やさぐれかな (螺鈿)
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カナという女

 

 

「これだ、この仕事をくれ!」

「おいどけ!こいつはおれのだ!!」

「あぁっ!? 俺宛の依頼書盗んだの誰だぁ!」

 

 自らのギルドを救うために平行世界で起こした大活劇も束の間。取り戻したギルドという名の自らの家。魔法と拳と笑い声が飛び交う筈の憩いの場の惨状に、安息の日々を過ごす予定のルーシィは唖然としていた。

 

「一体なにごとなの~?」

 

 押し寄せる人並みを避けるため、酒場のカウンター下に隠れたルーシィの顔を覗くように黒髪が降りてきた。

 

「明日になればわかるさ」

 

 少しだけ笑みを含んだ声で自分を引っ張り出したのは、背まで伸びる黒髪がよく似合う、見知った顔だった。

 カナという名の女性魔導士。この『妖精の尻尾』というギルドにおいて、自分と同年代ながら古参の実力者。昼間から酒を樽で飲み歩くこのギルドの名物的存在だ。

 

 自意識過剰でなければ、彼女はよく新参の自分を気にかけてくれている。自身の父に関わる騒動にも協力してもらい、その後もからかいながらも相談に乗ってもらったりアドバイスをくれたり、暇な日や自分が落ち込んだ日には買い物に付き合ってくれたりもした。

 自分もそんな彼女に懐いていると自覚している。だからこうして話しかけてくれるのは不思議ではない。不思議ではないのだがどうしても違和感を感じた。

 

 ・・・・その理由など分かっているのだが、彼女の普段があまりにあまり過ぎたのだから、こうして思考停止してしまうのも仕方がない。

 

 

「はい、依頼の達成報告書。あと、次はこの依頼にいくから」

 

 その違和感の持ち主は平時と同じ調子で、けれど平時とは全く違った様子でカウンターの向こう側・・・・ミラジェーン、愛称がミラというギルドのメンバーでこの酒場の女性店員に仕事の成果を告げていた。

 

「あら、はやいのね。でも前の仕事からすぐにこれは危険じゃない?」

 

「この程度の相手に心配される程飲んではいないよ」

 

「そうじゃなくて・・・。カナ、あなたがこの手の依頼をやる時は大抵その”後ろ”まで相手にするから」

 

「それも含めて今日の昼までには終わらせるつもりだよ」

 

「はぁ、もういいわ。そのかわり仕事が終わるまで飲酒は禁止ね」

 

「りょーかい」

 

「いったそばから飲まない!」

 

 いつも通りの漫才のような会話と言動。一体飲んだ分はどこの異空間に飛ばされているのかといいたくなるような酒豪の彼女が、普段通り、実に普段通り樽を抱えて去っていった。

 

「仕事・・・こなしていたのか」

「カナが自分から新しい依頼を受注するなんて・・・」

「それもこの時期に?」

「いつもはやる気ないのに」

 

 本当に、あんまりにあんまりすぎて。彼女とカウンターまでの間には人が避けて道ができていた。

 

 そうだ。彼女は普段仕事をしない。

 仕事に対してはやる気がなさそうに見えて、というか完全になくて酒ばかり飲んでいる。それも樽で。

 毎日昼過ぎか夕方にふらりと現れて、酒場の喧騒を楽しそうに眺めがらがっぽがっぽと酒を飲むのだ。

 たまにエルザやマスター、マカオなどの年長者たちに叱られて渋々依頼を受けるのを見たことがあるが、その時はいつも『生死問わず』の危険な依頼を受けていた。

 

 その姿から実力者であることは明らかだったが、自分から積極的に依頼を受けている姿をルーシィは今まで一度も見たことがなかった。

 

「今日はお祝いね~」

 

 場にそぐわない呑気な声をミラが上げた。嬉しそうに何かの支度を始める。多分、カナが帰ってきたときに出す料理なのだろう。今から仕込むとすれば今日はかなり豪華な料理が出そうだ。自分もあやかりたいものだ。

 硬直した体を動かせず、思考だけがどんどん逸れていくことを自覚していたルーシィだったが、それでも立ち直るのにはもう少し時間が必要だと感じた。 

 

「もしかして、今年は本気なのか?」

 

 誰かが呟いて、これまた誰かがごくりと生唾を飲む音が聞こえた。

 そして静寂が訪れて、ミラが支度を進める音だけが酒場に響いた。

 皆一様に固まる中、カナが何にたいして本気なのか、私だけわからなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

「S級魔導士昇格試験出場者を発表する!!!」

 

 ギルドの長であるマスター・マカロフの言葉に湧く妖精の尻尾(フェアリーテイル)のファミリー達。

 選ばれた面々とその試験内容(パートナーを選んでギルドの聖地の孤島にて試験を行うというものであった)を聞き、そこかしこで騒ぎが起きている。

 一喜一憂。"でぇきてぇる~"な雰囲気がそこら中から漂ってくる。

 

 ルーシィはその中で先程マスターから名前の上がった、様子がおかしい同僚を盗み見た。

 

 様子のおかしい同僚、カナ・アルベローナは俯いたまま酒場の外へと出て行った。樽を担いで。

 

「カナ、どうしたんだろう・・・・」

 

「カナがどうかしたのか?」

 

 自分の言葉に反応したのはロキ。先程パートナー決めで主である自分に話を通さずブッチして出場者のパートナーになった男(精霊)だ。

 

「なんだか最近様子がおかしくて・・・」

 

「カナはこの時期になるといつもあの調子になるんだよ。大方ギルドを辞めるって言ったんだろう?」

 

「えっ!?」

 

 ギルドを辞めるという言葉に心底驚くルーシィ。ギルドのメンバーは自分のもう一つの家族だ。ましてギルドに入った時からいろいろと問題を起こしている自分を支えてくれたカナの存在は、彼女にとって大きい。

 

「言ったろう? 毎年のことなんだよ、あれは。カナはいなくなったりしないよ」

 

 そのことは知らなかったのか。余計なことをいったと失態を悟り、自分の言葉に主が傷ついたと気が付いたロキは心中で舌打ちする。すぐにフォローの言葉と共に身体に手をまわして滲み出た涙を拭おうとした。主である彼女のこの優しさは好んでいるが、こういった形で見たくはないものだ。

 

 その忠誠的な姿は立派だが、手慣れた手つきで一連の動作を行おうとする精霊はどこからどうみても達の悪いマッチポンプを行うホストだった。

 

「そうよ。だから気にすることないのよ?」

 

 横合いからホスト紛いな男を殴りつけながら話しかけてきたミラを見て気が落ち着く。

 人を落ち着かせるような柔和な雰囲気を持つ彼女だが、『魔人』の異名を持つこのギルドトップクラスのS級魔導士の一人だ。現に殴られて地面にめり込んだ自分の精霊はピクリとも動かない。主ではあるが、一片も気にかけてやらないのは信頼の証だ。そういえば、彼女も今回は試験官として妨害に参加するんだなぁとルーシィは考えを走らせた。

 

「でも、今回はカナの奴本気なんだよな」

 

 半裸男が会話に入ってきた。今回の試験で地面に這いつくばる男のパートナーでS級候補者であるグレイ・フルバスターだ。

 

「自分から仕事するカナなんて、何年振りだっけ?」

 

 猫(?)を連れた滅竜魔導士ナツ・ドラニグル、彼も候補者の一人だ。

 

「それじゃああなたたちも気合入れなくちゃね。本気のあの子は怖いわよ?」

 

 一瞬歪んだ顔を見せたのは気のせいか。ミラは二人を焚き付けるように言った。

 

「うへぇ、俺絶対相手にしたくねぇ」

 

「負ける気はねーけど、カナだけは戦り合いたくねーな」

 

 そうだ。やる気のあるカナ。だからこそ調子がおかしいんだ。彼女程本気という言葉が似合わない団員もいない。そこに触れないミラに疑問を抱きつつも、ルーシィはあえて彼女ではなく、調子の落ちる二人に言葉をかけた。

 候補者に選ばれてテンションの上がっている彼等らしからぬ言葉にも、疑問を抱いたからだ。

 

「へぇ、随分弱気なんだ?」

 

 ルーシィの口調に食って掛かる二人組。

 そこから勝手に煽りあい、喧嘩し始める。

 それに煽られてそこら中で魔法が飛び交う。

 ようやくギルドに漂い始めた慣れ親しんだ空気に、彼女の心にくすぶる違和感はひとまず払われていった。

 

 

 

「でも不思議ね、あの二人があんなこと言うなんて。そんなに強いの? カナって」

 

 喧騒の中、いつの間にか自身の隣に座り、カウンター越しに話しているのは銃士という魔法を使う魔導士、ビスカだ。

 

「・・・うん、まぁね」

 

 どこか苦い顔を返すミラ。ビスカは割合新参であるが故に、古参であり付き合いの長いミラに聞いたのだろう。私としても、あの二人があんな反応を示すのはエルザ以来な気がする。カナとの付き合いもそれなりになっていると思っていたのに、私も知らなかったのはなんだか気に入らず、二人の会話に顔を向けた。

 

「ルーシィは知ってた? ほら、あの子誰かと一緒に依頼に行ったとか聞かないから」

 

「ううん。あたしも驚いたかも。カナとは何度か一緒に仕事したけど、占いとかモデルとか付き合ってくれただけだし」

 

「そっか、ルーシィでも知らないんだ」

 

「うん」

 

 カナの力。カードを使って占いや様々な現象を起こす魔法を使うことは知っている。しかし、彼女が実際に戦っているところを見た事はないし、見た人も多分少ない。彼女は基本的に一人で動くのだ。

 

「ビスカはどうなの? ファントムロードとの闘いの時に一緒に戦ってたんでしょう?」

 

 私が原因で起こってしまった戦い。私はみんなと一緒に前線で戦えなかった。このことを口にするのはちょっと苦いけれど、それを遠慮するのは間違っているのだということも今では分かっている。

 

「う~ん。あの時はカナは負傷者の回収と護衛に回っていたからなあ」

 

 ビスカが唸る。私の心の内など考えてもないように言う彼女に、少しだけ嬉しくなる。

 

「あ、でも」

 

「うん?」

 

「今思えば、ラクサスに連絡をとってるときのミラとの会話って”そういう意味”だったのかなぁ」

 

 っていうと?

 

 疑問を浮かべる私に向かって言った。

 

「いや・・・ ”弱肉強食・弱い奴はいらねー・自分のケツは自分で拭け”だの言ってたんだけど」

 

「ラクサスらしいね」

 

 笑う私とビスカ、苦笑するミラ。

 

 

 

 そして本題の援軍を頼んだ際のミラとラクサスの会話を、ビスカが思い出すような動作をしながら語ってくれた。

 

 

「・・・・・・お願いラクサス。戻ってきて」

 

 懇願するミラ。僅かに言葉を溜めた後、ラクサスは言い切った。

 

「・・・お前も分かってんだろうが。いつまで茶番を続ける。テメェにいってんだ。お前がその気になりゃ済む話だろうが」

 

 その会話を最後にラクサスは通信を切ったという。

 

 

 通信を聞いていた周りの者達はラクサスに怒り狂った。

 その言葉の意味は皆元S級であるミラに言っているものだと思っていた。そのとき戦うには酷だった彼女に。しかし今思えば、ラクサスは壁際に控えていたカナに言っていたのではないかとビスカは言う。

 

 

 

「ねぇ、実際のところどうなのさ?」

 

 その時の会話を再現しながらビスカはミラに言葉を振った。

 

「あの子は・・・・強いわ。でも”あの時の戦い”では、戦わないことは分かってたから」

 

 要領を得ない言葉だ。あれはギルドの存続がかかった戦いだったはずだ。そのとき以外に戦わない時があるのか。それとも何か事情があったのか。

 ミラの言葉にムッとした表情を浮かべたのはビスカだ。それも当然だろう。彼女は最前線で戦っていたのだから。

 

 

「カナか。そういやお前らは知らないんだったな」

 

 

 後ろから声をかけてきたのはウォーレンだ。彼も古参の一人、カナを昔から知る人だ。その彼に続くようにリーダスやマカオほかに何人かが続く。気が付いたら騒ぎが一段落していて、ギルド内の会話はこちらが中心になったようだ。

 

「俺が知ってるのは5年ぐらい前までかな。ガキの時はエルザと同格だったよ。」

 

「おっさんの俺らからしたら今でもガキだけどな。まぁ最近はしらねぇがな。いつの間にかカード魔法とかやってるし」

 

「おっさん言わないでくれよ。まぁぶっちゃけた話、戦闘力だけならカナはエルザやラクサスと同格って話だよ」

 

「カナが?」

 

「あぁ。でもえげつねぇからなぁ、あいつの戦い方は。あんま見せたくないんだろ」

 

 強いというのはギルドからの信頼のされ方で知っていたが、これは予想以上だ。あのラクサスやエルザと同格とは。

 

「昔ナツとグレイがカナを怒らせた上で本気で挑んだことあってな。揃って貼り付けにされてたっけ?」

 

「あれはビビった。まぁあれ以来誰もカナを怒らせられなくなったんだけどな」

 

 カナの昔を知る者たちが笑いあい、知らない者達は意外な情報に目を丸くした。そうなのだ、カナについてこんな話を聞くのは始めてだ。秘密主義者というわけでもないのだが、カナのこういった話は意外なほど上がらない。あの大酒喰らいはフェアリーテイルの名物でもあるのに。

 

「あとはまぁ、一度エルザと二人で闇ギルドの検挙に向かったっけ?」

 

「あー・・・・なんかエルザがその後三日ぐらいまともにメシ食えなくなったあれか」

 

 げっそりした顔で話すリーダス。一体なにがあったのか、気になるが多分聞かないほうがいいのだろう。彼らからも聞くなという雰囲気が漏れている。

 

 

「まあそんな訳で、一昔前まではフェアリーテイルで一番血生臭い魔導士って呼ばれる位武闘派だったんだぜ」

 

「昔から変わらず鍛錬には熱心だしな。夕方にここへくるのも朝からずっと鍛錬してるからのはずだ。実力が落ちたってことは無い筈だぞ」

 

 ベテラン達からのお墨付き。どうやら本当にカナは強いらしい。しかしそうなれば疑問が残る。

 なぜ、それほど強い彼女はS級ではないのだろう? それにファントムロードとの抗争、バトルオブフェアリーテイル、その力を使う機会でなぜ使わなかったのか。これは彼女に聞いても許されることなのだろうか?

 

 思い悩むルーシィを尻目に、誰かが声を上げる。

 

 

「それなら、なんでファントムロードの時に戦ってくれなかったんだ?」

 

 

 当然の疑問だ。それを聞けなかったのは、ルーシィが彼女と親しいからか、それともその場で戦えず、彼らはその身を削って実際に戦っていたからか。

 ルーシィは目を伏せた。

 

 そして当然のように後ろで論議が始まった。責めているつもりはないのだろうが、この場にいない彼女に責を問うような形になってしまっている。こんな形にしたくなくて、ルーシィは言葉にしなかったのだ。

 

「どうなんだい、ミラ?」

 

 ビスカが単刀直入に聞いた。この場にいないカナへの気遣いか、それともこの雰囲気を嫌ったのか。多分両方だろう、彼女らしい。彼女は見た目も中身もさっぱりしたいい女なのだ。

 

「……そうね。多分、あのまま私たちのギルドが負けたとしてもあの子は本気で戦わなかったわ。私たちの身は守ってくれるけど、それ以上のことはしなかったでしょうね」

 

 戦わない。戦えないのではなく、戦わない。そう明言した。

 

 その言葉に驚いた。言葉の意味だけじゃない、優しい彼女が、その言動全てに仲間の身を思いやる気持が見える彼女が、こんな言葉を放ったのだ。

 隣のビスカも彼女に、それともその言葉の内容にか、驚きを隠せずにいる。多分私も同じ顔だ。

 周囲を見渡すと同じように驚いた顔の者と渋い顔の者に別れている。

 ……本当だというのか?

 

「なんだよそれ!!」

「あの時は本気でやってなかったっていうのかよ!!!」

 

 

 それは当然の怒りだろう。ギルドの誇り、仲間たちの尊厳をかけた戦いだった。私自身、自分の身をギルドに捧げた戦いでもあり、先程の言葉には衝撃をうけた。

 カナは、そのときの私の事情も知っていたというのに・・・・

 

 

「そうじゃない。あいつはきっとどんな手段を使ってでも、お前のことは助けただろうさ、ルーシィ」

 

 いつの間にか隣で震える私の肩を抱いてくれたのは、ギルドの妖精女王エルザだ。

 

「そうね。彼女にとって大切なのは家族の身の安否。勝ち負けじゃないのよ」

 

 エルザとミラが私と周囲の者に向かって言った。気が付けば、エルザが来たことで周囲のどよめきが収まっている。こういう存在感は、エルザの持ち味だ。

 

 エルザとミラの言っていることは多分真実だろう。でも、だからといって納得のいくものではない。負ければギルドは、家族はなくなっていたのだから。

 反発を招くと分かっていて二人が言ったのはきっとそれがギルドのみんなにたいしての誠意だったのだ。エルザの厳粛な雰囲気からもそれは分かる。

 

「だからって・・・・」

「納得いかねぇよ、俺は」

 

 そうだ。正直、私も分からない。あの時は戦う時だったはずだ、負けられない戦いだったはずだ。私がどれだけフェアリーテイルが好きなのか、知らないはずもないのに・・・・・

 

 

 苛立ちからか、誰かがテーブルをたたく音が聞こえた。納得のいっている者は少ないようだ。彼女の昔を知っている者ですら難しい顔をしている。

 エルザは目を閉じ、じっと何かを考えこんでいて、ミラはこの空気に悲しそうな感情を目に浮かべていた。

 

 

「てめぇら、その位にしておけ。誰にだって事情がある。家族を疑うようなことはするんじゃねぇ」

 

「あいつが家族思いなのは本当さ。それより、今回誰がS級になるのか賭けようぜ」

 

 良くない空気を読み取ったのかギルドでは最古参であるマカオとワカバが話題を打ち切った。

 皆も本当はカナを責めるようなことはしたくなかったのだろう。これ幸いと話題を誰が試験を通るかに変えていった。

 

 

 

 一所に集まっていた状況はエルザの散れという動作で終わり、また各所で騒がしい猥雑な空気が作られていく。

 ルーシィはカウンターに頬をつけたまま、一口飲み物を煽った。

 

「でも、そんな力があるならどうしてカナはS級じゃないのかな?」

 

 独り言のような言葉にミラが答えてくれる。

 

「あの子はやる気がちょっとね・・・」

 

 そうではないだろう。やる気がないならなぜ今になってS級になろうとしているのかということだ。答えてくれるなら話を逸らすなという目線を向けてしまう。

 

「試験は難しいから」

 

 どうやらダメなようだ。隣でクツクツと笑うエルザを見ると、自分で解き明かせという意味なのだろうか。

 

 

 

 私は大きく溜め息をついた。なんだか今日一日で、大分自分の知らないカナを知った気がする。幼いころのカナ、本当は強いカナ、でも戦わないカナ。自分を大切におもってくれていた? ・・・・・・本当に?

 

 考えに耽るルーシィにマカオが声をかけた。

 

「ルーシィちゃん。あんま、悪く思わないでやってくれないかな」

 

 答えるように顔を上げた。

 

 「・・・・あ、ううん。そうじゃないの。私、カナのことは大好きだよ」

 

 そうだ、カナは大切な家族である。ただ・・・

 

「あたし、カナのこと全然知らないんだなって。沢山お世話になってるのに」

 

 自分はよく彼女に相談していたが、逆はあまりなかった。好きな物とか、苦手なものとか、そういうのでなく、彼女自身のこと。

 自分から突っ込んだことを聞かなかったのは、なんとなく踏み込んではならない気がしていたからでもあるが。

 

「私、信用されてないのかな」

 

「それはないよルーシィちゃん」

 

 彼女は自分に気を許してくれていると思う。しかし不安から出た冗談交じりの自嘲はあっさりと否定された。

 

「たしかに。ルーシィちゃんはカナに気に入られてるよ」

 

「そうそう。意外かもしれないけどカナの奴は、普段あまりしゃべらないからな」

 

「ほんと、最近になってからだよ。俺たちとこんな風に騒ぐようになったのは」

 

 真摯な目でこちらを見る彼らの言葉に嘘は感じられなかった。

 周囲に酒樽が転がってまるで島のように浮いている机。ギルドの酒場を一目で見渡せるカナの特等席。

 初めて見たときは、豪快に酒を飲んでいるカナに面を喰らってしまった。しかしその後によく関わるようになってからは、カナは意外に馬鹿騒ぎには入らずに、自身の特等席から皆を見つめていることが殆どだということに気付いた。

 温かく、楽しそうに、それでいてどこか遠くを見つめるような目で。

 

 

「カナは優しいから」

 

 

 本心だ。彼女に心の内に何があるにせよ、それは間違いない。少なくとも自分が彼女から与えられたものに対して下した判断はそうだ。誰に何を言われようとも。

 

 

 「うん。私、カナに聞いてみるよ。冗談でもギルドやめちゃうなんて嫌だもん」 

 

 

 言葉にして決めた。カナを知ろうと。きっと今しかない。根拠はないけど、今の彼女なら向き合ってくれるはずだ。彼女と付き合ってきた時間の中で培われた、自身の勘がそう言ってる。

 

 

「そうか、では頼もう。どうもここ最近のアイツはおかしいと私も思うから」

 

「きっとルーシィちゃんにならカナも話してくれるだろう」

 

 

 エルザとマカオの言葉に頷く。カナの様子がおかしいのは本当だし、疑問に思ったことは解消したくなるものだ。

 

 

「よーし! やるぞー!!」

 

 

 大声を上げて振り上げた私の杯にミラがおかわりを入れてくれた。よし!これを飲み干したら行動だ。

 

 

 

「それにしても、優しいねぇ。・・・・あのやさぐれ娘をそんな風に言うのはルーシィちゃんだけだよ」

 

 やさぐれ娘。マカオの言葉に思わず周りが噴き出して笑った。

 やさぐれ娘、やさぐれ娘・・・あぁ、そうだ。それがピッタリだ。

 

 女性の自分でも思わず見とれる様な容姿を持ち、達観した大人の女性の様であり、はたまた子供の様な癇癪と頑固さを内に秘め、口には出さず、けれど態度には出てしまう。

 

 受け身がちだけど素直じゃない。 

 突き放されているようで、みんなに見守られている。それが彼女。

 そう、端的いってしまえば、カナ・アルベローナはやさぐれているのだ。

 

 やさぐれ娘。言葉に出したら、私も笑ってしまった。

 

 

 



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カナという女2

 

 

「ルーシィ・・・・ わたしさぁ、ギルド辞めるわ」

 

 

 

 なんというか、煮え切らないものを感じていた。

 

 大切な家族、その中でもギルドの先輩として自分を守り、導いてくれる恩人のために何かできないかと思っていた。

 自分のことを語らない彼女に、心を開いてくれるまでしつこく正面から向き合って、彼女を知ろうと決心して行動する矢先の出来事だった。

 

 

「あ~・・・・それにしてもやっぱここいいわぁ。私もここに住んじゃおっかな」

 

 

 目下の人がここにいた。勝手に部屋に入るのはもういい。ギルドの仲の良い者たちは男女問わず入り込んでくるのでもう慣れてしまった。慣れたくはなかったが。

 

「ねぇ、ルーシィ。酒ない? 酒」

 

 彼女のために何かをすると決めたが、どうもその決心はすぐに揺らぐ儚いものだったらしい。とりあえずルーシィは慣れた手つきで彼女に突っ込みを入れた。

 

 

 

 

 

 

「あんた、あれから父親とはうまくやってる?」

 

 本来一人用の風呂に二人で入っているので狭いのだが、ルーシィは我慢した。忍耐力、状況を受け流す強い心、それをフェアリーテイルというギルドに入ってからは培っていると自負しているからだ。何もこんな形で培うとは思っていなかった。

 

「あ、うん。えっと・・・・ どーだろ?」

 

「手紙は? 出すように言ったじゃない」

 

「何度かあっちのギルドに出したけど、国中を飛び回ってるらしくて・・・・」

 

「手紙、帰ってこないの?」

 

「あっちからは来るんだけど、なーんか一方的に送られてくるかんじ・・・」

 

 商売が上手くいってるが故の多忙らしく、一所には留まれないようだ。こちらの手紙は不定期にまとめて受け取っているらしい。そのかわりのつもりなのか、旅先のポスターカードを大量に送ってくるのだ。

 カードには作家志望の私のために、本を書くときの参考になればと旅先で目にした様々なことをメモにして添えてくれるのだが、どうも的外れというか、親子そろって妙なところで世間ズレしているのを感じてしまうのだ。

 

「ふーん」

 

 愚痴めいたことを言う私をニヤニヤしながらカナが見てくる。

 ・・・気恥ずかしい。風呂に入ってるせいもあってか顔が赤らんでしまう。

 

「そ、それよりも! カナ、最近何か悩みでもあるの? 様子が変だってみんな心配してるよ」

 

 多分雰囲気的にそろそろ話してくれそうな気がしていたのでこちらから切り出してもいいだろう。

 

「ルーシィ・・・・。わたしさぁ、ギルド辞めるわ」

 

 ロキが言っていたセリフそのまんまだった。予想はしていたが、やはり自分にとっては衝撃的な言葉なのだと思い知らされた。

 

「聞いたよ? この時期は冗談でそう言うって。でも私最近のカナを見てたら心配で・・・・」

 

「今回は冗談じゃ済まないよ」

 

 その言葉に思わず湯面に浸からせていた顔を上げる。「別に前も冗談のつもりじゃなかったんだけどね」と言う彼女は言葉をつづけた。

 

「今回ダメだったら諦めるよ。諦めて、街を出ていく」

 

 なにを言っているのか。別にS級でなくても魔導士を続けている者は沢山いる。むしろ、S級魔導士など自分の世界に帰ったミストガンを入れても片手で足りる程だ。

 

「そうじゃないんだ」

 

 こちらの考えを見越すかのように言うカナは、なぜだかとても穏やかな顔をしていた。

 

「なんだか満足しちゃってね。もういいかなって」

 

 

 いけない。カナは本気だ。本気でギルドを出て行ってしまう。

 ルーシィはそう感じ取った。

 

 

 カナを引き留めなければ・・・・

 

 

 内心で焦るルーシィだが、それで頭を一杯にしてしまわなかかったのは、きっと今までの経験からだろう。ギルドに入る前の彼女なら、きっと感情的に問いすがることしか出来なかった。

 どうすればよいのか、その答えを得るためにはまず彼女に対するいくつかの疑問を解かなくてならない。そう判断したルーシィはカナに踏み込むことを改めて決意した。

 きっと今なら、どんなことでも答えてくれる。そう確信していたから。

 

「ねぇ、カナ。聞いてもいいかな」

 

「なんでも」

 

 言質はとった。なんだか戦いよりも緊張してきた。

 

 

「辞めるのは、S級試験に落ちたとき? 4回連続で落ち続けてるから?」

 

 聞いた話によると、カナの試験は今回で5回目だ。彼女は同年代では最古参だ。後から入ったミラやエルザが先にS級になったのは堪えただろう。4回連続で落ち続けているのは彼女だけで、コンプレックスなのかもしれないとギルドで言っている者もいた。

 

「うん? ああそれはあるかな。確かに次ダメだったら辞めるね。でもそれはついでみたいなものなんだ」

 

 どういうことだろう? 新たな疑問が出てきたが、自身の決意を笑うように意地悪い、自分で聞き出してみろという顔が目の間に浮かんだ。

 

「聞いたよ。カナは滅多に力を使わないけど、本当は凄く強いんだって」

 

「”本当は”って・・・、別に隠してるつもりないんだけど」

 

 照れて赤くなるカナ。あ、これは珍しいかも。いやいやそんなことより・・・・

 

「ダメだったらってことは、受かれば辞めないんでしょう? カナがその気になれば受かったも同然じゃないの?」

 

 噂に聞く分でも、受からないほうが不思議である。むしろなぜ4回も落ちたのか。

 

「言ったじゃん”ついで”だって。私にとっては、最初の一回と今回の試験、それ以外に価値はないんだよ」

 

 どういう意味だろう? 最初の一回と今回しか価値がない? だから今年までやる気がなかったと?

