褐色のサイヤ人、ナメック星に来たる (ろくでなし)
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苦渋の選択
ターレスは惑星ベジータから脱出した猛者なので、結構強めです。サイヤ人であるため伸びしろも高く設定しています。ベジータとの仲は作中で書いていきます。
闇に包まれた宇宙の片隅――惑星ベジータ付近の宙域を通過するのはアタックボールと呼ばれる宇宙船。それは流星のような軌跡を描きながら、宇宙の闇の中を横切ってゆく。
アタックボールに乗るのは、色黒のくすんだ肌の青年だった。青年が地球人ならば今学校へ通うような年頃であろうが、生憎彼は異星の住民――戦闘民族サイヤ人であった。
サイヤ人には地球人の常識は通用しない。彼らは老若男女問わず殺し合いを望み、血を好む傾向が強いため、また彼も肉体に非情な精神を宿している。その証拠に青年は、異星人の住む星を幾つか陥落させ、侵略を生業とする異星人へ『惑星そのもの』を売り飛ばしてきたばかりであった。
『惑星ベジータへ到着です』
スピーカから発せられる機械的なアナウンスボイスに、青年はゆっくりと目蓋を起こしたその時。
『随分と戦火をあげたな、ターレス。本当にお前は下級戦士の出身なのか?』
通信回線から入ったオペレータの声に、ターレスと呼ばれた青年は不機嫌そうに眉を寄せる。
「俺を底辺の下級戦士如きと一括りにするな」
『お、怒るなよ。俺はお前を下級戦士だと思っちゃいない』
「下らないご機嫌取りより、メディカルマシーンの用意だ。三番の着艦マットに俺は降りる。さっさと出迎えの準備しろ」
『あ、ああ』
ターレスと呼ばれた青年が無造作にスカウターの通信回線を切った。彼の乗ったアタックボールは惑星ベジータへ着艦するために大気圏突入を開始する。
「……惑星ベジータか、三ヶ月ぶりだな」
惑星ベジータ内にある酒場、荒くれ者どもが集うこの場所では昼夜問わず、皆が酒を酌み交わす。男女が本能のまま絡み合い、男共が自分の戦果を語っている一角のテーブル。そこでターレスは同じ下級戦士出身であるトーマと酒を飲んでいた。
「お前、戦闘力上がったな? 一体どうやってそこまで戦闘力を上げた?」
「さあな。……いつの間にか異星を侵略していたらこうなっただけだ」
ふと笑うターレスにトーマは酒を注ぐが、酒の量はいつもの数倍に達している。
戦闘力向上の秘密を聞きだそうとしてくるトーマの下心に、ターレスは嘆息する。
「聞きだそうとしても無駄だぜ? お前も自力で戦闘力を上げるんだな」
ターレスは酒を奢りかえすと、トーマは忌々しそうに舌打ちする。
「バーダックと違って瀕死になってる訳じゃねェのによぉ……。単純な戦闘で上がったとしたらそれは大したもんだ」
サイヤ人は瀕死になることで戦闘力を飛躍的に向上させることが出来る。とはいえ、いくらサイヤ人でも瀕死の苦痛を伴う勇気はないだろう。トーマがその典型的なサイヤ人の例だった。
しばらく二人の情報交換は続いた。バーダックが魚人型の宇宙人――カナッサ星人の不意討ちで、意識不明の重体であること。トーマ達がバーダックを置いてこれからすぐに惑星ミートへ向かうことの決定など。酒の肴は尽きることなく盛り上がり、飲み始めて数時間が経過した頃、ターレスは唐突に本命である話題を切り出した。
「――お前には三ヶ月前、フリーザが裏切る可能性が高い……と以前に話したことがあったな」
「ああ、あの笑い話か」
「……まあ聞けよ。近頃、惑星フリーザで嫌な噂を聞いたのさ。ベジータ王は今、行方知れずだろう?」
「おいおい。まさか……フリーザ様が殺した、とかいうんじゃねぇだろうな?」
「その通りだが、まさか不服でもあるのか?」
