ヴィルフレドが征す! (老けた人)
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第一話 南征
征南将軍リヴァ。職務怠慢の罪で捕られられその財産や官職の全てが剥奪される。
幸い新しく帝国の将軍となったエスデスの助命嘆願によりリヴァは、エスデスの配下としてその罪を購う事を命じられた。
帝都の民は、南部戦線を勝利に導いた英雄リヴァの転落を哀れみ名士達は、帝国の腐敗ここに極まれりと嘆いた。
しかしリヴァの転落を喜んだ者達が居た。
それは、南部異民族だった。
南部異民族に勝利した帝国は、南部異民族の帝国侵攻の拠点であったエイショウ城にリヴァ以下六万の兵を置き南部異民族への備えとした。
その南部の要たるリヴァが、いなくなった。
南部異民族は、リヴァとリヴァの右腕たる百人斬りのブラートによって多くの将や兵が討ち取られ軍は瓦解し敗北した。
しかしそのリヴァが失脚しブラートは、帝国軍を抜けた。
これは好機。
戦争に負け帝国の隷属となった彼らは、そう判断し帝国へと戦を挑んだ。
怒涛の勢いで南部異民族は、ナンボクトウという南部異民族の王に率いられエイショウ城に雪崩れ込んだ。
エイショウ城は、あっけなく陥落し南部異民族の手にエイショウ城が戻った。
エイショウに住まう帝国の民も大半は南部異民族との混血である事もあって帝国を寝返り南部異民族の味方となった。
これを見て帝国は、南征を決定。
十二万の大軍を編成し一人の男を征南将軍に任じる。
彼の名は、ヴィルフレド。
たった一人で反乱軍の拠点を壊滅した強者であり西の異民族との戦いで西の異民族の兵二十万を生き埋めにした人物である。
エイショウ城に到着したヴィルフレドは、城の四方に防御施設を築き、補給路を確保した上で交通路を全て抑える。十分な体制で城を包囲し、外界との接触を完全に遮断した。
それを見たナンボクトツは、打って出ようとした。しかし眼前に広がる野を埋め尽くす帝国軍とこちらに砲口を向ける重砲。それを見た彼と兵士達は、城外に打って出る意欲を完全に失ってしまった。
更に城中に帝都から更なる援軍が来るとの情報を流す。すると兵士達の志気は、最低までに下がりエイショウ城は、静まり返った。
そしてヴィルフレド率いる南征軍が到着して一ヶ月。
エイショウ城をジッと眺める者が居た。
その者は、雪のように白く長い銀髪を紐で一つに括り血の様に赤い瞳を爛々と輝かせシミ一つ無い白い肌を持つ人間味の無い冷たい美貌の青年であった。
彼こそが、征南将軍であり冷厳公と恐れられる強者ヴィルフレドであった。
「将軍。エイショウ城から内通書がきております」
部将の一人がそういってヴィルフレッドに内通書を見せる。
ヴィルフレッドは、その内通書を手に取り読み進める。
「なんと書いています?」
「色々言い訳の文言が書き連ねてあるが、要約すれば寝返る代わりに助命してくれと書いている」
ヴィルフレッドは笑い。
「この内通書を矢でエイショウに送り返せ。それと共に兵達に城中に裏切り者がいるぞと叫ばせろ………奴らを疑心暗鬼に陥らせてやる」
部将は恐怖した。何故ならヴィルフレドの浮かべるその笑みは三日月を逆さにした悪魔が浮かべるような笑みだったからだ。
「は、はっ!」
冷や汗を浮かべながらも部将は、ヴィルフレドの策を遂行すべく内通書を持ちその場を辞した。
「さて………このまま締め上げ相手が降伏するのを待つ。降伏しなければ弱りきった所を総攻撃をかけ終わらせるだけだ」
ヴィルフレドは、エイショウ城を見た。
城壁の番兵は、痩せ細りその身に生気が無い。城に忍ばせた間者の報告によれば、既に城中には食料は、ほとんど無く人が人を食うという事態にまで来ているらしい。
既に戦う力は、無に等しいだろう。なのに降伏しようとしないのは、南部を支配していた民としての誇りか帝国への憎悪か。あるいはその両方か………。
「どちらにせよ愚かなのは変らない。事を起こすのならばもっと機を見るべきだ。リヴァが消えただけで南部が獲れる程帝国は甘くない」
と言ってヴィルフレドは、自身の天幕に入り南部の地図を見る。
「この包囲で二度と帝国に逆らう気が起きなくなるように南部の民に見せ付けなければならない………優秀な領主が派遣されれば完璧だが望み薄だな」