 疑問符を浮かべるがカナはクルクルと湯を指でかき回してる、正解にたどり着くまで答える気はないらしい。

 

「カナは5年前の、最初の一回目は落ちたんだよね?」

 

「そうだね」

 

「試験ってどういうのだった?」

 

「ホントはバラしちゃダメなんだけど・・・・、まぁみんなの予想通りS級とのガチンコだよ」

 

「勝ったの?」

 

「負けた。 ・・・・でも、S級になるのには勝ち負けは関係ないよ。幾つかの試験でS級の素質を認めさせることが条件なのさ」

 

 S級の素質? それがないからカナは落ち続けているのか? だから魔導士ギルドを去ると? 

 いや待て、試験の合否とカナのやる気、先程の言葉が繋がらない。どうも最初の一回目の試験に落ちてやる気をなくしたという訳でもないようだし。

 一回目と今回の試験にしか価値がないからやる気を出さない。S級の資格を認めさせる機会は二回目以降も均等にあったはずだ。一回目と今回、それとほかの試験の違いは・・・・

 

 「うぅ~」と唸る私。これでも作家志望なのだ。謎を前に思考停止したくない、がんばれ私の頭。

 そんなことを思いながら顔を半分沈めてぶくぶくと湯面に泡を立てる。

 

 そんな私を見かねたのか、カナが助け船を出してくれた。

 

「そういえば、私がカード魔法を始めたのも5年前だったかな」

 

 5年前? 5年前になにがあったのか。5年前と今、その間、何が違う?

 カナの言葉に思考を広げるルーシィ。これでもお嬢様育ちで教養のあるルーシィはそうであるが故に考え込んでしまう。

 5、5・・・星の位置、精霊魔法、マグノリアの歴史、事件。思考の渦に飲まれかかって思わず頭を振る。

 

 そういえば、5年前は自分がフェアリーテイルにいるなんて思ってもなかったなぁ。

 

 5年前と言われてふと考えてしまう。あの屋敷にいた頃は、こうして誰かと二人で狭い風呂に入るなんて思ってなかった。痛い思いも辛い思いも沢山したが、それでもこのギルドで経験したことや出会った人々は自分の宝だ。その中でもカナや同世代の友たちは一際輝いている宝だ。これからも様々な経験を共にしていきたい・・・・

 同世代の仲間たちにはS級候補者が多い。これほどの人数は初めてだとマスターも言っていた。それだけこのギルドには有望株が多いのだ。きっとこれからフェアリーテイルは今後かつてない隆盛を迎えるだろう。きっと楽しくなる、間違いないのだ。だから辞めさせたくない、一緒にいたい。

 カナと離れたくない。我儘だと分かっているが、カナだって必ずしも辞めると言っているわけではないのだし、全力で引き留めてやる。

 

 そう思って意気込んだ瞬間、ふと思い浮かぶ。

 

 ・・・・あ、そうか

 

「カナの最初の試験って、S級の誰と戦ったの?」

 

 S級と戦ったというのなら、その人は限られる。S級は片手で足りる程しかいないのだから。

 4年前にいて、3年間クエストに出て、最近戻ってきた人・・・・

 

「ギルダーツ」

 

 私の言葉に正解だというかの如く笑顔になってくれた。そして・・・・

 

「娘なんだよね。私しか知らないけど」

 

 絶句した。多分今の私の顔はナツやグレイといった者たちを笑えないものになっている。別に彼らを蔑むわけではないが。

 

「6歳の時かな、母親が死んでね。その遺書に書かれていたんだ。あとはまぁ、ギルダーツを追ってフェアリーテイルに辿り着いて、入り浸ってたらいつのまにかギルドに入っちゃってた」

 

 舌を出して笑いながら言う彼女に、私は今までの謎に納得がいった。

 なぜ今までの試験でやる気がなかったのか。きっとギルダーツに認めてもらいたかったのだろう。自分の父親に。確認を取る意味で尋ねてみると、彼女は頷いた。

 

「認めて欲しいってのは、やっぱりあるかな。私、一度目の試験で大分厳しいこと言われたんだ」

 

 

『力は認める。けれどお前にギルドを導き、家族を守るS級魔導士になる資格はない。今のお前に、魔法を使わせるわけにはいかない』

 

 

 一言一句忘れないといわんばかりにカナは傷ついたであろうその言葉を、気付いているのかいないのか、楽しそうに語った。

 

「それからかな、カード魔法覚え始めたのは。あれってそれまで私が使ってきた魔法と反対だったから・・・・・」

 

 なんとなく理解してしまった。多分、カナはこのとき表立って戦うことをやめてしまったのではないだろうか。その昔フェアリーテイルで一番血生臭いとまで言われた自分を変えようとしたのではと私は考えた。

 カード魔法は戦闘には向かない。様々なことができ、熟練すれば便利で汎用性も高い魔法だがその性質は利便性に長けた、生活に密着した魔法だ。

 

「今回はあれから育んできた自分を、今のわたしをぶつけるつもり。全力で。そして見てもらうんだ、ギルダーツに。そこでS級魔導士として認められたら・・・・」

 

 あぁ・・・ギルドを辞めるといったときと同じ、強い覚悟を感じる。

 

「言うつもりなんだ」

 

 無理だ。引き留められない。きっとこの試験に失敗したら彼女は出ていくのだろう。全てを抱え込んで、二度と父に会わないように。

 

「で、でもそれならS級になれなくったって・・・・」

 

「なんでかな? 最初にあったときに言えばよかったのにね・・・・」

 

 彼女は立ち上がって言った。風呂に波が立って私の顔にかかってしまう。

 

「その一言をいいそびれちゃってさ。アイツは初対面で不安だったガキの私に”こんなところにいたら酒臭くなるぞ”とか言ってきて、

なんで気付かないんだってショックでさ・・・・」

 

 背を向けて出口に向かうカナ。顔は見えない。

 

「きっと意地なんだと思う。私からは絶対に言わない。でもアイツは馬鹿だから気付かなくて、このままじゃいつまでも足踏みしてしまうから・・・・」

 

「あの人にS級を認められたら・・・・ あの人の娘を名乗る資格も、手に入ると思うんだ」

 

「認められなかったら・・・・ 私はギルドを抜ける。自分を許せそうにないから」

 

 震える声で自分に言い聞かせる様に言う彼女を、衝動に任せるまま後ろから抱きしめた。

 驚くカナ。まだ風呂場だから、危ないからと言う彼女を無視して離すまいと力を籠める。

 

「あたしがカナのパートナーになる!!!」

 

 え?と振り返るカナ。先程振りに見た顔は、予想通りのものだった。

 

「絶対ギルドを辞めさせたりなんかしない!! あたしがカナをS級魔導士にするから!!!」

 

 彼女の目から零れ落ちてしまった。

 

「・・・・ダメかな?」

 

「ううん、ありがとう」

 

 こぼれた涙の意味を変えられただろうか? そうだといい。

 自身の力量は理解している。戦闘力という点で、自分はきっと他の候補者とそのパートナーの中では最底辺だろう。戦闘力以外の力だって、魔導士としては未熟だ。

 それでも言わずにはいられなかった。カナはルーシィがマグノリアに来てから深く関わった人の一人だ。自身が依頼先で起こした失敗を笑いながら聞いてくれ、励まし、助言や手助けをしてくれた。時には身をもって大切なことを教えてくれたこともある。

 ギルドでの辛い戦いも楽しい思い出も、変わらない調子でいつもの酒樽の特等席で聞いてくれた。

 

 いつ頃だったか、気付いたのだ。あの酒樽に囲まれた、机の上の特等席にカナはいつも一人で座っていることを。そんなカナを興味深い顔で見上げるルーシィを引き上げ、自身の隣に置いて酒を飲み続ける姿を初めて目にしたのは、自身がギルドに入ってどれだけ経った頃だったか。自身の身を引き上げといて何も話さないカナになぜだか自分のことを話したのはどれ位昔のことなのだろう?

 自分はギルドに来て1年も経っていないのに随分と昔の様にルーシィは感じていた。それほどにカナの存在は、彼女の中で日常の、当たり前の存在になってしまっていたのだ。

 

 彼女を支える時が来た。そうルーシィは受け取ったのだ。自身の力量不足を理解し、彼女の進退がかかっている大舞台。その上でこの役割を誰かに譲ろうとは思わなかった。

 負けられない戦い。初めてではない。ニルヴァーナの戦いの時も、エドラスの時も、後がない戦いだった。だが、ギルドの、頼れる誰かに任せられる状況にも関わらず、戦いの場を譲りたくないと思ったのはこれが初めてだった。

 

「よろしくね、ルーシィ」

 

 こぼれた涙は体に滴る雫と共に落ちて、床を打って排水溝に飲まれていった。カナのこの様な顔を見るのはルーシィにとって初めてのことだった。

 

 家出したときは、心のどこかで箱入り娘の自分には無謀だと思ってた。それはきっと正しかった。このギルドに辿り着いたのは確かに自分の力だ。何もわからず、頼れずとも、自分が行動しなければここにはいられなかったのだから。・・・・でも、そこからあの喧しいナツに出会い、ここに導かれた。ギルドという新しい家を得てからも、ずっと誰かに手を引いてもらっていたように感じる。

 

 ルーシィは理解した。今度は自分が迷った家族の手を引く番が来たのだと。

 

 半裸男や直情火蜥蜴、ホスト精霊に漢馬鹿、雷信者共を蹴散らし、あのとんでもない鈍感オヤジに、こんな素敵な娘がいることを分からせてやるのだ! と。

 

 

 

 



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S級試験

 

 

 ルーシィとカナのタッグが結成されてから一週間経った。

 

 ギルドの聖地でS級魔導士試験の開催場所である天狼島に向かう船の上にカナとルーシィ、その他の者達はいた。

 

 

 

「アツイ!!!」

 

 カナと冬の寒さを溶かすように風呂の中で語り合ったのが先週とは信じられない。亜熱帯の様な暑さと湿気の中、水着で足を放り投げて叫んだのはルーシィだ。この辺り一帯は海流の影響で一年中この様な気候だと聞いており、冬のマグノリアから常夏のバカンス気分だと思っていた船上の彼等の気分は、実際には想像以上の暑さでだれきってしまった。

 暑さからなのか、どこか外れた調子で冗談を言うルーシィ。普段は反りが合わない他の者達も一様に水着でグダグダとして大人しい。

 

「そんなに暑いならグレイに氷つくってもらえば?」

 

 カナの提案に名案だと相鎚を打ちそうになったが、呆れた声によって遮られる。

 

「これから争うことになるってのに馴れ合っちゃって」

 

 眼鏡越しにこちらを見るのはエバーグリーンだ。彼女の言うことはもっともだが、暑いものは暑い。涼む為の氷を作り出すことなど造形魔導士のグレイなら朝飯前なのだからよいではないかと反論しようとしたが当の本人から断られてしまった。

 

「そういうことだ。試験の前に早く慣れろ。それに氷が無くなったらもっと悲惨だぞ」

 

 反論の余地がない彼の言葉にがくりと肩を落とす。しかしまあなんやかんやで試験が始まる前まではこのようにフェアであろうとするのはこのギルドの仲間内の関係は、互いを蹴落とすのではなく、高め合う関係なのだと改めて思う。なんだかこちらの心の内を見透かされたような気になってしまい、視線を空へと向けた。

 

 仲間の厚意はありがたいが、こちらは今回はそうはいかないかもしれない。なにせカナのギルドへの存続がかかっている。その為に、実力の劣る自分は何でもしなければならない。ルーシィは遠くに流される雲に向かってそんなことを呟いた。

 

「ルーちゃんだらしない」

 

 結構な覚悟を心に再燃させた自分はどうやら暑さにだらけているように見えたようだ。なぜ自分の肉体は心打ちとは裏腹に欲望を忠実に表してしまうのか。それでも彼女に失敬なと言おうと思ったが、この暑さの前には無駄に行動する気力すら沸かなかった。

 

「てかジュビアとカナ暑くない? その恰好」

 

 暑さにだらける自分たちをよそに、この場で汗一つかかないジュビアにそのパートナーであるリサーナが声をかけた。

 

「ジュビアは暑くない」

 

「私は慣れてるから」

 

 ジュビア格好はいつもの黒のロングコート。カナは彼女の普段着る胸元を強調した服ではなく、初めて見るものだ。動きやすそうな、身軽な服に体を覆うような上衣。あれだけの厚着でなんともうらやましいことだ。しかし水人間とも言うようなジュビアはともかく、カナまでいつもの調子なのは一体どういうことか、まるで納得できない。しかし今の自分たちには抗議を唱える気力も沸かない。

 

 ・・・・それにしても、先程の言葉はもしかして自分が五回目の試験だからという意味だろうか。自虐だとしてもまったく笑えない冗談だ。流石に他のみんなもスルーで通す様子だ。

 そんな周囲の反応をよそにそのカナは何の気負いもなく飲み物を飲んでいた。以前悲壮なまでの言葉と決意でこの試験に臨むといったその姿からは裏腹な彼女だが、その内心を他人が伺える要素は欠片もない。自身がギルダーツの娘なのだということを誰にも気づかせないという彼女の言動はここにきても変わらないようだ。

 それとも、自分が過度に意識しすぎているのか。自分は昔から無駄に思い込む性質だし、特に緊張しているという訳でもなく平然としている彼女を見ていると、やはり自分のほうが気負いすぎなのではと思ってしまう。

 

「あの装備・・・・やっぱり本当に本気ってことか」

 

 誰に言うつもりでもなかったのだろう。小さく呟いた言葉はグレイから聞こえたものだ。今は暑さ故に普段よりも目線に困る姿をしているが、意を決してどういう意味かと聞き出そうとしたルーシィの上から影が落ちる。その小さな影の持ち主は、わがギルドのマスター・マカロフだ。

 

 

 「あの島こそが天狼島。そして、フェアリーテイル初代マスターメイビス・ヴァーミリオンが眠る地・・・・」 

 

 タイミングを外されたルーシィはグレイから聞き出すことを諦めた。マスターから一次試験の説明と開始が告げられ、それどころではなくなったからだ。

 

 

 

「悪いな、5分後には解けるようになってる」

「ごめんね。行こう、ガジル!!」

「いくわよ! エルフマン!!!」

 

 開始の言葉が告げられてから一分も経たない出来事だった。船を覆うように術式を展開し、自分以外の全員を閉じ込めたフリード組とその術式を書き換えて先に進んだレビィ・エルフマン組。一気に三組に差をつけられてしまった。

 

「出せーーー!!!!」

 

 ナツが叫んでいるがどうしようもない。試験は8つの通路と各先にある戦いだが、3つは先に埋められてしまっただろう。候補者同士の戦いが2つにS級が待ち受けているのが3つ、運がよければ誰にも当たらず通路を通り抜けられる。私たちのチームはカナの占いにより強者を避けるため、また選択肢を広く持つために先に到着したかったのだが出遅れてしまった。

 

「くそー! エルザやギルダーツの通路取られてねーかな・・・・」

 

 まぁナツのようにわざわざS級を狙いにいく者もいるが。

 

「まぁここは待ちだね。仕方ない」

 

 ロキは大人しく椅子に戻り、グレイと話をしている。この先の方針を確かめ合っているのだろう。未だ諦められず術式の壁に向かっているナツ以外のチームも同様だ。我がチームメイトに目を向けると、いつの間にか新しい飲み物を船内から持ってきてパラソルの下でこちらへ手招きしている。

 

「ノンアルコールだよ?」

 

 そういうことじゃない。ルーシィは自分とカナとの温度差に、暑さのせいだけではなくガックシと肩を落とした。

 

 

 

「よっしゃー! 行くぞぉ!!!」

 

 開口一番、術式が解けた瞬間に飛び出していったのはナツとハッピー。最初ハッピーをパートナーにすると言ったときは私よりも弱いだろうと内心思ったが、このような試験では大活躍だ。

 

「アイスメイク”フロア”!!」

「せめてパンツ位はきなよ」

 

「アニマルソウル”鴨嘴”」

「待って下さいグレイ様ぁ~」

 

 飛び出していった三組を追いかけるようにグレイとジュビアのチームが海を渡っていく。それぞれの魔法の特徴を生かした方法は先に出た者達を猛追するかのようなスピードを生み出し、船から離れていく・・・・

 

「やばっ! このままじゃ私たち最下位じゃん!!?」

 

「まあ落ち着きなって、まだメストとウェンディが残ってるし」

 

「そういう問題じゃ・・・・・・・って消えてるーー!!!!」

 

「あれぇー!!??」

 

 先程までいたはずのメストとウェンディはいつの間にか消えており、目を丸くして驚くカナとルーシィ。

 

「じゃあ私たちもいくか」

 

 カナは気だるげな声で魔法の媒体となるカードを取り出した。カードは宙に浮かぶとまるで意思を持ったかのように動き、海面と船の間の空間に向かって足場と階段作り出す。

 

「急いでもしかたなし、ゆっくり行こうか」

 

 周囲の状況など関係なしと言わんばかりに作り出した足場に向かって歩き出す。常にマイペースを崩さないカナの姿はいつもなら頼りになるが、さすがにこの状況でその発言はいただけない。ルーシィはカードの足場を降りながら睨み付けた。

 

「今更慌てるぐらいなら魔力と体力を温存しようって話だって。それに本当に珍しいんだから、この島に来れるのはさ」

 

 踏み終えたカードは自動的に動いて次の足場を作り続ける。弁解するように言うカナの言葉は一定の説得力はあるが、船から持ってきた飲み物をそのまま飲み歩く姿は緊張感のかけらもない。それに持っている飲み物も本当にノンアルコールか怪しいものだ。

 物言いたい顔をするが、海に入らずに歩を進めているのもカナのおかげなのでルーシィは無理やり自分を納得させることにした。

 

「・・・・はぁ、まぁしょうがないか。それに残り物には福があるっていうし、私運が強いからきっと残ってる通路も当たりでしょ」

 

「そうだね、ルーシィがいてくれればこんな試験は余裕だって」

 

 自分に言い聞かせるように言うルーシィにカナがとってつけたようなことを言う。この期に及んでもどこか他人事なカナにルーシィは少しだけ腹が立った。そもそもカナがギルダーツに自分の力を認めさせる為に協力しているのに本人のこのやる気のなさはいかがなものか。

 

「別に当たりじゃなくたっていいんだよ。誰が相手でも構わないさ。私たちに勝てるはずもない」

 

 それはまるで、誰が相手でも勝つと確信しているような言葉。一体どこからそんな自信が来るのか、適当なことを言うと苛立ちが積もりそうになったが、こちらを見るカナと目が合って黙らせられた。絶対的な信頼。自分たちの力への自負。それを信じるが故の余裕。理解してしまえば、顔が真っ赤になるのをルーシィは避けられなかった。

 

「あ~・・・・うん、ソウダネ」

 

 照れたルーシィにカラカラと笑い声をあげるカナ、それに負けまいとカナを弄ろうとするルーシィ。そこには気負いなど見られず、普段の酒場で談笑するいつもの二人がいた。

 

 

 

 

「お! 残ってるのはHルートか。私たちに美貌に相応しいと思わない?」

 

 冗談を言いながら残った一つのルートを見上げるカナとルーシィ。なんだか申し訳なく思いながらも、結局のんびりと歩いて来た二人は当然ながら通路には最後に到着した。

 

「分かっていたけどやっぱビリか。なんか意地でも最後の文字は選ばないあたり皆負けず嫌いだよねぇ」

 

 AからHまでの通路があれば、最下位ともとれるような番号は選ばない。フェアリーテイルというギルドの気性を表す候補者たちの言動に、ルーシィは何処か納得をさせられた。

 

「じゃ、早速いこっか。もし”闘”だったら流石に申し訳ないからね」

 

「うん、準備は万端。いつでも戦えるよ」

 

 候補者同士が戦う”闘”の通路だった場合、相手が来るまで先に着いたものは待たなくてはならない。他の者よりかなり遅れていると自覚しているので、足早に通路に入っていった。これでもし待っているのが一番先に通路を選んだであろうフリード組なら、笑い話というより申し訳なくなる。

 

 

 二人がある程度進むと洞窟の出口が見えた。その出口の先はこちらから見える限り、吹き抜けの開けた空間に繋がっており、荒野の様に何もない土地がポカンと広がっていた。船で外から見たときは緑溢れる島だと思ったが、このような場所もあるのだなとルーシィは思った。そしてこのようなあからさまに”さぁ戦え”と言わんばかりの場所に出されるということは、少なくとも戦いを避けられる”静”のルートではないのだとも理解した。

 

 (残りものに福は来なかったか・・・・)

 

 ルーシィは自身が強運だと自覚しているが、今回ばかりは運のなさを嘆き、俯いてため息ついた。別に自分は戦闘好きという訳ではないのだから、出来れば”静”のルートがよかった。

 

 しかし嘆いてばかりはいられない。今にも戦いは始まるのだから、気合を入れなければと顔を上げる。その瞬間顔をぶつけてしまう。ルーシィがぶつかった先はカナの背中だ。前を歩いていたカナが立ち止まったが故にぶつかったのだ。何事かとカナの様子を見ると彼女は出口付近で、この通路の答えを示す文字を見上げている。