「だっははは!! クールなお前からそんな冗談が聞くことが出来るなんてな!!! こりゃ今日は忘れられない日になりそうだ!」
トーマはまるで信じていない。どうやら冗談だと思っているようだった。ターレスはその様子に苛立つ。
「真面目に聞け……。トーマ」
「いらん心配だ。酒に吞まれているんじゃないか?」
「下らん冗談かはいつか分かる。だが、その時はもう遅い……!」
気分が悪くなったターレスは椅子から立ちあがり、テーブルへと金銭を叩き付けた。
「は? お、おい!! 待てよ、ターレス!! まだ飲んでいくんじゃないのか?!」
「俺にそんな暇はない。言ったろう? フリーザは俺たちを殺すつもりだとな!」
飲む気が一気に失せたターレスは思わず怒鳴る。何度もフリーザは危険だと忠告したはずが、その効果は全く見受けられなかったからだ。
……皆、フリーザから提供される仕事に夢中で危機感を失っているに違いない。
ターレスは机を拳で砕いて抗議して見せると、一瞬でその場は静まり返った。先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、ターレスから溢れ出るのは鋭い殺気だけだった。
「―――俺はもう行くぞ。フリーザの計画が俺の妄想であることをせいぜい祈っておけ」
ターレスは吐き捨てるようにそう告げると、トーマは肩を竦める。
「一体、カナッサ星でやられたバーダックといい、お前といい、最近何か調子が悪いんじゃねぇのか? 少し冷静になったらどうだ?!」
トーマは肩を掴んで引き止めようとするが、ターレスはそれを振り払う。
酒のせいで気が昂りやすいとはいえ、フリーザに甘んじるサイヤ人の現状への憤り。それはターレスが素面のときでも変わらない。ただ感情を隠せるか、隠せないかの紙一重の差である。
「間抜けが……。俺の言うことが本当だと考えたら――落ち着いていられる状況だと思うか?!!」
ターレスが怒号を響かせた瞬間、野次と哄笑が酒場全体に広がった。
「お前は考えすぎた! 隣にいるトーマが可哀そうだろう?」
「妄想もそれぐらいにしとけや」
「冗談でも言っていいことと悪いことがあるぜ? ギャハハハハハ!!」
このほかにも飲んだくれ、底辺の下級戦士、キ●ガイ野郎などの中傷が酒場の中を飛び交う。口の悪いサイヤ人たちにとって、互いの中傷は日常茶飯事だとしても――サイヤ人全体のことを想っての発言を中傷で切り返されれば、ターレスの失意は大きくなるのは当然である。
緑と青の星惑星ベジータ。それはサイヤ人の故郷であり、ベジータ王が失踪する前まで、階級制度で統治されていた王国でもある。
サイヤ人は下級戦士とエリートで区別されており、ターレスは幼い頃、比較的戦闘力の低い下級戦士に属していた。その名残は今でも残っており、ターレスの扱いは決していいものとは断言できない。証拠に誰もターレスの意見を尊重せず、笑い話とするのもその悪習の一つであった。
ターレスは辣腕したのち踵を返すと、ボソリと呟く。
「矜持を失ったサイヤ人の己の末路など所詮こんなものか……。なぜフリーザの下でのうのうと笑っていられる?」
名残惜しさもあり、思い入れもあるが、差し伸べてもその手を振り払う者を助けることはできない。
ターレスは自分の未熟さと生まれの悪さを呪いながら、引き止めるトーマの静止を振り払い、哄笑で包まれた酒場を後にした。
ターレスの自室。寝台で寝そべりながらターレスはある男の到着を待っていた。
「ターレス様、訃報ですぜ……。やはり、ベジータ王失踪の原因は『フリーザ』への反抗だそうです」
急いだ様子で、部屋に入ってきたその男の名は――アモンドという。
アモンドは三つ編みの頭髪をした巨漢で、ターレスがスカウトした異星人の中では屈指の戦闘力を誇っている。
