Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方【完結】 (faker00)
しおりを挟む

本編 Prologue 曲がりきった運命

 ――はじまりは1つの偶然だった。それも別に隕石が降ってきただとか宇宙人の乗った未確認飛行物体が目の前に落ちてきただとか、そんな劇的に運命を変えてしまうようなものではない。

 言うならば……同じ人が100回全く同じ道全く同じように歩いたところ、1度だけそこにあった小石を蹴飛ばしてしまった、とかそんなものだ。要するにそれ単体ならさしてその後に影響など起こるわけがないもの。

 しかしだ、もしも蹴飛ばしたその先に本来なら何事もなく道を歩いていたはずの人がいて、その人に当たってしまったらどうだ? そしてその人物が偶然にもその筋の人だったりとんでもないお偉いさんだったとしたら……? 可能性が極々僅かなのは認めよう。だがありえない、ということもありえないのもまたfate(運命)なのだ。

 偶然の連鎖はいつしか渦を巻き運命そのものを捻じ曲げる。これはそんな物語――

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「葵、凛の様子はどうだい?」

 

「……落ち込んでいるのか寝込んでいます。魔術師の娘と言ってもあの娘もまだ6歳、幾らなんでも――」

 

 突然の妹との別れを納得して受け入れろと言うのは無理がある。

 

 日本の冬木市に位置する魔術師の名門、遠坂家の妻たる遠坂葵の言葉は最後まで紡がれる事はなかった。

 彼女の言葉が指す事柄を受け入れられていないのは何もまだ齢6つの愛娘、凛だけではない。同年代の女性と比較しても十分に成熟した人間といって差し支えない葵も受け入れきれていなかったのだから。

 肩までかかる長くしなやかな黒髪に、町ですれ違うものがため息をつくような儚さを含んだ美しい容姿が印象的な葵だが、今の彼女から感じられるのは儚さよりもどちらかというと今にも壊れそうな脆さだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すまない。私も少しばかり無神経だった。だがこれは」

 

「言わないでください時臣さん、分かっています。魔導の道において才ある二人が同じ家にいるのは不幸にしかならない。だからこれは……凛の為でありそして桜自身の為なのだと」

 

「そのとおりだ。分かってくれているのならそれでいい」

 

 そんな葵の様子に察したのか、テーブル越しに向かい合いコーヒーを飲んで――それも妙に優雅な動作で――いたこの家の主人、遠坂時臣が立ち上がり葵に声を掛けようとするが彼女はそれを遮った。

 何かを割り切ったような強い瞳でそう言う。

 その姿を見て時臣は満足げに頬を緩ませた。ああ、やはり彼女を選んだ自分の判断は間違ってはいなかったのだと。

 

 

「あと、3日後ですか」

 

「ああ、間桐の当主としては1日でも早くという希望だったが、姉妹に最後の別れを惜しむ猶予をくれた。流石に魔導の名門は心得ている」

 

「本当に、家族ではなくなってしまうのですね」

 

「それが養子というものだからね。3日経てば、遠坂凛と遠坂桜という遠坂家の姉妹は無くなり、遠坂坂家の跡取りである遠坂凛、そして"間桐"の正統後継者である間桐桜、の二人が残ることになる。独立した魔術師として歩んでいく以上もう二人は"他人"だ」

 

 トレードマークとも言える真紅のジャケットを着直しながら時臣はまるで事務作業かのように淡々と告げた。

 

 ことの始まりは、二人の間に産まれた長女である凛が病弱だったことに起因する。

 魔術師としてどころかまともな人間として生きられるかどうかすら危うい危篤と生還の繰り返し、その中で時臣は、魔術師としてもう一人子をもうけることを決意せざるを得なかった。そして1年後、凛の妹である桜が生まれた。

 ある意味ここから家族の歯車は狂ったと言っていいのかもしれない。まず第一に時臣としては口にこそ出しはしなかったものの、最悪の事態を想定していた凛の才能が彼の想定を遥かに凌駕していた。魔術属性五大元素(アベレージワン)通常なら1つが普通、もしも2つ……2重属性でも持とうものなら天才と祀り上げられるところを凛は5つ。まさに、神童。これを理解した時の時臣の歓喜たるや想像に難くはないだろう。これだけなら良かった。むしろ歓迎すべきなのだが……人生はそう上手くいかなかった。

 妹の桜までもが天才だったのだ。属性「架空元素・虚数」極めて稀な特異属性に加えて遠坂家の魔術回路。彼女もまた時代に名を残すだけの素養をもって生まれて"しまった"のだ。

 

 魔術師という世界は閉鎖的かつ理不尽だらけだ。優秀なものが二人いれば二人とも素晴らしく育ちその家の黄金時代を彩る、なんてことは許されない。故に、その秘術は一子相伝。どちらか片方しか光り輝く道は歩めない。選ぶ道は魔術師であることを捨て一般人として生きるか、怪異を引き寄せ阿鼻叫喚の地獄絵図を見るか、協会でホルマリン漬けの研究材料になるか……

 通常の人間なら、取るべきは1つに決まっているだろう?とあっさり選ぶだろう。しかし時臣は魔術師だった。その為その3つの道全てが等しき地獄に見えたのだ。だから、その全てと違う道を選んだ。

 

 他の魔術師の家系へ桜を養子に出す。これが娘の幸せを祈った"魔術師"遠坂時臣の選んだ選択だった。

 桜の素養自体は悪くない。むしろ他からすれば喉から手が出る以上の事をしてでもほしい天賦の才を持っている。もしも受け入れてくれる家があればその時は桜も凛も同じ様に光り輝く……そう考えた。そのタイミングでもたらされた報せ、同じく冬木に居を構える間桐家からの申し出。

 これは渡りに舟だった。間桐は多少衰退したとはいえ名門であることは時臣自身が1番よく分かっている。結論など考えるまでもない。

 

 そして、その日がいよいよ3日後にまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

「……そうだな」

 

 しかし、そんな事を年もいかぬ娘が早々分かるわけもない。現に凛などは報せを受けてからというもの数日ずっと塞ぎ込んでいるのだ。

 時臣は魔術師として最良の判断をした、だが人として凛の悲しみは理解出来た。だから、娘の悲しみを癒やしてやりたいとは思っていた。

 

「む……?」

 

 それは、たまたまだった。顎に手をやり立ち上がった時臣の目に光るものが入ったのは

 

「これは……」

 

「あなた?」

 

 普段埃一つ見えないほどキッチリしているこの家では滅多にないことなのだが、何故かその日はクローゼットが僅かに開いていたのだ。そして時臣が近づいて屈み込むとその目に入ったものの正体を確かめることができた。

 

「ペンダント……それもこれは……なぜこんなものがここに」

 

「ご、ごめんなさい時臣さん! 私が昨日確認を怠ったから……!」

 

 それを認めると葵が弾かれたように立ち上がり駆け寄り時臣に頭を下げる。彼女自身、桜を失うという喪失感から無自覚ながら、今まで遠坂家の家訓に従い完璧にこなしていた家事などに少しばかり隙が出来ていたのだ。それは本人でも全く気づかないほど僅かな隙だったのだが。

 

「いや、謝らなくても大丈夫だ。ふむ。そうだな。少しばかりタイミングが違うがまあ良いだろう。葵」

 

「はい?」

 

「このペンダントを私からのプレゼントとして凛に渡してあげてくれ。それだけでどうにかなるとは思わないが……まあ少しは慰めになるかもしれない」

 

 きょとんとした表情を浮かべる葵に時臣はペンダントを差し出し、優しく微笑んだ。

 

 これが、1つ目の些細な偶然

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「それじゃあ……さようなら"遠坂"さん」

 

「……!!」

 

 それから3日後。今まで可愛がってきた妹"だった"桜からの一言は凛の心に容易く突き刺さった。

 遠坂家の門の前で知らない男に手をひかれる桜は何かを悟っているかのように静かだ。父である時臣は間桐との会合があると一足早めの別れを済ませここにはおらず、それと同時に葵は溢れる感情を抑えきれなくなった。

 そして今、凛の心も壊れかけ。およそ5年続いた、4人の遠坂家は今まさに終わりの時を迎えようとしていた。

 桜が簡素なお別れの言葉と共に未練も何もないかのように凛に背中を向ける。

 

 

 

 

 

「ま……」

 

 ここで終わるはずだった。しかし、凛は唯一違う事があった。それは、他の三人が何かしら自分の中で折り合いをつけ、消化した上で今日を迎えていたのに対して、凛はまだ全くと言っていいほど現実を受け入れることが出来ていなかったということ。

 

「……なに?」

 

 何も考えてなどいやしない。力が緩む葵の右手と繋がっていた左手を振り切って去りゆく桜へと走る。葵は止めようとはしなかった。

 そうしてようやく辿り着き、振り向いた桜から発せられた言葉は純粋な疑問

 

「それ……は……!」

 

 何を言えばいいのだ。ここに来て凛の思考はようやくそこに行き当たる。確かに凛は現実を受け入れることが出来ていない。しかし、現状を理解出来ないほど歳相応の子供でもなかった。

 それだから、詰まった。

 

「……! これ!」

 

「……?」

 

 とっさに凛は首にかけていたペンダントを外し、突き出していた。彼女の父からプレゼントされたばかりの大事大事なペンダントを。

 

「私……桜になにもあげられてなかったから!!」

 

 彼女はこの時頭の中で瞬間的に候補を2つ頭の中で弾き出していた。ずっと大事にしていた髪飾りをあげるか、それともペンダントをあげるか、判断を分けたのは何だったのかそもそもなぜ、敬愛する父からプレゼントされたばかりのペンダントを彼女に譲ろうと思ったのか。それはだれにもわからない。

 

「このペンダント……真っ赤なの! 私は赤が大好きなのは桜も知ってるでしょ!? だから……だから……」

 

 そこまで言うと凛の両目からツーっと涙が滝のように線を引く。そしてその流れはどんどんと激しくなっていき彼女の呼吸も嗚咽と一緒に荒れていく。

 

「忘れないで! 私も桜のこと絶対に忘れないから……だから、だから!!」

 

「そのペンダントを見て、私を思い出して! 辛いことがあったらそれを見て思い出して! 支えにして! あなたにはおねえちゃんがいるんだって!」

 

「とお……おねえちゃん……!」

 

 

 本来渡されるべきものは渡されず、彼女が将来使うはずだったものは他人の手に渡った。

 それが、2つめの偶然。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「……ぐっ」

 

 屋敷の階段を一段上がるたび身体を走る激痛に間桐雁夜は思わず呻き声を上げた。痛みなど慣れたものだと思っていたがそうは問屋が卸さないらしい。雁夜はただ耐えることしか出来なかった。

 

「それにしても今回はやばかったな……」

 

 間桐雁夜を蝕む魔術の鍛練。無論、本来ならここまでボロボロになるようなものではない。雁夜がここまで苦しんでいたのには理由があった。

 

 ――落伍者

 

 間桐雁夜の素性を知った魔術師は全員そう口を揃えるだろう。魔導から逃げた臆病者、と。実際のところは命をかけた出奔劇であり、そこいらの魔術師では考えられないような精神的修羅場を潜り抜けているのだがそこはまあ割愛しよう。

 ともかく、雁夜は魔術師になるのを拒み、家を出た。

 そんな雁夜をこの家に呼び戻す理由が出来たのはおよそ1年前。彼のかつての想い人である遠坂葵の家族構成に起こった不可解な変化だ。

 魔術師としては普通なのかもしれないが、通常の人間に近い感覚、倫理観を持つ雁夜には理解出来ないそれ。なにより、別れ際に葵が見せた哀しげな表情は雁夜の家に対する嫌悪すら遥かに凌駕した。

 

 そうして家へ戻った雁夜は自らが聖杯戦争に勝つことを条件に桜の解放と修行の凍結を要求。

 どんな気まぐれかその条件は当主である間桐臓硯によって聞き入れられ、雁夜の修練が始まった。しかしもともと衰退の一途を辿る間桐、それも脱落者が聖杯戦争に勝とうなど元々無理な話だ。その為修練は想像を絶する責め苦となり、文字通り命を削るものとなっていた。その命は既に風前の灯。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

「やあ、桜ちゃん。元気かい?」

 

「うん……けどおじさんは」

 

 その唯一の癒しはこの一人の少女だ。雁夜は階段の向こうに見えた少女の姿に思わず頬が綻ぶのを感じた。

 間桐桜、彼女が雁夜の命を繋ぎ止めている唯一の希望だった。

 

 

 

「あはは……大丈夫だよ、おじさん、またちょっとだけ自分の中の蟲に負けちゃったんだ、桜ちゃん今日は」

 

「雁夜おじさんが頑張ってる間は良いってお爺様が……」

 

 こんなにも短い会話、それだけでも雁夜は幸せだった。彼が帰ってきた頃は話すらまともに出来ず肉体的にもボロボロだったのだが……その頃を思えば随分な進歩だと。

 

 だが雁夜のそれが本心であり、幸せからくる笑みを浮かべていたにも関わらず桜にはいつも以上に雁夜は限界すれすれに見えていた。

 それが、何か彼女の心境に変化を及ぼしたのか。

 

 

 

 

「おじさん……」

 

「ん?」

 

 片足を引きずり半身を壁に預けながら横を通り過ぎていく雁夜を桜は呼び止める。珍しいことに驚きながらも立ち止まった雁夜の眼前に桜はいつも握りしめているペンダントを差し出した。

 

「は……」

 

 これには雁夜も驚愕せざるを得なかった。目の前にあるペンダントを桜が大事にしているのは知っていた。詳しい事情は知らないものの、蟲に嬲られる時も消して手放さない――一度蟲がそれにとりつこうとした際に蟲蔵そのものをふっ飛ばしたことがありそれ以来臓硯が指示をしているのもあるが――それが大事な物だというのだけはわかっている。

 そして桜の仕草がどういうことを示しているのかもわかっている。

 その矛盾の答えを雁夜は見つけられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、貸してあげる……今は雁夜おじさんの方が辛いと思うから……」

 

 結論から言うとそれは単純な善意だったのだが。

 かつて姉だった人に貰ったペンダント。汚いものに塗り潰されて消えていく彼女のかつての日常、そんななかでも唯一かすみもせずに鮮明に覚えている言葉。

 

「辛いことがあったらこれを支えにしてって……おじさんが頑張ってくれてるうちは私は辛くないから……だから、貸してあげるの……今だけね?」

 

 この地獄において雁夜は唯一桜にとって恐がらなくていいもの、自分に危害をくわえないものだ。それ以上の感情はない。

 だがそれでも、いなくなってほしいのか、いてほしいのか、2択で問われれば後者だった。

 それは、桜がここに来てから初めて覚えたの自分の意思。だからこんな行動をとれたのかもしれない。

 

 

 

「ありがとう桜ちゃん……必ず返すね」

 

 そんな無垢な気持ちを踏みにじるほど雁夜は無粋ではなかったし、純粋に嬉しかった。となると行動はひとつだ。

 

 桜からペンダントを受け取り宣言する。たとえ1%に満たない可能性でも、この少女の為に必ず生き残ってみせる、と。

 

 

 

 これが3つめの偶然

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「準備は良いか雁夜?」

 

「ああ……」

 

 間桐雁夜は人生最大の緊張を迎えていると言っていい。目の前に敷かれる厳正な魔法陣に後ろに立つ臓硯の言葉にもいつもの嘲りはなく、どことなく厳か雰囲気すら漂わせている。

 これが英霊召喚の儀、間桐臓硯ですら真剣にならざるをえないものなのか。

 そう思うと背中を冷たいものが伝う。そして、縋るように右手に持ったペンダントを強く握りしめた。

 

「召喚の呪文は覚えてきたであろうな?」

 

 そう問う臓硯に雁夜は頷いた。暗い蟲蔵、視界は閉じて怪しげに輝く陣以外何も見えないここでは無言は即ち肯定である。

 

「いいじゃろう、だがその呪文の途中に――」

 

「断る。バーサーカーなんてものを呼び出したら俺はどう転んでも桜ちゃんを救えない」

 

「なんじゃと?」

 

 逆に言えば、声を発するということはそれは否定を意味する。訝しげに問う臓硯に雁夜はきっぱりと告げる。

 

「少しばかり体調が良い日があってな。その間に書庫から出来る限り聖杯戦争の知識は頭に入れておいた。途中になにか挟むとなればそれは狂化だろう? 確かにパラメータこそ上がるかもしれんが俺の身体と魔術師として能力ではどうしようもない……勝つ為にも自殺行為をする気はない」

 

 桜からペンダントを貰ったあの日、一時的ながら雁夜の精神が肉体を超えた。普段なら修練の時間以外は廃人のように休むしかないのだが……あの日だけは何とか頭を働かせ書庫へと趣き、やれるだけ聖杯戦争の知識を溜め込んでいた。その為に臓硯の提案を未然に気づけたのだ。

 

 

 

「……まあそこまで言うのなら良いわい。じゃがそれではどんな英霊が来るか分かったのものではないぞ?」

 

 それでも良いか? との問いに再び頷く。互いの沈黙を確認するとそのまま右手を伸ばし、魔力の奔流が雁夜を包む。

 

 

「誓いをここに。我は常世すべての善となる者。我は常世全ての悪を敷く者」

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 

 一際大きくペンダントが輝く。そしてその者は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「問おう、君が私のマスターかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












本作をお読みいただいてありがとうございます。今のところは基本的に雁夜関連以外はzero通り進んでいますが、サーヴァント召喚のタイミングだけ雁夜が早かったと補完して下さると幸いです。
評価、感想などお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 英霊

 

 

 

 

 

「――っ! あれ……いつもより痛くないぞ……?」

 

 間桐雁夜はいつもと違う目覚めに困惑した。

 初めて刻印蟲に身体を蝕まれてからおよそ1年、雁夜は常に襲い来る激痛と戦い続けている。その痛みから逃れられるのは睡眠時のみ……なので必然的にその痛みと向き合うことになる寝起きは最悪なものであるのだが、今日は違った。

 痛いことは痛いのだが、まあそれなりという程度で普段のような強烈な吐き気もなければ、身を引き裂かれるような辛さもない。彼の基準からすれば間違いなく本日の体調は快調そのものといえた。

 

「えっと……俺は――」

 

 いつもより遥かにクリアになっている頭、それなのに寝る前の記憶だけはそれ以上になにかもやがかっている。

 しっくりこない感じに違和感を覚えながら雁夜はベッドを降りひとつ伸びをして屈伸をし……やはり体調が良いと再度実感した。体操が不快ではなくまともな体操の効果をなしている。こんなことはこの1年なかったことだ。ブラインド越しに覗く日差しも鬱陶しくはなく、むしろ清々しい。

 

「あ――」

 

 試しにブラインドを開け差し込む陽の光、その光が昨晩の光景とリンクしたのか。

 一瞬にして雁夜の頭に昨夜の出来事が洪水のように流れ込む。体調が良かったからできたことか。反射的に雁夜は駆け出した。その姿を見るものがいたならば、まるで普通の朝を急ぐサラリーマンか何かのように見えたことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじちゃん……これ、おいしい!」

 

「ふむ、それは良かった。おかわりも用意してあるから遠慮せずに食べると良い。出来ることならおじちゃんはやめてほしいが――」

 

「……だめだった? おじさんみたいに髪が白いから……」

 

「……ダメというわけではないが……そうだな、それよりもそろそろマスターを起こしに」

 

「いや、何してんだ? お前」

 

 失念していた手の甲に浮かぶ令呪の存在を思い出し、そこから感じる何かに引っ張られるようにして雁夜が駆け込んだのは居間だった。

 なぜ英霊が居間に? 浮かんだ当然の疑問。しかし彼の目前に飛び込んできたのはその疑問すらきれいさっぱり吹き飛ばす……あまりに普通の日常の光景だった。

 食卓に並ぶ朝食――どこからどう見ても純和風――がお気に召したのか明らかにサイズの合わない椅子でつかない足をパタパタと振って笑顔を浮かべる桜、一体どこで調達してきたのか、それよりも何故その筋骨隆々高身長の身体に似合うのか、とにかく異様なほど様になっているエプロン姿で更に何か作ろうとしているのかフライパンを振る、昨夜自分が召喚したはずのサーヴァント

 

 疑いの余地なく普通の食卓だ。ただそれを構成しているものがおかしなことになっているだけで。

 

 

 

 

「む、起きたかマスター。少し待ちたまえ。ちょうど君の分の鰆を追加しようとしていたところだ」

 

「……あ、おはようございます。おじさん」

 

「あ、おはよう。桜ちゃんも……あーあー、醤油ついてる。ほら、拭いてあげるから」

 

「うー」

 

 当たり前のように挨拶をするサーヴァントに思わず反射的に挨拶する。そして振り向いた桜の口付近に大量についていた醤油をふきんで拭き取ると雁夜もその隣に座ることにした。

 もうどうしたらいいのかも分からないし、完全に毒気を抜かれたと言ってもいい。とにかく妙に楽しそうに厨房に立つ男の邪魔をする気にもなれなかったのだ。

 

 

 

 

「出来たぞ。さあ、食べたまえマスター。ただでさえ君の身体は衰弱している。少しでも栄養をとっておくべきだ」

 

「うわ……」

 

 自分の前に配膳された食事に雁夜は声も出なかった。あまりにもうますぎる。まだ口に入れていないが、それでも食べた後に自分が持つ感想は旨いの一言だと確信できるほどにその朝食は輝いていた。

 

「旨い――」

 

「光栄だ。久しぶりなので少し勘が鈍ってやいないか危惧していたのだが……ああ、コーヒーだ。朝にはこれが1番きく」

 

「これも旨いのな……」

 

 ――シェフか執事の英雄かなにかなのかこいつは?

 そんな突っ込みをコーヒーと共に流し込む。苦すぎず、それでいてコクがある。彼の言うとおり寝起きには絶好だったようで、混乱していた頭がすっと落ち着いていくのを雁夜は感じた。

 

「悪くはないがもう少し抑えたほうが良いという顔だな――了解した。では明日からは少しばかり砂糖を増やすなりして対応するとしよう」

 

「なんでそこまで分かるんだ――いや、それよりも」

 

 

 ――お前は一体何なんだ。

 

 ぶしつけにも取れる質問は同じように鰆を突付いていた男の手によって制止される。サーヴァントは雁夜に向けてシーッと言うように指を立てると、隣で食事を終え暖かいミルクで一息ついている桜へと視線を移した。

 

「桜、すまないが自分の部屋に戻っていてくれないか? おじ――おじちゃんは雁夜おじさんと大事な話があるんだ」

 

「あ――」

 

 おじちゃんという単語に少し躊躇った後桜に向けられた言葉に雁夜は言いしれぬ敗北感を覚えた。

 なんでこの見知らぬサーヴァントの方が自分より遥かに桜に対して気配りが出来ているのだと。聖杯戦争なんて血なまぐさい話をよりにもよって桜の前で話す事などあってはならないのに。

 

 

 

「はーい。ばいばいおじちゃん、おじさん。ごちそうさまでした」

 

 当たり前のことながらそんな雁夜の葛藤など知るわけもなく、桜はちょこんと頭を下げるとパタパタと髪をゆらしながら部屋を出る。その仕草はどうにも頬が自然と綻んでしまうほど愛らしい。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてと、それでは本題に入ろうか」

 

 桜が扉を閉めて数秒、彼女の気配が完全に消えたのを確認するとサーヴァントはエプロンを解く。それで変わったのは彼の風体だけではない。今まで緩みきっていた空気がピンと張り詰めたのは、素人同然の雁夜にも明白であった。

 

「それじゃあまずは……そうだな、自己紹介くらいはしておかないと。俺は間桐雁夜、一応お前のマスターと言うことになる」

 

「間桐……ではやはりあれは……」

 

「ん? どうした、何かおかしかったか?」

 

「いや、何でもない」

 

 互いの素性を知らねばどうにもならないだろう。至極妥当な判断だったはずなのだが、意外なことにそこでサーヴァントの動きが止まった。どこか遠くを見るような目をして何か小声で呟く。尤もそれはほんの一瞬で、問い掛けた雁夜も気のせいだったかと思うほどのものだったのだが。

 

「ではこれからは雁夜、と呼ばせてもらおう。マスター。馴れ馴れしいと思うかもしれないが間桐という響きよりこちらの方が好みだ」

 

「構わないよ。実を言うと俺もこの姓はあまり好きじゃなくてね。君が言い出さなきゃこっちからお願いするつもりだった」 

 

 思ったよりも人間臭い。初めて落ち着いた状態で彼と対峙した雁夜が抱いた第一印象はそんなものだった。

 日焼けしたように黒い肌、先ほど見た限り180は優に超えるであろう背丈に鍛え上げられた筋肉、逆立った白い髪、かと言って年老いているわけではなくどことなく若さを感じる風貌、赤い外套を纏う彼は、確かに異様と言えば異様だが、雁夜のイメージしていた英雄像ほど人間離れしているわけでもなかった。

 

「そう言ってくれると私としてもやりやすい……では私も自己紹介をしておこう。とりあえず私の事はアーチャーと呼んでくれたまえ。無論、本名ではなくクラス名になるのだが今私は記憶に欠損――」

 

「アーチャー……アーチャーだって!?」

 

 サーヴァント――アーチャーが言い切る前に雁夜は思わず立ち上がった。そのあまりの勢いに飲み終わったティーカップがガチャンと音を立てて倒れたがそんなものを気にしている場合ではない。

 

「不服かね? 確かに私は高名な英雄ではないがそれならちゃんと触媒を用意でもしたうえで――」

 

「いやいや逆だ逆! アーチャーって言えば三騎士クラスの一角だろ? まさかそんなサーヴァントを引き当てられるなんて思っていなかったからさ……」

 

 見当違いの推測に顔をしかめるアーチャーの前で手をぶんぶんと振って雁夜は否定する。

 セイバー、アーチャー、ランサー、聖杯戦争においてこの三騎士と呼ばれるクラスは所謂当たりだ。アーチャーの言葉が真であるならば雁夜にとって幸先が良いことこの上ない。

 

「――そこまで喜ばれると逆にこそばゆいのだが……そうか、それならば良い。兎に角私と契約することに不満はないというわけだな」

 

「ああ、勿論だ。これからよろしく頼むよ、アーチャー」

 

 雁夜が右手を差し出す。その手を

 

「こちらこそよろしく頼む、雁夜」

 

 アーチャーもしっかりと握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、では君の望みは――」

 

「桜ちゃんをこの腐った地獄から救い出す。それだけだ」

 

 雁夜の望みを聞いたアーチャーが唸る。

 ここまでの話はアーチャーの方は特に望みがないだの召喚に不手際があったのか記憶が曖昧で真名が思い出せないだの基本的に戦術は自分に任せて欲しいだの雁夜の頭を悩ませるものばかりであったが彼自身の個人的なこと。

 雁夜の方はなぜこの聖杯戦争に参加することになったのかなどのあらまし的なことである。

 

「確かにこの家の魔術は人の業では無いな。昨夜君が召喚後倒れた時にあまりにも様子がおかしかったので少しばかり手を加えさせてもらったのだが酷いものだ。人を喰らうことでしか力を得ることの出来ない外法と言った所か」

 

「残念ながらその通り――まて、アーチャー。今なんて言った?」

 

「君の身体を診させてもらったと言った。私は医療魔術の専門家ではないので根本的な解決は無理だがそれでも大分身体の調子はましになったのではないかと思っているのだが……違うかね?」

 

「それもお前がやったのか」

 

 サーヴァントとはどうにも人智を超えた存在らしい。体調の良さの原因を理解した雁夜は頭の中で白旗を上げた。

 その様子をどうとらえたのかアーチャーは続ける。

 

「なに、体に無茶をかける魔術行使には覚えがあるのでね。しかしあの桜という少女も、君も、出来る限り早く抜け出した方がいい。さもないと手遅れになる。私に出来るのはあくまで魔力を流し込み強引に死滅させる対症療法だけだからな」

 

「分かってる。その為にも絶対に勝たないと」

 

 ぐっと握りこぶしを握るとそこから2人の間にしばし沈黙が流れた。チクタクと壁にかかった古時計の針が進む音だけが今を支配する。

 

 

 

 

 

「では最後にもう1つだ。仮に桜を救えたとしよう。その後君は彼女をどうするつもりだ?」

 

 次に口を開いたアーチャーが雁夜に投げたのは根本的な問いだった。彼はそのまま立ち上がると雁夜に背中を向ける。

 

「どうするって……そんなもん決まってる。葵さんのもとに送り返してまた普通の人生を――」

 

「送れると思っているのか」

 

「――!?」

 

 雁夜にとってそれは当たり前の返答だったのだが、アーチャーの返答にまるで氷柱が一本身体の中心を貫いたかのような寒気が走る。殺気……幾多の修羅場を潜り抜けた本物の戦士の殺気が雁夜の周りに張り詰めていることを、本能的に理解せざるを得なかった。

 

「雁夜、君の言う遠坂時臣という人間は確かに親としては間違っているかもしれないが、魔術師としては決して外道とは言えない。そもそも君とは人種が違うのだから価値観が合わないのは当然だ。そして葵という人物もそれを分かっていて嫁いだのだろう? なら君がやろうとしていることはエゴではないのか?」

 

「そんな……そんなことはない!!」

 

 一言一言が腹にどっしりと落ちていくような感覚。得もしれない威圧感の中雁夜は自らを奮い立たせ立ち上がった。

 この男の言うことは確かに正しい。なにか目を背けていたものを的確に突き付けてくる。だが……桜の現状を良しとするような意味合いがあるのなら、それを容認するわけにはいかなかった。

 

「ならばどうする。遠坂時臣を殺すか? ああ、それも良いだろう。確かにその上で我々が聖杯戦争に勝利すれば間違いなく君の望みは叶うだろうからな。だが……それで失われるものが分からないほど愚かではあるまい」

 

 遠坂時臣を殺す。それは何度も雁夜が思い描いた光景だ。あの憎き人ならざる畜生さえいなくなれば全て幸せになるのだと、本当にそう信じて耐えてきた節がないとは言えない。

 しかし、今はアーチャーという第三者から先手をとってそれを突きつけられたこと、それと今いつになく体調が良い事もあり冷静な思考が出来る状態になっていることからか、恨み辛みこそ消えはしないものの、確実に是と思う事はもうできなかった。

 

「なら……ならどうしろっていうんだ!」

 

 激情に任せて叫ぶ。八方塞がりになった思考はそれの原因へと牙を向ける。

 

「桜ちゃんをこのまま放っておくのは論外だ! そんなことは……たとえ死んだとしても俺は許せない! だが……その為に葵さんの幸せを奪うのは……けど、時臣が存在する以上もう一度同じ事が起こることだってないとは言えないんだ! なら俺は……俺は……どうすれば」

 

 雁夜は膝から崩れ落ちる。赤いカーペットの色がやけに眩しい。1年、全く気付かなかった自分自身に嫌気がさしながら拳を叩き付けた。

 今このアーチャーと交わした会話は2つや3つ、たったそれだけの会話で、それも今日初めてたがいに話す男にすら見抜かれた矛盾。そんな矛盾をはらんだまま戦おうと思っていた自分、そしてそれに対する答えを持たない自分、何もかもが情けなかった。

 

 

 

 

 

 

「――すべてを救うことはできない」

 

「え――?」

 

 背中を向けたままのアーチャーから紡がれたのはまるで突き放すような言葉。雁夜は困惑とともに顔を上げた。

 

「何かを手に入れる為には何かを捨てる必要がある。全てを救おうなどというのはいつしか破綻する理想であるか、それとも現実から逃避した哀しき夢だろうよ」

 

 何かを後悔するように彼は自嘲する。

 後者は自分のことだ、雁夜の内にその言葉は深く、深く染み込んだ。

 

「だからこそ、お前は本当に戦うべき相手が何なのかを見定めねばならない。それを見つけられないのなら、いずれお前は全てをなくすことになるだろう」

 

「待ってくれアーチャー! 俺は……!」

 

 足音と共に去っていくアーチャーだが雁夜の懇願に立ち止まる。そして振り返ることなく

 

「今すぐにとは言わん。私とて、かつてその答えを見つけられなかったが故にここにいる。だが……お前はまだ間に合う」

 

「アーチャー……?」

 

「言い忘れていた。しばらく修練は中止するように老人とは話をつけてある。聖杯戦争まで日はあるのだから身体を休めておくことだ」

 

 最後に労るように告げるとアーチャーの姿がスッと空間に溶ける。霊体化というやつなのか知らないが、とにかくこの場から彼がいなくなったことだけは雁夜にも理解出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「俺の……戦うべきは……」

 

 雁夜の呟きは、誰に聞かれるでもなく消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「時臣君……」

 

「言わないでください。言峰さん。いやしかしこれは困ったな……まさかアーチャーのクラスを先にとられたとは」

 

 地下の工房で遠坂時臣はため息をついた。

 

 その正面で沈痛な表情を浮かべる言峰璃正、聖杯戦争を取り仕切る聖堂協会から派遣された彼からもたらされた報せは時臣を悩ませるに充分なものであった。

 あまりにも早すぎる英霊の召喚、そしてそのクラス。どちらも痛恨といえるものである。

 

「これだけ早いとなるとアインツベルンか間桐か……やられたな」

 

 言葉の割に時臣の様子に痛恨の念はない。

 むしろ、御三家の動向には気を配っていたつもりだったがそれでもまだ足りなかったかと内心感心すらする勢いだった。

 未だ自分の優位は揺らがないという確信からくる余裕。

 

「時臣君、英雄王ギルガメッシュは」

 

「……彼には個人の武勇を表す逸話がその歴史に残した足跡に比べて明らかに少ない。恐らく武の才はそこまで頭抜けたものではないのでしょう。故にアーチャーとしての召喚を望んでいたのですが……」

 

 遠坂陣営の予定していたサーヴァントは英雄王ギルガメッシュ。かつて世界の全てを支配したとまで言われる世界最古の英雄。まともに召喚されればまず勝利は揺るがない最強のサーヴァント。

 

「考えられる可能性は」

 

「バーサーカーかキャスターか……もしくはエクストラクラスか。恐らく三騎士を望むのは難しいやも知れぬ」

 

「そうですね。そうなると理想としてはエクストラクラスだがそう都合よく召喚できるとは思えない」

 

 英霊は当て嵌められるクラスによってその力量も存在も切り替わる。一度失敗すれば取り返しのつかない召喚の儀、100点の可能性もあるが40点の可能性もある英雄王の召喚に挑むべきか否か……時臣は冷静に逡巡する。

 

「言峰さん、綺礼君に連絡をとってもらえないでしょうか?」

 

「……! 時臣君、それは……」

 

「理想的とは言えませんが致し方ありません。今あるアドバンテージまで失う可能性のある采配を振るうわけにはいかない」

 

 そうして、時臣は結論を出した。

 

「彼が任務で懇意になっているマクレミッツ家の血継者から保険として聖遺物足るものを使用後の返却、そして普段は綺礼君が管理することを条件に借り受けています。明日来日する際に持ってきてもらいそのまま召喚の儀を執り行いましょう。ランサーのクラスはまだ空いていますね?」

 

「ああ」

 

「分かりました。それではこの聖杯戦争。私はケルト神話の大英雄、クー・フーリンを召喚し悲願の成就に挑みます」

 

 もしも雁夜の状態が一瞬だけ上向き、その間に召喚を済ませてしまうなんてことがなければこんなことは起こり得なかっただろう。1年前の1つの偶然が、ここに来て完全に運命の歯車を完全に別の何かに繋ぎ変えた。

 そしてこの時臣の決断がそれを決定づけた事など本人は知る由もない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――夜がやって来る。

 7人のサーヴァントと魔術師が冬木に集い、万能の願望器をかけた戦いがいよいよ始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






英雄王を首にしていく斬新なスタイル。

どうもこんばんわ。皆さんの言いたいことは分かります……しかしながら、たまには英雄王のいない第四次も良いのではないでしょうか?これも全て偶然のなせるわざです。

それでは。1話にしてそろそろバーに色付きそうで舞い上がる作者によろしければ清き1票を


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 開戦

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは苛立っていた。

 時計塔の教え子――とは言っても自分の受け持つ授業を勝手に取って勝手に座っているがゆえに他のカテゴライズが出来ないのでそう表現しているだけなのだが――であるウェイバー・ベルベットによる聖遺物の盗難。

 そして新たな聖遺物の用意を急いでいるうちに当たり前ながら召喚が出遅れ、ようやく用意が出来たと思えば、直後にその聖遺物から喚び出されることが想定される英雄に該当するクラスが既に埋まったという知らせ。

 全く持ってふざけている。これまでの人生全てにおいて人の一歩……いや、二歩先を行っていたケイネスにとってこれは人生初の後手を踏む経験と言えた。それ故の憤りに近い感情。もっとも、その程度我を失うほど脆弱な人物ではないのだが。

 

 

 

 

「セイバー、ランサー、アーチャーの三大騎士クラスが既に埋まったと時計塔の確かな筋から連絡が入った以上、今私が持っている聖遺物……ディルムッド・オディナの召喚は不可能、仮に出来たとして本来の能力は望めないだろう」

 

 使い慣れた全方位を魔道関連の書物に囲まれた――その中には自らの残した輝かしい経歴の一部も当然のように陳列されている――実質的に書斎とかしている自室のソファーに深々と腰掛け、天井を見上げながらケイネスは分かりきった事実を呟くように反芻した。

 

「じゃあどうしようというの? 今さら新しい触媒を用意しようだなんて言うのは――」

 

 人によってはどことなく冷たくも聞こえるであろう凛とした抑揚のない声が耳に入りケイネスは視線を前に戻した。もっとも、冷たく聞こえるというのはあくまで一般的には、ということであり、その点においては例外的な存在であるケイネスにとってその声はまるで甘い天使の囁きかのように聞こえているのだが。

 

 ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ……高級なワインを彷彿とさせる色鮮やかな赤毛にそれとは真反対の冷たい氷の如き雰囲気を身に纏わせる。高慢? 高貴? どれも間違ってはいない。とにかく人の羨望や嫉妬や畏怖、その全てを兼ね備えた結果として女帝のごとき存在感を当然のようにして放つのが彼女だ。無論、その容姿も雰囲気負けしないだけのものを兼ね備えている。一言で言うならば絶世の美女。

 

 そんな彼女がいつもと変わらず冷笑に近い見下したような瞳でケイネスの前に腕組みして立っていた。

 

 

 

「ああ、ソラウ。来てくれていたなら声をかけてくれれば良かったのに」

 

「かけたわよ。それなのに貴方と来たら上の空で気づきやしないんだもの……婚約者を無視するなんて良い度胸ね? ケイネス」

 

「違うんだソラウ。そんなつもりは決して……」

 

 プイッと顔を背けたソラウにあからさまに狼狽えるケイネス。

 この姿を、普段彼を知る者が見たならば、口を揃えてこう言うだろう……今の光景は忘れよう、私もあなたも何も見ていない、いいね? と。 

 要するに意外を通り越して何か空恐ろしいものすら感じる。それくらい日常からかけ離れた光景。

 しかしそれも仕方ないと言えば仕方のないことなのだ。ソラウはケイネスにとって一目惚れにして最愛の人物であり、彼女との婚約を決めた際には、それが例え政略結婚の類であり未だ彼女の気持ちが自らに向いていないと分かっていてもなお歓喜に打ち震えた程だったのだから。

 誇り高くプライドも高いケイネスがそれをかなぐり捨てるようなへりくだった態度を向けるのは世界中でソラウ一人なのだ。

 

 

 

 

 

 

「まあ、いいわ。それよりこれは一大事だと思うのだけど」

 

「ふむ、それは認めざるを得ないね」

 

 ケイネスは立ち上がると考え込むように顎に手を当て、ゆっくりと部屋の中を円を描くように歩き出す。

 

「所謂当たりクラス……無論、そんなものに頼らずとも私は勝利してみせるがね。まあその3つの召喚の可能性は潰えた。そして私が所有する聖遺物の対象英雄の該当クラスは全てそこに含まれる」

 

「そうね、こうなってしまった以上残りの可能性を精査しないと」

 

「残りのクラスはバーサーカー、ライダー、キャスター、アサシンの4つだ。例外もないとは言わんが基本的にはなるまい」

 

「ステータスを底上げする代わりに英霊から理性を奪い狂化させるバーサーカー、大火力宝具を誇る可能性が高い代わりにステータスそのものに難があることが多いライダー、高い魔力量を誇りスキルに優れる、けれども高い抗魔力を誇る英霊相手だとその長所がなんの役にたたない可能性もあるキャスター、山の翁、ハサンが確実に呼ばれるアサシン。気配遮断能力は破格の性能を持つけれど他は英霊として戦える土俵にはない……正直言ってどれも難ありと言うか……悪い意味で決めにくいわね」

 

「いーや、ソラウ。こうなってしまった以上私が喚ぶサーヴァントは決まっている」

 

 各英霊の基本則を例にあげてどうするべきか思案するソラウにいともあっさりとケイネスはそう断言した。

 そのあまりの早さに半ば訝しみながら落としていた顔を上げると、ケイネスはそんな簡単なことも何故分からない?と言わんばかりに両手を上げた。

 

 

 

 

 

「先ずその一、キャスターは論外だ。なぜ私という天才がマスターであるにも関わらず同じ長所を持つサーヴァントを呼び出さなねばならんのかね? それこそ時間の無駄というものだろう?」

 

 不遜な態度を隠そうとせず、それでいて絶対の確信と自信を持ってケイネスは断言した。

 はっきり言って見る者を不愉快にさせるほどのその自信、しかしソラウもその判断が間違っているとは思わなかった。男としては別段評価していなかったものの、ケイネスの魔術師としての才覚については、全ての物事に対して基準点の高いソラウの評価基準を上回るものとして認めていたからだ。

 魔術戦での戦いとなれば彼が負ける姿を思い浮かべることなどできない。だからこそ、否定もせずに頷いた。

 

「それはそうね。確かに魔術戦ならばあなた一人で十分。負けるわけがないもの……けどそれとして他はどうなの?」

 

「その二、アサシンも論外だ。この私が暗殺に頼るだと……有り得ない。そんな勝ち方では私の経歴に箔をつけるどころか卑怯者の汚名を被ることになるではないか!」

 

「――」

 

 僅かばかりの怒気をこめて言い切ったケイネスに見えないようにソラウは嘆息せざるを得なかった。

 この考え方はあまりにも非合理にもほどがある、と。

 元よりケイネスがこの戦いに参戦することを決めたのは別に聖杯にかける願いがあるからではない。ただ今まできらびやかに彩って来た自らの経歴に唯一足りないもの、武による功績をつけて魔術師としての地位を安定させたい、更に出世したいがためだ。

 自らの家柄が高貴であるが故にはっきり言ってしまうとそんなものに興味がないソラウからすれば、戦いにいくのならそんな細かいことに拘らず勝ちに行けば良いではないかと思うところもあるのだが、言った所で目の前の男には無駄だということは短い付き合いの中でも何となく分かっていた。

 

 

 

 

 

 

「分かったわ……じゃあ残りの2択はどうするつもりなの? ライダーとバーサーカー、この2つのクラスはメリット、デメリット、どちらも等分に備えていると思うのだけど」

 

 そんな労力の無駄よりもこちらの方が余程重要だ。

 純粋な疑問とともにソラウは首を傾げてケイネスと目を合わせる。言ってしまうと今までの2つはまあケイネスの性格を考えれば彼女にとっても予想外なものではなかった。しかしこの二択をあっさりと断定できた理由は分からない。

 

 

 

 

 

「うむ……タネを明かしてしまえばアサシンを避けると言った時点でもう結果は決まっていたのだよ。ソラウ、良く考えてみてくれ。今まで前提としてあった分見落としているかもしれないが、聖遺物無しで召喚を行う以上自らの意思で狙えるのは2つだけなのだよ」

 

「2つだけ……? あ――」

 

 言われてみれば簡単なことである。ソラウは思わず口を抑えた。クラスを狙う、と言うのはどの英霊を喚ぶか決まっているからこそ出来ることであり、それが決まっていない現状ではそもそもケイネスは選ぶ立場にはないのだと――そう、2つのクラスを除いては。

 

 

 

「確かにバーサーカーは御し難いのであろう。しかし、私の能力と君の協力があれば出来ないことなどあるわけがない――私はバーサーカーのクラスのサーヴァントを召喚し、冬木へと赴く。異論はないね? ソラウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 御三家の一角、ドイツの旧家アインツベルンが必勝を期して用意した駒はかつて魔術師殺しと呼ばれ恐れられた衛宮切嗣だった。

 彼はアインツベルン当主、ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルンの発掘した聖剣の鞘、アヴァロンを触媒に首尾よく最優のサーヴァントと名高きセイバークラスのサーヴァントとしてアーサー王の召喚に成功する。

 そのアーサー王が伝承通りの騎士王の姿とは程遠い見目麗しき少女だったことで少しばかり困惑の色を隠すことはできなかったとはいえ方針も、やるべきことも変わらない。

 そうして切嗣は妻であるアイリスフィール・フォン・アインツベルンの護衛をセイバーに任せ、彼らとは別ルートに冬木の地へと降り立ったのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「見てみてセイバー! ほら、このお洋服とっても綺麗! 切嗣にもらったこの、ぶらっくかーど? があれば何でも買えるみたいだし買ってしまいましょうよ――あ、このスカートなんてセイバーにとってもにあいそう!!」

 

「ア、アイリスフィール、お店の中を走るのやめたほうが……後できるならその黒いものはしまってください! 周りからとてつもない視線を集めています!!」

 

 正に今が人生の華、幸せ全開と言わんばかりにはしゃぐ白銀の淑女を諌めるのには流石のセイバーと言えども骨が折れた。

 最初は初めて見る外の世界にテンションを際限なくあげるアイリスフィールを微笑ましく思いながらエスコートしていたのだが、今となっては微笑ましさ1に対して10の真剣な危惧といった具合だ。

 なにせどう考えても自分達の目立ちようが尋常でないことは、アイリスフィールと同じく現代日本の事情に疎いセイバーの目から見ても明らかと言わざるを得なかったからだ。

 

 因みにセイバーの直感はその原因を、アイリスフィールがとんでもない量の買い物をする際にこの国の通貨の代わりに店員に差し出していた黒いカードにあると踏んでいたのだが、それは正解であるものの全てではない。

 街ゆく男の誰もが振り向く端正な顔立ちと、見る者を服越しにも悩殺するようなスーパーモデル顔負けのスタイル、そして女性が思わず自らの髪をさするほど美を極めた銀のロングヘアーと世の女性の理想を極めたかのようなアイリスフィールと、少年と少女の中間の絶妙なラインを撃ち抜くキリッとした美貌に騎士特有の凛とした雰囲気、更にそれを際立たせるスーツ姿にブロンドヘアーを後ろで縛るセイバーの組み合わせは、日本の片田舎である冬木の町並みには眩しすぎた。

 いや、例えハリウッドですらその輝きを完全に消しきれるかと言えば答えは否だろう。

 そんな2人が仲睦まじく町中を闊歩していれば今の状態はむしろおとなしめとも言えた。

 

 

「えー? けど切嗣は幾らでも好きなようにしていいって」

 

「それにしてもこれは些かやり過ぎではないでしょうか……」

 

 アイリスフィールが振り向いた勢いで横から顔面めがけて飛んでくる包み袋を手で制するとセイバーはようやく止まってくれた事に安堵の溜息をついた。

 彼女の買い物の総量はその両手一杯に掲げられた紙袋を持ってしてもなお半分にも満たない。アイリスフィールを感動させた日本の買い物第一弾は彼女が持てる量、そして後ろで控えているセイバーの許容量を遥かに飛び越え、既に一旦の置き場としてマスターの切嗣が用意したホテルへと送られているのだ。

 それでもなお衰えを見せない貴婦人の好奇心には内心セイバーも舌を巻いていた。

 

 

 

「あ……ごめんなさいセイバー。私、外の世界なんて初めてだから舞い上がっちゃって……」

 

「いえ、それは構わないのです!」

 

 そんなセイバーの様子に何か勘付いたのかアイリスフィールが目に見えて肩を落とす。

 無論セイバーとてそのようなことを望んでいたわけではない。なので直ぐに彼女の前で手を振りこちらこそと謝意を現したのだが――

 

「あら、やっぱりセイバーは優しいのね! よーし! それじゃあ私ももっと楽しんじゃうんだから!!」

 

「な……まだ上があるというのですか!? お待ちください! アイリスフィール!!」

 

 その笑顔はいたずら好きの天使のごとく。

 セイバーの仕草を見た途端アイリスフィールは顔も肩も一気に上げた。それも満面の笑みを浮かべて。

 ペロッと舌を出してウインクする姿を直視したのがセイバーでなければ、間違いなく即死だったと断言できる。

 そのまま、いくわよー! 何て気勢を上げ街のど真ん中をズンズンと進軍するアイリスフィール、セイバーはそんな彼女の後ろを、苦笑いしつつも追いかけるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……」

 

「……申し訳ありません。アイリスフィール。貴女のエスコートもどうやらここまでのようだ」

 

 なぜ、楽しい時間は直ぐに終わってしまうのか。アイリスフィールがそんな寂しさの篭った吐息を溢したのは日も落ちて数時間経った頃だった。

 パシャン、と水音を立てて海から出るアイリスフィール。そんな彼女の元に靴を差し出しながらセイバーは謝罪の言葉を述べた。

 

「いいえセイバー、こんなに楽しい1日がおくれたのは貴女のおかげよ? それだけでも私は感謝の気持ちで一杯、私は今日の事、死ぬまで忘れないわ」

 

 本当に満面の笑みでアイリスフィールはそうセイバーを労う。

 

「けど、これはあくまでも仮初の夢。これからは夜の時間、私達の本来いるべき場所」

 

 しかしその笑顔はほんの一瞬。靴を履きセイバーの横を通り過ぎる頃には彼女の顔は魔術師のそれへと変貌していた。

 

「セイバー、これはサーヴァントのお誘いと考えても良いのかしらね?」

 

「ええ、それも随分と情熱的な殿方のようだ」

 

 潮風に揺れる髪を後ろ手で抑えながらのアイリスフィールの問いをセイバーはどこか愉しげに肯定する。

 今仕えるべき人の髪を揺らす風は何もそのイタズラの為のみに飛んできたのではない。言うなれば挑戦状。強者を求める誘いはセイバー闘争心を静かに滾らせるのに十分なものであった。

 

 

 

 

 

 

 

「では、貴婦人の嗜みとしては応えないわけにはいかないわね?」

 

「はい、騎士としても挑戦は受けて立たなければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 港には倉庫街が付き物である。海からやってくる物量は狭い陸地が受け止めるにあまりに大きすぎるからだ。冬木もその例に漏れずきっちりと立派なそれを広大なスペースと共に備えており、夜ともなれば人影があるわけもない。あるとすれば、流行りの幽霊との遭遇を望む馬鹿な若者くらいなものである。しかし今日その影が見えなかったのは彼らにとっても幸運だった。何せ今ここには、幽霊なんかよりも余程恐ろしい存在があるのだから……

 

 

 

 

 

「いいねえ! 俺の誘いに乗ってくる猛者がいて、それもこんな段違いの美人2人組ときた! これだけでも現界した価値があるってもんだ!」 

 

「あら、粗野な見た目で女を見る目はあるのね? ランサー」

 

 その最深部、周りを倉庫に囲まれた一際大きな空き地にそいつはいた。

 

 セイバーとアイリスフィールが見たのは蒼き男。その手ににぎられた赤槍はこれでもかとばかりにその存在を主張する。

 

 

 

「肝まで座ってるときたか……いや、ほんとに惜しいなあ……俺もマスターはあんたみたいな女が良かったんだが」

 

「なら今からでも私の軍門に下る? それくらいの度量は備えているつもりよ」

 

「ハハっ! そいつは魅力的な案だが……お断りだ。あいにくもう仕えるべき主がいるんでな。鞍替えするのは誇りに反する」

 

 豪快に笑うランサーと挑戦的に微笑むアイリスフィール。

 数十mの距離を隔てた舌戦はまるで旧知の仲かのように軽やかに続いていたが、ランサーの宣言と共に一気に場の空気が張り詰める。

 それを見届けたセイバーはアイリスフィールの1歩前に出てランサーと対峙した。

 

 

 

「相手を間違えるなよ、ランサー?」

 

「ほう……」

 

 ランサーが感嘆する。

 

 セイバーの身体が風に包まれる。かと思えば猛烈に荒ぶ魔力。その中心にいるセイバーは今まで着ていたスーツを消し飛ばし、彼女本来の姿へと移行する。

 傷つくはずの無い青銀の鎧、不可視の剣、自然に発せられる膨大な魔力。

 有無を言わせぬ存在感を持ってセイバーは戦闘態勢に入る。

 

 

 

 

「見えない武器、と言うのも珍妙だが……その闘気からしてセイバーってところか。本当に今日はついてる」

 

「その余裕、いつまで保っていられるかな?」

 

 セイバーがアイリスフィールに下がるように促し彼女がそれに同意するとお互いに構える。

 どちらが動く? ヒリヒリと焦がすような沈黙が続き――

 

「ああ、ちょっと待て」

 

「は――?」

 

 ランサーの一方的な弛緩によって断ち切られた。

 

「何を――」

 

「焦んなって――おい、出て来いよ。隠れるならもっとしっかり隠れろや。中途半端なことしやがって」

 

「やれやれ、君の勘は獣のそれか?」

 

「ぬかせ、声かけるの待ってやがった癖してよ」

 

「すまんな、まあこちらも色々とあるということだ」

 

「お前は――」

 

 不機嫌そうな顔で明後日の方向に声をかけるランサー、その声に応えるようにセイバーから見て死角の位置から男の声が聞こえたかと思うとその姿を現す。

 赤い外套に褐色の肌。間違いなくサーヴァントと断定出来るだけの空気を纏った男が何食わぬ顔で2人の前に立つ。

 

 

 

 

 

 

「バーサーカー……って感じじゃねえな……何者だ?」

 

「答える必要はなかろう? そんな事せずともぶつかれば自ずと分かる」

 

「剣だと……?」

 

 男の両手にいつの間にか双剣がにぎられる。

 それを見てランサー、セイバー共にピクッと眉をひそめた。セイバーのサーヴァントが誰かは確実である。なら当たり前のように剣を取り出したこいつは一体何なのだという疑念。

 しかし謎の男はどこ吹く風でそのまま構えて2人を睨みつける。

 

「まあ……それもそうだな、野暮なこと聞いてすまなかったな」

 

 あっさりと引いたかと思えば獰猛な笑みで再び構えを取るランサーに今一度セイバーも剣を構えた。確かにこの男の言うとおりだ。結局のところ英雄の真価は実力でしか計れないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、殺しあおうやぁぁあ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランサーの言葉を合図に3つの弾丸が同時に弾ける。

 聖杯戦争最初の戦いはこうして幕を開けた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なんかSN組ばっかになってますけど一応zero書いてるつもりです(注意書き)

あとやはり英雄王首のインパクトは大きかったか……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 三騎士乱戦

 

 

 

 

「「「この2人――できる……!!」」」

 

 数度の交差、その僅かな激突で偶然か必然か、3人は相対する2人に対して同じ印象を抱いた。相手にとって不足なし、これぞまさに英雄同士の闘いに相応しいと。

 もっとも、結論は同じでも道筋は全く違うのだが。

 

 ランサーは強敵と出会うことそのものに対する歓喜と高揚を

 セイバーは純粋な敬意と誇りを

 アーチャーは……どこか達観したような悟りと諦めを

 

 根本の異なる同じ意志のもとその中では1番息を荒らしていたアーチャーは一度深く息を吸い込むと肺の中を空っぽにするように、それと一緒に押し潰されそうなプレッシャーも吐き出した。そのまま左腕で汗を拭う。

 

 ――やはり真っ向勝負では分が悪いか……だが……

 

 お互いに力量を把握した以上ある程度疲弊すれば無理をせずに間を取る。そうしなければ次の瞬間には首が吹き飛んでいるのは自分自身だと3人とも理解しているからだ。

 その間を利用して、アーチャーは周りに見えぬよう口だけ歪めてにやりと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

「ちょっと待て、今なんて言ったアーチャー」

 

「む、正面から乗り込むといったのだが……何か問題でも?」

 

「大ありだ! お前弓兵だろ? なんでわざわざそんなこと――」

 

 ランサーの宣戦布告が届いたのは何もセイバーだけではない。間桐邸で遅めの夕食をとっていた雁夜とアーチャーにもその報せは届いていた。もっとも、雁夜に感じられたのは違和感程度で、アーチャーに説明されるまでその概要は掴めておらず、やはり英霊とはすごいものだと改めて思い知らされたものなのだが。

 しかし、その後にアーチャーが当たり前のように語った言葉はそんな雁夜の感心すらいとも容易く吹き飛ばした。

 

 

 

「弓兵だからと言って前線に出てはいけないという決まりはないだろう」

 

「そりゃそうだけど……こんな風に誘ってくるってことは腕に覚えがあるってことだろ? そんなんセイバーかランサーか、とにかく白兵戦に自信がなきゃ出来るわけがない……なんでわざわざ不得手な戦法で相手の得意なものに挑むんだよ」

 

 洗っていた食器を放り出してアーチャーに食って掛かる雁夜の意見は非の打ち所のない正論である。

 戦地に赴くというのはまだいい。弓兵の目は鷹のそれ。遠くからでも敵戦力の把握には事欠かない。更にまだ見ていないもののアーチャーと言うからには狙撃にも自信があるはずだ。上手くやれば隙を付いて一人二人消すことも不可能ではない。だと言うのになぜそのメリットを全てかなぐり捨てるのか……理解できるはずもなかった。

 

 

「無論、リスクは承知の上だ。しかしながらそれ以上に得るものの方が大きいと判断した」

 

「得るものだって?」

 

 そんな雁夜にこともなげにアーチャーは言い切った。

 

「ああ、君も覚えていると思うが、そもそも私はそこまで高名な英霊ではない。そして君も、誤解を恐れずに言うならばそこまでのバックアップを期待できるマスターではあるまい。となれば必然的にある程度のイレギュラーを起こさねば勝ち目が薄いのはわかるだろう?」

 

「そりゃ……まあ……」

 

 自身が優れたマスターではないのは雁夜とて承知している。元々枯れかけの間桐の血、それもそこから一度は目を背けたのだ。いくらこの一年の修練があると言ってもその差は簡単に埋められるものではない……そう、冷静に判断すれば憎き遠坂時臣にも遠く及ばないのだと理性で理解できるほどに。

 

「けどイレギュラーってそれが一番難しいだろ。聖杯戦争に臨むような連中は俺なんかよりずっと前から念入りに準備してる。それこそどんな事態にも備えられるように……そいつらを出し抜くようなイレギュラーなんて……」

 

「分からないのなら私に任せたまえ。なに、我々が見逃していない限りおそらくこれが聖杯戦争の初戦だ。その初戦、加えてここまで不特定にばら撒いているというのは様子見を兼ねて敵戦力を探るという面に重きを置いていると推測できる。

 ここで必ず打ち取るという決死の策を用いてくるという事は考えにくい、と言うよりも情報が少なすぎて無理だ。

 仮にもしもそんなことが出来るような相手なら――どちらにせよ遅かれ早かれ我々はその陣営の前に敗北を喫する事になるだろう」

 

「それは確かに……でも――」

 

 アーチャーの言葉の節々に浮かぶ位も知れぬ説得力に迷う雁夜だがまだ腹を括れそうな様子はない。それを見ながらアーチャーは、まあ無理もないと心の中で苦笑した。

 弓兵が前線に出るなど自分がマスターだとしても簡単には認めないだろう。しかし、何事も最初が肝心なのだ。ここで出鼻を挫く事が出来ればお世辞にも戦力にゆとりがあるとは言えない自陣営が主導権を握ることすら不可能ではない……引くわけにはいかなかった。

 

「分かった。では折衷案で手を打とう」

 

 故に底意地の悪い折衷案を何食わぬ顔を持ち出した。

 

「折衷案?」

 

「そうだ。君のマスターとしての心配は理解できる。だからその意向を飲んで私はあくまで様子見に徹しよう……しかしだな、その様子見をしている最中に他のサーヴァントに見つかって(・・・・・)しまったりすれば戦いになるのも仕方あるまい?」

 

 アーチャーの含みのある言葉に気づかずようやく首を縦に振った雁夜に支度をするように促すと彼はそのまま部屋を出る。アーチャーの戦闘スタイルは基本的にマスターへの魔力負担は少なめなのでそこまで神経質になる必要もないのだが……気を引き締めてくれる分には構わないのでアーチャーは黙っていた。

 そうして一人になった部屋でアーチャーは1人窓から海のある方角を眺める。

 

 ――これがその末路にオレを生み出す第四次聖杯戦争なのだとしたら……君はこの誘いに乗った(・・・)のだろう? セイバー

 

 雲に霞んでいた星が、夜空に光る。

 

 

 

 

 

――――

 

『ぬかせ、声かけるの待ってやがった癖してよ』

 

『すまんな、まあこちらも色々とあるということだ』

 

 

「あんのバカ野郎……端からこうするつもりだったな!? 何が様子見だ! だいたいあんな近くで様子見もクソもあるか!!」

 

 風1つ遮るもののない、冬木で1番高いタワービルの屋上から戦況を眺めながら自らのサーヴァントの真意にようやく気付いた雁夜は毒づいた。アーチャーの「君は離れていたほうがいい、魔術的に視認を誤魔化せない以上仮にスナイパーでもいようものなら真っ先にやられるかもしれん……これを」などという言葉に頷いてみればこれだ。

 勢いのまま別れ際に手渡された双眼鏡を勢いのまま地面に投げつけようとし――

 

「いや、これ壊したら万が一の時とかにすぐ対応できない……てかなんだこの双眼鏡は?

この距離でこの解像度のなんかどこのメーカーでもないはずだけど……」

 

 やめた。そして手に持つ双眼鏡をしげしげと眺める。元々マスコミ関係の仕事についていた雁夜はある程度カメラなどに関する知識も持っているのだが、その知識を持ってしてもこの双眼鏡は理解の範疇を越えていた。

 デザインこそシンプルなものの有り得ない高性能、数km先の戦いすら鮮明に映し出すような機材は見た事がない。そして1番に驚かされたのは、横についたピンマイクのような何かから、多少ノイズ混じりながらも会話まで拾えていること

 

「そもそもあいつこんなん買う金あったのか?」

 

 答えはノーだ。しかしこの時の雁夜にそこを細かく考えている余裕などありはしなかった。

 

 

―――――

 

 

 

 

 

 

「はぁあ!!」

 

「うおっとぉっ!」

 

 セイバーは強大な底なしのパワーでアーチャーとランサーを跳ね除ける。

 

「ふっっ!!」

 

「ぐっ……!」

 

 アーチャーは熟練の技術でもって巧みにそれをいなし

 

「そらぁぁあ!!」

 

「な……!?」

 

 ランサーは神速をもって凌駕する。

 

 

 

「へっ! やるじゃねえか! 予想以上だ!」

 

 全力を持ってしても簡単には崩れぬ拮抗。ランサーの口をついたのは純粋な賛辞だった。彼の人生を彩る数多の激戦、その歴史を見てもこれだけの戦いにはそうそうお目にかかれない。

 どちらかといえばつまらなさ気なマスターに召喚されたことにあまり気のりしていなかった彼だが今はそんな気持ちは欠片もありはしない。

 ただ強敵を打ちのめす為に心を踊らせる。

 

 

 ――セイバーはイメージ通りだ。あんな華奢な身体のどこからあれだけのパワーが出るのか知らねえが、まあ見てくれだけで測れるような連中が集まるわけねえのは織り込み済み。視えない剣もそれなりに対応は出来始めてる……それよりも問題はだ。

 

 息1つ乱さずにこちらを見据えるセイバーに対する簡素的な分析を終えると、ランサーはそんな彼女とは対照的に肩で息をし、何とか呼吸を整えている赤き男へと視線を動かす。

 

 ――あいつ……素の戦闘力だけ見りゃ俺やセイバーには劣る。技術と致命傷を避ける勘が並じゃねえ分仮にここで攻め立てたとしても粘られるかもしれねえが、1番最初に落ちるのは間違いねえ。しかしだ。

 

 ――それ(・・)を分からねえような腕じゃねえはずだ。だっていうのにわざわざ出てきたってのはどういう意図だ? いや、それよりも根本的にこいつはいったいなんだ?

 

 戦場でもっとも恐れるべきは強敵ではなく、未知である。例え実力的に多少上回っていたとしてもその意味ではセイバーよりも、この男の方がランサーには空恐ろしく見えた。

 

「どうしたランサー、何か考え事か?」

 

「けっ……気に食わねえな」

 

 そんなランサーの胸のうちを見透かしたように不敵に笑う男に舌打ちする。そうしてひとつの結論に至った。

 

 

「いいや。細けえ事考えるのはやめだ。とりあえずテメエみたいな手合いは……」

 

 一歩でトップギアへ 

 

「――っ!?」

 

「さっさと圧し潰すに限るぜ……!」

 

 驚愕に歪む顔面へ槍を放つ。

 

 

 

 

 

 

「ぐ……!」

 

 ――この化物め……!

 

 完全に眼が追い付かない。その事実に気付いてからアーチャーが背中に冷や汗をかくまで一体どれだけの時間を要しただろうか?

 気づいたときには既にそれは真横にいた。目の端で何とか捉えた輝く赤槍。頭の内からけたたましく鳴り響く警報。意識を手放さん勢いでそれに身を任せた。

 

「ふう……!」

 

 飛び散る鮮血。しかしそれが見えるということは少なくともまだ眼は生きている。敵を見失うなんて失態の代償が額を切る程度なら安いものである。

 身体全体で避けるような余裕などありはしなかった。首を目一杯後ろに下げるのが精一杯。その勢いに任せ上体を倒しバク転の要領で赤槍を上へ蹴りあげ今度こそ後方へと回避する。

 そして顔を上げた先には――

 

「とるっ!!」

 

「セイバーか!」

 

 いつの間にか頭上へ舞い上がっていたセイバーが月明かりを背に振りかぶる。アーチャーにはもう真っ向から受け止めるしか手段は無かった。

 

「ぐうう……!」

 

 双剣をクロスし構えたちょうどそこへセイバーの不可視の剣が襲いかかる。

 受け止める気で構えていたにも関わらず押し潰される。あまりの筋力差にアーチャーは片膝をつかざるを得ない。

 

「これも反応するのか!?」

 

 驚いたように声を上げるセイバー。しかし膝をついた以上形勢はこちらよし。このまま押し切る。そう思い更に力を込めようとし

 

「おう、なに二人で楽しんでんだよ」

 

「ランサー!」

 

 感じた殺気に振り向くことなく身体をひねりセイバーは横へ飛ぶ。翻りながら見てみればそこを通り抜ける蒼き槍兵の姿。

 

「君こそ私のことを忘れていないかね?」

 

 突きを繰り出せばどうあっても僅かな隙が生じる。

 伸び切った腕と槍の下を潜り抜けランサーの懐に飛び込むアーチャー。その勢いのままクロスした双剣を無防備な身体へと振り抜く……が、手応えがない。

 

「わりいな。典型的な弱点狙いに対応できないほど俺は安かねえ」

 

「かは――」

 

 背中に走る重い衝撃。

 それがランサーの蹴りだと気付いたのは、とにかく勢いを殺すことなく転がっていた時だ。アーチャーが飛び込む瞬間を狙ってランサーは槍を地面に突き立て、それを軸に回転しそのまま背中を回し蹴りで吹き飛ばしたのだ。

 

「っておいおい! そっちも反応速すぎだろ!」

 

 狙って転がることで距離をとったアーチャーよりも蹴りで無理な体制になったランサーの方が御し難いと踏んだのか、突きを躱したばかりのセイバーが今一度襲いかかる。

 万全の体制を取れない限りセイバーの力に対応するのは不可能。必死に致命傷を避けるランサーだが殆ど何も出来ずに後退を余儀なくされる。

 

「てやぁぁああ!!」

 

「ちぃい……!」

 

 守ることしかできない。悪魔の如き連撃にランサーはともかく槍を身体の正面から離さず、そこから最低限の動作で完全とは言えないまでも的確に急所を狙うセイバーの攻めを逸し続けた。

 下手に動いてはねられてはその瞬間に首が飛ぶ。焦れて大振りになるその瞬間までは何があろうと粘り切ってみせる。

 

「「――!!」」

 

 攻防に終わりが見えたのは唐突だった。ランサーとセイバーが同時に上へ飛ぶ。

 その下を交差するように飛んでいく。漁夫の利ということか、一撃でセイバー、ランサー両者のいた場所を正確に通り抜け、その後ブーメランの様に戻っていく双剣を掴み取った男には目に見えて不満が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

「まさかあの攻防の中でどちらも周りに気を配る余裕があったとはな……つくづく君達は化け物じみてている」

 

「おうおう、その化け物を一網打尽にしようとしたやつの言う言葉かねそりゃ」

 

「全くだ……貴方とてその一員だろうに。見た事もない太刀筋だがその力量は尊敬に値する。名乗れぬ事が惜しいが、もしそれが許されることならば尋常に名乗りをかわした上で剣を交えるべき相手だ」

 

 結局決着はつかない。だが三者が三様に何度も死地を見ている。しかしそれをまるで何事もなかったかのように乗り越えて次の活路を見出すのあたり流石英霊といったところか。 

 

「いやいや。私など君達に比べれば吹けば散るような存在だ。いや、それどころか名前で言うならば君達に蹴散らされた凡百の戦士以下だろうな」

 

「は? 何言ってやがる」

 

「貴方のような戦士が凡百だと……? バカな。いつの時代、どの国においてもそんなことあり得るはずがない」

 

 自嘲するように呟いたアーチャーにセイバーは驚き、ランサーは呆れをもって対応した。

 全くもってバカげている。素性も何も知らぬ男だが、少なくともこの男は自分達と斬りあって尚五体満足、それどころか何事も無く戦闘すらこなせる状態で生きているのだ。

 その男が名も無い戦士だなどどある訳がない。そんな相手に手こずるほど自分の眼、そして腕は曇ってはいないという自負があった。

 しかし男は皮肉気な笑みを崩すことなく続ける。そして次に語られた言葉はこの場にいた誰もに息を呑ませた。

 

 

 

 

「いや、それは買い被りだ。事実として私は君のような王でもなければ、神話に名を残す大英雄でもない……ケルトの大英雄クー・フーリン、そして……ブリテン最後の王、聖剣エクスカリバーの担い手、アーサー・ペンドラゴンよ」

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バトルロワイアル書けるような技量ないのを完全に失念していたため少し短めです

くそお……あと少しで赤バーなのにほんの少し届かない……



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 アーチャーの読み

なんかお気に入り数とかとんでもないことになってる……この流れに乗って更新してみよう。


「まさか……今の戦闘だけでセイバーの真名を暴いたというの……!? そんなこと出来るわけが……」

 

 セイバー、ランサー、そして謎のサーヴァント、繰り広げられた凄まじい戦いに指示やサポートをすることはおろか、呼吸をするのさえも忘れそうになっていたアイリスフィールが口を開いたのは随分と久しぶりのことだった。

 彼女に浮かぶ畏怖。セイバーと互角の戦いを繰り広げる相手そのものに対するものではない。これは聖杯戦争だ。いかに自らのサーヴァントに自信があろうともそれを凌駕する相手が現れたとしても不思議はなく、そしてそれを補うのが自分達の役目だとアイリスフィールとて理解しているからだ。

 だが、いま目前で起こった出来事はその覚悟、想定すら上回っていた。武器が視えないどころか性別すら伝承と別物になっている、ある意味歴史がその正体を覆い隠していると言っても過言ではないセイバーの真名が早々に看破される異常事態。

 もう何が起こっても不思議はない。飄々とした態度を崩さない赤いサーヴァントにアイリスフィールは、何か自分の立っている場所が突然消え去り、そして落ちていくような不安感を覚えていた。

 

 

 

『アイリ、聞こえるかい、アイリ? 聞こえたら小声で返事してくれ』

 

「切嗣の声……? これね……!」

 

 そんなアイリスフィールを現実に引き戻したのは、別行動をとっているはずの切嗣の声だった。

 

 聞こえるはずのない声にあたりをキョロキョロと見回すアイリスフィールだが、別れる前切嗣に耳につけておくように頼まれていた何か――当時の技術では若干オーパーツ気味とも言える小型ピンマイク――がその発信元だと気付き、手を口にあてて返事を返した。

 

『落ち着いて聞いてくれ。アイリ、今すぐにセイバーを退かせるんだ。あの赤いのは確実にセイバーについて何か知っている。加えてセイバーがアーサー王だなんて事実がこんな公然の監視下で他の陣営にバレてしまえば――』

 

「切嗣!?」

 

 突如として切嗣の声がザーっというノイズに呑み込まれる。

 現代機器に対する知識に乏しいアイリスフィールは焦ってマイクに手を伸ばした拍子に落としていた視線を上げ

 

「え――」

 

 ようやく事態が急展開していることに気が付いた。そして何となく切嗣の声が聞こえなくなった理由を理解する。

 いつの間にか三者の中央にどす黒い魔力の渦がその姿を現していた。そして誰もがその突然の変化に顔を引き攣らせ、各々が武具を構えている。そうなれば結論は簡単に出るだろう。

 

「まさか――4人目のサーヴァント!?」

 

 あれだけの魔力、人間に起こせるわけがないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

「アーサー……ペンドラゴン……?」

 

 元来ランサーは敵の素性などどうでも良いと思っている人間だ。理由は単純かつ明快。強いか弱いかにそれは関係ないからだ。

 勿論名のある方が当たりの率としては高いだろう。しかし100%そうとは限らないし、逆に名も無い戦士が彼を満足されるほど強いということもままある。やってみなければわからないのだ。

 だが、そんな彼でも流石にこの名前には面食らうというか強い衝撃を受けざるをえなかった。ブリテンのアーサー王と言えば人類史にその名を大きく残す大英雄、そしてその武具、エクスカリバーに至っては恐らく世界の歴史上でももっとも有名な剣かもしれない。

 そんな英雄と切り結ぶというのはランサーにとってどれだけの至福であることか。

 

「まじかよ。"あの"アーサー王が女とはな……いや、それはまあいいわ。あれだけのもん見せられたら否定のしようがねえ」

 

 最初は出任せだと思った。あわよくば動揺を誘うためのつまらない牽制。これだけ楽しい戦いの最中にそんなものを捩じ込んできた赤いサーヴァントには怒りすら覚えたものだ。 

 だが実際は違ったのだ。よくよく考えてみれば自分の真名まで言い当てられている。もちろん、ゲイボルグを開放こそしていないものの普通に使用している時点でセイバーに比べればバレる可能性は遥かに大きかったとはいえ、この僅かな相対でバレるとは少し予想外のことである。

 そして何よりも、目に見えて驚いているセイバー自身がその言葉の真偽を雄弁に語っている。

 

 

 

 

「てめえ……何者だ!」

 

「私か? 先程も言っただろう。凡百以下の無名だが」

 

「ふざけるな!」

 

 こうなると1番になんとかしなければならないのはこちらの方だ。ランサーは最大級の敵意をもって赤いサーヴァントに向き直る。

 アーサー王を言い当てられる時点でこの男の出自はある程度予想がつく、と言うよりも1つしか思い付かない。しかしそれでは何故これだけの腕を持っていながらあのセイバーが顔すら知らないのか、そして自分の真名にはどうやって行き着いたのか、説明がつかない。

 完全に謎に包まれた未知、アーサー王よりも優先して潰さなければ今後不味くなりかねない……ランサーの本能がそう言っていた。

 

「嘘などついていないさ。なら私の正体を予想してみろ。どの時代、どの英雄にも私に該当する者など見つからないと思うがね」

 

「野郎……!」

 

 溢れ出るような自信、それを見てランサーは主導権を握られたことを察した。

 この男は自らのカードを1枚も切ってはいない。実力も"恐らく"一番下だ。だと言うのに、今この場の中心にいるのはこいつ。セイバーは勿論のことランサー自身も次にこの男が何をするのか注視せざるを得ない立場に置かれている。それがどれだけ歯痒いことか。

 

 

 

「ち……」

 

 それでも飛び込むしかあるまい。ランサーは意を決した。

 こいつがどれだけの手札を隠し持っているか知らないが、今までの戦いが手をぬいたものだとも到底思えない。自身の宝具を持ってすればその手札を切らせることなく屠る事も不可能ではないと。未知への警戒よりも自らが目にしたものを信じようと腹をくくり――

 

「なんだと――!?」

 

 その動きを止めざるを得なくなった。

 

「おい……これもてめえの仕業か」

 

「私にこんなことはできんさ……この状況で私に槍を向けるのは間違っていると思うが?」

 

 双剣を握るサーヴァントから余裕の空気が消え、真剣な様子で警戒をほとんどそちらへ向けていることからもその言葉が嘘でないのはよく分かった。

 突如として巻き起こった真っ黒な魔力の渦。今や一番近くにある倉庫のトタン屋根を吹き飛ばさん勢いの風を発生させるそれは驚異的な密度を誇り、間を挟んで向こうにいるはずのセイバーの姿はとう捉えることも出来ない。

 

 

 

「面倒ごとは好きじゃねえんだけどな……!!」

 

 宝具か、魔術か、それとも他の何かか、全く予想のつかないものを放置して置けるほどランサーはお気楽ではない。

 赤いサーヴァントから目を離し、どんな変化にも対応出来るように神経を研ぎ澄ます。

 

「おい……こりゃあまさか……」

 

 そして、その勘の良さ故に、真っ先にそれが何の前兆なのかに気がついた。

 

「4人目のサーヴァントだと!? ――ぐっ……」

 

 渦が弾ける。規則性を失った魔力はその威力を保ったまま四方八方へと吹き飛び、結果として全てを切り裂く刃となる。

 無論その程度の単純なものにやられるランサーではない。その尽くを驚異的な槍捌きで持って消し飛ばし、その身には傷一つ付けはしない。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。とりあえずあのいけすかねえ野郎がバーサーカーって線はなくなったか。まあ最初から無かったようなもんだが」

 

 "そいつ"を見てランサーは呟いた。

 爆発で周りの建物はその殆どが半壊し、整備されていたコンクリートの大地は抉れ剥がれ、至る所穴だらけと見るも悲惨な画が広がる。

 そんな廃墟と呼ぶに相応しい場所の中心に立つ姿がここまで似合う者がバーサーカー以外の何者であるはずもない。そこに理論も何もありはしない。だがそれは絶対の確信だった。

 

 

 

 

 

「■■■■■―――――――!!!!」

 

 狂獣が天に吼えた。

 その全貌はまがまがしい黒の魔力に覆われて細かいところまで見ることが出来ないが、紅く燃える双眸から隠しきれない狂気が発散される。

 確認出来るのは、細身だが正常な人間としてみれば相当高い身長であること、髪が長髪であること、そして――何か雷の様なものを身体全体に纏っていること。

 この場で誰もその正体に気づくことはないこの狂戦士の正体は、近代において最大にして至高の自然への挑戦を成し遂げた偉人、ニコラ・テスラその人である。

 

 

 

 

「アイリスフィール、離れて……!」

 

 突如として現れた新手の標的が自分だと理解したセイバーの行動は迅速だったと言っていい。

 アイリスフィールを庇うためにその前に立ちはだかっていたのだが、そう1つ声をかけるとまた同じように彼女を庇うためにまた全力で離れる。

 当然アクセル全開で少しも手を抜いてはいない。それなのに――

 

「はや――!?」

 

 目前にそいつが現れたのはセイバーの予想よりも遥かに早かった。

 

「■■■―――!!」

 

「雷だと!?」

 

 振り上げられた拳を受け止める。その瞬間に迸る光にセイバーは目が眩むのを感じた。それと同時に身体を走る痺れ、光の正体は火を見るよりも明らかだ。

 

「はぁあ!!」

 

 力比べならば負けるつもりは毛頭ない。セイバーは真っ向から受けて立つことを選んだ。この異様な風体からしてバーサーカーであることは疑いの余地もない。ならば求められるのは純粋な力と力のぶつかり合い。

 

 ――おもしろい……受けて立つ!!

 

 ランサーや赤のサーヴァントと対峙したときのような技巧はいらぬ。ぶつかり合う衝撃にセイバーは言い知れぬ高揚すら感じていた。

 雷とは見慣れない戦いではあるが、これもまた強敵であることに違いはないのだと。

 そうして2度、3度、交差のたびにその勢いも上がっていく。

 

「もらったぁぁあ!」

 

 セイバーの背丈は平均的な女性よりも小さいくらいの150cm、それに対してバーサーカーは190cmはあるだろう。

 となればその拳は普通にしているだけでも上から叩きつけられることになるのだが、特に上段から振り上げられたそれをセイバーは掬い上げた。

 反動で上体が仰け反り無謀備になるバーサーカー、そのがら空きの胸に必殺の一撃を叩き込むべく剣を突き出し――

 

 

 

「すまねえな、嫌な命令受けちまった」

 

 赤槍に弾かれた。

 

「え――」

 

 想像もしていなかった横槍にセイバーの意識に空白が空く、空いてしまった。

 それを見逃すような相手など、ここにいるわけがないのに。

 

「■■■■―――!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

「さて……邪魔は入ったが」

 

 バーサーカーがセイバーに襲いかかったその時、ランサーはまだ赤のサーヴァントをこの場で殺すつもりでいた。ここに来て現れた新手は気にかかるが思うままに力を奮う狂戦士だ。標的を定めた以上無視しても問題あるまい。

 只でさえ色々と面倒なこの赤いのが狙われなかったことで様々な可能性が考えられるのだ。ただこの戦いにつられてマスターの制御を振り切ってきたのか、タイミングを見るに目の前で無表情を貫いているサーヴァントのマスターとバーサーカーのマスターが裏で組んでいて戦局を動かしにきたのか、それとも――

 

『戦闘中に申し訳ない、クー・フーリン殿』

 

「殿はいらねえよ……で、なんだ?」

 

 その腰をへし折るように優雅な声が聞こえた。が、同時にそろそろ来ると思っていた。

 ランサーは予想通りの動きを見せたマスターの念話につまらなさげに返答した。今回のマスターはこういうやつなのだと。

 

『はい、進言なのですがこのままあの狂戦士とともにセイバーを葬り去るのが最上の案かと。ブリテンの王、アーサー王は残しておくにはあまりに脅威すぎる』

 

「……俺としちゃあセイバーを掩護してあのバーサーカーを殺す。んでもってその後にこの赤いのを何とかする。その方がよっぽど良いと思うが」

 

 そしてまた予想通りの提案に内心呆れながら対案を示す。

 どうもこのマスターは、頭は悪くないもののそれだけで戦場をどうにかできると思っている節がある。計算が狂うとダメなタイプだとランサーは初見の印象で踏んでいた。

 典型的な戦いを知らないまま指揮官になったタイプ。そこから弾き出される案は無難の一言に尽きるだろうと。

 

『……いいえ、それは上手くないかと。あの赤いサーヴァントは未だ謎が多すぎます。聖杯戦争はまだ序盤、手が進むうちの自ずと知れてきましょう。決着はその時でよろしいかと』

 

「はあ……わーったよ。マスターはお前だ、時臣。方針には従ってやる」

 

『ありがとうございます』

 

 念話が切れたのを確認してからランサーは穴熊を決め込んでいるのであろう時臣に向けて盛大な溜め息をついた。恐らく戦士が戦場で見て感じる"勘"を理解させるのには相当苦労しそうだと。

 

「どうした」

 

「うるせえよ……今回は見逃してやる。けどな、次に会った時は……殺すぜ」

 

 いつの間にか余裕綽々な様子になっているのを見るとある程度この状況を予想していたのだろう。

 そんな赤いサーヴァントをランサーは最後に一睨みし、セイバーを討ち取るべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「危なかったな……」

 

 アーチャーは安堵に緊張を緩めた。

 

 セイバーがアーサー王であることを報せれば、あのバーサーカーのマスターのように誰もがセイバーを狙うものだと彼は踏んでいた。

 その隙に自分は離れ、上手く行きそうならばそこで疲弊した相手も討ち取る。それが描いていた青写真だったが、ランサーの勘はそれを許さなかった。揉めていたのを見るに恐らくマスターと意見が割れ、彼が折れたというところなのだろうが……もしもマスターまで勘の良い相手だったならこちらが無事でいれた保証はない。

 アーチャーはランサーに対する評価を心の中で上げていた。

 

「さてと」

 

 これからどうしようかとアーチャーは考える。

 下手な動きをすればまずランサーに察知される。となれば高台に登って狙撃、という理想のプランは捨てざるを得ない。となればこのまま成り行きを見守るか、それともセイバーの討伐に参加するか。

 

「―――」

 

 選ぶべきが後者なことくらいアーチャーは分かっていた。

 セイバーの強さを1番よく分かっているのは他の誰でもなく自分だ。だからこそ彼女を真っ先に倒せる状況を作りだし、ここまで首尾良く進めてきたのだと。

 だと言うのに……彼の足はそこを離れようとはしなかった。

 

「――甘いなオレも。真っ向から倒すのならばこんなことを思いもしないだろうに……嵌めるのは心の何処かで気がひけているということか」

 

 その原因を理解すると、アーチャーはバカバカしいと吐き捨て一歩を踏み出した。

 彼女と自分の縁はとっくの昔に切れている。そんな感傷に浸っている余裕などこにもありはしないのだ。

 

 

「む――?」

 

 そうして、ふと感じた何かが迫ってくる感覚に上を見る。そして驚愕に顔を歪めた。その目に映ったありえないものへの理解が追いつかない、気付けばそれが"落ちて"くる逆方向へとアーチャーは走り出して――

 

 

 

 

 

「AAAALaLaLaLaie!!」

 

 

 

 そのとき、音も、光も、世界からなにもかもが消えた。

 

 

 

 

「なんだ、あれは――」

 

 ミサイルでも降ってきたのかとアーチャーは本気で錯覚した。それだけ破格の威力だったのだ。回避に全力を尽くしていたため正確な判断は出来ないが、少なくともAは優に上回る大火力。

 その証拠に、セイバーと彼女を狙うバーサーカー、ランサーの戦いは強制的に終結させられていたのだから。

 

 モクモクと上がる白煙。その中央で、未だ姿の見えない大男は高らかにこう叫んだ。

 

「双方剣を収めよ!! 王の御前であるぞ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サーヴァントは触媒無しだとその人に似てる奴が出るということで考えてみた。
天才肌、プライド高い、研究とかそっちの方、そんな都合の良い理系バーサーカーなんて……あ!!いたわ!バーサーカーじゃないけど狂化経験あるのが!!