 

「う~ん。やっぱりルーシィは運が良いねぇ。”大当たり”だ。・・・・ホント大好き、マジで惚れちゃいそう」

 

「う、嘘・・・・」

 

 カナの言葉と視線の先を見つめる。そこには試験上最悪の結果の”激闘”の文字。そしてその先の荒野に見えるのは・・・・・・

 

 

 

「お前ら、流石に遅すぎねぇか? 眠っちまうかと思ったぞ」

 

 

 

 ギルド最強の魔導士として誰もが認める男。ギルダーツ・クライヴであった。

 

 



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S級試験2

 

 

 

「多分他のところはもう終わってんぞ? 途中から誰も来ないんじゃないかと思ってさすがに寂しかったんだけど」

 

 子供の様な不平を目の前で漏らしているのは最強の男、ギルダーツ・クライヴ。全てを砕くという魔法を持ち、前人未到の100年クエストに挑み、そして本人は知らないがカナの実の父親だ。

 そのマイペースそうで緩い口調とは裏腹に、この空間は彼が生み出す圧力で満ちている。その好戦的な重圧を挑戦者へと向けることで、こちらを計っているつもりなのか。隙だらけに見えてとんだ怪物、食わせ物。そんな姿はどこかカナに似ていた。

 

「そりゃ運試しだし、なんでもいいやってゆっくり歩いてきたからね」

 

「はぁ、変わってねぇなあ。お前はそういう奴だよ」

 

「変わってなくはないさ。それをこれから試すんだろう?」

 

「・・・・あぁ、その通りだ。悪いが厳しくいくぜ? 特にお前にはな」

 

「望むところだ。そうでなくちゃ意味がない」

 

 父と娘の会話にしては物騒な会話。しかし望みに望んだ会話。決して表情を崩さずにカナは応えた。

 

「新人のおっぱ・・・・ルーシィちゃんには悪いが俺は手を抜くのが苦手でね。まぁ運がなかったと思ってくれ」

 

 自分に振られたのだと分かり、目を向けるルーシィ。言葉の内容に聞き捨てならないものがあったが、彼の発する圧力が答えることを阻む。

 

「上等! 私たち最強チームに敗北はないよ!!」

 

 カナがルーシィの肩に手を置く。カナと目を合わせると、気分が落ち着いた。ギルダーツという男の醸し出す雰囲気に飲まれかかっていたのか、それとも父と娘の会話ということに思わず気を取られてしまっていたのか。

 どちらにせよ気を使わせてしまった。自分の戦いはカナを引き留めること。カナの戦いに力を貸すことだ。彼女のこの戦いにかける思いは知っている。幸か不幸か、その思いは今最大限の形で叶えられようとしている。

 すべての結果はこれからの戦い次第。ルーシィは気を取り直し、戦いへと意識を切り替えて、体に気迫を満たしていく。

 

「うん! カナ、準備はいい!?」

 

「もちろん! それじゃあ作戦通りいくよ!!」

 

「おっけー!! 開け、人馬宮の扉”サジタリウス”!!!」

 

「はい! もしもし」

 

「やって! サジタリウス!!」

 

「了解であるからして! もしもし」

 

 

 ルーシィの言葉に答える様に無数の矢をギルダーツへと放つ。殆ど同時に複数の矢を散らし、かつその全てを確実に当たる箇所に射る腕前は流石は黄道十二宮の一角といったところだ。

 

「お、いきなりかい」

 

 自分に飛来した攻撃を避けようともせず手をかざす。ギルダーツはこの攻撃に正直すぎないかと内心で漏らすが、次の瞬間目を見開く。

 

「見せてやる! ギルダーツ!!!」

 

 手品のごとく多数のカードを取り出したカナがカードを投擲する。こちらも実に単純な攻撃であったが問題はそのスピードだ。カナの腕が一瞬ぶれた次の瞬間に恐ろしいスピードでカードがこちらに迫ってくるのが見えた。その速度は後から投げたにも関わらず、サジタリウスが打った矢を追い越す程である。

 

(相変わらず非常識なやつだ)

 

 以前戦ったときはカードなど使っていなかった。初めて見る攻撃にギルダーツは観察に徹した。察するにカードは魔法の媒体だが、この豪速はカードに付与された魔法が生み出しているわけではない。単純にカナの膂力によるものだろうと判断出来る。魔導士としてはあまりに規格外ではあるが、カナという魔導士ならばこのぐらい軽くやってのけることをギルダーツは知っていた。

 

 彼女の攻撃にギルダーツは警戒の段階を一つ上げる。このS級試験の参加者でも戦闘に特化した者達でなければ反応すらできないであろうスピードであり、ギルダーツからしてもかなりのものだが所詮は正面からの愚直な攻撃。対処はいくらでも出来ると片腕以外に動かす気すらなかった。

 

 その様子にカナは眉を上げる。

 

(ギルダーツ・・・・)

 

 カナの放ったカードは複数ある。何枚かは威力を高める効果の魔法が付与された攻撃用のカード。そして何枚かは黄色の文様が描かれたカードだ。攻撃用のカードはサジタリウスが放った矢を追い越し、黄色のカードは矢を的確に”射抜いた”。その瞬間、閃光が走る。

 

「何ぃ!?」

 

 閃光に飲み込まれるギルダーツの声。いつの間にかサジタリウスはサングラスをかけ、ルーシィとカナは目を閉じている。

 

「そこぉ!!」

「いけぇ! サジタリウス!!!」

 

 それは試験の準備期間で彼女たちが考えて練習していた作戦。初撃で閃光弾による奇襲。”激闘”の通路を選んだときに最初に行うと決めていた連携。試験官ならば受け身に回ると踏んだ上での作戦だ。

 

 ルーシィは目を瞑ったまま指示を出し、カナは目を瞑りながらも正確にギルダーツのいるべき場所にカードを投げた。二人の攻撃は共に距離のある場所からの攻撃にも関わらず、強力な破壊音をまき散らして噴煙を上げる。

 

 

 

「や、やったの?」

 

 閃光が収まりかけて恐る恐る目を開けるルーシィが呟く。目を開けた先には立ち上がる土煙、その中の影がゆらめく。

 

 

 

「まぁそんなわけないわな」

 

「む、無傷!?」

 

「くそ・・・」

 

 実際は閃光に驚いたわけではなかった。恐ろしいほどに精密なカードの投擲。昔の彼女の戦い方を知っているだけにやろうと思えばやれるのだろうと理解はできるが、何も知らない者が見たら絶句ものである。実際彼自身一瞬驚いてしまった。

 

 片腕を突き出したその先には幾つかのカードと矢。掴み取っているそれにわずかに魔力を纏わせ、”その魔法”を発動させるとものの見事に砕かれる。

 それを見て息を呑むルーシィ。

 

「あ、あれが”クラッシュ”」

 

「そうだ。よくしってるな、新人ちゃん」

 

 全てを粉砕する超上級魔法”クラッシュ”。それを初めて目の当たりにしたルーシィは戦慄する。

 

「そんで、こんな使い方もできる」

 

「ッ!? 避けろ、ルーシィ!!」

 

 わずかに腕が振るわれる。そうすると腕の先から線状の旋風のようなものが巻き起こり、ルーシィに襲い掛かった。

 

 「いけませんっ!」

 

 サジタリウスがルーシィを突き飛ばす。

 

「あっ・・・・」

 

 突き飛ばされて転んだ先で、庇われたと理解したルーシィは自身を守ってくれた精霊を見上げる。

 

「む、無念であるからして・・・・」

 

 体に線が無数に走っている。それが次の瞬間にどのような現象を引き起こすか、ルーシィは察してしまった。

 

「い、いやあぁぁぁあああああああ!!!!!!」

 

 ずるりと線に沿って体がずれ、床へと落ちていく。たった一瞬で自身の精霊の命が奪われたという事実に叫び声をあげるルーシィ。

 

「落ち着けルーシィ! 今のは”そういう魔法”じゃないんだ」

 

「・・・・・・へ?」

 

 相棒の声で我を取り戻す。何分割にもされたサジタリウスを見上げるてみると・・・・

 

「・・・・無、事で、ありますからして・・・・・・・」

 

 

「もしもし」

「もしもし」

「もしもし」

「もしもし」

「もしもし」

 

 分割され、縮んだ姿になったサジタリウス”達”がいた。

 

「な、なんなのこれ~!?」

 

「わっはっは。面白いだろう?」

 

「・・・・あれがギルダーツの魔法の特性の一つ、”分解”だよ。魔法も物質も関係なし、分けられた分だけ力も減らされる。分解なら命には別条がないから放っとけばそのうち元にもどるけど・・・」

 

「い、一斉発射よ!」

 

『はい! もしもし』

 

 カナの言葉に安堵するが、からかわれたことに対してと醜態をさらされたことへの怒りで震える。いっそこうなれば分けられた精霊全員で一斉攻撃だと半分やけになって命令するが、命じられた精霊の弓からはぴよーんと可愛らしい矢が放たれて地に落ちる。

 

「だめだこれ~」

 

 諦めて門を閉じるルーシィ。それを腹を抱えて笑うギルダーツ。

 

「いやーいい反応してくれるなあ。はっはっは」

 

(”仕込み”はまだ終わってない。私がかく乱するから、後はおねがい)

 

(・・・・まかせて!)

 

 油断というよりも、まともに相手すらされていない状況。それを好都合といわんばりに目線で意思疎通を計ったカナとルーシィは動き出す。

 

「はあっ!」

 

 気合と共に両腕からカードを投げるカナ。その中には先程と同じく黄色のカードも混じっている。

 

「流石に二回目は飽きるぞ?」

 

 空中でカードがぶつかって光をまき散らす。それを退屈そうに眺めたギルダーツは魔法を発動させ、光を切り裂いた。サジタリウスを分解したように線状のクラッシュを発動させただけだが、光を切り裂くという非常識な現象にルーシィは唖然とする。

 光を切り裂いた線はそのまま敵を引き裂かんと直進するが、線の向かう先に既に彼女はいなかった。

 

 

 

 

「なぁああめぇええええるぅううううううなぁああああああ!!!!」

 

 カナは凄まじい動きを見せていた。放たれるカードの群れ。その速度と威力は機関銃の如きである。身体を動かして避けられればその先にある岩や地面は轟音を上げて崩れていく。カードには威力を底上げするような魔法がかけられているのだろうが、それがもたらす破壊力はとてもじゃないが、弾の元がカードとは思えない。

 

 試験が始まるまでの一週間。連携をとるための修行で彼女のこの戦い方を知ってはいたが、本気で機動戦をしかける彼女の姿をルーシィ初めて見た。

 

「す、すごい・・・・」

 

 自分には自分なりの役割があるのだが、しばしそれを忘れて唖然とする。ナツやグレイ、エルザなどの鍛え上げた肉体と技を使った戦いはこの目で間近に見てきたが、それに迫るような戦いに目を奪われていた。これほどの戦いを身近な者が行え、またそれをこれまで知らなかったのにも衝撃を隠せないが、それ以上に驚くのがその相手だ。

 

 四方に動きながら攻撃を続けるカナ。それを目線で追い、片腕と体捌きだけで凌ぎきり、不動の構えを見せて笑っているギルダーツ。

 

「はあぁあああああ!」

 

 烈火の如き攻撃を一方的に仕掛ける。一見すればカナが圧倒的な手数と火力で優位に立ち、ギルダーツは手も足も出せないのだと思わされるが、両者の表情がそうではないことを物語っている。

 

「それ、お返しするぜ」

 

 掴み取ったカードを無造作に投げるギルダーツ。それを防ぐためにカードを幾枚か前方に構え、幾何学的な魔方陣を形成して防ぐカナ。

 

 重たい鉄で殴られたような衝撃と共にカナが後退する。防御に使った手を2、3度振り、相手を睨み付けている様子を見るにダメージはなさそうだが、この場において強者の立ち位置を思い知らされたような気分になる。絶対強者。それがこの空間におけるS級魔導士の存在感であった。

 

 ギルダーツは言葉を発さず右手を折り曲げ、挑発してくる。それにカナが乗ろうと再びカードを構え、動き出そうとした時であった。

 

「そう。ありがと、じゃあ次ね」

 

 自身の精霊が”仕事”を終えたことを知らせてくる。これで作戦を次の段階へと移行させられる。

 

「開け、金牛宮の扉”タウロス”!」

 

「MO-----!!!」

 

 タウロスを出現させることで合図を出すとカナがカードを構え、地面に手をかざす。

 

「ありがとうルーシィ。いくよ! ”迷い子の蟻道”!!」

 

「お、おおっ!?」

 

 カードが魔方陣の体系をとって地面に振れた瞬間、各所で地面が光り、大きく揺れ動きだす。地面から岩が円柱状に無秩序に生え出し、うねりながらギルダーツへと襲い掛かる。ギルダーツは足元の揺れに驚くも、襲い掛かる石柱の一つを腕の一振りで砕き落とした。

 

「これを仕込んでいたのか? 残念だったな」

 

 カナがかく乱に徹する間にルーシィは処女宮のバルゴを呼び出し、地中を走らせていた。そして事前にカナから預かっていたカードを土中に埋めてもらい、下準備をしていたのだ。”迷い子の蟻道”、術式を付与したカードを規定の陣形で配置し、発動することで敵を一定時間自律的に攻撃する大型魔法だ。雷神衆の一人であるフリードが用いる術式魔法と同種だが、手慣れたものなら一瞬で発動させるフリードとは違い、カナたちが行えばこれほどの手間がかかった。

 

「ンMOOOOOOOOO--!!!!」

 

 未だギルダーツに襲い掛かる土の塊を縫うように、タウロスが雄たけびを上げながら手に持つ大斧を全力で投げる。その威力たるや降りかかる土塊をものともせずに砂塵の竜巻を巻き起こすほどである。

 

 迷い子の蟻道による攻撃に対応しながらも、笑って拳を作り、迎撃しようとするギルダーツ。拳を振りかぶって斧を打ち砕こうとした瞬間、目の前の大斧が消える。

 

 

「ナイスパス」

 

 

 蟻道を走り抜けてカナが空中で斧を受け取っていた。受け取った斧を新たに生え出した蟻道の先端に突き刺し、ギルダーツへと向かう勢いのまま振りかぶる。

 

「金牛の斧に蟻道の土塊・・・・・」

 

「こりゃまずい」

 

 カードの投合で岩を砕く筋力。その力で全身を使って大斧を振り下ろす。

 

「よく見ろギルダーツ!! ”大蟻の爆砕斧”!!!!」

 

「おぉ!?」

 

 初めて焦りの表情を見せるギルダーツ。今までとは違い腰を落とし、右腕に魔力を蓄え完全に受けの体制を整える。次の瞬間、全身が痺れて思考が止まるほどの衝撃が襲い掛かる。

 

(この馬鹿力め!)

 

 上空からの打ち降ろしを右腕で受け止め、拮抗する。流石にこのままでは折られると判断したギルダーツは魔法を発動させた。足元の地面を均等に砕き、衝撃を拡散させる。

 

「足元を砕いてクッションに!?」

 

 あの力が込められた攻撃を砕くのは容易ではないと判断してのこの選択。対象を砕くだけではない、柔軟な使い方に驚きの声を上げるルーシィ。

 その瞬間、斧を押し込もうとしていたカナがこちらに視線を向ける。

 

(ッ!? そうか! ここなのね!!)

 

 意図を伝えたカナは斧から片手を離し、2枚のカードをギルダーツの足元へと投げる。

 

”迷い子の手”

 

 投げられたカードは周囲の土を取り込んで土の手を形成する。土の手はギルダーツの足首を掴もうと動き出す。本来ならこのような魔法など文字通り一蹴するところだが今は状況が悪い。ギルダーツは衝撃を逃してもなお拮抗する馬鹿力を押し返そうと力籠めた瞬間、斧が持ち上げられて圧力が消える。踏ん張りが効かず、体制を崩したギルダーツにその一手は軽々と決まった。

 

 魔法の手により転んだギルダーツの顔に冷や汗が流れる。すぐに顔を上げるがそこには幾つもの巨大な石の蟻道。

 

 

「・・・・・・マジか」

 

 

 蟻の通り道を模しているにはあまりにも巨大な土塊に飲まれていく姿。それを振り返らずにカナはルーシィの傍へと降り立った。

 

「これが・・・・」

 

「最後の一手」

 

 カナはカードに込められた魔力を発動させる。魔力は”祈り子の聖水”という魔法になり、周囲に水を生み出した。それに手を触れ、ルーシィは閉じたタウロスの扉の代わりにとっておきの鍵を差し込む。

 

「開け! 宝瓶宮の扉”アクエリアス”!!」

 

「またこんなところか。いい加減彼氏はできたかい?」

 

「いいからやって!」

 

「ったく小娘が。いいかい? これが終わったらデートなんだ、2週間は呼ぶんじゃないよ」

 

 悪態をつく精霊に懇願するようにすがる主。申し訳ないが、こちらも余裕がないのだと必死にアピールする。

 

 

 

「まだまだぁっ!」

 

 土塊が溜まって最早ちょっとした山となっていた場所が爆裂する。予想はしていたが、中から無傷のギルダーツが現れる。

 

「っらあ!!!!!」

 

 間一髪、こちらの攻撃が間に合う。アクエリアスの水の瀑布による攻撃。間違いなくルーシィの最大火力。全方位にまき散らされるはずの水は、今回に限りギルダーツの方向へと迷うことなく向かっていく。

 

「はああああ!!」

 

 その理由はカナにあった。迷い子の蟻道による攻撃は終わったが、その痕跡である石柱はまだ残っている。カナが集中すると、石柱が動き出してアーチを象り、磁石の様に水を呼び込んでギルダーツへの道を生み出していく。

 

「おいおいおいおい」

 

 土塊の中から飛び出した瞬間これである。一体どこから自分は嵌められていたのか。おそらくこの一手を決めるためだけの布石。柱に埋め込まれているカードを見てギルダーツは悟った。

 

 恐らくこのカードは蟻道の操作と水を誘引する効果があるのだろう。水は石のアーチを砕いて巻き込みながら次のアーチへと向かう。アーチをくぐる度に徐々に収束し、破壊力を増す。単なる瀑布は遂に巨大な岩石溢れる土石流となり、まっすぐに破壊の対象へ向かってていく。

 気が付けば濁流は目の前、ギルダーツは気が遠くなりそうになった。

 

(ああ・・・・こりゃ痛ぇだろうなぁ)

 

 

 

 

 この一週間で死にもの狂いで会得した合体魔法という二人の必殺技。これを決めるために何手もの布石を打った。実際に戦術を組み立てたのはカナだが、それに見事応えて見せたルーシィは称賛に値する。

 元よりルーシィは聡明な魔導士である。若干17歳にして黄道十二門の精霊と複数契約し、魔道への教養を深める利発さもある。それでも低い自己評価は、自身の戦闘への経験の薄さからであった。戦闘の際には自身はナツやエルザ、他の皆のように動けない。それがある種のコンプレックスになっていたのは否定できない。しかしカナはそのルーシィに最後の一手を託した。

 

 何重にも張り巡らせた策、その成否を決める一手。この一撃の成功に誰よりも喜んでいたのはルーシィだったのかもしれない。

 

『喰らえ! 合体魔法”タイダル・ディストラクション”』

 

 声をそろえてその名前を告げる。万感の思いを込めた一撃の名を。濁流は何もかもを飲み込んでいく。

 

 飲み込まれる寸前、わずかに見えた男はここにきて初めて両腕を突き出した。

 

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 破壊の瀑布を受け止めるギルダーツ。クラッシュで今までのように砕いても、次から次へと襲い掛かる水という形のない相手に効果は薄い。濁流に混じる石達も砕いたところで更に小さな弾丸となって身を削っていく。結局真正面から受けざるを得ず、突き出した両腕から放つ魔法で攻撃が終わるまで出来る限り砕き続けるしかない。

 

 攻撃の物量と土石流の質量に押され、意図せずに体が後退しはじめる。一旦下がり始めれば勢いは止まらず、徐々に後ろへと加速していく。そして遂にその時が訪れた。

 

「がああああああああっ!!!!」

 

 地面から足が離れれば、水を砕いて弾くことなど出来ず、攻撃に飲まれて吹き飛ばされていく。そうして岸壁まで吹き飛ばされても、しばらくの間攻撃が止むことはなかった。主の全身全霊で籠める魔力と気迫に影響されるかのように大量の水が精霊の瓶の中から生み出された。

 

 

 

「あたしの水を操るとは・・・・ 気に入らない小娘め」

 

 精霊が悪態をついて帰還する頃、大きく残った水跡に映る二つの顔。水跡の先には、岸壁の奥深くへ押し込まれている男。

 

 最後まで攻撃を受け止めた証か、地面には両足で濁流に立ち向かった跡が綴られている。その時初めて、ルーシィはギルダーツが戦闘が始まって以来、一歩たりとも動いていなかったことに気付いた。

 

 身が震えてくる。相手にした存在の大きさにではない。やらねばならないことをやり遂げた感慨にだ。ルーシィは肩を震わせ、未だ信じられない、しかし喜色が滲み出る顔でカナを見る。

 

 やった。確かに自分はやった、やり遂げたのだ。そんな単純な言葉しか思い浮かばない。しかし言葉にしがたい喜びを感じるルーシィ。

 

 

 

 

 きっと候補者がカナ以外だったら、ここで終わっていたのだろう。カナでなければ「新人のくせによくやった」とでも頭を撫でられ、合格の言葉と共に終わった筈だった。

 そう、確かにルーシィはやり遂げた筈だったのだ。

 



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それぞれの試験

 

 

 船上ではフリードに先を越されはしたが、一番でゴールにたどり着いたレビィとガジル。マスターに迎えられて休息をとる二人は対照的な表情を浮かべていた。

 

「運よく”静”のルートを取れてよかったぁ」

 

「けっ。誰とも戦れねぇとはツイてねーなぁ」

 

「もぉ・・・。ガジルくんと違って私は戦闘向きじゃないんだから」

 

「俺がいれば問題ねぇ」

 

「・・・・・若いっていいのぉ」

 

 対照的な二人の会話にどこか居心地悪くするマスターマカロフ。そこに二人の人影が洞窟から現れる。

 

「随分とギルドには馴染んだみたいじゃないか、鉄竜の」

 

「俺たちが言えた立場じゃねぇがな」

 

 姿を現したフリードとビックスロー。大した傷もなく通り抜けた姿に称賛の言葉をかけるマスター。

 

「うむ。二組目はお前たちか。相手は誰じゃった?」

 

「メストとウェンディだ。奴らも相手が悪かったな」

 

「俺たちは先に着いて術式書きまくってたからな。全く運のない奴らだぜ」

 

 なる程と頷くマカロフ。メストの事情を知るマカロフからしてみればわざと負けたのかと疑いそうにもなったが、誰が相手でも不覚をとることもなさそうなフリードの様子に喜色を浮かばせる。この時代の若者は本当に出来が良い。

 

 感慨に耽るマカロフをよそに、時間を持て余した候補者達は残った者たちの予想に花を咲かせる。

 

「やっぱり本命はナツかな? グレイも相当強くなってるみたいだけど」

 

「ギヒッ。まあムラはあるが実際侮れねーぜ、ジュビアはよ」

 

「一歩劣るが、エルフマンも良い線いくんじゃねえの? なんせエバーグリーンもついてるしよ、チームで考えるならトップじゃねえか」

 

 残る候補者も一筋縄ではいかない者ばかり。結局まともな予想はつかずに意見が飛び交う。

 

「っつーことは下馬評最下位はあのコスプレ嬢ちゃんたちか? S級に当たらないといいけどなあ」

 

「お? やさしーじゃん。ビックスロー」

 

「借りがあるからなあ。あのコスプレ嬢ちゃんたちには」

 

「まあ実際一番きついんじゃねーか? 二人とも戦闘向きじゃねえだろ」

 

「・・・・・・」

 

 バトルオブフェアリーテイルでの件を気にするビックスロー。雷神衆はギルドでも浮いた枠組みであったが、存外フェアリーテイルのメンバーの中でも仲間意識が強い方であることが最近の付き合いで分かってきたレビィは苦笑した。照れくさそうにフードをいじるビックスローの隣を見ると、今まで話に入ってきたはずのフリード様子がおかしいことに気付く。

 

「どうしたの? フリード」

 

「いや、なんでも・・・・」

 

「そういや、お前らあの二人とバトルオブフェアリーテイルのときやり合ったんだったな」

 

「・・・・ああ」

 

 思い出したように言うガジルに、顔を向けず言葉を返すフリード。苦い記憶を振り返るようにビックスローがロキとの闘いを語りだした。

 

「全く、ロキの奴があんなに強くなってたなんてなぁ。昔は俺に一度も勝てなかったんだぜ?」

 

「なんかその言い方、おじさん臭いよビックスロー」

 

「うるせぇ」

 

「まあそのロキもいないんじゃ、アイツらの脱落は確定だな」

 

「もぉ・・・。ガジルは知らないかもしれないけど、カナは昔”鬼人”って呼ばれてたんだよ。ミラと二人で知る人ぞ知るフェアリーテイル武闘派2枚看板だったんだからね!」

 

「へぇ、あの酔っぱらいと酒場の姉ちゃんがねぇ」

 

「・・・・・・鬼人、か。」

 

 フリードは久しぶりに耳にしたその言葉に反応する。ギルドには寄り付かなかったが、自分も古参の一人である。その二つ名は知っていた。だが昔から疑問に思っていたのだ。あの飲んだくれにそのような名がついていたことを。

 フリードはカナと戦った時のことを思い出す。あの時、己の内から湧きがった恐怖によってようやく理解できた。ミラが人知を凌駕する”魔人”だというのなら、あれは人に理解できるだけの恐怖を与える、人の形をとった”鬼”だということを。

 

 震える手を隠すフリードは、目を閉じて次の候補者が洞窟から出てくるのを待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、ジュビアとリサーナなのね。悪いけど、妹だからって手加減は出来ないわよ?」

 

「あっちゃー、ミラ姉かぁ」

 

「S級・・・・」

 

 通路を通れば”激闘”の文字。相手を見ると顔を顰めるリサーナと身を引き締めるジュビア。双方ともに闘気に満ちた顔を見てミラは顔を緩ませる。

 

「随分とやる気になっちゃって。お姉ちゃんは嬉しいわぁ」

 

 ミラの体を包んでいく魔力の衣。最強のテイクオーバー”サタンソウル”が姿を現し、周囲の空間を闇の魔力で満たしていく。瞬きする程の間に酒場で笑顔を振りまく店員ミラは姿を消し、悪魔の魂を宿す”魔人”ミラジェーンが眼前に現れる。

 

「私だって2年間遊んでた訳じゃないんだから。お姉ちゃんに見せたくて仕方なかったんだ、エドラス流の戦いを」

 

 久々に見るその姿に、怯むどころか意気軒高といった姿を見せるリサーナに微笑えむミラ。

 

「そう。それじゃ楽しませてもらうわね」

 

 死んだと思っていた妹との会話。これから戦闘だと分かっていても顔が綻んでしまうのが防げない。

 

「でもダメよ、リサーナ」

 

 しかし加減は出来ない。これからやるのは姉妹喧嘩などという軽いものではない。現役復帰した自分にも重くのしかかる重圧。そう、なにせこれは・・・・

 

「戦いはもう始まってるんだから」

 

 S級魔導士の資格を試す試験なのだから。

 

 

 

 

(は、はやい!?)