また、外見に似合わず情報処理を得意としているので部下としては非常に使い勝手が良かった。
「よくやった。……お前を殺さずにスカウトした甲斐があったな」
「へへ……。この宇宙じゃ強い者に従う。それが掟ですから」
アモンドは媚びるように頭を掻きむしると、へらへらとした笑みを浮かべた。
サイヤ人であるターレスでは不都合が生じる諜報活動。そこで、異星人であるアモンドの出番である。彼は完全な異星人型でフリーザ側から全く警戒されない人材であった。
そこに目を付けたターレスは打ち負かした異星人たちをスカウトし、自分の配下を作りあげると、フリーザに目をつけられないような異星人軍団を編成した。それはターレスをリーダーとした異星侵略部隊――クラッシャー軍団である。
もちろん、指揮するのは名目上アモンドではあるが、背後で彼を動かすのはターレスであった。
――つまり、ターレスは影の頭領としてクラッシャー部隊を裏で率いているのだ。クウラやフリーザの目を誤魔化すために。
そんな敵側の盲点をついた諜報活動は捗った。
フリーザのサイヤ人へ対する粛清の計画は軍団員の諜報活動によって鮮明に輪郭を見せ始めると、ベジータ王の反乱が浮き彫りになった。
そこでターレスは確信したのだ。―――フリーザは必ずサイヤ人を裏切ると。
「ですがターレス様。このままじゃ、サイヤ人の弾圧が始まります。それに惑星ベジータの視察と称して、フリーザは何を仕出かすか分かりません」
胸糞悪くなるような情報にターレスは切歯する。
「本当にいいんですかい。サイヤ人として仲間を助けなくて。異星人の俺からのリークなら、他のサイヤ人はあっしの言うことを信じてくれるかもしれませんぜ」
「無理だな。コルド一族への叛意が知られれば、フリーザだけではなくクウラたちが直接出向く可能性がある。誰から情報が洩れるか分からん。迂闊な行動は絶対にとれないのが今の現状だ」
「確かに……そうですが」
「不満があるのか?」
「普段はサイヤ人のことを大切に想っているターレス様がサイヤ人を見捨てるなんてあまり考えたことがないもんで……」
確かにアモンドのいうことは正しい。それをターレスも重々承知だ。
このまま事態を放っておけば全てフリーザの思惑通りにことは進み、多くのサイヤ人が粛清されるだろう。
だが、ターレスは自分の感情を一切消し去った、跡形もなく。
「……考えろ。この状況は詰み。今すぐコルド一族に対抗できる駒は俺の手中にない。このまま情に流されれば犬死にするだけだ」
一番不味いのはサイヤ人の全滅だ。そうすればフリーザへ対抗する者は消え失せ、全てが台無しになる。
サイヤ人の尊厳が失われ、猿という蔑称で宇宙の歴史に名を残すのは、ターレスにとって不本意なのだ。
「それにこれはお前のためでもある。お前はサイヤ人ではないし、表面上は俺の同僚扱いに過ぎん。よって、多少の行動は確かに疑われんが……繋がりを知られた場合、死ぬのはお前だぞ? 死にたくなければ俺の命令だけを聞いていろ」
「……は、はあ」
「なあに、甘い蜜だけは吸わしてやる。―――神精樹の実があれば、お前もすぐにギニュー特選隊程度、捻れるようになるさ」
「あっしが……あのエリート部隊を?」
「それだけじゃあない。俺はコルド一族を抹殺したのち、この全宇宙を掌握する。そのとき、お前にはいい椅子を用意してやる」
「その話、信じてますぜ」
「任せておけ。……この宇宙は必ず俺が手に入れるやるさ」
寝台の上。不敵な笑みを浮かべながらターレスは起き上がると、アンダースーツの上にプロテクターをまとい、出発の準備をする。
惑星ベジータを長期間離れるための任務を数か月前から予定していたターレス。彼はザーボンやドドリアの怒涛の反対を押し切って惑星攻略の任に就くことに成功していた。
