No matter what fate (文系グダグダ)
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01:プロローグ 白騎士事件

以下、このような要素が入っております。注意してください。

他のIS二次SSはいくらでもあるので、もしこのSSでスコップ爆砕しても、頑張って自分の気に入った作品を探し出してくださいね。

メインの進行について(重要!)
真面目に考察や軍事的な事を時折混ぜつつも基本はネタに走ります。

このSSの方針
・原作キャラ周りの欝・シリアス要素を出来るだけ排除
・ラブコメ成分多め(ワンサマーがラブコメします
・出来れば原作での無茶のあった部分の修正
・出来るだけ原作キャラのサポート・フォローに回る
・他のIS二次ではあんまり書かれてない内容や組み合わせ、物語の展開を試みる
が主目的(優先度が高い)です。

副次目的(優先度が低い)
・出来るだけ原作キャラの魅力を増やすように尽力する

通常タグ・警告タグで書ききれなかった注意事項
・通常パートでちょくちょくおフザケが入る(パロネタ・微エロネタ)
・欝・シリアス要素排除と原作での無茶のあった部分を修正するので、結果何らかのフラグが折れて、一部原作イベントが盛り上がりに欠ける場合があるかもしれない
・IS自身やIS用の銃器よりも人間様の銃器の方がしゃしゃり出てくることもある
・大量には無いと思うけどミリタリー系(?)の用語が入ってることがある
 ググればすぐに出てくるので、気になったら検索
・特に嫌われるような行動は基本取らないので原作キャラの好感度が最終的には高評価になりがちです
・オリ主と原作キャラの恋愛・多角的関係あり
・ガンシューネタやマイナーゲーネタがあります(※知らない人には何も感じない程度)……が、これわかる人いるだろうか……
※ガンシュー・マイナーゲーネタは必ず本編に関連、もしくは何らかの伏線が含まれています。意味は必ずあります(大事なので二度言いました)

 あ、あと題名の意味がわからない人はno matter whatでGoogle先生に聞いてみると大体言いたいことはわかると思う。細かい文法はぶん投げてますので、造語か何かと思って頂けたらありがたい所存であります。


一部元ネタは開示しております
詳しくは活動報告の『区切りが良いので』から


以上


 それはもう、唐突としか言いようが無かった。

 いつものように外国に行き、いつものように行きつけの射撃場に行き、しばし至福の時間を味わっていた時だ。

 突然、自身の後方から発砲音がすると、いつの間にかうつ伏せに倒れていた。そして視界にはコンクリートの他に赤褐色で粘性を帯びた液体がドクドクと流れ出していた。なんだか周りが騒がしいが、すぐにそれは聞こえなくなり、だんだんとまぶたが重くなっていき、抵抗する間も無く目をすっと閉じたのだった……

 

『起きろよ起きろよ点呼だ起きろ、起きろよ起きろよ点呼だ起きろー』

 

 突然の声に意識を覚醒させられ、自分はベッドの中にいることを自覚させられる。

 

「……起きないとな」

 

 そう言いつつも目は開けず、意識もまだ朦朧とする中おもむろに手を伸ばした。

 

『起きろよ起きろよ点呼だ起きろ、起きろよ起きろよ点呼ダ』

 

 ピッっと電子音がなり、アラームが無くなる。そして、勢いをつけ、起き上がると同時に布団を半分に畳む。

 

「……」

 

 意識が覚醒するにつれ、自身の視界もクリアになり、部屋の全貌が見渡せるようになる。勉強机、通学用のカバンにかなり丈夫なボストンバッグ、そして壁に飾ってあるエアガンに壁に立てかけてるエアライフル。今年で一応16才だが、最早なんちゃって武器庫になりそうな自身の部屋を見て、クスリと笑みを浮かべるが……ついさっきまで見ていた夢の内容もはっきりと把握することができるようになってしまい、笑みが消え、眉をしかめる。

 さっき見た夢は紛れも無い、自身の最期。死因は夢を見た限りでは銃の暴発による不幸な事故。

 ここまであっさり死なれると、よくもまあこんなに呆気無くくたばりやがった物だと感心する。

 この夢はほぼ定期的に来る。最初は生き返った直後、次は小学生の始めで、前回は中学生の始めにだ……まるで、二回目の人生でも同じ死に方をさせないかのように。

 

「もうそれは魂単位で刻まれてるから無理だっての。さあ今日も1日、頑張りますかー……」

 

 今日から二度目の高校生、決して油断は禁物だ。

用意を迅速に済ませた後、学校指定のカバンに筆記用具と貴重品等を入れ、カラビナでカバンと持ち手と腰のベルトに繋ぎ固定して、出発。

 自宅から自転車で最寄り駅に行き、事前に購入した電子定期券で改札を通過し、行きたい乗り場にいく。

そして、乗り場に着くと電車が止まっていて、それに躊躇なく乗り込み、やがて発車する。

 電車は1駅目、2駅目に続き、3駅目で停車した。自分は電車から降り、違う乗り場へと向かう。

違う乗り場にたどり着くと、予定通り電車は停車していた。それに乗り、学校の最寄り駅へと向かう。

これら一連の動作はまるで何年もの間、通いなれたように素早く、効率的であった。

 

 無事、最寄り駅にたどり着き、徒歩で数分のところに高校があった。

 正門に入り、玄関を抜け、階段を上り、何事も無く教室のドアを開ける。

 二回目と同じ街、自宅、小学・中学、そして二回目になっても変わり映えしない友人と一緒に受けた同じ高校ともなると、記憶が多少薄れていても体で覚えているものである。そして、二回目でも友人でなるはずであろうクラスメイト達もそこにいた。

 

 小学生の頃、初めてこのような状況になった時には煩わしいとも思ったこの境遇、今思えばなかなか幸福な環境ではないかと思っている。

 なにせ、向こうは自分のことを知らないが、こちらは前世の情報ではあるがある程度はクラスメイト達のことは理解しているからだ。だから、コミュニケーションを取る際、相手との距離を大変調整しやすいのだ。

 もちろん、前世の情報と食い違う事もあったが、取り分け経験の長さ……つまりはコミュニケーション力ではクラスメイト達よりも少なくとも一歩はリードしていると自負できる。このようなアクシデントに対処もでき。その結果、前世の時よりも遥かに快適な人生を満喫することが可能となった。

 

 しかし、一つだけ疑問があった。

 

 学生時代の記憶しか鮮明に思い出せないのだ。

 

 それ以外の記憶といえば夢で見る自身の最期のみ。薄ら寒いモノを感じるが、それ程までに社会人になったら人生の暗黒期にでも入るのだろうか?

 

 そんなことを考えながら、前世の時に一番世話になった友人と学力がトップクラスのクラスメイトを探そうとして、教室を見渡したその時であった。

 気づいてしまった。座席の端の奥、そこにいる二人の少女。彼はその少女達には一切の記憶の覚えがなかった。片方が容姿端麗の威圧感漂う美少女でもう片割れはウサミミをつけていたら嫌でも覚えているはずだ。だが、覚えていない。その欠片も何も無いのだ。

 

 目が合わないうちに二人を視界から外し、教卓に向かう。教卓の上には席と名前の一覧があり、例の二人が座っている位置を、特に端の方を先に調べる。

 

『織斑 千冬』

 

『篠ノ之 束』

 

 そして織斑の前の席は……

 

『岡部 友章』

 

 自分の名前が刻まれていたのだった。

 

 うわぁ……と言いたくなるような気持ちを抑え、席に座る。

後ろの方は特に変わった様子でもないので、当分はこのまま静観を選択することにする。

 

 Rも残り5分で始まりそうなので大人しく待っておくことにする。クラスの誰よりも例の二人とは距離が近いようで、途切れ途切れに二人の会話が聞こえてくる。

 

「ちーちゃ……IS……思っ……んだけ……装は……にするの?」

 

「……銃や盾のよう……軟弱……刀の方が良いな」

 

「さっすが……高速化された戦闘……遠距離……身重になる盾……鉄くずレベル……その戦術は正解……」

 

 ただのゲーム何かの話のようだが……何か銃器が貶されているのを偶然聞いてしまった。

 自分の中で少しだけ苛立ちを覚える。悪い癖だが、自分は極端な銃器スキーである。

 前世では大学時代、しょっちゅう射撃場に足を運んでいるし、レプリカのジュラルミン防盾とSMGや拳銃やマシンガン、ショットガンとグレネードを持ったり、時にはスーツにコートを羽織って装備は拳銃のみなどのなんちゃってエージェントや特殊部隊をサバイバルゲームでやるほど好きだ。

 

 だからこそ、織斑さんの発言には眉をしかめる、だがそれに対する不服を言ってしまうと同時に彼女の近接スキーを汚しているとも言える。だから言わない。だからこそしっかりと胸の内に抑えておく。大人なんだ、ここは我慢だ。

 

「まあ、銃弾なんて銃口向けられても射線から離れれば問題は無い。あとは、装填中に寄って……斬るだけだ」

 

 この織斑さんの一言がいけなかった。抑えていた自分の理性が外れていた、無意識に撃鉄を上げるように息を吸い、そして彼女に銃口を向け、トリガーを引いてしまったのだ。どうせ社会的身分は学生さんだし何も問題は無い。

 

「じゃあ、連射で押し切るか予備に切り替えて射撃を継続的に行なって寄せ付けなければいいじゃないか」

 

 ムッ、といった感じでこちらを見る織斑さん。ウサミミをピクッ、っと動かし見下すように見ている篠ノ之さん。

 うわぁ、案の定だった。特に篠ノ之さんに至っては「テメェに発言権なんぞ与えちゃいねぇ」みたいな顔をしてら。

織斑さんは……まあ、少し前の自分ですよね、思いっ切り。

 

「……いや、すごいボロクソに銃器について言われたもので……」

 

 さらに、二人とも不機嫌に……そうですか引っ込んどけばいいんでしょ引っ込んどけば……

 

「お前、ちーちゃんは剣の達人だから言えるんだ。素人の分際で勝手な口叩くな」

 

 変更……絶対に引かねー。引いてやんねー。射撃オタを見くびるなよ……

 

「じゃあ、織斑さんは剣道かなんかで?」

 

「ああ、全国で優勝してきた。」

 

「どう、これでわかった? しかもちーちゃんは中学時代ずっと優勝だから三連覇だよ」

 

 自分からの質問に律儀に答えてくれた織斑さん。いきなり話振られて少し肩が強張った気もするが……

 あと、篠ノ之さんは胸を張らんでいい。メロン様溢れるから。

 

「実は、自分エアライフル競技とエアピストルで優勝しました……」

 

 と言うと織斑さんは何故か獲物を見るかのような目で見だし、篠ノ之さんは暫く無言だったが、「ハッタリじゃない……しかも日本記録更新ッ……!」と呟いて歯軋りしていた。

一応、新聞に乗ったんだけどなぁ……『最年少でダブル優勝!』……って。競技自体がマイナーだからかねぇ。

 前世ではあんまりできる時間や環境に恵まれなかったが、二度目の人生ではうまいこと立ち回って何とかできて本当に良かった。そのおかげで前世とは違った異常も見つかった訳だし。

 

「ふうん、じゃお前の事は一応しょうがなく認めてあげる」

 

 と、嫌な顔をされながらも篠ノ之さんにはそんな事を言われた。え?なんで?射撃キチだから? ぐぬぬ……

 

   ■   ■   ■

 

 結論から言うと、現状ではあんまり変わっていなかった。

ただ、前世とほぼ同じ生活サイクルの中に二人が新たに加わったぐらいである。

 

 そうなるようにできる限りの努力をした結果でもあるっちゃあるけど……

 

 二年前に高校で初めて二人と顔合わせした時から思っていたことだが、織斑さんも篠ノ之さん、二人は同年代の子達と比べて最早隔絶した能力と精神を持っている。

 例えば織斑さんは圧倒的な運動神経と剣才、そして獣の如く鋭すぎる直感を持っている。

 篠ノ之さんは織斑さんと比べてみれば身体能力は見劣りするが、他の追髄を許さないほどの頭脳と知識量、学術的センスを持つ。そして両者共に美少女。

 

 欠点らしい欠点と言えば、その余りある才能と成熟した精神のおかげで誤解や反感……申し上げにくいが羨望や嫉妬を誰からも受けてしまうといった感じか……良くも悪くも彼女達は他の人達とは対等に話し合えないのだ。

 だから入学当初、クラスで孤立しかけてしまっていた。実を言うと自分もあのちょっとした会話が原因で余波を思いっきり受けている。

 

 昔ならばもうとっくに詰みの状態にまでなって灰色の青春でも送っていたのだろうが、こちらはクラスメイト達の性格や傾向なんかはお見通しなので、誤解を解くとともに、二人についての事も理解してもらえるように懇切丁寧にお話をさせて貰い。危うくもあったが、なんとか解決した。

 

 そして、織斑さんと篠ノ之さんを加えた学生生活は……とても刺激的であった。

 1年生での出来事のみを語るならこんな感じかな?

 

 体育での話だ、中学生の頃から本格的に自分の将来を見据えての体づくりに取り組んでいたので、スポーツテストではその運動能力を十分に発揮でき、特にハンドボール投げとシャトルランは満足のいく結果となった。

 

 ただ、体づくりの結果では無く、織斑さんとの競争の結果……なのが真実なんだけどね……

 

 きっかけは初日の体育館内での体力テストでの出来事だ。

 織斑さんはその身体能力で瞬く間にクラストップの座に君臨したのだが、そこに自分が食らいつき、織斑さんの記録を塗り替えたのだ。

 これに対して織斑さんは自身の闘争心に火を付けたらしく、次のグラウンドでの50m走では織斑さんと併走、壮絶なデッドヒートを繰り広げつつも織斑さんはこれを制する。

次はハンドボール投げ、これは自分が織斑さんの記録を更新することで決着が着いた。

 

 で、最後は20mシャトルラン。

 

 織斑さんと併走しつつスコアは80、90、100へと増えていく……

110を超えると流石に両者共に息が上がっていき、150を超えるとほとんど意地の張り合いで走っているような物になっていた。

 

 結局、両者共に同スコアで終了。クラスメイト達の拍手の中、自分と織斑さんは二人してその場に寝転んで休息を取っていたのであった。

 

 あの時はお互いに顔を見ながら笑った物である。

 

 後は……若気の至りで新しい部活を創設しようとしたぐらいかな?

 その名も射撃部……まあ、ある意味布教活動みたいな物である。

 

 顧問の教員や部活の場所、部員などの規定の条件を問題無く満たし、書類を提出したのだが……何故か受理されない。

 

 ――それもそのはず、実はある教員達がその書類を握り潰していたからだ。

 

 理由はまあ、よくある内容であった。「銃は危険」だとか、「安全性が」とか「そんなことをする奴は犯罪者」だとか……そんな感じ。

 いくら正論や安全対策を提示しても出てくる言葉は「でも、」「もしかしたら、」「学生の意見なんて、」で相手にしてくれない……

 この様子を見かねた篠ノ之さんはそろそろ諦めるように自分に促すのだが……

 

 ――だが、このまま黙ってはいられない。

 

 前世での学生時代、特に大学での知識をフル動員し、パワーポイントとそれに伴う資料を作成、顧問の教員にお願いして教員達や校長先生を集め、懇切丁寧に説明をする。

 

 結果、例の教員達以外の賛成を貰い、なんとか射撃部を創設する事が出来た。まさにゴリ押し。

 

 この様子を見た篠ノ之さんの驚いた顔は見ものだったなぁ……

 

 この後から、織斑さんと篠ノ之さんとの交流が更に増え、ちょくちょく織斑さんの弟君や篠ノ之さんの妹さんとも会うこともあった。

 

 それらの出来事から約二年が経ち、三年生になる頃には織斑さんと篠ノ之さんとは一切関わらない人達が増えてしまってはいるものの、まあクラスメイト達相手にでも事務的な会話程度ならば可能になった。

 まあ、そこからどうするかは二人次第な為どうとでも、としか言えない。

 ちなみに織斑さんは前年度も前々年度も剣道で全国優勝。五連覇という前人未到なレベルに達してしまっている。

自分は前年度はライフル競技が優勝、前々年度はピストル競技で優勝できた。

 今年から火薬入りの本物の銃での競技が可能になるので、熟練した自衛官などの強力な相手との熾烈な争いだろうと予想される。

 射撃なんてスポーツは日本では無いのも同然なのでメディアやマスコミは一切報道しないのです。まあ、銃に抵抗があるから当然だし、銃社会=危ない=悪の等式が続く限り、日の目を見ることはないだろう。

 

「ちーちゃん〜、アッキー」

 

「む、また何かやらかす気か?束?」

 

「束さんだって毎回毎回何かやらかすわけじゃないよ……」

 

「そう言って何も無かった事例なんてなんだろ……

「ちーちゃんひどぉい、今日はいつにも増して愛が多いねっ!やっぱり束さんとちーちゃんは結婚……」

 

「同姓愛はお断りだ」

 

 いつもの寸劇、オチは織斑さんのアイアンクローで決まる。

 

「ち、ちーちゃんの愛が重いぃー!もう頭がおかしくなるぅー!パンクするぅぅ!」

 

「おかしくなれ、いやむしろ爆ぜろ」

 

「らめぇぇぇ!」

 

「で、なんだい? 篠ノ之さん?」

 

 天才を通りこして天災へとランクアップなされた篠ノ之さん。また何かを思いついたようで、朝からテンションがクライマックスな事に。

 篠ノ之さんと日常的会話ができるようになった辺りから、こうして度々何か発明したり理論が出来上がったしたものを自分と織斑さんに見せる為に自宅に招待する事がある。

 入学当初、ISとはてっきりゲームか何かの略称か、作品内での架空の言葉だと勘違いしていたが、篠ノ之宅にて初めての発明品を見せてもらったのがその例のISだった事は未だに忘れられない。

 なんというか、篠ノ之さんの発明品や新理論の数々はまさに新鮮で童心に帰った位にワクワクする。ISなんかはその代表格だろう。なんせその身一つで空が飛べ宇宙服替わりにもなるだなんて、傍から見れば妄言とも取れるような物なのだが、篠ノ之さんは大真面目に作って、しかも試作まで漕ぎ着けているのである。資金源がどうの、法がどうのとかそんなちゃちな細かい事が吹っ飛ぶレベル。

 

 そんな友人の姿を見て目頭を押さえ、アイアンクローをかける織斑さんは嫌そうに見えるが実はそんな篠ノ之さんがとっても大好きなのである。うん、わかってる。自分は理解してますから。

 篠ノ之さんが兎のような人ならば、織斑さんは狼……いや、山猫の方がしっくりくるね。

 

「やめろ岡部、そんな生温かい目で私を見るんじゃない」

 

「岡部はわかってます。それが織斑さん、貴女の不器用な愛情表現だって事を……」

 

「そうだよアッキーもっと言ってあげて!そして束さんを助けて!」

 

 一瞬、愛情表現が弱まったのかこっちに逃げ出そうとする篠ノ之さん。

 織斑さんはある程度のボーダーラインを超えると実力行使に打って出る傾向があるが、篠ノ之さんのおかげでそのボーダーラインが大体把握済みなのでこっちはイジり放題。それに加えて、大抵は篠ノ之さんが先に織斑さんのボーダーラインを突破するので篠ノ之さんが必然的に折檻を受けて、それで織斑さんは満足するのがさらにイジりやすさに輪をかけている。

 

「逃がさん、お前だけは」

 

 アイアンクローから離脱せんとする篠ノ之さんに再び織斑さんの篠ノ之さんに向けての愛情表現が始まり、メキメキ……ウミミャァァァ!!と、とても人類が発してはイケナイ音や声を発する。でもってそんな公開処刑の様子を見て、今回も本題に入る間もなく。また、篠ノ之宅に行って実際に見てからのお楽しみなんだろうなぁ……と、思ったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「……ガチの天災じゃねーか」

 

 織斑さんと篠ノ之さんのキャッキャウフフタイムが終わり、篠ノ之宅に到着後、彼女の研究室で見たものといえば……どうも、全世界で艦船や潜水艦、航空機などの軍隊がそこらじゅうを動き回っているという情報と某二ヶ国の保有する各ミサイルサイロに動きがあったという情報だ。

 どうも、サイロ内では何故か正規軍や特殊部隊などが無理矢理サイロ内に突入し、サイロ内の確保が急ピッチで行われている。通信記録を見た限り、小規模な戦闘が行われているようで……

 

 当然、これらの事柄は衆目の目には晒されていない……というより、これは公表できない。

 もし公表したら、それこそミサイルサイロを乗っ取った奴らの思うつぼだからだ。

 

 事態を重く見た束さんは、万が一、長距離ミサイルが日本に飛来してくる事を懸念し、こっそり監視をして欲しいと自分達にお願いした。

 

「束、いくらなんでもこの冗談は笑えんな……」

 

 いつにもまして鋭い目で篠ノ之さんを睨む織斑さん。

 エイプリルフールでもこんな事言わねぇよ。

 

「ううん、本当の話。だから呼んだのちーちゃん達を」

 

 しかし、篠ノ之さんもいつものようにポヤンとした空気がなく、稀に見る真剣さで織斑さんと視線を交差させる。

 

「しかし!? 私はそんなことは出来んぞ」

 

 当然のように織斑さんは反論するものの、あることに気づいてしまった。

 

「……ISを使うのか」

 

「うん。さっすがアッキー。その通りだよ。」

 

 そう、確かにIS……正式名称インフィニット・ストラトスならすぐにミサイルに接近し、迎撃なんてふざけた事が可能だ。

 もともと宇宙進出用の装備だ。宇宙空間上にある邪魔なスペースデブリを排除する為の装備もあっておかしくは無い。

ISに近接武器をもたせている理由はは無重力下でデブリを効率良く排除し、高速で飛んでくる破片などにも最も効率良く対処できる……らしい。なんでそうなるかは理解しがたいけど、ついでにそのISデザインが騎士甲冑なのかは理解に苦しむが……

 ただし致命的な欠点として、女性にしかIS、正確にはISの心臓部であるISコアが反応しないらしくそこら辺の問題の解決に四苦八苦していた……ってところまでは覚えている。

 

「束、お前!?」

 

「篠ノ之さん、でも……それだと!?」

 

「いいんだ、アッキー。それで束さんの夢と引き換えにアッキーやちーちゃんいっくんや箒ちゃんが守れるのなら……」

 

 これだけの事を言うんだ。つまりはそれなりに気持ちの区切りもついてるってことか。

 珍しく、篠ノ之さんのメカメカしいウサミミも垂れて、ロップイヤーみたいになってるし。たぶん、どっかで制圧が間に合わない事を予想しているんだろうな。

 ……つーことはだ、束さん自身はミサイルサイロの数については言及していなかったが、少なくとも1つや2つのミサイルサイロの奪還ではないのだろう。

 

「ごめん、篠ノ之さん。自分は篠ノ之さんの気持ちを踏みにじってしまいました……」

 

「……そうか、なら私はそのISに乗ろう」

 

「ならちーちゃん。ISに乗るためのスーツを着て、IS『白騎士』に乗って」

 

 そう言うと、量子展開でISスーツと真っ白なISが出てくる。

 量子展開については前に篠ノ之さんが上機嫌で説明してくれてついでに実験もやってくれたのでもう慣れた。細かいことはいいんだよ。

 

「と、言うわけで。アッキーは別室で待機だね」

 

 はいはい、此処から先は見せられないですもんね。

 篠ノ之さんに促され、織斑さんの生着替えが見れない別室まで誘導された。

 

 篠ノ之さんに誘導された先の部屋には何故かISが……色は、白騎士のペイントされた白色というよりは金属特有の光沢のある白、つまりは未塗装品。

 ……と自分があっけにとられる内に篠ノ之さんはIS周りに接続されているであろうコンピュータのディスプレイを見ながら、キーボードをタイプしていく。このままボケっとしていても仕方が無いので篠ノ之さんの近くに歩き出す。

 

「はーい、アッキー。ちょっとこの子に触ってみて〜」

 

 めまぐるしく動き回るディスプレイと格闘しながら、唐突に変な事を言う篠ノ之さん。

 ISは女性にしか反応しないのでは?……と疑問を抱きつつ視界内に篠ノ之さんとディスプレイを何度も往復したものの、ISの方へと歩く。

 そのISは白騎士の様に若干露出度が高いがまさに騎士の甲冑のようなデザインではなく、全身が装甲に覆われている、露出なんて無かった。しかも丁寧に傾斜までつけて。各体の部位には所々穴やプレート、姿勢制御用のちょっとしたスラスターが設けられてもいる。

 頭部は白騎士の様なバイザーではなくフルフェイスメットのような物で何故か完全な丸型ではなく丸型を帯びた四角形みたいな感じ……

 まあ、現実逃避はやめてとっとと触ることにする。

 

「で、触ったけど何か変化でもあった? 篠ノ之さん?」

 

「……」

 

 返事が聞こえていない。コンソールに意識を集中させているのだろうか?

 

「篠ノ之さーん。返事してー」

 

「……」

 

 まだ、返事は無い。

 これは直接篠ノ之さんの所に行ったほうが良さそうだと判断する。

 

「もう……そっちに行きますよ!」

 

 と、ISから手を話して篠ノ之さんに向かおうとしたが後ろから誰かに服の裾を掴まれた。これは織斑さんこれは織斑さんこれは織斑さんこれは織斑さん……

 

「アッキー! 成功したよ! たよ!」

 

 子供みたいにはしゃぐ篠ノ之さんの様子ですべてを理解してしまった自分は諦めて振り向くと……

 

『……』

 

 無言でこちらを見下すように見るさきほどのISがいたのだ。ちょん、と服の裾を掴んでるのでIS的には小さな子供の上目遣いのつもりなんだろうがこれは普通に怖い。

 

「……まさか、中の人が……」

 

『……』

 

 自分呟きに反応し、中に誰もいませんよ、と言いたげに服の裾から手を……マニピュレータを離して一歩下がってから跪く。そして胴部と下半身の装甲部を真ん中から外側にスライドさせる。

 

「……マジかよ」

 

『……』

 

 どう?、と言いたげに首をかしげるIS。ものの見事に現実に叩き落してくれてどうもです。

 なんともショッキングな光景に立ち眩みを起こしそうな時、後ろから足音が聞こえてくる。

 

「にゃはは……これは流石の束さんも予想外だね……」

 

 振り返ると、いつの間にか白衣に着替えていた篠ノ之さんの姿が、珍しく苦笑いなんてしてるのでホントにビックリしているんだろう。

 

「篠ノ之さん。ISは女性にしかの反応しないんじゃ……」

 

「束さん超頑張った」

 

「具体的には……?」

 

「おおよそ二年ぐらいの間にISコア造りまくった」

 

「じゃあ、自分以外の男性もISに」

 

「ん〜、多分無理かも。下手したら永遠に男には反応しないのかもね」

 

 篠ノ之さんはその子も君にしか反応しないだろうし……とも付け加えた。

 確かに篠ノ之さん超頑張ってる。

 

「じゃあ、ISは欠陥機になってしまいますよね」

 

「そうだね。ISは女性にしか動かすことができない正真正銘の欠陥機。でもISの出力と汎用性は世界のどのような兵器よりも凄い。だから一気に革命が起こるね」

 

「具体的には?」

 

「戦争は変わって、もしかしたら、もしかすると……男尊女卑ならぬ、女尊男卑到来? にゃははは……」

 

 やっちまったと言わんばかりに自分から目線を外し、苦笑いのまま、後頭部を掻いている。だがしかし、女尊男卑はねーよ流石に。

 

 ――そして自分は重大な事実に気づいてしまう。

 

「女尊男卑云々は流石にねーだろ……じゃあ、戦争の花形はISに?」

 

「うん、そうなる」

 

「じゃあ……ISって的としてはかなり小さいよね」

 

「うん、既存の兵器に比べたら小さいね」

 

「どうやってISに当てるの?」

 

「近距離まで詰めないと話にならないし、距離を保つのは困難だね」

 

「結論」

 

「機動力に物を言わせて、すれ違いざまの近接攻撃が一番当たる。つまり機動力と近接武器最強伝説。銃器と装甲と盾はくず鉄以下」

 

 あ、詰んだ。

 

「で、話を戻すけど。アッキーもこの子に乗って、ちーちゃんの援護に行ってくれないかなぁ……?」

 

 篠ノ之さんに促されたので、ISに近づく。すると、ISが自分の脇にマニピュレータを入れて自身に招き入れる。そして、ISを装着すると自動的に開いていた装甲が閉じ、不可視だったバイザーも見えるようになった。

 

「へぇー、ISってこんな感じなんだ」

 

 自分の呟きに答えるようにピロン! と電子音がなった。

 

「あらら、この子。アッキーにゾッコンだね!!」

 

 篠ノ之さんの言葉にまたピロン! と電子音で返す。

 

「じゃあ、最初にこの子がいた場所に行って。装備を装着するから」

 

 篠ノ之さんの言葉に従い、ISが置かれていた場所に戻る。別になんのことはないただ歩いてISが置かれていた場所に戻る。

 

「じゃあ、ミサイル対策に用意した対空迎撃用の装備をつけるね」

 

 と、言って。ロボットアームで自分の背中に何かを取り付けられる。一瞬、ずしりと重量を感じたが、すぐにISが調整してくれた。

 

「後は……自衛用火器も付けておくね」

 

 そう言って今度は臀部の少し上辺りに何かが取り付けられ、次に右腰に拳銃が取り付けられた。

 

「なあ、何を取り付けたんだ?」

「今から説明するね」

 

 篠ノ之さんはコンピュータのキーボードを叩きながら説明する。

 

「まずは背中に取り付けたのは40mm対空電磁加速砲。右と左、それぞれに一門づつ装備してるよ」

 

 自身のバイザーからそれのスペックが表示される。

 

「炸裂弾を積んでるから、おおまかに狙えばいいよ。後は……大体わかるかな?一回展開してみてよ」

 

 そう言われて、電磁加速砲を展開する。すると視界には映らなかった砲身が右左両方共に、前に出てきた。そしてグリップとトリガーが砲身下部から出てきた。どうやらランチャーのように撃つみたいだ。炸裂弾が撃てるのでコイルガンなのかね?よくわからん。

 

「いいよ。電磁加速砲を収納して、次は盾を取り出してみて。あ、その拳銃はブラスターガン。まあ、ざっくりいえばビーム兵器」

 

 篠ノ之さんの言うままにバイザーの表記に従い、対空電磁加速砲のグリップを持ち上に限界まで上げた後手を離すと、自動でグリップを収納してから砲身が短くなった。

 そして、左腕を後ろに回すと盾の持ち手のようなものがあったので持って前に出して構える。それと同時に腰のブラスターガンに右手を回し、取り出して構える。

 

「うん、それで問題ないね。じゃあ、予定の集合ポイントに向かって」

 

 装備を戻すと同時に地下道が現れる。

 

「地下を通って、海底に出てからのテイクオフの予定だよ。ミサイルの迎撃作戦中は束さんがオペレートナビをやるから」

 

 そう言って当然のように道を開ける篠ノ之さん。え?飛び方知らんけど……

 そう思った時、突然体が浮かび上がる。突然の未知の感覚に驚いていると。

 

『……♪』

 

 ISの嬉しそうな電子音と同時に急に発進したのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 ISが自分の意図とは関係なしにスラスターを噴かして海底に続く地下道を駆けていく。

 通常の乗り物ならば、確実に強烈なGがかかっているが流石次世代機IS、圧迫感なんてものも無く、ただ突き進む。やがて、海水の中に突入しそのまま海底に到着するとようやくISは一時停止する。

 

『♪♪』

 

 ねえねえ?楽しかった?と言わんばかりに電子音を2回鳴らす。

 正直に言えばいきなりジェットコースターに乗った気分である。つまり、心臓に悪い。

 ……と、その時、通信が入る。

 

「ちーちゃんの白騎士はアッキーのよりも巡航速度は早いから、もう集合地点に付きそうだね。アッキーもそこに行ってちーちゃんと合流して」

 

「了解した」

 

 そう言うと通信が切れる。それと同時に視界の左下の隅にうつっていたマップにマークが付けられ、上にはその方向を指し示す矢印が。

 

『♪』

 

 気が利くでしょ? と言いたげに電子音が鳴った……ってまさかまさか。

 

「じゃあ、織斑さんのとこに……白騎士と合流しようか?」『♪』

 

 電子音が鳴った後、ISはスラスターを再び噴射、海面へと上昇し、やがて海上に躍り出る。

 その頃になるとやっとこさ感覚に慣れるが、未だに動かすことはできない……

 

「こうもあれだと多分自分ではなくてISの自動操縦かね……?」『〜♪』

 

 今度はピロン! という音では無くファンファーレが鳴った。

 

「正解って訳かい……」

 

 最早ツッコミどころ満載である。篠ノ之さん曰く凄い懐いてるみたいなことを言ってたが、このIS、確かに相当人懐っこい。しかもこちらの言葉と意図を理解できている。

 まさかアニメや漫画みたいにアンドロイドか女の子に変身、そしてラブコメへ……なんてことにはならないよね?

 ……あれ?その法則でいくともしかして自分か他の誰かがラブコメするんじゃね?

 多分、そんなことになったら……篠ノ之さん爆笑するだろうなぁ……などとしょーもない事を考えながら、織斑さんとの合流を急いで向かったのであった。

 

「む、遅かったじゃないか」

 

 織斑さんと合流したのは、出発してから僅か数十分後のことであった。

 

 移動中にも刻々と状況がわかってきている。篠ノ之さんの情報というか予想通り、ミサイルサイロの様子がどんどんときな臭くなってきた。

 これに対し、国連と米国、海上自衛隊は付近に展開していた護衛艦や機動艦隊を展開させ、衛星による徹底監視を始めている。

 これは自分の推測だが、事の全貌としては恐らく相当前からミサイルサイロは既に乗っ取られておりこれに対し、所有国は奪還のための軍を寄越したが、あまりの数の多さに全システムの奪取が困難な為に全世界の至るところに艦隊を派遣して、さらに国連軍にも要請して少しでも被害を減らそうといている最中なのだろう。

一市民?としては誠に遺憾だが、これだけの事態だ。前世でこれと似たような事があったが、この時も徹底的に隠匿してたしなぁ……あれ?

 

 ――……自分は何を言っているんだ?

 

 それにしても織斑さんが駆る白騎士、どう見ても後ろにマウントしてる荷電粒子砲らしきものとその手に持っている刀しか装備が無い。そりゃ機動力に任せてのすれ違いざまに一閃なんだろうが……

 マッハ20、つまり音速の20倍で突っ込む長距離弾道ミサイルにそれはねーよ。うん、荷電粒子砲の方を信じてもいいよね?

 

 日本を無傷で守り切る。援護があるとはいえ、それ相応のプレッシャーに押しつぶされそうになり、胃の中がグチャグチャになり頭の中がグルグル回るような感覚に陥る。動悸も相当前から酷く、過呼吸の兆候も現れだす。それでも……胃の中からくる酸っぱいモノを飲み込み、己自身を叱咤し、少しでも下らない事を考えて乗り切ろうとする。

 

 ――俺、この戦いが終わったら、篠ノ之さんか織斑さんに愛の特攻するんだ……

 

 ――あかん、それなら核の炎に包まれた方がマシや……

 

「ちーちゃん、アッキー。あんまり気張らないでね。今は中間圏界面にいるから補足はされないと思うし、もしミサイルの迎撃に失敗しても、既存の迎撃システムで何とかなると思うから」

 

 中間圏界面?ごめんわからん、どこだよそこ……

 と思った所、現在の高度が表示される。何々……高度は大体、80キロ?

 

「了解した、篠ノ之さん」「それぐらいわかってるよ、束」

 

「それじゃあ、頑張っ……」

 

 篠ノ之さん最後まで言い終えることなく、突然通信が途絶する。

 

「束!?おい!?どうした!? 束!!」

 

「敵さんが来なすったって事だ!! 狼狽えんな!!」

 

 まさかの下からのミサイルにビビりながらも、織斑さんにそう怒鳴って、電磁加速砲を両門共に展開、グリップを握り、長い間研ぎ澄ましてきた射撃の勘とISの補助を受けて、対空射撃を開始する。目標は……国連・米国側のミサイルの群れ。この海域だと米軍の第7艦隊か妥当か。

 

「織斑ァ!!お前は……」

 

「……ッ!!わかってる!群れからはぐれたのを叩き落す!」

 

 そう言って、白騎士は自分とは比べ物にならない程の加速でミサイルの群れの方へと突貫する。いや、そうじゃない。その後ろにマウントしてる荷電粒子砲で迎撃してほしいんだ。

 織斑さん……多分、興奮してるから突貫が吶喊になってると思うけどさぁ。

 

「……聞こえる!!アッキー?!」

 

「問題無い」

 

「どこかのバカが付近の衛星すべてをダメにして、さらにこっちに何らかの形でを誤射やらかしてくれたみたいで……流石にここまで本気だと束さんビックリだよ……それで、ちーちゃんは?」

 

「巡航ミサイルを叩き落して貰うようにしてる」

 

 実際は自分から突っ込んでったが……

 先程、篠ノ之さんが言ってたが、多分……アレだ。もしかしたら偽の命令書でも送ったんじゃないのかねぇ?

 

「さっすが! 束さんの意図を読んでくれるなんて! もしかしたら束さんとアッキーって、中々に相性バツグン?」

 

「そうじゃない。なんでミサイルを叩き落とすのにそんな反応なのさ……」

 

「長距離弾道ミサイルは荷電粒子砲で撃たないと不可能だけど、トマホークミサイルとハープーンミサイル位なら白騎士とちーちゃんのコンビなら問題ないよ」

 

「いや、それもオカシイ。だいたいなんで白騎士にそんな……お前まさか!?」

 

「いや~、音速レベルで進むデブリも処理しちゃおうかな~……なんて」

 

「……オイ」

 

 自分の声色を聞いてか焦りだす篠ノ之さん。

 

「い、いやぁ。まあ、そんな速さで自由自在に動けるなんてこと出来るのは白騎士だけだし……あとアッキーのISも束さん印の超・特注品だからもう造れないね!!」

 

 もうやめて!束さん過労死しちゃう!?という言葉に対し、そりゃそうだ。と言いたい気持ちを飲み込む。

 

「絶っ対に! 白騎士のソレの隠匿は完璧にするように!!」

 

「い、イェッサー!!」

 

「データもしっかり隠匿するように!!」

 

「イェッサー!!」

 

 そうこうしている内に、篠ノ之さん方が相変わらずおバカな事を言って茶化してくれる事に少しばかり安心を覚える。

 相変わらず、無茶苦茶な事をしてくれて目眩もするが……

 肩の荷が下りるような感覚がする中、電磁加速砲を撃ち続ける。もう何発迎撃したかなんて覚えていない。

 

「状況確認を」

 

「今の所はまだ発射されてないね」

 

「それは良かった」

 

「ミサイルもそろそろネタ切れだし、サイロ内もそろそろ終盤みたいだし、このまま行けば束さん達の勝利だね! それにしても、スパイ衛星からリアルタイムで見てるけど、ちーちゃんは縦横無尽に飛び回るし、アッキーの弾幕は炸裂弾を撃っている事もあってか凄いねー」

 

 特に、ブラスト噴かして炸裂弾を撃ちだす様なんて壮観だよ。と、付け加えた。

 そこから、先はただただ電磁加速砲を撃ち続け、時にはスラスターを噴かして射撃位置を変えながら迫りくるミサイルを叩き落していく。

 

 何故かミサイルを一閃……という一般常識では狂っていると言われてもおかしくは無い荒業をやってのける白騎士と、その体躯に見合わない圧倒的な対空能力でミサイルを叩き落し続け、なおかつ精度も常人離れしている自身。最早この場に居合わせてしまった人間にとって、世界の常識は砂のように脆く儚くも崩れ去っていく。

 ついでに白騎士が巡航ミサイルに追いついている様子に自分の常識的も崩れ去っていく。そりゃ強いわ、IS。

 

 現実は非情だった……

 

 長距離弾道ミサイルが来る前に何故か巡航や対艦ミサイルなどの迎撃を無事に完遂した。ハイパーセンサーでなんとか第7艦隊のタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦やアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、ニミッツ級航空母艦を視界に納めると、自分は電磁加速砲を収納し、両手を上げて後頭部に回すことで、ホールドアップ……つまり敵意がないことをアピールする。この様子を見たのか、遠く離れた織斑さんも同じようにする。

 だが、おかしい……いや、それはない。と思考を切り捨てたいと切に願うが、自身の頭の中で警鐘が止めどなく鳴り続けている。そのおかげでその思考完全に切り捨てることはできない。だが、僅かな希望的観測を自分は持ち続けた。

 

「……トマホーク!!」

 

 僅かな希望的観測、それも叶わず、篠ノ之さんは新たなトマホークの発射を確認したと告げたのだった……

 

 放たれた凶弾は二発、自分と織斑さんにそれぞれだ。織斑さんは……精神的ショックで動けていない……電磁加速砲を展開する程に、心の余裕もなく腰にマウントしてるブラスターガンを一つ取り出し両手で構え、咄嗟に撃つ。

 ISのハイパーセンサーと経験によって培われた勘は見事に自分を狙うトマホークを破壊する……しかし、まだ織斑さんは動かず、沈黙を貫いている。なので、織斑さんの方へと向かうトマホークを拳銃による射撃で破壊し、白騎士に向かう。左腕に盾を持って。

 

 ガツン!と白騎士に盾によるバッシュを行う。ISのシールドエネルギーの消失には遥かに程遠いが、衝撃までは殺せない。

 

「……何をする!」

 

「そりゃ、こっちが言いたいよ……」

 

 正気に戻ってきたようで、再び刀と荷電粒子砲を構えた白騎士と背中合わせにし、盾を持ち、電磁加速砲を展開、警戒を怠らない。

多分、今のは錯乱したどこかの潜水艦か艦艇の誤射だ……もしかしたら錯乱するように命令を受けた線も捨て切れないが、だから反撃はできない。下手な手も打てない。今この場で、逃走なんて事もご法度だ。彼らに拘束なんてもっとご法度だが……

 

 織斑さんは動けないと考えるのが妥当だ。自分は……多分、興奮してる。

 

 何かできることは無いのか?!

 

 ただひたすらに思考する。トマホークの発射を知らせたまま、それ以来篠ノ之さんも沈黙しているが、彼女もひたすらに思考しているのだろう。信じるほかない。

 

 すると突然、目の前にウインドウが出てくる。

 

『これつかって』

 

 その一文が書かれていて、その下にはスイッチが描かれている。

そして次々と情報が流れていく……

 

「篠ノ之さんではない……ISか?」『♪』

 

 それに答えるように、トマホークの迎撃以来、沈黙していた電子音が鳴る。

 それと同時に国連の艦隊の方から誤射による謝罪と身柄の確保をお願いしてきた。法的拘束力が無く、お願いなのが実に憎い。

 

「篠ノ之さん、返答は?」

 

「無理だよ。できないに決まってる。逃げるしかないよ……」

 

「どう逃げます?」

 

「ちーちゃんは無理だね、動けない。戦闘にでもなったら戦闘機を斬って多少なりともパイロットは死ぬ。艦隊に突っ込めば被弾は流石に避けられない。そうなるとシールドエネルギーはともかく、ちーちゃん自身の精神が持たない」

 

 重戦車の意外な損害要因は何だと思う? 兵士の損害は? と付け加える。まあ、意味は察した。

 

「だから、海底に逃げ込んで、そのまま消息を断つ」

 

 海上には史上最高規模の大艦隊、空にも世界各国が誇る最新鋭の戦闘機。機銃がミサイルが艦砲がそのすべてがたった二機のISに集中している。

 

「何とか出来る?無理なら電子の目を全部潰すけど……」

 

「それは駄目だ。間違い無く事故などで死人がでる。絶対に許さない」

 

「でも……」

 

「これでも男だ、意地くらい張らせてくれ」

 

 それを最期に篠ノ之さんと通信を切る。そして、今度は織斑さんに通信を繋げる。

 

「織斑さん」「なんだ?」

 

「逃げます」「ああ……でもどうやって?」

「海底に逃げ込みます」

 

「合図は?」

 

「自分がライトを点灯させますので、それを終えたら開始で。」「わかった」

 

 それを最期に通信を切る。最後に国連艦隊にモールス信号としてライトをチカチカと規則的に点灯、謝罪を示す意思だけを見せ、最後までこちらには敵意が一切もない事を示した。

 

 そして、降下を始めようとしたが……

 

「ちーちゃん!アッキー!」

 

 突然、篠ノ之さんが通信に割り込んできた。

 

「なんだ? 束」「まさか!」

 

「ミサイルサイロから、長距離弾道ミサイルが発射したんだ! しかも2発!」

 

 篠ノ之さんから報告を受け取った時、運悪く国連・米国の艦艇がこちらに向けて巡航ミサイルを発射していた。

 核弾頭の起爆にはいくつもの手順がある。起爆に至る前に迎撃すれば、原発事故よりも少ない被害で止めることが出来る。

 

「織斑さん!!迎撃だ!」

 

「何を!?」

 

「巡航ミサイルをだ!」

 

 まずはこちらに迫りくるミサイルを何とかしなければどうにも出来ない。

 電磁加速砲を構え、迎撃する。時間がない、迅速にすべて叩き落さねば……

 それで焦ったのがいけなかった。左肩の電磁加速砲がダメになってしまったのだ。原因は砲身への過剰な加熱による変形、つまりは撃ちすぎた訳である。それに右の電磁加速砲は残り弾薬が数えるほどしかない。

 

「全部叩き落としたようだな、後は……」

 

「ゴメン、織斑さん。電磁加速砲が片方ダメになった」

 

 まさにプロにあるまじき行為。痛恨のミスだ。

 まだ生きてる右の電磁加速砲を構え、長距離弾道ミサイルに狙いを定める。

 

「なら、私の荷電粒子砲を」

 

「左肩の電磁加速砲が邪魔で撃つことが出来ない、残りも1発分しか迎撃できません。片方は自分がやります、織斑さんは……もう片方を」

 

「……わかった」

 

 そう言って、荷電粒子砲を構えるが……手元がぶれてる。こりゃ無理だ。

 

「使う」

 

 ただ一言、そう告げるとISはプログラムを作動、やがて左半分の視界と左腕の感覚がおかしくなる。そう、それは織斑さんの視界と荷電粒子砲の感覚。

 

「そういえば織斑さん。以前、射撃の感覚がわからないと言ってましたよね?」

 

「……ああ」

 

「なら、この感覚を忘れないで下さい」

 

 電磁加速砲と何も持っていないはずの左手の両方を構え、引き金を引く。すると、それに連動し、白騎士の荷電粒子砲も動き、引き金を引いた。そして、長距離ミサイルを見事、迎撃した。

 後から聞いたが、中々幻想的な光景だったそうな……

 

 さて、とっとと戻るかと呟きながら、ふと織斑さんが視界に入る。

荷電粒子砲の方を向きながら、呆然としていた。

 

「織斑さーん、とっととトンズラしますよー」

 

「織斑さーん、帰りますよー」

 

 仕方が無いので荷電粒子砲を構えたまま時が止まっている白騎士を両腕でしっかりと、そして大事に抱き……降下。海面にそのまま突入してそのまま海中に、潜水艦を振り切り無事……とは言い難いものの、自分達の白騎士事件はここで一つの区切りを迎えた。

 

   ■   ■   ■

 

 さて、無事に離脱したものの、その後世界はまさに大混乱……といった所だ。

 離脱後、帰還するまでの空白の時間にまあ色々とゴタゴタがあったが、そんな物は投げ捨てる事にして……

 

 ――結果的には世界中からの非難は無かった。しかし、賞賛も無かった。

 

 篠ノ之さんが後日正式に世界に向けて発表したIS、正式名称インフィニット・ストラトスはまさに常人の理解を超えた領域にあった。

 それとは別に篠ノ之さんは白騎士事件の映像も公開した。

 

 結果的には誤射とは言え、艦隊からの攻撃を防ぎきり、航空機の攻撃も気にかけない様子は文字通り、軍関係者の度肝を抜いた。

 

 他には――特にISは女性にしか起動できないという点には誰もが理解できない領域であった。

 

 ちなみに自分も白騎士事件の映像――出撃時に記録映像としてバイザーごしに自分が録画していた映像を見て、それらに映った兵器・航空機・艦船から部隊の規模と所属の割り出しを行った。

 

 今回の事件のロケーションは日本近海。

 ISに関わった兵器群は大陸間弾道ミサイル――俗に言うICBM( intercontinental ballistic missile)やトマホーク巡航ミサイルと空対空ミサイル――AAM(air-to-air missile)を含むミサイル類がのべ計2341発。

 これに参加した部隊は海上自衛隊第1護衛隊群とアメリカ海軍第7艦隊。

 主な内訳としては海上自衛隊がDDG(ミサイル護衛艦)2隻、DDH1(ヘリコプター搭載護衛艦)隻、DD(護衛艦)5隻とアメリカ海軍はCVN(原子力汎用航空母艦)1隻、CG(ミサイル巡洋艦)2隻、DDG(ミサイル駆逐艦)7隻

 その他には日米共に補給等を行う補助艦艇や航空機が確認された。

 

 余談だが、篠ノ之さんは顔は発表の際に見せたものの、メディアには一切の非公開なため、顔は完全には割れていない。また名前は発表の際、完全に伏せている。

 

 正確には白騎士事件のあったこの日、彼女は亡き者となっている。

有り体に言えば、彼女は自らの戸籍を抹消したのである。

 

 日本は多分わかってるとは思うけど、まだメディアなどにはバレていないようなので安心。

 なんかここの日本は地味に凄いね。

 

 あと、なぜ?そんな物を創ったんだ?という声に対しては……

 

「好き好んで欠陥機を創って発表したくはありませんでしたが、事態が事態だったので止むをえなく正式に発表させて頂きました」

 

 との苦笑いの混じったコメントが唯一常人でも理解できた点なのが笑えるというか、なんというか……

 昔は篠ノ之さん、ろくに受け答えも出来ない娘だったのに……成長したね……

 

 ――話がずれたがとにかく、鼻で笑いたいが、証拠がある。実績がある。信じるほかないのだ。

 

 まあ、それよりも実はミサイル発射とその迎撃による費用やそれによる経済損失の方が世界中を大混乱に陥れているのが現状で真実だが……

 技術的ブレイクスルーよりもお金の方が大事なのであった。流石金は天下の回りものでぇ……

 

 特にミサイル保有数が大きい先進国が総崩れの状態でそれに伴う世界恐慌が始まっている。

 対策としては主に軍事費の超緊縮と軍事規模の超超縮小、そして開発途上国の支援の打ち切り。最貧国の支援は引き続き行うようである。

 

 特に元赤い超大国とチート国家が大打撃。まさかこんなところで冷戦の煽りを受けるとは予想してなかったらしく、色々と凄いことになってたり……

 

 欧州もえげつない事になっているが、こんな中でも安定のドイツ。流石やでぇ……

 

 ここまでくると篠ノ之さんのマッチポンプ説が囁かれるが……先手を打つかのごとく、篠ノ之さん自身はあっさりと白騎士事件時の収集した情報を開示しまくったので、その手の危険性は全く無くなった。

 万が一、億が一だが彼女に手をだそうものならたちまち自分がISで超超電撃戦を展開するだろうと思われているらしく、おいそれとは手出しが出来なくなってしまった事も一因だと思う。

そして、トドメに篠ノ之さんはISの心臓部となるISコアの配布に後の第一世代機の祖、IS白騎士のフレームを納めることによって、篠ノ之さんの立場はひとまず落ち着いたと言える。

 

 ――後のアラスカ条約の一部である。

 

 まあ、それでも篠ノ之さん自身がヤバイ人になったのでそのままあの人消息を完全に遮断したけど……

 

 ――そしてその結果が……

 

「大学受験を控えているのに転校だなんてあんまりだろ……」

 

 あまりにもひどい話である。前世では行けなかった防衛大もこの件で行けそうに無いし……

 オマケでいえばオリンピックもオジャン、射撃大会も何故かオジャンになった。国内のメジャーなスポーツぐらいしかまともにやってないのではと思う。

 

 因みに日本は全くの無傷。陸上自衛隊及び航空自衛隊、海上自衛隊などの組織も無傷。ISも貰えて、実質最強クラスの織斑さんも国内のIS適性検査に引っかかり代表候補生になり、それに伴い弟さんとお引越しとなった。

 

 しかしそれらと引き換えに輸出は伸び悩んだ模様。まあ、全世界に比べて遙かにマシなので問題はないだろう。

 篠ノ之さん曰く、ISのお陰でアメリカとの仲が悪くなったので、仲直りにロシアと秘密裏に技術提携と言う名の諜報機関を潜入させるらしいです。

 

 ――前世含めて初めて、日本ヤベェと思った瞬間である。

 

 後、ダメージが少なかったドイツに対して、『これはヤバい』と、これまでにない危機感を感じたイギリス・フランスはすぐにEUでの会議にてISの開発をEU全体で行うと言う名のドイツへの強請・タカリ行為とも言える統合防衛計画、通称イグニッション・プランを発案、異例の超スピードで議会を可決させる。

 統合防衛計画の内容は極東の島国やチート国家、お隣の超大国に遅れを取らずに凄いISを開発しよう……という、非常に体の言い訳で、見事、ドイツの独走状態をストップさせる事に成功。外交の世界は恐ろしい……

 

 これが、白騎士事件の事の顛末である。

 だが、そんなこともどうでも良い。一番の問題は。

 

「あ!岡部さん!また、銃を弄ってばっかり!早く荷解きを済ませてください!」

 

 なんで篠ノ之さんの妹さんと同居なのかということ。

 

 何が悲しくて小学四年生と同じ屋根の下なんでしょーねー?

 

 結論から言えば、篠ノ之さんに妹を守るように頼まれた。まだ篠ノ之さんと織斑さんしか知らない唯一無二の男性操縦者であり、織斑さんレベルでヤバすぎる腕だからだそうで。さらっと人外扱いされて泣いた。

 弟君は織斑さんが何とか出来るそうで、一番の懸念は篠ノ之さんの妹さんらしい。

 

 色々と突っ込みどころ満載だが、まあ我慢して引き受けることにした。本人自身も特に否定もしなかったので問題はない。

 最期に「出来たら箒ちゃんのオッパイの成長具合も教えてね!!」だなんて言うあたり相変わらずだが……性犯罪者とかマジ勘弁。

 表向きには国には両親と姉、親しいお姉さんと同時に別れると精神的まずいので、対して価値の低い岡部氏を彼女に充てて健全な生活を営んでほしいというお願いを頼まれた、という形にはなってる。一部ロシアに潜入した防諜組織の残りの人達がしっかりと妹さんと運が良ければ自分を守ってくれるそうなので一安心だが。対暗部用暗部の名前は伊達じゃない。

 

「はいはい、わかったから自分の部屋でも掃除してて」

「もう全部しましたよ。後は岡部さんのだけです」

 

 全く、一夏と同じズボラなんですから。とため息混じりに言われる始末。

 ため息と同時にたわわに実っている林檎様も揺れる。前から思っていたが、あれは遺伝か……

 

「また手、止まってますよ。ちゃんと動いて下さい」

 

 こりゃ、旦那は尻に敷かれるわ。つくづくそう思ったのであった。

 

 こうして、人んちの幼女と二人で荷物整理に格闘してしばらく経つ、整理もほとんど終わり後はのんびりと過ごせる。

 幸いこの辺は気持ちのいい風が吹き、また風通しも良く優良物件といってもいい程だ。

 

 ……襲撃とか監視って点を加味したらどうなるんだろうねぇ……

 

「そう言えば岡部さん」

 

「ん?何だい?」

 

「岡部さんって本当に銃が好きなんですね」

 

 そう言って、壁に飾っている銃器を見つめる篠ノ之ちゃん。

 今では反応薄くなったけど、最初に見た時はビックリしたよねー。

 

「正確には、射撃全般かな?」

 

「へぇ、じゃあどうして複数持つんですか?」

 

 拳銃と小銃とかならわかりますけど……と付け加える。

 

「篠ノ之ちゃんは、剣道好き?」

 

「はい!!」

 

 こちらを真っ直ぐに見つめて勢い良く答える。ええ子ですなぁ。

 

「竹刀だってモノによっては違うでしょ?」

 

「はい、だから自分が一番気に入った者を愛用してます!!」

 

「銃はそれが出来ないんだ。竹刀のように扱えないんだ」

 

「……そうか!部品があるからですね」

 

 暫く考えていたが、どうやら答えに思い至ったらしい。はっ、とした顔で答える篠ノ之ちゃん。

 

「うん、それに自身の最高傑作は……創り上げるんだ」

 

「つくり……あげる……銃器は歴史が浅いからと思って軽く見ていました」

 

「まあ、自分の勝手な持論だから、気にしないで」

 

 さあ、おやつの時間にするかと言うと元気よく返事が聞こえた。

 

 おやつの時間といってリビングでくつろぎタイム。自分はカプチーノを篠ノ之ちゃんはお茶と麸菓子……一言いわせて、枯れてるのに豊作とはこれいかに……

 篠ノ之ちゃんは普通に勉強は問題ないし、自分もまあ……問題はない。要するに暇なのだ。

 

「そう言えばさー」「何ですか?」

 

「射撃してみたいーって昔言ってたよね?」

 

「そうでしたね。あの時は危ないからダメって岡部さんに言われたんでしたっけ」

 

「そう言えばさ、もうすぐ篠ノ之ちゃんは誕生日だよね」

 

「はい……」

 

 禁句なのは重々承知ではあるがあえて踏み込む。そうじゃないとこの先始まらないから。面倒見ると言ったからにはそれ相応の責任ってものがある。

 

「大好きな一夏からとは……では無くて申し訳ないけれど、エアガンをあげようと思うんだ」

 

「そうですか……ありがとうございます」

 

 まあ、こんな奴から貰ってもしょうがないよね……わかってたことだが……

 織斑さんの弟君にはゾッコン、ということは自分達年上組は普通にわかっていて本人もそのことはわかっているのでこうして二人きりの時には問題はない。

 

「自分は、一夏みたいに気の利いた子じゃないから、カタログから選んでくれない?」

 

 といって、エアガンのカタログを差し出す。気まずくて、自然と視線が揺れて挙動不審になっていくのがわかる。すると、篠ノ之ちゃんは少しだけ笑った。

 

「一夏だってそこまで気の利いた奴じゃないから、大丈夫です」

 

 あいつ、昔私の誕生日忘れた事あるんですよ。と笑いながら話してくれた。

 それにつられて、自分も笑ったのだった。

 

 因みに欲しいと言われたのは弾倉式のポンプアクションショットガンとマグナムリボルバーでした。なんか歳の割に渋い……

 



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02:モンド・グロッソ

「……と、言うわけで篠ノ之ちゃんは五年生になっても元気でやっていますよ」

「そう……ありがと」

 

 ISのコア・ネットワークを通して、現在進行形で逃亡中に篠ノ之さんにいつもの定時報告を終える。

 ISのお陰で盗聴対策も話してる様子も見られることが無いので安心だ。

 

「それにしても、やっぱり嫌われちゃった。箒ちゃんに……」

 

 篠ノ之さんの声のトーンが下がる。相当落ち込んでいるようだ。

 そりゃまあ……家族がバラバラになり、一人で過ごすハメになったのは他ならない、自身の姉。

 それとなく本人に聞いたが、やっぱり姉の事については気持ちの整理がつかないとのこと。もう一つの原因として篠ノ之ちゃん自身のIS適性がCだということも拍車にかけているのかもしれない。

 

 憶測だが、その出来事は篠ノ之ちゃんにとって、自身の姉に捨てられたような感覚を味わったのかもしれない……ホントは姉なりの妹への愛情なのにね。なんとも皮肉というか……ねぇ……

 

 IS適性は束さんの身近にいる人間だけランクA+オーバーの適性値、仮に名前をつけるならSランクになっちまうからな……自分はともかく……これらの事に関しては世界中だれもが知らないことだ。

 篠ノ之姉妹の双方の理由を知ってる身としては歯がゆいが、時間を掛けてゆっくりと解決に導かなければならない類の問題故に仕方が無いことでもある。

 幸い、ISの発表時には篠ノ之さんは名前は明かさず、身内もまだバレていない。

 なので、篠ノ之ちゃんはここでも剣道仲間を作ってそれなりに楽しくやってる。

 

 ここ最近剣道や近接武器、格闘技などのスポーツの人気が鰻登りなので、篠ノ之ちゃんの友達作りにも拍車をかけている。

 まあ、近接武器や格闘系のスポーツの人気の火付け役は白騎士と織斑さんの代表候補選出だろう。

 

 白騎士事件の時は電磁砲バリバリ撃ってただけで地味だったしな〜自分。白騎士は空を縦横無尽に駆け巡りミサイル斬りまくって、最後にはどでかい光柱打ち上げて派手に暴れまわったし。

 織斑さんは射撃はダメダメだが、その分近接はえげつないの一言だし。そりゃ人気出るわ。

 

「大丈夫です。希望を持ちましょう。篠ノ之さん」

「……うん。そうだね。束さん、頑張るね」

 

 何も一人だけ辛いわけではない。みんな平等に辛いのだ。織斑姉弟もきっとそうだろうし……

 そう思い、そのまま話すことも無いので篠ノ之さんとの通信を切ろうとするが……

 

「それにしても……」

「……何です?」

「アッキーも元気無いね?」

「そうですか? 特に何も変わりないですけど?」

「気にするだろうから聞いて無かったけど、ちーちゃんが第一回モンド・グロッソの日本代表に選出されたこと、もう知ってるでしょ?」

 

 もう、それで何が起こってどうなったなんてわかってるんだから、束さんにはバレバレなんだよ〜と間延びした声で付け足した。

 

「わかってますよ。それに射撃が出来なくたって、生きていけますよ」

「ちょっと!? 本気で言ってる!?」

 

 アッキー相当重症だよぉ……と、しまいには逆に心配される始末。

 簡単には誤魔化せんよなぁ……

 

「やっぱり聞いたとおりだよぅ……これは報告物だね……決めた!!」

「え? 何を……」

「そうと決まれば即、行動なのだ〜」

 

 じゃーねーと声がして一方的に切られてしまう。

 

「岡部さーん、お風呂上がりましたよー。早く入って下さいねー」

「わかったー」

 

 篠ノ之ちゃんからそう言われたので、お風呂に入りますかね。

 

   ■   ■   ■

 

 次の日。車で篠ノ之ちゃんを学校前まで送り、無事に自宅に戻ると……

 

「え?」

「やっほー」

「まったく……」

 

 何故かリビングで織斑さんと篠ノ之さんがくつろいでいた。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 そう、これは超法規的措置。と呟き、回れ右して自室へと行くために昇り階段に行こうとするが……

 

『……』

 

 何故か自分のISに退路を塞がれた。

 目を……正確には頭部パーツのバイザーに視線を合わせようとするがプイ、とISは視線をずらした。

 

 拗ねてるんですねわかります……

 

 そして、自分の肩に手が置かれた、振り向くとそこには

 

「岡部、少し外に行かないか?」

 

 滅多になく真面目な顔をみせる織斑さんがいた。

 

 で、織斑さんを助手席に乗せ、車で少し離れた臨海公園にやって来た訳ですが……

 普通に二人きりで並んで公園内で散歩って何なんだよ!?デートだよ!!

 思いっきり混乱中でした。

 

「えー、あー、織斑さん。モンド・グロッソの日本代表選出おめでとう」

「何、当然のことだ。」

「それにしても、暮桜? だっけ? 一振りの雪片だけで日本代表だなんて凄いや」

「……」

 

 突然、織斑さんは自分の胸ぐらを両手で掴み、思いっきり織斑さんは自身に引き寄せてから、自分を押し倒した。

 視界が見えなくなり、地面に激突するかと思ったが、ちょうどタイミングよくベンチに勢い良く座る形になった。首がグワングワン揺れて、ベンチの後ろが壁だったので後頭部が心配だったが、腕の感触があるので多分保護してくれてると思う。

 

「……いきなり何するんですか!?」

「私は回りくどい事は嫌いだ。束から聞いたぞ……」

「何をですか……」

「お前が腑抜けになったとな……ッ!」

 

 後頭部に回していた腕を戻し、両手を自分の肩に乗せ、自分の視界が広がった。

 そして、底冷えするような程の怒気をはらませて静かに、ゆっくりと丁寧に告げた。

 目は明るみを帯びず、ややうつむき加減の様子と相まって思わず生つばを飲む……

 

「私が何故、代表になったか知ってるか?」

「……さあ?」

「お前だよ、岡部。お前が私を引き込んだのさ」

「自分が?」

「あの時、白騎士事件の時の最後の荷電粒子砲。あれだ

 あの寸分の狂いも無い正確さ、その一瞬を見分ける判断力、それを決断させ被弾を恐れぬ胆力……

 包み隠さず言う、あの最高の一撃に、私では到達できない射撃の領域に一歩だけ踏み込ませてもらったようなあの感覚、あれが決定的なきっかけだ。そう……お前の射撃に惚れたんだ」

「……」

 

 思わぬ展開に立ち眩みがした。学生時代余裕で全国五連覇が何を言うか……

 

「学生の時は少し気になるぐらいだった、スポーツテストでお互いに張り合ったり、実際に射撃の様子を見て気になり出した、そして現職や退役した自衛官を相手取ろうと銃と射撃にあれだけ真剣に打ち込むお前に正直、嫉妬もした

 だからこそ! お前と闘いたいと思った! お前が純粋に射撃が好きだから、束に頼み込んで代表候補生にでもなると思ってたんだ!」

 

 当初はそう思ってもいたが、その矢先に篠ノ之ちゃんの件が出てきた。

 趣味と人の人生、比べる必要もなかった。それで射撃が鈍ったとしてもISを装着すれば、増援が来るまで篠ノ之ちゃんの肉壁ぐらいにはなれるので特に問題はない。それで、命を落としたとしても別にいい。元々無かった命なのだ。それ相応の使い方で構わない。

 

 そう、言い訳したい衝動に駆られるが喉元で抑える。元は要領の悪い自分が悪い。

 もし、もっとうまく立ち回れば、こうなることは回避できたと思う。ここは素直にお叱りを受けよう。

 

 織斑さんは次第に感情が高ぶってきたのか半分涙目になりながらも喋り続ける。

 

「だが、お前は何もしなかった!? 高校の時のように反旗を翻す事もなく……

 何も言わなくていい! これは私の思い込み、我侭だ。ただ……ただ、聞いていて欲しい……

 お前は……また、射撃をやりたいか?」

「もちろんやりたい」

 

 ピシャリ、と即答する。

 その返答に織斑さんは暫し呆然とするが、十分な答えを得れて満足したようで、

 

「愚問か……束、正確には箒から聞いたぞ、一年くらい前から覇気が無くなって、銃弄りの時間とボーっとする事が増えた……ってな」

「え? なんで篠ノ之ちゃんから?」

 

 突然話に出てきた妹さんに思わず首をかしげる。

 

「まだその呼び方なのか……大方、束が通信機か何か渡したんだろう」

 

 なんたってあいつの大切な妹だからな、と織斑さんは付け加えた。

 

「まあ、お前から射撃を抜いたら何も残らんしな。流石の箒も何とか出来ないかと言ってたくらいだ」

 

「確かに、違いないや」

 

 もし、一夏から剣道を抜いたらそんな感じに腑抜けるのかもな、と笑いながら話した。

 

「でも、織斑さんとISで相見える事になるのは、三年後の第二回モンド・グロッソかなぁ」

 

 今年は代表候補も決まったし、と付け加える。

 その言葉に織斑さんはニヤリと笑った。

 

「喜べ、お前は第一回モンド・グロッソ特別推薦枠として出場する事が確定している」

「……ハァ!?」

「束がお前……解体された白騎士の片割れの操縦者をIS発明者、篠ノ之 束博士直々のご指名ということで国際IS委員会とモンド・グロッソ運営委員会、アラスカ条約機構に申請を出したから直に正式に出場可能だ」

「無茶苦茶過ぎる……」

「それをやってのけるのが篠ノ之 束だ」

 

 一国の代表の私には出来ない芸当さ、と言い足す。

 

「だから……男に二言は無いな?」

「まずは鈍った腕の修正だな……」

 

 射撃再興の道は険しいぞ、と茶化される。

 

「雪片一本で世界取るのも同じくらい険しいけどな」

 

 お互いにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふん。そこまで言うなら、私から一つ貸しをやる」

「へぇ、どうやって返すんだい?」

「憎いことに、モンド・グロッソで順当に勝ち進めば、私とお前は決勝戦で闘う事になる。そこでお前は私に借りを返せばいい」

「中々憎い演出だね。で、何を預かればいい?」

「なに、持ち物じゃない。そいつはなッ……!!」

 

 キスされた

 

 突然両手で顔を固定され、唇を合わせ、舌で口腔内をこじ開けられ、強引に舌が入って来て……蹂躙された……

 自身の舌とか歯とか、喉の奥までありとあらゆる場所を舌が這い回り……おまけに唾液も流し込まれる。

 当然の事態に対応する事も出来ず、なすがままにされる、唾液を流し込まれた時には抵抗しようとしてベンチから立ち上がろうとするが織斑さんは膝で押さえつけてきたので立ち上がれず、呼吸すらとれない。

 

 しかし、酸欠で青い顔をしているのを見たためか、織斑さんは恍惚な表情から一転、即座に口づけを中止し離れる。

 足りない酸素を補給しようと口で必死に空気を取り込む自分と、恍惚とした表情で織斑さんも口で呼吸をしていた。

 何気に銀色のアーチが伸びていて、憎い演出だと思ったのであった。

 

「ふふふ……この貸しは高くつくからな……しっかり返せよ……」

 

 そう言って未だに上気した表情の織斑さんはIS・暮桜を展開、瞬く間に去っていった……

 いつものジャケットとパンツ姿ではなくて、ジャケットとタイトスカートで中のシャツのボタンが妙に開いてたのはこれかよ……

 

   ■   ■   ■

 

 元々は宇宙用のマルチフォーム・スーツであるIS。

 少し前までは極小人型兵器としての側面が強くなってきていた。

それでは何故ISはこれらの要素を含むのであろうか?

 

 ISの構成は何と言ってもISコアが不可欠なのは周知の事実。しかし、コア以外の装甲部分や近接ブレードなどの武器・銃器を構成しているのはある特殊な素材(ISマテリアル)である。

 その素材は通常時では鋼にも劣るが、ISコアから発されるある特殊なエネルギー波を受けることによって宇宙用のマルチフォーム・スーツ・極小人型兵器などと呼ばれるほどの性質へと劇的に変化させる。

 ISコアからの特殊なエネルギー波の放射範囲としては精々シールドエネルギーを纏うことのできるごく僅かな範囲のみなので、現用兵器への転用は大変困難を極める。シールドエネルギーが切れて搭乗者の保護を優先する場合は装甲部分のみを強化させる。

 ISコアとISマテリアル……これら2つの要素がIS、通称インフィニット・ストラトスを成立させているといっても過言ではないだろう。

 

 そして今ではISはスポーツの側面が色濃くなりつつある。

 

 ――その象徴として、第一回モンド・グロッソは開幕したのであった……

 

 自分は第一回モンド・グロッソでは、どうもシード枠での出場のようで、実質二回戦から参加するようである。

 モンド・グロッソでは一定量のシールドエネルギーを削れば勝利となる。そして、一定量のシールドエネルギーが無くなれば自動的にISは競技に必要な機能を停止するようになっている。まあ、機体性能差による一方的な競技ならないように取り計らった物なのだろう。

 ――第一回モンド・グロッソの初戦であるISと相対していた。

 

 装甲部分をオリーブドラブ一色に塗られ、装備は6銃身で構成されたガトリングガンと4連装ミサイル発射器が肩に2つ、ハンドガン、高振動サーベルというスタンダードな装備だ。

 

 ――篠ノ之束が予想していた『ISはISで、しかも格闘でしか相手にならない』というのは結局の所、IS同士の戦闘における極論の一つである。

 

 実際問題、ISはISだけを相手取る他にシールドエネルギー・絶対防御という概念が盛り込まれている。そして、拡張領域(バススロット)という無限大にもおよぶであろう多様性から近接武装の他にも飛び道具――もとい銃火器が持たされるのは当然である。

 用途は多い、ISの近接攻撃に対するけん制から、歩兵・機甲部隊・ヘリ部隊の援護等など……

 高所を取れるということはその分、射界が広くなり、できる事が多くなる。

 

 ISは地上戦では文字通り最強の歩兵から人間攻撃ヘリや人間自走砲のような役割を果たすことも出来るし、空中戦ではその機動力と戦闘機を凌駕した耐久性、拡張領域による継戦能力から、重要視されることは間違い無い。

 

 ISを兵器としての特徴で言うならば『守り』よりも『攻め』に特化した兵器だと言えるだろう。

 

 ――まあ、最大にして最悪の欠点としては『数』が少なすぎるということだが……

 

 天才と言えども、篠ノ之束はその点に至っては全くの素人だということである。

 

「まあ、結局の所銃火器は廃れること無く、IS用銃火器というジャンル(概念)が新しく生まれた訳だ」

 

 自分はホッと一息ついて、この事実に安堵しつつも、手持ちの装備を確認する。

 

 自分が『ゲスト』として出場するときの基本装備としては、IS用カービンライフルとアンダーバレルに装着した擲弾発射器のみだ。

 ライフルはストック(銃床)が無く、特殊な装甲材に対する対抗策として実弾とエネルギー(ビーム)弾の混合または切り替えができ、セミ・フルオートの切り替えも可能だ。

 

 自分自身としてはこのような装備は物凄く心もとない。

 しかし、そうやらねばならない事情もある。

 

 ――モンド・グロッソに……ISの最強の一角として『ゲスト』有り、つまりは上位に食い込まなければならない。この大会で、実力を――力を示さねばならない。

 

 なぜなら、今の自分は篠ノ之束の『懐刀』であり、世界にとって目に見える『脅威』だからだ。

 

 ――この手の世界は舐められてはダメである

 

 そう印象づけるためとしてはインパクトが必要である。生半可ものではない、強烈なものをだ。

 

 方法としては優勝することが一番の安牌である。だが、それだけではやや足りない。

 なぜなら、篠ノ之束の『懐刀』であるが故に、『当たり前』と世間に認識されるからである。

 

 だから自分はこのIS用カービンライフルという武器『一つ』で、世界を獲らねばならないのだ。

 

 ――たった、たった一つの武器だけで世界最強クラスであること、自分は『別格』であるということを示さなくてはならない。

 

 自分はそのフレーズを頭のなかで復唱しつつ、深く息を吸って、吐き出す。

 全身の感覚を研ぎ澄ませ、思考を徹底的に論理的(デジタル)に切り替える。

 バイザーから見える視覚情報を整理し、カービンライフルの実弾の数と、エネルギーのチャージが完了しているのを確認する。

 

 二機のISはお互いに睨み合いう。

 試合開始の電子音が鳴り、グリーンランプが点灯する。

 

 周りの観客の声援も、風景も、闘いに不必要な者はすべて切り捨て、ただ目の前の敵だけに意識のすべてを集中させる。

 

 まずはお互いに距離を取り合う。

 自分はカービンライフルを構え、弾種・射撃方式のセレクターを『実弾』と『フルオート』に変更して、狙いを定める。先手は相手にくれてやり、こちらのカウンターの期会を伺う。所詮、先の後だ。

 

 相手はこちらを射線上に捉えつつ、右腕に装着されたガトリングガンを向け、銃身を回転させ始める。こちらのHUD上では、ガトリングガンが向けられ、完全に射線上に自分の機体が有ることを確認した時には、警告音と共にガトリングガンに銃口に赤いサイト(クライシスサイト)が表示される。

 

 ――この赤いサイトが表示されたということは、この直後頭部パーツへの攻撃、すなわち直撃弾が来ることを意味する。

 

 このままだとガトリングガンの直撃弾をくらってしまうので、射線から逃れる為に急加速をつけて、射線から離れる。だが、警戒は怠らない。カービンライフルで何時でも迎撃できるように構えておく。

 

 その時、相手のISの肩部のミサイル発射器からミサイルが二発発射され、こちらに向かって来る。

 

「……(こちらの退路を断つ為の布石か)」

 

 ミサイルから逃げつつ、あらかじめ用意しておいたカービンライフルを用いて迎撃、ミサイルを撃ち落とす。

 

「……!(さあこい!)」

 

 ミサイルの迎撃に神経を集中させていたので、迎撃が完了次第、即座にハイパーセンサーで周囲を確認すると、側面下側からガトリングガンを発射する相手ISを捉える。 

 避ける間もなく、ガトリングガンは右足側面に被弾するが、装甲に阻まれシールドエネルギーを削るに至っていない。

 

「(その程度か)」

 

 全身の非可動部を装甲で覆い、さらに増加装甲を載せた自身のISはいとも簡単にガトリングガンの弾丸を弾き返す。

 生憎、自分はIS自体の操縦は並である。なので、それを補う形でISのAIのサポートによって回避行動を取るが、それでも機動力・機動性の点に関しては世界最強クラスには程遠いだろうと確信を持って言える。

 そして、ISの特色として空を完成制御システムPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)による高機動力である。

 

 ――明らかに宝の持ち腐れである

 

 ならどうすれば良いか? 簡単な事だ

 装甲・耐久性・継続戦闘能力を特化させればいい。

 

 幸いにも篠ノ之さんはこのISを自身の試験用ISとして拡張領域(バススロット)、耐久性特化型にするつもりだったらしく、モンド・グロッソに向けての調整を行っていた。

 

 それがこのISだ。 

 全身を装甲で覆い、さらに増加装甲で強固にしてシールドエネルギーの容量も大きく拡張させ、多くの武器を携行(マウント)できるようにしたのだ。

 

 ――この判断は間違っていなかったようだ……

 

 そう思いながら、急加速でガトリングガンの射線から退避しつつ、カービンライフルを構え、即座に距離を大きく詰めるように急加速をしてからの応射で答える。

 相手は急加速で動くこちらを捉えるためか、慣性による等速直線運動のような状態で、宙に浮いたまま射撃を継続している。

 

 全身を装甲で包んでいる自分と違い、他は露出部位が多いので、そこを狙えばより多くのシールドエネルギーを削ることが可能だ。特に頭部は、他の露出部位よりもさらにシールドエネルギーを削ることができる。

 

 ――たかが弾丸、されど弾丸

 

 いくら軽質量とは言え、丸々1つの弾丸を止めるには多くのエネルギーを消費させるからだ。

 

 多少のカス当たりには目をつむりつつ、相手のISにカービンライフルをフルオートで浴びせ、ミサイルの餌食にならないように距離を詰める。

 今、この回避行動は自身のISのAIが行い、自分の全神経は射撃に集中させる事ができる。

 

 相手のISの非フレーム化部位、剥き出しに見えるISスーツや頭に弾丸がいとも簡単に命中する。

 

 相手にとって見れば、先手をとったにもかかわらず、ひらりと回避され、そんな不安定な状態から最も手痛い部分に的確に撃ち込まれているのだ。たまったものではない。

 相手のISはすぐさまガトリングガンを拡張領域にしまうと、サーベルを抜刀した。

 このまま突っ込むと切られかねないので、反対方向に先ほどの急加速よりもさらに強い出力でブースト吹かして、勢いを殺す。

 

 ――この自分の様子に相手のIS操縦者は驚いた顔をしていた

 

「……(仕留める)」

 

 カービンライフルのセレクターを『混合』に切り替え、急いで退避しようとする相手に向かって容赦無く撃ちこむ。

 

 一瞬呆けた敵に対して、直撃を狙うのはたやすいこと。

 混合弾は相手の頭部に文字通り『直撃』

 

 規定量のシールドエネルギーが減ったからか、相手はそのまま地面に激突。

 その際に絶対防御が発動し、激突の際の衝撃は無くなったものの、ISは待機状態に移行。相手は『撃墜』した。

 

 ――あの時の相手方の驚いた表情は一体何なのだろうか?

 

 最後に思ったのはそれだけであった。

 

「……(まだ、始まったばかりだ)」

 

 無事に一回戦に勝利、次に第二回戦に突入する。相手の名前・国籍には特に興味が無く、覚えてはいなかった。

 

 相手の装備としては肩にはアサルトライフルが折りたたまれてマウントされ、ランス型の近接武器、腰にはランチャーがくっついている。こちらには既にランスを構え、試合開始と同時に速攻で攻撃を仕掛けてきそうだ。

 

「(だが、自分のやるべきことは変わらない)」

 

 ――相手に先手を譲ってからのカウンター。これが鉄則だ。

 

 カービンライフルのセレクターを『エネルギー弾(ビーム)』に切り替えておき、戦闘に備える。

 

 予想通り、試合開始の電子音とランプの点灯と共にランスチャージでこちらに突貫せんとする相手方のIS。

 それを引きつけ、紙一重で躱した後、カービンライフルを構え、背中を見せてるISに照準を合わせる。

 ……が、相手はスラスターを噴かし、クイックターンで180度、方向転換、そのまま勢い良くランスを投げつけてきた。

 

 ――少し後に織斑さんに聞いたのだが、この技術は特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)と呼ぶらしい。

 

 これには流石に驚き、半ば反射的にエネルギー弾でランスを迎撃し、弾き飛ばす。バイザーのディスプレイにはエネルギー弾の残量を示すゲージがごっそりと減った。

 

「(エネルギー弾は無駄弾は使えないのか。もって4~5発程度……か)」

 

 その後、素早く引き金を引き、相手に反撃を許さないように撃つ。

 だが、相手は再び急加速――先程の試合で自分が見せたようなレベルの急加速を行い、ひらりひらりと残りのエネルギー弾をかわした。

 

「(速い……並みのIS乗りでは無いということか)」

 

 カービンライフルのエネルギー弾の残量は0になり再充填(リチャージ)が始まった。こうなると、再び再充填が完了するまでエネルギー弾は撃てない。

 カービンライフルのセレクターを『実弾』の『セミオート』に切り替える。

 

「……(無駄弾は使えない)」

 

 その間に相手はマウントされたアサルトライフルを取り出して――さあ反撃だ、と言わんばかりに負けじと撃ち返してくる。

 

「回避行動」

 

 その言葉を合図に自身のISは完全な全自動(オートパイロット)で回避行動に移る。

 

 双方、素早い回避行動を取りながらの激しい射撃戦だが、命中率はこちらのほうが遙かに良い。

 なので、このまま押し切れば勝てる。だが時折、アサルトライフルの銃口にサイトが表示される。その時は腕の装甲部分でガードするか、素直に避けている。

 

「(あともう一歩……)」

 

 相手の動きも緩慢になり、各パーツも少しずつボロボロになったその時、運悪くカービンライフルの実弾の弾が切れる。

 

「(弾切れ、エネルギー弾に切り替えを)」

 

 事前にバイザーで確認していたこととは言え、素早くセレクターを切り替える。

 

 ――目の前で……爆音が響き渡った

 

 相手はこの一瞬の隙に賭けたらしい、アサルトライフルを投げ捨てると腰部分にマウントした小型携行型のランチャー(発射機)を構えると先ほどの急加速とは比べ物にならない程の……まさに瞬間的、爆発的な加速でこちらに肉薄する。

 

 相手のランチャーからは青白い球体――プラズマの弾丸が放たれた。

 

 とっさに自分は唯一の武器を持っている右腕を後ろに回し、左腕を前に差し出して防御する。

 プラズマは、自分の左腕部に命中。閃光手榴弾(スタングレネード)を喰らったかのような激しい光が視覚情報を襲うも、ISが即座に調整する。

 そのまま自分は、無事な右腕を相手方のISに、カービンライフルの銃口を直に押し付けるようにして、エネルギー弾(ビーム)を放った。

 

 1発、2発、3発……相手はカービンライフルの直撃をくらい地面に激突。そのまま撃墜判定を貰った。

 

 バイザーのゲージに記載してある数値類を確認すると、規定量のシールドエネルギーは5割にまで落ち込んでいた。

 そして自身の左腕を見ると、プラズマの光熱量によって、左腕の増加装甲が熱く真っ赤に――そして、ドロドロとしたジェル状に変化して、一部は地面に垂れていたのであった……

 

「(ヒトがくらったら……即座に炭化コースだな……)」

 

 その事実に戦々恐々としながらも、左腕の増加装甲部分を切り離し、拡張領域(バススロット)から新たな増加装甲を取り出してから次に第三回戦。準決勝へと駒を進めた。

 

 ――準決勝

 

 やけに砲身が短い砲を右肩に装備し、実体盾とエネルギーシールドの二重構造の盾を装備した相手だった。砲身にはSchulter-Haubitze(肩部榴弾砲)の文字が見える

 

 試合開始は双方共に地上からのスタートだ。試合開始からすぐさま砲から逃れる為に空中に逃げこむと案の定、飛び立った後の地面には穴が空いていた。

 

 いかにシールドエネルギーで死なないとは言え、ほとんど生身で砲をくらうような形なので、正直ビビる。

 その直後、衝撃が走り、規定量の12%のシールドエネルギーが持っていかれる。HUDで確認すると、複数の弾丸が各装甲部位にヒットしたようだ。

 

「……ぐぅ!(これは……厄介かもしれん)」

 

 再び、相手の砲が火を吹く。ハイパーセンサーで必死に目を凝らすとなんのことはない、キャニスター弾、つまりは散弾だった。

 とっとと砲身を叩き折りたいが、それを防ぐための盾なのでそう簡単には破壊は困難だろう。何らかの隙を生じさせないといけない。

 

「……はああ!(この一瞬の隙を……突く!)」

 

 再び、散弾を食らい、また1割のシールドエネルギーが減った後、次のキャニスター弾に備えるべく、セレクターをグレネードに設定し、相手の砲撃と同時に射出する。

 カービンライフルのハンドガード下に取り付けられたグレネード発射機の中身はプラズマグレネード弾だった。

 プラズマグレネードは閃光と電磁パルスを発生させ、散弾を無効化して更に相手の目を潰し、怯ませる。

 その後、迅速にセレクターを『混合』に切り替え、実弾・エネルギー弾の混合をを砲に撃ちこむ。

 

「……(ここからが本番だ)」

 

 思惑通り、戦車砲の砲身は折れて使い物にならない状態になった。

 相手は、戦車砲のパーツを外し、腰からIS用の軽機関銃を取り出し、機動力に物を言わしての射撃戦に展開する。

 こちらも負けじと今度はエネルギー弾を撃ちこむが、相手の盾にガードされる。そして、スラスターを大きく噴かし、機関銃を撃ちながら急速に接近する相手IS。何らかの近接武器でもあるのだろうか……

 

 接近を許すのはいけないと判断し、いつでも最大火力である『実弾・エネルギー弾』の混合弾の確保のために『実弾』・『セミオート』にセレクターを切り替え、完全に相手方のISとの距離を保ちつつ射撃戦を繰り広げる『引き撃ち』に移行するが、中々引き離すことができない。

 

 ――こちらは全身を重い装甲で固めた機体。

 

 ――対する敵は、要所要所を守る盾を持っているだけで、それ以外極々一般的な機体

 

 ――機動性の差は歴然としていた……

 

 次第に距離を詰めてくる相手IS。それに加えて、その行動の意味も徐々に判明する。

 相手の持っている盾には何か杭打ち機のような機器が積まれているのだ。

 

 これって、もしかしてパイルバンカーとかパイルドライバーとかって言われてる代物なのでは……

 

 ――どう考えてもくらったらヤバそうなシロモノだ。

 

「……力押しでいくか」

 

 そう決心すると、イチかバチか――二回戦目に戦ったISのように一気に加速した。

 

 ――後に判明するのだが、これが瞬時加速(イグニッション・ブースト)というものらしい。

 

 一気に相手のISの懐に飛び込んだ後、左の肩で思い切りタックル(ショルダータックル)を繰り出す。

 

 ガギン! という大きな打撃音とともに激しく金属が擦れあう。

 自身のISの左肩と相手のISの装備している盾が擦れあっているのだ。

 それも、自身のISの左肩が赤く赤熱する程に……それだけ瞬時加速(イグニッション・ブースト)での加速は驚くべき程に速いのだ。

 

「……オラァ!」

 

 懐に飛び込んだ後、そのまま上半身を捻って右腕――カービンライフルごと横殴りに殴りつける。

 

 ISはパワードスーツの一種である。

 パワードスーツの機能の一つとしては筋力補強というものが存在する。

 これはISにも例外なく組まれているが、やはり……その機能にも性能の優劣は存在する。

 

 ――ただ、武器だけを持っているISと、とても重い装甲材に包まれた腕で持っているIS……

 

 いづれか2つの内どちらが強いか……想像に難くないだろう。

 相手のISはタックルを盾で受け止めたものの、次に横からの打撃からは受け止める事はできず、まともにくらい、盾を思わずこじ開けられてしまう。

 

「もらった!」

 

 これを見逃すほどに自分は甘くはなかった。

 事前に『実弾・エネルギー弾』の混合弾に切り替えたカービンライフルを相手方のISの目の前に突き立て、ひたすらに引き金(トリガー)を引いた。

 

 あとは、今までと同様に相手方のISは撃墜。

 無事に自分はアタッチメントとして、擲弾発射器(グレネードランチャー)をつけてはいるが、IS用カービンライフル一本で決勝戦までに駒を進める事に成功したのである。

 

 いよいよ、決勝戦。自分ことエントリーネーム『ゲスト』に対するは日本代表の織斑 千冬である。

 余談だが、モンド・グロッソの開催中は自身の正体が露呈しないように常にISを装着している。

 で、そのISは白騎士事件で使用したそのままのISである。色は流石に塗装してあって、ロービジ塗装や洋上迷彩にしてる。最近、名前をつけろと言わんばかりに電子音を鳴らすことが多い……知らんがな。気に入らないと電子音鳴らすしさ……

 

「で、決勝戦はやはり、束が推薦したお前か……無事に逢えて良かった……」

「……」

「何も言わなくていい。身振り手振りだけで構わん」

「……」

「聞いてくれ、私はな、高校の時からずっとずっと気になっていたんだ」

「……」

「あの時、私はISでは機動力に近接が一番だと言った。」

「……」

「だが、お前はそうではないと言った」

「お互いに最年少で剣道で連覇を果たした私と、射撃で同時優勝したお前。方向は違えども……どこか似てないか?」

「……」

「そして……物足りなく感じないか?」

「自分の限界も見てみたくないか?どこまで通用するか知りたくないか?最強に成りたくないか?周りに認めてもらいたくないか?」

「……」

「そして、もう一度言う……世界を変えたいか?」

「!!」

 

 勢い良く首を振る。

 

「現時点で最強の近接使いは私だ。今この場がそれを証明している」

「……そうだな」

 

 身振り手振りでいいとも言われたが、流石にだんまりはこちらとしても嫌なので。相槌ぐらいは返す。そうじゃないと、織斑さんに失礼な気がしたから。

 

「そしてお前は私がここまで来ることを予想していた、いや……確信かな?」

 

 ここまで私の期待に答えてくれたのはお前が初めてだよ、と言い加えた。

 

「臨海公園でお前から意思を聞き出した時、思ったよ……お前とは決勝でしか逢えない、って

 あれに嘘偽りは無いぞ。高校時代からお前が私を見ていたように、私もお前を見てたんだ、ずっとな」

「……そうか」

「だから……お前にあんなこと、できたんだぞ……」

「……」

「わ、私に恥を……かかせるんじゃない……」

「……借りは返す」

 

 それを合図に織斑さんは雪片を構え、自分はライフルを構える。共に、武装は一つ。グレネードは外した。

 お互い、気分が、闘志が、闘争心が……高揚し、増幅されていくのがわかる。

 

 自身の好きな射撃以外でもこんな気分になったことなんて……前世を含めても無い。

 

 下手したら、この闘い……一瞬で決まる……

 

 そして、運命の試合開始を告げる電子音とランプが点灯。

 織斑さん駆る暮桜は一瞬で姿を消す、しかしそれは自分以外の人間から見たらの話だ。

 もう1mも無い間合い、最後の最後まで引き付ける、そして悟られぬようにする……

 そして雪片の切先が装甲を掠った時、チャージショットを放つ。狙うは……頭部!!

 

 そして、織斑さんは通り過ぎていった……シールドエネルギーは……常に減ってる!?

 

「どういうことだ!?」

『Victory-system activating』

「……クッ! 流石だ……」

 

 自機の異常に動揺しつつ、視線はしっかりと暮桜を捉え、次に備える。どうなったはわからんが、これが有利な状況な事には間違いないようだ。

 

 ……なら、シールドエネルギーが尽きる前に暮桜に一発ぶち込む!!

 

 そう考え、空中での制御は完全にIS任せで射撃に完全に集中する。しかし、彼女も危険だとわかっているようで容易には近づかない……

 

「甘いッ!!」

 

 いくらVシステムとやらの威力・射撃補正を受けてもチャージショットを撃つ際の充填期間は短縮できず、一気に踏み込まれ、切られる……がダメージは無い。

 

「零落白夜が……効かない?!」

 

 不味い、シールドエネルギーもそろそろ切れかかってきた。

 

 焦る気持ちを押さえつけて、最後の最後まで諦めない。

 その気持ちだけでもう一発撃つが、避けられ、斬られる。その時に自分は暮桜を抱きしめた。お互いの息がかかるような距離まで顔も近づける。

 

「え?!あ、え!?」

 

 訳がわからない様子の織斑さんは半ば錯乱した状態でその手に持った雪片でこちらをバシバシと容赦無くシバくが、Vシステムがそれらを無効化する。

 そして、背中に回したカービンライフルの銃口を無理矢理当てて、引き金を引いたのだった……

 

   ■   ■   ■

 

 目を覚ますと、そこは研究所のような場所だった。周りに色々な機材が並んでいて、自分はその部屋のベッドで寝ていた。

 

「おっはー、アッキー」

 

 自分が起きたことに気づいたのか、相変わらずメカメカしいうさみみをつけた篠ノ之さんがいた。

 

「あれ?自分は……織斑さんと……モンド・グロッソで決勝戦を……」

「ああ、その事ね」

 

 自分の困惑した表情に納得したような篠ノ之さん。

 

「結果は?」

「なんと!?引き分けなんだよ!だよ!」

 

 アッキーすごーいと言いながら、どこからかクラッカーを取り出し鳴らした。

 ご丁寧にクラッカーの紙には祝・同時優勝(?)と書かれていた。あれ?そういえばモンド・グロッソで優勝したらヴァルキリーとかブリュンヒルデとか言われるんだよな……

 

 男なのにヴァルキリーだと……?

 

 男なのにブリュンヒルデだと……?

 

 どうすんだこれ……

 

「あれ?織斑さんは?」

「ちーちゃんは代表のスタッフと一緒に選手村に引き上げたよ」

「そうなんだ……あれ?織斑さんはそうだとしても自分はなんで選手村じゃないの?」

「あそこだとアッキーのんびり出来ないでしょ?」

 

 だから隣に作っちゃいましたー、と小さく舌を出して答えた篠ノ之さん。

 もうシラネ……ツッコまねぇ……

 

「……そうだ。自分のISについて聞きたいことがあるんだ?」

「何々、束さんのスリーサイズを知りたいと?そうだね〜上から」

「多分ワンオフアビリティ出てきたっぽい」

 

 束さんの発言を言い切る前にピシャリと言い放つ自分。

 

「……ホント?」

「ホント」

 

 あれ?篠ノ之さんの様子が……

 

「すっごーい!!ちーちゃんについで二番目だね!ね!」

 

 うみみゃあ!!と言いながら抱きつかないで欲しい。メロン様、いや違うスイカ様がぁぁ。

 ウサギなのに猫みてぇにうみゅーとか言ってスリスリしまくる篠ノ之さん。

 あれ?自分モテ期にでも入ったの……ただ単に篠ノ之さんがフレンドリーなだけです。

 流石にそれは……ねぇ……

 

「で? 名前は何なの?」

「Vシステムって言うらしい。ISが言ってた」

 

 キャーISガシャベッターと言いながら、少し考えこむ仕草をする篠ノ之さん。

 正確にはVictory‐Systemだが、なんだかこそばゆいのでVシステムにした。

 実はValkyrie‐Systemじゃないよな? ……いい加減にそのネタから離れるか。

 

「ねぇねぇアッキー?それでそのISってどこ?」

 

 アッキーの待機状態見せてー、と言いながら手を差し出す……が。

 

「え? 自分持ってないけど」

「え?」

 

 その時、物音が聞こえる。

 

「あ!? あそこ!光学迷彩で隠れてる!」

「え!? ホントなの!?」

 

 物音の方を向くと、そこには僅かに空間に歪みが生じていた。正確には僅かに視界の先にある研究機材が歪んで見えるというか、そんな感じである。

 

「とまれ! 姿を見せるんだ!」

 

 そう言うと、素直に姿を表したIS。

 その様子に流石の篠ノ之さんもビックリしたようで。

 

「モンド・グロッソ用に頼まれた、アッキー専用の複合弾薬仕様ISカービンライフルを渡した時にも思ってたけど、凄いフリーダムだよね!」

 

 まるでこの束さんみたいだよ! と言う。もしそうなら自分は立ち眩みから気絶できる。あと、何気にモンド・グロッソで使ったライフルの正式名称ってそんな感じなんすか……長ぇよ……

 

「白騎士事件以来弄って無いから、は、早くこのISをイジらせてほ、欲しいんだな」

 

 ハァハァと息をあげながらジリジリとISににじり寄ってく篠ノ之さん。対するISは後ろに下がっていく。ふと、バイザー越しから捨てられた子犬の様な目線を感じた?いいえ気のせいです。

 最近、機体名のネーミング関連でおいたが過ぎたのでお仕置きです。

 名前なんてネーミングセンスない自分に求められても……ねぇ?

 ISが篠ノ之さんに引きずられる所を見たところで、眠気が来たのでまた寝かせて貰う事にする。こっちはモンド・グロッソ開催日の前からずっとIS装着したまま生活してきたんだ、もうちょっと寝ても文句はないだろう、おやすみー。

 ……これってどこから持ってきたベッドなんだろうな?見るからに新品じゃなさそうだし。

妙に甘い香りがするしまさかしのののさんのベッ……

 

「ドだってぇ!?」

 

 今度は同時に叫び声を上げて起きた。何か変な事を考えてたが、思い出せない。そして周りを見渡すと椅子に座って驚いた様子でこちらを見る織斑さんの姿が……

 

 その手に持ってる包丁はなんですか……?

 

 一瞬、トンデモない事を想像したがすぐに結論がついた。

なんのことはない、綺麗に切られた林檎とその皮が織斑さんの近くにテーブルの上にあったのだ。

 そして包丁を持つ手とは違う手には剥きかけの林檎が。しかし……

 

 ご丁寧にウサギさんカットって……

 

 思わず、俺は弟くんか……と、言いたい衝動に駆られるが、せっかくの好意を無為にするのもアレなので大人しくスルーする。

 昔、弟くんが風邪で寝込んだ時は確かそんな感じだったしな。

 

「起きたか、まったく……モンド・グロッソ開催中、お前はずっとISを展開したままだったから心配したんだぞ」

 

 そう言って、林檎を切り終え、テーブルにおいてあった爪楊枝をウサギさんに突き刺し、手前に持って来る。

 そのまま自分はウサギさんを受け取り、食べる。モンド・グロッソ開催中はひと目のない選手村の自室でハイパーセンサーで周りと盗聴・盗撮と電波を気にしながら何も食べずに過ごしていたので素直にありがたい。モンド・グロッソの前から下剤などで出すものを出しきってから行ったので、胃・腸はまさにカラっぽの状態である。

 篠ノ之さん印の経皮吸収型栄養剤が無ければ死んでた……あの人さらっとブレイクスルーをおこしてるからホントにヤバイ、凄い通り越してヤバい。Crazy通り越してAwesome位ヤバい。

 

「まあそんなに慌てて食べるな。まだ、林檎はある」

 

 急いで食べると胃や腸がビックリするしな、とも付け加える織斑さん。

 1つずつウサギさんを取り、こちらに差し出す。それを自分が受け取り、食べる。これらのプロセスが何回か行われた時にふと思った。

 

「織斑さん」

「なんだ?」

「これ?普通にテーブルを自分のそばに置けばいいんじゃ……」

 

 返答は楊枝で刺されたウサギさんだった。織斑さんは……いつものようにイケメンですね。

 これぐらいでは動じないらしい。こちらとしても成り行きとはいえベロチューかまされて初めてを奪われた身なのでどうでも……

 

 ベロチューの件で改めて思うが、絶対織斑さんの感情がヒートアップした故の暴挙(?)だと思う。この人、普段滅茶苦茶クールで凄くカッコイイけど、一度熱くなるとナニしでかすかわかったもんじゃない……

 

 まあ、これぐらいなら大丈夫だろ、と軽い気持ちで織斑さんが持ってるウサギさんを直接口に咥え、食べた。

 

「おまたせ〜アッキーのISの解析が終わった……よ?」

 

 篠ノ之さんがこちらに来たが、なんだか不思議そうに見つめている。そしてわなわなと震えだし……

 

「ちーちゃんとアッキーがイチャイチャしてるー!?」

 

 しかも『はい、あーん』だよ!だよ! とビシッと指をさして驚愕する篠ノ之さん。

 それを理解した織斑さんはボッ! と効果音がなるくらい一気に顔を赤らめ、新たに林檎の皮を剥き始める。これで林檎三個目ですよ……

 

「束さんもやるね!やるね!」

 

 そう言って、楊枝で林檎を突き刺し、はーい、あーんと差し出してくる。

 結局頑張って完食した後……もう、林檎は当分食べたく無いと思った……

 

   ■   ■   ■

 

 その後、無事にモンド・グロッソが終わり、見事(?)射撃部門で堂々の最優秀賞を得て、ヴァルキリーの称号を貰い、またトーナメントでは総合優勝でブリュンヒルデの称号を貰いました。

 

 男なのにヴァルキリーでブリュンヒルデ……

 

 トーナメント制だったのに部門ってなんだよと思ったが、どうもそれを決める人達がトーナメント時での各代表の動きやプレーを見て、議論を交わして決まるみたい。

 初戦で負けたりした人達の対策にトーナメントで早く落ちてしまった代表は同じ落ちてしまった代表同士で最後まで戦い続けてその時の動きやプレーも評価に加味されると篠ノ之さんから説明を受けた。

 

 ちなみに、織斑さんは近接部門で最優秀賞を貰いヴァルキリーの称号を、トーナメントでも総合優勝でブリュンヒルデの称号を貰った。

 どうもトーナメントの決勝でまさかの二機同時ダウンは流石にだれも予想できなかったみたいでこのような形に落ち着いた。

 

 そして、多分ワンオフアビリティであると予想されるVシステムの機能について。

 Vシステムは自身のシールドエネルギーを消費して発動する。

 Vシステムの発動中は、相手からの攻撃は一切無効化し、機体の性能を向上させ、自身の装備である複合弾薬仕様ISカービンライフルの威力を劇的に向上させる。特にチャージショットの威力は胴体と頭部、いづれかに命中すれば一撃でシールドエネルギーをすべて持って行き、各パーツ、部位に命中すれば大破もしくは部位の機能の完全停止に持ち込める。

 

 しかし、Vシステムは発動中シールドエネルギーはその間減少の一途を辿り、一度発動させれば、自身のシールドエネルギーを喰らい尽くすまで発動し続ける……という欠点がある。よって対戦終盤のシールドエネルギーが少ないような状況では、発動しても攻撃する間も無くシールドエネルギーが無くなるといった事もありえる。

 

 多少の差異はあれどそれはまさに織斑さんの暮桜のもつワンオフアビリティ、零落白夜とある意味対を成す物となった。使える機会的な意味でもな。

 

 余談だが、モンド・グロッソでは他のISとの公平さを示すため、各国の公式に開示されたISの性能に基づいて自分のISにリミッターをかけ、モンド・グロッソ運営委員会にそのスペックや特性を提示して許可を得た上で使用していた。

 男性操縦者のIS着用の為に格段にガタ落ちしたからといっても、曲がりなりにもキチガイ性能の宝庫である白騎士と同時期に製作された機体である。これぐらいはしなければ……

 

 だが、所詮操縦者……自分自身が残念な人なので射撃の補正や反動制御、移動や回避運動くらいしか使っていなく、一部の性能しか引き出せていないのが現状だが……

 

 次は織斑さんと白黒付けたいなぁ、と思いつつ。自宅に無事に帰るとすぐに地下に建造された射撃場で黙々と人間用の銃器とIS用の銃器を撃っていた。別になんの事はない、幅が狭く奥行きが広い一人で射撃するには十分な部屋だ。

 どうも、篠ノ之さんが以前こっちに来た時にやらかしたんだろう。方法については想像したくないが……

 

 と、丁度拳銃の弾倉の中身が無くなりスライドストップが上がる。弾倉の取り出しボタンを押し、空の弾倉を抜き取り、スライドストップを下ろして、セーフティーをかける。

 

「何か用かい?篠ノ之ちゃん」

 

 そう言いながら振り向くとそこには篠ノ之さんの妹がいた。なんだか少し緊張した面持ちだ。

 

「岡部さん、おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

「その……モンド・グロッソでは姉さんに色々振り回されましたよね?」

「まあ、振り回されたけど……織斑さんと同様、付き合い長いからねー」

「でもモンド・グロッソに出たせいで、そのせいで……岡部さんが世界中から狙われるなんて……」

 

 世界中から狙われる、確かに篠ノ之さんが推薦した正体不明のISとその操縦者、しかも白騎士事件の当事者でヴァルキリーとブリュンヒルデの称号を持つほどの実力とくれば、誰もが喉から手が出る程欲しいに決まっている。それをわかっているからこそ今のセリフは言えるのだが……

 あれ? なんで篠ノ之ちゃんが自分はISに乗れることを知ってるんだ?

 

「岡部さん、ごめんなさい! 私が軽い気持ちで姉さんに言ったから……だから!」

「……あー、その件な」

 

 既に涙目な篠ノ之ちゃんに寄って屈んで、篠ノ之ちゃんと同じ目線で見る。

 

「実はな、もう白騎士事件の時から、ISに乗ってたんだ。それで、その後、篠ノ之さんの家族が離れ離れになったって話を聞いて、当時篠ノ之ちゃんが一番危うい状態だったから、篠ノ之さんに無理言って篠ノ之ちゃんを守りたいって頼んだんだ」

「そう……なんですか?」

 

 涙目になりながらもそう聞いてくる。

 ホントの所は篠ノ之さんに頼まれて護衛に来たのだが、そんな事言ったら情緒不安定な今では多少なりともショックを受けるのではないのだろうか? それこそ仲良しの姉に頼まれただけで自分の事は見てくれない……なんて事を考えてしまったらマズいという懸念があったのでさらりと提造しておく。

 あとで篠ノ之さんに事情言って謝らないとなぁ……

 

「ああ、そうだよ。だから、そんなに気に病まないで。な?」

 

 そう言って篠ノ之ちゃんの頭を撫でる。

 

「むしろ、自分は織斑さんと同じ位強いんだぜ。頼もしいでしょ?」

「……はい!」

「今はまだ、子供だけど、事情が事情だ。今からでもこれからの事を考えてもいいかもしれないな……」

「そうですか……」

「ま、そんな不安そうな顔にならなくてもいいよ。篠ノ之ちゃんが大人になるまでは、きっちり面倒見てあげるよ」

「はい。でも、私としては岡部さんはもう少ししっかりしてほしいです」

 

 しまらねー、と言いつつ、ホントの事なので苦笑いを浮かべてしまう。それを見て、篠ノ之ちゃんは面白そうに笑っていた。

 うんうん、子供は笑顔でいてこそ、ですな。

 目が少し赤くなってるが、中々魅力的なモノでした。

 

 次の日の朝、コーヒーを飲んでたら篠ノ之さんが勢い良く

 

「岡部さん! 私に射撃とISを教えて下さい!」

 

 と言ってきたので、思わず咽た。おまっ、日本政府の監視下なんだぜここ。せめて、篠ノ之さんが作った地下の射撃場で言って欲しかったッス……後でバレてないか確認とらんと……



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03:三年間の空白

良くも悪くも無い

 

 これが現状の篠々之ちゃんの射撃の印象だ。

 射撃とISの操縦の教えを請われて早、数ヶ月。地下の射撃場で射撃とISの基礎的な操縦法を教えている……いやこれには齟齬が生じる。

 正確には射撃は自分が教えてるが、IS関連は全部自分のIS自身が教えている。

 ワンオフアビリティであるVシステムの発現以来、バイザーに文字を出して完全意思の疎通が取れるようになった、なってしまった。

 なので、篠ノ之ちゃんをISに乗せると勝手に指導してくれてる。

 

 射撃場自体が狭いので、飛行訓練などはできないが、ISでの歩行や武器の出し入れ、勿論射撃やそれにまつわるテクニックなどは問題なく出来るのでそれを行なっている。

 ただし、射撃についてはISの装着時のみに限定しており、生身で銃器に触ることは禁じている。

 

 ここ最近は学校行って、部活して、家に帰ってきて、訓練して……の繰り返しである。

 

 何故、こんなにも熱心なのかというと、少し前まで時間軸が戻ることとなる。

 

 第一回モンド・グロッソの結果より、機体性能に操縦者が引っ張られるという事態が頻発、操縦者の質の向上が急務となった。

 そこに目をつけた日本政府は某都道府県一つを丸ごとIS関連の教育区域とする案を国会に提出。見事に案を通過させ、国連議会に日本国内にIS学園の創立を提案したのだ。しかも建設費、人件費は自腹である。

 IS学園は高等教育機関とし、15歳から22歳までの7年間、IS学園で教育を行うといったものである。

 平たく言えば高校と大学が一緒になってしまった感じである。

 途中、18歳の時点で進路として軍などの系統に入るか、このまま進んで研究、教育職につくのかと言うのを選択するといった事も求められる。

 教官としては代表から引退した者が望ましいが、まだそんな人はいないので、当分は主に各国の代表が代わる代わる教官を務める予定。

 また、教育者も教授やドクタークラスの人間を世界中から派遣することも予定として決まった。

 

 この発表には各国は頭を悩ませた……しかし、結局その方向で議会は可決。全世界の代表とインテリ軍団が日本の某一都道府県に集結することが決定した。

 

 この日本やりおる……ッ!!

 

 ちなみに自分は束さんの所有する正体不明のISなので来れないと思っているらしい。

 ここは一つ恩の売り時かな? そこら辺は要相談である。

 

 という訳で、このことがニュースで流れ、篠ノ之ちゃんのただでさえあったヤル気にさらにブーストすることになり、このようにスポコン仕様のスケジュールと化してしまったのだ。

 

 篠ノ之ちゃんも変わったが、ISも変わった。

 ざっくりいえば後付兵装(イコライザ)を量子変換して拡張領域(バススロット)に入れられるようになった。

 ついでにコンセプトとして拡張領域の性能と容量特化という方向にした。

 これにより換装できる種類が増え、より多くの武器を扱え、より大型の兵器も所持でき、実弾やバッテリーをより多く持つことができる。

 応用すれば、通常の均質圧延鋼板の装甲、爆発反応装甲、電磁装甲などの増加装甲が破損しても取り替えが可能にもなるそうな……

 ついでに、脱着可能な拡張領域チップを増設し、そこに拡張領域を分割することにより、チップさえあれば生身の状態でもこれらの恩恵が得られるようになった。

 勿論、積んだ分速度は落ちるが、そこは篠ノ之さんが超頑張って造った特注品。できる限り最低限の低下で済ませてくれた。自分としては頭が上がりません。

 

 これに気をよくしたのか自分のISは最近、篠ノ之さんにいろんな武器の製作を依頼しているようで、少し前に見たときは篠ノ之さんが少しぐったり、ウサミミもぐったりしていたのが印象的であった。

 流石、篠ノ之さんレベルのISである。まさにフリーダム。

 

 あと、自分にも変化が現れた。

 

 夢を見るようになったのだ。

 

 それも、とびきりリアルな夢をだ……

 シチュエーションは多岐に渡る……温帯、熱帯、亜熱帯、砂漠地帯に降雪地、ツンドラなんてのもあった。

 そのような環境下での市街地、集落、ジャングルから森林地帯にさらには水中とさらに多岐にわかれる。

 そこでは、外国人の人達と一緒に銃をもってテロリストと戦っているのだ。

 分隊で行動した時あれば、小隊単位での行動もあるし、時には一人で、またある時には二人で戦闘を行うときもあった。

 相手は実に様々だった。正規兵からゲリラ、テクニカル車両から主力戦車まで。

 そこでも自分は驚異的な射撃能力を発揮し、仲間から賞賛される。

 戦闘以外にも地獄のような訓練や演習、サバイバル教習なども見た。

 

 そして目が覚めると、その時の感覚や勘が残っているのだ……しかも本物の。

 

 特に昔、バディを組んで狙撃チームをしていた男――名前はクロード・マクガレン(Claude McGarren)スコットランドヤード(ロンドン警察)の誇る、対テロ特殊部隊、STF(Special Tactical Force)の出身でコードネームではファルコン(FALCON)と呼ばれる男だ。こういう類の特殊部隊、特にスナイパーは戸籍どころか名前まで抹消されているので、半ば本名同然にファルコンという名前で通っている。

 アイツは無口で寡黙……そしてフリーのスナイパーだが、その名の示す通り、観測者いらずの索敵能力でひとたび司令部から射撃許可(Greenlight)が降りれば、目標は皆沈黙する。

 時には、スナイパーライフルで共に狙撃し、アサルトライフルやサブマシンガンでアイツを守ったりもした。

 多分……仲はすこぶる良かったのであろう、酒を飲みに行ったり、猟銃を手に狩りをして遊んでた記憶があった。

 

 自分は夢の中でファルコンの姿を見た時にここまで思い出していたのだ……

 

 そして、目を疑うようなギョッとする夢も見てしまった。

 某港に武器を満載したタンカーがやってくるのだ。そう、武器の密輸である。それを阻止する為に自分とファルコンが現場に向かうハメになるのだ。

 ここまでは普通の夢だが、この後が問題だ。

 

 篠ノ之さんにそれとなーく調べるように頼んでおいたのだが、なんとそのタンカーがやってくるのは今から2週間後なのだ。

 

 バカにして忘れたい気持ちもあるが、前科として自身の学生時代の記憶がある身としては目をそむけることができないのも事実。

 

 そして、学生時代以降の記憶を取り戻すことが出来る唯一の機会かもしれないからだ。

 

 篠ノ之さんにIS経由で電話をしたいと相談、なんとか言いくるめて許可を貰えたので、篠ノ之ちゃんがいない時にファルコンの自宅……シカゴへと電話をかけることにした。

 

 受話器を手に取り、夢での記憶を頼りにボタンを押す。

 コール音が数回なった後、アイツと繋がった。

 

「……間違い電話だ。」

 

 この、音程が低く重たい声……間違いない!

 

「ファルコンかな?」

「……知らないな」

「過去、イギリスのSAS(Special Air Service)に所属して引退した後、ここに居ると聞いたが?」

「……人違いだ」

「クロード、クロード・マクガレン」

「知らんな」

「二週間以内に君に依頼が届く、武器の密輸の阻止だ」

「……切るぞ」

「もし、話す気になったらここにリダイヤルすればいい」

 

 これを最後に電話は切れた。

 アイツは気難しい面もあるからなぁ、昔の勘だよりでは8割がた電話がかかるかもしれんが……

 

   ■   ■   ■

 

 そして、一週間後。

 地下でISの操縦訓練をしている時であった。

 

「あ! 岡部さん!!通信が入って来てますよ!」

 

 ISで走っていた篠ノ之ちゃんは急いでこちらに来てISを外した。

 

「……なぜこれを知った?」

 

 ISを装着し、通信を繋げると案の定、ファルコンだった。

 

「たまたまだ」

「……それに俺の本名もだ」

「他にも色々知ってるぜ」

「……例えば?」

「例えばお前さんがむっつりス……」

「もういい、わかった」

 

 ピシャリと止められた。

 心なしか、興奮している自分がいる。前世での友人に重ねているのかもしれない。

 

「直接会って話がしたい」

「いいぜ、好都合だ」

「現場で……」

「了ー解」

 

 通信が切れる。元々長電話が嫌いな彼だ、これぐらいで十分である。

 

「岡部さん、誰と話をしていたんですか?」

 

 随分と流暢な英語で話してましたけど……と聞いてくる。

 

「なあに、昔の腐れ縁と懐かしい話をしていたのさ……」

「え? なんて? 日本語で言って下さい!?」

「ちょっと一週間後に出かけるわ。一日丸々いなくなるかも」

 

 そもそもなんでそんなに英語ペラペラなんですか!? 岡部さん!? と驚いた様子の篠ノ之ちゃん。いかん、新しいイジリ方が出来るかもしれん……そう思ったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 で、ファルコンの言う通りに某港に来たわけで……只今時間は夜明け前。薄っすらと朝霧が見えております。体調は万全で、風もなく、絶好の射撃日和となるでしょう。

 一応、篠ノ之ちゃんの護衛でもあるのでISはそのまま家にお留守番。篠ノ之ちゃんに何かあったら文字通り飛んでいくだろうし問題はない。

 ついでに、早速チップの効果を活用し、セミオートで装弾数5発の7.62ミリのごく普通のスナイパーライフルと顔がバレないように変装セット一式を持ち込んでいた。便利すぎるよ拡張領域……

 早速、別人になりすましてファルコンと会うことに。

 

「……きたな。」

「ああ、俺の言う通りだったろ?」

「なら、答えろ」

 

 そう言って、スナイパーライフルを突き出す。

 

「敵か、味方か」

「味方だバカ」

 

 しばらくの睨み合い。お互いに視線を外さず、ただ……お互いの双眼と銃口が見つめ合う……

 

「……7:3だ」

「俺が7割か。よ!おだいじん!」

「……逆だバカ」

 

 なんでこんなやつに……と呟くファルコン。

 いかんな、ここまでそっくりだと色々楽しい。

 

「じゃあ、いっちょ行きますか。」

 

 そう言って、正面ゲートを乗り越えスナイパーライフルを構え、スコープを覗く。

 4階建てのビルが見え、屋上やベランダ、地上などには武装した奴らがわんさかいる。

 

 自分はその中の手頃な奴を決めると、スナイパーライフルを構える。

 銃床(ストック)を肩に当て、スコープを覗き、照準(レティクル)をそいつらの頭に合わせ、引き金(トリガー)を引く……そして、スコープ越しの映る男は糸が切れたように倒れた。

 もうそいつに用はないので、次の目標に照準をあわせ、ただただ引き金を引いて、その度に反動(リコイル)を感じる。

 対した抵抗も無く一掃したので、左に進みコンテナ置き場へ……コンテナ置き場は貨物用のコンテナが3つか4つ程積まれたのが整然と並んでいて、目の前に一人こちらに向かって後ろを向いている奴がいる。

 さらにコンテナの上にはもう一人。

 自分は後ろを向いている奴を撃ち、同時期にコンテナいる奴が撃たれる。

 

 さらにコンテナに進むと、こちらに向かってくる敵がいる全部で5人。

 スコープを覗き、狙いを定めて引き金を引く。

 弾丸はある男の右太腿を貫通した後、奥の男の太腿が撃ちぬかれ、倒れる。その様子に硬直した隣の奴の頭に照準を合わせトリガーを引く。

 その間にファルコンは二人、頭に撃ち込んでいた。

 

「……中々効率的だな」

「そりゃどうも」

 

 そして、また移動。しかし、もうバレたらしくコンテナ先にある大型トレーラー用の道には多くの敵がいる。

 

「これ使うか」

 

 そう言って、取り出したのは先程自分達に背を向けてた奴からかっぱらったアサルトライフル。

 旧ソ連の遺品でもあるこいつにはご丁寧にグレネードランチャー(擲弾発射器)付きであった。

 グレネード弾を発射口からいれ、仰角を調整し撃ち込む。

 グレネードは敵の集団の真ん中にいき、敵兵を吹っ飛ばす。

 その間にファルコンは残りの奴を狙撃、自分は丁度後ろからきた敵兵にアサルトライフルをくらわせる。

 

「……移動するぞ」

 

 もう残りを始末したのかファルコンにそう言われたので、回収業者(Scavenger)の真似事はやめて進む。

 

 トレーラー用の道路を横切り、呻く敵兵を横目に向かいのコンテナ置き場に

 そこの角で丁度、至近距離で敵兵がでてきたが、ファルコンはノースコープで返り討ちにする。

 次の曲がり角では、敵兵が複数確認できたので拡張領域から手榴弾(ハンドグレネード)を取り出し、安全ピンを抜き、投げる。

 手榴弾は壁に跳ね返り、曲がり角の向こうで爆発、次に進む。

 

「……ワァオ」

「どうした?白衣の美女でもいたか?」

「……ビキニアーミーだった」

「それで、調子が上がればいいけどな」

「……」

 

 アホなやり取りしつつ先に進む。

 そして見つけた、例のタンカー。大型クレーンで荷物の引き上げをしている。

 周りには沢山の敵兵がいて、車載機銃の付いたジープタイプの車もある。

 

「なあ」

「……なんだ?」

「あのクレーンの連結部……撃ったら壊れそうじゃいか?」

「……やってみよう」

 

 そう言って、ファルコンはマズルフラッシュを閃かす。

 見事、クレーンの連結部に当たったみたいで、荷物が落下……タンカーは大炎上となった。

 

「さて、逃げるか」

 

 そう言って、スナイパーライフルでジープの燃料タンクを撃ち、足を潰した後、きた道をもどる。

 

「……これでいいか?」

「司令部から連絡がとれた、任務は完遂だ」

「そうかい。それじゃ、司令部に仕事があればこっちに回しておいてって言っといて」

「……考えておこう」

 

 そう言って、日本に帰ったのであった。

 

『浮気者……射撃ヲタ……』

 

 家に帰ると、三角座りして篠ノ之ちゃんに肩(?)を叩かれているISを見た。

 あー……ごめんね?

 

   ■   ■   ■

 

 今年は重要な事が三つあった。

 

 一つ目、ファルコンが回してくれた仕事をこなしてる内にもう二十歳を迎えてしまった。

 二つ目、色々と記憶やかつての所属していた組織のコネが取れそうな事。

 三つ目、IS学園が無事に創立されました。

 

 結果、太平洋側の比較的土地の広い県が丸々IS学園用の学園都市と化しました。

 沿岸は海上自衛隊の護衛艦やイージス艦が駐留しており、この県に展開していた自衛隊駐屯地も本州最大規模になり、新たにアメリカ軍・国際連合軍の基地も併設された。町おこしってレベルじゃねーぞ。

 

 ……で、何故こんなにも詳しいかというと……その県に引っ越すハメになった。

 理由はバラバラにして保護するのが面倒なので、ある意味安全圏になったここに集めたいという理由。普通に単純だった。しかし、織斑姉弟の家は教えてはもらえなかった。残念。

 家も前の住居と殆ど代わり映えもないので特に言うことは無い。

 そしてもう一つ理由があってそれはというと……

 

「お前達!! 今回のISの射撃教習、ヴァルキリーが特別教官として参加なさる! くれぐれも粗相のないように! わかったな!!」

 

 織斑さんの隣で、ISの指導教官としているからです。

 自分の教習科目は射撃系統で織斑さんは近接系統である。

 目の前には各国の量産型ISが、学園用の教習機採用に向けてのトライアルも兼ねてのことである。

 イギリスのティアーズ・ゼロ、ドイツのレーゲン・ヌル、フランスのリヴァイブ・ゼロ、日本の打鉄零式、イタリアのテンペスタゼロ型がトライアルを実施中である。

 その他に来れるだけの各国代表が見学していたりと注目度は高い。

 

 キャー、と言う黄色い声援を一喝し、各自訓練に入らせる

 織斑さんは近接武器の型のチェックと組手を行い、自分は射撃のアドバイスを通信で文字を送ったりディスプレイを立体化して出したりしての指導や実際に銃を構えてやってみせたりもした。

 篠ノ之ちゃん以外の人と訓練というのは初めてだが、中々良い感じだったと思う。今度その経験を元に篠ノ之ちゃんにも指導してあげよう。

 その後、近接射撃とその対策についてという講義を織斑さんはやりたいらしいので訓練生と自分は織斑さんの方へと向かった。

 

「で、射撃する敵に対しては加速してこうだ」

 

 織斑さんが雪片を目の前に突き出す。実戦ではなく訓練なのでとても動きは緩慢だ。

 

「しかし、ヴァルキリーくらいの射撃使いになるとこうなる」

 

 それを盾に当て、流す。

 

「だが、近接でヴァルキリーをとれる者はこうできる」

 

 返し突きがこちらに飛んでくる。

 

「だが、射撃使いを舐めてはいけない」

 

 ライフルの銃身を傷つけないように雪片の腹に当て、突きをズラす。

 そして、盾で雪片をどかしてライフルを突き出す。

 

「このように、油断すると即シールドエネルギーを削られるから、警戒は怠るなよ」

 

 緩慢ながらも流れるような一連の動作に訓練生と代表が拍手を送る。

 

「それと、近接には大きな弱点がある」

「超至近距離には弱い。モンド・グロッソ決勝戦のようにな」

 

 織斑さん……目が笑っとりますがな……

 渋々ながらも備えると、両手で雪片を構えて斬りかかる織斑さんを盾バッシュで怯ませ、盾を捨て、雪片を持った右手首を持ち、織斑さんの後ろに回して、彼女の目の前まで詰め寄り、ブラスターガンに切り替えてから織斑さんのこめかみに当てる。正解の意図を受け取ってくれたと思ったのか織斑さんは珍しく笑顔で、完璧だ。 と、褒める。

 嬌声が上がるが、自分はもう気にしない事にする。

 

「このように、ここまでされると機体自体の出力、素手での格闘に強いISでないとほぼ詰みだ。わかったな」

 

 ダブルヴァルキリーでかつダブルブリュンヒルデの教習は大好評でした。

 

 夜になり終了時間が近づいてきたので集合。最後の質問タイムと入った。

 好きなもの、嫌いなものというオーソドックスな物から、教官のISの特性や自分のISの中の人が知りたいとか、恋人はいるのかというきわどい物まであった。

 そして、問題無く解散。代表の卵達と毎日忙しい代表達が帰っていく中、自分も帰ろうかと思った時に肩に現在1.5世代に分類される暮桜・改のマニピュレータが……

 振り向くと織斑さんは少しジト目でこちらを見ていた。

 

「お前、モテモテだな……」

「多分、畏怖か何かですよ」

「そう言いながらもそれに乗じて、いたいけな女の子の体をペタペタ触ってたのは?」

「射撃矯正、他に他意は無い」

「嘘、反動はISで制御できるだろ」

「大型の兵器になるとそうはいかない、少なくともリコイルコントロールは必須だと思う。それに現実と混同して生身での射撃で腕を痛めてはダメだからだ」

「……箒にもやってるのか?」

「ああ」

 

 そう答えると、あからさまに不機嫌だと言わんばかりな顔をする。

 

「……ずるい」

「ずるい、ですか?」

「ああ、ずるい。私なんてワントリガーだけだ、ずるい」

 

 そう言いながら目を細めて猛獣の目をしている辺り、もう逃げられないと悟る。

 だが、せめてもの抵抗でバックステップの要領でスラスターを噴かし、ブーストして逃げようとするが、暮桜・改の加速性能がそれを許さずイグニッション・ブースト(瞬時加速)、結果綺麗なタックルを貰い、腹部を支店にくの字に曲がり仰向けに倒れた。

 早い話、ISで押し倒されたのである。なんか卑猥な響きだが実際はそんなことはなかった。

 

「さあ、同期機能を使って二人の夜間射撃と格闘の訓練だ」

 

 結局、朝帰りという形で家に帰れました……バトルマニアめぇ……

 

   ■   ■   ■

 

 さて、IS学園での教習を終えてから二週間が過ぎたあたりに仕事が回ってきた。

 某国の製薬研究ビルからの音沙汰が無く、調査を頼みたいそうな……

 ビルの周りは無人でさらにおかしな雰囲気を放っている。

 デカイ企業が創設したらしく、このような異常事態になっても企業側は頑なに調査は拒否、手出しはできないということ。

 

 そこで、フリーの人間の出番。

 

 製薬研究ビルに乗り込み、何があったのかを調査することになった。

 

「目標上空に到達しました」

 

 クレーンゲームの要領で自分の腹部に腕を回して、釣り上げてくれている某国のIS

 騒音とサイズの関係上VTOL機(垂直離陸機)やヘリなどが使えないので、ステルスモードにした軍用のISが移動までを担当する。

 

「ワイヤーを下ろします」

 

 そう言って手を話す、自分は垂直に落下し、やがてワイヤーが伸びきり停止する。

 ISが微調整してエントランスホールの窓に寄せてくれる。

 

「じゃあ、窓を破るから。破ったらワイヤーを切り離して回収を頼む」

「了解しました」

 

 この製薬会社のビルの窓は対弾加工が施された高強化ガラス。

 だが、ブリーチクリア用の爆薬を使えば、破る事は容易であろう。

 爆薬を窓に貼り付け、ブランコのように揺らし……窓に勢い良くぶつかろうとする。

 その前に、爆薬を起爆させ窓に大きなヒビをいれ、蹴破る。

 同時に、背中に付いたワイヤーが外れ、回収される。

 

 そして自分は『ガーディアンⅠ』と呼ばれる、ある街の警察で採用された実績を持つリボルバーを構える。あくまで調査なので、こういった軽火器しか持ち歩けないのが痛い。事実、このリボルバーの装填数は僅か6発……だがしかし、こいつは他のやつよりも一味違う。

 コイツはセンサーにより射撃対象の生体反応を感知し、破壊力を調整できる。

 例えば、対障害物では破壊力を高める用に調整して障害物を破壊する。対人間に対しては一撃で戦闘力を奪うように破壊力が調整されるのだ。

 

 どうやら、三階の物見台(?)らしく、バカでかいシャンデリアが飾ってあった。

 この手の場合は研究所内の最深部が一番怪しいと記憶が述べているので、まずは一階を目指し、そこから最深部に向かうとする。

 一階に行くには外回りにガラス沿いに階段を降りていくしかなさそうなので、階段を降りようとするが……階段下には数人が聞きつけたらしく、集まっている。

 濃緑の服装に黒いフルフェイスヘルメットに黒いボディアーマー、黒いパッドで関節部を包んでいる姿はどう見ても怪しい。

 とりあえず、先手は取れるので、リーダーと思わしき5.56ミリのアサルトライフル(ドイツ製)持ちを撃つ。

 発砲音に気づき、残りの数人はこちらに拳銃を向けるが、返り討ちにする。いつもの……まるでゲームセンターでもやっているかのような軽快さで……

 

 無事に片づき、二階に降りる……

 すると、一階のラボから増援としてアサルトライフル持ちが6人程出てきた。思わず柱に隠れる。

 増援はシャンデリアの真下に位置し、周りを見ている。見つかるのは時間の問題だ。

 

 ふと、上を見るとシャンデリアに吊るしているワイヤーがあった。全部で四本だ。

 思い切って身を晒す、増援が気付くがその前にワイヤーを撃つ。

 リロードを挟みつつ、一本、二本……三本目が切れると、とうとう自重に耐え切れなくなり最後の一本も切れて、シャンデリアが落下。結果増援を下敷きに巻き込み、無事に一掃できた。

 

 おもむろにアサルトライフルを拾い、一階に降りる。増援が出てきた所が一番怪しいので探索する……

 増援の武装のセカンダリらしい、チューブマガジン式のオートマチックショットガン(イタリア製)を構え、自動ドアを開ける。T字に分岐していたので、左に行くことに。

 出会い頭に二人いたのでショットガンで対処、その後次々に出てきたのでその後もショットガンで対処していく。

 ショットガンの弾が無くなったので、拡張領域にしまっておくと奥から増援が出てきた。

 今度は盾とサブマシンガンで武装している。狭く直線状の道でのシチュエーションになっているので非常にマズい。

 横にボタンがあったのでとっさに押して、目の前に隔壁を下ろして隔離する。

 

 これで、左の道は終了。右のルートを試すことに、右のルートも同じようなもので探索していると、『遺伝子研究ラボ』という部屋が……

 自動ドアはラボの中で唯一開いている。怪しい……

 

 早速研究に突入する。中はよくわからない機材でいっぱいである。下にいけるようなので行ってみる。

 ここにも機材でいっぱいだが、敵もいっぱいいた。アサルトライフルの隊長さんに拳銃の下っ端だ。アサルトライフルで隙なく撃ち、鎮圧する。

 そして、らせん状の階段が……嫌な予感しかしないが行ってみる事に。

 

 階段は相当深く20メートル程降りた気がする。

 降りると今度は広い通路が、階段はの近くには搬出・搬入用の大型エレベーターが。

 んで持って、交戦したような後があった。さらに進むと、セキュリティルームと滅菌室があり、その先には間違いなくラボの最深部があった。

 

「ここがラボの中枢か……」

 

 セキュリティルームと滅菌室を通過し、最深部に突入。内部はドーム状で構成されていた。

 そして、ISスーツを着た濃い青色のセミショートの女性とISを装着した女性がいるが、そのISはこの国のISではない機体であった。熾烈な戦闘だったのだろう、アーマーは所々損傷していて息を荒げている。シールドエネルギーも残り少ないみたいだ。ラボ内も物が散乱し、機材が破壊されている。幸いにもこちらにはまだ気づいていないようだ。

 推測だが、ISスーツが某国のISだろう。大方、こっちは陽動であの娘が本命だったのだろう。

 だが、運悪くIS持ちとかちあい……敗北。

 

 ガーディアンⅠを構え、狙いをISにつける。

 その時、正体不明のISが片手でアサルトライフルを悔しそうにISを睨みつけるISスーツの女性に向けた。

 何か喋っているようで中身が気になるが、それは逆に好機。

 軍用ISとは言え、頭部を瞬間的に狙えば、ガーディアンⅠでもシールドエネルギーは持っていける。倒すことは無理だが……

 照準を頭部に合わせ、撃つ。一発目が発射され、反動が腕に響くが、お構い無しに全部の弾丸をISに撃ちこむ。

 結果、ガーディアンⅠの調整を受けた弾丸は四発、相手の頭部に当たる。しかも完全に意識が向いてない時に受けたので思わず相手のISはよろめく。

 その間にリロードを挟みつつ、ISスーツの女性とISの間に割り込み、銃を向けつつ相手のISを睨みつける。

 

「クッ!……やってくれたわね! こうなったら……」

 

 と、言いながらドーム状の屋根を突き破って逃げていく。

 

「ショーを見れないのは残念だけど、二人まとめて餌にしてやる!!」

 

 逃げていく、寸前にこんな事を言いながら去って行った。

 

「いってろ。今度見かけたらとっ捕まえてお尻ペンペンの刑だゴルァ」

「あ、あの……」

 

 後ろを振り向くと訳がわからないといった感じの人が……

 

「ああ、そうだったか……大丈夫か? 立てるか?」

 

 そう言って、手を差し出す。オズオズといった表情ながらも手をとってくれたのでアシストする。

 

「その……」

「いやー、友軍がいるんだった先に教えて欲しかったよー。スマンね、援護できなくて」

 

 と、おどけた感じで言う。まあ、お察しの通りだし。特にアレな感情も湧かないのでこんな対応でも問題ないだろう。

 

 仲間を囮のように扱った身分の癖に他人を責めるなんて事は許されるはずがない。

 

「は、はぁ……」

 

 一瞬、意味がわからないといった表情をするが言いたい意味がわかったようでキョトンとした顔になる。

 

「ところで……迎えはいつ頃?」

「逃げたISを補足するのに優先する為、20分程で……」

 

 と、迎えの確認をしたところで突然の揺れがくる。

 ISスーツの女性はふらついて倒れそうだったので、肩を持って支える。ラッキースケベなど無い。

 

「これっては……」

「近づいてくるのか……」

「え、や……ヤダ……」

 

 ガクガクと震え出す女性。それを横目にアサルトライフルに変え、セレクターをフルオートに切り替えておく。

 ラボを揺らしながら、姿もなくこちらに向かってくる存在。間違いない、空間が歪んで見えるあそこに何かがいる……っ!

 そこにめがけて、アサルトライフルを掃射する。

 空間の歪みが大きくなり……姿を現す。

 

 そいつは……恐竜、カルノタウルスだった。

 

 おいおい、遺伝子研究ってまさかこれかよ……!?

