インフィニット・ストラトス〜最強への道〜 (まどるちぇ)
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プロローグ

ゆめ と ぼうけん の インフィニット・ストラトス のせかい へ レッツゴー! あとで また あおう!


  ワシの名前は柳 刃(やなぎ じん)

『ワシ』なんて言っとるがまだピチピチの高校一年生じゃぞ。

都内の藍越(あいえつ)学園に通うつもりだったんじゃが、織斑 一夏とかいう男が女性しか起動できん筈のISを起動してしまいよったと大騒ぎになり、急遽全国の男性がIS適性の検査を義務化されたんじゃ。

  後は……分かるかの。ワシも適性アリと判断され、IS学園へ強制連行、という訳じゃわい!

いやー困った困った!だはははは!

ま、なんとかなるじゃろ!無為自然無為自然……。

 そんなこんなで入学初日。ワシの席は一年一組の窓際一番後ろ。

 

「所謂エロゲ席という奴じゃろうか……ふああ」

 

 やや早めに教室に着いてしまい、最初のHRまでまだ30分もある。ワシは不良生徒宜しく両足を机に乗っけて椅子を傾けつつ自作の揺りかごに揺られながら暇を潰す。隣の女子がチラチラこちらを見てくるが、一番注目されとるのは……。

 

「ぷぷっ!不運な奴だのう。一番前の、しかも真ん中とは。あれでは視線の集中砲火じゃの」

 

 そう呟いて一夏を見ると、案の定というか、背中に無数の鋒を突きつけられたようにピーンと背筋が伸びとる。

 

「愉快愉快」

 

 ガラガラ

 

 そんなこんなで30分経ち、教室の戸が勢いよく開き、眼鏡をかけた小柄の女性が教卓に立つ。

 

「皆さん、入学おめでとうございます。私は一年一組の副担任、山田 真耶です。一年間よろしくお願いしますね」

 

 シーン……

 

 山田先生の挨拶に対しての返答は、静寂。

 居た堪れんのう。

 

「ご指導ご鞭撻の程、よろしくお頼み申し上げる」

 

 とりあえず返事をすると、山田先生はこちらをキラキラした目で見てきた。しまった。いざとなったらワシに振ればいい、みたいな関係になってしまったぞ。

 

「こほん。気を取り直して、出席番号1番の人から順番に自己紹介をお願いします」

 

 一人の女子が立ち上がり、自己紹介が始まった。

 ……とりあえず名前くらいは覚えんとな。

 

「それじゃあ次、織斑君!」

 

 山田先生の一言に、一夏への注目がMAXになる。が、しかし当の本人はと言うと。

 

「…………」

 

「ありゃ。絵に描いたようにガッチガチじゃの」

 

肩を窄めて縮こまった姿勢で固まる一夏。

 

「織斑君!織斑君!」

 

「あ!俺!?」

 

 山田先生の必死の呼びかけでようやっと我に返る一夏。

 

「なんだか頼りなさそうな男じゃのう……」

 

「お、織斑 一夏です」

 

 一夏が自己紹介を始める。そして、

 

「以上です」

 

 自己紹介を終えた。コントのように全員がガタッとずっこける。

 

「え?あれ?駄目でした?」

 

 スパーン!

 

 頭に疑問符を浮かべる一夏に、その疑問符を弾き飛ばすかのように出席簿が飛んだ。

 

「いてぇ!って、千冬姉!」

 

 スパーン!

 

 再び雄叫びを上げる出席簿。

 

「織斑先生と呼べ馬鹿者が」

 

  凛々しい風貌の女教師は一夏を見下げながらそう言った。

 

「キャーーーー!千冬様よーーーー!」

 

「本物だわーーーー!」

 

「生まれてきてよかったーーーー!」

 

  女教師の姿を見た生徒達は一気に色めきたった。

  いきなりの高周波にワシは耳を塞ぐ。

 

「はあ……。よくぞ毎年毎年こんな生徒ばかり来る。それとも私のクラスに集中させているのか?」

 

「多分前者、もしくは両方じゃな」

 

「静かにしろ貴様ら!まだ自己紹介が終わっとらんぞ!」

 

  女教師の一言でクラスが静まり返る。そして自己紹介が再会された。

 

 

 ☆

 

 

 

「それじゃあ次、柳君」

 

「ワシか」

 

  ついに自己紹介の番が回ってきた。立ち上がってみると、なるほど針の筵と言う呼び方が相応しいの。視線が痛いほど注がれる。

 

「ワシは柳 刃。ちょいと田舎におったもんじゃからジジイみたいな話し方が癖になっちょるが、まあ大目に見てくれの。趣味は昼寝、釣り、あと体を動かすことじゃな。散歩とかも好きじゃの。まあ、1年間よく笑い、よく学び、よく遊ぼうぞ」

 

「なーんか……」

 

「ジジ臭いっていうか……」

 

「ぶっちゃけ昭和の人だよねー」

 

 どっ

 

  女子生徒の一言でクラスが湧く。

 

「だはははは!いやはやその通り!皆、この昭和人間をよろしく頼むぞ!」

 

  そこそこの拍手に包まれ、ワシの自己紹介は終わった。クラスに上手く馴染めたじゃろうか?ま、これからなんとかしていけばええやな。

  学園生活はまだ始まったばかりじゃしの。




こんな感じで進めていきます。
コメントなどで書式なんかのアドバイスいただけると幸いです。


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第1話

普通ストックしてから投稿するだろ……。
てな訳で原作と少し展開が変わりましたが箒との初会話です。


「なあ。柳……だっけか?」

 

 HRを終え、女子達が遠巻きにワシに視線を向ける中、話しかけてきたのは一夏じゃった。

 

「ん?おお。織斑 一夏じゃったか?」

 

「ああ。これからよろしくな」

 

 そういって一夏は手を差し伸べる。

 

「うむ。せいぜい助け合って行こう」

 

 差し伸べられた手を握った。

 

「田舎って言ってたけど、どの辺なんだ?中学の頃の友達とかは?」

 

「長野の山奥じゃ。小さな村での。学校も生徒が数えられる程しかおらんかったんじゃよ。学年なんて関係なく、皆家族のように思っておる。中学の最後の方は近くの大きい学校に合併したがの」

 

「へえー。なんかあったかくていいな、そういうの」

 

「まあな。お主はどうなんじゃ?家族とか、友達とか」

 

「あ、俺実は両親いなくてさ。さっきの千冬姉と一緒に暮らしてたんだ」

 

 一夏の視線が少し下を向く。

 

「そうじゃったのか。それは悪いことを訊いたの」

 

「気にすんなよ。知らなかったんだし」

 

「そうか。そう言えば、ワシもお主も男の身でありながらISが動かせるみたいじゃな。初めてISを動かしてみてどうじゃった?」

 

「そうだなー……。なんか、頭の中に凄い量の情報が入ってきて、でもそれを何故か理解できて、よく分からない内に……、って感じかな」

 

「おお!お主も同じか!いやあ最初はワシの頭がおかしくなったのかと思っての。しかし、大体同じような感覚だったならなんとなく安心するわ」

 

「そうそう。なんか分かんない内に色々あってさ。正直まだちょっと戸惑ってるんだよ。柳は落ち着いてるみたいだけど?」

 

「刃でよいぞ。ワシも勝手に一夏と呼ぶからの。そうじゃな。まあなんとかなるじゃろ、とは思っておる」

 

「大人だな、刃は」

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 予鈴が鳴り、生徒達が慌ただしく席に着く。

 

「話はまた後での。お主の姉君はルールにはうるさそうじゃし」

 

「おう、そうだな。じゃあまた後で」

 

 一夏は手を振りながら席に着いた。

 

「さっそく男の子炸裂してるよねー」

 

「男同士の友情っての?ちょっと羨ましいよね」

 

「おりむーとぎんぎんの熱い友情……イイね!」

 

「よさんか布仏。何か違う意味に聞こえるぞ。あと、ぎんぎんもやめてくれ」

 

 布仏と2人の友人の話が耳に入り、抗議しておく。

 

「おー。ぎんぎん名前覚えてくれたのー?」

 

 布仏は嬉しそうに腕をぶんぶん振る。

 

「ぎんぎんはよせと言うに……。まあ、お主はキャラ濃い方じゃしのう。そこの2人も、相川さんと鷹月さん、じゃったか」

 

「ご名答!」

 

「名前覚えられちゃった♪」

 

 2人も嬉しそうにはしゃぐ。名前を覚えるだけでここまで喜ばれると、逆にこちらも嬉しくなるのう。

 

「ねえねえ、私は?」

 

「私の名前は覚えてくれたかな?」

 

「キャラ的に私は忘れないわよね?」

 

 次々と女子が机の周りに集まる。

 

「……お主ら、好奇心は猫をも殺すという諺を知っとるかの?」

 

「「「「?」」」」

 

「お前達、気は済んだか?」

 

 女子生徒達が首を傾げると、その背後からドスの効いた声が聞こえた。女子生徒達が一斉に青ざめる。

 

「まあまあ織斑先生。親睦を深める為にやったことで、悪気は……」

 

「言いたいことはそれだけか?柳」

 

 火に油、かのう。諦めるしか無いようじゃ。

 

 スパーン!

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……と、このように、ISには宇宙技術の一部が使われており……」

 

 山田先生がIS誕生の経緯について説明する。と言っても、教本の序章にあった部分じゃから、予習の10分の1にもなっておらんがの。

 

「……………………」

 

 暇つぶしに一夏を見とるが、いやはや退屈せんのう。教科書と黒板とディスプレイを眺めて冷や汗を垂らしておる。

 

「あやつ、絶対に教本読んどらんじゃろ」

 

「えっと、ここまでで分からないところはありますか?」

 

 シーン……

 

 まあ、あの無駄に分厚い本を読んどれば特に分からんことも無いじゃろ。約一名、別の意味で沈黙しとるが。

 

「えっと、柳君、質問はありますか?」

 

 嗚呼。やっぱりワシに振るんじゃな。

 

「ワシは特に無いの。一夏はどうじゃ?」

 

「なっ!刃、お前!」

 

「にょほほほほ」

 

 退屈せんのう。

 

「織斑君。何か分からないことありましたか?先生に遠慮なく訊いて下さいね。なんてったって先生ですから」

 

 山田先生が笑顔で尋ねる。その笑顔は今は残酷だのう。

 

「じゃあ、先生」

 

「はい!」

 

「ほとんど全部分かりません!」

 

「えぇっ!?ぜ、全部ですか!?」

 

 山田先生は困ったような顔をする。

 

「織斑。入学前に渡した本は読んだか?必読と書いてあったはずだが?」

 

「ああ、アレか。実は電話帳と間違えて捨てました」

 

 スパーン!

 

「再発行してやるから一週間で覚えろ」

 

「いぃっ!?あの厚さを一週間は」

 

「覚えろ。いいな?」

 

 織斑先生の鋭い眼光が一夏を貫く。

 一夏は肯定して押し黙った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お主、面白い奴じゃのう」

 

 休み時間になり、一夏の席に近付く。

 

「くっそー。ひでーぞ刃」

 

 一夏が恨めしそうにこっちを睨む。

 

「だはははは!やるべきことをやらんかった主が悪かろう!ほれ」

 

 そう言って一夏に分厚い本を渡す。

 

「これ、お前の?」

 

「そうじゃ。大事な部分は線を引いてあるから、まっさらな本よりは読みやすいじゃろう」

 

「ありがとう!」

 

 一夏は縋るように本に飛びついた。

 

「全く困った奴じゃのう。ISは最先端の技術なんじゃから、多少なりとも知識を詰めとかんとな」

 

「と、取り込み中すまない」

 

 そう言ってワシらの会話に割って入ったのは、篠ノ之 箒じゃった。仏頂面で人付き合いが苦手そうじゃが、男子二人に話しかけるとは度胸あるの。

 

「一夏を借りても構わないか?」

 

「一夏を?ワシは別に構わんが……。お主ら知り合いか?」

 

「あ、ああ。箒は俺の幼馴染なんだ。会うのは6年振りだけど」

 

 一夏が箒をチラチラ見ながら話す。

 

「そうじゃったか!ならば積もる話もあるじゃろう!気が利かんですまんな。どこへなりと連れて行けい!」

 

「そ、そうか。恩に着る。と、言うわけだ一夏。ちょっといいか?」

 

 箒がプイっと顔を突き放して言う。この反応。もしや……?

 

「ああ。俺も一目見た時から箒と話したかったし!ちょっと行ってくるよ」

 

「そ、そうかそうか!私と話したかったか!うん!ならば早速行くとしよう!」

 

 箒は一夏を連れて教室を出て行った。

 

「織斑君と篠ノ之さんって幼馴染だったんだ……」

 

「二人で何話すんだろう?」

 

「行ってみようよ!」

 

「よさんか布仏。無粋じゃぞ。せっかく6年振りに会ったんじゃ。水入らずで話させてやれ」

 

「そっかー。ぎんぎんは優しーね」

 

 ワシに宥められて布仏はあっさり引き下がった。

 

「ぎんぎんはよせと言うとるのに……。まあ、ワシで良ければ話し相手になるからのう」

 

「ほんとー!?やったね!」

 

 布仏が相川、鷹月とハイタッチをする。単純な奴らじゃ。

 

「先を越されたわ!」

 

「大丈夫!まだ初日だもん!」

 

「2組の私らもまだまだチャンスあるって!」

 

 ……雑音は聞かない主義じゃ。聞こえるだけで。

 




こんくらいの文字数でちまちま投稿していけたらいいなあ、と思います。
割と気分屋なので10000超えたりしたらすみません。
次回。ゴールデンチョココロネとの邂逅……!


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第2話

刃のキャラがまだ固まりきってないぞ……!
まあ、なんとかなるじゃろ。
てなわけでセッシーことセシリア・オルコットさんの登場です。


 

「腹減ったのう……」

 

 数学のガイダンスを終え、伸びを一つする。昼休みを目前に控え、腹の虫がギアを上げ始めた。

 

「刃……」

 

 声のした方を見ると、涙目の一夏がゾンビのようにフラフラと歩み寄ってきた。

 

「なんじゃ気味の悪い」

 

「なんで、ISの授業だけじゃなくて普通の勉強もあるんだ……?」

 

「そりゃあワシらが高校生だからじゃろ。座学は覚えて損は無いと思うとる。学べるだけありがたいと思うのじゃ」

 

「そりゃあそうだけどさ……」

 

「貴方達、少しよろしくて?」

 

 また声をかけられ、二人で振り向く。

 

「ん?」

 

「なんじゃ?」

 

「まあ!なんですのその気の抜けた返事は!?このセシリア・オルコットがわざわざ話しかけてあげたのでしてよ!」

 

 セシリアと名乗る金髪の少女は誇らしげに胸を張る。ふむ。歳の割にはデカいのう。

 

「はあ。それで?そのセシリア様がワシら下々の者に何の用じゃ?」

 

「あら?少しは自分の立場が分かったようですのね?」

 

 皮肉なんじゃがなあ。強かな娘じゃ。それか阿呆。

 

「イギリスの代表候補生というだけで随分と胸を張れるのう」

 

「代表候補生……」

 

「あら?そちらの殿方もご理解いただけまして?」

 

「……ってなんだ?」

 

 ズコー

 

「一夏……。悪いことは言わん。今すぐ人里離れた山奥でひっそりと暮らすと良いぞ」

 

「なんだよ!?世間知らずは認めるけどそこまで言うことないだろ!?」

 

「そこまで言うことありますの!」

 

 セシリアがワシの机を勢い良く叩く。

 

「一夏よ。代表候補生というのはじゃな……。言ってみればオリンピック選手みたいなモンなんじゃ。ISはスポーツじゃろ?そのISの国ごとの代表の候補生じゃから、オリンピック選手の育成枠みたいなモンなんじゃ」

 

「へえ〜……って、じゃあセシリアって有名人!?知らないの俺だけ!?」

 

 一夏は周りを見るが、女子たちの視線は冷ややかであった。

 

「お主だけということは無かろうが……それでも代表候補生を知らんのは何かしらの罪かと思える程の無知だの」

 

「…………」

 

 一夏は自身の置かれた状況を理解し、絶句する。

 

「話を戻そうかの。そのイギリスの代表候補生、セシリア・オルコット様が何の御用なんじゃ?」

 

「そ、そうですわ。貴方達二人がISの初心者と聞いて、上に立つ者として施しをと思いまして」

 

「……その必要はない。お主のような高飛車な娘は、どうせ独り善がりな教え方しかせんじゃろのう。聞くだけ無駄じゃて」

 

「あら?そんなことを言ってもいいんですの?私は優秀。エリートなのですわよ?その証拠に、一年で唯一試験の教官を倒したのですから!」

 

「あ、俺も倒したぞ」

 

「ワシも」

 

「な!わ、私だけだと存じ上げておりましたが!?」

 

「女子では、ってオチじゃないのか?まあ俺は突進してきたのを避けたらそのまま壁に突っ込んで動かなくなっただけだけどな」

 

「ワシは普通にガード&カウンターで倒したぞ。近距離タイプの打鉄ならばそれが最適な戦法だと学んでおったからの」

 

「な、な、認めませんわ!私がこんな二人と同じ立場だなんて……」

 

 キーンコーンカーンコーン

 

「……続きはまた後ですわ!」

 

 セシリアはそれだけ言うと自分の席にズカズカと戻って行った。

 

「……また後での、一夏」

 

「……おう」

 

 セシリアの爆裂っぷりに気疲れして、一夏は席へと戻って行った。腹は余計に減った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ではこれよりクラス代表を決める。自薦他薦は問わない」

 

 織斑先生の言葉に、生徒達は互いに顔を見合わせる。

 

「はい!織斑君がいいと思います!」

 

「私は柳君!」

 

「ぎんぎんに一票〜」

 

 女子達が好き好きにワシらの名前を挙げる。

 

「まあ、やれと言われればやるが」

 

「えぇ!?俺!?」

 

 一夏は相当焦っとるようだの。このまま行けばワシか一夏かどっちかに……。

 

「納得行きませんわ!」

 

 そういって机を叩きながら立ち上がったのはセシリアだった。

 

「このセシリア・オルコットのいるクラスの代表が、何故男なんですの!?クラス代表には私、セシリア・オルコットが立候補いたしますわ!」

 

「またお主か。じゃあそれでいいぞ」

 

「俺も別に……」

 

「大体、どうしてISを取り扱う学園がこんな文化的にも後進的な極東の島国にあるのか疑問ですわ!」

 

 好き放題言うのう。まあ、言わせておけばよかろう。お主以外全員日本人だってことを思い出すのはいつになるやら。

 

「……イギリスだって大してお国自慢無いだろ?世界一不味い飯で何年覇者だよ?」

 

 意外にも、セシリアに楯突いたのは一夏だった。

 

「…………ほう?」

 

「貴方!私の祖国を侮辱しますの!?」

 

「お主が先にワシらの祖国を侮辱したんじゃろうが。自分がされて怒りを覚えることを簡単に他人にできるとは、イギリスという国の教育レベルは想像もつかん程の高水準のようじゃな」

 

 一夏の肩を叩き、セシリアと真っ向から対峙する。

 

「……決闘ですわ!」

 

「おう!受けて立つ!」

 

「そうか。頑張れ一夏」

 

 ワシはそう言って席に座った。

 

「って、刃!?お前は受けて立たないのかよ!?」

 

「ISはまだ訓練中なんじゃ。一端でも身につけん限りは決闘もへったくれも無いじゃろう」

 

「そうだけど!悔しくないのかよ!?」

 

「ワシはあのゴールデンダブルチョココロネ、略してGWC2の言動が道理に合わんかったのが気に食わんかっただけじゃ。愛国心もそんなに無いしのう」

 

「いや、略しても意味分かんねーよ!」

 

「話が脱線しているようだが」

 

 織斑先生の声に全員が教卓の方を向く。

 

「クラス代表は一人だけだ。複数いる場合、ISでの試合で勝った者に決めることとする。それで構わないな」

 

「ええ。望むところですわ!」

 

「ハナっからそのつもりだ!」

 

「……まあ、他薦されたしのう。一つ腕試しも兼ねてやるしないか。分かりました、先生」

 

「話は纏ったな。では来月、第3アリーナで3人の総当たり戦を行う。勝率の一番高い者がクラス代表だ」

 

「100%より上はありませんわね。私がクラス代表になったも同然ですわ!」

 

「よーし!絶対勝とうぜ!刃!」

 

「その前に昼飯じゃ。腹が減っては戦はできんしのう」

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 ちょうど4限が終わり、昼休みに入る。

 

「では、HRはここまでだ!解散!」

 

 織斑先生の一言で生徒達が疎らに立ち上がり教室を出て行った。

 

「……ここ、きつねうどんあるかの?」

 




かくして、セシリア、一夏との決戦に向けて、トレーニングを始める刃。そんな刃の前に現れた、謎の生徒会長。全てが謎に包まれたその更識さんの正体とは……!?
次回!【最強のIS使い】
刮目して次回を待てい!(江戸っ子)


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第3話

一夏サイドでは普通に箒と和解できてるでしょ。(適当)
こっちはそれどころじゃねえんだよ!
誰ルートにしようか悩み過ぎて禿げるわ!


「……とは言ったものの」

 

 昼休み。

 食堂のきつねうどんを堪能し、ワシは食後の茶を啜りながら物思いに耽っておった。

 

「あと1ヶ月かあ……。なんとかなるとは言え、具体的な案を思いつかんことには安心できんのう……。よし!」

 

 茶を飲み干し、盆を片付けて食堂を出る。

 

「いっちょ、弟子入りしてみるかの」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ほう。それで私に教えを乞いに来た、と」

 

 職員室。ワシが向かったのは織斑先生の所じゃった。

 

「お頼み申す。聞くところによると、織斑先生は一流のIS使いと聞く。是非ご指導いただきたい」

 

「指導なら既にしてやっている。お前にはアレでは不十分だと言うのか?」

 

「不十分です。少なくとも、残り一ヶ月でセシリアと対峙するには」

 

 勝ちたい、とまでは言わん。が、せめて試合の体を為せるような実力は身につけねばならん。

 

「……なるほど。だが私も教師の身。同じクラス内で一人の生徒を贔屓するような真似はできん。悪いが諦めてくれ」

 

 織斑先生は机のコーヒーを飲み干し、席を立つ。

 

「そうですか。無理を言って申し訳ありません」

 

 駄目か。まあある程度予測は出来ておったが。他を当たってみるかの。

 

「……生徒会室に行ってみろ」

 

「え?」

 

 聞き返そうと振り返ると、織斑先生は既に職員室の出口付近におった。

 

「生徒会室?とりあえず、放課後に行ってみるかのう……」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 放課後。一夏と別れて生徒会室に向かう。

 

「しっかしやけにデカい校舎だの。移動するだけでいい運動になりそうじゃ」

 

 そんなこんなで【生徒会室】と表札のかかった部屋の前に辿り着く。

 

「ここにワシが強くなるヒントが……?今は織斑先生を信じてみるしかないか」

 

 コンコン

 

「どうぞ」

 

 扉をノックし、奥から返事が来る。

 

「失礼します」

 

 部屋に入ると、三人の女子生徒が座っていた。

 一人は眼鏡をかけており、てきぱきと作業をしている。

 もう一人は一際大きな机越しにこちらを見ている。恐らく生徒会長じゃろう。

 そしてもう一人が……。

 

「おー!ぎんぎんだー!」

 

「布仏……」

 

 ワシは苦笑を浮かべて布仏を見た。

 

「お主とは並々ならぬ縁(えにし)を感じるのう」

 

「むっふっふ〜。ぎんぎんは私の運命の人かもね〜」

 

「よさんか布仏。えーっと、一年一組の柳 刃です。織斑先生に紹介されて来たんですが……?」

 

「ええ。話は伺っているわ。どうぞ座って。虚ちゃん。お客様にお茶を」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 眼鏡をかけた女子生徒はそう言って戸棚に向かう。ワシは空いているソファに腰掛けた。

 

 

 ☆

 

 

 

「まずは自己紹介から。私がこのIS学園の生徒会長、更織 楯無よ」

 

 そういって更織先輩は扇を開く。扇には達筆な字で【夜露死苦】と書いてあった。いつの時代の不良じゃ?

 

「そして私が生徒会副会長の布仏 虚です。妹の本音が迷惑をおかけしたようで」

 

「いやあ、迷惑なんてとんでもない。迷惑はこれから掛け合っていくものですしのう」

 

「私は紹介しなくてもいいよね?生徒会の庶務をやってる布仏 本音だよ♪」

 

「おう、知っておるぞ。お主はいつも元気じゃのう」

 

 そう言って布仏の頭を撫でてやる。なんというか、孫娘が出来たらこんな気持ちになるのかのう。

 

「にゅふふー♪」

 

 布仏は猫のように丸くなって大人しくなる。

 

「んっん!さて、早速本題に入りましょうか。来月、同じクラスのセシリアちゃんと決闘するんですってね?」

 

 更織先輩が咳払いをして本題に入る。

 

「はい。そこで誰かの元でISを学びたい、と思って織斑先生に相談したのですが……」

 

「ここに来い、と仰ったのね。なるほど……。察するに、師匠を探してるのね?」

 

「はい。特にISに精通し、実力のある人間を」

 

「ふむふむ。つまり貴方はこう言いたいのね?『IS学園最強の座を恣にしている生徒会長の弟子になりたい』と?」

 

「生徒会長=学園最強というのは初耳ですが、つまりはそういうことです。どうか、ワシを弟子にして下され!」

 

「いいよー」

 

「軽っ」

 

 軽い口調で答える更織先輩の扇には、いつの間にか【熱烈歓迎】の文字が。

 

「ただし、私の特訓は生易しくは無いわよ?臥薪嘗胆。行住座臥ISで強くなる覚悟はあるかしら?」

 

「もとよりそのつもりで。ワシは学園最強、いや、ISで世界最強になるためにここに来たんじゃ!」

 

「その意気や良し!早速特訓メニューを組ませて貰うわ!明日、同じ時間にここに来なさい!」

 

「分かりました、師匠!」

 

「おー。お嬢様がめちゃめちゃ熱血モードになってるー」

 

 布仏がクッキーを頬張りながら言う。

 

「本音。茶化すようなこと言わないの」

 

 布仏先輩が布仏を諭す。

 

「うーん……。今後ここに出入りするなら、布仏を布仏と呼ぶのは支障が出るかものう。本音で良いか?」

 

「うんー。ぎんぎんの好感度が上がったね♪」

 

 本音はVサインをして答えた。

 

「では師匠。また明日、お願いいたしますぞ。布仏先輩。作業の邪魔をしてすいませんでした」

 

「待っているわよ。それじゃあまた明日ね」

 

「気にしないで。お嬢様、結構めちゃくちゃなこと言うかも知れないから、頑張って下さいね」

 

「まったねー、ぎんぎん」

 

 生徒会三人娘に見送られ、ワシは生徒会室を出た。

 

「あ、やっぱりここにいたんですね」

 

 声の方を見ると、山田先生が遠くからこちらに駆けつけて来た。

 

「山田先生?そんなに急いでどうしんたんですかの?」

 

「お部屋の鍵を渡していなかったので。織斑先生にきいたら、ここにいるだろうって。はい、これが貴方のお部屋の鍵です」

 

 山田先生はそう言って鍵を渡した。

 

「部屋って言うのは、寮のことですかの?しかし、部屋割りが決まるまでは近くのホテルで寝泊まりするように言われとったんですが……」

 

「日本政府からの要請だ。男性のIS起動者の保護を最優先にせよ、とのことらしい」

 

 背後から織斑先生が現れ、補足する。

 

「なるほどのう。では、荷物を取りに」

 

「それはこちらでやっておいた。チェックアウトや諸々のアフターケアもな」

 

「それはありがたい。遠慮なく使わせてもらいますぞ」

 

 鍵をポケットにしまい、二人に礼をする。

 

「……遠慮なく使えれば、な」

 

「?」

 

「なんでもない。早く行け。夕食は18時から20時の間だけだ。遅れるなよ?」

 

 それだけ行って織斑先生は廊下を歩いて行った。山田先生もそれに続いて去って行く。

 

「……ま、とりあえず行ってみるとするかの」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……1016。ここじゃな」

 

 キーホルダーに書かれた数字と部屋の番号を確かめる。

 

 ガチャ

 

 ドアノブを回し、中に入る。中にはベッドと机が二つ設けられてあった。

 

「二人部屋……?ということは、一夏と一緒か、単に二人部屋を一人占めできるのかの」

 

 シャアアアア…………

 

 シャワールームからシャワーの音が聞こえる。

 

「一夏かー?」

 

 荷物を置き、シャワールームに呼びかける。

 

「あら?もしかしてルームメイトの方ですの?」

 

 あ、ヤバい。これ駄目な奴じゃ。

 

「シャワールームを先に使わせていただきましたわよ。日本は湿気が多くて困りますわね」

 

 うーん。何か良い手は無いかの?このままじゃとワシ死ぬんじゃなかろうか?

 

「しかし貴女も幸運ですわね。何せルームメイトがこの…………」

 

 ガラガラ

 

「…………セシリア・オルコット」

 

「…………え?」

 

 バスローブ姿で登場したセシリアは、唖然とした顔でワシを見る。艶かしく濡れた金髪と透き通るような白い肌に目を奪われたのは内緒じゃ。

 

「な、な、な、なななな」

 

「お、落ち着けの。とりあえず、状況整理を」

 

「あ、貴方!どうやって入ってきたんですの!?鍵はちゃんとかけておいたでしょう!まさか、ピッキング!?私のシャワーを覗く為にわざわざ忍び込むなんて、き、気持ちは分からなくも無いですが、人として最低ですわ!」

 

「……あー、なんじゃ。自分よりパニックになっておる奴を見ると、逆に落ち着くの」

 

「と、とにかく!出て行きなさい!うら若き乙女の部屋に忍び込むなんて、無礼千万でしてよ!」

 

 セシリアは涙目になって無防備な胸元を隠す。

 

「落ち着け。ここはワシの部屋らしい」

 

「私の部屋ですわ!」

 

「……1016号室じゃよな?」

 

「そうですわ!早く出て行って下さいまし!」

 

「……これ、ワシの部屋鍵」

 

 ワシはセシリアに番号が書いてある鍵を見せる。

 

「姑息な言い逃れを!私の鍵を咄嗟にポケットに仕舞ったんですわね!ここにある鍵……を……あら?」

 

 セシリアは机の上の鍵を指差し、ようやく事態を飲み込みつつあった。

 

「ようやっと落ち着いてくれたかの?」

 

「……ほ、本当に貴方と相部屋ですの?」

 

「らしいの。まあ、物だけ置かせてくれればそれでええぞ。ワシは外で寝る」

 

「あ、当たり前ですわ!幸運にも雨風は凌げるようですし?他の方の邪魔にならないよう荷物だけは特別に!置かせてあげても構いませんわよ」

 

「そりゃどうも!シャワーも一夏の部屋のを借り……。まさか、あやつもこんな感じになっとるのかの?まあええわ。じゃ、そういうことで」

 

 バタン

 

 荷物をセシリアが使ってないベッドの側に置き、ワシは部屋を出た。

 

 

 ☆

 

 

 

「……はあ。とんだ不幸でしたわ」

 

 刃が部屋を出た後、セシリアは髪を乾かしながらぼやいていた。

 

「殿方と寝食を共にするなんて!しかも数時間前に啖呵を切った人とだなんて!考えられませんわ!」

 

 ゴォー

 

 ドライヤーの音が部屋に響く。

 

「…………」

 

 セシリアはドライヤーの手を止めることなく考えごとを始めた。

 

(少し……言いすぎたかしら?)

 

『お主が先にワシらの祖国を侮辱したんじゃろうが。自分がされて怒りを覚えることを簡単に他人にできるとは、イギリスという国の教育レベルは想像もつかん程の高水準のようじゃな』

 

「……失礼な方」

 

 ドライヤーを止め、静かに呟く。

 

「……それは私も同じ?」

 

 天井を見上げ、セシリアはしばらく動かなかった。その頬が紅いのは、風呂上がりだからか、それとも……。




えぇ……。4000弱あったかー。
セシリアさんマジチョロイン。
落ちたな(確信)
思ったより早く落ちたな(呆れ)
てなわけで次回!刃と楯無さんとの地獄の特訓が始まり……ません。もうちょいラブコメさせて。
次回【柳 刃という男】でまた会おうぜ(CV:栗田貫一)


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第4話

お気に入り件数増えただけでモチベ上がる単純奴です。
UAも1000超えてすごく嬉しいんですの。
これからも適当にゆるゆる進めていきます。


 

「だはははは!なんじゃその顔は!」

 

 食堂。一夏を見かけて声をかけたワシは、大きな紅葉マークを頬に見つけ、思わず吹き出した。

 

「……言うな。何も訊かないでくれ」

 

「大方、篠ノ之と同室になって張り手でも食らったんじゃろ?」

 

「なんで分かるんだよ!?お前はエスパーか!?あ……」

 

「えー!織斑君篠ノ之さんと同室なの!?」

 

「これはうかうかしてられないね!」

 

「柳君!今フリー!?一緒にご飯どう!?」

 

 一夏の一言で女子達が色めき立つ。こっちに飛び火するのは想定しとくべきだったの。

 

「ワシもセシリア嬢と同じ部屋になったんじゃ。ま、締め出されて当分は廊下で寝るがの」

 

「ええー!?何それひどーい!」

 

「柳君私の部屋に来なよー!」

 

「……別にセシリアがひどいとは思わんの。16になろうという男女が同じ部屋で寝泊まりするなんて異常も異常じゃし、わしが言い出したことじゃしの」

 

「ちぇー。柳君って見かけに寄らずガード堅いんだねー」

 

「でもでも、貞操観念しっかりしてると、一緒に居ても安心だよねー!」

 

 とほほ。女子の思考回路は都合がいいの。

 

「まあ、なんじゃ。そんな訳じゃから部屋の移動とか何とかは無しじゃな。飯は一緒してもええぞ」

 

「やったー!」

 

「……あ、あの」

 

 食堂の入り口の方から声がした。

 

「む。セシリアか?何か用かの?」

 

「そ、その……」

 

 セシリアはモジモジと指を交差させてどもる。

 

「……?ほれ。飯がまだなら一緒に食べながら話そうぞ。ここのきつねうどんは美味いぞ」

 

「!よ、よろしいんですの!?だって、私、あんなに酷いこと言って……」

 

「気にするな。たかだか15の小娘に思慮の行き届いた発言なぞ期待するか!謝るのは後でよかろう!さ、皆と楽しく飯じゃ、飯!」

 

 謝ろうと思ったこと。それが成長なんじゃ。それで充分じゃ。

 

「は、はい!私のオススメはカルボナーラでしてよ!」

 

 セシリアの表情が花が咲いたように明るくなる。

 

「うむ!今夜はそれを試してみようかの!」

 

 こうして楽しい団欒のひと時は過ぎていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……お前もたかだか15の小僧だろうに。一丁前に悟ったようなことを言う」

 

 食堂の片隅。そこに寮長を務める千冬の姿があった。

 

「しかしまあ、一夏並の人たらしが入学してくるとはな。いや、それこそが男のIS使いの条件なのかもな」

 

 千冬はそう言って自嘲気味に微笑む。

 

(……私も他人のことは言えんか?)

 

 騒がしく食事をする生徒達を今日は見逃してやるか、と思う千冬であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……しかしのう」

 

「わ、私がいいと言っていますの!」

 

 夕食を終え、セシリアと共に部屋に帰ってきた。

 本来は寝床の代わりを探す予定じゃったが、セシリアに呼び止められた。

 

「やはり同じ部屋で寝るというのは……」

 

「線引きさえちゃんとすれば問題は起きないはずですわ!それに!刃さんが体調を崩されては一ヶ月後の試合でハンデを負わせることになります!それで勝っても、私は嬉しくありませんの!」

 

「分かった分かった。じゃあここで寝させてもらうことにする。それでええじゃろ?」

 

 何故にこうも意見が変わる?真逆ではないか。

 

「わ、分かればよろしいのですわ!」

 

 セシリアは安堵したように胸を撫で下ろす。

 

「話は終わりかの?んじゃ、ワシは少し出かけるぞ」

 

「!ま、待って下さい!」

 

「安心せい。2〜3時間もすれば戻って来るわい。あ、そうじゃ。シャワーは使わせてもらって構わんのかの?」

 

「え?ええ。別に構いませんわ……」

 

「サンキューの。じゃ、そういうことで!」

 

 ダッシュで部屋を出る。

 

「あ、ちょっと!話はまだ……もう!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「日本の殿方は皆あんなに話を聞かないんですの!?その癖自分の意見は押し通そうとするし!自分勝手過ぎますわ!」

 

 独り取り残された部屋。セシリアはブツブツと愚痴を零しながら肌の手入れをしていた。机に巨大な鏡付きの化粧箱を置き、乳液を頬に擦り込む。

 

「大体、私と同じ部屋になれたというのに嬉しそうな素振りの一つでもしてみせればいいんですわ!」

 

 パックを顔に貼り付け、砂時計をひっくり返す。

 

「……本当、意地っ張りね」

 

 一瞬、素の口調が出る。それは、自分に向けた言葉であるから。セシリアはしばらく目を伏せて考え込む。

 

「素直に言えばいいのよ。『ごめんなさい。私が悪かったです』って」

 

 鏡を見つめながらぽつぽつと呟く。

 

「……嫌われたのかしら?」

 

 そう口にすると、頬が強張る。目と鼻の真ん中辺りがツンと痛くなる。胸の奥が締め付けられるような感覚を覚える。

 

「……紅茶の一杯でもご馳走してあげましょう」

 

 そう言ってセシリアは立ち上がり、戸棚を物色し始めた。砂時計は、とっくに落ち切っていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「始めるかの」

 

 ジャージに着替え、寮の外に出る。

 四月の薄ら寒い風が頬を撫でた。

 

「そうじゃな……20周、といったところか……」

 

 そう呟き、走り出した。

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

 

 呼吸を整え、ペースを作る。

 ワシのいつもの日課。ジョギング20kmとダッシュ5km。持久力と瞬発力を足腰に叩き込むには良い反復じゃと思う。

 結果はどうあれ、この日課が精神的に大きな支えになっとる。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……」

 

 15kmを超え、少し息が切れてくる。

 少しくらい減らしても……。

 1周くらい誤魔化しても……。

 別にこんな辛いことしなくたって……。

 そんな雑念を、振り切る。

 ただひたすらに、走る。走る。走る。

 やがて弱い自分も諦め、悲鳴も止まる。

 そうして20kmを走り終える。

「あと、5km!」

 そう言って今度は全力疾走。もうこうなると気力だけで持っていかねばならなくなる。

 やる。出来る。やってみせる。やれば一つ強くなる。

 自己暗示を何度もかけ、止まりそうな脚に鞭を打つ。

 やがて5kmを超え、少しずつペースを落とす。最後は散歩気味に歩いて乳酸を流し、一息吐く。

 

「ああ、しんど……」

 

 終わった直後は2度とやるか!と思う。

 しかし、達成感を噛み締める内に病み付きになる。

 

「一種の……病気、だのう……」

 

 立っているのも怠くなり、座り込む。

 顎を上げると、綺麗な夜空が見えた。

 

「うむ!明日も良い天気じゃ!よし、次は……」

 

「明日の朝日を拝めれば、な」

 

 夜空にヌッと現れたのは、織斑先生の顔だった。

 

「うげ。やっぱり見つかったか」

 

「ジョギングはいいが、時間と場所を考えろ。夜に、女子寮の周りを男子生徒がウロウロしているなど、問題にしか聞こえんだろう?」

 

「確かに、その通りですの。朝は駄目ですかね?」

 

「ふむ……。許可する。だが21時以降の外出は一切を禁ずる。分かったら規定時間を超えない内にさっさと戻れ」

 

 腕時計を見ると、20:58を指していた。

 

「おおギリギリ。それじゃ、戻らせていただきます。おやすみなさい」

 

「ああ……。それと、何かする時は私や近くの教師に確認をとれ。お互い、無用なトラブルは避けるに越したことはない」

 

「分かりました。では」

 

「……イマイチ憎めん奴だ。毒気を抜かれてしまうな」

 

 織斑先生が何か呟きながら夜空を見上げるのを尻目に、足早に寮へと戻った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ただいま戻ったぞ」

 

 部屋に戻り、ジャージを脱ぐ。

 

「お帰りなさいませ。丁度紅茶を淹れましたの。よろしければいかが?」

 

 そう言うセシリアの手には、盆に乗ったティーポットと、カップとソーサーが2セットあった。

 

「……お主、待ち構えておったな?」

 

「ま!?まさか、そそそそんな訳ありませんわ!これはストレートとミルクティーで飲み分けようと思って2つ用意しただけでして……」

 

 必死になって言い訳するセシリア。

 

「ぷっ。だはははは!そういうことにしておいてやろう!喉も乾いておったしの。本場イギリスの紅茶、いただくとしよう」

 

 なんだかそんなセシリアが可愛く見えて、真実などどうでもよくなる。

 

「!そ、そんなに飲みたいのでしたら、仕方ありませんわね!」

 

 セシリアは目に見えて笑顔になり、いそいそと紅茶をカップに注いだ。

 

「退屈せんのう。明日からも、楽しみじゃわい!」

 

 こうしてセシリアと束の間のティータイムを過ごした。紅茶は勿論美味かった。




次回予告
ついに始まった地獄の特訓。
想像を絶するメニューの数々に刃が悪戦苦闘する中、一夏の専用機が届いたという知らせが届き……?
次回、【白無垢に奪われた少女】
セシリアの、卵サンドは、甘い(CV:銀河万丈)


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第5話

これ一まとめにした方が良かったのか……?
日に3回の投稿て……。


「よろしくお願いします!」

 

「では、始めましょう」

 

 翌日の放課後。第1アリーナで更織先輩との特訓が始まった。生徒会権限で無理矢理借りたらしい打鉄を貸してもらい、基本動作をこなす。

 

「なるほど。基礎はバッチリね」

 

「イメージトレーニング通りにコイツが動いてくれたからですよ」

 

 そう言って左手で右の籠手をさする。

 

「そうね。よく馴染んでるわ。それじゃあ予定の30%増しでメニューをこなしていきましょうか!」

 

「……お手柔らかに」

 

 それからはとんでもない特訓じゃった。

 

 高度50mまで急上昇し、急ブレーキ。その後地上1m以内まで急下降し、急ブレーキ。それを10往復×3セット。

 

「しかし三半規管が狂ったり吐き気を催したりはないのう。ISのハイパークリアセンサーとやらのお陰かの。それでも多少キツいが」

 

「中々筋がいいわよ♪さ、次よ次」

 

 素振り500回。ブレード装備で上下シャトルラン。銃弾の斬り落とし……。

 

「ぜぇ、はぁ……」

 

 3時間に及ぶ猛特訓を終え、息が絶え絶えになる。

 

「よろしい。今日はここまで」

 

 そう言う更織先輩の扇には【日々是精進】の文字が。

 

「ありがとうございました!」

 

 礼を言い、控え室へと戻る。

 打鉄は更織さんが返しておいてくれるそうな。サポートもしっかりした至れり尽くせりな特訓じゃ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「一夏に専用機が?」

 

 着替えとシャワーを終えて控え室を出ると、更織先輩が待っていてくれた。先輩に依ると、データ採集の為に一夏の専用機が急遽作られることになったそうな。

 

「まあ、一夏は特別じゃからのう」

 

「男の子だから?それは君も一緒じゃないの」

 

「それもそうでしたわい!だはははは!」

 

「…………」

 

 冗談は更織先輩には受けず、どことなく表情が暗い。

 

「……何かあったんですか?」

 

「えっ!?う、ううん。何にも無いわ。どうして刃君には専用機が来ないんだろうって思っただけよ」

 

 そう言う更織先輩の目は明後日の方向を向いておる。

 

「……話したくないのでしたら、話さなくても良いです。が、師匠に支えられてばかりはいられませんぞ。ワシで良ければ相談に乗りますが?」

 

 そう言って笑顔で語りかける。師匠だって人間。やはり悩みの一つや二つあるじゃろう。

 

「……その、一夏君のISが悩みの種なんだけど……」

 

 そうして更織先輩はぽつりぽつりと相談し始めた。

 話を整理すると、一夏の専用機を作っているのが倉持技研というところで、更織先輩の妹君である更織 簪という女子生徒が本来貰えるはずじゃった専用機も同じ倉持技研で作られる予定じゃった。が、一夏の専用機を作る為に開発が一時ストップしとるらしい。

 

「……おかしな話じゃな。それで詫びの一つも無しか?」

 

「まあ、それなりに詫びはあったと思うわ」

 

「?『思うわ』って……。師匠、その妹君に確認したのではないのか?」

 

「あ、う、ううん。簪ちゃん、私のこと嫌いだから……」

 

 そう言って更織先輩は再び目線を落とした。

 

「……師匠はどうしたいんじゃ?」

 

「え?どうって……?」

 

「その妹君と仲直りしたいのかの?それできっかけを探してたら、今回の件で妹君の機嫌が悪くなってしもうて更に仲直りの機会を失ったと、そう思っておるのじゃな?」

 

「!そ、それは……」

 

「図星、ですかい。ワシには二人がどんな関係なのかは分からんし、敢えて聞かん。が、これだけは言わせて下さい」

 

「え?」

 

 更織先輩が目線を上げてワシを見る。

 

「姉妹なら、話し合って喧嘩せい!」

 

 怒気を込めて声を荒げた。ビリビリとそこら一帯が震え、更織先輩も萎縮したように体を強張らせる。

 

「仲直りのきっかけじゃと?そんなもん、探る暇があったら一言でも多く話すのが一番じゃ。例え傷付けてしまうようなことを言っても、お互いの傷を眺め合って手を加えないよりマシじゃろ!」

 

「……あ、貴方に私達の何が」

 

「何も分からん!分かりとうもないわ!余所者のように気を遣い合う姉妹など、もはや姉妹ではない!遺伝子が同じだけの、赤の他人に過ぎない!」

 

「!」

 

 更織先輩が絶句し、両手で口元を押さえる。

 

「……悪いことをしたらごめんなさい、嬉しいことをされたらありがとう。これだけでええんじゃないですか?過去がどんなに重くても、未来を邪魔されて黙っとるようでは、ワシの師匠は務まらんですよ?」

 

 そう言って、手を差し伸べる。

 

「さ、未来(まえ)へ」

 

「……私、分かってたの。あの子が私を嫌いになったのは、私のせいなの!」

 

 更織先輩はその場に崩れ落ち、蹲って泣き始めた。

 

「私、あの子に『何もしなくていい』って、『無能のままでいなさい』って言っちゃったのよ!だから、あの子の気持ちなんて考えずに、やってあげてればいいなんて、自分勝手……」

 

「それはワシに言うことではないの」

 

 崩れ落ちた更織先輩を抱き起こす。

 

「……そう、ね。簪ちゃんと話してみるわ」

 

 更織先輩は涙を拭い、強い笑顔で頷いた。

 

「……そこで、師匠に訊きたいことがあるんじゃが」

 

「?」

 

「あそこにいる眼鏡の女子は、もしや……?」

 

「……!か、簪ちゃん!」

 

「お、お姉ちゃん……」

 

 簪は通路の角で隠れながら今の話を聞いていたらしい。ばつの悪そうな顔で立ち往生している。

 

「今の、聞いて……?」

 

 情けない姿を見せたせいか、更織先輩が少し赤くなり、やや突き飛ばすような形でワシを引き離した。

 

「わ、私、お姉ちゃんのこと、嫌い」

 

「!」

 

「でも、それはお姉ちゃんのこと全然分かってなかったから……!私が嫌いだったのは、『私の中のお姉ちゃん』だったの!今、その人の話を聞いて分かった!私は、本当のお姉ちゃんなら、これから好きになれる、と、思う……」

 

 それだけ言って簪は下を向いた。

 

「……簪ちゃん!」

 

 更織先輩は駆け出し、簪を抱きしめた。簪も戸惑いながら、おっかなびっくり更織先輩を抱き返す。

 

「ゴメン!ゴメンね、簪ちゃん!大好きな簪ちゃんを、危ない目に会わせたくなかっただけなの!守りたかったの!でも、それで、簪ちゃんを遠ざけちゃって……」

 

「も、もういいの、お姉ちゃん!ありがとう!守ってくれて、ありがとう!」

 

 二人の姉妹は、抱き合って泣き合った。

 

「……姉、か」

 

 そんな光景を見て、ワシの脳裏をよぎったのは、実の姉、柳 京香(きょうか)との日々だった……。

 天才科学者にして、ISの産みの親、篠ノ之 束の学者仲間だった姉。

 今はどこで、何をしておるのか……?