出来るだけ計画は用意周到に。それがターレスの生き方であり、用心深い処世術である。それが今や功をなし、堂々と惑星ベジータを出発することができる。
ターレスは自室の中心に置いてあるテーブルからスカウターを手に取ると、期待に目を輝かせるアモンドを連れて、もう使うことのないであろう自室を出た。
緑がかった青空が見える。雲と太陽があるこの美しい景色も今日で見納めかも知れない。ターレスはそう思いながら大空を見据えていた。
ここはアタックボールの出艇港であった。港と言っても比較的簡易な構造をしており、落ちてきた衝撃でクレーターができないよう着艦マットのみが施設にある。この簡易で便利な出艇港とアタックボールは、間違いなくフリーザからの資金提供や施設贈呈の賜物であろう。
だが、それもフリーザが抜き打ち視察に来るという三日後には全て失われる可能性は高い。
フリーザの甘言と特権階級ぶりの優遇で満足し、背後からの一撃でこの宇宙から消えさるサイヤ人の末路。その見事なまでの道化姿を思い浮かべるターレスはどうしてもやりきれない思いがあった。
「ど、どうしたんですか……? タ、ターレス様」
ターレスは怯えるアモンドの声に、はっとなった。いつの間にか地面が砕け、惑星べジータ中の大気がターレスの気迫だけで震えていた。
鳥は怯えたように羽ばたき、森の木々たちはおののくかのごとく、その枝を激しく揺らし、世界が重苦しい地鳴りを轟かせている。
ターレスが感情の昂りを抑えると、次第に地鳴りは終息していった。
ターレスは名残惜しさよりも、憤怒を感じていた。戦闘民族であるサイヤ人がなぜ攻め滅ぼされなければならないのかと。
コルド一族やサイヤ人に伝わる超サイヤ人が事の発端とアモンドは語っていたが、そんな馬鹿馬鹿しい伝説は、サイヤ人であるターレス自身も半信半疑だった。
ターレスはアモンドと共に、クラッシャー軍団と合流すべく、遥か遠い惑星を目指してアタックボールに乗り込む。
ターレスはほとぼりが冷めるまで遥か遠い星まで行こうというのだ。
流石に行き来に数年かかる辺境の彼方まで行ってしまえば、フリーザの性格上ターレスを見逃すと踏んでのことであった。
もしそれでもフリーザやクウラが追ってくるのならば、自分も死を迎えるだろうが、その時はその時だと、ターレスは割り切っていた。
(その時は……ただでは死なん。その時はこの神精樹の実を食って刺し違えてやる)
ターレスは手ににある紅い果実を自分のアタックボールに放り込むと、自分もすぐに乗り込んだ。
何光年も先の惑星へ向かうプログラムを打ち込むなか、ターレスはあの時のことを思い出す。あの酒場での嘲笑の渦。――それは彼にとって、今でも耐えがたい屈辱であった。
(馬鹿が……。なぜ、フリーザを信じて俺を信じない……)
ターレスは悔やみつつも、己の生まれの悪さを呪った。もし、自分がエリート出身であれば、彼らを説得することは可能だったのかもしれないと。
だが、それは今となっては夢物語だ。――下級戦士と馬鹿にして、仲間であるはずの自分の話を信じなかったようでは、こちらとしても手の施しようがなかったのだ。
結論から言って、惑星ベジータに住むサイヤ人はもう終わりだ。今のサイヤ人は現状に甘んじ、己が狩られる側になり得るということを忘れてしまっている。不穏なフリーザの動向すら掴めずに大勢のサイヤ人が滅びゆくのだとしたら、それは間違いなく運命なのだろう。
(だが、俺だけは他のサイヤ人とは違う)
ターレスはそう自分に言い聞かせると、コールドスリープ装置のパネルに手をやる。
(待っていろ、フリーザ。コルド一族で最初に死ぬのはお前だ)
そして三日後。今はコールドスリープで眠るターレスの予想通り、惑星ベジータへのフリーザ侵攻は現実のものとなった。