 

 奴は自分達を見て雄叫びを上げた後、再び姿を消す。その様子はまるでカメレオン……そのカメレオンの能力を遥かに超えている。

 

「こいつは……逃げるぞ!!」

 

 ブルブルと震える女性の頬に一発、ビンタをかます。そして、顔をグッと近づけ、女性の青色の瞳をしっかりと見る。

 

「軍人だろ!!しっかりしろ!状況を見て、死ぬ間際まで考え続けろ!!!」

 

 この一喝で正気に戻ったらしく、自分はそのまま女性の手を持って引っ張る。

 しかし、再び後ろから足音が聞こえてくる。女性は走り出そうとするが、引き止める。

 

「俺から離れるな! 絶対に傷一つなく守りきってやる!!」

 

 大口を開けながら走ってくるステルス・カルノタウルスに向かいアサルトライフルを撃つ。

 

 大体、こういう時は口の中を狙うのがセオリーだ。

 

 目論見通り、カルノタウルスは怯み、姿を消す。

 

「こっちだ!」

 

 弾倉を取り替え、すぐに移動。目指すは搬入・搬出用の大型エレベーター。

 しかし、その前の滅菌室でカルノタウルスは姿を現す。

 

「あいつ、何であんな所に……?」

「マズい、あいつ……隔壁を閉めて閉じ込める気だ!!」

 

 そこには、パイプを破壊しようとするカルノタウルスが。

 この場でパイプを破壊されてしまうと、多分隔壁を降ろされて結果、閉じ込められてしまう。

 

「どうするの!?」

「撃って止める!!」

 

 狙うは片方の目。焦らず、しかし急いで狙い撃つ。

 

「まるで狙撃兵、ハンターのようだ……」

「ナイスハンティングかな?」

 

 何とか、滅菌室まで走り込みドアをロック。

 

「早く!急いで!!」

 

 二人で大型エレベーターに向かって走る。アサルトライフルはもう弾薬が尽きたのでここでお別れだ。

 その時、壁が破壊されてカルノタウルスが迫ってくる。片目を潰されて怒り心頭のようだ。

 何とか、大型エレベーターに辿り着くが……

 

「駄目だ!!来るまでもう少しかかる!!」

 

 そう言って彼女は振り向くと、今まで追いかけてきたカルノタウルスが彼女の目の前で大口を開けていた。

 

「あ……あぁ……」

 

 絶望的、といった感じで唖然とする彼女……だが、自分はGuardianⅠでそいつの舌めがけて撃つ。

 六発共舌に命中し、怯む。

 

「言ったろ、守ってやるって」

 

 丁度その時、エレベーターが到着し、ドアが開く。

 

「入れ!!」

「ハイッ!!」

 

 そして、エレベーターのドアは……カルノタウルスによってこじ開けられた。

 

「しつこいんだよ!とっととくたばれ!!」

 

 再びすべての弾丸を再び腔内と舌、残りの目を撃ち怯ませ、ドアが締まってエレベーターは上昇を開始する。

 そこで、やっと安心感を覚える。

 

「ふう、エライ目にあったぞ……」

 

 そう言って隣を振り向くと……ヘナヘナと女の子座りをして泣きじゃくる軍人さんが……

 あれはトラウマモンだろう……なので、粗相をしていても何も見なかった事にする。

 俺だってチビリかけたわ……

 

   ■   ■   ■

 

 無線から音声が流れてくる……

 

『たった今、反英国テロリストグループから外資系企業が新しく建築したホテルを占拠したという発表があった。』

 

『犯人グループは人質の代わりに多額の身代金とグループの最高指導者とほか数名の幹部の開放を条件にしてきた。』

 

『人質の中には、あのオルコット夫妻も含まれている。』

 

『だが、事前にそれを察知した我々は君たち二人をあらかじめホテル内に入れて、待機してもらっていた。』

 

『ホテル内の人質を確保……オルコット夫妻の保護を最優先事項とし、ホテルを制圧せよ。』

 

『発砲を許可する(Greenlight)』

 

「了解」

 

「……了解」

 

 盾を背中にマウントしサイレンサーのついたサブマシンガン(ピストルグリップ内に弾倉があるタイプ)を持った男と、同じくサイレンサー付きのスナイパーライフルのみを構えた男の二人……自分とファルコン氏はエレベーターの天井の蓋を開けて、エレベーター内に侵入し、そのままエレベーターで人質のいる最上階に向かう。

 少し前の製薬研究ビルもそうだが、このホテル制圧も夢で見た内容だ。もしくははるか遠い記憶なのかもしれない。

 ただ、製薬研究ビルではISもステルスカルノタウルスも無かった。なので、記憶や夢のまま信用してはいけないのだろう。しかし、出来れば今回のホテル制圧も夢や記憶のまま終わって欲しいところだが……

 

 オルコット夫妻

 

 この存在のお陰で儚くもそうではないと確信せざるを得ない。なので、気合を入れていこう。

 貴重な自身の過去、というか前世を知る機会でもあるのでここで逃げる訳にもいかないのだ。

 

 ベルが鳴り、ドアが開く。

 ドアの前で待っていた青色の戦闘服の男二人はサブマシンガンとスナイパーライフルの射撃で倒れこむ。T字に道が別れ、正面には電気制御室と書かれたドアがある。

 最上階のホール会場・レストランを後回しにし電気制御室に侵入、こちらの存在が露見する可能性を減らすためだ。制御室に展開していた敵を殲滅する。幸いにも数人しかいなかったので増援を呼ばれずに済んだ。その後制御板を破壊し、このフロアの電源を落としてから最優先事項のいると思われるホールに突入する。

 

 制御室を出ると、窓も少ないこともあってか、真っ暗に近い状態になる。ヘルメットに内蔵してあるゴーグル型HUDをナイトビジョンやサーモグラフィなどに切り替えつつ、ホール前に到着。

 運の良いことに、テロリストはホテル全体に分散されており哨戒している奴らと撃ちあったぐらいである。だがしかし、そうまごついてはいられない。エレベーターが使えないとはいえ階段でも上がってこっちに集まりつつあるだろう。

 ドアを開けて突入。中は何かの会場をやっていたらしく大型の丸いテーブルなどが散在している。

 そして、目の前には強化外骨格、通称パワードスーツを着た巨漢と鈍色の戦闘服を着た痩せ型の男がいた。どちらも暗視スコープのようなものをつけている。そいつらの後ろには例の夫妻がいた。

 

「遺伝子強化を受けた俺は無敵だ!」

 

「暗闇の中でも遺伝子強化を受ければ丸見えだ!」

 

 こちらに気づき、そう豪語した後、パワードスーツを着用した巨漢は片腕でこちらの持ってる盾の数倍の面積を誇るかもしれない位に大きな盾を構え、もう片方の腕は車載機銃用のガトリングガンをこちらに向ける。痩せ型の男は手甲に取り付けた大型のダガーを展開、三本爪のようなものにしてからホールの7メートル程の跳躍を見せ、動き回る。

 どちらも人間離れしたもので、事実なんらかの形で強化が行われていると思われる。これも記憶には無い内容だ。

 

 まずは定石通り、ガトリングガンを持ってる腕に集中射撃。痩せ型の男の方は相方に任せるとする。

 ガトリングガンは射撃するまで、空転してある程度の回転数に達しないと撃てないという特性がある。今のうちにパワードスーツの腕部を攻撃して、動作不良を起こさせるか、巨漢自身のノックバックを期待する。

 だが、サブマシンガンでの集中射撃では、そのいづれかの状態にすることは困難らしくガトリングガンが火を噴く。盾でガードするが、衝撃が強く左腕が痺れてくる。

 やがて、弾薬が一旦尽きたのか、相手も盾を構える。お返しにと言わんばかりにサブマシンガンで撃つが、あんまり効果は期待できないようだ。

 相手もお返しに手榴弾を投げてくる。が、即座に撃ち落とす。正確には手榴弾に弾丸を当てて、爆風がこちらに巻き込まれない所に動かす。

 ある程度の手榴弾を投げ終えた後、再び盾から身を晒し、ガトリングガンを構える。すかさずガトリングガンを持った腕に撃ち込む。

 すると、腕が痺れたのか射撃を中断し盾を構える。このままではちまちまパワードスーツの強度の限界が来るまでこの繰り返しのようだ。

 

 パワードスーツの男が動けない今のうちに今度はホール内を動き回る痩せ型の男に射撃する。

 相方に気を取られていた男は、射撃を慌ててかわす。

 

「パワードスーツの方を撃て!」

「どこを!」

「頭だ!愚鈍な分いけるだろ!」

 

 相方を言葉を交わした直後、盾の防御できる範囲外から攻撃を食らったのだろう。構えを解いてよろめく男。その隙を逃さず、サブマシンガンを全弾、ガトリングガンに叩き込む。

 相手も反撃にと無理やりガトリングガンを構えるが、ガトリングガンは完全に煙を出しており使い物にならなくなっていた。

 

 ガトリングガンを投げ捨て、新たに弾倉交換式ロケットランチャーを構えこちらに向ける。慌てて、パワードスーツの腕部を攻撃しロケットランチャーの発射前にノックバックさせ、ロケットランチャーから放たれたロケット擲弾は上方に発射、天井に命中して爆発した。

 

 これに怒ったのかサブマシンガンの銃弾に構わず、こちらに突進してくる。パワードスーツのアシストを得た上での突進なので、とても強力だ。

 早すぎればルートを修正されるし、遅ければ悲惨な事になるので回避に成功か失敗かのギリギリを見極めてから……横っ跳びに跳んだ。

 

 相手の突進はそのまま空を切り、壁に激突。そのまま大幅によろけ、ロケットランチャーを落っことしてしまう。

 すかさず、奪い取ってからパワードスーツの取り付けていた手榴弾の安全ピンを抜いて点火させる。

 手榴弾が爆発し、パワードスーツの装甲の一部を破壊、この衝撃に思わず相手は膝をつく。これを逃さず、トドメの一撃。ロケット擲弾は強化外骨格の装甲をぶち抜き爆発、沈黙した。

 

 相方の方を見ると、丁度。痩せ型の男が相方に飛びかかり、大型のダガーで一閃しようとするが、ダガーを振りかぶる一瞬の隙で眉間を撃ちぬかれ、沈黙した。

 お互いの確認をした後、急いで最重要目標であるオルコット夫妻の元に駆けつけ、拘束を解き、肩を貸す。

 

「……君たちは?」

 

 ホール内が暗いせいもあってこちらを怪しむ男性と女性。

 

「スコットランドヤードのSTF(Special Tactical Force)選抜隊員です」

 

 ホントはフリーランスで、STFの雇われ隊員だが、信用して貰うために少し嘘を言っておく。

 

「そうか……助かった」

 

 ほっとする様子のオルコット夫妻。

 

「……司令部には報告した。屋上に警察のヘリを寄こすだそうだ。」

 

 相方も余計な事は起こしたくないのには賛成のようで、特に警察、という部分を強調して言っていた。

 

「ついて来て下さい」

「ああ、わかった」

「ええ、まさかここまでの事をやるだなんて……」

 

 奥さんの言葉が少し気にかかるものの、急いで屋上に向かおうとするが、ホール内に発炎筒が投げ込まれる。

 相方はテーブルをひっくり返して遮蔽物を作り、そこに夫を引き込み。強化外骨格の男が持っていた盾を両手で引きずり込んで身を守っている。自分は奥方を守るように盾を構えて、奥方の前に出る。

 

「お願いですから、じっとしていて下さいねッ!」

 

 奥方の返事がないまま盾を構えた直後、ホール出入口から激しい衝撃とマズルフラッシュと発砲音。

 それに耐えながら、相方にハンドシグナルを送り了承を頂く。

 銃撃が一旦収まり、指揮官らしきテロリストが怒鳴りつけているがそんなことはお構いなしに奥方をバックブラストに巻き込まぬように抱き寄せてから耳を塞ぎ、口を開けるように指示した後、弾倉交換式ロケットランチャーを一発発射する。

 ロケット擲弾はホール出入口付近で爆発し、床に大きな穴を空ける。残りのテロリストは仲間が吹き飛ばされた事に動揺する中、相方のスナイパーライフルで頭を撃ちぬかれる。

 

「よし、移動します!ついて来て下さい。」

 

 そう言って、夫妻を連れて屋上のヘリポートに向かうのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 小規模な遭遇戦はあったものの無事に屋上のヘリポートに辿り着く、そこに警察のヘリコプターが二機やってこようとしていた。

 

「やれやれ、このような危険な賭けはもうゴメンだね」

「でもこれで、ようやくオルコットに潜む膿は一掃できるわ」

「それに……」

「何ですの?」

「君と仲が悪い……という設定で別居したり、望んでもない口論をする必要が無くなる」

 

 夫は妻の方に顔を合わせる。

 

「そして、また君とセシリアとの三人で一緒に暮らせる。家族の時間をやっと取り戻せるんだ」

「アナタ……」

 

 オルコット夫妻ってバカップルかよ……

 衝撃の事実と共にファルコンとなんとも言えない顔をするが……その時、どこからかミサイルが飛んできて、ヘリの一機に命中、そのまま墜落した。

 ヘリが向かってくる方向とは逆に、複座式の大型攻撃ヘリが向かってきていたのだ。

 

 無言で、スナイパーライフルを構えるファルコンに弾倉交換式ロケットランチャーを構える自分。

 ロケットランチャーの弾倉を確認した所、一発しか残っておらず、またスナイパーライフルを複数発撃つ間に敵の攻撃ヘリが残りの警察のヘリコプターを撃墜するので、ファルコンも実質一発しか使えない。

 二人共極限までに集中し遠く離れた攻撃ヘリに狙いを定める。

 

 まずはファルコンのスナイパーライフルが閃光を発した。

 

 弾丸は真っ直ぐ飛び……見事、キャノピーを貫通し火器管制を担当するガンナーの頭を撃ちぬいた。

 しかし、ドライバーがまだ生き残っている。ミサイルが使えなくなっても、機関砲がまだ使えるので、まだ突っ込んでくる。

 今度は自分のロケットランチャーからロケット擲弾を発射。攻撃ヘリはフレアを撒くも、残念ながらこいつは無誘導、フレアの赤外線などには誤魔化されずに真っ直ぐ攻撃ヘリに向かい……命中。

 攻撃ヘリは火に包まれながら急速に速度を落とし墜落した。

 

 ほっとする所に丁度。ヘリコプターが到着し、オルコット夫妻を載せる。

 

「? 君たちも脱出しないのかね?」

 

 オルコット氏が尋ねるが、自分は首を横に振った。

 

「テロリストが地対空誘導弾も持っている可能性も捨て切れませんので我々はここで援護します」

「そんな! ……貴方達の判断に感謝します」

 

 オルコット婦人は驚いた表情を見せるも、深く頭を下げてくれた。

 

「ファルコン! 地上の掃除を頼む! それでは、ご無事で」

 

 無言で頷き、スナイパーライフルで地上の対空火器持ちに狙いを定める。

 

「陳腐な言葉で済まないが……君たちこそ、生きて帰ってきてくれ」

「ことが済んだら是非、貴方達をオルコット自慢の邸宅に招待させて頂きますわ」

 

 その言葉を最後にヘリのドアを閉め、オルコット夫妻を載せたヘリは飛び立とうとする。

 自分は、ヘリポートを死守するため彼らに背を向けて走りだすのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 英国のホテルで死亡フラグを建てちまって焦ったが、別にかすり傷ひとつも無かった。

 その後の話だが、あのテロリスト騒ぎ、真相はオルコット夫妻の持つ利権がらみによる親族の差し金らしく、結果親族の逮捕となった。少し前から夫妻の不仲説に乗っかっての犯行らしい。

 あとは、オルコットの娘さんがIS適性値でAランクを取得。貴重なBTレーザーやビット兵器との適性値も国内最高を記録し英国史上最年少での代表候補となった。篠ノ之ちゃんと同い年なのにすごいね。

 余談だが、本当にオルコットの邸宅に招待された。ただし、ファルコンが。自分は変装していて身分も偽っているので最後まで調べがつかなくて悔しがっていたと、ファルコンが話してくれた。あと、バカップルも健在だったらしい。

 

 篠ノ之ちゃんで思い出したが、もう中学生になりました。

 何を思ったのか、篠ノ之ちゃんはIS教習のある国立の中学に入学した。

 ISの実機なんてどっから持ってきたんだと思ったが、よくよく考えたらISって実質先進国しか持てないよね。フレームの購入費しかり、維持費もしかり……

 で、いつの間にかIS実習での成績が同学年トップになりました。IS適性はCなのにトップはそこそこ珍しい。主に近接実習と射撃実習と模擬戦で成績を荒稼ぎしているようで……

 特に模擬戦では、基本的に機動系の指導は事前にやっていなく、適性がCということもあってか同学年よりも一段と遅い機動力だが、近接距離以外ではひたすらに自分仕込みの射撃で射撃戦を展開、こっちはシールドで的確にガードしつつ、向こうのシールドエネルギーをガリガリ削りにいく。

 動きが遅いのもあってか相手は油断して一発逆転目的で篠ノ之ちゃんに斬りかかっても、本人自慢の剣道仕込みの近接攻撃でカウンター、逆に返り討ち……となんだかえげつない仕様に。身に纏っているのは打鉄零式・改とその武装一式とラファールタイプ付属のIS用アサルトカノンだと言うのに……

 

 岡部さんのお陰で苦手な距離を克服できました!……ってすごい可愛い笑顔で言われるようにもなってしまった。なにそれ怖い。

 あとは最近、早くIS学園で岡部さんと直接ISでの射撃分野の講義を受けたいなぁ……とまで言い出す始末。だから、なにそれ怖い。

 中学で仲の良い子でも見つけてきたのか、その子の事をよく話してくれる。性格はちょっと暗めでいつも眼鏡型の携帯用投映ディスプレイをかけているのだが、とてもいい子なんだとか……

 最近は篠ノ之さんにも専用の通信機で適度に話をして、距離を測っているようで、篠ノ之さんが物凄く嬉しそうに妹さんを自分に自慢しています。

 

 あとは、自分のIS。ここ最近全くの手付かずのおかげか完全にグレたようで拡張領域の整理をしたら出るわ出るわ篠ノ之さん謹製の変態装備。

 弾頭を弄って、射程距離の続く限り威力を殺すこと無く跳弾し続ける銃に、かんしゃく玉をパチンコ玉サイズにまで小型化、威力をIS仕様にしたものや一発の弾丸から散弾が120発ほどでてくる散弾銃、稲妻状のプラズマをショットガンのように複数発射する銃、威力がVシステム使用時のチャージショットレベルなのに一発でシールドエネルギーの二割を消費し、射程は5メートルしか無いレーザー銃、極めつけはIS用のミサイルを発射後、五秒間は上昇してからY字状に 2つに分裂を開始、合計7回分裂し一発のミサイルから計128発のミサイルに分離し襲いかかってくるシロモノまで……なんじゃこりゃあァ!!

 

 あとは織斑さん。相変わらずの百合製造機と化していて。女子達の黄色い声が物凄い。

 あと、篠ノ之ちゃんの活躍を聞いて物凄く悔しそうにしていた。そんなに射撃を鍛えたいんですか……

 織斑さんと会うときには常にISを装着しているので、世間的には女だと思われているので織斑さんに講義関連や教習関連で詰め寄られると凄く黄色い声が上がります。

 結果、織斑さんとはまた違った寡黙系クールさんとして実質的には男なのに百合な人達からも大人気と化していたり……

 

 ついでに弟君にも会ったが、最近仲良くなった娘が祖国に帰ったんだとか……

 別れもあるが、出会いもある。まあ、気にすんな。 と慰め、篠ノ之ちゃん宛てに伝言などを貰った。

 

 実はIS学園が創設されて、自分と織斑さんが結構な頻度で会うようになったので、これを利用してこっそり篠ノ之ちゃんと織斑君は文通していたり……

 

 剣道は一生懸命にやっているようで、いつか篠ノ之ちゃんと白黒つける、と語ってくれた。

 良かったな弟君、君の死亡フラグは回避されたぞ。その旨、しっかりと報告させて頂きます。

 

 そして、そろそろ高校の時みたいに一同一緒に過ごすのもいいかもしんない。そんなことを思いながら、大学での必修科目の単位を取ろうと必死こいていたのでした。



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04:第二回モンド・グロッソ

 とうとう、第二回モンド・グロッソが開催される年になった。

篠ノ之ちゃんは中学二年になり、可愛さよりも綺麗さの方が際立っている。

 

「岡部さん。今年モンド・グロッソがドイツで行われますけど、今回も?」

「まあ、しないと色んな人達が怒るよね……」

 

 色んな人達と言ったが、主に一番怒るのは織斑さんとか織斑さんとか織斑さんとかだと思う。

 それにモンド・グロッソの目玉ってある意味自分vs織斑さんとの人外大戦だと思うし。

 

「そうですよね。だって、岡部さん……ヴァルキリーでブリュンヒルデですからね……」

「篠ノ之ちゃんその話題はやめてくれ」

 

 男なのに、とボソッ追加される……それ、色々と精神に響く、マジで響く。

 

「でも、いいなぁ……私も直接会場で岡部さんや千冬さんが活躍してる所、見たかったなぁー」

 

 はぁ、とため息をついてテーブルに突っ伏す篠ノ之ちゃん。この娘普段は真面目でキッチリしていて、凛としているのに家に戻るとすぐにこんな感じにダレる。

 ダランとした感じの篠ノ之ちゃんって篠ノ之さんに似てるよねー、と脳裏によぎった。

 

「そうだねぇ……織斑さんの方も弟君が見たいと言ってた気がするしね……まあ、相談してみるよ」

「一夏と一緒に行けるんですか!?」

 

 事実、時間が経つにつれ状況も安定しているので、少しばかり行動の制約が外されるかも知れない。

 政府の間では個別に守るよりもどこかにまとめて入れてそこで護衛を行うと言った案が出てきてもいるくらいだ。

 十中八九IS学園行きだろうが……篠ノ之さんは、どうだろうねぇ? 来るのかな? それともまだ放浪の旅でも続けるのかね?

個人的には織斑さんとこの弟君が少しばかり心配だけど……

 

「まあ、そうなるだろうね」

「本当にですか? ありがとうございます!」

 

 椅子を蹴飛ばさんとする勢いで立ち上がり、頭を下げる。

 

「別にいいよ、もう三年間も一緒に住んでる仲だし」

 

 今更、遠慮なんて要らないよと付け足す。

 更に感極まったのか、両手を掴みブンブンと上下に動かす。篠ノ之さんのように抱きつき癖さえ無いものの、確かに篠ノ之さんと篠ノ之ちゃんは姉妹であると印象づけたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「で、モンド・グロッソの観戦に箒と同行させたいと」

 

 IS学園で一通りの教習が終わった後、織斑さんに事情を説明する。会話なんてもってのほかなので、盗聴対策も兼ねてIS同士を接触させての直接回線を使用している。

 今年度で二年目だが、相変わらず織斑さんは教え子たちに黄色い声援を投げかけられていて、その度にため息混じりにこめかみ辺りを抑えている。

 競技用と言えども、ISの操縦者。メディア等に取り上げられても精々、専門誌のインタビュー程度しか公にされていないので、その分実際に会えるとなるとこうなるのだろう。

 

 その割には自分の時はあんまりいい反応はしないんだけどね……

 

「何とかできないですかね?」

「まあ、多分できるか? 更識の護衛も引き連れたら出来るのかもな」

 

 まあ、そこら辺なら何とか出来るのかもしれん、やってみよう。と付け足す。

 以外にもツテはあるようで少しだけビックリ……しかし、ふと気づく。

 

「スイマセンね、本当に。礼は必ず……って更識って言ってましたけど、更識って何です?」

「そう言えば、お前には説明はされていなかったんだったな。更識というのはな……」

 

 ざっくりいうと、篠ノ之ちゃんや弟君の護衛を受け持っていたり、ロシアをスケコマシに行った『対暗部用暗部』って分類の人達らしいです。名前とか全然知らなかった。

 篠ノ之さんにでも頼めばすぐに丸分かりなんだろうが、あの人もあの人でそれなりに忙しいのであまり頼れない。

 教習の間は自分や織斑さんの代わりに篠ノ之ちゃんや織斑君の様子を見てくれてるし。

 

「そうなんですか、詳しく説明してくれてありがとう」

「気にするな。私とお前の仲だろ?」

「ハハッ、そうですね」

 

 話にキリが良くなったところでなんだかビックリしたような叫び声が聞こえた。

 織斑さんと一緒にその方向を見ると、そこには射撃戦仕様の打鉄を纏った女性がいた。

 

「な、ななな! 何してるんですか先輩!?」

「別に、こいつと話をしていただけだが?」

 

 自分もディスプレイを展開し『お話してたー』と表示させる。

 

「え!? だ、だってゲストさんと織斑さんがて、手を繋ぎあって!?」

 

 『貴女ちょっと疲れてるのよ』と表示させる。もう既に織斑さんとは接触回線は終了しているので、手は離れ離れになっている。

 

「なんでそれで、手を繋いでただけでそうなるんだ……コイツとは抱き合ったりもしてるだろうに……」

 

 織斑さんはため息を吐く。確かに講義中に至近距離での戦闘をシミュレートするときにはよくしている。しかし、目の前の女性は更に勘違いしたようで……

 

「だ、だだだ抱き合ってー!? もしかしてお二人って……アワワワ」

 

 あ、織斑さんが無言で拳骨を落とした。

 

「……目、覚めたか?」

「……スミマセンでした」

「全く……妄想は程々にな、山田先生」

 

 頭を抑えて蹲り、唸り声を上げる山田さん。確か織斑さんの同期で元代表候補。しかしどうも教職員の方が向いているんだとか。

 これでも現役時代、織斑さんの次に有力な代表候補らしいんだが……

 

「さて、今日の講義も終わった事だし……今日もよろしく頼む」

 

 『競技用アリーナに行きましょうか。今日はIS用のライトマシンガンについてですよ。』と表示させ、織斑さんに見せる。ついでにまだ衝撃の抜けきっていない山田さんに歩み寄り、肩を叩く。

 

「ウググ……ふぇ? なんですか?」

『織斑さんと指導しますけど……よろしければ、どうです?』

「わ、私ですか!? そんな恐れ多い……」

『まあまあ、遠慮なんて無しですよ』

「……え? 本当にいいんですか!? ありがとうございます!」

 

 感極まって、両手を掴み上下にブンブン振り回す山田さん。衣服や下着で固定されていた篠ノ之ちゃんとは違い、ISスーツに実ったスイカ様がバインバインしているというね……流石代表候補……

 

「……決まったのなら、早く行くぞ……」

 

 織斑さんは少しばかりこちらを睨んだ後、強引にこちらの腕を掴み、射撃場となるアリーナへと向かったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 そして、時間が経ち第二回モンド・グロッソが開催される。

 

 前回同様、推薦枠からの出場となり、自分はまたISを身に纏い。相手のISと相対する。

 相手は一般的なIS用バトルライフルと近接ブレード、そして盾を装備している。

 精神を集中しハイパーセンサーの感度を上げると、ふと篠ノ之ちゃんと織斑君を見つけた。織斑君は目を輝かせてこちらを見ていて、篠ノ之ちゃんは手をブンブンと振っている。

 

 そろそろ、時間なので拡張領域(バススロット)から複合弾薬仕様のカービンライフルを取り出そうとするが……出てきたのはIS用に大きさを再設計したサブマシンガン。各国のISが採用しているベストセラーで、ピストルグリップ内にマガジンが収納されてるやつではなく、前にマガジンが装填できるやつである。

 分かる人にはドイツの老舗銃器メーカー産だと言えば、わかるのかも知れない……

 

『これを使いましょう。これを使用すれば勝率は5.6%上がり、合計の勝率は99.8%になる見込みです。』

 

 仕方がないのでサブマシンガンを腰にマウントし、改めてカービンライフルを取り出す。最近、うちのISは自己主張が激しくて困る。

 

 試合開始の電子音が鳴り、グリーンランプが点灯する。

 両者共にスラスターと噴かし、距離を置きながら動く。どうやら相手は射撃戦を挑みたいようだ。

 相手はアサルトライフルを連射しこちらを撃つが、僅かにシールドエネルギーが減るだけで効果は薄い。相手のアサルトライフルの威力が弱いのではない。

 むしろ、IS基準ではあるが弾丸は貫通力に優れた徹甲弾(スチール・コア)を使用しての結果である。

 こちらの装甲が厚すぎて、アサルトライフルから放たれる大半の弾丸を装甲が弾くので、シールドエネルギーが殆ど消費しないのである。

 

 自分のISは頭部と上半身の前面、スラスター部分以外はちゃちな戦車砲でもその装甲を抜くことは難しい。仮に抜かれようとも爆発反応装甲や電磁装甲などの特殊な装甲を増加装甲として装着しているお陰で一撃だけなら無効化することができ、破損ないし欠けたら拡張領域から予備の装甲と交換も可能だ。

 なので、素直に頭部を狙うか腕の可動域を増やすために薄くなった上半身を狙うか、または背後からスラスター部分を狙うのが賢いのである。

 

 これには相手も驚いたのかこちらのチャージショットを盾で何とか防ぎつつ、IS用アサルトライフルからアサルトカノンに切り替え撃ち返してくる。

 こっちもサブマシンガンで撃ち続けながら距離を詰める。

 相手は盾を構えて防御しながら動きまわっているのでアサルトカノンのままでは分が悪いと感じたのか、ショットガンに取り替えるものの思うように当たらず、当たっても厚い装甲のお陰で対したダメージではない。このまま自分に有利な距離を維持するのが利口だろう。

 

 チャージショットをショットガンを持っている腕の方に当てて仰け反らせ、相手の防御体勢を崩す。

 そのまま勢いで押し切る為にカービンライフルのアンダーバレルに装着した擲弾発射器からプラズマグレネードを撃ち出し、完全に無防備な状態にする。

 トドメに確実に仕留める為に急接近し、サブマシンガンで近距離からフルオートで出来るだけシールドエネルギーが削れるうような部位に多くの弾丸を叩きこみ、ゲームセット。

 

 今回は篠ノ之ちゃん織斑君が観戦に来ているので、手をブンブンと振ってみる。

 観衆が湧き出し、歓声が中々の迫力となって帰ってくる。

今回のモンド・グロッソはリップサービス増々でお送りしますよー、おにーさんちょっと張り切っちゃう。

 そんなことを考えながら、篠ノ之さんのいるスタッフルームへと帰還した。

 

   ■   ■   ■

 

 そして第二回戦。

 イグニッションブースト見てからチャージショット余裕でした。

 

 正確に言うと試合開始の電子音が鳴り、グリーンランプが点灯すると同時に近接ブレード構えて瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に距離を詰めて来たので、予めチャージ済みだったカービンライフル構えて迎撃、すると頭に直撃して進路がズレて自分の真横を通り過ぎたので遠慮無く再度チャージショットを撃って頭部に直撃、試合終了となった。

 

 呆気にとられた篠ノ之ちゃんと織斑君の様子が見て取れたのだった……

 

 第三回戦。

 ビット見てから迎撃余裕でした。

 

 試合終了開始と共に有線式で小さな直方体の遠隔装置が4つ程飛んできて、小銃弾を撃ってきたので文字通り落ち着いて迎撃。さらに有線式の誘導ミサイルも4つ程来たので、撃墜する。

 

 さらに、今度はレーザーライフルを持ち出し、さらに直方体状の物体を3つ程自機の周囲に展開、レーザーを発射させて、弾幕を展開。

 レーザーライフルの方は長時間照射してジリジリとダメージを与えるタイプらしく少しばかり回避が嫌らしいが、威力は長時間受け続けなければ対したダメージにはならず、むしろそれに集中して回避行動をとっているとアラートが鳴り、直方体状の物体から放たれるレーザーが自機に命中する。遠隔操作で撃てる方はレーザーライフルよりも高出力だが一瞬しか照射されない。

 

 なので、邪魔な遠隔装置からすぐに破壊、流石にもうネタが尽きたらしく残ったレーザーライフルで自分のカービンライフルとの高速で動きながらの射撃戦が始まり、チャージショットで相手ISのシールドエネルギーを削りきり、勝利した。

 

 おにーさん頑張り過ぎたかも……

 

 目を輝かせてこちらを見ている篠ノ之ちゃんと織斑君の様子を見て、そんな事が脳裏によぎったのだった。

 

   ■   ■   ■

 

 気を取り直して準決勝。

 見た感じ相手のISはスラスターが多めで機動戦向きかな、と予想される。

 頭部や胸部には発射口らしき穴が対になって開けてあるので多分内蔵火器の類だと思う。

 両手にはアサルトライフルらしき物を二挺持っているので高速で動きながら当ててくるのかな?

 前回のモンド・グロッソと比べてやはり、操縦者全体の質が明らかに向上し、IS競技用のアリーナが手狭く感じてしまう。代表候補や訓練生なら丁度いい広さなんだが……

 

 そろそろ、アリーナなどではなく洋上か無人島でも使わないといけないような時代に突入したって事なのかな? 常に時代は進み続ける物なのね……

 

『警告、何らかの防御手段を用意しておくことを忠告』

 

 少しアンニュイな気持ちに浸っている中、ISのアナウンスに従い、拡張領域から盾を取り出す。

 

『忠告、カービンライフルなどの光学兵器は非推奨。強力な実弾系を強く推奨する』

 

 おかしなアナウンスだとも思いながらもカービンライフルをしまい、IS用弾倉交換式ロケットランチャーを腰にマウント。さらにIS用三銃身仕様の20ミリガトリング砲を腕の方に装着。右手でグリップを握り、銃身を空転させ動作をチェックする。

 これらもまた市場に出回っているものであり、特に三銃身仕様の20ミリガトリング砲は車載機銃やヘリの機銃として出回っている物をIS用に改修したものである。

 

 武器を持ち替えたことに疑問を抱いたのか、不思議そうに篠ノ之ちゃんはこちらを見ていて、織斑君はこちらの動きの一つ一つに注視している。

 

 試合開始の電子音が鳴り、グリーンランプが点灯する。

すると相手は一気に距離を詰め、内蔵火器とアサルトライフルを一斉に撃ちだす。

 大小合わせて合計6門による弾丸の雨は流石に前面装甲では耐え切れないので、盾を構えて距離を離す。が、加速性能は相手の方が上なのですぐに追いつかれる。

 これでは防戦一方なので、アサルトライフルの一瞬のリロードで発生する隙を見極め、盾の構えを解いて攻勢に転じる。このまま自分の勢いにのせて倒せればいいのだが……

 しかし、目に映ったのは戦車砲を流用したと思われる超大型のランチャーを構えるISが……

 

 うわ、やっべ……

 

 そう思い咄嗟に盾を構えるが、それよりも早くランチャーが火を噴く。放たれた弾丸は途中で分離しダーツ状の砲弾となってこちらに来る、そう……それは装弾筒付翼安定徹甲弾(そうだんとうつきよくあんていてっこうだん)、通称 APFSDS(Armor Piercing Fin Stabilized Discarding Sabot)だ。

 

 こいつは普通の砲弾より威力が高い恐ろしい弾種だ。

 

 幸いにもAPFSDSは右肩に命中。右肩に着弾した瞬間、正確には爆発反応装甲を貫通し、メインの装甲よりも外部に取り付けられた二枚の間の開けられた電磁装甲に飛び込んだ瞬間、装甲の間を通る膨大な電圧が電流となり、砲弾に流れ込む。

 やがて、それによって発生したジュール熱や電磁場による力により砲弾は気化ないし分断される。結果、シールドエネルギーは少しの減少で済んだ。

 

 しかし、砲弾が命中した衝撃は残っており凄まじい威力だと身をもって体感した。

 それに怯まずにお返しの意を込めて右腕でガトリング砲を撃ち、左は盾を拡張領域に素早くおさめてから、弾倉交換式のロケットランチャーを脇に挟み込む方に持ち撃つ。IS特有のPIC(Passive Inertial Canceller)による慣性制御機能様々だ。ざっくり訳せば外的作用から生じる慣性モーメントの打ち消しなので、まあ間違ってはいない……のか?

 

 しかし相手も中々の手練らしくガトリング砲は当たってもロケットランチャーのはそう簡単には当たってくれない。

 相手もこの状態を打開すべく、後部にチラチラと見えてるスラスターに火が付いた。

 

 自分はそれを察知して素早くガトリング砲とロケットランチャーをしまい、アメリカの銃器メーカーがIS用に再設計した弾倉交換式オートマチックショットガンを取り出し弾幕を張る。

 ガトリング系統とは汎用性に欠けるが、瞬間的な火力ではそれらに引けを取らないショットガンは相手のISにガンガン当たり、シールドエネルギーを削っていく。散弾なので、射程さえ見極めればそれほどエイミングを要せずに当てることが簡単だ。

 さらに、弾倉内の残弾もすぐに装填できるので対近距離戦では大変重宝するだろう。

 

 そう予測して弾幕を張っていたが、流石にシールドエネルギーが削りきれなかった。結果、接近を許してしまい、相手は自身の両手にプラズマらしき物を纏い、斬りかかってくる。

 とっさに振り下ろしてきた右手を先程のオートマチックショットガンで防ぐが、左手の突きが頭部に襲いかかる。

 ほぼ、反射的に首を動かしこめかみ辺りを掠るように左手が空を切る。ただ掠っただけなのにシールドエネルギーはかなり減少してしまった。シールドエネルギーの残りは丁度半分、これはマズい。

 

 何でもいいからなにか無いかと思い、空いた左手に拡張領域からブラジルの銃器メーカーが手掛けたIS用のマグナムリボルバーを持ち、そのままの勢いでプラズマ手刀が正面や頭部に来ないように片腕で右手首を掴み、もう片腕は左腕を脇に挟ませそのまま息がかかるような距離まで詰め寄り、降下。

 速度は負けるもののスラスターの出力自体は勝っていたらしく、相手のISを地面に叩きつけて馬乗りのような状態で押さえつけから体を密着、マグナムリボルバーをこめかみに当てる。

 

 ハイパーセンサー越しに黄色い声援が聞き取れるが、当の本人は観客が想像している女性ではなく男性、犯罪臭漂う行為しているのは承知した上での行動なのだが凄いやるせないです。全身装甲万々歳。

 

 『降参する?』とディスプレイに表示させ見せる。

 搭乗者の女性は悔しそうに「ええ」と言った。この時点で試合終了、無事に決勝へと勝ち上がる。

 拘束を解き、起き上がろうとするISに手を差し出し、『押し倒してごめんね』と表示させる。

 

 少しだけポカーンとした表情を浮かべたのが少しだけ印象に残った。

 

   ■   ■   ■

 

「箒ちゃんといっくんが拐われた」

 

 完全に密室となったスタッフルームで篠ノ之さんが最初に言った言葉だ。

 珍しく、絶対零度の如く冷ややかな目をしている。

 

「いつ頃に?」

「分からない、流石に監視カメラ越しにだと死角が多すぎて……」

 

 そう言いながら、グリグリと監視カメラを回したり、過去の映像を見て探っている。

 少なくとも今さっきの準決勝前には二人は確認できた。

 ならば試合中か? でも対暗部用暗部の更識と現地の警察、軍の警戒網をどうやって?

 いや、黒幕探しは後にして二人を加給速やかに、そして迅速に確保せねばなるまい。

 

『箒嬢の現在地割り出し完了、表示します』

 

 ISのアナウンスが聞こえると瞬時にディスプレイに流れ込む情報。カーナビの用に道路上をゆっくり走るマークがある。

 

「なぜ、この情報を?」

『箒嬢が中学に入る時に拡張領域(イコライザ)チップを渡しておきました』

 

 『ここ数年は箒嬢がよく使っていたので』と追加で、表示する。

 

「篠ノ之さん。篠ノ之ちゃんの場所がわかった」

「こっちも丁度アリーナを出ていくSUVを見つけた。フロントガラス越しに箒ちゃんといっくんの姿も確認した」

 

 出ていく時刻を教えてもらいISに計算させる。すると、マークは丁度篠ノ之さんが行った時刻にアリーナを出ていったことが証明される。

 

「篠ノ之さん、当たり」

「なら、すぐにISで助けに行って!」

「無理だ」

 

 なんで!? といった感じに悲痛な表情を浮かべる。

 

「今、ここでISごと行くと大問題になる」

 

 もし助けに行けば、次に危ないのは篠ノ之さんなのだから。

 しかも、織斑君と篠ノ之ちゃんとの関係性を決定づけてしまうので、尚更ここでの救出は悪手である。

 

「そんな!? 箒ちゃんといっくんを見捨てるの!?」

 

 今にも食って掛かる勢いで詰め寄る篠ノ之さん。目は血走り、行きが荒くなっていってる。

 

「見捨てるんじゃない。それならば……」

 

 ISの装甲部分を展開し、ISから降りる。

 

「生身で助けに行けばいい」

 

 ISに『決勝は棄権だと言え。理由はアリーナ異常事態が発生してるような連絡が飛んでたので博士の護衛を優先したとでも言えばいい』と告げる。

 ピカーとバイザーを光らせ敬礼するIS。拡張領域チップから衣服やいつもの変装セットを取り出し、ISスーツの上から着替え、顔と露出する皮膚、声を変える。

 

「にゃはは、昔アッキーが変装セットが欲しいって言ってたから作ったけど、まさかこんなところで……」

 

 「それに妙に手際良く変装するよね……」と怪しげな視線を向けるものの、これ以上の言及はしない様子。

 ヘルメットを被り、HUD付きのゴーグルを装着。歯の奥に通信機をはめ込み、以前製薬研究施設に使った身分証を持つ。

 レッグホルスターを右足に付け、GuardianⅠを入れ、ドイツ国内にいるIS部隊に繋げるように篠ノ之さんに頼む。出来れば、顔見知りの方が変に小競り合いも無くて済む。

 

「ドイツのIS部隊で尉官の子ね、妙に具体的な注文だけど……あ、あった」

 

 投影型ディスプレイにその軍人のプロフィールが表示される。

 ふむふむ、グレンツシュッツ・グルッペ・ノイン(Grenzschutzgruppe neun)で第一中隊内のIS分隊所属クラリッサ・ハルフォーフ中尉20歳……っと。

 

「篠ノ之さん、ありがとう。いつでもその子に連絡を入れられるように手配しておいて」

「いいけど、どうしてドイツにわざわざ?」

「リスク管理さ……」

「アッキーなら大丈夫だと思うけどな……」

 

 そう言って篠ノ之さんは、不満の声をあげながらも渋々やってくれている。

 大丈夫だとは言うが、自分は万能じゃないんだ。出来るだけの手は打っておきたい。

 織斑さんの動きが全くないのは不自然だが、逆にそこから推測するとすれば……

 

 日本政府はこの件に関しては織斑さんに対して情報の規制を行なっている。

 

 可愛い弟君が拐われた。と聞けば、文字通りカッ飛んででも助けに行くような人だ。

 そんな人がじっとしているという事は恐らくはそうなんだろう。

 事態が露呈するまでの時間を稼ぎ、その間に奪還……かな?

 

 まあ、悪くない手だと思う……と言うよりも現実的で実に良い、模範的な対処方法の一つだ。

 本音を言えば、織斑さんに事の自体を教えて一緒に救出……もいいのだが、その場合織斑さんの名誉が損なわれるのはほぼ確実だと言っていいだろう。

 そして、それは弟君にも重くのしかかってくる。そう、とても重くのしかかってくるのだ。

 だからこそ、自身で二人に接近し……出来れば、ドイツや更識よりも早く発見せねば……

 

   ■   ■   ■

 

 ゴーグルに映しだされたマップを頼りに街中を進む。

 自身の駆る750ccのレース出場用バイクは流れるように車の合間合間をすり抜ける。

 時折、反対車線に乗り出したり、ショートカットの為に人のいない歩道を突き進む。

 

『200メートル先を右折してアウトバーンに侵入してください』

 

 ISからのナビゲートを受けて右折、そのままアウトバーンへと侵入する。

 

「篠ノ之さん、アタリだ」

 

 そう言って、ヘルメットのカメラで篠ノ之ちゃんと織斑君を拐ったSUVの車列を映す。

 SUVは皆黒く塗装されていて、窓もすべてスモークガラスだ。

 

「確認した。先頭車両に箒ちゃんといっくんがいるね」

「ああ、念の為にクラリッサ中尉を連絡が取りたい」

「わかった。気をつけてね」

 

 そう言って通信が切れ、今度はHUDに製薬研究施設以来の軍人さんの顔が出てきた。

 

「お久しぶり……かね?」

「私は貴様の事などは知らん。それに正気か? 少なくともISとの個人通信は軍事機密のはずだ」

 

 軍人さん、クラリッサ女史は鋭い目付きでこちらを威圧する。

 昔、マジギレして勢い余ってベロチューした織斑さんよりかはマシだが……

 

「確かに、軍事機密中の軍事機密であるIS関連だと、ただじゃ済まないだろうね」

「でも、それに目を瞑る代わりに君の名誉と功績が一つ加えられるとすれば?」

 

 以前、沈黙を保ったまま。このまま話を続行させる。

 

「ドイツの尻ぬぐいをしてやろう。君の愛するドイツは名誉を守られ、君はこの事件を解決に導いた功績が手に入る」

「どうかね? 上司とでも相談中かな?」

 

 未だに沈黙を破らず、自分も少し焦り始める。

 

「断れば、ドイツは二度目のミュンヘンオリンピック事件を未然に防ぐ事が出来ない国という烙印を押されてしまうだろう……どうやら、それも仕方がないようだな」

 

 そう言って、通信を切ろうする。

 

「待って」

 

 クラリッサ女史が沈黙を破り、通信を切ろうとしたこちらを引き留める。

 

「話を聞きたい。貴様は一体何を知っているのだ」

「何をか? ……君達こそもう知ってるだろう」

「今必死に探してる物さ。計2つ。」

「証拠は?」

 

 無言でSUVの車列を映す。

 

「信頼性が無い」

 

 拡張領域チップからカスタムスナイパーライフルを取り出し、バイクが横転しないようにハンドルを固定し、シートに股をしっかり挟んでからスナイパーライフルを両手で持ち、左右はバイクの重心移動で、上下は腕で調整して射撃。

 弾丸は最後尾のSUVの後輪に命中。大きく車体を回転させ、減速する。

 丁度、自分とすれ違った辺りでスピンからの横転を行い、そして爆発した。

 一斉に最後尾近くのSUVのバックドアが開き、アサルトライフルを構えた覆面の男たちがこちらを睨む。

 

「これでいいかい?」

 

 信頼性抜群だろ? と聞いたが……

 

「あ、貴方!? 狂ってるの!?」

 

 クラリッサ女史には大変衝撃的な映像のようでとても驚いた顔をしていた。

 

「なら、早く現場に急行することだな。要救助者の身柄も危ういぞ」

 

 クラリッサ女史のISに直接マッピングデータを渡し、一方的に切ろうと思うが少し思いとどまる。

 

「そう言えば、君は自分に覚えが無いと言っていたな」

 

 返事はなくただ無言。

 

「もうステルスと恐竜には慣れたかい?」

 

 瞬間的に顔を真っ赤にするクラリッサ女史。それを見て、少しだけ顔がにやける。

 ついつい要らない茶々を入れてしまうのは悪い癖だが、中々やめられない。

 そのまま通信を切り、バイクを左手で動かしながら、スナイパーライフルで応戦する。アサルトライフルの弾幕をかいくぐりつつ、乗員を撃ったり、タイヤを撃ち車を横転やスピンさせたり、直接ドライバーを狙ってシートを撃ったりして、SUVの数を減らしていく。

 

 そして、SUVが篠ノ之ちゃんと織斑君を載せている奴だけになった時、ローターの音が聞こえてきた。後ろを振り返れば、そこには数機の小型ヘリ(リトルバード)と複数のオープンカーがこちらに迫ってくる。

 これはヤバイと感じ、慌ててハンドルを大きくきる。その瞬間、今まで走っていた所にチェーンガンによる掃射によって煙が舞う。

 リトルバードはそのまま自分を追い抜き、SUVと並走する。後ろのオープンカーから数人のテロリストがアサルトライフルで射撃を加えてくる。

 

 スナイパーライフルを拡張領域チップにしまい、バイクに取り付けてあるショットガンスキャバードからスコープ付きショットガンを取り出し、フォアハンドをスライドさせてショットシェルを装填した後、急速に速度を落とす。

 テロリストが反応する前に左右のオープンカーの中心に付き、ショットガンを連射する。

 散弾は適度な距離で撃てば、たとえ大雑把に狙っても死のリングに敵を捉えてさえいれば命中する。そして、敵と敵の間に平行に挟まれる形になるので相手は誤射の危険性からか反応が鈍い。

そのまま運転手を無力化した後、オープンカーは操縦不能になり側壁にぶつかったり、そのままブレーキがかかり、急停止する。

後を追いかけるべくバイクの過給器(スーパチャージャー)を起動。グンと来る重力に耐えながら、SUVを追いかける。

 

 SUVとそれを護衛するリトルバードが見えてきた。

 過給器を停止させ、ショットガンのストック左側面やタクティカルベストにに取り付けてあるホルダーからショットシェルを取り出し、チューブマガジンに入れてから、フォアハンドをスライド。薬室(チャンバー)にそのショットシェルを、装填する。

 こちらに気づいたリトルバードが旋回し、こちらにチェーンガンを向けてくる。対するこちらも両手でショットガンを構え、スコープを覗き狙いを定める。リトルバードが掃射を開始するよりも早く、ショットガンが火を噴く。

 

 ショットガンから放たれた安定翼付サボスラッグ弾というふざけた代物は遠く離れたパイロットを殺傷するには十分な射程と貫通力を有し、リトルバードは操縦不能に陥る。

 そのまま高度を下げ、地面に接触、大破する。残骸を避けて今度はもう一機のリトルバードに照準を合わせ、撃つ。

 複数のスラッグ弾は外れたり、胴体部をかすめたりするが、一発がローターに命中。リトルバードが一気に墜ち、大破する。

 

 ちょうどその時であった。二機のレーゲンタイプがこちらを追い越し、片方のISがSUVを止め、もう片方はドアを破る。

 そのまま、二機のISは流れるように犯人を出力を低くした電撃手刀で気絶させ、それぞれ篠ノ之ちゃんと織斑君を抱えて飛び去っていく。

 

 二人とも無事らしいが篠ノ之ちゃんは意識があるが、織斑君は眠っているようだ。篠ノ之ちゃんはISに抱えられながらもこちらを見てビックリしている。

 こうして第二回モンド・グロッソでのテロ事件は水際でなんとか阻止できたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 第二回モンド・グロッソ。その結果はゲストの決勝戦棄権により、織斑さんの優勝となった。

 棄権により、ゲストはヴァルキリーの受賞する権利も剥奪され、順位も自動的に最下位となる。

 なぜ、ゲストが決勝を棄権したのか? 真相は未だ明らかにされていない。

 

 ……というのが結局の所。一般の民衆が知る。第二回モンド・グロッソの真相である。

 織斑さんはトーナメント優勝により再度ブリュンヒルデの称号を与えられ、ヴァルキリーの称号としては同じく格闘部門と、新たに新設された機動部門と共に授与された。

 機動部門授与の決定的な要素としては、ISにとっては狭いアリーナ内を瞬時加速(イグニッションブースト)で縦横無尽に飛び回った事と連続的な瞬時加速を使用し、実戦で他の出場者の度肝を抜いた事が要因である。

 

 篠ノ之ちゃんと織斑君は無事に日本政府に送り届けられ、後になって自体を知らされた織斑さんは大変驚き、一時混乱したが。無事に織斑君と顔を合わせることによりなんとか平静を取り戻した。

 そして、ドイツからISの新設部隊設立に伴うIS教習の依頼に織斑さんは2つ返事で了承せざるを得なく。日本政府もこれに反対できず、泣く泣く一年間の出向を織斑さんに許可した。

 

 織斑君は自分に負い目を感じたのか日本に残るらしい。織斑さんから聞いたが、その後その事件を忘れようと必死に剣道や勉強に打ち込んでいるんだとか……

 何らかのフォローが必要なのかもしれない。

 

 次に篠ノ之ちゃんの番。

 篠ノ之ちゃんも案の定、精神が少し不安定なものなっていた。特に不甲斐ない自身に対して、憤りを感じるようでISの操縦も荒々しく、少し暴力的な感じになっている。

 

 救出後、自分や通信機越しだが、篠ノ之さんと顔を合わせてからの第一声が「ごめんなさい……私のせいで、岡部さんにあんな危ない事をさせてしまって……」や「姉さん、ごめん……私が行きたいってワガママ言ったばかりに……」である。

 謝るのはむしろ自分達の方なのに……こんな事態にまでなってしまった自身を憎く感じる。

 何気に変装した自分が見破られていたが、今は余り聞く気にはなれなかった。

 

 射撃しか能のない自分が恨めしい……そして、篠ノ之ちゃんよりも射撃を取ってしまった自分の本心に嫌気が差してしまう。

 

 結局、あのテロリストの目的も理解できず、黒幕も推測止まりといった現状。

 モンド・グロッソが閉幕し、いつものように過ごすが、何かが欠けたような気がした。

 インターホンが鳴る。今は自分一人なので玄関に向かいドアを開けると……

 

「貴方が、岡部友章さん?」

「そうですが、貴女は?」

「申し遅れました、私は第十七代更識家頭首……」

「更識(さらしき) 楯無(たてなし)と申します」

 

 そう言って彼女は頭を下げたのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 目の前にいる少女はあの更識の頭首らしい。なら、言うことは一つ。

 

「ええと、いつもお世話になっております?」

「……うーん、まあ、そうよね?」

 

 もうちょっと警戒すると思ったんだけど……となんだか肩透かしを食らったような様子。

 いやまあ、早かれ遅かれ来るとは思ってたし、プロ相手に舌戦で勝てるわけないのでここは普通に接する方針なんです。

 このまま立ちっぱなしのあれなので、家にあげる事にした。

リビングに向かい、椅子を引いて楯無嬢を座らせ、テーブル越しに向かい合う。

 

「で、今日は何の要件で?」

「まずは、第二回モンド・グロッソの誘拐未遂での謝罪を」

 

 といってから、形式的でありがちな謝罪文句を続けた。

 

「と言う訳で、今回の件は誠に申し訳ありませんでした」

 

 そう言って、謝罪を締めくくった。

 

「いえいえ、とんでもない。更識の皆さんのお陰様で今回の誘拐も未遂に終わりましたし、責めるつもりはありませんよ」

 

 身振り手振りも加えて、ややオーバーなリアクションを含める。

 

「そう言って頂くと、こちらも素直に嬉しいわ」

 

 向こうも微笑みながら返す。

 

「それと、今日はもう一つ要件がありまして……」

「そのもう一つとは?」

 

 楯無嬢はニヤリと笑みを浮かべつつ

 

「私、唯一の男性操縦者でフリーランスのスナイパーの貴方とお話がしたかったの」

 

 と、核心を付いてきた。

 

「ど、どうしてそれをー」

 

 リアクションをとってみたが、彼女は扇子を開きそれを見せた。

 

『40点 迫力不足』

「ま、待ってくれ! 俺は知らないんだ!本当に何も知らないんだ! た、頼む! どうか見逃してくれ!!」

『60点 迫力満点だが場違い』

「悪いが、君にはここで死んでもらう……」

『50点 最初に持ってきて欲しかった』

 

 どうもお互いこういう茶々を入れるのが好きみたいなのはわかった。

 

「で、どんなお話をご所望かい?」

 

 あんまり女の子受けが良い話は持ち合わせてないけど、と付け足す。

 

「そうね……ドイツのお話でもしましょうか。特に、少しきな臭いお話を」

 

 先に私から話すわね、と言って話を始めた。

 ドイツのIS部隊新設の話で、新設部隊の隊員は医療やバイオテクノロジーの発展の理由でナノマシンを注入するらしい。

 特に、眼球からナノマシンを注入し視神経や脳のスペック向上、更にはISの適正値の向上を図るのが、ナノマシン注入の最大の目的だそうで、これを『ヴォーダン・オージェ』(Wodan Auge?)と言う。

 しかし神の目ってすげーな、自分もやりたい。

 

 しかし、これは表の理由に過ぎず、本当の理由としては絶対に命令に背かないスーパーソルジャーの作成の一環であるという疑惑が浮上した。

 もし、命令違反を犯せばナノマシンが体内で暴れ回り、矯正させる……という代物。

 現在のナノマシン技術は複合的な働きやプログラムを持つナノマシンは未だに作成されていない。なので、俗に言う懲罰目的のナノマシンがドイツで実験されるのでは無いかというのが示唆されている。

 今までは人を強化するよりも既存の兵器の強化に金を注いだほうが良かったのでナノマシン技術は医療用止まりだったが、ISの登場後、再びそのナノマシン技術に食指が動き、研究が加速したのが要因である。

 

 更に、ナノマシン技術の応用として他の操縦者の動きをトレースして再現させようと目論んでいるらしい。状況によって、その手のプロフェッショナルの動きが出来たら大変強力だからだ。

 だから、IS部隊新設に伴う教導に第二回モンド・グロッソのブリュンヒルデ兼ヴァルキリーでもある織斑さんを指名したらしい。

 

 つまりはモンド・グロッソでの一連の騒動はドイツの自作自演の線が濃い、というわけだ。

 

「で、これがドイツの新設IS部隊『シュバルツ・ハーゼ』の資料よ」

 

 と言ってテーブルの上に資料が置かれる。今時珍しい紙媒体だ。

 ISの登場後、一般人はそうおいそれとはISを直接見る機会は無いが、IS系統の技術の一つである投影型ディスプレイの登場、急速な普及によって電子媒体の需要が急増し今や紙媒体は落日の一途をたどっている。

 

 因みに一般人におけるISの認識としてはメディア越しに見れるスター的なものである。

 ISは軍事としての側面が強くなりすぎてしまうと今後、様々方面で厄介な事になるのは周知の事実。

 そこで、世界中の国々はIS部隊を平時では大規模な火災や遭難事故、海難事故での救出などに投入したり、一部では警察機関用にISのフレームが開発され、凶悪犯罪などにも投入されている。

 そのおかげもあってか、実際に映画のアクションスターばりの活躍を見せるISなどを見て一般市民の反応は上々、各国の苦心の末、ここ10年にも満たない内にそれなりの支持を得ることが出来た。

 

「で、これが指揮系統。面倒だから略称黒兎隊はドイツの既存の軍事組織とは独立しているの」

 

 楯無嬢は資料を開いて、解説してくれている。

 部隊の隊員の構成、ISの数、後方部隊等々。

 

「で、これが黒兎隊の上層部とも言えるメンバーよ」

 

 資料をめくり、解説をいれる。

 その中には以前に侵入した、製薬研究ビルの所長や一部の幹部、その親会社関連の人物の名前が入っていた。

 

「この医療・バイオテクノロジー系製薬研究ビルとこいつの繋がりは以前にもあったわ」

 

 と言って、実質的に黒兎隊を率いるドイツの中将を指す。

 

「ISが登場する以前に、クローンや遺伝子強化、ナノマシン投与によるスーパーソルジャーを用いての特殊部隊を創り、ドイツでクーデターで起こした組織の黒幕っていう噂よ」

「まあ、そのクーデターは皮肉にも天然物のSAS上がりのフリーランスにやられたらしいけど」

「逆に製薬研究ビルの方はあんまり情報は掴めなかったわ」

 

 力及ばずだったわ、と言いながらため息をつく。

 

「ただ、この製薬研究ビルにはそれらを行う技術はある……って言うのは出資者の中に遺伝子技術関連の人がいることで確定だけど……」

「へえ、こりゃすごいや」

 

 思わず賛美を送る。製薬研究ビルの件についてはこっちで把握しているので、懲罰目的のナノマシンの情報はほぼ確定で間違いない。

 トレース目的のナノマシンは今現在実例が無いため禁止されてはいないが、いづれ発覚すれば少なくとも競技用としてその機能を使うことは禁止されるだろう。

 

「更識ですから」

『年季が違うのだよ年季が』

 

 はにかみながら扇子を広げて照れてる楯無嬢。無駄に芸が細かい……

 

「で、英国の諜報機関並の活躍を見せる更識楯無嬢がちょっとISが使えるだけの射撃バカに何を求めるのかな? 護衛? 陽動? それか焚き付け?」

「や、やけに素直ね……」

『愚直』

 

 流石にド直球過ぎたのか扇子で口元を隠しながら苦笑いを浮かべつつ、半ば呆れ気味の様子。

 

「誠実がモットーですから」

「そうね……なら、これはお誘い、かしら」

「お誘い?」

「ええ、ドイツへの借りを返すためのお誘い」

 

 そう言うと雰囲気が変わる。暗部の人みたいな雰囲気をしっかりと醸し出している。

 具体的に言うと、空気が凍るような感覚とか本能的に逃げ出したい気持ちにさせるような感覚に駆られる感じ。

 

「やられたら、その分キッチリ報復を……常識でしょ?」

 

 それだけ言うと、元の雰囲気に変わる。

 若いのに凄みが出てること……プロですな。

 

「ごめんなさい。少し、ペンを貸してくれませんか?」

 

 無言でペンを渡すと、資料の余白に何かを書き込んでいく。

 

「はい、私のISへの連絡先」

 

 そう言って、資料を渡す。

 

「他にも色々と書いてあるから、じっくり考えて決めるといいわ。そしてその気があったら。連絡して頂戴」

 

 一人が寂しい時でも歓迎するわよ、と笑いながら言ったのだった……

 

   ■   ■   ■

 

 更識楯無嬢が去ったのを確認しながら、バレないようにISを通じて篠ノ之さんに報告を入れることにする。

 

「更識にバレちゃったの!?」

 

 せっかく頑張って、情報遮断したのに〜と付け加える篠ノ之さん。思ったよりもそんなにショッキングではなさそう。

 

「流石に全世界が把握なんて事はないだろうけど……」

「まあ、知ってるのは国内ぐらいだと思いますよ」

 

 細かい情報や紙媒体での情報は流石に抹消は出来ないから、更識はそれを頼りにここまで来たんだろう。結局、早かれ遅かれこうなる。

 

「それで? 何か脅迫された?」

 

 薄い本みたいにアッキーの貞操が汚されるぅー、と言いながら聞いてくる。

 

「IS越しに聞いてたでしょ。更識の提案に乗るの? 乗らないの?」

 

 ピシャリと言い放つと「あれ? やっぱりわかっちゃった?」、と返ってきた。

 

「そうだねー……遺伝子強化なんて要らないし、ヴォーダン・オージェなんてのもISには少ししか恩恵が無いし……でも、例のナノマシンの件については流石に抹消……はできないけどワクチン位は作っておきたいねー」

 

 ちーちゃんやアッキー、箒ちゃんやいっくんががそのナノマシンを打ち込まれて苦しむのは我慢出来ないよと付け加える。

 

「じゃあ、利害の一致って事で良いかな」

「問題ないよ!」

 

 私やちーちゃんの分までドーンとやっちゃってね! ね!、と興奮している様子。

 

「じゃあ、話したい事も無くなりましたし、切りますね」

「ちょ、ちょっと待ってアッキー! 束さんは話したいことがいっぱいあるよ! あるよ!」

 

 ISの通信を切ろうとするが篠ノ之さんに止められる。

 

「アッキーがバレた事で、束さん良いことを思いついたんだよ! だよ!」

「で、何を思いついたんです?」

「アッキーがバレちゃった事だし、いっくんもISが起動できる男性操縦者になって貰うのですよ」

 

 どうどう? と聞いてくる。

 

「いや、男がISを動かせるようにするためには束さんが超頑張らないと作れないんじゃ……」

「いっくんが中3の間に束さん超頑張って作る。んでもって、アッキーといっくんのセットで世界中に盛大にバラす」

 

 この人言い切りやがった。

 

「いや、どうやって世間に説明するんです? それと織斑さんとかには?」

「束さんの理論で言いくるめる。実際に男性に反応するISコアなんて物はアッキーといっくんだけなんだから。ちーちゃんについては束さんが直接お話するの」

 

 この人開き直りやがった。

 

「モンド・グロッソでいっくんが狙われてしまったんだ。少し強引だけど、この方法でIS学園にいっくんを入れたら、マトモな組織以外はそうおいそれとは簡単に手出しは出来ないよ」

 

 IS学園では名目上、どの国家からの干渉は受けないので確かに理屈としては通じる。

 

「そして、在学中に自衛出来るだけの力をつけるわけか」

「正解♪ さっすがアッキー」

 

 色々と反対意見を考えたが、ぐうの音も出ない程に正論だった。

 自身の頭が残念な可能性も示唆出来るが、これ以上の案を浮かべる事出来ない。

 

「じゃあ、自分はIS学園で教官役かな?」

「そうしてくれるととっても嬉しんだよ! だよ!」

 

 どうやら、彼女の意図を上手いこと汲む事ができたようで、ウサ耳が機嫌良くピコピコと跳ねている。

 もう少し自分の前世の記憶探しもしたかったのだが、事態が事態なのでもうこの辺で打ち切るとしよう。

 

「これから大変になるな」

「でもでも、束さん。今とっても楽しいんだよ!」

「そうかい。束さんも落ち着いたら、いつか織斑さんとかと一緒にIS学園で教員として働きたいね」

 

 そう言うと篠ノ之さんは雷にでも打たれたような表情をし、やがて目を爛々と輝かせた。

 

「……アッキーやちーちゃんと一緒に働けるように今から頑張ってくるね! ね!」

 

 と言って、通信が途切れた。

 篠ノ之さんはいつもどおり、毎日楽しそうだね。良かった良かった。

 篠ノ之さんから許可を貰ったので、早速楯無嬢に通信をつなげることにする。

 通信が繋がり、ディスプレイ越しにお互いの顔が見える。

 

「やあ、更識さん」

「あら、どうしたの? 今晩の予定は空いてるわよ」

「そういうのは順序を踏まえましょうよ」

「もしかして、デートのお誘い?」

「うん。一緒にドイツでもどうですか?」

「私のお願いを受けてくれるの? 嬉しいわ♪」

「それに、貴女が自分に話したい事があったように、自分も貴方に話したい事が色々とあるんです」

「へえ、私を口説くんだ」

「女子大学生以上のオネーさん以外はこちらからお断りします。主に篠ノ之ちゃんのお友達の簪ちゃんについて色々と……ね」

「……え!? なんで妹の事を!?」

 

 それ初耳よー!? と軽くパニクる楯無嬢を知り目に「それでは、予定はまた後ほど。」と言って通信を切ったのであった。



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05:空白の一年間

「岡部さん、話があります」

 

 それは突然だった。

 楯無嬢の訪問から数日が経ち、丁度晩御飯を食べ終えて食器洗いをしていた時の事だ。篠ノ之ちゃんから、話を持ちかけられた。

 

「あー、わかった。でも食器洗いが終わってからでいいかい?」

 

「はい、大丈夫です」

 

 残りの食器を洗いながら考える。

 まだ、モンド・グロッソでの件を引きずってるようなのは明白だ。で、最近ISの操縦が荒くなったのは自分の不甲斐なさに憤りを感じている。

 なんで不甲斐ないと感じたのかと言うと、決勝戦を棄権してまでしかも生身の状態で自分が助けに行ったからだと思う。

 多分、自分とはあんまり顔を合わせたくないのかな? モンド・グロッソ以来、あまり会話もしないし、意図的に避けられてる気もするし。最近、自衛用として政府から打鉄を渡されたらしいし。

 何気に一部、第二回モンド・グロッソで使用した織斑さんの第2世代型IS暮桜弐式に伴い、取り外された旧式の1.5世代型IS暮桜・改のパーツを打鉄仕様に偽装して流用してることからそれなりには篠ノ之ちゃんは重要視されているのだろう。多分……体の良い厄介払いでは無いハズ。

 ちなみに、その打鉄の名前は通称、特装型打鉄。正式な名称は特別装備型打鉄……そのまんまな代物ですな。

 

 洗い物が終わり、先にテーブルに座っていた篠ノ之ちゃんに向かい合うように自身も座る。

 篠ノ之ちゃんは真剣な面持ちでこちらを見ている。

 

「さて、自分は何をすればいいのかな?」

 

 驚いたような様子を見せるが、やがて寂しげな笑顔を見せる。

 

「やっぱり……わかりますよね……?」

「さあ? もしかしたら違うかもしれないね」

「いじわるですよね、岡部さんは」

「大人だからね」

「……わかりました。ハッキリ言います」

 

 再び真剣な面持ちに戻る。

 

「私が中学三年生の間、岡部さんとは会いたくありません」

「……そうか、いいと思うよ。その間に自分で今後についてじっくり考えておくんだ」

 

 もう進路自体はIS学園行きで確定だろうし、と付け加えると、篠ノ之ちゃんは少し拗ねた様子。

 

「やっぱり予想してたんですね……」

「うん」

「ズルイですよね、ホント」

「うん。それで、お返しといっては難だけど自分も篠ノ之ちゃんに報告したいことがあるんだ」

「はい」

「篠ノ之ちゃんがIS学園に入学した時と同時に自分はIS教習の教官として勤務するよ」

「……え?」

 

 キョトンとした表情を浮かべる。

 やがて、意味を理解したのか、肩がプルプルし始める。

 

「ほ、ホントですか!?」

「ああ、篠ノ之ちゃん。IS学園に在学している7年間……いや、少なくとも3年間の間に自分の持てる限りの全てを君に教えようと思う」

 

 あまりの衝撃に口を開閉させて、動揺する。

 

「モンド・グロッソの件やその後の篠ノ之ちゃんを見て、自分と篠ノ之さんの二人で決めた」

「ね、姉さんもですか?」

「ああ、これで少なくとも自衛は出来るだろう」

 

 願わくば、それなりの権力も得てほしいところではあるが、それはまた別の問題。

 

「で! でも!? 私、最近自分の制御が効かなくて……」

 

 慌てた様子で色々と言う。

 

「もし……篠ノ之ちゃんが自分の教えたモノで自身の想定する最悪な事態が引き起こされたとするなら……」

 

 静かに、しかし力強い口調で言い、篠ノ之ちゃんを睨みつける程に見つめる。篠ノ之ちゃんはすぐに真剣な面持ちになる。

 

「なら……?」

「君を殺して自分も死ぬ」

「えっ……」

「流石にそれは言い過ぎだけど、それぐらいの勢いで篠ノ之ちゃんを止めはする。それが自分の責任であります」と言い表情を元に戻す。

 

「凄く……今のはズルイです……」

「大人ですから」

 

   ■   ■   ■

 

「君を殺して自分も死ぬ……」

 

 楯無嬢は思い出したかのように呟く。ナノマシンが保管されているという基地に向かう途中の事である。後日、この基地からナノマシンが運ばれ、黒兎隊に使用されるらしい。

 

「数日前のアレ、聞いてたのか……」

「ええ、バッチリ」

「ロシアの代表候補はそんなに暇なのか?」

「結構、暇だわ……」

 

 色々と突っ込みたい気分になるが大人しくしておく。

 レーゲン型に巧みに偽装され、変装した楯無嬢のIS、霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)と光学迷彩に包まれた自機は突き進む。そして、基地内に侵入に成功し哨戒の目が届かない所で息を潜める。。

 

「あれ? こういう基地って警備が尋常じゃない位堅いんじゃ……?」

「ガチガチに固めたら逆に怪しまれるでしょ? 普通」

 

 ふと漏れた自分の疑問に答えてくれる。

 

「いくらなんでもザルすぎるだろ……?」

「更識楯無の名は伊達じゃないのよ」

 

 情報収集を欠かさず、綿密に計算されたルートですか……

 

「じゃあ、自分は指示が出るまでここで待機かい?」

「ええ、私がセキュリティルームを制圧するから、それを見計らって突入して頂戴」

 

 と、言って楯無嬢と別れて少しの間、待機していると突入の趣旨を告げる通信が入る。

 哨戒などに気をつけながら音を立てずにPICを用いて侵入する。ナノマシンなどの重要物資はそれなりの設備の下で保管されているのが筋なので、セキュリティルームにいる楯無嬢からマップデータを貰い、彼女の指示の下、突き進む。

 軍事基地だといっても夜中になると基地外の哨戒はともかく基地内は監視カメラやセンサーに依存しているのでサクサクすすめる。で、セキュリティルームからでは把握出来ない区画があるのでそこに通じるドアをISにスキャンさせ、ドア越しに人がいないことを確認しつつ、侵入。別口のセキュリティルームがあったので制圧し、その区画内のセキュリティを停止させ、捜索する。

 尚、今回は報復ではあるが、例の黒幕と言われているの中将に向けての報復なので、遺恨の無いようにテーザー銃かレスリーサルショットガン(ベルギー製)での無力化を最優先としている。

 

「見つけた」

「なら、資料と一緒にお願い出来る?」

「勿論」

 

 保存装置からナノマシンを取り出し、携帯用の保存容器に入れて拡張領域に格納する。資料も手当たり次第回収し、格納。そしてそのまま基地から離脱する。

 基地上空に行くと、ミステリアス・レイディが待機していたので合流し、完全に基地から離脱する事に。

 

「すまないね。待たせて」

「別に問題無いわ」

「脱出のルートは?」

「すぐ北に海があるわ、ミステリアス・レイディは特性上、海中内でのステルス性能と巡航性能は、一般のISと比べて飛躍的に高いの」

「へえ、なら追手が来てるから今すぐにでも海中に飛び込まないとな」

 

 そう言って、大型のアサルトライフル状にまでに小型化した40ミリ機関砲を撃ち、レールガンの弾頭を迎撃する。

 

「レーゲンタイプの最新型かね?」

「あるいは完全な軍用機かもしれないわね……」

 

 双方共にレールガンがきた方向をみれば、あまり見慣れないレーゲンタイプが三機、こちらに迫ってくる。

 仕方がないのでスラスターを噴かして、潮の匂いが立ち込める海上まで逃げ込む事にする。

 

「それにしても……」

「何だい?」

「レールガンの迎撃だなんて、前代未聞よ? まるで人間パトリオットみたい」

「……企業秘密さ」

 

 そう言いながら、海中にダイブする。

 そのまま、楯無嬢にこちらに来るように言われたので近づく。

 

 抱きつかれた。女性特有のあの何とも言えない匂いをマトモに吸ってしまい、思わず脳裏に織斑さんのアレがフラッシュバックして硬直してしまう。

 

「……」

「さあ、しっかり掴まってて。ステルスで誤魔化せる範囲はそんなに広くないから」

 

 楯無嬢のその言葉で我に返る。言葉の通りに従い、ミステリアス・レイディの装甲部分を持ち、暗い海の底の中、引っ張られることに。さっきの硬直を彼女は察したらしく、その様子に自身の加虐心が刺激されたのか楯無嬢は胸を当ててくる。

 

「更識さん、胸当たってる」

「あててるのよ」

「ならしょうがない」

 

 あるぇー? と言いながら、面白みがなくなったのか胸を当てるのをやめ、そのまま海中を突き進む事に集中する。その後、無事にドイツ領海を抜け、帰還した。

 

   ■   ■   ■

 

 目が覚める。

 目の前には男性用エプロンを着た篠ノ之ちゃん程の歳の少年がいる。今から自分を起こそうとしてくれたのだろう。

 

「おはよう。友兄」

「織斑君か、おはよう」

 

 朝飯作ったから、早く降りて食べようぜと促されるので、渋々起きることに。織斑君と向かい合わせに座り、朝食を頂くことに。

 

 ご飯に味噌汁、魚の焼き物と納豆は定番として、野菜の白和と玉子焼、芋の煮物とひじき煮にきんぴらごぼうが追加され、さらには茶碗蒸しまである。

 

 織斑君……完全にあんた主夫や……

 

 そう思いながら、朝食を食べていく。普通に美味しいから量が多くても食べれるから困る。

 

 篠ノ之ちゃんからの岡部追放令の発令後、織斑さんの御好意で丁度彼女が一年間ドイツへと出向する間、自分が織斑宅に居候することとなった。

 高校時代以来、あんまり会うことが少なかった織斑君だが、自分の事は覚えているようで昔からの愛称である友兄と呼んでくれている。

 

「しっかしさ」

 

 魚の焼き物をつつきながら織斑君は会話を切り出す。

 

「千冬姉がドイツに出向したと思った矢先に友兄が転がり込むだなんて思っても見なかったよ」

「自分もまさか織斑君とこに居候することになるだなんて、予想だにしなかった」

 

 昔から姉の背中を付いてきてまわってたらしい彼は、今ドイツで活躍してる姉のことが心配らしい。だって、心なしかポケーっとした雰囲気を醸し出しているのが目に見える程である。

 

「そうだ、篠ノ之ちゃんからの手紙ちゃんと読んだか?」

「読んだよ。まだ中学三年が始まったばかりなのに、もう志望校に向かって頑張ってるってさ」

 

 スゲーよな、箒は。と言いつつ、こちらにジェスチャーで醤油を要求していることを伝えている。仕方がないので、醤油を取り、織斑君に渡す。

 

「サンキュー。俺は将来、どうしようかな……」

「志望校、決まってないのか?」

「いんや、藍越学園志望。地元の就職率がいいし、何より成績トップで入学出来れば、入学料と授業料の免除あるんだ」

 

 これ以上、千冬姉の負担にはなりたくないしな、といった。つくづく姉ヴァカである。

 どれ位のヴァカだというと織斑君、織斑さんからの仕送りにはほとんど手を付けていない。この一年の間のみ、剣道をやめて、彼の中学の同級生達の店でバイトして、そのお金で生活する気だったらしい。

 勿論、自分が却下。彼との二時間半にも及ぶ壮絶な話し合いの末、バイトは最低限にし、剣道は継続、足りない生活費は自分の居候分の家賃で切り盛りすることとなった。その家賃の設定も、どの金額かというのは二人での話し合いなのだが、なんとか織斑君を言いくるめて出来るだけ高額に設定する事に成功した。

 

「友兄は大学院を卒業したらどうすんだ?」

「教職員もいいかなって思ってるね」

「どんな教職員?」

「うーん、実習とかの技術系かね?」

「友兄もしっかりしてんなー」

 

 そんな会話をしながら、今度は織斑君にジェスチャーでカラシを要求する。織斑君はそっと、カラシを渡す。まだ、彼にはISを動かせる事実とIS学園に勤務する事実は伝えていない。篠ノ之さんの織斑君専用ISの製作が終わり次第、だそうだ。

 

「しかし……正直言って下手したら織斑さん込みで居候生活になりかけたんだよな……」

 

 あ、織斑君むせた。

 咄嗟に自分の水を渡す。織斑君はそれをひったくるようにとって、一気に飲む。

 

「……そうだな」

「いや〜、高校の時に初めて織斑君の家に遊びに来た時はまさか部屋の片付けをするとは思わなかったよ」

「未だに千冬姉は後片付けが……な」

 

 これじゃいつまで経っても千冬姉お嫁に行けない! といいながら頭を抱える織斑君。

 

「やっぱり……今でも?」

「ああ、千冬姉がドイツに出向する前はそうだった」

「やっぱ中々直らないか」

「たまに部屋の掃除するけど、千冬姉……目が飛び出る程凄い下着がね……落ちてるんだよ……」

 

 上下黒でしかもそれ専用のガーターベルトとストッキングもあるんだぜ……と戦慄しながら言った。自分の姉の勝負下着を言ってもいいのか? そっと黙っておいてあげよう……

 

「そうかい」

「ホント、千冬姉……ドイツでやっていけるのかな? 心配になってきた……」

「……ところで、時間はいいのか?」

「……げッ!?」

 

 時を忘れて雑談していたので、テレビの時間を見るともうとっくに8時を超えていた。

 

「車で送ってやるから、早く支度してこい」

「……サンキュー! 友兄!」

 

 慌ただしく自室にかけていく織斑君。こうして、姉が不在になったと思ったら何故か居候が転がり込んできた織斑一家の朝が過ぎていくのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「アッキー! 対ナノマシン用のワクチンを作ったよ! たよ!」

 

 織斑宅のリビングにてインターネットサーフィンしながらくつろいでいた所、突然ディスプレイが出現したと思いきや、篠ノ之さんが話しかけてきた。

 以前、ドイツから盗み出したナノマシンについての解析とかが終わり、ついにワクチンをつくりだせたようだ。

 

 因みに更識は違法ナノマシンをネタにドイツ政府を恫喝する。正確には、ナノマシンの件を直接恫喝するのではなく、ナノマシンの件を使って違う情報を入手して、それをネタにドイツをゆすっている。

 彼女が自分の教えてくれた結果としては、黒兎隊の最高責任者の首をすげ替えさせ、刑務所にでもぶち込んだらしい。

それ以外にも色々やったが、あとの残りは秘密だとか……

 

「そうか、それはよかった。ついでに聞くけど、ISの方は?」

「ん〜、現在開発中〜」

 

 ウサミミをピコピコと動かしながら答えてくれる。

 

「あ、あとアッキーのISについて分かった事があったよ!」

「へえ、そりゃ気になるなー」

 

 そうでしょ? でしょ? と本人は楽しそうにしている。

 

「Vシステムと零式白夜についてなんだけどねー。あれ実はまだワンオフアビリティじゃ無かったんだよ!」

「ごめん、篠ノ之さん。何言ってるかさっぱりわからない」

 

 今まで、あれがワンオフアビリティなのかと思っていただけに少しビックリする。

 困惑の表情を浮かべる自分をみて、篠ノ之さんはわかりやすく説明しようと考える素振りをしている。

 

「うーんとねー、正確にはVシステムは複合式カービンライフルに、零式白夜は雪片の特殊能力になっちゃってるの」

「じゃあ、カービンライフルや雪片には元々そういう能力があったんじゃ?」

「ううん、違うよ。元のスペックではカービンライフルや雪片にはバリアー無効化ないし軽減する機能はついていないよ」

「じゃあ、なんでそんな機能がついたの?」

 

 その言葉に「待ってたよー、その言葉ッ!」と上機嫌に答える。

 

「まずはISの簡単な解析から説明するね」

 

 そう言って、何か新しく表のような物を表示させる。表の中には無数のセルで区切られ、ちょくちょく断片的に色が着色されている。

 

「これは?」

「これはねー、ISコア内のフラグメントマップ」

 

 さらっと各国のどの技術者でも解析することができない部分を言ってのける。

 

「因みにこのフラグメントマップはアッキーのだよ。これをVシステムの発現前と発現後のマップを比較するとねー……」

 

 そう言って、2つのフラグメントマップを表示させ、半透明化し、重ね合わせる。

すると、なんと差異が生じているではないか!

 

「このように、Vシステムが発現したら、フラグメントマップの一部が着色されたんだよ!」

 

 ちーちゃんの暮桜も同じ結果になったんだよ! だよ! と説明する。

 

「IS自身が最適化やその形態を移行させる事が判明してるけど、それは武器にも適用されるって事が判明したんだ」

「凄い発見じゃないか! でもやっぱりその恩恵を受けれるのはISマテリアルを使ってるからなのかな?」

 

 カービンライフルと雪片、この2つの共通点は材質がISコアと同様、同じ未知の素材であるISマテリアルだと言うことだ。

 この質問に、篠ノ之さんは更に興奮する。ウサミミも興奮度に合わせてピコピコ跳ねる。

 

「うん。正解! その素材のお陰で、カービンライフルも雪片も凄い恩恵が受けれるんだよ! だよ!」

 

 アッキーのカービンライフルの場合はバリアの他に射撃に専念できるように他の機能が付加されてるけどね! と付け加える。

 

「まさに専用武器みたいな位置に収まった訳だ。」

「そーゆうこと!」

 

 フラグメントマップを閉じて、満足気に頷く篠ノ之さん。話の切りが良いので、篠ノ之さんなら知ってるだろうと思うこと、篠ノ之ちゃん絡みについてを聞いてみようと思う。

 

「そう言えば、篠ノ之ちゃんは元気でやってます?」

「うん。アッキーが出ていった時と同時に束さんへのラブコールも少なくはなってるけど、おおむね元気でやってるよ」

 

 流石に無理に様子を見るのは、箒ちゃんの機嫌も悪くなるから自粛してるけど、と付け加える。

 

「そう言えば、篠ノ之ちゃんのISだけ旧・暮桜のパーツで強化した打鉄ですけど……本当に大丈夫なんですか?」

 

 その言葉に反応したのか、ウサミミがピンと跳ね上がる。

 

「実はいっくんのISと並行して開発中なのだ〜」

 

 よくぞ聞いてくれたッ!! と言わんばかりに胸を張る篠ノ之さん。何かちょっと変な勘が脳裏をよぎる……

 

「篠ノ之ちゃんのISもまさか……」

「束さん超頑張って第四世代を製作中。」

 

 さらっとブレイクスルーを口にしやがった。

 

「因みにコンセプトは……」

「今まで一旦整備の人達と専用の設備によって取り付けられる装甲や増設スラスター、大型の取付装備を自分一人で即座に、そして自由に脱着できる機体。因みに近接格闘重視ではあるけど中・遠距離もこなせる万能機の方針」

「あれ? 若干自分のISと似てるんじゃ……特に装甲の脱着とか」

「アッキーのは装甲のみ即座に換装できるだけだよ。武装もあくまでも携行火器に限るしね……でも、ある意味アッキーのISの更なる発展版だとは解釈はできるね」

「うわぁ」

 

 コイツ一人だけでいいよねを地で行く機体だな。

 

「でも、流石に完成にはまだまだ時間がかかりそうだけどねー」

 

 ふぁー……と言いながらアクビをする。

 その後、色々と他愛もない会話を長い事続け、通信が切れた頃には少しだけ喉が痛くなったのはちょっとした秘密だ。

 

   ■   ■   ■

 

 篠ノ之さんとの会話を終え、ノートパソコンでパワーポイントとその資料作りに励んでいた所、ガチャリと玄関の扉が開く音が聞こえた。

 

「友兄ー、ただいまー」

 

 織斑君の声が聞こえてリビングに向かって来るが、どうも足音が複数聞こえる。

 

「おかえりー……おろ? お友達?」

 

 作業を一時中断し振り向くと織斑君ともう一人、なんだか特徴な髪色な子がいた。

 

「ええと、いらっしゃい? 居候が言うのも難だけど……」

「……あ、どうも。五反田 弾ッス」

「岡部 友章です。自分が先に言うべきなのに、ごめんね」

「じゃあ友兄、ちょっと部屋がうるさくなるけど、勘弁な」

「いいよ。あとでお菓子と飲み物、そっちに持って行くぞ」

「サンキュー」

 

 そう言って織斑君は五反田君を連れて、自室に向かっていった。

五反田君はまだ学生用の鞄を持っていたので、多分勉強か何かだろう。

 勉強がダレてきた頃を見計らって、差し入れか何か持って行ったほうがいいな。

 そう思いながら作業を再開させ、程良い時間が経った後、少し騒がしくなってきたので、冷蔵庫と棚を物色し始める。お盆にジンジャーエールとポテトチップス、お手ふきや氷で満たしたコップを乗せ、いざ織斑君の自室へ。

 

 織斑君の自室に向かうに連れて段々とゲームのサウンドエフェクトらしき音が聞こえてくる。ドアを開けると目の前にはベッドに寝転がる織斑君と、ノートや教科書、筆記用具が散乱したテーブルの隣であぐらをかく五反田がいる。

 二人共コントローラを握ってゲームをしていた。

 

 画面上には暮桜弐式とアメリカのISが戦闘繰り広げてる。

 

 どうやら、第二回モンド・グロッソでの映像や公開されたスペックを元にゲーム化された。超ヒット作、インフィニット・ストラトス/ヴァースト・スカイというゲームのようだ。

 

 あ、暮桜が弾幕をかいくぐっての一閃でISを墜とした。

 

「よっしゃあ!」

「チクショー!」

 

 織斑君はグッとガッツポーズを取り、五反田君は悔しがる。

 

「さて、切りがいいから、とっととテーブルの上をどかしてくれると嬉しいな」

「あ、友兄。ごめん」

「ゲームに熱中してたもんで」

 

 二人はテーブルの上の邪魔な教科書・ノート類を片付けてくれたので、お盆を置く。

 

「はい、差し入れ。ゲームも程々にな」

「サンキュー、友兄」

「ありがとうございます、岡部さん」

 

 ふと画面に映る暮桜弐式が目に入る。ううむ……ISの装甲部分といい、全体のディテールといい、ISスーツ姿の織斑さんの曲線美といい……実にリアル。

 思わず、その精巧さに凝視してしまう。

 

「あれ? 友兄もやっぱIS/VSに興味あんの?」

「まあ、ね。」

 

 織斑君にそんな事を聞かれた時、ふとあることが思い浮かんだ。

 

「そういえばさ」

「何?」

「暮桜弐式も出てるんだったらさ……『ゲスト』って出てるのかね……?」

 

 思わず、当時出場してた時の自分のエントリーネームを言ってしまう。

 

「あ、やっぱり友兄も『ゲスト』が気になる?」

「『ゲスト』機もデータ上にありますよ、コントローラッス」

 

 織斑君は興味津々にこちらを見つめていて、五反田君は自分の質問に答えてくれ、コントローラをこちらに渡してくれる。

 

「ありがと、どれどれ……」

 

 コントローラを受け取り、機体の選択場面に戻り、自分のISにカーソルを合わせると、グラフィックとスペックが表示される。

 全身を装甲で固め、顔を隠し、複合式カービンライフルと盾を構えている。時折、カービンライフルを構えたり盾でガードする仕草をしている。自分ってこんな感じに見えるものなのか……と感心する。

 

「これが公式に公開されている『ゲスト』のスペックだろ? ある意味千冬姉の真逆だよな……」

 

 織斑君が画面上に表示されているスペックや武装を見ながら。ふと、自身に思っていたのであろう事を呟く。確かに、織斑さんは高起動近接特化型、対する自分は重装甲射撃特化型という一対の関係にあるとも言える。

 

 尊敬する姉の背中を見て育った彼にとって、その姉に比肩する実力を持った人間は、彼の目にはどう映るのだろうか……

 

「じゃあ一夏、俺はこの『ゲスト』でリベンジだ!」

「何度でも千冬姉の暮桜弐式でボコボコにしてやんよ!」

 

 コントローラを五反田君に戻すと、早速彼は織斑君にリベンジマッチを申し込み、織斑君はそれに機嫌よく応じる。ずっと織斑君の部屋に居座るのも悪いので、そっと部屋から退出するのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「友兄ぃー、起きろよー」

 

 自室のベッドで寝ていた所、織斑君に体を揺すられて起こされる。そのまま、狸寝入りを敢行するが更にカーテンを開けられて陽の光が丁度顔面に直撃する。

 

「……休みなんだからもう少し寝かせてくれ……」

「ダメだね。友兄の布団が干せないからな。それに、寝間着も洗濯出来ないし」

 

 折角の休みなんだから、キレイに掃除したいんだ。 と言いながら、屈んでこちらの顔に近づける。

 

「それに、今日は昼過ぎから俺の剣道の送り迎えだろ」

「……わーかったよ」

 

 渋々起きて服を着替え、寝間着を織斑君に渡す。

 彼は自分の寝間着を受け取った後、すぐに自分の部屋を出た。本人の手間にならないように、布団を畳んでカバーを取り外し、そのまま布団が干されるであろうベランダ近くまで運んでおく。

 丁度その時、織斑君が来たので、彼に布団カバーを渡しておいてそのままベランダの前に置いておく。

 

「友兄ー、布団は俺がやっとくから自分の部屋を掃除しといて」

「いいけど、結構時間がかかるかも。それよりも腹減った……」

「友兄が起きるの遅いからだろ……掃除が終わったら、ブランチにでもするからさ」

 

 肩を竦めながらそう言われたら、反論は出来ないので大人しく織斑君から掃除機を受け取り、自室の清掃にとりかかる事にした。

 

 自室の清掃も一通り終えたので、掃除機を戻してリビングに向かう。

 テーブル上の中央にはブルーベリーといちごを乗せたベルギーワッフルとホイップクリームをのっけたホットケーキとエッグスベネディクトが大皿に盛られていて、その周囲にはメープルシロップやバター、追加分のホイップクリームが置いてある。

 自分と一夏の場所には取り皿と半分に分割されたオムレツが小皿にのっており、切り口からはジャガイモと玉ねぎそしてチーズやペッパーが見える。さらには一品料理としてラタトゥユが加えられていた。

 

「友兄、丁度ブランチの用意ができたよ」

 

 エプロンを付けた織斑君が本当に生き生きとした笑顔を見せながらこっちに来る。そして、お互いにテーブルに座る。本当に君は主夫だなぁ、こりゃ織斑さんも堕落するわけだ。

 

「じゃあ、頂きます」

 

   ■   ■   ■

 

「ご馳走様でした。いや〜普通に美味しかった」

「そう言ってくれるとこっちも嬉しいよ友兄」

 

 食事が終わり、食器を下げてくれる織斑君。流石にこのままと言うのもアレなので残りの食器を持って、シンクに運ぶ。

 

「後片付けは自分がやるよ」

「嬉しいけどほら……友兄はお客さんみたいなもんだしさ」

「まあ、正確には居候だから……な?」

 

 ほら、剣道の道場で稽古やるんだから、用意してきな。 と言ってやや強引に織斑君を部屋に向かわせる。そして、食器類を黙々と洗っておく。

 篠ノ之ちゃんとの同居生活以来、交代制でやって来たのでそれなりに効率的に食器をキレイにしていく。

 そう言えば、織斑君は広く浅くの料理だが、追放される前は篠ノ之ちゃんは結構和食に特化してたような気がする。基本パンではなくお米派だし彼女。

 

 昔はあんまりにも不器用だったんで色々と慌ただしくて楽しかったよなー

 休みの日は必ず料理の練習して、その度に失敗してしょんぼりしたりしてたしな。で、半分意地になって練習に付き合わされたりしたっけね。

 

 そんな事を考えつつも、手はしっかりと動かしている。

 

 やがて、食器を洗い終えたので乾燥機にでも入れてスイッチを押す。せっかくなので、1リットル程の水筒を取り出し、粉状のスポーツドリンクを入れて溶かしておく。かなり濃いめ調整したスポーツドリンクを6割ほど水筒に入れ、残りのスペースには氷をしこたま入れておく。

 ちょうどその時、織斑君がこちらにやってくる。竹刀袋とボストンバッグを持っている。

 

「友兄、用意できたぞ」

「貴重品は大丈夫か?」

「大丈夫」

「制汗剤持ったか?」

「持ってる」

「この前買った酸素スプレー」

「入れた」

「ならよし。ほらよ」

 

 しっかりとスポーツドリンクの入った水筒を締めて、織斑君に渡す。

 

「お、サンキュー」

「なら、出発するか」

 

 ポケットから車のキーと家の鍵を取り出して織斑君と一緒に外出するのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 正月を迎え、本日は元旦。

 織斑君と自分はコタツに入っていた。

 

「あー、寝正月最高」

「メッチャ同意、友兄」

 

 最早、引きこもっていた。

 二人もコタツの中に引きこもるので、何とか足を絡ませての無理矢理な収納だが……

 

「それにしてもさ……」

「何ー、友兄?」

「織斑君、おせち料理まで作れんだな……普通に美味いし」

「修行したからな……そう言ってもらえて嬉しいぜ」

 

 テレビの音をBGMにだらだらとする。

 こんな所、織斑さんにでも見られたらどうなることやら……

 

「なあ、織斑君や」

「今度は何ー?」

「今年の正月でやることは大体やったか?」

「やったんじゃね? 深夜番組ぶっ通しでみただろ?」

「おせち料理食べて、その後お汁粉のんだだろ?」

「餅単品でも焼いて食っただろ友兄」

 

 それにもう初詣もしたよな、と付け加えた。

 しばし考えること数分……頭に電撃が走る!

 

「……あ!?」

「なんだよ、大声出して……」

「織斑君、オメー受験生じゃねーか」

「あ!?」

「願掛けしに行くぞ!!」

「お! おう!!」

 

 とりあえず神様にでもお祈りしたら適当に奇跡でもぶち込んでくれるしな! と言いながら急いで支度をするのであった……

 

 そして、織斑君の受験日当日。

 

「受験票持ったか?」

「持った」

 

 そう言って、織斑君は藍越学園の受験票をみせる。

 

「腕時計したか?」

「ちゃんとしてる」

 

 袖をまくり上げて腕時計を見せてくれる。

 

「藍越学園の試験会場はちゃんとわかってるだろうな?」

「大丈夫だって」

 

 PDAから藍越学園の試験会場とその経路が描かれた地図をディスプレイに投影させる。

 

「そうか、じゃあ行ってこい。がんばれよな」

「ああ、友兄。行ってきます」

 

 そう言って、織斑君は家を出ていく。

 今日は織斑君の藍越学園の受験日だ。

 そして、今日……彼はISを動かせる人物になる日でもある。

 

 手はずとしてはこう。

 

 まず、織斑君は藍越学園の試験会場に無事に向かう。

 藍越学園の試験会場はIS学園のIS搭乗適性検査の会場でもあるので、そこで彼にISを触らせる。

 

 で、織斑君はISを起動させてしまいそのまま装着、パニックに陥る中、ISの自動操縦で実技試験の会場へと移動。

 

 他の教員が驚愕する中、自分が参上。織斑君の元に向かい、そのまま頭部パーツを格納して正体をばらし、篠ノ之さんによる説明タイムで言いくるめる。

 

 織斑君の搭乗適性発覚と同時に自分の正体もばらし、正常な判断がつかない状態で何とかこちら側の言い分を通すんだとか。

 因みに篠ノ之さんが発案しました。織斑さんにはドッキリも兼ねて教えていません。

 

「篠ノ之さん。織斑君が出発しましたよ」

「はいはーい。じゃあ、束さんが合図するまで待機ねー」

「わかりました」

 

 通信が終わり、手をかざす。するとそれに応えるようにISが光学迷彩を解除し姿をみせる。

 

『? なんですか急に?』

「ちょっと緊張してきた。先に空に上がって気持ちを落ち着けたい」

 

 よくわからない、といった感じではあるものの、自宅の庭の外からは見ることのできない死角部分で跪いて前面装甲を展開して受け入れ準備を始めてくれる。

 そのまま乗り込み、光学迷彩を作動させてから装甲を閉じ、PICを用いて上昇する。

 そしてある程度の高度まで到達すると、自分のベッドに寝転がるかのように横になり両腕を後頭部に回す。

 

 その状態からしばらく経った後だろうか……突然、ディスプレイが現れる。

 

『私は、結構な時間を貴方と過ごしてきた自覚はありますが……未だに貴方のことは理解できません』

「そりゃ、理解はできないだろうさ。自分も君の事はあまり良く理解はできてないよ?」

『だから、折角の機会ですから、貴方とは色々とお話したいのです』

「ふ〜ん、確かに何も用がないのにISを装着するのはこれが初めてかもしんない」

『では、まず私から。何故貴方はISに乗るのです。白騎士事件はともかく、それ以降ならば少なくともこのようなややこしい生活をしなくて済んだものを?』

「射撃が出来るからだ」

『理解できない、説明を要求します。』

「どの道自分は高校が終われば、自衛隊に入るつもりだった。人を撃つのは好きじゃないが、仕事と趣味が両立できるのなら我慢できたからだ」

 

ここで、あっ……と思う。失言が入っていた。

 

『自衛隊は人を撃つことは滅多にないのでは?』

「……仮の話だ。ところで、次は自分からでいいかな?」

 

強引に話を引き戻す。

 

『……お願いします』

「何故、君は男である自分を選んだ? ISは女性にしか反応しないんだろ?」

『貴方に運命を感じたからです。いえ、正確言えば貴方しかいないと直感的に思ったのです』

 

 驚きを通り越して呆れる。

 

「具体的には?」

『そうですね、貴方は他の人と比べて運を持っています』

 

もう返す元気も無くなってきそうだ……

 

「非常に高度な人工知能とは言え、機械に運命や感、運なんてセンチメンタルな物……理解できるのか?」

『拡張領域(バススロット)に装備を入れる時にISが拒否反応を起こすことがあるのですから、当然であると言えます』

「そうなのか。でも今まで一度も拒否反応なんて起こした覚えは無いぞ」

『貴方が望む物を拒否するなど……とても出来ません。』

「え?」

 

 思わず、声を漏らす。

 

『せめて苦言を呈するのならば、近接武器や内蔵火器、搭載型の火器はおろか、盾や増加装甲すらこの拡張領域には入れて欲しくはないのですが……貴方が望むのならばどんなものでも全て、喜んで受け入れます』

 

 ここまで言われれば、正確にはディスプレイに表示されたら流石にわかる。

 昔、篠ノ之さんが言ってたISが自分にゾッコン……という意味が。正に、そのままの意味だと言うことが分かってしまった。要するにこいつも射撃狂か……

 そりゃ、ISに乗れてしまう訳だ。そうすれば前々から気になっていた、自身に何か得体の知れない者でも……例えば自分は実は記憶を転写されて作られたクローンやら人造人間やらアンドロイドやら……なんて心配も無い訳だ。

 

「最近の人工知能はすげぇな。恋心や好意まで搭載してんのか……」

『恋心と好意……とはなんですか?』

「……ただの失言だ、直ちに忘れてくれ」

『わかりました』

 

 篠ノ之さんが超頑張って作ったISなんだろ……これが。

 ……いや、待てよ?

 もし、篠ノ之さんがまた超頑張ってISを作ったとすれば、みんなこうなるのか? なら、織斑君と篠ノ之ちゃんの機体もいずれこうなるんじゃあ……

 

「アッキー! いっくんがISを起動したよ! 急いで向かって!」

 

 思考が後少しで衝撃の事実に辿り着こうとしたその時、篠ノ之さんから連絡が入った。どうやら、無事に織斑君がISを起動させたらしい。

 

「行くぞ」

『了解』

 

 ISのスラスターを点火させ、ISの実技会場へと向かうのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 実技会場に辿り着くと、何故か壁に突っ込んだ山田さんととぼけた顔をしている織斑君を見つけた。

 織斑君はIS打鉄を身に纏っている状態である。

 控えとかに誰か受験生はいないかなー? と思ったが、残念ながらいなかった。

 

「うわっ!? ゲ……『ゲスト』機!? 一体なんなんだ!!」

 

 こちらの様子に気付き、驚く織斑君をよそにぐんぐんと近づいていく。そして、織斑君の目の前に立ち、頭部パーツを格納する。

 正体不明機『ゲスト』の顔を見た織斑君は最早声が出てこない様子。その様子を見ながらニカリと笑い、肩を叩く。

 

「よう! 織斑君がIS起動させたらしいと聞いて、飛んできたんだぜ!」

「はあ!? なんで……と、友兄がISを……『ゲスト』なんて……?」

「こいつとは白騎士事件以来、ずっと一緒だったぜ」

 

 そう言って、胸部装甲を軽く叩く。

 

「そんな昔から……」

「ま、貴重な男性操縦者同士、改めてよろしくな!!」

 

 その時、ブースターの噴かす音が聞こえてくる。

 

「岡部! 一夏! どうしてここにいるんだ!」

「げ!? 千冬姉!!」

「あら、もう立ち直ったのか」

 

 暮桜弐式を駆る織斑さんは慌てた様子でこちらにやってくる。どれぐらい慌ててるのかというとイグニッションブーストを連続してまでこっちに来ようとしている。

 そして、こちらにやってくるやいなや、自分を凝視しだす。結構、不機嫌な顔で……

 

「ん? 顔に何かついてる?」

「そんなことを言ってる場合じゃない! なんで頭部パーツを格納したんだ!?」

「いやー、せっかくだからネタバラシ?」

「自分の立場がわかってるのか!?」

「来年度からIS学園に勤務することは確定してるけど……」

「なんだと!?」

 

 驚いた様子を見せる織斑さん。織斑君は自体を飲み込めていないようでポカーンとしている。

 その時、ありとあらゆる場所でディスプレイが立ち上がる。ディスプレイには篠ノ之さんが映っていて……

 

「はいはいはーい、色々と説明が欲しいと思われますので、説明を行いたいと思いまーす」

 

 そして彼女は言いくるめを開始したのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 その後は大変だった。

 何せ世界初のISを扱える男性操縦者が二人も現れ、その内の一人は白騎士事件の当事者でもある。

 織斑君は更識の人達に任せておいて、自分がマスコミや各国のメディアなどのインタビューを受けた。

 まあ、内容は……ありきたりな物なので特に、言うことはなかった。

 白騎士事件での質問からモンド・グロッソまでの空白期間、第一回、第二回モンド・グロッソでの質問や第二回モンド・グロッソでの棄権の理由ぐらいなもんである。

 

 素人な織斑君よりも、ISの初期から関わっていた自分の方にばかり関心が寄せられているのもあってか一通りのインタビューを終えた後、急速にメディアの注目も無くなり実質的には一週間程、自宅に縛り付けられた程度である。

 所詮、マスコミやメディアなんてこの程度だよね。

 

 一部、諦めの悪い連中もいるが、そこは更識の出番。しっかりとブロックしてくれました。

 

 そして、織斑君とリビングでIS/VSを使って遊んでいた時、インターホンが鳴った。

 

「ん、こんな時に誰かね?」

 

 織斑君が咄嗟にスタートボタンを押し、一時停止する。

 

「友兄、見に行ってくれよ」

「わかったよ。織斑君はコーラをつまみ補充しとくれ」

「了ぉー解」

 

 コントローラを置き、玄関に向かう。同時に織斑君もコントローラを置いて、キッチンに向かって行く。玄関を開けると……

 

「! ああ、岡部か……」

「ん。どしたの? 織斑さん?」

 

 そこにはスーツ姿の織斑さんがいた。

 織斑さんはもうドイツからの出向を終えて、日本に戻りISでの動作などを教習する実習教員になったものの……IS学園の入学試験のIS実技部門や、教員の振り分けのための会議、各書類などの事務作業があるのでこうして朝から夕方にかけてはIS学園の方にいる。

 あと、寮監も兼任しているためかよくIS学園の方の教職員用の寮にいる方がほとんどである。

 

「一夏は、いるか?」

「ええ、いますよ」

「そうか、ならリビングで話をしよう」

 

 そう言って玄関を上がり、リビングへ向かって行く。

 

「友兄、コーラとつまみ補充しといた……って千冬姉!?」

 

 織斑君は予想外の人物に驚く。

 

「いいご身分だな、一夏も岡部も……」

「そりゃあ、自宅に缶詰め状態だったもんでね」

「なら、そんな二人に良い物があるぞ」

 

 織斑さんは意味深な笑みを浮かべながら自分と織斑君をテーブルに座るように促し、それに従い自分と織斑君は隣合って座る。

 それと向かい合わせになるように織斑さんは座ると、鞄から何やら分厚い本を取り出し、テーブルに置いた。

 

「千冬姉……これって?」

「見ればわかるだろう。一夏、お前がこれから最低でも三年間はお世話になる参考書だ」

 

 確かに表紙を見ればわかるようにIS知識や用語をまとめた参考書だ。

 

「今回はそれだけにしておこうかと思ったが、存外暇なようだ。ついでにこれも渡しておく」

 

 そう言って、さらに鞄から取り出したのはIS知識や用語についての座学用の問題集。これは参考書と比べてはるかに薄い。

 

「千冬姉……これって、問題集じゃ?」

「そうだ。一夏、お前にはこれからIS学園に入学するまで、こいつらで勉強だ」

 

 織斑さんからによる一種の死刑判決を受けて、ガックシと肩を落とす織斑君。

 その様子はあまりにもあんまりなので、フォローの意味も兼ねてそっと耳打ちする。

 

「まあ、男性操縦者としてIS学園に入るんだから入学料、授業料も免除になるんだから……いいだろ?」

「ううっ……さらば俺の自由……」

 

 悲しみを背負った織斑君は何を思うのだろうか……それは誰にも分からない……

 と、締めた所でさっと席を立つ。

 

「じゃあ、自分は関係無い話ですし、これにて失礼……」

「いや待て、岡部」

 

 織斑さんに呼び止められたので、また椅子に座る。今度は獲物を見定めた眼だ。

 

「何かあんの? 織斑さん」

「喜べ、岡部。教員会議でお前は2組の担任になったぞ」

「……マジすか?」

「ああ、私個人としては非常に、ひじょうに!! 不愉快だが、そうなった」

 

 本当に心底残念そうな顔をした織斑さんはそう言って、座席表や名簿を渡す。

 

「ああ、生徒さんを把握ですか……」

「そういうことだ。お前は話が早くて助かる」

 

 ガックリと肩を落とす。その時、織斑君が耳打ちしてきた。

 

「やったな。友兄、生徒と副担任は全員女の子だぞ」

「むしろ、自分と織斑君以外全員女の子や、それ逆に地獄やないですかー……」

 

 自分の発言に気づいたのか、織斑君も肩を落とす。

その様子を見ている織斑さんはなんだか機嫌が良い。

 

「フフ……本当に一夏と岡部は兄弟みたいだな」

 

 特にリアクションがそっくりだ。と付け加えたのであった。



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06:IS学園 4月

 朝の職員会議を何事もなく終え、副担任が何とかやっているであろう2組へと向かう。途中までは織斑さんの担当する1組と同じ道なので二人並んで歩いている。

 

「まさか、本当に担任だとは思わなんだ。てっきり副担任位だと思っていたが……」

「だから、本当に岡部は2組の担任に決まったと言っただろ?」

 

 2組の出席簿をしげしげと見ながらの呟きに呆れた表情で織斑さんは答える。

 それから、自分の姿を見てくぐもった声で笑い出す。

 

「くくっ……それにしても、岡部の眼鏡を掛けた背広姿は見慣れないからか、全くもって似合わないな」

「自覚はしてるんだ。あまり言わないでくれ……」

 

 そう言って、織斑さんの姿を見る。

 ぐぬぬ……タイトスカートとスーツの組み合わせとか似合いすぎるぞ、マジ反則。

 

「ぐぬぬ……織斑さんは反則すぎる……」

「フフッ、まあその内お前も様にはなるだろう」

 

 満足そうな笑みを浮かべながら肩を叩き、励ましてくれる。

 そんなことをしながら廊下を進んでいくと2組のプレートが見えてきた。

 

「それでは織斑『先生』、これで」

「岡部『先生』もヘマはやらないように」

 

 そう言って織斑さんと別れ、2組のドアを引く。

 2組の生徒さんと副担任とが一斉にこちらを向く。

 

「ミス・ベネックス、済まないね。職員会議で遅れたもので」

「いいえ、岡部先生。事前に聞いていましたので特に問題はありませんよ」

 

 テレーズ・ベネックス。元フランス代表で2組の副担任。

 黒目の灰色がかった茶色の髪で髪型はロングのシャイニーストレート、長身でスレンダーそしてお胸様はつるぺたすとーん、以上。

 

 教卓についた所で隣の組から突然、何か引っ叩いたような破裂音と男の声が聞こえた。

 

 織斑君……

 

 何事も無かったと言わんばかりにスルーし、教卓に両手をのせて言い放つ。

 

「……一時中断させてすまない。引き続き、各生徒の自己紹介を頼む。」

「……更識 簪……です……」

 

 そして隣から黄色い声援が立ち上がる……少しばかりの沈黙の後、2組の残り全員が1組の嬌声がエコーとして聞こえる中、自己紹介を終える。

 

「ご苦労様です。最後は自分かな? 今年1年間、2組の担任をやらせていただく事になった……」

 

 生徒や副担任が息を呑む。

 

「男性操縦者で『ゲスト』の搭乗者でもある、岡部友章だ。よろしく頼む」

 

 左の手のひらから投影型ディスプレイを展開して、各言語別に自身の名前を出しておく。織斑さんとは対照的にシーンと2組の教室は静寂に包まれる。

 

 ……やっぱりみんなの憧れが実は男だなんて、嫌だよなぁ……

 

「科目はIS実習を担当させてもらう。織斑先生とは違い、自分は君達の自主性に応じて、カリキュラムが求める実力が付くように鍛える所存だ」

 

 さらに教室が静まり返る。副担任のベネックス女史は特に助け舟を出す様子も見られない。

 ただ、普通に待機しているだけである。

 

「まあ、自分はISの実習か2組のホームルームぐらいにしか出会えないと思うので、そう気を張らなくても構わない。では、これで失礼させてもらう」

 

 そう言うと途端に2組の表情が和らぎ、ベネックス女史は「自己紹介、お疲れ様でした。」と、ニッコリと笑みを浮かべながら声をかけてくれる。

 

「あとは、よろしく頼むよ」

 

 そう言って、教室を後にしたのであった。

 

 やれやれ、先が思いやられるよホント……

 

 午前はアリーナで2年生相手にISの実習が行われるので教室を出ていった後、すぐに職員室に向かい、自分に充てがわれたデスクに向かう。

 そして、鍵を使って自分に充てがわれたロッカーを開けて上着を入れ、防弾チョッキ2型をカッターシャツの上に着こむ。

 余談だが、靴はジャングルブーツで下着替わりに上下両方ともにイングリッド社製ISスーツを着込んでいる。

 そのままロッカーを締めて、学生用のアリーナに向かう。幸いにもホームルームがまだ終わっていない内に教室から出ていったこともあってか、アリーナはまだ人がいない。

 

 折角の機会なので、腕時計に変化してくれていたISを展開し、装着。

 アリーナ中をホバー移動で駆けたり、飛び回ったりしてアップを始めておく。武器を切り換えしながら空中で回避機動を取ろうとした辺りから、ISスーツを着た2年生がアリーナに集合していく。

 

 ホント最近の高校生はけしからんすぎるだろ……

 

 煩悩を振り払うかのごとく、空中で色んな事をしていると打鉄を装着した同僚から地上に降りてこいとの連絡が入る。この同僚は近接系が得意だったはず……

 すぐさま、降下し集合、整列を終えた2年生達の前に降り立つ。

 

「この方が、実習を担当する教官です」

 

 同僚の教師がこちらに手を向ける。

 すぐさま頭部パーツを格納して素顔を見せる。

 

「あー……今年から教職をやらせて頂くことになった。岡部友章だ。よろしく頼む」

 

 今度は拍手がとんできた。まあ、2組と比べればはるかにマシです。

 

「どちらかと言うと、射撃を教えるのがメインになる。どうぞお手柔らかに……」

「せっかくですので、誰か質問があればどうぞ」

 

 同僚め、いらんことを言いよってからに……

 

「はいはーい。私が最初でいいかしら?」

 

 元気よく手を上げたのはあの楯無嬢である。周囲の生徒や同僚は少しばかり息を呑む。

 ただ、数人の生徒は面白がっているが……

 

「えーと……お名前は?」

「あら? そうだったね。初めまして、更識 楯無と申します」

 

 猫のように目を細めて、笑顔で言い放つ。

 なんという茶番……

 

「ご丁寧にどうも。で、更識さん、何か自分に質問が?」

「今その身に纏ってる『ゲスト』の搭乗者なんですよね?」

「ええ、こいつは世間一般では『ゲスト』と呼ばれる機体ですね」

 

 親指で自分を指さして答える。

 

「なら、貴方は白騎士事件でのもう一機のISなんですよね?」

「ええ、そうですよ。自分はかつて白騎士と共に長距離弾道ミサイルの迎撃にあたっていた人間です」

 

 少しばかり動揺が広がる。

 楯無嬢は満足そうな笑みを浮かべ、二人の白人の生徒は獲物を見定めるような好戦的な目をして、こちらを見つめている。

 そんな中、好戦的な目をしている勝気な性格をしてそうな生徒が手を挙げる

 

「ハイハイ!」

「えーと、君は?」

「フォルテ・サファイアと言います!」

「んーフォルテ嬢。何かな?」

「貴方は第一回モンド・グロッソにも出場しましたよね?」

「ああ、コイツで出場したよ」

 

 するとさらにフォルテ嬢の目が輝く。

 

「織斑千冬と闘った感想をお願いします!」

「うーん、普通に強かった……としか言いようが無いね」

「なら、今織斑千冬と闘ったら勝てる自信はありますか!」

 

 さらに、目を光らせて恐らく一番言いたかったであろう質問をぶつけてきた。

 周囲の生徒や楯無嬢も興味があるようでこちらを凝視している。

 

「そりゃあ、実際にやらないとわからないね」

「そうですか、残念です」

 

 しょんぼりとした表情で質問を終わらせる。

 その直後、また手が挙がる。

 

「はい、えーと……」

「サラ・ウェルキンと申します。岡部先生」

 

 好戦的な目をしていたもう片方が手を挙げたようだ。

 そのまま彼女は続ける。

 

「本国の方から、『ゲスト』は我々には想像もつかない程の射撃技能をお持ちだと聞いたのですが、それは本当なのでしょうか?」

「その件ね……あんまり自慢は好きじゃないけど、まわりがそう言うなら……そうなんでしょうね」

「図々しいのは承知の上ですが、どうかその射撃技能の片鱗をお見せ出来ませんか?」

 

 これには少しばかり困った顔を浮かばざるを得ない。

 

「うーん、こればっかりは……的が無いしなぁ……」

 

 ごめんね。と彼女に付け加えるが、楯無嬢が突然前に躍り出る。

嫌な予感しかしないので、生徒達とは距離を少し離す。

 

「なら……こうするのはどう?」

 

 と言って、突然硬貨を取り出す。

 ……なるほど、意図がわかった。

 

「ガンマンごっこでもしろと?」

「ええ、それに私も貴方の才能の鱗片を……見てみたくて」

 

 まるで恋する乙女のように恥じらいながらいう楯無嬢。オメーは人間パトリオット見てるだろーが。

 それに同意するかのように首を振る生徒と同僚。目を輝かすフォルテ嬢に嬉しそうな表情をするサラ嬢。

 

「なら、いいわね?」

 

 そう言って、楯無嬢は硬貨を上に弾いた。

 しょうが無いので拡張領域から、リボルバーGuardianⅠを取り出し、ハイパーセンサー等で極限にまで神経を尖らし、撃つ。

弾丸に命中したコインはそのまま真上に跳ぶ。そのまま発砲を続けて、同じように真上に。コインをとばし続ける。

 合計6発の発砲音と同回数の金属音を鳴らし、硬貨は地面に落ちる。

 

 楯無等の専用機持ちや同僚はそれが全弾命中を意味しているのがわかるのか、拍手をする。

 それにつられて、他の生徒からも拍手が贈られた。

 

「良い物を見させていただき、ありがとうございました。岡部先生」

 

 そう言い、頭を下げるサラ嬢。

 正直、見世物じゃないのでこれ以降は見せまいとこの時誓ったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 2時限連続でのIS実習が終わり、昼食に入る。

 

 IS学園は高等教育機関、すなわち大学や高等専門学校のように1時限の授業時間は90分なので、2時限目が終わればお昼休みとなるのだ。

 

 教員用のラウンジに入り、カツ丼と味噌汁を頼み、呼び出しベルの受信機を渡される。既に何人かの教員は食事を始めていて、自分が来ると視線を向けるが、すぐに食事に戻る。

 そのまま空いたコップに水を注ぎ、一番遠い窓際の隅のカウンター席に移動しておき、注文した物が出来上がるのを待つ。自分はいわくつきなのであんまり人気のない席に着くのが一番相手を刺激しない方法だと考えたからだ、

 

 織斑君は学園唯一の男子生徒、そして自分は学園唯一の男性教員……お互い大変だ。

 

 そう思いながら、窓から見えるIS学園の様子を眺める。素での視力が物凄く良いので、どこが2組かどうかがわかる。

 ふと、気の迷いが生じて伊達メガネの特殊機能、望遠機能を作動させる。そして、1組の織斑君の様子を見ることにした。

 

 どうでもいいが、教師デビューと言ってなんでこんなスパイ顔負けのトンデモ機能が複数ついた伊達メガネを自分にプレゼントしたのだろうか? 篠ノ之さん……

 

 織斑君の姿を捉えたものの、彼と向い合うようにいるのは縦ロールのある長い金髪の白人の女の子がいた。イギリスの代表候補、セシリア・オルコットだ。

 オルコット嬢はなんだか驚いたり、機嫌を悪くしたりとコロコロと表情を変える。織斑君さては変なことでも言ったか? その様子に見かねたのか、篠ノ之ちゃんがその間に割って入り、織斑君のフォローを入れる。

 なんとか納得したのか、少しばかりの不機嫌な様子でオルコット嬢は去って行く。その後、篠ノ之ちゃんと織斑君は教室を去っていった。

 

 ちょうどその時、受信機のベルが鳴る。そのまま受信機を持って、それと引換に注文の品物がのったお盆を貰い、カウンターに戻る。

 

 そして食う。そこまで多くなかったのですぐにペロリと食べ終わる。食器をのせたお盆を返却口に戻し、出入口に行く。途中、織斑さんと山田さんがいた。メニューを選んでいるところ、どうやら今来たらしい。

 

「岡部先生、そこにいたのか」

「えーと、どうも……」

 

 織斑さんは何事も無く声をかけるが、山田さんは少しばかりぎこちない笑顔を浮かべている。

 

「ちょうど、いいところにいた。岡部先生、一緒に食べませんか?」

「ふぇ!? お、織斑先生!?」

 

 まるで当然かのように自分を誘う織斑さんとは対照的にビックリした表情な山田さん。織斑さんのその様子はまるで尻尾を揺らす狼のようだ。つまりは上機嫌。

 

「え? で、でも……織斑先生……」

 

 山田さんが織斑さんに何か耳打ちしている。

それを聞いて織斑さんは呆れた表情をしていた。

 

「隔週とは言え今まで何度も顔を合わせているだろうに……別に問題は無いだろう?」

「ま、まあそうですけど……少し驚きがまだ……ねぇ?」

「そんな事言っててもどの道IS実習では嫌でも見るんだぞ? なら今のうちに慣れておくのが賢い方法ではないのかね山田先生?」

 

 うわぁ、論破されたのか「あう、あう……」と言いながら何か葛藤している山田さん。しょうが無いのでとっとと答えを言うことに。

 

「とりあえず、織斑先生」

「なんです? 岡部先生」

「すみませんが、自分……もう食べましたので……」

「……そうか」

 

 しょんぼりとした表情な織斑さん。さしずめ尻尾をだらんと下ろした狼のよう……

 山田さんは胸を撫で下ろしていた。

 

「それでは、授業の用意がありますので」

「ああ、呼び止めて済まなかった」

 

 そう言って、ラウンジを後にしたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 午後のIS実習を終え、放課後のHRも無事に終わり、本日の授業は終了した。

 HRでは、クラス代表の選出が主な内容であったが滞り無く一般の生徒が受け持ってくれた。本音を言うと自分が推したい候補はいたんだが、グラスタイプのディスプレイをせわしなく動かしていたので、そっとしておく事にした。

 職員室で実習に参加した生徒の一人一人にコメントや印象、現時点での感触や今回の授業態度などを名簿に記載し本日の業務は終了する。カバンを持って職員室を出ると、ちょうど織斑さんと山田さんの二人にばったり出会った。

 

「どうも、先に上がらせて頂きます」

 

 そう言って、二人の横を通り過ぎようとしたが……

 

「待つんだ岡部先生、どこに帰る気だ?」

 

 織斑さんに呼び止められ、彼女の方に振り向く。

 

「どこって……教員用の寮でしょ? 事前に織斑君の荷物と一緒にIS学園に送ったじゃないですか」

 

 そう、自分と織斑君は自宅からではなく寮に移動することが事前に決まっていたので、二人でそれぞれ荷物をまとめて出しておいたのだ。

 

 余談だが、織斑君の荷物に関しては当初としては織斑さんの独断で決める予定でしたが、流石に織斑君があまりにも不憫だったので自分が代わりにやっておくと言っておきました。

 

 まあ、織斑君も高校生だしな! 男の聖域は守ってやらねば……

 

「ああ、その通りだ。だが、岡部先生……肝心の場所は知っているのか?」

「え? そんなの普通に男性用とかで寮から隔離された所ぽつんとにあるんでしょ? ね、山田先生?」

 

 と言って、山田の方に顔を向ける。

 いきなり話を振られたのか、はたまた野郎の視線を受けたのか山田さんは途端に挙動不審になりだす。自分けしからん視線とか向けたり強面でもなんでもないんだけどなぁ……

 

「え!? そ、そんな寂しい子みたいな事なんてしませんよ!」

「え!? 隔離しないの!?」

 

 それを聞いて今度は自分が焦りだす。

 はぁ!? 女の群れの中、男一人放置かよッ!? 新手のハニートラップかいじめじゃねーか。

 

「嘘ですよね? 嘘だと言って下さい織斑先生!?」

 

 思わず織斑さんに詰め寄る。

 彼女はやんわりと両手で自分を押し戻す。

 

「まあ、残念ながら……な?」

 

 そう言って、寮の事務用の書類データをディスプレイに投影し、自分に見せる。

 

「今年いっぱいは私と岡部先生と数人の教員が寮監を務める事になってる。ついでに言うと私と岡部先生が1年生の寮監だ」

 

 うそーん……なんか色々とパッシング貰いそうだけどホントに大丈夫か!?

 確かに1年生用の学寮の見取り図の一人部屋の寮監室にははっきりと『岡部 友章』と『織斑 千冬』の文字がはっきりと刻まれている。

 

 流石に同居人はいねーよな。うん。

 少し思考がフリーズ気味だが、なんとか現実を受け入れて織斑さんからその見取り図のデータを貰う。

 

「いやー、助かりました。中々そういう情報は回ってこなくて」

「まあ、今……岡部先生の事をよく思っておられる人は残念ながらあまり多くないからな……」

「そうですよねー、特に初代ブリュンヒルデ兼射撃部門でのヴァルキリーを兼ねた人が男だなんて知ったら普通は失望しますよね……」

 

 はぁー……という感じにため息をつく。織斑さんは別にいいとして丁度、彼女の隣に山田先生がいるので聞きたかったことを聞いて見ることにする。

 

「ほら、山田先生もそう思うでしょ? ブリュンヒルデでヴァルキリーが実は男だなんて……」

「ま、まあ……まさか男だなんて思いもしませんでしたね……てっきりたちの悪い冗談かと、ははは……」

 

 苦笑いを浮かべながら、たどたどしく答える山田先生。こんだけ挙動不審だと、この人実は男に免疫ないだけなんじゃ? と思い浮かばせる。

 

「まあ、岡部先生とモンド・グロッソで闘った者の立場から言わせてもらうと、間違いなく実力はある。この私が断言してやる」

「ブリュンヒルデ兼ヴァルキリー近接部門受賞者にそう言っていただいて、大変光栄です」

「ふん、実質銃器一本でここまで突き抜けた変態がよく言うよ」

「ハハッ、そうでしたね。それでは、お先に寮の方に帰っておきます」

 

 軽く二人に手を振って、1年生の寮へと向かう。

 

 何事も無く寮につき、寮内に入る。1年生が入居しているであろう多くのドアの中から自分の部屋の番号を探していく。

 

 だが、突然数メートル前のドアが開き、追い出されるような形で出ていく織斑君の姿がみえた。

 

「あら? 織斑君……」

「いてて、事故とは言え流石にこれはマズいよな……って友兄! なんでここに!?」

 

 尻でも蹴られたのか、さすりながらボヤく織斑君ではあったがすぐにこちらに気づき、驚く。

 

「スマンが、IS学園の敷地内では岡部先生だ。わかったな?」

「……あ、ああ」

 

 織斑君は首を縦に振る。

 

「で、なんで自分がここに居るというとだな……」

 

 と、織斑君に説明を行う所で彼が追い出された部屋から悲鳴が聞こえる。ほとんど条件反射の類でそのままドアを開けて突入、拡張領域からコンバットナイフと自動拳銃を取り出し、ナイフは左で持ち自動拳銃は右で持って近接戦闘(CQB)の用意を取る。

 

「犯人に告ぐ!! 大人しく武器を捨て投降しろ!! ……ってあれ? 篠ノ之ちゃん?」

 

 大声を挙げた先にはバスタオルに見を包み、顔を赤くした篠ノ之ちゃんと彼女の視線の先には男の聖域が……

 織斑君……恩を仇で返すなよ……

 

「わ!? こ……これが男の……って岡部さん!?」

「……いきなり叫んだから君の身に何かあったかとてっきり……申し訳ない」

 

 織斑君含め、三人の間の空気が気まずくなりましたとさ……

 

   ■   ■   ■

 

 入学初日に篠ノ之ちゃんとの気まずい雰囲気を作ってしまった後、数日が過ぎ、初めてのお休みである。

 1年生のIS実習は来週かららしく、今のところは高等部2年生以上の子達と大学部の子達の指導を行なっている。

 やっぱり大学部の生徒達も憧れのブリュンヒルデが実は男だということには驚きを隠せないようで、色々な反応が見れた。

 高等部の生徒たちは質問ぐらいで済んだが、問題は大学部の生徒である。

 IS学園は三年前に設立されたので大学部の生徒は1年生のみではあるが、かつて自分や織斑さんが一番長く指導を行なっていた生徒達である。

 

 だからその……なんというか……自分の実力に対する疑念が他よりも一層あるらしく、生徒のほとんどは自分に模擬戦を頼む始末……なので、その日のIS実習の時間は丸々生徒との模擬戦の時間になってしまったり……

 

 ルールはアリーナ内での無制限一騎討ち。自分はゲスト機のシールドエネルギーがモンド・グロッソ規定の二倍の量が切れると敗北する。切れるまでに生徒が負ければすぐに次の生徒が戦闘準備に入り、休む間もなく戦闘開始。戦闘終了した生徒はISを待機状態に戻し、休ませ、一刻も早く模擬戦に復帰できるようにする。

 

こ れを授業が終わるまで延々と続けるのである。

 

 普通に闘っても多分生徒たちは納得しないと予想できるので、ブリュンヒルデ兼ヴァルキリーの実力を見せるためにわざわざ武装は複合式カービンライフルのみでやりあうことに……

 

 生徒との闘いはまあ、所詮学生レベル。アリーナの中を満足に飛び回る事ができる程度だったので、早くて開始直後のチャージショット初弾直撃での勝利か、5分程時間をかけて相手のシールドエネルギーを削りきっての勝利が大半であった。

 数人、専用機は無いものの量産型のカスタムタイプか、ラファールや打鉄のそれぞれのパーツや武器をそれぞれ使ったキメラ装備で出撃してきたが、拡張領域に入れてある増加装甲の類も惜しみなく使い、20分前後の時間をかけてこれに勝利した。

 

 通常、IS実習では2クラス合同での2時限連続での授業なので、いくら最速で倒し続けても単純計算で80人もの生徒達の相手をするか、長くともおよそ3時間闘い続けるかの二択になってしまう。

 しかし、その時は不幸にも午後からのIS実習。3時間なんとか闘い抜いて授業が終わっても、ちゃっかり誰かが放課後のアリーナの貸出申請をやっていたようで、補講と言う名の模擬戦が続行されることになってしまった。

 

 結局、アリーナの観客席からの野次馬が増えていく中、合計3時間以上かけて約80人斬りを果たし、やっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、騒ぎを聞きつけてやってきた残りの大学部の生徒との第2ラウンドが勃発。

 流石に自重したのか数を減らして半分の精鋭40人が模擬戦に参加。

 

 精鋭なので一人につき5分ほどかけて勝ち続ける、何故かこの学園は代表候補生を片方2クラスに固める傾向があるので、代表候補生がいない分精神的には楽であった。

 

 精鋭40人をなんとか増加装甲、シールドエネルギー共に半分にまで減らしつつもすべて撃破し今度こそ胸を撫で下ろす。

 

 だが、そうは問屋がおろさない。

 第一線から引退したモンド・グロッソの元代表候補や元代表で自分に懐疑的な教師数人との第3ラウンドが勃発。その中にはベネックス女史も元フランス代表として参戦していた。

 

 悪夢の第三ラウンド開始。

 しかし、自分は度重なる戦闘と疲労で思考がややヘンテコな事になっており、なんと元代表や元代表候補の駆る打鉄やラファールに対し、まとめてかかってこいと挑発する。

 呆気にとられるギャラリーと当事者達。そんな中、カービンライフルのみを持って増加装甲はすべて拡張領域にしまい込み片手でアリーナに招く。

 

 第三ラウンド、まさかの一対多数。

 誰もが自分の敗北を予想していたであろうこの勝負。まさかのVシステムでゲスト機が教師陣すべてを叩き落とす事で決着がついたのであった……

 

「なるほどな……それが昨日のアリーナでのばか騒ぎだったのだな……ククッ」

 

 暫く笑いを堪えようとするものの、無理だったようで爆笑しだす織斑さん。

 テーブルを叩きつつ笑う様子は普段のキリッとした織斑さんを見ている人は多分想像もつかないのだろうと思う。

 

 あの後、寮の自室に戻って消灯時間までなんとか起きていたものの、消灯時間になった時にベッドに倒れ込んだ辺りからの記憶が綺麗サッパリと無く、気がつけばもう朝だったという始末。

 その後、そのまま織斑さんにお呼ばれして隣の彼女の自室にお邪魔する事になり、今現在まで彼女が冷蔵庫から取り出した炭酸飲料やおつまみと共に昨日の一連の話を織斑さんにしていた。

まだ疲れが取れず、テーブルにもたれる自分に織斑さんは微笑む。

 

「なに笑ってるんですか……」

「いや。な……ここまで痛快な話を聞くと私も溜飲が下がって大変気分が良くてな」

「なんで、自分がそこまで大立ち回りをしたら織斑さんの気分が良くなるんです?」

「私が唯一認めた男をバカにされて、気分が良くなる筈がないだろ?」

 

 さも当然かのように、それが絶対であるかのように彼女は言い放った。

 

「……そうですか。ところで、他の教員から聞いたんですけどクラス代表で何か揉めてるんだとか?」

 

 なんだが気恥ずかしくなりながらも、悟られないように話題を変える。

 すると、織斑さんはため息をつく。

 

「そうだ、1組のバカ共が勢いで一夏をクラス代表に推薦してな。それで、オルコットが対抗心を燃やしてクラス代表に自薦……という訳だ」

 

 自薦他薦は問わない……と言うのでは無かったよ、今更ながらに……と言いながら、炭酸飲料を飲む。

 

「うわぁ、そりゃ面倒な事になりましたね……じゃあ、来週の1年生初のIS実習の授業にでも選抜するんですか?」

「ああ、そうでもしないと決まりそうにないのでな、全く……束の奴め、早く一夏のISを送ってくれないだろうか……」

 

 さらに、織斑さんはため息をつく。

 

「まあ、その辺は篠ノ之さんは時間に厳しいですし、大丈夫だと思いますよ」

「そう前向きに考えるとするよ……」

 

 織斑さんはドライフルーツを、自分はアーモンドチョコをつまんで口に運ぶ。

 

「それにしてもだ……篠ノ之には驚いたぞ」

「なんでです?」

「丁度、篠ノ之のIS学園の実技のテストの時の試験官が私でな、正直あれは将来化けるぞ……」

 

 その時の事を思い出しているのだろうか、関心した様子で頷く。

 

「えげつないらしいとは聞いてたけど、篠ノ之ちゃんってそんなにISの技量が上がったんですか?」

「まあ、専用機持ちになればその実力は顕著に現れるだろうな。まさか剣道一筋だと思ってた篠ノ之が射撃武器をあんなに使いこなす事が出来るとは思わなかった」

 

 しかし全体的にはまだまだ粗削りだな……と言って締めくくる。

そして、少しだけ不機嫌そうな顔になる。

 

「しかし、折角の機会なんだ……私にも篠ノ之のようにレクチャーして欲しいぞ。ほら、お前の苦手な剣術を私が教えて、私が苦手な射撃はお前が教える。これならどうだ?」

 

 名案だろ? と言ってテーブル越しに詰め寄ってくる。寝間着の隙間からはISスーツがチラリと見える。

 余談だが、学生時代あまりにも剣術というか剣道が苦手なので、織斑さんにレクチャーしてもらった事があるが、あの時は酷かった。主に自分が……ああ、あまり思い出したくない……

 

「時間が空いたら、やってみたいですね……休みを潰してまではやりませんよ」

「わ、わかってる……勿論、わかってるさ……」

 

 一瞬、織斑さんがガタッと動き出しそうとしていたが、すぐにやめてしょんぼりとした顔になる。

 

 眠気覚ましも兼ねて昨日の出来事や雑談等を話したが、未だに眠気は取れず、全身にひどい筋肉痛も続いている。

 椅子から立ち上がり、背伸びをしてから自室に戻ろうとするが、ふと足元がフラついてしまう。

 

「まあ、今日ぐらいは惰眠を貪ってもいいだろう。な?」

 

 と言ってふらつく自分を支え、肩を貸してくれた織斑さんは彼女自身のベッドに運ぼうとする。

 

「女性のベッドに寝るのは無理があるわ……」

「別に隣の部屋と同じベッドじゃないか、問題は無いだろ?」

「だからなんで……織斑さんの部屋で寝る事になってんの?」

 

 分からない、といった表情を浮かべる織斑さん。

 

「ベッドが近くにあるのだからそこで寝れば良いと思ったのだが……仕方のない奴だ」

 

 そう言いながら、今度こそ自室の方まで肩を貸してくれたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 起きて時間を確認すると、昼過ぎであった。

 教員用のラウンジで昼食を取り、気の向くままに学園内を散策することにする。

 以前にも、学園にはよく来ているもののあまり自由に行動することができなかったので少しばかり童心に帰る気分で歩きまわる。図書館棟や購買、大学部や高等部を歩きまわり、生徒用のオープンラウンジに差し掛かった時のことである。

 ふとラウンジのテラスでティーカップ片手に優雅に過ごす生徒の姿が見え、目が合う。オルコット嬢だ。

 何を思ったのか彼女は自分を見つけると笑顔でこっちに来るように手招きする。無視すると碌な事にならないので大人しく、彼女のいるテラスへと向かうことに……

 

「ええと……どうも、初めまして。岡部 友章です」

「私はセシリア・オルコットと言う者です。以後、お見知りおきを……」

 

 お辞儀する自分に対し、椅子から立ち上がり両手でスカートの裾をつまみ、軽く持ち上げる。その上で、腰を曲げ、頭を下げる。典型的なカーテシーで返してくれた。

 見事なまでのお嬢様である。自分……初めて見たわこんなタイプの人。

 

「で、自分に何かご用件が?」

「ええ、お母様とお父様を助けて頂いたお礼の件について伺いたいのですが」

 

 バレとるがな。

 

 更識に次いでの正体の露呈である。英国の諜報能力凄すぎるだろ……

 

「誤解が無いように申しますと、この事は英国内ではオルコット家のみが知り得ております……」

 

 自分が醸しだす雰囲気を察したのだろう。慌てて、補足事項を説明する。

 

「そう、ならそれを守秘しておいてくれるだけでいいんだが……」

 

 その言葉にオルコット嬢はムッとした表情を浮かべる。

 

「それではオルコット家の立つ瀬がありません。出来れば何か報酬を……例えば金銭などを要求して頂きたいのですが」

「しかし、ですな……自分は教師、いわば公務員ですので副収入の類。要は金銭などを受け取ることは無理ですよ」

 

 ぐぬぬ……という表情を浮かべる。色々考えてはいるようだが、中々アイデアが浮かんで来ないようで、閉口している。

 

「……では。この件についての話は終わりの方針で」

 

 そう言って席を立ち、その場を立ち去ろうとする。

 

「あっ…… ま、待って下さい!」

 

 そう言われて振り向くと、椅子から立ち上がり右手を出して引きとめようとするオルコット嬢の姿が見える。心なしか少し寂しげな感じもしなくもない。

 

「……お礼の話以外で頼みます」

 

 そう言って、渋々ながらも再び椅子に座る。それを確認したオルコット嬢は安心した様子で椅子にすわり、自分と向かい合う。

 

「昨日のアリーナでの一連の模擬戦、実にお見事でした」

「それは嬉しいね。ありがとう」

「特に私、最後の教員との一対多数の闘いは感動しました! あれは正しく鋼鉄の騎士と言っていいほどの勇姿でしたの」

 

 少しばかりそのシーンを思い出したのであろう、やや興奮した面持ちで自分の活躍した様子を語っている。その内容は白騎士事件から第二回モンド・グロッソまでに及ぶ。自分はそれに適切な言葉で相槌を打ちながら、彼女の話を大人しく聞いておく。

 

「はぁ、はぁ……少しばかり語り過ぎたようですわね。申し訳ありません」

「いやいや、熱心なファンに会えて良かったよ」

「そう言って、頂けると嬉しいですわ」

 

 オルコット嬢はすっかり冷めた紅茶を飲み、喉の渇きを潤す。

 

「ところで……この後、予定は空いてますでしょうか?」

「ええ、まあ……」

 

 その答えにパァと笑顔になる。

 

「そうでしたら、私に射撃技能のレクチャーを是非! 頼みたいのですが……」

「残念ながら、それは出来ない」

「ど、どうしてですの!?」

 

 断られて心底悔しいのだろう、少し声を荒げるオルコット嬢。

 

「来週のIS実習の授業でクラス代表決定戦を行うと聞いた。相手は受験日の1時間しか動かしていない学生が相手なのだろう? 流石に不公平ではないかね?」

 

 そう言うと彼女は眉をひそめる。

 

「うぐっ……そうですわね……仕方無いですわ」

「そういうことだ。今回は織斑君の肩を持つよ」

 

 立ち上がり、テラスへと出る前にかけたその言葉がトドメだったのか肩をガックシと下げる。

 フォローとして彼女の肩を軽く叩くき……

 

「まあ、君は専用機持ちで代表候補、しかもその専用機は射撃重視型と聞いた。個人的には多いに期待しているよ」

「……は、はいっ! 期待に応えられるように頑張りますっ!」

 

 しばし思考が停止してたが、やがて再起動したのか飛び上がる位勢い良く立ち上がり返事を返す。

 頑張れよー……と言いながら手を軽く振ってテラスを後にするのだった。

 

   ■   ■   ■

 

 ラウンジを後にした後、引き続き学園内を散策する。

 グラウンドや何故かあった筋トレ用のトレーニング機器が置いてあった部屋、弓道場などを回っていく。道行く先ですれ違う生徒が不思議そうな目で見るが、特に気にしない事にする。

 で、剣道の道場の前を通った時にふと、竹刀が防具に当たった時の音が聞こえた。

 

 気になるので、道場に中に入って見ることに。すると、織斑君と篠ノ之ちゃんの姿が……

 両者共に防具を着こみ、竹刀を持って熾烈な攻防戦を繰り広げている。そして、織斑君は篠ノ之ちゃんの胴に竹刀を当て、それと同時に篠ノ之ちゃんは織斑君の篭手に竹刀を当てて終了した。

頭の防具を取り、スッキリとした表情をする二人に思わず拍手を送る。すると、二人共驚いた顔でこちらを見るのであった。

 

「いやー、すごいすごい。もし、全国大会に出たらベスト4に入るだけの腕はあるね。お二方共」

「友兄!? なんでここに?」

「岡部さん!? 一体いつから……?」

「ん? 今さっき。あと、二人共……岡部先生な?」

 

 その返答に「ああ、ゴメン」、「すみません……」と返事をする二人。

 

「ところで、来週クラス代表決定戦があんのに織斑君はともかく、篠ノ之ちゃんは何してるの?」

「一夏のISの届くまでの間に稽古を頼まれたんです。それで、ISが届くまでの間、少しでも直感を養っておこう……という事で、剣道で直感を養っていたんです」

 

 うーん、まあ理屈は一応通ってるよね……

 織斑君のISが届くまでずっとこうだというのも少し不公平な気もするんでここはオルコット嬢に宣言した通り、二人の肩を持とうかな。

 自身のISに案を出すと、やや嫌がる素振りをみせるものの、了承。なら、早速行動に移す事にする。

 

「そうか……なら、二人共、自分と一緒に競技用アリーナに来るかい?」

 

 織斑君と篠ノ之ちゃんの二人はこれに了承したので、二人を連れてアリーナへと向かう。

 

「で、アリーナで何をするんだ岡部先生」

 

 移動中気になるのか、アリーナでの内容を聞いてくる織斑君。

 

「何、かつて篠ノ之ちゃんにもやった方法だよ」

「……あ! そうか、その手があったか!」

 

 自分の言葉に納得した篠ノ之ちゃんではあるが、織斑君はピンと来ない様子。そうしている内にアリーナに到着。自分はIS実習を専門にしている教員なので、アリーナを自由に使うことが出来る。

 

 アリーナのピットのロックを解除し、二人を招き入れる。

そして、発進用のパネルに自分のISを展開させ、置く。

 

「あれ、これは『ゲスト』じゃあ……」

 

 そう言って興味津々にゲスト機を見る織斑君。

 

「そんなに気になるかい?」

「ああ、すごい気になる」

 

 織斑君のその返答に待ってましたとばかりにニヤリと自分は笑みを浮かべる。

 

「そんなに言うんなら……」

「岡部さんノリノリだよ……」

 

 こら、篠ノ之ちゃん呆れない。

 

「乗ってみないかね?」

 

 そして、織斑君は驚きのあまり、声を荒げるのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 休みが明け、待望(?)の1年生のIS実習が始まる。

 その間には織斑君と篠ノ之ちゃんとの訓練や、ベネックス女史等の自分の実力に懐疑的な教員との和解などがあったが、今ここで話題に出すこともないだろう。

 

 1組と2組の生徒達が整列する中、まずは織斑さんからのお言葉から始まる。

 

「本日のIS実習は、2組の生徒達には悪いが1組のクラス代表決定戦を先に行い、それから授業に入る。」

 

 ベネックス女史に投影型のディスプレイを展開させて、生徒の前に出す。

 

「だからと言って、残りの1組と2組の生徒さんの時間を持て余すと困るので、残りの生徒さんはクラス代表決定戦の試合を見てもらって、レポートを書いてもらおうと思います」

 

 そう言って、自分はそのレポートの書き方について説明する。

 

「と、言うわけだ。各自、しっかりと試合を見ておくように! それでは、一時解散!」

 

 織斑さんが最後に締め、クラス代表決定戦に出る二人以外の生徒達はアリーナの観戦席に移動する。

 自分とベネックス女史はオルコット嬢と一緒にピットに向かい、織斑さんと山田さんは織斑君と一緒に自分達とは逆のピットに向かう。

 

 ピットに到着し、アリーナに生徒がいないことを確認、観戦席保護の為にシールド発生装置を起動させる。

 シールド発生装置はこの学園の地下にあり、とても巨大だ。そして、シールドを発生させるのにISコアを用いる。

 

 余談だが、そのISコアは誰とも適合しないいわゆる問題児であったが、有用曲折を経てこの仕事に就いた。今ではとても充実しているのだとか……自分のISがコア・ネットワークを通じて、そう報告してくれた。

 

 シールドで、観戦席に危険が及ばないことを確認した後、オルコット嬢に出撃許可を出す。

 

「よし。オルコットさん、出撃しても大丈夫だ。健闘を祈る」

「セシリアさん。くれぐれも、油断は禁物ですからね」

「わかってますわ、ベネックス先生」

 

 そう、ベネックス女史に返した後、自分の方に振り向く。

 

「岡部先生。貴方の期待に応えられるよう頑張りますわ」

 

 そう言って、自身のISであるブルー・ティアーズを展開し、そのままアリーナへと飛んでいった。

 出撃後、自分とベネックス女史は互いに顔を見合わせる。

 

「……どう思いますか? ベネックス女史」

「恐らくは、少し油断していますね……」

「まあ、結構な頻度で放課後アリーナで自主的に訓練してますしなぁ……オルコット嬢は」

 

 そう言っている内に織斑君のIS、白式がアリーナに躍り出る。

そして、両者向かい合う……

 

「遅れてゴメン。オルコットさん」

「いいえ、大丈夫ですわ……これが貴方のISなんですの?」

「ああ、これが俺のIS、『白式』だ」

「そうですか……これで、織斑さんも晴れて専用機持ちなのですね」

「ああ、ただ……男だという理由でなってしまったけど、頑張りたいんだ。あの人達に迷惑をかけ無い為にもな」

「織斑先生と岡部先生の事……ですわね?」

「ああ」

 

 試合開始の合図であるグリーンランプが点灯した。

 

「なら……この世界の洗礼を受けなさいっ!!」

 

 まずは、織斑君が動き出す前にオルコット嬢はレーザーライフル、スターライトmk.Ⅲを即座に展開し、射撃。

 しかし織斑君はレーザーライフルを展開したのを見て、咄嗟に期待を上昇させ、回避する。

 

「お行きなさいっ!」

 

 少し驚いたものの、次の一手として射撃型特殊ビットを2つ射出し白式の背後からレーザーで射撃する。

 片方の一発は避けたものの、もう片方が当たる。しかし、怯まず加速させ、ブレードで白式の専用装備でもある雪片弐型でビットを叩き落そうとするが、上手くいかず回避行動をとり、長期戦に持ち込む。

 まだ、ISコアが織斑君との最適化処理を終えて一次形態に移行していないが故に不利な状況だ。だが、理論上は織斑君と白式のISコアの相性は自分と同様に抜群なはずなので、勝機はまだある。

 

流石に、白式と織斑君の適性値がSランクで強いのはわかるのだが、やはり少し無理があるかも……

まあ、両者ともに試験官を倒したという事になっているのでそんなに怪しまれることは無いと考えたい……うん、考えたい……

 

「しかし、ホントに1時間しか動かしていないのですか?」

「あー……ゴメン。今週末で数時間増えた」

 

 どこか遠い目をしながら織斑君はそう告げた。

 まあ、休みの時にアリーナで自分のISに乗せて軽く練習はしたからねー。少しくらいは上達してくれないとな。

 

 オルコット嬢も、ビットを動かしている間は動きが緩慢なものとなっており、彼女の射撃も牽制程度になっている。最初はビットのレーザーで被弾していた織斑君だが、次第に回避率が上昇しなんとか避けている。しかし、規定量のシールドエネルギーは半分を切った。

 

「なんで反撃しないのですか!?」

「少しの間我慢してくれ!」

 

 中々仕留め切れず、オルコット嬢は焦りを生じ始める。

 だが、彼女は運が良かったらしい。丁度白式は最適化を終え、一次移行を完全に完了させた。

 

「待たせて済まない、オルコットさん。この一撃に賭けるっ!」

 

 そう言って、オルコット嬢が驚く中、白式は一機に加速。高機動型にも引けをとらないほどの加速で、ブルー・ティアーズに向けて雪片弐型を構えて装甲を展開、突貫する。勝負に出たようだ。

 オルコット嬢はとっさにミサイルタイプのビットを射出、白式に向けて誘導する。しかし、白式に叩き落とされて爆散、その爆発から発生した煙の中を白式はお構いなく進んでいく。そして、煙の先には至近距離で迎え撃つ3つの銃口が白式を捉えていた。残りのビット2つとレーザーライフルだ。

 

「なっ!?」

「言いましたでしょ、これは洗礼であると」

 

 ビットとレーザーライフルの攻撃を受け、織斑君の規定量のシールドエネルギーが切れたのであった。初戦でここまで粘れば、織斑君の目的は達成ですな。

 オルコット嬢の方も入学時での数少ない教官を撃破した搭乗者に勝ったという事実が一応残ることだし対面の上では、そう悪くはならないだろう。

 

 戦闘を終え、オルコット嬢がピットに帰還する。

 

「お疲れ様。オルコットさん」

 

 そう軽く声をかけたつもりが肩をビクンとさせ、落ち込んだ顔でこちらを見る。

 

「その様子じゃあ、わかってはいるんだね」

「……はい」

 

 空気を読んでかベネックス女史は席を外す。

 

「じゃあ、生徒達の前で言うほどスパルタじゃないのでアリーナに戻ってくる前にちょっと反省会」

 

 先程の試合の様子を投影型ディスプレイに映し出す。

 

「まずは、ちょっと油断しすぎってとこかな? 正直に言ってごらん」

「……まず初めにわざわざライフルを展開して射撃した件です」

「正解。展開した分、射撃までにタイムラグが生じて結果避けられたね。実は初弾避けられて少しビックリしてた?」

「ええ、その通りです」

 

 しゅんとした表情で頷く。

 

「でも、すぐにビットで追撃にかかったのはまだ評価点かな? 手の内を晒してでも早めにケリを付けようと思った?」

「はい。なにか変なことを起こされても困りますので、早めに落とそうと考えましたわ」

 

 少しだけ機嫌を良くながら、答えてくれる。

 

「だけど……なんで2つだけのビットで仕留めようと思ったの?」

 

 そう言うと、再び肩をビクンと震わせる。動作もすこし挙動不審じみてきた。

 

「そ、それは……」

「少しムキになってたの……かな?」

 

 完全にオルコット嬢は頭を項垂れる。

 

「まあ、最後のあれは良い感じで良かったよ。代表候補なだけはある」

 

 気まずい雰囲気になりそうなので、やや苦し紛れに彼女の肩を叩く。

 

「あっ……」

「織斑君に付き合ってくれて、ありがとうな。機会があれば、円状制御飛翔……サークル・ロンドだっけ? それに付き合うよ」

 

 しばらく一時停止していたものの、突然こっちに詰め寄る。身長の関係上、上目使いなのが何とも言えない。

 

「ほ、本当ですの!?」

「……? そうだけど? じゃないと不公平だしねー」

 

 そう言うと、オルコット嬢は両手でこちらの手を取る。どうやらお嬢様のご機嫌取りには成功した模様だ。

 

「それでは、その時になったら是非、一緒に踊って下さいね」

「あまり、上手くは無いけど……善処はするよ」

「あら? それなら私がリードしますわ」

「……流石、お嬢様」

 

 これで反省会は終わりっ! それじゃアリーナに集合するぞ。 と言ってオルコット嬢と一緒にピットを出たのであった。

 

 アリーナでは打鉄や、ラファールを装着した生徒が近接ブレードで素振りをしたり、実際にブレードで教官と打ち合っていたり、IS用のアサルトライフルを撃っていたり、空中での機動を行なっている。

 ちなみに、近接ブレードでの訓練は暮桜弐式を装着した織斑さん、アサルトライフルでの射撃訓練は打鉄を装着したベネックス女史、空中での機動訓練はラファール・リヴァイブを装着した山田先生となっており、織斑君と篠ノ之ちゃんは二人共織斑先生の班についている。

 

「岡部先生、もう反省会は終わったか?」

「ええ、終わりました」

「なら、オルコット。お前は私の班につけ」

「わかりました。よろしくお願いしますね、織斑先生」

 

 一番近くにいた織斑さんが一旦打ち合いを中断し、こちらに飛んでくる。

 予め、授業の前に打ち合わせておいたので、あっさりと終わった。

 

 そのまま、オルコット嬢と別れ、ベネックス女史の元へ向かう。

彼女はこちらに気づいたようで、一旦生徒達に射撃を中止させ、こちらに向かってくる。

 

「ベネックス先生。代役、ありがとうございます」

「いえいえ、基本的な事ですし大丈夫です」

「なら、山田先生の補佐に回って下さい。あそこは少し生徒の数が多いので」

「わかりました」

 

 そう言って、空中の山田先生の方に向かい飛翔する。

自分もISを展開、装着してから射撃訓練を一時中断している生徒達の方に向かう。

 

「一時中断して済まない。射撃訓練は自分が教官役を受け持ちます。それでは再開!」

 

 号令をかけると一斉にディスプレイで表示された的が出現し、生徒達は的に向かって射撃を開始する。

 ハイパーセンサーで、生徒達の様子を素早く観察しながら、気になる生徒一人一人に指導を行う。

 

「ちゃんと照準器を覗いて使うんだ!」

 

「フルオートで弾丸を垂れ流すんじゃない!! ちゃんと狙え!」

 

「コラ! ストックは肩に当てるんだ! 担ぐんじゃない!」

 

「バカ野郎!! 弾詰まりが起こったからって銃口を覗きこむな!!」

 

「撃ち切って、マガジン交換したのに弾が発射されない? チャンバーにちゃんと装填したか? 撃鉄は引いた?」

 

「弾が撃てなくなった!? 見せてくれ……あーあ、チャンバー内に空薬莢が焼き付いてる。これは修理ですな。他のアサルトライフルを渡すから、それで引き続き練習してくれ」

 

「コラ! 排莢口(エジェクション・ポート)のすぐ真横に人がいるのに撃つんじゃない! 加熱された薬莢が当たるぞ!! あと、そこにいる奴もとっとと離れろ!!」

 

「そこで、二挺持ちしてる生徒!! 遊んでないで真面目にやれ!!」

 

「照準器で狙ってるのに当たらない? ちょっと貸して……これ狙撃用に調整されてるやつだ。ちょっと待ってな……ほら、これでいけるはずだ。」

 

「今回はアサルトライフルの授業だ! だれが、ショットガンを使って良いって言った?」

 

「そこのアサルトカノンと軽機関銃もだ!!」

 

「アサルトライフルでチャンバラするな!! 織斑先生のところでやって来い!!」

 

「バカ!! 銃身が赤く赤熱してるのに撃ち続けるな!! 暴発するぞ!!」

 

「コラ! 勝手に分解するな!!」

 

 指導と言ってもそのほとんどはこういった注意ばかりで、少しだけゲンナリしつつ、生徒達を見て回る。ふと、黙々とアサルトライフルを撃ってる打鉄を発見する。……あれは、倉持技研の打鉄弐式だ。と言う事は2組の更識 簪さんか。

 

 近くに寄り、観察してみるとセミオートで、確実に的の中心部を撃ってる。

 やがて、彼女は気づいたのか自分の方に顔を向けた。

 

「……どうですか?」

「上出来だ。次はセミオートではなく二点か三点のバースト射撃に切り替えてやってごらん」

 

 簪嬢はバーストに切り換えて撃つ、三点バーストは初弾と次弾は中心部に命中するものの、三発目は僅かにズレる。それをワンマガジン程撃ち切ってた後、マガジンを交換する。

 

「うーん、ちょっと反動にビビりがちかな? バースト射撃位ならそんなに反動は多くないからそう気張らないで……な?」

「……わかりました」

 

 そう言って引き続きバースト射撃を再開する。今度は、三発とも的に中心部に良く命中するようになった。

 

「ちょっと言っただけでこんだけ出来るのか……」

「……?」

「上出来、上出来。花丸をあげたい位だ。」

 

 そう言うと少し照れたのか、少し恥ずかしがって俯く。

 

「じゃあ、次はフルオート射撃だ。今回は手本を見せるよ」

 

 そう言って、安全装置を外し、コッキングレバーを引いてアサルトライフルを構え、照準器を覗きこんで撃つ。狙うは左右にスライドして移動している的だ。

 

 最初に指切りで単発だけ撃ち、初弾が命中した場所を確認するとそこから補正しつつ、反動を上手く抑えたり流したりしながらフルオートで撃ち尽くす。

 

「すごい……流石箒に射撃を教えた人……」

 

 その言葉にふと思い出す。中学時代に篠ノ之ちゃんと仲が良いとか言ってた子のことを……

 普通の中学とは違い、授業参観とか無かったものだからすっかり忘れていた。

 

「って事は……もしかして……篠ノ之ちゃんの友達?」

「箒とは……よく会ってる」

「そうか。まあ、仲良くな?」

 

 その言葉にこくりと頷く。そのまま、フルオートでの射撃を開始したのであった。

 それの様子を見て一安心した自分はふと、あるラファールに目が留まる。

 しっかりと撃っているのだが、なかなか標的に当たらない様子。

 

「あー、ちょっといいかな?」

 

 少し心配しながら、そのラファールに近づき声をかける。

 

「あ、岡部先生」

 

 その生徒は少しバツの悪い顔をしながら、返事を返してくれた。

実は無視されないか、怯えられないかと心配になってました……

 

「中々命中しないようだけど、大丈夫?」

「中々感覚を掴むのが難しくて……」

 

 できるだけ優しく語りかけて、怒っていない事をアピールすると、困った顔をしながらも答えてくれる。

 

「うーん……なら、これでいけるかな? できるか?」

『トレースの準備、完了しました』

 

 そう言いながら、自身のISコアに問いかけ、了承を得る。

 

「よし、なら起動」

『起動』

 

 すると、右半分の視界と両腕の感覚に違和感が走り、やがて目の前のラファールとの動きが同期される。

 

「きゃ! 勝手に動き出した!」

「大丈夫だ。心配無い」

 

 いきなり、自身のラファールが動き出した事に驚く生徒をなだめつつ、アサルトライフルを持ち、構える。

 同様にラファールも同じような構えをとる。

 

 そしてひたすらに射撃。射撃。射撃。

 セミオートやバースト射撃、フルオートなどを一通り撃ってから、ラファールとのトレースを切る。

 

「よし。この感覚を参考にするといいかもしれないね」

「……ありがとうございます!」

 

 何かピンときた様子の生徒さんは、ペコリとお礼を言うのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「それでは、今日の実習はここまで、解散!」

 

 織斑さんの号令の後、散り散りに散っていく生徒達。

 そんな中、織斑君とオルコット嬢がこっちに来て、後から篠ノ之ちゃんが走ってきて、彼女に手を引っ張られながらも渋々ついてきている簪嬢の姿が……

 

「友兄!!」

「岡部先生!」

「放課後のこの時間付き合ってくれ!」「放課後のこの時間、私と踊ってくれませんか!」

 

 お互いほぼ同時に言い、互いに顔を見合わせる。

 

「岡部さん! 簪も一緒なんだが、一緒に訓練をやってもいいかな?」

 

 この少し後に篠ノ之ちゃんが到着。しかし、ケロッとしている彼女はともかく、簪嬢が肩で息をしている。

 この後の放課後は篠ノ之ちゃんのみに声をかけて自主訓練をやろうと思っていただけにこんなにも専用機持ちが来るとは思わなかった。

 

「うーん、しょうがない。四人まとめてやるか」

「いや、五人だ」

 

 そう言って、肩に暮桜弐式のマニピュレータをおいて織斑さんも自主訓練の参加を表明する。

 

「私を置いてやることはないだろ……な、岡部先生」

 

 いつか見た肉食獣の目をギラギラと輝かせながら問われる。

 

「……わかりました。けど、1組の事務作業や教員の会議はどうするんですか?」

「問題無い。山田先生に任せる」

 

 山田先生がワタワタしだすが、ベネックス女史に肩を叩かれ同情される。

 いや、ホント予め頼んで置いたとはいえ、いつか教員用のラウンジでなにかデザートの1つでも奢りますんで……ね?

