蒼の彼方のフォーリズムー朱い空ー (科戸@頑張って執筆中22年2月)
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番外編「肉の日だから考えただけの短編 」

テレビアニメ五話と肉の日から、突発的に考えただけのお話

という訳で五話未観賞の人はご注意下さい

私はただ真白と莉佳が好きな人を増やしたいだけなんだ

可愛く書けてる自信はありませんがお楽しみください

あと、見やすさを確認するため今回は行の間隔ルールを変えています


「うん、やっぱりそうだよね」

 

 私、有坂真白は現在進行形で葛藤中である。

 

 夏の大会の結果は残念だったけど、佐藤院さんから2点取ることができて自信につながった。

 

 だから、きっかけをくれた莉佳にお礼がしたい、そう思ったのだ。

 

「だけど、何をしたらいいのか……」

 

 ベッドに倒れ込んで脇にあった邪神ちゃんを掴み取る。

 

『おい、どうするんだ? こう言うことはさっさと決めないと、切り出すとき言いづらくなるんだぜ?』

 

 疑似会議。邪神ちゃんは私の心の声を言ってくれる端末なのだ。

 

「分かってる。でも、私、莉佳に何してあげればいいのか分かんないし……」

 

『普通にお礼だけでいいんじゃないか?』

 

「良くない! それだと、私の気がおさまらない!」

 

『じゃあ、莉佳が好きな物を渡したら?』

 

「好きなもの……? お肉」

 

 いや、そんなもの渡されても引くだけでしょ、何考えてんだろ私。

 

『じゃあ、他に何かないか? 部屋に行った時あったものとか』

 

 そういえば、前に先輩たちと莉佳の家にお泊まりしたとき、ぬいぐるみが飾ってあったっけ

 

 牛と豚と鶏…………ってお肉にされる動物ばかりだ。

 

『なら、次に肉にされやすい動物にしよう』

 

「ってなんでそうなるのよ!?」

 

『そりゃそうよ、前に莉佳の元に旅立った俺っちの弟がこのままじゃ食肉同盟に仲間入りすることになっちまう』

 

「いや、そこに新しい食肉要員入れたらそれこそ四面楚歌状態だから!」

 

 同盟という言葉を使いたくなってしまう。これは一年生同盟を組んだ影響のせいなのか。

 

「……第一、人気4番目のお肉って何よ?」

 

『ねずみ』

 

「それはあんたの好みでしょうがっ」

 

「真白ー。何やっとるたい?」

 

 びくん。

 

「お母さん!? いつからそこにいたのっ!?」

 

「おい、どうするんだ? こう言うことは……くらいから?」

 

「うわー! なんでそんなタイミングにくるのよ!」

 

 それからの私に、プレゼントを考える余裕なんてなかった。

 

 

 

 

 

ー次の日ー

 

「牛と豚と鳥に次に好きなお肉だって?」

 

「ほ、ほらスポーツをするなら脂肪とか気になるじゃないですか。それで他に何かいいのはないかなーって」

 

 部活終了後の部室で先輩たちに質問してた。

 

 素直に莉佳にお礼がしたいっていうのは、秘密の練習の事とか色々バレちゃうのでごまかしちゃったけど。

 

「っていってもそれ以外の肉ってあんまり食べないしな。牛と豚と鶏以外だと何がある?」

 

「もちろんプロテインだ!!」

 

「部長、それはタンパク質の塊であって、肉じゃありません」

 

「兄ちゃんにとって、プロテインは水みたいなもんだからね」

 

 もしかして部長の鞄の中にプロテインのストックが用意しているんじゃ……。それこそゲームのアイテムみたいに×99とか。

 

「魚肉。お出汁にするといいよねー。あごだしとかさー」

 

「トビ子さん、ごめんなさい……おいしかったです」

 

 明日香先輩が反射的に落ち込んだ。

 

「あ、イノシシ! 小さいとき、おばあちゃんが山で捕まえたあの子はおいしかった!」

 

「えっ、四島にイノシシって出るんですか!?」

 

 というか、みさき先輩のおばあちゃんって狩りもできちゃう人なんですか。あんなに優しそうな人なのに。

 

「あとは馬か? ほら馬刺とか結構出てるし」

 

 晶也先輩がまともな意見を言った。

 

「馬。馬ですか……」

 

 ぬいぐるみにするなら、結構可愛いかも。

 

「あ、鯨もお肉扱いだよね、竜田揚げとかお刺身をショウガポン酢で食べるのがなんとも……」

 

「そうですよね! 食べたことないけど、みさき先輩がおいしいって言うなら私信じます!」

 

 悩みがなくなった。これで心おきなくみさき先輩に集中できる。

 

「おう、練習は終わったか?」

 

 各務先生が部室をのぞき込んでいた。

 

「はい。今から帰るところです…………葵さんも昔は珍しいお肉食べてましたよね? 何でしたっけ?」

 

「ん? ああ、ワニのことか。意外と簡単に買えるぞ」

 

「「「「………………」」」」

 

 各務先生、漢っぽい。

 

 

 

 

 

ーその後、一年生同盟の自主練終わりー

 

「じゃあ、今日はこの辺にしておこっか」

 

「うん!」

 

 夕食時になる時間帯。私たちは地面に降りる。

 

「それにしても、真白がスピーダーに転向してたのにはびっくりしたよ~。佐藤院さんも驚いてた」

 

「あはは、結局負けちゃったけどね」

 

 サードラインで止められちゃったし。

 

「ううん、佐藤院さんにスピード勝負で勝ってたからドッグファイトに持ち込まれたんだよ? がっかりしちゃだめ。私なんて、セカンドブイを取っただけで後は鳶沢さんにやられっぱなしだったし」

 

「ううん、そんなことないよ。莉佳がんばってたもん」

 

「うん、ありがとう」

 

 莉佳は誉め上手だなぁ。私なんてなんのフォローにもなってない。本当に、いい子だ。

 

「あ、あのっ莉佳!」

 

「? どうしたの?」

 

「莉佳が練習につき合ってくれなかったら、佐藤院さんからポイントとれなかったと思うの。たぶん、自分の良さにも、気づけなかった……」

 

「言い過ぎだよ。私じゃなくても、日向さんや鳶沢さんがきっと……」

 

「ううんっ! 莉佳が教えてくれたから、自分でっ、自分なりの飛び方、見つけられたの!」

 

 強めに言っちゃった。肝心の言葉がまだなのに空気がほんのちょっぴり硬い。

 

「だから……その、ありがとう」

 

「ふふっ」

 

 莉佳は小さく笑うだけだった。

 

 顔が熱くなって、地面を見る。そのまま、持ってきていた袋を差し出した。

 

「こ、これ、莉佳が好きかなって思って持ってきたの?」

 

「あっ、これ、私が欲しかったサクラちゃん! ありがとう! 真白」

 

「え、本当……?」

 

 プレゼントとして大当たりだったようだ。ぬいぐるみを抱き上げて莉佳は喜んでくれた。

 

 邪神ちゃんとの相談は間違いじゃなかったと思い直せそうだ。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

ー高藤学園福留分校 食堂ー

 

 

 

 練習も終わり、部長に指名されたわたくし、佐藤院麗子はお茶をしていました。

 

「市ノ瀬さんが肉を好きな理由?」

 

「ええ、合宿のときもそうでしたが、小柄な体で、お肉を一杯食べていたので」

 

「佐藤院さんは市ノ瀬さんが心配なのね。まぁ、それはFCがお肉と似ているからじゃない?」

 

「え?」

 

 彼はノートを取りだして、(したた)めます。

 

「ほら、『FC』と『にく』この二つをよく見てみなさい。『く』をまるめて書くのがポイントだ」

 

「…………あっ!」

 

 数秒の沈黙から、私は理解して感嘆の声を上げました。

 

 

 

~END~

 




分量がギリギリですね。状況によってはすぐに加筆修正します


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原作開始前
第一話 この島はいいところですね


 こんにちは

 活報から作品名を改変しましたが投稿していきます。

 この作品は原作をちょっと変えつつ、原作裏を書いていく物語となります

 読みにくい箇所がございましたらご指摘ください


 体が地面から離れる不安と、未知の体験への胸の高鳴り。

 

 メンブレンが体を包み、浮力を得た体が空へと昇る。

 

 目の前に広がっていく海の碧と空の蒼。

 

 海鳥と同じ高さで空を舞い、出迎えるように横をすぎていく。

 

 綺麗。

 

 耳の横をすぎる風切りの音が心地いい。

 

 柔らかさを感じさせる空気が気持ちいい。

 

 どこまでも続く空に心奪われる。

 

 繋いだ手の子が笑う。

 

 綺麗でしょ? と。

 

 頷いて、この景色を見せてくれたその子はまた嬉しそうに笑う。

 

 風が一際強く吹いた。髪がくすぐるように揺れる。

 

 こっちだよ、そう手が引かれる。

 

 景色が後ろに流れていく。自分が鳥になったようだった。

 

 赤い光線を描き、宙を舞う。二人で。

 

 

 

 

 空は朱色に染まっていた。いつまでも続くと思っていた蒼はもう見えない。

 

 お別れの時間が近付いている。

 

「もう……お別れ?」

 

「そう、だね」

 

 何かいいたい。でも、何を伝えたいのか、何を言えばいいのか。自分の気持ちが分からない。

 

「空、凄く綺麗だった」

 

「うん」

 

 いつまでも、飛んでいたい。そう思えるくらい。

 

「すごく……楽しかった。ありがとう」

 

 今いえるのはこれが精一杯。

 

 また、あの子が笑う。

 

 じゃあね、と背中が映る。

 

 もう、これで終わり? そう思うと胸が苦しい。嫌だ。

 

「あ、あのっ私、まだこれで終わりにしたくないっ!」

 

「…………え?」

 

 あの子が振り向いてくれる。初めて見る驚いた顔だった。

 

 

 それは約束をした遠い日のヒトコマ。私が空に目覚めた日の事。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

[まもなく当船は畑の浦に到着します。長らくの御乗船ありがとうございました]

 

 船内アナウンスが目覚ましとなって、目が覚める。

 

 何度も、空を飛ぶことをやめようと思った。その度にあの約束が僕を空へ引き戻した。

 

 窓からはカモメが数羽で飛んでいるのが見えた。そっか、ようやく着いたのか。

 

 固まった体を伸ばす。

 

 ほんの少し、胸の鼓動が早くなる。その原因は新生活への期待、もしくは不安のせいか。3月も終わりに近づく時期。南の地方とはいえ、風はまだまだ冷たい。港の段差に気を遣いつつ、船員から荷物を受け取る。

 

「旅行かい?」

 

 少年のスーツケースが気になったのだろう。船で隣だったおばあさんが聞いてきた。

 

「引っ越しです。春からこっちの学校に通うことになりまして」

 

「なるほど。若いのに一人でとは、立派だねぇ」

 

「いやいや、不安で胸一杯ですよ」

 

 はは、と小さく笑う。

 

「四島は人情の島やけん。心配せんでもよか」

 

 励ますように優しい手が少年の肩に乗る。

 

「いいところなんですね」

 

「いんや、住んでる人間が良い奴ばかりだからたい。ほれ」

 

 紙を渡される。開くと、近くの商店街の地図だった。生活用品の安いところが書いている。

 

「これ、いいんですか?」

 

「隣人は大切にするのが四島のルールやけん」

 

 地図に丸印が追加される。

 

「若いあんたなら、先にここに行くと良いたい。若い人は皆使ってるんよ」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる。頑張れと言うように微笑みを浮かべるおばあさんに不思議と心が和んだ。

 

 

 

 商店街を歩く。田舎と聞いていた割には商店街には人が行き交い、活気があった。喫茶店では主婦たちが談笑し、春休みの学生が昼間からゲームセンターに出入りしている。そういった風景を流し、おばあさんに勧められた店を見つける。

 

 入り口を開けると、青髪の少女が待ちかまえていた。

 

「い、いらっしゃいませ……す、スカイスポーツ白瀬によよよよよよよ!」 

 

 まるで壊れたレコーダのような声を出して、脱兎のごとく店の奥に消える。と思ったら壁向こうからこちらを窺ってくる。

 

「恥ずかしがり屋なのかね?」

 

 吹き抜けの空間に一人取り残され、展示された商品を見る。その商品を見てすぐに少年はおばあさんの言うことが分かった。

 

「……ここグラシュ屋か」

 

 視線の先にはスキー靴に似た大きめの靴が陳列されていた。アンチグラビトンシューズ。一言で言うと空を飛ぶ靴だ。

 

「ああ、ごめんごめん。妹のみなもが失礼をしてしまったようだね」

 

 店の奥から若い男性の店員が出てくる。名札には白瀬隼人と書いてあった。男の顔には見覚えがあった。

 

「いえ、可愛い子ですね」

 

「だろ? やらんよ」

 

 それは愛娘を嫁に出したくない父親の真似だろうか。

 

「初めてのお客さんだね。何かお探しかな?」

 

 そう言われて困った。何せ、グラシュの販売店とは知らずに入ったのだ。彼の予想ではここは家具屋か雑貨店で新しいコップでも探そうくらいの認識だったのだから。

 

「実は、今日この四島に引っ越してきて……」

 

「何だって!? じゃあ普段用のグラシュがなくて買いに来たわけだね」

 

 事情を話そうとした。しかし、そこは人情の島の人間。親切のつもりなのか、食いついてきた。

 

「あ、いや、確かにありませんけど。そう言う事じゃ……」

 

「ははは、ウチはメンテナンスも受け持ってるからね。安心して選ぶと良い。通学用ならローファー型とスニーカー型でおすすめのがあってね」

 

 言うやいなや肩を抱かれて案内される。1階の角のコーナーには通学用と書かれた札があった。先ほどのゴツゴツした靴と比べ、外見は全く普通の靴が並べられていた。一見すれば普通の靴と間違ってしまう事だろう。

 

(まぁいいや。どうせ買わなきゃいけなかったんだし)

 

「この島は、日本でもグラシュ普及率が一番なんですよね?」

 

「その通り。地域によっては飛行禁止になっている場所もあるけど、この四島列島は複数の島でできてるから、空を飛ぶという移動手段はとても便利なんだ。まぁお年寄りや小さな子供の中には慣れている船を使って移動する人もいるけどね」

 

 手頃な靴を選んで、サイズが合うものを探す。

 

「靴のサイズは?」

 

「26です」

 

「学生だよね。どこの学校?」

 

「高藤学園福留分校です」

 

「高藤か。あそこはいいところだよ」

 

 隼人が手頃な商品を見つけて、少年に差し出す。それを受け取ろうとしたときだった。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様!!」

 

 みなものかけ声が響く。その内容を聞いた少年は驚きで、思わず商品を落としそうになった。

 

 直後、もうダッシュで階段を駆け上っていくみなもの姿が見えた。その顔はこの上なく紅潮していた。

 

「先程連絡した佐藤院麗子です。グラシュのメンテナンスをお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」

 

「いらっしゃい。ちょっとそこで待ってて」

 

 不思議な名字の人だ。綺麗な金髪をツインテールでまとめ、自信一杯に胸を張った女の子。大人びた女性の雰囲気を持ちつつも、少女の部分が出ている柔らかな私服姿に少年はしばし見とれていた。

 

「何ですの?」

 

 目があった。

 

「珍しい名前の人だなと思って」

 

 本人も驚くくらい素直な感想が出た。下手に誤魔化すよりはマシな答えだっただろう。

 

「だとしても、見ず知らずの人をじろじろ見るのは感心しませんわよ」

 

「はい、すみません」

 

 初対面の相手にもはっきり意見を言う人だ。少年はそう感じた。

 

「あら、あなた……観光の方かしら?」

 

 少年の荷物から察したようだ。

 

「……いえ、今年からこっちの学校に通うんで、引っ越しに」

 

「彼も、高藤学園に入学するんだって」

 

 横から隼人が付け加えた。

「あらっ、そうなのですか。わたくしも今年から高藤の一年なんです」

 

 この子も高藤学園に入学するのか。佐藤院さんが手を差し出す。

 

「それでは、わたくしたちは同じ学び舎の仲間と言うことですわね。春からよろしくお願いします」

 

「よろしく、佐藤院麗子さん」

 

「はい。あなたの名前は……?」

 

 名前を聞かれて、少年は一瞬だけ戸惑いを見せる。しかし、黙り込むことはしなかった。

 

秋月(あきつき)(しゅう)

 

 

「こちらがイロンモールです。秋月さん」

 

 初対面から30分後。佐藤院に連れられ、朱は島唯一のショッピングモールへと案内されていた。

 

「ありがとう、わざわざ島の案内してくれて」

 

「気になさらないでください。グラシュのメンテが終わるまで何をしようかと思っていたところでしたし、何より」

 

 一拍あけてから

 

「こうして新たな友人ができたのですから仲良くなれればと思いまして」

 

「堂々と恥ずかしいこと言うんだね」

 

「はい?」

 

 どうやら自覚はないようだ。

 

「佐藤院さん、フライングサーカスやってるんだ」

 

 佐藤院がメンテに出したグラシュを思い出す。競技用のグラシュだった。

 

「ええ、高藤でも続けたいので一度フルメンテナンスをしておきたかったんです。もしかしてあなたもフライングサーカスを?」

 

 ぐるぐると渦巻く何かが、朱の心に沸く。これは羨望か、それとも憎悪だろうか。

 

「ああ、続けてきたよ。高藤でもやる予定」

 

「それでは、部活も一緒と言うことですわね。これから3年間楽しくなりそうですわ」

 

「………………楽しく、ね」

 

 その呟きが佐藤院に聞こえることはなかった。エスカレータを登り切る。最上階に続くのは階段になっている。しかしその道は立ち入り禁止になっていた。

 

「ここはまだ工事中なんです」

 

「へぇ、空中庭園だね」

 

「あら、よく分かりましたわね」

 

 工事中の壁だけ見て、どんな施設だったのか分からない。だというのにすぐに分かった朱の言動に佐藤院は少し驚いた様子だった。

 

「あそこから見える風景は絶景だろうなって思ってさ」

 

「ええ、来年には工事も終わります。それまではお預けです」

 

「残念だ。案内ありがとう。何かお礼がしたいんだけど、いいかな」

 

 クスリと佐藤院が笑う。

 

「構いません。見返りを求めてしているわけでもありませんし、あなたの感謝の言葉だけで十分です。ただ……」

 

「ただ?」

 

 言い淀むというより、溜めるような言い方だ。

 

「あなたもFCをしているのでしたら、入部前に一度手合わせをしてみたいですわ」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 FCの試合をする、といことに抵抗がなかったと言えば嘘になる。だが、他の人の目がない状態で、同じ部活の人と試合をする。この展開は僕が望んでいたものでもあった。

 

 海で囲われた四島列島で海岸へ繰り出すのは比較的簡単だった。

 

 グラシュ屋の少し離れた場所に、飛行場としてはうってつけの広場へと僕と佐藤院さん、グラシュ屋の隼人さんは来ていた。

 

「グラシュの調子はどう?」

 

「ええ、快調の一言に尽きます。審判を引き受けてくれてありがとうございます」

 

「いやいや、高藤の次世代たちを見れるいい機会だしね。そっちのグラシュはどう?」

 

 隼人さんが審判を引き受けてくれた。

 

「慣れました。問題ありません。それより、店の方は大丈夫なんです?」

 

 試運転がてら、ある程度飛んでから着地する。借りてきたグラシュだが、一試合する分には十分だ。

 

「ああ、この時間ならお客さんはあまりこないし、秘密兵器を渡しておいた」

 

 それは先程渡していたお面ーーいや覆面か?ーーのことを言っているのだろうか。

 

「それで佐藤院さん、お互いの実力を知る程度の試合……でいいの?」

 

「ええ、真剣勝負で」

 

「了解」

 

 グラシュの設定を確認する。モデルは飛燕三式。日本人に人気のオールラウンダータイプの万能モデル。そういえば彼も飛燕を使っていたな。

 

「手合わせですし、制限時間は5分で。他の細かいルールに変更はなし、ブイ間300メートル、フォースブイの国際規格でいきますわよ」

 

「セコンドは?」

 

「仕方ありませんが、今回はなしでいきましょう。ただ、審判役の方が時折相手の位置だけ教えてくれます」

 

 佐藤院さんは人差し指での自分のヘッドセットを指す。

 

「それでは、両者ファーストブイに着いて」

 

「はい、……我が翼に蒼の祝福を!」

 

 起動キーと思われる『呪文』を唱えて、佐藤院さんが空を駆ける。なかなか個性的な起動キーだ。

 

「じゃあ、僕もFLY」

 

 グラシュから翼のエフェクトが出てくる。体全体が空気の流れを感じ取り、感覚が研ぎ澄まされる。試合前の緊張のせいなのか、鼓動が少しだけ早い。この島で初めて飛んだ時と同じだ。潮と少し混じった緑の柔らかい風が混じった匂いが心地良い。

 

 そのままコントレイルの光を描きながら、二人でスタート地点に並ぶ。

 

「手加減は無用ですってよ」

 

「手加減なんて心配、しなくていいよ」

 

「セット!!」

 

 

 ピー! ホイッスルが鳴り僕らはスタートラインを切った。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 ピー!ホイッスルの音が鳴ると同時に、佐藤院はセカンドブイへと向かった。

 

 オールラウンダーの彼女としては相手の動向を窺う上で、セオリー通りの動きだった。

 

 スピードで相手を翻弄するスピーダーなら、セカンドラインへショートカットし、逆にファイターなら、このままブイをタッチし得点。どちらでもないオールラウンダーならそれこそ、腹のさぐり合いになる。どちらかが先にブイにたどり着くか競争、それかブイを諦めてショートカットという流れだ。

 

 

 しかし、佐藤院はこの時点で異変に感じた。

 

 

(秋月さんの姿が…………ない?)

 

 

 先にセカンドラインにショートカットしたのだろうか。目を配らせるが、やはり姿は見えない。だとしたら後ろか上か、しかし、相手の姿を視認できなかった。

 

 相手の動きを見て、対応する佐藤院としては、相手をいきなり見失ってしまうという事態は苦手だった。しかし、スタート直後のファーストラインでの接触は反則だ。先にブイにタッチするまで衝突の心配はない。純粋なスピード勝負だ。

 

 下降してから上昇し速度を上げる。ローヨーヨーだ。ブイを早くタッチし、点を追加しておこう。そう判断したのだ。

 

「まずはっ、一点っ!」

 

 ブイに触れる。反重力子同士の反発力を利用し、一気にサードブイを狙う、そのつもりだった。

 

『ポイント、秋月!』

 

「な、何ですって!?」

 

 聞こえた来た内容に耳を疑ったのと、背中に強い衝撃を感じたのはほとんど同時だった。

 

『ポ、ポイント秋月』

 

「2点目」

 

 佐藤院のバランスが崩れる。すぐさま、体勢を整えようとする。しかし、一歩遅かった。前に出ていた朱が逆走し、佐藤院をセカンドブイの方へと弾く。朱は反転する。衝突の反動を利用してそのままサードブイへと向かった。大きく離され、佐藤院はサードブイを諦めるしかなくなった。

 

 序盤で既に3点の失点。佐藤院は動揺する心を落ち着かせ、事態を把握する。連続得点のチャンスもあったにも関わらず、わざわざ相手を逆方向に弾いた。極めてイレギュラーな戦い方だが、ブイを得点源にするスピーダー寄りの動きだ。なら頭を押さえて失速させることが定石だ。

 

 ショートカットし、サードラインで待ちかまえる。交差の時間が近づく。

 

「…………っ!」

 

「そこっ!」

 

 今度は佐藤院の方が反応が早かった。初動を見切り、朱の進路を塞ぐ。進路を塞がれ二人が交差する。バチリという電撃に似た音が響きわたり、朱の速度が大きく落ちた。反面、佐藤院はスピードと体重の差で、弾かれる形となった。しかし、すぐに体勢を立て直しフォースブイへと駆ける

 

『ポイント佐藤院!』

 

 これで3ー1。相手の威力を殺したとはいえ、体勢を崩していない相手にドッグファイトを挑むのは危険だと判断した。何より初得点で流れを掴むきっかけになったはずだ。相手はこれでショートカットせざるを得ない。

 フォースライン。ここで試合時間は半分に近づこうとしていた。佐藤院の逆転の目はここに掛かっていた。中央に待ちかまえる相手に接近していく。相手との距離が20mを切った時、大きく左右に振り蛇行する、。シザース。相手を翻弄し、抜けるつもりだ。

 

「さぁ、わたくしの動きについてこられるかしら!」

 

「……ーー」

 

「ーーえ?」

 

 佐藤院には、朱の口がかすかに動いたように見えた。口元がはっきり見えるかどうかの距離なのに、聞こえたとしても掠れている可能性の方が高いのに、彼の口は【問題ない】と動いているように見えた。

 

 次の瞬間、彼の姿が消えた。まるで空に溶けるように、ふっと消えたのだ。

 

 気づいた頃には、彼の腕が佐藤院の肩に触れていた。メンブレン同士の反発で、両者が弾かれる。一方が完全にバランスを崩し、もう一方は相手の背中へと回り込む。

 

 得点が入ったことを意味するポイントフィールドが空に描かれ、審判の声が響いた。

 

「ポイント秋月朱!」

 

 流れを秋月がまた掴む。ここで、秋月朱の勝利が確定した。

 

 

 

「試合終了! 5ー2で秋月朱くんの勝利!」

 

 後の展開でそれぞれブイタッチで一点ずつ得点したが、やはり勝負どころは最後のドッグファイトだった。

 

「負けましたわ、わたくしとしたことが改善すべき部分がたくさんある試合になってしまいました」

 

「……え?」

 

「どうかしました?」

 

 佐藤院の態度に、朱は心底驚いた様子だった。

 

「いや、てっきり、負けたことに怒り狂うものかと……」

 

「失礼なことを言わないで。この佐藤院自らの欠点を他人のせいにするほど落ちぶれてはいません!」

 

 いくら佐藤院の第一印象が一昔前の高飛車お嬢様でも、中身の方は違ったらしい。

 

「それで、気になったことがあります。序盤での動きはいったい?」

 

「序盤の方は佐藤院さんの後ろにぴっちり着いて、一瞬だけ早くタッチしただけだよ」

 

 相手に存在を感じさせずに後ろに張り付いていた。幽霊か何かだろうか。佐藤院は苦笑いをするしかなかった。

 

「とにかく、とても素晴らしい動きでした。高藤でも、よき隣人として、ライバルとして共に励みましょう」

 

 そういって、佐藤院は手を差し出す。意図を察した朱がその手を握り返す。とてもゆっくりとした挙動だった。

 

「あ、ありがとう」

 

「それでは、今度は学校で」

 

「うん」

 

「我が翼に、蒼の祝福を……」

 

 佐藤院さんがグラシュを起動し、去る。彼女が見えなくなったところで朱は隼人に向かった。

 

「グラシュ、ありがとうございました」

 

「秋月朱くん、もしかして君……」

 

 彼は気づいたのだろう。いや、正確には思い出したのだろう。しかし、朱は言わせなかった。

 

「グラシュの注文してもいいですか? 実は前の壊れちゃったんで」

 

「ああ。メーカーと機種は決まってるのかい?」

 

「アヴァロン社の【ガウェイン】は取り扱っています?」

 

 海外のメーカーだ。それも、マイナー企業。

 

「いや、どうだろ。たしかそのシリーズは後継機の開発で生産が中止になったって聞いたけど……」

 

 それをきいて、彼は少しだけ暗い陰を感じさせた。しかし、すぐに陰を消す。

 

「じゃあ、セーレ社のリベレシリーズをください」

 

「分かった。珍しいメーカーだけど、入学までには届けられるよ」

 

 その後も何度か、問いかけようとした隼人だったが、朱ははぐらかした。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 率直に言おう。

 

 佐藤院さんとの握手の際、僕こと秋月朱はどきどきしていた。

 

 女の子、しかも同年代の子と友好の握手に痴情のような物を感じたからーーーーではない。

 

 佐藤院の長い爪が手のひらに食い込んでこないか。相手のグラシュが膝に当たってこないか。そんな事ばかりを心配していたからだ。

 

(人間不信なのかなぁ)

 

 もちろん、佐藤院さんがそんなことをする人間ではないとうことは分かっている。でも、それは頭の中でという話。体の方が勝手に過剰反応していしまう。意識的に分かっていることと無意識的に刷り込まれていることは違う。頭で答えが分かっていても、納得できる根拠がなければ実感は沸かない。勉強なんてその典型例だ。答えが分かっても、納得できるまで問題や式を頭に刷り込ませる事で身につける。例外があるとすれば、自分の世界観が変わるようなことに直面することくらいだろうか。

 

 とにかく、できるだけ早く、この被害妄想のような体質を治さないと。

 

 

 

「ようやっと下宿先に着いた」

 

 グラシュの注文を終え、街から歩くこと15分。

 

 閑静な住宅街。木造物件が立ち並ぶこの地域に僕の家はある。もちろん賃貸の部屋だ。

 

 【鳶沢】という表札を確認して、門をくぐる。

 

「こんにちは。今日から部屋をお借りする秋月朱です。鳶沢さん」

 

「はい、来たね……ってあら?」

 

「あなたは……」

 

 目の前にいたのは、船で隣に座っていたおばあさんだった。

 



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第二話 うどんは嫌い(過去形)

※手のひら返し注意報


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 暴力的な人間は嫌いだ。

 

 それはスポーツをする人間に多かった。

 

 ガサツで、態度が大きくて、それが偉いと思ってる。

 

 集団でまとまってる奴らが優劣を決めて、でかい顔をして下だと思ってる連中を顎で使う。

 

 それでいて、自分よりも弱いと思っていた奴に負ければ、ふさぎ込んで無視するか。現実を認められずに足を引っ張りにくるか。汚い笑顔をして近付くか。

 

 そんな奴らばかりだ。

 

 目の前には壊れたグラシュがあった。遠い国の友人から贈られた大切な品。もう一度空を飛んで良かったと感じた思い出の品だった。

 

『残念だが、これで試合を出すわけには行かない』

 

 運営委員の大人がそう言った。

 

『壊れたのは片方だけです。予備の方は動きます』

 

 グラシュは一方の靴が壊れても、もう片方が予備として機能するようにできている。多少危険でも大丈夫のはずだった。

 

『だめだ。選手の安全を確認できずに試合はさせられない』

 

 優勝候補を下して、あと2戦なんだ。もう少しなんだ。今朝のメンテナンスでは何の問題もなかった。

 

『……悔しいだろうが、あきらめなさい。チームメイトの子達が教えてくれなければ事故に遭うかもしれなかったんだから』

 

『…………え?』

 

 運営委員の言葉に喉が震えた。

 

 運営委員の肩越しに見えたチームメイトたちは口元を緩ませていた。

 

 3年間の部活で、【最初で最後の】大会。

 

 先程のインターバルでメンテナンスといって持ち去られたグラシュ。

 

 その時点で、僕は起こった出来事を理解した。

 

 

 

 嫌なものを見た。胸が詰まるような苦しさで夢から覚める。

 

「……ん、どこだ、ここ」

 

 辺りを見ると、見慣れない部屋だった。寝ぼけていた頭でも、数秒後には昨晩のことを思い出していた。

 

(そうだ。昨日この島に来て、下宿始めたんだった)

 

 荷物は昨日の夕方頃届いて、荷物の仕分けはできてる。後は本格的な部屋の片づけと家電の設定だ。幸い男一人だ。荷物は少しなので昼までには終わるだろう。

 

————それからは、何をしよう。

 

————何をすれば、夢のことを思い出さなくていいのだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

-正午前-

 

 

「おばーちゃん、タケノコ蒸かす鍋ってどこにしまってたっけー?」

 

 私はおばあちゃんからいろんなことを教えてもらってる。小さい頃からこの島に遊びに来て、いろいろなことを教えてもらったっけ。

 

 そんな私も去年からこっちに住んでるわけでして、もっぱら料理を教えてもらってる。まぁ、一度教えてもらったことは基本的に忘れないから、ほとんど通しなんだけど。

 

「離れかなー」

 

 ウチのおばあちゃんは地主で、家も大きい新築だ。前の家を物置代わりにしていて、鍋はそこに置いているかもしれない。

 

「なーべー」

 

 離れの戸を開くと、あたしと同じくらいの男の子が掃除をしていた。

 

「あ、どうも、こんにちはー」

 

 ピシャリ。戸を閉める。

 

「…………まぼろし?」

 

 ガラリ。もう一回開く。

 

「…………」

 

「…………」

 

 目を合わせること5秒。

 

「えーと、鍋が欲しいんですけど」

 

「戸棚のこれで良いです?」

 

「あ、はい。ありがとうございました……ってちがーうっ!」

 

「ご乱心!?」

 

 なんで!? 何で知らない人が掃除してんの。なんか住み込もうとしてるのか、荷物まで持ち込んでるし。

 

「なんだい、みさき。いきなり大きな声出して」

 

 あたしの声に気づいたおばあちゃんが箒を持って出てくる。

 

「おばあちゃんっ。この人誰!?」

 

「前に言ったじゃない。今年から人が入るって……」

 

 うー、そういえばそんなこと言ってたような。多分朝に言ったんだと思う。あたし朝は弱くて記憶が途切れ途切れになるから。

 

「鳶沢さん、この子がお孫さんですか?」

 

「ええ、みさきよ」

 

「よろしくお願いします。みさきさん」

 

 離れに住み込んできた同い年の男の子との対面はこんな具合だった。

 

 

 

 

 筍のゴマ和えと里芋の煮付け、ネギと牛肉入りのだし巻き卵、全部を平らげて(しゅう)は手を合わせた。

 

「ごちそうさまです。とてもおいしかったです」

 

「礼ならみさきにいい。今日の料理はあの子が作ったんよ」

 