と言うわけでケイネス先生の相棒はテスラです。うん、バーサーカーで良いのかということを除けば個人的にはしっくり……どうですかね?

今作のテスラさんは狂ってるんで明らかに頭使いそうな雷飛ばしは使えません。その雷を全身に帯電させて戦うゴールデン(もちろんあの人)スタイル



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 征服王イスカンダル

日間1位とかまじですか


 

 

 

「ぬうう、まずいな」

 

「なにがだよー……まずいのはこんな所で平然としてるお前のメンタルだろー……」

 

「もうちょっとしゃきっとせんかお前は」

 

 ――なら命綱の1つや2つ今すぐもってこい!

 何とも言えない目でこちらを見てくる自らのサーヴァントに、ウェイバー・ベルベットはこう叫んで一発ぶん殴ってやりたいくらいの気分だった。現実には殴るどころか涙交じりの抗議の声をあげるのが精一杯で、手も足も出せないのだが。

 勿論ウェイバーの度胸とかそういう問題も無いわけではない。仮に彼が万全だとしてもこの大男に真っ向切って反抗できるかと言われたら勝算を弾き出すのは難しい。

 だが、少なくとも今ウェイバーをここまで震え上がらせている原因はそういった類のものではない。例え常に危険に挑み続けている冒険家やスタントマンでも、前方を見れば49m下に海、後方を見ればおよそ20m下に地域最大クラスの交通量を誇る幹線道路があるという橋の"頂点"に命綱も無くどっかり座るなど普通は出来ないだろうから。

 

 冬木大橋――冬木と海を結ぶ玄関口、彩やかな赤に染められたその姿は美しく、休日ともなれば海や日の出とのコントラストを求めて写真家やカップルも訪れる冬木のランドマークと言える存在でもある。

 しかしウェイバーにその景色を楽しむ余裕などありはしない。彼がいるのはその最高地点、当然柵などもない剥き出しの危険地帯なのだから。

 

 

「全く……」

 

 そんなウェイバーを見て隣に胡座をかいて座る大男、ライダーのサーヴァント、征服王イスカンダルは特に触れないことにした。何だかんだ文句を言いながらウェイバーは足場に手足を括りつけるかのようにへばりつく事で安定したポジションを確立しつつあり、まず落ちはしないだろうと結論づけた。

 

 

 

「征くぞ、坊主」

 

「はあっ!? お前今日は様子見に徹するんじゃなかったのかよ!?」

 

「事情が変わった。このままではセイバーが脱落してしまう」

 

 そしてまた目を転じ、硬直気味になっていた戦況が一気に動き始めているのを確認すると赤いマントを靡かせライダーは腰を上げた。

 新しいサーヴァントの登場によって三竦みに成り立っていたパワーバランスが崩れている。こうなるとそこからの展開は驚く程早い――かつてマケドニアという小国からスタートし、世界最大規模の大帝国を作る中で駆け抜けた数多の戦地、その中で身につけた経験がそう告げていた。 

 

 

「いや、それ好都合じゃないか! 強いやつは脱落してくれればそれはこっちから――」

 

「馬鹿者、余がここまで様子見をしていたのは他のサーヴァントが出揃うのを待つ為であって、断じてそのようなこすい考えではないわ! そら、早く立てい坊主。それともここで待つか? 余はそれでも一向に構わんが」

 

「行く行く! すぐに立つから待ってくれよー!!」

 

 火事場の馬鹿力の亜種的なものなのか、今まで全身の毛が逆立たん勢いで震えていたウェイバーがそんなことを全く感じさせない俊敏さを持って立ち上がる。

 そうしなければ、先にチャリオットに乗りこむライダーは確実に自分を置いていくだろうから。

 

 

 

 

―――――

 

「双方剣を収めよ!! 王の御前であるぞ!」

 

「だから何でよりによってど真ん中に飛び込むんだよ……」

 

 そうして、今に至る。

 高らかな声で宣言するライダーをコントロールするのは不可能と悟ったウェイバーは御者台の底で蹲り他者からの視線が自らに届かないように祈った。

 

 ――ライダーの宝具神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)は、かつてゴルディアス王がゼウス神に捧げた供物である牡牛を先導にした戦車であり、ライダーはその勇壮な牡牛を轅の綱を断ってそれを手に入れた。

 その際に彼のとった所作と同様の手順を踏むことで空間を裂き、呼び出す事でそこからは常時展開される使い勝手としてはかなり良い宝具と言える。

 

 無論、それだけではなく、威力も征服王の名に恥じないだけのものを誇っている。

 その蹄が、車輪が、大地を蹴れば今この瞬間まで激闘を繰り広げていたセイバー、ランサーの一撃に匹敵する魔力を持って紫電を走らせ、雷鳴を轟かせる。その様は天を走る稲妻のごとく。一度事前にその真価を見たウェイバーは、現代兵器に換算すれば爆撃機に匹敵するだけの戦力であるとまで見込んでいた。

 Aランクという最高ランクにすら収まりきらない埒外の武器。それがこの宝具。負けることなど考えられない。

 

 しかしだ――いかに不意討ちとはいえ、"敢えて"仕留めないように手抜きをした一撃で3騎のサーヴァントの間に乗り込むのが得策なはずが無いだろう?

 

 経験不足の若きマスターからしてみれば頭を抱えるしかなかった。

 バーサーカーこそその蹄、計4つで弾き飛ばして息も絶え絶えに倒れて臥す状態に追い込んでいるものの、セイバーとランサーには躱され、どちらもが無傷のまま同じようにあっけにとられた様子でこちらを見あげているのだ。今はまだ場が混乱しているからいいものの、冷静になった時にもしも2対1にでもなろうものならたまったものではない。

 

 

 

 

「我が名は征服王イスカンダル!! 此度はライダーのクラスを持って現界した!!」

 

「何を――考えてやがりますかこの馬ッ鹿はぁああ!!」

 

 が、ライダーの言動はそんな懸念すらも遥か斜め上に飛び越える――今しがたの決意も忘れウェイバーは自らの3倍はあろうかという偉丈夫に掴みかかる。

  自らの真名を、戦いの中で看破されるのならともかくあっさりとバラすという行動はいよいよウェイバーの理解出来る範疇から逸脱した。そもそも彼のやることなす事その全部が意味の分からないことだっただろうと言われればそれはそうなのだが、その中でも度を越したというべきか。

 

「ええい。こんな時に限って堂々としよって。少し待っていろ、今余は現代風に言うと……そう、ヘッドハンティングを行おうと思っているのだ!!」

 

「ヘッドハンティングだああーー!? 馬鹿だろ! やっぱお前馬鹿だろ絶ッ対ぃい!! つーかそんな言葉どこで覚えてきたぁああ!!!」

 

「無論、テレビである。武ではなく、知を持って戦う者でも上を目指すあの意識、そしてその者達に応えるべく目を光らせる者とその手腕、そこに余は我らの時代と通じる快活さを覚えたのだ」

 

「んなもん知るかぁああ!!」

 

 混乱ここに極まれり。

 ウェイバーは恐怖心など忘れて全力を持ってライダーの胸倉を殴りつける。ライダーからすればそんなものは蚊に刺されるのよりもダメージは小さいのだが。 

 少なくとも、ウェイバーは必死だった。そしてそんな彼の姿に、今までまるで生きた心地のしていなかったアイリスフィールがちょっとだけ和むというか安心していたのは彼女だけの秘密である。

 

 

 

 

 

 

『なるほど、よりにもよって君だったか。ウェイバー……ベルベット君』

 

「ひ……」

 

 そんな、弛緩した空気を凍らせるような冷たい声が場に響いたのはその直後だった。

 ウェイバーに現実を思い出させる男の声は魔術で拡声されているのか、その場にいたサーヴァント誰しもの超人的感覚を以ってしても発信源を特定することは出来ない。

 今までの威勢はどこへやら、ウェイバーの全身から流れ出る冷や汗、そして早鐘を打つように鳴り響く心臓。

 

 こうなることは分かっていた、分かっていたはずなのにいざ直面すると止まらない震え。彼が聖遺物を"盗み"だした相手であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの冷酷な怒気を孕む言葉はウェイバーの体の芯へと染み込んでいく。

 気付けばウェイバーは両膝をつき、まるで極寒の地の遭難者のように交差した両手で肩を握りしめ、何かを拒絶するように首を横に振っていた。

 

『私の聖遺物を盗み出したと聞いた時はせいぜいイタズラ程度と思い見逃したが……まさか君自身が聖杯戦争に参加する腹だったとはね』

 

「――」

 

 声が出せない。まるで身体中を縛られたかのようにウェイバーは感じていた。

 

『ある意味驚嘆すべき度胸だ……そんな君には私が特別授業を持ってあげよう。魔術師の殺し合いということの本当の意味、その身体にじっくりと刻み込んでやる』

 

「――っ!!」

 

 ――殺される。間違いなく僕はここで殺される。

 

 ウェイバーはそう確信せざるを得なかった。他にどんな感情が起こるはずもない。

 真に魔術師たることは死を観念することにほかならない、時計塔でそう教えを受けてきてはいたものの、直にその世界に足を踏み入れている人間の殺気に当てられるのはこれが初めてのことである。

 ウェイバー自身、講師としてのケイネスは全くもって鼻持ちならない相手としか認識していなかったが、それで魔術師としての実力まで見損なう程視野は狭くなかった。

 圧倒的な実力差、何よりこれまでくぐり抜けてきた修羅場の数、奴が死ぬと言った以上それ以外に運命は……ない。

 

「落ち着け、坊主」

 

「え――」

 

 そんな絶望の淵から彼を掬い上げたのは、今まで苛立ちしか感じてこなかった男の一言だった。

 ぽん、と肩に置かれた手はどこまでも大きく、温かい。

 

『おう、どこに潜んでいるか分からんが魔術師よ。どうやら貴様はこの坊主に変わって余のマスターに成り代わる腹だったらしいな』

 

 そのままウェイバーの肩を優しく抱き立ち上がらせたライダーはどこにいるとも分からぬ魔術師――あくまでライダーから見れば、の話だ――に呼び掛けると続けて断言した。

 

『余のマスター足る者は余とともに戦場をかける勇者でなければならぬ! 貴様がどれだけ魔術師として優れているが知らんがな、影に潜んでこそこそしているような輩が余のマスターだと? は、片腹痛いわ!! 貴様なんぞマスターとしちゃあ坊主の足下にも及ばんわい!!』

 

 ケイネスよりも自分のほうがマスターに相応しい、と。

 それがどれだけウェイバーに己を奮い立たせる勇気を与えた事か。隣でしてやったりと言わんばかりの笑みを見せるライダーにウェイバーは初めて感謝した。

 

『――』

 

 だがそんなこと、言われた方は気持ちが良い訳がない。

 完膚なきまでの一方的な論破。その屈辱がどれだけのものかはウェイバーには計り知れない。無言ながらも膨れ上がる殺気。

 

『そうか……ではいずれ貴様にも思い知らせてやるとしよう』

 

「いずれ……?」

 

 意外な反応にウェイバーは首を傾げた。ケイネスの癇癪は時計塔でも数回見たことがあるのだが……その苛烈さから考えるに、いくら英霊が相手と言えどもそう簡単に引くとは思えなかったのだ。

 

 

『幸い今の私は気分がいい、セイバーを仕留められなかったのは残念だが……私のバーサーカーを殺さない程度に傷めつけてくれたのは実に心地良い』

 

「はあ!?」

 

「なんだと」

 

 支離滅裂とも言えるその言い分に異常を感じたのはウェイバーだけではない。ライダーでさえなにを言っているのかわからずに顔を顰めた。

 そんな二人の気持ちなど知らず、愉快そうにケイネスは続ける。

 

『ではまた会おうではないか諸君……その時は地獄を見せてやる』

 

 それを最後にフッとケイネスの気配そのものが霧散した。恐らく離脱したのだろう。転がっていたはずのバーサーカーもウェイバーが見た時にはもうその姿はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うことで黒いのと粘着質なのにはご退場頂いたわけだが……」

 

 しばらく誰もが動くことができなかったが……もう何もないと判断したのか、ライダーが唐突に心底愉しそうな笑みを浮かべてセイバー、ランサー、そして少し遠くにいたアーチャーに向き直る。

 

「セイバー、ランサー、そして赤いの! うぬらの洗練かつ華麗な技量による真っ向からの斬り合い、誠に見事であった!!」

 

「お、おう……」

 

「ええ……」

 

「――」

 

 ライダーは大真面目だ。しかしこれから何をするつもりなのか既に分かっている3人からすれば結論は出ている、しかしアーチャーはともかくセイバーやランサーからしてみればあまり望まない戦いを終焉させてくれた恩がある。

 そういうわけで誰も途中で口を挟むことは出来なかった。

 

 

「それでだな、その戦士としての技量を見込んでの話なのだが……お主達、聖杯を余に譲りそのまま軍門に下り、共に大地の果てまで――」

 

「「「断る」」」

 

 かと言って結論が変わるわけではないのだが。

 3人が同じタイミングで征服王の心からの誘いを一刀両断した。そもそも英霊は何かしら望みをもって現界するもの、仮になかったとしてマスターは違うのだから、こんな誘いがまかり通るはずもないのだが、そんなことを気にするタイプでないと分かっているからこそのシンプルな拒絶。

 

「むうう……」

 

 何やら考え込むようにライダーは顎鬚をポリポリとかく

 

「待遇はおうそうだ――」

 

「「「くどいと言っている」」」

 

 2度目は最後まで言わせすらしなかった。

 

 

「あんたみたいなのは嫌いじゃねえが……あいにく今回の主は決まってるんでな。鞍替えなんてだせえ真似をするつもりはねえ。すまねえけど次の機会にしてくれや。その時は考えてやってもいい」

 

 ランサーはライダー自体のことは気に入っているのかどこか楽しげに。

 

「世迷いごとを。聖杯にかける望みがある以上そんなものは侮辱に過ぎない」

 

 セイバーは若干の怒りとともに。

 

「私も同感だ。あまりにも突拍子が無さすぎる」

 

 アーチャーに至っては無表情で。

 

 

 

「なあ……お前本当に出来ると思ってたのか?」

 

「いや、ものは試しと言うしな。それにあの青いのは中々の好感触だったではないか」

 

「今じゃなきゃ意味ないだろ……」

 

 ここにライダーのサーヴァントヘッドハンティング作戦は無残に散ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「雁夜、身体の調子はどうかね? なるべく魔力消費を抑えるようにして戦ってみたのだが」

 

 偵察場所で落ち合ってからというもの、霊体化して無言で雁夜の後を護衛していたアーチャーが声を掛けてきたのは間桐家の門をくぐり、屋敷のドアを開けてすぐのことだった。

 

「え、ああ。問題ない。そういや俺の身体ガタが来てたんだよな……そんなこと忘れるくらい負担は感じなかった」

 

 そんな疑わしいみたいに凝視されても実際そうなんだから仕方ないだろ。雁夜は靴を片付けながら、実体化したアーチャーに大丈夫だと改めて手を挙げて示した。

 

「そうか。なら良いが」

 

 渋々ながら引き下がったアーチャーを後ろに引き連れ居間へ、そのまま雁夜はソファーに倒れ込む。そうして、心地良い疲労感とともに仰向けになり天井を見上げた。

 

 

「にしても凄かったな……」

 

「あれがサーヴァント同士の戦いだ。人間では到底加入出来ぬ神域の戦い」

 

「ああ、よく理解できたよ。それにしてもお前凄いんだな、アーチャー」

 

「……私はそうたいしたことは無い。セイバーやランサーにまたあのように対峙することがあれば、今度は生きて帰れる保証はないさ」

 

 雁夜からしてみればそれは純粋な尊敬の念だったのだが、なぜかアーチャーはムスッとしている。

 そうして茶でも淹れようかと歩いていく背中に、雁夜は1つ聞きたかったことがあったのを思い出した。

 

「なあ、アーチャー。お前、なんでセイバーの正体が分かったんだ? 普通分かるわけ無いだろ?アーサー王が女の子だなんて」

 

「――」

 

 アーチャーの足が止まる。

 しかし何も答えようとはしないその姿に雁夜は何かあると踏んで畳み掛ける。

 

「もしかしてアーチャー、生前ブリテンの戦士だったんじゃないか? アーサー王の側近は円卓の騎士がいたから届かなかっただけで腕は確かだったとか」

 

 それくらいしか考えられない。雁夜の推測は確信に近かった。アーサー王を見切るなどそうでもなくては出来るはずがないと。かつての主に会ったとしたら、その衝撃で記憶が戻ったとしても不自然ではないのだから。

 

 

「――ここにおいて置く。飲んだら早めに休むことだ」

 

「おい、待てよアーチャー!――ったく」

 

 答えることなくアーチャーは消える。残された雁夜は何でそこまで隠すのかとボヤきながらアーチャーの入れた紅茶を手に取った。

 

「聖杯戦争か――」

 

 

 

 

 

 何にせよ、初戦を彼は乗り切ったのだ。

 

 聖杯戦争最初の夜はゆっくりと更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 




バサカテスラの今作での設定
混沌・善
筋力 B
耐久 A
敏捷 A
魔力 B
幸運 E
宝具 C(本来の使い方ができないので著しくランクダウンしている)

スキル
狂化 E〜A(ケイネスの意思で切り替え可能)
ガルバ二ズム B
天賦の叡智 B ……狂化の影響で弱体化しているものの、あまりの天才性故に本来の頭脳という意味合いではなく閃きとして機能
対魔力 D

宝具 人類神話・雷電降臨……前述の通り理性のない今では本来の使い方は出来ない。本来放つ雷を身体に纏う事で全体能力を底上げする常時開放型宝具として機能、反動は大きく連発も出来ないが、その雷をコイル一点に集中させる事でA〜A+相当の火力を一瞬だけ出すことも可能
 (テスラの交流電気実験の際の逸話から)

一応こんな感じでいこうかなと思います。スキルは一律1ランクダウンに単独行動は消失。ステータスは筋力耐久敏健が狂化の分、そして宝具の分、合わせて2ランクアップ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 アインツベルンの森にて

 冬木市内中心から車を走らせること1時間。郊外にある森にはとある都市伝説がある。曰く、冬にそこで迷った遭難者が当てもなく森の中を彷徨っていると、10m級の木々が鬱蒼と生い茂り先が全く見えなかった視線の向こうが不自然に拓け、そこからうっすらと光が差し込んできたという。

 いつの間にか出口にまで降りてきたらしい、そう思った遭難者はそちらへと走った。そして、葉や泥が身体につくのも無視して辿り着いた先に見たのは……まるで西洋を思わせる巨大な洋館だったらしい。

 らしい、という注釈がつくのは、その遭難者が次に気がついた時にはもう夜も更けていて、目の前には広大なだだっ広い更地があるだけだったからだという。

 大方夢でも見たのだろう、その話を聞いた人々は笑う。しかし、何年かに一度、冬の夜に同じような証言をする者は後を絶たなかった。一番最初にその話が出てからもう20年、30年はゆうに経っている。

 そのうち、まことしやかにこんなウワサが流れるようになった。

 

 ――冬木の森には幽霊屋敷がある

 

 この話は巡り巡り、今では夜遅くまで遊んでいる子供を親が脅かす際の定番となるくらいには広まっている。

 だが、あくまで噂は噂、本当に信じているものなど、酔狂なオカルトマニアか、それを見たと言う本人達だけなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――これが聖杯戦争か……覚悟はしていたとはいえやはり侮れないな」

 

 結論から言うと、その噂のみに限定すれば酔狂な連中の方が真に迫っていたと言える。

 

 確かに冬木の森に洋館は存在し、こうしてその中で生活をおくり煙草を吹かす人間がいるのだから。無論、その主は幽霊ではなく実態のある人間なのだが。

 

 見るものが見れば幽鬼にも見えないことはないかもしれない。

 くたびれた黒いスーツにボサボサ頭、そして見るものを震えあがらせる冷たく光を失った瞳、アインツベルンが必勝を期して用意した最強の傭兵、衛宮切嗣はおよそ10年は時代を先取りしたノートパソコンの前に座りキーボードを叩いた。

 

「初日の成果としては最悪に近い結果と言っても過言ではないだろう」

 

「切嗣……」

 

 アイリスフィールが彼の後ろに立ち、心配そうにぎゅっと両の手を胸の前で握った。今回の失態は代理といえどもセイバーのマスターとして隣にいた自分が何も出来なかったのにも責任がある、と。

 実際の所、切嗣か彼女に責任を求めることようなことをしていないし、する気もないのだが。

 

「最終的にライダーの介入もあり、脱落もしくは致命的な傷を負ったサーヴァントはいない。となれば、今回の勝負に勝敗をつけるなら、どれだけ自分達の情報をもらさず、相手のそれを掴めたか、それに尽きる――アイリ、そういうことだという事を踏まえたうえで、君なら今日の夜をどう分析するかな?」

 

「ええっと……」

 

 振り向いた切嗣に話を振られ、アイリスフィールは今日の出来事を反芻する。対峙したサーヴァント、目の当たりにした自らのサーヴァントの力量、そして数多く起こったイレギュラーを。

 

「セイバーの力量自体がこの聖杯戦争の中でも高いのはまず分かったわ。三つ巴のときも、バーサーカーのときも、結局戦いの中で1番優勢を取ったのは間違いなく彼女だもの」

 

 別に顔色をうかがったわけではない。ないのだが――話しながらアイリスフィールは無意識に部屋の隅で控えているセイバーに目線をやっていた。

 物見遊山の際に着ていたスーツを再び身に纏ったセイバーは何も反応することなく無表情を貫いている。

 

「けれど……それ以上に失ったものが大きすぎるわ。私達がアドバンテージとして見込んでいたセイバーの真名の隠匿性はまず限りなく0になってしまった。正確に誰がいたかまでは分からないけれど、まともなマスターならサーヴァントこそ派遣しなくても、あそこに何かしらの間諜を放つのは間違いないもの」

 

「……続けてくれ」

 

「それに、特にあの赤いサーヴァントにはもう迂闊に手出し出来ないわ。それは他のどのサーヴァントも同じ。今回の勝負で勝った者がいるとすればそれは間違い無く彼よ。自分の方は真名はおろかクラスすら明かさず、対してこちらにはセイバーやランサーとも白兵戦で渡り合える力量、そして彼らの真名をあっという間に看破するっていう無視できない2つの爆弾を残していった」

 

 そのようにセイバーに気を使っているアイリスフィールですらそれ以上のプラス要素を見つけ出すのは難しいことだった。そこからは懸念材料の連続。 

 

 真名が全陣営にバレる。対峙したサーヴァントが他にどれだけの情報を持っているのか分からない以上目の上のたんこぶと分かっていても下手な手は打てない。

 参戦していないサーヴァントが0だとしたら赤いサーヴァントだけ大幅にプラス、槍を見る限り仮にあそこで宣言されなかったとしてもある程度察しがつくランサーは少しだけマイナス、そして本来バレるはずの無いものがバレたセイバーは大幅にマイナス。好き勝手やっていったイスカンダルは何とも言えない。

 それがアイリスフィールの出した結論であった。

 

「僕も同感だ、アイリ。今の言葉を僕らの共通認識として頭に入れておいてくれ。細かいことでも情報は共有しておかないとそれが大きな代償として響く時がいずれ必ずくる」

 

 切嗣の認識も同じなのか。彼は満足げに頷いてアイリスフィールに念押しした。

 

「セイバーの戦闘は僕から見ても特に落ち度はなかった。それでも真名がバレたと言うことは、恐らくあの赤いのは彼女の真名を最初から知っていたというのが妥当だろう。

 そして、ならなぜそれを早々に明かさず引っ張ったのかだけど、ある程度自分の実力を先に示しておきたかったからと考えれば辻褄が合うんだ。セイバーを警戒して先に潰しておきたかったのならわざわざ闘う必要など無い。さっさとぶちまけて他のマスター、サーヴァントを煽って後は高みの見物を決め込めば良い。

 だけど、戦う場合と戦わない場合ではそこからが変わるんだ」

 

「切嗣、それはいったい……」

 

「あれだけ接近戦をこなせるサーヴァントは本来、セイバー、ランサー、バーサーカーの三者だけだ。だけどそのうち2クラスは既に出揃っていて、もう1つがありえない以上、他の"何か"であることが確実になる。けれどその 何か が奴が敢えて序盤戦ってみせた事で絞れなくなったんだ。アーチャー、キャスター、アサシン、その全てに辻褄が合わなくなる。自分の正体を単純な不明から"謎"に昇華したんだ。

 もしもあのサーヴァントがそこまで考えた上で立ち回ったとしたら、あいつは――危険なやつだ」

 

 危険、それは切嗣が敵を評価するにあたって最上級の警戒を表す言葉である。

 今や満足そうな表情は消え失せ、まるで猟犬のように鋭い瞳で窓の方を睨みつける切嗣にアイリスフィールはゴクリと生唾を飲んだ。

 このような姿を見るのは決してはじめてではない。しかし経験したからといって慣れるほど、彼の殺気は生易しいものではなかった。

 

「アイリ、セイバーに聞いてくれ。あの赤いのは本当に君の知っている英霊ではないの――」

 

「伝言には及ばない、切嗣。私の国、敵どこを見てもあのような者はいなかった。当然私の側近になどいるはずがない。あの武器も、戦衣装も、確実に時代が異なっている」

 

 セイバーがすっと前に出ると切嗣の言葉を引き継いでそのまま回答した。マスターからの直接的コミュニケーション、意思疎通の拒絶。それがこの誠実な少女に、表に出さないだけでどれだけのショックを与えていたことか。

 それを象徴するかのように、言葉の節々には本人も気づかないような棘があった。

 

 

「……となると真相は完全に闇の中だな。アイリ、しばらくあの赤いのは傍観しよう。あれだけ大局を見れるやつだ。その分望みは薄いかもしれないが、他の陣営があっさり倒すなんて可能性も否定できな――」

 

「いい加減にしろ切嗣! こちらを見ろ!!」

 

「セイバー!?」

 

 再び切嗣が彼女に反応も示さずアイリスフィールに話しかけようとしたその時、セイバーが圧倒的威圧と怒気を込めて一喝した。

 いつも聞く者を穏やかに、安心させるような暖かさと凛々しさを備えたその声が、今や敵を突き刺す刃を思わせる鋭いものとなっている。

 アイリスフィールの驚きが、いきなりそんな変化に直面させられた者のとる、通常かつもっともらしい反応である。

 

「この聖杯戦争が生易しいものではないと貴方自身先ほど認めていたではないですか! それなのにこんなくだらない事で意地をはって一体なんの意味があるというのだ!」

 

 セイバーの怒りは、その実彼女に似つかわしくない焦りの感情が引き起こした側面が大きい。それは彼女が切嗣に伝えた内容が真実であるが故にだ。セイバーからしてみれば赤いサーヴァント、アーチャーに自らの真名を掴まれるような接点がないのは断言出来る確信だった。

 

 それだからこそ余計に警戒は募る。相手がどれだけこちらのことを掴んでいるのか分からないという焦燥、加えてこれから対峙する他の相手も間違い無く自分に対する策を練ってくる。だというのに肝心のマスターとはまともに話すことすら出来ない。

 そんな積み重ねの結果がこの静かな爆発に込められていた。

 

「……だからと言ってネガティブな要素ばかりではないんだ、アイリ――」

 

「切嗣!! 貴方という人は!!」

 

 セイバーはギリギリまで辛抱した。それは間違いない。明らかに彼女の方を見ず、話の流れも通らない中僅かな可能性を信じたのだから。しかし、それも限界。切嗣の言葉が他人に向けられたものだという事実を否定出来なくなったセイバーは切嗣に詰め寄ろうとし

 

「やめてセイバー!」

 

「――っ! アイリスフィール!?」

 

 そんな彼女を止める重たい感触。セイバーの腰にドンっという衝撃が伝わった。驚いた彼女が振り向けば、そこには目に涙を浮かべたアイリスフィールが抱きつきながらセイバーを見上げるような形になっている。

 

 

「貴女の気持ちは分かるけど……お願い、セイバー」

 

「しかし……!」

 

 セイバーはアイリスフィールを振り解けない。まともな主従関係を結べていない切嗣ですら心の中では未だ全霊を賭して守るべき相手なのだ。それが代理とはいえセイバーとより深く関わっているアイリスフィールなら……そんなことを出来る訳がない。

 

「……分かりました。頭を冷やしてきます。また何かあればいつでも呼んでください」

 

 結果として、やり場のなくなった怒りを自らのうちにもう一度抑えつけることがセイバーにできる手段だった。しかしもうこれ以上この場にいて平静を保つ余裕もなければ自信もない。彼女はアイリスフィールの制止も振り切り、常なら有り得ないほど肩を震わせて足早に部屋を後にした。

 

 

 

「やり過ぎよ切嗣……セイバーがどれだけ辛い思いをしているか……」

 

「……」

 

 切嗣も、そしてアイリスフィール自身も、ここで窘めたところで意味がないのは分かっていた。ただ、それでもアイリスフィールは何も言わない訳にはいかなかったし、切嗣は切嗣でそれに応えるつもりもない。

 手詰まりの重たい沈黙だけが2人を包む。

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの話の続きだけど……なにも今回の戦いで得られたものが一つもないわけではないんだ」

 

「聞かせて、切嗣」

 

 いくらか柔和に雰囲気が変わった切嗣にアイリスフィールは諦めたように一度頭を振ってから続きを促した。

 もうこうなった以上切嗣の中で今の出来事は"無かった事"として処理されている筈だ。それを蒸し返したところで何の意味もないとアイリスフィールは分かっていた。

 

「ああ、これを見てくれ」

 

 アイリスフィールの行動の意味を切嗣も分かっていた。分かったうえで何も触れず、先程まで弄っていたパソコンの画面を彼女に見えるように機械ごと動かす。

 

「これは……どこかで見たような……」

 

 その画面を覗き込みながらアイリスフィールはむうっと唸った。そこに映し出される古ぼけた写真に写っているのは知らない男だ。こんな人にはあったことはない……だというのに彼女は何か引っかかるような気持ち悪さを感じていた。

 

「えーっと……待って切嗣! この人ってもしかして!」

 

「気づいたかい? そう、間近で見ていた君なら分かるはずだ。これはバーサーカーの写真だ。勿論、今日とったものではなく今からおよそ100年前に取られたものだけどね」

 

「100……!?」

 

 普通の日常会話で100年前、なんて単語が出てくるときそれはあまりにも遠いとかそういった出来事を象徴する比喩であることが殆どだ。

 100年経ってもこいつには勝てない。とか、100年前から受け継がれてきた技術。などが最たる例だろう。

 だが、アイリスフィールが驚いたのはその真逆の意味だ。有史以前……それこそ神話の時代まで遡る英霊という存在において100年前というのはあまりにも近すぎて、短すぎる。

 

「どうして……そもそも狂化して顔もよく分からなかったはずなのになんで断定できるの!?」

 

「落ち着いて、それを今から説明する」

 

 取り乱すアイリスフィールの肩を両手で優しく包み込んで切嗣は苦笑した。

 多少は予想していたがここまで驚くとは思わなかったと。

 

「まず1つ……僕がアイリに連絡を入れただろう?」

 

「ええ、すぐに切れちゃったけど……」

 

 アイリスフィールはその時のことを思い出す。切嗣からの通信に慌てているうちに途切れてしまったのだ。あれが正常な終わり方でないことぐらいは機械素人の彼女にも分かっていた。

 

「ああ、あれはバーサーカーが出てきた時の魔力でいかれたものだと思ってたんだけど……そうじゃなかったんだ」

 

「違うの?」

 

「魔力に妨害されたのなら、その干渉地帯から抜ければ正常に戻る。機械と魔力は本来全く関わりのないものだからね、けど――」

 

 切嗣はコートのポケットから黒い機械を取り出す。それはアイリスフィールが耳につけていピンマイク内蔵型イヤホンと、切嗣が使っていた送信用のトランシーバー

 真空パックに入れられていたその2つは、切嗣に取り出されると嫌な不協和音を奏でる。

 

「――っ!」

 

「見ての通りさ、壊れてしまってもう使い物にはならないだろうね。ならその原因は何なのか……そう、バーサーカーは雷を纏っていた。理由が電磁波ならそれに不思議はない」

 

「確かに――」

 

「そして、それならその雷がどこから生まれているのか? もしも神話の世界の人間ならどこからともなくというか、自然に発生しているのだろう。だとしたらこれ以上の特定は不可能。けど現実は……他のカメラが死ぬ前の映像を解析してみたところ、随分と年代物のコイルがバーサーカーの左腕に装着されていたんだ」

 

「コイル――?」

 

 頭の上にはてなマークを浮かべているアイリスフィール

 

「……詳しく説明しようとしたら一晩じゃすまないからとりあえず置いておこう。電気を生み出す機械、そう思ってくれ」

 

 そんな彼女に説明すべきかどうか切嗣は思案し……しないことにした。それで別段話の役に立つわけでもない。

 膨れているアイリスフィールに若干の罪悪感はわくがそれくらいならと話を続ける。

 

「とにかくこれで結論は出たも同然だろう? 宝具は生前の逸話の昇華だ。こんな神秘もへったくれもないものが人生の代表格になる人物なんて自ずと限られる。そしてパソコンで調べてみれば案の定だ。

 

 ニコラ・テスラ……神秘の1つと言われた雷を人の手が届くところまで引きずりおろした功績は計り知れない。こいつが英霊に選ばれても、僕は何も疑問には思わないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




機械に強いケリィだからこそなせる業


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 暗躍

僕はね、徹底的に矛盾を排除することで素晴らしい作品を作ろうと思ったんだ……そんな僕自身が一番矛盾していたことすら気づかずにね……(ケリィ風)


 

 

 

 

 遠坂邸は深山町にある丘の頂上に位置している。

 立地で言うなら文句無しに素晴らしい。深山町はおろか、未遠川を挟んで向こう側にある新都まで全て見通せるその景色は、まるでこの冬木市全てを自分のものにしたかのような錯覚を思わせる絶景。

 およそ200年前にこの土地に根付いた遠坂家の祖先も思ったはずだ。この土地は素晴らしい土地だ、と。しかしそれは景色がどうとかそんな感傷的なものではない。もっと魔術師的で、打算的なものだ。

 

 墜ちた霊脈――日本有数の霊地である冬木の中でも、2番目に格の高い霊脈であるこの丘の上から遠坂は代々この地、そしてここに集う魔術師を束ねてきたのだ。

 

 

 

 

「師よ、ただいま到着いたしました」

 

「綺礼か、入りたまえ」

 

 土地を治めるものの住まいにも格というものがある、という言葉をとある第二魔法の使い手が師事を請うてきた極東の魔術師に言ったとか言わないとか。

 確認を取るのはいまや不可能だが、もしもそんな言いつけが現実にあったとして誰も疑いはしないだろう。

 かつて聖堂教会の代行者として世界中を飛び回り、その過程でありとあらゆる文化的建築物にも触れてきた言峰綺礼の目からしてもこの屋敷に何か不足があるとは思えなかった。

 この屋敷の中にいるという事実だけで背筋が伸びるような緊張感。そんな屋敷の中でも1番に大きく、厳粛な雰囲気を醸し出している扉を綺礼はノックし、主の了承を得た事を確認してから音も立てず部屋の中に入る。

 

「やあ、よく来てくれたね。当面の拠点となる家はお気に召してくれたかな? 君が純和風の様式を望んだ故そうしてみたが、あいにく私はそちらの方にはあまり造詣が深くない。何か不都合がなければ良いのだが……」

 

「滅相もありません、師よ。どれだけ長くとも使用期間は2週間程にしかならない我が身にあれだけのご厚意。感謝こそすれ不満などあるはずがありません」

 

 中で待っていた彼の魔術師としての師――遠坂時臣の歓迎を受けた綺礼は頭を下げた。その姿は、ある程度魔術界の情報に精通しているものからすれば異常の一言である。

 言峰綺礼は師である遠坂時臣に反目し、その師弟関係の解消はおろか絶縁、もしくは敵対状態。それがこの二人の"表向き"の関係であるからだ。

 

「そうか。まあ君も日本人でありながら殆どこの国にいないからね。任務外の時間くらいは母国の文化様式に触れて英気を養ってくれ。我々の戦いにおいてそれだけ君の存在は大きいのだから」

 

「恐縮です」

 

 この会話を見れば分かるように実際の所それはポーズに過ぎない。

 綺礼は未だに時臣の弟子である。それどころか今回の戦いも時臣の勝利の為だけに存在しているのだ。他の参加者から見ればあまりにもふざけた利害関係。それが成立しているのがこの二人の間柄だ。

 

 だが師である時臣が綺礼の事を把握しきれているかと言われれば、答えは否だ。今もそうだ。時臣は綺礼が自らの希望した借り住まいに満足して英気を養えるものだと信じて笑顔を浮かべているのだが、綺礼からすれば先の感謝はあくまでも時臣の好意に対するものであって、その後に続いた言葉に関してはまったくもって的外れだからである。

 もちろん綺礼の態度が社交辞令にしては真に迫っているという事もある。しかし、それだけならば優雅たることを家訓にし、また自らも優雅の体現者となっている時臣を勘違いさせることなどあるまい。

 

 ――言峰綺礼は異常者だった。人が美しいと思えるものを美しいと思えない、楽しいと思うものを楽しめない。

 今この瞬間もまた1つ人が美しいと思えるものをそうと思えなかった事実が綺礼の心に暗惨たる影を落としているのだが、それを誰かが気付くことはない。そうやって、誰にも理解されないまま彼の人生は20数年無為に過ぎてきたのだ。

 

 

「まあ世間話はこれくらいにしておこうか。今晩は局面が動いた大事な日だ――ああ、当然の事ながらここに入るところを誰かに見られてはいないだろうね?」

 

「――ご心配には及びません。綺礼様にいかなる監視の目もついていないのは、この間諜の英霊たるハサンめが保証いたします」

 

 片手に持ってくるくると回していたワイングラスを机に置いて立ち上がった時臣の問い掛けに答えたのは綺礼ではない。

 綺礼の隣の何も無かったはずの空間に、地面からすっと影が湧いた。そしてその中から全身黒ずくめに白い髑髏のお面という異様な風体の人物が現れる。長い髪をポニーテールのように結んでいるのを見るに若い女性なのだろうか? それすら判然としない無を思わせる不穏な虚。

 

 ――アサシンのサーヴァント、ハサン・サッバーハ。百の貌を持つと言われた伝説の暗殺者は100の個にして1人、1人にして100の個、もっともふさわしいクラスをもってこの聖杯戦争へと参戦を果たしていた。

 

 

「と言うことです。アサシン、隣に控えていろ。今日はお前にもいてもらわねばならん」

 

「はっ」

 

「アサシンがそういうのなら、なんの問題もないのだろう。では私も――クー・フーリン殿、霊体化を解いてください」

 

「だから殿は……まあ良いわ。もう好きにしろ」

 

 アサシンからの報告に絶対的な信頼を寄せているのか、時臣は疑うことなく受け入れた。そして顔を左に向け虚空に頭を下げながら呼びかける。不可視から可視へ、今宵激戦を闘い抜いたランサーが気だるさを隠そうともせずに姿を現した。

 

「でははじめようか。聖杯戦争も今宵本格的に幕を開け、そのなかで我々の……と言うよりもクー・フーリン殿の目論見通り多くのサーヴァントが姿を見せた。いよいよここからが本当のはじまりだ――

セイバー、ライダーは真名まで判明し、バーサーカーもどのようなサーヴァントなのかおおよそ見当はついたことは上々と言えるだろう」

 

 淡々と語る中で時臣の言葉が一度詰まったのは、この戦闘自体が元々彼の予定ではなかったからだろう。どちらかと言えば序盤は様子見に徹したかった彼の方針を強引に覆したのはそのサーヴァントのランサーである。

 元よりランサーが生粋の戦士であることは一目瞭然、だが傍若無人な振る舞いに徹する訳ではなく、時には理性的にマスターの顔も立てることも厭わないその態度には、時臣とて一定の信頼感を抱いていた。その彼が強硬に主張した戦陣の火蓋を切る必要性。心の中で完全に納得はしなくとも今後の関係性を考えれば突っぱねることは出来なかった。

 

「はい。私もそう思います」

 

 綺礼も別段それに異論はない。肯定するように頷く。

 

「征服王イスカンダル、騎士王アーサー、いずれも人類史に大きな足跡を残した英雄だ。加えてアキレウスの踵のような致命的弱点も特にはない……強敵だな」

 

「時臣、間違えるな。目に見えるものだけ分かるものだけで判断してたらこの戦い、あっさり引きずり降ろされるぜ」

 

 時臣の言葉にランサーが口を挟んだ。三者の注目が一斉に集まる彼の雰囲気は先程までとは全く違う遊びなどありはしない真剣な口調と鋭い目つきでランサーは続ける。

 

「あの場に出てくることすら出来ないような臆病者はどうでもいい、そんな腑抜けは俺がどうにかするでもなくいずれ堕ちる――まあそりゃどうでもいい。今回の戦の趣旨はそんなんじゃねえ」

 

「と、申しますと?」

 

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。この国にも良い言葉があるじゃねえか。その通りだ、最後には己の腕次第で全て変わる、変わるといってもそこまでの道のりをより分かりやすくすることはいくらでもできるからな」

 

「御託はいい。早く本題に入れランサー」

 

「だからよ、どんだけ難攻不落の城だろうがその全貌さえ見えてりゃ幾らでも手の打ちようはある。逆にたとえあばら屋で出来たようなボロっちい砦でも何も分からなきゃそうおいそれとは攻められねえ」

 

「今もっとも議題にすべきは前者である2人よりも、後者になるあの赤いサーヴァントと言うことか……」

 

「そういうこった。なんだ、案外理解速いじゃねえか綺礼」

 

 考え込む綺礼にランサーは感心したように笑みを浮かべる。

 

「とりあえずあの赤いのについてだけは今のうちにわかる情報整理して、今後どうするのか決めておいた方がいい……アサシン、お前あいつも尾行してたんだろ? あれのマスターとか分かんなかったのか?」

 

「――恐らく私の存在そのものは分かっていない。だが尾行されることを前提に動かれた」

 

「そんなとこだろうと思ったぜ――ありゃ戦上手だ、ああいうのをほっとくと後々面倒なことになる」

 

 まるで敵が目の前にいるかのような敵意を剥き出しにしたランサーの警告。闘いは数字だけでは計ることができない。

 

「ではあの赤いサーヴァントについて……と言いたいところなのですが何一つ分かってはいないのが現状です。クラスはキャスター、アーチャーのどちらかしかないのですがどちらもあの戦いぶりとはかけ離れている。真名はおろか出自も不明、おまけにどこの陣営なのかすら分からない……外来か、それとも間桐か……」

 

「お言葉を挟むようですが師よ、マスターに関しては今一度私がアサシンを用いて調べ直してみようかと。ライダーのマスター、ウェイバー・ベルベットにあのアインツベルンのホムンクルス、情報を精査するにはちょうど良いタイミングかと」

 

「ふむ、そうだね綺礼。あともう1人の不明サーヴァントの調査と共に君とアサシンにはその仕事を任せたい。もちろん赤いサーヴァントの情報収集は怠らないように」

 

 1歩前に進み出た綺礼の提案を時臣は首肯して受け入れた。もとよりアサシンの仕事は諜報活動である以上断る理由などないのだ。

 

「時臣」

 

「はい」

 

「お前はアーサー王伝説からあれに類似しそうな英雄について調べてみてくれねえか。ありゃ闘いの途中で見抜いたって感じじゃねえ。最初から分かってたってやつだ――あとあいつが持ってた双剣」

 

「アーサー王伝説の方は分かりますが……双剣、ですか? あれからはとても宝具のような神秘性は感じられませんでしたが……」

 

「宝具じゃなくてもあいつがあの剣と色んな修羅場くぐってきたのは明白だ。もしかしたらそこからなんか見えるかもしれん」

 

「……分かりました」

 

 首を傾げながらもとりあえず納得したように時臣はランサーの言葉に答えた。ランサーはそれを確認するとアサシン、綺礼も一瞥し、特に異論が無いことも確認する。

 

 

 

「まあそれ以外の事は時臣、しばらくお前の方針に合わせてやる。そのかわり委細、細かいことでも必ず伝えてくれや。最後に真っ向勝負させてくれるなら他に文句なんかねえからよ」

 

 今回は運が良い。現世にいる限り強敵と相見えるチャンスはいくらでもあるだろう。別段聖杯にかける望みなどありはしないが、それが叶うのならばある程度の制約くらい甘んじて受け入れようではないか。

 

 内心から湧き出る興奮にランサーは獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「醜悪だな……」

 

 一言で表すと、その空間は不快だった。間桐の秘術を紡ぐその最深部、石造りの室内および内壁は反射光で緑色に怪しく光り、なにか獣が腐ったような匂いが充満する。

 だがそれも、中心部にあるおぞましい物の巣窟に比べれば随分と品の良いものだ。嫌悪感に顔を歪めながらアーチャーは足元に縋り付こうとした蟲を魔力でもって吹き飛ばし、そう一言吐き捨てた。

 

「ほほう、我が間桐秘伝の蔵はお気に召さなんだか? アーチャー」

 

 そんなアーチャーの後ろからくつくつと笑う声が降ってくる。その声の主が誰なのかは見るまでも無い。

 

「これが秘伝というならば間桐は今すぐにでもこの世から消え去るべきだろうな」

 

「かっかっか、その分析はあながちまちごうてはおらんぞ? 既に間桐は瀕死を通り越して魔術師としては死を迎えておる」

 

 何かおかしいのか、どこか愉快そうに間桐臓硯は笑い続ける。

 

「何のようだ。心配せずともここをふっ飛ばしたりはしない。残念ながら私は真っ向勝負に優れたサーヴァントではなくてね。下手に騒ぎをおこして多数の陣営に攻め込まれでもしたらたまったものではない」

 

「いやいや、初戦の見事な戦いぶりを間桐家当主として褒めておかねばならんと思ってな。まさか雁夜めの引いたどこのものともしれんサーヴァントがアーサー王にクー・フーリンを手玉に取るとは夢にも思わなんだ。

 今回の戦いは無駄なものとして捨て置き、雁夜が苦しむその様を慰みにしようと思っていたが……少しばかり希望を持っても良いかもしれん」

 

 何を馬鹿なことを。アーチャーは臓硯の言葉を鼻で笑う。そして手に双剣を投影し振り返った。

 

「分かっていると思うが……私は君のような手合にも覚えがあってね。もしも我々の邪魔をするようならどんな手を使ってでも殺し"尽くして"やる」

 

「なんじゃと?」

 

 右手から放たれた剣は臓硯の顔の横を不可視のスピードで突き抜ける。だが嘲るばかりだった老人の表情を曇らせたのは明らかに当てる気の無い牽制の一撃ではない。

 最大限の嫌悪とともに強調されたとあるフレーズが臓硯に警戒心を懐かせた。

 

「数百年に渡る延命……なるほど、間違いなく人の業ではあるまい。魂のみの延命か、細かい理屈は知らんがそもそもその身体自体既に自らのものではないだろうな。

 そしてそういう者にとってこれは決まりのようなことなのだが……大抵そこに本体は置かない。故にここで私が貴様を殺そうと何の意味もない」

 

「――」

 

 臓硯は答えない。ただその落ち窪んだ黒いのみの瞳でアーチャーを凝視する。

 

「だが……本来あるべき場所を離れ、脆弱になったその魂の中枢を適当な所に放置するわけもない。必ずこの屋敷の何処か、或いは"生き物"の中か、全て殺し尽くせばいくら貴様でも生き残れまい――

 ――しかし貴様が潔い死を迎える性とも思えん。私がそのような行動に出れば、正解に辿り着く前に雁夜を殺すか、乗っ取るか、どちらかの手段で私を止めようとするだろう。

 だが私の目的は彼と共にこの戦いに勝利することだ。それを下らん事で阻止されてはあまりに寝覚めが悪い。

 その為に、敢えて貴様に手を出さないと言うことを覚えておけ」

 

「ほう……使い魔風情が言うではないか。儂が雁夜を支配すれば令呪さえも支配下にある事を分かったうえでの啖呵かの?」

 

 令呪――それはサーヴァントと人間、成り立つはずのない主従関係を可能にする絶対服従権。そんな切り札を突きつけられてなおアーチャーは揺らがない。

 

「君の言う通り、私はどこのものともしれない英霊なのでね。普通の英霊と同じ様に縛ることが出来るなどと都合の良い考えは持たない事だ」

 

 はったりだ。臓硯の中で問う必要もなくその答えは出ている。サーヴァントと令呪の関係は絶対だ。そうでなければこの戦い自体成り立つはずがないのだから……だがそれでも、数時間前に見せつけられた戦いと、この英霊のもつ底知れない不気味さが500年の時間を生きる老人に引っかかりを作っていた。

 なにせこの英霊は、臓硯が時間をかけて調べたにも関わらず出自すら完全に不明なのだ。聖杯戦争に深く精通しているが為に発生する違和感。そんな英霊を、保証もなく低く見ることなど出来るはずが無い。

 

「まあ良いわ。お主が間桐に聖杯をもたらすというのならそれに越したことはない。さすれば儂の願いも叶う以上、桜も、そして雁夜も用済みよ。光差す世界にでもどこにでも勝手に行くが良い」

 

「ああ、そうなるように務めるつもりだ。だからそれまでは大人しくしていることだ」

 

 これ以上話すことなどない。アーチャーは無言で臓硯の横を通り抜け

 

「貴様、雁夜に全く情報を与えなかったのは」

 

「決まっているだろう? 情報を共有するのは私と雁夜2人で良い。ここの連携を損ないたくないのなら……そうだな、彼につけている監視用の蟲だけでも外しておくというのはどうだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一度戦うだけで爺にまで牽制を掛けることを狙うエミヤさんほんとエミヤ。
ちょっと違う兄貴にも挑戦してみようかと。あの人多分戦術眼も悪くないと思うので。
前書きは……手遅れですが上手く落としどころを探します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 急転

 冬木ハイアットホテルと言えば、ここいら近隣の住民の目からすれば天空の楽園である。

 地上32階建ての超高層は地方都市と言えど東京や大阪に比べれば片田舎と言って差し支えないこのそこそこの街並みにはより眩しく光る。

 もちろんの事、高さのみで終わるようなでくの坊ではなく、一般にも開放されている――値段は桁が違うが――レストランは星付きのシェフが腕を振るうということで常に盛況、シアター設備や温水プール等の設備も当然のように完備するそのエンタメ性は国際基準として冬木が国内に誇るものであった。

 その最上階のスイートルームと言えばもう是非もない、一晩止まるのに云十万という値段がかかるのも誰もが当然のように受け入れている。しかし、その部屋の全てを同一名義で1ヶ月という長期で借りるという大富豪が現れたのには、金銭感覚が多少通常と離れたホテルのフロント員でさえ動揺を隠せなかった。

 

 その富豪の名は――ケイネス・エルメロイ・アーチボルト

 

 

 

 

 

 

 

「ソラウ、身体は大丈夫かね?」

 

「ええ、大丈夫よ。ちょっとだるいくらい……貴方こそよく平気ね。比率は確か7対3で貴方持ちなんでしょう?」

 

「ふん、私を誰だと思っているんだい? アーチボルト家9代目当主ケイネス・エルメロイだぞ。如何に狂戦士といえどたかが使い魔、御し切れないほど落ちぶれてはいないさ」

 

 気だるげにソファーに横たわるソラウに毛布をかけると、ケイネスはどかっとソファーに全身を預けた。先の言葉どおりまだ彼のキャパシティに余裕は確かにある、あるのだが短時間の魔力行使でここまで消耗したこともない。

 気丈に振る舞うも疲労感を隠し切ることは出来ていなかった。

 

「そう……私の方は結構いっぱいいっぱいかも。あのバーサーカーが本気出すのなら時間はなるべく控えてね? それか私から持っていく分を抑えるか」

 

「無論、そのつもりだとも。今回試運転を行ったことで私の身体も少しは耐性が付いたはずだ。今度はこの様に額から汗を垂らすような醜態を晒すつもりは毛頭ない」

 

 しかしながら、バーサーカーの行使による魔術師を襲うフィードバックとしては、ケイネスが今感じているそれはかなりの軽症と言えた。そう見えないのは、ひとえにケイネスの力量の高さによるものだが、疲労困憊したソラウが気づかない以上その小さな偉業は誰にも気づかれることはない。

 

「しかし――」

 

 今夜の戦いは余計な邪魔が入らなければパーフェクトと言えたのに。

 落ち着いたことで疲労感がまるでソファーに吸い込まれるように消えたことで、逆にふつふつと湧き上がる苛立ちがケイネスを包む。

 バーサーカーの負担を推し量るために敢えて参戦のタイミングを遅らせ、狂化も出来る限りゆるめた。もちろん、緩めすぎて口を開かせれば面倒どころの騒ぎではないのでそこは調節していたが。とにかく、そんな状態でもあと一歩で強大なサーヴァントを一体脱落に追いやれる寸前まで行ったのだ。だと言うのに

 

「征服王イスカンダル、ウェイバー・ベルベット……」

 

 ケイネスはぎりっと奥歯を軋ませる。

 不愉快なイレギュラー、思いつく限り最悪の組み合わせに邪魔をされたことが怒りを増大させる。出来ることなら今すぐにでも八つ裂きにしてやりたい……それが本音だった。

 

「ケイネス、今後はどうするの?」

 

「そうだな……負担の具合も分かったが――あまり運用回数を増やすのは得策とは言えないだろう。非常に業腹だが私の魔力も無尽蔵ではない」

 

 だが、その怒りに任せて猪突猛進に走るほど冷静さを失ってはいない。あくまで今回の参戦はテストを兼ねたものであり、その結果は最悪でこそなかったものの最良ではないのだ。そんな現状を鑑みず、一見だけでその大火力の片鱗を見せつけたライダーに挑めばどうなるか……結果は明らかだ。

 早々にマスターを仕留めたとしても、全開での運用をせざるを得ないバーサーカーによって魔力を根こそぎ奪い取られるだろう。そうなれば今後の支障は免れない。

 

「となれば――」

 

 次にバーサーカーを以って動く時、それは必勝の機でなければならないだろう。それも最低でも1日……もしくは2日の休息を取ったうえでの話だ。ケイネスは結論を頭の中で組み立てる。

 幸いにして拠点は既に要塞と化しているのだ。相手が攻め込んでくる分には望むところだと。

 

「ソラウ、君は休む事に専念してくれたまえ。私も明日、明後日は使い魔を使用した索敵、もしくは昼間のうちに自ら足を運んでの偵察活動のみにとどめるつもりだ――勿論、動く事で何かしら利があると判断すればまた話は別だかね」

 

 焦ることはない。聖杯戦争はまだ始まったばかりなのだから――ケイネスは立ち上がり、何処かに倒すべき敵がいるであろう冬木の街並みを見下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「んで、どうするつもりなんだよお前は」

 

「ぬう? 何がだ」

 

「何がじゃねえよ。今後のことだよ今後のこと。サーヴァントの顔も結構割れただろ? いよいよここからが本当の始まりじゃないか」

 

 そんなケイネスも、まさか一番目の敵にしている相手がなんの変哲も無い民家に半ば居候のような形で転がり込み、しかもサーヴァントが堂々と実体化し煎餅を囓りながら海外の軍事ニュースを興味深げに眺めているとは夢にも思わないだろう。

 

 グレン・マッケンジーとマーサ・マッケンジーからなるマッケンジー夫妻、オーストラリア出身の2人はグレンの仕事の都合により赴任した日本を気に入り、そのまま永住を決意、子も設けるもその息子は孫の誕生を機にオーストラリアへと帰郷、現在はまた2人暮らしに戻っているのだが、つい先日イギリスに留学していたウェイバーがオーストラリアへと戻る前に家に立ち寄っていて、しばしその友人のアレクセイと共に4人暮らしの日々を送っている――これが現在この家の"設定"である。

 

 

 

「ウェイバーちゃーん! お風呂湧きましたよー!」

 

「……ったく……余計なことでばっか気が回るんだから――分かった! すぐいくよ!」

 

 鬱陶しさを隠そうともせずドアを開け、階段下にいるであろうマーサに半ば怒鳴り口調で返すウェイバー。親族の情でもあればもう少しまともな対応をしただろう。それすらしないのは、老婆との関係がそのようなものではないからだ。

 当たり前の事ながら、暗示はあくまでも対象者を信じ込ませるものであり、術者にはなにも影響などありはしない。だから自分達が家族だと信じているのはマッケンジー夫婦のみであり、ウェイバーから見ればただの他人だ。

 もしも自分も彼らが家族だと信じることができたならば、このストレスも大方消え去るのではないだろうか……ウェイバーはそう出来もしないことを想像し、すぐ落胆に肩を落とした。

 

「坊主、今の態度はどうなんだ。マーサもグレンもいい人柄をしているというのに」

 

「うるさいなあ! 元はと言えばお前が勝手に下に降りるから僕が暗示をかけ直すはめになったんだろ!」

 

 これみよがしに溜め息をついたライダーにウェイバーは頭を掻きむしった。どうしてこうも首尾よく進まないのか、つい数時間前抱いたあの安心感はなんだったのか、分からないことだらけだった。

 

「はぁ……まあ良いわ。ところで方針と言ったか? そんなもん無いわ」

 

「はぁ!?」

 

「今日実際に見て分かっただろうが、此度の戦はどいつもこいつも猛者ばかりよ。このような英雄を片っ端から狩って行く。これ以上に心躍ることなどあるまい」

 

「――!!」

 

 ――お前やっぱり大馬鹿だ!!

 

 豪快に笑うライダーを、そうどやしつけたい衝動を抑えるのにウェイバーは必死だった。下にはマッケンジー夫婦もいる。ここで騒いで介入でもされたら厄介どころの話ではない。

 

「分かった……じゃあ僕が方針を決めていいって事だな?」

 

「ほう……何か策でもあるのか、坊主。あのステルス機を買う以上に上々な策はそうそうないぞ? クリントンに協力でも仰ぐか?」

 

「それが出来るならこの戦い、僕はもう勝ってるよ――そこのアタッシュケース取ってくれ」

 

 これ以上近代兵器に興味を持たれても困るだけだ。ウェイバーはTVのスイッチを切るとオモシロイと唸るライダーの隣に投げてあった黒いケースを取るように促す。

 ウェイバーとて魔術師の端くれ、ケイネスのような最先端かつ高次の礼装こそ持っていなくとも、ある程度の器具を持参することくらいはしていた。

 

「魔術師らしいではないか。で、何をするつもりだ?」

 

「茶化すなよ――魔力残滓の追跡だよ。お前のことだ、放っといたら昼夜問わず相手探して飛び回るなんて普通にやりかねないだろ? それじゃあ魔力も無駄だし、何よりこっちの足がつきやすくなるだけ……僕だってマスターなんだ。確かに戦闘はお前に任せるしかないけど、それまでのサポートくらいしてやる」

 

「ほほう」

 

 憮然とした口調で語りながら淡々とビーカーやら得体の知れない液体やらをセットするための機材を組み立てていくウェイバーに、ライダーは感心を覚えていた。今までほとんど……いや、全くと言っていいほどマスターらしいとは言い難かったマスターがようやくそれらしいところを見せようとしていると。

 サーヴァントとマスターの関係は複雑なものだ。本来なら令呪という絶対命令権を持つマスターが上になるはずなのだが、かと言って人として成し遂げた偉業から見れば、元々マスターなどサーヴァントには及びもつかないほど下にあるのだ。加えて令呪の数も有限となれば、往々にしてその上下関係がひっくり返ることも起こりうる……ウェイバーとライダーとの関係性のように。

 

「うむ、やってみるが良い。貴様が成果を出した暁には、余も全霊を持ってそれに見合う働きをしてみせよう」

 

「言ったな……すぐに馬車馬みたいに働かせてやるから覚悟しとけよ」

 

「むはは! 良い! それでこそマスターとしての気概というものよ!」

 

「へぶっ!」

 

 少なくとも、豪快に笑って激励のビンタを背中に見舞う姿は主に対するものではない。どちらかというと未熟者を笑いながら見守る師というほうがよっぽどあっている。

 

「いやしかし……確かに片っ端から狩るだけってのも味気ないかもなぁ……」

 

 それでもウェイバーが必死なのは分かっている。ライダーはしばらくの間グレンと日本の文化について語りでもして時間を潰そうと思い立ち、その巨体の割に静かに部屋を出た。

 そして階段を降りながら、ウェイバーの語った方針、とやらについて考えを馳せる。

 

「そうさなあ……やはり武だけではなく、言葉で語るのもこれだけの英雄が揃っている以上やらなきゃもったいないよなあ」

 

 もしもウェイバーがこの言葉を聞いていたなら、全力でそれを止めただろう。しかし非常に残念なことに、ライダーが気を使って声を抑えていたがためにその声は届かなかった。

 そうして知らぬ間に、グレンに指摘されるまでライダーの頬は自らのうちに閃いたアイデアによって緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「動きはなく2日目か……まああいつもそんな毎日毎日派手にドンパチやるわけじゃないとは言ってたけどさ」

 

 拍子抜けだな、なんてことを思いながら雁夜は眠い目を擦りながら居間へ続く廊下を歩いていた。

 体調はすこぶる良好。なぜか先日桜とともに臓硯の招集をうけ、警戒するもアーチャーも行けというので信じて行ってみれば、2人とも体内から何やら大きめの蟲を抜き取られた。それ以来、桜も自分も体調が良い。あれが一体何の蟲なのかは分からなかったが、抜くぶんには別段問題ないので雁夜は気にも止めなかった。

 

「おはようアーチャー、桜ちゃん……あれ、今日もあいついないんだ」

 

「……おはようございます。おじさん」

 

「うん、おはよう」

 

 出迎えは、今日も今日とて食べかすを口周りにつけた桜のみであった。やれやれと苦笑しながら雁夜は直接食卓には向かわずに食器棚からナプキンを取り出す。

 

「只でさえパス無しで好き勝手やれるアーチャーだからな……まああいつの事だから心配する必要もないんだろうけど」

 

 愚痴をこぼしながらも、そこに不満の色は見られなかった。元々自らの力量でどうにか出来ほど思い上がっておらず、なるべくサーヴァントに歩み寄ろうと言う方針ではいたのだが、先日の戦闘での立ち振る舞いを見てその方針は確かな信頼へと変わっていた。

 アーチャーが何も言わずに自分をおいてどこかに行っているのならば、それはそれで理由があるのだろうと思えるくらいに。

 

「テレビでも付けてみるか……」

 

 喋る相手のいない朝食ほど虚しいものもなかなか無いだろう。口を拭いた桜が満腹から膝の上でうたた寝している以上、この場には実質一人だけ。

 桜を起こさないようにリモコンに手を伸ばし、音量を抑えテレビの電源を入れた。

 

『続いては今朝のニュースです』

 

「ニュース番組なんて久しぶりに見るな」

 

 最近はそんな余裕などなかったために見ることなどほとんどなかったテレビだが、入れ替わりの激しい夜のバラエティー番組ならともかく朝のニュース番組は1年見ない程度ではそうそう変わらないらしい。どことなく懐かしさを覚えながら、雁夜は静かなアナウンサーの声を流し聞く。

 

「なあ、桜ちゃん……おじさんはどうすれば良いかな」

 

 そんなアナウンサーとは対照的に、1年で相当変わってしまった桜の髪を撫でながら雁夜は呟いた。

 

「おじさんはね、桜ちゃんを助けたいよ。それだけは誓って本当さ」

 

 最初に話した時のアーチャーの言葉が脳裏をかける。

 

「けど……それと同じくらい葵さんに振り向いて欲しいって思っちゃってる自分もいるんだ。桜ちゃんと、凛ちゃんのママなのに……そしてそれとも同じくらい……時臣を殺したいとすら思ってる。桜ちゃんのパパなのにだ」

 

 この感情は矛盾し、絡まっている。そして、それを自覚してなお雁夜は未だ解決する術を持たなかった。

 

「全てを救うことはできない――」

 

 アーチャーが最後に零した言葉が空に木霊する。

 

 仮に……彼の言葉を自分に当て嵌めるなら、救うべきはこの3つの感情、欲望だと雁夜は仮定する。

 

「分かってる。なら何かを捨てなきゃならない」

 

 あくまで勝利することが前提であるが――

 時臣を殺すことをやめれば、葵がこちらを振り向くなどありえない。そして、時臣への葛藤はどこへいく? 桜はその後どうなる? 疑問は尽きない。

 葵に振り向いて欲しいという感情を捨てることができれば、もしかすれば全てを良く回せる"可能性"もあるかも知れない。けれど……それが出来なかったから今ここにいるのではないか? 聖杯を得た自分は、そう簡単にその決断を下せるのか? そしてアーチャーの指摘が楽観的希望を打ち砕く。

 桜を救わない……こればかりは論外だ。

 

 ごちゃごちゃになった思考は渦を巻く。

 

 

「あいつと……時臣とも直接話さないと答えは出ないのかもな……」

 

 二度と顔すら合わせたくないが、それもやむを得ないかもしれない。そう思ったところで、今までBGMに徹していたアナウンサーの声が急に雁夜の意識を引っ張った。

 

『冬木市内で起こっている連続子供誘拐事件はその数50を超え警察は対策を――』

 

「冬木で誘拐……それも50だって!? ありえないだろこんなん!」

 

 一年間桜の事ばかり考えてきたからだろうか、今の雁夜にとってそのニュースは他人事とは思えなかった。

 

「凛ちゃんは……いや、流石にそんなヘマを時臣はしないだろう。しかし……」

 

 それと同時に浮かぶツインテールの活発な少女。遠坂凛ならば、こんなニュースが出ようが部屋で留まることを良しとせず外で遊び回りたがるだろう。そんなことは許さないと信じている、いるのだが……どうも凛という少女は大人の常識には収まりそうもない所があるのもまた事実。

 昔、桜とともに公園で遊ぶのを眺めていた頃には、それも大器の片鱗なのだろうと微笑ましく思っていたものだが、今となっては冷や汗をかく原因でしかない。

 

「ここまでおかしいとサーヴァントの可能性も捨てきれないし……あいつが帰ってき」

 

「戻ったぞ、雁夜」

 

「アーチャー!」

 

 まるで天が雁夜の声を聞いたかのように、アーチャーが居間へと姿を現した。その表情はかなり厳しめである。

 

 

 

 

「む……このニュースか。ちょうど良い」

 

「おい……?」

 

 雁夜に有無を言わせずアーチャーが目の前に仁王立ちする。その姿からは紛れもない怒りの感情が、静かにながら溢れ出ていた。

 

「この誘拐犯はサーヴァントだ、予想に過ぎんが手口からしてアサシンがありえん以上キャスターだろう……ようやくその尻尾を掴んだ。私は今から討伐に向かう。着いてくるかは君に任せる」

 

 突然の急転に、雁夜は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






結構新規の読者様も増えてきたと思うので、ここで一番皆さんが疑問に思われるであろうあれについて個人的な解釈を……

「なんで時臣はギルをアーチャーで呼ぼうとしてたのか?そもそも予想外でアーチャー嫌だったんじゃないの?」

これなんですけどね。個人的には順序が逆だと思うんですよ。アニメ1話?で「問題はアーチャーのクラスで限界したこと〜」とか言ってたと思うのですが、それは間違いないです。そして原作を読んでもアーチャーで来て単独スキルのせいでとどめるのがきつい、と書いてあります。
英雄王ギルガメッシュがアーチャーとして召喚された事を時臣は気にしている。その通りです。しかし原作を見る限り
ギルガメッシュがアーチャーとして呼ばれたのがきついというよりかは、ギルガメッシュが放蕩グセを持っていてその上アーチャーなのがきつい、という解釈のが正しいのではないか?と思いまして。

そうなると、ギルガメッシュの性格まで完璧に把握できる訳がない召喚前=放蕩グセについてまではわからない段階でアーチャークラスを嫌がるのか?と言われるとどうも合わないような気がした。という解釈です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 槍兵との遭遇

 殺人人数のべ42人。その大半が尋常ならざる猟奇的な手段による惨殺。もし仮に、警察がその殺人のすべてを認知し、尚且つその下手人を単独の同一犯と絞り込むことが出来ていたならば、恐らく新聞やワイドショーは連日その恐怖に慄き、こう騒ぎ立てたことだろう――現代のジャック・ザ・リッパー、人の情を持たない悪魔、と。

 そんな狂気の殺人犯も、面が割れない限り町で見かける分にはただの一般人だ。他の人と見分ける方法などありはしない。そうして今日も狩人は闇に潜み、日に紛れるのだ――雨竜龍之介、今世紀最悪の連続殺人犯は警戒することもなく明け方の街を闊歩していた。

 

 

 

 

 

 

 

「旦那ーそう気を落とすなって。あの綺麗なおねーちゃんがえーと……そう、ジャンヌ・ダルクじゃないなんて2日も前から分かってたことじゃんかー」

 

「……そんなことはありません龍之介、私めも幾度となく考えました。そして結論を出したのです。彼女は正しく聖処女ジャンヌ・ダルク……あの輝きはそれに相違ないのです……」

 

「そう言ってもなあ」

 

 ――アーサー・ペンドラゴンって言われた時の反応、確実に図星のやつだと思うんだけど

 

 この問答も何度目か分からない。龍之介はでかけた私見を喉の奥にぐっと飲み込むと、眠気覚ましに茶色い髪を掻いて眠さで霞む目を擦った。

 

 雨竜龍之介の外見は、一言で言うと爽やか風のイケメンと呼ぶのがピッタリ来る。それも女性に受けそうな小動物っぽさをはらんだ。どんな人間だろうと天性の顔立ちだけは好んで選べない、だとすれば彼にこの顔を与えた神が実在し、そしてまともな思考をしているのなら、神は後悔しているに違いない。

 この顔立ちに加えて甘い声、威圧感を与えない程度の身長に華奢な身体付き、文字通り彼の毒牙にかかった者達ももう少しだけ彼の顔が醜悪なら、見るからに異彩を放つ身体付きなら、警戒の感情を持って危機を回避出来たかもしれないのに。

 

 

「ま、聖杯戦争? ってやつが続いてるうちは何度だって会えるチャンスはあるんだろ? ならさ、その時に俺らのcool! を見せつけてやればいいんだよ! 旦那のセンスは最ッ高だからさ、あの人がジャンヌならその時に絶対思い出してくれるって!」

 

「龍之介……ええ! そうですね! そのとおりだ!! このような逆境においてもその前向きかつ建設的な姿勢、お見事です龍之介! 私はまた貴方に1つ教えてもらってしまいましたね」

 

「へへ、そんなに褒めないでくれよ。俺だって旦那には色んなことを教えて貰ってるんだからさ、元気づけてやるくらい出来ないと割に合わないって」

 

 それか、彼の隣にいるこの怪物がその時も隣にいたなら、それもまた哀れな被害者を救う要因になったかもしれない。

 こんな異様な人物を隣にして平然としている、それどころか親友かのように接して笑っている龍之介がおかしいのだから。

 

 ――ジル・ド・レェ伯爵。この人物ほど栄光と堕落を1つの人生で体験した者もそうはいないだろう。15世紀初頭、フランス100年戦争の中で今もなお歴史に残る救世主ジャンヌ・ダルク。その隣に彼はいた。そこで凄まじいまでの奮闘を見せたジルはジャンヌと共に戦争を終結へと導き「救国の英雄」とまで呼ばれるようになる。これだけなら立派な英雄だ。

 だが、彼の人生はそこから凄まじいまでの急落を見せる。栄光が目を眩ませたのか、それともジャンヌの非情な死が精神を粉々に叩き壊したのか、もしくは彼元来の本性が隠れていたのか、それは分からない。

 錬金術、黒魔術への傾倒に加え少年に対する異常性癖……後世に伝えられたジルの後半生は残虐と悪徳に満ちている。犠牲になった子供の数は最大1500人にまで上ると言われる殺人鬼。

 救国の英雄からの転落は火炙りにかけられるまで続いたのだ。

 そして一般人にとっては非常に不運なことに、今回彼はその後半生の伝承に乗っ取る残虐な黒魔術師……キャスターのクラスを保って現界。更にマスターは今世紀最悪の大量殺人鬼という最悪の組み合わせでこの冬木に仮初の根を降ろしてしまったのだ。

 

「うし! そうと決まれば朝飯食って俺達の工房に帰ろう!! 新しいcool!が俺達を待ってる!」

 

 冬は日が遅く、もう明け方6時も過ぎようとという時刻なのにも関わらず太陽は遠い地平線から今やっと顔を出そうとしているところだ。

 その地平線を指差し龍之介とキャスターは意気揚々と歩をすすめる。今日もまた新たな刺激が自分達を待っているものと信じて――

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……なんで、こんなのあんまりだぁぁああ!!!」

 

 そして――龍之介の絶叫が木霊したのは、それからほんの数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

―――――

 

「今なんとおっしゃいましたか……?」

 

「言った通りだ、キャスターの工房らしき場所の目星ならもうついてる。お前の方針に従ってわざわざ待ってやったんだ。正式な形での討伐が組織されたんならこれ以上待つ必要もねえだろ?」

 

 時臣が驚きのあまり音を立てて椅子から立ち上がりランサーに問うたのは龍之介とキャスターが街に現れる数時間前の深夜のことだった。

 聖杯戦争そのものを破綻させかねないキャスターの狼藉をアサシンの索敵によって掴んだ時臣陣営、そして璃正は検討の末に聖杯戦争を一時休戦してのキャスター討伐を全マスターに周知、宣言した。その際に通常は使い魔を寄越すところを、例の赤いサーヴァントが璃正の許可を求めたうえで1人直接乗り込んできたことは前回の戦闘に続きまた彼らの度肝を抜いたのだが……直接的に関係はないので割愛しよう。

 とにかく、ここにキャスター討伐の為に聖杯戦争は休戦され、新たな局面を迎えたのだ。

 

「いつの間に……いや、今思えば貴方はルーン魔術の達人でもあらせられる。そう考えてみればキャスターの居所を探索するくらいは容易かも知れませんね」

 

 想定外ではあるがこれは良い誤算だ。冷静さを取り戻した時臣はいつもの調子に戻ると、心の中の重しがひとつ取れたような気分だった。

 キャスター討伐に各サーヴァントを向かわせる為に今回は監督役からの報酬として、直接キャスターを打倒したものに予備令呪を1角与えるという報酬が用意されている。

 それを如何にしてランサーに取らせるか……それについて時臣は策を練っていたのだが、何をしなくとも本人が既に居場所を掴んでいるのならそれに越したことはないのだから。

 

 

「いーや、そんな大層なもんじゃねえさ。時臣、こないだお前に金せびったの覚えてるか?」

 

「はあ……突然のことに驚きましたのでもちろん……それが何か?」

 

「せっかく現世にいるんだから昼間の時間くらいは楽しまねえとな、と言うわけでお前から貰った金で釣具一式揃えてあちこち回ってたんだが……」

 

「そんなことをされていたのですか……」

 

 時臣は目眩を起こしそうだった。確かにランサーに幾らか金が欲しいと言われ、その要求も小金程度だったのでよく理由を考えもせずに渡したのを覚えている。そして、それ以降招集をかけていない明け方日中はほとんど屋敷に居ないことも。

 自分の世界にしか興味の無い時臣からすれば、英雄が何を思って突然釣りなどという俗物的な趣味に目覚めたのか……全く理解できなかった。

 

「まあな。そいで海釣り川釣り色々試してみてたんだが、そのスポット探しの途中で偶然見つけたって訳だ」

 

「……そうですか」

 

 これ以上は話したところで頭が痛くなる一方だろう。愉快気に話すランサーにそう確信した時臣は話をまとめる事にする。

 

「ですが、偶然にしろそれは我々に取って利しかございません……今すぐに乗り込みますか?」

 

「いや、キャスターの工房なんて基本的にゃ厄介なもんだ。しかもこんな動きがあったその日の深夜なんて警戒もガチガチだろ。明け方、その警戒が弛緩した瞬間を狙う――ああ、てめえはどうせまだ穴熊決め込むんだろ? 俺一人で行ってくるからここに残ってろ」

 

「御意」

 

 

 

 

 霊体化したランサーが不可視となり時臣の書斎から姿を消す。

 気配が完全に消えるまで頭を下げていた時臣は、姿勢を戻すと古ぼけたラジカセのような形状の通信機――もちろん電子機器的要素はなく、魔力によって動力を賄っている――へと向かうと目的の相手を呼び出した。

 

「やあ、遅い時間にすまないね」

 

『いいえ、問題はありません我が師よ。しかし一体どのようなご用件で? キャスター討伐の件でしたら"正式"な方も届いておりますので心配は無用ですが……』

 

「そうだね。その件なのは確かなのだが……予想よりも早く進展がありそうだ」

 

『と、おっしゃいますと?』

 

 受話器から聞こえる慇懃な声に時臣は手短に本題へと入ることにした。クー・フーリンの実力はもう嫌と言うほど確認済みである。例えアサシンであろうとも、しっかりと準備をしておかなければあっさりとバレてしまうのは目に見えているからだ。

 

「アサシンを数人、未遠川流域を広域的にカバーできる程度でいいからそちらへと寄越してくれないか? ああ、何の偶然か、クー・フーリン殿は既にキャスターの根城を掴んでいるようだ」

 

『なんと、しかしいつの間にそんなことを……昨日も私の所へふらっと現れたかと思えば"ここらへんに良い釣りのスポット知ってたら教えろ、お前、趣味と言う趣味は何でも手出してるんだろ?"などと言ってきたばかりなのですが……』

 

 驚いたような綺礼の声に時臣は1人ガクリと肩を落とした。

 どうもランサーの昼間の余興に対する意識が、ただの時間潰し以上のものであるのは疑いようもない。出来ることなら聖杯戦争のみに集中してほしいものなのだが……方針に合わせてくれている以上無駄に縛るのも関係の悪化を招くだけ――そんなもどかしいような感情が時臣を包む。

 

『師よ……?』

 

「……っ、ああ、すまない。こちらの考え事だ。とにかく、彼の言葉通りだとどうやらキャスターは未遠川流域の何処かに潜伏しているらしい。明け方を狙って1人で乗り込むと本人は言っているが……流石に情報が少ない状態でキャスターの工房に乗り込むというのはクー・フーリン殿と言えど何が起こっても不思議はない。

 かと言ってこちらが護衛をつければ確実に機嫌を損ねるだろう。そこで先回りし、あくまで観察という体で彼の状況を逐一確認し、最悪の場合はキャスターを攻撃する形で掩護に入ってもらいたいのだが――分かっていると思うが、直接彼の助けに入るのはダメだ。それは分かっているね?」

 

『もちろんです。我々の協力関係は未だ極秘裏のもの、如何な監視の目があるか分からない以上それが表に出る可能性はどんな小さなものでも摘まなければ』

 

 物分りの良い弟子は、時臣の真意を寸分違わず読み取り完璧な返答を返した。

 その答えに時臣は満足感を抱く。綺礼の才覚自体はそう優れたものではないが、ここまで"できた"弟子というのはそうそうとれるものではない。

 

「その通りだ、では後は君に任せる。不測の事態に備え、夜明け前には起きれるように今日はすぐにでも休んでくれ」

 

『手筈を整え次第すぐに、お心遣いありがとうございます……それでは』

 

「頼んだよ」

 

 準備をする必要があるのは綺礼だけではない、むしろマスターである自分こそ夜が開ける頃には最高のコンディションを作っておく必要がある。通話を終えると時臣は入浴の為書斎を後にする。

 妻、娘が家を離れた為、家に人気がないこの静けさにも慣れた。不気味さすら感じさせる静けさの中を時臣は悠然と歩む。

 

「出来ることなら、クー・フーリン殿が首尾よくキャスターを屠ってくれれば良いのだが……」

 

 その可能性は十分にある……けれども、そうならない可能性も確実にあるのだ。

 時臣は、初めて受動的に動くことへの一抹の不安感を拭い切ることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「ランサーだと……?」

 

「雁夜、下がっていろ」

 

 こんなことなら来なけりゃ良かった。雁夜は真剣に己の選択を後悔していた。

 

 そして相変わらずのポーカーフェイスを貫きながらアーチャーも同じ様なことを考える。

 聖杯戦争、常に身を隠してすべて勝ち切るのは無理がある。その為せめてサーヴァントがいる場所の空気というものくらいは知っていてもらわなければなるまい……その目的さえ果たせるなら、最悪今回はキャスターを討ち取ることを断念しても良い。

 それくらいの気持ちでいたと言うのによりにもよって1番遭遇したくない相手と出合ってしまった――アーチャーは自らの失策を悔いながら戦闘態勢に入る。

 

 アーチャーが街中を駆けずり回って見つけたキャスターの工房は未遠川の分流、少し小さめの川に繋がる下水路の奥にあることが推測された。当然入り口は1つ、川へと繋がる排水口しかないのだが……そこで蒼き槍兵と遭遇するなど一体どこの誰が予想出来たというのか。

 

 

「ああ、待て待て。お前とやり合う気はねえからその剣しまってくれや」

 

 しかしランサーの対応はアーチャーの予想したそれとは異なっていた。その手から赤槍を離して両手を挙げる。

 

「なんだと?」

 

「俺も今回の目的はお前と同じだと言っている……剣を手に取るやつなら誰でも平等に殺してやる。けどな、その気もねえやつを一方的に嬲るなんてのはクズのやることだ」

 

 ランサーはアーチャーから視線を離して忌々しげに唇を噛むと排水溝の先の暗闇、そしてその先にいるであろう敵を睨みつける。

 その姿を見てようやくアーチャーも剣を降ろした。このランサーという男が筋の通った人間だと言う事はもう分かっている。なら少なくとも今その鋒が自分やマスターである雁夜に向かうことはないだろう。

 

「ならば良い。協力しようなどと馬鹿なことを言うつもりはない。だが結果としてこちらの手数が2倍に増え、相手の狙うべき的が2つに増えるとすればそれだけ楽なことはあるまい」

 

「たりめえだ。腑抜けたこと言い出したら今からでもすっ飛ばしてやる――ちっ、やっぱりダメか。クズでも英霊の座に招かれる魔術師ってことだな」

 

「索敵のルーンか」

 

 ランサーがしゃがみ込み手を伸ばすと、その中から幾つか輝く宝石のようなものが飛び出しちょろちょろと流れる水面を登るようにスーっと滑っていく。

 だがその尽くがいざ中には入ろうかという瞬間に、まるで見えない壁に弾かれたかのように上へ跳ね、そのまま動きを失った。

 

「本職として呼ばれてる以上キャスターの工房をどうにか出来るほどのもんじゃねえけどな」

 

 まあこれも予想通りっちゃあ予想通りだ。なんて特にショックを受けた感じもなくランサーは高さにして優に2mは越えるであろう巨大な暗闇への入り口まで歩くと一度雁夜とアーチャーへ振り返る。

 

「早く来いよ。先言っとくが隙なんて期待すんなよ。てめえならやりかねないから釘刺しとくが」

 

 それだけ言うとランサーの姿が先へと消える。それを確認してからアーチャーと雁夜も歩き出す。

 

「お前、疑われてるな」

 

「仕方あるまい。ここにいるのが私ではなくあの騎士王ならばまた話も違ったのだろうがな」

 

 2人の姿も消えていく。

 

 そして、その様子を最初の邂逅から一部始終見ていた者が1人、少し時間を置いた後まるで暗闇に溶けるようにその後に続いたのだが、それを見た者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




英霊の記憶について
座は確か輪廻転生、時間の輪から離れたところにあって、英霊の座に登録されてからの行動は記憶ではなく記録として本体に登録されるんですよね。
となるとこのアーチャーの場合はエミヤとして召喚された第五次も(要するにSN3ルート)記録としては持っているという解釈で大丈夫なのか……?SN時はその場での進行形であることと時間の重なる並列世界の為にないだけで。そこら編の解釈がよく分からない……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 狂った工房

皆様回答ありがとうございました。


「イカは嫌い。だってヌメヌメしてて気持ち悪いもの」「昆虫も無理。なんか見た目が……」「触覚とか脚が多いとか……もう最悪!!」

 こんな言葉を聞いたことがある人も少なくないだろう。その感情は理屈抜きでなんとなく本能的なものなのか。所謂、生理的になんとやら〜というやつだ。

 だが、そのような感情を持つのはそれとは対極にある可愛い物好きな女の子や、子供や、神経質な人であったり綺麗好きな人であったりすることが多く、その存在自体は一般大多数に嫌悪感をもたせるほどのものではない。

 しかし、何事にも例外はある。少なくとも間桐雁夜はそういった要因を何も持たず、今までも特に嫌悪感を抱いたことがなかったのだが、そういう類は二度と見たくないとこの数分で固く心に誓っていた。

 

 

 

 

 

「おらおらおらぁぁああ!! もっとがんがんこいやぁあ!!」

 

「こなくて良いから! こういうのは音に引き寄せられるとかいうだろこのバカ!」

 

「バカは放っておけ雁夜!! とにかく死角を作らないように蟲を展開することに集中するんだ!……身体に負荷をかけすぎるなよ! 進み続けている間はともかく止まれば私も君を庇いきれん!!」

 

 一応休戦を合意しているとはいえ、その脅威を嫌と言うほど知っているランサーに対して雁夜はバカと怒鳴りつける。

 これがどれだけの異常事態なのかは考えるまでもない。

 

 排水溝の中は地獄絵図だった。入って数歩進んだ途端視界という視界すべてが怪異に埋め尽くされたのだ。触手なのか水棲類の魔物なのか、そんなことは分かったものではない。

 とにかく、生きるものに反応して無秩序に襲い来る肉塊を雁夜は必死に押し留め、とにかく奥へと進み続ける。後退しようにも出口は結界が張られ出ようがないのだから。

 

「数だけじゃ芸がねえ! もっと色々やってみろや!!」

 

「はぁあ!!」

 

 雁夜1人ならもちろんの事、仮に軍の特殊部隊数百人が完全武装していたところでこの場では3秒と保たないだろう。雁夜を引き裂かんとする海魔はそれだけの威力を持っている。

 それがまるで一騎当千のモブキャラの如く塵芥のように吹き飛んでいるのは、前を行く戦士2人の力量がそれだけ図抜けているということに他ならない。

 

 ランサーの赤槍にアーチャーの双剣、目にも止まらぬ勢いで動き続け敵を蹴散らすその武器裁きは誇張抜きで"無双"という言葉がしっくりくる。

 特に先陣を切るランサーは異常だ。今や雁夜の目に彼は、範囲に入るものすべてを粉々に粉砕するブラックホールか何かにしか見えなかった。それも自ら獲物を求めて超速で動くから相手からしてみれば質が悪いなんて話ではない。

 

「蟲よ――!!」

 

 そんな中で、身体能力、危機察知能力、武装、何もかも一般人の雁夜が生き残れているのには当然訳がある。

 まず、大部分を人外2人が雁夜に辿り着く前にどうにかしているというのが大きい。マスターである雁夜を守るのが当然のアーチャーはもちろんの事、好き勝手に暴れているだけのように見えるランサーも、実は雁夜の死角に入りそうな相手は軌道をずらして確実に仕留めているのだから恐れ入る――しかしそれだけではない。雁夜が目を背け続け今まで嫌悪し続けたもの、間桐の魔術が彼の命を繋いでいる。

 

「◆◆◆!?!!」

 

 嫌いな者が見たならば有無を言わせず卒倒するに違いない。雁夜から放たれる蟲は肉を求めて海魔を食い破り、海魔も負けじと蟲を絞め殺し、どちらも腐った液をこれでもかと撒き散らす。その光景はグロテスクという以外に表現が見つからないほどに凄惨だ。慣れているはずの雁夜ですらこみ上げる吐き気を抑え込むのに意識の半分以上を割かれるほどに。

 

「これ! どこまで続くんだよ!」

 

「恐らく貯水の為に拓いた空間があるはずだ! 工房にするなら恐らくそこだろう!!」

 

 肉片が目に入らぬように、それでいて前を行く赤い外套を見失わぬように、雁夜はアーチャーに怒鳴り、アーチャーも同じように怒鳴り返す。

 別に怒っているわけではない。ただ異形の断末魔と絶叫で、そうでもしなければ互いの声など掻き消されてしまうのだ。

 

「だからそれがどこにあるかって聞いてるんだよ!!」

 

「残念ながら私は国土省の人間ではないのでね! そこについては門外漢だ!!」

 

 とは言え、大声というものは自然に感情を昂ぶらせる。それは当たり前のことであり、どちらが悪いとかそういう問題ではない。だが過大なストレスが掛かる状況下でそんな応酬を繰り返していれば次第に苛々が募るのは仕方なのないことで

 

「そこが1番肝心なとこだろ! 国土省とかそんな知識いらないからそっちに頭回せよ!!」

 

「なら黙って手を動かしたまえ! 耳障りな声で視野まで狭くなっては余計に分からなくなるわ!!」

 

「んだと!!」

 

 もはや盛大な子供の喧嘩である。具体的には桜が一瞥して軽蔑の溜め息をつくくらいの。

 そんな阿鼻叫喚の中をとにかく必死に、時々家に帰った後のシャワーを思い浮かべながら、雁夜は進み続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぇ……なんだよ……これ」

 

「――――」

 

「あー……こりゃ仕方ねえよ。ほら、とりあえず全部出しとけ」

 

 ここの気色悪さに比べりゃお前のゲロは気品に溢れてるよ。なんて言いながらランサーが雁夜の背を擦る。

 雁夜にとってもここで嘔吐感を抑えきれなくなったのはまさかの事態だった。一般の人が想像する気持ち悪いもの、という概念を具現化したような海魔の群れを結局心をへし折ることなく突破したのだ。これ以上状況が悪くなることなどあるはずがない……目の前が拓けた時に雁夜がそう思ったのは仕方のないことである。

 だが、その認識は甘かったと言わざるを得ない。今までがあくまで普通の人でも想像が出来る範囲内だったのに対し、現在彼の目前に拡がる光景は紛れもない狂人でなければ想像すら難しいものなのだ。

 

「どうだ、"まとも"に生き残ってる奴はいそうか? 慈善活動は趣味じゃねえが今回は流石に別だ。こんな悪夢の中生きてるのがいるなら救ってやるのが情ってもんだろ」

 

「……ダメだな。息がある者も、もう人として生きるのは無理だろう」

 

「……そうかい」

 

 アーチャーが非情な現実を突きつけ、隣に立ったランサーは心底残念そうにそう呟く。

 感性が似通っているとは言い難い2人だが、この惨状に対する意見は確かめるまでもなく一致していた。

 

「ったく。悪趣味なもんだぜこりゃ」

 

「同感だ。こいつだけは必ず殺さねばならん」

 

 2人は同じように強く拳を握る。どちらも戦場においてはシビアなリアリストである、という点においては合致している。同時に闘争に巻き込まれる哀れな被害者というものも確実に存在することを理解しているし、その存在自体は別段怒りを呼び起こすようなものではない。

 しかし、それとこれとは別問題なのだ。

 

「……どうなってるんだここの主は……狂ってる」

 

「無理をするな雁夜。これはそうそう慣れるものではないし慣れる必要もない」

 

「大丈夫。幸いえげつないものは蟲蔵でさんざん見てるんでな……まさかあのくそったれな場所に感謝する日が来るなんて思いもしなかった」

 

 いつの間にか復活していた雁夜を気遣うアーチャーだが、雁夜は大丈夫だとそれを制するとランサーとは逆に彼の隣へと並ぶ。

 そしてこの工房の全貌を目を背けることなく見据えた。

 

「快楽殺人者ってやつじゃねえか。意味なんてありゃしねえ、ただ自分の欲の為に殺す。但し殺される覚悟はない。そういうやつじゃなきゃこんなことはできねえよ」

 

「それは間違いないと思う……けど、それだけじゃない」

 

「どういう意味かね?」

 

 何か確信めいて断言する雁夜にアーチャーが問いかける。

 

「俺、昔はライターやっててさ……その都合で芸術家なんて類の人間も結構な数を見てきたんだけど――」

 

 ここで雁夜は1つ区切りグッと言葉をためた。出来ることなら今からでも否定したいと言わんばかりに。

 

「そういう人は上にいけば上に行くほど、皆例外無く"狂気"ってやつをはらんでる。こいつは……同じようなものを持ってる。その対象がものじゃなく、人になってるだけで……」

 

 張り付けられ釘を身体中至る所に打ち付けられた少年、腸を引きずり出されそれが身体の周りに何か図形を描いている少女。挙げればキリがないのだが、惨いとしか言いようの無い嘗て人だった何かが至る所に"展示"されている。

 けれども、何一つとしてただ打ち捨てられているものは無いのだ。その全てが何かしらの意図を持って手を加えられている。

 それは、さながら死の博物館のように。

 

「……それなら尚更早く片付けねばならんな。今後エスカレートしていくのは目に見えている」

 

「そうだな」

 

 厳しい表情を崩さずに絶望的観測を述べたアーチャーに雁夜は頷く。人としての良心があるなら、キャスターだけは倒さなければいけないと。

 

「まあ言ってもここにクズがいないのは間違いないしさっさと退散しようや。ここ、いるだけ気が滅入るだけだわ――弔いたいって言うなら手伝ってやってもいいが」

 

「出来るなら燃やすくらいはしてやりたいが……残念ながら私も君もそんなに都合の良い能力はもっていない」

 

 下は舗装されたコンクリート、もしくは水路。埋めてやるのは無理だ。となると当然の帰結としては燃やすくらいしかないのだが、アーチャーもランサーもそんな能力を持ってはいない。かと言って外に持ち出すのも論外だ。

 

「あ――」

 

 早くも手詰まりか。そんな空気が流れる中、なんの気無しにパーカーのポケットに手を突っ込んだ雁夜が声を上げた。

 

「これ……使えないか……?」

 

 その手に触れたのは未だ殆ど未使用のライターだった。ライターは成人男性なら誰しもが当たり前のように持っていても何らおかしくないものではあるが……間桐の家に帰ってからというもの鍛錬の間に煙草を吸う余裕などある訳もなく、加えて桜と接することを謂えば例え余裕があった所で使う機会など有りはしなかった。

 そういうわけで同じように使いもしない外出用のパーカーに放り込まれていたのを、雁夜は今の今まで完全に忘れ去っていたのだ。

 

「些か不安は残るが……やれないこともないだろう。但し下手を打つと我々も吹き飛ぶがな」

 

 物騒な言葉ながらもアーチャーは肯定した。曰く、これだけ大量に死体があればそこから自然発生するガスもそれなりの量があるらしく、一発ライターのガスに引火させることさえ出来ればどうにかなるかもしれないということだ。

 因みにその一発目をどうするかということだが、それは部屋の中心に放り投げたライターをアーチャーが双剣を投げつけ破壊、それも双方向から同時にライターにぶつけ、ガスを空気中を放つのと火花を放つタイミングを合わせ引火させるという雁夜からしてみるとかなりとんでもなやり方だが、アーチャーからすると大したことではないらしい。

 

「おい、ちょっと待てやてめえ」

 

 それに対して異議を唱えたのは今まで黙っていたランサーだ。本当に嫌そうな顔でアーチャーにつめよる。

 

「理屈はまあ分かる。効率よくする為に死体を部屋の中心に動かしたうえで真ん中に火を起こすのが1番良いのも問題はねえ。けどな、一体誰がそこまでライターを持ってくってんだ?」

 

「ん、決まっているだろう? 私はタイミングを合わせて投擲するという大事な役割がある。そして雁夜では爆発に巻き込まれるのは目に見えている。となれば結論は1つしかないと思うのだが」

 

「ざっけんな! ようするに俺に行けってことだろ!? お断わりだ!」

 

「弔うのなら協力すると言ったのは君の方だが?」

 

「一歩間違えりゃ死ぬじゃねえか! そんなん誰が承諾すんだ!」

 

 先ほどの言質を盾に、アーチャーは若干ニヤつきながらランサーにさっさといけと言わんばかりに指を指す。そしてそれに食ってかかるランサー。

 それを見ながら雁夜は愕然としていた。英霊と言うのは元を辿れば普通の人間だと言う。それが何故、こんな場でここまで平然としていられるのか。こんな所で思うのもおかしな話だが、戦闘という目立つものでないからこそ、英霊というものの恐ろしさを自らの理解が及びつく次元で彼は改めて実感した。

 踏んできた場数、人としての精神が違いすぎると。

 

 

 

「おい、そろそろ……ん?」

 

 終わりの見えない言い合いに辟易し始めた雁夜だが、とある違和感に意識を奪われる。

 今までここにあったのは沈黙のみだ。当たり前である。生きるものは全てランサーとアーチャーが殺した。なら一体この地響きのような音はなんだ?