 

 油断していたわけではなかった。いつでも魔法を放てる準備はしていたのだ。それでもタイミングを外されたのは戦いへの練度の違いか、それともエレメントフォーであった自分とは同格である等と考えていたことに隙があったか。なんにせよ先手を取られた自分を叱りつけたくなる。

 

 ジュビアは言葉と共に突貫してきたミラに反撃しようと構えるが遅すぎた。ジュビアの懐に入ったたミラは構えた拳に魔力を纏い始める。

 

 純粋な物理攻撃ならば液体化する自分には通用しない。しかしその拳を見た瞬間ジュビアの本能が危険信号を発する。

 

(悪魔の魔力!? マズい!)

 

 扱うのも危険な悪魔の魔力を手足を動かすように扱うミラ。テイクオーバーという魔法の体質とはいえ、反則染みた性能を誇るミラのサタンソウルに改めて驚かされる。

 この距離ではもう対処は不可能。本当ならこの攻撃は躱したいところだが、近接戦闘をそこまで得意としていない自分では無理だと判断し、ジュビアは最低限の急所を守って身を襲う痛みに耐えようとした。

 

「うらあッ!!!」

 

 気合の入った声が横から割り込む。声と共に片足を天に振り上げ、ジュビアへと向かう拳を弾き飛ばす。

 

 予想外の形で攻撃を防がれたミラは驚愕の表情を浮かべ、翼で宙を舞うと一旦距離を置いた。攻撃を防いだ人物は油断なく注意を払いつつも、パートナーへ言葉をかける。

 

「大丈夫、ジュビア?」

 

「ええ。助かりました」

 

「いいっていいって。それより前衛私がやるからね。援護よろしく」

 

「了解しました。無理はせずに・・・・」

 

 その様子を伺うミラは仕切り直した距離でどう仕掛けるか考えながら観察する。

 

(リサーナがこの状態の私に追いついた? それもテイクオーバーせずに、一体どうやって?)

 

 完全に”入った”タイミングだった。ミラは自身の力とスピードに対抗されたことに警戒する。拳を蹴り飛ばすという大胆なことをやってのけた、目の前に見据える妹の姿に変わった様子は見られない。妹や自身の使うテイクオーバーという魔法を使えば、使用した箇所は対応する魔物の姿に変わっているはず。しかしその兆候は見られない。なんらかの方法で自身の攻撃を防いだはずだがそれが分からない。

 

 ミラは疑問を浮かべつつも、攻撃を防いだ妹の成長に喜びを覚える自分を感じた。

 

 

 

「キレ良好、調子よし。まさしく絶好調!」

 

 先程行った一撃の調子を確かめる様に体を動かすリサーナ。犬歯を見せて唸るパートナーに、ジュビアは頼もしく思うよりもやはり血の気の多い姉弟なのだなと思ってしまった。血気盛んなパートナーはごきりと首を鳴らして次なる攻撃の構えをとる。使っている魔法故なのか、まるで犬猫などの動物が新たに覚えた芸を見てほしいといった風に見えてしまう。

 そんな彼女を見ていれば、困難な試験なはずなのに楽しささえ覚えそうになる。しかしまた奇襲されてはたまらないと魔力を蓄えるジュビア。それに気づいているのかいないのか、大声を上げて宣戦するリサーナ。

 

「見せてあげる、ミラ姉。アニマルソウル”百獣擬態”!!!」

 

 魔法の発動と共に体の一部がテイクオーバーされ、変化していく。ミラが悪魔の魂をその身に宿すように、エルフマンが獣王の魂を体に顕現させるように、リサーナもまたその魂と肉体をその身に換えて力にしていく。

 

(これは・・・・・!?)

 

 リサーナが獣の様な構えをとった瞬間、大きな衝撃がミラを襲う。洞窟に獣の咆哮が広がり、激闘の始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合格者と不合格者。一先ずの結果が分かれ、残る椅子を掴もうと各所で激闘が繰り広げられる中、一つの通路は静謐に包まれていた。

 

 

 

「嘘だ・・・・・こんなはずが・・・・・・・」

 

 ハッピーは目の前の光景に信じられないといった表情でつぶやく。

 

 なぜ? どうしてこうなった? 贔屓目抜きにしても、ナツは最もS級に近い存在の筈だ。誰が相手でも・・・・そうだ、例えS級が相手でもこんなにまで圧倒されることはない筈なのに・・・・・

 

 

「どうした? 立て、ナツ。お前の力はこんなものでは無い筈だ」

 

「な、なんで・・・・俺は強くなった筈じゃ・・・・・」

 

 地に伏せるナツ。身に備えた自信を崩された表情は、常のものからは考えられないものになっていた。

 

 

「こんな・・・こんなにも違うのか。ナツとエルザの力、S級の力は!?」

 

 どんな疑問も目の前の現実には及ばない。エルザは一度も地に膝をつけることもなく、ナツは力無く倒れている。

 

「お前には教えなくてはならない。お前に足りない物。S級としての力を」

 

 愕然とするナツは、自身を見下すエルザを見上げた。堂と立つその姿は、今まで慣れ親しんだ筈の鎧姿であるにもかかわらず、見た事のない別人のように感じられた。

 

 



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それぞれの試験 2

 

 

「ウォータースライサー!!」

 

 強力な水圧によって放たれた水の刃は鉱石すら切り刻む。人が触れなどしたらただで済むものではない。高速で迫りくる刃に対し、ミラはゆらりと体を揺らして身を屈めた。一瞬力を溜め、解き放たれた四肢に付随して背中の翼が空を切る。

 大人でも吹き飛ばせそうな風圧を生み出しつつ水の刃を躱していくミラ。時折飛び散る水が体にかかり、薄暗い洞窟の明かりに反射して蠱惑的な光景を作り出す。纏わりつく水に湿っぽさなど感じられず、風と共に気持ちの良ささえ思わせた。

 

 その豊満な体と滑らかで優雅な挙動。危うささえ感じられる四肢の魅惑。悪魔の肉体を手にしたことで、淫猥さはむしろ増し、淫虐にほど近い印象を対峙する者達は感じていた。

 

「ジュビアの攻撃は終わりません!」

 

 こちらの攻撃など雨粒の如しと迫るミラに、ジュビアは手を休めない。一で駄目なら二、三。それでも駄目なら面で攻撃するといわんばかりの水の砲火。ミラがその身の内に力を宿す魔導士ならば、ジュビアは内から外へ力を繰り出すことを得意とする魔導士である。かつてはエレメントフォーという、ギルドにおいてS級魔導士と同格の位置づけであった者同士の戦いは敵と味方、両者の美貌を演出するかのように派手になっていく。

 

「やるわねジュビア! でも…」

 

 休まることなど知らず、徐々に過激化する対空砲火に滲み寄った距離を切り捨て一旦離れる。近づけまいと構えていたリサーナはその不自然な動きに警戒を強めるが、それを嘲笑うようにミラは上空に舞っていく。

 

「でやあああああッ!!!」

 

 開幕当初のリサーナを思わせる蹴りを天蓋の岩へと放つ。魔力が籠められた蹴りは耳に響くほどの音を立てて天蓋を爆砕し、人間大程の岩が次々と落下していく。

 

「これで、どうかしらッ!?」

 

 それでもこの程度の攻撃、自分たちを揺るがす程ではない。岩ごとその体を吹き飛ばしてくれるとジュビアが水を昇り上げさせる。ウォーターネブラと名付けられたその攻撃は落ちてくる岩を打ち砕き、そこにいるはずのミラの元へと走った。

 

「何処に!?」

 

 岩を弾き終えた魔法はそのまま上空で水を散らす。手応えが感じられなかったことで逃げられたと判断、直ぐに敵を感知しようとするジュビア。意識だけが反応して視界の端に姿を捉える。そこには初撃の奇襲を思い出させる、恐ろしい程のスピードでこちらへ距離を詰めるミラがいた。

 

 悪魔の肉体により上昇した魔力。それがもたらす最も顕著なのものはスピードとパワーだ。エルフマンで分かる様に、テイクオーバーで得られる最大の長所は取り込んだ魔物の特徴などではない。人を凌駕する人外の力。単純すぎるそれこそが戦闘においては最高の武器となり得るのだ。分かっていても対応を許さない、人間の限界を軽く超える純粋な力。

 それを自覚し操るミラという魔導士はまさしく歴戦の戦士で、だからこそこうして僅かな小細工さえすれば戦いというものは大抵片付くことを知っていた。

 

「アニマルソウル”兎蹴擬”」

 

 襲い掛かる気配に反応し、反射的に腕を差し出す。構えた腕に強烈な衝撃を感じるとともに、滑空して地面からわずかに浮いていた体が地に落ち、踏鞴を踏ませられる。

 

「やってくれるわね、リサーナッ!」

 

 落ちてくる岩を足場にして移動してきたのか。リサーナの体の動きに遅れて岩が明後日に見える。宙で目が合うと同時、崩壊の終わりを告げる岩の塊が二人の周囲に落ちてきた。ジュビアやリサーナの攻撃の範囲外、弾き飛ばされずに余った岩たちも各所で音を立てる。自分達が落とした岩がようやく地に着くという時間。そこで睨み合っているという両者の関係が、今の攻防がいかに刹那のものであったかを語らせる。最後に天蓋から落ちてきた岩に反応し、二人が距離を置くと直後にリサーナとミラの間で音を立てて砕けた。

 

(また”コレ”か。全く、とんでもない魔法の使い方をするようになったわね)

 

 蹴撃を終えたリサーナの体は人間のそれ。先程の攻防で一瞬見せたときは確かに足にテイクオーバーしているのが確認できた。

 先程から幾度も自分の攻撃に反応されて防がれている。身体能力と攻性的な魔力の使い方は遥かにこちらが上回っているのに、仕留めきれない。ジュビアを狙えば先程の様にリサーナが守りに入り、リサーナを狙えば砲台としてのジュビアの火力が生きてくる。リサーナがこちらの世界に帰還して少し、お互いの意思疎通もまだまだ物足りないであろう。結成帰還は僅か一週間ながら上手く動く二人にしてやられていることにミラは内心驚いていた。

 

 距離をとるリサーナがふらつく。どこか怪我したのか。一瞬心配してしまいそうになる姉としての思考をすぐに破棄する。ふらついたリサーナは目を虚ろにし、視点の焦点が合わずに崩れ落ちる。頭から大地に飛び込みそうになるその一瞬、獣の如く四肢を着けて視界から消え去る。

 

「アニマルソウル”猫駆擬”」

 

 人間ではありえない様な動きで自分の死角から攻撃を仕掛けてくるリサーナを、ミラは戦闘に集中した意識で捉えていた。普通の相手ならここからの攻撃を防ぎ、いくらかの反撃も加えるがここはあえてそうしない。いや出来ない。先程うかつに手をだして痛い目にあったことを思い出す。

 

「チィッ!」

 

 ガードを固めると同時に悪魔の体になって出来た尻尾で殴打する。四肢を使い、獣でも稀に見るしなやかさで攻撃を避けたリサーナは擦れ違い様に尻尾に2、3撃打ち込んでいった。次はこちらの番とばかりに拳を握りしめるが、相手はすでにバネの様なバックステップで後方に去っている。まさしく猫の様な動きに感嘆しそうになるが、その余裕は追撃とリサーナの防護、二つの意図を含んだジュビアの魔法に邪魔される。

 ミラは上手く戦闘を運ばれることに対しての少なくない苛立ちを籠めて、向かってきた水に先程握った拳を叩きつけて飛沫を飛ばした。

 

「ナイス、ジュビア」

 

「ええ。ですがあまりよろしくありませんね」

 

「だね。そろそろ仕留めたいところなんだけど……」

 

 一方で挑戦者たる二人は焦っていた。初撃の対応を含め、リサーナのミラの予想を上回る戦闘力により自分達でも想定以上に相手をかき乱すことは出来た。しかしそこからが遠い。相手の本能的な勘というのだろうか、ここぞというところで一撃が決まらない。それが隔絶した悪魔の戦闘力によるものなのか、ミラのS級魔導士としての技巧なのかは分からない。だが間違いなく相手はこちらを超える”何か”で自分たちを一線を越えるところに踏み込ませないのだった。

 それが結果的にお互いの体力と魔力の削り合いという現状を生んでしまっている。2対1ならそれでも有利とも思えたが、相手の余裕ある態度を見るとそれも不安に思えてくる。なにより水人間ともいうような先天的な体質により、高い魔力と効率的な魔法の運用をするジュビアはともかく、リサーナの方がもたない。未だ士気高く気丈に振る舞ってこそいるが、戦闘を始めてからの時間と”技”の使用回数を考えればそろそろ限界がくるはずだ。悟られんとする彼女に感謝と敬意を覚えそうになるが、勝利しなければなんの意味もない。ジュビアは勝つための思考を回し続ける。

 恐らくこのまま続けば一番に脱落するのはリサーナだろう。僅かながら現況で優位に立っているように見せかけているのも、彼女の要因が大きい。リサーナが消えれば一気に戦況は不利になるのは目に見えている。

 

 相手がいかに現役復帰して間もないとはいえ、こちらはS級と互角の地位にあった魔導士と、S級とその候補者を姉と兄に持つサラブレッドの二人掛り。ミラが仕留めきれないと悔しがる一方で、こちらも仕留めきれないと歯を食いしばっている。一見互角なようでそうではない。こちらは必死だが、あちらはまだまだ余裕がある。本来なら持久戦に持ち込まれれば一たまりもないのだが、そうしないのはこれが実力を示す試験だからであろう。

 

 ジュビアは何も魔導士としての資質の全てが戦闘力などとは思っていない。実際レヴィが候補者に選ばれているのも彼女の言語学と知識、それを生かす魔法の応用力を評価されてであることは明白だ。しかし、しかしだ。自分は元ファントムロードのエレメントフォーの一角。ファントムロードがすでに無く、またそれが如何に悪辣な評判であったにしても、あそこは確かに自分の居場所の一つで頂点を認められた称号は自分の存在を支えるものの一つであった。例え他者からの無責任な評判だとしても、ライバルのフェアリーテイルと互角と言われたのならば互角でなければならないのだ。戦闘力においても負ける気などない。例え2人掛りでもだ。何より、どこかの通路で自分の愛するグレイが戦っている。彼のここに来る前の意気込みは相当なもので、S級という資格がどのようなものであるかを目に籠る意志が語らせていた。

 

(ジュビアは負けません。ここで絶対にS級になります、見ていてくださいグレイ様……)

 

 ジュビアにとってこれはただの試験ではない。かつての自分と、今の自分、愛する人とジュビア自身に捧げる戦いなのだ。平たく言えば”女の戦い”だ。

 

「っと、来たよ!」

 

「次はジュビアから、大きいのいきます!」

 

「了解了解ってね」

 

 ミラが爪を立て、遠間から空間を切り裂くように腕を振るうとそれに続くように魔力の刃が飛んできた。ジュビアとリサーナ、二人の間の空間を裂くように飛んできた斬撃を左右に別れるように躱しながら次なる攻撃の算段を伝える。いい加減膠着状態に飽きたのか、ミラの眼つきが変わったのが分かる。あちらもここから大きく出るだろう。これが最後の攻防かもしれない。

 

「……そろそろ終わらせましょうか」

 

 静かに呟いたその言葉と同時、爆発的にミラの魔力が高まるのを二人は感じた。空間に緊張が満ち、全ての音が消える。

 

 

 来る。直感と同時にテイクオーバーをリサーナは発動させた。それまでの使い方と違い、全身をテイクオーバーして獣の鎧に身を固める。その選択肢を選んだのは殆ど勘によるものである。一瞬の瞬発力を強化して逃げてもよかった。いや、当初はそうするつもりだったのだが、逃げられないという勘からの警告をリサーナは信じた。そしてそれは間違っていなかったと直ぐに悟ることになる。

 

 上下左右、殆ど同時に襲い掛かる拳と蹴り、尻尾による型破りな攻撃に死角からの攻撃は翼によるものか。まさしく悪魔の様なミラの猛攻をリサーナは寸でのところで耐えていた。幾つかの攻撃は防御を超えて体に突き刺さる。同じ全身テイクオーバーの筈なのに子供と大人程の力の差を思い知らされる。やはり全身へのテイクオーバーを選んで正しかった。生身なら初撃で沈んでいたことだろう。リサーナは襲い掛かる悪魔の暴風に対してそう思った。

 

「持続して使えないんでしょう? ……あの”技は”」

 

 ミラは打撃を加えながらそう問いた。今までのような一撃に特化した攻撃ではない。細かく、鋭く、確実に急所を狙い、動く隙も与えない攻撃。右へ、左へ、体が弾き飛ばされてもそれを許さず暴風の中へ押し込める。ミラは情け容赦のない攻撃の理由を説き始める。リサーナはそれを聞いているのかいないのか。暴風の中に血が飛び散り始めたことが答えといわんばかりに話を続ける。

 

「”部分的なテイクオーバーの意図した暴走”、それがあの”技”の正体ね」

 

 ついに暴風に耐えていた壁がこじ開けられ、その穴にねじり込む様にミラが回し蹴りを叩き込む。蹴りにより吹き飛んだリサーナはかろうじて残った意識を掴むように体をばたつかせる。鳥のアニマルソウルに切り替え、翼で慣性に逆らって吹き飛ぶ体を押し止めようとする。

 

「理屈は単純。昔のエルフマンの様に体の一部へのテイクオーバー。ただし接収した魔物の因子との同調を高めて意図的な暴走状態を生み出し、一瞬だけど全身へのテイクオーバーを上回る出力を生み出す」

 

 健気なリサーナの抵抗を嘲笑うかのように体は壁際の岩壁へ向かっていく。吹き飛ぶ体は止まらず、ついにぶつかると思われたときに水のクッションが彼女を包み込んでそれを防ぐ。ウォーターロックという魔法の発動。本来なら水の牢獄に閉じ込め自由を奪う魔法だが、今はリサーナを守るために使い方を変える。ジュビアは魔法を行使しながら血相を変えてリサーナの元へと走った。

 

「それにしても暴走と制御、相反するものをよくここまで使いこなしたわ。それを可能にするのは意識を一瞬トランス状態に落とし、脳と魂で肉体の限界を超えさせることと、可能な限り獣の動きに近づけて獣的な動きを再現させる肉体。……苦労したでしょうに、よくここまで鍛え上げたわね」

 

 水の中で揺蕩うリサーナへ目がけ、黒い恒星が落ちていく。吹き飛んだリサーナの速度を上回るスピードでミラが滑空、そのスピードそのままに蹴り足を向けて突っ込んでいく。体を包む水など何の障壁にもならないといわんばかりに突き刺さったそれは、リサーナを守る錘壁を爆散させ、中にいたリサーナを再び蹴り飛ばす。彼女たちの努力空しく、一度防がれた運命を再現したかのようにリサーナは壁に叩きつけられてピクリとも動かなくなる。

 

「エドラスでは外に放出した魔力は霧散する。故に内側、獣の因子に向けて魔力を向けるしかない。しかしそれでもエドラスでは魔法の行使は困難、一瞬しか使えない。といっても制御と肉体への負荷から使用回数と時間は限られたでしょうけどね。その独特の動きは肉体への負荷の軽減もあるのかしら? なんにせよ”エドラス流”、楽しませてもらったわ」

 

 崩れ落ちたリサーナを見下ろすミラ。この短時間で分析を終え、相手の短所を行動をもって思い知らせる。妹へ対しての余りに過剰な仕打ちに眉一つ動かさず淡々と述べるその姿は、まさしく悪魔の王サタンを冠するに相応しい。悪魔の暴風に獣は打ち勝てなかった。それがこの試験の結果の一つであった。

 

 

 

 目の前で地に伏せる妹の姿から目を離せない。ミラは背後に迫るジュビアの気配を察知しながらも動けずにいた。

 

 本当に強くなった。自分とエルフマンたちに話してくれたエドラスでの出来事は楽しく、面白おかしいものだけであった。……だがあちらの世界では弾圧される立場であったフェアリーテイル。そこに属していた彼女がそれだけで済む筈がない。口には出さないが、本当に色々なことがあったのだろう。これだけの技を編み出すということは、それが必要であったことの証明だ。生きる為。こちらにいるはずの人物を話の中に聞かないことが多々あった。それはつまり……そういうことなのだろう。どんな想いでこの技を作り、そして戦ってきたのか。

 ……本当に、強くなった。リサーナの繰り出す技に乗る想いが、一撃毎にミラには伝わっていた。彼女の気迫にあちらで経験してきた過去が籠っていた。正直に言って、見た事のない妹の姿にミラは気圧されていたのだ。

 S級の自分に対し、パートナーのジュビアが試験にさえ受かれば良いなどと、考えてすらいないことが分かった。昔からは信じられないほど強い心を手にした妹。もう自分の手からは離れ、守られる存在ではないのだと思い知らされてしまった。

 だからこそ、手を抜けなかった。彼女たちに応える意味でも、やりすぎだと分かっていてもやるしかなかった。もう自分にとってもただの試験はとうに超えてしまっていた。結果は十分だ。元よりジュビアの実力は分かっているし、試験官に対してこれほどの戦いを見せられたら認めざるを得ない。だがこの戦いは負けられない。まだ妹に”姉の意地”を超えさせる訳にはいかないのだ。

 

 

 ミラは妹から目を離し、魔法を放たんとするジュビアと対峙する。もう温存する必要もない。黒い魔力の閃光が、かざした手から放たれた。

 

 

 



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それぞれの試験 3

 

 

「ほら見ろハッピー! やっぱり”E”はエルザの”E”だ!」

 

 通路を選ぶ際なんとも安直な理由で”E”のルートを選んだナツ。流石にそれはないだろうと諫めるハッピーだったが、それを上回ってくるのがこのギルドの恐ろしいところだ。

 