「本当ですか!? お料理上手なんですね」

 

 誉められると、悪い気はしない。

 

「ふむ、良きに計らえ」

 

「調子に乗るんじゃなか。朱くんはお昼からん予定はいるけんか?」

 

「いえ、特には……」

 

「じゃあ、悪いけんど畑の収穫を手伝ってもらおうかね」

 

「ええ、構いません。むしろ……ありがたいです」

 

「??」

 

 朱のほっとした顔に私は少しだけ首を傾げた。

 

 

「パセリ、キャベツの収穫とじゃがいもの植え付け、こんな感じで良かったんです?」

 

「うん! いやー、春先だし、いろいろかぶっちゃって大変だったでしょ?」

 

「いえ、お世話になるんですからこれくらい当然」

 

 服に付いた土を互いに落とす。二人でやれば夕方まで続く作業が小一時間程度で終わったのはすごく嬉しい。男手のおかげで作業が捗る。あ、因みに放蕩息子の父さんは戦力外なのだ。

 

「それで、朱はどこからきたの?」

 

「斤畿の田舎から」

 

 内地の地方からだった。

 

「遠っ、朱は今年からこの島に来たんだよね」

 

「ええ、まぁ」

 

「わざわざこの島に一人で来たって……何で?」

 

 私の問いかけに、朱は少しだけ黙った。

 

「うーん、何となく?」

 

「何それ?」

 

「ほら、気の向くままにしたいって思うことありません?」

 

 凄くその気持ち分かる。

 

「うん、ある」

 

 なるほど、納得する。あるよね。私も学校決めるときも、楽そうだからーって久奈浜にしたし。

 

「でも、いざこっちで暮らすとなると結構不安ですね」

 

 そういって朱はぎこちなく笑った。

 

「そうかなー。私も去年からここに住み始めたんだけど、昔から、おばあちゃんの家に遊びに来てたからそこまで不安じゃなかった気がする」

 

「え、地元の人じゃないんですか?」

 

「うんっ、というか朱、私たち同じ歳なんだし、その堅苦しいのやめにしたら?」

 

「あなたは大家さんのお孫さんで、僕は住み込みの身なんで……」

 

「お金払ってるなら対等じゃない。それに家の中でそんな話し方されると私がゆっくりできないしー」

 

 肩が凝りがさらにひどくなるのはやだからにゃー。

 

「……わかった」

 

「よろしい」

 

「というわけで、お腹すいた。お菓子食べたい」

 

「脈絡がないね」

 

「働いた後は甘い物が食べたくなるの~」

 

「分かりました。分かった、買ってくるから」

 

 その後、朱は、出かけた。

 

 お願いだから、寄り道だけはしないでよね。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 あいつが中学を卒業して、私が勤める学校に入学してくる。

 

 もしかしたらこれを機に、そう思って春休みの間待っていた。

 

「昔は、いつもここで空を見ていたのにな」

 

 いつも、二人で練習していた海辺。目を閉じれば思い出す。あいつが放つ緑のコントレルが空のキャンパスに線を描いていく。

 

 あれは(から)になりそうだった私の心を照らしてくれる優しい光だった。私があいつに教えたのは、技術ばかりだ。逆に、あいつは私に無意識のうちに気づかせてくれた。教えるのは技術だけではなく気持ちだと言うこと。思えば、教師という道を選んだのも晶也との思い出がきっかけだったように思う。

 

(それに今更気づくとは、なんて皮肉だ)

 

 気づくのが遅れた結果がこれだ。師弟そろって空を飛ぶことから離れてしまった。それでも、いつかきっとあいつは空に帰ってくると願わずにいられなかった。

 

 だから、彼を見たとき、私は思わず晶也と呼びかけそうになった。ここはあいつと一番一緒に空を飛んだ場所だったから。

 

「いいところですね」

 

「ああ、私のお気に入りなんだ」

 

 ここで、声をかけられたのは久しぶりだった。痛みとは無縁そうな綺麗な黒髪と朱い瞳、顔立ちは少年らしさの残る柔らかさを感じる。その顔には見覚えがある。この顔を見る度に晶也は涙を浮かべてた。

 

「誰かを待っているのですか?」

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 少年が倒れた木の上に乗る。空が開けている。

 

「空、飛ばないんですか? そこに置いてるの、競技用のグラシュでしょう?」

 

「ああ、休憩中なんだ」

 

 年単位のな。

 

「各務葵さん、ですよね? 日向晶也くんのセコンドをしていた……」

 

 選手としてではなく、コーチとして聞かれたのはこの少年が初めてかもしれない。

 

「じゃあお前はやっぱりあの時の奴か。晶也がお前と当たる度に、世話をかけさせてくれたな」

 

 数年前。あいつが空を飛ぶのをやめてから、スライドするように頂点に立った少年がいた。ほんの一時期のことだったが、私は覚えている。メディアはこぞって晶也の引退話を記事にしていたため、選手間での知名度はかなり低かった。

 

「何いってんです? いつも勝ってたのはあなた方じゃないですか」

 

「ああ、だが晶也はいつもお前にだけは苦戦してたんだぞ。思い通りの試合運びができないとな。秋月朱。いやカゲロウとでも呼ぶべきか?」

 

「負けた人間が呼んだ名前なんて興味ないです。彼も飛翔姫なんて二つ名に興味なかったでしょう?」

 

「まったく、その通りだ」

 

 二つ名は自分の行動の足跡であって、肩書きではないからな。

 

「それで、選手引退後は何をしているんですか?」

 

「なに、若い奴らの面倒を見るのが癖になってな、高校の教師をしている」

 

「因みに科目は?」

 

「保健体育だ。あと生活指導」

 

 意外そうな顔をされる。心外だな。

 

「明らかに男を狙っているファッショ…………すみません」

 

 今なんて言おうとした。

 

「いや、就任先の学校は平和そうでいいなと思って」

 

 ああ、平和そのものだ。秋月朱が茶化した態度を改める。

 

「それで以前から、あなたに聞きたいことがありました。よろしいですか?」

 

「晶也の事と選手に戻らないのかみたいな質問でなければいいぞ」

 

 マスコミにされたような質問はごめんだ。

 

「分かりました。…………周りの味方がいなくなった時、あなたには何が見えましたか?」

 

 その言葉は私の動きを止めるのに、十分な鋭さを持っていた。

 

「……それを聞いてどうするつもりだ」

 

「別にどうもしません。ただ、他の人はどんな気持ちになるんだろうって思っただけです」

 

 少年の姿が昔の自分と重なって見えた。一瞬遅れて亡霊が映る。耐えきれず思わず目をそらした。

 

「…………悪いが、この質問は答えられない」

 

「そうですか。残念です」

 

 そうか。こいつが一時期、FCの世界から消えた理由。それは私と同質の理由だ。自分の本気を蔑ろにされた時に抱く負の感情。自分が間違っていたのではないかという自己嫌悪。内からも外からも味方がいなくなって私は亡霊を見るようになった。目の前の少年は晶也よりも格段に私に似ていた。

 

「ただ……一つだけ。忠告だ」

 

 それは罪滅ぼしのつもりだったのかもしれない。昔の自分が【あの技】を生み出してしまったから、周りに敵を作ってしまった。目の前の彼にはそうなって欲しくないと、昔の自分を重ねているのかもしれない。

 

「いつでも、味方でいてくれる人間を作れ。そして、自分も絶対にそいつのことを信じろ」

 

 

 そして、一番大切なことを教えてやる。

 

 

 秋月朱が去ってから、私は空を見上げた。

 

 スポーツをやめたくなる理由。それは2つしかない。

 

 一つは自分の限界を感じたとき。体の方が追いつかなかったり、自分より上の存在を見てしまって心が折れる場合だ。挫折とも表現できる。もう一つは人間関係の破綻。競技を通して仲が深まることもあれば、逆に対立することもある。選手間に限った話ではない。マスコミ、ファン、友人、恋人。その理由も様々だ。だがそのほとんどは、期待を裏切られたと感じたり、劣等感を抱いたからというすれ違いの対立から起こる。

 

 アンジェリック・ヘイロー。私の【すれ違い】のきっかけとなり、FCを見つめ直す理由になった技だ。

 

 私もまだ、空に戻ることができていない。

 

「こっちも、こっちで何か起きそうだ。晶也」

 

 空は赤みを帯び始めていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「お腹がすいたー」

 

 帰ってくると、玄関先でみさきさんがダウンしていた。まるで空気が抜けた風船みたいだ。

 

「ただいま。もうすぐ、夕食時だしね」

 

「お菓子はー?」

 

「…………あ」

 

 忘れてた。

 

「ばかぁー! 何でお菓子忘れて来るのよー! もう晩ご飯だよ! もう晩御飯食べようよ。ねぇー、何食べたいー? 今日は朱の好きな物食べよーよぉ」

 

 凄い切り替えの早さだ。お菓子の話題から夕食の話題に乗り換えるなんて。

 

「特に好きな物っていうのはない、かな。嫌いなものならあるけど」

 

 うどんとかいう、ラーメンの出来損ない。インスタントの方がおいしいという謎の料理。あれって不味いのがデフォルトだよね。この価値観は簡単には変わらないと思う。

 

「じゃあ、私うどんが食べたーい!」

 

 すくっと立ち上がって元気を取り戻す。ま、まさかうどんが好きなのではなかろうか。

 

「そんじゃあ、畑の礼も兼ねて外で食べようか」

 

 え゛。タイミング悪くないですか。気持ちはすごく嬉しいけど、うどんは嬉しくない。

 

「私、いいお店知ってるんだー。ほら、早くいこっ」

 

 待ちきれなくなったのか手を捕まれてそのまま連れてかれる。

 

「は、はは……」

 

 もう、我慢するしかない。

 

 

 

 そう絶望していた時期が僕にもありました。これから熱い手のひら返しが始まります。

 

「なにこれ、うんまぁっ!!」

 

 連れてこられたうどん屋で声を上げてしまうほど美味なUDONを食していた。

 

「これ本当にうどんですか!?」

 

「ああ、うどんたい」

 

「ここのうどんはねー、あごだしが効いてて絶妙においしいんだー」

 

 あごだしというのが何かは知らない。ほんのりと魚の風味の中に甘みがあって優しい味だ。麺の断面が丸いので、手切りではなく手延べ製法。何よりこのもちもちとした噛みごたえがありつつ、喉につるんと滑り込む気持ちよさ。これが【コシ】というものか!

 

「旨い……今まで食べてきたうどんというものが何だったのかと思えるくらい……」

 だめだ。感動のあまり声が震えてきた。今日を機に僕の中でのうどんの価値観は変わった。ラーメンの出来損ないとかいってごめん。今日出会ったうどんが本物のうどんだったんだ。

 

「え? うどん嫌いだったの?」

 

「どこのうどんも同じだろうってスーパーかフードコートのうどんしか食べさせられたことなかったんで」

 

「あー、確かに本格的なうどん屋さんと比べたら味は劣るね。わたしは好きだけど」

 

「みさき、あんた少し前までうどん嫌いだったの忘れとらんかね」

 

「私は今を生きる女なんです。過去は忘れました」

 

 横のやりとりを聞き流し、うどんに向かう。

 

「ここまで美味しそうに食べてくれる子、みさきちゃん以来だわー」

 

 最後の一本を口に入れた時、若い女性店員さんがお茶のお代わりを入れてくれた。

 

「ごちそうさまです」

 

「はい、おそまつさまです。あなた、もしかして、みさきちゃんの彼氏?」

 

「え? いや、そんな恐れ多い関係じゃないですよ」

 

 家主と住み込み人の関係です。

 

「朱ったら、恐れ多いとか心にもないこと言っちゃって」

 

 横からみさきさんのいい加減な発言がくる。

 

「へぇ~」

 

 店員さんがニヤニヤと笑みを浮かべていた。女性の誤解は解くのが難しい。こうなると諦めるしかない。

 

「朱くん、元気なのはよか。ただ責任とる覚悟してから手を出すたい」

 

「おばあさん、後で少しお時間をください。マジな話をしたいんで」

 

 

 この人の誤解だけは早めに解いておいた方が良さそうだ。

 

 

 




主人公に感情移入しやすくするためのパート。

某海賊王が見たら「好きなことで語れよ」と突っ込まれることだろう。

牡丹さんの口調は原作遵守で標準語(作者自身は方言の方が好き)

一年生編はテンポのため、高藤入学話を入れて数話で終わる予定です。

つまり、カットが多い。時間ができれば詳細な話を盛り込みたいですね。

あごだしは今回のためだけに食べに行きました。ほんのり甘く、癖になるお味でした(すまねぇとび子さん)

そして、真白ちゃん、昨日は誕生日おめでとう。忙しくて短編より本編進めたいので今回は許してくれ(血涙)

※ちなみに短編が2000字で終わってしまったため投稿できない。(投稿には最低2500字必要。気が向いたらみさきの誕生日4月16日までに加筆し投稿します)


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第三話 真藤「ああっ、日向くぅん!」

タイトルはご愛敬
※真藤はドラマCDでもこんなキャラです


 26ー1。スコアボードに映る点数は、通常ではあり得ないモノだった。試合時間はまだ1分残っている。逆転のチャンスなど、どこにもない。相手の戦意は完全に喪失していた。

 

『お前の……やっているのは、FCじゃないっ!』

 

 それは最後の悪あがき。醜い暴言だった。

 

 自分が好きだったFCで僕にだけ勝てなかった。たったそれだけの理由。今まで格下だと威張ってきた者に負ける。そんな屈辱を受け入れられなかった子供の戯れ言だった。

 

 その屈辱を忘れるため、周りを巻き込んで僕を屈服させようとした。

 

 埃で汚れたフライングスーツ。無くなっていく文房具や靴。鞄に入った煙草。編入してから新しくできた友人も、いなくなっていった。そして、僕の翼であるグラシュを壊した。

 

 こいつはその様子を見ていて、取り巻きと共に笑っていた。いつ僕がFCをやめるのだろう、と。

 

 ならこの引退試合で、今までもらった気持ちを返してあげないといけない。それこそ、彼が【FCをやめたい】と思うまで。

 

『人の宝物(グラシュ)壊しといて、FCを語るなよ』

 

 27、28、29、と点数は増える。

 

 どうせ、こいつのFCはこれで最後だ。次空を飛ぶようなことがあれば、また落としてやる。

 

『————』

 

 下の方で観客たちの声が聞こえる。

 

 酷い。やめてしまえ。こんなのFCじゃない、と。

 

 全ての言葉が僕に向けられていた。

 

(なんで、僕が責められているんだ)

 

 理解ができない。

 

『これで、わかったろう。お前のFCは見ていて気持ち悪いくらいFCじゃないんだよ! ブゥッ!』

 

 うるさいな。

 

『じゃあ、みんなのいうFCっていうのをしよう』

 

 スイシーダ。相手を水面に叩きつける技だ。海上で体勢を崩し、這いずるように飛ぶ彼を見ながら僕は思う。

 

 今度は僕が見下ろしてやる。這い上がろうとしても何度でもたたき落としてやる。空を見ればこの屈辱を思い出してしまうくらい刷り込んであげる。

 

 周りの声が聞こえなくなった。きっと、みんなの知ってるFCをしたから文句が無くなったのだろう。いや、そんな都合のいい解釈あり得るわけない。

 

 この沈黙は僕にここでFCをするな。おまえがいると楽しくないと言う、拒絶だ。

 

 グラシュから変な音が聞こえる。それは心なしか鳴いているようにも聞こえた。

 

 

 

『県内の学校には進みたくないですって!?』

 

『一人暮らしをする気なのか? 大変だからやめなさい』

 

 両親は県外の学校に行くのに反対だった。でも、彼らのいる場所には居たくなかった。

 

『だいたいFCはどうするの? せっかく才能があるんだから、続けるべきよ』

 

『ああ、そうだ。大体あそこは昔一回行っただけで、知り合いもいないだろう』

 

 知り合いがいようがいまいが、どんなに大変だろうがここよりはいい。説得するには材料が必要だった。

 

 だから、高藤学園からの電話はまさに天命だった。

 

 私立高藤学園。本校では6000人近い生徒を抱える名門。進学、就職率も高く、その分校ではフライングサーカス部が全国に名を轟かせていた。

 

 名門校からの誘い。両親は渋々と首を縦に振った。

 

 その一連の様子に、僕が強く感じたのは情けないチームメイトたちへの憎悪でも、僕の気持ちを理解しようとしない両親への失望でもなかった。

 

 

 FCを手段として使い、遠くへ逃げる背徳感だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

-入学式-

 

 

「それでは、経済特待生の生徒はこの後第4視聴覚室に集合。部活見学者は配った冊子の場所に集合すること。以上解散!」

 

 教師の言葉で緊張の糸が切れたのか、全員が私語を始めていく。

 

「また、会えましたわね、秋月さん」

 

「佐藤院さんっ」

 

 席に訪れた生徒に僕は声を上げる。島に着いた最初の日。案内をしてくれた佐藤院さんとは同じクラスになれた。知り合った人と同じクラスというのは何となく心強い。

 

「二人は同じ学校だったの?」

 

 後ろの席の五十嵐さんが輪に入ってくる。

 

「いえ、以前グラシュショップで見かけて知り合ったんです」

 

「へぇー、グラシュ屋いくってことはFCするの? 私高藤にはFCをするために入ったんだ」

 

「あなたもFCを? 私たちもなんです」

 

 この共通の話題を境に話は盛り上がっていく。

 

「二人は部活の見学いく?」

 

「はい、わたくしはもちろん、この後練習場へ」

 

「僕も、見学というか……着替えて練習に」

 

 二人の視線が僕に集まる。

 

「なんで?」

 

 理由はできれば言いたくなかった。でも、後になってからバレるのも怖い。仲良くなる前なら傷つくことも少ない。言うなら、このタイミングだ。

 

「…………実は、僕ここにはスカウトで来たんだ。それで、今日からすぐ練習入ってて」

 

 二人が少しだけ驚いた顔をしている。

 

「なるほど」

 

 佐藤院さんが納得したように、頷いた。次の言葉が怖い。

 

「スカウトされるほどの実力……あなたがあれだけ強かったのも納得できます」

 

「すごいんだね! 私なんか高藤に入ってようやくFCデビューなのに」

 

 暖かい前向きな言葉。その言葉を聞いて方や安堵し、もう一方で不安が募る。

 

「高藤は強豪校ですし、さらなる高みを目指すためとはいえ、遠い地方から一人で海を渡るなんてすごい意欲です」

 

「ホント、FC大好きなんだ」

 

「そんな、二人に比べたら僕なんて……」

 

 続きそうになる口を押さえる。この先は絶対に言ってはいけない。そう感じた。

 

「秋月さん?」

 

「そろそろ行こうよ。ほら、練習の様子も見たいし」

 

 沈黙を不審に感じられる前に僕は席を立つ。

 

 二人に背中を向けながら、罪悪感に似た感情が僕の中で渦巻く。

 

 違うんだ。僕は高みを臨むためにこの島に来たんじゃない。僕はこの島に—----逃げてきたんだ。

 

「いやー、みつけたよ」

 

 教室から出る寸前のことだった。男子生徒が僕の行き手を塞ぐ。

 

 他の一年生とは違う、学校に慣れた落ち着いた雰囲気。その人が先輩だと考えるまでそう時間はかからなかった。

 

「だ、誰?」

 

「後ろのクラスから探して正解だった。一学年20クラス以上というのはこういう時困るね」

 

「あ、あなたは真藤一成先輩!」

 

 五十嵐さんが叫ぶ。

 

「一年にして、去年のフライングサーカスの大会を征した空の王者。当代最強と目されているスカイウォーカーが何故?」

 

 佐藤院さんわざわざ説明ありがとう。

 

 真藤先輩と目が合う。

 

「少しいいかな? 秋月朱君」

 

 その目には有無を言わせない迫力があった。

 

「自分は構いません」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 新入生が入ってくる。

 

 2年になってようやく僕は先輩となる。だけど、僕の憧れた『彼』はこの学校には入学してこなかった。

 

 いつか、戦ってみたいと、初めて君を見たときからそれを実現するために日々練習を積み重ねてきた。

 

 去年の大会で頂点に立ち、他のFC選手とは一線を画すほどの実力を付けたとは思う。でも、まだ足りない。

 

 君に追いつき、追い越したい。

 

 君が復活する日が待ち遠しい。君と共にFCに着いて語らいたい。君と共に空を飛べる日を夢見ている。

 

 だからだろう。『日向晶也と最も近い場所にいた選手』の入学を知ったとき、僕の心は躍った。

 

 今、僕はどの位置にいるのだろう。そんな時、今の自分の立ち位置を知る機会が訪れた。

 

 

 

 場所を変えて広場の一角で話を始める。

 

「まずは、入学おめでとう。僕は真藤一成。FC部だよ。秋月朱君」

 

「以前どこかでお会いしましたか?」

 

「いや、初対面だ。でも、共通の話題になる人は知ってるよ、ほら」

 

 初対面で、FCをしていて、共通の人っていったら彼しかいない。秋月君ならすぐ察してくれるだろう。

 

「「日向晶也」」

 

 同時に言って、ハイタッチをかます。

 

「おっと、失礼」

 

「いえ、自分も馴れ馴れしくて、すみません」

 

 線の細い、おとなしそうな子だと思ったが、中身は結構明るい性格なのかもしれない。ノリがいい。

 

「君と同じ部になるとは思っても見なかったよ。これからよろしく」

 

「はい、それでお話って言うのは」

 

 単純に挨拶だけで終わるわけではないと彼も察していたようだ。

 

「ああ、突然呼び出してすまなかったね。それで、その用事なんだけど……僕と是非試合をしてもらいたい」

 

「……一応理由を聞いてもいいですか?」

 

 理由。彼の話を他人にするのはいつぶりだろうか。

 

「僕は今自分がどのあたりにいるのか、知りたいんだ。大会に優勝して、自信もついたけど、まだ彼には届かないと思っている」

 

「彼っていうのはやっぱり……?」

 

 僕としたことが彼、という言葉だけで話を進めるところだった。

 

「ああ、日向君だ。僕は幼い頃から彼に憧れていた。日向君に追いつくためにFCを続けてきたといっても過言ではない。あの日、初めて彼を見たとき、僕は彼のフライングサーカスに魅せられた。君もきっとそうだろう。彼のすぐ近くを飛んでいたのは君なんだから。それに彼の後継者は君ではなく、僕でありたい。しかし、これは君のことを決して軽んじている訳じゃなく僕たちの世代にとって日向君がそれほどまでに至高の存在であり、世界大会を決めた直後に消えた伝説を追いかける僕らは……」

 

「分かりましたからっ、もういいです」

 

 これから本格的に説明しようと思っていたのに、止められる。残念だが、彼の事を語るのはまた今度にしようか。

 

「じゃあ、試合を受けてくれるのかい?」

 

「え、ええ」

 

 どうしてだろう。何故、彼は怯んでいるのだろう。僕たちは同じ者を目指す同志だというのに。

 

 

 

 

 

「というわけで、僕と彼とで試合をさせてもらいます」

 

 先輩たちに話を通し、許可を得る。高藤学園は実力主義の学校だ。一年生でも実力があればレギュラーになれるし、その試合に価値があると判断されればある程度の融通は利く。

 

「あ、ああ」

 

 先輩は【僕たち】の日向君への思いを汲んでくれた様だ。日向君の話をするとすぐに許可をくれた。

 

「30分も話を聞かされて……三年生の部長さん、お疲れさまです」

 

 後ろで秋月君が部長に何か言っていたが聞こえない。

 

「せ、せっかくだ。入部希望者! セコンドをしてやれ。経験者はいるか?」

 

 見学していた一年生の面々がざわつく。しばらくして、一人の女子と男子が立ち上がった。

 

「ではわたくし佐藤院がセコンド役をさせていただきます!」

 

「林田です! セコンドは初めてですが頑張ります!」

 

 僕には林田君がセコンドとしてついた。

 

「じゃあ、よろしく頼むよ。林田君」

 

「はい! 入部早々真藤さんのセコンドをできるなんて感激です! 俺頑張ります!」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「じゃあ、始めようか」

 

「その前に先輩……いいですか?」

 

「なんだい?」

 

「もし、先輩が自分に勝てなかったら、ドリンクおごってください」

 

「ふっ、いいだろう!!」

 

 軽口をたたく秋月に笑みを返し、スタート位置に着く。

 

「セット!!」

 

 ホイッスルが鳴る。

 

 両者が同時にファーストラインを駆ける。

 

「速いね! 君はファイターじゃなかったかい?」

 

「少し前にオールラウンダーに転向しまして、でもスピードでは負けそうだ。また後で」

 

 真藤はスピーダー寄りのオールラウンダーだ。スピード勝負に分が悪いと感じたのだろう。ファーストラインの真ん中あたりで差が開き始め、秋月がセカンドラインにショートカットする。そのまま、秋月は旋回を始めた。待ちかまえの姿勢だ。

 

「僕は、日向晶也を超えたいんだ。だから……通過点の君には、駆け引きだけじゃなくあらゆる面で勝利する!!」

 

 真藤の戦闘スタイルはこうだ。スピードで相手を翻弄し、ドッグファイトに持ち込まれても全て捌き、カウンターや反動で流れを掴み直す。それは長年の経験と冷静な判断力があるからこそなせる技だ。

 

 1ー0。定石通り1点を先取した真藤がセカンドラインを駆ける。

 

 まずは、スピードに乗った状態で相手を抜ける。それで、こちらの優位を証明する。はずだった。

 

「……っ!」

 

 2度のフェイントをかけて抜けようとした動きは、あっさりと止められたのだ。いや、むしろ利用されたといってもいい。真藤はたたき落とすように弾かれた。逆に上へと弾かれた秋月は背面飛行から体勢を立て直す。重力による加速を得た秋月はビリヤードで弾かれた球のようにそのままサードブイを目指す。

 

 純粋なスピード勝負では勝っているとは言え、加速の差でかなわず真藤はサードブイを諦め、サードラインにショートカットした。

 

 1ー1。試合が振り出しに戻る。今度は真藤が待ちかまえる番となった。最初の動きを意図も簡単に止められたことで真藤の心が少しだけかき乱される。

 

 真藤は考える。彼は元ファイター。日向君は彼と対戦するときはドッグファイトを避けて、ブイでの得点に集中していた。それほどまでの格闘技術を持ちながら彼はあえてドッグファイトに持ち込まず、ブイでの得点に持ち込んだのだ。FCの戦術としては少し異様だ。

 

(違和感を感じるが、今は集中しないといけないな)

 

 上昇した秋月が一気に下降し、真藤を抜きにかかる。すかさず進路を読み阻むも、減速することなく一瞬で脇を抜けられる。

 

 秋月のした動きに真藤は驚いた。

 

 その驚きは抜かれた事への、焦りやショックからくるもの—--ではなかった。

 

 それは歓喜。真藤の顔に笑みが宿る。

 

(そうか。そういうことか)

 

 今の動きは—--日向晶也が相手を抜くときに使う軌道だった。

 

(やっぱり、君も彼を追いかけてきんだね。秋月朱君)

 

 当時彼が得意としていた動き。他の誰もが真似することができなかった動きを目の前の人物がしている。実現するまでにどれだけ練習したのだろうか。

 

「でも、彼に追いつくために努力を重ねてきたのは僕も一緒だ!」

 

 1ー2。試合はまだ始まったばかりだ。真藤はサードラインへショートカットした。

 

 

 

 

 点数盤に5ー4と表示されていた。

 

(まさかブイタッチだけの得点争いになるとはね)

 

 何故だ。真藤は相手の不気味な行動に疑問を思った。相手は十八番であるはずのドッグファイトを仕掛ける気配がない。

 

 並行して飛ぶ秋月に真藤は尋ねる。

 

「どうしてドッグファイトを仕掛けてこないんだい?」

 

「準備不足でして、まだ手数が少ないんです」

 

 準備不足、その言葉が妙に引っかかった。

 

「それはどういう事かな?」

 

「言葉通りです。それでもいいならしますか? ドッグファイト」

 

(誘いこみか?)

 

 そう、勘ぐる真藤だったが、そんなことはどうでもいいと投げ捨てた。この試合の目的は、彼を上回ることだ。そこに罠があろうと、挑発だろうと受けてたつ。

 

「じゃあ、そうさせてもらおうッ!」

 

 フォースラインの中央を切ったとき、真藤が動いた。高度を上げ、秋月の背中を狙う。そのまま急降下する。

 

「な……どこに!?」

 

『先輩っ、後方です!』

 

 背中に手が届きそうな距離に入った途端、彼の姿を見失う。飛んできた声を聞いて、すぐさま振り返る。

 

 視界の前に何かが入り、一面が黒くなる。気づいたときには真藤は衝撃を受け、バランスを崩していた。

 

(何が起こっているんだ)

 

 間合いに入った途端に消えた。

 

「一点、もらいます」

 

 背中に衝撃が走るのを感じてから、真藤はなんとかバランスを取り戻す。5ー5。今の出来事をすぐに分析。体をひねらせ、真藤の後方に一瞬で移動。その後フライングスーツの袖で相手の視界を奪い、空いた方の手でこちらのバランスを崩した。さらにそこから追撃で、得点となる背中タッチ。

 

「なるほど、難しいことを平然とやってのける。今まででこんなFCは見たことがない」

 

 真藤が笑う。こんなFCは初めてだと。上空に構えた秋月の表情が曇る。

 

「やっぱり、これもFCじゃないのか」

 

「?」

 

 真藤にはその声が聞こえなかった。

 

「では今度は自分から」

 

 秋月がシザースで真藤を行いながら接近する。体を左右に揺らし、相手を翻弄する動きだ。

 

「いい動きだ。でも、先は読める!」

 

 真藤が軸を合わせ、弾こうとする。

 

 しかし、秋月は体を捻り、横に一回転させる。秋月の体が空間を叩くように、横軸の方向を変える。タイミングを外され両者がすれ違う。

 

「手のメンブレンを利用した横軸のエアキックターンか」

 

 エアキックターン。体のメンブレンを急速に移動させることで最小限のスピードロスで方向転換を行う高等テクニックだ。その名称と性質上、手のメンブレンを足へと移動させて行われることが多いが、秋月は左手のメンブレンを右手に移動させることで横方向へ方向転換したのである。

 

 真藤は落ち着いていた。横軸のエアキックターンなど、回避以外の使い道がないからだ。FCは格闘戦であり、レースでもある。一時的な横移動より、重力の力がある縦軸の動きこそ要となる。

 

 だから、秋月が直後に、【二度目のエアキックターン】で真藤の真上を取ったとき、ようやく真藤は気づく。

 

(最初の横軸のエアキックターンはこのためか!)