本来ならば十二万もの帝国兵と重砲を用いれば直ぐに片がつく程度の物だ。
しかしそれでは、また同じ事が繰り返される。この包囲の狙いは、南部の民に皆殺しにあうよりも酷い光景を目にさせ反乱を起こそうという気を削ぎ恐怖を植えつけるのがこの包囲の狙いなのだ。
しかし無能が領主になればあまり意味は、無いかもしれない。
しかしそれでもある程度の効果は望める筈だ。
恐怖は、人を縛る鎖となる。
その恐怖を彼らに与え縛るのだ。
まあ。その恐怖の与え方を間違えれば、人はその恐怖の主を打倒しようと決起するのだが。
ヴィルフレドは、そう苦笑いしつつも今後の包囲に考えを巡らせた。
しかしヴィルフレッドのその考えは、帝都からの使者によって変えさせられる事になる。
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第二話 南征終了
南征軍が包囲するエイショウ城。
その城をヴィルフレドは、静かに見つめていた。
「ヴィルフレド将軍。早くしてくだされ」
そう言ってヴィルフレドを急かす者が居た。
醜く肥え太ったこの男は、帝都からの使者だ。
「ままならぬ物だ」
ヴィルフレドは、そう呟き懐から一本の白い指揮棒を取り出しそれをエイショウ城に向ける。
そして――
「地に命ずる――崩れよ」
ヴィルフレドが、そう命じた瞬間それは起きた。
大地が鳴動しエイショウ城の建つその地にヒビが入って行く。
そのヒビは、大きくなって行きそして穴が大地に穿たれた。
爆音と共に崩れ行くエイショウ城。
「これで良いかな使者殿」
ヴィルフレドは、背後に居る使者を見て言った。
目の前の光景を唖然と見つめていた使者はヴィルフレドの言葉に意識を覚醒させ大口を開け言葉を発する。
「す、すばらしいッ。オネスト大臣にその帝具の事を聞かされておりましたがこれ程とは………」
と、その見苦しい顔を喜色に染め使者は言った。
「………では。帝都に伝えてくれますかな?これより勅命どおり征南将軍ヴィルフレドは迅速に南部異民族を征伐してみせると」
「えぇ!!えぇ!キッチリと伝えさせて貰いますっ」
と、言って使者は頷いた。
「それは良かった。しかしまだ出立まで時がある。こんな所ではありますがごゆるりとお寛ぎください」
ヴィルフレドは、そう言って部将に目配せする。
それに頷き部将が片手を挙げると美しい女達が現れ使者を囲み使者の為の天幕へと連れて行った。
「………本当によろしいのですか?」
部将が苦虫を噛み潰した様な顔でそう問いかけてきた。
「仕方あるまい。ただの使者ならともかく皇帝陛下の勅使だ。ここで出来る最高の持て成しをせんとな………それよりもだ」
ヴィルフレドは、エイショウ城を見る。
「まさか北部異民族が侵攻して来るとはな。お陰でさっさとここを落とせと勅使が来てしまった………あと少しで締めだったというのに」
そう言ったヴィルフレドの顔には、明らかな苛立ちがあった。
「しかし一撃でエイショウを滅ぼしましたこれで南部の民も恐怖するでしょうきっと………」
「それは、この私個人に向けられる恐怖であり帝国へ向けられる恐怖では無い。私が居なくなればこの南部で数年の内に反乱が起きるだろうよ」
ヴィルフレドは、部将が話し終わる前にそう言った。
「帝国はもう無理だな………いや。今は南部の征服に集中するか」
ヴィルフレドは、そう呟きその場を後にした。
使者が帝都に帰り着いた時。
ヴィルフレド率いる南征軍は、南部異民族の砦を全て突破し首都を総攻撃した。
流石に首都の守りは堅くその制圧に三日を要した。
首都を制圧し最後まで抵抗した南部異民族の王ナンボクトツの子ガクトツを処刑して南征の完了を宣言した。
その報せに帝都の民は、狂喜し凱旋するヴィルフレド率いる南征軍を向かい入れた。
皇帝もまた反乱鎮圧を喜びヴィルフレドの功績を称え黄金一万を与えた。
そして皇帝との謁見後。
そこは、宮殿の中でも一際豪奢な作りであり皇帝の寝所と同等の警備の厚い部屋であった。
「さて………今回の南部異民族討伐ご苦労様でした。どうでしたか南部異民族は?」
そう問いかけたのは、この部屋の主であるケーキを掴み貪り食う肥満体の男であった。