 今は二人が収まるまで、蚊帳の外におるとしようかの。

 

 

 

 

 

 

「……んー?」

 

どこかの孤島の謎の研究所。

 

「ふんふん。そろそろかなー?」

 

謎の女性は、タッチャブルディスプレイを手元にスワイプさせ、操作をする。

 

「はいはーい♪束さんだよー♪」

 

ディスプレイに表示されたのは、篠ノ之 束。ISの産みの親であり、天才科学者だ。

 

「あータビー久しぶりー」

 

「久しぶりだねー京ちゃん♪何年振りかなー?まあいいや。んで?何か用かな?」

 

束は捲したてるように会話を続ける。

 

「えっとねー。データ送るから察してー」

 

京香は別の画面を通話中の束の画面に飛ばす。

 

「相変わらずの口下手だねー♪うんー?ふんふん。なるほどー!OK!完成図できたら送るねー♪」

 

「お願い……じゃね」

 

京香はそれだけ言って通信を切った。

 

「タビーは……ウザい……」

 

京香はそう言ってディスプレイから目を離し、近くに立てかけてある写真を見る。

 

「……刃ちゃん。でへへ」

 

京香は刃と自分が写っている写真を見て、デレデレする。

かなりの、ブラコンであった。




という訳で、何故刃がISを起動できたかがなんとなく分かったかと思います。
次回予告
更織姉妹の和解を見届け、ほっとしたのも束の間。
熾烈を極める特訓の最中、刃に更なるトラブルの種が。
次回!インフィニット・ストラトス!
【陰と陽】
太正櫻に浪漫の嵐!


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第6話

とりあえず原作1巻もしくはアニメ1期まではやりたいなあと思っています。
束さん登場です。


 第6話

 

「…………」

 

「…………」

 

 き、気まずい。

 師匠に特訓をしてもらおうと生徒会室へ向かったら、簪しかおらなんだ。出直すのもなんじゃし、ということで師匠を待つことにしたんじゃが……。

 

「……えっと、更織 簪、じゃったかの?」

 

「は、はいっ!」

 

 名前を呼ばれ、簪がビクッと反応する。

 

「そ、そんなに警戒せんでも……普通に傷付く」

 

「ご、ごめんなさい……その、怖くて」

 

 ぐはあ。なるほど。純粋な言葉とは鋭利な刃物に匹敵する殺傷力じゃ。

 どうやら師匠に怒鳴っているのを見て、そう言うキャラだと思われたんじゃろうなあ……。

 

「そう言えば、あれから更織先輩……師匠とは仲良くしておるかの?」

 

「う、うん。今度、一緒にショッピングに行く約束した……」

 

「うむ。良かった良かった。全く不器用な姉妹じゃな。お互いがお互いを守ろうとして背を向けあっておったとはな」

 

「……そうかも。確かに、おかしいね。うふふ」

 

 お、ようやく笑ってくれたの。このままいい話っぽい雰囲気に持っていければ……。

 

「今度は背中を預けられるような関係を目指すんじゃ。似た者同士、これからも仲良くするんじゃぞ」

 

「うん!……似た者同士って言っても、お姉ちゃんは私の上位互換みたいな存在だけどね……」

 

 簪の表情が再び陰りを見せる。

 

「ああいや、お主が姉上に勝っとるところもあるじゃろ」

 

「……例えば?」

 

 うぐ。墓穴。……どうせならもう少し掘ってみるかの。埋蔵金が出るかも知れんし。

 

「そうじゃな……。眼鏡が似合う、というのはどうじゃ?」

 

「……え?」

 

「いやあ、お主の眼鏡の似合いっぷりは天晴れの一言じゃぞ!いや、眼鏡が無くても充分可愛いが、眼鏡を着けたらそれはもう桁違いに」

 

「…………」

 

 いかん。やはり墓穴は墓穴じゃったか。

 

「な、なーんて冗談を言ってみたり」

 

「ほ、ほんと!?私、お姉ちゃんより眼鏡似合う!?か、可愛い!?」

 

 埋蔵金じゃったかー。ようし、掘って掘って掘りまくるか。

 

「おうとも!天使から女神にランクアップするくらいじゃな!いやあ見事見事!」

 

「ほ、褒めすぎ……。恥ずかしいよ」

 

 簪が真っ赤になって否定する。

 

「それに、師匠も完璧では無いしの」

 

「!うん……」

 

「至らんところを見つけたら、サポートできるように精進せねばならんの」

 

「うん!」

 

「あらあら♪私のかんちゃんを口説くなんていい度胸してるじゃない?」

 

 埋蔵金を掘り尽くしたら、デッカい墓穴になった。

 

「……人の悪い。立ち聞きですかな?師匠」

 

 いつの間にかワシらの背後に更織先輩が立っておった。扇には【色男撲滅】という物騒な文字が。

 

「……お姉ちゃん」

 

「安心してかんちゃん。こんなナンパ男はお姉ちゃんが成敗」

 

「嫉妬?」

 

 ズドドドー

 

「また派手にすっ転んだのう師匠」

 

「な、何を言ってるのかんちゃん!?私はあなたを守ろうと」

 

「ううん」

 

 簪の両手が師匠の両手を包み込む。

 

「分かるの。刃……さんは、お姉ちゃんにとって私と同じくらい大切な人だって思ってるのが」

 

「……ふぇ!?」

 

 途端に師匠の顔がトマトのように真っ赤になる。

 

「えへへ。図星、でしょ?」

 

「えっと、それはそのう……。そう!弟子!初めてできた弟子だもの!大切にしなくっちゃね!おほほはほ!」

 

「……お姉ちゃん、素直じゃない。あんまり誤魔化してると、私が取っちゃうかもよ?」

 

「んな!そ、それは……譲れないわ」

 

 師匠がニヤリと笑うと、簪も負けじと笑う。

 

「うむうむ。仲良きことは良きことなり。さて、師匠。話がまとまったところで特訓を」

 

「え、ええ。はい、うん。と、特訓ね。いいわよ♫」

 

 師匠は平静を保っているつもりだが、いつもと調子がおかしい。主に音符。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「今日は私と追いかけっこしましょ」

 

 第1アリーナに集まり、特訓が始まった。今日は追いかけっこらしく、簪の合図で追う側と追われる側が交互に変わる。瞬発力と方向転換のキレを磨く特訓じゃな。

 

「よーい、はじめ!」

 

 キィィィィン

 

 追いかけっこを始めようとすると、上空から飛行機の飛行音のような音が聞こえた。

 

「あれは!?」

 

「鳥か!?」

 

「飛行機か!?」

 

「いや、あれは……」

 

「「「デカい人参だー!」」」

 

 アリーナのバリアを突き破り、ミサイルのような巨大人参が地面に突き刺さる。

 

「こ、これは一体……!?」

 

「敵襲!?総員、警戒体勢を!刃君!先生を呼んできて!」

 

「いや、多分……」

 

 プシュゥゥゥ パカッ

 

 人参が開く。中から現れたのは、一人の女性であった。

 

「やっほー♪久しぶりだね刃君!束さんだよー!」

 

「……お久しぶりです。相変わらずですのう」

 

 嬉しそうに手を振る束さんに、苦笑のまま手を振り返す。

 

「うんうん!10年振りくらい?大きくなっちゃってー!」

 

「束さん……。はあ、何のご用ですか?」

 

 どうせロクなことじゃないのは目に見えとる。さっさと終わらせてくれんかのう……。

 

「なんとなんと!刃君にスペシャルプレゼントー!なんだと思うー?」

 

「ワシの専用機、とかですか?」

 

「おおー!正解正解♪流石刃君、観察眼が半端じゃないねえ」

 

 束さんを知っていればIS関係の用事だとは容易に想像できると思うが。

 

「……遠慮しておきます。ワシの実力はまだまだです。専用機などおこがましい。せめて、セシリアとの戦闘を経験してから」

 

「それじゃあ逆効果だよー。だって、ISはその機体に搭乗者の戦闘スタイルをより多く経験させないといけないんだよ。そのなんとかって人と闘うなら、それこそ専用機でやらなきゃ」

 

「む。一理ありますのう。まあ、餅は餅屋ってことですかな」

 

「そういうこと。まあ、時間は無いからフィッティングは自分でやってね♪それじゃあこれ」

 

「おわっと」

 

 束さんはそう言ってワシに何かを投げ渡した。見ると、一対になった二つの勾玉であった。白と黒。対極を表す印を模した勾玉のペンダントであった。

 

「これが……」

 

「こっちです!こっちで凄い音がして……」

 

 どこからか女子生徒が教師を連れてくる。

 

「おっとっと。どうやら本当に時間みたいだね!じゃね、刃君!」

 

 それだけ言って束さんは人参ロケットに乗り込むと、颯爽とアリーナを出て行った。

 

「……刃君。今のは……」

 

「……ええ。ISの産みの親にして天才科学者の篠ノ之 束さんです。姉の知人でして」

 

「貴方……そのIS、もしかして」

 

 ワシは首を横に振る。

 

「ワシが望んだことではありません……。おそらく、姉が設計図を送って束さんに創らせたんでしょう」

 

 束さんが消えた空を、ワシはしばらく見つめ続けた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……それで?」

 

 食堂。夕食を終えたワシは師匠と簪に尋問されておった。

 

「束さんについては以上です。ワシから知ってることはもうありませんのう」

 

「……あれが世界最高の天才科学者、篠ノ之 束」

 

 簪が束の姿を思い返し、考え込む。

 

「なんというか……強烈な人だったわね。天才って皆ああいう感じになるのかしらね?」

 

「そうですな。変わり者というか、住む世界が違うというか……」

 

「ただの馬鹿だ。頭はいいがな」

 

 ワシら3人の会話に織斑先生が入り込んで来た。

 

「柳。束から専用機をもらったな?」

 

「え、ええ。これです」

 

 そう言ってペンダントを見せる。

 

「まさかお前が束と接点を持っていたとはな……。しかもIS適性はトップクラスときたものだ。運命なのか、あの馬鹿が仕向けたものなのか……?」

 

「ほう。IS適性については初耳でしたな」

 

「話がズレたな。その専用機、我々で解析することになった」

 

「……ふむ。外部からの登録不明のISだから、といったところですかの?」

 

「察しが良くて助かる。近年、VTシステムと呼ばれる不正プログラムの複製履歴が発見されたらしい。束がそんなものに手を出すとは思わんが、念には念を、だ」

 

「VTシステム?」

 

「ヴァルキリー・トレース・システム。操縦者の意のままにISの形状・特性を変化させるプログラムよ。現在はIS条約で使用及び複製、プログラムの閲覧を禁止されているわ」

 

 師匠が分かりやすく解説した。

 

「なるほど。あい分かりました。どうぞ、お持ち下され」

 

 ペンダントを織斑先生に渡す。

 

「安心しろ。セシリアとの戦闘までには返す」

 

「あ、いや。打鉄を貸していただければワシはそれで……」

 

「まあそう言うな。専用機を拒否するような贅沢ができる立場か?」

 

 織斑先生が意地悪そうにニヤリと笑う。

 

「ええー!?ぎんぎん専用機貰ったのー!?」

 

「いいなー!私も欲しいなー!」

 

「待機状態もオシャレでいい感じ!」

 

 気付いたら周りにクラスの女子達が集まってアレコレと感想を言っていた。

 

「……どうだ?」

 

 これは、拒否したら大顰蹙を買う羽目になりそうだの。

 

「……分かりました。ありがたく使わせていただきます。この……」

 

 そこまで言って気付いた。この専用機を何と呼ぼうか。専用機、というのは味気ないしのう……。

 

「織斑先生。この専用機に、何か呼び名のようなものを付けても良いですか?」

 

「なんだ、無名か。ならば名付け親はお前だ」

 

「ふむ……」

 

 少し考え、頭にとある単語が浮かぶ。

 

「…………八極(パージ)。八極と呼ぶことにします。白黒の勾玉から連想しました」

 

「そうか。では今からこの機体の名前は八極だ。扱いには細心の注意を払う。ほら、お前達!食事は迅速かつ効率良く摂れ!」

 

 それだけ言って織斑先生は食堂を去って行った。

 その後、女子生徒達の質問攻めに会ったのは言うまでもない。




刃のISの名前が出ました。
正確な発音はパーヂイですが、せっかくなんでパージにしました。
次回予告
熾烈な特訓をやり抜き、ついにセシリアとの決戦が始まる。ぶっつけ本番で八極を操る刃だったが、癖の強いその性能に振り回される。窮地に立たされたその時、刃のISに新たな変化が……。
次回【狼煙、天高く】
来週も、サービスサービスゥ!


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第7話

やっぱ戦闘描写だと長くなりますね。
100話くらいまでに銀の福音倒せればいいなあ、と思っています。



 

「よし!今日はここまで!」

 

「ぜえ……はあ…….。あ、ありがとうございました!」

 

 それから一ヶ月後。セシリア、一夏との決戦前日。師匠の厳しい特訓を終え、打鉄が疲労に耐え兼ねたかのように武装展開を解く。ワシも肩で息をしながら膝を折る。

 後半はずっと師匠とガチ戦闘の連続じゃった。流石は学園最強。量産機では性能差と操縦者の技能でゴリ押しされる。

 専用機があれば勝てるというものでもないが……。

 

「中々良い感じよ。明日のセシリアちゃんとの戦闘では、専用機の性能によっては勝てちゃうんじゃないかしら?」

 

「はは。師匠の名に泥を塗るような無様な試合にしないようにします。ワシも負けるのは好かんですし」

 

「よろしい!負けん気が最後の一踏ん張りに力を添えると覚えなさい!」

 

 師匠が【起死回生】と書かれた扇を広げる。

 

「はい!では、失礼します!」

 

 お辞儀をして、アリーナを出た。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あ、お疲れ様ですわ刃さん!」

 

 着替えを終え、食堂に向かう途中でセシリアと会った。

 

「おう!なんじゃ、待っとってくれたのか?」

 

「ち、違いますわ!私はたまたま通りかかっただけで……」

 

「だはははは!隠さずとも良いわ!遠くから行ったり来たりしておったのが見えたぞ!」

 

「な!見ていらしたの!?」

 

「なんじゃ。やはり待っとったのか」

 

「!?〜〜〜〜っ!」

 

 セシリアが真っ赤になってぽかぽかとワシを殴る。

 

「はっはっは!さ、早く食堂に向かうぞ。偶には定食に手を出して見るとするかの」

 

「ま、待って下さい!もう……刃さんは意地悪ですわ」

 

 セシリアが愚痴りながら後に続く。

 弄り甲斐のある楽しい奴じゃ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふう。偶にはきつねうどん以外も食べてみるもんじゃの」

 

「大体刃さんは偏食過ぎですわ!朝昼晩ときつねうどんだなんて。まるで本物の狐みたいですわ」

 

 ワシは生姜焼き定食を、セシリアはクラブハウスサンドとシーザーサラダのセットを喫食した。

 

「ここのが美味くてつい、な。しかし色々試してみんと損なような気がしてきたの。明日からは違うものも頼んでみるか」

 

「それがよろしくてよ。そ、それで……私でよろしければ、いつでもお供させていただきますわ」

 

 セシリアがはにかみながらそう言った。

 うんうん。大分丸くなったのう。

 

「うむ。せっかくルームメイトになったことじゃしな。親睦を深めようぞ」

 

「はい!」

 

 セシリアは力強く返事をした。

 明日は良い日になりそうじゃ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「山田先生。首尾はどうですか?」

 

 IS学園コンピュータ管理室。大量のモニターの前で真耶がてきぱきと作業をこなす中、ドアが開いて千冬が入ってきた。

 

「ああ、織斑先生。ちょうどプロテクトの解除が終わるところです。それにしても、解除に一ヶ月もかかるプロテクトなんて初めて見ました。弱音を言わせてもらうと、途中で諦めそうになったんですよ」

 

 そう言って真耶は千冬からコーヒーカップを受け取り、中身を煽る。

 

「いえ。逆に束のプロテクトを一ヶ月で外せただけでも僥倖に近いと思います。それで、解析結果は?」

 

「はい。今表示しますね……こ、これは!」

 

 真耶がモニターを見ていると、驚いたように立ち上がった。

 

「何か見つけましたか?」

 

 千冬もモニターを覗き込む。

 

「こ、これはまさか……!?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 翌日。第3アリーナ控え室。

 

「まずはワシとセシリア。そしてセシリアと一夏。最後にワシと一夏の順番で試合か。2人共連戦は疲れるじゃろうな」

 

「つまり君は全力のセシリアちゃんと当たることになるわね。準備はいいかしら?」

 

「はい師匠!八極もよく馴染みます」

 

 手を開いたり閉じたりして、八極の感覚を馴染ませる。

 

「相手はエリート。たかだか一ヶ月特訓したくらいでいい気になっていると痛い目見るわよ。ま、君に限ってそれは無いかな?」

 

 師匠の声に頷いて応え、入場口前に行く。

 

「柳君!準備はいいですか?」

 

 スピーカー越しに山田先生の声が聞こえた。

 

「いつでもどうぞ」

 

 その声と同時にゲートが開く。眩しい光の中へと、駆け出していった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お待ちしておりましたわ、刃さん」

 

 アリーナ上空には、既にセシリアが陣取っていた。不敵な笑みでワシを待ち構える。

 

「うむ。楽しみにしておったぞ。今日は全力で行く。だからお主も手加減などしてくれるなよ?」

 

「そんな失礼な女に見えまして?ご安心なさいな!」

 

 ブーーーー

 

 開始のブザーが鳴り、セシリアがライフルのスコープを覗き込む。

 

「長距離型か。相性が悪いの」

 

 ギュギュギュギュ ダンッ

 

「!?消え……」

 

 ギュキュキュキュ

 

「!?そこ!」

 

「おおっと!」

 

 セシリアの射撃を間一髪で回避する。

 

「今の動き……」

 

(突然消えたかと思えば、一瞬にして背後に……。そしてあの音。まるでバスケットボールの試合の様な、強い足の踏み込みのような音……)

 

「考え事とは感心せんな」

 

 キュキュ ダンッ

 

「!また……」

 

 ドガッ

 

「くっ!」

 

 掌底がヒットし、セシリアがよろめく。

 

「まだまだ行くぞ」

 

 ギュギュギュ ダンッ

 

「そろそろカラクリが読めてきましたわ!そこ!」

 

 ドシュッ

 

「っ痛ぅ!効くのう……」

 

 右肩に凄まじい衝撃が走り、シールドエネルギーが10分の1程削れる。

 

「脚部スラスターによる瞬間加速(イグニッション・ブースト)……ですわね?」

 

「……伊達にエリート名乗ってはおらんな。無影縮地という技での。今のワシなら1000里先も一瞬で行けそうじゃ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「空中で踏み込みか……。なんとも型破りな性能だ」

 

 千冬がモニターを見ながら僅かに口角を上げる。

 

「無影縮地……こんな技が存在したなんて」

 

 真耶は自分が解析した八極の戦闘データと試合の映像を交互に見比べる。

 

「い、今のは一体……?縮地って?」

 

 モニターを見ていた一夏が唖然として固まる。

 

「縮地は現代スポーツや武道でも稀に使われる体捌き、移動法だ。柳は八極の脚部スラスターの出力を限界まで上げて一瞬で放出することで、擬似的な瞬間加速を起こして高速移動したという訳だな。ブレーキ時に聞こえる摩擦音は瞬間的なスラスターの噴射が空気を叩く音か」

 

 千冬が解説を終えると、その場にいた全員が再びモニターに注目した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そらそら。どんな火力も当たらなければ蚊ほども効かぬぞ」

 

「言ってくれますわね!なら、これでどうですの!」

 

 セシリアの腰部装甲から小さなビットが4つ飛び出してくる。

 

「なるほど、さっきまでのは小手調べという訳か。面白い!」

 

 ビットが一斉にレーザーを発射する。

 

 ダンッ キュキュッ

 

「なっ!?」

 

 ビットのレーザーは虚空を撃ち抜き、ワシはセシリアの目の前まで縮地する。

 

「どうした?攻撃の手が止んどるぞ」

 

 ガスッ

 

「くぅぅぅ!」

 

 肘打ちがヒットし、またもやセシリアはノックバックする。

 

「さて、後はあのビット達じゃが……」

 

 振り向くと、ビット達は一瞬でワシを四方から囲んでいた。

 

 ドシュ

 

「ぐあっ!」

 

 レーザーが装甲に直撃し、シールドエネルギーが大きく削られる。

 

「油断大敵ですわよ」

 

「……肝に銘じる」

 

 セシリアと視線を合わせ、ニヤリも笑う。

 

「……参る!」

 

 タンッ キキィ

 

「!音が……」

 

 ガンッ

 

 ビットの一つに拳がヒットし、そのまま爆発した。

 

「そんな!?ビットを殴り壊すなんて!?大体、さっきから武器の一つも出さずに、私を侮っていますの?」

 

「…………無いんじゃ」

 

「は?」

 

「このISには武装が一つも無いんじゃ!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 少し前。アリーナ控え室。

 

「柳。お前のISの解析が終了した。VTシステム等の不正プログラムは見つかっていない」

 

 織斑先生はそう言って展開済みの八極を見せた。白と黒が渦のようにうねりあったカラーデザインがカッコイイのう。

 

「ありがとうございます。では、早速装着してみます」

 

 八極の脚部スラスターに足を固定し、全身を委ねる。すると、八極の方から合わせるように装甲がフィットされていく。

 

「おお!まるで生きているかのようじゃ!文字通りパートナーという訳か」

 

「柳。装備欄を見てみろ。左のウインドウだ」

 

 織斑先生の声のままに左を見ると、そこには装備欄らしきウインドウが出ていた。しかし。

 

「ん?織斑先生。装備欄に装備の名前が一つも無いんですが……?」

 

「やはりか。昨日山田先生と見た解析結果通りだった、という訳か」

 

 織斑先生はそう言って少し考え込む。

 

「おそらく容量領域も無いだろう。基本装甲とスラスターだけのISなぞ前代未聞だが、束の作ったISだ。そのくらいの突飛な特性は想定すべきだったな」

 

「ま、まあ。しかし、あの人は使えないものを作ったりはしないでしょう。きっとこの八極にも強い特徴があるはずです」

 

「だと良いがな……」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……という訳で、八極には武器が積まれておらんのだ。その代わり、短距離での機動力は第三世代型の比ではないそうな」

 

「なるほど。その機動力で一瞬で懐まで潜り込み、徒手格闘にてダメージを与える戦法、という訳ですわね」

 

 セシリアが右手を翳す。一瞬右手が光り、その手にはナイフが握られていた。

 

「羨ましいのう。遠近両方の武器があって。さて、そろそろ再開しようか」

 

「ええ。行きますわよ!」

 

 セシリアが残り3つとなったビットを操る。

 

「自動追尾ではなく手動操作か。 臨機応変に動けるが、操縦者の癖が反映されてしまうな。ぶっちゃけて言うと動きが読みやすい。……ほれ!」

 

 ガンッ

 

 横っ跳びにブーストし、後ろ蹴りをすると、ビットらしき感触が踵を掠めていった。背後で爆発が起こる。

 

「私のビットを2つも……!」

 

「そうら一気に決めるぞ!」

 

 ダダンッ

 

「甘いですわ!まだお披露目してない武器がありましてよ!」

 

 セシリアの腰部装甲が開き、ミサイルが発射される。

 

「何!?」

 

 縮地の弱点。それは移動先を読まれると自身のスピードがそのままダメージに上乗せされるということ。

 

 激しい爆発が起こり、目の前が煙で覆われる。

 これは負けたかのう……。

 

 シュアアアア…………

 

 その時、八極が強い光を発した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「直撃です。これは、もう……」

 

 真耶がモニターから目を離す。

 

「いや。機体に救われたな。あの馬鹿者が……」

 

 真耶がモニターを見直すと、煙の先に一次移行した八極をその身に纏った刃が立っていた。




更新ペースのムラは不治の病です。
次回予告
遂に真の姿を現した八極。新たな力に戸惑いつつも果敢にセシリアに挑む。果たして勝敗の行方は……!?
次回【柳 刃 大勝利!希望の未来へレディ、ゴー!】
ISファイト、レディ、ゴー!


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第8話

お気に入り件数50達成!
次は100件を目指します!
それと、更織と表記していましたが、正しくは更識でした。楯無さんと簪好きの皆さん、失礼いたしました。


「一次移行……ということは、今までのは初期設定!?」

 

 セシリアが驚きの声を上げる中、煙が晴れていく。

 

「なるほど。フィッティングとは操縦者の体にISをフィットさせるだけでは無かったのか。いやあ、勉強不足に助けられるとは情けないの」

 

 一次移行した八極。

 八卦炉が両手の甲に描かれ、機体の右半分が白、左半分が黒という独特のカラーリングへと姿を変えた。

 大量のウインドウから一次移行で変化した八極の情報が流れ込んでくる。

 

「……なるほど。これは面白そうじゃ」

 

 思わず笑みが零れる。

 

「し、しかし!ダメージは確実に通っているはずですわ!付け焼き刃の能力でこの私を倒せるなどとゆめゆめ思わぬことですわよ!」

 

 セシリアの指示で再びビットが飛ぶ。

 

「……陽刀【日輪】(にちりん)。ここに」

 

 右手を肩の高さまで上げる。手に真っ白な短剣が握られた。逆手に握り、構える。

 

「陰刀【月夜】(つくよ)。頼むぞ」

 

 左手に黒い短剣が逆手で握られる。

 

 キュィィィン ダンッ

 

「うおっと!」

 

 縮地を使うと、そのあまりの出力に飛ばされ、逆にセシリアから距離を取ってしまう。

 

 ギャギャギャギャギャギャ

 

「!一瞬であの距離を……!?ですが、私の間合いでしてよ!」

 

 ドシュッ

 

「くっ!」

 

 とっさに月夜でガードする。

 

 バシュゥゥゥゥ

 

 直撃したが、強い衝撃は無かった。

 

「?これは……!シールドエネルギーが回復した!?」

 

 僅かだが、シールドエネルギーの数値が確かに上昇する。

 

「余波も完全に消えている……。この月夜は、相手の攻撃を吸い、回復する効果があるのか。なるほど」

 

「ノーダメージ!?直撃したのに!?なら、これはどうですの!」

 

 ビットと本体が交互に波状攻撃を仕掛ける。

 

「日輪。お主はどんなもんかの?」

 

 日輪を構え、縮地で回り込み、ビットを一撃で斬り落とした。

 

「くっ!小型・高機動がウリの私のビットを、そんな小刀で容易く……」

 

「新しい八極のスピードのお陰じゃな。……む?」

 

 キュゥゥゥゥン

 

 シールドエネルギーが減少した。先程月夜で回復した分よりも減り具合が多い。

 

「ふむ……。小刀で斬り落とすにはそれなりの代償が必要なようだの」

 

 強力な一撃の代わりに、与ダメージの何割かをシールドエネルギーから持っていくらしい。中々大食らいな刀じゃな。

 

「月夜で回復しつつ日輪で強攻撃。しかも日輪の消費エネルギー量は必ず月夜の回復エネルギー量を上回るようにできておる。長期戦は悪手と見た」

 

「そろそろいいかしら?お披露目会はここで終わりにしてさしあげますわ!」

 

 セシリアがビットを仕舞い、本格的な射撃体勢に入る。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「シールドエネルギーを消費して攻撃を?」

 

 一夏が千冬に尋ねた。

 

「そうだ。自身のシールドエネルギーを与ダメージに変換することで、あんな小剣でも、大剣のような威力を出せるというシステムのようだな」

 

「なるほど。織斑先生の使っていたモノに通じるところがありますね」

 

 真耶がデータ整理をしながらそう呟く。

 

「私のはバリア無効化攻撃です。IS本体の絶対防御を利用した技能であるのに対し、柳のアレはビットや武器単体といったものにも強力な攻撃ができる。かなり融通の利く武器ですよ」

 

 千冬はそう言って真剣な眼差しでモニターから目を離さなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はあっ!」

 

 セシリアが連続で射撃する。

 

「はっ!ほっ!よっと!」

 

 間一髪でかわし、距離を詰める。

 

「そこっ!」

 

 ビシッ

 

「ぐぅ!」

 

 右足にヒットし、スラスターの出力系統に異常が出る。

 

「機動力を削いでしまえば、ただの的ですわよ?」

 

「……ここまでかのう」

 

 停止し、小刀を仕舞う。

 

「?降参してしまいますの?」

 

 セシリアがスコープから目を外し、心配そうにこちらを見る。

 

「安心せい。切り札を隠すのをここまでにしよう、ということじゃよ」

 

 そう言って新たな武器を展開する。

 

「それは……ロッド?ランス?」

 

 ワシの手に握られていたのは、先端に小さな鏃が付いた大型の槍であった。長さは目算3〜4mくらいある。

 

「大槍【釣魚】(ちょうぎょ)というらしい。シールドエネルギーが一定値を下回るまで装備欄に出てこんかった。文字通り切り札という訳じゃな」

 

 釣魚を振り回し、感覚を確かめる。

 

「良い具合じゃ。手に馴染む。使用条件以外は、日輪や月夜のような強い癖も無いようだしの」

 

「……随分と手慣れてますのね。槍術をお使いに?」

 

 セシリアの声に多少の焦りが混じる。

 

「武道の中では一番嵌った。他は嗜む程度じゃが、こいつは段違いと思え」

 

 深呼吸を一つ。そして、槍を引く。

 

「来る……!」

 

 ダンッ

 

 片足で縮地をする。出力が足りず、ただの突進まがいになったが、それで充分じゃった。

 

「スピードが落ちてますわ!」

 

 セシリアがライフルを構える。

 

「遅い!」

 

 縦に一回転し、ライフルの砲身を釣魚の先端で叩き落とす。

 

「既に間合いでしたの!?」

 

「槍の長さはナメん方がいいぞ」

 

 ライフルの砲身をそのまま下に向かせ、棒高跳びの要領で釣魚を軸に回転蹴りを浴びせる。

 

「きゃあ!」

 

 セシリアが上に飛ばされる。

 

「トドメじゃ!」

 

 スラスターの出力を最大まで上げ、セシリアの背後にピタリとくっつく。

 

「まだですわ……!」

 

 セシリアが後ろを振り向こうとするが、もう遅い。

 

「【太公槍衝】(たいこうそうしょう)」

 

 両手で釣魚を握り、足を槍と並行に伸ばす。無影縮地のスピードを100%攻撃力に転換する。

 

 ガガガガッ

 

 セシリアの腰の辺りに直撃し、バリアを突き抜ける手応えを感じた。

 

「きゃあああああ!」

 

 凄まじい衝撃に耐え切れず、セシリアはアリーナの地面へと吹き飛ばされていった。

 

「ブルー・ティアーズ戦闘不能!勝者、柳 刃!」

 

「うおおおおおあああああ!」

 

 勝利を噛み締め、雄叫びをあげる。アリーナのギャラリーも惜しみない喝采をワシらに贈る。

 

「セシリア、大丈夫かの?」

 

 プライベートチャネルでセシリアに呼びかける。

 

「……完敗ですわ。でも、次はこうは行かなくてよ?」

 

 地面で仰向けになっているセシリアは、とても強く、美しい笑みを浮かべていた。

 

「うむ!ワシも精進しよう!これから、高め合っていこうぞ」

 

 セシリアに近付き、抱き起こす。

 

「はい!また明日から、よろしくお願い致しますわ!」

 

 こうして初めての戦闘はとても意義深い素晴らしいものとなった。勝敗を超えた何かを、互いに得ることができる。これ以上の喜びはそうそう無いじゃろう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「やった!お姉ちゃん!刃さんが勝った!」

 

「当然よ!私の弟子なんだもの!」

 

 控え室のモニターで、更識姉妹が刃の勝利を喜び合う。楯無は当然と言い放つが、簪と両手を握り合って喜んでいる。

 

「勝ってしまったか……。ここから先、良くも悪くも一目置かれる存在になるだろうな」

 

 千冬はそう言いながら、面白そうに笑みを浮かべる。

 

「一年のこの時期に、こんなレベルの高い戦闘ができるなんて!2人とも凄いですよ!」

 

 真耶が感極まって涙する。

 

「「……って、ん?」」

 

 更識姉妹がモニターに再び注目する。そこには、セシリアを抱き上げ、顔を見合わせて仲睦まじく会話する刃の姿があった。

 

「……なあんだ、余裕あるじゃないの。帰ったら特訓メニューを2倍にしてあげなきゃね♪」

 

「……お姉ちゃん。私も協力する」

 

 嫉妬メラメラの更識姉妹に襲われるとは、その時の刃は予想だにしていなかった。




八極強いな……。
というかブルー・ティアーズという単語をようやく使った気がする。
次回予告
セシリアを下し、勝利を掴み取った刃。次の対戦相手は、同じく男性操縦者の織斑 一夏。ぶっつけ本番で真価を発揮する一夏の強さを肌で感じた刃。互いに認め合ったライバルとの対決の最中、刃にある変化が……。
次回【戦闘衝動】
来週も、面白カッコイイぜ!


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第9話

あれ?さっさと一夏戦にするつもりだったのに、どうしてこうなった?
ま、いいか(適当)


 翌日。同じく第3アリーナ。

 

「一夏!調子はどうじゃ?」

 

 ワシは一夏の控え室で一夏の専用機【白式】のフィッティングを手伝っていた。と言っても、殆ど山田先生に任せっきりじゃったが。

 

「おう!バッチリだぜ!それより、セシリアの方へ行かなくて良かったのか?」

 

 白式を装備した一夏が尋ねる。

 

「うむ。ワシもそうしようと思ったんじゃが、セシリアに止められての。ISの起動時間が皆無な一夏に、何かアドバイスしてやれとのことじゃ」

 

「そっか……。セシリアも思ったより悪い奴じゃないんだな」

 

「プライドの高いのは変わらんがの。しかしアドバイスか……。特に思いつかんが、強いて言うなら『出し惜しみはナシ』じゃな。相手の出方を伺う暇があったらとっとと勝負を決めることじゃ。セシリアの戦法は昨日の試合で分かっとるじゃろうしの」

 

「ああ。最初からとばしていくぜ!」

 

 白式が一瞬輝き、その姿を変える。白式の一次移行形態。それは、名前に違わぬ見事な純白であった。

 

「織斑君!準備はいいですか?」

 

「はい!いつでも行けます!」

 

 ワシと似たようなセリフを聞き、思わず失笑する。

 

「行ってこいの、一夏!」

 

「おう!」

 

 白き騎士が、アリーナの光へと溶けていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 同刻。セシリアの控え室。

 

「……これで良かったのですわ」

 

 ブルー・ティアーズをその身に纏ったセシリアは、少しだけ後悔していたのを振り払った。

 刃に側にいて欲しい。それが本心だったが、元はと言えば刃と一夏が自分の言に異を唱えたことから始まった決闘。ケジメはつけなければならない。

 

「既に刃さんに一敗……。負けられませんわね」

 

 息を深く吸い、吐く。

 セシリアの碧い眼は、深く、鋭く、その光を増していった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……いよいよだな」

 

 控え室。モニターを睨むように見ていた篠ノ之が呟いた。

 

「…………」

 

 セシリアを見る。強い。昨日よりもずっと強い目をしておった。それはきっと、プライドのため、初心者に連敗するものかという、誇り高き強さの表れであろう。今のセシリアに、勝てるかどうか……。

 

「篠ノ之……。悪いがこの勝負、賭けるならばワシはセシリアに賭けるぞ」

 

 こめかみから汗が滲むのを感じた。

 

「……一夏を侮ってもらっては困るぞ」

 

 篠ノ之がモニターから目を離さずに言う。

 

「そうじゃな……。どっちもええ顔しとるのう」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「織斑 一夏さん、でしたわね?」

 

 セシリアが一夏にオープンチャネルで話しかける。

 

「先日の日本を侮辱する発言は撤回いたしますわ。ごめんなさい」

 

「な、なんだよ突然?」

 

「しかし、それはそれ、これはこれ。一度対峙したからには、言い訳はなしですわ。代表候補生の実力、思い知らせてあげましてよ!」

 

「……俺だってこの一ヶ月、やれることはやった。それを全部ぶつけるさ!」

 

「始め!」

 

 審判の合図で、試合が始まる。

 

「行くぜ、白式!」

 

「さあ、踊りなさい。私、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズが奏でる円舞曲で!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 結果は、セシリアの辛勝だった。

 果敢に攻め、距離を詰め続ける一夏だったが、セシリアとの戦闘経験の差が決定的だったと言えよう。あと、武器の燃費の悪さ。

 

「残念じゃったのう、一夏」

 

 控え室に戻ってくる一夏の顔は、悔しさと、晴れ晴れとした感情が混ざり合う、一言で言うなら『良い顔』じゃった。

 

「……次は負けねーよ。セシリアにも、刃、お前にもな」

 

 そう言って一夏は微笑んだ。

 

「うむ。ワシも絶対に負けん!明日の試合、楽しみにしておるぞ!」

 

 2人でニヤリと笑い合い、握手をした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 部屋に戻ると、セシリアが先に帰っていた。

 

「おう、ただいま。今日は凄かったのう」

 

「少し大人気なかったかしら?初心者相手に手加減無しでしたし」

 

「お主が手加減無しであそこまで迫られたか。やはり織斑 一夏、侮れん奴じゃのう」

 

 ワシがそう言うと、セシリアが少し落ち込んだような顔をする。

 

「……なんだか自信が無くなってしまいますわ。ISに乗り始めたばかりのお二人にああも苦戦させられるなんて」

 

「一夏はともかく、ワシには最強の師匠がおったからの。負ける訳にはいかなかったんじゃ」

 

「それでも、私は何年も前からISについて研鑽を積んできたんですのよ?努力家とは言え、一ヶ月で実力差を詰められたとなれば……」

 

 ああもう。傲慢なんだか繊細なんだか分からんのう。

 

「安心せい」

 

 両肩にポンと手を乗せ、セシリアの目を見る。

 

「な、な、なんですの!?」

 

 セシリアは突然目の前に顔が現れ、動揺する。

 

「お主は強い。そして、これからまだまだ強くなれるはずじゃ。その可能性を信じてやれば、きっと、もっと、ずっと強くなる」

 

 そう確信したワシの目はしっかりとセシリアを見つめていた。

 

「……はい!刃さんがそう言って下さるなら、私は刃さんを信じますわ!」

 

 肩に乗せられた手を取り、セシリアは力強く頷いた。

 

「「………………」」

 

 しばし沈黙が流れる。

 よくよく考えてみると、狭い部屋で男女が2人きり、手を取り合って見つめ合う。はい、誰がどう見ても恋人です。

 

「そ、そろそろ飯の時間じゃの」

 

「あ……そうですわね……」

 

 お互い状況に気づいて思わず明後日の方向を向く。イカン。絶対ワシの顔真っ赤になっとるぞ。

 

「……い、行くとしようかの」

 

「……は、はい」

 

 あまり顔を合わせないように意識しながら、2人で部屋を出る。

 

「やあ♪」

 

 ……村を出て1歩で魔王にエンカウントした気分じゃわい。

 

「どうも師匠。何か用でしたかいの?」

 

「明日のミーティングをしようと思ってね♪せっかくだから一緒にご飯でも食べながら、と思って♪」

 

 いつも以上にご機嫌な師匠。しかしその背中からドス黒いオーラが漏れ出しているのが分かる。

 

「わ、私、他の皆さんと夕食の約束がありましたの。すっかり忘れていましたわ!おほほほほ!で、では刃さん。また後で!」

 

「待ちなさい。貴女がセシリア・オルコットちゃんね?貴女にも話があるわ。ご友人との食事は、また後で、ゆっくりと、ね?♪」

 

「…………はい」

 

「死なば諸共、という奴かの」

 

 女の嫉妬には気をつけんといかんな。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……へえー。初日に裸を見られたの」

 

「いや、裸ではなく……」

 

 ギロッ

 

「なんでもありません!」

 

 食堂。毎日楽しみな夕食の時間が、今日はなんとも憂食になってしまった。

 

 4人掛けのテーブルにワシ、セシリア、師匠、あと何故か簪が座って食事をしていた。

 

「……刃さん、最低」

 

 ええー。冤罪じゃろう。

 

「じ、刃さんは悪くありませんわ!元はと言えば私が確認を怠ったのが原因で……」

 

「……まあ、そのことについてはいいわ。それで?刃君?試合後にセシリアちゃんとどんな話をしていたのかしら?」

 

「えっと……」

 

 嘘はつかん方がええの。

 

「デートの約束です」

 

「ぶっ!」

 

「!」

 

「刃さん!?」

 

「え?クラス代表決定戦が終わったら買い物に付き合ってほしい、と言っとったが。あれはデートの取り決めではなかったのか?」

 

「いや、その。そんな大層なものでは決して……。でも、刃さんがどうしてもデートしたいと仰るのなら……」

 

 イラッ

 

 イライラッ

 

 ん?何かイヤな波動を感じた。

 

「へえー。随分と仲がいいみたいね♪」

 

「師匠?フォークは逆手に握るものではないし、人に向けるものでもないですぞ?」

 

「刃さんの女たらし」

 

「簪よ。歯に絹着せぬもの言いは良いが、時として人の心を深く傷付けることを学べ」

 

「……ごめんなさい、女たらしさん」

 

 ええ……。冤罪……じゃろ?

 

「まあいいわ。その買い物には私たちもついて行くとして」

 

「ちょっと!?」

 

「明日の一夏君との試合。プランはできてるの?」

 

 師匠が真剣な眼差しに戻る。

 

「……うーん。そうですな。一応作戦は決まっておりますが」

 

「どんなものか聞かせてちょうだいな」

 

「はい。その作戦は…………」

 

 作戦の概要を話す。

 

「……呆れた。それ作戦って呼べるのかしら?」

 

「文字通り無謀な作戦だよ」

 

「今からでも考え直しませんこと?なんなら私の高貴で知略に溢れた至高の策を……」

 

「本気も本気、超本気じゃ。一夏に勝つにはこれしかないですからの。だはははは!」

 

 そう言って笑うワシを、3人は心配そうに見ていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 翌日。

 

「……明日になるのがこんなに待ち遠しかったことはないぞ、一夏」

 

 控え室でプライベートチャネルを一夏と繋ぐ。

 

「俺もだ、刃。今日は全力で行くぜ!」

 

 通信の先から一夏の力強い声が聞こえる。武者震いに全身が打ち震える。

 

「〜〜〜〜ッ!早う!早う闘いたい!まだかのう!?山田先生!」

 

「は、はい!?もうすぐ時間です!」

 

 ワシの大声にビックリして、山田先生がアリーナを開ける。

 

「では、行ってくる!」

 

「お気をつけて」

 

「頑張りなさい」

 

「……頑張ってね」

 

 3人の声を背中に受け、アリーナに繰り出した。




セシリアの『私』の読みは『わたくし』です。脳内補完よろしく。
さて、次回がようやくvs一夏となります。茶番挟んだら長くなってしまった……。
もしセシリアvs一夏を見たい、という方がいらっしゃれば、感想などでその意をお伝え下されば頑張って書きます(感想乞食)
という訳で次回【戦闘衝動】の後編です!


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第10話

vs.一夏です。
悟空vsベジータの様な感覚でお楽しみ下さい。


「……やっと、だの」

 

「……ああ」

 

 一夏を見る。真っ直ぐ、気迫の込もった眼光が飛んでくる。が、恐らくワシも同じ目をしているのじゃろう。互いに一歩も譲らない。もう言葉は多く要らんじゃろう。

 

「一夏よ。この闘い、一つだけ約束してやろう」

 

「奇遇だな。俺もだぜ、刃」

 

「「……絶対ぇ、勝つ!」」

 

 開始の合図が耳に入るや否や、互いの刀がぶつかった。

 

「うおおおお!」

 

「おりゃああああ!」

 

 ガン ギン ガギン ガガガギン

 

 激突、激突、激突。

 刃を交える度、衝撃に飛ばされ、食らいつく。シールドエネルギーがガンガン減っていくが、それは一夏も同じ筈。

 

「まだまだあ!」

 

 日輪で一夏と鍔迫り合いをし、そのまま横に受け流す。

 

「隙あり!」

 

「しまっ!」

 

(でももう片方の刀に攻撃力は無い!今度はこっちが攻撃の隙を……)

 

 ガァン

 

「っが……!?」

 

(重い……!?)

 

「ふむ。言う義理も無かったから言わなかったが」

 

 そう言うワシの両手には、純白の小剣が握られていた。

 

「日輪と月夜は2セットある」

 

「な……!?」

 

 一夏が驚いて声を詰まらせる。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……これが刃さんの作戦」

 

 最初の数分でシールドエネルギーの大半を削り合う激戦を目の当たりにし、セシリアは息を呑んだ。

 

「ええ。どうやら上手くハマってるみたいね」

 

「『猪突猛進作戦』……確かに、織斑 一夏の剣圧に引けを取らない迫力だった」

 

 3人がそれぞれの感想を述べる。

 

「でも、結局は考え無しにぶつかるだけじゃないですの!?そんな戦略も戦術もない野蛮な作戦、あり得ませんわ!」

 

「セシリアちゃんには分かんないかもね。男の子というのはあんなものなのよ」

 

「……お姉ちゃんも女の子なのに、なんで分かるの?」

 

「それは……生徒会長だから?」

 

「「…………」」

 

 3人の中にしばらく沈黙が流れる。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「やってくれるな、刃!でもその刀、長くは持たないんじゃ無かったか?」

 

「それはお主も同じこと。さあ、喋ってる時間が惜しいぞ!」

 

「「うおおおお!」」

 

 一夏の機体が白く輝く。白式の【零落白夜】と言う技らしい。やっとこさエンジンがかかってきたのう。

 

「さて……正直言って、ワシもお主もシールドエネルギーの残量は百もないじゃろうな」

 

「!ああ、正解だ!」

 

 ここで正直に言ってしまうのが一夏の弱いところ。

 そして、ここで正直に言えるのが一夏の強いところ。

 

「そろそろ本気を出すかの!」

 

 日輪を仕舞い、釣魚を取り出した。

 

「!スゲェ……槍を握っただけで、刃が何倍も大きく見える。本気の本気って訳だな!」

 

「ふん!そんなワシを見て更に集中力が倍になるお主も充分イカれとるわ!それに、まだまだじゃ!これで、全力!」

 

 釣魚の鏃を日輪に挿げ替える。

 

「そんなことも出来んのかよ……けど!諸刃の剣だぜ!」

 

「お主を倒すには、これくらいせねばの!」

 

 槍を構え、真っ直ぐ一夏に突進する。

 

「疾い!けど、負けねえ!」

 

 ガキン

 

「……ほう。ワシの突きを見切ったか」

 

「……まあな」

 

 ゾワゾワと、背中に冷たい電撃が走る。

 

「いい!いいぞ一夏!集中力が増しておる!まだやれるよな!?」

 

「当然!そっちこそ先にへばるなよな!」

 

 ギン ゴン ガギン

 

 鈍い金属音が何度となく響き渡る。

 

「うおおおお!」

 

 ズズズ…………

 

「!?がああああ!」

 

 意識が遠のく。しかし体の感覚ははっきりと一夏に向かっていく。

 

 ガキン

 

「なっ!?なんつー圧力だ……」

 

「はああああ!」

 

「負けるかあああああ!」

 

 ビーーッ

 

「……え?」

 

「……は?」

 

 ブザーが鳴り響き、意識がはっきり戻る。

 

「そこまで!両者エネルギー切れにより、この勝負引き分け!」

 

「なんじゃ……。結局勝負はつかずか」

 

「全然気づかなかった……。もうそんなに減ってたのか」

 

 2人ともその場にへたりこむ。全力を出した。途中で意識を手放してしまいそうなくらい。

 

「なあ、刃。さっきの……」

 

「ん?何のことじゃ?」

 

「いや……多分、気のせいだ。なんでもない」

 

「?変な一夏じゃな……」

 

 互いに全力を出し切った。悔いはない。決着がつかなかったなら、また勝負すればええ。

 

「今日はええ日じゃ。何も後悔の無い、素晴らしい日であったぞ」

 

 それだけ言うと、意識が遠のいた。

 

(さっき、八極の黒い装甲が白い部分を侵食してたような……?見間違いかな?)