 

「っ!」

 

 横から手刀の一撃が迫る。受け流す姿勢をとった真藤はまたも驚愕することになる。

 

 来ると思った一撃を入れず、秋月は脇を通り抜ける。そして、そのまま真藤の視界から消えてしまったのだ。

 

「また、消えた!?」

 

『先輩また上です!』

 

 セコンドの声が聞こえる。すかさず上を向く。手が迫っていた。寸前まで、真藤のいた空間に手刀の一撃が通り過ぎる。

 

「あら?」

 

 空振りをしてぽかんとした秋月の顔が映る。

 

 すかさず、バランスが崩れるように、腕をはじき返す。上に飛ばされた秋月だったが、真藤が追撃する暇はなかった。

 

 試合終了の笛が鳴る。

 

『試合終了! ドロウ!』

 

 こうして、試合は引き分けという形で終わった。

 

 真藤は彼と対峙して思った。

 

 掴もうとしても、すり抜けられ、また避けようとしても背後を取られる。ゆらめくように。空域に存在しない者と戦っているようだと。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「はい、ドリンク」

 

 試合終了後、真藤先輩がドリンクを渡してきた。

 

「これは?」

 

「約束だったじゃないか。君に勝てなかったら奢るって」

 

「でも、引き分けですよ?」

 

「いいや、ドッグファイトではペースを完全に取られていた。その点に関して言えば、僕の負けだ」

 

 自虐気味に真藤先輩は笑う。

 

 嘘付け。お互い全力出してなかったじゃないですか。

 

「先輩は……大人ですね」

 

「君より一つお兄さんだからね。そして君の戦い方は面白い。今までとは違った新鮮味があったよ」

 

 そう言われて、じんと胸に痛みが走る感覚がした。認められた。その嬉しさだった。

 

「ありがとう、ございます」

 

「あと一つ謝っておきたい。日向君を越えるためと、君を使うようなことをして。僕は日向君のことになると少し熱くなってしまうようなんだ。ああ日向君ヒナタクンヒナタクン……」

 

 本当に日向晶也が大好きなんだろうなぁ。

 

「秋月さん!」

 

 佐藤院さんが笑みを浮かべて、こっちを見ていた。となりには先輩のセコンドをした林田君もいる。部長が集合をかけていると分かった。

 

「さて、一年生諸君。入部希望者は明日からでも練習を始めていく。全国の頂点を目指すぞ。ようこそ、高藤学園福留分校フライングサーカス部へ」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 新しい故郷での学生生活の始まりはこうして終わった。

 

 

 




<裏話および補足>
真藤先輩の性格…ドラマCD誕生日サプライズ回。あのカオスっぷりが好きで原作やこちらを遵守してます。

五十嵐と林田…莉佳√のあの時出てた二人


手でするエアキックターン…理屈だけで考えれば効果は薄くてもできると思い考えました。メンブレンは足よりも手の方が敏感に反応するように設定されているため難易度はエアキックターンと同じくらい。そのため真藤さんも誰もそこまで驚かない。(それでもプロ級選手と同じくらいの技術なんだけど…)

 

消えるような戦い方…誰との対比で作ったキャラかは原作プレイの方なら気づかれたかもしれません。分からないアニメ派の人は7話をチェックですっ(7話放送後タグにヒロイン名追加予定)


真藤「一つお兄さんだから」…元ネタは製作元の処女作恋チョコのみいちゃん(木場美冬)。中の人はイリーナさんです。というのも経済特待生だとか、高藤の設定を確認するため、もう一回恋チョコプレイしてたら使いたくなったので



以下今後の予定
 構成上、原作知っている人でないと話がついてこれなくなるという事に気づき、一年生編は回想で行っていくことに決めました。他キャラたちとの出会い回(あとは誤字脱字修正だけ)を経て2年生編を開始します。
 ようやく、最後の長期休みに入ったので更新速度は少しだけ上がるはずです。





 


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第四話 好感度とは知らないうちに増減するもの

好き嫌いって不思議なものだよね


 この世界には不条理というものがある。日常はゲームみたいに毎日奇想天外なイベントが発生するわけじゃない。勉強せずにテストが100点取れる才能をみんなが持つわけでもない。なのに、タイミングを見計らったような不幸が起きるのはどうかと思う。

 

 せっかくみさき先輩が部屋に来るチャンスだったのに、会えなかった。お母さん買い物を頼まれて、それとすれ違いでみさき先輩がお店に来た。

 

 買い物自体はすぐに済む物だった。お店も、遠い商店街じゃなく、ほんの少し離れた場所。すぐに帰っていればみさき先輩に会えたはずだった。

 

「なんで私、帰りにレトロゲーなんて見つけちゃったのよ~!」

 

 珍しいゲームを見つけて一回だけプレイしようと100円玉を入れた。この数分のタイムロスでみさき先輩と会えなかったのだ。

 

「こら、3年になるんだから、ちゃんと勉強しなさい」

 

「分かってる! だからってこんな朝早くにしなくてもいいじゃん!」

 

 朝ご飯を食べてすぐのこの時間、時計はまだ8時を指している。

 

 ぶっきらぼうに返すと、お母さんはビシッと胸を張る。

 

「だーめ。お昼が近くなると、みさきちゃんのところに行っちゃうんだから。大体、今の真白の成績だと久奈浜にいけるかすら危ないのに」

 

「うっ……」

 

 学末試験、赤点ぎりぎりだったことを思い出してしまう。

 

「それに、みさきちゃん。彼氏の子と一緒にいたいだろうし」

 

「え、……今、なんて?」

 

 聞き間違いだよね。私の先輩に限ってそんなことはないはず。

 

「同じ位の男の子。綺麗な黒い髪で可愛らしい顔してて……」

 

 

「うわぁぁぁ!! みさき先輩ぃぃぃぃぃ!!」

 

 最悪の予感が頭をかすめる。復習のノートを放り投げて、私はそのまま家を飛び出す。

 

「……この話は、出さない方が良かったかも」

 

 お母さんの最後の声は当然、私には届いていなかった。

 

 家を文字通り飛び出し、みさき先輩の家に着くまで一分は掛からなかったと思う。

 

 ちょうど先輩の家から男の人が出てきた時、私の体は固まった。

 

 一瞬、卒業した学校の先輩にも見えたが、違う人だった。

 

(どこの馬の骨か知らないけど私のみさき先輩に手を出そうとしてる輩は許せない)

 

 沸々とわき上がる怒りをただ、内側に留める。後を着けてやろう。私は尾行を開始した。

 

 

 

 

 

「……それで、なんであんたまでここにいんのよ?」

 

「真白がおもしろそうなことしてるんだったらー、親友の私も乗った方がいいだろうなーって思ってな!」

 

 途中から、マグロが列に入ってきた。邪魔で仕方ないけど、視力の弱い私だけだと見失うかもしれないので側に置くことにした。

 

「で、さっきから見てるあの男子はいったい誰なんだ?」

 

「私のみさき先輩に近付く害獣」

 

 それ以外の何者でもない。

 

「でも、あれって高藤学園の制服だろ? 鳶沢先輩は久奈浜学院じゃなかったか?」 

 

 むむ、言われてみれば確かに高藤学園の制服を着てる。でも、なんでそんな人がみさき先輩の家から出てくるんだろう。

 

「そういえば、真白はどこの学校目指すのか決めたのか?」

 

「久奈浜学院」

 

 それ以外の学校は考えてない。

 

「即答って……、やっぱり鳶沢先輩がいるからか。だいたいまだ4月の最初だし、もうちょっと考えてもいいんじゃないか?」

 

「私はみさき先輩と青春時代を過ごすの! あんたはどこ行く気よ?」

 

「私? いや、それはまだ……、まぁ、真白と一緒の学校に行くことになるんだろうけど」

 

 小さい頃からずっと一緒だったからね。どうせ高校も、一緒だろう。

 

 その後も、尾行を続けていく。登校途中なのだろうか。停留所の前まで来て足を止めた。

 

「停留所の前で止まったぞ?」

 

「何してるんだろう」

 

 停留所を通して、福留島が映る海を眺めている。飛行禁止のランプはついてないし、一体何をしているんだろう。

 

「もしかして、停留所の使い方を知らないとか?」

 

「いやいや、この島に住んでるんだったら、そんなことないでしょ」

 

 と思っていると、男子が停留所のあちこちを見て回ってる。まるで操作方法が分からない乗り物でも触るみたいに。

 

「ゲートの開閉ボタン探してるんじゃないか? グラシュの充電スタンドの方ばっかり見てるけど」

 

「もしかして、マジ……?」

 

 本当に停留所の使い方を知らないのだ。ちなみに開閉ボタンは充電スタンドとは反対側の位置にある。

 

「ほら、真白、教えにいってやれよ」

 

「いや、でも……」

 

 尾行している相手にわざわざ、知られたくない。

 

 第一、なんて声をかければいいのやら。

 

「あ、有梨華が行って!」

 

「私!? …………よし!」

 

 意を決した有梨華が男子へと歩いていった。

 

「な、なぁ。あんた!」

 

「ん?」

 

 よし、頑張れ。口が滑って私のことを言わないでよ。腐れ縁の有梨華を陰ながら応援しておく。

 

「こ、この島に住んでるくせに、停留所の使い方も分からないのか?」

 

 煽ったー! あいつ、親切しようと言った矢先で罵倒を始めてた。

 

 いや、有梨華の性格なら知ってる。男みたいな言葉遣いと、淑女みたいにしようとする親切心が喧嘩して口が滑っているんだ。

 

「それ煽ってるのかな?」

 

 笑顔で返してるけど、どこか怖い。その反応に、有梨華がさらにテンパる。

 

「い、いや、違うぞ。でも反対側に開閉ボタンがあるのにずっと見当違いの場所探してるし、そんな横断歩道渡れない子供みたいな事あり得る訳ないし!」

 

 本人はあれで誤魔化しているつもりだ。だが、結果は相手の火に油を注いでいる。きっと、相手は怒ってくる。

 

 男子は手をプルプルと振るわせ、口を開いた。

 

「くっ、悔しいけど、言い返せない」

 

 嘘でしょ。怒るどころか責めずに非を認めちゃった。

 

「ご、ごごごごごご、ごめんなさいっ!」

 

間が保てなくなった有梨華が、逃げようとして、通行人とぶつかった。制服を着た年上の女の人だ。薄い緑色の髪と紫の瞳の落ち着いた雰囲気が特徴的だった。

 

「あら、危ない子。怪我はない?」

 

「すみません、すみません。緊張して、口が滑ったんです。私、本当はあの人に親切しようとしただけなんです。本当なんですぅ!」

 

 だめだ。完全にパニクってる。有梨華は逃げようとしているけど、ぶつかった人と男子に挟まれて、涙目になっている。

 

「? 落ち着いて」

 

 ぶつかった女の人が有梨華のパニックに気づいて優しい声をかける。

 

「本当にごめんなさい!」

 

 有梨華の頭に女性の手が乗る。

 

「ほら、恐くないから」

 

 まるで、姉が妹をなだめるように撫でる。

 

「……落ち着いた?」

 

「は、はい」

 

「それじゃあ、あの人にちゃんと言って」

 

「っと、どうもすみませんでした」

 

 そういって、有梨華は男子に頭を下げる。

 

「よくできました。いい子です」

 

 女性にもう一撫でされてから、有梨華がこっちに戻ってきた。

 

「うう……」

 

「な、なんかごめん」

 

 私の始めたことで、大変な目にあった有梨華にとりあえず謝っておく。

 

「真白、さっきの女の人、どこの制服だっけ?」

 

「え? 確かあれは四島水産のだったと思うけど?」

 

「四島、水産……」

 

 有梨華の中で何かが生まれたようだった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

「君、確か我如古繭(がねこまゆ)さん、だっけ?」

 

「あら、覚えていてくれたんですね」

 

 ということはあちらさんも僕のことを覚えているのか。

 

「可愛いものを見させていただきました、ふふっ」 

 

「さっきの女の子?」

 

「ええ、私小さくて可愛いものが大好きなんです」

 

「そう、……小さい先輩とかミジンコも好き?」

 

「? 誰かと間違えてません?」

 

 久奈島と福留島の間を並んで飛ぶ。降りる停留所も同じだからだ。

 

「秋の大会は残念でしたね」

 

「うん、君には悪かったと思ってるよ」

 

 優勝候補だった彼女を下した直後、機材トラブルで棄権したのだ。そんな納得できない理由で最後の大会を終わらせてしまった身としては少し気が引ける相手だった。

 

 なのに、我如古は笑う。

 

「おかしな人。一番悔しいのはあなたのはずなのに。機材の不調でしたら仕方ありませんよ。それに私もあなたとの試合で得る物がありましたし」

 

 悔しい。あの気持ちはそう表現すれば良かったのか。

 

「そういってくれると少しは気が紛れる」

 

 停留所に降りる。

 

「それでは、ごきげんよう」

 

「うん、また今度」

 

 さようならという言葉はなかった。既知の仲で同じ競技を続けているのだ。公の場でまた相対するに違いない。

 

 

 

 

 

「これを、前のうどん屋さんに?」

 

「ええ、あそこの娘さんこれが大好きなの」

 

 帰宅後、鳶沢さんに呼び止められた。お使いを頼むためだ。

 

 渡された袋を見ると、そこにはトウモロコシが束になって入っていた。

 

「季節はずれやけんど、知り合いがたくさんくれたんね」

 

「へぇ、分かりました。じゃあ、早速行ってきます」

 

「あ、そうそう。お店にみさきがいたら、早く帰ってくるようにって」

 

 はい、と返事をしてその足でうどん屋へと繰り出していった。

 

 

 

 

 

 

(娘さんがいたのか、店主と奥さんの歳からして大きくても小学生くらいかな)

 

 時刻は午後5時。客が入り始める少し前の時間帯だ。 

 

「いらっしゃいませー。あらあら、みさきちゃんの彼……」

 

「彼氏じゃありません」

 

「あらあら」

 

 ムキになって否定していると思われているのか、それとも分かっていてからかっているのか。牡丹さんは微笑みを浮かべる。

 

「今日はどうしたの?」

 

「これ。とうもろこしです。娘さんが好きだからって鳶沢さんから」

 

「あら、ありがとう! 真白が喜ぶわー」

 

 真白というのは娘さんの名前だろう。

 

「みさきさん、来てます?」

 

「ううん、まだ」

 

 まだ? みさきさん結構ここにくるのか。

 

「もし、おばあちゃんが来たら早く帰ってくるようにと、お伝えください。僕はこれで」

 

「あっ、ちょっと待って。あなた……ゲーム分かる?」

 

「はい?」

 

「実は、ウチの子今年受験なの。それでしばらくゲームを禁止にしたほうがいいかなーって、でも私やお父さんはそう言うのよく分からないし」

 

「あー」

 

 中学受験かな。そう思って、大ざっぱに説明を受ける。みさきさんと同じ高校に進学したいことと、ゲームのしすぎで成績と視力が落ちてきてい

ること。

 

「禁止って言ってもストレス発散くらいにはいいんじゃないですか。記憶媒体を親御さんが管理したり、テストの合計点数を週のプレイ時間にしたりすれば」

 

「記憶、バイタイ?」

 

「メモリーカードのことです。途中でゲームをやめるとき、そこにプレイ状況を残すんです」

 

「?」

 

「えーと、それがないと、ゲームは続きからできなくなるってことです」

 

「ああっ、なるほど。じゃあ、それをこっちで管理してあげればいいのね」

 

「まぁ、やり方はご家庭の判断に任せます」

 

 大丈夫かな。その子のストレスにならなきゃいいんだけど。

 

「うん、ありがとう! …………あれ?」

 

「どうしたんです?」

 

 あー、とやってしまったといった表情でこちらを見る。

 

「そういえば、あなたの名前聞くの忘れてた」

 

「…………」

 

 どうやら自己紹介から入る必要がありそうだ。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 私とみさき先輩はいつもどおり一緒に帰っていた。

 

「じゃ、じゃあ、その人はみさき先輩の彼氏でもなんでもないんですね!?」

 

「さあー。もしかしたらーって事もあるのかないのかー。先の事なんて誰にもわかんないしね」

 

 でもみさき先輩はきれいなままってことだ。事実を確認できて私はガッツポーズをする。

 

「住んでるって言っても離れだから、特に今までと変わりはないし。まぁ、あいつのおかげで、畑仕事が楽になって助かってるんだけどね」

 

 店の入り口に着くと同時に、戸が開く。

 

「あっ」

 

「あれ? 朱、なんでここにいるの?」

 

 今朝尾行した男子生徒だった。もしかして気づかれて家にまでこられたんじゃないかと一瞬身が固まる。

 

「いや、おばあさんにお使いを頼まれたんだ。とうもろこし渡しに」

 

「え、とうもろこし!?」

 

 私の大好物だ。朱と呼ばれた人と目が合う。

 

「君が真白ちゃん? 思ってたより大きい子だね」

 

 人から大きいなんて初めて言われた。自分では小さい体だと思っていたのですごく意外だ。

 

「あ、はい」

 

 みさき先輩の後ろに隠れてやり過ごすことにする。穏やかそうな人だ。

 

「みさきさんと一緒の学校行くんだって? 大丈夫今から勉強すれば絶対いけるよ、頑張れ」

 

 それだけいって、その場を後にする。

 

「んー、もうちょっとなんかあっても良いと思うんだけどなー」

 

 みさき先輩は相手があまりイジレないタイプのせいか、少し残念そうに見えた。

 

 でも私はあの人、意外と良い人なのかも。そう思っていた。

 

 

 

 

 

―その後、夜-

 

「はい、じゃあ今日からお母さんがゲームのメモリーカード管理するからね」

 

 私の携帯ゲーム機のカードが全部抜かれていた。

 

「え!? お母さんメモリーのこと分かるの!?」

 

「朱くんが教えてくれたの。据え置きの内蔵HDDとか、4DSの保護者機能の使い方とか……これで受験が終わるまで真白のゲーム生活の管理ができるわー」

 

「や、やっぱり私あの人嫌いだー!!」

 




真白をメインにするとオチが書きやすくて助かる(真白いじり大好き)

我如古と虎魚の出会いエピソード回+真白との出会い回

アニメではようやく乾沙希とイリーナの活躍が見ることができました。うれしい限りでございます。ただ序盤の沙希の作画ェ……

次回は時間が一年くらい一気に飛びます。

他のヒロイン+彼奴の出会い回を経て、2年生編開始です



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第五話 原作開始前日まで

前話より約11か月~12か月後の原作開始直前までのお話
今回で一年生編と称していた部分は終わりとなります。
4月16日なんてなかったのじゃ


 何かが足りない。そんな日常だった。

 

 でも、それは思春期特有のモノなのだと、自分に言い聞かせてきた。

 

 本当は何が足りないのか。俺は分かっている。

 

 でも、それに向き合おうとせず、ダラダラと時間を過ごしている。

 

 その理由は簡単だ。

 

 その方が傷つかない。思い出に押しつぶされるより、今の何気ない出来事に一時の安らぎを感じる方がまだマシだ。

 

「みさき、日直の仕事あとはやっておくから、先に……」

 

「晶也ー、チョコレートちょうだいー」

 

「起きろ」

 

 机に突っ伏しているみさきを日誌で叩く。

 

「いったーい。なにすんのよー。出会った頃はチョコレートくれたのにー」

 

 あれは目の前で餓死しかかっているみさきを見たからだ。その本性までは知らなかったが。

 

「有坂の勉強見てやるんだろ? 入試もすぐだし、先に行ってやれば喜ぶんじゃないか?」

 

 季節は冬。一年生の終わりが近付く頃、俺たち二人は日直を任されていた。

 

「わかったー。じゃあ、先に行ってうどん食べてるー」

 

「うどんより勉強を見てやれよ!」

 

「真白なら勉強見るより、私がうどん食べてるところ見る方が楽しいと思うにゃー」

 

 あり得るから困る。

 

「ほら、早く行ってこい」

 

「はいはい」

 

 そう言ってみさきは教室を出た。

 

 

 

 

 

「寒いな……」

 

 日が短い時期は、どうしてか空がいつもより暗く感じる。

 

 一瞬だけ、空を見上げて目を伏せた。

 

 空を飛んだら、寒いだろうな。冷たい風が体を冷やす。

 

「みさき、ちゃんと有坂の家行ったんだろうな」

 

 別のことを考えよう。そうしないと、また気持ちが沈んでしまう。

 

 有坂真白はみさきにうどんを届ける猫みたいな存在だった。一体どこからあれだけのうどんを仕入れているのやら。そして真白の俺に対する印象は最悪だ。何度かみさきと話しているのを見かけられてからは敵のように睨まれている。そんな仲だが、今日はみさきから真白の勉強を教える手伝いを頼まれた。

 

「あいつの家ってどこだ?」

 

 みさきを先に行かせたのはミスだった。ある程度の場所は聞いていたが、よく分からない。

 

「みさきのやつ、見ればすぐ分かるっていっていただろ」

 

 忌々しげに呟いた声。すれ違った相手から返事が来るとは思わなかった。

 

「何か、探しています?」

 

 聞き慣れない、しかしどこかで聞いたことがあるようなしゃべり方。声の主の顔を見たとき、俺はどこか見覚えがあるように感じた。

 

「ああ、いや、近くで家を探していて」

 

「……もしかして、君の探している所ってあそこじゃないかな」

 

 その男が指を向けた場所には【ましろうどん】と書かれた看板があった。有坂真白。いつもうどんをみさきに届けている姿が脳裏をかすめる。

 

「ああっ!」

 

 欠けていたピースがはまった。そうか、あそこが有坂の家だったのか。

 

「どう、合ってそう?」

 

「あ、ああ。ありがとう」

 

「いや、どういたしまして日向晶也君」

 

 それだけ言うと、足早に彼は去っていく。俺は彼が見えなくなった後、彼の言葉を思い出した。

 

「俺の名前を知っていた……?」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

-1ヶ月後ー

 

 

 僕がこの島に来て、季節はまた春を迎えていた。

 

「久名浜のFC部が廃部になった?」

 

「ああ、正確には同好会になったというのが正しい。去年の夏、3年生が引退してからあっちの学校では青柳紫苑という男子生徒が唯一の在籍メンバーらしい」

 

 部長真藤一成に一人呼び出された僕に彼はそう語る。

 

「やりましたね部長、出場する学校が減って優勝が楽になりますよ」

 

「本当にそう思っているのかい?」

 

「いえ、残念です」

 

 部長の気持ちを代弁して言う。そうなんだ、と真藤部長は呟いた。

 

「前に言ったね。日向君は久名浜学院に入学したって」

 

「ええ、彼FC部に入らなかったんですね」

 

「どうやら、そのようなんだ」

 

 部長の口からため息が漏れる。このパターンは知っている。

 

「ああ、どうしてなんだ、日向君……僕はこの一年君の復活を待ち望んでいたというのに、君は未だに伝説のままなのか。このまま伝説と言うだけで終わってしまうと考えると僕は寂しい気持ちでいっぱいになってしまう。どうすれば彼と合間見えることができるのだろうか」

 

「部長ー帰ってきてくださーい」

 

 また、始まった。こうなると部長の講演は長くなる。日向晶也の話題を聞くといつもこれだ。

 

「こうなったらいっそ僕が久名浜に転入してでも……」

 

「それだけはやめてください」

 

「しかしだね、秋月君。同好会なら部活をしている僕らと合同練習ができない。もしも、彼が部活に入ったとしても、僕らは彼と会うことができないのだよ。そんなもの悲劇と表現するほかない。君ならこのやるせなさ、わかるだろう!」

 

 うん、分からない。

 

 その時だ。教室の扉が開き、一人の女子生徒が入ってくる。女子からはピンクに近い髪と穏やかさと真面目さがにじみ出ていた。

 

「あっ、真藤部長、ここにいたんですね。佐藤院先輩が探していましたよ」

 

「僕にはもう次の夏の大会しか残っていない。チャンスは後一度きりなんだよ、それまで時間はもう残っていないんだ! 分かるかい?」

 

「市ノ瀬さん、ごめん。2分だけ待ってて」

 

「は、はい、分かりました」

 

 収拾をつけるため、一度追い出す。新入生に心配させるわけにもいかない

 

「真藤部長、じゃあ、久名浜にいって少しだけ話をしてきます。そうしたら何か進展があるかもしれませんから」

 

「……進展?」

 

「はい、ですから少し落ち着いてください」

 

 僕の話を聞いて部長は少し落ち着いたようだった。この役は麗子院さん以外の部員には任せられないな。

 

「市ノ瀬さん、入ってきて良いよ」

 

「はいっ、どうなされたんですか?」

 

「部長が夏の大会、すっごく気合い入れてるってだけの話」

 

 少し心配させてしまったようだ。市ノ瀬さんが聞いてきたのを間違いのない範囲で誤魔化しておく。

 

「ああ、時間をかけてすまなかったね。佐藤君が呼んでいるんだっけ? すぐに向かうよ」

 

 部長を無事送り出すことに成功する。だが、その後すぐに部長からメールが届いた。

 

『久名浜学院には僕から連絡しておくから、今日の放課後早速向かってくれ』と。

 

 

 

 

ー久名浜学院 会議室ー

 

 

「驚いたな、高藤から直々に生徒が来るとは聞いていたがまさかお前だったとは」

 

「高藤だって自分言ってませんでしたっけ」

 

 各務葵。目的の生徒ではなく、その教師と面会していた。

 

「さぁな。それで、今日は何の用だ?」

 

「合同練習ならびに練習試合の申し込みに来ました」

 

 こちらの申し出に各務先生は訝しげに眉をひそめた。

 

「おいおい、ウチのFC部は今同好会状態でそういうのはできないぞ。顧問もいない。今日私が応対しているのも臨時だ」

 

「知ってます。だから、これは所謂……予約ですかね?」

 

「予約?」

 

 予想通りの反応。手紙や電話では梨の礫か断りを入れられるのは分かっていた。それでは真藤部長は落ち込むだろう。僕がしようとしているのは悪足掻きに近い屁理屈だった。

 

「もし、久名浜学院FC同好会が部活として活動再開した場合、すぐにでも合同練習をしていただきたいというものです」

 

「ほお、それはこちらにとってとても良い話だが、そちらには不都合じゃないか?」

 

「いえ、そうでもないんです。約一名戦意を喪失しかかってまして」

 

 その約一名が今世代最強選手と言われているウチの部長というのは最重要機密だ。

 

「? まぁいいだろう、考えておこう」

 

「ありがとうございます」

 

 目的は達成した。これで部長の士気も少しは戻るだろう。

 

「それで晶也のことはいいのか?」

 

「どうして日向晶也君の名前がここに?」

 

「電話先の真藤が3文節ごとに晶也の名前を口走ってた」

 

 部長、心の声ダダ漏れしてんじゃねぇよ。

 

「もしFC部が活動再開した時、晶也がいなくても合宿の方は進めさせてもらうが……それでもいいか?」

 

 日向晶也を目当てにこうして約束しにきたのに、それだと本末転倒だ。何とかして日向晶也がFC部に入る確率を上げたい。そう思って僕はポケットの中にあるものの存在を思い出した。

 

「じゃあ、もしFC部に入る人がいたらこれ、見せてあげてください」

 

 取り出したのはSDカード。試合を撮影した動画を収めたものだ。

 

「これは?」

 

「最後に自分と日向昌也君の試合が入ってます」

 

 彼が引退する直前に撮影した最後の勝負の動画。こんなものが何の役に立つのか。僕には想像できない。でも、目の前の人物ならきっと上手く使ってくれる、そう思った。

 

「……わかった。預かっておこう」

 

「それでは、自分はこれで」

 

 この先生相手にできるだけのことはしたはずだ。

 

「ああ、気を付けて帰れ……そうだ秋月朱」

 

「はい?」

 

 帰り際に呼び止められる。

 

「お前、去年の大会は怪我で出なかったそうだな。今は大丈夫か?」

 

「ええ、完治してますよ」

 

「そうか、ならいい」

 

 ああ、選手にとって怪我って言うのはとてもリスクがあることだから、心配しているのか。なら全く問題ない。

 

「心配いりませんよ。後遺症なんかもありません。むしろ……あの怪我のおかげで今のFC部があるんですから」

 

 それだけ言って、僕は部屋を出た。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 いつでも、明るく、楽しく過ごそう。そう教えてくれた女の子と出会ってから10年の時間が経ってしまいました。私は今年からこの島に住むことになります。

 

 引っ越しの片づけが終わって、街に出ます。

 

「こんにちは!」

 

 島で最初に会った人に挨拶。やっぱり始めが肝心ですよね。

 

 私と同じくらいの男の子は笑って返してくれます。

 

「こんにちは。もしかして君、引っ越してきたの?」

 

「え! どうして分かったんですか!?」

 

「たまに道を確認するみたいに辺りを見直したり、角を曲がる時、大通りがどっちかなのか考えてから決めてた。そして何より……君の履いている靴がグラシュじゃないから」

 

「すごいっ。あなたもしかして探偵ですか!?」

 

 初対面なのに、動きだけで余所の人だとバレテしまいました。もしかしてこの島の方はみんな区別が付いているのでしょうか。

 

「四島列島に来たばかりで、全く同じ動きをした人がいてね。それに当てはめただけだよ」

 

「ほえ~。あ、あの一つ質問いいですか?」

 

「何?」

 

「さっき、言ってたグラシュってなんなんですか!?」

 

 その人はすこし驚かれたようでした。少しだけ考えるそぶりをして

 

「ごめん。説明しづらい。まぁこの地域の学生なら皆履いてる靴のことだよ。履いてないとみんなにはぶられるかもねー」

 

「ええ!? そんなのいやです!」

 

 転校してきたのに、そんな一人ぼっちの生活なんて寂しすぎます。

 

「それじゃ、買いに行くしかないね。場所、教えてあげよっか?」

 

 思わぬ申し出でした。私は反射的に頷いていました。

 

「いいんですかっ! ありがとうございます」

 

「四島列島は人情の島じゃけん、心配せんでよかよ」

 

 わざとらしい方言が、空気を和ませてくれます。

 

「じゃあ、こっちだ」

 

 やっぱり、この島はいいところです。

 

 

 

 

 

「これでよし」

 

「わー、ありがとうございますっ」

 

 イロンモールというショッピングモールでそのグラシュというものを買いました。

 

「でも、この靴って普通の靴とどう違うんですか? 踵の方にパソコンの電源ボタンみたいなマークがあるだけに見えますけど」

 

「それは履いてみてからのお楽しみに」

 

 秋月と名乗ったこの人は、それ以上詳しくは教えてくれません。

 

「私、明日からこの島の学校に通うんです。それがすっごく楽しみで」

 

「へぇ、この島ってことは久名浜学院かな」

 

「はい!」

 

「じゃあ、マイペースな女子生徒と、小さいお供の後輩にはからかわれないように注意しないとね」

 

「……はい?」

 

 どういう意味でしょうか。その時の私は理解できませんでした。

 

「もしかして秋月さんも久名浜学院の人ですか?」

 

「僕はあの島の高藤学園」

 

 そういって海の向こうにある島を指さします。

 

「え? でも、あそこって……」

 

「海の向こう」

 

 はい、海の向こうですよね。もしかして毎日船で通っているのでしょうか。

 

「毎日通うの大変そうですね」

 

「いやー、そうでもないんだねー、10分もあれば渡れちゃう」

 

「へー、この辺りの船って速いんですねー」

 

 私の乗った船だと30分くらい掛かったのに凄いです。

 

「いやいや、船なんて使わないよ」

 

「え、もしかして……お、泳いでいるんですか?」

 

 にこり、とだけ笑って秋月さんは何も答えません。まさか……

 

「ちなみに、この島の人はみんな10分くらいで渡れる」

 

「ええっ!?」

 

 もしかして、四島のみなさんってトビ魚さんの生まれ変わりか何かなのでしょうか。

 

 盛大な勘違いの答えを知ったのは翌日の朝のことでした。

 

 秋月さんは私の勘違いを目前に笑いをこらえるのに必死そうでした。

 

 

 

 

 




<裏話および補足>

晶也とみさきの出会い…あおかなプレビューブックを参照

日向との出会い…第4話の会話から構想

合同合宿の件…全ては真藤の日向愛から始まった

SDカード…裏話を意識しすぎた結果。原作2話で各務先生が明日香に見せた秘蔵のアレ。

明日香との出会い…明日香がグラシュの内容をあまり知らないのに履いてたことから。


市ノ瀬の登場や明日香転入の部分も書いているため実際は2年生の部分もあります。
正確には原作開始前のお話でしたね。章を分ける際名称は「原作開始前」と修正させていただきます。
あおかなVita版発売おめでとうございます。ドラマCDの真藤さんが相変わらずで笑いました。そしてイリーナさんが思った以上にはちゃけてて可愛かった。

≪これからの予定≫
次回からいよいよ原作と同じ時系列
そのため章を切り替えて、サブタイも1からカウントアップなど色々変更させていただきます。


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本編
[Flight:01] また、お会いできますよ


ようやく始まり


-4月中旬-

 

 

 フィールドフライ10分から始まって、ローヨーヨーとハイヨーヨーを周回3本。その後最高速度からブイタッチした後の体勢建て直しと方向転換。これらを終えてから実践形式でのアドバイス。他にも色々な練習方法があるが基本の流れはこうだ。

 

 それを部長が中心になって、始められるのだが今日は少し違った。

 

 真藤部長が学生選抜のミーティングへ、麗子院副部長が他校へ【果たし状】を持って久名浜に話し合いに行ったためだ。麗子院さんは久名浜の部長から呼ばれたらしい。ちなみに彼女の鞄には果たし状がいつも一つ入っている。

 

 部長と副部長がいないため、今日は僕こと秋月朱が高藤学園福留島分校FC部の練習監督をしていた。

 

「そ、それでは12セット目を始めます。セット」

 

 ホイッスルが響く。僕を含めた【4人】がファーストブイから映えるスタートラインから跳ねるように加速した。初速は速いが、最高速度が遅いファイターの五十嵐さんはファーストラインから逸れセカンドラインへショートカットを始める。逆に初速は遅いが、最高速度が速いスピーダーの市ノ瀬さんと林田君が僕の後ろにつく。

 

「二人はこのままファーストブイを狙うのかな?」

 

 近くを飛んでいるとはいえ高速飛行中では相手の声を聞き取ることは難しい。あらかじめ付けていたインカムを使って問いかける。

 

『それはもちろん、私たちはスピーダーですから』

 

『オールラウンダーにスピード勝負で負けるわけにはいかないからな』

 

 なら、加速して抜く必要はない。二人の後ろについてフォームを確認しておこう。

 

 二人が上開きの放物線を描いて加速を得る。ローヨーヨーだ。一年生の市ノ瀬さんの方が先にタッチする結果となり、すぐ後で林田君がブイに触れる。林田君焦ったな。いつもなら市ノ瀬さんより速いのに。

 

「それじゃあ、セカンドラインに入ったことだし、始めようか」

 

 セカンドラインの真ん中でショートカットしていた五十嵐さんと二人が合流する。

 

「サードラインへの仕切り直しは3人で相談してくれればいいよ。模擬戦、開始」

 

『『『はいっ!』』』

 

 3人が声と共に一斉に散らばる。下手に近くにいるとメンブレン同士の干渉に巻き込まれる危険があるからだろう。隙を見つければ、いつでもアタックを仕掛けていいと言っておいた。それなら同時に突っ込んでくる可能性は十分ある。

 

「まず、最初は五十嵐さんか」

 

 ファイターの彼女がくるのは想定内だ。

 

 五十嵐さんが威圧をかけるように間合いを詰めてくる。こちらの進路を奪って選択肢を減らす気だろう。その後にスピードに乗った二人が背中を狙えば、得点のチャンスだ。

 

「でも、そのためには相手の動きに着いてこないとね」

 

『くっ!』

 

 上昇、下降からシザースと基本的な移動で五十嵐さんを振りきろうとする。しかし、しつこく彼女はこちらの後ろを飛び続ける。さすが、強豪高藤で練習しているだけのことはある。

 

「じゃあ、これは」

 

 手を大きく広げ、急制動をかける。着いてくるのに精一杯なら、このまま五十嵐さんは僕の前に背中を見せたまま飛ぶことになる。逆に反応できるなら、ぶつかるなりしてこちらのバランスを崩しにかかるはずだ。その結果は――後者だった。

 

『今!』

 

 五十嵐さんが肩に触れようとする。その動きを察した僕は、指先を少しだけ動かし、体勢を仰向けに傾け始める。結果、スピードに乗った五十嵐さんの一撃は紙一重の差で当たることはなかった。しかし、メンブレン同士の干渉は全くなかったわけではない。ほんの少しの歪みを体が感知し、体勢を完璧に戻そうとする。

 

「残念、そして」

 

 予想から相手の作戦パターンの一つを絞る。その予兆を背面飛行して確認ができた。上から狙っていた林田君の垂直降下だ。

 