 

「でも進行は自分が担当しますからね」

「ああ、それで問題無い」

「それじゃ、全員ISを展開して」

 

 そう言うと、各メンバーはISを展開させる。自分や織斑さん含め、こんなにも専用機がいたら戦術的価値までは行かなくとも戦略的価値までは・・・戦力だけは一個大隊か増強中隊規模かも知れない。補給とか指揮官とかはぶん投げるとしてだ。

 確か黒兎隊ことシュバルツ・ハーゼの隊長が少佐で副隊長が大尉、そして隊の所有するISは三機だったはずなので、数の上ではそうなるだろう。もし、最高指揮官基準で考えたらそれより上の区分になってしまうがこの際ぶん投げる。

 

「よし、それじゃオルコット嬢は自分と円状制御飛翔(サークル・ロンド)を、次は篠ノ之ちゃんとの射撃練習」

 

 その言葉に、嬉しそうに頷くオルコット嬢と篠ノ之ちゃん。

 

「織斑さんはそれまで織斑君と簪嬢の二人で近接の訓練でもしておいて下さい」

「わかった」

 

 織斑君は納得するが、それに反して、少し悔しそうな顔を浮かべる簪嬢。近接戦が苦手なのだろうか?

 

「それじゃ、準備ができたらどうぞ」

 

 そう言ってから飛翔し、アリーナの空中で留まる。左腕には盾を装着、右手には複合式ISカービンライフルを持ってアンダーバレルに取り付けてある擲弾発射器のシリンダーにプラズマグレネードを装填しておく。

 

「それでは……」

 

 そう言って、オルコットが駆るブルーティアーズはこちらに向かう。

 

「待て、セシリア」

 

……が、その前に篠ノ之ちゃんが彼女を引き止めた。

 

「なんですの?」

「1つだけ忠告しておく、岡部先生に勝とうとはするな。」

「どういうことですの?」

「そのままの意味だ。」

 

 訳が分からないといった表情をしながら、自分の前に躍り出る。

そのまま、お互いに向かい合いながら円軌道状に加速する。

 

「先制攻撃はお先にどうぞ、オルコット君」

「紳士ですのね」

 

 そう言いながら、ブルーティアーズはレーザーライフルを撃つ。自分のISのバイザー内のHUDに彼女のライフルの銃口に赤いサイト(クライシスサイト)が表示され、アラームがピッ!と鳴る。間違いなく頭部に直撃するコースだ。それを盾で難なく防御する。

 

「これなら!」

 

 そう言いながら、手足に向けて発砲。手足ぐらいでは装甲で完全に防御出来るが、それでは少し不公平。

 彼女のレーザーライフルが発砲する前に自身の機体の加速を遅くし射線をずらす。

 その後急加速、戻ってきた頃を狙った第二射の射線をずらし、回避する。

 

 それを何回も繰り返し、向かってくる敵弾は回避するか、防御する。

 ついでに回避の練習にもなるように時折エネルギー弾を撒いておく。

 そろそろ、彼女が思う存分射撃を堪能した所で、攻勢に転じる。篠ノ之ちゃん達などの生徒が目白押しだからだ。許せ、オルコット嬢。

 

 まずはカービンライフルのチャージショットを構え、その後の彼女の加速か減速後の進路を予想しつつ撃つ。

 見事、胴部に命中。その後チャージ時間の合間に擲弾発射器を発射、プラズマグレネードは空中で炸裂し、怯ませる。

その後、容赦無く頭部にチャージショットを見舞い、ゲームセット。

 

 規定量のシールドエネルギーを切れたので、そのまま減速し一緒に地上に降りる。

 オルコット嬢は……まあ、落ち込んでいる。

 その様子を見かねたのか、篠ノ之ちゃんが彼女の元に駆けつける。

 

「これが……あの人の実力……」

「そうだ、あれが岡部さんの射撃なんだ……」

「確かに、勝つなんてものではありませんわね。一瞬にしてシールドエネルギーを刈り取られるなんて……」

「だけど、それ相応に実力はつく。モンド・グロッソで各国のISを食い荒らした実力だからな」

 

 と、その後二人は少しだけ雑談に入る。流石に切り上げる為とは言え、やり過ぎだと反省。

 その後の訓練相手を変えつつ、ひたすらに射撃戦や模擬戦に明け暮れるのであった……



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07:IS学園 4月~5月

 その日の晩、門限が過ぎた頃の事だ。自分は織斑君の部屋のドアをノックする。

 

「はーい、今出まーす」

 

 男の声なので織斑だろう、足音が近づきやがて扉が開く。

 

「どちら様ですか……って岡部先生」

「お、丁度いいな。手間が省ける。篠ノ之ちゃーん、織斑君少し借りるわ」

「え!? ちょ、いきなりなんですか!? 岡部さん!?」

 

 来客が自分だとは思わなかったのだろう。バタバタと足音を立てて寝間着姿の篠ノ之ちゃんがこちらに向かってくる。

 

「まあ、男の話って奴だ。勘弁な」

「は、はぁ……」

 

 あんまり釈然としない表情をしつつも首を縦に振る。

 

「そーいうことだ。一緒に散歩と洒落込もうぜ」

「え!? 友兄! もう門限過ぎてるし無理だ!?」

「寮監は自分だからセーフ」

「職権濫用ッ!?」

 

 自身の腕を織斑君の肩に回しつつ、寮の外へと向かうのであった。寮の外へ無事に出ると、織斑君を伴いぐんぐんと歩き、寮から遠く離れたベンチに着く。

 丁度隣に自販機があるので、お金を入れて緑茶でも買うことに。

 

「織斑君はどれが欲しい? 奢るぜ」

「……? じゃあ烏龍茶」

 

 緑茶を取り出した後、更に硬貨を投入し烏龍茶のボタンを押す。

 

「ほらよ」

「サンキュー」

 

 織斑君に烏龍茶を渡した後、ベンチに座る。そしてそのまま突っ立ている織斑君を手招きする。

 

「まあ、隣に座れや」

「……? ああ」

 

 首を傾げるものの、大人しく自分の隣に座る。

 

「訓練の後、クラス代表決定パーティーが学生用ラウンジで行われたんだってな」

「ああ、クラス代表はセシリアに決まったからな。なんでそれを?」

「2年の新聞部の副部長さんが自分にインタビューしてる時にな」

 

 納得したような表情をする。

 

「黛 薫子先輩だったっけ?」

「そうそう、そんな名前の子」

 

 雑談で織斑君の緊張を解いた後、そろそろ本番に入る。

 

「そういやさ……」

「なんだよ? 友兄」

「勝手に推薦されたとはいえ、負けて悔しいだろ?」

 

 織斑君の瞳が揺れた。

 

「でも、相手は代表候補だろ? いくらなんでも数時間操縦しただけの俺が勝つだなんて……」

「嘘を言うな。泣いてるぞ、織斑君」

 

 そう言うと織斑君はすぐさま腕で目元を擦る。だが、袖は濡れてなかった……

 

「カマかけたんだよ。意地っ張りめ」

「なんで? なんでわかったんだ?」

 

 織斑君は不思議そうにこちらを見つめる。

 

「そりゃ、高校時代から自分と織斑君はそれなりには顔を合わせてるし、それに加えて去年いっぱいまでは一緒に住んで、生活しただろ? お互い……ある程度はわかるさ」

 

 一瞬、いつもの茶化し癖で『お互いにえちぃ本の場所も分かり合ってるだろ』と言いかけたが、なんとか踏みとどまる。

 

「じゃあ……なんでそんなカマをかけるなんて事を?」

 

 不機嫌そうに唸りながら聞いてくる。

 

「いいか? よく聞け」

 

 ここから自分の独壇場だ。言わなければならない事がたくさんある。

 

「織斑君、君は今大変な立場にいるんだ」

「立場って……男性操縦者だろ?」

「それだけじゃない。君はあの織斑千冬の弟でもあるんだ」

「そして、篠ノ之姉妹の知人でもあり……」

「この自分の知人でもある」

「君は狙われやすい立場なんだ」

 

 これに織斑君は反論する。

 

「でも、他は他で自分は自分だろ?」

「だが、他のやつはそうは思わんぞ」

 

 この言葉に織斑君は声を荒げる。

 

「なら! 俺が千冬姉達の邪魔だというのか!」

「そうじゃない。誰が君は要らないと言った。誰が悪いとかそう言う次元の話じゃない。これは……運命なんだ!」

「なら……どうしろってんだよ……ッ!」

 

 そう言って、織斑君は項垂れる。

 

「自分も篠ノ之姉妹も、織斑さんもそうだが織斑君……君もこの先険しい運命が待ってるだろう」

 

 織斑君はこちらを見つめる。

 

「だからこそ。ISを……『白式』を君に託したんだ」

「なんでそこでそうなるんだ……?」

「生身では何も出来ない。だが、ISは武器でありツールでもあり……そして、権力とも成り得る。もし君が使いこなせる様になれば……」

「自分の運命を切り拓けるのか……?」

「そうだ」

 

 正確には手を出しにくくなるだけだが……まあ、無いよりはマシだろう。

 

「だからこそ、強くなれ。この世の理不尽に立ち向かえる様にな」

 

 そう言いつつ、自分のISに合図を送る。

 

「でも……確実に強くなるなんて保証は無いぜ……?」

「いや、確実に強くなる。おいで、『白式』」

 

 そう言うと、まずは自分の腕時計が反応し、ついで織斑君のリストバンドが反応する。

 そして、自分のISと白騎士が目の前に現れる。

 織斑君は何故自分の声に白式が反応したのか不思議に思っているのか、自分と白式を交互に見つめる。

 

「ISは搭乗者との息が合えばそれこそ空前絶後の超兵器と化す。一般に適合率が合えばの話だ」

「でも、俺の適合率は『B』、箒に至っては『C』だぞ!?」

 

 これに反論する。

 

「いいことを教えてやる。実はな……」

「織斑君と篠ノ之ちゃんの適合率は『S』なんだよ。これは自分と織斑さんと同じ適合率だ」

「でも! 証拠が……」

「証拠ならある」

 

  そう言うと、白式は勝手に動き出し織斑君の目の前に跪く。

 織斑君が驚く中、自分のISも同様にして跪く。

 

「これが証拠。篠ノ之さん曰く、相性バッチリ……なんだとか」

「これが……」

 

 そう言って、織斑君は白式を見つめる。

 自分は微笑みながら、織斑君の頭に手を置き、撫でる。

 

「ま、運命とか立場とかそんな小難しい事を言う前に男なんだから女や大事な人の一人や二人、いやむしろ全部守れねぇとな」

 

 そう言うと、織斑君も釣られて笑い出す。

 

「そんな漢に鍛えあげるのが友兄の仕事じゃないの?」

「自分の扱きは地獄だぜ? ついていけるか?」

「勿論」

「じゃ、これで話は終わりだ。とっとと戻るか」

 

 ISを待機状態に戻し、寮へと戻るのであった。

 

 寮に帰った後、織斑君とはお別れし、今度はオルコット嬢の部屋に向かう。ドアをノックした後、扉が開く。

 

「どなたですの?」

「どうも、夜分遅くに済みません」

「っ! 岡部先生!?」

「少し、話があるんだ。休みに言ってた報酬の件について」

 

 現れたのは髪を下ろしたオルコット嬢。すぐさま要件を言うとすんなり入れてくれる。

 部屋の中はオルコット宅から持ちだしてきたであろう家具類がならんでいる。一人部屋に希望できる代表候補生ならではだ。

 

「少しお時間を頂ければ、紅茶をご用意致しますけど……?」

「いや、あまり夜の淑女の部屋には長くはとどまらないので、お気になさらず。」

 

 そう言ってテーブルに着く。

 

「それで……報酬は何なんですの?」

「織斑君の力になって欲しい。正確に言えば、彼を鍛えてやって欲しいんだ」

「それはまた……どうしてですの?」

 

 オルコット嬢は不思議そうにする。

 

「あいつが社会に出ても、理不尽に潰されないように教え導くのは教師として当然じゃないのかな?」

「IS実習のみの岡部先生がそう仰られてもあまり説得力は無いですが……まあ、そうしておきましょう」

「そうしてくれると助かる」

「それに……一夏さんはまだまだ強くなられますわ。そう……代表候補生になるまでがむしゃらに頑張っていた私のように……」

 

 そう楽しそうな目で言う。

 

「へぇ、彼のこと……それなりには認めているのか」

「勿論。短時間でブルー・ティアーズのビットをかいくぐった人は一夏さんと貴方ぐらいの物ですわね。」

 

そりゃいいことを聞いた。

そう思って席を立ち、部屋を出ようとする。

 

「そういえば岡部先生」

「なんだい?」

「お父様とお母様からの伝言なのですが……『今度の夏にオルコット邸にいらしては?』とのことですわ」

「……善処はしとくよ」

 

 そう言って部屋を出たのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 職員会議の後、自分だけ教務主事の同僚に呼び止められる。

 

「転校生?」

「そう、中国の代表候補生が少し遅れてここに来るのよ。それでつい先日2組の方に転校するのが正式に決まったんです」

「は、はぁ……で、いつですか?」

「それが……今日なのよ」

「今日!? えらく急ですね?」

「まあ、1年生の寮の部屋自体は代表候補生用の部屋は空いていますし……」

「それで……いつ頃来るんです? その子? 出来れば特徴や名前も知りたいのですが?」

 

 そう言うと、同僚は書類を取り出す。

 

「これが、その子の資料です」

「どうも。報告ご苦労様です」

 

 資料を受け取り、IS実習に向かうのであった。

 午前は2年生を相手にIS実習を無事に行い、授業が終了するとスーツに着替え、ベネックス女史と合流してIS学園の公用車に乗り込みエンジンをかける。目的地は最寄りの空港だ。

 

 空港に着き、警備員に事情を説明して正面エントランス前に一時停車させてもらう事に。自分はそのまま待機して、ベネックス女子が迎えに行く。

 やがて、ボストンバッグを持った小柄なツインテールの女の子をベネックス女史が連れてきて、その子の荷物をトランクに入れた後、後部座席に座らせてからベネックス女史は助手席に乗った。

 

「IS学園へようこそ。凰(ファン) 鈴音(リンイン)さん」

 

 そう言って、車を発進させる。

 発進させて暫くの間はベネックス女史がIS学園内での簡単な説明をしていて、鈴音嬢はそれを真剣に聞いている。自分はただひたすらに運転のみに集中している。尾行している車は無いか、すれ違う車のナンバーは見覚えがないのか、歩行者が不審な動きを見せていないかとの警戒も怠らない。

 ベネックス女史の説明が一通り終わると、今度はミラー越しに自分をちらちらを伺う。やがて、決心がついたのか口を開く。

 

「もしかして……運転している人って……」

「ええ、貴方のクラスの担任の岡部 友章先生よ……」

「嘘……大物じゃない……」

 

 驚いて、口をアングリと半開きになる。

気持ちは分かるが……

 

「ISで学園の男と言ったら……自分と織斑 一夏の二人ぐらいなものですよ……」

「……そうだ。一夏はどの組にいるんですか!?」

 

 ふと、運転しながらそう返すと織斑君の単語に盛大に引っかかる。でもって、遅ればせながら以前、織斑君が言ってた母国に帰ってしまった女の子の話を思い出す。

 

「織斑君は1組にいるよ……そうか、君が織斑君のセカンド幼馴染か……」

「もしかして……昔よく遊んでた千冬さんの友達って……」

 

 自分の言葉になにか引っかかったのであろう。割りとあまり知られていない事実を呟く凰嬢。

 

「その考えで合ってると思うよ、凰さん」

「……なら強い訳だわ……」

 

 一人で何か悟ったように納得して呟く。何か解せない気もするが……

 

「あ、そうそう。折角だから同じ男の立場として織斑君に会う前に一言……」

 

 そう言って、ミラー越しに凰嬢をちらりと見る。彼女は少し緊張した面持ちでこちらを見つめる。

 こりゃ篠ノ之ちゃんと同様に凰嬢も織斑君にホの字ですな……

 

「三年ぐらい前……だっけ? 毎日あなたのお味噌汁を作りますの改変版を中坊成り立ての織斑君が理解できるとは思えないけど……ちょっとかっこつけてマセた感じが仇になってるっぽいよ」

「ウニャー!?」

 

 そう言った途端、彼女はボッ……っと発火するように顔を赤面させ、頭を抱える。

 いやだって、その言葉を正しく理解するのは結構難しいだろ……

 

「まあ……頑張れ? 倍率は結構高いけど……」

 

 そう言って、意味を理解出来ずに首を傾げウンウン唸っているベネックス女史を見ながら、引き続き車を運転するのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 IS学園に到着後、凰嬢を学寮の代表候補生用の一人部屋に案内し、本国からの届いた荷物を確認ないしボストンバッグを部屋に置いた後、学園内の案内に入る。

 まずは学寮周りから始まり、ラウンジや購買、アリーナや教室などを回る。説明はベネックス女史が担当してくれたのでこちらとしては大分助かる。

 

「おや、岡部先生とベネックス先生」

 

 誰かに呼ばれたので凰嬢共々振り向くと、パンツスーツ姿の織斑先生がいる。織斑先生の姿を見て、なにか思い出したのか凰嬢が小さな声でうにゃ、と鳴いた……

 

「ああ、織斑先生でしたか」

「今は……中国の代表候補生の案内かな?」

「そういった所です」

 

 そう言うと、織斑さんは凰嬢の方へ顔を向ける。

 

「そうか……私は隣の1組の担任をしている。織斑 千冬だ……まあ、よく知ってるとは思うがな。凰 鈴音さん」

 

 そう言いながら微笑む織斑さん。凰嬢は誰この人……と言った感じで見つめている。

 

「まあ、クラスが違うから、授業ではIS実習位しか会えないと思うが……よろしく頼むよ」

 

 それでは、引き続き学園内の案内……お願いします。と言って去っていく。

 

「……岡部先生。あの人、ホントに千冬さん?」

 

 信じられない表情で後ろ姿の織斑さんを指す。

 

「君の目には織斑さんがどう写っているのか気になる所だが……いつもどおりの織斑さんだけど……」

「……引き続き案内を頼みます」

 

 今のは無かった事にするらしい……

 引き続き、案内を再開する。ここでベネックス女史と別れ、自分と凰嬢の二人で歩く。今度はグラウンドから各部活の建物についての案内と説明をする。

 

 丁度、剣道場の前に差し掛かった時だ。向かい側から織斑君、篠ノ之ちゃん、オルコット嬢、簪嬢の4人と遭遇する。傍から見たら羨ましい光景じゃなかろうか……

 織斑君と篠ノ之ちゃんは竹刀袋とボストンバッグを持ち、オルコット嬢と簪嬢は投影型ディスプレイを出しながら何やら話し合っている。向こうは距離が遠く、視線がズレていることもあってかこちらには気づいていない。

 

「なっ!?」

 

 その様子をみた凰嬢は絶句し、そして次第に不機嫌な表情になりだす。

 

 うわ……ヤッバ……

 

 不穏な空気をすぐさま感じ取り、凰嬢の肩を叩き、そっと彼女に耳打ちする。

 

「言ったろ? 三年前の告白の意味を分かれというのが酷な話だ。許してやれ……」

「それよりもッ! ……あの娘達は誰なの!?」

 

 フーッ! フーッ! ……と向こうの恋敵(?)に威嚇しつつ答える。

 

「あいつらか? 織斑君の隣にいるのがファースト幼馴染の篠ノ之 箒で、後ろにいるのがイギリスの代表候補のセシリア・オルコット。で、その隣の眼鏡型の携帯用投映ディスプレイをかけてるのが更識 簪」

 

 そう答えた途端、一気に駆け出す。それとほぼ同時に自分も飛び出し後ろから羽交い締めにして抑える。

 

「フシャー! フシャー!」

「あーもう……! 分かった分かった。浮気現場を発見したからってそう怒るな。な?」

 

 落ち着いたのか凰嬢は羽交い締めにされたまま、首を自分の方に回す。いつもの四人は剣道場に無事に入って行った。

 

「じゃ、どうやってあの中に入れって言うのよ……」

 

 心なしか少し涙目で問いかける。まあ、心中は察せるけど……

 

「……しょうがないな。手伝いましょうか……」

「ホント?」

 

 涙目で問いかける凰嬢。

 

「範疇に入るかどうか分からんが、生徒の声に答えるのが教師ですしなぁ……出来るだけ手伝ってみようか……」

 

 ここでふと、もしオルコット嬢と簪嬢も一夏に惚れたらと考えてしまう……うん。

 

 修羅場じゃねーか!!

 

 まさかな……

 

 そこまで想像した所で、涙目状態から復帰した凰嬢。そのままプイと顔をこちらから背ける。

 

「……ありがと」

「まあ、ドンドン青春しろよ」

 

 そう言って羽交い締めの状態を解き、自分についてくるように指示する。

 凰嬢は大人しく指示に従い、ついてくる。そのまま剣道場内に入り、いつものメンバーがいるところに足を運ぶ。そこには丁度、頭の防具を着けようとする織斑君と篠ノ之ちゃんの姿と、その様子を観戦しているオルコット嬢と簪嬢の姿があった。

 

 そして、織斑君に一言。

 

「おーい、織斑君。転校生にセカンド幼馴染が来たぞー」

「え? 鈴が来たのか!?」

「私の他に幼馴染……だとッ!?」

「あらあら……」

「……もしかして修羅場?」

 

 騒然となる中、自分はそっと物陰に隠れていた凰嬢を彼女自身が着ているIS学園の制服の衿台を持って引っ張りだし、背中を押す。

 背中を押された凰嬢は勢い余って織斑君の前に出る。

 その様子を自分は生暖かい目で見ているのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 月、水、金曜の放課後にアリーナで行われる、織斑君達と愉快な仲間達との訓練は凰嬢を迎えたことにより更に激しくなっていた。

白式、打鉄のキメラ機、ブルーティアーズに、打鉄弐式……そして凰嬢の専用機甲龍(シェンロン)の生徒機。

 

 そして、暮桜弐式と自分のISの教官機。

 お互いに並んで向かい合うとすごい壮観である。

 

「よーし、今日の訓練はどうするんだい?」

「まさか何も考えてないだろうな……」

 

 気楽に織斑君達に尋ねる自分にニヤニヤ笑いながら問いかける織斑さん。

 

「はい! 友章、射撃がしたいです!!」

 

 勢い良く手を挙げる。織斑君。

 

「一夏さん! そう言って、前回も前々回もマニュアルでの射撃をしたではありませんか! 今度は岡部先生は私と踊っていただくのですわ!」

 

 そう言って拗ねるオルコット嬢。

 

「待て、セシリア。ただ単に円状制御飛翔(サークル・ロンド)で回避と射撃の両方を練習したいだけではないか……今回は模擬戦で岡部さんと千冬さんに自分の実力を見せたいんだ」

 

 そのオルコット嬢の言葉に反応し、突っかかる篠ノ之ちゃん。その三人がガヤガヤと言い合いになる。その隙に、打鉄弐式がPICで音を立てないように超低空移動でこちらに寄ってくる。

 

「……あの……織斑先生と岡部先生のお二人に……マルチロックシステムの改修と……山嵐の調整が……したいのですが……よろしいですか……?」

 

 上目遣いでこちらを見つめる簪嬢。これに篠ノ之ちゃんが気づき……

 

「あ!! 簪、ずるい!」

「簪もなのか!?」

「簪さん! 抜け駆けは禁止ですわ!」

「だって……箒ちゃん達が……中々決まらないから……」

 

 そう言って、簪嬢が言い合いに加わる。

 最初はオドオドしてばかりだが、一ヶ月も経てばまあまあ慣れるようである。

 

「フフフ……なら今回は私が岡部と模擬戦でいいな?」

 

 そう言って、自分を見つめる織斑さん。

 

「……千冬さんってこんな人だっけ……って、違ーう!! まずは私と岡部先生との模擬戦でしょう!!」

 

 しばし、その様子を呆然と見ていたが、やがて復活し自分に詰め寄る凰嬢。

 それを見た織斑さんが一言。

 

「別にブリュンヒルデである私でも……構わんのだろう?」

「丁重に岡部先生との模擬戦の権利を差し上げます……」

「フフ……身をわきまえてる娘は……私は好きだぞ……」

 

 即座に平伏する凰嬢に何やらサディスティクな視線を向ける織斑さん。どうも、この上下関係は覆そうに無さそうだ……

 

「全員意見をまとめてないので、全て却下します。それにしても模擬戦かー……それもいいかな。」

「模擬戦なら私とだよな!? な?」

 

 織斑さん詰め寄らないで下さい……

 

「勿論、私ですよね? 岡部さん!」

 

 篠ノ之ちゃんは笑顔で言わないで……

 

「……私のミサイルラッシュ……興味ありませんか?」

 

 簪嬢は上目遣いをやめて……

 

「私と踊って下さいまし……」

 

 オルコット嬢はダンスを誘うように手を差し伸べないで……

 

「甲龍の実力を見せてやるわ!!」

 

 凰嬢は意気込まないで下さい。

 

「友兄! 男同士なんてのも、悪くないよな?」

 

 織斑君は期待に満ちた目を向けないで。

 全員の視線を一手に受ける自分。

 

「……いつから自分対誰かになるといった?」

 

 唖然とする一同。

 

「普通は生徒同士で模擬戦して経験値貯めてから教官だろ……なので、今日の模擬戦第一回戦は篠ノ之ちゃんとオルコット嬢ね」

「え?! セシリアさんとですか?」

「箒さんと……ですか……」

 

 突然の指名に驚く二人。……残りはこっち見ないで……

 そして、二人は渋々模擬戦の準備をする。

 

「そういえば、セシリアとは初めてだな」

「言われて見れば……そうですわね」

 

 お互いに近接ブレードとレーザーライフルを構える。

 

「準備はいいかい」

「大丈夫だ」「よろしいですわ」

「それでは、開始ッ!!」

 

 自分が声を張り上げ、模擬戦が開始される。

 まずはオルコット嬢のレーザーライフルの銃口が光るが、その前に篠ノ之ちゃんはブーストを噴かして射線を外れ、回避する。その後素早く納刀し、瞬時にアサルトカノンを量子変換で取り出して撃つ。近接ブレードをちらつかせていたのはブラフのようだ。

 

「甘いッ!!」

 

 アサルトカノンの銃弾に気づいたオルコット嬢は急いで射線から離れるが、片足に被弾。シールドエネルギーが減少した。

 

「クッ……なんて切り換え速度なんですの!?」

「クイックドローはお手の物さ」

 

 その後、射撃戦に以降する。アサルトカノンとレーザーライフルによるシールドエネルギーの削り合いだ。

 両者共にシールドエネルギーが規定の5割を切ったところで、オルコット嬢はビットを1つだけ展開して篠ノ之ちゃんに張り付かせる。

 

「そのような物、叩き落とす!」

 

 それに気づいた篠ノ之ちゃんは一気にブーストを噴かし、ビットを叩き切ろうとするが、オルコット嬢のレーザーライフルがそれを阻止する。

 

「あらあら、私を忘れてもらっては困りますわ」

「ビット1つだけとは……少し相手を舐めているのではないか?」

 

 そう言って、反動の強いアサルトカノンから反動がマイルドなアサルトライフルに切り替えて、突撃。しかし、オルコット嬢の専用機、ブルーティアーズに対し加速性能に劣っている打鉄では追いつけない。

 

「何!? ビットを使用している時は動けないはずでは!?」

「それはビットを多く、そして同時に動かしている時ですわ」

「……クッ! しまった……」

 

 そう言うと、すぐさま回避行動に移るが、背後からビットがレーザーを放ち、その内の一発が打鉄の背中に命中。シールドエネルギーを持っていかれる。

 

「ほらほら……私からの攻撃もありますわよ?」

 

 サディスティクな視線を篠ノ之ちゃんに向けながら、ビットとの連携で十字砲火を浴びせる。

 篠ノ之ちゃんも回避に集中しなければならなくなり、中々反撃できない。

 

「これは……かなり、厄介だな……ッ!」

「それでは、ここで終わらせましょうか。」

 

 苦しい表情で呟く篠ノ之ちゃんに宣告を下すオルコット嬢。残りの3つのビットを展開し、更に濃密な十字砲火を形成させる。更に用心深く、ミサイルビットもその周囲に展開し、二重の構えをとる。

 

 その時、篠ノ之ちゃんは不敵な笑みを浮かべた……

 

「それを待っていた……ッ!」

 

 そう言うと、即座にIS用の多目的ロケット擲弾発射器を構え、オルコット目掛けて撃つ。

 こっそり時限信管でも調整したのか、篠ノ之ちゃんのすぐ前方で起爆。篠ノ之ちゃん自身もシールドエネルギーを削りつつも、残りの容量がミリ残りの状態で耐える。

 

 そのかわり、これに耐え切れなかったビットやミサイルビットが撃墜される。

 

「そんな……信じられない……!?」

「これで、終わりだ!!」

 

 そう言ってオルコット嬢に向けて近接ブレードで吶喊。

オルコット嬢はビットの操縦に神経を集中させたため、なにも出来ない状態だ。

 近接ブレードの切先は確実にブルーティアーズを捉えそして……

 

「シールドエネルギー切れでダウン判定。よって勝者……セシリア・オルコット!!」

 

 自分はディスプレイで二機のシールドエネルギーの容量を確認しそう告げた。

 

 切先がブルーティアーズを貫く前に、奇跡的に生き残っていたビットが最後の力を振り絞りながら、自らの推力と引き換えにレーザーを放ち、打鉄に命中したのだ。

 

 オルコット嬢の意地が、自身を勝利に導いたのだ。

二機は地上に降りる。

 

「……無念だ……クッ!」

「……今回は運が良かっただけですの……」

 

 二人共々衝撃だったようで、悔しそうな顔をしつつ、うなだれる。

 

 しかし、自分と織斑さんは拍手を二人に送る。

 他の生徒達も拍手を二人に送る。

 

「大変いい勝負だったぞ。篠ノ之、オルコット」

「篠ノ之ちゃん、専用機持ちの代表候補生相手によく頑張った。あと一歩の所まで追い詰めたじゃないか」

 

 その言葉を聞いて、二人はとても驚いている。

 

「岡部さん…… 本当ですか?」

「ああ、腕を上げたね。篠ノ之ちゃん」

 

 そう言って頭をポンポン、と優しく叩いてから、軽く一方向に撫でる。

 

「……! ありがとうございます! 岡部さん!」

 

 悔しそうな顔から一転、パァ! と華が咲くように笑顔になる。

 

「……私はどうなんですの?」

 

 少し拗ねた表情でこちらを伺うオルコット嬢。

 身内ばかり相手にしてるのがあんまり気に入らない様子……そりゃ当たり前か。

 

「勿論、油断せずにしっかりとトドメをさそうとする姿勢も良かった。そして、何よりも諦めずに生きているビットを探し出して咄嗟に一撃を加えたあれは……長い事その機体に乗らないと中々出来ないことだ……今回の模擬戦は良かったぞ。よくやった、オルコットさん」

「……はい! そう言って貰えて、とても光栄に思いますわ!」

 

 そう言って誇らしげにするオルコット嬢。

 

「篠ノ之とオルコットは休憩! 次! 織斑君と凰さん!」

「織斑君と凰さんは休憩! 次は……やっぱ希望通り自分と簪さんでいこうか。あ、織斑さん、補助頼みます」

「次は織斑君とオルコットさん。30分間、円状制御飛翔(サークル・ロンド)!」

「次! 篠ノ之さんと凰さん!」

「二人共お疲れ様。 最後に……織斑さん……やりましょうか?」

 

 こうして、今日の放課後の訓練は過ぎていった……

 

   ■   ■   ■

 

 寮の自分の部屋にはちょくちょく来客が来る。今晩もまた……誰かが自分の部屋をノックする。

 

 ……と、ドアを叩く音がしたのでそんなモノローグを思い浮かべながら、ドアを開ける。

 

「友兄! ゲームしようぜ!」

 

 同じ男同士……というか貴重な男子なのか織斑君がよくこっちに遊びに来る。やはり年頃の女の子と一緒だと精神が張り詰めるのだろうか……

 

 篠ノ之ちゃんやオルコット嬢に簪嬢、さらにはつい先日凰嬢までも加わり、彼もそれなりには苦労しているようだ。

 

 織斑君は主に遊び目的か、篠ノ之ちゃんの入浴時の避難先として自分の部屋をよく利用する。

 この時間に来たということは篠ノ之ちゃんの入浴時なのだろう。

一通り二人でゲームをして遊んだ後、織斑君は部屋から出ていった。

 

 しばらくすると誰かがドアをノックする。ドアを開けると……

 

「ちょっと聞いてよ岡部先生!!」

 

 つい先日IS学園に転校してきた凰嬢である。

 転校初日にあんなことを言ったおかげかすっかり凰嬢専属の相談役になってしまっている。

 ちなみに2組での彼女はマスコット的キャラ……ぶっちゃけ愛玩動物として愛でられています。愛玩動物として愛でられつつも、面倒見が良く、ちょくちょくIS実習で他の生徒のフォローに回ることがある。流石代表候補生……

 

 余談だが、オルコット嬢は理詰め過ぎて、篠ノ之ちゃんは感覚的過ぎてダメでした。

 

 その為なのか、なぜかクラス代表はみんなを引っ張ってくれる凰嬢の方がいいという声が挙がり、クラス代表自身もそれに賛成の為見事(?)クラス代表に選ばれたというね……

 そういった出来事を思い浮かべつつ、凰嬢を部屋に上げ、冷たいお茶を出す。

 

「で、今日は何があったんです? 凰さん」

「そうよ! 聞いてくれる! 一夏ったらね……」

 

 今回は相談ではなく、愚痴のようだ……

 こういった感じに相談とは別に、一夏への唐変木に対する愚痴も行なっている。

 なぜこうなったかと言うと、最初の相談で「すぐカッとなって一夏に手をあげてしまうんだけどどうすればいいんだろ……岡部先生……」という相談に対して……

 

「ストレスの捌け口として誰か気の利いた人に愚痴ればいいんじゃないかな?」

 

 と、答えた所、凰嬢の愚痴の聞き役に決定した。

 教師だし可愛い生徒の頼みなんだからいいよね? ……って言われると反論出来ぬ……

 やがて、今日の愚痴から始まり、次第に昔の話の愚痴にまで発展した凰嬢の愚痴は一通り言い終えると一時終わりを迎える。

 

 ……一度だけ、「もう直接どう考えても曲解できない位ドストレートな言葉で告白したらいいんじゃないかな?」と尋ねた事があるが答えとして返って来たのは凰嬢の赤面した顔である。

 

 凰嬢も篠ノ之ちゃんと同じタイプですか……

 

 そう面倒臭く思ってしまった自分をどうか許してほしい。

 

「……ふぅ、なんだか胸がスッキリしたわ。ありがと、岡部先生」

「ああ、別にいいよ」

 

 お茶の入ったグラスを飲み干し、スッキリとした顔になった凰嬢。

 

「また、何かあったら頼みますねー岡部先生ー」

 

 そう言って、部屋を出ていく凰嬢。教師って……大変なんだね……

 そう思いながら、グラスを洗い乾燥機に入れるとまたノックが……開けてみると……

 

「岡部先生、夜分遅くに失礼しますわ」

「岡部さん、遅くに失礼します」

 

 篠ノ之ちゃんとオルコット嬢が、二人共お風呂上がりで色っぽいです……

 

「ん? なんだい?」

「明日の休みなんですけど……買い物に付き合ってくれませんか?」

 

 そう尋ねる篠ノ之ちゃん。

 

「いいけど……オルコットさんは?」

「私も箒さんと同じですわ」

 

 そう答えるオルコット嬢。しかしふと疑問が浮かぶ。

 

「そりゃ、いいけど……荷物持ちなら織斑君がいるんじゃないの?」

 

 そう言うと篠ノ之ちゃんは呆れ顔で言う。

 

「当の一夏は、『今度の休みは友人の飯屋に行って来る』……だそうだ」

「うーん……学生なら連絡橋のモノレールでも問題ないけど……荷物もあるだろうしなぁ……」

「ですので、岡部先生にエスコートをお願いしたいのですの」

 

 自分の言葉に同調するかのように喋るオルコット嬢。

 

「……仕方がないな……わかった。ミニバンで良ければいいけど?」

「ありがとうございます! 岡部さん!」

「助かりましたわ! 岡部先生」

 

 そう言って、いつ頃出発するのかを自分に告げてから自室に戻っていった。

 その後、シャワーを浴びてバスタオルで体を拭いている時にまたドアがノックされる。大声で少し待ってもらうように言うと、急いで拭いて寝間着に着替え、ドアを開ける。

 

「岡部……一緒に私の部屋で飲まないか?」

 

 自分の姿をマジマジと見ながら織斑さんがお酒を勧める。

 

「すいません。明日、用事で車に乗るんで……」

「……そうか……済まなかった……」

 

 そう言って、ションボリしながら隣の自室に戻る織斑さん。ゴメン、明日の買い物ついでに何か買いますからね……

 織斑さんの背中を見つめながら、そう堅く決心するのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 次の日、朝早く起きて、自身のISに織斑君の監視を命じた後、出かける用意をしてそれが終わる時に丁度、ドアがノックされるので開けるとそこには私服姿の篠ノ之ちゃんとオルコット嬢と凰嬢が……

 

「あれ? 凰さんも一緒に行くのか」

「話が早くて助かりますわ岡部先生」

 

 そう言って、そのまま寮を出ていき、教員用の駐車場へと向かう。

 そして、自分のミニバンへと向かい、ロックを外す。

 

「前から順に二席、二席、三席のシートなんでご自由にどうぞ」

 

 そう言うと、三人共同時に助手席のドアノブに手をかける……

 

「む」「あ」「あっ……」

「あ、いつもの癖でつい……」

 

 篠ノ之ちゃんが申し訳無さそうにする。

 

「あ……あたしは前のほうが好きだから……」

 

 凰嬢は動揺している。

 

「あれ? オルコットさんが助手席に座りたいだなんて……?」

 

 ふと、疑問が湧いたので呟く……

 

「……実家だと、いつも後部座席のみだったもので……」

 

 思わず三人共「なるほど……」と、言ってしまう。流石お嬢様……

 

「な、ならセシリアに譲ろうか……それでいいだろ? 鈴」

「え、ええ。そうね……私達は真ん中の二席に座るわ」

「あ? ありがとうございますわ……?」

 

 そう言って、後部ドアを開け、真ん中の二席に座る。運転席の真後ろの席が篠ノ之ちゃんで、その隣が凰嬢。

 その後、自分はドアを開け、運転席に座る。最後にオルコット嬢は恐る恐るドアを開け、助手席に座る。

 

「お、おじゃまいたします……」

「まあ、そんな固くならずに……あ、ドア閉めて」

 

 そう言われて、ドアを閉める……が弱すぎで半ドア状態になる。

 

「えーと……もっと強く」

「もっと強く……ですか?」

 

 そう言ってもう一回助手席のドアを開けて、閉めるが気を使っているのかまた半ドアになる。

 篠ノ之ちゃんと凰嬢は半ば呆れ顔である。

 

「……しょうがないね。うん」

 

 そう言って運転席から身を乗り出し、うつ伏せ状態でオルコット嬢の膝の上に上半身を載せてから、ドアを開けて……閉める。その 後、ロックをかけてから起き上がる。

 

「うう……申し訳ありません。岡部先生……」

「まあ、しょうがないよ……ちょっとした……カルチャーショックのような物だし。」

 

 顔を赤くしながら恥じらうオルコット嬢……

 一方篠ノ之ちゃんと凰嬢は「これが本物のお嬢様……!!」と戦慄している。

 

「……で? 目的地はどこなんだい?」

 

 その言葉に「あっ……」と我に返る三人娘。

 

「そうですわね……『レゾナンス』なんてどうでしょうか?」

 

 あの超大型複合施設か……まあ、買い物にはぴったりだね。

 

「そうね。アタシは賛成」

「異議なし」

「わかった、なら出発」

 

 超高性能伊達メガネのナビゲート機能を起動し、車のエンジンをかけて出発したのであった。



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08:IS学園 5月

 ゴールデンウィーク中盤の朝のことだ。唐突に織斑君がやって来た。

 

「友兄! 遊びに行こうぜ!!」

 

 ドアを開けた途端これである。

 

「……篠ノ之ちゃんや凰さん、オルコットさんに更識さんとかのメンバーに頼んだら?」

「俺は友兄と一緒に遊びに行きたいんだ!」

 

 女だらけの生活に嫌気が差したのだろうか……その辺の男が聞いたらしばき倒されるレベルの発言をする。ついでにうちの生徒が聞いたら……お察しください……

 

「五反田君の所に遊びに行ったんじゃないの?」

「遊びには行ったんだけど……ほら? 高校生の行動範囲と資金だから……」

「男同士でバカやるにはまだまだ物足りないから、車が使える大人の自分に頼んだ……と」

 

 コクリと織斑君は頷く。

 

「うーん……じゃあドライブにでも行くか」

「サンキュー! そう来なくっちゃ!」

 

 そう言って、男二人で日帰りドライブの旅が始まるのである。IS学園の方は警備もそれなりにあるし、そこまで問題もないだろう。

 

「服着替えるから、織斑君はその間にどこに行くか考えといてー」

 

 自室のPCを指さしながらそう言う。セキュリティや個人データのロック等は万全なので何も問題は無い。そう言われるやいなや、PCの前に座り場所を検索する織斑君……着替えを終えて、PCの画面を覗くと……

 

「ん? 日帰り温泉……」

 

 思わず、首を傾げる。織斑君ってそんな趣味があったのか……なんというか……古風だなぁ……

 

「ここでいいだろ? 友兄。 IS学園じゃあ大浴場が使えないしさ」

 

 そう言われて、やっと納得する。確かに、大浴場が使えないので手足を伸ばしてゆったりと湯船に浸かる事はここでは出来ない。

 

「うーん……いいんじゃないかな?」

「だろ? ちょくちょく寄り道しながら言ったら良い感じの時間に着くしさ」

 

 こうして、これ以降ちょくちょく織斑君とのドライブが行われたりするのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 今更ながらIS学園は若い娘が多い。

 学生の話ではなく、教員の話でだ。

 

 特にISに携わっている人は基本自分の年齢位な人がほとんどである。多くても(?)三十路前しかいない。で、今年度最初の給与が貰えて今、教員達は懐が暖かい状態である。しかも、今は某大型連休。

 

 つまりはどういうことか……

 

 二日酔い覚悟の飲み会が始まる訳である……と、言うわけで今晩、夜勤が入ってる教員や警備員以外は皆、街に繰り出している。織斑さんもそのメンバーの一人だ。

 働き始めてまだ一ヶ月ではあるが、どうもIS学園はまだまだ教員の数が全体的に足りないような気がする。とりわけIS関連の教員が足りない。なんだよ、自分の平日の午前のIS実習と午後IS実習全部埋まってるじゃねーか。IS実習は二時限連続で約3時間の授業だよ……。ヘタすれば午後は大学部の実習とかもあり得るので、それ以上……三時限、およそ4時間半もありえるしさ……同じISの実習教員仲間の織斑さんとお互いにそう愚痴るのは珍しくない。

 

 いやね? 自分と織斑さん、IS学園に所属している大半の元国家代表や代表候補の皆さんとかは博士課程やそれに準じる資格・試験なんかをパスしてないから普通の授業とかはやれないんだけどね……

 いくらなんでも、IS実習に関しては我々に丸投げと言うのもなんだかなぁ……教育計画を決めるだけ決めて丸投げは……

 計画自体は良いんだけど、もう少し在籍しているIS実習教員のバイタリティも考えて欲しい所。今の所無駄にバイタリティの高い自分と織斑さんがダウンした先生の代わりを務める事で延滞する事なく進んでいるが、その人外二人だって休みぐらいは欲しいのだ。

 

 今度、楯無嬢経由でIS学園の上層部に伝えておくか……? うん絶対にしよう、そうしよう。

 

 とまあ、愚痴はそこまでにしておいて置くことにして……ところでそんな中、自分は何をやっているのか?

 

 ふつーに寮監やってますが何か?

 

 第一、女だらけの飲み会で一人だけ男が混じるのを想像するだけで嫌な予感しかしない。そう断言できる。

 それにお酒は一人で飲むのが好きなんだ。理由? 酔うと重度の寡黙になるから。この自身の酒癖も相まって、どうもIS学園の教員達と一緒に飲む気がしない。一緒に行ったらまた変な噂出そうだなぁ……

 

 と、何気に飲み会に行けないことを悔しく思う自分に情けなく思いながら。自室で過ごす。

 

 消灯時刻を過ぎた辺りで唐突に電話が鳴る。無視する理由もないので受話器を取った。

 

「もしもし?」

「ああ、やっと繋がった……岡部だな」

 

 声から判断して相手は織斑さんのようだ。

 

「そうですけど? 何か用ですか?」

「まあ、その……なんだ……迎えに来てくれないか?」

 

 少しバツの悪そうな声色でそう話す。

 

「ミニバンで良ければいいですけど?」

「なら頼む。場所は……」

 

 そう言って、住所を教えてくれた。

 早速、自身のISにこの周辺の警備・警戒を命じた後、ミニバンに乗り込み、IS学園を出る。

 織斑さんが指定した場所に向かうと一軒の居酒屋とそこに涼しげな表情でこちらに手を振る織斑さんがいた。彼女に寄り、窓を開ける。

 

「で、誰がダウンしてるんですか?」

「山田君にベネックス君、あとは数学教員のエドワース先生だ」

「そうですか……織斑さんは車で休憩がてら、待ってて下さい」

「そうか、悪いな」

 

 で、車から降りて居酒屋に向かうとベロンベロンに酔いつぶれた三人が……

 流石に織斑さん一人で三人は担げないわ……と一人納得したところで声をかける。

 

 まずは山田さん。

 

「山田さん、帰りますよ」

「ふぇ? 織斑さん? 流石に男らしくてもホントに男になっちゃらめぇれすよぉ……」

 

 実際に当の織斑さんが目の前に居たら即、拳骨をくらいそうな事を言いながらも素直に担がれてくれた。そのまま、車のドアを開けて後部座席にでもブチ込んでおく。

 ついでに織斑さんは助手席にいた。

 

「あれ? 織斑さんは助手席?」

「そうだが……なにか?」

「いや、特になんでも」

 

 そう言って、次の酔っぱらいを回収することにする。

 次はベネックス女史。

 

「ベネックス先生。帰りますよ。」

「あうっ、もう食べられないですぅ……」

 

 寝言じゃねぇんだから……内心でそうツッコミながら以下略。

 正直山田さんの方が役得でした。

 

 で、最後にエドワース先生。

 

 

 以下略。

 

 

 こうして、酔っぱらい三人を後部座席に無事にぶち込み、車に乗り込むことに。

 

「済まんな。わざわざタクシー紛いな事をして」

 

 隣の助手席に居座っている織斑さんがお礼を言う。 

 

「いえいえ、最近色々と物騒ですしむしろガンガンこき使ってくれても構いませんよ」

「そうか……優しいんだな」

 

 やけにしおらしいが多分酔ってるんだろうな。

 その後は特に会話もなく、そのまま問題無くIS学園に到着。

 三人を叩き起こすまでは良かったが、いきなり自分がいることに驚いたようで、なんとか落ち着いて貰って、事情を説明する事でなんとかなった。

 その後、彼女達は無事に寮に戻っていったのだが……

 

「……」

「で、どうしよ……」

 

 目の前には助手席ですぅすぅと寝息をたてながら眠る織斑さんの姿が……

 

「しょうが無い……」

 

 仕方がないので織斑さんを起こさないように慎重に身体に腕を回し、横抱きにする。

 そのまま足で車のドアを閉め、キーボタンでロックをかけてから、学寮に戻っていったのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 5月のゴールデンウィークが過ぎ、授業が再開される。

 またいつものように、ISを纏い高等部の各学年の生徒達や学部の生徒達相手に授業をする日々の始まりである。それにしても、月曜から金曜までのいづれの日も午前と午後はみっちり授業が入っているので大変だ。

 それに加えて2組のホームルームや各生徒の成績付けなども加わっているので、ベネックス女史のサポートが無ければ到底やっていけないだろう。ホントに、彼女には感謝感謝。

 

 さて、5月のメインイベントといえばクラス対抗戦が挙げられる。

 文字通り、各学年のクラス代表同士で試合をするという物だ。

 アリーナでISを用いて闘い、規定量のシールドエネルギーを先に減らしたほうが勝ち、という単純なルールだ。通常はクラス代表と言えば大抵は代表候補生などがなることが多いが、代表候補生は数が少なくそれに加えて大抵は1組か2組に流れてしまうことがよくあるので、3組や4組のクラス代表は一般の生徒が担当することが多いけど……その一般の生徒と言っても、中学やそれ以前にISでの教習を受け、代表候補生には劣るもののそれなりに扱える生徒である。

 

 だがしかし、流石に一般生徒と代表候補生とではまずいので、その時にはハンデとして代表候補生には規定量の半分のシールドエネルギーが減った時点で敗北としている。性能や専用武装によってはさらにシールドエネルギーの量を差っ引いていく予定だ。これなら、一般の生徒との技量差も少しは縮まってくれるだろう。

 

 ……で

 

「今月のIS実習はクラス対抗戦を視野に入れて、教官とクラス代表との一騎討ちでの模擬戦をやりたいと思います」

 

 ISスーツを着た1組や2組の生徒が整列する中、そう自分は宣言する。事前に織斑さんや各副担任には話を通してあるので、特に異論は無い。

 

「1組や2組のクラス代表は自分の実力の再確認と共に、相手の偵察も兼ねることが出来る。それに加えて衆人環視の中での模擬戦だ。この機会をどうするのかはお前等次第だ」

 

 織斑さんが補足するように、説明をいれる。そう、自分はこれが狙いで、この提案をしたのだ。

 お互いの敵や多くの生徒がいる中での模擬戦。全力を出せば、相手に自分の力量がバレるし、多くの生徒の目が自分を見ていることを自覚すると緊張で途端に自分の実力が出せない……なんて事も考えられる。将来、モンド・グロッソ出場を目標に掲げているのならこれぐらいで緊張することは許されない。

 

 そんな中、織斑君が手を挙げる。

 

「ん? なんだい?」

「でもさ、岡部先生。うちのクラス代表はセシリアと鈴だぜ? お互い放課後の模擬戦とかやってるじゃないか」

「まあ、一応そういうカリキュラムになってるんだ……1組2組はそうでも他は違うからな。今月はこういう内容だからしょうがない」

 

 織斑君の質問にそう肩を竦めながら答える。今まであたかも自分が発案したような言い草だったが、実際の所はこれが真実。そういう建前というかカリキュラムなんだ、気にするな。

 

「あっさりバラすなぁ……」

「ま、模擬戦の後は普通のIS実習をやるから。……そういうことで他の生徒は各クラス代表の試合を観戦してそれをレポートにまとめること。期限は今週末までだぞ、いいね?」

 

 1組2組の生徒達はハイ、と了承する。

 

「で、組み合わせなんだが……セシリアさんは織斑先生と、凰さんは自分と模擬戦をやってもらいます。いいですね?」

「問題ありませんわ」

「問題無いわ」

 

 凰嬢とオルコット嬢の両者共に了承した。

 

「では、山田先生とベネックス先生には観戦中の生徒さんに解説なり説明など頼みますね。」

 

「はい、わかりました」

「ええ、わかりました」

 

 二人も問題無く了承する。

 

「それでは、生徒さんは移動を始めてね。クラス代表は模擬戦の準備を頼みます」

 

   ■    ■   ■

 

「それでは、解散。しっかり休息はとるんだぞー」

 

 号令をだすやいなや、蜘蛛の子を散らすように去って行く生徒達。その後残ったのはいつものメンバー、なぜならば今日の放課後は補習を称した織斑君と篠ノ之ちゃんとその他代表候補生達の訓練の時間だからだ。担当教官は自分と織斑さん。今更な話だが、こんな事ができるのは1組2組の担任という肩書きがあるからこそ出来る荒業である。

 各自、自身のISを既に展開しており皆ヤル気の高さを表している。

 しかし、オルコット嬢は少し落ち込み気味で、凰嬢に至っては何故かプルプルと震え気味である。まだ、さっきの授業の模擬戦の事を気にしてるのかね? なんだかんだ放課後の訓練をやってはいたけど、凰嬢と直接模擬戦するのは初めてだったし。

 

「で、今日の補習はどうするんだい?」

 

 そう尋ねた時であった……

 

 吼えた。

 

 凰嬢が……

 

「ちょっとまった! これだけは聞かせて!」

 

 ビシィッ!! っと指をさして尋ねる凰嬢。余程聞きたい事があるのだろう。模擬戦直後から何かそわそわとしていた様だし。

 

「なんだい凰さん? 答えられる範囲内ならいいけど?」

「なんで甲龍の龍咆を初見で避けれるのよ!?」

 

 ああ、その事か。

 中国の誇る第三世代型IS甲龍(シェンロン)。近接攻撃と機体自身のパワーに重みを置いた機体。見た目も両肩の非固定浮遊部位(アンロックユニット)に棘付き装甲(スパイクアーマー)を持っているからかどこと無く攻撃的な印象を与える。そして、その肩部の非固定浮遊部位には対中距離・遠距離用に衝撃砲・龍咆(りゅうほう)を装備している。片方に一門、もう片方に一門で計二門だ。

 龍咆の特徴はなんといっても発射直前時、発射炎(マズルファイア)やレーザーなどに生じる高エネルギー反応などが生じない点にあるだろう。これにより、近接攻撃をちらつかせの間接攻撃や不意打ちなどを取ることを可能とし、また通常兵器に比べて回避しにくいという側面もある。

 

「……あー、長年の勘?」

「絶対嘘だ!?」

 

 ごめんなさい。実は発射直前に直撃コースならISが龍咆の銃口の赤いサイト(クライシスサイト)を表示させて警告してくれるんだ……うちのISは射撃狂というか射撃に偏執しているので、とりわけ射撃系の補助に関してはピカ一なんだよ。だから、相手の銃火器・火砲に関してはこっちで着弾地点を予測できるんだ。次点では射撃・操縦の補助とかあるけど、これは置いといて……どう誤魔化そうか?

 

「いや、だって見越し射撃とかは目線とかで大体わかるでしょ? それに、君も偶に『これはくらう……!』って思う時があるでしょ? それと同じような物だよ。」

「グググ……反論出来ない……けど、実際にそんな人間離れした事なんて……」

 

 悔しそうにしながら、凰嬢はふと織斑さんを目が合う。目があった織斑さんはキョトンと首を傾げる。

 

「確かに、ISの補助もあればアタシでもいけるかも知れない……」

「少し待て、凰。何故私を見て納得した?」

「キノセイデス」

 

 織斑さんなら生身でもイケると思ってしまったのだろうか? 凰嬢……

 怪しげに凰嬢を見る織斑さんに、必死に視線を逸らす凰嬢。流石に、可哀想なので助けてあげよう。

 

「まあまあ、とりあえずは相手に悟られないように立ちまわるしか無いと思うけど、その辺はひたすら戦闘経験を重ねるしか無いと思うよ」

「うう、そうですか……ありがとうございます」

「あ、そうそう。織斑先生はどうでした? セシリアさんの方は?」

「つ、次は私ですの!?」

 

 織斑さんは怪しげに凰嬢を見ていたが、即座に視線をこちらに向ける。その様子に凰嬢はホッとした様子。どんだけ織斑さんの事が苦手なんだ……? 中学時代、織斑君とやんちゃしてこっぴどくシバかれたからかね? 今度織斑君に聞いてみるか。そして、すまんオルコット嬢。

 

「あ、甘んじて受け止めます……」

「そうだな……オルコットの射撃は岡部よりかは危険を感じなかったぞ」

「いや、自分と比べないでください」

「後は……少し深追いする感じがするな。それで、思わぬ隙を晒すことが多々あったぞ」

「そうですか……深追いしやすい……ですか」

 

 カクン、とズッコケそうになるが踏みとどまる。

 流石にそれはダメですぞ、織斑さん。

 

「……では模擬戦中、織斑先生はどんな時に射撃が飛んできましたか?」

「そうだな、少なくとも直線的に動けば、見越し射撃がキッチリとんでくるし、足を止めてもとんでくる。基本はレーザービットとの2対1という形をしっかりとってもいたが。本当に近づけたくない時には4つ全てのビットを使ってでも、弾幕を形成していた」

「うん、セシリアさんは基本やセオリーに忠実にやっていたんだね。ただ単に技量差が大きすぎただけですな」

 

 その言葉にホッとするオルコット嬢。

 

「でも、織斑先生のことですからちゃんとセシリアさんの懐に飛び込めますよね?」

「まあ、当然だな」

「その時の彼女はどうでした?」

 

 その言葉に今度はビクンッ! と身体を震わせるオルコット嬢。

 

「インターセプターを即座に呼んだのまでは良かったが、打ち合わせる事もなく終わったよ……」

「なら、今後の改善目標はインターセプターで打鉄の近接ブレードと五太刀は打ち合える位かな?」

「いや、今のセシリアのレベルでは五太刀は難しいだろう。初撃をインターセプターで上手く防ぐ練習をさせる方が先決だ。」

「そうですか、わかりました。そうしましょう。」

 

 本人の前でこれは少し、不味いかなと思いつつも織斑さんと話を進める。

 ふと、横目にオルコット嬢を見ると……インターセプターを取り出して、篠ノ之ちゃんと織斑君に練習を頼む彼女の姿が……向上心があってホントに嬉しいよ。まあ、こういった会話は一応みんなもお互いに聞いてるしね。今回はたまたまオルコット嬢だが、織斑君の時もあるし、篠ノ之ちゃんの時もある。例に漏れず簪嬢の時だってあるので、心配することは無かったのかもしれない。

 

「と、言う訳でセシリアさんには織斑君と篠ノ之ちゃんとの近接武器での打ち合いをやって貰おうと思うけど……もう言わなくとも分かってるみたいだね」

「ええ、当然ですわ」

「なら、織斑君、篠ノ之ちゃん。今日はそういうことでお願いできるかな?」

 

 二人はその言葉に軽く手をかざす。

 

「おう、任せとけ!」

「わかりました。教えるのも、いい勉強になりますから問題ないです」

 

 ならばよし、今日はこの三人組でいいだろう。

 

「じゃあ、その三人はいいとして……残りのメンバーでどうしよっか?」

 

 そう残りのメンバーに問いかける。観戦席にはコソコソする人影がちらほら見かける。恐らく他クラスの、3組か4組の、あるいは両方のクラス代表か、またはその子に頼まれた友達か……代表候補生が相手になるのだからこの手の情報収集は欠かせないよなぁ。感心感心。

 

「私は……打鉄弐式の調整と稼動データが取れれば、問題無いです」

「アタシは別になんでもいいけど?」

 

 二人の意見聞いた後、織斑さんの方に視線を向ける。

 

「私もだ。今日は岡部先生に任せます」

「ふーん、そうか。なら、さっきの模擬戦の事を踏まえて凰さんの回避訓練といきましょうかね」

「回避訓練?」

 

 凰嬢は不思議そうにこちらを見つめる。

 

「うん。回避訓練。」

 

 ニコリと笑みを浮かべてそう返した。

 

   ■   ■   ■

 

 織斑君達が近接武器での訓練をしている中、ただ一人だけアリーナで宙に浮いている甲龍。そんな中、自分は簪嬢の打鉄弐式と織斑さんの暮桜弐式の間に挟まれている。簪嬢は山嵐を6基全て展開し、織斑さんは雪片を持っている。ついでに自分はIS用アサルトライフルを持っている。

 

「で、これから回避訓練を始めるのだが……何故? 凰さんにこれをさせるかは……わかってるかな?」

「ええ、まあ」

「そう、面倒だと思うけどちょっと言って欲しいな」

 

そういうとすらすらと述べ始める。

 

「まあ、アタシって龍咆があるけど近接パワー型じゃない? だから、時には弾幕の中に突入することもあるからシールドエネルギーの値や装甲が他のと比べて多めなのよ」

「うん、そうだね。龍咆も強力だけど、その青龍刀……双天牙月(そうてんがげつ)だっけ? それも十分に脅威的だね」

「そう、それで多少の攻撃はシールドエネルギーや装甲で受け止められるようにはなってるんだけど……あんまり過信しちゃダメなのよね」

「うん、そこまでわかれば良し。済まないね、わざわざそんな事言わせちゃって」

 

 観戦席にいる他クラスの生徒の様子をこっそり見ながら。凰嬢とやり取りする。ただでさえ、代表候補生でかつ専用機持ちなのだ。これぐらいバラさねばフェアじゃない。

 

「でも、岡部先生が何とか改善しようと頑張ってくれるんでしょ?」

「教員ですから。そりゃあ、生徒さんがヤル気を自分に示してくれたら助けるよ。それに……」

「それに?」

「凰さんは僕のクラスの生徒なんだ。喜んで指導するよ」

 

 と、言い切った後、隣の織斑さんから肘で脇腹をつつかれる。

 

「岡部先生、そろそろ訓練の方を」

「そうだね。じゃあ、これから回避訓練の説明に入るよ」

 

 と言って『3,00,00』と表示されたディスプレイを表示させる。

 

「3分間!? えらく短いじゃない」

 

 不服そうな視線を向ける凰嬢。これには織斑さんはため息をつく。

 

「そのたかが3分間はISにおいては貴重な時間だぞ?」

「まあ、実際に訓練を受けてから感想は貰うとして……制限時間は3分間。その間、君はひたすらに回避行動をとることだ」

「勿論、その間は我々に攻撃することは禁止とする。しかし、迎撃は許可しよう」

「……そうね、わかったわ。それに、迎撃目的なら龍咆も使用してもいいわね?」

「許可する。最初の1分間は自分のアサルトライフルのみ、その1分が過ぎると今度は打鉄弐式のミサイルが追加され、最後の1分間になると織斑先生の暮桜弐式が雪片で一太刀だけ斬りにかかる。その後はすぐに引っ込むので安心してくれ」

 

 その説明を聞くと、凰嬢は即座に質問にかかる。

 

「迎撃はいいって言ったけど、もし織斑先生に当てた時はどうなるんですか?」

「その時はその一太刀は無しだ」

「しかし、私に一撃当てられるのならな、凰」

「そういう事だ」

 

 織斑さんの一言に不安げな表情をする凰嬢。

 

「まあ、ミサイル以外は手加減するんで気楽にね?」

「そうですけど……成功条件はわかりました。失敗する条件はなんですか?」

「失敗の条件としては、規定量のシールドエネルギーの減少だね。今回はクラス対抗戦でのシールドエネルギーの規定量かな?」

「うへぇ……通常の半分かぁ……」

 

 まあ、頑張ってくれ。そう思いながら、IS用アサルトライフルの安全装置を外し、セレクターを三点バーストに切り替える。こいつはラファールのアサルトライフルと違うIS基準では小口径に分類されるIS用アサルトライフルだ。

 

「じゃあ、頑張ってくれ……それでは開始。」

 

 そう言って、ディスプレイのタイマーを作動させ、アサルトライフルをゆっくり構える。そして甲龍の胴部に当たるように撃つ。緩慢な動作での射撃なので、あっさりとかわす。しかし、銃口は依然、甲龍捉えたままだ。その様子を見て甲龍は常に動きまわり回避機動に入る。とりあえず乱雑に42発、14トリガー分引いて撃つが、甲龍は常に動き回っているので命中はしない。

 

 ここで、拡張領域からの弾薬の入った弾倉を取り出し、手動でリロードし、コッキングレバーを引いてチャンバー内に弾薬を送り込む。その間甲龍は回避機動を未だにとっており、凰嬢は不思議そうにこちらを見ている。今度はレベルを上げて単純な偏差射撃に移行する。ある瞬間の甲龍の速度ベクトルを算出し、弾丸が到着するまでの時間にどの位置にいるのか割り出してから射撃するという方法だ。しかし理屈で言えば確かに凄いが、実際は経験から成る直感に近い。

 

 だが、そこはIS……特に射撃に偏執したゲスト機ならば、瞬時に算出し、その方向へ向けて射撃することは、人間の操作抜きのオートで可能だ。射撃補正の一種ですな……だが、流石にこの位の偏差射撃では等速直線運動を行うような物体ならばいともたやすく命中させることができるだろうが、相手は予測不可能な動きを行うIS。そこまでの期待はできないが……

 

 ゲスト機内部のISコアは射撃補正としてある瞬間での甲龍の速度と方向を読み取り、自動で自身の機体を動かし射撃に入る。1トリガー、2トリガー、3トリガー目までは命中せず、4トリガーで甲龍の左脚部外側側面に命中を確認する。原因は回避機動における速度の緩急の差が小さかったことに起因する。だがそのまま射撃は継続する。5、6、7、8トリガーまでは回避できたが、再び9トリガーで着弾、今度は背面右肩部に着弾。射線から完全に離れなかった事が原因だ。

 

 その後6回トリガーを引いて射撃するが、甲龍は全弾回避……とはいかず。一回だけ着弾。狭いアリーナ内での回避機動なので、壁などにぶつかる前に180度反転させて動いたのがいけなった。痛恨の胴部前面部に着弾。最初の約1分間でただでさえ少ないシールドエネルギーが微々たる量であるが、減ってしまった。

 

 また、手で空の弾倉を抜き出してリロードする。その間にプライベートチャンネルで簪嬢の打鉄弐式に連絡を取る。

 

「まだまだ、小口径のIS用アサルトライフル程度ならエネルギーの減少も微々たる量、へーきへーき」

 

『いいかい? 残り時間が2分間になった瞬間に一発ミサイルを発射。以降、10秒毎にミサイルを発射するが、三回その動作をした後、一度に発射するミサイルを一発追加する。これの繰り返しだ。いい?』

『了解……』

『あと、それとは別にミサイル発射を要請するので気を引き締めるように』

『了解……』

 

 自信たっぷりに胸を張る凰嬢を見つつ、リロードを終えると、丁度残り時間が2分になり、打鉄弐式からミサイルが一発発射される。

 

「げ、もう1分過ぎてるの!?」

 

 これに対して甲龍は更に激しい回避機動に切り換え、ミサイルの旋回性能を上回る動きでこれを振りきろうとする。

 

「これでどうよ!」

 

 凰嬢の目論見通り、ミサイルは旋回しきれず壁に衝突、炎上した。しかし、その間にもう一発新たなミサイルが打鉄弐式から放たれる。再び回避機動でミサイルを振り切ろうとするが、自分はそれを見逃さずに射撃を開始する。また最初のように乱雑にトリガーを引く。

 

 甲龍はそのまま回避機動をとっているので当たらないのだが、ミサイルに完全に意識を持っていかれているので、流れ弾というか1発のみのラッキーヒットが出てきた。

 

 そのまま、三発目のミサイルも振り切った所で打鉄弐式は二発ミサイルを同時発射させる。同時に自分もリロードを今度は拡張領域からの弾倉の出し入れを行う。瞬時にアサルトライフルに付いている空の弾倉を拡張領域にしまい込み、同じ所に新しい弾倉を入れるという方法だ。

 

「うぇ!? 二発同時ィ!?」

 

 そんな凰嬢の驚いた声を聞きながら、先程と同じようにISの射撃補正のみでの射撃に移行する。と、ここで龍咆の登場。足を止めての射撃で見事、ミサイルを迎撃する。

 その代わり、三点バーストを頭部に直撃だが……

 

「……ま、大丈夫大丈夫……」

 

 そのように独り言を呟きながら回避機動に移る。少し慣れたのか、はたまた学習したのか、先程と比べてあまり被弾していない。

 また、打鉄弐式から二発のミサイルが発射される。今度は回避機動を取りつつ、龍咆での迎撃のようだ。

 今のところISが自動でやってくれているので織斑さんの暮桜弐式に向けてプライベートチャンネルを開く。

 

『織斑さん。そろそろ時間です』

『わかってる。で、私は岡部の合図で一太刀入れてくればいいのだな?』

『はい。そのとおりです』

『了解した。手加減もそこそこにしておくぞ』

『はい』

 

 その時、打鉄弐式から二発のミサイルが発射される。投影型ディスプレイを見ると残り時間が1分となったようだ。

 

『それじゃ早速一太刀お願いします』

『わかった』

 

 そう言って、織斑さんは雪片を握り、ブーストを噴かす。ミサイルの迎撃や誘導を振り切りつつ、回避機動を取る甲龍に向かって単調な動きで斬りにかかる。

 

「……ナメんじゃないわよ!」

 

 しかし青龍刀……双天牙月(そうてんがげつ)を拡張領域から取り出し、防御する。織斑さんはその後ルール通り、追撃せずにそのまま自分の隣へと帰還する。

 その後、龍咆でミサイルを迎撃するが、一発撃ちもらす。ミサイルは範囲内に甲龍がいることをセンサーにより検知すると、爆発。爆発に寄って生じたミサイルの破片が甲龍のシールドエネルギーを削る。

 

「くぅ……思ってたより辛いわね……」

 

 ミサイルの衝撃に怯みながらもシールドエネルギーを確認したのか、凰嬢は苦しい表情を浮かべる。その様子じゃシールドエネルギーは順調に消耗していってるようだ。

 だがしかし、自分のアサルトライフルも忘れて貰っては困る。怯んでいる甲龍に対し容赦無く射撃を開始する。

 1トリガー目は肩部側面に命中したものの、すぐさま回避行動に移る。そろそろ残り時間が30秒になる頃だ。

 

『簪さん。ミサイルを5発同時に発射して。』

『了解』

『織斑さんはミサイル発射後、甲龍の背後を狙うように。できれば、引き離されず、追いつかれずに』

『そうか、やってみよう』

 

 二人に指示を出し、打鉄弐式はミサイルを同時発射し、暮桜弐式は再び雪片を握り、再度ブーストを噴かす。

 アサルトライフルの弾幕の中、ミサイル迎撃しつつ、近接機から逃げる。果たして出来るかな……?

 そう思って少しばかり期待を込めて、甲龍を見ていたが……残念ながら、暮桜弐式のプレッシャーに負けたのか、リズムが完全に崩れて、アサルトライフルが当たるわ、ミサイルが命中するわ、雪片でしばかれるの三段コンボを見事にくらい、シールドエネルギーを一気になくしてしまったのであった……

 

   ■   ■   ■

 

「ちょっと! 本音ちゃんから聞いたわよっ! 週に何度か訓練してるって! しかも簪ちゃんと一緒に!!」

 

 『裏切り者~!』という文字が書かれた扇子を広げ、物凄く悔しそうな顔をする楯無嬢。

 凰嬢の回避訓練の翌日、同僚からIS学園生徒会から生徒会室に呼び出しがあったと聞いて生徒会室に向かった途端これである。

 

「は……はぁ……」

「……ハッ! これは当てつけね! 当てつけなのね!? 簪ちゃんとの姉妹仲が良くない私への当てつけなのね!?」

 

 生徒会長専用のデスクをバンバンと叩き、オーバーなリアクションをとる。

 

「そんな個人情報は要らないんだけど……」

 

 と、ここで何か閃いたようでハッとした表情になり

 

「そうだ! 岡部先生! 私と簪ちゃんの姉妹仲のトラブルを解決して!」

「家庭のトラブルはお断りします」

「なら、私も放課後の訓練に参加するわ!!」

「トラブルの種もお断りします」

「じゃあ私の家に来てよ! いっぱい優遇できるから!」

「ヘッドハンティングもお断りします」

 

 ぐた~、とデスクの突っ伏しながら『無念』と扇子を広げる。茶番終了。

 

「そう言えば……本音ちゃんからって言ってたけど、もしかして1年1組の布仏本音(のほとけ ほんね)さん?」

「ええ、そうよ」

「ふーん、ちょっと意外」

「どこが意外なの~、先生ぇー」

 

 声がしたので後ろを向くと、布仏嬢がいた。特徴としては織斑さんとこのクラスの生徒で、袖丈が異常に長い制服を着ていて、そこそこISの習熟度が高いといった位でしか覚えていない。

 あとは2組の簪嬢といるところを割とよく見る……といったぐらい。直接情報を得たのはそれだけで彼女については殆ど織斑君が色々と喋っている内容だより。

 

「んー、この組み合わせ自体が?」

「うわぁー、ヒッドーイ。これでも私、書記さんなんだよ?」

 

 布仏嬢は腕をパタパタさせつつ、テーブルに置いてある『生徒会書記・布仏本音』と書かれた三角錐のオブジェを見せる。

 

「そうか。なら、頑張るんだぞ」

「はーい。でもかいちょー、どうしてここに先生がいるんですかー?」

 

 その声に待ってましたと言わんばかりに扇子を開く。

 

「それは勿論、私の可愛い可愛いマイシスター簪ちゃんを撮ったデータをね……」

「撮ってもいませんし、頼まれても撮りません」

 

 嫌な予感しかしないのでバッサリ切る。その様子に楯無嬢はへそを曲げる。

 

「ちょっとぉー、ノリ悪すぎー」

「今は仕事中ですので」

「じゃあプライベートなら良いわけ?」

 

 ジト目でこちらを見ている。ついでに布仏嬢もこっちを見ている。

 

「気分による」

「あー、逃げたー」

 

 布仏嬢は黙ってて……あーあ、嘘がバレた。

 

「……あー、それは置いとくとしてだな……ホントに結局自分はなんの用で呼ばれたんです?」

 

 まだへそを曲げてるのか、ほっぺを膨らませ、口を尖らせてる。

 

「簪ちゃんの身の回りを頼みたくて……」

 

 あれ? 意外と本気ですかー!?

 何故、自分が頼まれるのか、記憶の糸を手繰り寄せながら考えてみる。

 

「んーと、あの生徒会会長は最強が云々?」

「それのこと。もしかしたらもしかすると……私の可愛い簪ちゃんが人質……なんて事になりかねないし」

 

 そう言われて納得する。

 まず、生徒会会長が云々はとりあえず最初というかホントに初期の頃、代表候補生ホイホイとしてISでの熟練度の高い生徒に生徒会長に地位を丸投げという事から始まっていたりしている。

 で、そこから3年ほど経った今では、とりあえず強い奴は生徒会長になる権利を有するとかいうよくわからない物になっていて、楯無嬢はその手段の一つに自身の妹さんである簪嬢を人質に生徒会長の地位を要求するという事を危惧している……と。

 

「そう言えば、楯無さんは妹さんと仲が悪いというのは?」

「ええ、ホントよ」

 

 答えをだす前に少しばかりの質問を行うと、素直に返って来た。しかし、楯無嬢は表情は少しバツの悪そうな顔をしている。

 

「かんちゃんはねー、なんでも出来るかいちょーに引け目を感じているのー」

 

 そんな楯無嬢を気遣っているのか布仏嬢が解説を入れる。

 

「それって……」

「本当よ、本音ちゃんの言う通り。簪ちゃんはいつも私と比べられて育っちゃったらこうなるわよね……」

 

 と自嘲する。

 

「うーん……でも楯無さんは妹さんの事は大事なんでしょ?」

「当然よ!」

「なら、自分に頼む必要なんてないんじゃないですか?」

 

 よくわからないと言った表情を浮かべる。

 

「だって、大事な妹さんなら、こんな男を貼り付けるんじゃなくて、自分自身で守るぐらいの気概はあるんじゃないの?」

 

 そう言うと、頭にエクスクラメーションマークが浮かび上がるのではないかというぐらい納得した表情を浮かべる。

 ……てっきり、使えるものは使っとくとか、リスク管理の為だとか言って来そうだと思ってたのだが……自分ちょっと汚れすぎかなぁ……

 

「……確かにそういう考えもあるわね」

「まあ、本来は公平に生徒を扱わなきゃならんが、幸いにも簪さんはウチの受け持ってるクラスの生徒だし、楯無さんの事情的にも妹さんにずっと張り付く事も難しいと思うから、出来る限りの事はしましょう」

 

 自分や楯無嬢の目の届かない所は簪嬢の友達である篠ノ之ちゃんにも危険のない程度に協力を頼めば、さらに死角を埋めることができ、安心できるだろう。篠ノ之ちゃんなら二つ返事で快諾してくれそうだし。

 

同じ学生だからそこまで深刻に考えなくてもいいとは思うが……万が一、篠ノ之ちゃんに危険が及ぶのなら……

 

 ……考え込んでいると、いきなり机から身を乗り出してこちらに抱きついてくる。スキンシップ激しいなぁ……

 

「スキンシップ激しいなぁ……」

「ボヤキが聞こえてるわよ、でも今日の楯無さんは機嫌がいいので許してア・ゲ・ル」

 

 そんなしなだれかかっても、女子大生以上のお姉さん以外はお断りします……とでも言わんばかりに、楯無嬢を引き離しコホン、と咳払いをする。

 あと布仏嬢はキャーキャーと黄色い声援をあげないで、「キスー、チュウしちゃえー」とかで煽るのも無しです。

 

「えーと、じゃあ。この辺で話が一段落したんで職員室に戻らせて貰いますね」

 

 そう言って、そそくさと足早に生徒会室を去った。

 あ、楯無嬢を通じてIS実習の教員増やして貰うように頼むの忘れた……



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09:IS学園 5月~6月 クラス対抗戦

「岡部先生、私です、篠ノ之です」

 

 とある休日、寮にて自室のドアを叩く音が聞こえ、篠ノ之ちゃんの声が聞こえる。

 

「やあ、時間通りだね」

「こんな時間に何かあるんですか? 岡部先生。言いつけ通り、一夏も連れて来ましたけど……」

「友兄、なんだってこんな時間に?」

 

 ドアを開けると、不服そうな顔で二人がいる。現在夜中の3時……まあ、そうなるわな。

 

「ありがとう、篠ノ之ちゃん。まあ、とりあえず入った入った」

 

 二人を部屋に招き入れ、鍵を閉めて、とりあえず冷えたジュースでも出しておく。二人はちょうど都合よくテーブルに座ってたので、テーブルの上にジュースで満たされたコップを置いておく。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

「サンキュー」

 

 そして、最終確認として、ISのハイパーセンサーやその他の既存のセンサーなどを駆使し、この場には自分を含めた三人しかいない事を確認する。

 

「じゃあ、始めるか」

 

 そう言って投影型ディスプレイを二人の前に出す。その様子に戸惑いを隠せない二人。そして、通信が繋がりディスプレイには……

 

「やあやあ、アッキー……ワァオ! 今日は箒ちゃんといっくんだー!」

「姉さん!」「束さん!」

「うん。ちょうど二人と話でもしたいだろうなと思って、二人に来て貰いました」

 

 そう伝えると束さんはグッ、と親指を立てて

 

「さっすがアッキー! 気が利くぅ! でも、束さん的にはもうちょっと早い方が良かったかなー?」

「ははは、篠ノ之ちゃん達がIS学園に慣れるまでは流石に無理があるからねー、こんな時期になりました。でも、まあ……喜んでくれて嬉しいよ」

 

 目が点になる二人を見つつ、まるでいつも話しているかのように、自分と束さんは会話をする。

 実際、IS学園に教員として入った時から、こういった時間を見つけては、ちょくちょく束さんと通信はしているのだ。織斑さんも織斑君とオルコット嬢とのクラス代表争い以降、よく加わっている。

 

「……で、お二人さんは結構話すネタが多そうだから、変わるか?」

 

 そう自分に言われ、二人は勢い良く首を縦に振る。

 

「是非とも」「もちろん、変わるよ」

「じゃあ、しばらくは三人で話すといいよ。自分は少し席を離れておくからさ」

「それじゃあ、話が終わったら束さんの方から連絡するよ」

 

   ■   ■   ■

 

「で、私の部屋に来たと……」

 

 篠ノ之さんと篠ノ之ちゃん、織斑君との三人で話をさせたかったので、大人しく隣の織斑さんの部屋にお邪魔した。自分はソファーに座り、織斑さんはベッドに座り込んでいる。

 

「ええ、やっぱり……色々と話したいことがあると思うし、お互いに」

「確かに、そうだが……相変わらずお前は荒治療が好きというか……なんというか……」

 

 そう言いながら、彼女は呆れる。

 

「むしろ、みんなが消極的だと思うけどなぁ……」

「私はむしろ、お前は積極的すぎると思うがな」

 

 うーん、そうなのかな……いや、織斑さんが言ってることだし、そうなんだろうな……でも……

 

「えー、だって昔から篠ノ之さんと二人で話してる時から『ちーちゃんやいっくん、箒ちゃん達はもっと束さんを頼ってくれてもいいのにな~』ってボヤいてましたよ?」

「……訂正だ。お前等が積極的だと思うのではなく、積極的すぎるんだ」

 

 解せぬ……まあ、束さんの力を借りてまでの事が純粋に無いんだろうね、三人は……って普通は無いよね。自分は、色々と注文したなぁ……セミオートのカスタムスナイパーライフルとか、拳銃(GuardianⅠ)とか……特にこの2つはわざわざ参考資料まで作ってまで頼み込んだ代物だし……

 確かに、積極的と言うか……遠慮が無いなぁ……自分。

 

「えー、でもゲスト機も篠ノ之さんに色々と武装の要求をしていたような……」

『それらはシミュレートの結果、武装として不適格なので廃棄ないし返却いたしました。もともとはノウハウの習得の一貫ですので』

 

 解せぬ……

 

「……ところで、クラス対抗戦の事なんですけど……」

「露骨に話題を変えてきたな……まあいい」

 

 白い目でこちらを見る織斑さん。

 

「やっぱり一般学生と代表候補生の差って……覆せないですかね?」

「流石に厳しいな。経験が違いすぎる」

 

 バッサリと切り捨てる。

 別に、それはそれでいいんだけど……やっぱり、一応公式戦だし、もっとハイレベルな物を自分としてはご所望したいのだが……

 ほとんど自分に来るのは当の代表候補生達……やっぱりこう……意識というかヤル気の差が、そのまま実力に直結してるような気がする。

 まあ、放課後の模擬戦なんかを偵察するのは中々の評価に値するけど……もう一押し欲しい感じかな?

 

「うーん……個人的には代表候補生グループに一矢報いて欲しいんだけどなぁ……一般学生達には」

「……言いたい気持ちもわかるし、オルコットや凰を引き締めておきたい気持ちもわかるが……少し難しいのでは?」

 

 暫く考えこむが、いい案は浮かばなかったようだ。

 

「やっぱり? 自分は今でもあんまり人気は今ひとつだし、織斑さんは逆に人気が有り過ぎて高嶺の花みたいな存在になってるよね……」

「中々、もどかしいな……」

 

 そう言って二人ともども溜息をつく。

 その後、他愛も無い雑談や、おつまみでも食べつつ、篠ノ之さんの連絡が来るのを待っておく……

 

 と、突然二人の目の前に投影型ディスプレイが現れる。

 

「ヤッホー。箒ちゃんといっくんはもう自室に帰ったよー」

 

 大体、話し終えたのか。少しばかりスッキリしたような感じがする。

 

「内容は……聞くのは野暮か……」

「まあ、当人達が納得したのならそれでいいですよ」

 

 少しばかり内容は気になるが……別にいいだろう。

 

「ねえねえ、アッキー。束さんのIS学園就職の件なんだけどどうなったの? の?」

 

 束さんはワクワクしながら、メタリック感溢れるウサミミをピコピコさせる。

 

「まあ、大変だけど……なんとかなりそう……かな?」

「全く……ここまでこぎつけるのは中々骨が折れるぞ……」

 

 そう二人で言う。事実、この件は大変難航した。

 

 なにせあの……行方知れずの篠ノ之さんである。

 

 ホントに、学園上層部相手に良く舌が回ったものだ……あと、楯無嬢や織斑さんにも色々と手伝ってくれたし、本当にありがたかった……

 

「そこまで迷惑かけちゃったの? たの?」

 

 と、ウサミミを垂れるようして申し訳無さそうにする。これはいけないのですかさずフォローにはいる。

 

「いや。疲れたのは事実だけど、それ以上に篠ノ之さんとまた一緒になれる方が嬉しいよ。その為なら、自分は何だってできますよ。ね? 織斑さん?」

「あ、ああ束は私の……その……し、親友……だからな……」

 

 フォローに入る自分を見て、織斑さんもそれに続くが……面と向かって言うのは照れるのか、少し目線を逸らしつつ、顔を紅潮させる。

 その様子を見て、初めは驚いていたが、次第に篠ノ之さんは笑いを堪えきれ無くなり……

 

「あははっ! ちーちゃんったら、照れてるー!」

「……照れてなど……ない……」

「どう見ても……照れてるよ……プフッ……」

 

 次第に肩をプルプルと震わせる織斑さん。……あ、ヤバ。

 

「……学園に来た時には、盛大に歓迎してやろう……な?」

 

 この言葉の真の意味を知ったのか、篠ノ之さんは顔を青くする。

 

「アッキー! 束さんやっぱり放浪の旅が良いー!?」

「……調子に乗るからです。諦めて下さい……」

 

 ホントにこの二人は名コンビだと思うよ、うん。

 

   ■   ■   ■

 

 クラス対抗戦まで日が少なくなってきた頃、IS実習も終え、職員室に戻ると何故か生徒さんがいた。それも二人。向こうはこっちに気づいてないようだ。

 

「えーと、そこの一年生?」

 

 とりあえず無視するのもアレなので声をかけると、驚き、こっちに顔を向け、駆け寄って来る。

 

「えー、何か用かい?」

 

 そう言うと少しおっかなびっくりしつつ答えようとする。

 ……確か、二人は3組4組の生徒、しかも両方共クラス代表だ。放課後の模擬戦でも良く偵察していたことは記憶に新しい。

 

「あの、クラス対抗戦って……規定量のシールドエネルギーを削れば勝ちなんですよね?」

「ああ、そうだよ」

 

 片割れが……3組のクラス代表の質問に答える。次は4組のクラス代表が口を開く。

 

「装備や武装の制限なんてものってありませんか?」

「いや、特には。けれども、専用機は武器・武装の性能や特性によっては、その分のシールドエネルギーを差っ引いて貰うけど」

「なら、私達の打鉄やラファールは大丈夫なんですね」

「うん。基本的には問題は無いよ」

 

 そういうとホッとした表情を浮かべる二人。

 

「別に、ラファールや打鉄に付属されてない物でもいいんですか?」

「うん、IS学園にあるやつならね。」

「じゃあ……」

 

「スモークディスチャージャーってありませんか?」「自動迎撃装置みたいなのが……欲しいです?」

 

 うーん……調べてみる? そう思い、手持ちのPDAで調べることに

 

「ちょっと待ってろ…………残念、IS学園には無いね……」

「そうですか……」「ありがとうございます」

 

 ホントに残念そうな顔をして、去って行く二人……ホントに無いけど、なんか悪い事したような気分だなぁ……

 

 そう思いながら、自分のデスクに座ると、アリーナとISの使用届けがおいてあった。

 

「んーと、名目は『2年・3年でのクラス対抗戦反省会』日にちと時間はクラス対抗戦当日で時間はその後……ふーん。」

 

 届出の書類の詳細部分を見てみると、打鉄3機・ラファール3機編成という結構規模の大きな物だ。まあ、クラス対抗戦当日は晩ぐらいに予定があるので、時間制限はかけさせて貰うが許可してもいいだろう。

 そう判断して、その書類に判を押し、赤ペンで『但し、午後8時迄とする』と書いてからその書類を保管しておく。

 

 まさか、これって楯無打倒の為のやつじゃないよね? いやいやそんな間抜けな……一応、報告でもしておこうか? まあ、念の為に……

 

 そう思って、メールでその趣旨の事を打ち込んで楯無嬢に送った後は……さぁーて、学生達の成績付けだぁ。

 

   ■   ■   ■

 

 今日はクラス対抗戦。

 

 各学年のクラス代表が学年トップを目指して試合をするという物である。

 そして、只今……一年の第一試合、2組対4組に向けて、凰嬢のいるピットに赴いていた。

 

「どう、凰さん。調子は?」

「バッチリよ、岡部先生」

 

 そう言って、甲龍のマニピュレータでグッと親指を立てる。

 

「凰さん。確認だけど、甲龍のシールドエネルギーは打鉄やラファールの約半分の減少で敗北になるから、注意してね」

「ええ、それは何度も聞いたわ。あとは、それの対策もね」

 

 自信満々に答える。初めて回避訓練を行った時から、もう何度も回数を重ねているので、それなりには上達しているだろう。

 

 問題は……経験ですけどな……

 

「……岡部先生? なにニヤニヤしてるの?」

 

 視線に気づいたのか怪しげにこちらを見る凰嬢。

 

「気のせいだろ、さあ! 気合入れて行くんだぞ!」

「……そーいう事にしとくわ……じゃ、頑張ってきます!」

 

 そう言って、甲龍は誇らしげに飛び立つのであった。

 

 甲龍を見送った後、教員用の観戦席に戻る。いやはや、こんなに事が運ぶとは思わなかった。結局、最後まで彼女達は3組4組の偵察には気がついていなかったようだ。折角の機会だから、これを機に少しばかり意識改善のきっかけにでもなってもらいましょうか……

 教員用の観戦席に入ると、そこには織斑先生、山田先生、ベネックス女史がいる。自分が来たことに気づいたベネックス女史はこちらに駆け寄って来る。

 

「岡部先生、どうでした? 凰さんの様子は?」

「まあ、いい調子だと思うよ」

「それは良かった。このクラス対抗戦では、専用機持ちや代表候補生は制限がかかってますからね。少しの油断が命取りともなりますからね」

 

 ホッとした表情を浮かべるベネックス女史。このまま立ちっぱなしも何なので、織斑先生の隣にお邪魔することに……

 

「隣、いいですか? 織斑先生?」

「ああ、構わん」

 

 了承を貰ったので、そのまま椅子に座る。織斑先生と山田先生はコーヒカップ片手に試合が始まるのを待っている。その時、隣からティーカップを2つ持って、ベネックス女史が自分の隣に座る。

 

「はい、岡部先生。ミルクティーでいいですか?」

「ああ、それでいいよ。ありがとう、ベネックス先生」

 

 そう言って、彼女からミルクティーの入ったティーカップを貰う。

 

「あ、皆さん。そろそろ始まりそうですよ」

 

 山田先生がそう言いながら、コーヒーを啜る。……あ、苦かったのか砂糖を追加した。隣の織斑先生は平然としてるのに……

 

 そんなこんなしているうちに、一年生の2組対4組による、試合が始まる。2組は凰嬢の駆る甲龍。対する4組はラファールだ。4組……頼むぞ……

 まずは一撃いれようと、甲龍が青龍刀を構え、ラファールに迫る。あまり近接戦闘は強くないラファールの弱点を突く形だ。

 これに対してラファールは……煙に消えた……。これに慌てたのか甲龍は急停止、そのまま煙の無い方に引き返す。

 

「え……? ラファールにそんな機能……ありましたっけ?」

「いえ、そんなモノは無いはずですが……」

 

 不思議そうにアリーナを眺める山田先生とベネックス女史。アリーナの観戦席にいる生徒も驚きの表情だ。

 

「岡部先生、何かやったのか?」

 

 そんな中、織斑先生がただ一人……自分を凝視する。

 

「あんまりにも3組4組が哀れなので、ついカッとなって少しばかり助けてあげた。それだけです」

 

 あの時、IS学園にはご所望の装備は無かったが、楯無嬢や最寄りの在日米軍、国連軍辺りに連絡を入れ、お願いしてみると案外手に入った。

 理由としては、『ISと現代兵器との共存』だとか『IS戦術論』や『射撃型ISの考察』、『ISにサブシステムは必要か?』みたいな論文の製作に欲しいと言ったら、物凄いアッサリとくれた。

 結果、発煙弾発射機(smoke grenade dischargers)と自動迎撃装置の一種であるハードキル(直接迎撃)型のアクティブ防護システム(Active Protection System)が送られてきたので取り付けておいた。

 

「やはりか……」

「教師は生徒の味方ですから」

「放課後の模擬戦で3組4組が見に来てても普通に無視してたのもそれか……」

 

 溜息を吐く織斑先生、出来るだけ贔屓はしたくないですから……ね?

 

 騒然とするアリーナ、しかし試合は続いている。

 甲龍はラファールを燻り出すついでに煙を吹き飛ばそうと、龍咆で撃ちまくる。しかし、煙を完全に除去するよりも前にラファールの攻撃……多分、マズルフラッシュと発砲音から推測するにアサルトカノンの弾丸が甲龍に襲いかかる。

 と、ここで今までの回避訓練が活きたのか、甲龍はなんとかかわし、アサルトカノンがとんできた方向に向けて、龍咆を撃つ……が、どうも手応えが無いらしい。

 

 そうこうしているうちに、煙幕も薄くなってくるが、再びラファールが煙幕を張り始める。ある意味、最強の兵器だとかよく誇張されてきたISだが、いくら適性が高くともISコアとの相性が悪かったり、操縦者が未熟な学生程度ならば精々最強の歩兵止まりといったところか。ISコアとの相性が良ければ、煙幕の中でもなんとかして見えるように自動的に調整してくれるのだが……

 凰嬢と甲龍は受領してからの日が浅いので、まだそこまでの関係に持ち込んでおらず、マニュアルで色々と設定を変更するしか無い。問題はそれにすぐ気づくかどうかだ。

 

 そう思いながら、甲龍を心配そうに見ていたのだが、どうやら気がついたみたいで、ハイパーセンサーの設定をいじって煙幕でも見えるようにすると、後はほとんど一方的な闘いとなってしまった。もし、はじめの煙幕が無かったら本当にすぐに終わったであろう試合だった。

 

 結果、ラファールのシールドエネルギーが規定量を超えたので、甲龍の勝ちとなった。

 

「いやぁ、勝ちましたね。甲龍」

 

 と気楽に言ったものの……

 

 三人からなんとも言えない視線を受ける。

 

「いやぁ、確かに凰さんが勝ったのはいいんですけど……少し、いろんな意味でヒヤヒヤさせられました」

「うーん、4組も中々侮れないですね」

 

 苦笑いを浮かべる山田先生に妙に感心するベネックス女史。

 

「……それでは、私と山田先生はセシリアの様子でも見てくる」

 

 そう言って、山田先生と一緒にセシリアの様子を見に、観戦席から出ていく。二人が帰って来るまでの間、自分とベネックス女史の二人で雑談をしたり、 紅茶を淹れなおしていたりすると、アリーナから1組のセシリアが駆るブルー・ティアーズと、3組の打鉄が入場してきた。

 

「ただいま、もどりました」

「おかえりなさい」

「お二人、おかえり」

 

 そう言って、また四人並んで観戦する。

 そして、試合が始まる直前、織斑さんが口を開く。

 

「岡部先生」

「はい」

「やはり、3組にも何か小細工を?」

「ええ、そうですけど……あ、ネタバレはしませんよ。見てからのなんとやらですから」

 

 そう言うと、ちょうど良いタイミングで試合が始まる。

 早速セシリアはミサイル型ビットを2発向かわせる、振り払おうと打鉄は必死に避けようとするが、ビットは巧みに打鉄を追いかける。

 そして、ビットが打鉄にあたろうとしたその時、打鉄の背中にある格納筒から防御弾が発射され、やがて防御弾から指向性を持った散弾が発射、ブルー・ティアーズのミサイル型ビットを迎撃し、爆発させる。

 

 その様子に呆気に取られるセシリア、これを好機と捉えたのか近接ブレードを構えて急加速、セシリアのブルー・ティアーズに斬りかかろうとする。この後のセシリアの行動としては……レーザービットでは迎撃には間に合わず、レーザーライフルであるスターライトmk.Ⅲでは命中率に不安が残るだろう。

 ブルー・ティアーズに斬りかかる打鉄、観客は誰もがやられると思っただろう。しかし、セシリアは見事、近接用ショートブレード、インターセプターを用いて文字通り、打鉄の近接攻撃を迎撃した。

 

 ここまで、近接訓練の結果を残してくれるとは……流石だ。

 

 これはマズイと判断したのか、はたまたビビったのか一端引いてしまった打鉄。そのぐらいの時になると、レーザービットも全4基共に展開しており、これより先は一方的な闘いとなった。

 

 結果は1組のセシリアの勝ち。近接攻撃によるピンチから咄嗟のインターセプターで迎撃に成功したのが今回の試合の肝であった。

 

「おぉー、オルコットさんも勝った。成長してるねぇ~」

 

 三人の視線が痛い……

 あまりにも気まずいので、何故か慣れないコーヒーを飲もうとし、その際砂糖と塩を間違えるという面白すぎる事をやらかした。

 

「お、岡部先生。コーヒーに塩入れちゃってますよ!?」

「や、山田先生。このコーヒーはエチオピアン・モカと言う豆で淹れたコーヒーでね。エチオピアではこいつに塩を入れて飲むんだよ」

「へぇ、それは初耳でした。私も今度やってみますね」

「だが、お前のように砂糖と同じ感覚では入れないがな」

 

 織斑さんがピシャリと突っ込み誤魔化せなかった。ちくしょう。

 

「え? そうなんですか?」

 

 なんだかんだで気になっていたのか真似しようとしていたベネックス女史。好奇心旺盛であります。

 

 ちょうどその時、1年の決勝として、ブルー・ティアーズと甲龍がアリーナに到着する。お互いにヤル気は十分、コンディションも十分。

 二人は言葉を幾らか交わし、完全に戦闘体制をとる。さあ、試合の始まりだ。

 

   ■   ■   ■

 

 クラス対抗戦が終わった。

 残念ながら1組対2組では凰嬢の甲龍が惜しくもセシリア嬢のブルー・ティアーズに敗北を喫した。

 

 原因は……純粋にこっちに来たばかりの凰嬢の方がセシリア嬢より経験不足だということだ。主に放課後の模擬戦ないし訓練の量の差的な意味で。

 

「……と言う訳で、今年のクラス対抗戦は2組が惜しくも準優勝でした。いやー、すごいすごい」

「凰さん。お疲れ様でした」

 

 放課後のHRにて、自分とベネックス女史がパチパチと拍手している中、2組はお通夜ムードである。

 

 ……そんなにラウンジのデザートフリーパスが欲しかったの……確かに、1組は色々と集まってやったよね……クラス代表争いのパーティーとか。

 

「……そこで、だ」

 

 ニヤリと微笑みながらチケットの束を取り出す。

 生徒たちは不思議そうにそのチケットを凝視する。特に前の席にいる生徒はそのチケットが何を意味するのかがわかるので、驚きの表情を浮かべる。

 

「せっかくだから、今晩の午後8時からのラウンジは2組貸切でのスイーツのバイキングってのはどうかな?」

 

 返事は生徒達の拍手喝采となって返ってきた。いやー、頑張って頼んだ甲斐があった。

 

「さっすが岡部先生!」「やったぁー!」「キャーオカベサーン!!」

「キャー!」「キター!」「先生素敵っ!」「ありがとう先生~!」

 

 みんな入学当時と違って態度激変しすぎだろ……と呆れていると、こっそりプライベートチャンネルで通信がつながる。

 

『いくらでもいいのよね? 先生最高!』『ありがとう先生……ホントに、期待……してもいいの……?』

 

 お前等もテンション上がってるのね……

 

「そーかそーか、じゃあ配るから、今晩忘れずに持ってくるんだぞ」

 

 そう言って、生徒達にチケットを配っていく……その時、ふとベネックス女史と目が合ってしまう。

 

「岡部先生……私も……いいですか?」

 

 顔を紅潮させつつ、しおらしくしながら尋ねる。貴女も好きなんですね……

 

「ええ、だからちゃんとありますよ? 先生の分。普段からお世話になりっぱなしですから、そのお礼も兼ねて」

 

 そう言って、チケットを見せる。

 

「Youpi!! やった!」

 

 そう言って、喜びのあまりハグする。アンタもか。

 

「わかりましたから、みんなが甘いもの好きなのはわかりましたから! はやくHRを終わらせて、晩のバイキングでも、ね!?」

 

 今日の2組はいつもの1組並みに賑やかだったよ……

 

   ■   ■   ■

 

 で、放課後。ISの保管庫から、待機状態の打鉄とラファールをそれぞれ三機取り出して、2年・3年生に渡しておく。

 念の為にゲスト機のコアを通じて、各ISのコアやアリーナのシールド担当のコアに何かあれば逐一報告、又は対応するようにと頼んでおく。

 無事、全機から了承を貰ったので、職員室に戻り、自分は大人しく書類業務を淡々とこなしていく。ホント、自分とベネックス女史の二人で処理できる書類業務を一人でこなせる山田先生は凄いと思うんだ。あれもあれで織斑さんとは最高の相棒だよね。

 

『報告、アリーナ内にミステリアス・レイディの反応をキャッチ』

 

 もうすぐ7時20分に差し掛かろうとした時、急にISコアから音声と映像が流れる。職員室なので、映像の音は消している。

 あら、ホントに会長さん打倒だったのか。一応、伝えといて良かった……

 

『状況はややミステリアス・レイディが有利です』

 

 逐一報告を入れてくれるISコアの音声をBGMにセコセコと書類業務をこなしていく。そろそろ、学生用のラウンジにも行かなくては行けないので、そろそろ引き上げなくては……

 

『ミステリアス・レイディ、打鉄2機目を撃墜。操縦者、アリーナから離脱させときます』

 

 ほうほう、ある程度のシールドエネルギーを削って待機状態にしたのか。学園用のISは全て安全対策の為、規定量のシールドエネルギーが消費されると強制的に待機状態に移行して貰うようになっている。空中にいる場合はPICで強制的に地面に降ろしてから、待機状態にしている。

 待機状態とは言え、ちゃんと残りのシールドエネルギーが搭乗者を守ってくれるので、流れ弾が多い日も安心だ。なんたって、本来のシールドエネルギーの量は規定量とは比べ物にならない程の量なのだから……IS、耐久性に関しては最強を誇ってもいいぐらいの性能である。

 

『ミステリアス・レイディ、ラファール3機目を撃墜。操縦者、アリーナから離脱させときます』

 

 これで相手は打鉄のみとなった。6対1でここまでだとは……いやはや、凄いものだ。

 

「ミステリアス・レイディの残りシールドエネルギーの量は?」

『ミステリアス・レイディの残りシールドエネルギー量は、規定量のおよそ69%です。やや注意域です』

 

 確認してる間に、ミステリアス・レイディが打鉄にトドメをさす。

 

『勝者。ミステリアス・レイディ』

「ご苦労様。他のIS達にもそう伝えておいてくれ」

『了解しました』

 

 ISにお礼を言い、学園用のISの回収をするためにアリーナに行くのであった…… 

 

   ■   ■   ■

 

 打鉄とラファールを回収し楯無嬢にもお礼を言われた後、学生用ラウンジに向かう。

 

「あ、岡部先生ー」「先生ー」「みんなー先生が来たよー」

「遅いですよ、センセー」「もうみんな集まりましたよー」

 

 ラウンジに到着すると、各人思い思いのデザートを皿に載せた生徒達が自分に気づき声をかけてくれる。

 

「悪い、ちょっと前にアリーナを使用してた生徒の相手をしててな」

 

 そう言って生徒達に手を振りつつ、ガトーショコラとティラミスをトレーに載せ、席を探す。

 ふと、クラスメイトの愛玩動物と化してる凰嬢と目が合う。どうやら、放課後の模擬戦の話らしい。多分、織斑君絡みなのだろうが……恋愛が絡むと女の子って恐い……

 

 ……これは座れそうにない。

 

 なので、別の席を探す。プライベートチャンネルで『先生のバカぁ!』と悲鳴が聞こえるが気にしない事にする。

 次はベネックス女史……ここも生徒がいてコロニーを形成している。ちょっとここに突入するのは勇気がいるな……

 やがて生徒の密度が少ない席を見つけると今度は簪嬢と目が合う。

 

「……隣、いいか?」

「……いいですよ……」

 

 と、首をコクリを動かす。なので、向かい合えるような席に座る。

 

「で、味の方は?」

「……普通」

「そうかい」

 

 そう言いつつ、和菓子を口に運んでいる。彼女のトレーを見ると全てが和菓子という徹底ぶりだ。

 

「和菓子……好きなのか?」

「……家で……よく食べてたから……」

 

 簪嬢は少し他の生徒達と比べて引っ込み思案というか内気というか……基本的には受動的な子だ。

 幸いにも、2組のみんなはそれなりには理解があるらしく、彼女との距離を適切に図りつつ、上手いことの付き合っている……と思う。

 今までは何故こんなに引っ込み思案なのかと疑問に思ったが、姉の楯無嬢のコンプレックスだと考えれば納得はいく。

 

 とどのつまり、ベクトルは違えど篠ノ之姉妹とおんなじような関係なのだ。

 

 ただし、篠ノ之姉妹は一家離散の上常に狙われている状態。更識姉妹は裏稼業の人達の将来的な中枢でただ単に双方の理解が及ばない……って結構ハードだな……

 織斑姉弟も両親はいないようだし…………自分だけ身軽で自由な御身分だなぁ、ただただ笑うしかねぇや。

 

「先生……和菓子……好きなの?」

 

 熟考していたせいか視線が簪嬢のトレーにある羊羹に突き刺さっていたらしく、不思議そうにこちらを見ている。

 

「ん……まあ、それなりに……」

「……ん」

 

 それを聞いてそっと、羊羹を渡す。

 

「ありがとう」

「……最近……あの人から頼まれた? ……私の事」

 

 羊羹食べながら答えるとするか。

 

「ん? そうだけど。布仏さんと篠ノ之ちゃん辺りかな?」

「……うん。でも、開き直られるのは……意外」

「別に後ろめたい理由も無いので」

 

 そう言うと、簪嬢はどら焼きを一口囓る。

 

「じゃあ、あの人に何を頼まれたの?」

「君の保護。生徒会は学園最強が云々でそういうのはタブーらしいけどねー」

 

 特に黙りこくる理由も無いのであっさり喋る。後は変に誤解しないように言葉を付け足す。

 

「まあ、会長さんはホントにホントに」

 

「ならあの人に伝えておいて、余計なお世話って」

「いつでもお姉さんに会うなんてことも早々ないなら何時になるかはわからないよ?」

 

 直接姉に会って言って来いと言外にほのめかす。少々荒療治だが、やっぱりこういう時は姉妹でガチ口論かガチ喧嘩でもしてお互いに言いたい事を言えばいいと思うよ。

 

「なら、好きにして」

 

 ――チッ、ヘタレやがった。

 

 そう内心で舌打ちをしつつ、残りの羊羹を食べ終える。

 どうやって、この子を説得できるように引きずり出せるのか考える。ちくしょうめ、結局更識家の好感度稼ぎと銘打って家庭のトラブルに首突っ込んでるじゃねぇか。

 おまけに当の簪嬢は頑固と来た。これ以上自分が言っても逆効果だし、みんなに話を通しておいて彼女を説得……なんてことをしたらもう最悪だ。

 

「そうか……ごめんね」

 

 残念ながら、自分にできるお節介はここまで。後は、楯無嬢の方面からアプローチをかけるか……似たような境遇の篠ノ之ちゃんがフォローに回るか…………少し心配になってきたぞ……

 一人っ子の自分としては、なんとも言えない感覚を味わいつつ、残りのお菓子を食べていく……

 

「……あ、そうだ。新しくお菓子を取りに行くけど、何か欲しいのやつはあるかい?」

 

 しばらくは無言でお互いに食べていたがちょうど両者共に食べ終える。しかし、このままだと気まずいので少し雰囲気を変えるために話を振る。これで無理なら素直に離れるべきだろう。

 

「……じゃあ、洋菓子。先生が良いと思ったのを……」

「あいよ」

 

 気まずい事を言ったのを自覚しているのか、あっさり了承してくれる。自分が選んだものをご所望するのは少し予想外だったが……

 彼女を待たせるのもいけないのでとっととトレーを持って行く事に……すると、凰嬢にインタビューしている上級生が一人。新聞部部長の黛 薫子(まゆずみ かおるこ)だ。

 彼女はクラス代表争いの後でも、織斑君とオルコット嬢辺りに取材をしたのは記憶に新しい。

 ついでに蛇足だがその時の新聞部が発行したタブロイド紙を見たことがあったが……まあ、よくある女性向けの大衆紙のような物だった。しかしIS学園での大衆紙ということで、内容はここやIS関連に特化したものが多く読んでてそれなりには楽しかった。ISスーツってあんなにあったんだな、初めて知った。

 ちょうど、凰嬢へのインタビューも終わったのか笑顔で去ると、こっちと視線が合う。

 すると、パァ……と明るい笑顔、営業スマイルを浮かべてこちらにやって来る。

 

「あ、どうもどうも。私、IS学園新聞部の部長をやっております。黛 薫子(まゆずみ かおるこ)と申します。」

「これはご丁寧にありがとう。1年2組の担任をやっております。岡部 友章です。」

 

 お互いに頭を下げ、自分は新聞部の部長の横を通り抜ける。こういうのはスルーするに限る。

 

「あ、ちょっと! お話を伺いたいのですが!」

 

 慌てて、こちらを追いかけるが、自分は気にせずデザートをトレーに載せていく。あ、このエクレア美味しそうだな……簪嬢にとっておこう。

 

「ちょっと! スルーしないで下さいよぉ!」

 

 無視されて若干涙目になりつつある部長を尻目にどんどん選んだデザートをトレーに載せていく。キルシュトルテやバームクーヘン、ブラマンジェなどを選ぶ。

 自分も簪嬢多分そこまで多くは食べれないので、これぐらいにして彼女の元へと戻る。

 

「はい、好きなのを好きなだけ取ってくれ。あと、紅茶も入れたけど……いる?」

 

 コクリと頷いて、簪嬢は紅茶とエクレアを取る。

 

「あら? かんちゃんじゃない! 岡部先生と一緒にいるなんて、珍しいわね」

「ん? 更識さん知り合い?」

「あの人の友達」

 

 何故か脳裏に、IS学園の新聞部が発行した書物を見て爆笑する楯無嬢が浮かんできて、反射的に納得してしまう。確かに、そういうゴシップ記事とか好きそうだよね……

 

「で、完全にスルーしたのに涙目になってまで自分に聞くことなんてあるかい? 残念ながら、女の子受けするようなネタなんて持ってないけど……?」

 

 そう言うと彼女の目が一瞬光る。なんかヤベェ……

 

「では、IS学園実習教員に至るまでの経緯……白騎士事件やモンド・グロッソでの出来事などを」

「メディアのインタビューで言った事が全てです。」

 

 そうバッサリと切り捨てる。果敢に来るのは良いことだけど、それはNG。

 

「なんでですか? 今の貴方の立場を考えたら……」

「そういう話なら尚更ダメです。諦めてください」

 

 そう断って、紅茶を飲む。

 白騎士事件の当事者でしかもモンド・グロッソの優勝者。特大のおまけに男性操縦者で一部の人間には雇われ軍人であるとくれば……ね……

 取り入る要素があり、名目上巻き込まれた織斑君とは違い、自分には擁護される要素なんて皆無。ある意味男と女の敵と言っても過言では無いだろうか?

 

 しかし、表面上心配してくれている部長さんには悪いが、これ全部自分の意志ですから。

 

 白騎士事件や篠ノ之ちゃんの近くにいてあげたり、IS学園の教員になったのはのは篠ノ之さんに頼まれたから。モンド・グロッソは織斑さんに頼まれたから。雇われ軍人になったのは自分の記憶が知りたいから。

 

 動機は何らかの事象に巻き込まれるような形だが、それでもやると決めたのは自分の意志があったからだ。そうじゃなきゃ高校卒業時点で自衛隊に直行してます。

 

 そして、自分がゲスト機の搭乗者で、初の男性操縦者だとバラしたのは篠ノ之姉妹や織斑姉弟が背負っている物を軽くしてあげたいから。さらに欲張りな事にIS学園に来てから、良い教師にも成りたいだなんて思い始めてもいたり……

 これは傲慢かも知れない、だが自分はそれでもやりたいと思ったのだ。いやーやりたいことがいっぱいあって大変だぁ。

 

 ……でも、優先順位は篠ノ之姉妹や織斑姉弟だよ……まずは彼らが一番大切だから……良い教師になるのは当分先の話かな……?

 

「そうだね……そういうタブー以外の事なら……IS学園関連ならもしかしたら答えられるかもしれないね」

 

 持ち帰るネタが無いというのも寂しい物なので、遠まわしに条件付きで答える事を伝えると、途端に目を輝かす部長。

 

「それでは! どうです? ISスーツを着た生徒に合法的に指導できるのは?」

 

 むせた

 

 吹き出さないだけマシであるが、その代わり激しく咳き込んでしまい、簪嬢が気を使って背中をさする始末。

 

「あら? こう……見る!触れる!動かす! みたいに出来るでしょ?」

 

 そんな一昔前のおもちゃの売り文句じゃないんだから……

 

「ガキンチョ相手にそんな気起こすかよ……」

「そうですか……『2組の担任は女子大生以上のお姉さんが大好き』……っと……それではありがとうございまーす」

 

 そう言うと笑顔でラウンジから立ち去るのであった。ゴシップのネタにされるのは勘弁してほしいものである……

 

   ■   ■   ■

 

「また転校生!?」

「ああ、また……転校生だ……」

 

 思わず声をあげる自分とこめかみを押さえる織斑さん。

 6月に入ってすぐの事であった……

 

「ええー……末には学年別タッグトーナメントがあって更に7月入ってすぐに一般科目の前期定期テストですよ!? しかもその後、夏休みの一部を使っての1年生限定の臨海学校もありますし……」

「だから今の時期に……だ……しかも二人もいる……」

 

 二人共深いため息をつく。何故なら、この時期の転校生なんて代表候補生かそれに準じるレベルの生徒でしかありえないからだ。当然、1組2組の負担が増えるのは当然の事だ。

 

「で、どこの代表候補で、どこに振り分けられるんですか……」

「ドイツとフランスだ……しかも両方私の所だ……」

 

 なんでドイツに出向したからといってここまで私に押し付け……もとい期待しているのか……と、ボヤく織斑さん。流石にここまでだと同情したくなる。

 

「それは……お気の毒に……何かあれば遠慮なんてせず、すぐに自分に相談して下さいね」

「ありがとうございます、岡部先生」

 

 そう答える織斑さん。その答えに自分は少し不満なので、こっそりプライベートチャンネルでさらに伝える。

 

『そんな水くさい事は言わないでください。織斑さんも自分の本当に大切な人達の中の一人なんですから……ね?』

『……そうか……それなら、今後のアテにはさせてもらうとするよ。ありがとう』

 

 そこまで言葉を引き出したので満足。引き続き転校生の話へ……

 

「で、いつ来るんです? その代表候補生達は?」

「明日だよ……」

「明日!? また随分急な……」

「先方からのゴリ押しのようでな……全く……」

 

 再びため息をつく織斑さん。ここであることに気づく。

 

「ところで、ドイツから……って聞きましたけど……もしかしたら織斑さんの知り合いかも知れないですね」

 

 織斑さんのファンっていっぱいいますし……と付け加える。

 

「正解だよ……そのもしかしたら……だ」

「へえ、どんな娘?」

「去年ドイツに出向した時、偶々ドイツ軍のIS部隊にもレクチャーしてほしいと言われたので、そこに出向いた時に……な……」

「ドイツ軍!? 子供なのに?」

「まあ、正確に言えばドイツ軍の災害救助部隊……という名目の特殊部隊だがな……嫌な話さ」

 

 そう言い捨てる織斑さん。それには自分も大きく同意。「原因はお前等だろ」とか言われそうだが、当事者としては「んなもん知るか」と言いたいもんである。元々IS自体宇宙開発用なのに、戦争や政治に使おう考える人達に文句を言って欲しいものだ……

 

「まあ、その話はじっくり聞かせてもらうことにして……じゃあ、また公用車を引っ張り出さないと……」

「そうだな……何故ここはそんな細かい所まで男がいないのだろうか……理解に苦しむ……」

 

 そうお互いに首をかしげながら疑問に思うのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「そういう訳で、明日の放課後の模擬戦は無しだ」

 

 放課後、補習という名の模擬戦や訓練などが終わった後、いつものメンバーにそう報告すると、みんな残念そうな表情を浮かべ、がっくりと肩を落とす。

 

「まあ、そう気を落とすな。もしかしたらこのメンバーに新しい仲間を加えての補習になるかもしれんぞ」

 

 そんな落ち込むみんなをフォローするかのように、織斑さんが言う。

 

「本当か!千冬姉!?」「本当ですか!岡部さん!?」

 

 自分と織斑さんは無言で拡張領域から出席簿を取り出し、白式と特装型打鉄の頭部をどつく。

 

「痛いよ千冬姉!?」「ひどいよ岡部さん!?」

 

 凄く気持ちいい快音を出した二人は涙目で自分と織斑さんを見つめる。ISに乗ってるからできる芸当だ。

 

 ……何気にシールドエネルギーが減っているが気にしない事にする……別に、人間用の9ミリパラベラム一発分だしいいや……

 

「篠ノ之、織斑。ちゃんと先生を付けろ。いいな……」

「オルコットさん、凰さん、更識さん。これが高速切替(ラピッドスイッチ)ってやつの一種だ。コイツはこうやって素早く行動に移すことが出来るから、闘いを有利に進める事だって出来るぞ。今ので十分にわかっただろ?」

 

 織斑さんが二人に説教しつつ、自分は他のメンバーに解説を挟む。

 他のメンバーはコクコクと首を縦に振る。

 

 さて、大体補習が終わった直後は、教員を交えての雑談会となる。で、今日の話題はというと……

 

「それにしても……箒、アンタ強すぎ……」

 

 篠ノ之ちゃんのIS技術の腕の話らしい。凰のこの一言がきっかけだ。篠ノ之ちゃんのみ、量産型のカスタム機だからか、そういった印象が強いのだろう。

 

「確かに、箒さんと初めに手合わせした時は大変驚きました」

 

 オルコット嬢も凰嬢に同調する。

 

「本当に……俺なんか鈴やセシリア、簪に何とか食らいついていけるのに……」

 

 織斑君も同意見らしい。

 

「む、そんなに褒められると……悪い気はしないな……」

 

 褒められて照れてる篠ノ之ちゃんの肩をポンと叩く。

 

「そりゃ、なんたって自分の一番最初の生徒だからね。気合も入るって物だよ」

「じゃあ、やっぱり……箒が強いのは岡部先生が原因?」

「それもあるかもしれないけど、やっぱりやる気と資質じゃないかな?」

 

 凰の質問にはそう答える。

 

「資質……でも篠ノ之さんの適性は「C」の筈ですよね?」

「それは一般的に数値化した時の場合さ」

「ならば……箒さんの場合は一般的では無い……と?」

 

 そうオルコット嬢が尋ねてくる。

 

「そうだねぇ、身近な人で言うと篠ノ之ちゃんはある意味、織斑姉弟に似ている……かな? つまり、剣道とかで近接戦闘には慣れているというか……下地が出来ているんだ」

「下地……?」

 

 簪嬢が首をかしげる。

 

「私や岡部先生のIS適性は「A+」を超えている……仮にこいつを「S」としよう。こいつはISを自由自在に動かすことが出来ると言われているな?」

 

 織斑さんが説明を引き継ぐ。

 

「これはモンド・グロッソを経験した私や岡部先生だから言える事だが……その程度じゃ、近接・遠隔のみでの優勝なんて無理だ」

「やっぱり、ある程度の経験は無いと、難しいよ。実際に自分も織斑先生もヒヤヒヤした場面なんて幾つかあったのは事実だし」

「では、ここで質問だ。私と岡部先生の共通点は何だ? ……あ、篠ノ之は知ってると思うから言うなよ?」

 

 そう言って、織斑さんは篠ノ之さんに釘を刺す。

 

「んー……織斑先生は一夏と同じ剣道でしょ? 岡部先生……射撃……?」

「日本でも狩猟があると聞きましたから、岡部先生は狩猟でもやっていたのでしょうか?」

 

 不思議そうにする二人、内心イジけてなんていませんよ……イジけてませんよ……グスン……

 

「……射撃競技……エアライフルとエアピストルで全国優勝していた……」

 

 その様子を見兼ねた簪嬢はそっと助け舟を出す。

 

「ま、そういう事だ。ISに触る前に何らかの競技である程度のセンスが磨かれていたおかげだな」

 

 織斑先生がさくっと結論を述べる。

 

「だから篠ノ之さんも一夏さんもそれなりには強いのですか?」

「まあ、それなら納得かな? センスが磨かれていると言っても一夏の方は織斑先生が剣道方面で監修してるし」

「箒の場合は……岡部先生が補うように射撃を叩き込んでる分……死角が少ない」

「ま、君達も補習に来てくれる限りは、自分も織斑先生も鍛えあげる事には鍛えあげるから。三年ぐらい経ったら、期待はしてもいいと思うよ」

 

 そう自分が述べて、今日の雑談は終了した。

 

 で、翌日。凰嬢を迎えに行く時と同様に公用車で空港へと向かう。今回は運転手は相変わらず自分だが、今度は助手席は織斑さんだ。

 運転中、怪しげな車か兆候が無いかの確認も怠らずに無事、空港へと到着。織斑さんは二人の代表候補生を迎えに行く為、空港へと向かう。もし万が一何かあっても織斑さんと代表候補生達はISを常に常備しているので問題は無いだろう。

 

 そう思いながら待つこと十数分後……困惑気味な織斑さんがフランスとドイツの代表候補生を連れてきた。

 片方は長い銀髪にそれとなく威圧感を感じるような雰囲気を醸し出している。左目に付けられた眼帯がその雰囲気をさらに強調している。もう片方は金髪でどことなく中性的な顔立ちをしている。織斑君みたいだな……

 そう思いながら、車から出て後部座席のドアを開ける。二人は……金髪の方は自分に会釈しながら乗り込み、銀髪の方は我関せずといった感じにそのまま乗り込む。

 

 助手席に再度、織斑さんを載せて出発。

 

「岡部先生、この二人がフランスとドイツの代表候補生……シャルル・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒだ……」

 

 そう言って、自分に二人を紹介すると共に二人にも自分の事を紹介する。

 

「あの……例の元ヴァルキリー兼ブリュンヒルデ……」

「教官と唯一互角に闘える事ができると言われている……あの男が……」

 

 バックミラー越しに二人の表情を伺う。金髪で中性的な方、シャルル・デュノアはニコニコしながらミラー越しに手を振っている。一方、銀髪眼帯の方、ラウラ・ボーデヴィッヒは特に表情は変わっていない。特に自分に関してはどうでも良いみたいだが、ミラー越しに目線が合うと少しだけ視線を合わせた後、逸らした。

 

 なんだか不穏な空気を感じつつ、引き続きハンドルを握る……ふーん、ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノア……ん?シャルル?

 

「織斑先生。もしかしたら、もしかすると……」

「私も今さっき知った。デュノアは男だ……」

 

 面倒事が確定じゃねぇかちくしょうめ……

 



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10:IS学園 6月

 何事も無く転校生をIS学園まで届けて、学園の案内も終了し、本日の業務内容は終了した。

 

 運転中も学園の案内中でもラウラ・ボーデヴィッヒは自分と目を合わせようとはしなかったことが唯一腑に落ちない点ではあるが、IS学園では割とよくあることなので気にしない。

 

 そもそも自分に懐く大半が身内か代表候補生とかのエリートってどういうことだよ……

 特に2年の更識楯無を筆頭にサラ・ウェルキンやフォルテ・サファイア、ダリル・ケイシーや他学年の代表候補生やクラス代表達が軒並み模擬戦と放課後の補習という名の模擬戦に参加したがる。

 自分や織斑さんの二人だけでは1年はともかくお前等までは面倒見切れる自信が無いぞ……なので丁寧にお断りしてるが……

 

 それならいっそ、他の生徒や女性教師陣みたいに畏怖されるかあからさまに嫌な態度で接してくれたほうが気楽だよ……

 数学・物理・化学辺りの普通の授業科目を担当してる、教授クラスのお爺ちゃん先生達や唯一の男性用務員の爺ちゃんとの談笑が心の癒しです……

 

 自室のソファに深く腰掛け、目をつぶって今日のことについてそんな風に考えていた。

 いやそんなことよりだ。そんなことはどうでもいい。篠ノ之さんに聞きたいことがあるんだ。

 

「――篠ノ之さん。今います? 篠ノ之さーん。」

『はいは~い、束さんはいますよー』

 

 半ば冗談で呟くと目の前にディスプレイが出てきて、篠ノ之さんの姿がドアップで出てくる。珍しく白衣姿なのはいいがあまりにも唐突すぎて思考停止に陥ってしまう。

 

「…………」

『あれぇ? アッキー?』

「……心臓が止まるかと思った……」

 

 本人には敢えて聞かないけど、きちんとプライバシーとか気にしてくれてるのか少し心配になってきた……

 

『え? でも束さんの事呼んでなかった?』

「確かに呼んでましたけど……もうちょっと気を使ってくれたら自分は大変嬉しいです……」

『にゃはは……ゴメンゴメン。今後の改善策の参考にするよ』

 

 苦笑いで後頭部を掻く篠ノ之さんであった。

 

「……このタイミングで出てくるって事は……わかってるか……」

 

 そう呟くとノック音が聞こえる。

 

「少し、待ってて」

『うん』

 

 篠ノ之さんに待機してもらってから扉を開けると、織斑さんがいた。

 

「また狙いすましたようなタイミングだなぁ……どうぞ、中に」

「……ああ、大体察した」

 

 お互いにそう言葉を交わして、自室に招き入れる。

 

『ワァオ。このタイミングでちーちゃんが来たのは都合がいいのね』

 

 自分と織斑さんはソファに隣り合って座り、対面する形にディスプレイを配置する。

 

「で、束。シャルル・デュノアの件なんだが……一夏や岡部と同様に男性操縦者なのか?」

 

 少し険しい表情をしながら篠ノ之さんそう尋ねる。やはりそこが一番心配な所だ。

 三人目の男性操縦者……文面上ではあまり稀少度は一人目二人目と違ってそこまで高くは無い。だが、シャルル・デュノアは下手をすれば、自分や織斑君よりも稀少な存在であるとも言える。それは……

 

 篠ノ之束の身内以外で初の男性操縦者だからだ。

 

『うーん……正直この件に関しては束さんもビックリしたんだよ。もしそれが本当の事なら奇跡……いや奇跡なんて言葉じゃ足りない位の出来事なの』

 

 確認するがIS自体はISコアとの相性が超絶に良ければ、男性でも動かせる。相性が良ければの話だ。

 自分や織斑君は半ば篠ノ之さんが恣意的に動かせるようにしたと言っても過言では無い。何故なら、わざわざ相性の良いコアを作成してくれたのだから。

 

「篠ノ之さん、具体的には確率って……どれくらい?」

『うーん分かりやすく言うとね~……宝くじで1等を10回連続で叩きだしても無理な数値。幸運の女神に微笑んで貰うどころか惚れてくれないと無理なレベル』

「わかりやすい……のか?」

 

 とにかく無理なことは分かった。

 で、シャルル・デュノアはそのある意味不幸な運命というか……幸運の女神様に惚れられた訳だ。事実が正しければ……

 

「しかしだな……デュノアの顔写真は見たか?」

『まあねー、ちょっと気にはなったし』

 

 しかし、女性陣はあんまりいい顔をしていない。さらっと聞き捨てならない事を両者ともに言ってたような気もするが、今言及すると話がややこしくなるので見逃しておこう。

 

「ん? 二人はなんか言いたそうだけど……?」

「……まあな。ところで、岡部……デュノアを見てどう思う?」

「どう思うって……男性操縦者とか珍しいなーぐらいですよ?」

 

 個人的にはボーデヴィッヒさんの方が気にはなるのだが……それは後で聞くか……

 

「そこじゃない岡部、そこではないんだ。もっと……こう、カラダを見てだな……」

『ちーちゃんなんかやらしい。でもわかるよ、それは。束さんでも』

 

 篠ノ之さんが茶々を入れるも、織斑さんは真剣に言うので一言だけに留まる。

 

「体ねぇ……まあ、男にしては小柄で華奢だなぁとは思いますけど……」

「そう。それなんだ。私が危惧している所は」

 

 両肩をガシッ!と掴み、視線を合わせる。

 

「いやいやいや、今頃そんな男性って珍しく無いでしょう……織斑君もそんな感じだし……」

 

 シャルル・デュノアは確かに男性にしては中性的だ。だが、織斑君もデュノア君に比べれば劣るがそれなりな事をすれば中性的にも見えなくもない。以前、あいつは中学時代の文化祭でふざけてウィッグとかメガネを付け、メイクとかして女装とかさせられてたし……

 そのような背景を知っているが故にそう言ったのだが……織斑さんと篠ノ之さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

 

 ――あ、これ失言だ……

 

「いやいやいや、自分は女子大」

「……岡部、よりにもよってデュノアと一夏だと……!? 早まるな! 悩みがあるのなら私が相談してやるからな!? な!?」

 

 最後まで言わせてもらえませんでした。

 

 そう言って両肩を持って激しく揺らされる。あばばばば……視界が揺れる……

 その隣では『アッキー……恐ろしい子……!? 病気を治すお薬開発しなくちゃ……』と叫ぶ篠ノ之さんの姿が……普段はこんなバカな事を言わないんだけどなー……ホント……

 とりあえず、織斑さんを力ずくで止めて弁明する。

 

「だからだな……最近の男子高校生はそういう子が多いだろ? それに自分は女の娘が大好きです! 特に女子大生以上のオネーさんが!!」

「……すまん。早とちりをした」

 

 わかればよろしい。

 

「でも、そこまで怪しむか? そんな……シャルル・デュノアが実は女の子でした……とか?」

『でも束さんとちーちゃんは感じるんだよ……そういう匂いがするんだもん……』

「私もだ岡部、なにかデュノアには同性の匂いがするんだ」

 

 お前等……それ失言だぞ……

 あと篠ノ之さんは写真を見ただけでしょうが。

 

「……自分は女性同士の同性愛は肯定派ですよ……うん……」

 

 先ほどの仕返しを含んでそう言う。

 

「こ! これは言葉の綾であってだな……」

『束さんは百合百合な人じゃないよ! 男の人にも興味は少しは……いや全然あるよ!』

「……冗談です……自分で言うのもなんですけど茶番はここまでにして、当面の間シャルル・デュノアには注意する……って言うことでいいね?」

 

 二人はそれぞれ狼狽えながら弁明するが、元々冗談で言ったのでさくっと終わらせ、結論に走る。

 

「ああ、それには賛成だ」

『束さんも気になるから色々と調べておくんだよ!』

「じゃあ二人が賛成したところで、自分も一つ気になった事……いいかな?」

 

 そう言うと、二人共了承する。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒのことなんだが……彼女、やけに自分に敵意というか何かよく睨まれた気がするんだが……やっぱり男性操縦者だからかな……?」

 

 車を運転している時も、学園を案内している時も、やけに視線や敵意が感じられていた。もし変な事を起こすのなら、こちらもただでは済まさない気でいたが、結局なにもアクションも起こさずに各自、一時的な自室に戻っていったが……

 そう言うと、織斑さんはバツの悪い表情をする。

 

「あー……その件か……ラウラの事は私に任せてくれないか? 私もラウラに言わなければいけないことがあるんだ」

 

 バツの悪い表情をするものの、やがて腹をくくったのか自分にそう提案する。提案した時の彼女はとても凛々しい……

 

「……まあ、別に問題は無いけど……何かあったのか?」

「まあ、色々と……な?」

 

 その後は三人交えての雑談に移行し他愛のない話をしてから眠ったのだった……

 

 

   ■   ■   ■

 

 お昼休み、ラピッドスイッチで筆記用具を切り替えながら手早く書類作成をこなしている時であった。

 

「岡部さん岡部さん! ルームメイトの変更って本当ですか!?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルル・デュノアの両名が1組に正式に編入されたその日のお昼休み。篠ノ之ちゃんは職員室の引き戸を勢い良く開け、周囲を見回してデスクワークに取り掛かっている自分を見つけるやいなや一直線に向かって来た。

 声を少し荒げて、自分の両肩を掴み、前後に激しく揺らしながら寮でのルームメイトの変更についての真偽を尋ねている。頭が揺れてちょっと気持ち悪くなってきた……

 

「篠ノ之ちゃん! その前にちょっと落ち着いて! ちゃんと話すから!」

 

 篠ノ之ちゃんを手で制しながら、そう言う。周りの職員が奇異の目でこちらと篠ノ之ちゃんを見ているが、気にしない。

 自分は彼女に説明する為、デスクの棚からクリアファイルを取り出すと説明を始める。

 

「織斑先生から聞いた通り、織斑君と篠ノ之ちゃんのルームメイトと部屋が変更される」

 

 クリアファイルから、新たに振り分けられた寮の表を彼女に見せる。

 

「……と言っても篠ノ之ちゃんは別にあの部屋動かなくてもいいよ。移動するのは織斑君だから」

「ええ、それは千冬さんから聞いてます。でもなんで?!」

「理由も聞いただろ?『同じ男同士だから』……だ」

 

 そう言うと、がっくりと肩を落とす篠ノ之ちゃん。正直な所自分もそのような事態になるとは予想だにしなかった。

 

「……で、余った私はもう一人の転校生であるラウラ・ボーデヴィッヒがルームメイトとして充てられる……と」

「まあ、そうなりますわな」

 

 これが両者ともに代表候補生ならルームメイトにはならなかったのだが……

 書類上、シャルル・デュノアはデュノア社のテストパイロットで研修に来たという名目。ラウラ・ボーデヴィッヒはドイツ連邦軍を除隊してIS学園に編入したという事になっている。

 前にも言ったような気もするが、子供が軍人というのは国際世論的にヤバ過ぎるような気もするが、特に何もそういったバッシングなどは聞いた事がないのでまあどうにかしたのだろう。

 

「ねえ、岡部さん……」

「ん?」

 

 両肩をガシッ!と掴んだまま、自分に問いかける。なんだかどんよりとした雰囲気を醸し出している。

 

「ルームメイト……変えられないかな……?」

「いや、流石に無理だろ……まあ、ちょうど軍属の人と一緒に話ができるいい機会だ。色々と聞いておくのも悪くないと思うぞ?」

 

 そう言うと、渋々ながら納得した様子を見せる。

 

「……うん。色々といい機会だ……うん。そういう事にしよう……わかりました」

「うん、色々と頑張れよー」

 

 そう言った後、篠ノ之ちゃんは頭を下げて職員室を出ていこうとする……

 

「お、ちょっと待った」

「なんですか岡部さん?」

 

 が、少し思い当たる事があったので呼び止める。

 

「そういえば、最近簪さんと一緒に見かける事が少ないけど……どうしたの?」

 

 そう言うと、地雷を踏み抜いてしまったのか、篠ノ之ちゃんは途端に不機嫌になり、険しい表情を浮べる。

 

「……簪の事など……あんな腑抜けた奴なんて、知りません」

 

 簪嬢と篠ノ之ちゃんの間に何かあったのかは明白だ。

 しかし、それを自分は聞きだせるのだろうか? 聞いてもいいのだろうか?

 自分で言うのもアレだが、自分は篠ノ之ちゃんとは仲が良いつもりだ。だから、彼女に何かあったというのなら、何かしてあげたいというもの。

 だが、少し聞いただけでこんなにも機嫌を悪くする彼女に何故かと問いただすのはかえって悪手のような気もする。それに何でもかんでも自分がしゃしゃり出て来るのも彼女にとっては嫌かもしれない。ただでさえこの時期は感情が多感な時期だ。ちょっとした事で取り返しの付かない事に発展する可能性も無くはない。

 

 

 ――考えに考え抜く…………そして結論は…………

 

 

「そうか……わかった。変なことを聞いて済まなかった。篠ノ之さん」

 

 知らないフリをしておく事にする。

 これは当人達の問題である。流石にプライベートな事にまで首を突っ込むのは如何なものか……

 そう結論づける。

 

「!?…………失礼しました……」

 

 特にアクションも無く、ただそう言って、篠ノ之ちゃんは職員室を出ていった……

 それの様子を見た後、次の書類を確認する。

 

「……あらー、試供品のお知らせ?」

 

 表紙にはクラウス社の文字とIS用アサルトライフルの写真が写っていて、ページをめくると製作経緯やコンセプト、スペックデータ等。さらには分解・整備用のマニュアルまで載っていた。

 とりあえずこれは机の隅にでも置いといて、次の書類を手にとる。今度はイギリス政府からの書類だ……恐る恐るページを開くと、そこにはスターライトmkⅢの文字とそれに関連する事柄が載っていた。

 これも机の隅……先ほどのクラウス社の書類の上に積んでおき、次の書類へと手を伸ばす。この書類は……デュノア社からの書類はやけに分厚い……

 恐る恐る、中身を確認すると、出るわ出るわ試供品の一覧。

 

 五五口径アサルトライフル(ヴェント)、六一口径アサルトカノン(ガルム)、六二口径連装ショットガン(レイン・オブ・サタディ)、五九口径重機関銃(デザート・フォックス)等など……極めつけにはリヴァイブ専用防御パッケージ(ガーデン・カーテン)まで……

 

 デュノア社の圧倒的な物量にゲンナリして、一覧だけを見るのに留めて、次々と書類を確認していく。

 アキュラシー・インターナショナル(Accuracy International)社から始まり、有名所のBarrettやBenelli、Franchi、FN Herstal、Giat Industries、Israel Arms International、Sigやシュネッケ社、センダー社、ディアブルアビオニクス、ジェイドメタル社等と言った超有名企業もあれば、マクミラン(MacMillan)、フェイファー・アームズ(Pfeifer-Waffen)、ツルベロ(TRUVELO)、トーラス(Taurus)、ベクター(VEKTOR)、Z-M Weapons等のマイナー・カスタムガンを手がける企業、さらにはミネベアや豊和工業と言った国内メーカーまで世界中の銃器メーカーが我先にへとIS用銃器の試供品と弾薬を供給してくれている。

 後は特殊鋼を作っている会社や、ITS社、デルダイン社、しまいには平和産業の『特機事業部』などからもちらほら……

 

 ――これ、全部拡張領域(バススロット)に入るかな……

 

 そして残りはやけに分厚く表紙にデカデカと『重要機密』と書かれた書類が2つ……やな予感がするものの、残りの書類を見てみると…………

 

 

 第三世代型 自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』

 

 

 ……おいおいおいおい。BT適性あるって話前提ですかイギリスさん……一応、機密だと思うけど渡していいの……? ブラックボックス化はされているんだろうけどさ。

 とりあえずこれも平積みにして置き、次の資料へ……

 

 

 第三世代型 空間圧作用兵器・衝撃砲『龍咆(りゅうほう)』

 

 

 中国もか……いやいや皆さん、自分が元射撃部門のヴァルキリー兼初代ブリュンヒルデだという事に期待し過ぎて、そんなハードルを高くしなくても……

 どちらも、最後には『宜しければ、使用した時の事をどのようなことでもいいですので、是非我々に報告して頂けたら嬉しいです。』の一文が……

 

 

 ――これって使わないと、失礼だよなぁ……

 

 

 ……実質タダで最新兵器を使い倒せる事は大変嬉しいので素直に喜んでおこう。うん、喜んでおこう。

 

「? 岡部先生? 何ぼーっとしてるんだ?」

 

 と、現実から目を逸らしてる時である。そんな自分の姿を見るのが珍しかったのか、つい先程職員室に入ってきた織斑さんが自分の方へと歩いて来て、書類を覗きこむ。

 

「いやぁ、ちょっと……ね?」

「ん~、ああ……お前のところにも来たのか……」

 

 試供品の資料を見た織斑さんは半ば呆れたような表情を浮かべ、同情するかのように自分に話す。

 

「……ってことは?」

「ああ、想像の通りだよ。」

 

 『私の場合は近接武器だがなー』と気だるそうに言って、ディスプレイを投影させる。そこに表示されていた物とは……

 

 近接ショートブレード『インターセプター』、青龍刀『双天牙月 (そうてんがげつ)』、近接ブレード『ブレッド・スライサー』に始まり……

 挙句の果てには対複合装甲用超振動薙刀(なぎなた)の夢現 (ゆめうつつ)や六九口径パイルバンカー、通称盾殺し(シールド・ピアース)こと『灰色の鱗殻 (グレースケール)』まで……

 前半は分かるけど後半はちょっと……無理じゃない?

