などが普通に存在したことで、その可能性は限りなく低くなった。

そして、ユグドラシルでは絶対に行えなかった行為、18禁に触れる行為が行えたのである。

姉と名乗る少女に「む、胸を触ってもよいかにゃ?」と言った時の顔は、今でも忘れることは出来ない。

 

次に考えたのは、仮想現実が現実になったという可能性である。

だが、これは直ぐに却下することが出来た。

鈴木悟は、少女であった。

ちがう、現実の鈴木悟はもちろん少女ではなく社会人であり平均的な一般的な何処にでもいる普通の男である。しかし、ユグドラシルの終了と共に少女となっていたのだ。

転生であると帰結するのは、至極当然と言える。

 

勿論、単純な転生と考えるのはいささか短絡的であるといえる。

転生というには余りにも世界が変わり過ぎていた。何より、モンスターの存在は鈴木悟の現実世界には存在していない。過去や未来の世界に飛ばされたというよりも、全く別の空想世界に迷い込んだ、そんな気分だ。

 

ゲームではない幻想世界(ファンタジー)?何の冗談だ。

見知らぬ世界、不慣れな環境、現実世界で培った常識がまるで通用しない現実。そんな中で、彼を最も驚かせた事実、それは……。

 

湯浴みの時に、ちっともドキドキしなかったんだよなぁ。

俺、今の姿は女の子なのに……。

 

どこの世界に、自分の体をみて興奮する人などいるのだろうか?

まぁ、いるだろうが鈴木悟はそんなナルシストではなかった。

少女の体を見ても何の興奮も背徳感も感じないのは何故か。鈴木悟は大人の女性にしか興味が無いノーマルである。心理的あるいは外的プロテクト。または肉体と精神の同一性による変化によるものなど。

多種考えが及ぶが、自分の感覚を信じるならば、それが自身の体であるという感覚こそが正しいのかもしれない。

とすると、もう一つの可能性に行き当たる。

 

それは、全く馬鹿げた考えであった。だが、納得のいく考え……。

自分は少女で世界は元々ファンタジーで、鈴木悟こそが有りもしない空想の産物なのではないか……。

 

いやいや、其れこそ有り得ないだろう。

どんなに終わった世界だとしても鈴木悟として生きた時間は本物であると断言できる。何より、あの輝かしいユグドラシルでの想い出が偽物であるはずが無い。

思考が堂々巡りする。まるで回し車に乗せられたハムスターにでもなった気分だ。

 

 

これ以上は幾ら考えても答えは出ないか。

まずは、わかった事を纏めようと、判明したことを地面に書いていく。

 

私はネムという名の小女である。

地面に『ネム』と書く。

私にはエンリという名の姉がいる。

地面に『エンリ』『姉』『胸が柔ら』と書き、『胸が柔ら』を消す。

ここは、カルネという名の村である。

地面に『カルネ村』と書く。

さらに『モルダー』『紳士』『トブの大森林』『エ・ランテル』『リ・エスティーゼ王国』と続く。

 

「先ずは、ここに行ってみるべきだよなぁ」

エ・ランテルの文字を石の先端で突く。

カルネ村より徒歩で2日程の距離に、城塞都市エ・ランテルがある。

周辺で最も規模の大きい都市だ。得られる情報もここ、カルネ村とは比較にならないだろう。

 

しかし――

 

「これだもんなぁ」

 

凹凸の無い自分の体をペタペタと触り、ため息をつく。

少女となったこの体では、とても行けない距離だ。

地面を石の先端で叩きながら思案に暮れると、不意に、影がさした。

 

「何してるの?」

「うおおおおおぉ!!」

 

ごろごろと地面を転がり文字を消す。

後ろから覗き込んだ姿勢のまま、笑顔のエンリが立っていた。

両手に空の水壷を持ったまま下を向いているためか、顔に影がさして陰影を作り、笑っているようには見えない。

 

「お絵かきしてたの」

「もう、こんなに汚して。私は水を汲みに行って来るからネムはお母さんのお手伝いをしなさい」

 

水壷を脇に置くと、ネムを両腕で抱えあげて立たせて砂埃を叩いて落とす。

はーい、と返事をするとその場から逃げるように家に向かった。

 

朝早く、太陽が顔を覗かせ始めたばかりの時刻だ。

空は明るみ始め、青と朱に色を染めた頃の早朝の水汲みは、エンリの仕事であった。

家に置いてある大甕を一杯にするには三往復はかかり、大抵は、水汲みが終るころには朝食の準備が終わっている。

 

ネムが家に入ると母親はオートミールの鍋に火を通して掻き混ぜているところだ。

昨日と同じだ、と鼻白む。ネムは、オートミールが余り好きではなかった。

初めて食べた時は、初めて見る料理でどんな味がするのだろうと好奇心に心を躍らせたものだが、淡白な味つけでお世辞にも美味しい物ではなく、何よりその食感が苦手であった。

それと、野菜を炒めたものが食卓に準備される。

 

突然、母親の手が止めて玄関の方に目を向ける。

微かにだが、悲鳴の様な音が聞こえた。

駆けるような足音が家に近づいてくる。

母親はネムにこっちに来るように手招きをし、その手をつかむと緊張した面持ちで玄関口を注視する。

 

「みんな無事か?」

 

ネムの父親は戸を押し開けると、急いで家の中に駆け込んだ。

周囲に視線を巡らせ息を整えながらエンリが居ないことを確認する。

 

「エンリは、エンリはいないのか?」

「ええ、まだ水汲みに行ってから戻ってきてないわ。いったい何が」

「分からない、騎士が、鎧を着た男達が突然切りかかって来たんだ。モルダーさんがやられるのが見えた。あの人、ミトちゃんを庇って、最後までいい人だったよ……」

ミトちゃんとは、この村で知り合ったネムよりも4歳ほど小さい女の子だ。

金色の髪に鳶色の瞳をした、将来は人目を引く美人になるだろうと思わせる、可愛らしい子だ。

 

「と、とにかく急いで支度をしてくれ!エンリが戻り次第、森に逃げ込むぞ!」

「ええ、分かったわ」

 

慌しく動き出す両親を尻目に、ネムは呆然と立ち竦んでいた。

 

なんだ、何が起こっている。

これはこの村では日常茶飯事で起こるような事なのか?

いや、それにしては慌しすぎる。

まさか、俺が転生したことと何か関係があるのか?

どうする?どうすればいい?

 

騎士の姿で思い浮かぶのは、リ・エスティーゼ王国と反目し合う、バハルス帝国の存在である。

リ・エスティーゼ王国の隣国であり、毎年、侵略戦争を仕掛けている国だ。

例年に漏れず多くの若者が戦争に駆り出され、カルネ村でも、必ず帰ってこない者が何人かいると聞く。

ならば、今回の襲撃はその延長線上の、バハルス帝国による国力の低下を狙ったものだろうか。

 

「お父さん、お母さん、ネム!」

 

エンリが叫びながら扉を開けて家に駆け込む。全員の視線を集めた。

胸を上下させ、荒げた息を整えようと大きく息を吐く。家族の安否を確認してその顔は綻んでいた。

 

「エンリ!無事だったか!」

 

安堵した顔でエンリに近寄ると、父と母はエンリを抱きしめる。

そして硬い表情で頷き小さく声をかける。

 

「逃げるぞ。このまま村を突っ切って森まで走ろう」

四人は頷き玄関口へと向かった。

 

だが、全てが遅すぎた。

乱暴に蹴り開かれた扉の隙間から影が差し込む。

全身鎧を身に纏った騎士が、日の光を反射して輝くロングソードを持って立っていた。

騎士は、面頬付き重兜(クローズドヘルム)の隙間から家族を数えるように顔を動かすと、エンリに目を留めて下卑た哂いをする。

両親とエンリは息を呑むと体を硬くした。

 

 

ネムは、騎士を見ながら小さく首を横に傾げる。

その光景が、まるで恐ろしくないのだ。

手には刃渡り90センチ以上のロングソードを持っており、鋭利に研がれ磨かれた刀身によれば、人の体を両断することすら簡単に行えるだろう。

金属で出来た鎧が全身を覆っており、その姿はどのような攻撃も通じないのではないかと思わせる。

だが、目の前の騎士が大した強さには思えなかったのだ。

 

 

ネムはこの時、ユグドラルでプレイしていた頃の、死の支配者(オーバーロード)自分(モモンガ)を思い出していた。

相手は前衛職で一人だ。しかも、こちらを見下し余裕を出してる。各阻害系対策どころか魔法詠唱者に対する対策も不十分だろう。もし、ゲームならば、俺ならばどうするか。

思わず苦笑する。

先ずは即死効果を狙った魔法を、それも、たとえ抵抗(レジスト)されても朦朧状態になる追加効果が期待される魔法を選ぶだろう。魔法に失敗しても、次の行動に素早く移れるため、先制の手段として多用していた即死魔法だ。

何気なく右手を突き出し、握り締めるように横に捻る。

「<心臓掌握(グラスプ・ハート)>」

目の前の騎士がびくんと体を震わせ、そして、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

一瞬、世界との接続を感じた。まるで世界と繋がって力が流れ込んでくる感覚、いや、内側から込み上がる力が世界に流れ出る感覚だろうか。その手には、確かに魔法が発動した感触があった。

 

「え?」

 

声が漏れる。

モンスターがいるのだから魔法もあるかもしれない可能性は考えていた。しかし、今使った魔法はユグドラシルの、つまりはゲームの魔法である。

ここはゲームの世界なのか?ならば、仮想現実が本当の現実になったという考えこそが真実なのだろうか。

何より、この体で九位階の魔法が使えるのならば、もしかしたら誰でも使えるレベルの話なのかもしれない。

魔法の感覚が残る掌を呆然と眺めながら思案していた考察は唐突に打ち切られる。

ふと視線を感じ、横を見ると信じられないものを見るように目を見開いたエンリが真っ直ぐネムを見ている。

続いて地面に倒れた騎士を見下ろし、再び視線をネムへと戻す。

 

「……え?」

 

その呟きは、暗に貴方がやったの?と訴えてくるようで、バツの悪い居心地の悪さを感じる。

まさに、こっち見ないで、という心境であった。

 




次回『死の騎士』

土曜か日曜に更新できればと思います


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死の騎士 前編

長くなったので前後編で分けます。


周囲の開けた草原に、野営地を張り馬を休ませる一団がいた。

二十数人ばかりの戦士達は、警戒のため野営地を見回る者を三名ほど残し、寒さから逃れるようにフード付きのマントを身に包ませて体を休めている。

僅かばかり穴を掘り、乾いた木の枝を投げ込んだだけの簡易の竈は既にその役目を終え冷たくなった炭や燃えカスを残している。

日が昇ると同時に彼らは体を起こし、冷えて硬くなった体を解しながら出立の準備を始めていた。

戦士達は、ブレストプレートを着用した者、防御より動き易さを考慮してチェンメイルのみに留める者など、自分に合った装備をしている。鍛えこまれた屈強な肉体をしており、その佇まいに、皆が一様に熟練の戦士であることを、見る者によっては気がついただろう。

 

その中で、一際目立つ覇気を纏った男がいた。

幾分皺が刻まれてはいるが精悍な顔立ちは昨日の凄惨な現場を思い出し、暗い影を落としている。だが、その黒い瞳は怒りを滲ませる強い光を放っていた。

その人物に、金髪を整えた整った顔立ちの男が近づくと、頭を下げて礼をする。

 

「戦士長、皆準備が整いました」

「そうか」

「……昨日の、あの村を思い出しているのですね」

 

彼ら戦士の一団は、リ・エスティーゼ王国より派遣された兵士達である。

その、戦士長であるガセフ・ストロノーフは王国では彼に並ぶものはいないと賞される剣の使い手であり、リ・エスティーゼ王国国王ランポッサⅢ世からの信頼も厚い。

その王よりガセフは、国内の国境付近の村々を荒らしまわる者達の調査を任命され、それが事実であった場合はその討伐も含まれていた。

王とは対立する貴族、貴族連合の差し金によって彼が持つ最大の装備を剥ぎ取られた状態でである。

 

 

ガセフは今日までに4つの襲われた村を発見し、その残虐な行為を行った者達に、そして、それを護れなかった己の不甲斐なさに怒りを覚えていた。

実際に焼け崩れた家屋や、無造作に切り捨てられた村人達。

そんな中でも生き残った数名の村人達。恐らくは戦力を割く狙い。彼らを放置すれば待っているのは確実な死であり、数名の村の生き残りの護衛のために人数を割くしかない。それが分かっていてもガセフには彼らを放置することは出来なかった。

当初は五十名以上いた部下も、今では二十余人ほどになっている。

 

 

そうだ、その思惑はどうあれ助かる命はあったのだ。

昨日の惨劇の場を思い出し、特に酷い傷を負った、あの少女のことを思いだす。

名を尋ねた時に、掠れる声でアシュレ・ルーインのと名乗った少女のことを――。

 

 

その村での生存者は、今までと同じく村の中央で放置された数名だけかと思われた。

しかし、火事で倒壊した家の直ぐ傍の茂みに、全身に火傷を負った10歳ほどの少女が毛布に包まれた状態で発見されたのだ。

息はあったものの少女の傷は深く、恐らくは長くは持たないだろうと思われた。

ガセフは、副隊長が止めるのも聞かず数少ない手持ちのポーションを少女の体に振り掛ける。

効果は直ぐに出た。火傷の跡を消すには至らなかったが、命の危機を脱する程度には回復した。

救えた命が一人でも増えたことにカゼフは喜び、そして、神に感謝する。

たとえこの場では命は助かっても、少女がこの先も生き続けれられる保証は無い。

もはや家も家族も頼れる当ても無い。少女がおかれた環境はそれほどに苛酷である。

だか、それでも、この場は生き残ってくれた事に、命をつないでくれた事に感謝していた。

 

命を繋いだといっても、決して予断の出来ない状況である。

大都市であれば、よりマシな治療を受けられるだろうと10人ほどの部下に護らせて、他の生き残りと共にエ・ランテルへと向かわせた。

 

その後すぐにガセフは残った部下と共に日が昇る限り馬を走らせた。

これ以上の犠牲を出さないため、この残虐非道な行いの報いを受けさせるために。

 

 

昨日のことを思い、ガセフは腹の底から湧き上がる怒りのドス黒い炎を抑えることが出来なかった。

副長の言葉に答える様子も無く、静かにその眼を見る。

 

「そうだな、では、出立しよう。次の村まではどの位で着く」

「はっ、ここから一番近い村ですと、夕刻までには着くと思われます」

「では、急ぐとしよう。総員!出発する!」

 

ガセフは馬に飛び乗り騎乗すると、馬の腹を蹴り草原を駆け出す。部下達もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

魔法が使えた。

この手に、確かに発動した――心臓を握り潰した――感触が有ったのだ。

ネムは目の前に倒れた騎士を見ながら呆然としていた。

 

「ベリュース隊長。どうしました?」

 

玄関口の外から、鎧が上げる金属音の音と、それが近づいて来る気配を感じる。

騎士が姿を見せると同時に、再び魔法を放った。

 

「<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>」

 

掌から生じた白い雷撃は竜のようにのたうち、落雷に似た閃光を放ちながら一直線に騎士に突き刺さった。

騎士は、悲鳴を上げて体をビクつかせ、煙を上げならが地面に倒れる。

 

 

やはり、魔法が使える。

視覚効果のある魔法を使うことで、ネムは確信を得る。

どういう訳か、この世界はユグドラシルの魔法が使え、モモンガとして習得した魔法がネムの体でも使うことが出来るようだ。

 

「……ネム、貴方がやったの?」

 

エンリは驚いて目を見開く。父親と母親も驚愕で言葉を失っている。

ネムは頷くと玄関口へと向かった。

 

「ここにいて。あいつ等やっつけてくる」

「ま、待ちなさい、ネム!」

父親が叫ぶ。だが、膝が震え上手く歩けず体がよろける。伸ばした手はネムには届かない。

 

<生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)>

<矢守りの(ウォール・オブ・プロテクション)障壁(フロムアローズ)>

 

家を出ると、ネムは家族に向けて守りの魔法をかけた。

家を取り囲むようにドーム状の障壁が形成される。

 

「守りの障壁を作ったからここにいて」

そう言うと駆けようとし、思い出したように立ち止まる。

「この障壁は中からは外に出れても、一度出てしまうと外からは入れない。だから、絶対に出ないで」

 

これだけ言えば追っては来ないだろう。

ネムがこれから行おうとしている事を、何と無くだが、エンリとその家族には知られたく無かったのだ。

 

<飛行(フライ)>

 

浮遊魔法を唱える。足が地面からフワリと浮く。

そして、滑る様に空中に舞い上がる。

100メートルほど上空に留まると俯瞰して村を見下ろす。

騎士は、四方から中央へ村人を追い立てている様だった。

正確な数は分からないが騎士の数は20名強といったところだろう。

村を取り囲むように騎乗した騎士が4名、弓を構えて警戒している。

そこには一人も逃がさない意思が見えた。

 

視線を巡らせると、ここから程近い路地に黒い染みが見えた。

モルダーさんだ。

そこは家屋が視界を遮り、あまり、見通しは良くない。上空にいたからこそ容易く発見できた。

数十メートルにおよび這ったような血の痕跡があり、騎士が殺した後で引きずったとも思えないので這ってここまで移動し、息絶えたのだろう。

 

ネムはモルダーの傍まで飛行して音も立てずにふわりと着地する。

彼の右腕は何かを掴もうとするように路地の先へと向けられている。

「モルダーさん、敵は取りますよ」

開かれた儘の瞳を掌で閉じさせる。

 

周囲を目配りし誰も居ないこと確認すると次の手を打つ。

魔法は使用できた。ならば、特殊技術(スキル)はどうだ。

ネムは、村を救済をしたい訳でも、皆の敵を取りたい訳でも――その気持ちが全くないという事はないのだが――なかった。

ネムは抱くのは、この世界に対する純粋な好奇心であり、これから行うことはその実験である。

 

選択したのは中位アンデッド創造だ。

目を閉じ、頭の中を探る。その効果や範囲、作成可能なアンデッドの種類など頭の中に知識として浮かび上がる。

使用する特殊技術(スキル)を選択し、逸る鼓動を押さえる様に一呼吸置く。

 

――中位アンデッド創造 死の騎士(デス・ナイト)

 

奇妙な違和感。特殊技術(スキル)を発動しようと力が内側から流れ出る感覚はある。しかし、望んだ結果は得られなかった。

特殊技術(スキル)の発動は失敗した。

期待していただけに、その失望は大きかった。

だが、落ち込んでばかりもいられない。力の存在は確かに感じたのだ。

単純に力が足りないか、条件が揃っていないか、或いは、この世界には死の騎士(デス・ナイト)という名のアンデッドが存在しない為、創造に失敗したのかもしれない。

ならばと次は魔法を使っての創造を試みる。作成するのは当然、同じアンデッドである、死の騎士(デス・ナイト)

魔法の確認は既に済んでいる。これで作成できなければアンデッドの種類による失敗、作成できれば特殊技術(スキル)の失敗である。

特殊技術(スキル)であるアンデッド強化を乗せての実験も同時に行う。

 

<第6位階死者召喚(サモン・アンデッド・6th)>

 

魔法の発動の手ごたえがあった。突如、何も無い空間に黒い靄が湧き出した。

それは、嬉しくもあり、非常に残念な思いである。これで特殊技術(スキル)の失敗は確定した。

 

黒い靄は空中を流れ、近くに転がる死体、モルダーに流れ込み全身を包み込んだ。

全身を雷に撃たれた様に震わせると、ギクシャクとした動きで立ち上がろうとする。

ゴブリと音がし、口や鼻や目といった全身の穴という穴から闇を思わせる半透明の液体が流れ出し、それが見る間に全身に広がる。

それは、姿を歪めながら膨れ上がり、瞬く間に2メートルを超える巨大で邪悪な騎士の姿へと変わった。

闇を思わせる黒色の全身鎧(フルプレート)には血管のような真紅の模様が浮き上がり、その兜には悪魔の角が生えている。

左手には巨大なタワーシールドを、右手には刃渡だけで1.3メートルもあるフランベルジュを持っていた。

ネムは、呆気に取られてその姿を見ていた。

 

(げぇ、死体を使うのかよ。)

 

ユグドラシルのゲームでは何もない空間から召喚されたのだが、今のは明らかに死体に乗り移った。

この世界ではルールが異なるのだろうか。何かを召喚するには触媒が必要である可能性すらある。今後の検証の課題ができた。

 

ともあれ、アンデッドの作成は成功だ。

ネムは死の騎士(デス・ナイト)との間に、召喚した者と、召喚された側の精神的な繋がりを感じていた。

 

何か、命令してみようかな。

「カルネ村を襲っている騎士を倒せ」

死の騎士(デス・ナイト)は、グオォォと声を上げながら、膝を折ってお辞儀した。

『偉大なる主よ。仰せのままに』

死の騎士(デス・ナイト)の呻き声に合わせて頭に直接響く声がする。

すぐさま、踵を返して駆け出していった。

 

ネムは、走り行くその姿を呆然と見ていた。

ユグドラシルでのデス・ナイトは前衛として召喚し、主に壁役で使われていた。

本来ならば、守るべき召喚者の周囲に待機し、襲ってくる敵に対して迎撃してヘイトを集める役割であった。

それが、あのように主人から離れて行動するとは、思ってもいなかったのだ。

やはりゲームとは異なる点が多々あるようだ。

だが、何よりネムを驚かせたのは――

 

「……しゃべんのかよ」

 

走り去り既に見えなくなったその先に向けてポツリと零した。

 

 

 

――――――――――――

 

 

六歳である少女のミトは、壁に無造作に立て掛けられた木板の陰に、小さな体を見つからない様に更に小さく丸めて潜ませていた。

隠れる直前まで全力で走っていたため、激しく鼓動する呼吸を音が漏れないようゆっくり繰り返す。

 

「おい、いたか?」

「いや、こっちにはいない。何処に行きやがった?確かにこの方向に逃げて行ったんだが」

 

男達の声に全身に力が入る。

震える両手を握り締めて胸元で押さえ込む。

目を瞑って、早く行ってと心の中で叫んだ。

 

「おい、今音がしなかったか?」

 

息を止める。

心臓が早鐘のように打つ。

鎧が立てる金属音が近づいてくる。

吐きそうになるのを堪えて、必死に祈る。

唐突に、身を隠していた影が消えた。

 

「見つけたぞ」

 

騎士の一人が木板を片手で掴み、影となる部分を覗けるよう動かしていた。

面頬付き重兜(クローズドヘルム)の隙間から覗く目が、驚愕と恐怖に見開かれた瞳に真っ直ぐ向けられる。

 

「うあああああぁ」

 

騎士は悲鳴を上げて逃げるミトの頭を無造作に掴むと、強引に仲間の方へと投げる。

ブチブチと音がし髪の毛が抜ける感触が掌に伝わり、抜けた金色の細い髪が手甲(ガンドレット)の指に絡まった。

髪に挿していたであろう白い小さな花が地面に落ち、騎士は無造作に踏みながら少女へと近寄った。

 

ミトは地面を這い逃げようとする。

しかし、目の前に影が掛かる。

二人の騎士に挟まれて、逃げ場を失い悲鳴を上げる。

騎士は、お互いに目配せをし、

「やるぞ」

ロングソードの刃を下向きに両手で構える。

遠くから駆ける様に近づいて来る、全身鎧(フルプレート)の上げる金属音が聞こえる。

 

――それは、突然起こった。

 

暴風を起しながら巨大な鉄の塊がミトの頭上を通り過ぎ、ロングソードを構えた男が姿を消した。

正確には、十数メートル上空に吹き飛ばされたのだが。

 

そこには、騎士よりも恐ろしい悪魔が立っていた。

全長は2メートルを優に超え、全身を漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏っている。

先ほど騎士を吹き飛ばした巨大なタワーシールドを振り抜いた姿勢のまま、もう一人の騎士へと顔を向ける。

禍々しい角を生やした兜の開けた隙間から腐り落ちた死霊の顔を覗かせ、落ち窪んだその眼窩の奥には生者への憎悪を感じさせる赤い光が灯っていた。

上空に打ち上げられた騎士が鈍い音を立てて地面に落下する。

音がした方向にほんの僅かな時間、視線を向けた瞬間に、死の騎士(デス・ナイト)の蹴りが騎士の顔面に叩き込まれ、吹き飛ばされた先にある家の壁に叩きつけられ穴を開けて中へと姿を消した。

 

死の騎士(デス・ナイト)は、ゆっくりとミトを見る。

今度は自分の番だと思い、恐怖の余りまともに動かせない手足をバタつかせ、何とか離れようとする。

だか、死の騎士(デス・ナイト)の方が速かった。

肩膝を地面に付き、両手でミトの身体を掴むと立ち上がらせた。

そして服に付いた砂埃を払い落とす。

ミトは真っ直ぐ死の騎士(デス・ナイト)を見上げ、呼吸をするのが困難なようにシャクリ上げ全身を震わせている。

死の騎士(デス・ナイト)は戸惑うように動きを止め、ゆっくりとミトの頭に手を載せる。

力を要れず、髪の流れに沿って這わせるような癖のある独特の、それでいて優しい撫で方だ。

その姿が、ミトにはある人物と重なって見えた。

 

ミトは驚愕に眼を見開くと、恐る恐る尋ねる。

「モ、ゥダー、さん?」

死の騎士(デス・ナイト)はコクリと頷いた。




次回『死の騎士 後編』

2、3日中に投稿します


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死の騎士 後編

前回の続きです



――モルダーは、深い闇の底にいた。

知覚した訳ではなく上も下も分からない浮遊感。その場所に名前があるのならばそれは底なのだろう。

突如、闇が生まれた。

闇の中で発生した更に暗い闇は、モルダーを飲み込み、体内に潜り込んでくる。

皮膚が、骨が、モルダーであった全てが闇に蝕まれていく。同時に、激しい怒りと憎しみが沸き起こる。

憎い。憎い。憎い。殺せ。殺せ。殺せ。

あの騎士が――死の直前に見た光景が闇の中に浮かぶ。

背を向け誰かを追う騎士達。そして、逃げる少女。

ミトちゃん!

助けなければ!ミトちゃんを!少女を!