「ちょうど良いところに来てくれた」

 

 仰向けの姿勢から右から回り込む市ノ瀬さんを見つける。3対1という状況に少し引け目を感じているのだろうか。少し困惑気味だ。その優しさは行動を単調にしてしまう。アタックを仕掛けるときの視線の動きを僕は見逃さなかった。

 

 迫ってきた腕を弾き、反動を利用して通常飛行に移行。予想通りの場所に五十嵐さんはいた。チャンスとばかりにシザースを仕掛けながら、こちらへ向かっていた。

 

「ごめん」

 

 暴力的な技をかけることを申し訳なく思いつつ、即座に動きを合わせて五十嵐さんにスイシーダを仕掛ける。スイシーダは相手を海面に叩き付ける技だ。今回はその反動で上昇するために利用した。メンブレンの保護で物理干渉がないとはいえ、女の子の頭を殴るみたいで罪悪感が押し寄せて来ているけど。

 

「はぁっ!? そんなんありかよ!?」

 

 反動のエネルギーによる急加速に驚いた林田君の声が直に聞こえる。

 

「スイシーダなんて使わなくても同じくらいの加速はできたんだけど、五十嵐さんにはファイターとしての怖さも知っておいて貰いたかったからね」

 

 自分の言葉が林田君に聞こえたかは分からない。林田君の手が空を過ぎた。体感スピードが変われば、タイミングを取るのはさらに難しくなる。タッチしようとしていた林田君はタイミングを逃し、そのまま海上近くまで下降していく。対して僕は、彼を避けて上のポジションを獲得するだけで良かったので特に難しいことはなかった。だが、すれ違いざまに林田君の背中にタッチを済ませておいた。

 

「一点獲得。じゃあ、次は相手が上空にいるときはどう動く?」

 

 練習はこの後もしばらく続いた。

 

 

 

 

 

「林田君、上昇するときの姿勢のタイミングをもう一息遅めにした方がいい、半秒はタイムロスしてる。五十嵐さんはドッグファイトの時踏み込みが浅い。今のタイミングなら得点していたはずだよ。市ノ瀬さんはとりあえず相手に視線読まれないようにしようか。あとそこの新入生2人、部長と副部長がいないからってスマホをいじっちゃいけないよ」

 

 地上でサボっている新入生を注意しながら、練習を指揮する。

 

「次のグループ、準備して。練習を終えたグループは今の試合を分析。その後足りない部分を練習」

 

「3対1なのに……」

 

「しかも、レギュラーと準レギュラー相手に無失点って……」

 

「これで12組目、疲れているはずなのに……」

 

 今日の練習参加者は87名。内16名の3年生には真藤部長から渡された個別のプログラムがある。ということで残りの70名は僕が面倒を見ることになっている。

 

 今やっているのは、プログラムの最後である実践形式のアドバイス。今日はドッグファイトを中心としたモノだ。

 

 ドッグファイトは相手の背中に回り込んで点を得るファイターの戦い方だ。相手とぶつかり合うため、相手の動きを予測する能力を始め、立ち直り、相手と自分の位置を把握する空間認識能力。そこからどう動くかの判断力が必要とされる。

 

 今回の練習はブイでの得点はなく、背中タッチでのみ加点されるものだった。

 

「この練習。ファイター向けの内容じゃん。スピーダーの俺たちがする必要なくね? なっ、市ノ瀬さん」

 

「え、えっと……」

 

「そんなことはないよ林田君。スピーダーでも動きを止められてドックファイトに持ち込まれることはよくある。そこから巻き返すのにこの練習は必要なんだ」

 

「げぇ……」

 

 交代間際に後輩に愚痴をこぼす同期を宥める。一年生の女の子に賛同を求めないであげて欲しい。真面目ちゃんの市ノ瀬さんは反論しようか、形だけ頷こうか困っているじゃないか。

 

「そんで、お前10連戦以上してるのに、なんで平気そうなの?」

 

「めちゃくちゃ疲れてるよ、表に出さないだけ。ポーカーフェイスはスポーツ選手の基本だよ」

 

「うっざ」

 

 それだけ言って、林田君はインターバルに入りに行った。あの正直さが林田君の良いところでもあるんだけどなぁ。

 

 

 

 

 

「誰だよ、部長と副部長がいないから、楽できるっていったの……」

 

「すまん、俺だ……」

 

「これじゃ、いつも通りの練習じゃない……」

 

「むしろ4人同時に相手されて捌かれる分、無力感がハンパない……」

 

「4人組16セットと3人組2セット。合計70人。はい、これで最後だね。お疲れさま」

 

 1時間半にも及ぶ練習試合を終える頃。日はほとんど海に隠れていた。さすがに体中がバッキバキだ。でも他の部員の前でロボットみたいな動きをするわけにもいかない。

 

 一同を解散させて、部室の戸締まりを終える。そのまま帰路に着こうとしたときだった。校門の前に女子生徒が一人待っていた。

 

「下校時間が迫っているよ、真面目一年生」

 

「すみません、少し気になることがあったので」

 

「あー、帰りながら聞くよ」

 

 市ノ瀬莉佳。入部して数週間の女子がそこにいた。フライングスーツを詰めた鞄と学生鞄を丁寧に抱えている。

 

「荷物、重くない?」

 

「いえ、毎日練習で鍛えていますから」

 

 FCの練習項目に筋トレはない。正確には姿勢を整えるための筋トレはあるが、筋力を上げるトレーニングはない。

 

「持つよ」

 

 真面目な性格からして断られるだろう。

 

「いっ、いえ、自分の分は自分で持ちますから」

 

「まだ、筋肉痛抜けてないでしょ、先輩の顔立たせてよ」

 

「は、はぁ、ありがとうございます」

 

 半ば強引に荷物を奪う。女子の荷物だからって軽いわけがない。中身が男子と同等以上の量が入っているのだ。荷物が倍になった気分だが、これならちょうど良い。市ノ瀬さんの歩くスピードを合わせやすいからだ。

 

 4月の夜は冷える。彼女のミニスカート姿を見て寒くないのか不安に思ったが、聞くことはなかった。

 

「それで、気になることって……?」

 

「い、いえっ、真藤部長が夏の大会をすごく楽しみにしていたことが気になって……」

 

「ああ、部長にとって最後の大会だからね。部長全力出すと怖いから気をつけないとね」

 

「部長の本気、ですか?」

 

「大会メンバー決める時、きっと見れるよ」

 

 多分、部長の前の暴走を見て心配になっていたんだろう。一年生というのにしっかり者だ。

 

「すみません、もう一つ良いですか?」

 

「いいよ」

 

「……秋月先輩はどうして副部長じゃないんですかっ?」

 

「……え?」

 

 そんなの、当然の扱いだと思うけど。

 

「あっ、いえ、佐藤院先輩に不満がある訳じゃありません。面倒見のいい、頼りになる先輩だと思っています。でも、今日の練習で統率もできてるし、4人相手に的確に動いてアドバイスしてたり、FCの技術で言えば部長と肩を張れるのではないのかな……って」

 

 それは買いかぶりすぎだ。自分にはそんな資格ない。何より、あの二人にはあって自分には足りていないものを身に染みるほど知っている。

 

「思いやりがないから」

 

「え?」

 

「僕が副部長じゃない理由。今日の練習見たら、分かるでしょ」

 

 流れ作業のように数だけこなして、目に付いた部分だけを指摘する。他の人に技術を誇示するような当てつけた練習方法だ。たまにする分にはちょうど良いかもしれないが、メンタル面が大事な場面ではめっぽう弱い。壁にぶつかっている選手や競争率が高い高藤のFC部だとさらに効率が悪い。真藤先輩が部長になる前のFC部の形態そのものだ。部内に不満が溜まるのも頷ける。

 

「部長や麗子院さんは練習の中で選手の癖とか、性格を把握して相談にも乗る。でも僕はそういうの苦手だからできない」

 

「そんなことないと思いますけど……」

 

 フォローを入れようとしてくれる市ノ瀬さんはやはりいい子だ。

 

 この市ノ瀬という後輩には出会った当初から、何かと親近感があった。入学と同時にこの島に来た所や、FCを続けている目的。壁のぶつかり方こそ正反対であったが、むしろ対照的だったのが返って印象に残った。

 

 そのせいか、最近はこうして相談に乗りつつ一緒に帰っている。

 

「この話はまたにしよう。新しい家はどう?」

 

 一昨日、ようやくホテル暮らしから解放されて新居に住めるようになったと聞いた。

 

「…………」

 

「なんでそこで黙るんだ」

 

「い、いえっ、何でもありません」

 

 家に問題があったのか。それとも家で何か問題があったのか。口を開こうとしない。

 

 僕の話題提供は地雷しか踏まないのか。

 

「じゃあ、部活は楽しい?」

 

「はいっ、先輩たちも強くて、私も頑張らないと、って練習に身が入ります」

 

「そう、なら良かった。市ノ瀬さんは練習にも積極的だし、センスもいい。本当に好きなんだねフライングサーカス」

 

「はい。先輩も好きなんですね。フライングサーカス」

 

「……まぁ、昔から続けてきたからね」

 

 それしか言えなかった。楽しいからだとか、空を飛ぶのが好きだったとか、そんな言葉をどうしても口に出せなかった。

 

「実は私、昔の友達とした約束を叶えたくてFC部に入ったって言っちゃったとき、怒られるんじゃないかって心配だったんです」

 

 それは新入生歓迎会の時の話だ。新入部員にFCを始めたきっかけやこれからの抱負を言ってもらうとき、市ノ瀬さんが最初に指名された。慌てた彼女は今言ったことを口にした後、全部員の前で目を伏せてしまったのだ。

 

「他の人は強くなりたいって真面目に入部してるのに、自分は不純な動機で部に入ってしまったって思ったんでしょ」

 

 そこらへんの学校なら、そこまで畏縮することはなかっただろう。だけど、高藤はFCの強豪校。その上部員数も100名を越える。同じ部活のメンバーは仲間であるのと同時に競争のライバルでもあるのだ。ふざけているのかと奇異の視線を送る人がいてもおかしくはない。

 

「はい…………先輩は今の話をなんでそう思ったんですか?」

 

「……なんでだろうね」

 

 分かる。真剣と遊び、その二つから生まれる歪な温度差を知っているからだ。水と油は相容れないのと同様に、人間の気持ちはこの二つを上手く両立できない。どちらか強い方が相手を潰すまで反目し続ける。あの時、市ノ瀬さんの言ったことが遊びと思われてしまえば、彼女が面白半分に部活に入ったように捉えられ、部内で快く思わない人が出たかもしれない。

 

(まるで昔の僕みたいに)

 

 それを現実にするのが嫌だった。立場が逆であってもあの風景を見るのが耐えられなかっただけだ。

 

「……先輩はやっぱり」

 

「?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

 ふふっ、と小さく微笑む後輩は小走りで先を進む。もうすぐゴールデンウィークだ。今年の連休は合宿だろうか。空では多くの星たちが瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

 

「沙希、日程が決まりました。ニッポンの連休に併せて、シトウへ飛びます。来週には準備をしておいてください」

 

「はい、イリーナ」

 

 前から予定していた日本の学校への転校。アヴァロン社が資金提供している海稜学園への受け入れ手続きが先ほど終わりました。

 

 沙希と二人で作り上げた【本当のフライングサーカス】それをようやく実現することができる。

 

 それを見せる舞台は彼女の生まれ故郷。日本の四島列島でした。

 

「本当に奇遇ですね。あなたの生まれ故郷がフライングサーカスの激戦区になっているだなんて。革命を起こすのにこれ以上の場所はありません」

 

「あの場所には……昔から凄い人たちがいたから」

 

 各務葵。私が興味を持つFCをした選手。彼女が編み出した【アンジェリック・ヘイロー】はFC界で革命を起こすほどのものだった。相手に一切の行動を与えない圧倒的な強さ。神々しさすら感じさせる威圧感。まさしく一段階上を踏んだ者の境地そのものだった。

 

「そうですね。ですが、彼らの時代ももうすぐ終わりです」

 

 私たちは確実にFCにおける次のステップを踏んでいる。今のFCを変えると断言できる戦略。そのための技術をこの数年間磨き続けてきた。

 

「あと少しの辛抱です。証明しましょう。あの人たちにこれからのFCがどういうものなのかを」

 

「はい。イリーナ」

 

 革命には起点が必要です。各務葵か、日向晶也。そういった生け贄と表現できるほどの強さを持った選手との対決。ですが、先の二人は両方ともこの世界から引退したと聞きます。現在肩を張れるのは私の調べた限り二人しかいません。一人は真藤一成、日本のFC界で当代頂点と謡われる男ですが、私たちにとってそれほど脅威は感じません。理由は至って簡単です。彼はまだ次のステージまで到達していない。彼のFCは今までのFCの延長線上のモノに過ぎない。本当のFCの前では何の意味もないのですから。

 

 むしろ、脅威に感じているのはもう一人の方です。その人はーーーー私のかつての友人。

 

 一年にも満たない短い期間でしたが共にFCの道を歩み、その中で私に新しいFCの可能性というモノを感じさせてくれました。

 

「またお会いできますよ、朱」

 

 

 次のステップを踏んでいるあなたなら、沙希と互角の勝負ができるかもしれませんね。

 

 

 




莉佳がヒロインをしているだと……!?

今回は明日香と晶也が佐藤院さんと試合をしていた裏側を意識した話になります。

サブタイの数え方はFCが飛行機を捩ったスポーツのためフライト[Flight]で統一。

サブタイの付け方は今まで通り、その場のノリかテーマに乗っ取ったものを付けます。

アニメはみさき√と明日香√を混ぜたお話ですね。スタッフの対談からみさきと明日香を中心に描くとありましたのである程度予想できてましたが果たしてこれからどうなるのでしょうか。9話から目が離せませんね。


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[Flight:02] 楽しい今

今回試合はありません


 市ノ瀬さんと別れてから、自宅の屋根が見える頃には僕の気は完全に緩んでいた。荷物の量は減ったというのに体の動きはとても重い。 

 

「疲れたぁ」

 

 ため息とまじりに呟きが漏れる。

 

「あ、おかえりー。もしかしてそれお土産?」

 

 屋敷の門前でみさきさんと会う。夕飯の買い出しだろうか。

 

 部活の荷物をさしてみさきさんが言う。食べ物を見るときのキラキラした笑顔で言わないでほしい。

 

「部活の荷物だよっ」

 

「え? 朱って部活してたの? 意外」

 

 一年間一緒にいて気づいてなかったのか。まぁみさきさん、自分に興味のないことには極端に意識が向かないから仕方ないと言えばそれまでだけど。

 

「それで、何しに外へ?」

 

 そう問いかけるとみさきさんが目を伏せた。

 

「実はね、私、朱が帰ってくるのを待ってたの」

 

 深刻そうな面もち、まさか前みたいに畑でイノシシが暴れているのか。

 

「な、何があったの?」

 

「私じゃ力不足みたい。おばあちゃんでも難しいって、もし朱ができなければ今夜は……」

 

 ここまで深刻そうなみさきさんを見るのは初めてだ。それほどの事があったに違いない。畑でどんな生物が暴れているんだ。

 

「ええい、僕に任せろ。イノシシでもコブラでも何でも僕が何とかするからっ!」

 

 みさきさんの口元に笑みができる。

 

「お米きれたから運んでほしいんだー」

 

「……orz」

 

 豪農鳶沢家の米は一袋30キロ。倉庫から家までの距離約200m。練習後の体には染みる内容の仕事だった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

「朱ってさー、何の部活してるの?」

 

「フライング、サーカス、部っ」

 

 おおー、やっぱり男子って力持ち。肩に米袋を載せながら歩く朱を先導しながら私は聞く。私やおばあちゃんだと持ち上げるの大変なんだよね。父さんは友達の家に飲みに行ってていないし、朱が帰ってきてくれてよかったー。

 

「あ、それ終わったら、私の漬け物石も運んで貰おっかなー」

 

「まじやめて、死んじゃう」

 

「あははは、冗談だって大げさだなあ」

 

 フライングサーカス。グラシュを使ったスポーツのこと。私がフライングサーカスを知ったのはまだおばあちゃんの家に遊ぶために来ていた頃だ。同じくらいの女の子から教えて貰った。それから少しの間続けていたけど結局やめてしまった。

 

「ここでいい?」

 

「おつかれさま」

 

 米袋を台所まで運び終えた朱は、さすがに疲れて息が上がっていた。

 

「朱ってフライングサーカス強いんだ?」

 

「…………いや、人並みだよ。去年も大会出れなかったし」

 

 何故か納得しちゃった。朱は見るからに大人しそうな奴だし、なんていうか強そうなイメージがない。

 

 草食系男子ってヤツ?

 

「大会に出れないのに、何で部活してんの?」

 

「……違った視点から世界が見えるから、かな」

 

 

 

――飛んでますっ、飛んでますよっ

 

 

 

 

 初めて空を飛んだ時の明日香の声が聞こえた気がした。

 

 空を飛んではしゃいでいた。私も初めて空を飛んだときあんな風だったのかな。

 

 日常的に空を飛ぶようになって、あんな風に笑うことはなかった気がする。

 

 FCを知ったすぐのころも、わくわくするような知らない世界が広がっていくのが楽しかった。下から見上げる景色と、実際に空から見た景色はかなり違って見えた。地上の翠の匂いも、空だと潮の匂いが混じっていて不思議な感覚があった。でも、続けていくとそういった景色に新鮮さがなくなっていつの間にか飽きてやめてた。

 

「みさきさんもFCしてみたら? 飛ぶの上手だし、運動もできるでしょ? すぐにいい選手になれると思う」

 

「あー、私、昔はやってたんだよねー、FC」

 

「へぇ、今は?」

 

「んー、どうだろ? なんか面白そうな事でも起きればまた始めるかもねー」

 

 翌日、私はクラスメイトがFC部に熱烈な勧誘を受ける場面を目撃するのであった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

―1週間後―

 

 

 

「来たね」

 

 部員たちが集まる前にいち早く僕は真藤部長に呼び出されていた。先日、久奈浜の先生と電話越しに話していたので察しはできている。

 

「実はね、来週僕たちの日向く……」

 

「何の話題か大体分かりましたから、その部分だけ弾いて話してください。このパターンになると長いんで」

 

 真藤部長が部室の隅で小さくなる。

 

「僕はこの日をずっと待ち望んでいたのに……ようやく夢が叶うかもしれないのに、この喜びを胸の内に押さえ続けながら話さなければいけないのか。せめて……せめて少しだけでもこの喜びを発散したい」

 

 まるで、欲しいモノが手に入らない駄々っ子のようだ。いつもクールな部長だけに、その不気味さが数段増している。

 

「…………分かりましたよ。なんなんです?」

 

 あまりの落ち込みように、なんだか可哀想になってきた。

 

「来週のゴールデンウィークなんだけど、ついに……ついに! 日向君が入部した久奈浜のFC部と合同練習ができるんだ! しかも連休だろう? ただ練習するだけじゃない。合同合宿ができるじゃないか!?」

 

 さっきまでの低テンションはどこにいったのやら。まるで急制動から急加速するFCのテクニック、コブラのようにハイテンションになった。

 

「日向君とお泊まり会……何を語ろうか。何をして過ごそうか。ああ、こうしてはいられない。日向君としたいことリストを作り、スケジュールに組み込まなければ。今なら【最高にハイってヤツ】の意味が分かる気がするよ!」

 

「どこから突っ込めばいいのやら……」

 

 近頃部長の暴走に拍車がかかってきている気がする。前世の記憶みたいなモノまで引っ張り出されるとは思わなかった。

 

「お疲れさまです。今日も早いですわね」

 

 微妙なタイミングで麗子院さんが部室に入ってくる。

 

「そうと決まれば来週までに、日向君たちをもてなす準備をしないといけないね。僕が思うに日向君は……」

 

「お疲れさま、麗子院さん」

 

 部長は麗子院さんが入ってきたことに気づいていないのか、未だに彼の世界に入り込んでいる。

 

「部長、おはようございます。秋月さん、佐藤院です。ま、まぁ、その呼び方も嫌いではありませんが」

 

 院さえつけば割と流してくれる。彼女にとって院は特別な文字であり、佐藤の名字に付ける事は家族のことを誇りに思っているという現れなのだろう。

 

「それで、部長はいったい……?」

 

「なんか来月入った合同練習に気合いが入り過ぎちゃってるみたい」

 

「そ、そうなのですか……?」

 

 麗子院さんの困惑気味な返答には同情するほかない。こんな部長を見るのは彼女も初めてのはずだ。

 

「秋月さん、部長は頭でも打たれたのでしょうか?」

 

「いや、打たれたのは頭じゃなくて心の方らしい」

 

「それはどういう……?」

 

「多分、合同練習で分かると思う」

 

 麗子院さんの対応力なら、事細かに説明するより彼女自身に察して貰った方が的確だ。説明はあえてしなかった。

 

「それにしても合同練習とはいったいドコの学校と行うのです?」

 

「前に麗子院さんが院の文字を取ってくるっていってた久奈浜学院」

 

 麗子院さんの顔が一瞬はっとした表情になってすぐに笑みが浮かぶ。

 

「それは面白そうですわね」

 

「何かあったの?」

 

「ええ、少し」

 

 期待できる人を見つけたときにする顔だった。青柳紫苑がそれほど強かったのか。日向晶也の凄さを体感でもしたのか。あるいは――――それ以外の部員に逸材の選手でも見つけたのか。

 

「じゃあ、佐藤君から他の部員に伝えておいてくれるかな? 僕は今から秋月君と話があるんだ」

 

 いつの間にか復活していた部長が僕の肩に手を置いていた。

 

「はい、分かりました部長。あと、佐藤院です」

 

「じゃあ、僕たちは向こうで話の続きをしようか」

 

 部長は麗子院さん恒例の訂正進言を華麗にスルーした。ああ、このまま日向愛の続きを聞かされるのか。

 

 僕はそう悟るほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

「それで日向昌也君の話ですか?」

 

「日向君について語り合いたいのは山々なんだけど、実はそうもいかなくてね」

 

 意外にも今回の話題は日向晶也関連ではなかった。

 

(やったぜ)

 

 地獄を見ずに済み、喜びから心中で呟く。これ以上部長の日向愛を聞かされるとこっちまでどうにかなってしまう。

 

「堂ヶ浦工業はしっているかい?」

 

「去年の大会で3位になった学校でしたっけ?」

 

 最近実力を付け始めてきた学校だ。選手の特長を優先的に伸ばし、独自のスタイルを編み出した戦い方をしている。何故ここでその学校の名前が出たのか。

 

「うん、その学校。実は堂ヶ浦工業も来月の連休、ウチと合同練習をしたいという連絡が来ているんだ」

 

「え? でも、ウチは久奈浜と……」

 

「そうなんだ。高藤は久奈浜との合同練習がある。そういって断ろうとしたんだけど、『3校で一緒にすればいい』と言われてね」

 

 弱小の久奈浜と中堅の堂ヶ浦工業。部員たちにとっていい練習相手になるのは間違いなく後者だ。久奈浜は聞くところによるとメンバーが経験者2人と初心者2人の4人と聞いた。部にしてもギリギリの状態だ。対して堂ヶ浦は部として十分機能するほどの人数と実力がある。

 

「久奈浜の人たちがいいというなら、別にいいんじゃないですか?」

 

「いや、これはもともと【高藤と久奈浜】の合同練習なんだ。堂ヶ浦が入ってくると久奈浜の人たちが合わせられなくて【高藤と堂ヶ浦】の合同練習になってしまう。何より……」

 

 そこで部長が一旦言葉を止めた。

 

「堂ヶ浦のプレイは乱暴なことで有名でね。他の部員はもとより、久奈浜の人たちにとって不利に働かないか心配なんだ」

 

 それで渋っていたのか。納得する。初心者がラフプレイや反則行為を受けて、心の傷を負ってしまうのは避けたい。経験者にしたって怪我をしてしまえば今後に影響する。そういった意味で堂ヶ浦の誘いを断るのは妥当な判断だ。言われるまで僕は気づけなかった。

 

「それでどうするんです?」

 

「今言った旨を伝えたんだが、どうも気に障ってしまったのか【断るなら、今のウチの実力を見てから決めろ】と言われてね。練習試合をすることになった」

 

「へぇー、いつです?」

 

「明日」

 

 いつもの笑顔を一つも崩さずに部長が言う。

 

「はぁ!?」

 

「来月って言っても、2週間もないからね。できるだけ近い日って言ったら明日来ることになった」

 

「それでなんだけど、明日他の部員は休みにするよ。他の部員たちに心配させるといけないからね」

 

「話の流れから察するに、練習試合の相手をするのって……」

 

「うん、是非君に頼みたいんだ。堂ヶ浦の試合運びは僕よりも君の方が適役だしね」

 

 ああ、やっぱり。ラフプレイ捌きにはある程度心得がある。ラフプレー(小細工)を参考に、正しく応用しているのが最近の僕のプレイスタイルでもあるから、選択としては間違っていない。

 

「それで、セコンドか審判役に外部の生徒を一人呼びたいのだけど、いいかな?」

 

「え? 麗子院さんはだめなんです?」

 

「今回の合宿は僕達の私情が混じったものでもあるから、あまり彼女を巻き込みたくないんだ」

 

 僕達って言うな。合宿は部長が暴走して消沈しかけたから申し込んできただけで僕は日向晶也に対してそこまで執着はない。

 

「じゃあ、経済特待生の子に頼んでおきます」

 

「前に手伝ってくれたアカリくん?」

 

「ええ、あの子なら審判くらいできるでしょう」

 

 高藤学園の特色のその1。【経済特待生制度】。私立高藤学園の高い学費を賄えない生徒でも通えるように作られた救済措置。一定の学内アルバイトをすることで入学金や授業料を完全免除される制度だ。2年からは専攻科に進み、専門学校レベルの資格まで取得できる。高藤の就職率は100%の上、進学するにしても取得した資格は受験でかなり有利に働く。一説によると経済特待生一人で1000万円近くの経費削減ができるので学校側の負担軽減にもなっているとか。そしてその学内アルバイトの一つには特定部活の手伝いも扱われる。全生徒の学外アルバイトを禁止にしているのは仕事と勉学、部活の両立のためだ。

 

 なんだ、このハイスペック学校。

 

「それじゃあ、明日は頼んだよ」

 

 とりあえず、怪我しないように頑張ろう。

 

 

 

 

 

 

「先輩はどう思っているんですか?」

 

 帰り道、市ノ瀬さんから唐突な質問が来た。

 

「何が?」

 

「連休の合宿の件です」

 

 それはどういう意味だろうか。新入生で初めての合宿。もしかして

 

「泊まりがけだから心配?」

 

「そ、そうじゃありません。確かに、寮の露天風呂とか、みんなでご飯なんかは楽しみですけど……、先輩は設立されたばかりの部と合同合宿をすることにどう思っているんですか?」

 

「……特に何も」

 

 下手に感情を出すと、裏事情が露呈してしまう。

 

「なにも……ですか? 先方の学校から強引に組み込まれたんですよ?」

 

 ああ、そっか。この子は怒っているんだ。

 

 部長が今回の合宿を実行するに当たって、名目上【久奈浜学院が高藤学園に一方的なお願いをしてきた】という扱いになった。実際は、双方合意の元での合宿。部長の気持ちを汲んで、相手の顧問が話を合わせてくれた。

 

 しかし、他のメンバーからすれば、自分たちの練習にいきなり他校が踏み入ってくるのだ。気持ちのいい話ではない。

 

 特に、この子の性格からすると、自分や先輩たちの大切な練習時間を割かないで欲しいと思っているかもしれない。

 

「仕方ないよ。でも、教える側を経験するのもいいんじゃない? ほら、教える側は相手より3倍は理解してないといけないって言うし、こっちにもメリットはあると思うよ」

 

 それだけいうと、市ノ瀬さんは黙って俯いた。

 

「ありがとうね。怒ってくれて」

 

 心優しい後輩にはこのくらいの事しか言えなかった。

 

 僅かに思う。実力校が相手だった場合でも彼女はこうして怒ってくれたのだろうか。現在立ちはだかっている堂ヶ浦との問題がまさしくその状況だった。

 

「あ、あの先輩、明日部活休み……ですよね。よかったら一緒にイロンモールに行きませんか?」

 

 話題も一区切りついた頃、そう提案された。

 

「いえ、深い意味はないですよっ。ただこっちに引っ越してきたばかりですし、何かいいものはないかなーって」

 

「ごめんね。明日は別の用事があっていけないんだ」

 

「え……」

 

 しゅんと市ノ瀬さんが小さくなった。

 

「誘ってくれたのは嬉しいよ。だから、また今度いこっか」

 

「何か、ご予定が?」

 

 強引に予定をねじ込もうとしている学校と話し合いがあるからとはいえない。それらしいことをいって誤魔化しておくことにする。

 

「生徒会に経過報告。部長が責任者になってからもうすぐ1年になるからね」

 

 前の部活の事を知らない市ノ瀬さんはその話に興味を持っていたようだ。顔を上げる。

 

「確か、前の部で問題が起きて、真藤部長が主導して顧問の先生を追い出したって聞きましたけど」

 

「ああ、顧問の先生が絵に描いたような昭和の先生でさ。先生に逆らって麗子院さんは出場停止にさせられかけたし、部員も何人か部を離れそうになった。その上、大会寸前で怪我した部員も出てきて……今言うと懐かしい笑い話なんだけど」

 

 高藤学園の特色その2。自治生徒会。【学校の方針を教師ではなく、生徒達で決める】という高藤学園最大の特徴だ。

 

 部の再建のとき、部員の多くが顧問の指導を問題視していた。他の教師達はあまり問題視していなかったが、怪我人が出た事で事態を重く見た生徒会が顧問を辞めさせたのだ。そして、先導したのが今の真藤部長だ。

 

「今の部を見てからだと、去年そんなだったなんて想像できません」

 

「そうでしょ? 実はある人のおかげなんだ」

 

「ある人?」

 

 いつも、会っているのにこの子は気づかないのか。

 

「普通は3年生が仕切る副部長の座を2年生で任されている、部内で一番信頼されてる人」

 

「ああっ、佐藤院先輩!」

 

 そうなのだ。出場停止を顧問から言い渡されても、彼女は練習を緩めることはなく、むしろ厳しさを増していった。誰もが、顧問に不満を求める中で彼女だけはFCの練習内容を見直して意見を言い続けた。先輩を含めた他の部員達がその姿に押され、結果として部の意見が一つにまとまったのだ。自分に対してとても厳しい人だ。

 

「みんなが佐藤さんを佐藤院と呼ぶのはそういった真剣な部分を見てきてるからなんだ。市ノ瀬さんも成り行きだけで麗子院さんを信頼しているわけじゃないでしょ?」

 

「は、はい。学校で真っ先に声をかけてくれたのが佐藤院先輩で、すごく面倒見がいい人だなーって思ってます」

 

 そんな魅力的なところを見ていて僕は思う。やはり彼女にはかなわない。

 

 穏やかな相手でも、威圧的な相手でも真正面から同じ態度で立ち向かっていく強さ。相手を見下しているようでありながら、実は誰よりも相手を気遣っている優しさ。

 

「やっぱり、すごいよ。あの人」

 

 それからの話題は麗子院さんの事で持ちきりだった。

 

 一年前の部活を中心に話しているとき僕は頭の片隅で思った。

 

 そういえばあの顧問が飛ばされた学校はどこだっけ。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 練習が終わってミーティングが始まる前のこと。

 

「あー先輩達、今日も恐かったー」

 

 マネージャーの深雪ちゃんが肩を落としていた。

 

「先輩達、ラフプレイって判断されるかどうかの際どいところギリギリ狙ってるんだもん。判定納得できなかったら怒鳴ってくるし」

 

「深雪も苦労してるよねー。マネージャーにまでその手の練習指導してくるし、さっきもすごい怒鳴られてたし大丈夫?」

 

 同じ選手の睦月ちゃんが並んで話す。内容は学校に入ってからの練習のこと。基礎練習に加えてFCのルールの穴をつく練習や、相手をどうやって消耗させる練習ばかりが行われていた。

 

 気づかれにくい反則ボンドの塗り方や、相手のペースを崩す話し方・立ち振る舞い、退場にならないくらいで相手に動揺を与える戦術、それはもう色々と。

 

「普通に楽しく試合ができればいいのにね」

 

 気付けば私はそんなことを口にしていた。

 

「そうだよねー。やっぱりブッチはこの部唯一の天使だよー」

 

 ぎゅっと睦月ちゃんが抱きついてくる。

 

「ちょっと、グラシュ履いてるから歩きにくいっ」

 

「あっ、楽しそう。私もー」

 

 そういって深雪ちゃんも参戦する。足首が固定されたグラシュだと踏ん張りきれなくて、3人で砂浜に転げてしまう。

 

「あはは、ブッチスピーダーなのに姿勢崩れやすすぎー」

 

「2人できたらさすがに受け止めきれないよ」

 

「ごめんごめん、ほらミーティング始まっちゃうよ」

 

 そうやって私たち一年生三人は部室に向かう。

 

 そうだ。楽しくプレイできればいい。

 

 私たちががんばって部を楽しくしていけばいいんだ。

 

 その時の私は次の日起きる出来事なんて予想できるはずもなかった。

 

 




<裏話および補足>

合宿への莉佳の反応…原作遵守。アニメを見ると莉佳は合宿に対して好意的ですよね。勘違い属性が見れなかったのは残念だけど可愛いからいいや。

真藤さん…日向君以外の会話も一応できますよ?