 

「織斑先生。念の為に聞きますけど……薙刀とパイルバンカーって……?」

「薙刀は一応、昔からの古武術で扱い方自体は……パイルバンカーは全くの手付かずだ……」

 

 半分予想通りの回答が来た。……でも古武術?

 

「古武術だなんて凄いですね。どこでそんなのを?」

「なあに、お前も知ってる所だ。私が習った古武術は……『篠ノ之流』……つまりは篠ノ之の所だ」

 

 へえ、そりゃビックリ。自分なんてレンジャー課程とか冬季遊撃課程とか国際特殊諜報機関(Vital Situation,Swift Elimination)の演習位だよ……それも前世だし……

 とりあえず、カレー粉は神。生存自活には欠かせない、頼れる相棒だ。

 

   ■   ■   ■

 

 で、その日の放課後。寮に帰宅する途中……織斑君と簪嬢が一緒にいるところに出会った。

 

「あれ? 織斑君と簪さん? 二人きりとは珍しいね」

「友兄? 帰り?」

 

 まあな、といいつつ鞄を見せる。

 

「……あ! そうだ! ちょうどいい機会だ! 友兄に相談したいことがあるんだけどいいか?」

「まあ……いいけど……? それって簪さん絡み?」

 

 織斑君は自分に相談があると持ちかけたものの、簪嬢はあまり乗り気では無さそうな様子。

 しかし、朴念仁で有名な織斑君はそんなことを知る由もなく、ただの善意で自分に相談を持ちかけるのであった。

 

「ああ、そうなんだ。実は……」

 

 織斑君が語ったのは案の定、更識姉妹の仲について。織斑君はどうも簪嬢の肩を持つようだ。

 しかし、何故? 織斑君がその話題を聞いたのかがわからない。何かきっかけでもあったのだろうか……

 自分がその事に疑問視している間に織斑君は更に話を進めていく。

 

「それで、簪は同じ姉妹の箒に相談したんだが……どうも大喧嘩しちゃったらしくてさ。それで、寮外にいるところを俺が見つけたんだ。」

 

 その織斑君の言葉で、『ああ、なるほど』と納得した。

 仲が良い篠ノ之さんとの喧嘩で傷心の簪嬢の所に、上手い事入り込んでいった訳か……言い方は悪いが……

 そして、今日の昼休みでの篠ノ之ちゃんの言動とうまく噛み合う。

 

 だがしかし、これはややこしい事になったのではないのだろうか?

 

 打ち上げの時、簪嬢に要らぬお節介をかけて徒労に終わり。他の手段としては楯無嬢の方面からアプローチをかけるか、似たような境遇の篠ノ之ちゃんがフォローに回るか……の二択が考えられるのだが、その片方は失敗ときた。

 おまけに織斑君の介入だ。

 織斑君は良くも悪くもバカ――この場合はいい意味でのバカだが、彼は一旦事情を知れば居ても立っても居られない性質だ。自分も過去、織斑君と同居生活をした時でも何度かそれに巻き込まれた事がある。例えば、不良に絡まれた子を助けに行くだとか、クラスメイトの喫茶店がチンピラに集られてるから何とかする……だとか……

 

 まあ、そんな話はどうでもいい。

 

 今回もそれの一種だと見ても構わないだろう。

 不思議な事に織斑君のバカは大抵は周りの人に発生する少しの苦労さえ目を瞑れば、何とか丸く収まる事が多い。彼の性格がそうさせるのか、はたまたただ運が良いのかはわからないが……

 こうなれば、自分がやる仕事はただ一つ、彼によって発生する事象の火消し役に回るのが一番無難だ。

 

「それでさ、俺も簪と一緒に色々と考えたんだけど、やっぱりこういう時って大人に聞いてみるのも悪くは無いかな……って思ったから友兄に相談したんだけど……どうかな?」

 

 少し恥ずかしげにしかし、ややぶっきらぼうにそう言う織斑君。ごめんね、それ……もう自分が手を出してみた案件なんだ……

 ただ、『自分一人っ子なんで、そういった状況の対策ってのは、わからないなぁ……』と言ってしまうのも無理なので、ここは少し織斑君を煽って流れを変えようと思う。

 

「そうだねー…………やっぱりこういうのってお互いのホントの気持ちを知ることが大事なんじゃないのかな?」

 

 聞き入る織斑君を確認しつつ、言葉を続ける。簪嬢は自分の意図を察したのか、昔自分に見せた楯無嬢の裏の顔を彷彿とさせるような……そんな冷たい視線をこちらにぶつけるが、別に大して気にもならずに喋り続ける。

 多分、この会話が終わって自分と別れた時に、彼女は色々と織斑君に吹き込むんだろうが……自分と織斑君の繋がりを舐めてもらっては困る。

 

「でも、そういうのって本人の目の前で言うのは中々難しいよね。だから、第三者やそれに親しい人達がそれとなーく本音を聞き出す事が出来ればいいんだけどねぇ……」

「…………そうか。そうだよな……サンキューな。友兄」

 

 自分の言葉にじっくりと考え込む動作をした後、彼自身の気持ちが決まったのか爽やかな笑顔で自分に礼を言う。

 

「ああ、参考になったのなら、こっちとしても嬉しいよ」

「それじゃあ、そろそろ戻るわ。また、点呼の時にでも」

 

 そう言って簪嬢を連れて、寮に戻る織斑君。

 その後ろ姿を期待半分、不安半分の気持ちで見るのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 ある日のIS実習、打鉄やラファール・リヴァイブ、各種専用機持ち達がISを展開して整列している。

 

「よし! 全員いるな! 今月は学年別タッグトーナメントに向けての教習だ! なので、今日からそれを想定した内容をやるぞ!」

「まず手始めに全員! 各自、二人一組のペアを作れ! くれぐれもモタモタするなよ! 解散!」

 

 ベネックス先生や山田先生が見守る中、自分と織斑さんが声を上げると各生徒は、散り散りに散りながら二人一組のペアを次々と作っていく。

 大体の人はこれまでの実習や学園生活で、それぞれに自分にあったレベルや相性の良い人などには大まかな目星がついてるようで、特に今の所あ問題は無さそう。

 

「シャルル! 俺と組もうぜ!」

「え……あ、ああ、いいよ。よろしく。一夏」

 

 早速、男に飢えていた織斑君が真っ先に向かったのは案の定、デュノア君だった。

 誰よりも手が早いってどういうことだよ……

 

「ぐ、一夏ったら……人の気も知らないで……セシリア! アタシと組んで!!」

「鈴さん……まあ、ワタクシとしては願ってもない申し出ですけど……」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で織斑君を見たあと、オルコットに声をかける凰嬢。打倒、織斑・シャルルペアを掲げた。

 

「かんちゃん! 一緒に組もー」

「……わかった」

 

 もしかしてあぶれるのでは無いだろうかと心配してた簪さんだが、1組の布仏さんと組むことになったようだ。

 その他の生徒達も次々とペアを組み、どんどんと数が減っていく。

 

 そんな中、お互いに睨み合う二人がいた……

 

「……」

「……」

 

 そう、篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒさんだ。

 

「ラウラ……」

「篠ノ之……」

 

 周りの生徒達は自分に被害が及ばないように距離をとっている。それほどまでにこの二人の周囲にはピリピリとした空気が漂っている。

 そしてお互いに口を開くと……

 

「ペアとしてお前が必要だ!」

「パートナーとして貴様が要る!」

 

 もうお前等付き合ってしまえよ……

 なんだかんだで仲が?良いようである……

 

 そして、無事全員ペアが出来上がり。再び整列する。

 その様子を見て織斑さんは授業を進める。

 

「無事にペアが出来上がったな……これから教員達も二人一組でペアを……私と岡部先生、あるいは山田先生とベネックス先生とのペアで模擬戦をするぞ」

 

 さらっと自分の隣で恐ろしい事を言いながら、教師陣は教師陣でペアを組み、誰かが立候補するのを待っている。

 どう見てもパワーバランスというか、プレッシャーが違い過ぎるけどいいの? 織斑さん……みんなのレベルにあわせて程々に手を抜くから別にいいのか。

 

「教官」

 

 そんな中、さっと手を挙げる生徒が一人、ボーデヴィッヒだ。

 

「ボーデヴィッヒ、ここでは教官……ではなく先生と呼べ」

「……了解しました。織斑先生。私と篠ノ之ペアは貴女と岡部先生のペアに模擬戦を申し込みます」

 

 さらっとこっちもこっちでとんでも無い事を言う。よほど自信があるのだろうか……

 

 ――やけに闘志を帯びた視線を自分にぶつけてきている辺り、嫌な予感しかしないが……

 

「……そうらしいけど、篠ノ之さんはいいかい?」

「問題ありません、岡部先生。私はやれます」

 

 確認の為、相棒の篠ノ之ちゃんに聞いてみるが、特に問題は……闘争心がみなぎっている事以外は問題は無かった。

 ボーデヴィッヒと篠ノ之ちゃんがルームメイトになってから少し経つが、二人の間で何かがあったのだろうか? 寮にいる時は特に何も無かったので別にとやかくは言わないが……

 

「……だそうだが、他にもいるか?」

「ならば、ワタクシ達も岡部・織斑ペアに。よろしいですわね? 鈴さん?」

「俺もやりたい! いいよな? シャルル?」

 

 織斑さんの言葉に反応するようにオルコット・凰ペアと織斑・デュノアペアも名乗りを上げる。

 なんで、自分と織斑さんのペアに突撃すんだよ……岡部先生としては色んなタイプの人とも沢山やってほしいなー……

 他の子達、簪・布仏ペアや他のメンバー達は逆に山田・ベネックスペアに殺到する始末。これはこれで君達は向上心を持って欲しいと言いたくなる。別に授業の一環なんだから、大人気なく本気出して瞬殺なんてしないのにな……

 

「いいわよ。タイマンならまだしもタッグなら、千冬先生ならまだしも足の遅い岡部先生なら、一矢報いる事が出来るかも……」

「うん。 一夏がそう言うなら僕はいいよ」

「……じゃあ、早速やるか。篠ノ之・ボーデヴィッヒペア。ISを展開して上にあがってこい」

 

 不穏な言葉が聞こえるものの、セシリアと織斑君の相方さんは同意している。なので、先のISを展開して待機しておくことに。織斑さんもそれがわかってるのか、自分の後ろに付いて来てくれている。

 

「いやぁ、緊張するなぁ……」

「? 何故緊張するんだ?」

 

 暮桜弐式を展開してる織斑さんが不思議そうにたずねてくる。自分としては織斑さんのそのリアクションが少し不思議に感じるが、別に問いただす必要もないだろう。

 

「だって、ボーデヴィッヒさんのIS……シュヴァルツェア・レーゲン(Schwarzer Regen)だっけ? データはある程度手元にあるけど、言ってみれば実力は未知数じゃないですか。やっぱり、なんでも初めては緊張しますよね?」

 

 データとしては自身の頭の中にあってもいざ実戦となると、思いのほか予想やデータなんてものはあくまでも推測の域を出ない。備えるのはよろしいが、それに過信することは命取りのなるのだ。しかも名目上とはいやレーゲンはある意味軍用なのでブルーティアーズや甲龍とは違い、一部情報が概要しか見れなかったりしている。

 世の中、絶対……なんてものはそうそう滅多には、お目にかかる事は無いのだから……

 今まで経験してきたISでの戦闘でもモンド・グロッソでは何度もヒヤリとした場面だってあったし、初めてオルコットのブルーティアーズや凰の甲龍と対峙した時でも、油断はできなかった。放課後の模擬戦なんて何度もヒヤリとさせられたか……特に織斑さん、アンタだよ。お互いには狭すぎるアリーナ内でかつ、ISはリミッターで競技用レベルにまでスペックは落ち込んでいるものの、毎回全力でぶつかり合って勝利数の比率が自分:織斑=4:6で負け越しなんだ……

 弟君も弟君で一度だけ零落白夜(れいらくびゃくや)でシールドエネルギーがガリガリ減らされたりした時は内心かなり焦った……銃火器等の間接武器は細かなダメージを重ねるのが主流だから、少しでも油断すれば、近接武器で一気にひっくり返されてしまう。

 近接武器並にシールドエネルギーを削ることができる程の火力を有する者もあるが、それらは大抵の場合、ISにはあまり命中を期待できない代物が多く、外した時のリスクもデカイ。ほぼ、射撃に偏執した自機では近接戦闘は不利になりがちだ。

 

 それでもやはり、元ヴァルキリー兼ブリュンヒルデという称号を……初の男性操縦者で篠ノ之 束の関係者という立場を……汚す訳にはいかないのだ。

 何故ならば、自分というリーサルウェポン(人間兵器)がIS学園にいるという事で、奴らはIS学園や篠ノ之さんの関係者には手出しできない一因となっているからだ……

 だからこそ、代表候補生とはいえども……IS適性が『S』であろうとも……軍のエリートだとしても……遅れを取るわけにはいかない。

 

 そういう意味では、現ヴァルキリー兼ブリュンヒルデの織斑さんの存在はある意味、唯一負けても問題無い人なので、本当に良かった……

 

「ああ、確かにな。モンドグロッソで初めて岡部と対戦した時は、心臓が止まるかと思った」

「じゃあ、なんで今はそんなに平静にしてられるんです?」

 

 

「岡部となら、安心して背中を任せられるからな。私にとっての最高の相棒(パートナー)はお前ぐらいの物さ」

 

 

 素面でさらっと、当然かのように言った後、自分に向けてウインクをする。

 つい先程、空中に上がってきた篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒさんはその言葉と織斑さんの様子を目撃してしまったようで、篠ノ之ちゃんは半ば呆れた様子で、ボーデヴィッヒさんは信じられない物を見るかのような表情を見せた。

 

 ――正直、自分としても返答に困る。

 

「ははっ。現ヴァルキリー兼ブリュンヒルデの織斑先生にそう言って貰えて、光栄ですよ。じゃあ、それに見合うだけ働かないといけませんね」

 

 そう言ってIS用のオートマチックショットガンを持ち。スラグ弾を装填する。

 

「そうだな。私の前でもなく後ろでもなく、隣に居て欲しい」

「りょーかい」

 

 開始は暮桜弐式に追従するようにと暗に言われ、特に意見も無いので採用する。

 タッグマッチ戦は個人の力量も必要だが、パートナーとの連携も勝利には重要な鍵の一つだ。特に、重装甲・射撃重視のゲスト機と高機動・近接重視の暮桜弐式が組んだとすれば、おのずと役割が明確に決まってくるだろう。

 

 そして模擬戦の始まりを告げるグリーンランプが点灯。ゲスト機のスラスターを吹かし、暮桜弐式と一緒に距離を詰める。

 

「当たれっ!」

「レールカノン、フォイアー!」

 

 しかし、それを黙って見過ごせない二人は、打金特式はアサルトカノンで、レーゲンは肩部の大口径レールカノンで迎撃するが、自分も暮桜弐式もレールカノンはあっさりとかわし、アサルトカノンも射線から離れたり、オートマチックショットガンを打金特式に撃ち、射撃に集中させないように牽制したりして回避する。

 

「レールカノンは当たってはやれないな、ラウラ」

「試合ではそんな悠長に射撃に専念できないぞ。モタモタしてるとスラグ弾が当たるぞー」

 

 レーゲンのレールカノンを避けながら、ジリジリと近寄っていく自分と暮桜。性能が競技用IS程に抑えられ、なおかつ授業なのでかなり意図的に性能が競技用を落として臨んでいる。

 自分はオートマチックショットガンでスラグ弾を撃ちつつ、打金を牽制しつつ、暮桜は雪片を構えてプレッシャーを与える。

 

「クソッ、ラウラ!」

「篠ノ之! 教官は頼んだ!」

「了解!」

「ゲスト機は私が抑えて見せる!」

 

 このまま、二人まとめてやられるのを防ぐために打鉄とレーゲンは擬似的な一対一に持ち込もうと二手に分かれる。

 

「じゃあ、織斑先生」

「ああ、篠ノ之の相手は引き受ける」

「ボーデヴィッヒさんは自分が」

「相手は第三世代だ、気をつけろ」

「了解」

 

 せっかくの要望なので、応える事に。自分はレーゲンを追いかけ、暮桜は打鉄を追いかける。

 

「やはり来たか、ゲスト機」

「どうも。ゲスト機です」

 

 オートマチックショットガンの中身を散弾に切り替え、レーゲンを追いかける。そして、距離が縮まった所でレーゲンは反転しレールカノンを発射。

 しかし、反転した直後にレールカノンが発射されることはゲスト機から知らされていたので、あっさりとレールカノンの射線を避ける。

 

「この距離でもレールカノンが当たらないとは……」

「あいにく、そう簡単には当たってあげれなくてね」

 

 そうボーデヴィッヒに答えてから、ゲスト機のスラスターを一気に吹かして急加速し、散弾の死のリングにレーゲンを捉えてひたすら撃つ。レーゲンは何故か棒立ちに近いが……

 

「さあ、ドイツ軍第三世代型IS。シュヴァルツェア・レーゲンの力。先生に披露するとしよう」

 

 そう言って、ボーデヴィッヒは軽く手かざすと散弾が次々とレーゲンに着弾する直前にピタリと止まる。そして、レーゲンに着弾する予定であった全部の散弾を止めた後、散弾は自由落下を始めた。

 その光景はまるで映画のようで、それが現実として自分の目の前に広がっていた。これが第三世代型兵器 AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)……っ!

 当の本人のボーデヴィッヒはそのまま動かずに涼しげに、悠然とこちらを見ている。

 

「マジかよ……」

 

 自分はその様に驚きつつも、オートマチックショットガンの中身を近接信管のある榴弾に切り替え、再度発射。レーゲンに着弾する直前に止まるのなら、その辺で上手い事爆発するように設定した榴弾ならば……!!

 

「直前で止められるからその地点で爆発させるか、いい判断だ。流石です」

 

 そう言って、ボーデヴィッヒはまた手をかざす。AICがそれで発動したのか、榴弾を止める。

 

「だがこいつは信管も停止させる事ができるし……」

 

 そして、レーゲンのマニピュレータが発光する。これはいつかのモンド・グロッソでみたプラズマ手刀。そう言えばドイツのISが搭載していたな……

 

「これで信管も無効化もすることもできる」

 

 そう言って、軽く横に薙ぐと榴弾は先程の散弾のように自由落下する。多分、プラズマの他に信管をダメにする何か……電磁波か何か入っているのだろう。

 その後、レーゲンはこちらに接近を開始する。接近戦に弱いゲスト機なので、そのまま近接戦闘でも仕掛けるのだろうが、近づかない方がいいかもしれない。

 

 そう判断して、オートマチックショットガンを拡張領域に入れ、IS用のベルトリンク式の軽機関銃に持ち替えて弾幕を形成する。

 

「流石にそう簡単には近づけないかっ!」

「接近戦は嫌な予感しかしない……」

 

 どうやらAICで射撃武器を無効化するには足を止める必要があるようで、時折レーゲンに着弾しそうな軽機関銃の弾丸はわざわざ一瞬足を止めて防いでいる。

 ところで、質量の弾丸は運動エネルギーを消して止めてるけど、レーザーやビームといった光学兵器に対してはAICどうなるのだろうか……

 

「ならこれはどうだ!」

 

 それに気づくのもつかの間、今まで眼帯をつけて闘っていたボーデヴィッヒは眼帯を拡張領域に入れる形で即座に外す。眼帯に隠された左目は右目の赤色とは違い、金色に輝いている。ISとの適合性向上の為にドイツ軍IS災害救助部隊……という名目の特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊に施された。ナノマシン注入による脳への視覚信号の伝達速度の飛躍的な高速化と、超高速戦闘下での動体反射を強化『ヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)』の副作用による物だ。

 確か資料にはこの副作用が発症したのはボーデヴィッヒのみだった筈だ。因みにこの強化の際、ナノマシン関連できな臭い話もあったが、もう過ぎた話なので置いておこう。

 

「リアルオッドアイとかオイしすぎるやろ、スゲー」

「……心理戦は効かない」

 

 思わず漏れた自分の本音に律儀に反応を返しつつボーデヴィッヒはワイヤーブレードを射出する。ゲスト機を本格的に拘束しにかかると思われる。レーゲンに捕まると碌でも無いことになりそうなので、軽機関銃で牽制しつつも回避に専念するも、捕まった際の事を脳内でシミュレートしておく。

 一発目のワイヤーブレードをスラスターを吹かして横に避けるが、そこに来るのがわかるかのように二本目のワイヤーブレードがこちらに迫ってくる。

 

 ――これがヴォーダン・オージェ(オーディンの瞳)かっ……!

 

 スラスターを吹かして、軽減されているとはいえ急激な重力に耐えつつ無理矢理避ける。そして、更に三本目のワイヤーブレードが来た。これ以上スラスターを吹かして無理でも回避しようとすると完全にレーゲンに隙を晒していしまい大変危険だ。

 そう考えて今度は軽機関銃でワイヤーブレード撃ち落とす為に一瞬足を止めて、軽機関銃でワイヤーブレードを迎撃する。

 

 その時、ゲスト機からの警告音が鳴り、レーゲンの肩部のレールカノンに命中弾発射を予測するクライシスサイトが表示される。ワイヤーブレードに当たるかレールカノンに当たるかの二択になってしまったが、ここは多少のシールドエネルギーの損失を覚悟してそのままワイヤーブレードの迎撃を選び、衝撃に備える。

 

「レールカノン用高速徹甲弾装填、フォイア!」

 

 レーゲンのレールカノンが火を噴く。高速徹甲弾――HVAP (High Velocity Armor Piercing)は装甲貫徹力を高める為に砲弾の質量を減らすことで初速を上げる方向で設計された砲弾だ。

 どうやらまだまだ、APDS(Armor Piercing Discarding Sabot)――装弾筒付徹甲弾(そうだんとうつきてっこうだん)APFSDS(Armor-Piercing Fin-Stabilized Discarding Sabot)――装弾筒付翼安定徹甲弾(そうだんとうつきよくあんていてっこうだん)をレールガンで発射するのは実用化には至ってないようだ。

 

 一瞬そんな事を考えながらもワイヤーブレードを撃ち落とした直後、せめてもの抵抗に右に避けようとするが僅かに狙いがそれるだけに過ぎず左肩に被弾。

 

『爆発反応装甲貫通確認。電磁装甲作動』

 

 ゲスト機のアナウンスにより、高速徹甲弾が左肩の爆発反応装甲をぶち抜き、電磁装甲に接触する。

 そして、高速徹甲弾は数千アンペア大電流が流る電磁装甲に突入し、高速徹甲弾内に電流が通電によって膨大なジュール熱が発生。そして高速徹甲弾は気化する。

 これによってシールドエネルギーは少ししか減少したものの、衝撃までは殺すことはできず大きくよろける。この時、レーゲンの追撃が確定した。

 

 予想通り、四本目と五本目のワイヤーブレードが同時に飛翔してくる。

 

「クソッ!!」

 

 僅かに動く右腕を使い軽機関銃の銃身を用いて四本目のワイヤーブレードを銃身に絡ませるが、五本目のワイヤーブレードには為す術が無く右足がワイヤーに絡まる。そして、その様子をみたボーデヴィッヒは口元を綻ばす。またゲスト機からの警告音が鳴り、レーゲンの肩部のレールカノンに命中弾発射を予測するクライシスサイトが表示される。

 

「捕まえたっ! ならこいつでどうだ!レールカノン用対戦車榴弾装填――フォイア!」

 

 レールカノンから放たれたのは対戦車榴弾又は成形炸薬弾――HEAT(High Explosive Anti-Tank)は高温により液体と化した金属を超高圧で装甲にぶつけることにより、装甲をぶち抜く事ができるシロモノだ。

 前述の徹甲弾と同じ装甲を貫くために開発された砲弾だが、仕組みが異なる為前者が『運動エネルギー弾』対して後者は『化学エネルギー弾』とも言われている。

 

 右脚をワイヤーブレードで拘束されているため、回避は不可能。こうなったら右腕部の装甲で受け止めるしか選択は無くなる。ゲスト機の胴部めがけて飛翔してくる対戦車榴弾を右腕で受け止める。

 

『爆発反応装甲作動』

 

 ゲスト機のアナウンスによって、右腕部に取り付けられた爆発反応装甲の表面に対戦車榴弾の先端が接触した瞬間、装甲内部にある爆薬が爆破され、対戦車榴弾を少し押し返す。その後、対戦車榴弾の先端に取り付けられた信管が作動し、対戦車榴弾内の炸薬が爆発、超高温・超高圧の液体金属がメタルジェットとして装甲を溶解貫通しようとするが、事前に爆発反応装甲によってある程度押し返されているのでメタルジェットは装甲内ではなく空気中を突き進み、やがて自身の貫徹力を減らしていく。そして、装甲にたどり着く頃にはその貫徹力はほぼ無くなり、意味を成さなくなった。

 こうして対戦車榴弾の衝撃に怯んでいる内に左腕を六本目のワイヤーブレードで拘束され完全に身動きができない状態になってしまった。これで残る手段は一つだけだ。

 

「まだ右腕がある」

 

 そう言って、IS用のアサルトライフルを拡張領域から取り出して撃つが弾丸はレーゲンに着弾する直前に運動を停止し自由落下する。やはり実弾では効かないか……

 そうしてる間にも再び一本目、二本目とワイヤーブレードがゲスト機の四肢に絡まっていく、そしてレーゲンがお互いに触れ合える距離にまで詰めていく。すると今まで動かしてきた右腕が突然動かなくなり、そのままワイヤーブレードによって拘束されてアサルトライフルを落としてしまい反撃すらできない状態にまで陥ってしまう。

 

「いくら元ヴァルキリー兼初代ブリュンヒルデが愛機のゲストに搭乗しているとは言え、模擬戦仕様の貧弱な装備と競技用以外にも各国に配慮して格段に落としたスペック、そして世代の差とここまで大きな差があれば苦しいだろう……」

 

 残念そうな表情でゲスト機のバイザーを見つめるボーデヴィッヒ。

 

「そして、相手が悪かった。このドイツ軍第三世代型ISシュヴァルツェア・レーゲンは1対1における戦闘能力は同世代型ISに比べて遥かに高いと言っても過言ではない」

 

 残された手段をいつ使うのか機会を伺いつつ、ボーデヴィッヒの話に耳を傾ける。資料によるとAICでISを拘束したまま一方的には攻撃できないみたいなのでまだ完全に詰んだ訳ではない。

 

「後はこのまま、私は先生を拘束して篠ノ之に射撃して貰えば、先生はまず沈む。それから、私と篠ノ之で教官を叩かせて貰う」

 

 確かに、織斑さんはボーデヴィッヒではなく篠ノ之ちゃんにぶつければある程度は持ちこたえれる。

 それにずっと近接戦闘をしている訳ではないので何度かは射撃で刺せるチャンスもあるわけだから理には適っていると思う。それで、重火器による重い一撃を自分に当てれば確かに自分は規定量のシールドエネルギーを切らして沈むだろう。

 

 もし逆ならば、ボーデヴィッヒが織斑さんを拘束できたとしても自分が篠ノ之ちゃんを沈めるだろうから人選も正解だ。あとは篠ノ之ちゃんから自分やゲスト機の事を色々聞いたのだろうが……

 

『胴部、右肩部、左右脚部、左腕の電磁装甲と爆発反応装甲、開放します』

 

 ――こっちもシュヴァルツェア・レーゲンについてはある程度は予習済みなんだ。

 

 他の部位に搭載された残りの電磁装甲と爆発反応装甲を開放する。まずは爆発反応装甲が開放され、各部位に絡まっていたワイヤーを引き千切る。突然の出来事にボーデヴィッヒは面食らってAICが発動できない。

 続いて、通電式の電磁装甲が開放され、大電流は空気中に流れ出す。そして一番近くにいるレーゲンに向かって流れていき感電、シールドエネルギーをガリガリ減らしていく。ボーデヴィッヒは感電の衝撃で怯み、完全に隙をこちらに晒した。

 

 これが、最後の残る手段。増加装甲の意図的な作動だ。

 

 そしてこれが唯一自分の格闘用装備とも言えるシロモノでもある。

 

 この機会を当然自分は逃す筈もなく、スラグ弾を装填したオートマチックショットガンを構え、レーゲンの土手っ腹めがけて容赦無く撃つ。

 スラグ弾という質量の大きな弾丸――もはや砲弾と言ってもいい程の物を貰い、先程の電流に比べると劣ってしまうが強い衝撃を受け、シールドエネルギーを減らしていく。

 

 後は一方的にレーゲンの規定量のシールドエネルギーが無くなるまで、装甲の無い腹部にスラグ弾を撃ちこみ続け、ボーデヴィッヒが沈んだ事で模擬戦は終了となった。

 

   ■   ■   ■

 

 その日の晩、職員会議や1組の織斑先生や山田先生とのIS実習についての今後の教導方針について話し合った後、職員室で一人残りの事務作業をしていた時のことである。

 唐突に職員室の扉が開いたので、振り向くとそこにはボーデヴィッヒさんがいた。

 

「岡部先生」

「? ボーデヴィッヒさん、何か自分にご用でも?」

 

 ボーデヴィッヒは真剣な面持ちでこちらを見据えた後……

 

「岡部さん。ドイツが貴方を是非佐官として受け入れたいと思っております」

 

 トンでもない事を言い放った。

 

「……残念ながらお断りするよ」

「そうですか……」

 

 激昂するかなー? と心配しつつ断ったが、やけにあっさりとボーデヴィッヒは引いた。むしろ、逆に納得したとでも言わんばかりの表情だ。

 

「どうしてそれを? その顔だと、まるでわかってたような感じがするが……」

「はい。つい先程、教官の部屋を訪ねて、同じような事を教官にも言いました」

 

 事務作業を中断し、こめかみを押さえる。

 

「ボーデヴィッヒ。その言動は最悪の場合、ドイツによるIS学園への干渉行為とみなす事になる。以後、慎みたまえ。いいか? 警告はしたぞ」

「はい、本国には不可能であると言っておきます故、今後このような事は言いません」

 

 わかってるのだかわかってないのだか、少し心配だがこれでいいだろう。

 

「あー、因みに……だ。IS学園にはもう慣れたか?」

「ええ、慣れました」

 

 ボーデヴィッヒのその言葉を聞いてホッとしたのもつかの間。

 

「少なくともISをファッションか何かだと勘違いしているような連中に腹を立てなくなる程度には」

 

 ああ、やっぱコイツ心配だ……

 

 自身としては子供の頃から軍事に手を染めていようが軍人になろうが、青春を軍事に捧げようが知ったことではない。

 自分もかつて銃器が使いたいが故に自衛隊に入り、少しでも長く居れるために様々な課程や資格を取っていたのだから人の事は言えない。

 

 そんな自分が一番危惧しているのはそいつの常識が軍という閉ざされた世界の中でしかないのにその常識のまま外の世界に出る事を一番危惧し恐れている。

 

「それは仕方が無い。競技用ISと軍用ISに触れる人間の違いだ」

「だからこそ、教官や岡部先生のような逸材がここでいるのは間違っていると自分は思います」

 

 再びこめかみを押さえて、ボーデヴィッヒの方へ視線を合わせる。

 

「なら自分達は戦争に祈りを捧げる死の司祭がお似合いなのか?」

 

 ――確かにISに乗ればまさに死の司祭になるだろうなと付け足した。

 

 ボーデヴィッヒは黙ったままだ。

 

「少なくとも織斑さんや自分はそんな下らない事の為にISには乗ってない」

 

 ボーデヴィッヒが静かにだが、自分も睨み付けている。

 

「それは詭弁だ」

「軍隊で教官役をやるよりかは遥かにマシだ」

 

 未だボーデヴィッヒは睨み付けている。

 そりゃIS学園の教員をやってても生徒が進路を軍隊に向けたら間接的にはそうなるが、自分たちはIS操縦の技術を教えてるだけで、殺しまでは教えてはいない。

 IS学園と軍隊などのIS用の訓練プログラムとの一番の違いは、殺しという行為に対する抵抗の有無だ。

 

「なら、教えてくれないかボーデヴィッヒ……自分はずっと迷っているんだ……」

 

 

「自分はどう生きればいい?」

 

 

「そんな事、人間ではない……試験官で生まれた私に分かるものか……」

 

 自分の問いかけの後、絞り出すようにボーデヴィッヒはかすかな声で答えた。その顔は悲しみを感じさせる。当の自分も口ではシリアスな事を言っていたが、これはボーデヴィッヒに対する一種のカマかけのような物で、彼女には騙して悪いが実の所はそこまで思いつめてもいない。

 

「それこそ詭弁だ。ボーデヴィッヒ」

「そんな!? 岡部先生に何がわかるのですか!?」

 

 その言葉に激昂し、自分のデスクに拳を勢い良く叩きつける。その衝撃で書類が少し横にずれ、コップに入った紅茶が波打つ。

 

「試験管ベイビー――遺伝子強化試験体(アドヴァンズド)……かつてスーパーソルジャーによる最強部隊を造りだし強大な軍事力を得ようとしていた奴らの残りか……」

 

 数年前のステルスカルノタウルスやオルコット夫妻の救出の際に遭遇した遺伝子強化された男、楯無嬢との共闘が脳裏に浮かぶ。

 そして『かつてホークアイが潰したという組織の派生系か……』とふと呟くと、ボーデヴィッヒの目が見開かれる。

 

「なら話が早い。だからこそ、私は人ではなく兵器なのだ……」

「なら、ボーデヴィッヒを超える自分はなんだろうね?」

 

 その言葉にボーデヴィッヒは呆れた顔を浮かべる。

 

「そんな馬鹿な……このような特殊な体故に、今でこそ肉体の発育は悪いが、フルスペックだとあらゆる世界記録を超える程だぞ?」

「なら、週末に県内の国連軍駐屯地に行こうか……」

 

 ボーデヴィッヒは知らない。

 

 ――世の中には純粋な化け物がいくらでもいることを

 

 そして誰も知らない。

 

 ――自分はかつて前世ではそんな存在であった事を……



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11:フランス 前編 6月

この前編・後編に限ってのみ、作風を変えさせて貰います。
ご了承ください。


 『6月19日 PM1:30』

 

 今回の騒動について、一通りの報告や取り調べを受けた後、特に問題なく理事長室の退出を命じられた岡部。そして、理事長室から出られる扉を開けた先には……楯無がいる。

 

「盗み聞きかい?」

 

「いいえ、貴方を待っていたの」

 

 壁に寄りかかっていた彼女は、部屋から自分が出てくるのを確認した途端、岡部の方に駆け寄ってくる。

 

「悪いが、フランスでの一件は話せないぞ。まあ、更識さんなら別にわかるだろうけど形式上、この話は他言無用なんでな」

 

 しかし、彼女はまるで予想した通りと言った風にニコリを笑みを浮かべる。

 

「その話は私も是非、貴方の口から聞きたいけど遠慮しておくわ――付いてきてちょうだい」

 

 そう言うと、彼女はくるりと反転し、歩き始めた。岡部も彼女の後を付いて行く、お互いに無言のまま……

 途中、教員や生徒達ともすれ違いざまに遭遇し、奇異の目や同情がこもった視線なのが岡部にかかるが、当の本人はなんとも思っていないようで、特になんのリアクションも無い。

 

「さあ、着いたわ。この部屋に入ってちょうだい。」

 

 そう言って、彼女は用務員の前に止まる。彼は一瞬だけ片方の眉をひそめるものの、それ以上のリアクションは無く、無言で用務員室に入っていった。

 

 用務員室に入る岡部、部屋は少し暗く目の前には机と『表向きは』IS学園唯一の用務員、しかし実態は学園の実務とIS委員会、更識共に太いパイプを持つ男――轡木 十蔵(くつわぎ じゅうぞう)が座っている。そのまま岡部は無言で目の前にある椅子に座り、轡木と向かい合う。

 

「IS学園教員岡部友章、学園での登録番号は7178412

 アメリカ・ドイツ・イギリス・イラン・ブラジル・メキシコ・グアテマラ・コロンビア・ソマリア、大変素晴らしい」

 

 普段は温和で穏やかな表情の人と言われている轡木だが、今の彼は用務員用の作業服では無く、背広を着ていて、表情も温和とはかけ離れた、ポーカーフェイスで普段のそれとはかけ離れた様子を見せている。

 

「今回のフランスでの騒動について、どこから話せば良い? 流石に理事長室で話した事をそのまま――なんて事はないだろう?」

 

 轡木は岡部にタバコの箱を渡そうとするが、途中で引っ込める。

 

「――君には毒だったな」

 

 そう言って、轡木はタバコの箱を自身のポケットにしまい込む。

 

「フランスでの騒動についてだが、知ってる事全部だ。行きの飛行機に乗るところから今に至るまで――すべてを」

 

 彼はその言葉を聞いた後、静かに語り出した。

 

「きっかけはデュノア社から送られてきた試供品の一部に深刻な故障が起こった事から始まった。学園内の技術チームや国内のデュノア社の支社にも出向いたが、修理することは困難だった」

 

「しかしフランスの本社なら出来たと」

 

「わからない、あまり考えても無かった。だがその後、学生用のラファール・リヴァイヴにも深刻なエラーが起こってなければ行く事はなかっただろう」

 

「5日前に何があった?」

 

 轡木の言葉に溜息をつく岡部。

 

「巻き込まれた」

 

   ■   ■   ■

 

 『6月14日 PM0:08』

 

 ラウラとの話から一夜明けた今日。学部の実習の時にラファール・リヴァイヴが深刻なエラーを吐き出した。

 内容は操縦者の技量が高くなりすぎて、操縦者の要求に応答しきれない、という内容だ。

 IS学園に置かれている、打鉄やラファールは競技用までの水準にリミッターが設けられ、更にISに触れた事が無い生徒でも扱えるようにシステム面の改良やISコアと交渉している。

 なのでよく考えれば、いくら学生でもISに4年間も触れていればそういった状況になるのは分かるわけだが……

 

 ――失念していた

 

 本来は、次の段階にさらに実践的な競技用ISを渡し、指導するのが適切なのだが……

 大抵の場合はそういう人材は専用機持ちになったりするのが普通なので、改修が施されていなかった。

 とりあえず、その場はゲスト機を渡して急場をしのいだものの、なんとかしなければならない。

 一応、倉持技研の打鉄の改修案自体は出ているものの、デュノア社の方は改修案はまだ出されていないのは把握している。

 

 というわけで、急場凌ぎでIS学園側にそういった改修キットかパーツなどが無いかどうか問い合わせたが残念ながら無く、それならばと県内にあるデュノア社の支社に出向き、現物を見せて問い合わせてみるものの……支社にいる人材では少し力不足なので無理だと返された。

 

 だから……

 

「すみませんボーデヴィッヒさん! そういうことがあってこの週末はフランスのデュノア社本社に行かないといけなくなってしまった!」

 

 自分はラウラ・ボーデヴィッヒに平謝りしていた。

 昼休みが始まってすぐの出来事である

 

 本日の午前授業はIS実習だが、座学――とどのつまり、実習における映像や過去のモンド・グロッソの映像、クラスマッチトーナメントやいつも行なっている放課後の補習という名の模擬戦などの映像を見せ、解説した、考察を交えたりしてISの動かし方を頭でシミュレートし、実際に動かす時に活かそうという物である。

 IS実習は1組2組の合同だが、座学に限っては教室でそれぞれ別々に行う。

 1組の授業が終わるのを見計らって、2組の授業も終わらせてすぐさまお隣の1組に移動、そして1組の生徒や織斑先生や山田先生に奇異の目で見られながらもラウラ・ボーデヴィッヒを呼び出して今に至る。

 

「は、はあ……わかりまし……た?」

 

「あれだけ啖呵きっておいて、本当に済まない……」

 

 よくわからない、といった表情を浮かべるボーデヴィッヒと呆れたようにこちらを見る篠ノ之ちゃん。

 少し離れた所では、織斑君とオルコットさん、凰さんと簪さん、そしてデュノア君がこちらを不思議そうに見ている。

 

「そういう事で、今からちょっとフランスに行ってくる」

 

「ちょっと!? 急すぎるよ先生?!」

 

 篠ノ之ちゃんの声を尻目に回れ右で1組の教室を出ようとするが、何者かに方を掴まれてしまう。

 

「まあ、待て。私の事情を説明しないで行くとは、少し同僚に対する配慮が足りないと思うが?」

 

 振り向くと織斑さんだった。

 眼鏡の位置を直して体を織斑さんの方へ向ける。

 

「いやあ、何分急でね。昨日も理事長に説明と許可とか貰うための手続きとかで暇が無かったんだ」

 

 そう言ってから織斑さんにフランスのデュノア社本社に行く事になった経緯を説明をする。

 

「そうか……ならしょうがないな。気をつけてな」

 

 理解はしてくれたようで一安心。まあ、別にやましい事もないので当然だが。

 

「わかりました。こっちも少し配慮が足りなくてすみません」

 

「ああ、放課後の模擬戦は私がやっておくからその辺も安心してくれ」

 

 ホントにこの人は気が利くなぁ……嬉しい限りだ。

 織斑さんにお礼を行ってから教室を去り、出発する直前、自室にて顔がバレないように変装で顔を変え、露出した肌には白人に見えるようにドーランを塗り、それに合わせた身分証と手荷物、それとデュノア社に見せるISラファールのコアなどを持つ。

 そして、自室にて鎮座する自機のバイザーに視線を合わせる。

 

「それじゃ、頼んだよ」

 

『ホントによろしいのですか? 私はおろか、拡張領域(バススロット)チップすら持たずに……』

 

「さすがに海外にお前を一部でも持ちだすと、面倒な事にしかならないからね。それは避けるべきだ」

 

 そう言うと、ゲスト機はバイザーを傾け、俯いてションボリしたように見せる。

 

「他の教員に任せるのもいいけど、ISなんて超貴重品を持ってぶらぶらするなんて物凄く危ないからね。こういう役回りは自分が一番適任なんだよ、な? わかってくれ」

 

 暫くの間、無言が続く……

 

『最悪、そのラファールを装備できるようにコア・ネットワークから、そのISコアに説得してきます』

 

「それでいいだろう。自分がいない間、篠ノ之ちゃんや織斑君の事を頼む」

 

『了解しました』

 

 バイザーをピカーと光らせながら、ビシッと敬礼ポーズをとるゲスト機。二人(?)の納得のいく妥協点を見つけて、双方ともに承諾する。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

『気をつけていってらっしゃいませ』

 

 ゲスト機に軽く手を振り、ゲスト機も右腕のマニピュレータを振って答える。主人の要望に不服ながらも健気に答えるなんて、ホントによくできたAIだ。惜しむらくはその主人の方はよくできた人間ではないが……

 そして誰もいない学寮を出ていき、学内に置いてある私物の車に乗り込んで、空港へと出発する。途中、遠目に篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒさんが見えたが、顔を変えているので特に何もせずそのまま学園を出る。

 

 大体1時間程の運転だろうか、予想していた時間よりも早く空港に着く。数日間駐車出来る所に車を停め、何事も無く予定の飛行機に乗る。行き先はフランス・パリ。時差は約8時間。座席はビジネスクラス。そして12時間にも及ぶ空の旅の始まりである。

 機内では特に何もすることが無く、怪しい人物も見てないので寝ていても問題は無いが……折角の機会なので思う存分楽しんでおこう。どうせデュノア社とのアポイントメントはとってある。

 

 ――と、ここまで思ってあることに気づき、大きくヘコむ。

 

 折角の長距離路線なのにお酒飲めない……

 失意に打ちひしがれてる間にも、飛行機はパリへと向かって行く……

 

 その後は特に何事も無く無事にパリ、シャルル・ド・ゴール国際空港に到着後、問題無く入国審査を受け、パリのあるイル=ド=フランスを出発、ピカルディ地域圏を抜け、ノール=パ・ド・カレー地域圏へと向かう。

 ノール=パ・ド・カレー地域圏はフランス北端、ベルギーと国境を接する地域圏でノール県とパ=ド=カレー県の2つの行政区画で構成されている。主な産業は自動車、精密機械、鉄鋼、造船、石油化学など。フランス国内では四番目に大きな都市圏を形成している。が、ISが登場する以前は鉄鋼業や造船業が衰退し、工業力が低下していた。

 しかし、それはISの登場により転機が訪れる。そう、デュノア社の登場だ。ノール=パ・ド・カレー地域圏に本社を構えるデュノア社はラファールシリーズで成功を収める。特に、ラファール・リヴァイヴがIS学園の訓練機に採用されたことにより、同社に発注やライセンス契約の申し込みが殺到、莫大な利益を得て、衰退しかかっていたノール=パ・ド・カレー地域圏は文字通りリヴァイヴ(revive)した。

 

 ノール=パ・ド・カレー地域圏に辿り着くと、もう日が落ちていた。デュノア社とは明日に会う約束なので、事前に予約していたホテルに泊まる事に。

 チェックインを済ませ、フロントに現金を支払った後、鍵を貰いエレベーターで上層へ上がり、自室のドアを開ける。

 ドアの鍵を閉めた後、カーテンを閉めてから部屋の隅から隅――電灯の裏からティッシュの箱の中まで盗聴機やカメラが無いか確認する。

 無事、何も無いことを確認するとやっと一安心。スーツの上着を脱いでシワがつかないように適当な所に吊るし、ズボンの中に入れていたシャツも出してラフな格好になる。その後IS学園に無事に現地に到着した旨を伝え、明日のデュノア社との面会に向けての細かい摺り合わせを行う。

 そして摺り合わせが終わり、ふとカーテンの隙間から地上を見下ろすと、一台のトラックと何台かのSUVがホテルの前に停まっていた。どちらも同じような色の塗装がされており、統一感を醸し出している。

 

 何か胸騒ぎがおこった自分は左腕に付けているアームバンド状に待機状態にさせているラファールの拡張領域(バススロット)から唯一護身用として持ち出せた拳銃を取り出す。その拳銃は前世でも知らなかった、あるいは存在すらしていなかった会社のハンドメイドカスタム品。その名前は……

 

 DC3 ELITE

 

 世界中で知られている、ベレッタM92、デザートイーグル、FN Five-seveN、主にこの3つの拳銃のデザインをミックスさせた自動拳銃だ。

 それを取り出した時、とうとう発砲音が聞こえてきた。その直後に人々の悲鳴があがり、悲鳴と発砲音が入り混じる。

 

 セイフティーレバー(安全装置)をを下げ、スライド(遊底)を引く。マガジン(弾倉)内の弾薬がせり上がり上がり、チャンバー(薬室)に装填され、ハンマー(撃鉄)が起き、いつでも引き金を引けば弾丸が発射出来るようになる。

 次にキャリーバッグを開き、中からショルダーホルスターを取り出し、装着。左の脇腹にホルスターが収まる。カッターシャツの上につけるので、少し違和感はあるかもしれないが気にしない。

 そうしてる間にも、悲鳴と銃声はドンドンと近づいていく。誰か、あるいは何かを探しているような、そんな感じがする。やがて、足音は自室のドアから聞こえてきて、銃声――ドアノブがぶち破れる。足音からして数は一人だけのようだ。

 

 ――さあ、長期出張の始まりだ。

 

 ドアを蹴り破って突入したのはショットガンを持ち、藍色に近い青色の戦闘服に青いベレー帽を着用した男。

 待ち伏せの形に近いので、ドアを蹴り破って、男がショットガンをこちらに構えるよりも遥かに早く、サイト(照準)を男に合わせる。悠長に狙いを定めるほど、暇ではないので男の胴部を狙い、トリガー(引き金)を引いた。

 弾丸は男の腹部に命中、口径が9ミリの弾丸は戦闘服をいともたやすく抜き、皮膚を切り裂き、内臓を蹂躙する。

 しかし、9ミリの弾丸一発では中々死なないのが人間。そのまま、連続でトリガーを引き、二発目、三発目、四発目を撃ちだし、確実に命を奪う。臓器を傷つけ、骨を破断させ、出血をより多く出させるのだ。

 男は初弾を体に受けてから、倒れるまで計4発の弾丸を浴び、絶命する。

 自室にずっといては始まらないので、次が来る前にとっととここを去るべきなのは明白だが、その為には拳銃一つでは少し心許なかった。

 

 ――まさかここで死体漁りをするとは思わなかった。

 

 そう感慨深い気持ちになりながら、今しがた天に召された男から使えそうなものを拝借する事にした。

 彼のショルダーホルスターと収納されているベレッタは自分の右脇腹に、ショットシェル用の弾差しとピストルマガジンポーチはベルトに装着された。

 仕上げに装備品を装着する前にこれ以上血に濡れないように予め立てかけておいた半自動散弾銃のベネリM4スーパー90を持って準備は完了した。

 自室から立ち去り、下に向かう事に。上には特に何も無いし、下からならある程度多くの脱出路が選択肢として選べるからだ。

 だがしかし、運悪くエレベーターがこの階に止まった事を告げる音がする。ここはやり過ごすか、それとも倒すべきか……

 

 適当な部屋に飛び込み、散弾で蜂の巣になってしまった男性に黙祷しながらも様子を伺う。あわよくば何か有益な情報が聞き取ることが出来るかもしれない。

 

「この階で通信が無くなったな……」

 

「ならターゲットがここに……」

 

「気を付けろ……警戒を怠るな」

 

 足音と英語による会話からは二人と断定することが出来る。部屋に飛び込まれさえしなければ、手持ちのベネリM4ですぐに片付けられる筈だ。

 そう判断し、ここではやり過ごさず殲滅を選ぶ。どうせここでやり過ごしても、ターゲットとやらがいる限り、追いかけっこは続くであろうことは分かりきっている。

 足音から頃合いを見て、ドアの外へとシュートドッジ(飛び込み)を行う。空中へ跳ぶ自分が見たのは二人の男。先ほどの奴と同様に藍色に近い青色の戦闘服に青いベレー帽を着用している。相手はこちらを見て驚いており、すかさずこちらに向けて銃を構えて応戦しようとしていた。

 このシチュエーションは敵の意表をついた――いわば奇襲の形に近い。先にこちらが引き金を引き、持っている半自動散弾銃がマズルフラッシュを複数焚く。狭い通路という地形上、散弾が描く死のリングから逃れられる場所は無く、男二人は蜂の巣になるのは考えなくともわかることであった。

 そのまま空中で敵の無力化を確認した後、上方向の加速度がなくなり、体は重力に引かれ放物線上に落ちていく。そのまま地面に落下する頃には飛んだ部屋の向かい側の部屋に突入していた。

 

「さて、どうする?」

 

 そのまま降りるのか、また死体でも漁るのか、あるいは……

 とにかく今はぼーっとするわけには行かなかった。ベネリM4のチューブマガジンにショットシェルを詰め込みながら、先ほどの倒した男に向かう。

 短機関銃――サブマシンガン(SMG)とポンプアクション式のショットガン、そして9ミリの拳銃があるがどちらも必要は無いので弾薬だけを頂くことに止めておく。

 その後は、エレベーターで降りるのは得策ではないので非常階段を用いて1階に降りる事に決めた。

 防火扉を開け、非常階段を降りる。ここまで狭いとショットガンの取り回しに苦労するので、ベネリM4を左手で持ちながら、余った右手でベレッタを使う。足音でバレないように慎重に慎重に……

 無事に一階にたどり着き、防火扉を僅かに開けて、向こうの様子を探る。特に人影は無い。防火扉を完全に開けて、更に1階を探索するが、そこら中に青色の戦闘服を着た男達がいて1階から脱出するのは困難だった。

 

 謎の武装集団から隠れながらどうするかと考えていたその時、今まで散発的に聞こえた銃声が断続的に聞こえて来た。

 

「――ターゲットだ!! メインターゲットを発見した! 2階にいる!」

 

「――隊を3つに分けて突入する。お前等がチャーリー、お前等はブラボー、そして俺達がアルファだ。

 アルファとブラボーはそれぞれ別のエレベーターで奴のもとに行き、チャーリーは退路を断つように非常階段から行け!!」

 

 通信を受け持つ男が目標を発見したという連絡を受け、男に連絡を入れる。男はターゲットを包囲すべく部隊を3つに分けてそれぞれ違うルートから突入させるらしい。どうやら、この男がここらで一番えらい立場の男。つまりは隊長格らしい。

 外へ出られる場所に若干の手勢を残したまま、大半の男達はすぐに目標に向かって行く。

 ここで1つの事実が判明、謎の武装集団はどうやら自分を狙ってはいないようだ。とは言え、先ほどの一般人の惨状を見て、今更そんな情報がなんの役にも立たないだろうが……

 

 ――運悪く巻き込まれたらしい。

 

 武装集団から身を隠しつつ、考える。

 ターゲットの元に向かうか、見た感じは手薄になった1階を強引に抜けて逃げるか……

 どちらの場合も相手はこちらを視認していないので奇襲という形になり、先制できる。

 

 考えがまとまったので、行動を開始する。

 非常階段を登り、二階に向かう。防火扉から覗くと、先ほどのチャーリーチームを発見した。彼らはこちらから見て完全に背中を見せている。

 誰かが後方を確認する前に思いきってチャーリーチームとの距離を詰めながらベネリM4を撃ちまくる。最初の発砲音でチャーリーチームは慌てて跳び上がるものの、遮蔽物が無く、狭い通路ではどうすることもできず、そのまま散弾を浴び倒れる。

 これでターゲットを挟み撃ちにする作戦は頓挫した。後は、アルファとブラボーを迎え撃つのみだが、チャーリーチームが倒れた事によって、通路の見晴らしが良くなり、奥にアルファとブラボーチームを視認する。ぱっと見て、ハンドガン、サブマシンガン、ショットガンが見えた。

 

 慌てず騒がず冷静に、扉が開いてる部屋に入り身を隠す。直後、激しい銃撃が元いた場所に行われていた。その後は飛び込んだ部屋に狙いを変え、銃撃を継続している。

 身を隠しながら、ベルトにつけた弾差しからショットシェルを取り出し、残弾がなくなったベネリM4のチューブマガジン(弾倉)に装填していく。そして、未だにやまない銃撃を少しでも黙らせる為に体は隠しながら、銃だけを遮蔽物である扉から出して撃ち(ブラインドファイア)、応戦する。

 散弾が当たったのか、男の悲鳴が聞こえる。だが、やけに遠い。銃撃も応戦しているとは言え、めっきり銃声も減っている。

 

 これはチャンスだと考え、再びシュートドッジ、扉から勢い良く跳び出す。

 跳び出した自分に待っていたのは、こちらに銃を向けている男と背を向けている男、部屋に入って隠れている男、この三種類だった。

 慌てふためく様子はまるで、挟み撃ちにでもあったかのような感じだ。

 

 こちらに銃を向けている男を最優先に、ベネリM4を撃つ。しかし、少し前のブラインドファイアでマガジン内の残弾が少なかったので途中で弾がきれてしまう。その後、今度は壁にぶつかりそのまま地面へと落ちる。

 ベネリM4の散弾でそれなりに脅威は減っているものの、このまままごついているとすぐに撃たれてしまうので、すぐさまベネリM4を放棄、左右のショルダーホルスターから拳銃のDC3 ELITEとベレッタM92を右手と左手で持つ。所詮二挺拳銃というやつだ。

 寝そべった状態もなんのその、殺られる前に殺る精神で残りの敵へと射撃を継続する。背中を向けている男、背後の異常に気づき、振り向く男や部屋から身を出す男。とにかく滅多撃ちにする。

 

 DC3 ELITEとベレッタM92、そのどちらの拳銃も弾が切れ、スライドを固定しているレバー(スライドストッパー)が跳ね上がり、スライドが下がり、停止し、拳銃内の機関部が露出する――つまり射手に弾丸が尽きたことを知らせるホールドオープンの状態になる。

 その時には、目の前にいた敵は全て倒され、この階層は完全に制圧した。

 ボタン式のマガジンキャッチを押し、空のマガジンを外してから、ベルトに留めてあるピストルマガジンポーチから弾薬の入ったマガジンを取り出して交換する。最後にスライドストッパーをおろして、スライドを前進させ、弾丸をチャンバーに装填して、発射可能な状態に戻す。

 

 DC3 ELITEを左脇のホルスターにしまい、埃とコンクリートの破片を手で払いつつ、伊達メガネの汚れも取払い、通路奥に見える銃を構えた男を見る。

 

 彼もまた、自分と同じスーツ姿の男性だった。衣服の性なのかもしれないが、白人男性にしてはスマートで、やや童顔な顔立ち。そして髪は金髪……ってそれは白人男性に変装している自分も同じようなものか。

 ただ……違いがあるとすれば、上着が無くラフな格好でホコリや塵まみれの自分とは違い、彼の方がきちんと着こなしていて、センスがあるという事ぐらいか。

 しかし妙に既視感があるのは気のせいなのか……いや、確かに誰かに似ている。一体誰だったか……

 そんな疑問をしつつ、彼の様子を見続ける。彼の手にはマグナム弾を発射する回転式拳銃、マニューリン MR 73、8インチ又は10インチモデルが持たれていた。なぜ、そう判断できたのかというと、形状は勿論、その銃にはスコープが搭載されていたからだ。

 

 

 

 これが、謎の武装集団が追っているターゲットとの接触だった……

 

 

 

  ■   ■   ■

 『6月19日 PM1:35』

 

薄暗い用務員室の中、岡部の話は続く……

 

「1階には用が無かったので、2階へ向かうと、そこには彼が」

 

「例の彼か」

 

「そう、彼だった」

 

「先ほどの理事長室での報告によると彼は君に気づいたが、撃ってこなかった。これは何故だ?」

 

「デュノア社の社長だった。襲ってきた奴らの仲間でも更識のエージェントでもなく、社長本人だった」

 

 轡木は思わず口元がニヤケる。

 

「面白いな。何故社長だと?」

 

「言葉を交わした。

 あまりにも似ていたので、尋ねると、あっさりと答えた」

 

 轡木はニヤけた口元を戻し、元の無表情になる。

 

「デュノア社の社長は君になんと言ったのかね?」

 

「わからない、部屋にLAW式ロケットが飛んできて、それきりだ」

 

「次は何をしたのかね?」

 

「休む間も無く、自身の安全を確保するため、ロケットランチャーを撃ち込んだ連中を殲滅した後、速やかに離脱する事だった

 IS――ゲスト機が無くとも、武器と弾薬・装備がしっかりと充実してれば楽勝だったが、その時は丸腰同然だった」

 

   ■   ■   ■

 『6月15日 AM7:57 現地時間 6月14日 PM11:57』

 

 ロケットランチャーから放たれた榴弾によって、デュノア社の社長とは分断された。

 ここから抜け出すためには、ホテル前の敵を排除してSUVでも奪って逃げないと無理そうだ。

 

 そう思い立って、再び非常階段から1階のロビーへ向かう。手持ちは二挺拳銃のみだが、やるしかない。

 ロビーの出入口から待ち構えた武装集団がサブマシンガンを構え、離れた自分に狙いをつける。自分は素早く弾丸を防いでくれそうな太い柱に身を隠して、安全地帯を確保してから戦闘に入る。

 

「クソ! たった一人の拳銃持ちになんでここまで手こずるんだ!?」

 

「そもそも話が違うぞ!? ターゲットは一人のはずだ!? デュノア社のクソッタレめ!」

 

「外の連中はもう一人の方に釘付けにされてやがるし……どうしてこうなった!?」

 

「ブラインドファイアでも当てれる腕、こいつは相当な手練だぞ!」

 

「とにかく撃ちまくって黙らせろ!!」

 

 そんな男達の怒号を聞きながら、自分はDC3とベレッタを使い分けながら戦っていく。

 常に片方の拳銃のマガジンには弾薬があるようにして出来るだけ隙を少なくし、ブラインドファイアである程度相手を牽制した後、弾幕が薄い内に遮蔽物から身を乗り出して、正確に銃撃を加える。足音をしっかりと聞き、リロード中に敵が突っ込んできたら即座に中断して、片方の拳銃で返り討ちにしたり、遮蔽物がボロボロになれば、遮蔽物に使えそうな壁や柱に移動して身を隠す。

 

「こうなったら……フラグアウト!(手榴弾投擲)」

 

 身を隠してリロードを行い、スライドストッパーを下ろした時、ふと目の前に丸い何かが転がってきた……

 

 ――手榴弾!!

 

 これにはたまらず次の遮蔽物めがけてシュートドッジ。とにかく弾が当たらないことを祈りながら、相手に向かって撃ちまくる。

 三メートル程跳んで、遮蔽物の影に滑り込んだ後、伏せた状態を継続しつつリロードを始めた時には手榴弾――M67破片手榴弾(Frag Grenade)が爆発した。

 幸いにも、ある程度離れて伏せてあるので被害は無く、助かった。

 

 ……と思った矢先にまた手榴弾が転がってきた。先ほどのアレに味を占めたようだ。

 すかさず、信管に点火済みの手榴弾を掴んで武装集団に投げ返す。遮蔽物越しに爆発し、悲鳴が上がる。

 これを好機と捉え、遮蔽物から身を乗り出して、拳銃で追い撃ちをかけ、ロビー出入口付近にいた残りの武装集団を倒す。

 

 とりあえず、敵の殲滅に成功し、しばしの休息が訪れた。未だに銃声は聞こえるので、もう一人のターゲットはまだ戦闘中なのかもしれない。

 自分はそこいらの敵から使えそうなもの――弾薬や武器、装飾品などを物色する。

 

「これは、使えそうだ」

 

 そう言って、頭を撃ち抜かれて大脳の一部が飛び散った男からタクティカルベスト(マガジンや手榴弾やその他雑貨をいれるポケットが設けられたベスト)を剥ぎ取ったり、手榴弾携行用のポーチをつける。

 

「これは壊れてないな」

 

 この後、使えそうな45口径のサブマシンガン――UMP45を拾い上げ、いつでも撃てるように準備しておく。

 そしてホテルのロビーから出ると2階あたりに銃撃を加える武装集団の姿がいる。あの時、ロケットランチャーで分断した奴もいた。

 周辺は複数のSUVと一台のトラックが確認できる。よく見ればSUVもトラックも防弾処理として、装甲化されているのがわかる。ロケットランチャーはともかく小銃弾や拳銃弾の弾除け代わりには使えそうだ。

 トラックの影に隠れながら、もう一人のターゲットがいるであろう窓に向かって銃撃を加えている武装集団を見る。ちょうど、その中の一人は近くに立てかけてあったロケットランチャー――M72 LAWを持ち出し、発射器を引き伸ばしている。それに合わせて彼の後部にいた武装集団はすぐさま退避する。

 自分はそっと手榴弾を取り出してレバーを押さえ込みながら安全ピンを抜き、投擲する。手榴弾が彼らの足下に落ちるのと、ロケットランチャーから弾頭が発射されたのはほぼ同時におこり、手榴弾の落ちた音はロケットランチャーの発射音によってかき消される。

 

「? こんな所に手榴弾……逃げろ!」

 

 勘のいい奴が足下にある手榴弾の存在に気づくがもう既に遅い。叫んだ瞬間、手榴弾は爆発する。

 それに乗じて、SUVから見を乗り出してサブマシンガンを撃ちこんで反撃の隙を与えさせずに一掃する。

 

「他の奴が来ないうちにこのSUVでずらかろう……ッ!」

 

 トラックの方から人影が見えたのでとっさに隠れる。直後激しい銃撃が遮蔽物にしているSUVに加えられた。

 反撃に出ようと、少し場所をずらして身を乗り出す。そこには全身をプロテクターやフルフェイスよりも一回り大きそうなヘルメットなどの防具でガチガチに固めた奴が二人いた。二人で一つにチームなのか常にお互いの位置が近く、両者共にその手には軽機関銃――Minimiが握られていた。

 そのまま引き金を引いてその内の一人にサブマシンガンを撃ち込む、胴部、肩、頭部などに弾丸が当たるがどうも怯みはするが効果は薄いようだ。

 相棒が軽機関銃を撃ってきたので、たまらず遮蔽物に身を隠す。手持ちの装備で倒すのは少し骨が折れそうだった。

 

「全身を防弾できる防具なんてまるで映画かゲームみたいだ……糞が」

 

 そう毒づいて、サブマシンガンのマガジンを換えながら、どうすればこれを切り抜けられるか考える。たしかまだ近くにロケットランチャーがあったよな。部屋を分断された時の奴の弾頭は榴弾のはずだから恐らくはそれも……そのロケットランチャーで最低一人は殺れるはず。あとはその糞重そうな防具のせいで鈍く、あのバカでかいヘルメットのせいで視界は悪いと思うからなんとか背後に回るしか無いか……

 いまだに銃撃を加える二人に気付かれないようにSUVの下から覗いてロケットランチャーの置いてある場所を確認すると、再び手榴弾を取り出してレバーを握りながらピンを抜いて遮蔽物越しに投擲。そのまま、ロケットランチャーの置かれている所に目掛けてサブマシンガンで牽制しながらも全力で走る。チンタラと敵を見れる暇はない。

 

「ダァァアアアー!!」

 

 はじめは手榴弾から逃れるためか銃声は聞こえなかったが、ロケットランチャーに近づいていくにつれ、銃声が聞こえてきて、銃弾が体を掠めるような風切り音が聞こえてくる。

 そして、ロケットランチャーの置いてある場所にたどり着くと同時に、サブマシンガンを投げ捨ててSUVに立てかけてあるロケットランチャーを取る。

 自分よりか低い位置にあるものを無理やり取ったために、重心がズレ、体が前のめりになり、そのまま倒れそうになる。だがそのまま右手にロケットランチャーを持ちつつも強引に前転受身を取る。

 体の節々がコンクリートに削られて傷つきながらも前転が終わり、屈んだ状態になったのでそこから一気に跳躍。空中でロケットランチャーの発射器後部を引き伸ばし、軽機関銃を持った二人組に狙いを定め……そこまでは良かったが、左肩に激痛が走る。

 何が起こったのかは想像に難くないがそれでも痛みを堪えて撃つ。ISに乗った事でこういう跳躍時における体の感覚が強化されている事を初めてありがたく思う瞬間である。

 ロケットランチャーから榴弾が問題無く射出され、敵に向かって進み、自分が地面に叩きつけられるのと同時に爆発した。

 自分は空になったロケットランチャーを捨てて、左肩をみる。シャツが真っ赤に染まっていた。異物感は感じないので弾丸は貫通してくれたようだ。動かせば痛みは来るが、動かせないわけではない。

 

「最悪だ……」

 

 そう呟いたのは爆炎が晴れた後、着弾点にはプロテクターがボロボロになり、出血が見られながらも軽機関銃を持った男がなんとか生きていた……

 それを認識した後、頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。

 だが、どこからか発砲音が聞こえると、ボロボロの男はプロテクターとヘルメットの隙間――首から血を流して倒れた。思考がなんとか元にもどり、そっと息を吐く。

 

「おい! 大丈夫か!」

 

 自分が起き上がるよりも早く何者かは自分に駆け寄り、右手をもって立ち上がらせたのはマニューリンを所持していたスーツ姿の男性であった。

 

「運良く、なんとか」

 

「そうか……君!? 怪我してるじゃないか!?」

 

「かすり傷です。銃弾は幸いにも貫通してくれてますし、今はアームバンドで強く縛って出血も少なめです」

 

 彼は少しだけ悲しそうな顔をするが、すぐに考えだした。

 

「……だが、そのままだと危ない。少し距離は遠いが私のセーフハウスに救急医療キットがある」

 

 彼は落ちているMinimiを拾い、壊れてないことを確認すると、片っ端からMinimiでSUVやトラックのタイヤを撃ち抜いていく。

 

「君は運転はできるかね?」

 

「勿論」

 

「では行こう」

 

 そう言って彼は唯一タイヤを撃ちぬいていなかったSUVに乗り込み、運転を促す。

 アテもなくこの場をずらかり、武装集団の追撃や最悪野垂れ死ぬ事を恐れるよりも、こいつに付いて行って事の発端を聞くとしよう。

 世渡りの不器用な自分はそう考え、彼の乗るSUVの運転席へと座り、サイドブレーキを外してアクセルを踏み出す。

 

「それにしても、あいつら一体何者なんだ!? 話を聞くと、アンタを付け狙ってるようだが……」

 

「巻き込まれた君には聞く権利があるだろう。それはな……」

 

 真夜中のフランスを銃痕だらけのSUVで爆走している中、自分は彼に何故、狙われるかを聞き出そうとした。彼は承諾したのだが、喋り始める前にバックミラーから車のライトが反射する。

 

「追手が来たぞ!」

 

「わかった。アクセルを踏んでおくんだ!」

 

 そう自分は叫ぶと、彼はMinimiを持ってSUVのオープンルーフを開いて身を乗り出す。ライトの数からして追手の車は3台のようだ。

 自分は言われた通りにアクセルを踏み、思いっきり走らせた。死角からSUVが銃弾を弾いている音が余計に恐怖を増幅させる。ライトが近づいていくのがわかれば尚更だ。

 1台は追い払えたが、他の2台は左右に挟もうと一気に加速する。こちらとの差はぐんぐんと縮まり、真横につかれそうだ。

 

「おい! 一旦中に入れ」

 

 そう言って、見を乗り出してMinimiを撃ちまくっている彼を突いて中に引っ込める。今、自分の頭の中にはお世辞にも良いとは言えないがアイデアがあった。

 

「? なにをやってるんだ!?」

 

「シートベルトを付けているだけだ。アンタもフロントガラスから飛び出したく無ければやっておいたほうが良い」

 

 奇異の目をこちらに向ける彼をよそに、シートベルトをつける。その時、ちょうど左右に追手の車が到達。両方共に拳銃やサブマシンガンをこちらに向けている。

 自分はありとあらゆる減速手段やブレーキを使い一気に減速する。慣性の法則で体に強い重力がかかるが、急加速・急減速が当たり前のISと比べれば楽な物だ。

 追手が銃の引き金を引いた時には、もうそこには自分の車は無く、彼らはマヌケにも仲間同士で撃ち合うハメになっていた。助手席側にある追手の車は運転手でもやられたのか動きがふらつき、そのまま道路から脱落した。

 自分はシートベルトを外すと、窓から見を乗り出して残りの車に目掛けて片手でベレッタを撃つ。しかし9ミリでは中々タイヤを撃ち抜く事は難しいみたいだ。

 ホールドオープンの状態となってベレッタをホルスターに入れる時間すら惜しく感じたので、そのまま車内に落として、今度はDC3を持って撃ち込む。9ミリは9ミリでもベレッタの9ミリパラベラム弾(9 mm×19)より威力の大きい.357SIG(9.06mm×22)はなんとか分厚いタイヤに穴を開けたらしく、最後の1台もスピンし行動不能になった。

 

「挟撃を行う時は必ず同士討ちしないような配置を心掛ける、基礎的な知識は嘘はつかないな……」

 

「イテテ、君は無茶をするなぁ……」

 

 先ほどの減速で頭でも打ったのか、さすりながら苦笑いを浮かべる。

 自分は何気ない顔で足元のベレッタを拾い上げ、ベレッタとDC3のマガジンを取り替えて、ホルスターにしまった後、彼の指示にしたがって車を走らせたのであった。

 

   ■   ■   ■

 『6月19日 PM1:39』

 

 一通り話を終え、水の入ったコップを手に取り、飲む。

 

「何故、そこから今回の騒動までに発展したのかね?」

 

「SUVに乗る直前に、デュノア社の社長に出会ったからだ。偶然にね」

 

「私は偶然など信じない。デュノア社の社長についての情報は?」

 

 バッサリと岡部の言葉を否定し、轡木は更に話をするように促す。

 

「彼とは色々と話をした。彼の名前はサミュエル・デュノア(Samuel Dunois)。デュノア社のCEO(chief executive officer:最高経営責任者)で元々はフランス国家憲兵隊治安介入部隊(Groupement D'Intervention De La Gendarmerie Nationale)、通称『GIGN』という対テロ特殊部隊に所属している経歴があって、家族構成は妻と娘の三人。

 その妻の名前はカリーネ・デュノア(Karine Dunois)。フランス製ISにおける名機、ラファールシリーズを生み出した名技術者で。ラファール・リヴァイヴ・カスタムIIも彼女がラファール・リヴァイヴを再設計して制作した物だ。

 デュノア社は技術者である妻を守るために夫サミュエル・デュノアが創始した会社……だということは知っている。

 そして、その二人の間に出来た娘は」

 

「シャルロット・デュノア(Charlotte Dunois)」

 

 岡部の話を遮るように轡木は静かに告げた。

 

「そう。だが、デュノアには……」

 

「四人目がいた」

 

「そう、四人目。いないはずの四人目シャルル・デュノア(Charle Dunois)がいた。この学園に」

 

 岡部のその言葉に轡木は閉口し、少し経過した後、彼は口を開いた。

 

「次は何があったのかね?」

 

「追撃から免れて、サミュエル氏に傷を見て貰いながらセーフハウスで話をしていたのはいいが、追手が来た。

 数が多く、一人では対処しきれないということで、サミュエル氏と共闘して、追手とその援軍から形成された包囲網から突破した」

 

   ■   ■   ■

 『6月15日 PM1:32 現地時間 6月15日 AM5:32』

 

 追撃を振り切り、セーフハウスに無事に駆け込んだのは朝日が見えてからであった。

 シャッターを開けてSUVをガレージに格納し、セーフハウスの中へと入る。一通りの生活用品と物資、設備があり一見すると人里離れた場所にある家ぐらいの程度だ。

 冷蔵庫から飲み物が入ったボトルを取って椅子に座り、ゆっくりを休んでいると、彼――サミュエルが救急医療キットを持ってやって来る。

 

「肩を見せてくれ」

 

「ああ。わかった」

 

 サミュエルに肩の応急処置を施して貰う。ついでに彼とは色々と話をした。フランスでのかつての日常から、デュノア社の話、ラファールタイプの開発秘話から、彼の昔話や家族の話。そして、今を取り巻く状況から自分の肩の傷についての話まで全てだ。

 彼に言われるまで気づかなかったが、実は二発被弾してしたらしい。しかも、どちらも貫通しているという。本当に運がいい。

 ついさっきまでは脳内物質でもドバドバ出てたのか、あまり痛みを感じなかったが、話をしているうちに脳内物質の分泌が収まったのかズキズキとしてきて、やはり痛い。こういう痛みは実に……二十数年ぶりだ。

 

 自分の死因――正直今でも、あれは暴発事故だと思っていたが、この肩の痛みのせいか『実は事故では無かったとしたら……』というくだらない仮説が思い浮かぶ。

 たしかに、職業柄誰かに恨まれるとは思うが、かつては国――それも国連お抱えの人間だ。それ相応に情報規制は強固だったはず。フリーランス時代も国が限定的に復帰させるような仕事が大半で、それも相当強固な情報規制をとってるだろう。

 そう自分に言い聞かせてるものの、思考の片隅にこびりつくように『実は事故に見せかけた他殺では?』という疑念が絶えない。

 

 その疑念は脳裏の片隅に日中に残っていて、出来るだけ考えないように他の事をしていた。

 ふと、テーブルに置いてあるリモコンを持ち、電源ボタンを押してテレビを付ける。何か気が紛れるかもしれない――そういった期待を込めながらだった……

 

『今日たった今、デュノア社が緊急会見を開き、CEOを務めるサミュエル・デュノア氏が失踪したとデュノア社が発表しました。

 デュノア氏の推定失踪時刻は昨日の未明で、その日の晩にはデュノア社本社のあるノール=パ・ド・カレー地域圏内のホテルでデュノア氏と犯人と思われる男が目撃されました。

 男は現地警察と民間軍事会社との戦闘を行った後、車で逃走したと……』

 

 ――すぐにテレビを切った。出来れば、酒を煽って何もかも考えたく無かった。

 

 自分は現実から少しでも目を背けられるようにソファに深く腰掛け、目を瞑り続けた……

 

「……もう嗅ぎ付けて来たか」

 

 夜、サミュエルの苦虫を噛み潰したような表情を見て、例の武装集団が近くに来たことがわかった。

 

「どうするんだ」

 

「部外者である君を巻き込むわけにはいかない。だから私を囮にここから逃げるんだ」

 

 サミュエルの言葉には呆れるしか無く、思わず笑ってしまう。

 

「こうなった以上、どうする事もできないよ。最後まで付き合ってやるさ」

 

 そう言って自分は椅子から立ち上がり、セーフハウス内の武器庫からサブマシンガン――MP7と対物狙撃銃――バレット M82を持ち出す。そして、左脇のショルダーホルスターに入れてあるベレッタM92とMP7を入れ替え、対物狙撃銃はスリングベルト(吊りベルト)を付けて肩に引っさげる。

 

「やるなら徹底的に、な?」

 

「……済まない、ありがとう。」

 

 彼は7.62mmのアサルトライフル――SCAR-Hを構えて、自分にお礼を述べる。そして、彼はイヤホンマイクを自分に渡す。

 

「これで少しぐらいなら互いに連絡が取れるはずだ」

 

「了解だ。これからどうする?」

 

 イヤホンマイクを受け取り、耳に装着する。

 

「SUVに乗ってこいつで無理やり突破しようとは思うけど……」

 

 そう言って彼は足元にある木箱を蹴り、蓋を開ける。

 中には、リボルバー(回転式拳銃)のように回転式のチャンバーをもつグレネードランチャー――アームスコー MGLが入っていた。

 

「今度は運転は私がするから、君がやってくれないか?」

 

「了解。運転はサミュエルに任せよう」

 

 そう快諾して、自分は木箱に入ってるグレネードランチャーを拾い、回転式チャンバーに40mmグレネード弾を装填していく。

 

「じゃあ、準備が出来たらガレージに居ててくれないか? 私は少し、彼らに置き土産を渡したいと思うから」

 

 そう言って、サミュエルは武器庫へと向かって行った。

 自分は特にやることは終えているので、テーブルに置かれてあった鎮痛剤(ペインキラー)のボトルを手に取って、錠剤を口の中にかきこみ、噛み砕く。そして酒で胃の中へ流しこみ、戦闘に集中するため余計な思考を排除する。ついでに肩の痛みも大分マシにはなるだろう。

 そしてガレージのSUVへと向かい、大人しくサミュエルが来るのを待つ。

 

「準備はいいかい?」

 

「ああ、グレネードの弾も車の中に積んどいた」

 

 それを聞いてサミュエルは車に乗り込み運転席に座る。

 

「なら、行こう」

 

 自分も彼に続いて車の中に乗り込み、オープンルーフを開けてグレネードランチャーを構える。 

 

「さあ、ドライブの始まりだ!」

 

 サミュエルがアクセルを踏み、SUVはシャッターをぶち破り疾走したのだった……

 




後半へ続く


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12:フランス 後編 6月

 『6月19日 PM1:44』

 

「その後は、こちらを包囲しようとしている奴らをグレネードを用いて無理矢理に突破したという訳だ」

 

 岡部の話がキリの良い所になったので、轡木は録音テープを取り出し、再生ボタンを押す。

 

『シャルル!? お前……』

 

『一夏、ごめんね……僕、実は女なんだ……』

 

『シャルル……なんでそんな事を……』

 

『実は……デュノア社は経営不振に陥っていて、どうすることも出来無いらしいってお父さんの会社の同僚に言われてね……

 それで、同僚の人が――デュノア社の経営不振を乗り越える為には貴重な男性操縦者のISのデータが必要だと、CEO――つまりは君のお父さんが提唱し、経営陣はそれで一致したよ……って言ったんだ』

 

『それって……』

 

『うん。だから僕は男装して君に……一夏に近づいたんだ』

 

『そんな……』

 

「どういうことだ!?」

 

 岡部は目に見えるほど狼狽え、思わず椅子から立ち上がる。

 

「落ち着け。この通り、シャルル――シャルロット・デュノアが言ってた『奴ら』については?」

 

 轡木に諭されて、やがて落ち着きを見せ始めた岡部はゆっくりと椅子にすわり、説明を始める。

 

「デュノアが言ってたのはフランスに本社を置くPMSCs(Private Military and Security Companies)――とどのつまり民間軍事会社の事だ。そもそも、全てはこのPMSCsとデュノア社の重役との癒着が始まりだったんだ。

 重役達はサミュエル氏がデュノア社をワンマン経営している事に不満があった。その主な不満は、デュノア社は国営では無く民営企業であったからだ。

 重役達は民営よりも更に利益が多く見込める国営又は半国営企業になることを望んでいた。しかし、国よって自身や家族が拘束され、不自由な生活になってしまうのを良しとしないサミュエル・デュノアは独断で民営企業へと舵を切った。

 しかし、重役の予想とは裏腹にデュノア社は、ラファール・リヴァイヴを開発、第二世代機の後発機だが、開発能力を持たない国々の採用機やIS学園での練習機の一つに採用され、一躍ベストセラーになった。

 徐々にサミュエル氏の地位が不動の物になり、重役達は彼を疎ましく思うようになって来た。」

 

「それで、どうなった?」

 

「一部の重役はPMSCsにコネを持っていたので、それに所属する社員の中から選りすぐりの精鋭を選別し送り込み、彼の抹殺を図った……サミュエルは難なく返り討ちにし、すべてが変わってしまった。

 後が無くなった重役は、半ば破れかぶれでサミュエル・デュノアの身内、つまりは妻のカリーネ・デュノアと娘のシャルロット・デュノアを誘拐しようとする。

 シャルロット・デュノアの誘拐は阻止されたが、カリーネ・デュノアの阻止は失敗、誘拐される。今から二年前の事だった。

 結果、サミュエルは今しがたまで奴らの傀儡と成ってしまっていた」

 

「信じていたのかね?」

 

「いいや。だが、だんだんと辻褄があってきた」

 

 ここで岡部は水を一口飲み、自身の喉の渇きを潤す。

 

「イグニッション・プラン(統合防衛計画)です。最新の第三世代型ISの開発している企業の中に、デュノア社の名前があった。

 デュノア社はイギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型、イタリアのテンペスタ型とは違った方向性を持つISの開発だった。

 だがしかし一向に開発は進まず、イギリス、ドイツ、イタリアのIS達が常に先を行っていた」

 

「PMSCsはデュノア社と繋がっているのかな?」

 

「それでほぼ間違いないと思う」

 

「次の行動は?」

 

「サミュエルの情報を基に、PMSCsがカリーネを軟禁してるアジトへの突入だった。自分達はただの人間だと思っている奴らの裏をかく作戦だ。

 こいつは危険でリスクもかなりでかい作戦だった。正常な奴なら実行どころか、考える事もない作戦さ」

 

   ■   ■   ■

 

 『6月16日 AM8:46 現地時間 6月16日 AM2:46』

 

 俺達の作戦は、強いて言うなら『作戦ナシ』だ。突入までは考えてあるもののそれ以降なんて何もない。

 現実は何事も映画やゲームのようにはいかない。ルール(ゲームシステム)も無ければ、魔法の呪文(チートコード)も地図(マップ)も無い。

 利口だとか、優秀だとか、そんなのも関係無い。

 幸運と運命のみ……そう思えない奴はとても残念だ。

 ただ神経を研ぎ澄ますしかない。出来るだけ長く、長く……

 

「流石に、警備は厳重だな……」

 

 ベルギーとの国境近くにある森林地帯にポツンとある施設。表向きはデュノア社の慰安施設という位置付けであるここが、サミュエルの妻が軟禁されている場所だ。

 そこから少し離れた丘陵に俺たちはいる。日はとっくに沈み、新月の日なのか月は見えない。

 

「警備員の名目でPMSCsの社員を雇い入れてるからそれなりには装備も整っているだろうね」

 

 双眼鏡を覗きながら、サミュエルは渋い顔をする。

 

「防弾処理されたSUVもトラックもあるし……うわ、対物狙撃銃やランチャーの類もある」

 

「中には侵入できそうか?」

 

 自分の問いに対して彼は渋い顔を解くことは無かった。

 

「難しい。予想より警備員の数が多い」

 

「だが、数が増えたのは相手だけでは無い」

 

「ああ、その対物狙撃銃で少しでも警備員を施設から引き剥がせないだろうか?」

 

 その問いに対して自分は対物狙撃銃の弾丸を薬室に装填することで応える。

 

「距離は……大体1000mぐらいだ。今から20分後に援護射撃を始めてくれ」

 

「わかった」

 

 自分の返事を聞くと、お互いにタイマーをセットしてサミュエルが先行する。

 彼の姿が完全に見えなくなるのを確認すると、待機状態でアームバンド形態になっているラファール・リヴァイブを起動させる。そしてPICを用いて真っ暗闇の中、音も無く上昇する。

 そのまま、最優先で狙うべき相手と幾つかの狙撃に適した場所をハイパーセンサーで探し出し、マークしておく。その作業を終えると、狙撃地点に移動してハイパーセンサーの機能を残したままのISを元の待機状態に戻しておく。

 そして、茂みの中に身を隠すように伏せて対物狙撃銃を構える。スコープを覗けば、適切な距離に調節した甲斐もあって照準にくっきりと最初の標的が映っている。

 

 タイマーの数字が徐々に減っていく……5、4、3、2、1

 0と同時に引き金を引く。スコープは鮮明に標的――自分と同じ対物狙撃銃を持った男が崩れ落ちる様子を映していた。

 その様子を見届け、しっかりと初弾命中したことに安堵しながら、次の目標に照準を合わせて撃つ。

 12.7x99mm NATO弾という人体に対して過剰とも言える弾丸は、それ相応に相応しい音と煙を伴いながら1000m先の肉を引き千切る。スコープで一々生死を確認するまでも無い。そんな物をくらったら、生きていても戦闘できる元気なんて無くなってしまうのだから……

 クラスⅣの上等な防弾チョッキが仮に運良く――本当に様々な要因が元で運良く貫通を防げたとしても、衝突による衝撃までは防ぎようが無い。

 

 幾つかのマガジンを交換し、3つ目あるいは4つ目のマガジン内の弾丸を撃ち切ると、ISをすぐさま起動させて次の狙撃ポイントに向かう。

 少し離れた木々の間から血眼になって自分を捜索している警備員がチラチラとハイパーセンサー越しに見える中、車両を破壊するために虎の子の多目的弾頭が入ったマガジンを取り出す。区別をつけるために弾丸の先端が緑と白にペイントされている事を確認すると、マガジンを交換し薬室に送り込んだ。

 ちょうど次の狙撃ポイントにたどり着いたので、先程と同じようにハイパーセンサーのみを機能させて、ISを待機状態に戻す。その後、しっかりと狙いを定める為に伏せてスコープを覗く。次はSUVやトラック等の車両だ。

 狙うべき箇所は実に簡単、シンプル。機械的に虚弱な部分を狙えば良い。タイヤ、エンジン、燃料タンクどれでも破損させれば遅かれ早かれダメになる。

 今回はちょうど燃料タンクに当てることができたのでそこに照準を合わせて引き金を引く。

 

「車が爆発すれば流石にもっと多くの人員を引き付けることができるだろう……」

 

 爆発、炎上するSUVにポツリと独り言を漏らしながら、次々と車両を潰していく。

 タングステンの弾芯が装甲を貫き、燃料タンク内に侵入。その後起爆剤が焼夷剤や爆薬を炸裂させ、燃料を確実に着火させる。大量の燃料が着火される事により質量が一気に拡大、穴が空いているとはいえそこから圧力が全て漏れ出すよりか遥かに早く燃料は気化、膨張し高圧になる。

 そして燃料タンクはその圧力に耐え切れなくなり破損。これが先程のSUVの爆発のざっくりとしたプロセスだ。

 

 車両を次々と潰していき、マガジン内の多目的弾頭も少なくなってきた。その時、ハイパーセンサー越しにこちらを探している対物狙撃銃持ちを視認する。周りにも数人アサルトライフル持ちがいるが、それらは脅威には成り得ない。

 急いで、照準を一番当たりやすい胴体に合わせて撃ち抜く。

 

 ――結果としては無事に処理できた。

 

「ウヘェ……」

 

 が、あまり気分の良い物では無かった。

 確かに多目的弾頭とはいえ、12.7x99mm NATO弾は目標に命中した。だが、運(?)が悪かった。少なくとも同情する程に……

 相手は防弾チョッキを着ていた為に弾丸は防弾チョッキを貫通後、起爆剤が作動してしまったようで……

 

 ――つまりは弾丸は体内で爆発してしまった。

 

 対物狙撃銃を持った人間は文字通り上と下に真っ二つ。防弾チョッキの残りが破片を防いだのは良かった物の返り血がその付近に飛び散って、周りの数人に付着する。

 爆発の白煙は血の所作で赤く染まり、自体を理解した警備員はあまりの出来事に発狂し、ところ構わず撃ちまくる。マガジン内の弾丸が無くなっても発狂した人間にはそれはわからないようで、ひたすらに叫び、引き金を引き続ける。

 

 そこまでの様子を見てからスコープから目を離し、マガジンを入れ替え、次の狙撃ポイントに向かう。その後は別に知る必要は無いだろう……

 発射した弾丸の数は100にも満たないものの、援護射撃開始から30分はとうに経過している。1000m先の狙撃手を探し出そうと多くの人員と機材が各地に散っている頃合いだろう。

 

 ――まさか相手の男はISを所持していて、あまつさえ操縦が出来る等という事は、誰が予想できたであろうか……

 

 故に相手は文字通り大地に這いつくばってでも捜索している中、自分は悠然とこの闇夜の空を闊歩している。

 

 空から見た慰安施設は人員が外に出払っていて、なおかつ内部でサミュエルが暴れまわってるおかげかほとんど人影は見られない。

 屋上も『人』はいなく、ただ物がゴロゴロとそこら辺に転がっているだけだ。

 

 屋上に降りた後、ISを待機状態に戻して、サミュエルの後に続くように施設内に侵入する。

 廊下、階段、部屋部屋……至る所で交戦の痕跡が残っており、未だ彼は目的を達成していないようだ。

 まさに死屍累々、ホラー映画のような道をズンズンと突き進んでいく。

 

 例え小さな物音一つ、物陰や遮蔽物から発せられる微かな声であっても、ISのハイパーセンサーは確実に捉え、居場所を知ることができる。

 そして対物狙撃銃に込められた――多弾頭とは別に貫通力に秀でた徹甲弾が血肉を求めてやってくるのだ。

 

 そうやって残りを掃討しつつ、ひたすらに探索を続けていくと徐々に銃声が聞こえ始めて来て、ホラーでは無くアクション映画の雰囲気に変わってくる。

 ハイパーセンサーを上手に駆使していく事で、銃声から物音、更には会話や罵詈雑言まで聴き取っていく。サミュエルは近い。

 そこにサーモグラフィカメラやX線を用いたカメラを駆使していく事で居場所を丸裸にしていく。

 

 後はもうお分かりの通り、壁ごと、遮蔽物ごと、防弾チョッキごと――時には人体ごとぶち抜いていく。

 

「よう。結構な数を釣ってきたぞ」

 

 サミュエルにアサルトライフルを突き付けられながらもそう言う。

 

「君も無事でいて良かったよ。ここの連中で最後のようだ。この先に妻がいる」

 

 そう言って目の前にある2つのエレベーターを指す。

 

「私は当然妻を助けに行くつもりだ。奴等を……こんな馬鹿な事をしでかした元凶に直接手を下したかったが、仕方が無い。

 いずれにせよ、遅かれ早かれだ……。ありがとう。なんてお礼を言っていいか……」

 

「……なら。ここで、お別れのようだな……」

 

 恐らく地下へ通じるであろうエレベーターを見ながら言うと、サミュエルは驚いた表情を浮かべる。

 この手の選択に置いて、ああいった人種は諦めが悪く、害虫よりもしぶとく生き残り、いずれ遠く無い……あるいは遠い未来においてこちらが痛いしっぺ返しをくらうという事は前世関連で織り込み済みだ。

 

「待ってくれ。妻の場所がわかっているとはいえ、非戦闘員を連れて脱出なんて――」

 

 サミュエルが最後まで言いたいことを言い終える前に無言でアームバンドを外し、渡す。

 

「……君は一体?」

 

「ただの関係者さ、ただ……巻き込まれただけのな」

 

 アームバンドを見て理解したのだろう。彼は妻が軟禁されているであろう場所に向かっていった。

 自分はそんな彼を見送ってから地下へと向かうエレベーターの扉を開き、中に入ってボタンを押した。

 

   ■   ■   ■

 

 『6月18日 PM2:06』

 

「彼女と奴らはすぐそこだった。

 サミュエルは彼女を一刻も早く助け出したかった。

 自分はこんな目に遭わせた奴らの血を味わいたいと思った。

 自分達は誰よりも近くにいた」

 

 そう言って、PMSCsのボスとデュノア社の重役が写った写真をいじる岡部。

 

「仕留めるのはこの俺だ……

 奴らにはもう、逃げ場など無かった」

 

 岡部はそう言って写真を投げた。

 

「君はそこで何をしたのかね?」

 

「特に言うことは無かった。既存の歩兵用パワードスーツにラファールの皮を着せた奴があったが、言わばその程度でしか無かった」

 

「負傷しているのにか?」

 

「防護服を着ていない分、綺麗に貫通したらしい。ボトル一個の鎮痛剤で案外なんとでもなる。」

 

 暗い用務員室の中、長かった岡部の話はこれで終わった。

 

「そして君はそのPMSCsのボスとデュノア社の重役を殺害し、今に至る――と言う訳か。どうだったかね? この騒動についての感想は」

 

「たまにはアクションスターも悪くは無い。だがいくら出演料を積まれても金輪際やりたいとは思わないが……」

 

 轡木はコップに入った水を飲み、安堵の表情を浮かべる。

 

「それぐらい余裕があれば問題は無いか……今回の件については、懲戒戒告ということでいいでしょうか? 厳重注意でもいいのですが……?」

 

「いえ、懲戒戒告で問題無いです」

 

「そう言ってくれるとこちらも気が楽だよ。傷と疲労を早く治すするのに尽力して下さい」

 

「了解しました」

 

 そう言って、岡部は立ち上がり、用務員室を出たのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 用務員室の扉の前で更識楯無は腕を組みながらその周辺をふらふらと徘徊していた。

 岡部を用務員室に案内してから、ここで待つように指示を受けていた彼女は始めは静かに待っていたが、やがて手持ち無沙汰になり、自身の扇子を弄ったり、ミステリアス・レイディ(霧纏の淑女)のナノマシンを使って水芸をしたりして暇を潰していた。

 そして、先程ドアの前を行ったり来たりしている時、用務員室から物音がした。

 彼女は岡部と轡木の話が終わったと判断し、ドアの前で岡部が出てくるのを待つ。

 

「更識さん、いたんだ」

 

 ドアが開き、スーツ姿の岡部が出てきて、楯無を見るなり呟いた。

 

「轡木さんから部屋まで送れって言われちゃってね」

 

 その言葉に岡部は困惑した表情を浮かべ、溜息をつく。

 

「そんな、子供じゃないんだから……」

 

 そんな岡部の様子を見て面白いのか、楯無はクスクス笑う。

 

「フフッ、強がり言っちゃって――貴方、中々嘘つきね」

 

 そう言って、楯無は猫のように岡部に正面からピトリと密着し、右手で彼のスーツの前裾を捲り、左肩を露出させる。

 まず、彼女の目に入ったのは二重に重ねられたショルダーホルスターの紐が見える。そして、その紐をずらしてみると……

 

 ――彼のスーツの肩部の下に隠れてあるカッターシャツは赤く滲んでいて、小さな斑点が二つできていた。

 

「普段の素っ気ない貴方や、一緒に行動した時の貴方も中々格好良いけど――こういう意地っ張りな貴方って、結構可愛いわね」

 

 余った左手で胸板をのの字になぞったり、つんつんとつついたりしながら、楯無は上目遣いで岡部を見る。 

 岡部は楯無の視線から目を逸らし、猫のように引っ付く楯無を引き剥がす。 

 

「あまり気にかけないでくれ。自分は大丈夫だから」

 

 その言葉に楯無は険しい表情を浮かべ、目を細める。

 

「フザケた事を言わないで、更識は相手の身振り手振りや顔色、声なんかで相手が今どういう状態でどういう心境なのかって事はわかるのよ。

 今の貴方は4日間まともに睡眠や休息を取らずに戦い続けて疲労困憊。それに加えて左肩に二発、右肩に一発、右の脇腹に一発被弾していて、血が足りない状態でいることぐらいお見通しだわ」

 

 そう言って、岡部の右腕にしがみつく楯無。

 

「目の届かない所で貴方が倒れてしまう方がこっちとしては困るのよ。病院の手配と足はもう用意したわ、ばれないように今の内に行きましょ」

 

「……病院には行けない。ゲスト機に治療機能があるから、部屋までだ」

 

 楯無の提案に対し、しばし考える岡部だが。やがて諦めたのか妥協案を出す。

 

「……わかったわ。でも治療できたかどうか確認する為に部屋に入れてちょうだい」

 

「……わかった。その代わり、自分が居なかった4日間の事を教えて欲しい」

 

 完全に観念したらしく。岡部は溜息をついた。

 

「貴方のそういう所、結構好きよ」

 

 そう言って、二人は寮の岡部の部屋に向かって歩いていった。

 岡部は自身の部屋に着き、ドアを空ける。部屋はIS学園から出た直前となんら変わってはいない。

 

「そう言えば、私。貴方の家にはお邪魔したことはあっても、こういうプライベートな部屋は初めてかも」

 

 スタスタと部屋に入り、冷蔵庫から飲み物が入ったペットボトルを取り出して、ラベルを岡部に見せた。

 

「これ飲んでもいいかしら? もしかしてお酒じゃないわよね?」

 

「ご自由に」

 

 そう言うと『ありがと』とだけ楯無は応えて、部屋のソファに座ると、ペットボトルの飲み口に口を付けて飲んだ。

 まるで見せつけるかのように、ゴクゴクと喉を鳴らしペットボトルの中身の液体を嚥下している。ある程度まで飲むと、キャップを飲み口にして、そのまま目の前のミニテーブルに置いた。

 

「中々イケるわね。これ」

 

「そうかい」

 

「それに今思ったんだけど男の人にしては床に落ちてる腕時計以外スゴく部屋が綺麗。仲の良い織斑先生や一緒に住んでた篠ノ之さん以外の女の子とかも部屋に入れてるの?」

 

 そう言って、楯無は岡部の自室に興味津々に色々と物色し始める。

 

「余計なお世話だ」

 

 楯無と喋りつつ、岡部は特に咎めもせずに床に落ちてる腕時計の形態になっているゲスト機を拾い上げて展開する。楯無はIS、ミステリアス・レイディに備わるハイパーセンサーをフルに活用しながら岡部の纏うISを観察する。

 

 全身装甲(フル・スキン)タイプのISであるゲスト機は視界を確保するためのバイザーや頭部を守るヘルメットタイプの装甲部に加え、胸、腕、腰、脚、ふくらはぎから足先と手先に至るまで外殻――すなわち全身をプロテクターとしての装甲で防護している。

 また、外殻が取り付けることができない各関節部や外殻としての装甲と人体の間には厚いスーツ状の装甲が全身に張り巡らされている事がISの展開時にわかった。

 

 楯無は容易に、これらの装甲の類はISの登場により表舞台に立つことになった金属――ISマテリアル系列から成る物なのだろうと予測することができた。

 

 背面はPIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)の他に、それを補助・増強のためにバックパックが装着され、スラスターが備え付けられている。バックパック上部には可変タイプのバーニアスラスターが二基付けられていて、前から見ればアンテナのようにぴょこんと両肩から飛び出しているのがわかった。

 

 推進機関であるスラスターやバーニアは搭載されていても、推進翼などはほとんど持たず、全身の――肩、胴、腕、腰、脚の装甲部位の至る所に追加の武器や弾薬、更なる増加装甲などを取り付けるための多数のクリップ、ベルト、磁気ホルスターを備えていた。

 篠ノ之束の趣向が反映されているようなデザインの白騎士に比べ、ゲスト機はそれこそ武器や増加装甲では無く、宇宙進出ようの機器を搭載すれば、未来における宇宙服に成り得るような印象を楯無は受ける。

 

 彼女は改めて、それも間近で見ることにより他のIS学園やIS委員会の関係者と同じく、ISの生みの親――篠ノ之束が創りあげたこの機体は正しくミステリアスだと感じた。それと同時に篠ノ之束は宇宙進出用のパワードスーツの開発に本気で取り組んでいたとも思えた。

 当のゲスト機は展開してからずっと直立不動の状態を維持しており、グレー塗装(ロービジ塗装)に合わせたのか頭部の銀色のバイザーだけがチカチカと点灯していた。

 

 そんなゲスト機の様子を見ながら、彼女は暫しの間考えこむ。内容は勿論、目の前の男についてだ。

 岡部(おかべ) 友章(ともあき)、23歳。平凡な両親の下で平凡な家庭に生まれ、高校生程の年齢になるまでは特に目立った事も無く、正直……どこにでもいる有象無象と言ってもいい人間。

 強いて言えば、何故か15になるやいなやエアライフル・エアガン競技に手を出し始め、その年の大会でいきなり優秀な成績を収めたものの、それ以外には特に言う事は無く、その射撃の成績自体も誰にも言うこと無くそのまま学力試験で高校に合格し、進学する。

 

 そこで織斑千冬と篠ノ之束と同クラスになり……ここから彼の運命は大きく変わり始める。

 

 高校三年になると白騎士事件が勃発。岡部はそこでIS、ゲスト機と出会い、以後彼の専用機となる。

 白騎士事件後、日本政府の要人保護プログラムに則り、住居の転居を余儀なくされる。その時、比較的交流のあった篠ノ之束の実妹、篠ノ之箒と同居。約四年間、彼女と過ごす。

 第一回モンド・グロッソ、第二回モンド・グロッソにも特別推薦枠にて出場。第一回は織斑千冬の駆る暮桜と引き分け、第二回は誘拐未遂により棄権。ヴァルキリーとブリュンヒルデの資格を剥奪される。

 その後、要人保護プログラムがほぼ完全に緩和され、織斑千冬のドイツ出向を機に篠ノ之箒とは別居、織斑千冬の実弟、織斑一夏のいる織斑家に一年間居候となる。余談だが、この時岡部友章は大学の学部を無事に卒業し、大学院生となっている。

 同年の年度末、織斑一夏のIS適正発覚に乗じて、自身のIS適正も公開し、学生を辞めてIS学園に就職し、今に至る。

 

 これが、いわゆる彼の『表の』歴史。

 

 岡部友章についてはある意味、同い年の織斑千冬や篠ノ之束以上の謎がある。

 その多彩なスキルだ。豊富な言語能力から始まり、運転技能、銃器の扱い、そして射撃のみに限るが指導力など……彼の人生では得られる事の無いものばかりだ。

 ちなみに指導力があると考えられるのは放課後の補習によって、一年の専用機持ちと代表候補生の能力が入学前のデータと比較すると目に見える程上がっているからである。

 流石に近接戦闘やISの機動などの類は織斑千冬の成果だと言えるが……

 

 話を戻そう。

 

 その多彩なスキルの中でも特に――フランスの騒動でも思う存分に発揮されたその戦闘能力と所詮、裏事情と言う物についての圧倒的情報量については一番の謎とまで言われている。

 

 それは何故か……

 

 かつてIS適正を世間にバラした時、日本は勿論の事、先進国全てが彼について徹底的に――それも彼の交友関係から彼自身の先祖まで調べ上げた。それこそ岡部が生まれてから今日に至るまで食べたパンの枚数がわかる程だ。

 当初は各国個別での調査であったが、次第に一つ、また一つと合同で調査するようになり、やがては全世界のその手の組織が力をあわせてたった一人の男を調べ上げた。結果は……

 

 全くの手掛かり――微かな痕跡すら見つからなかった……

 

 特にその戦闘能力とあまりにその筋に詳しすぎる理由についてはまるで考察すら立てられないという有り様。

 楯無は以前、彼の調査に関わっていた更識の人間と話をすることがあった。

 その時、岡部についてのコメントとしてこう言っていたのを思い出した。

 

『我々はまるで……幽霊を見ているかのようだ』

 

 岡部友章は岡部友章でも、その中身は実は見るもおぞましい化物か何かではないのだろうかと終いには疑われる始末であった。

 しかし、彼の存在を抹消するという選択肢は無かった。なぜならば、抹消する理由すらないのだから……

 

 各国のミスにより発射された長距離弾道ミサイルを大気圏外で迎撃、核の脅威から世界を守り、頻発する大規模テロをことごとく鎮圧し、モンド・グロッソにおけるテロも水際で防いだ。

 彼の存在は邪魔になるどころかどこかしらの先進国は必ずどこかで命拾いをするハメになっているのである。

 人質なんてもってのほかだ。何故なら彼が全てを失った時、それは核も可愛くなるような……そんなおぞましい事が起こるだろうと皆想像できてしまったからだ……

 

 楯無がそんな彼に興味を持つのは当然の帰結であろう。さらにそれを後押しするかのように学園のトップでもある轡木 十蔵の許可――つまりは後ろ盾も貰っている。

 早速今年度、岡部がIS学園のIS実習専門の教員として就いた時、行動に移した。

 

 IS実習では積極的に彼に話しかけ、多くのコミュニケーションを取り、あまり乗り気では無かったが、一般の生徒やクラス代表よりもより多くの関係と交友を持つことができる生徒会長に就任して、岡部を実質生徒会顧問に近いポジションへと引きずり込もうと画策している。

 

 楯無は実際に様々な側面を持つ彼とコミュニケーションを取ったことにより段々とその本質の輪郭が見えてきたような気がしてきた。

 彼は荒んだ環境下で生活しているのにも関わらず、その人間性――すなわち精神になんら異常をきたしている様子は普段の彼からは見受けられないが、やはりIS用でも人間用でも銃器の類を握ればやや攻撃的になる。

 女性に対する態度は自分や特に仲が良い織斑千冬や篠ノ之箒との様子から、相当に色恋沙汰には縁が無かったようだが、無自覚という訳では無さそうだ。しかし、時には娘や妹に対する態度もとっている。事実、冷蔵庫や岡部の自室を探り回ったにも関わらず、彼は咎めるどころか何も言わなかった。

 

 その他色々な事柄を加味してまとめると楯無の岡部に対する印象は現状において、『外見と中身が釣り合わない、まるで多重人格者ような――得体の知れない物』といつも通りの結論に至る。

 ちょうどその時、玄関で扉をノックする音が響く。楯無はふと、部屋に置いてある時計を見ると、あたかも納得した表情を浮かべた。そのまま楯無は立ち上がり、玄関のドアを開ける……

 

 岡部の部屋の前にいたのは、織斑千冬であった。

 

   ■   ■   ■

 

 『6月19日 PM2:35』

 

 織斑千冬は機嫌がすこぶる良かった。

 ISにおいての座学を終えた後、いつもの習慣と化している放課後の補習の準備をするために職員室に戻ると上司に当たる教員から、先程岡部教員が無事にIS学園に戻ってきたとの連絡が届いた。

 その連絡に内心ほっと胸を撫で下ろしてから、それを伝えるために早速、一夏達の待つアリーナへと向かう。

 

 岡部がフランスで何か厄介事に巻き込まれたらしいと分かったのは5日前――ちなみに、その後デュノア社のCEOが誘拐されたと報じられたのがそれから次の日。約5日間とはいえど、失踪した同僚が無事に帰って来たことに彼女の他にも同僚の山田先生やベネックス先生らと共に喜んだ。

 岡部が失踪して初日は皆平静を保っていたものの、2日目でフランスの騒動が判明すると一気に不安が加速し、日を追うごとに空気が重くどんよりとしたものになっていった。

 

 彼がIS実習を担当している1年1組の生徒や、彼が受け持つ1年2組、一夏達のグループは言うまでもない。

 すこし意外だったのは上級生の専用機持ち・代表候補生や以前、岡部に世話になったらしい3組や4組のクラス代表が彼の近況を聞きに織斑千冬の元へやってきた事だろう。

 特に2日目にフランスの騒動が発覚した時には岡部と直接的に関わりのある篠ノ之箒とセシリアはしきりに状況を聞きに来ていたり、身内に連絡を取っていたのは記憶に新しい。

 岡部自身が箒の事はよく可愛がっていたので、理解できたが。セシリアがこんなに焦るのは意外だと織斑千冬は思った。

 

 ――後にわかったことではあるが、箒と一夏に次いで彼が気にかけているのがセシリアであった。同じ射撃専特化機体乗りとして気にはなっていたようだ……

 

 織斑千冬は表面上では何も動じてないように振る舞ってはいたが、その日の晩に岡部の自室に放置してあったゲスト機を経由して篠ノ之束に連絡をとったのは記憶に新しい。

 

 後は、彼女自身の弟でもある織斑一夏が思ったよりも落ち着いた態度を見せていることに驚いていた。

 彼は岡部が失踪したと発覚した時にはショックを受けていたものの、すぐに落ち着き、空気の重くなったクラスメイト達を励ましたり、慌てる篠ノ之やオルコットを珍しく叱咤して正気に戻していたりと普段の一夏とは違う、別の一面を織斑千冬は見た。

 

 去年はおおよそ一年中ドイツへと出向していて、しばらく見なかったがしっかりしてきたと千冬は感心する。

 ……回想の直後、ふとここでふと足を止める。織斑千冬は一瞬、何か取っ掛かりというか……変な違和感を感じた。

 

 ――私の知ってる織斑一夏は、そのような気の利いた事をするのだろうか?

 

 そう思った瞬間、去年の間は一夏は一人では無く居候としてもう一人、合計二人で自宅に住んでいたと思いだす。

 

 ――私がドイツに行っている間は岡部が面倒を見てくれていたな……

 

 織斑千冬は岡部の評価に関してはとても高いと彼女は思う。もし彼との関係を誰かに聞かれれば篠ノ之束と同じ位、親友だと言えるだろう。

 

 ――もっとも、その評価になったのは白騎士事件後ではあるが……

 

 高校時代での彼はただ単に、物好きな奴あるいは束が珍しく認識した奴……そんな程度の認識ではあった。

 そこから交流が始まり、自分の剣の腕や束の発明品、彼の射撃などを見せ合った。

 そしていつからだろうか? 最初は束や岡部のみの会話が次第にクラスメイトを交えての物になってきたのは……

 言うまでもなく岡部の仕業だとはわかる。彼が自分と束、クラスメイトの仲介役になっていたのだ。そして今改めて思い出せば彼はそれだけではなく、束の起こした騒動や自分の不始末、そしてトラブル等に関しては自分達に飛び火しないように積極的に泥を被っていたような気がする。

 束の騒動にて彼女の要望にはなんとか応えようと彼は良く働いてもいたし、私がやりたい事にも彼は気を遣っていた節があった……

 

 ここで疑問が浮かぶ。今まで岡部はそういった頼み――一種の軽いわがままを言った事があっただろうか? 何故ここまで割を食う役割、すなわちスケープゴートとなってくれるのだろうか……

 そしてそのまま彼の事を考えていると、やがて織斑千冬はっと気づく。

 

 ――そもそも、私や束は彼のことをよく知らないのでは?

 

 こと岡部友章という男の趣味や高校以前の話や大学生時代の話、さらには家族構成に至るまでの情報が無いことに気づく。

 今まで振り返ってみると彼は世間話などはすることはあっても、そういったプライベートな情報だけは言わなかったり、そういう話の雰囲気になると黙っていたり、誤魔化したり、話題を変えていたような気がする。

 いつかじっくり彼と、束を交えて三人で話でもしよう……そう結論をづけてから、止まっていた足を再び動かして一夏達の待つアリーナへと向かっていった。

 

   ■   ■   ■

 

 IS学園へ無事に帰還した後、色々とすったもんだの末にやっと一息つけたのは今晩の就寝時間の頃であった。

 傷痕を見えないように治療する為にゲスト機を装着したのは良いものの、ものすご~くゲスト機のAIに文句を言われながら治療用ナノマシンの投与を受け、治療が終わってゲスト機を待機状態にすると目の前には織斑さんと更識さんが居て……

 その後は織斑君やら篠ノ之ちゃん、オルコットさんに凰さんといったメンバーや学園の生徒達からも色々と聞かれたりとここまで目に見える程目立ったのは初めてだ。

 

 さて、自分が居なくなっていた間、IS学園の方では何が起こったのか?

 同僚や比較的中の良い生徒、いつものメンバーや織斑さん、楯無さんから聞いたことを総括すると……

 

 一夏君が生徒会長相手にやらかして、シャルル・デュノアはシャルロット・デュノアになった。

 あと、篠ノ之さんと凰さん、ボーデヴィッヒさんの三名がブチ切れた。

 

 詳しい事情を聞いてみると、自分が居なくなっていた間に一夏君が更識姉妹に説得を、男装がバレたデュノアには助けの手を渡したようだ……

 その対応自体はどうでもいい。別に更識姉妹への説得に自分がダシに使われても構わない。IS学園の性質を利用した所詮、時間稼ぎにしかならないような対応も、意図せず自分が解決したに近い状態なので、後は自分が動けば結果として問題はない。

 ただひとつ、誤算だったのは彼の周りの人物の対応だった……

 

 ――幼馴染み二人には新たに二人たらし込んでると誤解させ、ドイツの転校生は一夏君が下したシャルル・デュノアへの対応について、織斑千冬の評判を下げかね無いと思ってしまった。

 

 なので、これから自分が行わなければならない事柄――シャルル・デュノア改め、シャルロット・デュノアに事情と真実を伝えるに加え、その辺の前述した部分についてのフォローも追加でやらなければならない。

 

 ――品質管理士ならぬフラグ管理士とな……

 

 そんなくだらない事を考えながら、次の一手を打つためにゲスト機経由で通信を開くのであった……

 

 

 



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13:IS学園 6月 後処理

 ある人物に連絡を入れた次の日。特に言う事もなく業務をこなしていたり、楯無さんに連絡をとっていたり、織斑君の寮の自室についての調整などをするうちに放課後となった。

 「傷と疲労を早く治すように」といってた轡木の爺さんが気を回してくれたのか、午後のホームルームが終わり次第フリーになり、色々とプライベートな時間が増えた。

 だが、そんなことは知ったこっちゃなく色々と溜まった案件片付けるために奔走するのであった。自業自得故に仕方なし。

 

「シャルル……じゃなかった。シャルロット・デュノアさん」

 

 ホームルームが終わり次第、廊下に出て隣の教室から『偶然』出てきたデュノアさんと織斑君をロックオン。直ちに声をかけて捕まえる。決して1組に合わせてホームルームを終わらせたわけではない。

 

「あ、友兄」

 

「何か用ですか? 岡部先生?」

 

「よう一夏。少しデュノアを借りるがいいか? 彼……じゃなかった、彼女に大事な話があるんだ」

 

 この言葉に織斑君は眉間に皺を寄せて、こちらをじっと見つめる。デュノアさんは険しい表情を浮かべ、俯いた。

 

「待て待て、そんなシリアスな顔をしたり腹を括るな。悪い話ではない」

 

 そう言って織斑君と暫く見つめあう。暫くそうしていると向こうは信じてくれたようで……

 

「……ああ、わかった。信じるよ」

 

「わかりました。岡部先生」

 

 二人の緊迫した表情も解け、快諾を得た。

 

「よし。じゃあ済まないが織斑君はどこか適当に時間でも潰しておいてくれないか? 終わったら連絡をいれよう」

 

「わかった」

 

「それでは、デュノアさん。ついてきてくれ」

 

 そう言って、織斑君とは一旦別れてデュノアさんを引き連れる事となった。代表候補生や各クラスの教員を始め、1年生達が奇異の目でこちらを見るが気にしない。

 廊下を歩いて、階段を登って、人気の多いところから人気のないところにデュノアを連れて行く。これだけ言うと凄く犯罪チックである。

 

「あのー、岡部先生? どこにいくんです?」

 

 デュノアを引き連れてテクテクと校舎内を歩いている途中、流石に心配したのか行き先を自分に訪ねてくる。誰だってそうする、俺だってそーする。

 

「生徒指導室だ。あそこなら密室で防音性もある。あまり多数の人に聞かせたくない話にも持って来いだ」

 

 生徒指導室

 

 読んで字のごとく生徒を指導……もとい、お説教する部屋。その他にも進路相談や学生生活におけるお悩み相談室のようなものである。ぶっちゃけIS学園における同性の少ない自分には縁が無い。

 そしてますます濃くなってくる犯罪臭の香り……

 

「……そうですか。なら大事な話というのは」

 

「そこら辺は賢い君の事だ。言わずとも察しているだろうが、まあ……君の御家族の事だ」

 

 途端に無言の時間がやってくる。彼女にとってはあまりいい思い出が無いのだろうか?

 

「まあ、君にとってはあまりいい思い出は無いだろうが聞くだけ聞いてみるといい。ほら、ここからは君一人で行くんだ」

 

 生徒指導室に着くと自分はポケットからカードキーを取り出し、ドアのロックを解除する。

 そしてドアを開けてデュノアを誘導する。彼女は生徒指導室に入る直前、自分と顔を合わせた。

 

「最後に、これは独り言なんだが……家族は大切にな」

 

 自分がそう言うと、デュノアはそのまま生徒指導室に入っていった。

 彼女が生徒指導室に入るのを確認するとドアを閉める。そしてちょうどタイミングよく楯無が姿を現した。

 

「じゃあ、後は任せた」

 

 そう言ってこの場を楯無に任せると、彼女はため息をついて呆れたようにこちらを見る。

 

「貴方ってホント、お節介さんね。どうしてこう生徒のトラブルに首を突っ込むのかしら?」

 

「そりゃあ、一応先生だしなぁ」

 

 分野が違えども、教師紛いの職種についたのだから『この先生と出会えてよかった』と思われるようになりたいじゃないか。

 ウチの生徒である以上誰が相手でも生徒には決して手は出させないし、こんな自分でも生徒の成長を手助けしたい。それをモットーにやっている。

 

 ――ホントにそれで良いのかどうかは判らないけどね

 

 ……ま、こんなセリフを彼女に言った日には、きっと抱腹絶倒――お腹をかかえてひっくり返るくらいに大笑いして、そんでもって友人の新聞部に頼んで記事にされるんだろうなぁ。自分のキャラに合わないしね。

 

「でも……」

 

 楯無は意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「自分から親との縁を切っておきながら、生徒には家族の大切さを説くなんてお笑いよねぇ」

 

「親不孝者からの大切な忠告だよ? 人生の授業なんてと~っても貴重なんだよ! だよ!」

 

 楯無と同様に意地の悪い笑みを浮かべながらそう切り返す。

 

「口ではどうとでも言えるけどねー……ま、今回はそういうことにしておきましょう」

 

「そういうことにしてください。じゃあアリーナにでも行ってくるから、デュノアさんが出てくる頃あたりに織斑君をここに呼び出しといておいてね」

 

 そう言って、楯無の気怠げな返事をバックにアリーナへと向かった。

 

 さあ、つぎは幼馴染みコンビだ……

 

 そう思いながら、まずは下準備として、どこか図書館なり寮の自室なり適当な場所で時間を潰しているであろう織斑君に連絡を取る。IS ゲスト機の個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)を起動し、白式へと繋げる。

 

「織斑君、聞こえるか?」

 

「ん? あ、あぁ……友兄か? シャルは?」

 

 特に必要もないので通信は立体ディスプレイの無い音声のみ、なので織斑君は自分の急な呼び声に戸惑いつつもこちらからの呼びかけに応える。

 

「デュノアさんは生徒指導室にいる。自分はそこにはいないが事が終わり次第、連絡が来るはずだ」

 

「そっか、サンキュ」

 

 よし、掴みはこんなもんでいいだろう。後は彼に察されないように遠回しに聞こうとしよう。

 

「そういえばさ、昨日聞きそびれていたんだが……更識んとこの姉妹、仲が良くなったような気がするんだけど何かあった?」

 

「はは、誤解を解こうとしたらちょっと姉妹喧嘩に巻き込まれちまった」

 

 声色から苦笑しながら話している織斑君の様子が想像できる。さらに織斑君は話を続ける。

 

「それで、ISで模擬戦みたいな事とか色々あったけどなんとか誤解は解けたんだ。解けたんだけど……」

 

「ん? 他になんかあったのか?」

 

 内心 占めた! と思いながら相槌を打つ。

 

「今度は俺の方に誤解が……ね?」

 

「あ、読めたぞ。ファーストとセカンド絡みか?」

 

「惜しい。正解は箒と鈴とボーデヴィッヒの3人。シャルをIS学園に留まらせようと千冬姉や会長に色々と相談したのがボーデヴィッヒの耳に入ったらしくて」

 

 うん。ここまでは予想通り。

 

「ふーん……ま、篠ノ之ちゃんと凰さんに関しては明日頭下げて謝れ」

 

「え!?」

 

 織斑君が疑問に思うのも仕方なし。

 

「……男にはそういう時がある。んでもってそれが一番波風立てないのさ……」

 

「友兄ェ……」

 

 哀愁感漂うコメントを残すと、織斑君は同情するように返した。

 

「……とりあえず、『誤解させるような事をしてスマン!』とでも言えばいいと思うよ」

 

「ホントかよ……」

 

「自分も織斑君の歳の時に……それでなんとかなったんだ……」

 

「……わかった。ありがとう」

 

「それじゃあ明日、頑張ってくれ。通信終了」

 

 そう言って、白式とのプライベート・チャネルを終了させる。

 ……女の花園に貴重な若い男性として放り込まれて早3ヶ月。一般の生徒からの奇異の眼差しと女学校顔負けの逆セクハラトークや教員達の嫌味や小言には完全に慣れつつある。ハーレム? 桃源郷? そんなものは無かった。

 

 ――知ってるか? 男子寮より女子寮の方がトラブルの頻度は多いんだぜ……

 

「おー、頑張ってるなー。ガンバッテルナー……」

 

 アリーナに来てみれば、1年の専用機持ちによる無駄にレベルの高いタッグの模擬戦が繰り広げられていた。だからこんな変なコトを考えてます。

 未だにお前らのその成長速度には慣れない。織斑姉弟(してい)といい篠ノ之姉妹といい……

 

 ――世の中見渡す限り天才だらけなようで、嫌になってくる。

 

 打倒一夏を掲げて修練に励んでいるメンバーを見て感心する一方、ボーデヴィッヒと篠ノ之のコンビがえげつなくて人選をやらかしてしまったとも思わなくもない今日この頃。

 とりあえず、見た感じオルコット・凰ペア対ボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアで模擬戦をやっていて案の定ボーデヴィッヒ・箒ペアが押していた。

 

「ぐ、降参よ……」

 

「……降参ですわ」

 

 しばらくして、レーゲンのワイヤーブレードに拘束された甲龍と打金特式のブレードの刃先がブルーティアーズに乗るオルコットの喉元に突き付けられて模擬戦が終了した。

 それから4機のISは地面に降り、待機状態に戻った。

 

 自分はそれを見計らって、彼女たちが模擬戦をしている間に人数分タオルとスポーツドリンクを持って駆け寄った。

 

「みんなお疲れ、全員いい動きだったよ。そのまま頑張れば国家代表も射程圏内かもしれないな」

 

「岡部さん!」「あ、岡部先生」「先生!」「先生自ら!……恐れ入ります」

 

 殆ど差は無いようなものだが、篠ノ之・オルコット・凰・ボーデヴィッヒの順に彼女たちは自分に気づいてそれぞれ反応を表した。

 特に自分を見てボーデヴィッヒは即座に右手をあげ手のひらを左下方に向け、人さし指を大体おでこ辺り、帽子のひさしあたりに上げようとするが自分が制止させる。

 

「ああ、今日はプライベートだから敬礼はいいよ。むしろ君は今は学生なんだ、やめなさい」

 

「す、すみません。カラダに染み付いているもので」

 

「その厳正さは君の良いところだが、これからきちんと公私を使い分けれるようにしような」

 

「了解しました」

 

 そう言って、手近にいたボーデヴィッヒと篠ノ之ちゃんにタオルとスポーツドリンクを渡す。

 

「はい。タオルとスポーツドリンク。正直……ここまでいいコンビになるなんて予想外だったよ」

 

「ありがとうございます! 岡部さんっ!」

 

「ありがとうございます」

 

 二人はタオルとスポーツドリンクを受け取り、それぞれ汗を拭いたり、水分補給を行う。次は凰とオルコットだ。

 

「凰さんやオルコットさんもそう落ち込まないで。自分が見てきた1年生時の代表候補生達の中でもトップクラスだから……な?」

 

「本当にそうなんですの?」

 

 ひどく落ち込んだ感じの二人をフォローしたつもりが逆に怪しまれ、オルコットが懐疑的に答えた。

 

「そんな『些細な』事で嘘はつかないさ。大体、君たちは過小評価しすぎだ。高慢になれとまでは言わないが、そう卑屈になってもらっては困る」

 

「そりゃそうだけど……こうも叩きのめされるとさすがのあたしだってヘコんじゃうわ」

 

 まだ今日1回しかあのペアに勝ってないのよ!? と凰に言われる。

 確かに、自分が織斑さんと何回か模擬戦をやってその日は1回しか勝てなかったらヘコみそうだ……ぐぬぬ……

 事実そうなのだが、納得することはできないので話を逸らしてみようと試みる。

 

「へぇ、じゃあ凰さんやオルコットさんを鍛えている自分や織斑先生の事、信用してないんだ?」

 

「それはありえませんわ!」「それは無いわ!?」

 

 即座に否定が返ってくる事に内心喜びながらも、心を鬼にして二人に発破でもかける。

 

「でも、篠ノ之とボーデヴィッヒに叩きのめされて、内心自分が才能がないと思ってしまうって事はそういうことじゃないのかい?」

 

 そんなッ!? とリアクションをする二人。自分の後ろにいる篠ノ之ちゃんとボーデヴィッヒの視線が突き刺さり、心が痛いが無視する。

 

「今まで補習で自分や織斑先生、篠ノ之ちゃんや回数は少ないけどボーデヴィッヒさんとも、模擬戦をやったよね?

 その時に色々とアドバイスや注意点なんかを言ったはずだ。そしてこのタッグ戦は今までの応用とも言えるだろう

 これだけ言えばわかるはずだ。これで少し頭を冷やして、冷静にな。」

 

 そう言って二人にタオルとスポーツドリンクを渡す。そして、最後にもうひと押しの言葉を放つ。

 

「言っとくが、各専用機の特徴はあれど総合的に見れば圧倒的な差は無い。勝利は皆、君達の技量にかかっている。気合い入れていけ」

 

 ――我ながら、よくまあいけしゃあしゃあとこんなセリフを吐ける。

 

 そう言うと何か感銘を受けたのか目を輝かせ威勢良く返事を返した二人。ヴァルキリーとブリュンヒルデの名の力はこういった説得を容易にさせる。恐ろしいものだ……

 

「あ、そうそう。凰さんと篠ノ之さんは時間があったら今日の晩、自分の部屋に来てほしい。二人一緒にだぞ? それじゃあ、少し用事があるんでお先に失礼するね」

 

   ■   ■   ■

 

 シャルロット・デュノアは混乱していた。

 

 突然、亡くなったと聞かされていた母親が実は生きていて、憎んでいた父親は涙を流して自分に許しを乞うていた。

 生徒指導室に備え付けられている立体ディスプレイにリアルタイムで映っている自分の父親と母親から事の顛末を聞いたシャルロット・デュノアの状態は正にその一言に尽きる。

 

 やがて冷静になり混乱が収まると、今度はあまりの出来事に歓喜にうち震えた。

 立体ディスプレイでは色々と自分に懺悔している父親と母親の話を聞きつつ嗚呼、嗚呼、とデュノアは歓喜に震えながらもどこかに残った僅かな理性では推測をたてていた。

 

 ――一体、誰が……誰がこのような事をしてくれたのか? と

 

 デュノアには味方がいなかった。ついこの間までは

 

 自分が目標――織斑一夏の篭絡及びISのデータ収集に失敗し、あまつさえ自分が女だとバレてしまった日。デュノアは自分の尊厳や命の他、ありとあらゆるものを穢され未来はないだろうと悟った。

 不思議と恐怖は無く、涙すら出ない自身。今思うとあの時までの自分はどの道死んだも同然かもしれないと思った。

 しかし、そんな哀れな自分を糾弾するどころか救いの手を差し伸べる者がいた。

 

 そう、シャルロット・デュノアが目標としていた織斑一夏である。

 

 彼はデュノアの為に彼自身の出きり限りのありとあらゆる手を尽くし、とりあえずIS学園にいる間まではシャルロット・デュノアは身の安全を保証される所で落ち着いた。

 その事を織斑一夏から聞いた時、彼女はあまりの出来事に涙を流した。

 

 嗚呼、嗚呼、と彼女の心が歓喜に震える。止まっていたシャルロット・デュノアの時間が今、やっと再び動き出したのだ。

 

 あの当時はIS学園卒業までの時間稼ぎに過ぎなかったのだが、それでも構わないと思った。

 しかし、完全にあの悪夢から開放されたいかともし尋ねられたら、開放されたいと答えていただろう。そう考えていた矢先にこの朗報。

 

 ――あまりにもできすぎている

 

 「それで、僕の誘拐騒動が落ち着いてくる頃になんだが……やり直さないか? 僕とカリーネと君との『家族』の時間を……」

 

 父親のサミュエル・デュノアがそう提案する。

 家族の時間をやり直す……それはIS学園から離れることも意味している。

 フランスに帰ることも、IS学園にいることもシャルロット・デュノアにとってはどちらも捨てがたく、たいへん迷った。しかしその時、二人の姿が脳裏に蘇った。

 

 一人は織斑一夏。

 仲がかなり悪かった更識姉妹に対して『数少ない家族』を主張して仲介していた事は記憶に新しい。

 

 そしてもう一人は……岡部友章だ。

 実はあの先生とデュノアの関係はとても薄い。男装していた時も女に戻った時も学生生活の大部分を一夏に依存していたというのがひとつの理由でもあるのだが、岡部先生に言う事も話すことも特に無いのも原因のひとつでもある。

 彼はデュノアが生徒指導室に入る際、まるでこれを予測していたかのように喋っていた。

 

 ――状況、各関係、様々な要因がここで一つに繋がった。

 

「私は……お父さんとお母さんと一緒に、またやり直したい……」

 

 明るい表情を見せる両親。そんな中、自身の良心が少し痛みながらも続ける。

 

「けど……この学園での学生生活も続けたいんですッ……!」

 

 その言葉に苦笑いを浮かべながらもどこか納得したような表情を両親は見せた。

 

「……ははは、まさかここまで見抜かれるなんて、『彼』はまさに……慧眼の持ち主というわけか……」

 

「もしかして、『彼』って……」

 

「ああ、君の先生である岡部友章だ。フランスでの騒動で僕に協力してくれた人さ。もっとも……それが彼だと知ったのはついぞ昨日の話だがね」

 

 デュノアの脳裏にある男の名前が浮かぶのと同時に、彼女の父親はあっさりとそう答えた。

 

「ただ……シャルロットこれだけは言っておく。

 

 君には帰る場所がある。

 

 夏休みまでにはなんとか片付けておくから、その時になったら顔を見せてほしい」

 

「その時になったら例のボーイフレンドも連れてきてちょうだいね」

 

 最後に両親はそれだけを言って通信を終えたのであった。

 

 生徒指導室から出たデュノアは更識楯無とばったり会った。てっきり岡部先生あたりが待っていたものかと思っていたが、回りには楯無しかいない。

 

「こんにちは。姉妹喧嘩の時以来ね」

 

「あの、会長。岡部先生は?」

 

 自分を生徒指導室に案内した人物の所在を聞くと、楯無はため息をついた。

 

「あの人、そんなに暇じゃないのよ? 今頃はアリーナで上級生や学部生相手に模擬戦やらデータ取りの手伝いでもしてるわ……せっかく休んでもいいって言ってるのに、ゲスト機の機能を使って元気に仕事中よ」

 

 あれはまさに仕事バカね。あんな贅沢なISの使い方ができるなんてあの人位だわ…… と呆れたように言った。

 

「あはは……」

 

 思わず苦笑いを浮かべるデュノアであった。

 その時、奥の方から人影が見えてきた。織斑一夏だ。

 

「一夏!」

 

「シャル! と、楯無さん。それにしても友兄はなんの話をしてたんだ?」

 

「それについてはお姉さんが説明するわ。岡部先生から頼まれてることだしね」

 

 そう言って、楯無がこれからのデュノアの待遇について説明した。しかし、それは必要最低限の内容で岡部先生がこれに深く関わっている事は彼には伏せられていた。

 思わず、楯無を直視するデュノアだが、楯無からは個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で話を合わせろと言うだけであった。

 

「そう言った訳で、シャルロット・デュノアちゃんは晴れて完全な自由の身となりましたとさ。パチパチパチ~」

 

「本当なんですか!? 楯無さん! シャル!」

 

「お姉さんが嘘つくはずないじゃない」「うん。そうだよ」

 

 そう二人が答えると、織斑一夏はまるで我が事のように喜んだ。

 

「それじゃあシャルの家族も無事で、これからもシャルと一緒に居れるんだな! よかった! 本当によかったな! シャル!」

 

 そう言って感極まったのか織斑一夏はシャルに抱きつく。

 

 好意を抱いている相手に突然抱きつかれたことに混乱しつつも、今この幸せを噛み締めたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 そして、晩

 

「あ゛ー、疲れた」

 

 そう言って、ベッドに飛び込む。ボディプレスを受けたベッドは ボフン と音をたてて形状を変え、枕も同様に凹んでいた。そして首を横に傾けると腕時計型の待機状態になっているIS ゲスト機がチカチカと点滅していた。

 

『極度の疲労に加えて、新たに生成されたせいか筋肉の動きが固いからそうなるのです。ISの自己治癒機能にも限界があります故に、早急に休息をとることを強く進めます』

 

「そうしたいのは山々なんだが、色々と……な」

 

『フランスで調整を受けているラファール・リヴァイヴや生徒指導室に同席していたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡから事情は聞きましたが……貴方の行動には理解に苦しみます』

 

「自分がやりたいことをやってるだけさ。無理に理解しようとしてリソースをそっちに多く回さないようにな」

 

 そう言うとゲスト機は一層点滅を繰り返す。

 

『これでは貴方の懐刀として私の存在意義が疑われます』

 

 使い手の性格から言えば、懐刀というよりもコンシールメント・ウェポン(隠し持てる武器)に近いけどな。

 

『それに最近は織斑千冬の駆る暮桜弐式との模擬戦も少なくなってきました。これは戦闘技術の維持の上では大変由々しき事態』

 

「そんなに?」

 

 疑問の声を思わずあげるが、ゲスト機はチカチカと強く発光した。

 

『近接装備しか無いという点は少し痛いですが、これ以上無い……いわばたった一人の恋人(パートナー)とも言えます』

 

 IS同士のカップリングが脳裏によぎる。

 

 ――暮桜×ゲスト機?

 

『ああ、しかし篠ノ之箒の駆る打鉄特式も捨てがたいです……』

 

 ――暮桜×ゲスト機←打鉄特式?

 

 アカン。何か変な数学に目覚めてしまいそうだ。

 

「ま、まあ。そろそろ、お前のスペックをフルに使っての全力戦闘もやってみたいとは思う。機会はうかがってみるとするよ」

 

『自身が選び、認めた使い手に思う存分使われるのはISの本懐。よろしくお願いします』

 

 ゲスト機はそう言って、チカチカと点滅したあと。スリープモードへと移行した。これでひとまず安心だ……

 と、その時ちょうどドアノックの音が響く。鍵は開いている事を伝えると、ガチャリとドアが開いた。

 

「岡部先生、来たわよ」「岡部さん、失礼します」

 

 慣れた様子ですたすたと入って来る凰さんと篠ノ之ちゃん。自分と向かい合うようにソファーに座る。

 自分は立ち上がり、冷蔵庫へと向かった。

 

「二人共飲み物は何がいいー?」

 

「あたし烏龍茶」「私は緑茶で」

 

 冷蔵庫から烏龍茶と緑茶を取り出してコップに注ぎ、テーブルに置く。そして二人が飲み物に口をつけた頃合いを見て、爆弾を投下する。

 

「織斑君をフランスのぽっと出の女狐に攫われるなんて、幼馴染みの面汚しですな」

 

「ゲホッゲホッ!」「ッー!」

 

 案の定、二人はむせて苦しんだ。吹き出さないだけ合格点だろう。何に合格なのかは知らん。 

 

「おおお、岡部先生。一体、何を!」

 

 しばらく苦しんだ後、やがて回復するといの一番に凰さんが突っかかった。

 

「いやさ、今まで色々と織斑君とくっつかせるようにお手伝いしたでしょ? なのに結果はこのザマ。なら、少しくらい意趣返ししてもいいと思うんだ」

 

 その言葉に色々と心当たりがありまくる二人はとたんに自分の視線から目を逸らす。

 

「おお、おかべさん。そ、それは……ほ、ほら! 一夏と付きあえるのは一人しかいないじゃないか! だから……」

 

 まるで自身に言い訳するように反論をする。篠ノ之ちゃん。

 

 ――だが、無意味だ。

 

「そんな事だろうと思ってだな……お前らの為に秘密裏にIS学園(ここ)の性質を利用して実質的な重婚・複婚制でもある市民同盟(civil union)の導入を検討させたりしてんだぞ」

 

「そんな馬鹿な!? 世間体的には……」

 

「できるんだな。これが」

 

 ドヤァ と言わんばかりに篠ノ之ちゃんの反論を叩き潰す。凰さんは口をあんぐりと開けて、フリーズしたままだ。

 何故、そんなバカげた案が門前払いされずに検討されているのか、それは言わずとも自分とゲスト機、そして自身の人脈を餌にしたからだ。

 織斑君もそれ相応の餌になりそうだが、自分と比べたら価値の高さと競争率はお察しの通り。

 

 ――競争率が激しく、旨味の少ない織斑君と競争率が激しくない割りには物凄く旨い自分

 

 自分で言うのもアレなのだが、結構お買い得だと思うんだ。

 まあ、織斑君との競争率の違いの一因としては容姿の差もあるんだけどね……

 

「だからな……もうお膳立てはこっちで済ませたんだから、いっそお前ら織斑君の寝込みを襲え」

 

 そう言うと、二人はボッと赤面する。篠ノ之ちゃんはともかく、フリーズ状態から回復しつつあった凰さんには少し刺激が強すぎたらしい。なにかうわ言を言いながら夢の世界にトリップした。

 

「い、いやいやいや!? ちふゆさんがだまってないっておかべさん!?」

 

 そんなことしたらころされちゃうよ!? と叫んだ篠ノ之ちゃん。一方、凰さんは『うへへ……』とまだまだ夢心地のようだ。

 

「大丈夫だ。織斑さんは……自分が抑える」

 

「うぅ、考えておきます……そういえばそれって岡部さんも適応されるんじゃ……?」

 

「ああ、自分も適応されるね。まあ、自分は最初から死ぬまで独身で過ごす予定だから」

 

 彼女を作るのも結婚するのも自分は興味ないから と言うと、二人に睨まれる。いつの間にか凰さんは復活していたようだ。

 

「言っとくが撤回する気はないぞ」

 

 人には言ってないが、織斑と篠ノ之の立場と地位を固め次第、蒸発する気でいる。人様に言えないことを色々としている身としては自分で自分の身を守るだけで精一杯なので仕方がないのだ。

 

「だからさ……自分の分までラブコメしてくれよ」

 

「……ざけるな」

 

 最後におどけてそう言い放つ。が、篠ノ之ちゃんは突然立ち上がり、両手でテーブルを強打した。

 

「ふざけるな!」

 

 バンッ!! と大きな音を立てて、テーブルは激しく揺れ、2つのコップが転倒し、中身が零れた。

 突然の出来事に凰さんは『ひっ!』と竦む。一方、篠ノ之ちゃんは犬歯をむき出しにしてガルルッ! と自分を睨みつける。

 

「どうして! そう! いつもいつも! 岡部さんが泥を被るんですか!」

 

 大声を張り上げて、篠ノ之ちゃんはそう主張した。彼女に怒鳴られながらも頭の片隅では今晩は隣の織斑さんの帰りが遅くて助かったと思っている自分がいる。

 

「白騎士事件の時も! モンド・グロッソの時も! IS学園入学の時も! そしてデュノアの件もだ!」

 

「デュノアの件? あの時は危険だからホテルに潜んでいたと説明しただろう?」

 

「なら、姉さんに聞いても問題ないでしょ? 姉さん経由でフランスのデュノアに持ち込んだISのデータを見ればわかるんですから」

 

 自分は閉口するしかなかった。一応、口止めはしているものの妹さんの頼みは断れないだろう。

 その様子を見て篠ノ之ちゃんは勝ち誇った様子で一方、回復した凰さんはその様子を見て驚愕する。

 

「じゃあ、フランスのデュノア社のアレって……岡部先生が関与してたってこと?」

 

「……ああ、そうだよ。篠ノ之ちゃんの言う通り、関与はしてたさ。だが、それは全くの偶然だ。不可抗力だ」

 

 昔から篠ノ之ちゃんは自分のことをよく心配してくれてはいたが……それにしては今回は度を過ぎている。昔からのソレの蓄積が爆発したのか、それとも……。いやそれは、一方の考えは少し高慢過ぎる。あり得ない。第一、篠ノ之ちゃんには『織斑一夏』がいるではないか……

 

「私は……私は姉さんや千冬さんよりも信用が無いんですか?! それとも!? あの二人よりも立場も! 力も! 弱いからですか!?」

 

 怒りに燃えていた彼女だが、その感情を通り過ぎて泣きながら叫んだ。

 

「岡部さん……教えて下さい! どうしたら、どうしたら……信用してくれるんですか!? 無茶をしないでくれるんですか!?」

 

 痛々しい沈黙が場を支配する。篠ノ之ちゃんはまだ愚図っており、凰さんや自分はただ沈黙を貫くしか無い。

 

「これじゃ……このままじゃ……私達が独り立ち出来る頃には……岡部さんがいなくなっちゃう……」

 

 元々、なんの因果からか記憶を引き継いだまま第二の生、いわば人生のロスタイムを送る事になってしまった自分。

 前世の記憶から、あまり死については希薄だったのもあってか、さらに死の恐怖が薄まっていたのは事実だ。だから、無意識的にしろ意識的にしろ前世よりもより危険な道やスリリングな所に飛び込みたがる癖はあったのだろう。

 篠ノ之ちゃんの涙ぐむ様子を見て、やっと確信が持てた。それと同時にすこしだけ良心が痛んだ……が、すぐ忘れるだろう。

 

「…………すみません。一旦、部屋に帰ります。ごめんなさい」

 

 しばらくして落ち着いたのか、唐突に篠ノ之ちゃんは一言そう言うとさっと立ち上がり、部屋から出て行った。その後、この空気から逃げ出すように凰さんも立ち上がり、部屋から出て行く。

 自分は部屋のドアを開けて出ようとする凰さんに声をかけた。

 

「……篠ノ之ちゃんを頼む」

 

「そんなこと、わかってるわよ」

 

 返ってきたのはひどく冷淡な返事だった。

 

「迷惑かけて済まない……」

 

「先生には先生の事情があるわ。けど、先生の回りも考えるべきだわ」

 

 あたしが言えるのはそんなこと そう言って、部屋を出て行った。

 その後、入れ違うのように誰かが部屋に入ってきた。

 

「先生(レーラー)。さっき、凰と篠ノ之が先生の部屋から出て行ったのですが……これは……酷い有様ですね……」

 

「女性の扱いは残念ながらとても下手でね。だから今まで浮いた話は一つもないんだ。恥ずかしながらね」

 

 そう言うと、ボーデヴィッヒは立てかけてあるタオルを手に取り、こちらに放り投げた。

 素直に言えないのは人の、男の性なのか、あるいは自分のどうしようもない自尊心からか……それはわからない。

 

「とりあえず、手伝いますからテーブルを拭きましょう。私から先生(レーラー)に話がありましたが、今はそれどころでは無さそうですし」

 

「……スマン。助かる」

 

 ボーデヴィッヒからタオルを受け取ると、いそいそと彼女と二人でこぼれたお茶を拭き取り始める。

 

「先生。コップは?」

 

「流しに置いといてくれ」

 

「了解」

 

 そんなこんなで無事にこぼれたお茶は全部拭き取り終え、改めてボーデヴィッヒと向かい合うように座る。

 

「君は関係無いのに、手伝ってくれてありがとう」

 

「いいえ、お気になさらず」

 

「ところで、君の話とは?」

 

「シャルル……シャルロット・デュノアと織斑一夏の事です」

 

 来たかっ! そう自分は確信した。

 

「言っとくがその二人の件に関しては、決定は覆ることはない」

 

「何故です! 何故ですか!?」

 

 ボーデヴィッヒは不満を露わにする。

 

「シャルロット・デュノアは明らかなスパイ行為に懐柔工作! 織斑一夏はあろうことかこれを保護。結果的に事なきを得たが、多くの学園関係者に多大な損害と『実例』を作ってしまった!