 

 バタン

 

「刃……?刃!おい、どうしたんだよ!?目を開けろって!刃!」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……ここは」

 

 目が覚めると、そこは山脈の頂だった。目線の高さに見える山々には厚い雲がかかり、目下には激流の大河がざぶざぶと音を立てて海へと競争している。

 

「おわ!?なんじゃこの格好!?」

 

 見ると、袈裟着一張羅で山頂にいた。不思議と寒さは感じなかったが、それでも肌寒い感覚がした。目の前には釣り竿が岩肌に刺さっており、釣り糸は目下の激流に垂れておった。

 

「こんな激流に糸を垂らしたって、魚なんか釣れやせんだろうに……」

 

 ぶつくさと文句を言いながら、釣り竿を握る。激流に引っ張られるが、よくしなる竿は折れる気配が全くない。

 

「しかし、これでは魚がかかっとるか分からんのう」

 

「そんなもんさ、人生もね」

 

 背後で声が聞こえ、見上げる形で振り向いた。

 

「誰じゃお主?」

 

 見ると、白い衣を着た少女と、黒い衣を着た少年が立っていた。少年は少女にしがみつくように立っている。

 

「誰って……なんとなく分かってほしいなあ」

 

「僕達……ご主人様に名前を付けてもらったんだよ?」

 

 ご主人様……ねえ?白と黒……子供……小刀?

 

「あ!主ら日輪と月夜か!」

 

 竿を再び突き刺し、立ち上がる。

 

「気付くのが遅いって!もう……いつもは抜け目ないくせに……」

 

「えへへ。ご主人様に貰った名前。すごく気に入ってるんだ。僕も、お姉ちゃんも」

 

 月夜が嬉しそうにモジモジと指を動かす。

 

「だはははは!いや気付かんじゃろ!普段は小剣の形をしとるのに、突然人間になられたら……って、人間になっとる!?」

 

「あれ?私のご主人ってこんなに馬鹿だったっけ?」

 

「ち、ちょっと動揺してるだけだよ。ほら、僕達が勝手に呼び寄せちゃったから……」

 

 月夜が申し訳なさそうに言う。

 

「?呼び寄せる?」

 

「えーっとね!ここは、八極の中って言うか、八極とご主人の精神バイパスの境目って言うか……」

 

「……よく分からんが、八極やお主らと話ができる場所、ということかの?」

 

「そうそう!そんな感じ!それでね!今回の戦闘で月夜が暴れそうになったでしょ?そのことを謝りたいって月夜がね」

 

「今回のこと?おお、そういや一夏との戦いでは使ってやれんですまなんだな。なんじゃ?それで拗ねちまったか?」

 

「う、ううん。僕はちょっと使いにくいからそれは仕方ないの。えっと……最後の方で、意識だけが遠くなった感覚があったと思うんだけど……」

 

 月夜が日輪から離れ、ばつの悪そうにこちらに歩み寄る。

 

「そういやそんなことがあったような無かったような……」

 

「えっと。その時に、僕がご主人様の闘争本能に影響されて、少しご主人様の人格を乗っ取りかけちゃって……」

 

「うん?つまり、ワシがあんまり好戦的過ぎると、お主がワシを乗っ取って好き勝手暴れる、という訳かの?」

 

「は、はい!ご、ごめんなさい……」

 

 月夜が涙目になりながらぺこりとお辞儀をする。

 

「それを気にしておったのか……。月夜よ。こっちに来いな」

 

 手招きして、月夜を呼び寄せる。月夜は戸惑いながらも近付く。手が触れる位置まで来た時に、月夜を抱き寄せた。

 

「ぅあっ!?」

 

「わざわざ謝ってくれてありがとの。ワシもお主が暴れんように気をつけよう。じゃから、お前はお前にできることをせい。良いな?」

 

「う、うん!ご主人様ぁ……」

 

 月夜は再び抱き寄せて欲しいと寄ってきた。日輪にベタベタじゃったし、甘えん坊なんじゃろうなあ。

 

「…………」

 

 日輪がそんな様子を見て物欲しそうにこちらを見ている。

 仕方のない奴らじゃの。

 

「ほら、日輪」

 

 片手を広げる。

 

「な、なんだい!?」

 

「お前もこっちに来い。せっかくじゃから、連戦の労いをしてやらんとの」

 

「ご、ご主人がどうしてもって言うなら、いいけど……」

 

 そう言いながらも、日輪はダッシュで寄ってきた。

 

「これからも、よろしく頼むぞ2人とも」

 

「当たり前さ!私に任せておいて!」

 

「僕も頑張るよ!」

 

 しかしこの2人、どことなく更識姉妹に似ておるの。

 

「私たちの話はこれだけよ!さ!帰った帰った!」

 

「扱い酷いのう……。まあ、また会えたらよろしくな!」

 

 そう言って手を振ると、高速で後ろに引っ張られる感覚に陥り、意識が引き戻されていった。

 ISはパートナー……。なんとなくこの言葉の意味が分かったような気がした。




ISとの会話シーンって書きたくなる…….書きたくならない?
次回予告
クラス代表決定戦を終え、クラスの絆は更に深まる。
そんな折、二組にやってきた謎の転校生……。それは一夏と刃がよく知る人物であった!
次回【デュアル幼馴染】
お楽しみは、これからだ!


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第11話

今回は少し短め。
ラブコメラブコメアンドラブコメ回です。


「……君!起きて!刃君!」

 

「う、ううん……?」

 

 知らない天井だ……。じゃなくて、保健室の天井だ。

 

「刃君!」

 

「し、師匠……?」

 

 視界がはっきりしてくると、師匠の顔が見えた。

 

「はは……師匠、泣き顔で折角の別嬪が台無しですのう……」

 

 声が掠れて上手く喋れない。

 

「馬鹿!心配したのよ!突然倒れて、担架で運ばれて……目が覚めて良かった……!このまま起きなかったらって思ったら、私、私……!」

 

 師匠がワシの胸に蹲ってわんわん泣く。案外泣き虫なんじゃのう。いや、それほどワシを大切に想ってくれてるということか。真っ直ぐな思いやりを感じる。

 

「あー……その、ご心配をおかけしました。ワシはちょっと、こいつらと話をしてただけです」

 

 そう言ってペンダントを見せる。

 

「?こいつらって……?」

 

「ああ!ところで、その、そろそろ離れてくれませんかのお……?む、胸が右腕に当たって……凄く、気持ちいいです」

 

「え?きゃあ!人が本気で心配してたのに何考えてるのよ!えっち!」

 

 師匠は慌てて胸を押さえながら後ずさる。

 

「いや、だって、こんな夜の保健室に二人きりなんて、意識しても仕方なかろうなのだ!」

 

 頭が混乱して変な口調になる。

 

「え?二人きり、って……!?」

 

 シチュエーションを再認識した師匠は、真っ赤になって両手で口を押さえる。

 

「気付かんかったんですか……?師匠も案外抜けてますのう」

 

「だ、だって君のことが心配でずっと手を握って顔ばっかり見てたから……ってああ!?何言ってるの私!?」

 

「……ぷっ!だはははは!それはそれは。師匠に想われて弟子冥利に尽きますわい!」

 

「う〜〜……刃君の意地悪。まあ、元気そうなら良かったわ」

 

「そういや今何時ですかな?腹が減りましたのう」

 

「20時半よ。食堂、ちょっと間に合わなかったわね」

 

 あちゃー。もうちょい早く目が覚めておれば……。

 

 コンコン ガラガラ

 

「失礼しま……じ、刃さん!お目覚めになられましたの!?」

 

「おうセシリアか!心配かけたのう」

 

「本当ですわ!全く!貴方と来たら、自分勝手過ぎますわ!先生のお話ですと、数日は静養なさいと仰ってましたのよ!」

 

 セシリアが凄まじい剣幕で怒鳴る。

 

「ま、まあまあセシリアちゃん。一応患者さんなんだし……」

 

「私が、どれだけ、心配したと、思ってますの……?」

 

 セシリアの顔から険が取れ、次第に泣き顔に変わって行く。

 

「ああ、すまん!女子の泣き顔は日に何度も見るもんではないのう。心が痛むわい」

 

 セシリアも、ワシのことをずっと心配していてくれたようじゃな……。

 

「ワシのために泣いてくれてありがとうの、セシリア。師匠も」

 

「あら?私はついでかしら?師匠不幸な弟子だわ〜♪」

 

「ふ、ふん!ルームメイトのよしみで、少しだけ心配して差し上げただけですわ!」

 

 2人もいつもの調子に戻ったようだの。

 

「それで、セシリア。その両手に持っている盆は……?」

 

「ああ。お二人がまだお食事を済ませていないだろうと思いまして……私の判断で夕食を持ってきたんですわよ」

 

「ありがとうセシリアちゃん!流石は代表候補生。他人への気遣いは淑女のソレね!」

 

「うむ!セシリアは思いやりのある優しい子じゃの」

 

「あ、当たり前ですわ!なんたって私はイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットなんですもの!」

 

 セシリアが誇らしそうに胸を張る。やはりチョロい。そしてデカい。

 

「……刃君のおっぱい星人」

 

「……否定できませんのう」

 

 そんなこんなで師匠と食べたミートソーススパゲティは美味かった。やはり食事は皆で食べるに限る。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふふん……ここにアイツらが居るのね?」

 

 それから数日後。IS学園エントランスの前に、不穏な少女の人影が一つ。

 

「待ってなさい、一夏!刃!」

 

 それだけ言って少女はエントランスへ走り出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「うーす」

 

「あー!ぎんぎんだー!」

 

「お帰り、柳君!」

 

「「「お帰り!」」」

 

 クラスの全員が挨拶を返してくれる。いかん、涙が……。

 

「お主ら、いい奴じゃのう……」

 

「あはは!何水臭いこと言ってんのさ!大事なクラス代表が帰ってきたんだし、皆心配してたんだよ!」

 

「うむ。うむ……なんじゃと?誰がクラス代表だって?」

 

「だから、柳君がクラス代表でしょ。3人の中で戦績も一番良かったし」

 

 周りを見ると、うんうんと頷かれた。

 

「やれやれ。纏め仕事は苦手なんじゃがのう……。ま、任されたからには尽力しようかの!皆の者、ワシについてこい!」

 

「「「「おー!!」」」」

 

「お前達、何を馬鹿騒ぎしてる!ったく、騒ぎの種はいつもお前か織斑だな!」

 

 スパーン!

 

 ……このオチも久々だのう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「一夏。今日は剣道部の寄り合いで帰りが遅くなる。鍵は持っているからかけて寝ても良いぞ」

 

「分かった。なんか今の会話、夫婦みたいだったな!」

 

「ふ、ふふふふふ夫婦!?な、何だ!?何のつもりだ!?何を狙っている!?」

 

「別に何も狙ってねえよ。変な箒だな」

 

「だはははは!お主らの夫婦漫才には飽きんのう!」

 

「そういや柳君って幼馴染はいないの?このIS学園に来てるとか!」

 

「そうじゃなー。幼馴染というには少し短いかも知れんが、ワシが5歳くらいの時かの。父上の仕事の都合で中国に5年程おったんじゃが、その時ずっと遊んどった娘っ子が1人おったの」

 

「ええー!どんな子?名前は?」

 

「中国……?」

 

 一夏がワシの発言に反応する。

 

「そりゃあ物凄い濃い奴じゃったぞ。そうじゃな。セシリアからお嬢様と乳を引いてツインテとお転婆を足したような奴じゃったわい!」

 

「ちっ!?最低ですわ刃さん!」

 

 セシリアが真っ赤になって胸を隠す。

 

「名前は確か……」

 

「鳳 鈴音、か?」

 

「!」

 

 一夏が会話に混ざる。

 

「お主、何故その名を……?」

 

「いや、話せば長くなるんだけど、俺もそいつの幼馴染でさー」

 

「とんだ因果の巡り合わせじゃのう。しかし、鈴がここに来ているとは思わんの」

 

「えー?なんでー?」

 

 布仏が首を傾げる。

 

「あのキャラで目立たん訳が無いわ。専用機持ちも一組と四組しかおらんという話じゃし、四組の専用機持ちは顔見知りじゃしのう……」

 

「その情報、古いよ!」

 

 入り口の方から声がした。振り向くと、まあなんとも懐かしい面影を引っさげた美少女が凛と立っていた。

 

「二組のクラス代表も専用機持ちになったの!来週のクラスリーグマッチ、甘く見てると痛い目見るわよ!」

 

「あれ?鈴?お前、鈴じゃないか?」

 

「鈴か……見違えたの。すっかり綺麗になってからに」

 

「ムッ!」

 

 ガスッ

 

「痛い!セシリア、何故足を踏んだ!?」

 

「蚊が止まっていたので潰して差し上げようとしただけですわ!」

 

「何を怒っておるんじゃ……?鈴が綺麗になったのは本当のことじゃろうに」

 

「なんだ、鈴?全然似合わないぞ、そのポーズ」

 

 一夏が笑いながら鈴をからかう。

 

「な!うっさいわね!とにかく、私は」

 

 スパーン!

 

「いったぁ!何すんのよ!って……千冬さん……」

 

「織斑先生だ。もうすぐHRの時間だぞ。自分のクラスに戻れ!」

 

「う〜……一夏、後で覚えてなさいよ」

 

「……いや、かませ犬キャラか」

 

 ドッ アハハハハ

 

「席に着け!HRを始めるぞ!」

 

 しかし、鈴がIS学園にねぇ……。こりゃあまた一波乱あるの。




さて、ついに鈴が出てしまったか……。
刃の過去を手繰るキーマン、いや、キーウーマンになることは間違いないでしょう。
次回予告
新たな専用機持ち、凰 鈴音。一夏と箒の平和だった関係を掻き回しに来たかの如く一夏に猛アタックする鈴だったが、一夏の一言で態度は急変。何故か腹いせにボコボコにすると約束される刃であった……。
次回【恋する乙女は戦乙女(ヴァルキリー)!?】
来週も〜、まうまう!


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第12話

BOF6のムラオサ先行テストで無駄にテンションが上がっております。
最近考えてるのが、TOAとネギま!とシンフォギアのSSです。こちらがひと段落したら構想練ってみます。


「やっほー、一夏!刃!」

 

 食堂に向かうと、鈴が待ち構えていた。手に持つ盆にはラーメンが乗っている。

 

「おう、鈴か。ってそこ、通行の邪魔だぞ」

 

「う、うっさいわね!分かってるわよ!」

 

「だはははは!そそっかしいところは変わらんの、鈴!ワシが風邪を引いた時も、薬草と毒草を間違えて飲まされて大変じゃったっけ?」

 

「刃……それ……」

 

「あんまり……」

 

「笑えませんわ……」

 

 一夏、箒、セシリアが静かに突っ込む。

 

「まあ良い。ワシも久々に中華が食べたくなったぞ!青椒肉絲定食でも頂こうかの」

 

 それぞれの注文を済ませ、席に座った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「久しぶりだな、鈴。元気そうで何よりだよ」

 

「アンタこそ、偶には怪我病気しなさいよね」

 

「なんだそりゃ……」

 

 テーブルを挟んで向こう側。一夏と鈴が久々の幼馴染トークに花を咲かせておった。

 

「くっ!一夏め……!あんなにデレデレしおって……!」

 

 ベキッ

 

 箸を握力で真っ二つにするな。明日からアダ名が一休さん(物理)になるぞ。

 

「刃さん!一体あの女とどういう関係でしたの!?洗いざらい喋って貰いますわよ!」

 

 逃げ場無いのー。まあ、やましい関係では無かったから、別に話してしまっても構わんか。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お主、ワシと遊ばんか?」

 

 中国に来て数日。暇を持て余したワシは家を抜け出して近くの公園に来ておった。

 

「……私?」

 

 声をかけた少女は意外そうな顔で自分を指差す。

 

「お主以外他におらんじゃろ?ワシは柳 刃という者じゃ!お主は……?」

 

「……私、凰 鈴音。私には近付かない方がいいよ」

 

「?なんでじゃ?」

 

 ヒュー ガスッ

 

「ッ!」

 

「なっ!?」

 

 鈴の瞼に何かが当たった。石じゃった。石が飛んできたであろう後ろを振り向く。すると、数人の子供が石を手玉にしながら不敵な笑みを浮かべておった。

 

「やーい!混血児!汚ねえ日本の血なんかこっちに持ってくんな!バーカ!」

 

「……ね?分かったでしょ?こんな奴ら、私は平気だから。だから、私に近づかないで」

 

「……断る」

 

「……え?」

 

「断ると言ったのじゃ!」

 

 そん時は頭に血が上って沸騰するかと思った。寄ってたかって女の子を虐める奴らなど、時代を問わず大罪人じゃわい。

 

「石でもなんでも投げてみい!ワシはこの子に一つも当てさせんぞ!」

 

「なんだこいつ!やっちまえ!」

 

 リーダー格らしき子供が他の子達を促す。いくつかの石が一斉に飛んでくる。

 

「はっ!」

 

 足元に落ちていた長い角材を拾い上げ、目の前で高速回転させると、石は弾き飛ばされて何処かへ落ちていった。

 

「ただただ仁王立ちで食らう馬鹿ではないわ!ま、そんな馬鹿も好きじゃがのう!」

 

「くっそー!こうなったら力づくでやっちまえ!」

 

 手下達が一斉に走ってくる。

 

「さて、逃げるか!」

 

「え!?あ、ちょ!」

 

 鈴の手を引き、走り出す。

 

「お主、自分で走れるかの?」

 

「う、うん!かけっこだったら、男の子にも負けないよ!」

 

 その時見せた鈴の初めての笑顔は、ワシの目に焼きついた。

 眩しくて、純粋で、どこまでも透き通った笑顔。

 ワシは足がもつれて転びかけるまで、その笑顔に魅入っておった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……とまあ、小っ恥ずかしいエピソードを添えてみた訳じゃが」

 

「つ、つまり、あの方は刃さんの初恋の人……!?」

 

「……正直答えかねる。恋心というものがあの頃のワシにあったかは分からん。ただの正義感だったか、カッコつけたかっただけか……とにかく、鈴とはそれからしばらく遊ぶようになった。ヤンチャしては、大人達に怒られることもあったが、楽しかったのう……」

 

 イカンイカン。これでは本当にただのジジイじゃな。

 

「い、今は、どうですの?その、鈴さんのことを、慕って……?」

 

 セシリアが興味津々と言った具合に訊いてくる。

 

「うーん……無いの。良き友じゃが、そういう目では見れんかな。今は一夏にお熱のようじゃしな。な?篠ノ之」

 

「な、何故私に振る!?関係無いだろう!」

 

 箒は仏頂面でそっぽを向く。

 

「意地っ張りめ。一夏が取られてから後悔するなよ?」

 

「わ、私は……別に……」

 

 そう言う箒じゃが、その表情はどんどん暗くなっていった。

 

「そ、そうですの……。恋人としては見れないんですのね……」

 

 セシリアがホッと胸を撫で下ろす。分かりやすい性格じゃのう。

 

「なんですって!一夏、女子と相部屋なの!?」

 

 鈴の大声が木霊し、一瞬食堂が静まり返った。

 

「お、おう。まあな」

 

「ちょっと!その話詳しく……」

 

「ま・た・お・ま・え・か」

 

 修羅じゃ。修羅がおる。

 織斑先生のありがたいアイアンクローを受け、鈴の四肢は力なくだらりと下がった。あれ、死んだんじゃなかろうか。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……断る!」

 

「……え?」

 

 意外な答えだった。鈴は唖然とし、その少年を見上げた。熱くて、強い、目の中の炎。

 

「断ると言ったのじゃ!」

 

 ビリビリと地響きが鳴りそうな大声に、鈴も、いじめっ子も、ただただ竦む。

 

「石でもなんでも投げてみい!ワシはこの子に一つも当てさせんぞ!」

 

 久しく見なかった、背中。

 自分を忌避する背中でも、自分を見ようともしない無関心な背中でもない。

 護る背中。護るべきものの為、立ち塞がる背中。自分のことを、ずっと見ていてくれる背中。

 そんな背中の持ち主は、父親以外で初めて見た。

 

 カン カカン カン

 

 少年の振り回す棒はまるで盾の如く投石を弾き落とした。

 

「くっそー!こうなったら力づくでやっちまえ!」

 

「さて、逃げるか」

 

「え?あ、ちょ!」

 

 少年が手を引っ張る。温かい。そして、力強い手。

 胸の奥にあった闇が、明るく照らされるように感じた。

 

「お主、自分で走れるかの?」

 

 少年は手を離さないまま尋ねた。

 

「う、うん!かけっこだったら、男の子にも負けないよ!」

 

 憧れた。強く、明るく、正しい何かに。だから、答えてやった。自分は負けず嫌いだったのか、と今更になって認識したのが可笑しくて、自然と笑みが零れた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そう。あの時、アタシは強くなれたの。アンタのお陰よ、刃!」

 

 寮の部屋で荷解きをしていた鈴は、子供の頃に撮った刃との写真を見つけ、笑顔になった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふむ。偶には休むのもええが、本を読むかトレーニングくらいしかやることがないのう」

 

 それでも腹は減る訳で。人間というのは無駄の多い生き物なんじゃな、と下らない思考を巡らせてみる。腹が減ったら食堂行こう。うむ。我ながら良い言葉じゃ。そんなことを思いながら部屋を出る。セシリアもしばらく自主トレーニングで己を磨くらしいしの。

 

「む?鈴か?」

 

 廊下の先。部屋から飛び出してこちらに走ってくる鈴の姿が見えた。

 

「おーい!り……ん……?」

 

 呼び止めようとしたが、何か様子がおかしい。

 顔を伏せたままこちらに気付かず、そのまま廊下を疾走していった。

 

「鈴が出て行った部屋は……やっぱりの」

 

 ため息を吐いて、1025室、一夏の部屋に入っていく。




鈴かわええんじゃあ〜
オルコッ党なんてなかったんや!時代はセカン党や!
本命?勿論、新党のほほん!
という訳で、鈴ルートはありません。あくまで友達として、恋愛相談役として存在します。
次回はこのまま後編になります。
プラン立てても茶番にスペース使われちゃうからね。仕方ないね。


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第13話

後半です。
一夏は鈍感を超越した存在になりつつある……。
やめなさい、一夏君!人に戻れなくなる!


 

「アホ。そらお主が悪いわ」

 

「やっぱりそうなるのか……」

 

 1025室。再び頬に紅葉を付けた一夏が、扉の前で唖然としていた。箒は多分呆れて出て行ったんじゃろうな。

 ことの経緯を聞くと、一夏が鈴との約束の意味を履き違えていたらしい。誤解を解いてやると、一夏は心底動揺し、落ち込んだ。

 

「……普通『自分の料理を毎日食べてくれ』なんて、プロポーズ以外の何に聞こえるんじゃか……」

 

「俺、てっきり料理の腕が上がっていくのを確かめて欲しいのかと思って」

 

「はあ……一夏」

 

「な……なんだよ?」

 

「女心というのはイマイチ分からんが、今回のことは全て貴様が悪い。それをまず認めろ。そして今お前のすることは、鈴に謝ることじゃ。理由が分かろうが分かるまいが、とにかく謝れ。部屋にいなかったら探せ。そして謝って、許してくれたら……」

 

「許してくれたら……?」

 

「買い物にでも誘ってやれ。それでなんとなく上手くいくじゃろ。ほら、分かったらさっさと行けい」

 

「……刃、ありがとう。よく分かんないけど、俺、鈴にスゲー悪いことしたんだな。行ってくる!」

 

 一夏の顔つきが変わる。あの時対峙した、強者の眼差しであった。一夏は部屋を駆け出し、後にはワシだけが残された。

 

「……典型的な兵士タイプだの。平時と有事の振り幅がありすぎじゃ。さて、ワシも行くとするかのう」

 

 ため息を一つ吐き、部屋を出た。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「はあっ、はあっ、はあっ……!」

 

 走る、走る、走る。

 時折左右を見回しながら、立ち止まる。

 

「鈴!…………鈴!」

 

 大切な幼馴染の名前を呼ぶ。

 心にあるのは、後悔。

 

「俺は、最低だ……」

 

 大切な幼馴染との約束を勘違いして、それに気付かないなんて。

 

「くそっ!諦めないぞ……」

 

 ちょっと乱暴だけど、優しくて。

 ちょっとせっかちだけど、面倒見が良くて。

 ちょっと感情的だけど、それは思いやりの裏返しで。

 そんな鈴を、俺は傷付けてしまった。

 償う為ならなんだってする!だから、俺に姿を見せてくれ、鈴!

 

 

 

 ☆

 

 

 

「…………」

 

「お、ワシが先か」

 

 廊下の端。自販機の側にある椅子に、鈴は座っていた。自販機の陰に隠れるようにぴったり貼り着き、体操座りをしている。

 

「刃……」

 

 鈴の弱々しい声が聞こえる。あの時、初めて会った時のような声だ。

 

「なんじゃ、情けない声出しよって。ま、情けないのは一夏の奴じゃがな」

 

「聞いたんだ……。ムカつくよね、一夏の馬鹿」

 

「そうじゃな。あーいうのは死んでも治らんタイプじゃのう。気にすることはないぞ。気長に攻めるしかあるまい」

 

「うん……そうだね」

 

 鈴は依然として目線を下に向けたまま顔を上げなかった。

 

「……なあ鈴よ。それでもまだ、一夏のことが好きなんじゃろう?」

 

「!……うん」

 

 鈴はビクッと体を強張らせ、小さく頷く。

 

「なら、改めて気持ちを伝えてみたらどうじゃ?遠回しな言い方じゃと、一夏は分かってくれんらしいしのう。ご存知の通り唐変木オブ唐変木じゃからな」

 

「……分かってるわよ」

 

 鈴の目が、足元から離れ、遠くを見る。

 

「本当に分かっとるのか?ワシが知っとる凰 鈴音なら、惚れた男の一人や二人私の美貌で落としてやるわ!と言って立ち上がると思うがな」

 

「何よソレ!?人を色女みたいに言わないでくれる?」

 

 鈴が勢いよく立ち上がる。

 

「だはははは!その調子じゃ!……一夏は掘り出し物じゃからの。いつ、誰とくっつくかは分からんが、精々離れていかんようにしとけよ」

 

「……ありがと、刃。ちょっとだけ元気出た」

 

 鈴は目尻を指で擦り、ワシに笑いかける。

 ワシが一番見たかった笑顔で。

 

「鈴!」

 

 遠くから一夏の声が聞こえた。少しずつ足音が近づいてくる。

 

「どうやら馬鹿が来たようじゃな。馬鹿が感染ると敵わんわ。ワシは先に寝るぞ。じゃあの」

 

「う、うん。おやすみ刃」

 

 後ろ手に手を振り、その場を去った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「鈴!やっと見つけた……」

 

 鈴を見つけた。走り疲れて膝に手を置いて呼吸する。鈴は腕を組んだままそんな俺を見ていた。

 

「……何か用?」

 

「ゴメン!俺、鈴との約束勘違いして、軽い気持ちで返事して!もっと、よく考えて答えなきゃいけない約束だったんだよな?ゴメン!本当にゴメン!ゴメンナサイ!」

 

 土下座。自然とこの姿勢になった。心から申し訳ないと思うと、やはりこんな姿勢になるんだろうか。

 

「……ぷっ!謝りすぎ!もういいわよ、気にしてないから」

 

 見上げると、鈴は笑っていた。

 良かった。そう思うと身体中の力が抜けた。

 

「いや、本当に悪い。結婚なんて、中学生の頃に決めるべきじゃないよな。鈴の冗談を真に受けた俺が悪かったよ」

 

「…………は?冗談?」

 

「だって、中学生だぜ?そもそもプロポーズの前に告白があるだろ!ってツッコむところだったんだよな!俺ってば冗談で言ったのを真に受けてたと思ったら更に勘違いまでしてるんだもんな!そりゃ鈴も怒るよ、うん!」

 

「……なんっっにも分かってないじゃない!このヴァカ一夏!」

 

 パッシィィィィン

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……いや、ワシの説明のどこをどう聞いたらあの結論に至るんじゃ?分からん頭しとるのうアイツ……」

 

 余談じゃが、一夏の頬の腫れは三日続いたという。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「え!?稽古は中止!?」

 

 翌日、放課後。

 生徒会室に行ったワシを待っていたのは、破門の通知であった。生徒会メンバー全員が忙しなく動いている。本音は相変わらずであったが。

 

「ゴメンね。これから行事の打ち合わせとかで忙しくなっちゃうの。セシリアちゃんには勝てたし、特訓は一旦終了ってことで、ね?」

 

「むう……仕方ありませんのう。そもそも無理を言って付き合ってもらっていた訳ですし。これからはセシリアや一夏と模擬戦でもすることにします」

 

「そうしてちょうだいな。手が空いたらまた再開してあげるから」

 

 師匠改めて楯無先輩はそう言うと、再び書類に目を通し始めた。

 

「では、失礼しました」

 

 そう言って生徒会室を出る。

 

「本当にここにいた」

 

 生徒会室の外には、何故か鈴が立っていた。

 

「鈴?どうしたんじゃこんなところで」

 

「それはこっちのセリフよ。一組の……セシリアさん、だっけ?に訊いたら放課後はここに足繁く通ってるって聞いたからね」

 

「あーなるほど。それで?ワシに何の用だったんじゃ?」

 

「聞いてよ!一夏ったら私との約束を勘違いしてたのを勘違いしてたって言うか!とにかく、全然分かってなかったのよ!」

 

「ああ、一夏か……。アイツのそういうとこは死んでも治らんと言うただろう?ストレートに告白したらどうじゃ?」

 

「なっ!?な、こ、告白……なんてそんないきなり……できるわけにゃいでしょ!?」

 

 鈴は赤くなって俯く。噛んだのが恥ずかしかったのか、それとも……。

 

「かあー!罪作りな奴じゃのう一夏は。こんなに慕われとるのに気付かんのか?」

 

「……刃もあんまり人のこと言えないと思うけど?」

 

「そうかのう?人の好意には敏感なつもりじゃったが?」

 

「はあ……。まあいいわ。それで、一夏の奴をボッコボコにしてやりたかったんだけど、クラス代表はアンタになったらしいじゃない?」

 

「ん?まあ、そうじゃの。次のクラスリーグマッチもワシが出るし」

 

「そうよね。という訳で、そのクラスリーグマッチでアンタボコボコにするから、覚悟してなさい」

 

「はいはい……ん!?え?何でじゃ?」

 

 明らかに論理的でロジカルなロジックが欠如しておったぞ。

 

「アンタ、一夏になんか吹き込んだでしょ?普段のアイツと挙動が違ったもの」

 

「ぐ。あんの大根役者め……」

 

「乙女心を計算で弄ぼうとした罰よ。来週のクラスリーグマッチ、楽しみにしてなさいよね」

 

 それだけ言って鈴は去っていった。相変わらずのハリケーン娘じゃこと。

 

「……退屈せんのう」




セシリアが刃の居場所を素直に教えるのだろうか?
まあいいや。次からが正念場だし。
次回予告
ついに始まるクラスリーグマッチ。やる気満々殺気ムンムンの鈴と、巻き込まれてやる気ダダ下がりの刃であった。が、鈴の強さを知った刃は態度を一転、より修行に熱中していくのであった。そして、決戦の火蓋は落とされる……。
次回【殺られる前に殺れ】
来週もまた見てくださいね〜。じゃん、けん、ぽん!(グッチョッパ)


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第14話

感想を書いて下さった方、ありがとうございます!
やはりモチベが上がりますの。
これからも頑張りますので、よろしくお願いします。


 

 鈴の一方的な宣戦布告から数日。アリーナが使える最終日。

 

「はっ!」

 

 フォン キュキュッ

 

「……やはりこんなもんかのう」

 

 無影縮地は習熟度を上げる度に音が小さくなっていった。スタートとブレーキに必要なスラスターの出力の無駄が削られてきた証拠じゃ。

 

「見事なものですわ。専用機をものの一週間程度で使いこなせる方なんてそうそういませんわよ?」

 

「使いこなす、という意味ではまだまだじゃろうな。月夜はお主のような射撃タイプにしかまだ使えんし、日輪2本でゴリ押ししてから釣魚でフィニッシュ、というのが型になってきたしのう」

 

 また月夜が申し訳なさそうにしているのが目に浮かぶわい。

 

「特定の戦法を見出すことは大切ですわ。私もインターセプターを使いこなせていませんし、ある程度使用頻度にムラができるのは致し方ありませんわよ」

 

 何度か模擬戦を終え、戦略の話に移る。

 

「もう少し、なんとか有効活用できるといいんだがのう……。よし!セシリア、もう一回頼む!」

 

「はい!望むところですわ!」

 

 シールドエネルギーを補給し、所定の位置に着く。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「これは?」

 

 数日前。宣戦布告の翌日。

 鈴が放課後に一本のUSBを渡してきた。

 

「私のIS、甲龍の対戦動画よ。これ見て研究しなさい」

 

「良いのか?手の内を晒してしまって」

 

「アンタの手の内ももう分かってるからね。私だけ秘密ってのはハンデみたいで気に入らないのよ」

 

「なるほど。鈴らしいの。ではありがたく見させて貰うぞ」

 

 その後、鈴の動画を見た。武装の威力もさる事ながら、それらを使いこなす鈴の姿を見て、ワシの中で何かが燃えた。その日から猛特訓が始まったのじゃった。

 

 

 ☆

 

 

 

「……ワシの勝ちじゃな」

 

「これで6勝12敗ですわ……。ダブルスコアはヘコみますわね」

 

 セシリアはそう言って武装を解いた。

 

「相性の問題もあるじゃろう。月夜で僅かながらシールドエネルギーを回復するからの。その差が大きい」

 

 ワシも武器を仕舞う。

 

「そろそろアリーナの使用時間が終わりますわね。今日はここまでにしましょう」

 

「そうじゃな。着替えて飯にしよう。おーい一夏!もうすぐ終わりじゃぞ!」

 

「うおおおおっ!」

 

「はああああっ!」

 

 一夏と箒の激しい打ち合いが続く。しばらく声は届かんだろうな。

 

「……そっとしておくか。ワシらは先に上がろう」

 

「そうですわね。邪魔をしては悪いですし」

 

 高め合える仲間がいる。そんな幸せを噛み締めながらワシはアリーナを後にした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「スゲーな、刃もセシリアも」

 

「一夏!余所見をするとは余裕だな!」

 

 ガキィィン

 

「うおっと!悪ぃ箒!せっかく付き合ってくれてるのにな」

 

 打鉄を纏った箒の太刀を受け流し、距離を取った。

 

「剣道は見道と教えた筈だ!気剣体一致を思い出せ!」

 

 再び箒の太刀が襲う。さっきより重い。

 

「思い……出した!」

 

 足や腰ではなく、全身で箒の太刀を押し返す。

 

「くっ!」

 

 堪らず箒は後退した。

 

「ありがとよ、箒。強い奴を見てるだけじゃ強くなれねえよな。おかげで目が覚めたぜ」

 

 箒だけを、見る。

 

「そうだ!それでこそ私の一……、私の知っている一夏だ!」

 

 ん?なんで赤くなってんだ?風邪か?

 

 

 

 ☆

 

 

 

「おっす、刃!今上がり?」

 

「鈴か。まあな。お主もか?」

 

 アリーナを出てセシリアと合流しようと食堂に行くと、道中で鈴と出会った。すっかり機嫌は直り、いつもの鈴に戻っている。

 

「私は整備課の人に調整手伝って貰ってたんだ。遅くまでやってるらしいから、刃も見学くらいならしてきてもいいかもね。じゃあ、私は一夏待つから」

 

「おう。教えてくれてサンキューの」

 

 鈴と別れ、食堂に着く。セシリアが既に待っていた。

 

「すまん。待ったか?」

 

「今来たところですわ。さ、参りましょう」

 

 そう言って踵を返すセシリア。一瞬、ふわっといい匂いが漂った。

 

「ん?香水変えたのか?いい匂いじゃの」

 

「うふふ♪ありがとうございます。贔屓にしているところの新作でして、私がテスターに選ばれたのですわ」

 

「代表候補生じゃしのう。あちらとしては良い広告塔という訳かの。うむ。桃と石鹸のような淡い香りがええのう。ワシの好みじゃ」

 

「あ!そ、そんなに近付いて匂いを嗅がれると恥ずかしいですわ……」

 

「おっと、すまんすまん。つい、な。さ、今日は何を食おうかのう」

 

 イカンイカン。つい夢中になってしまった。傍から見るとただの変態じゃな。セシリアも恥ずかしがって視線を落としてしまっている。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「整備課?」

 

「そうじゃ。この後行ってみようと思っての」

 

 食事を終え、部屋に戻ったワシらは、セシリアの淹れた紅茶を飲みながら雑談していた。最初の話題は、ワシが来なかったらこの部屋はオーダーメイドの家具で埋め尽くされる一人部屋になっていたとか。そんなこんなで今の話題は整備課になっている。

 

「今まで主観でしか八極を見てやれんかったし、いい機会だと思っての」

 

「それは良い考えだと思いますわ。私もブルー・ティアーズのデータを本国から取り寄せたり、逆に送信して解析して貰ったりしていますし。そういった視点でISを見るのは必要不可欠と言っても過言ではありませんわね」

 

 うむ。流石代表候補生。ISについての妥協は一切無しか。

 

「よし!では行ってくる!遅くなるかも知れんから先に鍵かけて寝とっても良いぞ」

 

「あ、待ってください!私も行ってみますわ。一度この学園の整備課がどんなものか気になっていましたし」

 

「そうか。それじゃ一緒に行こうかの」

 

「はいっ!」

 

 嬉しそうに頷くセシリア。やはりISへの情熱が為せる行動力じゃろうか。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ここか」

 

 しばらく歩き、【IS整備室】と書かれた表札を見つける。中は工場のように広いが、金属音は聞こえず、ディスプレイ型キーボードを打つ音が響いていた。

 

「中々整った設備ですわね。収容数も申し分ありませんわ」

 

 セシリアが早速ブルー・ティアーズを整備機器に接続する。

 

「ふむ。ワシは少し見て回るか」

 

 そうして色々な人の様子を見て回った。誰もが真剣にデータを分析したり、調整したりしている。

 

「ん?簪か?」

 

 そんな中で、見覚えのある顔を見かけ、声をかけた。

 

「刃さん?」

 

 やはり簪じゃった。ゴーグル型のモニターで何かやっているところだった。

 

「久しぶりじゃの。お主もクラスリーグマッチに向けて調整か?」

 

「うん。私の専用機は自作だから、一から見直してあげないといけないの」

 

「そう言えばそうじゃったな。ならば邪魔をすべきではないの。ではな」

 

「ま、待って!ちょうどひと段落ついたから、息抜きしようと思ってたの」

 

「む、そうなのか?じゃあ息抜きになるかは分からんが、ここの使い方を教えてくれると助かる」

 

「いいよ。刃さん初めてだから、こっちの型の方が合うと思う」

 

「……うーん」

 

「どうしたの?」

 

「いや、同い年なんじゃし、『刃さん』はやめてくれんかのう?なんだかくすぐったいわい。呼び捨てでええぞ」

 

「え?で、でも……」

 

「ワシも簪のこと呼び捨てにしとるし、それで対等じゃろ」

 

 前にセシリアに言った時は、『好きでそう呼んでいるから良いのですわ!』と何故か怒られてしまったが、簪ならそんなことにはならないじゃろ。

 

「わ、分かった。えっと……刃」

 

「そうそう。それで良い」

 

「んっん!雑談なら他所でやるべきでしてよ?」

 

 セシリアが咳払いをして会話に割り込む。

 

「おう、そうじゃな。すまんすまん。それじゃ簪、色々教えてくれの」

 

「う、うん!えっと、まず起動時の装着設定を弄って…………」

 

 こうして簪の指導の元、ワシは八極のデータを収集した。そんな中でとある発見をしたり、無影縮地の理想消費エネルギーを算出したり、かなり新しい世界が広がった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「そろそろ閉めるわよー」

 

 しばらく調整していると、3年の先輩が戸締りにやってきた。

 

「うむ。そろそろ切り上げるか。色々とありがとうの、簪」

 

「うん。刃の為ならこれくらいどうってことないよ」

 

 そう言って簪はニッコリと微笑む。普段は感情の起伏が表れにくい簪の不意の笑顔に、思わずドキッとしてしまう。

 

「お、おう。しかし、お主の調整の邪魔をしてしまったの。あれから殆どワシに付きっ切りじゃったし」

 

「あ、そうだ!そろそろインストール終わってるかも。じゃあね、刃。おやすみ」

 

 そう言って簪は走って行った。

 

「おう、おやすみ。さて、セシリア。ワシらも帰ろうかの」

 

「……あの簪とかいう子と帰ればいいんじゃないですの?」

 

 セシリアはやや不機嫌そうに言った。腕を組み、そっぽを向いている。

 

「何を怒っとるんじゃ?ほら、同じ部屋なんじゃし、一緒に帰るぞ」

 

 無理矢理セシリアの手を握って出口へ向かう。

 

「ちょ、ちょっと!分かりましたから、乱暴にしないで下さい!」

 

 セシリアは手を振りほどいてワシの隣に立つ。最初からそうしていてくれると助かるんじゃがのう…….。

 

「……刃は人気者だね」

 

 聞こえない、聞こえない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 クラスリーグマッチ当日。

 

「うへえ。早速鈴とか……」

 

 一回戦の組み合わせは一組vs二組。

 

「しかも第一試合。鈴、お主何か裏でやったんじゃないか?」

 

 プライベートチャネルで鈴と連絡を取る。

 

「んな訳ないでしょ馬鹿。私が裏工作とかそういうの嫌いなの知ってるでしょうが」

 

 それもそうか。じゃあ運命として受け止めるかの。

 

「まあ、なんにせよ楽しみにしとるぞ。秘策もあることだしの」

 

「ふふん、強気じゃない。吠え面かかせてやるわ」

 

 プライベートチャネルを切り、アリーナに入場する。甲龍の両肩の武装『龍砲』がずっしりとした威圧感を与える。

 

「……いざ、尋常に」

 

 試合開始のブザーが鳴る。

 

「「勝負!」」




さて、いい感じに簪とも絡めたし、後は鈴にボッコボコにされるだけだ!
次回予告
鈴との決戦直前に秘策を思いついた刃。意外な戦法に不利に立たされる鈴。白熱するクラスリーグマッチに、突如乱入者が現れた!その時、刃と鈴が取った行動とは……?
次回【招かれざる客】
愛の御旗の元に。


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第15話

いや〜戦闘描写キツいっス。
書いてて一番燃えますがね。


「…………」

 

「あら?案外慎重に動くじゃない?ひょっとしてビビってる?」

 

「そんな訳あるか。不用意に近づくにはまだ早いんじゃよ」

 

 秘策を試してみんことには距離も掴めんわい。

 

「ふーん……じゃあ私が先制するわよ!」

 

 キュゥゥゥン

 

 空気を圧縮する音……。龍砲か。

 

「よしよし。出番じゃ、月夜」

 

 月夜を2本取り出し、一本の鋒と他方の柄の先を組み合わせる。反り返った刀身も相まって、チャクラムや円刀のような形に見える。

 

「くらいなさい!龍砲!」

 

 空気を叩く音と共に、鈴の両肩から衝撃波が飛んだ。

 

「陰円【黒洞】(くろほら)」

 

 目の前で月夜2本を回転させ、黒い円盤状の盾を作る。衝撃波はそれに吸い取られ、シールドエネルギーに変換された。

 

「……それが月夜って奴?なるほど、遠距離武器は効かないのね」

 

「こんな使い方があったとは知らなんだがな。お主が整備課を薦めてくれたお陰じゃ」

 

「そう。なら次はこれで行くわよ!」

 

 そう言って鈴は青龍刀『双天牙月』を展開し、接近してきた。

 

「甲龍は本来近距離パワー型。こっからが正念場じゃのう。頼むぞ、日輪!」

 

 月夜を仕舞い、日輪を取り出す。

 

「そんな小刀で防げると思ってんの?」

 

 ガギン

 

「ッ!どうやら……なんとか防げるらしいの」

 

「ちっ!でもそれ、エネルギー使うんでしょ?」

 

 鈴が双天牙月を切り離し、2本の小剣へと変える。

 

「手数を増やしたら消費も倍よね?」

 

「……察しのいいことで」

 

 この戦闘が始まって、まだワシは鈴にダメージを与えていない。月夜の回復分も、日輪が持っていってしまった。そして手数は同じ。いや、龍砲がある分あちらが上か。

 

「こりゃあ、月夜に頼らんといかんかもな」

 

「何ぶつくさ言ってんのよ!行くわよ!」

 

 鈴が真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

「ワシの強みは……これか」

 

 フォン キュキュッ

 

「なっ!?消え」

 

「はぁっ!」

 

 ガガガガ

 

 日輪の連撃を鈴にお見舞いする。

 

「くっ!でりゃああああ!」

 

 ガツン

 

 双天牙月と日輪がぶつかり合い、お互いに止まった。

 

「……やるじゃない。無影縮地、だっけ?結構持ってかれたわよ」

 

「……ワシもな。難儀な武器じゃ」

 

 そう言ってスラスターを噴射し、鈴の顎に回し蹴りする。

 

「ぐぁっ!」

 

 小さな呻き声を上げて鈴が仰け反る。

 

「顔を狙わせてもらったぞ。バリアのおかげで傷は付かんじゃろ?」

 

「それでも乙女の顔を遠慮無く蹴り抜くってのはどうなのよ!馬鹿刃!」

 

 鈴は激昂し、龍砲をぶっ放す。

 

「無駄じゃ!黒洞!」

 

 日輪を瞬時に月夜に持ち替え、黒洞を作る。

 

「そうよね。そうするしかないわよね!」

 

 龍砲の衝撃を吸収するや否や、鈴が猛攻を仕掛ける。

 

 ドガッ

 

「ぐふっ!」

 

 防御手段のないまま、モロに双天牙月の一撃を貰う。

 

「持ち替えの反射スピードだけは褒めてあげるわ。でもね!その後の攻めが全く出来なくなるのが弱点よ!」

 

 ……強い!一夏やセシリアとも違う。圧倒的なバトルセンス。そこから敵の癖と弱点を瞬時に見抜く洞察眼。

 

「鈴よ……。ワシは嬉しいぞ!お主とこの場で出会えて。この場で闘えて!」

 

 ズオオオオ……

 

「くっ!がああああ!」

 

 月夜の暴走が始まった。今度ははっきりと感じる、心が黒く塗り潰されていく感覚。破壊、殺戮、殲滅。ドス黒い感情のオンパレードが流れ込んでくる。

 

「がああああ!」

 

 鈴に突っ込む。残りエネルギーが少なくなったため、月夜は勝手に釣魚を展開した。

 

「それが切り札って訳ね!負けないわよ!」

 

 ガン ギン ガガン

 

「っ!なんてパワー……!けど、パワータイプの甲龍をナメないでよね!」

 

「おおおああああ!」

 

 バリィィィィン

 

 再び互いが激突しようとした刹那。上空から何かが割れる音がした。

 

「なんじゃ!?」

 

 月夜の暴走が消え、意識が戻る。

 

 ドゴォォォン

 

 直後に、落下音。隕石でも落ちてきたのかという程の、巨大な音だった。

 

「アリーナのバリアを破った!?刃!試合は一時中断よ!」

 

「分かっとる!ワシらはどうすればいい!?」

 

「とりあえず脱出よ!あとのことは先生がなんとか……警戒レベル4!?そんな!これじゃアリーナは封鎖されてる!?」

 

 八極からアラートが鳴り、警戒レベル4と表示される。

 

「……よく分からんが、出られんのなら、警戒するしかないの。アレを」

 

 土煙の奥に熱源を感知する。

 

『ご主人様、避けて!』

 

「!」

 

 横っ跳びをすると、ワシが元いた場所をレーザーが通過した。

 

「今の声……月夜か?」

 

 聞き返しても、返事は無い。が、確かに月夜の声だった。

 

「ありがとの。さあ、鈴。こういうときワシらはどうすればいいと思う?」

 

「そんなの決まってるでしょ?先生が来るまでアイツを足止めするのよ!」

 

 鈴が土煙の中に突っ込む。

 

「じゃな!ワシも援護するぞ!」

 

 土煙から再びレーザーが飛ぶ。二人でそれを避けると、土煙が晴れ、その姿が露わになる。

 

「なんじゃアレは!?あれもISなのか!?」

 

 その姿は、異形。

 ISとは本来操縦者の姿が露わになっているはず。しかしそのISは、顔はおろか全身を黒い装甲で包んでおった。ISも、腕部武装がかなりデカい。しかも、手の甲から肩にかけて都合6門のレーザー武器が装着されている。

 

「まるで第一世代のバイザー型センサーじゃな。おい!お主、ワシらの声が聞こえるか?」

 

「…………」

 

 謎のISは応えない。が、こちらの声を聞くように顔を向けた。

 

「応えろ!お主は何者じゃ!?」

 

「…………」

 

 機体は応えない。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「なんだアレは!?」

 

 モニターで試合を見ていた箒が驚きの声を上げる。

 

「山田先生!状況は!?」

 

 千冬の凜とした声が響く。

 

「は、はい!アリーナの防衛システムがハッキングされています!警戒レベルを強制的に4まで引き上げて、アリーナを完全に封鎖されました!」

 

「ちふ、織斑先生!刃と鈴は!?」

 

「解除できるまではアリーナから逃れられん!」

 

「そんな!俺、2人に協力しに」

 

「駄目だ!即席のチームワークで対処できる問題ではない!お前が行けば、逆に2人の足手まといになる!」

 

「……くそっ!」

 

 千冬に反論できない一夏は、悔しそうにアリーナの扉を殴った。

 

「一夏落ち着け!私達にできることは、2人の無事を祈ることくらいだ……」

 

 箒もまた、悔しそうに唇を噛む。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 敵ISは依然として無言のまま、掌をこちらに向ける。掌にもレーザー武器があった。

 

「くっ!シャイな奴じゃのう!」

 

 レーザーを紙一重でかわし、接近する。

 

「刃!敵はあのレーザーしか持ってないみたいよ!砲門を潰せば……」

 

「無力化できるかもしれんな!やってみる!うおおお!」

 

 フォン キュキュッ

 

「!」

 

 ISが驚いたように一瞬体を強張らせる。

 

「はあっ!」

 

 釣魚で右腕装甲を斬り裂く。砲門が2つ潰れた。

 

「んで、脱出!」

 

 フォン キュキュキュキュッ

 

「……くっ!」

 

「刃、大丈夫!?私との戦闘で大分集中力使ったでしょ?」

 

「ああ。お主もそうじゃないのか?」

 

 じゃないと困る。

 

「当たり前でしょ!アンタがあんなに強いなんて思わなかったんだから!」

 

 鈴はレーザーをかわし、龍砲で牽制を続ける。

 

「そりゃ、光栄なことで!んで、バテバテの1年生2人でなんとかできるのかの?」

 

 レーザーを月夜でガードする。セシリアとの訓練で月夜と日輪の切り替えはかなり速くなった。

 

「バテバテの専用機持ち、よ。なんとかするしかないの!」

 

 そう言う鈴の目は、強かった。自然と口角が上がる。

 

「よく言った!そんじゃそろそろ援軍に来てもらおうかの」

 

「援軍!?アリーナは今封鎖されてるのよ!そんなの」

 

 敵ISがレーザーを撃とうとこちらに手を伸ばす。

 

「……狙いは?」

 

「完璧ですわ!」

 

 ドシュッ ゴォォォン

 

 敵ISの伸ばした手が撃ち抜かれ、虚しく崩れ落ちた。

 

「ど真ん中。流石じゃのう」

 

「誰に言っているんですの?このセシリア・オルコットに、射抜けぬ的などありませんことよ!」

 

 そこには、心強い援軍の姿があった。




という訳でゴーレム乱入です。
原作再現はやはりアツい。書いててアツい。
次回予告
セシリアも加わり、優勢になった刃達。しかし、予想外の二次災害が、刃を更に苦しめる。果たして刃はゴーレムを倒すことができるのか!?
次回【護る暴力】
摩天楼に、バキューン!