高藤学園の特色…知っている方、勘の鋭い方なら分かったでしょう。製作元の前々作「恋と選挙とチョコレート」からの設定。あおかな劇中でも規模は小さいけど学生の自由な自治という点は変わらないそうなので基本設定をそのまま使ってます。ただし、経済特待生に関しては本編よりも格段に扱いはいい。立地が島なので顔見知りが多く、発展途上の地域ということでケートクいじめに発展しにくい、とでも解釈してください。


最後の視点…闇落ちしてない人食いザメさんって別人かってくらい可愛いですよね。知らない人はぜひ見ていただきたいものです。


というか、子供の晶也と乾沙希の声って同じ高森さんだったんだ…気づかなかった。


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[Flight:03] ルールはあっても常識はない

堂ヶ浦戦前編


―翌日 放課後―

 

 いつもなら部活が始まっている時間帯。少し遅れて堂ヶ浦工業FC部面々が来た。他の部員達が来ていないと練習場は倍以上広く感じられた。さすが地方大会の会場になっているだけはある。先頭の男子が歩み出る。

 

「堂ヶ浦工業3年の夢島影人だ。突然の試合申し込み、悪いな」

 

「こちらこそ、わざわざ出向いて貰って申し訳ないね。それで、後ろの何人かは?」

 

「ウチのレギュラーと期待の新入生達だ。合宿参加の件はこちらの実力を見てから判断をして貰いたい」

 

 殺る気満々の上級生達と、畏縮して小さくなっている3人の女の子。美女と野獣とはこのことを言うのではないだろうか。部長の対応を隣で観察する。

 

「その件だけど、日程を改めて行うと言うことはできないかな? 今回はウチと久名浜両校で決めたことなんだ。この時期に第三者が出てくるとなると……」

 

「またまたぁ、弱小校相手に俺TUEEするような学校に成り下がっちゃったんですかぁ、高藤は?」

 

 耳が痛いことをいうなぁ。

 

「……弱小かどうかはさておき、僕は久名浜との練習は双方にとって有意義なモノだと思うんだけど」

 

(秋月さん俺TUEEって何?)

 

(ググれ)

 

 経済特待生の助っ人の質問をささやき声で返す。

 

「有意義? ああ、新入部員が試合で勝って自信がつく。そして相手の学校が実力差を知って凹むのが目的なんじゃないのか?  そうでなければ大事な連休にそんな学校と合宿するはずがない」

 

「お、言われてみればそういう考え方もあるのか」

 

 金を払いたくなるくらいのこじつけだ。

 

「秋月君、頼むから納得しないでくれ」

 

 叱られた。少し黙って、2人の様子を見ておこう。

 

「とにかく、高藤がこのまま久名浜とだけ合同練習するよりも、ウチを含めた3校でする方がいい根拠がある」

 

「根拠?」

 

「一つ。当然といえば当然だが、ウチは強豪高藤から技術を参考にできる。2つ。高藤はウチの練習方針【選手の固有技能を優先した練習方法】を参考にできる。久名浜はその2つを間近で見ることができる。どうだ?」

 

「そうだとしても、今回は久名浜との約束で始めたことなんだ。堂ヶ浦とはやっぱり日を改めてしないかい?」

 

「まぁ、とりあえず練習試合してから決めましょうよ。そうすれば答えははっきり出ますから」

 

 話をするにはその腕前とやらを見て欲しいようだ。

 

「分かった。じゃあ、秋月君頼んだよ」

 

「はい」

 

「真藤、先手はお前が出るんじゃないのか?」

 

「ああ。僕より彼の方が向いていると思ってね。彼は準レギュラーという立ち位置だがウチではかなりの実力者でね」

 

 まるで、ラスボスの手下みたいな送り出し方だな。それは高藤の強者としてのプライドがそうさせるのか。

 

 部長、油断につながらないようにしないといけませんよ。

 

「じゃあ、こちらも、実力者でいこうか。黒渕」

 

「はっ、はい」

 

 黒渕と呼ばれた女子が前に出る。黒髪と赤い目の清楚という言葉が似合う子だ。外見的特徴で親近感が沸く。

 

「まずは、この2人で試合をしよう」

 

「よろしくー」

 

 両者が準備に入った。

 

 

 

 

 

「あれ? 部長も出るんですか?」

 

「ああ、高藤の部長として勝負を受けるくらいはしないとね」

 

 更衣室にて2人揃って着替える。

 

 真藤部長の顔がひきつっていた。どうやらバカにされたのが頭に来たらしい。この場合【高藤】をバカにされたのではなく、【日向君の久名浜学院】を弱小と罵られた事に対して、だろう。

 

 部長って自分に対しては押さえるのに、大切な人に対しては高ぶるんだよね。

 

 日向晶也好きすぎでしょこの人。

 

「いいですけど、本気の時はインカムの音量下げるまで我慢してくださいよ」

 

 コンピュータに繋げていたグラシュを外し、設定を確認する。きわめて単純なオールラウンダー。バランサーはこのままでいいか。

 

 あとは自分の中のスイッチを入れるだけだが、それは相手側が勝手にしてくれるだろう。

 

 朱色に染められたフライングスーツを着る。袖は白色を使う。黒渕一年生が似たような色なので区別を付けるためだ。

 

「ああ、とにかく楽しんでくるといいよ」

 

 その楽しんでくるっていうのはどこぞのサバゲーチームのリーダーみたいな意味でだろうか。

 

 まぁ、相手校の狙いは見えてきた。今思ったことそのものが目的だろう。

 

「じゃあ、行ってきます」

 

 粗方の準備ができた僕は、更衣室を出て、ファーストブイへと向かった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 なぜ、先輩達が最初に私を試合に出させたのかは分かっている。

 

 私と試合をさせて、相手のパターンを探るためだ。

 

「じゃあ、よろしくね。黒渕……さん?」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 ファーストブイについた私を待っていた相手は線の細い人だった。

 

 朱い瞳と、綺麗な黒い髪。細くて柔らかそうな二の腕。この人が準レギュラーなのか。

 

「緊張しなくていいよ。いつも通り練習の延長戦だと思って、自分のいつもどおりを出せばいいから」

 

「はいっ。頑張ります」

 

 先輩の考えがなんだっていい。私は私の全力を出すだけだ。

 

「では、始めます。両者位置について、セット」

 

 審判が開始のホイッスルが吹かれた。ファーストラインを一斉に駆ける。

 

 速度を上げるために、真っ先にローヨーヨーを仕掛ける。私はスピーダーだ。最高速を出して一気にセカンドブイを狙いにいく。

 

『相手、セカンドラインにショートしたよ』

 

 オールラウンダーの基本の動きだ。ファイターではないと判断したのは私がローヨーヨーの上昇するあたりでショートカットしたから。一度スピード勝負をしようとする時間があったからだ。ファイターなら殆どがローヨーヨーを開始した直後にショートカットを始める。ファイターは初速は速いが最高速度は遅い。ロスタイムが大きいとセカンドラインどころかサードラインまでショートカットする羽目になるからだ。さらにスピードに乗ったスピーダーを止めるのは難しい。

 

『ポイント黒渕!』

 

 一点先取。このままポイントを重ねていきたいところだ。ブイとの接触の反動を利用して、上昇。そこからハイヨーヨーでさらにスピードを上げる。相手は強豪学校のプレイヤーだ。たとえレギュラーじゃなくても油断はできない。旋回して待つ相手と交差する瞬間、私は仕掛ける。

 

 エアキックターン。猛練習の果てにようやくモノにしたテクニック。あの子の先を行くために覚えた新技だ。下降しようとしていた動きを真上に方向転換する。

 

『今だよ! ブッチ!』

 

「うん!」

 

 相手の上を通り抜けることができた。ただ、それだけじゃない。このまま通り抜けただけでは相手がサードラインで待ち受け、振り出しに戻ってしまう。そうならないようにするためのコンビネーション。私のペースを持ち続け、連続得点するための動きだ。

 

 方向転換した勢いと重力の力を合わせて、秋月さんにぶつかる。スイシーダ。私の得意技だ。これを受けた相手は海上表面まで下降され、完全に動きを止められる。

 

 反発力で上に飛ばされ、逆に秋月さんは下に落ちていき、大きな水しぶきがあがる。

 

 やった。成功だ。

 

「……」

 

 海上で秋月さんが私を見上げる姿を確認し、私はそのままハイヨーヨーで加速した。最小限のスピードロスでサードブイにタッチする。海上の相手は上昇するのに時間がかかってしまうのが一般的だ。このまま3点目のフォースブイをタッチすることに成功する。これで3ー0だ。

 

『いいぞー!』

 

『ブッチ。そのままいっちゃえー!』

 

 インカム越しの声援が聞こえ、確かな手応えを感じる。一気に3点引き離した。

 

 フォースラインにさしかかる。相手の表情が確認できる距離まで近づいた時、私は違和感を覚えた。

 

(あの人、笑ってる……?)

 

 一気に3点も離されたのに、焦りの色一つない。

 

 秋月さんが、旋回の構えからラインを逆走して向かってくる。ぶつかって止めにくるつもりだろう。そうはさせないと私は直前で急上昇を始める。上空に向かえば、相手はそれを追ってくるはずだ。そうなれば上空にいる私の方がドックファイトで有利に立ち回れる。だが、予想は違った。秋月さんは私がいた地点のコントレイルを交差し、急に反転したのだ。

 

「どういうこと!?」

 

『ファーストブイを狙うつもりよ、ブッチ、そのまま下降すれば、一気に追い抜ける!』

 

「うん!」

 

 上空からの下降は重力の力を得られるので、その分速く加速することができる。予想が外れて少しだけタイムロスしたがブイまで10mほどのところで抜き返せるはずだ。イメージ通りに加速を行う。秋月さんはちょうど真下にいる。背中ががら空きだ。3点リードしているという自信と、今の有利な状況が私を行動に駆り立てた。

 

 秋月さんの背中にめがけて飛ぶ。手が伸びる。あともう少し、その時だった。秋月さんが背面飛行でこちらを見据える。緊張が高まり、私はヒヤリとしたモノを感じた。その直後――――

 

 

 

 パァンッ。

 

 

 

 何かが破裂するような音。キンという耳鳴りが頭を響かせ、脳が勝手に瞼を閉ざしていた。直後に背中に衝撃を受け、自分が真っ逆様に落ちていくのが感覚的に分かる。必死に目を開けて見たのは、迫ってくる海の表面だった。

 

『ブッチ、手を広げて!』

 

「っ!」

 

 言われるのと同時に体を広げて、急制動を掛ける。

 

「何……? 今の?」

 

 いきなり、意識を刈り取られた。位置を確かめるためにファーストブイを見上げる。ブイの側には秋月さんがたたずんでいた。

 

『ブッチ、大丈夫?』

 

「何が起きたの?」

 

 状況が分からない私はセコンドの睦月ちゃんに聞く。

 

『わかんない。相手の人が背面飛行してすぐ、ブッチの後ろに回り込んでタッチしてたから』

 

 ちょうど見えない位置関係だったらしい。からくりが分からない。

 

「このまま追いかける!」

 

 相手はブイの側、私が取れるのは不利なドックファイトか、ファーストブイを捨てた追いかけっこ。そして流れを完全にリセットしてしまうセカンドラインへのショートカットでの仕切り直しだった。

 

 私が立ち向かってくるのを見た秋月さんが、ファーストブイに触れ、セカンドラインに進もうとする。さっきの背中へのタッチを含めるとこれで、3ー2だ。一気に詰められた。だけど、スピード勝負なら先にセカンドブイを狙うことだってできる。

 

 一拍置いてこちらもブイに触れる。相手が触れた直後でブイは揺れている。タイミングを合わせてブイに触れ、反発を利用する。私のスピードなら追いつける。だが、予想は全く違った。

 

「だめだよ。相手の動きをちゃんと見てからブイに触れなきゃ」

 

 触れて加速したと思っていた相手は、私の進路を塞ぐかのように制止していた。ブイによる加速を殺して、待ちかまえていたのだ。

 

「くっ!」

 

 バチリという衝撃音とともに、私の体が反対方向に押される。只でさえ不安定な状態で衝撃を受け私が完全にバランスを失う。対して、相手は反動を利用するかのように反転し、私の視界から消える。直後、背中に衝撃が走る。

 

『ポイント秋月! 3ー3』

 

 追いつかれた。それも、私は今の得点タッチでバランスを崩したまま。一拍入れてまた背中に衝撃が走る。

 

『ポイント秋月! 3ー4!』

 

 逆転された。一度逃げて態勢を立て直さないと、更に点数を離されてしまう。なのに

 

「うっ、うぁっ」

 

 体勢が整う前に次の攻撃が繰り返される。一撃、一撃の度にスピードが削がれ、どんどん状況が不利になっていく。

 

 とうとう、そのまま試合の終了の笛が鳴ってしまった。

 

「試合終了! 勝者高藤!」

 

「はぁっ、はぁっ……手も足もでなかった」

 

 振り回されるだけ振り回されて、私の息は上がっていた。

 

「お疲れさま。いい試合だったよ」

 

 対戦相手の秋月さんが目の前にいた。

 

「いえ。私なんてそこまで……」

 

「確かに、ちょっと相手の動き見なさすぎのところとか、ドックファイトで打たれ弱いところとか色々鍛えなきゃいけない点はあったけど」

 

「うう……」

 

 この人、的確に突いてくる。心に針が刺さっていくみたい。

 

「ただ―—最初のエアキックターンからのスイシーダ、見事だったよ。ウチの一年じゃあんな動きできない」

 

「……あっ、ありがとうございますっ!」

 

 その賛辞は友達以外から貰った初めてのモノだった。先輩達に認められず、隠れて猛練習したコンビネーション。睦月ちゃんと深雪ちゃんと一緒に考えて作った動きが、認められた。試合の後とは違う、熱いモノが胸の内からこみ上げていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

「猫だまし、だね」

 

 部長からに投げかけられた言葉は先ほどの試合で逆転のきっかけとなった技の名前だった。

 

「はい。相撲のあれです」

 

 猫だまし。相手の目の前で手を叩き、その破裂音で相手の意識を一瞬だけ奪う技術だ。集中力が高まっている相手に行うことで効果は膨れ上がる。

 

 背面飛行で、相手がこちらの動きに警戒した瞬間に、発動。その後の1秒ちょっとの時間を使って背後に回ったのだ。

 

「立体高速移動のFCでそんな技をピンポイントで使うなんて、非常識的だよ?」

 

「スポーツにはルールや定石はありますが、常識はありません」

 

「ふっ、まったくだ」

 

 納得したかのように笑って先輩は歩を進める。

 

 反則行為である【かにばさみ】を正当にアレンジした技だ。小細工でしかないが【小細工で負ける程度なら本当のFC】ではない。

 

 それにしても、あの子磨けば光るだろうな。

 

「あの一年生の子、気に入ったのかい?」

 

「ええ、飛行技術に至ってはいいセンスを持っています。育てるなら僕は市ノ瀬さんよりもああいった子の方がいいですね」

 

「それ、佐藤君や市ノ瀬君の前ではいっちゃだめだよ」

 

「もちろん」

 

 ドリンクを一口含み、交代のハイタッチをする。

 

「じゃ、部長同士戦ってくる…………よ?」

 

 部長の動きが止まり、視線が固まる。

 

「どうしたんです? ぶちょ……」

 

 釣られて僕も同じ方向をみる。視線の先にいた相手に思わず言葉を失った。

 

「秋月君、どうやら堂ヶ浦の狙いは合同合宿じゃなく、僕達自身のようだね」

 

「はい」

 

 視線の先にいた【大人】はまっすぐこちらを見て、口を裂かせるように笑っていた。

 

 一年前までこの学園で教鞭を振るっていた女だった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

 

 

「待たせたね」

 

「おはようございます、先生!」

 

 遅れてきた顧問の先生の元に部員のみんなが集まり、挨拶を交わす。

 

「黒渕、今の試合は何だ?」

 

 真っ先に呼ばれ、私は全員の視線を浴びる。でも、質問の意味が分からなくて私は戸惑うことしかできなかった。

 

「最後。別れ際にあの男と話して笑っていたな? 楽しくFCをしていいと誰が言った?」

 

「いえっ、私は本気で……」

 

「言い訳なんて聞きたくない。高藤といっても相手は準レギュラー。レギュラーと比べればかなり弱いのよ。そんな相手に手も足も出せないなんてどういうこと?」

 

「そ、それは……」

 

 返す言葉がなかった。そうだ。相手は準レギュラー。レギュラーの人はあの人より強いと言うことだ。

 

「相手にペースを譲らない。終始こちらの流れを掴む。そう教えているはず。ドックファイトの時、相手を挟み込んでおけば流れだけでも止められていた」

 

「でも、そんなことしたら……」

 

 FCの試合では、相手を手足などで挟み込む行為が禁止されている。重力子の膜であるメンブレンの特性のためだ。反重力子は反重力子を反発する性質を持っている。そのため物体を挟み込むと反発される力が逃げられず、内部にダメージを与えてしまう。つまり、相手を負傷させてしまう可能性があるのだ。

 

「だからどうした? 自信と意気込み、実力……どれか、あるいは全てにおいて負けている奴が相手に勝てると思うな。それでも勝てないなら相手にできないことをするしかないだろう」

 

 頬を押さえられ、目を反らせない。

 

「お前は今壁に当たっている。限界を感じているんだろう。このままでは後の奴に抜かされるぞ? それでもいいのか?」

 

 後の奴に抜かされるーーーー数年前に抱いた自分でも信じられないようなドス黒い感情。口を強引に開けられ、ねじ込まれるように言葉が私の中に入ってくる。それが私の中でドス黒いモノを沸き立たせる。ダメだ。この感情をあの子に向けるのは醜すぎる。

 

「勝ちたいだろう? 才能ばかりで伸びてきた連中に一泡吹かせたいだろう? そのためには私の練習を受け入れなさい。そうすればもっと高見を目指すことができる」

 

「私、は……」

 

 必死で自分の中のドロドロを押さえ込む。

 

「黒渕、見ていろ。この学校のFCが、いや……このプレイが全国最強の男にどれだけ通じるのかをな」

 

 夢島部長がフライングスーツに身を包んで飛び立つ。セコンドの先生が不敵な笑みを浮かべていた。

 

 




<裏話および補足>

さっちゃん活躍回、スイシーダとエアキックターンの両方が使える凄腕選手です。設定的にかなり強いはずなのにアニメだとなぁ(泣)

夢島影人…大会のボードで夢島の名前を見つけたので勝手に作成。スタッフ的には夢島朧(恋チョコの緒方さん枠)を入れたかったのでしょうね。こちらは彼とはまったくの関係はありません。設定上は去年の秋大会3位の実力者。

猫だまし…かにばさみの応用編。ロヴロとか渚くんを思い出した方とは気が合いそうです。

元高藤顧問=現堂ヶ浦工業顧問…オリジナル設定。葵さんが「また、あいつか」と言っていたので同一人物にしました。

第10話のお陰で主人公ができる技を示唆する描写が色々書けるようになりました。

原作勢の私も手に力が籠る展開で熱くなっております。


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[Flight:04] シェパード

今回は1万字超え


 

 

 半年ぶりに見る夢島君は去年の秋の大会と変わらず鋭い目をしていた。

 

「もしかして、堂ヶ浦の実力が上がってきたのは、あの顧問が就任したからかい?」

 

「さぁ。こちらにはこちらなりの練習があるんでな。教える必要はないだろう?」

 

 牽制しつつ、互いにペースを捕まれないようにする。

 

『真藤部長、気をつけてください。たとえ日向晶也の侮辱を受けても、試合に勝てば彼の名誉は守れます。挑発には乗らないでください』

 

「ああ、分かっているよ」

 

 言われなくてもそのつもりだ。それに、彼らの目的はこの先にある【合同合宿の交渉】ではない。僕と秋月君に対する牽制、夏の大会への布石の可能性が高い。勝つことに対して貪欲なプレイヤーは時折こういった事を行う。言葉でのさぐり合いは極力聞き流したほうがいい。

 

「それでは、準備をお願いします」

 

 審判の子がブイの揺れを確認して促す。

 

「ああ、分かった。」

 

「そういや、真藤」

 

「?」

 

 スタートダッシュの構えに入った途端夢島君が審判には聞こえない大きさで囁いた。

 

「両者位置について、セット!」

 

 

 

 

「今回の合宿、相手の先生抱く事を条件に賛成したんだってな」

 

 

 

 

「なんっ……!?」

 

 ホイッスルが響く。気を取られスタートダッシュが遅れる。

 

「くくっ……!」

 

 夢島君がファーストラインを駆ける。タイミングをずらし満足のいく加速を得られなかった僕はセカンドブイを諦めざるを得なくなった。

 

「くそっ!」

 

 なんて奴だ。怒りが腹にたまり沸々と燃え上がり始める。落ち着け。落ち着いて対処するんだ。

 

『部長! 今の話マジですか!? やっべー!』

 

 なんか通信先の秋月君がやたらハイテンションだ。セカンドラインにショートカットを始める。相手の煽りを真面目に反応する後輩に僕はツッコミという形で返事する。

 

「そんなわけないだろう!! 僕にとって各務先生はFCの神様そのものだ! そんな不埒なことするはずがない!」

 

 その後数秒の沈黙を置いて、静かな声が僕の耳に響いた。

 

『そうですよね。……なら、その神様を信じて自分のFCしましょうよ』

 

「…………ああ、その通りだね」

 

 ハイテンションから、ローテンションへの気持ちの切り替え。負の感情から、正の感情への変換。数秒の沈黙が僕に考えさせる時間を与え、彼の落ち着いた声が感情の値をリセットする。選手の精神的ブレーキが僕を正常の状態に戻してくれたのだ。

 

 相手に先制点を許し、接触の時が近づく。相手もスピーダー寄りのオールラウンダーだ。だが、スピード勝負ならこちらにも自信がある。

 

 相手が下に急降下する動きを見切り、相手の進路を阻む。

 

「くっ!」

 

 相手は逃れるように更に下へと降下する。相手の背中を狙うように張り付き、揺さぶっていく。

 

「まずは、一点!」

 

 隙を見つけて、上空から背中をタッチにする。これで同点だ。相手は押され、更に海面近くにまで降下する。海面まで迫られると逃げる範囲が上空に絞られ、上空の相手のペースになりやすい。

 

 姿勢を立て直す前に再度得点を狙う。だが、夢島君は逃げまどう小動物のようにバランスが不安定のまま急降下を始める。その後の行動に僕は驚きを隠せなかった。減速を一切せずに、自分から飛び込むように海面に落下したのである。

 

「なにっ!」

 

 答えはすぐにわかった。高く上がった水しぶき、それを使って一時的な目眩ましをしてきたのだ。これなら、海面でバランスを崩していても、立て直すまでの時間稼ぎにはなる。しかし、こちらの優位は変わらない。僕の目は夢島君をすぐに捉えた。こちらに背を向けていて、相手がどの方向にいるのか分かっていない。そして、FCにおいて重要なスピードが完全に失われていた。

 

「もらった!」

 

『先輩、退いてください。それは罠――――』

 

 相手の背中を取る。

 

 だが、夢島君のフライングスーツの袖に備えられた【浮き袋】が不自然に膨らみ、僕の顔に直撃した。

 

 反射で目を思わず瞑り、後ろに引く。

 

 再び目を開けた時、夢島君の姿はなかった。

 

「秋月君! 相手はドコに?」

 

 セコンドに相手の位置を教えて貰おうとするが、返事がない。少しの間の後、僕はその答えを知った。

 

 ——――連絡するためのインカムが無くなっていた。

 

「インカム落としちゃったのかなぁ? あららら、不幸な事故だなぁ!」

 

 背中からの衝撃を受け、僕はようやく相手が背後にいることに気がついた。不意打ちを受けて完全にバランスを崩してしまう。

 

(まさか今の水しぶき……本当は審判に反則が見えないようにするためか!)

 

 最初のスタートの時、ギリギリ審判に聞こえない音量での揺さぶりといい、相当手慣れている。

 

「ス・イ・シ・イ・ダ!」

 

 かけ声と共にさらに背中に衝撃が走り、僕の体が海面へと叩きつけられる。先ほどと同じく水しぶきが上がり視界が白に覆われる。

 

「くっ……」

 

 状況はかなり不利だ。下から見上げる一人の視界に対し、相手は上からの広い視界と、外からの指示が働いている。相手を見つける競争はまず負ける上に、どこから攻撃が来るか全く分からない。そして何より、メンブレンが弾ききれなかった水滴が動きを阻害してくる。ここは、カウンターで流れを掴み直すしかない。いち早く相手のコントレイルを見つけ備えなければ。

 

「こっちだ」

 

 声がした方に素早く振り向く。夢島君の顔が映る。しかし次の瞬間、僕の視界が揺れ世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

 気がつくとテントの下で横になっていた。体を起こそうとすると頭が重く、ズキリと痛みが走った。

 

「大丈夫ですか?」

 

 冷たい感触がおでこに当たる。それが濡れたタオルだと気付くまでに少しだけ時間がかかる。おでこに手を当ててくれていたのは審判をしていた女の子だ。

 

「ああ。僕はいったい……?」

 

「試合の途中で意識を失ったんです。すぐに秋月さんが非常用の救助器具を使って先輩を地上に降ろして、ここまで運んだんです」

 

 時間の流れが分からない。テントの机にあった時計で確認すると、20分ほど時間が経っていた。

 

「そうか……僕は、負けたのか」

 

 訳も分からないまま終わった試合。しかし記憶にあるスコアは1ー2で負けている。さらに僕は試合を途中で降りてしまっていた。正当には負けではないかもしれないが、結果だけを見れば敗北だった。

 

「いえっ、先輩は負けていませんっ。途中で体調を崩しただけでいつもの先輩なら……」

 

 必死でフォローをしようとしているが、審判であるこの子は自分が反則行為を見落としていたことに気がついていない。そのことに意味もない憤りを感じるがそれをこの後輩にぶつけてもきっと自分が惨めになるだけだ。

 

「秋月君は?」

 

「ここにいます」

 

 すぐ側にいたようだ。後ろにいた彼の背中を見つける。彼は本を片手にパイプ椅子に腰掛けていた。

 

「向こうの学校は?」

 

「テントで待ってもらっています。色々言ってきましたが、まぁ要するに不幸な事故だそうです」

 

 非公式の試合とは言え危険な行為をすれば協会から処罰が言い渡される。しかし今回のような証拠を取っていない事例を事故だと言い張れば協会に連絡されても数日の罰則だけで済む。くっ。やはりラフプレイを隠し通す技術を洗練している。

 

「それじゃあ、もう今日の試合は中止に……?」

 

「ええ、結構危ない事故だったので中止を進言しました」

 

 妥当な判断だ。こうなってしまったら練習試合なんてできない。気をつけてはいたが、まさかこうも簡単にラフプレイの餌食にされるとは思っていなかった。悔しくて歯噛みする。

 

「ただ、先方が部長との試合が途中で終わってしまったので僕を代役にして試合を続けたいと言ってきたので引き受けることにしました」

 

「試合だって……? いったい何を考えているんだ!? っ!」

 

 僕はその言葉に驚く。あんな危ない事が起こったのにまだ試合をするのか。そんなこと部長としてコーチとして許すことができない。部員の安全こそ最優先されるべきモノだ。大声を上げたことで、血が上り頭痛に襲われる。

 

「まさか君も仕返そうなんてバカなことを考えてないだろうね……そんなことしたら君も彼らと同じだぞ!?」

 

 ラフプレイを参考にした彼の戦術は、大元を辿ればラフプレイそのものだ。そんな過剰なプレイ許さない。

 

「いえいえ、そんな低俗なことしませんよ。普通にFCをするだけです」

 

 テントから出るとき見えた彼の顔は、まるでおもちゃを見つけた子供のように無邪気に笑っていた。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 

「黒渕、これがウチのFCだ。凡才でもああやって相手に実力を出せない状態まで持ち込めば、十分勝ちを狙える」

 

 試合の結果を見た私は、驚くほかなかった。全国の猛者達の頂点に君臨する真藤一成に流れを掴ませずに優位な立ち回りをし続けた。夢島部長の表情は余裕に満ちている。

 

「ウチの学校はな、去年の夏までベスト8に入ればかなり良い方だった。だがな、他の学校があまり着目しない部分を伸ばし作戦に組み込んだんだ。その技術がどれほど通用するか見ただろう」

 

 凄い。異次元の領域だと思っていた相手に手を届かせる事ができる。私はその力を善悪の区別なしに凄いと感じてしまった。欲しい。毎日の練習に反比例するかのように伸び悩んでいる私は思う。いつまで練習を続ければ先に進めるのだろう。すぐにでも結果が結びつく力が、欲しい、と。

 

(……でも)

 

 悪魔の手を取りそうになった私は我に返る。ダメだと。あの約束を心の中で唱えた。

 

『フライングサーカスを続けよう、そしてどこかでまた……』

 

 そうだ。今の私にとってあの子との約束が一つの希望。この技術は私の思っているFCじゃない。

 これはFCを暴力の武器に変えてしまう。だから、手を染めてはいけない。

 

 ざっ、と砂を踏む音が聞こえた。振り向くと先ほどの秋月さんが立っていた。その目は先ほどと違い、どこか空っぽのように見えた。

 

「お待たせしました」

 

「真藤は大丈夫かい? まさかドックファイトをしている最中に気分が悪くなるとは思わなかった」

 

「おいおい、私が離れてからFC部はあのくらいの飛行で酔ってしまうくらい軟弱になったのか?」

 

 夢島部長と先生が秋月さんに気づき、歩み寄る。

 

「ええ、意外と大丈夫そうでした。それで先ほどの試合を続けるということでよろしいですか?」

 

「ああ、ポイントは3ー1でこっちの方が勝っていたが、そこはリセットしてやってもいいぜ?」

 

「いえ、そのままで結構です。続きとしてやるんですから、リセットなんて必要ないでしょう。タイムもです」

 

 丁寧な口調なのに、どこか刺々しい。それもそうだ。先ほどの試合で部長が倒れているのだから、起こっているのが普通の反応だ。

 

 だというのに、どうしてこの人は――――

 

 

「じゃあ、早く始めましょうよ」

 

 

 こうも楽しそうに言うのだろう。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 くく、まんまと挑発に乗って試合を続けてきた。

 強豪のプライドか、それとも満身か。さっきの試合の点数と残り時間で受けるとはやっぱり高藤は気に入らない。

 

「秋月朱は普通のオールラウンダーだ。最初のブイはこちらが確実に取れる。ショートカットしてきたところを、かにばさみで捕まえるか。水しぶきで動きを鈍くしたところで水上リフティングでもして遊んでやれ」

 

「ええ、あいつ、準レギュラーでしょう? 真藤は3分かかりましたから、あいつは2分で脳震盪起こしてやりますよ、くく」

 

 先生の【要望】を聞き、スタートラインに入る。黒渕を男にしたようなヤツだな。髪も目の色も似ている。女みたいな華奢な体つきまでそっくりだ。まぁ、黒渕の場合、出てるところは出てるがな。こちらはもやしと表現した方が良いくらいだ。

 

「よろしく」

 

 挨拶は返さない。マナー違反をすれば、その分挑発で引っかけやすくなるからだ。格下相手には特に効果覿面だ。

 

「部長さん倒れて怒ってんのう? でも、あれはそちらの部長さんが下手だったから気を失ったんだよう? ほら、反則って言おうとしても審判は何もいってきてないしー」

 

 口角を上げて、揺さぶるしゃべり方で囁く。もちろん、審判にぎりぎり聞こえない声量でだ。

 

「まぁ、ばれなきゃ、反則じゃないもんね」

 

「よく分かってるじゃん。そうさ、お前、物分かりよくて助かるわ」

 

 乗ってきたか? まぁ、こっちの話が耳に届いている時点である程度精神的な威圧は成功しているはずだ。

 

「ねぇ、運転免許で減点されないコツって知ってる?」

 

「はぁ? そんなのバレないように違反をする、それだけじゃねぇか?」

 

「なるほど」

 

 納得するような言い方だ。気に入らない。

 

「まぁいいさ。壊してやるよ」

 

「あ、そうだ。反則したときは相手に加点するんじゃなく、反則した側の点を減点させるって方式でもいいですか?」

 

 なんだ? そのルール。数え方が変わるだけで特に意味はない。無意味な変更だ。何がしたいか分からないが、そのくらいなら了承してやろう。

 

「いいだろう」

 

 ようやく審判の準備が整う。さっきと同じ奴、目が節穴の女審判だ。

 

「それでは、位置について、セット!」

 

 スタートダッシュの構えを取る。まず最初にこっちのペースを取る。残りの時間は7分。点差は2。どう考えてもこちらが優勢だ。しかし、止めというのは相手が死んだと思ってから刺すのが礼儀だ。ここで主導権を完全に握ってやる。

 

 ホイッスルが鳴る。スタートダッシュで初速を稼ぎ、ラインを阻むように飛ぶ。

 

『真後ろについた。やってやれ』

 

「了、解♪」

 

 先生の合図と共に、背中の浮き袋を動かす。通常なら面部連の膜に覆われている浮き袋だが、ジオキサン社製のボンドを塗ることでメンブレンの膜が阻害され、動かすことができるのだ。それを相手にぶつけることによって、相手のペースを乱してやる。

 練習通り、背筋を曲げて浮き袋を動かす。浮き袋が膨らみ、ラインをふさぐ。

 

「ぐっ!」

 

 そしてそのまま背面にいる秋月にぶつかった。衝撃でこちらは前に、秋月の方は反対側に飛ばされ、ファーストブイに叩きつけられる。やった成功だ。

 

「反則! 夢島1失点! 2ー1!」

 

 スタート直後の接触による反則で1点減ったが、それでも1点差ある。バカだな。点数をリセットしていれば1点リードできたものを。

 

「あらら、ごめんね。機材のアクシデントだ。もう一回スタートからしよっか」

 

「構いませんよ」

 

 動じていないとでも言いたげにこいつの言葉には変化らしきものがない。ムカつく。黒渕との試合を見た限りそこまで強いと感じない。こうなったら完膚なきまでに潰してやろう。心が折れてFCがしたくないって思えるようにな。

 

「たっぷり可愛がってやるよ」

 

「はい……じゃあ、このままシェパードで行きます」

 

 通信の様子が聞こえる。相手は真藤だろう。だが、シェパード? 羊飼いだと?