間違っていたり、おかしな部分あったら報告お願いします。(誤字・脱字・矛盾点など)
惑星ベジータ王の反乱とバーダックの反逆の時系列は自分のオリジナルとなっております。これは原作に明記されていないからで、あくまで自分の想像です。
また、ベジータ王が返り討ちになったことは秘密裏に処理されたと私は考えています。でなければ気性の荒いサイヤ人が、フリーザへ反抗心を抱いていないはずがないからです。※スペシャル版で酒場にいたサイヤ人の発言から推測。
――特殊な例としてベジータはベジータ王が返り討ちにあったことを知っていたのでしょう。なぜなら、惑星ベジータが消滅したとき、彼は全く驚いていなかったからです。
過去の話は知っているつもりですが……ほとんどが自分の解釈だけになってしまう傾向にあります。もし誰か公式情報を知っている人がいたら教えてくれれば幸いです。
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宇宙の帝王、ナメック星に来たる
誤字・脱字・矛盾点があったら報告お願いします。
フリーザの惑星ベジータ破壊から二十数年後の地球。ここは平和だった。……そんな地球にも人を陥れようとする者がいた。また、宇宙から飛来し、悪意をばら撒こうとする者もいた。
だが、それらは地球育ちのサイヤ人――孫悟空の手によって倒され、今も人類は平穏を保っていた。
救世の英雄、孫悟空。皮肉にもその名を知る者は地球では少ない。それもそのはずだ。彼は富や名声のために戦ってきたわけではなく――――己の矜持や愉しみのために戦ってきたのだ。
病院の中のある一室には、外傷による重体患者を治療するためのカプセルが設置されている。そのカプセルに入っているのは、ミイラ男のごとく全身に包帯を巻いた青年――孫悟空だった。そんな彼を心配そうに見守る二つの人影があった。頭を丸めた格闘家のクリリン。そして、孫悟空の息子――孫悟飯である。
「まじいな……。ついていきたいけど、オラがこの状態じゃあな」
孫悟空は喋るのも辛い状態であった。身体をわずかに動かすだけで、体中が軋み、骨が痛み、肉が裂けるような錯覚に陥る。孫悟空はそんな自分の身体を、口惜しく感じていた。
「ナメック星人は神様みたいに、理性的で温厚なんだろ? 安心して待っててくれよ」
クリリンは悟空を気づかうような笑顔で、白い歯を見せつける。
「そうですよ。お父さんは頑張ったんですから、少し休んでいて下さい」
悟飯もそんなクリリンに賛同するように、深く頷いた。
「ははは……わりぃな。オラがもうちっと強ければ、こんな体にならずにナメック星に行けたのにな……」
「馬鹿いえ! お前がいなかったら、今頃俺や悟飯もサイヤ人に殺されていたよ」
昨日の苛烈を極めたサイヤ人襲撃。それに対して孫悟空とその仲間らは、激しく抵抗した。そして……数々の仲間の死を乗り越えた死闘の末、これを撃退することに成功するが、ここで最もあってはならない事態が発生していた。
ナメック星人であるピッコロが、サイヤ人の一人であるナッパの攻撃により没してしまったのだ。神なしではピッコロが存在できないように、ピッコロなしでは神もまた存在できない。二人は二人で一つであり、お互いは半身同士なのである。結果、何でも願いを叶えることができるドラゴンボールの創造主――神が消滅したことで、地球からはドラゴンボールが失われてしまったのだ。
ドラゴンボールの消滅と仲間たちの死。それらの事実は孫悟空と生き残った仲間たちに衝撃を与えざるを負えなかった。
だがそんなとき、一筋の光明が孫悟空たちに差し込んだ。神の故郷であるナメック星に『別のドラゴンボール』が存在するかもしれないというのだ。
「だからさ、悟空。お前の体が動かないときぐらい、俺が……。いや、俺たちが体を張ってナメック星へ行ってくるぜ」