モルダーは闇を掻き分け、喰らい、藻掻いた。

何かに縋り付く様に。僅かでもこの思いが消えないように。

 

 

――――――――――――

――――

 

 

深い眠りから目覚める様に、ゆっくりと意識が覚醒していく。

己が死の騎士(デス・ナイト)と呼ばれるアンデッドであると唐突に理解した。

目の前には自分の創造主がいる。

可憐で美しく、尊い、偉大なる御方だ。

 

我が主人は勅命をくだされた。

 

「カルネ村を襲っている騎士を倒せ」

 

死の騎士(デス・ナイト)は歓喜した。

それこそが己が望んだことだったからだ。

主人は許可を下されたのだ。愚かな騎士共に死を与える許可を。

 

『偉大なる主よ。仰せのままに』

 

跪くと胸に手を当て、頭を下げる。

そして、主人の命令を実行する為に、踵を返し駆け出した。

憎むべき生者が放つ生命の波動を感知したのか、その先に倒すべき騎士が向かった事を知っているかのように入り組んだ路地を迷いなく走る。

 

 

――その悲鳴は直ぐに聞こえた。

 

一人の騎士が、少女の頭を掴んで放り投げる姿が見えた。

憎むべき生者に対する怒りからか、屠るべき敵を見つけた歓喜からか、死の騎士(デス・ナイト)は全身を震わせる。

そして、騎士に向けて全速力で駆け出した。

 

騎士は、幼い少女に向けてロングソードの先端を向けて、今にもその小さな灯火を消そうとしている。

ああ、なんと愚かな騎士なのだ。少女の価値も知らずに剣を向けるとは、僅かばかりの生すら許すことが出来ない。

一秒でも一瞬でも早くあの騎士を殺そう。

死の騎士(デス・ナイト)は全力で左手の側に立つ騎士に向かい、無造作にタワーシールドを振り抜いた。

死の騎士(デス・ナイト)の全速力の速度とパワーの乗った巨大な盾が、騎士を十数メートルほどの高さまで吹き飛ばす。

もう一方の騎士に頭を向けると、騎士は、ひぃと声を上げて後ずさる。

この男も盾で殴り飛ばそうか、それとも剣で真っ二つに引き裂こうか。頭を握り潰して悲鳴を上げさせるのも悪くない。

そう思い観察すると、指の隙間からはらりと落ちる金髪を見つけた。

次の瞬間、踏み込んだ勢いのまま顔面を蹴り上げていた。

騎士の面頬付き重兜(クローズドヘルム)がぐにゃりとひしゃげ、騎士は後方に吹き飛ばされて壁に激突した。

壁はレンガを積み上げて作ったもので決して脆くは無かったのだが、その衝撃に耐え切れず巨大な穴を開ける。

騎士は、開いた穴の縁に膝を引っ掛けるような形で左足だけを家外に残し、その姿を家内に消した。

 

視線を下に向ける。

少女は、先ほどまで死の危険に晒されていた為か、体を大きく震わせて手足をバタつかせている。

死の騎士(デス・ナイト)は怯える少女に片膝をつくと、力を入れすぎないようそっと掴むと持ち上げて立ち上らせる。

その行動は、死の騎士(デス・ナイト)自身にとっても理解できない不可解な行動だった。

だか、すでに無い筈の魂に刻まれた残滓のような思いが、そうすべきだと語りかける。

少女の白い服に付いた砂埃を撫でるように落とし、そして、頭を撫でる。

少女は驚いたように目を見開いた。

「モ、ゥダー、さん?」

死の騎士(デス・ナイト)に衝撃が走った。

少女の呼んだ名が自身の中で反響し、埋れていた記憶が呼び起こされる。

或いは、その少女の声が彼の魂を揺り動かし、既に失われた筈の記憶を引き上げたのかも知れない。

 

――それは、生前の記憶であった。

 

そう、俺はモルダー、この村で生まれ育った者。社会的模範となるよう日々己が心身を練磨してきた男だ。

そして、少女はクラムビル夫妻の一人娘で、我が村の宝であるミトちゃんだ。

 

死の騎士(デス・ナイト)――モルダーは、ミトに頷いて答えた。

 

モルダーは、ミトから視線を上げると前を見据える。

まだ倒すべき敵がいる。それにこの場所は安全ではない。

再びミトに視線を戻す。ミトの震えは止まっていた。

 

モルダーはミトを持ち上げると己の右肩に乗せた。

角を手でしっかりと握るように左手で指差す。

ミトは頷くと、両手で抱きつくように兜から生えた角にしがみ付く。

モルダーは、親指を上にして立てるように拳を握りグォォと声を上げる。

その地を這うような声は、知らぬ者が聞けば震え上がるような怨嗟の声であったが、ミトに恐怖を感じるような素振りは無い。

「うん、平気」

ミトにモルダーが何を言っているのか理解出来たわけではない。

ただ、仕草や雰囲気でこう言っているんだろうと推測をすることは出来た。

それは、長い時間をかけて培った信頼関係によるものだろう。

モルダーは一つ頷くと、角に掴まっていたミトが落ちそうになり慌てて落ちないよう支えてもう一度、肩に乗せる。

 

モルダーは頭を動かさないよう注意して走り出し、中央広場に向かった。

 

 

中央広場に近づくほど騎士との遭遇率は高くなる。

右肩にミトを乗せているためフランベルジュは使えない。

モルダーはタワーシールドのみで対応していく。

移動を開始して三人。

広場が見える路地に辿り着くまでの疾走途中で薙ぎ倒し、吹き飛ばした騎士の数である。

そして八人。

騎士達によって無残に殺された村人の数だ。

村人が倒れた姿を見る度に上げる悲鳴、そして、伝わる震えが、モルダーに激しい憤怒を抱かせる。

 

広場には多くの村人が集められていた。

中央の櫓の下には多くの子供達が潜り込み、村の大人達が隠すように取り囲む。

 

モルダーは、中央広場へと走る。

およそ10メートル先の横手の路地から広間へ逃げ込もうとした村人が飛び出してきた。

その後を追い、斬り捨てようと騎士が続けて姿を現す。騎士は剣を振り上げた。

だが、振り下ろすよりも速く、モルダーが盾を使い騎士を吹き飛ばす。騎士は不自然に上空高く舞い上がり、そして、地面に叩きつけられた。

 

広間に集まった騎士達は、その信じられない光景に動きを止めて呆然する。

突如、見たことも無い恐ろしい姿をした騎士のアンデッドが現れ、仲間の騎士を事も無げに吹き飛ばしたのだ。

全身鎧(フルプレート)を身にまとった男性をである。

数メートルの高さまで打ち上げられた騎士は、重力に従い地面に激突し、自らの重量に押し潰されてピクリとも動かなくなる。

その首は、有り得ない方向を向いていた。

 

助けられた村人は、死の騎士(モルダー)の姿を見て悲鳴を上げ、必死の形相で広場へと走る。

モルダーがその後を追っていることを知ると、声にならない悲鳴を上げ足を縺れさせながら彼の前をひた走る。

中央広場に集まっていた村人達は、ばかやろうこっちに来るんじゃない、とでも言いたげな視線を逃げる村人に向け、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。その様子にモルダーは口を半開きにして立ち止まった。

 

「みんなー」

 

モルダーの肩に座って左腕で角を掴んだミトが、右手を振りながら叫んだ。

明るい、可愛らしい声だ。

ミトの声に振り返った人達は、邪悪な騎士と可憐な少女の組み合わせに初めて気づいたようで、その光景のあまりの異様さに理解できないでいる。

モルダーはミトを持ち上げ肩から下ろすと、皆の所に行くよう促す。

ミトは走りながら振り返り手を振る。

「助けてくれてありがとう!」

 

群衆の中から飛び出す女性がいた。ミトの母親――ムべさんだ。

クラムビル夫妻は騒ぎが起きてからずっと娘のミトを探していたのだが、見つける事が出来ず、他の大人達と共に中央広間へと逃げ込んでいることを期待して、母親だけ先に来ていたのだ。

父親は今だ探し回っているのだろう、この場所には姿が見えなかった。

ミトは母親を見つけると安心したのだろう、抱き付いて泣き出した。

 

二人の姿を見てモルダーは振り返る。

警戒し、剣を構える騎士の姿がそこにはある。その数を確認するように頭を動かし――。

 

「グォオオオオオオオオオォ!」

 

大気が震える地響きのような咆哮をする。

 

「ヒャアア!」

一人の騎士が、恐怖に駆られて背中を見せて走り出した。

モルダーは一瞬で間を詰め、一撃で切り伏せる。

金属の鎧が、まるで、紙のように中身ごと両断された。

「ウオオッ!」

左手側にいた騎士が背後に回り剣を振り上げ、しかし、その剣が振り下ろされることは無かった。

モルダーが後ろを振り返りながら盾で吹き飛ばしたのだ。

騎士は何度も地面を転がった。呻いているところを見ると死んだ訳ではないらしい。

「ウワァァイヤダァァ!」

さらに一人の騎士が逃げ出し、背後から一刀のもと切り伏せる。

頭から体の中心を一刀両断された騎士は、内臓を撒き散らしながら左右に分かれた。

 

それ以降、騎士達は、死の騎士(モルダー)を取り囲んだまま動けずにいた。

金属の鎧がカチカチと音を立て、両手で構えるロングソードを小刻みに揺らして腰が引けたように立っている。

 

「遊んでるのか……」

騎士の一人が呟く。

モルダーは、一瞬、何を言っているのだろうと男に視線を向け、男の言った言葉を理解した。

これまで相対した経緯で、近くにいた、或いは襲い掛かってきた相手に対しては盾で対応し、逃げた相手にのみ剣を使い切り伏せてきた。

これは、偶々そうなっただけなのだが、この男はそれを遊びと勘違いしたのだろう。

「グッグッ」

愉悦の声を篭った声を上げる。ならば、その遊びに付き合ってやろう。

 

その邪悪な笑い声を聞き、騎士達は殺戮を楽しむ死の騎士からは逃げられない事を悟る。

円陣を組み、多方から同時に切り掛かる。

一人を盾で吹き飛ばし、その隙に別の騎士がモルダーを斬りつける。

しかし、その全てが硬い鎧に阻まれて弾き返された。

吹き飛ばされた騎士が苦痛に呻きながらこの場から離れようとすれば剣を使い攻撃する。

次第に、啜り泣き、嗚咽の混じった声が騎士達から漏れ始める。

「いやだ、いやだ、いやだ」

「神様、お助けください」

「ごめんなさい。謝ります。許してください」

攻撃は無駄である。逃げれば殺される。

ガチガチと体を震わせ動くことが出来ない騎士達に檄が飛ぶ。

「落ち着けみんな!」

隊長らしき男の声には震えは無く、力強さを感じる。

一瞬の静寂。彼の次の言葉を待つように悲鳴は止んだ。

「聞け、みんな!もはや我々に勝利は無い。だか、こんな死に方も御免だ」

全員が頷く。

「撤退だ!合図を出せ!笛を吹くまでの間死守するんだ!!」

彼らは一斉に動き出した。

撤退の為の合図をする笛を持つ者を守るように布陣を取る。

仲間を呼んだからといってどうなるというのか。ただ、死体の数が増えるだけである。

それでも、彼らは動くしかなかった。僅かでも生存の可能性が上がることを信じて。

 

モルダーは、遊びは終わりだとばかりに動き出す。

最も手近にいた騎士二人を立て続けに斬り捨て、角笛を持った騎士に向かって駆け出す。

しかし、残りの騎士達は彼を守るように立ち塞がる。

好都合である。もとより逃がす気など無いのだから、相手の方から近づいて来るのだから追う手間が省けるというものだ。

走りながら剣で斬りつけ、盾を使い振い薙ぎ払う。

胴を真っ二つにされ零れる内蔵を押さえながら地面を転がる者。頭を半分切り飛ばし脳漿を撒き散らす者。彼らはいとも容易く死んでいく。

そして、角笛を持つ騎士を護るべく、最後に立ちはだかった騎士は上段に剣を構え振り下ろす――。

それよりも早く、モルダーは彼の首を刎ねた。

噴出す血の勢いに吹き飛ばされた頭部は空中で二転三転しながら地面に落ちる。

それとほぼ同時に戦場に角笛の音が鳴り響いた。

 

角笛の音の残響が消えると、物音一つなく静まり返っていく。

誰も、動く者はいなかった。

二十人以上いた騎士達の中で、ただ一人、角笛を持つ騎士だけが取り残されたように立っていた。

だが、その静寂も、唐突に破られる。

「ウボォォォォォ」

地の底から響くような恨みの声が響く。

それは、死の騎士から発せられたものではなかった。

 

周囲の斬り捨てられた騎士が、ギクシャクした動きで立ち上がる。

その顔には生気は無く、受けた傷は致命傷であるものばかりだ。

 

――従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)

 

死の騎士(デス・ナイト)によって殺された人間は、永遠に従う動く死体(ゾンビ)として新たな生を得る。

ユグドラシルでは、そういう設定であった。

 

ソンビは、唯一の生存者である騎士を取り囲む。

騎士は恐怖を思い出したように小刻みに体を振るわせ始めた。

「うぅ、いやだ。く、くるな!」

無造作に振るった剣は、ソンビが纏った全身鎧(フルプレート)に弾かれる。

モルダーによって簡単に切り飛ばされていたが、本来は身を護る為に覆われた金属板は簡単には攻撃を通さない。

もはや、騎士とゾンビの間に剣を振るえる距離は無くガンガンと鎧を叩くが、まるで気にする素振りも無く腕を掴み、足にしがみ付き転ばせると、倒れた体に群がった。

「ぎゃあああああ、いやだああああ、おねが、たじゅげで、やだ、やだ、うああああ!!」

鎧の隙間から噛み付き肉を食い千切る。鎧を剥ぎ、露になった肌に爪を立て食い込ませ、歯を立てる。

群がる複数体のスクワイア・ゾンビによって、それは、騎士が死ぬまで続いた。

 




デス・ナイトさんの活躍は書いていて楽しいですね。

次回『戦いの傷跡』


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戦いの傷跡

死の間際に騎士が吹いた笛の音は、皮肉にも戦いの終わりを告げるものでした。

今回は戦いの後始末話です


村から少し離れたなだらかな丘の上で、栗毛色をした美しい毛並みの馬が四頭、まるで主人に命令されたかのように待機している。

その傍らで、すでに絶命している死体が四つ地面に転がっていた。

村の周囲を取り囲んで警戒していた騎士達の成れの果てだ。

強力な酸により鎧ごと腐食した者、全身を猛毒に侵され苦悶の表情を浮かべて絶命している者、体の半分が異形の姿に変わり絶命している者、剣により殺された者、四者四様の異なった死に方をしている。

 

死体へと変わった騎士の傍らには、およそこの場所に似つかわしくない人物、粗末な村娘の衣服を着た十歳ほどの少女が立っていた。

ネムは騎士に突立てた剣を無造作に引き抜く。90センチを超えるロングソードを軽々と片手で持つと、風を呻らせて一振りし、地面にぶつける前にピタリと止めた。

 

「腕力は100レベル魔法詠唱者(マジック・キャスター)の平均的なものかな。こいつらが弱すぎて検証にならないな……」

 

魔法は死霊系、魔力系、呪術系と使用できることは分かった。

だが、特殊技術(スキル)の使用には大きな制限があった。

種族的に習得している特殊技術(スキル)は、体の内に力の存在は感じるものの、使用することが出来ないのだ。

 

絶望のオーラ、斬撃武器耐性といった種族系スキルがそれに当たる。

確認することは出来ないが、この分では冷気・酸・電気攻撃無効化、魔法的視力強化/透明看破、精神作用無効といったパッシブスキルも無効となっている可能性が高い。

 

ならば、職業系列の特殊技術(スキル)ならばどうだろう。アンデッド強化は、使用できた気がする。

何気なく騎士の死体の一人――強酸にる腐食実験で殺した騎士――を指差す。

 

――アンデッド作成

 

指差した騎士が、ぶるリと体を震わせる。

地の底から響くような怨鎖の声を放ち、ギクシャクとした動きでゆっくりと立ち上がる。

 

「うぉ!できた!」

 

嬉々とした声を上げる。

中位アンデッド創造は失敗したが、アンデッド作成は成功した。この両者の違いは何なのか。

簡単である。中位アンデッド創造は死の支配者(オーバーロード)の、つまりは種族系スキルであり、アンデッド作成は職業系クラスであるネクロマンサーで習得したスキルである。

 

特殊技術(スキル)アンデッド支配で、作成したゾンビを支配することも出来るだろうが、煩わしいしその価値も無いので剣でその首を刎ねる。ゾンビは地面に倒れて動かなくる。

 

手に持つ剣を天に向けかざして、まじまじと見つめる。

斬撃武器耐性を確認する為にわざと殴らせた時の――ダメージは0であったが――感覚を思い出す。

スキルに関しては確定だが、実のところダメージを受けなかった為に斬撃武器耐性の有無には自信が無かった。

マジック・キャスターではあるが騎士より格段に上である自分の腕力で思いっきり引き裂いたら傷ぐらいは出来るだろうか。やりたくないけど。

剣の刃先を手の平に乗せ、若干上体を仰け反らせながら力任せに引こうとしたその時に、村の方から角笛の音が聞こえてきた。

 

「あ、まずい。優先順位間違えたかも」

今、村は騎士に襲われていたのだった。つい遊び(検証)に夢中になったことを反省する。

 

――死の騎士(デス・ナイト)よ。首尾はどうだ?

 

召喚者と使い魔の精神的な繋がりを感じ、その繋がりを利用した精神感応での会話(テレパシー)による意思疎通を試みる。

 

――はっ、我が主よ。今最後の一人を……あっ、今、終りました。

――そ、そうか。これから其方に向かう。片付けておけ。

――はっ!

 

テレパシーによる会話実験は成功っと。

主人とその僕であれば、おそらく距離とは関係なく会話が可能だろう。

 

ネムは<飛行(フライ)>を唱えると、村の中央広場へと向かった。

 

 

――――――――――――

 

 

村を北と南に分ける若干広めの村道の中心に、村人達が交流に利用する開いた場所がある。中央広場と呼ばれる場所だ。

その広場を上空から見下ろすと、多くの村人が集まり喧騒としていた。

戦闘は既に終わり、まさに、従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)によって騎士が食い散らかされている場面であった。

村人達は戦慄してその有様を眺めており、上空を飛行するネムの存在に気付いた様子は無い。

死の騎士(デス・ナイト)は、まだ息がある騎士に止めを刺そうと剣を構えていた。夏の海で西瓜割りを楽しむ若者のように剣先を向け、ゆっくりと振り上げる。

ネムは誰にも気づかれないよう地面に降りると、茂みの中から死の騎士(デス・ナイト)に指示を出す。

 

『そこまでだ、死の騎士(デス・ナイト)

 

死の騎士(デス・ナイト)は剣を振り上げた格好で首だけを素早く動かしネムを見る。うれしそう口を開けて眼窩の奥の赤い炎を大きく輝かせる。

体全体でネムの方を向き、今にも走り寄りそうな動作をする。

 

『よ、よせ、そこにいろ!』

 

まさに一歩踏み出すその体勢で動きを止める死の騎士(デス・ナイト)

 

『いいか、よく聞け。生き残っている騎士がいるなら殺さず捕まえておけ。聞きたいことがある』

 

首だけを動かし死の騎士(デス・ナイト)が頷く。それを見てロボットみたいなやつだなぁと漠然と思いながら次の指示も行う。

 

『それと、スクワイア・ゾンビを片付けて置け。私は家族を連れて戻ってくる。それまでに済ませておけ』

 

今度は、直立不動に姿勢を正すと恭しく一礼した。

そしてネムが走り去るのを見届けると、ぐるりと騎士がいた場所に顔を向ける。しかし、そこには誰もいなかった。

草を潰しながら這って逃げた跡を残しており、その先を目で追うと直ぐに騎士を見つけることが出来た。

ほんの10メートルほど先を体を引き摺りながら逃げる騎士に数歩で近づくと、殺さないよう片手で抑えながら騎士の鎧を強引に力で剥ぎ取る。屠殺される家畜のように悲鳴を上げる騎士を余所に、まるで蟹の殻を剥く作業のようにそれは行われた。

何か縛るものはないかと周りを見回すが、目ぼしい物は見当たらない。村人に視線を送るが恐怖で悲鳴が上がるだけだ。

仕方がないと、騎士の足を両手で掴むと関節を反対の、本来曲がるはずが無い方へと曲げた。2本とも。

泡を吹いて気絶をした騎士を見下ろしながら生存を確認すると、我ながら良い仕事をしたと頷く。

 

そして、次の作業へと移る。

こちらはもっと簡単に済んだ。

スクワイア・ゾンビを一列に並べると、順番に首を切り落としたのだ。

地面に転がるゾンビだったものは、二度と動くことは無かった。

 

 

――――――――――――

 

 

家に戻ると、家族は大人しく待っていた。

父と母はネムの姿を見ると満面の笑みを浮かべて駆け寄り抱き締める。

エンリは、その両親の後ろに立ちほっとした顔をするが、その表情には若干の怯えが感じ取れた。

どうやら、唯待っていた訳ではない様だ。どのような話がされていたかまでは分からないが、およその見当は付いた。

(まぁ、無理も無いか。あんな場面を見せられたんじゃ。)

ネムが魔法で騎士を殺し、さらに多くの騎士を殺す為に家を飛び出したのだから、怯えるのが普通だろう。このように接してくれることは寧ろありがたく思った。

「ただいま、お父さん。お母さん」

「お帰りネム。お帰りなさい……」

両親に揉みくちゃにされながらエンリを見る。

「ただいま、お姉ちゃん。ごめんね、心配かけちゃった?」

エンリは、ぽろぽろと涙を流しながらたまらず抱きつく。

「お帰りなさい、ネム。怪我は無い?何処も怪我してない?」

何かしら疑いを持ったとしても二人っきりの姉妹である。心配しないわけが無い。

なんだかほっこりするネムであった。

 

たった2日ではあったが、ネム(モモンガ)はこの家族に深い愛着を持っていた。現実世界の鈴木悟は早くに実の両親を亡くしたからか、ネムの両親が見せる深い愛情に戸惑いを感じながらも、居心地のよさを感じていた。

そうなんだろうな、とネムは思う。

要するに嫌われたくないのだ。知らない世界で少女のまま一人で生きて行くことに不安もあった。

元の鞘に収まった感触を感じて安堵する。

 

 

騎士は全て倒され、村の皆が広場にいることを伝えると、家族で移動しようと提案する。

「あなたが殺したの?」

エンリが心配そうに尋ねたが、ネムは首を横に振る。

突然、死の騎士(デス・ナイト)が現れて騎士達を殺して回った。

ネムは、空からそれを眺めていただけである。

と、このような話を身振り手振りを交えて、村の中央広場へ向かいながら説明したのだった。

単純に言い訳が思いつかず、全て死の騎士(デス・ナイト)に押し付ける作戦である。

実を言えば、これは広場の人たちが裏付けしてくれるだろうとの目算がある。それほど死の騎士(デス・ナイト)は村人に印象を与え、かつ、ネムが戦っている姿は誰にも見られていない。

死の騎士(デス・ナイト)とはどんな存在なのか。これについては見てもらうしかないと思っている。

 

次に魔法が使えた件だが、以前、村に来た魔法使い(マジック・キャスター)が教えてくれたと答える。

自分で言っておいてアレだが、小学生が思いつきそうな言い訳だ。

なぜか、それを家族は信じた。

どうもエンリには心当たる友人がいるようで「ンフィー」という人物に憤慨しているようだった。

 

 

 

広場は騒然としていた。

死の騎士(デス・ナイト)の周りに十分な距離をとって村人が集まっている。それは村を護ってくれた英雄に対する態度ではなく、その手には鍬や斧や木の棒など武器になりそうなものを持ち、敵意を持って取り囲んでいた。

しかし、この集まりの中心にいるのは、死の騎士ではなく一人の少女であった。

 

「は、離れろ化け物!ミトを返せ!」

「ミトちゃん、こっちへおいで!」

「モルダーさんを苛めないで!」

「グァワワグァワワ」

 

巨大な騎士が少女に護られながら周章狼狽している姿に、ネムは引き攣った表情で足を止めると頭を抱える。

 

村の村長がネム達に気付き、駆け寄ってきた。

「エモットさん、無事でしたか!」

「村長も無事でよかった」

二人は硬い握手してお互いの肩を叩き合った。

村長と父親は互いの近況を話し合う。丁度、騒ぎの中心である死の騎士の話となったので、家族への説明は村長に任せることにして事態の沈静化を図るべく死の騎士に近づいた。

「おい」

死の騎士の足を蹴り上げる。カーンと良い音が響いた。辺りが静寂に包まれ、誰もが青い顔をしてネムを見ていた。

初めて事態に――ネムが恐ろしい存在を蹴り上げた事に――気付いたのか、家族が悲鳴を上げてネムの元に寄ろうと駆け出す。

だが、その足は直ぐに止まった。

死の騎士が恭しくネムに頭を垂れたのだ。

「この馬鹿者、何をしているんだ。状況を説明しろ」

『はい、我が主よ。実は……』

両膝を突いて手振りを交え必死に説明する。周りにはグオオォと呻っているようにしか聞こえないが、ネムは時折頷きを入れながら聞いていた。

「はぁ、なるほど。騎士とスクワイア・ゾンビを片付け終えて、もう安心だと告げようと皆に近づいたら逃げられた。途方にくれていた所にミトちゃんが駆け寄って来て、それで皆に包囲されてこの有り様だと……」

首を縦に振る死の騎士。その光景を瞳をキラキラさせながらミトが見ていた。

「すっごーい。ネムお姉ちゃん。モルダーさんとお話ができるの?」

「お姉ちゃんだからな。ん?モルダーさん?」

確かにこの死の騎士はモルダーの死体をベースとしている。だが、それはネムしか知らない筈だ。先ほどの会話からミトと死の騎士が話せたとも思えない。ネムは疑問の眼差しを死の騎士に向けた。

 

『はい、我が主よ。実は、生前の記憶を取り戻しまして、ミトちゃんを助けた時に私の正体に気付いてくれたみたいで……』

「はあ?何でそうなるんだ?」

『はっ、ミトちゃんが騎士に襲われていたのでそれを助けまして』

「それは聞いた」

『はい、それで、ミトちゃんの頭をナデナデした時に、私のことをモルダーだと』

「……頭撫でられて、なんで気付くんだよ」

『日頃の行いが良かったんでしょうなぁ。はっはっは』

豪快に笑い声を上げる死の騎士に、ネムは引きつった笑い声を上げた。

 

村人達は状況が掴めずにいることで身動きが取れずにいたが、死の騎士の高笑いは、村人達の不安や恐怖を呼び起こすには十分であった。

騒ぎが起きかねない雰囲気を感じ取り、ネムは安心させるように村人に向けて両手を広げてアピールする。

「皆さん、落ち着いてください。私は、このアンデッドと話しをする事ができます」

村長は驚いた表情でエモット夫妻に目を向けた。普段の状況で聞いたのであれば子供の遊びだと聞き流しただろう。しかし、つい今しがた目にした光景が、それが真実であると明確に物語っていた。

「ネムちゃんは何を……」

驚く村長に父親は軽く頷くと、村人全員に聞こえるように声を張り上げた。

「安心してください。ネムは魔法が使えるみたいなんです」

ナイスフォローとばかりに父親に目線を送り、ここは何か魔法を使って見せた方が良いかと判断する。

 

<飛行(フライ)>

 

フワリと浮き上がるネムに驚きの声が上がった。

まるで大道芸人みたいで恥ずかしいな。と、ネムは顔を赤らめる。

だが、事態を収拾するには過剰な演出(オーバーアクション)も必要だろうと開き直る。

 

「皆さん、聞いてください。この死の騎士(デス・ナイト)は、ミトちゃんが言うようにモルダーさんで間違いないようです」

 

村人達からざわめきが起こる。ネムは静かに村人達を見つめ、それが沈静化するのを待った。

 

「騎士に殺された時に、その無念の思いから死の騎士(デス・ナイト)として蘇えったと言っています。彼にはモルダーさんの記憶が残っているのでこの村の人達には危害を加えることはありません。安心してください」

 

村人からは、いや、そんなまさか。何かの罠じゃないか?と懐疑的の声が漏れる。しかし、緊張が和らいだのか落ち着きを取り戻していた。

 

「とっとにかく、村の被害を確認しよう」

逸早く我に返った村長が声を上げる。

「亡くなった人達も埋葬しなければならない。その、彼のことはそれから考えよう」

村長の提案に反対する者は一人もいなかった。斯くして、祭りの終わりのように村人達は解散する。

 

飛行しながらネムは今だ広場に残り指示を出している村長に近づく。モルダーがその後に続いた。

「村長、よろしいですか?」

「ああ、どうしたんだい?ネム」

「あそこにいる騎士に話を聞きたいとモルダー……さんが言っています。騎士の手当てをお願いできますか?」

村長はネムはこんな話し方だったか?と小首を傾げながら指差された方向を見る。

そこには両足を折られ意識を失った騎士が転がっていた。

「あの男を?」

村長は憎憎しげに見る。

「はい、お願いします」

にっこりと子供らしい笑顔を作り、モルダーの肩をバンバンと叩く。

村長は頭を下げるモルダーがよほど恐ろしいのか、顔を引き攣らせて刺激するような真似は止めて欲しいとその目で訴えかけている。

「わ、わかったよ。ネム」

慌てて両手を振って答えた。




いよいよヤラレ役として定評のあるあのお方の出番か?