 

「下がれ雁夜! サーヴァントだ!」

 

「へっ、ようやくお出ましか! そりゃ自分の城こんだけ荒らされちゃあ黙ってるわけねえよな!」 

 

「え――?」

 

 急展開に理解が追いつかない。雁夜は言われるがままにアーチャーの背の後ろへと下がる。アーチャーもランサーもほんの数十秒前の緩みなどなく警戒心剥き出しで出口を睨みつけていた。

 

「速いな……!」

 

「つうかこの音はなんだ? おい、アーチャーのマスター。死にたくなかったら絶対出てくんじゃねえぞ」

 

 2人の言葉通り、闇の先から近づいてくる相手が途轍もないスピードなのは雁夜も見て取れる。そして、先程感じた地響きは今やゴォーッと空間全体を揺るがす轟音へと変わっている。予想以上の超弩級のサーヴァントが来るかもしれない。

 何が出来るというわけでもないのだが、雁夜もカラカラに渇いた喉にゴクリと唾を飲み込み――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「Aalalalalalaaai!!」

 

「は――?」

 

 絶句した。もう何も言えないくらいに。

 

 バァンッ!!と最後に一際大きな炸裂音とともに飛び込んできたのは勇壮な2頭の牝牛だった。そこから放たれる雷は目を開けていることすら厳しい。

 間違いなく弩級のサーヴァントだ。問題は、そのサーヴァントに見覚えがある、というところだが。

 

「おおう。お主等であったか。なるほど、キャスターめはもともといなかったわけだな……」

 

 ひとしきり旋回すると何事も無くチャリオットは彼等の前に止まり、また何事も無いようにライダーがマスターのウェイバーを伴って降りてくる。何故かすでにウェイバーが涙目なところは雁夜にも気になるところだったのだが……それ以上にこの展開についていけず何も言えなかった。

 

「あー……察するにお前もキャスター目当てで来たってとこか? 残念ながら空振りなわけだが」

 

「うむ。余のマスターがようやくらしい所を見せた故、気合いを入れてきたのだがなあ。実に惜しい」

 

 完全に崩れた場の空気にランサーが頭をかく。それはアーチャーも雁夜も一緒だ。先の港でもそうだったのだが、どうもこのライダーという男が来ると良くも悪くも色々なことがリセットされてしまう。

 

「まあ良いわ。収穫が無かった訳でもなし、それにお主達が揃っているということは余にとって実にタイミングが良い」

 

「む……その2つは別件かね?」

 

「おうよ。どっちが先が良い?」

 

 フフン、と胸を張るライダーにアーチャーはなにか背中に薄ら寒いものが走るのを感じた。

 賭けてもいいがこれは厄介事の種に違いないと、人間として、英霊として、少なくない経験が絶対の確信とともにそう告げている。

 

「では後者から聞こうか。前者は私達にとって全く持ってどうでも良い話かもしれんが、後者は少なくとも関係はあるはずだからな」

 

「釣れん奴だなあ、どちらも興味深い話だというのに。まあ良いわ、ランサー、お主も聞いておけ」

 

「へいへい」

 

 何を言ったところで無駄と悟っているのだろう。ランサーもひらひらと手を振りながらアーチャーの横へとやってくる。

 

「む、何をしておるアーチャーのマスター。お前もだ」

 

「お、おれ?」

 

 雁夜は思わず人差し指で自分の顔を指差した。ライダーは、そうだ、と言うと雁夜を2人と共に並ばせる。

 

「いやな、この聖杯戦争ってのはまっこと面白いものだと思うんだよ。時代も国も超えて選りすぐりの英霊が集い集まるなんてまず体験出来ることじゃあない」

 

 両手を広げたライダーからは既に大演説の空気が滲み出ている。

 

「でな、ただ戦うだけじゃつまらないと思うんだよ。勿論それだけでも十分凄いんだけどな」

 

「説明は良い。早く本題に入りたまえ。私はマスターをこの空間に長居させるのは気乗りせんのでな」

 

 その空気をぶち壊したのはアーチャーだった。

 不機嫌さを隠そうともせずライダーを睨み付け、ライダーはそれに嘆息した。

 

「……はあ、分かった。では単刀直入に言おう……余はな、お主等と酒を酌み交わしたいと思っておるのだ。場所はアインツベルンの城なんかが良いだろう。日時は今夜、酒は余が工面する。参加するのは……アサシン以外全てのサーヴァントになれば僥倖だと思っておる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「死者の弔い、感謝するぞ。征服王」

 

「まああんな死に方じゃああの者達も浮かばれんからなあ……だが案ずるな、余の神牛の雷ならば彼等の魂を速やかに天へと送ってくれることであろうて」

 

 数時間ぶりの日向に目を細めながらアーチャーはライダーに頭を下げた。それに対してライダーは快活な笑みで応える。

 結局火葬はライダーの雷に任せたのだ。その方がよほど安全で、死者も喜ぶだろうから。ついでに工房は完膚なきまでに焦土と化した。そこにライダーの個人的意思も介入しているのはもはや言うまでもないだろう。

 

「なあ征服王、1つだけ問いなのだが……」

 

「アサシンのことであろう? 間違いない。坊主が御車から降りた瞬間を狙ってきおったからな。全く安易な奴よ。余もなめられたものだわい」

 

「そうか……」

 

 ライダーの話の前者……収穫についてアーチャーは首を傾げた。唐突過ぎるアサシンの脱落。ライダーの話だと、海魔の残骸を何があったのか確認するためにマスターのウェイバーが降りたところを襲いかかってきたという事なのだが……どこか釈然としなかった。

 

「まあ教会の方でも監視してみるとしよう。あと今夜、ほんとにやるのだろうな?」

 

「おうとも。何ならお主も余のチャリオットに乗っていくか? ランサーは承諾したが」

 

「有り難い申し出だが用意があるのでな、私達は文明の利器を使うとしよう――ではな」

 

 アーチャーはライダーの申し出をやんわりと断ると、コンクリートで舗装された土手の上で待つ雁夜へと向かう。

 その彼の脳裏には、アサシン脱落の報に一瞬だけ眉を顰めたランサーの姿が焼き付いていた――

 

 

 

 

 




なんでこうなった(白目)おかしいな。シリアス一直線になるはずだったのに……


まあそんなことは置いといてとりあえず次からいよいよ聖杯問答じゃあああ!!!(飲み始めるとは言ってない) 何話かかるか分からんけどとりあえずトッキーのストレスがマッハなのだけは断言しておきます!――ここでのアサシン死亡は実は原作準拠

ではでは!!ここは気合い入れるしかないんで皆様応援お願いします!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 集いし英傑

累計入りとかまじですか??こんなん書くしかないですやん


「あーあ、だから"1人で"行くっつったんだよ。別に俺はアサシンの存在が露見しようがそんなもんどうでもいいが……こっちが方針に従ってるのに対してこれはねえんじゃねえか……なあ、時臣」

 

 召喚から今日に至るまで、ランサーは時折感じた違和感から時臣の戦士としての心構えについてあまり上手くないものと結論づけ、それに附随する形で魔術師として順風に歩んできた道からくる楽観的かつ主観的――ランサーに言わせればヌルいという言葉がしっくりくる――戦況判断に先行き不安を感じ、機を見ては釘を刺したりもしてきた。

 しかし、それはあくまでも時臣に見切りをつけたとかいうものではなく、出来る限り彼を聖杯戦争に相応しい側、ランサー達戦士の側へ引っ張り上げるための導きという方が正しい。

 その為、呆れたり、忠告の為に怒気を発した事はあれど、クー・フーリンという一人の人間としての怒りをぶつけたりすることはなかった――そう、今までは

 

「申し訳ありません、クー・フーリン殿。いくら貴方といえキャスターの工房に正面から乗り込むのは些か危険があるかと思い……」

 

 感じたことのない威圧感。本来この部屋の主であるはずの時臣は礼儀ではなく、心からの恐怖に近い感情で頭を下げていた。

 身体中に止まらぬ冷や汗が溢れる。今すぐにでもこの場を離れたい衝動を抑え付け、なんとか平静を保っていられるのは家訓である"優雅"が今でも心に防波堤をつくっているから、その一点に尽きる。

 

「だから問題はそこじゃねえっての。いいか、確かにお前は魔術師としちゃ確かに上等だよ、お前から流れてくる魔力だけでもそれは分かる……けどな、はっきり言うが戦士としちゃ二流以下だ」

 

「――――」

 

 なんたる屈辱。時臣は悔しさからランサーに見えないよう唇をギュッと結ぶ。

 彼の言いぶんが正しいかどうかは別として、今回の発端は自らにあるのだ。そして、その行動が軽率であったと認めざるを得ない、この叱責も受け入れなければならないことを本能が理解していることが何より腹立たしい。

 今まで自らを支えてきた努力・克己・自律、そして何より誇りでさえも今この場では無意味と悟る。もとより、クー・フーリンという大英雄は、時臣ではどうあがいても届かぬ境地に踏み込んだ戦士なのだから。

 

「これはお前らお得意の研鑽じゃなく、命のやり取りだ。当然、最初っから勝つ図を思い描いて、その通りに進めたら万事首尾良く進む、なんて都合の良いこともまずねえ。

 だからな、組んでる以上は互いに背を預けられる程度には互いを理解してなきゃなんも始まらねえわけよ」

 

 しかし、ランサーからして見ればこれでもまだ理性的に抑えて時臣に配慮している方である。なるべく手の内を晒したくないという時臣の方針を全面的に呑み、宝具はおろかルーンすらほぼ使用せずここまで来た。

 勝つ為に最善を尽くすのなら、些細なこと程度でマスターと常に衝突するのことに意義などありはしないのだから――

 

「それを拒むと言うのなら……まあそれも良いだろう。だがそん時は俺もお前の指図は受けねえ、俺の好きにさせてもらう。その方がよっぽど勝てる――ああ、令呪を使いたきゃ勝手に使え。一応お前は俺のマスターだ。権利は好きに使うがいいさ。

 その紋様程度でこのクー・フーリンを御しきり、加えて他のサーヴァントを打倒できる自信があるのならの話だけどな……!」

 

 これは警告だ。ランサーは最後言葉に力を入れてにドスを利かせる。確かに猶予はあるがその言葉自体は本気も本気、こけ脅しやはったりのつもりはないと。

 

「肝に銘じます……」

 

 時臣もそれを汲み取れないほど愚かでは無い。一歩下がると改めて一礼する。

 このクー・フーリンというサーヴァントは本気だ。次に彼の意にそぐわないことを"単独で"実行したならば、その時はこの関係に決定的な亀裂が入ることを免れることはできない。

 彼は置かれた現状の想像以上の危うさを即座に理解した。

 

「……あんまりがっかりさせないでくれや――ああ、そうだ」

 

「なんでしょうか?」

 

 どう解釈されたかまでは分からないが、自分の言葉の真意自体が伝わったならこれ以上言うことなどありはしない。

 ランサーは今しがたの光景は嘘だったのではないかと思うほどあっさり引っ込むと、扉へと歩を進めドアノブに手を掛け……1つ報告しておくことがあったことを思い出し立ち止まった。 

 

「あの赤いの、あいつのクラスはアーチャーだわ。あいつが何言おうが、んなもん信じる気にはなんねえけどマスターに鎌かけたら案の定だったし間違いねえ……そこそこ肝は座ってるがまだまだ若え」

 

 その時のやり取りを思い出しランサーは苦笑した。

 あの男……雁夜と呼ばれていた青年は、面白いくらいあっさりと誘導尋問に引っかかってくれた。

 アーチャーのマスター、と声を掛けたのにあれだけ素直に動かれてはもう確定である。

 かなりの極限状態で錯乱していなかっただけまだ常人としてはいい根性をしていると思うが、あれは頂けない。

 あの策士のことだからもう伝えているだろうが、万が一伝えていないなんてことがあれば、彼はまだ自分が己のサーヴァントのクラスを実質的に宣言してしまったという事実に気づいていすらいないだろう。

 

「アーチャー……やはりそうでしたか。因みにマスターと言うのは?」

 

「雁夜、って言ってたな」

 

「間桐……雁夜……」

 

「ん? 知り合いなのか?……意外だな、お前とあいつは接点がありそうな感じには見えなかったが」

 

「貴方の言う通り私と彼では人間性が大きく異なります。とても友人やそういった関係になれるものではない……しかしこの冬木に根を降ろす魔術師の家系は少なく、その家系のものとは例え本意でなかろうと関係を持つものなのです」

 

 時臣は雁夜に良い感情を抱いていない。それどころか、端的に言えば軽蔑さえしている。

 魔術師としての秘跡を紡げる立場を自ら放り投げ凡庸に身を落とした挙句、未練から舞い戻った落伍者。彼が雁夜に抱くのはその程度だ――桜を間桐が受け入れるきっかけの大元となったと解釈すればその点にだけは感謝すべきかもしれないという皮肉めいた感情も同居しているにはしていたが……根本的には前者、許せないと置き換えても問題ないだろう。 

 その表れか、時臣の言葉には普段ランサーに接する時には絶対に見せることのない、侮蔑したものに対して吐き捨てるような冷たさが入り混じっていた。

 

「……なるほどね。価値観の違いってやつか」

 

「は――?」

 

「なんでもねえよ。じゃな、あと俺今夜は空けるから気にしないでくれ」

 

 後ろから何か呼び止められたような気もするが、まあおいといて良いだろう。

 深く考える事なくランサーは部屋を出る。今夜の催事は彼にとっても中々に興が乗りそうであり、言いたい事を言って時臣からも別段深い話題も出てこなさそうな以上、その事について思いを馳せる方が余程重要であった。

 

 

 

「師はまだ何か言いたそうであったが、良いのか? ランサー」

 

「あん?」

 

 そんなランサーを呼び止める沈み込むような深い声。

 首を振ってみれば、いつの間にやら綺礼がすぐ横の壁に寄り掛かり腕を組みながら、いつもの様に無機質な視線をランサーに向けていた。

 

「問題ねえよ。話す事は話した、後はあいつ次第さ……お前は?」

 

「今後の対応をな、お前も知っての通りアサシンはまだいる。ある意味これはチャンスだ、アサシンが脱落したと他の連中が思い込めばその分戦術も広がるというものだ」

 

「またつまんねえことやってんな」

 

 ランサーはこれみよがしに両手を上げ肩をすくめた。

 綺礼は彼から見ても珍しいタイプの人間だった。それも悪い意味で。征服王の様に常に身に余るほどの大望に情熱を燃やしているわけではない。セイバーのように自らに誇りを持っているわけでもない。ただ、ひたすら空虚に佇むのみ。そんな綺礼とは時臣以上に合わないだろう。そんな風にも思っている。

 

「好きに言うが良い。私の目的は師を勝たせることだ」

 

「文句なんかねえさ。ま、お前ももう少し自分のやりたいようにやれよとは思うけどな」

 

「なに?」

 

 だから、それは単なる愚痴のようなものだった。

 

「お前みたいなのは見てて痛々しいって言ったんだ。そんな生き方しててもつまんねえだろ。なんかねえのか? 娯楽とか、やってみたいこととか。別段意義があろうがなかろうがそんなもんはどうでも良い。自然な息抜きくらいなきゃ苦しいだろ」

 

「――――」

 

 綺礼は答えない。もっともランサーがそれを気に留めるようなこともない。最初からまともな答えが来ることなど期待してもいないのだから。

 

「余計なこと言ったか……じゃあな」

 

 ランサーが姿を消す。綺礼は、その虚空をしばらくの間見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「……本当にすまない、アーチャー」

 

「気にすることはない。いずれは明らかになることだ……それに、まだ策はある」

 

 陽が落ちた。と言うことはいよいよ英霊達に寄る次元違いの酒盛りが始まるということ。

 雁夜の気持ちは重たい。だがそれはその壮大さを感じてのものではない。つい今朝の自らの失策を恥じてのものだ。

 初戦においてアーチャーが凄まじい立ち回りを見せ隠匿したクラス、それを結果的にとは言え露見させてしまった事実を知り、雁夜は頭を抱えていた。

 

 

 

「……っと、気をつけてくれたまえ運転手。あまり形を崩したくないものも入っているのでな」

 

「タクシーの席の隣でラフな格好した英雄が上機嫌でスーパーの袋大量に抱えてるのも確かに頭痛くなるけどさ……」

 

 が、そんな大失態をかましたにも関わらずアーチャーはすこぶる機嫌が良い。今だって明らかにだるそうに謝罪する運転手に対しての対応がやたらにこやかだ。同じ様な事を雁夜がすればそうはいくまい。では一体なぜ? 雁夜はアーチャーの思惑を遂に断言できる所まで掴んだ。

 昼の行動、そしてこの表情を見れば一目瞭然である。

 

 この弓兵、どうやら酒の席の料理を全て自らの手で作るつもりらしい。

 

「服用意するのもなかなかかかったしな」

 

 黒の幅がタイトなジーンズにこれまた黒のワイシャツ――完全に同色だと明らかに不自然、加えてその長身も相まって無駄な注目を集めることうけあいなので何とか濃淡をつけるよう説得した――あまり詳しくない雁夜から見てもセンスがあるとは思えない服装をスタイルで誤魔化すアーチャー

 

 その苦労を思い出して無意識に雁夜の眉間に皺が寄ったのは、別に不思議でも何でもない。

 

「どうした雁夜……霊体化の事を言っているならさっきも言っただろう? それともこの食材をすべて君一人で持っていくというのなら話は別だが」

 

「違う。お前の商店街に対する馴染みっぷりが自然過ぎで気持ち悪かったってだけだ。お前ほんとどこの英霊だよ? 日本の値切り文化マスターしてる英雄とか全く以って分からん」

 

「なに、そう大したことはない。あの者達が良い人柄をしていたというだけだ」

 

「……」

 

 

 商店街についてからは独擅場だった――雁夜はそれを思い出して更に頭が痛くなる――戦闘時と変わらないほど鋭い目付きでキビキビと店を回るアーチャーは真剣そのもの。無駄な動き1つせずに商品の情報を叩き込み、高速で比較検討すると狙いの店へとまっしぐら。店主を、店を、商品を、絶妙なタイミングで褒めおだて、いつの間にか望む方向へ持っていく手際を雁夜はただ目を丸くして見ていることしか出来なかった。

 とりあえず分かったことは、生前のアーチャーはいわゆる買い物上手だったのだろうという全く以ってどうでも良い情報のみ。そして

 

「雁夜、君も来たまえ! この鰹は実に活きが良い!!」

 

 いつものポーカーフェイスが何処かへ飛んでいくほど、この男自身それを楽しむ性だと言うことだ。

 

 

「けど……これはさすがに買い過ぎなんじゃ……」

 

「君は知らないだろうが……今回の催しにはとんでもない大食いがいてね。その者を相手にするとなればこれでもまだ心許ないくらいだ」

 

「あのでかい奴か? それならまあ分からないこともないけど」

 

 何やら遠い目をするアーチャーに雁夜は疑問符を浮かべながらも取り敢えず納得する。

 

「まあ……行けばわかるさ。君も気を抜きすぎるなよ? あの征服王の事だ。なにも考えていないように見えて実はしっかりとした目的があって我々を召集したと見ていい」

 

「目的って……アインツベルンと組んで俺達を襲って来るとかか?」

 

「違う。上手く言えないが……そうだな、もっと明快かつ色々バカらしくなるほど清々しいものだと私は考えている」

 

 それだけ言うとアーチャーは窓の外から見える海を感慨深げに眺める。

 特に話すこともないだろう、そう判断した雁夜も膝の上に乗っていたビニールをアーチャーとの間に起き、夕焼けが照らす新都を目を細めながら流し見る。

 

 郊外の森までは、後1時間ほどだろう。

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

「結界が正面から破られるなんて……!」

 

「アイリスフィール、急くのは分かりますが焦らないように」

 

 アインツベルンの城は緊迫感に満ちていた。時刻は夜の8時過ぎ。本来なら敵を求めて出払っているか、それとも休息を決め込んで安息の時間を過ごしているか、どちらにせよ城は静寂に満ちている時間帯だ。

 そんな中をアイリスフィールとセイバーは長く続く通路を小走りに駆ける。

 森全体に張った結界を正面から根こそぎ剥ぎ取るような強引な侵入、これがサーヴァント以外のなんだというのか?

 

「……!!」

 

「まさか!!」

 

 唐突に、地雷が炸裂したかのような爆発音とともに城全体が揺れた。セイバーは天井から降ってくる煤を払い除け、隣で同じ様にしているアイリスフィールを見た。彼女の顔は真っ青になっている。

 

「アイリスフィール……これは……」

 

「切嗣が仕掛けてたC4爆弾……敵はもう城の中まで来てるわ!」

 

 

 

 

 

 

 

「おうセイバー! 何だ何だ、手荒い歓迎をしてくれよって」

 

「――」

 

「――」

 

 数十秒後、彼女ら2人は言葉を失った。

 まずその相手の格好。ぴちぴちのTシャツに身を包み酒樽を担ぐその姿はどこからどう見ても戦いに臨むそれでは無い。その後ろでスーパーの袋を大量持つ黒ずくめはもう論外だ。

 次に人数。豪快に笑うライダー……これはまあ予想通りだ。ここまで正面切ってくる相手は彼くらいなものだろう。だがなぜ、まるで示し合わせたように2人もサーヴァントがくっついて来ているのか?

 奇襲か? それとも別の何かか? アイリスフィール、セイバー、どちらもまともな答えを導き出せず、その結果としてただ固まる。

 そして、そんな2人を尻目にライダーはあたりをぐるっと見渡してから続けた。

 

「ここじゃあ湿っぽいな……おい、もっと良い所に案内せんか、こんなところではせっかくの酒まで不味くなる」

 

 その言葉の意味を、突然の訪問を受けた麗人2人が理解するまでにまた数秒の時間を要したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




結局飲み始めない。
ちょっとだけエミヤさんサイドが柔らかいのは今後暗くなるから今のうちにと言うことで……こんなことやる余裕もそのうちなくなると思われますので遊び心です。

次回、聖杯問答いよいよスタートです。

ではでは


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 英霊問答

 城と庭――正確に言えば庭園なのだろうが――に切っても切れない縁があることは、もはや歴史が証明していると言っても良いだろう。

 城の彩りとして庭園があるのか、庭園があるから城が城として成り立つのか、もはやどちらかかもわからなくなるくらいだ。和、洋、中、どんな城にも存在し、その様々な文化形態に合わせて進化した庭園は元を辿れば外敵を防ぐものだったと聞く。

 しかし、現在一般人が庭園と言われて思い浮かべるのは、フランスのベルサイユ宮殿に代表されるような、美しさであったり鑑賞性に富んだものだろう。

 時代の移り変わりはものの存在する価値すら変える――そしてそれは、このアインツベルン城に置いても例外ではない。日本ではまず他にお目にかかれないこの中世欧州風の古城にも当たり前のように庭園は備えられている。

 絢爛により創り出される美と静寂の織りなす美、どちらかと言えば後者に当たるこの四方を城の柱に囲まれた、まるで箱庭のような庭園を堪能するには、秋も深まるこの時期の夜は最高だと言えた。月に照らし出される造形的な緑と、元々この城が放つ厳粛な雰囲気が魅惑的な空気を醸し出す。

 

 だが、それだけでは足りぬ。それだけでは完成しないのだ。

 そこに立つにふわさしい人物がそこにいて、初めて空間は完成する。相応しいのは古の王か、戦士か、はたまた儚げな麗人か。

 その意味ではこの城にとっても今宵は幸運だと言えるだろう。時代を越え、国を越え、集うはその全てなのだから。

 

 英雄達の格をかけた争い、いよいよその幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 

「なあに、これだけの猛者が揃っているのだ。腹を割って話してみたいと思うのは当然のことであろう?」

 

 かつて、世界征服という馬鹿げた夢に人類史において一番近づいた大王は豪快に笑った。

 

「ま、同じようなもんだ。こんな面白そうな事にゃそうお目にかかれねえ……楽しまなきゃ損ってもんだろ?」

 

 アイルランドの光の御子も追従する様に、その目を鋭く光らせた。

 

「どういう思惑かは知らんが、正面切ってくる相手に背を向けるのは主義ではない。良いだろう」

 

 そして、公明正大、清廉潔白、ブリテンが誇る至高の英雄、アーサー王は凛としてそれを受け入れた。

 

 この三人は、いずれも母国においては数千年の時を越えて尚その知名度は衰えず、それどころか未だ世界にまで名を轟かせる。

 そんな英傑が顔を突き合わせて腰を降ろしているのだ。剣を用いた闘いとはまた別の緊迫感が場を包み込む。明らかな次元違い。

 当然の事ながら……いかにマスターと言えど根本的に格が違うただの人間がそこに割り込める訳もなく、その中でも特に本来ならばこの城の主として振る舞わねばならない立場のアイリスフィールは、どうしたら良いものかと狼狽を隠せなかった。

 

「すまない、確か……アイリスフィールと言ったかね?」

 

「……はっ!? え、ええ、そうだけれど」

 

 所在なさげに呆然と立ち尽くしていたアイリスフィールは突然自分を呼んだ声に驚き、ビクッと肩を震わせた。

 いつの間にか隣には、中身が満載になっているスーパーの袋を両手一杯に抱えた目下最大の難敵である赤きサーヴァントが立っている。

 

「そうか、突然なのだが厨房へ案内してくれないかね? あれだけの量の酒を飲み干そうというのだ、飯がなければやっていられないだろう」

 

 そう……この場に英雄はもう一人いた。

 未だ出自すら明らかにせぬ謎の英雄、赤きサーヴァントは彼女に強調するかのようにビニール袋を少し上に掲げると、当然のようにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むほぉ、こりゃあ旨い! 貴様……ほんとに武人か?」

 

「……まじか」

 

「その……何というか、とても美味です。あの――」

 

「君ならそう来ると思っていた。遠慮はいらないから好きなだけ食べるが良い。あまり言いたくはないのだが……英国、それも君の時代ともなればその食生活の散々たるやは簡単予測がつく」

 

「では遠慮なく」

 

「ほんとに美味しい……雁夜さん、でしたっけ? この料理は貴方が彼に?」

 

「雁夜であっています。いいえ、俺が初めてあいつとまともに顔を合わせた時、完璧な和風の朝食がありましたよ。中華以外はオールジャンルなんでもこの精度で作れるなんて普通じゃない……一体あいつは何なんだか」

 

「あんた、自分のサーヴァントの手綱握れてないのかよ」

 

「それは君も一緒だろう? ウェイバー君」

 

「……それは言うな」

 

 それから2時間の時が過ぎたのだが――想像したような人智を超えた会合は開かれそうもない。と言うよりもこれではただの飲み会だ。

 ここにいる中で唯一そういった経験のある雁夜は、少し酔いの回り始めてはいるもののまだ理性はしっかりとしている頭でそう現状を判断した。

 

 ライダーが持ってきた酒樽――中身はびっくりするほど美味かった――を中心にマスター、サーヴァントが円になるように座り料理をつつく光景は端から見たら異常も良いところだろう。

 それもこれも全部ライダーの

 

「何をしておる、お主らも座らんか。今宵は無礼講である」

 

 というありがた迷惑な一言のせいなのだが。その言葉に逆らえる訳もなく、かと言ってサーヴァントの間で堂々している度胸があるわけでもなく、いつの間にかマスター三人はこじんまりと固まるように座る形になっている。

 こうなればもう大学のサークルの新歓飲みにありがちなパターンだ……雁夜は10年以上前の出来事をしみじみと思い出した。

 無茶苦茶騒ぐやつとあまり馴染めず小さくなるやつ、真っ二つに別れた末にそのグループ内でよく分からない連帯感が生まれる。理屈など知らない、ただそうなる事だけは知っている。

 そして今夜もその例に漏れず、アイリスフィール、ウェイバーの2人との間に奇妙な繋がりが生まれはじめていることを雁夜は感じていた。

 

「……にしても」

 

 こうなっている原因はライダーと、そしてもう1つある。その要因を探して雁夜はキョロキョロと視線を動かすが、見つからない。

 

「貴方のサーヴァント……アーチャーならまた厨房に戻っちゃったわよ? 何でも最後に一品とかなんとか」

 

「あいつ……」

 

 本当に料理を楽しみに来ただけじゃないだろうな。雁夜の中でその疑念が徐々に現実味を増してきていた。

 そう、自らも主賓の一角であるはずのアーチャーがひたすら厨房と庭を行ったり来たりしているから話がはじまりようもないのである。

 料理を持ってくる、反応を伺う、満足げに厨房に戻る。ただこの三つを繰り返す……それもとてもいきいきと。一体誰がそれを止められるというのか……因みにアーチャーのクラスについては、ランサーやライダーが彼を呼ぶ際に当たり前のようにそう呼ぶこともあってセイバー、アイリスフィールにもバレている。アーチャー本人も否定しないので疑いもしない。

 

「さっきもセイバーの皿の様子を見て何か嬉しそうにしてたし、やっぱり彼女と知り合いなのかしら?」

 

「誘導尋問は無しですよ。それで痛い目見てるんで……」

 

「あら、残念。けどセイバーも良かった。あの娘こっちに来てからずーっと嫌なことばっかりで、さっきまでもすごい不機嫌そうだったのだけど、少なくとも今は楽しそうだもの」

 

 下から覗きこむアイリスフィールの思惑を先読みした雁夜は顔を背けることでなんとか対応する。間近で見る彼女の容姿がどう考えてもおかしいほどにレベルが高く、一歩間違えれば何を喋ってしまうか分からないからだ。

 そうは言っても今回の質問は本当に知らないのだから答えようがないのもまた確かなのだが。話せるものなら話したいよと、雁夜は憮然としてあぐらをかく膝に肘を立て頬杖をついた。

 因みにアイリスフィールが楽しそうと称したセイバーの方を見てみると、彼女に自分達が訪れた時の怒りのオーラは今や無く、甘い物を頬張る年頃の少女にしか見えなかった。

 

「む……ようやく落ち着いたか。まあこれが最後のメニューだし丁度良い」

 

「杏仁豆腐ね……確かにこの短時間でデザートまで作ろうとしたらそういうのに落ち着くよな」

 

 噂をすればなんとやら、アーチャーがお盆を持って姿を見せた。

 盆の上の小鉢に乗る白い物体はフルーツに彩られているのを見るに杏仁豆腐と見て問題ないだろう。つくづく計算が出来ていると雁夜はアーチャーの料理スキルに舌を巻いた。

 

 そして、なぜか妙に腹がたつことに……このデザートもとにかく美味であり、この場にいる全員が頬を綻ばせ、アーチャーはまた満足げにそれを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、腹も膨れたところでそろそろ本題に入るとするかのう」

 

 どうやら今宵はライダーが仕切るらしい。皆が食べ終わったのを確認すると、彼は当然のようにそう宣言し、合わせて全体の空気がピリッと張る。

 それと同時に半歩下がるマスター達、ここからが自分達の立ち入れる領域でないことは誰に言われるでもなく分かっていた。

 

「まずは改めて、今宵余の誘いに応えここに集った猛者達に礼を言いたい。これだけの者が一同に会し、ましてや杯を交わすなんてことはそう出来るものじゃない」

 

 これが音に聞こえる征服王の風格なのか。短めのジーンズに最新ゲームの特典Tシャツ――その事実を知るのは本人のみだ――というふざけた格好ですらその威厳を損なわせることはない。圧倒的なカリスマでもって誰しもの目を、心を自らに惹きつける。

 

「まああれだ。我らがこうして顔を突き合わせることが出来ているのも聖杯の力によるものが大きく、そして我らが存在する理由も聖杯の為であるという事にも異論はないと思う。そして、この聖杯戦争が誰が聖杯を得るに相応しいかを決める儀であるということも」

 

 異論がある者などいるはずがない。ライダーが語った2つ。それが聖杯戦争の核であり、全てなのは周知の事実なのだから。

 

「だけどな、別に見極めるだけならばわざわざ殺し合いなんてする必要はないと思うんだよ。英霊同士お互いその"格"に納得いけば、それで自ずと答えは出る」

 

「……なるほど、では我々と"格"を競おうと言う訳か、ライダー?」

 

「然り」

 

 好戦的なセイバーの答えを肯定すると、ライダーは座の中心に置かれていた酒樽に拳を叩き付け穴を開ける。そしてそばにあった柄杓で中の酒を汲み、飲み干すと、また同じように汲んでセイバーへと差し出した。

 

「呑むがいい。これを呑むことは即ち、この格付けに参加する権利である」

 

「面白い、受けて立つ」

 

 セイバーはライダーから柄杓を受け取ると躊躇することなく一気に飲み干す。その呑みっぷりにライダーも感嘆の溜息を零した。

 

「ではお主らも――」

 

「いーや、俺はパスだ。そんなもんに興味はねえ」

 

「同感だ。格だと? 一体なんの意味があるという」

 

 が、あろうことかランサーとアーチャーの2人はそれを拒否した。

 

「ほう……」

 

 これにばかりは驚いたのか、ライダーは目を細めると腰を下ろす。

 

「どういう意味だ?」

 

「意味も何もねえさ。格っつったか? 仮にそれがお前より上だろうが、それとも下だろうが、どっちだろうとこの戦いにはなんの関わりはありゃしねえからだよ。強けりゃ勝つ、弱けりゃ負ける。そんだけだろ? それ以外に何がいる」

 

 ランサーの答えは明快だ。彼にとって上か下かを決めるのは己の腕のみである。直接殺し合い、勝ったなら当たり前のことだが自分が上、負ければ下だと認めるだけだ。

 腹を割って話す機会自体は良し、しかしそれで聖杯を得るに相応しい相手を決めるだの、ましてや上下関係を決めるなどありえない。

 

「私が求めるのは結果だけだ、聖杯を手にするというな。格なんてものに興味はないし、君やセイバーがそれを求めると言うのならいくらでもくれてやる。だが聖杯を渡すつもりは無い。故に、私からしてみればこの格付けなど無意味だ」

 

 アーチャーも眉一つ動かさずそう言い切った。彼が求めるのはその言葉通り最後に自らが聖杯を得るという結果だけだ。それ以外の事などはどうでもいい。格だろうと信念だろうと、最後に紡ぎ出される結果の前には何の意味もありはしない。

 

「なるほどなぁ……」

 

 そして、同じ様に胡座をかいて座る2人に真っ向から自らの思惑を否定されたライダーは……意外にもダメージは少なそうである。ただ感心したように顎鬚をなぞり、どうしたものかと唸るのみ。

 

「純粋な戦士からしてみれば格すら問題にはならぬ、と言うことか。確かに一理あるかもなぁ……信じるは己の腕っぷしのみ、ある意味それこそが100万の言葉にも勝る揺るぎない"核"であると――良し」

 

 それで何をどう結論づけたのか。入っていた中身を呑みほすと、ライダーは再び酒樽から組み、またランサーへと差し出した。

 

「はぁ? おい、お前俺の話聞いてたか?」

 

 ランサーが露骨に怪訝そうに顔を歪める。今考え込んでたのは一体何なんだ? もしやこちらの話を理解していないのではないだろうか?

 その表情が雄弁に語っていた。

 

「勿論だ。貴様、もしかして余をなめておるのか?」

 

「いや、だったら――」

 

 反論しようとしたランサー、その顔前に改めて柄杓が突き出される。

 

「先程の酒は確かに余と格を競うものの為に汲んだものだ。そして、貴様はそれを拒否した」

 

「おう、分かってるじゃねえか」

 

「だがな、その酒は今しがた余が飲み干した。故にな、この酒はまた別のものなんだよ」

 

「お――は?」

 

 危うく頷くところだった。まるで子供の屁理屈。

 そんなランサーの心中を知ってか知らずか、ライダーはどこか照れを隠すように続ける。

 

「確かに余はもとより、今回の酒器を格を争うための問答の為に行おうと思っておった。しかしお主やアーチャーはそんなものには興味が無いと言い、確かにそう言う次元には生きておらぬようだ」

 

「で?」

 

「しかしだなあ、それだと困るんだよ。余はここに集いし4人全員で語らいたいのだ」

 

「知るか!」

 

 屁理屈よりも質が悪い。これではただの我儘だ。

 

「だからな――この酒は格を争うためではなく、余と腹を割って話して欲しいがゆえの我儘だ。受け取ってはくれぬか、ランサー」

 

「――」

 

 ――なんだこいつ? 王様ってのはもうちょい堅苦しいもんだと思ってたが

 

 そのまま頭を下げたライダーをランサーは困惑ぎみに見つめる。本当にこの男は初見から何がしたいのか分かりやしないと。

 しかし、それと同時に好奇心も首をもたげ始めていた。主義に反する為一度は拒否した。だがこの男と話してみたいか、否かと言われれば――

 

「わーったよ。お前の頼み、聞いてやるぜライダー」

 

「おお! では――」

 

「だが勘違いすんなよ? 俺がするのはお前達と語るのだけだ。格だなんだつまらねえ事言い始めたら、その瞬間に帰る」

 

「まあちと寂しいがそれも良かろう。それについては余と騎士王の間でのみ行えば良い事。ささっ」

 

「……嬉しそうな顔しやがって」

 

 ランサーが酒を飲み干した。となれば次にライダーが狙うの一人だ。

 

「アーチャーよ」

 

「――はあ」

 

 あからさまに大きな溜息。アーチャーは諦めた様に両手を挙げる。

 

「頭を下げてまでただ語りたいと言う相手を無下にするのは気が進まん。良いだろう」

 

 アーチャーもランサーと同じく、別に語りあうこと自体が嫌だというわけでは無かったのだ。ただそれに余計なものがくっついて来ていただけで。

 ライダーがあっさりと矛を引っ込めた時点で答えは既に出ていた。

 

 

 

 

「いよぉし、些か趣旨は離れたが……それでは始めるとするか。聖杯の為の問答ではなく、我らが互いに英霊としての信念を語らう問答。"英霊問答"を!」

 

 アーチャーが一杯呑むのを見届けると、ライダーが両手を広げ大声で宣言する。

 それと同じくして、いよいよ始まるのだとマスター三人はゴクリと息を呑む。

 

「それで、征服王。一体何について語ろうというのだ?」

 

「決まっておろう? まずはお主達が聖杯にどんな大望を抱くのか、何を語るにもそれを聞かねば始まるまい」

 

 セイバーの問いにライダーはあっさりと議題を設定した。結局サーヴァントである以上根本はそこになるだろうと。

 

「んじゃライダー、お前最初いけや」

 

「む、余か?」

 

「こういうのは言い出しっぺがいくのが常識だろ」

 

 ランサーが当たり前のようにライダーに振る。

 だがこれも考えなしというわけではないのだ。話題を設定した以上少なくとも自分はその答えを用意しているはず。何事も最初が肝心、そういう意味からすれば最初はライダーしかありえない。ランサーはそう判断したのだ。

 

「うーん」

 

「おい……嘘だろお前」

 

 しかし、予想は悪い方向へと裏切られた。威勢よく語り出すと誰もが思っていた……のだが現実は違った。

 何か恥ずかしいという風に並々と杯に酒を注ぎ、飲み干す。その仕草はよく見る光景――うまく喋れない人が考える為に時間稼ぎをするあれだ。

 

「征服王……」

 

「――」

 

 セイバー、アーチャーからもランサーと同様の冷たい視線がライダーに注がれる。

 まさか初っ端からこんな微妙な空気になるとはこの場の誰も想定していなかった。

 

「いや、勿論あるんだぞ? けどな――」

 

 更にもう一杯、自らの作り出した空気に気付いたライダーは一度頭を垂れ……何かを覚悟したように顔を上げた。

 

「受肉だ」

 

「「「はぁ?」」」

 

 場の空気が、完全に凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ただの呑み会になった。
兄貴とかアーチャーが格がどうのこうのに乗っかるとはどうも思えなかったんですよね……次で終わりか、それとももう一話かかるか。

ではでは。感想などお待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 理想の先

「受肉……?」

 

「つーとあれだよな、この状態を維持するってことだよな……いや――」

 

「――――」

 

 サーヴァントは、言ってしまえば写し絵のようなものである。容姿、性格こそ大元になるオリジナルと一緒であるものの、その存在自体はかなり儚いものだ。

 サーヴァントである以上は聖杯の導きがなければ世界に姿を表す事が出来ず、その後もマスターからの魔力供給がなければ留まることもできない。単独行動のスキルをもつアーチャークラスでも、せいぜい2日3日持てば良い方である。

 人では抑えられぬ、かと言って人がいなければどこまでも脆い。そんな矛盾をはらんだ存在、それがサーヴァント。

 

 しかし……仮に望みを果たしてライダーの言う受肉を果たしたところで根本は変わりやしない。僅か数十年だけ時の流れに再び乗り、またその寿命と共に元に戻るだけだ。それに一体なんの意味があると――

 

「お前ぇええ! 何言ってんだよ!? 夢は世界征ふ――」

 

 形容し難い沈黙と、微妙な空気。

 その停滞感をぶち壊したのは予想だにしなかった人物だった。誰よりも小さくなっていたはずのウェイバーが素っ頓狂な声とともにライダーに掴みかからん勢いで駆けだし―― 

 

「ええい、黙っておれ!」

 

「フギャ――!」

 

 デコピン一発で宙に舞う。それもまるでボクサーのカウンターをモロに受けたかのように綺麗な飛び方で。

 

「あうっ!」

 

「馬鹿者が。杯なんぞに世界をとらせてどうする? それではなんの意味もないではないか」

 

「えぇ――」

 

 背中にかかる強い衝撃とひんやりとした感触、そして満天の星空。それでも未だ自分がどうなっているか整理がつかないウェイバーにライダーが言った言葉の意味を理解する余裕などない。

 ただ――何かまたぶっ飛んだことを言っているのだろうということはなんとなく分かった。

 

「征服とは己に託す夢、聖杯に願うのはその為の第一歩なのだ」

 

 そんなウェイバーに見向きもせずライダーはドンとその分厚い胸倉を拳で叩く。 

 

「如何にマスターのサポートを受け現界していようとも、所詮我らはサーヴァント。まあ、ここにいるのがなんかの間違いみたいなもんだ。故に、余は1個の生命としてこの世界に根を降ろしたい。

 征服とは、身体一つの我を張って天と地と向かい合うことが総て……しかし今の余はその身体一つすら欠いている。これではいかん。誰に憚ることもない、征服王イスカンダルただ独りだけの肉体がなければならん」

 

「なるほどねえ。潔いと言うか何と言うか、まあやりたきゃ好きにやれって感じの願いだな」

 

「――――」

 

 ランサー、アーチャーは興味なさげに杯を空にする。もとより聖杯にかける願いなんてものには縁遠い2人だ。ある意味この反応は自然と言えるのかもしれない。別段肯定もしなければ否定もしない。我関せずの体である。

 

「征服王……」

 

 だが――

 

「ん、どうした騎士王よ」

 

「貴様、よもやそんな自らの欲の為だけに聖杯を使うというつもりか」

 

 もう1人の主賓は、ライダーの宣言に内心心地良いとは言えない思いを抱いていた。

 

「だとしたら?」

 

 特に隠す気もなく、むしろ挑戦的なその決意に気付かないほど征服王は鈍くはない。ライダーは敢えて挑発的に返し、それに乗るかのようにセイバーも腰を上げる。

 

「そうだと言うのならば……私は王として、聖杯を争うものとして貴様にだけは負ける訳にはいかない」

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 ――やはりこうなったか

 

 2人の間に迸る火花の幻を見てアーチャーは何か諦めたように月を見上げた。

 彼の記憶、そして"記録"にあるセイバー、どこを辿っても結論は一緒であり、この光景は時間の問題だったと言えるからだ。

 征服王と騎士王、この2人の王道は決して相容れない、それどころか真逆に反発しあう。故に、むしろこうならない方がおかしいし、そしてそれを未然に防ぐ事も出来ないしする気もない。

 彼に出来るのはただ傍観に徹することのみ。

 

「おう、やれややれや!」

 

「やめておけランサー」

 

 セイバーとライダーの好戦的オーラは感じ取っているのか、ランサーも完全な野次馬と化している。

 アーチャーはそれを諌めながら同時に、もう誰も止める希望はないと改めて確信し大きく息をついた。

 

「良い目をするではないか騎士王。ふむ、すまんなランサー、アーチャーよ。先にこちらの格付けを済ましてからにしようぞ」

 

 セイバーに呼応するようにライダーも立ち上がればその体格差は歴然だ。せいぜい女子高生にしか見えないセイバーと、そこらへんの格闘家を遥かに凌ぐ図体のライダー。

 しかしセイバーはそんなもの意に介さず見上げる形になるライダーをいつもの凛とした佇まいを崩すことなくキッと見据える。

 

「では貴様の願い、腹のうちを聞かせてもらおうか? セイバーよ」

 

「私はお前のように私利私欲の為になど聖杯を使いはしない。私は……祖国ブリテンの滅びの運命を変えることを聖杯に祈る」

 

 その堂々たる宣言に、アーチャーは心の中で頭を抱えざるをえなかった。

 

 

 

 

「――――」

 

 そしてそれはアーチャーに限ったことではなかった――再び場を沈黙が支配する。そしてそれが先ほどのライダーの宣言によるものとはまた異質なものとも誰もが理解していた。

 

「なぜ――」

 

 しかし、1人だけ。セイバーだけはこの違和感にこそ気付いてはいたが、何故なのかは分からなかった。

 他の3人が理解しているのは見るからに明らかで、それが更に彼女の中の焦りに似た何かを加速させる。無表情にこちらへ冷たい視線を投げる先程まで上機嫌だったはずのランサー。何か悲しげに俯くアーチャー。何を言っているのか分からない、聞き間違えじゃないかと言わんばかりに顔を歪めるライダー。

 セイバーからしてみればその全てが不条理である。特にライダーなどは、すぐに何かしらの反応を見せるものと信じて疑わなかったのに。

 

「――なぁ騎士王、もしかして余の聞き違いかもしれないが――貴様は今、運命を変えると言ったか?」

 

「そうだ。たとえ奇跡をもってしても叶わぬ願いであろうと、聖杯が真に万能であるならば、必ずや――」

 

「おい、ふざけてんのか。てめぇ」

 

「突然なんだラン――」

 

 困惑気味に口を開いたライダーに対して半ば被せるように返そうとしたセイバーだが、突然の横槍に遮られる。

 これは2人の闘いのはず、だと言うのに一体何のつもりだ? そう一喝しようと振り向き――あまりの剣幕に言葉を失った。

 

「ランサー……?」

 

 そうして、セイバーは察した。

 今しがたの沈黙は、自らの言の何かが彼等の逆鱗に触れ、それどころか白けさせるまでに至っていたことによるものだと。

 無論彼女とてそんな世迷言を言ったつもりはない。だがランサーの怒りと呆れの入り混じった圧、今まで心の高鳴りを抑えきれぬと言わんばかりに楽しげだったライダーからその一切が消え去っているという事実を目の前にして、それが分からぬほど愚鈍でもなかった。

 ただ、その具体的な理由には全く思い至らなかったが。

 

「おいランサー」

 

「すまねえなライダー。けどこいつには一言言ってやらなきゃ気がすまないんでね。もしも俺の考えてることが当たりなら……こいつのしようとしていることはこいつに仕えて闘った全ての戦士に対する侮辱だ。もしもそうなら、同じ戦士として黙っている訳にはいかない」

 

 何か窘めるようなライダーだったが、ランサーの様子を見て仕方ないという風に頭を振る。そしてランサーはセイバーの目前までツカツカと歩み寄ると至近距離から彼女を睨みつけた。

 

「おい騎士王……お前まさか、自らの行いを後悔してるんじゃなかろうな? そんでもってその後悔ごと、お前が"臣下と駆け抜けてきた"時間まで無かったことにしようなんてことじゃ。よりにもよって王であるお前が………」

 

「――!!」

 

 セイバーの背中を雷が走ったような衝撃が貫く。目の前の男は、自らが次に言おうとした言葉を完全に先読みし、そしてそれに対してこの燃えるような怒りをぶつけてきているのだと。

 しかし、それが間違っているとは彼女は毛ほども思っていないし、なぜランサーが怒っているのか理解出来無かった。

 だから、その先を言った。

 

「……ああ、その通りだ。王だからこそ悔やむのだ! あの結末を、臣下達の屍の山を……自らの責だからこそ私は自らの手でそれを――」

 

「この大馬鹿やろうがぁあ!」

 

 パァンっと、乾いた音が夜空に木霊した。

 

「え――」

 

「てめぇ、それでも王か! 生憎俺はそんなに忠義に厚いタイプじゃなかったかも知れねえがな……王に全てを捧げ、尽くし、例えその結末が地獄だろうと笑って王の礎になれれば本望と散っていた戦士を何人も見てきた! お前にだって、そう信じて従ってきた戦士がいたんじゃねえのか!……てめえには"人の心がわからねえ"のか!!」

 

 不意打ちにセイバーは動く事が出来なかった。左頬をランサーの張り手が打ったのに気付いたのは、視界が突然全く別のものに切り替わっているのに気付いてから。

 容赦なく打たれたのか耳鳴りが酷い、ランサーが騒いでいるのは分かるのだが何を言っているのかはほとんどセイバーには聞こえなかった。

 しかし――人の心が分からない、その言葉だけは聞こえてほしくもないのに鮮明に彼女の耳にこびりついた。

 

 

 

 

「まさかランサーが行くとは思わなかったが……あれはあれで戦士らしい戦士だからな」

 

 そういう意味ではあの反応もあながち的外れではないのかも知れん。なんて他人事のように思いながらアーチャーはくるくると杯を手の中で回す。

 ランサーの一喝によって一気に堰を切ったように激しくなった議論に介入する余地など彼にはない。少なくとも彼自身はそう思っていた。自分は王ではないし、残念ながら忠義の騎士にも程遠い、加えて言うならばどちらかに肩入れするような心情も誇りもないと。

 

「だが――」

 

 徐々に支えを失い、目に見えて脆くなっていくセイバーの姿に、摩耗しきったはずのかつての日常の"記憶"と、とある1つの"記録"が彼の体を揺さぶり始めていた。 

 

 

 議論は紛糾した。もとより我がどこまでも強いからこその英雄だ。その意見が真っ向から対立、それも敵意をもってのものとなれば穏やかな展開を見せるはずが無い。

王道と王道のぶつかりあいは苛烈を極めた――が、勝負は初めからついていたのかもしれない。自らの行いを、それが正しかったのかどうかは別としても誇りとするライダーと、後悔しか残していないセイバー。

 例え理念が崇高だったとしても、如何に正しきものだったとしても、真の正解など無い意地の張り合いにおいてそれは無意味。どれだけ押し通し、胸を張れるかなのだ。

 そういう意味ではそもそもセイバーとライダーは立つ土俵が違ったのだろう。ぶつかり合いの中でふと舌鉾が鈍る。それは次第に単純な論戦での守勢から彼女自身の心のブレへと繋がり、己の王道への疑いに辿り着く。

 加えて彼女に巣食う騎士への思いをランサーがその立場から否定する。結末が訪れるのは意外と早かった。

 

「救うだけの王など、無欲な王など、そんなものは飾り物にも劣るわい! 導く事を出来ぬ王が最後にもたらすものなど見るまでもないだろう。そしてその末路を知りながらなおその"正しき王"とやらの偶像に縛られるというのならば……貴様は生粋の"王"ではない。ただの小娘にすぎん」

 

「私は……」

 

 何か居た堪れないようにライダーが言い切った言葉にセイバーは俯き何も言い返せない。

 アーサー王という存在の否定とも言い換えられるこの言葉に返せないということは、セイバーの中で何かが折れたと言うことなのだろう。

 それを見ながら、アーチャーは何か心苦しさのような気持ち悪さを覚えていた。何か心をざわつかせる違和感、そこから目を背けるために杯に酒を満たそうと手を伸ばし――

 

「……アーチャー」

 

「――……!」

 

 その姿が目に入ってしまった。

 

 何か行き場を失ったように、縋り付くようにアーチャーを見つめるセイバーの姿が。アーチャーは金縛りにあったように動けない。

 周りに敵しかおらず、自分で自分を支えられなくなった以上セイバーが最後に縋る相手がアーチャーだと言うのは考えればすぐに分かったはずだ。しかし今のアーチャーはそんな簡単な事にすら思い至らなかったのだ。

 そしてその原因は、彼自身が1番よく理解していた。

 

 ――私だけなら彼女を否定する……だが、"他の"私がそれを許さない

 

 英霊の記憶と記録は非常に曖昧なものである。英霊の座に登録された瞬間その者は通常の時間軸、輪廻転生の輪から外され、全盛期の姿、技量を持って様々な世界へと飛ばされる。問題はその"飛ばされた"世界で起こった出来事だ。

 時間軸から外れた英霊にその経験の後先はない。要するに、座に登録されて以降自分がサーヴァントや守護者として行った出来事は全てが過去であり、同時に未来なのだ。

 故に、生前の出来事を記憶とするならば、その後の出来事は記録、知識として彼等に残る事になる。もちろんその全てというわけではなく、印象に残ったことが断片的にという感じだが。

 記憶のように主観的なものではなく、こう言うことがあったらしい、と客観的にだけ見れるもの。

 言うならば友達の、お前昔こんなことあったよなという問いに対して、覚えてはいないが君がそう言うならそんなこともあったのだろうと納得する感覚に近いだろう。

 

 だが、その2つが矛盾したらどうだ? 基本的には記憶を優先するだろう。そう言うことがあったという"実感"は最後の決め手としてとても大きい。

 しかし――記録であってもその事実が、まるで体験したかのように心に残るものだとしたらどちらを優先すれば良い?

 

「――」

 

 アーチャーを鈍らせたのはその葛藤だ。生前の彼からすればセイバーの求めるものは確実に間違いだ。それだけならさっさと切り捨てて、それで終わりだ。

 だと言うのにそれが出来なかったのは、ある記録がその存在を自らの中で強固に主張しているから――そう、自らの理想に絶望した英霊エミヤが更に覆されたという記録。

 "答えを得た"という思いが彼女をこのまま捨て置いては行けないとアーチャーを揺さぶるのだ。

 

「私は――」

 

 セイバーだけではなくランサーとライダーの視線が注がれているのをアーチャーは自覚する。これ以上黙っている訳にもいかない。

 そして一度唇を噛み……アーチャーは覚悟を決めた。

 

「すまんな。セイバー、私も君が間違っていると思う」

 

「――っ……」

 

 今度こそセイバーの瞳から光が消えた。そしてまだ怒り冷めやらぬといったランサーは変わらないが、ライダーもどことなく悲しそうな眼に変わる。

 ライダーからしてみれば、セイバーは既に、競い合う王から可哀想な一人の小娘という認識に切り替わっている。こうなってしまえば敵意などなく、そんな相手がまた一段と深い絶望に叩き込まれるのを見るのはあまり気持ちの良いものではないのだろう。

 

「だが――」

 

「む――」

 

 しかし、ひと息ついて次にアーチャーが発した一言で状況はまた一気に切り替わることになる。

 

「それは君が自らの行いを間違いだと認め、後悔しているからだ。決して君の理想や目指したものが間違いなのではない」

 

「アーチャー……それは……?」

 

「何やら面白そうではないかアーチャー。その心中、余に見せてはくれぬか?」

 

「そのつもりだ、征服王」

 

 遂にアーチャーが重い腰を上げた。今にも崩れ落ちそうなセイバーの隣に並び立つとライダーに向かい合うと、今までの迷いなど感じさせない鋭い目つきでライダーを射抜くように見据える。

 

「私は別段君の王道も間違ってるとは思わんよ。覇王の魅せる道、そこに灯る民の憧憬、例えその結末が悲劇であったとしても、それもその道を信じて突き進んだ者のみが見ることの出来る結末だ。悔いるものではない」

 

「おうよ。それが余とともに駆け抜けた英雄への礼儀だ。その先頭に立つ余が悔いてしまえば彼等の想いは行き場を失くしてしまうであろう?」

 

「ああ、その通りだ。しかし私が言いたいのはそれではない」

 

 アーチャーの言葉に俄に力が篭もる。が、その矛先はライダーではなくセイバーに向いていた。

 

「セイバー、君がしたのは失敗だ。そしてそれをこの征服王の言うように間違いにしようとしているのも他でもない君だ」

 

「え――」

 

 何を言っているのか分からない。突然肩に手を置かれ、セイバーは何がなんだか分からないという風に目を白黒させる。

 だがアーチャーはそんなことに構うことなく続けた。

 

「君が抱いた"民を幸せにしたい""皆に笑っていてほしい"その思いは誰に否定できるものでも無い。それを間違いにすることが出来てしまうのは君自身だけだ」

 

「だがそれは一緒のことではないのか……? 結局私は皆を殺して――」

 

「違う。失敗と間違いは断じて違う。君は単に失敗しただけだ。セイバーは間違えてなどいない。間違えていないなら、失敗しても胸を張れるはず……そしてそれが唯一君が君に付き従った者達に出来る事であり王道を貫くと言う事だ。だが、貫くことをやめてしまえば、諦めてしまえば、その結末を否定してしまえば、それは真に間違いへと変わるだろう」

 

「アー……チャー」

 

 何に気がついたのか、セイバーの目がすっと大きく開き、光を失っていた眼に翡翠が戻る。それを見届けたうえでアーチャーは柔和な表情を浮かべた。

 

「アーチャーよ……貴様、それは人の生き方では無かろう。よもやそんなものを」

 

 ライダーが驚愕の声を上げる。その姿を前にして

 

「そうかもしれんな。だが例えお前の言が正しかったとしても……彼女の誰かを救いたいという願いは、想いは、目指した王の姿と理想は、決して間違いなんかじゃない」

 

 アーチャーはそう胸を張った。

 

 

 

 

「かー……! 全くもって凄まじい男がいたものよなあおい! なるほどなるほど、こりゃあてこでも動きそうにないわな!!」

 

 しばし間を起き、突如としてライダーが腹を抱えて笑いだした。こんなものを見れる機会は滅多にないと。

 

「ふん、私は思った事を言ったまでだ。論破しようというのなら付き合うが?」

 

「いやいや、人の生き方ではないと分かっていても尚突き進む勇気とそこに通る信念、天晴である。しかしだな、ここまで道を魅せつけられて引っ込むとなれば征服王の名が廃るというもの。余もお前達に覇道の何たるかを魅せつけ返さねばならんな」

 

「この魔力は……!」 

 

 戦装束に戻ったライダーが両手を広げる。それと同じくして今までのものとは全く別種の風が場を渦巻き始めた。

 

「アーチャー! セイバー! そしてランサーよ! 目に焼き付けるが良い! これが余の誇る王としての道である!!」

 

 世界が切り替わる。目の前に映るは灼熱の砂漠に青い空、そして――

 

 

 

王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なりぃい!」

 

 征服王と共に世界を駆けた無双の軍勢が、数千年の時を超え再び集う

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




色々考えた結果問答の大半は原作コピペにしかなりそうにないので王様同士の議論はダイジェストにしました。あとヘタイロイさんも

かなり好き放題やったので皆様からの感想が恐ろしくもある今話でございますが後悔は無い(断言)
とりあえず王道に上下無しというのを上手く表現したかった。

ではでは。投票等もお待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 遠坂邸へ

「ったく……いくら面識があるっつっても自分のマスターと敵のサーヴァントを一緒にして自分は音沙汰なしなんてするかね普通」

 

「アーチャーの考えてることは俺も分からないから……すまないなランサー、わざわざ案内なんてさせちまって」

 

 本来なら横にいなければならないのだが、現実にはどこにいるのすら分からないアーチャーに不信感剥き出しのランサーに雁夜は頭を下げた。

 

「あ? まあ良いってことよ。元々出迎えに出たのは命令じゃなくて自発的にだしよ」

 

「自発的……?」

 

「そりゃどう考えてもおかしいからな。ここは間違いなく魔術師、それも命のやりとりをする敵対勢力の工房だ。如何に対談を正式な形で申し込んだとしてもお前みたいなひよっこ一人が手ぶらで来るなんて違和感しかねえ。なんか裏があると思うのは当然だろ」

 

「あ――」

 

 一歩前を行く槍兵が振り返ることなく前を向いていたのは雁夜にとって幸運だったといえるだろう。

 もしも振り返っていたなら、己の認識の甘さに羞恥と情けなさで蒼白と紅潮が入り混じったなんと言えば良いのかすら分からない表情を晒すはめになったのだから。

 

「それだけって訳でもねえけどな。逆も考えてた」

 

「逆?」

 

「お前も知っての通り俺のマスターは魔術師らしい魔術師だからな。会談が始まってない以上仮にお前が手ぶらだと確信がいったなら、ここに辿り着くまでに殺しにかかっても何らおかしくはない。ま、霊体化してるかどうか見抜くのは至難の業なうえ、それ自体も何らかの戦略の可能性も否定出来ない以上そんな危ない橋を渡ろうとはしないだろうが」

 

「流石にそれは――」

 

 ない、なんて言いきれない。

 これから顔を突き合わせることになる宿敵の姿を思い浮かべて雁夜の楽観的言葉は一気に萎み、言い切られることはなかった。

 それどころか、あの冷徹漢なら何も躊躇わずにやるだろう。そうに違いないとむしろ逆の方向に納得する。

 すると不思議なことに、今まで嫌悪感から背中に走る虫唾は置いておくとして、それさえなければ幻想的にさえ見えていたこの遠坂邸の長く続く厳粛な雰囲気漂う廊下が、まるでお伽話に出てくる魔王の城のように邪悪かつ汚いものに見えてきて、雁夜は視界をランサーの背中のみで埋め尽くすのに注力する事に決めた。

 

「だろ? バカが勝手に乗り込んできたってんなら死のうが何しようが別に構わねえが、こういう形ならそりゃ興醒めってもんだ。つうわけで俺は時臣の部屋までお前のボディガードも兼ねてるって訳だ」

 

「……ありがとうランサー」

 

「良いってことよ」

 

 ひらひらと右手を振るランサーを流し見ながら、雁夜は何処にいるとも知れないアーチャーに心の中で毒づいた。せめて家出るときに警戒するよう忠告くらいはしてくれてもいいだろうと。

 もしかしたらランサーがこうすることを見越していた可能性もあるが……今考えると不用心にも程があるというものだろう。

 

「にしてもマスター同士の1対1、俺達サーヴァントをも排除しての会談をお望みとは穏やかじゃねえな」

 

「色々あるんだよ、あいつとは」

 

 本当に色々だ。雁夜は無意識に表情が固くなっていることに気がついた。どうやら思っている以上に自分は遠坂時臣という男を嫌っているらしい――自分の中で見極めるための会談だというのに、こんな無駄な先入観があっては話にならないじゃないかと雁夜は数度頭を振った。

 

「ふーん……ま、俺が気にすることでもねえか。人の詮索ってのも趣味じゃねえしな。それに――」

 

「いでっ……あ――」

 

 ごつっと、まるで壁にぶち当たったかのような衝撃を額に感じ雁夜はよろけそうになる。顔を上げたところランサーが振り返って呆れ顔をしているのを見るに、彼が立ち止まったのに気付かずにぶつかったということなのだろう。

 雁夜は直ぐに謝意を込めてランサーに手を上げ……目的地に辿り着いたことに気がついた。

 

「んじゃ、後は2人で気の済むまで話してこいや。お前が出てくる頃には俺も戻ってきてるからよ」

 

「ああ、ありがとな」

 

 それだけ言うとランサーの姿が霞と消える。初めて同じ様なことをアーチャーがした時は知識として知ってはいたものの、実際に見た衝撃は大きくとても驚いたものだが今の雁夜はさしたる感慨を抱くこともなかった――と言うよりも、そんなことに気を取られている余裕がなかったという方が正しいかもしれない。

 

「――」

 

 重厚感溢れる扉の前で、雁夜はごくっと唾を飲んだ。この先には、幾度となく恨んだ宿敵である遠坂時臣の姿があるのだ。様々な思いが爆発しそうになり、それは身体全体へと広がっていく。

 

「まあ1ヶ月も前なら目の前真っ白でとりあえずブチ切れるだけだったろうからなあ……」

 

 ドアノブに手を掛け――その手が震えている事にようやく気がつく。とりあえず1つ深呼吸を入れると雁夜は客観的に自分を見て苦笑せざるを得なかった。

 確かにある意味こちらの方が難しいだろう。好き放題感情を恨み辛みとともにぶつけるのと、理性を保ち相手、それも顔を見るのも嫌な相手の言い分も理解しながら求める答えを出す。後者のほうが楽と応える人物がいたらそれはかなり珍しいはずだ。

 しかし、それにしても対峙する前からこのざまでは身体が持ちそうにもない。

 

「うし……行くか」

 

 そのまま微動だにせず心を落ち着けること数秒。いよいよ決意を固めた雁夜はその扉を開いた。

 

 

 

 

 

「やあ、待っていたよ。間桐のマスター、まさか君のような落伍者にこのような立場で合うことになるとは思いもしなかったがね」

 

「遠坂……時臣……!」

 

 その決意は、現実の前には無力だったのだが。

 

 何か思考する間すらなかった。一瞬にして頭の回路が焼き切れたように真っ白になる。次に雁夜の意識が捉えたのは、自らの拳が時臣の頬にめり込むその瞬間だった。

 

 

 

―――――

 

「遠坂時臣と話がしたい……それも二人でだと?」

 

「ああ」

 

 いつものように何を考えているのか分からないアーチャーの白けた目が雁夜を貫き、それに対して苦笑したのは英霊達の問答の翌朝、雁夜の怒りが沸点に達する前日のことだった。征服王のやることは分からない。あれだけの宝具を見せつけておいて結局「今宵は語り合うだけと言っただろう? このようなだまし討ちで貴様らを討ち取っても何も面白くないわ!」と引っ込めてしまったのだから。

 もはや何ら違和感のない日常になりつつある――同時に見るからにアーチャーがもっとも充実感に溢れている――彼の手料理に彩られる食卓を囲みながら雁夜は一晩考えた結論を彼にぶつけることにした。

 

「――」

 

「あ……桜ちゃんはお部屋に戻っていてくれるかな? おじさんはおじちゃんと大事なお話しがあるんだ」

 

「はい……分かりました。おじさん」

 

 大事な話をする時は大概こうだ。若干の罪悪感を覚えながら、雁夜はぼーっとテレビを見ていた桜に部屋を出るように促し、彼女も何かしら察しているのか文句を言うこともなく――実の父の名前が出たと言うのに反応すらしないというのも悲しい話なのだが――ぺこりと頭を下げると居間を出る――

 

 

 

「何か考えがあってのことなのだろうが……なぜこのタイミングだ? 聖杯戦争はここから苛烈さを増していく。加えて最大の懸念でもあるキャスターの件も未だ蹴りがついていない」

 

「特に理由はないけど……強いて言うなら昨日のお前達を見てたら勝手に踏ん切りがついたというかさ。細かいことでグジグジして行動を先延ばしにするのがバカらしくなっただけだよ」

 

 それを見届けると、また例のごとく部屋の緊張感が増す。真剣になったアーチャーの醸し出す触れたら身が引きちぎれそうな緊張感は何度体感しても慣れそうにない。

 雁夜は急激に乾いた喉に唾を飲むと、そう素直に告白した。

 

「あれか……やはり慣れないことはするものではないということか」

 

「なんだよ。円卓の騎士様の演説はかっこ良かったぞ。なにせあのアレキサンダー大王と渡り合ったんだ。なんなら教科書にアーチャーの写真をデカデカと載せても俺は文句ないくらいだ」

 

「茶化すな。そもそも私はそんな素晴らしい英雄ではない」

 

「じゃあなんでセイバーに肩入れしたんだよ。俺だってお前の性格はいいかげん把握してる。良く見知った仲間でもない限りあんなことするわけないだろ。と言うよりもそうじゃなきゃあんな分かったようなこと言えないっての」

 

「――――」

 

「アーチャー……俺に黙秘しても意味ないだろ……だいたいセイバーが分かんない以上正体はバレようもないんだし」

 

 機嫌の悪そうな仏頂面で無言になるアーチャーに雁夜は大袈裟に嘆息する。

 アーチャーの昨夜の振る舞いは、雁夜が知る限り初めての失態に見えた。あれ程にまでセイバーに肩入れし、することができるのは間違いなく彼女とともに時代を駆けた戦士……実力等も考えると円卓の騎士のいずれかしかありえない。

 そしてそれはどの陣営も感じたことだろうと雁夜は踏んでいた。幸いにしてそれでもセイバーは誰か分かっていなかったようなので、この時点で真名がバレたということはないだろうが。

 

 しかし、何故それを未だマスターである自分にまで隠し、頑なに認めようとしないのか。そこに関しては腑に落ちなかった。

 

 

「……本題に戻ろうか。なるほど、あの場にいたのはどんな末路であろうと自らの道を"やりきった"ということは共通する。そこに感化されたと言うのは確かに分からんことはない」

 

「おい、なんでちょっと当たり強くなってるんだよ」

 

 今回もその方針に変わりはないらしく、アーチャーがまるで今の話は無かったかのように話をもどそうとする。

 

「気のせいだろう。だが雁夜、本当に分かっているのだろうな?」

 

「何がだ?」

 

「遠坂時臣と話すということの意味をだ。私と出会う前の君ならともかく今の君は別だ。もう突き付けられた現実から目を背けるような無様な真似はしないだろう……だがそれは同時に、良くない答え、君にとって最悪の答えが返ってきたとしても逃げ場が無い事も意味する。

 君は……仮に自らの理想を"自らの手で打ち砕く"のが最善だという結論になったとして、その時君自身を保てるか?」

 

「なんだ、心配してくれるのか。アーチャー」

 

 自らの理想は空想だ。雁夜はその事実を、目の前で己を試すように見つめる男にかつて半ば無理矢理自覚させられた。  

 どうあったとしても逃げようのない矛盾。それを知って雁夜が未だ前を向いていられるのは、その結論を、早急にやらなければならないことでもないと先延ばしにすることが出来ていたからである。

 それ自体は決して恥ずかしい事ではない。重要な事であればあるほど人は時間一杯まで悩むものだし、悪い言い方だと遠ざけるのは至って普通の行動だ。

 しかし、今の雁夜がやろうとしている行動は意図的にその時間をゼロにすることに他ならない。

 アーチャーが聞きたかったのはそれなのだろう。そして、雁夜の答えは決まっていた。

 

「けど大丈夫だ、覚悟はある」

 

 それも分かったうえでだ。雁夜はテーブル越しにアーチャーに断言する。

 もとよりいずれ決着をつけなけれならないこと、早ければ早いに越したことはない。ただ、今まではそのきっかけがなかっただけであり、それをあれだけ完璧な形で魅せられた以上渋る理由はどこにも無い。

 

「――そうか。君がそう言うなら私からは何も言うまい……となるとどう接触を図るかということだが」

 

「爺には俺が直接話をつける。あいつの望みが聖杯であり、俺のこの行動もその為である以上交渉の余地くらいはあるだろ」

 

 アーチャーは何も言わない。止めないということは少なくとも反対する訳ではないだろう。その姿を見てから、雁夜は蟲蔵の暗惨たる空気を思い出し陰鬱な気持ちになりながらも席を立つ。

 

「ああ、そうだアーチャー」

 

「なんだね?」

 

「もしも……もしも話した結果、俺が出した答えがアーチャーを裏切るものになったとしたら……アーチャーはどう思う?」

 

「……私も行こう。やはり君だけでは、あの老人に交渉を申し込むのは不安がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 何時の間にか、その鼻持ちなら無い顔を吹き飛ばすイメージが、幻視される程鮮明なものとして出来上がっていた。

 その醜くも耽美なイメージから正気に戻った雁夜は今にも振り上がろうとしていた右腕を全霊を持って抑えつける。

 

「とりあえず座りたまえ。いくら君が下賤な者であったとしても、これが旧知の仲である間桐家からの正式な申し入れによる会談である以上客人として丁重にもてなすのが遠坂の当主としての責務だ。私もそのように振る舞おう」

 

 ――ああ、これだ。この1つ1つがどうしようもなく……腹がたつ。

 雁夜は改めて腸が煮えくり返る思いだった。そのすまし顔で、自分が絶対の正義と信じて疑わず、ただ唯我の為に傲慢に振る舞い人を見下して生きる。それがこの男だと分かっていたはずなのにと。

 

「いいや、茶とかならいらないから早く済ませようぜ。俺から話す事は1つだけだ。それを済ませたら直ぐに消えてやるからよ」

 

 その心情からすれば、普段とは似つかないその言動もかなり理性的に抑えたものと言えるだろう。

 雁夜は掌に爪が食いこむほど強く拳を握りしめながら、いかにも高級そうな椅子へ乱暴に腰を降ろす。

 

「……やはり分からんな。君のような者が聖杯に選ばれるなど……」

 

「御託は良い! さっさと座れ! 時臣!!」

 