クリリンは悟飯を暖かな目で見やると、彼の頭を乱暴に掻きむしる。
「僕、頑張ります。死んでしまったピッコロさんやみんなのために!」
悟空は目を丸めた。あれほど泣いていた息子の姿はもうなく、逆に今では頼もしさすら感じさせている。――強くなったな、悟飯。
この二人なら余程のことがなければ大丈夫だろう。そう確信すると、
「二人とも。頑張れよ」
悟空は親友と息子に激励を贈った。
後日、クリリンはブルマを連れてナメック星へ行くことになった。孫悟飯は母親であるチチの猛烈な反対を受けつつも、自分の意思を貫き、クリリンと同行することになった。
しかし、彼らは知らない。様々な組織がドラゴンボールを求めて活動していることを。
惑星フリーザのある巨大な建築物。そこは宇宙船を管理する大型施設であり、内部では様々な人種の宇宙人が雇われている。そんな施設のある一角では、雇い主に提供する宇宙船の調整が行われていた。
今日は彼ら―-作業員たちの雇い主である男が施設に来日する。そのせいか、急ピッチで作業が進められている。
そんな中、作業も滞りなく進み、終わりを向かえそうな頃、彼らに稲妻のような緊張が走る。
――球状の乗り物に乗った小鬼のような男とその付添いである美青年が作業場に入ってきたのだ。
小鬼は作業員一人一人に視線を投げかけると、満足そうに口角を吊り上げるが、彼らはその瞬間、心の奥底から震え上がった。――小鬼は作業員たちが手を抜いていないのか確認しに来たのだ。手を抜いた作業員がいた場合……小鬼は迷いもなくその者に残酷な処分を下すだろう。
「順調に整備は終わっているようですね。……皆さん、頑張って下さい」
慇懃な態度とは裏腹に見え隠れする圧力。小鬼に対する怯えを隠すように、作業員たちはさらに作業へ没頭する。
「出発は今日中にできそうですね。出発時間の方はどうなっていますか、ザーボンさん?」
小鬼は自身が乗るであろう円盤型の宇宙船を見上げると、緑髪を三つ編みにまとめた美青年がすかさずに言う。
「ご安心ください。フリーザ様は今から三時間後には――ナメック星へ向かっているでしょう」
整った顔立ちに加え、丁寧な言葉遣いと滑らかな声色を持つこの男。――彼はまるで理想的な紳士のような立ち振る舞いで、フリーザと呼ばれた小鬼に応対している。
麗しいマスクと高い戦闘力を持ったこの青年は、フリーザの下につく者ならばまず知らない者はいない有名人であり、上級戦士としても名を知られた猛者でもあった。
「ベジータは今はどうしていますか?」
「どうやらスカウターを失ったらしく通信不能です。が、ナッパの戦闘力のロストは確認できました。それに加えてベジータのアタックボールがこの惑星フリーザに向かっています。また、少し様子がおかしく、通信装置に呼びかけても返事がありません。地球側の抵抗が想像以上に激しかったのでしょう」
「くく。ベジータは本当にお馬鹿さんですね。地球でダメージを負ったあげく、スカウターで私が通信記録を覗いていることも知らずに、何でも願いが叶うというドラゴンボールについて話してしまうんですから」
「しかし、宜しいのですか? あの男はフリーザ様にドラゴンボールのことを連絡もせずに黙っておりました。さらに、自分が不老不死になろうとの発言をしていることから、反逆の意思があるかもしれません。……殺しておくべきでは?」
「……まだ生かしておきますよ。私が不老不死になれば《ベジータ》も大人しく従う気になるでしょう。なにぜ、私を殺すことが事実上不可能になるんですから」