次回『新たな火種』


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新たな火種

今回のお話:はじめてのじんもん。
はじめて一人でじんもんする、ネムちゃんの奮闘をごらんください。


少なくない犠牲者を出し、村人達は悲しむ暇もなく雑多な作業に追われていた。

壊された物の特定や廃材場所の確保、生存者の探索、負傷者の治療、そして、犠牲者の確認と安置所の設置などの皆が助け合い行動する。

カルネ村では薬草の材料採取が金銭を稼ぐ最も効率の良い手段であった為、薬草の備蓄は他の村より多少は多くある。たが、小さな村である。多数の犠牲者に対応出来るほどの量はなかった。それでも数が足りたのは、騎士による犠牲者の数が、負傷者よりも死者数が圧倒的に多かった為であるのは皮肉でしかない。

 

村の外れにある共同墓地の近くに簡易のテントが張られた。当座で作られた遺体の安置所である。

犠牲者の数は30名を超えていた。この数は村の人口の約4分の1なのだからかなりの被害であることが分かる。

親や子供を失い、泣き崩れる家族の姿が至る所で見られた。その中には、ミトとその母親の姿もある。父親の亡骸に縋り付き声を上げて泣いていた。

 

騎士が残した傷跡は、村中の至る場所に及ぶ。破壊された農機具や機材、家畜を囲う柵や家財道具など多岐に渡る。それらは村の外れの空き地に運ばれ、山と積まれていた。

 

騎士の遺体をどのように処分するか。村人達の間でも意見が別れたが、ネムの提案でトブの大森林まで捨てに行くことで一致した。

この提案には狙いがあった。理由は死の騎士(デス・ナイト)モルダーである。死体を使ったアンデッド召喚系魔法を使用した場合、モルダーは生前の記憶を保持していた。それは他の死体でアンデッドを作成しても同じなのか。意識せずにアンデッド召喚魔法を使用した場合は手近な死体に乗り移ったが、意識すれば死体を使用せずに召喚することが可能であるのか。知りたいことは山ほどある。この世界独自のルールが他に存在するのかを検証する必要もある。つまりは実験用の死体が欲しかったのだ。

 

村長に借りた荷台に騎士の死体を乗せれるだけ乗せると、トブの大森林までモルダーに荷台を引かせる。

大森林というだけあり、鬱蒼と茂った木々が視界の端から端まで続いている。

森に入れそうな道を探して森沿いを歩き、すぐに荷台が通れそうな獣道を見つける。

森の奥に進むほど日差しが遮られて肌寒さを感じる。森林特有の澄んだ空気が肺を満たす。静寂に包まれた空間に小動物の気配を感じ、自然の息吹を身近に感じられた。

この世界に来て初めて夜空を見上げたときも思ったが、文明に侵されていない大自然の美しさにネムは衝撃を受けていた。

「ブループラネットさんにもこの景色を見せてあげたいな」

自然を誰よりも愛した友の名を呼ぶ。アインズ・ウール・ゴウンの本拠地であるナザリック地下大墳墓。その第六階層のジャングルエリアの天井に星星を散りばめた夜空を作り上げたかつてのメンバーの一人だ。

彼がこの景色を見たら何を思うのだろうと、木漏れ日の光が作り出す光景を眺めながら思い浮かべる。

この美しい場所に死体を放置するのは森を汚すようで気が引けたが、光が届かない仄暗さと静けさが死体を隠すのに相応しいようにも思う。

獣道は既に荷台で通るには困難な道幅となっていた。周囲を伺い若干開けた場所を見つけるとそこに荷台の荷物を放置するようモルダーに指示する。

その間、この場所に魔法によるマーキングすると、獣避けの結界魔法と視覚妨害の魔法を展開する。

「さて、次を運ぶぞ」

荷台が空になるのを確認して指示を出す。

近くとはいえトブの大森林まではそれなりの距離があり、一度に運べる騎士の数は7、8人だ。全てを運び終えるまで三往復はかかるだろう。次元門(ゲート)を開こうかとも考えたが、目立ちたくは無かったので大人しく運ぶことにした。

 

再び森中のマーキングしたポイントに辿り着き、モルダーが荷台から騎士を下ろす。

この時、ある重大な事実に気付いてしまった。

 

(あれ?俺、いらなくない?)

 

放置場所は既に決めた。荷物運びと荷降ろしはモルダーが行っている。ネムは見張り番よろしく後ろを付いて来ているだけだ。

 

「後は任せる。全て運び終えたら村を巡回し警戒に当たれ」

 

モルダーに指示を出し、一足先にカルネ村へと戻るべく<転移(テレポート)>する。

 

 

      ・

 

 

カルネ村に戻ると、村の東側にある共同倉庫へと向かった。

実年齢が10歳でしかないネムは、現状、出来ることは限られている。精々が家の手伝いである。それは働き者のエンリに任せているので下手をすると邪魔者扱いされかねない。

 

(魔法を使えば復旧作業も直に終わるんだけどな)

 

実際、アンデッドを作成すれば、村で行われている片付けや復興作業はたちどころに進むだろう。何しろ、アンデッドは食事、休憩、睡眠いらずの最高の労働者なのだ。だが、アンデッドが村人にどのように思われているかを目にしたネムはその考えを破棄する。

先ずはモルダーを村人達に認知させ、アンデッドの地位向上を図るのが先である。アンデッドを労働力として使うのはその後だ。

スケルトンが田畑を耕し、ソンビが村中を清掃し、家の中では各家族が団欒で過ごす。部屋を快適に暖める暖炉の炎はウィル・オー・ウィスプだ。

そんな光景を思い浮かべながら歩いていると共同倉庫が見えてきた。

一つしかない扉は閉ざされている。見張りは男性が一人だ。男は痩身だが引き締まった体をしており、弓矢とナイフを帯刀している。

男はラッチモンといい、戦闘においては村人の中では最も長けた人物だ。

 

「こんにちは」

「やあ、ネム。こんな所までどうしたんだい?」

「捕虜のお兄ちゃんとお話できますか?」

 

ラッチモンは渋い顔をする。危険人物に村の子供達を近づけたくないのだ。だが、村長からはネムが尋ねて来たら捕虜に合わせるようにも言われているのだ。もちろん、村長はモルダーも同伴する前提で話したのだが、前提の話までは聞かされていないラッチモンは、ネムを捕虜に会わせないわけにはいかないと考える。実直な男なのだ。

 

「今は気を失っていると思うが、それでも構わないかい?」

「うん!」

 

 

倉庫の中には男が一人、両腕を胸の前で縛られ地面に転がされていた。

治療により両足を添え木で固定しているが腕と同様に足首もきつく縛られている。

今は全身鎧(フルプレート)を着用していないが、村を襲った騎士の一人である。

 

ネムはラッチモンに外に出るよう頼むが、それはできないと首を横に振る。

いざとなれば魔法で何とでも出来るが、ラッチモンさんがいると巻き込む恐れがあるためそれができない。などと理由をつけて、不承不承ではあるが納得してもった。広場での騒動を全て見ていたのでネムの言葉にある程度の信憑性を感じていたのだ。

それでも不安は拭えず、倉庫から出る時も、男には近づかないように、何かあったら大声を出すんだよと念を押される。

 

 

ラッチモンが倉庫から出るのを確認すると、ネムは騎士の横に座り、顔をぺちぺちと叩く。

「起きろ」

顔を叩かれて目を覚ますと、焦点を合わせるように目を細め、傍に座っている少女を見つけると訝しげに顔を見る。

「お、起きたか」

身を起そうとして全身に痛みが走り、一瞬息を止める。満身創痍だ。肋骨も何本か折れているだろう。特に両足の傷が酷い。

両手足を縛られていることを知り、捕虜となったことを知る。まずは状況の確認のために近くにいたネムに声をかける。

「おい、ここは何処だ?」

相手が子供である。脅せば騒がれ逆効果になる可能性も有るが、相手の思考を支配しやすくもなる。ここは高圧的な態度を取るべきだと判断する。だが、少女が起した行動は騎士の思惑とは異なるものだった。

 

ネムは満面の笑顔を浮かべて立ち上がる。

「<第6位階死者召喚(サモン・アンデッド・6th)>」

呪文を詠唱するとネムの背後に黒い靄が発生し、やがて人の形を作り死の騎士(デス・ナイト)へと姿を変えた。

「ひあああああああ!!」

騎士は絶叫を上げる。少しでもこの場から離れようと身を捩るが両手足を縛られ上手く行かない。

悲鳴を聞きつけ、倉庫の扉が荒々しく開けられラッチモンが飛び込んできた。

「どうした!大丈夫か!」

ラッチモンは死の騎士の姿を見て安心して胸を下ろす。

「なんだ、モルダーさんか。彼がいるのならネムは安心だな」

「はい。質問するのはモルダーさんで私は通訳なんです。ここは任せてください!」

納得したように頷きながらラッチモンは倉庫から出ると扉を閉めた。

「待って!行かないで!お願いします。あぁぁ……」

扉から差し込む光が量と比例して、騎士の声も小さく掠れていく。

 

倉庫から出るラッチモンの背中を見送りながらネムは苦笑する。

悲鳴を上げる度にいちいち扉を開けれられては堪らない。それに、捕虜と話す内容も出来れば聞かれたくなかった。

「<沈黙の場(ゾーン・オブ・サイレンス)>」

音波を遮断する不可視の幕がネムを中心に周囲に張り巡らせる。これで領域内の音が外に漏れることは無いだろう。

 

「さて、見ての通りだ。死の騎士(デス・ナイト)を召喚したのは私だと理解しろ」

騎士は首が外れるのでは、と思えるほど勢いよく首を振る。

「よし。これからする質問に正直に答えろ。言葉を濁したり偽りの情報は私には通じない。もし嘘を言えば、わかるな?」

「嘘はつきません。全て正直に話します。ほ、本当です」

先程と同じく首を振る。まるで首振り人形のように。

「では最初の質問だ。お前の名は?」

「モーレットです」

「お前達は何者だ」

「ほ、法国の工作部隊です」

「何?帝国の騎士ではないのか?」

「はい、それは偽造でした。我々の罪は全て帝国が被る計画なんです。ごめんなさい」

「なるほど、それがお前らの計画か?帝国に罪を着せる為に私の村を襲ったと?」

「ち、違います!全てはガゼフ・ストロノーフをおびき寄せる為の罠です!」

騎士は、ネムと死の騎士(デス・ナイト)を交互に見ながら様子を伺っている。

ネムは、先を促す。

「続けろ」

「はい、村をお、ごめんなさい!襲ってガセフ・ストロノーフを誘き寄せ、罠にはまったガセフ・ストロノーフを陽光聖典が包囲して撃つ作戦でした」

「分からないな。そのガセフ・ストロノーフというのは何者だ?」

「王国戦士長、リ・エスティーゼ王国最強の男です」

「何故、王国戦士長を殺す?」

「は、はい、王国を弱体化させてるためです。えっと、その、時期を見て法国に併呑するためです」

モーレットの目が右上へ向く。瞬きを繰り返し縛られた両腕を胸の前で強く握る。

 

(おや、これは以前本で読んだことがあるぞ。確か、嘘をつく時に右脳が活発に働くから右上を見るんだっけ。後、疚しさから口元を隠しながら話すとかだっけ)

 

「今、嘘をついたな。残念だよ」

「ひぃいごめんなさい、知りません。ただ命令されただけなんです!」

 

下っ端なんですと泣きながら話すモーレットに、ネムはしたり顔をする。

詳しい理由までは聞かされていないが、何か話さなければ殺されると思い、話を作ったのだと言う。

モーレットはネムに縋り付き涙を流しながら許しを請い懇願する。命を助けて欲しいと。

 

「ああ、分かった。真実を話す限り殺しはしない。続けるぞ」

 

 

それから2時間以上経過しただろうか。

質問を投げかけ、それに答え、新たな疑問が生じそれに答える。モーレットは、実に多岐に渡り喋り続けた。

召喚した死の騎士(デス・ナイト)は既に時間制限により帰還してした。だが、本当に恐ろしいのは死の騎士(デス・ナイト)ではなく目の前の少女であると悟ったモーレットには些細な出来事である。

 

今回の尋問でネムが得た知識は、カルネ村で得た知識とは比べ物にならない程だ。

陽光聖典についての情報から始まり、他の強者の情報、各国の情勢、魔法や武技と呼ばれるこの世界特有の技能、タレントと呼ばれる生まれながらの異能の存在などである。

 

生まれながらの異能(タレント)の話を聞いてまず最初に思ったのはモルダーの事である。

これまで行ったアンデッド作成で記憶を持っていたのはモルダーだけであった。

(案外、魂を死後も肉体に定着させるような生まれながらの異能(タレント)があるのかもしれないな)

漠然と立てたこの予想は、それほど外れではなかった。

 

 

生まれながらの異能(タレント)とは、転移したこの世界の人間が稀に持っている生まれながらの特殊能力の事である。その能力は千差万別で、明日の天気を当てるものから想像もできないような恩恵を与えるものまで様々にある。

ただし、この能力は自分で選べる類のものではなく、あらゆる武器を使いこなす生まれながらの異能(タレント)を持っているが戦士の素養が全く無かったりと、自分に全く関わりの無い異能である場合は、その生まれながらの異能(タレント)を知らずに生涯を終えることも多々あるのだ。

 

『健全な精神は健全な肉体に宿る』という言葉がある。

そして、とある組合の格言に『紳士の精神は紳士的立ち振る舞い宿る』という言葉がった。

それを地で行く永遠の紳士魂(ジェントルマン・フォーエバー)という生まれながらの異能(タレント)が存在した。

その発現条件は三つあり、モルダーは生前から既に条件の一つをクリアしていた。そして、ネムに使役されることで二つ目の条件をクリアし、ミトを救った事で全ての条件を満たすことができた。

モルダー本人でさえ知らない事実である。

 

 

次に興味をそそられたのは御伽噺に出てくる六大神と八欲王の存在である。

彼らはモモンガと同じユグドラシルのプレイヤーである可能性が高い。

それは、この世界に転生したプレイヤーが他にもいるということを意味する。

未知の存在――それも脅威となりうる強者――がいる以上、敵対視されるような行動は慎むべきだ。

 

「やはり、目立つ行動は避けるべきか……」

「はい、何でしょうか?」

「ん?いや、なんでもない。それより次の質問だが……」

『ご主人様、よろしいでしょうか?』

モーレットとの話を遮るようにモルダーから精神感応(テレパシー)が届く。

突然、会話を打ち切った事に対し不安そうな顔で伺おうとするが、片手を上げてそれを制する。

倉庫の入り口に向けて数歩進み、モーレットから距離をとると声に出しならがモルダーと会話(テレパシー)をする。

 

「どうした?」

『はい、騎士と思われる一団がこちらに向かっております』

「なに?それはカルネ村を襲った奴らと同じ者達か?」

『……分かりません。数は20名弱で、皆異なる格好をしています』

 

ネムは振り返り、モーレットに視線を向ける。

 

「おい」

「は、はいぃ」

「確か陽光聖典といったな。そいつらはどんな格好をしてる?」

「はい、陽光聖典は信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)で構成されていると聞いた事があります。皆、黒い法衣を着ていたと思います」

「……違うか。ならば、王国戦士長の方か」

 

再び、モルダーにテレパシーを送る。

「そいつ等を村に招き入れよ。話をしてみたい。いや、お前が出るとややこしくなりそうだ。村に戻って守りを固めておけ」

『畏まりました』

モルダーとのテレパシーを打ち切ると、地面に縛られ転がされたモーレットを鷹揚に見下ろした。

「尋問の続きはまた後だ」

それまで大人しくしていろと念を押し、ネムは倉庫を出た。

 

 

倉庫から出るネムにラッチモンは気が付き、互いに目が合う。

「やあネム。随分と長かったね」

「ラッチモンさん。野伏(レンジャー)の貴方にお願いがあります。もう直ぐこの村に新たな騎士の一団がやって来ます」

ラッチモンはあからさまに嫌な顔をする。

「恐らく彼らは敵ではありません。それよりも厄介なのは、彼らを追って来ていると思われる者達の方です。村を出て警戒してくれませんか?相手はたぶん黒い法衣を着ています」

「わかった。ここの見張りを代わってもらい次第、偵察に向かうよ」

「それには及びません」

ネムは<施錠(ロック)>の魔法を使う。

「これで大丈夫です。出来れば急いでください。これ以上、後手に回らない為に」

ラッチモンは頷くと、足音を立てずに全速力で走る。

ネムは、大したものだと感心する。気配を読むことに長けた熟練の戦士や訓練を積んだ野伏(レンジャー)に通じるかまでは分からないが、捕虜の話を信じるならば相手は信仰系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。相手に潜伏を見破られる心配はまず必要ないだろう。

 

ネムは<飛行(フライ)>を唱え、次の行動に移る。魔法を使って空中に浮かぶと、上空から村長を探した。

新たな騎士の一団と話をするにしても大人の力が必要であり、それには村長が適任だからだ。

村長は直ぐに見つかった。探すならば村長の家か広場だろうと当たりをつけて向かった先の、まさに家の玄関先で数人の大人達と何やら話しをしてるのが見えた。皆一様に重たい表情だ。

村人達も村に近づく一団の存在に気付いたのだろう。その対策を話し合っているようである。

 

上空から声をかけながら傍にふわりと降り立つ。

「村長!探しました」

「ネムか。そうだ、頼みを聞いてくれないか?実は問題が起きてね。モルダーさんの力を借りたいので話をして欲しいのだが……」

ネムは頷く。

「こちらに向かって来ている騎士達のことですね。モルダー……さんは、今、広場に向かってます。村長も来てください」

「ああ、わかった。直ぐに向かおう」

村長は先程まで話をしていた大人達に、他の村人達を集会所に集めるよう指示を出し、その場は解散となった。

 

 

ネムと村長は並んで中央広場へと向かっていたのだが、ネムは村長の手を取ると急かすように引っ張った。

モルダーからのテレパシーで、緊迫した雰囲気が伝わったからだ。

 

『すみません。追いつかれそうです。』

「……今、広場に向かっている、そこまでがんばれ」

 

村長から見ればネムが独り言を言っているようにしか聞こえないのだが、それがテレパシーによる会話であることを知り、魔法とは本当に便利だなと感心する。実際は、魔法ではなく召喚による主従の繋がりを利用したテレパシーであるのだが、魔法であると勘違いされた方が何かと都合が良いので黙っておく。

 

『はっ、ありがとうございます、必ずやあああっ』

「ん?どうした」

『やろう、射って来やがった。殺していいですか?』

「だめだ。彼らとは戦うな。できれば敵対したくない相手だ」

『――すみません。追いつかれました。少しぐらい良いですよね。殺しませんから』

「ああもう、すみません村長。先に行きます」

 

ネムは村長の手を離すと、ぽんと地面を蹴り空中に浮かぶ。

 

「<上位転移(グレーター・テレポーテーション)>」

 

そして瞬時にその姿が掻き消えた。

 

先程までネムに引っ張られ走っていた村長は「本当に、魔法は、便利だな」と息を切らしながら呟き、後を追うように広場へと急いだ。

初老とはいえまだまだ働き盛りの40代。若いものに負ける訳にはいかないのだ。




今回は、説明を省いていたモルダーについて少し記述を足しました。
ネムの行動が早かったので犠牲者の数は少なめにしました。

次回『黄昏の戦い』


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黄昏の戦い 前編

長くなったので分割して投稿します。
今回は陽光聖典との戦い前編です。



ガゼフは言い知れない胸騒ぎを覚えていた。

最後に休憩してから2時間ほど馬を走らせ、馬も随分と疲労している。その甲斐あり、カルネ村まで目と鼻の先の所まで来た。

あたり一面広がる麦畑は、沢山の穂を実らせ黄金色の野に染め上げている。なのに、収穫する者の姿が何処にも見えないのだ。

今回こそは間に合って欲しいと急いだが、この村も一足遅かったのかと沈痛な面持ちをする。

 

「隊長! あれを!」

 

副長が右後から追いつき併走すると、緊張した声を上げ村道の入り口を指し示す。

村の入り口付近で、一体のアンデッドの騎士が不動の姿勢で立っていた。邪悪な視線は真っ直ぐガゼフと戦士達に向けられている。

その姿を見た瞬間、背中にぞわりとした悪寒が走った。

全身に震えがこみ上げ、背中には汗が吹き上がる。

ガセフが感じたそれは言い知れぬ恐怖であった。

 

「あれはまずい……なんだあれは……」

 

全身を覆う漆黒の全身鎧(フルプレート)には血管の様な赤い文様が浮かび上がり、兜からは悪魔の角が生えている。刃が波打つ形状をした大剣と、身の丈ほどの巨大な盾を持つ死者の騎士。それが、此方を観察するように見ている。

死の騎士は踵を返すと、村の中へと駆け出した。

ガゼフは、これからあの化け物が村人達に及ぼすであろう惨劇を想像し、戦慄が走る。

 

「追うぞ。あの化け物を村に入れるな!」

「はっ!」

 

全力で馬を走らせながら部下に視線を向ける。彼らは皆、彼我の差を本能で感じているのだろう。顔色は血の気が引いて死者のように白く、その表情は硬い。しかし、逃げる者は一人もいなかった。ガゼフは思う。死者の騎士と戦っていったい何人が生き残れるのか……殆ど生き残れまい。しかし、ここで討ち取らなければ、王国にどれ程の被害が出るのか皆が分かっているのだ。だからこそ、ここで命を賭してでも食い止める必要がある。

 

村の外では死の騎士に追いつくことが出来ずに村の中へと進入を許してしまう。その後を追い、雪崩れ込むように村道に突入する。

村の村道に入って速度が落ちたとはいえ、騎馬を疾駆させているのだ。死の騎士との差は徐々に縮まりを見せた。

 

その距離は、残すところ30メートルほどの距離まで近づく。ガゼフは短弓を取り出して矢を番えると狙いを定めて放つ。弓矢は寸分違わず死の騎士の頭部へと向かい、フランジュベルの一刀で斬り落とされた。

当然、弓矢ごときが死の騎士に通用するとは思っていない。足止めが目的で放った一射である。

その狙いは的中した。

死の騎士の走る速度が緩んだ一瞬の隙に、一気に距離を縮めて周りを取り囲むことに成功したのだ。

 

王国の戦士達は馬に乗ったまま速歩で旋回し隙を窺う。

死の騎士は完全に足を止めると恨みの篭った悔恨の声を上げる。

警戒すべきはお前一人だと言わんばかりに、死の騎士の視線は、常にガゼフに向けられていた。

「各員、一人で当たるな。必ず複数で攻撃しろ。いくぞぉ!!」

剣を抜き放ちガセフが叫ぶ。隊員も同様に剣を抜くと、自身を鼓舞するように吼えた。

 

――今まさに、死闘が始まろうとしたその瞬間――

 

「この、ばかものがああっ」

 

突然、空中に現れた女の子が、そのままの勢いで死の騎士の後頭部に飛び蹴りを食らわせたのだ。

少女は器用に地面に着地すると両手を腰に当てドンっと仁王立ちする。

死の騎士は、少女に振り返り膝を付く。右拳を地面に当て少女が見下ろせる位置まで深くお辞儀をした。

 

「全くお前は、何でも力ずくで解決できると思うな。まずは相手を見定め、思慮深く考えることを……」

クドクドと説教を始めた少女は、呆気に取られて放心状態の戦士達に気付いて言葉を打ち切る。佇まいを正すとにっこり微笑んでお辞儀をする。

「ようこそカルネ村にお出でくださいました。私はしがない村娘のネムです。そして――」

ネムは死の騎士の方に手を向ける。その手の平を追うように戦士達は一様に死の騎士に顔を向けた。

「そして、こちらは私の召か……かし…ん……下僕のモルダーです」

下僕と呼ばれ、死の騎士のリアクションが何故か嬉しそうだ。たぶん、気のせいだろうが……。

「見ての通りモルダーは決して私達に危害は加えません。寧ろ、村を襲った騎士から皆を護ったのは彼なんですよ。そろそろ、剣を下げてくださいませんか?」

ガセフはこの時、初めて死の騎士――とネムに向けて剣を構えていたことに気付いた。

「こ、これは申しわけない。私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフです」

ガセフは剣を鞘に戻し馬から下乗した。他の戦士達も彼に習う。

この少女は何者なのだと警戒心を最大限に働かせながら注意深くネムを観察する。

「先程、騎士が村を襲ったと……」

ネムは手を上げてガゼフを止めると、年相応にしか見えない屈託のない笑顔を浮かべる。

「詳しい話は村の代表、村長に聞いてください。今、広場で皆さんを待っていますから」

ネムの言動や仕草とその容姿容貌がまるで合わない。その事が余計に得体の知れなさを感じさせた。

 

 

中央広場では既に村長がガセフ達を待ち構えていた。

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフです。貴方がこの村の村長ですか?」

「は、はい。私が村長です」

広場まで全力で走ってきたため、村長は顔を紅潮させて荒い息をしている。

ガセフは、村長から伸ばされた手に一瞬躊躇し、握手を交わした。

「早速で悪いが、話を聞かせて欲しいのだが……」

ちらりとモルダーに視線を向ける。村長は頷き、これまであった経緯を説明し始めた。

 

今朝方、帝国の紋章を付けた騎士達に襲われ、多くの村人が犠牲となった。それに続く死の騎士・モルダーの勇敢な戦いぶりを熱く語る。死の騎士の活躍は、ガセフは俄かには信じられなかったが、不動の姿勢でネムの背後に立つモルダーの従順な姿や、村人達の雰囲気がそれが真実であると告げている。

やがて捕虜の話に及ぶと、ガゼフは一番の食い付きを見せた。

 

「是非、俺に話をさせてもらえないだろうか。できれば、此方に引き渡していただきたい」

「もちろんです。ネムも構わないね」

 

話の途中ではあったが、聞くべきことは全て聞き出した筈だ。

ネムが頷くのを見ると、村長は「それではご案内します」とガゼフを捕虜を監禁した倉庫に案内しようとする。

そこに、偵察に出ていたラッチモンが戻って来た。

ラッチモンは緊急事態であることを知らせる為、村長に大急ぎで駆け寄る。その慌しい様子に嫌な予感がしたのだろう、村長は足を止めラッチモンを待つ。

「村長!何者かが村を包囲しながらこちらに向かってきます。あいつら、見た事も無い化け物を連れていました」

ラッチモンは村長の隣に立つガセフを一瞥すると、客人に対して礼を欠いたと申し訳なさそうに頭を下げる。

傍にネムがいることも確認すると、膝をついて目の高さを合わせ、感心したように声を出した。

「すごいなネム、君の言った通りだよ」

「有難うございます。ラッチモンさん」

笑顔でラッチモンに感謝を述べると、次にガセフを見る。一変して真剣な面持ちだ。

「その人達の狙いはストロノーフ様です。話を聞きますか?」

「ああ、聞かせてくれ」

その声には力強さが感じられた。

ガゼフのネムを見るその表情に子供だからと侮った感情は微塵も見られない。一人の武人と接するような敬意が感じられた。

 