 蔑むような感情を隠そうともせずに見下す時臣と、今にも暴走しようとする感情を押さえ込むのに手一杯な雁夜。

 既に会談など決裂したかのように険悪な空気の中、時臣も雁夜の正面に座る。明らかな不快感を隠そうとせず、それでいてもなお優雅さを失わないのは彼の生き方のなせる業なのか。

 

「――」

 

 そして、雁夜にはそれすら癇に障る。

 間桐雁夜は遠坂時臣が嫌いだ。それこそ世界中の誰よりも。だが――それはある意味遠坂時臣という人間の実力を誰よりも認めているからでもある。

 だからこそ気に食わないし怒りは際限無く募る。なぜ、葵さんを泣かせた? 桜ちゃんを苦しめた? お前には彼女達を幸せにする力があると信じていたのに! だから身を引いたのに!――その思いが逆恨みなのも、今の雁夜は理解している。けれども、それでも納得いかないのだ。 

 

「それで、その本題とやらを聞かせてもらおうか」

 

「時臣……貴様、なぜ桜ちゃんを間桐に養子に出した?」

 

 そして、冷たい会談の幕が開く。

 

 

 

 

 

 







トッキーvsカリヤーン、いよいよ直接対決ございます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 桜の味方

遅くなりました。詳しくは後書きで


「時臣……貴様、なぜ桜ちゃんを間桐に養子に出した?」

 

 喉の奥から絞り出されたようにか細い雁夜の言葉に篭っていたのはどこまでも深い怨差と、怒りと、そしてやりきれなさを孕んだ後悔の念だった。

 

「なぜ、とは……よりにもよって君が聞くのか? 魔道の道から目を背けて逃げた君が」

 

「俺の事はどうでも良いと言った筈だ……答えろ、時臣」

 

 驚いた、と言うよりは呆気に取られたというべきか。この男にしては珍しく通常以上に目を開いて時臣は切り返す。本当にそんな事も分からないのかと言う風に。

 普段ならばその口調だけで殴り飛ばしたくなるような所なのだが、一度沸点を乗り越えた今となってはそれすらどうでも良い事であった。雁夜はまるで視線で人を殺せると信じているといるかのように鋭く時臣を睨みつける。

 

「もちろん、娘の幸せを願ってのことだが?」

 

「幸せ……だと?」

 

 その答えに、雁夜はまるで後頭部を思い切り殴りつけられたような衝撃を受けた。

 

「魔術師の神秘は一子相伝。それくらいは君も分かっているだろう? 妻は、葵は母として何処までも優秀だった。凛、桜、私達の間に産まれた子はどちらも天賦の才を兼ね備えていたのだ」 

 

「っ――」

 

 時臣の説明は今のところ理に適っている。それは魔道の知識に関して言えば子供レベルの雁夜にも理解できた。

 だと言うのに、何故かそこで自分でも正体の分からぬ違和感を感じた。

 

「故に、私は二子を儲けた魔術師としてジレンマに陥ることになったのだ。そう、いかに才覚があろうとも、そのどちらかを自らの手で"凡俗"に落とさねばならないという苦悩にな」

 

「は――」

 

 たが、時臣が平然と語る内容はその違和感も些細なものと吹き飛ばすほど雁夜にとって斜め上を行く。あまりの現実感の無さに雁夜は無意識のうちに数度まばたきを繰り返し、最後に目を見開いていた。

 

「凡俗――」

 

 その言葉だけが雁夜の脳裏に何度も反響し、知らぬ間に今までの感情など欠片も感じられない空虚な声で呟いていた。その内面で思考がグルグルと渦を巻く。

 

「お前は……あの幸せな家庭を凡俗と、そんな言葉でそうも容易く切り捨てるのか?」

 

 その思考がとある形を成したとき、カラカラに乾いた声が虚しく響く。

 脳裏に浮かぶのは暖かな昼下がりの情景。柔らかい日の光を浴びながら公園内を所狭しと駆け回る姉とその後ろを必死についていく妹、どこからどう見ても姉が妹を振り回しているようにしか見えないのだが、それでも2人共が楽しそうに見えるのだから不思議だ。そしてそんな2人を少し離れた所で座りながら微笑ましく見守る母親、時折やり過ぎて妹を涙目に変えてしまう姉を窘めることこそあれど、総じて彼女も幸せそうである――

 ――認めよう、この光景こそが自らの理想として間桐雁夜の欲した"妄想"であり、アーチャーによって叩き折られた"矛盾"の先に消えたものだ。

 要するに、幾ら求めようと彼には手に入れることの出来ない彼方の理想。

 

「愚問だな。我々魔術師の目的は根源に至ること、それが全てだ。その前においては家族の情などあってないようなもの――ああ、勘違いされては困るので先に言っておくが私は妻として葵の事を、娘として凛の事を愛している。ただ、それとこれとは別次元の話だということだ」

 

 そんな問いを時臣は淡々と肯定した。そこには一片の迷いもありはしない……それも当然の事だ、彼は自らの行動全てに努力に裏打ちされた絶対の自信を持っているのだから。

 

「凛と桜、双方の才能を余すことなく活かそうとするならば、養子に出す他はない。だからこそ間桐の翁の申し出は天恵に等しかった。聖杯の存在を知る一族であれば、それだけ根源に至る可能性も高くなる。

 敵である君の前で言う言葉ではないが、仮に私が果たせずとも凛が、そして凛でも至らなければその時は桜が、遠坂の悲願を果たしてくれるだろう」

 

「それが、幸せだと……」

 

 だが、その自信が更に深い絶望を生むこともある。

 時臣の自信は当然の事ながら雁夜にも伝わった。だからこそ否定できない。雁夜が求めても絶対に届かず、憧れ続けるだけの理想は、それを持つ資格のあるこの仇敵にとってなんでもない、それどころか進んで投げ出す程度ものなのだという事実を。

 

「聖杯を知る一族ならば成就に近い、お前はそう言ったな。それは――娘同士相争うことが幸せだと、そう言いたいわけか」

 

 それどころか更に暗い想像が雁夜の頭を埋め尽くす。今の一連の流れで時臣は雁夜の問いたかった事の1つについて、彼が聞くまでもなく答えを提示していた。

 そう、なぜよりによって桜の養子先が間桐だったのかということだ。

 確かに昔の間桐は遠坂に並ぶ名門"だった"のかもしれない。しかしそれはあくまでも過去の事。今となってはもはやそんな面影など影も形も無く、兄である鶴野に至っては魔術回路すら備わっていないという有り様なのだ。

 少なくとも、時臣自身が才覚ありと見込んだ愛娘を養子に出すような家ではないのだ。そして、それを知らぬほど時臣の情報網が狭いとも到底思えない。

 ともすれば――うすうす勘付いてはいた。しかしそれを否定してほしかった。嫌な心拍の上昇を感じながら雁夜は時臣の言葉を待つ。

 

「もちろんだ。共に己の秘術を磨き上げ、その果てにその全てをぶつけ合う相手が互いならば、2人にとってもそれ以上の幸せはあるまい」

 

 悪い予想とはどこまでも当たるものである――雁夜はまたも絶望的な気持ちにかられることになった。

 そうだ、この男はやはり"人として"狂っている。よりにもよって自らの手でその中を引き裂いた子供が同士が殺し合うのを"幸せ"と呼ぶだなんて。

 

「お前は……狂っているよ。時臣」

 

 そうして、喪失の中でポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

―――――

 

「やはり止めておくべきだったか」

 

 弓兵の目は鷹のそれと聞く、何てことをどこかの誰かが言ったとか言わないとか。

 だとすればその言は少なくとも間違いではない。現に今アーチャーが立っている冬木の外人墓地を見下ろす小高い丘は、遠坂邸からは遥か遠くに位置する。高さという点においては匹敵するやもしれないが、それがどうしたというだけの直線距離。

 だが、確かにアーチャーはそこから時臣と雁夜の会談を眺めていた。そして、あまりに簡単に予見できた案の定の結論にため息を付く。

 

「もとより、人間と魔術師は倫理、思考的に見ればもはや別の生き物と言ってもおかしくはないのだ。そしてあの二人はそんな中でも極め付き。とことん魔術師というものを体現する時臣……まあこれはどこぞの少女の受け売りだがな。そしてその道を見たうえで否定した雁夜。もはやお互いが宇宙人と対談しているようなものだ。このような状態でまともな結論が出るような議論になどなるわけがあるまい」

 

「解説どうもありがとうよ。で、それならなんで止めなかった?」

 

「……君か。驚いたな、てっきりマスターの守護を全うしていると思ったが」

 

「じゃあ今の説明口調は何なんだよ。てか驚いたとか言うならもうちょいそれっぽい反応しやがれってんだ」

 

 まるでそこだけ強烈な蜃気楼に見舞われたかのようにアーチャーの背後の空間が揺らぐ。かと思えばその揺らぎは次の瞬間には人の形を成していた。

 心底めんどくさそうな様子を隠そうともせずにランサーはアーチャーの横に座り込み胡座をかく。

 

「気持ちの問題だ、人間というのは非常に都合の良い生き物でね。なにか可能性があれば、たとえそれが1%に満たないものだろうと、まるでそれが叶うのが当たり前かのような前提で未来を想像し、過去を振り返る。そしてそれが過去の場合、予見できた失策として後悔するのだ。真偽の程は別としてな。その感情は戦場において命とりになる」

 

「ふーん……ま、気後れしちゃいけねえってのは同意だけどな」

 

「今度は私の質問に答えてもらおうか、ランサー。なぜ君がこんな所にいる? 君がマスターをほっぽり出してこんな所に来るとは思ってもいなかったのだが」

 

 自分から聞いておいてどこか興味なさげに返答するランサー。アーチャーはそんな様子に若干憮然としながら切り返す。

 

「お前のマスターと俺のマスター、やりあえばどちらが勝つかなんてのは目に見えてる。それを分かったうえでやってるのをほっぽり出すとは言わねえだろ。それにだ」

 

 ランサーは座り込んだまま下からアーチャーを睨みつける。

 

「今お前が言った理由だ、アーチャー」

 

「ほう?」

 

「マスターをほっぽり出すわけがないのはお前のほうだろ。近場にいるもんだと思ったが全然姿が見えねえ。何かしら細工でも仕掛けて雁夜とコンタクトしてるのかとも思ったがそれもねえ。あいつはは本当に何も知らねえみたいだからな」

 

「……なるほど、それで遠坂邸を視野に入れられるところをしらみ潰しに探してきたと」

 

「ああ、しかし弓兵の目は鷹の目とは良く言ったもんだな。正直俺からは屋敷の位置がぎりぎり分かるかどうかってくらいだ……お前、ほんとに見えてんのか?」

 

「この距離ならば、君のマスターの書斎にある本の名前も確認できるが?」

 

 見えないものを見ようと目を細めて上体を前に倒していたランサーがうへえ、と舌を巻く。

 実際彼の目に映っていたのはぼやけかかっている屋敷の輪郭程度であり、アーチャーのいうものまではどうやっても見えそうにない。

 

「ま、それはいいわ。別に俺達は目の良さを競ってるわけじゃねえ。それよりも重要なのはだ……」

 

「今君が私の目の前にいて、何か動きを見せればすぐに手を下せる位置にいる。ということだろう?」

 

「そういうこった」

 

 アーチャーの首筋に冷たく鋭い感触が触れる。

 見下ろしてみれば、そこにあるのは赤槍の切っ先。

 

「考えられる最悪の事態は、お前を野放しにして起こる不慮のなにか、そして突然の脱落だ。だが俺がお前を射程に捉えた今その線はもうねえ。お前の言うマスターの守護を俺はこれ以上なく真っ当に果たしているってわけだ」

 

 左手で持った槍をアーチャーの喉元に突き付けたまま、ランサーは立ち上がりパンパンと砂を払う。

 

「素晴らしい忠臣っぷりじゃないか、ランサー。いやはや、君がそこまで頭の回るタイプだとは正直思ってもみなかった」

 

 そんなランサーに、まるで茶化すようにアーチャーはぱちぱちと拍手を贈る。その喉元には当たり前のように槍が触れているのだが、それがこれ以上進むことは無いと確信しているかのように。

 

「ち……相変わらず気に食わねえなほんと……で、どうなんだ? そろそろ終わんだろ」

 

「ああ、世の中とはやはり思い通りにはいかないもののようだ」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

 

 

 

「しま――」

 

 雁夜がはっと我に帰ったのはそれから何秒たってからだろうか。

 嫌悪感に眉を潜めた時臣が目に入ると同時に、背筋が何かに弾かれたようにピンっと伸び、ドロドロになっていた視界が嘘のように鮮明なものに変わる。

 

「ふう……やはり君のような人物には語り聞かせるだけ無駄だったようだね」

 

 そうして隠そうともしない呆れの篭った溜息に自らの失策を悟った。

 

 目の前に座る時臣の姿は、傍から見る分には大差ないだろう。だが、ほんの数秒前までと、今ではもはや別人と言っても良い。

 それを理解しているから、そうなると分かっていたからこそ、雁夜の後悔は急速に膨れ上がる。

 

「確信したよ。間桐が衰退したのはこの日本の地が合わなかったというだけではない。魔術師としての精神が、代を重ねるごとに脆弱に変わっていったのだとね。その中でここまで耐え抜いてきた翁には頭が下がる思いだ」

 

 拒絶と軽蔑。より色濃くなった感情は、立ち上がり後ろを向いた時臣の背中から、雁夜の目に見えるような錯覚さえ覚えさせるほど濃く立ち昇る。

 その行動が差し示す意図は明々白々、それを感じ取ると雁夜も弾かれたように立ち上がる。

 

「待て時臣! まだ話は……!」

 

「帰りたまえ」

 

 伸ばそうとした手が静かな一喝により止まる。雁夜と背を向ける時臣の距離はせいぜい一歩歩いて手を伸ばせば届く程度のものだろう。

 だが遠い、あまりにも遠すぎる。雁夜にとってその距離は果てしない大河の対岸と対岸を隔てた程のものにすら感じていた。

 

「今私が君を殺さないのは、この場が正当な手続きを踏んだ会談であるがゆえ、それのみだ。しかしこの警告を無視するというのなら……」

 

 時臣は振り返ると手に持ったステッキを回す。すると先端の豪華絢爛な宝石から炎が円を描くように迸った。

 

「……っ!」

 

「ここで君を焼き尽くす事も、私には造作のないことだという事を忘れるな」

 

 徹底的な拒絶。時臣の中で既に話は終わっており、これ以上の問答が無意味である事は容易に読み取れた。

 

「――」

 

 やってしまったことは仕方がない、過去には戻れないのだからさっさと開き直れ。

 昔テレビか何かで聞いたような言葉が唐突に雁夜の頭の中で反響し始める。無論、そんなことが出来るわけもない。何かしなければならないのに、そんな時に限って意味のない思考が大声で叫びだす。人はそれを混乱状態と呼ぶのだ。

 

「違う! 俺が話したいのは……!」

 

 そして、その混乱は理性と冷静な思考力をいとも容易く消し飛ばす。  

 

「桜ちゃんが間桐でどんな仕打ちを受けているか! その事をお前は知っているのかと言うことなんだ!」

 

「仕打ち……だと?」

 

 しかし、時にはそれが良い方向に進む事もある。どうやって切り出すべきか迷い、上手く話のテーブルに乗っけることのできなかったもう1つの本題。完全な偶然であり、狙いも何もありはしない。

 だが、乱暴ながらそこに辿り着いたことを、雁夜は少しだけ揺らいだ時臣の表情から理解した。

 

「ああ……! 時臣、魔術の修練が楽じゃない事は俺だって分かっている。だが、間桐のそれは明らかに異常なんだ。桜ちゃんは……桜ちゃんはな、間桐に送られたその日からレイプまがいの拷問に近い修練を強制されたんだ……時臣、お前はそうなることを分かっていたのか?」

 

 ブレーキがかかる前に一気に言い切る。その声は途中から掠れていた。

 最後の藁にも縋るような気持ちで雁夜は時臣の言葉を待つ。

 

 

 

「いや……それは初耳だ」

 

「……なら!」

 

 ――今からでも構わない。桜ちゃんを間桐から救い出すのに力を貸してくれないか? それが叶うのなら、こんな聖杯戦争今すぐにでも降りてやる。

 

 雁夜の第一優先は聖杯などではない。あくまで桜を救い出す事である。だからこそ、このような馬鹿げた提案を本気でするつもりでいた。

 微かにだが見えた光、それを離してはなるものかと続けようとし……

 

「だが、それが何か問題なのか? あくまで魔術師としての修練なのだろう?」

 

「……はっ?」

 

 理解の出来ない一言に全てが押し潰された。

 

「言葉のとおりだ。確かにそれは苦痛をはらむものなのだろう。しかし、それが魔術師として大成するために必要なものならば……何を文句を言う必要がある?」

 

「一体……何を……」

 

「やはり君には我々の求めるべき果てなど理解出来るわけがなかったのだろう。さあ、帰りたまえ。私の気が変わって君を燃やしてしまう前にな」

 

 

 

 

 

―――――

 

「帰ったか、直に日も落ちる。今宵は――いや、身体も心も休めるべきか」

 

「――」

 

 茜がかる夕焼けが雁夜を背中から照らす。覚束無い足取りでとぼとぼと歩く彼を間桐邸の正面で待ち構えていたアーチャーが出迎えるが、気付いていないのか特に反応することも無い。

 

「――」

 

 間桐雁夜にとって今日は最悪の一日だったと断言できる。人生の中でも、この家に戻ると決めた日に匹敵するほどに。

 思惑は外れ、より厳しい現実を突き付けられただけ。そして先など見えはしない。

 

「俺は……」

 

 ソファーに身体を投げ出し、天を仰ぐ。無論、夕焼けに染まる空は見えず、圧迫感のある黒い天井が見えるばかりなのであるが。

 

「全てを丸く収める方法があるとすれば、これしかなかった。俺が自分の感情さえ殺すことができれば……けど、もうその可能性はない」

 

 雁夜がどんな行動を取ろうとも、葵か、桜か、どちらかが確実に泣くことになる。その事実が雁夜の胸を締め付ける。

 憎悪も怒りも、今は何もかもがバカらしい。

 

「戦って、戦って、仮に勝ったとしてその先には一体何が――」

 

「……おじさん、帰ってたんですか?」

 

「……!!」

 

 そんな雁夜の耳に届くか細い声。まるで雷に撃たれたかのような衝撃とともに振り返った雁夜は、そこから目を離せなかった。

 

「桜ちゃん……」

 

「アーチャーさんがそろそろご飯できるからおじさんのことを呼んでこいって……おじさん?」

 

「ごめんよ、桜ちゃん……おじさんは……」

 

 気付けば、雁夜は跪いて桜を抱き締めていた。突然の事にはてな、と首を傾げる桜。そんな彼女に見えない所で、雁夜は涙を流した。

 この小さな少女は、天涯孤独なのだ。親が死んだというならばまだ諦めもつく。いずれ時間が解決するかもしれない。だが違う、この少女は家族が健在なのに関わらずに孤独になってしまったのだ。それが一体どれだけ過酷なことか……それを、いざ目の前にすることで思い知らされたのだ。

 

「おじさんだけは桜ちゃんの味方だ……例え、どんな事があったとしても」

 

 ――それならば、やることはひとつしかないじゃないないか

 

 決意と共に少女をぐっと引き寄せる。

 

「どんな事があっても……?」

 

 雁夜がそんな決心をしている事など露知らず、桜は逆方向に首をもう一度傾げた。そんな彼女に、雁夜は心からの誓いを立てる。

 

「ああ、おじさんは――必ず桜ちゃんを救ってみせる――そう、桜ちゃんだけの味方になるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あまりリアルネタはぶっ込まないスタイルなのですが今回はきっちり報告しておかないと後々あれなので……社会人になった時間が一気になくなりました。うまく生活リズムを弄くれるようになるまではしばらく更新安定しないかもです。ご了承よろしくお願い致します

さて、作品についてですが、冷静になったところでこの二人で話が噛み合う訳ないだろ、というかなり身も蓋もない結論が妥当と思い今話の流れになりました。
胎盤がーとかそういうところまでいけない、何となく想像したらアホほど合わずに決裂がこの上なく自然な流れに見えたんですよ。なぜかは分かりませんが

それでは、投票、感想などお待ちしております!! 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 凛の冒険

やっと帰ってこれた……


 ――遠坂凛は同世代の少年少女と比べ、2段、いや3段飛び抜けて聡明である。

 

 それは齢7つにして自他共に認める周知の事実であり、不自然なまでに当然の日常なのだ。

 

 それを否定出来る者は、彼女自身が敬愛してやまない父親である遠坂時臣、そして実の母親である遠坂葵くらいなものであろう。母と娘の関係だけは、どれだけ娘が優秀であろうとも不変なのである。

 

 要するに、遠坂凛を止められる他人など彼女のまだ小さな世界には存在せず、常に世界は彼女を中心に回っているということだ――

 

 

 

 

「むっかつくー! 何よあの茶髪! 私のテリトリー(公園)で張り合おうなんてやってくれるじゃないのよー!!」

 

 が、この日の彼女は少し違った。

 午後4時半きっかりに帰宅するところ今日は15分遅れ、更にいつもならば真っ先に母親へ帰宅の挨拶を済ませるのだが……それをせずに一目散に寝室へ向かうと、背丈の倍以上はありそうな布団にダイブする。そして不機嫌も顕にバタバタと転げ回った。

 今日もその覇道を順調に征っていた凛の目の前に現れた初めての対抗者――見覚えのない同世代の赤みがかった茶髪の目立つ少年――との公園を巡る戦いは苛烈を極めた。そして、初めて勝てなかった。決して負けたわけではない。だがそれでも、勝てなかったのだ。

 この出来事は遠坂凛初めての挫折として彼女の脳裏に長らくへばりつくことになるのだが、それはまた別のお話。

 

「あらあら、凛が同じ年頃の子供にやっつけられるなんて珍しいわね」

 

「……っ!! お母様! い、いえ! 今のはその……ただ今戻りました!!」

 

 そのどこまで続くのかと思われた癇癪は、凛の後ろから穏やかな声がふると共にピタリと止んだ。

 まるで今までが全て嘘だったかのような急転、しどろもどろになりながら軽いパニックに陥る凛を開け放った襖の間からどこか微笑ましげに見つめるのは母の葵である。

 

「お帰りなさい、凛。貴女がただいまを言いに来ないなんて珍しいと思ったら……こんなこともあるものなのね」

 

「――っ!!」

 

 柔らかな笑みを携えた葵を目の前にして、凛は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 羞恥やら、やってしまったという焦りやら、色々な感情がごちゃまぜになったそんな小さな姿は葵からしてみれば今すぐに写真に収めたいほど可愛らしいものであった。

 

「顔を上げなさい、凛。別に怒ってなどいないから」

 

「ですが……」

 

「それ以上ウジウジしていると言うなら話は別かもしれないけど……」

 

「お母様! 私もう大丈夫です!!」

 

 子供の勘、中でも身内に対するそれはもはや予知に匹敵すると言っても良いだろう。他人が見ても分からない、言われたところで信じないであろう葵の微妙な変化を感じ取った凛は即座に顔を上げた。

 

「そう、なら良いの。それで今日も学校は楽しかったかしら?」

 

「はい! 勉強は順調でお友達とも仲良くし……」

 

「凛?」

 

 いつものように穏やかな問いを投げかける葵に、いつものようにハキハキと応える凛だが途中その口調が淀む。

 そんな凛に違和感を感じた葵はしゃがみこんで彼女と目線を合わせた。

 

「何か気にかかることでもあるの?」

 

「……今日は琴音が学校に来ませんでした。3日前から美樹が、その1日前から佳奈が、これで3人目です……先生達は隠しているけれど、体調不良ではなくて皆行方不明だという事を盗み聞いてしまって……」

 

「――っ」

 

 行方不明。その言葉に葵は息を呑んだ。そう、何せ彼女にはそれについて思い当たる節があるからである。

 冬木で多発する行方不明事件……確実ではなく根拠もない。だがそれが聖杯戦争と時期を同じくしているという事実は葵にとっても見逃せるものではない。

 

「そう……それは心配ね。けど大丈夫よ凛、冬木には時臣さんがいるんだもの。冬木の管理者たるあの人がいる限り、そんな事件だってすぐに終わるわ」

 

 一抹の不安を覚えながらそれをかき消すように、葵は凛の肩に手を置き安心させるようにそう言った。

 なぜかは知らないがこの話題を続けることは上手くない。女の勘と言うべきかなんなのか、普段なら凛の視線を外す為に敢えて避けていた時臣という単語を使ってでも娘を安心させなければならない。そんな気がしたのだ。

 

「……分かりました。お母様」

 

 凛はコクンと頷く。やはり彼女にとって父親の存在感は絶大である。どことなく安堵に近い感情を抱きながら、葵はその後娘との雑談に花を咲かすのであった。

 

 

 

 

 

―――――

 

「忙しいお父様の手を煩わせるなんて……そんなことしなくたって私が一人でも解決してやるんだから!」

 

 子が親の予想を越えるとき、大抵の親は我が子の成長に「いつの間にここまで大きくなったのか」と驚きながら喜ぶという。

 だが、例外がここにある。遠坂凛のそれは些か次元が違っていたのだ。もしもこの状況を母である葵が見ていたならば驚きを通り越して卒倒していたほどに。

 

 夜は12時闇夜を照らすは1日の終わりを告げる終電の明かり。その座席の1つに座るこの場には不釣り合いな小さな影。

 着慣れた深緑の学校の制服に目を引く赤いコート、不審あるといえばその通りであるものの、良いとこ育ちの子供の塾帰りと思えばギリギリ場の空気をぶち壊さない程度におさまるように計算し尽くされた服装で窓の外に見える冬木を見据える凛の瞳はとても力強かった。

 

 

 

 

「ここまでくればこっちのもんね。お巡りさんに見つかるのは厄介だけど一人感覚を誤認させるのくらいなら私にだって」

 

 深夜の冬木に降り立つ少女はどこか物騒な単語を呟きながら、どことなく風情のある年代物のコンパスを片手にその指針が示す方へ人気の無い街を奥へ奥へと進んでいく。

 結果論ではあるのだが、凛の母として葵がとった行動は、凛という少女の心の炎に最高純度の油を注いだだけであった。

 尊敬する父時臣が何か得体のしれない、それでも何かとても大事な局面に立ち向かっていることは凛にも何となく理解できていた。

 

 それなら娘として自分自身が取るべき行動は? 決まっている。娘としてだけではない。将来の遠坂の後継者として、現当主の負担を減らすのもその努めである。

 

 そんな思考に一発で行き着く七歳児など想像もつかないだろう。それは葵の失策とは言えない。しかしその想像の想定を超えるのが遠坂凛という少女なのである。

 

 

「魔力の反応……どこかに集まってる?」

 

 凛の小さな手の中で古ぼけたコンパスがカタカタと震える。このコンパスは時臣の手による特注品だ。北ではなく、魔力に反応する。強ければ強いほどしっかりと一点を指す……そして、それのみに収まらず、本体が震えるほどの魔力を示したのは、彼女の記憶では遠坂家の工房で父が魔術を行使している時くらい――自分の魔力ではそこまでの反応を示さない――のものである。

 いつもの凛ならこの重大さに気付き、引くことも出来ただろう。だがこの時の彼女は些か冷静さに欠けていたと言っていい。友人を心配する想い、そして父への想い、凛の頭の中からは冷静という2文字は消え去っていた。

 

「ここね!」

 

 そして、誰に見つかることなく辿り着いてしまった。人気のない路地を更に奥へ、また奥へ、寂れて何年経つのかすらも分からないおんぼろな廃墟の1つ。

 その目の前で凛は立ち止まる。

 

「凄い魔力……!?」

 

 その素早さは脱兎のごとく。ツインテールを揺らして凛は小学生とは思えぬ機敏さで横の路地へと飛び退いていた。そして、積み上げられた箱の裏から、今まで自分が立っていた場所を額に汗をびっしょりと光らせて隠れ見る。

 

「なに……今の……」

 

 それは、幼いながら天賦の才を持つ魔術師として無意識からの防衛反応だった。

 凛は自らの感じた感覚、そしていつの間にこんな所に身を潜めていたのだろうという2つに困惑しながら呼吸を整えた。

 

 視界には広がる景色に別段変化は何もない。ただ先ほどまで自分がいた場所に風が吹いているだけだ。

 しかし、空気が違う。

 強いて言うなら父である遠坂時臣の工房、その深奥部が近いだろうか。が、それはあくまで魔力の量のみに限定しての話。本質は全く異なる。

 少なくとも父の工房の空気はこんなに禍々しくはないし、重たくもない。

 そして何より違うのが、何をするでもなく伝わる圧倒的な狂気。

 

「やばい……」

 

 冷たい汗が一筋、ツーっと背中を伝う。ここにきて凛は初めて自分が首を突っ込んでいる事態がどれだけのものなのかということを理解した。

 汗と共に身体が芯から冷えていく。そしてそれと共に思考が現実に引き戻される。

 

 これは自分にどうにか出来る問題ではない。頼れる相手がいるならば、それがあの気に食わない綺礼であろうとも頭を下げて助力を要請しなければならない。それくらいの大事だ。

 

 答えは出た。友達を助けたいという思いを非情な現実が押し潰す。

 

「早く逃げないと」

 

 そうなれば取るべき行動は1つだ。

 

 逸る気持ちを抑え、正面から目を逸らさずにジリジリと凛は後ずさる。

 明らかな怪異に背を向けるのは何よりも致命的。安全を確保するその瞬間までは絶対に無防備を晒してはならない。 

 そう、彼女のとった行動は決して間違ってなどいなかった。

 

「……うそっ!?」

 

 しかし、間違っていないからといって正解だとは限らない。

 

 いくら凝視しようと一向に変化のなかった廃屋の扉がギーっと寂れた音を伴ってゆっくりと開く。

 

 足を止めざるを得ない。そしてそこから見えた黒い人影が凛の足を真逆へと回転させることになった。

 

「琴音!!」

 

 フラフラとした足取りはおぼつかず、髪や衣服は乱雑に乱れている。だが友達の姿を見間違えるはずも無い。

 扉の隙間からゆっくりと歩いてきた少女に凛はすぐさま駆け寄った。

 

「琴音! しっかりして!!」

 

「……凛ちゃん?」

 

 果たして少女は目的の友、琴音その人であった。

 ガッと両肩を掴むと顔を上げた琴音に凛は安堵の溜め息をもらす。

 

「とにかく無事で良かった……早くお家に帰ろう!」

 

 先程までとは違いここからの離脱を最優先に。凛は琴音の腕を掴み走り出す。

 この異常はすぐに勘付かれる。となれば時間は1秒でも惜しい。

 そんな思いからとった行動。これも決して間違ってはいない。

 

「あれ……?」

 

 たがそれも、正解とは限らないのだ。

 

 進まない。その違和感に気づくのには一瞬で十分だった。もう一度力を入れて思い切り大地を蹴る。

 

「ちょ……琴音!ふざけてる場合じゃ……!?」

 

 それでも進まない。

 なら原因は1つしかない。後ろを振り返り凛は琴音を急かす。

 これ以上ここにいるのは危険しかないのだと。

 

「ねえ凛ちゃん、何を言ってるの?」

 

 が、大きな思い違いをしていたことを即座に凛は思い知らされた。

 

「いた……!」

 

「私達のお家は……ここでしょ?」

 

 琴音の爪が凛の腕に食い込む。

 凛は驚愕と痛みに目を見開いた。そして自らの失策を悟る。

 

「こと……ね……?」

 

 琴音の虚ろな瞳には何も映ってはいない。

 危険を回避する為に彼女の手を掴んだ。しかしなんのことはない。彼女こそが"危険"そのものだった。ただ、それだけの話。

 

「さ、帰ろう? 凛ちゃん」

 

「こと……」

 

 

 

 

 

―――――

 

 

「ここは……」

 

 身体全体を覆うひんやりと冷たい感覚に凛は目を覚ました。

 いつの間に寝てしまったのだろう?こんな所で寝ていてはお母様に叱られてしまうし学校にも遅れてしまう――寝ぼけ眼でそんなことを考えていると、唐突に意識のスイッチが入る。

 

「やば――え……?」

 

 ここにいてはいけない。

 

 立ち上がろうとして凛は自らの異常に気が付いた。手も、足も、どちらも動かない。縛られている。と言うよりも壁に張り付けにされている。

 動かそうとしたことで雑に結ばれた縄が腕を締め付ける。そしてその感触が、凛から冷静な思考を奪っていく。

 

「この……見るからにやばそうだってのに……!」

 

 辺りをグルッと見渡せば、そこは古ぼけたバーだった。薄暗くやたらと広い空間一面に放棄されたビンやら壊れかけのテーブルがホコリまみれに置かれている。

 凛のように年端も行かぬ少女でなくとも嫌な空気をおぼえるのには十分な光景。

 

 

 

「あ、やっと起きたんだー。いやー、君の事も欲しいと思ってたからさー。わざわざ自分から来てくれるなんてラッキーだったよー」

 

「ええ、リューノスケ、それも魔術師の素養がある少女とは……クール、実にクールですよ!」

 

「――!!」

 

 凛は鳥肌が立つのを止められなかった。

 

 暗がりからこつりこつりと足音を響かせて現れた2つの人影。

 この場に似合わぬいかにも楽しそうな声を響かせる2人は何とも言えぬ異形であった。少なくとも、凛には同じ人間には見えなかった。

 

「なになに? 凛ちゃんも旦那みたいなすっげえことできるの? それまじ超COOLじゃん!!」

 

「や、やめて! 触らないでよ!」

 

 竜之介と呼ばれた軽薄そうな男が目を輝かせて凛にスキップしてくると凛の首筋から顎先までツーっと撫でる。

 あまりの嫌悪に凛は必死になって身を攀じるがまともに逃げることもかなわない。

 

 そんな凛をみてりはさらに嬉しげな笑みを浮べる。

 

 

「いいえリューノスケ、彼女はまだまだ魔術師としては産まれてもいない卵……しかし紛れも無い金の卵でしょう。この現世で彼女のような存在に巡り会えたのは非常に幸運と言えるでしょう」

 

 竜之介の問いに穏やかな首を振りながらもう一人も近づいてくる。

 近づいて見えてきたその顔に凛は思わず呼吸をするのを忘れた。人間だ、確かにそれに間違いはない。しかしこんな人間がいるはずがない。

 

 ギョロリと跳び出た正気を失った両目、黒いローブに身を包んだ包んだその姿はまるでお伽話に出てくる悪い魔法使いが現実の世界に飛び出てきたようだ。

 

 

「ひ――」

 

「怖がらなくていいよお嬢さん。君のお友達も無事だからね……」

 

 今はね、と底抜けに優しそうな微笑みを称えて凛の頭を撫でる旦那――キャスターの身から滲み出る狂気に凛は今にも卒倒しかねん勢いだった。

 父からこれから直面するであろう怪異について聞いてはいたが、それと向き合うのは少なくともあと10年は先の話の筈だった。

 だが間違い無く、その中でも最上級の危機が今目の前にある。理解してしまったその現実が凛を絶望の淵へと叩き込む。

 

「あ……あ……」

 

「あちゃー、何やってんのさ旦那。楽しむ前に壊しちゃってどうすんのさ」

 

「おお、なんということでしょう。つい興が乗りすぎてしまいました。しかしまだまだ楽しめるでしょう。さ、早く私達のアトリエへ運びましょう」

 

「たす……」

 

 意識が抜けていく。壁から外されて抵抗する余地もなく抱きかかえられる。

 さらに深い狂気へ、どこか帰れなくなるどこかへ運ばれていくことを感じて凛は必死にもがこうとした。

 

 けれども動かない懸命に。振ったはずの腕は小指を微かに震わせるのみ。叫び声を上げた口から漏れるのはしがわれた呻き声だけ。

 万事休す。逃げるすべなどない。それを理解した凛に出来ることなどありはしない。

 

「あー、楽しみだ。凛ちゃんとはどうやって遊ぼうかな」

 

 ――誰か

 

「彼女ならば今までにないCOOLを作り出せるでしょう、リューノスケ」

 

 そう

 

「その通りさ旦那……ん?」

 

「この魔力は……蟲……? しかしここまで私に気付かれずに入り込むなど……!! 離れなさい! 龍之介!!」

 

 ――助けて

 

「はいよー……って!?ぎやああ!!」

   

 誰かに祈ること以外は

 

「へ――」

 

 消えかかる意識の中、凛が最後に見たのは拭きあがる血飛沫と誰かの断末魔、そして……

 

「貴様ぁあ! リン(・・)から離れろぉお!!」

 

 屋根を突き破って舞い降りてきた、初めて見るようで、それでいて懐かしい紅い背中だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです

社会人大変っすね……精一杯書いてるはずなのですが心無しか文書もなかなかキレがでないような……笑
のんびりながら更新しますのでよろしければ

それではまた! 

感想などお待ちしております


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 激昂のアーチャー

駆け足に見えるじゃろ? 後ほど説明は入れる予定


「「キャスターだな」」

 

 雁夜とアーチャーの声が揃ったのは雁夜が真に闘う決意を固めた翌朝のことだった。

 明け方8時過ぎ、いつものようにアーチャー作の一流ホテルのビュッフェと見間違う朝食を突付きながら方針を語らう。

 

「なんだアーチャー、気が合うじゃないか」

 

「君こそ」

 

 圧倒的な火力を誇るセイバー、ライダーは真っ正面から向かうにはリスクが大きすぎる。そもそもライダーに関しては拠点すら定かではない。バーサーカーも同じ、加えてサーヴァントとしての情報が不足している。アサシンは探し出そうとしてドツボにはまっては思うがツボ。ランサーは……まだその局面ではない。

 となれば残るは必然だ。そもそもキャスターの非人道的行為自体見過ごせるものではない。

 

 2人の意見は一致していた。

 

「キャスターの索敵に関してはアーチャーが1枚も2枚も上手だからな。それにあいつに他のサーヴァントも悪感情を抱いてるから、仮に遭遇したとしても協力を得られる可能性が高い」

 

「そうだな、馴れ合うつもりはないが貸しを作れるなら作っておくに越したことはない。未だサーヴァントが多く残っている現状使えるものは使うべきだ」

 

 アーチャーがエプロンを解くとコーヒーを啜り席に座る。

 

「ああ、それに……」

 

「桜のことを考えるなら、もあるのだろう?」

 

「わかるか」

 

「当たり前だろう。ちょうど冬木で起きている誘拐は桜と近い年の子供が大半だ。君があのニュースが流れる度に食い入るように見ているのを私が気付かないとでも思ったか?」

 

「あー…それもそうか」

 

 少しバカにするように口角を歪めたアーチャーに雁夜は苦笑いで返す。

 こと人間関係においては鋭いアーチャーだが、よくよく思い返してみれば、そんなこと関係なく分かることだったと。

 

 そう、キャスターによる誘拐はその被害者の殆どが桜に近い年頃の少年少女だ。臓硯の監視下にある桜にまでその魔の手が伸びる可能性は限りなく低いだろうが、それでも可能性を捨てきることは出来ない。

 なにより、なんの落ち度もない子供が殺されていくのはあまり気分の良い事ではない。止められるものならば止めたいに決まっている。

 

「一番怖いのは協力と見せかけた闇討ちだが、此度の聖杯戦争はランサーを筆頭に英雄然りとした英霊が多いのでそこあたりも心配は無いだろう。バーサーカー陣営は別だが、出会ってしまえばそうなる以前に即戦闘になるだろうからそこを考慮する必要もあるまい」

 

「だな。一度休戦したらセイバーとかランサーがあっさり裏切るとは思えない。もしもそういうことができる奴なら俺はもう死んでる」

 

 雁夜はいつかの排水道の件を思い出す。あの時だって本来ならランサーは自分を殺すのは容易いことだったはずだ。しかししなかったということは、そういうことなのだろう。

 

「で、目星は付いてるのか? アーチャー」

 

「そこまで精度の高いものではないがな。奴らは懲りずに魔力の残滓をそこら中に残しながら動き回っている。その範囲内で濃いところを潰して行けばいずれ辿り着くだろう」

 

「その範囲っていうのは?」

 

 雁夜の問いにアーチャーはピクッと眉を動かす。そして手を顎の所まで持ってくると目を瞑り逡巡する。

 

「半径5……いや、3km圏内までには現状でも絞り込めている。やろうと思えば一晩でも周り切れる範囲だと思うが」

 

 目を開けたアーチャーはそこまで言うと、どうする?と言わんばかりに雁夜を見据える。

 それに対する彼の答えなど、考えるまでもなく決まっていた。

 

「行こう。今夜でキャスターを脱落させる」

 

 

 

 

 

――――――

 

「流石冬木の誇る一大オフィス街。ヴェルデが閉まる10時以降はまさにゴーストタウンだな」

 

「この寒さではサラリーマンも家路を急ぐだろうさ。そしてその方がこちらとしてはよほど都合が良い」

 

 万が一市街地戦闘になった際なるべく被害は減らしたい。

 雁夜とアーチャーが新都に降りたのは夜10時を過ぎた頃だった。

 

 新都の構成はオフィス7,ヴェルデを筆頭とした大型店舗2,レジャー施設1,と言った具合だ。所謂深夜型の飲食店や住居スペースはほとんどない。

 となると必然的に夜が早い街になるのだが……それにしても普段を知る雁夜とすれば駅前の閑散っぷりは驚く程のものだった。

 ここ最近の治安の悪さも影響しているのだろうか。駅の明るさと外の暗さのアンバランスが際立つ。

 

「ここを中心に、だったか? アーチャー」

 

「ああ、にしてもだ……」

 

「ん、どうかしたのか?」

 

 人目を考えていつもの真っ赤な戦装束とは違う黒基調の私服に身を包んだアーチャーが何か気になるのかきょろきょろと辺りを忙しなく見る。

 そのどことなく気がかりがあると言わんばかりの行動はいつもの冷静沈着な彼からはあまり見られないものだ。

 

「いや何でもない。恐らく気のせいだろう……すまない、それでは行くとしようか」

 

「もうその言い方の時点で何かあるって言ってるようなもんだけどな……おい、待てよアー……!!」

 

 雁夜は息を呑んだ。

 らしくもない下手くそなはぐらかし方をしたアーチャーがそれ以上の追及を避けるように雁夜の前へ出てそのまま駅から街へと一歩を踏み出す――そしてその瞬間にいつもの格好に戻ったと思うといつにない程の殺気を全身から発散しだしたのだ。

 

「おい! どうしたアーチャー!?」

 

 異変に気付いた雁夜も直ぐに駆け寄りアーチャーの肩を掴む。

 だがアーチャーは何も反応せずにぶつぶつと何か小声で呟く。

 

「やはりこの魔――――は、いやしかしなぜ――女がこんなとこ――」

 

「ちっ、どうしちまったんだよ急に」

 

 唐突なアーチャーの変調は雁夜にとって想定外のもの、それも悪い意味でだ。

 この事実を思い出して陰鬱になるのも何度目かすら分からないが、雁夜自身は魔術師としてへっぽこだ。とてもではないがサーヴァントの探索など出来やしない。

 加えて基本的にこのペアの主導権は常にアーチャーが握っている。そしてその中でも冷静沈着さが最大の肝だ。その最前提が崩れてしまえば取れる道はぐっと狭まる。

 脱落以外で考えれば最悪と言ってもいい。

 

 

「おい、なんかおかしいなら一旦出直しても――」

 

「間違いない……ついてこい雁夜! もう時間がないかもしれん!」

 

「ちょっ!? おい! ほんとお前――!!」

 

 別人のような豹変。

 見る者がいたならば、その時の雁夜の目は正に点だっただろう。なにしろ彼の世界は、突然にボヤケていたのだから。

 

「は――」

 

 それがなにかに気付くまではそう時間のかかる事ではなかった――かと言って納得がいくのとはまた違う――ぼやけるというよりは後ろに吹き飛んでいく風景。

自分を肩に担ぎ猛スピードで駆けるアーチャーに雁夜は抗議の声を上げる。

 

「こんの……! 少しくらい説明しろよおい!!」

 

「直に分かる! 何度も言うが今は時間がない! 舌を噛みたくなかったら黙っていたまえ!」

 

「〜〜!!」

 

 が、今のアーチャーには普段の合理性はおろか、まともな会話すらままならないらしい。

 無理を悟った雁夜はアーチャーの為すがままに抵抗を諦め身を任せた。

 どちらにせよここまで彼が取り乱す程の事態に自分が何か出来るわけでもあるまい。加えて言葉通りならすぐにでも分かるだろう、と。 

 

 自然に傍観体制に入った自らの心にどこか達観しつつ雁夜は1つ溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

「――――ここかっ!」

 

「っつー……! 止まるなら止まるとちゃんと――」

 

 身体にかかる圧倒的なGに雁夜が吐き気を催すような圧迫感を覚えたのはそれから数分も立たない頃だ。

 人はおろか高速道路を走る車でさえも並走可能であろう超スピード、防具の1つもなくそこから0への急制動をかけられればこうなるのが道理である。

 アーチャーの肩から降ろされた雁夜は荒れて半分砂利道とかしたコンクリートに突っ伏した。

 

「吐き気程度ならまだ良い方だ……ち、もう中か」

 

「はあ? お前ほんと何を言っ……て……」

 

 あまりの毒舌に半ばキレ気味に応戦しようとした雁夜の言葉が止まる。

 醸し出される空気がいつもよりも遥かに冷たいアーチャーに気圧されたのもある、だがそれ以上にこの場の薄気味悪さ、そして……

 

「ちょっと待て……この感じ……まさか……」

 

「ああ、リンに間違いないだろう。どう言う訳か知らんがおそらく彼女は自らの意志でここまで辿り着き、そしてキャスターに捕らえられたとみてまず間違いない」

 

「そんな……葵さんは一体何をして」

 

 たしかに知っている誰かの気配を微かに、しかし確かに感じたからである。

 

 この一年様々な場面で感じてきた絶望とは全く異質のそれが雁夜の身体を芯から冷やしていく。

 

「分からん。しかしあれはかなり豪胆なところのある少女だからな。やはり根本は幼少の頃から変わらないか……だがそんなことよりも……!」

 

「――!!」

 

 ぎりっとアーチャーが奥歯を噛みしめる音がする。その横顔をのぞき見て雁夜は無意識に一歩後退っていた。

 

「よりにもよって彼女に手を出すとはキャスターめ、よほど死にたいと見える」

 

 それは初めて感じる恐れ故に。一瞬だけだが表情の消えたアーチャー、その姿に雁夜は畏怖せざるを得なかった。

 

 

 

 

「どうするんだ……?」

 

「決まっている。キャスターには相応の報いを与える……しかし真っ向から飛び込むのは些か不味いかもしれん」

 

「何がだ」

 

「リンだけではなく相当数の人間の気配がする。それも魔力を全く感じない所を察するに誘拐された子供と見て問題ないだろう。キャスターめ……前回の教訓を活かして事実上の人質を取ることを覚えたか」

 

 前回、と言うのは最後にイスカンダルが工房を灼き尽くしたアレの事であろう。

 なるほど、あれだけ遠慮なく大規模な破壊を実行出来たのは生存者――正確にはいた事はいたのだが――がいなかったのが大きい。

 しかし人質がいなければそれだけでリスクを減らすことが出来る。簡単かつ効果的なやり口を理解した雁夜も拳を握り締めた。

 

「けど放っておくわけには」

 

「もちろんだ。私がギリギリまで魔術回路を閉じて接近し、急襲をかける。幸いあの木造建築なら魔力なしでも屋根を破壊するくらいなら造作はあるまい。だがそれだけで誤魔化しきれるキャスターめもそこまで簡単に行く阿呆ではないだろうし、そもそもこれ以上近付けば何かしらの防衛策が発動するのは目に見えている。そこでだ……」

 

 そこまで言うとアーチャーは雁夜をじっと見る。

 そしてその次に彼の口から紡がれた案に、雁夜はどれだけアーチャーの怒りが強いかを思い知らされる事になるのだった。

 

 

 

 

 

―――――

 

「あん……にゃろう……!! こうなるのを大方分かってやりやがったな!!」

 

 夜道を駆け抜けながら雁夜は悪態をつく。

 その後ろには護るように大量の蟲がざわめき、更にその後ろからは肉塊がせまる。

 

「なにが、俺が一人で来たていにして無様に逃げ回って注意を引け、だ! マスターが囮になるとか聞いたことないぞこんちくしょう!!」

 

 細い路地から路地へ、とにかく全力で走る。

 アーチャーの見立てでは1分半で帰って問題ないとの事だったが今何秒経ったのかすらよくわからない――そうこうしているうちにも蟲と海魔がぶつかり合い気持ちの悪い音を立てる。

 

「そもそも俺が死んだら終わりだって分かってんのかあいつはー!!」

 

 今更後悔しても仕方ない、分かっているがやはり後悔はする。

 アーチャーの口車にまんまとハマった自分を責めながら雁夜は必死に蟲を操作する。

 

 アーチャーの作戦というのはこうだ。 

 現状まだギリギリキャスターに感知されない位置に自分達はいる。と言う訳でまずは雁夜が蟲を工房と見られる廃墟になっているバー全体に放つ――なるべく豪快にだ――その間にアーチャーは一度離れ、雁夜がそれに反応したキャスターの防衛策、そして意識を引きつけているうちに単騎飛び込み制圧する。

 まるで雑なアサシンのようなやり口だが、本家のアサシンよりは遥かに接近戦に優れ、それでいて普通のサーヴァントに比べれば自分の存在を隠すことに関して融通が利く自分なら充分に可能な策だという自信に満ちた口調に流されてしまったのだ。

 因みに雁夜が一人になる件については

 

『狭すぎる路地の連続、水気のなさ、幸い地の利はこちらにある。あの海魔が来るだろうが数分程度ならばそう簡単にはやられまい』

 

 と割とあっさり流された。

 あれだけ慎重なアーチャーがそこまで言及しなかったという事は本当にそれくらいは出来ると思っているということなのだろうが、それでも雁夜からすれば当たり前に不満が残る……それに乗ったのは自分だと分かってはいてもだ。

 

 そして今に至る。出来ることは何度も頭で反芻していることだがとにかく走ること、蟲を飛ばす事、この2つだけだ。

 あとはアーチャーが首尾良くどうにかしてくれる事を祈るのみだ。

 

「くっそ……いくら身体が治ったと言っても俺は元々体育会系じゃ……ってきた!!」

 

 いい加減弱音を吐きそうになった所で腕につけていたストップウォッチ機能付き腕時計のアラームが鳴り響く。

 アーチャーの忠告を経て買った最新モデルのデジタル液晶画面は雁夜と海魔の追いかけっこが開始されてから2分の時が経ったことを示していた。

 

「これで方がついてなかったら全部あいつのせいだ! 俺のせいじゃないからな!」

 

 もう一つ悪態をついて雁夜は蟲を自らの周りに密集させる。そうして自分を持ち上げさせて一気に上空へと舞い上がる。

 

「時間稼ぎの必要がないなら安全策でも文句ないだろ!」

 

 元々の目的はキャスターに自分をいたぶらせる事、その必要がなくなった以上わざわざリスクを冒してまで走り回る意味などありはしない。

 雁夜は海魔の手の届かぬ空から元いた廃墟へ舞い戻る。

 

 

 

「あの大穴……やったか?」

 

 廃墟に戻った雁夜の目に入った天井に空く大きな穴、それをやったのが誰かは明白である。

 蟲にそこまで運んでもらった後雁夜は屋内へ滑り込んだ。

 

「凛ちゃん!! え――」

 

 中は薄暗く気味が悪い。だが、そんな事はどうでも良い。見知った少女が横たわっているのを発見した雁夜はすぐさまその小さな体を抱き呼吸があるのを確認し――そこでアドレナリンが切れたのか、異常に気がついた。

 

「アーチャー……なんでこいつらが……」

 

「来たか。君がリンを守ってくれるなら私も遠慮する必要はないな」

 

 目の前に凛を守るように立ちはだかる――なぜか先ほどまでは全く雁夜の視界に入らなかったのだが――アーチャーが冷え切った声で応える。

 

 場にいるのがキャスターならそんな事をせず勝負を決めに行った筈だ。しかし事実そうでは無い。ならそれはなぜか?

 雁夜にとって認めたくない、というよりも訳の分からない現実がそこにはあった。

 

「アサシン……」

 

 雁夜達を囲む様に闇に浮かぶ髑髏。この空間はアサシンによって包囲されていた。

 

「なんで……アーチャー! キャスターは!?」

 

「マスターに致命傷こそ与えたが……仕留め損なった。余計な横槍をいれよって」

 

 苛立ちを剥き出しに吐き捨てるアーチャー。ともかく状況が最悪だということだけは雁夜にも理解出来た。

 

「とにかく撤退を――」

 

「いいや、しない。これ以上ちょろちょろされるのも面倒だ。キャスターを仕留め損なった分、アサシンだけでもここで脱落させる」

 

「はあ!? 何言ってんだ! こんな状況アサシンに絶対有利じゃないか! 暗がりでアサシンと戦うとか自殺行為だろ!」 

 

 そして焦りが芽生え始める。今の状況を整理すれば、こちらには凛という実質的なお荷物がいる上で360度アサシンに包囲されている。それも彼らの得意な暗がり、中途半端な間合いで。

 だと言うのに戦術眼に優れているはずのアーチャーがそんなことにすら気づかないほど激昂している。

 これをまずいと言わずして何と言う? 

 

「……黙っていたまえ。君はとにかくリンの側を離れるな」

 

「だから――」

 

 何としてでも思い留まらせなければ。そんな思いがあっという間に気圧された。

 突如としてアーチャーから放たれる圧倒的密度の魔力の波。視界を青く染めるほど濃い魔力が渦を巻き、切り裂かれた空気が騒ぐ。

 

「な――」

 

「確かに私はセイバーやランサーに比べれば御しやすいサーヴァントだろう。しかしだ、貴様ら如き闇に紛れる以外何も出来ない輩に殺れるほど安いつもりは毛頭ない……!!」

 

 異変を感じたアサシンがあらゆる方向から短剣を投擲する……が、届かない。魔力の壁に阻まれたそれは全て雁夜達に届くまでに床に落ち、そのうちにも広がり続ける波はいつの間にかこの廃墟全体を覆うまでに広がっていく。

 そして、その時はいきなり訪れた。

 

 

「君達の戦いが地の利を活かすものならば、その利ごと無くしてやろう……今宵ちょっかいをかけてきた事を後悔しながら消えるが良い……!! I am the bone of my sword(体は剣でできている)……――」

 

「……!!」

 

 ――赤い、荒野

 

 

 

 

――――――

 

「師よ!!」

 

「どうした綺礼? そんなに慌てて」

 

「アサシンが……全滅しました……」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





唐突な無限の剣製に驚いた人も多いでしょう……ええ、作者もです。
さて、次回はいよいよあのシーンですね。頑張って書くのでお付き合いください。

それではまた!
感想がいっぱいくると嬉しいなー(露骨にチラ見)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 遠い記憶〜前編〜

 

 ――――赤い荒野だった。

 

 見渡す限りに広がる無機質な風景はどこか侘びしさを覚えさせる。

 

 ――空を見る。地平線を覆う程大きな歯車が2つ。

 

 どこまでも堅牢で、それでいて今に崩れ落ちそうなそれはギシギシと音をたてて歪に廻り続ける。何の目的もありもせずただひたすらに。

 

 ――大地を見る。無数の剣が地に突き刺さる。

 

 その一つ一つに担い手などいはしない。何一つとして同じ物のない剣の山はただ捨て置かれるのみ。

 

 何もかもが異質な世界。

 こんなところに人がいるはずもない。いれるはずもない。それは絶対の真実だ。いた所で何日と持たないうちに壊れてしまうはずだ。

 だというのに、ここには誰かがいる。

 

 

 ――ただ歩いた。どこへ行くあてもない。夥しいまでの剣の海を越え、真っ直ぐに。

 

 ――見つけた

 

 1番孤独な場所、錬鉄の丘。そこにそいつはいた。

 何がしたいのか、何の為なのか、それは分からない。ただ黙々と剣を鍛つ。飽きもせず一心不乱に撃ち込む後ろ姿。そこから目を離すことは、何故か出来なかった。

 

 ――――寂しいな

 

 ただ、なんとなくこんな事を思った。

 

 

 

 

 

―――――

 

 色褪せた風景はセピア色に。記憶は遠く、穴だらけで摩耗したそれは、今や想い出の断片と呼べない代物。

 それでも……忘れてはいけない、護りぬかなければならないモノがある。

 

 ――火の夜だ。全てを覆い尽くす死の臭い。誰も逃げられない、誰も生き残れない。そうしてその小さな灯火も例外ではなく消えるはずだった。

  

『ありがとう……! 生きていてくれて……本当に……』

 

 何故、救った側がまるで救われたかのような顔をしているのか。

 何もかもを失った――はそう思ったのだろう。そして、その男に憧れた。空っぽになった――の中に生まれた唯一の感情。

 全ての始まり。

 

 

 

『子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた』

 

 月の綺麗な夜だった。

 ――は――と語り合う。どこか遠くを眺めるその男が死に場所を見つけているのはどことなく分かっていた。不思議とそれは恐れる事でなく、自然なものだったのだが。

 

『まかせろって、じいさんの夢は――俺がちゃんと形にしてやるから』

 

『ああ――安心した』

 

 誓いを立てる。

 唯一貰った願いを固く胸に、それが呪いなのか、鎖なのか、はたまた理想なのか。それは分からない。

 

 

 

『問おう、貴方が私のマスターか?』

 

 その日も、月が綺麗な夜だった。

 

 たとえ地獄に落ちようとその光景を忘れることはないだろう。

 

 僅かに振り向いた横顔、どこまでも澄んだ聖緑の瞳。

 

 この時間は一瞬で、永遠だ。思い返してみれば――はこの瞬間から――――に惚れていたのだろう。

 ああ、どこまでも愛おしい。

 

 

 

 

『――あんた、笑わないからさ』

 

 妙に鋭い友がいた。顔すら思い出せないが、彼女に核心を突かれたその時だけは頭の片隅にずっと残っている。

 だが、嫌な想い出ではない。彼女は――にとって大事な人の1人だったのだろう。

 

『いつもすまんな――我が校の財務状況は逼迫しているからな。お前がいなければ廻りもしない』

 

 共に多くの時間を過ごした友がいた。

 彼と過ごした時間はとても、自然だったように思える。

 

『――は私のものなんだからね! リンにもサクラにもあげたりしないんだからー!』

 

 妹のようで、それでいて姉のような白銀の少女がいた。

 彼にとって不思議で、それでいて大事な存在。

 

『――!! 早くご飯にしようよー! お姉ちゃんお腹空いちゃったよー』

 

 ――に家族はいない。けれども、家族のような人はいた。

 どこまでも底抜けに明るくて、放っておけなくて、一緒にいることが、楽しかった。

 

『先輩――』

 

 平穏な日常なんて――には自ら求める事が出来なかったのだろう。それは彼の意志がどうこうではなく、本質がそう上書きされてしまっただけ。

 それでも日常が、日常のようなものがあったのは、彼女が側にいたからだろう。

 

『――! 全く……そんなんじゃいつまでたってもへっぽこのままじゃないのよー……まあいいか。そんな――を立派に育てるのも師匠としての責務だもんね! 今日はいつも以上に厳しくするから覚悟してなさいよー!』

 

『……私、遠坂凛よ。貴方の好きな風に呼んでいいわ』

 

 戦友のような、師匠のような、そして……恋人のような人がいた。

 時を越え、時空を越えても忘れることの無い心地良い響き。

 彼女がいたから――は人でいようとすることが出来たのだろう。

 

 

 

 

 

 

 何度も裏切られた。何度も理解されなかった。何度も、何度も、いくら繰り返しても報われることなどなかった。絶望し、背を向けたこともあった。

 

 

 それでも……その理想は、決して間違ってなどいなかった。

 

 

 

 

 

 

――――

 

「――っ、何だ今のは……いや、分かっちゃいるんだけどさ」

 

 久しぶりの寝覚めの悪さに雁夜は顔を顰める。

 不揃いなイメージの連続。それがなんなのかは自然と分かった。ただそれを受け入れることが出来るかどうかはまた別問題だ。

 

「聞くしかないよな……」

 

 昨夜からの激動はここで更に増すのだろう。嫌な確信に頭を悩ませながら雁夜は立ち上がった。

 

 

 

「おはよう雁夜。昨晩は……寝られるわけがないか」

 

「分かるか?」

 

 食卓で雁夜を待ち受けていたアーチャーはいつも通り……だったのだが、雁夜の顔を一目見て察したのか、直ぐに険しい顔つきにした変わる。

 何もかも分かっているという風に。

 

「ああ、サーヴァントとマスターの結びつきが強くなった際にはよくあることだ……ち、今までは意図的に抑えてきたが、あれを使ったことでこちらの栓が緩くなったか」

 

 大きな溜め息をつくアーチャー。心からそれを失態と思っているのは間違いない。ならば、だからこそ聞かねばならない。

 

「そうか、それじゃあ遠慮なく聞かせて貰うぞ――アーチャー、お前は一体何者(だれ)なんだ?」

 

「――――」

 

 向き合う二人。時計の針の音だけが静かに響く。

 何秒か、それとも何分か、沈黙を保っていたアーチャーだが、意を決したように顔を上げた。

 

「全て話すしかないな。だが場所を変える必要がある。ここでは面倒な事になりかねない」

 

 その提案に雁夜は黙って肯く。

 面倒なこと、というのがなんなのかは明々白々。狡猾な爺に付け入る隙を与えるなど有り得ない。

 

 

 

 

 

 

 

「どこか行きたい場所でもあるのか?」

 

「まあな。今はまだ恐らく使われていないはずだし都合が良い」

 

 場所を変えると言ってもどこにするつもりなのか、よくよく考えてみれば難しい問題に気づいた雁夜だったが、その心配は杞憂だったようだ。

 家を出るとアーチャーが自ら先導し、雁夜はその後を追うだけだったのだから。

 

 ずっと無言というのもどこか気まずい。声をかけてみるとアーチャーは不自然なほどいつも通りだった。

 

「そうか……」

 

「道すがら昨夜の確認をしておこう。昨日は色々とありすぎたからな。それに、君の話も聞かなければ」

 

「凛ちゃんを返しに行った時の話か?」

 

「ご名答だ。昨夜は別れざるを得なかったので別れたが、概要くらいは知っておかなければな。君がどこまで切れているのかどうかを理解しておく必要がある」

 

「分かったよ。我儘を聞いてもらったのは確かだ。それくらいは呑むさ。けど」

 

「先に私の方、と言うよりも昨日の一件だな。確かにこちらの方が早急に知らねばならんな」

 

 道中の過ごし方についてどちらも異論はないらしい。

 雁夜に背中を向けたままアーチャーは語り出す。

 

「まず最初に、私は示し合わせた通りキャスターに急襲をかけ、それはほぼ成功したと言っていい。抵抗される前に右腕、左足を切断、そして臓器の5割は潰した。キャスターが魔術師と言ってもあれは黒魔術の類。今どこにいるのかは知らんが……恐らく今日中にキャスターは自然に脱落する」

 

「けど、潰しきれなかった」

 

「その通りだ」

 

 アーチャーの言葉に露骨な嫌悪感が宿る。

 

「トドメを刺そうというその瞬間、君も見たように大量のアサシンに取り囲まれた。奴らが前もってあの場所に張っていたのか、それとも私達が来てから集まったのか、それは分からん。しかしキャスターの脱落が確定したと見るや、狙いをすぐさま私に変えた。それだけは間違いない」

 

 元々様子見をしていたのが、場の動きを見てどちらも潰せると踏んだということなのか。

 

「後は君も知っている通りだ。幸い私には切り札……宝具とすら呼べない代物だがそれを発動し、難を逃れるどころかアサシンを脱落させることに成功した。保険をかけていたであろうアサシンまで私の空間に引き込んでいたからな。足せば計百人、もうあれ以上の保険はあるまいし、あったところで脅威にはならん」

 

「ああ、因みにアサシンを一掃したあれは――」

 

 言葉が詰まる。

 どこからどう考えても最重要課題。そんな事はアーチャー自身百も承知だろう。だと言うのに、それ以上続けるな。そう背中が語っていた。

 

「分かったよ……とにかくアサシンは脱落、キャスターももう時間の問題。ざっと纏めるとそういうことだな」

 

「それで良い。さて、次は君の話だ」

 

 それに雁夜が大人しく従うつもりになったのは何故だろう。普通に考えれば抗議の一つもしない訳がない。

 だがとにかく、この事についてアーチャーが話さないということはないだろう。なんの根拠もないくせに、そんな確信めいた予感はあったのだ。

 

 

「――葵さんとも話したさ。とにかくもう、本当にこれで後には退けない」

 

 

 

―――――

 

『凛ちゃん! 大丈夫かい!』

 

 全ての片がついた後、今までの喧騒が消え失せた廃墟の中で雁夜は凛の肩を叩く。

 しかし凛からの反応はない。青白い顔と冷たい手足がその焦りを加速させる。

 

『命に別状はない。奴の遊びグセが幸を奏したか……』

 

『本当か!?』

 

『ああ、だがあまり良い状態とはいえんな。中途半端に魔術を齧った程度の少女がこんな極度の狂気を孕んだ魔力、そして恐怖に晒されたのだ。下手を打てば一般的なそれを通り越した魔術的障害が残るかもしれん』

 

 アーチャーも凛のそばにしゃがむこむとそう決断を下した。

 あまりに冷静すぎるその言葉に、頭に血がのぼりかけていた雁夜の芯がすっと冷えていく。

 

『教えてくれアーチャー、俺はこれから一体どうすれば』

 

『――いち早く良質な霊地に連れて行く必要がある。この近くなら遠坂家が最良だが……』

 

『禅城の家!』

 

 アーチャーの言葉を遮って雁夜はパチンと手を叩く。

 別にアーチャーの示した言葉が気に食わなかったわけではない。それ以上の妙案が浮かんだだけだ。

 

『あそこなら葵さんもいる! 何より最高の土地の一つだ!』

 

『そうなのか?』

 

 アーチャーはどこか微妙な表情で尋ねる。元より遠坂家という言葉を出した時点で彼の顔は雁夜の応対を予期していたのか曇っていたのだ。

 そこからの案の定そんな案は無かったと言わんばかりの雁夜のこの反応。あまり信用していないのが目に見えていた。

 

『ああ、元々は魔術師の家系、今では廃れて一般人になってるが……それが逆に手付かずのまま霊地を保存する要因にもなってると聞いたことがある』

 

 しかし雁夜からしてみればそんなアーチャーの心配は杞憂でしかなかった。 

 時臣の顔がちらつかなかった、とは言うまい。だがそんなことは些事である。腕の中で冷たくなっている凛の回復の方が余程急務。

 

『……ならそこにするとしよう。この時間だ、まだ電車が無くなるということもあるまい。リンを連れて警察の厄介になるようなことだけはないように気をつけて送り届けてくれたまえ』

 

『ん――?』

 

 どこか他人事のようなアーチャーの言葉に雁夜は違和感を覚えた。

 これではまるで自分はついてこないとでも言うような

 

『ついていきたいのは山々なのだがな。私は――』

 

 そんな雁夜の内側を見抜いたようにアーチャーは顔を顰め立ち上がる。

 そのまま部屋の奥にある大きな扉まで歩いていき――

 

『うわ――』

 

『私はこの者達をどうにかせねばならん。前回は手遅れだったが……今回は救える』

 

 その言葉すら本当なのか疑わしい。

 雁夜が息を呑んだのは人として当たり前の反応だった。開け放たれた扉の奥に見える無数の人影。それが狂騒者達の玩具であることを言うまでもない。

 

『大丈夫……なのか?』

 

『必ずどうにかしてみせる。君の心配には及ばんさ……ああ、今の進行具合からしてリンを連れている君を唐突に襲ってくるような手合いがこの聖杯戦争にいるとは思わんが、ギリギリまで公共機関を利用したまえ。そして事が済んだら私を呼べ、決して一人にはなるな』

 

 万が一があるようなら令呪の使用も躊躇うな。そんな言葉を背に雁夜は凛をおぶると駅へ向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

『はっはっ、まだ凛ちゃんが軽くて良かった……こんな長い距離普段走らないぞ……』

 

 だがこの時間、電車を1本乗り過ごすとそれだけで30分のロスはくだらない。

 そういうわけで息を切らして人気の無い街をまたも走る雁夜。

 段々と暗がりから抜け、纏わりついていた嫌な空気もいつの間にか掻き消えていた。

 

『――』

 

『寝てるだけ……なら可愛いんだけど』

 

 そうじゃない、というのが明らかなのが雁夜を焦らせる。

 ようやく見えてきた駅の明かり、その距離すらももどかしい。

 

『――――』

 

『あれ――?』

 

 聞こえるはずのない声が聞こえた気がする。

 雁夜は走りながら首を振った。この程度でへばっているとは情けない。

 

『――!!』

 

『気のせいじゃ……ない?』

 

 が、疲労から来ているはずの都合の良い妄想は消えない。と言うよりもますます現実味が増していく。それどころか姿まで見えるような……

 

『凛――!!』

 

『葵さん!』

 

 自然にスピードが上がった雁夜を誰が責められようか。

 幻覚ではない。恐らく抜け出した凛がこちらに来ると踏んだのだろう。駅前でオロオロしながら娘の名を呼ぶ遠坂葵に雁夜は手を振った。

 

『え……雁夜君……なんで……それよりも背中に背負ってるのはもしかして……!』

 

 

 

 

 

 

『ありがとう雁夜君……貴方がいなかったらどうなっていたことか……』

 

『いや、俺は何もしてないですから。礼なら俺のサーヴァントに言ってあげてください』

 

 所変わって禅定の家の縁側。

 すやすやと寝息を立てる凛に布団をかけると葵はぼーっと月を見上げていた雁夜の横に座る。

 

『サーヴァント……そう、やっぱり雁夜君……』

 

 サーヴァントという単語に葵の顔がにわかに険しくなる。

 それも当然の事だ。覚悟していたとはいえ、愛する夫と幼馴染が確実にどちらかが死ぬ殺し合いに身を投じていると言うことがこれで確定的になったのだ。これで何も思わないという方がどうかしている。

 

『はい……』

 

『けどなんで……? そんなにあの人の事が』

 

『違うんだ葵さん』

 

 半ば諦めかけたように紡がれたその答えは、最も予見される答えであり、それと同時に真実だったもの――しかし今の雁夜は堂々と首を降る。

 そんな彼に何か今までと違うものを感じたのか、そしてそれが真っ直ぐ芯が通っていたからか、葵は困惑したように目を細めた。

 

『ならどうして』

 

『確かに時臣のことは嫌いだ。はっきり言って今でも殺してやりたいと思うくらい憎い……けど、もうそんなのどうでもいい』

 

 雁夜は今思っていることを素直に口にすると、月光を背に立ち上がり葵の前に立つ。

 正直な所、先ほど駅で彼女を見かけた時に、この話になることは雁夜自身予見できていた。そしてそれが彼女との関係を決定的に壊し二度と修復できない程のものにするであろうことも……

 

『なにがあっても救……味方してあげなきゃいけない人が出来たんだ』

 

『そう……魔導から目を背けたのに、結局は家の為に――』

 

『違う、誰があんな奴らの為に命なんて張るもんか』

 

 ――落ち着け

 

 雁夜は自分に言い聞かせる。

 結末が同じだとしても、そこに至るまでの道筋までもめちゃくちゃにする訳にはいかないのだと。 

 

『間桐の家も、時臣も、言ってしまえば魔術そのものも、俺にとっては等しく何もかも下らない。聖杯も……それそのものには正直興味はないんだ』

 

『雁夜君、私にまで嘘をつくの?』

 

 当然の反応だ。

 

 嘘偽りのない言葉を嘘と断じられながらも、雁夜は自身でも驚くほど落ち着いていた。

 それだけ自らの言っていることは異常なのだ。理由を明かしでもしない限り。そしてそれをするつもりははなからありはしない。

 

『信じてもらえないのは当たり前さ。納得してくれなんて言うつもりもない。ただなんて言うかな……葵さんにだけは伝えておきたかった』

 

『雁夜君……?』

 

 この雁夜の潔さに、逆に動揺したのは葵の方だった。

 今までの、と言うよりもここ数年の雁夜とはあまりにも違いすぎるのだ。

 

 間桐の家を出奔した後……いや、する前からか、目の前の幼馴染はどこか捻くれているというか、必要以上に劣等感から殻にこもるところがあった。それはまるで凋落していく間桐の家そのものを表すかのように。

 だと言うのに、今の雁夜は全く違う。再び嫌悪する魔術の世界に放り込まれたというのに、その目はどこも後ろ向きではない。それどころか今までで1番前向きな強い意思を感じる。

 恨み募りならば、人の目はもっと濁る。雁夜の場合はそれが顕著なのだ。なら……今の雁夜を作り出している"理由"はいったいなんなのだ?

 

『応援してくれなんて言わない。もし全てが終わった時に、俺が立っていたなら、その時は時臣の敵としていくらでも恨んでくれ。覚悟は出来てるから』

 

 これ以上は未練が出る。そう判断した雁夜は葵に背を向けて歩き出す。

 

『待って雁夜君! 貴方はいったい……』

 

『さよならだ、葵さん。―――』

 

 雁夜は最後に一度だけ振り向くと、彼女が見たことが無いほど清々しい微笑みを浮かべる。そうして蟲にその身体を包まれ、その黒いカーテンが消えたときには彼の姿はもう葵の視界にはなかった。

 

『雁夜君……』

 

 ――桜ちゃんの幸せだけは願ってあげてくれ

 

 最後に残した言葉は、1人取り残された葵の胸に深く突き刺さった。

 

 

 

 

―――――

 

 

「と、言うわけだ」

 

「君にしては随分簡潔に済ましてきたのだな。遠坂葵への未練からぐずぐずするものと思っていたのだが」

 

「茶化すな……ここか?」

 

「ああ、"オレ"の話をするのにこれ以上相応しい場所はない」

 

 そんな話をしているうちに、いつの間にか目的の場所へ辿り着いたらしい。

 深山町の中でも閑静な住宅街。その中でも一際大きな武家屋敷の前でアーチャーが立ち止まる。

 その感慨深げな声からも、ここが彼にとって重要な場所なのは明らかだった。

 

「なあアーチャー」

 

「君の見た夢、そしてその中で見たものは全て真実だ。サーヴァントとマスターの繋がり。気をつけてはいたつもりだったが、アレを開放したことで栓から溢れたか」

 

 もうここからは小細工は無しということなのか。

 いつもはどうしようもなく回りくどいアーチャーがズバズバと核心に触れてくる。ここに口を挟むことなどできない。

 雁夜はただ黙って聞いていた。

 

「随分と穴だらけだっただろう? だがそれでも、オレにも普通の日常なんてものがあったんだ」

 

 アーチャーは門を潜る。

 

「間桐桜に遠坂凛。ああ、どれだけ離れようと、どれだけ地獄に叩き落とされようと、彼女達はいつでもオレの心の中にいる」

 

「我が家へようこそ。間桐雁夜。オレの名は"シロウ"これから10年後、この冬木で起こる第五次聖杯戦争に参戦する魔術師もどきだ。そして間桐桜と遠坂凛は……オレとここで多くの時間を過ごした……家族だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前半最大の山場です。禅城の設定については特にどこも明言されてないところを架空設定させて頂きました

さてさて、思う所あれば感想くれてもええんやで?