彼こそが幼い皇帝を操り己の欲のままに動く怪物大臣オネストであった。
「弱い。その一言に尽きる」
そう言って紅茶を飲んだのは、今回の南部異民族討伐の立役者であるヴィルフレドであった。
「そう言えるのは貴方ぐらいですよあの戦上手だった『元』将軍であるリヴァでさえてこずった連中ですよ?」
やけに元の部分を強調してオネストはそう言った。
「リヴァの時は、そこそこ優秀な将が向こうに居たからな。苦戦ぐらいするさ」
ヴィルフレドは、そう言って微笑んだ。
「………まあ。無駄話もここまでとして本題に移りましょう」
つまらなさそうに溜息を吐いた後、オネストはそう言って部下に目配せした。
すると部下が、一つの紙を机の上に広げる。ヴィルフレドは、それを見てほぅ感嘆の息を吐いた。
ヴィルフレドが見て感心した物、それは帝国北部とその外である北の異民族領まで事細かに記された地図であった。
「ここまでの物を良く作れたな?」
「どうやら北の辺境にも中々優秀なのがいるようでしてね………さて。現在北部異民族共は、強固な城塞を基点として我が帝国の村々を襲撃して食料やら女やらを略奪しています。貴方には、ここショウキョウ要塞に貴方直属の兵五万と共に入ってもらい北部異民族への備えとなってください」
「備えで良いのか?あの程度の連中なら制圧できる自信があるが?」
「いえその必要はありません。北部異民族はまだ勢力がバラバラです。一纏めにして潰した方が効率が良いですからねぇ」
オネストは、そう言って笑った。
「北の異民族が一つの勢力として機能したのならばエスデス将軍を派遣します。彼女と共に北の制圧を行ってください」
「わかった。その役目見事果たしてみせよう」
ヴィルフレドは、そう言って立ち上がった。
早速編成などを行うのだろう。
「期待してますよその帝具万物支配『エリュシオン』の所持者である貴方の力を」
「ふっ。任せろ北部の珍味でも土産にして帰って来よう」
と言って笑みを浮かべた時、ヴィルフレドの腰に下げてある指揮棒が一瞬淡光ったのだった。
彼の持つ帝具は、万物支配『エリュシオン』。
アドラメレク、デモンズエキスと並び三強と謳われる帝具である。
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第三話 ショウキョウ要塞攻防戦 その一
リアルが、忙しく中々書けませんでした………。
書類が多すぎるんや…多すぎなんや…。
北の異民族。
かつて周辺諸国を脅かし草原の覇者と謳われていた。
しかし始皇帝から始まる帝国の台頭により急速にその勢力が縮小していき最終的には、分裂し小規模な勢力が割拠する状態となっていた。
このまま衰退し帝国に飲み込まれ滅びるのを待つだけ、と思われていた北の異民族だが、ここ最近急激に勢力を増してきていた。
その勢力拡大を成したのが、ヌマ・セイカ。槍を取らせれば無敗と謳われる彼は、持ち前の武とカリスマによって各集落を纏め装備を整え一個の軍と成したのだ。
このままいけば数年の内に北の異民族全てを纏めるだろう。と、異民族の誰もが帝国さえもそう予測した。
しかしヌマ・セイカは、待たなかった。
それは、若さ故の性急さもあっただろうが、なにより彼は確信していた。数年という年月は、帝国に備えをさせる猶予を与えてしまう。彼の作り上げた軍は、数が多く装備もそこそこ立派なだけの案山子の軍隊なのだ。皆己が草原の覇者であった事を忘れていたせいか兵士の大半が、正規兵以下の雑魚同然であり規律も無くほぼ賊同然の集団だ。
それは、統率者たるヌマ・セイカ自身が痛い程理解しておりどうやってもどうにも成らない事も理解できていた。
それに彼等には、帝国相手に長期戦ができる程度の地力など無い。どれだけ上手く戦っても時間が掛かればかかる程、不利になり最後には、帝国の大軍勢に磨り潰されることだろう。
そうなってからでは、遅い。
どうするべきかと悩むヌマ・セイカの下に一つの報告が齎される。
帝国へと服属していた南部異民族の反乱が起きたと。
その報告を聞きヌマ・セイカは、決断し号令を発した。
南部異民族に呼応し帝国へと侵攻すると。
ヌマ・セイカ率いる軍勢は、一気呵成に帝国領へ進入し村々を襲い思うがままに犯し、奪い、蹂躙した。