 

ネムと村長は、ガゼフのみを連れて広場から少し歩いた場所にある倉庫へとたどり着く。目的は捕虜と話をさせるためである。

モルダーと部下の戦士達を広場に残してきたのは、法国の特殊部隊に村内部まで侵入された場合に備えて、村人を警護する為である。

 

ネムは<施錠(ロック)>の魔法を解除して扉を開けると、倉庫の中から怯えた声を上げる捕虜の騎士をガゼフに会わせる。

このタイミングで捕虜と合わせるのは、その方が正確に情報が伝わるだろうと考えたからだ。

思惑は正しかったようで、ガゼフの表情は次第に険しくなる。激情で騎士を殺してしまわないか心配になるほどだ。

ガゼフ自身も薄々は気付いていただろうが、村々を襲った理由が自分一人を罠にはめる、唯、その為だけであったと聞かされて気持ちの良い人間はそうはいないだろう。そして、ガゼフは怒りを覚えるタイプであった。ガゼフが放つ殺気を一身に受けて歯をガタガタと震わせる。

ネムは、感心したようにガセフを見る。殺意だけでここまで恐怖を引き出せるとは、王国最強の戦士という評価も決して大袈裟ではないようだ。

 

 

広場に戻る頃にはラッチモンの報告を受けて30分ほど時間が過ぎていた。

敵が包囲網を完成させるには十分な時間だ。

ネムはガゼフの数歩後ろを歩き、どのように行動するのか推し量るように観察する。

 

ガゼフに気付き、副隊長が一歩前に進み出る。

「戦士長、我々も敵存在を確認しました。数は不明。ですが、敵は等間隔で村を包囲しているので、村の規模を考えますと凡そ40名と推測されます」

一時の空白。苦虫を噛み潰したような顔をする。

「そして、全ての相手が天使を召喚していました」

「ふん、やはりな。相手はスレイン法国の特殊工作部隊、噂に聞く六色聖典の一角、陽光聖典部隊だ」

既に捕虜から聞いて知っていた情報である。これは部下に聞かせる為に話したのだ。我々がこれから戦い、打破しなければならない相手の正体を。

「打って出るぞ!敵の布陣を強行突破して出来るだけ村から離れた後、迎え撃つ!各員、準備せよ」

完全に後手に回っている為、戦闘は避けられない。ならば、村人を戦いに巻き込まないよう出来るだけ村から離れて戦うという覚悟の命令である。敵の罠の懐に飛び込むのだ。つまり、向かう先は死地である。

各員それが分かった上で賛同する。皆が晴やかな笑顔を浮かべている。その表情の真意は油断でも諦めでもない。危険だと知りながらも覚悟を決めた男達の顔であった。

 

ガゼフは部下達を誇らしく思い、そして、同時に失いたくないと思った。

だからこそ、死地に活路を見出す提案をする。

 

「ネム殿、我々に貴方の騎士を……モルダー殿を貸してはいただけぬか?報酬は望まれるだけの額を用意する」

「モルダー……さんに聞いてください」

ガゼフがモルダーを見ると、モルダーは大気を震わす雄たけびを上げた。

モルダーはちらりとネムに視線を向け、ネムは心底嫌そうな顔をする。

「……え?私が言うのか?えっと、私はネム様の騎士。この村と少女を愛し、守護する者。この村に災いをもたらすお前達に貸す剣はない」

棒読みである。

「そうか、ならば仕方が無い」

断られたというのにガゼフは微笑む。たとえアンデッドであっても、村のために戦うという男に共感を覚えていた。王国のために、無辜の民を守るために命を懸けて戦う自分達と何が違うというのだろう。

モルダーの骨と皮だけの無骨な手を、剣を持つ拳の上から強く握る。

「この村を護ってくれた事を心から感謝する。本当に感謝する。そして、これからも村を護って欲しい」

モルダーは当然だとばかりに頷く。

「ならば後顧の憂いなし! 我々は、唯前だけを見て進むのみ!」

「え、ちょっと待ってください、ストロノーフ様」

「んん、ああ、ネム殿。君にもお礼を……」

「いえそうじゃなくて、私が力を貸しましょうか?」

「それは、大変ありがたい申し出だが……」

ネムを子供と侮ってはいない。しかし、子供に助けを求めるわけにはいかない。それとこれとは、話が違うのだ。

だが、ここでネムも引き下がれない理由がある。どうしても、ガゼフに感謝される形で同行できるよう話を持っていきたかった。

「相手は全員が魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。ならばこちらも魔法詠唱者(マジック・キャスター)の助けが必要ではないですか?」

「……確かにネム殿の言うとおりだ。しかし」

待ってくれとばかりに手を上げ、楽しげにネムは笑う。

「あくまで後方支援ですし、危なくなったら直ぐに逃げますよ。それに、ただでという訳ではないんです。この村を救ったのは、全て貴方達だということにして欲しいのです」

「それは出来ん。貴公らの手柄を……」

「お待ちください。もし、帝国の騎士達を退けた村があったとしたら、その村にアンデッドの騎士とそれを使役する魔法詠唱者(マジック・キャスター)の噂が広まれば、余計に厄介ごとを招き入れることになるとは思いませんか?」

ネムの言うことは尤もだ。此度の件が王国に知られれば調査隊が組まれこの村に派遣される可能性は高い。そして、そうなればモルダーの存在は双方にとって非常に危険である。

「こちらの手柄をお譲りするのではなく、厄介ごとを引き受けて頂くのです。私が力を貸すのは、私達を護る為でもあるのです」

モルダーが口を半開きにしてショックを受ける。

『流石は我が主。そこまで考えが及ばぬ私をお許しください。私にご命令下されば、直にでも彼の敵を殲滅してご覧に入れます』

ネムはモルダーを無視して話を進める。

「如何ですか?ストロノーフ様」

「……そうだな、よろしく頼む。ただ、これだけは約束して欲しい。身に危険が及んだ場合、危ないと俺が思った場合も必ず逃げてくれ」

「はい!」

ネムは狙い通りに話を進めることができたとほくそ笑む。

実のところネムはスレイン法国の特殊工作部隊をそれほど脅威を感じていなかった。捕虜の騎士からは隊長格が4位階、その部下も3位階までしか使えない雑魚と聞かされている。危険はないと知った上での提案である。

(それに、本当の狙いは別にあるけどね)

ネムは心の中で悪戯っ子のように舌を出す。

 

 

 

 

 

村から飛び出した戦士の一団は、隊列を組み馬を走らせる。

先頭はガセフが走る。ネムは彼の騎馬に相乗りしていた。

 

突如、進路を塞ぐように100メートルほど先に炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を引き連れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が現れる。

最初の一人を皮切りに、戦士達を取り囲むように次々と姿を現す。

 

「<次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)>で包囲網を狭めています。一箇所だけ進路を空けて誘導するつもりのようですが、ここは敢えて突破するより敵の策に乗りましょう」

「聞かせてくれ」

「無理を通せば少なからず此方に被害が出ます。敵の包囲は時間の問題なので結果は同じです。ならば、此方の戦力を少しでも残すべきです」

 

もし、この状況で逃走を図るならば一点突破が最も効率的だろう。小を犠牲にして大を逃がす作戦だ。だが、相手の狙いはガゼフ一人である。ガセフだけは逃がすような真似はしないだろう。その犠牲がガゼフでは此方の負けなのだ。故の総力戦である。

理解は出来る。しかし、ガゼフは承服することができなかった。

結果が同じだというのであれば、周到に罠を張られた時点で、この戦は負け戦である。

だからこそ強行突破を行い包囲網に穴を穿ち、己が囮となることで部下を逃がすことが出来る。

 

「犠牲になるのは俺一人でいいのだ。なんて考えてません?」

 

ネムの言葉に、ガゼフの背中が緊張する。

それを肯定と受け取ったネムは、ガゼフに対して奇妙な共感を覚えていた。

自分のために大切な者達が犠牲になる。それは耐えがたい苦痛を伴う。ならば、自分一人が全ての泥を被ろう。

 

(俺もそう考えたんだよな。あの時に)

 

随分と昔の事が昨日の事のように思い出せる。

それは、命を懸けた本当の戦いとは違うのかもしれない。死んでもやり直しの利くゲームの世界での話だ。

しかし、似通ってる点もある。多勢に無勢で状況は限りなく不利だ。敗北を覚悟した彼は仲間だけでも助けたかった。

かつて、あの輝ける時代に、モモンガは同じような会話をしたことがあった。

 

 

     ・    ・    ・

 

 

ユグドラシルの砂漠エリアを疾走する4つの影があった。

それは全てが異型種で統一されたパーティーだ。骸骨の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるモモンガ、二対の翼を持つ弓に特化した戦士風のバードマンのペロロンチーノ、防御に特化した武装をしたピンク色の光沢を持ったスライムであるぶくぶく茶釜、全身が蔓で作られたような姿をした植物系モンスターのぷにっと萌え。同じ種族は誰一人いない。彼らは皆、同じギルドの仲間達である。

その4人が同じ速度で――どのようにして走っているのか不明であるが――砂漠を疾走しているのだ。

 

特殊技術(スキル)を使って周囲を窺うペロロンチーノにぷにっと萌えは声をかける。

「どうですか?ペロロンチーノさん」

「いるな。全部で10人。完全に包囲されている」

「ごめん、俺のせいだ。俺が囮になるから、みんなは逃げ……」

「何らしくないこと言ってるんですかこの人は」

「そそ、水臭いですよモモンガさん。次は俺のエロ系モンスターの収集に付き合って貰うんだから」

「だまれ弟」

「ですが、ぶくぶく茶釜さん。俺のイベント消化に付き合わせた所為で」

「まずは落ち着きましょう。まだ負けると決まった訳ではないです」

「何言ってるんですか。俺ら4人じゃないですか。流石に勝ち目無いですよ」

ぷにっと萌えは顎――と思われる場所――に手を当て考え込むと、確認の為、モモンガに尋ねる。

「ゲートは駄目だったんですよね」

「ええ、転移は封鎖されています」

「ならば戦うしかありませんが、セオリーで言えば人数差を覆すのは容易じゃありません。周囲に散らばっている今、一箇所ずつ各個撃破出来ればいいのですが、相手の数と距離を考えると一人を倒し切る頃には囲まれてしまいます」

「やっぱり俺が囮に……」

「まあ、待ってください。少し整理しましょう。我々と奴等の違いは何だと思います?」

「こっちは4人、相手は10人です」

「うちらは異形種、あっちは人間種と亜人種かな」

「俺にはカッコいい羽がある。モモンガさんには燻し銀な骨が、ぷにっと萌えさんには立派な草が、姉にはピンクの肉棒がある。奴等には無い」

「……凍結(BAN)されろ弟よ」

「なるほど。他には、ここは砂漠エリアで視界良好。後は、相手の装備や職構成次第ですね。ペロロンチーノさん」

「あいよ。……やばいのは二人でどちらも戦士。あのアバターは相当気合入れてるね。装備を見る限り戦士職4人、魔法職4人、回復職2人だな」

「……試してみる価値はあるか。一つ試したい戦術があるのですが乗りませんか?」

 

同レベル帯の(プレイヤー)(VS)(プレイヤー)において、人数差は絶対である。職の相性やプレイヤースキルにもよるが、味方が一人多いだけで勝率は跳ね上がる。それゆえ4対10というのは絶望的な戦力差である。

それなのに、まるで勝ち目があるかのように話すぷにっと萌えに、驚いたように視線が集まる。

 

「え、行けそうですか?」

「まあ、見ててください。圧倒的不利を覆す勝利をね。駄目なら仲良く全滅しましょう!」

 

 

     ・    ・    ・

 

 

図星を付かれたガゼフは顔を歪める。

ネムが見かけ通りの子供ではないことは、彼女の言動や振る舞いから感じ取れていた。

だが、幼い小さな手で確りとガゼフにしがみ付き、馬から振り落とされまいとする姿は年相応の少女にも見える。

何とも不思議な少女だ。

まるで心を読まれたかのように言い当てられ、気恥ずかしさもあり堅い表情を緩ませる。

 

「……ネム殿にはお見通しのようだな」

「そうでもありません。ですが、今回に限り勝てる戦だと断言できますよ」

 

その口調には自信が溢れている。ガゼフはどんな些細な情報でも勝機があるのならば知りたかった。それが、これまでの人生で最も優れた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるかもしれない人物の言葉ならば尚更である。

 

「随分と自信があるのだな。何か勝算でも?」

「まあ、見ててください。この圧倒的不利を覆し、必ず勝利してみせますよ」




次回は、あの方が盛大にフラグ回収いたします。

次回『黄昏の戦い 中編』


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黄昏の戦い 中編

ごくごく普通の村娘であったネムは、陽光聖典の罠に飛び込むガゼフ率いる王国戦士達を救う為、共に死地へと飛び込むのでした。
『ネム劇場』
始まります。


※今回は原作にない魔法やスキルを多数出します。ご都合過ぎると思われるかもしれませんがご了承ください。


見渡す限り草原が広がる。

草原を疾駆する王国の戦士達とそれを取り囲む人影。陽光聖典は既に300メートル圏内に配置を完了していた。

ネムは、そろそろ戦闘が始まる頃合だと判断し、騎乗しながら立て続けに3つの魔法を使用する。

 

<発見探知(ディテクト・ロケート)>

<探知対策(カウンター・ディテクト)>

<魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)()爆裂(エクスプロージョン)>

 

相手を油断させる為にあえて探知対策を行っていなかったが、これ以上の情報は与える必要は無いだろうと探知対策から行う。

ガゼフの眼前にいる魔法詠唱者(マジック・キャスター)がガゼフに向かって魔法を放つ。

突如、ガゼフとネムが乗る馬が恐慌状態に陥り暴れだした。

「しまった。馬か!」

相手の狙いを読み違えたガゼフは、馬を制御しようと手綱を操るが、疾駆していた馬はバランスを崩し転倒する。

転倒に巻き込まれないよう、素早く飛び降りると地面を転がり受身を取る。

「しまっ」

ネムを失念していたガゼフは慌てて周囲を見回しネムを探す。

ネムは馬から飛び降りると見事なバランス感覚で何事も無かったように地面に着地していた。

「戦士長!」

後ろから落馬を見ていた部下達は速度を緩め下馬すると、ガゼフとネムを中心に円形の布陣を取る。

バラバラに点在していた法衣を着た者達は、先程よりも倍の人数で更に外側を取り囲んでいた。

此方はガゼフとその部下の戦士22名。

対する敵は信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)45人と召喚された天使45体。人数の差は歴然である。

 

ネムは、この状況――陽光聖典の包囲が完了していること――を知ると、楽しげに微笑んだ。

先程の探知阻害魔法に続いて、次の魔法を唱える。

 

<感応妨害(テレパシー・ジャミング)>

<次元封鎖(ディメンジョナル・ロック)>

 

通信阻害と転移魔法阻害は完了した。完全封鎖だ。この程度の相手ならこれで十分だろうと判断する。

 

 

スレイン法国の六色聖典の一つ「陽光聖典」の隊長、ニグン・グリッド・ルーインは満面の笑みを浮かべる。

王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを罠にかけ、亡き者とする為の檻の構築。それがついに実を結んだのだ。

 

「天使でストロノーフを攻撃せよ」

 

頭上高く浮遊する天使達は、上空から戦士達の布陣を超えて飛来し、ガセフへと攻撃を開始する。

ガゼフを護る為に部下の戦士が天使を追い、布陣が乱れる。

「奴等を好きにさせるな。適当に相手をせよ。ただし、数は割くなよ」

既に誰が相手をするのか決まっていたように10体の天使が周囲に布陣する戦士達へと襲い掛かる。

「俺に構うな! 目の前の敵を全力で迎撃せよ」

ガゼフは目の前に飛来してきた天使の一撃をかわすと胴を横薙ぎに剣を振るう。

剣は天使の体の深くまで切り込むが両断には至らず、徐々に外へと押し出されていく。

「うおおおおっ」

力任せに振り抜き、天使を地面に叩きつける。

天使は地面にバウンドして再び空中で静止する。腹部に付いた傷跡からは光の粒子が血液の代わりのように噴出し、凄まじい速さで塞がっていく。

「……面倒だな」

天使などのモンスターの中には、魔法などの魔力を帯びた剣でなければダメージを軽減または無効化するものがいる。目の前の天使は前者、通常の剣ではまともに戦うことが出来ない厄介な相手だということだ。

布陣を組んだ部下達の戦闘も膠着している。天使単体に対して戦士2人で互角。3人でやや優勢。しかし、戦士側から致命傷を与えることが出来ずにいるため、いずれは天使達によって倒されるだろう。

 

続け様にガセフに向けて天使が襲い掛かる。今度は複数による同時攻撃だ。

「ならば、武技、<戦気梱封>」

ガゼフの持つ剣が微光のオーラに包まれる。

天使が持つ炎の剣を軽々と避けると、先程と同じ様に剣を振るった。

今度は易々と胴体を両断し、天使は光の粒のなって消失した。

「おお、やるじゃないか」

ネムは楽しそうに声を上げる。

ガゼフは敵指揮官のニグンを睨む。ニグンは周りに15名ほどの精鋭らしき者達で守りを固めており、ガゼフとニグンの間を30体ほどの天使が割り込む。

「うおおおっ!」

ガセフはニグンに向けて疾走する。

同時に襲い掛かってきた天使の数は全部で6体。

ガゼフは複数の武技を同時に発動させ、肉体は限界を超えて悲鳴を上げる。武技の同時発動という離れ技によってのみ可能となる武技を発動する。

「秘技!<六光連斬>!」

一振りにして6つの軌跡を描く斬撃が6体の天使を一撃で両断する。

6体もの天使を同時に消滅させた剣技を目の当たりにし、陽光聖典に動揺が広がる。

「見事だな……だが、それだけだ。次の天使を召喚せよ」

ニグンの指示に冷静さを取り戻し、先程の戦闘で天使を失った魔法詠唱者(マジック・キャスター)が再び天使を召喚した。

ガゼフの戦いぶりを楽しそうに観察していたネムは、召喚される天使を見て我に返る。

「いけないいけない。しかし六光連斬か。カッコいいじゃないか」

ガゼフに隠れて目立たないよう次の魔法を唱える。

 

<魔法三重化(トリプレットマジック)()上位魔法封印(グレーターマジックシール)>

 

目の前に3つの魔法陣が浮かび上がる。

 

<集団標的(マス・ターゲティング)魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)()魔法の矢(マジック・アロー)>

 

魔法陣の1つが輝きを増す。

 

ガゼフが再び動く。狙いは陽光聖典の指揮官だ。

目の前に道を塞ぐように天使が飛び掛ってくる。

再び<六光連斬>を発動させ、4体の天使を光の粒へと変えた。

 

<集団標的(マス・ターゲティング)魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)()魔法の矢(マジック・アロー)>

 

ネムが魔法を唱えると、2つ目の魔法陣の輝きを増した。

 

ガゼフの背後より2体の天使が炎の剣を突き立てんと襲い掛かる。

先程使用した武技<六光連斬>により酷使された体は、天使の攻撃に反応できず硬直する。

「武技!<即応反射>!<流水加速>!」

武技により硬直した体を無理やり動かす。そして、二度目に発動した<流水加速>により通常では実現不可能な速度で天使の炎の剣を掻い潜り一撃で敵天使1体を倒し、続けてもう1体も斬り捨てた。

 

<集団標的(マス・ターゲティング)魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)()魔法の矢(マジック・アロー)>

 

3つ目の魔法陣の輝きを増し他と同時に、魔法陣が姿を消した。

三重化した何時でも開放できる魔法陣に、複数を標的とした強化した攻撃魔法の封じ込めを完了させる。

ネムは、すたすたとガセフに向かって歩いて行く。

 

「無駄だ、ストロノーフ。次の天使の召喚だ。魔法を叩き込め。攻撃をストロノーフに集中させよ」

ニグンの指示で新たな天使が召喚される。

何時までも数が減らない敵陣営に対し、此方は確実に消耗し数を減らしていく。

ガゼフは歯噛みして敵の攻撃にすぐさま対応できるよう身構える。そして、踏み出そうとして動きを止めた。いや、動けなかったと言う方が正しい。

ネムが、ガゼフが持つ剣の刀身を指で摘んだのだ。

 

「<上位武器魔化(グレーター・マジック・ウェポン)>」

 

剣を覆っていた微細な光が魔法の輝きに塗り潰される。

「なんだ、あの子供は? 何故この場所にいる」

ガゼフの影に隠れて気付かなかったのか、ニグンは突然現れたように見えた少女に驚く。だが、問題なのは子供一人増えたことではない。重要なのは少女が魔法を使ったという事実である。

「馬鹿な娘だ。このような場所に来なければ死なずにすんだものを。おい、あの娘を殺せ」

「<魔法抵抗力強化(スペル・レジスタンス)>」

ネムは構わずガゼフに抵抗力上昇系魔法を唱える。天使の強さが問題にならない以上、物理防御力より魔法抵抗力を上げた方が得策だと考えてのことだ。

「な、あぶない」

ガゼフが叫ぶのと同時に左右から天使がネムを襲う。

危ういところで、ネムはバックステップで3メートルほど後方に跳躍し攻撃を回避する。

「ストロノーフ様が教えてくれなければやられる所でした。ありがとうございます」

「あ、いや、無事で何よりだ」

 

ニグンからは何があったのか見えなかったが、ガゼフが何らかの手段で娘を助けたのだろうと判断する。

よく見れば貧しい村娘が着る安っぽい服を着ている。特に装備もしていない。熟練の戦士や魔術師ほど高位の装備を身に着けるものだ。つまり、ちょっとばかり魔法が使える小娘なのだろう。

ニグンは舌打ちする。ガゼフの剣や体を包む魔法の加護は、ガゼフを倒すことを数段困難にしたからだ。

「娘よ。私の邪魔をした罪は重いぞ。まずは貴様を殺し、ストロノーフを殺した後、お前の家族も、村の人間も全て殺す。お前がいけないのだぞ。しゃしゃり出て来るからだ」

「え、ごめんなさい。ほんの出来心なんです。許してください」

「無理だな。抵抗無くその首を差し出せ。せめてもの情けに苦痛無く殺してやる。かかれ。ストロノーフの足止めも忘れるな」

ネムに対して2体、ガゼフには4体の天使が向かった。ガセフは最も接近した天使を武技を使わず斬り付ける。剣は何の抵抗も無く天使の体を切り裂き、容易く両断した。

「これはすごい」

破顔したガセフは次の天使を倒すべく剣を掲げ――

 

「無理かぁ、それは残念だ。<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>」

 

ネムの眼前に二メートルを超える漆黒の大剣(グレート・ソード)が出現した。

ネムは、自身の三倍ほどある大剣を片手で掴むと、跳躍して一気に天使との距離をつめる。

凄まじい速度で繰り出された二発の連撃は、ネムに迫っていた二体の天使をほぼ同時に消滅させた。

砂埃を上げながら地面に着地し、勢いが弱まり立ち止まる。大剣を持たない左手を腰に当て、大剣をぐるんと回して前方に突き出す。

 

「さしずめ<二光連斬>ってところかな。どうでした?ストロノーフ様」

「あ、いや、うん、見事でしたなネム殿」

ガセフは迫る天使を見もせずに剣を振るい一撃で切り倒す。もはや何を見ても驚かないつもりでいたが、剣技でさえ部下を超えることを知って驚愕し、おもわず敬語で話してしまう。

「さて、ストロノーフ様。そろそろ決着をつけましょう。天使は私に任せてストロノーフ様は真っ直ぐ指揮官に向かってください。必ず隙が出来る(・・・・・)のでそこを狙ってください」

ネムの言葉で冷静さを取り戻す。

「ネム殿のことだ。何か考えがあるのだろう。ならば俺は前だけを見て突き進むのみ」

力強く頷くと敵指揮官を真っ直ぐに見据えやや前傾姿勢をとる。

その背中を見ながらネムは思う。この作戦の如何によってはガゼフの身に危険が及ぶかもしれない。果たして思い通りに事が運ぶだろうか。あの時は信頼する仲間達がいたが、今は一人で全てを行わなければならないのだから。

 

 

     ・    ・    ・

 

 

モモンガ、ぶくぶく茶釜、ペロロンチーノ、ぷちっと萌えの4人は、砂漠を走りながら作戦を確認していた。

「……という事で、何か質問はありますか」

ぷちっと萌えの説明を聞き終え、3人は肯定の頷きをする。

「全て事がうまく進んだら私が隙を作るので皆さんは最大攻撃をぶち込んでください」

「はーい」「おっけーです」「分かりました」

「では始めましょう。地形的にあの辺りが良さそうですね」

砂漠の窪んだ場所を指差す。

4人は指差した場所に雪崩れ込むように駆け込んだ。

周りにぽつぽつと人影が現れる。

深さは無いが自分達より数が多い人数に見下ろされるのは余り気分の良いものではない。

「あ、あの2人ですよ」

ペロロンチーノが指差す。そこには、黒と白の双子と見間違うほど似通ったエルフの少女が立っていた。

純銀の全身鎧(フル・プレート)に巨大な円錐状の槍(ランス)を持った銀色の髪をストレートに腰まで伸ばした聖騎士の娘と、漆黒の全身鎧(フル・プレート)片手斧(ハンド・アックス)と巨大な棘つき盾(スパイクト・シールド)を持った金髪を内側にカールさせ胸まで伸ばした暗黒騎士の娘だ。

「な、やばいだろ。最近見た中で間違いなく十本に入る」

「……確かにやばいな。お前の頭が」

「……ペロロンチーノさんはほんと、ブレないですね」

「……仕方ありませんね。あの二人は作戦通り後回しです」

「名前は、ディンプラちゃんにニルギリちゃんか。今度メッセージ送るねー」

少女達の方から「何あの鳥キモイ」「氏ねばいいのに」と可愛い声が聞こえる。

ペロロンチーノさんは俄然燃えたようで「フフフ、後のお仕置きタイムが楽しみだぜ」と呟いていた。

「さて、そろそろ来ますよ。ぶくぶく茶釜さん頼りです。お願いします」

「あいよ。全方位防御姿勢(オール・ガード・シールド・スタンス)

不動の姿勢を取る事で周囲にいる味方全員の防御力を大幅に上げる特殊技術(スキル)を使用する。

「そして、要塞防御陣(フォートレス・サークル)どやぁ」

ぶくぶく茶釜を中心に半透明のボール型障壁が直径十メートルの範囲で展開する。

と同時に周囲から一斉攻撃が始まった。

全方位から撃ち出されるあらゆる属性のダメージが大幅に減少される。

しかも魔法陣の内側にいる味方全員のHP回復のおまけ付きだ。

「おおっさすがぶくぶく茶釜さん。本当に頼りになります」

「えへへ、照れちゃう」

「おい、姉よ動かないでくれ」

「くっ」

「ならば俺も贖罪の薔薇の園(アトネメント・ローズガーデン)