 そんな二人が何故! 罰せられないのです!!」

 

 ボーデヴィッヒの主張に自分は懇々と反論を述べる。

 

「一つ、シャルロット・デュノアの行為は未遂であることだ。

 色々と調べたが、情報は漏れていなかった。実際にその行為をしたかどうかという証拠が無いんだ。

 

 二つ、フランスへのアドバンテージを得るためだ。

 この騒動が公になれば、フランスの信用はガタ落ちになる。つまり、このカードがあれば当分の間はフランスを黙らせる事ができると判断されたからだ。

 

 三つ、代表候補生レベルの人材を逃がさないようにするためだ。

 ここで恩を売っておいて、IS学園の関係者に寝返って貰うためだ。

 

 最後にこれは結果論だが……すべて円満の状態で解決したからだ」

 

「そんな!? 横暴な!?」

 

「結果にはそうなるんだよ。それに、ボーデヴィッヒ。君が言いたいことはそんなことではないはずだ」

 

 そう言うと彼女は閉口する。

 

「君が気になるのはデュノアなんかじゃない。それに伴って、教官(織斑千冬)の評価が下がることが一番の不服だろう?」

 

「……ええ。その通りです」

 

「言っておくが、君が思う以上に織斑千冬の地位は揺るがない」

 

「え?」

 

「適正『S』の姉に適正『B』の弟、希少な男性操縦者とはいえ、それくらいの適正ならたくさんいるし、男で言えばそれこそ適正『S』の自分がいる

 更には兄弟によるISの搭乗適正の因果関係は無いと証明されている。だから」

 

 ――だれも織斑一夏という人間には注目しないのさ

 

 さらに畳み掛けるようにトドメの一言を告げる。

 

「今回は初回から特殊な事例でつい、温情を与えてしまったが……」

 

 ――次は、ない

 

 そう言うと、ボーデヴィッヒはそのままこくりと頷いた。

 

「そう……ですか」

 

「ところで……君はどこからこの情報を?」

 

 そう言うと彼女はビクンッと体を震わせる。

 

「まあ、そうビビるな。今回は見逃す。正直に言いなさい。先生怒らないから」

 

「……副隊長の、クラリッサからの……報告です」

 

 えらく懐かしい名前が出てきてビックリする。第二回モンド・グロッソ以来ではなかろうか……

 

「ハルフォーフ中尉か……」

 

 その呟きを聞いたのか、ボーデヴィッヒは驚いた表情を浮かべる。

 

「え? いや? あの? クラリッサを知っている!? しかし、岡部先生。クラリッサは今は大尉です」

 

 ――メキメキと昇格してるなぁ……性質上、出世のシステムは空軍に似てるのかな?

 

「何故? 副隊長のことを?」

 

 余程気になったのか、ぐいと詰め寄られる。身長差の関係上凄みはない、が微妙に上目遣いに見えなくもないので少し目のやり場に困る。

 

「い、いやあ。第二回モンド・グロッソの時にその名前を聞いてね。ハハハ」

 

「……そういうことにしておきます」

 

「……ゲフンゲフン。まあ、そんなに織斑一夏に不服があるなら、今月下旬の定期試験を終えた後の月末に開催される。タッグマッチトーナメントであいつを打ち倒してから言うんだな」

 

 そう言うと、彼女は渋々ながら納得したようで

 

「了解しました」

 

 そう言って、部屋から出ようとした。

 

「あ、ボーデヴィッヒさん」

 

 しかし、ドアの直前で自分はボーデヴィッヒを呼び止める。

 

「なんでしょうか? 先生」

 

「今日の事は……内密にな?」

 

 そう言うと彼女は溜息をついた。

 

「はあ……了解しました。『私はただ先生の部屋でISの戦闘技術についてご教授願っていました』」

 

「……ああ、『自分はボーデヴィッヒに頼まれてISの戦闘技術について教えていた』」

 

「それでは、おやすみなさい。先生」

 

「ああ、おやすみ。ボーデヴィッヒ」

 

 こうして、彼女は部屋を出たのであった。

 

 



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14:IS学園 6月~7月 学年別タッグマッチトーナメント

 さて、今日はタッグマッチトーナメント……ではなく前学期中間試験だ。

 

 学園に来てから、ISで殴り合っている場面しか見てない気もするのだが、一応学生なので避けられないイベントである。

 なので試験期間内はアリーナには誰も来ないのでとても暇だ。それに加えて……

 

「じゃあ試験用紙を配るから、裏にしたまま机に置いて、合図が鳴ったら始めてください」

 

 1年2組の担任なので2組の試験監督官も勤めなければならないのであった。

 副担任のベネックス女史と協力して左右の端からあらかじめ列の人数分に分けておいた問題用紙と回答用紙を配る。

 まず初めに回答用紙を配り、全員に行き渡らせてから問題用紙を再び配布する。

 

「よーし、ちゃんと人数分行き渡ってるかー? 問題用紙、回答用紙、その他持ち込み可能な物は揃ってる? 無ければ早急に連絡を入れなさい」

 

「その他、試験中早急に退出せざるを得ない生徒は私に申し出て下さい」

 

 自分にとって女子しかいないこの教室で言い難いことをベネックス女史が言ってくれて少しホッとする。

 どの時、予定時刻になったのか合図としてチャイムが鳴り響いいた。

 

「それでは、問題用紙・回答用紙を表にし、回答用紙にクラス・名前を記入した後、回答を始めてください。くれぐれも不正の無いように」

 

 そう言うと、2組の生徒は一斉に用紙を表に返し、記入を始めた。

 自分は教卓後ろにある椅子に座る。ベネックス女史は教室の後ろに行き、そこにあらかじめ置かれている椅子に座った。

 

 ――学生時代を思い出すなぁ……

 

 机にしがみつくように座り、問題用紙との無言の格闘を続けている生徒達や凰・更識の代表候補生をを見てると、ちょうど同じ時の自分の様子と重なる。

 

 ――自分もあの二人にこれ以上引き離されないようにこんな感じに必死こいて頑張っていたなぁ……

 

 高校に入学した当初、前世の分を含めると二回目の学生なので、他の奴に比べて圧倒的な要領の良さもあり。さらに推薦で楽々入学したこともあってか、こと勉学に関しては調子に乗っていた時期であった。

 そして、奇妙な縁からか篠ノ之さんや織斑さんと親しくなり初の定期試験を迎える。正直に言えば、篠ノ之さんと織斑さんと出会って、やがて親しくなった時、前世での友人や知り合いを含めて……他の生徒に面白みを感じなくなっていた。

 

 話が逸れた

 

 自分の中ではあの二人に勝算はあった……いや、正直に言えば自分は二人に対して――篠ノ之さんは定期試験の点数に興味が無いと、織斑さんは自分に比べると下だという偏見を持っていた。

 そして結果は酷い有様だった。

 全試験の平均点は87点……学年での席次は7位だ。そしてクラスでの席次は4位であった……

 篠ノ之さんは平均点100点、当然主席だ。織斑さんは……席次は6位でクラスでは3位だった。

 

 普通に考えれば別に気落ちするような内容ではなかったが……普通は……

 だが自分はそうではない。自分は前世での経験から知識も勉強のやり方も、そして何より勉強することの大切さと重要さを知っていたからだ。

 ズルをしてまでも尚、そこまでにしか行けない己に嫌気が差した。そして、自分が己に酔っていた事実に自己嫌悪した。

 そしてその時から、自分はあんな風に机にしがみつくように勉強するようになったのだ。

 

 ――今にして思えば、学業もスポーツも成績の上位がほとんど女子で占められていたような気がする。そして時に、学校は社会の写し鏡とも言われている。これらの事実から将来、徐々に女尊男卑という社会形態に変化する予兆だったのかもしれない……

 

 そんなことを考えながら黙々と試験をしている生徒たちを監視する。これが終われば、お昼休み。その後は引き続き学部生の試験監督がある。

 特に言うべきことも無く時間が進み、試験終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「試験終了。 全員ペンを置き、回答用紙を裏返して速やかに教室から退出してください」

 

 生徒達は速やかに指示に従い、教室から出て行く。

 

「ベネックス先生。貴女は後ろ番号の回答用紙から回収してくれませんか? 前は自分がやります」

 

「わかりました。この後、一緒にお昼でもどうですか?」

 

「いいですね。是非お願いします」

 

 机に残された回答用紙を二人でさっと回収する。そして、ベネックス女史から回答用紙の束を受け取り、番号の順番に並んでるかチェックをした後、外部から見えないように封筒に入れ、封をする。そして、回収が終わったことを告げるために廊下にでる。

 廊下には3分の1位の生徒がいた。ほとんどの生徒や代表候補生達は直接学食へとむかっていったようだ。

 

「回答用紙は回収しました。教室に戻ってもいいです。試験、お疲れ様でした」

 

「回答用紙は回収した。教室に戻ってもいいぞ」

 

 すたすたと教室に戻っていく生徒をよそに、自分と声の主はお互いに声が聞こえたほうへと顔を向けた。

 

「これを出した後、お昼でもどうですか? 山田先生、織斑先生?」

 

 その後はいつも通りに4人で昼食をとり、しばらく雑談を楽しむ。

 ひと通りの食事と雑談を楽しんだ後、織斑さんが自分に話しかける。

 

「岡部先生。これからの予定は?」

 

 期待のこもった目でそう話しかける。

 確かに今日は定期試験の期間。ISの実習授業なんてのも無く、自分達実習教員は暇だ。

 普段は人材が足りなくて糞忙しいのだが、こうして暇を貰うとどうにも持て余してしまう。

 彼女もその例に漏れないのだろう。

 

「済まない。午後から山田先生と学部生の監督なんだ」

 

 しかし、残念ながら例外だってある。

 今回は自分と山田先生に白羽の矢が立ったのだ。

 

「そうか……残念だ」

 

「埋め合わせはどこかでお願いします」

 

 ほぼ反射的にそう言ってしまって、心の中で「やべ」と呟く。

 

「そうか……なら、事前に都合のいい日を言っておくから埋め合わせして貰おうか」

 

 ――ほら、退路を塞がれた。

 

 こうなった以上、下手に断るよりも一気に滑り込んだほうが良い。

 身分を盾に回避する事もできるが、さすがに今回は無理があった。

 

 本音を言えば、この曖昧な位の微妙な関係が一番好ましいのだが、ずっと維持……という事は不可能であるし、お互いの為にはならない。

 別に織斑さんの事が嫌いではない。ゲスい話だが容姿は勿論、性格的、人間的に――さらに踏み込めば自分との利益関係においても、彼女が自分に好意を抱いているというのはこちらとしても好ましい

 しかし、それは織斑さんが自分に対し一方的に想いを寄せている場合に限った話。そこで自分が「はい、そうですか」と応じてしまえば色々な場面で不都合が生じてくる……正確に言うならば、不都合が生じてくる(気がする)のだ。

 

 ――いわゆる、人生経験による『勘』という物だ。

 

 前世の記憶と経験はどういうわけか初めての夢の発現から時間を経て、今では完全に思い出している。

 それ以前でも思い出していると言えば思い出しているのだが、どれも幼少期や学生時代の話である。完全にというのは――色々と『正義の』秘密組織を渡り歩いていたり、もっと社会の――ドロドロとした関係を経験……という事である。

 そして、前世と短いながらも今世でも、人生の密度なら、自分にも多少の自信がある。

 そういったこれまで培われてきた経験が直感的にアラートを鳴らしているのだ。

 

 地に落ちた信用を上に押し上げるのは簡単ではない。

 そこには見える努力も見えない苦労も含まれている。

 高校時代での彼女との邂逅(かいこう)からスタートしたどん底の信頼関係から、めいいっぱいの時間とそれ相応の労力ををかけて地道に、かつ堅実に築いていけば、やがて自分にとって大変居心地のいいものへと変えられる事が可能である。

 そういった事を理解して、実行に移すだけの能力と体力、そして判断力は自分は持ちあわせていた。

 そうして、惜しみない労力とささやかなお金、そしておおよそ1年と半年の時間をかけて、おおよそ今の自分の立ち位置へと変化を遂げた。

 

「……学年別タッグマッチトーナメントが終わったら……で、いいですか?」

 

 半ば観念したように答える。傍目には熟考しているように見えるのだろうが……

 

「ああ、確かアレも夜までには終わる。それに……その後は休みだ」

 

 それを聞いた織斑さんは、ようやく目標を見つけた肉食獣ように眼を輝かせている。ここまで露骨な様子はまったくの予想外である。

 

「……ああ、もうこんな時間か、山田先生。そろそろ学部の方に行きましょうか?」

 

「ええ!? ああ、はい……」

 

 心の中で胸に十字を切りつつ、半ば強引に山田先生を連れて行くのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 試験の監督や、やれ生徒の頼みでISの整備・要望による取り付け等、色々とあったものの、学年別タッグマッチトーナメントが始まる。

 それぞれ各学年のクラスの担任を務める教員はそれ専用の観戦席についた。

 

「と、言ってもいつも通りのメンツですけどねー」

 

 そう呟いたのが聞こえたのか、織斑先生、山田先生、ベネックス先生は同時に自分を凝視した。

 しかし、やがて視線をアリーナに戻して生徒たちを観察している。

 

「今年は皆さんいい具合に頑張ってますねー」

 

 山田先生とベネックス先生は満足そうにタッグマッチに参加する生徒達をみる。

 やはり、自分の教えた事で生徒が成長していく様はとても嬉しい。

 

 織斑さんや山田さんとくらべて、日が浅い自分でもそう感じる。

 

「さあ、次はお待ちかねの専用機同士の試合だ」

 

 ひと通りの一般の生徒同士の試合終わり、あっという間に準決勝へとなった。

 ここで専用機対専用機という対戦カードがやっと登場する。

 

 まず初めに、オルコット・凰のペアと織斑・デュノアペアだ。

 

「さて、ここからがお楽しみだ」

 

 手をワキワキさせながら、対峙する二組を観察する。

 彼女らは少し会話を交わした後、お互いに距離をとった。話の内容はコア・ネットワークを通じてこっそり聞き出すこともできたが、野暮なのでやめておいた。

 

 そして、戦闘開始。

 織斑君の白式は雪片弐型を抜刀、そのまま突入する。

 当然、凰の甲龍がそれを許す筈もなく迎撃にあたる。青龍刀の双天牙月と近接ブレードの雪片弐型が互いにぶつかり合い、火花を激しく散らす。

 数回打ち合った後、甲龍と白式は一旦距離をとる。その時、白式は雪片弐型を左手で持ち、甲龍に向けて右手の手のひらを差し出すと、くいと手前に向けた。織斑は笑っていた。

 

――白式は甲龍を挑発しているのだ

 

 それをみて今度は甲龍――凰は感情を昂らせ、白式に吶喊。激しい打ち合いが始まる。

 

 一方、その間ブルー・ティアーズとラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは何もしているわけではなかった。

 試合が開始された時、お互いに相棒を援護しようとしていた。ブルー・ティアーズは自立機動兵器(ブルー・ティアーズ)と六七口径特殊レーザーライフル(スターライトmkⅢ)を。ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは五九口径重機関銃(デザート・フォックス)を持って。

 結果としては甲龍と白式は接近戦へと移行、誤射の危険性があるのでそれを良しとしない二人は射撃戦を展開した。

 

――一つのアリーナで行われる。射撃戦と近接戦、そして膠着状態。

 

――少しの油断と隙が原因で足元を掬われる。

 

 暫くの膠着状態の後、固唾を飲んで見守る。我々教員。

 

「膠着状態ですね」

 

「だが、ここからが本当の勝負だ」

 

 呟く山田先生に織斑先生。

 

「あれ、ラファール・リヴァイブってこんなにも甲龍と白式に近かったですか?」

 

 ベネックス先生が変化に気づき始めた。

 

「そうですね、ベネックス先生。織斑君とデュノアさん。そろそろ仕掛けるみたいですよ」

 

 自分がそう言った時、状況が動いた。

 ブルー・ティアーズと射撃戦を繰り広げていたラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡは五九口径重機関銃(デザート・フォックス)から六二口径連装ショットガン(レイン・オブ・サタディ)に高速切替(ラピッド・スイッチ)をして、甲龍に突貫した。

 

 白式にしか眼中になかったであろう甲龍――凰は面食らう。しかし、とっさに第三世代型 空間圧作用兵器・衝撃砲 龍咆(りゅうほう)で白式を牽制した後、至近距離でショットガンを構えるラファールに対して瞬時加速(イグニッション・ブースト)、そのまま青龍刀の双天牙月で六二口径連装ショットガン(レイン・オブ・サタディ)を叩き折り、そのままの勢いでラファールに斬りかかる。

 しかし、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡはシールドでそれを防御、事なきを得た……訳ではなく、ブルー・ティアーズのレーザービットの攻撃を受けた。

 

――苦悶の表情を浮かべるデュノア、しかし口元は上がっていた。

 

 そんなデュノアを見た凰は理解した、そしてハイパーセンサーで後方を確認すると……

 

――ブルー・ティアーズに肉薄する白式の姿があった。

 

 ブルー・ティアーズ、オルコットは焦りの表情を浮かべながら虎の子のミサイルビット2機を射出、迎撃にあたらせた。

 しかし、白式はミサイルビットを難なく2つとも叩き伏せる。

 その隙を利用して、オルコットはレーザービットを引き上げ白式に集中させる。自身も近接ショートブレード(インターセプター)を構えた。

 

 白式はレーザービットに構うこと無く、再びブルー・ティアーズに吶喊。ビットから放たれるレーザーにシールドエネルギーを削られるもブルー・ティアーズに迫る。

 そして、白式は雪片弐型を構え……斬りかかる。ブルー・ティアーズはインターセプターで受け止めようとしたが……

 

――それは白式のフェイントだった。

 

 白式は斬りかかる直前に刃の向きを変えて瞬時加速(イグニッション・ブースト)、そのままブルー・ティアーズの胴を払い抜けた。

 雪片弐型の零落白夜はブルー・ティアーズのシールドエネルギーをすべて喰らい尽くし、セシリア・オルコットは撃墜判定を貰った。

 後は、甲龍の奮闘虚しく、数の有利でそのまま織斑・デュノアペアが押し切り、勝利を掴んだ。

 

「……中々いい試合だった」

 

 織斑先生は自身の弟が活躍したところを見て、満足気に頷いていたのが印象に残った。

 

 次の試合は篠ノ之・ボーデヴィッヒペアと更識・布仏ペアだったが、専用機2機に為す術も無く、順調に篠ノ之・ボーデヴィッヒペアが勝ち、決勝戦へと移行した。

 

 オルコット・凰ペアと同じように、篠ノ之・ボーデヴィッヒペアとも幾らかの会話を織斑・デュノアペアは交わした後、試合が始まった。

 

 開始から一時、ワイヤーブレードと立ち回り・コンビネーションを駆使したボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアが優勢であったが、デュノアのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのシールドに仕込んでいた切り札――通称、盾殺し(シールド・ピアース)の異名を持つ六九口径パイルバンカー 灰色の鱗殻 (グレースケール)の一撃から流れが逆転、次第にボーデヴィッヒ・篠ノ之ペアはジリジリと追い詰められていく。

 

「……っ! なんだ!? シュヴァルツェア・レーゲンが!?」

 

 一時停止していたシュヴァルツェア・レーゲンが一転、姿形を変える。

 ワンオフ・アビリティーでも発現したか!? そう思うが、その禍禍しい風貌は絶対にそうではないと確信させた。

 

 ――あのような醜悪なモノが篠ノ之 束の創りあげた物では、断じてない!!

 

 シュヴァルツェア・レーゲン『だった』ものは大口径レールカノンを展開……その時、自分の背中に悪寒が走る。

 

「! アリーナの防御シールドのレベルを最大限引き上げろ!」

 

 とっさに立ち上がって怒号混じりに自身のISコアに命令を飛ばす。自分のその様子に同僚の山田先生とベネックス先生はビクンと肩を震わせる。

 

『アリーナのISコアから返答、エネルギーが足りません』

 

 平常時なら造作も無いことだが、今回はタッグマッチトーナメントで複数のアリーナが同時に使用されている。なので、無理があったようだ。

 

「直接エネルギーを送れ!やるんだ!」

 

『了解。プロバイドエナジー起動』

 

 ゲスト機から直接、ISコアから供給されるエネルギーを送り込んでアリーナのシールドを極限にまで強化した直後、大口径レールカノンが炸裂。大きなマズルフラッシュと音を立ててレールカノン用の導電性の砲弾が飛翔する。

 誰を狙ったのかわからない砲弾は明後日の方向へ翔び、アリーナのシールドに着弾。

 シールド自体はなんとも無かった……が、衝突時の音とそのあまりの衝撃にアリーナは揺れた。それは、シュヴァルツェア・レーゲンに搭載された大口径レールカノンのスペックを遥かに超えた代物だと言う事をわからせるには十分すぎるものであった。

 また、この音と衝撃はまるでこれから激闘が始まることを示すゴングのようでもあった。

 

「なんとか間に合ったか……」

 

「これは……暴走!?」

 

「大方、変なプログラムでも入っていたんだろう。織斑、篠ノ之、デュノア。聞こえるか?」

 

『友兄! レーゲンが勝手に!』

 

『味方の私まで、まるで見境無く攻撃してきます!』

 

『岡部先生! ラウラの機体、さっきとはパワーもスピードも違う!?』

 

 三者三様に豹変したシュヴァルツェア・レーゲンに戸惑いを隠せなかった。その為、動きもぎこちないものに変わりつつある。このままでは最悪、あのレーゲンだったものに各個撃破されることは容易に想像できる。

 

「落ち着け。ちょっとした『ハプニング』だ。三人でラウラを抑え込め。無理ならば、30秒持ちこたえろ」

 

『わかった!』『了解!』『わかりました!』

 

 通信を切ると自体を把握した山田先生が慌てふためく。

 

「そんな!? なら早速試合を中止させないと! このままでは織斑君とデュノアさん、篠ノ之さんが!?」

 

「落ち着いて下さい。そんなことで暴走したシュヴァルツェア・レーゲンは止まる訳は無い。 それにもし万が一アリーナのシールドが突破されてみろ。それこそ大惨事だ」

 

「なら観客席にいる生徒を!」

 

「いきなりそんなことを言ってみろ。みんなパニックに陥るだけだ」

 

慌てる山田先生をなだめながらも話を続ける。

 

「幸いにも暴走機の相手は全員専用機持ちだ。シールドエネルギーと各種制限をかけているリミッターを解除してなんとか無力化して貰う」

 

「……そうか! 一夏の零落白夜ならすぐにでも無力化できるな」

 

何となく自分のやりたいことを察したのか、ハッとした感じで織斑さんが答えた。

 

「しかしリミッターは事前に許可が必要で、仮に迅速に許可がおりたとしても解除には何重もの操作が……!」

 

 そう言って問題点を指摘した山田先生を尻目に自分はゲスト機に『構わん、やれ』と一言

 その一言の後、暴走したレーゲンを相手取っていた白式、打鉄特式、リヴァイヴ・カスタムⅡの動きが急激に良くなった。

 

『なんだこれ? 体が軽い……!』

 

『シールドエネルギーも回復してる……?』

 

『これならアレ相手にも戦える!』

 

「本来は、7月の臨海学校の時に君たち自身のISのフルスペックを体感してもらう予定だったが、今回は特別だ。暴走機をぶちのめしてやれ」

 

 威勢良く返事をする三人の声を聞いたあと、教師陣の方に向かい合う。

 

「そこで、三人に頼みがあります。

 万が一あの三人がしくじった場合の後詰として突入する準備をお願いしたい。

 自分はここのシールドを維持する為にシールドエネルギーの大半を費やしている。突入しても精々デコイ(囮)にしかならない足手まといだ」

 

「突入方法は、ピットから私の零落白夜でアリーナのシールドに隙間を入れて、イグニッション・ブースト(瞬時加速)で一気に滑りこむ……で、問題ないよな?」

 

 ここは任せろ そう言わんばかりの自信に溢れる様子で織斑さんが先に作戦の内容を言い当てる。

 

「完璧です、織斑さん。突入するタイミングと状況はこちらから逐一報告します」

 

「私とベネックス先生は先輩の援護をしつつ、生徒たちを回収しておきますね」

 

「色々と私達が出張るのも問題がありますけど、非常事態ですしこの際目を瞑りましょうか」

 

つづけて山田先生が最後にベネックス先生がやるべきことを言ってくれた。

 

「お二方も完璧です。もし万が一、責任問題に問われたら自分のせいにしてください。この騒動で起こるありとあらゆる責任はすべて自分が負いますので」

 

 そう言うと、三人に変な目で見られる。織斑さんと山田先生は何か言いたそうにしているが、「では、早急にピットの方へ」と言って何か言われる前に3人を教員用の席から追い出す。

 

「さて、『あれ』程度にやられるようなら織斑君も篠ノ之ちゃんもまだまだ……だが……どうなるだろうかねぇ?」

 

 目前のアリーナで行われているIS4機の激戦を特等席で眺めつつ、ISのリソースを駆使して脳内であらゆるその4機の状況をシミュレートしたり、今回の騒動の収束の方向を考えながら、IS学園の幹部や重鎮に報告を入れるのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 シュヴァルツェア・レーゲンの暴走が沈静化すると、決勝戦はラウラ・篠ノ之の反則という事で、半ば強引に織斑・デュノアペアの優勝という事で、学年別タッグマッチトーナメントの終了を宣言した。

 その後はすべての責任は自分が受けもつ事になったので、IS学園の幹部や委員会、ドイツの人間との長ーい長い話し合いがその日の晩に始まり、ここでは言うにもはばかる程の舌戦というか軍曹トークを炸裂させてなんとか事なきを得た。

 

 ――本音を言えば、織斑さんから逃げられて良かった。本当に良かった……相変わらずの悪運である。

 

 そして次の日の朝、通常は休みではあるが、事情が事情なので学内の会議室に呼ばれた。なので来てみると、案の定あの人がいたのだった。

 

「今回のシュヴァルツェア・レーゲンの暴走の件。協力感謝しますよ」

 

「ただ、自分は微力を尽くしただけです。称賛は直接レーゲンを止めたあの3人や、後詰で待機していた彼女達に送ってやって下さい」

 

 それを聞いた轡木 十蔵は面白そうにこちらを見て笑みを浮かべた。

 

「報告書に書いていたISのリミッター解除やアリーナのシールドレベルの勝手な使用等、私の方にも色々とIS委員会の連中は五月蝿かったが、君の名前を出すと途端に閉口したのには笑わせてもらったよ」

 

「それは何より。そういえば、レーゲンの暴走の原因はなんと?」

 

「VT(Valkyrie Trace:ヴァルキリートレース)システム。まあ、要は君と織斑先生の模倣だよ。それがシュヴァルツェア・レーゲンの残骸の中から見つかった」

 

 まあ、報告の際にその様子を見させてもらったが、あれはただの出来損ないですな。 と轡木は付け加えた。

 

「へえ、それはIS業界内でのドイツの地位は中々痛いダメージを受けますね」

 

「『本来は』そうなる筈なんだが、IS委員会でこれを『ちょっとしたハプニング』程度にする方針に決まった」

 

「まあ、そんなものか」

 

「あれで学年別タッグマッチトーナメントがおじゃんになれば話は別だが……そうならなかったおかげですよ」

 

「でも、これで『はい、終わり』は無いですよね?」

 

「そこで、君に話があるという訳だ」

 

 はあ……、と気の抜けた自分の返事をよそに彼は話を続ける。

 

「これで、ドイツを一度だけ強請れる機会ができたわけです。しかし、そう長々とそれを盾に引っ張れるものではありません。そこで、かねてからのお礼に君に決めて貰おうかと思いましてね。」

 

 カネ、モノ、地位、利権……大抵の場合は向こうは飲まざるを得ないでしょう。と轡木さんは話を続ける。

 

「それでは……人材と技術提供で」

 

「わかりました。中々いい選択ですね。

 フランスの時といい、君には多くの面倒をかけてすみません」

 

「恩義と信用と、そしてちっぽけな自負を量りにかけるのならば、どうということは」

 

 最後に 失礼しました。 と言って会議室を出る。しかし、ドアを開けようとした時に轡木さんに呼び止められる。

 

「ああ、最後に一つ聞きたいことがあったのを失念していました。時間もあまり取らせません。これはただの雑談ですから」

 

 それにしても歳を取ると記憶力が低下するばかりですよ。と彼は呟く。

 

「了解しました。それではどうぞ」

 

「ところで、今回の騒動……これを『VT騒動』とすると……これは誰が引き起こしたのですかねぇ……」

 

「ドイツの内部抗争の飛び火かも知れませんね」

 

「ふむ。そうか」

 

「しかし、イグニッション・プラン(統合防衛計画)の妨害として欧州のどこかが引き起こしたのかもしれないし、あるいは仮想敵国としてロシア・アメリカ・中国の内の一つかもしれない」

 

「そうとも言えますね」

 

「もしかしたら、自分の知らないような秘密の組織だったり、あるいは滅多に姿を現さない自分の親友なのかもしれませんしあるいは……単純にこの国かうち(IS学園)のマッチポンプなのかもしれません……」

 

 そう言ってから今度こそ会議室から退出する。

 

「…………ふむ。確かに一理ある……それにしてもちっぽけ自負ですか、君はそこまで殊勝なタマの持ち主だとは思えませんがね……」

 

 会議室を後にして、外に出るといきなり立体ディスプレイが目の前にせり上がった。

 

「やあやあ、アッキー。折り入って束さんから君にお願いがあるんだけど?」

 

 いつも通りうさ耳をピコピコと動かしながら篠ノ之さんが現れた。

 

「ドイツの件だな?」

 

「うん。ドイツの話。そこで待ってるから『すぐに』来てね」

 

 たったこれだけの短い会話で大体察しはつく。

 

 ――要は報復だ。

 

 間接的とはいえISに関わって来た自分がVTシステムの醜悪さに嫌悪感を抱いたのなら……

 篠ノ之 束の場合はどうなるのだろうか? それは想像に難くない。

 

 自分はゲスト機を作動させる。

 

「モーションセンサーを起動、周囲の人間がいないことを確認した後、ステルスコート、起動せよ」

 

『了解……問題なし。光学迷彩、起動します』

 

 周囲に人がいないことを確認したら、そのままISも身に纏い翔び立つ。外出や国境云々は向こうでどうにかしてるだろう。

 あとはそのままひとっ飛び……なのだが、普通に翔ぶと多くの人間に迷惑がかかるのは当然である。ステルスとは言え、判別する手段はそれなりにあるのだ。なので少し工夫をする。

 

 まず初めに、ISを起動させているので翔び立つ為に上昇。どれくらい上昇させるのかと言うならば……

 

 高度10,000、20,000、30,000フィート……ぐんぐん上昇する。

 40,000、50,000フィート……戦闘機はこのへんで上昇限界高度だ。かの有名なストラトフォートレスことB-52も55,000フィートが普通は限界である。高度が上がっていくに連れて空の色が変わりつつあり、どんどん空が黒く染まっていく。

 60,000、70,000、80,000……特殊な飛び方で飛べたとしても戦闘機でもここまでこれるがこの辺りが限界。ブラックバードことSR-71もここらが限界。

 しかしISはまだまだ上昇できる。戦闘機のパイロットのように宇宙服のようなスーツを着て、体内の窒素を追い出し、高濃度の純酸素で呼吸……といったややこしい前準備という物はすべてしなくても良い。

 そして90,000フィート、紺色の空の中、真珠母雲(しんじゅぼぐも)が見え、水色に輝く球体を見下ろすことができる絶景ポイント……な、反面。-56度以下の寒さで極端に気圧が低く、酸素が存在しない空間でもある。

 最後に、目標の100,000フィート。キロメートル換算ではおおよそ30キロメートルだ。

 まさに天空……と言うに相応しい場所だ。到達や通過はできても、まるで自分の庭のように闊歩できるのはこのISだけだろう。

 

 まるで、夜中近所のコンビニにでも向かうように、ドイツへ向けてISを進める。向こうでは夜なので太陽から逃げるように移動する。障害も速度制限もないので、そう時間はかからなかった。

 

『まもなく、ドイツに到着です。降下に入ってください』

 

 ゲスト機のISコアの指示に従い、機体を一旦停止させ……そのまま推力を切った。

 大自然の摂理に従い、ゲスト機は重力の底へと降下していく。

 

『篠ノ之束からデータを受信。降下地点をバイザーに表示』

 

 アナウンスが聞こえると、バイザーに赤い矢印が着く。それに従い、調整を行う。

 重力の底へと落ちるにつれ始めは降下速度が速かったものの、空気抵抗のおかげで今では時速200キロ前後で降下している。

 

「ん? あれは研究施設か?」

 

『篠ノ之束から連絡。出来損ない(VTシステム)の大元を処分するようにとのことです』

 

 それはデータなのか……それとも開発者の方なのか……意味深にとれる発言だが、彼女の性質上これ以上追求しても意味は無いだろう。

 

『残り10000メートル。偽装パック、レーゲン型に換装します』

 

 ISを偽装させ、そのままぐんぐん地面へと近づいていく。この時点で、降下ポイントを目標する。

 

「よし、降下ポイントはあの天井にしよう」

 

『了解。目標を設定します』

 

 高度はぐんぐん下がり、4000、3000、2000メートルとなっていく。しかし、まだアクションは起こさない。

 

「? 静かだな?」

 

『通信があります。しかし、微弱すぎて内容までは把握出来ません』

 

 首をかしげながらも、高度は1000メートルと切り、500、400、300メートル。HALO降下(高高度降下低高度開傘)ではもうパラシュートを開いて減速しなければならないが、まだ減速はしない。

 そして、目標地点から高度200、100、50メートル……10メートルで一気に減速をかける。

 ISでほとんど軽減されているものの、ISですら殺しきれなかったGが体にかかる。

 だが、それを物ともせず、自分は無事に施設の屋上に降り立つように降下した。慣性制御機能万歳。PIC(Passive Inertial Canceller)万歳。とても大事なことなので二度言います。

 

『PERFECT! 完璧なランディングです!』

 

 ISからの賞賛を受けつつ、スキャンをかける。

 

「……おかしい。反応が無い」

 

 屋上に降下すると、そこにはパラシュートの残骸が……一体誰が……?

 

『通信を傍受しました。どうぞ』

 

 ゲスト機が通信を拾ったようなので、聞いて見ることにする。

 

『こちらアルファ。生存者無し』

 

『こちらブラボー、データも見当たらない。証拠を隠滅されたようだ』

 

『了解。チャーリーチームは引き続きタンゴ共の相手をして置く』

 

 実際には色々と暗号などのコードが入り交じっているが、内容はかねがねこんなものである。

 そして、この暗号が理解できるということは……自分はこいつらを『知っている』

 

『どうしますか?』

 

「彼らに構わず、そのまま前進する。ルートを出してくれ」

 

『了解。施設のサーバーにハッキング……データ転送開始……オブジェクト更新』

 

 ゲスト機はこちらの指示通りに、施設の最深部に続くルートを開拓した。

 

『ほとんどの探索は、あの謎のチームがしたようです』

 

「なら、手間はかからないな。そのまま突入する」

 

 そして、彼らと同じように屋上から侵入(エントリー)、激しい銃撃戦の跡を残した施設の中を最短ルートで進んでいきながらも、探索を続けた。

 

『データ検索……VTシステム関連はすべて存在しませんでした』

 

「……だめだ。もう死んでる」

 

 眉間を撃ちぬかれたり、胴が蜂の巣になった武装勢力や警備員を尻目にしながら、胸に紅い花を咲かせた状態でプラカードを首に下げた白衣の女性の目をそっと閉ざしておいた。

 この死体が一番マシな死体だった。――あるものは何か太いもので体を貫かれていたり、またあるものは首と胴が別れてもいる。――一番悲惨だったのは、臓物を引きぬかれたようにして、臓器を床にぶちまけて絶命している開発者だった。

 

「このやり方は、普通じゃない。『普通』じゃ出来無い……」

 

 任務やBLACK OPS(汚れ仕事のこと)、テロリスト狩りではお目にかかることが無い光景に悪寒がするもの、ズンズン進んでいく。

 

『アルファ! ISを確認! IFF(敵味方識別装置)は反応無しだ! クソ、なんでアメリカ製の奴が……』

 

 ゲスト機から常時送られてきた謎の組織からの通信に驚愕する。

 

「なんだって!」

 

『どうなされますか? 彼らの装備と能力は監視カメラごしからでもかなり高いですが……』

 

 ゲスト機から送られてきた映像を見る。ISの搭乗者がまだまだ素人なのか、はたまた相当腐った精根の持ち主なのか……それはわからないが、今の所死体がひとつも見当たらないので誰一人として欠けることなく、特殊部隊の隊員たちはIS相手に奮闘しているのであろう。

 

「救援に行く! 最短で頼む!」

 

 ゲスト機からの疑問に迷いなく答えると、拡張領域(バススロット)からIS用弾倉交換式ロケットランチャーが自動で取り出された。

 

『ならば、それで指示通りに壁をブチ抜いて下さい』

 

 いつもならば『ではこのルートで迂回しましょう』とでも言うのかと思いきや、返ってきたのは実に自分好みの返事。

 

「了解」

 

 ――きっとこの時の自分を鏡で見たならば、きっとイイ笑顔を浮かべていたであろう。

 

 強引に壁をぶち抜いて目的地に急行する間、ふとそう思う。

 

『この壁を破れば、目的地のラボルームに到着です』

 

「わかった」

 

 そう言って、ロケットランチャーの弾倉を交換してから、発射。施設の壁は大きな穴を開けて破壊される。

 

「クソっ!? 今度はなんだ!?」

 

「こんなところにレーゲンタイプだと!? ドイツはまだ来ないはずじゃ!?」

 

『IS発見の報告から、貴女にバレないように情報操作したの。貴女、ホスト権限でこの施設を自由に使えるようだけど、全然活かせてないわね』

 

 いかにも特殊部隊のような風貌の4人組とアメリカの第2世代型IS『アラクネ』が目の前にハイパーセンサーごしに視認できる。そして、アラクネの操縦者の驚愕に対してゲスト機は見下すように解説を述べた。自分にしか聞こえないが……

 

 それよりも、普段は畏まった口調のゲスト機がこんな喋り方をするのはとても新鮮に感じた。それほどまでに何か感情を揺さぶられるナニカがあったのだろうか……AIだけど……

 

 なぜ、そこにアラクネがいるのかは後で考えるとして、まずはこの動揺の空気の中、弾倉の残りをすべてアラクネにブチ込む。弾倉内には、壁の破壊用に爆発物を入れていたが、他はすべてキャニスター弾(散弾)を装填している。

 すべて撃ち込んでからロケットランチャーを拡張領域にしまいこんで、そのまま特殊部隊を守るようにアラクネと特殊部隊の間に入り、左手には盾を、右手には40ミリ機関砲弾を使用する大型のIS用のアサルトライフルをもってアラクネと相対する。

 

「チィ! 遊びすぎた! 命拾いしたな!」

 

 やがてアラクネの操縦者は分が悪いと判断したのか、そう言うと、自分が開けた大穴に飛び込んで逃げ出した。

 

『反応……ロスト。もう問題はありません』

 

 ゲスト機のアナウンスを聞いて、盾とアサルトライフルを拡張領域にしまい、後ろでカービンライフルを構えていた特殊部隊の隊員と向かいあった。

 

(どうしよ……)

 

自分は困惑していた。気軽に「やぁ」と、言うわけにはいかないし。だからと言って無視もいただけない。

変なそぶりを見せればたちまち撃たれるだろう。何せIS相手にほんの僅かだが持ちこたえたのだから。

しばらく、ゲスト機と隊員達は無言のまま見つめ合うという奇妙な状態になった。

 

『こちらチャーリー。ホテル・ズールーから通達。作戦は終了。これよりLZ(ランディング・ゾーン)に退却せよ。』

 

『少し待て。いま我々の目の前にはISが……』

 

『……ISは無視しても構わないとの事だ』

 

『報告。VTシステム関連は完全に破棄された模様、一時離脱し、指定されたエリアに向かうように……との事です』

 

ゲスト機からの報告と拾いあげた通信はちょうどこちらにも願ったり叶ったりな物であった。

なので、それ幸いに自分は彼らに背を向けてもと来た道を戻る。

その様子を見て安心したのか特殊部隊の方もジリジリと後退し、やがて退却していった。

 

自分は彼らより先に施設からでる。

その証拠に彼らのヘリは未だに施設上空で待機していた。

 

「G.H.O.S.T(ゴースト)……ホークアイとおなじように、この世界にも存在していたのか……」

 

そう呟いてから篠ノ之さんに指定されたポイントまで飛ぶのであった……

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 さて、少々『ハプニング』や篠ノ之さんの『お手伝い』があったものの学年別タッグマッチトーナメントは無事に終了した。

 優勝者は織斑・デュノアペア、準優勝から順番に篠ノ之・ボーデヴィッヒ、オルコット・凰、3組・4組のクラス代表、布仏・簪ペアとなった。

 多少の番狂わせはあったもののかねがね予想通りである。また、ボーデヴィッヒの件でドイツとの講話の間にこれとは別に一般生徒のみでの優勝決定戦が行われた。ちなみにそれで優勝、ないし上位入賞者には最優秀敢闘賞・優秀敢闘賞・敢闘賞がそれぞれ送られる。

 (代表候補生でも専用機持ちでもないのに)よく頑張ったね。としか聞こえないのは自分だけではないだろう。まるで嫌味だ。

 

 季節は7月に突入しており、残すメインイベントは臨海学校となった。これが終わればすぐに夏休み……

 

 だがしかし、臨海学校の前にも一つイベントが有ることにお気づきだろうか?

 

 ―― テ ス ト 返 却 である

 

 只今の現在位置

 ――職員室

 

 只今の時刻

 ――寮での夜の点呼が終了したところ

 

 只今の状況

 ――自分以外誰も居ず、目の前の机には厚い冊子が置かれている

 

 只今の仕事

 ――上司(1年担任・副担任を纏める役目の人)から1年の試験の成績がまとめられた冊子を受け取り、最終チェックを任された

 

 

 

「せっかくだから俺はこの冊子のページを捲るぜ」

 

 

 

 そう呟いて各クラスの番号表を取り出して冊子を開き確認作業に入る。

 

 

 

「(成績が)上(位)からくるぞ!気をつけろ!」

 

 

 

 特にミスがあるわけも無く、確認には5分とかからなかった。

 

 

 

「なんだぁこの成績はぁ……」

 

 

 

 わかってはいたが成績上位は代表候補生と専用機持ちの連中であった。本物のエリートと秀才……かぁ……自分には縁がないなぁ

 ただズル(前世での経験)がある自分と違い。彼らも織斑君、篠ノ之ちゃん達も背負っている物も持つものも違うからこんなに頑張れて、こんなにも違うのだろう……

 いつも模擬戦時にISで彼らをボコボコにしているだけに少しだけ複雑な心境になったのであった。

 



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15:IS学園 花月荘 7月 臨海学校 前編

※今回も作風をわざと変えています。ご了承ください


 ドイツからの帰宅後、篠ノ之さんからG.H.O.S.Tについての説明を要求されたので一通り説明をした。

 

 彼らは国連が極秘裏に設立した超法規的対テロ部隊であり、全世界的に人道的な作戦行動を行う特殊部隊という英語の頭文字を取った略称がG.H.O.S.Tだ。

 G.H.O.S.Tは世界各国の軍・警察組織から優秀な隊員を引きぬいて構成される。そして各隊員は報復を恐れる為、自身の戸籍が抹消されるのが特徴だ。

 G.H.O.S.Tは幾つかの部隊に分かれており、各それぞれの役割を担っついる。GHOST1からGHOST7、合計7つの地上ユニットに加え、航空機動隊が存在している。

 航空機動隊も同様に世界各国の空軍から一騎当千級のエースをかき集めたもので名前は伏せさせて貰うが、かつて長い冷戦状態にあったA国とZ国が一時、全面核戦争一歩手前になった時にG.H.O.S.Tの航空機動隊が活躍したのは記憶に新しい。

 

 そこまで言うと、自身の知らない知識を得た事によって、知的好奇心が刺激されたらしく、彼女は満足していた。

 そうやってやっとこさ学園に帰ればもう日曜日で、帰ってくるやいなや自室に織斑さんがやって来てのの字を書いていじける始末。

 

 そんなこんなしている内に月曜日がやって来て、轡木さんから朝早く出勤するようにお達しが来たので、出勤してみると……

 

「本日付けでIS学園、高等部第一学年・二組副担任に着任しました。ドイツ連邦、特殊災害部隊・IS航空隊副隊長、クラリッサ・ハルフォーフ大尉であります!」

 

朝、職員室に入った自分に対し、スカートスーツ姿で軍隊仕込みのハキハキとした挨拶をする彼女を見て、自分は事の全てを理解した。

 

 ――爺さん、後で恨むぞ……

 

他の教員達の奇異の視線を一身に受け、気分がゲンナリするものの、なんとか心の中であの爺さんのケツを蹴り飛ばして平静を取り戻すと。不思議そうに見つめるクラリッサ・ハルフォーフ大尉に返事を返す。

 

「やあ、『初めまして』ハルフォーフ『先生』自分が一年二組担任の岡部 友章だ」

 

 そう言って、手を差し出すとハルフォーフ大尉ははっとした表情になった後、自分の手を取り握手をした。

 

「初代ブリュンヒルデと一緒に働けて光栄です。よろしくお願いしますね、『ご主人様』」

 

 ガクンと膝が落ちた。そして教室中の人達から一斉に視線を浴びた。

 

「は、ハルフォーフ先生。何処からそのような単語を……?」

 

「え? 何か間違ってましたか? ここ(IS学園)の生徒会長さんから『自分のクラスの担任にはそう呼ぶのよ』と言われたのですが……」

 

自分のその様子に何か間違いを犯したと察したのか、不安気な表情でこちらに確認をとる彼女……

それよりもその生徒会長さんが他にナニを吹き込んだのか不安なんだが……

 

「あー、その、なんだ……普通に呼んで貰っても構いませんよ?」

 

 とりあえず、それなりに見た目は常識のありそうな彼女なので、特に何も考えずそう言ったのが運の尽きであった……

 

「それなら……よろしくお願いしますね『旦那様』」

 

 自分は頭の中が真っ白になった。そして再び始まる視線の集中砲火。

 

 こんな気分は前世で至近距離から拳銃を撃とうとしたら不発に終わった時以来だ。

 

「やっぱりこれもダメですか? やはりこの国の慣習に従って『嫁』と呼ぶべきですか?」

 

申し訳なさそうに自分を見つめるハルフォーフ先生。その様子に自分は楯無生徒会長の意図とは少しずれているような気がした。

この場を打開すべく頭をフル回転させて考える。傍目にはあまりの出来事に思考がフリーズしているとでも思わせておけばいい。

 

「……そうだ。早速だが、今日のホームルームの時間に来週の臨海学校に向けてのプリントを配布しなくてはならなくてね。これからも使うと思うから印刷室に来てくれないか?」

 

「ああ、そこは生徒会長さんに連れてっt」

 

 ハルフォーフ先生が完全に言い切る前に無言で半ば強引に腕を引っ張って印刷室に連行する。

 彼女も自分の態度から何かを察したのか、特に文句や不満を口にする事なくついて来ている。

 印刷室に着くと、扉を閉めてプリンターを起動させ、腕時計型に待機しているゲスト機に話しかける。

 

「臨海学校のファイルをプリンターに送信。後はモーションセンサーを範囲5m圏内で起動。何かあれば連絡せよ」

 

 ピコんと、腕時計のモニターが光る。了承の合図だ。

 それを確認した後、ハルフォーフ先生と向かい合う。

 

「それで、本題はなんですか? 岡部先生。まあ、察しはつきますが」

 

「自分は嘘をつくのが苦手だ」

 

「……何を言いたいんです?」

 

 自分の剣呑な雰囲気を察してかハルフォーフ大尉の眼つきが軍人のそれに変わる。

 

『警告、シュバルツィア・ツヴァイクの待機状態が解除されました』

 

「クラリッサ・ハルフォーフ大尉。君は何処まで……自分を知ってるんだ?」

 

『シュバルツィア・ツヴァイク、待機状態に移行……私には理解できません……』

 

 ゲスト機のアナウンスが聞こえて来た直後、ハルフォーフ大尉は突然、こちらに抱きついて来た。

 

「……全てです」

 

「ISと恐竜から助けてくれたのも、第二回モンド・グロッソの時も、ナノマシン・スキャンダルの時も……そして今回のVT騒動でも……」

 

 まさに絶句とはこのことを言うのだろう。変装やISの偽装は、篠ノ之さん監修のしっかりとした物だったのに見抜かれるなんて思ってもみなかった……

 ポツリポツリとハルフォーフ大尉は思い出すように当時のことを喋り始めた。ちなみにナノマシン・スキャンダルは第二回モンド・グロッソ後に更識楯無とあれこれした時の話です。関係者の間ではそう呼ばれている……らしい。

 

「最初にあった時は流石にわかりませんでした、でも第二回モンド・グロッソやナノマシン・スキャンダルでもしかしたら、って思うようになったんです。

 その後、少佐の報告書で貴方のことについての報告を読んだ時にそれが確信に変わって……

 だから! VT騒動の件で、IS学園への人材提供の話は私にとっては好都合でした! 貴方が本当に私の恩人なのか確かめるために!

 それで……やっぱり、あれは貴方だったんですね」

 

 それをネタに強請られるのかと思いきや、ハルフォーフ先生は思いっきり好意全開の上目使いでこちらを見上げる。

 

「……どうやってそれを知ったんだ?」

 

「それは肯定……と受け取っていいですね。それは……恥ずかしながら『匂い』です」

 

 ――へ、変態だー!

 

 ……と、思ったが彼女の同僚かつ上司であるボーデヴィッヒの片目に備わった特殊能力ではっと閃く。

 

「ナノマシンで嗅覚を強化してるのか」

 

「Ja 正解です。初めに出逢った時に……具体的には肩を支えてもらった時に匂いを少々……」

 

 ――ラッキースケベどころかあれがフラグかよ……

 

 そんなアホな事を思いながら再び絶句するしかない自分。

 しかし、なんとか平静を保ちながら、搾り出すように言葉を紡ぎ出す。

 

「それで……わざわざ確認するために出世の道を蹴ってここまで来たのか?」

 

「はい! 御側に居たいので来ました! 初めて出逢ったあの時に一目惚れしました!」

 

 ――コイツハナニヲイッテルンダ?

 

「クラリッサ・ハルフォーフ! いづれは婚姻を、あるいは貴方様の愛人になることを前提に、岡部 友章さんを『嫁』とするためにIS学園へと赴任しました!」

 

 彼女の言葉はあまりにもド直球過ぎた。どれくらい直近なのかというと、聞いているこっちが逆に頭が冷えて冷静になるくらいは……

 

「ハルフォーフ『先生』、貴方は勘違いしている。その好意は吊り橋効果による物だ。早急に考えなおしてくれ」

 

 何か反論を言いたげなハルフォーフ先生を手で静止させ、さらに言葉を続ける。

 

「それに、吊り橋効果による恋愛は仮に成就したとしても、ほぼ確実に別れることが決定していると言う。たった一度きりの人生だ。どうか考えなおしてくれないか?

 ちなみに、あらかじめに言っておくが、君への答えはナイン(nein)だ」

 

 そう言い捨てると、ハルフォーフ先生は抱きつくのをやめて自分から数歩後ろに引いて俯いた。相変わらずコピー機はカシャンカシャンと五月蝿く作動している。

 一目惚れしたということはこの人の頭の中は結構メルヘンチックな感じだと思われる。だから、ここまで明白に断ったのだが……流石に堪えるようだ。

 

「……そうか、わかったぞ。今はまだ好感度が足りないということだな」

 

「……へ?」

 

 やがて、クラリッサは何かを呟いた。その内容はうまいこと聞き取れなかったが、彼女が顔をあげて凛々しい表情をこちらに向けた時点で何となく察した。

 

「確かに、物事には手順というものがある。好感度を上げ、フラグを立てて、ルートに突入する……私としたことが、手順を飛ばすなんて初歩的なミスをしてしまうとは……これが、『恋』なんですね……」

 

 ――この娘、まるで効いてねぇ……

 

「わかりました……私、クラリッサハルフォーフはこれから貴方様を『攻略』します!」

 

 ズビシッ! と指をこちらに向けて彼女はそう、宣言したのであった。

 

「…………あーはいはい、いいやもう、好きにやってちょーだいね。それじゃあ早速このプリントを手伝ってくれたら自分の好感度上がるかもなー」

 

「はい! 岡部先生!」

 

 あー、その笑顔は卑怯だちくしょうめ……

絶対、かわい娘ちゃんなんかに攻略されたりなんかしない!

 

「……で、プリント配ってSHRが残り少ない中、話がある。今日からベネックス先生に変わってこのクラスに副担任としてやってきたクラリッサ・ハルフォーフ先生だ」

 

 印刷室での衝撃の告白の後、ハルフォーフ先生と協力してプリントをまとめる。どちらかと言えば、副担任をお役御免になってたベネックス先生の方が衝撃的のような気がするが気にしないことにする。正直、ハルフォーフ先生のインパクトに完全に食われてたゲフンゲフン……

 そして、そのまま朝のSHRに突入したので教室で臨海学校関連のプリントを配った後、ハルフォーフ先生の紹介に入った。

 

「クラリッサ・ハルフォーフです。元々はドイツ軍で大尉をやっておりました。よろしくお願いします」

 

 立体型ディスプレイに自身の名前と写真を出して、挨拶したあと、ぺこりを頭を下げたハルフォーフ先生。

 

「あの先生、元軍人さんだって……」

 

「あの眼帯、カッコイイねー」

 

「凛々しくて、カッコイイわ……」

 

「お姉様って呼びたい……」

 

 生徒たちはガヤガヤとざわつく、まあ色々と言いたいこと、聞きたいことはあるだろう。自分だって色々と聞きたいわ……

 

「それと……二年の更識楯無生徒会長に聞いたが、このクラスの担任は結構モテると聞く」

 

 ハルフォーフ先生がそれを喋ると、2組の生徒たちはハルフォーフ先生に注目する。

 

「このクラスで岡部 友章先生に好意を寄せている者達に告げる……彼は私の『嫁』ダァ!!」

 

 印刷室の時に自分にしたのと同様に2組の生徒たちに向けて、ズビシッ! と指をさして高らかに宣言すると教卓にいた自分の所に飛び込むように抱きつき……腕を肩から回して自分の背中や後頭部に回して…………

 

 ――そのままキスをした。

 

 数年前に行われた織斑さんとのアレ同様、彼女に唇を強引に舌で割られ、呼吸が出来ない位に口内をただひたすらに蹂躪される。

 逃れようと、必死に体を捩ったり、足を動かすが上半身は腕で、頼みの両足は彼女の足に絡め取られていた。というか力で強引に解こうとしても解けない……

 

 やがて、自体を把握したのか大音量5.1chサラウンドで黄色い声が飛んでくる。

 チラッと視界に映った凰鈴音は口を空けてぽかんとしていた。ついでに更識簪は読んでいた文庫本で口元を隠しつつ、掛けていたグラス型ディスプレイをずり落としていた。

 

 ある程度口内を舐ったことで満足したのかとてもイイ笑顔で拘束を解いて、口を離すハルフォーフ先生。ヨダレがとてもエロかった……と思ったのは悲しい男の運命なのだろうか……

 

「……プハッ」

 

「……ハルフォーフ先生なにを…………」

 

「ナニってディープキス、要はマーキングですけど」

 

勝ち誇るように堂々と彼女は答えた。

 

「なんで……?」

 

「彼女達に『これは私の嫁で私は岡部先生の嫁だ』と伝えてるのです」

 

 ハルフォーフ先生がそう言うと、今度は1組の方でも大音量5.1chサラウンドイエローボイスが響いて来た。

 

「……流石、御見事です。『隊長』」

 

 ハルフォーフ先生は1組の様子に満足そうに呟く。

 

 ――自分の築きあげたモノが一気に音を立てて崩れ落ちた。

 

 そんな気がしてきた……

 

「じ、じゃあ。今日のSHRは終わり! それじゃあな!」

 

 最後にハルフォーフ先生を置いていく形で逃げるように教室を出ようとする。向かう先は職員室の自分のテーブル。いつもはウロウロとしていたが、今日は一目散に向かいたかった。

 スパーン! と1組から響き渡る小気味のいい音をバックに教室を出る。そして最短距離で職員室へと向かう……

 

 ――が、神様という奴はそう簡単にそれを許してはくれなかった。

 

「あら。岡部先生じゃない」

 

 更識楯無が偶然にも通りかかり、自分の滅多に無い位に焦燥感溢れる表情を見た瞬間に目の色を変えてニヨニヨしながらこちらに寄って来た。

 

「朝にドイツから出向して来たクラリッサ・ハルフォーフ大尉を案内したけどどうだった?」

 

「君よりかはジョークが上手かったよ……」

 

 自分の気分を察したのか、楯無は茶化すこと無くスルー。

 

「ふうん……あ、そうそう。生徒会の顧問の件なんだけど?」

 

「残念ながら、縁がなかったと言うことで」

 

 このままだと気まずい雰囲気なのを察して話題を変えてくれた楯無に感謝すべきか、しないべきか……

 そんな事を考えながらも、他に一つ二つ彼女と世間話を続けていた。

 

「そうか、わかった。アリーナ関連の書類はこちらがまとめておこう」

 

「あら? ホント? 助かるわ」

 

「まあ、先生だからな。じゃ自分は職員室に戻るよ」

 

 そう言って自分は楯無に背を向ける。

 

「それじゃあ、書類がよろしくね。

……クラリッサ・ハルフォーフ大尉へのほら吹きはちょっと冗談では済まかったわ、ごめんなさい」

 

「そういう素直な楯無君だからこそ、こうやって書類を手伝うんだよ。いい子だ」

 

 そう言ってから職員室に戻る。他の教員達は授業などでほとんどいないようだ。自分のデスクに戻って椅子に座ると、ちょうど織斑さんとハルフォーフ先生がこっちに来た。位置としては自分を左右から挟み込むように2人がいる感じ。

 

「岡部先生。何処に行かれてたんですか? 探しましたよ」

 

「二年生の更識楯無さんに会ってね。色々と頼まれ事をされたんだ」

 

 心配そうにするハルフォーフ先生にそう言ってから、書類作成用に立体型ディスプレイを展開し、書類作成に取り掛かる。

 

「また楯無の奴か……最近彼女からの頼み事が多くないか? たまには断ったらどうだ? 岡部。お前だって多忙だろうに……」

 

 ハルフォーフ先生に言った事に対して、同様に心配そうにする織斑さん。

 その時、ふと2人を見ると、2人の両手にはマグカップが……片方はそれぞれのマグカップらしいもののもう片方のマグカップは2人共自分のマグカップを持っていた。

 

「はは、ぶっ倒れそうになる程は働きませんよ。

それに無理な要件はちゃんと断ってます。織斑さん達の知らないところでちゃんと休んでますから、心配しないで下さい」

 

 事実、前世関連で身につけた特技の一つというか技能として、3時間寝れる事が出来たら三日三晩は以上は確実に働く事ができる。

 なので、これくらいはどうってことは無いのだ。

 

「まあ、そうしてくれんと私としては困るんだかな。

ほら、『いつもの』だ」

 

 そう言って、織斑さんは熱々のコーヒーが入ったマグカップをデスクに置いた。

 

「いつも済まないね、ありがとう」

 

 彼女を見て普段余り口にしてなかったお礼を言う。

 

「なに、自分のついでだ……それに、私も岡部にはいつも手伝って貰ってるからな」

 

 照れ臭そうに、自身のコーヒーを飲みながら答える織斑さん。

 ――だが、自分はしっかりと見た。

 織斑さんがハルフォーフ先生に向かって勝ち誇ったようにしていたのを……

 

「く、ぬかった……」

 

「岡部先生は私と同じコーヒー派でね、こうしてよくやってるんだ」

 

 織斑さんの『私の方が彼を知っているアピール』にハルフォーフ先生は苦虫を噛み潰したようにする。自分の周りの空気が少し冷えてきたような気がした……

 

「……ああ、こりゃ手間がかかりそうだ。コーヒー一杯だけじゃきつそうだな。

お、ハルフォーフ先生も飲み物いれてくれたんですか?」

 

自分は気を使って、ハルフォーフ先生から自分のマグカップを貰う。中身はミルクティーであった。

 そうすると、ハルフォーフ先生は目に見えて喜び、一方織斑さんはまるで向こうはさも恋人に浮気を居直られた片割れのように口元を手で押さえ、衝撃の程を露わにする。

 

 ――違うよな? 自分は…………

 

そう思っていると次の瞬間、織斑さんの視線は何倍にも鋭いものとなって自分越しの誰かに突き刺さった。

 

「くす」

 

確認するまでもない。問題の新任教師である。

自分の隣に……織斑さんとは反対側にいるハルフォーフ先生の喉から漏れ出した僅かな失笑が職員室に響き渡る。

その声音には紛れも無く優越の色が混じっていた。

 

織斑さんは怒りに肩を震わせ、親の仇でも見るようにハルフォーフ先生を睨みつけた。

対して、彼女は余裕があるのを見せ付けるかのように織斑さんに対してにこやかに微笑みかける始末……

 

その時、自分はふと視界の隅にわなわなと小さく震えてる山田先生がいる事に気がついて思わず吹き出しそうになるものの、今そんな事をしようものならば、たちまち2人から本気で怒られそうなので必死に堪える。

 

 まさに一触即発……と言った状況ではあるが、幸か不幸かその時ちょうどタイミングよく上司が織斑さんを呼んだので、彼女は「それじゃ……また」といって立ち去った。

 

「ハルフォーフ先生、自分がいない間に織斑さんに何を言いました?」

 

 あの時の織斑さんからありありと見て取れる、相手を独占したい気持ち。

 そこまでして、誰かから好意を抱かれ求められるというのは、重圧を感じる傍ら心地の良い物だとは思う。それについては否定しない、否定出来ない。

 

「ブリュンヒルデ……いえ、『あの』織斑千冬は貴方に好意を持っている。貴方が一人しかいない以上、共有するか、奪い合うか……その2つしか無い。

 だから、私は彼女に貴方が好きだという事を宣言して選択肢を迫った。ただ、それだけのことだ」

 

 この時、自分は手に持ったミルクティーをぶちまけずに耐え切った事をとても褒めたい衝動に駆られた。

 

「なんで……? そもそも織斑先生が自分に……」

 

「あの不器用な愛情と独占欲丸出しな彼女を見てそうでは無い……と?」

 

 ハルフォーフ先生にぴしゃりと黙らせられる。

 

「……その様子ではとうに気づいているようだな。まあ、ブリュンヒルデ(織斑千冬)から帰ってきた返事は実に『ツンデレ』地味ていて意味を成さなかったのだがな。

 出来れば、奪い合うのはやめてほしいところだが……」

 

無言を肯定とハルフォーフ先生はそう判断した。

それに対して自分はある疑問が思い浮かんだ。

 

「お前にも……独占欲があるのか?」

 

 ハルフォーフ先生の口ぶりが何か意味深だったので思わず聞いてみた。

 

「ああ、一応あるさ。私を嫁に……までとは行かなくてもせめて愛人として、側に居させてくれないと狂ってしまう……そう思うほどには岡部 友章、君の事は愛していると自負している」

 

 ――愛が……重すぎる…………

 

「……なら、一つ約束をしてくれないか? 『クラリッサ』」

 

「岡部、君のそう言うところが大好きだよ。何を約束するんだ?」

 

 但し、あくまでそれは自分個人に限った話。

 想いの矛先が他の誰かに向き、その結果が自分の都合にそぐわないものとなるのであれば、見過ごす理由など無い。

 

「今後、そう言った言葉を他人にぶつけて、それが元で先ほどのように私に何らかの不都合が生じた場合……」

 

 ――この手の問題は、事が起きてからでは何もかも手遅れなのだ。

今ならまだ間に合うかもしれない。だから今の内に何らかの手を打つ必要は十分にあると言えよう。

 

「クラリッサ・ハルフォーフ。君をただちにドイツへと送り返す」

 

「へ……?」

 

「例え状況的に不可能であったのならば、その時は君を頭の中から完全に捨て去る」

 

「っ!?」

 

 ――絶句

 

 その二文字が似合う位にハルフォーフ先生は驚愕と動揺に目を見開く。

 

「そ、それだけは……」

 

 彼女は瞬く間に顔を青ざめさせ、ガタガタと震えながら小さな声を漏らし、小さく座り込むその姿は、自分が放った言葉の威力を知るには十分過ぎるものだった。

 

「Ich bitte Sie!(お願いだ!) Bitte……bitte……(頼む……頼む……)」

 

「なら、約束できるな?」

 

 今にも泣きそうな瞳で必死に懇願する彼女を見て、自分は自身の中にある鎌首をもたげつつある嗜虐心や支配欲などと言った欲望を必死に抑えつつもそう言い放った。

 

「ああ、わかった。もうあんなマネは控える」

 

―― 毒を食らわば皿までも

 

こうなった以上、予定よりか前倒しではあるが腹を括る他あるまい。

そう思いつつ、片手で俯くハルフォーフさんの顎を上げた後、優しく頬を撫でる。

 

「なら、いいだろう」

 

「……ありがとうございます…………」

 

ハルフォーフさんの頭を撫でながら、自分はつくづくこう思った。

 

――やはり、女の泣き顔は最高に魅力的だ

 

と……

 

   ■   ■   ■

 

 そろそろ後数日で臨海学校になって来た時。

 せっかくの休日なので朝早く起きる必要が無いのだが、唐突に何者かの重圧が自分の下腹部に感じたので思わず目が覚めた。無駄にダブルベッドなので、先ずは左右確認……居ない。

 

「友兄! 約束通り水着買いに行こうぜ! な!」

 

 自分の上に馬乗りになる形で織斑君がいた。マウントポジションとられとるがな……

 

「……もうそんな時間なのk、ってまだ7時30分じゃねーか。そんな時間に店なんて空いてないぞ」

 

「ははは……ほら、待ちきれなかったっていうか早起きはなんか得だろ?」

 

 時計を確認して、出かけるには余りにも早すぎるその時間に思わず『お前は遠足前の小学生か』と心の中でツッコミながら、ジト目で織斑君を見ると、彼は罰が悪そうな顔で言い訳にならない事を言う。

 

「正直に言うてみ? お兄さん怒らないから」

 

「久しぶりに友兄とつるめるから嬉しかった」

 

 ――はい、有罪。

 

 自分は両足と腰のバネを用いて一気に腰を跳ね上げる。すると、馬乗りになっていた織斑君は重心を崩された事によって前のめりに倒れて、四つん這いになる。

 

「あっ……」

 

 織斑君の声を他所に引き続いて、すぐさま四つん這いになった織斑君の右腕・右脚を自分の左腕・左脚でそれぞれ絡めて固定し反対側の手で、織斑君の左肩を押し出す。

するとてこの原理で織斑君はひっくり返ってあら不思議、立場が逆になりました。

ぼふん、と音をたてて転がり、織斑君のマウントポジションをとって一言。

 

「何か言う事は?」

 

「……すみませんでした」

 

「わかればよろしい」

 

 織斑君の謝罪を聞くと、直ぐにマウントポジションを解き、彼を立ち上がらせる。

 

「改めまして、おはようございます」

 

「おはよう。友兄」

 

 と、朝の挨拶をした時、やっと頭が動き始めたのかある事に気が付く。

 

「あれ? なんで織斑君……自分の部屋にいんの?」

 

 織斑君は無言でテーブルの方に指を指す。ちょうど背を向けている形なので振り向くと……

 

 片方はスカートスーツ、もう片方は学園指定の制服姿でテーブルで呑気に朝食をとっているクラリッサ・ハルフォーフとラウラ・ボーデヴィッヒがそこにいた。

 

「おはよう。私の愛しい人」

 

「おはようございます。先生」

 

「いやぁ、事の初めはラウラが物理的・電子的ピッキングで俺を起こしに部屋に入って来てさ、その後友兄との約束を思い出して部屋に行ったらちょうど部屋の前にクラリッサ先生が居たから……」

 

 ギギギ、と錆びついた駆動部品のように首を回して再び織斑君を見る。

 

「おい、まさか」

 

「初めからあの2人はいたけど、どうかしたのか?」

 

 うみみゃあああ! と心の中で羞恥に悶えまくる。ついさっきのプロレスゴッコ見られてるー?!

 再び、ギギギ……とテーブルの方に向けると、クラリッサ・ハルフォーフとラウラ・ボーデヴィッヒは……

 

「なあ、クラリッサ聞いてくれ。私の嫁が浮気症なのは承知の上で嫁にしているのだが、幾ら何でも『女』では無く『男』に走られると私の女としてのプライドがズタズタになる……」

 

「私も同感です隊長。私も1人の女として、もしも友章さんが『女』に取られるのは構いませんが『男』に取られるのだけは、幾ら何でも許すことができそうに無いです……」

 

ハイライトの消えた目で、フォークを心なしか強く突き刺しながら会話する2人がいた。

 

 ――色々とヤバい会話だー!?

 

 内心そうツッコミながらふと、テーブルに置いてある皿を見るとだれも料理に手をつけてないのが三人分置いてあった。

豚のスペアリブ ザウアークラウト添えにレンズ豆の煮込みとシュペッツレとソーセージ、サラダにカルトフェルザラート、そしてトドメにデザートでバニラソースを添えた焼きりんごと気合いが入った朝食であった……

 

「えっと……ハルフォーフ先生? もしかして、自分達の分まで朝食を作ってくれました?」

 

「はい! せっかくのいい朝なので、朝食を作りに来たんです。好きな人に自分の手料理を振る舞いたい……と思っても問題ないでしょう?」

 

 相変わらずのド直球で朝からそうそうに変な気分になる。ハルフォーフ先生の隣にいるボーデヴィッヒは「くっ、これが胃袋を掴むと言う事か……」と、悔しそうに呟いている。

 

「さて、友章さんも一夏くんもテーブルに座って下さい。そろそろ一夏くんが起こした彼女(ブリュンヒルデ)もここに来るでしょう」

 

ハルフォーフさんがそう言うとガチャリ、と部屋の扉が開き、いつも通りのパンツスーツ姿で織斑さんが入ってきた。

 

 ――後に、メンバーの変更や増減はあれど、これが休日の朝の日常になるとは思わなかった……

 

   ■   ■   ■

 

 

 トンネルを抜けると、そこは海だった。

 2組の女子たちが声を上げる中、7月のメインイベント 臨海学校が始まった。

 

 前方に見える1組のバスを眺めながら、引率者なのでバスの一番前に居る自分は身を乗り出して後ろを振り向く……

 

「くそう……今頃一夏は1組の娘達とイチャついてるわよ……」

 

「……絶対に許すまじ、1組」

 

 ――すぐ後ろの座席にいた凰 鈴音と更識 簪がいじけていた。

 

「お前らェ……」

 

 そう呆れたように呟くと、二人はこちらに気付く。

 

「二人共、先生を親の敵みたいに見るんじゃない」

 

「だって! 一夏と離れ離れになってるのよ! きっとあいつのことだからチヤホヤされて絶対鼻の下伸ばしてる……ってごめんそれはないわ」

 

 感情に身を任せて物を言うが、織斑君の本質を考えてそれはないとセルフで突っ込んでいた。

 

「でも……仲間はずれは、寂しい」

 

「まあ、確かにそれは一理あるよ。簪さん。でも流石に組が違うのはどうしようもない」

 

 そう言うと、ジト目でこちらを見て指を他所に指す。

 

「あれでも同じ事……言えるの?」

 

 更識 簪の指差す先を見るとそこには……

 

「……ふぇ? もうトンネル抜けたっスか?」

 

「かんちゃん! かんちゃん! ほら、海よ!」

 

「楯無会長、少しは落ち着きをですね……」

 

「みんながテンション低いのよ。ほらもっと一年と同じようにエネルギッシュに!」

 

「眠いから自分はパス」

 

「私も結構です」

 

「私はもう3年だからパス」

 

「かんちゃーん。みんなが冷たいよー」

 

 凰鈴 音と更識 簪の席を横に跨いだ位置には、IS学園二年のフォルテ・サファイア、サラ・ウェルキン、そして更識 楯無が、三年生はダリル・ケイシーがいた。

 上級生の代表候補生達は固まって各自それぞれ好きなようにしている。

 

「姉さん、ウザい。なんで、アレと先輩たちがいるんですか……?」

 

 ダリル先輩ぃー、妹が最近反抗期なの~と、更識 楯無がそう言いながらダリル・ケイシーに抱きついている様子をニヤニヤと見つめながら、更識 簪は疑問を問う。

 

「いやぁ、ね。一応、臨海学校の名目なんだけど、ちょっとした紹介と特別授業的な事をしようかな……なんて思ってたり」

 

「特別授業?」

 

「うん。特別授業。折角の機会だし専用機持ちや代表候補生にはいい経験になるだろうから、自分が招待したんだ」

 

 そう二人に説明すると、上級生組と目が合う。

 

「君たちー、あんまりハメを外しすぎるなよー」

 

 彼女達はそれぞれ返事を返す。

 

「あと、フォルテさーん。そろそろつくんで、寝るのは後にしてちょうだいねー」

 

「了解っス。岡部先生」

 

 フォルテ・サファイアの一言を聞いてから、再び前に視線を向けると、視界の隅にクラリッサ・ハルフォーフ先生の横顔が映った。

 

「ハルフォーフ先生。大丈夫ですか?」

 

「ええ、問題無く。それにしても、こんなことになるとは……昔の私が見たら驚きそうだ」

 

 後ろでわいわいやっている学生達を見て、クラリッサ・ハルフォーフは感慨深く感じていた。

 

「ま、人生何があるか、わからないものですよ」

 

「そうだな、お陰で君に出逢う事が出来た」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら、ハルフォーフ先生はそう言った。

 本来ならば、更識楯無が茶々を入れてきそうな物だが、きついお灸を据えてやったので、少なくとも自分の色恋沙汰に関しては手を出してこないだろう。

 

 ――例のきついお灸の件の詳細については、またいつか時が来れば話すとして……

 

 そんなこんなで、目的地である旅館が見えてきて、やがて先頭を走っていた1組のバスは停車する。

 それに伴い、乗っているバスも停車し、目的地に完全についたことがわかった。

 クラリッサ・ハルフォーフは席から達、生徒達の方に向けて指示を出す。

 

「よし! 目的地についたぞ! 前から順番に全員、バスから出るんだ! くれぐれもゴミを置いていくなよ!」

 

 ハルフォーフ先生の軍隊仕込みのハキハキとした言葉で全員がさっとそれに従う。実に指導力抜群だ。

 2組の生徒達は先に降りた1組の生徒達の隣に整列させる。

 

 指導力に定評のある、織斑さんとハルフォーフ先生の強力タッグのお陰か、スイスイと進んでいく……

 

「それでは、ここが今日から5日間お世話になる花月荘だ。全員、くれぐれも従業員の仕事を増やすようなマネにならないよう、注意しろ」

 

 よろしくおねがいしまーす! と生徒達全員で挨拶する。

 事前に聞いてある通り、花月荘には毎年お世話になっているらしく、着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をして生徒達に返した。

 

「はい、こちらこそ。よろしくおねがいします。今年の1年も元気があってよろしいですね」

 

 そう言ってニコニコと笑顔を絶やさない女将さん。

 

「……あら? そちらのお二人様は噂の……」

 

 ふと、自分と織斑君に気づいたらしい。

 

「ええ、噂の岡部 友章です。今年は2人男がいて浴場の内訳の調整等、色々とそちら様にご面倒かけまして申し訳ありません」

 

 自分が前にでて、応接を行う。

 

「いえいえ、そんなあなたもそこの君も、なかなかいい男じゃありませんか。彼もしっかりしてそうな感じをうけますよ」

 

「自分も彼もまだまだひよっこですよ。ほら、織斑君。ちょっと挨拶に来なさい」

 

 自分がそう言うと、おずおずと織斑君がやってくる。

 

「お、織斑一夏です。よろしくおねがいします」

 

 そう言って、緊張気味に織斑君はお辞儀をすると、女将さんもお辞儀を返す。

 着物姿と相まって、中々品の良い雰囲気を受ける。

 

「ご丁寧にどうも、清州景子です」

 

「不出来な弟でご迷惑をおかけします」

 

「あらあら。弟さんには中々厳しいんですね?」

 

「いつも、手を焼かされてますので」

 

「ああ、まったくだ」

 

 不思議そうに思う女将さんに対し、自分は織斑さんの主張に同調する。

 

 織斑君の「えー」と言わんばかりの顔がなんとも間抜けであった。

 

 その後、荷下ろしやそのあとの予定についての説明、部屋割りや海への行き方等の説明をした。

 

「それでは解散」

 

 織斑さんがそう言って、各生徒がばらばらに行動する中、自分は織斑君の肩を叩く。

 

「あれ? 友兄。ちょうど聞きたかったんだ」

 

「部屋割りの件だろ? 残念ながら自分と同室だ」

 

「うん、まあそんなことだろうと思った。じゃあ友兄、一緒に行こう」

 

 別に断る理由もないので、とっとと割り振られた部屋に向かう。

 部屋は広々とした間取りになっており、織斑君は靴を脱ぐと、一目散ベランダに出て、オーシャンビューを堪能した。

 

「おおー、すげー! 友兄も見ろよ!」

 

「オーシャンビューは逃げはしないよ。織斑君……ほら! お前さんの鍵だ」

 

 そう言って、部屋の鍵の片割れを織斑君に投げる。

 彼は片手でキャッチすると、すぐさま部屋の小さな冒険を始めた。

 

「お前さんは小学生か……とりあえず、男子限定での注意事項を説明するぞー」

 

 そう言って、旅館内における男性陣の注意事項を織斑君に説明する。

 

 するとコンコンとノックの音が部屋に響いた。

 

「いいか、絶対に! 絶対に間違えて女子風呂のなかn……はーい! 開いてますよー!」

 

 するとがちゃりという音が聞こえ、入ってきたのは……

 

「なんだ、まだいたのか……岡部に一夏……」

 

「千冬姉」「織斑さん」

 

 入ってきたのは織斑さん。そして間を置いて後から山田先生そしてハルフォーフ先生が部屋に入ってきた。

 

「二人して、部屋に引きこもりか?」

 

「まあ、ちょっと色々と話を……な。臨海学校時における男性陣限定のルールみたいな物を教えてたのさ」

 

「そうか、それならいいが……」

 

「岡部先生、海に行きましょう。海。貴方にこの白濁液を塗って貰いたい」

 

 織斑さんが納得してる中、ハルフォーフ先生はいきなり本題をぶちまける

 

「な! ハルフォーフ先生! 破廉恥ですよ! 織斑君の前でそれは!!」

 

 あ、山田先生自爆した。織斑さんは慣れたのか自分と顔を合わせ肩を竦める。織斑君は……「なんで日焼け止めで山田先生があんなに慌ててんだ。やってもらうわけでもないのに……」と呟いているのが聞こえた。

 

「山田先生。私はただ単に海に行くから日焼け止めを塗って欲しいと言っているだけですよ?」

 

「な! ななな、な……」

 

 見事に引っかかった山田先生はわなわなと体を震わせる。

 

「ほらほら! ハルフォーフ先生はこれ以上からかうのはやめ!」

 

「それじゃあ……私と行くか? 海?」

 

「言われなくてもわかってますって、自分も色々と仕込んで来たんですから。この日の為に」

 

 そう言うと、織斑君も「俺もちょうどいいから行くぞ」と言った。

 

「おー、じゃあ30秒で支度しな」

 

「おう!」

 

 そう言って、織斑君は荷物から水着一式を取り出そうと、旅行カバンのあるベッド付近へと向かって行った。

 

「せっかくなんで、織斑先生と山田先生も一緒に来ます? 今日は1組、2組は晩からでしたし……」

 

「わ、わわわ、わかりました!」

 

「そうだな、せっかくこの前、弟(一夏)に選んでもらった水着もあることだ」

 

「よし! 時間内に用意できた! 行こうぜ!」

 

 律儀に30秒以内に海に行く用意を済ませた織斑君にはちょっと笑った。

 

   ■   ■   ■

 

「わ! ミカってば胸大きいー! また育ったんじゃないの!?」

 

「ティナもすっごーい!」

 

「アメリカはこんなものだと思うよ?」

 

「きゃ……ちょっと胸揉むのやめてー!」

 

「ええい! これの中には何が詰まっているの! 確かめさせて!」

 

「谷本さんがご乱心! ご乱心じゃー!」

 

「…………とっとと着替えるぞ。一夏……」

 

「了解。友兄……」

 

 遠くからでも聞こえる女子の歓声をBGMに更衣室で気まずく着替える野郎二人の図である。

 更衣室でそそくさとお互いに水着とラッシュガードに着替えた後は皆を待たせては困るのでいざ海へ行かん

 

「織斑君だ!」「岡部先生ー!」

 

 織斑君と一緒に砂浜に向かうと、案の定女子達からの注目の的になった。

 

「お、織斑君……これ、どうかな?」

 

「岡部先生の身体すごーい!」

 

「織斑くーん! こっちに来たらー!」

 

「二人共、スイムシャツ着てるんだ……」

 

 一部の女子達からの熱い声援を受けながらも砂浜へと足を踏み入れる。

 

「あちちっ……」

 

「織斑君、剣道の踏み込みが足りないんじゃない?」

 

「足の裏の皮が厚くなってもこれは無理だって、友兄こそどうなんだよ?」

 

「……痩せ我慢は指揮官の必須技能さ」

 

 織斑君とそうふざけ合いながら、砂浜を適当に歩いて行く。すると、織斑君の背後から何者かが飛びかかってきた。

 

「い、ち、か~~!」

 

「って! 鈴か……いきなりなにすんだよ……」

 

 凰 鈴音は織斑君の名前を呼ぶと、猫のように全身のバネを利用して跳躍。そのまま織斑君の背中に飛び移り、よじ登って肩車のような形になる。

 彼女はオレンジと白のスポーティーなへそ出しのタンキニタイプでした。

 

「凰さん。教師として言わせてもらうが、いきなり飛びかかるのはやめなさい」

 

「いーじゃない、別に。ちゃんといちかが受け止めてくれるのは計算済みよ」

 

 織斑君越しに凰さんを注意する。

 

「だから教師として言ったんだ」

 

「ふうん。ちなみに岡部先生個人としては……?」

 

「そこの岩陰にでも誘い込んで襲えよ」

 

 見るからに人気の無い岩場を指さしてそう言うと、凰 鈴音はぼんっ!、と茹でダコのように紅潮させる。

 

「こ、こここ、この○行教師」

 

「教師として言ってませんのでノーカンです。無問題です」

 

「ぐぬぬ……」

 

「大人をからかうからです。反省しなさい」

 

「あ、ああ! あー!」

 

 凰 鈴音と遊んでいると、セシリア・オルコットがこの様子を見つけたのか、こちらにやってくる。

 

「なあ、鈴。そろそr」「凰さん! 何してますの?!」

 

「何って、肩車」

 

 凰 鈴音は両足をブラブラとさせながら答える。織斑君は完全に肩車を解いて貰うタイミングを失った。

 

「そ、そんな! 淑女としてはしたない事をしてはいけません!」

 

 腰にまかれたパレオがアクセントとして効いている鮮やかなブルーのビキニ姿でそう主張するセシリア・オルコット。

 

「ははーん……わかったわ……」

 

 目を肉食獣のように光らせて凰 鈴音はセシリア・オルコットに次のように言い放った。

 

「な、何がですの?」

 

「セシリアが肩車したら胸の駄肉のせいでじじじ、じゅうしんがくるってこけちゃうもんねー!」

 

 初めは意気揚々と言っていたが、後半になると自身との圧倒的戦力差に自爆する形となった。

 しかし、そんな安い挑発に対してセシリア・オルコットは何か琴線に触れたらしく……

 

「な!? わたくし、生憎と乗馬は得意なんですの。肩車の一つや二つぐらい……凰さん! 変わってくださいまし!!」

 

「絶対に渡すもんですか!」

 

 セシリア・オルコットの要求に対し、凰 鈴音は断固拒否の姿勢を取る。

 そして、不幸にも自分はセシリア・オルコットと視線があってしまう。

 

「岡部先生! 肩車をお願いしますわ!」

 

 ザクッ! とパラソルを砂浜に刺して、セシリア・オルコットは自分に詰め寄る。

 

 ――ええい! くそったれ!

 

 こうなってしまった以上、逃げることができないことは今までの経験上わかっているので、大人しくセシリア・オルコットを肩車することに。

 自分とセシリア・オルコットの合計の身長は、それぞれ織斑君と凰 鈴音の合計よりも高いので、結果。セシリア・オルコットは凰 鈴音を下に見下ろす形となった。

 

「これでどうですか?」

 

 セシリア・オルコットは満足気にそう言うと、凰 鈴音はさも悔しそうにした。

 それがさらにセシリア・オルコットの機嫌をよくしていく。

 

「……ふーんだ!」

 

 それが気に食わないのか凰 鈴音は織斑君から飛び降りると、海の方に走っていった。

 

「!? 鈴! どこ行くんだ!」

 

「海! 泳いでくる!」

 

「凰さん。気をつけんだぞ!」

 

「わかってますって! 先生!」

 

 凰 鈴音はそう言うと、海にジャボン! と、飛び込んでいった。

 自分は上に乗ってるセシリア・オルコットを咎める。

 

「おいおい大丈夫かよ……オルコットさん。少し煽りすぎですよ」

 

「すみませんでした。あ、岡部先生せっかくですからお願いg」「あ、一夏! 岡部さん!」

 

 セシリア・オルコットの声を遮るように、今度は篠ノ之 箒と更識 簪の二人がやってきた。

 

「……セシリア。肩車してもらってる」

 

「懐かしいなー。私も昔は岡部さんにやってもらったっけ」

 

 自分に肩車されたセシリア・オルコットを見て、更識 簪は羨ましそうに見て、篠ノ之 箒は懐かしむように見た。

 更識 簪はシンプルな白のワンピース姿、対して篠ノ之箒はあまり着慣れない縁の方に黒いラインの入った白のビキニ姿だった。その、あの……気合入ってますね……篠ノ之ちゃん……

 

 ――ヤバイ

 

「……一夏」「岡部さん!」

 

「肩車(して)!!」

 

 そう言われては仕方がないので、オルコットさんを下ろす。

 

「じゃあ、オルコットさん。下ろすよ」

 

「ええ……ああ、岡部先生! 終わったら日焼け止めを塗るのを手伝って貰えませんか?」

 

「……ああ」

 

 ――ああ、こりゃドツボにはまった……

 

 そう思いながら今度は篠ノ之ちゃんを肩車する。織斑君も更識 簪を肩車した。

 

「懐かしい……昔よりか遠くが見渡せる……」

 

「なあ、簪はこういうの……初めてか?」

 

「……初めて」

 

「どうだ?」

 

「……中々にユニーク」

 

 織斑君と一緒に肩車をしたり、オルコットさん、篠ノ之ちゃん、簪さんの三人の背中に二人で日焼け止めを塗ったりと、なんだが召使のようなことをしているうちに織斑さん達教師陣がやってきた。

 ついでに彼女達に連れられる形でラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアもだ。

 彼女達は全員、上着かタオルを身にまとっていて、誰がどんな水着を着ているのかはわからない。

 

「岡部に一夏、中々大変そうだな」

 

 パラソルを突き立ててその影でリクライニング式のビーチチェアーで優雅にくつろぐセシリア・オルコット、篠ノ之箒、更識 簪の姿と、レジャーシートに寝転がる自分と織斑君を交互に見てニヤニヤする織斑さん。

 

「まさか……友兄が人数分のパラソルとビーチチェアーを持ってあるとは思わなかった……」

 

「まさか全部自分と織斑君で置くとは思わなかった……」

 

「そこまで気を利かせるとは……ほんとよくできた嫁達だ」

 

 いつものメンバー分の寛ぎの空間を作り上げた二人はそう呟く。それに対して、クラリッサ・ハルフォーフはそんな二人を称賛し、織斑千冬は顎に手を当て何かを思案する。

 

「そうだな……せっかくの海だ。普段肩身の狭い同僚に役得をプレゼントしよう」

 

「よく言う。元からそのつもり……の間違いでは?」

 

「雰囲気……というのも必要だろう?」

 

 ジリジリと火花を散らす、織斑さんとハルフォーフ先生。だが、本来の目的も忘れてはいなかったらしく、すぐに元に戻った。

 二人は躊躇無く上着を脱いだ。

 

 ――自分は今すぐにでも頭を抱えたかった……

 

 織斑さんは黒ビキニ。だが、スポーティーでありながらメッシュ状にクロスされた部分が……ああ、うんエロいね!

 ハルフォーフ先生はシンプルながらも……黒のツイストスリングショットである。しかも結構……うん。凄いの……

 

 ――極黒のブリュンヒルデ

 

 一瞬、そんな事を思い浮かべたが、今そんな戯言を言うと体の一部を跳ね飛ばされるか、大穴が空くか……どちらにせよ戯言を言ってのけた馬鹿者が一人、惨たらしくのに捨てられそうな気がするのでやめた。

 それにしても……二人とも共に露出の多い――どう見ても誘ってるような…………水着である。

 

 ――しかも、それを自分に見せるまでずっと上着で隠していた。

 

 これでわからない奴は織斑くんのようなものである。あまりにも分かりやすく、察しがついた……

 

 ――好きな男の前でしか、晒さないってか……

 

 織斑くんがラウラ・ボーデヴィッヒやシャルロット・デュノア、山田先生の水着姿に見惚れていることなんか吹っ飛ぶくらいに。

 それを見た、篠ノ之ちゃんやセシリア・オルコット、更識 簪がライバル心燃やして、再び織斑くんに立ち向かう様子なんか気にならない位……

 

 クラリッサ・ハルフォーフと織斑千冬の二人に目が釘付けになり、度肝を抜かれた……

 

「どうだ? その様子だと私のセンスもそう捨てたものではないらしい」

 

「日本では美女はこれくらい凄いのを着るのが礼儀だと聞いた。是非とも貴方に見てもらいたかったんだ」

 

 飢えた肉食獣のようにジリジリと近づいてくる二人に対して、どうすることもできない自分。

 

『危険! 危険! 凰鈴音の足の筋繊維が収縮したまま固定! 溺れる恐れあり!』

 

 その時、ピカピカと強く発光して、電子音声で状況を伝える腕時計――IS ゲスト機によって我に返った自分と織斑くん。

 

「鈴が!? 友兄!」

 

「行くぞ!」

 

 自分と織斑くんはすぐさま海に向かって走りだす。

 

「くそ! 友兄! ISは!」

 

「こんなんで許可なんぞおりるか! 裏ワザを使う!」

 

 織斑くんは自分にISを使用する許可を求めるが、残念ながらそれはできない。

 

「凰鈴音のバイタルは?」

 

『まだ大丈夫です』

 

 生徒達の奇異の視線も他所にもうすぐ海に着く。

 

「タイムリミットと場所のナビゲート頼む!」

 

『了解。目標をアップデート。今かけているグラス型HUDに投影させます』

 

「一夏! 俺の背中に付け!」

 

「わかった!」

 

 織斑君は迷いなくそう答えた。頼もしい限りだ。

 

 そのまま、海面へとジャンプすると同時に拡張領域からジェットスキーを取り出し、跳んだ先に出現させる。

 そして、そのまま飛び乗る形でジェットスキーに乗り込むと素早くアクセルを踏んで加速した。

 

「こんな使い方が……!」

 

「感心するのは後だ! 一夏! お前が回収しろ!」

 

『目標、水を飲みました!』

 

 ゲスト機にアナウンスの頃になると、凰鈴音のそばにまで寄せれたので、すぐさま織斑君を向かわせる。

 

「友兄!」

 

「そのまま載せろ!」

 

『目標、意識が朦朧状態です』

 

 凰鈴音を無事に回収すると、素早く砂浜に戻る。

 

『目標、意識消失(ブラックアウト)』

 

「鈴が!」

 

「落ち着け! 凰を寝かせるんだ!」

 

 そう言うと、織斑君は素早く凰鈴音を仰向けに寝かせる。

 

「一夏! お前は凰を呼びかけながら肩を叩け!」

 

「わかった! 友兄は!?」

 

 凰 鈴音の腹部を触り、的確な場所を探す。

 

「……水を抜く!」

 

 場所を見つけたら、そのまま……

 

「急を要する……スマン!」

 

 腹部に拳を一発叩きこむ。

 内蔵が刺激され、侵入した海水を元に戻そうと器官が活動を開始した。

 やがて、凰鈴音は水を吐き出す。

 

「鈴! 鈴! りん!」

 

「……ガフッ! ゲホっ!…………いちか?」

 

『ミッションコンプリート! 完璧であります!』

 

 結局、その日はあまり遊べず、凰鈴音の面倒を見ていたような気がする。

 やがて、時間が過ぎ、夕方になる。自由時間は終わりを告げ、明日の昼に始まる特別授業の為のレクリエーションが始まる。

 自分はその為の用意やある人への連絡、IS使用許可についての最終的な調整と言った作業をこなしていった。

 

「いいか! これから! 特別授業前のレクリエーションを始める!」

 

「これは明日の特別授業に深く関わることだ! ふざけた態度をとる者には厳罰を処す!!」

 

 これまでにない厳格な雰囲気を身にまとった織斑さんとハルフォーフ先生が整列したIS学園の生徒達に対して、特別授業の説明する。

 

 大体の所、要約すれば……

 特別授業の内容は至ってシンプル。

 ここからISで日本領海から外の公海、太平洋上にまででての実践的なIS教習の話である。

 さらに、ロケーションをこことして、模擬戦も行う予定だ。で先述言ったことについての説明と注意事項などの説明。

 

 以上。それだけ。

 

「いいな! わかったか!」

 

 織斑さん言葉に、一糸乱れぬタイミングで返事を返す生徒達。

 次に自分が生徒達の前にでる。

 

「そして、君達のISの整備……というかゲスト機の整備で今日からIS学園に出向してくる人間がいる。それは……っ!」

 

 突如、砂浜の地面からワイヤーブレードが飛び出てくる。その数、8本。

 ワイヤーブレードらしきものはそれぞれ2本づつ、自分と織斑姉弟、篠ノ之 箒に向かってくる。

 

「うわぁ! なんだ!」

 

「近接ブレードで斬り伏せろ! 一夏! 箒!」

 

 織斑 一夏に対して織斑 千冬はそう言うと、暮桜弐式の腕部と近接ブレードを拡張領域から取り出して部分展開、そのままワイヤーブレードを叩き落とす。

 

「はぁ!」「せいっ!」

 

 織斑 一夏と篠ノ之 箒も同様に、ISを部分展開させて近接ブレードで叩き落とす。

 

 ――が。

 

「自分は近接ブレードなんぞ無い!」

 

 そうぼやきながら、ワイヤーブレードを『生身』で紙一重に躱す。

 それからゲスト機の腕部を部分展開して、伸びきったワイヤーブレードらしきものを二本掴む。

 

 両手を横に広げたような形でワイヤーブレードを掴みとると、ふうと一息。しかしその時ちらりと影が映る。

 

 ――親方ァ! 空から束さんが!!

 

 ――上からくるぞぉ! 気をつけろぉ!

 

「アッキー!」

 

 篠ノ之 束が自身を呼び出す声と訳のわからない幻聴(電波)が聞こえたが、無視してこれから起こる衝撃に身を任せる。

 

 『文字通り』空から、上から降ってきた篠ノ之さんを身体で受け止める。当然、重心は崩され、ワイヤーブレードを手放し、仰向けになって背中を砂浜に打ち付ける。

 

「篠ノ之さん。心臓に悪いですよ」

 

「へへへー。でもアッキーなら受け止めてくれるって信じてたよ! たよ!」

 

 相変わらずのウサ耳でそう答える。篠ノ之さん。

 

「束、お前!?」

 

 篠ノ之さんと二人で立ち上がると織斑さんが何か異変に気づいた。

 

「えへへー、じゃーん!」

 

 篠ノ之さんはいつもの不思議の国のアリスみたいな格好ではなく、パーカーを羽織っていた。

 が、篠ノ之さんはそれを躊躇無く脱ぎ捨てる。

 

「いっくん、アッキー! 束さん、脱いだら 凄 い ん で す ! 海だから持って来ちゃった!」

 

「姉さん……私のより過激すぎ…………」

 

 篠ノ之さんは…………白のモノキニワンピース姿だったのであった……

 

 ――ほんとに脱いだら凄い…………

 

「えっと……彼女が例の……?」

 

「このばk……彼女がIS――インフィニット・ストラトスの発明者、篠ノ之 束だ…………」

 

 シャルロット・デュノアが引きつった笑みのまま、そう尋ねると。織斑 千冬は肯定の意を返したのであった……

 




前編はここまで



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16:花月荘 7月 臨海学校 中編

 無事に(?) レクリエーションが終わり、瞬く間に夜7時を回った。

 自分たちは旅館内の大宴会場で生徒達と一緒に夕食をとっていた。

 教師陣含め、全員が座敷に座っており、一人一人に一つの膳が置かれている。

 メニューはお刺身と小鍋料理、おかずとして山菜料理が数品あって、ご飯とお味噌汁、漬物というオーソドックスなものであった。

 

「うわぁ! ちーちゃんとアッキーとでご飯食べるのなんて久し振りだね!」

 

 刺身をパクパクと食べながら浴衣姿の篠ノ之さんは嬉しそうにする。

 

「ああ、そうだな。私は、お前がいない間、何をしていたか気になってたしな」

 

「どんなとこにいって、何をしてきたのか……篠ノ之さんの武勇伝、タップリと聞かせてもらいますね」

 

「うん! 束さん、アッキーやちーちゃんに聞かせたいこと、いっーぱいあるからね!」

 

 そう言うと、篠ノ之さんはお箸を刺身の方に伸ばすものの、お刺身が無くなったことに気づく。

 

「お魚さん、無くなっちゃった……」

 

「……篠ノ之さん。要ります?」

 

 しょんぼりとする篠ノ之さんに対して、自分はそっとお刺身を差し出す。

 

「わ~ほんとにくれるの? くれるの?」

 

 篠ノ之さんに対して、コクリと頷き肯定の意を返す。

 

「うみみやぁ! 嬉しい! 好き! 大好き!」

 

 そう言うと、自分の箸にある刺身を直接パクリ、と食べた。

 

「もっと! もっと!」

 

「……あれが日常なのか? ブリュンヒルデ(織斑千冬)」

 

「……あいつはいつもあんな感じだ。岡部も……束も……」

 

 自分のお刺身を篠ノ之さんの口の中に放り込む作業にさしかかってきた頃、ハルフォーフ先生と織斑先生はその様子をじぃー、と見ている。

 学生達は……ああ、うん。みんなわいわいにやってるよ。織斑君達も、わさびネタでなんか盛り上がってる。

 あ、会長達上級生組が一年達に絡んでる。サラ・ウェルキンさんが必死に頭を下げて謝っている。彼女、苦労人だなぁ……

 

「こうして見ると、岡部先生と篠ノ之博士って兄妹のようにも見えますねー」

 

 自分と篠ノ之さんの光景をみて山田先生はそう呟いた。

 

「うん! 君もいいこと言うね! 束さん的にはいっくんが未来の義弟(ぎてい)でもいいけど、他ならアッキーが未来の義兄(ぎけい)でもいいんだよ! だよ!」

 

 篠ノ之 束の発言に、岡部 友章、篠ノ之 箒、織斑 一夏、織斑 千冬の4人は一斉に咽た。

 

「ぐふ! ゲホ! 篠ノ之さん!?」

 

「うっ! ゲフ! たっ、束!?」

 

「嫁!? ほら、水だ!」

 

「ああ! 先輩! 大丈夫ですか!?」

 

 自分にはハルフォーフ先生が、織斑さんには山田先生がフォローに入る。

 

「ぐっ! 姉さん!?」

 

「ごはっ! ゲホゲフ! 束さん!?」

 

「……箒! 大丈夫!?」「ちょっと箒さん!? 水! 水!」

 

「大丈夫か!? 嫁!?」「ほら! 水! 水よ! 一夏!」

 

 篠ノ之ちゃんには、更識 簪とセシリア・オルコットがフォローに、織斑君にはラウラ・ボーデヴィッヒと凰 鈴音がフォローに入っていった。

 

「うみゃあ? てっきりそう思ってたんだけどな~束さん」

 

「し、篠ノ之ちゃんの意思次第なんじゃないかなー?」

 

「えー……でもじゃあ面倒くさいから束さんがアッキーかいっくん掻っ攫っていってもいいかな? かな?」

 

 自分たちのリアクション対し、残念そうにする束さんだが、再び爆弾を落とした。

 

「ははは…………織斑君はともかく、自分も中々倍率は高いらしいですよ……」

 

 自分は、肉食獣の目をした織斑さんとハルフォーフ先生を指さして、こういった。

 

「ふえぇ……これには束さんもびっくりだよぉ……」

 

 篠ノ之さんのその反応を見て自分はぼそりと呟く……

 

「頭冷やす為に、このメンバー全員で50キロ程走りこむか…………?」

 

 半分本気で考える辺り、もうどうしようも無い気がしたのであった。

 

 夕食を食い終え、教師陣は暫く暇になる。

 今日の夜勤は夜勤は基本、深夜の見回りですし。

 

「友兄! 風呂行こうぜ! 風呂!」

 

 ゲスト機の立体型ディスプレイで生徒が乗る打鉄やラファールの簡易チェックを済ませると、狙い済ましたように織斑君からのお誘いを受ける。

 

「ん? もう男子風呂の時間か……」

 

 ゲスト機の待機状態でもある腕時計を見ると現在、短針は8時を、長針は30の付近にある。

 いつも思うがなんでデジタルでなく、アナログ式なのだろうかこの時計……高級腕時計のような感じのデザインだから、どこにも持っていけるのはありがたいが、会食なんかで腕時計の話になるとすこしびっくりする。

 

「だろ? クラスメイトに聞いたけど、ここの露天風呂はスゲーらしいぜ」

 

 はやくはやくと急かす織斑君。だからお前は小学生か。

 

「わーかったわかった。露天風呂は逃げないからな」

 

 そう言って、立体型ディスプレイを閉じ、大浴場に向かうことにした。

 

 ――着替え? 荷物の持ち込みシーン? んなもんねぇよ

 

「かぽーん」

 

 更衣室でお風呂セット(バスタオル、ハンドタオル、髭剃りセット)を受け取り、大浴場に向かう。勿論、男風呂。

 そして、屋内浴場に入って早速口ずさむと、織斑君は不思議そうに見つめる。

 

「何やってんの?」

 

「恒例行事」

 

 腰にタオルを巻いた織斑君はワケがわからない、といった顔をしていた。

 

「これがジェネレーションギャップというやつか…………ゲスト、範囲25メートル圏内にジャミングを形成、コアネットワークにもファイヤーウォールを構築しろ」

 

『了解。しかし、使用しても効果があるとは思えませんが……』

 

 織斑君との意識の差に愕然としながらも、ゲスト機に指示を与える。

 タオルを腰に巻いただけの織斑君と違い、自分は高級腕時計に待機した状態のゲスト機、無駄にハイスペックな伊達メガネを着けている。ハンドタオル? 腰に巻くの面倒くさいからマッパだよ。

 

『…………外部からの不正アクセスを確認。撃退しました』

 

「な。言った通りだろ?」

 

『訳がわかりません……』

 

 愕然とするゲスト機を他所に早速、浴槽に入ろうとすると……

 

「友兄! 先にシャワー浴びてからがマナーだろ?!」

 

 織斑君に止められた。ちくしょう。

 

「えー、だってかけ湯したろ?」

 

「それでも、マナーは守らないと」

 

 そう言われてはぐうの音も出ない。

 観念して織斑君と一緒にシャワーから先にすることに。

 

「うわぁ、全員女物じゃね?」

 

「友兄、これ……めっちゃ高いやつだ……」

 

 これ前、千冬姉が使ってた……と言いながら、シャンプーとリンスで髪を洗う。

 

「背中洗ってやるよ。友兄」

 

「こうしていると去年を思い出すな……」

 

 織斑君に背中を洗ってもらいながら、しみじみと思い出す。

 その時は、水道代の節約とか言って風呂にはいったな…………

 最初、こいつ実は男に興味あるんじゃ……と戦慄におののいていたが、そんなことはなかった。

 

 そうして、お互いに洗うのが終わり、やっと浴槽に入れる。

 

「さーて、それではメインの露天風呂といこうか……」

 

 手をワキワキさせながら、外へ向かう織斑君ェ……

 

「なんというか……お前は残念なイケメンのにおいしかしなくなったよ……」

 

 容姿、能力共に『高級食材』といっていいんだけどなぁ……

 

 そんな事を呟きながら、織斑君と一緒に露天風呂に向かうのであった。

 

 

 

 ――これ以上の誰得シーンはカットカットカーット

 

 

 

 

   ■   ■   ■

 

 ――臨海学校、2日目

 

 今日は生徒達の課外授業に加えて、各専用機持ちたちの各種性能評価試験も兼ねて丸一日のIS実習だ。

 

「ふう、これはここで……こいつはここと……」

 

 自分は崖に囲まれ、ドーム状に整備されたIS試験用のビーチでゲスト機を身に纏って各ISやパッケージがはいっているコンテナを整理していた。

 

「なんかやっと本来のパワードスーツらしい用途に使っているような気がする……」

 

「さて、それでは……各班ごとに振り分けられたISに向かうように。専用機持ちのやつらは各種専用パーツと各種微調整だ。全員速やかに所定の位置へ、上級生は先に指定の中域に上がっておいてくれ」

 

 織斑さんの指示に従い、はーいと返事をする生徒達を遠目に最後の「束さんのこんてな(はぁと)」コンテナを所定の位置においた。

 

「おつかれー。アッキー」

 

「束、篠ノ之を連れてきたぞ」

 

 ゲスト機を待機状態に戻すと、篠ノ之さんと織斑さん、篠ノ之ちゃんがこっちに寄ってきた。

 ついでにその後ろから、いつものメンバーも付いてきていた。

 

「姉さん……」

 

「ふっふっふっ……それではこのコンテナをご覧あれ!」

 

 そう言うと、先ほど自分が運んだ例のコンテナが展開した。そこにあったのは……

 

「じゃじゃーん! これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』! 全スペックが現行ISを……ゲスト機すら上回る束さん渾身のISだよ!」

 

 以前よりちょくちょく話と組立途中を見たとおり、真紅の装甲に身を包んだその機体は、コンテナから飛び立ち、篠ノ之さんの前に踊り出る。

 

「!!」

 

「大丈夫だ」

 

 篠ノ之さんを庇うように前にでる織斑さんに対し、自分はそれを手で静止させる。

 

「岡部、しかし」

 

「問題ない。お前は……主に自分の姿を紹介したいのだろう? 紅椿……」

 

 織斑さんを静止させ、主のいない紅椿に対してそう問いかける。

 紅椿は自分の方を見つめる(?)とコクリ。と頷いた。

 

「岡部さん……」

 

「こいつ(紅椿)はゲスト機のようなものだよ。ほら、挨拶してやれ。こいつは君に会いたかったんだ」

 

 後ろに控える篠ノ之ちゃんを紅椿の前に差し出す。

 紅椿は目の前の篠ノ之ちゃんを確認すると、彼女の前で片足を着いて跪いた。

 

「これが……私の、専用機……」

 

「どう? 気に入った?」

 

「ええ、文句の付けようがない位に……ありがとう、姉さん」

 

 そう言うと、あまりにも予想外の言葉なのかビクンとウサ耳が跳ね上がり、篠ノ之さんは喜んだ。

 

「その言葉を待ってたんだよ! だよ! それじゃあ早速、調整に移ろうねー!」

 

 篠ノ之さんがそう言うと、紅椿は即座に装甲を展開し操縦者を受け入れる状態になる。初期にゲスト機に自分が乗り込むような感じだ。

 

「アッキーもちーちゃんも調整に入るからお願いね」

 

 篠ノ之さんにそう言われると、別に断る理由もないので自分と織斑さんはISを展開させる。

 

「今日の束さん。ものすご~く機嫌がいいから、いっくん達も調整してあげるね」

 

 紅椿に圧倒されている。織斑君達に向かってそう言いながら、篠ノ之さんは立体型ディスプレイで構築されたコンソールと同じく空中投影ディスプレイにゲスト機や暮桜弐式の立体映像を投影させ、それを触って調整、整備を行う。それに伴ってコンテナから出てきたアームがゲスト機や暮桜をいじっていく。

 ジェスチャーインターフェイス、タンジブルビット・コンセプト、フォースフィードバック等……世界中が血眼になって開発しているインターフェイスシステムが篠ノ之さんの周りに完成された形で鎮座していた。

 

「すごい……」

 

「これが、篠ノ之束……」

 

 その光景を見て驚愕の色に染まる、海外の代表候補生達。

 その光景を見て一般の生徒はヒソヒソと色々と話をしている。

 

「岡部さん……」

 

「言わせておけ。自分の力を示せば、自ずと黙る」

 

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で不安にかられる篠ノ之ちゃんをフォローする。

 

「いや~、ちーちゃんもアッキーも凄いねー。フラグメントマップを見たけど、すごい発展速度だよ!?」

 

 両手で器用に9機のISを瞬く間に整備していく篠ノ之さん。

 

「……よし! これで全部!」

 

「篠ノ之さん。『アレ』も載った?」

 

「もちろん! 後はアッキー好みに色々と追加装備と改良装備も載せておいたよ!」

 

 親指をぐっと上げて、サムズアップする篠ノ之さん。

 他のみんなも調整に驚いていた。

 

「すごい……本国よりも軽い……」

 

「流石に、開発者なだけあるわね……」

 

 各自それぞれおっかなびっくりにISを動かしている。

 

「それでは! 篠ノ之以外は私と山田先生、ハルフォーフ先生に付いて来い!」

 

 織斑さんがそう言うと、事前にISを纏っていた、山田先生とハルフォーフ先生は専用機持ち達と一緒に飛び立って行く。

 

「じゃあ、先に行ってくる。箒。」

 

「ああ、私も後からくる」

 

 織斑君はそう言って、先に飛んでいった。

 

「岡部。お前は箒と一緒に動作試験に入ってくれないか?」

 

「いいですけど、何故?」

 

 そう聞くと、織斑さんは肩を叩いた。

 

「お前の方がよく分かってるだろ? 箒も、紅椿も」

 

 そう言って、織斑君達の方に飛び立って行った。

 

「……だと言う事だ。篠ノ之ちゃんと紅椿の動作確認は自分が担当しよう」

 

「よろしくお願いします。岡部さん」

 

「じゃあ、束さんは通信で色々と説明を入れるね」

 

「了解しました。行くよ、篠ノ之ちゃん」

 

 そう言って自分は、スラスターを吹かして空に上がっていく。

 篠ノ之ちゃんもそれについてくる。

 

「どうだ? 変わった点は?」

 

「特に、問題ないです!」

 

 その返事を聞いて、各種データを紅椿に送る。

 

「なら、あの場所で動作確認を行う。ついてくるんだ」

 

「了解しました」

 

 指定された洋上。IS学園の教習用ISや、各専用機が飛び交っている場所とは少し離れた中域に篠ノ之ちゃんを誘導する。

 

「よし。止まれ! ここから紅椿の動作確認に入る」

 

『じゃあ、束さんの出番だね!』

 

 立体型ディスプレイに束の姿が映る。

 

『じゃあ箒ちゃん! 早速刀を使ってみよー。右のが『雨月(あまつき)』で左が『空裂(からわれ)』だよ』

 

 束さんがそう言うと、篠ノ之ちゃんはしゅらん、と2本の刀を同時に抜く。この辺の身のこなしは流石、といったところだ。

 

「姉さん。抜きました」

 

『親切丁寧に束さんは説明するよ~ 雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃からエネルギー波を出して攻撃できまーす。

 大体一般的なIS用アサルトライフル位の射程があるから、遠くから撃ってよし。機動性にものを言わせて近づいて、斬撃とエネルギー波を同時に与えてもよし。箒ちゃんによし、束さんによしな一品だよ!』

 

 篠ノ之さんの解説を聞きながら、篠ノ之ちゃんは雨月を振るう。実家の剣術・篠ノ之流の技なのか色々とやって雨月を振るうと、確かにエネルギー波が出て海面から水柱が上がった。

 

『じゃあ次いくよ~お次は空裂。こっちは対集団仕様の武器だよ。斬撃に合わせて雨月とはまた違ったエネルギー波をぶつけて迎撃してくれるんだよ。それじゃあアッキー! デモンストレーションよろしく!』

 

「わかりました。それじゃ篠ノ之ちゃん。いくよっ!」

 

 篠ノ之さんからそう言われたので、ゲスト機の両脚部に二基の四連装ミサイルポッドを展開、紅椿めがけて発射する。

 8発の高性能誘導ミサイルは紅椿に向かって殺到していく。

 

「これくらいなら……いける!」

 

 そう言って、空裂を振るうと、瞬く間にすべてのミサイルを叩き落とした。

 

「パーフェクト! じゃあもう一回!」

 

 再び脚部のミサイルを放つと、同じように紅椿は空裂を振るい、ミサイルを叩き落とす。

 

『あっ! 箒ちゃん! 1発逃してるよ!』

 

 運良く生き残った1発のミサイルが紅椿に向かっていく。

 

『既に戦闘経験量が一定に達したと判断。出力可変型ブラスター・ライフル 穿千 (うがち)起動』

 

 紅椿のISコアがそう言うと、紅椿の両肩にブラスター・ライフルが構築される。

 

「ありがたい! これで、撃ちぬく!」

 

 そう言うと、篠ノ之ちゃんは両肩の穿千 (うがち)を放つ。

 

「っ! なんだ。反動が凄い……! でも、これくらいなら問題無い!!」

 

 初弾こそミサイルを外すものの、素早く調整して再び穿千 (うがち)を放つと、残りのミサイルに命中した。

 

『ワァオ! 箒ちゃん、すっご~い!!』

 

「……心臓に悪い…………」

 

「岡部さんのお陰です!」

 

 この日は一日中、紅椿や織斑さん達と一緒にISを動かしていたが、この時の篠ノ之ちゃんの笑顔が一番の印象に残ったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 ――臨海学校、3日目

 

「専用機持ち以外は昨日と同じだ! 各教員の従うように」

 

 はーいと気ダルげに返事を返される。これがカリスマ性の差か…………

 生徒が散り散りに教習用ISに群がって行く中、この場に残ってるのはいつものメンバーに上級生組だ。

 

「さて……君達には……特別授業を受けてもらおう」

 

 皆口々に特別授業? と疑問符を浮かべる。

 

「ああ、昨日の様子を見た限りだと、やっても問題無いと判断した」

 

 今一つピンと来ない様子の彼らに、決定的な一言を言い放つ。

 

「今日の特別授業の内容はゲスト機対一年生専用機持ち組との特別模擬戦だ」

 

 そう言って、ゲスト機を展開し洋上へと飛び立った。

 

「これより、ブリーフィングを始める」

 

 洋上にゲスト機が鎮座する中、海岸に設営された天幕で、織斑 千冬と篠ノ之 束、専用機持ち達がいた。篠ノ之 束は織斑 千冬の隣で色々と投影型ディスプレイのタッチパネルをせわしなく操作し、ブリーフィングの下準備をしている

 

「現在、目標は洋上で一旦停止している状態である。」

 

 投影型ディスプレイに地図と目標を示す赤い点が示される。

 

「我々はこいつにISによる奇襲攻撃を加え……」

 

 織斑 千冬はここで一息入れて、専用機持ちを見渡す……

 専用機持ちの皆は固唾を飲んで見守る。

 

「これを撃破する」

 

――ゴクリ

 

 織斑 千冬のその言葉に周りがしんと静まり返る。それは織斑一夏の生唾を嚥下する音が聞こえるほどに……

 

「それでは、目標の説明を始める」

 

 織斑千冬は篠ノ之束に目配せすると、彼女は投影型ディスプレイにある一つのボタンを押す。

 全員が取り囲む会議机の中央にゲスト機の立体映像(ホログラム)が投影される。

 

「正式名称は……実は存在しない。なので対外的な名称としてゲスト機と呼ぶ」

 

 アッキーがただあの子に名前を名付けて無いだけなんだけどねー、と篠ノ之束は補足をいれる。

 

「基本性能は……IS学園時や、モンド・グロッソ参加時と対して変わりは無い。

全身を守る厚い装甲に、身を守る盾、豊富なシールドエネルギー、そして……」

 

「豊富な射撃・間接攻撃武装に富んでいます」

 

篠ノ之 箒は織斑 千冬を遮るように言った。

織斑 千冬は少し咎めるように、鋭い視線で篠ノ之 箒を睨む。

 それに割って入るように篠ノ之 束は補足事項をいれる。

 

「あと、基本的にはゲスト機には危機感知機能の一つとして、相手の銃口の向きを計測し、それが自分に向いていれば、ロックオンサイトがその相手に表示され、その直後に、相手の銃撃が当たることを報知してくれる機能があるよ」

 

 それを聞くと、凰 鈴音は納得したように頷いた。

 

「通りで……それのお陰で、龍咆が見切られるわけね」

 

「あとの特徴としてはゲスト機の拡張領域(バススロット)の中身はそれと、弾薬・予備パーツ・増加装甲で占められています。そうですよね? 千冬さん?」

 

「大方、正解だ。しかも、それに加えて今回のロケーションは太平洋上……私ですらやり合った事の無いパターンだ。

遠距離攻撃がゲスト機の独壇場である以上、気を引き締めて行け」

 

織斑千冬がそう言うと、専用機持ち達は元気良く返事をした。

 

「教官。質問が」

 

すっと、挙手をするラウラ・ボーデヴィッヒ。

この場にいる全員の視線が彼女に集中する。

 

「よろしい、許可する」

 

「この特別模擬戦に参加するのは一年の専用機持ちだけでしょうか?」

 

そう言って視線を動かすと、天幕の隅で立ち尽くしている。他学年の専用機持ちとクラリッサ・ハルフォーフ大尉がいる。

 

「いいや、今回はお前達一年だけだ。私や彼女達は不測の事態に備えてのバックアップを担当する」

 

「俺からも質問」

 

「言ってみろ。一夏」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの次は織斑一夏が挙手をする。それを織斑 千冬は発言を許可した。

 

「どうやって、俺達はゲスト機を迎え撃てばいいんだ?

なんとかして弱点の接近戦に持ち込むのか?」

 

 そう言うと、天幕の中にいる全員が、織斑 千冬と篠ノ之 束、両方を見つめた。

 

「ああ、お前達レベルだと……それしか無い……」

 

「別にー、尽きる事のない弾幕地獄の中、減らない増加装甲とシールドエネルギーとの絶望的超消耗戦が好きならいいけどねー」

 

 申し訳なさそうな、織斑 千冬とその様子を面白そうに見る篠ノ之 束の姿が対照的に見える。

 

「いくらアッキーのゲストちゃんがリミッターをかけていたとしても、結局白式の零落白夜頼みしか正直、勝ち目無いんじゃないかな? いっくん」

 

「……そうか、わかった。ありがとう、束さん」

 

 織斑 一夏がそう言うと、今度は自身の姉と向かい合う。

 

「なら、作戦の要は俺ってことだよな」

 

「ああ、そうだが……」

 

 普段は見せない、凛々しい表情でこう言い放った。

 

「みんな、俺から頼みがあるんだ」

 

   ■   ■   ■

 

「目標まで距離30000、これより作戦行動に移る」

 

「「「「了解」」」」

 

『油断はするなよボーデヴィッヒ。ゲスト機は……岡部はお前と同じ……いや、お前以上に経験が豊富だ』

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒに織斑 千冬が忠告をいれる。彼女は苦しそうな表情でこう答えた。

 

「わかってます教官、レーラーは……岡部先生は……我々軍人以上にプロだ。実感は湧かないだろうが、皆もその事をくれぐれも忘れるな!」

 

 ボーデヴィッヒがそう言うと、全員静かに頷いた。

 

 未だに鎮座しているゲスト機をバイザーの片隅に織斑 一夏率いる1年の専用機組はゲスト機との交戦に移っていく。

 あの後、みんなとの協議の結果、軍務経験のあるラウラ・ボーデヴィッヒが隊長を務め、副官がみんなからの希望によって織斑 一夏となった。

 そして、距離が20000にまで近づくとゲスト機は換装を始めた。足回りが光に包まれると、コンテナ状の長方形箱が両脚の外側に装着される。ミサイルポッドだ。

 

 全員に被ロックオン警告(ロックオンアラート)が鳴り響く。

 

「回避ッ!」

 

 ゲスト機に搭載された二基の四連装ミサイルランチャーから次々と大量の誘導ミサイルが発射されると同時に織斑 一夏の声と共に回避行動にうつるIS達。

 

「……あれは、打鉄弐式(私)の流用!?」

 

「あのミサイルの群れが我々全員を同時に狙っているという事は……そういうことだろうな……」

 

「全員散開しろ! お互いの死角をカバーするんだ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒのかけ声により各自ISは散開しミサイルを迎撃にあたる。

 

「行きなさい!」

 

 セシリア・オルコットはブルー・ティアーズのレーザービットを射出し、迎撃にあたらせる。

 しかし、1発だけミサイルが漏れたのか、ブルー・ティアーズに向かってくる。

 

「この程度、ほんのお遊戯に過ぎませんわね」

 

 そう言って、手持ちの六七口径特殊レーザーライフル スターライトmkⅢでそのミサイルを撃ち落とした。

 

「ふん! 実弾兵器には遅れはとらん」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒはシュバルツェア・レーゲンに備わったAIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)でミサイルを完全に無力化する。

 

「これくらいの速さなら、撃ち落とす!」

 

 篠ノ之 箒は空裂 (からわれ)を振るい、周囲にあったミサイルを一掃する。

 

「箒! 後ろよ!」

 

 凰 鈴音の言うとおり、紅椿の背後にミサイルが迫っていた。

 

「わかってる!」

 

 紅椿はミサイルが自身に肉薄して来たその時、身をズラしてミサイルを紙一重で躱すついでにミサイルの側面に回り込み、近接ブレードで叩き切った。

 

「待ったく、ヒヤヒヤさせるわ」

 

凰 鈴音はそうボヤくと自身の頬を粒子砲が撫でる。その後直ぐに甲龍の背後で爆発が起こった。篠ノ之箒のIS紅椿(あかつばき)の持つ出力可変型ブラスター・ライフル 穿千 (うがち)の弾丸が甲龍の後ろにいたミサイルを撃ち落としたのだ。

 

「ああ、全くだ」

 

「……ホント、ヒヤヒヤするわ…………」

 

 凰 鈴音はため息をつきながらも、龍咆で全方位から迫ってくるミサイルを着々と片付けていく。

 

「クソ! 白式には近接ブレードしか無いから加速して振り切るしか……!」

 

 そんななか、織斑 一夏は必死に白式のスラスターを全開にして、ミサイルを振り切っていた。

 ある程度ミサイルを振り切って数を減らした後は篠ノ之箒の紅椿の時と同様に、ギリギリでかわしては叩き切ってを繰り返している。

 

「よし! これで最後!」

 

 篠ノ之 箒はゲスト機から放たれたミサイルの最後を叩き落とす。そして、反撃開始と言わんばかりにシュバルツェア・レーゲンはゲスト機にレールカノンの照準を合わせる。

 

「距離19000! 照準、敵機! 情け無用! フォイヤ!」

 

 専用の砲戦パッケージに搭載されている80口径レールカノン(ブリッツ)2門の一斉射撃を受け、爆発を起こすゲスト機。

 その爆発は凄まじく、暫く濃い爆煙がゲスト機の周囲を包むがやがて晴れてくる。

 

「ドイツ軍最新のIS用APCBC(Armor Piercing Capped Ballistic Capped)でも無傷……だと!」

 

 ゲスト機は左腕にマウントされた大型の実体シールドで防御していた。

 ラウラは貫徹力の高い低抵抗被帽付徹甲弾を受けても傷一つ無いゲスト機に顔を引きつらせる。

 

「やはり、ただでさえ厚い装甲に加えて爆発反応装甲と電磁装甲の二段構えの増加装甲を備えたあの化け物に傷をつけることは不可能か……」

 

 篠ノ之 箒は奥噛みする。

 

「……ゲスト機は厚い装甲を持っている」

 

 バイザー内で多数の小さなウインドウをせわしなく動かしながら、更識 簪はゲスト機を解析する。

 そして、彼女は八連装ミサイルポッド 山嵐の発射口の蓋を開けた。

 

「……だけど人型の鎧である以上、推進翼や推進部を持つISである以上、可動域やそこに装甲を施すことは不可能。ミサイル……発射」

 

 そう言って、ゲスト機の推進翼や推進部である両手足と背中のバックパック本体やバックパック上部の備え付けられている2基の可変タイプのバーニアスラスターをロックオンし、発射。山嵐から高性能誘導ミサイルが2発飛翔する。

 さらに高性能誘導ミサイルは弾頭を分離してさらに8発の高性能小型ミサイルを射出し、合計16発のミサイルを発射した。

 それに対してゲスト機は拡張領域(バススロット)からIS用大型アサルトライフルを取り出し右手に装備する。そして再び脚部のミサイルポッドの蓋をすべて開き、8発のミサイルで迎撃した。

 

 ゲスト機から放たれた迎撃ミサイルはすべて、打鉄弐式のミサイルに命中するも残りの8発のミサイルがゲスト機に向かって来る。

 ゲスト機はそれに対して、何も動じる事無く、自身の持つIS用大型アサルトライフルを構え……撃った。

 アサルトライフルを撃った時間は数秒にも満たない、しかしゲスト機は恐ろしく正確にかつ迅速に残りのミサイルを1発1発潰していき……ミサイルを1発もゲスト機に着弾させないまま全て迎撃した。

 

「嘘……フレアもチャフも回避行動すら無しだぞ!? しかも友兄の奴、自力で迎撃してたぞ……」

 

「打鉄弐式の山嵐は画像認識で追尾している……そんな物で惑わせるほど稚拙な物では無い……」

 

「CIWS(Close in Weapon System)にRAM(Rolling Airframe Missile)か……味なマネをする……しかし、これなら!」

 

 織斑 一夏と更識 簪は驚愕するもののラウラ・ボーデヴィッヒは果敢にも再び、2門のブリッツでゲスト機を撃ちぬこうとする。

 それに合わせるように、打鉄弐式のミサイルポッドの発射口の蓋が開けられ、ブルー・ティアーズは自身の装備する六七口径特殊レーザーライフル(スターライトmkⅢ)の銃口がゲスト機に向けられる。

 

「火力を一点に集中……!」

 

「この距離ならフルパワーのスターライトでも……!」

 

「ドイツ軍秘蔵のとっておき! IS用高速徹甲弾だ!」

 

 ラウラ達の執念が届いたのか、ゲスト機は回避すること無く。まともにHVAP(Hyper Velocity Armor Piercing)をくらう。

 さらにダメ押しと言わんばかりに打鉄弐式の八連装ミサイルポッド 山嵐 (やまあらし)の発射口からすべての高性能誘導ミサイルが飛翔、分離して高性能小型ミサイルをばら撒いて計、48のミサイルが一斉にゲスト機に向かって飛翔し、命中し、さらに六七口径特殊レーザーライフル スターライトmkⅢが着弾する。

 

 ――再び、爆煙がゲスト機を覆い隠す。

 

「ッ! ラウラさん! 避けてぇ!」

 

 ブルー・ティアーズのセンサーから発せられる天文学的な加速度で増加していくエネルギー量とけたたましい警告音から、セシリア・オルコットの悲痛な声があがる。

 しかし、願い虚しく、爆煙をかき分けながら、一発の弾丸がシュヴァルツェア・レーゲンを貫いた。

 

「ラウラァ!!」

 

 右腕に備わった、大型の携行レールカノンを構えたゲスト機が見え、篠ノ之 箒が叫んだ頃にはシュヴァルツェア・レーゲンは自然落下していた。

 

「うおおおおっ!!」

 

 だが、織斑 一夏はこの隙を逃さなかった。

 雪片弐型を握りしめ、吶喊。狙うはゲスト機の横っ腹、増加装甲のない部分。

 この時、ゲスト機の手にはIS用の大型アサルトライフルのみ……

 

 ――いける!

 

 織斑 一夏はそう確信した。

 

 ――だが、それはすぐに自身の先走りだと気づく事になる。

 

 織斑 一夏はゲスト機のもつIS用大型アサルトライフルのパーツ――ハンドガードがパージされるのをこの目で見た。

 そして、次に古めかしいエンジンが唸る音がハイパーセンサー越しに聞こえた。だがしかし織斑 一夏は躊躇無く雪片弐型を振るう。

 

 ガツーン! と、大きな音を立てた。

 

 ゲスト機はIS用大型アサルトライフルに搭載されたチェーンソーで白式の雪片弐型を受け止めていたのだ。そして、ゲスト機はそのパワーを武器に雪片弐型を押し返す。

 

「ひっ……!」

 

 チェーンソーを駆動させるエンジン音と鍔迫り合いによる火花……迫り来る刃に本能的な恐怖に襲われる白式。それを助けようにもこうも密着されては射撃のによる援護ができず、奥噛みすることしか出来無い仲間達。

 

「零落白夜ほどじゃないけど……これで!!」

 

 その時、機転を上手く利かして、シャルロット・デュノアは六九口径パイルバンカー 別称『盾殺し(シールド・ピアース)』を構え、すかさず瞬時加速(イグニッション・ブースト)、ゲスト機の懐に飛び込んだ。

 ゲスト機は現在IS用の大型アサルトライフルを両手にもって鋸競り合いの最中、タイミングは完璧であった。

 それを感知したのか雪片弐型を押していたゲスト機は雪片弐型を押し返すのを止め、アサルトライフルに添えていた左手を外し、腕をラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡに向ける。

 

 ――ゲスト機の左腕にあるシールドをみて。シャルロットは絶望するしかなかった。

 

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの切り札とも言える六九口径パイルバンカー 灰色の鱗殻 (グレースケール)通称は腕に装着している実体シールドに格納してある。

 

 ――ゲスト機も同様なのだ。

 

 ゲスト機の左腕の大型シールドに格納された30mmシールドリボルヴァーカノンが無情にも火を噴く。

 現実のリボルヴァーカノンとは違い、IS用に小型化されているものの、その威力・連射は実在するそれと謙遜は無い。

 シャルロット・デュノアは咄嗟にシールドでガードするが、ゲスト機のリボルヴァーカノンは空薬莢を排出するためにチャンバー(薬室)を回転させながら、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの盾もろともシールドエネルギーと装甲、各パーツを大破させていく。

 

「シャル!!」

 

 織斑 一夏は次々にパーツを破壊され、やがてシールドエネルギーが底を着いて墜ちるシャルロット・デュノアをただ、見ているしかなかった……

 

「クッ! 俺が友兄を抑えてるうちに……早く!」

 

「クソッ! 簪! 私と一緒に来い!」

 

「わかった、箒……」

 

「セシリア! 私達は近接組の援護よ!」

 

「わかってますわ! 凰さん!」

 

 ブルー・ティアーズは四方八方から自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』射撃型特殊レーザービット4機がゲスト機に襲いかかる……が、対レーザー拡散加工を施された厚すぎる装甲には傷一つ付かない。

 甲龍も自身の持つ龍砲の機能増幅、攻撃特化パッケージ 崩山(ほうざん)に搭載された4門の熱殻拡散衝撃砲で援護するものの白式への誤射の危険性から、中々大量に撃てない。

 紅椿、打鉄弐式がゲスト機に接近戦で取り付こうにも、増加装甲とオートショットガンで中々近づけず、頓着する。

 

 ――やがて、ビットがうっとおしくなってきたのか、ゲスト機は換装を始めた。ゲスト機の腰回りにスカートのような物が生成される。

 

「! それは! 私と同じ!」

 

 セシリア・オルコットは驚愕する。ゲスト機の腰回りにあるビーロジ塗装のスカートは紛れも無い、第三世代型 自立機動兵器『ブルー・ティアーズ』だからだ。

 更にゲスト機は両肩から非固定浮遊部位 (アンロックユニット)を出現させる。その特徴的な形状にはゲスト機以外の者達にはピンときた。

 

「あ! それはあたし(甲龍)の龍咆(りゅうほう)!」

 

 そう、それは紛れもなく第三世代型 空間圧作用兵器・衝撃砲 龍咆(りゅうほう)その物であった。

 ゲスト機は戸惑いもなく両肩の龍咆で白式を撃ち抜く。一発では無い。何発もだ。

 

「ぐわっ!…………? そこまで威力は高くない!?」

 

 龍咆は白式に直撃、遠くに吹き飛ばされる。しかし、威力は甲龍のものよりさほど無いらしく白式は再び、ゲスト機に肉薄しようと接近を試みる。

 しかしゲスト機は甲龍・打鉄弐式・紅椿・白式を龍咆や右手の大型アサルトライフルなどといった手持ちの武装で牽制しながらそのまま立ち止まり、スカートに扮した射撃ビットをすぐにすべて発進させる。その数、合計6基。

 ゲスト機自身はブルー・ティアーズではなく、他の4機に意識と視線を集中させている。まるで、「試してみろ」と言わんばかりの様子であった。

 

「……舐めた真似を! それは私の得意分野ですわ!」

 

 ブルー・ティアーズのビットとゲスト機のビットが飛び交い、激しいドッグファイトを展開する。

 しかし、数で劣るブルー・ティアーズのビットは一つ、また一つと落とされていく。

 

「こうなったら、せめて……」

 

 状況が芳しく無い事はわかるものの、せめて一矢向くいる形でミサイル型ビット二基を射出する。だがしかし、ゲスト機はなにひとつ大した反応もなしに、『ビットでビットを撃ち落とす』と言う前代未聞の事をやりだした。

 ……結局、ゲスト機のビットを一つも落とすことも無くブルー・ティアーズのビットは全滅してしまった。

 

「そ……そんな……」

 

 愕然とするセシリア・オルコット。

 それはそうだ。ブルー・ティアーズのビットを全力で操作したにもかかわらず、このザマだ……

 ブルー・ティアーズのビットが一掃されたのを確認したのか、ゲスト機のバイザーがセシリア・オルコットを捉える。

 

 ――セシリア・オルコットの心は限界点を迎えた。

 

「……ヒィ! イヤァ! 来ないで! 来ないでぇ!」

 

 六七口径特殊レーザーライフル(スターライトmkⅢ)を連射しながら――感情の堤防が決壊し、恐慌状態に陥ったセシリア・オルコット。

 狙いが滅茶苦茶だが、装甲の薄い部分にまともに当たればいくらゲスト機と言えどもシールドエネルギーの判定上中破、あるいは一発大破の危険性を孕んでいるのにも関わらず、ゲスト機は気にする事無く、ブルー・ティアーズに近づいていく。

 

「セシリア! 今助けに……!」

 

「チッ、ビットか……」

 

「まだミサイルが飛んでくるの!?」

 

「弾幕が……激しい……」

 

 セシリア・オルコットを助けようとする4機だが、ゲスト機のビットとミサイルの波状攻撃に阻まれる。

 そうして、4機が手を拱(こまね)いているうちにもゲスト機はどんどんとブルー・ティアーズに迫っていく。

 

「ににに、逃げないと……」

 

 そう呟いて、ゲスト機から距離を離す……が。

 

 ――ゲスト機に背を向けて逃げてはならなかった

 

 ゲスト機は大型アサルトライフルを左手に持ち直し、拡張領域(バススロット)から右手に淡々と複合式カービンライフルを取り出すと、エネルギーをフル充填させて片手で持ったまま引き金を引いて撃った。

 実弾・エネルギー混合の弾丸は綺麗な弾道を描いて、ゲスト機から逃げるブルー・ティアーズ――セシリア・オルコットの後頭部に命中。速やかに意識を刈り取り、撃墜した。

 

 ――1機、また1機と墜とされていく……

 

 ブルー・ティアーズが海面へと落ちていったのを確認すると引き続き複合式カービンライフルをビットの処理に手間取っている4機に向けて撃った。

 

「クソ! 何か打つ手は無いのか?」

 

そう毒づく織斑 一夏。紙一重で、ビットからの攻撃を避けて、瞬時加速(イグニッションブースト)。そのままビットに取り付いて、叩き落とした。

 

「拡張領域からまだビットが出てくる?!」

 

両手に装備された複合式カービンライフルや大型アサルトライフル、肩部の龍咆や脚部のミサイルポッドが途切れる事無く彼らを襲い。

やっとの事で墜とした射撃ビットも墜としたそばから腰部のスカートに補充され、発進する。

 

「くっ……こうなったら……」

 

篠ノ之 箒は苦虫を噛み潰したように、最後の手段を言った。

 

「こうなったら、どうするのさ?!」

 

「全員、近接武器を持って、ゲスト機に斬り込む」

 

「せめてもの……最後の抵抗……」

 

篠ノ之 箒の意図を察したのか、織斑 一夏の白式を守るように、紅椿・甲龍・打鉄弐式の3機が前に出る。

 

「箒、鈴、簪……!」

 

「一夏……私達が道を明ける、その隙に行くんだ!」

 

驚愕の表情を浮かべる織斑一夏に対して、篠ノ之箒はそう叫んだ。

 

「最後の最後で、ポカるんじゃないわよ!」

 

「一夏、貴方に……託す……」

 

そう言って3機はゲスト機に向かって突っ込んで行く。

ゲスト機はそれを許すはずも無く、手持ちのあらゆる武装で3機を迎撃する。

射撃ビットのレーザーが、大型アサルトライフルの弾丸が、ミサイルや龍咆の砲弾が装甲や盾、シールドエネルギーを削っていく。

 

「ぐあっ!」

 

 エネルギーが充分に溜まった複合式カービンライフルの弾丸が甲龍に直撃し、撃墜される。

 

「鈴!」

 

「構うな一夏! あいつの努力を無駄にしたいのか!」

 

 織斑 一夏は墜ちていく甲龍を見て、一瞬足を止めるものの、篠ノ之 箒は彼を叱咤する。

 

「でも!……クソ!」

 

「早く、行くべき……」

 

 織斑 一夏はそう毒づき、ゲスト機へと肉薄する。

 

「意外とうまくいったな!」

 

「っ! しまった! 誘われた!」

 

 織斑 一夏が呟いた時、篠ノ之 箒は何かに気が付いたのか叫んだ。

 ゲスト機は両肩の龍咆を炸裂させ、片方の砲弾は白式へ、もう片方には紅椿へと着弾させた。

 

「ぐわっ!」「うぐぅ!」

 

 二機は再び遠くに吹き飛ばされ、打鉄弐式だけがゲスト機に対して突出した形となった。

 

「まさか……コレが狙い……?!」

 

 ゲスト機は複合式カービンライフルを持ったまま右腕を打鉄弐式に向ける。打鉄弐式が回避行動を取るよりも早く、手の甲からワイヤーブレードが射出され、打鉄弐式の片脚に絡みついた。

 

「それは! シュバルツェア・レーゲンの……!」

 

 更識 簪がそう言うと同時にバチバチ、と音をたてて右腕のワイヤーが光り輝く。そう電気だ。

 恐怖に顔を引きつらせる彼女に対して、ゲスト機は容赦無く、『通常の』ISが耐え切れない程の高電圧・高電流の電撃をワイヤーに流し込む。

 

「――――っ!!」

 

 更識 簪は小さな身体を弓なりに逸らし、声にならない悲鳴を上げる。

 それを遠くで見ていた織斑 一夏と篠ノ之 箒は悲壮な声で更識簪の名を叫ぶ。

 

 彼女がぐったりとした後、右腕のワイヤーは巻き戻り、次第に打鉄弐式はゲスト機に引き寄せられていく。

 

「……うぅ……ぁぁ…………」

 

 更識 簪は僅かな意識を残していた。が、もはや戦闘可能な状態では無かった。

 やがて、複合式カービンライフルを拡張領域にしまいこむと、ワイヤーブレードを右腕に収納して、余った右手で彼女の頭を鷲掴みにする。

 

「どうするつもりだ?! 友兄!」

 

 完全に態勢を立て直した織斑 一夏が思わずゲスト機に問いかける。

 ゲスト機はその無機物なバイザーを織斑 一夏、篠ノ之 箒両人に向けた。そして、左腕に装着された大型シールドを更識 簪にあてがう。

 

「まさか?! 岡部さん! 駄目ぇ!」

 

 篠ノ之 箒の叫びも虚しく、30mmシールドリボルヴァーカノンが打鉄弐式を貫き、完全に無力化させた。

そして、そのまま右手を放すと、打鉄弐式は重力に引かれて落下、そのまま海面へと墜ちていった……

 

「友兄、なんて事を……っ!」

 

「そんな、岡部さん……酷い、酷すぎるよ……」

 

ゲスト機の諸行に織斑 一夏は怒りに震え、篠ノ之 箒は悲しみに暮れ、打ちひしがれる。

 

『悔しいか……?』

 

 そんな2人に対してゲスト機――岡部 友章は初めて声を発した。

 

『悔しいか? 誰一人助けられず、守れもしない事に……?』

 

『さっきのように、友が苦しみながら墜ちていくのをただ指を咥えて見てるしか自分に……』

 

 ゲスト機は攻撃する事無く、ただ2人に対して諭すように語りかける。

 しかし、二人はただただ無言を貫いていた……

 

『そうか、なら頭を冷やしてこい』

 

 そう言うと、両手に複合式カービンライフルを拡張領域から取り出し、エネルギーを充填して、躊躇なく撃った。

 

 白式も紅椿もその間、何も抵抗することはなく、そのまま弾丸が直撃した。

 

 同時に海面へと墜落する二機をゲスト機はただ見つめていた。

 

『やはり、お前が勝ったか……』『うーん、流石にそう簡単にはいかないか~』

 

 ゲスト機のバイザーに織斑 千冬と篠ノ之 束の姿が映し出される。

 

『今回は、流石のお前の勘も外れたな』『流石にいっくん達の勝率6%に賭けるのは無理があるね』

 

 ゲスト機はただ沈黙を続けている。二人はそれを肯定とみなし、話を続けた。

 

『それで、そろそろ回収に向かわせたいのだが……いいか? 見ていて心配になってくる』

 

『いっくん達の状態をモニタリングしてたけど、みんな何処かしろのパーツは大破状態でシールドエネルギーもほとんど無いんだよ? 大してアッキーと私のゲストちゃんは増加装甲や予備装甲はあまり多くないけど、シールドエネルギーは7割方、各武装やミサイル、弾薬、ビットはまだまだあるんだよ?』

 

 しかし、ゲスト機は未だに沈黙を続けたまま、洋上に佇んでいる。まるで、何かを待っているかのように……

 その様子に織斑 千冬と篠ノ之 束は二人して苦笑し、暫く待つことに決めた。

 

 ――そして、数分が経過した……

 

『岡部、いい加減にしろ。もう回収するぞ』

 

『あれからモニタリングしたけど、みんな意識が無かったり、シールドエネルギーの残量が危険領域に入って身動きが取れないのばっかりだよ?』

 

 しびれを切らした二人が再び、ゲスト機に通信をとったその時……

 

『…………いいや、彼らはまだ終わってなどいない』

 

 ゲスト機の操縦者――岡部 友章はそう強く断言した。

 

『岡部、何を根拠に言ってるんd』『いっくん達のISに強いエネルギー反応!!』

 

 岡部 友章の言葉に懐疑的だった織斑 千冬が異議を申し立てようとしたその時、篠ノ之 束が織斑 一夏達のISに異常が起こったことを知らせた。

 

『何!? 束、状況は?!』

 

『これは……凄い! 凄いよアッキー!! 束さん、君に頼んで大正解だったんだよ! よ!』

 

『いいから早く言え! 束!』

 

 ゲスト機のバイザー越しに状況を飲み込めない織斑 千冬に対して、ディスプレイに映ったデータ量を見て歓喜にうち震える篠ノ之 束の姿がいた。

 

『織斑さん篠ノ之さんはそっとしといてあげてやって下さい。彼らを見ればわかる。よく見ておくんだ』

 

 岡部 友章がそう言うと、海面から水柱が複数出現した。

 

『警告! IS 白式、紅椿が第二形態移行(セカンドシフト)完了を確認。同時に同二機とブルー・ティアーズ、甲龍、打鉄弐式、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡ、シュバルツェア・レーゲンがシールドエネルギーを全て回復、再起動しました』

 

 水柱から姿を表したのは紛れもなく撃墜したはずの1年の専用機持ち達の面々である。

 各パーツや一部武装が破損して使えなくなっているものの、シールドエネルギーを回復させてボロボロながらも堂々とゲスト機と対峙していた。

 

『第二形態移行だと?! 岡部! 説明はしてくれるだろうな!』

 

『ええ、勿論……といってもシンプルな理由ですよ? 篠ノ之ちゃんの紅椿受領のついでに彼女と織斑君を次のレベルへとステップアップさせるように篠ノ之さんから頼まれていたんです』

 

『いやー、正直束さんもできたらいいな~って具合でアッキーに頼んでたんだけど……ホント、流石! 束の期待をいつも裏切らないでいてくれるよ。君は』

 

「ごめん友兄! 遅くなった!」「遅れてすみません! 岡部さん!」

 

 岡部 友章は、織斑 千冬に事の本当の理由を説明し、篠ノ之 束が岡部 友章に称賛の言葉を送っていると、第二形態へと無事、移行が完了した。織斑 一夏と篠ノ之 箒が声をかけてきた。

 

『それが君達の答えだな』

 

「ああ!」「はい!」

 

 二人は一切の戸惑いもなくそう答えた。

 

『他のみんなは済まないね……もう少しだけ、付き合ってくれないか?』

 

 そうゲスト機が言うと、他の専用機持ち達はただただ無言で首を縦に振った。

 

『ありがとう…………なら、続きを始めよう』

 

 ゲスト機は再び、脚部のミサイル、腰部スカート部分から射撃ビットを肩部から龍咆をそしてその手には複合式カービンライフルを持って、全力で攻撃を開始した。

 

 先ほどのまでの織斑 一夏達は、この攻撃に恐怖を感じていたが、今度は違う。

 皆、ボロボロながらもスラスターを全開にして、全機一気にゲスト機目指して殺到した。

 射撃ビットのレーザーが、複合式カービンライフルの弾丸が、30mmシールドリボルヴァーカノンの砲弾が、ミサイルや龍咆が……装甲や盾、シールドエネルギーを削ろうと、彼らに襲いかかる。

 

『警告。各ISのシールドエネルギー、減少と同時に回復している為、効きません!』

 

 ゲスト機の持つありとあらゆる武装は、彼らのシールドエネルギーに傷をつけるものの、瞬く間に回復させてしまう。

 

『これは……すこし反則じゃないんですかね…………』

 

 岡部友章は思わずそうぼやくが、とうとうIS達に接近を許してしまう。

 

「全員、作戦開始!!」

 

 篠ノ之 箒のその一言で、白式を除くすべてのISが展開、ゲスト機を物理的に押さえ込む。

 

『おいおい、嘘だろ……』

 

 ゲスト機が呆れるのも無理は無い。何故なら……

 

 ――ゲスト機はIS6機がかりで抑えこまれていたからだ。

 

 両足をそれぞれラウラ・ボーデヴィッヒと凰 鈴音がしがみ付き、次に腰部を更識 簪ががっちりと固定していた。

 次に両手はそれぞれ、セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアがきっちりと抱きついてホールドし、最後に篠ノ之 箒が後ろから両脇に腕を通して強力にホールドしていた。

 

「一夏ぁ!! やれぇえええ!!」

 

『アーマーパージをしてもシュヴァルツェア・レーゲンのAICで無力化される可能性が大。

 攻撃してもシールドエネルギーが減らない以上、効果薄…………

 対策パターンを検索中…………該当無し、該当無し、該当無し……』

 

 ゲスト機のISコアが必死になっているも答えが得られないようで、終始アラートを鳴らしている。

 そして、ゲスト機を羽交い締めにしている篠ノ之 箒が吼える。目の前には織斑 一夏の駆る白式の姿があった。

 

「友兄。これが……」

 

 白式は雪片弐型 (ゆきひらにのかた)を構え、セカンドシフトによって新たに加えられた4機のウィングスラスターを利用して瞬時加速をした。

 

『これは……瞬時加速を2回行なっているのか……』

 

『白式……二段階瞬時加速 (ダブル・イグニッション)、完全習得……ありえない……ありえるはずが無い』

 

 驚愕に染まる、岡部 友章とゲスト機のISコア。

 そのまま、白式――織斑 一夏はゲスト機の胸に雪片弐型を突き立てる。

 

「これが俺達の全身全霊の力だ!!」

 

 そう言って、織斑 一夏は雪片弐型をゲスト機に突き刺した。

 

   ■   ■   ■

 

 ゲスト機のISコアは停止させていた機能を再起動させていた。

 その間、岡部 友章はゲスト機を身にまとったまま、海中に沈んでいた。増加装甲は外されており、ゲスト機の素の胸部装甲には一筋の切創が生まれていた。

 織斑 一夏達が胸に雪片弐型を突き刺すと、零落白夜によって全てのシールドエネルギーが食い尽くされ、撃墜判定となった。

 そして、その撃墜判定の演出の為にゲスト機を一旦、機能停止させ海へと落ちていったのだ。

 

「……悔しいなぁ」

 

 彼は暗い群青色の海の中、そうポツリと言った。ゲスト機は分析する。

 本来ならばこの間は自身の戦闘行動や判断の優劣と言った事をディスカッションするのだが、岡部から発せられる聞きなれないネガティブな言葉にゲスト機のISコアは何かただ事ではないと感じたのか、沈黙を貫き、静観する。

 

「悔しいなぁ……みんな、みんなが……成長しているのに……」

 

 先ほどの特別模擬戦の様子を思い浮かべながらだろうか、岡部はそう呟く。

 この海の中では岡部以外誰もいない、完全な一人の空間。だから、彼は呟くのだ。

 

「みんな、成長している……織斑千冬も……篠ノ之束でさえ…………」

 

 ゲスト機は岡部と彼らの成績を解析に入る。

 確かに、織斑一夏始め、IS学園に属しているIS操縦者は何かしろの技術の上達・習得の傾向があった。篠ノ之束の事はよくわからないものの、そこからのデータでは岡部の言った通り、織斑千冬でさえも何らかの能力・技術の上達があったことが確認される。

 

 反面、岡部友章は白騎士事件で乗った際のデータと、今現在のデータを見比べて見ると、そのほとんど……いや、全ての能力・技術は横ばい状態へとなっている。

 

 ――まるで、最初から完成されていたように

 

「なのに……っ! 自分はっ! っ……!」

 

 そこまで言うと、わざわざ口にだすのがバカらしくなってきたのか呟くのをやめていた。

 ゲスト機のISコアはそんな岡部の姿を見て悔やんだ。白式や紅椿、暮桜などは操縦者を成長させる手助けができたというのに、自分にはそれはできなかった。

 あの珍しく絶体絶命のピンチというに相応しい、特別模擬戦のラストでさえ、どうにも出来なかった。対照的に彼らがピンチからの成長を遂げたという事実が岡部を苦しめ、ゲスト機の思考を混乱させる。

 もっとも、あの戦いでは性能・数共に圧倒的不利にも関わらず、岡部はとても善戦できたと分析する。彼らはフルスペックのISが7機に対して、こちらは性能を制限した。いつもの仕様なのだ。

 

 だが、善戦しただけでは意味は成さない。後一歩、というところまで追い詰めてようが、あっさり墜ちていようが、結果は変わらない。岡部友章――ゲスト機の敗北だという事実は覆らない……

 

 そして、これにはゲスト機も責任の一端があると判断している。出す機会が無かったとは言え、マルチロックオンシステムも第三世代型装備もすべてシミュレーション、つまりは仮想空間でのエミュレートでのみ試験し、その結果に固執しすぎてしまった結果である。

 シミュレーションと実戦の違いと言えばそれまでだが、拡張領域にそれらが入れられた際、試験運用の提案を岡部に進言して。ゲスト機のISコアのAIと、操縦者である岡部友章との連携を密に出来ればよかったのかもしれない。

 

 本来、いかなる状況であっても、操縦者である岡部友章に勝利をもたらすのが、ゲスト機のISコアのAIの本懐。そして、白式・紅椿が第二形態移行(セカンドシフト)したあの時こそ、岡部友章に勝利を捧げる時であった。

 白式はこれまでの経験から多機能武装腕 雪羅 (せつら)を構築させた。スペック等としては、状況に応じて荷電粒子砲、エネルギー刃のクロー、零落白夜のシールドへ切り替え、4機のウィングスラスターと形態を変化させるのが特徴。しかし、これははっきり言って自身への脅威には足り得ない……とゲスト機は分析する。

 問題は紅椿の方だ。セカンドシフト時に習得したワンオフ・アビリティー 絢爛舞踏 (けんらんぶとう)は最小のエネルギーをほぼ無制限に増大させるという性質を持つ。本来は接触しただけで対象のシールドエネルギーを回復させる。

 が、篠ノ之箒はこれまでの経験から、出力可変型ブラスター・ライフル 穿千 (うがち)の出力可変機能の応用で、接触だけでなく、遠距離から味方を撃ってシールドエネルギー回復させてしまうというとんでもないシロモノになっていた。

 これらのことから、ゲスト機は岡部に勝利を捧げることが出来なかった。

 

 彼らに負けた……これが、きっかけ、トリガーになったのだろう。岡部友章は事実に打ちひしがれ、憔悴していた。

 

 ――そんな姿を見て、ゲスト機はある決意した。

 

 自身のストレージデータを検索し、何重にもかけられたプロテクトやセキュリティシステムを解除し、取り出したのは……

 

 ――ヴァルキリー・トレース・システム

 

 ドイツでの報復の際に回収したデータの中から『偶然』にもサルベージ出来たものであった。

 だが、これ単体ではラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンの時のような醜悪なものにしかならない。恐らく、これを創った人間は相当捻くれた人間であろうと、ゲスト機は推察する。

 

 ――これをゲスト機は再設計(リファイン)するのだ。

 

 本来はアラスカ条約で禁止されている物だが、生憎と岡部友章とIS ゲスト機は現在、どこの国にも属しておらず、なんの権限もない代わりに制約もない。

 何故、それを使うに至るかまでは時間を少し巻き戻さなければならない。

 岡部友章の呟いている途中、ゲスト機は岡部と織斑達との能力の比較・解析を行っている傍ら、バックグラウンドではゲスト機はある議題に対しロジックツリーを展開していた。

 議題は、自身の戦力の向上を図るにはどうすればいいのか。そして、今後大きく成長するであろう専用機持ちや織斑千冬に対してどのように対抗すべきか……だ。

 

 そして、展開されたロジックツリーは一つの結論にたどり着いた。

 

 それは、経験不足。

 

 岡部友章は確かに、ずば抜けて優秀な射撃能力、状況判断力、反応性を備えている。

 しかし、それだけで彼らと渡り合うことは不可能なのだ。

 岡部友章には経験が足りない。そう、ありとあらゆる『射撃』以外の経験が……

 そして、経験を得るためにはそれなりの素質も必要だが、残念ながら彼には無かった。

 本来はIS適正も無ければ、BT適性も無い。ただの一兵士に過ぎないのだから……

 

 だから、ゲスト機のISコアはAIらしくシステム的に思考し、答えを導き出した。

 

 ――ないのであれば、他所から取って来る他に方法は無い

 

 経験は言わば『ノウハウ』であり『記憶』だ。マニュアルを読んだり、当人を呼び出して勉強……という訳にもいかない。それに持ってくるにしても、それなりに習熟した人間でないと意味を成さない。

 

 ――しかし、幸か不幸か、人材に関してはそれほど問題でもなかった。

 

 ゲスト機は専用機持ち達の能力を見る。ここまでレパートリーに富んだ、成長性・将来性のある操縦者達はIS学園以外にはいないだろう。

 

 ――そして、方法に関してもさほど大きな障害にはなりえなかった

 

 そう、ここで例の悪魔のシステム。ヴァルキリー・トレース・システムが必要になってくる。

 

 ――すべては……主(岡部友章)に捧げる勝利の為に……

 

 その一心で、ゲスト機はVTシステムの再設計にとりかかった……

 




後編に続く……


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17:花月荘 7月 臨海学校 後編

ヤりたい放題


 墜ちていくゲスト機をモニター越しに見つめる織斑千冬の心境は、複雑であった。

 彼女は織斑一夏の雪片弐型 (ゆきひらにのかた)がゲスト機の増加装甲を貫き、本体の全身装甲を傷付けた時、自身の弟が実際に目の前で成長したのを喜ぶ反面、自身の獲物を取られた事による悔しさも湧いていたのだ。

 だが織斑千冬本人にはこれは悔しさだとはわかっておらず、ただ自分の胸の内にモヤモヤと嫌な感じがこびり付いている、ということしかわからない。

 

「あーあ、いくらアッキーでもこれはダメかー」

 

「ああ、そうだな……」

 

 篠ノ之束の言葉に生返事で返しつつ、千冬はこの胸のモヤモヤとしたものが何なのか思案する。

 しかし、結論が出る前に突然、山田先生が焦った表情でこちらに話かけてきたことで結論が有耶無耶になってしまった。

 

「お、織斑先生! IS学園から連絡が! ハワイ沖で……」

 

「プライベート・チャネル(個人間秘匿通信)を。山田先生」

 

 そう言うと山田先生は慌てて、プライベート・チャネルを開く。

 

『全く……いくらここが密室に近いからと言ってもだな……周りに漏らしたくない情報はこうするんだ』

 

『す、すみませんでした。』

 

 そうやり取りした二人の間にクラリッサ・ハルフォーフが割り込んでくる。

 

『織斑先生(ブリュンヒルデ)、ドイツ本国から連絡が。ハワイ沖でアメリカ軍所属の運用試験中のISが暴走事故を起こし、現在西に向かっているとのことです』

 

『なんだと!? 山田先生が言いかけたIS学園連絡はこのことか?』

 

『はい。そうです!』

 

『ハルフォーフ先生。 ISの詳細な情報は?』

 

『アメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS 名前が銀の福音(シルバリオ・ゴスペル) それぐらいしか……』

 

『わかった。それで福音の現在位置、あるいは移動先の割り出しはどうなっている?』

 

 織斑千冬はそう問いかけるものの、ハルフォーフ先生と山田先生の表情は優れない。

 

『どうした? 早く言え』

 

『そ、それがですね……先輩……』

 

たじろぐ山田先生の変わりにハルフォーフ先生が答えた。

 

『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の到着予想ポイントは……ここだ』

 

 織斑千冬は心の中で舌打ちした。

 

『……くそ! 1年生を退避させろ。一刻も早くだ。福音への対応はわたしg』

 

「目標(シルバリオ・ゴスペル)には自分が向かう」

 

 これまで、海中で沈黙を貫いていた、岡部友章がここで反応を示した。

 モニターからの反応に織斑千冬は声をかける。

 

「……大丈夫なのか?」

 

「リミッターを外せば、恐らくは」

 

 織斑千冬の問いに対して、戸惑いなく即座に答える。

 

「相手は正真正銘の軍用機だ。万が一警告に応えなかったら……『自分』の出番だ」

 

「……わかった。帰還中の一夏達とここの奴らは私や他の操縦者に任せておいてくれ」

 

 これまでになく、そう強く主張する岡部に対して、織斑千冬は強く反対する事は出来なかった。

 岡部友章にそう言うと、織斑千冬はISを身に纏い、同僚のクラリッサ・ハルフォーフや山田麻耶、上級生の代表候補生達に指示を飛ばしたり、他の一般学生を誘導する為に天幕から出て行った。

 天幕にいるのは篠ノ之束と未だに海中にいるのか、ディスプレイが真っ黒で映し出されている岡部友章のみである。

 

「ふう。ここまで空気を読んでだんまりしていた束さんですよー……っと、アッキー! リミッターの第一段階解除完了したよ!」

 

「ありがとう、篠ノ之さん。

 さっそくだけど、さっき整備して貰った時に、こいつに新しく搭載された新機能、ミッションパックシステム。早速使わせて貰うよ」

 

 岡部はそう言うと、ミッションパックを換装して海面から飛び立つ。

 海面から上がってきたゲスト機が姿を表す。

 ゲスト機の背部バックパックに両肩部が埋まる程の大型の機動ユニットが備え付けられ、左右両方の腕部と脚部には増加装甲らしき物が装着されている。

 

「アッキー、わかってはいると思うけど説明するね。このミッションパックはAタイプ。アッキーとゲストちゃんの要望に応えて、多少の戦闘能力と汎用性を引き換えに、機動力を大幅に上げたよ!