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第16話

投稿ペースを少し落とします。
やっぱ寝かせないとコクは出ないってはっきりわかんだね。
さあ、アリーナ救出編スタート!


 

 試合が始まる少し前。

 

「暴走?」

 

「そうじゃ。もし暴走したら、ワシを止めてくれ」

 

 控え室から少し離れた場所にセシリアを呼び出し、一夏戦での暴走の一件を話した。

 

「一夏に聞いた話じゃと、『八極の黒い装甲が白い装甲を侵食する』のが目印らしい」

 

「は、はあ……」

 

 セシリアは訳がわからないといった風に首を傾げる。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「一目見て分かりましたわ。暴走というのがどんなものか……」

 

 セシリアが戦慄したように呟く。

 

「ありがとの、セシリア。お主ならすぐに止めに入ってくれると信じておったぞ」

 

「こ、これくらい当然ですわ!」

 

 そう言ってそっぽを向くセシリアの表情は心なしか嬉しそうじゃった。素直に喜べばいいのに……。

 

「さて、と。セシリアと鈴。お主ら2人にアレを任せてもいいかの?」

 

「?それは多分大丈夫そうだけど……アンタはどうすんのよ?」

 

「どうやら観客席が混雑しとるようじゃからな。けが人がでないように誘導したい」

 

 観客席はシェルターで覆われている。中は見えなくてもパニックになっていることが容易に予想できる。

 

「別に刃さんが行かなくても……」

 

「アリーナは今閉鎖されておる。この場で動けるのはワシらだけなんじゃ。頼む!ワシに行かせてくれ!」

 

 あのままでは二次災害に繋がりかねん。それに、あの中には一組の生徒が大勢いる。見て見ぬフリはできん。それに、鈴との戦闘でシールドエネルギーの大半を費やしたワシが残るよりは2人に残っていてもらった方がいい。

 

「……分かったわよ。こっちは何とかしとくから行ってきなさい」

 

「ああ。ありが」

 

「ただし!」

 

 鈴が人差し指をビシッと上に掲げる。

 

「な、なんじゃ?」

 

「絶対に冷静でいなさい。特に避難中の人間は自分のことしか考えてないからね」

 

 そう言う鈴の表情は複雑だった。

 きっと、その手の何かがあったんだろうとワシは思ったが、今はそれどころではないと雑念を消した。

 

「……分かった。約束する」

 

 それだけ言うと、釣魚の鏃を日輪に変換する。

 

「うおおおお!」

 

 まずはアリーナのバリアに攻撃する。一撃目で亀裂が走り、二撃目でバリアが割れた。

 

「もういっちょ!」

 

 そのままの勢いでシェルターを突き破る。

 

「こ……これは!?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さて。セシリア、だっけ?イギリスの代表候補生の」

 

「ええ。貴女は凰さん、でしたわよね?」

 

 セシリアが敬遠気味に鈴に応える。

 

「鈴でいいわよ。そっちのが短くて呼びやすいでしょ?」

 

 鈴が軽くウインクを飛ばす。

 

「そんなことより、あの機体を沈静化しませんと……」

 

 敵ISは静止しているが、停止した訳ではない。隙を見せれば襲ってくるかも知れない。

 

「分かってるわよ。でも、何か変なのよね、あの機体」

 

「ええ。全身装甲のISなんて……」

 

「それもそうだけど。ほら、私達が会話してる時は襲ってこないじゃない?まるで、私達の会話を聞いてるみたいな」

 

 鈴がそう言って敵ISを見ると、確かに会話に聞き入るようにこちらを見ていた。

 

「確かに……。貴女!何者なんですの?」

 

 シーン…………

 

「完全無視ね」

 

「ぐぬぬ……」

 

 セシリアは悔しそうに唇を噛む。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「な、なんという……」

 

 観客席に入り、絶句した。

 

「う、うう…………」

 

「痛いよ……」

 

「開けて!開けてよ!」

 

 人の波に踏まれたのか、倒れて動けないでいる者。

 同じく足や腕を押さえて蹲っている者。

 扉に縋り付く者。

 

「これが……人間か」

 

 知っていた。

 知っていたつもりだった。

 知らなかった。

 

「ワシは……無知じゃな」

 

 八極を解除する。自然と握る拳に力が入った。

 怒り?憎しみ?そんなものでは無かった。

 

「情けないのう……」

 

 ただただ、虚無感。何に?この状況?人間の脆さ?違う。

 

「ワシは、こんな時に何をすれば良いのか分からん……」

 

 初めて遭う、絶望。

 対処すべき問題に対して、自分の無力さを痛感する。想像を絶する状況に、思考が処理を止めようとする。

 

「ぎ、ぎんぎん……?」

 

 その声に、はっとする。

 

「本音……?本音か!?」

 

 声の主を探す。

 

「こっち……」

 

 ようやく見つけた。本音は足を挫いたらしく、右足を押さえながら涙ぐんでいた。

 

「本音!大丈夫か!?」

 

 駆け寄る。が、それからどうするともなく立ち止まった。

 

「う、うん。ちょっと誰かに踏まれただけだから」

 

「そうか。さ、捕まれ」

 

 肩を貸そうとすると、本音は首を横に振った。

 

「わ、私は大丈夫だから。他の人を」

 

「本音……!」

 

 再三見る。強い目。他者を思う、強さ。

 

「……ワシは」

 

 何を迷う?何を思う?何をチンタラしておるんじゃ!

 

「おおおおおおおお!」

 

 ガンッ

 

 観客席の椅子を、思い切り殴りつける。

 

「ど、どうしたの?」

 

 本音が驚いたように体を強張らせる。

 

「……もう大丈夫じゃ、本音」

 

 深呼吸を、一つ。

 助けるのじゃ。皆を。例え出来なくても、最後まで諦めるものか。

 

「待っておれ、本音。ワシがなんとかする」

 

 覚悟を決め直す。弱くても、情けなくても。強いと思い込む。できると信じ込む。

 

「助けるぞ。お主も、他の者もな」

 

 それだけ言って、立ち上がった。

 

「えへへ……。ぎんぎんカッコイイ」

 

「ぎんぎんはよさんか、本音」

 

 本音に微笑みかけて、ワシは出入り口へと向かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 出入り口は凄惨な状況だった。

 

「落ち着け!扉はロックされとる!押しても引いても開かんぞ!」

 

 誰もワシの言葉を聞こうとはしなかった。

 

「ええい!こうなったら八極で扉をぶち破って……」

 

『絶対に冷静でいなさい。特に避難中の人間は自分のことしか考えてないからね』

 

 鈴の言葉が脳裏をよぎる。今、扉を破壊すれば、近くの者に破片が飛んでしまうじゃろう。

 

「……よし」

 

 思い切り息を吸う。

 

 

「いい加減にせんかダァホ!」

 

 

 ビリビリとその空間が揺れる。生徒達が鎮まり返り、こちらを見た。

 

「自分だけ助かろうとするな!友を突き飛ばして生き残った先の人生は楽しいか?生きていてよかったと思えるか?まずは倒れている仲間に肩を貸してやることから始めろ!」

 

 女子生徒達がザワめきだす。

 

「この扉はワシが開ける!じゃから皆は友達の安否を確認するんじゃ!さあ、早く!」

 

 ワシの声に、女子生徒達は蜘蛛の子を散らすように観客席を見て回り始めた。

 

「よし。後は……」

 

 防護扉の方を向き、八極を呼び出す。

 

「ワシの出番じゃな」

 

 すぅーっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。決意、覚悟、信念……。様々なモノを、槍と共に握る。

 

「……太公槍衝!」

 

 一点を突き崩す。

 

「ぐ、う、うおおおおお!」

 

 バギン

 

 かなりの厚さだったが、全力の一突きの前に扉は切り裂かれた。

 

「やった!これで出られる!」

 

「ありがとう柳君!」

 

 女子生徒から歓声が上がる。

 

「さあ!最後まで他者を気遣って行動するんじゃ!落ち着いて、速やかに行動せよ!」

 

 ワシの号令で女子生徒達は列を成してアリーナを出て行った。

 

「……よし!ワシも戻るとするか!」

 

 女子生徒が一人もいなくなったのを確認し、自分が突き破ったバリアから再びアリーナ中央に戻る。

 

「……ありがとうの、本音」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「遅かったわね、刃。こっちは片付いたわよ」

 

「そちらは問題ありませんでしたか?」

 

 アリーナ中央に戻ると、鈴とセシリアが敵ISを鎮圧し終わっていた。

 

「こっちは全員避難完了じゃ。流石は代表候補生。仕事が早いのう」

 

「へへーん!あったり前でしょ!」

 

「刃さんは代表候補生を甘く見過ぎですわ!確かに、戦績はあまり良くありませんけど……」

 

「さて。それじゃあ搭乗者とご対面してみるかの」

 

 そう言って沈黙している敵ISに近付く。

 

 キュゥゥゥゥン……

 

「!刃!そいつまだ動いてる!」

 

 敵ISの左腕が上がり、砲口が光る。

 

「くっ!黒ほ……」

 

 直後に、強い光。

 真っ白な世界の中、ワシは何かを掴んだまま、意識が遠のいていった。




とりあえず次で一旦区切ります。
シンフォギアのssを無性に書きたくなったからね、仕方ないね。
次回予告
危機は去った。刃は己の無力さを痛感し、また一つ大きく成長したのだった。
しかし、目を覚ました刃の目の前には、4人の少女が……。
次回【修羅場デート】
刮目して次回を待て!


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第17話

修羅場デートと言ったな?
あれは嘘だ。
のほほんさんとほのぼのデート回です。


「う…………」

 

 知ってる天井だ。というか保健室の天井だ。

 

「目を覚まされましたわ!」

 

 セシリアの声が意識のはっきりしない頭に響く。

 

「セシリア……?ワシは、確か……」

 

 ゴーレムに襲われて、それで……?

 

「全く、油断大敵よ刃君!師匠として恥ずかしいぞ」

 

 楯無先輩が鼻の頭をツンと押す。

 

「はは。ごもっともで……」

 

「刃。痛みは無い?明日まで絶対安静らしいけど……?」

 

「簪か。痛みは特に無いの。しかし、賑やかな見舞いじゃな」

 

「私もいるよ〜ぎんぎん!」

 

 本音がぴょんぴょんと跳ねて存在をアピールする。もう少し足を気遣ってやれ。

 

「はいはい。ありがとうの、本音。お主も安静にな」

 

 皆からの強い思いやりを感じる。

 

 パァァァ……

 

「な、なんじゃ!?アルカナがパワーアップしたのか!?」

 

「その発言は危ないよぎんぎん!」

 

「刃さんのISが光っていますわ……」

 

 そう言ってペンダントを見ると、確かに光を放っている。

 

 パァァァ……

 

 やがて光は収まり、元に戻った。

 

「今のは一体……?」

 

「おそらく八極の自己修復能力に依るものだと思うわ。ISは一定レベルのダメージなら自己修復するのよ。人間でいう自然治癒みたいなものなの。光るってのはよく分からないけど、刃君が目覚めたことで修復を終えたのを知らせてくれたのかもね」

 

「なるほど。これでまた明日からも闘えるということか」

 

 しかし、知らせたかったらそちらの世界にワシを呼び出せば良いのに……。日輪や月夜にもまた会いたかったのう。

 

「さ、さて、刃君も目が覚めたし、私達は退散しましょう。怪我人の前で騒ぐのも可哀想だしね」

 

 ん?何やら楯無先輩がそわそわし出したぞ?

 

「そ、そうですわね!夕食までまだ時間はありますし!とりあえず刃さんには安静にしていただきませんと!」

 

 お?セシリアもか?

 

「じゃ、じゃあね、刃。また後で」

 

「おやすみ〜ぎんぎん♪」

 

 本音だけは相変わらずじゃった。

 

 その後、静かな病室で一眠りした。次に目を覚ましたのは、扉をノックされた時じゃった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 事件は完全に沈静化され、IS学園は安寧の時を過ごすかのように静かに時が流れていた。

 

「さて。本当の勝負はここからですわ!」

 

「ふふん♪私の誘導に乗って皆帰ったわね。このまま……」

 

「えっと……。誘う時は、お化粧とかした方がいいのかな……?」

 

「ご飯の前にぎんぎんのところに行かなきゃ〜」

 

 しかしこの少女達はこのまま無事、という訳では無かった。

 

 それからしばらくして夕刻。保健室前。

 

「「「「あ」」」」

 

 ばったり、という音が聞こえてきそうな程に4人は同時に保健室にやってきた。

 

「……えっと。皆さん何かご用で?」

 

「感心しないわね♪さっき言った通り、刃君は安静にしてあげないといけないのよ?」

 

「お姉ちゃん。人の事言えない」

 

「私はぎんぎんをデートに誘おうかなって〜」

 

 本音の一言に、少女達の内なる獣が目を覚ました。

 

「おほほほほ!残念でしたわね、布仏さん。刃さんは私とショッピングに出かけるのですわ」

 

「あら?刃君なら私とデートしてくれるって言うと思うわよ?」

 

「私は……」

 

「そっか〜♪皆ぎんぎんとデートしたいんだね♪ぎんぎん入るよ〜」

 

 本音、恐ろしい子。この張り詰めた空気の中悠然と先手を打った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 コンコン

 

「んー?ふぁぁ……。はい、どうぞ」

 

 目を覚ますと、窓から夕陽が射しておった。少し寝てしまったようだの。

 

「ぎんぎん入るよ〜♪」

 

 本音か。何か忘れ物でもしたかの?

 

「「「「お邪魔します」」」」

 

 ……はて?本音は分身の術でも使えるのじゃろうか?

 

「じゃなくて!主らまた来たのか!さっきは怪我人を安静に云々言っとった楯無先輩まで!」

 

「人の心とは移ろい行くものなのよ刃君」

 

「それでも常識はそんなに簡単に変わらないと信じたいですぞ……」

 

「じ、刃!私達、刃にお願いがあって来たの!」

 

「今度の日曜日に〜。私達とデートして欲しいな〜って」

 

 …………ん?

 

「ちょっと待った。次の日曜に、誰とデートじゃと?」

 

「私達だよ。わ・た・し・た・ち」

 

 ……なるほど。これはまだ夢の中なんじゃな。頬をつねれば……痛い。

 

「ってちょっと待て!色々おかしいじゃろ!何故ワシがこの4人と日曜日にで、デートせんといかんのじゃ!?」

 

「えっへへ〜♪ぎんぎん赤くなった〜」

 

「ぐ。ワシとて年頃の男じゃ。こんな美少女4人とデートなんて、想像するだけで贅沢っちゅうもんじゃろ!」

 

「え!じゃあ私とのショッピングをOKして下さるんですの!?」

 

「私とのデートは?」

 

「わ、私も……」

 

「どーするの?ぎんぎん?」

 

 嗚呼。逃れられぬのだな。

 

「分かった!ワシも男じゃ!ただし!4人いっぺんには無理じゃから、一人ずつにしてくれ!じゃんけんでもして順番を決めてくれの」

 

「じゃんけん!?乙女心を何だと思っていますの!?」

 

「そっちこそ、ワシのプライベートをなんじゃと思っとるんじゃ!?」

 

「まあまあ。それじゃあじゃんけんで決めようか」

 

 楯無先輩がその場を諫め、乙女心とやらを賭けたじゃんけん大会が始まった。結果は……。

 

「いえ〜い♪私が一番だよ〜」

 

 そういって本音はフィニッシャーのチョキをそのまま掲げた。

 

「ん。じゃあ、次の日曜日じゃな。ところで、今日は何曜日じゃったっけ?」

 

 ほぼ毎日のようにISに触れているせいで、曜日感覚が麻痺してしまっている。これは早く治さんといかんな。

 

「えっと〜……あ、土曜日だ」

 

「明日かい!はあ……。なるべく静かなところで頼むぞ」

 

「あ〜♪ぎんぎんやらしい〜」

 

「いや、もう、そういうのはいい……。用が済んだら早く帰ってくれの……」

 

 疲れた。寝起きにフルマラソン走らされるより疲れた。やったことはないが。

 

「で、では刃さん!次の次の日曜日は私とショッピングですわよ!」

 

「なんだかすごいとんとん拍子に決まっちゃったけど、その次は私とデートだからね♪」

 

「わ、私はいつでもいいから……。刃の好きな時に言ってね」

 

 嗚呼。簪が天使に見える。ここは奈落か煉獄か?

 

「では、おやすみなさい」

 

「ゆっくり休みなさいね」

 

「お、おやすみ……」

 

 そう言って3人は保健室を出て行った。

 

「とりあえず、10時に学園のエントランス前でええかの?」

 

「うん。それでいいよ〜」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………?本音?まだ何か用かの?ワシはそろそろもう一眠りしたいんじゃが……」

 

 本音は一向に帰る気配を見せない。

 

「えっとね……。今日のこと、お礼言ってなかったから」

 

 今日のこと、というとアリーナでの一件だろうか?

 

「それを言うならワシの方こそ礼を言わせてくれ。ありがとう、本音」

 

 本音のおかげで、強くなれた。

 本音のあの時の一言で、覚悟が決まった。

 皆を助けられたのは、間違いなく本音のおかげじゃ。

 

「私も。ありがとうね、ぎんぎん。あの時、とっても心細かったんだ。一組の皆も、一目散に逃げちゃって。後で一杯謝ってくれたからもういいけど。本当に、寂しくて……」

 

 本音の声が詰まる。普段見ない本音の涙に、胸の奥で何かが蠢く。

 

「泣くな、本音。もう過ぎたことじゃ」

 

 本音を抱き寄せ、頭を撫でてやる。

 

「う、うん。ぎんぎんあったかいね……」

 

 本音もワシをぎゅっと抱き返した。

 むにゅむにゅと柔らかい感触が腹の辺りに押し付けられる。

 

「ほ、本音。お主見かけによらず良いものを持っておるのう……」

 

「?あ〜……えっち」

 

「返す言葉もございません……」

 

「えへへ♪いいよ〜」

 

 本音は悪戯っぽく微笑んだ。

 

「「………………」」

 

 沈黙が流れる。時が止まってしまったような、静かで、ゆったりとした沈黙。

 

「さ、触って、みる?」

 

 本音が沈黙を破り、突然口を開いた。

 

「な、何をじゃ?」

 

「私のおっぱい。ぎんぎんはおっぱい星人だーって、お嬢様が言ってたし」

 

 楯無先輩……。下手をするとワシが社会的に死ぬようなことを……。

 

「い、いや、本音。無理はするな。確かに好きじゃが、他人に無理をさせてまで触りたいとは思わん」

 

「私は、別に無理なんかしてないよ?どっちかって言うと……触って欲しい、かも?」

 

 なんなのじゃ。なんなのなのじゃ。これも現実なのか?隠れ巨乳のロリ美少女が顔を真っ赤にしながらワシに胸を触って欲しい、とな?なるほど。これが世に聞く薄い本という奴じゃな。

 

「そ、そこまで言うなら……」

 

 本音の胸に手を伸ばす。なるほど、ゆったりとした制服で目立たないが、よく見れば確かに質量を感じる外見じゃ。

 

「あ……」

 

 ワシの手が近づくのを見て、本音は普段からは想像もできないような色っぽい声を出す。胸を突き出して、顔を背けている。これ、捕まったりせんかの?

 

「よ、良いか?触るぞ……」

 

 思わず目を瞑る。理由は分からないが、手の感覚を鋭くするためなのか?それを本能でやるとは、やはりワシは楯無先輩の言う通り……。

 

 コツン ペタ ペタ

 

 案外硬いの。それに形も。まるで、鉄で出来た筒を握っているような……。チラリと目を開ける。

 

「あら?もうよろしいんですの?」

 

 目を開けたことを後悔した。ワシが握っていたのは、スターライトmkⅢの砲身じゃった。なるほど。鉄の筒じゃな。

 

「さて。ここで刃さんに質問ですわ。貴方、布仏さんに何をしようとしていましたの?5つ数える内に答えなさい」

 

 終始笑顔を崩さないセシリアがとてつもなく怖い。

 

「いや、その、じゃな。別にそういうつもりの行為では無くてじゃな」

 

「そういう、とは?」

 

 墓穴。死んだな、コレは。

 

「……辞世の句を考えます」

 

「それがよろしいかと」

 

「お前もな」

 

 ぞくりと悪寒が駆け抜けた。セシリアの後ろ、開いている保健室の扉の前には、織斑先生が立っていた。セシリアも事態を察したのか滝のような汗を流している。

 

「イギリス代表候補生セシリア・オルコット。緊急時以外での公共設備におけるISの展開及び使用は禁止されている筈だが?」

 

「い、いえ、これは不埒な不届き者を成敗する為のもので、今は緊急……」

 

「そんなものはどこぞの桃太郎侍に任せておけばいい。貴様が介入する必要はないと思うが?分かったら門限までグラウンドを走ってこい。ISを展開したまま、補助機能はオフにしてな」

 

「そ、それは」

 

「なんだ?」

 

 有無を言わさぬ眼光。これが強者か。

 

「いえ!行ってきます!」

 

 敬礼をしたセシリアはISを解除して速やかに退室していった。とりあえず助かった。

 

「……さて」

 

 天国と地獄。これはワシもセシリアの後を追うかの。

 

「間もなく夕食の時間だ。遅れるなよ。ではな」

 

 ……あれ?死んでない?

 

「ああそうだ。柳、来週からは放課後は私のところへ来い。特訓、させてやる」

 

 執行猶予2日貰っただけじゃったか。

 

 そんなこんなで織斑先生は保健室を出て行った。

 

「……ごめんね、ぎんぎん?」

 

「……良い。何も言うな。明日、楽しみにしているぞ」

 

 恐らく人生最後のデートになるであろう。

 

「うん。後でご飯持ってきてあげるね」

 

 本音の優しさに涙が出そうになる。

 

 こうして波乱の土曜日が過ぎ、そして日曜日へ……。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お」

 

「あ」

 

 10時になる少し前。そろそろかと待ち合わせ場所へ行くと、ちょうど本音も今来たところだった。着ぐるみっぽい私服と大きめな鞄が、本音の小ささを際立たせている。

 

「えへへ〜。気が合うね、私達」

 

「そうじゃな。さ、どこへ行こうか」

 

 そんなことを話しながら、学園発の電車に向かう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 本音に連れられるまま着いたのは、公園だった。日曜日だというのに人通りは少なかった。

 

「近くに桜並木と河川敷があるから、この時期は皆そっちに行っててここは静かなんだ〜」

 

「なるほどの。しかし良かったのか?買い物とかでなくて」

 

「友達といっぱい行くからへーきだよ。今日はぎんぎんと一緒だから、特別♪」

 

 そう言う本音の笑顔は、いつもより魅力的に感じた。デートという雰囲気がそう見せておるのだろうか。

 

「き、今日はいい天気だの。とりあえず散歩でもするか」

 

 顔が熱を持つのを感じて、急いで本音から顔を背けた。

 

「よ〜し。お散歩しながら近くを探検だ〜」

 

 そうしてワシらはしばらく公園の中を散歩して回った。煉瓦造りの地面がモダンかつレトロな雰囲気でとても落ち着く。いい公園じゃ。

 

「さて、一通り回ったかの」

 

 かれこれ一時間程回り、ワシらは近くのベンチに座った。

 

「楽しかったね〜♪」

 

「うむ。そろそろ昼飯時じゃな。近くに飯屋は……」

 

「あ、待って!じゃじゃ〜ん!」

 

 本音は持ってきた鞄から風呂敷包みのものを2つ取り出した。

 

「なんとお昼ご飯を作って来たのでした〜!びしびし!」

 

「ほう。春の公園で弁当か。ええの」

 

 しかも女の子の手作り。本音のお手並み拝見だの。

 

「それじゃ、お〜ぷん!」

 

 弁当箱を開ける。エビフライ、唐揚げ、金平牛蒡、ひじきと、比較的オーソドックスな献立であった。

 

「おお!どれも手が込んでいそうだの。では、いただくとしよう」

 

 手を合わせ、箸を持つ。まずは、エビフライから。

 

「うむ!衣とエビのバランスが良く、食感が素晴らしい!美味いぞ!」

 

「えへへ♪ぎんぎんコメンテーターみたい」

 

「次は唐揚げ……うむ!味が染みて、噛むほどに旨味が出るのう!本音。お主料理上手いんじゃな!」

 

「料理は女子力だからね〜♪一杯頑張ったんだよ〜」

 

 こうして楽しい昼食のひと時を過ごした。

 

「あ、そうだ!この近くに新しい喫茶店がオープンしたんだって!後で行ってみようよ!」

 

 しばらくして、本音が思い出したように手を叩いた。

 

「う、む……。そうじゃな……」

 

 満腹になり、瞼が重くなる。

 

「……ぎんぎん。やっぱり昨日の疲れがちょっと残ってるね〜。よし!」

 

 弁当箱を鞄に仕舞い、本音は膝をぽんぽんと叩いた。

 

「さ、ぎんぎん!膝枕してあげる」

 

「おお、スマン。それじゃ、ちょっくら失礼して」

 

 本音の膝枕に頭を乗せる。と言っても、着ぐるみっぽい服装のせいで、本当に枕みたいにしか感じなかった。

 徐々に微睡みの中に意識が溶けていく。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「すう……すう……」

 

「もう寝ちゃった。やっぱり疲れてたんだね〜」

 

 本音はそう言って刃の頭を撫でる。

 

「…………」

 

 本音は昨日のことを思い返していた。今でも少し痛みが残る右足。あの時、とても心細かった。

 

(でも、ぎんぎんを見つけた時、すごくほっとしたんだ〜……)

 

 自分の膝で眠るヒーローを見て、本音は微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 そう言って、本音も春の陽気に微睡んだ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……いやぁ、よく寝たわ」

 

「……おはよう、ぎんぎん」

 

 目を覚ますと、本音の寝顔が目の前にあって何事かと思った。時計を見ると、15時を少し過ぎておった。

 

「ちょうどいい時間じゃの。さっき言っとった喫茶店に行ってみるとするかの」

 

「うん〜♪」

 

 喫茶店では他愛も無い雑談で盛り上がった。時間はあっという間に過ぎ、夕方になった。

 

「今日は楽しかったの。良かったらまた誘ってくれると嬉しい」

 

「ほんとに〜?やった♪またぎんぎんの好感度が上がったね」

 

 帰りの電車の中で、本音はグッとガッツポーズをした。

 

「しかし、次は遠くなるのう……」

 

 この後に3人とデートの約束が。よく考えなくても最低の女たらしだの。

 

「私、ずっと待ってるよ」

 

 本音はそう小さく呟くと温かい笑みを浮かべた。先程と同じ、とても魅力的な笑顔だった。

 

 ワシらが乗っている車両には、他に誰も乗っていない。

 

「……本音。これは一応、デートなんじゃよな?」

 

「え?うん。どうしたの急に?」

 

「デートの締めというものが要るのではないか?」

 

「!そ、それって……」

 

「ほら、一回だけじゃぞ。ワシも緊張して一杯一杯じゃからの」

 

 本音の肩を抱き寄せる。

 

「…………あ」

 

 真っ赤な陽射しが、二つの影を小さく照らしていた。




……という訳で、すげー中途半端ですがここで一旦区切ります。
続きは来月か来週か。どちらにせよあまり遠くはないと思いますので、気楽にお待ち下さい。
次回予告
もうやめて!セシリアのお嬢様育ちの金銭感覚で、超一流ブティックに連れてかれたら、親の仕送りだけで成り立ってる刃のサイフまで燃え尽きちゃう!立って刃!ここで倒れたら、楯無さんや簪との約束はどうするの?お店はまだ残ってるんだから!
次回【柳 刃死す】
デュエル、スタンバイ!


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第18話

のワの<お待たせ


「し、死ぬ……」

 

 翌週の土曜日。織斑先生の地獄レッスンに耐え抜き、ワシは寮の廊下をゾンビのように歩いていた。

 

「あ、あら。刃さん。大丈夫ですの?」

 

 セシリアがワシを見つけるなり心配そうな顔で話しかけてきた。

 

「おお。セシリアか。うむ。人間とは大した生き物でな。6日もこんなことが続けば慣れてしまうのじゃよ。とりあえず明日までには万全にしとく」

 

 明日はセシリアと買い物デートじゃからの。荷物持ちをさせられる未来がありありと目に浮かぶ。

 

「そ、そうですわね!私とデートできる男なんて世界中探しても片手の指で足りてしまう程しかいらっしゃいませんわ!全身全霊のエスコート、期待しておりますわよ!」

 

 セシリアはそう言ってビシッと指をさす。えらく期待されとるらしい。これは命を懸けねばならぬやも知れんな。

 

「おう!期待して待っとれよ!では、明日の10時半にエントランスでの」

 

「ええ!10時半に!」

 

 ワシも力強くガッツポーズで応える。その後セシリアはどこぞに用があると言ってそそくさと去って行った。明日の準備であろうか。ワシは自室に戻り、シャワーを浴びて軽くストレッチをした。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふ、ふふふふふ……」

 

 生徒寮:廊下の一角。

 不気味な笑い声が辺りに響く。セシリアだ。膝の上には小包のダンボール箱が乗っている。

 

「明日、刃さんと……ふふふふふ……」

 

 セシリアは明日の刃とのデートに期待と興奮を抑えきれなかった。普段の上品な振る舞いはどこへやら、悪だくみをする魔女の如く下品な笑みを浮かべている。

 

(聞くところによると、布仏さんはデート後のテンションがMAXを突き抜けていたそうではありませんか。試しに問いかけても『秘密〜♪』と言って取り合ってくれませんでしたが、アレは絶対に何かありましたわ!そう!ナニか……)

 

 そこまで思考を進め、不意にセシリアは自分の顔が熱くなる程赤くなるのを感じた。

 

「い、いやですわ!私ったらはしたない!コレはそんな目的のために本国から取り寄せた訳ではございませんのに!ございませんのに!」

 

 セシリアは誰にともなく言い訳っぽく説明し、大事なこと?を二回言った。

 

「明日、明日ですわね……」

 

(まさか、IS学園に来て殿方に惚れてしまうなんて……。不思議な感覚ですわね)

 

 セシリアは刃のことを考えていた。

 

『ほれ。飯がまだなら一緒に食べながら話そうぞ』

 

『これから高め合っていこうぞ』

 

『安心せい。お主は強い』

 

「…………本当、不思議な人」

 

 彼が差し伸べる手を思わず取ってしまう。

 彼の笑顔に、とても安堵してしまう。

 彼の幸せが、自分の幸せのように感じる。

 

「……好き、なのですわね」

 

 彼のことが。間違いなく。

 想いを再認識すると、鼓動が一際強く脈打つ。セシリアはそんなときめきにしばらく身を委ねていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「……うむ。疲れや凝りは一切ない。完璧じゃな」

 

 翌朝。肩を回したり脚を回したりして異常がないか確認する。

 整地用のトンボをロープで腰にくくりつけて全アリーナを地ならししながらウサギ跳びをさせられた割には快復したと言えよう。……アレ?ワシまだ人間?人間でいられてる?

 

「っと。下らんこと考えとらんで準備せんとな。セシリアは……朝飯にでも行ったのか。時間は……」

 

 AM 08:30

 

「まだまだあるな。よし!抜かりのないようしっかり準備しよう!」

 

 セシリアとのデートじゃし、財布の中身は特に気を遣わんとな……。ええと、確かタンス預金がいくらか……。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 AM08:30

 

「流石に早過ぎましたわね……」

 

 セシリアは腕時計で時間を確認し、自嘲気味にため息を吐いた。

 

「でも、遅れるよりはずっといいはずですわ!ああでもでも!初デートで重い女だと思われてしまうかも……?うぅ……刃さんはそんなことを思う人ではないはずですわ!」

 

 セシリアは寸劇のように心の内を声に出し、百面相する。周りの女子生徒がそれを聞きつけてざわつく。

 

「えぇ!?柳君セシリアとくっついちゃったの!?」

 

「ショック……。織斑君もいいけど、柳君のがしっかりしてて頼れる感じがして良かったのにー」

 

「代表候補生相手じゃ勝ち目ないよー。儚い恋だった……」

 

「でもちょっと待って!先週一組ののほほんちゃんが柳君と二人で出かけてたという目撃情報が!」

 

「じゃあ、まだ私たちにもチャンスがあるってこと!?」

 

 女子生徒達が一斉に色めき立つ。

 

「そこの外野!うるさ過ぎですわよ!」

 

 セシリアは堪らず憤慨した。そんなセシリアの怒りも、恋する乙女のラブパワーにはどこ吹く風だった。

 

「はぁ……。このままですと刃さんにも迷惑がかかってしまいますわね。集合場所を変更するように連絡しましょう」

 

 セシリアは一段と大きなため息を吐き、携帯を取り出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 〜♪ 〜♪

 

「むぉ?」

 

 朝食の山かけ鉄火丼を頬張っていると、突如携帯が鳴りだした。タイミング的にセシリアじゃろうか?

 

『他の生徒達に集合場所を嗅ぎつけられてしまいました。つきましては集合場所を変更したいと思うのですが、いかがでしょうか?変更内容は私に一任していただいて結構ですので』

 

 あー……うん。そういう時の嗅覚と結束力は半端ないからの、ここの生徒達は。

 

「えーと……『構わん。任せたぞ』と。これじゃまるで主君と従者じゃな。セシリアが従者……ナイナイ」

 

 苦笑しながら送信を確認し、再び箸を取る。朝から豪勢な食事なのは、セシリアのセンスに少しでも自分を補正するためでもある。ただ食べたかっただけとも言う。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 AM10:15

 

「ここか?右回りの3つ目の駅」

 

 メールで指定された場所に着き、キョロキョロと辺りを見回す。埠頭が近いのもあって、見晴らしが良く、潮風が心地よい。

 

「柳 刃様ですね?」

 

 背後から声が聞こえ、振り返る。そこにはメイド服姿の女性がこちらを見ていた。

 

「確かにワシは柳 刃じゃが……貴女はもしやセシリアの?」

 

「はい。オルコット家、もといセシリア様の専属メイドのチェルシーと申します。以後お見知り置きを」

 

 チェルシーさんはそう言ってお辞儀をする。ワシもつられてお辞儀を返す。

 

「それで、あの、セシリアは?」

 

「こちらに。私についてきて下さい」

 

 チェルシーさんの後に着いて歩くと、一台の車があった。セシリアが待っているからてっきりどうやって公道を曲がるのか分からない長いリムジンとか高級な外車かと思っていたが、CMなんかでよく見る一般車だった。

 

「今回の目的は人目を避けることですので、高級車やリムジンのご用意は控えさせていただきました」

 

 うぐ。心を読まれとる。というより、一般人から見た金持ち像を良く理解しているといった風か。

 

「まあ少しだけ期待しました。が、事情が事情故致し方ありますまい」

 

「ご理解いただけて何よりです。さ、中へ」

 

 ……しかしチェルシーさん。貴女の格好、めちゃくちゃ目立ちますが。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お待ちしておりましたわ」

 

 車に入るとセシリアがいた。後部座席の奥側に佇むその姿は国産普通車の内装をリムジンレベルにまで昇華できそうな華やかさだ。

 

「うむ。波乱のスタートじゃが、これから挽回していこう」

 

「ええ!それにしても、日本車というのも悪くはありませんわね。コンパクトでありながら中は広々としておりますもの」

 

 おお!セシリアにも庶民センスが!

 

「隣、座るぞ」

 

 とりあえずワシが乗り込まんことには車を出せない。

 

「は、はい!どうぞ!」

 

「そんなに緊張するな……む?」

 

 セシリアの隣に座ると、何やら甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 

「これは……カミツレ、か?」

 

「流石刃さんですわ!その通り!これは私がイメージキャラクターを務めている本国の香水メーカーの最新作!日本で最初にこの香りを楽しめるのは私と刃さんだけですわ!」

 

 セシリアは気付いてくれたのがよほど嬉しかったのか、鼻息を荒くして熱弁する。

 

「なるほどの。香水、か……」

 

 セシリアへのプレゼントリストから香水は消しておこう。どうしても見劣りするじゃろうしな。

 

 

 

 

 椿屋百貨店。日本では百貨店と言えばほとんどの人がここを想像する国内最大規模の百貨店。正直庶民にはニュースで紹介されるのをボケーっと見るか実際に行って人の波に弄ばれるくらいしか縁がない場所だが。

 

「久しぶりじゃな、ここも」

 

「あら?以前に来たことが?」

 

 車を降り、チェルシーさんにお礼を言って店に入る。

 

「……まあの。ここの社長が」

 

「刃!刃じゃねえか!?全然顔も見せずに連絡もしやがらねえでこの野郎!元気そうじゃねえか!」

 

「……ワシの叔父なんじゃよ」

 

 何故ワシの居場所がバレた?あ、監視カメラか……。

 

「ハッハッハ!また綺麗な彼女を連れて!フン、デートかよ?」

 

「こ、この方が刃さんの叔父様……」

 

「ああ。ワシの叔父の椿 龍之介(つばき りゅうのすけ)じゃ」

 

 相変わらずだの。もみあげと繋がったシャープな顎髭。乱暴なオールバックはどこぞのヤンキーかと思わせる。その癖スーツだけはビシッと着こなしてるせいでついたあだ名が「雑コラ社長」とは、我が叔父ながらなんと言ったものか……。

 

「よろしくな嬢ちゃん!しかし刃もちゃっかりしてんな!女の子だらけのIS学園に行かせただけはある」

 

「黙れスケベオヤジ。デートの邪魔じゃからあっちへ行け」

 

 しっしっと手を振って追い払う。

 

「ちぇっ。付き合い悪い奴。と言いたいとこだが、叔父としてここは遠くから見守っていてやろう!じゃあ、当店でのお買い物をお楽しみ下さーい!」

 

 叔父はそう言うと店の奥へと消えていった。遠くからって、監視カメラで見てるということかの。趣味の悪い……。

 

「さて、邪魔が入ったが気を取り直して行くぞ、セシリア」

 

「え、ええ。せっかくの刃さんとのデートですもの!この程度の障害、物の数に入りませんわ!」

 

「うむ、よう言うた!行くぞ!」

 

 波乱続きのスタートであったが、とりあえずデートを始めることができそうじゃ。

 デート……。今更じゃが、緊張してきた。しっかりエスコートできるんじゃろうか……?

 

 

 

 

「刃さん!次行きますわよ次!」

 

「うーい……」

 

 はい。予想通りでした。イキイキするセシリアとは対照的にワシのテンションは右肩下がり。手には山のような紙袋と箱が。どこの昭和夫婦じゃ。ちなみにチェルシーさんは気を利かせて車で待っていてくれるそうな。わざわざイギリス本国から来てくれたのに、申し訳ないのう。

 

「しかし、店の気に入ったものを棚単位で買っていくとは……改めてセシリアの金銭感覚は半端ではないな」

 

「まあ!素敵なサマーセーター!ここからここまで全部いただきますわ!」

 

 おお。本当に言う奴初めて見た。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 店員のお姉さんも驚き半分嬉しさ半分でラッピングを開始する。今日何回目の光景じゃろうか?