サークル内に無数の薔薇が咲き誇る。この薔薇は一定の確率でダメージを肩代わりする効果があるのだ。

敵の攻撃を雨霰と受けている状況なのだ。次々と薔薇が散ってその数を減らしていく。

その甲斐もあり僅かな間であるがフォートレス・サークルの回復量がダメージを上回った。

「おお、ナイスです。ぷにっと萌えさん」

「でも流石にこのままじゃ不味いか……」

周囲を護る障壁の耀きに薄い部分が見え始める。フォートレス・サークルに終わりが近づいていた。

「ああん、壊れる。壊れちゃううっ」

甘ったるい可愛らしい声で悶えるぶくぶく茶釜。

「まじで止めてくれ姉よ……」

「でも、そろそろです。ペロロンチーノさん、モモンガさん、お願いします」

二人がぷにっと萌えから受けた指示は、簡潔明瞭であった。

 

――ペロロンチーノさんは上空から派手な攻撃をお願いします。

――モモンガさんは、大変に地味な魔法なんですが、地表からお願いします。

 

である。

やがて強力な特殊技術(スキル)や魔法の単発の嵐が過ぎ去り、冷却時間(クールタイム)の短い攻撃へと切り替わる。

「今です!」

ペロロンチーノが瞬時に上空高く舞い上がる。

相手は不意を突かれて瞬時に行動できず、ペロロンチーノを目線で追う。

 

「星降る空より降り注ぎ、全ての少女をあまねく照らす至高の星星の輝きを見るが良い! 必殺必中! 星屑革命(スターダスト・レボリューション)!!」

 

ペロロンチーノから繰り出される幾百の光の流星が眩く輝く軌跡を描いて地面へと降り注ぐ。

その場にいる全てのプレイヤーがその光景を魅入っていた。そして、無属性のダメージの嵐に晒される。

ペロロンチーノの特殊技術(スキル)発動とほぼ同時に、モモンガも魔法を唱える。

 

「<魔法三重(トリプレット)魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)()次元の落とし穴(ディメンション・ファール)>」

 

三つの魔法陣が、モモンガ達を取り囲むプレイヤーの足元に描かれる。魔法陣が捉えた人数は全部で8名。

次元の落とし穴(ディメンション・ファール)の効果は絶大である。移動阻害対策、即死効果対策では対処できない為、抵抗(レジスト)に失敗したものは必ず効果の影響を受ける。それは、地面に落とし穴を作り出す魔法であった。しかも、極悪であることに次元の落とし穴(ディメンション・ファール)は時間制限による解除がなく、自力での脱出か、死亡を選択する――落ちた先の閉鎖空間内では「死亡して拠点に戻る」アイコンが表示される――以外に脱出の方法がないのだ。

もちろん、欠点もある。魔法陣が発現してから効果が発生するまで約二秒の発動までの時間(タイムラグ)があり、その間に魔法陣から退いた場合は効果を一切受けないのである。ゆえに、これまでに引っ掛かった者は殆どいなかった。

 

――そして、魔法が発動する。

 

魔法陣が描かれていた範囲にぽっかりと穴が開いた。

抵抗(レジスト)に成功した者は2人。6人の姿が次元の穴に吸い込まれて消えていった。

何故こんなことになったのか? 全員が空を見上げていたからである。

加えて、窪地を戦闘場所に選んだことで相手が密集せざるを得なかった事も、最大の効果を上げることが出来た理由である。

全てはぷにっと萌えの描いたシナリオ通りである。

 

回復役の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)が2人とも消えたのは実に幸運であった。

もちろんこれは(プレイヤー)(VS)(プレイヤー)。転移阻害は基本中の基本である。

 

これで4人対4人、同数となった。

 

ここで、ぷにっと萌えが動いた。

 

彼は、手に持つ神級の杖を構え――

 

 

     ・    ・    ・

 

 

「何が……起こったのだ?」

2体の天使が、少女が振り回す大剣(グレート・ソード)によって瞬く間に消滅させられた。

その現実が受け入れられずに側近の部下に尋ねる。

「天使が……消滅させられたようです」

そんなことは分かっている。何故、そのようなことになったのかを聞いているのだ。そもそも、少女は何処からあの大剣を取り出したというのだ。使えない奴め。

部下を罵倒する言葉を飲み込み考える。

ここに来て漸く、あの少女が油断してはならない相手であることに気付く。

ニグンは知っているのだ。見た目と強さが必ずしもイコールではない存在がいることを。

「まさか……神人?いや、まだ決断するには早い」

天使ごときを屠ったからといってそれが何だというのか。

その程度のことなら、ここにいる部下でも出来ることだ。

だが、もし、『英雄』の領域まで足を踏み込んだ者だとしたら……。

法衣の上から懐にしまっている水晶の感触を確かめる。

「こいつの出番が来るのかもしれないな」

ニグンはほくそ笑む。この水晶がある限り我々に敗北はありえない。それほどの自信を持っていた。

「何かおっしゃいましたか?」

「何でもない。それよりもほら、動くようだぞ」

ガゼフが前傾姿勢を取る。中央を強行突破して突撃する腹積もりのようだ。

「ふん。いまだ理解できんとは愚かな。天使をガセフに向けると同時に魔法を叩き込め」

 

ガゼフは剣を構えて走り出した。

天使達がガセフに襲い掛かる。それと同時に、陽光聖典の部隊員が魔法を放ち始めた。

天使は任せろとネム殿が言った。ならばと魔法に全神経を集中する。

いくらかの魔法の打撃を受けるものの、その殆どが抵抗に成功して掻き消えた。

それが魔法抵抗力強化(スペル・レジスタンス)によるものだと知り感謝する。

 

「そろそろかな」

 

ネムはオーケストラの指揮者が指揮棒(タクト)を構えるように両手を上げた。

 

開放(リリース)!そして、<殺戮の雲(クラウド・キル)>」

 

そして指揮棒(タクト)を振るように左腕を振り下ろす。

ネムの背後に3つの魔法陣が姿を現す。その魔法陣に封印された魔法が同時に開放された。

複数の天使に向け、最強化した魔法の矢(マジック・アロー)が一つの魔法陣から30発、合計90発もの光弾が白い軌跡を描いて撃ち出される。

空を埋め尽くす光弾は、日が落ち始めて暗くなった空を切り取るように鮮やかな光の線を描いた。

絶対必中の無属性攻撃の魔法の矢は、次々と天使に被弾し、天使は3発と耐え切れず四散した。

 

(まぁ、この程度か。やはり、あの時の美しい光景に比べれば見劣りしますね。ねぇ、ペロロンチーノさん)

 

ネムは続け様に右腕を横に振り、ダンスを踊るようにくるりと一回転する。

 

突如、一塊の雲が発生した。黄緑色の蒸気の塊は、地面を這うように移動して陽光聖典の隊員の足元まで迫ると(アギト)を開いた獣のように大きく膨れ上がり飲み込んだ。黄緑色の雲塊は地表面を沿いながら隊員達を右端から順に舐めるように移動する。雲塊の蒸気に触れた者は致死の猛毒に晒され悶え苦しみながら次々と倒れていく。それは、ネムの動きを追従するようにぐるりと一周する。そして正面に対峙する隊員のみを残し霧散して掻き消えた。

 

敵も味方も足を止め、その光景を信じられないといった表情で見ている。

 

(今だ! ぷにっと萌えさんのように上手く出来れば良いけど)

 

ネムは、空のある一点を指差し、驚愕の表情を浮かべて尻餅をついた。

 

「ぅぁああああ、うわああああああ!!」

 

そして、絶叫を上げた。

見事に、この場にいる()()が指差す方向に目を向ける。

だが、指し示す方向を見ても空が広がるだけである。そこには何も無かった。

 

「ああ! 今のが()か!」

 

最初に我に返ったのはガゼフであった。




予想を超えるネムの攻撃になすすべもなく追い詰められた陽光聖典は、ついに、彼等が持つ最大の切り札を発動するのでした。

次回『ずっとネムのターン』
お楽しみに。


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黄昏の戦い 後編

「黄昏の戦い」中編の続きです。
これでニグンさんとの戦いは終了となります。

※この話にはオリジナルの召喚が複数登場します。


 ガゼフは左半身を前に向け、剣を右脇に構えると剣先を後ろに下げた。刀身の長さを相手に視認させない狙いだ。

 ニグンに一撃を与えるには数歩足りないが、剣術に長けない相手にとって、剣が届く間合いに入っているかもしれないという重圧は計り知れない。迫り来る獰猛な獣の威圧に、ニグンは背筋を冷たい汗で濡らす。

 

「させるかぁ! 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)よ、迎え撃て!」

 

 監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は、純白の全身鎧を身に纏い、右手に鎚矛(メイス)を、左手に円形の盾(ラウンドシールド)を持つ防御に秀でた天使である。

 ニグンの後方に待機して今まで微動だにしなかった監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)は、双翼を躍動させて前進すると両者の間に割ってはいる。先程までガゼフの眼前に捉えていた男が、天使の影に隠れて視界から姿を隠す。

 天使が間合いに入った瞬間、ガゼフが放つ横薙ぎの凄まじい一撃が天使の首を狙う。

 正面から対峙した者には知覚すら困難であろう高速の一撃は、何時の間にか剣の軌道に置かれた盾によって弾かれた。

 

「ふん、なるほどな」

 

 剣を正眼に構えると極限まで精神力を高めて使用する武技を選択する。放たれた武技は<六光連斬>。無軌道な六つの斬撃が同時に繰り出される。

 天使の盾が激しい金属音をたてて斬撃の一つを弾くが、それだけである。残りの斬撃を全て全身鎧で受け止める。

 鎧に亀裂が走り、光の粒子が迸るが消滅には至らない。防御寄りに優れた天使とはいえ、ガゼフの<六光連斬>を耐え凌いだ監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が凄いのだ。

 

「まだだ! うおおおおおおっ!!」

 

 ガゼフは同時に二つの武技を使用する。<即応反射>により酷使した肉体を強制的に動かすと、<六光連斬>を再び繰り出す。

 筋肉量の限界を超えた肉体の酷使に、断絶するかのような痛みが全身を走る。食い縛った歯の隙間らが怒号を上げて放つ斬撃は、致命的なダメージを監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)の体に刻み込む。これには流石に耐え切れず消滅した。

 

「強い……これ程とは! お前達何をしている、俺を守れ!」

 

 ニグンは視線をガゼフに向けて瞬きすらせず一挙一動をつぶさに観察し攻撃に備える。その中で、どうしても意識せずにはいられない存在の、ゆっくりと腰を上げて立ち上がりお尻に付いた砂を叩いている姿が視界の端に入る。

 ニグンは激しく動揺する。

 

 数日をかけて周到に罠を仕掛け、獣を閉じ込める檻の構築に成功した。後は、獣を狩るだけだった筈だ。

 獲物の倍を要する戦力で完全に包囲し、油断なく、完全なる勝利で最後の瞬間を迎えるだけであった。

 だが、優勢なのはどちらか? 追い詰められているのは明らかにスレイン法国の特殊工作部隊――陽光聖典である。

 たった一人の少女が全てを覆したのだ。

 その少女が立ち上がろうとしている。そんな事がどうしようもなく恐ろしかった。

 恐怖が、ニグンに切り札を使うことを決意させる。

 

「何をしている。お前ら、時間を稼ぐんだ!」

 

 ニグンの怒声に、事態に頭がついてゆけず放心していた部下達はようやく我を取り戻す。

 ガゼフは大技の連続使用による肉体の負担を精神力で捻じ伏せ、鋭い眼光で睨みつけニグンの喉元に剣を突立てるべく一歩を踏み出す。そこへ、多方面から不可視の殴打がガゼフを襲った。神官達が攻撃魔法である<力場(フォース)>を次々と唱える。

 威力が低いとはいえ絶え間なく打ち込まれては対処のしようがない。これには堪らず後退して距離を開ける。

 その隙にニグンが懐から取り出したそれは、神秘的な輝きを内包する水晶の結晶であった。

 

「あの輝きは、魔封じの水晶か……ユグドラシルのアイテムも有る訳だな。ユグドラシルでは超位魔法以外を封じられるアイテムだったが……この世界でも同じなのか?」

 

 ニグンは勝ち誇った顔をする。魔封じの水晶に封じられている魔法(・・)を知っているからだ。

 それは、200年前に起こった魔神との戦争で、単騎でありながら魔神の一体を滅ぼしたとされる最高位天使を召喚する魔法である。

 

「誇れ、私に切り札を切らせたのだからな! これより最高位天使を召喚する!」

「え、最高位……? まずい! 戻れストロノーフ様!」

 

 ネムは警戒心を最大限まで高める。最高位天使ならば、召喚させるのは当然熾天使(セラフ)だろう。何の装備も対策もしていない現状であっても負けるような相手ではないとは思うが、ガゼフ達を守って勝利することは難しい相手だ。

 まずは自身の生存率を上げる為に必要な防御系魔法を選択する。時間が無いのだ。発動する魔法を二つか三つに絞り込む。

 

「<魔法からの守り・神聖(マジックウォード・ホーリー)>」

「もう遅い。見るが良い。そして恐怖に慄け! いでよ、最高位天使! 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!!」

「<上位全能力(グレーターフル)――」

 

 ニグンの手の中で魔封じの水晶が砕けて光が溢れ出す。

 音も無く、空中に夕闇を照らす光の爆発が起きた。

 光は収束し、再び爆発的な広がりを見せる。それは、光の翼の集合体であった。

 幾重にも重なった光の翼が体全体を包み込む姿は、さながら光る翼の法衣のようでる。背中から三対の翼を広げ、その手に光り輝く笏を持つが、足と頭が無い異様な姿をしていた。しかし、それが神聖な存在であることは疑いようも無かった。

 

 絶対者の光臨に陽光聖典からは喝采が起こった。「ああ神よ。感謝します」「ばかめ、俺達に盾突くからだ」と勝利を確信した声が上がる。

 ネムは、顔を真っ赤にして俯いていた。

 ガゼフが心配して駆け寄ろうとするほど、その姿は小さく見える。

 

(は、恥ずかしい……私、あんなの(・・・・)に超焦って防御魔法まで使っちゃったよ……)

 

 うわー、うわー、と声を出して走り回りたい衝動を必死に抑える。

 

 ニグンは愉悦に浸る。ガゼフが心配して駆け寄るほどだ。よほど少女の魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての実力を頼りにしていたのだろう。それが今、肩を震わせて俯いているではないか。恐怖に絶望したのだろう、無理も無いことだ。

 

「こ、こんなことで……」

「怯えるのもしょうがない。だが、誇るがよい。最高位天使を召喚させたお前達は最高の敵であった。敬意すら感じるよ」

「確かに……肌がヒリヒリする感覚……これほどの存在を隠し持っていたとはな。すまないネム殿、これまでの尽力感謝する。君は逃げて――」

「この程度の相手に焦らされるなんて絶対に許せない!」

 

 ネムが顔を上げて露にした感情、それは恐怖でも絶望でもなく怒りであった。決して、伝説に伝え聞く最高位天使を前にして許される態度ではない。

 なるほど、とニグンが思う。どうやら、先程まで我々が召喚していた天使の延長上の存在とても勘違いしているのだろう。無知とは恐ろしいものだ。目の前の最高位天使が絶対に相手にしてはならない存在であることも分からず大口を叩くのだから。

 

「哀れだな。中途半端に力を持つから、遥かに強大な、そう、神話に謳われる伝説の存在と戦う羽目になるのだからな」

「そう思うのは勝手だがな。お前にも私と同じ気持ちを味わってもらうぞ。<第9位階死者召喚(サモン・アンデッド・9th)>」

 

 コポリと音を立て、地面に濃い紫色をしたコールタールのような液体が染み出す。そのドロリとした粘着質の液状は地面に広がり、中から女性の腕がすっと這い出し地面を引っ掻く。その爪は指より長く、15センチほどある。腕に続いて背中、腰と浮かび上がり、やがてゆっくりと起き上がり姿を現した。肌の色は灰に近い土気色をしている。タール状の液体は体にへばり付くと繊維状に変質しデイ・ドレスへと形作られる。黒に近い紫で細部に細かい刺繍が施され、傘のように大きく膨らみ足元まですっぽりと覆ったフープスカートを着用している。首下までドレスに覆われいるが、肩口から胸元にかけて繊細な刺繍があしらわれ、魅力的な膨らみを隠すどころかより強調していた。そして、その頭部は下唇より上の皮膚と筋肉が無く、髑髏を晒していた。髑髏全体にはタール状の赤黒い血液がこびり付いている。

 

――腐乱した貴婦人(コープス・レディ)

 

 ユグドラシルの有料サービスに課金ガチャというものがある。

 課金ガチャとはランダムで様々なアイテムが手に入る提供方式のことで、低確率で他では手に入らない強力なアイテムを手にすることができる。そのアイテムは消費型アイテムや、装飾品、珍しいアバターから、強力なデータクリスタルや配置型モンスター、召喚モンスターなど様々である。

 腐乱した貴婦人(コープス・レディ)は当たりアイテムの一つで、上位のアンデッド召喚系特殊技術(スキル)や魔法を保持するプレイヤーが使えば、召喚できるアンデッドリストに追加することが出来た。もちろん召喚に空きのスロットルがない場合は追加できないが、召喚スロットルは課金によって追加できる。こうして手に入れた追加召喚は、スロットルより解放(リリース)するまで何度でも召喚することが可能である。

 

 今回召喚した腐乱した貴婦人(コープス・レディ)は63レベルと召喚可能な階位に比べて低い方ではあるが、保有するある(・・)他とは異なる特殊技術(スキル)が一部のマニアに受けたため、そこそこ人気の高い召喚アンデッドであった。

 

「なん……だ、あの化け物は……」

 

 全身から禍々しいオーラを放ち、その周囲の闇をより濃くする姿は、自ら輝かしい光を放出する威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)とは対極の存在のようである。

 全身に鳥肌が立ち血の気が引く。突如、標高が高い場所に連れて来られたかのような肌寒さを感じ、息苦しくすらある。

 それは死の予感。未知なる存在への怯え。ニグンほどの強者だからこそ知覚でき、そして恐怖する。しかし、ニグンは頭を振り、生存本能が駆り立てる警告を無視する。認めてしまっては自我を保つことができなくなる。

 

「いや、そんな筈はない。魔神すら滅ぼす最高位天使を前に何を恐れる必要がある。その程度のアンデッドなど一瞬で消滅だ」

 

 それは、大きなミスであった。そのような戯言を言う暇があれば威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に攻撃させるべきだったのだ。

 結果、腐乱した貴婦人(コープス・レディ)に先制を許してしまった。

 ネムは耳を両手で塞ぐと、警戒心を最大限に働かせてアンデッドを凝視するガゼフに警告する。

 

「ストロノーフ様。耳を塞いだほうがいいですよ」

 

 直後、腐乱した貴婦人(コープス・レディ)が絶叫を上げた。まるでガラスを鋭い爪で引っ掻いたような高音は、魂を掻き毟り、深い恐怖と絶望を刻み込んだ。陽光聖典の神官達や王国の戦士達、その場にいる――ネムを除く――全員の下半身の力がすっと抜けて膝から崩れ落ち座り込んだ。恐怖で瞳が左右に激しく揺れ動き、頭を掻き毟る者もいる。

 威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)はダメージを受けたように激しく後ろへ仰け反り(ノックバック)をし、空中で立て直し静止した。

 

「あの天使を倒せ」

 

 ネムの命令に従い、腐乱した貴婦人(コープス・レディ)威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)に襲い掛かる。

 反対に、主人の命令を受けなかった威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は防衛行動で反撃をするが、大恐慌の影響下にあるため、大した事はできず笏を持つ手をバタつかせて終わる。

爪で引き裂かれ、翼を剥がされ、噛み付き引き裂かれて地面に叩きつける。まるで鶏を絞め殺すように翼を剥がされた威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は、限界を超えたダメージを受けて光の粒となって消失した。

 

「以外と呆気ないものだな」

 

 戦いの喧騒が止み静寂に包まれる中、その声は響いた。

 夜空は、夜の帳が下りてすっかり暗くなる。光輝く存在の消失により夜空に瞬く星の輝きがより一層際立つ。

 音もなく、夜空に陶器が割れたような罅が入った。罅は一瞬で消えて元の夜空に戻る。

 

「私の感知阻害魔法が発動したようだ。探知系魔法でお前達を覗こうとした者がいたようだぞ」

「私を……監視?」

 

 私がいてよかったな。と、可愛い笑顔で微笑むネムの言葉を聴き、ニグンは本国に監視されていたことを知る。

 時間的に、それが定期的な監視であると考えるのは不自然だ。恐らくは魔封じの水晶を使用したことを、何らかの方法で本国が知るに至り、監視を行ったのだろうと推察する。

 しかし、今となってはその様な事は些細な出来事だ。小悪魔の微笑を浮かべながら楽しげに歩み寄る少女の姿に恐怖と絶望の眼差しを向けながら、如何すれば自分は助かるのかとひたすら考える。

 ネムは背後に音も立てず静かに歩み寄る腐乱した貴婦人(コープス・レディ)を従えてニグンの眼前まで歩み寄る。微笑む笑顔に縋るように膝を屈して地面にへたり込むニグンは、ネムを見上げる。

 

「たっ助けてください。望む額を用意します。私だけで結構です。どうか、命だけは――」

 

 ネムは顎に指を当て、ついで腕を組むと考え込むように小首を傾げる。

 

「実を言うとね。一人だけは殺さないでおこうと思ってたんだ」

 

 ネムがこの戦いに参加した理由は主に二つある。

 

 一つは、王国戦士長の戦いぶりを見学すること。これには武技というこの世界特有の能力を観察することも含まれる。

 そしてもう一つは、スレイン法国にコネクションを作ることである。取り入るつもりはなかったが、利用できそうな法国側の人間と繋がりが欲しかったのだ。

 

 ネムの言葉に助かる可能性があると知り、その顔に希望の光が宿る。

 

「で、ではでは、では私を!」

「無理だな。お前は私を殺すと公言したな。家族も、村人も皆殺しにすると。実に不快だったよ」

「……そんな」

 

 再び絶望が押し寄せ涙が滲む。他に助かる手段はないかと視線を彷徨わせる。しかし、視界に移るのは恐怖に泣き崩れる部下達と、同じく地面に膝を付き、それを静かに見ている王国の男達の姿だ。その顔には敵対していた者に向ける憎悪も憐憫もない。ただ、恐怖が張り付いていた。あのガゼフですら恐怖に耐えようと歯を食い縛っている。

 

「では、さようならだ。――喰え」

 

 ニグンは自分の耳を疑う。今、なんと言った? 喰えと言わなかったか?

 直にそれが聞き間違いではないことを知る。腐乱した貴婦人(コープス・レディ)が前に進み出ると、ニグンを両腕で掴んで持ち上げたのだ。そして、大きく口を開く。

 

「ひぃいい! 私はこう見えても法国では結構な身分でして必ずらや貴方様のご期待に添えて見せましゅのべぇぎゃふじこ――」

 

 頭からニグンを飲み込み、バキバキと骨が砕かれる不快な音がする。頭が砕かれたというのに手足をバタつかせて抵抗するそれは、ニグンがまだ生きていることを示していた。最後にごくんと喉を鳴らして飲み込むと、腐乱した貴婦人(コープス・レディ)は静止して静かに月を眺めていた。

 

 やがて、全身を細かく震わせながら喉を鳴らし低い唸り声を上げる。

 ドーム状に膨らんだのフープスカートの中で何かが蠢いた。それは、徐々に激しさを増してスカートの縁からその正体を僅かに現した。それは、肉の袋のようであった。先端には穴が開いている。その穴はピクピクと鳴動して開閉を繰り返している。

 その穴から、ひょいと飛び出す物体があった。

 

「ばあぁ」

 

 陽気な声が聞こえる。その声は、先程までニグンと呼ばれる人間たったものと同じ声だ。

 それは、黄緑色をしたニグンの頭である。首から下は袋に閉ざされて見えないが、飛び出した頭は生き生きと瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。

 

「うーまーれーるー」

 

 口を大きく動かし、歌うように言う。

 腐乱した貴婦人(コープス・レディ)の全身の鳴動に合わせて徐々に生まれ出いでて目に見える範囲が増えてゆき、やがて全貌が明らかとなる。

 

 全身は、芋虫のそれであった。

 

 ただ、違うのは子供のような手が対で6本、合計12本生えているのだ。その腕には関節がなく、腕の付け根から手首にかけて曲線を描いてる。

 肉の袋から完全に抜け出ると、体の下の方の腕を4本使って器用に立ち上がる。背中には何本もの管が突き出ており、尻尾には黒いサイの角のような棘があった。

 

 ――血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)

 

 腐乱した貴婦人(コープス・レディ)が捕食することで同時に三体まで作成可能な従属アンデッドである。

 そのレベルは32と高くはない。ユグドラシルでは攻撃対象の指示(ターゲッティング)のみ可能な二次的な召喚物であった。

 血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)の攻撃パターンは単純で、同性別の相手に対しては吸血捕食(ドレイン)を行い、異性別の相手に対しては酸の飛礫(アシッドブリッド)や尻尾の毒針による攻撃を行うのだ。そして、最大の特徴――結局、達成条件は解明されなかったが――は、完全変態して蝶になることである。屍喰蝶人(バタフライ・グール)と呼ばれるそれは、マニアに対して大変な人気を集めた。

 

 くねくねと体を動かして楽しげなニグンを見て、生き残った陽光聖典の隊員達は自分の運命を知り嗚咽しながら泣いた。

 

 ネムは眉を顰めてフラワーロックのごとく蠢くニグンを見ながら疑問に思う。ユグドラシルでは従属アンデッドとしてある程度は命令を聞いたが、目の前の血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)からは、召喚時に感じた繋がりを一切感じなかったため、命令しても良いのか疑問に思ったのだ。

 不安を感じたネムは、ただ考えても埒が明かないと、血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)に直接尋ねることにした。

 

「お前にとって私はなんだ?」

「私にとって、そちらの御方は母親(マザー)であり――」

 4本の手を使い腐乱した貴婦人(コープス・レディ)を指す。

「貴方様は私の女神(My Goddess)、カーミーです!」

 2本腕を胸に掲げ、ネムに向けて優雅にお辞儀をする。

 

 ネムは、満足げに頷いた。

 召喚による主従の繋がりがなくてよかった。

 心からそう思った。

 

 ニグンを視界の端に追いやり、お待たせして申し訳ないと陽光聖典の面々に体を向ける。

 ぽん、と手を打つと15人の隊員達の視線がネムに集中した。

 

「さて、これから一人選ぶわけですが、私とお友達になりたい人はいますか?」

 およそ半数が手を上げると「私を」「大好きです」「奴隷にして」とネムに猛烈アピールする。

 手を上げれなかった半数は、恐怖で体を動かすことができなかった人達だ。

「今、手を上げなかった連中はお前の好きにしろ」

「ありがうございます。女神よ」

 血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)は4本の腕を器用に動かし、その体からは想像できないスピードで隊員に近づき、6本の腕を使い完全に捕縛(ホールド)すると首筋をガブリと噛み付いた。血を吸う度に男の体はカラカラに干からびてゆき、皮と骨だけになると力なく地面に倒れた。

 

 ネムは順に手を上げた7人を見ていく。その中に一人、毛色の違う人間を見つけた。フードを深く被っている為、その顔までは分からないが、その体格は明らかに女性のものであった。

 ネムは、女の前に立つと、フードを剥ぎ取って顔を晒す。その顔は少し目に鋭さがあるが非常に美しく、萌葱色(もえぎ)の髪はウェーブしており無造作に後ろで一つに縛られていた。体形は非常に官能的で、出るべき所は出ており、引っ込むべき所は引っ込んでいる。そんな感じだ。