「私としてはハートクロイツの”H”もよかったのだが、やはり期待に添わなくてはと思ってな。望んで選んでくれたのは嬉しいぞ、ナツ」

 

 なぜか自慢げに言うエルザとドヤ顔ではしゃぐナツ。もう勝手にしてくれとハッピーは投げやりになった。

 

「エルザぁああっ! あの時の決闘の続きと日頃の恨み……今日こそ勝たせてもらうぞ」

 

「うん? あの時の決闘は私の勝ちで終わった筈だが?」

 

「おらああああッ!」

 

 以前評議会の審議で呼び出され、中断した決闘。その後なし崩しになって一応決着はついたのだが、ナツにとっては消化不良だったらしい。雄たけびと共に飛び上がり襲い掛かかるナツ。その手には巨大な炎が宿っている。

 

「元気がいいな、実にいいことだ」

 

 呑気に場の空気の読まないエルザは頷いている。炎はすぐ目の前に迫っているにも関わらず、微動だにしない姿は常人なら気でも狂ったかと言いたくなる所だがそこはエルザ。なんの躊躇いもなくナツは両手を振り下ろす。

 

「火竜の煌炎ッ!」

 

 ナツの両手から質量すら持つ炎が放たれ、骨も残さんと言わんばかりに視界を埋め尽くす。重さなどない筈の炎は周囲の地面を砕き、溶かしていく。遠くに離れていてもその熱が伝わり、チリチリと髭を焦がしていくのをハッピーは感じた。

 

「え、炎帝の鎧!?」

 

 常人なら文字通り骨も残らない。しかしそこにいるのは常人などではない。常を凌駕し、魔導に身を染める者達の頂点、S級魔導士。

 エルザの身に纏う鎧は普段着として装着しているそれではなく、獄炎を象る意匠のそれだった。対炎に特化したその鎧は火竜の吐息すら封殺する。実際以前に封殺されたこともあるその鎧に驚きの声を上げるハッピー。

 

 空中で振り下ろした両手の勢いでエルザのすぐ後方へ飛び降りる形になるナツ。互いに背中合わせの状態で一瞬動きを止める。技後硬直か、それともこれから訪れる闘いへの武者震いか、動かぬ二人は同時に振り返り、互いの剣と拳を向け合う。

 

「火竜のッッ翼撃ィー!」

 

 体ごと反転させる両腕から炎が広がる。翼のように広がる炎で視界を塞がれたエルザは邪魔するそれを切り払う。

 

「うむ、来い」

 

 元気の良い弟に、気性の良い姉が向ける爽やか笑み。一見すれば今のエルザの顔はそう例えられるが、その顔が意味するところは恐ろしいものであることをナツは知っていた。

 ……しかし知っているからとて止められない。爆発する心の赴くまま、ナツはひたすら魔力と炎を滾らせる。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 顔面めがけてフルスイングする拳。剣で防がれた。

 

「鍵爪!!」

 

 炎を纏う足で蹴り上げ、引き裂く。今度は半身で躱される。足を上に投げたことで態勢が崩れるが、その勢いを殺さずそのまま一回転、足に溜める炎を放出して突進する。

 

「劍角!!!」

 

 頭から突っ込んだ体当たりは受け止められた。しかし勢いは止まらない。地に降ろす両足ごとずるずると後ろへ後退させられるエルザ。

 

「っと、紅蓮火竜拳ッ!! オオオオォォォォオッッ!!!!」

 

 途中で水平になっていた体を引き戻し、正面に向かいなおす。気合と炎を入れ直し、ひたすらに拳を振るう。無数に放たれる拳にエルザもそれを迎え撃たんと剣を振るいだす。

 炎の拳の連打は徐々に回転を増していく。剣と拳の衝突は火の粉を上げ、周囲の空気を焼き焦がす。飛び散る火は空間に広がり続け、ついにはエルザの姿を完全に隠してしまう程に大きくなった。

 

「……止めだ! 滅竜奥義”紅蓮爆炎刃”ッ!!!!!!!」

 

 全てを破壊する火竜の炎。それが両腕に宿り、鉈を振り下ろすかの如く渾身の一撃を見舞う。

 轟音と共に大気に巻き上がった熱と衝撃は、しばらくの間ナツの目の前の空間を燃やし続けた。

 

 

 

 大地すら焦がす火竜の炎が収まりつつある。ナツは一連の連撃に相当な体力を消費したのか、汗を垂らして息を切らせている。しかしその眼は未だ燃え続ける目の前の炎へ向けられ、逸らすことをしない。

 未だ息が戻らぬ中、彼女は姿を現した。

 

「む、無傷!?」

 

 何事もなかったかのように炎の中から現れたエルザは、その身に傷一つ負ってすらいなかった。精々が鎧の所々に焦げ跡が見られる程度。滅竜魔法の切り札を使ってなおダメージを与えられないことに、信じられないと声を上げるハッピー。

 

「はぁっ…はぁっ……いや、手応え”アリ”だ」

 

 それに対し渾身の攻撃をしかけたナツは断言する。何を言い出すのか、目の前のエルザをよく見ろと叫びそうになるが、次の瞬間金属がひび割れるような、甲高い音が響く。

 

「…やるじゃないか、ナツ。炎帝の鎧を壊すなんて」

 

 音は次々と鳴り響き、合唱の様にエルザの鎧から打ち出していく。エルザが肘まで覆う鎧の小手を前に差し出すと、そこには無数の罅が入っていた。炎を封じ込めた様な意匠は砕け散り、中から微かに血を流すエルザの腕が現れる。

 

「フフ、嬉しいぞ。あの時よりもずっと強くなっている」

 

 呪いの笛ララバイを巡る戦いの後に行った決闘。あれから色々なことを共に経験した。悪魔の島、ギルド間抗争、バトルオブフェアリーテイル、エドラス……それらでの戦いを血肉とし、磨き上げてきた体と技。自分も一つ乗り越える度に強くなっていることを実感していたが、目の前の火竜を名乗る少年はそれを上回るスピードで成長していった。

  

 年長者として、S級という実力者という立場として、常に先立って家族を守る、守らなければいけない。そんな想いで戦ってきた。自分の力だけでは足りないことも多々あった。そんなときに頼ることもあったが、いつの間にか家族の一番先にたって皆を引っ張る。そんな役割を担っていくようになっていった。家族へ対する強い心を持ち、頼りになる存在なのは昔から分かっていた。だがいつの間にか想像を超えて、弟の様に可愛がり守ってきた存在は頼りがいのある”男”になっていった。昨日よりも今日、今日よりも明日。日に日に成長していく姿を見るだけで満足だったが、目を離せば自分を追いかけていた姿がいつの間にか隣にあり、今は追い越そうとしている。

 

 それが嬉しい。自分の事のように嬉しい。

 

「懐かしいな。ほんの前まで私を追いかけていた……」

 

「なにいってやがる。今はあの時よりもっと強くなってる、もう負けはしない。俺は勝ちに来たんだ」

 

 少し力をつけるとすぐに挑んできた。コテンパンにされて、笑ってしまうくらい大人しくなって、また修行して力をつけて挑んで……。そうして大きくなってきた。小さな頃から、一緒に大きくなってきた。

 エルザの脳裏に小さな頃の光景が流れる。感傷に浸るエルザに、以前の決闘のことなど何程かと、昔から変わらない啖呵を切る。

 

「うむ、認めざるを得ないな…。ナツ、お前は本当に強くなった。もう少しで、私すら超えるほどに」

 

「お、おう?」

 

 素直に褒められたことにどう反応していいか分からず、キョトンという顔を浮かべてしまうナツ。いつもならぬ姿に動揺するが、エルザが新たに鎧を換装し始め、寒気がするような気配が背中に走ると慌てて炎を拳に宿す。

 

「ナツ、ここからは”本気”で相手してやる」

 

 瞬く間に換装したのは黒の鎧。黒衣と漆黒のプレートがその身を包み、装備の所々から棘が生え出している様は見る者に暴力性すら感じさせる。手に持つのは大剣に分類されるであろう幅広で肉厚な剣。鎧に合わせる様に剣身にも幾つもの棘があり、避け損なえば相手の肉を食い破ることが想像できる。また先端が折れ曲がっており、巨大な棘をイメージさせるそれは立ちはだかる物を全て叩き割らんとする鉈の様である。鎧に合わせて漆黒にそまっている刀身は酷く攻撃的で、かといって身に纏う鎧に攻撃する隙など見当たらず、また鈍重さなど感じさせない出で立ちは芸術的とも思える完成度を感じさせる。

 ナツは幼少のころからエルザとエルザの所持する鎧とは長い付き合いになるが、この鎧を見るのは初めてだった。それでも確信できることがある。これは間違いなくエルザの切り札、そしてエルザの”本気”の証なのだと。

 

 

 エルザの体から漂う気迫。それは以前の決闘でも見られなかった。倒すべき強敵として自分を見る本気のそれ。

 滅竜奥義を使ったことで体に残る倦怠感など忘れ、芯から熱が滾ってくる。身の震えが止まらない。ようやく、ようやくだ。エルザが自分を見る。家族、ギルド、全てを超越し、一人の対峙する敵、”ライバル”として自分を見る。

 

「”煉獄の鎧”、これを見て立っていられた者はいない」

 

 禍々しい程の名を告げる。それは確かに対峙するこの身を蝕む圧力に相応しい名だった。それに応じる様に、ナツも体を獄炎で纏い始める。

 

「は、はは…こんなエルザとやり合えるなんてッッ?!」

 

 斬られた。一瞬遅れて血が噴き出す。

 

 これから始まる戦いに備え、炎を溜める。溜めて溜めて爆発させる。そうだ、爆発させる筈だった。

 

 まるで見えない。気が付けば剣を振り終えているエルザが後方へ。まるで一番最初のナツの攻撃が終わった時の様な構図。しかしあの時とは立場も結果も違う。

 

「このッ…火竜の炎肘ッ!」

 

 加速した腕で振り向き様に攻撃する。動きで遅れても、攻撃のスピードなら遅れまいと打ち出した拳は空を切り、また体に血が走る。

 

「ぐああああっ!!」

 

「ナツ!」

 

 高速の、しかし決して軽くはない斬撃が身を切り刻む。ナツは身を守ることしか出来ず、その身に負う傷を増やしていく。ハッピーは傷つくナツを心配するが、ただ声を送ることしかできずに経緯を見守る。

 

 

 一通りの攻撃が終えた。目にも止まらぬ動きと斬撃は止み、動きを止める両者。エルザが剣を一振りすると血が地面に落ちた。剣身についた血を落とすエルザ。その格好は強者の余裕そのもので、相対するナツとは対照的だ。

 

「終わりか?」

 

 かろうじて急所だけは守ったナツはまだ立っている。しかしエルザの言葉に応える余裕もないのが見て取れた。言葉を発することすらできないが、まだ戦う気力はあるのだと判断したエルザは再び攻撃を開始する。

 

 再度訪れる斬撃の雨に、今度は反撃することもなくただ耐えるナツ。その姿はいつもの威勢の良い姿とは真逆で、同一人物か疑わせる程だ。

 

「はあああぁっ!」

 

 斬撃の最後。気合と共に振り下ろされた一撃は両腕を防御に構えたナツを吹き飛ばす。滅竜魔法師特有の頑強な体、それに両腕に纏う炎で身を守っても受けきれず、炎ごと切り裂かれた個所から血を噴き出しつつ体を地に転ばされる。

 

「この程度か。……期待しすぎたか」

 

 どこか残念そうな声を浮かべるエルザに、拳を叩きつけて起き上がったナツは笑う。

 

「いや、ようやく分かってきたところだ。……次は捉える」

 

 ナツが拳を叩きつけた地面はひび割れ、そして溶け出している。先程までの大人しい姿からは一変、ナツの言葉と同時に体が燃え盛る。

 

「……面白い」

 

 

 

 睨み合う二人。見守るハッピーはごくりと生唾を呑んだ。果たしてナツの言っていることは本当なのか。確かにナツはその野生本能ともいえる力で、日常ではとても見られない学習能力を発揮する。自分の対応しきれない攻撃でも体に慣れさせれれば反応して見せたことも今まで何度もある。それに普段はアホみたいなことばっかやってるが戦闘においてはとびきり頭がよくなるのだ。もしかしたら何らかの策でエルザを捉えるのかもしれない。そんな期待を抱かせるのがナツと言う男だ。

 しかし…相手が悪すぎる。相手はエルザ・スカーレット。今まで一度も勝ったことのない相手。追いすがることすら許さなかった相手だ。

 確かに当初は見た事もないほどに、エルザを一時追い詰めたとさえいえるほどに押していた。しかしだ、あの奥の手を切らせた時から状況は一変した。ナツは笑顔でいるがハッピーは言い様のない不安を覚えていた。

 

(怖いよ、ナツ。こんなエルザ見た事ない…)

 

 剣を構えるエルザは凄まじい形相でナツを見据える。その姿から発する圧力はとてもじゃないが同じギルドの者に対し与えるものとは思えない。決して敵意ではない、だが例えようの無い力をハッピーはエルザから感じていた。

 

 

 

 高速で動き出したのか、再び姿が消えるエルザ。ハッピーの目では最早影すら追うことができない。微動だにしないナツは体から出す火を薄く広げる。

 

 影が揺らめいた。それは火が照らし出した影か、それとも見えぬ斬撃に追いやられたのか。ナツは側面から襲い来る刃に反応し、身を投げる。

 ナツは防御を捨てた。身を守る炎は今のエルザからしてみれば紙同然。何の頼りにもならない。攻撃に使おうにも当たらなければ意味がない。ならばどうする。出した回答は自分の知覚の拡大だった。

 動きに慣れたというのは嘘ではない。体を刃の嵐に晒したおかげで大体のタイミングは掴めたし剣閃も目に馴染んできた。だがそれ故に出した結論がある。それは今のナツではエルザの動きを捉えきれないということだ。負けん気の強いナツであるが、こと戦闘においては意外と現実的な頭のキレを見せる。更に答えを見出した後はそれに対する対策も見つけ出す。ナツにとって炎とは体の一部の様に操れるもの。そして集中すれば実の体の様に知覚することも難しくはない。広げた炎に刃が食い込んだ瞬間、これまで慣らした体を使いエルザの攻撃に対応したのだ。

 ……本当に、この様な頭の使い方を普段から見せていればルーシィ達の苦労も格段に減るのだろうが、そうはいかないのが現実だ。

 

 対策が成功し、刃を躱すことに成功したナツは笑う。一時は苦しませられたが、これで再び同じ時間軸に立った。刃を受けた感覚から判断するに、攻撃力が上がったとはいえ全力の一撃なら恐らく同程度。試験の都合上、炎で体力を回復することが出来ていない為にこちらも余裕は無い。恐らく大火力の攻撃は次が最後。向かってくるはずのエルザに意識を集中する。次の攻撃を外す訳にはいかない。

 

「来いナツ! お前の力を見せてみろ!!」 

 

 正面。エルザは最早小細工は無用とばかりに全速力で突っ込んで来た。不退転の体。構えるは上段、全力の振り降ろし。

 

(上等ッ!!)

 

 ナツは体に溜めた残る力全てを解き放つ。力は丹田からこみ上げ、肺で吸い込んだ息と混じり火炎と成る。喉元まで熱がこみ上げてくると同時、ナツの目にエルザの姿が久方ぶりに目に入る。

 

 相も変わらず強い意志を秘めた目。折れることのない魂。それだけではない、目を合わせた瞬間例えようの無い何かがナツの心にこみ上げた。押し迫る剣を前に、それが分からぬままに火竜の吐息を噴く。

 

「火竜の咆哮!!!!」

 

 全てを破壊し燃やし尽くす火竜の炎と、立ちはだかる敵を全て打ち砕いて来た剣鎧。自らの魂を、信じる一つ武器に換えてぶつかり合う。

 

 

 

 遠音が響く。互いの魂を砕き合う一撃。破壊の鳴音は未だに洞窟へ流れている。そして少しづつ、音が小さくなり消えていく。

 

 全てが収まり静寂が戻った時、立っていたのはエルザ・スカーレットであった。

 

 

 

 





某E氏「これを見て立っていられた者はいない

  ……嘘じゃないもん」


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それぞれの試験 4

 

 リサーナが落ちれば、均衡が崩れるまでの時間はそうかからなかった。魔力と魔法の火力で対抗できても相性が悪すぎた。ジュビアは攻撃に水を使う魔法を多用するが、ミラはそのジュビアの攻撃をテイクオーバーで取り込み倍増して返したのだ。

 今までも幾度もその手を使う機会はあったが、そうしなかったのはリサーナがいた為だ。他人の魔法を接収することはミラとて容易ではない。出来るにしてもどうしても隙が出来てしまう。今のリサーナはそれを見逃さずに突いてくるだろう。サタンソウルで全身テイクオーバーしたミラに追従できる機動力と攻撃力。ミラが思い切った行動に出られなかった最大の要因である。

 しかし今はそれもない。幾度かの魔法の打ち合いを制し、佇むミラは一息ついた。

 

「そろそろ試験の結果を伝えたいんだけど、まだやる?」

 

 自分の攻撃を返され、大火力の魔法を喰らったジュビア。その身はすでにボロボロで、破けた服からは傷ついた肌が見え隠れしている。しかし戦意は衰えることを知らず、水の体を焦がすような光が眼に灯る。

 

 この特殊な体と高い実力を持つ自分が、これだけボロボロにされたのは何時以来か。……なぜだか割とよくある気がしたジュビア。ファントムロードが解散し、このギルドに来てからは激戦と困難がしょっちょう向こうからやってきた。しかしそれさえも新鮮に感じられる。ドタバタした騒がしく慌ただしい日々。そんな日常に受け入れられた自分。ギルドに入って日の浅い自分をS級への候補者に選んでくれたマスターとそれを応援してくれたギルドの者達、愛するグレイが自分の対抗馬として強く意識してくれること……どれだけ現状が不利で、試験の終わりを言葉にされても目の前の勝利を捨てるような戦いをする気はなかった。

 なによりも、まだ会って間もないのにパートナーになってくれ、その身を削る様な戦いを見せてくれたリサーナ。最初はグレイを狙うライバルかとも思ったし、彼女の個人的な事情もあるのだろうとも思った。だが試験の始まるまでの一週間、ギルドの仲間として、友として接してくれる彼女と過ごす日々は温かいものだった。

 思えば愛する人を追い、このギルドに来てから自分の周囲にいる人間は増える一方である。慣れない環境に戸惑いながらも心は晴れる一方で、つれないグレイの態度でさえ心を満たしていくのを感じた。このギルドは身内には寛容だ。敵対した自分でさえ受け入れてくれる。

 

 しかしエドラスの自分と仲が良かったからといって、パートナーに志願してきたリサーナには正直困惑した。本音を言えばパートナー探しに困っていたのは確かである。当初頼もうと思ったガジルはレビィと組み、その他のギルドの中でも交流の多い者達も皆候補者とそのパートナーになってしまっていたからだ。以前とは比べ物にならないとはいえ、自分の交友の狭さは自覚している。打ち解けていて、気軽に物を頼める友は少ないことも。だから提案自体は渡りに船ではあるのだが、自らのお世辞にも親しみやすいとはいい難い性格もあり、どう接していいのかわからなかった。

 

『エルフ兄とは今は組みたくない事情もあってさ、一緒にやってくれると嬉しいな。あ、グレイとの仲は応援してるから安心してね』

 

 そう言って手を取ってくれたリサーナ。なんだかんだで面と向かってグレイとの愛を応援してくれたのは彼女が初めてだったのもあるが、短い時間でこれほど信頼できる関係を築き上げられたことには今でも驚いている。ルーシィ達とは違い、共に潜り抜けた戦いも修羅場もなかった。彼等との交流は戦友という関係もあり、少ない時間の内に打ち解けることができた。しかしエドラスという一方的な接点だけを持つリサーナに心を許し合えたのはなぜだろうか。同年代というのもあるし、彼女の明るく気の置けない性格も大きかったのだろうが、それだけではない何かが共感させたように思える。明確には分からないし聞き出すこともしなかったが、言葉に出来ないそれは決して明るい類のそれではなく、自分の抱える負い目に似たようなものだと感じていた。

 リサーナが何を理由としてこれほど闘志を燃やしているのかはわからない。しかしその決意が並々ならぬことだけは分かる。ならば自分は試験というだけではなく、友として戦おう。友に勝利を捧げる為に全力を尽くそう。

 

 この試験は一人で行うものではない。仲間が、共に戦うパートナーがいる。その本当の意味をジュビアはこの試験が始まる前からよく理解していた。だから耐え抜いた。たとえ今は一人でも、必ず立ち上がってくれると。勝利を掴みに友が動き出すと。

 

 そしてその時がきた。

 

「……アニマルソウル”剛猿擬”」

 

 

 

 足を止めてジュビアと対峙していたミラは驚愕する。確かに、まだ試験は終わりではない。この負けず嫌い達が認めない限り終わりなどない。しかしだからといってこれは想定外であった。はっきりいって彼女はもう”終わらせた”存在。確かに止めをさし、少ない時間では目を覚まさない位の攻撃を決めた筈だった。だから完全に意識から外し、警戒すらしていなかった。

 それを油断といわれれば反論は出来ない。しかしその気性から、実の妹に対し過剰な攻撃を仕掛けてしまったことでこれ以上は戦闘の対象外としたいという考えが生まれてしまったのも仕方のないことだ。まして彼女の気配は一時確かに消えていたのだから。

 

 理由はなんにせよ、兄の如く膨れ上がった魔物の腕は無警戒な悪魔の尻尾を掴み、驚きに固まる体を棒切れの様に振り回した。

 

「ジュ…ビッ、アアアアアアァッッ!!!!」

 

 雄たけびを上げてミラの体を振り回すリサーナ。ジャイアントスイングの要領で回転し、速度を速め続ける。とうに限界は過ぎていたのであろう。リサーナの体中から悲鳴の様に軋む音が鳴り、傷ついた体から出血していく。それでも決して離さずに振り回し、止めとばかりに空高く放り投げる。

 抵抗しようにも体の自由が効かないほどの遠心力の中ではどうしようもない。ミラは宙に放り投げられ天井近くでようやく翼を広げて静止をかけた。

 

「ウォーターネブラ!!」

 

 最大出力の渦潮が巻き上がる。リサーナとの攻撃のタイミングは完璧。空中で動きを止めたミラに合わせた必中の一撃。

 

 本来なら水流に飲まれ、天井の岩と攻撃に挟まれるところだろうがそうはさせないのがS級魔導士たる所以。水に体が触れるや否や包み込むように水が逆巻いていく。余りにも高速な魔法の発動、それも敵の攻撃を取り込む程の精確さ。未だ弟と妹には達せられない美技は見る者は見たら称賛ものであろう。

 ミラは取り込んだ水に自身の魔力を注ぎ込んでいく。清涼さを感じさせる水がどす黒く魔を孕み、強大な力が溜めこまれていく。

 

「これで本当に終わりよ、眠りなさい!!」

 

 粘り続けるならば強制的に眠らせてくれると決めたミラはあらん限りの力を込める。じきにジュビアの水流が止む筈である。それが終われば取り込んだ両手の攻撃を解き放って終わらせる。ミラはそう決めると勝利の笑みを浮かべた。

 

「……この腕に宿るのは、竜の喉笛を喰い破る孤狼の牙」

 

 意識外。先程一矢報いたのが最後の足掻きだと、学ばずに目を離した自分が悪いのか。それとも動けるはずのない体で動く妹がおかしいのか。

 

 水流の中に紛れ込んでいたのか、水から飛び上がると逆さまに天井に足を着けるリサーナ。”技”を繰り出す構えをとりながら、天地逆さまに地面を蹴る。重力に逆らわず落ちてくるそれは吸い込まれるようにミラの元へと向かう。

 

 眼前にはジュビアの水流、それをテイクオーバーで取り込んでいる自分は動けない。あれほど警戒していた隙を完全に突かれた。それを導いたのは二人の執念と根性。不屈の闘志が生み出した決着の一撃。

 

「アニマルソウル”飢狼擬”!!!!」

 

 リサーナのとっておき。狼の牙を模した一撃は、眼前の全てを食い破らんとミラに纏う水に噛み付いて砕き散らせた。牙の猛進はそれだけに止まらず、悪魔の体すら貫いて衝撃を与える。

 

 技を撃ち終えたリサーナとそれを受けたミラは、空中で糸が切れた様に体から力を失った。遠くなる両者の意識。ミラがリサーナを抱きとめる様にして地に落ちていく。

 それを水で受け止めたジュビアは急いで二人の元へと走った。

 