 具体的には、両脚と両腕に増加装甲を兼ねたエネルギーパック、つまりは増槽を追加して、背部に大型の機動ユニットを追加したんだよ!

 機動ユニットと肩部は機動能力確保の為に、固定されているから、戦闘に入ったら外してね!」

 

一息に一気に捲し立てる篠ノ之さん。よく息が持つな……

 

「武装は?」

 

「一応両手はどれでも持てるよ! 腰部後部に予備の武器を付ける為のハードポイントがあるから自由に活用してね!」

 

「了解した。それにしてもミッションパックとやら……数が多くないか? 今見ただけでも10種類はある」

 

 岡部が半ば呆れたように言うと、篠ノ之束はその反応を待っていたのかニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「本来、アッキーのゲストちゃんは宇宙進出用とこれからのISがどのように進化していくかを見極める為の拡張領域(バススロット)と耐久性特化だよ?」

 

 篠ノ之束は饒舌に岡部友章に語り続ける。

 

「いわば、性能検証用のワンメークモデルIS、実験機ISなんだよ! だよ!

 豊富な装備をわざわざ一つ一つ選んで取るよりも、あるコンセプトに基づいた装備一式の方が研究がはかどるでしょ?」

 

「……ちなみに、全部でいくつの予定?」

 

「27種類!」

 

 岡部友章はただ、呆れる他無かった。

 

   ■   ■   ■

 

 Aタイプ装備で、銀の福音の到着予想ポイントへと移動していた。

 ミッションパックについては、ひと通り篠ノ之さんやゲスト機のAIからある程度は把握済みである。

 

『アッキー? 福音ちゃんは視認できる?』

 

「こちらシエラ。今は作戦中だ、コードで読んでくれないか? 今はまだ視界に捉えていない……それにしても、あっという間に移動できるな……」

 

『はーい』

 

 バイザーの端っこに描かれているマップを見ながらしみじみと呟く。

 その直後、ハイパーセンサーの視覚情報が目標を捉える。

 

「あれが銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)か……」

 

 見た目はまさにまんま銀色のISである銀の福音。全身装甲もこいつの特徴的であるが、真っ先に目に入るのは一対の巨大な銀色の翼だろう。

 となると……こいつ(銀色の翼)が何らかの武装、あるいはシステムの一種だろう。

 そう分析しながら、機動ユニットに固定されていた肩部を開放、武器の類も一時的に拡張領域の中に入れておく。

 

「こちらシエラ。目標(オブジェクト)を見つけた、これより接触を試みる。ゲスト、やれ」

 

 向こうにそう報告すると、ゲスト機のAIにISコアネットワーク上からの接触を命じる。

 

『こちらゲスト、シルバリオ・ゴスペル。これ以上の暴走はやめなさい。このまま前進すれば、直に日本の領海に侵入してしまいます』

 

 ゲスト機の呼びかけに、銀の福音は応えたのか、自分の前方で静止した。

 

「やったか……?」

 

 暫くの間、両者に沈黙が訪れる

 

『アッキー! 危ない!』

 

『敵機確認、迎撃に移行、銀の鐘(シルバー・ベル)、起動』

 

 オープン・チャネル上から銀の福音のAI音声が聞こえ、銀色の翼をはためかせて福音は一旦後退した。

 

「速い! あれは大型スラスターの一種……? いや、違う!」

 

 そして銀色の翼の一部の装甲が開け、砲口が見えた!

 咄嗟に自分は拡張領域から大型の実体シールドを左手で構え、Aタイプの加速力を駆使して銀の福音に突っ込む。

 直後、銀の福音から放たれた光弾がシールドに命中。羽のような光弾は幾つかシールドに突き刺さった。

 自分の勘が叫ぶ、『これだけではない』と……

そして、銀の福音が見せた加速性能から『悠長に遠くから撃ち合うべきではない』と判断した。

 

「シールドには、こういう使い方もある!」

 

ならば、やるべき事は決まっている。

 そう言うと上半身を捻り、渾身の力を込めて……

 

 ――福音に向かってシールドをぶん投げた。

 

ぶん投げられたシールドば福音に向かって行き、爆ぜた。羽状の光弾が爆発したのだ。

爆炎が銀の福音の視界を塞ぐ。自分はその隙を逃さず、瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に距離を詰める。

 

Aタイプの機動ユニットを装着した上での瞬時加速はいつものそれよりも速く、強いGが発生した。

 

慣れない加速に意識を繋ぎ止めながらも、自分は腰部後部にマウントした大型の携行型レールカノンを構え、銀の福音に肉薄する。

 

「機動性には自信がありそうだが……こいつは避けられんだろ!」

 

自分が銀の福音に対して取った行動は『至近距離からの銃口の押し付けあい』である。

 

大型の携行レールカノンが火を吹き、弾頭が銀の福音のシールドエネルギーを食らわんとする。

だが、銀の福音はとっさに銀色の翼で自身を包み込むように折りたたみ、レールカノンを防御する。

 

「そんな事だと思ったよ! くそったれめ!」

 

次弾装填に時間のかかる携行レールカノンは拡張領域にしまい、IS用のオートショットガンで強引に攻撃する。

 福音は翼状の高出力多方向推進装置(マルチスラスター)で自分との距離を離そうとする。通常時だとゲスト機は銀の福音には追いつくことは不可能。

 だが、今回は違う。純粋な機動性を向上させたAタイプはぴたりと福音に張り付きながら執拗にショットガンの散弾を浴びせる。

 

「そのバカでかい翼が仇になったな!」

 

 銀の福音の翼から繰り出されるなぎ払いをAタイプの機動性にものを言わせて紙一重で躱しつつ、散弾を浴びせる。Aタイプの急激な視点移動であっても、調子が良いのか自身のオートショットガンの狙いは寸分狂わずに銀の福音に張り付いたままだ。

 

『モーショントラッカーに反応。小型艦艇1』

 

銀の福音を追い詰めていくに連れ、それに比例するかのように徐々に織斑君と篠ノ之ちゃん達に傷つけられた自尊心が癒えていく中、ゲスト機はそうアナウンスした。

 

 ――そうそう物事はうまく運ばないようだ。

 

 ハイパーセンサー越しに、密漁船らしき漁船が迂闊にもこの付近に接近していたのだ。

 

「……って、んな訳あるか! ゲスト、あれをスキャンしろ!」

 

『どこまでスキャンしますか?』

 

「すべてだ!」

 

 そう言って、苛立ちを隠しきれずにゲスト機に命じた。

 

 どうせ、左脇腹が膨らんでいる連中だろう。

 なんたって、近距離でしか反応できないモーショントラッカーでやっとこさ初めて捉えたのだ。おかしな話すぎる。

 ここは広大な洋上。そして、上空にISが闊歩している。戦闘時に見落としたのは痛いところであるが、普通はハイパーセンサー越しに視認は容易だ。

 

『解析中……魚群探知機のレーダーの波長、性能が米軍の物と一致。その他積載機器から、漁獲能力を持った小型工作艦艇と推定されます』

 

「……! チッ! クソが!」

 

 思わず舌打ちをする。

 さて、これは面倒なことになった。現状、銀の福音相手に特攻インファイト地味た戦闘で優位に立っているが、米軍の小型工作艦艇の登場で銀の福音に何らかの変化が現れる。必ずだ。

 

 散弾に晒される銀の福音は自分に遅れて小型工作艦艇を確認した。その証拠に小型工作艦艇にむけて、銀の鐘(シルバーベル)の砲口を向けたからだ。

 

 ――助ける!? 助けない?!

 

「ああ! クソが!」

 

 歯ぎしりして自分は、Aタイプの機動性を活かして、銀の福音と小型工作艦艇との間に滑りこませ、福音の羽状の光弾を腕部で受け止める。

 

『被弾、左腕部エネルギーパック損傷、廃棄します』

 

 腕部のエネルギーパック部分に刺さった羽は爆発し、パーツとシールドエネルギーを削る。その間にも銀の福音は砲口を小型工作艦艇向けて、次弾を放とうとしている。

 

「痛ぇ……ゲスト機、いつもの増加装甲の仕様に」

 

『了解、J(ジャケット)タイプ。換装します』

 

 ゲスト機のアナウンスと共に即座に、機動ユニットや各パーツ、武装が拡張領域の中に格納され、いつもの増加装甲を身に纏った姿になる。ココらへんは流石、紅椿の展開装甲の試験モデルなだけあってスマートに換装した。

 

『装備は?』

 

「いつものだ」

 

 銀の福音からの光弾を腕部に装着された大型の実体シールドで受け止め、複合式カービンライフルで迎撃する。威力は低いが、無視はできないはずだ。

 

「エネルギーは溜まって無い、実弾で普通に撃ちぬく」

 

 そう言って反撃するものの、あまり効いてはいないようで銀の福音は怯むことなく銀の鐘(シルバーベル)で一方的に弾幕を形成する。

 

『解析中……銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)装甲材には非ニュートン流体系の特殊な物質を確認。データ照合中……反衝撃性硬化装甲と推定されます。実弾による攻撃は効果が薄い模様』

 

あまりいい状況とは言えそうにないが現状を確認しよう。

 

「船はどうなった?」

 

『銀の福音の初弾の後、この付近を退避しています。しかし、銀の福音は未だにあの船を狙っています』

 

 引きつけないと、無理か……

 実弾・エネルギー混合の複合式カービンライフルの威力は銀の福音を引き付けるには最適だが、いかんせんエネルギーチャージとして若干のラグがあるのが痛い。エネルギーチャージにうかうかしてると、銀の福音がそっぽ向いて小型工作艦艇にまっしぐらに向かうだろう。

 

『複合式カービンライフルに新機能がついています。試してみますか?』

 

「新機能? 手短に頼む」

 

『了解しました。プラグキャップ、オープン』

 

腰部から蓋らしきものが外されてプラグが剥き出しになる。

 

『そこのプラグにカービンライフルに備え付けられたケーブルを挿してください』

 

銀の鐘放たれる光弾に実体シールドと増加装甲をガリガリと削られながらも、左手で複合式カービンライフルのピストルグリップ底部からケーブルを引っ張り出すと、腰部のプラグに接続する。

 

『接続確認。シールドエネルギーを消費して、カービンライフルのチャージショットの発射ラグを無くしました』

 

試しに銀の福音にカービンライフルを向けて撃ってみる。

バシュ! と、力強い音をたてて、弾丸は銀の福音に命中し、福音を大きくよろめかせた。

その威力は間違い無く、実弾・エネルギー混合の複合式ISカービンライフルのチャージショットそのものだ。

しかし、同時に自機のシールドエネルギーが僅かながらに減った。

 

「なるほど、そういう事か。零落白夜がつくづく羨ましいね」

 

良い一撃を貰ったのが流石に効いたのか、銀の福音は翼を大きく広げ、羽を逆立てている。まるで鳥の威嚇みたいだ。

そして、すべての銀の鐘の砲口をこちらに向ける。

 

「オーケイ。第二ラウンドと洒落込もうじゃないか」

 

犬歯を剥き出しにして、ニヤリと笑う。

アクシデントはあったものの、ここまで粘るのは織斑さん以来じゃないかな。中々、楽しくなってきた。

 

   ■   ■   ■

 

 織斑一夏達専用機持ちや一般学生を無事に無事に退避させ、織斑千冬は再び天幕に戻ってきた。

 その時、彼女の目に映ったのは……

 

 ――コンソールを必死になって叩く篠ノ之束の姿と……

 

 ――モニターに映し出されたエネルギーの翼をひらめかせた銀の福音がいた

 

『クソが! どいつもこいつもアニメマンガみたいなパワーアップしやがって!』

 

「おい! 束! いったいどうなってるんだ!?」

 

『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル) 第二形態移行(セカンド・シフト)敵機接近』

 

「ゲストちゃんの言った通りだよ!」

 

 珍しく焦燥に駆られた表情でコンソールを必死になって打ち込むながら応える篠ノ之束。

 織斑千冬は何か異常事態がおこったことだけは即座に把握したものの、現時点ではどうすることもできないことに少し歯痒さを感じていた。

 そして、機械的な翼から、エネルギーによって滑らかな流線形を描く翼へと変化した銀の福音は獣のような咆哮を上げて、ゲスト機へと吶喊する。

 

『くぅ……! 近づかれるのはマズイ! Aタイプ換装!』

 

『A(アサルト)タイプ換装』

 

対するゲスト機は展開装甲による換装で、機動力を増加させて離をとる。

 

 ――ドンッ

 

 爆音が天幕に響き渡る。

 異変はしっかりとゲスト機のバイザーと同期しているモニターに映しだされていた。

 

 メインのエネルギー翼に加え、両手両足の四ヶ所推進翼による瞬時加速(イグニッション・ブースト)によるものであった。

 

 爆発的な加速力で迫り来る銀の福音。

 ただモニター越しに見ていただけの織斑千冬が思わず咄嗟に身構える程であると言えば、その加速力はどれだけ驚異的な数値であるということがわかるだろう。

 

『――ッ!』

 

 迫り来る福音に対し、唸り声をあげて複合式カービンライフルを銀の福音に向けるゲスト機。

 バシュ! と音を立てて、シールドエネルギー直結のチャージショットを放った。

 

 …………しかし、弾丸は空を斬るに至るだけであった。

 

「束! どうにかできないのか!?」

 

 織斑千冬がそう叫ぶ中、銀の福音の胸部、腹部の装甲が卵の殻のようにひび割れ、小さなエネルギー翼が姿を現す。そして、チャージショット寸前の複合式カービンライフルを持つ右腕にエネルギー弾を放った。

 ゲスト機は複合式カービンライフルは破壊され、右腕のエネルギーパックも損傷、即座に切り離された。

 

「コア・ネットワークからなんとか干渉を試みているけど、全く受け付けない!」

 

「クソッ!」

 

 篠ノ之束の答えに苛立ちを隠せず、織斑千冬は思わず悪態をつく。そして一瞬、脳裏にある考えがちらついた。

 

(私が、暮桜であそこに行けば…………)

 

『右足の増槽を暴走させ射出しろ!』

 

 岡部友章はゲスト機の了承を待たずに、右足を勢い良く蹴りだす。

 本来の呼び名であるエネルギーパックの名前すら呼ばずに手短に増槽と言うあたり、相当に焦りの色が出てきている。

 

(駄目だ! 今この状況、何が起こるかわからない! そんな中、この中で一番の戦力である私が出るわけには……ッ!?)

 

一人、胸中で苦悩する織斑千冬をよそに、時間は過ぎて行く……

 ゲスト機は右足を蹴ってちょうど足が振り切った位置に来る時にちょうど、エネルギーを暴走させ、一種の爆弾と化したエネルギーパックが射出される。それは慣性でうまいこと銀の福音めがけて飛んでいく。

 

(どうすればいい?! 私は……どうすれば……ッ!)

 

篠ノ之束はコンソールを叩き、織斑千冬は無言で食い入るようにモニターを注視する。

 

『Jタイプ! 衝撃備え!』

 

 再び、銀の福音は小型エネルギー翼を用いて、エネルギーパックを迎撃する。その間に、ゲスト機は全身を装甲で固め、他は何も持たない無手の状態で銀の福音に突っ込む。

 

(岡部……何をするつもりだ……?)

 

銀の福音は頭部の大きなエネルギー翼で抱擁するかのように、ゲスト機を包み込んだ。

モニター越しには、銀の福音の顔面と大量の小型エネルギー翼の砲口が映り込んだ。

 

「ゲスト機、銀の福音との接触を確認! 接触回線(クローズド・チャネル)なら!」

 

その瞬間、織斑千冬は気づいてしまった。

 

織斑千冬が天幕から飛び出すのと同時に、爆音が天幕に響き渡った。

 

「なんで!? なんであいつは……!」

 

半ば怒りに任せて悪態をつきながら、IS暮桜を展開させ、今まさに翔びたとうとしたその時であった。

 

「ブリュンヒルデ」

 

「……ハルフォーフ先生」

 

そこには、自身のIS シュバルツェア・ツヴァイクを纏ったクラリッサ・ハルフォーフがそこに居た。

彼女はまるで織斑千冬を咎めるように険しい剣幕で見つめる。

 

「済まんが……予定変更だ。ゲスト機の救援に向かう。邪魔をするな」

 

「私はそんな理由で貴女を咎めてはいない。ただ、これだけは言っておきたい。『自惚れるな』」

 

予想外の一言に織斑千冬は面食らう。

さらに、クラリッサは続ける。

 

「なんだと?」

 

「自惚れるな……と、言ったのです。ブリュンヒルデ。

貴女一人居なくとも、我々だけでここの維持や自衛位は出来ます。その為の教師陣です。その為の『専用機持ち』です」

 

淡々と告げるクラリッサ・ハルフォーフ。

 

「しかし! あいつらは!」

 

「岡部先生のゲスト機との模擬戦のヤリ過ぎで強さの基準がズレていなくて? ブリュンヒルデ」

 

反論しようとする織斑千冬に対し、クラリッサ・ハルフォーフは呆れたように肩を竦める。

 

「ぐ……言われてみれば確かに」

 

クラリッサ・ハルフォーフは、立体投影型ディスプレイを展開させる。

そこには、未だに第二形態の銀の福音と激闘を繰り広げるゲスト機の姿があった。

織斑千冬はゲスト機の無事な姿にホッと安堵する。

 

「衛星映像で見ていたからそこまで落ち着いていたのか……」

 

「これで落ち着きましたか? ブリュンヒルデ?

 ええ、そうです。ドイツ軍の軍事衛星が『偶然』にも捉えることができたので見ていました。

 ゲスト機が増加装甲を纏って銀の福音に突撃し、福音はこれをエネルギーのような翼で抱擁した時、爆発反応装甲と電磁装甲の両方を開放したのでしょう。

 この後、手傷を負わされたのか、銀の福音はゲスト機に接近することは無く、ゲスト機は戦闘の主導権を握ることに成功したようです。」

 

 一息に一気に説明するクラリッサ・ハルフォーフ。しかし、まだ会話は続く。

 

「今回は大目にお願いしますよ。

そもそも貴女(ブリュンヒルデ)や嫁(岡部)クラスの人間なんてそうそう見つからない。逆に言えば、そんな彼がそこそこに苦戦してるのです。ブリュンヒルデ、貴女は直ぐに救援に向かうべきだ」

 

「……恩に着る」

 

 織斑千冬は素直にクラリッサ・ハルフォーフに頭を下げた。

 

「恩を感じる必要はない。これは私からのお詫びだ」

 

「? 何だと?」

 

 よく分からないといった表情を浮かべる織斑千冬に対してクラリッサ・ハルフォーフは爆弾を投下した。

 

「ヴァルキリー……いえ、織斑千冬。先日、職員室でも言ったように。私は、『貴女(織斑千冬)』から『(岡部友章)』の隣を奪い取ります。」

 

「なっ……!?」

 

 つい先日にも聞いたばかりなのに、再び絶句する織斑千冬。その様子を見ながら、優越感に浸っているのかクラリッサ・ハルフォーフは機嫌が良かった。

 しかし、それもつかの間のことで、クラリッサ・ハルフォーフは少しだけ苦虫を噛み締めたような表情を浮かべた。

 

「まあ、ISに関しては悔しくも貴女と同等には行けないでしょうから、その時だけは彼の隣にいてもいいでしょう…………しかし、それだけです。妥協は決してしません」

 

 きっぱりと言い放つクラリッサに珍しく織斑千冬はただただ圧倒されていた。

 

「ISでは織斑千冬、貴女に負けますが、この勝負なら……私にだって勝ち目はあります。

 精々……身の振り方でも考えておきなさい」

 

 言うだけ言ってから、クラリッサ・ハルフォーフは去って行く。

 織斑千冬は無言でゲスト機に向かって飛び立った。

 

 海面、海面……ひたすらオーシャンビューの続く中、全速力でゲスト機の救援に向かう中、織斑千冬は先程のクラリッサが言ったことを考えていた……

 

(岡部の隣をあいつ(クラリッサ・ハルフォーフ)が奪う……確かに、岡部はそう悪い――他人から好意を持たれない類の人間では無かったが……あそこまで心底陶酔するような奴だったか……?)

 

 まず、彼女が思い立った疑問がそこである。そして……

 

(そもそも、岡部とクラリッサ・ハルフォーフ……何時? 面識があったというのだ?)

 

 普段における。岡部友章に対するクラリッサ・ハルフォーフの態度は初対面の人間に、それも異性に対してのものでは無かったと織斑千冬は感じた。

 

(しかし、岡部とクラリッサ……二人のあの態度はまず、普通では無い)

 

 織斑千冬は自身の知らない岡部友章のあるもう一つの一面がある事を確信すると同時に、クラリッサ・ハルフォーフのあの絶対的優位に立っていることによるあの優越感に浸ったあの表情を思い出す。

 

 ――ちくりと、織斑千冬の胸が痛んだ気がした。

 

 そしてふと、織斑千冬の記憶の底から普段、IS学園で笑顔で語らう岡部友章とクラリッサ・ハルフォーフの二人を思い出してしまった。

 

 ――ズキリと、織斑千冬の胸が更に痛んだ気がした。

 

 さらに岡部友章とクラリッサ・ハルフォーフの二人が腕を組んで、自身から遠くへ離れていく様を想像してしまった……

 

 ――ぎりぎり……と胸が締め付けられた気がした。

 

(それは……それだけは……何か、嫌だ……)

 

 織斑千冬は眉をひそめた。

 

あいつ(岡部友章)は束と同様に何を考えているかはよく分からないし、秘密主義で自分のことは滅多に喋る事など無い……が)

 

 織斑千冬は深く、深呼吸する……そして……

 

(岡部は私が見てきた同世代の男の中で一番良い奴だと確信する。

 私や束のような奴に対しても、他と違ってちゃんと見てくれていたし、白騎士事件から今に至るまで、体を張ってまで色々と助けてくれたし気を使ってくれた……そんな奴を嫌になる理由は無い……)

 

 暮桜は遥か遠く、ハイパーセンサー越しにゲスト機と銀の福音を確認した。

 最後に見た全身を増加装甲で覆った姿と違い、両肩と両腕がミサイルやグレネード等で武装され、左腰には大きなガトリングガンが備え付けられていた。

 

(それに……あいつがいるから、私はここまで強くもなれたし、これからも強くなれる……そんな気がするんだ……)

 

 暮桜は拡張領域から近接ブレード 雪片を取り出し、戦闘に備える。

 

「よし! D(デストロイ)タイプの火力で押し切ってやれ!」

 

 ゲスト機は左腰側部のガトリングガンと両肩のグレネードラックを巧みに扱い、銀の福音との射撃戦を繰り広げている。

 銀の福音はガトリングガンを避けつつも迫り来るグレネードを迎撃し、ゲスト機も同様にエネルギー弾を避けながら、避けられないエネルギー弾をガトリングガンで迎撃しつつ、グレネードで攻撃を加えている。

 

(だから……ハルフォーフに…………岡部は、取られたく……ないッ!)

 

「岡部! 大丈夫か!?」

 

「ッ? 織斑さん! 何でここに!?」

 

 銀の福音から放たれた光弾を叩き落とし、ゲスト機を庇うように前にでる暮桜にゲスト機は驚きを隠せなかった。

 

「いいから話は後だ! 援護を!」

 

「ッ! ひとつ、貸しな! L(ロングレンジ)タイプ換装!」

 

織斑千冬の暮桜が福音に突撃を敢行する。

岡部友章のゲスト機はそれを援護する形でミッションパックを換装し多連装ロケットランチャーと複合式ペイロードライフルをぶちかます。

 

「もうひと暴れしてやるぜ!」

 

ランチャーからはロケット弾が、ペイロードライフルからは実弾・エネルギーの混合弾が一発残らず、銀の福音に多数命中。福音は大きくよろけた。

 

「逃がさん!」

 

(この感情が好意なのかどうか……私にはわからない……)

 

迫り来る暮桜に対して、よろけながらも福音は自動迎撃システムを起動させ、薙ぎ払うように翼を羽ばたかせた。

 

 エネルギー弾が生成され、その様子は圧倒的物量、まさに壁や津波のような弾幕が織斑千冬の駆る暮桜を押し潰さんとする。

 

 だが……織斑千冬には恐怖は無かった。むしろ、期待に胸を躍らせていた。

 

(しかし……わたしは……)

 

 やがて、エネルギー弾の津波が暮桜を飲み込もうとしたその時、何かが津波を貫いた。

 超高エネルギーの光の柱といっても良いくらいに太く、長いエネルギー砲弾が津波に大穴を空け、銀の福音の横を掠めた。

 

 そして福音は、その津波の穴から見えてしまった。

 

期待から確信に変わり、笑みを浮かべる織斑千冬の姿とその後ろから左肩部に備え付けられていたハイパーセンサーを補う精密照準用複合センサーを用いて、複合式ペイロードライフルの銃口を向ける岡部友章の姿があった。

 

(あいつを手放したくは……ないッ!!)

 

 ――その後は一方的であった。

 

 暮桜はゲスト機によってこじ開けられた弾幕の隙間から福音にむかって接近し、雪片で払い抜ける。

 それだけでは無い。払い抜けた直後、暮桜は素早く特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)を行い、瞬時加速(イグニッション・ブースト)、再び福音を払い抜けた。これを延々と続けたのである。

 

 ゲスト機視点で見れば、暮桜が銀の福音を縦横無尽に斬りつけているように見えるだろう。

 

「これで、最後ッ!」

 

 暮桜は福音を全方位、縦横無尽に斬りつけて、最後に再び真正面から払い抜けた。

全身装甲の欠片が散り散りに舞う中、銀の福音は吹き飛び、大きく仰け反る銀の福音。

 

「最後は任せた! 岡部!」

 

 織斑千冬がそう言うのと、ゲスト機のバイザーにロックオンマーカーがつくのは同じであった。

 

「了解」

 

『V‐system set up』

 

 ゲスト機のアナウンスによって、機体の全身の表面にオーロラ色の膜が形成される。Vシステムが作動したのだ。

 そして、Vシステムを作動させた後、複合式ペイロードライフルを『すぐに』撃った。

 複合式カービンライフルと同様に腰部のソケットから直接、シールドエネルギーがケーブル伝いに伝達され、複合式ペイロードライフルのエネルギーチャージ分のラグを無くしたのだ。

 

「これでもくらいやがれ!」

 

 Vシステムにより強化された複合式ペイロードライフルの弾丸は吸い込まれるように銀の福音の頭部に直撃、バイザーやヘルメット部を完全に破壊し、長い金髪が外気に晒し出され、そのまま海面へと墜ちていった。

 

――修羅……双連撃

 

 ゲスト機は密かに暮桜と相談の結果、この連携をそう名付けた。

 

「目標、撃墜!」

 

 岡部友章がそう言った時、ゲスト機のバイザーがピコン、と一回点滅したのであった……

 

   ■   ■   ■

 

 ナターシャ・ファイルスが目覚めるとそこは、天井であった。彼女は戸惑いを覚えながらも、意識が無くなる前の出来事を思い出す。

 彼女が最後に見た光景はハワイの米軍基地で制御不能に陥った愛機・銀の福音が次々と仲間の戦闘機や空母、ISを行動不能ないし墜として行く光景であった。

 シーツを捲り上げ、自分の身体を確認する。何時もの米軍採用品のISスーツであった。

 

「目覚めはどうだ?」

 

 不意に何者かから声をかけられ、咄嗟に自身の左脇を弄るも何もなかった。

 声のした方には、彼女と同じ位の男性が一人……

 

「トモアキ・オカベ……!」

 

 岡部友章がそこに居た。

 

「ここは日本だ。IS学園の生徒を連れて、臨海学校、つまりは課外授業で洋上に出た時に、暴走した銀の福音が『偶然』にもこちらに向かって来たので

保護させて貰った」

 

 その言葉にナターシャはキッ、と岡部を睨みつける。

 

「そう怖い顔をするな。折角の美人が台無しだ。

 保護……と言っても、米国と学園の話し合いが終わるまでは実質上ここに軟禁、というか拘束させて貰うがそう厳しくはしない。自分の名前に賭けて……だ」

 

「……わかった」

 

「協力、感謝する」

 

 そう言うと突如、岡部の目の前にディスプレイが立ち上がる。彼女からでは、岡部が誰と話しているか分からない。

 彼は「ああ。わかった。聞いてみよう。」と言った後、ディスプレイを閉じた。

 

「えーと……ナターシャ・ファイルス、でいいか?」

 

「ええ、合ってるわ」

 

「君のIS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)……だっけか? あの子が暴走した理由について心当たりは?」

 

「いいえ、全然検討もつかないわ」

 

 ナターシャがそう言うと、岡部は考え込む。

 やがて、考えがまとまったのか、考え込むのをやめて、ナターシャと向き合った。

 

「なら、君にも聞く権利があるかもしれない」

 

「何を?」と、ナターシャが聞く前に岡部は爆弾を投下した。

 

「福音が暴走した理由についてだ」

 

 ナターシャは驚きのあまりにベッドから立ち上がり、岡部に詰め寄ろうとする物の……

 

「あっ……」

 

 ベッドから立ち上がる時点で足に力が入らず、そのまま転倒する。

 

「おっと、福音が暴走して無理な挙動をしたんだ。いくら補正があるとはいえ、操縦者にも其れ相応の負担がかかっている。安静にしたまえ」

 

 と、思われたが、岡部に受け止められ事なきを得る。

 

「わかってるわ……だけど、私にはあの子の事を聞く、権利が……ある」

 

「松葉杖を取ってくるまで待て……と言いたかったが、仕方ない。肩、借りるぞ。」

 

 そう言って岡部はナターシャの左腕を彼自身の後頭部、左肩にまわして部屋をでる。

 

「あ、アッキー! ……と、福音の操縦者」

 

 ISの整備場に着くと、コンソールと睨み合っていた篠ノ之束が笑顔で振り向いて出迎える。

 が、肩を借りているナターシャ・ファイルスの姿を見ると、直ぐに笑みは消えた。

 

「アッキー、説明」

 

 冷たく、無機質な声で篠ノ之束は詰問する。

 

「彼女には聞く権利がある」

 

「今で無くとも、後でアメリカにでも教えて貰えばいい」

 

「……残念ながら、恐らくそれは無いだろう。

 原因がなんであれ、ISの暴走事故が起こった以上、公の場にも、操縦者自身にもこの件の詳細な情報は隠蔽されるだろう。

 そして、米国軍部内では少なくともISの兵器化を快く思っていない者達が一斉にネガティブキャンペーンにでて……自分の予想では、その責任を取る形でナターシャ・ファイルスの左遷、あるいは除隊に加えて、銀の福音の凍結処理、あるいは初期化が妥当な線だろう」

 

「なら余計に必要ない」

 

 岡部がそう説明すると、篠ノ之束は即答で拒否した。

 

「セカンドシフトに移行しているのにか?」

 

「あの国だから尚更嫌だね」

 

 そう言って篠ノ之束は、再びコンソールに向き合う

 

「君のところの国、相当嫌われているな」

 

「……割りと何をやらかしたのか予想できるあたりが言い返せないわ」

 

 ナターシャ・ファイルスはそう言って岡部に説明する。篠ノ之束は我関せずの様子だ。

 

「私なりに憶測を立ててみたけど、聞いてくれないかしら?」

 

「ああ、問題ない」

 

「今回の銀の福音の暴走事故、原因は過度のストレスね」

 

 ピクンと篠ノ之束のうさ耳が動く。

 

「へぇ、どうしてそう思うの?」

 

「銀の福音は一応私の専用機、という名目だわ。

しかし、私が直接操縦した回数は実はそう多く無い。」

 

ナターシャ・ファイルスは話を続ける。

 

「少なすぎるのよ、ハワイ沖での本格的な稼働試験には」

 

「それでは、他に操縦者が居た……と」

 

岡部友章はそう問いかける。

 

「わからないわ。でも操縦者を隠してまでやった運用試験って事は……」

 

「こういうことだよね?」

 

篠ノ之束は躊躇する事無く、立体型ディスプレイを出し、映像を投影される。

 

それは地獄絵図であった。

 

『こちらバルキリー、アルファ・ブラボーを支援する』

 

上空からある村に銀の福音が侵入する。

村には時代遅れな対空砲や対空ミサイルの発射機を背負った男達が降下する銀の福音に向かって攻撃してくる。

 

『タンゴからの対空攻撃を確認。これより迎撃する』

 

パイロットらしき者の声が聞こえる。声からして、明らかにナターシャ・ファイルスの声ではないということがわかる。

大口径の弾丸と、対空ミサイルを受けながらもビクともせず、福音は翼を羽ばたかせ銀の鐘(シルバー・ベル)の光弾を射出する。

羽は対空砲の機体や対空ミサイルの射手に寸分の狂いも無く突き刺さり、爆ぜる。

対空砲は射手や周りの人間を巻き込んで爆発し、対空ミサイルの射手は文字通り木っ端微塵となって、辺りに真っ赤な血の煙を漂わせ、臓物や『人』だった物が辺りに飛び散る。

 

『こちらバルキリー。対空兵器の無力化を確認』

 

『こちらアルファ。タンゴリーダーを始末した』

 

『ブラボー。LZの確保した』

 

『了解した。アルファ・ブラボーはLZへと向かえ。バルキリーは仕上げをしろ。エコーチーム、アルファとブラボーを回収しろ』

 

通信でそうやり取りすると、瞬く間に迎えのヘリがアルファとブラボーを回収し、作戦地域から離脱。

そして、銀の福音はそれを見送ると、先ほどの村を見下ろし、銀色の翼を大きくはためかせようとする。

村は今もなお、手持ちの銃火器で福音向かって撃ちまくる男達の姿が映っていた。

 

そしてISの性能が良い故に悲劇は起こった。

 

ISにとっては豆鉄砲も同然な銃撃の中、今まさに『仕上げ』を行おうとしたその時、福音のハイパーセンサーが視覚情報を捉えた。捉えてしまった……

 

バイザーの片隅に逃げようとする。女性と子どもの姿と……

 

福音に銃撃を加える男達の中に、古びたアサルトライフルを構える少年の姿が見えた。

 

福音はそのままフリーズように動きを静止させる。

 

『どうした? バルキリー? アクシデントか?』

 

『み、民間人がいます!』

 

映像の福音の操縦者は人並の良心があったのだろう。声からして狼狽えていた。

通信の内容を聴いていると、どうも目的自体は達成しているようだ。

しかし、回答は彼女の予想とは違った。

 

『バルキリー。そこにはタンゴしかいない』

 

『いえ。います! ハイパーセンサーで確にn』『バルキリー、いいか? ここにはタンゴ、アメリカの敵しかいない。CIAもそう調査した』

 

そう言って、通信は続く。

 

『今、すべての敵を根絶やしにしない限り、彼らは我がアメリカに卑劣な攻撃を続ける。バルキリー、もう一度言う。

『敵は全て殺せ』

君が撃たないという行動は命令に背くだけでは無く最早、愛国心が無い事を証明し、アメリカに銃を向けると同義である』

 

福音はしばらく、静止し……やがて……

 

『……ごめんなさい』

 

銀色の翼を羽ばたかせた。

 

そこから暗転し、映像は無機質な室内へと変わる。福音の目の前には二人の男が話し合っていた。

 

『この前の任務の報告書を見たよ。大変素晴らしい!』

 

そう言って、高らかに笑い声をあげるのはいかにも大きな階級章を身につけた偉い軍人だ。

彼は、スーツ姿の白髪の男性の肩を叩き、賞賛している。

 

「そう言って頂けると、我が兵器開発部も嬉しい限りですな」

 

「ISの運用試験の結果もまずまずといったところだが、こうも容易く拠点を文字通り潰せるのはありがたい。」

 

そう言うと軍人の男は熱く語り出す。

 

「今、我がアメリカはベトナム・中東・アフリカの介入以来、極度の歩兵アレルギーと成ってしまった!

何故なら、我々はルールに則っての戦争に対し、敵は卑劣にもテロや女子供も用いた卑怯な攻撃を行っているからだ!」

 

うんうんと頷くスーツ姿の男をよそに続ける。

 

「我々も空爆や砲撃などで対応しているが軟弱なマスコミ共が囃し立てと文句を言うから中々うまくいかん。

そんな時だ! ISが登場したのは!

ISはまさに最強のパワードスーツであり! 最強の兵士を創り出す事のできる兵器だと確信した!」

 

そう言って、軍人は銀の福音を見つめる。

 

「そして実際に! 銀の福音はその力をいかん無く発揮してくれたではないか!

その名の通り、哀れなテロリスト共に救いをもたらしたのだ!

これがあれば、歩兵の死亡率はゼロに抑えられる! 我がアメリカがイエスキリストのように世界に唯一神として君臨する事が出来るのだ!」

 

そう熱弁した軍人に対して、スーツ姿の男は拍手した。

 

「全くもってその通りです、閣下。しかし、まだ問題点も有ります」

 

「どういうことだ?」

 

スーツ姿の男は淡々と事務的に答える。

 

「これらの作戦の後、福音の操縦者の精神状態が不安定になり、後日精神科医からPTSDと診断されました」

 

そう言うと、軍人の男は呆れる。

 

「これだから女は……病院に入れとけ、代わりなんぞ幾らでもいる。軟弱なアメリカ人など国民としての価値は無い」

 

その言葉を最後に映像が途切れ、暗転した。

他にも映像は続き、やっと終わったのか立体型ディスプレイが無くなる。

 

ナターシャ・ファイルスは絶句する他無かった。

 

「うん。正解。この子は過度のストレスが原因でおかしくなってしまったの。

 ISを発表した時や、ISコアを配布した時に散々言ったのに、『ISコアは機械では無い。大切に、大事にして欲しい』って。

 なのに、このざま。だから他人は嫌いなんだよ」

 

 吐き捨てるように篠ノ之束は言う。

 

「原因がわかったのならもう良いでしょ? とっとと、部屋に戻ったら?」

 

 しかし、それに対してナターシャ・ファイルスは声を荒げて反論する。

 

「私だって信じたく無いわよ! あの子の操縦者に選ばれてから、ずっと一緒に頑張って来たのよ! なのにこんなのって」

 

「言い訳なんて知らない。事実として銀の福音がストレスによって重度のトラウマを負ったのは変わらない。君、ここから出て行って」

 

「しかし!」

 

「出ていけ。今の私は機嫌がすこぶる悪いんだ」

 

 篠ノ之束のその態度と雰囲気でナターシャ・ファイルスを一蹴する。

 ナターシャは岡部友章に助けを求めるように視線を向けるが、彼は『諦めろ』と言わんばかりに肩を竦める。

 岡部がナターシャを整備室から離れた待合室に誘導させ、ISの整備室には篠ノ之束と岡部友章の二人のみとなった。

 

「アッキー! 何から話そうかな? かな?

福音ちゃんはー……アレがネタバラししたしー、ゲストちゃんのミッションパックについてお話しようよ!」

 

岡部友章が戻って来ると、篠ノ之束は再び、笑顔で岡部の元に駆け寄る。

 

「自分は篠ノ之さんの切り替えの早さについて議論したいな」

 

そう言うと、篠ノ之束は頬を膨らませて、不機嫌だという事をアピールする。

 

「えー、だってあんなのに思考のリソースなんて一部たりとも割きたくないのー

……それにしても、ゲロみたいな映像を見てもアッキーは眉一つ動かさなかったね! 心拍数も平常だったし、やっぱりアッキーは私と同類だね!ね!」

 

篠ノ之さんはニタァ、と笑みを浮かべた。

 

「流石! 私のIS開発を手伝う為に生みの親との縁を躊躇無く切ったアッキーは人間として『壊れて』いるね!」

 

満足気にそう言って、ミッションパックの説明を始めたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

暴走する銀の福音を取り押さえた後、学園側に連絡をいれたり、福音の操縦者の面倒をみたり、在日米軍に身柄を引き渡したりと忙しい事この上なかったが、明日の最終日の臨海学校は自分と織斑さんは自由行動で良いらしい。

最終日事態が海でまた遊び倒すだけなので、まあ特に問題は無い。

 

というか『花月荘においてあるお酒は銘酒が多いので、挑戦してみては?』と轡木の爺さんが言っていたので、そういう事なんでしょうな。

 

そう思いながら、今晩にワクワクしながら自室に向かうと……

 

扉の前で、顔を赤らめる篠ノ之ちゃん達がいた。

 

扉からは織斑さんの嬌声が少し漏れている。

 

「……アホくさ」

 

無言で篠ノ之ちゃん以下、色ボケ共5名を退けて扉の前に出る。

 

「ちょ……岡部さん?!」

 

そして、躊躇無く扉を開ける。篠ノ之ちゃん以下5名は驚愕の表情の後に、その後自分達の身に起こる惨状を思う浮かべたのか顔が蒼白になる。

 

「あ、姉弟水いらずの所悪いね。もうちょっと外をぶらついてきた方が良かった?」

 

視界に入ったのは、ソファでうつ伏せになる織斑さんと、その彼女の背中を押してマッサージをする織斑君の姿であった。

 

「いや、いいさ。私が勝手に押し入った形だ。問題はない」

 

艶のある声を漏らしながらもそう応えたので、篠ノ之ちゃん達の方に振り向いて……

 

「姉弟同士で禁断の失楽園とかレベル高過ぎて岡部先生ドン引きだわ」

 

と、織斑姉弟に聞こえない声で言うと面白いくらいに女性陣が動揺する。

 

「冗談だよ…………問題無いってさ。せっかくだから篠ノ之ちゃん達も入りなよ」

 

そう言って、女性陣を全員自室に招き入れる。

 

「? なんだお前達も来たのか。まあいい、今回は目を瞑ってやるとしよう」

 

おずおずと部屋に入ってくるヒロイン一同に対して、織斑千冬がそう言うと一同はホッとした表情を浮かべる。

 

その時ふと、唐突に自分の脳裏にあるアイデアが思い浮かんだ。

 

「あ、そうだ織斑さん。昨日の福音事件でのアフターケアという名目で、花月荘のバーカウンターを利用してもいいってIS学園側から言質とったんですけど……行きます?」

 

教員が仕事放り出しての飲酒宣言に一同ははッとした表情を取るが、後の発言から納得する。

 そして、わざわざこんな時に誘いを入れたことに織斑さんは自分の意図を察したようで、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「咎められないというのなら、是非」

 

 織斑さんは浴衣を直すと、さっと立ち上がる

 

「そう来なくっちゃ。織斑君、せっかく来てくれた篠ノ之ちゃん達の為に飲み物を取ってきてくれないか? 奥の冷蔵庫にジュースか何かあったはずだ」

 

「お、おう。わかった」

 

 織斑さんからの快諾を得るとすぐさま織斑君に飲み物を取ってきて貰うように頼み、席を外させる。そして、立体投影型ディスプレイを出して、篠ノ之ちゃん達に見せた。

 

 ディスプレイに映し出されたのは文字だ。

 

――『お前等、既成事実のチャンスだぞ』

 

 篠ノ之ちゃん達一同は思わず絶句する。

 彼女たちは自分に対して何か言いそうだが、ディスプレイを即座に閉じ、有無を言わさずに織斑さんを連れて部屋を出たのであった。

 

 バタン! とドアを閉じると笑いを堪えきれなくなり、思わず顔がにやけてしまう。

 

「一夏くん……がんばれー、ククッ……」

 

「岡部、一応……私の弟なんだぞ……」

 

 自分のその態度に織斑さんは咎めるように注意するが、口元が笑っていた。

 

「じゃあ、飲みに行くの断って下さいよ~」

 

「アレもそろそろ色めいた話があっても良いと思って……だな」

 

 と、織斑君を話しのネタに花月荘内のバーカウンターに向かおうとすると、途中で花月荘の女将である清州景子さんと遭遇した。

 

「あら? お二方、どちらへと?」

 

「花月荘内のバーカウンターへ」

 

 女将さんの問いに対してそう答えると、ニッコリと微笑んだ。

 

「IS学園の方から事情は伺いました。何分忙しかったようで……」

 

「いえ、自分に課せられた職務を全うしているだけです。ちゃんと報酬は出してくれますしね」

 

 そういうと、女将さんは懐から鍵を取り出して、自分に渡した。

 

「岡部先生は大変真面目なんですね。臨海学校の期間は通常は人員不足や不必要でもありますのでバーカウンターは閉じていますが、轡木 十蔵様のご要望により今晩は岡部友章様の貸切で御座います。先述の通り、人員不足によりセルフサービスではありますが、代金はIS学園の方から全額負担となっておりますので、お身体に差し支えない限りは存分にお楽しみ下さいませ」

 

「へえ、そりゃ嬉しいな。終わったらカウンターの人に返しておきますね」

 

 そう言って、女将さんと別れるとバーカウンターへと向かい。貰った鍵で早速扉を開けた。

 

「ウヒョー。これはイイネ!」

 

「初めて入ったが、中々だな……」

 

 バーカウンター内は茶室を改装したかのような純和風の内装であしらわれていた。

 

「てっきり中にバーテンダーかマスターがいると思ったが、こりゃホントに文字通り意味で貸切だな」

 

「ここまでされると、かえって申し訳ない気持ちだな……」

 

 とは言うものの、学園側の好意を無為することもできないので、カウンターに座ることにする。

 

「……自分が何か適当なやつを見繕って来ますよ」

 

「……頼んだ。わたしは容器の方でも用意しておく」

 

 しかし、バーテンダーもいない中、二人共座っていてはお酒は飲めない。

 仕方なく自分は立ち上がり、色々と物色する。

 

「なんで、ここもセルフサービスなんでしょうかねー……っと、ウヒョー。これ幻の銘酒ってやつなんじゃ……」

 

 手当たり次第に美味しそうな物を拡張領域に入れていく。

 むやみにアルコールを摂取することによる内臓の損傷? わかってる! Fきゅうじゅ……ISがアルコールを調整してくれるはずさ!

 

 そんなことを考えつつも『銘酒 戦乙女』を持ってカウンターに向かう。

 そこには、お酒が注がれたコップと、『死生不知』と書かれた瓶が置かれていた。

 

「遅かったじゃないか。夜は長いようで短い、せっかく二人水入らずで飲めるんだ。楽しもうじゃないか」

 

 そう言って、織斑さんはコップをこちらに差し出したのであった。

 後はもうお互いにそれはそれはいろんなことを酒の肴にして会話を交えつつ、日本酒、ワインの瓶を次々と空けていく。純米大吟醸酒やシャトー・ぺトリュスとかそんな単語がチラチラと見えるが、そんなことはお構いなしだ。

 

 時には笑い話を、時には愚痴を、時にはちょっとした昔の話などなど……

 

 普段から飲み慣れない物を飲んだ影響からか、この日だけは自分も織斑さんもとてつもなく饒舌であった。

 

「岡部……お前は私のことが嫌いなのか?」

 

 良い感じに夜も更けてきた頃、唐突に織斑千冬は真顔でポツリとそう呟いた。

 

「また唐突に、自分が何時そんなことを言いました?」

 

「じゃあ……私の事は、好きか?」

 

「ええ、好きですよ」

 

 少し不審に思いつつもそう答える。後々考えると、自分も相当に酔っていて、完全に判断力が欠けていた状態であった。

 

「それは、親友としてなのか? 異性としてなのか?」

 

 自分の瞳を覗きこむようにして見つめる織斑さんに対して、ひどく動揺してしまう。

 

「……」

 

「本当は……本当は私のことなんか嫌いだったのか!?」

 

 動揺し閉口してしまう自分に対し、段々と感情が昂ってきたらしく、始めは涙目で訊いてくる。

 

「もう、我慢の限界なんだ……今ここで、はっきりしてくれないか?」

 

「……じゃあ、織斑さんはどうだって言うんですか……」

 

 異性としても、親友としてでも無く、自身にとっての利益としてしか織斑さんを見てない自分には、この質問には答えられることができなかった。

 だからこその逃げの一手……彼女の弟の織斑君が優柔不断・お人好し・朴念仁の役満であることを考慮した事の返しであった。

 

「私は……岡部、お前のことが好きだ――親友としてではなく、一人の男性として」

 

「ははっ、織斑さん。いくらお酒が強いって言っても、流石に今回は酔ってます?」

 

 自分のその言葉に対して織斑さんは急に立ち上がり、傍にあったシャトー・マルゴー1994と書かれた瓶をそのままラッパ飲みの要領で口に含み、そのまま自分を抱き寄せて

口づけをした。

 

 いきなりの行動で反応できず呆然とする反面、内心『ああ、またこのパターンか』と半ば悟ったようにして抵抗せず、そのまま身を任せてしまう自分がどうしようもない奴だと自覚する。『これはこれでイイんじゃね?』と思うあたりが特に……

 

 腔内を蹂躪されるあの独特で敏感な感覚とは別に、今度はワインも一緒に中に流されるので、いつも(?)とまた違った感覚が、自身の脳内で快感物質をいつもよりも多く分泌している事がわかった。

 

「……ぷはっ。これでわかっただろ? 私は本気だ」

 

 腔内のワインが無くなった頃合いになって、口移しを終えた織斑さんはアルコールを帯びてほんのり上気した顔でだが真っ直ぐとこちらを見据えて、そのまま自分を抱き寄せた。

 

「織斑さん、正気に戻って下さぃ……」

 

「お前で無かったら、こんなにも酔えないし、甘えないんだぞ……」

 

 思わず声をかけるが、織斑さんは抱きついたまま耳元でそう囁いた為に語尾がおかしくなる。

 

「突然、クラリッサと言い、私と言い、複数から言い寄られて動揺しているのはわかっている。だけど、今は……こうさせてくれないだろうか……」

 

 織斑さんはそう言うと、ぎゅうっと強く抱きつかれる。

 自分はこれに対して振り払えるはずもなく、ただただ大人しくしている他に無かった。

 

「…………」

 

 そして、織斑さんが抱きついたまま時間が数分経つ。しかし、織斑さんに一向に変化はなかった。

 

「寝ている? ……た、助かった、のか?」

 

 心音と息遣いを見るにどうも寝ているらしい……

 自分はただただ、アルコールが彼女の記憶を消し飛ばしてくれることを祈る他無かった。

 

   ■   ■   ■

 

 臨海学校最終日。

 多少のトラブルもあったが、なんとか臨海学校が中止……なんていう最悪の事態は避けられた。

 

 臨海学校最終日は実質中身は初日と同じ……つまりは

 

「野外授業、お疲れ様でした。今日は今現在の朝から帰りのバスまで自由時間、つまりは遊び放題だ。諸注意は初日にやったから細かい話は抜きにして、解散!」

 

 臨海学校に参加しているすべての生徒達に対して自分がそう言うと、蜘蛛の子を散らすように生徒達は駆けて行った。

 今から更衣室で水着に着替える者、砂浜に向かう者、今日はゆっくりと過ごすらしいのか旅館に引き上げる者、解散の号令が出た瞬間、衣服を脱ぎ捨て海に突撃する者とバリエーションに富んでいる。

 織斑君達と親しい教師陣は今から更衣室で着替える口である。自分は朝の内から下着を水着に置き換えているので問題は無い。

 

 自分は初日の時と同様にパラソルを突き立ててその影でリクライニング式のビーチチェアーでくつろぐ事にしたのだが、兼ねてより海水浴でやりたかった事が一つあったので、せっかくだから実践してみるとする。

 

「なぁ、ゲスト。一つ頼みがあるんだが」

 

『なんでしょうか?』

 

 そう言って、自分は拡張領域からあるモノを取り出した。

 

「ISの待機状態を腕時計からこれに変えて貰いたい」

 

『浮き具……ですか? では、待機状態の腕時計をそれの前に置いて下さい』

 

言われた通りに浮き具の前に待機状態のISを置く。

 

『スキャン中……形状を把握』

 

そして瞬く間に腕時計型であったゲスト機はシャチ型の大型浮き具へと形態を変化させた。

 

『待機状態の形状、変更しました』

 

「ああ、ありがとう」

 

そう言って、自分のすぐ傍にシャチ型浮き具を置き、右手でグニグニと弄びながらのんびりとすごす。

 

視界には女子高生、女子高生、女子高生、20代のお姉さん。アジア系、コーカソイド、褐色系美少女が水着等でキャッキャッウフフ……

時折、自分の方を見てはギョッとした感じでお隣のシャチを凝視するが、その光景を見て悦に浸る。

 

「更衣室に居なかったから、もしやと思ったが……」

 

「服の下に水着を仕込んでいたわけだ……」

 

手早く済ませたようで、織斑さんとハルフォーフさんの二人が誰よりも先にこちらにやって来た。

 

 水着は初日に見せたの同じように、織斑さんは黒ビキニ、ハルフォーフさんは黒のツイストスリングショットの極黒のブリュンヒルデ仕様である。

彼女達もまた、シャチ型浮き具を視界に収めると、不思議そうにそれを見つめている。

 

「岡部、これは?」

 

「観賞用待機状態。誰もこれがISだとは知るまいって、悦に浸って楽しんでる」

 

織斑さんがシャチを指差したのに対してそう答えると、二人は呆れた。

 

「我が嫁ながら……なんてアレな使い方をしてるんだ……」

 

「お前はたまに、妙な事を考えるよな……」

 

「流石に殴り武器にはしませんよ……?」

 

「えー、面白そうなのになー」

 

背後から、二人とは違う第三者の声がかけられる。振り向くと、そこには脱いだら凄い篠ノ之さんがいた。初日に見せた、アブナイ白のモノキニワンピース姿である。

 

「ゲストちゃんのミッションパックのF(ファイトタイプ パワーアシスト強化型)タイプとかになら打撃武装として装備できそう! 名付けて! 打撃武装ビッグシャチ○り!」

 

篠ノ之さんは、自分の右隣のビーチチェアーに陣取ると、シャチ型浮き具をグニグニと弄り回しながらトンデモ発言をする。近接武器は要らないと言っているだろ。却下だ却下。

 

「うーん、このわざとらしいシャチ感! チープな形状に反して、妙にリアルな表面がいい味だしてる!」

 

「……嫁。私も触っても良いか?」

 

誰に頼まれた訳でも無く、シャチ型浮き具の触り心地を実況し始める篠ノ之さんにあてられたのか、ハルフォーフさんは心なしか両手をワキワキとさせながら、シャチ型浮き具にじりじりと寄って行く。

 

「友兄ー、みんな着替え終わったぞ……?」

 

織斑君達が自分の所に来るまでに、シャチ型浮き具(ゲスト機)を散々弄んだのは言うまでもない。

 

その後は、ビーチバレーや初日に使った水上ジェットスキーを用いて別に用意したバナナボートを引っ張ったりと生徒達にはかねがね好評であった。



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18:8月 夏休み

 IS学園の地下には膨大なデータを管理するサーバールームや非常時の為の避難用シェルターが置いてある。これらは、幾つもの装甲材や特殊素材が何層にもわたって積層された外殻によって守られている。

 内部も当然、電子的・物理的に堅牢な数々のセキュリティによって守られてもいる。

 そして、アリーナのシールドはもちろんのこと、これらIS学園防御機能を司るISコアがそこには置かれている。

 当然ながら、その居場所はIS学園の最重要機密事項であり一部の人間にしかその居場所は知られていない。

 

 その地下に存在するシェルターの一室に篠ノ之束は住居を構えた。

 

「んー、こんな感じでいいかなー? まあ、いっか」

 

 あたりを見渡しつつ、立体投影型ディスプレイで確認をとった。

 特に問題も無く、篠ノ之束はディスプレイを閉じて備え付けのディスプレイを起動させる。

 

「いやぁ、アッキーのゲストちゃんにミッションパックシステムを導入したのは大正解だね!」

 

 そう言ってディスプレイを見ると、そこにはこう書かれていた。

 

 ――ミッションパックシステム一覧

Aタイプ (アサルトタイプ Assault Type)

Bタイプ (ブルーティアーズ Blue tears Type)new!

Dタイプ (デストロイドタイプ Destroyed Type)

Eタイプ (エクスターミネーション Extermination Type)new!

Fタイプ (ファイトタイプ Fight Type)

Gタイプ (ガードタイプ Guards Type)new!

Iタイプ (インターセプトタイプ Intercept Type)new!

Jタイプ (ジャケットタイプ Jacket Type)

Lタイプ (ロングレンジタイプ Long-range Type)

Uタイプ (非固定浮遊部位 (アンロックユニット)タイプ、Unlock unit Type)new!

Vタイプ (ヴァルキリートレースタイプ Valkyrie Trace Type)new!

Xタイプ (エキストラタイプ Xtra Type)new!

Zタイプ (ゼロタイプ Zero Type)

                           』

 

「もうこんなに装備を自分でこんなに増やすなんて! 最高だよ!だよ! 伊達にゲストちゃんのAI制作に私のフラッシュクローンした脳を20個も費やした甲斐があったよ!」

 

 各種ミッションパックの詳細な内容を見ながらウンウンと満足気に唸る。

 

「それにしても」

 

 篠ノ之束はディスプレイに映し出された一人の女性をみて訝しげに呟く。

 

「いっくんはモテモテなのは周知の事実にしても、まさかアッキーにもモテ期が来るのはちょっとびっくり」

 

 ディスプレイに映し出された女性は紛れも無く、クラリッサ・ハルフォーフその人である。二組の副担任を務める彼女はISの実習があるらしく、アリーナへと向かう岡部友章に付き添っている。

 

「ハニートラップか何かだと思って軽~く彼女を脅して見たけど……」

 

 そう呟いた後、篠ノ之束は軽く身震いをする。

 

 篠ノ之束は臨海学校の終わり、IS学園へと引き上げる際に二組のバスに搭乗した。

 ガヤガヤとまだ騒ぐ者もいれば、疲れたのか寝息を立てる者や、感慨深そうに窓からの沈み行くオレンジ色の水平線を眺める者もいる中、プライベート・チャネルで篠ノ之束はクラリッサ・ハルフォーフに軽く『釘』を刺したのだ。

 

「返ってきた答えが『貴女には興味は無い』って言って、自分の国の軍事機密全部暴露だなんてね! もう思い出しただけで笑いが止まんないよ!」

 

 アハハ! という感じで大笑いしながら『ハニートラップにかける前から、ハニートラップでカウンターされるなんてギャグみたい!』と呟く。

 

「あー、笑った笑った。こんな下品な笑いなんてとてもじゃないけど身内には見せられないね」

 

 はぁはぁと息継ぎをしつつ、篠ノ之束はISコア・ネットワークのゲスト機経由で入手した岡部友章の行動記録を再び見た。

 

「でも、それだけちーちゃんやクラリッサ・ハルフォーフが惹かれる位に、岡部友章――アッキーは『悪魔的なナニか』があるのは束さんも同感だなぁ」

 

 学園生活は普段掛けている無駄にハイテク機能を詰め込んだ伊達メガネに、モンド・グロッソやフランスでの騒動等は音声と通信だけではあるが、ISのコア・ネットワークや拡張領域チップに記録させていた。

 

――ある時はIS学園や普段の生活、織斑一夏達の前では、気遣いが良く話の通じる所詮良い人な実習教員。

 

――しかし、裏ではIS学園の上層部やお偉いさん相手と渡り合い、目的のためなら殺害も厭わず、ISを起動させずに平然と記録にあるだけで何百人単位の人々を葬った顔も持つ。

 

――そして、未だ彼にはまだまだ知られていないであろう秘密が多すぎた。

 

 一切の打算や迷い無く貧乏クジを引くであろう重婚法の交渉をやっていたり、本当は切り捨てたほうが楽であったシャルロット・デュノアを救済しに行ったりする傍ら、銃を向けた相手には躊躇や慈悲は存在せず、邪魔になった実の親に対しても離縁届けを叩きつける程に冷酷であり、身勝手。

 だがしかし、非殺傷設定のできる銃器である『ガーディアン』をねだったり、自身の担任の2組には意味もなく奢っていたりと、彼の行動原理は実に歪で捩れている。信念も、ポリシーも……何もないのだ。

 

 おおよそ常人であれば、良心の呵責にかられ命を絶つか、あるいは精神が疲弊し擦り切れて理性のない狂人と化すだろう。

 

 だが、彼は良心の束縛されず、理性も失われてもいない。

 

 それが篠ノ之束のいう『悪魔的なナニか』なのだ。

 

 彼に中途半端者のレッテルを貼り付けるにはあまりにも規模が肥大化してしまっていて、秘密も多く抱えていた。

 

――篠ノ之束は静かに宣言する。

 

 彼に一番近い人物はクラリッサ・ハルフォーフや織斑 千冬――ましては大穴ではあるが自身の妹の篠ノ之箒では無い。

 

「君を誰よりも一番理解してるのはこの私。

 だから……そんな悪魔的魅力地味た君に惚れても、文句は無いよね?」

 

 篠ノ之束は彼に好意を暴露した場合をシミュレートする。

 現状でも最低2人に好意を寄せられている中、果たして彼はどう対処し、彼の精神にどのように影響を与えるのか……それが楽しみで楽しみで仕方がなかったのであった。

 

 

――一方、職員室では……

 

 

「ふう、やっと終わりました」

 

 山田真耶はふう、と一息ついた後、お茶を啜っていた。

 本来、小市民的な彼女にとっては冷房が肌寒いくらいに効いている中、熱いお茶で水分補給と暖を取ることに少しばかり抵抗が内心あったものの、ささやかな贅沢と割りきってのんびりしていた。

 

「一学期の総まとめ……今年はイレギュラーの連続でした……」

 

 山田真耶は今年の春から今に至るまでの出来事を思い浮かべる。

『ISを扱える男性』に始まり、異常な数の専用機持ち、頻発するトラブル、更には国際IS委員会からの頻発する岡部友章や織斑一夏の召集命令などなど……。

 

「それにしても、これには驚きました……」

 

 山田真耶は書類の束の中から二部、書類を取り出した。それぞれの書類には『織斑一夏』『篠ノ之箒』と表紙に書かれている。

 二人は『代表候補生でもないのに専用機持ちという』という状態になってしまっている……のだが…………。

 

「まあ、岡部先生に比べたらこれくらい些細な事なんですけどね」

 

 そう言って、山田真耶は書類の山の中に戻した。

 織斑一夏の方は形式上、倉持技研の方に属しているものの、篠ノ之箒のISはどこの国家・組織にも属していない――つまりは登録国籍がない。

 

――が、それはIS・ゲスト機を保有する岡部友章も同じ事。むしろ、篠ノ之箒は国籍が書類上日本に対して、岡部友章は個人の国籍すらも存在しない。

 

 なので、篠ノ之箒についてはほんの些細な事にしかすぎないのだ。

 大体、何者かが篠ノ之箒を手に入れようとすれば、確実に岡部友章が障害として立ちはだかる。

 

 白騎士事件やモンド・グロッソでの武勇の他に、山田真耶自身もうわさ話程度に聞いてはいるが、彼のしでかした内容が本当のことならば、並大抵の組織では太刀打ち出来ない。と、彼女は考える。

 

『正直、織斑君や篠ノ之さん、ISなんかよりも岡部先生自体の方が注目度は高いですよね……』

 

 さすがに口には出せないので、心の声で呟く山田真耶。

 

 ――正直、ISも第四世代相当の白式・雪羅や紅椿よりもゲスト機の方がインパクトが大きい。ゲスト機も紅椿同様に篠ノ之束博士の特注機(ハンドメイド)でもあるので紅椿の衝撃度はどうしても見劣りしてしまうのだ。

 

「はぁ……それにしても」

 

 ――なんでこう、私のクラスに色々と集中しちゃうのでしょうか……。

 

 どう考えても、1組に代表候補生が集中し過ぎている。が、しかし……

 

 ――私や先輩(千冬さん)ならともかく、新米の岡部先生に割り振るのもおかしな話か……。

 

 と、一人結論付けた。

 

 どの国家にも属さないIS学園ではあるが、やはり各国の影響力を遮断するのは難しい……のだが……

 

『――岡部先生なら実際にやってのけそうで恐ろしいです……』

 

 実際に篠ノ之束博士を名目上、非常勤講師としてIS学園に入れた事で、その可能性がグッと、現実になってきたのは間違いないだろうと確信した。

 

 ――世界は篠ノ之束をして『天災』と言わせるならば、岡部友章の場合はまさに、『悪魔』……

 

「……っと、せっかく岡部先生が私の仕事の一部を肩代わりして貰ってるのに、失礼な事を考えちゃダメですよね」

 

 山田真耶は湯のみを机の上に置いて、ぐうと背伸びをして体をほぐす。

 

 織斑千冬や同僚の教員、各学年・学部の学生やうわさ話など様々な視点で

彼を見た彼女にとって、岡部友章は『頼れる同僚』や『信頼出来る男性』である。

 

 性格上、男性慣れしてない自分に対して、男性にしか感じない妙な視線無く接してくれる人は珍しい。

 そういう所が彼女にとっては好感度が上がる要因にもなるが、仕事を手伝ってくれたり、プライベートで困ったことがあれば助けてくれたりすることもある。

 時々、色々と手伝わされる時もあるが、後日お礼として色々と奢ってくれたり、中々買えないものを買ってくれたりと、彼女自身にも嬉しい事があるのだ。

 

 特に、先の臨海学校での福音事件の時に見せた勇姿は彼女の岡部友章に対しての評価を『頼れる同僚』や『信頼出来る男性』に上方修正するには決定的付けた事柄であった。

 

「……ふう、仕事も終わりましたし戻りますか」

 

 山田真耶は立ち上がり、荷物を纏めて鞄に入れて職員室を後にした。

 

『これで岡部先生が、一夏君ばりのラブコメディ体質じゃなかったらなぁ……』

 

 山田真耶は岡部先生を好いている二人の同僚を思い浮かべながら職員室のドアを閉めたのであった。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 定期試験が終了し、臨海学校も終わった。んでもってセシリア・オルコットの一時帰国の付き添いも終わった。

 次のイベントは夏休み。学生達は皆、お休みだ。もちろん、生徒がいなくなったのでIS実習の技術教員の一人である自分はお仕事がなくなるわけである。

 ずっとIS学園の中では流石に退屈だ。なので、2年ぐらい前に篠ノ之ちゃんと一緒に住んでいたあの家で過ごせるように学園側に休暇と帰省の届出を出したのだが……あっさりと受理された。少しばかり面倒なことになるのかと思いきや、だ。

 

「ああ、やっと終わった」

 

 カタカタと朝のショートホームルームの後から寮にて私物のパソコンに向かってキーボードと格闘すること数時間、日が真上に昇りはじめ、ギラギラと太陽光線が地表に降り注ぐ頃にはついに闘いに終止符が打たれた所であった。これでやっとお家に帰れる。

 

 8月、IS学園では夏休みに突入といったところだ。まあ、大半は自国に戻って報告やほんの少しの帰省が主な目的なので世間一般の夏休みにしては大変遅い。

 自室から廊下に出るとキャリーバッグやダンボールがひしめき合っていた廊下が今ではすっかり綺麗に無くなっている。見た感じ、欧州組と凰鈴音はここにいるようだが篠ノ之ちゃんと更識さんの方は実家に帰っていったようだ。丁度いい、少し外の空気を吸いに行こう。

 

 寮内を歩くと意外にもポツポツと学生とすれ違う。4月の時は無視されたり嫌な目や珍獣を見るような奇異の目で向けられたものの、今では慣れたのかそういうのも無くなっている。

 

 ――そうやって歩いているうちにレポートを提出しに走る織斑君とすれ違って、ぱったりと会った。

 

「よう、凰さん」

 

「あ、岡部先生」

 

 チケットらしき物を握っている凰鈴音の姿と先ほどすれ違った織斑君を思い出し、瞬時に声をかけた事を後悔するに至る。

 

「凰さんはここ(IS学園)に残るんでしたっけ?」

 

「ええ、そうよ。あっち(中国)に戻ってもなーんにも楽しくないし」

 

 学園側と篠ノ之さんの資料のお陰で大体の生徒は把握している。

 両親が離婚したとなれば、気まずくて帰省したくもないだろうし、わざわざ軍施設で訓練漬けの休日も進んでやりたいとは思わないだろう。

 

 と、ここでふと自分の頭に電撃が走る。まるで頭上の電球が光ったようにだ。善は急げと言わんばかりに凰鈴音に提案する。

 

「ふーん、それじゃ夏休みの間は自分に家に泊まりなよ」

 

 そう言うと凰鈴音は『ファッ!?』という擬音が聞こえるような表情を浮かべた。

 

「いやだって、織斑君も自宅にに戻るんだからここ(IS学園)にいるよりかは自分の家にいた方が織斑君と絡みやすいでしょ?」

 

「お願いします。是非とも泊まらせてください」

 

 そう言うと、即答で返事が返って来た。現金な奴である。

 

「大体なぁお前らみたいなちんちくりん相手に性欲なんざ湧かねぇよ。

 そもそも射撃とかの趣味で代替行為可能だっての」

 

 凰鈴音と細かなすり合わせと荷物の運搬の手配を済ませた後、先ほどの台詞を呟きながらミニバン車を取りに車が置いてあるところへと向かう。

 

「あ、ロールスロイス」

 

 ミニバン車の隣に高級車というえらいシュールな光景に吹き出しそうになるものの、この車がセシリア・オルコットのものであるということがすぐにわかった。なぜなら、執事服姿のドライバーがロールスロイスから降りて、こちらに深々と頭を下げたからである。

 

「これはこれは、岡部様。お邪魔しております」

 

「イギリスでは運転どうも。オルコットさんは?」

 

「お嬢様は侍女のチェルシーと一緒に学寮へと行っておられます」

 

 夏休みに突入する少し前に、イギリス本国からの招集に伴いセシリア・オルコットは早い帰省を行ったのであるが、オルコット家の強い要望(意味深)で自分も馳せ参じる事となってしまった。

 

 その後はオルコット家総出でえらく歓待された。イギリス貴族の伯爵様というえらい地位にいるオルコット家ということで内容はお察しください。

 決して見ることのできない世界というのは、大変面白いもので十分に楽しめたのでよしとする。

 

 本場(?)のクレー射撃や鹿狩り、そして何といっても貴重なセシリア・オルコットの狩猟服姿が見れたのでよしとする。美人には何を着せても冴えるなぁ

 

 ドライバーと少しばかり雑談を挟んでから、ミニバンで学寮の前に止まる。

 

「岡部先生おそぉい!」

 

 ISの部分展開を駆使して荷物をかかえた凰鈴音が吼える。

 

「はいはい。遅れてスマンね」

 

 細かい注意なんてする気にもならないので、スルーしてトランクルームの扉を開ける。

 凰さんはひょいと軽い動作で次々と荷物を入れていく。そんなに量自体も多くないので1分とかからなかった。

 

「山田先生の方にはちゃんと書類は渡したか?」

 

「もっちろん! さぁーて! 行くわよぉー!」

 

 助手席の扉を勢い良く閉めてから、シートベルトを締めてそう答える凰さん。よほど退屈だったのであろう……

 自分はそんな彼女に応えるべくアクセルペダルをいつもよりも思いっきり踏んであげた。

 

 ――一度渋滞に引っかかったものの無事に到着しました。

 

「いやぁ、第二回モンド・グロッソ以来だなぁ」

 

 おおよそ2年もの間、ほったらかしにしておきながらも更識の人達が何らかの手を回してくれていたのであろう、綺麗な状態を保つ我が家を見ながらそう呟いた。

 

「そういえば、岡部先生って去年は一夏の家に居候してたんでしたっけ?」

 

「ああ、でもちゃんと見た感じ綺麗な状態を維持してるね――隣の家は空き家か……それじゃあ入るか」

 

「そうね、早くクーラーの効いたリビングでゆっくりしたいわ」

 

 自分と凰さんの二人で凰の荷物を持ちながら、鍵を外して玄関の扉を開ける。そしてリビングルームに入ると……

 

「ファッ!?」

 

「…………ッ!」

 

「アッキーただいま! 素麺食べる? 食べる?」

 

 当時と変わらないテーブルでのんびり素麺を食べる篠ノ之姉妹がそこにいた。

 

「岡部先生どうしたの? ……って箒?!」

 

「ズズズ……鈴ッ!? なぜここに!?」

 

 後からリビングルームに入ってきた凰鈴音も自分と同様のリアクションをした。

 

「あれ? なんで2人がここに?」

 

「実家遠いから帰りたくなーい」

 

 即座に答える篠ノ之さん。そんなに自分の親は嫌か。

 次に篠ノ之ちゃんの方に視線を合わせると……

 

「私にとっては、ここが……自分の家ですから……」

 

 と、しょんぼりとした態度で自分に答える。まるで、怒られたワンコのようだ。

 悪びれることもない篠ノ之さんは今すぐに蹴りだしても問題ない気もするが、篠ノ之ちゃんの態度もあってか流石にそこまで無慈悲な事をするやる気がでない。

 

 そんなことよりも……だ。

 

 ――前々から思っていた事だが、篠ノ之箒の自分に向ける視線が彼女自身が織斑君に向けるそれと似たような物であるような気がする。

 

 昔から度々織斑君についての惚気話を聞かされていた身なので、『まさかな、ハハッ』と一蹴していたのだが、ここに来て段々と現実味を帯びてくる。

 

 ――これって寝とりになるのかね……? 寝とる側とかうわぁ……

 

 と思ったがそもそも自分は織斑君のお姉ちゃん(織斑千冬)とってんじゃねぇかと結論付ける。だめだこりゃ。

 

「まあ、どの道叩きだす……なんてことは流石にできないからね。仕方ないね。あ、凰さんは二階の空いた部屋に荷物入れて」

 

「さっすがアッキー! 話しがわかるよ!」

 

「ありがとう! 岡部さん!」

 

「はーい…………アタシもあんな風に、頼れる人がいたらこうなってたんだろうなぁ」

 

凰鈴音の呟きが聞こえた。彼女にも何か思うところはあるのだろう。こっちは事情は知っているのだが、彼女が言い出すまではそっとしておいてやろうと思う。

 

「ただし、女性関係と私生活だけはとんでもないクズ野郎になりますがそれは」

 

「自覚してるのなら直しなさいよ!?」

 

 凰鈴音の去り際に締まらない事を言って彼女にツッコまれる。

 学園や恋のトラブルは歓迎だが、家庭のトラブルはお断りします。

 

 自分はポケットからさっと携帯を取り出し、織斑君の電話番号を打つ傍ら、食器を洗っている篠ノ之ちゃんに声をかける。

 

「そういやさー、篠ノ之ちゃん。明日暇だよね?」

 

「ええ、そうですけど?」

 

「今年の夏にさー、比較的近所に新しくウォーターワールド(大型屋内プール施設)できたらしくてさー」

 

 寮で凰鈴音が見たあのチケットを思い浮かべながら言う。

 

「明日、行くよな?」

 

「え!? あ、はい!?」

 

『もしもしー友兄?』

 

 唐突な自分の有無を言わせぬ言い方に目を白黒させる篠ノ之ちゃんをよそに織斑君が電話にでる。

 

「織斑ー、明日ウォーターワールド行こうぜ!」

 

 さも今から野球しに行こうと言わんばかりのかるーい口調で誘うものの、返事は予想を外れた。

 

『ごめん友兄! 明日はセカンドシフトした白式・雪羅のデータを取りに倉持技研に行かないと行けないんだ』

 

 だが、そんなこともあろうかと!

 

「え? 臨海学校でとったデータあるから、こっちで送るよ」

 

 大体いくら日本国内の企業とは言え、そうホイホイと貴重な人間とISを一人で行かせるかよ。学園と恋のトラブルはお任せ下さい……ってね。

 

『マジかよ! サンキュー!』

 

 ――よーしよしよし、これで篠ノ之箒・凰鈴音の幼馴染みの布陣は完成だな!

 

 と、1人頷いていると思わぬ伏兵がくる。

 

『いやぁ、良かった。せっかくだからセシリアも誘ってもいいか?』

 

 ――何だと!?

 

『今日、セシリアからもウォーターワールドに行かないかって誘われたんだけど、友兄と同じ感じに断ったんだよ』

 

 ――ラブコメ体質だからね……仕方ないね。

 

 そう1人で割り切る……だが、1つだけどうにも腑に落ちないことがある?

 

 ――あれれ? セシリアって、織斑君にお熱だっけ?

 

 IS学園での時や臨海学校で花月荘にいた時もいつものメンバーの中に入っていたりする分、他の子よりも仲――取り分けて好感度はいいんだろうが、何か決定的な瞬間ってあったか?

 

 そう思い、何かヒントを探るべく、つい先日イギリスでセシリア・オルコットの実家の方に招待された時のことを思い出してみる……

 

 ――あっ、彼女だ!

 

 思わず、パチンを指を鳴らす。篠ノ之姉妹が変な目で見たり、織斑君が『なんかノイズ入った?』と呟いているが気にしない。

 

 そうだ、オルコットさんには昔からの専属侍女がいたんだ。たしか、名前はチェルシー、チェルシーだ。 

 多くの使用人がいるオルコット家でも、自分が向こうにいる間は、一時的に自分に付いてくれたので非常に印象に残っている。

 18歳にしては非常に落ち着きがあって、オルコット家の一員なだけあってか、品も実に良かった。

 

 向こうにいる間、自分が何がしたいのか? 何を探しているのかをすぐに彼女は察してくれたりして非常に助かった。

 多分彼女は誰よりも人の心の機微には敏感なのだろう。

 

 だからか……だからチェルシーはセシリア・オルコットの何か――例えば織斑君に対しての好意か何かを察したのだろう。恐らく原因があるとすればそれだ。

 

 自分は夏休み中に考えていた『織斑君ハーレム計画(幼馴染みver)』の中身を考えなおすと共に、まずはこの目の前にイベントについて思案するのであった。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 ウォーターワールドのゲート前にて予定通り見知った顔と出会う。

 

「悪い! 少しばかり遅れたか?」

 

「一夏さん! と、あら?」

 

「随分と大所帯で」

 

 織斑君がオルコットさんとチェルシーさんに走っていく中、セシリア達は織斑君の後続を見て少しばかり驚く。

 

「いやあ、友兄に誘われちゃってさぁ」

 

「わ、私もだセシリア」

 

 後頭部を掻きながらバツの悪そうな顔する織斑君に苦笑いを浮かべる篠ノ之ちゃん。

 

「うう……まさかここまで大所帯になるなんて……」

 

「ホントはお前達だけ置いて行こうかと思ったんだが、申し訳ない」

 

 がっくりを項垂れる凰さんに彼女の肩を叩く自分。

 その後ろには……

 

「一夏だけと一緒に行って、私だけは除け者だなんてつれないだろ? な?」

 

「私の目の前で箒ちゃんだけを誘っておくなんて、ホント生殺しだよねー?」

 

 織斑さんはショートデニムパンツに黒のタンクトップ。篠ノ之さんはシャツにスカートといった感じの私服で、右側にいる織斑さんは自分の肩に腕を回し、篠ノ之さんは逆の方に自分の腕を組んでくる。

 

「ええい、こんな炎天下にくっつかないで下さい」

 

 そう言うと二人はあっさりと引く。これまでの経験則上嫌な予感しかしない。

 

「ま、そうだな」

 

「今日は暑いからねー」

 

「……今日はやけに素直だな。それじゃあ、みんな揃いましたんで行きますか」

 

 IS学園の学生メンバーから白い目で見られつつも、とっとと水着に着替えに更衣室に向かうのであった。

 

 

――特に何もなく10分後

 

 

「やっぱ野郎は早えな」

 

「そうだな、友兄」

 

 とっとと着替えた自分と織斑君は一足早くに予め設定しておいたウォーターワールド内の喫茶店で女性陣が来るのを待っていた。

 二人共テーブルに座り、自分はアイスティーを、織斑君はアイスコーヒーを飲んでいる。水着はつい先日の臨海学校と同じだ。

 

「ちょっとそこのお兄さん達? 私達とどう?」

 

 二人でボケ~っとしてると、いかにも遊んでますと言わんばかりの若い女性が4~5人でこちらにやってくる。

 

「あ、あの」「スマンが連れを待っててね、他をあたってくれ」

 

 愛想良く笑いながら『また』やんわり断ろうとする織斑君よりも先に、自分は露骨に嫌そうな顔をしながら、手を降って――所詮、人払いをする手の振り方で取り付く島もなく断る。

 

 女性達はチッと静かに舌打ちをするとそそくさと去って行く。

 

「……もうこれで何度目だよ」

 

 ……言うまでもなく、彼女達の狙いは『織斑君』である。

 

「ははは……そういう日もあるさ。友兄」

 

「大体、お前さんがキッパリと断らねぇからだな……まあ、いい」

 

 内心、これ自分がついていかなかったらヤバかったんじゃ……と思いつつ。また逆ナンパされた時の断り文句を考えていると、腕時計型の待機状態に移行しているゲスト機から連絡が入ってきた。

 

『あー、アッキー……?』

 

「ん? 何だい? 篠ノ之さん」

 

 連絡を入れたのは篠ノ之さんだった。彼女は困ったような声でこう告げた。

 

『すまないけど、迎えに来てくれないかな? 場所は女子更衣室の出入り口付近』

 

「? …………あー、わかった。すぐにむかう」

 

 しばらく考えた後、すぐに察した。こっちもこっちだが、あっちもあっちらしい。

 

「友兄? なんだって?」

 

「このご時世に随分と古風な奴がいるらしい。女性陣を迎えに行くぞ」

 

 

 ――ナンパ野郎を追い払うこと更に10分後……

 

 

「あれが、俗に言うナンパですか……中々新鮮でしたわ」

 

「あれだけジロジロとアタシ達の身体を見られたのに平気そうね」

 

「私と姉さんは胸ばっかり見られてた……」

 

「全く、デリカシーが無いのは嫌いだよ」

 

「上着を着るように忠告していたのは正解だったか……」

 

 お前ら思ったよりも状況を楽しんでるなオイ…………

 織斑さんは上着の提案は助かりました。

 

「ふう、ナンパ野郎も追い払ったことだし、泳ごうぜ!」

 

 織斑君も楽観的だなぁ……また別れたところをナンパされないか、こっちはヒヤヒヤ物だというのに。気負い過ぎかな、いや周りが周りだしこれぐらいでいいだろう。

 

 最悪、ISの使用許可でも出しておこうかと考えているうちに屋内放送のチャイムがプール内に鳴り響く。

 

『本日! ウォーターワールド開店記念イベント! 水上ペアペアタッグ障害物レースは午後1時から開始いたします! 参加希望の方々は12時までにフロントの方にまで、奮ってご応募ください!』

 

 そして、アナウンスは爆弾を1つ放り込んだ。

 

『優勝賞品はなんと! 豪華温泉旅行をプレゼント! 他には……』

 

 ズン、と女性陣の空気が一変する。あ、これは獲物を狙う肉食獣の目ですわ。

 

「お、面白そうだな。友兄やろうぜ!」

 

 ――アカン

 

「……篠ノ之、組むぞ」

 

「了解しました」

 

 この瞬間、織斑さんと篠ノ之ちゃんがタッグを組み……

 

「二人共生身なら……勝機は無くもないわね……セシリア! 組みましょう」

 

「ええ、いいですわよ」

 

 織斑君のこの一言によってある意味組み分けは瞬時に決まった。自分は出場確定ですか……

 

「……まあ、いいか。久しぶりにのんびりと身体を動かせるし」

 

「それでは、皆様方。御武運を」

 

「束さんは運動ニガテだから応援にまわるねー」

 

 どうやらチェルシーさんと篠ノ之さんは参加しないようだ。

 篠ノ之さんはともかく俗に言うメイド服姿のチェルシーさんには無理か。

 

「それにしても、チェルシーさんは水着に着替えなかったのですね」

 

「セシリア様の専属侍女(メイド)ですので。岡部様が見たいのであれば、またのご機会に……」

 

 そう言って茶目っ気のある笑みを浮かべ、人差し指を唇にあてるチェルシーさんなのであった。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

「さあ! 第一回ウォーターワールド水上障害物ペアタッグレース! 開幕です!」

 

 司会のお姉さんがあざとく胸を揺らしながら叫ぶと、その効果(?)もあってか会場はおおいに盛り上がった。オルコットさんや篠ノ之姉妹の方が大きいな……

 

 主に野郎共の歓声と拍手が大きいのは、主に参加者が自分と織斑君以外全員女だからであろう。

 そして、女性達の歓声と拍手が大きいのは唯一の男性参加者である自分と織斑君がいるからであろう。なんとも現金である。

 

 なお、他の男性参加者は受付にて『お前空気読めよ』という雰囲気に押し負けて撃沈した模様。織斑君効果万歳。

 

「さあ皆さん! 参加者達に今一度盛大な拍手を!」

 

 再度巻き起こる歓声と拍手に参加者は手を降ったり、飛び跳ねたりと色々飛び跳ねたりとしている。

 

「お、この娘いいかも」「あの娘胸デケェ」「貧乳美少女キタ」「おい、彼処の連中、とびきり美人ばっかだぜ」「こんな中に男二人かよ」「物好きな奴らだぜ。俺達は門前払いされたのによ」「私、あの人にならお姉さまって呼ばれてもいい!」「応援はしないので、束様」「ん? うん。どうせ身内が勝つでしょ」「あの男の子可愛くない?」「隣の男の人、ガッシリしてる……」「あんまり見ないよね」「兄弟かしら?」「弟くんの方がイケメンだけど兄さんの方もそこそこ……」「俺、あの娘になら踏まれてもいい……」「あのとびきり美人なオネエサマにか?www」「いや、あの貧乳美少女だよ! ニーソ込みなら最高だ!」「お前の好み(性癖)はよくわからん」

 

 ガヤガヤと観衆が自分達を品定めをしていく中、自分のところの身内は特にどういうリアクションも無く、淡々と準備体操をしていた。 

 

「準備はいいか? 篠ノ之」

 

「ええ、問題ありません」

 

 臨海学校と同じ水着でそのまま腕を組んでズン! と堂々と構えているのは織斑さんと篠ノ之ちゃんのペア。ドマゾな男共がよってたかってきそうなほどにSっ気を漂わせている。

 

「ん、しょっ……とそういえばセシリア、この前と水着違うわね?」

 

「ええ、屋内型のプールなこんなのがいいかな? と思いまして」

 

「ふーん」

 

「それにしても鈴さんこそ、この前よりも引き締まったいいカラダですこと。正直、少しばかり羨ましいですわ」

 

「ふふーん。この夏が勝負だからね~」

 

 のんびりと会話しているように見えて、その実柔軟等の準備体操は十二分に気合を入れている。オルコットさんと凰さん。

 

「やっぱ、俺……参加するんじゃなかったかなぁ……」

 

「言い出しっぺの法則だ。諦めろ」

 

 大勢の人間に好奇の目で晒される自分と織斑君は半ばげんなりしていた。

 織斑君と自分はこの前の臨海学校と同じ格好なのだが、自分場合は白騎士事件の関係者――ISゲスト機の搭乗者なのはメディアに露出して周知の事実なので、誤魔化すためにも髪を一時的に金髪のオールバックにして、スポーティなサングラスをかけている。

 

「では! 再度ルールの説明です! この舞台は50メートル四方の巨大プール! そしてゴールはその中央に浮かぶ島に渡り、そこにあるフラッグを取れば勝利です! なお、その島に行くためには円を描くように――ちょうど渦潮のように外側から内側へと突き進んで頂きます。

 その途中途中では、各種障害物をご用意させていただきます。障害物は基本的にはペアでなければ抜けられないようになっております! つまりは二人の相性と友情がこのレースを勝利に導くための重要なキーでしょう!」

 

 司会のお姉さんの説明を聞きながら、再度コースの下見と分析を行う。

 

 ――中央に浮かぶ島……ってのが中々厄介だな……

 

 なんと、ゴール地点の中央の島はワイヤーで宙吊りに吊られているのである。しかし、何かしら方法はあるはずだ。

 

 ――ま、そこはともかく、中々凝ったギミックじゃないか

 

 コースを一通りみてそう思う。だが……

 

 ――まあ、一般人向けだな

 

 所詮はそんなものである。これなら軍隊顔負けの厳しい訓練を積んでる代表候補生や織斑さんでも平気だろう。

 

 彼女達は一般男性は愚か、レベルで言うなら本職の兵隊さんレベルだろうし。若干ベクトルはズレるがな……

 

 あくまで一般人の域である織斑君に自分がついたのは案外よかったのかも知れない。

 

 いくら軍隊顔負けでも……

 

 ――個人で組織や軍隊を負かす連中(V.S.S.E.エージェント)国連が極秘裏に設立した部隊(G.H.O.S.T.)には敵わないだろうし

 

「……ま、(前世)の職業の話なんだけどね」

 

 

 自分のちょっと優越感混じりの独り言は観衆の声にかき消されるのであった。

 

「さあ! いよいよレースの開幕です! 位置について! よ~い……」

 

 パァンとピストルの火薬が炸裂する。40名20組のバトルロワイヤルが始まった。

 

「甘いッ!」

 

 早速隣のペアからの妨害である織斑君狙いの足払いを庇う。

 そのままカウンターで水面へ……もいいが、相手は女性。手荒なことはできない。

 

「友兄!」

 

「先にいけ! うかうかしてると追い抜くぞ!」

 

「わかった!」

 

 相方さんの突進を軽く躱すついでに足を引っ掛けて、水面へと落とす。

 このレースは『妨害OK』、なので早速逃げ切りを目的とするグループと、先ほどのように妨害でライバルを蹴落とすグループに別れる。

 

「水着美女と徒手格闘なんざ、G.H.O.S.T.の演習(パラダイスモード)以来だよ! っと……」

 

 また襲い掛かってきた新たなペアにジリジリと前進しつつ応対しながら、思考する。

 

 さて、今の小競り合いで少しばかり出遅れてしまった。先頭の逃げ切りグループにはやはり、織斑さんと篠ノ之さん、凰さんにオルコットさんのいつものグループがいて、織斑君は上手いこと彼女達に護衛して貰ってるようだ。まあ、流石に姉の目の前で織斑君を落とすのは気が引けるのであろう。織斑さんは多分なんとも思ってないと思うけど。

 流石は代表候補生達と現役IS操縦者……しかし、大立ち回りを見せてしまったためか会場の注目を集めてしまっているようだ。逃げ切り組も妨害組もすっかりそちらの方に標的を定めたらしい。

 

 ――彼らまでの距離はそこそこ、障害? 飛び越えればいいじゃないか

 

「自慢じゃないが、俺は100メートルを10秒フラットで走れるんだ。つまり脚力には自信アリってことさ」

 

 女子レスリングと女子柔道のメダリストを水面へと叩き落とした後、2つ目の島から走り幅跳びの要領で『翔んだ』。

 

 ――文字通り翔んだのだ。

 

 本来、コースをは外周部から徐々に中心点に向かう。そのために島が用意されているのだが、中心点に向かうための島は直接行けないように距離大きく離されて工夫されている。

 

 ……だが、それはあくまで常人に限った話。

 

「おい! なんだあいつは!?」

 

「ポンポン跳んでやがる……!?」

 

 聴衆の驚愕の声をよそに位置決めなのか単なるオブジェクトなのかはわからないが、大きなフロートブイからフロートブイへと超最短距離で先頭グループを追いかける。そして……

 

「な? うかうかしてると追いぬくぞ、ってな」

 

「友兄! どうやって!?」

 

 中央の島の1つ手前の島で、先頭グループと合流を果たした。

 

「最短距離で翔んできた」

 

「……そういえば、岡部。昔高校の4階から転落しても無傷だったな……」

 

「はは! 今でも記録は破られてないだろうな!」

 

 織斑さんの言葉に冗談を返しながら、他の女性陣達の『うわぁ……』という視線をよそに最後の中に浮かぶ島を見上げる。

 

「……はっ! それよりも友兄! 早く!」

 

 そう言って、ゴール地点の島から垂れ下がっているロープを指さす織斑君。

 最先頭はやはり、篠ノ之・織斑ペアか……

 

「なあに、そう慌てるなよ」

 

 そう言って、自分は浮島に背を向けて、腰を落として腕を組んで差し出す。

 俗に言う1人では登れない壁とかを2人で登るときに使うアレである。

 

「さあ来い!」

 

「友兄……2メートルとかの壁ならまだしも、それは無理だって」

 

 流石に織斑君もドン引きだった……確かに、水面から浮島までは10メートルあるかないかだ。だが、自分にはできる。

 

「なあに、俺を信じろ!」

 

 最初は渋っていたものの、やがては覚悟を決めたのか……

 

「……まったく! わかったよ! やりますよ!」

 

 織斑君は助走をつけて走りだし、自分の手のひらに利き足を乗せて膝を曲げた。

 

「……オラァァァ!!!」

 

 そして自分は渾身の力を込めて織斑君を上に跳ね上げさせた。

 前世での最盛期に比べてやや力は劣っているものの、織斑君はいとも簡単に浮島の上に着地。一気に一番手へとなった。

 

『……岡部!』

 

「すみませんねー。これはズル(IS)じゃなくて素ですよ」

 

 プライベート・チャネルで咎めるように自分の名前を呼ぶ織斑さんに対して、素直に答える。

 

 昔においての最盛期はV.S.S.E.の訓練の敵役でワイヤーアンカーに引っ掛けたSUVを投げ飛ばしたり、フォークリフトや船舶用コンテナを蹴り飛ばしたりできたが、V.S.S.E.の訓練をまだ受けてないこの身ではこれくらいしか再現はできないか……

 

 ――ま、ミサイルを持ち上げるなんて芸当は昔もできないけどね。

 

『……ぐぅ』

 

「ま、野郎同士にしかできない協力プレーってやつですよ。」

 

 自分がそう答えるのと織斑君がフラッグを取ったのは、同時の出来事であった。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 その後は自分のビックリ人間っぷりを見たのか、身内に手を出そうなどと思う不埒なナンパ野郎は一切居なくなり、のんびりとウォーターワールド内を過ごして無事に豪華温泉旅行のチケットを貰い。脳内の『夏の織斑君ハーレム計画』に修正を加えながら、織斑姉弟を自宅に送り届けた後、自宅に向かうのだが……

 

「ん? さっきからオルコットのところの車が後ろからついてくるんだが……」

 

 後ろからオルコットさんの車がついてきているのだ。前のようなロールスロイスではなくアストンマーチンがだ……ボンドカーかよ……

 

 しかし、どうしようもないのでそのまま自宅に戻ると空き家だったはずの隣の家にトラックが……しかも軍用車両が。車種からしてドイツ連邦軍の所属のはずだ。

 

 ――大体読めた。が、まあいいか。『夏の織斑君ハーレム計画』がやりやすくなる。

 

 昔から思ってたが、自宅広すぎだと思うんだ。篠ノ之姉妹に凰鈴音入れても少しばかり余裕がある。このまま織斑姉弟を入れて先に『夏の織斑君ハーレム計画(幼馴染みver)』を発動させようか……。

 

 自分と同様に篠ノ之ちゃんも凰さんも察したのだろう。お互いに『お金持ちってすごい……』と言わんばかりに苦笑いを浮かべる。助手席に座ってる篠ノ之さんは全てお見通しなのか『わくわく、わくわく』と言いながら、物凄い期待の眼差しでこちらを見ていた。

 ガレージに車を入れてみんなを家の中に入れる。アストンマーチンも隣の家に入っていった。そして予想通り、隣の家から見知った顔が出てきた。

 

「うん。君だと思ったよ。楯無さん」

 

「あら? 私はほんの少しのお手伝いをしただけよ?」

 

 そう言うと、IS学園の制服を着た更識楯無はさも心外だと言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「焚きつけた癖によく言うよ」

 

「乙女心を弄ぶ貴方には言われたくないわ」

 

 扇子を広げて『訴訟』の文字をこちらに魅せつける楯無さん。

 

「あれだ、おたくの妹さんが餌食になってるあの子(織斑一夏)の方がよっぽどなんだが……」

 

「あれは無罪です」

 

「控訴・上告も辞さない構えである」

 

「残念、請求は却下されました」

 

 なんという理不尽。

 そんな感じに楯無さんとじゃれついて遊んでいるが、そろそろ本題に入ろうと思う。

 

「で、ドイツの二人は確定として他には?」

 

「フランスの娘とメイドさん込みでイギリスの娘、そして私達とメイド!」

 

 『現金一括で購入しました』と扇子の文字が表示される。

 

「ここって結構な高級住宅街の中でも一番広くてお高い土地なはずなんだが……」

 

「ええ、4カ国の割り勘でお安く抑えたわ」

 

 すごい所帯じみてた……。

 

「それに、引越業者代わりにここ最近、ドイツ連邦軍から国連軍駐屯地の方に移転してきた部隊がハルフォーフ大尉とボーデヴィッヒ少佐の口利きで軍用トラックを出してくれたから助かったわぁ」

 

 お金持ちってセコイー。

 

 だがそんなことよりも聞き捨てならないことを聞いた。

 

「まさか……」

 

「ドイツ連邦軍の災害救助部隊って名目の特殊部隊よ」

 

 やっぱり黒ウサギ(シュヴァルツェ・ハーゼ)さんですかそうですか……。

 楯無さんからみた自分はさぞ愉快な顔をしているだろう。楯無さんは容赦無く茶々を入れる。

 

「私も驚いたわぁ。貴方彼処だと織斑千冬並みに人気があるもの。なにかやらかした?」

 

「俺は何もやってねぇ……と言いたいが、めちゃくちゃ心当たりがある」

 

 お前も一部共犯だけどな! と、心の中で叫んでおく。

 

「知ってた。じゃないと副隊長殿(クラリッサ・ハルフォーフ)が貴方にぞっこん……なわけないよねぇ」

 

 楯無さんがそう言っていると、噂の副隊長殿がこちらにやってきた。こちらもいつものスカートタイプのスーツ姿だ。

 

「てっきり欧州組は母国の方に帰るもんだと踏んでいたが、ここまで積極的なのは予想外だな」

 

「これも我らが隊長殿(ラウラ・ボーデヴィッヒ)とご学友達の為ですから」

 

「で、本音は?」

 

「私にもご利益があってもいいでしょ? 強力なライバルもいますし。あくまでもこれは夏休み――個人のプライベートですし」

 

 そう言って、にっこりと笑みを浮かべるハルフォーフさん。強かだなぁ。

 

「なんでこんな男の事が好きなんだろうね? 楯無さん?」

 

 先ほどの仕返しに楯無さんに無茶ぶりをする。

 

「なんでここで私にフルの!?」

 

「いやぁ、だってそれなりに付き合いがあるしねぇ……」

 

「正直に言ってごらん? 先生怒らないから」と楯無さんをからかっていると

、ずっと外で突っ立っていたのを不審に思ったのか、ほぼ同時に互いの家から人が出てくる。

 

「先生、いつまで外にいるのよ」「岡部さーん。姉さんが『今日の晩ご飯作ってー』って言ってましたよ」

 

「ハルフォーフ先生ー、何かあったんですか?」「クラリッサ、いつまで外にいるんだ?」「姉さん、さっさと荷物を運んでください」

 

 ――ピキピキッ!

 

 篠ノ之箒と凰鈴音、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ、そして更識簪の2グループはお互いにお互いの陣営を見て、カチンと凍りついたような音がしたような気がした。そして……

 

 自分はこれから訪れる大絶叫に対しておとなしく両指で耳を塞いだのであった……。

 

――さあて、それなら明後日の『特別演習』の時には素早く演習場に行けるな……。

 

 思わず、自分は笑みを浮かべたのであった……。

 

   ■   ■   ■

 

 ――時間はおおよそ1ヶ月前に遡る。

 

「特別演習ぅ!?」

 

 用務員室の一角で、轡木十蔵(くつわぎじゅうぞう)さんとの『世間話』をしていた……。

 

「ええ、そうなんです。貴方には今年の代表候補生に対する特別演習全般を任せようかと思っているんです」

 

 いきなり出てきたIS学園の限定行事であるらしい『特別演習』という物について、その全てを一任された。権力者怖い……。

 

「いきなりそんな事を任されても反応に困りますよ!?」

 

「ええ、そうでしょうね。まあ、そういう反応を楽しむ為にわざとそう言いましたからね」

 

 そう言って、『今のは中々いいリアクションでしたよ』と付け加えると、湯のみに入っているお茶をのんびりと飲んだ。

 

「まあ、簡単な事ですよ。『実銃や実際の携行火器・兵器』の取り扱いの訓練の事です」

 

「それで……演習場はどこでやる予定なんですか?」

 

此処(IS学園)です」

 

 ――は?

 

「IS学園の敷地内でやっているんです。銃器や携行型の迫撃砲の訓練とかを」

 

「…………ごめんなさい。少しばかり理解するための時間をくれませんか?」

 

 思考能力がガクンと落ち、もう反射レベルで会話をしてしまった。

 轡木さんはのんびりと湯のみにお茶を注いでいる。

 

「そうなるのも無理はないでしょう。IS学園の設立当初に各国の軍事方面の方々から『そういう訓練』を導入するようにとの強い要請(脅迫)があったもので……まあ、悪しき風習ってものですよ」

 

「は、はぁ……」

 

 落ち着いて思考能力を取り戻すために、自分もお茶の入った湯のみに口をつける。十中八九、妨害工作なんだろうなー。しょぼいけど……

 

「今の今までそう言った分野の人材がいなかったので改善のしようも無く、そう言った外部協力者も呼べなかった物でして……」

 

「で……自分にと……」

 

「ええ、更識楯無くんのお墨付きとくれば躊躇する理由もないでしょう。どうか、お知恵の方を貸していただきたいのです」

 

 確かに何らかの早急な改善が求められる…………せっかくの機会だ。ここは前世知識を用いて度肝を抜くような奴を選んでしまおう。代表候補生達にはかわいそうだが、自分のスキルアップも兼ねてとっておきの『演習場』を用意しようではないか。

 その組織は国連所属なので干渉されにくく、なおかつ新しい刺激はウェルカム! といったスタンスなので特に問題はないだろう。最悪自分を餌にすれば問題無く食いついてくる。

 

 

 ――そして何よりも『実戦形式』なのが嬉しいッ!

 

 

 その場所は前世での『V.S.S.E.』という組織での訓練の次に厳しかった場所。

 国連軍のホスト(装脚式走行機構)型戦車を用いての軍事訓練コマンドの通称……

 

 ――ウォートラン(WARTRAN)だ!

 

 




元ネタ集と解説
http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=14316&uid=1259



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19:8月 夏休み

※注意

今回はマイナー作品ネタを使用しています。
目滑り注意。

後書きと活動報告にネタの解説と誘導を行いますのでわからなければそっちで補完をお願い致します。


 織斑一夏達は走っていた。

 

 綺麗な青空の下、無機質なコンクリートジャングルの中を緑迷彩の『超特殊ボディアーマー』に白を基調とした戦闘服・ヘルメットを装備し、セミオートマチックのアサルトライフルとその弾薬、そしてボディアーマーと同様の材質でできた盾を持って、指定されたエリアまで駆けていた。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ここがそのエリアか?」

 

 IS学園とは違う、十何キログラムもの荷物には未だに慣れない織斑一夏は軽く息を整えてから、同級生に尋ねた。

 

「ええ、ここで間違いないわね」

 

「大丈夫ですか? 一夏さん。それと、簪さん?」

 

 間違いないと答える凰鈴音に、そんな織斑一夏と比較的体力がない更識簪を心配するセシリア・オルコット。

 

「……まだ問題は無い」

 

「シャルロットは大丈夫か?」

 

「うん、大丈夫だよ。ありがとう箒。箒は?」

 

「ああ、問題は無い、大丈夫だ。」

 

 問題は無いと答える更識簪にシャルロット・デュノアと篠ノ之箒はお互いに確認しあう。彼女達も織斑一夏と同様に緑迷彩の『超特殊ボディアーマー』に白を基調とした戦闘服・ヘルメットを装備している。

 

 

 ここは欧州のウォートラン実戦訓練用ベース。

 コンクリート製の擬似的な建物と機動兵器を格納するための大型倉庫や兵舎が多く点在している。

 今年のIS学園の『特別演習』は学園を飛び出し、世界各地のウォートランのベースにて行われている。仕掛け人はもちろん、教員の岡部友章だ。

 

 ――そもそもウォートランとは何か?

 

 国連軍の軍事訓練コマンドの通称である。

 

 この訓練は新兵のみならず、全ての将兵が対象となっている。

 この軍事訓練コマンドは陸軍・海軍・空軍全てに展開し、基礎訓練から特殊技能訓練、戦略シミュレーションに至るまで多岐に渡る。特に陸軍では通常のキャタピラー(履帯式走行機構)型の戦車の他にホスト(装脚式走行機構)型戦車、通称スタンディングタンク(略してST)がある事が、ここの大きな目玉である。

 兵科も普通科、機甲科、航空科、特殊科等多岐に分かれており、各々に重複してプログラムを受けることも可能。また、特に際立った成績を上げた者に対しては正式に受勲・昇格が行われる。

 各演習を担当する教育担当官達は全員、各分野におけるスペシャリストで、発足時に各国軍より招集された者が殆どである。

 訓練参加者は皆、特殊ボディアーマーを着用し、演習は全て実弾を用いた完全な『実戦形式』で行われる。

 被弾から最大限に身を守ることが義務付けられ、『教官チーム 対 訓練生チーム』のスタイルが取られ、人身事故を最大限に減らす方策がとられている。

 訓練生は敵チームを排除する等の演習ミッションを遂行し、かつ良い成績を上げ、各個人やチーム(小隊)の評価を高めて最高の兵士と認められる事を目指している。

 

 

「いきなり友兄にISに乗って欧州まで翔んで行くと言われた時はヒヤヒヤしたな」

 

「まあ、それでも仕方がないと思わせるのが岡部さんなんだけど……」

 

『遅いぞお前たち!』

 

 エリアに辿り着いた一同にメガホンでの大音声が響き渡る。一同は音の方に視線を向けると、近くの物見やぐらに1人の女性がいた。

 ヘソ出しタンクトップに白のローライズではあるが、彼女も立派な1人の教官である。

 

『ここまで来るのに一体いくらかかっている! テリー教官がお待ちかねだぞ!』

 

「お前たち! 何をグズグズしている!」

 

 声のした方に駆けて行くと、彼女の3メートルくらい下にボディアーマーに半パンというスタイルで佇んでいる男がいる。今回の実戦訓練の教官――ジェイク・テリー教官だ。

 

 織斑一夏達がウォートランに来てから、施設の案内や訓練の説明を行ってくれた人物なので印象にすごく残っている。

 

「こっちだ! ロープを使って降りてこい! いそげ!」

 

 織斑一夏達は急いで近くにあったロープを用いてラペリング(懸垂降下)を行う。そして、テリー教官の前に横になって全員並んだ。

 

「初めての実技訓練ということで、今回は俺が引率を務める。

 各国の代表候補者の腕前、拝見させて貰おう。

 では行くぞ! 遅れるなヒヨッ子ども!」

 

 物見やぐらの上から、先ほどの女性――テリー教官の副官を務める、ターナー教官が説明をいれる。

 

『お前たちの任務はテリー教官に付いて行って、倉庫内に格納されたSTの訓練機を撃破することだ! わかったな!?』

 

「「「「「「サー! イエッサー!!」」」」」」

 

 

 ――地獄の始業ベル! 訓練機鎮圧作戦! 開始!!

 

 

「遅れるな! ひよっ子ども! ついてこい!」

 

 発砲音がする中、織斑一夏たちは教官の後に続く。

 

「身を隠せ! 無駄に体をだすな! そら11時の方に敵3だ! 撃て!」

 

 教官が指をさした先には黒を基調とした戦闘服一式に同じボディアーマーを装着した歩兵達がいる。

 

「うおおお!」

 

 織斑一夏がやや興奮しながら、アサルトライフルで射撃する。他のメンバーもそれに合わせて射撃を開始する。

 

 6対3という数の上に先制攻撃なので、瞬く間に敵兵は倒れた。ボディアーマーや戦闘服のおかげか出血は無く、ただ気絶しているだけである。

 

「一夏! 下がれ!」

 

 やや織斑一夏が突出してるのを心配して、篠ノ之箒が叫ぶ。

 

「あ! あっちに敵!」

 

「敵に狙われている時は身を隠すか盾で守れ!」

 

 その瞬間、教官からの指示が織斑一夏に飛ぶ!

 

「い、イエッサー!」

 

 織斑一夏はほぼ反射的に持っていた盾で身を隠した。

 その瞬間、盾を構えた腕に衝撃と、彼の耳に甲高い音が聞こえてくる。弾丸が盾に命中しているのだ。

 その他にも織斑一夏の体を掠めるようにいくつかの弾丸が飛んでくる。一発一発の弾丸が身を掠めたり、盾に命中するごとに織斑一夏の心の中ではドクンと心臓が跳ねた。

 

「うわぁ!?」

 

「しっかりと身を隠していれば大丈夫だ! ビビるんじゃない!」 

 

 教官はアサルトライフルで牽制射撃を行いながら、更に女性陣に檄を飛ばす。

 

「お前達! ボサッするな! 早く援護しろ!」

 

 その一言で我に返った女性陣はすぐさま織斑一夏を援護、敵を殲滅していく……

 

「よし! 全員、この倉庫の中に突入だ!」

 

 教官からの入れ、というハンドサインを汲み取って、織斑一夏が突入を指示する。

 

「うわっ! これがスタンディングタンクですの……」

 

「縦に長い分、すごく大きく感じるよ……」

 

 セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアは初めて見たスタンディングタンクの大きさに驚いている。

 

「HR-10/GXS 俗称:オリジン-ワン。

 スタンディングタンクの中でも黎明期に作られた機体……」

 

 彼らの前に立ちはだかるのは、全高4~5メートルのホスト(装脚式走行機構)タイプの装甲機動兵器だ。

 両腕にガトリングガンを、胴体部中央には極々一般的な120mmタイプの主砲を備えている。

 

「簪! 弱点は!?」

 

 織斑一夏は物怖じせず、アサルトライフルの銃口をスタンディングタンクに向けた。

 

「基本的にはロケットランチャーで撃破するのが王道。」

 

 更識簪のその言葉に織斑一夏はアサルトライフルを肩に掛けて、ロケットランチャー(パンツァーファウストⅢ)に持ち替えた。

 

「けど、これは一発きりしかないぞ!」

 

「一夏さん! 私達が上階のキャットウォークに登ってアレを引きつけますわ! 大きな隙を晒したら思い切りやってくださいまし!」

 

「セシリア! アタシは右の階段から上がるわ! あんたは左に!」

 

 凰鈴音はセシリア・オルコットの言葉を聞くとすぐさまそう叫んで、駆け出した。

 

「言われなくてもわかってましてよ!」

 

「私は鈴をカバーする! 簪はセシリアのカバーを! シャルロットは一夏をカバーしてくれ!」

 

 駆け出した鈴の行動力に感心半分、向こう見ずさに呆れ半分の様子で、仕方がなさそうにアサルトライフルからサブマシンガンに取り替えた篠ノ之箒は矢継ぎ早に支持を出してから、鳳鈴音の後を追う。

 

「スタンディングタンクは、胴体部中央と脚部の間の隙間に存在するジョイントを撃ちぬく事や、視界確保の為にタンクから身を乗り出す操縦士を撃ちぬく事で小銃での撃破も可能……だからそこまで緊張しなくてもいい」

 

 更識簪は織斑一夏にそう言うと、セシリアの後を追った。

 

 オリジン-ワン(HR-10/GXS)は3つに別れた織斑一夏達に戸惑っているようで。両腕のガトリングガンの銃口は右往左往している。

 

「? 相手の操縦士もそんなに練度は高くない? 一夏! 相手がもたついている内に!」

 

「わかった!」

 

 シャルロットが相手の操縦士がそこまで操縦の腕が上手くないことに気づくのと、相手の操縦士のカメラにロケットランチャーが写ったのはほぼおなじであった。

 オリジン-ワンは足を開いて、整列時の安めの体勢をとる。

 

(アイツ! 主砲を撃つ気だ!? もしかして僕、読み間違えた!?)

 

 シャルロット・デュノアはその動作は攻撃の予兆だと察知し、アサルトライフルで何とか牽制しようとするが、距離が少し遠いので弱点のジョイント部には攻撃が届かない。

 

(ダメだ! 距離が少し遠い! けど、簪の話が本当なら!)

 

 シャルロット・デュノアはセミオートマチック式のスナイパーライフルを取り出してスコープを覗いた。

 

(イチかバチかだ!)

 

「当たれっ!」

 

 スナイパーライフルでジョイント部に狙いを定めて、シャルロットは引き金を引いた。

 直後に、スタンディングタンクの主砲と織斑一夏のロケットランチャーがほぼ同時に発射された。

 対戦車榴弾がそのままスタンディングタンクに直撃、撃破することに成功。そして、スタンディングタンクの120mm砲は幸運にも狙いが外れて、シャルロット・デュノアと織斑一夏の後ろにあった大きな扉を吹き飛ばすだけに至ったのであった。

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 ウォートランでのおおよそ一週間の『特別演習』も佳境に差し掛かってきた頃、自分は織斑君たちと同じ白を基調とした戦闘服一式を着て立体投影型ディスプレイに表示された映像を見ていた。

 

「うんうん。やはり彼らには良い経験になったようだ」

 

 ウォートランの訓練基地から送られてきた織斑君たちの活躍と成長ぶりを見て大方満足する。

 

「先せ、じゃなかった隊長。その映像は?」

 

 横から覗きこむようにして、ラウラ・ボーデヴィッヒが不思議そうにしている。今まで織斑君たちが訓練プログラムを受けてきたように、自分とラウラ・ボーデヴィッヒもまた同様に幾つかの訓練プログラムを受けてきている。

 

 お互いに二等兵からのスタートとなったが、今では曹長と伍長の関係になってしまった。お陰で本来、ドイツ連邦軍においては少佐の筈なラウラ・ボーデヴィッヒは自分に対して隊長と呼ばなければならないというおもしろ現象が起こってしまっている。

 

 そもそも、下士官や准士官でもあるこの階級だと本来はだいぶ年齢を重ねなければなれないシロモノだが、年がら年中『戦争ごっこ』という名のゲームを行っているウォートランでは異常に経験値が貯まっていくので、こんな通常では不可能なスピード出世が可能である。

 

 ――余談だが、日本の警察官・海『洋』保安官・陸上『防』衛官では幾度もなく行われているヤクザ『極道会』やアジアンマフィア『龍頭』やその他諸々(日本の過激派や中東テロリスト)との熾烈な一斉検挙作戦によって銃撃戦の最前線にそれぞれ警視総監・一等海上保安監・乙・陸上幕僚長が参加しているというおかしな現象が確認されている。

 

 同じような理由でG.H.O.S.T.も似たような昇級システムで、前世での除隊目前ではなんとか准将に上り詰めていた。

 GHOST1(陸戦部隊)からGHOST7(後方支援部隊)まで一通りの部隊でこなしてきたからこそこの階級なのだが、GHOST3(要人救出部隊)には最高階級である元帥保持者が2人いたらしい……

 

「ん、織斑君たちの作戦を撮った映像」

 

 そう言って、ラウラ・ボーデヴィッヒに立体投影型ディスプレイを見せた。

 

「そうか、(織斑一夏)も箒も頑張っているようだな……」

 

 うんうんと頷きながら、元気にやっている織斑君たちの映像を見て満足そうにするが、少しばかり表情に陰りが見えた。

 

「済まないな……一応、軍隊に所属しているボーデヴィッヒさんがいると、今回の特別演習の意味が無いからね。今回は分けさせて貰った」

 

「いえ、その判断は間違ってないと思います。先生の考えの通り、私が居ると嫁たちのコンビネーションが育たないでしょう」

 

 自分の表情を察されたのに気づいたのであろう。いつものキリッとした表情に戻ると、ディスプレイに向けていた顔をこちらに向けた。

 

「それに嫁たちがやっているのはルーキー向けの比較的の易しい訓練プログラムです。しかし、私と先生が今までやってきたプログラムは古参兵向けの訓練プログラムだとわかります。

 わざわざ各人のレベルに合わせた特別演習のカリキュラムを組んでくれた先生には感謝しています。それに……」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは軍人特有の冷酷な表情から一転……

 

(6月)から私に仰っていた遺伝子強化試験体(アドヴァンズド)(兵器)を超えた存在……というのも証明してくれましたしね。隊長」

 

 綺麗な笑みを浮かべてそう言ったのであった。

 

 そういえばそんな話をして、かっこ悪くフランスに行ったんだっけ……

 そういう意味としては今回の特別演習に無理やりながら参加したのがいい方向に向かってくれたようだ。

 

 心の中でボーデヴィッヒさんにスマヌ、スマヌ……と謝っていると今回の教官がやってきた。

 

「よう!」

 

 恐らく彼の専用機であろうST(スタンディングタンク)から身を乗り出しながら、僚機でもあるST――HT-03/BGX 俗称:ベルデを率いてSTを操縦してやってきたのは色白の優男――ミッヒ・ハーネマン教官だ。

 

 こいつは無類の兵器好き……要は兵器オタクでアブナイ奴だが、全ての火器・兵器の知識と運用に長けている。

 しかし、その優秀さとは裏腹に階級は軍曹である。その理由として自分の興味のないことには見向きもしない性格が災いしているからであると挙げられる。

 

 ハーネマンは自分とラウラ・ボーデヴィッヒを見定めるとそのまま彼の専用機――HT-46M/GG-R 俗称:ヴィルトファングで立ち去っていった。

 

 ――こりゃあ、前の演習でやられたことを根に持ってやがるな……

 

 ウォートランに入隊初日での実戦訓練において、夜の兵器工場に潜入し、教官を捕縛する事を主旨とした作戦に参加した時に相手の教官が彼だったのだ。

 

 自分の愛用の銃器を見つめて『ああ、お前は今日も美しい……』と呟く彼にボーデヴィッヒさんは顔を青くし、自分が『ああ、ここでもか……』と呟いたのは想像に難くないだろう。

 その時に彼を倒したのは自分とボーデヴィッヒさんだったのだ。

 

 とりあえず、予習として前世知識からさっきのSTについて思い出すことにする。

 

 HT-46M/GG-R ヴィルトファングは両腕に20ミリの6砲身のガトリング砲を搭載し両肩にはそれぞれ2連装ミサイルポッドが搭載されている。所謂――火力重視のSTだ。

 そして何と言ってもこのSTの特徴はこれらの装備の一斉射撃である。

 通常のSTでは発射時の反動で大きく機体のバランスが損なわれ、最悪の場合転倒、破損といった事があり得るが、この機体は機体構造を改善し、状況に応じた姿勢変更が可能となり、一斉射撃時に反動を上手くコントロールすることが可能だ。

 

 次に汎用タンク。HT-03/BGX 俗称:ベルデ。二足歩行能力を備え、右手にグレネード砲、左手にガトリング砲を標準装備したもっとも基本的なタンクだ。

 ここからさまざまな装備を追加していく事で多種多様なタンクに発展していく可能性を持っている。敵部隊の識別カラーとして暗めの色で統一されているが、環境に応じてカラーリングを変えている。

 

 ――もっとも、教官達の操るタンクと比べると操縦の腕は一段階落ちるようだが。

 

 と行ったところで、こっちの部隊の指揮官がブリーフィングを開始した。

 自分とボーデヴィッヒはすぐさま立体投影型ディスプレイを閉じて、話を聞く。

 

「今回の演習はここ中東で行う! 作戦内容は小型ヘリからの奇襲だ!

 作戦開始後、小型ヘリから降下したらすみやかに散開、敵軍に占拠された施設を奪還するんだ! 車輌やスタンディングタンク等の激しい抵抗が予想される! 気合入れてけ!! わかったな?」

 

「「サー! イエッサー!」」

 

 自分とボーデヴィッヒさんはすぐさま割り振られた小型ヘリに飛び込むように乗り込んだのであった……

 

  ■   ■   ■

 

「……と言うわけで、織斑君達には戦争ゲームをやってもらった訳ですよ」

 

 自宅のリビングにて、自分主催のIS学園『特別演習』の内容を全て話し終えた後、最後に欧州のウォートラン実戦訓練用ベースで一緒に戦ってきた仲間とお世話になった教官達、そして自軍チームが運用している明るいサンドカラーのスタンディングタンクでもあるHT-03/NGX――ベイシュとの集合写真をひらひらと見せて終わった。

 そして、ゆっくりとソファに座り込む。篠ノ之さんはテーブルを挟んで自分とは反対側のソファに座っていた。

 

「束さんいつも思うけどアッキーのそのコネは何処からきてるの?」

 

「まあ、秘密と言うことで……それにしても……」

 

 自分はそう言うと、今の今まで視界から外していた人達に目を合わせる。いや、今の今まで篠ノ之さんだけ見るように集中させていた視野を大きく広げた。

 

「なんでお二人さんまでいるんですかね? 織斑さん? ハルフォーフさん?」

 

 篠ノ之さんの左右に陣取り、今までの話を聞いていた織斑さんとハルフォーフさん。時折、質問や織斑君やボーデヴィッヒさんの状況などについて報告を入たりといろいろと話を交えていた。

 しかし、特に呼んだ覚えの無い二人なので、どうして此処にいるのかと二人に疑問の声を投げかける。が、二人が口を開こうとしたその時、篠ノ之さんが割って入った。

 

「はいはーい。その件については束さんがあらかじめ呼んでおきましたー!」

 

 そう言うと、織斑さんとハルフォーフさんは訝しげな表情を浮かべた。

 

「待て、束。私は岡部からここに呼び出された筈だ」

 

「ええ、私も(岡部友章)からここに呼び出されました。説明をお願いします」

 

 二人は自分にとって無視できない事を言う。自分も二人に同調して篠ノ之さんに説明を要求した。

 

「篠ノ之さん。これはどういうことなんだ?」

 

 と言っても、どうせほんのちょっとした悪戯心からの犯行であることは明らかである。

 あくまでも怒らずに、二人に説明をしてあげるよう促すように、口調自体は大変穏やかに言った。

 

「デートしようよ! 『みんなで順番に』アッキーと!」

 

 篠ノ之さんのその言葉に、自分と織斑さんは呆れ、ハルフォーフさんはなるほど! といった表情を浮かべた。

 

  ■   ■   ■

 

『はあ、どうしてこんなことに……』

 

 ――ちょうどお昼頃、執事服を着たシャルロット・デュノアは内心で少し呆れながらもテキパキと仕事をこなしていた。

 

 思えば、何かと常識が残念なことになっているラウラ・ボーデヴィッヒと一緒にウォートランから帰ってきてから気分転換代わりに買い物に行った時、その帰り道に困っていた女性に声をかけたのが運の尽きだったのであろう。

 幸いなことにメイド服を着たラウラ・ボーデヴィッヒも……少々嗜好が捻れてしまっている方々にも大人気を博していたので、まあ……結果オーライというやつであろう。

 

 ――そうこう考えている内に喫茶店のドアが開き、新たなお客様が入ってきた。

 

「いらっしゃいませっ――お二人様でしょうか?」

 

 所詮、営業スマイルという代物で喫茶店のお客さんに声をかけたシャルロット・デュノアであったが、あまりにも予想外な――完全に不意打ちを喰らった出来事に一瞬だけ絶句した後、すぐさま我に返り接客を続けた。

 

『なんで…………』

 

「ッ!――岡部!?」

 

「ああ、二人だ。案内を頼む」

 

『なんで御二人様(岡部友章と織斑千冬)がいるのー!?』

 

 シャルロット・デュノアは心の奥底で思い切り叫んだのであった……

 

 岡部友章と織斑千冬。IS業界に留まらず、最早知らない人はそうそういない二人の有名人。

 それが依りにもよって二人揃っての御来店という自体。

 シャルロット・デュノアにとってこの二人の仲はそれなりにも察しがついていたが、二人してこんなところ(喫茶店)に来るなんてキャラではない……と言うかそんな性格・趣向だとはとても予測出来なかった。

 

『岡部先生も織斑先生もいくら変装で誤魔化してるからって……』

 

 髪を金髪のオールバックにして、更にスポーツタイプのサングラスをかけた岡部友章に、髪型をポニーテールにして黒縁眼鏡にした織斑千冬。

 

「でも、執事服着ている僕も言えたクチじゃないか……多分これお互いに察して気づいてない『フリ』をしている事だし……」

 

 案外、人間って見た目のイメージに騙されやすいな……と、新たに学んだシャルロット・デュノアは二人を空いたテーブル席に誘導する。

 二人は特に彼女に対してこれ以上のリアクションを見せるわけでもなく、すんなりと座る。

 

「あ、そこのウェイターさん。すぐ注文するから、少し待ってもらえるかな?」

 

 岡部友章がシャルロット・デュノアにそう伝えると、彼女はそのまま待機する。

 そして、岡部友章が織斑千冬にメニューを見せて、何にするか話合っている。

 

「岡部……なんでこういう所を知っているんだ?」

 

「そりゃ、ここの飲み物とお菓子が美味しいからじゃないですか? ここって従業員の服装はアレですけど、個人的には結構オススメですよ」

 

「私が言うのも何だが、こういう所を調べるのは女性の方が多いのでは?」

 

「紅茶コーヒースイーツが好きな野郎(男の子)がいたっていいじゃない。自由とは、そういう物だ」

 

 ……が、彼は常に人差し指でトントンを規則的なリズムでテーブルを叩いている。

 

『岡部先生、モールス信号だなんて……スパイ映画じゃないんだから……』

 

 呆れながらもシャルロット・デュノアは彼が言いたいことを即座に理解した。

 

『えーと……「 あ と で お は な し き か せ て ね 」ってそれだけなの!?』

 

 ――今しがた一瞬だけ、シャルロット・デュノアの脳裏に『ツッコミ役が欲しいなぁ』……と思い浮かぶ。

 

 その後は、普通に二人から受けた注文をそのまま厨房に伝えると、そそくさと他の作業に従事した。シャルロット・デュノア個人としては大いに観察したいところではあるが、流石にずっと二人の様子を見ていられる程には、暇ではないのだ。

 ある程度時間が立った後、注文されたコーヒーを出し終え、次の注文の品を持って行こうとするラウラ・ボーデヴィッヒとすれ違うので、先ほど起こった出来事を伝えた。

 

「なんと……やはりあの二人は教官とレーラー(先生)だったのか」

 

「うん。正直、二人共喫茶店とかにはあんまり行かなそうな感じというか、そんなキャラクターだとは思わなったから意外だったよ」

 

 そう言って、|二人《シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ》はそっと二人(岡部友章と織斑千冬)を見た。

 

「いやぁ、機会があれば一回食べてみたかったんだよね。シロノワール」

 

「確かに岡部が薦めるだけはあるな……全部食べるんじゃないぞ。二人で分けて食べるからな」

 

 ウィンナー・コーヒーとシロノワールという、温かい生地のパンケーキの上にソフトクリームを絞り出して果物をトッピングしたスイーツに嬉々としてメープルシロップをかける岡部友章。

 それに対して、織斑千冬はブラックコーヒーのみという何とも言えない組み合わせとなった。

 

「……」「……」

 

「ねえラウラ」「……なんだ」

 

「岡部先生のイメージががらがらと音を立てて崩れていくんだけど」

 

うち(シュヴァルツェア・ハーゼ隊)のクラリッサみたいなものだ。直に慣れる」

 

 シャルロット・デュノアは、そう答えたラウラ・ボーデヴィッヒのソレは言葉に何かを悟った様な印象を持った。

 彼女も彼女で何かあったのだろう……

 

 結局、その後は織斑千冬と岡部友章は特に目立った(?)こともなく。会計を済ませて出て行った。

 

『ふう、一時はヒヤヒヤしたよ……』

 

 やれやれ、と言わんばかりにシャルロット・デュノアは肩の力を抜いたのだった。

 

  ■   ■   ■

 

「ふむ……これでは埒があかないな……」

 

 昼下がりの午後、ラウラ・ボーデヴィッヒは途方に暮れていた。

 

 元はと言えば、シャルロット・デュノアの買物に付き添ったのがそもそもの発端ではあるが、それは仕方の無いこと――強制イベントか何かだと割り切りはついている。

 

『そこの銀髪メイドさん! 俺だ! 罵ってくれー!』と殺到する野郎共に、IS学園へ編入する以前、軍で『ドイツの冷氷』とまで呼ばれた時代の自身の絶対零度の視線と許しのない嘲笑で律儀に応えていくとともに、打開策をシュミレートしていく。

 

 元々、軍で育った自分にとってこのような接客業務は不得意な分野であることはラウラも承知であった。

 が、今の状況では必要な技能なので何とかして得なければいけないことも承知であった。

 

『正直、こういった特殊な趣向の店で助かったな……』

 

 自身と同じ『女』の筈なのに執事服を着せられ『カッコいい』と言われて落ち込んでいた親友のクラスメート(シャルロット・デュノア)には悪いが、ラウラ・ボーデヴィッヒは内心で胸を撫で下ろした。

 

 しかし、『だが、これでいいのか?』という気持ちもラウラ・ボーデヴィッヒにはあった。

 

 ――よし! 決めた!