 

「セット!」

 

 ホイッスルが鳴る。同じ展開になれば相手は警戒してスピードを落とす。それを見越して、俺はスタート直後、先ほどと同じようにラインを塞ぐように跳び始めようと動いた。

 しかし――――

 

「は、速い!?」

 

 スタートダッシュの直後の動きが先ほどとまるで違った。風を切る音が耳を響かせ、前方の秋月の姿は小さくなっていく。秋月はロケットスタートと呼ぶにふさわしい豪速でファーストラインを駆けていた。

 スピーダー寄りの設定で初速が若干遅くなっているとはいえ、加速に乗ってきた俺よりも少しだけ速い。まさか設定を変えたのか?

 加速が付いてから、少し追いつき、相手の後ろを取る。

 

(なぜだ……追い越せない!)

 

 最高速まで達しているのに、【相手を追い越そうとすると一定の距離まで離される】。まるでスピードを合わせられているかのように、相対距離が変わらない。

 

『ポイント秋月! 2ー2!』

 

 セカンドブイを先に取られ追いつかれる。だが、試合は始まったばかりだ。セカンドブイに触れた秋月が反動を利用して上昇し、停止する。こちらは、セカンドブイの反動をそのまま加速に使って、サードブイを狙う。その反動のせいでセカンドブイが大きく揺れる。

 十分の加速を得ようとしたが、ブイが大きく揺れていたせいで反動を活かしきれない。

 

「くっ! っそ!」

 

『上から来るぞっ! 後ろに回避!』

 

 加速に手間取っていた所でセコンドからの指示が飛ぶ。とっさにスピードを殺して急制動を掛け、後ろに体重を移動させる。目の前に秋月の朱いコントレイルが描かれ、間一髪で避ける。

 

「惜しい」

 

 進むか、横に回避していれば、間違いなくブツカっていた。T字の姿勢で突っ込んできやがった。相手の軌道を読もうとコントレイルを目で追う。コントレイルは下から反転して、背中の方で左右を描き、そして――――

 

 こっちに向かって描かれていた。

 

「コントレイルの軌道だけで相手の動きを読むな」

 

 背中からの声と共に、衝撃が走る。背後に回ったコントレイルを見たとき、サードブイに対して背を向けていた。その状態で、背中をタッチされたため、セカンドブイの方へ弾かれる。

 これで、2ー3だ。

 ここであえて、バランスを崩したまま、セカンドブイに近づく。相手にとっては追加得点のこれ以上ないチャンスだ。寄ってきたところで、セカンドブイと俺でサンドイッチにしてやる。

 

「もう一点」

 

 食いついてきた。

 

『今だ!』

 

 セコンドの合図と共に、方向転換を行い、追撃を避けようとする。しかし、目の前に広がっていたのは体を丸めた秋月の姿だった。

 

(フェイント!?)

 

 このタイミングでフェイントを行うなど通常のプレイを知っている奴ならしない。俺のような、通常プレイの定石を利用している選手にとってもこの動きは完全な予想外だった。

 

「あなた。ラフプレイ、下手ですね」

 

 秋月のその姿勢がエアキックターンの構えだと分かったのはその直後だ。目の前が朱く染まる。一体何が起こった。【奴のコントレイルと同じ色の光】が網膜を焼き、こちらの視界を奪った。

 

「これが、コントレイルアタックです」

 

 声のした上空を見上げ、眩しい視界を何とか見ようとする。

 

『バカ! 何を見上げている。相手は真正面だ!』

 

「なに!?」

 

 声が届ききる前に、首当たりのメンブレンを弾かれ、真後ろに飛ばされる。セカンドブイと接触し、さらにバランスを崩される。

 

(こいつ、セカンドブイに当たるようにわざと弾きやがったな!?)

 

 何とか体勢を立て直したが、その頃にはすでに間合いを詰められていた。次にバランスを崩されれば、間違いなく連続失点される。

 体を捻って、逃れるしかない。無我夢中で伸びてくる手から逃れようとする。

 

『何やってるの!? そっちは……』

 

 ピーッ! ホイッスルがなる。

 

『逆走! 夢島1ポイント失点! 1ー3!』

 

「な、んだとぉ……?」

 

 自分が踏み入れた場所を見る。そこはファーストライン。ブイをタッチしてから前のラインに引き返す行為は反則だが、納得がいかなかった。

 

「待てよ! 今俺はこいつに弾かれてラインに入れられたんだ! この場合不可抗力だろうが!!」

 

 試合を一度止めさせて、審判に抗議をしにいく。メンブレンさえなければ胸ぐらを掴んでいるところだ。そうでなくても、メンブレンの反発で驚かせてやろうかと思っている。

 

「いえ。秋月さんが弾いたのはあくまでもセカンドラインの上である内周の部分です。その後の追撃を逃れるために、あなたはファーストブイに入ってきました。証拠の映像も確認しますか?」

 

 用意されていた練習用の俯瞰カメラで確認する。体勢を立て直した俺が追撃を逃れようとして自分からファーストラインに入ってくる部分が撮影されていた。これでは抗議することができない。

 

「審判が見てて、カメラにも残ってるんだ。文句はないよね」

 

「んだよっ、それ……」

 

「それでは、もう一度同じ位置から始めます、始め!」

 

(くそ……どうなってやがる)

 

 納得はできない。だが、一旦試合を止めたおかげで体勢を立て直すことができた。ブイも近くにあるし、海面まで持って行けば、かにばさみができる。

 

――なのに相手は決定的な隙を見せても間合いに入るギリギリの所で、入ってこない。がら空きの背中を晒しても、相手の下を飛んでも、後一歩と言うところで引き返す。警戒されているのだろう。

 

(ちっ。くそチキン野郎が)

 

「おいおい、さっきから踏み込みが甘いぜ? 1点2点のリードで満足かよ? こっちも舐められたもんだ」

 

「じゃあ、付き合ってあげるよ。反則で0点にさせちゃうのは可哀想だけどね」

 

 がら空きの背中に秋月が迷わず、突っ込んでくる。タッチする気だ。袖の浮き袋を動かし、真藤の時のようにインカムを弾きにかかる。しかし――

 

「おっと」

 

 膨らんだ浮き袋ごと腕で真下へと弾かれ、体勢を崩される。浮き袋が振るように叩かれたことで、メンブレンを阻害するボンドの効力がなくなる。突然のメンブレンの変化に、完全にバランスを崩してしまった。

 

「くそっ!」

 

 すぐさま、体の末端に力が入れられ、大きく弾かれる。直後、またしてもセカンドブイに激突する。回る視界を止めればすぐそこに秋月が迫り、反射的に回避行動に移る。

 

「逆走! 夢島失点! 0ー3」

 

 まただ。前のラインに逃げ込むように攻められ、反則をとられる。

 ラフプレイを仕掛けても、仕掛けなくても結果は変わらないと言うことか。完全にラフプレイに対して対策されている。

 こいつを突破しなければこのジレンマは続く。

 

 攻めに入っても出だしの動きを読まれて先回りされる。スイシーダを仕掛けようにも相手の方が高い位置にいる上、反応が速くて仕掛けられない。

 

(くそ、干物みたいに軽い体しやがって……)

 

 下を潜り抜けようとすれば、後ろに張り付かれる。

 

(しつけぇ!)

 

 外周は特に堅い。抜こうとしてもことごとく弾かれる。

 

 そして――――内周。威圧してくるように逃げ道を奪われていき、気が付けば前のラインに逃げてしまっている。

 

(なん、でだ……)

 

 

 ペースを掴むためのラフプレイなのに、流れが掴めない。それどころか読むことすらできなくなっている。

 

 時間がたつにつれ、どんどん追いつめられていく。

 

『夢島1ポイント失点! -4対6!』

 

 ブイ付近でドッグファイトをしていると、いつの間にか前のラインに誘導されていた。羊飼いが犬を使って羊を誘導させるように、気が付けば反対のラインに入ってしまっている。ショートカットも2つ先のラインに向かう角度で行わないとすぐに弾かれるか、間に合わない。そして、ショートカットすれば2点の差が開く。

 

 出口の先に、確実に罠が待っているのだ。

 

『な、なんで……』

 

 セコンドの先生が重い声を出す。

 

「は、はは……」

 

 なんだ。これは。俺の知っているFCじゃない。

 

 おれのしっているFCは相手の反則を得点源にするスポーツだったか。

 

 おれのいましているものはいったい――――なんなんだ。

 

 こうなったら、かにばさみだ。反則をとられようが、この一発を当てれば相手に肉体的、精神的なダメージを与えられる。そうすれば、ペースを取り戻せる。

 

「うらぁ!」

 

 接近に視線を右に向けフェイント。その状態から自然な体運びでかにばさみを仕掛ける。完璧。完全に入った。そう確信できるタイミングだった。

 

 だが――――相手の足が俺の右足を蹴り、重心が一気に傾く。それを直そうとして用意していた右手を無意識に回して姿勢を直す。そのせいでかにばさみができない。完全にかにばさみを見切られた上で冷静に対処された。

 

『試合終了! 勝者! 高藤学園!』

 

 試合終了の合図も、審判の声もどうでもよくなっていた。

 

 見上げた空は朱く染まり始めていた。それは見下ろしてくる少年の眼と同じ色だ。

 

「あ、あ……」

 

 その日、ラフプレイを推奨していた自分たちは、反則を誘発されて負けた。

 

 

 

 

 

 

「というわけです。今回の合同合宿の話はなかったことにしていただきたい」

 

「……ええ」

 

 

 完全な敗北を前に、俺たちは何も言うことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

「いやー、あの2年の人すごかったよねー! ウチの先輩のラフプレイに全然動じなかったもんね」

 

「反則で負けたようなもんだよね。これで少しはあのブラックな練習から解放されればいいんだけど」

 

「そうだね」

 

 練習試合が終わり、着替えるために武道館に案内された私と睦月ちゃんと深雪ちゃん。

 

 さっきの試合の意見を交えつつ、着替えを終える。

 

「あの人あれで、準レギュラーなんでしょ? じゃあ、レギュラーの人たちってどれだけ強いのよ」

 

 そういわれると気になる。私は天井につり下げられていた一枚の写真に気づいた。

 

「これって、この部の集合写真?」

 

 4枚の額縁からなる大きな写真が飾られていた。部員の人数が100人を越す高藤学園では集合写真すら、分割して別々の額に収めないといけないのか。

 

「あ、真藤さんだ! こっちは副部長の佐藤さん! 前に雑誌で表紙飾ってた人だ!」

 

 睦月ちゃんが声を大きく上げる。どうやらこの写真はマネージャーと各学年ごとのメンバーで分けられているようだ。3年の真ん中には真藤一成さんが、2年生の真ん中には佐藤麗子さん。真ん中付近に写る人はその代で一番実力のある人物を指しているのだろう。

 

「……え?」

 

 1年生の写真に写る人物を見て、私の体が固まる。さっきまで生きていた体が石にでもなったように堅く、冷たくなっていくのを感じた。

 

 なんで、どうして。あなたがそこにいるの。

 

 そこに写る笑顔は昔と変わっていない。それなのに、私にはヒドく遠いものに感じられた。

 

 追いついてきていると思っていた。だというのに、現実は遙か先を歩いていた。

 

(そんな……じゃあ、私の今までって一体……)

 

「あ、ブッチ。この一年の子、レギュラー候補なんだって。すごいよねー」

 

 ゴトリ、私の中で何かがズレた音がした。

 

 準レギュラー相手に圧倒された。あの子はそんな相手の上を行っていた。じゃあ、私は今一体どこを飛んでいるって言うの。

 

 強くなりたい。

 

「私は……」

 

 何をしてでも、強くなりたい。

 

 結いでいた髪留めを外す。あの子とお揃いの髪留め。希望だと信じていたその品を見て、怒りが沸く。握り潰すように私は髪留めに力を込めた。

 




<裏話および補足>

ラフプレイ…浮袋への細工を始め、無茶なスイシーダ、水しぶきによる審判の視界遮断及び相手の動き封じ。そして相手を挟み込む、かにばさみ(ムササビやブイへの貼り付け)。補足しておくと夢島はスイシーダ後すぐに真藤に接近できています。これは真藤や黒渕のような綺麗なスイシーダではないからです。綺麗にスイシーダを決めると使い手は反動を利用して上に飛ばされます。夢島の場合、海面近くだったというのや、追撃を仕掛けるため、通常より若干弱めにはじき、上昇しないようにしたからです。

真藤の敗北…本来なら夢島を圧倒できるほど実力に差があるのですが、ラフプレイのオンパレードにより、実力を出し切れないまま敗北という形にしました。大会だと乾と真藤だけ段違いの強さと表現されていましたのでこのような形になりました。

コントレイルアタック…元ネタはもちろんドラマCDの乾&イリーナ。遠くの観客が目に捉えられるくらいの光なら目くらましにも使えるだろうと考えました。理屈は至って簡単、相手の目の前に反重子のプリズムが当たるように飛ぶだけ(タイミングがえぐいくらい難しい)。イリーナ「コントレイルアタックです(ドヤ顔)」

シェパード…バードケージとスモールパッケージホールドの中間の位置にあるような技。状況的に作り出すことが難しいが、ハマれば相手の精神がガリガリ削られる。相手に反則をさせて点数を取る邪道的な戦法。ルールにある前のラインに戻るのは反則というのは第2話の説明から。



黒渕の闇落ち…原作裏を意識して書いているので当然と言っちゃ当然の展開なんですよね。今回の場合主人公が黒渕を闇落ちさせた原因ともいえます。


夢島くんがうざく書けていれば光栄です。



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[Flight:05] 過去への執着

待望している方もいると思うあの二人の登場回です


 シェパ―ド。意味は羊飼い。

 

 動物世界で圧倒的弱者の位置に存在する羊を管理する者。羊の追われると逃げる本能を逆手にとって誘導させるように、相手を誘導する。相手を弱者だと決め込んで行う酷く傲慢で醜い戦術。

 

 これを使うのは相手をいたぶる事が好きな奴だけだと決めていた。この戦術を使った時点で僕はその相手と同じく【相手をいたぶることが好きな人間である】ことを肯定してしまう。

 

 ならば、せめて使う相手だけは決めてかかる。それが僕にできる唯一の良心だ。シェパ―ドを実感してあのプレイから足を洗ってもらいたいと思った。でも、そんなのはただの言い訳かもしれない。

 

「秋月君、大丈夫かい?」

 

 さっきの試合、やはり僕は【楽しんでいた】。相手をいたぶることにだ。理性的に受け入れられず、シェパ―ドを使った後は自己嫌悪と罪悪感に襲われてしまう。

 

 堂ヶ浦の人たちが帰った後。緊張が解け、僕は椅子に座り込んでいた。

 

「……はい」

 

 僕はあいつ等とは違う、はずだ。でも、やっていることは同じじゃないのか。地元を離れてここに来たのは逃げるため。逃げた先で僕は――――あいつ等と同じ事をしているんじゃないのか。

 

「……前から疑問に思っていたんだ。入部したときの初対戦でギリギリ引き分けに持ち込んだり、市ノ瀬君の自己紹介の時、『自分も同じだ』って助け船を出したこと。堂ヶ浦との試合運び。僕にはどうも【衝突を避けようと行動している】ように見えるんだ。そう思うと、君は去年の夏の怪我も一人で無理を続けていたように感じる、君はもしかして……」

 

「……っ!」

 

 バレた。

 

「…………秋月君。君は過去に一体何があったんだい?」

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

―5月上旬のある日―

 

「うーん、やっと着きましたね。ここがニッポンですか?」

 

 イリーナが手を空に伸ばす。その様子は起き抜けの猫みたい。

 

「イリーナ、長旅で疲れてない?」

 

「ええ私はノープログレムです。沙希こそ体が固まってしまいませんでしたか」

 

 イギリスから日本までは13時間弱。イリーナがいい席を取っていてくれたから、思ったより疲れていない。

 

「ううん。私は平気」

 

「沙希。私の目は誤魔化せませんよ?」

 

 イリーナが意地悪っぽく笑った。うん。心配してくれることに遠慮するのはよくないのかもしれない。

 

「……実はちょっと」

 

 肩がこり始めていた。トレーニングで減量をしているのに、最近また大きくなってしまった。イギリスだとそこまで気にならなかったけど、日本に着いてから他の人たちの視線が集まっているようで気になる。まるで、珍しいものでも見るみたい。

 

「あら、それはいけませんね。ホテルに着いたらさっそくマッサージをしないと」

 

「……うん」

 

 日本に着いた、といっても到着するのはまだ少し先。四島列島まではヘリで行くことになっている。入学はゴールデンウィークが終わってからだ。この連休はオフでお休みにしている。というのも――――

 

「さぁ! せっかく異国の地に来たのです。初日はたっぷり観光とご当地グルメを巡り巡ることにしましょう!」

 

 イリーナのたっての希望でここ仇州の名物を謳歌することになっていた。

 

「それにしても、ニッポンの方はみんなお頭を剃ってはいないのですね?」

 

「それは100年くらい前の人たちで、今の人たちはそういうことはしない」

 

「じゃあ、キモノというものもないのですか?」

 

「行事で着ることはあるけど、ほとんどは洋服」

 

 あ、イリーナの膝が崩れた。

 

「イベントだなんて……体験サービスや、観光イベントではなく私はファッションや日常として楽しみたかったんです。日常……当たり前こそが本物なのですから」

 

「えと、旅館……ホテルに着いたら浴衣があったはずだからそれ着よう?」

 

「……浴衣?」

 

「日本のパジャマ。もちろんこれも着物」

 

「パジャマ……。着物の……!」

 

 イリーナのこだわりに当てはまったみたいだ。ぱぁっと顔を輝かせて立ち上がる。

 

「沙希! そうと決まれば夜までに仇州のニッポン料理を堪能しましょう! ホテルのオンセンを満喫するには全力を尽くせと教えられましたから!」

 

 異国の地の文化を前にはしゃぐイリーナを見て、イギリスに着たときの自分もこんな感じだったのかなって思う私だった。

 

 

 

「この揚げ物、とてもおいしいです! さすがニッポン。料理の味付けや調理法は我が国よりも先を行っています! これは……もしやカエルの肉?」

 

「鶏の唐揚げ。イリーナ、今の日本人はカエルを食べない」

 

「そうなのですか? それにしても生の魚を食べるなんて日本人は愉快です。先ほどのフグはとてもおいしかった。今度シェフに捌いてもらいましょう」

 

「フグは毒があるから、ちゃんと資格のある人に捌いてもらった方がいい」

 

 すっかり日本の食文化が気に入ったみたいだ。自分の事をほめられているみたいで私は嬉しくなる。

 

「永崎は過去ニッポンとの唯一の窓口! ワオ! 木でできた建物なんて、風情ある日本の風景です!」

 

「江戸時代。日本は鎖国をして他の国と接点を持たないようにしていたの」

 

「それはどうして?」

 

 どうして。だろう。確か、異国の宗教が入ってきて国で反乱が起こり始めてたから。

 

「多分、自分の知らないモノに触れるのが、怖かったんだと思う」

 

「ふふ、昔の日本は愚かですね」

 

 イリーナの返事が、私の胸の内に引っかかる。新しいモノに踏み込むこと。未知のことには不安が駆り立てられて、怖い。踏み込む事ができなくて、内に籠もっていた子供の姿が映る。

 

「……そう、だね」

 

「? 沙希、どうしましたか?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 イリーナの笑顔が写る。この楽しい時間をダメにしちゃいけない。私はイリーナの元に走った。

 

 

 

 ―夕方―

 

「楽しかったですね、ニッポンは面白いところです。沙希はどうですか? 久しぶりの日本は」

 

「うん。イリーナが楽しそうだったから、私も楽しかった」

 

 ホテルの部屋で、イリーナの浴衣の着付けをしながら、今日の事を思い出しあう。

 

「それにしても、本当にこれで合っているのですか? 少しひらひら過ぎでは?」

 

 実は、私にもよくわからない。だって仕方ない。こっちに住んでいても着物を着る機会なんてあまりなかった。それに私自身不器用なところがあるから、自信がなかった。

 

「た、多分大丈夫」

 

「うーん。沙希がそういうなら構いませんが」

 

 右の袖を上に、帯は後ろ。上から上着を羽織って完成。下着は付けて良かったっけ。イリーナの場合、イギリスの人のせいか他の人よりも胸が大きくて、谷間になった部分が見え隠れしているけど。

 

 イリーナと一緒に椅子に腰掛ける。

 

「ええ、もうすぐですね。私たちの晴れ舞台」

 

 FCの話だ。

 

「……はい」

 

 FCの話をするときの私とイリーナは単なる友人じゃない。選手とセコンド。信頼しあう二人で一人の仲となる。お互いに敬語になるのは気持ちの切り替えをするためだ。

 

「空がまだ朱いですね。5月になりましたから、日が射す時間も増えてくるでしょう」

 

「はい」

 

 窓ガラス越しに写る朱い空は私が昔見た空と同じ色をしていた。昼の蒼は無限の色。夕日の朱は刹那の色。私たちは無限の可能性を求めて飛ぶ。

 

「思い出しますか? 空に興味を抱いた日のことを」

 

 お昼のどこまでも無限に続くかと思えた蒼。生まれ故郷の四島列島で空に目覚めた日のこと。

 

 翠色のコントレイルを描く綺麗な子。綺麗な姿勢と、別次元の強さ。憧れた各務葵という選手の唯一の教え子。あの頃の私は空を飛ぶこともできなくて、綺麗に空を飛ぶあの子は別の世界の人間のように思えた。正直、絶対に届かない、そう諦めていた。

 

 そんな暗い思いをしていた頃。初めて空に連れて行ってくれた子と出会った。空の色が今と同じ朱になるくらいまで飛び続けたあの日。乾ききりそうになった空への思いがこみ上げてきて私は空への思いを、強く持った。それからイリーナと出会ったんだ。イリーナが立派な翼を私に与えてくれた。だから私はイリーナのために飛ぶ。

 

「はい。私たちは絶対に、負けない」

 

「ええ、それでは温泉に行きましょう。もうすぐ四島へと行く準備を整えなければいけません」

 

 連休が終われば、本格的に練習ばかりになる。束の間のひとときを今は楽しもう。

 

 

――ただ

 

「きゃぁっ!」

 

「イリーナ、大丈夫?」

 

 イリーナが浴衣の裾に躓いて怪我をしないかということだけが心配だ。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 誰もいない夜の練習場。人目がないことを確認して僕はグラシュを履く。

 

「バランサー解除」

 

 真藤先輩は結局、あの後追求しなかった。どうしてか分からない。ただ、それで何もなくなった訳じゃない。僕の中にはもやりとした不安が残っていた。

 

 ここに着たのは不快なその靄を抜くため。ただ飛ぶだけだと発散できない。

 

 いつも通りの浮遊感の後、全身を襲う渦のような力。嵐にでも巻き込まれたような衝撃。これらを制した先にあるのがグラシュの頂点。かつてないほどの加速とスピ―ド、そして自在に動く旋回だ。

 

 紺色の夜空に朱のコントレイルを描く。

 

 自己嫌悪に陥ったときはいつもこうしていた。本気で空を飛ぶことだけに集中できる。他の事なんて考えなくていいからだ。そうすれば、雑な思考も、不快な感情も、忘れられる。

 

(まるで、麻薬だな)

 

 一通り飛んで、地上に降りる。汗を吸ったシャツが海風に煽られて少々寒い。このままだと風邪を引く。誰もいないことをいいことに、その場でジャージに着替える。

 直後後ろからパシャリというシャッター音が聞こえた。

 

「…………」

 

 空耳であってほしい。

 チラリと音源を辿ると一本松の陰からはみ出す金髪の髪が見えた。

 

「…………ッス」

 

 どうやら隠れ通す気、らしい。

 

「みーたーなー!」

 

「わぁぁぁああああッス!」

 

 1分後。

 

「久奈浜学院一年、マスコミ志望の保坂実ッス!」

 

 子猫のように捕まった女の子は敬礼の形を取りながら名乗りを上げた。

 

「どうして、久奈浜の子がここにいるんだ?」

 

「やだなー。自分、マスコミ志望なんで、強豪高藤への潜入取材を……」

 

「素直でよろしい」

 

「あり? 怒らないんスか?」

 

 男の裸に需要はないから別にいい。言い訳してたらカメラを没収してたけど。

 

「やんちゃができるのは学生の時だけだからね」

 

「うーん。特定の女子にあげれば喜びそうな引き締まった体してるんスけどねー」

 

「やめれ」

 

 そういう人たちの存在は認めるけど、こちらにその視線を向けないで。

 

「あーそうです! 自分、真藤一成選手から高藤取材の許可を頂いてまして、よろしければここで少し取材してもいいッスか?」

 

「唐突だね」

 

「情報収集は勢いと雰囲気というのが自分のウリっす!」

 

 勢いで雰囲気をぶち壊しているのが現実だ。

 

「……じゃあさっきの写真を削除するのを条件に入れて」

 

「了解ッス! 自分も盗撮で信頼を失いたくないんで!」

 

 一言余計だ。

 

「じゃあ、盗撮バラされたくなかったら今すぐさっきの写真削除しやがれ☆」

 

「柔らかな微笑みと口調でキツいことをいう人ですねー。ちなみに、自分、情報と等価交換というのやっているッス! こちらの情報で欲しいモノがあったら同じくらいの情報で取り引きしてるッス!」

 

「あこぎな商売……」

 

「金銭のやり取りはしてないんでかなり良心的ッス」

 

 いや、それでもかなり反社会的だ。もしや、四島列島七不思議「黒歴史を握る美人保健教師」の情報源はこの子か?

 

 とにかく、この子に情報を伝えるのは実に危ない――――――

 

 

 

 

 

 

 ――――けど、面白そうだ。

 

 

「それじゃあ、早速取材をさせて貰うッス。最初に自己紹介と一言お願いします」

 

「自己紹介はいいよ。悪目立ちするの嫌いなんだ」

 

 他人に名前を知られる事に対して敏感になるのはこの際仕方ないか。

 

「ほえ? できれば名前だけでも教えて欲しいんですが」

 

「じゃあ、秋月朱」

 

「秋月、朱選手……じゃあ早速、今度の久奈浜との合同合宿について、どのように思いますか?」

 

「他の部員ともども、初めての交流相手なのでどんな選手がいるのか楽しみにしています」

 

 市ノ瀬さんに聞かれた後に考えた模範解答である。

 

「なんか、無難すぎる回答ですね」

 

 だよね。

 

「えーと、じゃあ秋月選手が一目置いている選手を教えてください」

 

 一気に興味をなくしたような言い方になった。なるほど、面白味のある回答が欲しいのか。

 

「各務葵の愛弟子、かな」

 

「な、なな何ですか!? その情報!」

 

 おお。食いついた食いついた。

 

「え? 知らないの?」

 

 ジラす。案の定、血気盛んな目を向けてきた。

 

「そんな情報今まで聞いてないッス! 自分、各務先生が選手だったことは知っていましたが」

 

「じゃあこの情報かなりレアなんだなー。教えない方がいっかなー」

 

「うわぁー! 是非少しでいいんで教えて欲しいッス! お願いしまッス!」

 

 慌てふためいてこっちに関心を寄せる。この好奇心を押さえられない顔を見るのが実に心地よい。

 

 性格悪いな。

 

 まぁ、彼の実名だけは伏せておこう。せめてもの情けだ。

 

「今となっては名前も忘れたけど、当時その子は『飛翔姫』と呼ばれていたよ」

 

「飛翔姫……空を飛ぶお姫様……姫ってことは女の子だったんですか?」

 

「長い髪と綺麗な顔立ち。男でも女でも可愛い部類にはいるんじゃないかな。圧倒的な実力で、優勝トロフィーを総なめしていた麒麟児。なのにある日、伝説のまま突然引退したんだ」

 

 嘘は言っていない。断じてお姫様が女の子だとは一言たりとも言っていない。

 

「ほえー! 自分たちと同じ世代にそんな凄腕の人がいたとは」

 

「当時FCをする選手は誰もがその子に憧れていたといってもいいくらいだったよ」

 

「へぇー! じゃあ秋月選手も憧れていたんですか?」

 

「まぁね。他を寄せ付けない圧倒的な速さと複雑な戦術を可能にする技術。新しい世界を切り開いているという言葉がぴったりの子だったからね」

 

 話している人物とはもうすぐ再会ができそうなのは秘密だ。

 

 その後も取材は少しだけ続いた。

 

 

 

 

 次の日。

 

「ふぁあ~」

 

「先輩、寝不足ですか?」

 

「うーん、まぁそんなところ」

 

 先方の学校がこちらに向かっているという連絡が入ったので部員たちが集まって出迎えの準備をしている。

 

「今日の合宿が楽しみで眠れなかったという所でしょうか?」

 

「うーん、まぁそんなところ」

 

 麗子院さんだ。

 

「全く、しゃっきとしてください! これから先方の学校の方がくるのですから、ほら今の内に『佐藤水産朝のカルシウムセット』で頭を覚ましてください」

 

「うーん。まぁそんなところ」

 

 …………。

 

「……この人寝てますわ!」

 

「条件反射で同じ返事ばかりしてます!」

 

「頭より先に目を覚まさせないと!」

 

 肩を掴む感触と一緒に前後にガクガク振られ、ようやく意識が戻る。

 

「おはよう、ございます」

 

「まったく、はい。牛乳とトビウオの煮干しですわ」

 

「ああ、ありがとう」

 

「佐藤院先輩がお姉さん状態に……」

 

 うん。目が覚めた。貰ったモノを一通り食べ終えて、麗子院さんに感謝のお祈りをする。

 

「まだ、寝ぼけているようですわね……」

 

「トビウオは四島列島の血であり肉。つまりアゴダシを作る佐藤グル―プの商品を食すると言うことは四島列島の住民となる第一歩なのです」

 

「そ、その発想はありませんでしたわ! なるほど、我が佐藤グル―プは四島の方にとっては肉そのもの! それを元に新たな商品を……」

 

「佐藤院先輩、秋月先輩、学校の方お見えになったみたいですよ」

 

 市ノ瀬さんの言葉で茶番を終える。

 

 降りてきた7人の姿が見えた。

 

 先頭に立つ男。やはり見間違えることはない。

 

 彼はこの世界に帰ってきたのだ。

 




<裏話および補足>

今回は原作前の話の伏線回収回。

最終回で乾とイリーナのファンが増えてくれると信じていたので少し早いですが登場させました。イリーナのはしゃぎっぷりはドラマCDを参考にしてます。

飛翔姫…原作での日向晶也の異名。説明今更。




お気に入り数が120を超えていてビックリしました。
登録していただいた方。感想、応援をくださった方。様々な評価をくださった方。
皆様ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。


蒼の彼方のフォーリズム -TWEI-の発表、うれしい限りでございます。

公式乾ルートキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!とはしゃいでいました。

さて、この作品は今まで通りの予定で続けさせていただきます。その経緯などは割烹の方に記させてもらいましたので興味のある方はそちらをご覧ください。

未熟者ですが、これからもこの作品を書き続けていきますので改めてよろしくお願いします。
楽しんでいただけるよう頑張ります。


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[Flight:06] 合宿裏での再会と

遅くなってしまい本当に申し訳ありません


 FCの世界において最強。燕のように空を駆り、蝶のように空間を舞う。その姿はまさに妖精。人は彼をそう讃え、空を飛ぶ姫ーーーー飛翔姫と呼んだ。他の追随を許さない成長は、小学生にして大人を相手取るほどの実力だった。その能力は同世代の選手たちにとっては別次元の人物に映ったらしい。

 でも、僕から見た彼は他の子供と同じ、一人の選手に見えた。

 

『ちくしょう……』

 

『ほら、泣くな晶也。勝った奴が泣いてどうする?』

 

『でも、葵さん! 俺はドックファイトで勝ちたかったんだっ』

 

『誰だって得意分野はあるさ。ファイター相手にオールラウンダーのお前はかなり良い線まで戦ってたぞ』

 

『う、ぐ……うわぁぁぁぁん!』

 

 

 当時の彼は負けなしだった。だけど、自分の思い通りにならなかった試合では泣き顔を見せていた。一番じゃないと気が済まないという、どこにでもいるやんちゃな男の子の顔。そんな姿を見ていたから僕も負けないと躍起になったのだ。

 だから、自分の得意分野であるドックファイトだけは譲らなかった。そう頑張ってこられたのかもしれない。あらゆる分野をそつなくこなす彼はそのプライドのせいか度々ドックファイトを挑んできた。その都度、ドックファイトで僕は勝利に近い引き分けにまで持ち込んだ。試合こそ負けたが、得意分野で互角の戦いができる。天井に手が届く。それがたまらなく嬉しかった。

 

(思えば、体の末端まで本気になる試合をしてくれたのは彼だけだったな)

 

 時間が経つにつれて、体つきも考え方も変わった。プレイスタイルもだ。

 だけど、目の前に降りた男は僕とは違い、根っこの部分は全く変わっていないように思えた。

 例えるなら翼が折れてしまった鳥。心は空にあるのに、飛び方を忘れてしまって飛ぶのを恐れているように映った。

 

「それでは、更衣室にお連れしますわ。みなさんどうぞこちらへ」

 

 麗子院さんが先導して久奈浜の女子部員を更衣室へ誘導する。その際、耳打ちをされた。

 

「あなたは紫苑さんを男子更衣室にお連れして」

 