それではまた!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 遠い記憶〜後編〜

エタってはいないです(小声)


 

「……円卓の騎士と言う俺の予想は見当違いも良いとこだった、ってことか……」

 

 アーチャーに通されたのはあまりにも普通すぎる客間、座敷に正座する雁夜は自分でも驚くほどに冷静だった。

 

「未来のサーヴァントなんて誰が信じられるかこんちくしょう」

 

 否、それは一周廻って冷静に見えただけだった。

 内心は今までで例を見ないほどにごちゃごちゃ。言うならば具材を珍味のみに限定した闇鍋のような状態である──何を言っているのか分からない。そんな感じ。

 

 それだけアーチャーの告白は冒頭の一撃のみで雁夜の常識と平静をいとも容易く抉り取った。

 自らが未来のサーヴァントであるという桁外れの宣言、加えて雁夜が守ろうとしている桜、そして凛の知人だと言われればもう空いた口が塞がらない……塞がるわけがない。

 当の本人が慣れ親しんだ我が家と言わんばかりに慣れた手つきでお茶を入れているのだが、その姿が雁夜からすれば妙に腹だたしいくらいである。

 

 

 

「全く、いつまで呆けているつもりだ君は。ほれ、茶だ。これを飲んで少しは落ち着くが良い」

 

「誰のせいだと思ってる……こんなん前代未聞だぞほんと」

 

 いつの間にかお盆に湯呑みを乗せ戻ってきたアーチャーが呆れたようにそれを一つ雁夜の前に置く。

 それに対する雁夜は言い返すが、その抵抗は非常に弱々しい。

 

「それについては事実であるし認めよう。しかしだ、英雄とはこれまでの過去如何なる時代にも生まれてきた存在だ。むしろこれから……この時間から見て、の話だが。

 一人たりとも英雄が現れない、という方がむしろ不自然だろう? まあ私は英雄なんて大逸れた存在には全く及ばないがな」

 

「あーオーケーオーケー。分かった。考えてることはお見通しってか」

 

 雁夜の疑問その1は何を言うでもなく潰された。

 確かに道理は通っている。確かに神秘が薄れている現代ではそうそう現れないかも知れないが、これから先英雄という存在がこの世に出てこないという方がおかしいと言えばおかしい。

 そして聖杯戦争が"英雄"を呼び出せるのなら何もそれが過去からとは限らないと言うわけだ。

 

「話す事が多い上に、君の常識など軽々と吹き飛ばしかねないものばかりだからな。一々先程のようになられても困る故に、なるべく単刀直入にいかせてもらう……もちろん基本的には君の疑問に答えるメインになるがね」

 

「──」

 

 今更何が出て来ようがそうは驚かない。雁夜は湯呑みに口を付けた。

 

「分かった。じゃあまず1つ。お前の知ってる2つの聖杯戦争。その結末は一体どうなる? そして間桐や遠坂の家は……」

 

「やはり1番はそこだろうな」

 

 予定通りと言う風にアーチャーも雁夜の前に卓袱台を挟んで座り込む。

 

「先に言っておくが……この第四次聖杯戦争の起こる年、シロウと言う少年は齢10の一般人だ。当然オレとてそれに変わりはない。つまり直接戦っている訳もない。

 ここから話す事はあくまで伝え聞いた伝聞になる。それに加えてオレという存在がアーチャーのクラスに陣取り、本来いたはずのアーチャーは消えている。この時点でオレの知ってる聖杯戦争とこの聖杯戦争は全くの別物であり、結末もなにもかも、あくまで参考程度にしかならないだろう。それだけは理解したうえで聞いてくれ」

 

「構わない。教えてくれ、アーチャー」

 

「ではまず結末を述べよう。この戦い、最後まで生き残ったのはセイバー、衛宮切嗣。そして本来のアーチャー、英雄王ギルガメッシュと言峰綺礼だ。この二組が聖杯をかけた最終決戦に臨むことになる」

 

「そうか……」

 

 雁夜は少なからず落胆した。

 当然である。それは間接的に別の時空軸の間桐雁夜の敗北も意味しているのだから。

 

「そして最後の激突。姿を現した聖杯を目の前に行われたらしいが……ここで何が起きたのか、細かくはオレにも定かではない。が、1つだけ言えることがある。聖杯は破壊され、そこから噴き出した泥によって冬木の地は地獄と化したと言うことだ」

 

「はあ!?」

 

 もう大抵のことは驚かないだろうと思っていたはずの雁夜だが、思わず茶を吹き出し咽る。

 

「げほっけほ……! なんだそりゃアーチャー!」

 

「気持ちはもっとも。だがしかし、これが事実だ」

 

 対するアーチャーはというと無表情そのもの。その淡々とした姿が、雁夜にこの話が紛れも無い事実だと言うことを突きつける。

 

「君はオレの記憶を覗き見ただろう? なら真っ先に見たはずだ。地獄を、救われた者の景色を」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まる。その言葉の指し示すものを、確かに雁夜は見ていた。

 

「じゃあこの戦いの先には何も無い、お前はそう言いたいのか?」

 

「──それは分からない。聖杯そのものに問題があったのか、それとも最後に何者かが消え行く聖杯に祈った結果なのか……オレの記憶が摩耗して当てになるのはほんの一部なのに加えて、先程言ったようにこの聖杯戦争とオレの聖杯戦争は別物。その運命の輪が狂ったのが今よりずっと前と言う可能性も否定しきれない」

 

 珍しく迷ったように慎重に言葉を選んだアーチャーの言葉は、これまた珍しく結論が不明瞭なものだった。

 

「すまない。今のオレは、大切な家族の思い出すら引っ張り出すのに苦労する有り様だ。だが、それでも必死に守ってきたんだ」

 

 とりあえず言えることは、全てを見通しているんじゃないかとさえ思わせられたアーチャーも元は同じ人間で、同じように苦悩や苦心をしてきたのだということ。

 

「分かった──どちらにせよ勝たなきゃ何も始まらない。とにかく俺も聖杯が伝え聞くような素晴らしい代物じゃないかもしれないって言う事は頭において戦う。それでいいか?」

 

「ああ。勝たないことには我々には選択権すらないからな。そうするしかないだろう」

 

 アーチャーの言葉は自明である。つまるところ、未来を予測するなど不可能なのだ。

 

「じゃあアーチャー、次は未来の話だ。こんなことじゃいけないんだろうけど、ぶっちゃけ俺からしたらそっちの方が気になる……特に桜ちゃんと凛ちゃんが家族とかいうくだりが」

 

「素直なのは美徳だが、過ぎるというのも問題だぞ……まあ良い。この際久し振りに想い出話とやらでもさせてもらおう」

 

 いつになく穏やかな表情で目を瞑るアーチャー。

 そして紅き弓兵は、一人の少年へと舞い戻る。

 

 

 

 

「あの頃が……シロウという人間の一番幸せな時間だった」

 

「10年前の第四次聖杯戦争。先程も言ったようにその結末は悲劇だった。オレも例外ではない。ここで一度シロウと言う人間は死んだんだ。家族とか友人とか、そんなものも全て失くして空っぽになった。そして抗うこともなく、そのまま短い生涯を終えるはずだった」

 

「が、奇跡というものは確かに存在するらしい。何もかもが失われた焦土の中、俺は救いあげられた。そこからそれまでのシロウとは違う、新しいシロウとしての人生が始まったんだ」

 

 苦しそうに、それでいてどこか幸せそうに、アーチャーは語り出す。

 

「俺を救いあげてくれた親父は……何とも説明しがたいが、面白い人だった。大真面目な顔して自分の事を"僕は魔法使いなんだ"なんて自己紹介してきた時は、思わず笑ってしまったものだ……まあ実際のところは魔術師だったんだが」

 

「なるほど、そこからこっちの世界に踏み込んできたわけか……ちょっと待て、この街に魔術師なんて」

」←×

 

「いや、遠坂でも間桐でもない。オレの親父は所謂野良のようなもの……遠坂、間桐の両家は聖杯戦争の被害で既に死に体だったらしい。後に聞いた話だが、遠坂家に至ってはその頃から凛が当主を務めていたらしい」

 

「はあ!? 凛ちゃんはまだ6だぞ! そもそも葵さんはいったい──」

 

「細かい内容は知らん。だがそれで遠坂家が滅びていないと言うことは、その判断は決して間違っていなかったということだろう──ついでだから言っておくが、オレが遠坂葵の存在を知ったのはここに来てからだ。生前は会ったこともないし、聞いた事もない」

 

「な──」

 

 衝撃に次ぐ衝撃。アーチャーの義父が魔術師だったと言う事も本来とても重要な内容だった筈なのだが、その事実があっさりと吹き飛んでしまうほどに。

 

「それは……まさか……」

 

「確証はない。だが恐らく君の想像通りだろう。私の世界線における遠坂葵はこの聖杯戦争の最中に命を落とす。そして唯一残されたリンは天涯孤独の身となる」

 

「────」

 

 思いつく限り最悪の結末をアーチャーは事も無げに肯定し、雁夜は絶句した。

 

「続けるぞ。その後数年、オレは自らを救ってくれた魔術師の養子となり、この屋敷に移り住んだ。その過程で親父は渋ったが、頼みこんで何とか魔術を教えてもらい、魔術師もどきみたいなものになった」 

 

「──? なんでさ。魔術師ってもんは普通自らの魔術を後世に残したがるものなんじゃないのか?」

 

「珍しい人だったんだ」

 

 魔術を次世代に繋ごうとしない魔術師など聞いたこともない。首を傾げる雁夜の疑問にアーチャーは苦笑した。

 

「色々と破天荒な人だったし……魔術の鍛錬を許した後も、オレによく魔術師じゃなくて魔術使いになれー、なんて言ってたな」

 

「──」

 

 雁夜は何となく察した。英雄なんていう規格外な存在は、その環境から既に常人からは離れているのだと。

 少なくとも目の前のアーチャーもそう。所謂英才教育なんてものではないかもしれないが、尋常な魔術師ではまず経験出来ない所にそのルーツがあったのだ。

 

「で、その後は? お前の口ぶりだとその魔術師と一緒にいたのは数年だけだったみたいだけど」

 

「ああ、だいたい5年くらいだったかな。親父は亡くなったよ。幸せそうな死に顔だったのは今でも覚えている──そして数年の時を経て、オレは桜に出会う事になる」

 

「なるほど」

 

 雁夜は平静を保ちながら頷いた……はずだった。

 現実には桜というワードが聞こえた瞬間露骨に身を乗り出していた。雁夜自身にそんなつもりはない。ただ反射的にそうなってしまっただけ──当の本人は全く気付きもしないのだが。

 

「間桐慎二は知っているか? オレとあいつは同い年でな。中学生の頃には悪友と言える関係になっていた」

 

「慎二君とも繋がっていたのかお前は」 

 

 雁夜は数度しか顔を合わせたことのない甥っ子の姿を思い出す。あまり印象には残っていないが、少なくとも身内ではある。

 

「私もほとんど顔は思い出せないがな。まあその中で慎二はこの家にも時々遊びにきていたんだ。その時にあいつの後ろにくっついて来たのが桜だったんだ……とまあここは省略しても良いだろう? いつになっても話が進まん」

 

「まあとりあえず馴れ初めは分かったからな……続けてくれ」

 

「そうさせてもらう。桜と知り合ってから更に数年。その間に桜は段々と心を開くようになり、高校生の頃には家に居るのが日常みたいになっていて……本当に幸せな時間だった。

 オレは遂にあの日を迎えた。そう、聖杯戦争が開幕したんだ」

 

「オレはあの日、確か生徒会の手伝いか何かで夜まで学校に残っていたんだ。それがオレの運命を良くも悪くも大きく変えた」

 

「あそこにある土蔵が見えるか? サーヴァント、まあ今回の戦いにも喚び出されているランサーなんだが。オレはあそこでやつに襲われた。一級品のサーヴァントと魔術を齧った程度の高校生、戦った所で結果は目に見えている」

 

 アーチャーの言葉が何を指しているかは明らかだ。シロウと言う人間は間違いなく殺される。それが絶対の事実。

 

「因みにそいつとの遭遇は2度目、1度目はあたりまえのように殺された。数時間で2度も同一の存在から死の恐怖を味わうなんて馬鹿げているにも程がある」

 

「は?」

 

 吐き捨てられたよくよく考えてみると訳の分からない言葉に雁夜は一瞬フリーズする。が、アーチャーにそこを詳しく説明する気はないらしくそのまま続ける。

 

「襲われた際に偶然にもセイバーを召喚したオレは奇跡的にランサーを退け、それと同時に聖杯戦争と言う血塗られた闘いに否応無しに巻き込まれる事になった。後は分かるだろう? リンという少女は何処までも厳しいくせにそれ以上にお人好しでな。オレみたいなど素人を放っておくのは主義に反するらしく、気づいた時にはオレの師匠のような存在になっていた」

 

「なんでだろーなー……全然分かるはずがないのにすっごい懐に落ちてくるこの感じ」

 

 10年後の遠い未来。

 何故か脳裏にふっと浮かんだのは、完璧という武装を施したあかいあくまの姿だった。

 それがなんなのか、雁夜には知る由もない。

 

「リンがいなければ、オレがあの聖杯戦争を生き残るなどまず出来なかっただろう。いかにセイバーが最高峰の英霊と言えど、それだけで最後まで残れるほど甘くはない……彼女には本当に感謝している」

 

「なあ、その最高峰のセイバーって言うのは……」

 

「無論、今回のセイバーだ。オレ、というよりも君は運が良いぞ雁夜。最初の闘い、本来の実力差ならオレがあそこであっさり敗退したところでなんの不思議もなかった。それを覆せたのは、彼女等にとって初見であってもオレにとっては経験済みという本来有り得ない偶然故にほかならない」

 

 それを狙って、というかそうなる確信を持ったうえで打って出たという事実は伏せて、変わりにアーチャーは"運"という曖昧で薄っぺらい言葉でまとめて笑う。

 運が良い、それは崖っぷちの闘いにおいて時に最後に天秤の行く末を変えることさえある。

 これはちょっとした暗示のようなもの。その想いに雁夜が気づくことはない。

 

「お前ってほんとイレギュラーなやつなんだな、アーチャー」

 

「ああ、それについては否定のしょうがない──もうこんな時間か」

 

「夕日……? いつの間に」

 

 縁側から差し込む穏やかなオレンジが雁夜とアーチャーの顔に当たり、それが合図かのように二人とも力を抜いて姿勢を崩す。

 

 有意義な出来事に対する時の流れは残酷なまでに速い。

 

「直に日が暮れる。そろそろお開きにすべきか」

 

 何とも言えない沈黙。先に動いたのはアーチャーだった。 

 

 かつてのマスター、シロウという人間として今話すべきことは全て話した。後は英霊アーチャーとしての使命を全うするまでだと。

 暖かく、輝かいていた想い出に蓋をするように陽の光が射し込む襖を閉める。

 そしてその顔が一瞬影に紛れ再び見えたその時、雁夜の目に先程までほんの少しだけ見えていた面影は消え失せていた。

 

 あるのは冷静沈着な戦士、弓の英霊アーチャーとしての姿だけ。

 

 

 

「そうだな」

 

 その姿にどこか一抹の寂しさを覚えながら──なぜそんな感情を覚えたのかは雁夜自身わからない──名残惜しくも立ち上がる。

 

 これからまた夜がはじまる。その時に必要なのは、幸せな毎日を送るシロウではない。修羅を潜り抜けてきたアーチャーなのだ。

 

「どこか見ておきたいものとかないのか?」

 

「ふ、君に気を遣われる日が来るとはな。心配せずとも大丈夫だ。再びこの家に来れただけでも私は満足している」

 

「そっか……オレって呼び方するお前、結構しっくりきてたんだけどな」

 

 その時、後ろを歩くアーチャーがどんな表情をしていたのかは分からない。

 無言のまま玄関を出る。薄暗くなり始めた空が今日の終わりを告げ始めていた。だがマスターの1日はここから始まる。

 何か生活が昼夜逆転している学生みたいだ。

 そんなくだらないことを考えながら雁夜とアーチャーは並んで屋敷を後にし──

 

「──は?」

 

「これは……!」

 

 微かに揺れる大気に顔を見合わせた。

 

「おい、これって」

 

「ああ、間違えるはずもない。ちっ……まだ生きていたか。しかもこれだけ派手に魔力を撒き散らしおって一体なにをしている……!」

 

「「キャスター!!」」

 

 

 夜は、非情にも訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 




祝、カープ優勝!!!最近執筆放り出して野球ばっか見てました!!!……ここまで遅くなったのは反省してます。ほんとです

ではでは!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 未遠川血戦 前編

「おお……リューノスケ。私では貴方を救うことが出来ないというのですか……」

 

 そこに陽の光は届かない。

 もう何年も前に遺棄された廃墟の中でキャスターのサーヴァントは涙を流した。

 尽くせる手は全て尽くした。だが自らが蓄えた魔導は人を殺め、弄ぶもの。その対極にある救う事など出来るわけがない。

 自らの腕の中で徐々に衰弱していく相棒を救えないと言う事実にはもう抗いようがなかった。

 

「なーに湿気た面してんのさ旦那……今の旦那、ぜんっぜんクールじゃないぜ」

 

「リューノスケ!!」

 

 そんなキャスターの弱気を見透かしたかのように、これまで数時間昏睡していたはずの雨竜龍之介が目を開け、いつもと変わらず楽しげな笑みを零す。

 実際その瞳にキャスターは映っておらず、視界は何もかも靄がかかったかのように霞んでいるのだが。

 

「いやー……まさかこんな早く死ぬ事になるなんて思わなかったけどさー……俺的にはこんな結末も悪く無いと思うぜ? ほら、花火とか蝋燭でよく言うじゃん? 消える間際が1番輝くって……げホッ……あれって実は人間も同じでさ、すげえ綺麗なんだ。そんでもって今消え行く俺にとってのその輝きがいつかって考えたらさ、旦那と過ごしたこの数日になるわけだ。

 なあ、これって最高じゃね? 神様ってやつがさ、俺等の日々をさいっこうにCOOLだって認めたようなもんじゃないか」

 

「もういい! しゃべるなリューノスケ!」

 

 最期の輝き。自らが死の運命を受け入れればそこからはもう一直線。

 誰よりも人の死に触れてきたキャスターだからこそ分かること。それを振り払いたくてキャスターは龍之介の言葉を遮る。

 

「いいや、黙らないね。俺は最期まで楽しく好きに生きるんだ……つーわけで旦那。これが最期のお願いってやつだ」

 

「──」

 

「俺が死んだらさ、その弔いとして今までにないCOOLを見せてくれよ。世界中の皆が旦那に喝采しちゃうようなさ。1つ、何よりも派手に、2つ、何よりぶっ飛んで、そして3つ……何よりCOOLにさ」

 

「分かりました……」

 

 もうキャスターに彼の頼みを聞く以外の選択肢などある訳もない。

 顔を上げて前を向く。そして高らかに宣言した。

 

「約束しましょう、リューノスケ。私と貴方のさいっこうのCOOL。必ずやこの手で」

 

「それでこそ旦那だ……じゃ、俺は空の上の特等席から見させてもらう……よ……」

 

 龍之介の身体からスッと何かが抜ける。目に見えないそれが魂であり、命と呼ばれるものなのであろう。

 それを見届けた後、キャスターは立ち上がる。

 

「今こそ、我々のCOOLを」

 

 幸せそうな死に顔を浮かべる龍之介の手から3つの令呪が消えていた事に気づいたものは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

「一体何だって言うんだあれは!?」

 

「分かりませんよ! ただ言えることは、今俺達は光の巨人の出てくるテレビ番組の地球防衛軍待ったなしの状況ってことだけです!!」

 

「くそっ! ならもっと不時着の訓練でもしとくんだったな! ああいうのに出てくる連中の不時着テクは米軍のエリートでも真っ青になるレベルだからな!!……避けろお!! 小林ぃいい!!」

 

 異常を捉えたのは英霊ではなく、人間もだった。未遠川に何かがいる。まるで特撮の世界の怪獣みたいだがなんなのだろう? イベントか?

 情報は瞬く間に広がり、冬木近くにある自衛隊基地にまで届くまでそう時間はかからず、その異常性に言葉半分ながらも哨戒中の自衛隊機を二機向かわせるまでに至ったが、管制からパイロットへの指令も半ば困惑気味だったという。

 まるで冗談のような指令を受けたパイロットのうちの1人、航空自衛隊所属仰木一尉のその時の心中は言うまでもない。

 

 こんなふざけた事に駆り出されるくらい平和なら、日本もまだまだ捨てたものじゃない。

 

 そんな風に、日常を噛み締めていた──

 

 

 

 

 

 

「管制!! 相手は本当の化物だ! 至急応援を!!……このっ…! なんで繋がらない!」

 

 

 

 

 

 ──つい先程までは。

 

 整理しよう。要請を受けて哨戒中の瀬戸内近海から未遠川に飛んだ仰木、そしてその部下である小林が見たのは、通常時なら日本の名風景100選やら何やらに選ばれる碧く雄大なそれではなく。絵の具をごちゃまぜにした様な気持ちの悪い紫と、その全体を覆うように充満するガス群、そして……その中央に鎮座する地獄の番犬のごとき異形。

 からかって近付いたりしなかったのは懸命だったと言えるだろう。誰だってまさかそれが"戦闘機のポテンシャルに匹敵する速度の触手"を持ち、更に"明確な敵意"を持って襲い掛かってくるなど予測できるはずがないのだから。

 

 待ったなしの交戦(エンゲージ)なんの前触れもなく死地に放り込まれた小林と仰木は半ばパニックを起こしながらも愛機を駆って絶望的な闘いへと身を投じたのだった。

 

「ディアボロⅱ、火器類はどうだ!? 一個ぐらい効果有りそうなのはないか!?」

 

「ダメです! バルカンは疎かミサイルも呑み込まれてます!!」

 

「くそっ! なんてこった!!」

 

 通信機から響く小林の悲痛な声に仰木は急上昇で一旦怪物の射程外に逃れると、拳を腿に叩きつけた。

 雲の上はいつもと変わらず平穏だ。だが今はその平穏すらも仰木の心を逆立てる。

 

「ぐおお……!」

 

 目の前の雲が弾けた、と思うとその中から垂直に見慣れた銀色が突き抜けた。最先端のF15戦闘機が命からがら何も出来ずに撤退を余儀なくされる。悪い冗談でしか無いと心の中で毒づく。

 

「そろそろ死にますよまじで!」

 

「そんなことは分かっている……だが!」

 

「一般人が騒ぎに押し寄せ始めてる。あんなもん現実だとは思えないですもんね」

 

「そうだ。今はこちらに注意を引きつけているからまだいいが、もしあれが一般人を襲い始めたら」

 

「死者云百……いや、千人は堅い……」

 

「分かるな? 撤退は出来ん。何としてでも援軍が来るまで俺達があいつの気を引き続ける。そうしなければ……大変な事になる」

 

 出来ることなら小林の提言通り一度退却し、自衛隊の総力を結集して迎え打たなければならない相手だ。それは嫌と言うほど分かっている。

 しかし仰木にはその判断を下せない理由があった。

 あまりの非現実は恐怖という感覚を麻痺させる。今や未遠川周辺には何も知らぬ呑気な市民が押し寄せている。

 もしかすると、今もまだこの状態をショーか何かと勘違いしているかもしれない。

 それなら最悪だ。今ここでこの場を離れれば、彼等は何も分からないままその生涯に幕を降ろすことになるだろう。

 

「けど通信も通らないのに援軍なんて来ますかね?」

 

「俺たちが戻らなければ異常に気づく者もでてくるはずだ。それを信じて待つしかない」

 

「なかなかの勝算っすね……それまであの化け物との追いかけっこに逃げ切らないといけないとか」

 

「全くだ。だがやるしかない」

 

 小林の皮肉に仰木は真顔で返す。

 自衛隊である以上、国の為に命を張る覚悟は常日頃からしてきていたつもりだった。しかしいざ直面するとなると、身にかかる圧力は別物である。 

 

「そろそろ行くぞ。例え今効いていないとしても攻撃の手は緩めるな」

 

「了解。それじゃあ……またこうやって話するまで死なないでくださいね!」

 

「お互い様だ! ディアボロⅰ、ディアボロⅱいくぞ!」

 

 それを振り払うように機首を真下に向けたF15は、驚異的な加速で音速に達し、更に唸りをあげる。

 吐き気を催す紫。怪物の荒れ狂う巣に正面から突っ込む。

 

 

「くらえぇぇ!!」

 

 こちらに気づいて伸びてくる触手をきりもみしながら躱しトリガーを引く。

 散弾の嵐が吹き荒れる。なにせ20mm口径の鉛玉が秒速1000mの速度で毎分6000発の密度を持って射出されるのだ。それも2機同時に。

 意味も無い過程だが、もしもそこに人がいたなら、跡形も無くなるまでに5秒とかからないだろう。

 だが、それだけの数の暴力を以ってしても化け物には届かない。

 

「散開! くっそお……いったい何なんだこいつは……あれ?」

 

 全弾命中も効果なし、まるで食われたかのように緩やかに呑み込まれていく。わかりきった結果を見届けると仰木は機体を水平に制動し、小林とは逆方向に飛んだ。

 現在の高度は数m、機体に貫かれた空気の壁が水面を蹴散らす様子もくっきりと見える。

 

「人……? そんなバカな」

 

 そこで仰木の視界に入ったのは、信じられない光景だった。

 人影が2つ、怪物に向かって突っ込んでいく。それどころか、その姿に反応した化け物の触手、自衛隊の最新機体を導入しても傷一つつけられなかったそれをやすやすと切り裂いている。

 

 ありえない。いよいよ恐怖で幻視が見え始めたか、情けないったらありゃしない。

 仰木は自らを鼓舞する。

 そんな都合の良いことあるはすがないのだ。人は川を歩けないし、もしもそんなことが出来たところであの化け物と闘えるなど有り得ない。

 だから今の見えたものは気の迷いだ。そうに決まっていると仰木は被りを振って再度旋回し化け物と正対する。

 

 今この死地で大衆を守れるのは自分達だけだ。そう気持ちを奮い立たせ……

 

「見間違いじゃ……ない!?」

 

 改めてその姿を捉えた。

 近づいて行くとよりハッキリする。触手が数本一箇所に集中し、何かを蹴散らさんと暴れている。だがなんということだろう、蹴散らされているのは触手の方、さらになんとその中心にいるのは紛れも無い人間だった。

 

「そんな……そんなことがあるわけが!!」

 

「仰木さん! う、牛が!」

 

 にわかにその事実を認められず、混乱しながらもトリガーを引き続ける仰木に今度は小林の仰天したような声が響く。

 

「どうした!?」

 

「分かりませんよ! そっちからは見えないと思いますけど、なんか牛が二匹空を飛びながら電撃を撒き散らしてて、化け物を攻撃しているんです!」 

 

「はあ?」

 

 混乱している人を落ち着かせるにはどうするべきか? 色々な方法があるが、1つ確実なやり方がある。それは、混乱している相手以上の混乱を演じる事。

 そうすると、逆に相手は落ち着くのだ。

 

 もちろん小林はそんな大層な考えのもとに発言をしたのではない。本当に見たからそう言ったのだ。

 しかし見ていない仰木からすればそれはもはや夢物語の領域の話であり、そのハチャメチャっぷりに今しがた混乱していた自らの感情がすっと落ち着いていくのを自覚した。

 

「あー……小林、とにかく一旦落ち着け。一度合流するぞ」

 

「信じてないですね!? ああ分かりましたよ! そっち行くから待っててください! なんかこの牛も着いてきそうな感じですし!」

 

 そんな仰木の対応にイラッと来たのか小林からの通信は乱暴に打ち切られ、数秒もしないうちに化け物の影からその機影が姿を表す。

 そしてその更に後ろから見えた影に仰木は飛び上がらんばかりに驚愕した。

 

「まじ……かよ……」

 

 雷が光轟く。問題はそれがどこから発せられているかだ。雷は横に伸び化け物を貫く。

 当然発生源は空でも雲でもない。空中を颯爽と駆け、小林の機体と併走する2頭の牛。間違いなくそこから発せられていた。

 

「SF映画の世界にでも迷い込んだのか俺は……」

 

「仰木さん! 危ない!!」

 

「あ……」

 

 衝撃的な光景に仰木の集中が一瞬化け物から離れてしまった。

 その事実に仰木が気づいたのは、切羽詰まった小林の警告が聞こえてからだ。

 

 右を向く。迫る触手、ここから撃ち落とす装備などなく、振り切ることも不可能。ここから打てる手立てなどなく、結末として待つのは死あるのに。

 

「うわああぁぁ!!」

 

 自らの逃れられない運命を理解してしまった仰木は目を閉じて絶叫した。

 もう何も出来ない。死ぬ時はいたくないのか? 俺は天国に行けるのだろうか? 

 

 そんなことを考え、最後に家族の姿が脳裏を過り──

 

「いや」

 

「嫌だと言うなら最後まで目を閉じるな」

 

 頭上から響いた男の声と、突如巻き起こった爆風によって機体がジェットコースターのように揺れる感覚で我に返った。

 

「え……」

 

 仰木は自らの手を見る。

 異常なし、どこも痛くない。計器類も同じく。何が起こった? ことを確認しようと首を振る。

 

「たわけ! いつまで呆けている!」

 

「え、ええ……!?」

 

 そして元凶を見つけ、驚きの声をあげた。

 

 翼と機体の接合部に人が立っている。もちろん命綱も無ければヘルメットも着けていない。

 不可能だ。まず人はあんな場所には立てないし、立ったところでこの速度では吹き飛ぶ。当たり前の物理法則だ。

 だが、現実目の前にいる紅い出で立ちの男は悠然とそこに立ち、当然のように弓矢をつがえている。

 理解できるわけがない。

 

「あいにく私は彼等のように水の上を走れる訳でもなければ空を駆けることも出来ないのでな。この機体を借りるぞ。生きて市民を守りたいというのなら、君にも協力してもらう」

 

 紅い男はそう仰木に宣言し、仰木はポカンとしたまま頷くことしかできなかった。

 この時点で直接仰木の頭に声が入ってきているのだが、その違和感に気づく余裕もない。ただ分かるのは、今自分はこの男に救われたのだろうということだけ。

 

「それでいい。武装は着弾前にリモートで起爆出来るものに限定しろ。あれに触れればその時点で主導権を持っていかれるからな。まあそれでも大した効果には並んだろうが……やらないよりはマシだ」

 

「わ、分かった」

 

「機動は私の指示に従ってくれ。この機体の機動力ならばそれで充分に対処出来るはずだ」

 

 再びの指示に再度こくこくと頷く。と言うよりもやはりそれしか出来ない。

 

「話が早くて助かる……来たか」

 

 そして次の数秒で、仰木は得体のしれぬ青年を全面的に信じる事に決めた。

 向かってくる数本の触手。仰木一人ではなんとか躱してやり過ごすしか出来なかったその脅威を

 

「はぁ!!」

 

 青年は弓矢を正面からぶつけることで爆散させたのだ。

 

「貴方は……いったい……」

 

「ち、名前など今はどうでも良いのだが……まあいい」

 

 唖然としたまま仰木は青年に名を尋ねる。

 青年は視線を化け物に向けたまま再び矢をつがえ、射ると同時にこう答えた。

 

「私の名はアーチャーだ。由来は分かるだろう?」

 

 自衛隊と英霊、奇妙な組み合わせの共闘が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!
カープファンが読者様にも多かったようで嬉しい限り。因みに私は梵推しです(今年そろそろ危なそうで悲しい)

と、どうでも良いことは放っておいて作品の方へ
遂に仰木一尉と小林ぃぃぃいいい!!!
にスポットライトが当たる時がきましたね(歓喜)

演出上の問題で敢えて呼び方をディアボロ呼びと普通の呼び方に分けてたり、あとお分かりだと思いますが時系列ずらしてるのでそこは次話の最初に入れさせてもらいますのでご了承ください。

ではでは。自衛官2名の活躍(生存)を信じて!

感想も投票もガンガン募集してますので清き1票を!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 未遠川血戦 中編

エタッたと思いましたか? 正直自分でも危ないと思った時もありました(小声)


「皆の者、取り敢えず今夜は休戦といこう。異論のある者は居らんな?」

 

「ああ。まずはあれをどうにかしなければ」

 

「賛成です。征服王。ここは皆の力を合わせるべき時だ」

 

 

「戦いに関係ねえ奴が無差別に殺されていくのを放っておくのは気乗りしねえ。その話、俺も乗ったぜ」

 

 未遠川に集結した英霊が共闘条約を締結する。その様子を、輪に入ることは出来ない雁夜とアイリスフィール、そしてウェイバーは息を呑んで見守っていた。

 

 現場へと辿り着いた雁夜とアーチャーが見たのは、未遠川全域を覆うように充満する障気、そして肥大化したかつてキャスターだった何か。

 あまりの異常事態を察知したセイバー、ランサー、ライダーも時を同じくして駆け付け、ここに英霊四人による仮初の共闘が実現したのである。

 

「で、まず当面の問題だが……余は神牛があるから良いとして、お前さん達はどうやってあれに近づく?」

 

 その中心にいるライダーが当たり前の疑問を呈する。このメンバーの中で空を飛べるのは自分だけ。他の三人はどうやって川の中心に位置するあの化け物に近づくのかと。

 

 

 

「侮るなよ、征服王」

 

 その問いにまずはセイバーが自信げに一歩踏み出す。

 

「この身は湖の乙女の加護を得ている。水の上を駆けることなど造作もないことだ」

 

 アーサー王伝説に欠かせぬ存在、湖の乙女ヴィヴィアン。彼女とアーサー王の接点として真っ先に挙げられるのはやはり、音に聞こえた伝説の名剣。星が鍛えた神造兵器、聖剣エクスカリバーを手渡したところだろう。

 だがその際に彼女が得たのは剣だけではない。

 言うなれば水そのものからの寵愛。セイバーにとって水と親愛なる友である。

 

 

 

「オレはセイバーほど大層なもんじゃねえが、少しばかり覚えがあってな。ま、不自由なく動くくらいなら問題ねえよ」

 

 ランサーもセイバーと同様水など障害にならぬと嘯く。

 彼を支えるは古代ケルトのルーンの秘術。魔槍ゲイボルグを用いた槍術による武勇伝がその伝説の大半を占めるクー・フーリンであるがその実ルーン魔術においてもその才は一流と呼んで差し支えないものなのだ──場合によっては、この聖杯戦争にもキャスターのクラスを以って参戦出来るほどに。 

 そんな彼からすれば水だろうがその程度で歩みを止めるような失態などありえない。

 

 

 

「ほう、流石だなお主達。さて……」

 

 そんな二人の答えにライダーは満足そうに頷き、視線をその隣へと移す。ランサーとセイバーもそれに倣う。

 だが三人ともその表情から思っていることが一致しているのは目に見えていた。

 

 どうせこいつなら何かしら手段を持っているのだろう。

 

 ここまでこの聖杯戦争を通じて常に一歩先手を取ってきたアーチャーのサーヴァント。心配せずともこの男ならどうにかするだろう、と。

 だがそんな期待に似た感情は、表情一つ変えずに淡々と紡がれた彼の一言で一気に瓦解することになる。

 

 

 

「残念ながらないな。私にそんな英雄じみたとんでもスキルなどありはしない」

 

「おー、上等上等……は?」

 

「まことですか……?」

 

「これはちと予想外ではあるのう……」

 

 三者の反応にアーチャーが少しだけ不機嫌そうに眉を顰めたのに気付く者はいない。

 

「本来人が水の上を歩く手段を当たり前のように持っている方がおかしな話だと思うがね」

 

「まあそりゃそうだけどよ」

 

「何というか少しだけ意外だったというか……いえ、別にいけないとか言っているわけではないですよ!」

 

 本当にそういうわけではない。ただなんというか、肩透かしを喰らったような感じになっただけだ。

 このセイバーの思いが現状を表すに最も適した表現であることはマスターも含めて疑いようもない。

 

「まあ良いわ。とするとアーチャーよ、お主はこの闘いどうするつもりだ?」

 

「私のクラスはアーチャーだぞ? 別に水の上を走れなかろうとやりようは幾らでも──」

 

 このままでは埒が明かないと踏んだのかライダーが核心を突く。

 少しだけ憮然としたようにアーチャーがその問いに答えようとした時、彼等英雄の時代ではまず聞くことなどなかったであろう轟音が空から響き、その言葉を遮った。

 

「──!! なんだありゃあ」

 

「飛行機……? しかし私が日本に来るときに乗ってきたものに比べると随分と形が」

 

「おお、ありゃB2に似とるな」

 

「なんでお前がそんなもん知ってるんだ!? やばい、もう自衛隊がこの事態に気付いてる!」

 

 まるで空気そのものが割れているかのような爆音に皆が耳を塞ぎ空を見る。

 その正体についてこの場で覚えがあるものなどほぼいなかったのだが、唯一俗世に身を置いてきた雁夜はいち早く事の重大さを理解することができた。

 

 自衛隊の参戦、それは隠匿されなければならないこの聖杯戦争が昼の世界に漏れ出すという魔術師なら即卒倒しかねない緊急事態。

 

「自衛隊!? なんだか知らねえがこの煩えのはどうにかなんねえのか!!」

 

「えーっと、簡単に言うとこの国の軍隊だ! 魔術師とか関係ない普通の人間のな!」

 

「軍隊!? まじかよ! オレ等の時代とは比べ物になんねえな。いやはや、今の戦いは空を舞台にするのか。感慨深いねえ……うお! すっげえ!」

 

「ミサイル撃っちまった……こりゃもう引き返しようがないな」

 

 軍隊と言う言葉にどこか心を惹かれるところがあったのか、今までさも鬱陶しいと訴えていたランサーの眼が少年のように輝いた。

 そしてその期待に応えるかのように2機から射出された計4発のミサイルがかつてキャスターだった怪物へ向かっていく。

 

 空を切り裂く対空ミサイルの威力は破格の一言に尽きる。単純に物理的な火力で考えれば、サーヴァントの宝具のそれにも決して引けはとらない──だが、それでも結果に期待する者など誰もいなかった。

 

 

「神秘は神秘でしか打ち崩せない。まあキャスターも堕ちるとこまで墜ちて神秘なんざ吹けば飛ぶ程度しか残っちゃいねえが。それでもただの物理じゃ流石に無理だ」

 

 呑み込まれたミサイルの末路を見てランサーがポツリと呟く。それは人類の英知が神秘に叩き落とされる音。

 その言葉を合図にするかのように英雄達は歩を川へと進める。

 

「さて、余達も行くとしようか」

 

「そうですね。あの者達の意気は立派ですが……この場においてなんの足しにもなりはしない」

 

「ま、運が良ければ逃げられるかもな。あの速度だけはオレらも凌ぐかもしれねえし」

 

 ここは我々の領分、今や幻と化したモノ達が世界を闊歩していた頃の戦い。そう告げるかのように。 

 

「「「いくぞ!!」」」

 

 ライダーは雷を伴い空へ、セイバーとランサー己の技を持って水へ。一夜限りの英雄達の共演が始まる。

 

 

 

 

 

「で、どうすんだアーチャー。完全に乗り遅れたわけだけど」

 

「──」

 

 隣で沈黙するアーチャーに雁夜はどうするのかと声を掛ける。

 本格的に戦いが始まってから二分と経たないうちにその激しさは泥仕合と呼ぶに相応しい物になっていた。

 英霊三人が集結する。その破壊力は軍隊にも匹敵しかねない。

 目の前で行われているのは紛れも無い戦争なのだ。そんな中に本来飛び込んでいけるだけの力量を持ったアーチャーは1人思案顔のまま。

 

「私の本来の戦い方に徹するのも悪くないが……あれを相手にするには些か火力が足りな過ぎるかもしれんな。見たまえ、セイバーとランサーがあれだけ潰しているにも関わらず手が全く緩まない。再生か、それとも増殖か。どちらか知らんが面倒だ。やるだけ魔力の無駄遣い、という結果にもならないとも限らない」

 

 水面を駆けるセイバー、ランサーは小さな竜巻のようなものだ。雁夜はそんな風に思った。

 近づくものは問答無用で呑み込まれ塵と化していく。その切れ味は衰えしらず。

 けれど、致命傷を与えるには至らない。それどころかダメージがあるのかさえも。

 

「じゃあこのまま見てるつもりか?」

 

「そのようなつもりはないさ。だが少し、な」

 

 アーチャーは無表情で戦況を見つめ続ける──そして、ふとなんの前触れもなく上を見た。

 

「ふむ……やはり現状"あれ"を使うのが一番効率が良いかもしれんな」

 

「あれ?」

 

 釣られるように雁夜も視線を上にあげる。

 視界に映るのは紫に霞がかった空と分厚い雲だけだ。その他に見えるものといえば──

 

「おい、ちょっと待てよアーチャー。まさかお前……」

 

「水の上がダメなら空を駆ける。実に合理的ではないかね?」

 

 

 

 

─────

 

 

「霊体化しているうちに撃墜されかかったのは流石に想定外だったが……まあ良しとしよう」

 

 あと一瞬遅れていたら全て振り出し、それどころか大ダメージを受けていた可能性もあった。

 霊体化することで空を飛び、機体の上で実体化する。アーチャーの取った行動は非常にシンプルなものだった。

 F-15の機動性はサーヴァントであるアーチャーを小回りが効かないということを勘定に入れてもなお凌いで余りある。それに加えてアーチャーが参戦する事で機体に乗る異世界に巻き込まれたパイロットの生存可能性も大幅に跳ね上がる。

 バカなように見えて非常に効率的に実を拾える可能性のある行動。実行に移す直前に鍵となる機体自体が落とされかかったのは冷静沈着なアーチャーを持ってして少し肝を冷やしたが、結果として成功したのだから贅沢は言うまい。

 

 常人なら身体が引きちぎれても可笑しくない風圧を受けながらアーチャーは平然と体制を建て直すと一つ呼吸をつく。 

 

「パイロット。聞こえているな? 君の思っている通りあれも、そして私も、正真正銘の化け物だ。仮に自衛隊が総力を結集したところでどうにかなる相手ではない。理を外れた存在なのだ」

 

「理だって?」

 

「ああ、今からそれを証明する。ミサイルの弾数は幾つだ?」

 

「さっき2発撃ち込んだから残り6発」

 

「それだけあれば上等だ。いいか、今すぐもう2発打ち込め。反撃の迎撃は私が行うから心配するな」

 

「……」

 

 迷うように沈黙するパイロットにアーチャーは顔を顰める。

 確かにミサイルというのは、軍人にとってある種の切り札のようなものだ。それが一度無力化された以上無駄撃ちを嫌がるのはまあ分からないでもない。だがそれでも今は必要、そして猶予はそう長くないのだ。

 

「仕方ないか……おい」

 

「分かった。やるぞ」

 

 あまり良い手段ではないが致し方あるまい。

 アーチャーが脅迫に近い対応を取ろうと決めたその瞬間、意を決したようにパイロットが頷いた。

 

「あとは任せたまえ」

 

 アーチャーの呟きをかきけすような爆音とともに2発のミサイルが両翼から放たれる。

 その結果は……予想通り。

 

「おい! やっぱりじゃねえか!」

 

 圧倒的な熱量に反応した怪物の反撃を長年の訓練で身につけた上下動で必死に躱しながら──その大半はアーチャーが撃ち落とし斬り落としているのだが──仰木が悪態をつく。

 言葉通り迎撃の殆どを引き受けている事には感謝するが、そもそもこんな事になっているのはこいつの言葉を信じたせいなのだ。文句か感謝かと言われれば、選ぶのは前者だ。

 

「ああ、そうなるだろうな」

 

 だというのに紅き弓兵の態度は僅かたりとも変化がない。

 何一つ変わらず淡々と悪魔を切り裂いていく。

 

「――ッはあ!!」

 

「ではもう一度だ。次は違った結果になる」

 

「……野郎っ! こうなりゃやけだこんちくしょう!!」

 

 三度轟く爆音。

 

 旅は道連れ世は情け、何て諺がある。この場面にその言葉が相応しいのか、答えは否だろう。

 だが正しいかどうかは問題ではない。

 こういう場面に必要なのは勢い。そう、不合理をも呑み込み納得させうる勢いなのだ。

 

 トリガーを引くと同時に身体にかかる後ろへ吹き飛ばされるような感覚。何か吹っ切れたような感覚とともに仰木は再び機首を上へ向けて上昇。敵の攻撃の方向を一元化し、対応を簡単にするのにはこれがベスト。

 

「うぇっ!?」

 

 垂直に上昇する機体に反比例するように高速で下へ落ちていく風景。その中で仰木の目は捉える筈のないものを捉えた。

 まるでスカイダイビングをするかのようなリラックスした体制。紅い男が遠ざかっていく。

 その姿を仰木は唖然と見送るしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「神秘に対抗できるものは神秘のみ。人間の言う威力とは定義そのものが異なる」

 

 落下しながら独り言ち、アーチャーは弓をつがえる。

 

「この程度の接触ではとても本来意味などないが……これだけ"墜ちて"いれば充分だろう――いけ!」

 

 続けざまに放たれた2本の矢。

 有り得ない加速で空気の壁を突き抜けると瞬く間にミサイルの推進部へと吸い込まれていく。

 

「アイアス」

 

 人間の作る精密機械とはどこまでもピーキーだ。

 アーチャーは数瞬先の未来を見越して花弁を一枚のみ具現化する。

 多くの人命を背負うジェット飛行機ですらその百分の一にも満たない鳥一羽で墜ちることもある。

 なら更に精密なミサイルならどうだ? 迎える結末は当然の結果。

 

「――!! なるほど、確かにとんでもない火力だ」

 

 滝のように飛び散る醜液に顔を歪めながらアーチャーは感心した。

 微弱であろうとも神秘をまとえば近代兵器もその領域に片足くらい突っ込むことができる。

 そしてそれが通用する相手ならば、その威力は最善を発揮する。

 

 地獄の釜と見間違う爆炎の渦が視界を覆い、その向こうで怪物の触手が今までにない絶叫を上げながら一気に数本霧散していく。

 その光景を確認してからアーチャーは実体化を解き仰木の後を追い舞い上がった。

 

 

 

 

 

「んな……」

 

 眼下に広がる映画の世界に仰木は絶句した。

 紅い男の突然の自殺劇もそうだがなによりも「今まで全く通用していなかった」攻撃が突然に本来の威力を発揮したのはどういうことなのか。

 

「たしかあいつ」

 

 今しがたの光景を反芻する。今までと先程で違った点があるとすればそれは……

 

「気づいたか、そうだ。あのミサイルに私の矢が触れた、違いはただそれだけだ」

 

「のわあぁぁ!!」

 

 この機体からブラックボックスが取り出されるとき、その中身を聞いた人物は間違いなくこのタイミングで墜落したものと判断するだろう。

 すっとんきょうな声をあげる仰木。

 

 そんな驚きをよそに紅い男はため息をつく。

 

「詳しい説明は省こう。残念ながら時間切れだ。これ以上時間をかければやつが野次馬を文字通り喰らいはじめる」

 

「なん……だと……?」

  

 促され仰木は下をみやる。冬木大橋付近はこの季節、この時間は車通りこそあるものの、ほとんど人気はない。

 だと言うのにこの騒ぎに乗じてか橋の上は元より近くの道路一体を人並みとカメラかなにかの光が覆っている。

 その景色と紅い男の言葉。

 仰木は先程とは全く違う類で背筋が寒くなるのを感じた。

 

 今まで自分が対峙していたあの常軌を逸した脅威。あんなものが一般人を襲い始めたら……

 

「早く止めないと!!」

 

「わかっている。だが私や彼等とてあの化け物を仕留めるのは容易ではない。だからこそ君に協力を要請した」

 

「ああ! だから……!」

 

「勘違いするな」

 

 今この場で闘えるのは自分達だけ。そう自分を奮い立たせ前を見据えた仰木、しかしその決意に冷や水を叩きつけるかのように冷徹な声が上から降ってくる。

 

「なに?」

 

「何のためにいま実例を見せたと思っている。君達の戦力ではあれに太刀打ちできん。私が協力しろと言ったのはそういう話ではない。例え直接あれを足止めすることが出来ずとも、犠牲を減らすことは出来る。君にしてもらいたいのはそういう話だ」

 

「どういうことだ……」

 

 紅い男は端からそのつもりだったのだろう。

 冷静にこれから仰木がやるべきことを告げた。それは事実上の戦力外通告であり、それでいて自衛隊の本懐を遂げるもの。

 葛藤こそあれど、仰木がそれを断れる理由などなかった。

 

「分かった……それが正解なんだろう?」

 

「協力感謝する」

 

 

 

ーーーーー

 

【こちら冬木TVです! この光景は現実なのでしょうか!? 冬木大橋に出現したこの怪獣はCGでも合成でもありません!!】

 

「んー?」

 

 同時刻間桐邸、桜はぼんやりとテレビを眺めていた。

 特撮なのか現実なのか良く分からない光景に町もネットも大騒ぎなのだが、そんなことはこの少女には関係ない。

 自分の敵ではないおじさんの作った美味しい食事を黙々と食べるのみ。

 

【先程から自衛隊機が応戦していますが状況は一向に変化ありません! さらに時おり見える光は遠距離兵器か何かの爆発なのでしょうか!?】

 

 アナウンサーが興奮ぎみに叫ぶ。

 その向こうに見えるのはこの世のものではない異形。

 

「へんなのー。あんなところにいたら皆死んじゃうのに」

 

 桜はぽつりと事実を呟く。

 あんなものの近くにいたら直ぐに死んでしまうのに、なんでみんなあんなところで騒いでいるのだろう。

 

「うーん……わかんないや」

 

 だがそんなことは別にどうでも良い。

 興味を失った桜はまだ中身の半分ほど残る皿へと意識を戻す。

 そこからはニュースの音声など町中で流れるBGMだ。特に内容は分からない。そんなものなのだ。

 人間は常に音にまみれている。その中で気を引くものなどほんの一握り。

 特に桜のような少女ならそれはひとしおである。そんな彼女の興味をひくような音があるとすればそれは……

 

【早く消えたまえ。ここにいればそう遠くないうちに全員死ぬことになる】

 

「おじちゃん!?」

 

 敵ではない存在、ひいては庇護者の声くらいだろう。

 

 今までの無関心はどこへやら、トテトテと足音をたてテレビへ近づく桜。その中にはたしかに、彼女が知る紅いおじさんがいた。

 

【え!? 今貴方戦闘機から飛び降りて……え!? 貴方一体!?】

 

【通りすがりの正義の味方だ。だが残念ながら光の巨人ほど迅速な対処は出来んのでね。君たちがここにいてはとてもではないが守りきれん】

 

【は!? 一体何を言って!】

 

 困惑するアナウンサーからマイクを奪い取り淡々と事実をのべるアーチャーに世間が騒然とする。

 収録番組ならまず間違いなくお蔵入りの酷い映像だ。だがこれは現在進行形の現実。前代未聞の放送事故はまだまだ続く。

 

 

【その人の言っていることは本当です! 皆さんはやくここから避難を!!】

 

 テレビ越しにも轟く爆音、機械的に拡大された声。アクロバティックに、より人の興味を引くように。低空で飛ぶ戦闘機から声が響く。

 アーチャーは言ってしまえばただの不審者だ。その言葉がどこまで響くかは分からない。

 けれども、国民最後の砦である自衛隊員の言葉ならどうだ?

 野次馬に動揺が広がる。これは本当にやばいのではないか? 自分達はとんでもない事態に首を突っ込んでいるのではないか?

 不安が伝染する。その姿を見てアーチャーは暗い笑みを溢し、最後の一押しを行う。

 

【トレース、オン】

 

 それから数分後、あれだけいた野次馬は蜘蛛の子を散らすように完全に姿を消し去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お待たせしてもうしわけない。

いやー……社会人大変ですね。こんなに時間とれないとは……幸いなことに一応この作品の結末は考えてあるのでいよいよ物語終盤そこに突き進んでいければと

お時間頂くかもしれませんが。今後ともよろしくお願いします。

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録よろしくお願いします!!
感想はすごい励みになるので是非ともくださると(_ _)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 未遠川血戦 後編

「こちら小林。冬木管制、応答願います」

 

【――小林!? 良かった! やっと繋がった!! ……何があった?】

 

 先程までの時間はまるで過ぎ去った夢のように。

 冬木の地へと飛んだ小林は聞き慣れた声に思わず嗚咽を洩らすところであった。

 

「あれは――あれは人の手でどうにか出来るものじゃありません」

 

 不覚にも、声が裏返るのを抑えきれなかった。

 今だって操縦間を握る手は半ば痙攣するかのようにガクガクと震えているのだ。圧倒的なアドレナリンの分泌というある意味での精神的ドーピング。それが醒めれば残るは一人の臆病な人間である。

 

【あれ──そうか、やはりあれは現実なのか】

 

「────」

 

 諦めたような返答を無言で肯定する。

 小林とて下で何が起こっているかは把握していた。ともすれば、その情報がどこまで流れているのかも。

 

【分かった。まずは戻ってくれ。後は此方のほうでなんとか】

 

「それはだめです」

 

「仰木さん!?」

 

【なに……?】

 

 回復した通信に重なる声。冷静に、それでいてはっきりと。小林と共に戦場を離脱した仰木は司令へと進言する。

 

「小林から進言がある前にこちらの様子を把握しておられたようですが、となると見られたのでしょう?」

 

【……ああ、あのふざけた紅い男か。あの景色が真実ならそれこそ我々の領分だ。だがテレビ局は少しやり過ぎたな。最後のあれはもはや特撮の世界にしかならん】

 

「……そんなことだろうと思いましたよ」

 

「仰木さん」

 

 ここに来て小林はわざわざ仰木が割り込んできた理由を察した。

 自分が共に戦ったライダーという大男も、仰木と共にあったアーチャーという紅い男も、紛れもない現実である。

 しかし、その事実はあまりに現実離れしていた。

 少なくとも、自分ではどれだけ説明したところで混乱した若手の戯れ言としか受け取られないであろうほどに。

 それが分かっていたからこそわざわざ出てきたのだと。

 

「紅い男……アーチャーからの伝言です。何があっても手を出すな。あれは我々人間の領分ではない、と」

 

【仰木君。まさか君はそんな……】

 

「その通りです。私は彼の行動を全面的に支持します」

 

 小林が息を呑んだのは無線の向こうと同時だった。

 

 

 

──────

 

「なんでお前までこっちにくるんだよぉぉおお!!」

 

「仕方あるまい。あの二人には"仕事"を任せた。それとも君は私に溺れ死ねと?」

 

「そこまでは言ってないけどさ……」

 

「むはは!! 良いではないか! これだけの強者を隣に戦に挑むのも悪くない!!」

 

「お前の感想はいつだってそうだろうが!!」

 

 とするとだ。かの飛べない男はどうなった?

 結果から述べると、一人の少年にこの世すべてのストレスを押し付けるような形で新たな場所に収まっていた。

 その憐れな少年、ウェイバーの心中はもはや図ることすら時間の無駄である。いつもに比べて面積が少ないように感じる御車のなかでアーチャーは何食わぬ顔で矢を放つ。

 

「この戦車は完全に近距離型だ。私がいることは利点にこそなりすれ、邪魔になることはないと思うが──む、あそこならいけるか? あらかた切り刻んだら拾いに来てくれ」

 

「おうとも」

 

「結局弓じゃなくて剣持って突っ込むんかい!」

 

 ウェイバー渾身の突っ込みも全く意に介することなく、まるでタクシーから飛び降りる若手サラリーマンのような軽やかさでアーチャーが戦車から飛び降りる。

 無論、降りる先はオフィスではなく醜悪な地獄なのだがそんなことは微塵も感じさせない。

 

「私も人のことを言えた立場ではないが、これでは反英雄……いや、もはや悪霊の類いだな」

 

 

 

 グニュ、という不快な着地感にアーチャーは顔を歪ませ──すぐに双剣を握り直し走り出す。

 

「ふっ!!」

 

 セイバーやランサーほど上手くはいかんか。

 未だ鬼神のごとき無双を続ける二人との違いに心のなかで軽く毒づきながら迫り来る触手を小間切れにアーチャーは駆け上がる。

 全長数百mの怪獣、しかも無尽蔵に再生するときているのだ。

 どこに"核"となるキャスター本人がいるのか見つけ出さないことには打開策すら見つからない。

 

「これだけの肉塊だ、当たりさえつけば逆に──むっ!?」

 

 小さな竜巻のごとき進撃が唐突に止まる。

 強制的な急ブレーキにアーチャーの身体がガクンと傾いた。

 

「やはり私の戦闘力ではこのあたりが限界か」

 

 右足に絡み付いた異物を即座に切り落とす。

 いくら単体では脅威になり得ない雑兵と言っても360度圧倒的な質量を持って囲まれては分が悪い。

 それを避ける方法は2つある。セイバーのように半径数m全てを凪ぎ払い蹂躙するか、それともランサーのように触手の再生するスピード以上の疾さを持って進撃するかだ。

 だが残念なことにアーチャーにはそのどちらの条件も満たすことはできなかったのである。

 

 そして、その僅かばかりのタイムラグが致命傷になる。

 立ち止まったコンマ数秒、再び顔をあげたアーチャーの視界は汚物一色に染まった。

 

「ちっ、多少の手傷はやむを得んか……!」

                  

 ──この武装では凌ぎきれない。

 

 これまで積み重ねてきた数多の戦闘、その経験則から迷うことなく双剣を投げ捨て親しんだ弓矢を投影する。

 土手っ腹をぶち抜くのも悪手ではない。ないのだがその間隙を縫って行けるだけのスピードがあるかどうか……微妙と判断したアーチャーの決断は

 

壊れた幻想(ブロークンファンタズム)

 

 リスクも伴うが確実な殲滅が期待できる至近距離での爆破攻撃。

 ギリッと弓をしならせるアーチャー。タイミングはシビアだが、自らの被害を0まではいかないまでも最低限に撃ち抜く自信はある。

 

「──!!」

 

「大丈夫ですかアーチャー! 風王鉄槌(ストライクエア)!!」 

 

 そんなことを考えていた自分がひどく小さな存在に思えてくる。

 ぎりぎりで手を止めたアーチャーは、どこか清涼感すら感じさせる目の前の光景に苦笑いを浮かべざるを得なかった。

 

 風の音、逆巻く疾風、人と自然が一体化するとはこの事である。

 

 吹き飛ぶ怪物どもの後を綺麗に掃除するかのように爽やかな風がアーチャーの頬を撫でる。

 そうして飛び込んでくるは蒼銀の鎧。

 

「君の助けを求めたつもりはないが?」

 

「そうでしたか、ではあれは私の独断ですのでお気になさないように。貴重な戦力をこんなところで失うわけにはいかない」

 

 エアポケットのように生まれた二人だけの刹那。互いが互いにふっと笑みを浮かべる。

 そして短距離走のスタートのごとく並んで駆け出した。

 

「セイバー」

 

「なんでしょう、先程の強がりの続きなら結構ですが」

 

「たわけ、誰がそんなことを言った。それにあれは強がりなどでは──いや、まあいい。それよりもだ、君の宝具(エクスカリバー)でこれを一掃することは可能だと思うか?」

 

 二人でならば言葉を交わす余裕さえある。

 有象無象を蹴散らしながらアーチャーは隣のセイバーに目を転じる。

 

「……五分五分、ですね」

 

 ピクッと眉を潜めたセイバーは少し無言になると、そう呟いた。

 

「もちろん私の聖剣はこのような怪物を何度も屠ってきました。ですが、規模とかそういう問題ではない。この怪物に関しては別の理由がある」

 

「やはりか」

 

「ええ、恐らく令呪。それも複数掛けがかかっている。単純な威力でどうこうなると確証のある話でみあればそう難しくないと思うのですが」

 

 半ば腹だたしげにセイバーは続ける。

 サーヴァントである以上、それ独特の魔力を少なからず帯びている。しかし今宵のキャスターには同等の威力を帯びた異物が相当に混じっているのだと。

 サーヴァントの高密度かつ高い神秘に混ざれる魔力などそうはない。

 となると答えは必然。

 

「あのクズが……最期の最期まで余計なことをしおって」

 

 薄々勘づき始めていた可能性が確証に変わり、アーチャーは苛立ちを隠さず毒付いた。

 人に対して圧倒的優位を誇るサーヴァント、本来成り立つわけのない主従関係。その関係を成立させるのが三画の令呪である。マスターからサーヴァントに対してのみ破格の魔力を誇る絶対支配権。

 仮に、もし仮にそんなものを、それも複数"己のサーヴァントの強化"なんてものに使われたらどうなる?

 力関係など一瞬にして崩壊するだろうし、副作用的な未知なる反応が起こったとしてもなんら不思議はない。

 

「正直なところここまで手詰まりになるとそれも視野に入れてはいますが…….」

 

「全力での開放となれば君もただではすむまい。加えて時間もスペースも必要だ。なるほど、当面の課題はそこか」

 

 無言で頷くセイバーを横目にアーチャーは今まで鳴りを潜めさせていた理性的な思考のギアを一気にあげる。

 

 現状でのセイバーの切り札の使用のハードルはこうだ。

 令呪によりなにが起こるか分からないキャスターそのもの。

 敵と認識してから絶え間なく、それこそ無限に続く怪物の攻撃によってエクスカリバーの"溜め"の時間が全くというほど作れないこと

 五分五分と称する状態で切り札をぶちまけて万が一があった場合に生じる致命的な隙とガス欠

 更に言えば、核兵器も真っ青な超絶破壊兵器による町や近海を航行している可能性が否定できない船舶への甚大な被害。

 

 これでは流石の彼女も躊躇わざるを得ないと結論を弾き出したアーチャーは納得した。

 

「だがあまり悠長な事は言っていられんぞ。私の警告が利いていたとしてもせいぜい残り数十分でこの化け物は自給自足を開始する。

 そうなればそれこそ打つ手がなくなるやもしれん」

 

 が、そんなことを言っていられない状況が近づいているのもまた事実。

 そんなアーチャーの指摘にセイバーは顔を曇らせた。

 大都会ではないとはいえ冬木も数十万人の一般市民がすむ都市なのである。そして人の魂は格好の魔力源、どうなるかなど考えるまでもない。

 

「分かっています。状況は刻一刻と厳しくなってきている」

 

 セイバーもそれは分かっているのか否定することなくアーチャーの言葉を肯定する。が、その顔は晴れない。

 その姿にアーチャーは微妙な違和感を覚えた。

 

 

 ──私が知っている彼女とこの彼女には少なからず性格に差異がある?

 

 この違和感はアーチャーがセイバーと始めて剣を交えたあの夜の倉庫街から微かにながら感じていたものだ。

 表現にすると難しいのだが、あまりに公明正大すぎるのだ。それこそ潔癖症の類いのように。

 別段この戦いには関係のないこと。それなのだが、妙に気になったのだ。

 

 

 

【アーチャー】

 

「む? 雁夜か。どうした、このタイミングで念話など君らしくもない」

 

 そんな感覚は突如として頭のなかに直接響いてきたマスターの声にかきけされた。

 集中していれば聞こえないとかそういうものではない。頭の中心に嫌でも響いてくるのだ。

 それ故に戦闘中の使用は厳禁だときちんと確認したはずなのだが……アーチャーは雁夜にしては珍しい契約無視に内心首を傾げながら問い返す。

 

【いや、すまないな。けどなにか緊急だって言うから】

 

「言うから……?」

 

 今がセイバーと二人でいるときで本当によかった。

 手と足を止めることなくアーチャーは更に考える。どうやら雁夜は誰かに言伝てを頼まれたらしい。

 しかしいったい誰がそんなことを──わかった。

 そう合点が言ったとき、予想通りの人物が脳の中に響く。 

 

【ああ、セイバーのマスターから。海の方面に廃客船、遠慮せずぶっぱなせ。だとさ。なあ俺にはさっぱりなんだがおまえわかるか?】

 

「なるほど、流石は切嗣と言ったところか」

 

 予想通りの解答にアーチャーは一歩大きく踏み込み飛び上がると異物の隙間から地平線を望む。

 先ほどまで遮るもののない広い海のみだった地平線、だが今はそのど真ん中に大きな客船が某ハリウッド映画の沈没船のごとく鎮座していた。

 

「分かった。君は気にせず身の安全を確保していてくれ」

 

【おい──ああ、分かったよ! 悪かったな!】

 

「我が主ながら物分かりが良くなったものだ」

 

 話を打ち切るとアーチャーはぐるっと辺りを見回す。

 目当てとなるサーヴァントは言わずもがな目立つのだ。

 

「いた──! ライダー! ランサー! ちょっといいか! セイバー、君もだ! 一旦退くぞ!」

 

「あん?」

 

「ほう?」

 

「ちょっ──」

 

 怪物を相手にしながらでも見つけるまでもそう時間はかからなかった。

 ひとつ声をかけるとそれに応じたライダーの戦車へと飛び乗る。

 

「──」

 

「なるほど、君のマスターは限界か」

 

「そうさなあ、もちっとシャキッとしてくれれば良いんだがなあ」

 

「君のマスター育成方針について私の関知するところではないが……そこの少年も彼に目一杯気張っていると思うぞ? 彼の名誉のために付け加えるならばだが」

 

「そうさなあ……まあ良いわ。で、我々を全員集めるということは何かあるのであろう?」

 

 後ろの席で泡を吹いて気絶するウェイバーを横目にライダーがアーチャーに問う。 

 

「ああ。もちろんだ。こんな無意味な戦いは直ぐにでも終わらせなければならん」

 

 

 

────

 

 

「なるほどねえ。王様の露払いを三人がかりでやれってか」

 

「ふむ……」

 

「そういうことになるな。嫌だというのなら構わんが──その場合確実にキャスターを殺れる手段があることが前提だな」

 

「けっ、わーったよ。実際問題こっちも手詰まってきたとこだ。時間もかけられねえことだしやってやる。だがな、そのセイバーの宝具とやらは本当にそれだけのものなんだろうな?」

 

 岸に上がってキャスターから充分な距離をとると、アーチャーは現状望める打開策がセイバーの宝具くらいであること。そして、その為には時間が必要なことを簡略的にセイバー、ランサー、ライダーの三者に伝える。

 そしてその反応はと言うと──まあこの通り微妙なものである。

 

「ああ、古今東西ありとあらゆる宝具があるが、こと単純な破壊力においてあれ以上の傑物もそうはあるまい。なにせ世界でもっとも有名な聖剣だ。

 君も英霊であるならばこの意味が分かるだろう? まあ十全にその威力を発揮するためには充分な時間、そして的が動かないことが好ましいが……幸いにしてどちらも揃っている」

 

「世界最強の武器を最良の状態で使う条件は揃ってるってことね……おい、セイバー、お前絶対俺に当てんなよ。流石にこんな死に様はかっこつかねえや」

 

 早々に異を唱えたランサーだが、その矛先を引っ込めるのも速い。

 それを見てアーチャーは心のなかでほっと胸を撫で下ろした。

 ランサーは元々割りきりの良いビジネスライクな人物である。悪い言い方をすれば他の英霊の盾になって戦えという相手によっては屈辱に思える提案でもあっさりと受け入れる。

 

「と言うわけだが征服王、君にも助力を頼みたい」

 

 だがいつまでもそうしてはいられない。

 気を引き締めなおしアーチャーは珍しく沈黙しているライダーに向き直る。

 

 普段はともかくこの件に関して難しそうなのはこの征服王なのだ。

 では何故か。それはひとえにライダーもセイバーと同じく強い芯を持った王だからである。

 王が軍門に下るというとは、それすなわち1つの国が終わるということである。今回の件はそれほど大袈裟な話ではないと言う者が世の中の大半を占めるだろう。実際に国がほろぶことなどありえないのだから。

 だが、そういうことではないのだ。王としての、精神としての有り方の問題である。

 そして、普段融通が聞く存在であるからこそ一度拒絶されてしまえばその説得は難航を極めることになる、と言うよりも無理だ。

 

「──むぅ」

 

 無言で顎髭をなぞり神妙な顔つきで考え込むライダー。若干の沈黙、そして──

 

「致し方無しか。よかろう、この征服王。此度の話承諾した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりでございます。

今回でキャスター戦終わる予定でしたが……もう少しだけ続くんじゃ


と言うわけで感想、投票、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 未遠川血戦 終編

「あいつら話はついたんですかね」

 

「ええ、そうでしょうね」

 

 ライダーがアーチャーの要請を承認して4人が動き始めたそのとき、雁夜とアイリスフィールは彼らとは少し離れた土手に位置取っていた。

 切嗣から念のためにと渡されていた携帯電話が唐突に鳴り響いたのはほんの数分前のことである。

 

「アイリさん」

 

 再び始まった英雄達の異次元の闘い。

 今度こそ自分達にやれることはないだろう。沈黙の後その闘いを横に雁夜は素朴な疑問を口にした。

 

「なに、雁夜君?」

 

「いえ、セイバーの宝具(エクスカリバー)のことなんですけど。そんなに凄いんですか? 勿論名前くらいは聞いたことありますけど」

 

「凄い、なんてものじゃないわ。彼女の聖剣は」

 

 有名すぎると逆にその真の出自が分からなくなるんですよね。なんて雁夜は首を捻った。

 エクスカリバー──それはこの世に数限りなく存在する"剣"という概念において現在の世で最も有名な剣といえよう。僅かとはいえ神秘が残っていた時代がその活躍の場だったことを考えるとそれはありえないレベルの話だ。

 だが裏を返せば、そのあまりの高名さ故にその真価と言うと逆に知られていないとも言える。

 木を隠すには森の中ではないが。様々な伝承伝説が尾ひれ葉ひれと付きすぎてしまいもはや元が分からないのだ。

 

「彼女の聖剣はね、剣であって剣でないの」

 

「は?」

 

 なんと説明したら良いものか。

 ふむ、と手を顎にあてて一旦考えた末に出した答えはどうも雁夜には不明瞭なものだったらしい。

 その反応を見てアイリは疑問には答えることなく続けることを選択する。

 

「えーっと……普通剣っていうのはそれを作るための材料があって、それを職人が鍛えて形どられていくでしょう?」

 

「ええ、そうですよね。そうでないと剣なんて出来ませんから」

 

「けどセイバーの聖剣はその根底から他とは全く違うのよ。かの剣は人々の願いの結晶。素材なんてものがあるとしたら、それは私達一人一人の想いそのものなのよ」

 

「人々の、想い──?」

 

「"こうでありたい""こうなってほしい"そういう願望のような想いは人間誰しも少なからず持つものでしょう?

 セイバーの聖剣はそんな想いが星の中で積み重なって精製された、いわば星が鍛冶師として鍛えた神造兵器なのよ」

 

「あの──正直なところ理解が追い付かないんですけど……あれですか? 俺に皆の力を分けてくれー、的な?」

 

「貴方が何をイメージしているのか良く分からないけど──まあそんなところだと思うわ。

 最強の幻想(ラスト・ファンタズム)、その剣の輝きは人類がこれまで積み重ねてきた足跡に等しい」

 

「──!!」

 

 アイリがそこまで言い終えたところで突如として疾風が突き抜ける。

 気を抜けば足が浮いてしまいそうな強い風、それでいてどこか柔らかい風。

 どこから吹いてきたのか、雁夜は腕を顔の前にかざし風除けにしながらその元へ向き直る。

 

「これが──」

 

 正直に告白するならば、雁夜としてはアイリの説明はあまりにも抽象的で大して理解は深まっていなかった。

 概念を言葉で表すのは難しい、具体的な現象として成り立つものでないのならなおのことある。

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)だっていうのか」

 

 ならば、その真価を推し量るには肌で感じるしかない。

 体感した空想の領域にある現実に雁夜はごくり、と唾を飲む。 

 川の中心に立ち上る極大光の柱。その溢れんばかりの輝きがたった一本の剣から放たれているとは誰が信じられるだろうか?

 その光りもただ眩しいだけではない。そう、確かあれは昔絵本を読んで思い浮かべた妖精の世界だったか。

 少年が子供心に描いたような夢が、憧れが、想像が、そのすべてが今目の前に具現化されているのだ。

 

 

「けど──」

 

 しかしそれと同時に、その一分の隙もない鮮やかな世界に不釣り合いな感情が、アーチャーによって治癒された左半身から生まれるのを雁夜は感じていた。

 

 あれ(・・)と同じものは作れない、模倣できるものでもない、真似すらできるものではない。それは当たり前の理である。

 それなのに──

 

 

「その輝きは夢の果て、人々が想い描くキセキという名の淡い願望。勝利を信じ走り続けた戦士達の生きざまそのもの。人類が生きる限り留まることのない希望を束ね、かの王は、今、形なき幻想を誉れの真と謳いあげる──!!」

 

 輝く極光。その眩しさに目を眩ませながら。

 

 ──あいつ(アーチャー)なら、俺なら、どう作り上げる?

 

 雁夜はそんなことを思った。

 

 

 

 

───────

 

「前をランサー、後ろが私、そして空は征服王だ。どうだ、これだけの鉄壁もそうはお目にかかれまい?」

 

「ええ、この守りは心強い」

 

 話がついた後は素早い。

 我先にと突っ込んでいくランサーとライダーを見送るような形になりながらアーチャーは冬木大橋の欄干に飛び上がり、セイバーはそこから海側に少しいった水面に立つ。

 

 最前線は再び暴風域なのだが、ここなら余裕をもって俯瞰できるとアーチャーはほくそえむ。

 

「なるべく近づいた方が良いんだな?」

 

「はい、その方がより効果的ですから」

 

「そうか。当然のことながら君の剣を解放すれば当然あの化け物は君を狙うだろう。だが案ずるな、何も考えず君は叩き込め」

 

 なんならランサーくらいなら巻き込んでも一向にかまわんのだぞ?

 そんなアーチャーの言葉を背にセイバーは振り返ることなく一瞬だけ微笑み、悠然と歩みだす。

 さながら日課の散歩にでも向かうかのような体だがそれでも問題はない。

 彼女の周りは最強の守護者たちによって固められているのだから。

 

 音もなく水の上を行く。外野で喚く怨叉の叫びなど彼女には聞こえない。恐ろしい程の静寂に包まれながらまるで神話の怪物退治の締めくくりのように。

 恐れなど何一つないとその瞳に光をたぎらせ対峙する。

 

「風よ──」

 

 疾風が渦を巻く。

 聖剣を守護する風の守り。その守りから解き放たれた時、黄金の刀身が遂にその全貌を表す。

 

「うお──」

 

「むぅ……」

 

 あまりの絶景に、時が止まった。

 敵も、味方も、傍観者もありはしない。セイバーを中心に包み込む柔らかな光。

 これこそが王。常勝不敗と謳われたブリテン国王、アーサー・ペンドラゴンであると威光を知らしめる。

 

「ああ──やはり君は」

 

その眩しさに目をくらませながらアーチャーは弓をだらんと下げて嘆息する。

 彼女は厳密に言えば自分の知っている彼女では、セイバーではないのかもしれない。

 それでも……彼女はセイバーなのだと。

 

 

 

 

「ジャァアアンヌウゥゥウウウ!!!」

 

 その光は自壊したはずの化け物ですら呼び起こすのか。

 地の底から響くような狂喜の叫びが大気を振るわせる。

 

「ああ!! その光、慈愛に満ち溢れて全てを包み込むその神々しさ!! ジャンヌ!! ようやく全てを思いだされたか!!!」

 

「うっげえ──なんじゃありゃ、気色悪いにも程があんだろ」

 

 最前線でその様を意図せずして見せつけられる形になったランサーの嫌悪は至極当然のものだった。

 何せこの光景は、力の入ったスプラッタ映画よりもよっぽど質が悪い。

 

 喜びの咆哮を挙げると同時に異形が歪んだ。

 大海魔の中心がうねうねと、それこそランサーの言葉の通り気色悪いという表現がぴったりとくるおぞましい挙動で波をうつ。

 それは粘土細工のように次第に形どられていき、最終的にはキャスターそのものへと変わっていった。

 

 

「神は私を! いえ! 私達を見捨てはしなかった!! さあ聖処女よ!! 今こそ私と共に今度こそ救世を! 貴女を虐げてきたもの全てに、さいっこうにクールな復讐を!!!」

 

 キャスターの叫びに呼応するように今までですらしつこいほどに多かった無数の触手が更に激しく分裂していく。

 やろうと思えば東京ドームですら包み込めるのではないかと思わせるほどの大質量。

 その姿はまるで聖書に出てくる悪魔のように、その全てが一度反動をつけるようにぐぐっと引き、まるで翼のように広げた。

 そしてそのど真ん中でキャスターが喜びの声を挙げる。

 

「さあ!! 今こそ再び私と共にぃぃいい!!!」

 

 今までの無軌道ででたらめなまるでやけくそのような攻撃から一転。

 統率のとれた一撃が未だ脱力したまま目を瞑り聖剣を上段に構えるセイバーに一斉に襲いかかった。

 

「──くるぞ!! ランサー! ライダー! 彼女に近づかせるな! 投影開始!!」

 

「わーってるよ! 指図すんなよ後衛が! あー、くそっ趣味じゃねえが今はこっちか。アンザス!!」

 

「おうよ!遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)!!」

 

 それを見逃すようでは英雄の名折れ。

 3人の反応も速かった。先ずは先陣を切っていたランサーが自らの宝具では相性が悪すぎるとルーンの火を灯す。クー・フーリンの逸話は確かに華となる一対一の決闘や大軍を前にした華々しい孤軍奮闘がその主を占める。

 しかし侮るなかれ、彼が影の国にて学んだものはそれだけではない。

 ケルトの紡ぐ神秘、その伝統を正統派として受け継ぐランサーのそれは、時として神代の魔術師の域に達する──!!

 

「焼き尽くせ──!!」

 

「──!!」

 

 炎の竜巻。

 円柱状に舞い上る業火地獄に海魔の先端から順に音にならない断末魔をあげながら消えて行く。

 そこから延々と続く同じ光景。燃やすランサー、物量と再生で突破を図る海魔、その結末は意外と早くと訪れた。

 

「こいつ……再生するごとに耐性つけてやがんのか!? これが令呪の力ってやつかよちくしょうが……!」

 

 焔の壁にわずかな穴が開く。

 ダムが崩壊する原理と同じだ。ほんの僅か、蟻が這い出るのがやっと程の小さな穴が数十mの壁を瓦解させるように。

 ほぼ丸焦げで息も絶え絶えにくぐり抜けた一本の触手、その隙間をぬって次の瞬間には倍、また次の瞬間に倍と増しはじめた。

 それを繰り返すことで難攻不落の壁も次第にその密度を失っていく。

 

「くそがあ!」

 

 そうして唐突に崩落する。

 今やランサーの作った壁は吹けば飛びそうな火の粉のようなものにまで小さくなっていた。

 そのようなものでは足止めすら到底叶わない。

 

 

 

「A Lalalaaaaiiii!!!」

 

 止められないのなら真っ正面から押し潰そう。

 雄壮な猛りと共に雷が轟く。ライダーの神牛、ランクにしてA+。対軍宝具としても破格の威力を誇る大火力を持ってして一歩たりとも退くことなく蹂躙する!!

 

「おおぉぉおお!!」

 

 困難に次ぐ困難を不撓不屈で乗り越えてきた彼の生きざまのように。

 流れを強引に押し返していく。じりじりと、一歩ずつだが確かに突き進む。

 

「貴様ごときに……私のジャンヌへの思いをとどめられるかああ!!」

 

「むぅ!?」

 

 キャスターの怒号と共に海魔全体に紋様が走る。

 先程ランサーが迎撃していた際も最後の最後に感じた魔力の揺らぎ。

 より明確になった強制力を持って悪魔は更にその威力を増す!

 

「ぐぅ……押しきれんか……」

 

 ライダーが苦悶の声を漏らす。

 令呪の縛りを持って無尽蔵に威力を保ち続けるキャスターに対してこちらには限界がある。

 故に最初から全開のフルスロットでの短期決戦を挑んだ。

 拮抗とは即ち劣勢なのである。

 

「すまん、騎士王よ──!」

 

 再度逆流した流れ、減衰していくこちらの威力。

 ライダーは決断せざるを得なかった。チラッと後方のセイバーを見やると申し訳なさそうにそう呟き斜線上から逃れていく。

 あと数秒判断が遅れていたならば、自らが消し飛んでいただろう。

 ライダーにできることは疲弊しきった双牛を1秒でも早く休ませるために地に降りることだけだった。

 

 

 

「くそ──まさかあの2人をこうも容易く突破するとは……私で稼げる時間など知れたものだがやるしかあるまい! 憑依経験、共感完了──」

 

 アーチャーの後ろに剣が一振り、二振りと増えていく。コンマ秒単位で増えていく偽物は瞬く間に視界を覆うほどの鉄のカーテンを築いていた。

 

工程完了、全投影連続層射(ロールアウト・ソードバレルフルオープン)──!!」

 

 名剣、魔剣、聖剣、時代を築いた数々の名剣が一斉に宙を舞う。

 剣の雨を束ねることで1本の強固な剣を作り出し、拮抗状態を作り出す!

 

「だが所詮は紛い物、怨念じみているとはいえ本物にはとてもではないが歯がたたない……!」

 

 アーチャーが歯軋りする。

 今やセイバーを守る最後の砦は自分なのだ。だというのに、こちらはその目的を完遂する手段がないという事実が重くのし掛かる。

 

「あはははは!!! ジャンヌ!! ようやく! ようやく貴女を!!」

 

 キャスターにもそれが分かっている。

 ランサー、ライダーの守りに比べれば与しやすいと言えるアーチャーのそれをジリジリと突破し、近づいてくる勝機に打ち震えた。

 そう、勝利はもうあと一歩。彼女を縛る守りはもうないのだと確信し──

 

「黙れ、外道が」

 

 背筋が凍りついた。冷水をぶちまけられた思考が高速で回る。

 待て、守りが3枚だといったいどこの誰が言ったというのか?

 

「──!!」

 

 喜びなど消え失せた。直ぐに、今すぐにでも彼女を手にしなくてはとんでもないことになる。

 今までになかった焦りを持ってキャスターはセイバーに迫る。行かせまいとまとわりつく剣達。お前など眼中にないと振り払う。ああ、見えた。これで彼女は私のものだ。

 そう安堵したキャスターの目の前に。

 

「よくやってくれました。ランサー、ライダー、そしてアーチャー。騎士として全霊を持った一撃で答えましょう」

 

 人類にとっての希望。そして、自らにとっての絶望が広がった。

 立ち上っていた光の柱はどこまでもその輝きを増している。そう、彼女は待っていたのだ。自分にとって万全の体勢が整うことを。そして、もう引き返せない位置まで獲物が踏み込んでくることを──!!

 

「エクス──」

 

「ま──」

 

約束された勝利の剣(カリバー)──!!!!」

 

 極光が振り下ろされる。

 誰がこの光を、騎士王の誇りを防げることができるというのか。

 拮抗などさせる暇すら与えない。人類最強の聖剣が、異界の化身を文字通り呑み込んでいく──!!

 

「おああぁぁああ!!」

 

「そんな、そんな馬鹿なことがー!!」

 

 気合いの踏み込みと共に更に加速する。

 キャスターの断末魔は己の運命を予見してのものだ。必死に抵抗しながらも、迫り来る時を防ぐことはできないと本能が理解してしまっているのだ。

 

「バカな、バカなバカなバカな! そんなことが! 私は、私は──あ─!!!」

 

 光が目前に迫る。

 走馬灯のように駆け巡る風景。そこでキャスターが最後に視たものは

 

【ジル──】

 

【旦那──】

 

 彼が、この現世でもっとも大事にしてきたものだった。

 

「そうだ──私はジャンヌを救わねばならない! 龍之介のクールを実現しなければならない!! こんなところでええ!!」

 

 最後の令呪が輝く。

 三度キャスターを覆う紋様。その輝きは一層強く。

 だが止められない。セイバーの聖剣は思いも意地も、そんなもの意に介さない。

 あれを止める手段などありは──

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)──」

 

「な──」

 

 無意識にキャスターはそんな言葉を呟いていた。

 

 

 

 

 

 

「私は……生きている?」

 

「そんな──馬鹿な……!!」

 

 何秒経ったのか。目を開けたキャスターの視界にあったのは英霊の座の風景ではない。

 夜の川、そして驚愕に顔を歪めるセイバーの姿。

 そう、キャスターはエクスカリバーの直撃を受けてなお絶命してはいなかった。

 怪物は塵も残さず消し飛んだ。だがキャスター本人は傷ひとつつかず健在だった。

 

「私は……私は生きている!! やはりジャンヌ!! 貴女は私を見捨てたりはしなかった! さあ、今こそ私の元へ」

 

 今度こそ絶対の確信を持ってキャスターは一歩を踏み出す。もう恐れるものはなにもなく、阻むものはないのだと──

 

「良いとこ取りみたいで悪いがな、テメエはここまでだ。刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!」

 

「え──」

 

 眩む視界、胸部に刺さる血のように赤い槍。

 戦いの終わりは、どこまでも呆気なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやっとキャスター編終わりましたよこんちくしょう

と言うわけでどうもです!
いやあ……長かった長かった(時間的に)ここは比較的原作沿いなのでむしろ難しかった……いやほんと乗り越えられてよかった。

そして次回からいよいよアーチャーと雁夜の物語も終章に入っていきます。
因みにこれは所謂打ちきりエンド的な巻き展開ではなく元々予定通りの展開です。終章と言っても大分尺取るつもり満々ですしね

それではまた!
評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 同盟

「クー・フーリン殿はよくやってくれたが……ここまで派手に露呈してしまえば"横槍"を避けることは叶うまい」

 

「師よ、その事についてご報告がございます」

 

「──? 綺礼か。いやすまない。気がつかなかったよ」

 

「いいえ、昨日の出来事はそれほど大きかったことは私とて承知しております。我が父もあちこちに奔走してはいるのですが、最早一監督役の権限ではどうすることも出来ないほどに状況は差し迫ってきています」

 

「璃正神父にも後で詫びをいれなければならないようだね。まずはこの状況をどうにかしないことには始まらないが」

 

 キャスターがアーチャー達によって倒された翌朝。

 優雅とは程遠い疲れた表情で自室の椅子に寄り掛かる時臣は、いつの間にか綺礼が部屋にはいって来ていたことに声をかけられるまで気がつかなかった。

 どうやらあまりの疲れで集中力が散漫になっていたようだと一つ伸びをいれる。

 

「それで、報告とはなにかね?」

 

「はい。時計塔の情報屋からの連絡なのですが……どうやら今回の事態を重く見た連中は早々に対策部隊を結成。数百人単位の魔術師をこの冬木に送り込み強制的に事態を沈静化させる方針で固まったようです」

 

「やはりそうなるか。となると聖杯は」

 

「お察しの通り。時計塔の管理下に置くと言う形になるものかと」

 

 予想通りの答えに時臣は深く溜め息をついた。

 聖杯戦争の大前提となる神秘の隠匿は昨夜の大失態で完全に崩れ去ったと言っていい。璃正神父を筆頭にした監督役チームは迅速に動き、今ではニュース番組で昨日の怪獣騒ぎは誤報だという報せがひっきりなしに流れ続いている状態だ。

 だがそれだけ抑えきれるほど今回の状態は甘くない。元より見た人が多すぎるうえに、冬木大橋を中心にした実害を隠しきれていない。そもそも地形そのものが変わっているのが実際のところだ。

 これを誤魔化しきろうとするならば"もともとそうであった"というくらいの認識に冬木の人々の意識を変えるしかあるまい。 

 

「冬木全体を処理する、と言うことか。流石に殺しはしないだろうが」

 

 無論、そんなことは冬木の魔術師だけでは叶わない。

 だからこそ時計塔の。それも恐らくかなり高位の連中が出張ろうとしている。それは良い。魔術師としての利害は一致しているのだからむしろ歓迎すべきくらいなのだ。

 しかし──

 

「それでは此度の戦いは」

 

「……恐らく今回の部隊が結成され、この冬木に降り立つまでの猶予はせいぜい2日から3日と言ったところだろう。どうにかしてそれまでにこの戦いを我々の勝利で幕を引き、聖杯を手に入れ根源に至るしかあるまい」

 

 聖杯まで取られると言うのは看過出来ない問題だと顔を曇らせる。

 恐らく、今生で目的を果たす最初で最後のチャンスであることは他ならぬ時臣自身がこれ以上なく承知していた。

 歩いて月に向かうがごとく遠いもの。進んでいるのかすらどうかすら分からない道程。

 その工程を全てすっ飛ばすなどそれこそどんな天才が何代束になっても叶わぬ何千年単位の加速なのである。

 

「短期決戦、と言うことでしょうか?」

 

「そういうことになるね──綺礼、すまないが私と君との共闘は今この時をもって終了としよう。これより璃正さんの元へ戻り、共に事態の収拾に努めてくれ」

 

「師よ。それは──」

 

 立ち上がりそう告げた時臣の真意を綺礼は問おうとして気が付いた。自分が邪魔になること、そしてこの戦いが短期決戦になること、考えてみれば彼の考えていることはそう難しいことではない。

 

「分かりました。至らぬ私に2年もの間弟子として様々なことをご教授頂き感謝の極みであります」

 

「礼を言うのは私のほうだ。2年間君は私の弟子としてよく勤めてくれた。有り難う」

 

 互いが互いに頭を下げる。

 社交的儀礼が終わればもう話すことはあるまい。仮初めの師弟関係はあっさりと解消され綺礼は踵を返す。

 

「ああ、綺礼君。最後に1つだけ」

 

「──? 何でしょうか」

 

「いや、私にもしものことがあれば、その時は葵と凛のことを頼む。君になら任せられる」

 

「……分かりました」

 

 最後の頼みもそう難しいものではない。

 了承の意を示すように頷くと綺礼は今度こそ部屋を去っていく。

 こうして、何も残さぬまま、何の未練もあるわけではなく、次元によっては全ての元凶となる言峰綺礼の聖杯戦争は幕を閉じた。彼が自らの心に気付く時はやってくるのか、それは分からない。

 

「さて、それでは──ふむ、あまり趣味ではないが電話にでも頼ってみるとしようか。彼の滞在場所は完全な工房、魔術的なコンタクトでは宣戦布告ととられかねない」

 

 文句というか自分への言い訳と言うべきか。

 ぶつくさと呟きながら使いなれない電話機へと向かう。番号は公共番号であるので探すのは簡単だ。

 ダイヤルを回しコールする。受け付けに要件を通すこと数秒、意外にもお目当ての人物はあっさりと電話に出た。

 

【この地を管理する魔術師が電話を使ってまで敵にコンタクトを取るとは穏やかではないな──何のようだね?】

 

「ええ、ケイネス・エルメロイ。単刀直入に申しましょう──」

 

 

 

 

────

 

「同盟だな」

 

 もう慣れたものな朝食をとりながらの作戦会議。アーチャーはあっさりと方針を決めた。

 

「同盟?」

 

 その決断の早さ、そして自分の介入する余地のなさにも慣れたものである。

 雁夜は全く動じることなく──というよりも意識の8割を朝食には少し重いブリ大根のブリの骨を取ることに向けながら──当たり前に返答した。

 因みに隣でちょこんと座りフォークでブリをつつく桜の分の大根は甘煮、ついでに言うと骨とりも完ぺき。なぜ俺にはこの心遣いはないのか? そんなことの方が気になってくる有り様である。

 

「一々驚くのを辞めたのは良い判断だが──こら桜、大根を残してはダメだ。大丈夫、君の分のは甘くしてある。苦くないからそう膨れるな」

 

 拍子抜けだ、なんて言いながらそそくさと逃げ出そうとした桜を後ろから抱き抱えて席に連れ戻すアーチャー。こちらはこちらで言葉と行動が全く一致していない。

 ある意味馴染んできた朝の風景だ。

 

「やー」

 

「ダメだ。おやつを抜きにすることになるぞ……ああ、私もそんなことはしたくない。だから取り敢えずひとくち頑張ってみよう。な?