 

「セシリア。とりあえず一通り見回ったし、そろそろ昼食にしよう」

 

 時計を見ると13時を過ぎている。

 

「そうですわね。では、ランチに致しましょう。どこかご予約なさっていますの?」

 

「安心せい、抜かりはないわ。ここの最上階のレストランを予約してある」

 

 今思えばその時点で叔父にはバレててもおかしくはなかったか。ワシも迂闊じゃったな。

 

「まあ素敵!では早速向かいましょう」

 

 セシリアは意気揚々とエレベーターに向かう。……少しは荷物持ってくれんかの?男の仕事?トホホ……。

 

 

 

「良い眺めですわ」

 

「うむ。やはり30階ともなると見晴らしが違うの」

 

 料亭 一髪菖蒲(いっぱつしょうぶ)

 余りの美味さに髪の毛一本一本から菖蒲の花が咲く程美味い、というコンセプトらしい。なんじゃそら。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店に入ると、落ち着いた様子の若い女性店員が声をかけてきた。

 

「予約していた柳ですが」

 

「柳様。お待ち申し上げておりました。こちらへどうぞ。お荷物はお預かりしますね」

 

 おお。ありがたい。流石に店内であの量を持ち歩くのは忍びないと思っていたところ。

 

「ありがとうございます。さ、セシリア。予約席は一番窓際じゃ」

 

「ええ。エスコートしてくださる?」

 

 セシリアはそんなことを言いながら澄ました笑顔で右手を差し出してきた。やりなれているのか、余裕がある。

 

「喜んで、お嬢さん」

 

 たどたどしく手を取り、席へと連れる。無駄に注目を集めたが、頑張って無視する。

 

「及第点ですわね。次はもっと自然体でお願いしますわ」

 

「これは手厳しい。日本の高校生にあまりレベルの高い要求はせんでくれ」

 

「「……ふふっ」」

 

 そんなやりとりがおかしくて、つい吹き出してしまった。セシリアも同時に笑う。

 

「さ、堅苦しいのはやめじゃ。今日はセシリアのために特別メニューにしたぞ」

 

「まあ!それは楽しみですわ」

 

 こうしてセシリアと日本の割烹料理に舌鼓を打った。セシリアはこの日のために猛練習したらしく、たどたどしくも中々の箸捌きだった。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 

「ごちそうさま」

 

「ごちそうさまでした。和食というのも良いものですわね」

 

「そうじゃろ?特にここのは格別じゃからな」

 

 そう言って食後のコーヒーを啜る。

 

「うむ。和食の後にコーヒー。ハイカラじゃな」

 

「そ、そう……なんですの?日本の文化は奥が深いんですのね」

 

 セシリアはやや困惑気味にそう言いながら紅茶を飲む。セシリアに紅茶。うむ、しっくりくる。

 

「そう言えば」

 

 しばらく二人で食後のひと時を過ごしていると、セシリアが不意に口を開いた。

 

「先程の刃さんの叔父様のことですが……」

 

「む?どうかしたか?」

 

「いえ。その、刃さんをIS学園に『入れた』ようなことを仰っていたのが気になって……」

 

「……なるほど。さて、何から話したものか……」

 

 コーヒーカップを置き、しばし逡巡する。

 

「ワシが山奥の村から来たのは前に言ったな?周りがジジババばっかりでこんな喋り方が身に付いてしまった、と」

 

 セシリアが頷く。

 

「両親の仕事の都合でな。ワシは母方の祖父母の家に厄介になっとったんじゃ。中学までは地元の分校で事足りたが、高校はどうしようかという話になったところで出てきたのが母の兄、つまりあの叔父じゃな」

 

「なるほど。高校進学の支度金を賄って下さったのですね」

 

「そうじゃ。昔からよく面倒見てくれての。その上武術マニア。ワシが嫌がってもありとあらゆる武術を叩き込んでくれたわ」

 

「なるほど。それで徒手空拳、短剣、槍術と卒なく熟せていたのですね」

 

 セシリアが納得したように何度も頷く。

 

「色々あったが、しっかり高校に通えるのは叔父のおかげじゃな。ワシがISを使えるのは流石に予想外だったみたいじゃが」

 

「そうですわね。一夏さんといい刃さんといい、男性の身でありながらISを操縦できるのは貴重な才能ですわ。是非これからもその技量を高めていきましょう。お互いに」

 

 そういってニッコリと微笑むセシリア。ワシが以前に言ったことを改めて言われ、思わず苦笑した。一本取られたの。

 

「うむ。こうしてセシリアと共にかけがえのない時を過ごせているのも、ISのおかげじゃ。これからもよろしく頼む」

 

「まあ!かけがえのないだなんて……私も、同じ気持ちですわ」

 

 セシリアが上気した顔で答える。

 互いに言葉が切れ、視線だけが結ばれる。

 ゆっくりと、昼下がりの時が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 昼食を終え、店を回るだけ回ったワシらは次の予定を企てていた。

 

「チェルシーさんを待たせるのも悪いし、少しドライブでもしてもらうか?」

 

「あ!そ、そうですわね。チェルシーに待たせるだけというのも悪いですものね」

 

 ……忘れておったなコイツ?ジトっと視線を飛ばすと「おほほほ」と笑って誤魔化した。恋は盲目という奴か。

 

「とりあえず車に戻るとするか。バカ叔父に見られてるのも気に食わんしな」

 

 しかしこの荷物があの車に乗る……訳ないしの。

 

「ああ。荷物のことでしたらお構いなく。別の車に運ばせるよう手配してありますわ」

 

 流石に周到じゃったか。お言葉に甘え、オルコット家のメイド群に荷物を任せる。

 

「よくお楽しみになられましたか?」

 

 車に乗るとチェルシーさんが尋ねてくる。

 

「はい。わざわざ気を遣っていただいてどうも」

 

「いえいえ。セシリア様と交際するということはアレが日常となるということを知っていただきたかったので」

 

 ああ。なるほどそういう。いい性格しとるわ。

 ややあって、軽くドライブを楽しませてもらうことに。食後の昼下がりということで睡魔が襲ってきたが、会話を繋いで耐えた。

 

「ふぁ……っと!失礼いたしましたわ」

 

 セシリアも眠気に必死に耐えていたようじゃ。2人して顔を見合わせて苦笑する。

 

「良い天気じゃ。眠気覚ましに散歩するのも悪くないかも知れん」

 

「そうですわね。チェルシー」

 

「は。近くに一帯を見渡せる丘があります。高台までは歩道ですので、お歩きになられてはどうでしょうか?」

 

 ワシもセシリアも賛成し、丘へ向かった。チェルシーさんは例によって車で休憩。

 少し歩いて、すっかり眠気も覚めた頃、丘の高台に着いた。町の様子を一望できる光景。

 

「……って、さっき似たようなの見たの」

 

「ですわね。うふふ。ですが、ここから見えて先程見えなかったものが」

 

 セシリアが指差す先には椿百貨店があった。料亭がある30階はここからでもやや見上げるほどかも知れんな。

 

「ただ高みにいるだけでは見えないものがある。そう教えてくれたのは刃さんでした」

 

 セシリアが不意に話題を振る。この数ヶ月でセシリアも大分丸くなった。きっとそのことを言っとるんじゃろう。

 

「それが自分の立っていた所というのもミソじゃな」

 

「違いありませんわね。私、1人でオルコット家を背負っていたつもりでした。しかし刃さんと出会い、一夏さんとも闘い、色々と経験する内に男性というものの見方が大きく変わりましたわ。お抱えの召使いの中にも男性は多くいて、その方々への感謝を忘れていたことを思い出しました。私は独りじゃない。支えてくれる方がいて初めて私はセシリア・オルコットなのだと、そう思えるようになりました」

 

「むう。そこまで深く考えておったとは……じゃが、その智慧はやはりセシリアの今までの努力が掴み取ったものじゃ。お主は今まで通りのお主でええ。今まで通りのお主がいい」

 

 ゆっくりと。しかし確実に。セシリア・オルコットという器が大きく深く成っていくのを肌で感じる。将来どれ程の大物になるか、楽しみじゃのう。

 

「刃さん……」

 

「セシリア……」

 

 青く、蒼く、碧く輝く瞳に吸い込まれるように魅入った。その光が愛おしくて、思わず肩を抱き寄せた。

 

 

 ☆

 

 

 

 しばらく2人で過ごし、チェルシーさんを待たせていたのを思い出して急いで車に戻ってきた。

 

「すみません。待たせてしまいましたの」

 

「いえ。高台の景色はどうでしたか?」

 

 チェルシーさんがいたずらっぽい笑みを浮かべながら尋ねる。恐らく他のナニかを訊いておるのじゃろうが……。

 

「それはそれは、絶景でしたぞ」

 

「それは何よりです。では、IS学園へ戻りましょうか」

 

「?チェルシー、やけに嬉しそうですわね。何かあったんですの?」

 

 2人の会話はセシリアにギリ伝わらなかったようじゃ。セーフセーフ。

 こうして楽しいひと時はあっという間に過ぎた。IS学園には堂々と2人で帰った。当然来るであろうパパラッチには織斑先生バリアで対応して貰う。特訓10倍の対価は決して安くなかったが。

 

「刃さん。本日は楽しいひと時をありがとうございました」

 

 就寝間際、真っ暗になった寝室でセシリアが語りかけてくる。

 

「うむ。ワシも良い時を過ごさせてもらった。また機会があったら行きたいの」

 

「光栄ですわ。えっと……その、また明日から訓練の日々が始まります。お互いに頑張りましょう」

 

 ん?セシリアが何か言いたそうにしておる。

 

「どうした?何か言いたいことがあるのではないか?」

 

「いえ!その……うぅ……」

 

「遠慮せず言ってみい」

 

 今更何を遠慮することがあるのか。そう言ってしばらくすると、意を決したようにセシリアの布団がガバッと舞い上がった。ずんずんとセシリアがこちらに歩み寄ってくる気配がする。

 

「きょ、きょきょきょ今日は一緒のベッドで寝ても構いませんでしょうか!?」

 

「構います!超構います!」

 

 意外な核弾頭が落ちてきた。いくらなんでもデート当日の夜に同衾というのは……。

 

「構ってくれるんですのね!では、遠慮なく」

 

 あ、コイツ日本語を都合よく解釈しくさって……。

 

 ファサ

 

 背後から聞こえる衣摺れ。掛け布団が押し上げられる感覚。そして、セシリアの温もりが背中のすぐ近くに感じられた。マジかよ。

 

「べ、別にえっちなことをするつもりではなく……その、眠ってしまうまでに、今日が終わるその時まで、刃さんを感じていたくて」

 

 ……それはあまり意味が変わらん気がするが。しかし疚しい気持ちがないなら別にいいか。

 

「では、手を繋いで寝るとするか」

 

 アカン。見えてないとは言え顔が真っ赤になっとる。セシリアも多分……。

 

「は、はい!よろしくお願いいたしますわ!」

 

 セシリアが握手を求めるように手を伸ばす、気配がする。手探りでセシリアの手を見つけ、握る。

 

「っあ……」

 

 セシリアの甘い吐息が耳に溶け込む。安眠とは程遠い心持ちで、やがて眠りに就いた。空が微妙に白かったのは覚えている。




砂糖吐きそうなラブラブ展開になりました。
次回は……みんな大好きな【彼】の登場です


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第19話

いきおい>のワの


「転校生?」

 

セシリアとのデートから数日。クラス全体が妙に色めき立っているのを感じ、本音に理由を訊いてみる。何でも、転校生が来るそうな。

 

「りんりんに続いて、この時期に珍しいよね〜。よっぽどIS適性の高い人なのかな〜?」

 

「だとしても4月に学園に来ていれば良いのに。……波乱の臭いがするのぉ」

 

鈴のように自分から入りたいと思って転校してくるのなら良いが、他者に何らかの謀があって入れられたのならば……。邪推は止そう。

 

「席に着け。ホームルームを始める」

 

時間になると織斑先生が教室に入って来るなり一喝する。心なしかいつもより緊張しているような。

 

「耳の早い諸君のことだ。既に聞いているだろうが、今日からこのクラスに転校生が来ることになった」

 

噂が真実になったとあって、クラス内が沸く。

 

「静まれ莫迦共!さ、入れ」

 

教室のドアが開き、2人の生徒が入ってくる。

2人もか……。

先に一歩前へ出たのは金髪の……?

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」

 

「キャー!また男子ー!」

 

「しかも織斑君や柳君とは違うタイプ!守ってあげたくなる小動物タイプ!」

 

「三つ巴……否!三角関係!面白くなってきたわ!すぐに各所に連絡を!」

 

「…………」

 

男、ねえ。まあワシが疑う立場ではないが。

 

「もう満足したか?では2人目だ。ラウラ、自己紹介しろ」

 

織斑先生のひと睨みで教室に静寂が戻る。続いて眼帯を付けた銀髪の少女が前に出た。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

……それだけか?

 

「ええっと……それだけですか?」

 

居た堪れない沈黙に山田先生が思わず突っ込む。

 

「以上だ」

 

ラウラはそれだけ言うと元の位置に戻り、腕組みをして黙り込んだ。教室内をキョロキョロと見回している。

 

「!貴様が……」

 

ラウラは一夏を視界に捉えるとズカズカと目の前まで歩み寄る。

 

「?」

 

バシーン

 

間抜け面の一夏の頰にラウラの平手打ちがクリーンヒットした。アイツ何人の女に引っ叩かれれば気が済むのかの。

 

「私は貴様を認めない……!」

 

ラウラは一夏に全霊の怨嗟を込めた眼差しをぶつける。一夏よ、本当にこの子に何をしたんじゃ。

 

「よせラウラ!……戻れ」

 

織斑先生がラウラを制する。なるほど、緊張はこのためか。

こうして新たな男子生徒の登場に喜ぶこともままならない空気で朝のHRは過ぎていった。

 

「織斑、柳。デュノアの面倒を見てやれ」

 

織斑先生はそれだけ言うと半ばラウラを遠ざけるように足早に去って行った。

 

「珍しいの。織斑先生があそこまで取り乱すとは」

 

「そうだな。千冬姉らしくない感じだ。あのラウラって子と何かあったのかな?」

 

「さあな。にしても……ぷぷっ」

 

一夏の頰を改めてみる。最近見慣れた紅葉マークがくっきりと浮かんでいた。

 

「だーはははは!お主、ここに来て何回張り手されればええんじゃ?いっそ学園の生徒全員に引っ叩いてもらったらどうじゃ?」

 

「野郎……他人事だと思って」

 

一夏は恨めしそうにワシをジッと見つめる。

 

「あ、あの……織斑 一夏君に柳 刃君だよね?改めてよろしく」

 

会話に入り込むようにシャルルが自己紹介を挟む。そう言えば面倒を見てやれと言われとったか。

 

「おう。っと、次は実習か。急がないとな。新入りも入ったことじゃし、恒例のアレやるかの?」

 

「ああ。今日から3人だしな」

 

「アレ?」

 

教室を出て、廊下に横一列で並ぶ。シャルルも何となく倣う。

 

「ビリになった奴が……」

 

「全員にジュース……」

 

「「奢り!」」

 

そのセリフを合図に、同時にスタートを切った。

これは実習前のワシと一夏の間で自然と出来た競走。そこそこ遠い男子用の更衣室として用意されたアリーナ控え室。そこまでダッシュしていたらいつの間にやら競走になっていた。

ちなみに12戦12勝。ジュース美味しいです。

 

「始まったぁ!」

 

「私、柳君!」

 

「織斑君今日こそ頼むよ!今月のお小遣い全ぶっぱだ!」

 

「私はダークホースデュノア君!頑張ってー!」

 

賭けるな賭けるな。ワシらは駆けとるだけじゃ。賭けとるけど。

 

「え?え?」

 

シャルルは完全に置いてけぼりとなりぽかんと口を開けて立ち尽くす。

 

「早うせい!見失ったら場所も分からなくなるぞ!」

 

スタートしてしばらくは真っ直ぐだが、途中何度か角を曲がる。最短ルートは2種類あり、スタート位置によってどちらがどのルートに行くかは自然と決まっていた。

 

「そ、そんなあ!待ってよ〜!」

 

シャルルはやや遅れつつも駆け出した。中々のスピードじゃな。

 

「一夏!2秒ハンデをやろう!ワシはシャルルを連れてく!」

 

「余裕かましやがって!負けても文句なしな!じゃあシャルル!悪いけど先行くぜ!ちゃんと刃についてこいよ!」

 

一夏はそう言ってシャルルをチラッと見ると再び走り出した。お人好しめ。

 

「ほい、追いついたの」

 

シャルルが追いつくと、そのままの勢いでシャルルの膝の裏と背中に手を回す。観戦していた女子から歓声と喝采が沸く。

 

「きゃ、わあっ!な、何するんだよ!?」

 

「はっはっは!鍛錬鍛錬!それに、お主の泣き出しそうな顔が見えたしの」

 

「な、泣いてなんか!ただちょっと置いてけぼりでびっくりしただけだよ!」

 

シャルルは頰を膨らませてそっぽを向く。可愛い奴め。このまま一夏を追い抜くとしようか。

 

 

 

 

 

 

(お、お姫様抱っこ……)

 

シャルル・デュノアは刃の腕の中で気が気ではなかった。

突如始まった徒競走。何やらジュースを賭けているらしい。自分はついていかないといけない。

様々な事態が同時かつ高速で発生し、シャルルの思考は一瞬真っ白になった。そして反射的に走り出すと、待っていてくれた刃に突然お姫様抱っこをされた。

 

(うん、見事に訳がわからないや)

 

シャルルは処理を停止させ、がっくりと刃の腕に体を預けた。

 

(刃君の……男の人の腕)

 

意識すると、顔の発熱を止められなかった。その様子を見ていた一部の女子が卒倒したというのはどこ吹く風であった。

 

 

 

 

 

 

「これで13戦13勝じゃの」

 

「なんで人抱えてて俺より速いんだよ!」

 

アリーナ控え室。ISの実習訓練でISスーツを着替える為の男子更衣室として非常的に用意されたその部屋で、男3人が暑苦しく着替えていた。

 

「アホウ。鍛え方が違うわ」

 

いやマジで。まさか勝てるとは思わなんだ。織斑先生の特訓の成果か……。大丈夫、まだ人間まだ人間。

 

「いやあ、アレは乗り物の感じだったよ。車とかそういう」

 

「そんな馬力は……出てないよな?」

 

「知らん!俺は拗ねてやる!」

 

あらら。これが圧倒的な脚力の差というものか。

 

「くすくす……一夏君ったら子どもみたい」

 

シャルルがそんなやり取りを見て無邪気に笑う。それだけでその場の空気が柔らかくなるのを感じた。

 

「君なんて付けなくても、一夏でいいぜ」

 

「ワシも君付けはこそばゆい感じがするの。刃で良いぞ」

 

「うん!一夏に刃!改めてよろしくね!」

 

「「おう!」」

 

キーンコーンカーンコーン

 

「「「あ」」」

 

この後3人の脳天に拳骨が君臨したことは言うまでもない。



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第20話

しまった。シャルとラウラを同時に転入させてしまった。
まま、ええわええわ


 

 実習では転校生2人の専用機のお披露目会となった。題目上は実戦訓練前のエキシビションらしいが。

 

「これがラファール・リヴァイヴとシュバルツェア・レーゲンか……」

 

 ズキン

 

「ッ!?」

 

 突然の頭痛に頭を押さえて蹲る。

 

「大丈夫ですか?」

 

 セシリアが真っ先に駆け寄って心配してくれる。頭痛はすぐに治まった。

 

「ああ。心配かけたの。さっきの拳骨が思ったより深く効いたようじゃな!はっはっは!」

 

 適当に誤魔化して笑い飛ばす。周りもそれとなく納得してくれたようだった。

 

「さて。2人には1分ほど戦闘実演をしてもらう。各員安全な場所に退避。ラウラ、デュノア。準備をしろ」

 

「はい!織斑先生!」

 

「……はい!教官!」

 

 銀髪の……ええと、ラウラじゃったか?は渋々といった様子で頷き、シャルルと戦闘開始位置に立った。

 

「ラウラ、ラウラ……」

 

「?どうかしたか柳?」

 

 名前を覚えようと繰り返し復唱していると箒が声をかけてきた。

 

「いや、なんとなくラウラの名前を覚えられなくての。別段長い方ではないというのに」

 

「そう、か。織斑先生の拳骨とはそこまで恐ろしいものなのだな」

 

 箒は適当に解釈して独り合点していた。

 

「始めろ」

 

 織斑先生の合図で模擬戦がスタートした。ラウラ……は最初にレールカノン砲を撃ち、シャルルに対して威力のある長距離砲を意識させる。シャルルもそれを理解しながら武装を取っ替え引っ替えして応戦する。てか換装スピードが尋常じゃないの。

 

「オルコット。2人の機体について説明しろ」

 

 しばらく眺めていたら不意に織斑先生がセシリアに話しかけた。ラウラはレールカノンと徒手格闘に加えて鏃の付いたワイヤーのような武器でシャルルの攻め手を妨げる。終始一夏の方を意識しているようだった。

 

「はい。デュノアさんのISは第二世代型のラファール・リヴァイヴ。デュノア社製の第二世代最後発の機体で、ご覧いただいている通り豊富な装備で遠近を問わず柔軟に闘えます。デュノアさんが独自のカスタマイズを施しているように、ISが本来持つ『操縦者にフィットした性能になる』という特徴をより分かりやすく表現した機体だと思います。続いてボーデヴィッヒさんの機体、シュヴァルツェア・レーゲン。アレはドイツで開発中の第三世代型で、特殊兵装を複数搭載しています。私の入手したデータでは大型レールカノン砲、ワイヤーブレード、手刀タイプのプラズマ収束刀。そしてAICと呼ばれる慣性制御兵器。別名『停止結界』と呼ばれています」

 

 停止結界?また大層な名じゃな。

 

「ふむ。百聞は一見にしかず。ラウラ、AICを使ってみろ」

 

「!……は!」

 

 ラウラは不服と言った様子で一夏を一瞥し、掌をシャルルに向けて翳す。

 なるほど。敵対する者にあまり手の内は見せたくないということか。なんというか、軍人じゃな。ドイツ軍人……。

 

 ズキズキ

 

 イカンな。頭痛の波が引かん。保健室に行くか?しかしこのまま見ていたい気もする。

 ラウラの掌から特殊な空間が発生し、シャルルの放った銃弾を受け止めた。というより、銃弾が勝手に停止したように見える。なるほど、確かに停止結界という言葉がしっくりくる。

 

「刃、大丈夫かよ?すごい汗だぜ?」

 

 一夏が見兼ねて声をかける。そんなにか。これは当然拳骨なんかじゃ説明はつかんわな。一夏はピンピンしとるし、シャルルに関しては元気に戦闘しとる。

 

「心配はいらん。2人の戦闘が終わったら保健室へ行く」

 

 手短に伝え、観戦に集中する。と思ったところで1分経ったらしい。織斑先生が戦闘終了を命じた。

 

「柳。保健室へ行け。保健委員、付き添いを」

 

 織斑先生の声を聞いて気が抜けたのか、その場に膝を折った。ワシもまだまだ脆いのう。

 

「柳君大丈夫?肩貸そうか?」

 

 鷹月さんがしゃがんで覗き込んでくる。至近距離だとISスーツのせいでボディラインがモロに……なんて考える余裕はないか。

 

「すまん、頼む」

 

「私もお手伝いしますわ」

 

 セシリアがずんずんと駆け寄ってきた。今の視線を読まれたか?

 

「ダメだ。専用機持ちはこれからIS搭乗訓練をやってもらう。専用機持ち以外でIS搭乗時間が長いのは……篠ノ之か布仏か。布仏」

 

「はいは〜い!さ、行こうかぎんぎん」

 

 こうして鷹月さんと本音の手を借りて保健室へ向かった。身長差があってアンバランスな体勢になったが。

 

 

 

 ☆

 

 

 

(織斑一夏……)

 

 ラウラは模擬戦の後、ずっと一夏を睨みつけていた。そのナイフのような佇まいに周りは近付けないでいる。たった今戦闘したシャルルに関しては『小賢しい』程度の評価しか下していなかった。

 

(貴様がいなければ教官の最強の称号は揺るがなかった)

 

 モンド・グロッソと呼ばれるISの国際大会で、千冬は一度優勝している。しかし連覇のかかった第2回大会の決勝戦。千冬は不戦敗となった。

 公式には棄権とされているが、真実は一夏が誘拐された為救出に行ったからである。

 しかしラウラの言う『揺らぎ』とはこのことだけではない。加えて、姉としての織斑千冬を見てしまったことであった。弟の話をしている千冬は慈愛に満ちており、それはラウラが向けられたことのない表情だった。

 嫉妬した。そして、憎悪した。自分から最強の教官を容易に取り上げる男。

 

(許すものか……!)

 

 ラウラは静かに怒りの炎を逆巻かせていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ふざけるな!そんなことさせると思うか!?」

 

 怒号。どこからか聞こえてくる。女性の声。

 聞き覚えはある。最近聞いてないが、忘れる筈のない声。それ以外は何も見えない。感じない。真っ暗な空間で音声だけが再生されている。

 

「君に選択権はないのだよ、柳 京香博士。彼には利用価値がある。彼の武芸の才能。もしかしたら優秀な遺伝子情報を引き継いでいるのではないかね?加えて未成熟で発展途上。とても貴重なデータなのだよ。それに……」

 

 チャキ

 

 金属音。拳銃、だろうか?向けられている。誰に?

 

「……お姉、ちゃん」

 

「刃ちゃん!大丈夫!刃ちゃんは私が守るから……」

 

「駄目。お姉ちゃんを傷付けないで」

 

「……どうやら、弟さんのようが賢明なようですな?」

 

「くっ……畜生!畜生が!うわああああ!」

 

 吼える声。喉を潰す勢いで絞り出される慟哭。

 

 大丈夫。大丈夫だから。お姉ちゃんは俺が……

 

「ワシが護る」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ハッ!」

 

 目を覚ます。一面の白。保健室か。どうやら寝とったらしい。

 

「目を覚ましたかしら?すごくうなされていたようだけど?」

 

 保険医の先生がタオルを手渡す。顔や胸に溜まった汗を拭き取る。

 

「……なんだか、嫌な夢を見ていたような気がしたのですが」

 

 思い出せない。思い出さないといけない気がするのに。

 

「そう。疲れが溜まっていたんじゃないかしら?修行もいいけど、根を詰め過ぎても体に毒よ」

 

 先生はそう言って微笑む。ああ。確かに修行の内容は苛烈そのもの。疲れから変な妄想をしていたのじゃろうか?それにしては……。

 

「ほら、お昼休み始まっちゃうわよ。皆に元気な顔、見せてあげなさい」

 

 先生はそう言って退室を促す。先程のような頭痛はもうない。確かに元気そのものじゃ。そして授業が終わると保健室に雪崩れ込んでくる生徒の心当たりが複数。先生にこれ以上迷惑をかける道理もないな。

 

「そうしますかの。どうも、お世話になりました」

 

「ええ。お大事に」

 

 先生に挨拶し、保健室を出た。食堂と教室どちらに向かおうか迷っているとチャイムが鳴り、数秒しないうちに凄まじい足音がこちらに響いてきた。

 

「刃さん!?もうお体はよろしいのですか!?」

 

 セシリアよ。いつもの優雅さが消え、まるで猪のような猛ダッシュだったのう。

 

「ああ。心配かけたがもう大丈夫じゃ。心配してくれてありがとうの」

 

「でしたら宜しいのですが……っと、では今日のお昼ご飯は屋上へ行きませんこと?私、手料理を用意しましたのよ」

 

 よく見るとセシリアの手には確かに大きなバスケットがあった。セシリアの手料理か。

 

 ぐぅ〜

 

 おお腹の虫よ。興味を示したか。では、腹の鳴るまま気の向くまま。

 

「よし。ではいただくとしようかの」

 

 こうしてセシリアと共に屋上へ向かった。

 これが断頭台の罠とも知らずに……。



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第21話

ちまちま書いてたら5000字超えてた。
金髪に囲まれる刃に盛大な爆発をお贈りください。


 

 屋上には先客がいた。一夏、箒、鈴、シャルルだった。箒と鈴は分かるがシャルルは……一夏が連れてきたんじゃろうな。2人に同情の苦笑を贈っておく。

 

「あら。一夏さん達も屋上でランチを?」

 

「ああ。私が誘ったのだが……」

 

「た、大変ですわね」

 

 セシリアも苦笑で応えるのが精一杯のようじゃな。

 

「どうせなら皆で食うか。と言っても、男性陣は何も作ってきておらんが」

 

「仕方ないわよ。私らが勝手に作ってきたんだし。あ、刃は私の料理初めてだっけ?分けたげる」

 

「鈴の中華料理はどれも美味いんだ!刃も病みつきになるぜきっと!」

 

 一夏の一言で鈴の機嫌が良くなった。ニヨニヨとした顔でいそいそと紙皿に酢豚をよそう。

 

「他の皆は何を作ってきたんじゃ?」

 

「私は和食のものをいくつか……すまない。多めに作ってきたが全員で分けると少なくなってしまうな」

 

 箒はふたつの弁当箱をしょんぼりと見つめる。本来は一夏だけの為に作ったんじゃろうな。

 

「ふむ。ならばじゃんけんで勝った奴が箒の弁当箱にありつけるということにしよう。ちゅーわけで男性陣集合!」

 

 シャルルと一夏を招集し、じゃんけんを始める。シャルルはワシの計画を察知し、一夏の手元を注視した。

 

「じゃん……」

 

「けん……」

 

「ぽん!」

 

 結果は一夏の一人勝ち。一夏は先の競走での雪辱を多少は晴らせたのか「悪いな」と笑っていた。箒もそれを見てホッと胸を撫で下ろしていた。デカい。

 

「ジンサン?ドコヲミテイルノカシラ?」

 

「ドコモミテナイヨー」

 

 最近セシリアのワシの視線に対する感度がハイパークリアセンサー並になってきおる。

 それはさておき、箒の純情を無駄にせずに済んだ。ナイスシャルル。お互いにサムズアップで讃え合う。

 

「あ、ぎんぎん達だ〜」

 

 そんなことをしていると、屋上のドアが開き聞き慣れた声が。

 

「おう。いつもの3人か」

 

 ドアからひょっこり本音が。続けて相川さんと鷹月さん。

 

「鷹月さん。さっきはどうも」

 

「いいっていいって。私保健委員なんだし。それよりみんなでお弁当?私達も混ぜてよ!」

 

「あ〜〜、ワシは構わんが……」

 

 女性陣をチラリと見ると、諦めたように肩を竦めた。

 

「よし!では全員で食おう!ご馳走じゃな!」

 

「やった!ぎんぎんの隣げっちゅ〜♪」

 

「あはは、両手に花だね刃」

 

「じゃあ私等は……」

 

「デュノア君の両隣ゲット!」

 

 そう言えば綺麗に男1:女2か。全員が両手に花とは。楽しいランチになりそうじゃ。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 箒の計画した昼食は予想外の大所帯となった。しかし箒の胸中には、一夏と2人きりの時間を奪われた悲しみよりも強い感情が芽生えていた。

 

(こうして大人数で楽しく食事を摂るのは何年振りだろうか……?)

 

 箒は一夏と別れてからずっと孤独だった。

 重要人物保護プログラムによって箒は『篠ノ之束の関係者』として丁重に扱われた。それは箒を守るために束が渋々承認したものであったが、箒にしてみれば天才の姉がいるせいで一夏はおろか友人らしい友人を作ることも許されず全国を転々とした。

 しかしIS学園には特記事項というものが存在する。それによって箒は保護プログラムを外れ、IS学園という新たな機関に保護されるようになった。

 初めは寡黙で口下手な自分には同年代の女子のテンションが合わないだろうと箒は思っていた。実際、騒がしさに多少の煩わしさを感じる部分もあった。

 しかし、一夏と再会して全てが変わった。一夏がIS学園に来ることなど想像だにしていなかった箒は大層狼狽した。女性のみが操縦できるIS学園に、男性が。そしてそれが自分の初恋の人。まるで奇跡や運命のように吸い寄せられたのだ。

 この機を逃してなるものか。そうして一夏に振り向いてもらえるよう躍起になる姿は、同年代の女子のソレと遜色なかった。箒はいつの間にかクラスに溶け込むことができていたのだ。

 

(ありがとう、一夏。ありがとう、皆)

 

 箒の屈託のない眩しい笑顔に、一夏は人知れず心臓の鼓動を一拍速くしていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「まずっ」

 

 賑やかな昼食のひと時は、ワシの一言で破られることとなった。

 セシリアのサンドイッチを一口もらう。オーソドックスな卵サンドだった。

  しかし口に入れた瞬間、大量の羊羹を口に捻じ込まれたかのような不愉快な甘味に蹂躙された。いや、陵辱と言っていい。見た目とのあまりのギャップに、思わず口を突いて出てしまった。周りが「やべーぞ」という空気でワシとセシリアを見る。

 

「んなっ!」

 

 セシリアは立ち上がり、ひくひくと肩を強張らせる。余程自信があったのじゃろう。何故これで自信を持てたかは謎じゃが。

 

「なんかこう、甘い。尋常じゃないくらい。セシリア、これちゃんと味見したのかの?」

 

「そ、そんなもの必要ありませんわ!完璧な調理法を施せばそのような不要なプロセスは……」

 

「ん。食うてみい」

 

 そう言って卵サンドをセシリアの口に運ぶ。

 

「こ、これは間接キ……んっん!そこまで言うのであれば食べてあげないこともなくてよ!」

 

 セシリアは何事か呟くと卵サンドを食べた。しばらく誇らしげに咀嚼していると、みるみるうちに顔から血の気が引いていった。

 

「……な?」

 

 セシリアは力なく頷いた。その場にへなへなと座り込む。

 

「これは完璧な調理法を施して作ったとは思えんな。セシリアや。今後調理する時はワシが一緒に作ってやるから必ず呼べ。いいな?」

 

「はい……。こんな筈ではありませんでしたのに……でも、怪我の功名ですわね」

 

 セシリアはどんよりしていたかと思えば急に立ち直ってガッツポーズした。面白い奴じゃ。

 

「しかしこれだけ作って残すのは勿体ないの。これはワシが責任を持って食べようぞ」

 

「で、ですが刃さん!」

 

「食うかい?」

 

「いや、それは……」

 

 賢明な判断じゃ。ワシは懸命にこのサンドイッチのようなものを食すとしよう。

 

「この卵サンドあま〜い。確かに見た目に比べれば変だけど、そういうお菓子って思えば美味しいよ!」

 

 本音がいつの間にやらつまみ食いしていた。意外に好評のようじゃ。確かに甘菓子と捉えれば食えなくはないか。

 

「ほんとだ。見た目とのギャップでかなりビックリするけど味はそれなりだね。日本のアンコって奴に近いかも」

 

 なんとシャルルも一切れ齧った。勇者め。

 こうして一人、また一人とセシリアのサンドイッチに手を伸ばした。一夏が何気なく手に取ったトマトサンドは火を噴くような辛さだったとか。唯一マシだったのはチキンサンドじゃが、これも異様なまでのコク深い味だった。なんというか、ミソとデミグラスソースを足して2をかけたような味だった。味蕾が爆発し、脳がエンドルフィンをドバドバ出しているのが分かる。これが麻薬料理か。

 セシリアは終始申し訳なさそうにしつつも、徐々に減っていくバスケットを見て少し自信を取り戻した。

 

「今回は『少し』失敗してしまいたしたが、次回は皆さんの舌を唸らせる極上の一品を作ってみせますわ!」

 

 唸らせるというか、捻じ切らせる恐れが。

 

「ワシもついとるから安心せい皆の衆」

 

 全員がワシを憐れみの眼差しで見た。可哀想だけど、これから精肉されてお肉屋さんのディスプレイに並べられるのねって感じの目だ。

 各々の弁当箱が空になり、片付けを始める。一夏は箒や鈴に料理の感想をアレコレと言っていた。2人が上機嫌なのを見ると上手くいったらしい。よかったよかった。

 

「ねえねえ!今度はちゃんと待ち合わせしてさ!みんなでお弁当作ろうよ!」

 

 相川さんの提案に、皆も乗り気なようじゃった。特に箒。

 

「うむ!次は皆の分も作ってこよう!一夏にも大好評だったしな!」

 

「まだまだ中華のレパートリーはあるよ!皆を凰飯店の虜にしてあげるんだから!」

 

「うんうん!楽しみだね〜!」

 

 がやがやと会話しながら教室へ戻る。なんか、青春て感じがしてええのお。

 

「青春じゃなー」

 

「ぷっ!刃、今のなんかお爺ちゃんみたいだぜ?」

 

「僕もそう思った。刃って妙に老成した雰囲気あるし、本当はお爺ちゃんなんじゃないの?」

 

 失礼な。お主らと同じピチピチの15歳じゃ。

 まあ、人生経験は他人より豊富なような気はするが。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 午後の授業を終え、ホームルームの終わりに山田先生がセシリアに話しかけてきた。

 

「オルコットさん。お引越しです」

 

「はい?」

 

 セシリアは突然のことで呆気に取られる。ワシもさりげなく近付いて話を聞くことに。

 シャルルの部屋割りの為にセシリアは他の部屋へ移動になるのだとか。なんでも学園側がスペースを捻出してくれたのと、自宅の近い寮住みの生徒に無理言って部屋を空けてくれたのだとか。

 

「なんだか優遇されてるようで肩身が狭いですな」

 

「仕方ないですよ。オルコットさんはイギリスの代表候補生。柳君は日本で2人目の男性IS操縦者なんですから」

 

 日本で、か。我が国も必死だの。いや、一番気が気でないのはフランスさんか。

 

「とにかく空いた部屋に移ってもらいます。男女がいつまでも同室というのは不健全ですからね」

 

 今更何を。と心の中で思っておく。

 

「仕方ありませんわね。先生の言うことにも一理ありますし。刃さん、今日でお別れですわ」

 

「何を大袈裟な。飯と学校では顔を合わせるじゃろうに」

 

「それはそうですけど……もう!刃さんは乙女心が分かっていませんわね!山田先生!早く済ませてしまいましょう!」

 

「は、はい!」

 

 こらこら。山田先生に当たるな。

 そんなこんなでセシリアはさっさと荷物を纏めて部屋を出て行った。妙に豪華な姿見や化粧台が無くなると、なんとも殺風景な部屋じゃの。やはり2人が1人になるというのは少し寂しい。いや、ずっとこのままが不味いのも分かってはおるが。

 

 コンコン

 

「刃?デュノアだけど。入ってもいいかな?」

 

 セシリアが部屋を出てすぐにドアがノックされた。シャルルか。……そうか、シャルルか。

 

「おう。構わんぞ」

 

「お邪魔しま〜す。へえ、結構片付いてるんだね。もっとゴチャゴチャしてるかと思った」

 

 シャルルは部屋の周りをキョロキョロ見回しながら入ってきた。空いているベッドに荷物を乗せる。

 

「わ。いい匂い。そう言えばついさっきまでセシリアさんが使ってたんだっけ?」

 

「そうじゃ。今夜はその匂いを堪能できるぞ。この幸せ者め」

 

「そ、そんな変態ちっくなことはしないよ……」

 

 シャルルは顔を赤らめてそっぽを向く。

 

「男なら普通するもんなんじゃがなあ」

 

「そ、そんなことするの!?刃のえっち!」

 

 何をそんなに怒ることがあるのか。シャルルは変な奴じゃな。

 

「まあセシリアの匂いを堪能する機会はこれまでに何度かあったしのお」

 

「そ、そうなんだ……。進んでるんだね」

 

 シャルルは見る見るうちに茹でダコのような顔になっていく。何を想像しているのやら。

 とりあえず茶を淹れ、2人で椅子に座った。

 そろそろ本題に入ろうか。

 

「はあ〜……これがグリーンティーかあ。なんだか不思議な感じだね」

 

「紅茶とはまた一味違うじゃろう?茶葉を発酵させるかどうかでかなり違うの」

 

 しまった。ついお茶の話に花が咲きかけてしまった。ええと、本題に……。

 

「刃はよく飲むの?」

 

「おう。コーヒーも紅茶も緑茶も飲むぞ。日本には色々と種類があるしの」

 

 い、いかん。本題に。

 

「へえ〜。あ、ほうじ茶ってのも飲んでみたいかも」

 

「任せろ。明日淹れてやろう」

 

 ほ、本題に……。

 

「ありがとう!僕楽しみだな!」

 

「う、む。期待して待っとれな!」

 

 負けました。笑顔がズルい。

 こうして話を持ち出す隙もなく夕食の時間になった。部屋を出るとセシリアが待っておった。

 

「お、すまん。待たせてしまったか?」

 

「ご冗談を。刃さんのお腹の空く時間は把握しておりましてよ」

 

 なにそれすごいこわい。

 まあ何ヶ月も同居しとればなんとなく分かるものか。ワシは分からんけど。

 

「すごいや。まるで夫婦みたいだね」

 

「ふ、ふふふふ夫婦だなんてそんな!デュノアさんはお上手ですわね!」

 

 セシリアはそう言ってバシンバシンとシャルルの背中を叩く。痛そう。

 

「さ、参りましょう」

 

 セシリアは当たり前のように腕を絡めてくる。そう言えばデートの後はずっとこんな感じじゃったか。完全に無意識じゃったわ。

 

「えへへ。見せつけてくれるね」

 

 シャルルは嫌味のない笑顔で囃し立てる。こうまで無邪気だと逆に怖い。

 

「どれ、シャルルにもやってやろう」

 

 そう言ってシャルルの腕を取ってセシリアが絡めてきた腕とは逆の腕に収める。

 

「わわ!いいってば!そういうつもりで言ったんじゃ……」

 

「デュノアさん!何を赤くなってますの?くっ!まさか性別を超えたライバルが登場するとは……」

 

「セシリアさんも勘違い……刃のバカ〜!」

 

「だーはっはっは!飯じゃ飯じゃ!」

 

 威風堂々に食堂に付くと織斑先生の手刀が飛んできた。避けたけど斬撃が飛んできた。マジで。




次回予告
ちゃっかりクラスの輪に溶け込んだシャルルに対し、ラウラは相変わらず周りを見下しているような態度を取る。
箒はそんなラウラに過去の自分を重ねる。
そして始まる学年別トーナメントで、とある噂が……。
様々な思惑が渦巻く中、刃に届いた謎の手紙。その送り主は……?
次回【最強とは】
お楽しみに!


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第22話

戦闘を入れると長くなりますね


 シャルルとラ……ウラが転校して早1週間が経った。気さくで誰とでも分け隔てなく話すシャルルはすぐにクラスの輪に溶け込んだ。が、もう片方はそうではなかった。

 

「…………」

 

 ラウラは腕組みをして窓の外を見ている。何かを目で追っているようだ。視線を追ってみると、その先には織斑先生が。

 

「一夏。ちょっと訊いて良いか?」

 

「?ああ。なんだ?」

 

「あのラウラとお前さん、もしくは織斑先生には何か深い関わりがあるのか?先日のことと言い、尋常では無さそうじゃが」

 

「……そうだな。何て言えばいいか」

 

 一夏は遠い目で窓から空を見上げ、ぽつぽつと語り出した。

 第2回モンド・グロッソにて織斑先生が棄権した理由。そしてその為にドイツ軍に教官としてISの訓練を施したこと。話している内に頭の中から滲み出すような痛みが湧いたが、真剣に語る一夏の話を最後まで聞いた。

 

「なるほどの。少し嫌なことを思い出させてしまったか?」

 

 自身が誘拐された時の記憶を語ってくれた一夏はその視線を徐々に落としていく。

 

「いや。まあ、ちょっとな……。でもいいんだ。あの時のことがあったから、俺は強くなりたいって思えるようになったんだ。千冬姉みたいに。千冬姉を守れるくらいに」

 

 一夏は落とした視線を持ち上げ、強く空を睨む。対峙した時と同じ、強者の眼差し。

 

「そう、か。ならば、益々強くならんとな……」

 

 断続的な頭痛に意識を揺さぶられる。座ったままの姿勢を保つのがやっと。

 

「大丈夫か?また頭が痛むのか?」

 

「ああ。何やら脳の奥をガンガン叩かれるような感覚じゃ……次は座学か。少し休むとするかの」

 

 フラフラと立ち上がり、保健室へ向かおうとする。覚束ない足取りにクラスの皆が心配そうにざわつく。

 

「柳君。大丈夫?また付き添ってあげようか?」

 

「鷹月さん。心配には及ばん。少し寝れば楽になるじゃろう。皆も騒がせてすまんの」

 

 なるべく元気に振る舞い、教室を出た。一体何だというんじゃまったく。忌々しい頭痛めが。

 

「や、柳君大丈夫ですか?」

 

 壁伝いに廊下を歩いていると山田先生が声をかけて来た。

 

「ええ。少し頭が痛むだけですので。すみませんが、保健室へ……」

 

「なら、私も同行します!生徒の無事を見届けなければ教師失格ですもんね!」

 

 山田先生は何やら張り切ってガッツポーズをする。その度に揺れる大きな果実は非常に目に毒なんじゃが。

 

「いえいえ。先生は早く教室へ。ワシのせいで皆の授業を遅れさせる訳には行きますまい。生徒全員のことを考えるのも教師の務めでは?」

 

「それは、そうですが……くれぐれも無理はしないでくださいね?今日は実習もありませんし、しばらく休んでいて構いませんよ?柳君の成績は先生バッチリ把握してますからね」

 

 山田先生は少し迷ったがワシの言い分を通してくれた。最後のウインクがとてもかわいらしかった。

 

「では、ワシはこれで」

 

「あ、そうだ!いけない忘れるところでした」

 

 山田先生はパンと手を打ってポケットから一通の手紙を差し出した。

 

「?ラブレターならまた今度に……」

 

「ちちち違います!教師と生徒でそんな……えっと!椿重工からの手紙です!一応、八極の製造元になっている所なんですが」

 

 そうか。あの叔父も相当な節介焼きじゃな。

 ところで、そろそろ頭痛に耐えるのも限界なんじゃが。

 

「そうですか。取り敢えず受け取っておきます。詳しい話はまた後ほどで」

 

 手紙を受け取り、フラフラと保健室へ向かった。山田先生が背後で心配そうに立ち往生していたが、予鈴を聞くと覚悟を決めて教室へと歩き出した。それでいい。1人より皆を。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 保健室に着くと先生が「またか」という顔で出迎えてくれた。本当に何度もすみません。

 

「最近増えたわよね?梅雨が近いせいかしら?持病でもあった?」

 

「いやあ心当たりがありませんな。よっこいせ」

 

 ベッドにありつく。ふかふかで優しい。

 

「一体何が原因なのかしら……一度大きな施設で診てもらった方がいいんじゃない?」

 

「そうですなー……心当たり、か」

 

 頭痛の原因は分からない。が、シャルルとラウラが転校してきた日に起き始めた。シャルルは問題ない。となると……。

 

「あー……いいや、寝よう」

 

 頭痛で上手く思考がまとまらない。いつも一眠りすれば治るし、取り敢えず寝るとするかの。

 意識を暗闇に手放す。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「お姉ちゃん?泣いてるの?」

 

 暗闇に響く少年の猫撫で声。

 

「ごめん、ごめんね刃ちゃん……怖かったね。痛かったね」

 

 少女の啜り泣く声。体に暖かい圧迫感が訪れる。

 

「俺は平気だよ。お姉ちゃんが撃たれなくて良かった……。お姉ちゃんのおっぱい柔らかいね」

 

「ぐすっ……ふふっ。人がこんなに心配してるのに。刃ちゃんは相変わらずおっぱい星人だなぁ」

 

 少女の声が暖かくなった。眼には見えないが、きっと笑顔になってくれたんだろう。

 

「お姉ちゃんは俺が守ってあげる。だから安心して…………を続けてね」

 

「うん、うん……!刃ちゃんは世界で最強になるんだもんね!お姉ちゃんを守ってくれるんだもんね!」

 

 再び暖かく柔らかい何かに締めつけられる。

 

「大丈夫。大丈夫だから……もう、泣かないでね。お姉ちゃんが泣いてたら、多分俺も泣いちゃうから」

 

 少年と少女はそう言って笑い合った。笑い声がどんどんと遠くへ消えて行く……。

 ああ、そうか。あの時ワシは。

 

「早速君の遺伝子を私の新作に移植させて貰おう。おい、C0037をこちらへ」

 

 男達の忙しない足音が遠くで響く。

 消え入りそうな音の中、男の呟きだけがぽつりと残った。

 

「そろそろ名前を考えねばな……ふむ。女型にしたし、ラウラで良いだろう。ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 刃が深い眠りに就いている間、箒は黒板を板書しながらラウラの方をチラチラと見ていた。ラウラは授業などそっちのけで外を眺めている。一度山田先生が当てた時も視線を動かすことなく正解だけ淡々と述べた。その態度に気を悪くする生徒もチラホラ出ているようだが、気弱な山田先生にラウラの手綱を握るのは至難の技だということは周知だった。

 

(似ている。アイツの目は、あの頃の私に)

 

 箒は中学時代を思い出していた。

 友人を作ることを諦め、剣道に没頭した。一夏と自分を繋ぐ唯一の絆。続けていればいつか一夏に巡り会えるかも知れないという淡い期待を胸に、箒はひたすらにのめり込んだ。元よりあった才能を開花させ、3年になる頃には全国大会で優勝する腕前にまで成長していた。

 しかし、それと同時に大切なモノを失っていたことに箒は気付いた。試合を終え、涙を流す対戦相手。負けたことに悔しいとか、最後の試合となって寂しいとか、そういう涙では無かった。ただ自身の努力を全否定され、絶対的な力に抑え込まれた遣る瀬無さ。

 それは箒自身が重要人物保護プログラムというものに、天才篠ノ之 束という人物に感じた理不尽さと相違ないものだった。

 自己を高める為に一切を切り捨て、否定する。

 それが自分のやりたかった剣道か。

 それが一夏と共に腕を磨いた日々への報いか。

 箒は迷った。否、現在も迷っている。

 最強とはなんだ。何を以って最強とする?

 力とはなんだ?力とやらが一番強い者を最強というのか?

 分からない。分からないが、身近に最強と呼ぶに値する人物がいる。

 織斑 千冬だ。彼女は間違いなく最強の部類に位置する。彼女に訊けば判るのか?最強というものが。彼女に師事すれば成れるのか?最強というものに。

 

(分からない。私は、今の私は、一夏の目にどう映っているのだろう……?)

 

 一夏をチラリと見る。ノートと睨めっこしながら唸っている。

 

(ふん。馬鹿者め。そこはこの間教えてやったばかりだろう。普段から予習復習を怠るからいざという時に使えないのだ)

 

 再会した時、一夏は箒が想像していたよりも弱くなっているように感じた。

 ヘラヘラと笑い、女子の見世物になっても堂々とするどころか縮こまって黙り込んでいる。情けないと思った。

 しかし、違った。一夏は、相も変わらず織斑 一夏を貫いていたのだ。柳 刃と出会い、セシリアと闘い、鈴という旧友と再会しようとも。一夏はいつもと同じように、仲間の危機にはいの一番に動こうとする。

 

(お人好しなところは変わっていないな。全く、また私が側で支えてやらねばな……)

 

 箒はやれやれと微笑み、気を取り直した。最強とは何か。それを今すぐ知らねばならない訳ではない。強くなる為、自分はここにいるのだ。ひたむきに勉学に励めば、きっと見えてくる。

 箒は板書を再開した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ゆっくりと目を開ける。保健室特有の清潔な薬品の匂いと白い視界。上体を起こし、伸びをする。

 夢の中の記憶は、ある。

 アレは間違いなくラウラとワシの過去を結びつける事件じゃ。何故忘れていたのか。いや、誰かに意図的に記憶を封印されていた……?