「はい」

 

 って、先ほどまでいた空間には日向晶也しかいない。唯一の男子選手である青柳紫苑はどこだ。

 

「兄ちゃんはこっちじゃないでしょ。もしかして、女子と一緒に着替える気じゃないでしょうね?」

 

「はっ!?」

 

 更衣室へと誘導されている中で一人だけ頭が飛び出ている人がいた。あれが青柳紫苑だろう。単純なのだろうか。他の部員と一緒に移動する気満々だったようだ。マネージャーの注意を受けてショックを受けている。似てない兄妹だなあの二人。

 

「男子更衣室に案内します。どうぞこちらへ」

 

 事前情報と、男子部員という情報から大柄な細目男が青柳紫苑だと予想して案内を申し出る。

 

「おう! よろしく頼む!」

 

「ふつつかな部長ですが、よろしくお願いします」

 

 暴走気味の兄のブレーキ的な役割なのだろう。礼儀正しい人だ。

 

「じゃあ、私は先に設備とか、他の部員の人と話してくるから」

 

「わかった! マッハで練習場にいくから衝撃波に備えておけよ!」

 

「マッハ……スピーダーらしいな」

 

「おう! そういうお前もスピーダーか!?」

 

 一言一言に気合いを込める人だ。熱い。その熱意少し分けてほしいくらいだ。

 

「いえ、自分はオールラウンダーです」

 

「そうか。オールラウンダーということは新入部員の倉科と同じだな! 今日は胸を貸してやってくれ!」

 

「ええ。お互いにいい方向に伸びるといいですね」

 

 社交辞令のような会話だが、片方がハイテンションのためそこまで気にならない。ムードメーカーとはこのことを言うのだろうか。

 

「そうだ。名前を教えてくれないか?」

 

「秋月朱です。ウチは部員が多いので覚えるの大変ですけど」

 

「いいや、この筋肉があればそのくらい造作ない」

 

 筋肉があれば? そういえば昔の忍者は傷と一緒に記憶を刻んでいたと聞いた。まさか筋肉に名前を付けて覚える気なのか。アンディとかフランクみたいに。

 

「筋肉は万能だ! 筋肉にできないことはない!!」

 

 どうやら違うらしかった。

 

 

 

 

 更衣室で着替えの順番待ちをしていた時のことだ。

 

 草むらで三角座りをしている市ノ瀬さんを見つけた。

 

 何故そんな場所にいた彼女を見つけられたのかというとーーーー

 

「うう、お気に入りのハンカチが……。やっぱりこれは天罰なのでしょうか。私が先走ってしまったばっかりに、日向さんの気を悪くしてしまいましたし、真藤部長の気持ちも知らずに、失礼なことをしてしまった……報いなのでは」

 

 この懺悔のような呟きが聞こえてきたからである。

 何この自己嫌悪の塊。人のこと言えないけど。

 

「何してるのさ」

 

「きゃぁああ!」

 

 突然の不意打ちに驚いた市ノ瀬さんが、驚きの声を上げた。

 

「な、なななもしかして……秋月先輩今の、聞いてました?」

 

「今の、って?」

 

「いえ、その、特にいいことではないのですが……」

 

「内容までは分からなかったけど、最近の市ノ瀬さんの行動から察するに、勘違いで相手のコーチに暴言を吐きに言って、相手を泣かせてハンカチが台無しになった……みたいな?」

 

「暴言までは言っていませんし、泣かせてもいません! そもそも、聞いているじゃないですか!?」

 

「ごめんごめん、とにかく聞いちゃったんだね、この合宿の真相」

 

 以前、帰り道で話した反応を思い出したのだろう。市ノ瀬さんがまた目を伏せる。僕があの時気を悪くしていたと感じたのだろうか。

 

「は、はい……すみませんでした」

 

「まぁ、部長も気にしてないと思うけど、でも」

 

 そこで一旦区切って相手の目をじっと見る。沈黙って言うのは相手を落ち着かせる効果もあれば、焦らせる事にも使える。市ノ瀬さんには悪いけど今の罪悪感、利用させて貰う。

 

「久奈浜の人たちに肩身の狭い思いをさせたくないし。市ノ瀬さんさ、久奈浜の人たち学校の事案内してくれない?」

 

 反合同合宿の空気を一番身近で感じていた彼女が、久奈浜を歓迎すれば両校にとって良好な関係を築くきっかけになるはずだ。礼儀正しく、慎ましい彼女は適任だった。

 

「案内役、ですか?」

 

「うん、案内役。向こうも女子が多いからさ」

 

 麗子院さんだとテンションが高すぎて相手が疲れすぎるからね。一応、僕が案内するという意見も出たのだが、諸事情により見送らせて貰った。ちなみに男子の担当は部長だ。部長自らかって出たのだが、その理由は聞かない方がいいだろう。

 

「わ、分かりました」

 

「ありがと、じゃあ早速……」

 

 案内係の紹介に連れて行こうとしたそのときだった。

 

「あっ、朱だー。おーい」

 

「うっ、家でさえみさき先輩と一緒なのに、こんなところにまでこの人が……」

 

 向こうから来てくれた。みさきさんと真白ちゃんだ。フライングスーツに着替えて仲良く並んで歩いていた。その隣には少し前に見た女の子もいる。僕が案内役を降りた原因の一つだ。顔見知りの間柄だとどうもやりづらい。

 

「朱って……? えっ?」

 

「ああ、知り合いなんだ。この3人」

 

「3人?」

 

 真白ちゃんが首を傾げる。

 

「ええと……。秋月さん、ですよね。この前グラシュを買いに行った……」

 

「明日香先輩もこの人知っているんですか!?」

 

「はい。島に来たばっかりの時グラシュの事教えてくれたんです」

 

 倉科明日香。名前はさっきの自己紹介で思い出した。この子と真白ちゃんが初心者ということだろう。落ち着いた雰囲気と明るい一面を併せ持った優しい子だった気がする。知り合い率の高さに、何かの因果を感じてしまうのは思いこみによるものだろうか。

 

 

「ナンパだー。朱が明日香をナンパしたんだー」

 

「あながち間違いじゃない」

 

 ナンパと表現するしかない形で出会ったのだ。認めてしまおう。

 

「え!? 私口説かれてたんですかっ」

 

「わー。エッチだー。朱は明日香に気があるんだー」

 

「そうですそうです!」

 

 みさき先輩から離れろと言わんばかりに真白ちゃんがヤジを飛ばす。

 

「「そうなんですか!?」」

 

 倉科さんと市ノ瀬さんが同時に叫んだ。冗談を真に受けたらしい。この二人初対面なのに妙に波長が合ってる。キャラが被っているように感じるが気にしないでおこう。このままだと収拾がつかなくなる。さて、どう返したものか。

 

「おーい。練習前にミーティングするぞー。集合!」

 

 救いの手は差し伸べられた。練習場の方から日向晶也の声が届く。タイミングの良さは相変わらずだ。突然の横槍にみさきさんが頬を膨らませる。

 

「ちぇー。これからが面白いところなのに」

 

 その標的である僕からしたら酷い迷惑だ。

 

「ああ、ちょっと待って。みんなに紹介したい子がいるんだ。ほら」

 

 市ノ瀬さんの背中を押して、僕と久奈浜組の間に入れる。彼女は背筋をピンと立てて3人に向かった。

 

「いっ、市ノ瀬莉佳一年生です」

 

「僕の後輩。高藤は広いからね。分からないことがあったらこの子に聞いて。あっ、この子今日の合宿を楽しみにしててさー」

 

「せっ、先輩!?」

 

「だよね、市ノ瀬サン?」

 

 人間ハードルは高い方が頑張れる。市ノ瀬さんもそのタイプだからハードルをあげておこう。ほら頑張れ。

 

「は、はいっ!」

 

「よろしくお願いします。市ノ瀬さん」

 

 と倉科さん。

 

「よろしくねー」

 

「よろしくお願いします」

 

 続けてみさきさんと、真白ちゃんが応える。

 後は市ノ瀬さんに任せておけば大丈夫だろう。

 

「じゃあ、そろそろ行くねー。早くしないとウチの鬼コーチがうるさいからさ」

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

 みさきさんを筆頭に久奈浜女子達が練習場へと消えていく。残された僕は市ノ瀬さんにジロリと視線を向けられた。

 

「先輩意地悪です」

 

「安心なさい。意地悪なのは市ノ瀬さんに対してだけだから」

 

 その後、着替えの順番がくるまでポカポカと背中を叩かれた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 初日の練習は両校の実力を把握するための軽いゲームを意識したモノがメインとなるらしい。両校の親睦を深めるという意味合いもあるのだろう。

 

「それでは柔軟を始めておきましょう」

 

 言わずもがな麗子院さんが中心となって柔軟体操を始める。ダーツの的の様に中心点に麗子院さん。五重円となる部分に久奈浜の生徒が各一人配置されて並ぶ。

市ノ瀬さんが倉科さんの隣で楽しそうに会話している。気が合うのだろう。みさきさんの隣は五十嵐さんか。こっちの方は五十嵐さんから積極的に話しかけている。少し離れた真白ちゃんは誰とも話していない。パーソナルスペースが広い子だからまぁ目を瞑ろう。そして僕の隣はーーーー

 

「佐藤院っ! 以前は苦汁を飲まされたが今回は進化した俺の筋肉でお前の顔を恐怖で埋め尽くしてやる!」

 

「それは構いませんが、どんないい肉もほぐしておかないとおいしい結果は得られませんことよ紫苑さん? しっかり柔軟に集中する!」

 

「うすっ!」

 

 言われて青柳紫苑さんが柔軟に集中する。凄く素直だな。遠くの方で『お肉ですか!?』という声が聞こえたが流しておこう。掘り返したらまた背中を叩かれる。

 

「そういえば青柳紫苑さん、倉科さんがウチの副部長から久奈浜学院の院の文字を奪い返したって聞いたんですけど」

 

 先ほど部員の間で話題になっていた。先日麗子院さんが久奈浜に目を見張る子がいると聞いていた。グラシュ初心者でありながら、実力者の彼女から1点をもぎ取ったというエピソード付きで。

 青柳紫苑さんが含みのある笑みを浮かべた。

 

「ふふ、そうだ。ウチの倉科は初めての試合にも関わらず高等テクであるエアキックターンを決めた」

 

「おお」

 

 自分のことのように得意げに語る。よほど逸材を部に引き込めたのが嬉しかったのか。それにしても初心者でエアキックターンか。侮れないな。小刻みな体の動きが上手いタイプというよりメンブレンの操作が上手いタイプなのか。初心者なので確証は持てないが。

 

「あと俺のことは紫苑でいい。妹の窓果と被るからな」

 

「では、紫苑さん。今日からよろしくお願いします」

 

「おう!」

 

 

 準備体操が終わって、一同が集められる。部長と日向晶也が前に立つ。

 

「じゃあ、練習内容を発表するよ。今日は初日だしフィールドフライで体を慣らした後、いつものメニューを行う。その後両校でタッグを組み『フラッグコントレイル』を始めよう」

 

「フラッグコントレイル?」

 

 聞き慣れない単語に倉科さんがきょとんとして口を開く。

 なるほど、フラッグコントレイルなら両校の実力を見た上で親睦を深められる。

 

「君は初心者の子だったね。フラッグコントレイルって言うのはFCのフィールド全体を使ったゲームのことだよ。それぞれ3人チームを作ってチームの1人をフラッグプレイヤーと決める。フラッグプレイヤーへの背中にタッチで得点。他のプレイヤーやブイへのタッチでは得点されない。そうだね今回は先に5点獲得した方の勝ちにしよう。大まかなルールはこうかな」

 

「へぇー。面白そうですね」

 

 ライン上を飛ぶFCと違ってフィールド全体を使うため、まっすぐ飛べない初心者でも思いきり飛ぶことができる。フラッグプレイヤーはスピーダーならそのスピードを活かして逃げ回れるし、ファイターなら小回りの良さでドッグファイトを有利に進められる。他のプレイヤーはフォローに回ったり、相手のフラッグプレイヤーを攻める。

 

 ただ、欠点は相応の人数がいることだ。選手6人+セコンド役2人以上+主審と線審5人の最低13人。だが、高藤学園で人数不足はまず起こらない。むしろ、大人数で行う練習を複数のフィールドに分けないと動けない部員もいるくらいだ。

 

「それじゃあ、練習を始めるよ」

 

 部員たちが次々とフィールドに向かって飛び始める。僕は飛ぶ前にちらりと、久奈浜の人たちを見た。

 

「あー、始まっちゃうのか。全国一の練習メニューが……」

 

「私まだちゃんとまっすぐ飛べないんですよね……置いて行かれたらどうしよう」

 

「大丈夫だ。鳶沢、有坂! 筋肉と気合いがあれば何でもできる!」

 

「「えー、それは部長だけですよー」」

 

 練習前の不安と緊張を共有するかのような話を広げている。そんな中で1人だけまっすぐ空を見上げる少女が僕の目に入る。

 

「……これからこの空を飛べるんですね」

 

 透き通った瞳。その視線の先には同じくらい澄み渡った蒼が広がっている。その雰囲気は昔の彼によく似ている。どこまでも続く空の彼方まで駆けようとしていた日向晶也の姿に。

 

(もしかして、日向晶也がコーチになったのは……)

 

 よぎった考えは信じがたいほど運命的なモノだった。考えても信じられないとどこか疑ってしまうくらいの推測。でも。もし考えた通りの出来事があったならそれは素敵なモノに思えた。

 




裏話および補足

今回は合宿の裏事情回。

日向と主人公の優劣について…原作の日向の回想にて当時の日向は思い通りにできない試合は勝っても泣くような子でした。現時点での優劣は答えられませんが日向現役時代はスピードと総合力で日向の方が圧倒的に上です。

みんな大好き日向くん…例によって日向くん揚げなのは主人公含めみんな日向くん大好きだからです。でも主人公は日向くんに気づかれませんでした。まぁ100人も部員いりゃあ分かんないよね


フラッグコントレイル…原作にてゲーム感覚で実力さもある程度分かる練習をしようとあったので作りました。モデルは某戦車アニメです。さらにいうと更新が遅れたのは新生活とこいつのせいです(責任転嫁)

※明日香が莉佳の事を一ノ瀬さんと言っているのは誤植ではありません。ただの伏線です。




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[Flight:07] チーム戦

フラッグコントレイル
~ルール~
・フィールドはブイで囲まれた250m四方の円周内(※FCのフィールドは300m四方、つまりフィールド自体はFCより少し小さい)
・3対3のチーム戦
・スタートは各チームが対角線上に配置される位置から始める
・チームはフラッグプレイヤーと呼ばれる得点源となる選手1名と、ノーマルプレイヤー2人によって構成される。
・得点はフラッグプレイヤーの背中をタッチすることのみ
・各選手は相手チームのフラッグプレイヤーか誰か分からない状態でゲームを開始する。

FC同様時間制限を設ける。


フラッグプレイヤーの特性
・フラッグプレイヤーがノーマルプレイヤーの背中をタッチした場合、タッチされた選手は一定時間行動不能となる。但し行動不能中の追撃で背中タッチをしても行動不能時間は伸びない。
・ポイントフィールドが浮かび上がるのは、フラッグプレイヤーが背中をタッチされた時とフラッグプレイヤーが相手選手の背中にタッチしたときの2つ。ノーマルプレイヤー同士の干渉ではポイントフィールドは出ない。
・ポイントフィールドは行動不能時間が過ぎるまで浮かび続ける。



 

 

 準備体操の裏、私の隣に日向さんの彼女さんが座った時のこと。

 

「あの市ノ瀬さん。この前はありがとうございました」

 

「はい? 前……あっ、あの時」

 

 先日、日向さんが彼女さんに飛び方を手取り足取り教えていたとき、偶然会ったのを思い出しました。

 

「あの時、凄く慌てちゃって、ホントどうなっちゃうのかなって」

 

「いえいえ、初めての時は仕方ないですよ。私も最初はあんな感じでしたし」

 

「そうなんですか?」

 

 きょとんとする彼女さん。そういえば、グラシュを使ったのはほんの少し前って言ってたっけ。

 

「はい。最初は姿勢を真っ直ぐにすることから始めるんです。安定しようとすることばかり意識しちゃうと変な姿勢になっちゃいますので」

 

「ほえー、そういえばコーチが市ノ瀬さんは空を飛ぶときの姿勢が綺麗だって言ってました」

 

「日向さんが?」

 

「はいっ」

 

 さっきも真藤部長が日向さんは凄腕の選手だったって言っていた事を思い出す。当代最強と謡われる部長が尊敬する日向さんとはどういう人なんだろう。

 

 引っ越してからただのお隣さんだと思っていた。でも私の知らない日向さんは一体どういう人なんだろう。

 

 この時から私は日向さんへ微かな思いを寄せていることに気が付いていなかった。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 フラッグコントレイルの説明をするため、俺はみんなを一旦集めていた。

 

「フラッグコントレイルは3on3で行われるゲームだ。さっき真藤さんが言ったようにFCみたいに円周をぐるぐる回るものじゃなくて、内周を自由に飛ぶ。得点方法はフラッグプレイヤーという決められた選手への背中タッチのみ」

 

 昔は葵さんの知り合いと行っていた競技だ。個人の力量だけでなく、チームワークも必要なため俺にはあまり縁のない競技だったが。

 

「はいっ、日向先輩質問です」

 

「何だ有坂?」

 

「ドックファイトでしか得点を取れないってスピーダーはかなり不利じゃないですか?」

 

「ああそれは……」

 

 俺が説明しようとしたところで横から部長の大きな体が割ってきた。

 

「よく言った有坂! ここは俺が説明しよう! フラッグコントレイルはフラッグプレイヤーを捉えなければ得点できない。縦横無尽、電光石火のごとくフィールドを駆け抜けるスピーダーはフラッグプレイヤーにうってつけだ! FCみたいに先回りして確実に待ち伏せるということができないからな。そしてその最速を極めるために鍛え上げられた俺の筋に――――」

 

「つまり、ショートカットによる待ち伏せができない分ファイターやオールラウンダーは他の選手と協力しないとスピーダーを捉えられないんだ。それにスピーダーもドックファイト能力が必要ないって訳じゃない。必要なときはドックファイトをしなくちゃいけないからだ。このゲームだと相手の動きを読んで進路を塞いで味方のサポートをしたり、いかに速く加速して相手を振りきるか」

 

 そういう点を踏まえると、やはり真白はファイターよりスピーダーの方が向いていると思う。小柄で加速しやすい体はスピーダーにとても向いている。

 

「もちろん、小回りが利くファイターがフラッグプレイヤーをすることも珍しくない。フラッグプレイヤーが相手のノーマルプレイヤーの背中をタッチするとその選手は60秒行動不能になるんだ。つまりフラッグプレイヤーが相手を返り討ちすると、1対3の状況にできるときもある」

 

 このゲームの肝であり特徴というのがフラッグプレイヤー固有のルールだ。この特性を活かして攻めの武器にするか、守りの盾にするかがフラッグプレイヤーに求められる能力である。目印となるコントレイルは得点となる獲物の印であると共に、こちらを狙うハンターの印でもあるのだ。

 

「フラッグコントレイルではポイントフィールドが表示されるのはフラッグプレイヤーがタッチされたときか、逆にフラッグプレイヤーにタッチされた時だけだ。ノーマルプレイヤー同士で背中をタッチしてもポイントフィールドは出ないようになっている」

 

「ポイントフィールド……ドックファイトで得点したときに出る光のことですね」

 

「ああ、そして大切なことなんだけど。試合開始直後は相手のフラッグプレイヤーが誰か分からない状態で始める。知っているのは審判だけだ」

 

「じゃあ、まずはじめは相手のフラッグプレイヤーを見破る事から始めないといけないのね」

 

 みさきが声を上げる。

 

「そうだ。見分け方は例えば今言ったポイントフィールドがあるかないか。フラッグコントレイルで一番大事なのはチームとセコンド両方が情報を共有することだ。誰がフラッグプレイヤーか分かったらインカムを通して伝えるんだ」

 

 フラッグコントレイルで特に重要な事。それはチームメイト同士の情報共有だ。フラッグプレイヤーが分かってもそれからどう動くか決めるのにコミュニケーションは大きな要となる。両校の仲を深める練習をしようとは言ったが、ここまで実戦的なゲームを選んでくるとは思わなかった。

 

「そろそろいいかな?」

 

 あらかたのルールを説明し終えた頃、真藤さんがこちらの輪に加わってきた。

 

「はい。今ちょうど説明が終わったところです。チームはどうしましょう」

 

「日向君の方では何か考えていたりするのかな?」

 

「久奈浜チームと高藤チームで一度対戦して実力を見てから両校で混合して対戦をしようと思っています」

 

「そうか、じゃあ始めていこうか」

 

 真藤さんが高藤の部員に声をかけた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

一方その頃

 

 

「失礼しまーす!」

 

 晶也たちを高藤に置いた後、私は学院まで戻っていた。職員室で残りの仕事を片づけようと席に着く。直後職員室の出入り口が開き、生徒の1人が押し掛けてきた。

 

「突然押し掛けて、何の用だ? 保坂」

 

「いやー、自分以前各務先生関連の情報で興味深いモノを聞きましてその真相をしりたかったので」

 

「ほう、それはどういったものだ?」

 

「先生昔はFCの選手だったんですよね? 超が付くほど強かったって」

 

「……それがどうした?」

 

「選手時代の先生には唯一無二の愛弟子がいたと」

 

「…………ほう」

 

 

 お互い地元で活躍していた選手だ。いつかこういったことが起こると思っていた。新聞やネットの記事に取り上げられるくらいの知名度だ。今の学生ならすでにバレているだろう。だが私から晶也の名前は絶対に言わないでおこう。変に晶也の気持ちを揺らがせることはしたくない。

 

「それで、その愛弟子というのはいったい誰なんですか!?」

 

「は?」

 

 マスコミ志望、報道部兼放送部、取材中毒の生徒から信じられない言葉が出ていた。気づけば思わず声を上げていた。何故情報通であるはずのこいつが知らないのだ。

 

「え? どうしたんですか?」

 

「保坂。お前情報収集するときだが、いつもはどうやって調べているんだ?」

 

「基本は直に人と会う取材ですねー。後は最新の新聞を読み漁ってー新鮮な情報やこれから人気になりそうな記事をチェックします。でもガセネタを掴むのは嫌なんでネットは使わないんですよ。現場第一主義なんで」

 

 図書館に昔の新聞記事があるのに見ないのか。こいつが情報収集で詳しいことにたどり着けないのは、これからの事ばかりに目が向いているからだと思う。もちろん悪いことではないのだが。

 

「じゃあ、お前さっきの話一体誰から聞いた?」

 

「その辺りのことは守秘義務なんでお答えしかねます」

 

 一応記者として最低限の事はわきまえているようだな。だが、保坂お前は甘いぞ。

 

 お前が取材をするのは決まって話題になりそうな特ダネ記事ばかりだ。次の学内新聞の目玉はゴールデンウィーク中の各部活の様子。その中でも大きな規模のモノは高藤と合同合宿をすることになった新生FC部のことだ。廃部寸前だったFC部がゴールデンウィーク前に突然の復活。その後すぐに強豪校と合宿するという美談付きならこいつは確実に載せる。

 

 高確率で今回の合宿に参加した奴からの情報である。その中で真っ先に浮かんだのは真藤の顔だった。だが、あいつなら言う前に本人か私に一度聞きにくるはずだ。それ以外で晶也のことを詳しく知る人物となると――――ん?

 

 そこで、私が気づいたのは保坂の首に掛けたカメラだ。確かこいつは撮った画像をすぐに別の端末へバックアップをとるモノだ。何故か私の中で何かがあると直感めいたモノが働いた。

 

「そういや保坂、前に部活紹介で撮った写真があったな。今それを見せてくれないか?」

 

「ほえ? いいッスよ。でも、どうしたんスか突然?」

 

「なに、ちょっと気になるだけだ。ほらタブレットを渡してくれ」

 

「?」

 

 渡されたタブレットから画像を開いて、並び替えで新しい順にする。一番上に後ろ姿の男子生徒写真が映る。しかも男子は半裸体だ。保坂が声を上げた。

 

「あっ!?」

 

「保坂、お前」

 

「いや、違うッスよ!? これは間違えてシャッターを押してしまって……確かにこの後この人と相談してオリジナルの方は消したんスよ。そっちは消し忘れていただけで……」

 

「ほほう。だが、その相談が本当にあったか……一体誰が証明するんだ?」

 

「はわわわわわわわわ」

 

「これは活動停止もありえるな。さて、保坂。どうする?」

 

 ガタガタと震える保坂を私は教師として黙って見つめた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

「それじゃあ、次のチーム編成なんだけど日向君、一つ提案はいいかな?」

 

 皆がフラッグコントレイルに慣れた頃、真藤さんが申し出てきた。

 

「はい、何でしょう?」

 

「倉科くんを市ノ瀬くんと同じチームで試合をさせてみないかい?」

 

 その提案に俺はなるほどと頷いた。明日香はまだ、お世辞にも飛び方の基礎が固まっているとはいえない。逆に市ノ瀬の方は普段から綺麗と思えるほど、しっかりした飛行姿勢をしている。市ノ瀬の性格からしても相性は悪くない

 

「ええ、いいですよ」

 

 快諾したが、一つ問題がある。それは――――

 

 俺と市ノ瀬の間に気まずい空気が流れていることだ。

 

 どうも、合宿が始まってからの一件が未だに尾を引いているのだ。

 

「あっ、日向君。私がセコンドしてもいいかな?」

 

「窓果か。どうした、急に」

 

「高藤のマネージャーの人たちが有能すぎて私のヒロイン力がこのままじゃ埋もれちゃう。ここはビシッとセコンドができる所を見せて個性をアピールしたいの!」

 

「ああ、そう」

 

「すっごくどうでもよさそうに返された!?」

 

「窓果もセコンドの練習はしておいた方がいいか」

 

 まぁ、いい機会だ。俺も高藤同士でしている試合を見て参考にしたいし。この試合は窓果に任せよう。

 

 つけていたインカムを窓果に渡す。

 

「日向くんはどうするの?」

 

「向こうの試合見てくる」

 

 隣で行われている高藤同士の試合を見に行くことにした。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

 次の試合、ペアを組むことになった倉科さんと鳶沢さんが集まります。

 

「よろしくお願いしますっ!」

 

「はい、倉科さん、よろしくお願いします」

 

「よろしくー。やるからには思いっきり行くよー!」

 

 対する相手チームはオールラウンダーの佐藤院先輩とスピーダーの林田先輩、ファイターの五十嵐先輩の高藤本気チーム。綺麗に各スタイルが1人ずつ入る形となりました。この試合のチーム分けを見ると、どうしても私の頭に秋月先輩の意地悪な顔が思い浮かびます。きっと気のせい……だよね。

 

「はーい。みんな集まったね。じゃあフラッグプレイヤー決めよっか」

 

 久奈浜のマネージャーさんこと青柳窓果さん。部長さんの妹さんらしいです。

 

「なんで、晶也じゃなくて窓果?」

 

「みさき、何その反応ー? 私だってマネージャーなんだからね。いつセコンドするか分からないんだし」

 

 そういって、胸を張ります。

 

「コーチはどうしたんですか?」

 

「別の試合見にいってるよ。ということで、よろしくね。市ノ瀬さん!」

 

「はい!」

 

 

 

 

「それじゃ、フラッグプレイヤーはみさきという事で」

 

 相談の結果鳶沢さんがフラッグプレイヤーを務めることになりました。細かい動きと攻めの姿勢が今回の相手チームと相性がいいと思ったからです。

 

「鳶沢さん、お願いしますね」

 

「まっかせなさーい」

 

「それでは、行きましょう。『FLY!』」

 

「はいっ、『飛びますっ』」

 

「それじゃあ、『飛ぶにゃん』」

 

 鳶沢さんの起動キーに思わず、力が抜けてしまいます。

 

「か、変わった起動キーですね……」

 

「え、そう? 普通だと思うけど」

 

 日常生活で語尾ににゃんをつける人を始めてみました。

 

「でも、市ノ瀬ちゃんの起動キーは律儀だねー。やっぱり、こういう自分で決めるものって性格出るんだろうなー。ゲームの主人公の名前を自分の名前とかボタン連打で『ああああ』にしちゃったり」

 

「あ、あはは」

 

 倉科さんが堅く笑います。多分自分だけ初期設定の『FLY』のままだったのを気にしてのことだと思うのですが。

 

(そういえば……秋月先輩の起動キー聞いたことないかな)

 

 

 ピィーーーーッ!

 

 力強いホイッスルが試合の開始を伝えます。

 

「それでは、倉科さん。私の後についてくるように飛んでください」

 

「はいっ!」

 

 まず最初にファーストブイに接触して上昇し、広い視界を獲得します。そうすれば相手の動きを読みやすいからです。四方に囲まれることになるこの競技では、いかに相手を見つけられるかが勝負のポイントになります。広いフィールドのおかげで相手のコントレイルを見落としそうになってしまうこともありますから。

 

「それじゃあ、私はスピーダーの人攻めてくるから」

 

 フラッグプレイヤーだと思えないくらいさり気なく鳶沢さんは、駆けだしてしまいます。鳶沢さん、凄い演技力です。

 

 

 五十嵐先輩を先陣に、佐藤院先輩、林田先輩と陣形を組んでいます。流れ的にやっぱり林田先輩がフラッグプレイヤーだと考えるのが自然です。すでに先頭の鳶沢さんが五十嵐先輩と交差してドッグファイトを始めていました。互いに出方を窺い何度かの交差した後、併走を始めます。

 

「明日香っ、市ノ瀬ちゃん、そっち行ったよ!」

 

「来ました、佐藤院さんです!」

 

 後ろに構えていた佐藤院先輩がこちらに真っ直ぐ向かって来ているのが見えました。

 

「リベンジ相手と可愛い後輩のタッグ。この【佐藤院】麗子……相手に不足はありませんわ!」

 

「名字を強調しなくても……」

 

「佐藤院さん、40mくらい離れているのに名字だけはっきり届きましたね……」

 

「聞こえていますわよっ!!」

 

「「すっ、すみませんっ!!」」

 

 気迫に少し押された感じで、私と倉科さんは二手に分かれて、佐藤院先輩と対峙を始めました。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

『くっ!!』

 

 インカムを通してみさきの息づかいが聞こえる。相手は五十嵐さんという同じファイターの人。みさきが真っ先に五十嵐さんに張り付かれて振り切れない。五十嵐さんが上手というのもあると思うけど、みさきはまだ新しいグラシュに慣れきっていない。まだ動きが不安定だ。

 

 動きにブレが入ったところから、後ろに回られる。さっきから何度もそれで得点を入れられかけている。でも、得点には至っていない。みさきがタッチされる寸前で体を翻して五十嵐さんから逃げているからだ。

 

「みさき! とにかく振り切るか、背中を狙って!」

 

『分かってる!』

 

 みさきの履くレーヴァテインはファイター向けのモデルだ。スピード特化の兄ちゃんのバルムンクとは正反対で、少しの動きでメンブレンが反応する上級者用のグラシュ。普通なら真っ直ぐに飛ぶのも難しいそのグラシュを1週間足らずでみさきは普通に飛べるまで履きこなしている。

 でも、普通に飛ぶのと実戦で飛ぶのは感覚が違う。小刻みな動きを連続して行う動きにみさきはまだ慣れきっていないんだ。

 

「明日香ちゃんっ、市ノ瀬さんっ、みさきのサポートに行ってあげて!」

 

『むっ、無理です~!』

 

『佐藤院先輩の守りが堅くて……』

 

 見ると上空を取った佐藤院さんが明日香ちゃんを弾いていた。明日香ちゃんは大の字で静止しようとするけど、勢いを止めきれずブーメランのように回転しながら落ちていく。市ノ瀬さんがその間に脇を抜けようとする。でも、加速しきる前に佐藤院さんが市ノ瀬さんの進路を塞ぐ。

 

『今のでこの佐藤院を抜けられると思ったのかしら? 市ノ瀬さん、まだまだ動きがアマアマですわよ!』

 

『はっ、はい!』

 

 インカム越しなのにこっちまで、佐藤院さんの声が聞こえたよ。

 

「佐藤院さん、本当に強いんだね。視野が広い」

 

「ああ、さすが俺から10連勝しただけのことはあるな」

 

「いや、それは兄ちゃんが弱すぎただけだと思う」

 

「んなっ!?」

 

 落ち込んだ兄ちゃんは気にせず、目の前で繰り広げられている佐藤院さんの力に私は思わず生唾をのんだ。

 

「窓果先輩、佐藤院さん以外の二人は高藤の中でもファイター、スピーダーに特化した二人らしいです。特にファイターの五十嵐さんは始めてから1年なのに高藤の中でも相当な実力者みたいです」

 

「あれで1年目!?」

 

「はい。あっ、みさき先輩!?」

 

 じわじわとみさきは追いつめられてる。コントレイルの軌道がブレる。それを見計らったように五十嵐さんが間合いを詰めて、プレッシャーをかける。みさきが五十嵐さんを見据える。

 私は上空から降ってくる光を見逃さなかった。

 

「みさき、真上っ!」

 

 私の声に反応するとほぼ同時にみさきが、天を仰ぐように背を海に向ける。降ってきた林田君の一撃がみさきを海面との距離を縮める。

 ファイターによるプレッシャーで視野を狭め、スピーダーの一撃離脱でバランスを崩しにかかってくる。いい連携だね。

 

『2対1って……きついなー、もう』

 

「みさき、海面に追いつめられたら逃げ場が減っちゃう。追いつめられる前に明日香ちゃんたちと合流して」

 

『やっぱり、そう考えるよね』

 

「みさき?」

 

 私の指示通り、みさきが明日香ちゃんたちの方向にルートを変える。でも、睨みを利かせた林田君と五十嵐さんのペアが追う。林田君は上空から、五十嵐さんはローヨーヨーで加速して、あっという間にみさきは追いつかれる。

 

「さすが、高藤学園の人だね……」

 

「はい、でも……」

 

 真白っちが何かを言おうとした直後、みさきが力の加減を間違えたのかバランスを崩す。みさきの体がきりもみするように回る。

 

「みさきまだグラシュに慣れてないっ!」

 

 安定したバランスがないと、グラシュは本当の性能を活かせない。今のも、加速がしっかりできなくて詰められた。海面との距離は近くて、逃げ場は少ない。

 五十嵐さんがみさきとの距離を一気に詰める。

 

 

「私のみさき先輩は、このくらいじゃビクともしませんよ!」

 

 

 確実に捉えられた。私はそう思った。自分の判断が間違ったんじゃないかと思わず目を伏せる。直後、電撃が走るような音が響き、審判のコールが響いた。

 

『A.D(行動阻害)! 五十嵐!』

 

「え?」

 

 フラッグプレイヤーが相手の背中をタッチした際のコールだった。五十嵐さんはこれから60秒動けない。

 

「やったー! さすがみさき先輩!」

 

「見事なリバーサルからの攻めだったぞ鳶沢ー!」

 

 リバーサル。降下してきた相手と交差して上のポジションをとる技術だっけ。みさき、さっきまでバランスを崩しそうになってたのに。あの状態から、立て直したの?