 二人の無事を確認するために様子を伺う。ジュビアから見た二人は、まるで寝ているかの様で、抱きしめ合っている両者の顔はどこか嬉しそうで満足しているように見えた。

 

 

 

 

「……う~ん。よく寝た?」

 

 体にかかるジュビアのコートを抱えながら起き上がるリサーナ。その姿に気が付いたジュビアは安堵したような顔を浮かべた後、不機嫌かつ嬉しそうな、相反するものを孕んだ声色で話しかける。

 

「いえ、そんなに時間は経っていません。凄い回復力ですね」

 

「まあね。私達みたいに肉体を使う魔導士は消耗が大きい分回復も早いんだ」

 

「そうはいっても大分無理をしたのでは?」

 

「無理しなきゃ勝てないってミラ姉にはさ」

 

「……あまり心配させないで下さい」

 

「ごめんね」

 

舌を出して謝る姿はあまり反省していなさそうではあるが、ひとまずの無事を確認できるとジュビアは一息ついた。

 

 最後の一撃の後、力を使い果たして気絶したリサーナ。ミラのあの蹴りを受けた時点で限界を超えていたのだろう。最後の一撃を叩きこんだ後に気絶したリサーナは死に体の様になり、ジュビアは酷く動揺した。そんな彼女にリサーナの無事を告げたのは、他ならぬ彼女の姉であった。あれだけの攻撃をまともに受けたにも関わらず、僅かの間で目を覚ましてきたミラ。攻撃した側より攻撃を受けた側が先に回復するという理不尽極まりない事態にも少なからず驚かされたものだ。ミラはリサーナを見て何かを確かめると放っておけばすぐに目を覚ますとだけ言って安全を保障した。曰く獣の休眠状態みたいなものらしい。

 

 

「そういえば試験はどうなったの? ミラ姉は?」

 

「試験は”合格”だそうです。ミラさんはあなたより早く目を覚まして出ていきました。出口で皆の食事を作って待っていると」

 

「うわぁ、アレ喰らって動けるとか。S級は化け物ばっかりか」

 

 自分の姉ながら怪物っぷりに引いているリサーナ。しかし戦闘中に意識を取り戻し、かつあれだけの動きを見せたリサーナも大概だ。怪物の妹も怪物だなと口にしたくもなるが、この戦いの功労者にそれを言うのは気が引けたので黙っておくジュビア。

 

「次の試験も頑張れとも言っていました」

 

「あー、なんか後は消化試合らしいよ。これがメインだって、ミラ姉昔言ってたから」

 

「そうなのですか?」

 

「まあ今年は人数多いからどうなるか分らないけどね」

 

 

 先程まで死体の如く眠りについていたにも関わらず、元気に肩を回して体の調子を確かめるリサーナ。どうやら本当に動ける程度には回復しているようだ。リサーナは体にかけらていたジュビアの上着を返すと立ち上がる。

 

「それじゃあ私たちもいこっか。もーお腹ペコペコかも」

 

 お腹を擦ってアピールをするリサーナはどこか清々しい。それは試験に通った喜びとは別に、抱えていた何かを吹っ切った様な感情を感じさせるものであった。

 

「待って下さい」

 

 出口へ向かおうとするリサーナを引き留めるジュビア。何事かと振り返る彼女と目が合うと、ジュビアは頭を下げた。

 

「お礼を言わせてください。ジュビアと組んでくれたこと、試験に合格できたこと。……感謝しています、本当に有難うございました」

 

「い、いいって! そんなに改まって言わなくたって。それにまだ試験は終わってないし……」

 

 慌てて頭を上げさせるリサーナ。加えて気を遣うなとあれこれ言うリサーナに再び感謝を述べると、ジュビアはずっと気になっていたことを口に出す。

 

「ジュビアは、どうしても気になっていたことがあったのです。聞いてもいいですか?」

 

「なに?」

 

「どうしてエルフマンと組まなかったんですか? 何がここまであなたを戦わせたのですか?」

 

 試験というにはあまりにも逸脱した彼女の戦闘行動。友が望むならと理由が分からぬままにジュビアも死力を尽くした。しかし戦いが終わった今なら聞いても良いだろうと思ったのだ。

 

「あぁ、うん。本当に大したことじゃないんだよ」

 

 リサーナはそんなことかと軽く首を振る。その口振りは自分に苦笑しているようであったが、自嘲とは違う爽やかさを伴っていた。

 

「現実感がなくってさ。今自分がここにいることに」

 

 リサーナ何かを確かめるように自分の手を握りしめた。

 

「あっちにいる時にさ、決めたんだよ。エドラスで生きていこうって。ここが自分の世界なんだって」

 

「それは、戻れないと思ったからですか?」

 

「それもあるかな。諦めたってのも嘘じゃないね。でも一番は自分を嘆いている暇なんかなかったからかな。忙しいってのもあったし、なによりあっちのミラ姉とエルフ兄が、私なんかよりよっぽど悲しんでたってのが分かっちゃったんだ」

 

 聞けば、あちらのストラウス兄弟も事故にあってリサーナはその被害にあったらしい。しかしこちらとは違い、あちらの彼女は本当に命を落としていたという。あの妹思いな姉弟達ならば一体どれほど悲しんだであろうか。

 容姿などの差異はあれど、類似点も多く存在するエドラス。家族に対する深い想いは変わらないという彼女の言葉に、会ったことはなくともその姿は容易に想像できた。

 

「あっちのミラ姉とエルフ兄も本当の家族だと思える様になるまで、そんなに時間がかからなかったよ。それで今度は私が守ろうって戦ってさ、ようやくこっちの世界を諦めた頃に皆が来て……」

 

 複雑そうな顔を見せるリサーナ。どうしようもないことに対する嘆きも不満もあったであろう。それでも現状で必死に生きようとした彼女に元の世界からの使者たちは希望であったのか、それとも……

 

「そりゃあ嬉しかったよ、帰ってこれて。でもなんかさ……逃げ出したみたいに感じちゃって。こっちの皆と話す度に、自分だけ楽しんでるんじゃないかってずっとモヤモヤしてた」

 

 以前に話を聞いただけでも、これからエドラスが迎える動乱期の過酷さは予想できた。日常に根付いた魔法を失った世界で、それでも希望を抱えて前に進むことは、一体どれだけの困難が待っているのだろう。リサーナがその世界に生きる家族を支えたいという気持ちがなかったとは思えない。

 ジュビアはリサーナが背負っていた負い目をようやく理解した。それは自分だけがこんなに幸福でいいのかという気持ち。現状を受け入れることへの罪悪感と不安。なるほど共感するわけだ。今まで背負ってきた負の人生から一変したジュビアには少なからずその心情が分かってしまった。

 

 考えても仕方のないことだと誰かが言う。考えるだけ自分を大切にしてくれる人間に失礼だとも。しかし、それでも考えてしまうのだ。これでいいのかと。幸福に不安になってしまうのだ。

 それはきっと誰しもが多かれ少なかれ抱える感情。皆自分自身にどこかで折り合いをつけるしかない。そんなことはリサーナだってわかっている。だからこうして苦しんでいるのだということもジュビアは理解出来ていた。

 

「もしかして、それを二人に話そうと試験に?」

 

 誰かに話すことで楽になることもある。それが自分の大切な家族なら尚更である。きっと自分などよりも彼女の心を軽くしてくれる言葉をくれるだろう。兄と姉に話す機会が欲しかったのではないかと思い、それならば力になりたいとも思う。

 

「いや、一回思いっきり戦えばスッキリするかなって……」

 

 バツが悪そうに言うリサーナを胡乱げな目で見つめるジュビア。

 

「……脳筋一家」

 

「ひ、酷い!」

 

 予想外、しかし納得がいかされてしまった答えに頭を抱える。あれか、この姉弟は接収した魔物に脳を支配されているんじゃないのか? 真面目に彼女の力になろうとした自分が馬鹿らしくなる。

 

「で、でももう吹っ切れたんだよ!? 私と戦って嬉しそうにしてたミラ姉を見て分かったよ。私はやっぱりミラ姉とエルフ兄を喜ぶ姿が見たいし、悲しんでるとこは見たくない。……それだけ!」

 

 その為の一歩として次はタイマンで倒すのだと息巻くリサーナ。ミラはリサーナが次の攻撃を繰り出すのを楽しそうに待っていたし、最後の攻撃だって喜んで受けていた様な節がある。一応最後の方は本気を引き出せたが、本人にその意思があっても本当にまともに倒す気があったのかどうか怪しいところだ。彼女の性格からして身内に本気で攻撃を仕掛けられるとは思えない。

 

 実際、自分が一度気絶して短い時間で起き上がれたのも無意識で手加減する悪癖だったんだろうと考えるリサーナ。一度も勝てなかった姉に一度でも勝ちをつけられたのは正直滅茶苦茶嬉しいが、格の違いもまた思い知らされてしまった。

 

「やっぱ、あの胸借りまくりの勝負で勝利とは言いたくないなぁ……」

 

 既に考えているのは次の戦い。やはり全力で戦ったのは正解だった。こうして一度走り出せば、落ち込んでいる暇などないのだ。やりたいことも、やらなきゃいけないことも沢山ある。リサーナはもう一度拳を握りしめ、額をコツンと叩く。

 目を閉じて思うのは姉たちへの感謝か、それとも決別か。

 

「あ、エルフ兄も倒さなくちゃね。よーしドンドン勝ち星増やしてこー!」

 

「そんなことよりリサーナ、実は一つお願いがあるのですが」

 

 意気込んだところで調子を崩されるリサーナ。そんなこととはなんだと肩を落としつつも、ジュビアに頼られるのが嬉しいのか笑顔で返す。

 

「なに? 仮にでも勝利したのはジュビアのおかげだし、なんでも叶えちゃうよ、私」

 

 ニコニコと迫るリサーナ。そんな姿にジュビアは不機嫌そうに、姿勢を改めて手を差し出した。

 

「ジュビアと、友達になっていただけませんか?」

 

「ふぇ?」

 

 予想外の言葉に情けない声が漏れる。言葉の意味を図りかねるように首を捻る。

 

「え~と、私はもう友達のつもりだったんだけど……」

 

「向こうのジュビアをジュビアは知りません。ジュビアはジュビアとして友達になってほしいのです」

 

 ジュビアの言葉でようやく理解したリサーナ。確かに以前、自分は”向こうのジュビアと仲が良かったから”と言ってチームを組むことに志願した。

 そのことを根に持っていたのか……。マジマジとジュビアを見ていると徐々に顔が赤くなっていく。可愛い、こんな反応は向こうの彼女はしなかった。

 こんな所で、当たり前の差異を思い知らされてしまう。

 

「う、うん。……よろしくね、ジュビア?」

 

「はい!」

 

 手を握りしめるリサーナと握り返すジュビア。嬉しそうにほほ笑むジュビアを見れば今度はこちらが赤面させられてしまう。

 

(うん、確かにあっちを心配する余裕なんかないかも)

 

 消化試合などとんでもない。この可愛らしい友人を合格させる使命が自分にはある。なにせこんなにも大切な友人なのだから。

 

「頑張ろうね、ジュビア!」

 

「はい」

 

 

 

 小さな、しかし確かな心の変化を伴って、最高峰たるS級との”激闘”は、一つの幕引きを迎える。この試験で他の何者も成しえなかった”勝利”を伴って。

 

 

 

  

 

 

 

 砕けた剣が、鎧が、その破片が散らばっている。地に這いつくばるナツとそれを見下ろすエルザ。

 

ナツはフラフラと立ち上がると足を引きずりながらエルザへと歩み寄る。幾らか近づくとエルザは一振りで薙ぎ払って吹き飛ばし、また距離が離れる。

 

「もういいよ! やめてよエルザ!!」

 

 何度も繰り返された光景。壊れたように繰り返す二人を止めようと声を上げるハッピー。その制止を振り切り、また立ち上がるナツ。

 

「まだだ、私はまだ此奴から聞いていない」

 

 それから幾度か一連の動作を繰り返し、ついに動けなくなったナツに剣を向けるエルザ。

 

「ナツ、お前は強い。命の大切さを知り、仲間を思いやれる。強い物に立ち向かう強さも、家族の為に命を懸けられる強さもある」

 

 だが、と言葉を繋ぎ剣先を見える様に顔へと動かしていく。

 

「ここで負けを認めないようなら私は何度でも斬る」

 

 とても弟の様に思っている存在に向ける目ではない。本気のエルザを前にして体の中の何かが折れそうになるナツ。

 

 ……自分は強くなった筈だ。ここ最近、ルーシィ達と共に過ごすようになってからは次々と激しい戦いがやってきた。その中では格上とも呼べるような敵も多くいた。だがその全てを乗り越えてきた。一つ壁を乗り越える毎に自分に力がついていくのを実感していた。そんな自分は遂にS級ともやり合えるだけの力を身に付けたと断言出来るだけの力と自信を手に入れたのだ。試験の相手がエルザだと分かった時、”互角”で満足する気など更々なかった。遂に目標を乗り越える時が来たのだと歓喜に身を震わして挑んだ。

 ……それがこの様か。エルザに一度も地に膝をつけさせることもなく、自分はボロ雑巾の様に転がっている。あとはただ敗北の言葉を口にするだけ。

 それだけが出来ず、拳を握りしめるナツ。

 

 なぜ? どうしてこうなった。強くなった筈ではなかったのか? どうして自分はこんなにも弱い。

 あれだけ近づいたと思ったエルザとの距離が果てしなく遠く感じる。

 認めることが出来ない。せめてもう少し食い下がることが出来れば、鎬を削り合う様な戦いが出来ていれば違ったのだろうか。そう思って動こうとするも、意志に反して体の力は抜けていく。

 

 

 エルザが剣を振り上げた。ハッピーの叫び声が聞こえる。まだだ、まだ体中の力を振り絞ればもう一発位咆哮を撃てるはずだ。確かに追い詰められているが、このぐらいのことは今までだって何度もあった。

 負けたくない。負ければ何かを失ってしまう。言い知れない感情がナツを突き動かす。それを振り払い、押さえつける。震える心を無理矢理滾らせ、感情の炎を灯す。咆哮を放つ為にエルザを睨み付けると、こちらを見つめるエルザと目が合う。

 

 この闘いの中何度も見てきた目。煉獄の鎧に変えてから、その目を見る度に言葉に出来ない感情が襲ってきた。強く、決して揺れることのない目。自分を一個の倒すべき存在として認めたその目は、何が起きても自分から放さないと目に灯る光が語っていた。

 

 エルザと対峙してきた敵はこんな気持ちだったのか。

 

 微かに残っていた柱が崩れた。

 

「……負けました」

 

 両手で顔を覆う。隠しても隠せない。言葉にしてしまえば、両手の隙間から涙が溢れ出た。

 

 

 

 

「力をつけると怖くなるな、ナツ」

 

 換装し、鎧を解くエルザ。空を仰いで顔を覆うナツの隣に座ると、ナツの頭を撫でる。なすがままにされるナツは未だ嗚咽が止まらず泣き続ける。

 

「昔は負けることに抵抗を感じても、恐怖はしなかったな。でも自分が強くなると、それを受け入れられなくなる。それが例え強大な相手でもだ」

 

 恐怖。自分を襲うその感情を受け入れられず、ナツはひたすらにエルザへ立ち向かっていった。

 

「お前は修羅場を潜り抜け、急激に成長した。その修羅場がお前に自信を植え付けた。それと共に負けることへの恐怖も」

 

 今までも本当は何度もあった。大切な人が人が失われるかもしれない。自分の居場所がなくなってしまうかもしれない。取り返しのつかない間違いを起こしてしまうかもしれない。

 その度に怒りと仲間を思う気持ち。強い心で立ち上がってきた。だが目の前の存在はそのどれをも起こすこともなく、自分から何かを奪うこともないはずだ。なのになぜあんなにも怖かったのだろうか。

 

 エドラスに行く前からだろうか。ギルダーツに自分の無力を指摘され考えたことがある。自分は果たしてどれだけ強くなったのかと。

 自分の遥か高みをいくギルダーツ。そのギルダーツがとても敵わないといった竜。自分は本当に強いのか? 揺らいだ自信は疑問へと変わり、S級との戦いを求める闘争心へと変わった。

 

 かつてリサーナが失われたと思ったあの時。あの時に今の自分の力があればと考えたことは何度もある。その感情をそのままに、不条理な怒りを自分に課して鍛え上げてきた。あんな思いを二度としないために、家族を守るために強くなろうと。

 

 だがギルダーツに、そしてリサーナが帰ってきて思わされたのだ。自分の力のちっぽけさを。それを認めるのが恐ろしかった。

 

「恐怖は自分を見失わせることもある。だがな、恐怖は己を知ることだ。己を知れば人にも自分にも優しくなれる。優しさとは自分を正しい方向に導いてくれる力だ」

 

 今までも一人でやってきたなどと言うつもりはない。頭の使えない自分は助けてもらわなければ何も出来なかった自覚もある。自分よりはるかに弱いルーシィにも何度も助けてもらった。

 でも、ここまで遠いなどとは思っていなかった。自分はイグニールやリサーナを失ったあの日から何も強くなっていないのではないか、そう思えてしまうのだ。

 

「しかし恐怖がない優しさは傲慢に変わりない。それは優しさと似て非なるもので、人を間違った方向に導いてしまう。誰かを思うこと、強くなりたいという想い。それは力になるが、いつでも正しい方向に導いてくれるとは限らない。難しいな、本当に」

 

 優しく説き続けるエルザの言葉は、ナツにというよりも自分自身に言っているかの様であった。呼吸を落ち着け、両手を顔から離して腫れた目で見上げると、いつもの厳しくも優しい目でエルザがこちらを見ていた。

 

「喜べ、ナツ。合格だ」

 

 その言葉に驚く。なぜ負けた自分が合格なのか。自分の弱さを晒しただけの試験の結果に疑問を唱える。

 

「合格? 負けたのに?」

 

「ああ。強くなることで恐怖を自覚したお前はS級になる資格を手に入れた。あとは自分さえ見失わなければこれからもっと強くなる。私だって軽く超えていくさ…… だから先にいってこい」

 

「でも、俺は…」

 

「自信を持て。お前は私が試験官になって初めての合格者だ。といっても試験官にはなりたてなんだがな」

 

 エルザが笑顔で言い切った。いい加減子供の様に頭を撫でられるのに耐えきれず、ナツが体を起こして立ち上がった。怪我の影響からかフラつくも、エルザはそれを助けようとせずに見守った。

 

「さあ、いけ。S級になったら、いつでも相手してやる。もっとも負けてやるつもりは欠片もないがな!」

 

 遠く感じるS級との差。その先にある力と自分は一体どれだけ離されているのか。

 果てしない力と勝利への渇望に、身を焦がしそうになる。しかしこうして見守ってくれる存在がいるのなら、目指すべき目標があるのなら、自分は自信を持って前に進めるはずだ。

 

 ナツはふらつく体をハッピーに支えられ、合格の言葉と共に前に進みだした。

 

 

 

 

「はぁ~…。予想以上にしんどいぞ、これは」

 

 ナツが洞窟の出口に向かい、姿が見えなくなったところでエルザは体を倒した。丁度先程まで可愛らしく泣いていたナツの様に寝ころび天井を仰ぐ。

 

「やせ我慢も楽じゃない、全く手加減というものを知らんのかアイツは」

 

 全身を襲う痛みと疲労。煉獄の鎧は確かに強い。黒羽の鎧の攻撃力、金剛の鎧の防御力、飛翔の鎧の速力、全てを兼ね備えた究極の鎧だ。しかしそれだけに使う魔力も尋常ではない。必死に顔には出さずにいたが、いつまでも粘るナツにこちらも相当限界に近かったのだ。

 

「せっかく直した煉獄の鎧も壊れてしまうしな……。はぁ、修理もタダではないのだぞ」

 

 斑鳩という強敵に壊されたが、この日の為に特別に急ぎで直して貰ったのだ。それだけでも大分いい値段のする特別料金をとられた。特注の鎧の中でも更に特注の品物なのだから仕方ないのだが、大破に近かった鎧の修理費用を稼ぐのにS級クエスト数回分と考えると頭が痛くなってくる。攻防の途中で鎧から嫌な音がしたときは正直泣きそうになった。そして決着がついてこっそり見たら完全にヒビが入っていてナツと一緒に泣いてしまいたくなった。

 

 あぁ、また修理に出さなければな……。乾いた笑いが出てしまいそうだ。皆私のことを勘違いしている。私の換装は無尽蔵というわけではない。あくまでも私の魔力と財布分しかストックはないのだ。S級は入りがでかい分、出も大きいのだということを新しくS級になる者は学ぶことだろう。

 一度ラクサスが最新型の音楽再生魔導具を眺めていたのを見かけたことがある。店内で品物を前に立ち、数刻程悩んでから買わずに出て行った。きっと彼も財政難なんだろう。今度あったら優しくしてやろうと思ったのを覚えている。

 

 もうやめよう。考えると悲しくなってくる。そんなことよりナツがこれだけ強くなったのを喜ぼう。

 

「本当にもう教えることが無くなってしまったな。抜かれてしまう日も近いやもしれん」

 

 実に嬉しく思う。弱さも強さも知ったナツはきっとどんどん強くなっていく。それが誇らしく、寂しい。もう簡単には守らせてはくれないだろうなとエルザは笑った。

 

 だが、それでも一人の魔導士として負けたくないと思う。どれだけナツが強くなっても負けたくない。

 

「悪いがいつまでも姉面をさせてもらおう」

 

 決して先をいかせるものかと決意する。自分にも新たな目標が出来た。止まっている暇はない。

 

「必ずS級に来い、ナツ」

 

 しかし今だけは祈ろう。弟の様に思うナツの合格を。新たなS級の同僚として、家族を守り共に導いていける未来を想像してエルザは再び微笑んだ。

 

 

 

 立ち上がり、出口へと向かう。その途中でそういえば、と立ち止まる。思い出すのはもう一人の手のかかる妹。

 

「……ナツにさえ先を抜かされるかもしれんぞ。お前は一体どうするんだ、カナ」

 

 エルザが試験官になってから初めての受験者であった彼女。計3度に渡る試験は全てこちらの勝利で終わった。いや、”終わらされた”。毎度適当なところでギブアップをあげて落選という形で終わらせられ、何度もそのやる気のなさを問い詰めた。結局まともに返されることなく今に至るが、本来S級試験を受け始めたのは彼女の方が早かった。結果的にS級として先輩の形をとっているのは自分だが、本来は彼女が合格しているはずだったのだ。

 そうだ、あの一度目の試験。あの時、一部の者は思っていたはずだ。カナが落ちるわけがないと。自分とてそう思っていた。一度垣間見た彼女の強さは常軌を逸するものだったことを思い出す。

 蹂躙という生易しいものではなかった。戦闘行為の最適解を常に解き続ける。例えるならばそうとしか答えられなかった。一体何処で、誰に教わればあんな戦い方が出来るのか。たとえそうせざるを得ない相手だったとはいえ、その光景を見た私は恐怖に体を震わせて動けなくなった。あの日のカナをその後見ることはなかったが、アレが私に向けられたらと思わずにいられなかった。

 例え本人にその気がなかったとしても、カナの試験の相手をして分かったことがある。

 

 彼女は自分より強い。

 

 言い方は悪いが、この試験において彼女は異質の存在だ。それは悪い意味での特別待遇。この仕組まれた出来レースが物語っている。

 

『すまん、アイツの相手は俺にやらせてくれ。俺がやらなきゃいけないんだ』

 

 試験の準備の際、ギルダーツが私達に頭を下げて懇願した。このようなギルダーツの姿を見るのが初めてで固まる私たちをよそにマスターは承諾し、カラクリは仕掛けられた。

 洞窟とマスターの特殊な魔法、我々の助力により、カナだけは公平性に欠く結果を用意されたのだ。異を唱えようにもマスターの雰囲気がそれを許さなかった。停滞した彼女の時間を動かせるのがギルダーツだけだというのなら、是非もないのだろう。

 ……まぁ結局呑気に歩いて来た彼女の行動で大した意味は成さなかったのだが。

 

 

 ある意味でナツよりよほど厄介な存在。ギルダーツを信用していない訳ではないが、容易くはいかないだろう。

 

 もっともそれは全員に言えることか。グレイにエルフマン、ジュビア、フリード、レビィ。誰一人として安易に試験を終える者などいなさそうである。

 エルザは眉間に皺を寄せてため息をつき、苦笑した。

 

 

 



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それぞれの試験 終

「あいててて……」

 

「おう、もう動けるか?」

 

「あぁ、まぁね」

 

 壁に寄りかかり、傷ついた体を休める男二人。一人はひび割れたサングラスを手に、一人は裸で寝転がっている。二人は勝負に負けた敗北感よりも、体に纏わりつく倦怠感に体を任せて天井を仰ぐ。