 ネムは、ガゼフに声をかける。

「なかなかの美人ですよ、ストロノーフ様。嫁にどうですか?」

 ガゼフは渋い顔をする。お見合い話を持ってくる、お節介な叔母さんに向けるような顔だ。

「残念。君は好みじゃないらしい。<人間種魅了(チャームパーソン)>」

 魅了の魔法を使い精神を支配すると、女はトロンとした瞳でネムを見つめる。先程まで感じていた恐怖が何処かに消し飛んだようだ。

 

「私は敵じゃない。分かる?」

「はい、愛しい御方」

「ネム・エモットだ。ネムと呼んでいいよ」

「はい、ネム様」

「君の名前を教えて欲しい」

「私の名前は、グラニュー・デイル・スガルです」

「ではグラニュー。この作戦の意図はなんだ。なぜ戦士長を殺す?」

「それは、が、ガゼ、フ……ガアッ」

 

 突然、グラニューは苦しみだす。胸を掻き毟り息をしようと喘ぐが息ができた様子はない。やがて、苦悶の表情を浮かべながら地面に倒れ、動かなくなった。それは、明らかに異常な死に方である。

 

「な、なんだ。死んだのか? どうなっている」

 

 この事態に最も焦ったのはネムである。

 幾つか質問をして使えそうな人物か確認するつもりであったが、余りにも不自然な死に方に不安を覚えたのだ。

 陽光聖典は特殊部隊であると聞いている。ならば、彼らが持つ情報の中には法国にとって都合の悪いものも含まれているはず。

 もし、魔法で操って情報を引き出そうとした者がいた場合、それを防ぐ手段として呪詛のようなものが存在するのなら――

 

「そんなことが? 魔法で情報を引き出した場合に相手を殺すような魔法など存在するのか?」

「お、恐れながら……」

 恐らく側近なのだろう。ニグンの隣にいた男が声を上げる。

「構わないから言え」

「はい。私達は任務を受けた際に大聖堂にて必ず洗礼を受けます。これはニグン隊長も同様です。ですが、どの様な洗礼を受けたのか記憶をしているものは、おりません」

「なるほどな。その洗礼で何かをされたとお前は言いたいのだな」

「はい。私達は知りませんでした。最高司祭に、いえ、スレイン法国に騙されていたのです。もう、あの国に未練などありません。どうか、私を貴方様のために働かせてください」

「……そういうことか。いいだろう。名前は何だ?」

 周囲からは「ずるいぞ貴様」「裏切り者」「私の方が役に立って見せます」と声が上がる。だか、そんな声には何の意味もない。助かるのはこの俺だ。そして法国には帰らず何処までも逃げてやる。二度と、法国にも王国にも関わるつもりはなかった。

「ゼイヴェルュクリュス・エルゼリ・マルフェル・ティム・アイゼンハルバルザイムです」

「……そうか、良くわかった。候補者は他にいないのか?」

「そんな!」

「はい! 私はサイラム・ディ・ロイムです。必ず役に立って見せます!」

「お前にしよう。聞いたな腐乱した貴婦人(コープス・レディ)血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)。こいつと王国軍は襲うな。他は好きにしろ。それともう子供は作るな。キモイから」

 

 残りの隊員から悲鳴が漏れる。許しを請い、慈悲を求めて懇願する。しかし願いは聞き届けられず、恐怖と暴力を体現した存在が静かに近寄る。

 ネムは、隣でゼイヴェなにがしが血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)に首筋を舐められ悲鳴を上げる姿を視界に入れないよう立ち位置を変えてロイムと向かい合った。

 

「ではロイム。君には三つ仕事を頼む」

「はい、何なりとお申し付けください」

「一つ、これから法国に戻り、ガゼフ・ストロノーフを罠に嵌めることには成功したが返り討ちに合い、全滅したと伝えろ。私の存在は絶対に出すな」

 ロイムは不安そうに顔を歪める。

「……あの、よろしいでしょうか? 説得力がありません」

 ネムは頷き理解を示す。

「多勢に無勢、切り札もある状況で戦士長一人では逆転は無理か。なら、お前達の隊長が裏切って戦士長側に付いたとしたらどうだ?」

「それならば可能です」

「ではそうしよう。二つ、陽光聖典を再編し確固たる地位に着け。無理な場合は何処でも良いから潜り込め」

「容易いことです」

「三つ、決して抵抗するな。私への忠誠心が本物なら死にはしないから安心しろ<第5位階死者召喚(サモン・アンデッド・5th)>」

「へ?それはどういう……」

 

 ロイムは言葉を詰まらせる。目の前に黒い影が浮かび上がり、影の中から一体のアンデッドが出現したのだ。

 見た目は紫色の骸骨だが腰から下の骨は無く背骨が蛇のように長く垂れ下がっていた。漆黒のローブを羽織っており、背中より孔雀に似た翼を広げている。その指は40センチと長く、先端がストローのような形状をしていた。その姿は半透明であり、背後の光景が透けて見えていた。

 

「こいつは脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)といって、上位物理無効、炎・冷気・電気属性耐性の雑魚なんだがな、一つだけ面白い特徴がある」

 

 ロイムはどこが雑魚なのかと疑問に思う。寧ろ無敵の存在であるようにしか聞こえなかった。

 その恐ろしい存在が姿を消した。視界の何処にもいないのだ。しかし、王国の戦士達の視線がその存在の居場所を教える。ロイムはゆっくりと後ろを振り向こうとし――

 

「止めた方がいいぞ」

 

 振り向くのを止めネムを仰ぎ見てネムの言葉を思い出す。

 ――決して抵抗するな。私への忠誠心が本物なら死にはしない――

 これは、私の忠誠心をお試しになっているのだ。そう結論付けたロイムは覚悟を決める。決して不信に思われてはいけないと真っ直ぐ前を見据えるロイムの頭部に何かが触れる。ゾワリと体が反応し、そこでロイムの意識はプツリと途絶えた。

 

 脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)はロイムの頭部に突き刺した10本の長い指を、まるで人形を操る傀儡子のよう動かす。ロイムは楽しげに声にならない声を上げ、指の動きに合わせて眼孔をクルクルと回転させる。

 

 ――脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)の持つ能力の一つに思考を抑制する効果がある特殊攻撃(モンスタースキル)がある。それはユグドラシルでは一定時間、魔法、特殊技術(スキル)、または、所持アイテムの中からの一つだけを指定して使用不可にする特殊攻撃(モンスタースキル)であった。この世界でも同様であるのか確認の意味を込めて使用する。

 

「私に造反する一切の行動を禁止する」

 

 ネムが発したコマンドを受諾したかのように瞳の焦点が合う。仕事は終わりとばかりに脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)は指を引き抜くとネムの背後に移動して待機した。

 ロイムの行動を縛っていた一切の恐怖が消えていた。清清しい表情を浮かべてネムに跪き臣下の礼を取ると深くお辞儀をする。

 

「このロイム、生まれ変わった気分でございます。必ずやネム様のご期待に応えてご覧に入れます」

「成らば行け。そして、行動せよ」

「はっ!」

 

 軽やかな足取りで走り去るロイムを見送りながら、本当にあれでよかったのかとネムは首を傾げる。

 何か問題が起きてからでは遅い事態になる可能性も少なからずあったのだが、現状で打てる手は打ったと自ら納得させる。

 

(まぁ、何か起きても対処できない事態にはならないだろう。やっと終わったな。戦士長にお願いしてカルネ村に戻るか)

 

 ネムは後ろを振り向き、一仕事を終えて就業時間を終えた会社員のような清清しい笑顔を王国の戦士達に視線を向けた。

 戦士達は両膝を地面に付け、恐怖と苦痛の色濃い表情をしていた。立ち上がる事すら叶わず肉体的にも精神的にも疲弊している。

 

 そこが定位置であるかのように脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)は浮遊しながら移動してネムの左背後に待機する。

 そこへ、一仕事を終えた腐乱した貴婦人(コープス・レディ)が音もなく近寄り、背後に控える脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)の左側に並ぶ。さらに左後ろには血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)が頭を揺らしながら立っている。ネムの背後に従える姿はまるで百鬼夜行のようだ。

 

(なるほど、これが原因か……)

 

 ネムは召喚したアンデッドにテレパシーで待機を命令すると、できるだけ警戒させないよう笑顔でガゼフ達に近づいた。

 突如起こる微かな悲鳴。

 ネムは足を止めると後ろを確認する。アンデッドは命令に従いその場に待機していた。

 再び視線を前を向けると、怯えた表情をネムに向ける戦士達の姿が見えた。

 

(あれ、やりすぎたかな?)

 

 彼らが恐怖する対象は明らかにネムである。ネムは深いため息と共に反省をした。彼らまで怖がらせる予定ではなかった。

 

(確かに恐怖心を煽るためとはいえ悪乗りしたかもしれないよ。でもさ、そんなに怖がらなくても良くないか? 一応、助けたんだしさ。彼らには一切危害は加えていないのにさ。はぁ、どうするのこれ……)

 

 ネムは軽く嘆息する。

 予定にはなかったのだが止むを得ない。彼らには申し訳ないが口を封じる必要がありそうだ。

 

「大変申し訳ありませんが、皆さんのここを弄らせて頂きます。色々と喋られても困りますので」

 

 ネムは自分の頭をトントンと指で叩く。それは、彼らにとって死刑宣告に等しい言葉であった。周囲にざわめきが起きる。

 ガゼフは、ゆっくりと息を吐きながら、震える足を無理やり動かし立ち上がる。

 

「了解した、ネム殿。だが、俺一人で許して欲しい。俺の部下達は絶対に約束を守ると命をかけて保証しよう」

 

 ネムを真っ直ぐ見据えている。強い意志を感じさせる眩しい目だ。

 空気が変わった。戦士達は自身を鼓舞して必死に立ち上がろうとする。ある者は拳を地面に叩きつけ、剣で己を傷つけて、仲間の肩を借りて全員が立ち上がる。恐怖が消えたわけではない。だが、それを捻じ伏せるだけの強さが彼らにはあった。

 

「なりません戦士長。其の役目は俺達が負うべきものです」

 

 ネムは彼らが放つ輝きを目にして胸が熱くなる。かっこいいじゃないか。そう、ネムは思いながら同時に羨ましくも思った。

 彼らを信じるには情報が足りな過ぎる。だが、この瞬間の彼らに嘘はないと信じることができた。

 ネムは召喚を帰還させる。

 

「皆さんを信じます」

 

 ガセフから笑みが零れ、王国の戦士達からは安堵の声が漏れる。

 これで本当に終わったんだな。とネムは実感した。

 

「さすがは我が女神。広い度量をお持ちで」

「おわ、何でお前まだいるんだ?」

「質問の意味が分かりませんが。……おや? そういえば(マザー)が見当たりませんな」

 

 ネムが召喚したアンデッドは問題なく帰還した。しかし、血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)だけが消えることなく存在している。何故か? ネムは召喚による繋がりを感じなかったことを思い出す。つまり、血飢幼生(ブラッドラスト・ラーバァ)は召喚されたアンデッドではなく、現地産アンデッドとして扱われるのだろうか?

 それに、記憶を保有していることも気にかかる。ネムは疑問を口にした。

 

「そういえば、お前は生前の記憶があるのだな。やはり死体が使われるからか?」

「どうでしょうか? 私は生きたままアンデッド化したので記憶があるのは其の所為かと。上位のアンデッドは知性を持つ場合が多いので」

 なるほど、種族変更によるアンデッド化と同じ様なものかと思い、友人であるペロロンチーノが作り出したNPCを思い出す。

(名前は、シャルティアだったな。そういえば彼女は種族に真祖(トゥルー・バンパイア)を取得していたな)

 真祖(トゥルー・バンパイア)に代表される上位のバンパイアによる吸血行為は、知性を持った吸血鬼(バンパイア)を作り出すと聞いた事がある。つまり、そういうことなのだろう。

 しかし、そうなると困ったことが一つある。

 

「消えないのか……さて、如何しようかな……取り合えず名前が必要だな」

「おお、名前を下賜して頂けるので?この身に余る名誉でございます」

「そうだな。キモムシ……キモスケ……キモザエモン……キモジロウ……。よし、キモムシにしよう」

「なんと! 素晴らしい名を付けて頂き、心より感謝致します」

「あー、うん。ここ片付けておいて。あと、村に近づかないでね」

素っ気ない物言いだがキモムシは嬉しそうだ。

「もういいや、なんか疲れた。帰りましょう。ストロノーフ様」

 




次の話で1章が終わりとなります。ここまで長かった……。

次回『王国戦士長との別れ』
投稿は明日の月曜を予定しています。



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王国戦士長との別れ

 馬を呼ぶ口笛が響く。 戦闘の邪魔にならぬよう方々へと走らせた馬達が口笛の音を聞き付け戻ってくるのだから、訓練された馬というのは賢いものだなと感心する。

 恐慌状態から既に立ち直った戦士達は、漸く勝利を実感したのだろう笑顔で互いの健闘を称え合っていた。

 不思議と――というか当然の結果だが――ネムの周りだけ誰も近寄ろうとしない。「別に寂しくなんかないもん」と少しイジけてみせた。

 馬の手綱を引いていたガゼフは、顔を顰めるとネムの元まで馬を引いていく。

 

「すまない。皆、まだ少しばかり怖いのだ。だが、ネム殿には心から感謝している。それは皆が思っている気持ちだ。それは分かって欲しい」

「心配要りません、ストロノーフ様。彼らの気持ちは分かるつもりです。それに、私の無知にも原因があるのですから……」

 

 これは事実であるとネムは認識している。この世界のおいてネムの力は規格外すぎた。強大な力を持つからといって、それを好き勝手に使って問題にならない筈はないのだ。街中で機関銃を連射する子供には誰だって近づきたくはないだろう。

 目立つ行動は控えようと決めた矢先のこれだ。次は熟慮を重ねた上で慎重に行動すべきだと深く反省する。何せ、今は一人(・・)なのだから。

 

 ガゼフは困ったような様子で頭を掻いた。

 

「ガゼフと呼んで頂けるかなネム殿。俺よりも強い御仁に敬称で呼ばれるのは何ともこそばゆい」

「ではガゼフと呼ばせて頂きます。私のこともネムでいいですよ」

 

 自分で言ってネムは気恥ずかしさに若干、顔を赤らめる。

 例えば英語圏ではお互いをファーストネームで呼び合うことは普通かもしれないが、鈴木悟は生粋の日本人である。仕事柄、互いの姓を「さん」付けで呼び合う社会で生きてきたのだ。ファーストネームで呼び合う事に、単純に慣れていなかった。

 

「では、ネムと呼ばせて頂こう。改めて感謝する。ネム、君のおかげで生き残ることができた。本当に君のお陰だ」

「……ああ、気にしないでください。ガゼフ」

 

 真顔で手を差し伸べられて、世界観のギャップを痛感するネムであった。

 

 彼らは来た時と同じ構成でカルネ村へと馬を走らせる。すなわち、ネムとガゼフが相乗りをして先頭を走り、部下達が隊列を組みそれに続く構成である。ただし、突入時とは違い帰りは危険がないため、ネムが前に乗り、後ろにガゼフが乗って手綱を取っている。

 馬を走らせながらネムとガゼフは互いに質問を繰り返す。もっぱら、魔法をどこで学んだのか、師は誰なのかなど答えられない質問ばかりでミステリアスな少女を演じることになったのだが……。

 

「……そういえば、ネム。君が陽光聖典のロイムという男を生かした理由は、法国に間諜(スパイ)を作ることが目的なのか?」

 よく覚えていると舌を巻く。

「ええ……まぁ、他にもカルネ村をスレイン法国から逸らす目的もあったので……」

「なるほどな。では、ロイムに行ったアレだが……アレには一体どんな効果が?」

 ガセフは指をくるくると回してあの時に見た光景を再現する。

「ああ、アレは思考に制約を与える類のものですよ。死に至る呪いのようなものではありません」

 ネムはグラニューを思い出す。条件が満たされることにより人を殺すことができる魔法など聞いた事がなかった。

「私は死に至る呪い(カース)制約(ギアス)といった魔法を知りません。苦痛を与えることはあってもそれで死ぬことはないはずです。ですが、グラニューは死にました。何故だと思いますか?」

「俺には魔法のことはさっぱり分からないな」

「私はこう考えました。死因は魔法の精神支配による情報の吐露であると。アイテムによるものか、私の知らない魔法であるのか分かりませんが、そういった手段がある以上、ロイムを魔法で縛るのは得策ではありません」

 

 他の隊員とは普通に会話ができていたので、強制的な情報漏えいが原因である可能性が高いとは考えている。しかし、精神支配が魔法以外の手段で行われた場合も同様なのだろうか? 自らの思考と意思で行った場合も同様なのか? 結局は答えなど得られていないのだ。

 だからこそロイムに対して脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)特殊攻撃(モンスタースキル)を使用した。彼の生死もまた一つの答えになるのだから。

 

「ロイムに行ったアレは、魔法とは別の、もっと直接的なものですから」

「……本当に、君は一体何者なんだ?」

「ただの村娘ですよ。ただ、ほんの少しだけ、人より魔法が使えるだけのね」

 ほんの少しではないだろう、という顔をする。

 

 次は私の番だとばかりに、ガゼフに質問を投げ掛ける。主に王都の生活や暮らしぶりについての質問ばかりであったが……。

 

「都市の暮らしに興味があるのなら、一度、首都を訪れると良い。ネムなら何時でも歓迎するよ。おっと、村が見えてきましたな」

 

 夜になると人工的な明かりの無いカルネ村は夜の静寂に包まれるのだが、村の入り口付近では、その明かりが目印とばかりに枯れ木束ねてを燃やした炎が辺りを照らしていた。そこでは、多くの村人達が彼らを出迎えていた。

 村人達の中に両親とエンリの姿を見つけると、ネムは慌てた様子でガゼフの服を引っ張る。

 

「あのさ、ガゼフにお願いがあるんだけど……」

「何かな?」

「一緒に家族に謝ってくれませんか? 特にエンリお姉ちゃんに」

 ここからでも鬼の形相をしているのが見えたのだ。

「申し訳ないがそれは聞けそうもない。力になれなくて残念だ、ネム」

ネムの子供らしい一面を垣間見て、ガゼフは心からおかしそうに笑った。

 

 村に着くや否や村人達に取り囲まれ労いと賞賛の声に包まれる。

 そんな中、エンリはネムに駆け寄ると烈火のごとく怒りを爆発させる。

 

「どうして黙っていなくなっちゃうの! 心配したじゃない! 本当に心配したんだから!」

「……ごめんなさい」

「夕食時になっても見つからないし、村中探してもいないし、村長に聞いたら戦士長とかいう知らない変な人について行ったって言うし」

「確かに軽率でした。申し訳ない」

「変な人いたー!」

「戦士長に向かって言いすぎだよエンリ。無事に帰ってきたのだし今夜は……」

 

 流石に王国戦士長に向かって変な人は不味いだろうと、村長が口を挟む。しかし、そんな言葉ではエンリの怒りの炎は収まらない。寧ろ火に油を注ぐ結果となり、村長にまで飛び火する。

 

「何言ってるんですか村長! はっ、もしかして村長さんも知ってたんじゃ……知っててネムをそんな危険な場所に行かせたんですか? そんな……信じていたのに……」

「いや、私は……申し訳ない……」

 

 深い皺を寄り深くして謝る村長。エンリの激情は既に誰彼構わず向けられていた。これには、エモット夫妻も慌てて止めに入る。

 

「落ち着いてエンリ。あなた言ってることが無茶苦茶よ!」

「娘の暴言、申し訳ありませんでした」

 

 父親はガゼフと村長に頭を下げると、エンリに向き直る。

 

「エンリ、そのぐらいにしなさい。忙しさのあまりネムを放って置いた俺にも責任がある」

「だって……私も安置所の草取りに追われて構ってあげられなかったのは悪かったけど……急にいなくなっちゃったから」

 

 父親の言葉はエンリの熱を一瞬で冷ました。ネムはまだ10歳の子供なのだ。忙しいなどという言葉は言い訳にはならない。だが、今日のネムはしっかりしていたので大丈夫だろうと目を離したのだ。己の非を認めてしまった。やはり私が悪かったのだと涙ぐむエンリの肩に、母親は優しく手を添える。

 騎士の無慈悲な暴力に傷付けられた村人達が眠る場所を少しでも綺麗にしてあげたかったエンリの気持ちを誰が責める事ができるだろう。

 だが、そこに爆弾が投下される。

 

「まぁまぁ、エンリお姉ちゃん。ガゼフも悪気があったわけじゃないんだ。許してあげて」

「お前が言うな!」

 

両親とエンリの声が見事に重なり合った。

 

 

 村には現在、多数の空き家があった。その一室を借りてガゼフは部下達と共に一晩の滞在をすることになり、数日振りに屋根のある家屋で休息を取っていた。

 ガゼフは扉をノックする音で目を覚ます。夜半過ぎに訪れる者がいる場合は、大抵が碌な用件ではない。

 剣を取り十分に警戒しながら窓の鎧戸を僅かに開けて外の様子を窺う。月明かりに照らされてネムが一人、扉の前に立っているのが見えた。

 

「これはネム。こんな夜半に何用かな?」

「起してすみません。ガゼフ達は明日の朝、カルネ村を出立すると聞いたので――」

「見送りなら明日の朝でも――」

「――捕虜の騎士の記憶の改竄に協力して欲しい」

 ガゼフは言葉を飲み込む。

「……記憶の……改竄ですか?」

「はい、ガゼフは捕虜を連れて行くのでしょう? であれば、余計なことまで喋られては困りますので」

「また、あれを呼び出されるので?」

 ガゼフの脳裏に脳吸い死霊(ブレインサック・スペクター)の身震いする姿が浮かぶ。だが、ネムは頭を振る。

「いえ、そういうことが行える魔法があるのです」

 

 村の倉庫ではガゼフの部下の戦士二人が見張り番をしていた。

 見張り番は、ガゼフとネムをすんなりと倉庫中へ通す。

 捕虜の騎士、モーレットは縛られ地面に転がされたままの姿で深い眠りに落ちていた。

 ネムは静かにモーレットの頭部側に座ると、ガゼフを足元に立たせて合図をする。

 ガゼフは頷くと、剣を抜き身構える。

「起きろ」

 モーレットは目覚めと共に薄く目を開け、剣を抜き自身を睨むガゼフの姿に昼間の恐怖を思い出し声を詰まらせる。

 すかさずネムはモーレットの頭を両手で挟んだ。

「<記憶操作(コントロール・アムネジア)>」

 魔法を詠唱すると共にモーレットの瞳は無機質なものへと変わり、ガゼフにぼんやりとした視線を向ける。

「これからどうするので?」

「まずは、モルダーの姿とガゼフの姿を入れ替えます……っと、これは、意外とキツイ……」

 ネムはこれまでにない魔力の喪失感に捕らわれる。記憶の僅かな改竄ですら魔力の消耗が尋常ではなかった。

「これで、ひとまずは……あっ……まあ、いいか」

「何か問題でも?」

「大した事じゃありません。私がガゼフを召喚したことになっただけです」

 ガゼフは首を捻る。それは、本当に大した事ではないのか疑問に思う。

「次は、私の尋問はガゼフが行った事にしても良いですか?」

「ああ、かまわんよ」

「それでは……っと、やはりキツイな……はぁ……」

 ネムの額には大粒の汗が浮き出て、頬を伝い流れる。濡れた前髪が額に張り付き、疲労で苦しそうに息を喘ぐ。

「ああっ……これは流石に……もういいや……」

 終わりだとばかりに手を離すと、深く息を吸い呼吸を整える。

 モーレットの瞳に意思が戻り、その視界にガゼフが入ると恐怖のあまり白目を剥いて意識を失った。

「どうした? 何があった?」

 ガゼフが心配になりネムに尋ねる。

 ネムは鷹揚に手を振って答えた。

「大した事じゃないですよ。この男の記憶の中でガゼフがガゼフを召喚した、それだけの事です」

 ガゼフは渋い顔をする。それは流石に大した事だろうと言いたくもなるが、ネムの疲労が尋常ではなかったので言い出せずに黙る。流石に訂正を求めるのは酷なように思えた。モーレットが何を言おうと恐怖で錯乱したことにすればいいと結論付ける。

「後のことは俺に任せてくれ。今日はもう疲れたろう、ゆっくりと休むといい」

 ネムは立ち上がると、フラフラと体を揺らしながら出口へと向かう。

「そうさせて頂きます。お休みなさい、ガゼフ」

 

 

 東の空には太陽が昇り暖かな陽の光が地面を明るく照らす。晴天の眩しさに目を細くする。

 ネムは朝早くに起されてやや不機嫌そうだ。寝不足で閉じかけた眼を擦ると大きく一つ欠伸をする。

 ガゼフ達は出立の準備を済ませて中央広場で隊列を組んでいる。村人達は見送る為に中央広場に集まっていた。ネムもその集まりの中に加わっていた。

 ガゼフは見送りに来た村長と手を取り合い挨拶を済ませると、家族と共に見送りに来ていたネムに視線を送る。

 エンリは慌てた様子で頭を下げる。

 

「あの、昨夜は申し訳ありませんでした」

「いや、本当に気にしないでくれ」

「ガゼフは、これから如何するのですか?」

「まずは、エ・ランテルに向かうつもりだ」

 ガゼフは顔を顰める。辛い過去の出来事を思い出したのだろう。声に哀愁を滲ませる。

「ネムはルフナという村を知っているか?」

「おお、それでしたら……」

 エモット夫妻の隣で話を聞いていた村長が割って入る。

「カルネ村より南方にある少し規模の大きい村ですな。ハイグロウンという茶葉が盛んでしてな。年に何度か交流のある村です」

「……その村だが、数日前に騎士達に襲われてな。生き残ったのは僅か数名だった」

「……なんと……」

「今は、エ・ランテルの神殿で治療を受けている筈だ。俺に、何かしてやれる事があればよいのだが……」

「でしたら、この村に移住の依頼をお願いできないでしょうか。丁度、カルネ村も村人が減って移住者を募らねばならなかったので、彼らが来てくれるのなら我々も助かります」

「そうか! この村ならば俺も安心だ。是非、お願いしたい! エ・ランテルに着いたら俺の方からも話をしてみるつもりだ」

 ガゼフはネムに向き直りにこやかに笑う。

「ネム、君と同じぐらいの年の少女も一人いる。名前はアシュレ・ルーインという。酷い傷を負っていたが無事なはずだ。是非、良くしてやって欲しい」

「もちろんですよ、ガゼフ。約束します」

「感謝する」

 ガゼフは膝を折りネムと強く握手を交わす。そして、村長に「世話になった」と頭を下げると、馬に騎乗してカルネ村より去っていった。

 

 カルネ村の村人達は、王国の戦士達の姿が見えなくなるまで見送ると、それぞれの居場所へと戻っていく。

「エンリ、ネム、私たちも帰ろう」

 父親の言葉に頷くと我が家へと足を運ぶ。ネムは家に帰りながら次にすべきことは何かを考える。

 

(やはり情報不足が一番の問題だな。エ・ランテル城塞都市か……。行ってみたいな)

 

 突然、前を歩く父親が足を止めた為、ぶつかりそうになる。文句を言いたげに見上げると、父親は我が家の方向を注視して驚愕の表情を浮かべていた。

 

「何……あれ……?」

 

 エンリのかすれた声が聞こえる。視線が集まる先を見ると、家の玄関先に小さな黒い穴が出現していた。それは、空間を侵食するように急激に膨れ上がり、楕円の形をした底の見えない闇へと変わる。

 

(え? あれはまさか……<転移門(ゲート)>か? 何故こんなところに?)