 インカムからみさきの笑い声が聞こえる。

 

『ふふ。ちょっと癖があるグラシュだったけど……もう大丈夫!』

 

 反撃開始。そう言わんばかりにみさきの目つきが変わった。

 




遅れて申し訳ありません。
大変お待たせしました。
スランプ脱却です。

<裏話および補足>

今話のテーマ…レーヴァテインはかなりピーキーなグラシュで、みさきも始めはまっすぐ飛べませんでした。原作ではそのまま一気に真藤さんと戦うことになっており、展開早いなぁと思っていました。そのため、みさきがグラシュを使いこなすシーンを書きたかったというのが今話の理由です。

フラッグコントレイル…私の表現能力が追い付かなかったため、描写に悩みました。初心にかえってなんとか書いています。

主人公不在…今回の話で彼は現れません。理由は本格的に原作の裏話を書きたかったのと、スランプで主人公がいない方が上手く書けそうだったからです。

みさきと五十嵐…原作にて、対戦したという記述があったので回収いたしました。

あまり期待しない方がいい余談…スランプ時、書けない書けないと嘆きながら練習で番外編を書いてました。近いうち投稿するかもしれません


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[Flight:08] 真白「ぼっちなう! ぼっちなう!」

サブタイは勢い。


「うう、みんないない……」

 

 有坂真白、現在ぼっち。みさき先輩や窓果先輩は試合中だし、晶也先輩は高藤生徒さんの隣で真剣そうに試合の様子を観察している。残る部長も相手の部長の真藤さんのところに行っている。

 誰とでも仲良くなれる先輩たちと違い、私は他の人より【ほんのちょっぴり】だけ人付き合いが苦手だ。

 既知の人ならともかく、初対面の人との会話はあまり自信がない。

 そんなこともあり、試合が終わってから高藤の生徒たちの輪に入るのに失敗してしまった。

 深いため息をついて、他のグループを遠巻きに見る。

 

 あ。仲間発見。

 

 グループから少し離れたテントに1人。何やら作業中の男子がいる。グラシュのフレームを外してそこからコードが伸びてパソコンまで続いていた。

 

「何してるんですか?」

 

「グラシュのメンテナンス」

 

「げ。あなたですか」

 

「うん。僕」

 

 あの男だった。みさき先輩の家に巣食う邪魔者。私を差し置いて先輩と同棲するというおいしいポジションをとるなんて。正直に言って私はこの人が嫌いだ。だけど高藤の生徒で話せる相手は今のところこの人しかいない。

 

「……まぁ、この際あなたでいいです。こういうグラシュの整備って、メカニックの人に任せるモノじゃないんですか?」

 

「殆どの選手は任せてるね。メカニックと選手は別の項目だし」

 

「じゃあ、何で任せないんです?」

 

「自分でできることは自分で済ませたいだけだよ」

 

 話している間も手を止めることなくこの人は答える。パチンとグラシュのフレームをくっつける。作業は終わったようだ。

 

「真白ちゃんもやってみる?」

 

 何を、と思ったところで彼がグラシュを指さす。そこでようやくこの人がグラシュのメンテナンスを教えてくれる事を察した。

 

 

――――でもなんて言うか

 

 

 この人に教えられるのはなんかイヤだ。

 

 私よりみさき先輩の近くにいる敵。少しの敗北感と嫉妬心、あと羨ましさ。比べものにならないほどのみさき先輩への【愛】。そんな感情たちがこの男に借りを作ることに対して全力でブレーキをかけている。

 

「…………」

 

 きっと今の私はすごいしかめっ面をしていると思う。そんな私の反応を見かねたのか、この男は口を開いた。

 

「……みさきさんのグラシュが壊れたとき頼られるよ」

 

「や、やりますっ」

 

 私、みさき先輩のためなら頑張れますっ。

 

 

 

 

「アプリの準備はできた?」

 

「はい。グラシュのメンテナンスってスマホでもできるんですね」

 

「新興スポーツだし、若い人に馴染みやすいようにしてるんだよ」

 

 言われたとおりスマホにアプリのインストール完了。その後電源を切ったグラシュとケーブルで繋いでアプリを起動する。

 

「そうそう。それで自分のグラシュと名前が同じかを確認して……」

 

 えーと、私のグラシュはスピーダー用のシャム。うん、合ってる。

 

「じゃあグラシュの設定の変更をしてみようか。メンテナンスモードを起動してバランサーをOFFにする」

 

「バランサーをOFFに……っと」

 

「それじゃあ、反重力子の出力設定と実際の出力を見るんだ。設定のパラメータとグラシュから受信されてるパラメータが同じか確認するんだ。メンブレンの張り方で動きがどう変わるかは分かる?」

 

 それなら少しは分かる。

 確かスピード勝負しやすいように最高速度を上げると加速力や旋回力が落ちたり、逆にドックファイト向けに加速力と旋回力を上げると最高速度が下がったりするんだっけ。

 

「初めてだし、今回は自分の好きな設定にいじろうか」

 

「好きな設定……」

 

 じゃあバリバリのファイター仕様にしてみようかな。みさき先輩のレーヴァテインを履いたときはバランスが取れずに目を回しちゃったけど、あれはあのグラシュの反応が敏感だったからだ。今のグラシュならああはならないはずだ。

 

「バリバリのファイター向けにしてみます!」

 

「じゃあ、このパラメータをタップして……」

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

「なっ!?」

 

 驚いた表情で五十嵐さんが私を見上げる。でも、行動不能時間中の彼女は私を見ることはできても動くことはできなかった。

 

「このままフラッグプレイヤーの人を攻めるよっ」

 

「くっ、逃げなさい! 林田君っ!」

 

 さっきから事あるごとに私の背中をねらってきた林田さんが逃げる体勢に入る。上空のアドバンテージを活かして加速して振りきる気だ。

 五十嵐さんを行動不能にしたことで私がフラッグプレイヤーという事がバレた。対して、私達のチームは五十嵐さんがハズレ(ノーマルプレイヤー)というのが分かっただけ。

 

 FCだったらこれで一点だったのに。このゲームだと序盤で相手に正体バレちゃったのは痛かったかなー。

 

 まぁ、あと1人攻めればお釣りがくるからいいや。

 

 私は五十嵐さんをタッチした反動を利用して林田さんを追う。散々私に反抗してきたグラシュだったけど、さっきので完全に把握できた。

 

「逃がさないっ!」

 

 思いっきり上体を倒し、加速する。林田さんとの距離がみるみる縮んで、横に並んだ。林田さんの方から息を呑む声が聞こえた。

 

「っ!?」

 

 速い。白瀬さんもいってたけど、このグラシュ最初の加速がすごい。スピーダーの相手が加速しきる前に追いついた。

 

「はぁぁあっ!」

 

 相手が加速しきる前に頭を押さえにかかる。スピーダーは最高速度にパラメータを絞った分、加速力と旋回力が鈍い。ドッグファイトで一度張り付ければ、こっちが有利だ。

 

「くっ!」

 

 わずかに先行した私は身を翻して林田さんに迫る。林田さんは逃げるように左へ旋回。私も後に続く。車でもそうだけど、旋回すれば自然と速度は落ちる。ファイターの私は初速と加速が速い分、すぐに追いつける。

 背後を取った。

 

「さぁ、あなたはどっちっ?」

 

 あとは手を伸ばして触れるだけだ。迷わず踏み込む。

 

『みさき後ろっ!』

 

 インカムから窓果の鋭い声が走る。私が振り向こうとした瞬間、背中に衝撃が走った。そのまま林田さんの前に押し出される。

 

『ポイント。高藤っ!』

 

「えっ!?」

 

 聞こえてきた審判の声に驚きの声を上げてしまう。

 

「林田さん! 追撃っ!!」

 

「……っ、ああ!」

 

 佐藤院さんの声の後、もう一度、背中に衝撃が走る。今度は林田さんからの一撃だ。

 いつの間にか、佐藤院さんと距離を詰められていた。

 

『ポイント高藤! 2ー0!』

 

「うそぉ!?」

 

 一気に点差を広げられて私は焦る。このままだと、さらに追加の得点を与えてしまう。

 

『鳶沢さん、すみません!!』

 

 明日香と市ノ瀬ちゃんが追いつく。さすがに2対3は不利だと判断したのか。高藤の2人はお互いタッチし、その反動を利用して距離を取る。佐藤院さんはサードブイを目指し、林田さんは比較的近いフォースブイに向かって飛ぶ。ブイで更に加速して時間を稼ぐのだろう。その後で五十嵐さんを復活させて攻める気だ。

 

「ほえぇ、あんな風に加速できるんですね」

 

 明日香が感心したように言う。確かにFCだとあんな加速はしないもんね。

 

「さすがFCの強豪校ってところね。窓果、ここからどうしよっか?」

 

『一人動けない今はチャンスだね。明日香ちゃんと市ノ瀬さんで前に出てもらって、牽制。みさきは相手が崩れた所を狙って』

 

 正体バレている上に、あと3点取られたら負けだ。けど、相手の1人が行動不能の今はチャンス。このまま3対1に持ち込んで、相手のフラッグプレイヤーを知りたいところだ。

 

「みさきちゃん、行きましょう」

 

「はい。五十嵐先輩がまだ動けないので数では有利です!」

 

 市ノ瀬ちゃんの方は大丈夫そうなんだけど、果たして初心者の明日香がどこまでいけるのか。失礼だけど私は明日香の可能性をこの時完全に見くびっていた。

 

「市ノ瀬さん。私、試してみたいことがあるんですけど」

 

「はい?」

 

 この2人のやりとりに気づくこともなく。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 初心者でありながら私に苦汁を飲ませた相手と可愛い後輩。その2人が真っ直ぐ向かってくる。その二人の少し後ろには鳶沢みさき。なるほど、スピーダーの林田さんに追いつけないと踏んで、私に1対3を挑もうということでしょう。

 

 ――ですが

 

「名門高藤の副部長は、甘くないと言うことを教えて上げましょうっ!!」

 

 五十嵐さんが行動可能になるまであと20秒と少し。それまでどれだけ渡り合えるのか。お手並み拝見ですわ。

 

 

 サードブイに触れて加速。フィールドの中央に向かいます。何故、中央に向かうのか。それはすぐ分かります。

 

「いきますっ!」

 

「リベンジですわ。倉科、明日香っ!」

 

 先頭を駆ける倉科明日香を見据えます。前は初心者だからと侮っていましたが今回は油断はなしです。

 左前方から迫る彼女を見て、体を少し右に傾きます。そこから右手足を広げ一瞬【減速】します。

 

「え!?」

 

 倉科明日香の表情に驚きが浮かびます。それは私が減速したことに対してーーーーではなく、私より前に出てしまい、背中を晒したことに対する驚きでした。

 彼女は私が減速していないと目の錯覚を起こして、前に押し出されたのです。

 

「やはり、まだまだ未熟……のようですわね!」

 

 広げた手足を元に戻して加速し、倉科明日香の後方に張り付きます。

 

「な、なんで佐藤院さんが後ろに……」

 

 中央へ向かった理由。それは相手との相対距離を掴みにくくするためです。多くのスポーツはフィールドを区切るためフィールド端と中央に線が引かれています。ですが、FCのフィールドで引かれているのはブイ同士を結ぶラインのみ。

 中央に行くほど目印がなく、選手も立体的に移動するため位置の把握が難しくなります。セコンドが付いていても3人同時の位置把握は至難です。

 

 特に初心者は空中での位置の把握に慣れていないため、相手との距離感を見誤りやすいのです。

 倉科明日香を抜けて、鳶沢みさきを目指します。さぁ、倉科明日香。私に追いつきたければあの【エアキックターン】を決めてご覧なさい。

 

 しかし、私の思いとは裏腹に倉科明日香は弧を描きながら反転するようでした。

 肩すかしを食らったと感じる前に、後ろに構えていた市ノ瀬さんに意識を集中します。

 

「ここは通しませんっ!」

 

 ゴールキーパーのように手を広げる市ノ瀬さん。いつもとは立場が逆ですわね。

 

「いきますわっ!」

 

 シザースを開始し、右へ左へと揺さぶりをかけます。スピーダーが対面でシザースを仕掛けられるという場面は、FCではあまり見られません。

 

「えいっ!」

 

 タイミングを合わせて、市ノ瀬さんが私の頭を押さえに出ます。しかし、加速が足りずその手は空を切りました。

 

「甘いですわ!」

 

 二人を突破し、目標の鳶沢みさきと対峙します。鳶沢みさきはこの時点で私と林田さんに挟まれる形になりました。

 倉科明日香と市ノ瀬さんがフォローに入る頃には五十嵐さんが復活して二人を抑えにいくでしょう。

 

 鳶沢みさき。私と林田さんのどちらが当たり(フラッグプレイヤー)か。分かりますか。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 

同時掲載

 

―平成29年2月9日は肉の日!―

 

合宿の少し前

 

「ふっふふ~ん~♪」

 

「おや? 今日は市ノ瀬君はご機嫌だね」

 

「部長。市ノ瀬さんも入学して初めての合宿を心待ちにしているのですよ」

 

「ああ、なるほど。納得したよ佐藤君。僕にとっても今回の合宿は今まで過ごしてきた中で特別なモノになるだろうし…………フフ、もうすぐだヒナタクン」

 

「部長、良い笑顔なのに顔色が悪いですわよ? あと佐藤院ですわ」

 

「そうかい? にしても、市ノ瀬君は本当に熱心だね。部室の掃除だけじゃなく、当日の食事当番も引き受けてくれるなんて」

 

「ええ、今日は買い出しに行って食材を吟味したようです。やはり……【肉】」

 

 市ノ瀬さんが買ってきたレシートには値段の安い豚肩肉や豪産牛肉といったモノが4割書かれている。真藤はその下の材料を見て眉をひそめた・

 

「じゃあ、この蜂蜜とコーラとパイナップルや林檎、それに凧糸? なんでこんなものまで」

 

「あら?」

 

 佐藤院がふと気づく。それは市ノ瀬さんの鞄からはみ出た書類だ。

 

「食品研究部の熟成庫使用申請書? 承認者:高藤本校部長 住吉千里……市ノ瀬さんまさか」

 

「えへへ。この学校に入ったら絶対使ってみたかったんですよね~。家庭じゃ絶対に揃えられない設備まであるんですから♪」

 

 彼女の肉に対する情熱は後に本校生徒会長になる男を顎で使う女子生徒から承認印を押させるほど熱かった。

 

 

 

 

 

 

「市ノ瀬さん、合宿反対だったんじゃ……?」

 

「お肉が出る合宿の晩ご飯は別ですっ!」

 

―完―

 




半年以上の空白期間申し訳ありません。

<裏話および補足>
今回は少なめ。テンポ悪すぎ。フラッグコントレイルは次のみさきvs佐藤院(+α)で終わりです。

今話は、佐藤院さんの活躍も書きたかったので。

同時掲載……肉の日(掲載後のこり数分)だったので書きました。せめてもの恋チョコネタ


更新予定日(締め切り)は作者ページに書くことにしました。


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番外編 真白's After on birthday

去年やろうとしていた番外編
真白ルートの後日談



 

 

 冬休みが終わって新学期が始まり少しばかりの時間が経った。休み明けの気だるさも抜けていないこの時期、私にはちょっとした悩みがあった。

 

「真白、最近なんか元気ない?」

 

「うーん、そう?」

 

 いけない。顔に出ちゃったかも。それか、実里の観察眼が伊達じゃなかったのかもしれない。

 悩みの原因は自分でも分かっている。FCを始めてからしばらくして付き合い始めた――

 

「もしかして愛しの日向先輩?」

 

「いっ、愛しって何よ!? 愛しって!?」

 

「ちょっと前まで理性吹っ飛びそうになるくらい好きオーラ出してた子が何言ってるんスかねぇ」

 

「な、なななななにいって……」

 

「はーい、正直な気持ちをどうぞー」

 

 サッと、口元にマイクを運ばれ間髪入れずに質問をぶつけられる。

 

「し、仕方ないじゃない。本当に好きなんだから」

 

 口に出した瞬間、体中に熱が走っていくのを感じて伏せてしまう。今顔を上げたら絶対真っ赤のはずだ。

 うう、私って先輩のこと、こんなに好きになっちゃってたんだ。

 

「……なんだろう。今ものすっごく爆発しろって思っちゃった」

 

「何でよ!?」

 

 実里の失礼な一言に叫びつつ、私はさらに目を伏せる。今度は恥ずかしさからじゃなくて、ちょっとした寂しさからだ。

 

「先輩……」

 

 先輩はこの冬、FCの行事で首都の方へ行ったきりだった。そのせいで、年末年始を一緒に過ごせなかったのだ。遠征に対して私は別に怒っていない。先輩がやりたいと思って行ったのだから私はそれを応援するだけだ。そりゃもちろん一緒に過ごせたらすごく幸せだっただろうけど、仕方ないって無理矢理納得できる。それに、みさき先輩達と食べた年越しうどんの思い出も幸せなモノだった。

 

「もしかして、最近日向先輩と疎遠?」

 

「うっ……」

 

 そ、そんなことないもん。帰ってきてからの先輩はいつも通りFCのコーチに戻ってきてくれてる。練習の指導も前と同じように誰かに肩入れせず平等。休みの日はウチのバイトに来てくれる。ただ、前よりどこか余所余所しい気がする、うんそれだけだ。

 

「まぁ、日向先輩、首都の方には各務先生と佐藤院さんの3人でいってたからねー」

 

「……も、もしかして」

 

 私がいない間にどちらかの女性と……。いやいや、先輩に限って、そんなことはないはず。でも、男は狼って言うし。先輩と各務先生は前から何か変に親しかったような。でも、各務先生は先輩のことどうとも思ってなさそうだからきっと大丈夫のはず。だとしたら佐藤院さんの方はーー

 

(……あれ?)

 

 佐藤院さんって――――気立てがよくって、面倒見もすごくいい。名門校の部長だし、FCも上手。私と違って、ゲームやぬいぐるみみたいな子供じみた趣味もない。私と髪の色も近いし、同じツインテール。フライングスーツも同じ黄色。そして私より胸も大きい。

 

(完全に私の上位互換だー!!)

 

「うわぁぁぁぁぁ!!」

 

「真白、どうしたー!?」

 

 そっか、そうだよね。下位互換の私より、佐藤院さんみたいな良い性能の人の方がいいよね。私なんか、私なんかぁー!

 

「ごめん、もう帰る」

 

「あれ? 部活は?」

 

「そうだった。うん、帰らない」

 

「愛の力ってスゲー」

 

 茶化さないで欲しいんだけど、バカミノリ。そう思いながらいつもよりも少しだけ重い足取りで私は部活に向かった。

 

「よーし、今日も練習お疲れさまー! 日向君もコーチ兼選手ご苦労様!」

 

「ああ」

 

 窓果先輩もとい窓果部長からドリンクを貰う晶也先輩とみさき先輩はまだまだ行けるといった感じだった。明日香先輩と私は息が上がっていてドリンクを飲むのにも呼吸を整えなければいけないというのに。

 

「明日香と真白はもう少しスタミナつけないとな。みさきは……」

 

「うー、疲れたー。おやつ欲ーしーい」

 

「やる気を出しつつ、食い気を抑えないとな」

 

「みさきちゃんの燃費って一体どうなっているんでしょう?」

 

 明日香先輩の言葉に私は頷く。あれだけの量を食べて一体どこから放出しているのだろう。エントロピーを凌駕しすぎだと思う。一体どんな宇宙人と契約したんだろう。

 

「そういう日向君は自分の反省点ないの?」

 

「うーん。出だしの反応はもっと速くしておきたいし、反転の時体のブレがズレるのを直さないと。ソニックブーストの使い所も増やしていきたいし。今のままだと次の大会で乾に抑えられるかもしれないから、ドックファイトの練習も増やしていかないとな。あと、一回一回の体力配分も考えてーー」

 

「ちょっ、ストップ! ストーップ!」

 

 凄い。先輩、自分に対して厳しすぎるよ。

 

「窓果、いいか。自分の弱点って言うのは知らないと損だが、知っていればそれだけでアドバンテージになり得るんだぞ? みんなも自分が感じた弱点は自信が無くても言ってくれ。それを克服する練習を考えるから」

 

 やっぱり、FCの事になると先輩は眩しいなぁ。なんていうか、一直線って感じだ。選手に戻ってからこの熱心さに磨きが掛かった気がする。

 うん。私、この一生懸命な先輩が大好き。

 

「真白ちゃん。どうしました? とっても嬉しそうですけど」

 

「い、いえっ。なんでもありませんっ」

 

 また、顔に出ていたようだ。

 

「真白ー、晶也が帰ってきて嬉しいのは分かるけどー、もうちょっと自重しよっかー」

 

「みさき先輩!? べ、別に晶也先輩が帰ってきたからって私そんなに嬉しいとか……」

 

 言い淀んでしまった。晶也先輩に目を向けると、苦笑いが返ってくる。ああ、どうして私ムキになっちゃったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、日向君今日はもうあがっていいわよー」

 

「お疲れ様でした。また明日な、真白」

 

「う、うん」

 

 前だったら帰る前に部屋で話していたのに、最近はこんな具合だ。

 先輩が帰ってから、自己嫌悪なのか気まずさからなのか、ブルーな気分になった私はテーブルに突っ伏していた。

 

「真白ー、最近日向君と何かあったの?」

 

「ううん、何も」

 

 何かあったからじゃなくて、何もないから不安なのだ。

 

「ふふ、じゃあ、真白の方からアプローチしてみたら? もうすぐバレンタインデーだし」

 

「バレンタイン……バレンタインデーって」

 

 私の誕生日だ。

 そういえば先輩の誕生日って元部長の誕生日とズレて祝えなかったんだよね。今になって罪悪感が蘇ってくる。

 

「日向君、真白が作ったチェコレート貰ったら凄く喜ぶだろうなー」

 

「じゃ、じゃあ作ろっかな」

 

 お母さんのその言葉が私に火を付けた。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

――バレンタイン当日――

 

「おはよう」

 

「おはようございますっ。晶也さん」

 

「ああ、みさきは相変わらず寝ているのか」

 

「え、えーと。今日のみさきちゃんは……」

 

 いくら低血圧でも、放課後まで目覚めるのか心配になってくる。そう思えてしまえるくらい今日のみさきは死んだように寝ていた。

 

「うど……ん……も…………ダメ」

 

「?」

 

 何かうわごとのように呟いているな。まぁ、いつものように夢でも見ているのだろう。

 

「日向君、おっはよーっ! はい、これ義理チョコー」

 

 席に着くと同時に窓果からチョコを渡される。コンビニのイベントで売ってるちょっと高めのやつだ。

 

「ああ、ありがとう。でも義理チョコっていいながら渡すものなのか?」

 

「いやー、だってほら。日向君には真白っちがいるしさー」

 

 俺の配慮が足りていなかった。窓果、心遣い感謝する。

 

「あ、ああ。そうだな」

 

「あの、晶也君。私からもチョコです」

 

 明日香からは手作り感満載の袋に詰められた生チョコだった。綺麗にラッピングされた袋は封を切るのに躊躇いを覚えるくらいの出来だ。一つ前のチョコレートと比べると一生懸命作られたのが伝わってくる。義理チョコなのは分かっているのに、なんだかそれ以上のモノが込められている気がした。

 

「ありがとう明日香。これ、大変だっただろ?」

 

「いえ、そんなことないですっ……えへへ」

 

 

 席に戻る明日香は嬉しそうに笑っていた。

 

「……健気だなぁ」

 

 その後ろで窓果が呟くのが聞こえる。どういう意味だ?

 

「晶也ぁ」

 

「うわ!?」

 

 寝ていたと思っていたみさきに呼ばれ、ビックリする。

 

「お気の毒だにゃー……」

 

「??」

 

 みさきの言葉の意味を知ったのはその日の夕方になってからだ。

 

 

 

 

 

「こ、これは……?」

 

 バイト終わり、俺の前に出されたのは賄いのうどんだ。

 

「真白が頑張って作ったのよ、ねぇ?」

 

「お、お母さん、余計なこと言わないでよ」

 

 それは分かる。今日はバレンタインデーで、真白にとって特別な日というのも知っている。首都から帰ってすぐにバイトを再開したのもそのためだ。

 休む暇もなかったこの状況で恋人から手作りの料理を振る舞われたのだ。こんなに嬉しいことはない。ただ――――うどんの出汁がチョコレートのような色で、チョコレートのようにトロトロしていることを除けばだ。

 

「う、うどんとチョコレート両方一度に楽しめるようにしてみたんです。麺にはホワイトチョコ。お出汁には生クリームとチョコレートを入れて生チョコ感を出してみました。天ぷらもサクサク感とチョコのまろやかさを出すのにココアパウダーを……」

 

「ま、真白。親父さんは何も言わなかったのか?」

 

「いえ、お父さんは先輩のことになると血が上りやすいので何も教えてません」

 

「そ、そうか」

 

 せめて親父さんが手伝ってくれていれば、麺の味だけは保証できたのに。

 

「先輩に喜んで貰いたくて一生懸命作りました!」

 

 その一生懸命さに惚れたのだが、どうしてだろう。少し後悔している。

 牡丹さんは、牡丹さんでニコニコしながらこっちを見てるし。

 

「あ、ああ。バレンタインでこんなに手の籠もったチョコレート見るのは初めてだよ」

 

 狂気も籠もっているが。

 

「はい! ナンバーワンは無理でも、先輩のオンリーワンを目指しました!」

 

 普通に作ってくれたら、きっとナンバーワンでオンリーワンだったはずだ。でも、この空回りしがちな所も惹かれた大切な一面なんだよなぁ。

 

「さぁ、冷めない内に召し上がってください!」

 

 さぁ、覚悟の時。男を見せろ、日向晶也。

 

「い、いただきます」

 

 このうどんの前作を食べた白瀬さんとみさきの反応を知ったのは翌日のことだ。俺を含めた3人の感想は以下の通り。溶けるように喉に流れてくるチョコレートと、溶けてたまるかと腰のある麺の食感が出しゃばってくる。チョコレートの甘さと、うどんの旨さが喧嘩して、鼻を詰めるような風味が沸き上がってくる。お菓子として食べようにも、逆にうどんとして食べようにも、天ぷらの塩っ気が邪魔をしてくるのだ。

 一本の麺を喉に通した時点で、これは無理だと俺は直感した。

 

「どうですか先輩? おいしいですか?」

 

 全国の男達よ。この模範解答を今の俺に教えてくれ。

 

「ま、真白も食うか……?」

 

「いえいえ、先輩は遠慮せず全部食べちゃっていいんですよ」

 

 ぐぉぉ。今はその気持ちが恐ろしい。ならば

 

「ま、真白と一緒に食べたいなー。なんて」

 

 親父さんに聞こえたらやばい。だが、真白の将来を心配する身としては今の内に気づいて貰わないと。

 

「せ、先輩……」

 

「あらあら」

 

 牡丹さんの前で恥ずかしいことを言った俺を困ったように見る。

 

「じゃ、じゃあ一口だけ」

 

 そういって俺の手から箸を奪う。髪が器に入らないように手を添え、何度かフーフーと麺を冷ましてから麺をすする。あ、これって間接キスだ。キスは甘酸っぱいと表現されるけど、今回は甘ったるいこと間違いなしだ。もちろん味的な意味で。

 

「う゛…………」

 

 料理した本人ですら、顔色を変えるほどのものだった。しかも、その顔のまま猫が毛を逆立てるみたいに身震いを起こす。なんか某アニメスタジオの映画みたいだ。

 

「どうだ? 真白」

 

「お、おいしくないです。先輩……………」

 

「だろ?」

 

「すみません……」

 

 目に涙をためて見つめてくる。この顔をされると、怒れないな。

 

「甘いよなぁ……」

 

 二つの意味を持った言葉が口から出た。すぐに、真白から器を取り返して口にかき込む。

 突然の行動に真白は声を上げた。

 

「先輩っ!?」

 

「ま、真白がっ……一生懸命っ、作ってくれたことは分かってるから……なっ?」

 

 こみ上げてくるチョコうどんの阿鼻叫喚に耐えつつ、俺は笑いかける。今自分がどんな顔をしているのか考えたくはない。

 

「先輩……」

 

 申し訳ない気持ちでいっぱいなのか、真白は悪さをした犬のようにしゅんとする。

 

「だから……俺は、、、真白のこと……今でもす」

 

「あらあら、青春よねー」

 

 ぐらりと視界が揺らぐ。全力を出しきった後のような脱力感に襲われ、俺の意識はそこで終わった。

 

 

 

 

 

「ん……ここは?」

 

 見覚えのある天井。どうやら真白の部屋まで移されていたらしい。

 

 上体を起こすと額に載せられていたタオルがはらりと落ちる。

 

「だ。大丈夫ですか先輩?」

 

「そう、見えるか?」

 

「で、ですよね」

 

 真白の狂気――もとい凶器的な料理の後味は気絶から回復した後も残っていた。だが、気絶する前よりはその威力はまだ軽い。

 

「牡丹さん達は?」

 

「お店の方は大丈夫だから、先輩の側についてあげてって」

 

「そうか。俺をここまで運ぶの大変だっただろ」

 

「いえ、それはお父さんがやってくれました」

 

「親父さんが?」

 

 意外だ。

 

「はい。私もお父さんは先輩と私のことは認めていないと思っていたので意外でした」

 

 それは感謝しないといけないな。二人とも機転を利かせてくれたようだ。

 

「私……やっぱりだめですね。先輩に喜んで貰いたいって作ったのにあんなものを出しちゃうなんて」

 

「真白が頑張ってくれたのは分かってるからあんまり気にするな」

 

「はい……」

 

 やはり気にしてしまっている。暗い気持ちの真白を見るのはつらい。

 今日は真白にとって特別な日だ。そんな日はやはり笑顔で過ごして貰いたい。

 

「真白、俺の鞄あるか?」

 

「あっはい。先輩が倒れた時一緒に持ってきたんです」

 

 真白が俺の鞄を取って渡してくれる。鞄の口は幸いというか今日のためにちゃんと閉めていたので中身を見られる事はなかったようだ。

 

「少し前までは、気づかなかったんだ」

 

「何を、ですか?」

 

「何か一つのことに夢中になれるって事」

 

 ああ、そうだ。思えば、初めて会ったときから真白は【頑張ろうとすること】に夢中だった。

 俺や明日香と会って、FC部に入って、飛ぶのに失敗して、試合で失敗して。

 成功したことがあまりないから物事に打ち込むのが怖くて、才能がないのが怖くて。そんな自分と向き合うために俺と約束したんだ。

 

 そして、そんな真白と練習を続けていって俺もコーチとして失敗ばっかりの自分が嫌で――――

 

 でも、そんな俺を真白は曇りのない目でいつも信じてくれたから。

 

「俺は、真白がいたから今を頑張れている」

 

 飛ぶのが怖かった。また、頑張ろうと思うのが恐かった。無駄に終わってしまうんじゃないかって。

 

「私、先輩の力になれてますか……?」

 

 ああ、なっている。だって俺が今空を飛べるのは――真白が隣で頑張ってくれているからだ。

 

「真白」

 

 そっと、真白の髪を両手で撫でる。クリーム色の髪は流れるように綺麗でなのに愛らしい。

 手が真白の首元に当たる。真白の呼吸が感じ取れる距離だ。真白の体が小さく、しかし鋭く跳ねた。

 

「んっ……」

 

「真白」

 

 金属同士が絡む音。さらさらと砂が流れるような音と、ひやりとした感触に気づいた真白は自分の胸元に手をあてがう。その正体を確認した真白の口元が緩むのが分かった。

 

「晶也先輩……」

 

「誕生日おめでとう」

 

「……はい。ありがとうございます。それと、ハッピーバレンタインです」

 

 真白の胸に碧の光が灯る。

 

 その色は俺と真白があの朝二人で見たオールブルーと同じだ。

 

 真白がゆっくりと目を瞑る。

 

「先輩……」

 

「ああ」

 

 

 




<裏話および補足>


真白うどん…vitaドラマCDのうどんを日向君に食べさせようと構想した結果がこのSSです。

誕生日SS…真白After発売に向けての応援企画。サブタイは「恋と真白とチョコレート」にするつもりでしたが響きが悪いのでシンプルにしました。


真白ちゃん誕生日おめでとう


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