 あんなに激しくワシを苛んでいた頭痛も何処へやら。すっきりとした目覚めじゃ。

 

「起きた?知り合いの先生がやってる病院まだ間に合うと思うけど、予約しておく?」

 

「いえ。それには及びません。どうやら原因ははっきり分かったようですし、恐らくもう頭痛が起こることはないでしょう」

 

 早く元気な顔を皆に見せてやらんといかんしな。

 

「ふーん?確かに、なんだかスッキリしたみたいだね。あ、スッキリってまさか……?」

 

「え?下ネタの類ですか今の?」

 

 この先生、案外そっち系イケる人か。というより、ワシが元気そうだから余裕が戻ったのかも知れぬ。

 

「冗談よ冗談。さ、まだ帰りのHRには間に合うでしょ。行って、元気な顔を見せてあげなさいな」

 

「ええ。ご厄介になりました。もうなるべく来ないようにしたいですな」

 

「それを言われると複雑だけど、それがいいわ。暇な時は遊びに来てくれてもいいんだけどね」

 

 先生とそんな会話をして、保健室を出た。目指すは一路、1-1教室。アップがてら軽く走って向かった。織斑先生に見られなかったのは僥倖じゃったな。

 

「刃さん!お戻りになられましたのね!」

 

 教室は今まさにHRが始まるかというところじゃった。無駄に注目が集まる。

 

「ぎんぎんお帰り〜♪」

 

「もう大丈夫か刃?あんまり無理すんなよ?」

 

「えへへっ。じゃあ皆。せ〜のっ」

 

 \お帰り、柳君!/

 

「お、お主ら……ワシは、ワシは果報者じゃあ!」

 

 ガツン

 

「ふむ。殴り心地も申し分なしだな。異常はないらしい。ホームルームを始めるぞ。席に着け。なんだ?ニヤニヤするな気持ち悪い」

 

 織斑先生からの熱烈な歓迎を受け、晴れやかな気分で席に座る。すぐ前にはラウラが。今は織斑先生の方をじっと見つめている。

 

「……という訳で、話が中断されたが学年別トーナメントを今週末行う。特に専用機持ちは他の生徒の手本になるような試合内容を期待している。いや、はっきり言おう。無様な試合はするな。もししたら……二度とそんな試合をしなくて済むようにしてやろう」

 

 鷹の目という奴か。捕食者を目の前にした餌の気分じゃ。専用機持ちはもちろん他の生徒も萎縮してゴクリと生唾を呑む。約1名、羨望の眼差しを向ける銀髪がおったが。

 

「尚、今回の学年別トーナメントはタッグ戦だ。より広い戦略性を持たせる為、自身の特性を把握して相性の良い者と組め。個人戦に慣れた連中も良い刺激になるだろう。以上だ。解散!」

 

 織斑先生が教室を出るや否や女生徒が男性陣に群がった。一夏にはなんと二組から鈴まで参戦している。

 

「柳君!私と組もう!」

 

「私、柳君の試合映像何百回も見て研究したんだ!きっといいコンビネーションできるよ!」

 

「あはは、ぎんぎん大人気だね〜♪私もよろしく」

 

「刃さんなら言うまでもなくこのイギリスの代表候補生セシリア・オルコットとタッグを組むことが最善の選択だと分かっていますわよね?私と刃さんの最強コンビで他のタッグなど蹴散らして差し上げましょう!」

 

 \よろしくお願いします!/

 

「うーむ。タッグかあ」

 

 考えたことなかったの。八極の性能からして遠距離砲を持つセシリアは確かに相性は悪くないか……。しかしフレンドリーファイア怖いのう。

 

「じ、刃!どうするよお前?」

 

「うひゃあ。女子のパワーってすごいねえ」

 

 一夏とシャルルが堪らずこちらに避難してくる。男同士なら遠慮なく互いにやりたいことやるだけで済んで楽なんだが。如何せん3人おる。ええい面倒な。

 

「じゃんけんで負けた奴が他の女子と組もう」

 

 なんとなくそう言うと、一夏とシャルルの目つきが変わった。

 

「いいのかよ?この間俺に負けたばっかなんだぜ?」

 

「負けられない闘いがそこにある!って奴だね!僕もあの群れに飛び込む勇気は無いから頑張るよ!」

 

 おお。露骨にやる気出しおって。というかシャルルが微妙に毒舌。

 さて、どうしたものか。

 勝敗はある程度操作できる。一夏に勝つなり負けるなりすればシャルルがあいこにしない限りはなんとでもなる。問題は、その結果がどうなるか。

 ①一夏が負ける場合。

 ワシはシャルルと組んで終わり。一夏は箒か、他の誰かと組めばいい。相性的には鈴がいるとバランスがいいか。

 ②ワシが負ける場合。

 一夏とシャルルのタッグ。組み合わせ自体は無難じゃが、ワシとのタッグで角が立つ。

 ③シャルルが負ける場合。ワシが一人勝ちしてその後2人がじゃんけんをすることになるな。前回の芸当からシャルルが自分から負けることはしないと思うが。

 う〜〜〜〜〜〜む。圧倒的①。一夏よ、強く生きよ。

 

「じゃん」

 

「けん」

 

「「「ぽん」」」

 

 一夏のグーは2人のパーによって包み込まれた。

 

「マ、マジかよ……」

 

「すまんな一夏。骨は拾ってやる」

 

「ご、ゴメンね一夏」

 

 一夏はがっくりとその場にorzした。固唾を飲んで見守っていた女子は項垂れる一夏を取り囲んだ。リンチか何かか?

 

「全く!私と組まなかったことを後悔させてあげますわ!」

 

「でゅっちーとぎんぎんのコンビか〜。中々強敵だね」

 

 セシリアは不満気で、本音はそこまで落ち込んではいないようじゃった。まあ簪あたりと組むじゃろ。それはそれで中々厄介な組み合わせか。

 

「何にせよ、これからパートナーじゃ。よろしくな、シャルル」

 

「うん!こちらこそよろしく頼むよ!」

 

 シャルルとガッチリ握手を交わす。柔らかく、華奢な手。

 ……やはり、そろそろはっきりさせておかんといかんかも知れんの。

 何はともあれ仮に決まったタッグで連携を確かめるため、一同でアリーナへ向かった。同じことを考える人間でアリーナはいつもより盛況だった。当然と言えば当然か。着替えの際にポケットに入っていた手紙を見つけたが、とりあえず後回しにすることにした。

 

「じゃあまずは軽く手合わせしてみよっか」

 

「組手か。望むところじゃな」

 

 一度シャルルとはやってみたかったんじゃよな。この間ラウラと闘った時も流してやっておったし、実力の程はまだ見えてこない。

 

「「よろしくお願いします!」」

 

 礼をして元の位置につく。互いに合図を送って開戦。日輪と月夜を展開し、接近を試みる。

 

「させないよ!」

 

 シャルルはサブマシンガンを抱えるように構え、威嚇射撃を交えながら距離を取る。

 

「ほいっと」

 

 タン

 

「!消え」

 

「双日輪【煌牙(きらめき)】」

 

 一対の日輪を構え、縮地のスピードを活かして突進。ヒットする瞬間に二本を交差させるように斬りつける。

 

「うあっ……!くっ!」

 

 凄まじい衝撃にシャルルは一瞬硬直する。しかしすぐさま体勢を整えてワシから離れる。

 

「ふむ。ハイパークリアセンサーと言えども受容する人間の知覚を大きく上回れば撹乱することは可能らしいの」

 

「これが噂の無影縮地かい?凄いや!全く見えなかったよ!でも、同じ手は通じないからね!」

 

 シャルルはサブマシンガンを仕舞い、二丁拳銃を取り出す。近接戦に対応させてきたか。

 

「上等!」

 

 縮地は使わず、通常のブーストで高速接近する。シャルルは無駄弾を避け、同じく前進しながら数発狙い撃ちしてくる。月夜で受け流し、ダメージを軽減させる。月夜は流石に固体までは吸収できないらしい。しかし被弾時の衝撃は吸収してエネルギーに変換してくれる。実弾相手では中々効率が悪そうじゃが。

 

「はあっ!」

 

 シャルルは懐に潜り込み、拳銃のグリップ底で殴ってきた。ガン・カタかい。両手で捌きつつ、ボディがガラ空きになったところで日輪でカウンターを叩き込む。

 

「ふっ!」

 

 シャルルは両腕を弾かれた勢いを利用してその場で縦回転し、日輪をかわした。そのまま回し蹴りで日輪を蹴り飛ばす。

 

「しまっ!」

 

「隙あり、だよ」

 

 シャルルが手甲剣(ガントレット・ソード)を展開して斬り上げた。ゴッソリとシールドエネルギーを削られる。

 

「そんな武器もあるのか」

 

殻蜂(シェル・ビー)って言うんだ。こんなこともあろうかとこういうのもちゃんと用意してあるよ」

 

 シャルルが勇ましくニヤリと笑う。武装の種類もさることながら、驚くべきはシャルルの換装速度と対応力。ワシも日輪や月夜を取っ替え引っ替えするが、一度粒子化させてから持ち替える。シャルルも理屈は同じだろうが、その速度たるや。まるで1つの武器が自在に変化するかの如く。賞賛の句が尽きぬ程の才能。いや、努力の賜物か。

 

「強いのう!強いのう!そうこなくちゃ張り合いが無いわ!」

 

 釣魚の条件は整った。月夜を仕舞い、釣魚を取り出す。槍と見るに、シャルルは再び大きく距離を取った。

 

「大きな槍だね。セシリアさんを倒したのもその槍だって聞いたけど」

 

「うむ。シールドエネルギーが一定値を下回らんと出てきてくれん頑固者じゃが、性能は申し分ないぞ」

 

 釣魚を目の前で高速回転させる。実弾を多用する相手ならこちらの方が効果的やも知れんな。

 

「けど、エネルギーの差は明確。このまま押し通らせてもらうよ!」

 

 シャルルはそう言うと右手に盾を装着した。盾というよりは大きめの手甲か。殻蜂とやらとはまた違う装備のようじゃが……。

 

「そろそろ行くぞ!」

 

 タン タン

 

 縮地の途中で更に縮地を行いシャルルを撹乱する。ISが無ければGの応酬で内臓が駄目になりそうなスピードじゃ。

 

「!また!」

 

 シャルルは盾を構えず、センサーに全神経を集中させる。方向転換してきたワシに対して正確に盾を突き出した。

 

「甘い!」

 

 突き、と見せかけて途中で横回転。横薙ぎにシャルルの盾を弾く。シャルルも読んでいたのか空いていた片方の手でハンドピストルをフルバーストさせる。槍を薙ぎ無防備になった懐に全弾撃ち込まれた。

 

「ぐぅ!おおおおおお!」

 

 すぐさま突きの姿勢を取り、脚部スラスターを槍と並行にする。

 

「太公槍衝!」

 

 スラスターの出力を全開にし、最短で、最速で、真っ直ぐ、一直線な刺突を打ち込む。

 

「うわああああああっ!」

 

 凄まじい一撃に耐え切れず、シャルルは後方へ吹き飛ばされる。視界にシャルルのISのエネルギー切れが表示される。

 勝ったか。残りシールドエネルギーは……2て。かなりギリギリじゃったのう。

 

「痛たた……。負けちゃった」

 

「良い試合じゃった。久々にヒヤリとしたわ」

 

 放課後の戦闘訓練自体このところ頭痛続きで、まともにできんかったしの。シャルルを起こし、軽く反省会をする。

 

「刃は中々隙のない立ち回りだったね。遠距離武器に対する体捌きも熟知してるみたいだったし」

 

「まあ身近におる優秀な長距離砲持ちが訓練相手じゃったしの。隙のなさで言えばシャルルもかなり手強かったぞ。近・中・遠距離と万能な武器のチョイス。そして換装速度たるや目にも留まらぬとはこのことかと心得たぞ」

 

「えへへ。ありがとう。高速切替は頑張って会得したものだから素直に嬉しいよ」

 

 シャルルはそう言って無邪気にはにかむ。

 うむ。タッグマッチのパートナーとしては最高と言って差し支えない。こんなに最高のパートナーとタッグを組むのじゃ。半端な試合なぞできるはずもない。

 未だ解決していない問題はそれなりにあるが、今度の学年別トーナメント。俄然やる気が出てきたの。



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第23話

前回までのあらすじ
保健の先生かわいい(嘘)


 

「すっげぇ」

 

 一夏は刃とシャルルの激闘に目を見張っていた。スペースが限られていたので一夏、箒、セシリア、鈴は観客席で待機している。

 ここにきてかなりISの操縦に関しては上手くなったと自負していた一夏は、刃の上達ぶりに嫉妬していた。

 

「俺だって、あれくらいできるようにならなくちゃ……!」

 

 膝に乗せていた拳に自然と力が入る。

 

「すご……。刃ってもしかして一年生で最強なんじゃない?ISのスペックも本人のバトルスタイルも文句なしの一級品よね」

 

「流石は刃さんですわ!暫定とはいえ私にダブルスコアで勝ち越しているだけのことはありますわね!」

 

 鈴とセシリアが各々感想を漏らす中、箒は沈黙していた。一夏が見ると、刃の顔をカッと見開いた目で見ていた。武人として思うところがあるのだろうと思い、そっとしておくことにする。一夏は今の戦闘を脳内で反芻し始めた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

(最強……ッ!)

 

 箒は刃の見事な戦いぶりにその二文字を見出していた。純粋な技量ならば刃の上を行く者もこのIS学園には少なくはないだろう。しかし刃の戦法はどこか余裕があり、且つ隙がない。真剣・実銃での戦闘だというのに囲碁やチェスを楽しむかのように闘っているように見える。

 なんというか、最強『風』なのだ、と箒は肌で感じ取っていた。

 自分がシャルルと闘うならどうする?武器の間合いに差がある故、刃と同じく初手にて接近し間合いを開けさせないことが最善。しかしシャルルは遠距離武器で牽制し、簡単には間合いを詰めさせてくれない。対銃火器の体捌きなど、人に胸を張れる程修めてはいない。

 自分では、シャルル攻略の糸口を見つけることしかできない。

 ISの性能頼り?そうかも知れないが、分からない。少なくとも柳 刃という男はそういう戦い方を好まない人種だろう。普段はおちゃらけているが、こと戦闘となると非常に好戦的になる男だ。自身の腕前で勝負したがるだろう。

 同じ1年生でほぼ同じ時期にISを操縦しだした者であるのに、ここまで差があるのか。箒の胸中には驚嘆、嫉妬、憧憬と様々な感情が入り混じっていた。

 

(何かあるはずだ!何か……私と柳で決定的に違う『何か』が!そして、きっとそれが最強というものへの道標……)

 

 箒は刃を睨めつけるように凝視し、ギュッと唇を噛み締めた。

 

(私も、もっと力が欲しい……ッ!)

 

 

 

 ☆

 

 

 

 シャルルとの模擬戦に触発されたのか、その後の4人の動きはいつも以上に凄まじかった。一夏は普段の模擬戦で苦戦を強いられるセシリアや鈴に対して互角以上に渡り合っていたし、2人もそんな一夏に負けるものかと必死で喰らいつく。

 中でも最も動きを見違えたのは箒じゃった。

 

「ふぅ…………はっ!」

 

 下段に構え、精神を統一させる。一歩の踏み込みで一夏の懐に潜り込んだ。一夏も応戦するが、終始防戦一方。剣圧そのものがいつもより高まっているように見える。なんとそのまま一夏に勝ってしまった。

 

「痛つつ。すげぇな箒!俺もいつも以上に気合い入れてたけど、敵わなかったぜ!」

 

「いや、最後は少しムキになってしまったな。怪我はないか一夏?」

 

 箒は心配そうに一夏を見る。一夏はぴんぴんした様子で立ち上がる。

 

「ああ平気。こうして打ち合ってると小さい頃を思い出すな。千冬姉と一緒に毎日箒の道場に通ってたっけ」

 

「べ、別に私の道場というわけではない。……そう言えば、実家にはあまり顔を出せていないな。G.Wも色々と忙しかったし」

 

 箒が申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「それもそうだな。んじゃ、今度の休み一緒に行ってみるか?俺も偶には部屋の掃除しないといけないしな」

 

「ほ、本当か!?確かに、いつまでもISの勉強を言い訳にするのも良くないしな!うむ!それじゃあそうしよう!それがいい!」

 

 おお。箒が武人モードから乙女モードに。アレを無意識にやるとは流石一夏。鈴のオーラが発熱しだしていたのは見なかったことにしよう。

 

「ねぇ、アレって……」

 

「ドイツの第三世代型よね?」

 

 女生徒の声に振り向くと、ラウラがいた。漆黒のISに身を包み、一夏を見下ろしている。

 

「なんじゃアイツ?訓練もせんとボーッと一夏の方を見て……」

 

「ラウラさん、そう言えば初日に一夏のこと叩いてたよね?一夏、何か恨まれることしたのかな?」

 

 シャルルが心配そうに一夏とラウラを交互に見る。

 一夏の話を聞く限りは一方的な逆恨みじゃが。

 

「当人同士で解決してくれればええがな。もしこちらに火の粉が降りかかるなら払わねばならん」

 

 ラウラの機体を見る。シュヴァルツェア・レーゲン(黒き雨)の名に恥じぬ全身真っ黒。ラウラの銀髪と絹のように透き通った白い肌が抜群のコントラストを生んで……っと、そういう話ではなかったか。

 レールカノン砲にワイヤーブレード、プラズマ手刀に停止結界か。どの距離でも有効な装備に加えて万能な切り札まであるときた。

 学年別トーナメントでぶつかることがあれば是非とも手合わせ願いたいの。そういう意味では因縁のある一夏と組めば良かったか?

 

「ふん……くだらん。量産機相手にその無様な体たらくか。やはり貴様は教官に相応しくない」

 

「なんだよ?随分と言いたい放題だな。まあ、負けたのは事実だけど」

 

 一夏は怒気の込もった静かな声で応える。その場の全員が固唾を呑んで2人を見守る。

 

「ここで勝負しろ!……と言いたいところだったが、勝負にすらならんだろうな」

 

「何!?」

 

「私は貴様を決して認めん。そんな弱い貴様が、あの人の弟であるなどとな!……興が削がれた。弱者に用はない」

 

 ラウラは憮然とした視線を一夏に飛ばし、静かにアリーナを去った。何しにきたんじゃ。

 

「へぇ。ラウラさんって案外強い人と闘いたがるタイプなんだね。まるで刃みたい」

 

「そうじゃな。ワシの遺伝子が少しは反映されとるということじゃな」

 

「え?」

 

「あ」

 

 しまった。つい口が滑った。これ、結構言っちゃマズい類の秘密だの。

 

「遺伝子って……どういうこと?」

 

「それはその……実はワシの曾祖父がドイツ人でな!その時の姓がボーデヴィッヒじゃからまさかと思って調べたら、なんとラウラはワシの遠い親戚じゃったんじゃよ!これ、秘密な。ラウラも鬱陶しがっておったし」

 

 なんとか誤魔化し、シャルルを納得させる。危ないところでござった……。

 

「アイツ、いけ好かないわね。一夏が負けたのはともかく、あの言い草じゃ頑張った箒がバカにされてるみたいじゃない!」

 

 鈴が怒りを露わにする。この一月の間に皆仲良くなったのう。鈴はすぐ友達できるタイプだし。

 

「学年別トーナメントはタッグとのことじゃったが……アレと組まされる生徒には同情するわな。最悪1vs3とかになりそうじゃ」

 

 ワシの呟きに一同が頷く。ラウラともちゃんと闘ってみたくはあるが……一夏に固執しとる内はまだまだじゃな。その一夏はというと、ラウラの去った後をジッと見つめながら、悔しそうに拳を握っていた。その後も一夏は全員に模擬戦を申し込んだ。ラウラに刺激されたせいか、その動きはどんどんと鋭くなっていく。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 IS学園校庭。日が傾き始め、人通りもほとんどなくなったその道を、ラウラ・ボーデヴィッヒは闊歩していた。

 

「気は済んだか?」

 

 背後からの声に振り向く。自分のよく知る声。

 

「教官。お言葉ですが、貴女の弟、織斑 一夏には心底失望しました。打鉄なぞに遅れを取っているようでは教官の弟を名乗る資格はありません!」

 

 ラウラは怒りを隠すことなく千冬にぶつけた。

 

「フ……ハハハハハ!資格ときたか!ラウラ、貴様いつの間にそんな面白い冗談を言えるようになったんだ?」

 

 千冬は破顔し、ラウラは不機嫌に眉根を寄せる。自分は冗談を言ったつもりではない、と言いたげな顔だ。

 

「弟であることに資格などいらん。それに……貴様には分からんだろうがアレはアレで充分に私の弟たり得る奴だ」

 

「そうは見えませんが……」

 

「直に分かる。焦らないことだ、ラウラ・ボーデヴィッヒ。私の生徒である資格が欲しければ、な」

 

 千冬は皮肉を込めてそう言い、すたすたと歩き去った。ラウラはそんな千冬の背中を見る。

 凛とした、真っ直ぐな背中。軸の据わった、強い背中。

 嗚呼、これが織斑千冬だ。これこそが我が最強の教官だ、と。ラウラは誇らしく思った。だからこそ、一夏への怒りが一層燃え上がった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さて、そこの男子生徒2人」

 

 うげ。バレた。織斑先生はこちらの気配を察知して立ち止まり、こちらを見ることもせずに声をかけて来た。

 

「あらら、見つかったの」

 

「あ、あはは……えっと……」

 

 茂みから一夏と同時に立ち上がる。

 

「盗み聞きとは感心しないな。いつからそんな趣味を持つようになったんだ?」

 

「千冬姉!ラウラが俺を恨んでるのって、やっぱりあの時の……」

 

「織斑先生、だ。それを気にしてどうなる?今更起きたことをいつまでもうじうじ悩むような腰抜けに育てた覚えはないんだがな」

 

「うぐ……」

 

 バッサリと切り捨てられ、一夏は閉口する。

 

「ラウラの件は放っておけ。ただの逆恨みだ。それが出来ないなら……勝て。ラウラを実力で捩じ伏せてみろ。奴は強い者に興味を示す。真っ向勝負で叩きのめせば少しは認識を改めるだろう」

 

 勝て。その一言で一夏の目の色が変わった。

 黙って頷き、ニヤリと笑って見せた。あの相手に勝てと言われて奮い立つか。

 

「フ……。柳。私は学年別トーナメントの開催に向けて忙しくなる。しばらく特訓は無しだ。だからとて無様な戦闘は見せるなよ?」

 

「ええ、師匠」

 

 それだけ言葉を交わすと織斑先生は踵を返して職員室へと歩いて行った。ワシもうかうかしてはおれんようじゃな。また明日から皆と特訓じゃな。その前に……。

 

「そろそろ白黒はっきりさせんとの」

 

「?」




次回、やっと物語に進展が……


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第24話

筆が進む。このままアニメ1期くらいまでいっちゃえ


 

 一夏と別れ、部屋に戻った。部屋ではシャルルがシャワーから上がったばかりらしく、濡れた髪をドライヤーで乾かしていた。

 

「あ、おかえり。シャワー先に使わせてもらったよ」

 

 シャルルはドライヤーを止めて出迎えてくれる。律儀な奴め。

 

「おう。じゃあワシも入ってくるか」

 

 模擬戦を多めにして汗もかいとるしの。

 

「えっ」

 

 シャルルが驚いたように一瞬固まる。

 

「なんじゃ?何かまずかったか?」

 

「う、ううん!別に男同士だし何もないよ!あ、あははは……」

 

 シャルルは誤魔化すように目を逸らし愛想笑いをする。

 

「ふむ。じゃあ遠慮なく使わせてもらうからな」

 

 何はともあれシャワーで一日の汗を流した。大浴場を使いたいが、なにぶん男の肩身が狭いせいで使用許可が降りない。悔しいのう悔しいのう。

 

「上がったぞ」

 

「う、うん。おかえり」

 

 シャルルはそわそわと落ち着かない様子でこちらをチラチラ見ている。

 

「…………」

 

「?ど、どうしたの刃?」

 

 ええい。言っちまえ。

 

「シャルルよ。お主本当に男か?」

 

「!?」

 

 言ってしまった。さて、どんな反応をするのやら。何かしら疚しい目的があるなら再悪強硬手段に出る可能性も……。へへっ。やっべ無計画。

 

「ど、どうしてそう思うの?」

 

「どうしてって……どっからどう見ても女の子じゃからの」

 

 逆に周りは何故気付かん?いや、織斑先生や教師陣は事情を知ってて放置してる……?

 

「……上手く演じたつもりだったんだけどなぁ」

 

 シャルルの一言に不穏さを感じて身構える。しかし、目の前の光景は予想を180度裏切ってきた。

 

「ぐすっ……ゴメンね……騙して。いや、騙そうとして、か。結局バレバレだったみたいだし」

 

 シャルルは、泣いていた。理由は分からん。分からんが、その涙を見たワシは明らかに狼狽えた。

 

「む。いや、気にするな。何か理由があってのことだと思うしの。それで、差し支えなければその理由を教えて欲しいのじゃ。理由が分かれば別に誰かにバラしたりとかはせん」

 

「!そっか……刃は優しいね。うん。どうせ最後だし、理由を教えてあげる」

 

 それからシャルルはゆっくりと語り出した。

 自分はデュノア社の社長の子どもだが、正妻の子ではなかった。デュノア社は第三世代型ISの開発が遅れに遅れ、フランス政府から支援カットの圧力をかけられたそうな。そこでシャルルの父親はシャルルを男に見立てて広告塔としつつ、一夏の白式とワシの八極のデータを盗んでくることが目的だったそうな。

 とどのつまり、シャルルは父親に利用されたそうだ。まあ、予想する中では最悪の部類じゃな。

 

「なるほど。ワシには想像だに出来ん程苦労してきたんじゃな」

 

「……父さんの役に立ちたかった。誉められて、少しでも父さんの子だって実感を持ちたかった。のかも知れないね。えへへ」

 

 シャルルは目尻を拭い、作り笑いを浮かべる。

 

「……シャルル」

 

「え?」

 

 思わずシャルルの頭を撫でた。するりと指の間を抜ける心地よい感覚。綺麗な蜂蜜のような黄金色の髪。困惑と驚きの表情を浮かべる端麗な顔。その全てに深い慈しみと愛しさを感じた。

 

「な、何……?」

 

 シャルルは相当混乱しとるようじゃが、ワシ自身どうしてこんなことをしたのか分からない。ただ、一つ。贈ってやりたい言葉があった。

 

「よく頑張った。辛かったじゃろう?」

 

「や、やだな刃。僕は皆を騙して……あ、あれ?」

 

 シャルルの目から再び涙が溢れ出してくる。緊張の糸が切れたんじゃろう。

 

「おかしいな。僕、こんなつもりじゃ……こんなつもりじゃなかったのに……!」

 

 シャルルは本格的に泣き始めてしまった。シャルルは強い子だろう。しかし、それでも普通の女の子じゃ。きっと途方もない程に努力して、無理して、自分に厳しく生きてきたに違いない。愛人の子。そんな取るに足らない生まれつきの立ち位置に振り回されつつ、それでも現実と真正面から向き合って今日まで生きてきた。

 

「もういい。少しだけ『シャルル・デュノア』を休め。こんなになるまで頑張ったんじゃ。今日くらい休んでも、誰にも文句は言わせん。このワシがな」

 

「うっ……うぅ……うわああああああん!」

 

 シャルルは泣いた。防音機能があるとは言え外に聞こえないかヒヤヒヤしたが、訪ねてくる者はいない。シャルルはただ泣いた。ひたすらに泣いた。子が父親に誉められたい。ただそれだけの為に女である自分を偽り、父親の操り人形となることを選択した。苛烈な運命の奔流に反発するでも逃げるでもなく、身を委ね、受け入れる。そんなこと誰にでもできることじゃない。当然、シャルルだってすんなり受け入れられた訳じゃない。その無理が今、涙となって流れ落ちている。真相は分からん。デュノア社長が本当に保身の為だけに娘をIS学園に送り込んだのか。シャルルが行きたそうにしていたのを悟ったとか。或いは……。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「よく頑張った。辛かったじゃろう?」

 

 温かい手が頭に乗せられる。手の持ち主が、なんとも月並みな言葉をかけてきた。

 ドラマや小説、否、現実でだってよく聞く言葉。苦労を労う励ましの言葉。ただそれだけだった。

 

「あ、あれ……?」

 

 しかし『少女』の目からは大粒の涙が零れ落ちた。なんでもない言葉なのに。その少女の努力に対して、余りにも当然に贈られるべき言葉であるのに。少女はその言葉に琴線を掻き鳴らされる。

 

「おかしいな。僕、こんなつもりじゃ……」

 

 こんなつもりじゃなかった。父親に命令された通り、男を演じてISのデータを盗み、会社に、父親に貢献することが自分の存在価値。そう思っていた。それ以外の一切は無価値なもの。不要な付随品。そのはずだった。

 

「こんなつもりじゃなかったのに……!」

 

 涙が止まらない。胸の内にある感情の渦が堰を切ったように涙となって溢れ出した。

 こんな未来は想像だにしていなかった。成功すればデュノア社の経営は立ち直り、自分はIS学園で偽りの自分を演じ切ってその後は……。もしくは失敗して本国で大罪人となってその生涯を終える。そう思っていた。

 

「もういい。少しだけ『シャルル・デュノア』を休め。こんなになるまで頑張ったんじゃ。今日くらい休んでも、誰にも文句は言わせん。このワシがな」

 

 狡い。そう思った。まるで自分の言って欲しい言葉を予め見透かしていたかのように目の前の少年は遠慮なく心を揺さぶる言葉を次から次へと投げかけてくる。狡い。本当に、とても狡い。これでは泣く以外の行動ができないじゃないかと、少年(シャルル)ーーーー少女(シャルロット)は思った。

 シャルロットは今しばらく、その温かな手に身を投げ出した。シャルル・デュノアを捨て、今だけは本当の自分(シャルロット・デュノア)を彼に見ていて欲しかった。まるで幼子のようになりふり構わず泣き噦る、弱く、小さく、恥ずかしい自分を。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一頻り泣いた後、シャルルは静かに立ち上がった。憑き物が取れたようにすっきりとした顔をしている。

 

「ありがとう刃。恥ずかしいところ、いっぱい見られちゃったね」

 

 シャルルは舌をチロっと覗かせてはにかむ。イカン。その仕草は反則じゃろう。前々から女子だと分かってはいたが、改めて判明してからは一層魅力が増して見える。

 

「う、む。まあ事情は分かったし、ワシからお主の秘密をバラすようなことはせんから安心しろ。ISのデータは……まあおいおい善処する」

 

「い、いいよそんなこと気にしなくても!秘密にしてくれるだけでも僕には充分過ぎるくらいなんだから!」

 

 シャルルはそういってぶんぶんと手を振る。

 

「お主がそれでいいならそうするとしよう。しかし、そういつまでも隠してはおけんかも知れんな。先生方は知っておるのか?」

 

「ううん。学園長とか、一部の偉い人は知ってるだろうけど」

 

 なるほど。学園側からのフォローはあまり期待できんな。そもそも女子と分かれば隠蔽を非難する教師の方が後を絶たんじゃろう。

 

「そう長く隠しておけるもんじゃないのお。データを手に入れたら学園を去るつもりじゃったのか?」

 

「ううん。データを手に入れてデュノア社を立ち直らせたら更に周りを関係者で囲う算段だったと思う。最初にあの人(・・・)に『3年間通ってもらう』って言われたからね」

 

 ふむ。まあせっかくの第三世代型が完成しても広告塔が無いんじゃ旨みは少ないか。

 

「そうか。それは良かった。ISのデータはどうにかするとして、せっかくのパートナーがさっさといなくなってしまうようなことがなくて」

 

「パートナー……って、いいの?僕、刃のこと騙してたんだよ?タッグ戦で後ろからいきなり襲ってデータを盗んだりするかも知れないよ?」

 

「良い。理由は3つ。まず、お前さんはISに対しては真摯に向き合っている。一度対峙すればそれくらい分かる。そんな奴がISの対戦中にそんな汚い真似はせんと信じておる。次に、学年別トーナメントは各国の代表候補のスカウトなんかが大勢集まり、公的な場での対戦じゃ。そんな場でそんなことはできん。そして最後に……」

 

「さ、最後に?」

 

「仮に不意打ちをしてきたところでむざむざやられるワシではない。ワシの信頼を裏切り、牙を剥くならば、それがなにを意味するかをたっぷりと教えてやろう。後悔と共にな」

 

 ワシとてお人好しではない。銃を向けるなら敵と見なす。

 

「だ、大丈夫!僕絶対そんなことしないから!うん!」

 

 シャルルはコクコクと頷く。とりあえず脅しは効いたか。万が一、という時のために布石は置いておこう。

 

 コンコン

 

「刃さん?間もなく食堂のラストオーダーの時間でしてよ?急ぎませんと」

 

 セシリアがドアの外から声をかける。そう言えばもうそんな時間か。確かに腹もだいぶ減っている。

 

「おう!今行く!シャルルも一緒に行こう」

 

「うん!」

 

 シャルルは素敵な笑顔で頷く。セシリアにいくつかお小言を貰いながら食堂へ向かい、人がまばらになった食堂で遅めの夕食にありついた。

 

「久しぶりにセシリアの紅茶が飲みたいのう」

 

 食後の緑茶を啜りながらふと、毎晩のように飲んでいた紅茶の味を思い出す。ほとんど無意識に呟いてしまった。

 

「あら!嬉しいことを仰ってくれますわね!でしたらこの後刃さんのお部屋までお運び致しますわ!」

 

「おお、ありがたい。できればシャルルの分も頼めるか?3人で飲もう」

 

「えぇ!?いいよ刃。セシリアさんに悪いし……」

 

「遠慮することはありませんわ!私の祖国から取り寄せた高級茶葉が今朝届いたのです!デュノアさんにもイギリスの素晴らしさをお教えしませんと!」

 

 シャルルは遠慮していたが、セシリアの押しの強さに負けて首を縦に振った。部屋まで運ぶと言っておったが、3人分となるとちと大変じゃろうと手伝うことにした。シャルルは初めてということで、お客さん感覚で自室待機。ワシはセシリアの部屋の前で待機する。

 

「こんな時間にガールフレンドと待ち合わせか?いいご身分なことだ」

 

 廊下で待っていると織斑先生に見つかった。事情を説明すると、やはり21時までに解散するならば無問題だと言ってくれた。

 

「30分くらいですか。まあ充分でしょう。ありがとうございます」

 

「全く。少しは人目というものを憚れ。もし他の生徒に見つかれば、貴様が特定の女生徒と特別な関係にあるものと思われてしまうぞ?」

 

 その通りなんですが。確かに少し軽率じゃったかも知れん。シャルルが女であると分かり、もやもやが一つ解決されたせいで浮かれていたか。

 

「すみません。浅慮でした」

 

「分かればいい。程々にな」

 

 織斑先生はそう言い残して見回りに戻っていった。タイミングよくセシリアが出てくる。

 

「お待たせしました。ルームメイトの方にも振る舞っていたので少し遅れましたわ」

 

「いいことしたの。せいぜい仲良くな」

 

 雑談を交えながら部屋に着き、シャルルと合流して紅茶を楽しんだ。

 

「はぁ……美味しいアールグレイだね。酸味に負けない豊かな風味が凄いや」

 

「あら、デュノアさんも紅茶を嗜まれていますのね。本来ならお茶請けにスコーンでも焼ければ良かったのですが……」

 

「そん時は必ず言えよ?絶対一人で作るなよ?」

 

「もう刃さん!たった一回の失敗をいつまでも掘り返すのは男らしくないのではなくて?」

 

「あはは!あのサンドイッチはびっくりしたからねえ」

 

「デュノアさんまで!もう……」

 

 会話に花が咲き、笑顔と笑い声に包まれる。シャルルの笑顔は今までと少し違って見えた。疚しさや後ろめたさが取り除かれたお陰じゃろうか。これが本当のシャルルなんじゃろう。

 なんというか、可愛らしい。普通の15の少女が

 、そこにいた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「あ、僕食堂に携帯忘れてきちゃったかも!」

 

 宴たけなわというところでシャルルがポケットを探り、突然立ち上がる。

 

「まだ空いとるかの?付き添おうか?」

 

「ううん!一人で大丈夫!カップの片付けも残ってるだろうし。セシリアさん手伝えなくてゴメンね?美味しい紅茶、ごちそうさまでした!それじゃ!」

 

「いえ。私は構わずお急ぎになって下さい」

 

 シャルルはその言葉に頷き、わたわたと部屋を出て走り去った。残った二人でカップとポットを洗う。

 

「…………」

 

「…………」

 

 蛇口から水の流れる音とカップのカチャカチャとぶつかり合う音だけが聞こえる。微妙に気まずい。

 

「あ、あの!」

 

 沈黙に耐え切れなくなったのかセシリアが口を開いた。

 

「おう。どうした?」

 

「今度の学年別トーナメント……また敵同士で相見えることになるんですわよね?」

 

 また、というのはクラス代表決定戦以来のことじゃろうか?模擬戦はあくまで模擬戦じゃし。

 

「そうじゃな。ワシとセシリアが勝ち進めればいずれかは、な」

 

 互いに決勝戦まで勝ち残れば嫌でもかち合うことになる。セシリアは一体どんな奴とタッグを組むのやら……。

 

「もし。もし、トーナメントで優勝できたその時は」

 

 セシリアは思いつめたように言い淀むが、意を決したようにガバッと顔を上げた。

 

「私の婚約者(フィアンセ)になってくださいまし!」

 

「……え?」

 

 思わずカップが手から滑り落ちた。1杯10万円のカップが割れなくて本当に良かったと後々思った。




急転直下!待て次回!


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第25話

ISABが落ち着いたのでひとまず投稿


 

 翌日。いつもよりモタついた目覚めに鬱屈としながらも、何はともあれ支度をして食堂に向かう。

 シャルルの正体。そして抱える苦しみ。それを知ることができたのはいい。いいが……。

 

「お、おはようございます」

 

 セシリアがいつも通り挨拶をしながら現れる。艶やかなキューティクルを讃える金髪。宝石のような碧色の瞳。制服を優雅に着こなすスタイル。

 ……イカンな。いつもより意識してしまう。

 

「お、おう。おはよう」

 

「デュノアさんはご一緒ではありませんの?」

 

「シャルルは寝かせてある。昨日色々あって疲れとるようじゃったからな」

 

 1人にしておくのに不安もあるが、アレから寝るまでに色々考えておったようじゃし、少しそっとしておこう。

 

「そうなんですの。そ、それでは私達だけで参りましょうか」

 

「う、うむ」

 

 セシリアと並んで食堂に向かう。いつものこと。いつもの日常。だのに2人ともまともに顔を見合わせることができない。気まずい沈黙のまま食堂に着き、メニューを選んで卓に座る。今日はきつねうどん。今日もきつねうどん。

 

「…………」

 

「…………」

 

 食器の擦れる音だけが嫌に耳に残る。誰かこの空気をなんとかしてくれ。

 誰でもいいっ・・・!

 悪魔でも・・・!

 

「あれ〜?ぎんぎんとせっしー喧嘩でもしたの〜?」

 

 天使降臨。本音が何の気なしに隣に座る。

 

「いや。喧嘩ではないよ。昨日……」

 

「んっん!私たちはいつも通りですわよ。ね?刃さん?」

 

 セシリアが咳払いをしていつも通りを装う。ああ、昨日のアレはあまり広めん方がいいか。

 

「お、おう…………」

 

 合わせて顔を見合わせるが、2人ともすぐさまトマトになって明後日を向く。

 

「あやし〜ね〜。原因はせっしーにあると見た!」

 

 ご名答。こういう時本音は案外勘が鋭い。セシリアは図星を刺されて閉口する。

 

「まあ、ちょっとな。あまり詮索せんでくれると助かる」

 

「どうしよっかな〜?最近せっしーやでゅっちーとばっかで私寂しかったしな〜」

 

 ぐぬぬ。本音、恐ろしい子。

 

「……購買の限定プリン2つで」

 

「おお〜!分かってるねぎんぎん〜。お主もワルよのう〜」

 

 本音が悪い笑顔で承諾する。どっちがワルやら。

 

「あ、刃!おはよう!」

 

 シャルルが盆を持って小走りにこっちに駆け寄ってきた。

 

「おはよう。ぐっすり眠っておったようじゃから起こさずに来たぞ」

 

「うん!起きた時は寝坊したかと焦っちゃったけど、お陰でバッチリ目覚められたよ!ありがとう」

 

「パートナーの体調管理も大事じゃからな。……そういえば、お主らはもうパートナーは決まったのか?」

 

「ええ。箒さんにお願いしましたわ。お互いに『分からせて』差し上げなければいけない相手がいるそうで、とても気が合いましたので」

 

 ダレノコトナノカナー。やる気はちゃんとあるようで安心した。

 

「私はかんちゃんと組むよ〜。2人で特製ISを作ってみんなをびっくりさせちゃうんだから〜」

 

 本音は簪とか。それにオリジナルのISときた。

 

「それは面白い。頑張って完成させてくれ。対戦を楽しみにしておるぞ」

 

 どうやら学年別タッグトーナメントへの意気込みは全員それなりにあるらしい。対峙するのは怖い気もするが、シャルルと一緒ならまあ大丈夫じゃろう。

 シャルルが朝食を終え、一同教室へと向かう。

 

「ぎんぎん」

 

 道中、本音が袖を引っ張りながら小声で呼びかける。

 

「なんじゃ?」

 

「後で時間ある〜?ちょっと相談したいことが〜なんて〜」

 

 珍しいの。そういえば簪と新作ISを作るんじゃったか。それに関して相談したいことでもあるのじゃろう。快諾すると、本音もご機嫌で喜ぶ。やはり努力して造るものならば渾身の傑作にしたいというもの。本音にもそうした熱意があったということじゃな。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 教室に行くと、シャルルとラウラが転校してきた日よりも賑わっておった。一夏はまだ来とらんのか。

 

「おはよう」

 

 挨拶をしながら席に座ると、それまで姦しく騒いでいた生徒達がそそくさと解散していった。

 

「?何かあったのかの?」

 

「な、何も!?」

 

「???」

 

 何やら女子達が避けるように視線を逸らす。何か嫌われるようなことは……無いと思いたい。この時期にクラス全員から嫌われるのは流石にキツ過ぎる。

 と思ったが、一夏が教室に入ってきた時も皆同じように動揺していた。

 ……これは何かあるの。心当たりがあるとすれば。

 セシリアを見る。目が合うと露骨に明後日の方向を向きおった。

 箒を見る。一夏の方をチラチラ見ていたが一夏と目が合うと目を逸らした。

 間違いない。此奴らじゃ。後で問い質してやらんと。

 その日の授業はいつも以上に視線を感じたが、顔を上げても誰とも視線が合わなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「は、離せ!私達を何処へ連れていく気だ!?」

 

「じ、刃さん!私、こういう強引なのも決して嫌いではありませんが……もう少し優しく」

 

 休み時間に入るや否や箒とセシリアを引っ張り出して屋上へと連行した。セシリアが何故顔を赤くしているのか分からんが。箒もおるじゃろうに。

 

「さて、話してもらおうか」

 

 屋上に着くと単刀直入に尋ねる。

 

「な、なんのことだ?」

 

「一体何をお話しすればよろしいのですか?」

 

 セシリアは事情が掴めていないようじゃが、箒の方は訳知り顔じゃな。クロはこっちか。

 

「箒。女子に何を吹き込んだ?」

 

「な、何も吹き込んでなどいない!本当だ!」

 

「そうか。では何を聞かれた?一夏に『学年別トーナメントで優勝したら付き合ってくれ』とでも言ったのか?」

 

「な、なぜそれを!?あっ……」

 

 箒がしまったと口を噤むがもう遅い。

 なるほど。そういうことか。

 

「……箒。お主の口からちゃんと説明してくれるな?」

 

 箒は観念したように頷き、静かにことの真相を語り始めた。

 一夏への兼ねてからの想いを伝えるきっかけとして今回の学年別トーナメントをダシにして一夏に約束を取り付けた。しかし言った場所が悪く、他の女子生徒に聞かれていた。そこからは乙女の伝言ゲームで事実が都合のいいように歪められ、『トーナメントで優勝したら男子と付き合える』というような噂になった、と。

 

「な、なんですのそれは!?箒さん!貴女という人は大変なことをしてくれましたわね!」

 

「わ、私とて気が気でなかったのだ!周りに気を遣う余裕など……」

 

「あー分かった分かった。事故だったんじゃな。真相が分かればそれでええ」

 

 ふむ……しかしこの状況、使えるかも知れんな。

 怒りに猛るセシリアを宥め、教室へと戻る。一夏には『何故か優勝したら男子と付き合えるという噂が流れている』とだけ伝えておいた。無論箒の告白とは結びつくまい。いや、告白とすら思っていない可能性があるのか。唐変朴念仁め。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「全く……箒さんたら」

 

 放課後:第3アリーナ。ブルー・ティアーズに身を包んだセシリアは箒に対して不満を漏らしていた。

 

「一夏さんやデュノアさんは好きに取り合ってくださって結構ですが、刃さんにまで被害が及ぶとなると黙ってはいられませんわ。ここは何としても優勝しないと!」

 

「随分やる気みたいね、セシリア」

 

 背後からの声に振り向くと、鈴がこちらに近付いてきた。その身には中国の第三世代型IS甲龍を纏っている。

 

「あら、鈴さん。あの噂は聞きまして?」

 

「ああ、アレね。全く大変よね他の皆は。そんなに必死にならないと一夏達とお近付きになることもできないだなんてね」

 

 鈴は余裕綽々といった様子で答える。

 

「あら、案外冷静ですのね。てっきりいつもの調子で躍起になって優勝を目指すと思っていましたのに」

 

「そりゃ優勝は目指すわよ?自分の実力を確かめたいし、い、一夏と付き合えるってなら尚のことよ!でもね、例え他の誰かが優勝して一夏と付き合うってことになっても私は諦めないから」

 

 鈴はそう言って力強い笑みをセシリアに見せる。惚れた男を諦めない。そんな覚悟をありありと見せつけられ、セシリアは尊敬と羨望の入り混じった感情を抱く。

 

「……凄いですわね鈴さんは。こんな噂に左右されてやきもきしていた自分が情けないですわ」

 

「まあね。どっかの誰かに『絶対に目を離すな』って釘刺されちゃったから。お節介な奴よね、アイツも」

 

 刃のことだ。セシリアは鈴の口ぶりからすぐに察した。鈴と一夏の騒動の始終は鈴本人から聞いている。その中で刃に励まされて吹っ切れたという心境も。

 

(本当にお節介な方。もう少し我が身を顧みてくださってもよろしいのに……)

 

 セシリアは鈴に説教する刃の姿を思い浮かべ、クスリと笑った。

 

「イギリスのブルー・ティアーズに中国の甲龍か」

 

「!」

 

 声の主を探すと、アリーナ出入り口にラウラを見つけた。腕組みをして2人を見下している。

 

「データ上の方が強く見えるな」

 

「何?喧嘩なら買うわよ?」

 

「まあまあ鈴さん。ボーデヴィッヒさんは日本にきたばかりで言語が不自由なんですわ。揚げ足を取っては可哀想ですわよ」

 

 安い挑発に同じく挑発で返す。

 

「ふん……所詮は古いだけの国と数だけの国か。私とシュヴァルツェア・レーゲンの敵ではないな」

 

「ふ〜〜ん?ジャガイモ農家で習った割には中々上手な日本語ね」

 

「庶民の戯言に青筋を立てるような器は持ち合わせておりませんが、言葉には気をつけないといけませんわよ?」

 

 鈴とセシリアの言葉が次第に刺々しくなる。

 

「ハッ!下らん種馬争いに必死になっている連中は腰抜け揃いのようだな?」

 

 この一言が決定打となった。セシリアはスターライトMkⅢの安全装置(セーフティー)を外し、鈴は龍砲の圧力を上昇させる。

 

「やっと解読できたわ。 『どうぞお好きなだけ殴ってください』ってことね!」

 

「この場にいない人間の侮辱をしてまで私達と遊びたいようですわね!」

 

 臨戦態勢に入った2人を見て、ラウラは静かに口角を吊り上げた。




のほほんさんのおみくじに凶をぶち込んだ運営は盾殺しを土手っ腹に打ち込まれればいいのです


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第26話

あけましておめでとうございます(遅)


 ラウラとセシリア・鈴の喧嘩はすぐにワシの耳に届いた。シャルルと連携について話していると噂好きの女子達が息急き切って何処かへ向かうのが見え、会話を聞くにラウラがセシリア達と模擬戦を行なっているらしい。

 

「すまんシャルル。急ぎの用事が」

 

「うん!急ごう!」

 

 言うが早いかシャルルはアリーナへ駆け出す。察しが良くて助かるわ。

 2人でセシリア達がいるアリーナへ走っていると、途中一夏と箒と合流した。

 

「刃!お前も聞いたか?」

 

「おう!急ぐぞ!」

 

 言葉少なに足だけ動かす。アリーナに到着すると、確かに戦闘が行われているらしい土煙と銃声が聞こえた。

 セシリアと鈴が二人がかりでラウラと交戦している。2対1であるにもかかわらずラウラは終始余裕の笑みを浮かべていた。

 

「セシリア、大丈夫か?」

 

 個人通信(プライベート・チャネル)でセシリアに語りかける。

 

「刃さん!?何故ここに!?」

 

 セシリアがスコープから目を離して周りをキョロキョロ見渡す。ワシの姿を捉えるとすぐに視線をラウラに戻した。

 

「手こずってるようじゃな。手を貸そうか?」

 

「それには及びませんわ!これは乙女のプライドを賭けた闘い!例え刃さんと言えど水を差すような真似はご遠慮願います!」

 

 何やらよく分からんが熱くなっておるようじゃ。そういう時セシリアは弱いんじゃがなあ。しかし本人がやる気ならそれを削ぐ訳にもいくまい。

 