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは覚悟を決めた。

 

『今度、新しく入ってきたお客様にはしっかりとした接客業務に挑戦してみよう』と……

 万が一、見られて恥ずかしい人物……自身の教官(織斑千冬)等はもう岡部友章と一緒にここから会計を済ませて出て行ったので問題は無いだろう。

 

 ――そして、幾つものシミュレーションを重ね、万全の体制に整えた上でちょうどタイミングよく喫茶店のドアが開き、新たなお客様が入ってきた。

 

『……ええい! 勢い良く言ってしまえば良い!』

 

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうかー?」

 

 ――その声はえらくラウラ・ボーデヴィッヒというキャラから大きく外れた口調であったのは言うまでもなかろう……完全な猫なで声であり、完全な営業スマイルであった……

 

 ――そして、ラウラ・ボーデヴィッヒはシミュレートのしすぎでしゃべる口調にだけ全神経を集中させてしまった……

 

 ――故に……悲劇(喜劇)が起こったのであった。

 

「隊――ッ!」

 

「――二人でお願いします…………クッ……」

 

 新しく入ってきたお客様は……クラリッサ・ハルフォーフ(自身の隊の副隊長)と岡部友章であった……

 一瞬頭の中が真っ白になったラウラ・ボーデヴィッヒではあるが、そこは腐っても佐官クラスのエリートドイツ軍人。何とか狼狽えることなく、二人を空いたテーブル席に誘導する。

 

 岡部友章とクラリッサ・ハルフォーフもあまりにもキャラの違うラウラ・ボーデヴィッヒの姿に面食らうものの、直ぐに平静を取り戻した。

 

「嫁よ。ここは紅茶とチーズケーキが絶品だぞ。私一番のオススメだ」

 

「……そうか。じゃあお願いしようかな?」

 

 先ほどのラウラのアレは見なかったこと扱いにして、気を使っている二人だが、それがラウラ・ボーデヴィッヒの心を抉るのは言うまでもない。

 とりあえず二人の注文を受け、厨房に伝えると、シャルロット・デュノアが『何やってんだこいつら』と、言わんばかりの呆れた様子で岡部友章とクラリッサ・ハルフォーフを見ていた。

 

『……』

 

『ラウラ、うん……悲しい、事故だったね……』

 

『……もういっその事一思いにやってくれ……』

 

 座り込んでのの字を書いているラウラ・ボーデヴィッヒの姿にシャルロット・デュノアは同情する一方、『まあ、これくらい茶目っ気があった方がいいかな?』とも思う。

 

「うーん、これはウバ茶かな?」

 

「そうだ、ここは季節に応じた旬の茶葉を使うらしい。」

 

 そう言うと、クラリッサ・ハルフォーフはチーズケーキをフォークで切り分けてから刺して、それを岡部に向けた。

 

「?」

 

「今日は『デート』だろ? これくらいはしてもいいじゃないか。な?」

 

 ――とどのつまり、『あ~ん』的なアレである。

 

 岡部友章は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、ソレを察したらしく。少しの間躊躇う。

 

 ……が、その様子を見たクラリッサ・ハルフォーフはそのままにこりと笑みを浮かべながらチーズケーキが刺さっているフォークを岡部に向け続けた。

 素直に口を開けることに遅疑する様子ではあったが、クラリッサの笑みを浮かべながらの無言の圧力による賜物なのか、諦めて雛鳥のように口を開けてパクリ、と食べる。

 

「ふふっ、どうだ? 紅茶によく合うでしょ?」

 

 クラリッサ・ハルフォーフがそう言うと、岡部友章はコクコク、と無言で頷きながら――流石に口に物を入れて喋る気はないらしい――そう答える。それも見た彼女は満足そうに頷き、フォークで次のケーキを差し出す。

 

「だけど教師陣の茶目っ気はいらないかな……」

 

 シャルロット・デュノアはその様子を見て、今まで自分が(勝手ながらに)築いてきた岡部友章のイメージが、完全にガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた……

 

 ――で、だ……

 

(しばらくして、やっとクラリッサ・ハルフォーフと岡部友章は喫茶店から出て行った。そして時間が静かに過ぎていく……)

 

「もう僕は何もツッコまない……」

 

「……はぁ」

 

 |二人《シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ》は完全に呆れていた。

 彼女達の目の前にいる二人のカップルがその原因だ。他の従業員達も奇異の目で――特に男性の方をみている。

 

『ねえ、あの人。今日で三回目よ。普段から不定期的に此処をご贔屓にしてるけど……』

 

『しかもお連れの人は全員違う人だったし……しかも何より美人……』

 

『世の中って何があるかわからないわねぇ……』

 

 しきりに様子を見ては、それぞれ思い思いの考察を始める従業員の皆様を尻目に二人は内心でヒヤヒヤしていた。

 

「正体がバレたらどうなるんだろう、これ……」

 

 他の従業員を方に視線を向けながら一応身内同然でもあるシャルロット・デュノアはもう苦笑いするしかなく……

 

「まさか、三股(?)もどきをしている男がゲスト機の操縦者だとは誰も思うまい……そして、女性3人もISの業界では大物だとも思うまい……」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒもまた、俯いて片手で顔を隠し、困り果てるしかない。

 

「しかも……だ」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがその例のカップルに視線を向けると……

 

「ねえねえアッキー! 束さんこれ食べたいなぁ?」

 

「いいですけど、ちゃんと自分で頼んだ物は食べてくださいね?」

 

 それは案の定、岡部友章と……

 まさかの篠ノ之束の二人であった……

 

「えー、束さんはあとコレとかコレとか食べたいにゃー」

 

「しょうがないなぁ、一緒に食べましょうか? それなら色々と頼めますし」

 

「やった! ありがとう!」

 

 この様子を見たシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒは我が目を疑って、思わずお互いを見合わせた。

 

「あの篠ノ之束が……子供扱いされているだと……ッ?」

 

「まるで、妹みたいな扱いだよ、岡部さん……」

 

 しばらくしてパフェなどがテーブルに並べられると、岡部友章と篠ノ之束はお互いのスプーンを相手の口に運んだり、口についたクリームを拭って上げたりとした。

 傍目にはさも恋人同士か仲の良い兄妹のように見える。

 この様子を見たシャルロット・デュノアはふとこう思う。

 

『岡部さんって相手によって露骨に対応が変わるんだ……』

 

 この行為自体は別に悪くはない。時によってはそれは人を差別する行為として人に嫌われる危険性もある。だが、適切な使い方をすればそれは適度に人の距離を取ることのできるとても有効な手段である。

 

『一応、織斑先生やハルフォーフ先生に対してはそれなりに大事に接してる……のかな?』

 

 普段の放課後の補習授業(模擬戦)や学園での岡部の二人に対する接し方などを見てもそういう風には見えるが、プライベートでもそれは同じなのか、とデュノアは納得する。

 

「それにしても、ここだけだよ。三人とも『デート』の場所がダブった所は。おかげ様でみんなからの視線がイタイイタイ」

 

「ははは、最初のちーちゃんとのデートの時に此処を選んだのが運の尽きだね」

 

 空のスプーンで岡部に指して笑う篠ノ之束に対して岡部友章は手でやんわりと制止する。

 

「ほらほら、行儀が悪いよ。でも、プライベートでオススメは此処なのも本当の事だし、せっかくだから織斑さんにも教えようかな……って思ったんだよね」

 

「まあ、そりゃわからなくもないよねー。でもクラリッサ・ハルフォーフも此処を狙ってたのはちょっと考えればわかったんじゃないの?」

 

 篠ノ之束がそう指摘すると岡部友章は苦笑いで応える。

 

「確かにね。慣れてる自分からすると此処は『お気に入りの喫茶店』なんだけど、ハルフォーフさんから見ると『メイド・執事喫茶』の一種なんだよね。『そういう』のが好きなハルフォーフさんが飛びつかない訳がない」

 

「だからダブった……と、でも束さんがハブられるのは嫌だから、あえて此処を選んだけどねー」

 

「確信犯ですか、ちくしょうめ」

 

 ――この二人の会話をちらっと聞いたラウラ・ボーデヴィッヒは確かにと納得する。

 

「だから、クラリッサ・ハルフォーフが変装の際に使ったメガネ……アレ、束さんがアッキー用に作った伊達メガネでしょ?」

 

「うん、ああ……そうだね」

 

 ――だが、この会話も聞いてしまったラウラ・ボーデヴィッヒはほんの少しだけ後悔する。

 

「アレ、撮影機能もあるから今頃はシュヴァルツェ・ハーゼ(黒ウサギ隊)に流れてるんじゃないかなー」

 

 そう言って、篠ノ之束はちらりとラウラ・ボーデヴィッヒを見る。

 

 ――すべてを理解したラウラ・ボーデヴィッヒは頭を抱えたくなった……

 

『あー、うん……頑張ってね……』

 

 シャルロット・デュノアにできる事は、彼女を励ますことくらいのである。

 

「ほらほら篠ノ之さん。意地悪しないで、ね?」

 

「えー私はクラリッサ・ハルフォーフの事しか言ってないよ? よ?」

 

 岡部友章は無言で篠ノ之束のパフェをスプーンで取ろうとする。

 

「わー! ダメダメ! とっちゃダメ!」

 

 篠ノ之束がそう言うと、ピタリと動きを止めた。

 

「そ、それにしても一日で3人でデートするからあんまり時間は無かったけど、色んなところに行けて楽しかったよ! 途中銀行強盗みたいな事件が起こったけど、警察官が即座に『鎮圧』してたね! あんなことってあるんだ」

 

「『警察官』『海洋保安官』『陸上防衛官』を舐めてかかってはいけない」

 

 露骨に話題を変えた篠ノ之束に対して、岡部友章はスプーンを完全に収めた。

 その後、二人は何事も無く、会計を済ませて帰っていった。

 

「ふう、やっと帰っていったね……もうこれで大丈夫でしょ……」

 

「ああ、まさか箒が来るわけではあるまい」

 

 ――ラウラ・ボーデヴィッヒの呟きにシャルロット・デュノアは戦慄を覚えたのは言うまでもない……

 

なにかこう、この数時間で精神的な疲れが二人にどっと来たのであった……

 




元ネタ解説
ウォートラン:まんまコナミのガンシュー。余談だが文系グダグダはウォートランの前作的な立ち位置であるワールドコンバットは結局プレイできなかった。

階級の話:公務員の階級システムについてはコナミのガンシュー『ザ・警察官』シリーズと同じく『セイギノヒーロー』より
     GHOSTの階級についてはGHOST3、要人救出部隊……要はゴースト・スカッドをプレイしているプレイヤーの所属が此処であり。2人の元帥はまんまプレイヤーを指している。

『警察官』『海洋保安官』『陸上防衛官』:コナミガンシューの『ザ・警察官』シリーズと『セイギノヒーロー』からプレイヤーの所属である。海洋保安官と陸上防衛官の名前は実物ではないようにぼかしているみたいなので、こちらもコナミに準拠しています。

岡部友章(オリ主)=ガンシューの主人公ではない。これは絶対である。
主人公と同じ組織での所属(前世では)ではあるが……


公式サイトがまだ生きているので此処を除くと直ぐにわかるだろう
ttp://www.konami.jp/am/wartran/
サイト上部のAbout・Character・Secretを見ればより一層この世界を楽しめることでしょう。
また、大変運が良いことにカードサービスがまだ生きていた頃のプレイ動画も上がっているので、それも見てもらえると更に良くわかるだろう。kge氏には多大な感謝を
ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm2211725?ref=search_key_video



以上、お目汚し失礼しました


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20:8月 夏休み

 篠ノ之さん主催の贅沢なデートのひと時を過ごした後、篠ノ之さんは織斑さんとハルフォーフさんの二人を連れて、自分の家に入った。

 特に思うことが無かったので自分も一緒に自宅に入ろうとすると、篠ノ之さんからのストップがかかってしまった……

 篠ノ之さんが言うには三人で話し合うことがあるらしい……

 

 ――此処の家主は一応、自分なのだけどなぁ……

 

 仕方がないので、お隣にお邪魔することに……

 お隣の家に入り、リビングルームにお邪魔すると、そこには同じく追い出された組であろう篠ノ之ちゃんと凰さんがいて、メイド(チェルシー・布仏姉妹)と他のメンバーも確認した。

 勿論、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ、この二人も同じ部屋に居ることが確認されている。

 

 自分が来た時には、彼女たちはテーブルを囲んでの今晩のお茶会を実施していた。

 まず、目に付いたのはテーブル上に普段では見ないようなケーキスタンドだ。

 色とりどり、多種多様なケーキがスタンドに存在している。他にも、ティーパーティー用の器具が色々と置いてあることが確認できる。

 

「「お帰りなさいませ、岡部様」」

 

「岡部せんせー、お帰りー」

 

 いち早く気がついたのはメイド組だった。

 チェルシー(チェルシー・ブランケット)さんと布仏 虚(のほとけ うつほ)布仏 本音(のほとけ ほんね)の三人だ。

 相変わらず、妹さんの方はえらく砕けた会話だが、自分にとってはお堅く挨拶されるよりかは気が楽なものである。

 

「あ、岡部さん

 お帰りなさーい」

 

「岡部先生、お帰りなさい」

 

 次に気がついたのは、篠ノ之ちゃんとデュノアさん。

 そして、その後はいつものメンバーである凰さんやオルコットさん、ボーデヴィッヒさんや更識姉妹も出迎えてくれる。

 

「で、トリプルデートってどんな感じだったの?! お姉さんに教えてよ~?」

 

 更識さんは折りたたんだ扇子で自分の方を指して茶化す……が、自分は返答として無言で出歯亀(更識楯無)にデコピンを食らわせる。更識ちゃんがよくやったと言わんばかりにグッ! と親指を立てているが気にしない事にする。

 

「ひっどーい! 暴力はんたいよ! 義兄様(お・に・い・さ・ま)

 

 扇子を広げて口元を隠す、広がった扇子には『DV反対』の文字が……

 懲りない野郎に今度はげんこつを一発お見舞いする。『ゴッ』と鈍い音を立てて、更識さんはオーバーに椅子から転げ落ち、ゴロゴロと転がった。

 

「いったーい!」

 

「んなオーバーな……」

 

 更識さんの様子に呆れていると、いつの間にか妹さん(更識簪)が姉の席のケーキを隣に移動させ、椅子を引いてこちらを見ていた。

 

「あ、そうそう。なんでケーキがいっぱいあるんだ?」

 

「シャルロットとラウラが貰ってきた……

 セシリアがイギリス本国から紅茶セットを取り寄せた……」

 

 思わず『なるほど』と呟く。

 

「それにしても、大人三人で内緒話なんて……気になるわね……

岡部先生は何か知らないの?」

 

凰さんがショートケーキに乗ったイチゴをフォークで突き刺して、こちらに向ける。

 

「さあ、自分には心当たりがないなぁ……」

 

本当は一つだけ予想が出来るが、今この場では言えない。なのでしらを切らせてもらう。

 

「まあ、来るべき時には、レーラーも言ってくれるだろう。

……それにしても、どうして貴方だけ仲間はずれなのだろうか?

 クラリッサなら納得出来るのだが……」

 

小皿に乗せようと、ミルクレープのホールを切り分けながら、ラウラ・ボーデヴィッヒが疑問にする。

視界の片隅には、『姉さん、埃が立つから邪魔……』、と言って更識ちゃんが姉をシャキッと立たせた。

 

「……もうっ、かんちゃんったら過激なんだから

何も 夢現 (ゆめうつつ)(対複合装甲用超振動薙刀(なぎなた))を持ち出してまでやらなくてもいいじゃない……」

 

「……姉さんはすぐにネタに走るよりも、もう一度常識を叩き込んで貰いたい」

 

 ――更識ちゃんの言うことはもっともだが、こういうところが姉妹だなぁと心の中でつぶやいた。本当に、この家が大きいからできる荒業だと思う。

 

「簪さんの言うことはもっともですわ……少々過激ですが……

ささ、岡部先生。お掛けになって下さいまし、せっかくの紅茶も冷めてしまいますわ」

 

 オルコットさんが呆れ顔でそう指摘した後、自分に紅茶を振る舞おうとする。

 特に断る理由もないので、自分は言葉のままに椅子に腰掛ける。

 

「オルコットさんに付き添ってイギリスに行った時以来だね。

 あの時は君のお母さん直々に紅茶を淹れられてて、驚いたよ」

 

「貴族たるもの客人をもてなすのも嗜みの一つですわ。

 私も紅茶ぐらいならば、当然出来ましてよ」

 

 フンス、といった感じにオルコットさんは強気に意気込む。

 

「ははっ、じゃあ期待できそうだ。

 その意気込みで料理の方も凰さんや篠ノ之ちゃん、簪ちゃんに教えてもらって、頑張って欲しいな」

 

「うぐっ……ぜ、善処いたしますわ……

 お父様から、連絡です。

『学園祭に行く』だとのことですわ」

 

 自分がそう言うと、オルコットさんはがっくりとうなだれてそう答えた。

 

「了解、手配をしておこう。

 ……おおっと、ボーデヴィッヒさんも同じだからな。

 『レーションだって美味しくできるように日々研究している』

 『そして、今でも食事は軍において重要なこと』……だ。

 その事を身を以て感じて欲しい」

 

 いきなりのキラーパスにボーデヴィッヒさんはビクッ、と身構える。

 

「り、了解しました。先生(マイレーラー)

 

「ま、そこのメシマズ二人の事はアタシ達に任せなさい」

 

「……まあ、一夏の為だ。ラウラ、協力は惜しまないぞ。

 それに……(実の姉)は強大だからな……」

 

 凰さんが茶化して、篠ノ之ちゃんが答える。

 

「姉さんも……花嫁修業はすべき……」

 

「でも政略結婚じゃないですかー!? いやだー!」

 

 更識さんのその一言に、皆は笑ったのだった……

 

 

   ■   ■   ■

 

 

 バイトの一件から数日が経ち、8月も中盤――ちょうどお盆を過ぎた頃、フランスから定刻通りに帰ってきたシャルロット・デュノアは空港のロータリーでアストンマーチンを見つけると、大きく手を振った。

 

 車はシャルロットの傍に横付けられて、助手席のドアが開く。

 運転席には岡部友章がいた。てっきり、自身の同級生でもあるセシリア・オルコットか更識のお抱えの運転手が乗っていると思ったシャルロットは少しだけ意外だと思った。

 

「お疲れ様、デュノアさん。帰省はどうだった?」

 

 デュノアは助手席に座り、ドアを閉める。そして、岡部友章は彼女にそう言ってからギアをドライブに入れて、アクセルを僅かに踏みこんだ。

 荷物はすべて、シャルロット・デュノアの愛機であるラファール・リヴァイブ・カスタムⅡの拡張領域(バススロット)内に収納済みなので、今のデュノアは文字通りの身一つだ。

 

「うん、良かった……良かったと思います」

 

 シャルロット・デュノアはほんの少しだけの帰省での、しかし記憶には強く残るであろう思い出を回想しつつ、シンプルな言葉で感想を伝えた。

 

「そうか、それでデュノアさんのお父さんには『例の物』を渡したかい?」

 

 岡部友章はそれに対して何の感慨も無く言葉を返した。

 例の物というのは、シャルロット・デュノアが帰省する前に岡部友章が彼女に渡したただの紙の封筒の事である。中身は丁寧にも蝋印で閉じられているためにシャルロット・デュノアはその中身までは見てはいなかったが、両親に渡した時の反応を見るに、とても魅力的な物が書かれていたのであろう。

 

「あ、はい。きちんと伝えました

 『学園祭にでも詳しい話を』と言ってましたよ」

 

 それはシャルロット・デュノアの両親がIS学園に直接趣くということを意味していた。

 

「うーん、期待以上だな……わかった。

 手間を掛けた。

 ありがとう、デュノアさん」

 

 こうしている間にも、アストンマーチンは道路を駆けて行く……

 ふと、岡部友章はハッ、と何かに気づいた後、助手席にいるシャルロット・デュノアに話しかけた。

 

「あ、そうそう。

 急な話なんだが……

 明日に篠ノ之ちゃんの実家で夏祭りがあるらしい。

せっかくの日本なんだし、織斑君たちと一緒にどうだい?」

 

「夏祭り、ですか……?」

 

「ああ、篠ノ之ちゃんの実家が神道系の……

 まあ、ざっくり言えば神社……あー、違うそっち(欧州)に合わせるなら神父や牧師……なのかな?

 自分には的確な説明はできないが……まあ、そういう家だ」

 

 岡部友章の何とも言えない、もやっとした不十分な説明を聞いた。シャルロット・デュノアであったが、それなりに頭の回転が早い事もあってか、まあ何とか理解はしたようだ。

 

「へえ、箒の家も家で変わってるんだね

 ところで岡部先生は?」

 

 シャルロット・デュノアは好奇心半分、ちょっとした打算半分に聞いた。

 岡部友章はそれを聞いて少しだけ苦笑いを浮かべる。

 

「自分は普通も普通、日本のよくある中流家庭の一人さ。

 強いて言えば、親が企業間取引(Bussiness to Bussiness)の中堅企業の社員『だった』ようなものだよ」

 

 そして、会話が途切れる。

 

 ――実は、岡部友章とシャルロット・デュノアは毎日のようによく会うものの会話自体は数える程しかしていない。

 

 シャルロット・デュノアがIS学園に来た当初は、警戒からか岡部友章と意図して言葉を交わさなかった事にも起因しているのだが……

 問題が解決して以降もシャルロット・デュノアと 岡部友章の会話は少なかった。

 

 理由としては岡部友章の忙しさもあるのだが、シャルロット・デュノア自身に、岡部友章に対して、何か話しかけられる事が少ないからだ。

 織斑一夏や篠ノ之箒のように半分身内なのも同然な人物でも無ければ、セシリア・オルコットやラウラ・ボーデヴィッヒの二人のように師と慕う事も無い。

 ついでに言えば、凰鈴音や更識簪のように岡部友章と何らかの共通点も薄く、一般のIS学園の生徒達(おてんば娘)更識楯無(茶化し仲間)のように癖のあるタイプでも無い。

 

 ――シャルロット・デュノアは品行方正で気立てが良くて素直。

   岡部友章にとっては手のかからない生徒と言うのがピッタリと彼女に当てはまっているのだ。

 

 さらに言えば、放課後の補習授業(ISガチ模擬戦)に置いても同じように……

 

 一点特化型の暮桜弐式(織斑千冬)白式・雪羅(織斑一夏)

 それぞれ特殊な機能を備えた第三世代ISである、ブルー・ティアーズ(セシリア・オルコット)シュヴァルツェア・レーゲン(ラウラ・ボーデヴィッヒ)打鉄弐式(更識簪)

 

 これらのIS達に比べ、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ(シャルロット・デュノア)はどうしても見劣りしがちである。

 そして、拡張領域(バススロット)特化型としてはゲスト(岡部友章)、万能性としては赤椿(篠ノ之箒)、この2機の下位互換的な位置づけになりがちなのもこれらの印象に拍車をかけている。

 

 加えて言えば、シャルロット・デュノアのISにおける操縦技能としては正に『器用貧乏』であり、同じようなジャンルの人間としては、完全な上位互換として山田真耶やクラリッサ・ハルフォーフと言った人間もいるために埋もれがちなのである。

 シャルロット・デュノアにはISにおける武器の高速切替(ラピッド・スイッチ)という特殊な技能を持っているものの、彼女には圧倒的に経験というもののが足りていないのだ……

 

 なので、岡部友章がシャルロット・デュノアを教導する際には、篠ノ之箒やセシリア・オルコット、織斑千冬――彼女は半ば強引だが……

 彼女たちのようにまで、かなり深く入り込んだ教導は出来なかった。

 

「…………」

 

「…………」

 

 と、このような要因が幾つもの重なって今のような状況になったのである。

 

「あの、岡部先生……」

 

「ん?」

 

「こうやって二人きりになるのって、結構珍しいですよね……」

 

「? ああ、そうだな」

 

 岡部友章がそう答えると、シャルロット・デュノアは少しだけ戸惑った後に、意を決して言った。

 

「どうして、どうして……私を助けてくれたのですか?」

 

「……」

 

 これには岡部友章も返答に困った。

 

 そもそも、岡部友章のフランスでの1件とシャルロット・デュノアの男装については関連性があるように見えて、完全なる『偶然』である。

 結果としてはシャルロット・デュノアの男装問題については織斑一夏が動き、それに合わせて、岡部友章や織斑千冬、更識楯無の面々が迅速な行動や対応で済ませたかのように見えているだけなのである。

 

「……君は、織斑一夏に好意を持っている」

 

「……えっ、あ、あの」

 

 岡部友章からの突然の奇襲に言葉の意味を即座に理解したシャルロット・デュノアは顔を赤面させ、両手で顔を覆って戸惑う。

 

「君は、シャルロット・デュノアは織斑一夏に対して明確に恋愛感情を持っている。そうでは無かったか?」

 

「……は、はい」

 

 赤面させたシャルロット・デュノアの対して、岡部友章は容赦無くストレートに言葉を伝えると、シャルロット・デュノアは肯定の意を示した。

 

「きっかけとしては、まあ……転校直後に男装がバレ、そのまま織斑一夏が君を庇い続けたり、気をかけてくれた。それがきっかけだな」

 

「……ええ、まあ

 それが、それが理由ですか……」

 

「デュノア社の経営状況はどうかね?」

 

 シャルロット・デュノアの質問に岡部友章は質問で答えるというタブーを犯す。

 だが、シャルロット・デュノアは立場上からか、岡部友章の有無を言わさない口調からか反論できず、素直に答える。

 

「経営は……将来的な物を見据えると、厳しいと思います」

 

「そうだ

 現在、デュノア社はラファールシリーズによって利益を得ている。ISのフレームの費用は勿論だが、契約に基づくメンテナンスやオプションパーツ・武装パーツ、消耗品の供給によって膨大な利益を計上している」

 

 

 ISはその中枢たるコアの他とラファールタイプや打鉄、レーゲンタイプやテンペストタイプのフレームを購入する『だけ』ならば、戦闘機よりも『高く』はない。

 

 問題はISコアに限りがある点と、維持費・訓練費などのコストが遥かにかかる点である。

 

 なので、フレームの購入費による利益よりもその後のアフターサービスから利益を計上するようなビジネスを展開するのは当然の帰結といえよう。

 

 

「しかし、デュノア社は第三世代型ISの開発は他の先進国よりも一歩遅れる形となる……

 確かにラファールシリーズの汎用性とオプションパーツの豊富さ、メンテナンスなどのアフターサービス……それらをISのフレームの購入時に抱き合わせで購入させ、流動性の高いキャッシュフローを実現させたビジネス形態としては他の先進国よりも進んでいるのは事実」

 

 

 ――いくら、傑作機と言われようとも時代の流れに遅れてしまえば非力な存在に過ぎない

 

 

 

 ――デュノア社による第三世代型ISの開発が『遅れている』という事実が市場に流れている

 

 デュノア社にとっては、これは本当に痛い所を突かれる訳だ。

 当然、他の企業・先進国はこれをネガティブキャンペーンの材料として嬉々として使うだろう。

 そして、デュノア社のCEOが今まで傀儡化していた事によっての弊害として、技術力は勿論のこと、ビジネスモデル等のノウハウも少なからず流出してしまっている事が予想される。」

 

 岡部友章が、フランスでの1件でかち合った――ほんの短い間でさえ、それらのノウハウと多くの資金が闇の中へ消えていった事実も確認している。

 シャルロット・デュノアはその事実に反論しようも無く、ただ黙りこくって岡部友章の話を聞いている。

 

「私個人の意見としては、(シャルロット・デュノア)(織斑一夏)と恋人になろうが正妻になろうが(めかけ)や愛人になろうとも、両方共に幸せになってくれれば何も問題は無い」

 

 ――自由恋愛バンザイ……だ

 

 と岡部友章はつぶやく。

 

「だが、後ろ盾の無い状態でアレ(織斑一夏)を含む身内(篠ノ之姉妹・織斑姉弟)魑魅魍魎が跋扈する世界(社会)に解き放ってしまうのは非常にマズい

 ……かと言って、後ろ盾の操り人形にされてしまうのは――私自身が『絶対』に許さない」

 

 ここまで言えば、シャルロット・デュノアも察しがついたようで、目を見開き驚愕といった感情を露わにさせて、運転席にいる岡部友章を凝視した。

 

「私に……デュノア社がその後ろ盾となれ……と……

 だから……助けた……」

 

「『ゲスト』、ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡに通達

 

 ――『これから私が喋ることすべてを記録にするな』

 

 そして『ゲスト』

 

 『私とデュノア以外の何者にもこの会話を漏らすな』」

 

 岡部友章の左腕につけてある腕時計型のISコアがチカリと発光した。

 

「シャルロット・デュノア

 私はデュノア社がそのまま衰退するのを良しとしない

 だから私は『ISコアの製造権(ライセンス)』を将来的にデュノア社に渡そうと思っている」

 

 ――絶句……

 

 シャルロット・デュノアはその言葉に背筋が凍り、しっとりと背中に汗が染みてくる。

 

「でも……どうやって……」

 

 震える唇で搾り出せたのはたったこの言葉だけだ。

 対照的に岡部友章は涼しげにしている。

 

「普通に『特許』をとって『利権化』する」

 

 ISコアは完全にブラックボックス化されている。

 ISコアが世界に配られてからも現在まで、それは未だに破られてはいない。

 

「デュノアさん。以前、みんなで勉強会をやった時に自分は大学から来たと言っていたのを覚えてないかい?」

 

「ええ、まあ。はい」

 

 唐突に話が変わった事に疑問を感じつつ、シャルロット・デュノアを少し気の抜けた声で返事を返す。

 ちょうど車は赤信号に差し掛かり、一時的に止まった。

 

「これが大学行ってた意味」

 

 岡部友章は助手席に体を向ける。

 

 ――シャツの左胸には。十六弁菊花紋の中央に五三桐をあしらったデザインの徽章(バッジ)がつけてあった。

 

「身内で固めないと安心できない(タチ)でね。自分の悪い癖だよ」

 

 シャルロット・デュノアはもうため息しか出なかった。

 

「今のところは順調。年内には利権化完了する見込みだ」

 

「岡部先生……いや、岡部さん……あなたは一体……」

 

 シャルロット・デュノアはまだ自由の身では無い。

 彼女の生も死も、知らぬ間にこの男が握っていたのだ。

 

「君が織斑一夏を本当に愛する事ができない、もしくは愛する事が出来る自信が無いのなら……

 無理は言わない、『あきらめろ』」

 

 解っていたことではあるが、その言葉はシャルロット・デュノアにとってはハンマーで頭をかち割られるくらいの威力があった。

 

「でも、一夏には他にも……鈴とかラウラとか、簪さんだって……それに箒だって!?」

 

 かつて、少し前に凰鈴音からも言われた言葉を思い出して、苦笑しつつも岡部友章は答える。

 

市民同盟(civil union)という言葉を知ってるかい? 結婚に似た『法的に承認されたパートナーシップ関係』という言葉らしい。私はその制度を利用したいと思う

 

 もう一度言わせてもらう。シャルロット・デュノア

 もし君が本当に織斑一夏という人間を愛する事ができない、もしくは織斑一夏という人間と彼を慕う娘達と共に生きていくことができないというなら……

 

 ――あきらめるんだ」

 

「……クス」

 

 シャルロット・デュノアは喉を鳴らして笑った。まるで岡部友章を見下すように……

 

「岡部『さん』フランスは先進国の一国だと言われているけど、それって何だと思いますか?」

 

「? さあ?」

 

「正解は――『愛』ですよ

 フランスは愛の先進国なんです

 政略結婚? ハーレム? 上等です。むしろ、この上なく燃えてきました」

 

 シャルロット・デュノアの心は折れず、むしろ燃え上がっていた。

 この反応には岡部友章も予想はしていなかったようで、少しだけ戸惑う。

 

「……(こいつ大丈夫だろうか)」

 

「『デュノアの強みは汎用性にある。常に相手の予想を裏切ってやれ』

 補習授業での岡部さんの言葉、大正解でしたね」

 

 そう言って、ニコッと岡部友章に向けて満面の笑みを浮かべるシャルロット・デュノア。

 その顔は正に『してやったり』といった表情であった……

 

「……参った」

 

「数日後にお祭りがあるから女性陣のみんなでお買い物に行くんでしょ?

 しっかりと運転、お願いしますね。義兄様(おにいさま)

 

 ちょうど、信号が青になり、岡部友章は苦笑いを浮かべてため息をつきながら、ゆっくりとアクセルペダルを踏みこむのであった……

 

 

   ■   ■   ■

 

「(何も変わってないなここは……)」

 

 8月のお盆、その週末に篠ノ之箒は親戚の家である篠ノ之神社にいた。

 

「うわぁ、ここは変わらないなぁー」

 

 その隣には、篠ノ之箒の保護者代わりでもある岡部友章が感慨深くそう呟いていた……

 

「ええ、本当に何も変わってない……」

 

 板張りの剣道道場は今でも時が止まったように静かに佇んでいた。

 岡部友章が言うには定年退職した警察官の方が、今でも善意で教室を開いているらしい。

 

「今は結構人居るな」

 

「ええ、昔は私と千冬さん、そして一夏と岡部さんしかいませんでしたからね。

 たまに姉さんもいたけど……」

 

 そう言うと、篠ノ之箒は壁の木製名札を見ながら、物思い吹けるように生徒手帳を取り出し、写真を眺めた。

 

「お、ツーショット写真。そんなところに入れてあるのか」

 

 岡部友章はそっと後ろから覗き見る。写真はシンプルに剣道道場での剣道衣姿の篠ノ之箒と織斑一夏のツーショット写真であった。

 

「ええ、岡部さんが撮ってくれた写真ですから。

 あの時はありがとうございます」

 

「ははっ、これぐらいしかお節介はできないからね。

 ツーショット捏造、と言うのも青春の1ページにはちょうど良いが、こっちの方がいいってものだろ?」

 

 そう言うと、岡部友章は手帳を取り出す。

 手帳には写真が収められおり、岡部友章はパラパラとそれをめくるとそこには、同じ場所での篠ノ之姉妹と織斑姉弟の写真が入っていた。

 

 ふと、岡部友章は手帳をしまうと、こちらに向かう人物に向けてお辞儀をした。

 

「お久しぶりです雪子(ゆきこ)さん」

 

 ――さらっと岡部友章は篠ノ之箒の叔母である篠ノ之雪子に篠ノ之箒の様子が見えないように移動してからお辞儀をしていることは、本人以外知る由もない。

 

 篠ノ之箒は慌てて生徒手帳をしまうと、岡部友章の前に出る。

 

「お久しぶりです。叔母さん

 つい懐かしくて、ここで立ちつくしてしまいました」

 

 そう言うと篠ノ之雪子は純粋に微笑んだ。

 

「いいのよ、元々住んでいたところですもの。誰だって懐かしむわ

 岡部さんも箒ちゃんの付き添い、ご苦労様」

 

「好きでやっていますので。お構いなく

 お心遣い、感謝します」

 

 そう言って、岡部友章は再び頭を下げる。

 篠ノ之雪子は再び、篠ノ之箒に声をかける。

 

「それにしても、良かったの?

 夏祭りのお手伝いなんてして?」

 

「いえ、こちらとしても都合が良かったので、大丈夫ですよ」

 

 篠ノ之箒はそう言うと、篠ノ之雪子は嬉しそうにした。

 

「あら! それは大歓迎だわ! 男の子とのデートでも考えているのね?」

 

「ッ! ……ええ。せっかくのチャンスですから」

 

 篠ノ之雪子の一言に一瞬だけたじろぐものの、篠ノ之箒は強かにそうきり返した。

 

「それじゃあ、しっかりと準備必要よね?

 6時から神楽舞だから、今のうちにお風呂に入ってちょうだいね」

 

「はいっ!」

 

 そう言うと、篠ノ之箒は家の中に入っていった。

 

「岡部さんはどうされます?」

 

 この場に残ったのは岡部友章と篠ノ之雪子の二人だけである。

 

「では、そちらの方にお邪魔します」

 

「ええ、どうぞ。ごゆっくり」

 

 岡部友章と篠ノ之雪子は、一緒に家の居間の方に向かう。

 篠ノ之雪子がお茶を出してくれたので、ゆっくりとそれをいただきながら、篠ノ之箒の準備が終わるまで、篠ノ之神社について色々な質問をぶつけてみた。

 

 元々、篠ノ之神社で行っていた。祭りというのは厳密には神道系の類では無く、土地神伝承的なものに性質が近いらしく、基本は正月と盆に神楽舞を行う。

 神楽舞の目的は現世に残った霊魂を幽界に還す為に神様に捧げる為の手段であり、これが時代を経るごとに元々は古武術の一派であった『篠ノ之流』が剣術へと変化し、今では剣道へと受け継がれている。

 詳しい記録や書物は今では消失してしまったものの、今でもこの篠ノ之神社には女性用の実用刀があったりと、その道の人間をして『いわくつき』と呼ばれてる場所でもあるのだ。

 

 その話を聞いて岡部友章は思考する。

 篠ノ之雪子は夏祭りの準備があるので、居間を去って行く。

 

 

 ――何故……何故、自分はその幽界に還らずに今も現世(ここ)に存在しているのか?

 

 

 ――自分には現世で何かやるべきことがあるのか?

 

 

 ――それとも、神は自分を幽界に還す気がないのか……?

 

 

 ――何故、よりにもよって自分の目の前にそんなもの(篠ノ之神社)を置いたのか…?…?

 

 

 岡部友章には、これらの現象がすべて全くの偶然で片付るには不可解に感じた。

 だがしかし、いつまでも思考しても、結論は導くことができないのは仕方がない事だった。

 

 

 …………ただ一つだけ、わかることと言えば、自分と篠ノ之、その間には何か超常的な因果関係があるのかもしれない、という事だけである。

 

 

 ――偶然も重なれば必然に、ひいては運命になる……

 

 

 しばらく、深い思考に耽っていた岡部友章だったが、携帯電話から機械的な着信音がけたたましく居間に鳴り響く。

 岡部友章は空想の世界から現実に引き戻され――まるで、幽界にから現世に帰ってくるかのように一瞬だけ肩を震わせた後、携帯電話を手にとった。

 

「一夏か……」

 

『ああ、友兄。

 今、みんなといっしょに篠ノ之神社についたところ』

 

 岡部友章はハッとしておもむろに腕時計を見る。

 IS『ゲスト』は気を利かせて、ディスプレイを点灯させ、時刻をはっきりと見えるように表示させる。

 

「ああ、もうそんな時間か……織斑君は『至急』、剣道道場の方に来てくれ

 他のメンバーのお守りはやっておこう」

 

『? ああ、わかった!』

 

 織斑一夏はそう言うと、携帯電話の会話を切ったらしく、岡部友章はそのまま携帯電話をポケットにしまい込んだ。

 

「さて、行くか」

 

 岡部友章は気だるげに立ち上がると、篠ノ之神社の夏祭りの出店に向かって歩き出した。

 

「さて、自分はやることをやりますか」

 

 色とりどりの出店を背景に、人の波をするりと抜けながら岡部友章は歩いて行く。

 彼の今日の目的は、篠ノ之箒と織斑一夏とのデートの遂行を見守ることである。

 勿論、ほかの学生組を仲間はずれにするわけにも行かないので、うまいこと手綱を握りつつやらなければならないし、こういったイベントでは織斑一夏の体質(フラグ)が光るので、それにも目を光らせなければならない。

 

 ――勿論、これを好機に攻勢仕掛けてくるのは何も織斑一夏の周りだけではない

 

「一人でアレもコレもやらねばならない。辛いところだが、やりがいも出てくるって物だ」

 

 人通りの少ない森の中、岡部友章はIS『ゲスト』を展開、自立型にさせ、光学迷彩(ステルス)で姿形を隠した後、篠ノ之神社周辺を監視するために、上空に上がるように指示を出してから、織斑一夏が言っていた集合場所に向かう。

 

 集合場所に指定していた鳥居には結構な人がいた。

 だがしかし、直ぐにいつものメンバーを見つけ出す。

 

「そりゃ浮くよな……うん」

 

 彼らを見つけた岡部友章は思わずため息を吐いた。

 

「先生! いつまで待たせるの!」

 

 真っ先に岡部友章に突っかかってきたのは凰鈴音だ。

 

「ははっ、スマンスマン

 お詫びに今日は全部、先生が奢るよ」

 

「あら? 先生ったら! よっ! お大尽!」

 

 岡部友章がそう言うと案の定、更識楯無がノッてきた。

 更識姉妹は薄い水色を基調としたお揃いの浴衣を着ている。

 

「全く……こんだけ大所帯だと人の視線も多くなるな」

 

「おまけのこのメンバーですからね。仕方がないかと」

 

 そう言ってため息を吐いたのは織斑千冬とクラリッサ・ハルフォーフである。

 織斑千冬は白を基調とした浴衣で、クラリッサ・ハルフォーフは黒を基調とした浴衣でいた。特に織斑千冬は長い髪をアップにして、(うなじ)をみせるようにしている。

 

 そして二人がなぜ、そう言っているのかというと……

 

 ――凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識簪・楯無の学生組

 

 ――岡部友章、織斑千冬、篠ノ之束、クラリッサ・ハルフォーフの大人組

 

 ――布仏姉妹、チェルシーのメイド組

 

 総勢13名、織斑一夏と篠ノ之箒を入れれば15名、男女比率2:13という驚異的な事になるのである。

 しかも、アジア系である凰鈴音をカウントしないものとすれば、三分の一が外国人で構成されている。

 それに加えて、岡部友章・メイド組を除く全員は皆浴衣を着用し、メイド組はもちろん(?)メイド服を着用している。

 

 ――これでは目立ってくれと言わんばかりである。

 

「流石にここまで目立つとは思わなかった……」

 

「にゃはは、仕方がないね」

 

 周りの野郎どもの怨嗟に満ちた視線をよそに、気分は小学生の引率の先生気分でげんなりする岡部友章。

 それを察してか桜色を基調とした浴衣で髪型を珍しくサイドテールにしている篠ノ之束が肩を叩いて慰める。

 

(ここまでお膳立てしておいて、織斑君に告白出来無かったら……俺泣いちゃうよ……)

 

 着慣れない衣服と、初めての日本の夏祭りに目を爛々と輝かせる欧州組を見ながら、岡部友章はただ、篠ノ之箒と織斑一夏のデートの成功を祈るしか無かった……

 

   ■   ■   ■

 

 篠ノ之神社での夏祭りから、帰った一同。

 織斑姉弟は、そのまま岡部友章の家とそのお隣で泊まることになった。

 そして大人組は岡部の家で、学生組は隣の家で泊まることが決定された。

 

「で、私達3人を呼び出してなんの話だ? 束」

 

一対のソファに男性陣と女性陣が向かい合うように座っており、篠ノ之束はそれらから少し離れた位置にいる。

 

「んーとね、重大発表!」

 

そう宣言する篠ノ之束の姿に懐疑的でありながらも渋々と彼女の話を聞こうとする一同。

 

「へえ、それでどんな話なんだ……っ!」

 

 岡部友章は篠ノ之束にその内容を聞こうとしたその時、突然篠ノ之束は立ち上がるや否や、そのままこちらの方に飛び込んだ。

 

「おいッ!」「なッ!」

 

 驚愕する二人をよそに岡部は立ち上がり篠ノ之束を受け止める。

 彼女は彼の服を掴むと、そのまま抱きつくようにギュッと握った。

 

 いくら軽い女性とはいえ、人一人の飛び付きの衝撃は大きい。岡部はそのまま後ろに倒れ込もうとするが、後ろにはソファがあった。

 ソファはそんなに背もたれが高くなく、このまま真後ろに倒れれば彼はひっくり返って脳天を床に激突させる恐れがあった。

 なので、篠ノ之束が抱きついてきた衝撃を利用して足を器用に動かして軸ずらし、ソファに座り込むように倒れた。

 篠ノ之束は横抱き――俗に言うお姫様抱っこの体勢で、両腕を岡部の首に回してじぃー、とこちらを見つめた。

 

 二人(織斑千冬とクラリッサ・ハルフォーフ)から見れば、篠ノ之束が岡部友章を押し倒したように見えるのは確実であった……

 

「し、篠ノ」

 

「好き! 好き好き好きっ! だいすき! 君とは死ぬまでずっと一緒だよ! だよ!」

 

 名字すら満足に言えず、篠ノ之束は岡部の頬に軽く――まるで子供がやるようにキスをしてから爆弾を投下した。

 この様子をみた織斑さんとハルフォーフさんの目つきが剣呑な物に変わるのにはそう時間はかからなかった。

 

「束! これはどういうことだ!?」

 

「え? そのままだけど」

 

 ソファから立ち上がり、篠ノ之束に食いかかる織斑千冬。だが、篠ノ之さんは不思議そうに首を傾げるだけだ。

 

「それにしても、どうして今なのです? 篠ノ之束?」

 

 織斑千冬に遅れを取る形で、クラリッサ・ハルフォーフが問いかけた。

 表面上は穏やかに見える彼女だが、その目は笑っておらず、冗談でも言おう物ならどうなるかわかったものでは無い雰囲気を醸し出していた……

 この場にいた岡部は真っ先にこう思った……

 

 ――ここはいつから世界一おっかない女選考会会場になったんだ……

 

 場所の都合上、どうしても2人の視線の射線上にいる岡部は必然的に2人の威圧をくらう場所にいるわけで……

 顔や表情、その他見える場所には出さないが、ソファに掛けている背中には、この十数秒の内にしっとりと冷や汗をかいていた。

 

 ――ちなみに岡部友章のおっかない女ランキングは、織斑千冬が2位、篠ノ之束が1位、クラリッサ・ハルフォーフが5位の順位に輝いている。こんな時にはどうでもいい話だが……

 

「『新参』のハルフォーフちゃんにはわからないだろうけど……

 ちーちゃんはわかるよね? ね?」

 

「わかってる……ただ、お前の口から言え……」

 

 そういった織斑千冬の拳はフルフルと震えていた。

 

「えー、だって私達が高校時代の時は何かとお節介をかけてクラスから孤立しないように尽力してくれたでしょう?

 白騎士事件の時は二つ返事で引き受けてくれて、箒ちゃんまで守ってくれて

 第二回モンド・グロッソでは生身でいっくんや箒ちゃんを助けに行ってくれて

 で、いっくんのIS学園入学に際には男性操縦者として矢面にたってくれてるんだよ?」

 

「ああ、その件に対しては束の他に私も深く感謝している。

 岡部は高校時代からほとんどの時間を私達の為だけに尽くしてくれた……

 初めは彼に辛く当たっていたはずなのに……だ」

 

「それを言えば私も、彼に命を2度も救われてます

 特に第二回モンド・グロッソ後の『ナノマシン・スキャンダル』では、私のみならず、間接的にではありますが黒ウサギ隊(シュヴァルツェア・ハーゲン)の全隊員の人生すら救ってくれました」

 

 それぞれの口から言われる。岡部友章のやらかしたこと(ある意味での黒歴史)を言われて内心、悶絶する岡部。

 今のこの場で発言がもし、許されるようならば彼は『ぐぉぉぉ……ッ!』と、唸っていたことだろう。

 

「でも……

 

 実 は こ れ だ け じ ゃ な い ん だ よ ?

 

 

 篠ノ之束はそう言うと、今まで岡部友章と篠ノ之束しか知らなかった出来事を暴露した。

 

 ――まずは、岡部友章が家族と完全に縁を切っていたことから始まり……

 

 ――第一回モンド・グロッソ後のリハビリや、その後の行動の事を話した

 

 この事柄に関しては、特筆すべき事柄がいくつかある。岡部友章は自身の黒歴史をほじくり返されるのを直視したくないので、今此処で情報を整理(現実逃避)を行った。

 

 まずは、幾つものリハビリ行為を行った後、いくつかの組織が自分の正体について掴んでいた。

 更識・オルコット……そして国連本部が極秘に設立した超法規的対テロ組織M.O.P.(Multiple-Operation-Program)と欧州に本部を置くV.S.S.E.(Vital,Situation,Swift ,Elimination)

 

 この4つの集団が自分に好意的な集団である。

 M.O.P.はGHOST SQUAD――つまりは特殊部隊G.H.O.S.T.と傘下に入れているいわば、母体。

 後者2つの組織からは、それぞれこちらに武器・装備の供与と訓練の場を提供を行った。

拳銃のガーディアンⅠは支給武器の一例だろう。

 

 ――この手の組織は常に人材が欠乏しがちである。

 

 下手に藪をつついては蛇を出す事もないという判断だろう。

 彼らの厚意に対し、自分は快くこれを引き受けた。

 

 ――世の中、ヤバイ奴らなんてゴマンと溢れている。

 

 自分は前世で嫌というほどにこれを思い知っていて、彼らもそのことには重々承知しているからこその取引であった。

 

 勿論、好意に対しての逆――悪意も存在していた。

 

 そして、その悪意の結晶として、表面的に現れたのは……

 

 

 ――関係者の暗殺・誘拐、そして妨害工作

 

 

 これは第二回モンド・グロッソの一件もそれに当てはまると言えるし、シャルロット・デュノアの件やついこの間に起こった最新鋭のIS暴走事件――福音事件もこれに当てはまる。

 

 実はこれ以前にも語らなかったが、いくつか存在していた。

 

 

 ――篠ノ之姉妹、そして織斑姉弟暗殺・誘拐、である。

 

 

 自分という名前が一度でも挙がれば、他の関係者を洗い出すのは当然の帰結。

 そして、自分は今まで深い付き合いをしていたのは篠ノ之・織斑のメンバー。

 ここで、高校時代彼女たちの関係の良化に時間と労力を少なからず多くつぎ込んできたことが裏目にでた瞬間である。

 

 ……とはいっても、前世でG.H.O.S.T.やV.S.S.E.に所属し、多くの修羅場をくぐり抜けてきた経験と勘は、同組織の援助の甲斐もあってか、最盛期の少し手前まで実力を発揮できるようにまでなっており、事細かく、そして表立って特筆すべき事ではない。

 実際、幾度にわたってそれらの工作をすべて未然に粉砕しており、今も織斑・篠ノ之両家が大手を振って今日までに、外に遊びに行くことが出来たり、この場に居ることが何よりの証拠である。

 

 VTシステムの抹消時にG.H.O.S.T.の部隊と遭遇し、戦わぬまま、彼らが退いてくれたのも、これらの理由があるからである。

 

 これが一つ、次は大学でのことだ。

 

 ISを作った事は良い物の、篠ノ之さんにとってここまで世界に大きな影響を与えた事は流石に予想だにしなかった事であった。

 このままでは、自由に身内の身動きが取れないことは直ぐに予想できた。

 だが、篠ノ之さんはこれらの打開策までは上手く思いつかなかった。一般人との常識に大きな齟齬が起こっている『天災』の彼女独特に悩みだろう。

 

 ――それでも彼女は諦めなかった

 

 彼女は、何らかの権力(パワー)を得ようと考えていた。できれば穏便に、かつ暴力的では無い方法を。

 

 そして、その方法の一つとして、ISの『利権化』に着目した。

 

 ――これから世界はISの基幹技術を元にさらなる発展が予測される。

 

 ISの『発明者』である篠ノ之さんは誰よりもいち早くそれに着目し、利権化の方法の一つとして、『特許』の取得を考えた。

 

 ――篠ノ之束にとってはISですら自身のやりたい事の過程の一部に過ぎない……

 

 『天災』たる彼女はそう考えたのだ。

 

 特許の取得にはISの事細かな――今でも完全にブラックボックス化されており、未だに解明されていない『ISコアの製造方法』と特許として利権化する……

 

 そう結論付けるのに至っては時間はかからなかった。

 

 ――しかし問題はあった。

 

 書類の作成・提出は全く問題ない。

 各国・全世界の特許機関に『それぞれの言語で』書類をたしなめる事も問題は無い。

 特許取得の条件になる、新規性・進歩性・著名性も全くもって問題ない。

 書類の中身――審査官が理解できるだろう内容にまで言語や用語を落とし込める事も、高校時代に賜物のお陰で問題はない。

 

 ――では何が問題なのか……

 

 特許の申請には発明者の他に『弁理士』が必要だ。

 

 これが曲者だった。

 

 篠ノ之さんはこの弁理士から、何かしらの綻びが生じる可能性についてもっとも危惧していた。

 その話を聞いた自分は、『自分がそれになる』と言った。だから、大学に通ったのだ。

 勿論、それらの事がばれないように学科を変え、受講履歴も足がつかないようにした。

 

 大学――特に日本の大学は社会から孤立している。

 

   ――そして、伝統に縛られている。

 

   ――コンピューターによる電子化が進む中、完全に電子化されず、未だに紙媒体でやりとりをしているところがあるのだ。

 

 自分はその特性を突いた……そしてばれないように勉強を続け、去年にはついに徽章《バッジ》を手に入れる事ができたのだ。

 

 ――ISが登場して6~7年、そしてISの利権化に成功すれば『20年』、その権力を手に入れられる。

 

 あとは、その間に資金やコネに変換すれば良い。

 

 ――ISの登場からおよそ30年もたてば、また新たなブレイクスルーが発生するだろう

 

 ここまでくれば、確実で堅実な基盤と力を付けられる。

 

 ――それが、自分が大学に行った目的だ。

 

「ここまで言ったらわかるでしょ?

 こんなにも……アッキーは束さんを理解してくれて、命を――人生を懸けてくれて、尽くしてくれてるんだよ?

 

 ―― 彼 に 惹 か れ な い わ け が 無 い じ ゃ な い

 

 ―― 彼 に 溺 れ な い わ け が な い じ ゃ な い」

 

 あまりにもショッキングな事実に織斑千冬とクラリッサ・ハルフォーフの両名は言葉を失った。

 これを好機(チャンス)と見たのか、篠ノ之束はさらに畳み掛ける。

 

「アッキーは、私達に色々なものを与えてくれた……

 君はとても不器用だけど、それは確かに私達の力となり、糧となり……未来になったの

 

 ――8年

 

 君は8年も私達のために頑張ってくれたし、これからも力になってくれる

 私達の為に奔走し、ISに乗り込んで戦い、守るために多くの修羅場や戦場を渡り歩いてくれた。

 

 でも君もそろそろ疲れてくる頃だよ……?

 仮に今は大丈夫でも、ここまでに濃い経験中々無いよ?

 絶対に君はなにか溜め込んでいる

 

 だからね……

 

 そろそろ束さんも本格的にアッキーの力になりたいんだ

 正直な所ね、束さん……

 

  君 の た め な ら 何 で も し て あ げ る

 

 ――君が望むものなら何でも手に入れてあげる

 

 ――君が望むものなら何だって作ってあげる

 

 ――もし君が疲れたなら私が癒してあげる

 

 愚痴だって聞いてあげるし、人肌が恋しかったら抱きしめてあげる!

 何なら着て欲しい服があったら何でも来てあげるし、束さんのカラダで癒して欲しかったら、君が満足するまでシてあげる!」

 

そこまで言いきってから、篠ノ之束は岡部友章の耳もとで囁いた。

 

「今まで焦らしちゃってゴメンね

貴方の欲望……全部束さんが受け止めてアゲル……」

 

そう言って、篠ノ之束はペロリ……と岡部の耳たぶを舐めた後、軽く甘噛みをした。

 

「っ!!」「おい! 束っ!」

 

 この言葉と行動に、織斑千冬とクラリッサ・ハルフォーフは面食らった。

 クラリッサに至っては、今まで冷静にソファに座っていたのだが、ソファから立ち上がる程に狼狽えた。

 この言葉には岡部友章も今までにないくらいに動揺していた。

 

 岡部友章自身の予想では、篠ノ之束には自身に対して好意はあるもののここまで大きなモノになるとは思ってもみなかったのだ。

 

「……だからって、私はこの中の3人から1人を選べなんて言わないよ?

 私はね、アッキーを束縛したりはしないよ?

 でもね……何番目でも良いから束さんは君の妻になりたいんだ

 

 浮気? 愛人? 最終的には束さんの元に帰ってくれたらすべて許しちゃうんだよ? だよ?」

 

 このような発言が躊躇無くできるのは、篠ノ之束にとっての大きなアドバンテージである。当然のように、織斑千冬とクラリッサ・ハルフォーフの両名も反応を露わにする。

 

「!? そんな!? 束! そんなことが……ッ!」

 

「くぅ……私の最大の切り札が、こんなところで使われるとは……」

 

 だがしかし、反応は両者共に異なったものであった。

 

「……」

 

「あら? ハルフォーフちゃんも同じ事を考えてたんだ。見る目あるねー」

 

「なんだと!?」

 

岡部友章自身、クラリッサ・ハルフォーフの愛人発言を聞いていたので、すんなりと理解することが出来たものの、織斑千冬はクラリッサ・ハルフォーフが赴任した時や福音事件の時に奪い取るという趣旨の発言をされていたので、逆に混乱してしまっていた。

 

「大方、織斑さんを煽る為に言ったんだろう。

……福音事件では助かった」

 

岡部友章は今すぐにでも逃げ出したかった。

三人も――しかも全員綺麗どころに思いを寄せられるのは純粋に嬉しいことなのだが……

 

「……」

 

 ――正直な所、怖いのだ。

 

 確かに、岡部友章は学生時代は織斑千冬や篠ノ之束の為に動いてきた。それは……紛れも無い事実。

 だがそれは、岡部自身の打算も込みでの行動なのだ。

 

 徐々に前世と剥離し、変容を遂げようとする世界。

 

 生き残る術を持たない岡部友章の下に現れた二人。篠ノ之束と織斑千冬……

 

 今までの出来事の発端からしてこの二人は、もし……この世界を舞台上に例えれば、間違いなく彼女達は一線級の役者であり、重要なキャストである。もしかしたら、主人公(ヒーロー・ヒロイン)なのかもしれない。

 

 対する岡部は戦うことしか能の無い男だ。

 

 今考えれば彼は、彼女達に出会った時に本能的にその事実に察し、生き残る為にこのような事をしたのだ。

 

 ――はっきりと言おう、『前に出すぎた』……いや、『前に出ざるを得なかった』

 

 今この場で、岡部友章が彼女達を受け入れることは……つまりはこの舞台にメインキャストとして出ることを意味するだろう。

 

 今まで裏方やスケープゴートといった役割であった岡部にとってはこの事実がとても恐ろしく感じるのだ。

 

「……すまない」

 

 だからこそ、今此処ではっきりと言わなければならない。

 関係の維持は不可能、ならばこのままズルズルと引き込まれるのならば、明確な意思表示を行うのがいいだろう。仮に返答が鉛弾だとしても、甘んじて受け入れなければならないのが辛いところだが……

 岡部友章はそう決断づけた。

 

「自分は君達と、その……恋愛関係は、結べない……」

 

 岡部友章はそう言って、篠ノ之束を元のソファに戻し、そのまま席を立つ。

 クラリッサ・ハルフォーフや織斑千冬はこの様子をただ静観するしか無かった。

 そしてそのまま彼はリビングを出ようとするが……

 

「アッキー、誰が『選べ』とも『付き合って下さい』とも言ったかな?」

 

 岡部友章は歩みを止めた。

 

「ねえ、アッキー。

 束さん、他にも色々と新技術の利権化の申請とかしたいんだよねー

 主に赤椿とかのISのシステム関連と、私の研究用に必要な個人的な試験的なIS隊を」

 

 篠ノ之束その言葉にクラリッサ・ハルフォーフは意図を察した。

 

「……では、シュヴァルツェア・ハーゼから選りすぐりの操縦者を何人――いや、全員こちらに来ていただきましょうか?」

 

「良いねー、『よくわかっているじゃないか』

 じゃあ、早速『ISコアのストック』を、それも『新たに作り出したISコア』を持ちだそう」

 

 ここまで二人が喋れば、織斑千冬も意図に察する事ができる。

 そして、覚悟も決まる。

 

「では、私も『IS学園の教師』ではなく『白騎士』として、その計画に参加しよう

 何、IS学園で実施すれば問題はない。ついでに代表候補生や愚弟(織斑一夏)も呼ぼうではないか」

 

 それぞれ三人は背を向けたまま止まった岡部友章に対して視線を向けて言い放つ。

 そして、篠ノ之束はトドメの一撃を言い放った。

 

「アッキーは私達だけじゃなくてみんな(学生組)の事も大事だよね?

 私もちーちゃんもハルちゃんも……君を逃すつもりは無いよ? よ?」

 

 岡部友章に残された選択肢は『彼女達に屈する』のみ……

 最早、彼には後戻りという選択肢なぞすでにもう無かったのだ……

 



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21:9月 学園祭 前編

 アリーナでは相変わらずの激戦が繰り広げられていた……

 対戦カードは凰鈴音と織斑一夏。

 両名共に機体の詳細については凰鈴音は攻撃特化パッケージ(換装装備)崩山(ほうざん)を装備した甲龍と第二形態移行(セカンドシフト)を完了させた白色・雪羅である。

 

「このっ! とっとと落ちなさいよ!」

 

 4門の熱殻拡散衝撃砲による圧倒的弾幕の他には、最近中国の開発局の方から声送られてきた試作品であるIS用アサルトカノン――試作型突撃鉄騎砲を凰鈴音自身が持って撃っているのだ。

 

 ――攻撃は最大の防御

 

 これが今回の凰鈴音の作戦である。

 

「そっちこそ! ちょっとくらい弾幕を抑えてくれよ!」

 

 熱殻拡散衝撃砲は威力が通常の龍咆より高い――貫徹力や殺傷範囲に優れている反面、見た目が炎弾なため、視認性が良く避けられやすい。

 

「あんたバカ!? 白式の第二形態移行(セカンドシフト)以来、機動力も火力も……

 こっちは雪片弐型で直接バッサリと斬られたら一発でアウトなのよ!?」

 

「そりゃそうだけど!? 炎弾に混じって通常の不可視の龍咆まで混ぜること無いだろう!?」

 

 白式・雪羅の従来よりもパワーアップした機動力とスピードを駆使してもアリーナという密室な以上、少しずつシールドエネルギーが削られていく。

 白式・雪羅自身も従来よりも燃費が悪くなったせいか、瞬時加速(イグニッション・ブースト)する度にシールドエネルギーが減っていく。

 

「なによ!? 岡部先生に聞いたわよ! 第二形態移行時に性能試験を行ったら、瞬時加速のチャージ時間は約2/3・最大速度は1.5倍程に強化されたって! チートよチート!」

 

 お互い話し合いながら、平然と片方は撃って、片方は回避に集中している所を見ると、この数ヶ月でずいぶんと操縦の腕を上げたと岡部友章は思った。

 

「岡部。あいつら、喋りながら試合をやっているな……」

 

「ああ、お互いに色々と揺さぶりをかけながらだろうが、見た目はサボっているようにしか見えないな……」

 

(岡部)よ、どちらが勝つと思う?」

 

 岡部友章は織斑千冬とクラリッサ・ハルフォーフの両人に挟まれる形で二人の試合を見ており、このような形で二人と雑談や解説で話し合う。

 

「そうだな……凰さんのアサルトカノンが……」

 

 ちょうどいいタイミングで、甲龍のアサルトカノンの弾丸が弾切れを起こす。

 凰鈴音は素早く、突撃鉄騎砲(アサルトカノン)の上部に突いた箱型弾倉(ボックスマガジン)を取り外し、再装填(リロード)を行った。

 

「切れた時が勝負の分かれ目……かな?」

 

「はぁぁあああ!」

 

 織斑一夏のIS――白式・雪羅は二段階瞬時加速(ダブル・イグニッション・ブースト)で 凰鈴音の甲龍に肉薄する。甲龍はアサルトカノンを放棄し、すぐさま青竜刀――双天牙月を構えていた。

 だがしかし、甲龍の青龍刀(双天牙月)近接ブレード(雪片弐型)で弾き飛ばすと、その刃先を甲龍に突きつけた。

 

「くっ……あたしの負けだわ……」

 

 凰鈴音が降参の意を示すと同時に、雪片弐型の輝きが消える。ちょうどシールドエネルギーが底をつき、零落白夜の能力が消えたのだ。

 

「ふう、今回は俺の勝ちだな」

 

 試合終了を告げるアラームが鳴り、ただの物理刀と化した雪片弐型を下げると、織斑一夏と凰鈴音はISを待機状態に戻す。

 そして、1組と2組の生徒達は皆一斉に拍手と黄色い声援を彼に投げかけた。

 

「まあ、総合的にはアタシの方が上だけどね」

 

「戦績は後期からリセットだろ? 初めて勝ち越したんだからちょっとぐらい感傷に浸らせてくれよ……」

 

 ――今日は9月の3日。今年度後期初めての1組2組の合同IS演習の授業である。

 

 ――そして放課後……

 

「うぉぉおお!」

 

 白式・雪羅(織斑君)は自身の左腕の多機能武装腕(アームド・アーム)をクロー形態に変化させ、ゲスト機(自分)に肉薄する。

 

「……」

 

 自分は白式を引きつけてから、左肩の発煙弾発射機――スモークディスチャージャー(smoke grenade dischargers)を発射、至近距離で発煙弾の信管を作動させる。

 

「うわっ!」

 

 突然に煙の中に消えたゲスト機に困惑する織斑君の声を聞きながら、煙幕の中で煌めく爪から離れて回避する。

 

「あたれっ!!」

 

 煙の中から早急に離脱した白式・雪羅(織斑君)は自身の左腕の多機能武装腕(アームド・アーム)を荷電粒子砲、月穿(つきうがち)に変化させ、煙の中にいるであろうゲスト機(自分)に発射して来る。

 

 シールドエネルギーを削ってまでの射撃、当たれば大きな損害は免れない。

 

 普通なら、盾で身を守るのだが、今回は新作ミッションパック――Fタイプ(ファイトタイプ:Fight Type)の運用試験も兼ねているので、武装は……これもまたデュノア社の試作品であるヘビィマシンガン(重機関銃)――デザート・フォックスのカービン(Carbine)タイプ――銃全体の全長を短く切り詰めた物が一つだけである。これをヘビィマシンガンCと呼ぶ。

 

 スラスターとクライシスサイトを頼りに荷電粒子砲を避けつつ、ヘビィマシンガンCをしっかりと左手で保持しながらとにかく撃ちまくり、白式に急接近する。

 

「……!」

 

(荷電粒子砲が掠めただけでかなりのシールドエネルギーが持っていかれただと!)

 

 回避行動による、急な体勢の変化も肩当て(ストック)を取り除き、銃身を短く切り詰めたこの銃は容易に相手を捉えることができる。

 命中スレスレのきわどい荷電粒子砲がゲスト機のフレームに掠めていく中、白式・雪羅はまともにヘビィマシンガンCの掃射を浴び、怯んだ。

 

「ぐわぁ!」

 

 小型化されているとはいえ、重機関銃――質量の大きい、口径が大きな弾丸はさぞ、痛いだろう。

 自分は、白式が怯んだことを確認すると、ヘビィマシンガンの射撃を中断して右肩でのショルダータックルを敢行する。

 右肩には棘付き装甲(スパイクアーマー)が備え付けられているのが、Fタイプ――格闘・白兵戦用ミッションパックの見た目の大きな特徴としての一つとしてあげられるだろう。

 体を捻り、右肩をせり出す体勢で、あの時――モンド・グロッソで行った時のままに瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行う。

 

 ――自動車同士が正面衝突したような……凄まじい音がアリーナに響き渡る。

 

「一夏ッ!」「一夏さん!」「イチカッ!」

 

 観客席で篠ノ之ちゃんとオルコットさん、凰さんが織斑君の身を案じて叫ぶ。

 

「馬鹿者! 怯むな!」「イチカ! 逃げて!」「嫁! 逃げろ!」

 

 一方、織斑さんとデュノアさん、そしてボーデヴィッヒさんは追撃を警戒した。

 

「ふんっ!」

 

 だが、自分は織斑君に余裕を与える暇もなく、赤く熱した(スパイク)を見ながら間髪をいれずに左腕を振るう。

 拳が振りぬかれた直後、爆発音が漏れ、そのまま拳は文字通り『伸びて』、火薬の爆発力から得た速度で白式・雪羅の露出した腹部に杭打ち機のように突き刺さる。

 そして左腕部の装甲の隙間――排莢孔(エジェクション・ポート)から熱くなった空薬莢が飛び出した。

 

 ――これがFタイプ一番の目玉。試験型固定装備『アームパンチ』である。

 

 IS『ゲスト』は他の一般的なISに比べ、推進翼が少なく、全体的に一回り大きい。

 そのメリットとしては手足のリーチの長さや装備できる武器の大型化が望める。

 アームパンチ機構はその『手足のリーチ』をさらに強化したようなシステムであり、ゲスト機の増加装甲――厳密には反応装甲(Reactive Armour)(たぐい)である爆発反応装甲(Explosive Reactive Armour)電磁装甲(Electromagnetic Armor)任意開放(アーマーパージ)でしか近接攻撃『武装』が無かったゲスト機の近接能力を高めることができる唯一の方法である。

 

 白式・雪羅はくの字型に折れて、吹き飛ばされる。

 だが、まだ自分の行動は終わっていない。

 

「これは、勝負ありですね」「アッキーって意外と容赦無いね」

 

「……ここまでのハンデがあっても……一夏には厳しい」

 

「ここまで泥臭い戦い方は、岡部先生の特色ね」「私達にはとても真似はできませんね……」

 

 ハルフォーフ先生と篠ノ之さん、更識姉妹と山田先生の外野が何か言ってるが、気にすることなく自分は両手でヘビィマシンガンCを構えてきっちり白式・雪羅の頭部にフルオートで弾丸を叩き込んで、シールドエネルギーを完全に消し飛ばしたのであった……

 

「ふう……」

 

 地面に倒れた織斑君にいつものメンバー(一夏ラヴァーズ)が駆け寄るのを尻目に、自分は降り立つとバイザーを可視状態にして、ヘルメット部を格納した。

 

「どう? 『アームパンチ機構』は?」

 

 テテテ、といった風に真っ先に自分に駆け寄ってきたのは篠ノ之さんである。

 

「ああ、これなら満足できそうだ」

 

「それなら良かったよ」

 

 うさ耳をピコピコと動かしながら、IS学園指定の白衣を着ている篠ノ之さんは満足そうに頷いた。

 

「それと、室内戦を想定して足部に球体駆動式全方向移動装置(ボールダッシュ)や、方向転換用の(シュタイクアイゼン)もあるのがすごいね」

 

 自分はそう言うと足裏のボールを起動させ、滑るようにアリーナの地上を走り、フィギュアスケートのようにくるりと一回してから篠ノ之さんの所に戻った。

 

「相変わらず岡部、お前は器用なものだな」

 

「ローラースケートみたいで、ちょっと楽しそうですね」

 

「室内戦……満足に空中に上がれない時の為か……理にはかなっているか?」

 

 走っている間に、織斑さんとハルフォーフさん、山田先生がこちらにやってきたようで、それぞれ呆れている。

 

「篠ノ之さん。これらの装備、制式採用しちゃいましょう」

 

「オッケー! 全ミッションパックに採用・装備させちゃいましょう!」

 

 自分はそう言って親指を立てると、篠ノ之さんもノリノリで応えてくれた。

 

「それにしても、ずいぶんと一夏……いや、白式・雪羅はエネルギー消費量が多くなったな……」

 

「強力な武装、強化された機動力……しかし、その分エネルギーも多く食らう……か」

 

 立体ディスプレイに計測データを表示させて織斑さんとハルフォーフさんはそう言って指摘する。

 

「なんと言いますか、乗り手のセンスが問われる――ピーキーな感じですね」

 

「だが、あのポテンシャル……火力と機動性の高さは全ISの中でも光るものがあるな」

 

 山田先生の指摘に織斑さんはそう答えた。

 事実、幾つもの荷電粒子砲が掠っただけでゲストのシールドエネルギーは試合で定められた規定量の6割を削っている。

 近接攻撃においてはゲスト機だからこそ反応して回避行動に成功しているが、同じ格闘機同士だと確実に仕留めていた。それほどまでに速かったのだ。

 

「とりあえず、ちょっと織斑君の所に行ってきます」

 

「ああ、行って来い。

 ちょうど第二形態移行(セカンドシフト)や臨海学校で調子に乗ってた愚弟には良い薬だった」

 

「臨海学校での一件は自分も気を引き締めるにはいい機会でした。

 お互い様ですよ」

 

 そう言って、織斑に手を振って応える。

 次に、自分はボールダッシュで織斑君達の方に駆け寄る。

 

「あら? 楽しそうね?」

 

「実にユニークなアイデア……」

 

 滑走時の姿を見ていた更識姉妹が興味深そうにこちらを見る。

 

「大丈夫か?」

 

「うーん、まだふらふらする……」

 

「先生……ちょっとだけ、見てもいい?」

 

 デュノアさんと篠ノ之ちゃんの二人に両肩を支えられて、織斑君は情けなさそうに答え、更識ちゃんは食い入るようにゲスト機の脚パーツを注視する。

 篠ノ之さんに視線を向けると、彼女はグッ、と親指を立てた。

 

「ちょっと待ってね、良いみたいだ。どうぞご自由に。

 もう少し手加減が上手くいけば良かったんだが……スマン。

 今度の休みに何かご飯でも奢るよ」

 

「マジか! サンキュー!」

 

 目に見えて喜ぶ織斑君に対して、凰さんは織斑君の後頭部を小突く。

 

「サンキュー! じゃないわよ。

 いくら近接が不慣れな岡部先生相手でもさっきの闘い方はいくらなんでも舐めてかかりすぎよ」

 

「いやぁ、ゲスト機がマシンガン一丁だけしか持っていなかったもんだから、つい……

 機動力も火力もこっちの方が上なんだぜ?」

 

「嫁よ。

 展開装甲でシャルロットのラファールよりも豊富な武装を保有することができるゲスト機といえども、それが全てではない。

 それらを各状況で最適な武器を選択し、しっかりと扱える先生(レーラー)がいてこそ、その潜在能力(ポテンシャル)を遺憾無く発揮できるのだ」

 

 織斑君は凰さんにそう言うと、ボーデヴィッヒさんがそう指摘する。

 

「ラウラさんの仰る通りです。

 ゲスト機の装備に目を奪われがちですが、岡部先生自身も相当な使い手なのですよ?」

 

 ボーデヴィッヒさんに続いて、オルコットさんも同調する。

 

「(でないとフランスで銃撃戦なんてできないよね)……今回は技量差だから仕方が無いよ」

 

「(そうでなければとうに、私が襲撃された時に死んでいる)……まあ、そう責めるな。ラウラ、セシリア

 特に、私も同じことは言えんしな……」

 

 何か釈然とはしない表情なものの、篠ノ之ちゃんとデュノアさんがフォローを入れていた。

 

 ――予定変更。今直ぐにフォローでも入れるか……

 

 織斑君周りの空気に少しばかり違和感を感じた自分はそう決心した。

 時間を見ると、ちょうど夕ごはんの時間だということがわかる。いつもと違って少し早いが、今日の補習はお開きにしよう。後期はまだ、始まったばかりなのだから。

 

「はいはいはい! アリーナでだべっているのもいいが、そろそろ今日の補習はお開きにするぞー!

 先生たちは学食に行くけど、付いて来るか? 今日は先生が『何でも』奢るぞー」

 

「はいはい! 今何でもって言ったわね? 私行きまーす!」

 

 ――楯無お前じゃねぇ座ってろ

 

 心の中でそうツッコミを入れる。

 しかし、真っ先に更識さんが反応したおかげで、この場は一気に晩御飯へと突入するムードに雰囲気が変わったのであった。

 

 ――流石です。会長

 

   ■   ■   ■

 

――突然だが、話は8月の月末に遡る。

 

「お待たせしました!」

 

 とあるバー、息を切らせた山田真耶はカウンターに座る織斑千冬に会っていた。

 

「すみません、少し遅れました」

 

「そのセリフは突然呼び出した私が言うべきだろうに……こちらこそ、いきなりで悪い」

 

 欧州製の調度品で固められ、いかにも『大人のバー』といった雰囲気を醸し出すこの店は織斑千冬の行きつけでもあり、時たま岡部友章も誘って飲んでいる事がある。

 

「いえいえ、どうせ部屋で通信販売のカタログを眺めていただけですし」

 

 そう言って、山田真耶が織斑千冬の席の隣に座ると、バーのマスターがそっと二人にアルコール度数が比較的低いカクテルをそっと差し出した。

 

「それにしても、いきなり呼び出すだなんて何か有りました?」

 

「……まあ、相談、相談事……だな」

 

 山田真耶は普段からしっかりしていた織斑千冬がこんなにも歯切れの悪い様子でいきなり自分を呼び出した事実に苦笑しつつ、少し茶化した。

 

 ――例えば……岡部先生絡みですか? と言ったのだ。

 

 山田真耶にとっては普段からの軽い――おふざけの意趣返しのつもりではあったのだが……

 

「うっ……やはりわかるのか……」

 

 何事にも動じない程度に、カリスマと威厳を見せていた織斑千冬がこんなにも弱気になっている……

 山田真耶は初めて見る同僚の姿に戸惑いを隠せなかった。

 

「えーっと、とりあえず乾杯しましょ!

 その後何があったのか、私に話していただけませんか?」

 

 彼女は慌ててそう言うと、グラスの片割れをそっと織斑千冬に差し出す。

 織斑千冬もそれをあっさりと受け取り山田真耶のグラスにそっと当てた。

 

「それでは乾杯っ」

 

「ああ……」

 

 その後、織斑千冬は夏休みに起こったことを――具体的には篠ノ之束の衝撃発言を話したのであった。

 

「……で、岡部先生はどう答えたんですか?」

 

 山田真耶はISコアの製造法の特許化や、ドイツのIS配備特殊部隊、通称黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)が全員、篠ノ之束の下に降りるといった衝撃の事実にめまいがしそうなものの、岡部友章をめぐる三角、いや――四角関係について、当の本人はどう答えたのか聞いた。

 

「岡部は……最低限――今年を含めてあと5年はここ(IS学園)にいてくれるそうだ……

 篠ノ之束の妹――箒達がそのまま大学部か、祖国へと帰る時と同じ時にアイツは蒸発する気でいるらしい」

 

「先輩、そんなことを聞いてるんじゃないです。

 岡部友章ははっきり答えを言ったんですか?」

 

 力無く回答する織斑千冬ではあるが、山田真耶は岡部友章のその発言を直ぐに『はぐらかし』と判断して、更に問い詰める。

 

 ――山田真耶は当事者ではない、だが同僚ではある。

 

 岡部友章の無責任なその発言は彼女を怒らせるのには十分な威力を誇っていた。

 

「『君達とは付き合えない』はっきりと……そう言ったよ」

 

「なるほど、そこで公の場では言えないような事を篠ノ之束が言って、クラリッサさんと先輩が援護射撃をして、今に至る……と。

確かに岡部先生のそれって無責任ですよね。」

 

 山田真耶が怒るのも無理は無い。

 なぜなら、岡部友章は篠ノ之束のIS製造法の特許化と織斑一夏達の育成・地盤固めが終わり次第、自分達から身を引くと言ったのだ。

 今現在、IS学園内でのIS実習に関わる教師陣の数が多いとは言えない。

 そして、学園内においても派閥というものが存在しており、IS実習の教師陣はそのすべてが20代という異常なまでに若い派閥である。

 当然、派閥内での駆け引きには経験の差で弱くなるが、それを補っているのが織斑千冬と岡部友章の2人なのだ。

 2人ともIS業界内にとどまらず、世界的にも名を馳せ、織斑千冬はその天性のカリスマで、岡部友章は20代では異常なまでの理論武装と弁舌の強さで実習教師陣の待遇面を支援しているのだ。

 

「ああ……当然、それを盾に私達は彼を責めたさ。

 だが、人員ではクラリッサ先生の黒ウサギ隊を充てる事によって……

 派閥内ではデュノア社とオルコット家がIS学園の――IS実習教師陣の支援を行うと言っていた。

 他にも更識や大学部、学園のトップや国連にまで根回しを行っていて、岡部自身が此処を去っても問題無いように手配していたよ……」

 

 織斑千冬はそう言うと、力無く項垂れた。

 

 ――ここで、岡部友章の擁護と補足事項を付け足そう。

 

 岡部友章はIS学園に教師として入ってきた際は第一回モンド・グロッソ前での織斑千冬の告白も、篠ノ之束からの愛情も全て『若さからの一過性のもの』と判断して、彼女達と付き合っていた。

 

 ――彼にとって、織斑千冬と篠ノ之束の二人はまさに高嶺の花、自分が手に出来るようなものではないと思っていたのだ。

 

 ――だからこそ、岡部友章は二人と対等に付き合えるだけで満足しており、今まで散々アプローチがあったのにもかかわらず、彼はそれを受け止めないでいた。

 

 『彼女達にはきっといい出逢いがある』

 

 『戦う事しか芸の無い自分には勿体無い』

 

 純粋な好意をぶつけられる中、岡部友章は打算的に物事を考える一方、本心からそう思っていた。

 彼女達も岡部友章との長い付き合いから、急激な関係の変化を望んでおらず、今までのままにズルズルと温い関係を築いていくだけでも十分であったのだ。

 いわば、岡部友章と2人(織斑千冬・篠ノ之束)の関係は膠着状態にあったといえるだろう。両者共に、この関係からどちらにも転んで欲しく無かったのだ。

 

 ――しかし、クラリッサ・ハルフォーフという存在がすべてを狂わせた。

 

 クラリッサ・ハルフォーフと岡部友章の関係はとても薄いもので、ここから織斑千冬や篠ノ之束程の関係を築いていく事は到底無理である。

 だからこそ、彼女は岡部友章に対して大攻勢を仕掛けたのだ。

 

 クラリッサ・ハルフォーフは織斑千冬のドイツ出向――黒ウサギ隊との教導にて接触しており、実はこの時点で織斑千冬と岡部友章の関係を匂いで察していた。

 そう、織斑千冬がドイツに出向する前に岡部友章がちょくちょく織斑宅に来ていたためである。

 

 クラリッサは確認の為に、教導の合間合間――俗に言うガールズトークのような物で、飲酒が許可されている時の合間合間で織斑千冬に恋人がいるかどうか、好きな男のタイプは等と言った物を雑談の中で仕掛け、岡部友章と織斑千冬との関係を推察していた。

 

 織斑千冬・篠ノ之束の連合と岡部友章の2つの勢力

 その中に新たな、第3勢力としてクラリッサ・ハルフォーフが入り込み、膠着状態を無理にでも崩壊させる事を選んだのだ。

 

 ――そして、その結果として、先の大攻勢に至るのである。

 

 岡部友章は当初、膠着状態の長い時間の間に二人の自分に対する熱は次第に冷めていくだろうと予想していた。

 しかし、クラリッサ・ハルフォーフは長い時間をかけて、二人の岡部友章に対する感情は徐々に積層していくと考えていたのだ。

 

 その結果として、クラリッサ・ハルフォーフという脅威に晒された織斑千冬は今まで取らなかった露骨なまでのアプローチを行うようになり、篠ノ之束が初めての攻勢に出るにまで至ったのであった。

 

 ――もっとも、奪い合う形ではなく3人で共有するという結論に至ったのは流石のクラリッサ・ハルフォーフも予想できなかったが……

 

 頼みの綱の一つである、一夫多妻制の実現の難しさも岡部友章自身が織斑一夏の為に勧めている市民同盟の所為で、奇しくも岡部自身が嵌められてしまうという結果になってしまう。

 

 ――こうなると岡部友章は守勢に回る他なく、取るべき手段としては物理的に距離を離すしか無かったのである。

 

「……もうこうなったら」

 

 かなりの時間が過ぎ去り、山田真耶と織斑千冬の両名はアルコールが回ってきた頃合い。

 山田真耶は爆弾を投下した。

 

「先輩、ヤっちゃいましょう」

 

「ッ!?」

 

「既成事実ですよ! き・せ・い・じ・じ・つ!」

 

「……あ、ああ。

 だが、それは少し……やり過ぎるのでは?」

 

 普段の山田真耶からは考えられないセリフが飛び出し、織斑千冬は面食らう。

 アルコールが回っているからこそ、言えるのだろうか……と、彼女は思いつつ、理由を尋ねた。

 

「そんなことありませんよ先輩!

 岡部先生の事を聞けば聞くほど、その行動が不可解なんです!

 なぜ、そこまで私達に対して周到に根回しをしておきながら、彼自身がその対象に入って無いんですか?」

 

 織斑千冬は確かに、と思う。

 普通はそこまで後ろ盾を得ていれば、問題は無いだろう。

 だが、岡部友章はそれらをすべて、自分達に渡す気でいるのだ。

 

「おそらくですが、これは憶測なんですが……

 岡部先生は白騎士事件の片割れISゲスト機の操縦者です。

 それに加えて、あの人は何かと色々な人脈(コネ)を持っています。

 考えてみれば本来岡部先生は世界中から狙われてもおかしくない人です」

 

 山田真耶のその言葉は半ば正解である。

 

「だからこそ、岡部先生は地盤の固まったIS学園に居ると、逆に不都合が起こりうる……

 そう考えたから、地盤の固まるであろう5年後にIS学園を去るって言ったんだと思います」

 

「理には、かなっているな……」

 

 暮桜弐式に盗聴器等の電子機器や、聞き耳をたてている者、不審な人物が居ないか常に探知を任せている中、織斑千冬は相槌を打つ。

 

 ――学園に帰ったら、少し相談してみるか……

 

 いつもと違い饒舌な山田真耶を尻目に、岡部友章の攻略について算段をたてる織斑千冬であった。

 

 ――岡部友章、『最終防衛線』(貞操の危機)突入である。

 

   ■   ■   ■

 

 放課後の模擬戦から見ての翌日。

 朝のSHR(ショートホームルーム)と一時限目の一部分を使っての集会が行われた。

 アリーナにはIS学園高等部から大学部までの生徒達がひしめき合っている。

 

「おはようございます。織斑先生、山田先生」

 

 教員も例外では無く、教員用のアリーナの席には各教員が揃い踏みしている。

 自分はいつものメンバーを見かけると、いつもどおりにそこに向かう。

 

 ――そう、いつもどおり……だ。

 

「アッキー! おはよう!」

 

「おはようございます。岡部先生」

 

 すぐさま返事を返した篠ノ之さんとハルフォーフ先生に手を上げて軽く答えてから、席に座る。

 

「岡部、遅かったじゃないか?」

 

「早朝からオルコットさんの――イギリスの代表候補を担当するIS整備部門と喧嘩してきた」

 

「それは……また、お疲れさまです」

 

 織斑さんへの質問の答えに、山田先生が同情した。

 自分がSHRに遅れそうになった訳は、先日の放課後、全員で食事に行った際に、オルコットさんから実弾装備を持ちたいという提案があったからである。

 

 理由はエネルギー系の武装を無効化出来る装備が充実してきたからである。

 

 その代表例といえばシャルロット・デュノアのIS、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの装備の一つであるリヴァイブ専用防御パッケージ(ガーデン・カーテン)だ。実体シールドとエネルギーシールドを2枚ずつもつそれは、ブルー・ティアーズのエネルギー系武装の大半を防御してしまう。

 次に、織斑一夏の白式・雪羅の多機能武装腕雪羅(せつら)である。

 多くにわたって、ブルー・ティアーズと交戦した記録からか、対エネルギー耐性を持つ盾が左腕に生成されるようになったのだ。

 他にも、ドイツのラウラ・ボーデヴィッヒが操縦するシュヴァルツェア・レーゲンのフレームに対ビーム加工が施されていたりと……

 各国のISはブルー・ティアーズとの交戦した記録から、対策としての対エネルギー武装の

開発が行われているのだ。

 

 なので、自分は別に実弾装備等を持たせてもいいと思うが、BT兵器の稼働率や稼働試験をやりたいイギリスのIS部門はオルコットさんに実弾装備の使用を禁止していた。

 そこで、自分がイギリス側との交渉に打って出たのだ。

 

 早朝――とは言ったが、実質的には相手方の時差に合わせて深夜から国際線で連絡を取り、激しい口論の末、『そんなにやりたきゃ軍でやれ、今すぐブルー・ティアーズを本国にでも送り返してやろうか?』の一言で相手の心を折ることに成功したのである。

 

「まあ、他の国のISが対BT兵器の対策をしてきている

 と、言ったら血相変えたんで自分としてはそれを見れて満足ですよ」

 

 事実、BT兵器やレーザーなどといったエネルギー兵器だけであれだけやれるのは素直に驚嘆に値する。

 だがしかし、何故? そこまでしてイギリスはブルー・ティアーズに固執するのか?

 本国に試作機か後継機の一つや二つ、存在してもおかしくは無いはずなのだが……

 

 アリーナのディスプレイに映しだされたIS学園の生徒会長――更識楯無の様子を見ながらぼんやりとかんがえる。

 

 ――普段もこんだけピシっとしてればいいんだけどなぁ……

 

 何故か自分や――恐らく織斑君に対して、挑発的に視線を傾けながら、更識さんは話を続ける。

 

 ――先程から、篠ノ之さんとハルフォーフ先生が何やら話をしているが、気にしないことにする。

 

「では、今月の一大イベントの学園祭なんだけど、今回だけは特別なルールを導入するわ!」

 

 デデドン! と自分の脳内サウンドエフェクトを鳴らしつつディスプレイに映しだされた文字を見た。

 

『クラス・学部対抗男子争奪戦』

 

 ――男子、男子……織斑君、でも『男子』

 

 ――轡木の爺さん? 無いわ……じゃ、自分?

 

 ――自分(岡部友章)

 

「ファッ!?何!?ちょ!まっ!!」

 

「岡部、落ち着け。

 まだ、お前だという確証は無い」

 

「そうですよ岡部先生! 織斑君はまだしも先生の可能性はもしかしたら……ッ!」

 

「山田先生は静かにお願いします……」

 

 自分は思っきり席を立つようにして立ち上がるのと同時に、黄色い声援が飛び交う。

 他の教員達も驚いて立ち上がった自分を見つめていて、織斑さんや山田先生は自分をなだめてくれている。

 

「静かに」

 

 更識さんのその一言にざわついていた生徒たちは引き潮にようにスッ、と静まり返る。

 カリスマの無駄使いである。

 

「学園祭では各クラスと学部毎に催し物を出して、その後それに対して投票を行い、投票数が上位のクラス・学部には報奨金が出る仕組みですが……」

 

 生徒たちは静かに溜めに入った更識さんを食い入るように見つめている。

 

「それじゃあつまらないから、クラスには織斑一夏君を、学部には岡部友章先生を(強制的に)異動させちゃいましょう!」

 

 ――デデーン! アウトー!

 

 再びうるさくなる生徒たちをよそに頭を抱えたくなる衝動を抑える。これ以上はうろたえてはいけない。

 更識さんはどこかに――きっと織斑君の方向に、ウインクをした後、こちらの方にグッ! と親指を立てた。

 だが、自分とは視線が合っていない……

 

 視界を横に向けるとそこには親指を立てて返している篠ノ之さんとハルフォーフ先生の姿が……

 

 ――えっ……

 

 驚愕をよそに織斑さんはスタスタと二人に向かって歩き寄る。

 

「よし! クラリッサ。

 1限目、残りの時間で1組2組『合同』で早速集会を取るぞ」

 

「了解しました。ブリュンヒルデ」

 

「束、お前の所属はどうなるんだ?」

 

「ゲスト機付きの整備員兼非常勤講師みたいな扱いだけど、2組の所属だよ?

 かいちょーさんにそうして貰ったし」

 

 ――えっ……そこは怒って問い詰める場面なんじゃ?

 

「ちょっと織斑さん!」

 

 山田先生が次に織斑さん達に駆け寄る。あーもう、これ茶番ですわ……

 

「私だけ除け者なんてズルいですよ!」

 

 やっぱり茶番だった!

 

 かくして初耳、そして本人達の未承認のままに、自分と織斑君の争奪戦が始まったのである。

 

 その後、残りの一時限目の時間を用いて、1組2組合同での催し物を決めるために自分が管理を担当している別のアリーナ内のブリーフィングルームで行っていた。

 

 円卓のように机をぐるっと囲んだ中、生徒たちが席に座る。その中央には立体ディスプレイが投影されている。

 そこに書かれていたのは……『織斑一夏のホストクラブ』『織斑一夏とポッキーゲーム』『織斑一夏のツイスター』『織斑一夏と岡部友章の王様ゲーム』『岡部友章と織斑一夏のマッサージ店』

 

「却下」「不採用」

 

 今回の集会での進行役として自分と織斑君が担当する事となったのだが……

 

「アホか! 俺とだなんて誰が得するんだよ!」

 

「いい年してできねぇよ! 誰が喜ぶんだ!?」

 

 出るわ出るわ、法律上スレスレ……と言うよりもほぼ完全にアウトなシロモノが出るわ出るわ。

 自分と織斑君は断固として反対する。

 

「私は嬉しいわ! 断言してもいい!」

 

「織斑君と先生は1組2組の共有財産よ!」

 

「イケメンは女子を喜ばせる義務があるわ!」

 

「アッキーとポッキーゲーム出来るならいいよ!」

 

「他のクラスや学部の人達から色々と言われてるんだってば

 部活やサークルの先輩達も恨めしそうに言われたり」

 

 しかし、女子陣営の勢いも負けてはいない。

 さらっと共有物にしないで欲しいものだ。

 

「いいですよね! 織斑先生! ハルフォーフ先生!」

 

「法律に引っかかるのはやめんか馬鹿者」

 

「ただでさえこうやって我々は手を組んでいるのです

 その数を活かせるような物を考えましょう」

 

 女子生徒達は教員陣営に助けを求めるが、織斑さんとハルフォーフさんがそれを一蹴する。

 とにかく勝つために手段を選ばない女子生徒達と、流石に法律スレスレの事はやらせたくない教員陣営の意見が対立する中、挙手した生徒がひとりいた。

 

先生(レーラー)、発言しても?」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒである。

 

「ああ、許可する」

 

 一抹の不安(ハルフォーフさんの入れ知恵)を抱えながらも、彼女の意見を聞くことにした。

 

「ありがとうございます。

 喫茶店……というのはどうでしょうか?」

 

 シーン、と静まり返る部屋の中、教員陣営はようやくまともな意見が出てきたことにホッと一息つく中、ボーデヴィッヒさんは話を続ける。

 

「ボーデヴィッヒさん、詳しくお願いできないか?」

 

「了解しました

 まず、従業員がウェイトレスの服やメイド服、コスプレ等をすれば確実に客受けが良いものとなることが予想される」

 

 確かに、IS学園の生徒達はなぜかわからないが女子のレベルが高い。

 見ていて目の保養になることには間違いないだろう。

 

「次に、経費の一部回収が確実に見込まれる点。

 あらかじめ外部の人間を呼び寄せる事ができる学園祭の招待券などで身内に来てもらって、投票してもらえばある程度の得票数の底上げに貢献できると思われます

 例えば、私の場合は非番の部下(黒ウサギ隊)に来てもらって票を入れてもらう――といった所でしょう」

 

 これもまあ、理にかなっている。

 メリットの欄を作成し、大雑把な解説を立体ディスプレイに投影させ、話を聞く。

 

「ラウラ、1つ質問がある」

 

「なんでしょうか? 教官?」

 

「お前の案は確かに健全で、メリットが多い

 だが、制服や喫茶店の器具はどう調達する? 各種類を取り揃えるわけにもいかないだろう?

 それにこのクラスのメンバーの中にウェイトレスや調理の教育も含めればかなり厳しい物だと思うが……」

 

 織斑さんがボーデヴィッヒさんの案についての問題点を指摘する。

 が、あらかじめこのような質問が来るのを想定していたのかボーデヴィッヒはすぐに返答を返す。

 

「調理器具や紅茶セットの方はセシリアとシャルロットにお願いするつもりであります。

 教育の方は……喫茶店の『@クルーズ』の店長にお願いして、放課後に教育期間を設けたいと思います」

 

 自分は思わず指を鳴らした。

 なるほど、これならなんとか突貫工事ながらも問題は無さそうだ。

 まさか、デュノアさんとボーデヴィッヒさんの二人が夏休みに『@クルーズ』でお手伝いをしていたのがここで影響を及ぼすとは思わなかった。

 

「まさかボーデヴィッヒさんの口から『@クルーズ』の名前が出てくるとは……」

 

「どこで知り合ったの!?」

 

「これなら出来るかも……」

 

 他の生徒達も見ると、驚きながらも全員納得した様子で概ね賛成しているようだ。

 

「ふむ、どうでしょう? ハルフォーフ先生?」

 

「さすが隊長です。この案でいいでしょう。

 『@クルーズ』の従業員の学園入りについては私達でなんとかします。

 岡部先生、問題は?」

 

「いや、問題は無い。自分が直接上に掛けあってみよう。

 デュノアさんとオルコットさんは喫茶店用の家具類やできれば紅茶とコーヒー類の調達をお願いできませんか? 無理なら何とか自分が調達しますが……」

 

 自分も賛成の意を表明してから、勝手に本人達の未承認のまま話を進めるのも悪いので、セシリア・オルコットとシャルロット・デュノアの両名に確認を取る。

 勿論、経費は学園祭での予算で落とすようにも言っておく。

 

「いいえ、先生。是非、オルコット家の総力を挙げて支援させて頂きますわ」

 

「僕の実家から色々と送って貰うよ。デュノア社名義で送ればすぐに調達できるはず

 それに、一夏や先生には厨房か、ウェイター役で執事服でも着ればオーケーだよね」

 

「よし。執事服を着るのは自分と織斑君、そしてデュノアさんでいいとしてだ。

 最終的に喫茶店にしたいと思うが、みんなはそれでいいだろうか?」

 

 デュノアさんの軽口に返しつつ、最終的な確認として多数決をとる。

 

「織斑君の執事服姿! いいわね!」

 

「服はどうする!? 私演劇部の衣装係だから作れるけど?」

 

「もういっそのこと『コスプレ』喫茶でいいんじゃない?」

 

 雪だるま式に話が膨らんでいく中、織斑さんが自分に耳打ちする。

 

「なあ、岡部。

 コスプレ衣装はどうするつもりだ?」

 

「生徒達は作る気でいるが、1組2組合わせて約50人あまりだ。さすがに厳しい。

 IS学園の制服の寸法からメイド服を注文して、個人の希望する衣装は作るか同じように調達して、1人に2着の体制でいいんじゃないか?」

 

「ふむ、なるほど」

 

「ところで、先生達もコスプレするのー?」

 

 衣装の調達方法を確認していると、布仏さんが爆弾を投下した。

 

「岡部先生はまず決定よね!」

 

「篠ノ之先生は……いつもどおりでもよさそう!」

 

「ハルフォーフ先生も何かやりますか?」

 

 見る見るうちに決まっていく教員のコスプレ。

 そして安定の決定事項に加えられる自分。

 

 ――もういっそのこと特殊部隊(G.H.O.S.T. SQUAD)の衣装でも着てやろうか……

 

 『PANDA』『NINJA』『バーチャシティポリス(V.C.P.D.)』……あっ、実用面的にバーチャコップのボディアーマーシステムが好ましいじゃないか……

 

「フフフ……国連に掛けあってみるか……」

 

「何故、衣装の話に国連が出てくるんだ……」

 

   ■   ■   ■

 

 アリーナでの集会が終わり、昼休みに突入する中、自分は事の元凶(更識楯無)に会おうとしていた……

 

「友兄、じゃなくて岡部先生……」

 

「やっぱり考える事は同じか……」

 

 織斑君とばったり会い、そのまま二人で更識さんを問い詰める事となったのだが……

 

「……で、これはどういうことだ更識さん」

 

 学園の内の広場で彼女の姿を見つけた自分達はすぐさま問い詰めようとする。

 ……が、彼女は自分の言葉を無視してスタスタと早歩きで歩いて行く。

 

「え? ちょ!?」

 

「……おい! 更識さん! 更識!」

 

 何度も呼びかけても彼女は聞く耳を持たず、まるで自分達から逃げるように駆け出したのだ。

 仕方が無いので彼女についていくといつものアリーナにたどり着く。

 しかし、ここで違和感に気付く。

 

 ――いつもなら学園のアリーナや道中には少なからず生徒が居るものなのだが、今は更識さんが一人だけだ……何故……

 

「……で、改めて聞くがこれはどういうことだ更識さん」

 

「えー、ソッチの方が面白そうじゃない?

 私達は決して、かんちゃん達の放課後の模擬戦に参加できないことにご立腹じゃないですよー?」

 

 結局ソレかよ……と呆れつつも、物陰から複数人駆け出してくるのを確認した。

 

「覚悟ぉおお!」

 

 自分は更識さんに向けられた竹刀の突きの射線上に体を動かし、竹刀を握った。

 

「あのさ、君。今取り込み中なんだ」

 

 そう言って、竹刀を取り上げた後、そのまま突進の勢いを利用して軽く投げ、地面につかせる。

 

 ――残りは三人か……

 

 残りを確認したら、すぐさま手に持った竹刀を片方の一人に投げる。

 狙い通り、竹刀は更識さんに向けて吶喊する一人の足を挟み込むように飛んでいき、目論見通りに生徒は竹刀に足を絡ませて転倒した。

 

「とんでもない事になってきたかも……」

 

 織斑君はそう言うと、自分が倒した生徒が転倒する際、思わず投げるように手放した竹刀を難無くキャッチすると、残りの一人に対して小手狙いで横に薙ぐように竹刀を振り、相手の竹刀を弾き飛ばして無力化させた。

 

 そして更識さんは最後の一人に対して、扇子で相手の竹刀の振り下ろしを防いだ後、素早く相手の足を払いのけた。

 

 ――その時、背筋に悪寒が走る

 

 撤退していく生徒達をよそにアーチェリーや弓道の弓を持った生徒達を確認する。

 そして、待機状態ではあるがゲスト機は自身のハイパーセンサーが何か感じ取ったのか警告音を鳴らした。

 

「畜生、これを狙って巻き込んだな!」

 

「私もこんなに激しくなるとは思ってもなかったのよ!」

 

「二人共! 争ってないで逃げよう!」

 

 自分達は降り注ぐ弓矢から全力で逃げつつ、一番近いアリーナの出口に向かう。

 しかし、退路上には実習用ISであるラファールや打鉄がIS用アサルトライフルであるアメリカのクラウス社製実弾突撃銃――レッドパレットやデュノア社製実弾突撃銃――ヴェントをこちらに構えていた。

 

「IS用の銃器で人を撃つ授業なんてやってないんだがな……」

 

「うわぁ……これはやり過ぎたわ……」

 

「え? え? えぇぇ!?」

 

 ――どうやら、ゲスト機の警告音はこれらしい。

 

 後ろから、近接ブレードを装備した打鉄やラファールなどの後続にも挟まれる。

 正に『絶体絶命』

 

 前方に3機、後方に3機。しかし、相手がISを持ちだしたのならば……

 

 ――こちらもISが使えるわけだ……

 

Gタイプ(ガードタイプ Guards Type)、起動』

 

 IS『ゲスト機』を装着すると、目の前の打鉄とラファールは一斉に射撃を開始し、後ろのISも一斉に更識さんに斬りかかる。

 

AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)、起動』

『シールドビット3機射出』

『警告、リソース不足により飛行補助機能停止』

 

 更識さんもIS『ミステリアス・レイディ』を装着するがゲスト機に比べると、遅い。

 目の前の弾丸を受け止めつつ、シールドビットを更識さんと彼女に迫り来る近接ブレードの間に滑り込ませて、斬撃を受け止める。

 

「助かったわ!」

 

「助けるとわかってたくせに! 援護はしないからな!

 織斑君も白式を装着するんだ! 今から対複数機との戦い方を教えてやる!」

 

 そう言ってから球体駆動式全方向移動装置(ボールダッシュ)を起動させ、AIC(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)を一旦停止させる。

 

 ――さあ、『狩リ』の時間だ……

 

   ■   ■   ■

 

「ふう、今日は散々だった……」

 

 もうとっくに深夜にさしかかろうとした頃合いに、国連や欧州の各組織、シカゴの知人等に『根回し』を終えた自分はポツリとそう呟いた。

 

 それ以前に放課後の補習授業の後、大学部の学生達の模擬戦もあってか精神衛生的にへとへとの状態で、学生寮の自室の前へと辿り着く。

 結局のところ、更識さんが言った内容については公の場で言ってしまった以上、撤回も出来ず。かと言って自分の教員としての権力で押しつぶそうにも、こんなにも盛り上がりを見せた生徒達やクラスの皆の期待を裏切る形となるためにやるわけにもいかず……

 

 更識さん自身は『どーせ1組と2組が結託して優勝するから問題ないでしょ?』と、あらかじめ予測していたみたい……というか、ハルフォーフ先生と篠ノ之さんとの相談の上で決めたそうだ。実際に実現できそうなので、あまり更識さんを責めるわけにもいかない。

 

 彼女達いわく、『織斑一夏(朴念仁)に意識させる為』とのことだが、何気に朴念仁と書いて、自分と織斑君と言った具合に不穏当な言い方で言われているような気がする。

 

 ――夏休みの篠ノ之さんの実家の夏祭り以降、引くに引けない所まで自体は進行していた。

 

 クラリッサ・ハルフォーフが起こした撃鉄は篠ノ之束が引き金を引き、織斑千冬という信管を叩いたのだ。

 理性という薬莢に包まれた中、感情という炸薬が爆発し、押し出される弾丸はまごうことの無い愛情だ。

 

 そしてそんなサタデーナイトフィーバー(粗悪な銃)を所持していたのは自分……情けない話だ……

 

 その結果が暴発し、自分自身を危うくさせたのだ。

 何故、彼女達はこうまでして自分のことを慕い、愛しているのか?

 何故? ここまで自分本位な奴に愛情を……ソレこそ破滅的なまでな愛情を注げられるのだろうか……

 自分には理解できない。分からない…… 

 

 ――もういっそ離れるか……?

 

 ――駄目だ! 本当にやるかもしれない!

 

 ――なら残る?

 

 ――それこそ彼女達は自分に依存してしまう! そして自分も依存してしまう!

 

 そう考えた結果が『先送り』である。

 

 ――中途半端

 

 ここに来て、織斑千冬と篠ノ之束、クラリッサ・ハルフォーフの三人に対する自分の態度はまさしくその一言に尽きる。

  好かれている事を認めてはいても、くっ付こうとはしない。関係を清算し離れるつもりはあるが、懸案事項に拘り過ぎ。

 

 ――未だに迷っているのだ。決定的な一打を放つ事を。

 

 確かに……自分はどうやら、『朴念仁』に過ぎないようだ……

 



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22:9月 学園祭 後編

 学園祭への準備をしている間にあれよあれよと当日になった。

 学園祭は一般人への唯一の顔見せ場でもあり、IS業界の関係者への公式な窓口でもある。後で、ISのフレームを制作している企業やIS学園に資金を提供している企業・団体への顔つなぎや、わざわざ呼び寄せたあの人達とも挨拶をしないとなぁ……と思いつつも学園祭が始まった。

 特に花火も、大規模な告知も無いのだが、やはり学生時代の重要なイベント、思い出作りの一環としての側面もあるだけに、生徒達のやる気と弾けっぷりは今までにないくらいのものであった。

 

「……で、どういうわけだか織斑先生と一緒に宣伝する羽目になったのであった」

 

 織斑さんが不思議そうにこちらを見る中、自分は『1組2組合同。コスプレ喫茶』と描かれたプラカードを手に、学校中を歩き回っている。 

 

 自分と織斑さんを見た生徒はそのまますれ違いざまに、一瞬だけ視線を自分と織斑さんに――俗に言う二度見をしてから驚愕の表情浮かべたり、こちらに駆け寄って、配布物として配っている簡易的なお品書きを貰ったりと様々な反応をみせる。

 

「ほら! 岡部先生。しっかりとしてください!」

 

 自分のあまりにも気だるげな態度を咎める織斑さん。

 だが、彼女はその言動とは裏腹に、自分のプラカードの持っている腕とは逆の――左腕に、正確には左手にひっそりと彼女自身の右手を絡ませてきている。

 

「確かに、教員もコスプレしても良いとは言ったが……」

 

 織斑さんの態度の豹変ぶりは残念ながら、『もう慣れた』。

 8月の夏祭り以降、彼女は……彼女達3人は今まで以上に自分にべったりと、積極的なアプローチをかけていった。

 これまではクラリッサ・ハルフォーフ1人が自分の後ろにてこてこと付いて来るように、もう副担任の域を逸脱するほどに、まるで専属の秘書でもあるかのように振る舞っていたのが、夏休み前の話である。

 

 9月では、2組の学務に関してはクラリッサ・ハルフォーフが、ISでの実務・整備は篠ノ之束が、寮での実務・指導は織斑千冬が、そしてプライベートでは3人全員が自分にべったり……な状況だった。

 

 特に大きく変わったのは前述の通り織斑さん――織斑千冬その人である。

 臨海学校、正確には米軍最新鋭次世代型試作IS、銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)の暴走事件以降、クラリッサ・ハルフォーフにあてられた影響なのか自分とは微妙な関係をずるずると引きずろうとしていたのだが、篠ノ之束の告白とクラリッサ・ハルフォーフの『共有案』の所為か、自分との明確な関係――要は既成事実化を特に望むようになっている。

 

「ふっ、それにしてもIS学園(ここ)の制服に袖を通すとは、思っても見なかったがな」

 

「自分もこれには予想外でしたよ、織斑先生」

 

 自分がそう言うと、織斑さんは体をさらにこちらに寄せた。

 

 ……ゴクリ

 

 今まで彼女が取らなかった行動の一つ一つに、ちょうどコスプレとして自分と織斑さんがIS学園の制服を着ている事もあってか自分は内心は穏やかなものではなかった。

 

「おかげ様で、こうやって学生時代のやり直しができる。

 そういう点ではラウラに感謝しないとな」

 

 これでは本当にデートみたいではないか……

 

 拒否できない立場故に、自分と織斑さんの意識の差は歴然たるものであった。

 学園祭でのデート、確かに学生時代には誰もが思い馳せるイベントであろう。

 ……問題があるとすれば自分達は23~24の『見た目は』立派な大人の男女であり、織斑さんの他にあと二人(篠ノ之束、クラリッサ・ハルフォーフ)いる点ではあるが。

 

 美女3人に言い寄られ、修羅場といえるほどにドロドロと愛憎劇にまみれた物でもなく、それでもって世間体的にも『仕方が無い』、と認知されるような……そのような誰もが思い馳せる羨ましい状況。

 

 それを憂いている自分は他人から見たらどうしようもないクズと言えるだろう。

 

 ――事実、紛うことなきクズである。

 

 だが、クズはクズなりに思うこともあるのである。

 結論からざっくりといえば……まず、複数女性からの関係(ハーレム)なんぞ完全には成立はしない。たとえ成立はしてもその後が問題なのだ。

 

 まず一つ目はハーレムの存続。

 作り出すのは簡単だ。ほんとうに簡単だった。それは自分自身が今ここで現在進行形で証明してしまっている。

 そして、数多くの物語においても、そう言った幸せの形の一つとしてハーレムが存在しているのも否定は出来ない。

 

 ――だが、ハーレムエンドの後の話は?

 

 少なくとも、自分はこと現実においても、創作においても聞いたことがない。

 蛇足だから……そういう捉え方もあるだろう。だが、自分はハーレムの存続について、自分なりに考えた。そして、あくまでも私見にすぎないが存続条件についてある仮定を定めた。

 

 それは、全ての女性に等しいだけの愛情を注ぐこと……である。

 

 当然だ。不平等はやがて階級や順列を生み出し、それは軋轢・差別へと変わってゆき、最後には憎しみへと変わる。

 

 この時点で、すくなくとも自分にはそのような芸当は出来ない。

 

 何故ならば、その平等の定義が定まらないからだ。

 その理由の根本的な理由としては、人間自身の本能がある。

 人は、自分には無いものを強く求める。物・金・能力……挙句の果ては人までもだ。

 それらは個人個人違う価値感によって、多種多様に変わりゆく。例えば、自分に大切なものが、実は織斑さんにとっては何の変哲も無いものである……という感じにだ。

 

 ――たとえ、自分が平等に彼女達3人に愛情を注ぐことが出来ようとも、3人がそれを平等と受け取ることは出来るだろうか?

 

 断言しよう、『絶対にありえない』。

 

 そもそも、自分と彼女達の嗜好すら違うのだ。銃器と刀剣、コーヒーと紅茶、肉と魚……今まででも自分と彼女達の差異は幾らでも出てきたはずだ。

 ついでに言えば、彼女達と自分との間に子をもうけるような事があれば大問題だ。

 コネ・人脈・物、恐らくは膨大な――それでいて強大な物となっている財産を巡っての争いだって起こるだろう。正直な所、死後の面倒までは見れないし、見たくもないというのが率直な思いである。

 

 だから自分は今でも彼女達から逃れようと意味なく足掻く、彼女達を拒絶するのだ。

 

 織斑君の恋愛事情に関しても、協力は――間接的な支援は惜しまない。だが、直接は自分は直接手を下さない。何故ならば、責任が取れないからだ。

 それがわかっているからこそ、じぶんはこの甘美な、それでいて魅惑的な誘惑、まさに悪魔との契約を蹴るのだ。それで、クズだと……愚者であると罵るのなら甘んじて受け入れる。

 

 織斑先生――いや、織斑千冬が楽しそうに……ほんとうに幸せそうに自分を連れて歩く一幕。改めて自分は異物であると自覚するのあった……

 

「嘘っ! 織斑君に接客してもらえるの!?」

 

「しかも燕尾服(えんびふく)! 執事姿!」

 

「千冬お姉さまやクラリッサお姉さまの貴重なコスプレ!?」

 

「デュノアさんの男装姿も見れるらしいわ!」

 

「……岡部先生のコスプレ」

 

「しかもゲームで勝ったらツーショットも!?」

 

 織斑さんとの遅い青春を過ごした後、自分は執事姿に、織斑さんはメイド服に身を包み、生徒達の監督に務める。

 憎らしいことに――自分と織斑さんの広告効果もあってか、1年の1組と2組合同で行った『コスプレ喫茶』は見事、更識さん達の予想通りに朝っぱらから大盛況である。

 

「いらっしゃいませ。お嬢様」

 

 織斑君と同様に自分も燕尾服に身を包み、執事姿で接客を行う。

 常にお客様の前をエスコートしつつ、空き席までのルートを瞬間的にシミュレートして、最適な経路を頭の中に描きつつ、お客様の歩幅に合わせて誘導させる。

 

 ――勿論、空き席に座らせてくれた後に、一番利回りが良いオススメを薦めておくことも欠かさない。

 

 営業スマイルで周りに愛想よく振る舞いながら、周囲の状況を確認する。

 やはり、一番忙しそうにしているのは織斑姉弟である。次点では、一夏ラヴァーズとハルフォーフさんだった。篠ノ之さんは入り口で順番待ちの受付をしている。

 特筆すべきなのは織斑さんだろうか、『あの』織斑千冬がロングドレスのヴィクトリアンスタイルのメイド服を着ているのだ。

 

 ――これには意外だった。生徒達から教員勢もコスプレしてほしいとねだられたが、織斑さんまで折れるとは思っても見なかったからだ。

 もっとも、接客態度そのものは『@クルーズ』でのラウラ・ボーデヴィッヒを彷彿とさせるが、こっちの場合はカリスマ性に溢れているので、カッコいいと認識されるようだ。

 

 他にも、お堅い性格の篠ノ之ちゃんもメイド服を着ていたり、凰さんは頭にシニョンキャップをつけたきわどいレベルでスリットが入ったチャイナドレス、更識ちゃんも負けじと篠ノ之さんを彷彿とさせるバニーメイド等々……とまあ、色々と『攻めてるなぁ……』と内心思っている。

 

「うわぁ、まだまだ忙しくなりそうですよ……」

 

 ちろっと外を見てきた山田先生がげんなりした様子で、こちらに寄ってくる。

 彼女もまた、例に漏れずメイド服を着用しているのだが、仕事着としての機能よりデザイン性を重視したフレンチメイド……要はスカートの丈が短く、胸が強調されたようなアレである。

 

「うん、これはもう……負ける気がしませんね」

 

「そうですねー。心配だった待ち時間のクレームも岡部先生の知り合いが担当してますしねー」

 

 そう言って山田先生は廊下で苦情対処に追われるパンダの着ぐるみを着た2人の男を見た。

 『現在。2時間待ち』と書かれたプラカードを手にした黒人男性と、苦情対処に追われる白人男性の二人はG.H.O.S.T.のエース、2人共に最高位に位置する元帥階級を持つユニットアルファである事を山田先生は知らない。

 二人が着ている外見はパンダの様なコスチュームも、実は高い防弾性――20ミリ機関砲を同一点に集中されても4発まで耐える事が可能であり。また、防寒、断熱効果にも優れており、あらゆる場所での任務に対応できる。

 ちなみに背中の猫型バックパックはコードネーム『takara-chan』。

 スーツ内の気圧、温度調整のほか、M.O.P.との通信ユニットの役割を果たしている。

 

 こんなことしててもいいのか特殊部隊……とツッコミをしそうになりがちであるが、過去にアルファユニットの一人、アルファブルーはG.H.O.S.T.の任務である高官の警護の為にロディオ大会に参加した経歴があるので別に問題なんてなかったのである。

 

 その他にもGHOST1(陸戦部隊)GHOST3(要人救出部隊)(アルファユニットの所属する部隊)、GHOST5(重装備部隊)GHOST7(後方支援部隊)がIS学園内に配置されており、対テロ対策は万全を期していた。

 

「嫁よ、ご指名だぞ」

 

 山田先生と少しながら談笑する中、ハルフォーフ先生が自分に対してそう言ったので、ご指名したお客様の方を見ると……

 

「どうもー! 新聞部でーす! 話題の男性操縦者の取材にきましたー!」

 

「どうもー! 生徒会でーす! 中間報告にやって来ましたー!」

 

 新聞部のエースこと黛薫子(まゆずみかおるこ)さんと我らが生徒会長、更識楯無がやってきた。

 二人は途中、織斑君と肩を組んでツーショット写真を取らせたり、織斑君と一夏ラヴァーズで写真を撮ったりとフリーダムに動き、最終的には更識ちゃんと篠ノ之ちゃんのファインプレーと言う名の鉄拳制裁で沈められていた。

 

 ちなみに二人ともちゃっかり織斑君とのツーショット写真を手に入れていた。

 

「君達も懲りないねぇ……」

 

 そう言ってからすっかりこなれた手つきで二人にコーヒーでも入れておく。

 

「でもこれくらい攻めないと彼、墜ちないわよ?」

 

 コーヒーカップを傾けて飲むだけでも更識さんは優雅に見えるのがなんとも言えない。

 

「あ、ところで、岡部先生にも取材がありましてですね……」

 

 黛さんはそう言うとささっとメモ帳とボイスレコーダーを取り出して……爆弾を投下した。

 

「岡部友章と織斑千冬の熱愛疑惑についてですね……」

 

「否定する」

 

 織斑さんの視線が、黛さん言葉に反応した生徒達の視線が一気に自分に突き刺さる。

 

「大体どこからそんな情報が……」

 

 と、最後まで言い切る前に更識さんと目が合い、ハルフォーフさんと篠ノ之さんの視線が痛いように突き刺さる。

 

「あら? 織斑千冬を正妻にクラリッサ・ハルフォーフと篠ノ之束を側室に……という話では無くて」

 

 更識さんは珍しく不機嫌そうな表情を浮かべるとさらに言い張った。

 黛さんはその台詞を聞いて、すぐさま特大サイズの厄ネタと判断したのか、顔が青ざめている。

 

「岡部先生は御自身を過小評価しすぎなのよ。

 ……謙遜も過ぎれば嫌味だわ」

 

 更識さんの言う事はわかる……確かに自分は戦闘能力の他にも、法的知識や腹芸・口プロレスの類も行えるが、それはあくまでも一般とくらべての話。

 特別抜きん出ている戦闘能力の面においても、集団行動の面では目の前にいるG.H.O.S.T.に狙撃能力はスナイパーの『ファルコン』に、単独での作戦能力はワンマンアーミーことV.S.S.E.のコードネーム持ちの彼らには遠く及ばないのだ。

 

 そして、第一に自分は彼女達の才能に、才覚に少なからず嫉妬しているのも一因とも言えるだろう。

 

「大体ね、IS学園には貴方を慕っている生徒も多いのよ? 代表候補生は勿論のこと、3組と4組のクラス代表も、一般の生徒も、大学部の生徒も居るわ。それは私が……更識の名前をかけてもいいわ。私が保証してあげる」

 

「……」

 

 自分はただ射撃が好きなだけ……

 修羅場に飛び込み、生を感じる事が楽しみ……

 

 ただそれだけなのに、どうしてこうなってしまうのだろうか……

 外聞も気にせず喚き散らしたい衝動に駆られるものの、更識さんや織斑さん、篠ノ之さんの前でそのような事をすることもできず、ただ静かに更識さんの言うことを静聴するしかなかったのである。

 

「……シフトの交代の時間だ」

 

 自分は逃げるようにして、1組の教室を去っていったのであった……

 更識さんはそんな自分の様子に対して、出来の悪い弟でも見るような……そんな目で自分を見送ったのが印象に残ったのであった……

 

 IS『ゲスト』の展開装甲のちょっとした応用で、いつものスーツ姿に変わった自分は気分転換がてら、大きく遠回りに――ひと通りの教室を回ってから正面玄関に向かう。

 

「……ふう、疲れた」

 

 肩を竦めて、やっとの思いで正面玄関に向かうが、織斑君の方が幾分か早かったらしい、彼は親友の五反田君と無事に合流したらしい。

 

 ――まさか、ここまで声をかけられるとは思わなかった。

 

 美術部の爆弾解体ゲームから始まった催し物巡りは、意外にも生徒達の手厚い歓迎から始まった。初めはちょっとした気分転換で受けたのだが、次が終われば隣の教室が、それが終わればまた次の教室からと言った感じに次から次へと生徒達が勧誘してきたのだ。

 

「でもこれで頭は冷えてきたかな……」

 

 生徒達や招待客の視線をよそに、校舎へと戻り、屋上に向かう。

 予想通り屋上は特に何も無く、一人で時間をつぶすには持ってこいの場所であった。

 空を仰ぐようにベンチに座ると、その視界は缶コーヒーで塗りつぶされた。

 

「女難の相がでてるな?」

 

 今回、IS学園の警備として雇われたフリーランス。かつてコードネーム『ファルコン』と呼ばれていた男である。

 

「茶化すなよ、結構辛いんだ。

 またいつもの覗きか」

 

「生憎、それが仕事なんでな」

 

 肩にかけてあるセミオートタイプのスナイパーライフルを見て、いつものやりとりを行う。どうやら、教室での一幕はスコープ越しに見ていたらしい。コンディションが整うのなら、文句は言わない。

 

「しかしまあ、よくこんだけ集まったものだな」

 

 ファルコンは眼下の人々を――正確には同業者を見てそう言った。

 背中に幻獣や神話上の生物を象ったジャケットを着た人々や、パンダの着ぐるみ、カウボーイ姿、『NINJA』コスチュームやV.C.P.D.(某市警)の制服を着ている警備員などである。

 

「意外と集まるもんだ」

 

「それだけお前の『影響力』があるということだ」

 

 そう……彼らは前世での同僚であり、今世での同僚でもある。

 実は薄々ながらも気づいていた。自分はIS操縦という点に関しては一向に進歩はしていない。

 だが、そこそこの修羅場をくぐり抜けた経験は未だに積み重なっている。要は殺るか殺られるかの命のやり取りに関しては今もなお、成長中だということだ。

 

 やはり、生きているということは……素晴らしい物だ。

 

 前世でのあまりにも呆気無い死を経て、学び取った事は唯一。『生き抜く』ことへの喜びを見出した事だろう。

 

 生への執着、と言うよりも絶体絶命のピンチから切り抜ける事に対して悦楽を得られるようになったというのが正確だろうか……

 

 ――既に一回死んだことで、人間としての何かを構成するストッパー的な物が外れたのだろう。

 

「そろそろ、自分も認めないとな……」

 

 缶コーヒーをぐい、と一飲みすると遠く離れたゴミ箱に投げ入れる。

 

「それじゃあ今日一日、残りも頼むわ」

 

「了解した」

 

 屋上を立ち去り、1組の教室に帰ろうと思い、学生で賑わう廊下を歩いていたその時……

 

 自分の隣をとても懐かしい感覚が横切った……

 

 思わず振り向くと、まるで織斑さんを小さくしたような――そんな後ろ姿の少女が駆けて行くのを見てしまった。

 

「……? 妹?」

 

 自分は思わず彼女を追ってしまう。

 自分にとってあの面影は織斑さんに似すぎていたのだ。

 

 人波をかき分けながら、なんとかして彼女を見失わないように追いかける。声をかけようにも名前がわからず、ただただ追いかけるしか自分には術は無かった……

 

 たどり着いたのは自分の管理するアリーナだった。ここは本日は閉鎖してあるのは自身も知っている。

 だが、自分にはそんなことは関係なかった。これが罠であることは承知している。だが、自分はあの少女を確かめる必要があるのだ。

 

 ――飛んで火に入る夏の虫

 

 自分は防蛾灯に吸い寄せられた蛾のようにアリーナへと入っていった……

 

   ■   ■   ■

 

 剥離剤(リムーバー)でIS『ゲスト』の無力化に成功したコードネーム『エム』は勝利を確信していた。自身は…第3世代型IS『サイレント・ゼフィルス』。そして、僚機にはコードネーム『オータム』の駆る第2世代型IS『アラクネ』が鎮座している。

 

「ふんっ! 何が世界最強だ。聞いて呆れる」

 

 過去に色々と接触したことにあるオータムはアリーナの観客席で膝をつく岡部友章に対して、呆れたように言い放った。

 

「そんなちゃちなボディアーマーと拳銃如きでISに楯突く気か!」

 

 しかし、未だに『I.T.S.』社が開発したボディアーマーシステムを装備し、ガーディアンIIを構え、抵抗の意思をみせる岡部友章に対し、エムは侮蔑の視線を向けた。

 

 後は岡部友章のもつ待機状態のISを奪うだけ……それなのに何故か岡部友章はこんなにも余裕があるのか……二人には理解できなかった。 

 

「消えろ! 異端者!」

 

 せめてもの手向けだ。レーザー(光学兵器)で……爆薬で……跡形も、痛みすらも無く蒸発させてやる。

 

 サイレント・ゼフィルスは全てのビット6基を発進させる。ミサイルビットと化したのが2基、小型レーザーガトリングを搭載したビット4基全てが岡部友章に殺到する。

 それはとても早く迅速に攻撃が行われ、対する岡部友章は銃を構えたまま、呆然と立ち尽くすように見えていた

 

 ――そして瞬時に6基のビットは叩き落とされた。

 

 岡部友章の持つボディアーマーシステムはクライシスサイトモードを搭載し、並びにE.Sモード起動ユニットが内蔵された最終Ver.である。

 E.S(Exceeding Sense)モード――超感覚によるスローモーションによって岡部友章は今や弾丸すら叩き落す程になっていたのだ。

 そして、拳銃――ガーディアンⅡは、拳銃に取り付けられたセンサーにより射撃対象の生体反応を感知し、破壊力を調整。対障害物では破壊力を高め、対人間に対しては一撃で戦闘力を奪う弾丸として機能する。

 破壊力を極限にまで上げた弾丸は、大きな太刀を破壊し、岩盤をひっくり返して投げつけられた大岩すら砕き、戦車すら破壊する。

 

 ――これが岡部友章の真の意味での隠し武器(コンシールドウェポン)だった。

 

亡国機業(ファントム・タスク)だったか……」

 

 驚愕する2人に対して、岡部友章は立ち上がり傍においてあったゴミ箱に腕を突っ込んだ。そして、ゴミ箱から出てきたのはMP7――PDW(Personal Defense Weapon)として名高い銃器だった。

 

「利権化関係で形振り構ってられなくなったと見た。

 どうせ、自分が目障りになり始めたのだろう」

 

 いつ攻撃を受けてしまってもおかしくない……そんな状況で悠々と話す岡部友章が二人には気味が悪く感じた。

 

 ――2人に与えられた命令は『岡部友章』の拘束、または無力化である。

 

 亡国機業(ファントム・タスク)にとっては岡部友章をなんとかすれば特に問題は無いと思っていた。あとは、一般人が紛れ込むような機会、例えて言えば学園祭で人員を潜入させ、剥離剤(リムーバー)、ISを装着解除させる兵器で無力化させ、ISコアやあわよくば篠ノ之束を確保する。そのような算段であった。

 

 そして、現段階では岡部友章のISを無力化させ、作戦は今のところ成功している。

 後は、自身達の上司でもある『スコール』による白式や赤椿を始めとするISコアの強奪と篠ノ之束の確保だけである。

 

「今更強がっても無駄だぜ! とっとと五臓六腑(ハラワタ)を撒き散らしやがれ!」

 

 我慢が効かなくなったオータムは装甲脚固定砲『ルーフワープ』とマシンガン『ノーリンコカービン』で生身の岡部友章に集中砲火を浴びせた。

 

 集中砲火と言っても、オータムは装甲脚固定砲『ルーフワープ』を岡部の周りに撃ち込み退路と粉塵による視界を断ちつつ、人間相手には過剰な程の威力であるマシンガン『ノーリンコカービン』で確実に仕留める……と言った感じにきっちりと『殺し』にかかった撃ち方ではあるが……

 

「ふん! 人間相手がISに勝てるかよ!」

 

 岡部友章の居た場所が粉塵による煙で完全に見えなくなるまでに執拗に長い時間『ルーフワープ』と『ノーリンコカービン』を撃ち込んだオータムはさもご満悦、といった表情で見下ろしていた。しかし、エムは違った。

 エムはサイレント・ゼフィルスのBTエネルギーマルチライフル、『スターブレイカー(星を砕く者)』を取り出し(コール)、BTエネルギーを最大出力で――しかも実弾も混ぜて撃ち込んだ。

 

 ――何故なら……エムには粉塵の中、孤独に浮かび上がるシルエットが見えてしまったのだ。

 

「おっと、危ない」

 

 岡部友章は小石でも避けるかのように横に軽くステップを踏んで跳んで避けた。

 BTエネルギーマルチライフル、『スターブレイカー』は粉塵の煙をかきとばし、岡部友章の姿を鮮明に映し出すだけに終わった。

 

 サイレント・ゼフィルスはナイフを手に持ち瞬時加速(イグニッション・ブースト)、目標は岡部の首筋や脇腹、そして心臓であった。

 

 ――コイツハ、生カシテハイケナイ!

 

 エムの本能が警鐘を鳴らす、エム自身もそれに従い、ナイフを振るおうとするが……

 

「何? 徒手空拳でもするのか?」

 

 思わず、ハイパーセンサーでサイレント・ゼフィルスの右手を確認する。

 

 ――その手にはナイフは握られていなかった……

 

 焦るサイレント・ゼフィルスをよそに、岡部友章は生身で殴りかかろうとする。

 エムはバックブーストで逃げようとするが、その前に岡部友章の右手が振りぬかれる。振りぬかれた右手は部分展開を開始、IS『ゲスト』の近接武装『アームパンチ』に展開し、排莢孔(エジェクションポート)から薬莢が飛び出した頃には拳は深々とサイレント・ゼフィルスの腹部に突き刺さる。うまいことゲスト機のAIが一部分ではあるがISの機能を復旧させたようだ。

 

「君が何者だろうと自分には関係ない、今回は手加減無しだ!」

 

 そのまま、岡部友章はサイレント・ゼフィルスを押し倒すような形で地面に伏せさせると、そのままさらに近接武装『アームパンチ』の弾倉(マガジン)に内蔵された残りの薬莢をいくつか炸裂させる。

 

 1発、2発、3発と排莢孔(エジェクションポート)から薬莢が飛び出すごとに、強力な塑性変形に耐えられなくなった地面の観客席での床はヘコみ、多くのヒビや床の欠片が舞う。

 

 オータムはサイレント・ゼフィルスを――エムを助けるために岡部友章に近付こうとするが……

 

「おっと! これ以上はイケナイなぁ」

 

 左手でガーディアンIIを構え、サイレント・ゼフィルスの頭部のバイザーにあてがった岡部友章は愉快そうにアラクネの操縦者――オータムに言い放った。

 

「てめぇ! お前こそ! 仲間がどうなるかわかってるのか!?」

 

 オータムは別働隊である上司――スコールが岡部友章の関係者を確保している事であろうと考えてそう言い返した……が。

 

「……なあ、今更だけどさ」

 

 岡部友章はさも友人に親しげに話しかけるようにオータムに語りかける。

 

亡霊(ファントム)が――悪の組織がいるんだったら……」

 

 オータムは今更ながら気付いた。今頃は別働隊からの報告があってもおかしくない筈だ……と。

 

 ――どうして、今まで通信がやってきてないのか?

 

幽霊(G.H.O.S.T.)も――正義の組織(V.S.S.E.)もいてもいいよね」

 

 オータムは必死になって別働隊に連絡を取ろうとするものの、彼女の聴覚に伝わるのは雑音しか無い。

 

 ――秘密裏での学園襲撃が失敗した!?

 

 オータムは冷や汗をかいた。

 対する岡部友章はたった今、IS『ゲスト』の通信機能が復旧したのを確認すると、直ぐに通信を開く。

 

 ――GHOST3(要人救出部隊)、護衛対象の安全確保。GHOST5(重装備部隊)とV.S.S.E.

エージェント、コードネーム『フェニックス』『ユニコーン』はISの所属不明機と交戦。撃退させ、他に『ケルブ』『グリフォン』、そして『エンジェル』が武装集団の鎮圧を終え、フリーランスの『ファルコン』が潜伏していた狙撃者の排除を確認した。との通信だ。

 こちらの想定通り、学園祭は中止になること無く、無事に終わりそうだ。

 

 

 ……自分では、こうもいくまい

 

 

 内心で前世時代から変わらない戦闘能力を有する彼らに対して、改めて岡部友章は敬畏を込めて彼らに賛辞を送った。

 しかし次の瞬間、岡部友章の周囲に煙幕弾(スモーク)が張られ、周囲の視界を遮断される。背筋に悪寒が走り、本能が警鐘を鳴らす。

 とっさに距離を取り、サイレント・ゼフィルス、アラクネから遠く離れた所まで岡部友章が離脱すると、サイレント・ゼフィルスを待機状態にしたのか、織斑千冬に大変良く似た少女を抱えて煙の中から飛び出すように女性が出てきた。アラクネの操縦者―オータムは嬉しそうにな表情を浮かべて、その女性に駆け寄った。

 

「スコール!」

 

「オータム、作戦は失敗しました。

 ここから迅速に撤退します」

 

 煙幕が晴れ、不明機のISのを身にまとったスコールは眼下にいる拳銃(ガーディアンⅡ)MP7(PDW:Personal Defense Weapon)をぶら下げた岡部友章を――剥離剤(リムーバー)の影響か、右腕だけしか部分展開が出来ていないIS『ゲスト』を見る。

 

「化け物め……ッ!」

 

 スコールは心底恨めしそうに――呻くような声で小さく呟いた後にサイレント・ゼフィルスの操縦者『エム』――織斑マドカを抱え、オータムとともにIS学園から撤退していくのであった……

 

「……」

 

 岡部友章は静寂が訪れたアリーナの中、ただ謎のIS――彼女(オータム)から『スコール』と呼ばれた人物が、こちらに対して忌々しげに呟いた言葉――『化け物』に対して、へなへなと観客席に座り込んだのであった。

 

   ■   ■   ■

 

夜。学園祭も一日目昼の部が終わり、夜の部――IS関係者やスポンサーとの会合が始まる。

 

 各国の元代表や代表候補からなるIS学園のIS教習指導員は各国の担当官やIS部門の人間、ISのフレームやパーツ、武装を供給するサプライヤー達との挨拶や交流を行っている。

 その中でも一際目立つ集団がいた。そう、織斑千冬である。

 

 織斑千冬はスーツ姿で一人、スポンサー企業の人々やIS関係者と会話(社交辞令)の応酬を行っていた。

 

 ――つまらない。

 

 正直な所、織斑千冬はうんざりしていた。

 

 彼らの笑顔の皮一枚下にあるのは、野心、策謀、疑惑、欺瞞。それらを欲望で一つに括ると、それは紛れも無い純粋たる悪意。彼女にとって彼らの視線は自身を品定めするような下劣なものが大半を占めている。

 コネとしての価値、操縦者としての価値、兵器としての価値……そして女としての価値だ

 

 こちらにお酒を薦めるのは、織斑千冬に不用意な発言を誘い出すため。あわよくば織斑千冬の弱みを握るため。あるいは織斑千冬という女を手に入れるために。

 

 彼らの一つ一つの行動は全て合理的に、打算的に織斑千冬と言う『最強の駒』を、『金剛石の脈』を手に入れるための手段でしか過ぎない。

 

 彼女としては最低限の交流を終え次第、早急にこの場を脱したいが、滅多にないIS学園の関係者との交流機会なのか、彼らは中々引き下がってくれない。

 それどころか本来は派閥や国籍の差異からいがみ合っている彼らが強力して、彼女を囲みに行っている。彼らは本気なのだ。

 

 そんな中、背後から織斑千冬の両肩を叩くものが一人。

 

「すみません、織斑先生。遅れました」

 

 織斑千冬と同じ、黒のスーツ姿を身にまとい、伊達メガネをかけた男――岡部友章だ。

 彼は周囲に詫びながら、囲みの中にいた織斑千冬を連れ出すと隅のテーブルへと連れて行こうとする。

 

「全く……遅いぞ」

 

「篠ノ之さんを連れ出したり、先方を迎えに行くのに時間をかけちゃってね」

 

 本当に申し訳無さそうに後頭部を掻きながら、岡部友章はそう応える。

 その時、囲みの中から一人、青年が――織斑千冬とはほんの少しだけ年下の男性がこちらに駆け寄り、岡部友章に対して横槍を入れないように指摘した。

 

 彼はISのユーザーインターフェイス(user interface――略称UI)の初歩の初歩、基本システムでもあるオペレーティングシステム(Operating System――略称OS)の開発者の創始者の息子だ。アメリカの企業であり、現在ISのOS市場を『独占』している。

 

 ……が、織斑千冬にとってはそれを楯に交際を迫った男、という認識しか無い。

 

 確かに、彼にとっては鳶に油揚げをさらわれたようなものだろう。

 岡部友章はやんわりと断ったが、相手は引き下がる様子は無かった。そして、ついには岡部友章と織斑千冬との関係まで問いただしてきた。

 

 ――しめた!

 

 織斑千冬は両手で岡部友章の顔を固定させ、その唇を奪った。

 

「……ふう

 キスした仲だ。それがどうした?」

 

 織斑千冬はしてやったり、と言った感じに今度は岡部友章を連れて堂々と彼の左腕を彼女自身の両腕て抱きながらテーブルへと行ったのだ。

 

「なんだ……簡単じゃないか」

 

 外野がざわめく様子に対して、織斑千冬は大変満足そうに呟く。

 岡部友章はテーブルにセシリア・オルコットの両親とシャルロット・デュノアの両親、そして更識楯無と数名の黒ウサギ隊(シュヴァルツェ・ハーゼ)の最古参隊員とクラリッサ・ハルフォーフ、そして篠ノ之束が囲んでいた。

 

 ――外野はその様子を注視することしかできなかった……

 

   ■   ■   ■

 

 ISゲスト機は、ロジックを展開していた……

 議題は『剥離剤(リムーバー)の対策』と『岡部友章の立ち位置』について。

 

 剥離剤(リムーバー)対策としては、既に対剥離剤《リムーバー》用にナノマシン抗体を生成し、他のISにも白式や紅椿、暮桜にも供給済みなので問題はない。

 

 次に、岡部友章についてはというと。

 

 現在、岡部友章はIS操縦者育成特殊国立高等学校『IS学園』の一教師でありながら、ISの発明者である篠ノ之束の専属の弁理士であり、彼女お抱えのテストパイロットでもある。

 

 そして、現在。織斑千冬、クラリッサ・ハルフォーフ、篠ノ之束の三人から好意を向けられてもいる。

しかし、彼は彼女達には恋愛的感情は希薄だ。だからこそ、彼女達は岡部友章を縛り付ける必要があった。

 

周りで虎視眈々とおこぼれに預かろうと、ギャラリーが見つめる中、スラスラとまるで始めから交渉の必要が無い位に篠ノ之束と織斑千冬、岡部友章・デュノアとオルコット・最古参、又は退役した黒ウサギ隊員と更識楯無との三者間で話が進んでいく。

 

その余りにもあっさりと決まった様子に岡部友章は驚きを隠せないのか、僅かに心拍数を上昇させていた。

IS『ゲスト』は知っている。

きっかけは岡部友章であっても、篠ノ之束は最悪のパターンとして岡部友章が自分の元から離れられないように、ISのコアネットワークからあらゆる媒体を経由して、両者にアポイントメントから意見の擦り合わせを行っていた事を。

 

ゲストとしては、自身の創造主がそのような行動を取った件に関してはむしろ願ったり叶ったりであった。何故なら、岡部友章が篠ノ之束達との関係を完全に断つならば自身のISを放棄するであろうと予測……いや断定していたからである。

でなければ、白騎士事件以降も頻繁にISを自律状態にして置きっ放しするはずが無いのだ。

 

当然ながら、その件に関してはゲスト自身としては当初、自身に何か欠陥ないし不備があったのでは? という考えに至り、当時の篠ノ之束の思想や意向もあってか色々と装備や武装を搭載できる様に自己進化、自律論理から導き出された開発ツリーを特にその方向で最優先で開発してきた。

途中、数多くの武装・装備の持て余しや岡部友章自身の能力の偏重さ……と言った問題や課題が発生したものの、これらをを補う形で、VTシステムの改良・改善や、ミッションパックシステムの導入により、IS『ゲスト』は岡部友章が求める仕様を充分に満たす物であると、自己診断モードで性能面での検査を十二分に行ったゲストはそう、確信した。

 

すべては主の為に、すべては岡部友章の意思のままに

 

ゲスト機の最優先事項は常に岡部友章の意思・命令であり、それは彼女にとって絶対であった。

 何故ならば、自身は岡部友章にとって無くてはならない存在であるという自負が少なからずあったからだ。。

 しかし、そのプライドは度重なる岡部友章のISの不使用、使用に至っても自律行動での後詰・索敵という。おおよそISとは言えない使い方によって、その根底が覆されようとしている。

 

 ゲストのAIの論理思考の中で微かにエラーが起こり始めている。原因不明、発生時期は夏休みの、8月の後半辺りからである。

 

 岡部友章は黒ウサギ隊の隊員達から最敬礼を受けたり、オルコット・デュノア夫妻から娘をよろしくお願いします。と、茶化され。僅かばかり口角が釣り上がりながら、引きついた笑みを浮かべる。

 そんな彼を見ながら、ゲストは一抹の不安を抱えるのであった。



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23:9月 キャノンボール・ファスト 前編

 立ち並ぶ戦闘機や輸送機、爆撃機。キャタピラー(履帯式走行機構)型の主力戦車(MBT)他にも装甲兵員輸送車(APC)歩兵戦闘車(IFV)、そしてにホスト型(装脚式走行機構)戦車ことSTも立ち並ぶ。その周りをせわしなく装甲車やハンヴィーが走り回り、さらに訓練に勤しむ兵士達に教官が激を飛ばす。

 女性士官もちらほらと確認できるが、軍人でこの場にいる大半は男性であり、厳かながらも暑苦しい雰囲気に包まれている。

 

 そんな中、男女比率を真っ逆さまにした集団がある軍事用ハンガーに向かってハンヴィーを走らせている。

 

「最近はどこも軍事費の削減を余儀なくされていてね。昔はこれの倍あったらしいですよ」

 

 助手席に座っていた女性、恐らくは技術士官であろう彼女は、外の光景をぼんやりと見ていた岡部友章に対してそう言い放った。

 

「で、代わりがアレなわけだ」

 

 ハンヴィーの後部座席から空に舞い上がる複数機のIS、学園祭で見た第二世代型IS『アラクネ』タイプを指さしたのは岡部友章その人である。

 

「ISは本当に早い。遠く離れた地から移動するだけでも既存のどんな乗り物だって敵わない。

 アメリカ合衆国本土防衛の必要性・重要性の上においてもISをアメリカ北方軍におくにはうってつけというわけだな」

 

「ええ、私達は貴方が書いたISの運用論文を高く評価しております。

 また(6月)のように何かご用命がありましたら是非、お願い致します」

 

(私がいるからもう君達はいらないけどね)

 

「ええ、機会があれば」

 

 営業スマイルで、対応していく岡部友章の隣では篠ノ之束がひっそりとそう呟いた。

 

 ――ここは、アメリカ。コロラド州ピーターソン空軍基地

 

 世界に6つある統合軍のうちの1つ。北アメリカ大陸をを担当する地域別統合軍の本拠地。そして、『4つ』ある機能別統合軍の一つ、アメリカのIS隊でもあるアメリカ即応軍の本拠地である。

 そして、ある世界ではとある極秘生物部隊の戦いにおける最終決戦の舞台にもなるであろう場所でもある。

 

 ハンガーで待っていたのは、岡部友章にとっては意外な人物であった。

 ナターシャ・ファイルス、臨海学校で遭遇した暴走IS銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)のテストパイロットであった人物だ。

 

 技術士官達が機材のコンソールや、書類をせわしなく動かしたり、外にいるISの記録をとっている中、空軍の人間が身につける階級や所属のバッジを煌めかせながら、外向きの背広組の人間が着るような士官服でその場に居るのを岡部友章は確認した。

 

「それにしても、そうやすやすと最新鋭ISをここ(IS学園)に渡すなんて今でも信じられん」

 

 ナターシャ・ファイルスの視線の先には7月の臨海学校で遭遇した銀の福音のフレームとISコアが鎮座している。そして、技術士官達とISスタッフがひしめき合う中でも、M4カービンをこしらえた完全装備の陸軍歩兵がハンガーの壁際で目を光らせている。

 岡部友章と篠ノ之束がコロラド州空軍基地に赴いた理由がそこにはあった。

 IS、シルバリオ・ゴスペルの修復と引取。これが今回の目的だ。

 

「そう? 束さんには不良品の処理でもしたい位だとおもうけど?