 ああ、そうだ。この聖杯戦争はせいぜいあと3日も持たずして終結することになる。総力戦になる以上物理的な火力がほしい」

 

 

「ぶふっ──!」

 

「おじさんきたなーい」

 

 否、どうやらアーチャーの方がまだまだ数段上手らしい。

 ごほごほむせながら雁夜はお茶に手を伸ばして詰まったものを流し込む。

 

 

「桜ちゃんはこんなことしちゃだめだぞ──おいアーチャー、どういうことだよそれ」

 

「言葉の通りだ。あれだけ派手にやった以上神秘の隠匿もへったくれもあったものではない。当然魔術教会の連中が出張ってくることになるだろう。あれはそういう連中だ。聖杯戦争そのものすら迅速に無かったことにしかねない」

 

「そこまで過激なのか──」

 

 魔術師の自分よりもサーヴァントの方が魔術師事情に詳しいというよくよく考えてみれば意味の分からない状況を自然に受け入れながら雁夜は頷く。

 確かに筋は通っているのだ。魔術師は一般世界に自らの一端が溢れることを極端に嫌う。今回に至っては一杯のバケツを引っくり返したようなもの。火消しに躍起になるのはむしろ当たり前であると。

 

「ああ、そうなってくると当然長い時間をかけての駆け引きなどはやっている暇がなくなる」

 

「まあそうなるよな……あ、桜ちゃん、そろそろお部屋に戻っててくれないかな? 大根よく食べたね」

 

 ぐっと親指を建てて部屋を出ていく桜の後ろ姿に、これは3時のおやつは増量せねばならぬと決意を固める雁夜。

 それを"桜を甘やかすな、晩御飯に影響が出たらどうしてくれるつもりだ"と目線で牽制するアーチャー。

 以前は聖杯戦争のせの字が出た時点で力みに力んで周りなど全く見えなかった頃に比べれば随分余裕が出てきたものだと内心感心したアーチャーだが、それを言葉にすることはない。

 

「未だ5騎のサーヴァントが健在だと言う現状を鑑みれば、とにかくまず数を減らすことが優先になる。となると数の暴力に頼るのが手っ取り早い。時間の縛りがあり早々に裏切って単独で動くのもまた悪手と言える今、むしろ同盟を組もうとアクションを起こさない方がどうかしている──まあそのどうかしている選択肢を敢えて選びそうな者にも心当たりはあるが」

 

「なるほど──所でその組む相手は目星ついてるのか?」

 

 苦笑いを浮かべるアーチャーに雁夜は問う。

 必要性は分かった。しかし片っ端から声をかけるわけにもいかないだろうと。

 

「もちろん。サーヴァントの相性、マスターの相性、ここを照らし合わせれば答えは自ずと出てくる」

 

 どこから持ってきたのか大きなノートを机に広げボールペンを取り出すアーチャー。

 雁夜はそれを身を乗り出して覗き込む。

 

「まずランサー、戦力的な相性としては遠距離型の私に近距離型のランサー、○のように見えるが性格的な相性で言うと私も君も三重に×だ。総合的に見て論外。まずは除外」

 

「当たり前だ。時臣と組むなんてありえない」

 

「続いてバーサーカー、戦力はまあ△、しかし戦略重視の私とは全く持って合わないので×、マスターに関しては判断しようもないのでここも×。除外だ」 

 

「確かに……あれ、そう考えるとそもそも選択肢自体が」

 

 選ぶ選ばないとかそういう話ですらないのかとぼやいた雁夜にアーチャーは苦笑しながら頷く。

 

「征服王は悪くない選択肢だ。だがあれはあれで君とあの少年のマスターでは相性が悪くとてもではないが戦いに集中できん」

 

「マスターって、ウェイバー君のことかい? そう相性が悪いとは思わないけどな」

 

 常にライダーに振り回されている少年のことを思い浮かべる雁夜。

 確かに合うかどうかと言われれば分からない。だがそこまで悪いと断言されるほどだろうかと首をかしげる彼にアーチャーは呆れたようにため息をつく。

 

「違う。ここでいう相性とは戦力的な話だ。はっきり言うのもどうかと思うが、残ったマスターの中の実力としては君たち二人が飛び抜けて下だ。あのアインツベルンの女性よりもだ。加えて、あれの本来のマスターはそんな彼女が足元に及ばないほど強い」

 

「ああ、そういうことか……いや確かにその通りだ。すまんアーチャー」

 

 その言葉に雁夜は自身の甘い見立てを猛省した。

 そう、ここからは文字通り血みどろの殺しあい、文字通りの総力戦なのだ。今までのようにアーチャーに任せているわけにもいかず、当然自分自身も勝ち取るために命を張らなければならない。

 

「分かれば良い。さて、これで我々の選択肢は1つしかなくなったわけだが……幸いにしてこの陣営と我々の相性は非常に良い。最優のサーヴァントは接近戦に優れ戦略的に頭も良い。マスターの実力も申し分なしの上、表に出てくる人物と君の相性も悪くない。それに……ここが一番重要なのだが、魔術師にとって彼等は嫌われものだ」

 

「嫌われ者? それがどうして重要なんだよ?」

 

「君と遠坂時臣のようなものだ。嫌いな相手と組もうとは誰も思うまい。今一番怖いのは同盟を先を越され2対1で潰されることだ。しかしながらそのリスクをこのペアなら回避できる。そういう意味でも非常に都合が良い」

 

「──」

 

 一体このサーヴァントはどこまで見据えて動いているのか。

 同盟を持ちかける相手を決めるだけでもこれだけ徹底されたリスク管理をよくぞ出来るものだと雁夜は感嘆を通り越して若干呆れのような感情さえ覚えた。

 しかしそこまで決まっているとなれば善は急げだと両膝をパンと叩いて立ち上がる。

 

 

「ならさっさと行くとするか。あそこは遠いからな。今からいっても到着は昼過ぎになりそうだ」

 

「そうだな。あと今回は桜も連れていくぞ。彼女にも準備させてくれ」

 

「なんでさ!?」

 

「こことアインツベルン城では魔術的な防御レベルに差がありすぎる。首尾よく話が進んだ場合そちらを本拠にする可能性が高い。そうなれば桜をしばらくここに一人で放置することになる」

 

「……分かった。準備終わったら戻ってくるからまっててくれ」

 

 雁夜も部屋を後にし、部屋にはアーチャー一人になる。

 それを見届けたのち彼は大きな窓を開け、山々が広がる深山方面を見据え弓を投影する。

 

 

 

「流石に事前の挨拶くらいは必要というものだろう」

 

 矢にメモのようなものをくくりつけ、弓をつがえるアーチャー。

 狙うは遥か数十km先、張り詰めた集中力を持って引き絞る。

 

「──はっ!! ふむ、悪くないな。これなら問題ないだろう」

 

 音速に近い速度で飛んでいく矢。その行き先は感覚で把握している。まずは痺れることなくあの森に立ち入りたいものだとアーチャーは見送った。

 

 

 

 

 

 

─────

 

「切嗣」

 

「どうかしたかい、アイリ──ああ、僕がそっちに行こう」

 

 部屋は人を写すと言うが、ここほど無機質で硝煙の臭いがする冷たい部屋もそうあるまい。

 廊下に比べて気温がぐっと下がったような寒気を覚えながらアイリは鋭利な空気を醸し出す後ろ姿に声をかける。

 拳銃類の手入れをしていた切嗣はその声に気づくと、彼女の微妙な変化を察したのか自ら歩み寄った。

 

「私、やっぱりこの部屋少し苦手かもしれないわ。切嗣」

 

「すまない。けどこればっかりは……いや、それはどうでもいいか。それよりもなんだい? 君がここに来るってことはそれなりの理由があるんだろう?」

 

 廊下に出て扉を閉じるとアイリは少しばかりの不満をもらし、切嗣は苦笑して答える。

 たがそれも一瞬、普段この部屋に全く寄り付かない彼女がわざわざ訪れたということはそれなりの異常があったということ。確信めいた予想を持って真剣に問いかける。

 

「ええ、これなんだけど」

 

「これは──手紙かな? 一体どこから」

 

「分からないわ。たださっきセイバーが打ち落としたの」

 

「打ち落とした? アイリ、もう少し詳しく頼む」

 

 相関性が全く見えてこない二つの単語に切嗣の表情が訝しげに変わる。

 

「さっきセイバーが迫ってくる魔力の塊を察知して迎撃に出たの。そうしたら空から一本矢が降ってきて、もちろん彼女が落としたから被害もなにもなかったのだけれど、その矢じりにこれが付いていたの。セイバーのマスターへって丁寧に宛先まで書いて」

 

「なるほど──因みにこの手紙自体に呪いがかかっているとかそういうことはないかな?」

 

「ないわ。私もセイバーと一通り試したけどそのような反応は何一つ。この手紙にはなんの細工もない。だからこそ逆に恐ろしいのよ」

 

「──」

 

 一理あるな、と切嗣はまだ封切られていない手紙を眺める。

 罠か、それとも本当に唯の手紙なのか。加えて手紙だとして一体なんのつもりなのか?

 だが絞り込めない。あまりにも情報が少なすぎるのだ。そうして頭を回転させること数秒、切嗣はふーっと大きく息を吐き出した。

 

「開けるしかないな。アイリ、なにか異変があればすぐに対処を。いざとなったらセイバーも呼んで構わない」

 

「分かったわ」

 

 この如何にも怪しげな手紙は開けねばならないだろう。切嗣は覚悟を決めた。

 

 

 

「──」

 

 ごくっと息を呑む。

 まるで爆弾処理みたいだと心の中で嘯く。手触りは普通、インクにも細工なし。一つ一つの行程をこれでもかと慎重にこなしながらゆっくりと開いていく。

 最後に、セロテープまで神経質に取り払い、その中身を広げた。

 

「──切嗣、これって……」

 

「アーチャーめ……やってくれるな。アイリ、準備しよう。少なくとも話を聞くだけの価値はありそうだ」

 

 嵐の前の予兆のように。にわかにアインツベルンの城が騒がしくなり始めた。

 

 

 




更新できる余力がある間にしておこう、ということで更新

いよいよ終章開幕。久しぶりにケリィさんも登場です。

多くの感想ありがとうございます。明日一括で返していきますのでどしどしお待ちしております

それではまた!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 再びアインツベルン城へ

 

 

 

 「同盟」

 それは異なる個人、もしくは勢力が利害が一致する場合に互いの同意のもと協力し、共に目標達成のために動くことを言う。

 だがそれは大抵の場合恒久的なものではなく、目的の達成と同時に解消され元の関係に戻る場合が多い。そしてその元の関係というのは中立・もしくは敵対と友好的な関係ではないことがほとんどだ。

 友好的であるならばそもそも同盟を結ぶ必要すらないからである。

 それ故に、古来から現代までその締結の場に置いては表面上の固い結束とは裏腹に、腹の探りあい試しあいというぴりぴりしたような、どろどろしたような空気が張り積めていたと言う。

 それはこれから臨むアインツベルンの城でも同じことだろう。これはれっきとした戦争であり、同盟であるのだから。

 雁夜はそう覚悟を決めていた。

 

 

 

 

「きゃー!! 桜ちゃんっ可愛い!! 今何歳かなー?」

 

「……6つ」

 

「あらあらまあまあ。それじゃあイリヤよりも年下なのね! こんなに可愛い妹がいたらあの娘も喜ぶでしょうに……お菓子食べる?」

 

「食べる」

 

「って何してるんですかアイリさん! 桜ちゃんも……まあ満更でもなさそうだし良いか」

 

 だというのにこのファンシーな空気はなんなのか。

 この数時間の緊張とそれに伴う心労をかえせ! と雁夜は頭を抱えた。

 

 出だしは良かったのだ。というよりも想定通り。途中から疲れて寝てしまった桜をおぶりながら延々と森のなかを歩き続けようやく城へと辿り着いた。

 重く閉ざされていた扉は礼儀をもっての来客を厳かに歓迎するかのようにゆっくりと開く。上がる心拍数のなか踏み込んでいく。広いエントランスから長く伸びる階段の上にはえもいわれぬ威圧感を纏った当主が自らの立場を誇示し、こちらに思い込ませるかのように悠然と佇み──

 

 

 

「あの……雁夜さん? 背中の女の子は貴方の娘さんかしら?」

 

 厳粛な空気は、子煩悩な若奥様のうずうずしたような一言で全て泡と消えたのだ。

 

 

 

 

 前回訪れた際は中庭のみの訪問だったので分からなかったのだが、やはりというかこの古城は何もかもがいちいちスケールが大きい。問桐邸も一般的な住宅と比べればそこそこと言えるのだが、この中世の物語の世界をそっくりそのまま持ってきたような異次元とは比べるに及ばず。

 当然雁夜とアーチャーが今通されている客間も例外ではなく、その天井は雁夜が知っている住居と呼ばれるものの3倍は高く、長机は考えるのも面倒になるほど長かった。

 

 僅か5人でそのスペースをフルに使う訳にもいかず、その真ん中を隔てて向かい合うかたちで今は雁夜と桜、そしてアイリスフィールが向かい合う形で座り、傍らにセイバー、アーチャーが控える形になっている。

 ここまではなにも可笑しくはない。問題はだ──なぜ雁夜の側にいるはずの桜が幸せ一杯といった体のアイリスフィールの膝の上に座り、抱き締められているのかということだ。

 

「諦めろ雁夜。君はいちいち動揺しすぎるきらいがある。前座くらいどっしり構えていたまえ」

 

「ほんとに俺が間違ってんのかこの状況は」

 

 隣で外行きの際に常である仏頂面を決め込んでいるアーチャーがボソッと呟く。

 が、こればっかりは一般人の感性である自分の方が正しいのではないかと思う雁夜だった。

 

「ごめんなさい。けど結局は切嗣──セイバーのマスターが来ない限り本題には入れないもの。私にそんな大それたものの決定権はないのだから」

 

 そんなアーチャー陣営に対してアイリスフィールは微笑みを絶やすことはない。

 その影に見え隠れする余裕さが、バックについているセイバーのマスター、衛宮切嗣への絶対の信頼からきているのは言うまでもない。

 

「けど確かに遅いわね……アーチャー、貴方一体何をあの人に送りつけたのかしら?」

 

「え、お前いつのまにそんなことしてたんだ」

 

「なに、交渉材料というものだ。こちらから会談を申し込んだ以上、要求くらいは先に通して検討をするだけの猶予を与えるのは当然のことだろう?」

 

 これまでの爛漫からの突然の変貌。

 キラッと深紅の双眸を妖しく光らせてアイリスフィールが問う。見透かす、というよりはなにかこう……もっと上から見下ろされているよう錯覚に陥る艶やかな視線。

 常人ならばその変わりっぷりに動揺する間すらなくベラベラと秘密を喋ってしまうようなそれを、アーチャーは人を食ったような、小馬鹿にしたようも見える皮肉さを持って一蹴した。

 にわかにきりきりと張り始めた緊張。

 その真っ只中で全く知りもしなかった事実を知らされた雁夜は驚くばかりなのであったが、そのおかげで

この空気に気付かなかったのはむしろ幸運かもしれない。

 

「──つれないのね。マスターとは大違い。そんなことじゃレディーは振り向かないわよ?」

 

「生憎女性関係に難があるのは生前からでね。今更どうなろうと気にはならんさ」

 

 両者が両者とも、フフンッなんて笑みを浮かべる。

 その間で散る火花を雁夜は内心ハラハラしながら見守り、セイバーは頑として沈黙を守り傍観する。

 

 これ以上この空気が続くのは如何なものか、しかしここで下手に動いて余計な地雷でも踏みつけようものならもっと酷いことになるのではないか?

 雁夜の中で現状をどうするべきかの案が浮かんでは消えを繰り返し、いよいよ意を決して声を挙げようとしたそのとき──

 

「なあふたり」

 

「待たせたね。間桐雁夜、そして──アーチャーのサーヴァント」

 

 

 一度だけ聞いた覚えのある声に背筋が凍る。

 雁夜は立ち上がりかけた中腰に、アイリスフィールとアーチャーの間に壁を作ろうかという風に中途半端に腕を伸ばしたなんとも情けない姿勢のままびくっと振り向いたのだった。

 

 

 

 

 

─────

 

「さて、同盟を結ぶ可能性がある以上こちらもある程度の情報開示は覚悟しようか。問桐雁夜は話すのは2度目、アーチャーは初めてになるな。僕はセイバーのマスター、衛宮切嗣だ」

 

 この男には本当に人の血が通っているのだろうか。

 我ながら初対面の人間に失礼だと思う。だがそれ以上に適当な表現も見つからない。初めて目にするセイバーのマスター、衛宮切嗣に対する雁夜のファーストインプレッションはどこか寒気のするようなものだった。

 風体からしてそうなのは認めよう。ボサボサ頭にくたびれた真っ黒のスーツという格好に爽やかさや明るさを感じる人間はそういないだろうから。

 しかしそんなものではない。一般人とは明らかに違う彼の纏う空気が、尋常なる人間とは違うステージに立っていることを雄弁に告げているのだ。

 

「ああ、今日はよろしく頼む」

 

 ギクシャクしながら返す。

 なにより象徴的なのはこの目だと恐ろしく感じながらも目を離せない。少し落ち窪んだようで鋭く光る眼光。今まで何を見てきたのか、どこを見据えているのかも分からない瞳は雁夜にとって純然な恐怖だった。

 

 

 

「では早々だが本題に入ろうか。状況は我々聖杯戦争の参加者にとって良くないものになっていることは君とて承知だろう?」

 

「そうだな。お前には聞かなければいけないことがいくつもある」

 

 助け船なのか、それとも単に焦れただけなのか、アーチャーが硬直気味の雁夜に替わっていつも通り淡々と口火を切った。

 気持ちは同じなのか切嗣も頷くとスーツのポケットからくるくると丸まった羊皮紙を取り出すとテーブルの上に広げる。

 

自己強制証明(セルフギアススクロール)……マスターの反応を見る限りお前が勝手につくってきた、ということだろうがまあそこには触れるまい。

 確かに交渉の材料としては最上の手段だ。魔術師である以上この契約を破るわけにはいかない。死んだあとの魂まで拘束されるなんて誰だろうとたまったものじゃないからな」

 

「ギアス!? アーチャーお前いつのまに!」

 

「ああ、君の擬似的刻印でも上手く作成できたのは良かった。ダメなら交渉の手段を一から考えなければならないところだった」

 

「じゃなくて!!」

 

 人の魂レベルの話を無断で進めるな!!

 ありったけの抗議を込めてアーチャーを睨み付ける……が、直ぐに諦めた。アーチャーに度肝を抜かされるのはもういつものことだ。そして、その都度もちろん憤慨もするし、説明を求めたりもするが、最終的にはなんだかんだで自分のためになっている。

 なかなか真意を明かしてくれない以上結果を待つしかないのだ。

 

「……もういいや」

 

「物分かりがよくて助かる。それで、だ。条件になにか不満でもあるのか? エミヤキリツグ」

 

 アーチャーはアーチャーで雁夜があっさりと引っ込むことを分かっていたのか、悪びれる様子もなく話を続ける。

 その視線の先には、無表情を全く崩すことのない切嗣。

 

「いいや。条件にさしたる不満はない。と言うよりも妥当すぎて拍子抜けしたくらいだ。

 そちらの制約が、問桐雁夜、問桐桜、サーヴァントアーチャー、及びこの3名が味方と認識している者の衛宮切嗣、アイリスフィール・フォン・アインツベルン、サーヴァントセイバーに対して危害を加えるその一切を禁ずる。

 逆に僕達にかかる制約がその真逆。衛宮切嗣、及びこの書面を開いた段階で当人が味方と認識している者の問桐雁夜、問桐桜、サーヴァントアーチャーへの危害の禁止

 共通項として、この契約の効力は残りのサーヴァントが2騎になるまでとする。

 実に単純かつ穴のない同盟条件だ。強いて言うなら、僕ら3人のみではなく僕が味方と判断していた全員という括りのお陰で陣営そのものにギアスがかかり、互いにとっての未知、逆手にとっての既知から不意討ちの類も全く通じないという意味で制約が強化されているということくらいだ」

 

「ここにいる者だけが戦場の全てなんてお花畑な思い込みはしない主義でね。こういう緊迫した局面で華々しい英雄の光の影に隠れた尖兵が最後の一推しを決めるくらいよくあることだと君ならばよく分かっていると思うが?」

 

「──」

 

 余裕綽々と言った具合に笑うアーチャーを切嗣は静かに、内心の苛立ちを抑えるように探り見る。

 この条件は文句のつけようがない平等だ。しかし、現実にはこちらの手札が一枚──気取られないように城の外で待機するように命じた久宇舞夜の姿が頭に浮かび上がる──削り取られる選択なのである。

 これは分かった上なのか、それとも単なる念押しの意図なのか、切嗣がそれを判断することは難しい。

 

「まあいいさ。単純に考えればこの契約を断る理由はないと言っていい。先日の一件を鑑みれば短期決戦は必須、どいつもこいつもなりふり構っちゃいられないからね。まず間違いなく典型的な魔術師同士、遠坂とケイネス・エルメロイは同盟を結ぶ。どうするにしてもこのペアを下さない限り勝機はない」

 

「その通りだ。そして君にライダーと手を結ぶという選択肢はない」

 

「なぜそう言える?」

 

「簡単な話だ。あのサーヴァントは制御不能だからな。戦力としては文句無しだが、組む相手としてはリスクの塊という諸刃の剣……いや、そもそも同盟なんてものを受け入れる性質かどうかすら疑わしい。君がそこに時間をかけるとは到底思えない。それだけでは不十分かも知れん、だが──それでもだ。君はこの話を断らない」

 

 

 最後の言葉を絶対と言わんばかりに言い切ったアーチャーに対して切嗣は無言で煙草に火をつけると一つ大きく煙を吐き出した。

 やはりこいつは危険だという認識をよりいっそう強くする。特殊な条件であるということを差し引いても交渉でここまで後手を踏まされる経験は切嗣自身そうそうないのだ。

 

「いや──」

 

 それは当たり前なのかもしれない。

 肺の中の汚れた空気と一緒に嫌な緊張感も外へと押し出す。

 今あまり形勢が良くないと感じている理由は明らかなのだ。それは何故か?現状はどちらかといえばディベートに近いものになっているからである。

 切嗣はアーチャーの真意を読み取るために、意識して"彼の思い通りにならない"選択をする視点からこの交渉に臨んでいる。

 

 即ちそれは彼の意図の逆=同盟を組まない

 

 と言う選択肢を想定した問答。しかしそれは告白するならば"自分の本意とは真逆"のスタンスであることを切嗣は再確認する。

 この手紙の内容を確認した時点で答えは決まっているのだ。

 同盟は組む。組まないことには道は開けない。だがそれでも残る疑問。それは"同盟を組んだところでアーチャー陣営にその先の勝機があるとは到底思えない"ということ、そしてもう一度羊皮紙、その最後──先程挙げた条件とは全く関係のない、それでいて何もかもを引っくり返しかねない、まるで落書きのように書きなぐられた3つの単語──に目を転じる。

 出来ることならそこに辿りつく前に当たりをつけておたかった──その思いからこんな結論の見えきった交渉の真似事なんてものをしてみたが、はっきり言って意味を成しそうにはないと首を横に振った。

 

「分かった。正直に言えば僕としてもこの申し出自体は有難いとは思っているし、受けようと思っている。何せ僕らは嫌われ者だ。魔術師殺しに一対一に優れたサーヴァントの組み合わせ。この戦争に勝ちきることを考えればこんな僕らと組もうなんて考える方がバカだからね」

 

「なら──」

 

「だが」

 

 パッと表情が明るくなった雁夜を切嗣は目で制する。

 

「迷いなくそれを選ぶ、ということは何かしら根拠があるんだろう? アーチャー、ご丁寧にこんな走り書きまでして僕らの選択肢を潰してくれたんだ。少し位は答えてもらうぞ」

 

「なっ──!」

 

 皆が同時に息を呑むのを感じる。

 切嗣は立ち上がり、アーチャーに対して銃口を突き付けた。

 

「なにをだね?」

 

「とぼけるな。アーチャー、僕がこの同盟を承諾する条件は一つだけだ」

 

 そして左手で羊皮紙の一番下を叩きつける。

 

「正義の味方、聖杯の器、アーサー・ペンドラゴン、まさかこの3つが本当に適当に殴り書きしただけ、何て言い訳をするつもりはないだろう──

 ──アーチャー、お前は一体は何者なんだ?」

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 




どうもです!

ケリィさんにようやく会ったアーチャーですが今はまだお仕事モードなのでテンションはいつも通りです。期待外れだったら申し訳ないです……

それではまた!
感想等お待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 Re:月下の誓い

「切嗣、ほんとうにあれで良かったの?」

 

「──構わないさ。それに何を言っても今更だからね。僕は彼らとの協定に同意し、今やギアスがかかっている。最後の勝負までこれ以上の情報は引き出せない、その事実は変わらない」

 

「そうじゃなくて……」

 

 冷たい横風が白銀の長髪をたなびかせる。

 すぐ隣にいるはずなのに、その風がまるで自分と切嗣の間に横たわる見えない壁を表しているような錯覚に襲われながらアイリスフィールは自分の心境とは真逆に澄んだ星空を仰いだ。

 

 なにが正解だったのか、そもそも正解なんてあったのか。

 結果が出た今も彼女には分からない。そしてそれは、目の前で遠くを眺めている夫も同じなのだろうと彼女は思う。

 交渉の結果は、結論から言うと先送りというのが正しい。今この瞬間に切嗣は求めた答えを得てはいないのだ。

 

 

 

「あそこで答えを言わなかったのが何かしらの意図があってのことだと言うことは僕だってよく分かっているよ。そして最終的にはそれがあのアーチャーにとって有利になることも。けどそれ以上に大切なことは僕らが勝利することだ。大丈夫、君が心配するような結果にはならないから」

 

 そんなアイリスフィールの不安をほぐすように、顔を向けた切嗣は優しく微笑んだ。

 

 ギアスの追加。 

 サーヴァントアーチャーは残りのサーヴァントが当該二騎になった段階で衛宮切嗣、及びセイバー陣営に自らの出自を開示する。

 その間互いの不可侵強制は継続とする。

 

 切嗣自身、なぜこのような緩い落としどころを良しとしてしまったのか妻のアイリスフィール以上によく分からないでいた。

 あの時、アーチャーに銃を突きつけての問いは交渉ではなく、強制だった。

 サーヴァントだろうが何が相手だろうが揺るがぬはずの絶対の決意。だがその決意が脆くも崩れさるのは早かった。

 

【──今はまだその時ではない。だが信じろ、衛宮切嗣。私は必ず全てを明らかにする。必ずだ】

 

 表情を変えることなくアーチャーのサーヴァントがそんなことを宣ったその時、切嗣は無意味と分かっていても尚引き金を引こうとした。

 拒絶の意思表示。ここまで来て何かを隠そうとなどというふざけた道理を通すわけにはいかない。

 それが自分達にとってのアキレス腱になりかねないのは火を見るよりも明らかなのだ。

 

「ふざけ……」

 

 話にならないと切嗣はアーチャーを睨み付け人差し指にグッと力を入れ──凍り付いたように息を呑んだ。

 

「──」

 

 感情などないのではないかと思わせる──ある意味自分と似ているという印象をもっていたその目と視線が絡んだ瞬間、思考が完全に固まった。

  

 

 ──なんだ、この目は?

 

 その原因が戸惑いだと気付くのに、切嗣は数瞬の時間を要することになった。

 即座に判別出来なかったのも無理はない。

 そのような感情は、彼にとって最も禁忌すべきものであり

 この聖杯戦争に入ってから、奇跡を信じアインツベルンに入ってから、魔術殺しとして苛烈な戦場にばかり身を投げるようになってから、唯一の家族と呼べた人(ナタリア)を失った──切り捨てた──あの日から

 真っ先に捨て封じ込めたはずのものだったのだから。

 

 何年ぶりか分からないが突然自らのうちに復活した戸惑いに切嗣はごくりと息を呑んだ。

 なぜこんなにも自分がかき乱されているのか。その理由は分かっている。目の前で不適に佇んでいるこの紅いサーヴァントのせいだ。

 そう。自分と同じように何かを諦めたような、地獄を生き抜いて、色々なものを捨ててきた者にしかありえない冷たい目をしていたこの男。喜びも怒りも悲しみも、なにもかもをどこかに置いてきてしまったようなこの男が、どうして。

 

 ──シャーレイ……いや、そうじゃない。この目は彼女ではなくてその瞳に映った……

 

 まるで憧れの人を見るような、そんな目で僕を見るんだ? 切嗣には、何も分からなかった。

 

 

 

 

 合理的に物事を判断する切嗣からすれば、それは有り得ない結論だったと言える。

 言うならば、直感なんて非科学的なものを彼は信じたのだ。それも具体的でもなんでもない──ここから先へは今踏み込んではいけない。踏み込めば何か大切なものが破綻する。なんて思い込みじみた何かをだ。

 

 切嗣自身今ではなぜこの決断を下したのか、バカバカしくすら感じているのだ。

 それならば、そんな自分を今まで隣で見てきたアイリスフィールが困惑するのは必至である。だからこそ、彼は笑った。

 

 

 

「そう……」

 

 そんな表情をされたらこれ以上何も聞けないではないか。

 惚れたものの弱味とかなんとやら。こんな緊迫した場面には似つかわしくないと自覚しながらアイリスフィールは赤面した顔を少し背けてむくれた感を演出する。

 それはただ単にこんなときに見惚れてしまった自分が恥ずかしいからで、それ以上の何の効果を狙ったわけでもない。

 

「そういうことだ、アイリスフィール。私達の同盟関係は既に締結済み。最後の二騎になるその瞬間まで、今更波風をたてるよりは友好的に過ごす方がお互いよほど有意義だと思うがね?」

 

「アーチャー……!?」

 

 火照った顔からすっと熱が引く。

 冷や水を浴びせられるように皮肉たっぷりな声が文字通り頭上から響き、アイリスフィールはバッと上を向いた。

 満点の夜空、違う。塔のてっぺん。明らかに場違いな細い影が伸びている。

 彼女がその影を認めたとき、それは月明かりを遮るようにすっと飛び降りた。

 

「……なんのようだ」

 

 まるで重力を無視するかのように軽やかに舞い降りたその男(アーチャー)に切嗣は心底嫌そうに背を向けたまま問い掛けた。

 

「先程言った通りだが。友好的に過ごすためにコミュニケーションをとろうというのがそうおかしなことかな?」

 

「馬鹿なことを」

 

 切嗣はコートのポケットから煙草を取り出し口に含む。ライターに上手く火がつかないのがもどかしい。

 

「私は本気だが? アイリスフィール、申し訳無いが君は下がっていてくれ。彼と二人で話したいんだ」

 

「ちょっと、貴方勝手に話を」

 

「いや、そいつがそれを望むなら乗ってやろうじゃないか。アイリ、先に休んでいてくれ。今日が君にとって最後の安らかな時間になることは分かっているだろう?」

 

「切嗣──」

 

「そうか、休むというなら私も頼みたいことがある。今夜一晩だけで良い。桜と一緒にいてやってくれないか? あれはまともな愛情を完全に忘れきってしまった憐れな少女でな。残念ながら私も、雁夜もなにもしてやることが出来ない。だが君なら、少し位は彼女の琴線に触れてやれるやもしれん」

 

「──!?」

 

 面食らったのはアイリスフィールだ。

 アーチャーの横暴に感じていた憤りはどこへやら。彼女はどうしたものかと困惑しながら切嗣に助けをもとめる。が、切嗣も切嗣で驚いたように目を細めるだけだった。

 それだけアーチャーのとった行動は二人の想定の範囲外なのだから。

 今アーチャーは一点の曇りもなく真剣に見える、真剣に──アイリスフィールに頭を下げている。

 

「え、ええ。分かったわ。切嗣……」

 

「そうしてあげると良い。おやすみ、アイリ」

 

 

 気圧されたように結局アイリスフィールは首を縦に振り、心配そうに一度だけ切嗣の方を見やった後城の中へと入っていく。

 それを見届けると切嗣はようやく火がついた煙草を吸い、大きく紫煙を吐き出した。

 

「それで、どんな話をしようと言うんだい? まさかお互いの自己紹介から始めようなんて言う訳じゃないだろう?」

 

「ふむ、私はそれでも構わんのだがね」

 

 切嗣は皮肉を言ったつもりだったのが、アーチャーは真面目に検討するように顎に手をやる。

 それを見て、調子が狂うと切嗣はいらだった。これまでのこの男とあまりにも印象が違いすぎるのだ。これではまるで、そこら辺にいる一般人と何ら変わらない。

 

「いや、それでは時間がかかりすぎるな。簡潔にすませよう、私が君に問いたいことは1つだけ。衛宮切嗣、君は一体聖杯に何を望む?」

 

「なに?」

 

 そんな切嗣の心情などどこ吹く風。アーチャーが提案した話題は至極簡単なものだった。

 

「そんなことを聞いてどうなる」

 

「単純な興味本位だ。願いを叶えるのは私達か、君達か、どちらかになる。いまこの世界で最も奇跡に近い男が何を望もうとしているのか気になった、それだけの話だ」

 

 そんなわけないだろう。あまりにも白々しい物言いを切嗣は鼻で笑い飛ばした。

 この男がそんなどうでも良い思考回路で動くようなタイプでないことだけは分かっている。いくら同盟を組んでいるとはいえあくまでも敵は敵。加えて戦いに慣れていると来ている。

 ここで大事なのは、どこまで互いが互いに対して無駄な感情をもたず、ギブアンドテイクに撤することが出来るか? もしくは、余計な火種を撒かずに尚且つ最後の最後で自分が相手を出し抜く為の布石を蒔くことができるか、だ。

 現状で前者はない、となればアーチャーの狙いは必然的に後者と言うことになる。

 

「──」

 

 ここは乗らないのがベターか。いや、それはあまりにも簡単すぎる。

 思考が回る。そもそもこの仕掛け自体が、今こうして考えさせられているだけで目的を完遂するような軽いジャブの可能性も否定は出来ない。

 この聖杯戦争、今までこの男には良いようにやられてきた。認めたくはないが、先の走り書きからしてアーチャーは自分達のことを何故かは知らないが深く知っている。 

 だと言うのなら──頭のなかで結論を弾き出し、切嗣は動くことを決めた。

 

 

 

「僕が聖杯に望むのは──恒久的世界平和だ」

 

「ほう。その心は?」

 

 あっさりと核心を明らかにした切嗣に対してアーチャーは驚いたように嘆息した。

 その反応こそ意外なんだがなと切嗣は内心毒づきながら続ける。

 

「お前なら分かるんじゃないのか? 原初の時代、それこそこの聖杯戦争に呼び出されるような英雄の生前、更にそれよりも前から人類は一歩足りとも前進しちゃいない」

 

「英雄……か。その口振りから察するに、人類の血で血を洗う無様な闘争の歴史のことなのだろうな」

 

「その通りだ。誰もが殺されたくなどない、誰もが引き金など引きたくはない、誰もが…….大切な人を失う悲劇など味わいたくない。だと言うのに、人は互いに殺しあい続ける。いつまでもいつまでも、平和を叫びながら殺しあう。英雄なんてまやかしの存在が、人々を我も英雄たらんと地獄への片道切符へと引きずり込み続ける!」

 

「なるほど。それが君がセイバーを遠ざけ続ける理由でもあるということか」

 

「それだけとは言わないがな。あれも全く分かっちゃいない。騎士道だの戦場の誉れだの、そんなものはスポーツで十分な話だ。戦果なんていう大量虐殺の言い訳にはなりはしない」

 

「なら君はどうなんだ?」

 

「なに?」

 

 不自然なまでにテンポ良く続いていたキャッチボールが躓く。突然の切り返しに切嗣はピクッと顔を強ばらせた。

 

「先の言葉を額面通りに受けとるのなら、君は戦場をこれ以上にないほど憎んでいるのだろう。だが実際に君がやっていることは全くの正反対だ。何処よりも死、君が地獄と呼ぶものに近いところで死神の如く命を狩り続けた。これが矛盾と呼ばずなんと呼ぶ?」

 

「ふぅ……確かにその通りだ。アーチャー、お前の言っていることは正しいよ」

 

 アーチャーの指摘を切嗣は自嘲しながら肯定した。そんなことは誰よりも良く分かっていると。

 

「僕は殺したよ。何百、いや、何千何万と。それを否定するつもりはないし肯定するつもりもない」

 

「──」

 

「不思議な話だ。より多くの人を救おうと行動したはずなのに、気が付いたときにはそれと同じくらいの人を殺していた。そんなことがいつになっても終わらない。そうだ、はじめて何かを救う為に誰かを殺した瞬間から選択肢などないんだ。全てを終わらせなければ、人の争いが終わるまで走り続けなければ、この輪廻は果てしなく続く。途中で投げ出すようなここまでの道程は全て無に帰す。そうなれば僕が救うために殺した誰か達の死は文字通り無駄死にだ」

 

「否定はしない。だからこそ闘いの歴史は有史以前から変わらない」

 

「皮肉なことだろう? 人間は誰かを助けたいと思ったその瞬間に、誰かを救えないと言う現実に直面するんだ。そうしてそれは、その現実から目を背けて逃げだすまではまるで雪だるまのように膨らんでいく」 

 

「君は逃げ出さないのか?」

 

「馬鹿馬鹿しい。僕は止まれないし止まるつもりもない。言っただろう? 逃げ出せば全てが無駄になると。全てを救えるなんて思っちゃいなかった。だがそれでも救えるものは救いだす、同じだけのものを切り捨てて。人の命を効率なんて天秤に計り続けて。それが僕、衛宮切嗣の呪われた人生だ」

 

「そうか……だが」

 

「聖杯ならこの道を終わらせられるかもしれない」

 

 終始嘲るような口調でいた切嗣だが、聖杯に話が及んだ途端言葉に力が籠る。

 

「殺されれば殺す、殺せば殺される。僕にとっての殺すべき敵は誰にとって救われるべき味方である。終わりのない矛盾は人には越えられない。けど、それでも、それでも理を越えた存在である聖杯ならあるいは……」

 

「かもしれんな。では衛宮切嗣、改めて問うが君の望みは」

 

「世界の改変、人の魂の変革を奇跡を以って成し遂げる。僕がこの冬木で流す血を、人類最後の流血にしてみせる。もしもその代償に人の悪意、この世全ての悪を担えと言うのなら──僕は喜んで引き受ける」

 

 世界が今度こそ平和になるように。

 この決意は誰にも妨げやさせないと切嗣はアーチャーを凝視する。

 同時に理解されないとも思っていた。こいつもセイバーやランサーと同じく英雄なのだから。こんな弱者の絵空事など歯牙にもかけないだろうと。

 嗤いたいなら嗤えばいいと見据えた。

 

「そうか──」

 

 その心構えだったからこそ、次のアーチャーの言葉に何か肩をすかされたような気分になった。

 

 

 

「ああ──安心した」

 

 

 

 

「なに──?」

 

 切嗣の宣言に、アーチャーは心の底からホッとしたように安堵の言葉を洩らしたのだ。

 

「いや、同盟を組む相手が意図のない戦闘狂やら快楽殺人者では寝覚めが悪かろう? そういう意味で君は決意を持っている。それに安心したと言ったのだが?」

 

「違うだろう! 今のお前はそんなものじゃ──」

 

「ではまた明日だ、衛宮切嗣。君もしっかり休息をとりたまえ」

 

「おい──」

 

 胸ぐらを掴まんと伸ばした手は蜃気楼のように歪んだ身体をすり抜ける。

 

 切嗣はしばらくその体勢のまま、アーチャーが消えた虚空を見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 風が強い。どうやらこの城は年がら年中そうらしいと平坦な屋上部にたったアーチャーは星空を眺めた。

 

「じいさん──」

 

 そう言えば、あの日もこんな澄んだ星空だった。ありったけの親愛をこめてその言葉を口にする。

 アーチャーにとって切嗣との会話は大成功と言える結果だった。

 幼き日の誓い、いつの間にか呪いとなっていたその根源、もう知ることなど出来ないと思っていた真理に、ようやく辿り着くことができたのだから。

 

 ──僕は昔、正義の味方に憧れていた

 

 大昔の言葉が頭のなかで響く。

 あの日から色々なことを知った、地獄を見た、呪いもした。

 初めての憧れを蔑んだりもした。理想を悔いたりもした。

 だがそれでも──

 

 

 

「あんたはやっぱり、正義の味方だったんだな」

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アーチャーがようやく自分のルーツにたどり着くお話。必ずここはやっておきたかったのです

ちょっとキャラ崩壊気味なのは切嗣とコンタクトをとるという原作にはないファクターでは少し位変わることもあるんじゃないかなと

それではまた! 評価感想どしどしお待ちしております!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 前夜

「アーチボルト家9代目当主、ケイネス・エルメロイの名に於いてここに誓おう。共に魔導を極めん者として、遠坂時臣を仮初めの盟友として認める。これより最後の決戦に至るまで、我々は肩を並べようではないか」

 

「冬木の土地を納める管理者として、我、遠坂時臣はケイネス・アーチボルト、そしてソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを歓迎致します。これよりかの霊地は貴方の支えとなるでしょう」

 

 中世欧州の貴族を彷彿とさせるような芝居がかった上品さ、こんな仕草を笑い1つ起こらないほど厳粛に行えるのはそれだけで品の良さが分かるというものだろう。

 深山の地からこの冬木を一望する遠坂邸の来賓室、陽がてっぺんに登ろうかと言う時刻に向かい合う三人は一般人とは一味も二味も違うのだ。

 

 

 

「まずはお座りください。貴方……いえ、貴殿方がこの会談と私の申し出を快く受け入れてくださり誠に感謝しております」

 

「礼には及ばないさ、時臣君。君ならば理解しているだろうがことは非常に切迫してしてきている。こうなってしまった以上取るべき手段は限られ、その中でこの選択は私としても悪くないものだ」

 

「幸いです。レディ・ソフィアリ、貴女も彼の判断に異論は?」

 

「別段異論などはありませんわ。ミスター遠坂。私もこの同盟こそが目指すべき勝利への最短路だと確信しておりますもの」

 

 ケイネスとソラウ、それぞれ椅子に腰を下ろした二人と向かい合う形になった時臣は彼らの返答に満足げに頷いた。

 やはり魔導の名門と言うのはとく心得ているものなのだ。同じ会談でもまともな問答1つできやしない若輩者とは根本から異なる──

 

「ミスター遠坂? どうかなさいましたか?」

 

「──っ、いえ、なんでもありません。レディ。しかし驚きました。サーヴァントと我々を結ぶ令呪システムを部分的とはいえ解析し、複数人による魔力供給という変則契約を実現させうるとは。なるほど、私達魔術師にとって魔力の枯渇は最大の危機、それを未然に防ぐ策としてはこれ以上の選択肢はない。ですがこの短期間で容易くこなすとは流石時計塔の誇る神童と呼ばれる評判に偽りなしというところですな」

 

「ふんっ、持ち上げられるはそう気分の悪いことではないが、これくらいは私にとっては造作のないことだ。むしろこの程度での称賛は私がそれだけ底の浅い魔術師と見られているのではないかと勘ぐってしまうくらいなのだが」

 

「滅相もございません。ケイネス・エルメロイの威光は倫教から遥か極東のこの冬木にも聞こえるところ。そんな貴方を低く見ることなど」

 

 ソラウの一言に時臣はハッとすると、脳裏にうつった妻の忌々しい幼馴染みの姿を頭の中からかき消した。そんなこと今はどうでも良い。それよりも目の前にいるケイネス・エルメロイという男が自分の想定以上の切れ者だという事実の方がよほど関心を寄せるべき事案なのだ。

 

 時臣がまず面食らったのは、彼が一人ではなく婚約者のソラウを伴ってこの遠坂邸に訪れたことだ。驚きはそれでおさまらない。加えて彼女がサーヴァントに魔力を供給しているという事実、加えてそれにともないケイネスが令呪という聖杯戦争のキーとなるシステムに限定的とはいえ手を加えるという偉業を発現から長くとも開戦までの短期間で成し遂げたという事実。

 

 常に余裕を以て優雅たれ、遠坂家に伝わる家訓をしても時臣は背中に冷や汗が流れるのを止められなかった。

 分かってはいたことだが、それ以上にケイネスは魔術師として自らの先を行っている。

 

 

 

「まあ良い。それでだが時臣君。お互いのサーヴァントについてなのだが」

 

「もちろんですとも。同盟を組む以上最大の切り札について晒すのは最大の信用というもの。ランサー」

 

「はいよ」

 

 時臣の声に応じるように虚空が揺れる。

 隣で霊体化していたランサーがどこかつまらなそうな雰囲気ありありでその姿を現す。

 

「ふむ、分かってはいたことだがランサー、クーフーリンか。一騎打ち、対多戦共にその武勲は測り知れず。ケルト神話において最強を誇った大英雄──流石は聖杯戦争始まりの御三家と言ったところか」

 

 ケイネスは驚いた様子も見せず、定型的な賛辞を送った。

 戦いは進み、札はある程度割れている。その中で未だサーヴァントと陣営が一致しない存在はもはやないと言っていい。

 本来ならそこから真名を探るつばぜり合いがあってしかるべきなのだが、希代の大馬鹿一人にこの戦い唯一の謎一人のせいでその手間は省けている。

 あとはそのサーヴァントがどこに属しているかだが……今回は表に出張ってくる陣営が多くそれもあまり考えを巡らせる必要はなかったのだ。

 

「見え透いた世辞は結構。で、そっちのサーヴァントはどうなんだい? 俺の頭がおかしくなってなきゃ、あのアーチャーに次いで謎が多いやつがあんたのサーヴァントなわけなんだが」

 

 そのような事情も相まってランサーはその賛辞を適当に受け流した。

 代わりに鋭い視線をケイネスに飛ばす。大概の面が割れているのはランサーにとっても同じこと、しかしまだ謎は残っている。自らやセイバーの出自をあっさりと看破したアーチャー、そして……初戦のみに参戦し、その後は完全に沈黙を守っていたバーサーカーである。 

 

「そう慌てるなランサー、サーヴァントを前にするとなればバーサーカーの制御はこの私の能力をもってしても気を使う。下手をすればこの邸宅一つ簡単に吹き飛びかねん」

 

 ケイネスはそんなランサーの視線をせせら笑うように大仰に両手を上げて答えた。そしてサーヴァントに話が及んだ途端に顔が強張ったソラウを見やる。

 

「ソラウ、いけるかい?」

 

「問題ないわ。狂化させるわけじゃないんでしょ?」

 

「ああ、あの偉そうな口上を聞かされるのは非常に業腹だが致し方あるまい。ああするのがバーサーカーを説明するには一番良い」

 

「口上だ?」

 

 ソラウとケイネスのやり取りにランサーは違和感を覚えた。

 コントロールにリスクの伴うバーサーカーの狂化の度合いを抑えるのは当然のことだ。しかしながらだ、狂戦士が狂戦士であることには代わりないはず。

 今ケイネスが口にした言葉はその原則からすると有り得ないではないのだろうかと──

 

「ふむ、ではゆくぞ──こい、バーサーカー」

 

「──っ!」

 

 視界がくらみ鼓膜が弾け飛びそうになる。

 始まりの倉庫以来になる黒い雷光の炸裂にランサーは腕で顔を覆った。もちろん不意のことで反応の遅れた時臣の一歩前に出ることも忘れない。

 サーヴァントの能力を以てすれば光によるボヤけなどすぐに戻る。ほんの数秒、靄がかっていた視界が安定するとそこにはドス黒い狂気に包まれたバーサーカーが……

 

「……おい、どういうことだよこれは」

 

「なんと──」

 

「神秘を落とした大罪人、そもそもこいつはその生涯から正常にして狂っているのだよ──ああ、そうだ。一つだけ確認しておくことがあった。このサーヴァントと同じく魔術の面汚しと言えるマスター、衛宮切嗣は私が手ずから殺す。これは絶対だ」

 

 

 

 

 

 

 

────

 

「同盟組む気はないね……まあお前らしくていいんじゃない?」

 

「ほう、随分と落ち着いておるではないか坊主。またいつものように癇癪でも爆発させるものと思っていたのだが」

 

「いくら付き合いが短いって言ってもお前のやることに一々驚いてたら身が持たないってことくらい良い加減分かるよ……良いからきっちり休んどけよ。明日はサーヴァント4騎を片っ端から狩っていくんだろ? どうせそう来るだろうと思って少しでも魔力の流れがよさそうな場所探してわざわざこんな山の中にまで来たんだから」

 

 パチパチと枝が焼けて弾ける音だけが響く。

 ここは冬木のとある森の中、夜も深まり通行人などまず通らないこの場所で、ウェイバーとライダーは宿を取っていた。

 キャスター戦における宝具の全力展開での消耗は思いの外激しく、ここでウェイバーはライダーの己に対する気遣いを知ることになった。戦闘におけるその消費量の大半を自身の貯蔵魔力で補うという彼の力量を汲んだ上で最大限の気遣い──そして最大の侮辱を

 以前のウェイバーならば、この事実を知って即憤慨したことだろう。

 ふざけるな、バカにしやがって、使い魔ごときが、文句でも罵倒でも言葉はいくらでもあるはずだった。

 なのにそれをしなかったのは、する気すらしなかったのはどういうことなのか。

 ウェイバー自身良く分からなかった。

 

「おうとも。この陣であれば余も万全と言える状態で決戦に臨めるだろうよ」

 

「そか──」

 

 霊体化しているライダーの答えはまるで直接脳に響いてくるようだ。

 ウェイバーは寝転んで星空を眺める。

 

「なあライダー」

 

「うん? どしたい」

 

「お前はさ、僕で不満はないのか?」

 

「また細かいことを気にしておるのか全く」

 

「うるさいな。良いから答えてくれよ。このままじゃモヤモヤして眠れやしない」

 

 姿は見えずともライダーがむうっと唸って顎髭を擦るのが分かる。

 少し窮につまったようなその沈黙は、今までウェイバーがどんなことをしても悠然と表情1つ崩すことのなかったライダーにはなかった反応だ。

 

 いつかは呆れ以外でこの余裕を崩してみたいとは思ってみたいとは思っていた。しかしそうとはいえこんな形でかなったところでなとウェイバーは苦笑する。

 

 

「ふーむ、別段不満はないかのう」

 

「なんでだよ。僕にはなんもないんだぞ。他のマスターみたいな魔術師としての実力はないし、魔力もサーヴァントのお前に気を使わせるレベル。頭もキレるわけじゃないしお前みたいに度胸があるわけでもない。ほんとに、なんもないんだ」

 

 ──あーむかむかする!

 

 言っているうちに胸から競り上がってくるような不快感を覚え、最後には半ば叫び出しそうになりながらウェイバーはガバッと上体を地面から起こす。

 そんな彼に、今度こそ呆れ返ったような溜め息が上から降ってきた。

 

「あのなー坊主、お前が何を考えているのか知らんがな、そんなもんは些細なことではないか。一体何をそう卑屈になる?」

 

「些細なことだって!? ああ、お前みたいな訳分かんない連中からしたらそうなのかもな! けどな、僕は今までずーっとそれが欲しくて努力してきたし、才能もあると信じてたんだ!!」

 

「ほう、それで?」

 

「だってのになー。この冬木に来て分かっちゃったんだよ! 僕は僕の思ってたような存在じゃないし、これから先もなれないって! それどころか随分小さいやつだった!」

 

「ふむ」

 

「なのになんで! 僕より遥かに大きいお前は1つだって文句すら言やしないんだ!? 同情か? 憐れみか? ふざけるなよ!! 僕はなあ……僕はなあ!」

 

 ひとしきり吼えるとウェイバーは息を乱しながらグッと砂を一掴み、見えないライダーに投げつけるかのように空にぶちまけると膝を抱え込んでうつむいた。

 天に唾を吐けばなんとやら、宙に舞った砂がパラパラとウェイバーの頭に降る。

 

 もしも違う世界線があるならば、彼が自らの小ささを受け入れ、その上で道標となる覇道を見つけて真っ直ぐに芯をもって一歩を踏み出して行く運命もあったのかもしれない。

 だがしかし、今回は時間が足りなかった。ウェイバーは確かに自らを知った。だがそれだけだ。理想と現実のギャップを受け入れるだけの猶予も、そんな自分を支えるなにかもありはしないのだ。

 今のウェイバーに、この現実は重すぎた。

 

 

 

「だから、それがどうしたと言っておる」

 

「え……?」

 

 そんな潰れそうな肩に、ポンと大きな手が置かれる。

 こんなに大きな手はウェイバーの知る限り一人しかいない。

 

「ばっ、なにしてんだよお前!? 少しでも魔力を節約するために霊体化しとくって──」

 

「うるさい! ったく、黙って聞いておればうじうじとつまらんごたくを並べおって……それでも貴様は余と共に戦場を駆けるマスターか!」

 

「──っ!」

 

 背中に走る衝撃。前につんのめりながらウェイバーはいつのにか実体化し横に胡座をかくライダーを視界に捉えた。

 

「こんの!」

 

 

 吹っ飛びそうになる身体を歯を食いしばって押さえつけて、ウェイバーはライダーを睨み付ける。

 そんな姿を見てライダーは感心したように、ほうっと息を吐いた。

 

「やるではないか。小坊主が」

 

「いくら僕がちっぽけでもなあ、そう何度と同じだと思うなよ」

 

「そう、それで良いのだ」

 

「はあ?」

 

 先程までの嘲るような表情からガラッとライダーの顔が変わった。

 その大きな手でウェイバーの頭を掴むとがしがしと揺する。

 

「魔術師としての能力がない、魔力もない、マスターとしての機転もない。おうとも、確かにその通りなのだろうよ。お前には確かになにもない」

 

「おい……そんなまじまじと頷くなよ……」

 

「だが坊主、それがどうした」

 

 ライダーを払いのけようとしていたウェイバーの手が止まる。

 息を呑んだ。今このとき、ライダーはこれまでのどんなときよりも真剣な顔をしていた。

 

「お前は確かにあるものさしにおいて小さく矮小なのかもしれん。だがな、余からしてみればそのものさし自体がちっぽけなものなのだ。そんなものに囚われて自らを卑下するな。本当に小さくなってしまうぞ」

 

「どういう意味だよ……」

 

「前にも話したかも知れんがなあ、世界と言うのは本当に広いんだよ。その世界からすれば余も貴様も等しく小さきものだ。覚えておるか?」

 

「まあな」

 

 あれは初めてライダーとあった日のことだった。

 強烈なデコピンをお見舞いされ、世界地図を眺めた日。あんな強烈な日を忘れるわけがない。

 

「人は誰しも恐いんだよ。自らが世界に比べて遥かに小さいことを認めるのが。故に自分達の中でさしを作り、大きく、秀でたものを見つけようとする……勘違いしてはいかんが、それ自体は決して悪いことではないぞ。問題はだな、その居心地の良いものさしにすがりすぎるあまり、それを世界の全てと思い込んでしまうことだ」

 

「都合の良い、ものさし──」

 

「魔術の実力、頭の良さ、腕っぷしの強さ、あるに越したことはないのだろう。だが心地よいものに固執してはいかんのだ。大事なのはな……自分が世界に比べれば、あるものさしから見れば小さいものであることを自覚し、なお足掻く、ぶつかっていく覚悟をもつことだ」

 

 ライダーは語る。

 自らもその足掻く一人に過ぎないのだと。この世界に大きな人間などいやしないのだと。

 

「己を知った上で足掻く覚悟……お前もそうなのか?」

 

 そんなライダーに、ウェイバーは一つ問うた。

 ライダーはニカッと笑ってドンと胸を叩く。

 

「おうよ。ちっぽけな身体一つでいつかこの世界を食らってやろうと狙っておる。無論、坊主と同じ葛藤を抱えながらな。そしてその悔しさを抱えていると言う点で余も坊主も同じスタートラインに立っておるのだ」

 

「故に、余に不満などない。ウェイバー・ベルベットよ。お主は余と戦場を駆けるだけの資格を持っておる」

 

「全く……一生敵いそうにないな、お前には」

 

 

 

 

 

─────

 

「さて、配置はわかっているな? サーヴァント2人に僕は単独行動、アイリ、雁夜君、舞夜の3人はチームで動く。恐らく僕がケイネス、3人が遠坂時臣と対峙することになるだろう。連絡は渡してある携帯で頼む。今日で、全てを終わらせよう」

 

 

 

 

 

 




久々のバタフライ効果でございます。

ああ、いよいよ終わりが近づいてきたのかな~と……まだ色々ありますが

では、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 冬木大橋にて

「アイリさんが今回の聖杯?」

 

「ええ、私はその為にだけ産まれてきたホムンクルス。この身が脱落したサーヴァントの魔力を溜め込む度に人間としてのアイリスフィールは死んでいく。今回はとある補助があるからサーヴァントが最後の二騎になるまで存命は可能だろうけれども、戦力として数えてもらって良いのはあと一騎の脱落まで……サーヴァントが計四騎になるまでくらいでしょうね」

 

 それ故に、切嗣、アーチャー、セイバーが勝負を急ぐことは出来ず、逆に雁夜は急がねばならない。

 

 まだ明るい日が指すアインツベルン城、その大広間で行われた最後のブリーフィングの一幕である。

 

 

「まあ君が死ななければ作戦続行にさしたる影響はないのも事実だけどね、問桐雁夜。いざとなったらアイリと舞夜を盾にしてでも生き延びろ。如何にセイバーと言えどランサーとバーサーカーの二騎、場合によってはライダーも加えた三騎を相手取るのは難しい」

 

 大窓を背もたれに切嗣が煙草を吹かす。

 事務的に、淡々と、彼は自分達がやらねばならないことを雁夜に伝えていた。そう、敵を倒すことも、場合によっては自らの妻の命を積極的に犠牲にすることも変わらないと言わんばかりに表情一つ変えることなく。

 

「かと言って最初から逃げ回るのも得策とは言えないの。そうすれば相手は矛先を変えるだけ。切嗣は魔術師相手の一対一なら絶対に負けない。でも数的不利に追い込まれれば話は別だから」

 

 これほどぞんざいな扱いもそうはないだろう。

 だと言うのにそんなことは全く意に介さない。全幅の信頼を以てアイリスフィールは切嗣の隣に立つ。

 

 

 

「アーチャー」

 

「君には分からないかもしれないが、むしろこれくらいの方が聖杯戦争の参加者としては有りがちなスタンスと言える。下手に溝を作るのは無意味だ。黙っていたまえ」

 

「分かったよ」

 

 そんな姿に何か空恐ろしいものを感じた雁夜は念話で問いかけるが、アーチャーの返答はにべもないものだった。

 むしろこの場における異常者はこちら側であると窘められる。

 

 最終局面を前にしてなお底が見えない異常性に雁夜は背筋に冷たいものが流れるのを感じた。

 非日常の戦場で勝ち残るのは、得てして異常者なのだ。

 そういう意味で自分は魔術師として以前に出遅れている。

 

 

「分かった。それで、決戦の場所はどこにするんだ切嗣さん? 桜をここに置いて行くって言うことは、逆に言うとここは使わないってことなんだろう?」

 

 気を取り直して疑問に思っていたことを雁夜は問い掛ける。

 雁夜はすっかりこのアインツベルンを拠点に戦いを挑むものだとばかり思っていたのだが、どうやらそうするプランは切嗣のプランにはないらしく、昨夜から舞夜が写真でしか見たことのないような殺傷力に特化した重火器類を運び出す姿を雁夜も幾度となく目にしていた。

 そして極めつけはアイリスフィールから告げられた、桜の部屋に対する結界の概要である。

 知らなければ外から入ることは容易には叶わず、逆に内側から出ることも叶わない。 

 一種の要塞化、それは即ち、桜をこの城から出す意図はないということ。切嗣ならばともかく、桜にぞっこんな節があるアイリスフィールが戦場のど真ん中に彼女を置き去りにするとは到底考えられなかったのだ。

 

 

 

「聖杯の降臨には格式が整った霊脈が必要だ。冬木はこの日本のなかでは比較的恵まれた霊地であり、この森もそう悪い場所ではないが、聖杯を卸すような大掛かりな儀式には少し心許ない。

 加えてどいつもこいつも切っ掛けでも作ってやらない限りとてもじゃないが自ら敵の本拠に突っ込んで戦端を切るなんてババを引こうとは思わないだろう。それでは不味い──」

 

 

「──だからこそ〝餌〝を撒こうと思う。霊格があり、なおかつどいつも平等に突っ込めるように思える場所。冬木第四の霊地、冬木市民会館で僕らが勝利の狼煙をあげる」

 

 

 

 

 

 

────

 

「おおう、景気よく上がってんじゃねえの。時臣、ありゃあ一足早い鬨ってことで良いんだよな? 現世の魔術にはそう学があるわけじゃねえが、それくらいはなんとなくだが分かるぜ」

 

「ええ、安い挑発ではありますがおおよそその通りでございます。聖杯は自らの手中にあり、と言ったところでしょうか?」

 

「姑息な真似を……大方アインツベルンの傭兵の仕業であろう。どうやら本格的に死にたいらしい」

 

 愉快そうにカラカラと笑う槍兵と、全くもって対称的なしかめ面を浮かべる魔術師が二人。

 突如として群青の空に放たれた閃光が、彼らに正反対の印象を与えたことは言うまでもあるまい。

 

「なんでえ、どっちにしろとっとと蹴りつけねえとやべえんだろ? これくらいの方が分かりやすくていいじゃねえか」

 

「それは確かにその通りなのですが──まあ良いでしょう。あれは全てのマスターを対象に打ち上げている。今宵我々を含む5つの陣営があの狼煙の元に集結することになるでしょう」

 

「ほーう、良いね良いね! 血が滾るってもんだ! 時臣、今夜は俺の好きにさてもらうぜ。残ってるサーヴァント連中を全員ぶっ殺せばそれで良いんだろ?」

 

 好戦的な笑みを浮かべ目をぎらつかせるランサーに時臣は首肯を以て答えた。

 もうここまで来てしまえば基本的には真っ向勝負だ。

 今さらランサーの機嫌を損ねることに意味などなく、自由に動いてもらう方が余程勝利に近い。 

 

「ところでトキオミ君、あの方角はアインツベルンの本拠とは違うようだが、あちらには何があるのかね?」

 

「──市街地の中心部ではありますが、1ヶ所だけ霊地としてそれなりの格を保っている場所があります。普段は公共施設として利用されていますが、この時期の平日ならば人払いも容易かと」

 

「立地は?」

 

「別段特殊な要素はなにも。この深山から向かうルートも限定されているわけでもありません」

 

 聖杯降臨が可能な霊地はそこくらいなものだろう。

 時臣は脳裏に浮かんだ冬木市民会館の立地を反芻し、改めてそこが正解だろうと再度納得した。表の生業として不動産、テナントの貸し出し等も行っていればこその帰結。

 

「なるほど、なるほど……最低限の礼節程度は弁えているということか。夜を待って私は打ってでるが君はどうするかね?」

 

「そうですね……ロードとは別経路を通ってですが私も出ようかと」

 

 ケイネスの問いに時臣は少し考えこむように顎に手をやった後結論を下した。

 

「ソラウ嬢が戦闘には実質赴けない以上、最善の防備が整っているのはここでしょう。バーサーカーの運用からして彼女の保護は最優先事項の1つになる」

 

 ケイネスのサーヴァント、バーサーカーは魔力の消費が最も激しいサーヴァントである。

 そんな英霊を使役してなお彼が自らの戦闘を行えるだけの余力を残せるのは、変則契約により供給魔力の数割を肩代わりしているソラウの存在が大きい。

 そして彼女の戦闘能力はほぼ皆無。その安全の確保はすなわちケイネスの戦闘力の保証にも繋がるのだ。

 

「よろしい、念のため彼女の部屋には私独自の結界を張らせてもらうが構わないね?」

 

「なんなりと」

 

 ケイネスの提案は当然であると時臣はあっさりと受け入れた。

 如何に同盟を結んでいるとはいえ、他所の魔術師の工房にフィアンセをなんの備えもなく一人で置いておくなど判断として論外である。

 自分でも決して行わないし、その程度のことにすら気付かない魔術師なら共に戦うに値しない。

 

 

 

「おー、腰の重いうちの大将連中もいよいよご出陣ときたか。決戦ってのはやっぱりこうでなくっちゃね」

 

 そんな二人の様子を見て、ランサーはくるくると踊らせるように赤槍を回す。

 その内に有るのは嬉々とした高揚、そして昂る闘争心。

 ぎらつく視線の先には、夕焼けに紛れながらも未だに朧気に空に決戦の狼煙が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

─────

 

「──そっか」

 

「ん? どうした坊主、ため息なんぞつきおって」

 

 ライダーの回復を待つこと丸一日。戦いの合図は深い森のなかで身体を休めるウェイバーにも届いていた。

 凡才としか言い様のない才覚、嫌気が差すそんな未熟な彼を以てしてもはっきりと意図が分かるほど、空に輝く標しは明瞭だった。

 それは、この激動の日々の幕切れを告げる最後の戦いへの招待状。

 この時彼の口から反射的に飛び出した溜め息の理由はなんだったのか。

 

 

「煩い──良かったなライダー。どうやら最後はお前好みの真っ向勝負になりそうだぞ」

 

「ほおう」

 

 真っ向勝負と言う言葉に惹かれたのか、朝から大人しく霊体化して回復に努めていたライダーがスーっと姿を現し、昨晩の焚き火の残骸を中心にして向かい合うようにどっかりと座り込んだ。

 

「お前、もう良いのかよ?」

 

「おうともよ。坊主、気遣い感謝するぞ。お陰で余は万全以上の状態で今宵に挑むことができる」

 

 ニカッと笑って筋骨隆々の両腕に力こぶを作るライダーに演技は見られない。

 これもまた彼なりの気遣いかもしれない。しかし今のウェイバーにその真偽を追及するつもりなどなかった。

 

「そりゃ良かった。頼むぞライダー、初めて僕と会った日に言ってたことを、いよいよホントにやってもらわなきゃならないんだならな」

 

「む、初日とな?」

 

「忘れたのかよ、作戦はって聞いたときにお前答えたじゃないか。出会った相手を片っ端から狩っていくって。あの時は本当にバカなんじゃないかって思ったけどさ」

 

「あぁ、あれか。あまりにも当然のことだったもんで忘れておったわい。いやあ、しかし良いのう。あの最初の夜に余の心を震わせた猛者どもは全員まだ生き残っておるはず。そいつら全員と雌雄を決するチャンスがあるとはまっこと幸運よなあ」

 

 たった10日やら2週間程度前の話のはずなのに、随分昔の話に感じる。

 そしてその時間を思い返してみても、あまりの密度に自分は流されるがままで、一体何をしてきたのか良く分からないとウェイバーは自嘲した。

 

「僕を皆に認めさせるための戦いだったはずなのに、いつの間にか僕の小ささを自覚させられる戦いになってたな」

 

 皮肉だよなーとあぐらをかいたまま茜色に染まる空を仰ぐ。

 結局のところ、あのにっくきケイネスでさえも全面的に間違えていた訳ではなかったのだ。

 少なくとも、自分が優秀だと信じて疑わずにいた自分と、凡俗と一蹴した彼では正解は疑いの余地なく後者だったのだから。

 

「──!!」

 

 これでは昨晩の焼き直しだ。

 胸の奥からもくもくと沸き起こってくる黒い感情をかきけすように頭を振る。

 結局のところ、まだ突き付けられた現実を受け入れきるだけの土壌はまだウェイバーには出来ていないのだ。

 

 

 

「どうした坊主? 頭に血でも上ったか?」

 

「……なんでもないよ。それじゃあそろそろ行くか。ここからだと歩いて2時間はかかるだろうし。ああ、チャリオットは出すなよ。魔力の無駄遣いは一切なしだ」

 

 だからこそ──

 パンパン、と尻についた砂を払って立ち上がる。

 

 この戦いの先に何が見えるのか、自分は知らなければならない。

 大して大きくないことを知った自分。だからと言って、それで止まってしまってはこの先一生そのままだ。

 

「うむ」

 

 意図を察知したのかライダーも霊体と化し姿を消す。

 しかし、今彼は確かに隣にいる。

 どこまでも大きな道標を以て、ウェイバーは歩きだした。

 

 

 

 

────

 

 

「そうか、余の初戦の相手は貴様か」

 

「え、ライダー?」

 

 

 歩き始めてから今まで一言も発さずにいたライダーが唐突に現れたのは、夕陽もすっかり落ち、その色の鮮やかさとのコントラストが逆に眩しい冬木大橋に差し掛かった時だった。

 人払いの結界がかかっているのか、この時間、この場所にしては珍しく人も車も影すらない。

 視界には人一人いないがライダーには何者かが感じられるらしい。

 

 戦装束に身を包み戦闘準備万端と言わんばかりのライダーの影からきょろきょろと辺りを見渡す、とその快活な声は上から降ってきた。

 

 

「そーいうこった。ここを通りたければ俺を倒してからいけ! なんつってな!」

 

「ランサー!?」

 

 ウェイバーが気づくのとほぼ同時に、青い弾丸が大翔から一直線に前方に降り立った。

 その右手には見慣れた赤槍、ランサーのサーヴァント、クーフーリンが今までにないほどの殺気を伴って目の前に立つ。

 

 

「いやあ、山が当たって良かったぜ。信じてたぜ、お前なら必ず正面、一番目立つとこから来るってな」

 

「ほほう、まるで余のことを待っていたような口振りではないか」

 

「当たり前だろ。俺は好物は先に食べる主義なんだ。間違っても他の連中に横からかっさらわれるようなへまはしねえよ」

 

 まるで歴戦を共に潜り抜けてきた戦友のように。

 楽しげに会話を交わしながら一歩一歩近づいていくライダーとランサー。

 ウェイバーはその姿を黙って見つめる。

 

「お前んとこのチビすけも随分マシな顔つきになったじゃねえの。いいねえ、そうこなくっちゃ」

 

「まあ、な。余の隣として相応しくなってたであろう」

 

「ちげえねえ! ……なあライダー、お前、なんでそんな楽しそうなんだ?」

 

「それは御主も同じであろう? まあ強いて言うなら」

 

 破顔しながら両者共に問う。

 そしてまるで示し合わせたかのように高らかに宣言した。

 

 

 

「「御主(お前)とは一度殺り合いたいと思っていた」」

 

 

 

 

 クランの猛犬vsアレクサンドロス大王

 

 捻れきった第四次聖杯戦争、その最後の一夜の火蓋が切って落ちる。

 

 

 

 

 




とりあえず復活です。

そして最終章幕開け






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 征服王イスカンダルvsクランの猛犬クー・フーリン

 

 

 

 

 

「出せよ。初手はくれてやる」

 

 ランサーが何を求めているのかはその場にいる全員が承知していた。

 臨戦体勢で構えるランサーを数十m先に、ウェイバーの隣に立つライダーがむうっと唸る。

 

「坊主、初戦から負担をかけるぞ。ありゃあちっとやそっとで崩せる相手ではない。余も端から全力以上を出さねば──数秒後には首が飛ぶであろう」

 

「分かってる。根こそぎ持ってく覚悟で行けよ? 中途半端に遠慮なんかしたら、あいつがやる前にこの僕がお前の首すっ飛ばしてやる」

 

 そして、それに対するライダーの応を止めるつもりもウェイバーには更々なかった。

 ランサー、クーフーリンの戦闘能力が図抜けているのは数多ある伝承、そしていつかの倉庫街で見た戦いで充分以上に把握している。

 あれは白兵戦においてセイバーと双璧を成す圧倒的な存在だ。

 最大火力の競いあいならともなく、一騎打ちではライダーとはいえそうそう勝ち目を見出だせる相手ではない。

 だがライダーにはあるのだ。その一騎打ちという概念そのものを覆す必殺の手段が。なら、それを止める理由がどこにある?

 

 

 

「むはは! 心得た!」

 

 豪快に笑い飛ばしたライダーがバッと両腕を広げる。

 それと同時にウェイバー、ランサーを襲う何か周りの空間が浮かび上がるような浮遊感。

 そして、世界から色が消える。

 

 

 

「──集えよ我が同朋」

 

 ライダーを中心に風が逆巻く……が、その風は冬の冬木のものではない。

 もっと渇いたもの、人工物に触れぬ爽やかなもの。

 遡ること数千年前灼熱の大地に吹いていた疾風である。

 

 

「ランサーよ! 貴様にこの世界を魅せるのはこれで二度目であったな! 覚えているというのなら滾ればよい! 忘れたというのなら改めて刮目せよ!! これが征服王たる余の誇る最強にして最高宝具王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)なりいぃぃい!!!」

 

 

 

 

 

 

────

 

「忘れるわけねえだろうが」

 

 何をバカなことをとランサーは笑った。

 彼の鼓動は今にも胸を突き破らんばかりに早鐘を打ち、あまりの興奮に身体全体がカタカタと震える有り様だ。

 そんな彼は〝砂漠〝から感じる熱をまた一歩踏み締める。

 

 

「見よ! 我が無双の軍勢を! 肉体は滅び、その魂は英霊として世界に召し上げられて、それでも尚余に忠義する伝説の勇者達!! 彼らとの絆こそ我が至宝! 我が王道!!」

 

 ランサーの眼前に広がる光景は正に壮大と呼ぶに相応しい。

 遮るもののない地平線を埋め尽くす巨万の兵、それも有象無象の類いではない。

 かつて小国マケドニアから飛び出し、僅か10数年にして世界の数割を手中に収めた最強にして無双の軍勢。

 その伝説が、今この瞬間に蘇っているのだ。

 

「聞けえ! 我が同朋達よ!! 今宵我らの前に立ちはだかるは、音に聞こえしクランの猛犬!! 単騎と言っても侮るなかれ! 敵は真に一騎当千の勇敢なる戦士なり!!」

 

「「「──然り!! 然り!!」」」

 

 征服王の呼び掛けに応える声が地面を、大気を、いや、この空間全体を揺らす。

 まるで身体の芯を貫くような衝撃がランサーをも震わせる。

 

「相手に取って不足なし! 我らが総力をもって、いざ──蹂躙せよおおぉぉおお!!」

 

「Arrruuurraaai!!」

 

 愛馬ブケファラスに跨がり、自ら先頭に立ち剣を抜いたライダーの声に呼応するように、数万の軍勢が一斉にランサーに向け進撃を開始する。

 その様は迎え撃つランサーから見れば、荒れ狂う海から押し寄せる黒い津波のような衝撃だった。

 ライダーを先頭に真っ先に切り込む勇猛果敢な騎馬隊。彼らの脇を固める屈強な歩兵隊、自らの背丈を優に上回る槍を華麗に操る槍兵部隊、後方から敵陣雨あられと死の嵐を吹き荒らす弓兵隊。

 そして──征服王イスカンダルを個人の武勇においては上回る最強の将軍達。

 

 全てが揃いも揃って一級品を通り越した伝説。

 

 

「はっ! いいねえ! 闘いはこうでなくっちゃ!!」

 

 一国の大軍勢さえも恐れおののき、戦意を喪失するような

進軍を前にランサーの戦意は昂り続けていた。 

 戦いへの渇望、強者への餓え。ライダーの誇る無双の軍勢はランサーが欲していたものを全て満たしてなお余りある。

 

「いくぜ──こっちも出し惜しみはなしだ」

 

 ランサーが赤槍を握る手にグッと力を込めた瞬間、彼の回りの空気が一変する。

 体内の熱を表現するように燃え上がるような熱さからその真逆、身を切り裂くよう刃のような冷たさへ。

 この絶対的不利を微塵も不利とは感じてはいない。

 

「なにも槍ってのは手に持って突くのだけが取り柄の武器って訳じゃねえ」

 

 ──低く

 まるで今にもスタートを切ろうとしている陸上の短距離スプリンターのごとく。

 地面スレスレまで身体を落とすと共に元々鋼のような大腿部が膨れ上がる。

 

 距離を測る。この大軍勢を前にこちらの先手をしくじればまず勝ち目はないとさすがのランサーにも緊張が走る。

 蜃気楼の先から砂塵を巻き上げて迫り来るライダー率いる軍勢、彼等がランサーの引いた一線を越えた時、その一撃が解き放たれる──!!

 

 

「むうっ!?」

 

「なんだあれ!?」

 

 その行動に面食らったのか、ライダーとウェイバーが同時に驚愕の声をあげる。

 二人の目線はランサーに向いている。だがその方向が明らかに違う。

 今まで真っ直ぐ一直線上にいたはずの槍兵は、爆発的な瞬発力を持って跳び上がり、遥か上空で太陽を背に振りかぶっていた。

 

突き穿つ(ゲイ)──」

 

 その時、ライダー率いる軍勢全てが同じような錯覚に陥った。

 まるで風景そのもの、即ちライダーの作り上げたこの固有結界そのものがねじ曲がるような奇妙な感覚。

 妖しく輝き始めたランサーの赤槍に渦を巻く魔力は異常だ。下手な霊体が近付けばそれだけで粉々に消し飛ぶであろうほど圧縮された高密度なそれは魔術協会の誇るトップ層の総力を結集してもなお届かないと一目でわかる。

 しかし問題はそんな浅いところの話ではない。この場にいる全員、それもいずれが数々の修羅場を潜り抜け英霊にまで登り詰めた猛者なのだ。

 たが──その全員が等しく〝自らはここで死ぬ運命である〝こんな錯覚を覚えたのだ。

 

死翔の槍(ボルグ)──!!」

 

 閃光。ライダーの眼を以てしても捉えられたのは瞬間、残像程度。 

 響き渡る轟音に彼はようやく自らの〝後方〝への着弾を確認した。

 

「外した!?」

 

「いや、そのような失敗をするようなやつでは──坊主! ふせろ!!」

 

「ぶっ──砂……?」

 

 脳天が揺さぶられるような感覚にウェイバーは思わず噎せる。

 が、それと同時に吐き出した大量の砂に周りに起きた異変を知ることになった。

 

「んな!?」

 

 前を向いたが、今の今まで広がっていたはずの青い空も、灼熱の砂漠も見えたものではない。

 継続して顔面を叩き付ける砂のカーテンで辺りはまるで深夜のごとく先を塞ぐ。超弩級の砂嵐、ウェイバーが捉えられたのは、眉間にシワを寄せるライダーの表情だけだった。 

 

 

 

 

 

 

 

「時には数が弱みになるってことを見せてやるよ」

 

 着弾、そして予想通りの効果が得られたことを確認するとランサーは着地と同時と前方へ駆け出した。

 ライダーの軍勢はメガトン級の大型爆弾が炸裂したが如く衝撃によって巻き起こった砂嵐に覆われて伺うことが出来ない。

 それで良い、宝具を使用しての彼の狙いはライダーを屠ることではない。そんなことで倒せるような相手なら端から真っ先に狙ったりはしないのだから。

 ランサーの目的は軍勢の動きを完全に奪うことだった。

 あれだけの大人数であれば一度足を止めてしまえば再び動き始めるまでに時間がかかる。

 

 ──なにより、混乱の中では得物を振るうことすらままならなくなる。

 

「いくぜぇえ!」

 

 砂嵐を切り裂くように飛び出してきた赤槍がランサーの手に戻るのと、ランサーが砂嵐に突入するのはほぼ同時。

 視界は両者同じく0──だがそれで良い。

 

「──っ!? ああ!!」

 

「うわあ!?」

 

「周りが見えてようが見えなかろうが俺が一対一で負けるわけねえだろうが!!」

 

 それは圧倒的な自信が故に。

 侮っているわけではない、見くびっているわけではない、相手への敬意を欠いているわけでもない。

 客観的な事実なのだ。

 

「おるあぁあ!」

 

 今回の聖杯戦争のみならず、全サーヴァントという括りで見ても最速を争う敏捷性。

 対多戦への絶大な自信を持つ生前からの逸話の数々、戦闘に対する勘の良さ。

 こと生き残ることに対して右に出るものはいないレベルにまで昇華した戦闘技術。

 この状況はランサーの独壇場なのだ。

 

 

 

「おらおらぁあ!! こっちはスピード勝負だってんだ! チンタラしてる時間はねえ!」

 

 

 懐に飛び込み、一撃、二撃で薙ぎ払う。半ば闇雲な反撃は瞬間的な動作の切り替えで触れさせもしない。

 一騎当千と呼ぶに相応しい進撃を見せるランサーだが、その表情は決して芳しくなく、苛立ちを隠そうともしない。

 

 

 理由は二つだ。

 まず一つは、ランサーがライダーの対軍宝具、王の軍勢の特性を理解していなかったことが大きい。

 その実この対軍宝具は消耗が激しく、ライダーの軍勢のうち半数が消えれば結界維持にかかる魔力消費に耐えられず自動的に解除される──のだが、まだ見ることすら二度目のランサーが知る由もなく、あくまで全滅を目論んでの戦いをしていること。

 その狙いを考えればこの鬼神のような奮迅でもまだ遅すぎる。

 そしてもうひとつが……

 

「落ち着けえぇぇい!!」

 

「ちっ! もうかよ……!」

 

 まるで雷鳴のような一喝が辺り一帯に響き渡る。

 その厳粛さに、ランサーは一次奇襲の失敗と、次の作戦への移行を悟るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなってるんだよこれ!?」

 

「ランサーの狙いが端から余を討ち取ることではなく、我ら軍勢の視界を奪い、引き離すことだったのだろうよ。なるほど、数の暴力はその数が十全に機能することで初めて意味をなす。バラバラに寸断されてしまえばやつの望む土俵と言うことよ」

 

「暢気なこと言ってる場合かよ!?」

 

 辺りがほとんど見えない状況でウェイバーはライダーに掴みかかる勢いで問い掛けた。

 戦況が一変したのは視えずとも分かる。

 静寂に包まれたのはほんの数秒のことであり、今はどの方角からも叫び声が止まない。

 その大半が致命傷を負った苦悶の叫びであればその正体は考えるまでもないと言うもの。

 

「落ち着け。余の精鋭達はそう柔ではない」

 

 ウェイバーの訴えにライダーは口をきゅっと一文字に結んだまま腕を組む。

 彼の脳裏に浮かぶのは自軍の戦力と直前までの配置、そして数度見たランサーの機動力と戦闘力。

 戦況は決して理想的ではない。

 口に出した言葉とは裏腹に、早々に対策を打たねばならないとライダーは決断を迫られていた。

 

 ──第一に優先すべきは混乱を解き各々のやるべきことをはっきりさせること。そして視界の回復。この二つをしない限り何も始まるまい。

 

 最善策を模索する。

 その僅かな間にもランサーの襲撃は進行しているのか喧騒の輪も広がっていき、その声がライダーの集中を掻き乱そうと頭を叩く。

 だが侮ることなかれ。征服王イスカンダルは決してその人望と腕っぷし、度胸のみで成り上がった旧世代型の将ではない。

 むしろその知略、戦略眼こそを武器に冷静な判断を下してきた知将なのである。

 真剣な思考に入った彼の集中を解くことは容易ではない。

 

 

 

「耳を塞いでおけ」

 

「は──」

 

「落ち着けえぇぇい!!」

 

 勝負は迅速かつ正確に。

 対策を弾き出すとライダーは一つ息を吸い込むとその空気を全て吐き出すかのように吼えた。

 びーん、と周りの大気が震えるような感覚と共に言葉が伝わっていくのを感じる。

 目には見えないが確かに空気が変わった。慌てふためくばかりだった味方が今自らの次の言葉を待つ体制に切り替わったことを確認し、ライダーは命令を下す。

 

「敵の狙いはこの混乱に乗じて労せずして我らを討ち取ることなり! 全てを一人で見る必要はない! 歩兵隊は四人一塊となり各々背を合わせ正面だけ見据えろ! 死角、背後からの奇襲以外ならば如何にランサーと言えどそう簡単にはお主らは討ち取れん! 騎馬隊、弓兵は早々に退け! 討ち取ることは考えんでよい!」

 

 細かい指示はむしろ新たな混乱の引き金となりかねない。

 そう判断したライダーの指示は至極簡単なものだった。今までごちゃごちゃと入り乱れていた人の流れが大雑把ながらも数本のベクトルを描き出すのを感じる。

 そして消えはしないまでも一段階小さくなる喧騒。

 自らの意図の浸透を察知するとライダーは自らの下で全力で耳を塞いでいるウェイバーを見やる。

 

「坊主」

 

「うわぁい!? なんだよ急──」

 

 ライダーがトントンと肩を叩くとウェイバーがすっとんきょうな声を上げて飛び上がった。

 そして抗議の声を挙げようとするか真剣な表情のままのライダーにその声をぐっと飲み込む。

 

「あのランサーが相手では時間がない。坊主、負担を掛けるが良いか?」

 

 本来ならば、こんな声かけをする時間すら惜しいはず。

 しかしそれでも声を掛けたのはウェイバーを隣に立つ戦友と認めてのことなのか。

 この言葉でウェイバーも次にライダーが取る行動、そしてその場合の自らのダメージを予見した。

 だが、それは断る理由になどなりはしない。

 

「……ああ! 思いっきりかましてやれよ! 手なんか抜いたらぶっ飛ばすからな!」

 

「よく言った! では──征くぞ!」

 

 ドン、と胸を叩いたウェイバーの言葉に合わせるように、二人を乗せた戦車(チャリオット)が砂を巻き上げるようにして荒れ狂う空へと舞い上がる。

 未だ暴風域の中にいるにも関わらず、その進軍はまるで何の障害もないと言わんばかりの健脚である。

 

 

「ぶっ──」

 

 まだ発動もしていない〝それ〝の予兆ですら襲う身体の中が絞り出されるような激痛にウェイバーは身体を折り曲げて悶絶する。

 そうだ、今までは宝具の発動はそのほとんどをライダーの貯蔵魔力で行っていた、その為にウェイバーには無茶な負担はかかってこなかった。

 しかしその余裕がなくなりウェイバー自身がその全てを負担した結果はどうだ?