「よう分からんが、そういうことなら頑張れ。邪魔したの」

 

 それだけ言って個人通信を切り、観客席に腰かけた。

 

「刃?2人の加勢にいかなくていいの?」

 

 どっかり座り込んだワシを見てシャルルが心配そうな声を上げる。そうか。個人通信だと皆には聞こえてないんじゃった。

 

「邪魔するな、とのことじゃ。見届けてやろう」

 

「鈴…………」

 

 一夏が鈴を見上げながらぽつりと呟く。恐らく同じように鈴に個人通信を飛ばしていたのじゃろう。

 4人で観客席に座り、固唾を飲んで見守る。ラウラのワイヤーブレードは一対多でも問題なく猛威を振るった。近接パワー型の甲龍に対して付かず離れずの距離を保ち、遠距離型のブルー・ティアーズに対しては有効射程距離よりやや近い間合いを位置取っている。中距離武器というのは中々厄介なものじゃな。

 

「しかしあの2人中々しっかり連携できとるの」

 

「セシリアに関しては当然だと言える。私とタッグを組むことを前提に後衛としての立ち回りを特訓したからな」

 

 箒が自慢気に言ってしきりに頷いている。

 

「鈴はそんなセシリアの特性を理解して前衛寄りに立ち回っておるようじゃな。どちらも流石は代表候補生といったところか」

 

「でも、そんなコンビネーションでもラウラ1人と互角か、もしくは……」

 

 一夏はその先の言葉を継ぐことができなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 中々面白い。ラウラは内心そう思いながら余裕の表情を崩さずに目の前の獲物を狩っていた。

 所詮はISをファッションか趣味のようにしか思っていない者ばかりのIS学園だが、やはり代表候補生ともなるとそれなりに歯ごたえがある。初めは安い挑発にまんまと乗ったことを笑ったが、いざ戦闘となると感心すべき所が見受けられた。『生まれながら』に好戦的な性格のラウラは本能的に強者を好む傾向にあった。故に第三世代型ISを持つ代表候補生の自分と同じ立場にあるセシリアと鈴に挑戦するのは時間の問題だったと言えよう。尤も、ラウラは意識的には2人を遊び相手か狩りの獲物程度にしか考えていない。

 予想外の抵抗を見せる獲物に対し、ラウラは次第に胸のざわめきを抑えきれなくなっていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「厄介な武装ですわね」

 

「ほんと鬱陶しいったらないわよ!」

 

 セシリア・鈴の急造コンビは悪態をつきながらもラウラの猛攻を耐えしのいでいた。襲いくるワイヤーブレードをセシリアは躱し、鈴は双天牙月でいなす。

 

「中々やるじゃんセシリア!毎日刃と訓練してるだけのことはあるわね!」

 

「鈴さんこそ!流石は中国の代表候補生ですわね!ですが、それ以上に……」

 

「ええ。あの化け物のが上手ね」

 

 互いに息の合った連携を讃えると同時に、それでも拮抗するのが精一杯であるラウラの戦闘力に戦慄した。

 

「どうした?命乞いの打ち合わせか?」

 

 ラウラは不敵な笑みで2人を挑発する。2人の目に戦意の色が濃くなるのを見届け、ラウラの攻める手が苛烈さを増していった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「まずいな」

 

 ほとんど無意識に呟く。ラウラが遊ぶのをやめたらしい。目の色が変わった。

 

「マズい!鈴!」

 

 叫んだのは箒じゃった。鈴は前方からくるワイヤーに気を取られ、死角から伸びたワイヤーブレードに気付かない。箒が叫ぶとほぼ同時、鈴に凶刃が突き立てられた。

 

「きゃあっ!」

 

 鈴が悲鳴を上げて大きく体勢を崩す。その隙を見逃すラウラではない。レールカノン砲を構え、鈴に照準を合わせる。

 

「させませんわ!」

 

 セシリアがワイヤーブレードの猛攻から逃げ延び、ラウラの砲身に正確な射撃をする。ラウラが身を引いて躱した隙に鈴が体勢を立て直す。

 

「小賢しい!」

 

 ラウラは標的をセシリアに変更する。ワイヤーブレードで鈴を牽制し、一気にセシリアとの距離を詰めた。セシリアは鈴が動けないのを見届け、後退しながらビットを展開する。しかし……

 

「それは悪手じゃないかの?セシリア」

 

 ビット操作にはかなりの集中力を要する。鈴への誤射の心配をしなくて済むとは言え、後退に専念すれば回避に対して集中力を割かなくていいというのはラウラ相手にしては甘い考えなように感じる。

 

「くだらん。この局面では愚かな選択だ」

 

 ラウラは停止結界でセシリアの逃走を無理矢理止めた。突然身動きがとれなくなったことに焦ったセシリアは案の定集中力を切らし、ビットの操作もままならなくなった。

 

「くっ!この……」

 

 セシリアは辛うじてビットの一基で攻撃する。しかしそんな脆弱な攻撃はラウラのワイヤーブレードに弾かれた。

 

「中々楽しめたが、最後はお粗末なものだな」

 

「まだ私が……いるでしょうが!」

 

 鈴が遮二無二龍砲を叩き込む。

 

「チィッ!」

 

 ラウラは舌打ちをしてその場から離脱する。フラフラの鈴に容赦なくワイヤーブレードを叩き込み、鈴は黒い煙を上げながら墜落していった。

 

「「鈴!」」

 

「鈴さん!」

 

 一夏、箒、セシリアが同時に叫ぶ。ラウラはすかさずセシリアに追撃を迫る。セシリアは停止結果から逃れ、ラウラが接触する寸前に腰のミサイルビットを射出した。ラウラは難なく停止結果で止め、セシリアは再び距離を取った。

 

「ちょこまかと……片割れを失っては勝負あっただろう。とっとと諦めたらどうだ?」

 

「鈴さんとは成り行きでタッグを組んだに過ぎませんわ!同じ第三世代型を操る代表候補生として、簡単に遅れを取る訳にはいきませんことよ!」

 

 セシリアは気丈に振舞っていたが、意識は墜落した鈴に向いている。

 

「……フ。お仲間がそんなに心配か?」

 

「!?何を……」

 

 ラウラがニヤリと笑うと、セシリアに背を向けて急降下した。その先には鈴が……。

 

「イカン!」

 

 思わず飛び出そうとしたが、アリーナに貼られたバリアに阻まれる。

 

「一夏!2人でコイツ破るぞ!」

 

「ああ!ちょうどそう思ってたところだ!」

 

 一夏はそう言うと白式を展開し、即座に零落白夜を発動させる。ワシも八極を取り出し、両手に日輪を持つ。こんな時こそ釣魚の使用条件を恨めしく思う。

 

「ちょ、ちょっと2人とも落ち着い」

 

「おおおおおお!」

 

「りゃああああ!」

 

 シャルルの制止を無視し、2人でバリアの一点に集中攻撃を加える。硝子の砕け散るような音と共にバリアに穴が空く。

 

「ラウラはワシが!一夏は鈴を頼む!」

 

「そのつもりだ!」

 

 うむ。以心伝心で何より。一夏は瞬間加速で、ワシは無影縮地で標的に急接近する。

 

「柳 刃!貴様か!」

 

 ラウラは意外にも喜色満面でワシを迎え撃つ。

 日輪を思い切り振り上げたが停止結界に阻まれる。

 

「ワシを覚えているかの?10年ぶりくらいか?」

 

「?貴様と会ったのはIS学園(ここ)が初めてのはずだが……まあいい!一度貴様と刃を交えて見たかった!」

 

 ラウラはプラズマ手刀を装着し、停止結界で身動きの取れないワシに大きく振り下ろした。

 

「ぐぅ!ナメるな!」

 

 停止結界では全身は止められないらしい。もう片方の手に握っていた日輪を手首のスナップだけで投擲する。

 

「フン!くだらん!」

 

 ラウラは大きく身を翻して日輪をやり過ごす。

 その瞬間、停止結界が解除された。

 

「やはりか」

 

 一度距離を置き、ラウラの一撃のおかげで使用可能になった釣魚を装備する。

 ラウラの停止結界、AICはISの移動補助機構の一部を擬似的に強制ロックする技術。それを維持するには敵IS周辺の一定領域の物質を把握し、逐次固定していなければならない。それに必要な集中力はセシリアのビットの比ではない。例えラウラと言えども停止結界を発動しながら停止している物体以外に対する反応は普段よりも著しく遅れる。半身を翻すだけで避けられた日輪を大袈裟に躱した上に停止結界が解除されたのが良い証拠じゃな。

 

「刃さん!なんて無茶を……」

 

 セシリアが上空から回線も使わずに叫ぶ。やれやれ元気そうで何より。

 

「鈴がヤバそうだったんでな。今は一夏が連れて離脱しておるじゃろう」

 

 そう言って視線を遣ると、やはり一夏がバリアの穴から鈴を連れて観客席に避難していた。

 

「さて……ラウラ・ボーデヴィッヒ。お主はやってはならんことをしたな」

 

 緊急事態の収束を実感し、殺していた感情が静かに蘇ってくる。湧き水のように静かに染み出していた感情(それ)は、すぐさま間欠泉のように勢いよく噴き出した。

 

「……ッ!」

 

 ラウラが一瞬怯えたような表情で硬直する。

 理由があるとすれば一つじゃろうな。

 

 

 

「ワシの仲間に手を出して……無事で済むと思うなよ?」

 

 

 

 ワシの顔が修羅の如く怒りに歪んでいたから。




盛り上がって参りました
寒さに負けず頑張るぞい


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第27話

 

「鈴!」

 

 ラウラとの戦闘中、個人通信で一夏の声が鈴の耳に届いた。

 

「一夏!?なんで来たのよバカ!」

 

「幼馴染を心配すんのは当たり前だろうが!大丈夫か?」

 

「余裕よ。同じ代表候補生が2vs1で苦戦して堪るもんかって話よ!言いたいことはそれだけね?それじゃあ切るから!」

 

 鈴は半ば無理矢理通信を切る。そしてその心中には焦燥が顔を覗かせ始めた。

 大好きな一夏の前で無様を晒す訳にはいかない。ましてや2vs1というハンデを背負った相手に対して。

 そうした焦りが徐々に鈴の判断を鈍らせ、そして致命的な隙を生む。

 

「ヤバいぞ!鈴!」

 

 一夏の声に鈴は改めて周囲360°に意識を向ける。鈴の死角からラウラのワイヤーブレードが飛び出してきた。ハイパークリアセンサーに死角はない。あるとすれば、操縦者本人が無意識の内に知覚を鈍らせている心理的な隙。特に前方の広範囲からの猛攻を捌いていた最中の出来事だ。どうしたって後方の警戒は手薄になる。

 ISが普及する以前から白兵戦に長けていたラウラはそうした人間の癖を読むのが上手い。

 

「きゃあっ!」

 

 ラウラの思惑通り鈴に致命的な一撃を叩きこんだ。セシリアのサポートでなんとか体勢を立て直すが、数本のワイヤーブレードに牽制され、今度はラウラにセシリアへの接近を許してしまう。

 

(強い……)

 

 鈴の心に絶望感が蔓延する。

 自分だって中国の代表候補生として毎日死に物狂いで訓練してきた。戦闘技術だって大方身についた。ISだって存分に扱える。

 なのに、勝てない。ラウラに勝つビジョンが見出せない。このままでは、一夏に醜態を晒して負けてしまう。それだけは絶対に嫌だ。鈴は必死にラウラの隙を伺った。セシリアに停止結界を使い、ワイヤーブレードの攻めが緩まる。

 

(今!)

 

「まだ私が……いるでしょうが!」

 

 ヤケクソ気味に放った龍砲はラウラをセシリアから分断することに成功した。

 

「やった……」

 

「チィッ!」

 

 初めての有効打に綻んだ顔をラウラは見逃さなかった。セシリアを完全無視し、都合16本全てのワイヤーブレードで全方位から鈴に攻撃する。鈴は悲鳴を上げる間もなく甲龍のシールドエネルギーを削り取られ、黒煙に視界が包まれる中意識を失った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「行くぞ」

 

 短く伝え、釣魚を構える。怒りに沸騰しそうな頭に対し、挙動のなんと流麗なことよ。

 

「来い、柳 刃!」

 

 ラウラの口角が上がっているのを見て、共感と同時に苛立ちが増す。

 強者と闘いたいという気持ちはよく分かる。

 が、だからとて敗者を痛めつけようとする行為は決して許せん。しかもワシの大事な友人を。

 

「太公……」

 

「貴様ら!何をしとるか!」

 

 しかし頂点に達した怒りはアリーナに響く厳しい声にかき消された。織斑先生の声。しかも拡声器無しですかい。なんという肺活量。あとその手に持ってるのは……打鉄のブレード?いやはや規格外もいいとこじゃの。

 

「教官……」

 

「貴様らがどんな理由で小競り合いをしようが勝手だがな、アリーナのバリアまで破壊されるような事態になっては教師として介入せざるを得ない」

 

 織斑先生はそういってワシを睨む。一夏は鈴を保健室に搬送していていない。半分は彼奴のせいなのに。

 

「すみません。緊急事態故少しばかり強硬手段を採らせてもらいました」

 

「ハァ……もういい。事情は後で聞く。覚悟しておけよ、柳。総員、学年別トーナメントまでの間一切の私闘を禁じる。これ以上先生方に迷惑をかけるな。以上!解散」

 

 織斑先生はそれだけ言って気怠そうにアリーナを後にした。

 

「……という訳らしいの。決着は当日。ワシに当たる前に負けるなぞというくだらんオチは勘弁してくれよ?」

 

「私は貴様こそ心配だがな。そこらの馬の骨に遅れを取るようでは私に挑む資格すらないと思え」

 

 ラウラはそれだけ言うと残念そうに一度振り返り、アリーナを出て行った。騒動は収まり、観客席にいた野次馬女子も疎らに散っていった。

 

「さて……セシリア。保健室へ急ぐぞ」

 

「は、はい!」

 

 一部始終を傍観していたセシリアは突然の終幕に呆然としていたがワシに声をかけられてすぐに我に返る。今は鈴の容態が心配じゃ。着替えを早々に済ませ、保健室へ向かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 IS学園生徒寮。

 コツコツという軍靴が床を叩く音が廊下に響き渡る。その足音は速く、大きい。音の主の苛立ちを如実に表していた。

 

「クソッ……!」

 

 足音の主、ラウラは怒りの余り壁を殴りつけた。

 ラウラの怒り。それは待ち望んだ相手との戦闘に水を差されたことに対してではない。

 

(私が、恐れたというのか……!?)

 

 ラウラの怒りの矛先は自身だった。

 あの時、刃が見せた怒りの表情。確かに激しいものだったが、そんな顔は戦場でもそれなりに見慣れている。ラウラにとってあまり珍しいものでもない。なのに、身が竦んだ。

 

(まるで教官の眼光に射竦められた時のような強烈なプレッシャー……奴は一体……?)

 

 ラウラは未だ全容を計り知れないでいる刃に対して暫く思考を巡らせた。気を取り直したラウラは再び歩き始める。落ち着いた軍靴の規則正しいリズムが廊下を撫でていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「鈴……!鈴!鈴!」

 

 保健室に鈴を運んだ一夏は気絶している鈴の手を握って何度も呼びかける。保険医は墜落時の衝撃による打撲はあるものの、それ以外は何も問題ないと言った。しかし目の前でラウラの猛攻を受ける鈴を見た一夏は鈴がこのまま目を覚まさないのではないかと思ってしまった。

 

「い、一夏!あまり揺すっては怪我に響く。気持ちは分かるが少し落ち着け」

 

 箒が一夏を鈴から引き離す。本人は気付いていなかったが一夏は鈴の手を万力の如く強く握り締め、叩き起こすかという勢いで揺さぶっていた。

 

「あ、ああ。悪い。サンキュー箒」

 

 一夏は深呼吸を一つして落ち着いた。改めてベッドに横たわる鈴を見る。外傷はほとんどない。ISの絶対防御があるので当然だ。そう考えて熱された頭を少しずつ冷やしていく。

 

「全く……お人好しも時として相手を苦しめる。気を付けるがいい。こ、これからも私が側にいて注意してやろう」

 

 箒が咳払いをして呟くように言う。やはりというか、一夏には後半部分が聞き取れなかった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒか……一体なんだってんだよ。どんな理由があって鈴とセシリアと闘ってたんだ?」

 

「さあな。さしずめ安い挑発に乗せられたんだろう。2人とも頭に血が昇りやすい性格だからな」

 

 どの口が言うか。とは口が裂けても言えない一夏であった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 途中はぐれて迷子になりかけていたシャルルを拾い、保健室に着く。中には一夏と箒が鈴の側にいた。保健室の先生は普段通りの様子で手を振ってくる。鈴はまだ気が付いていないようじゃな。

 

「お、来たか。さっきはサンキューな刃。お前がいなかったら鈴もセシリアも大怪我してたかも」

 

「礼には及ばん。2人を助けたいと思ったのはワシも同じじゃし、おあいこじゃろ」

 

「それでも結構な無茶だよ2人とも。トーナメント出場停止とかにならなくてよかったよ」

 

 シャルルの言葉に、一夏と2人して『言われてみれば』といった顔をしてしまった。確かにあんな騒ぎを起こしておいて即刻処罰を受けなかったのは不幸中の幸いというより不気味。もしかして後々……身震いが。

 

「考えてなかったんだね……2人らしいや」

 

「全くだ」

 

 シャルルはやれやれと澄まし顔で肩を竦める。箒も同意するように苦笑した。

 

「刃……ラウラ、どうだった?」

 

 会話がひと段落すると、一夏が切り出して来た。

 

「どう、とは?」

 

「いやその……勝てそうかなって」

 

「ふむ。勝機はあるが、勝ち筋は狭いかも知れんな」

 

 固有武器の性能が高過ぎる。あんなんチートじゃ。チーターじゃ。

 

「そっか。刃でも厳しいか……」

 

 一夏の表情が引き締まる。

 

「……まあ、1vs1なら、じゃがな」

 

 そう言ってシャルルを見遣ると、シャルルは何も言わず笑顔で頷く。

 

「停止結界の弱点を知れたのも大きい。シャルルと一緒ならやれる」

 

 連携も整いつつあるしの。不安材料があるとすればラウラのパートナーか。本当に見当がつかん。案外本音とか……嫌じゃなぁ。

 

「ま、まあ?私とのタッグであれば更に確実な勝利をお届けできましたのに、勿体ないですわね!」

 

 セシリアが悔し紛れに強がりを言う。

 まあ、タイプ的に相性がいいのは認めるが。

 

「それは箒に言ってやれ。成り行きとはいえ実戦で先に鈴とのコンビネーションを見せつけられたんじゃからな」

 

「む。私は別に気にしていないぞ。むしろセシリアと共闘する時にどう立ち回れば良いか参考になったからな」

 

 逞しいことじゃ。箒もラウラの強さを見せつけられて思うところがあったのじゃろうな。

 

「そうですわね。ラウラさんは謂わば万能タイプ。それぞれの距離でどうすべきかを検討しなくては。鈴さんの死は無駄にはしませんわよ」

 

 勝手に殺すな。

 

「……人のこと勝手に殺さないでくれる?」

 

 か細い声と共に鈴が目を覚ました。

 

「鈴!気が付いたか!良かった……」

 

 一夏が鈴の側に駆け寄り、ホッと肩を下ろす。

 

「心配かけてゴメン。ちょっち油断したわ」

 

 鈴はいつもの軽い調子で謝る。多少の怪我はあるが大丈夫なようじゃ。

 

「不覚を取ったな鈴。一夏に恥を晒すまいと焦ったか?」

 

「いたた……刃にはバレちゃってたか」

 

「?そういや、何で2人はラウラと闘うことになってたんだ?」

 

 一夏がそれとなく疑問を投げる。言われてみれば、何故2vs1などという戦闘をしていたのか。普通に挑まれれば2人ならどちらか1人が名乗り出ようとして……喧嘩になってラウラに2人で来いとでも挑発されてそれに乗って……容易に予想がつく。

 

「それはその……」

 

「乙女のプライドを傷付けられたと言いますか……」

 

 妙に歯切れが悪いの。何か言いたくない理由でもあるのか?

 

「あ、分かった!2人とも刃と一夏の悪口を言われて……」

 

「ちょ、デュノアさん!?」

 

「ああもう!アンタは一言多いわねえ!」

 

 セシリアがすかさずシャルルの口を塞ぐ。

 なるほど。そういう挑発か。確かにこの2人を怒らすにはうってつけじゃな。

 

「?何て言ったんだ今?」

 

 一夏(コイツ)は相変わらず、と。

 

「大体事情は分かった。お主らなら乗らざるを得ない挑発だったわけか。ならば特に何も言うまい。じゃが、鈴よ。その腕ではトーナメント出場は難しいんじゃないか?」

 

 ワシの一言に、全員の視線が鈴の腕へ向く。軽く包帯を巻かれているだけで外傷は無いが、先程から意識して動かさないでいる。おそらく筋を痛めたか。

 

「な、何言ってんのよ!こんなのかすり傷だってば」

 

「……櫻井(さくらい)先生」

 

 保健室の先生に答えを訊く。先生は軽く頷くとカルテを持って立ち上がった。

 

「凰ちゃんの右腕は強い打撲と靱帯損傷が見られるわ。ISの操縦なんて以ての外。あと2週間は安静にしていなさい」

 

「そ、それじゃトーナメントに間に合わないじゃない!痛み止めとかなんか無いの!?」

 

「駄目ですよ」

 

 タイミングを計ったように山田先生が保健室に入ってくる。

 

「凰さんの場合、甲龍のダメージレベルもCにまで到達しています。その状態のISと怪我をした鈴さん。無理を続ければどうなるかは代表候補生の凰さんなら分かりますね?」

 

「う〜〜〜〜……」

 

 鈴は反論もなく唸るしかなかった。ちゃんと分かっている証拠ということじゃな。流石は代表候補生。

 

「鈴。お前の仇はワシが討つ。一夏が先かも知れんが」

 

「ああ。勿論、刃達と先に当たっても恨みっこ無しだぜ?」

 

「望むところ。勝つのはワシらじゃからな。というわけじゃ。今は大人しくしとれ」

 

 一夏と軽く火花を散らして鈴に向き直る。

 

「はぁ……そうするしかないみたいね。んじゃ頼んだわよ。負けたらゼロ距離龍砲かますからね」

 

 なんと恐ろしいことを。まあ、負けなければいい話か。

 なんとか鈴を納得させ、治療に専念させることに成功した。鈴との実戦も楽しみの一つじゃったのに、全くラウラめ。この埋め合わせはきっちりさせてもらうぞ。

 

「さて、話は落ち着いたか愚か者ども」

 

 いつの間にか山田先生の後ろに織斑先生が。気配断ちが尋常じゃないレベルだの。

 

「織斑、柳。貴様らはこれから事情聴取と罰則だ。安心しろ。トーナメント当日には動ける程度にしてやろう。全く不出来な生徒を持つと教師は苦労する」

 

 毒づく織斑先生じゃが心なしか嬉しそうな気が。

 この後2人でバリア復旧作業の教員に給仕サービスを行った。復旧は深夜までかかった。確かにこんなことを何度もされては堪らんな。今後は気を付けるとしよう。

 え?罰則?ああ。その教員がやる予定だった事務作業を全て押しつけられたわ。IS学園の縁の下の闇を垣間見た。




地味に保険の先生の名前初出しです


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第28話

説明口調になってしまった……


 あっという間に週末になった。アリーナのバリア復旧を手伝い、事務作業を手伝い、本音と簪の話を聞き、忘れていた叔父からの手紙に目を通し……そりゃ5日くらいすぐに過ぎるわな。

 シャルルも色々と悩んでいる部分を見せたが訓練ではきっちり切り替えてくれたしの。

 

「あ、組み合わせ出たよ」

 

 空中投影ディスプレイにトーナメント表が示される。

 

「ほう……」

 

 とある文字が目に入った瞬間、心臓が一際熱い血を作り始めた。

 

 一回戦第一試合

 

 柳 刃&シャルル・デュノアVSラウラ・ボーデヴィッヒ&虹村スピカ

 

 …………誰?

 

「いきなりラウラか……」

 

「うん。対戦相手はタッグ申請をしなかった人から抽選らしいけど…………誰?」

 

 シャルルも首を傾げる。良かった。ワシだけ知らん訳じゃなさそうじゃな。

 

「誰かは分からんが油断はせんでいこう。不確定要素は警戒するに越したことはないからの」

 

「うん!」

 

 シャルルの力強い頷きを見届け、フィールド入口に向かった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 アリーナ:学年別トーナメント1年生の部

 八極を展開してアリーナに入ると、割れんばかりの歓声に包まれた。観客席を埋め尽くす生徒。各国のお偉いさんらしき人間がチラホラ。

 そして、目の前には当然。

 

「少し安心したよ。いきなり貴様とぶつかれることにな」

 

 ラウラは余裕の笑みを浮かべてワシの前に立つ。その背後にいるのが虹村スピカという生徒か。虹村スピカ。どことなく一夏の韻を踏んだような名前じゃな。

 

「えーっと。そっちの女子は初めましてじゃな」

 

「……虹村スピカ。よろしく」

 

 虹村はそれだけ言うと臨戦体勢に入った。打鉄のブレードを抜き、ダラリと両腕を下げる。

 

「?なんであんな隙だらけな……」

 

 シャルルが虹村の構えを見て疑問を漏らす。

 

「脱力は瞬撃(インパクト)を高める為じゃろう。迂闊に近付くな」

 

 ただでさえラウラを前にしているというのに、虹村もまた一癖も二癖もある奴らしい。あのテンションの低さからしてタッグパートナーにはあまり関心はないようじゃ。まああってもラウラが一蹴して終いじゃろうが。

 

『一回戦第一試合、始め!』

 

 アリーナに響くアナウンスとブザーが開戦を告げた。

 

「とりあえず時間を稼いでみる。シャルルは手筈通りにな!」

 

「うん!」

 

 短いやり取りを交わし、両手に月夜を持つ。

 シャルルは距離を取り、ライフルを構える。虹村が射撃を阻止すべくシャルルに接近するが、シャルルは上手く距離を取りながら牽制した。

 

「ハ!付け焼き刃のチームワークで私に太刀打ちできると思うな!」

 

 ラウラは初めから一人で闘うかのように虹村を無視し、16本のワイヤーブレードを振り回す。

 

「小手調べ、じゃな。受けて立つ!」

 

 月夜で四方八方から迫り来るブレードを弾く。

 弾いた隙間を縫うようにラウラの懐へと距離を詰めた。

 

「この距離ならワイヤーは使えまい!」

 

「そう来ることは想定済みだ!」

 

 ラウラはプラズマ手刀を両手に展開し、接近戦に応戦しようとした。

 

「甘い!」

 

 月夜を止めようと振り翳したプラズマ手刀はまるでバターのように容易く斬り裂かれた。

 

「!?しまっ」

 

「ふんっ!」

 

 月夜をフルスイングし、肩口にあったワイヤーブレードの射出口を潰す。2本のワイヤーが根元から断たれ、蛇のようにその身をくねらせながら落下していった。

 

「くっ!……流体を吸収する短刀(ダガー)か」

 

 ラウラは距離を取って月夜を見る。

 

「うむ。正確には運動量らしいんじゃが……流体ならば運動量を0にしてやればこのように形状維持ができなくなるという訳じゃ」

 

 勿論持論じゃが。簪に話を聞いてもちんぷんかんぷんじゃったし。

 

「なるほど。接近戦で駒を一つ潰したという訳か。小賢しい!」

 

 ラウラは眼をカッと見開くと、レールカノンの砲口を向けた。

 

「って待てバカ!この距離じゃお前もタダでは……」

 

「隙あり、だ」

 

 身体がガクンと硬直し、指一本動かせなくなる。停止結界か。

 しまった。レールカノン(それ)は囮か。

 予想外の攻撃に対処を迫り、隙を作る作戦。見事に嵌ったわ。

 ラウラはレールカノンの砲口を下げ、ワイヤーブレードを総動員させてワシに向けた。

 

「終わりだ。やはりあっけなかったな」

 

『そうじゃな。猿芝居はこの辺にするか』

 

 個人通信で直接意識に語りかける。

 

「戯言を!それで私が動揺するとでも」

 

 ラウラの言葉は飛来する銃弾によって遮られた。

 

「チィッ!」

 

「ちょっと刃にぞっこん過ぎるんじゃないかな?」

 

 シャルルが硝煙の立ち昇るライフルを構えて立っていた。虹村はシャルルのスピードに翻弄され、ようやっと追いつこうとしていた。

 

「世代遅れが!」

 

「どいて。私の獲物」

 

 ラウラの放とうとしたレールカノンはしかし虹村によって遮られた。打鉄の操縦は並じゃがシャルルに食らいつくガッツは見上げたものがある。

 

「ゴメン刃!手助けはこれで手一杯みたい!あとよろしく!」

 

「おう!あちらさんがよろしくやっとるようじゃし、ワシらも再開といくか」

 

「お仲間に助けられておいて偉そうに!」

 

 それは図星。シャルルには試合開始から繋ぎ続けていた個人通信が途絶えたら援護に回って貰うよう打ち合わせしておいた。そしてそれを終えた後のことも。

 

「あの虹村とかいうのも中々骨のある奴のようじゃ。このまま長引く前に一気に決めるとしよう……日輪!」

 

 月夜を日輪に持ち替え、逆手に握る。

 

「シールドを引き換えに痛撃を与える武器か。恐るるに足らん」

 

「それはどうかの?」

 

 右脚のスラスターにエネルギーを溜める。

 片足による無影縮地で接近し、逆手に構えた日輪ですれ違いざまに斬りつける。

 

「疾い……ッ!」

 

「もういっちょ!」

 

 ブレーキをかけながら左脚のスラスターで無影縮地を行い、同様に斬りつける。

 

「ぐあッ!」

 

「名付けて、双日輪【飛燕】」

 

 超高速の二連撃にラウラのシールドエネルギーが風前の灯にまで削り取られる。

 

「クッ!この私をここまで追い詰めるか。認めてやろう柳 刃。貴様はこのIS学園において私の好敵手と呼ぶに相応しい!」

 

 絶望的なピンチの中、ラウラはそう言って狂気とも取れる激しい笑みを見せた。ワシが一夏と初めて闘った時もこんな顔をしていたんじゃろう。

 

「そりゃどうも。とりあえずこの闘いに決着を付けるぞ」

 

 日輪の全力のふた振りでシールドエネルギーは削れたが、釣魚の使用条件にはまだ遠かった。しかしそれを待つ前に決着をつけるのがよかろう。

 

「これで……トドメじゃ!」

 

 日輪を構え、無影縮地でラウラの懐に潜り込む。

 

「そう何度も同じ手は食わん!」

 

 ラウラは手を翳し、目前に迫るワシに停止結界をかける。

 

「それはワシも同じこと」

 

「なっ……消えた!?」

 

 ラウラは停止結界で捉えた筈の敵影を見失った。ハイパークリアセンサーが即座に背後の熱源を探知した。

 

「後ろ!?」

 

「ご名答」

 

 日輪を大上段に構え、ラウラが振り返ると同時に縦一文字に斬り下ろした。

 

 ラウラの停止結界への対抗策。

 それは停止結界の発動プロセスの中にある敵の捕捉を突くこと。特定領域内に慣性制御を施すP.I.Cはその領域を定める際に極度の集中力を要求する。言い方を変えればその瞬間だけはターゲット以外に対して無防備になる。

 先刻はその隙を教える為にシャルルと個人通信を繋ぎっぱなしにしておいた。

 今度はその隙をワシ個人で逆手に取る。

 無影縮地で日輪の間合いに入る直前、垂直方向にスラスターを噴かす。するとどうなるか。縮地のベクトルとスラスターの噴射によって生まれた垂直方向のベクトルが合体し、斜方への力が生まれる。

 とどのつまりラウラに真っ直ぐ突進していたが急に頭を飛び越えるような軌道に変わる。ラウラからすれば目の前の標的が急に消えたように見えるじゃろう。

 結果、停止結界発動の為に割いていたセンサーを掻い潜り、ラウラの死角へ入り込んだという訳じゃな。

 

「あぐっ……馬鹿な……!私が、こんなところで負けるというのか」

 

 シュヴァルツェア・レーゲンがバチバチとスパークを起こす。シールドエネルギーは尽き、間もなく試合終了のブザーが鳴り響くじゃろう。

 

「嫌だ……私は負ける訳には……!」

 

「!?」

 

 終了の予感にホッとしたのも束の間。突如ラウラから禍々しい気が発せられた。




???「スピカちゃんスペシャルアターック!」


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第29話

 

 少し前。

 

(また……ッ!)

 

 シャルルは全力の回避にいつまでも肉薄してくる打鉄に歯噛みした。

 そんなシャルルを追い詰めるのは虹村スピカ。刃やシャルルは勿論のこと、学園で彼女に一目置く人間は数える程しかいない。

 理由の一つは、代表候補生のブランドにスピカの実力が霞んでしまっているからである。

 IS学園に所属する国の代表候補生には、各国から専用機が支給される。それはデータ収集や広告塔等、様々な目論見があってのことだが。それによって優秀なIS乗り=代表候補生=専用機持ちという印象が人々の心に強く根を下ろしてしまった。

 スピカは1年生ながら、ISの訓練をストイックにこなしてきた。部活動や友人の集いを一切絶ち、課外の時間のほとんどをISの操縦訓練に費やした。IS学園が保有する打鉄のとある一台はもはやスピカ専用と言っても過言ではない程に使い込まれている。訓練用の貸与ISは使用後にその戦闘データを抜かれリセットされるが、スピカはそのデータを外部ハードディスクに保存するという徹底ぶり。

 そんなスピカの努力に裏打ちされた実力は、並ながら並ならぬ動きを見せる。専用機という分かりやすいビジュアルの有無によって、奇しくも今までカムフラージュされてきたのだった。

 

(獲る……)

 

 猛禽のような眼差しでシャルルを射竦めるスピカ。シャルルが代表候補生として厳しい鍛錬を積んでいなければその眼光を前に硬直していただろう。それ程の気迫があった。

 そしてその気迫が伊達ではないことを証明するかのような鋭い一太刀が振り上げられる。

 シャルルはその一閃を紙一重で躱し、振り上げられたブレードに銃弾を撃ち込んだ。勢い余ったブレードにスピカが体勢を崩す。

 

「ちぃっ!」

 

「そこっ!」

 

 シャルルは高速切替(ラピッド・スイッチ)によって目にも留まらぬ速さで殻蜂(シェル・ビー)を取り出し、コンパクトな横薙ぎを放つ。

 脇腹を切り裂くような一撃が、消耗した打鉄の最後のシールドエネルギーを奪い取った。

 

「負け……」

 

 スピカは0となったシールドエネルギーを確認し、静かに敗北を認める。ポーカーフェイスを保っていたが、悔しさにブレードの柄が軋む程強く握り締められていた。

 

「ふぅ。危なかったぁ。本当に強かったよ虹村さん」

 

 シャルルは健闘を讃えてニッコリと微笑む。

 

「そう……次は負けない」

 

 スピカはそう言って薄く笑う。タッグマッチではあるものの、2人の息もつかせぬ攻防に惜しみない拍手が贈られた。

 しかし、戦闘は終了していない。

 

「がああああああッ!?」

 

 獣のような咆哮に2人が振り向く。見ると、刃とラウラが対峙していた。叫ぶラウラに対し決着の色を見せる刃。戦闘終了の兆しが見え、シャルルが肩の力を抜いた。

 

「まだ終わっとらんぞ!」

 

 刃の大音声にシャルルが何事かと辺りを警戒する。異変は、ラウラに起こっていた。

 

「な、何……アレ……?」

 

 シャルルはラウラの、もといラウラのISの変貌ぶりに絶句した。

 まるで炙った蝋のように機体がドロリと溶け、蠢くアメーバのようにその姿を変形させていく。漆黒の汚泥と化したシュヴァルツェア・レーゲンにラウラが飲み込まれる。そして、ソレはその姿を確定させた。

 

「まさか……あの機体は……」

 

 正真正銘。非の打ち所のない最強の贋作がアリーナに降り立った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「アレは……!」

 

 ラウラのISが劇的に変化した姿を見て、ほぼ直感的にその正体に行き着いた。

 暮桜。そしてその唯一の持ち主、織斑 千冬。

 

「ふ……」

 

 肩が小刻みに震える。心臓が身体の隅々まで血を行き届かせんとばかりに激しく駆動する。

 

「はは……」

 

 口の端から笑みが漏れ出す。

 興奮していた。何故?簡単だ。

 

 

 最強が、目の前に、敵として、立っている。

 

 

「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 

 狂ったような笑いが込み上げてくる。この場にいる何人かはワシの様を見てドン引きかも知れんが、今はそんなことどうでもいい。ざわざわと全身が総毛立つように奮いだす。血が沸騰するかとか思うくらい熱く滾る。

 

「釣魚ォ!」

 

 日輪でいい塩梅に減ったシールドエネルギーが釣魚の条件を満たした。構え、突っ込む。

 

「刃!」

 

 シャルルの声を遠くに聞きながら、目の前の大敵に槍を繰り出す。ラウラ?シュヴァルツェア・レーゲン?暮桜?ええい呼び方なぞどうでもよい!

 最強は事も無げに槍を弾き、カウンターの一太刀を浴びせにくる。

 躱し、突く。

 最強が弾き、剣を振る。

 油断や隙など一分もない。

 退き、薙ぐ。

 跳び、振り下ろす。

 受け止め、蹴り上げる。

 足で受け、その勢いで距離を取る。

 数秒の間に繰り出された攻防を把握しきれた者はほとんどいない。静まり返ったギャラリーがいい証拠じゃ。

 

『柳!試合は中止だ!即刻離脱しろ!』

 

 織斑先生の声がアリーナに響く。

 じゃが、ワシは聞く耳を持たなかった。

 最強がそこにいる。ワシと剣を交えてくれる。打てば受け、打ってくる。

 受ければ更なる一手を差してくる。

 手の届く所に、最強(目標)がいる。

 止まれる筈もなかろう。

 

「おおおおおお!」

 

「…………」

 

 吠え猛るワシに対し、最強は静かに冷たく構える。広大なアリーナには、しばらく甲高い剣戟の音だけが響き渡った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 アリーナ:観客席

 

「ふざけんな!」

 

 突然の事態に静まり返った観客席に、一夏の怒号が響いた。一夏は怒りに犬歯を剥き出し、拳を何度もバリアに打ちつける。

 

「アイツ!千冬姉の真似しやがって!アレは千冬姉だけのモンだ!」

 

「お、落ち着け一夏!一体どうしたというのだ!?」

 

 近くにいた箒は一夏の怒り様に一瞬呆気に取られるが、羽交い締めにして落ち着かせようとする。セシリアも手伝い、なんとか一夏は平静を取り戻した。

 

「わ、悪い2人とも。けど、アイツ千冬姉の真似しやがって……許せねえ!」

 

「なるほど。それであんなに取り乱していたのか」

 

「やはりアレは第一回モンド・グロッソの覇者……つまり織斑先生と暮桜なのですわね」

 

 セシリアはごくりと生唾を呑み、超高速戦闘を繰り返す暮桜と刃を目で追った。

 

「!?刃さんの機体が……」

 

 セシリアは目まぐるしく動き回る両機を鷹の目で捉えた。

 そして、その異変も。

 

「刃さんの機体が、完全な白色になっていますわ」

 

「!?白色って……」

 

 一夏は目を凝らして刃の姿を辛うじて捉える。普段の八極は左半身が黒であるのに対し、確かに今の八極は全身を白く塗り潰されていた。

 

「ど、どういうことだ?あんな風に戦闘中に機体が変化するなんて……」

 

「八極……一体どれ程の性能を秘めているのだ……?」

 

(私にも、あんな専用機があれば……)

 

 箒は心の中で嫉妬の念を露わにする。そして、人知れずある決心をしたのだった。

 

「私の、専用機…………」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 どれだけの時を過ごしただろうか。

 おそらく実際には十数分ほどしか経っておらんのじゃろう。しかし、最強との打ち合いは膨大な永き時を過ごしたかのようなボリュームであった。

 そして、その時は永遠ではない。

 

「限、界か……口惜しいのお」

 

 八極のシールドエネルギーはダメージによってはほとんど減っていない。しかし、ワシ自身の疲労がピークに達しようとしていた。

 常に最善の一手を無機質に繰り出し続ける相手に対し、ワシもまた受け攻めに妥協なく手を出し続けた。集中力はこれまでにない程ごっそりと削られている。このまま迂闊に動いては致命傷を受けて一撃KOじゃな。

 

「さて、問題は戦線離脱じゃが……」

 

 チラリと暮桜に擬態したISを見る。構えてはいるがあちらから襲ってくる様子はない。どうやら敵意ある行動に対してのみ対応するようじゃ。これは幸い。

 

「楽しかったぞ最強の贋作よ。続きは本物と、後日させてもらう」

 

 疲労困憊の体に鞭打って戦線から離れる。相手も追ってくる様子はない。戦闘終了じゃな。

 しかし今回は強敵じゃった。よく身体がついてきてくれたものじゃ…………。

 

「!カハッ……!」

 

 ビシャ ドシャ

 

 胃の底からマグマがせり上がってくるような感覚に襲われるや否や、口から大量の血が吐き出された。咄嗟に口元を押さえた手が真っ赤に濡れる。

 

「いやぁぁぁ!刃!」

 

 シャルルの悲痛な叫びを耳に、ワシの視界は静かに遮られていった。



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第30話

なんやかんや30話も書いていましたか
原作でいう2巻相当まで終わりましたね
これからもちまちま頑張っていきます


 

「うおおおおおお!」

 

 刃が落下を始めた瞬間、俺の理性のリミットが振り切れた。

 白式を展開し、零落白夜の一閃で怒りに任せてアリーナのバリアを切り裂く。刃の尋常ではない事態に悲鳴を上げていた女子生徒達が重なるように金切り声を上げた。

 

「待て!一夏!」

 

「刃、さん……?」

 

 慌てて止めようとする箒に対し、セシリアは刃の突然の吐血に事態が飲み込めずにいた。呆然と立ち尽くし、頭から落ちていく刃をただただ目で追っていた。

 

「刃!」

 

「僕に任せて!一夏はあっちを!」

 

 瞬間加速で刃を救出しようとしたがシャルルに止められた。シャルルは偽の暮桜を指差す。

 

「シャルル。お前……」

 

「観客席で大暴れしてるのが見えたからね。何か因縁があると思って」

 

 刃を空中で優しくキャッチしたシャルルは俺に向き直ってそう言った。

 

「……サンキューシャルル。後は任せろ」

 

 シャルルは結構他人の感情の機微に敏い奴なんだな。そんなことを思いながら刃の保護をシャルルに任せ、黒い暮桜へと接近する。

 

「お前が千冬姉に入れ込む気持ちは分かるよ。千冬姉は自慢の姉だからな。けど」

 

 雪片の刀身が左右に分かれ、中からビーム状の(やいば)が顔を出した。

 白式の単一仕様(ワンオフ・アビリティー)にして俺の唯一の必殺技・零落白夜。

 

「偽りの強さなんかに、俺は負けない」

 

 これしかない。

 これしか知らない。

 これだけでいい。

 一つ深呼吸をして、目の前の偽物に鋒を突きつける。相手も真似をして構える。

 気に入らない。実に気に入らない。

 その刀を振るっていいのは世界で1人だけだ。

 そのISを纏っていいのは世界で1人だけだ。

 その構えを取っていいのは、世界で2人だけだ。

 

「ふぅー…………」

 

 肩の力を抜き、零落白夜の出力を調整する。

 波打つような激しい感情を一度(ゼロ)にし、抜き身の刀のように細く鋭く精神を研ぎ澄ませると、零落白夜の刀身もまた原寸大の日本刀のようにその姿を変えた。

 

「行くぜ」

 

 短く伝え、集中する。

 思い出せ。刃と始めて闘ったあの時を。みんなとの練習の日々を。

 そして、千冬姉に教わった構えを。

 

「はぁっ!」

 

 瞬間加速で一気に距離を詰める。敵も迎撃するように剣を振り下ろした。

 弾き、ガラ空きの体を思い切り袈裟斬りにする。

 斬り裂かれたISのボディからラウラが顔を出した。気絶しているのか、そのままずるりと頭から落下しそうになる。

 

「おっと」

 

 ラウラを抱き抱え、スパークしだした黒いISから離れる。黒いISはやがて制御を失い、墜落した。千冬姉の合図で教師陣が一斉に確保に当たる。

 これで本当に終わりだ。

 

「刃……」

 

 俺はそっと遠い空を見上げ、刃の身を案じた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 ……私は、負けたのか?

 

 さあな。俺がぶつかったのは本当のお前じゃないし。もう一回やったら分からないかもな。

 

 ……お前は、何故そんな風にしていられる?弱いことを、敗けることを是とし、何故それを受け入れられる?