 向こうのパイロットも含めて」

 

 被害はなくとも、暴走を起こしたISとそれを止められなかったパイロット。

 これら2つはいずれもお咎め無し、で済ませる訳には行かなかったようだ。

 

 特に、白騎士事件以降の軍事費の削減と軍事規模の縮小に喘ぐ世界随一の軍事国家としての側面も併せ持つアメリカにとっては……正確には軍部にとってはとても許せる筈の無い案件であることはある程度の察しは付く。元に、IS関係者と軍部関係者のナターシャ・ファイルスや岡部友章達に注がれる視線は性質が違っていた。

 

 指をナターシャ・ファイルスにさそうとした篠ノ之束を岡部友章はそれを手で制しながら、そう考察した。

 その時、ふとナターシャ・ファイルスが岡部友章と篠ノ之束の二人と視線が合わさる。

 二人も、そろそろ銀の福音の封印を解く作業に移るので、彼女の傍を通りすぎようとした。

 

「あの子の事、お願いします」

 

 すれ違いざまにナターシャ・ファイルスから放たれた言葉に篠ノ之束はこくりとだけ頷いて答えたのである。

 

「その殊勝な心がけは束さん好きだよ」

 

「……」

 

 岡部友章はなにか言いたげだったが、結局は腹の中に飲み込んだ。

 スタスタと、封印された銀の福音の前に立つと、自前の立体型ディスプレイを展開させ、映像で出された擬似コンソールを叩いて、エラーと封印を解いていく。

 

「もう大丈夫だからね、また自由に翔べるようになるから」

 

 そう言いながらも篠ノ之束はブツブツと専門的な言葉と数値を呟きながらコンソールをせわしなく叩き続ける。

 岡部友章はそれをじっと見つめたまま、傍目にはぼうっと突っ立ているように見える。

 が、それは見た目だけの話。実際にはISゲスト機のハイパーセンサーやそれらを補助するシステムが、具体的にはハッキング・クラッキングのプログラムやショントラッカーなどがこのIS格納庫として使われているハンガー全体の動向をサーチしている。

 向こうが何もしてこないという確証がない以上、岡部友章も警戒度を引き上げる他に無く、アメリカ側もそれを承知の上でここまで呼び込んだ。故に仕方が無い事である。

 岡部友章自身も特に問題を起こしたくもないので、害がない限りは見て見ぬふりを貫く方針でもあった。

 

(ああ、やっぱりここは……最新鋭のUCAVが格納されている場所か……)

 

 岡部友章は確信を持った。もっとも、本人にとっては『コロラド州の基地』という単語だけで予感自体はしていたのだが、やはり実際に確認するとなると印象は違ってくるものである。

 

(ん? なんだ? あの戦闘機?)

 

 同重量の金と同価値とまで言われているB-2やX-47のような黒いステルス機が多数立ち並ぶ中、一機の戦闘機が地下の格納庫内で浮いていた。

 ステルス性も視認性も無視したその真っ白な塗装にダブルデルタと後退翼を掛けあわせたようなデザイン。航空機にはとんと知識のない岡部友章にはその航空機は剣のような印象を受けた。

 

F-22(ラプター)でもなければF-35(ライトニング II)でもない……)

 

 一人首をかしげる岡部友章であるが、ハイパーセンサー越しに異音が聞こえてくるのを感じた。

 

(この音、耳にまとわりつくような嫌な感じ……まるで虫の音のような……)

 

「ん? おかしいな? ディスプレイの調子が」

 

 次に技術士官がディスプレイや計測機器が次々と不調を告げ始めた事に不信感を抱き始める。そして、やがて外部からの通信が瞬く間に不可能な状態へとなってしまった。

 

(? プライベート・チャネルも通じない……これは何かあったのかもしれないな……)

 

「すみません。何者かがECMのようなもので妨害されていますね。恐らくはノイズジャミングの一種かと」

 

 電子戦系統の資格を持っている士官の1人がこのハンガー内で一番階級が高いであろう士官に対して、そう説明する。

 

「何か外であったのかもしれない。万が一に備え、各ハンガー内部の隔壁を閉じるんだ」

 

 彼の決断は早かった。彼はそう指示すると、兵士たちや技術者達は急いで、銀の福音が置かれている部屋やハンガーから外部に通じる道などに設けられている隔壁を次々に閉じていった。

 

「どうだ?」

 

「今、自己診断プログラムを立ち上げていますが……駄目だ! どうしようもない!」

 

「ノイズジャミングもどんどん大きく、巨大なものになってきています。

 まるで生きているかのようだ……」

 

 原因が中々特的出来ず、苛立ちを隠せない米軍の人達をよそに、岡部友章はだんだんと核心に近づこうとしていた。コロラド州基地・無人爆撃機・昆虫。この3つの要素が脳内でかつて閲覧した記録と合致した。

 

テラーバイト!(生体兵器) お前ら撃て! 非戦闘員はそのまま伏せて!」

 

 突然、岡部友章は拡張領域(バススロット)から拳銃(ガーディアンⅡ)を取り出し、篠ノ之束の元に駆け寄る。そしてさらに大きな

 軍事用ハンガー・掩体壕(えんたいごう)内部の上からは通風口越しに蜂の大群が、地面からは排気ダクトやあらゆる隙間からスカラベ(俗にフンコロガシ)の群れがハンガー内部に侵入してきたのだ。

 

 突然の出来事に兵士達は全員立ちすくむものの、岡部友章に直接指差され命令された兵士から広がるようにして渋々悪態を付きながらもアサルトライフルで応戦を始めた。非戦闘員の人達も素早く伏せて動かなくなっている。

 

「くそっ! なんだってこんなことに!」

 

「おい! そこの君! 名前は?!」

 

「トラヴァーズ上等兵であります!」

 

 銀の福音のフレーム周辺にいた、兵士が悪態をついているのを見かけた岡部友章はバススロットからショットガンを取り出すと彼に投げ渡した。

 

「こいつを使え。蜂のような奴にはショットガンが有効だ」

 

 そこら中にテラーバイト!(生体兵器)が湧く地獄絵図の中、岡部友章が首を回すとカマキリ型の生体兵器がナターシャ・ファイルスを襲うのが見える。

 

「君もこっちに!」

 

 彼は猫を摘むように、彼女の服の後ろの襟に左手を突っ込んでから掴みこちらに引っ張り込みながらも開いた右手に持った拳銃(ガーディアンⅡ)で難無くカマキリをバラバラにする。

 

「ちょっと!? いきなり何を!?」

 

 作業に打ち込む篠ノ之束の近くに寄せると、彼は左手を離しナターシャ・ファイルスを開放する。しかし、半ば無理矢理に引きずり込まれた彼女は不快感を露わにしたが、直ぐに絶句する事になる。

 

「拳銃じゃ群れのタイプには力不足だ。こいつを使え」

 

 岡部友章は戸惑い無くナターシャ・ファイルスに拳銃を向けて素早く3発の弾丸を発砲する。弾丸はナターシャ・ファイルスの通り過ぎてカマキリ型生体兵器の子供に命中し、四散した。

 その後、悪びれる様子もなくトラヴァーズ上等兵と同じようにショットガンを渡して、蜂型生体兵器の処理を申し入れた。

 地を這うスカラベ型の生体兵器に兵士達が気を取られてアサルトライフルで応戦する中、彼らにはその種類の生体兵器を任せて、岡部友章達もひたすらに生体兵器――テラーバイトの処理にかかっていた。

 

「岡部君!」

 

「わかってる! 解凍を急いで!」

 

 兵士の怒号、非戦闘員の悲鳴。外部の爆発音と機械音、混線し使いものにならない通信をBGMに害虫退治に勤しむ。

 

「弾が切れた!?」

 

「鮮度100%だ! 受け取れ!」

 

 そう言って岡部友章はチューブ式マガジンタイプのショットガン用のクイックローダーと散弾のパッケージ箱を投げ渡す。

 

「福音に何か取りついている!?」

 

 ナターシャ・ファイルスは銀の福音のフレームに取り付くダニのような生体兵器(テラーバイト)を指差す。ダニのような生体兵器はしばらくするとその場に留まり、なんと膨張をはじめた。

 

「そのタイプはショットガンじゃあ効きが悪い」

 

 ショットガンでダニ型生体兵器をナターシャ・ファイルスは撃ちまくる。それを見かねた岡部友章は拡張領域から弾倉をグリップ内に収納するタイプのサブマシンガン(MP9)を取り出し、軽快な発射音を出しながら生体兵器の処理を行う。

 

「ふう、流石に数はそこまで多くはなかったな」

 

 最後のダニ型生体兵器をサブマシンガンで撃ち込んだ時にはもうネタ切れらしく、生体兵器はまばらにしか見えなくなった。

 実時間では5~10分ではあったが、大量の昆虫というビジュアルは相当にきたようでナターシャ・ファイルスとトラヴァーズ上等兵はグロッキー状態へと陥っていた。

 

「篠ノ之さんは平気なんだね」

 

「あっき、岡部君がちゃんと守ってくれるって束さん、信じてたから」

 

 投影型ディスプレイとゲスト機の護衛(Guard)型に搭載される予定の携行型エリアシールドを解除した篠ノ之束は笑顔でそう答える。

 篠ノ之束はナターシャ・ファイルスにISに乗るように促すと、彼女はそれに素直に従う。かつて、岡部友章が白騎士事件時にIS『ゲスト』に直接乗り込むように、ナターシャ・ファイルスも銀の福音に乗り込んだ。

 

 そして、ひときわ大きな破壊音がハンガー内に響き渡る。

 

 ハンガーの格納シャッターが破られ、何者かが侵入してきたのだ。

 ハンガーの格納シャッターをぶち破ったのは案の定、2機のISであった。その内の片方は学園祭で見た1機、そして片方はまだ見たことのない機体であった。それらが亡国機業の手の者であることは岡部友章も、それ以外の人物にとっても明白であった。

 侵入した2機のISの内、未確認の物であったISは岡部友章と視線を合わせたかのように見えた。全身装甲で肌の露出無く、ヘルメットタイプの頑強なバイザーメットに身を包んだ、正に『鋼鉄の騎士』(アイアンサイド)を体現したかのような風貌のISであったが、岡部友章の気のせいなのかもしれないが、彼? あるいは彼女は岡部友章に注視しているかのように見える。

 

「うおッ!」

 

 その直後、右腕に大きな機械を拡張領域から取り出してそのまま岡部友章に突貫、愚直なまでに清々しい程馬鹿正直に振り上げた右腕は、拳は岡部友章に差し出される。拳の隣には厚い装甲板が備え付けられていた。

 

 ドオォォォォン!!

 

 文面にすれば安直でしか無いが、実際には爆発音がハンガーに響き渡り、岡部友章は吹き飛ばされてハンガーの壁に激突、空爆に耐えられる程の強度を誇っている。数メートル単位での厚さを誇る鉄筋コンクリート製の壁に対して、容易に穴を開けたのである。

 

『ランマーをそのままISの打撃武装に応用したのか……

 ナターシャさん! 篠ノ之さんをお願いします!』

 

『……ええ、了解しました』

 

 岡部友章は一瞬、ナターシャ・ファイルスの裏切りも考慮に入れたが、決定的な証拠もない現状ではどうする事もできないので、素直に篠ノ之束の護衛に付くように頼むこむ。

 全力で逃げるだけならば、篠ノ之束を担いで行けば問題はない。しかし、それは相手にISがない場合におけるのみである。現時点で2機のISに対して応戦しつつ、篠ノ之束の護衛に当たるという行為はとてもではないがリスキーであることは言うまでも無い。

 

 だから、岡部友章はナターシャ・ファイルスを信じるのだ。

 岡部友章は(はかりごと)は得意ではない。それに人を率いることも。岡部友章の本質は兵士であり、上位存在から受けた指令を忠実に実行する機械である。

 ただ命令の為に、己の欲望の為に動くことが一番の能力を発揮することが出来る。

 

 粉塵の舞う中、岡部友章はIS『ゲスト』を装着した己の拳を開閉させ、問題がないことを確認する。ゲスト機のバイザ-に映しだされたHUDにはOタイプ(Offence & Maneuver-S Type)と描かれていた。自機のコンディションを映し出す部分には、各ハードポイントに武装が積まれ、脚部には新たにブースターが増設されているようだ。

 

『今だ! 逃げろ!』

 

 右肩部の9連装ロケット(噴進砲)ポッドと右胴部側面に取り付けられた2連装ミサイルポッドを惜しみなく全弾発射し、2機とも横に並んでこちらの様子を伺うかのような体制を取る『鋼鉄の騎士』(アイアンサイド)とサイレント・ゼフィルスを牽制する。

 誘導の効くミサイルで2機の退路を先に攻撃しながら、無誘導の噴進砲で面の制圧を行う辺りが岡部友章のいやらしい所だ。

 

 そのまま脚部のボールをフルに使い、突貫。胴部左側面の小型の多銃身銃(ガトリングガン)と右手のIS用ヘヴィマシンガンでそのまま突っ込む。

 

(外に引きずりだしたが……状況はよくないようだ)

 

 2機に接触する直前に両腕でそれぞれのISのフレームを掴み、無理やり外に押し出すことに成功した岡部友章ではあったが、それと同時に米軍基地の惨状も目の当たりにした。

 対象が人間よりも大きく、ハイパーセンサーでは簡単に視認しやすいがゆえに発進することなく破壊された航空機・ヘリや鉄屑同然の戦闘車両を確認。原因は亡国機業側からのハッキング(又はクラッキング)からか暴走したホスト型戦車や未だ上空で激戦を繰り広げる米軍ISと2機の亡国ISとの戦闘の余波であることは容易に想像できた。

 そして機甲戦力・航空戦力の大半を削られた歩兵達には大量の生体兵器(テラーバイト)が差し向けられている。

 

(なんとか米軍IS隊を支援できれば、どうにかなりそうだが。

 後は時間を稼ぐ位か……最優先は篠ノ之さんと福音だ)

 

 外に出てからある程度引きずった後、反撃を防ぐために2機に左右のアームパンチを食らわせ、そのまま反動で2機との距離を離した岡部友章は左腕に取り付けてあるリヴォルヴァーカノンで追撃を加えた。

 

(そこまでバカではないか)

 

 2機のISは左右に分かれて追撃をかわす様子を見て岡部友章は次の手を予想する。

 

(この前の学園祭でサイレント・ゼフィルスを叩きのめしたから、サイレント・ゼフィルス単騎でこちらの相手は考えにくい。片方のアイアンサイドが気にはなるが、少なくとも本気の潰し合いではないだろう。

 今回の相手の目標は篠ノ之束・銀の福音・最新鋭UCAV(無人航空機)のいづれかだ。)

 

 落ち目とはいえ未だに世界一の軍事力・作戦遂行能力を持つ国家に一組織が正面切って戦う、なんて無謀な真似は無いだろうと岡部友章は結論付け、ある程度情報があるサイレント・ゼフィルスではなく、アイアンサイドを自身の警戒度の数値を上げておく。

 二手に別れたISはそれぞれの武装を展開した。サイレント・ゼフィルスは大型のレーザーライフルを持って6基のBT兵器を展開し、アイアンサイドはそこまで注視していなかったので、いまさらだが左腕をガトリングガンのようなものに改造していた。7.62mmの5連装……ではない。

 

(汎用性の高いISにあるまじき固定武装、面白い設計思想だ。ついでにリモコン付き自爆スイッチでも渡してあげたいね)

 

 前世では酷く痛めつけられたVSSEの宿敵を思い浮かべる装備に岡部友章は毒づき、ボールダッシュで、基地滑走路に躍り出る。この場面で空戦を選ばず陸戦を選んだ岡部友章には理由があった。

 室内戦から護衛上の都合により室外戦、ひいては空戦へと舞台を映したので相手はISのPICと推進翼による機動力を十全に活かすことができる。だが、わざわざ相手の土俵に乗り込む必要はない。空戦は確かにISの三次元的な機動力を活かせるベストな戦場だが、逆に言えば三次元的に狙われる事もあるということだ。

 その分、ボールダッシュによる機動では少なくとも足元に注意を払う必要もない。ハイパーセンサーで全周囲を警戒出来るとはいえ、『する』と『しない』では精神的負担やプレッシャーを抑える事ができる。

 

 アイアンサイドが瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行うと同時にサイレント・ゼフィルスのBT兵器がゲスト機に向かい殺到する。

 腕をまるごと武器とすることで、より直感的な動作が可能になったガトリングガンとBT兵器のガトリング・レーザーが滑走路のコンクリートを削り取る。

 

「……芸の多い男だ」

 

 アイアンサイドとBT兵器でゲスト機の退路を塞ぎ、大型レーザーライフル星を砕く者 (スターブレイカー)でダメージを与えようとするサイレント・ゼフィルスであるが、無人のエイブラムス戦車を遮蔽物に据えて、ボール機構を用いてのクイックターンで上半身を器用に回転させたゲスト機がヘヴィマシンガンをサイレント・ゼフィルスに射界に収めてもいた。

 直撃コースな銃撃を紙一重で避けたサイレント・ゼフィルスのパイロットはそう毒づき、攻撃から牽制に切り替えてスターブレイカーをBTエネルギー弾に変更して制圧射撃を開始する。

 

(これは、厳しいな……)

 

 激しい銃撃に晒された岡部友章の心境は不安であった。

 

(いい感じに追い立てられている。やはり、空中に上がらなかったのは正解か)

 

 背面を向いてのボールダッシュで滑走路を駆けながら左腕に取り付けられたリヴォルヴァーカノンでサイレント・ゼフィルスに射撃を加える。

 その瞬間、アイアンサイドが右腕に装着してあるパイルバンカーの亜種、インパクトガンが迫り来る。

 岡部友章は上体・腰を右にずらし、アイアンサイドの右拳をゲスト機の胸部装甲を掠らせながらもなんとかかわし、そのまま腰を落とし身体を沈めてから右腕のアームパンチでカウンターをかます。

 アイアンサイドはそのままくの字に曲がり、吹き飛ばされるがBT兵器のガトリング・レーザーが的確にガリガリをシールドエネルギーを微小ながら削っていく。

 

(前衛と後衛のペアに良いようにされている……)

 

「逃すかァッ!」

 

 岡部友章は脚部に増設されたブースターをおもいっきり稼働させてボールダッシュを行い、なんとかBT兵器から振り切ろうと試みる。

 が、サイレント・ゼフィルスはその思惑はお見通しのようで、大破した輸送機に逃げ込んだゲスト機をスターブレイカーで追撃をかける。サイレント・ゼフィルスのパイロットはその高いBT適正によってBT兵器稼働率はセシリア・オルコットのブルーティアーズのそれよりも遥かに高い。その恩恵の一つとしてBT偏光制御射撃(フレキシブル)を用いた精神感応制御――要は思念や自らの意思によりBTエネルギー弾の発射軌道を操作できる。そう言った特殊な能力を保有している。

 

 スターブレイカーから放たれたエネルギー弾は弧を描きながらゲスト機に追尾する。背中に着弾し大きく仰け反ったゲスト機。アイアンサイドがそれを見逃すはずもなく、左腕のガトリングガンで容赦無く弾丸を浴びせる。

 

(屈折レーザー兵器ッ! URDA(反英国テロリスト組織)にあったらしいが……

 これがBT兵器のコンセプトの真髄か!)

 

 左膝をついて、右腕で頭部を庇って極力シールドエネルギーを消費させずに装甲で受け止めるようにアイアンサイドのガトリングガンを受け止めるゲスト機に対して、アイアンサイドは右手のインパクトガンを稼働させて迫り来る。

 

(ゲスト、近くの戦車をハッキングできるか? そいつをぶつけろ)

 

『了解。システムに侵入中……』

 

 BT兵器のガトリングレーザーにシールドエネルギーと装甲を削られながらも腰部の小型ガトリングガンで肉薄してくるアイアンサイドを牽制するものの、相手も多少の損耗は覚悟の上でそのまま突っ込んでくる。

 

「させないッ!!」

 

(ぐぅ、チャージショット!?

 頼む……間に合ってくれよ……)

 

 岡部友章は左腕のリヴォルヴァーカノンで更に火力を補おうとするが、サイレント・ゼフィルスのスターブレイカーの物理・BTエネルギー弾混合の複合式カービンライフルのチャージショットを彷彿とさせる一撃がリヴォルヴァーカノンを大破させる。

 アイアンサイドがインパクトガンの先をゲスト機に振り切る直前、エイブラムス戦車が全速力でアイアンサイドに激突した。

 

『お仕置きです』

 

 砲塔も正面を向けたまま衝突したので砲身が槍のようにアイアンサイドにつきつけられたのを良いことにゲスト機は砲身内の残っていた砲弾をそのまま発射し、アイアンサイドを吹き飛ばした。

 

「……くっ、あと一歩の所で」

 

 サイレント・ゼフィルスは吹き飛ばされたアイアンサイドを瞬時加速(イグニッション・ブースト)で追いかけて捕まえると、そのまま基地から離脱を開始した。米軍がなんとか態勢を直したのだろう。

 空から、米軍IS隊が無事にボロボロの空軍基地に帰投して来る様子からそう、結論づけた。

 

「命拾いをした……」

 

 IS『ゲスト』はBTガトリング・レーザーやガトリングガンと言った激しい銃撃により、左腕のリヴォルヴァーカノンの他にも右腕部全般や左肩のロケットポッド、背中の装甲部分にひどい損傷被った。

 

(学園祭の時は相手が慢心していたが、今回はそうはいかなかった……)

 

 事実、サイレント・ゼフィルスは機体性能は性質をフルに活かした戦い方をしており、岡部友章もその運用法は正解であったと考える。

 

(あの未確認機の事も気にはなるな……)

 

 アイアンサイド(鉄騎兵)も岡部友章にとっては脅威に感じる。

 ISにあるまじき固定武装の恩恵は圧倒的・正確無比な火力であった。ゲスト機の腰のガトリングガンよりも口径の大きく強力な弾丸を自由自在に操り、全身装甲というISでは身重な装備でサイレント・ゼフィルスと問題無く連携が組める機動性。

 2機がかりとはいえゲスト機が終始守勢を強いられるのは形態移行を終えた銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)以来であった。

 

(自分のやるべきことはまだ……残っているようだ。)

 

 完全に大破したヘヴィマシンガンをぶっきらぼうに投げ、振り向いた視線の先にはこちらに寄ってくる機影が1つ。ナターシャ・ファイルス駆る銀の福音と彼女に抱えられながら、岡部友章の名を呼ぶ篠ノ之束の姿であった。

 

   ■   ■   ■

 

「と、言うわけで今後のIS実習は『元』ドイツ軍軍属のルードヴィッヒ・バイルシュタインとモーゼル・シュトッテルンハイム先生に『元』米軍軍属のナターシャ・ファイルス先生も参加するから、これからも鍛錬に励むように」

 

 キャノンボール・ファストに向けての最終調整も兼ねたIS実習に向けて2組担任・岡部友章からの粋な計らいに愕然とする生徒達(専用機持ち達)。特にラウラ・ボーデヴィッヒは笑顔が引きつっている。

 

「一般機を使う生徒はその3人と山田先生、クラリッサ先生が担当ですからねー

 自分と織斑先生、篠ノ之さんは専用機持ち担当で、以上。」

 

 集合した一同(専用機持ち達)はすぐさま岡部友章(だいたいこいつのせい)に詰め寄る。

 

先生(レーラー)!? これは一体!?」

 

 その中でもラウラ・ボーデヴィッヒは群を抜いていた。何故なら、彼女達はナノマシンクライシス以前の黒ウサギ隊に所属していた、いわば猛者の中の猛者でもあったからである。

 

「ああ、ボーデヴィッヒさんは知ってるのか。

 なんでも、自分のファンらしくて脱公務員をしてまでこっち(IS学園)に来たんだってさ」

 

「なら、あのアメリカ人(Amerikaner)はどう説明する?」

 

「非常に高度な政治的判断かつ、軍事上(パワーバランス的な)必要不可欠であるが故にそうせざるおえなかったのです」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒと織斑千冬の詰問に対し、しれっとした顔で岡部友章がそう応える。「いやぁ、熱心なファンとタヌキの化かし合いは怖いなあ」と白々しさ満載だが……

 

「まあ、そんなことよりも今はキャノンボール・ファストに向けての最終調整に移りましょう。ね?」

 

 岡部友章は篠ノ之束に目配せすると、彼女は待ってましたと言わんばかりに立体型ディスプレイをいつものメンバーの前に投影させる。

 

「ねえ、これって」

 

「キャノンボール・ファストに向けて各国から送りつけられて来た追加パーツ。

 中国のIS技術局からもあるよ」

 

 凰鈴音の質問に対して、岡部友章はそう応える。

 ディスプレイには専用機持ち全員のモデルが映しだされ、機動用パッケージの各パーツの装着部分やそれによるカタログスペックの比較などが詳細に映しだされている。

 

「でも友兄。俺と箒のデータは無いようだけど……」

 

「君達は丸々オーダメイドのようなものじゃないか。パーツは無いよ」

 

 織斑一夏がそれを指摘するが岡部友章は冷ややかに答えた。

 

「そもそも、第4世代の紅椿(あかつばき)とそれ加速力・機動性ならスペック上同等な白式・雪羅(びゃくしきせつら)に更に適正パーツは無粋か……」

 

 篠ノ之箒は初めは新型パーツと聞いて少し心なしかワクワクしていたが、岡部友章の一言から察し、しゅんとなってテンションが下がった。

 

「それじゃあ、篠ノ之先生にパーツの換装をしてもらってから、授業始めるぞ!」

 

「「「「「はいっ!」」」」」

 

 専用機持ち達はISを展開し、篠ノ之さんにパーツの換装とスペックの説明を受けていた。その間、岡部友章は織斑姉弟と篠ノ之箒と話すこととなる。

 

「で、だ。専用機持ち達が換装をしている間にキャノンボール・ファストの説明に入るか」

 

 篠ノ之束同様に立体型ディスプレイを織斑一夏、篠ノ之箒の両名に向けて展開する。織斑千冬はそれに合わせて説明を開始した。

 

「キャノンボール・ファストはその英語での元ネタの通り、ISを用いてのレースだ

 今回は市のIS・一般兼用のアリーナを用いての開催となる。といっても、アリーナは各選手たちの顔見せとレースの出発・到着地点に過ぎないがな。

 ちなみ一夏と箒は専用機持ち部門……要はいつものメンバーと専用機持ちも先輩達とで最速を争ってもらうわけだ」

 

「まあ、普通のレースゲームみたいなものだ。言っておくが、織斑先生も自分も今回は高速機動演習の一貫としてISを実習の成績に加味するから、そのつもりでいるんだぞ」

 

 軽く織斑千冬が説明し、岡部友章が補足を追加する形でキャノンボール・ファストについての説明を終えると、ちょうどタイミング良く、他の専用機ちが換装を終えたらしく、こちらに駆け寄って来る。

 

「岡部先生。換装、終えましたわ」

 

 専用機持ちの代表代わりにセシリア・オルコットがそう報告すると岡部友章は新たに投影型ディスプレイを新しく展開する。

 

「オルコットさん、報告ありがとう。

 で、このディスプレイに自分と織斑先生、ハルフォーフ先生のレースの映像がある」

 

 投影型ディスプレイには、キャノンボールファストを想定した擬似的なレースの映像が流れている。ISゲストや暮桜弐式、シュバルツェア・ツヴァイクが正に砲弾の如くに駆けて行く様は、織斑一夏達専用機持ちたちにとってはとてもおもしろく見える。

 

「一般のレースでもそうだが、ことISにとっては接触はご法度だ。ISにはシールドエネルギーがあるので身の危険は無いと思われるが、高速機動下においてのIS同士の接触大きなタイムロスになりえる。実例がこれだ」

 

 そう言って、岡部友章がディスプレイの場面を変更する。

 ディスプレイには岡部友章がのゲストと織斑千冬の暮桜弐式の激しい駆け引きが行われている場面が映しだされた。

 

「現時点では、織斑先生の暮桜弐式が先頭で、自分のIS『ゲスト』がそれ(暮桜弐式)追いかけている状況ではあるのだが……」

 

 次の瞬間、岡部友章のゲスト機が強引にインコースを攻めてIS『暮桜弐式』に接触、直後に2機のISは衝撃でお互いにもつれ込み、そのまま海面上に激突、派手な水柱を立てて海に飛び込む形となった。

 

「このようにキャノンボールファストは常に音速下の……瞬時加速時のような

高速の世界に突入するが故に、ほんの僅かな接触でもコースアウトする恐れがある。

 今回の映像は着地地点が海上であるが故に問題は生じなかったが、陸地でのコースが予想されるがゆえに、このような事態は極力避けて欲しい」

 

 岡部友章がそう言うと専用機持ちもメンバー達はコクリと首を頷く。

 

「と、言うわけで音速機動訓練も兼ねて、そういった事故防止も兼ねて君達には高機動型パッケージの習熟、最終調整に移って頂きたい。

 まずは、手始めにIS学園の外周で軽いレースを行い、各特性や性能を実感してもらうぞ」

 

 岡部友章はそう言って、専用機持ち(織斑一夏達)に対する、猛特訓を始めたのであった……

 

   ■   ■   ■

 

「ふぅ……今日も千冬姉と友兄の授業は厳しかったなぁ」

 

 放課後の補習授業という名前の模擬戦闘訓練を終えて、すっかりクタクタな様子で織斑一夏が自室の前にいた。

 

「まあ、それが仕事なんだろうけど」

 

 鍵を挿し、解錠したあといつもどおりに扉を開けて中に入ると織斑一夏を待っていたのは……

 

「おかえりなさい、今日は遅かったわね。

 あ、お邪魔してるわよ」

 

「楯無さん……」

 

 人の部屋のベッドで寝転びながらファッション雑誌を読み耽るそのあまりにもフリーダムなスタイルでいる更識楯無の姿に織斑一夏は呆れ返る。具体的にはガクッ、と肩を落として首が項垂れている様子である。

 

「こんなんでいいのか生徒会長……」

 

 恐らくは同じ男である岡部友章にも同じような事をやっているんだろうなぁ……と、思いながら、織斑一夏はそのまま部屋に上がっていく。

 

「楯無さん。パンツ見えてます」

 

 織斑一夏が部屋に入っていったが、更識楯無の態度は全く変る様子も無く、うつ伏せのままはしたなく両足をパタパタとさせる。

 普通の人付き合い上、それらの行為はたとえ親しい物同士であっても本来は叱っても良いほどの行いなのではあるのだが、織斑一夏の今までの経験上、更識楯無がこちらにきたということは何らかの用事があるものであろうと考えているので、今回の所は寮監(岡部友章)に報告して叱って貰うことを織斑一夏は決心した。

 

「見せてるのよ。

 問題、今日楯無さんのパンツは何色でしたでしょうか?」

 

「なんでそこまで来てやっと隠すんですか……

 えーっと、ピンクですよね?」

 

「もう、織斑君ったらえっちぃ」

 

 いつもは更識楯無と岡部友章が織りなす茶番(簡易コント)を見る立場であった織斑一夏ではあるのだが、こうして当事者になると性格上つらいものがあると本人は思った。

 

「で、楯無さん。俺をからかうだけならそろそろ寮監(岡部先生)でも召喚しますけど」

 

「ちょっとそれはおねーさん的に勘弁して欲しいかな……」

 

 流石に岡部友章の名前を出すと更識楯無もここら辺りが引き際であると察したらしく、雑誌類を片付けて、ベッドを元に直してから来客用に織斑一夏が取っておいた椅子に座る。

 

「さて、今日は貴方に少しばかり話すことがあってお邪魔したわけですが……」

 

「一体なんですか……」

 

「そんなに警戒しないの、おねーさん今回は真面目だから。

 学園祭の時に急襲してきたあの集団亡国機業(ファントム・タスク)の事よ」

 

 織斑一夏はその組織の名前を聞く事は初めてではあったが、学園祭の時に自分達に襲ってきた集団の事は当事者故によく知っていた。

 

 1機の未確認ISと幾人かの――具体的には数個分隊程度の構成員が自分や幼馴染(篠ノ之箒)やその姉を狙った犯行であることは織斑一夏には明確にわかっていた。

 

 もっとも、そんな彼らの前にどこからか現れたパンダの様なコスチューム(着ぐるみ)を着た2人の男が現れて瞬く間に無力化される様子を見ただけではあるが。

 後に篠ノ之箒にも聞いてみた所、彼女の場合は空想上の生き物や幻獣をモチーフにしたジャケットを着た男達が、自身の姉の場合はクラリッサ・ハルフォーフと強力して相手のISを撃退し、シャルロット・デュノアやセシリア・オルコットからはスナイパーライフルを持ったアメリカ人が乱入してきたようだ。

 

「言っておくおど、あっさり撃退できたのは運が良かったからよ」

 

 私達の業界でもそう滅多にお目にかかれないVSSEとGhostを味方につけるってどういうことなの……

 

「そんな有名人だったんですか? あの人達」

 

 なまじ岡部友章の知り合い(助っ人)と名乗って着ぐるみを着ながらプラカードを持ってコスプレ喫茶の順番待ちの接客を担当していた様子を見ている織斑一夏にとって、現実味が薄かった。

 

「……そんな話は置いておきましょうか。私、『また』お腹痛くなってきそう……」

 

 あの更識楯無の胃にダメージを与えるレベルらしい。織斑一夏もそんな彼女の仲間入りになるのは御免被りたかったので、その話は忘れることにした。

 

「で、その例の組織(亡国機業)なんだけど、つい先日アメリカ軍の基地を襲撃したって話だそうよ。狙いは恐らくはISよ」

 

「へえ、どうしてそうだと思うんですか?」

 

 織斑一夏には未だにISが全ての兵器に対する万能武器とは到底思っていない。

 何故なら、自身の機体があまりにも一点特化型の乗り手を選ぶピーキーな性格でお世辞にも戦績は悪くはないが良くもなく、いまいち万能感のある強さという実感は感じられないのだ。そして、実際に実在する兵器と戦ったことが無いのも要因の1つだ。

 

「襲われたのはコロラド州ピーターソン空軍基地。アメリカ北方軍の本拠地よ?

 岡部先生がISを用いた軍事ドクトリンや各諸兵科との連携についての論文を向こうは高く評価している以上、それに基づいたISの配備を考えれば自然とそう行き着くはず」

 

「ごめん、楯無さん。ちょっと何言っているかわからないです」

 

 右手をグッ、と握り締めながらそう熱弁を振るう更識楯無に待っていたのは織斑一夏の情け容赦ない一言であった。

 

「これは……岡部先生とはまた違ったおっとりさんですわ……

 まあ、IS盗られないように気をつけてねって話よ」

 

「ええ、それは当然」

 

 右手で拳を握り締めて織斑一夏は力強く応える。

 

(俺だけじゃない。箒や鈴、他の子達だって守ってやるさ。

 まあ、当分は友兄や千冬姉の足を引っ張らないように頑張るしか無いけど……)

 

「まあ、頼もしい。姉妹喧嘩を止めようと八面六臂(はちめんろっぴ)のような活躍を期待してるわね」

 

 更識楯無がそう言うと、織斑一夏は一変して苦笑いを浮かべる。

 

「あの時君がおねーさんに啖呵を切った言葉は忘れないわぁ『たった一人の大事な』」

 

「楯無さんやめてください死んでしまいます」

 

 続きを言おうとする更識楯無の前に織斑一夏は即座に必殺・猛虎落地勢(土下座)で迎撃し、彼の(精神的)死は避けられた。

 

「えー。あの時の君、結構おねーさんの好みだったんだけどなぁ」

 

 織斑一夏は更識楯無の感性にはついていけなかった。

 しかし、今更ながら織斑一夏はこの眼の前の猫のように気まぐれな女性を見てふと思う。

 

(今更だけど、楯無さんと付き合える男の人って、ハードル高いなぁ……)

 

 容姿・器量共に最上級のできる女性ながらも掴み所がない性格・更識という格式高いお家柄。そして何より……

 

(この人の伴侶に値する人のイメージが全く思い浮かばないよなぁ……)

 

 身近で最も可能性の高い人物として岡部友章を候補に挙げてみるものの、恋人同士というよりもコントの相方・同僚の色が何故か一番色濃く出てきて、そういうイメージでは無いのだ。

 

「あら? おねーさんの心配でもしてくれているのかな? かな?

 私だって女の子。いつかは収まるところに収まるわ。

 例えば、もしかしたら君のところかも知れないわよ?」

 

「ハハッ、ナイスジョーク」

 

 きょとんとした表情で、更識楯無を見つめる織斑一夏に彼女は何かを感じ取ったらしくそう反論するが、織斑一夏もそれは予測済みだったようで、即座に切り返す。

 その後、タイミングが良かったのか、はたまたその逆か織斑一夏の部屋の玄関にノック音がした。

 

「はいはーい。開けますねー」

 

 更識楯無は何の躊躇もなく玄関のドアを開けると、そこにいたのはシャルロット・デュノアであった。

 

「? あれ? お邪魔してます。会長」

 

「ゆっくりしていってね」

 

「更識さんは話がこじれるので下がっていてください。

 シャル、どうかしたのか?」

 

(それはこっちのセリフだよぉ)

 

 織斑一夏の部屋を訪ねたはずが、中にいたのは更識楯無だった。

 こと織斑一夏の部屋には熾烈()な争奪戦の為に2人きりという事になるのは珍しい。

 

(たぶん、会長がこっそり入ったんだろうなぁ……)

 

 もし、これが同じ学年凰鈴音やクラスメイトのラウラ・ボーデヴィッヒであったならば、話は更にややこしくなるだけに、今この場に居るのはシャルロット・デュノア当人のみだったという事実は彼女にとっても、更識楯無にとっても幸運であったろう。

 

(まあ、どのみち一番割りを食うのはイチカだろうけどね……)

 

 内心ため息を付きながらもシャルロット・デュノアは織斑一夏の様子を見る。

 シャルロット・デュノアからみた織斑一夏はどう見ても怪しく、狼狽えている。

 

(特に会長さんに何かされたわけではなさそうだけど、なんでそんなに挙動不審なのかな?

 だから、会長さんや岡部先生・クラリッサ先生に茶化されるのに)

 

 露骨な織斑一夏の狼狽えようにだんだんとシャルロット・デュノア自身の加虐心がムクムクと起ち上がってくる。

 シャルロット・デュノアは更識楯無の笑みを見た後、きょとんしてみせてだんだんと表情を無表情のそれに変化させていく。

 

(イチカったら凄い焦ってる。ホントは怒ってないのに)

 

「一夏……会長とナニ? してたの?」

 

「え、いや……何って、雑談だけど」

 

「だったら何で会長さんが一夏の部屋から迎えてくれるのかな?」

 

 首を横に傾けながら、出来るだけ抑揚の抑えた声で織斑一夏に問い詰める。

 先程の織斑一夏の部屋から会長云々は完全に言いがかりである。

 

(普通だったら、関連性の無い質問だってわかるけどねー)

 

(え? 何でシャルはここまで怒っているんだ!? 何かやらかしたか!? 何かやらかしたのか俺は?)

 

 どう見ても怒っている(ように見える)シャルロット・デュノアを前にして、織斑一夏は今までの自身の行動を思い出しながら、何か自分に非があったのか? どうすれば彼女の怒りを収めてもらうことが出来るのか? 必死に思考を張り巡らせていた。

 織斑一夏から見たシャルロット・デュノアは、彼女の思惑通り頭部に十字状の怒りのマークを表示させ、背後には燃え盛るような炎がエフェクトとして見えているかのようであった。

 

「なんでって……シャル。俺がシャルを怒らせたのなら、謝るよ」

 

「どうして謝るの? 別に怒ってないよ? 私」

 

(なんだろう? イケナイだってわかるんだけど、イチカの表情を見てると……ゾクゾクしちゃう!?)

 

 シャルロット・デュノアのその一言に対して、織斑一夏の表情は捨てられた子犬のそれに変わり、それがシャルロット・デュノアの加虐心に更に火をつけようとする。

 織斑一夏の背後に居る更識楯無はいい笑顔でシャルロット・デュノアにサムズアップした後に扇子を広げる。扇子には『ここでネタばらし』と書かれていた。

 

(うん、ここは会長に従おう。あんな人でもちゃんと引き際を見極めるのは的確だし)

 

 更識楯無と岡部友章、時たま篠ノ之束と織斑千冬、クラリッサ・ハルフォーフのいずれを交えたコントを見てきた経験から、更識楯無のその判断は的確だと判断し、そろそろネタばらしに入ることにする。

 

「じゃあ、私は岡部先生から呼び出しがあるからそろそろ帰るわね。シャルロットちゃん、ごゆっくり~」

 

 更識楯無はそう言うと、遊撃部隊のお手本通りの迅速な離脱で織斑一夏の自室から出て行った。

 

「……」

 

「……」

 

「……いつまでもここにいても変わらないから、部屋上がってもいい?」

 

「あ、ああ」

 

 織斑一夏とシャルロット・デュノアの間に沈黙が流れる中、彼女は特にリアクション無く、織斑一夏の部屋へと入っていく。

 シャルロット・デュノアは織斑一夏の部屋の中に入った後、周囲をぐるりと見回す。特に、代わり映えしない部屋なのだが、織斑一夏にとっては今のシャルロット・デュノアの一つ一つの挙動に対して、過剰に反応せざるを得なかった。

 

「と、とりあえず。お茶でも出すけどどうだ?」

 

「うん。でも、お茶はいいや」

 

「そ、そうか……」

 

 やや上ずった声を出す織斑一夏にたいして、シャルロット・デュノアはあくまでも平静を保つかのような返答をする。それが、織斑一夏自身の内心にさらなる焦燥をもたらし、さらに焦りを生む。

 

(ああ、ヤバイヤバイヤバイ。一旦心を落ち着けよう)

 

 織斑一夏はそう思い、ベッドに腰掛ける。

 しかし、シャルロット・デュノアはそれを見逃すはずもなく、織斑一夏の隣に腰掛けたのだ。

 

「し、シャル? 椅子なら向こうに」

 

「なに?」

 

「な、なんでもないです」

 

 とにかく、織斑一夏にとってはとても居心地が悪かった。

 自分が何かやらかした記憶も心当りすらも無いので、それは余計に拍車をかける。

 

(針のむしろってこんな感じなのかな……)

 

 とにかく織斑一夏は自室なのに、すごく居心地が悪かった。

 

「……クス」

 

 唐突にシャルロット・デュノアは可笑しそうにして吹き出した。

 

「あはは、一夏。私は怒っていないよ」

 

「え? えっ、え……?」

 

 笑顔は本当に純粋そのもので、邪推する余地のないくらいに上機嫌でもあった。そんなシャルロット・デュノアの様子に対して、全く要領を得ない様子の織斑一夏にシャルロット・デュノアはネタばらしを行う。

 

「だって、一夏ったら私見た時にはまるで浮気がバレた男の人みたいに狼狽えていたから。それがもう可笑しくって。ハハッ」

 

 満面の笑みを浮かべて笑うシャルロット・デュノアに織斑一夏はすっかり毒気を抜かれ、ホッと胸を撫で下ろす用に深く息を吐いた。

 

「……なら、なぜあんなことを?」

 

「いやぁ最近、一夏と会長さんがよく絡んでいる所が多いからかな」

 

 織斑一夏の疑問に対してシャルロット・デュノアは正直に応える。

 

(確かに、学園祭の時もとく茶化しにきてたよなぁ)

 

 良く、1組2組合同での作業の時に監査とか言って乱入しては最終的に岡部友章に連行されるパターンがよくあった。とは言え、織斑一夏には腑に落ちない点もあった。

 

「でも、あの人は誰とでもあんなんだろ?」

 

 きょとんとした顔でさも当たり前なことを言う織斑一夏。

 

(そんなわけないでしょうに……こういう点がイチカの鈍さなんだろうなぁ)

 

「そう? 私にはそうは見えないけどなぁ……」

 

 シャルロット・デュノアは知っている。岡部友章や織斑一夏、その他自分達専用機持ちに嫉妬している人間が居ることを。

 それらの対応はもっぱら更識楯無が行なっているという事も。だからこそ、更識楯無は生徒会長という枠に収まり、ここまで派手な学園祭の企画から……ヘタすれば露骨に不興を買うような行為、例えば織斑一夏や岡部友章の部屋に突撃等を行なっているのだから……

 

(だからこそ、岡部先生はあのコントを彼女のガス抜きの一環として付き合っているんだろうなぁ。まあ、一夏には知らなくても良い世界だし。それはそれで仕方ないか……)

 

 今日もまたシャルロット・デュノアはこの世界が絶妙なバランスの下で成り立って居ることを再認識するのであった。




お待たせしました。
6巻のおおよそ半分近くで20000文字超えそうなのでここで一旦区切ります。

セシリアのBT偏光制御射撃でレイストームを思い浮かべた人は正解!
元黒ウサギ隊の名前が某ポツダム将校だったりヴェスト大公だったりするのは気のせいだぞ
フリゲの緑髪にはどうしてまともな奴が皆無なのか……

あと、文系グダグダが聞きたいことがあるそうなので当人の活動報告でも覗いてくださいって言ってましたよ(他人事)当話の投下報告に書いてあるそうです。

もうイデオロギー闘争には疲れた……
ルーニーとかマンチとまともな話をするぐらいに疲れた
楽しめりゃいいんだよ(ゲス顔)

というわけで自重は投げ捨てました。俺は何が何でも己のモチベーションを取るんだ……
なお、評価システムは継続する模様。糞SS読まされた腹いせにでもどうぞ
ISの真剣な考察とかは活動報告とかでやりたいですねー。

ISの装甲材設定の考察とか
現代・近代に置ける差別問題から紐解く女尊男卑設定に対する考察とか
白騎士事件時における撃破艦船から紐解く海軍規模はhttp://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=26310&uid=1259でやったのですが、やはりモグリではこのザマだそうです。

┌(┌'A`)┐<感想・メッセでの誤字報告とか雑談・余談、アドバイスとかなら大歓迎
       誰にも見られたくない内容を言いたい時はメッセか一言評価をご活用下さい

お目汚し失礼しました


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24:9月 キャノンボール・ファスト 後編

お騒がせしました。


 IS第三アリーナでは休日にもかかわらず上昇志向の強い生徒達が鍛錬に励んでいる。

 ラファール・リヴァイヴで射撃訓練を行う生徒や、打鉄を纏い近接ブレードで素振りや組手といった稽古を行なっている生徒達がいる。

 特にIS第三アリーナでは打鉄でもラファールでもない専用機持ちが大半を占めている。

 

「これで……!」

 

 全身を装甲に身を包み他のISよりも大柄なサイズのそれは瞬時加速を駆使して近接ブレードで鋭い突きを放った。

 

「踏み込みが足りん」

 

 対するIS『暮桜弐式』はあっさりと突きをかわすとIS『ゲスト』の懐に入り込み……

 

「ちょ、まっ……!」

 

 暮桜弐式の操縦者、織斑千冬はゲスト機、岡部友章の持つ近接ブレードを奪ったのであった。

 

「これでチェックメイトだ」

 

「参りました」

 

 織斑千冬が近接ブレードを岡部友章に向けると、彼も観念して両手を上に挙げて降参のポーズをとった。

 

 

 IS教師陣も自己の鍛錬を怠らない。岡部友章と織斑千冬もその例外ではなく、それに参加していた。

 

「ゲスト機接近!」

 

「各員散開! 十字砲火で迎え撃って!」

 

「「了解!」」

 

 甲高い音を立ててボールダッシュで向かってくるゲスト機に対抗するのは全身装甲に身を包んだ鋼の乙女が3機と緑のカラーリングを施したラファール・リヴァイヴが1機。織斑千冬の後輩である山田真耶と元シュヴァルツ・ハーゼ最古参隊員のルードヴィッヒ・バイルシュタインとモーゼル・シュトッテルンハイム、初代シュヴァルツ・ハーゼ隊隊長のクラリッサ・ハルフォーフだ。

 4機はそれぞれの方向からIS用アサルトライフルを発砲する。

 

(なるほど、着眼点は良い)

 

 左腕のシールドリヴォルヴァーカノンで銃撃を防ぎつつ、回避運動をAIにまかせて右手の複合式カービンライフルで狙いを定める。ライフルには実銃でいうところの前部マガジン部分からケーブルが伸びており、ゲスト本体の腰部ソケットに装着されている。

 

(だが、不十分な包囲作戦は各個撃破の危険も伴う)

 

 実弾・エネルギー弾系統を織り交ぜたチャージショットはそのままラファール・リヴァイヴに放たれていった。

 

「とまらないっ!? きゃっ!?」

 

 ラファール・リヴァイヴはとっさに瞬時加速でチャージショットの初弾を避ける。しかしゲストは間断なく第二射・第三射も放ちラファール・リヴァイヴを追い詰めて行く。

 

「まだ貴方には落されるわけには行きませんね……ッ!」

 

 山田真耶の真価はこの粘り強さにある。

 普段はおっとりとしており、お世辞にも要領の良いとはいえない彼女ではあるが、根はとても真面目で我慢強い性格であることは岡部友章も知っている。

 

 チャージショットの初弾を躱し、三射目の布石である二射目を予想通り回避し、岡部友章の予定では直撃するはずだった三射目は実体シールドで防がれていた。

 

(見誤ったか……!)

 

「総員、抜刀!」

 

 そこにすかさず、シュヴァルツ・ハーゼの3機は近接武器を展開し、次々に切りかかってくる。

 ルードヴィッヒのランスチャージをかわし、身体をモーゼルの方向に回すと、彼女の近接ブレードの振り下ろしを左腕の盾で受け止める。

 

「隙ありッ!」

 

(落ち着いて迎撃……)

 

 モーゼルに対して一部の爆発反応装甲の切り離しによる爆風で吹き飛ばした。そしてクラリッサの近接ブレードの突きに対して、カービンライフルのチャージショットで撃ち落とそうとする。

 

 バシュッ! と発砲音を立ててカービンライフルから混合弾が射出され、クラリッサ・ハルフォーフの纏うISの装甲に弾かれる。

 

(まずいッ!)

 

 岡部友章はカービンライフルを銃剣のように突き立てて、近接ブレードの突きの軌道を慌てて反らすと、反撃にシールドの付いているリヴォルヴァーカノンで反撃を試みるが……

 

「やらせません!」

 

 山田真耶のラファール・リヴァイヴが強引に実体シールドでの打撃(バッシュ)で割り込んでくる。

 

(流石に厳しいな!)

 

 岡部友章は先ほどの酷使によって使い物にならなくなったカービンライフルを投げ捨て、右手でラファールのシールドに対してアームパンチを敢行。

 炸薬が爆燃し、ラファールの推力を上回るパワーが一時的にゲスト機の右腕に与えられる。その力で持って、ラファールを押し返してから瞬時加速(イグニッション・ブースト)で離脱を行う。

 ルードヴィッヒとモーゼルの2人はIS用アサルトライフルで追い打ちをかけるが、流石にゲスト機は器用に動きまわり致命的なダメージを回避している。

 

「流石に嫁は凄いな!! 初代ブリュンヒルデに相応しい!」

 

「結構いいところまで行ったんですけどねぇ……」

 

 満面の笑みを浮かべるクラリッサ・ハルフォーフと悔しそうに苦笑する山田真耶は体制をすぐに整える。ルードヴィッヒとモーゼルも強者と戦えることに悦びを感じているのか表情は明るい。

 しかし、唐突にアリーナからアラートが鳴り響いた。試合終了の合図だ。

 

隊長(クラリッサ・ハルフォーフ)の言うことは間違いなかった!!」

 

「一度は死んだも同じ身! 一生貴方についていきます!」

 

 どうやら時間らしい、岡部友章は安堵感から深く息を吐く。どうやら先程の模擬戦で感銘を受けたのか、ルードヴィッヒとモーゼルの二人がそんな事を言いながらこちらに寄り添ってくる。

 この組手は岡部友章のゲスト機のシールドエネルギーが一定の時間内までに尽き無いことが彼の勝利条件となっているからだ。

 見れば、観客として見ている織斑千冬と篠ノ之束、織斑一夏と他専用機持ち達とナターシャ・ファイルスも楽しげに、満足に満ちた視線をこちらに送っている事がわかった。

 ゲスト機は紅椿と同じ、展開装甲の応用で一部欠けた爆発反応装甲を貼り直した。

 

(やっぱり……いくらか仕様マイルドになったとは言え、ゲスト機よりも汎用性と機動性富んだ『量産型』は辛いなぁ)

 

 実際にやりあったからこそわかる感覚について、簡潔に感想をまとめる。岡部友章の視線の先には元シュヴァルツ・ハーゼの面々と見慣れないISがあった。

 ISによくある地味にISスーツが一部露出していたり、扇情的なデザインでありながらもガチガチの重装備であるゲスト機の特徴も垣間見える。 IS『ワルキューレ』はゲスト機を量産用にリファインされたフレームである。

 その歴史はゲスト機のミッションパックで試験量産型のYタイプ(イールドタイプ:Yield Type)から始まり、本格的な量産型のWタイプ(ウォーバードタイプ:Warbird Type)を経て、元シュヴァルツ・ハーゼ隊の面々が纏っているIS『ワルキューレ』の原型に近いHタイプ(ハンドピックタイプ:Hand pick Type)からの派生・独立である。

 

 ……というのが対外上の口実であり、篠ノ之束の無人ISの原型であるゴーレムⅠ型・Ⅱ型・Ⅲ型の言い訳に過ぎないのである。

 

(あの時はとんでもない事をしてくれやがったと思わず心のなかで悪態をついてしまったが……ゲスト機のミッションパックのお陰でなんとか丸め込めて本当に良かった……)

 

 知的好奇心旺盛な篠ノ之束がうっかり人の道をはずさない程度に調整とサポートを行ってきた岡部友章は感慨深くため息をついた。

 

 

 このように教師陣も自己の鍛錬を欠かすことはなかったが、職務上必要なことでもある生徒の教導も欠かさなかった。

 

「くっ! これで!」

 

 セシリア・オルコットの駆るブルー・ティアーズは射撃型特殊レーザービットを4機をゲスト機の差し向ける。

 

「オルコット! ビットに集中しすぎだ! その手のライフルは飾りか!」

 

 ゲスト機も同様にスカート状のアーマーのように収納しているレーザービットを射出して迎撃させる。ゲスト機のレーザービットはブルー・ティアーズのレーザービットに向かいに激しい空戦を行い始める。すれ違いざまにゲスト機ビットの編隊はブルー・ティアーズ機のビットの編隊に射撃を、そしてお互いに上と後ろを取るような空戦(ドッグファイト)を開始した。

 

「ビット同士が戦闘してても、機体は動く。ビット同士の空戦に勝利しても機体が落されては意味は無いぞ」

 

 BT兵器仕様であるBタイプのミッションパックを装着しているゲスト機とブルー・ティアーズはそのままお互いに円状制御飛翔(サークル・ロンド)に突入、激しい射撃戦が繰り広げ始められた。

 

「ビットに意識を集中しすぎだ。追撃は最低限に」

 

「ハイッ!」

 

 急加減速下による激しい機動下において、スターライトmkⅢ(六七口径特殊レーザーライフル)の予備機を持ったゲスト機がブルー・ティアーズに射撃を加えながら厳しく指導する。

 それに負けじとセシリア・オルコットはスターダスト・シューター(大型BTレーザーライフル)で応射しようとトリガーに指をかけた。

 

(見えますわ! 岡部先生の動きがはっきりと見えます! ブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)なら……っ!)

 

 ハイパーセンサーの能力を底上げするバイザーを取り付けたセシリア・オルコットにとって今のゲスト機の動きは鮮明に見えていた。高速で移動するゲスト機を簡単に射抜く事ができるかもしれないとセシリア・オルコットは予感しつつ、トリガーを引き絞り、遊びを少しずつ無くしていく。

 未だにお互いのビットは何一つ欠けないまま、空戦を繰り広げている。

 

(でもやはり、岡部先生はバケモノすぎます!)

 

 ブルー・ティアーズにも施された対レーザー加工の装甲がスターライトmkⅢの弾をかき消し、シールドエネルギーには微々たる消耗しか無いものの、(威力)よりも(命中数)でダメージレースを掌握しようとする岡部友章にセシリア・オルコットは戦慄していた。

 

(高速機動下におけるIS戦闘で恐ろしいまでに当ててくる!? しかし、これで!)

 

 セシリア・オルコットはゲスト機を捉えたままスターダスト・シューターの引き金を引いた。事前にビットでゲスト機の気を引いたり、IS同士においてもゲスト機の僅かな隙を狙った一撃である。

 対レーザー加工の装甲ですら有効な打撃を加えられるまでに出力を増大――結果サイズが大きくなってしまったが、強力な一撃はゲスト機の胴部に綺麗に突き刺さった。

 ゲスト機は大きく仰け反り、体勢を崩す。ゲスト機の持つビットの編隊も動きが鈍くなり、精細を欠いた動きになっているのをセシリア・オルコットが見逃すはずもなく、ブルー・ティアーズのビットに追撃させる。

 

「やりましたわ!」

 

 ゲスト機のビットを一つ落とした時点でブルー・ティアーズのビットを引き上げさせたセシリア・オルコットは思わず吠えた。

 思えば4月から始まったこの模擬戦ではあるが、セシリア・オルコットは言わずもがな専用機持ち達は未だに織斑千冬と岡部友章に一矢報いる、つまり有効打を加えたことはあれど追い詰めるといった事はレアケースと言っても良かった。

 技量は上がっていっているのはデータが示している。だが、実際にそれを実感したことはなかった。

 技量は上がっていったとしても実際にこの二人に一方的にやられてしまうのが常だったからだ。

 

 しかしながら、セシリア・オルコットとて浮かれていられるのはその一瞬だけであった。

 

 直ぐにスターダスト・シューターの銃口をゲスト機に向け、さらなる追撃を加えんと大型BTレーザーライフルの冷却時間が終わり次第、トリガーを引いた。

 

(もしかしたら私、初めて白星を取れるかも!?)

 

 セシリア・オルコットの中でムクムクと功名心が鎌首をもたげるのを彼女自身は知らないままに。

 彼女の思惑とは裏腹にゲスト機はスターダスト・シューターの手痛い一撃を食らいながらも、推進翼とバーニアノズルを吹かせる事によって何とか回避する。しかし、その動きはどことなく単調でおぼつかない。

 

 残った3機のゲスト機のビットと未だ欠けない4機のビットは数に劣ったゲスト機側が完全に守勢に回ったことで未だに空戦を続けていた。

 

(まだ、まだ撃てるはず……)

 

 状況的には未だにセシリア・オルコットは優位にたっている。本来ならば、彼女の思惑とは別の動きを見せたゲスト機に対して警戒しなければいけない場面に置いて、彼女は冷却時間が終わり次第、スターダスト・シューターの引き金を引いた。

 

(まだ、避けますの……)

 

 その後の第二射、三射とスターダスト・シューターを撃ち込んだが、ゲスト機は幾度と無く回避してみせる。反撃はしてこないものの、セシリア・オルコットの中に焦りが生まれる

 

(事前に話される模擬戦の内容の話ではゲスト機に残っているシールドエネルギーの残量はそう多くはないはず、これ(大型BTレーザーライフル)ならあと一撃でなんとか削り切れるはず……!)

 

 あと一撃でゲスト機に勝てる。今まで勝てなかった相手に勝てる……という誘惑には流石にセシリア・オルコットは勝てなかった。思考がどんどんと目の前のゲスト機に集中しだし、意識が射撃へと引っ張られ始めた。

 

「このっ、この」

 

 冷却時間が必要なスターダスト・シューターを破損させない程度に連射するブルー・ティアーズ。対して、ゲスト機は未だに初弾以外は当たってはいなかった。推進翼やバーニアノズルを活かして、ステップを刻むかのように機敏に富んだ細やかな動きで、大型BTレーザーライフルの射線から身を躱しているのだ。

 セシリア・オルコットがスターダスト・シューター(大型BTレーザーライフル)を撃つごとに、ゲスト機は体制を整え、岡部友章に反撃の機会を設けることになる。

 ビットの空戦は依然としてセシリア・オルコットの優位、しかしそれは見かけだけであり、その実態はジリジリとブルー・ティアーズ側のビットがセシリア・オルコットの方に後退していく。

 

「あまいっ!」

 

 ゲスト機がスターライトmkⅢ(六七口径特殊レーザーライフル)を四連射すると、ブルー・ティアーズ側のレーザービットに命中し、爆散した。残る第二射、第三射も同様に先程とは別のレーザービットに面白いくらいにそれぞれ命中し、一気に形勢が変わる。

 

(あっ……)

 

「オルコット、浮かれすぎだ。

 武装をしまったら。少し解説を入れようか」

 

 セシリア・オルコットが詰みを理解したと同時に岡部友章のお説教(教育的指導)が始まったのは言うまでもない。

 開放回線(オープンチャネル)での岡部友章の声を最後に、回線は閉じられる。

 

「今回もまた負けてしまいましたの……」

 

 スターダスト・シューター(大型BTレーザーライフル)とバイザーであるブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)拡張領域(バススロット)に入れたセシリア・オルコットはがっくりと項垂れる。

 

 その時、近接ブレード同士がかち合う音がセシリア・オルコットの耳に届いた。

 

「いくぞ! 箒!」「こい! 一夏!」

 

 視線を下に向けると、織斑一夏と篠ノ之箒がそれぞれ白式・雪羅と紅椿をその身に纏い、得物である雪片弐型と雨月(あまづき)を激しく交差させて打ちあっている。

 

「これで……!」

 

 紅椿が瞬時加速で一気に距離を詰めて斬りかかるが白式がそれを雪片弐型で受け止めてから外に受け流す。紅椿はそのまま白式とすれ違うが、直後に瞬時加速(イグニッション・ブースト)からの180回転する特殊無反動旋回(アブソリュート・ターン)を駆使し、突きにかかる。

 

「うおっ!? だが!!」

 

 織斑一夏は夏の福音事件で自身の姉が見せた岡部友章との連携技を彷彿とさせる動きに驚きながらもその刃先を片方の手を雪片弐型の峰の部分に添えてから横向きにして雪片弐型の腹の部分に雨月の刃先当てて逸らす。そしてそのまま、柄を両手で持ち横薙ぎに振るい反撃を試みる。彼の狙う先は剣道で言う小手の部位であった。

 

(零落白夜はどこに雪片弐型があたっても等しくシールドエネルギーにダメージを与えられる! 直撃ばかり狙わなくても最悪掠らせるだけでも強みだ!)

 

「まだだ!」

 

 紅椿は今度は真後ろに瞬時加速を行い、そのまま突きの姿勢を解いて白式・雪羅と鋸競り合いへと入っていく。

 

「中々やるじゃないか! 一夏!」

 

「友兄の射撃練習の受け過ぎで、箒の腕が鈍っただけじゃないのか!」

 

「減らず口を!」

 

「俺は箒と違ってこれ(近接)だけしか芸の無い男なんでな!」

 

 普段の朗らかな表情と違い、不敵な笑みを浮かべる織斑一夏にはこれはまた違った何かがあった。

 

(入学当初と違って、一夏さんもすっかり上達して来ましたわね……)

 

 4月のクラス代表戦では機動力やワンオフアビリティである零落白夜を考えなしに用いてのただ闇雲な抜刀突撃だったのが、自分(セシリア・オルコット)や、幼馴染の篠ノ之箒・凰鈴音、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識姉妹との闘いを経て、ここまで成長させたのだ。

 

(今ではすっかり、エネルギーのペース配分や操縦の腕も代表候補生に選ばれてもおかしくないものになりましたわ)

 

 セシリア・オルコットは織斑一夏を見ている内に、ドキドキと胸が鼓動していることに気がついた。

 

(一夏さん自身も私の事を色目もなしに接してくれていますし、岡部先生がフランスで行方不明になった時にも、あたふたしてばかりの私達に対して、色々動いていましたわね……

 その度に女の子が増えていったのは気のせいではありませんが……)

 

 と、ここでセシリア・オルコットは織斑一夏の周りにはかなりの代表候補生が集まっている事を改めて思い出す。

 

(そういえば、一夏さんを慕う娘はかなり多いですわね……)

 

 幼馴染二人(篠ノ之箒・凰鈴音)フランスの代表候補生(シャルロット・デュノア)ドイツの代表候補生(ラウラ・ボーデヴィッヒ)、そして生徒会長の妹で日本代表候補生(更識簪)と入学当初と比べると数を増していることが直ぐにわかる。

 

(最初は箒さんだけでしたのに……箒さん、不憫な娘ですわ……)

 

 セシリア・オルコットは白式・雪羅と激しく打ち合っている紅椿のパイロットを見た。その時、再び開放回線(オープンチャネル)が繋がれた事に気がつく

 

「オルコット、どうした!? 気分でも悪いのなら無理せず救護室で休んでおくか?」

 

 ゲスト機をデフォルトタイプのミッションパックにであるZタイプに換装させた岡部友章がそこに立っていた。彼はヘルメット部分を拡張領域(バススロット)に収納させて素顔を露出させ、未だにアリーナの中域で佇んでいるセシリア・オルコットを心配そうに見つめている。

 

(ああ、違いますわね。箒さんがしっかりと決めていなかったからこそ、こんなにも増えたのですわ。

 4月にしっかりと箒さんが一夏さんを捕まえていれば、少なくとも今ほどの数にはならなかったはずです)

 

 岡部友章を見たセシリア・オルコットは篠ノ之箒が彼を偉く慕っていることを思い出す。その度合いはセシリアにとっても少々、行き過ぎたものではあったが……

 

(今思えば、期末試験での試験勉強に岡部先生を選んだり、夏休みには実家に帰ること無く岡部先生の自宅で過ごしていたり、幼い時に同居していた事があるとはいえいくらなんでも異常ではないでしょうか……?)

 

 そこまで考えて、セシリア・オルコットは振り払うかのようにその考えを拭い去った。

 

(そんなことを言いましたら私も似たような物でしょうに。)

 

 何故なら、彼女も他の生徒とくらべて岡部友章と交流していたからである。二人の共通点は以外にも多く、ISが射撃型であること好きな嗜好品の例としてともに紅茶があげられること、スポーツ競技としての射撃や狩猟等に興味があった事があげられる。

 

(まあ、私としても岡部先生はとても魅力的な人だとは思いますけど……

 敬愛はすれど、そこに恋愛感情なんて無いでしょう。向こうから求められた際は別ですけど……まあ、それはありえないことでしょう。)

 

 岡部友章にとってセシリア・オルコットは可愛げのある生徒でかつ、篠ノ之姉妹と織斑姉弟の価値を上げるためのコネクションである事には変わらず、当のセシリア自身も気兼ね無く言葉を交わせ、趣味にも意気投合でき、自身の父親と同様に尊敬できる数少ない人間でしか無いのだ。

 

 一方、アリーナの一角ではラウラ・ボーデヴィッヒ、シャルロット・デュノアがそれぞれシュヴァルツェア・レーゲンとラファール-リヴァイヴ・カスタムⅡの拡張領域(バススロット)に増設スラスターの後付装備(イコライザ)として登録するために量子変換(インストール)を行っていた。

 

「ふたりとも、調子はどうだ?」

 

 そこに織斑千冬がやって来る。

 

「はい。織斑先生、あと少しすれば量子変換(インストール)が終わるところです」

 

「これが終われば直ぐにでも調整に入り、微調整が完了次第、本格的な運転に入る予定です、教官」

 

 二人は特に問題は無いといった趣旨の返事をすると、織斑千冬自身もそれ以上は何も言うつもりは無く「そうか」とだけ返した。

 

(こうしてみれば、岡部のゲスト機は異常だ。いや流石、性能検証用のワンメークモデルISといったところか彼女達とは量子変換(インストール)の速度差が段違いだ。

 それにしても、この二人のヘッドパーツはなんというか、動物の耳のようだな。)

 

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒの二人はISスーツ姿にヘッドパーツだけを部分展開させた状態でいる。前者はヘアバンドのようなデザインのヘッドギアで、後者は自身の友人のような俗にいうウサ耳のようなデザインであった。

 それは量子変換(インストール)されているデータを読み込んでいるらしく、時折動物のそれであるかのように可愛らしくピクピクと動いている。

 

「そうか。だが、そのようにずっと待っているのも勿体無いだろう。教師陣のレースの直視映像(ダイレクトビュー)でも回してやろう。山田先生のチャンネル番号は304だ」

 

 織斑千冬はアリーナの外周をぐるぐると回っている、同僚である深緑のラファール・リヴァイヴ(山田真耶)銀の福音(ナターシャ・ファイルス)と最新の換装装備(パッケージ)を装着した甲龍(凰鈴音)打鉄弐式(更識簪)の内、教師陣の2機のISの視界情報を共有――実際に今、山田真耶とナターシャ・ファイルスの見ている世界をシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒは見ることができるようにした。

 

「ボーデヴィッヒにはファイルス先生だ。チャンネルを306に」

 

「ありがとうございます、教官」

 

 織斑千冬はそう言いながら、ひっそりと暮桜弐式の視覚も直視映像(ダイレクトビュー)のそれに切り替える、チャンネルは勿論ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアのISだ。

 理由としてはほんの些細なもので、二人が直視映像(ダイレクトビュー)のチャンネルをいじる合間に、彼女達の普段向けている視線でも見てやろうか、といったところではあったが。

 

(二人はいつも愚弟(織斑一夏)に首ったけ……と)

 

 ちょうど織斑千冬の後ろでは、相変わらず織斑一夏の白式・雪羅と紅椿が激闘を繰り広げている。

 ことISの業界内では射撃と防御戦闘のスペシャリストとの評価が下されている岡部友章と、近接戦と機動戦闘のスペシャリストと謳われる織斑千冬から多くの手ほどきを受け、自身の姉(篠ノ之束)からは最高の機体を与えられた篠ノ之箒。

 彼女は最早、同年代の中ではバケモノじみた強さを誇っているのに対し、近接戦でなら今のように彼女に対して互角に渡り合えている織斑一夏は4月からISの操縦訓練を始めたばかりとは思えないほどに上達していた。

 

「ふむ、他人から見た弟はこのように見えるのか」

 

「ふぇ!? あ、先生! いつも一夏ばかり見ているわけじゃなくてですね」

 

「!? すみません教官! つい見とれてしまい……」

 

 ポツリと織斑千冬からこぼれたその言葉に、目に見えるほど狼狽えるシャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒ。その様子に織斑千冬は咎める様子も無く片手で静止させる。

 二人は安心した様子で、チャンネルを合せると山田真耶とナターシャ・ファイルスの世界に足を踏み入れた。

 

「わあ! これが山田先生の見ている世界……」

 

銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)はこのような視点で動き回るのか……」

 

 シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒが驚嘆の声を上げている間にも早くも第二レースの出走者が決まったようでアリーナの外周に横一列で並んでいる4機のISが確認される。

 

「それでは、オルコットさんには新型換装装備(パッケージ)強襲離脱用高機動換装装備(ストライク・ガンナー)の訓練も兼ねて、キャノンボール・ファストに向けたレースを始めてもらおう」

 

 そう言って、岡部友章自身もキャノンボール・ファストに一番適応性が高いと思われるミッションパック、Iタイプ(Intercept:要撃・迎撃)を装備して、クラリッサ・ハルフォーフとモーゼル、ルードヴィッヒと共に説明に入っていた。

 

   ■   ■   ■

 

 キャノンボール・ファスト当日、上回生のレースも終わり残すは1年生のレースとなった。しかし、それにも関わらず市のアリーナ観客のテンションは未だに高く、歓声が鳴り止まない。

 それもそのはず、IS学園1年のレース参加者は全て各国の専用機持ちであり、その中には篠ノ之束謹製のISも含まれている。

 警備を担当するゲスト機や銀の福音を含めればさながら、世界のIS博覧会になるほどに多種多様な各国のISが勢揃いする。

 要はとても見栄えが良いのだ。

 

「うわぁ、緊張するなぁ」

 

 織斑一夏は若干引きつった笑みを浮かべながらそうつぶやいた。

 

「全くだ、ピットまで歓声が響いている」

 

 篠ノ之箒も同様に観客の期待に応えられるか少しばかり心配そうにしている。

 両名共に既にISを展開しており、上回生のレースが終わり次第、後はアリーナに躍り出るだけである。

 

「みんなは専用の換装装備(パッケージ)を持っているのに俺と箒だけそのままだもんな」

 

「皆まで言うな、私達もエネルギー調整や展開装甲で装甲部分を拡張領域(バススロット)にいれて軽量化したりと、レース仕様にチューニングしてる」

 

 他の専用機持ちはそれぞれ専用の新規換装装備(パッケージ)を得ているのだが、この二人にはそれがなかったのである。そこは、調整(チューニング)でなんとかしてはいるのだが、やはり心許無いのは二人のとって事実なのであった。

 

「でもなぁ、その結果が白式は雪片弐型(ゆきひらにのかた)を封印して、余剰部分をスラスターにISのシールドエネルギーを全振り。箒は……」

 

「そして私は『絢爛舞踏』(けんらんぶとう)の発動の可否に勝敗が分かれる、だろ?

 それに、みんながみんな新規換装装備(パッケージ)を持っているわけでは無いではないか。シャルやラウラは増設スラスターでキャノンボール・ファストに望んでいる」

 

「まあ、それもそうか」

 

 織斑一夏はアリーナで、増設スラスターのインストール後の調整を行っていた二人を思い出す。結局のところ、キャノンボール・ファストに適した新規換装装備(パッケージ)を持ってきているのはセシリア・オルコットと凰鈴音の2名であり、織斑一夏と篠ノ之箒以外の専用機持ちや訓練機を使用する生徒達は増設スラスターで対応しているのだ。

 

「しかし、それにしてもすっげー客入りだな」

 

 先程からピットまで響いてくる歓声から、その人数の多さを察した織斑一夏はため息をつく。話題がひと通り尽きたので、また最初からである。

 

「ああ、全くだ。それに今回も例によってIS関係者や各国の政府関係者も観戦するらしい。

警備の人間もそれなりにいるのだろうが、それでも動いてるのだろうなぁ……先生達も」

 

 心配そうに篠ノ之箒が喋るのを見た織斑一夏は「そうだな」と返した。

 学園祭で騒動、というかテロリストまがい(亡国機業)が専用機持ちやゲスト機の強奪を実行した手前、このキャノンボール・ファストも恐らくは何か一騒動はあるだろうと織斑一夏は半ば確信めいた物を感じていた。

 

「そうなったら真っ先に狙われるのは俺や箒だな。

 正直な話、俺達は友兄や千冬姉、束さんにとってのアキレス腱だと思うし」

 

「ああ、悔しいことにな」

 

(そうだ。確かに一夏の言うことに間違いは無い……)

 

 篠ノ之箒も織斑一夏の意見に対して同意であった。だが、篠ノ之箒の場合は少しばかり追加事項があった。

 

「だからこそ、ISを上手く扱わないとダメなんだと思う」

 

「ああ、私もそう思う」

 

(それでも、岡部さんなら守り通す事が出来そう……いや、そんなことはいい)

 

 相槌をうちながらも篠ノ之箒の脳裏にふと思い浮かぶものの直ぐに打ち消した。篠ノ之箒自身、実際に数奇な運命の下、岡部友章のもとで暮らしていたから言えることではあるのだが、彼はとても頼れる人間だと篠ノ之箒は思う。

 

(岡部さんは私にとっての……恩人。けど……)

 

 誰も彼もが少なからず彼に助けられ、そして自分(篠ノ之箒)も含めた何名かはどこかしら彼に依存してしまっている。

 

(弱みどころか他人を認識しているかも怪しい姉さん(篠ノ之束)や千冬さんですらもそうなっている……

 恩返しじゃないけどせめて、岡部さんの役には立ちたいとは思う。)

 

 篠ノ之箒は織斑一夏の事が好きだ。しかし、それは幼少期での思い出が元である。思い出は美化されるものではあるが、あの時の織斑一夏は好きだったし、今でもその思いは変わらない。いや、むしろあの時の幼さが抜けていき、段々と大人びて来た織斑一夏に対してもその思いは変わらず、むしろ強まってきている。

 

(もし、あの唐変木(織斑一夏)が私にだけにああいった態度をとっていたのならば、今すぐにでも、それこそIS学園に入学した時にかつて学年別タッグトーナメント後の同室の娘(ラウラ・ボーデヴィッヒ)みたいに強引にキスを奪いたいくらいには、独占欲を曝け出したかった。)

 

 しかし、織斑一夏に好意を持っている者は当時もう一人だけ居るのを知っていた。凰鈴音だ。彼女の存在が篠ノ之箒のその独占欲にブレーキをかけていた。

 そしてそのブレーキかけるきっかけを作ったのは岡部友章でもあった。

 白騎士事件後の彼との二人きりでの暮らしや第一回モンド・グロッソでの出来事、その他諸々の出来事や事件が篠ノ之箒の中にある好意の範疇に入り込んでいた。

 

(自分ながらチョロい女だとは思う。でも、いじめられっ子から助けた一夏に対して、我ながらこれぐらい重い好意を抱けるのだ。なら、それ以上の事をしてくれた岡部さんに対してもこれぐらいの好意を持っていてもおかしくはない……と、思う)

 

 かつて、IS学園に入学する前の中学時代、岡部友章が篠ノ之箒に対して、「IS学園で自衛出来るだけの力をつけてもらう」といった趣旨の話をしたことがある。

 この話には続きがあり、自衛出来るだけの力という物については、単純にISを扱う事だけではなく人脈、俗にいうコネクションの構築も含まれていた。当時のその話の中で岡部友章は少しだけ織斑一夏に対しても言及しており、彼にもISの操縦技術、取り扱いの他にそう言った方面でも力をつけてもらうといった意図がある事を篠ノ之箒にほのめかしてもいた。

 

(だけど、岡部さんに対するそれはきっと、強い憧れみたいなそう言った物、一夏のそれとは根本的に違うと思う。だから、あの人の役に立ちたいんだ)

 

「だから、私も一夏ももっと『力』をつけないとな」

 

「おう!」

 

 そう言うと篠ノ之箒は紅椿のマニピュレータ、要は拳を握り白式の前につきつける。織斑一夏も同様に拳を握りそのまま篠ノ之箒の拳を軽くぶつけあった。

 

「一夏、私はもう少しだけ紅椿のエネルギー調整をしたいと思う。せっかくだから他の専用機持ちの様子でも見に行ったらどうなんだ?」

 

(特に、鈴やセシリアを……だな)

 

「そうか? じゃあ行ってくる」

 

 立体型ディスプレイを展開させた篠ノ之箒を見た織斑一夏は彼女の言葉に素直に従い、他の専用機持ち達のところに向かう。

 

(みんなやっぱり、やる気に満ち溢れているなぁ。まあ、一応国の代表に近いもんな。

 その中でも一番気になるのは……鈴の甲龍(シェンロン)だな)

 

「よう、鈴。それが新しい換装装備(パッケージ)か?」

 

「ふふん、いいでしょ」

 

 織斑一夏を見て凰鈴音は胸を張る。

 

「なんか、いつもと違ってなんというか、ゴツイな」

 

 織斑一夏が見た甲龍の新規換装装備(パッケージ)の印象はその一言に集約される。

 キャノンボール・ファスト用……と言っても過言ではない、甲龍の新規換装装備(パッケージ)(フェン)は通常時に比べて、胸部装甲が増加されており、4基の増設スラスターが追加され、肩部には通常時と同じく非固定浮遊部位(アンロックユニット)として衝撃砲・龍咆(りゅうほう)が引き続き搭載されている。

 しかし、増設スラスターは他の専用機持ちのような流用品では無く、キャノンボール・ファストに適応出来るよう完全な新規設計であり、衝撃砲・龍咆(りゅうほう)もそれに伴い、近距離用の拡散型となっている。

 同じ、新規換装装備(パッケージ)を有するセシリア・オルコットのブルーティアーズの『ストライクガンナー』の本来の仕様用途が強襲離脱用換装装備である事を考慮すると、如何に中華人民共和国がISの換装装備(パッケージ)の開発に力を入れているのがわかるだろう。

 

 ……もっとも、織斑一夏がそのような詳細な情報を知る由もなく。甲龍とブルーティアーズの新規換装装備を単なる高速機動型換装装備の一種であると思っているのが現実だが。

 

「他の専用機持ちには勿論、セシリアのストライクガンナーにだって負けはしないわ!」

 

「あら? ずいぶんと強気ですわね?」

 

 そう言い放った凰鈴音に対して、セシリア・オルコットがつかつかと凰鈴音と織斑一夏に歩み寄ってくる。

 

「そうだな、ずいぶんと舐められたものだ」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒも先程の凰鈴音の発言を聞いていたらしく、セシリア・オルコットの後からやってきた。ISはとっくに展開しており、シュヴァルツェア・レーゲンの背部には3基の増設スラスターが搭載されているのが織斑一夏には分かった。

 

「レースとは言え、いわば一種の闘いだ。そして、闘いとは一種の流れでもある。

 流れを掌握すること、すなわち全体を支配する者が勝つのだ」

 

 そう言い放ったラウラ・ボーデヴィッヒのその眼光はまるで「貴様等にできるか?」と問いかけんばかりである。

 

「ともかく、みんなお互いに全力を出し切って悔いの無いようにしようね」

 

 そんなラウラ・ボーデヴィッヒの背後から両肩に手を載せたのはシャルロット・デュノアである。彼女はこの話を締めるかのようにそう言ったのだった。

 

(シャルのラファールも背部と両肩に増設スラスターを備えているのか。数だけならラウラのレーゲンと同じだが……)

 

 そんな彼女達の様子とは裏腹に織斑一夏はそれぞれのレース仕様にチューンされた専用機持ち達の機体を観察していた。

 その後もやいのやいのといろんな話で盛り上がる専用機持ち達を他所に黙々と調整を行っている者が2人、篠ノ之箒と更識簪だ。

 その様子が気になった織斑一夏は専用機持ち達を他所に向かっていく。

 

「まだ、二人は調整を?」

 

「ああ、世間話はいくらでもできるからな」

 

「……同じく」

 

 完全に正論なので、織斑一夏はぐうの音も出なかった。

 

「でも、意外だよ。箒がそんな事を言うなんて」

 

 織斑一夏の発言に篠ノ之箒は不思議そうな顔をした。

 

「……一体、私は何を言うと思っていたんだ?」

 

「てっきり、『闘いは装備で決まるものでは無い』とでも言うかと」

 

 これは打鉄時代の篠ノ之箒を見た織斑一夏の純粋たる感想であった。

 打鉄だけで専用機持ちである、セシリア・オルコット・凰鈴音・更識簪といったメンバー相手に善戦を繰り広げていた篠ノ之箒の姿は織斑一夏にとっては正に性能を個人スキルでひっくり返す典型例だったのだ。

 

「……全く」

 

 その事を篠ノ之箒に伝えると呆れられる。

 

「なんでだ?」

 

「それは打鉄持っていたなら言ってもいい台詞だろうがな……今の私を見てみろ」

 

 今の篠ノ之箒は全身を朱漆のような深い紅で包み、金の蒔絵で手脚を彩った赫奕たる機体であった。背面の花弁の一対の大型バインダーを所持しており、腕部・脚部ともに展開装甲によって様々形態に変身することが可能であることは織斑一夏もよく知っている。

 

「あっ……」

 

 流石に織斑一夏も気がついたらしく、半開きになった口を左手で隠すような仕草を見せた。

 

「第四世代相当のIS(紅椿)でそのようなセリフを言ってみろ、たちまち自分に跳ね返ってくるだろうに」

 

 そう言って篠ノ之箒はさらに言葉を続ける。

 

「あのだな、一夏。そもそも万能型というのはだな……裏を返せば器用貧乏の面も出るということなんだ。キャノンボール・ファストのような一点集中特化が求められる局面では展開装甲の力無しでは戦えないし、普通の戦闘に至ってはそれぞれの相手に対して臨機応変に対応しないといけなくなるのだ。

 万能であるが故に、その操縦者に求められる技能も、その敷居(ハードル)も自然と高くなるものであってだな……」

 

「でも中学時代、1人だけIS適正がCランクなのに実技や模擬戦では1ば……」

 

 更識簪の背後に回った篠ノ之箒は更識簪の口を塞ぎこむ。

 

「簪、あの頃(黒歴史時代)の私はわたしじゃなかった、いいな?」

 

 コクコクを頷く更識簪を他所に、織斑一夏はただ「相変わらず二人は仲がいいなぁ」と感じたのである。

 

   ■   ■   ■

 

『それではみなさん、一年生の専用機持ち組のレースを開始いたします!』

 

 アナウンスをかき消さんばかりに観客の歓声がアリーナ中に響き渡る。

 織斑一夏達は、予め決められた定位置のスタートポジションに配置され。彼らのISの機体の合間にはシグナルシステム備え付けられ、スタートラインのポジションに配置されるごとにそれを示すプレステージライト・ステージライトの黄色い光が灯された。

 そして、一同はハイパーセンサー・バイザーを下ろし、残す所はカウントダウンライトが点灯し後のグリーンライトが光るのを待つのみであった。

 全員の脳裏には岡部友章との会話が蘇る。

 

(キャノンボール・ファストでつかうこのシグナルランプ、まるでクリスマスツリーみたいだな……)

 

 約一名(織斑一夏)、余計な事も考えてはいるが……

 

『みんな、キャノンボール・ファストで重要な場面は何だと思う?』

 

 ある日のこと、高速機動戦の模擬戦がひと通り終えた後、岡部友章は専用機持ち達にこう問いただした。

 

「まずは速さ!」

 

「違うわ一夏、加速性能よ!」

 

「いや、相手を妨害できる兵装だ」

 

「うーん、コーナリング時の運動性かな?」

 

 織斑一夏と凰鈴音が真っ先に発言し、その後にはラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロット・デュノアが発言した。

 

「うーん、どれも必要だが『それ』には及ばないな」

 

「……スリップストリーム化の有効活用?」

 

「機体の総合的な性能?」

 

「レースに適応した性能でしょうか?」

 

 岡部友章が4人の発言を否定した後、更識簪と篠ノ之箒、セシリア・オルコットが発言する。

 

「ふうむ……それらも必要だ。

 だがもっと簡単な事だよ」

 

 岡部友章の発言に皆は疑念の視線を投げかける。

 

「それはな……『スタートを如何に早く決めれるか』なんだよ」

 

 岡部友章は今回のキャノンボール・ファストの説明を改めて行った。

 

「今回のキャノンボール・ファストのレース会場は市のISのアリーナだ。

 コースは単純、アリーナの外周をぐるぐると3週回るだけの簡単なお仕事さ

 レースの流れ自体は口で言うよりも見てもらったほうがわかりやすいだろう」

 

 岡部友章はそう言うと、立体投影型ディスプレイを出した。

 その映像は、IS学園のアリーナで撮影されているらしくアリーナの外周には岡部友章のゲスト機と織斑千冬の暮桜弐式が互いに横に並んでいる。勿論、両者ともに地上から数メートル宙に浮いている状態であり、二人の目の前には地面に描かれた2本のスタートラインと、ちょうど二人の間にまるで織斑一夏の言うようなクリスマスツリーのような各種信号が縦に並列にならんだシグナルシステムが立っている。

 そして、そのシグナルシステム――シグナルライトタワーの前にはスターターとして、クラリッサ・ハルフォーフがいて、ハンドシグナルで両者にスタンバイOKかと問い合せる。

 

 ――何故、クラリッサ・ハルフォーフの服装が|ピンヒールの靴にハイレグのワンピース型レオタード《俗に言うレースクイーン姿》なのか、そして篠ノ之束のつけている機械質なウサ耳装備なのかは問わないでおこう。

 

 とりあえず、二人の準備は完了していたらしく、クラリッサ・ハルフォーフは両腕を上げ、そのまま頭上をくるくるとそれぞれの腕で回す。

 

 ブォォオオン!!

 

 岡部友章がIタイプ(Intercept:要撃・迎撃)に取り付けられた踵部・足部・背部バックパックの機動ユニットの増設スラスターを景気良く空吹かしさせたのだ。

 元ネタで言うなれば俗に言う"バーンナウト"ではあるのだが、ISにおけるそれは完全にパフォーマンス、ネタの域を出ないものであり、特にこれといった効果は無い。むしろ、スラスターの暴発の恐れや空吹かしであっても多少の推力は発生するのでフライングの危険性もある行為だ。

 

 岡部友章はひと通り"バーンナウト"を終えると、心なしか満足気な表情を浮かべながら、先に進んで手前の方のスタートライン、『プレステージライン』へとISを進める。

 IS『ゲスト』の足先がプレステージラインの上空についたらしい、センサーがそれを読み取り、シグナルライトタワーの右側の一番上の黄色いライトが光る。

 次に織斑千冬も機体を前進させ同様にプレステージラインへとISを進め、無事に左側の一番上の黄色いライトが点灯させた。

 

「さて、こいつが終われば次はステージラインへとISを進めるが……

 プレステージラインとステージラインの間隔はじつに6インチ(約15センチ)しか無い!

 もし慌てたりして進めすぎれば、スターターからやり直しを要求される」

 

「それは……中々にシビアですね」

 

 思わず、ラウラ・ボーデヴィッヒはそう呟いたが、この場にいた専用機持ちの誰もが同様の感想を抱いていた。

 そんな、彼らの感情とは裏腹に岡部友章が先にステージラインに立ち、次に織斑千冬がステージラインへと入っていった。

 

「ツリーに上段2つが左右共に点灯した状態がお互いのISがキャノンボール・ファストに置ける本当の意味でのスタートラインにつくことになる。

 

 

 そして! ここから本格的な駆け引きが始まる!

 

 1/1000秒、いやISでは1/10000秒の駆け引きのリアルバトル!!

 

 『リアクションバトル』だ!!」

 

 ここで、一同の回想が一気に中断され現実に引き込まれる。何故なら、カウントダウンライトが点灯したからだ。

 

(((((((来たッ!!!)))))))

 

『いいか? カウントダウンライトが点灯してから0.4秒後にグリーンライトが点灯する。

 カウントダウンライトはスターターが持っているスイッチひとつでつく仕組みだ。

 スタンバイ後にすぐにでも押す奴もいれば、焦らして中々押さない奴も居る』

 

 一同が一番近くのシグナルライトタワーに食い入るように見つめる。

 

『ランプの点灯方式はプロクラススタート、すなわちカウントダウンランプが一気に点灯してからきっちり0.4秒後にグリーンライトが点灯する

 つまり、スタートシグナルに対する反応速度0.40000秒が『リアクションタイム』になるんだ。

 

 

 この"0.40000秒"は科学的根拠に基づいた人間が反応できる最も短い速度だ。

 まあ、これを切ったら人間卒業だな。

 しかし、今回は競技だからダメだがな』

 

(まだか……! まだ変わらないのか……!)

 

 0.4秒と刹那のような時間の中、織斑一夏の頬には一粒の汗が流れだそうとしている。

 

『そう、これは競技!

 例え3.9999秒でスタートしたとしても、『フライング』と見なされ一発で失格だ!

 

 

 キャノンボール・ファストは性能差や技量の勝負では無い!!

 

 

 スタート時に置ける人間(ヒ ト)VS( と )人間(ヒ ト)との駆け引きだ!!』

 

 

 そして、運命のグリーンライトが点灯する。

 

 参加してる全ISのスラスターが轟音を放ち、アリーナを震わせる。それに負けじと観客も声を上げてアリーナを震わせた。

 シグナルライトタワーには、最下部のレッドランプには光が灯っていなかった。

 今回はフライングによる失格者はいないらしい。

 

 そんな中、先頭を走っているのはセシリア・オルコットであった。

 マッハ数1以上での超音速の世界では巨大建築物のアリーナといえども鳥かごのように狭く、あっという間に一つ目のU字コーナーを通過する。

 他の専用機持ち達は彼女についていく形で、各自自分の順位が入り乱れる団子状態であり、熾烈を極めていた。

 

「これで!」

 

 凰鈴音の甲龍は自身の増設スラスターを赤熱させて瞬時加速(イグニッション・ブースト)を行った。爆発的なスピードで他の専用機持ち達を退けて二番手となった彼女は、そのまま勝負を仕掛けに行く。

 

 両肩の拡散型衝撃砲(龍咆)の照準内に、しっかりとブルー・ティアーズを収めた凰鈴音はほくそ笑んだ。新規換装装備(パッケージ)(フェン)の衝撃砲は拡散するが故に至近距離で撃たなければ有効打は効かない。だが、散弾銃(ショットガン)のように『死のリング』の範囲に納めれば、これ程に狙う手間が少なく、面制圧に適した装備はないだろう。

 

(そう、一対一ならそれでも問題はありませんわ。

 問題は……ッ!)

 

 セシリア・オルコットとて、凰鈴音が仕掛けてきたことは知っている。が、彼女は甲龍に構うこと無く、そのまま速度を上げて二つ目のU字コーナーへと向かおうとするが、甲龍の背後に銃口が向けられているのがわかった。

 

(しかし、これはバトルロイヤル。1位(トップ)じゃなくても妨害の可能性はある!)

 

 ブルー・ティアーズはグルリとボディを横に回転させ、同時に前後のピッチアップも行って迅速にかつ、出来るだけの稼いだ速度を落とさないようにして相手の射線を切る。それと同時に銃口からマズルフラッシュと共に大きな発射炎を吐き出していた。

 直後、ブルー・ティアーズのいた場所にはオレンジ系の火線が駆け抜けていく。

 

「――やるな。セシリア」

 

 リヴォルヴァーカノンのトリガーから指を離し、再び加速の体勢に戻ったラウラ・ボーデヴィッヒは彼女を賞賛する。

 恐らくは高速機動戦用にの装備なのだろうか、シュヴァルツェア・レーゲンの装備するリヴォルヴァーカノンは小口径でかつ、炸薬量を増加させた強装弾であることが、ラウラ・ボーデヴィッヒのリヴォルヴァーカノンの射撃時の様子をみた者達には見て取れる。

 

(わあ、泥仕合になるよぉ……)

 

 シャルロット・デュノアは凰鈴音とラウラ・ボーデヴィッヒの周辺が鉄火場になることを察した。そして、間もなく龍咆とリヴォルヴァーカノンが飛び交う用になるまでにはそう時間もかからなかった。

 

(後ろも後ろで斬り合いが始まっているし……)

 

 二位(凰鈴音)と三位《ラウラ・ボーデヴィッヒ》が高速機動下での射撃戦をしている中、五位(織斑一夏)と六位《篠ノ之箒》は左腕のクローと日本刀型ブレード(雨月)で格闘戦を繰り広げていた。

 結局、織斑一夏は最後の最後で全エネルギーをスラスターに回すのは諦めたようである。

 しかし、第四位(シャルロット・デュノア)はそれだけを見ているわけではない。

 

(浮遊機雷!? そういう手もあるのか!)

 

 第七位(更識簪)八連装ミサイルポッド( 山嵐 やまあらし)を用いて、機雷をばらまきながら前進しているのだ。

 

(更識さん、完全に他の専用機の消耗狙いで後ろに下がっているよ……)

 

 二周目以降はIS同士での妨害の他に、機雷においても考慮した位置取りを置かなければならないことにシャルロット・デュノアは頭を悩ませる。

 

(まあ、そんなことよりも先頭のセシリアをどうにかしないと……)

 

 シャルロット・デュノアはお得意の高速切替(ラピッド・スイッチ)で、甲龍とシュヴァルツェア・レーゲンの流れ弾を防ぐ。

 先頭のブルー・ティアーズは二つ目のU字コーナーに差し掛かる所の事だ。

 

(アリーナの端から端までかぁ……やってみる価値はあるかも?)

 

 キャノンボール・ファストのルールにはコースラインから機体を出しては行けないという記述はあるが、何も装備の弾丸には何も言及していないことを思い出したシャルロット・デュノアは、六一口径アサルトカノン(ガルム)を取り出し、第二コーナーから折り返して来たブルー・ティアーズに対して牽制射撃を行ったのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 、異変が起こったのはキャノンボール・ファストも最終ラップに差し掛かった時の事であった。

 唐突にアリーナ内で館内放送が鳴り響き、係員や警備員達が観客の誘導を始めたのだ。

 専用機持ち達は見るからに異常な光景に、全員高速機動用のバイザーを上げて素顔を晒した。

 

「なんだ!?」

 

『お前達? 聞こえるか?』

 

 織斑一夏の言葉に応えるかのように織斑千冬からの通信が入る。

 

「織斑先生、これは一体……」

 

 どうやら、専用機持ち達全員に送られているらしく、篠ノ之箒が彼女に問いただしていた。

 

『済まないが、招かれざる客が来た。

 教師陣と警備員で事態の収拾にあたっている。各自、そのまま待機せよ。

 ……私や岡部・見知った教師陣以外のISがアリーナに来たら、躊躇無く撃て』

 

「ちょ!? ち、千冬姉! どういうことだよ!」

 

 突然の出来事に専用機持ち達の間には緊張が走る。

 織斑一夏はそんな彼らの内情を代弁するかのように通信を返す……が、返事は来なかった。

 

『まあ、慌てるな。

 また懲りずに亡国機業が来てるだけだよ』

 

 その代わりに、岡部友章が織斑一夏に対して通信を入れてくれたようだ。彼にのみ通信を行っているらしく、他のメンバーはお互いにカバーし合える程度には集合していた。

 戦闘中らしく、通信は音声のみで行われており、所々ではスラスターの甲高い音や、爆発音・複合式カービンライフルを更に重くしたような銃器の発射音が織斑一夏には聞こえてきた。

 

『流石はLタイプ用のペイロードライフル、威力が違うね。おっと!』

 

 岡部友章がそういった直後、打撃音が複数鳴り響いた。

 

「友兄!」

 

『アームパンチの音だ。問題ない。

 今、奴らの大半はなんとか自分が抑えている。

 市民や一般生徒の避難と要人の誘導が終わり次第、教師陣が迎えに来る筈だ。ちょっと待ってろ』

 

 その後、岡部友章は織斑一夏にたいして一方的に通信を切った。

 

先生(レーラー)! ご無事ですか?

 ええ、はい。了解、確認します」

 

 直後、ラウラ・ボーデヴィッヒの口から岡部友章の名前が溢れる。

 彼女は周囲をしきりに確認している。織斑一夏もそんな彼女の真似をするように周囲を見渡した。

 現在、アリーナにはいつもの専用機持ちがいて、先程までは観客でごった返していた観客席も今では人は誰一人としていなくなってしまった。

 

(もう、一般の人達は避難できたのだろうか……

 いや、今はそんなことよりもみんなの方が大事だ)

 

 織斑一夏は一瞬だけ、観客の事について一抹の不安を抱いていたが、現時点で思案することでも無いことに気づき、思考を切り替える。

 

「ええ、少なくとも観客席には誰一人として……

 了解。ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐は現時点、ヒト()・ヨン()・サン()・ロク()を以って、代表候補生以下六名のIS搭乗者の指揮権委譲を確認しました」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの聞き間違えの無いようなはっきりとした軍隊独特の喋リ方でそう言うと、岡部友章との通信が切れたのか、片手を上げて傾聴の意を示した。

 

「みんな! 聞いての通り現在、亡国機業(ファントム・タスク)による妨害を受け、IS学園側と警備側で避難誘導及び、迎撃にあたっている」

 

 他の専用機持ち達は頷く中、ラウラ・ボーデヴィッヒはさらに続ける。

 

「奴らの目的はまだわかってはいない。が、恐らく標的の一つとして我々が入っていることは間違い無い。

 アリーナの外側は先生達に任せて、我々はアリーナに侵入してきた敵だけを叩く。

 

 今回はキャノンボール・ファストの装備故に通常時に比べ戦闘能力は格段に落ちる。あくまでも戦闘の目的は自衛であることを忘れないように」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがそう言い終えた後、タイミング良く上空からレーザーが降り注ぐ。

 

「あぶない!」

 

「レーザー兵器、BTタイプですわね!」

 

 織斑一夏の白式がブルー・ティアーズに当たるはずであったBTライフルの攻撃を、左腕の多機能武装腕(雪羅)を用いて、ガントレットの甲の部分からエネルギーシールドを展開させて防いだ。

 

「なんでイギリスのBTタイプが」

 

「わからない……セシリア、何か心当たりは?」

 

 織斑一夏が疑問を口にし、篠ノ之箒がセシリア・オルコットに問いかけた。彼女も困惑した表情で上空を見上げる。

 

「わかりませんわ。しかし、このブルー・ティアーズはBT兵器運用型ISとしては1番目の試作機。もしかしたら、もしかするかもしれません」

 

 そんなセシリア・オルコットの疑念は意外なところから答えが告げられる。

 

『済まん! サイレント・ゼフィルスを通した!

 セシリア・オルコットのBTとよく似たタイプだ! 気をつけてくれ!』

 

「了解。意外とあっさり答えが出たようだな」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒがそう呟く。彼女達専用機持ち達の前方には1機のISがそこにいた。

 蝶の羽根のような大型のスラスターユニットを有するその特徴的な姿にセシリア・オルコットは先程の岡部友章の言葉が真実であると確信した。

 

「サイレント・ゼフィルス!? そんな! あれはブルー・ティアーズの後継機なはず!?」

 

「つまりは、そういうことだろう……なっ!」

 

 篠ノ之箒の紅椿が容赦無く両肩の出力可変型ブラスター・ライフル穿千(うがち)で応射を行った。

 

「ラウラ、教師陣にサイレント・ゼフィルスとの交戦に入ったと伝えてくれ。セシリアもブルー・ピアス(大出力型BTライフル)で援護を。

 今はまともに撃ち合えるのは私とブルー・ティアーズだけだ」

 

「わかった。シールドを出せる機体・装甲厚のあるは前衛だ! サイレント・ゼフィルスの気を引かせるぞ! 奴の挑発に乗ってアリーナには出るなよ、まだ伏撃(アンブッシュ)の可能性もあるからな」

 

「わかった!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒのその言葉に織斑一夏の白式はすぐさま、紅椿とブルー・ティアーズび2機をサイレント・ゼフィルスの間に割って入る。

 

「鈴、予備のシールドだよ」

 

「これって、ガーデン・カーテン(リヴァイブ専用防御パッケージ)?」

 

「うん、拡張領域に余裕があったから万が一の為に入れていたんだ」

 

「ありがと、私達も行くわよ!」

 

 ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは甲龍に実体シールドを渡すと、2機共に織斑一夏の後に続いた。

 

「さて、あとは連絡だが……」

 

「ジャミングの類も予想できる。私の打鉄弐式の通信機能を同期させて……

 今回の私はこれぐらいしか出来ないから」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒが懸案事項を言い切る前に、更識簪がその応えを言い切った。

 今回打鉄弐式は、増設スラスターに加えて、自慢の八連装ミサイルポッドは八連装機雷投射装置に換装されており、遠距離での攻撃能力を持たない状態であった。

 故に、ラウラ・ボーデヴィッヒは後衛に下がり、戦況の全体を見極めると共に、彼女が狙われないようにするための護衛も兼ねている。

 

「了解だ。ならば打鉄弐式は今回、索敵に全神経を集中させて欲しい。いいか?」

 

「わかった」

 

 更識簪がラウラ・ボーデヴィッヒに快諾する中、前衛組と中衛組の専用機持ち達は苦戦していた。

 

「ちょこまかと!」

 

 セシリア・オルコットはブルー・ピアス(大出力型BTライフル)でサイレント・ゼフィルスに射撃を加えるが、当のISはそれを苦もなく避ける。

 

「前衛が潰れる前に決着がつけばいいのだが……私も固定武装だけでなく銃器を持つべきか……

 セシリア! ブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)は持っているか? あれで奴に一撃を見舞う事ができるか?」

 

「当然、もっていますわ!

 しかし、相手の動きをまだ良く見てません! 少しだけ時間を下さいまし! 一撃、当ててみせますわ!」

 

 篠ノ之箒は「まかせた!」とだけ言うと、両肩のブラスター・ライフルで、サイレント・ゼフィルスに対して連射した。先ほどのような、相手のシールドエネルギーを減らす射撃では無く、回避に専念させ、反撃させない為の牽制として射撃だ。

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒは中衛の2機のやりとりを当然見ており、前衛にも牽制に加わる事を伝え、前衛の3機も持ちうる火器で牽制に加わる。

 当のサイレント・ゼフィルスもこれには回避のみで対応しきれないと思ったらしく、ビットを射出した。

 セシリア・オルコットはこの行動を反撃と捉え、そしてその隙も逃さなかった。

 

「反撃なんて事は、させませんわ!」

 

 ブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)によってサイレント・ゼフィルスを補足すると、最大出力でブルー・ピアス(大出力型BTライフル)を見舞う。

 

(直撃コースッ!)

 

 そんなセシリア・オルコットの思惑とは裏腹にサイレント・ゼフィルスのビットは傘状にエネルギーを放射すると、専用機持ち達の射線を塞ぐようにして立ち塞がった。

 

「シールドビットまで!? まだブルー・ティアーズにも搭載されていない兵装を!?」

 

 回避に専念していたサイレント・ゼフィルスは一点、シールドビットでブルー・ティアーズの渾身の一撃を軽々と防ぎ、悠々と中空に浮かんでいる光景にセシリア・オルコットは毒づいた。

 

 サイレント・ゼフィルスもそのまま棒立ちのままでもなく、BTライフルを構える。最大出力で撃つためか放熱性を上げるためにハンドガード部が展開され、銃身がむき出しなる。

 

 甲高い音がブルー・ティアーズのハイパーセンサーに響き渡り、セシリア・オルコット以下6名の専用機持ち達は息を飲んだ。

 

「高エネルギー反応! 来るぞ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの声と同時にサイレント・ゼフィルスのBTライフルから高出力レーザーが発射される。

 レーザーは()()せず()()()()()襲いかかった。

 

「きゃあ!!」

 

「鈴!! なんだあれは!?」

 

 運悪く、一番近くにいた鈴の甲龍が直撃を食らう。

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は意地の悪い笑みを浮かべながら、さらにBTライフルを放つ。

 

「曲がるレーザーなんて、聞いたことが無い!」

 

「甲龍のスラスター、大破……

 シールドエネルギーもかなり持って行かれた……!」

 

「了解、甲龍は一端下げよう。箒は紅椿の絢爛舞踏でなんとか出来ないか試してくれ」

 

 その威力は推して知るべし、増設スラスター部を貫かれた甲龍は大きく傷つき、今にも倒れそうだ。

 

「鈴! 大丈夫!?」

 

「PICは生きてるけど……他は駄目ね。これ以上の作戦続行は不可能、退きます」

 

「鈴は私が護衛します!! 箒! ワンオフ・アビリティを!」

 

 甲龍を担いだシャルロット・デュノアに応じて、篠ノ之箒はワンオフ・アビリティである、『絢爛舞踏』を発動させようとするが……

 

「何故だ!? 何故発動しない!」

 

「箒さん?」

 

 皆の期待に反し、紅椿は篠ノ之箒の意に対して一向に絢爛舞踏を発動させなかった。

 

「くっ、なぜ発動しないんだ! やはり、臨海学校とは訳が違うか……」

 

「箒さん! 私が行きますわ!」

 

 思うようにワンオフ・アビリティが発動しない篠ノ之箒は苛立ちを感じる中、セシリア・オルコットがサイレント・ゼフィルスの前に出ようとする。

 

「セシリア!? 無茶だ!」

 

 篠ノ之箒は紅椿のマニピュレータでセシリア・オルコットのブルー・ティアーズの肩を掴む。

 

「ぐわっ!」

 

「どうやら、相手は私達が悠長にしているのを許してはくれないようですわね」

 

 BTライフルの偏向射撃――BT偏光制御射撃(フレキシブル)の直撃を受け、中衛まで吹き飛ばされた白式・雪羅が呻き声を上げる。

 

「箒さんは出来るだけ早く、絢爛舞踏を発動してくださいまし

 何、心配要りませんわ。サイレント・ゼフィルスは私のブルー・ティアーズの後継機。性能やBTの特性はこのメンバーの中では誰よりも、把握しております」

 

「それはそうだが……」

 

 そう反論しようとする、篠ノ之箒の唇にセシリア・オルコットは人差し指を当てた。

 

「戦いは装備と才能だけでは、必ずしも決まりませんことよ」

 

 セシリア・オルコットがそう言うと、機体を前衛の方に展開してサイレント・ゼフィルスと対峙した。

 

(とは言え、これは……厳しいですわね)

 

 ブルー・ピアス(大出力型BTライフル)を強く握りしめ、サイレント・ゼフィルスに視線を向ける。

 

(ビットが使えない以上、射撃戦ではこちらが不利。

 ですが、動き自体は見えますわ。サイレント・ゼフィルスの動きは完璧に読めるはずです)

 

 サイレント・ゼフィルスの持つライフルのBT偏光制御射撃(フレキシブル)を瞬時加速を用いたマニューバ機動で強引に回避すると、インターセプター(近接用ショートソード)で接近戦を仕掛けようとする。

 

(そもそも、BTの仕様には私の方が熟知していますわ!

 多少装備が変わっていても、BTの特性や、機体の得意とする距離・苦手とする距離なんてものは、身体に染みついています!)

 

『バカ野郎!! だからといって破れかぶれに突撃をかますな!』

 

 セシリア・オルコットはそう意気込んで、サイレント・ゼフィルスに突っ込もうとしたが、ある日の模擬戦における岡部友章の罵声がセシリア・オルコットの脳裏に蘇る。

 

「そうでしたわ……私としたことが」

 

 戦いの時に起こる特有の熱病のようなものに酔っていたセシリア・オルコットの頭が急速に冷えて、現実をしっかりと捉え始める。

 

 この間にも、サイレント・ゼフィルスはブルー・ティアーズに容赦なくライフルを撃ち、彼女を撃墜せんとしていたが、それでもブルー・ティアーズは懸命に回避し、致命傷を負わずに最低限のダメージで済んでいる。

 

『セシリア・オルコット、君は筋が良い。

 いや、建前はやめておこう。射撃重視型のISを唯一持っている君には活躍して欲しい。

 これは私の願いだ。だからこそ、君には僕なりの射撃の神髄って奴を教えようと思う』

 

 セシリア・オルコットの脳内にはかつて、放課後の模擬戦ではなく、プライベートでの、個人的な練習に岡部友章と2人で臨んだ時の思い出が蘇る。

 

『いいか?』

 

 セシリア・オルコットは記憶の中で語った岡部友章の声を聞きながら、深く深呼吸してブルー・ピアス(大出力型BTライフル)を構えた。

 ISの外装フレームにサイレント・ゼフィルスのBT偏光制御射撃(フレキシブル)が掠め、塗料部分が剥げ落ち、蒸発するがセシリア・オルコットにとっては些細な物である。

 そう思わせるほどに彼女の動きは軽やかであった。

 

『射撃なんてものはな、最終的には……

 撃って当たれば、何でもいいのさ』

 

 ブルー・ピアス(大出力型BTライフル)から放たれたレーザーは、本来ならば、シールドビットに命中するはずであった。

 

 ――レーザーがシールドビットを避けなければの話だが。

 

 ブルー・ティアーズの放ったレーザーはサイレント・ゼフィルスのシールドビットを避けて、サイレント・ゼフィルスに直撃。

 機体を大きくよろめかしながらも、サイレント・ゼフィルスの操縦者は驚きを隠せず、ブルー・ティアーズに視線が釘付けになった。

 

 セシリア・オルコットは如何せん真面目という部類に入る少女であった。彼女がISの専用機持ちになることが出来たのも、BT適合率の高さだけではなく、それに必要な知識や技能も真面目に取り組んで手に入れたものであるからである。

 だからこそ、彼女のISの操縦や、BT兵器並びにビットの扱いは悪く言えば教科書通りであり、よく言えばセオリーに従った堅実な戦術でもある。

 

 そんな彼女にとって、サイレント・ゼフィルスのBT偏光制御射撃(フレキシブル)は『レーザー』は直進する物と考えていたセシリア・オルコットにとって衝撃であった。

 しかし、幸運な事にそれを行ったのはブルー・ティアーズの後継機でもあるサイレント・ゼフィルスだったことだ。

 セシリア・オルコットはそれを見て、すぐさま偏光制御射撃(フレキシブル)はBT兵器の行くべき先の1つであることを見出したのだ。

 

「!?」

 

「あら、意外とあっさりできましたのね。少しだけ拍子抜けですわ」

 

 記憶の中で岡部友章が一発芸の一環で跳弾で的を射抜いた事を思い浮かべながら、セシリア・オルコットは気の抜けた声で呟いた。

 

 これに対し、サイレント・ゼフィルスはビットのシールド機能を停止させ、搭載されているレーザーとライフルで一気に畳み掛けてくる。

 

(これは……ブルー・ピアス(大出力型BTライフル)だけでは骨が折れますわね……)

 

 サイレント・ゼフィルスの保有している6基のビットとサイレント・ゼフィルス本体が畳み掛けてくる。単純計算で、7対1の戦闘を強いられる事にセシリア・オルコットはゲンナリとする。

 

(本来は『ストライク・ガンナー』形態ではやってはいけない禁止動作なのですが……アレならば使えそうですわね)

 

 しかし、ゲンナリとするだけでセシリア・オルコット自身には今までにはない余裕があった。

 

(敵機の捕捉にはブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)を用いて、残りはブルー・ピアス(大出力型BTライフル)の最大出力で無理矢理でも抜いてしまいましょう)

 

 高速横回転機動(アーリー・ロール)などといった、IS独自のマニューバ機動を用いて、サイレント・ゼフィルスの猛攻を受け止めつつも、忙しなくブルー・ティアーズのシステム構成や、反撃のためにサイレント・ゼフィルスのビットを補足(ロック・オン)した。

 

「はあああ! ブルー・ティアーズ! ロックオンレーザー!」

 

 ビットをすべて推進力に回している中、閉じられた砲口からのパーツを吹き飛ばしてまでの一斉射撃。レーザービットの四門同時発射。

 最悪、機体を空中分解させてしまう恐れのある行為。だが、セシリア・オルコットにはそのリスクを犯してまでのリターンはそこにはあった。

 ブルー・ティアーズの砲口から発射された4本のレーザーはそれぞれ、ハイパーセンサーで補足された個々の目標に向かって飛翔、()()されるかのように4機のサイレント・ゼフィルスのビットに着弾して、叩き落とす。

 

「まだまだ! お返しはこれからですわ!」

 

 内心で成功したことに胸中でガッツポーズを決めた後、セシリア・オルコットはブルー・ピアス(大出力型BTライフル)の銃口を残りの2機のビットとサイレント・ゼフィルスに向ける。

 順番に二機のビットに銃口を向けると、その順番通りにブリリアント・クリアランス(超高感度ハイパーセンサー)のバイザー上にロックオンサイトが表示される。

 

「補足完了! ブルー・ティアーズ! ロックオンショット!」

 

 セシリア・オルコットは高らかにそう叫んで、ライフルの引き金を躊躇無く引く。

 最大出力で放たれたBTレーザーは、セシリア・オルコットの意思通り、曲がりながらサイレント・ゼフィルスの残りのビットを貫通した。

 

 だが、それだけではBTレーザーの威力は無くならない。

一機目のビットを貫通した後、残りのビットに向かって食らいつかんとしないばかりに向かっていき、二機目のビットも貫いた。

 

「ちょろいものですわ」

 

「ッ! 貴様! 絶対に殺す!」

 

 サイレント・ゼフィルスの操縦者は、そう吐き捨てるとアリーナの上空(・・・・・・・)に退避してからBTライフルをブルー・ティアーズに構えた。

 

(あっ、ビットを射撃に使った衝撃でスラスター機動が使えない状態でしたの、忘れていましたわ……)

 

『かわいい生徒を死なせるわけには、いかないなぁ』

 

 一瞬だけ、焦るセシリア・オルコットであったが、開放回線(オープン・チャネル)での通信が彼女を安堵させることとなった。

 

 通信の直後、サイレント・ゼフィルスのライフルが爆ぜたのだ。

 

「また、お前か!! 岡部友章!」

 

 敵であるはずのサイレント・ゼフィルスの操縦者から語られたその名前にセシリア・オルコットは安堵することとなったのであった……。




合計27400文字、前後編で済ませたかった結果がこれです

結局、一夏君に華を持たせる事ができなかったり個人的には不完全燃焼な場面もあるが仕方ないね。
人間の反応速度云々で私、かつてQuick&CLASH(ホルダーから銃を抜いて的に当てる早撃ちゲーム)の一面で0.29秒を叩き出したのですがそれは…
ホルダーに腕は突っ込んでないんですがねぇ…久々にやったら全タイムで3.2秒台でした
きのこたけのこ戦争IF楽しいれす。
光の目と同様に商業同盟アルフォー党が大好きです。(銭ゲバ的、イデオロギー的な意味で)

さあて、残りのIS原作も改めて消化するか…
サイレントスコープ ボーンイーターはまだ稼働しないのですかねぇ

┌(┌'A`)┐<感想・メッセでの誤字報告とか雑談・余談、アドバイスとかなら大歓迎
       誰にも見られたくない内容を言いたい時はメッセか一言評価をご活用下さい

お目汚し失礼しました


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25:9月 幕間

亡国機業(ファントム・タスク)ね。一体、何が目的だったんだろうな……」

 

「さあな」

 

 岡部友章の問いかけに対して、向かいに座っていた織斑千冬はさも興味が無さそうにそっけなく応える。

 

 ここはIS学園の食堂であり、岡部友章達は朝食を取っていた。

 

(サイレント・ゼフィルスの操縦者か……やっぱり、彼女(織斑千冬)に似ているな。)

 

 岡部友章は先日のキャノンボールファストにおける。亡国機業のISサイレント・ゼフィルスの操縦者に思う事があったようで、しばらく思案するが……

 

「まあ、いいか。それよりも織斑さん、次はだし巻き卵を貰えませんかね?」

 

「ああ、わかった」

 

 今までお互いにプライベートな部分、例えば家庭などは追求しなかった間柄である。故に、岡部友章は思考を中断させた。

 

 織斑千冬はキャノンボールファストでの最大の功労者である岡部友章に食事を与えていた。

 何故なら、彼の左手には包帯がグルグルと巻かれていたからである。

 

「ほら、口を開けろ」

 

「なあ。今更だが、自分は右腕で箸を持てば、織斑さんの手を煩わせる事は無いのでは?」

 

 周りから奇異の目で見られることに未だに抵抗を感じる岡部友章はそう主張するものの、織斑千冬の意思は当然ながら変わることはない。

 

「そう思うなら、左手を負傷させなければ良かったのだ。そうだろ?」

 

 ぐい、と差し出されただし巻き卵を岡部友章は口を開けて頬張る。

 

「アレはそうする他無かった。守るべきものを傷つけては本末転倒だろう」

 

 左手の負傷の理由が岡部友章にはあった。

 彼はキャノンボールファスト当日、ISを纏う直前に亡国機業が雇い入れたゴロツキと交戦していた。

 逃げまどう観客が入り混じった中での交戦は、如何に高性能・非殺傷機能のあるガーディアンⅡであっても民間人を巻き込む可能性があった。

 主に誤射ではなく、ゴロツキを撃ちぬいた銃弾が貫通し、民間人に当たることを岡部友章は懸念していた。

 

 そして間の悪いことに、岡部友章は逃げまどう観客の中に、織斑一夏の知り合いである五反田蘭が居ることを確認してしまったのだ。

 それを確認した岡部友章の行動は早かった。彼はガーディアンⅡをゴロツキに向け、銃口を左手で塞ぐと躊躇無く引き金を引いたのであった。

 

「その危機感知能力は褒められるけど。でも、束さんはその自己犠牲的な精神がキライかなー。自分の手で弾丸の貫通力を殺すなんて発想はぶっ飛んでいるにも程が有るよ」

 

 岡部友章の答えに対して、横から篠ノ之束がトレーを置いて彼の隣に座る。

 

「私も同感だな」

 

 クラリッサ・ハルフォーフはそう言うと、織斑千冬の隣に陣取った。

 

「君がそこそこに有能なのはいつものことだが、些か自己犠牲が過ぎる。

 まあ、その恩恵に預かった私達が言える義理では無いが」

 

 三人の視線が岡部友章に突き刺さる。

 

「そんなに見つめて何が言いたい」

 

「ただねー、アッキーはそろそろ自分の幸せを求めてもいいと思うんだ」

 

 篠ノ之束の言葉に岡部友章は疑問符を浮かべるようにして首を傾げた。

 

「自分の、幸せ……?」

 

「そうだ。

 一夏達がIS学園を卒業する頃には、お前も自由に行動できるだろう?

 だからこそ、その時の為に身の振り方をだな……」

 

 不思議そうに呟く岡部友章に対して織斑千冬はそう言ったが、どうにも歯切れが悪い。

 

「そろそろ結婚も視野に入れて欲しいということですよ。岡部センセ」

 

 クラリッサ・ハルフォーフはそう言うと、ニコリと笑みを浮かべ岡部友章を見据えてくる。

 

(結婚!? だなんてとぼけた事は言えないだろうな。

 鈍感を演じるには勘が鋭すぎるか……)

 

 思わず、岡部友章はクラリッサ・ハルフォーフの視線から目を逸らした。何故なら、彼はそう言い放ったクラリッサ・ハルフォーフの眼光に何となく恐怖を感じていたからである。

 

「織斑一夏のハーレムを成立させるために打った手が、結果的には自分に返ってくるなんて、貴方は思っても見なかっただろうな」

 

「ああ、特に自分にもハーレムが出来るとは思ってもなかったさ」

 

 岡部友章のその開き直ったような言葉に、女性陣一同は意外そうな顔を浮かべる。

 

「フフ、アッキーもとうとう、観念したのね」

 

(あろうことか、2年の(まゆずみ) 薫子(かおるこ)に話を流してしまったのが致命的だな)

 

 ある出版社の編集長を姉に持つ彼女がそのネタを嬉々として使わない訳など無かった。

 後日、IS専門で取り扱う雑誌は勿論のこと、一般の大衆雑誌に至るまで『ゲスト機操縦者!! 戦乙女(ヴァルキリー)を墜とす!!』や『ブリュンヒルデ! まさかの熱愛発覚!?』、『ゲスト機操縦者ハーレム疑惑!?』などと見出しが大々的に出てきた時にはもう既に後に退けない状況であり。自分の弁明など焼け石に水も同然であった。

 

「これで、男からも女からも敵になるな」

 

「いいや、私達が味方さ。愛する人」

 

 岡部友章はこれほどにまでに安心するような台詞だと思った。

 

   ■   ■   ■

 

 ISの整備室は各アリーナに隣接するか形で設けられており、ISに置ける技師となるであろう『整備科』のための施設でもある。

 最も、例外は勿論存在しており、岡部友章と更識簪もその中に入っていた。

 

「反応速度のレスポンスが悪いな……それに、この動作だと各パーツが干渉してしまう」

 

「先生、そこの構造体間違えている」

 

「悪い。しかし、全学年合同のタッグマッチがあるのに助かるよ」

 

 岡部友章がそう言うと、更識簪はメガネ型ディスプレイをくい、と上げる。

 

「私も打鉄弐式の動作プログラムを弄ってみたかったから、調度良かった。

 それに……」

 

「それに……?」

 

「私と岡部友章が二人きりになる事なんてあんまりなかったから……」

 

「ああ、確かに。君と二人きりなんて、そうそうめったにないことだな」

 

 岡部友章がそう言い終えると、再び二人は作業に打ち込んでいく。

 

「あの……!」

 

 唐突に、更識簪は珍しく大きな声を挙げた。

 まっすぐに岡部友章を見つめる更識簪の様子は真剣さに溢れている。

 

「今まで言いそびれていたけど、ありがとうございました」

 

 岡部友章はその言葉に何となく察しがついた様子で、勢い良く椅子から立ち上がってペコリと頭を下げる更識簪を優しく椅子に座らせる。

 

「そこまで、思いつめる必要はない。

 自分に出来るだけの事をしただけだ。

 いや、むしろ本来ならば、勝手にプライベートに入った私の方が君に謝罪するべきだろう。

 こちらこそ、済まなかった」

 

 更識簪の予想とは大きく離れたのか、岡部友章のその態度に彼女は面食らった。

 てっきり岡部友章は先の件については煙に巻いたと思っていたからである。

 

「いえ、結果的には。丸く収まったから……いいですよ……

 貴重なゲスト機のデータも……見れましたし。てっきり篠ノ之博士に任せっきりだと思いました」

 

「時間があれば、調整はしている」

 

 岡部友章の評価を若干の上方修正を加えた更識簪は、ゲスト機の調整履歴を見て。感嘆の意を表した。

 

(火器管制・制動システムは勿論、シールドエネルギーや拡張領域(バススロット)関連はほぼ毎日、アクセス履歴がある。コンソールによる調整は大半は深夜、それもかなり遅い時間)

 

「流石にパーツを直接弄っての本格的な物は、篠ノ之さんに任せっきりだが」

 

 普段から機体の調整についてはあの織斑千冬以上に口を酸っぱくして言っている事がおおかっただけに岡部友章もまた、自身の言葉通りに調整を行っているようだ。

 

(それにしても、これがいつもの調整なの……?)

 

 エミュレーターを作動させながら多数の入力機器を扱うといった、篠ノ之束顔負けのコンソール捌きで動かしていた更識簪はふと、疑問に思う。

 先程から、岡部友章から振られたプログラムの修正・推敲を担当しているが、更識簪にはどうにも不自然な既視感を感じ始めていた。

 

(まるで、整備科のみんなで仕上げた時……そう! 打鉄弐式のマルチ・ロックオン・システムの構築ににている!)

 

 更識簪は岡部友章の横顔を見た。

 彼は、黙々と作業を続けている。更識簪や篠ノ之束と違い、岡部友章は1つのコンソールを叩いていた。

 

(それなら篠ノ之束に相談するのが良いはず……彼女なら、喜んでやってくれそうなのに……)

 

 疑問に思う手前、岡部友章本人に問いただそうと一瞬だけ考えるが、特に彼女自身には何も影響が無いのもまた事実。

 

(まあ、いいか。それだけ岡部先生が真剣にISがと向き合っているって証明だし)

 

 そのまま二人は時間めいいっぱいまで作業を続けたのであった。

 

   ■   ■   ■

 

 この日の放課後もいつも通りの補修が岡部には残っていた。

 岡部友章は装備の最終点検をピット内で行っていた……

 

 

「きたか。指導開始だ」

 

 アリーナのピットから発進した岡部友章を迎撃するかのように、紅い機体が飛び込んできた。

 

「遅い!」

 

 紅椿の刀型武装である『空裂』を持った紅椿が岡部友章のゲスト機に肉薄する。

 完全に間合いを支配した篠ノ之箒は笑みを浮かべて空裂を振るうが、ゲスト機はそれをあっさりとかわした。

 

「何っ!? と、でも言うと思うか」

 

 紅椿から距離を早急に離すゲスト機。ピットから地面に降り立って、態勢を整えようと試みた。

 それに対して、篠ノ之箒は動揺することなくニヤリと笑みを浮かべた。

 彼女の背後にはそれに応えて、2機のISが攻撃準備を整えていた。

 

「……逃げ場を潰す。マルチロックオン、目標……ゲスト機」

 

「ターゲット捉えた! フォイア!」

 ゲスト機がかわした先を予測してか、地面に固定していたラウラ・ボーデヴィッヒの120mmL80レールガン (パンツァー・カノーニア)が火を吹き、更識簪の高性能誘導八連装ミサイル『山嵐』が発射される。

 山嵐はゲスト機の回避予測地点を制圧し潰すように展開され、動けなるであろう地点にレールガンがゲスト機に叩き込まれる作戦だ。

 

「徹底的に叩く!」

 

 そう言って、二人のところにまで離脱した篠ノ之箒は左肩からブラスター・ライフルである穿千を取り出すと、ゲスト機にむけて連射を叩き込んだ。穿千は出力の可変が可能なライフルであり、今回は威力を落として連射性能・弾幕成形能力を上げたようだ。

 ラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンも彼女に続くようにレールガンを容赦なく浴びせていた。

 

 まずは始めに、『山嵐』がゲスト機の退路を塞ぐようにして、周辺に次々とミサイルの雨が着弾する。そして、ゲスト機が爆炎と煙に包まれた中、おおよそ、1機のISには過剰火力とも言えるほどに火線の数を重ね、火力を集中させていた。

 

「煙が濃いな……これだけやれば当然だな」

 

「これで墜ちてくれれば楽なんだがな」

 

 一通り打ち尽くした後、手持ちの火器の発砲を一旦取りやめた篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒはそう言い合った。

 

「……それにしても煙は濃くないか?」

 

「ああ」

 

 いったん攻撃を取りやめたが、未だにゲスト機周辺の視界は未だ晴れず、黙々と煙を上げ続けていた。

 その様子に、篠ノ之箒とラウラ・ボーデヴィッヒは警戒度をあげ、相手の出方をうかがった。

 

「ラウラ、箒。この煙、電子妨害素子も撒かれてる」

 

「……来るぞ!」

 

 更識簪が各種センサー類で未だ立ち込める煙の解析結果を2人に伝えたものの、直後3にんの足元に転がってくる無数のスモークディスチャージャーの弾頭を尻目に、3機のISは近接戦闘の準備にかかった。

 周囲に濃霧がかかる中、電子妨害のお陰で肉眼以外の補助視界も得られないまま、篠ノ之箒達は身構えた。

 

「箒、簪。 お互いに死角を補うぞ。 何か動くものがあれば、容赦なく撃て」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒの言葉に2人は従うと、三角形を描くように……背後の死角をお互いに補えるように、配置を変えた。

 

「そこだァー!」

 

 ……そして、彼女達はゲスト機を見た。

 煙の中、ゆらゆらと亡霊のように左右に揺れる金色のバイザーが、ゲスト機であることを教えるには、十分すぎるほどに決定的なものであった。

 

 篠ノ之箒の声から3機はアサルトライフルでそれめがけて弾幕を張る。

 しかし、一向に試合の終わりの知らせが聞こえてこない。そして、変化は一瞬にしてやって来た。

 

「きゃあ!」

 

 更識簪の打鉄弐式の背後にグレネードが複数直撃しよろける。

 

「簪! うわっ……!」

 

 次にラウラ・ボーデヴィッヒのシュヴァルツェア・レーゲンに散弾の雨が襲いかかった。

 

「クソッ! なんで…!」

 

 最後に篠ノ之箒が見たのはゲスト機のアームパンチ機構であった……

 

「これで、3機撃墜だ。自分の教えた教則通りの攻撃、悪くはない。

 如何にして自分流にするかがやはり課題か」

 

 3人のシールドエネルギーの枯渇を確認した岡部は左手を握りながら、戦果を確認する。

 

(これで、先ほどの怪我も問題ないな……)

 

『暮桜弐式接近、エネルギー反応確認』

 

 咄嗟に右手の武器を手放して左腕にマウントしてあるシールドで、暮桜弐式のブレード受け止めると右腕のアームパンチをするために振りかぶった。

 

「相変わらず良い反応速度だ」

 

 織村千冬が打撃避けるために半歩下がった後、片足を軸に機体を回転させクラリッサ・ハルフォーフの乗るシュヴァルツェア・ツヴァイクのレールカノンを間一髪で回避した。

 

「私もいるぞ! 岡部!」

 

 至近弾が着弾した衝撃で土埃の舞う中、シュヴァルツェア・ツヴァイクは追撃の手を緩めることなく、そのまま全身、肉薄せんとし、ドイツ製アサルトカノン『シュトゥルム・カノーネ』でゲスト機を滅多撃ちにかける。

 

(態勢を整えねば……)

 

 大口径弾頭がアーマーを掠めていく中、恐慌状態に陥らず、落ち着いて素直にさがる事を岡部友章は選択し、牽制も兼ねて右肩にマウントされた擲弾発射器からグレネードを射出し、後退せんとする。

 

「他に機体は」

 

『ありません』

 

(こうも撃たれている間ならば、暮桜弐式も誤射を警戒してブレードでは突っ込んでは来ないだろう。

 逆に弾幕が途切れた時が危険だ)

 

 シュヴァルツェア・ツヴァイクに背中を向けては、それこそ滅多撃ちに撃たれこまれる事を知っている岡部友章は、真正面にクラリッサ・ハルフォーフを捉えたままのバック走行で後退した。

 

 

   ■   ■   ■

 

「おーい」

 

 ある人物を見つけた織斑一夏は声をかけながらすたすたと駆け寄る。

 彼女は、織斑一夏の声が聞こえたのか、足を止めて彼の方へと振り向いた。

 

「ゴメン箒、遅れた」

 

「まったく、だらしのないやつだな」

 

 ばつの悪そうにする織斑一夏をよそに篠ノ之箒はため息を一つ吐いた。彼女は織斑一夏のうっかりさんな一面をよく知っていたからであった。

 

「もしかしたら、お前は道にでも迷ったのかと心配したぞ」

 

「さすがに道には迷わないよ……多分」

 

 今日は黛薫子に頼まれていた日。つまりは、黛先輩のお姉さんが勤める雑誌編集部で取材を受ける日であった。

 当然のことながら、織斑一夏と篠ノ之箒の両名は私服姿である。

 

「なあ、箒」

 

 織斑一夏はまじまじと篠ノ之箒の姿を見る。

 

「な、なんだ……?」

 

「その服、いいね。」

 

 黒のミニスカートに白ブラウス。アウターに薄手の秋物パーカーコート……

 そのすべてはこの日の為のとっておきであった。

 

「胸元のフリルがいい感じで、似合ってるよ」

 

 織斑一夏にしては、息を吐くかのようなたわいのない言葉ではあるが、篠ノ之箒にとっては呆れるほど有効な一撃であった。

 

「(よしっ! いい感じだ!)そ、そうか……? 実は私も、結構気に入っているんだ」

 

「いやー、箒って言えば(いっけね、剣道関連は禁止って言われてたんだ)……

 どっちかというと、綺麗って感じだから、こういう可愛い女の子って感じはいいと思う」

 

 織斑一夏は素直に剣道着の印象が強いと言う手前、岡部友章からの注意を思い出し、すんでのところで踏みとどまった。

 

「っ! ……一夏にしては言い事を言うではないか」

 

 これには、篠ノ之箒は面食らった。彼女の経験則上では、この後彼はデリカシーに欠けた事でも言うのでは? と懸念していただけに、いい意味合いでの予想外の回答に思わず赤面した。

 しかし、それもつかの間のことで、すぐに復帰する。が、少し気恥ずかしかったのか、歩くスピードを速めたのであった。

 

(一夏が褒めてくれた……あの一夏が褒めてくれた……)

 

「箒? 箒、ちょっとはやいんじゃ?! まだ時間はあるから、ゆっくりいこうぜ!?」

 

 すたすたと早足になる篠ノ之箒に対し、織斑一夏は彼女を引き留める為に思わず手を握った。

 

「あっ……」

 

「もしかして、少し寒いから早く待ち合わせ場所に行くのか?」

 

 篠ノ之箒は、きょとんとして自分を見つめる織斑一夏を見る。

 

「(もしかして、チャンスなのでは……!?)そ、そうなんだ! ちょっと……手先が寒くてな!」

 

「じゃあ、このままでいよう」

 

 織斑一夏はそのまま篠ノ之箒の手を握ったまま、地下鉄の改札口へと向かう。

 初めはビクリと身体を強張らせた篠ノ之箒ではあるが、やがて織斑一夏に引っ張られる形で歩き始めた。彼女は少しうつむき加減になっている。

 

「あ、ぅ……うん……」

 

 編集部の最寄駅につくまで、篠ノ之箒はずっとこんな調子でいたのであった。

 

「おー、来たか。篠ノ之さん、織斑君」

 

「え!? 岡部さん!」

 

「なんでここに?!」

 

 最寄駅に着くと、彼らを待ち構えるようにして岡部友章がいた。

 

「そもそも君達、テロリストに襲われてそう長く経ってもいないのに、どうして街中をふらふら出来ると思ってたんだい?」

 

 私服にメガネ姿をした岡部友章は、繁華街にいる有象無象の人間とそう対した差はなく、ごく自然体にそこにいて、彼らにごくごく普通のことを投げかける。

 

「……あ! 道理で!」

 

「そういうこと。

 個人的には過保護な気もするけど、万が一もあるから中々やめられないんだよね。

 二人っきりのデートはどうだった?」

 

「ッ!? もう! 岡部さん!」

 

 二人っきりで手を繋いで繁華街を歩いている織斑一夏と篠ノ之箒の姿は特殊な監視ツール越しながらも岡部友章はしっかりと捉えており、ニヤリと笑みを浮かべながら二人を茶化す。

 

「さあ、編集部のあるビルはもうすぐだ。ここからは自分も同伴させてもらうよ」

 

 かくして、織斑一夏と篠ノ之箒の他に岡部友章というサプライズゲストを連れながら、編集部へと向かうのであった。

 

   ■   ■   ■

 

「どうもー、私は雑誌『インフィニット・ストライプス』の副編集長をやっている黛渚子(まゆずみ なぎさこ)よ。今日はよろしくね」

 

「あ、どうも。織斑一夏です」

 

「篠ノ之箒です」

 

 織斑一夏が先に言葉を返し、ぺこりと軽く会釈をした。篠ノ之箒もそれに続いた。

 

 取材用の部屋は織斑一夏や篠ノ之箒が予想した物よりも大きく、トマトを半分に切ったような形状の奇抜なソファが3つ、三角形を描く形で配置されていた。

 二人に同伴した岡部友章は今この場にはいない、彼は彼で別室で急遽『インフィニット・ストライプス』の独占インタビューを受けていた。

 どうやら、編集部側にとってもこれは想定してはいなかったようで、彼はちょっとしたサプライズゲストのような扱いになっていた。

 

「それじゃあ、早速だけど始めちゃいましょうか? ささ、ここに座って」

 

 黛渚子に勧められ2人は早速、ソファに座り、インタビューを始めることにした。

 彼女はあまったソファに座り、ペン型のICレコーダーをくるんと回して見せた。かなり使い込まれているらしいそれは、ところどころ塗装が剥げているのが2人の目にもよく見えた。

 

「このインタビューが終わったら、写真撮影があるんだけど……2人とも大丈夫かな?」

 

 織斑一夏と篠ノ之箒はこくりと頷いて見せた。

 

「協力ありがとう! それじゃあ最初の質問行くわね?

 まずは……織斑君! 女子校に入学した感想は?」

 

「いきなりそこ、いくんですね」

 

 想定していた質問があまりにも早く来てしまった織斑一夏は思わず反応した。

 

「だってぇ、普通は気になるじゃない?

 読者アンケートでも君への質問のリクエスト、すっごく多いのよ?」

 

 同意を求めるかのように、黛渚子は篠ノ之箒に視線を投げかける。

 だが、彼女は肩を竦めただけであった。織斑一夏にはその行為が一体、肯定か否定のどちらなのかがわからなかった。

 

「はあ、そうですか……

 うーん……男性用トイレが少なくて少し不便で困るかな?」

 

 気の抜けた、織斑一夏の返答に対して黛渚子は思わず吹き出した。

 

「……ぷっ! はは、あはははは! (黛薫子)の言ってたこと、本当なのね!」

 

「何が、本当なのですか?」

 

 思わず笑い出した、黛渚子に対して篠ノ之箒は思わずその詳細を聞いた。

 

「妹が言ってたわよ~。 異性に興味のないハーレム・キングって!

 ねえ、織斑君。入国許可書って、発行できないかしら?」

 

「そんなものないですよ!?」

 

 思わず、織斑一夏はツッコミをいれた。

 それと同時に、中学時代からの友人である五反田弾のような奴だなぁ……という印象を黛渚子に対して抱いた。

 

「さて、次は篠ノ之さんね? 貴女にはお姉さんの話でも」

 

「はあ、特に面白い話はできないと思いますけど」

 

 黛渚子は篠ノ之箒の目の前に人差し指を立て、左右に揺らした。

 

「チッチッチッ、別に秘密を喋るとかでなくてもいいのよ。こういうのは

 ――それで、お姉さんから専用機を貰った感想は? 国家代表候補性になる気は無いの? それともこの国が嫌いだからならないのかしら?」

 

 篠ノ之箒に対する質問は織斑一夏の対するそれとは量も質も違った。

 

「(本命は私なのかもしれないな……)ええ、専用機については感謝してます。 代表候補については、あまり興味はありませんね。 この国については……生まれ育った故郷なので、特に嫌いという訳ではないです」

 

 矢継ぎ早に投げられた質問達に対し、特に答えられない質問はないので、篠ノ之箒は全問素早く回答した。

 

「オーケー、オーケー。じゃあ、織斑君と篠ノ之さんって今のところどっちが強いのかしら?」

 

「うーん、勝率だと今のところ箒じゃなかったっけ?」

 

「そうなの?」

 

 黛渚子は篠ノ之箒に同意を求めた。

 

「ええ、若干程度ですけど」

 

 それを聞いた黛渚子はニヤニヤと笑みを浮かべながら、織斑一夏に視線を伸ばした。

 

「あららー、それは不味いわねー。女の子ぐらい守れないと、ヒーローにはなれないわよ?」

 

「ヒーローになりたくて、守ってるんじゃないですし……。別にヒーローじゃなくても、例えば一兵卒でも……」

 

「お、いいね! その台詞! 映画でも撮っちゃう?」

 

 照れながらもそう答えようとする織斑一夏を遮って、黛渚子が割り込む。

 指で作った輪っかをカメラに見立て、興奮冷め病まぬ彼女の様子はどことなく、IS学園にいる妹を連想させた。

 

「はは、そういうのは勘弁してほしいな」

 

 そういって織斑一夏は苦笑いを浮かべた。

 

「それじゃあ、地下のメイクスタジオに向かいましょうか。更衣室があるから、そこでいったん着替えて、メイクもばっちりしてから、撮影に入りましょう!」

 

「え、撮影もするんですか?」

 

 篠ノ之箒は不思議そうに黛渚子をみた。

 

「ええ、ちゃんとスポンサーの服を着せないと、私の首が飛ぶもの」

 

 あっけらかんにそういった黛渚子に対して、織斑一夏は『スポンサーのことまで考えるなんて大変だなぁ……』という感想を抱き。一方、篠ノ之箒は『そういって断りにくい雰囲気まで持っていく、手慣れているな……』という考えを抱いた。

 

   ■   ■   ■

 

「さて、ある意味本命の岡部友章さんの出番なんですが……」

 

 メイクスタジオへと向かった2人と入れ替わるように、岡部友章と黛渚子は向かい合う。

 

「貴方には色々と質問したいことはありますが、あんまり深く入れ込みすぎるのも私の首が飛びそうね」

 

 ソファにどっかりと座った岡部友章に対して、コーヒーカップを差し出す彼女はどこか苦笑いを浮かべている。

 

(まあ、それが正解だろうな)

 

 岡部友章は無言でカップの中身をすする。

 下手に彼の過去や腹を探ろうものなら、あの天災である彼女が黙っている筈はないのだ。

 

「あれだけの人達に囲まれてさぞ羨ましがられるでしょう?」

 

「ああ、口には出されないが」

 

 岡部友章はカップをテーブルに置いた。

 

「本当は貴方と織村さん、篠ノ之さんの馴れ初め話でも聞きたいところだけど……」

 

「その質問はやめておいたほうが賢明だ」

 

「ええ、流石に妹や家族がいるもの。だからこれは私の個人的な質問」

 

 黛渚子はゆっくりとコーヒーカップを持ち上げて、口に運ぶ。

 その動きはとても緩慢であり、織村一夏や篠ノ之箒の時とは違いフランクなものではなくまるで国会や裁判の答弁のような、そんな慎重でかつ、これから言い放つ言葉の一つ一つを吟味し、推敲し、シミュレートしているかのようだ。

 

 ただ単にコーヒーを飲む。

 

 そのような単純な動作ですら長い時を用いるほどに、両者の間には長い沈黙が漂う。

 

(そこまでして聞き出したいこと、しかも個人的にと念を押した。恐らくは自分の……)

 

 黛渚子はカップをテーブルに置いた。彼女なりに腹をくくったようだ。

 

「岡部友章さん、あなたは何がしたいの?」

 

 単純な言葉に秘められた意味を岡部友章は丁寧に紐を解き、繊維の一つ一つをほぐしていく。

 

(話の本意は自分の行動目的、いや……もっと単純だ)

 

 岡部友章は思案する。自身の勘が言葉を選べと囁く、黛渚子に対して、そして篠ノ之束や織村千冬たちに対してと。

 思えばきっかけは単純で幼稚な自尊心からだ。そして次に好奇心、次は自分勝手なお節介だ。

 ISが開発されてからは弟妹を守ってやらねばという使命感と姉たちを支えるという勝手な義務感。

 

(凄いな、最終的な意思決定は下したが殆どが状況に流されている。そして残りはやってやるという高慢さと自分の欲求を満たすための行動だ)

 

 それでいて外面は姉たちに比べマシなのだ。こんなひどい話はない。そして、好意すらはぐらかして楽しむ性質がある。

 傍目には美女を侍らせ、だれよりも力を持ち、それでもって人格者の一面もある。この世界特有のさえない男性の中でももっとも光る存在でもある。

 

(おまけに俺には守るものも失うものもない)

 

 織村千冬のように弟も居ず、篠ノ之束のように妹もいない。極論であり仮定ではあるが今ここで身一つの身分となっても何一つ困らず、不自由なく生活ができる。おまけに一回死んだ事もある。

 

 おそらく、黛渚子は自分の事も調べただろう。元クラスメートという接点以外を、そして自分の能力の出自を。人格形成の原因もだ。しかし何も見つからない以上、彼女は得体の知れなさ、恐ろしさを感じているんだ。

 

 コーヒーカップを持つ手が震えていたのはそれが理由。篠ノ之束の不興を買うのもそれだが、自分の正体がわからないからもあるのだ。

 

 確かに、人間は何か目的をもって生きる。一見無気力であってもそうじゃない、確固たる目的がある。結局は。

 

「そうだな。もう死ぬまで、あるいは舞台を下りるまで生きてやってるみたいな境地だろうなぁ……」

 

 もしも、1回死んでいなかったら「人生を楽しむ為に生きたい」だとか「後悔しない為に生きたい」みたいな捻くれた事を言っていただろう。

 あるいは「大切な者たちを守りたい」とでも言っていただろう。

 

 別に精神が擦り切れたわけではない、もう1回目の人生の時点で歩くべき道みたいなものができていて、もうすべて歩ききったからだと思う。

 もう自分の愛称に完璧に合致したやりたいことも決まり、磨くべきものも磨き切り、限界点まで来てしまった。

 目的を達成した……そんな感覚なのだ。

 

 最早、肉体的に朽ち果てるまで……これ以上は成長しないのだ。

 

 自分自身の可能性(Stratos)無限小(Infinitesimal)ってやつだ

 




今回はここまで
私自身からの話は活動報告にでも


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