フリーザの願望。それは全宇宙の支配である。だが、それには寿命という制約が付き纏い、老いが自分の力を衰えさせることは明白だった。また、サイヤ人の王子であるベジータの危険性という問題も最近になって浮上している。確かにフリーザが直接出向けばベジータの始末は容易ではあるものの、彼のような戦闘力を持った戦士を無駄死にさせるのは惜しい。
「しかし、フリーザ様。その何でも願いが叶えられるというなら……宇宙全土を支配するという願いを叶えてしまえばいいのでは?」
核心を突くようなザーボンの発言に、フリーザは大きくため息をつく。
「分かっていませんね、ザーボンさんは。全宇宙の支配というのはわたくしの生きる目標。――――それを叶えてしまえば愉しみがなくなってしまうではありませんか」
不敵に薄ら笑いを浮かべるフリーザ。それは慇懃で朗らかだが、見る者たちへ否応なく恐怖という重圧を与えていた。無論、フリーザの隣にいるザーボンもその圧力に押され、苦笑を浮かべている。
「そんな下らないことより、ナメック星への侵略部隊の編成はどうなっていますか?」
「は、はい。部下にナメック星へ下見に行かせたところ、所々に高い戦闘力をもったナメック星人がおり、下級戦士では少々荷が重いかと」
「……貴方より戦闘力の高い固体は確認できましたか?」
「いえ。せいぜい一万といったところです」
「では、ギニューたちは連れて行かなくて大丈夫ということですね?」
「はい。私とドドリアの二人で十分です。……ですが、ナメック星人は数千キロ離れた位置に生息コロニーを持っており、最も離れたコロニー同士では数万キロメートル離れた場所にあったりと移動に時間がかかってしまいます。そこで、幾つかに部隊を編成し、ドラゴンボールの回収を各自行わせる予定です」
「よろしい。では部隊編成の状況はどうなっていますか?」
「急遽の特別編成部隊なので、緊急招集をかけ、下級戦士数十名と上級戦士を三人程度を募りました。……これでナメック星は一週間程度で陥落させることができましょう」
「ふむ。……幹部となる上級戦士は誰です?」
「まず、双子の申請がありました。《レズン》と《ラカセイ》という双子です。二人とも辺境の惑星を攻めているようなベテラン戦士です。二人とも戦闘力一万五千程度の比較的高水準の戦闘力を持っております」
「そうですか。……そんな戦士がいたとは驚きですね」
フリーザは驚いた。戦闘力一万以上を超える戦士は少ないなか、双子という特徴を持った者達ならば、印象に残るはずである。
しかし、辺境の惑星で黙々と働いていた場合、名前の知らぬ無名の戦士がいてもおかしくはないかもしれない。
「彼らの同行の動機は何ですか?」
「……彼ら側から是非、フリーザ様の役に立ちたいとのことです。フリーザ様が出発次第、ナメック星で合流すると言っております」
「ほう? 今彼らは惑星フリーザにいないのですか?」
「侵略した惑星の後処理に追われていますが、もうそれも終わりましょう」
フリーザは双子の戦士に興味があったため、その姿を見てみたいと思っていた。だが、その期待は叶わない。ザーボンに聞けば、この二人は毎度星の侵略で忙しく、惑星フリーザに来ること自体が少ないらしい。
頼もしいと思いつつも、妙な違和感に首を傾げるフリーザは訝るが――
「……分かりました。では最後のもう一人は?」
……今すぐドラゴンボールを手に入れたいという欲望が、確認という選択肢を脳裏の隅に追いやってしまった。ザーボンはさらに説明を続けていく。
「最後の幹部はベジータと同程度の戦闘力を持つ《キュイ》です。言わずもがな一万八千程度の戦闘力であるからして、返り討ちに合うことはないでしょう」
キュイ。彼はフリーザもよく知る上級戦士で、ベジータに激しい闘争心を抱くある意味都合のいい男だった。
「では、キュイには帰ってきたベジータの監視をお願いしましょう。彼はベジータを殺したがっているそうなので、もしもアレが回復し、ナメック星へ来るようなことがあれば始末させたほうがよさそうですね」