 

 ?おかしなことを言うな。だって、敗けってのは俺が行動した結果だぜ?そりゃ悔しいしすんなり受け入れたくないけど、だからって拒絶したままじゃ強くなれないしな。

 

 そうか。だからお前は強いのか。だからあんなに……教官に……

 

 強くないよ。

 

 …………

 

 俺は全然強くない。俺より強い奴は俺の周りにたくさんいるしな。千冬姉とか、刃とか。

 

 刃……そうだな。奴は強い。

 

 勿論、お前もその1人だぜ?ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 ……!フフ……お前は、斬り伏せた相手に何食わぬ顔でそんなことを言ってのけるのだな。まるで……まるで教官のようだ。

 教官の弟か。今なら認めよう。織斑 一夏。貴様は紛れもなく教官の弟だ。

 

 何言ってんだ?そんなの最初から当たり前じゃないか。

 

 そうか。そうだな。その通りだ。

 私がずっと、認めたくなかっただけだったんだ。

 織斑 一夏………………

 

 

 

 ☆

 

 

 

 都内某病院:ICU(集中治療室)前

 

「刃を、彼をお願いします!」

 

 シャルルはせかせかとICUに入って行く医師団に深々と頭を下げる。医師もまた力強く頷き返す。

 シャルルは刃が倒れてから病院に搬送されるまでの間つきっきりで刃に声をかけていたが、反応は全く無かった。

 

「刃……死なないで。お願いだよ。せっかく、せっかく僕の居場所をくれた人に恩返しできると思ったのに。このまま刃が死んじゃったら、僕は……ッ」

 

 シャルルは言葉に詰まり、目頭が熱くなるのを感じた。視界が次第に滲み、歪んでいく。

 

「刃さん!」

 

 涙が零れ落ちそうになったところでセシリアが駆けつけてきた。余程急いで来たのか、肩で息をしてICUの扉を一点に見つめている。

 

「セシリアさん……どうしよう……もし刃がこのまま……」

 

「!…………大丈夫です」

 

 シャルルが次の言葉を紡ごうとすると、セシリアは首を横に振って制した。深呼吸をして息を整え、覚悟を決めたかのようにカッと目を見開く。

 

「刃さんなら、きっと大丈夫ですわ!もう少ししたらいつもの剽軽な笑顔で教室に戻ってきて下さいます。きっと、いつも通りに、きっと…………」

 

 セシリアは唇を真一文字に結んで毅然とした態度でそう言うと、踵を返してICUに背を向ける。

 

「何処に行くの?」

 

「IS学園です。あそこが刃さんの帰る場所ですので。今の私に出来ることは、刃さんが帰ってきた時に腑抜けた顔を見せぬよう気を引き締めることですわ!」

 

 シャルルは真っ直ぐに背筋を伸ばして歩くセシリアの後ろ姿に憧れ、思わず嫉妬してしまった。

 きっと、誰よりもここで待っていたいはずなのに。

 きっと、今にも膝から崩れ落ちて泣きじゃくりたいはずなのに。

 それでも、セシリアは刃を信じ、彼が帰る場所で待つと言った。

 

「……すごいなぁ。刃、どれだけ愛されてるんだろ?僕にはあんな真似できないや」

 

 まだね、と心の中で付け足す。シャルルはセシリアの刃に対する想いの強さを痛感しながら、同時にその気丈な振る舞いに勇気付けられた。廊下に設けられた椅子に深く座り、壁に背を預けて天井を見上げる。

 

「みんな待ってるよ。早く帰って来てね」

 

 真っ白で清潔な病院の廊下に、シャルルの呟きがそっと溶けていった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「む?ここは……」

 

 気が付くと、いつか来たことのある山脈の嶺にいた。目下では大河が音を立てて流れている。

 釣竿は……見渡したがなかった。激流に飲まれて何処かへ流されたか。

 

「ンなヤワじゃねえよ」

 

 背後から男の声。振り向くと、見慣れぬ男が釣竿を担いで立っておった。ワシはその見慣れぬはずの男のことが手に取るように分かった。

 

「……釣魚か」

 

「ハッ!察しのいいご主人で助かるぜ。その通り、俺が大槍・釣魚だ」

 

 釣魚を名乗る男はそう言うとワシの前にどっかりと胡座をかいて座る。

 

「……日輪と月夜は?」

 

「ああ……その辺も含めて説明しねえとな。まず、今回ご主人がぶっ倒れたのは日輪の……ああと、厳密には日輪のお陰で最後まで闘えてたっつーか……言葉が見つかんねーな」

 

 釣魚はガシガシと頭を掻いて言葉を探す。

 なんとなく経験則じゃが、こういう輩は大雑把な性格が多い。釣魚もその例に漏れないんじゃろう。

 

「?日輪が何かしてくれておったのかの?」

 

「ああ。まずそっから話すか。日輪はご主人の身体(バイタル)を管理してんだ。月夜は精神(メンタル)。こないだの暴走も月夜が精神管理の域を外れて精神支配レベルでご主人の闘争心を煽ったから起きたことだ」

 

 なるほど。というか、ワシの身体なのに外部に管理されとるのか。いや、作ったのが姉ちゃんなら納得の行く話ではあるが。

 

「それで、お前さんは何か管理してるのかの?」

 

「いや別に。そういうの性に合わねえからな」

 

 やはりというか、釣魚は管理やちまちまとした仕事は嫌いなようじゃな。分かりやすい。

 

「それで、日輪がワシの身体能力を管理してくれとるなら何故ワシがぶっ倒れたんじゃ?」

 

「本来ならご主人はあの黒いISとあれだけ長期間戦闘を継続できる状態じゃなかった。日輪が無理してご主人の身体にかかるストレスを軽減してやってたんだが、戦闘終了と共にその反動が一気にダメージとしてフィードバックしたのさ。日輪も予想外の事だったらしくてな。合わせる顔がねえってんで代わりに俺が説明役をやらされてるって訳だ」

 

 日輪にそんな便利機能が。もしかして織斑先生の地獄のような特訓に身体がついていけたのも日輪のお陰じゃったのか。

 

「そうか。それはご苦労じゃったな。して、日輪と月夜はどこに?」

 

「……一応訊いとくぜ。どうする気だい?」

 

「分からんお主じゃなかろう。会って礼が言いたいだけじゃ。あれほど良き時を過ごせたのは日輪のお陰なんじゃからな」

 

「…………ヘッ!だから言ったじゃねえか!俺らのご主人が後悔なんかする訳ねえってよ!」

 

 釣魚が明後日の方向に声をかけると、いつの間にやら日輪と月夜がそこに立っていた。月夜はいつも通り日輪の側で佇み、日輪はバツの悪そうな顔で俯いている。

 

「後悔?そんなモンあるわけなかろう。日輪よ。怒っとらんからもっとこっちへ来い」

 

 チョイチョイと手招きするが、日輪は動こうとしない。

 

「……ごめんなさい。私のせいでご主人様が大変な目に」

 

「もう気にしとらん」

 

「今でも病院の集中治療室で予断を許さない状況なんだよ?」

 

「なぬ?そ、そうか……。じゃがもう過ぎたこと。後は医者の腕に任せれば良い」

 

「でも、もしかしたら後遺症とかでISを操縦できなくなっちゃうかも!もう二度と会えないかも知れないんだよ……」

 

 日輪は堪えていた涙を溢れさせた。透き通った大粒の涙がぽたりぽたりと地に落ち、染み込んでいく。

 その度にワシの心に日輪の罪悪感や恐れがまるで自分のことのように伝わってくる。それほどまでに自分を責めていたのか。

 

「日輪」

 

 立ち上がり、歩み寄る。日輪は退くこともせずじっとその場に踏み止まった。

 

「お主がしたこと。確かにワシの身に危険を及ぼす結果となった」

 

「…………」

 

 日輪は黙って頷く。

 

「失敗、したの」

 

「ッ!」

 

 日輪がびくりと体を強張らせる。小さかった嗚咽が次第に大きくなっていく。

 

「ご、ご主人様!」

 

 その時、月夜が日輪の前で両手を広げて立ち塞がった。

 

「お姉ちゃんは悪くないの!本来なら、疲労や筋肉痛みたいな軽度な症状で少しずつ解消していくはずだったんだよ!でも、だから、お姉ちゃんはご主人様を傷付けるつもりなんて……」

 

「阿呆。それくらい分かっとる。ワシが言いたいのは、この失敗を価値あるものにしていって欲しいということじゃ」

 

「!価値……ある……?」

 

 日輪が涙でぐしょぐしょになった顔を上げる。月夜を脇に退かせ、日輪の頭にぽんと手を置いた。

 

「ああ。今回の敵はワシだけの力では到底敵わん相手じゃった。それをあそこまで長く闘えたのは他でもないお主のお陰じゃ。そのことを忘れず、今後どうすれば二度とこんなことが起きないかを考えて欲しい。大丈夫。必ず出来る。こんなに姉想いの弟もおることだしの」

 

 月夜を指すと、自信満々とは程遠いがおずおずと頷いた。

 

「うっ……ぐすっ……うわあああん!」

 

 緊張の糸が切れたのか、堰を切ったように大声で泣きだした。胸を貸してやり、涙が枯れるまでしばらく背を撫でてやった。

 

「私……もっと頑張る!ご主人の夢を一日でも早く叶えられるように努力するよ!」

 

「その意気じゃ。さて、そろそろワシも行かんとの」

 

 いつまでも待たせておけん奴らがたくさんおる。

 

「!で、でもご主人の身体はまだ完全には回復してないから……」

 

「それまで待てと言うのか?首から上が動かせればよい。日輪、ワシの生命力を回復力に転じることは可能か?」

 

 日輪は元々シールドエネルギーを攻撃力に変換する武器じゃし、なんとなく提案してみる。

 

「そ、それは……」

 

「出来るぜ。むしろ今までやってたことだ」

 

 釣魚が狼狽する日輪に痺れを切らし、はっきりと断言した。

 

「うん。けど、今回の闘いでその生命力を結構使い切ってるから……賭けになるよ?」

 

「構わん。お主の頑張りを見せてくれ」

 

 そう言って微笑むと、日輪も眉をピンと吊り上げて元気よく頷いた。

 

「分かった!任せといてよ!」

 

 頷き、3人に背を向ける。景色が柔らかな光に包まれ、次第に全てが白く染まっていく。

 次にここに来る時は夢を叶えた時がいいの。

 最強のIS使いという夢を。



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第31話

「大丈夫」

 

 病院からの帰り道。セシリアは電車の中で無意識の内にその言葉を繰り返し呟いていた。

 虚ろな目で窓から景色を眺め、まるでうわ言のように小さく。

 疎らな他の乗客もセシリアのただならぬ様子に思わず一瞥してしまう。

 

「大丈夫、大丈夫……」

 

 何度も自分に言い聞かせる。口を動かしていないと、すぐにへの字に曲がりそうだ。景色を見ていないと、思い出したくない何かが脳裏に浮かぶようだ。

 

「だい、じょうぶ」

 

 自分は彼を信じた。彼は信じれば応えてくれる。今までそうだった。

 だから、信じる。

 私が信じた彼を、信じる。

 

「だい……ッ」

 

 しかし。信じれば信じる程、裏返しの感情も同じだけ膨れ上がる。目を背ければ背ける程、背けたモノへの恐怖が増大する。セシリア・オルコットという少女はそれに平然と耐え得る程強い人物ではなかった。

 

「……ふ、ぐッ」

 

 セシリアは声を押し殺して泣いた。

 強い女でいる為に。

 彼に相応しい女である為に。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「う、ん…………」

 

 瞼を開ける。紅い偏光が薄く開いた目に飛び込んできた。

 夕方らしい。日輪が上手くやってくれたようじゃな。

 

「刃!」

 

 シャルルの声と共に衝撃と柔らかい感触が胸に当たる。

 

「っと!シャルルか。待っとってくれたのか?」

 

「刃!刃!!良かった!本当に良かった!良かったよぉ……!」

 

 シャルルは涙声で力強く抱き締めた。

 身体のダメージがすっかり完治していたお陰で少し苦しいくらいで済んだ。

 

「シャ、シャルル。ちっと苦しい」

 

「あ、ゴ、ゴメンね。だって、すごく心配で、すごく嬉しくて……」

 

 シャルルは次々と溢れ出る涙をハンカチで拭う。そして落ち着いた後、ワシが気絶してからのことを話してくれた。

 

「ICUか。思ったよりヤバかったらしいな」

 

「でも、手術した先生もかなりびっくりしてたよ。何もしてないのに異常と言う異常が突然すごい速さで治っていったって。何かしたの?」

 

「い、いやあ何というか。身に覚えがないの」

 

 日輪のことについては黙っておいた方がいいな。どう見ても破格の性能じゃし。過保護な姉を持つと苦労するの。

 

「そうなんだ。ううん。刃がこうして生きて、また僕と話してくれるなら奇跡でも何でもいいや。みんなにも早く教えてあげたいなぁ」

 

 コンコン

 

 タイミングを見計らったかのように病室のドアがノックされる。

 

「どうぞ」

 

「刃……もう目が覚めたのか」

 

 シャルルに続いて2人目は、意外にも箒じゃった。

 てっきり盾無さん(師匠)か本音あたりかと思っとったのに。

 

「奇跡的にな。ダメージもほとんど残っとらんそうじゃ。全て正常らしい」

 

「そ、そうか。私にはそのこと自体は異常に思えるが……まあいい。デュノア。織斑先生が至急IS学園に戻るようにとのことだ。今回の事件の後始末の一環だろう。あまり先生方を困らせてはいけない」

 

「あ、そっか。僕も一応当事者だもんね。それじゃあ篠ノ之さん、刃のこと少しお願いしてもいいかな?」

 

 箒が頷くと、シャルルは「絶対安静にしててね」と釘を刺して病室を後にした。

 

「ああ、刃。お前も後日聴取の場が設けられるだろう。かなりキツめにな」

 

「だははは!織斑先生をかなり怒らせてしまったと見えるな。まあ後悔はしとらん。紛い物とは言え最強と当たれたのだからな」

 

「最強……」

 

 箒はぽつりと呟くと、思い詰めたように自分の手元に視線を落とした。

 

「なあ、刃。強さとはなんだろうか」

 

「ん?どうした急に?」

 

 箒は少し考えた後、ゆっくりと口を開いた。

 

「私が剣道の全国大会で優勝したというのは以前話したな?離れ離れになった一夏に私の名が届くように、と一意専心でひたすらに剣を振ってきた結果だった。私は強くなった。しかし代わりに大切なものを失ったのを痛感した」

 

 辛そうに、しかし真っ直ぐに過去と向き合おうとする箒の話を黙って聞く。

 なるほど。箒の普段の生真面目さに隠れた余裕の無さはそういった過去が原因だったのか。

 

「私の目指した強さとは、相手を見下し、蹂躙し、否定するものだったのかと思うとなんだか遣る瀬なくなってな。IS学園で一夏に再会した時、心の底から嬉しかったが、同時に今の私を見られることに後ろめたさも感じた。情けない限りだった。ずっと会いたいと願っていた人に、胸を張って会えない自分が。千冬さんにも同様だった。彼女の強さこそ、私が目指す理想の姿なのかも知れない。一夏とはまた違う強い羨望や尊敬を抱いていた。私は……」

 

「ふふっ。箒よ。皆まで言わずとも分かったわ。お主、恐らく『本当の強さ』とかいうものを知りたいのじゃな?」

 

「!あ、ああ。前置きが長くなったが、とどのつまりがそういうことだ。刃、お前はどう思う?」

 

「うーん……そうじゃな……」

 

 本当の強さ、か。からかい半分で強調して言ってみたが、改めてしっかりと言語化するとなると難しいの。

 

「そりゃ勿論、誰にも負けん力じゃろうな」

 

「…………それだけか?」

 

 箒が緊張させていた顔を不意に緩める。というか、キョトンとする。

 

「ああ。だって、相手は絶対に勝てんのじゃろ?それすなわち最強。難しく考える必要はないわ」

 

「いや、それはそうなのだが、私が訊きたいのは……」

 

「分かっとる。嘗てのお前さんのように力を振り翳して相手を否定する強さ。それは最強とは言わん。何故か分かるか?」

 

「……漠然となら、な」

 

「カッコ悪いからじゃ」

 

「か、カッコ悪い!?そんな理由か!?私のぼんやりとした考えとはかなり掛け離れているな……」

 

 意外な返答に箒が声を荒げる。病院では静かにな。

 

「そうじゃ。カッコ悪い強さは身につかん。現にお主はその強さに疑問を持ち、嫌い、捨てようとすらしていたのではないか?」

 

「ッ!それ、は」

 

 箒は言葉を詰まらせ、視線を逸らした。図星らしい。

 

「それでもそういった強さを持ち続けるには、より強い感情や理由が必要じゃ。お主は一夏への想いの強さが辛うじてその強さを許容しておったのじゃろう」

 

「そ、そういう小っ恥ずかしいことを平然と言うな……」

 

 顔を背けた箒の頰が紅く染まる。分かりやすい奴よ。

 

「じゃが今は一夏に会い、それまで軽減されていた自らの強さに対する嫌悪感が戻ってきた。じゃから迷っておるのじゃろう?」

 

 箒は黙ったままこくりと頷く。

 

「なら大ヒントをやろうか?こうすればもしかしたら今よりずっと強くなれるかも知れんぞ」

 

「ほ、本当か!?教えて欲しい!頼む!」

 

 箒はしっかりと頭を下げて頼み込む。

 やれやれ。思いつきで言ったことにこうまで真剣に返されると少し申し訳なく感じるの。

 

「一度しか言わんからよく聞け。それはな……」

 

「そ、それは……?」

 

 箒が生唾を呑む音が聞こえる程その場に緊張と静寂が蔓延る。

 

「ズバリ!何も考えぬことじゃ!」

 

「……………………はぁ?」

 

 本日2度目のキョトン顔。

 

「お主のようにクソ真面目で小利口な奴が陥りがちな思考じゃ。本当の強さ、とか、今の強さに疑問が、とかな。答えは、何も考える必要はない。時間をかけて培った技術は手放したくても簡単には離れていかん。ワシらのように大雑把に全てを許容する性分というのは簡単には身につかん。それでもそれが納得いかんなら、根気よく時間を掛けて矯正していくしかない。ならば、不自然に無理やり捻じ曲げるのではなく、ゆっくり、まるで平行線かのように、少しずつ良い方に傾けていけば良い」

 

「うーむ。分かるような分からないような」

 

「安心せい。ワシにも分からん!」

 

「オイ!?私は真面目に」

 

「真面目は好かん。ともかく、今からこれをすれば大丈夫という策なぞある訳がない。諦めて前に進め。一夏の傍らにいたいのじゃろう?」

 

「あ、ああ。アイツには私がいてやらないといけないからな。この間も折角教えてやった予習内容を答えられなかったし、剣道の腕も多少は勘を戻してきたようだがまだまだ……」

 

「そうじゃ。お主も一夏も、そしてワシにも。至らぬ部分はいくらでもある。それを1人で全てカバーしようとするのは無理じゃ。最強とは完璧でないと知れ。ワシからは以上じゃ」

 

「……最後の最後に核心めいたことを。全く、分からん男だなお前は。けれど、ありがとう。私なりに私の目指す道が少しは見えたよ」

 

 箒はそう言って病室の窓から外を見た。日没前の紅い光が箒の身体を照りつけるように強く放たれる。それを見つめる箒の目は、何かを振り切ったように爽やかで、真っ直ぐで、燃えるような強さに満ちていた。

 門限もあるので、箒は適当な所で話を切り上げ、病室を出て行った。広い個室で独りになると、何かもの寂しさを感じる。ベッドに身体を預け、天井や壁を見渡しても満たされない。

 足りない。とても物足りない。

 

「そうか。ワシは、ずっと独りじゃなかったんじゃな」

 

 いつも自室にいたもう1人の存在。ふと、隣を見る。そこには誰もいない。何もない。

 会いたい。早く逢いたい。

 

「…………セシリア」

 

 目に浮かぶ幻の名を、気が付いたら呟いていた。




ルート固定……?
いや止そう。俺の勝手な思い込みでカップルを確定したくない。


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第32話

おひさ!


 

 

 VTシステムの騒動から3日。IS学園は落ち着きを取り戻しつつあった。

 1年1組を除いては。

 

「柳君、まだ帰ってこれないのかなー?」

 

「織斑先生はお見舞い禁止って言ってたけど、そんなにヤバい感じなのかなあ?」

 

「口からいっぱい血が出てたし、もしかしたら会えないくらいの……」

 

 生徒達の様々な憶測が飛び交う中、バンという大きな音がざわめきを遮った。一同が音のした方を見ると、セシリアが両手を机に乗せて立ち上がっていた。

 

「刃さんは絶対に帰ってきます。不用意な発言であらぬ噂の火種になることは、このクラス代表代理のセシリア・オルコットが許しませんわ!」

 

 セシリアの力強い声と目の光に、生徒達はばつが悪そうに視線を逸らした。刃が不在の間、クラス代表の仕事を引き受けたのはセシリアだった。異を唱えた者は誰もいない。

 

「うんうん!せっしーの言う通りだよー!」

 

 本音が立ち上がり、袖に隠れた手をぶんぶんと振った。

 

「ぎんぎんは必ず帰ってくるよ!ワシを信じろーだはははー!って感じで!」

 

 本音の発言に場の空気が緩む。

 

「プッ!のほほんさん今のって柳君の真似?」

 

「全然似てなーい」

 

 一転して笑い声に包まれる教室。

 そんな中、千冬と真耶が入ってくる。生徒たちは慣れた動きで各々の席に着き、静粛にする。

 

「おはよう諸君。まずは良いニュースからだ。柳の容態は完全に安定した。数日の検査入院の後に退院が認められた」

 

 千冬の言葉に、教室が歓喜の声に震えた。それでも千冬が静かに、と呟くと静寂が戻る。

 

「それまでは面会謝絶だ。忘れているかも知れないが奴は先日のタッグトーナメント事件における重要参考人だからな。無闇に接触すればその者に監視が付き、万が一この事件が元でトラブルが発生した場合に容疑がかかる。私も教え子が犯罪者扱いされるのは我慢ならん。くれぐれも軽率な行動は控えるように。以上」

 

 千冬が言葉を切ると同時にHR終了のチャイムが鳴る。教室2人が出て行くと、教室内は再び騒々しくなった。

 

「やったーっ!柳君帰ってくるんだー!」

 

「こりゃお祝いだね!パーッと盛大にやらなきゃ!」

 

「お菓子買いに行こ〜!ぎんぎんにはいっぱい食べて早く元気になってもらわなきゃ!」

 

「お、お待ちなさいな本音さん!当然クラス代表代理の私も同行し、刃さんに相応しいお菓子を見繕いませんと!」

 

 色めき立つクラスの様子を、一夏、箒、シャルルが遠巻きに見ていた。

 

「やれやれ、すっかり人気者だな刃のやつ」

 

「ああ。セシリアにも活力が戻ったようで安心だ。明日から再開されるトーナメントで腑抜けたままでいられては困るからな」

 

「とか言って、一夏が狙われなくなったからホッとしてるんじゃないの?」

 

「な!ひ、一言多いぞデュノア!」

 

「?何の話してるんだ?」

 

「なんでもない!お前は黙っていろ!」

 

「ええ……」

 

 刃の復帰を知り、IS学園は本当の意味で日常を取り戻していった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 翌日。アリーナは再び超満員となっていた。

 VTシステムの事件で中止を余儀なくされた学年別トーナメントだが、政府要人や各企業に生徒たちの実力を把握してもらう目的も兼ね、一回戦だけは全組行うことに決まった。

 度重なるバリア破壊工作に慣れ、悟りを開いた教師陣の健闘もあり、四日後には問題なくアリーナを使用できるようになる。

 

「セシリア。準備は万端か?」

 

「ええ。本国から選りすぐりのパティシエールを取り寄せました。刃さんには最高級のスコーンを味わってもらいましょう」

 

「いや、これからやる試合のことだが……」

 

 箒はやれやれと苦笑する。

 

「あ、も、申し訳ありません!今は目の前の戦闘に集中しなければいけませんのに」

 

「ぷっ。いや、いい。調子は戻っているようだしな。頼りにしているぞ、セシリア」

 

(頼りにしている、か……)

 

 箒は握る拳に力が湧いてくるのを感じる。あの日病室で刃に言われた言葉を反芻し、深呼吸をひとつ。

 

「もちろんです!私を誰だと思っていますの?……前衛は任せましたよ」

 

 セシリアの言葉と同時に、アリーナへのゲートが開いた。2人は各々の想いを胸に、アリーナへと飛び出していった。

 

「おー!しののんとせっしーコンビきたー」

 

「………………」

 

 アリーナでは本音と簪が待ち受けていた。簪は本人が改造した日本の汎用機・打鉄の後継機とも言える『打鉄・改』と呼称している機体に乗っていた。

 本音はというと。

 

「本音さんのソレは……狐、ですの?」

 

 セシリアは未知の機体に眉根を寄せる。本音が身に纏っていたのは、恐らくラファール・リヴァイヴを基に大幅な改造を施した機体だった。

 明るいオレンジ色のような配色に、末端は黒く染まっている。そして背面装甲からは鞭状の蛇腹剣が尻尾のように伸びている。

 

「ほんぽーはつこーかーい!かんちゃんと技術開発部のみんなで共同開発した最高傑作!名付けて鞍馬(くらま)!ちゅどーん!」

 

 本音は腰に手を当てて胸を張った。蛇腹剣がフリフリと振れている。

 

「どちらも一筋縄では行かなそうだな。気を引き締めて行こう」

 

「あのようなイロモノ紛いのISに遅れを取るつもりはありませんわ!何より、本国からの査察団がブルー・ティアーズが負けることを許しません!」

 

 会話が途切れると同時に試合開始のブザーが鳴り響いた。セシリアと簪が退き、箒と本音が前に出た。

 

「やあああ!……何ッ!?」

 

 ブレードを振り下ろした箒は、奇妙な感触に囚われた。

 剣を振って、止められたり空を切ることは日常茶飯事であったが、加勢される経験は皆無。

 箒は何事かと刀身に目を遣ると、本音の蛇腹剣が巻き付いていた。

 

「ゴメンねしののん〜。私よく考えたら前衛向きの機体じゃなかったんだ〜」

 

 本音はチロリと舌を出すと、体を回転させて蛇腹剣に繋がった箒を投げ下ろした。

 

「そしてそして新兵器〜!きゃっ!」

 

 新たな装備を展開しようとした本音は、突然の衝撃に身を縮めた。

 

「これはタッグマッチでしてよ?目の前の敵にだけ集中していてはいけませんわ!」

 

「そっちもね!」

 

 すかさず簪が大口径の二丁拳銃からカノン砲に近い銃弾を叩き込む。が、セシリアはそれを難なくかわした。

 

「打鉄に遠距離武装が……中々思い切った改造ですわね」

 

「筒井筒……斬モード(スラッシュ)

 

 両手の拳銃の砲身が回転すると、小太刀程度のブレードに変形する。

 接近する簪に対しセシリアは銃撃で遠ざけようとするが、打鉄・改は抜群の機動力を見せ、銃弾の雨を掻い潜る。

 

「速い!」

 

「やあっ!」

 

 間合いまで入った簪は二本の小太刀で間隙なく攻める。セシリアが回避一辺倒になり、箒への援護が遮断された。

 

「クッ!ちゃんと闘え本音!」

 

 箒は逆に、本音に接近を試みるもぬらりくらりと突き放されてしまう。本音は姿勢や隙といったものを度外視したような動きで箒の剣を回避する。その度に隙ありと打ち込まれる箒の剣は、それでも尚本音の実体を斬ることはできないでいた。

 

「鬼さんこちら〜!手のなる方へ〜!」

 

 本音は天地がひっくり返ったような体勢のままスラスターを吹かして遠ざかっていく。訓練された宇宙飛行士のような、重力下の慣れた動きに左右されない自由な機動力で箒を翻弄した。

 

「ならば!」

 

 箒は反撃が来ないことを悟り、セシリアの加勢に向かうことにした。

 

「あ!ずる〜い!待って〜!」

 

 本音も簪のフォローへ回るべく近付いた。

 

「セシリア!本音を任せる!うおおおお!」

 

 箒はセシリアの前に割って入り、簪の剣を受け止めた。

 

「打鉄……ちょうどいい。改造の成果を見せるにはうってつけ。筒井筒、弾モード(トリガー)!」

 

 簪は二丁拳銃に持ち替え、箒から距離を取った。

 

「相手によって戦法を変えるか……だが!」

 

 箒は簪への最短距離を臆さずに直進する。

 

「!」

 

(すごい圧力……!)

 

 簪は箒の食らいつかんばかりの突進に気圧されそうになる。

 

「負け、ない」

 

 簪も負けじと後退し、引き撃ちでハンドカノンを放つ。

 

「見える!」

 

 箒は渾身の一振りで二発の銃弾を斬り裂いた。

 

「嘘ッ!?」

 

「追いついたぞ!」

 

 箒は返す刀で簪に袈裟斬りをお見舞いする。

 

「きゃああああっ!」

 

「かんちゃん!」

 

「余所見はご法度ですわ!」

 

 落下していく簪に気を取られた一瞬、セシリアはミサイルビットを射出した。反応が遅れた本音は直撃を受け、シールドエネルギーを大きく削り取られた。

 

「本音……私は平気。まだやれる」

 

「良かった〜。それじゃ、反撃開始だよ!」

 

 爆煙を吹き飛ばすように、簪と本音が再び浮上した。機体に大きなダメージはあるものの、2人の目からは漲る闘志が伺えた。

 

「勝ったと思ったがな」

 

「ええ。勝負はこれからみたいですわね」

 

 箒とセシリアは、目の前の好敵手に心底戦慄しつつ、続行を喜んでいた。




字下げずっと忘れてましたね(銀河級今更)


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第33話

 

 

 同刻。第2アリーナ。

 

「え?欠場って……」

 

「不戦勝ってこと?そんなの納得できないわよ!」

 

 アリーナ控え室。一夏と鈴は突然知らされた事実に戸惑っていた。

 学年別トーナメントの一回戦の対戦相手が急病により欠場してしまったのだ。

 2人の心に不完全燃焼感が積もる。

 

「ほ、本当にごめんなさいね!鈴さんも治療頑張ってくれたのに……」

 

 真耶が合掌して謝り込む。そんな態度にこれ以上強く当たれるはずもなく、鈴は一夏と顔を見合わせて肩を竦めた。

 

「山田先生」

 

 声に振り向くと、シャルルが立っていた。隣にはシャルルと刃が戦った相手、ラウラのパートナーだった虹村スピカの姿が。

 

「一夏と鈴さんの対戦相手が棄権したって聞いて。僕と虹村さんで代わりになれませんか?」

 

 シャルルの言葉に、真耶はたちまち元気を取り戻す。

 

「い、いいんですか?ぜ、是非お願いします!お2人ともありがとうございます!お陰で報告書地獄から抜け……ゴホン!とにかく、そうと決まれば早速準備を!」

 

 真耶は2人を急かし、大会運営に急いで報告した。当の一夏と鈴はすっかり置いてけぼりである。

 

「まあ、相手にとって不足はねーよな。頑張ろうぜ!」

 

「そうね。私達が最強タッグだってことを見せつけてやりましょ!」

 

 一夏と鈴はそういって頷き合い、シャルル達の準備を待ってからアリーナへと繰り出した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 時は戻って第1アリーナ。箒・セシリアvs本音・簪の闘いは最終局面を迎えていた。

 

「爆雷符〜!」

 

 本音は手元に召喚した紙のお札のようなものを投擲する。

 

「こんなもの!」

 

 箒がブレードで札を斬り払おうとする。

 が、札はブレードに貼り付き、取れなくなった。

 

「よ〜し!点火!どっか〜ん!」

 

 本音の合図で札が一斉に起爆する。爆風と衝撃波で箒は大きく後退する。

 

「うわああああっ!」

 

「箒さん!粘着性のある手榴弾(グレネード)……厄介ですわね」

 

「余所見?」

 

 息つく間もなく簪が懐に潜り込む。容赦なく叩き込まれるはずだった双剣は、しかしレーザーの弾幕に阻まれた。

 

「高機動ビット……」

 

「さあ、レッスンのお時間ですわよ!踊りなさいな!」

 

 セシリアは4基のビットを巧みに操り、簪を翻弄した。四方八方から降り注ぐレーザーの雨に、簪は回避に専念せざるを得なかった。

 

「巧い……」

 

 簪はセシリアのビット操縦技術に素直に感心した。4基のビットを操縦者本人の主観からハイパークリアセンサーを通しているとは言え敵の周りに意味のある配置を意識している。簪の武装や体勢に応じて間合いや攻撃タイミングを変えている。

 

(刃なら、確か……)

 

 簪は整備課で刃と会った時にセシリアとの対戦の話を聞いていた。

 ビットの動きのクセ。操作中はセシリア本人が無防備になること。

 

「ここ!」

 

 簪は今の体勢から最も反応が遅くなるであろう角度に向かってハンドカノンを撃った。

 銃弾を迎えに行くようにビットのひとつが直撃し、爆散する。

 更に簪は射撃の反動を活かしてビットの包囲網を抜け、セシリアに迫る。

 

「やりますわね!ですが!」

 

 セシリアは3基となったビットを総動員させて簪を追った。

 

(銃ならかわせる。剣ならまだ間合いの外。ビットも充分間に合うはず)

 

 そんなセシリアの目論見を、簪は見切っていた。

 

槍モード(グレイテスト)!」

 

 簪が両手の小太刀と砲身を合致させると、それは一本の薙刀へと変化した。簪が思い描く、楯無と刃(さいきょう)の姿を模した一振りがセシリアに牙を剥く。

 

「ト、三転換装(トライ・チェンジ)ですって!?」

 

「やあああっ!」

 

 全速力でセシリアに突っ込む。間合いの計算が狂ったセシリアは避けきれず直撃を受ける。

 

「甘いですわ」

 

 はずだった。胸の中心目がかけて放った渾身の突きは、幽かな残像を貫くのみ。

 

「!?」

 

「チェックメイト、ですわ」

 

 セシリアはゆっくりとスターライトMkⅢの銃口を打鉄・改に向け、引き金を引いた。なけなしのシールドエネルギーが0まで刈り取られる。

 

「箒さん!そちらは……」

 

「ああ。今終わったところだ」

 

 箒はブレードに巻き付いた状態で千切れた蛇腹剣を振り解き、セシリアに向き直る。

 戦闘終了のブザーと共に歓声が上がった。

 

「勝者、篠ノ之・オルコットペア!」

 

 箒とセシリアは熱い握手を交わし、笑顔で頷き合った。

 

「うえ〜ん。負けちゃったよ〜」

 

「換装時のガタつきはテストでは発生しなかった。戦闘時のダメージによる形状変化も視野に入れないと……」

 

 本音は分かりやすく悔しがり、簪はぶつぶつと反省会をしていた。

 

「一瞬の気も抜けない、いい勝負だった。腕を上げたな、本音」

 

「流石は日本の国家代表候補生ですわ簪さん。打鉄のイメージを塗り替えるような機動力と武装の独創性。刃さんとの戦闘経験が無ければ最後の一撃は避けられませんでした」

 

 箒は本音と、セシリアは簪と握手を交わした。

 爽やかなシーンに歓声は喝采へと変わる。セシリアは視界の隅でイギリスの査察団が何度も頷いているのを捉えて人知れず胸を撫で下ろした。

 

(刃さん。私少しは貴方に近付けたでしょうか……?)

 

(皆強くなっている。ウカウカしていると置いて行かれるぞ、一夏)

 

 2人は遠い空を見上げる。青い空はどこまでも、無限に広がっていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 第2アリーナ

 一夏・鈴vsシャルル・スピカ

 開始から10分。観客席の人口密度とは裏腹に、剣戟の甲高い音だけが響いていた。

 

「おおおおおお!」

 

「………………」

 

 一夏はスピカに対し猛攻を仕掛けていた。

 零落白夜のコストにより7割ほど減ったシールドエネルギーを見て、焦り出していたのだ。

 スピカはやや押されつつも、持久戦に持ち込めば有利であることを理解し、防御と回避に専念する。受ける毎に腕が重くなる一撃を、もう数十回もいなし続けていた。

 

「やるね、鈴!」

 

「嫌味のつもり?王子様!」

 

 シャルルと鈴もまた、中距離と近距離での鍔迫り合いを繰り返す。鈴は双天牙月と龍砲を上手く使い分け、シャルルは鈴の攻撃に有効な射程の武器へと即座に換装して対処していた。

 予断を許さない状況だが、シャルルはハッタリの為に笑みを崩さない。それが鈴の敵愾心を煽っていた。

 目まぐるしい戦闘スピードに、観客はただただ固唾を呑んで目で追うしかできなかった。

 

「一夏ァ!アレやるわよ!」

 

「アレか!よっしゃ!」

 

 一夏は殺陣を中止し、鈴の前に出た。

 

「!何を……?」

 

瞬間龍速(ドラゴニック・ブースト)!」

 

 龍砲の撃ち出す空気の塊を、瞬間加速の要領でスラスター内部に取り込み、爆発的な推進力とする。瞬きをする間もなく一夏はシャルルの懐に潜り込んだ。

 

「しまっ」

 

「おりゃああああ!」

 

 超スピードの一閃はラファール・リヴァイヴのシールドエネルギーを喰らい尽くした。

 

「うわああああっ!」

 

「デュノア!このッ!」

 

 スピカは双眸をカッと見開き、攻撃直後の一夏に剣を振り下ろした。消え入りそうな白式のシールドエネルギーは完全に霧散した。

 

「さあ、一騎討ちね!」

 

「甲龍……凰 鈴音……強敵」

 

 スピカは剣を握った両手をダラリと下げ、蛇行するように左右に振れながら接近する。

 

「古典的な手を!」

 

 鈴は龍砲がまともに命中しないのを見切り、双天牙月による接近戦に応じた。

 

(甘いわね。メイン武装がブレードのみの打鉄がまともにやりあうにはこうするしかなかったんでしょうけど、甲龍の近接戦闘力ナメないでよね!)

 

 鈴はスピカの斬り上げを難なく受け止める。互いに食らいつくような打ち合いの中で、鈴は違和感を感じた。

 

(何か狙ってる……?)

 

 鈴が違和感の正体を思案し始めた瞬間、スピカのニヤリという笑みが目に飛び込んできた。

 

「これで、決める」

 

 打ち合いの最中、剣が交わる瞬間にスピカの腰から何かが射出された。それは2人の剣に挟み斬られ、大量の白煙を吐き出した。

 

「スモーク・グレネード!?」

 

 鈴が驚くのと同時、スピカは後退して煙の中に姿を消した。

 

「くっ!ちょこざいなぁ!」

 

 鈴は龍砲を四方八方に乱射する。空気砲が煙のカーテンを押し退けていく。

 

「隙あり」

 

 スピカの声が背後からしたかと思うと、全力の大上段斬りを鈴はまともに食らってしまう。

 

「くぅぅぅ!やるじゃないの!」

 

 鈴は龍砲の射程面積を最大まで広げ、スピカを逃すまいと空気砲を放った。

 

「……ッ!」

 

 蔓延した煙幕ごとスピカが吹き飛ばされる。よく見ると、スピカは目にゴーグルのようなものを装着していた。

 

「なるほど。スモークで視界を奪って熱源感知(サーマル)で自分だけしっかり見て隙を伺う、と。本当に素人なのアンタ?面白いわ!」

 

 そこからは一方的だった。闘争心に火が点いてからの鈴の動きは圧巻の一言である。

 龍砲でけん制しつつ、距離が詰まったと感じたら即座に双天牙月で押せ押せの攻勢。

 引いては寄せる波のような攻撃に、スピカの機動力は精彩を欠き始め、やがて致命的な隙を見せた。

 

「終わりよ!」

 

 広域モードを切り替え、一点集中となった不可視の疾風がスピカと打鉄を貫いた。

 試合終了のブザーに、鈴は拳と共に勝鬨を上げた。

 万雷の拍手喝采が飛ぶ。一夏が浮上し、鈴と拳をぶつけ合った。

 

「やったな鈴!」

 

「当然でしょ!この私との最強タッグなんだから!」

 

「負けちゃったけど、いい試合だったね」

 

「…………2敗」

 

 しょぼくれるスピカの頭をシャルルが優しく撫でると、悲鳴にも似た歓声が一部の観客席から上がる。

 

「2人ともありがとな。すっげー熱かった!」

 

「そうね。特にスピカ、だっけ?アンタかなり筋いいわよ。もう少し頑張れば代表候補生狙えるんじゃない?」

 

 4人は千冬に退場を指示されるまで談笑していた。観客に笑われながらすごすごと退場し、着替えて再合流することになった。

 

(一瞬気を抜いたとこをやられた。俺もまだまだだな)

 

 男子更衣室として設けられた控え室で、一夏は試合内容を振り返っていた。シャルルは早々に着替えるとまた後でね、と口添えしてそそくさと出て行く。

 

(こんなんじゃダメだ。もっと強くならないと。例え誰が相手でも、大切な人を守れるように)

 

 一夏は胸を拳で叩き、より一層強くなる決意を固めた。

 入り口にもたれかかっていた千冬は、小さく笑うと力強い足取りで何処かへと去って行った。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その日の夜。

 箒はとある人物へと電話をかけていた。

 

「もすもすひねもす〜?待ってたよ箒ちゃ〜ん」

 

「待ってた?」

 

「またまたぁ〜とぼけなくってもいいよ。お姉ちゃん箒ちゃんのことはなんでもお見通しだからね〜……欲しいんでしょ?更なる力が」

 

「!」

 

「白と並び立つ紅。箒ちゃんの専用機。その名も……」

 

 電話先の声の主、篠ノ之 束はチラリと隣の機体に目を落とす。

 

「紅椿」

 

 束の言葉に、箒は思いがけず高揚を覚えた。

 

(私の、専用機。これで私はもっと強く……)

 

 握る手に力が入る。そんな箒の様子を、束は無言の電話口から見通していた。優しく、どこか仄暗い笑みを浮かべながら。



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第34話

 

 

 退院は週末となった。その間誰も見舞いに来なかったのは、恐らく生徒を保護する為に織斑先生が禁止しておるのじゃろう。

 悲しくなんかない。悲しくないもん。

 

「全く、君には驚かされたよ」

 

 院長先生が苦笑を浮かべながら最後の検診を終える。勿論異常はなし。晴れて退院の身じゃ。

 

「長いことお世話になりました。もうすっかり健康ですわい」

 

「ISが持ち主の健康状態に左右されるとは聞いていたけど、その逆もあるとはね。何にせよ元気になったなら何よりだ。櫻井君と龍之介にもよろしく伝えておいてくれ」

 

 院長先生はそう言って立ち上がり、病室を出て行った。そうか。櫻井先生の知り合いの医者ってこの人じゃったか。しかも椿叔父とも接点がありそうな……世間は狭いのう。

 そんなことを思いながら院長先生の背中を見送り、退去の準備を進めた。着替えを鞄に詰め、病室を後にする。

 

「みんな、待っていてくれ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 IS学園1年1組

 女子校特有の姦しさを誇るIS学園だが、今日はまた一段と色めき立っていた。ある一大ニュースが学園中に広まっていたからだ。

 柳 刃が帰ってくる。

 教室内はその話題で持ちきりだった。

 

「柳君、今日だってね〜」

 

「何時になるのかな?楽しみだねー」

 

「お菓子、よし!クラッカー、よし!王様ゲームのくじ、よし!」

 

「ちょっ!アンタ最後なんかスゴいこと言わなかった!?」

 

「はいはい皆さん!本日の刃さんのご帰還パーティーのプログラムを配ります!必ず目を通しておいて下さいね!」

 

 セシリアは上機嫌で小冊子並の厚さの書類を配っている。一夏と箒はそんなセシリアをにこやかに眺めながらプログラムに目を落とした。

 刃が帰ってきた時間帯に応じて様々なパターンの催し物が分単位でびっしり書かれている。

 

「こ、これはまた……」

 

「しゅ、周到なのは良いことだ……」

 

 そう言う箒の笑顔は引きつっていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 昼休み。学園全体が震えんばかりに生徒たちのソワソワが最高潮になる。

 そして、その時は訪れた。

 

 柳 刃が帰ってきたぞ────!

 

 この女子生徒の一言で食堂は蜘蛛の子を散らしたように伽藍堂と化し、エントランスは逆に超満員となった。蜃気楼が揺らす小さな影を今か今かと待ち受ける。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「うお!?なんじゃ!?」

 

 IS学園に着いてすぐ、地響きのような重低音が校舎から響いた。見ると、エントランスに全生徒かき集めたかのような大軍勢が待ち構えている。なんなのじゃこれは。どうすればいいのじゃ。

 狼狽して足が止まったが、聞こえてくる声に足は自然と動き出した。

 

 おかえりなさ──────い!

 

 まだ豆粒程度にしか見えないみんなに手を振る。歩みが駆け足へと変わった。

 ワシの居場所は、ここにある。

 

「帰ったか問題児」

 

 感動の再会直前、時が止まった。

 織斑先生の氷柱の如き言葉がその場の空気を凍らせる。

 

「さて、復帰一番お祝いパーティー、などと浮かれきった妄想はしていないだろうな?」

 

「ハイ」

 

「着いてこい」

 

「ハイ」

 

 織斑先生は出待ちの生徒たちに向き直る。どんな顔をしていたのか、生徒たちのリアクションを見れば目に浮かぶ。

 

「何をしている?最初に言ったはずだ。食事は迅速且つ効率的に摂れと。昼休みはあと10分だぞ?」

 

 その一言で、エントランスに押し寄せた波は引いていった。ワシは鎖で繋がれたように織斑先生の後ろについて歩く。

 地獄の悪魔が開けた大口に自ら入っていくような面持ちで第二会議室に入り、数時間に渡り聴取を受けた。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「せ、セシリア〜。こういう場合はどうするのよ?」

 

「柳君、夜まで解放されないかもよ?」

 

「どころか、今日中に解放されるかどうか……」

 

「う、狼狽えてはいけませんわ!それだけ時間があるということは策を練り直す時間もあるということ。それに織斑先生が刃さんの聴取に当たるなら、LHRは山田先生。先生を懐柔してその時間を利用し緊急作戦会議を開きます!」

 

 こうして知らぬ間に学級運営の主導権を握られていく山田先生なのであった。

 頑張れ副担任。負けるな副担任。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 IS学園第二会議室

 普段は職員会議に使われる部屋で、ワシは複数人の学園職員と対面して座らされた。背後には2人の黒服の女性が陣取っている。織斑先生を前にして逃げやせんというのに。

 

「一先ずは快復おめでとうと言っておこう。そして紛い物とは言え暮桜と17分38秒もの戦闘と呼べる時間を繰り広げた。貴様の腕は多少マシになったと言える。教師としては喜ぶべきことだ」

 

「それはどうも」

 

 織斑先生のお褒めの言葉を素直に受け取っておく。

 

「だが、それによって解決せねばならない問題が2つ生じた。まず一つ。何故私の制止に応じなかった?紛い物とはいえスペック上は当時の暮桜に限りなく近いものだった。貴様のIS操縦技術に関して、密度に文句はないが、期間はせいぜい2ヶ月弱。アレに応戦するにはあまりに経験が浅いと言わざるを得ない」

 

「それに関しましては衝動的に行ったとしか。元々最強のIS使いになることを目標にこの学園に来たので、目の前に転がり込んできた目標に近い相手と対戦する機会を失いたくはなかった、というだけです」

 

「ったく、どこまで戦闘狂だ貴様。ともかく自分の意思で行動したことには変わりないと」

 

「はい」

 

 織斑先生の後ろで控えていた黒服の女性が筆を走らせる。しばらくして音が止み、次の質問が始まった。

 

「次、これが最も不明かつ大きなリスクを孕んでいる要素だ。貴様の持つ八極(パージ)、現行ISのどのスペックをも上回る可能性を秘めているな。ドイツ第三世代のシュヴァルツェア・レーゲン。イギリス同世代のブルー・ティアーズ。そして中国の甲龍。どれも時代の最先端を行く超高性能の機体だ。操縦者の技術はともかく、機体スペック上でも八極はそれらと互角以上のデータが出ている。これはどういうことだ?」

 

「ワシに言われましても……まあ確かによく考えるとオーバースペックな気はしますが。これをワシにくれた人のことを考えれば納得はしていただけるかと」

 

「……悔しいが正論だな。(あのバカ)が何の脈絡もなく持ってきたのだ。突飛なものでない方がおかしいか」

 

 織斑先生は舌打ち混じりに納得してくれたようじゃ。

 

「さて。今度はこちらが説明する番だな。貴様が闘ったものの正体について」

 

「…………」

 

 織斑先生の話を聞いた。VTシステムの話。ラウラの与り知らぬところで組み込まれていたこと。ラウラの今後の処遇。

 

「本人に使用する意図はなかったこと。ドイツ本国が故意にVTシステムを機体に組み込んだ証拠はないことから、暫定的に第三者による混入と判断された。幾らかのペナルティはあるが、ラウラ本人への処罰は極めて軽い」

 

「それは良かった。てっきりドイツに強制送還でもされるのかと」

 

「IS学園特記事項第21項。本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。つまり3年間は逆治外法権だ。何処の誰であろうと、我が校の生徒である内は我が校が保護し、我が校が裁く。故に学園が判断した結果には必ず従ってもらう」

 

「なるほど。それはいいことを聞きました」

 

 シャルルも卒業までは大丈夫そうだの。

 

「さて。理解してもらえたところで、今後の貴様への処遇を言い渡そう。重ねて言うが、学園の判断は絶対だ」

 

「む。そう言われると緊張しますな」

 

 退学……はどこにもメリットが生まれんからまずないじゃろう。

 一体何をさせられることやら。

 

「柳 刃。貴様を三ヶ月間IS学園生徒会庶務に任命する。行事を立て続けに騒がせたんだ。その尻拭いの一端を担うくらいは当然の罰だろう?」

 

「なるほど。確かにその通りですな。で、他には?」

 

「ない」

 

 は?

 

「は?」

 

「今回の件に対するペナルティは以上だ。ああ、言うまでもないと思うがこの一時的な生徒会活動への参加は成績に一切反映されんからな」

 

「いや、それにしたって罰が軽過ぎでは……?」

 

「ほう?そう思うか」

 

 織斑先生はそう言ってニヤリと笑う。あ、これ絶対何かある奴だ。

 

「とにかく、これが学園の下した判決だ。せいぜい普段迷惑をかけている連中に奉仕してやれ。分かったな」

 

「はい」

 

「話は以上だ。そろそろ夕飯時か。いい加減浮ついたあのバカ共を鎮めて来い」

 

 そう言う織斑先生の表情は柔らかかった。色々と言いたいことはあったが、その優しさを素直に受け取っておく。

 

「では、失礼します」

 

 そう言って会議室を後にした。一呼吸置き、食堂に向けて走り出す。

 待っていてくれ、みんな。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 刃の去った会議室は、即座に緊急会議の場として設けられた。

 

「宜しかったのですか織斑先生?」

 

「良いも悪いも無いです。奴にも言いましたが、学園長の判断が全て。柳に重いペナルティを課したところで見せしめの効果も薄いでしょう。それに……」

 

「それに?」

 

「……いえ。あまり明言するのは控えておきましょう。鬼は、名を口にすれば現れると言いますし」

 

「?」

 

(束……貴様とんでもない爆弾を置いていってくれたな。ただでさえ問題児だらけだと言うのに)

 

 千冬はしばらくの間険しい表情で考え込んでいた。



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