 

 空間に発生した闇の中から骨の手が出現する。やがて、全体像を現したその姿は、漆黒のローブを纏う白骨化した骸骨(スケルトン)であった。眼窩に宿した憎悪の炎が赤く揺らめき、周囲を窺うように頭を動かす。そして、ネム達に気が付くと走り寄ってきた。

 

「お父さん! お母さん! エンリお姉ちゃーん!!」

 

 180センチほどある骸骨のアンデッドは恐怖で悲鳴を上げて硬直するエモット夫妻とエンリに抱き付きぴょんぴょんと跳ねる。その重量で倒れそうになるが、そこは足を踏ん張り必死に耐えていた。

 

「な!? 俺がいる……」

「あ、あたしだー」

 

 家族の背中越しにネムとモモンガは視線を合わる。それはネムが最もよく知る死の支配者(オーバーロード)・モモンガの姿であった。

 <転移門(ゲート)>は今現在も開いており、モモンガに続いて美しい女性がその闇から飛び出す。それは、純白のドレスを着用して濡れたような艶やかな黒髪を後ろに流す絶世の美女であった。ただし、腰の辺りから黒い翼を生やし、頭から突き出た山羊のような太い角が、彼女が人間ではなく悪魔であることを示唆している。

 続いて飛び出した少女も、先程の悪魔に負けぬほどの美少女だ。漆黒のボールガウン・ドレスを着こなし、その肌の色は白蝋じみた白さで、銀髪に真紅の瞳をしている。

 二人は<転移門(ゲート)>から飛び出すとモモンガの後を追う。

 

「お待ちください。外は危険です!」

「待っておくんなまし。私も行くでありんす」

 

 先に飛び出した美女は、死の支配者(オーバーロード)の傍に佇む小さな人間の存在に気付きピタリと足を止める。驚愕と混乱で瞳を見開き言葉を失う。

 それは、ネムも同様であった。

 

「な、アルベドに……シャルティア?」

 

 ネムの口から漏れ出た声は小さく、呟く程度であったが、その言葉に反応して、アルベドは激しく動揺したように見える。

 後に続いた美少女――シャルティアは、立ち止まるアルベドを不審に思いながら彼女の視線を追い、ネムに止まると瞳孔を開いてその姿を凝視し、アルベドに視線を向ける。

 

「ちょっとアルベド! これはどういうこと?」

 

 アルベドは激しく動揺した様子で、しかし、何かを悟ったのか、その面持ちに影が差す。

 

「まさか……隠し子……」

「そんな!」

 

シャルティアは聞きたくなかったかの様に頭を横に振り、驚愕に眼を見開き悔しがると唇を噛みめた。

 




第一章は終了となります。次回より第二章を始めます

次回『ナザリック地下大墳墓』


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第二章 モモンガ、魔法少女になる
ナザリック地下大墳墓


今回より第二章を始めます。

※最後の10行を修正しました(2016/03/26)


 PKギルドとして悪名高いギルド、アインズ・ウール・ゴウン。その本拠地にして、かつてプレイヤー1500人による侵攻をも退いたナザリック地下大墳墓の最深部である10階層、玉座の間の最奥に巨大な水晶の玉座に、死の支配者(オーバーロード)モモンガは腰を下ろしていた。

 傍らには、ナザリックの各階層にて侵入者を排除すべく配置された守護者達を纏め上げる守護者統括、淫魔にして絶世の美女アルベドと、家令(ハウス・スチュワード)を兼任する執事(バトラー)にして6人の戦闘メイド『プレアデス』のリーダーを務める執事服を見事に着こなした白髪に見事にカットされた白髭をたくわえた老人、セバスを従えている。

 玉座へ上がる階段の階下では、それぞれが異なるメイド服を模した戦闘服を装備したプレアデスの6姉妹が待機していた。

 

 アルベドは、久方ぶりに胸を躍らせる。40人の至高の御方が姿を隠して以降、ただ一人残ったモモンガが玉座の間を訪れたことは初めてであった。

 粗相のないよう、笑顔を湛えて主人の一挙手一投足をつぶさに観察する。アルベドに対して恥じらう素振りを見せ、それでいて楽しげな様子に喜びが溢れ、セバスと楽しそうに笑う姿に嫉妬の情がわいてしまう。

 当然のことのようにモモンガの傍にいることは、アルベドにとってこの上ない幸福であり、この時が永遠に続くことを願ってしまう。

 

 ふと、モモンガは寂しげに天井を仰ぎ見る。

 そして、幾許(いくばく)もしない内に全身を飾る装備の――神級のローブや各種指輪、神級すら超えるギルド武器『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』、そして、かつての仲間からモモンガに装備をする事を許された世界級のアイテムまでもが――姿が消え、骨だけの姿となる。

 その姿さえも幻であるかのように薄くなり、モモンガの座る玉座が透けて見えた。

 

 アルベドは恐怖で全身が震える。

 

(モモンガ様までもお隠れになられてしまわれる……いいえ、これは――死――)

 

 不吉な一文字が脳裏を過ぎり、静寂を切り裂く震えた声を上げる。

 

「モモンガ様!」

「え? なになに?」

 

 そこには、はっきりとした姿できょろきょろと辺りを窺うモモンガの姿があった。

 まるで、アルベドが名を呼ぶことで存在が確定したかのような錯覚を覚えるほど見事なタイミングであった。

 モモンガは、神々しさすら感じる玉座の間に息を呑む素振りをする。

 

「うわあ! すっごーい! まるで御伽噺に出てくるお姫様のお城みたい! ここどこ?」

「ああ……モモンガ様……」

 

 心からの安堵の吐息を洩らし、全身の力が抜けて倒れそうになる。しかし、主人の前でそのような無様な姿を見せるわけにもいかず、堪えると背筋を伸ばして平常時の顔を作る。

 

「ここはナザリック10階層、玉座の間でございます」

「うわー、すっごい綺麗な人。妖精みたい」

「そんな! 嫁にしたいだなんて!!」

 

 壮絶な空耳ならぬ幻聴を耳にして身悶えし、しまらない顔で膝から崩れ落ちる。モモンガは驚き、アルベドに手を伸ばす。

 

「だ、だいじょうぶ……うん?」

 

 差し出したその手を骨を見て眼窩の赤い炎が小さく消え入りそうになる。

 

「ほ、骨ぇー!」

 

 モモンガは驚いて全身を確認する。それは死の支配者(オーバーロード)の白骨化した骸骨の体であった。その姿を見てアルベドは息を粗くする。

 

「ええ!? ネム、死んじゃったの? うわーん、やだー…………あれ?」

 

 止め処なく溢れる悲嘆の感情が嘘のように消えて平常心を取り戻す。激しい感情の起伏は抑制されるが、後から押し寄せる感情の波が、湖面に広がる波紋の様に途切れることはなかった。

 

「モモンガ様、よろしいでしょうか?」

 

 モモンガの傍で膝を折り臣下の礼を取っていたセバスが頭を上げる。

 見上げるセバスの鋭い眼光と目が合い、自分のことだと感じ取ったモモンガは、不思議そうに首を傾げる。

 

「あたし?」

「はい、モモンガ様。このままのお姿では風邪を引いてしまいます。何か服を着た方がよろしいのでは……」

 

 姿が消えかかる瞬間、モモンガの全ての装備が消えていた。体まで消えることはなかったが装備は依然として消えたままであった為、モモンガは何も身に纏っていなかったのだ。アルベドは初めて気付いたかのよう目を丸くして割って入る。

 

「大変! セバス、何をしてるの! 早くお召し物を持って来なさい!」

「畏まりました」

 

 足音を立てず、電光石火のごとく走り去るセバスを目で追い、階下で片膝を付き頭を下げるプレアデスの姿が視界に入る。その何人かは頬を赤く染めている。

 アルベドは一つ咳払いをすると、威厳に満ちた声を張り上げる。

 

「貴方達プレアデスは9階層に上がり警戒に当たりなさい」

「はっ」

 

 6姉妹の声が重なる。

 本来であれば主人であるモモンガがその場にいるのだから、モモンガの言葉に従うのが道理である。しかし、モモンガの様子から異常事態であることを感じ取ったプレアデスの6姉妹は、守護者統括という立場にあるアルベドの言葉に従い、直ちに行動を開始する。

 アルベドは、モモンガに視線を戻す。その面持ちは若干の緊張をはらんでいる。咄嗟に出た言葉とはいえ、主人を差し置いてセバスやプレアデスに指示を出したこと如何思っているのか不安を感じたのだ。しかし、それが杞憂であることを知りほっとする。モモンガはアルベドを感心したように見つめていた。

 

 アルベドは不思議に思う。

 今のモモンガは随分と子供のように思えた。幼い者のような言動に疑問を感じたのだ。始めは何かの遊び(プレイ)かと思ったがどうもそうではないらしい。

 もちろん、その姿に違いはない。見目麗しい姿である。白磁のような肌――骨で、力強さと繊細さを併せ持った造形美だ。しかし、何処となく儚げである。至高の存在から感じられる絶対的支配者の気配(オーラ)は、変わらず強い輝きを感じ取れる。しかし、それは円輪のように、中央が僅かに欠けたような印象を受ける。

 

「モモンガ様、ただいま戻りました」

 

 丁寧に折り畳まれた漆黒のローブを持ったセバスが戻ってきていた。玉座へ上がる階段の手前まで立ち止まると深々と頭を下げる。

 

「あたし、ネムだよ?」

 

 ピクリと、アルベドの眉が動く。しかし、微笑を浮かべたままの表情を変えずにモモンガに話しかける。

 

「畏まりました。ネム様、そのようなお姿だと風邪を引いてしまわれます。セバス、お召し物を」

「はっ」

 

 セバスはアルベドの膝元まで移動すると、両手に持つ漆黒のローブを差し出す。アルベドはローブを受け取るとモモンガの前でそれを広げる。

 

「さあ、ネム様。これを」

「う、うん」

 

 モモンガが漆黒のローブを着用したことを確認するとモモンガの前で臣下の礼をとるセバスは優しい笑みを浮かべる。

 

「モモンガ様はお疲れのご様子。少しお休みになられては?」

 

 モモンガは頷くとセバスに手を伸ばす。その姿は、騎士に手を差し伸べる姫君のように見えた。

 アルベドはその手を横からつかむと、殺意の篭った形相をセバスに向け、振り向きざま凄まじい速さで表情が変化してモモンガに美しい微笑を浮かべる。セバスの額に汗が滲む。

 

「私がお連れしますわ。セバス、貴方は後ろを付いてきなさい」

「畏まりました」

 

 女神の微笑を湛えてモモンガを先導するアルベドの背中をセバスは追った。セバスは冷や汗かきながら、されど微かに笑顔を浮かべて。

 

 

 至高の41人の個室はどれも同じ作りである。見事な彫刻が施された重厚な外扉を通り、金で縁取られた大きな内扉を開けるとリビングスペースが広がる。リビングには金彩を施したソファーや水晶のテーブル、グランドピアノなど数々の備品が置かれ、奥にはバーカウンターも完備してある。他にもキッチンや浴室、主寝室、来客用寝室と複数の部屋がある。モモンガ達は、真っ直ぐ主寝室に向かう。

 主寝室には天蓋付きの巨大なベッドが一つだけある。見事な調度品に目を白黒させていたモモンガは、セバスが用意したナイトガウンに何時の間にか着替えを終え、アルベドに先導されるがまま気が付いた時にはベッドに寝かされていた。

 

「ネム、眠くないよ?」

「だめですネム様! 今日はお疲れでしょう。十分にお休みになってください」

 

 すがるような視線――表情は骸骨である為分からないのだが――をセバスに向ける。

 

「ネム、眠くないよ?」

「さようでございますか。それでは、私共は寝室の外におりますので、何かございましたらお声をかけてください」

 

 モモンガを残してアルベドとセバスは寝室を出るとそっと扉を閉めた。

 寝室の扉から十分に距離をとると、アルベドはセバスを呼びとめる。その意識は視線と共に注意深く寝室の扉に向けられている。死の支配者(オーバーロード)であるモモンガの聴力を考慮して、セバスの傍に近づくと小声で話しかける。

 

「ちょっといいかしら?」

「ち、ちか……いえ、何でございましょうか? アルベド様」

「あら、少し呼吸が乱れてるわね? 大丈夫なの?」

「はい、ありがとうございます。それでご用件はモモンガ様のことでございますね?」

「そうよ。貴方は気付いたかしら。モモンガ様が今は別の人格になっていることに」

「……ネム様、でございますね。しかし――」

「ええ、分かってるわ。ネム様の存在がモモンガ様をこの地に繋ぎ止めているのは確か。それに、モモンガ様の別の人格かも知れないし」

「なるほど」

「だけど、こうとも考えられる。何らかの攻撃を受けてモモンガ様に何かが起こった……そして、ネムのいう人格がモモンガ様に入り込んだ……」

「なるほど。ですが、可能なのでしょうか?」

 

 かつて1500人の大侵攻すら9階層まで届かなかったナザリック地下大墳墓に、何者かが誰にも気付かれることもなく侵入するなど不可能に思えた。しかも、アルベドとセバスの目の前で至高の存在であるモモンガに攻撃を仕掛けることができる者が存在するとはとても思えなかった。

 

「そうね、その可能性は低いわ。でも、私達は注意して行動すべきではない? 慢心で至高の御方に万が一があってはならないもの……」

 

 もう遅いかもしれないという思いが、アルベドに苦渋の表情をさせる。セバスは同意して頷く。それは至高の御方の安全が第一である考えに対してである。敵対勢力による攻撃とはセバスにはとても思えなかった。

 

「ですが、ネム様に敵意は感じられませんでした。むしろ、我々以上に戸惑われていたご様子」

「そうね。どちらにしてもこの事は私達二人の秘密にした方が良いわ」

「ふ、二人だけの秘密でございますか?」

「少なくとも、はっきりとした事が分かるまで余計なことをするべきではないわ。それに、他の守護者に知られてもいけない。感情的に動かれてモモンガ様の身に何かがあっては遅いもの」

 

 セバスは、それには異論はないと深く頷く。モモンガの身に起こったもう一つの見逃すことができない異変を感知していたが故である。

 

「モモンガ様……いえ、ネム様は今、おそらくレベル1でありますれば、細心の注意を払わなければ――」

「それはどういうことよ!!」

 

 アルベドの大声に辺りを見回し、誰もいないことに安堵のため息を吐く。

 

「アルベド様、もう少しお声を小さく」

「そうね。悪かったわ。それで! ネム様のレベルが1ってどういうことよ」

「はい、ネム様から感じた強さはレベル1程度のものでございました。ですが、私の持つ感知能力では漠然とした強さしか分かりません。ですので、おそらくと……」

「それじゃ……まさか偽者? いえ、それはないわ。私がモモンガ様を見紛う筈がないもの」

「私も、あのお姿は本物であると確信してございます」

「そう、だったらネム様の守りをもっと固めなければ……いえ、私がお守りせねば……そして、ずっとお傍に……。セバス、貴方はネムという人名について、或いは今回と関係ありそうなことを調べて頂戴!」

「しかし、私の役目はモモンガ様の、いえ、至高の41人のお世話をすることでございますれば……」

 

 セバスの役職は至高の御方によって決められたものである。アルベドとはいえ、おいそれと変える訳にはいかない。

 

「仕方ないわね。なら、交代で調べましょう」

 

 交代でお世話をしましょうという提案である。それぐらいは譲歩しなさい、私もガマンするんだからとその目が訴えかける。迫力に押されてこくりと頷きならがらも疑問に思う。アルベドのモモンガに対する情念が異常である気がしたのだ。

 

「一つお聞きしても?」

「何かしら」

「アルベド様はモモンガ様を――」

「もっちろん、愛しているわ! ああ、あのお姿、あのお声を聞いただけで愛しくて胸が張り裂けそう!」

 

 アルベドに遮られる形で言葉を被せられ、気持ちを切り替えるように小さく咳をする。その表情は心なしか微かに陰る。しかしそれは、アルベドの様子を窺っていたセバスには予想された答えであった。気を取り直すと、もう一つ確認しなければならないことを尋ねる。

 

「それは、ネム様となった今でもお変わりないのでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。それが如何したの?」

「では、もしもネム様がモモンガ様と関わりないことがわかった場合、その時は、どうされるので?」

「あら? 貴方はわかりきった事を聞くのね」

 

アルベドは妖艶に微笑んだ。

 

 

 モモンガは自室のソファーに座ると退屈そうに溜息をつく素振りをした。その隣で楽しそうにアルベドは服を選んでいる。

 

「次はこれ、これを着てみましょう!」

 

 深い緑の生地に銀糸で刺繍を施し、大小様々な宝石が縫い付けられたコートを手に取ると楽しそうにモモンガにあてがう。

 

「またぁ? アルベドしつこい」

「お嫌、でしたか?」

 

 最初はモモンガも楽しかった。しかし、それが6時間も続くと流石に飽きてくる。モモンガが不満を漏らすと寂しげな表情で視線を逸らす。この仕草に何度も騙されてきたのだ。

 分かってはいるのだが、アルベドのような美女に濡れた瞳でお願いされると、どうしても強く断ることができなかった。

 

「ううん、嫌じゃないよ。でも、これで最後だからね」

「ええ、もちろんです!」

 

 何度目か分からないやり取りを済ませると、モモンガは立ち上がり着替えを済ませる。

 自室にこもるようになり二日が経過していた。初日は珍しい調度品や内装にはしゃいでいたが、二日目にはそれも飽きドレスルームで大量に衣装を見つけ、お着替えをしようと言い出したのはモモンガである。しかし、それに火が付いたアルベドは何処かから更に数多くの衣装を自室に持ち込み、この有様である。

 

「ああ、素敵です。モモ……ネム様」

 

 全身を映す鏡の前でポーズを取る。骸骨の姿に最初は驚いたものの今ではすっかり慣れたようで、様々なポーズで服装を確かめる。モモンガは何かに気付いたように腕を上げる。コートの袖口のボタンが外れかかっていた。

 

「少しお待ちください。直に戻ります」

 

アルベドは疾風のごとく部屋を飛び出した。直に部屋の扉が開く。

 

「お帰りなさい。ほんとに早かったね。あ、セバス」

「これはネム様」

 

 セバスは室内を見渡し、散らかった衣装の山に視線を止める。

 モモンガは誰かを思い出したのか、叱られる子供のように肩を窄める。

 セバスは笑みを浮かべるとモモンガの傍に近づくと背筋を伸ばして腕を胸に当てると丁寧な礼をする。

 

「おや、袖口のボタンが外れかかってますな。よろしいでしょうか?」

 

 モモンガが腕を上げると、セバスは執事服のポケットからソーイングセットを取り出し、目にも留まらぬ早さで瞬く間にボタンを付け直した。壮年の男性が見せる渋い笑みをモモンガに向ける。

 

「終わりました。お時間を頂きありがとうございます。ネム様」

「セバスかっこいいー」

 

 その時、背後でガシャンと物が落ちる音がした。音がした方向を見ると、アルベドが呆然と立ち尽くしていた。足元には裁縫箱が落ちている。

 恐ろしい形相でセバスを睨む。大量の汗が背中から噴出しセバスは蛇に睨まれた蛙のように身動きができなくなる。

 

「こ、これは、アルベド様」

「セバス、貴方ここで何をしているの?」

「そろそろお時間なので、ネム様に御使いしようかと……」

「あら、もうそんな時間なの……」

「はい、もう夕方の7時です」

「わかったわ。……まぁ、こんなに散らかって大変ね! 私も手伝うわ」

「はっ、しかし――」

「良いわよね。セバス」

「もちろんでございます。おねがいします。アルベド様」

 

 かくしてセバスは手際よく部屋の清掃を開始した。まるで時間を巻き戻すかのように次々と出された衣装がドレスルームに収納されてゆく。モモンガもそれを手伝おうとするがアルベドとセバスに止められ、退屈を紛らわす為に部屋の探索を行うことにした。

 収納部屋の扉を開くと様々なアイテムや装備品が所狭しと置かれている。部屋の壁沿いに置かれた台座には虹色の輝きを放つ宝玉や黄金の天秤、異様な形状をしたモニュメントや怒りとも悲しみとも区別がつかない模様が描かれた仮面など、多種多様な道具が置かれており、部屋の隅には幾つもの収納ケースが重ねて置かれている。その収納ケースの上に置かれた直径1メートルほどの鏡を見つける。

 鏡を覗き込むがモモンガの姿は映っておらず、不思議に思い手に取るとどこかの草原が映し出された。

 

「何? これすごーい」

 

 モモンガは鏡を手にしたままアルベドの元まで走り鏡に映る映像を見せる。

 

「ねぇ、アルベド。これは何なの?」

「これは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)といって、離れた場所を映し出す鏡です」

「すっごーい! ねえ、アルベドは使えるの?」

 

 モモンガは期待に満ちた表情でアルベドを窺う。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)は知識としては知っていたが操作したことは一度も無い道具だ。さらには探知系魔法による対策の影響を受けやすく、情報操作系の魔法で簡単に隠蔽可能で、微妙系アイテムとして使用されたところを見た事もなかった為、操作に自信がなかった。しかし、モモンガが期待しているのである。答えは初めから一つだ。

 

「ええ、もちろんです」

 

 こうして、アルベド主催による上映会が開かれることになった。

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)はテーブルの上に立て掛けられ、ソファーの中心には普段の漆黒のローブに着替えたモモンガが、その隣にアルベドが座る。セバスはソファーの後ろで置物のように直立している。

 

「では、いきます!」

「はーい」

 

 モモンガの拍手に応えてアルベドが鏡に触れると、鏡には夜空と夜の草原が映し出される。

 

「おおーっ!」

 

 嬉しそうに声を上げるモモンガに気を良くしたアルベドは右手を動かし遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を操作する。映し出される映像は手の動きに合わせて右にスライドする。

 

「すごいすごーい。アルベドすごーい」

「ありがとうございます。ネム様」

 

 手を叩いて喜ぶモモンガにアルベドは満々の笑みで応える。それから試行錯誤で操作を始める。鏡の映像はアルベドの動きに合わせて移動し、角度を変え、夜空のみを映したかと思えば、風にたなびく草原だけを映すこともあった。

 既にアルベドは長時間操作を続けており奇妙な踊りを踊っているようにも見える。その姿を飽きることなくモモンガは楽しんでいた。戦士職の勘もあり、アルベドは唐突にこつを掴む。こつを掴んでからの上達は早かった。

 

「やっぱり! こうすると……どりゃ!」

 

 視点がぐるんぐるんと回りピタリと止まる。映像の回転はモモンガを飽きさせないためのアルベドの工夫である。今や映し出す映像の移動も上空からの俯瞰も、接近して近距離からの映像も思いのままでであった。

 

 驚くべきことに上映を開始して既に8時間が経過していた。映像に映し出される空が赤みを帯び始める。

 

「いけない、もうこんな時間に! ネム様、直にお休みにならないと!」

「まって、次で最後、もう一回ぐるぐるーってやって!」

「畏まりました。これをやったらお休みになってくださいね。どやぁっ!!」

 

 視界がぐるぐると回り静止する。その上空から映し出される光景は、朝日に照らされるどこかの村であった。

 モモンガは時間が止まったように動きを止めて村を食い入る様に見ている。そして、ポツリと呟いた。

 

「あたしの村だ」

「え?」

「アルベド、ここカルネ村だよ! ねぇ、もっと近くによって!」

「はっ、お待ちください」

 

 アルベドの操作に従い視点をカルネ村へと近づく。モモンガに「もっとこっち」「もっと奥」と誘導され、その通りに映し出される場所を移動させる。そして、小さな民家の前で映像は止まった。

 

「ネムの家だ……」

「ここが……ネム様の……」

 

 それは、お世辞にも良いものではなかった。至高の御方が住まうには余りにも小さく寂れた汚い家だ。

 

「……帰りたい。アルベド、帰ってもいい?」

「だめです。外は危険です!」

「……どうして? ネムの家だよ」

「どうしてもです」

 

 この数日で初めて得たネムという人物の手掛かりである。当然、アルベドはこの場所について調べるつもりである。しかし、今、モモンガをこの場所に向かわせるのは危険であると感じていた。それはモモンガという存在を永遠に失ってしまうかもしれないという予感である。

 

「もう、終わりにしましょう。お休みになる約束です」

「まって、消さないで。お願い」

 

 モモンガに見つめられそう言われてはアルベドに拒否することはできなかった。

 モモンガは膝を抱えるとじっと鏡に映る映像を何時間も眺めている。アルベドは諦めたようにため息をつくとセバスに指示を出す。

 

「セバス、シャルティアを呼んで来て」

「はっ、直ちに」

 

 そして、モモンガの正面に回ると真っ直ぐその尊顔を仰ぐ。

 

「私も同行します。よろしいですか?」

 

 モモンガの眼窩の赤い炎が大きく瞬く。

 

「ありがとう! アルベド大好き」

 

 モモンガがアルベドの首に抱きつくと、アルベドは顔を上気させて声を上げる。

 

「ちょ、モモンガ様! くうぅ」

 

 

 セバスに連れられて来たのは14歳ほどの美少女であった。

 白蝋じみた肌をしたボールガウンを着た銀髪の美少女で、その胸は年齢に不釣合いなほど盛り上がっている。名をシャルティアという。

 

「これはご機嫌麗しゅう存じんす、我が君」

 

 スカートの端を持ち上げ、優雅にお辞儀する。

 モモンガは乙女のように両手を握るとシャルティアに飛び付いた。

 

「キャー! シャルティアちゃん、すっごいかわいいーっ! 天使みたい」

「な、なんでありんすか!? このご褒美は!」

 

 鼻息をふがふがと荒くし、舌で唇を濡らす。アルベドの表情が一変した。

 ぐっと歯を食い縛ると震える指で鏡に移る場所を差す。

 

「シャルティア、あなた、あの場所に<転移門(ゲート)>を開きなさい」

「ああん? なんで私が」

「お願い! シャルティアちゃん」

「直に開くでありんす」

 

 シャルティアに転移先を確認させると、アルベドは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の操作を解除してモモンガとシャルティアを9階層通路のエントランスの一角へと案内する。

 ナザリック地下大墳墓内では特定箇所間以外の転移魔法を阻害している為、外へと転移可能な場所へと移動する必要があったのだ。9階層から10階層へと移動し、玉座の間にてアルベドは転移魔法の阻害機能を一時的に弱めて外への移動を可能にさせる。

 

「ではシャルティア、始めなさい」

「分かったでありんすよ」

 

 シャルティアは先程見た映像を思い出して<転移門(ゲート)>を唱える。すると、何も無い空間に空間を切り裂くように楕円形の闇が出現した。

 

「開いたでありんすよ。これでいいのでありんすか?」

「ええ、ありがとう、シャルティア」

 アルベドはモモンガに頭を下げる。

「ネム様。シャルティアが作ったこの転移門(ゲート)は先程の村と繋がっています。この中を潜れば先程の場所へと転移できます。しかし、よろしいでしょうか。私がネム様を御守りしますので決してお傍を離れず――」

「ありがとう! アルベド、シャルティア!」

 

 モモンガはそわそわと落ち着かない様子で、アルベドを話を遮るように<転移門(ゲート)>へと飛び込んだ。

 




現在仕事が急がしく執筆のペースが落ちます。
次の更新は早くて1週間後になると思います。

次回『ナザリックの支配者』
※タイトルを変更しました。(2016/03/26)


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ナザリックの支配者

※都合によりゲートの発生場所を玉座の間に変えました。前話のラスト10行を変更しました。
※魔法少女まで書けなかったのでタイトルを変更します。
※地の文の名称は以下の通りです。
 モモンガ=体はモモンガで精神はネム。
 ネム=体はネムで精神はモモンガ。
※地の文の名前にルビを振りました。ルビの無い名前は本人です。(2016/3/27)


 ナザリック地下大墳墓の9階層にある客間は異様な空気に包まれていた。

 金彩を施した豪華な背凭れに座面には滑らかな真紅のベルベッド生地が貼られた柔らかいクッションの上にエモット夫妻とエンリが座り、黒曜石の輝きを放つ重厚なテーブル挟んで向かい合うソファーにはネム(精神はモモンガ)モモンガ(精神はネム)が座っている。

 テーブルの上には植物を模した装飾が施されたガラスの器にバランスのよい配置で新鮮な果実が盛られ、金細工の美しい銀製の皿の上に並べられた鮮やかな色彩の焼き菓子が甘い香りを運んでくる。

 薄くオレンジがかった透明な果実水が注がれたガラス製のグラスに付いた水滴がテーブルの上にグラス底の跡を残している。

 困惑した様子で背筋を伸ばし、恐る恐るソファーに座るエンリ達を前に、楽しげな様子のモモンガ(ネム)とは対照的にネム(モモンガ)は沈んだ表情をしていた。

 

 ――遡ること2時間前。

 

 戦士長の見送りから戻った家の前で、ネム(モモンガ)は以前の自分の姿をした人物と出会った。続けて現れたアルベドとシャルティアを前に最も混乱したのは、その場で最も幼い姿をしたネム――モモンガ――であったのかもしれない。

 騒ぎを聞きつけて村人達が集まりだすと、救いを求めるように周囲を見渡す。空間を切り取ったように作り出された転移門(ゲート)が視界に入るとネム(モモンガ)はこの場を移動することを提案する。アルベドとシャルティアは不承不承の態ではあるが賛同して頷く。しかし、それに猛反対したのは骸骨姿のモモンガ(ネム)であった。エモット夫妻を掴んで離さないモモンガ(ネム)の説得を試みるも転移門(ゲート)が薄れ始め、持続時間の終わりが近いことを知ると説得を諦めて家族3人も連れて行くことを提案する。

 こうして恐怖で叫び声を上げる両親をアルベドが、エンリをシャルティアが軽々と持ち上げると転移門(ゲート)へと雪崩れ込むように飛び込んだ。

 

 

 ネム(モモンガ)は息を呑んだ。そこは、この世界に転移する前に最後に見た場所、ナザリック地下大墳墓の玉座の間であった。

 そして玉座の間に居るのは先程までカルネ村で一緒だったネム(モモンガ)とその家族の3人、そして、モモンガ(ネム)とアルベドにシャルティア、それともう一人、驚いた表情で立ち尽くすセバスだ。

 荷物のように放り出されたエモット夫妻とエンリは、3人で肩を抱き合って震えている。

 

 ネム(モモンガ)は、申し訳ない気持ちが胸に押し寄せ複雑な顔をする。それは、怯える家族に向けたものでもあり、かつてのギルドメンバーに向けた感情でもあった。

 異形種のみで構成されたギルド、アインズ・ウール・ゴウンへの加入条件は二つある。

 社会人であること、そして、アバターが異形種であること。他にも隠し条件としてギルド構成員の過半数の賛成が必要であるのだが、それゆえ、誰も相談も無く人間をナザリックへと招き入れたことを後ろめたく思ったのだ。しかし、別に仲間に加える為に招いた訳でもなく、過去に人間種を招待した前例もあったので、それほど強くは反対されないだろうと自分を納得させる。

 

(それに、よく考えたら俺も今は人間種なんだよな。そういう意味では俺も部外者か……。いや、しかし、心は今でもモモンガな訳だし……ん、まてよ?)