 

「お前ってさあ、意外と純だよな」

 

「なにを……」

 

「だってよ、普通信じないだろ。”エルフマンの子供がいるの”とかさ」

 

「いや、僕も信じたわけじゃないんだけど……驚いちゃって」

 

「あぁ……まあ、うん。あれはしょうがない」

 

「いや、ホント申し訳ない」

 

「しゃあねえって。多分もう一回やってもまた噴き出すわ、アレは」

 

 完璧な不意打ちだった。グレイがエルフマンを相手にし、エバーグリーンの相手をロキが担当した。サングラスのあるロキならエバーグリーンの石化の魔眼が通用しないため、相性が良いと考えてのことだ。実際相手もそれを承知でロキに集中攻撃しようとしていた。全身テイクオーバーを会得したエルフマンに雷神衆の一角にして凶悪な魔眼を使うエバーグリーン。個々の実力も相当なもので、戦況は一時伯仲していたのだ。しかしプライベートでも親交のあるロキとグレイの二人。タッグでの連携なら即席とも言える相手に劣るはずもなく、上手く相手を引きつけたロキを餌にグレイが一撃を決め、優位に立とうとしたときであった。

 

『やめて! お腹にエルフマンの子供がいるの!!』

 

 その言葉にエバーグリーンに殴り掛かっていたロキの拳が止まる。思考停止して体の動きも止まった姿はいいカモで、見事に彼女の妖精爆弾で吹き飛ばされた。ついでにここぞとばかりに追撃してきたエルフマンによってノックアウト。2対1になったグレイは粘り強く戦ったが、奮戦むなしく敗北。勝てばよかろうとも言いたげなエバーグリーンと、申し訳なさそうにするエルフマンの顔を最後に強烈な一発をもらい、気が付いたらこの有り様である。

 

「アレは卑怯だろ……」

 

「まあ、アレもチームの強みということで」

 

 戦ってる最中も頭から離れなかった。エバーグリーンの趣味の悪いサングラスをかけたエルフマン似の強面の赤ん坊。思い出したらまた噴き出しそうになる。

 マスターは正しかった。運の要素は大切だ、でかすぎる。たまたま”闘”のルート、エルフマンチームに当たってしまったが故にこの結果。あの必殺技は強すぎる。多分この試験のどんな相手でも通用する。ミラやエルザなど何も出来ぬままにやられることだろう、まさしく最強のタッグだ。

 

「他のところはどうなったかな?」

 

 未だ目を合わせないロキ。露骨に話を逸らしてきたがあえてグレイは乗ることにした。いつまでもこんな益のない自省をしていても仕方がない。

 

「さあな。でも俺らほど長い時間気を失ってはいないと思うぜ」

 

「やれやれ……、ようやく十全に力を使えるようになったのになぁ」

 

 悔しそうに呟く相棒にひらひらと手を振る。グレイはロキが容姿に合わず熱い男であることを知っているので、自分から責める気などなかった。このタッグで駄目なら単純に自分の実力不足。悔しいのであればそれをバネに強くなってまた挑めばいいだけのこと。

 

 それを言葉にせず立ち上がり、一先ず洞窟を出ようと促すのはそれなりの付き合いをしている故の気の遣い方だった。それを汲んで顔を顰めるのを止め、体の調子を確かめながら歩き出すロキ。

 

「なに、カナに当たらなかっただけマシと思うさ」

 

「カナ? ジュビアじゃなくて?」

 

「……なんでそうなる」

 

「まったく……、まぁいいや。それより詳しいよね、そういえばカナは昔からグレイとは割と話してたっけ」

 

「ガキの時はよく一緒にいたからな」

 

「ほほう。それは羨ましいね」

 

 先程までの態度は何処へやら、隙を見つければ突いてくる態度に呆れるグレイ。出来れば戦いのときにその姿勢を見せてほしかったものだと皮肉をいいたくなるが、ここは大人の対応でぐっと我慢する。言い出せば確実に実にならない口論で体力を削られるからだ。しかもこのホストは口が立つ。口論で負ければ腕にものを言わせる自分が容易に想像できる。常ならばともかく、流石にこの疲れた状態では控えたい。

 それはロキも同じなのか、”でぇきてぇる”とからかおうとする顔だけして何も言わない。だがその顔だけで腹は立つ。

 

「んなもんじゃねえよ」 

 

 先立って釘を刺しておく。実際目の前の精霊が想像することは何もない。酒場ではあまり積極的に人と絡もうとしないカナがグレイに話しかけにいく姿が見られるのは事実だが、それも大体がグレイの脱ぎ性に対する苦言で、それ以外にカナから絡みに行くことは実際には殆どないのだ。

 何よりも昔の付き合いと言っても、強くなるという目的の為に余裕がなかった頃の自分の話だ。行動を共にはしたが碌に話をした記憶もない。そんな始まりだったからか、余裕が生まれて周囲が見える様になってからも、その手の雰囲気など微塵もなかった。そもそもなりふり構わずカナに纏わりついたのは、当時の彼女が同年代であるにも関わらず自分の遥か上をいっていたからだ。ナツなどは実践が一番といわんばかりに誰彼構わず挑んでいたが、自分はあのアホよりは頭を使えるのだと、強くなるためなら強者に頭を下げるのはいとわないと走り回っていた。そんなこんなでカナに頼み込んで、服を着ることを条件に好きにしていいとのご達しを得た。

 まあいざやってみればあの常軌を逸した修行に自分よりも彼女を心配してしまい、共にでは碌な修行ができなかった訳だが。

 

 当時を思い出し、ほっとくと文字通り死に体になりかねねーからな等とぼやくグレイ。その光景を見てロキは自分が考えているようなことはなかったのだろうなと思うも、面白そうなので何も言わずに話題を広げることにした。

 

「そういえば、僕はカナがカードを使う姿しか知らないな。昔は一体どんな魔法使ってたんだい?」

 

「あれ、おまえ見た事なかったか?」

 

「僕が入った時は既にカードマジックを使っていたからね」

 

 そう言われればそうなのかと納得してしまう。グレイは自分が古参であることは自覚しており、それゆえに知名度の割に人の出入りが少ないフェアリーテイルにおいての人間関係は時間感覚が崩れがちだと思った。このギルドのメンバー同士の付き合いは濃く、僅かな時間でも長年の友の様に感じてしまうのだ。それが時に煩わしくもあるが、やはりよいものだとも思う。

 

(そうか、もう5年になるのか……)

 

 元より仕事に対する関心は薄かったが、それに加えて更に怠惰な姿を見せるようになったのがそれ位の時期だ。ギルドに所属していながら魔法に対する関心も、依頼に対しての意欲も見せなかったが、それに輪をかけるように彼女のやる気が削がれていったのは。そういえば酒を覚えて一日中飲み始めたのもこの頃だったか。それが結果的に彼女の棘を薄れさせていったので、微妙に注意がし辛かったと物思いに耽る。

 

 咳を一つ起こされたことで意識が移る。隣で早く言えという態度で待つロキに投げやりにグレイは言った。

 

「単純さ。ただ”抉る”だけだ」

 

 あまりにも省きすぎた、簡潔な答えに要領を得られないロキ。

 

「言葉通りだよ」

 

 もうこの先戦うことはない相手なのだし、仕方なく最小限の答えだけ教える。本来なら試験前に教えるべきことなのだろうが、出来れば余り教えたくはなかった。彼女に対する無為な先入観も持たせたくなかったし、今の彼女と昔の彼女は違うのだから。それにこの場合において、魔法的な話に余り意味はない。

 

「深く考えるな。アイツは普通の魔導士と考え方が違う。魔法を使うことを目的としていない、ただその結果を出す手段として魔法を使ってるだけだ」

 

 その言葉に何かを察したように黙るロキ。フェアリーテイルという正規ギルドに所属する魔導士。魔道の深淵を探り、自分の理を見つけることを至上とする人間の集まり。そこにおいてグレイの言う様な魔法への取り組み方は邪道……ともすれば唾棄すべきものである。それは魔導士というよりも、闇ギルドにおいての魔法を使う犯罪者や暗殺者、傭兵に近い考え方だからだ。

 

「それも昔の話さ。……だが怖いぜ、”アレ”は」

 

 

 

 

 船の上であの服装を見たときは心底驚いた。今とは服のサイズも本人の体つきも違うが、5年前まで使っていたのと同じデザインの戦闘服。動きやすさを追求したものと分かる薄いバトルスーツ、それに反する様に体を拘束するかのような上衣、そして機能性を高めた身を包むコート。違うのは大量のカードを仕込んだベルトを体に巻き付けているくらいか。アレを見たことがあるのはギルドでも僅かだろう。長い付き合いの自分でさえ、幼い頃に一度見ただけだ。

 

 幼いころは、自分はよくカナと二人で秘密の修行場を使っていた。秘密というのは単にいわくつきの場所で誰も寄り付かないからで、人目につかずに自由に魔法の特訓を行えたから誰にも教える気がなかったという場所だった。カナは幼いながらそこの近くに小さな家を構え、一人で暮らしていた。勝手に付いて来る自分に半分諦め、家の鍵を渡して好きに使ってもいいと言ったのを覚えている。自分はここぞとばかりに甘えて寝食をそこで過ごした。

 

 ある日のことだ。修行で疲れ果て、そのまま彼女の家で裸で眠ってしまったことがある。夜中に家主が帰ってきた音に飛び起きて、このままでは怒られると思って急いで服を着ようとしたときであった。あの服に大量の血を染み込ませて帰ってきたカナ。それに驚いて家具の影に隠れた。怪我をしているのかと心配になって声をかけたかったが、彼女の身に纏わりつく血の匂いと死の気配に体が固まり動かなくなってしまった。疲れていたのか、自分に気付かず血を滴らせる服を脱ぎ捨てて裸になった彼女の姿は忘れられない。どす黒く赤い血が髪を伝い、細い首に沿って腰へと流れていく。その血を追うように体を眺めても、体には傷が見当たらない。怪我は負っていないと安堵するよりも、自分の目は恐怖で釘付けになった。その姿は確かにある種では神秘的な、しかしもっと悍ましい、この世の暴力を体現したかのような狂気を身に宿す肉体がそこにはあったのだ。

 

 一体彼女の過去に何があったのか。その年齢にしては異常なまでの魔力と力。修行で手に入れるようなものでない、身に刻む力の証。今でもそのことについて考えるときがあるが、それを聞かないのは普段の彼女がそれを隠していたからだ。外見にかける魔法を使い、誰にも悟らせぬようにしていたから。それを聞き出せるほど自分は彼女から信頼を得ていないと分かっていたし、何よりも他人に聞かれたくないことだと察したからだ。自分を含め、このギルドの家族は皆心のどこかに傷を持っている。だからそれには触れず、ただ寄り添うだけ。そういう生き方をこの時には学んでいたことに心底安堵する。体を洗いに部屋を出て、戻ってきたときには自分は目を瞑って床に伏していた。寝てるのかと言って毛布をかけてくれた彼女はすでに自分の知っている彼女であったが、俺はその日の夜を眠れずに震えて過ごした。

 

 

 

「もう使う気はないと思ってたんだけどな」

 

 5年前のあの日以降彼女は変わった。それはあの服を着なくなったという様なことじゃあない。ミラのように分かりやすいものではないかもしれないが、気付く者は気付いていた。その後に続く彼女の態度で、徐々にそれが明確に周知された。”鬼人”と呼ばれた彼女は去り、皆どこか安堵しているように思えた。

 

 そしてしばらくは度が過ぎる程の怠惰な姿を見せたかと思えば、カードマジックというものに傾倒し始めた。それに興味を示し、近寄ってきた者には誰彼構わず胡散臭い占いをし始めた。自分に対しても当たらない占いを続けていたのを覚えている。どんな形であれ、他者に気を向け始めたことは良いことだとエルザなどは言っていたが、自分にはそれが薄っぺらいなにかを張り付けているようにしか思えなかった。

 

 あの服を着た今でも見て得られるだけの雰囲気は変わったまま、あの日の姿を思い起こすものではない。しかしあの服を見るとどうしても思い出してしまう。思い返せば彼女は船の上にいるときから酒を飲んでなかった。いつもの酒を浴びる様に飲む姿、酒場の馬鹿共を笑う顔。張り付いた全てが掻き消えて、あの日の姿に戻っているのだとしたら……

 

「ナツの野郎達はどうなってるか……」

 

「ルーシィ、負けてないといいけど」

 

 見えてきた出口の明かりに向かって歩き続ける。もしかしたら、本気の彼女と向き合えるチャンスだったのかもしれない。そう考えると、こうして意識を取り戻して光に向かって歩いていることに無性に愚痴りたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまっ、マジか!? エルザにナツが勝った!!?? 」

 

「勝ってねぇよ、合格しただけだ」

 

「マジかよ、グレイ組にエルフマン組が勝っちまうし俺の予想大外れじゃねぇか! 賭けの負け分どうしてくれんだ!?」

 

「知るかよ! てか俺の負けに賭けるんじゃねぇ!!」

 

「グレイ様……」

 

「元気出しなよジュビア、グレイの分までがんばろ?」

 

「落ち込んだグレイ様を慰めてそのまま…… あぁっ! そこはダメ、ダメです!! グレイさまぁん」

 

「あ、ダメだコイツ聞いてねぇ」

 

「それで、結局お前たちグレイたちにどうやって勝ったんだ?」

 

「……い、いえん」

 

「まぁ私の美貌故かしら」

 

「なにやったんだお前たち……」

 

「でも凄いね、あのエルザ相手に合格しちゃうなんて」

 

「ケッ、大したことねぇよ。大方ハンデでも貰ったんだろ」

 

「なんだと!? エルザが手加減するはずねぇだろ、このボロボロの体見て言えや!」

 

「大声でいうことじゃないよナツ……」

 

 洞窟から出たグレイ達迎えたのはいつもの喧騒。ロキとグレイは顔を見合わせると、同時にため息をついて仲間の元へと向かう。グレイ達に気が付くと一段と騒がしくなる一行。やたらと絡んで煽って来たりからかう者たちを適当にあしらっていると、マスターから試験の労いを受ける。それと共にレビィに席を勧められてようやく腰を落ち着ける二人。

 

 椅子から見渡せば簡易的な天幕が建てられており、見事なベースキャンプが出来上がっている。奥の方ではミラとエルザがエプロンを着けて調理を行っていた。受験者たちから試験の過程と結果を聞けば、彼女等も相当動いた後の筈だ。激戦の後だというのに気を失っていた自分達よりも元気に動いて皆を労う二人を見ていると、感嘆というよりも呆れの様な、なんとも言えない感情が沸きあがってくる。

 

 料理の匂いが漂い、鼻に届けば空腹が主張をし始めた。腹具合がもう昼頃だということに気付かせ、食い物をよこせと音を立てる。そこに丁度良いタイミングで姉から料理の完成を告げられたリサーナが、ウェイトレスさながらに料理を皆に配り始めた。姉と共に酒場の仕事を手伝うこともあるリサーナは、手慣れた手付きで配膳をこなしていく。ちらりと見えた料理はアウトドア料理らしくシンプルだが、ミラの一手間が加えられているのか食材が色よく飾られていて見た目からも空腹を増長させていく。ようやくグレイの番が来て手を差し出すが、なぜかリサーナは自分を飛ばして隣のロキに配って去って行く。それに文句をつけようとしたときに端からジュビアが料理を持ってやってきた。隣でにやにやとするロキの手元の料理を凍らせる。

 盛られた皿から立っていた熱い蒸気を冷気に変えてから、ジュビアに礼を言うグレイ。ロキからの文句を無視してグレイもジュビアから手渡された温かい料理に舌鼓を打つが、一戦終えて余裕のない自分たちとS級たる者たちの差に、上手い筈の味も何処か薄くなった気がしてしまう。

 

 含むところの意味は違っても共に微妙な表情で食事を進めるグレイとロキに、マスターであるマカロフが近寄ってきた。

 

「今回は残念じゃったな」

 

「いいさ。正直に言えば悔しいが、エルフマン達の力も本物だしな」

 

「敗北も遠回りというわけではない。心持ち次第でいくらでも近道になり得る」

 

「わかっているよ、マスター。僕等もこのままじゃ終わらない」

 

「うむ、それならいいんじゃ」

 

 力強くこちらを見返す若者たちに頷くマカロフ。余計な世話などせずとも真っ直ぐに成長していく子らにしみじみとしてしまう。やはり彼らを選んで間違いはなかった。試験に負けはしたが、十分にS級たる資格を手にしている。これほどの人数で試験を行うのはギルド史においても初めてのことだ。頼りになる若者たちがこれだけ多く育っているのなら、これからのフェアリーテイルの未来は明るいだろう。

 小さな頃から見てきた子供の成長に、自分も年を取るわけだなどと一人感慨に浸るマカロフ。それを見てラクサスが出て行って以来妙に年寄り臭く振る舞うマスターに付き合ってられないとグレイとロキの二人は首を振った。

 

「それだけかい? マスター」

 

「いや、これから残るか帰るか聞きたくてな。……それとこうもうちょっと子の成長の喜びをじゃな…」

 

「メストとウェンディは?」

 

「……もうええわい。二人は試験で負けてからそのまま何処かに行ったな、大方島を探検でもしてるんじゃろ。メストなら心配いらんし、この島の中なら問題はないから、帰る時になったら連れていくつもりじゃ」

 

「じゃあ俺も残るかな」

 

「僕も。ルーシィの雄姿を見たいしね」

 

 ならば試験の邪魔にならない程度に好きにして良いとのお達しを得た二人は、未だ試験の結果と内容を自慢し、煽り合う他の者達の会話に加わりに向かう。

 

 食事を終えた彼等はエルザとミラも加えて最後の一組である者達について語っているが、その論調はどうやら一方向に固まっているようだった。

 

「とうとう残るはカナとルーシィだけか」

 

「しかしギルダーツとはついてねぇな」

 

「そうか? 私はギルダーツ相手だったが合格したぞ」

 

「エルザとルーシィたちを一緒にするなよ」

 

「どういう意味だそれは、うん? ほら、ナツ、言ってみろ。今日はどんな鎧も出し惜しみせずに出してやるぞ、なんせS級試験だからな」

 

「エ、エルザ……どうしたの? 何か洞窟から戻ってきてからおかしいわよ」

 

「……わたしだって、わたしだって泣きたい時くらいある」

 

「なんだかわかんねぇけど、俺もギルダーツと戦いたかったなー」

 

「ナツ、エルザとやり合ってまだやるつもり?」

 

「ルーちゃん、無理しないといいけどなぁ」

 

 残るは一つの通路のみ。確定した組み合わせに話の花を咲かせ続ける。脈絡もない話も飛び出し、混沌とするいつのもの空気だがそれでも出す結論は一つ。

 

「まぁ無理だろうな、あのギルダーツ相手では」

 

 誰ともなく口から出た言葉に誰かが否定を加えていくも、そこには何処か力が感じられず徐々に同調が強まっていく。

 それはS級と戦った者だけが分かる感覚。あの何処か見えない壁を超えた強さ。自分達では未だ辿り着けない場所を見ている者特有の威圧を味わった者たちは、カナとルーシィがそれを超えることに対して応援する言葉を口にしていた。しかしそれは結局のところ願望的な物言いであり、カナ達の困難さを余計に強調するだけになっていた。理屈を超えて信頼の言葉を口にするナツでさえ、今回に至っては軽々しく喋らずにただアイツ等を信じるという言葉しか口にしていない。その周りを驚かす、常らしからぬ態度もあって会話の方向性は決定づけられたのだ。

 それがなくともギルダーツはギルド随一の力の持ち主。勝利どころか健闘だけでも難しい。そういった流れさえ生まれつつあったときであった。

 

「そういうことじゃねぇんだよ……」

 

 グレイがぼそりとつぶやいた。ざわざわと騒ぎながら話し合う周りをよそに、零れ出たそれに気付けたのは常にグレイを見ているジュビアだけであった。

 

「グレイ様?」

 

 グレイの顔色を伺うジュビア。それになんでもないと返そうとした瞬間であった。あの夜の光景がグレイの頭に蘇える。

 

(あぁ……ついにやるのか、カナ)

 

 

 

 

 

 

 その時、その瞬間、誰もが体と意識を戦闘態勢へと切り替えた。戦いではない、命を懸けた殺し合いをさせられる体に無理矢理させられたのだ。

 

 地響きのような感覚と、刃物を体の中に押し込まれて抉られるような感覚。魔法と言う限りなく闇に近い魔に憑りつかれた彼らの体は、死というものに対して鋭敏で、だからこそ皆一様に反応させられた。

 

 言葉を発さずとも全員が同じ方向に顔を向ける。その先にあるものから発せられる魔力と殺気に対して、一瞬で死を覚悟させられ、そして次の瞬間には誰もが仲間のために自身を犠牲にする覚悟をした。その絆こそがフェアリーテイルというギルドを表す最たるものだが、ここに至っては誰もが逃げられはしないだろうという諦観も抱かされた。

 

「……ギルダーツの魔力じゃ。心配することはない」

 

 未だ顔を逸らさずにマスター・マカロフは言った。その口調はとても家族に対してのものとは思えず、自身に言い聞かせているように聞こえてならない。

 

「あ、あぁ。確かにギルダーツの魔力だ。でもそれだけじゃない」

 

「この島全体を覆うような殺気は一体……」

 

 確かにこの島を揺るがすような魔力の中に、S級魔導士であるギルダーツの力を感じる。長年接してきた者にはその波長が分かった。しかし、それ以上にこの殺気はなんだ。殺気だけで死を覚悟させられた。いや、あの瞬間誰もが自分の死ぬ様をイメージさせられたのだ。

 このギルドは武闘派だ。身の丈を超える様な怪物に、戦場を生活の場とする傭兵、闇に堕ちて血に染まる魔導士、それらを相手に戦うことを躊躇わず、時には命がけの死線を超えてきた彼らでさえも凍り付かせた殺気。

 

「……カナだ。俺は知っている、バトルオブフェアリーテイルのときに戦ったからな」

 

 体と声を震わせながら言ったのはフリードだ。いつもの冷静な彼からは信じられないほどに動揺した姿。何かを思い出した様に島を覆う気配に恐怖している彼は、長い付き合いの雷神衆ですら見た事もない表情を浮かべていた。

 

「これが、あの酔っぱらいの殺気だってのかよ!?」

 

 恐慌した様に叫ぶのはガジルだ。彼の知るカナという女性は、少し腕が立つ大酒飲みというイメージしかなかった。

 ガジルは以前の抗争時に彼女が戦っている姿を見た事がなかった。最後の最後、僅かにしか前線に出なかったが仲間を守るために活躍をしたという話は聞いた。その後にフェアリーテイルに入って実際の彼女を見て、戦闘力に関しては平均以上、特筆するものはない程度という自己の評価を下し、接点の少なさもあり今に至るまでそれ以外の印象は薄かった。

 だがこれは一体なんだ? これがあのいつもの、あの酒場の角で飲んだくれている女の魔力と殺気か? 突如変質したそれは、自分に向けられているでもないのにも関わらず本能を丸ごと凍てつかせた。

 自分は確かにまともではないギルドにいた。とても善とはいい難く、暗い闇の力を携えたギルドだ。そこの長であるマスター・ジョゼはそれら全てを飲み干してなお己を通せる程に強く、大きかった。そこに憧憬を抱いていた過去は否定しない。だが、そのジョゼですら、こんな気配は纏わなかった。深い、狂気すら感じさせる魔力と殺気。島中の生き物が怯えているのか、鳴り響く地響き以外に音が消える。

 

 一行は唯一毅然とするマスターに問いただすことも出来ず、唯々立ち竦む。そんな中、ただ一人意を決して飛び出した者がいた。即座にその者の首を捕まえ、引き倒すマカロフ。

 

「向かうことは許さんぞ、ナツ! それにお前らもだ」

 

「何言ってんだ! 普通じゃねぇよ、こんなの。カナもギルダーツもどうしちまったんだ!?」

 

「試験を邪魔することは誰にも許されん、あ奴らを信じろ!」

 

 未だ走り出そうとするナツを巨大化させた手で抑えつけるマカロフ。殺気に当てられているのか、それとも試験の疲労からか、体には思ったほどの力は入っていなかった。

 

「……マスター、これもギルダーツの?」

 

「そうじゃ、ギルダーツの意思じゃ。試験中は何が起こっても誰も寄り付かせないでくれという」

 

「そう、それなら仕方ないですね」

 