帝国のせいで自分達が衰退したという被害者意識とかつて草原の覇者であり周辺国を支配していたという傲慢が合わさり、彼等を醜く尊大にさせ凶行へと走らせた。
我等こそ王者だ。我等こそ支配者だ。我等こそ最強の軍団だ。
と、熱に浮かされ狂ったように叫び続ける彼等は、思う所はあれどしあわせなのだろう。
しかし哀れかなその幸福も長くは、続かない。
帝国の外である辺境という事は、情報が伝わる速度はかなり遅い。
だから彼等が南部異民族鎮圧の報を受け取った時には、もうヴィルフレドが軍を率いてショウキョウ要塞へと入城していた。
ヴィルフレドの指揮の下構築された堅固な守りのショウキョウ要塞を基点とした防衛線は難攻不落と呼ぶに相応しく北の異民族の今までまでの勢いを完全に殺して見せた。
これから彼等は、ヌマ・セイカの恐れた長期戦へとずるずると引き釣り込まれていく事となる。
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第四話 ショウキョウ要塞攻防戦 その二
もうしばらく紙の束は、見たくない…。
これでやっとダクソ3ができるというもんです。
そんな事は横に置いておいて。
ようやく四話となりました。少し急ぎめにやったので変な所が、あるかも知れないのでその時は、教えてくださるとありがたいです。
ショウキョウ要塞。
北方における帝国最大の軍事拠点であり北方における帝国最後の砦であった。
「…最後の砦や北方の最大軍事拠点などと謳ってもその実態は、実に脆い物だがな」
と言ったのは、黒地に金糸の刺繍が施された軍服に身を包んだ美丈夫――ヴィルフレドだった。
ヴィルフレドの言ったようにショウキョウ要塞の守りは、貧弱そのものであった。
城壁は低く、厚みもなく、砲の手入れも碌に成されておらず兵の練度も志気も最低そのもの。更に城兵の大半が、薬に溺れていると来た物だ。
頼りにすべき城も砲も役に立たず。指揮下に入る城兵は、西の異民族の錬金術師達が作る肉人形以下の存在。そんな現状の報告を受けて青筋を浮かべたヴィルフレドの怒りは、如何程か。
整列しにこやかにヴィルフレドを迎え豪勢な食事を用意していたでっぷりと肥えた将校達に対してヴィルフレドが、即座に剣を抜き放ち命じたのは死であった事からもその怒りの程が、伺い知れる。
ヴィルフレド直属の軍団による北方での最初の仕事が、敵との戦いでなく粛清であったのは、まさに皮肉であろう。
使い物にならない将校という名の豚達を処刑し薬に溺れている兵士達を最前線での肉壁として使い潰し周辺の村々からの徴兵と下級の官吏や指揮官でそこそこ有能であった者を昇進させ自身の直属の軍団を分け各所に配しようやく防衛線の構築が完了した。
その防衛線の構築でヴィルフレドの副官を始めとした直属の官吏達が、書類の地獄に忙殺されたのは、言うまでも無い。
「最悪の状況で戦闘開始というのは、全く嫌気がさすが………敵に歯ごたえのありそうな者が居るというのは、僥倖だな。暇でないのだから」
と言って補強された城壁からヴィルフレドが、見た先には地平線を埋め尽くさんかと思われる程の黒い人の波が、自分達目掛けて進軍して来る光景だった。
「規律も何も無い盗賊のような軍と聞いていたが、中々どうして様になっているでは無いか」
と呟き笑みを浮かべるヴィルフレドは、この上無く嬉しげであった。
黒い人の波――――あれらは、今や英雄と謳われるあのヌマ・セイカ率いる北の異民族の軍勢であった。
重装の歩兵に守られながら進む鉄の装甲に覆われた破城槌を前面に押し出して行進する彼等は、少しばかり粗が目立つがそれでも規律正しく見事と言えた。
「規律無き軍をここまで仕上げるとは、ヌマ・セイカ………噂どおりの英傑か」
と呟きヌマ・セイカの軍勢を観察するヴィルフレドの背後に一人の人物が、現れ跪く。
「………ご苦労だった。ルームオン」
と言って振り返ったヴィルフレドの目線の先に居たのは、一人の隻眼の老人であった。
「…敵を防ぎ切れなかったわが身に労わりの言葉など必要ありますまい」
と言った老人の声は、年老いているものの年齢を感じさせ無い程力強く覇気がある。