 

 ネム(モモンガ)モモンガ(ネム)の傍まで近づき尋ねる。

「お前は……もしかして……ネムじゃないのか?」

「うん、そうだよ」

 何を当たり前の事を聞くのと言いたげな軽い口調で返す。

「やはりそうか。どうやら私達は心が入れ替わってしまったようだな」

「ああ! そういうこと!」

 全ての合点がいった表情でアルベドは両手を合わせる。

 シャルティアの今にも噛み付きそうな顔がアルベドに向けられる。

「どういうことよ!」

「言葉通りの意味よ。モモンガ様とそこにいる少女、ネム様の精神と体が入れ替わってしまわれたのよ」

「何を言っているのでありんすか? とうとう守護者統括様は頭の中まで筋肉になりんしたでありんすか?」

「頭に血の通っていない貴方に言われたくないわね。見なさい、お二人のお姿を。貴方も感じるでしょう。私たちの絶対なる支配者としての気高き気配を」

 

 シャルティアはモモンガ(ネム)ネム(モモンガ)に視線を交互に向ける。モモンガ(ネム)の姿からは至高の41人のみ纏っていた支配者の気配を感じた。それは日輪の様に全身を覆うような眩しい輝きである。そして、その気配はネム(モモンガ)からも感じられる。ただし、ネム(モモンガ)のそれは中心から溢れ出す太陽の輝きである。

 シャルティアはようやくアルベドの言おうとする事を理解する。二人の気配が同一であることに気付いたのだ。そして二人の気配が見事に重なり合うことを。

 

「ああああああ、モモンガ様……」

 シャルティアの頬を涙が伝う。

「なんというお姿に……すぐにわたしがお救いしんす」

「なに? できるのか?」

「その汚らわしい肉体をバラバラに砕いて高貴な魂を救い出すんでありんす」

「はぁ?」

「やめなさいこの馬鹿! それでモモンガ様にもしものことがあったら如何するの?」

「だけど、モモンガ様の魂が小娘の中に入ってるなんて羨ましいじゃない! ああ、モモンガ様の魂をお救いして私の中に!」

「それは素晴らしい考えだわ! ああ、モモンガ様が! モモンガ様が私の中に入られてこの体を好きなように弄ばれるのですね。なんて、なんて素晴らしい!!」

「お前達、何を言ってるんだ?」

 

 じろりとアルベドとシャルティアが同時にネム(モモンガ)を見る。その目は獲物を狙う狩人の光を帯びていた。

 

(やばい。やば過ぎるぞ、こいつら)

 

 ネム(モモンガ)は二人に背中を向ける。

 そして扉に向けて脱兎の如く駆け出した。両手足か霞むほどの素早い動作で瞬く間にアルベドとシャルティアの傍から離れていく。

 

「無駄です」

「逃がしませんぇ」

 

 しかし、いかに超人的な身体能力を持つネム(モモンガ)であっても魔法職である。同じレベル100であっても戦士職とは身体能力が雲泥の差である。たちどころに追いつかれ回りこまれてしまう。前方にアルベド、後方にシャルティアと挟み撃ちにされた形だ。

 

(しまった。転移魔法で逃げるべきだった。いや、それでもシャルティアからは逃げられない。……だめだ、俺の人生終わった、泣きそう……)

 

 追い詰められ天を仰いだその時、まさしく視界いっぱいに天井が広がる。

 雷鳴の如く動いたセバスがネム(モモンガ)を抱き抱えると再びもとの場所へと移動した。突然、抱き上げられた為にネム(モモンガ)の視線は天井に向けられたのだ。

 その動きは常人では知覚できず瞬間移動をしたかのように見えたのだが、アルベドとシャルティアはセバスをしっかりと捉えていた。

 

「何をするの! 私の愛しいお方を返して!」

「横取りとは如何いうつもりでありんすか!」

 

 ギロリと睨む四つの瞳を平然とかわすと温和な笑みを浮かべ、ネム(モモンガ)を床に下ろすと深く頭を下げる。

「ご無礼申し訳ありません」

 そして、立ち上がり向きを変えると一歩踏み出しアルベドとシャルティアに鋭い視線を向ける。

 ネム(モモンガ)は隠れるようにセバスの背後に身を隠すと戦々恐々とアルベドとシャルティアを見た。

 

「アルベド様、シャルティア様、御戯れが過ぎます。私は至高の御方を御守りするのが役目なれば、これ以上は見過すことはできません」

 

 その姿は、さながら姫君を守る騎士のようだ。モモンガ(ネム)は口元に手を当て嬉しそうに見ていた。

「セバス、かっこいいー!」

 ぼそりと呟くその言葉は、確りとアルベドとシャルティアの耳にも届いていた。

 セバスの株が急上昇してアルベドおよびシャルティアの株が急降下した瞬間である。

 アルベドは冷静さを取り戻し息を呑む。セバスの背後に立つ少女の瞳は「アルベド怖い」と怯えているように見えた。

 

(ああああっ、しまったあああああっ!!)

 

 アルベドは身悶えしながら転げまわりたい気持ちを必死に抑える。

 それとは対照的にシャルティアは怒りの表情から驚愕へと変わり、後悔し恥じ入る顔をし、最後に放心した表情へと心情を隠そうともせず変化する。

 

 アルベドはその場で両膝を地面に付けるとネム(モモンガ)に向けて深々と頭を下げた。

 

「も、モモンガ様、大変申し訳ありませんでした。今のは決して本心では御座いませんでした」

「嘘をつけ」

「本当です! この世に愛する御方を傷つけようとする女などおりません。それにどのような御姿であってもモモンガ様への愛は変わりません! どうか、この身にどうか罰をお与えください。いかような処分でも謹んでお受けいたします! 命を持って償へと仰るのであれば喜んでこの命を差し出します!」

「も、申し訳ありません。モモンガ様にこの様な真似を……。いかようにも罰してください」

 

 アルベドと並びシャルティアが頭を下げる。あまりの豹変振りに戸惑いならがらも、どうやら命の危機は脱したと感じたネム(モモンガ)は十分に警戒しながらセバスの後ろから姿を現す。

 

「ならば、二人に罰を与える。今後、私の50メートル以内に近づくな! 関わるのも駄目だ! いいな!」

「……畏まりました」

 

 アルベドは搾り出すように声を出す。その隣で同様に平伏したシャルティアはビクンと肩を震わせると、おどおどとネム(モモンガ)の様子を伺い、本気であることが分かると意気消沈して頭を下げた。

 

「モモンガ様、よろしいでしょうか」

「どうした、セバス」

「アルベド様もシャルティア様も、モモンガ様とお会い出来て我を忘れてしまったのでしょう。決して、モモンガ様を本気で傷つけようとは思っていなかったはず。その証拠に、お二方はモモンガ様に触れようとはなさいませんでした。決して許される行為ではないと重々承知していますが、どうか、ご一考をお願いできないでしょうか」

 

 セバスの発言は自分でも不思議であった。至高の御方による決定は絶対である。例えどの様な命令であろうとも異を唱えるなど考えも及ばぬ行為である。しかし、今にも消え入りそうなアルベドを見ると、自分でも理解できない感情が沸き起こり行動を起していた。

 ネム(モモンガ)も二人の落ち込みように少し強く言い過ぎたかと反省をする。

 彼らNPCは最も大切な仲間達が残した宝のような存在だ。

 彼らを傷つけたり遠ざけるような命令を出すことは望むところではなかった。

 

「そうだな。……今のは取り消そう。すまなかったな。アルベド、シャルティア」

 

 二人は顔を上げると花が咲いたような笑顔になる。

 

「謝らないでください! 悪いのは私達なのですから!」

「ありがとうございます、モモンガ様!」

 

 感謝を述べながら擦り寄ってくる二人に警戒しつつ身を引く。

 

「分かったから普通にしろ!」

「ははっ」

 

 二人の美女と美少女は立ち上がると恭しく頭を下げる。洗練された美しい振る舞いでにこやかな笑顔を浮かべる。

 アルベドは何かに気付いたように、ちらりと視線を逸らした。

 

「ところで、あの者達はいかがなさいますか?」

 

 向ける視線の先には固まって抱き合うエンリ達がいた。

「ネ、ネム……」

 ネム(モモンガ)と目が合うとエンリは救いを求めるように蚊の鳴くような小さな声を上げた。

 ネム(モモンガ)ははっと息を呑む。家族もナザリックに連れてきた事をすっかり忘れていたことに、そして先程の話を全て聞かれていたことを知り、ネム(モモンガ)の額に汗が滲む。

 ネム(モモンガ)はセバスに視線を移す。セバスは胸に手を当て背筋を伸ばし立っている。主人に仕える家令としての忠誠を誓う姿である。

 

「セバス」

「はい。モモンガ様、何の御用でしょうか」

 

 頭を下げると落ち着いた声で返事をする。セバスはネム(モモンガ)をモモンガ様と呼ぶ。それはネムとモモンガが入れ替わった事を知った上でネム(モモンガ)の身を守り、従属的な姿勢を見せるということ。

 ネム(モモンガ)はセバスの姿に懐かしい人物を幻視する。セバスは創造主であるたっち・みーの影響を強く受けているように見える。セバスならばアルベドやシャルティアのような暴走はしないだろう。

 その時、ネム(モモンガ)はセバスに対して何か重要な事を思い出しそうになるが、それが何であるかを思い出せずにいた。思い出せないのなら大したことではないのだろうと自分を納得させる。

 

 次に考えるのはエモット夫妻とエンリの事である。

 これ以上はネムの家族にネムとモモンガに関わる話を聞かれるのは非常に不味かった。できればネム(モモンガ)にとって良いように話を持って行きたいのだ。こちらに不利な情報はできるだけ隠しておきたい。もう手遅れかもしれないが……。

 

「セバス、家族を9階層の客間に案内を頼めるか?」

「頼みなど止めてください。ただ、命令してくだされば良いのです。畏まりました、モモンガ様。ネム様のご家族3名様を客室へとご案内いたします」

「では任せる。それと、私達も場所を変える。そうだな、9階層にある私の執務室へと移動しよう。セバス、3人を案内したらお前も来い」

「畏まりました」

 

 セバスがエンリ達3人を連れて行くのを確認すると、ネム(モモンガ)達も執務室へと移動を開始する。玉座の間は4人で話をするには広すぎるし落ち着かない。それに会談をするにしてもそれに相応しい場所というものがある。

 ネム(モモンガ)はアルベド、シャルティアと移動をしながら、この数日間に何があったのかをアルベドに尋ねる。アルベドはモモンガが消失しかけた事、ネムの人格が入り込み消失が免れた事、そしてカルネ村へ向かうに至るまでの過程を事細かに説明した。

 話の最中、その場に居なかった事で悔しがるシャルティアに何度も地団太を踏まれて中断することになった。

 次に、ネム(モモンガ)は転移後から今までの出来事を簡単に説明する。

 今度は騎士に襲われた村人達を心配するモモンガ――入れ替わっており精神はネム――によって何度も中断することになり、執務室に着いても話は終わらず、セバスが合流しても話は続いた。

 

「という訳だ。何か聞きたい事はあるか?」

「モモンガ様、よろしいでしょうか?」

「どうした? アルベド」

「そのモモンガ様がお作りになった僕は如何されるのでしょうか?」

「モルダーは村の皆に受け入れられつつあるし、アンデッドと人間が共存するモデルケースとして暫く村に置こうと思う。キモスケは……そうだな、1階層に領域でも作って守らせてみるか。構わないか? シャルティア」

「はい、問題ないでありんす」

「それでは、後で迎えに行くとするか。他に何かあるものは?」

「ございません」

「ないでありんす」

 ネム(モモンガ)はセバスに次いでモモンガ(ネム)を見る。

「ございません。モモンガ様」

「ネムもないよ」

 アルベドとシャルティアに続き二人が頷くのを確認すると話は終わりとばかりに椅子の背凭れに寄りかかる。

 ネム(モモンガ)は腕を組み次は何をすべきかを考える。

 気になる点はいくつもあった。

 

 ネムとモモンガの入れ替わりは確実である。問題は何故そのようなことが起こったのか、そして、なぜネムなのか……。

 

 消えたモモンガの神級(ゴッズ)装備やギルド武器であるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、モモンガが装備していた世界級(ワールド)アイテムの行方も気に掛かる。

 ゴッズ装備はまだしもギルド武器やワールドアイテムの追跡はおそらく不可能だろう。

 探索を行うには対象と同等かそれを超える能力が必要だからだ。ユグドラシルでは世界(ワールド)と名の付くものは破格の効果と強さを持つ。ワールドアイテム、ワールドチャンピオン、ワールドエネミーなどがそれだ。ワールドアイテムの捜索はワールドアイテムをもってしか行えず現状は不可能だ。それはゴッズアイテムをはるかに超えてワールドアイテムに匹敵するギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも同様である。

 残るのはゴッズアイテムの探索であるが、それを行える人物に心当たりがあった。アルベドの姉に探索系に特化したNPCがいるのだ。名をニグレドという。彼女ならばモモンガの持っていたゴッズアイテムの探索は可能だろう。

 しかし、今それを行うのは得策だろうか? 異世界への転生、ネムとの入れ替わり、装備の消失。これらが全て同時に行われたのだから無関係ではないだろう。下手にちょっかいを出すことにより思わぬ事態が起きないとも限らない。もう少し情報を集めてからでも遅くはない。

 

 そしてNPC達の存在。アルベドとセバス、それにシャルティアは自我を持ち行動している。彼らだけが特別であるとは思えない。そして、アルベドとシャルティアの取った行動がネム(モモンガ)の心に一抹の不安を感じさせる。この三人は一先ず大丈夫だろう。だが、他の全てのNPCを相手にした場合、逃げ切るのは不可能だ。

 それに、本当にアルベドとシャルティアは大丈夫なのか?

 ネム(モモンガ)はアルベドに視線を向ける。

 

「アルベド、私達のことをどう思う?」

「はい。ナザリックにお残りになられた最後の私達の創造主。そして、私の愛するお方です。モモンガ様のお姿も、その崇高な精神も、全て愛しております!」

「――そ、そうか。では、シャルティアは?」

「はい、至高の方々を纏め上げる私達の最高の主人です。そして――」

 ちらりとモモンガ(ネム)を見る。

「美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方であります」

「――そうか、良く分かった」

 

 予想外の高評価にネム(モモンガ)は脱力する。アルベドの真剣な表情や、モモンガ(ネム)を見つめるシャルティアの陶酔した瞳に嘘は感じられなかった。セバスからは聞くまでも無く忠誠心を感じている。ならば、他の守護者はどうなのだろう。

 

「他の守護者も同じ意見だと思うか?」

「いいえ、そうは思いません。私以上にモモンガ様を愛している守護者などおりましょうか!」

「まったくでありんす。モモンガ様を最も愛しているのはこの私なんでありんしょうから」

「はぁ? 何言ってるのかしらこの腐れビッチは」

「やるかごらぁ?」

 アルベドとシャルティアは鋭い眼光で睨み合う。お互いにくっつきそうなほど顔を寄せている。

「やめないか、二人とも」

「はっ」

 何事も無かったように佇まいを直す。変わり身の早さに呆れながらも、モモンガに対する忠義――異常な執着ともとれる――は信頼できると感じた。

 彼女達の愛情を利用する様で心苦しいが、二人ならモモンガ(ネム)の護衛を任せても良さそうだ。

 他の守護者に関しては実際に会ってみなければ分からないだろうと結論付ける。

 

「そういえば二人の罰がまだだったな」

「はっ」

 アルベドとシャルティアは暗い顔をする。

「アルベド、それにシャルティア。二人でネムを、いや、モモンガを守れ。アレは俺の体だからな。それで二人への罰とする」

「はっ!」

 アルベドとシャルティアの声が重なる。今度は打って変わって瞳を輝かせている。

「畏まりました。モモンガ様のお体はこのアルベドが全身全霊で御守りします。どんなことがあっても絶対に!」

「そ、そうか、頼むぞ。シャルティアも良いな」

「畏まりました!」

 

 深々と頭を下げる二人を見ながらネム(モモンガ)は安堵する。

 

(これでモモンガ(ネム)の安全は確保できた。二人なら上手くやってくれるだろう。さて、次は……)

 

 ネム(モモンガ)はアルベドに視線を向ける。

 

「アルベド、第4階層守護者ガルガンチュア、および、第8階層守護者ヴィクティムを除く全ての階層守護者を玉座の間に集めろ。時間は一時間後だ」

「はっ」

「セバスはプレアデスとメイド達を集めよ。玉座の間はあれだけ広いのだから、多少は人で埋めないと寂しいからな」

「畏まりました」

「シャルティア。お前の持つ衣装を何か借りられないか? さすがにこの格好では威厳も無いだろう」

 ネム(モモンガ)は村娘の粗末な衣装を指先で持ち上げる。

「畏まりました。ペロロンチーノ様秘蔵のコレクションを何点か持ってまいりんす」

「よろしくたの……ペロロンチーノさんのか。一応聞くが、それはどんな衣装だ?」

「はい。体操服、ブレザー、セーラー服にナース服、それに、スクール水着や巫女服なんてのもありんす」

「……じゃあセーラー服を」

「さすがお目が高い! ペロロンチーノ様が持ってこられんしたセーラー服にはどんな体勢でもパンチラする特殊な仕掛け(ギミック)が……」

「ブレザーだ! まさかブレザーも、その、パンチラとかするんじゃないだろうな」

「ブレザーにそのようなギミックは無かったと思いんす。ああ、でも……」

「……でも、何だ?」

「はい、すこうし、スカートが短いでありんす」

「それぐらいなら構わないだろう」

「……耳や尻尾は」

「いらん!」

「畏まりました」

「アルベドは守護者が集まったら私を呼びに来い。私はこの部屋に居る。セバスは玉座の間にて待て。では、各自行動せよ」

「はっ」

 

 アルベド、シャルティアに続きセバスが早足で退出すると、ネム(モモンガ)は疲れたようにため息をする。

 執務室に残されたのは、ネム(モモンガ)ときょとんとした表情――骸骨なので分からないが恐らく――をしたモモンガ(ネム)の二人だけだ。

 

「さて、シャルティアが戻る前にネムも――モモンガの衣装換えも済ませるか。ネム、付いて来てくれ」

「うん」

「それと、ネムに相談があるのだが……着替えながら話をしよう」

「はーい」

 

 モモンガ(ネム)を連れてドレスルームへ向かうと、衣装の中から闇が纏わりついたような漆黒のローブを取り出す。無数の宝石が夜空に輝く星のように輝き、ローブから湧き上がる闇のオーラが邪悪さを強調している。このオーラはローブのデータ容量を削ってまで追加した視覚エフィクトだ。頭上には幾つもの宝石を嵌め込んだ金の冠をかぶせ、先の尖った黒羽のブーツを履かせる。

 次に他の雑多な装備品を置いた小部屋に寄ると収納ケースから数点、指輪を取り出す。左右の手の指には一個づつ大きな宝石の指輪を付けさせた。ルビーの指輪は炎系耐性を、ダイヤモンドの指輪は身体能力を大幅に上昇させる。首には先端に巨大なエメラルドが嵌め込まれ純金の鎖で繋がれたペンダントを下げ、1メートルを超える杖のような金の王笏を持たせた。その全てが伝説級(レジェンド)のアイテムである。

 

「玉座の間で引見するんだ。このぐらいの格好をしないとな」

 

 ナザリック地下大墳墓の支配者に相応しい姿に、ネム(モモンガ)は満足そうに頷く。

 自分が過多に飾り立てるのは趣味ではないが、他者――自分の体だが――に着せるのは以外と楽しい。

 モモンガ(ネム)を連れてリビングに戻るのと、シャルティアがネム(モモンガ)の衣装を持って戻るのとほとんど同時であった。

 ちらりと向けるモモンガ(ネム)を情婦の視線で眺めて頬を上気させるシャルティアの姿に、ネム(モモンガ)は苦労して作り上げた自分の装備のセンスが認められたようで嬉しかった。かつての仲間には何それ。狙いすぎ。と散々言われたのだが……。

 シャルティアはネム(モモンガ)に気付くと優雅にお辞儀をする。

 

「モモンガ様、ただいま戻りんした」

「ごくろうだった、シャルティア。それで、その手に持ってるのがブレザーか?」

「はい、ブレザーはこちらでありんす」

 

 シャルティアは両手に持った、綺麗に折り畳まれたブレザー服を差し出す。

 ジャケットは藍色で、紺色のブラウスに常磐色(ときわいろ)をしたチェック柄のスカートと同系色のリボン、それと白いワイシャツだ。折り畳まれたワイシャツの上には純白のパンツが置かれている。

 何だこれはと尋ねると、パンツもセットなんでありんすと帰ってくる。

 とにかく試着をしようと、シャルティアとモモンガ(ネム)を残してドレスルームへと向かう。

 まずは下着、ワイシャツと着用する。サイズは少し大きめであったが、魔法の衣服であるため着用すると丁度良い大きさへと縮み、体にフィットする。

 次に手に取ったスカート丈の長さは30センチと確かに短いが、この長さならば十分だろうと着用する。スルスルと縮み、ネム(モモンガ)の体のベストサイズに調整された。

 

「な、なんじゃこりゃー!」

 

 突然の叫び声にシャルティアはドレスルームへと飛び込み、その後をモモンガ(ネム)が続く。

 姿見に映った自分の姿を見て、ネム(モモンガ)は驚いた様子で硬直していた。ネム(モモンガ)が穿いたスカートの丈が15センチほどに縮んでいたのだ。

 ネム(モモンガ)の姿を見たシャルティアは、納得したように頷く。

 

「それで正しいんでありんす。ペロロンチーノ様はパンモロとか仰っていたでありんす」

「ぺ、ペロロンチーノーっ!」

 

 絶叫するネム(モモンガ)のパンツはスカートからはみ出していた。

 

「他に無いのか? この際、体育服でも構わないから」

「ありますが、今から取りに戻ったのでは時間が……」

 

 その時、部屋の奥からモモンガ様ーと呼ぶアルベドの声が聞こえてきた。

 

「くそっ、もうそんな時間か。仕方ない、これでいくぞ」

 

 ネム(モモンガ)はブラウスとジャケットを急いで着るとリビングへと戻った。

 ネム(モモンガ)モモンガ(ネム)の姿を見ると、感動したように声を上げて腰の羽をパタパタと動かす。

 

「まぁ! なんて素晴らしいお姿! モモンガ様もネム様も大変似合っておいでです」

「そうか? シャルティアもそう思うか?」

「はい、まるでペロロンチーノ様がモモンガ様の今のお姿ためにご用意したようでありんす。そしてお美しく気高いモモンガ様のお体は、まるで夜空を切り取って纏っておられるよう、まさに、夜の帝王のようでありんす」

「そうなのか?」

 

 疑問に思いながらもネム(モモンガ)はスカートの前を押さえて必死にパンツが見えないようにする。

 

「くふーっ! なっ、なんて愛らしいお姿っ!」

「なるほど! ペロロンチーノ様の仰っていんしたことは、こういう事だったんでありんすね」

「ん? 如何いうことだ?」

「はい、ペロロンチーノ様は至高のチラリズムとは、見えそうで見えない事でも、見えてはいけないものが見えてしまう事でもない、見えているものを必死に隠そうとする姿だ、と仰っていたでありんす」

 

 ネム(モモンガ)は隠すのを止めた。

 

「アルベド、準備はいいのか?」

「はい、皆、集まっております」

「そうか、では行くとしよう」

 

 ネム(モモンガ)モモンガ(ネム)を従えて歩き出す。

 その後ろにアルベドと、そしてシャルティアが続いた。




次回『ナザリックの方針』


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