 ナツの動きで我を取り戻したのか、ミラとエルザがマカロフに近づき、他に聞こえぬ様に言葉を交わした。マスターの言葉で納得したのか、震える体で他の皆を収めようとするミラとエルザ。エルザはナツに近づいて何事かを言うと、ナツは抵抗を止めて歯ぎしりをする。それを見てマカロフは地に貼り付けるを止め、皆に聞こえる様に声を上げた。

 

「大丈夫じゃ、この島はフェアリーテイルの聖地。フェアリーテイルの家族は初代とギルドの礎になった者達に守られておる。万が一の事は起きん」

 

 その言葉でギルドの面々は体の硬直を解くが、それでも意識は向けた方角から逸らされることはなかった。例えマスターの言葉に嘘がなくても、この殺気の前にはどうしようもない程にすがるには弱弱しい物に思えたのだ。

 

「信じましょう、ギルダーツ達を」

 

「……アイツラが帰ってくれば次の試験が始まる。お前たちもさっさと次の試験の準備をしろ。次も過酷になるぞ」

 

 皆を安心させる為に出来るだけいつも通りの恰好を装うミラとエルザ。例え虚栄でも、その姿を見れば心にゆとりが生まれ、徐々に他の者達も自分からそれに従っていった。

 

 徐々に地響きは収まっていき、殺気も魔力と共に残響を残しながら薄れていく。流れる空気が落ち着いても、緊張感は残る。未だ震えが体に色を残す中で、マカロフは何かを願う様に両手を握りしめてギルダーツ達の結果を待ち続ける。

 

 

 

 こうなることはわかっていた。理由は分からない。だがあの筋の通らぬことを何よりも嫌う男が、自分を生き方を曲げる様な頼みごとを申し出たのだ。色々とだらしない男ではあるが、心の強さと明るさは若かりし頃から誰よりも輝いていた男だ。そんなギルダーツがこの試験の始まる前、エルザ達に協力を頼む前に、かつてない程に思い詰めた様子で自分に懇願してきた。そんなことは以前にただの一度、彼の唯一の妻に関する事位で、あんなに弱った姿を見るのも十数年振りだった。

 

『お願いだ、アイツの相手はどうか俺に……』

 

『それは構わんが、試験自体は公平に行えるのか?』

 

『…………』

 

『ギルダーツ?』

 

『俺がやらなくちゃいけねぇんだ。もう逃げるわけにはいかねぇ……』

 

 カナ・アルベローナ。13歳というギルド史上最年少でS級試験を受けた鬼才にして不世出の魔導士。過去には鬼人とすら呼ばれたこともあるフェアリーテイル屈指の武闘派で趣味は大酒喰らい。少しやさぐれてはいるが実は新人の面倒見が良い姉御肌の一面もある。

 ギルドの者や、彼女を知る者たちが抱くイメージ。……それら全ては本当に正しかったのか。彼女は魔導に興味があったのか、それとも何か目的があってこのギルドに入ったのか。なぜ、あそこまでの力を持ちながらそれを表に出そうとしないのか。一体何処でその力を、あのような魔法の使い方を学んだのか。幼いころから誰にも明かさない本当の姿は何者なのか。

 

 カナはこのギルドに来た時にはすでに”あの”魔法を収めていたが、それに対してはまるでただの道具を振るう様な、淡々と銃の引き金を引く様な、それ自体に何の価値も感じていないようであった。

 幼い頃にふらりと現れ、ギルドに入り浸るうちに家族となったカナ。天涯孤独と言っており、身元を調べても出てくるものは一切なかった。そう、その調査結果は余りに空白すぎた。どれだけ調べようとも何一つ情報が出て来ることはなく、いっそ誰かが意図的に隠したとしか思えない程であった。疑問に思い彼女から直接探ろうとも思ったが、幼い彼女に傷を抉るかもしれない真似をするのは気が引け、またこのギルドの家族は皆心の何処かに欠けたものを持っていることもあって何も聞かないことにした。その結果、結局彼女は誰にも心の内を明かすことは無く、今に至るまで分かったことは殆どないのだが……。

 それでも彼女がギルドの仲間を傷つけられた際に見せる怒りや、表に出さないが家族の様に想っているであろう仲間に対する優しさや思いやりで、その想いは本物だと理解できた。

 だから信じることにした。仲間であり、友であり、子である彼女を。そして彼女に対して何か思うところのあるギルダーツを。

 

 ギルダーツがなぜあそこまで彼女に入れ込むのかは分からない。だが、それは決して悪い物では無い筈だ。理由は分からないが、以前の試験で彼女に対して厳しすぎる程の障害を課した彼を目にした時だ。試験が終わった後の彼は、試験中の鬼の様な形相からうって変わり、まるで大切なものを慈しむかの様な表情と見た事もない悲壮な目を、戦いに敗れて気を失った彼女に向けていた。

 彼等から口に出さない限り、自分が聞き出すことはしない。ただ寄り添う。そこにいるのが当たり前の家族の様に。それがこのギルドの在り方だ。

 何があろうとも立ちはだかる障害を全て砕き、前に進んで来たあの男なら彼女の心の壁も砕ける筈だ。そうしたとき、きっと彼らから心の内を明かしてくれるだろう。

 

「儂に出来るのは、本当にただ信じることだけなのか……」

 

 祈る様な呟きと、握りしめた両手。それからはこの試験の最後の結果が洞窟から現れるまで、マカロフが言葉を発することはなかった。

 

 



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幕間 洞窟で

 

 ギルド史上最年少のS級候補者。それがその時抱いていた最も強い印象だった。

 

 

 ゆらりと立ち上がり、黒い髪を風に揺らして同じ色で見つめる瞳。一挙一動から動きを推測し、隙を引きずり出して追い詰める。そのための動きをひたすらに思考する。脳内で何通りもの組み立てを行い、結果を検証し続ける。幼い少女が行うその一連の思考は、信じられないことに非常に高度なもので、老練の域に達した戦士ですら凌駕しかねないものであることを先の攻防で証明させられた。

 

 僅かな情報からこちらを丸裸にせんと見つめてくる。余裕がないのか、睨み付けるというよりかは想い人に対して行う様な穴が開きかねない程に熱くこちらを見上げる幼い少女は、なぜだか自分の大切な”彼女”を連想させる。そして幼いながら強大な力を宿す姿は、まるでかつての自分をも思い起こさせるようであった。

 

 常識外れの巨大な魔力、そして超人的な身体能力と戦闘本能の塊の様な圧倒的センス。それだけに頼らない冷徹な戦闘思考に合理的な魔法の使い方、力を盤石にする魔道への教養と理解力。

 間違いなく逸材であった。戦闘という点だけを取っても、近くに自分を超えると確信できる才能の持ち主。

 

 だが、早すぎる。それが最大の問題だった。強さの是非ではない。魔法の使い方、思考、戦闘方法……少女が使うそれらは決して独学では辿り着けない境地であったのだから。この幼い少女がそれを身に付け、行使出来ているということが問題なのだ。

 聞けば素性は知れず、その過去は一切の闇に隠されている。それでも受け入れるのがこのギルドだが、だからといってここから”先”に進ませる程お人好しという訳ではない。この戦いでその心の内を丸裸にさせてもらうつもりだった。

 

 自分が同じ年頃の時を思い出す。確かに身の丈に合わない力を持っていた。馬鹿なことも、笑えない失敗も沢山した。力に溺れていた時期もあった。それを殴って止めてくれたマスターや馬鹿な家族たち、思い出すだけで恥ずかしくなってくる思い出。

 若さといえばそれまでだ。だが、今思えばあの愚かな思考は必然で、必要だった。こんな物言いも取り返しがつかない失敗をした後では何の説得力もないが、あれは避けられないものなのだと思う。”普通の人間”ならば、持った力によって犯す愚かな行為は多かれ少なかれあり、それが成長を促すものなのだと年を取れば理解できる。

 

 では目の前の少女はどうだろうか? 冷静に自己を見つめ、淡々と最善に、求める結果のために力を振るおうとしている。そこに油断も慢心もなく、まさしく”理想的”な、”完璧”なまでの姿だ。それが”兵士や戦士”としてならば……。

 おかしい点はそこだ。この娘は一体何処でこれを”仕込まれた”? 一体誰がこの、自分から見ても称賛を避けられない程の”傑作”を作り上げた? そしてその作品をなぜ手元に置かずこんな所に追いやる?

 

 本人が語るまで寄り添うのがマスターの意向らしいが、心を開く前にここまで来てしまったのは問題だ。後回しにしたツケを押し付けられたことに対しての怒りはあるが、未だ底を見せない彼女の相手になりそうなのが自分しかいないのだから仕方ない。ましてこれ以上後回しにして取り返しのつかない程ツケを大きくするのも御免だ。

 

 自分は確かにこの少女……カナ・アルベローナを彼女がギルドに入った当初から知っている。とはいえ仕事で殆ど外にいる自分は、彼女のことをよく知っている訳でもなかった。だからここに来る前の少しの期間、自分なりに彼女を監視させてもらった。幼いながら一人で生活をこなす彼女は自分から見ても立派な社会人で、少し可愛げはないが普通の少女に思えた。他者への関心は薄いが別に喜怒哀楽に欠けている訳でもなく、ギルドの馬鹿共へ向ける視線も親しみが感じられ、一部の者とは会話を楽しんでいる光景も見れた。ギルドに対し脅威を与える事態があれば未然に防ぐ姿が見れ、マスターの言う通り自分の居場所へ一定の愛着を示していた。一番懸念していたことだが、別に誰かに強制されてここにいる訳でもなさそうであり、ほぼルーチン化した日常を送ってはいるがそれなりに楽しそうに毎日を送っていた。

 もとより彼女への信頼に関しては殆どまともに接したことの無い自分よりかはマスターの判断の方が信頼出来るだろう。それにあの”作り込まれた”精神性なら、年齢に不相応な力に溺れることはないと思える。この先は分からないが、少なくとも今は力に溺れず、ギルドという家族を守る意志もある。こうして見れば非の打ちどころがなく思えてしまう。やはり、ひとまず認めるべきなのだろうか?

 

 ……わからない。この試験が始まる前までは得体の知れない素性を明かしてくれると意気込んでいたが、心を隠してなお自分に喰らいつく姿を見ていると、それには触れてならない気もしてくる。これ以上問題を後回しにするのはヤバイ気もするが、ギルドは家族、彼女個人の迷惑事だって受け入れて見せよう。

 というか、正直面倒になってきたのもある。もうマスターが良いっていうならいいじゃないか、なんで自分に最後の判断を任せるなんて言ったのか。押し付けられた面倒事に愚痴りたくなってくる。

 

 試験を通して秘密にされたカナの素性を明かす。それがギルダーツに与えられたマスターからの頼みで、試験におけるカナの進退も一任されたのだが、ギルダーツからしてみれば厄介事としか言いようがない。そもそも信頼しているのならわざわざ明かす必要もなく、実力と資格があるなら通してやればいい、それがギルダーツの内心である。

 だから合格を唱えたいのだが、どうしてもその一言が言い出せず、こうしてグルグルと考えてしまう。

 

 自分の中の勘が警告するのだ、それで合格の一言を躊躇ってしまう。別に勘に全幅の信頼を置いている訳ではないが、これは見逃してはならない類のものだということは経験から分かる。今まで何度も命を救ってくれたソレが教えてくれるのだ。目の前の少女は決して自分が認めてはならない、危険で、得体の知れない何かであることを。決して自分を超える才能への嫉妬ではない。そんな感情は相対した時に走った寒気の前にとうに消し飛んでいる。

 

 彼女から喋ってくれれば僥倖だが、明かされることはないだろう。彼女の目に宿る拒絶の色がそれを物語っている。

 

 マスターはそんな彼女を受け入れると言ったが、本音は不安だったのではなかろうか。だから自分が選ばれて計りにされた。マスターとしては今回の試験自体は容認に回る様だったが、申し訳ないが自分は同調できない。それが言葉に出来ない勘というものなのだからカナに対しては実に申し訳なく思うが。

 過去の詮索は無粋だ。だがあまりにも不釣り合いな力と信頼できぬ過去を持ち込まれるのも困る。危険分子というつもりはないが、ギルドという家族を守るためには、なるべく不安要素は弾きたい。

 

 

 やはり今回の試験は落とすべきか……。自分の方針としては、ギルドで彼女が信頼し、全てを打ち明けられる者が出来るまで待つのが最善だと思う。もしその打ち明けられた”家族”が認めたのなら、その時は何も知らずとも自分が認めてやればいい。

 ギルダーツはそう思考をまとめると、今までカナに合わせて出来るだけ抑えていた力を開放した。

 

 

 生半可な相手では返り討ち、善戦させれば内部から不満が上がる。圧倒的で、誰もが認める結果を差し出すしかない。彼女の不合格を内外に認めさせるには、徹底的に潰す必要があった。

 ギルダーツは手加減が下手だと自覚しているが、目の前の少女にそれは必要ないだろう。なんせこの相手を圧倒するということは、そういうことなのだから。

 

 

 ギルダーツは大きくため息を吐くと、黒い瞳を見据える。普通なら自分の本気に当てられて戦意を喪失しそうものだが、目の前の少女は見た事もない、戦いが始まって初めて浮かべる感情を浮かべていた。

 それは何とも形容しがたいものだが、強いて言うなら”歓喜”であろうか。戦いが始まってから目にしていたのは、とても幼い少女が作るとは思えない、高い戦術眼に合うひたすらに冷たい表情だった。それがここにきて一変した。善戦はしたが実力差が露わになり、決着がつきそうだったのが先程まで。そしてここにきて、自分の本気を見せられて浮かべた感情が喜一色。それも気持ちが悪い、爛々と輝く目に口を吊り上げただけの笑顔。

 

 それに戸惑っているとカナは何事かを呟いた。そうすると彼女の体から、何かが引き裂かれる様な、引き千切られる様な、とても不快な音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『力は認める。けれどお前にギルドを導き、家族を守るS級魔導士になる資格はない。今のお前に、魔法を使わせるわけにはいかない』

 

 

 その声に震えはなかったか。見下す目に畏れはなかったか。少なくとも、ギルダーツが理解を超えた”モノ”に対する目をしていたのは間違いない。

 

 

 正直に言おう。このときの自分は恐怖していた。本気で追い詰めた先に見せた彼女の力に。戦う前、遠からず自分を超えると断言した。その予想は間違ってこそいなかったが、決定的に見込みが甘かった事を思い知らされた。

 

 一つ選択を間違っていたら逆の立場でもおかしくなかった。キャリアの差で大した傷も負わずに勝ったが、それは決して圧倒したということではない。全ては彼女に刻み込まれた戦闘思考のおかげだ。

 彼女の戦い方は実に合理的で理想的、美しくすらあるものだ。なぜなら、彼女に”それ”を仕込んだ者達が”そういう奴等”だったからで、だからこそその手の手合いに経験の多い自分は早急に”彼等”の思考を読み取り、有利に事を進めることが出来たのだ。

 もし彼女が経験を積んで柔軟に動き、またもう少し早く応用を利かせていれば、現時点でも自分を相手にいい戦いをしていたかもしれない。それだけの力は十分に示されてしまった。

 

 だからこそ怖い。

 

 もし、彼女が力に溺れてかつての自分の様に道を間違ったとき、果たしてS級の自分は彼女を導けるのか。彼女に放った言葉は、まるで自嘲のように思えた。

 

 何度でも思う。一体どこでこんな力を手に入れたのか、なぜこのギルドを選んだのか、なぜ自分を相手に試験を超えた戦いをしようとするのか。この試験を通し、その中の幾つかはある程度の予測が立てられる様になった。この結果を持って帰ればマスターも納得するだろう。だが自分の中で生まれた感情、この恐るべき少女に対するこの言い様もない感情は何だというのか。

 

 ……なぜ、自分はこれほどの忌避感を抱きながらも、相対する彼女から目を離すことが出来ないのか。自分の勘が訴えかける、この逸らしてはいけないナニカとは何なのか。

 

 

『お前は……認めない』

 

 

 なぜそんなことを言ったのだろう。この言葉は自分にとってどんな意味なのだというのか。それは勝手に口から滑り出てきたもので、決して意図して言った訳ではなかった。

 ……しかしこれが失敗だったことだけは分かる。その後に起こった事を思えば、きっとこれだけは言ってはならなかった。何度この時のことを思い出しても、もう少しやりようというものがあったのではないかと思ってしまう。

 

 

 

 

 その言葉を言った瞬間だった。地に伏し、決着がついたと思った彼女は再度立ち上がった。それも今までの冷静な姿から考えられない程取り乱し、箍が外れた様に叫んで襲い掛かってくる。

 

 それまでとは次元の違う動きで力を振るう少女。先程までその統制された芸術的戦闘を見せていた彼女からは考えられない、あまりにも稚拙で暴力的な姿。そこからは自分もそれまでかけていたなけなしの一線を越えさせられた。

 本気といっても何も殺す様な戦いをするつもりはなく、多少の痛い目は勘弁という程度のものだった。しかしこれはそんなものが許される力ではなく、本気で”壊す”為の力を引き出されて、振るわされた。

 

 終わりは速かった。今までのどの攻防よりも。たった一撃でボロボロに吹き飛ばされた少女は、皮から肉が覗くどころか骨さえ見える体になった。

 

 焦ったのは自分だ。余裕がなかったとはいえ、余りにもやりすぎた。手当をしなければ今後の生活に支障が出かねない程の傷など負わせる気はなかったというのに。

 

 ギルダーツは駆け寄ろうとするも出来ない。見るも無残な体で、動かぬ足を歯を食いしばって立ち上がらせ、あの瞳でこちらを見つめてくる姿があるからだ。

 どれだけ猜疑心を持っていてもカナはギルドの家族。それを殺してしまうかもしれない事実に余裕などなく、人生でもかつてない程に焦るギルダーツの事などお構いなく、一つもまともな方向を向いていない指を開いて掌を向けてくるカナ。

 

 それは今までとは違う魔法。どんな属性にも属さない、唯々純粋な破壊の力を宿す魔。それは間違いなく、自分と同じあの魔法。その事実に一瞬唖然とするも、これ以上焦る余裕が無い筈の心は更に追い詰められる。その理由は余りにも簡単で、力を籠めるごとに彼女の体の肉が少しづつその身体から弾き飛ばされていくのが目に入ったからだ。

 

 制御が出来ていない。いや、初めからする気がないのか。自分の体ごと相手を吹き飛ばしてくれるとばかりに力を籠め、不完全な魔法を暴走させようとしていた。

 

 飛び散る血と肉の中で、それでも彼女は逸らさせないとばかりに目を向けてくる。そこに殺意も敵意もなく、あるのはただ巨大な力だけ。

 何が彼女をそうさせるのかは分からない。もしかしたらこれが剥き出しの彼女で、今こそその真意が分かるのかもしれない。しかし現状は余りに危険で、考えるより先に止めなければ相手も自分も未来がないのだけは分かっている。手段を選ぶことは出来ず、ギルダーツは応える様に手を向ける。

 

 同種の属性での打ち合い。しかし自爆覚悟で臨んだカナを遥かに超える力で押し潰すギルダーツ。それは一見豪快なようで、その実恐ろしい程の精密な動作であった。

 相手が溜める魔力を意識ごと砕く。繊細な作業は苦手というギルダーツだが、失敗の許されぬ状況でこの様な神懸った芸当を勘だけで行えるのが彼が最強たる所以だ。

 それでも彼からしてみれば、自分と同じ魔法を使う人間に会うのは初めての事で、またこんな特殊な状況も初めてだった。

 

 

 

 倒れ伏すカナとそれを見下ろすギルダーツ。この試験で都合三度見たその光景にギルダーツは今度こそ体の震えを抑えられなかった。

 

 倒れたカナの体を抱え上げると全力で走り出すギルダーツ。実力者でも影すら追えない速度で何処かへ向かった彼の後に残されたのは、魔法が使用された証の小さなクレーターだけ。その原因たる魔法の衝突の影響は、意外なほどに小さかったのだ。それはギルダーツが絞りに絞った力の使い方に成功したからか、それとも両者が余りに力を凝縮した故なのか、はたまた何か別の要因によるものか。

 

 理由は本人たちにも分からないが、こうしてカナの一度目の、そしてギルダーツの試験は終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 結果は成功とは言い辛いものになった。捨て身になった彼女と本気かつ全力の俺。負ける訳はなかったが、勝ってもそれはそれで問題なのだ。ポーリュシカの婆さんにはこの件で上がらない頭が更に上がらなくなった。万一の為に彼女を控えさせていたが、まさか本当に死ぬ一歩手前まで行かせることになるとは。

 

 治療場から追い出され、切り株に腰を置いて考える。なんとなく感じてはいた。そして最後のあの攻防で自分の勘はある結論を出した。それが真実だとするのなら納得がいく。しかしそう考えた場合、知らなかったとはいえ自分は余りにも愚かな行為をしたことになる。

 その事実が受け入れられず、こうして頭を抱えて唸ることしか出来ない。

 

 抱える頭に衝撃が走り、振り返る。婆さんがリンゴを投げつけてきたのか、傷のついたリンゴが近くに転がっている。

 

『終わったよ、全部ね』

 

 その言葉に安堵すると同時に再びリンゴの投擲が顔に刺さる。矢継ぎ早に落とされる説教に、唯々地面に頭を下げることしか出来ない。しかし頭を下げる資格すら自分にはないのではないかと思い、本気の涙を溢すと婆さんはドン引きした。呆れたを上げる婆さんに頼みごとの結果を聞くとそれに対しても叱られる。

 必死に頼み込み、治療と同時にカナに仕込んだ拘束も、しっかりと機能しているそうだ。島での試験の内容を話し、手伝って貰ったが、自分からしても穴だらけの説得でなんで手伝ってくれたのか不明だ。何を言われても地面に擦り付けた頭から上げない自分に婆さんは蹴り起こすと同時に言い放った。

 

『やるのは吝かではなかったさ、その判断は恐らく間違いではないからね。でもね、私にはコイツがお前たちの言う様なモノには見えないよ。ただのどこにでもいる思春期のガキさ』

 

 目を背けたくなる様な姿で眠る少女。その理由は決して俺がズタボロにしたからだけではなかった。”これ”を見れば俺が行った傷害ですら、霞んで見える程だ。

 恐らく誰も知らなかったであろう。初めて明かされたその体は、”それ”を行ったものと、許した者達に対する怒りを俺に宿らせて、そして悟らせた。マスターは何も知らなかったのであろうが、この”ツケ”は全て俺に端を発するものだったということに。かつての俺の失敗が、余りにも、余りにも大きく還って来たのだということに。

 

 自分へ怒りを抱くことも、嘆くことすら許されない。どうしていいのかすらわからない事実に向き合うことは、何者も頼ることの出来ない子供時代の様な気分を思い起こさせた。

 

 

 本当に、自分のことをどうしようもないダメ人間だと思っていた。でもこれほどだとは思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 あれから3年経った。結局俺は何も変わらなかったのかもしれない。俺もカナも、時間が必要だと思っていた。だから100年クエストを受けて旅に出た。

 それは逃げただけではなかったのか。あの黒龍にあったとき、俺は心のどこかで安堵していたのではないか。この泣くほどに喜ばしく、そして恐ろしい事実と向き合わずに済むことに。

 

 なんにせよ、自分を追いかけてきたこの目の前の瞳からはもう逃げられない。ならば俺も向き合おう。向き合って見極めるしかない。彼女と、自分の答えを。

 

 しかしそれはフェアリーテイルのS級魔導士ギルダーツとして、仮面を被った姿でだ。自分からはとても言えない、言う資格はない。

 

 そしてそれが望まぬものでも……受け入れよう、どんな結果でも。

 

 どれだけ仮面を被っても、知ってしまった俺はギルドの一員としてはきっと動けない。目の前にしてしまえば、心が傾いていくのが分かる。自分にとって何よりも愛しい存在なのだと、理解してしまうからだ。

 

 

 (お前を導けなかった俺を恨め、カナ。そしてすまない、コーネリア)

 

 

 それでももしギルドに害すると判断出来たら、その時はここで完全に摘み取らせてもらおう。最低限、ギルドに筋は通さなければならないと思うから。

 

「どんな形でも嬉しいもんだな……」

 

 過去が変えられず、後悔ばかりだったとしても、この僅かな幸せを作り出したのは間違いなく愚かな自分がいたからだ。そう思えば、これから起こる戦いも前向きに捉えられる。

 

 ”激闘”の文字が刻まれた洞窟の中、ギルダーツは笑みを浮かべる。それは余りに弱弱しく、その姿は最強とは程遠いものだった。

 

 二人の女の笑い声が洞窟に響く。ようやく来た待ち人を迎える為、ギルダーツは立ち上がる。その顔にはもう、笑みは浮かんでいなかった。

 



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