 ランクにしてA+の対軍宝具など凡俗な魔術師一人の器で収まるべくもない。一撃、ほんの一撃の予備動作のみでこの有り様である。

 

「ぼう──」

 

「良いからさっさとやれ! 手を抜いたらぶっ飛ばすってさっき言ったばっかだろ!」

 

「──承知した。遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・ エクスプグナティオ)!!」

 

「──!!!!」

 

 その数秒は、ウェイバー・ベルベットの生涯において一番長い数秒だった。

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「──ぶはっ!」

 

 海で溺れて救い出されたときの反応はこんな感じであろう。

 肺の中の空気を一気に吐き出して噎せるのと同時にウェイバーは目を覚ました。意識が飛んでいたことは間違いない。今わかるのは、少なくとも自分がまだライダーの戦車から落ちてはいないということだけ。

 

「ライダー……?」

 

「おう、よくぞ辛抱したな。取り敢えず振り出しには戻せたようであるぞ」

 

「え──」

 

 そう言えば。

 仰向けに寝っ転がったままふとウェイバーは思う。

 この空はこんなに青かっただろうか?と

 

 そしてその大地の中心でその空と同じように蒼き槍兵がギリッと奥歯を噛み締めていた。

 

「野郎──」

 

「そう簡単に余を落とせると思ったか? ここからが本番であろう! ランサー!」

 

「上等だ……ぶっ潰してやる」

 

 

 激戦は、未だ序盤。

 

 

 

 

 

 

─────

 

「アインツベルンの令嬢と組んだか……しかしその程度で私を越えられるとでも本気で思っているのか? 間桐雁夜」

 

「ああ、思っているさ。お前はここで俺が倒す。覚悟は良いか? 遠坂時臣」

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。

ここからクライマックスまで駆け抜けていきたいですねー

それではまた! 評価、感想、お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!
色々と明日一括お返ししますm(_ _)m



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 相対

       問桐雁夜は笑った

 

 

 

 そんなことに気づくのに20年以上かかったのかと振り返るとあまりの情けなさに笑ってしまうのだが

 それは義憤や善意と言ったどこかヒロイックやロマンチズムのように燃え上がるような、若しくはキラキラとした類いのものではなく、単に臆病と嫉妬という見たくもない、目を背けたくなるような泥々と湧いて出て漏れだしてくるような自分の弱さだったのだろう。

 

 全てが嘘とは言わない。醜悪な間桐の家に彼女を近づけたくなかったのは本当だ。 

 若き名家の才能ある魔術師の方が彼女に相応しいと思ったのも本当だ。

 

 だが、それが全てであり自らを全ての幸せのために身を引いた高潔で大局を見れる人物と自負し、まるで彼女等を上から見下ろすような立ち位置に置いていたのは思い上がりとしか言いようがない。

 

 彼女に近づいて拒絶されるのが怖かった。距離を縮めようとして逆に関係が壊れることに足がすくんだ。

 己では彼に全く以て叶わないことを直視するのが嫌だった。

 ルックスだとか生まれた家の違いだとか、そんなものはどうでもよい。その優雅な立ち振舞い、余裕、風格、その裏にどれだけの努力があったのか。知っていたのだ。

 自らが最も嫌悪したもの、自らが最も愛した人、そのどちらに対しても、最も近くにその男はいたのだから。

 

 だからこそ嫌いだった──人が自らの遥か上に行く人間に抱く感情は、憧憬か、嫉妬かのどちらかだ。

 だからこそ憎んだ──誰よりも彼女を幸せに出来るだけの力があると確信していたからこそだ。

 だからこそ無理矢理にでもねじ曲げた。

 

 己の信じたものが間違いだったことを認めたくなかったから。

 

 

 ──認めたくないが、どうやら間桐雁夜は遠坂時臣を好きとは言わないまでも、ある意味誰よりも信じていたらしい。

 

 そんなことに、今さら気が付いたから、笑った。

 

 

 

 

「何がおかしいのかね。今私を目の前にしてようやく実力差に気が付いたか? だというのなら今なら降伏を許そう。君がいかに下賎な者だとしても葵の友人であることに変わりはない。私には理解できない感覚だが」

 

「はっ、寝言は寝て言うもんだぜ時臣。ようやくお前と自分の距離が見えてきたところだ、降伏なんて死んでも御免だね」

 

 そしてそれはある意味では押し付けとも言えるものである。そんなものはここで断ち切らねばなるまい。

 

 魔術を発動する際の激痛も今となっては慣れたものだと雁夜は我がことながら感心しつつ刻印蟲を廻す。

 身体の中で充満する熱。一つ波のように襲い来る嘔吐感を乗り切れば何か全体のギアが一段階上がったような感覚に入るのだ。

 

「あまり先走りすぎないで、雁夜君」

 

 オーバーヒートしそうなエンジンをクールダウンするがごとく、冷たい風が雁夜を包む。

 同時に空気が張りつめたのは、決して感覚的な問題だけではないだろう。

 

「アイリさん」

 

「あの男、相当な手練れなのは私でも分かります。万全のキリツグでも警戒がいる相手。私達二人の力では真っ向勝負にまず勝ち目はないわ」

 

「真っ向勝負と来たか。ここが私にとって初見、君にとっては既地と分かっていながらその言い振りとはその綺麗な顔の下には余程鋭い棘があると見える」

 

「あら、か弱いレディーの言質一つをへつらってくるなんて意外と余裕がないのね。そもそもこの冬木の地そのものが遠坂のホームなのですから、初見もなにもないでしょうに」

 

「それは失礼致しました。ではこの非礼へのお詫びとして──先手はお譲りしましょう」

 

 潮の匂いを含んだ風が走る。

 今までそよ風のように穏やかだったそれが、アイリスフィールの長い白銀をぶわっと広げるまでに強く吹き、思わず目を瞑る。

 その一瞬で事態は動いた。

 

 

 

「Shape ist laben!!」

 

 鞭打つように振るわれたアイリスフィールの右腕の袖口から青白い光を帯びた一筋の糸が伸びる。

 

 その正体は針金、しかし当然のことながらただの針金ではない。

 アインツベルンの魔術である錬金術の応用により、只でさえ貴金属であり、通常の針金とは比べ物にならない強度を誇っているそれが、魔力が通ることにより今や鋼鉄の如き硬度と、工業用の強化ワイヤー並みの切れ味を両立した殺傷兵器と化している。

 

 アイリスフィールの意思に呼応するように形を変え、短剣を型どると宙へと浮かび

 

Vorwärts!(いきなさい)!!」

 

 彼女の声を号砲に、音速に匹敵するような速度で射出された。

 

 

 

「なるほど、アインツベルンの錬金術は戦闘には不向き、とばかり思っていたが──」

 

 この間、僅か数秒。

 常人ならば、彼女の行動その全てを理解することもできないまま短剣に心臓を貫かれ絶命していたことだろう。

 

 されど、着弾点に定められた男には決定的に常人と違う点があった。

 そう、遠坂時臣は魔術師なのである。

 今まで表に出なかったからと言って侮るべからず。その錬度は天賦の才に至らずとも、秀才を自称するには憚らない。

 あくまで余裕の笑みをたえたまま時臣はその格の差を見せるかのように優雅に始動する。

 

「その認識は改めても良いようだ」

 

 トン、と装飾された赤く光る巨大な宝石が目立つ杖を地面に立てる。

 ほんのそれだけ。それだけだが、魔術師の素養のあるものなら直ぐに分かったはずだ。

 

 アイリスフィールの攻撃は無駄に終わる。

 

 圧倒的エリート魔術師の所作とはかくも自然で、優雅なものなのだと。

 

 

「──っつ!」

 

 吹き抜ける熱風にアイリスフィールは右腕で顔を覆う。

 遠坂の魔術は切嗣から聞いていた。

 属性〝火〝五大属性に於いて最も発現率が高く、その属性を操る魔術師が多い。特に希少性があるわけでもなく、ある意味最も対策が立てやすいとも言える。

 何せ日常生活で常に目にしているものなのだ。今更驚きなどあるはずがない。

 

 しかしながら、熟練の魔術師が扱うのであればその意味は全く異なる。

 

 〝人は火には勝てない。それは原初よりの理といっても過言ではない。僕のように余程ひねくれた外法者でもない限り、遠坂時臣はシンプルに強大な壁のようなものだ。当たり前の魔術で当たり前の対策を軽々越えてくるからね。こういう手合いは厄介だ〝

 

 切嗣の言葉の意味を改めて反芻する。

 単純にして強大、正しく火力によって圧倒される。自らが放った攻撃は既に溶けているか、良くても原型をとどめているかどうか、少なくとも相手に届いていることはないだろう。

 揺れる陽炎。その奥の遠坂時臣の顔色が欠片たりとも変化していないのが良い証拠である。

 

 

「こっちを忘れてんじゃねえだろうなあ!! 時臣!!」

 

 憤怒と殺気の籠った叫び声と共にアイリスフィールを襲っていた熱波が消え失せる。

 

 彼女を守るかのように拡がった黒いカーテンは飛び出した問桐雁夜の操る蟲の軍勢。

 通常ならば蟲と炎など相性は最悪であるが、同じように魔術と近代科学の相性も悪い。

 

 魔術の天敵とも言える衛宮切嗣の手によって化学的な防火対策の施された蟲達は、その温度によって死ぬ者はあれど、焼け死ぬ者はいなかった。

 自然の摂理からすれば有り得ぬ光景。

 

 

 

 

「君などもとよりどうでも良かったが、その下衆染みたやり口は看過できないな。問桐雁夜」

 

 最底辺の使い魔と言えど魔術の神秘を現代科学まみれにするとは、と吐き捨てながら露骨に表情をしかめたのは時臣だ。

 普段からそのエレガンスな姿勢を崩すことは滅多にないのだが、侮蔑と怒りがない交ぜになった瞳で叩き付けるように雁夜を睨み付ける姿はその例外だった。

 

 

「てめえが嫌悪を示すってことは俺のしてることは決して間違っちゃいねえってことだ! ──行け! 奴を喰い殺せ!!」

 

 雁夜の声に呼応するかのように蟲の大軍がギチギチと音を立ててその隊列を変える。

 盛り上がるように沸き立ったその姿は黒い津波と呼ぶに相応しい。

 肉を裂き、骨を断たんと蠢く。

 

 

 

「──どこまでも救いようがないな」

 

「ぐっ──!」

 

 闘いは数、圧殺せんと黒い棺のように時臣の四方を取り囲んだ蟲が爆音と共に一瞬で散り散りに舞う。

 先ほどよりも更に強い業火。直接的なフィードバックこそ薄いが、それなりの魔力を注ぎ込んだ軍が瞬時に文字通り消されたことは術者である雁夜にもダメージとして襲い掛かる。

 激痛に身を強ばらせた雁夜を時臣は見逃さない。

 

「雁夜君!」

 

 雁夜を焼き尽くそうと一直線に疾る火柱。

 いち早く動いたのはアイリスフィールだった。

 即座に魔力を通し即興の使い魔を形成、大鷹の形を成したそれは火柱よりも僅かに速く雁夜へ辿り着くと、加速を止めないまま一気にその身体を掴みあげ反転した。

 

 

「っつ!」

 

「もう! だからあれほど急かないように言っておいたのに!」

 

「す、すいません……」

 

 命からがら窮地を脱した雁夜を待っていたのは、普段の姿からは想像もつかないアイリスフィールの剣幕。

 

「次は死ぬわよ。もう気を抜かないで」

 

「はい──」

 

 再び並び立つ。

 両者の力関係は歴然。無謀なジャイアントキリングへの闘志は、尽きない。

 

 

 

 

───

 

「お前は……一体!?」

 

「フハハハハ!! 良い! 良いぞ! その聖剣! その輝き!! 私がその全てを紐解いて見せよう!!」

 

 

  

 

 

 




お久し振りでございます……なかなかうまく筆が動かず……なんとか頑張りますので!







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 神秘を墜とす者

「はあぁぁぁーー!!」

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ーー!!!」

 

 苛烈な力と力のぶつかり合い。

 

 冬木市公民館地下駐車場で断続的に巻き起こる衝撃波が、たった二人の人間によって起こされているものだといったい誰が信じるだろうか。

 一撃毎に吹き飛ぶ乗用車が瓦礫のように積み重なる。

 その中心に彼女達はいた。

 

 

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ーー!!!」

 

 背丈が2mにも届こうかという痩躯の男は、その身体を一目見れば尋常でないと分かる黒い靄に包まれていた。

 そこに加えてとある国で爆発的大ヒットを果たした国民的アニメーションの超、超戦闘状態を彷彿とさせる雷がその回りを断続的に走る。

 

 何が言いたいかと言うと、どれだけのほほんとした一般人でもその脅威を一瞬にして理解できるほど桁違いで、まるでアニメのように現実離れした存在だと言うことだ。

 その拳が振り下ろされる度に国際基準の防災レベル、設計強度を満たしているはずのこの駐車場の路面は意図も容易く抉れ、振動が全体に響く。

 

 サーヴァントバーサーカー、ニコラ・テスラは怪物だった。

 

 

 

 しかし、そのバーサーカーの方がはっきり言えば分が悪い。

 その事実は、もしもここに観衆がいたならばその全てを驚愕させたことだろう。

 化け物然としたバーサーカーを更に圧倒する怪物。

 想像するのはまるでおとぎ話のモンスターのような存在であろう。それ以外にできる訳がない。

 しかしながら、現実は想像を軽々と凌駕する。

 

「はっ──!!!」

 

 縦横無尽に駆け回る青銀の弾丸。

 まさか10台半ばにしか見えない金髪碧眼の少女──それも絶世の美少女と呼んで差し支えない──が竜巻を想起させるバーサーカーを相手取り、正面から圧倒するなど。

 

「吹き……飛べえ!!」

 

 サーヴァントセイバー、ブリテンの誇る至高の王、大英雄、アルトリア・ペンドラゴンが放った乾坤の一撃。

 横凪ぎに払われた不可視の剣を受けとめたバーサーカーの身体が宙に浮き上がる。

 手応えあり、彼女の言葉通りプロ野球投手の豪速球の如く吹き飛んだバーサーカーは、鈍い轟音と共に駐車場の支柱を次々にへし折りながら止まることなく側壁にまで辿り着く。

 

 軽やかに着地しながら、その光景を見届けたセイバーは一つ大きく息をついた。

 

 ──強敵であることに疑いはないが、私なら勝てる……!

 

 その胸に確かな感覚を得ながら。

 

 バーサーカーとの戦いはパワーで勝る相手を如何にしていなし、逆手にとるかが聖杯戦争の鉄則である。

 しかしながら、英霊の中でも群を抜く出力を持つ彼女に限ってはその鉄則すら意図も容易く乗り越える。

 バーサーカーの土俵、パワーとパワーをぶつけ合う真っ向勝負でさえ圧しているこの現実は、どう考えてみてもセイバーに戦いの天秤が傾いていることを示し、彼女もそれを十全に理解していた。

 

「それに──」

 

 仮にここから巻き返されることがあろうともまだまだ引き出しはこちらにある。

 準備は万全、そこまで頭を回したところで前方にうず高く積もった瓦礫の山が上方へ弾け飛ぶ。

 

「⬛⬛⬛⬛⬛⬛ーー!!!」

 

「こい──!」

 

 狂獣が飛び出すのと同時に彼女も大地を蹴る。

 両者ともに一瞬にして音速へ、直撃する刹那、ギリギリのタイミングを見極めセイバーは一歩踏み込んで直角に切り返す。

 

「⬛⬛──!?!?」

 

「こっちだ! バーサーカー!!」

 

「⬛⬛⬛⬛──!!」

 

 更にもう一歩の踏み込み、今度は加速するためではなく急減速の為に。

 当然エネルギーは殺しきれない。が、セイバーはその暴発せんばかりの力を利用し、独楽のように高速で振りかぶる。

 

「おおぉぉ!!」

 

「⬛⬛⬛⬛──!!」

 

 パワー自慢のプロ野球顔負けの見事なまでのフルスイング。

 バーサーカーは超人的な反応を見せ両腕で食い止めようと上体の前で構える。

 同時に迸る雷。聖剣と雷の集合体が真っ向からぶつかり合う。

 

「てやああああ!!」

 

 均衡が崩れる。押し勝ったのはまたもセイバー。

 先程の焼き直しのような光景が再び起こる。

 

 

「っは……!」

 

 ダメージは薄い、セイバーは追い打ちをかけるように前へ飛んだ。

 客観的に自らの優勢を理解していた彼女だが、懸念材料が無いわけではない。

 戦いが長引けば長引くほど徐々に大きくなる爆弾。則ち、スタミナ切れによる体力の消耗。

 そこだけはセイバーに対してバーサーカーの方に分がある。なにせ端から人としてのリミッターが吹っ飛んでいるのだ。

 彼女の動きがじりじりと低下するのに対して、バーサーカーは0になるまで100を維持し続けるだろう。この優勢は必ずしも終戦までを保証するものではない。

 

 常人の眼には捉えきれぬ猛攻を仕掛けつつ彼女は更にギアを入れ替える。

 

「────!!!」

 

「⬛⬛⬛⬛!!!」

 

 懐へ飛び込み、高速で剣激を叩き込み続ける。

 セイバーの剣は斬るというよりは、力で相手を圧殺するそれだ。重たい鎧甲冑がより発達した中世西洋の戦争における最適解。

 その一撃一撃が必殺の威力を持ち、バーサーカーの身体を文字通り傷め、その機能を損なっていく。

 軋む骨と抉れる筋肉。通常なら痛みで気を失うが道理。しかし……それでも、バーサーカーは止まらない。

 

「⬛⬛⬛──!!!」

 

「ぐっ!?」

 

 今まで攻勢を極めていたセイバーが衝撃に顔をしかめる。

 まるで時間が跳躍したかのように、薙ぎ払われたバーサーカーの一撃が彼女の左腕にめり込んでいた。

 

 ──無酸素運動はいつまでも続かない。

 英霊として、英雄として、スペックが異次元の域に達していようがその摂理自体は変わらないのだ。

 ほんの一瞬、身体が酸素を求め呼吸した瞬間の弛緩、その隙と見ることさえ難しい自然の流れですら、リミッターを外した不条理の前では無防備と同じになる─

 

「⬛⬛⬛──!?」

 

 勢いのまま吹き飛ぶセイバー。 

 それに対して困惑したようにビクッと止まったのはバーサーカーの方だった。

 言葉を発することが出来たならば、彼はこの違和感をこう説明しただろう。

 

 〝あまりにも軽すぎる〝と

 

 手応えの無さはまるで空振りをしたのと変わりないほど。しかしそんなはずがない。

 彼の拳は確かにセイバーの腕を捉えた筈だった。

 

 それを可能にしたのは何か、猛る思考が本能的に廻り出そうとしたその時──

 

「⬛⬛⬛⬛──!! うおぁぁあ!?!?」

 

 

 

 

─────

 

「っつあ! このままでは埒が空かない──」

 

強引な挙動で痛む左足を抑えながら、セイバーは自らにのし掛かる形になっていた車を押し退けた。

 あの瞬間、パワーでの対抗を諦めた彼女は即座にバーサーカーの攻撃に合わせて跳び、威力を受け流したのだ。

 それによって思っていた以上に豪快に吹き飛ぶことになったが、左腕を持っていかれへし折れるよりはましであろうと、痺れるだけで済んだその腕を一度ぐるっと回す。

 

「今宵で決着が着くことに加えて、マスターの現状が分からない以上余計な消耗は避けたかったが──宝具を使わねば此方も確実とは言えない」

 

 相当距離も空き、何故かは知らないがバーサーカーも迫ってくる気配がない。

 これ幸いとセイバーは一呼吸付きながら現状を分析する。

 

 パワーバランスは依然として彼女に分がある、がしかし、その天秤が徐々に平行線に近づいていることもまた事実だった。

 いかんせん決め手に欠けるのだ。

 判定勝ちがあるならばともかく、今求められるのはKO、それも相手を殺す所までだ。

 このままマスター(切嗣)に通常時以上の負担を掛けない、言うなれば省エネでの戦闘で勝利を確実なものに出来るか──

 

「日に使用出来るのはせいぜい3発、全力ならば2発が限度の約束された勝利の剣(エクスカリバー)はともかく風王結界(ストライク・エア)と今以上の強度での魔力放出の合わせ技くらいは必要か」

 

 答えは否である。

 セイバーが結論を弾き出すのに数秒もかからなかった。

 

 意識を集中させ切嗣とのパスを奥底から引っ張り出すことに専念する。

 サーヴァントとマスターは、その契約が有る限り互いに存在を感知し、念話で会話をすることが出来るのだ。

 今まで使う機会が1度もなかっただけで、その関係性はセイバーと切嗣であっても変わりはない。

 意識を深く。その存在を探り──

 

 ──聞こえるかセイバー!

 

「なっ、マスターですか!?」

 

 彼女が探り当てる前に頭の中に声が鳴り響いた。

 かなり逼迫した様子である。だがそれ以上に驚いたのはその声の主である。

 まさかマスターである衛宮切嗣が〝自分から〝話し掛けてくるなど、セイバーからすれば想像の範囲外の出来事であった。

 あまりの衝撃に思わず口をつく。

 

 ──マスター、何かありましたか?

 

 ──良かった。まだ無事だったか。ああ、緊急事態だ。此方は首尾良くケイネスエルメロイを屠ったが……奴め、最後の最後に令呪を使っていった

 

 ──令呪……!

 

 切嗣の言いたいことは良く理解できる。

 その言葉を聞いた途端、セイバーは額に一筋の汗が流れ出したのを自覚した。

 令呪がどれほど厄介なものかは先のキャスター戦で嫌と言うほど思い知らされた。

 その令呪が、今度は自分と一騎撃ちをしている相手に使われた。今までの前提条件や経緯など全て悪い方向に吹き飛ばしかねない。

 

 ──マスター

 

 ──ああ、分かっている。僕はこのままアイリと問桐雁夜の援護に向かうが、ギリギリまで安全地帯での後方支援に徹底しようと思う。

   セイバー、宝具の開帳、及び全力での魔力消費を許可する。最悪の場合こちらの令呪の使用も辞さない

 

 ──感謝します。因みにですがバーサーカーのマスターが令呪で下した指示とは

 

 ──その身を我が手から解放する、とだけ。尋問する前にこと切れてしまったからそれ以上の詳細は不明だ

 

 ──分かりました、マスター。必ずや勝利をこ──なに!?

 

 ──どう──!? 聞こえ────

 

 まるで電波ジャックか何かのように、切嗣とセイバーのラインが唐突に切れた。

 切嗣にはその理由は分からないだろうが、セイバーには分かっていた。

 圧倒的な魔力の放出、かつてドラゴンを相手にしたときのような圧迫感が彼女に襲いかかる。

 

「これは……いったい……」

 

 巨龍の咆哮のごとき轟音が響き渡る。

 今や駐車場は見る影もなくそこら中に瓦礫の山が積み重なっているが、その合間を縫って根本へ向けセイバーは駆けた。

 彼女がバーサーカーの一撃を受けてからここまで、時間に直せばせいぜい1分かかるか、かからないか程度のものだったはず。

 それだと言うのに、その景色はまるで時代が変わったかのように様変わりしていた。

 

「答えろ! 貴様は一体何者だ!!」

 

 雷鳴が轟き、稲妻が其処らかしこに飛び散る。その中心だ。

 蒼白く光るその場にまるで王の如く仁王立ちしている男は間違いなく異質だった。

 

「ほほう、私のこの姿を見ても恐れぬか。問うならば答えよう。私は君がバーサーカーと呼んでいた者だ」

 

「なんだと……? そんな筈はない! 今の貴様は──」

 

「狂ってもいないし知性もある。そう言いたいのだろう? 浅い、浅いぞセイバー。その程度だからお前達神秘は人の手によってその上座から引き摺り下ろされるのだ」

 

 コツン、と革靴の音が鳴る。バーサーカーはまるで演説中の政治家のように両腕を広げ、大袈裟に首を振った。

 

「狂っている、など人が自らの常識で判断できぬもの、理解の範疇に収まらぬものを排他するために作り上げた枷にすぎん。私からすればそんな尺度にすがるお前達の方が余程、狂っている。君もその凡人の類か、アーサー・ペンドラゴン」

 

「──」

 

 真名が出た以上、この男がバーサーカーであることに疑いの余地はない。

 あまりに突飛なことではあるが、事実である。

 セイバーは一つ大きく深呼吸すると眼下の敵を見据える。

 

「私が凡人であるかどうか、それは貴様の判断に任せよう。尤も、その時までその首が繋がっていればの話だがな……!!」

 

 そして、その驚異は今までとは段違い。

 セイバーは剣の守りを解いた。飛んでくる雷を吹き飛ばす程の疾風が彼女を中心に渦巻く。

 顕になる聖剣の輝き。

 その輝きにバーサーカーの目が狂気ではなく狂喜に染まる。

 

「ふはははは!! 良い、良いぞセイバー!! その輝きは正しく神秘! 我ら人が目指すものに他ならない!! その神域、今このニコラ・テスラが墜としてみせよう!!」

 

「舐めるなよ……! 我が聖剣の輝き、騎士の誇りに懸けて奪わせやしない!!」

 

 

 人と英雄、その輝きがぶつかる。

 

 

 

 

─────

 

「──最大の障害は乗り越えたか。そろそろ決着がつくだろう」

 

 冷たい風が吹く。

 冬木ハイアットホテルの屋上、この冬木市で一番高い所にアーチャーはいた。

 ここまで高みから戦局を黙して見守っていた彼が初めて口を開く。

 

「さて、仕上げといこうか」

 

 散歩にでも向かうかのように軽やかに屋上から跳ぶ。

 

 この第四次聖杯戦争最大のイレギュラーが、満を持して終局へ動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





一言、ケイネス先生ごめん。申し訳ないと思ってる。

さて。これにて謝罪は終了というとこで

皆様、前回半年間も空けたのにも関わらずたくさんの感想ありがとうございます。
すごく励みになりました。折れかかっていたモチベーションをどうにか建て直せたのは間違いなく皆様のお陰です。
いやほんとに感想って大きいです。お気に入りやら評価やらUAと数字として見えるのはもちろん分かるんですけど、気合いの入り方というか嬉しさが別格に違うと言うか……
たくさん貰えると素直に嬉しいですので今後も宜しければ( ノ;_ _)ノ
もうちょい早く返せるようにします。前話、今話分はなんとか明日中には……

ただ正直以前ほどの量を1話ごとに注ぎ込んでいくのは少々難しいかもです。
1話ごとのボリュームは今後もこれくらいに収まるかなと

次も頑張りますので!ではでは!

PS ケイネス先生退場は最初からの予定通りです。魔術師殺しには勝てないからね、しょうがないね




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 奇跡は二度は起こらない

「そらそらそらあ!! 手ぇ止めんじゃねえぞ!! もっと楽しませろやあ!!!!」

 

「歩兵隊!! 退くでないぞ!! 我らが力を見せ付けてやるのだ!!」

 

「「「「「うおぉぉぉおおお!!!」」」」」

 

 爆炎のごとき土煙を巻き上げながら、竜巻と津波がぶつかり合う。

 読んで字の如く獅子奮迅。この拮抗はそれ自体が文字通り奇跡の領域である。

 

 かつて世界をその手中に収める一歩手前まで辿り着いた至高の大軍勢、その数万、数十万の軍勢には一人足りとも凡庸な者はおらず。

 本来ならば、一国でさえも容易く呑み込むその圧倒的な圧力をたった一人で押し止め、時に削り取っていくその姿は伝説に残る雄姿そのままであった。

 狂喜に目を輝かせ、その青い戦装束の大部分を真っ赤な返り血で染めながら、狼を思わせる獰猛さと俊敏さを以てランサーは大地を蹴りあげる。

 

 

「いいぜいいぜ! 最高だあ!!」

 

 的確に一撃で急所を穿ち、敵の攻撃を柳のように受け流し、疾風のごとく駆け抜ける。

 その神速に一点の曇りなし──が、当の本人だけは言葉とは裏腹の冷たい感情を抱いていた。

 

 ──やべえな。地味にダメージが全体に蓄積してきてやがる。しかも肝心の本丸は最初の一発以外は様子見に徹してるときた日にゃ形勢は敵に良しか……!!

 

 真に強き戦士は、闘志が最大に高まる極限状態において、なおそれに呑まれることなく空から戦局を見下ろすように冷静な自分を一人心に飼っている。

 そのもう一人の自分がランサーに冷徹に告げるのだ。戦局が五分ではなく、このままでは時間の問題でこちらが敗れることになると。

 

 高速機動を続けながら上空を見やると、雨霰と降り注ぐは無数の矢。

 舌打ちしながら掻い潜る。

 

 局所的には度々起こるのだが、全体としてはランサーの望む乱戦にはならない。綻びが出来そうになる度にこうした文字通りの横槍が入り、ライダー陣営に立て直す間が出来る。

 その間もランサーは回避挙動を取りつつ、死角からの脅威にも警戒を続けなければならない。

 元々数的に圧倒的不利になっているランサーの体力が加速度的に削られていく現状が好ましい訳がないのだ。

 

 全ては初撃で決定的な損害を与えることが出来なかったこと。

 これをどうにか乗り切ったとして後ろには万全の本丸(ライダー)が控える。

 凡百の雑兵が相手だとしても良いところ五分だ。となればライダーの兵の練度の分天秤は彼に傾く。

 その重みは、決して軽くない。

 

「ちっ──しゃあねえ。作戦変更といくか」

 

 眼前に迫る兵を数人一振りで凪ぎ払うと進行方向を切り替える。

 まどろっこしいのはやめだと一言呟いて。狙うは分厚いこの壁の向こう側、その最奥。

 

 

 

 

 

「なあライダー」

 

「む、どうした坊主」

 

「いや、このままで良いのかと思ってさ。この固有結界、お前の軍勢が半分いなきゃ成立しないんだろ?

 だってのに指示は基本的に特攻じゃないか。もうちょい退かせたりバランスとった方が良いんじゃないの?」

 

 ランサーは戦局を自らの不利と判断したが、それがライダーの確実な有利を示すわけではない。

 戦況を見つめながら内心に汗をかいていたのはライダーのマスターであるウェイバーも同じことだった。

 

 いつもの柔軟かつ大胆な采配は影を潜め、代わりに毅然とした表情をびたりとも崩さないライダーに問いを投げる。

 ライダーの切り札である王の軍勢は、その維持にかかる魔力の大半を喚び出しに応じた兵達が賄うことで成立している。

 とてもではないが英霊一人二人の貯蔵魔力でどうにかなるものではないのだ。

 ライダーがランサーに対してアドバンテージを持ち続けるためにこの固有結界は必須。

 それを考えれば今の勢いでの兵力消耗はなるべく避けるべき、その為に手を打つ必要があるのではないか。それがウェイバーの考えだった。

 

「ふむ、一理あるな。だが──」

 

 ウェイバーの言葉にライダーは感心したように顎髭を撫でる。

 

「それはあくまで余の固有結界を知っていてこその話だ。奴はそれを知らん。となれば当然余と対峙するその瞬間に不確定要素を嫌い殲滅を狙ってくる。余の狙いはそこにある」

 

「奴は確かに選りすぐりの英傑であるが、だからといって余の軍勢はノーリスクで乗り越えられるほど柔ではない。1で相手を全て打倒せねばならないという圧、時には肉を切らせて骨を絶つようなリスクを背負う手を打つことも選択せねばならぬだろう。

 その中で、少しでも最後に世と奴がぶつかり合う際の天秤を此方に傾けておきたいのよ。

 しかしながら半数で良しとなれば話は別。今のリスクの少ない戦法で奴は立ち回り続け、そして勝ち抜くであろう。故に、退かせるわけにはいかんのだ」

 

 ライダーの答えは、ウェイバーを納得させるのに充分なものだった。

 ライダーとランサーではこの闘いにおける前提条件が異なる。確かに最終的に雌雄を決するのはライダー、ランサーの互いが互いをどう討ち取るか、である。

 しかしながら、そこまでの鍵を握っているのはライダーの軍勢である。

 ここを如何にして活かしきるか、その為にもライダーはギリギリまで自分ではなくランサーと同じ目線で闘いを進め、未知による有利を保たなければならない。

 ここで中途半端に退けば、一発で全て看破とまではいかなくとも何かしたらの違和感を掴まれるであろうことは見えている。

 だからこそ、沈黙を守り続けている。

 

 征服王の名と逸話には反するかもしれない、派手さはなく、まるで蜘蛛の糸や蛇のように絡み付く地味で周到な戦術、一片の緩みもなくその手に勝利を掴まんとする決意。

 その固い意思を見せられては、ウェイバーに異を唱える理由などありはしなかった。

 

「それにだな、坊主」

 

「ん?」

 

「相手も遂に覚悟を決めたようであるぞ。我らも動かねばならなくなる 」

 

「え──」

 

 ニヤッと口角を挙げたライダーの視線の先を見ると、波の流れが変わっていた。

 今までは比較的横へ横へと流れていた人の流れが真ん中に集中し始めている。

 その変化の意味が分からずウェイバーは困惑の表情を見せる。

 

「ライダー? これはいったい──」

 

「おう、あれはな──」

 

 そんなウェイバーに対してライダーは確信を持ったような自信たっぷりの口振りで答えた。

 

「やつめ、いよいよ焦れてきたようだ。リスクを取り始めた以上、どう終わるにせよ結末は早いだろうよ。無論、余は負ける気はないがな」

 

 潮目が切り替わる。その瞬間を

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 ──これ以上時間かけたところでこっちが不利になるだけ、しゃあねえがど真ん中ぶち抜く!!

 

 王の守りを固めるは戦の基本である。

 即ち、敵が崩れる前に勇んで斬り込むのは愚策であることの証明。

 ランサーの戦法は基本的には定石に忠実、ただその忠実な戦法でカバーできる範囲が常軌を逸して広いがゆえに破天荒に見えるのだ。

 その彼が、敢えて奇策を選択したのには体力との兼ね合いが大きい。

 地位に胡座を掻くような凡俗な王とは違い、ライダーは単騎であったとしても一流の英霊、その火力で言えばトップクラス。このままでは仮にこの大軍を突破できたところで既にじり貧、満を持して狩られるのを待つだけという状況に老い込まれかねない。

 それだけ追い込まれたが故の苦渋の判断。

 

 

「っらあ!」

 

 今まで受け流してきた波のど真ん中へ進路を変える。

 その姿は、これまでをサーファーとするならば、さながら砕氷船のように。

 氷ではなく肉片を砕きながら、同時に血の噴水を一線に巻き上げ進む。

 歩みそのものは遅くなろうとも、一歩一歩着実にその距離を詰めていく。

 

「Ahhhh!!!!」

 

 狂気と神々しさの狭間にある極致の進撃。

 人を越えるその様は果たして神か、それとも悪魔か。

 それでも、誇り高き王と並び立つ勇士達は怖れずに立ち向かう。

 その通り道を阻めば消し去られるのみと理解はしている。

 

 だが───それがいったいどうしたと言う?

 

「「「「Ahlaaai!!!」」」」

 

 散るのならば、最後に一つ爪を立てて散れば良い

 力尽きるのならば、その倒れ際に敵の足を掴めば良い

 動けなくなるのならば、味方の盾となり敵の不意をつく目眩ましとなれば良い

 戦友が次を埋めるべく駆けてきているのならば、命を賭してその1秒を削り出す為に全てを出し切れば良い

 

 遥か高すぎる頂に挑むことこそ誉れ。

 叩き落とされる公算しかなかったとしても、それは歩みを止める理由になどなりはしない。

 

 一人一人が文字通り全てを出し尽くし沈んでいく。

 その誇り高き犠牲は、如何にランサーといえども無傷で凌ぎきれるものではなかった。

 一つのダメージは微量、拳が肩に触れた、剣の切っ先が薄皮を1枚のみ貫いた。

 圧倒的物量差を以てしてなおその程度が限界。

 

 しかし、その僅かな積み重ねも幾千、幾万と注ぎ込まれば確かな牙となる。

 

 

 

「ぐっ──!!」

 

 怒涛のせめぎあいが続くこと数分。

 これまで数千もの兵を切り捨てながらも前しか見ていなかったランサーが初めて下を向いた。その表情が苦悶に歪む。

 

 一つ大きく息を吸い、吐き出すと同時に力を込める。太股から一息に引き抜いたその短刀は血に染まっていた。 

 

 数千の命の結晶が、いよいよ高みに爪を立てる。

 

 

 

 

 

 

「くそが! やってくれる!」

 

 一人の兵が槍にその命を刈り取られ、大地に倒れ臥せるその最期、殆どなきに等しい意識の中で突きだした一撃が自らに大きな傷を与えたのだとランサーが気付くのにそう時間はかからなかった。

 その健闘に敬意を示すように、既にこと切れた遺体の背中に一瞬手を遣ると間を取るように一度大きく大地を蹴り跳ぶ。

 

 ──戦闘続行に支障は無し。しかしながら立ち回りの速度への影響は避けられそうもない。

 

 分析というよりは直感、だがなによりも信じられる経験則。

 瞬時に結論を弾き出したランサーは次の手を思案する。

 

 このまま真っ向勝負を続けるか?それとも別の策を練り直すか?

 

 

「ハッ!──んなもん決まってんだろうが!!」

 

 一度仕掛けた直球勝負、貫き通す以外にどんな選択肢があるというのか。

 方針転換なぞ有り得ないと嗤う。

 

 自由落下を開始した身体、落下地点には今や遅しと待ち受ける敵兵の山、尋常なら絶望しか覚えない危機的状況に、文字通りの歓喜をおぼえながらランサーは槍を構え──

 

「Ahlalalalaaai!!」

 

 轟く雷鳴と、眩い閃光、その感覚を全て奪われた。

 

 

 

「グフッ──!」

 

 激痛を以て現実に引き戻される。

 九の時に折れ曲がる身体は高速で宙を舞う──いや、蹴飛ばされているのか。 

 間近で聞こえる荒い息遣いが二つ。

 その正体に気付いたランサーは小刻みに身体の至る箇所を襲う痛みを堪えながらなんとか自由に動く右足を思いっきり振り上げた。

 

「おらよっと!」

 

「────!!」

 

 踵落とし、回転する速度も計算しながら振り下ろす。

 狙いは一点、生き物であればなんであれ鼻っ柱は急所である。

 鈍い衝撃音と確かな手応え──いや、足応えと同時に苦悶の声がランサーの耳をつんざいた。

 

 自由落下に身を任せながら体制を整え、片膝を着きながら着地に成功する。

 

 

 

「骨が何本かいってやがるか。流石にゼウスの仔は伊達じゃねえってか」

 

 着地と同時に追撃に備え迎撃体制をとったランサーだが、その額には油汗が滲む。

 数百Kgは下らない雄牛が数百kmのスピードを持って突進してきたのだ。普通の人間なら最初の一蹴りで四肢の何れかが吹き飛び、二撃目で絶命していたはず。

 それをこの程度で済ませられている事自体が異常と言えよう。

 

 地面に突き刺した槍で身体を支えながら空を睨む。

 その先には、輝く太陽を背にし悠然と構えるイスカンダルの姿がある。

 笑う膝と悲鳴をあげる肉。ランサーは今にも崩れ落ちそうな体に鞭を打ち、せめてもの牽制に槍を今にも突き刺さん角度でライダーに向けた。下手な攻撃を見せればどれだけ消耗していようが自らの宝具ならば屠れると。

 しかしそれはもって数十秒、今も此方へ駆けてくるあの軍勢に巻き込まれれば無事ではいられまい。

 加えてダメージはもう許容量をとっくに越えている。宝具を一撃放てばもう暫くの間は動くことは出来ないだろう。

 こちらの出来ることはほぼ詰んだ。最大の難敵と状況を目の前に、彼は自らの置かれている致命的状況を悟り──

 

 

 

 

 「ん──」

 

 ふと違和感に気が付いた。

 

 ──いや、待てよ。いくらあの戦車っつても今のは〝早すぎ〝ねえか

 

 先程の隙は確かに隙だ。それは認めざるを得ない。

 だがそれにしてもタイムラグと言うものがある。今のは〝至近距離〝で〝狙い澄まして〝いなければ到底突きようがない時間の筈。

 そして今までライダーの位置はどうだった?

 

 ──奴は最初に俺が作り出した混乱を収めるために出てきた時以外は指揮に専念するのと俺の投擲の範囲から逃れる為にずっと最後方に陣取ってやがったはずだ。

 なら、何で今あんな位置にまで上がってきてやがる?

 

 こちらが相応の傷を負うタイミングを見抜かれたのか? ランサーは自問する。

 その答えは直ぐに出る。有り得ない。先の攻防は仮に至近距離にいたところで読めるような代物ではない。

 もしライダーがそんなことが出来る戦士ならば、自分は既に死んでいるはずだ。

 

「ならどうして」

 

 通常の戦闘ならあり得ない判断だと揺れる脳を回して訝しむ。

 あれ程の将ならば、王の命と兵の命の重みの違いも十全に承知し、その上で非情な結論を内にどれだけの葛藤があろうが、外から見ればあっさりと決めたかのように瞬時に実行するなど訳のない話である筈。

 

 王の敗北は即ち兵の敗北、例え兵が千残っていようが、万残っていようが、それは変わらない。

 だからこそいくら自らに付き従った兵が蹂躙されようとも控えていた訳だ。

 己が生き残らねば意味がない為に。

 だと言うのに敢えて出てきていたということは

 

「それだけの理由があるってことになる、そしてそれは」

 

 兵の命が王の命が同等になる、そのタイミングがあるとすれば一つ。

 

「最後の大博打、乗るか反るか勝負といこうじゃねえか……!」

 

 言葉とは裏腹に確信がある。

 ニヤリ、と笑みを浮かべるとランサーは姿勢を変え〝正面〝へ投擲姿勢を取った。

 

「ゲイ──」

 

 

 

 

─────

 

「時間切れ、だな」

 

「ええ?」

 

 ランサーが直線的な進撃に舵を取ってから数分、沈黙を守っていたライダーが苦々しく呟いた言葉をウェイバーは聞き逃さなかった。

 基本的にライダーは冷静でこそあるものの、ポジティブ、前向きという言葉をそのまま人の形にしたような存在である。

 弱音どころか、停滞的なイメージが少しでも残るような言葉自体滅多に口にしないのだ。

 その男がどこか諦めたような口調で嘯く、驚かないわけがない。

 

「いやあ、あのランサーには脱帽するしかなかろうて。まさか余の精鋭がこのまま行けばただの一人に半壊させられる所まで追い詰められるとは思わなんだ

 余の覇道にもしもケルトが立ち塞がっていたならば、大いなる障壁になったであろうて」

 

 そんなウェイバーの驚きなど露知らずと言わんばかりに、次の瞬間には大口を開けてがっはっはと笑い始めていたのだが。

 

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう!? 半壊ってことはようするに──」

 

「ああ、この固有結界を維持することが出来なくなる。そうなれば余の勝ち筋は薄くなるな」

 

 ウェイバーの言葉を引き取ってライダーはあっさりと現状を認める。

 ランサーを極力傷付かないヒットアンドアウェイ戦法から特効戦術に誘い込む所までは思惑通り、その狙い通り徐々にではあるがダメージを与えられるようになり、目に見えて彼の動きも鈍りはじめている。

 だがランサーの戦士としての実力はその脅威を最大限に見越していたはずの自分の予測をさらに上回ったのだと。

 

「じゃあ」

 

「焦るな坊主。これはあくまで余の理想とした展開に対して遅れをとっていると言うだけの話。本来ならもう少し確実にしておきたかったが……出るぞ、このまま傍観していては手遅れになる」

 

「おわあ!!」

 

 ライダーが手綱をぐっと絞ると、二頭の神の雄牛が大地を大きく蹴りあげる。

 そのまま上空へ舞い上がると、戦火を見下ろせる位置でその歩みを止めた。

 

「……ライダー?」

 

「機を見極めねばならん。余の進撃は味方を巻き込むことは避けられんからな。加えてランサーの敏捷性は随一、生半可な攻撃では奴に避けられた上に此方の兵をいたずらに無くすだけという最悪の展開になる。そうなれば──余の敗けだ」

 

 雰囲気が違う。

 ウェイバーはごくりと息を飲んだ。今までライダーはどんなときでもウェイバーが話しかけられるようなゆとりをどこかに持っていた。

 今はそれが全くない。張り詰めている、そして同時に追い詰められている。

 真剣勝負のライダーに気圧される。

 

 まるで永遠のように感じられた息苦しい間。

 

 

 

 

 

 

「──」

 

 

 

 

 

 

 どれだけ経った? どれだけ続く?

 ウェイバーがその緊張に時間を忘れ──

 

「きたか──!!遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・ エクスプグナティオ)!!」

 

 雷鳴にその時間をまるで早送りされたかのような錯覚を覚えた。

 

「──!?!?」

 

 圧倒的な加速力で空を駆ける。

 その刹那、ウェイバーは確かに見た。何があったのかは知る由も無いが、その神牛の直線上にランサーが無防備に浮かび上がり、その突進が直撃する様を──!

 

「Ahlalalalaaai──!! これで詰みだ!! ランサーよ!!」

 

 ライダーの雄叫びが響き渡る。

 一歩歩みを進める度にランサーの骨がボキリと折れ、肉が引き裂かれる生々しい音も。

 

 勝てる──あまりにも対称的なその対比にウェイバーは勝利を確信した。

 

「いけえ──ライダー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決めきれなかったか」

 

 心底悔しそうにライダーがギリッと奥歯を噛む。

 その瞳は眼下をきつく見据えていた。紛れもない乾坤一擲の好機。

 本来ならばこの時点でランサーは地に伏せ、その身体の消失が始まっていなければならなかった。

 だが目の前にある現実は違う。

 もはや満身創痍を通り越した死に体であるが、ランサーは確かにその脚で立ち、己から目を離していない。

 

 その結果はライダーからしてみれば、明らかな失敗だった。

 

 

 

 

 ──追撃は……無理か。奴の槍は因果逆転の呪い、例え余の方が速かろうがそんなものに意味はない。狙いを定められた瞬間に勝負が付く

 

 

 となればどうする、迎撃体勢を取られた以上こちらからは迂闊に動けない。

 相手がどう捉えているかは分からないが、今は何をしても不利になるという歯がゆすぎる状態。

 

 

 

「坊主」

 

「なんだよライダー……」

 

「良いか、ここから微動だもするでないぞ。余の兵達がたどり着き、残り数名が力尽きる前に奴を倒す。それを信じるしかあるまい」

 

 ウェイバーも状況は分かっているのだろう。

 いつもなら動転しかねないのだが、沈黙という最大の肯定でライダーに返答を返した。

 

 

 

 

 

「──」

 

「──」

 

「──」 

 

 

 陣営間に続く奇妙な沈黙。

 互いが互いに対して打つ手がないのだ。

 しかし千日手とはまた違う。本来の千日手であれば何の意味も為さないある一つの普遍的要素が大きな意味を持っている。

 

 それが、時間だ。

 

 千日経っても動かない程の膠着状態だと言われるのが千日手、だが今回は全く違う。

 この膠着は堅さこそ絶対であるが、数十秒しか持たない。

 その時が来れば、強制的に天秤は取戻しのつかないところまで崩れる。

 その要素は、ライダーに味方するだろう。

 

 なら勝者はライダーか? いや、そうとは言い切れない。

 この二人の間にはもう一つの歪な関係性がある。 

 それが、見た目と実際の余裕、パワーバランスである。一騎討ちであれば、基本的には余程見る目がないなんてことがない限り、有利、不利は明らかに目に見える。それが一流の戦士同士の戦いならば尚更だ。

 

 それに照らし合わせてみれば余裕があるのはライダー、無いのがランサーになる。当たり前だ。

 無傷のライダーに対して、限界スレスレのランサー。

 だが実際は逆。

 見た目や身体的なダメージではなく、場を動かせる主導権を握っているのは、待つ以外に手立てがないライダーに対して、確かにランサーなのだ。

  

 見えない爆弾、気付かぬ導火線と時間との戦い。

 

 その結末は──

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ──!」

 

 カッと目を見開いたのはライダーだった。

 今まで満身創痍と言う眼をしていたランサーが、確かに此方を見て笑ったのだ。

 

 辞めろ

 

 その想いは届かない。

 槍が徐々に下に下りていく。そしてその矛先が正面を向き

 

「ゲイ──」

 

 投擲姿勢に入った。

 

 

 

 

「──すまぬ……! 坊主!!」

 

「うわあ!!」

 

 こうなってしまった以上もう選択肢は無い。ライダーは覚悟を決めて鞭を打った。

 ランサーがこちらのアキレス腱に気が付いた。あれはやかくそのフェイント等ではない。放っておけば此方の固有結界は消滅する。

 そうなれば正真正銘の一騎打ち。あのランサーに対しての勝ち筋はない。

 

 単発で巡る思考は的確に自らの負け筋を証明していく。

 ここから逆転があるとしたら奇跡だけ、その奇跡はこうだ。

 ランサーがこちらの攻撃に気付かず宝具の発動までに倒しきる。

 

 現実を見ればそんなことが出来ないのは分かりきっていた。

 先の攻撃でランサーはこの間合いを把握している。みすみすそんな大ポカをするわけもない。

 

 モーションを早め早々に投擲し、離脱しこの場の消失を待つか、それともここから翻り直接とどめを刺しにくるか。

 2つ、どちらを選んだところで勝利は覆らない。

 

 

 

 

 

「来ると思ったぜ……お前は敬意を以て俺の槍で直接殺してやる!! ゲイ(突き穿つ)

 

 確信を以てランサーが振りかぶり、ライダーは自らの敗北を悟る。

 ここからではどうやっても届かない。

 

 せめて坊主だけでも。

 最後の足掻きとして隣に立つウェイバーを地面に放り投げようとその腕を掴み──

 

「おい──?」

 

 紅い輝きに気が付く。

 

「避けろ……ライダー!!」

 

 その後の数秒を、ライダーは知覚出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、その展開はちと読めなかったぜ……おう征服王、なかなかじゃねえか、お前の相棒。最後の最後に全部持ってきやがって」

 

「いやはや。いやあ、余もこうなるとは思いもしなかったわい。まさか坊主に勝負を捨てないと言うことを教えられるとはな──まあもうちょいシャキッとしてくれれば言うこと無いんだが──」

 

 

 まるで旧知の友のような和やかな会話。

 その一人は右の胸に大穴を空け、もう一人は腹部の半分以上が吹き飛び互いに大の字に倒れている、と言う惨状に目を瞑ればの話ではあるが。

 

 ライダー、ランサーともに動く力は残っていない。

 ただ、ランサーが勝つ筈だった闘いは、ライダーの隣で伸びているウェイバーの咄嗟の機転で明かにかわっていた。

 

 ギリギリのタイミングでの令呪の使用。

 それだけではランサーの宝具を避けるという奇跡は叶わなかっただろう。

 しかしここに更なる偶然が重なった。

 それが、ライダーとランサーのサーヴァントとしてのパラメータ値の違い。

 それも普段なら触れられることすらない〝幸運値〝だ。

 

 ライダーの幸運値は最高ランクのAランクを更に上回る規格外のA+、対するランサーは最低値のEランク、そこに令呪の持つ力が絡めば運命、因果をねじ曲げることさえ有り得る。

 理屈ではない。奇跡とはそういう説明がつくものではないのだ。

 

 かくして、運命の力を以てその心臓を貫くはずだったランサーの槍は逆の胸に突き刺さり、即死を免れたライダーの宝具の進撃は止まることなく今度こそランサーを捉え今に至る。

 その結末が今だ。

 

 

 

「ま、そこまで悪い結末って訳でもなかったぜ……この闘いは中々……いや、相当に良かった。その名を轟かす征服王の軍勢、次がありゃそんときはハンデ無しで戦りてえもんだ」

 

「ああ──そうだな」

 

「へ、じゃあな──」

 

 すうっとランサーが光の粒子となって消えていく。

 それを見届けてからライダーはふうっと大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

「余の魔力も限界、坊主を連れて休息を取らねば──」

 

 正に死力を出し尽くしての薄氷の勝利。

 既に固有結界の崩壊は始まっており、兵も全て座に帰った。ここに残っているのはウェイバーとライダーの二人だけ。

 灼熱の太陽の狭間から夜空が覗くそのアンバランスにしばらく目をやりながら脱力する。

 もう一歩も動く力は残っていない。

 だがそれで大丈夫なのだ。固有結界は展開中は絶対的に不可侵の世界。

 如何に綻びが出来ようと、常人より遥かに探知に長け、尚且つ同じ固有結界を持つ、なんて相手がいないかぎりは入りようがない。

 

 だから──

 

「これは……一体……」

 

「まさかあのランサーを殺るとはな。征服王と言う名は伊達では無いらしい。残るサーヴァントも多くはない。君に免じてマスターの命迄は取らないで置いてやる──さらばだ」

 

 ──その青空も、夜空も、哀しい夕暮れに変えてしまう招かれざる来訪者なんているわけがないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。

なんかバッドエンドみたいになった……

どうもです。
今回はずっと書いてはいたのですが中々納得いく展開が書けず何度もボツを繰り返してました。

兄貴も征服王も大好きなキャラなのでこの作品でもう書けないと思うと寂しいですが、書きたいことは書ききったかなと
残るサーヴァントも、あと三人

それではまた!!
投票、感想、お気に入り、じゃんじゃんお待ちしております!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 そして、少女は夢を語る

 

 

 人は誰しも子供の頃に想像したことがあるのではないだろうが? いや、もしかすると大っぴらにしていないだけで、大人になってからも同じような想像に時折心を踊らせているのかもしれない。

 

 それは〝科学と空想上の伝説の動物、勝つのは果たしてどちらなのか?〝と言うことである。

 

 誰しもがその空想の答えを証明すること、見ることができないということを理解している。

 だからこそ、そこに想いを馳せるのだ。

 

 ならばここは夢の証明なのかもしれない。

 ただ空想ほどきらびやかではなく、どこまでも酷しく、苛烈であるが。

 

 想像の世界、その答えをいまここに──

 

 

 

 

────

 

「てやあぁぁあ!!」

 

 巨龍の咆哮、雷光が走るその中心をセイバーが縦横無尽に駆け巡る。

 その身体は特大の魔力に覆われ、彼女が駆け抜けた地面を片っ端から抉り取っていた。

 その姿はさしずめ機動性を手に入れた重戦車といったところか。

 

 ──この相手に小細工は愚策! 全魔力を攻防力に突っ込む!!

 

 そんなセイバーの周りには黄金の疾風が渦を巻いていた。

 今までの闘いではなかった現象、その正体は一体なんなのか?

 その答えは彼女の手元に輝く聖剣が雄弁に語っていた。

 そう、これまで宝具の開放時以外秘匿されていた聖剣の刀身が今は露になっている。

 

 理屈は単純、今彼女の身体を覆う視認出来る程の魔力は魔力放出によって吹き出した極大のそれだけではなく、本来聖剣を秘匿するために使用している宝具、風王結界も全て彼女の周囲へ回しているからだ。

 

 もとよりセイバーは燃費や負担を考えなければ、彼女に埋め込まれた竜の因子も相まって、英霊の中でも桁外れた魔力量を持つ。

 そこから更に宝具迄合わせるとなれば、そのパワー、スピードは瞬発的にAランクを飛び越え、かの大英雄ヘラクレスにさえ劣ることはないだろう。

 アルトリア・ペンドラゴンが自らの身体で闘う上で、単純なスペックのみでの話なら最強と言える。それがこの状態のだ。

 

「ふははは! 素晴らしい! 素晴らしいエネルギー量だ!! これだけのエネルギー、私が生きた時代のアメリカの電力を何年賄えたことか!!

 だが、良いのか? 如何に剣の英霊と言えその出力は度が過ぎる。私は気にする必要もないが、貴様のマスターも只ではすまないのではないか?」

 

「はっ! 戯れ言を! 我がマスターはこれしきでくたばるほど柔ではない! 貴様こそ、無理に私に着いてくればこの世から消え去るのが早くなるだけだ……!!」

 

「我がマスターは既に死した! どれだけ長くともあと数分のこの身、好きにやらせてもらうだけのこと!!」

 

 当然のことながらリスクもある。

 

 まず一つ。風王結界がセイバーの身体を覆っていると言うことは、本来その風によって隠匿されるべきエクスカリバーにはその効力が適応されなくなると言うこと。

 人類最高の名剣は、一目見るだけでその真名を口よりも雄弁に語るだろう。

 聖杯戦争において、それは致命的。

 

 そしてもう一つ。バーサーカーの語る通り、如何にセイバーと言えどもこれ程の爆発力はそう長くは保たない。

 彼女本人も、そしてマスターである切嗣も。

 もしここで他に奇襲を仕掛けられたりすれば一気に窮地に追い込まれることは間違いない。

 通常の聖杯戦争ならば避けては通れないこの二つのリスク。しかしながら、その両方とも今は心配いらないと更にセイバーはスピードを上げる。

 

 

 聖杯戦争は終盤。

 衆目の面前でセイバーは宝具を開放しており、彼女がアーサー王であることは既にどの陣営にもバレており今更隠匿も何もない。

 もう一つの弱点である大きな消耗も、彼女のマスターである切嗣はバーサーカーのマスターであるケイネスに勝利しており、残りもランサーのマスターはアイリスフィールと雁夜が相手どり、ライダーのマスターはライダーと行動を共にしていると直前にアーチャーから連絡が入っている。

 全てのマスターの行動が割れている為奇襲の線は薄く、セイバー自身が切嗣から魔力を奪いすぎて殺しでもしない限り安全はほぼ確保されていると言って良い。

 

 故に取れる、聖杯戦争最終盤限定の戦法とも言えるのだ。

 

 

 

 

 ──しかしやりづらい。バーサーカーの暴力的なパワーにまともな理性が入るとここまで変わるとは……!

 

 大概の相手なら秒殺出来るだけの攻撃力、機動力を兼ね備えた今のセイバーだが、中々勝負を決めきるには至らずにいた。

 

 バーサーカーの変貌である。

 もしもバーサーカーが今までのままであれば、とうの昔に蹴りをつけられていたと歯噛みする。

 

 言葉通り自爆覚悟の闘いなのであろうが、それにしても変わりようが大きすぎる。

 

 これまで接近戦オンリーのパワーごり押しの戦法から一転した遠距離戦。

 更にその一撃一撃の威力が以前より遥かに向上し、手数まで増えているとなれば、もはや別の敵である。

 その変貌を、セイバーはこれこそがこの名も知れぬ英雄の真の姿であり、そこにバーサーカー特有のステータスアップが付与された良いとこ取りの状態にあると推測した。

 だとすれば薄々感じていたこれまでのどこかチグハグとした違和感、そして明らかに本来と違う使用法によって軋みを挙げていた全ての動力源である右上腕部に装着されたコイルが滑らかに駆動していることにも納得がいく。

 

 

「ふん──!!」

 

 バーサーカーの右腕から数本の雷光が走る。

 全てを交わすのは不可能と思える広範囲の攻撃にセイバーは真っ正面から突っ込んだ。

 

「甘い!!」

 

 セイバーの目の前まで飛んできていた光が霧散した。

 今の彼女は言うなれば攻防に常時型宝具を展開しているようなもの。 

 そこに彼女の底無しの魔力のコーティングが重なり、生半可な攻撃では彼女を傷つけるどころか牽制にすらなり得ないのだ。

 

「ふむ、これでも弾くか……では、これならどうかな!」

 

 コンマ数秒でその体に手が届く。

 だがバーサーカーは余裕を崩さないまま、これまでのような片腕だけでなく、両腕で構えて腰を落とす。

 

「はあぁぁあ!!」

 

「──ぐっ……!」

 

 反動にバーサーカーの上体が仰け反る。

 射出された一撃は、線では無く柱。

 兵器で例えるならさながらレールガンか。

 威力が明らかに違う光の帯を、セイバーはコンクリートの地面を抉りとりながら急ブレーキを掛け、行き場をなくしたその勢いをそのまま推進力に変換し、垂直に跳ぶことで回避する。

 

 

「この距離でも交わすか。素晴らしい!」

 

「ちぃ──」

 

 歓喜の声と同時に、間髪いれず更にもう1発宙へ浮かぶセイバーに向けて雷光を放つ。

 無防備な状態での一撃。セイバーは即座に体勢を整え、地面と逆さ向きになりながら今度は〝天井〝を両足で蹴りだした。

 

 

「ほお……!」

 

 感嘆の声があがる。

 次の瞬間、ほぼ0距離にいた筈の彼女はバーサーカーから充分な距離と言えるだけの間合いに滑りながら着地していた。

 

「小癪な」

 

 着地の衝撃を和らげるために衝いていた右膝を払いながら立ち上がるとセイバーはバーサーカーを睨み付ける。

 この繰り返しだ。

 バーサーカーの通常攻撃ではセイバーの牙城は崩せない。かといってセイバーが決定的な打撃を与える一線はバーサーカーは越えさせない。

 攻めと守りが瞬時に切り替わっていく攻防戦。両者ともに決め手はなかった。

 

 

 

 

 

 ──さて、どうするか……こちらとしては無理する必要はありませんが

 

 そんな中で、多少の迷いを懐きながら闘っているのはセイバーであった。

 当然彼女は手など抜いていないし、死力を尽くして闘っていると断言できる。

 しかし、普段の闘いとは違う点があった。

 それは〝放っておけば確実にいずれ相手は自壊し、勝利を納めることができる〝と言うことである。

 則ち、あまり好みではないにしても戦わずして勝つという選択肢が確かなものとして存在しているということ。

 

 ──このまま続けるのも良いが、早々に蹴りを付けるのは難しい。消耗を考えれば、ここは恥を承知の上で背を向けることも

 

 果たして出来るだろうか、という問いかけに自答する。

 答えは五分五分、やる価値はあるが保証もない。それがこれまでの攻防でセイバーが導きだした結論だった。

 

 いま此方に通るだけの威力を出すにはさしものバーサーカーにも溜めがいる。それを考慮すれば、決定的とまでは行かなくともバランスを崩させ、視界から完全に外れることができれば、離脱は決して不可能ではない。

 だがリスクが大きい、万が一気取られでもすれば嵌められることになる。ここまででバーサーカーも凡そ必要な出力の当たりがついているであろう事は、決して無視できる事柄ではない。

 離脱に全力を注いでいる間に背後から大砲の直撃を受けるようなことがあれば、即刻敗北だ。

 

 

 

 正面のバーサーカーから注意を外すことなく舌打ちする。

 どうやら相手も、こちらが何かしらの葛藤を抱いているのには気が付いているらしいという感覚。

 そして何より腹立たしいのは、その状況も含めて楽しんでいるのだろうと言う確信だ。

 

 ──理想としては早々に勝負を決めることだったが、想像以上に力は拮抗している。そう簡単にはいかないだろう

 

 無理は出来ない。そういつまでも止まっているわけにもいかずセイバーは駆け出した。

その軌道はバーサーカーに向かうものではなく、あくまで牽制としてその周りを旋回するもの。

充分な距離を開けていれば、こちらから攻められない代わりにバーサーカーの攻撃も余裕を持って対処できるという目算のもとである。

 そのまま頭の回転も止めることなくセイバーは駆ける。

 

 ──やはり背を向けるには危険な相手すぎるか……

 

当たり前のことであるが、いくら人工物とはいえ、やはり人のスピードでは避けるならばともかく、雷光より速く駆けるのは無理だ。

自明の事実をセイバーは改めて悟る。

それは、逃走という手段を放棄することへの後押しには充分な事実だった。

 

 ならば次だ。

 この先の見えない消耗戦の根比べに挑み続けるか? まだ終わりではないというのに?

 これが勝ち負けの見えない勝負ならば、まだ思いきりの良い決断ができたかもしれない。

 しかしながら皮肉なことに、失策を犯さなければ確実に勝てるという事実が、セイバーから通常時の決断力を奪っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「つまらん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女でも、この戦場に似つかわしくないあからさまな侮蔑の籠った呟きはしっかりと耳に入った。

 

 いつの間にか、辺りを一面クモの巣のように埋め尽くしていた雷光も全て消えている。

 その言葉の意図を読めず、警戒は解かないまでも走るのを止めてセイバーは困惑しつつバーサーカーを見る。その視線の先に見えた彼の瞳に映るのは、純粋な怒りだった。

 

 

 

「何を──」

 

「つまらんと言ったのだ! なんと嘆かわしい! これが私の叡知を以て越えるべき神話か!? 人類の開拓か!? いや、違う! 今の貴様などこの街に灯る電灯の一本にすら劣る!」

 

 

 その猛りの先はセイバーか、それとも天なのか。

 どちらも正解なのだろう。大きく両手を拡げ仰け反りながら始まった演説は1つの飾りもない本音だった。

 本来ならば聞くに値しない戯れ言。だがその戯れ言がセイバーの脚を止める。

 

 

 

「セイバー、伝説の王、アーサー・ペンドラゴンよ! 貴様の打ち立てた数々の偉業は人々の憧れとなるに相応しかった! 故に私は心待ちにしていた! 仮に人の歴史に残らぬ仮初めだとしても、1つの神話を陥し、乗り越えるその時を! 人の可能性が拓かれる事を!」

 

「だと言うのに、この様はなんだ──負けることを怖れた姑息な戦術、真の輝きの出し惜しみ、まるで地を這う凡人のごとき脆さ! こんなものは、私の望んでいた闘いではない!!」

 

 

 ──一言で言うならば、それはただの自己中心である。

 

 セイバーはその演説を内心に煮えたぎり始めた怒りと共に聞き終えた。

 全くもって馬鹿げている。そんな想いのために動く道理など無いし、聖杯を得るためならばどんな道程でも歩むと進むと決めた決意に対する冒涜であると。

 

 

 

「ふざけるのも大概にするがいい……」

 

 セイバーを取り巻く風が変わる。これまでが草原を駆ける爽やかな疾風だとするなら、今は燃えたぎるマグマから立ち上がる熱風だ。

 周りを焼きつくさん勢いで噴き出すその風の中、彼女は聖剣を大上段に構える。

 

「貴様が何を想い、何のために闘うかなど私の知ったことではない……だが、そんなものに付き合わせられる程私の願いは安くはない!!」

 

「ほう、狂犬に完膚なきまで論破された願いに何れだけの価値があると!? 趣味の悪い主のお陰で全て聞いていたぞ。全てのやり直し、自らの力不足を他の者全てに押し付け破棄する愚行、そんな戯言になんの意味がある!」

 

「確かに"かつての"私の願いはずれていたのかもしれない。だが今の私は──違う!!」

 

 灼熱に絡み合う黄金。竜巻の如く吹き上がる。

 太古の竜、その幻影がセイバーの後ろで咆哮を挙げた。

 

 

「私の愛した、護りたかったブリテンは、民の笑顔は戻らない……それは認めざるを得ない事実なのだろう。

 だが私はもう迷わない、その失敗を、私に付き従った者と共に夢見た景色から目を逸らすことなく前に進む!」

 

 極大の黄金の柱が立ち上がる。

 これまでのそれより遥かに大きく、真っ直ぐに。

 彼女の心を表すかのように振り上げられたその刃は高らか勝利を謳う。

 

 

「ならば問おう! 幻想に生き、押し潰された小娘よ! 貴様はその分不相応な願いを何処へ置く!」

 

「この世界にもう一度ブリテンを──かつてのそれではなく、この時代に添った新しい国を、誰もが笑い、幸せに過ごせる、私は今度こそ──」

 

 もう迷わない。

 一つ大きく息を吸い込むと、万感の願いを込めてセイバーは聖剣を振り下ろす……!!

 

 

「皆が望み、私が望んだその夢を形にする!! ──約束された勝利の剣(エクスカリバー)

 

「それが答えか!! 人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)

 

 

 

 

 

 

 眩い輝きがぶつかり合う。

 だがその拮抗は長くは続かなかった。

 セイバーが嘗ての清廉潔白、神話に生きるだけの人物、英雄ならばバーサーカーに勝ち目はあったかもしれない。

 しかし、今彼の目の前に立っているのは、紛れもない一人の人間だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




セイバーさん、開き直る

なんだか纏まりつかないですが一月考えてもこれ以上が思い付かなかった……テスラファンの皆さんすまない

そして次回はいよいよ約半年振りに主人公登場
予定ではあと5話前後で完結予定、ラストへ向けて頑張ります

応援の感想評価お気に入り登録じゃんじゃんお待ちしております!
それではまた!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 決着はあまりにも儚く

 

 

 

 第四次聖杯戦争の勃発は1994年の出来事である。

 この年からおよそ2年が経過した頃、その後20年以上に渡り日本国内は元より、世界を巻き込む大ヒットとなるとあるゲームソフトが販売されることになる。

 そのゲームは、愛らしい100を超えるキャラクターと単純明快な戦闘を以て瞬く間に世に広がっていった。

 その細かい内容は触れる必要もないので割愛するが、その中に1つ、此度の聖杯戦争にも共通するシンプルな法則がある。それは──

 

 

 ──炎タイプの技は虫タイプに対して"こうかはばつぐん"だと言うことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

 

「くっそが!」

 

 焼け落ち、溶け消える。

 幾度と繰り返されたそれと同じ結末に間桐雁夜は苛立ちを隠さなかった。

 開戦からしばらくの時が経ったが、その芻勢は容易に充てとれる。

 

「流石は一流の魔術師、私達のような半端者では早々どうにかできる相手じゃないわね」

 

 気温の上昇に普段身に付けている帽子とコートを既に脱ぎ捨て額の汗をぬぐうアイリスフィールも、その言葉通り余裕は全く無い。

 

「ふむ、この1年、半端者以下の小物にしてはそれなりの覚悟を持って過ごしていたようだな。それがせめてあと20年前から出来ていたなら、もう少しばかり君を違った目でみれていたかもしれない」

 

「……ぬかせ!」

 

 憎悪と共に振りかぶる。

 その動きに呼応するように数十の蟲が柱状に固まると、時臣の心臓を抉りださんとギチギチと異音を奏でながら音速に近い速度で突き進む。

 さながら通り過ぎた後全てを灰塵とかす竜巻のように。

 だが──

 

「──ふん」

 

 届かない。まるでその圧倒的実力差を誇示するかのように、時臣は顔色一つ変えることもなくその竜巻を燃やし、溶かしつくす。

 

 

 

「分かってはいたことだけれども、通常の魔術戦ではどうあがいても勝ち目はないわね」

 

 その様子を見ながら、雁夜の隣に立つアイリスフィールは熱くなった体を冷やすように大きく息を吐き、唇を舐めた。

 こちらは全力も全力、ほぼ100%の力を出している。そもそも遠坂時臣という人間に並々ならぬ感情を抱いている雁夜は言ったところで抑えることなどできはしないだろう。

 

 そしてその結果が現状である。例えるなら完封負けという言葉がしっくりくるといったところか。

 始まる前からとうに分かっていた戦力差に今さら衝撃を受けることなどありはしない。

 衛宮切嗣が隣にいない以上、こちらの勝機は端から"只一つ"のみということは分かりきっている。

 しかし、いくら心構えができていようが、重くのし掛かってくる現実の重みが0になるわけではないのだ。

 

 相手が力半分なのも良く分かっているが、その上で一歩間違えればこの危うい拮抗は即悪い方向へ崩れるだろう。

 

 

 

 

「そういうことだ。しかし貴女は随分と冷静なようだが……そこまで分かっていて何故この場へ出て来た? 如何に間桐と同盟を結んでいるとはいえ、この下衆の自殺行為に付き合うような義理は無いはず」

 

 そして、アイリスフィールと同じ感想を抱いていた人間が、内心首を捻りながら怪訝そうに彼女に問い掛ける。

 戦況を同じように捉えていたのは敵として対峙する時臣だ。

 

「私と本気で相対しようというのなら、悪名高き魔術師殺し、衛宮切嗣の協力は必須……いや、あの男がこの場に出てくるのが道理の筈。最初は貴女を囮にした奇襲狙いかと思っていたがそんな事もない。辺りを探ったが、この場に魔術師は確実にこの3人しかいない」

 

「私よりロード・エルメロイを優先した故にここにいない。と言うのは理由として充分なり立つ。だが、それでもだ。とるべき手段は私に敵う訳のない2人を無駄死にさせることではなく、私とロードの挟み撃ちにならぬよう戦力を集中させることの筈だ。理解に苦しむと言わざるを得ない」

 

「良く喋るのね。遠坂の魔術師はかつて宝石翁と交流をもった永人の頃より寡黙で勤勉なものと聞いていたのだけれども」

 

「なに、ほんの戯れ程度の話でしかない。戦局はとうに見えている。故に内心の蟠りを解いておきたいだけのこと」

 

 アイリスフィールの挑発を一笑に付し、時臣は軽く首を振る。

 戦力差は歴然。数的不利と言う唯一敵方に味方する事実も然したる問題ではないとこの鍔迫り合いの中で既に結論付けられるところまで来ている。

 だと言うのに、敵には一切焦った様子がない。

 それは衛宮切嗣への信頼──裏を返せばケイネスへの慢心──か、あるいは別の何かか

 とにかく、裏が何もない筈がない。しかし、それが何なのか読めない。

 そして、この問答でその答えを見出だすことは容易いことではない。

 

「まあ良いでしょう、何か策があると言うのなら、その策ごと正面から叩くのみ」

 

「──っ!」

 

 これ以上は逆に思考が鈍るのみ。

 結論を弾き出した時臣がステッキを一振りし、その光景を目の当たりにしたアイリスフィールが驚愕に顔をしかめる。

 地面を突き破り現れたのは炎の竜だった。それも一頭や二頭ではない。五頭、六頭……本来自然現象である火が、まるで自らの意思を持つかのように時臣の周りを舞う。

 

「宝石魔術と火属性魔術の合わせ技! これだけの質量をこんなにも容易く……!」

 

「ほう、この術の核をすぐに看破するとは素晴らしい。落伍者とは文字通り格が違う。その通り、この竜達に形を宿らせるのは我が宝石魔術、通常ではまず不可能な繊細な操作を、火力を維持したまま実現する」

 

 ──やばい

 

 事実を理解したアイリスフィールの首筋を、これまでとは全く違う種類の汗が一筋伝う。

 所謂元素系を直に扱う魔術は、その術者の才覚さえあれば威力がどこまでも膨大になるのが利点だ。それも当然のこと。何せそれは自然そのものなのだから。

 だがそれは逆も然り。弱点、と言うよりは融通が利かないと言うべきか、その威力が増せば増すほど、繊細なコントロールには不向きになっていく。

 それも当然の帰結だ。人間が自然をコントロールしようなどというのは思い上がり以外の何物でもない。

 

「だからこそ実戦において魔術師は大きく2つの種類に分かれていく。私のように無機、人工物のコントロールに長けたタイプ、そして自然の威力を発揮するタイプ、私と雁夜君が今なお生き長らえているのはその利点を十全に活かしているからだというのに……!」

 

 その穴を埋めるのにこのような手段を実現してくるとは、自分も、そして切嗣でさえもこの遠坂時臣という男を見くびっていたと理解する。

 竜の頭部に色とりどり輝くのは、遠坂家の得意とする宝石だろう。

 宝石を媒介に自らの魔力をより効率的に伝導させ、操作性を向上させているのだとしたら……その脅威はこれまでの直線的な攻撃とは比べ物にならない。

 

 

 

「ケイネス殿がそう簡単に敗れるとは思わないが、不測の事態も常に想定して動くべきか。正直なところを言うなら、これ程の魔術戦を繰り広げることが出来るとは思っていなかったのだが……敬意を表して、ここからは私も本気でいかせてもらう」

 

「くっ──!」

 

 時臣の回りの空気が変わる。

 これまではほんの小手調べだという彼の言葉が真実だと主張するかのように張りつめる殺気、溢れるオーラ。

 気圧されても全くおかしくない圧倒的なその威圧に対してアイリスフィールの反応も、勇敢なまでに迅速だったと言って良い。

 

 高速で四方を覆う灼熱に対し、即座にその攻撃範囲を捕捉、これまで鳥の形を為していた使い魔を解体、盾状に再構築。

 ほんの僅かの隙間でもあれぱ燃やし尽くされる進撃を、見事に受け止めて見せたのだから。

 

「うぁっ──」

 

「素晴らしい対応だ。では、これなら……!」

 

 しかし、満を持しての攻撃が一度受け止めた程度で止まる訳もない。

 一度離れた炎竜が今度は不規則に重なりあいその密度を増す。

 それも一頭一頭不均一に、だ。

 アイリスフィールは内心絶句する。こちらが先程の形状変化に用いた時間は一体コンマ何秒だ?

 均等に振るのですらかかる集中力は絶大、それを相手に合わせて過不足なく、どちらかが起こるようなことになればこの均衡は即崩れる。

 そうなれば、あの炎が即座に身を焦がし尽くすことになるだろう。

 

「──っ!!!」

 

  最悪の想像が頭の中に浮かび上がり、それを振り払うようにアイリスフィールは両腕を振るう。

 再び分解、そして展開、先程よりも更に、更に速く、本能の発する警告に身を任せ──

 

 

 

「ふむ……いかに精巧かつ高い技術力で生み出されたと言っても所詮は人形。我々生粋の魔術師と対等な魔術戦をしようというのは、どうやら高望みが過ぎたようだ」

 

「あ──」

 

 どこか見下したような声がゆっくりと、そしてはっきりとアイリスフィールの脳内に響く。

 それが自らが自らの死期を悟ったということに気付くのにそう時間はかからなかった。

 

 間に合わなかった。いや、根本的に力そのものが足りなかった。

 コントロール云々の問題ではなく、総量での圧倒的敗北。

 全てが真っ向から崩されてはどうしようもない。反動で後ろへ倒れていく身体はスローモーションに、きらきらと輝きながら燃える使い魔の残骸、その向こうに見える炎の渦。

 導き出される結論は一つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何勝った気になってやがる! 時臣ぃぃい!!」

 

 怒号が響いたのはその前か、それとも後だったか。

 時臣がぱっと飛び退き、その影から黒いカーテンがアイリスフィールへ近付き、呑み込む。

 ぎちぎちと軋むその音の正体に彼女が気づくまで、そう時間はかからなかった。

 

「雁夜君!?」

 

「すいません。アイリさん。こんな穢いものに乗せてしまって……でも丸焦げになるよりはましでしょう?」

 

 全くだとアイリスフィールは一人納得する。

 空飛ぶ絨毯のごとく密集し、彼女を支える蟲は、その細かい節目節目を見れば気持ち悪いことこの上無い。そしてその大半が焼け、溶け落ちて発する強烈な臭いは、猛烈な換気をするが如く加速を持って後方へと追いやらなければ、吐き気で済めば上等、失神しない自信がない。

 だがそれでも──隣で苦笑いをする雁夜の言う通り、自分自身が消し炭になるよりはよっぽどましである。

 

「遅いわよ雁夜君。貴方はもう戦力にならないかと思ってた」

 

「返す言葉もない……あれだけ自分に言い聞かせていた筈なのに、それでもあいつを前にすると──」

 

 悪い意味で昂る気持ちを抑えられなかったと雁夜は自嘲する。

 その様子を見てアイリスフィールは、これまで蓄積してきた魔力の大幅な消費で、逆に力みが抜けまともな感情が戻ったのだろうと理解した。

 その内に二人をのせた蟲の絨毯は地上へと帰還する。

 

 

「それに──」

 

「それに?」

 

「死力を尽くすアイリさんを見ていて、目が覚めたんです。俺は結局私怨で闘おうとした。それじゃああいつに勝てるわけないって分かってたはずなのに──立てますか?」

 

「大丈夫よ。そうね、確かに私を横に無駄な特攻を繰り返す雁夜君はちょっと困ったものだったわ」

 

 アイリスフィールは伸ばされた雁夜の右手を掴んで立ち上がると、スカートの汚れを払い、申し訳なさそうにする彼を薄い笑いを浮かべながらみやる。

 

「う……」

 

「この借りは大きいわよ? この窮地を脱して、もう一度切嗣に会わせてくれでもしないと返せないわ」

 

「分かりました。必ず」

 

「約束よ? それに……偶然とはいえ私達の狙い通りになったみたい」

 

 雁夜の反応に満足したのか、宜しい、とアイリスフィールは雁夜の額を一小突きすると、妖しげにペロッと切れた唇を舐め、視線を変える。

 その見据える先には、この世の終わりとでもいう風に愕然とした表情で、掌を端から見ても分かるほど震えながら見つめる時臣の姿があった。

 

 

「有り得ない──この私が、あの下衆じみた男によって血を流すなど……!」

 

 時臣の掌には血が付いていた。とは言っても大したものではない。

 先程の雁夜の一撃がほんの僅かに頬を霞め、薄皮一枚切った程度だ。

 これがダメージになるのなら、アイリスフィールと雁夜のダメージはとうに致死量の数倍は超えている。

 そう、問題は雁夜と同じ、精神的な所である。

 

「どうした時臣? 俺ではお前に触れることさえ敵わないんじゃなかったのか?」

 

「貴様……!!」

 

 雁夜が一歩前へ出て、せせら笑う。

 一矢を報いた、どうだと言わんばかりに。オーバーな身振りを交えながら。

 時臣は、その挙動から目を離すことが出来ずに拳を握りしめる。

 

 

「アイリさん、援護をお願いします。今のこいつなら俺一人で充分です」

 

「ええ、分かったわ」

 

 雁夜の身体を蟲が覆い、まるで黒い鎧を纏ったかのようにその姿を変える。

 そしてアイリスフィールの使い魔が更にその上から、剣を、盾を、物語に登場するかのような騎士へと変貌していく。

 

 

「一人で……充分……だと!?」

 

 屈辱の演劇を見せられているようだと時臣の目が血走る。

 この屈辱は有り得ない。本来完膚なきまでに力の差を見せ付ける筈の戦い……いや、処理に手こずるばかりか、血を流すはめになり、あまつさえ落伍した下郎が、まるでこの場の主役は自分だと言わんばかりに、自信たっぷりに挑んでくる。

 嫌悪、怒り、昂り、その全てが一点へ集中し、時臣の感情をこれまで振り切れた事の無い臨界点へと掻き立てる……!

 

 

 

「問桐……雁夜ぁぁあああ!!!」

 

 時臣が、吼えた。

 みなぎる炎はこれ迄とは比にならない。暴走した活火山のように、無差別に周りを燃やし尽くしていく。

 そんな時臣にも雁夜は臆すことはない。

 半ば小馬鹿にしたような笑みすら浮かべながら歩みを速め、加速していく。

 

「さあ、決着といこうか、時臣!!」

 

「抜かすな! 貴様など、私の足下にも及ばない!!」

 

 全速力で駆け出す雁夜、迎え撃つ時臣、その戦力差は圧倒的。

 

 

 

 ──やはり勝つのは私だ。

 

 雁夜を射程に捉え、勝利を確信した時臣はほくそ笑む。

 その視野にいる者は今やその内に身を守る鎧もほぼ焼け落ち、盾も形を留められなくなっている。

 その熱量に苦悶の表情に変わる雁夜。持つのはあと数秒、

そんな彼の口がまるで遺言を告げるように動き、時臣はその断末魔を聞き逃さんと注視する。

 そしてそれが──

 

 

 

 

 

 

 ──時臣が読み取った最期の言葉になった。

 

 

 

 

 

 "ようやく俺を本気で見てくれたな。時臣"

 

 

 

 乾いた銃声が響く。

 痛み、全身の魔術回路が暴走する圧迫感。その奔流に、声を発する間も無く呑み込まれていく時臣に、この声が聞こえたのかは分からない。

 

 

「俺ではどんなにあがいたところでお前には勝てない。そんなこと、ずっと前から分かっていたさ」

 

 

 

 

 

 

 




復活!!!

まだだ、まだエタらんよ! 物語は最終局面だ!!