顎や頬に生える分厚い髭は、たくし上げた髪と同じく白い。その肉体は、もう六十を越えているというのに衰えは、見えず。戦によって鍛え上げられている。
この老人の名は、ルームオン。十六歳の時に軍に入隊して以来六十歳になるまで軍に在籍し続けた歴戦の兵であった。
そんな軍を辞め北方での隠居生活を始めたルームオンを勧誘したのが、このヴィルフレドであった。
ヴィルフレドが、北方へ行く際に見せられた北方地図。驚く程に事詳細なその地図は、ヴィルフレドが、地図の製作者に対して興味を抱くのは、当然であった。
そしてその地図の製作者が、既に軍を辞めたルームオンだと知るやいなやルームオンを勧誘した。北方の地理を事細かに知り戦闘経験の豊富なルームオンは、喉から手が出る程欲しかったのだ。
最初は、渋ったルームオンも何度も訪れるしつこさと最後の勧誘でそんなにこの庵を出ないと言うのなら出して見せようと言って帝具を取り出し火を放ち本気でルームオンの庵を燃やそうとするヴィルフレドの強引さに負け配下となった。
その老人は、今身に纏う真紅の具足を汚してその場に跪いていた。
エイショウ要塞から少し離れた距離にある砦の守備についていたルームオンは、敵の大軍勢の猛攻を食らい砦を陥落させてしまった。それ故に責任を感じ自身を労わる必要など無いと言ったのだろう。この老人は、全く生真面目だなと思いヴィルフレドは、苦笑いを浮かべ。
「九日だ」
「七日もあの大軍勢を防ぎ。更に砦が陥落した後も数十騎で岩や木を使い敵の進軍を二日妨害した。そんな事を成した将を賞賛し労わらないでどうする」
ヴィルフレドの言葉にルームオンは、首を振り。
「我々は、盾です。このエイショウ要塞は、防衛線の要であり弱点である。その弱点を守る盾たる者が、敵を防げず突破を許してしまった。だと言うのにどうして賞賛されるというのか、このままでは――――」
――――たった五千の兵しかいないエイショウ要塞は、陥落し防衛線は崩壊する。
そう言ったルームオンを見てヴィルフレドは、嗤う。
「この私を誰だと思っている」
ヴィルフレドのその問いにルームオンは、咄嗟に答える事が出来なかった。
しかしそんなルームオンなど気にせずヴィルフレドは、周囲に問う。
「お前達。この私は、誰だ」
ヴィルフレドの問いに打てば響く様にすぐさま答えが返って来る。
「冷酷無比な将軍閣下っ」
「鬼畜外道!!」
「死者を弄ぶ者!」
「常勝将軍!」
「飛将軍リゴウの再来ッッ」
その答えは、全て巷で囁かれるヴィルフレドの評価であった。
その噂は、当然良い物もあれば悪い物もある。良い噂は、答えて良いが悪評など大抵は、そんな事など直属で古参とはいえ部下が、言わない。否言えない。
だと言うのに彼らは、何の躊躇も無く悪評すら口にしたのだ。
それを許し答えさせるヴィルフレドとは、一体――
「ルームオン」
「…はっ」
彼は何かそう考え思考の海に沈みかけたルームオンをヴィルフレドの声が、浮き上がらせる。
「死者を弄び嗤う外道の常勝将軍が率いるのだ。負けるはずが無い」
と言うヴィルフレドは、自信に満ちていた。
「勝算は?」
「それは、ルームオンお前が作り出した。お掛けで中々こすい物を仕掛けられたぞ?」
「本当にたった五千で勝つと?」
ルームオンの長年の経験でそんな奇跡など一度も起きは、しなかった。
いつでも戦は、数が多く装備の良い連中が、勝つ。そう考えていた。
なのにこの将軍は、勝てると言ったのだ。
とてもルームオンには、信じられなかった。
信じられなかった筈だしかし――
「私が居て歴戦のお前が居る。そして忠勇なる五千の兵が居る。負ける筈がない…いや絶対に負けん」
どうしてか、この将軍なら勝てる………そう思えてくる。
「それにな。お前の九日間の時間稼ぎあの一日一日が、千金に値する。褒美は期待しておけ」
人に勝利を信じさせる。それは、英雄でなければ成しえない事だろう。
ならば、信じてみようではないか。この英雄を。
「さぁ。始めようでは無いか、ヌマ・セイカ。引き返す事はできんぞ?既に賽は投げられたのだから」
帝国軍五千。
北の異民族二十万。
今、まさに両軍が激突せんとしていた――――。
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