という事でほんとにおまたせしてすいません。半年ぶりのfakerです。
自分なりにアイリさん雁夜ペアが勝ち方法模索してましたが、全然浮かばず四苦八苦して諦めかけたりした時期もありましたがなんとか漕ぎ着けました

駆け足になりましたが、物語の都合もあり細かい所は次回解説、感想でも色々どうぞー

と、言うわけで。どうにか完結させるためにもう一踏ん張りします。
こんな私に期待してくれる方がいらっしゃるようでしたらもうしばらくお付き合いください

それではまた!
感想、評価、お気に入り登録、どしどしお待ちしております!ほんと力になってます!
また数日中に溜まってる分も徐徐に返していきますね!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 間桐雁夜の独白と、アイリスフィールの最期

 

 

 

「俺ではどんなにあがいたところでお前には勝てない。そんなこと、ずっと前から分かっていたさ」

 

 これが物語のエンディングなら、亡骸に近付き、その顔を見つめ感傷に浸りながら、最期にライバルがどうのこうのだの殊勝に語り、勝ち口上を上げるのだろう。

 そんなことを思いながら、雁夜は血の海に沈む時臣を遠目に見る。

 

 そんな風に語るような良い因縁など自分と時臣の間にはありはしないし、そもそも本当に自分が勝ったのかすら、自ら手を下さず、最後は卑怯とも言える騙し討ちに一縷の望みを掛けた自分には分からないのだと。

 

 戦士(ヒーロー)ではなく役者(アクター)……いや、もっと言えば道化(ピエロ)に近い。

 それが、間桐雁夜と言う凡人が、遠坂時臣という秀才を打倒する唯一の手段だったのだ。

 

 

 

「大丈夫ですか、マダム」

 

「ええ、大丈夫よ舞弥さん……大丈夫。私はまだ私を保てる。なんとか意識のあるうちにもう一度切嗣に──」

 

 主役は彼女だった。

 いつの間にか──あくまで雁夜の体感での話である──到着し、アイリスフィールに肩を貸す久宇舞弥の存在に、自分が相当の時間、時臣を見つめていたらしいことに雁夜はようやく気が付いた。

 彼女の待機していたポイントからここまでは、その常識的な一線を飛び越えた身体能力を以てしても数分の猶予が必要。

 となると、その間ピクリともしなかった時臣は本当に倒れたのだろう。

 

 ほんの数日前までイメージしていた高揚も、達成感もありはしない。

 機械的にカチッ、カチッ、と論理的に噛み合っていった結果理解した結末を雁夜はなんの感慨もなく受け入れ、静かに1歩をその亡骸へと踏み出す。

 

 もとより、間桐雁夜とアイリスフィールの2人で時臣を打倒出来る可能性はほぼ0に等しかった。 

 しかし、ケイネスも侮れない強敵である以上やらねばならぬ。その為に衛宮切嗣は彼等に秘策を授けた。

 それが今回の決め手となった

 

 

 ──起源弾による狙撃での一撃必殺、である。

 

 

 "魔術師、それも力量が高ければ高いほど威力を発揮する起源弾は僕にとっても切り札だ。僕の肋骨から作っている為補充が不可、タネが分かれば二撃目からはまず通用しないというデメリットも含めてね" 

 

 "この一撃が決まればまず勝利は間違いない。だが、これが躱される、若しくは耐えられるなんてことになれば……僕が間に合わない限り、3人共死ぬことになる"

 

 "だから、アイリと間桐雁夜に求める仕事は一つだ。手段は問わない。どんなことをしてでも遠坂時臣の集中を、最低限の警戒すらかなぐり捨てるまで自分達に向けさせ、奴の全力を引き出してくれ"

 

 "そうなれば勝算はある。奴は魔術をあまりに尊びすぎ、逆に近代兵器を舐めている。僕らのような人種なら1km離れていても気付くような殺気と空気の変化に、遠坂なら気付かない。それでも魔力をもつ人間ならリスクはあるが──舞弥なら確実だ"

 

 

 そうして、衛宮切嗣の作ったレールの上をただ必死に走り、自らを鼓舞し、演じ続けた。

 それがこの戦いの真実である。

 

 そんな回想を終えると、雁夜は仰向けに倒れ、事切れた時臣の目前まで辿り着いていた。

 

 

 

 

 

「お前の顔を冷静に見るなんて初めてかも知れないな」

 

 先程自分が思ったことなど忘れて独り言つ。

 この顔を見るとき、常に感情をコントロールできないでいた。怒り、嫉妬、羨望、理由は様々だが、その結末としてどす黒いモノにいつもいつも支配されていたのは疑いようもない。

 そういう意味で言えば、これが間桐雁夜と遠坂時臣の初めての出会いであり、片方が物言わぬとしても、最も何かを理解する邂逅であった。

 

 

「──俺は……桜ちゃんを救う。何があっても。絶対にだ。例え、それで葵さんに二度と笑いかけてもらえなくなったとしても」

 

 遺体が答えるわけもない。だからこれは、ただの独り言で、自己満足だ。

 

「それだけだ。怨みたきゃ怨め。文句なら、いつかあの世で幾らでも聞いてやる」

 

 一つ息を吐くと雁夜は踵を返し、また来た道を一歩一歩戻り……途中で止まると、一度だけ振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──じゃあな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉も、誰に聞こえるでもなく、誰かが返すわけもない。

 

 

 

 

 

────

 

 

 

「もう良いの?」

 

「何がですか?」

 

「……何でもないわ。私の勘違いみたい」

 

 立っているのもやっとという体のアイリスフィールの問いに、雁夜は素知らぬ顔で嘯いた。

 アイリスフィールも予想していたのか、苦笑を浮かべそれ以上の追及はしなかった。

 

「でも本当にギリギリだったわ……魔力的にも、聖杯的にも、ほんのついさっき、2体のサーヴァントが取り込まれたわ。後1体、残りのサーヴァントが2体になれば、私は人としての形を保てなくなる」

 

「──っ! 急がないと! 切嗣さんと連絡を」

 

「その点なら抜かりありません。貴殿方の交戦中に一度コンタクトがありました。切嗣なら心配無い。ケイネスエルメロイを屠り、此方へ向かっていましたが、私がこの戦いの終結を告げると、手筈通り公民館で待機している、と」

 

「なんだか冷たいな──アイリさんの状況はあの人が一番分かってるはずなのに」

 

「雁夜君、それは──」

 

「貴方は衛宮切嗣を全く分かっていない」

 

 雁夜がボソッと溢した言葉に、意外なことに強く反応したのは舞弥だった。

 そう言えば、この人が言葉を発するのはあまり見たことがない。

 少し面食らいながら雁夜は黙って聞き入る。

 

「無し崩し的に感情が"崩れる"のと自らの意思で"崩す"のは全くの別物だ。それが、修羅として心を省みずに戦い続けた男が鋼の心を保つ唯一の方法」

 

 それだけ言うと、舞弥は話は終わりだと言わんばかりにアイリスフィールに肩を貸したまま立ち上がり、くるっと振り返り公民館へ向けて歩み始める。

 その言葉の意味は、雁夜には分からなかった。

 

 

 

「なんだよ──それ……」

 

「仕方あるまい。衛宮切嗣まではいかないまでも、彼女も死線を日常として来た人種だと見える。君に理解できないのは無理の無い話だ」

 

「うわあっ!? お前! いつの間に!!」

 

 

 突然後ろから掛けられた声に、文字通り雁夜は飛び上がった。

 それもその筈、後ろにはいつの間にか単独行動をとっていた筈のアーチャーが何時ものように皮肉めいた笑みを浮かべ立っていたのだから

 

「先程到着したのだが、ノスタルジーに浸る君も、彼女も、邪魔するには些か申し訳無かったのでな。少しだけ様子を見させて貰っていた。いや、しかし満身創痍という言葉がぴったりだな」

 

「そりゃな。むしろ五体満足でいるだけ御の字だよ」

 

 とは言っても全身火傷に打撲に煤まみれと見ていられない惨状なのだが──それにしてもましな方だと雁夜は自分の言葉に頷く。

 九分九厘死んでいた筈の戦いの結末がこれならば、上等と言う以外は高望みが過ぎる。

 

「ほう、君が遠坂時臣をそこまで評価していたとは思いもよらなかった」

 

「茶化すなよ──」

 

 雁夜はアーチャーと並んで舞夜とアイリスフィールの後ろを距離を少しとって歩く。

 手伝わなくて良いのか?という問いはアーチャーによって即座に却下された。人間触れない方が良いこともあるらしい。

 

「それで、そっちはどうなんだよ。何だか急にお前との繋がりが弱く……というかほとんど感じなくなったんだけど」

 

「ああ、それはそうだろうな。今私は君との契約を絶っている」

 

「お前はいきなり何を言い出す!?」

 

 さらっと出てきた驚愕の発言に思わず大声が出る。

 何事かと舞夜とアイリスフィールが振り向くが、流石にこれは人に聞かせられる話ではないと雁夜は"なんでもないです。すいません"と彼女らに手を合わせた。

 

 

 

「どういうことだよ──」

 

「これ迄はどうにか温存と節約でなるべく君に負担をかけない形で来た訳だが、今日はそういう訳にはいかん。現に私も、既に一発"あれ"を使っている──あの大英雄どもから一本をとるにはそれしか思い付かなかった」

 

 向こうは美女二人、こっちは何が悲しいのかむさ苦しい男二人、同じように肩を合わせて歩かないといけないのか。

 そんな虚しさを覚えながら雁夜はアーチャーに顔を近付け小さな声で会話を続ける。

 

「加えて、君まで戦闘に出ている。忘れたかもしれないが君もマスターとしては下の下だ。自分の戦闘と私への魔力供給を両立出来たとでも? 君が遠坂時臣を前にそこまで考えての立ち振舞いをしていたと言うのなら全面的に謝罪するが」

 

「……」

 

「それは──」

 

 全く以て出来ていない。

 時に沈黙は何よりも雄弁に事実を語る。

 

「確かになんの相談もしなかったのは悪かった。そこについては謝ろう」

 

「いいよ……お前が規格外なのは慣れてる……けどさ、大丈夫なのか?」

 

「何がだ?」

 

「契約切っていつまで留まってられるのかって事だよ──いや、そもそもサーヴァントの自由意思でそんなこと出来るのか?」

 

「順に答えよう。私のクラスはアーチャーだ。クラス固有スキルである単独行動を用いれば、あからさまな浪費をしなければ2.3日は持つ。全力の戦闘はあと一度切り、時間で言えば数時間が精々だろう。この聖杯戦争最終盤に限って言えば、デメリットはほぼ無いと言える」 

 

「なるほど──」

 

「そして後者だが──こちらに関しては私特有のものだ。普通の、と言うよりもサーヴァント全体で見てもこのような荒業がこなせるのは私と、知る限りではあと一人だけだ。こんなやり方がまかり通るなら聖杯戦争など成立しない」

 

 細かい理屈は割愛するが、とアーチャーは肩をすくめてみせる。

 雁夜としてもそれ以上の追及をする気もない。したところで何が変わるわけでもない。彼の言うとおりデメリットが無いのならそれで良い。

 

「分かった。でもヤバいと思ったら直ぐにパス繋ぎ直せよ。お前の言うとおり確かに俺はヘッポコだが、それでもマスターとして、いないよりはましだろ」

 

 コツン、とアーチャーの肩を小突く。

 それに対してアーチャーは驚いたように一瞬目を大きく見開き

 

 

 

「了解した、頼りにしているぞ。マスター」

 

 いつの日か、あの武家屋敷で見せた以来の笑顔で応えた。

 

 その笑顔があまりにも眩しかったからか。それとも一歩だけアーチャーが前に出たからか。

 雁夜にはその次に彼がボソッと呟いた言葉は聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

─────

 

 

 

「アイリ……!」

 

「良かった……また貴方に会えるとは思っていなかったから」

 

 冬木公民館のメインホール。この地方都市の一公共施設の内包物にしては立派すぎるとも言える千人規模収容劇場の壇上に衛宮切嗣はいた。

 

 サーヴァントの魂が器を充たす事を必死に抑え込んで身体機能の維持に全力を注いでいた反動か、刻一刻と状態が悪化していくアイリスフィールは自力で歩くのが精一杯という状態。そんな彼女が舞夜に付き添われる形で扉を開けると、切嗣は今まで咥えていたのであろう煙草を吐き捨て、全速力で駆け降りてきた。

 

「ねえ切嗣……私、頑張ったのよ? 初めて貴方に見て貰ったときにはコントロールが上手く利かなくて呆れさせちゃった魔術で、御三家の一角である遠坂を倒しちゃったんだから」

 

「ああ……君は本当に良く頑張った……だから、もう無理をして喋らなくて」

 

「ふふ、今喋らなくていつ喋るのよ……本当に切嗣は心配性なんだから」

 

 舞夜から引き取ったアイリスフィールを背負って切嗣は壇上へ向けて歩く。

 その頬は、確かに濡れていた。

 

「けど、本当に良かった……もう一度貴方に会えるとは思っていなかったから……」

 

「ああ、そうだね……ほんとうに」

 

 ほんの数十秒前に交わしたのとほぼ同じ内容の言葉をアイリスフィールが繰り返す。

 彼女の意識が朦朧としはじめていた事にこの場にいる誰もが気付き、そして、誰もが無かったことにした。

 

 

 

「さあ、アイリ、横になって」

 

「ありがとう……ねえ切嗣」

 

「なんだい?」

 

「手を、握っていてくれないかしら……目もだんだん見えなくなってきてて、何だか寒いの……セイバー、あの娘も頑張ったのね」

 

「ああ、御安いご用さ……」

 

 これ程にまで悲しい勝利宣言があるだろうか。

 アイリスフィールの命を圧迫するのはサーヴァントの魂であり、急激な体調の悪化は即ちサーヴァントの脱落を意味する。

 本来なら両手を挙げて喜ぶ自らの陣営の勝利さえ、今この場には重すぎた。

 

「不思議ね……こうなることなんて、私が生まれたときから分かっていて、怖いと思ったことも一度だって無かった。だってこれが私のfate(運命)なのだから……なのに今になって、初めて残念だと、もっと貴方の側にいたいと思ってしまっている」

 

「──」

 

 力の無いアイリスフィールの右手を強く握る切嗣は答えない。その代わりに、すがり付くようにその力を強める。

 

「泣かないで……私がいなくなっても切嗣には……いえ、私達にはイリヤがいる。ねえ切嗣、一つだけ約束して?」

 

「──なんだい?」

 

「世界に恒久的平和をもたらす。貴方の願いは叶えて。けれど、それとは別に……何があってもあの娘を、イリヤを幸せにしてあげて。あの娘は人形なんかじゃない。冷たい世界で寂しい思いをさせないで。日本に来てからの時間は私にとって、とても楽しかった。イリヤにももっと楽しい時間を、幸せな日々を沢山送らせてあげてほしいの……」

 

「……分かった。約束する。イリヤは必ず僕が幸せにするよ」

 

「ありがとう……もう少し話をしていたいのだけれど、そろそろ限界みたい。セイバーにも最期会えたら良かったのだけれど……切嗣、あの娘のことも虐めちゃだめよ?」

 

 別にそういう訳じゃ、と口ごもる切嗣に

 知ってます、最期に一度貴方にも意地悪してみたくなっただけよ、とアイリスフィールは笑う。

 

 

 

「それじゃあサヨナラ、ね。切嗣……私、最期の死に方はずっと前から決めていたの。愛する人の腕に抱かれ、抱き締められながら、最高に幸せな気分のまま逝くの。頼めるわよね?」

 

「──」

 

 切嗣は無言のままアイリスフィールの上体を抱き上げ、強く抱き締める。

 その左胸に銃口を突き付けながら、痛みすら感じる間もない一瞬で迷わず逝けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ありがとう

 

──ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、数多の願いを背負った聖杯が降臨する。

 

 ほんの少しの偶然から螺曲がった第四次聖杯戦争、その旅路は、遂に終局(フィナーレ)を迎える。

 

 

 

 

 

 





描きたいことを描ききった。今の私に出来る全力です。

評価感想お気に入り登録どしどしお待ちしております。

それではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 衛宮切嗣とエミヤシロウ

 

 

 

 

「ハッハッ──キリツグ、アイリスフィール!!」

 

 金属音を反響させながら、セイバーが階段を駆け上がる 。

 今宵各地で行われた戦い。結果として一番最後まで続いていたのはセイバーとバーサーカーの戦いだった。

 切嗣からの念話でその現状を理解していた彼女は急ぐ。

 

 陣営が全体としてみれば悪くない方向へ行っているのは確かだが、詳細に関しては全く掴めていないのだから。

 あのアーチャーが首尾良く事を進めたのならば、いよいよ残るサーヴァントは自分と彼のみ。

 そこに対する思いこそこの冬木で変質したものの、求め続けた聖杯が目の前にあることには変わりない。

 

 息が切れているわけでもないのに心臓が早鐘を打つ。

 

 興奮か、高揚か、それとも別の何かか。

 様々な感情が交差しするなか、彼女は遂に辿り着いた。

 

 

「──この扉の向こうに」

 

 私が待ち焦がれ続けた聖杯がある。

 

 ただの扉一つがとても大きく、重く見える。

 そして、一度大きく深呼吸をすると、セイバーはその扉を開いた。

 

 

 

 

 

 

「──答えろ! これはどういうことだ!!」

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

「これが……聖杯……?」

 

 悲しすぎる銃声からほんの数十秒。

 間桐雁夜は困惑を隠すことも出来ずにそう溢した。

 

 アイリスフィールという器から解放された聖杯は、いざ、その姿をこの世界に正しき形をもって現れた。

 

 正に神秘、正に黄金、人が数多持つ芸術品のどれもが足許にも及ばぬ輝き。

 それを目にした雁夜、切嗣の胸の高鳴りは想像に難くない。

 

 だがしかしだ、その高鳴りは直ぐに塗り潰されることになる。

 

 本来何の意思も持たず、ただただ持ち主の願いを叶える願望機としてそこにあるだけのもの。半ば無尽蔵と化した魔力の奔流。

 それが聖杯の筈だ。だというのに、この場にいる誰もが同じ事を感じていた。

 

 ──この聖杯には意思がある、と。

 

 人が持つ感情、人を動物から人足らしめる明確なそれを、この聖杯から感じとる。

 

 有り得ない。それは魔導に疎い雁夜ですら即座に判断できた。この聖杯は"何かが違う"

 そして、彼にとって更に不幸だったのは、それが何だというのか、同じように理解できてしまったことだった。

 

 

「──」

 

「答えろ……」

 

 雁夜と同じく困惑に立ち尽くしていた切嗣が、ワナワナと全身を震わせて絞り出す。

 その矛先は雁夜でも、ましてや舞弥でもない。

 この場において唯一この状況に動揺の一つすら見せない男。ただ、眉間に寄るシワが少しだけ増えたその男(アーチャー)に、人生の大半、潰して、押し潰し続けてきた衛宮切嗣の感情が噴出しようとしていた。

 

 彼の言葉はステージに反響するばかりで誰も答えはしない。

 ほんの数秒の沈黙、耐えられなくなったのか、耐える気すら無くしたのか。

 その動きに、誰も反応出来なかった。

 

 

「答えろ! これは一体どういうことだ!!」

 

「──切嗣さん……!」

 

 切嗣がアーチャーの外套の首もとを掴み揺さぶる。

 怒り、焦り、そして怯えや恐怖がない交ぜになったその叫びに、雁夜は驚きながらも止めに入ろうとし──アーチャーに目で制された。

 

「──やはり、こうなってしまったか……」

 

「──!!」

 

 少し躊躇った後

 心の底から悲しそうに、今まで雁夜が聞いたことの無い弱気な声でアーチャーはそう告げ、その言葉に切嗣の手元が弛む。

 その間にアーチャーは切嗣の手をほどき、その襟元を直す。その視線は、下を向いていた。

 

 

 

「やはり、とは聞き捨てなりませんね」

 

「……!? セイバー!?」

 

 氷のように冷たい声が上から降り注ぎ、その正体に雁夜は頭を抱えたい気分だった。

 遅れて此方へ向かっていたセイバーは先程到着したのだろう。だがどうやら、今の会話もどこからかまでは分からないが聞いていたらしい。

 一歩一歩、彼女がステージに向けて階段を降りてくる。

 見るもの全てを震え上がらせる殺気。これまで彼女が見せたことの無い冷徹な怒りをその身に纏い、セイバーは伏し目気味になっているアーチャーの目の前に切嗣と共に立つ。

 

「アーチャー、お前はあの夜切嗣に言ったな。私は必ず全てを明らかにする、と。今がその時ではないのか?」

 

「──」

 

 答えない。いや、答えられないのか。

 重たい沈黙が再び場を支配し、業を煮やしたセイバーが更なる怒気を以て踏み出そうとし──意を決したようにアーチャーが動いた。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだな……すまない、セイバー。"オレ"はいつになってもお前に怒られてばっかりだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──!?」

 

 その声の出所を、セイバーがどこか分からずに周りを見渡したのは決して不自然なことではない。

 それは切嗣も、舞弥も一緒だったのだから。

 唯一その声を、その言い方を知っていた雁夜だけは自然に反応する。

 

「──良いのか、アーチャー」

 

「ああ、仕方無い。こうなるかもしれないってことは覚悟していたさ」

 

 アーチャーは"気にするな"と雁夜に微笑むと、ぐしゃぐしゃと逆立った髪の毛を押さえ付ける。

 たったそれだけで幾分か幼くなったように見えるアーチャーの変貌は止まらない。

 一瞬その身体が輝いたかと思うと、彼が纏う衣服がこれ迄とは全く別物に変わる。

 至ってシンプルなブルーのジーパンに、白基調に袖が紺色のTシャツ。まるでそこら辺にいる高校生が来ていそうな服装

 突然の変化に、先程までの怒りも忘れて戸惑うしかない切嗣とセイバーにアーチャーは少し気まずそうにしながらこう告げた。

 

 

 

 

 

「この格好も久しぶり過ぎてどうすりゃ良いのか分からないな──まずは改めて自己紹介だ。

 俺の名前はエミヤシロウ。この第四次聖杯戦争の結末が生み出す一つの残骸にして、衛宮切嗣の義理の息子、そしてこれから10年の時を越えて起こる第五次聖杯戦争においてマスターとなり、セイバー、アルトリア・ペンドラゴンと共に戦うことになる魔術師

 それがこのオレ、アーチャーの正体であり、言うならば真名だよ」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"初めに言っておくとね、僕は魔法使いなんだ"

 

"子供の頃、僕は正義の味方に憧れていた──"

 

"誰かを救うと言うことは誰かを救わないこということでもある"

 

"ああ、安心した──"

 

"問おう、貴方が私のマスターか"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……馬鹿な。では貴方は未来の英霊であると? それもオリジナルとなる存在はこの時代に生きていて、尚且つこの先私を召びだすだと……そんなことが……」

 

「そりゃ信じられないよな。けど、ならオレがセイバーの真名を一発で看破できたと思う? それが出来るのは円卓の騎士位の筈だと思うんだが」

 

「それは──」

 

 アーチャー……シロウの話を聞いている間、セイバーと切嗣はまるで彫刻のように固まっていたが、比較的早く回復したセイバーがシロウに問いを投げる。

 結果としてそれは彼の言葉が真実だとセイバーに突きつけるだけになったのだが。

 

 この聖杯戦争最終盤に投下された最大級の爆弾に、セイバーの顔が曇る。

 

 

「では、この戦いの結末は──」

 

「さっき言った通りだ。セイバーとじ──切嗣は確かに勝利した。けど、どっちの願いも叶わなかった。結果として生まれたのは数万の死体の山、そして一筋の呪いだけ」

 

「──」

 

 

 信じられない。いや、信じたくないとセイバーが頭を振り聖杯を見る。

 だがそれと同時に、彼女の直感がこうも言っていた。

 この男の言葉に嘘はなく、全てが真実であると。

 加えて、シロウが話せば話すほど、その勘だけでなく理論的に根拠付けられて彼の言葉の信憑性が裏付けられていく。

 

 感情論を抜きにすれば、セイバーはシロウの言葉を事実として受け入れはじめていた。

 

 

「……第三次聖杯戦争において召喚された邪神による聖杯の汚染。元が無色であるからこその現象と言われれば決して有り得ないと断言することは出来ない」

 

 恐ろしいことですが、とセイバーは鳥肌が立つのを感じる。

 この男の言葉が正しいとするのならば、この聖杯は最悪の殺戮兵器にしかなり得ない。

 何せ願いの方向性が強制的に決まってしまっているのだ。それも人が悪として思い付く方法に乗っ取る形で

 

 恋人が欲しいと願えばその恋敵足り得る存在を全て殺し

 金が欲しいと願えばどこぞから根刮ぎ奪い取り

 不老不死を願えば、その莫大な魔力を以てしてその他の人間から無尽蔵に生命を刈り取るシステムを完成させるのだろう

 

 そのような条件下で自らの願いを叶えようとすればどうなる?

 セイバーは直感でその答えを弾き出す。

 

 誰もが笑い会える世界を作るなら、自分の意にそぐわない相手は不純物だ。そして、万人全てに受け入れられるのは、どれだけのカリスマ性を持っていようと不可能。

 必ず反対勢力は現れる。そうなれば、その時点で聖杯への願いは成就しないことになる。

 ならそれを起こさせないためには? 

 恐ろしい想像だが、一度この世の全てを自分と、今後世界を作るのに最適な一人、いや、一体の番いのみを残して死滅させる。

 そしてそこから私に逆らわず、私の意思を全て是と、幸せと捉える子孫を作り続けるのが最適かつ唯一の道になる。

 そうなれば"皆が笑いあえる世界"は確かに矛盾なく実現する。

 

「そんなふざけた成就はごめん被りますが」

 

 セイバーは憤りに近いものを感じていた。

 これは切嗣も、シロウも預り知らぬことだが、セイバーは"聖杯を手に入れる"ことを条件に世界と契約している。

 焦がれ、執着していることに変わりは無いことではあるが、このような結論が見えた以上、彼女の方向性は決まったと言っていい。

 

 

 

「──やっぱりセイバーは強いな」

 

「……何がです」

 

「かつてのオレはお前を救えなかったが、人となり位は知ってる。すごいよ、セイバーは」

 

「──」

 

 これまでのイメージとは全く異なるシロウの柔和な笑みに、セイバーはどうしたものかと微妙な表情を浮かべる。

 

 確かに、あのアインツベルン城での一件から、彼には見ず知らずとは思えない何かを感じてはいた。

 だがそれがこんな形で発覚し、更に異なる世界線では親しい間柄だったなどと憑き物が落ちた様な顔で言われたら、どんな顔をすれば良いのか分からない。

 

 

「しかし──」

 

 

 こうなった以上問題は"彼"の方だ。

 セイバーは沈痛な面持ちで視線を移した。

 

 

 

 

「キリツグ──」

 

 セイバーとシロウが話している間、その男は微動だしなかった。

 ただ無言で、表情もなく聖杯を見つめている。

 

 そんな切嗣を、シロウも何を言うでもなく黙って見る。

 

 

 

 

 

「お前の話は分かった──」

 

 漸く絞り出されたその声は、苦悩に満ちていた。

 切嗣はまるで行き場を失った子供のように表情を歪ませてシロウを見る。

 

「お前は僕の願いを知っているんだろう? その上でこの話を僕にして、お前は一体僕に何を望む」

 

 それは、精一杯の問いだった。

 シロウはこの結末を分かっていた。彼の言葉を借りるならそうでない可能性もあり、そこに賭けていたということだが、その願いも潰えた。

 その上で自分を明かし、行く先を告げたシロウが一体何を望んでいるのか。

 切嗣には分からなかった。

 

 

 

「──俺にも分からないよ。切嗣」

 

「は──」

 

 そして、その答えに言葉を失う。

 

 殴りかかる気力すら起こらない。

 そんな切嗣に、シロウは真剣な表情に変わり歩み寄る。

 

 

「オレが本当に望んでいたのは、オレの知っている聖杯戦争とこの聖杯戦争が別物で、切嗣の願いが叶って世界が誰もが救われる形で平和になること。そして雁夜の願う通りに桜を幸せな世界に戻すことだった。

 けれど、それはもう叶わない。だから、この先は切嗣が決めてくれ。それが例えどんな決断だったとしても、オレはそれを尊重するから」

 

 それは、切嗣にとって一番難しい答えだったのかもしれない。

 どん詰まりにハマった男は救いを求め、その答えを知っている筈の存在は答えを示さずに、あろうことか、何もかも委ねた。

 なんという不条理。その理不尽さに切嗣は叫びだしそうになる。

 

 

 

「そんなふざけた──」

 

「全てを救うことは出来ないんだ。じいさん」

 

 そんな切嗣の肩に、シロウの手が置かれる。

 

「じいさんに憧れて、正義の味方に憧れて、オレも今まで走り続けてきた。けど何度やっても、何度頑張っても、全員を救う事は出来なかったし、今も出来ていない。理想を悔やんだことも、呪ったこともある

 ──だけど、それでもオレは走り続けるよ。オレがオレである限り。じいさんの願いは、決して間違っていないと思うから

 だから……じいさんも、自分の進む道を自分で決めてくれ。諦めるんじゃなく、自分の思いで。勿論、ここで聖杯に願うのも一つの手だ」

 

「おい! お前何言って──」

 

 最後の言葉に慌てて雁夜がシロウに食ってかかる。

 そんなやり取りを視界に収めながら、切嗣の頭のなかではシロウの言葉が何度も繰り返し流れ続ける。

 

 男は言った。

 自分が過去の過ちから否応無く走り、走らされ続けてきた道に憧れたと。

 

 男は言った。

 その道を同じように悔やみ、呪ったこともあると。

 

 男は言った。

 その上で、また走り続けると。この血と屍で覆われた道が、決して間違っていないと。

 

 それは、切嗣があのアリマゴ島で初めて引き金を引いたあの日から今この時まで、一時として離れることの無い。

 心の奥の片隅で、誰か助けてくれと泣き叫び、自責の念から逃げて、逃げて、その過程で追ってくる後悔と屍の手は増える一方で、潰れて、潰れて、潰れきれずにまた潰される

 少年、衛宮切嗣が求めていた"肯定"だったのかもしれない。

 

 無論、今まで殺してきた行動そのものが手放しで褒められたものになるわけでなければ、命が帰るわけでもない。

 

 でも、それでも、進んできた道が、思いが、間違いではないと。そう明確に示す言葉が掛けられたのは、彼にとって紛れもない"救い"だった。

 

 

「なあシロウ──」

 

「なんだ、じいさん」

 

「君は……君は本当に、僕を怨んでいないのかい?」

 

 その問いは、衛宮切嗣と言う人間が本来持つ優しさだった。

 シロウはその問いに一度大きく目を丸くすると、自信たっぷりにこう答えた。

 

「ああ、オレはじいさんの思いを、理想を、怨んだりしちゃいないさ。

 決めたんだ、じいさんの夢は──オレが叶えるって」

 

 その言葉に切嗣は、見たことも会ったこともない少年の顔を、そして過去の自分の顔を重ね見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セイバー」

 

「はい、マスター」

 

 切嗣の呼ぶ声にセイバーが答える。

 躊躇いは無い。鋭く力の籠った視線で聖杯を捉え、切嗣は宣言する。

 

「こんなものはこの世にあっちゃいけない。セイバー、君の聖剣を以て全て吹き飛ばす。それで、この戦いに幕を引こう。後の事は僕に任せてくれ。こんなふざけた事は二度と起こさせやしない」

 

「──はい! 承知しました!」

 

 

 

 

 

 

 

「で、大団円って訳か」

 

「どうした? 何か不満かね?」

 

「別に──強いて言うならお前が速効で元に戻ったくらいだよ。シロウよりアーチャーの方がお好みか?」

 

「ハッ、決まっているとも、あんな未熟者、誰が好んで戻るものか」

 

「はいはい──」

 

 切嗣とセイバーのやり取りを見ながら元に戻ったアーチャーに雁夜が話し掛ける。

 先程までは一体なんだったのかと思うほど、アーチャーはいつも通りのアーチャーだった。

 

「それよりもだ、君が大変なのはこれからだぞ?」

 

「ほんとだよ──聖杯で上手く纏まればそれに越したことはなかったんだけど」

 

「それについてだが私にアイデアが──」

 

 

 戦いは終わった。

 後1分もあればセイバーが振りかざす聖剣に光が満ち、何もかもを消し飛ばす。

 勝ち目の無い戦いの結末がこれなら上出来だろう。

 そう、思っていたからこそ

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、未来の英霊とは流石に儂も予想出来なんだ。聖杯を我が目前に持ってきた事、感謝するぞ、雁夜」

 

 

 

 

 

 

「え──」

 

 雁夜は、自分の右腕が宙に舞ったことすら、直ぐには気付けなかった。

 

 

 

 

 

「桜ちゃん──?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 









お疲れ様です!
作者のfakerです!当社比では高速更新ですが、ここで皆様に一つお知らせ↓がございます。

【お知らせ】
エピローグ含めあと2話で完結します。
長らくお待たせ致しましたが足掛け3年と少し。遂に、ようやく、完結への目処が立ちました。
何度か長期離脱もありましたが(次の話がもしも納得いかなかったらまた少し時間頂くかもしれません)
その間も見放さずに待っていてくださった皆様には感謝しかございません
最後までお付き合い頂けると幸いです


評価感想お気に入り登録、どしどしお待ちしております!(何度でも言います。、作者は皆様からの感想が何より楽しみで、原動力です。欲しいものは欲しいとはっきり言う)

それではまた!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 正義の味方

 

 

 

「桜ちゃん──?」

 

 迸る鮮血が視界の半分を埋める。痛みなぞ感じない、感じる暇すらなかった。

 くるくると回転しながら宙に舞う自分の腕、それすら気にならない。

 驚愕と畏れ、見たくない絶望感を以て、雁夜はその"声"の主へ振り返る。

 果たしてそこにあったのは、彼が護ると誓った少女()の姿だった。

 

 

「フッ──!」

 

「ガッ──!!」

 

 それを認めたのと同時に、雁夜の視界が激しく回転する。それどころか、身体そのものが。

 遅れてやってきた激痛と共にパニックになりながら彼が視界に捉えたのは、今しがた回し蹴りを終えたと言わんばかりに片足を上げたままその場に立つアーチャー

 何も理解できないまま、雁夜は自然法則に伴い落下すると、襲い来る現実に絶叫を上げた。

 

 

「っ……あぁぁあ──!!!」

 

「切嗣! 雁夜を頼む!」

 

「──っ! 分かった……! 舞弥、彼を退かせてくれ。セイバー!」

 

「了解した、マスター」

 

 ──こんな形で使うことになるとは

 突然の急展開に戸惑いを隠せないながらも、切嗣の判断は素早く、尚且つ的確だった。

 一見、何のつもりか全く理解できなくてもなんらおかしくはないアーチャーの意図を即座に読み取り、近くへと飛んできた雁夜を舞弥へと預け、先程アイリスフィールの身体から抜き取った聖剣の鞘(アヴァロン)を彼女に渡し撤退の指示を出す。

 そうして手負いの雁夜──足手まとい──を早々に戦闘圏から離脱させ、自分とセイバーも迎撃退勢を取る。

 それがこの数瞬、先手を取られた彼等に出来る最良の手だった。

 

 

 

「ほう、雁夜ごと離脱を図ろうとするでもなければ、儂を手にかけようとするでもなく、雁夜のみを的確にこの場から離れさせる手段を即座に見つけ出したか

 流石は此度の聖杯戦争の勝利者、頭のキレはそこいらの凡俗や小わっぱどもとは比べ物にならんらしい」

 

 

「ああ、雁夜の腕が飛んだ時点でその主導権は間違いなく貴様になるよう仕込んでいたのだろう? 

 加えて聖杯戦争を知り尽くす貴様なら、令呪の発動などほぼノーモーションでこなせる筈。加えて出てくるにあたって即座に殺されるようなへまはしない。必ず対策を打ってくる

 その二手は、どちらも英断のように見えて、どちらも最悪手だ。死ぬか、人質になるか。二手に無手といった所──生きていたか"間桐臓硯"」

 

 そう語るアーチャーには普段の余裕も、皮肉げな態度も一切ない。

 ただ苦々しげにその元凶を睨み付ける。

 端から見れば、20も半ばにいっているであろう青年が少女を睨み付けるその光景は異常に見えるだろう。

 だがことこの場面においてそれは正しい。

 彼の目の前にいるのは少女()ではなく、その皮を被った妖怪(臓硯)なのだから

 

 間桐臓硯。この聖杯戦争に巣食う怪物が、満を持してこの場へと現れた。

 

「貴様……桜を殺してはいないだろうな?」

 

「カッカッカ──!

 その弓で我が屋敷を破壊し、あの場にいた生き物を儂の可愛い蟲達から何の関係もない微生物に至るまで全て殺し尽くしたお前が、たった一つの命を心配するとは皮肉よのう、アーチャー──お主の徹底ぶりには流石の儂も数百年ぶりに肝を冷やしたぞ。僅かでも油断があれば、本当に儂は殺されていたかもしれん

 褒美に答えてやるが、桜は無事じゃ。今はちと沈んでもらっているだけのこと。この孫娘にはまだまだ価値がある。とことん利用させてもらうだけのことよ」

 

 

 下衆いた笑い声がホールに響き渡る。

 聞くも醜悪で、それでいて絶望感を感じさせるその声は人から立ち上がる気力を根刮ぎ奪い取る悪魔の音色。

 

 だが侮るな、この場にいるのはその悪魔に立ち向かえる勇者足り得る者達。

 

 

「調子に乗るのはそこまでだ。下郎」

 

「ああ、貴様の事は知っている。出てきたのが間違いだったな──どちらにせよお前はここで死ぬ」

 

 蒼銀の竜が猛り、生粋の暗殺者がその牙を磨ぐ。

 

 騎士王、アルトリア・ペンドラゴンと衛宮切嗣が、魔王に立ち向かう勇者宜しく並んで一歩を踏み出した。

 

 

 

「ほう、道に迷い、全てを失った小娘風情と、みずからの弱さゆえに業を重ね続けた弱者がこの儂を殺すだと?

 ──よかろう、ならばその気高き思いごと地に叩き伏せて見せるのみ

 行け! アーチャー!!」

 

 

「セイバー!!」

 

「はい──!」

 

 赤黒い令呪の輝きを号砲にして、悪夢と理想がぶつかり合う。

 こうして、第四次聖杯戦争、その最後の戦いの幕が開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

 

「……っあ! ハァっハァっ──俺は、一体──」

 

「目が覚めましたか、間桐雁夜──動かない方が良い。鞘によって症状の悪化は抑えられていますが、下手に動けば命を縮めることになる」

 

「え──」

 

 

 何を言っているのか分からない、そもそも自分は何故こんなところで寝ているのか、確か自分はアーチャーと今後について語っていて──

 

「本当に──無い……」

 

 覚醒した雁夜は滝のように冷や汗をかきながら自分の上半身右側を見る。

 嫌な予想は幸福な予想よりも遥かに高確率で実現する。そこに、自分の腕はなかった。

 

「あの、糞爺……! いや、それよりもアーチャーと桜ちゃんは!」

 

 寝かされていた床から弾けるように上体を立ち上げ、座席越しに下にあるステージを覗き込む。

 そこで繰り広げられていたのは、戦争だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

固有時制御──二重加速!(タイムアルター・ダブルアクセル)

 

 大量の蟲を掻い潜り、撃ち散らしながら衛宮切嗣がその言葉の通り加速する。

 その両手に持つキャリコM950Aの弾丸の初速に匹敵するのではないかと思うほど驚異的なスピードの変化。

 弾丸の、そして銃本体のリロードはもう幾度と無く繰り返した──切嗣はこの劇場の至るところに重火器を忍ばせ、更にいくつかある非常扉には爆薬関係まで備蓄しておいた自らの判断を心の中で自ら誉めた──通常の装備ならば、とっくに弾は尽き蜂の巣……いや、蟲の巣になっていたのは火を見るよりも明らかだった。

 

「だがしかし──」

 

 これでは埒が明かないと、次の銃が置いてある座席裏に滑り込みながら──当然その間ももう片方の手での連射は忘れない──切嗣は舌を噛む。

 このままではどうあがいてもじり貧なのはこちらであると。

 臓硯の攻撃の合間を縫って連射を幾度か仕掛けてはいるのだが、今や宙に舞い、黒い翼を拡げた堕天使の様に構えるその急所には全く届かずにいた。

 

 

 

「ほう、良いぞ、もっと賢く踊って見せるが良い!──起源弾等という子供騙しがこの儂に通用すると思うなよ? あれが儂に届くのは、変わり身になる可愛い数万の蟲、そして愛しの桜を殺してからになるであろう」

 

 

「ああ、もう試したから知ってるよ──! くそっ──っ!! これなら!」

 

 切り札である起源弾が通用しない。その事実は切嗣の感情に確かな暗い影を落としていた。

 戦闘の始め、出会い頭に勝負を決めるべく打ち出した起源弾は確かにその左胸をとらえたものの、撃ったのは奇怪な叫びをあげる蟲一匹だけだった。

 どういう理屈かは分からないが、この怪物の身代わりのストックと起源弾では明らかに分が悪い。

 そう悟った切嗣は、早々に愛用のトンプソン・コンテンダーを投げ棄てていた。

 

 

 

 駆け回るうち、いつの間にかホールの端に辿り着く。

 そこに備えた装備を思い出すと、切嗣は二丁持っていたキャリコを片方床に投げ捨て、右手を自由にした。

 誰もが何度も目にし、子供の頃には高いところにあるそれに触れようと躍起になったことがあるであろう、非常口を報せる緑のランプ。

 その中に、切嗣は凡そ入れてはいけないものを仕込んでいた。

 

「ふっ──」

 

 軽くジャンプし、その非常灯の紐部分を引っ張る。

 かしゃん、という軽い音と共に落ちてきたそれを、切嗣は最新の注意をもって自由落下で加速させる間も無く、その手に慎重に仕舞いこんだ。

 まるで遊んでいるかのように見える今の一連の動作が、一瞬でもタイミングを外せば命が消し飛ぶ危険な行為だと理解していたものは当の切嗣を於いて他にはいない。

 

 彼の右手に握られたのは、M67破片手榴弾。見るものが見ればそのあまりの恐ろしさに卒倒しかねない悪魔的破壊力を持つ代物である。

 加えて、爆薬は彼が独自に付け合わせた、一瞬にして超高温にまで弾け上がり、人の身体を骨どころか塵一つ残さず消滅するに至る超絶兵器。

 

 物理的という意味では最強の威力を誇るそれを、切嗣は手中に収めて走る。

 

固有時制御──三重加速!(タイムアルター・トリプルアクセル)

 

 臓硯へ向けて一直線。覆い隠す蟲のスピードを超えるまでに加速した切嗣は一歩横にステップを踏み、斜めを向いている座席を蹴りだし、まるでロケットの様に上空へ飛び出す。

 

 

「ほう! 特攻か! 人とはかく愚かなものよのう──!」

 

「そんなつもりはないさ!」

 

 安全ピンを抜き取り、臓硯に放り投げる。

 その間にも切嗣は彼の横を通り抜け、ステージ上部、横向きに見れば足場を作れる地点まで辿り着いていた。

 

四重速(スクエア)!!」

 

 反動で潰れかかる臓器、吐血を撒き散らしながら切嗣は脚に全神経を集中する。

 何せ時間がない。即この場を離脱しなければ、自分の作った兵器で自分が爆散するという、笑いようがない結末を向かえるのだから。

 

 そうして、切嗣は蹴りだす。

 

 

「──っ!!」

 

 それとほぼ同時に後ろから襲う熱風。初速はほぼ変わらない。

 普段とは明らかに違う距離感の中を、切嗣はひたすら目の前に向けてキャリコを連射し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「──っ……あぁ……」

 

 どうやら綱渡りの賭けは成功したらしい。

 高さで言えば3階席にあたる貴賓席の強化ガラスを連射で突き破り、その中へ飛び込んだ切嗣は安堵の溜め息を付いた。

 舞弥は特注の防弾シールドのあるステージ最後方まで下がっていたから心配はないだろう。

 

 

「さて──もしもこれで何のダメージも無い、なんてことになると流石に不味いんだが……」

 

 どうやら飛び込んだ衝撃で肩が外れたらしい。

 脱力する左肩を抑え、そこかしこが断裂寸前に悲鳴を上げている脚に鞭を入れて立ち上がる。

 

 そして──煙の向こうに見えた景色に思わず切嗣は笑みを溢した。

 

 

 

「アーチャーめ、やってくれるじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

「この──!」

 

 激戦を繰り広げる切嗣に対して、セイバーはと言えば奇妙な感覚を覚えていた。

 令呪によって支配されこちらに襲い来るアーチャーの技のキレはあの時と同じくとても鋭く──同じとは思えないほど軽かった。

 

「ハアッ──!」

 

 戦いが始まってから令呪の強制力なのか、終始無言で攻め込んでくるアーチャーの双刀を筋力差をもって下からカチあげ攻勢に転じる。

 ここまでは簡単、しかし問題はここからなのだとセイバーは低く、鋭く踏み込む。

 ここまでとは攻め方を変え、魔力放出での出力を上げてリズムに変化を作りあげる。

 このような軽い攻めしか出来ない相手ならば、これだけの急展開には着いてこれない、例えついてこれたとしても一杯一杯になるのが道理。

 だと言うのに──

 

「──っ! なぜこれには反応できる──!」

 

 トン、トンっと軽快なバックステップと、微妙に切っ先を反らす絶妙な剣捌きでいなされる。

 その攻めと守りのあまりに大きすぎる対比に、セイバーは苛立ちや警戒よりも先に困惑する。

 剣を交えたのは1度しかないが、このような落差のある戦士ではないことだけは確かだ。

 何かの作戦か? 原因の分からぬ不可思議な現状と、視野の外側で繰り広げられる彼女のマスターである切嗣の激闘──徐々に劣勢に立たされていくのが見えている──にセイバーの中で焦りが増大していく。

 率直なことを言えば、彼女はアーチャーに対して真っ向からの勝負なら負けるとは考えていないし、思ってもいない。

 だが今回は相手以上に時間との勝負、それを考えれば、この状況は、決して好ましくない。

 

「ちっ──」

 

「気持ちは分かるが熱くなりすぎるな。オレがセイバーから一本をとれたのは、セイバーが苛ついてたり、食事前で気が逸っていた時だけだ」

 

「!? ──貴方は……!」

 

 その感情が身体を動かす。

 詰め寄るセイバーは力任せにアーチャーを押し込み、鍔迫り合いのまま額がぶつかり合いそうな所まで近付く。

 そして、彼女は皮肉げな声を聞いた。

 

「平静を装いたまえ──切嗣が頑張ってくれているが、油断をすれば直ぐに悟られる……次の交差だ」

 

 力の緩んだセイバーを強めに跳ね退け、アーチャーは距離を取る。

 その言葉の意味はセイバーも理解できた。

 彼女は敢えて、中途半端なスピードで正面から距離を詰める。

 

「貴方は──!」

 

「見ての通りだ。私は令呪の強制力など受けていないし、臓硯の支配下にもない──私がいる間にあの妖怪を消し去るにはこれしかなかった……次だ」

 

 交わされる会話は一度の交差で一言二言だ。

 その意味は理解できる。今切嗣と戦闘を行う臓硯の目を逃れる為──理屈はどうでも良い。今は事実を事実と信じられるならそれで良い。

 

「一体どうやって」

 

「種明かしは全てに片を着けてからだ。セイバー、ここからは私を臓硯の正面に置くように位置を保ってくれ」

 

「分かりました……!」

 

 極めて自然な流れでセイバーとアーチャーは互いの身体の位置を入れ替える。

 そして互いに求め会うようにして、またぶつかり合う。

 

 

「あの妖怪が万全なら、私が手を打った所で逃げ仰せられる可能性も否定できない。現に今がそうだ──だが、私を手中に収めたと思い込み、更に集中を完全に離すタイミングさえ出来れば……」

 

「貴方の策で全てを収められると言う訳ですね──そして、その希望を切嗣に託したと」

 

「結果的には、な。あのまま出てこなければ、屋敷を破壊し尽くすだけと言う、心許ない策のみでこの世界から消え去るしかなかった……聖杯を使われる可能性がなかっただけ、それでもましだったかも知れないがな──!」

 

 

 

「またとんでもない賭けに出たものですね貴方も……! そしてその賽は、この事を知らない切嗣に投げられたと言うわけですか!」

 

「間違いなく来ると確信していたが、確かにその通りだ!」

 

「無茶なことを! 切嗣がそこまで辿り着けずに死したらどうするつもりですか!」

 

「その時は桜を諦めるしかあるまい。だが──」

 

「──だが?」

 

 幾度の交差を経て、また離れる。

 そして最後にもう一度の交錯、セイバーが正面から見たアーチャーの顔は

 

 

「それは有り得まい。だって切嗣は──」

 

 

 

 

 

 

「オレが生涯憧れ続けた"正義の味方"なんだからな!!」

 

 

 

 

 

 

 大好きな親を自慢する、少年のそれだった。

 

 

「──っ!!」

 

 その表情に心を奪われた瞬間、強烈な光がセイバーの目を眩ませ、後を追うように響く強烈な炸裂音が耳をつんざく。

 

「セイバー!!」

 

「──ええい! さっさと決めてきなさい!!」

 

 その正体が何か、アーチャーには分かっているのだろう。動じるまでもなく、これまでの抑えたものとは違う声でセイバーはアーチャーに呼び掛けられる。

 

 それは彼女に、自分の存在、位置をアピールする為のものだったのだろう。

 その意図を理解しているからこそ、セイバーもほぼ真っ白に眩む視界に怯むことなく、その聖剣をまるでスラッガーの如く振りだした。

 

 

「手応えあり──!」

 

 

 セイバーは、戦いの終焉を直感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなるように仕向けたのは私だが、目が見えない中であの思い切りの良さは流石としか言いようがないな──」

 

 斜め45度に射出されたアーチャーは苦笑いを浮かべ、今にも粉々に砕け散りそうな双刀を自ら消し、最後の投影を開始する。

 その手に握られるは歪な短刀。ある一つの能力を除けば、ただのナイフの方が余程殺傷力があるであろうナマクラである。

 だがその能力こそが、今この場において最後の希望。

 

 決して悟られぬように、アーチャーは刹那、息を潜めた。

 

 

 

「ほう──確かに凄まじい火力じゃが、その程度で儂を殺しきれる等と思うたか、哀れ、哀れよのう、魔術師殺し──なに!?」

 

「終わりだ臓硯……破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)──!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「桜ちゃん──!!」

 

 全てが終わり、雁夜は壇上で横たわる桜に駆け寄る。

 右腕が無いことなど知ったことではない。全速力で彼女の元へ辿り着くと、跪いてその小さな身体を抱き上げる。

 今にも心臓が飛び出さんばかりに逼迫している雁夜の心持ちを知るわけもなく、その腕の中で桜は安らかに寝息をたてる。

 

「良かった──!!」

 

「これでようやく大団円だな、雁夜」

 

 そんな雁夜をチラっと見て、アーチャーは柔らかい笑みを浮かべ──集中しなさいと横にいるセイバーに小突かれ、一転して冷徹な相貌に戻ると、その足元を見る。

 それは隣にいるセイバー、そして切嗣も同じだった。

 

「なぜ──なぜじゃ! なぜその契約破りを貴様が……! いや、それを認めたとして一体いつ──儂は貴様を支配下に納めたはず!」

 

 彼等の視線の先では一匹の蟲がビチビチと跳ねていた。その姿は、正にまな板の上の鯉の如し。

 数百年の妄執に身を任せ、怪物へとその身を下げ果てた問桐臓硯は、いよいよ迫り来る死の恐怖と、ここ百年覚えたことのない驚愕、未知に半ば発狂しかけていた。

 そんな臓硯に、アーチャーは躊躇することなく刃を立てる

 

「ガッ──!!」

 

「そのうるさい口を閉じていろ。この妖怪が……何時からと言ったな? それは今夜が始まったその時からだ。雁夜には適当な理由をつけておいたが、全ては貴様の本体を炙り出し、仕留めることで雁夜と桜……そして罪無き冬木の民に平穏を与えるためだ」

 

 合流した際、アーチャーは確かに言った。

 雁夜との契約を"絶った"と

 その時語ったように、彼への気遣いが全く無かったわけではない。しかしそれはあくまで表向き、本当の理由はこちらだったとアーチャーは語る。

 

「屋敷を破壊したのも布石に過ぎん。逃げ場を限定するため、加えてそれで油断した様子を見せれば、ここに現れる可能性が九分九厘から100%に上がると踏んだ。一見勝てると思える状況が整い聖杯を前にすれば、貴様は我慢が利かなくなる。

 そう、一番大事な本体を桜に置いた時点で貴様は詰んでいたということだ……まあ他に置くところもなかっただろうがな」

 

 

 

「──儂も耄碌した、ということか……」

 

 完全なる読み負け。足掻く気力すら失った。過去を貪り続ける妖怪では、未来を知る英雄に勝ち目は無かったのだ。

 それを悟り、間桐臓硯は、その数百年がまるで嘘だったかのように、呆気なく息絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束された……勝利の剣(エクスカリバー)──!!」

 

「終わったか──」

 

「ああ、そうだな。切嗣……」

 

「──っ!」

 

 聖剣の輝きが濁った聖杯を呑み込む。

 差し出された右手。その手を切嗣は自分でも驚くほど抵抗無く握り返していた。

 

「もう一度……切嗣に会えて良かった。これからも隣にいることが出来ないのが本当に残念だが──達者でな」

 

「……そうだな。君も──士郎も、達者でな」

 

 士郎、と言う言葉の響きにアーチャーの瞳が大きく開き──直ぐに覆い隠すようにくるっと背を向く。

 おいおい、と苦笑いする切嗣に分からないように、アーチャーは小さく肩を振るわせ

 

「ありがとう」

 

 と呟いた。

 

 

 

 

 

 

「アーチャー」

 

「何かね? 君に心配されるほど落ちぶれた覚えはないのだが」

 

「最後までなんて言い種だよこのサーヴァントは……」

 

「仕方なかろう、君と私はそういう距離感だ」

 

 心配するように雁夜が肩に置いた手を払いのけ──アーチャーと二人笑い合う。

 そして、アーチャーは雁夜の腕の中で眠る桜の髪を撫でる。

 

「桜を頼んだぞ、雁夜。彼女は幸せになる資格がある……かつての私には救えなかったが、君なら出来る」

 

「任せておけ。必ず、彼女は俺が幸せにするさ。なあアーチャー……」

 

「なんだね?」

 

「桜ちゃんのことなんだが────って言うのはどうだ?」

 

「ほう、君にしては悪くない意見だ。私もそれを提案しようと思っていた。"彼女"には弟もそうだが妹も似合う」

 

「──? 何の事か分からないけど良いってことだよな?」

 

「ああ、君もこれから大変だな。下手を踏めば二人のあくまにこれから延々弄り倒されることになる」

 

 くつくつと、本当に愉快そうにアーチャーが笑う。

 その真意を雁夜が知ることになるのは、まだまだ先の話。

 

 

 

 

「宜しいでしょうか?」

 

「セイバーか……すまない。君を救うことは、私にはまた出来なかった」

 

 魔力が切れかかっているのか、身体を維持できずに半透明になったセイバーがアーチャーへと歩み寄る。

 その姿に、アーチャーは申し訳なさそうに視線を落とす。

 

「顔を上げてください。私は貴方に感謝しているのです」

 

 そんなアーチャーにセイバーは優しく微笑み、その顔を上げさせる。

 

 

「私はずっと、永遠に続くような時の中で絶え間無い後悔だけを背負ってきた。

 ですが貴方のお陰で、これからは前を向いて進める……心配なら無用です。過去の私が、貴方の知る私が、どれだけ頼りなく見えていたか分かりませんが──私もこれから、頑張っていきますから。貴方に負けないように」

 

 

 

 最後に満面の笑みを浮かべてセイバーが光の粒子となり消えていく。

 それを見届け、アーチャーは雁夜と向かい合う。

 

 

「さて、次は私の番か」

 

 半分消えかかっている自らの消滅を、アーチャーはあっさり受け入れる。

 言いたいことはたくさんあるのに出てこない。雁夜はこんな時にすんなり言葉が出てこない自分を呪った。

 

「ふっ、そんな事で桜を守っていけるのか? 最後まで世話が焼けるマスターだよ、君は」

 

「アーチャー……」

 

 何か言わなければ。

 そう思った通り雁夜の頭にぽんっとアーチャーの手が置かれる。

 

「何度でも言うぞ。君になら出来る。君は確かに力は足りないかもしれないが、誰よりも勇敢に、誰よりも己の意思を貫いた。今の君ならば、もう大丈夫だ」

 

「アーチャー……ああ、お前こそ元気でな──!」

 

 雁夜の最後の言葉は涙交じりだった。

 それを見てアーチャーはまたも苦笑する。

 

「それではな──ああ、しかしこの夢は──」

 

 

 

 

 "本当に良い夢だった──"

 

 

 

 

 

 錬鉄の弓兵は、何処までも満足げにこの世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて──」

 

 その姿を、名残惜しく見送って、雁夜は切嗣へ向けて歩き始める。

 最後に一つ残った仕事をやり遂げる為に

 

 

「切嗣さん」

 

「──? なんだい? 腕のことなら知り合いの腕の良い人形師に頼んでみようと思うが……」

 

「そうじゃないんだ。切嗣さん、貴方はこれからどうするつもりなんだ?」

 

 ──このまま終わりなき救いを求めて殺しの道を行くのか?

 その問いを、切嗣はきっぱりと否定した。

 

「いや──僕の歩いてきた救済の道はここで終わりだ。これまで屠ってきた者達の怨みなら全て担おう。だけど、これからの道は違うものにしていく。僕は……僕の出来る限りの事をするよ」

 

 それが衛宮切嗣の出した結論だった。

 全てを救うことは出来ないのかもしれない。その失意に、いつかまた沈むこともあるかもしれない。

 だがそれでも、進むべき道は定まったと。かつて、とある少年が彼に憧れたように。

 

 

「そうでしたか──切嗣さん、貴方に頼みがあるんです────」

 

 雁夜の言葉に切嗣は一度驚き、そして理解した。

 なるほど、確かにそれはその通りだと。意思の問題だけではどうにもならないこともある。

 それを考えれば彼の丸投げにも見える頼みは決して、無責任ではないのかもしれないと。

 そして、妻のとある言葉も意図せずして彼を後押しした。

 

 

「分かった。だが一つだけ条件がある」

 

 答えは決まっている。だが敢えて、切嗣は問いを投げた。

 それはもしかすると、雁夜に対してのそれではなく、自分に対しての宣言だったのかもしれない。

 

 

 

「君にはこれから僕と、舞弥と共にドイツへと渡って貰う──イリヤを連れ戻す……それがこの僕、衛宮切嗣の魔術師殺しとしての最後の仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 そうして、僅かな偶然から捻曲がった第四次聖杯戦争は終わりを告げた。

 

 劇的なまでに切り替わったFate(運命)、その行く先を最後に一演目だけ見せて、この物語も幕を降ろすとしよう

 

 

 

 

 





あかん。泣きそう……

どうも、作者のfakerです。
遂にここまで辿り着きました。はっきり言えば最後の切嗣の戦闘は蛇足だったんじゃね?と割れながら思うくらいライヴ感満載で滅茶苦茶やってます。
けどどうしても、カッコいい切嗣を最後に書きたかったんだよ!!

という訳で後はエピローグを残すのみ、残り僅かですが、皆様と共にこの物語の終わりを迎えられますよう……それではまた


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Epilogue その手に掴んだものは

 

 

 

 

 ──あれから、10年の時が過ぎた。

 

 それだけの時間があれば、世間は信じられないほど大きく切り替わる。

 町を行く若者達のコミュニケーションツールはポケベルからケータイへ

 当時ほとんど普及していなかったノートパソコンは、半分の重さになり世間へ浸透

 テレビはこれまで常識だったアナログ放送に成り代わる、デジタル放送という概念が誕生した。

 

 もはや別世界と言っても過言ではない。

 だが、変わらないものもある。強い人と人の結び付きや関係性と言うものがその最たるところだろう。

 

 経験や思い出は、心を揺さぶるような情熱は、人が忘れない限りその心に残る。

 その強い思いを忘れないなら、過去は決して、ただ過ぎ去り、忘れ去られるだけの遺物にはならない筈だ──

 

 

 

 

 

 

 関西某所にある国を代表する国際空港は、夏休みと冬休みの繁忙期シーズンの中間地点、長期休暇のしばらく存在しない、強いて言えば閑散期とも言える季節だと言うのに、溢れんばかりの人混みでごった返していた。

 その中を行く人達の忙しなさに変わりはないが、暑さに汗をかき、焦ったようにハンカチに手を伸ばす人は随分と減ってきたようだ。

 

 かといってそれはあくまで傾向であり、皆が皆そういうわけではないのだが。

 例えばこの男がそうだ。雨と霧の国と呼ばれる英国、ロンドンの平均気温は、徐々に亜熱帯と化し始めている日本に比べて10度近く低い。

 どちらかと問われれば自分はそちら側の気候の方が慣れていたはずなんだけどな、とキャリーケースを引きながら男は苦笑しつつ汗を拭う。

 

 

「──取り敢えず魔術師の世界に最低限でも顔を繋ぐ為に年に2月通ってはいるけど……俺はやっぱり、桜ちゃんがいるこの日本の方が好きだなあ……」

 

 男はある一点を除いて平凡だ。

 しかし、その一点でこの往来を行く数千人のその全てと一線を画す。

 そう、間桐雁夜は魔術師だった。

 

 

 

 

 

 

「おーい! おじさーん!」

 

「やあ凛ちゃん、久しぶり」

 

 休日の朝にこれだけの美少女が出迎えとは、俺はこの場の男達の嫉妬、そして全面的にやましい意味での疑念を一心に受けているに違いない。

 

 空港からシャトルバスで駅まで30分、そこから特急に揺られること1時間弱、時刻はまだ9時を過ぎた辺り。今日が日曜日ということを考えればまだ寝ている人も多いだろう。

 そう言うわけで、平時に比べると随分と人混みが少ない新都の駅に、良く映える"赤の彼女"は些か眩しすぎるのだ。

 

 行くはどこぞのアイドルか、それとも女優か、なろうと思えば彼女にとってはそうハードルの高い話ではあるまい。

 そんな下らない事を考えながら、雁夜は"右手"を振り返す。

 

 遠坂凛は高校2年生になっていた。

 

 

 

 

「おみやげは?」

 

「そう来ると思ってたよ──はい、向こうの骨董品屋さんで見つけたブレスレット。こういうの、凛ちゃん好きでしょ?」

 

「うーん、悪くないですね。流石おじさん、私の好みをばっちり掴んでる」

 

 そりゃあ国外に行く度に毎回毎回お土産をせがまれれば、少しは好みくらい把握できる。

 雁夜は横を歩きながらニカッと笑う凛から少し視線を外し遠くを見つめる。

 

 あれは7年前だったか、年齢が10に達した彼女は一度一方的に雁夜から距離を取り、子供扱いしないでください!と正面切って宣言してきたのだ。

 雁夜はそれを桜と同じように国外帰りの時にお土産で釣る──そんなつもりは毛頭なかったのだが──ような形になっていたことにあるのではと疑い、試しに一度手ぶらで帰って来た振りをした。

 結果はと言えば、やばいという空気に気が付き、ポケットに忍ばせていたネックレスを出す前に号泣からの駅員室送りという、思い付く限り最悪に近いものだった。

 

 美少女の涙は正義、そして彼女に逆らうのは悪。

 そんなことを認識させられた瞬間である。

 

「倫教はどうでしたか?」

 

「どうもなにもいつもと変わらない──正直に言うと楽しくはないかな」

 

「ああ──確かにおじさんは魔術を極めたい訳でも、研鑽に身を投じたい訳でもないですもんね。あくまでも桜の為に行っているだけ」

 

「加えて家自体はそこそこ歴史あるのに、力量は一番ハードルの低い現代魔術科でも最低レベル、気が滅入るよ──」

 

「はいはい、愚痴なら愛しの桜にしてくださいな。まあ後1年半もすれば、そんな泣き言なんて言えない位に、私が、きっちり、みっちりと鍛えて上げますから」

 

「あはは──お手柔らかに御願いします」

 

 最近"あいつ"が言っていたことが良く分かる、というか身に染みる。

 時折彼女の背中に、あかいつばさが見えるのは気のせいだと信じたいと雁夜は少し鳥肌が立った手首を抑えた。

 

 凛がロンドンに来るのは、情けない話だがとても有り難い話であるし、心強い。

 桜を堂々と自分の力で守る為、雁夜が時計塔に初めて赴いてからももう10年近くの月日が経つ。

 魔術師であると認められない限り、彼女を襲い来る怪奇から救うことなぞ叶わない。

 その思いだけで、はっきり言えば反吐が出る魔術師の世界に踏み込んできたが、中々に苦しいのが正直な所だと雁夜は溜め息を吐いた。

 

 

「考えておきますね。おじさん、今日はこれから学校に行くまでは──」

 

「一度切嗣さんの家に荷物を置きにいこうかなって。やっぱりあそこの方が落ち着くから」

 

「間桐の家が10年前に爆散してから、家族自体離散したようなものですもんね。慎二も無駄に要領が良いから独り暮らしも慣れたものですし」

 

「まあ──ね……」

 

 兄である鶴野、そして甥である慎二との関係は良好とは言えない。

 それでも慎二とは会えば挨拶程度するくらいには改善されているので、まだましと言えばましなのだが。

 

 

 

「取り敢えずそちらのことは置いといて──おじさん、私の言いたいこと、分かってますよね?」

 

「うっ……なんのことかな? 凛ちゃん……」

 

「へえ、私に対してしらを切るんですか……良い度胸ですね、雁夜おじさん♪」

 

「ごめんなさい! 今のは嘘です! 凛ちゃんの言いたいことは良くわかってます!」

 

 蛇に睨まれた蛙。

 年上の威厳など知ったことではないと雁夜は頭を下げ、それを見て凛は満足げに頷き

 

「物分かりの良いおじさんは好きですよ──はあ、普段はしっかりしてるのに、何でお母様の事になるとこんなにうじうじするんだか」

 

 今度は呆れたように腕を組む。

 

「それは──」

 

「分かってます。おじさんの気持ちも、葛藤も。そんな事は私が子供の頃からずっと」

 

「ごめん──」

 

「この件で謝るのは禁止ですと、今まで何度も言いましたよね? おじさんがお父様を殺したのは事実、けど、魔術師として聖杯戦争に参戦した以上、それはお父様とて覚悟していた筈です。そして、おじさんにはおじさんの譲れない正義があった。それだけの話」

 

 これ迄とはうってかわって真剣な表情で凛が静かに語る。

 

 聖杯戦争が終結した直後、雁夜は全てを告げに禅城の家へ赴き、時臣の訃報に取り乱した葵から、当時7歳の凛から見ても酷いと思えるほどの罵倒を、ただひたすら頭を地面に擦りつけながら静かに受け止めていたその光景は、凛の脳裏にこびりついていた。

 そしてその際に雁夜は一言も口にしなかったが、それが桜の為であると判明し、今度は落ち着いた葵が、凛の手を引き謝罪に向かったときのことも。

 その時、凛は幼いながらに確信したのだ。父を殺したのは確かなのだろうが、彼は決して悪人でもなければ、責められるべき人間でもないと。

 

 だからこそ、自然にこれだけ良好な関係を築けているのだ。

 

 そして、長いときを経て彼女の母である葵も、その意思を今では理解している。

 

 だというのに、雁夜だけはあの日のままだ。

 

 それが凛からすると、どうしようもなく歯痒かった。

 

 

「暫くこっちにいるんですよね? 桜と過ごす時間を大切にしているのは私も良く分かっているので今日来いとは言いません。ですが、明日は家に来て下さい。10年待ったのに煮え切らないおじさんが悪いです。問答無用」

 

「ち、ちょっと凛ちゃん、いくらなんでもそれは──」

 

「ああ、もう! 焦れったい!」

 

 ぷちん、っと何かが切れる音がした。

 カツン! と大きく靴音を響かせると、凛は雁夜に詰め寄り、勢いに驚いて後ろに仰け反ったその耳許に口を持っていくと凡そ高校生とは思えない妖艶さでそっと呟いた。

 

「良いんですか? あんまりまごまごしていると、お母様、他の誰かに獲られちゃいますよー」

 

「──!?!?」

 

「お母様、流石は私達のお母様だけあってどんどん美しくなってますからね。言い寄ってくる男の人、正直後を断たないんですよ……あーあ、私もそろそろお母様の結婚式で着る晴れ着準備しておかないとなー

 おじさんも"賓客"として参列されるでしょうし」

 

「……っ! 分かった! 分かったから! 明日ちゃんと行くから!──あっ」

 

「はい、言質頂きましたー。あ、もう深山ですね。それじゃあおじさん、また後で!」

 

「ちょ──っ!!」

 

 何やら取り乱している雁夜に背を向け、凛はチロッと舌を出して笑い、自宅へと続く長い坂を軽やかに歩いていく。

 遠坂凛は聡明で、あかいあくまだ。その事実は、いつ、いかなる世界でも変わりはしない、普遍の事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだか疲れた──失礼します……」

 

「おー、カリヤ久しぶりー、グーテンダークー」

 

「あら、思ったより遅い到着でしたねカリヤ様」

 

「ちょっとね……グーテンダーク、セラ、リズ」

 

 何故かヒットポイントが既に危険信号圏内である。

 さながら活動限界が残り1分を切った光の巨人のようだ。何故か重くなった身体を引き摺り、衛宮邸へと辿り着いた雁夜を出迎えたのは、この純和風の邸宅とはイメージのかけ離れた銀髪の女性メイド二人組だった。

 タンクトップにホットパンツ、更に口にはアイスを咥えるという体のリズはおよそメイドには見えないが、それはそれである。

 セラとリズ、今となってはアインツベルン純産最後のホムンクルス、この二人も10年前のイリヤ奪還以降、この日本へ降り、この衛宮邸に居を構えている。

 

「桜ちゃんとイリヤちゃんは?」

 

「お二人ならもうブカツドウとやらに出立されました。本日が大事な競技会であることはカリヤ様もご存知かと思いましたが──キャリーケースはそこに置いておいてください。後で私が離れに運んでおきます」

 

「間に合わなかったか。ありがとうセラ、因みに切嗣さんは」

 

「旦那様なら恐らく土蔵ではないでしょうか? こういう時はいつもそちらに」

 

「分かった。ちょっと見てくる」

 

「いってらー」

 

 

 貴女も少しはメイドらしくしなさい!と怒るセラの声を背に、変わらないなと雁夜は笑みを浮かべ、軒先から外へ出る。

 土蔵まではそれなりに距離がある、そこにいる切嗣には、この喧騒も聞こえてはいないだろう。

 

 

 

 

「切嗣さん、雁夜です」

 

「む……ああ、雁夜君か、久しぶりだね。倫教は相変わらずかい」

 

「こちらこそ──ええ、相変わらず、です。寒くないんですか?」

 

「ここは丁度良い具合に日が入る。むしろ暑いくらいさ」

 

 重たい扉を軋ませながら押し開けると、背を向けて座っていた切嗣が振り返る。

 その身に纏っているのはは例によって黒い浴衣である。そしてその手に大事そうに抱えているのは、今まで磨いていたのであろう愛用の銃……ではなくカメラだ。それも明らかに高価そうな一眼レフである。

 嘗ての漆黒のスーツに重火器からは想像も付かないラフさ加減。あれから一番変わった──丸くなった──のは断トツでこの人だろうなと雁夜は心の中で独り言つ。

 

 

「まあ座ってくれ。僕も君が出てから2.3週間してから国内外飛び回っててね、落ち着いたのはここ1週間くらいだ」

 

「それだとイリヤちゃん機嫌悪いんじゃないですか?」

 

「ああ、参ったよ。帰って早々"娘よりも知らない誰かの人助けの方がキリツグは大事なのね!"と怒られてしまってね……そうじゃないことを証明するために、今日はイリヤと桜ちゃんとベストショットを出来るだけ多く撮らないといけない」

 

「あはは、イリヤちゃんらしい──」

 

 いつも以上に気合いが入っていたのはそれか。

 何故か10年前と同じくらい目付きが鋭くなった切嗣に雁夜は納得する。

 イリヤと桜、この二人に対して彼は甘々も良いところなのだ。

 

「弓道場って撮影OKなんですか? 俺も行くの初めてなんで良く分かってないんですけど」

 

「派手にフラッシュを焚いたり、スペースを取ったりしなければ大丈夫らしい……まあ可愛い娘達の話は勿論大事なんだが」

 

「──!」

 

 カメラをそっと脇に置き、胡座をかいて此方へと顔を上げた切嗣の空気がすっと切り替わる。

 どれだけ時が経っても変わることのない、鋭利な刃物を突き付けられているようなこの殺気には、いつになっても慣れられそうにない。

 ごくん、と唾を飲み込んで、雁夜は切嗣の前に正座する。

 

 

「さて──籍は間桐に置いたまま、僕が桜ちゃんの実質的な後見人を務める形で預かってもう10年近くになるのか」

 

「はい、切嗣さんには感謝しています。悔しいですけど……俺一人じゃあの頃の桜ちゃんは守れなかった」

 

 静かに頭を下げる。

 当時の雁夜には、まだ自立など出来るわけもない桜を経済的生活的と言った人間的な面、そして、様々な意味での魔術的な側面、どちらにおいても守るなどと大言出来る力はなかった。

 だからこそ聖杯戦争の最後、魔術師殺しの異名を持つ切嗣を頼った。

 彼は魔術師に取っての天敵である。その庇護下にあれば、桜に余計な干渉を行おうとする輩への牽制にこれ以上はない──果たしてその思惑は当たり、桜はこの10年、その日常を壊されることはなかった。

 

「感謝しているのは僕も同じだ。桜ちゃんのおかげで、イリヤも寂しい思いをせずにすんだ。今では本当の姉妹以外の何物でもない」

 

「しかしだ雁夜君。そろそろ選択の時は近い。彼女も今後どうして行くのか話をしないとな」

 

「はい。それについてなのですが──」

 

 楽しい時間も、いつか終わりを迎える。

 それは絶対の事実だ。桜ももう高校生、今後自らをどの位置に置くのか。

 その時は、確実に迫っていた。

 

「俺は……桜ちゃんの意思を尊重しようと思います。仮に彼女が魔術師としての道を歩むと言うのなら、俺はそれを止めるつもりはないです」

 

「ほう──」

 

 雁夜の返答に、切嗣は驚いたように目を細める。

 

「意外だな──望んだとして、君がその道を容認するとは」

 

「ええ、出来るなら穏やかに、魔術なんかとは縁の無い人生を歩んでほしい。それが本音です。けど──自分の人生を決めるのは、自分自身ですから」

 

 我ながら随分と考え方が変わったものだ。

 雁夜は思わず笑い、切嗣も柔らかく答えた。

 

「それじゃあまた後で。僕も後から学園に向かうから」

 

「分かりました。切嗣さん、機材はなるべく少なめに抑えてくださいね」

 

 土蔵を後にする。時計を見ればその短針は10と11の間を指していた。

 凛との待ち合わせは13時過ぎ、少し仮眠を取るべく、雁夜は欠伸をしながら離れへと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじさん、遅刻はご法度って言いましたよね?」

 

「その……すいませんでした」

 

 こんなに気持ちの良い昼下がりにダラダラと冷や汗を流すはめになるなんて。

 制服姿に着替えた凛を前に、雁夜は息を切らしながら手を膝につく。

 遅刻だ、それも30分とかなり大事故。校門にもたれかかっていた凛は明らかに不機嫌だった。

 

「高校に来るのは初めてだとおじさんが言うからわざわざ待ち合わせにしたのに」

 

「いや、ほんとに、ごめんよ──」

 

「はあ、まあ良いです。時差ボケもあるでしょうし今日は多めに見ますね。私もこうなるかもなと思って少し早めの時間を伝えていましたし──けど、次にやったら……」

 

「──肝に銘じます」

 

 

 宜しい、とだけ言うと凛は校門から学内へ入り、雁夜はそれを追従する。

 彼女等が通う穂群原学園はこの冬木では最大規模の私立学園である。

 これまで桜とイリヤが通っていた公立中学校しか学校のイメージがない雁夜は、その規模感に素直に驚く。

 

 

「あ、遠坂さんだ」

 

「遠坂さん、こんにちはー」

 

「相変わらず今日も綺麗……」

 

「流石はミスパーフェクト、あーあ、私もあんな美少女に生まれたかったわー」

 

「おはようございます。皆さん休日だというのに部活動に精がでますね」

 

 

 颯爽と校庭を行く凛は注目の的だった。

 それは男女を問わずのことであり、その後ろを歩く雁夜にも自ずと視線が向く。

 え、あの人誰? もしかしてストーカー?

 そんな感情が目に見える好奇に気まずさを覚えながら雁夜は少し背を丸めるようにして歩く。

 

 

「また卑屈になる。そういうの、よしてください」

 

「今回は俺が正しいと思うんだけど?」

 

 そんなやり取りをしているうちに、校庭を横切った雁夜と凛の前に"和"と言う雰囲気を全面に押し出す弓道場が見えてくる。

 今日は大会ということもあり、何時もより慌ただしいらしい。

 各々が学校毎にスペースを陣取り、そこに固まるなか、ホストに当たる穂群原の生徒はその中心でミーティングを行っているようだった。

 そんな中、二人の少女が彼等に気付くと、回りのメンバーに会釈をすると小走りに駆け寄ってくる。

 

 

「お久しぶりです。おじさん。姉さんも」

 

「やっと来たのねカリヤ、リン。ほんとに遅いんだから……あれ、キリツグは?」

 

 その姿に、雁夜はおもわず頬が緩んだ。

 

 白い胴着に黒色の袴を履いた二人の少女は、その格好以外は正反対だ。

 お目当ての父親が雁夜と共に現れなかったことにむくれているイリヤスフィール、イリヤと、そんな彼女をあはは、なんて苦笑いで見る桜

 雁夜にとって、大事な二人である。

 

「切嗣さんなら後でくるってさ。桜ちゃんもごめんね、遅くなって」

 

「いえ、まだ私達の試合までは少しありますし……お忙しい中時間をつくって頂いてありがとうございます」

 

 この10年、桜は幸せだっただろうか?

 久々に見る彼女に、雁夜はふと、そんな事を思った。

 髪をかきあげる彼女は贔屓目無しに見てもとても美人に育っている。でも時々、なんだか遠くを見つめているような気もする。

 彼女の幸せを祈り続ける雁夜には、どんな細かい仕草や変化も気になった。

 

「まーたサクラの事をじっと見て……今の貴方、端から見たらただの変態よ、カリヤ」

 

「うぇっ!?」

 

「イ、イリヤ姉さん!」

 

 惚ける雁夜にスパーン、と。ハリセンで頭をひっぱたくように強烈な突っ込みが入る。

 あわあわと焦る桜、そして雁夜の横で必死に笑いを堪える凛、ある意味いつも通りの日常である。

 

「と、ところで桜ちゃん、慎二君は?」

 

「あー……兄さん、何となくおじさんが来るのを察したのか、さっき逃げちゃったんです……とりあえずよろしくとだけ伝えておいてくれって」

 

「そっか……」

 

 どうやらこの関係の改善にはまだまだ時間がかかるらしい。

 ひねくれた甥っ子の顔が頭に浮かび、雁夜は少し気が重くなるのを感じた。

 

「慎二も慎二でめんどくさいですから……今日は試合に集中したいのもあるでしょうし。桜にイリヤに綾子に慎二、そして"あいつ"。藤村先生は"来年は全国制覇じゃあ!"って気炎を上げてたけど、そこのとこどうなのよ? 二人とも」

 

「全国制覇は流石にどうなんでしょう……」

 

「当たり前でしょ、私がいながら負けるなんてありえないわ」

 

 またも正反対の答えを返す二人に思わず吹き出す。

 何だかんだでこの二人は良いコンビだ。

 

 この笑顔を守れただけで、あの戦いに意味はあったのだと雁夜はいつも実感する。

 

 

「あ、美綴先輩が呼んでますね。イリヤ姉さん」

 

「はいはーい。ま、サクッと決めてくるからちゃんと見ておいてね」

 

 このチームの主将だろうか、見るからに快活そうな茶髪のショートカットの女子生徒がこちらに手を振りながら桜とイリヤの名前を呼んでいる。

 

 これ以上ここにいては邪魔になってしまうだろう。

 そう空気を読んで、凛と共に場を立ち去ろうとした雁夜を桜が呼び止める。

 

 

「あ、おじさん──」

 

「どうかした? 桜ちゃん」

 

 呼び止めたは良いが何を言うかは纏まっていなかったらしい。

 桜はえっと……なんて言いながら顎に手を当て、少し困ったような表情を浮かべる。そのまま思案すること数秒、漸く方針が定まったのかグッと両拳を胸の前に持ってきて──雁夜が思わずその豊満なバストに目が行き、後程自己嫌悪に陥るのはまた別の話だ──ぐっと力を込める。

 

 

 

「私、頑張りますから! 応援してくださいね!」

 

 その笑顔はまるでひまわりのように眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そう言えば凛ちゃん」

 

「何ですか?」

 

「いや、聞こうと思ってたんだけどさ……凛ちゃん、最近彼氏出来たんだって?」

 

「ぶふっ──!」

 

 遠坂凛が分かりやすく取り乱したのは、桜達の所属する穂群原学園の試合が始まってからのことだった。

 選手達と弓の軌道を横から見ることになる観客席の中で、彼女は丁度飲んでいたペットボトルのお茶を吹き出しそうになり……ギリギリで手を伸ばし抑え込む。

 

「けほっけほっ……あの、大体わかりますけど誰から聞きました?」

 

「……桜ちゃんだけど? さっき会って思い出した。"姉さんに彼氏が出来たんですー"ってすごく嬉しそうに電話してきたからさ」

 

「あの娘ったらほんとに……ああ、ありがとうございます」

 

 お茶を噎せたせいが顔が赤くなり、ついでに涙目になりながら凛は雁夜が差し出したおしぼりを礼を言って受けとる。

 

 

「そうですね……どうせいつかは分かることですし、今紹介しても良いかもしれない」

 

「え!? いま! ってことは……」

 

「察しが良いですね。はい、私の彼氏は弓道部の部員です──その積極性はお母様に発揮して欲しいのですけど」

 

 凛が呆れたように何か言っているが雁夜の耳には入っていない。

 大人げなく少し状態を乗り出して射場を見る──余談ではあるが、切嗣は更に大人げない。最前列ど真ん中を確保し、数年前へ戻ったように鋭い眼光を光らせ、ひたすらイリヤと桜を連写していた──その場に正座しているメンバーは5人

 

「さっきの子に、桜ちゃん、イリヤちゃん、慎二君──」

 

 見知った顔は流し見る。

 凛の彼氏となればそれは一体どんなイケメンなのか、見れば一目で分かる筈。

 そうして最後に、今正に正座を崩し立ち上がろうとする生徒へと辿り着き──

 

 

 

 

「え──」

 

 雁夜の中で、時が止まった──

 

「そんなに期待するほど美少年、って訳じゃないですよね? けどなんというか、私が昔夢で見てから忘れられないヒーローに似てると言うか……いや、そのヒーローは真っ赤でしたしもっと背が高かったりで外見が似ているかと言われるとそうでもないんですけど──」

 

「ああ──」

 

 確かにその通りだ。

 雁夜はその夢の正体を誰よりも知っている。そして今目の前に立つ少年と、"彼は"決して姿形が似ているとは言えない。

 だが何故だろう。雁夜は自問する。

 どれだけ鮮烈な思い出であろうと、人の記憶は10年も経てばある程度劣化する。

 

 少なくとも、その時と同じだけの衝撃を生み出すのは容易ではない。それこそ同じ人間を連れてきて、同じシチュエーションを再現でもしない限りは。

 だと言うのに、他人である筈の少年を見て、10年前の記憶がまるで今のように鮮明に沸き上がるのは一体何故だ?

 

 

 

 その答えは、とっくに心の中で出ていた。

 

 

「──そうだったのか……」

 

「けど好きになっちゃったものは仕方がないと言いますか……え、おじさん何で泣いてるんですか? やだ、もしかしてお母様狙いと見せかけてその実狙いは私だったとか──?」

 

「何でもないよ……凛ちゃん、彼の名前を聞いて良いかな?」

 

「は、はい。彼の名前はですね……」

 

 射を射る前の一連動作を終え、少年が会に入る。

 

 凛の口からその名前が紡がれるのと、彼の弓が放たれたのは、同時のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"シロウ"って言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢の行方は、見るまでもなかった。

 

 

 

 どこまでも美しい軌跡に場が静まり返る。

 雁夜は澄んだ青空を見上げ

 

 ──お前が守りたかったものは、確かにここにあるぞ、アーチャー

 

 ゆっくりと、見えない誰かを鼓舞するように、拳を空に突き上げた。

 

 

 

 Fate/kaliya 正義の味方と桜の味方 fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

 

 

「そうか、こんな物語もたまには良いかもしれない」

 

 微睡みから眼を覚ます。

 赤い外套に身を包んだ青年は、気難しい顔を僅かばかり綻ばせ。

 

 彼の人生は、確かに後悔の連続で、様々なことを怨み、憎んだかもしれない。

 

 けれど、それでも──

 

「私の歩んできた道は、決して────」

 

 

 

 

 

 

 

 




 FGOのキャッチコピーが未来を救う物語ならば
 私はこの物語を、雁夜の勇気に応える物語にしたかった

 どうも、作者のFaker00です。

 2016年2月よりおよそ3年と2ヶ月。複数回の半年以上の長期離脱(半エタ)もなんとか乗り越え、ようやく完結までたどり着くことが出来ました。
まずは何度も御心配お掛けした中、最後までお付き合い頂いた読者の皆様に御礼を

"長い間、本当にありがとうございました!!"

 色々と評価が二転三転する雁夜おじさんですが、私は彼の蟲蔵に自ら舞い戻ったあの勇気は本物だと思っています。
 だから、そんな彼が報われる物語を正義の味方の力を借りて作ってみた。
 それが今作になります。

 皆様にご満足頂ける出来だったかは分かりませんが、一人でも多く楽しんでいただけたようでしたら、それに勝る幸せはございません。

 それではまた。





────

 と、言うことで真面目モードはおしまい!
 遂に完結しましたやったぜ!!

 ぶっちゃけ何度かもうダメだと思ったけどやりきりました! はい!

 今後はまだ考え中ですが

1、fate/spider-verse を続けて書く

2、fate/kaleidsaber にもう一度チャレンジする

3、なんか短編集書く

4、SNメンバーが活躍しそうな新作を書く

 ちょっと充電期間は頂くかもしれませんが、いずれかで行こうかと

 こんなん見たいとかアイデアありましたらそれもどうぞ! ですが、作者FGOは1部の途中でドロップアウトしたんでそこまで分からないのでそこはご了承を

 ではいつも通り、それではまた!
 評価、感想、お気に入り登録どしどしお待ちしております!!



 おしまい




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 久宇舞弥

 

 

 

「さて──」

 

 彼女は、あまり自分から喋らない女性だった。

 それは例えるならば、まるで無機質な機械のように。

 話せと言えば充分に話せる、自らの感情を他者に伝える方法も心得ている。決してコミュニケーション能力が無いと言うわけではない。

 ただ、言葉を発する必要がなければ、世の中の女性の大半とは違い、無駄に口を開きお喋りをしたりすることが無いというだけ。

 

 だからこそ、彼女が口を開くということは何かしらの意図があるということである。

 そして今回はその意図が、10年以上の付き合いの中で、この世の中の誰よりも理解している筈の疲れて眠る愛娘を腕に抱く男(切嗣)にも、其の一瞬だけ理解できなかった。

 ただ、それだけの事である。

 

 

「舞弥──?」

 

 ドイツで降雪量が多い地域は、比較的南部地方に固まっている。

 その中で日本への直行便の飛行機が飛んでいるのはこのミュンヘンからのみである。

 今や跡形もなく、文字通り吹き飛んだアインツベルンの屋敷はもっと雪が深い。数時間のドライブを終え、疲れきった雁夜と、自らの意思でイリヤの世話役を全うすべく付き従う事を選んだセラとリーゼリットは既に搭乗手続きを終え、姿が見えなくなっている。

 父の腕にしがみつくようにして眠ってしまったイリヤスフィールは勘定にいれないとして、切嗣と二人で話せるタイミングを見計らっていたのか。

 既に戻ることのできないゲートを彼との間に挟んで、久宇舞弥は柔らかく微笑んだ。

 

 

「どうしたんだ舞弥? 早く君もこっちへ──」

 

「ふふ、分かっているのでしょう? 切嗣」

 

 少し困惑したような表情を浮かべた切嗣に、舞弥は笑みを消さないままに現実を突き付けた。

 これが一般人ならば、その笑みを額面通りに受け取り、幸せな勘違いを続けられたかもしれない。

 だが、切嗣にはそれが出来なかった。困惑したのは彼女の次の行動を分かってしまったから。その手を伸ばしたのは彼女の事を掴めないと分かっていて尚動かずにはいられなかったから。

 そのどちらかさえ理解