「いいのですか? その分、ドラゴンボールの回収は遅れてしまいますが……」
「いいんですよ。ナメック星人よりベジータのほうが厄介そうですから」
ベジータ以外、ドラゴンボールを求める者などおるまい。フリーザは確信を持ってキュイの戦闘用配置を対ベジータと決めた。
フリーザとザーボンのナメック星への侵略計画。その話はさらに進んでいくと、遂に施設の作業員から声がかかる。
「フリーザ様、お待たせいたしました。宇宙船の整備が終わりました。あとは全員分のスカウターの調整と戦闘服の支給で準備は完了します」
「ご苦労様です。皆さん」
フリーザは待っていたと言わんばかりに、小気味良い声を上げた。……あとは備品担当のドドリアが準備できれば、今すぐにでもナメック星へ出発できるだろう。
「ああ……愉しみになってきましたよ! これで兄さん以上の特権を私は手にするも同然ですからねぇ! オーッホッホ!!」
フリーザは興奮を隠しきれず、作業場内に盛大な高笑いを響かせた。
海と小さな島々が所々に浮くナメック星は太陽が落ちることはない。
気候は安定し、生暖かい陽光が降り注ぐこの大地は、生物環境に恵まれた宇宙のオアシスのように、豊かな生態系を育んでいる。
島の上に暮らす生物は蛙のような両生類が多い。なぜならナメック星は水場が地球に比べて多く、島を移動する場合を想定すると海を渡らなければならないのだ。そのため、水中と大地を往来できるように進化した動物が多いのだろう。
さらに先ほど水面で飛び跳ねた魚の大きさも鯨類のように巨大で、水中に豊富な水産資源があることを伺わせている。
「この星はナメック星人を掃除した後、頂いておきましょうか」
球状のポッドに乗るフリーザは、ナメック星の景色を見渡すとそう言った。
遂にナメック星へ降りたったフリーザは、ザーボンを始め、昔からの側近――ドドリア、謎の双子――レズンとラカセイなど、多くの部下を引き連れて、この星の侵略を開始しようとしていた。
着々と準備は進み、スカウターによってナメック星人の位置を把握するフリーザ一味。そして、部隊編成が終わり、出撃しようと決めたところ―――
「フリーザ様。東北東、北北西、南南東、北、東からナメック星人と思われる者たちが続々とこちらに集まってきますが……」
ザーボン言う通り、比較的戦闘力の大きい生体反応がスカウターに五つも検知された。この移動速度を見るに、彼らは空を飛んでこちらに迫っているようだ。
フリーザは面倒なことになったと嘆息すると、ナメック星人が飛来してくる緑がかった青い空を見据える。
「異星の者。お前たちは何者だ」
宙から飛来する五人のナメック星人たち。彼らは筋肉質の亭々たる肉体を持った戦士たちだった。鋭い目つきと低い声色は、明らかにこちらを警戒しており、油断の様相は一切伺えない。
「中々お早いご到着で。見たところ、ここには機械という文明はないようですが……どうやって私たちの位置に気づいたのですか?」
何千キロメートルも離れた位置で検知したナメック星人が、真っ直ぐ自分の方へ飛んでくる時点で、偶然とは言い難い。
スカウターもなしに自分たちの位置を発見するナメック星人に、フリーザは訝る。
「異星の者よ。悪いが、まず私たちの質問に答えてくれ。お前たちはこの星に何をしに来た?」
「私たちの位置が分かることいい……不思議な術を使うというのは本当でしたか。これならドラゴンボールを持っていてもおかしくはないですね」
「なんだと……?」
ドラゴンボールと聞いた途端、ナメック星人の目の色が変わる。
「フリーザ様。――こいつらは飛んで火にいる夏の虫です。ドラゴンボールについて彼らから聞きだしましょう」
ザーボンがそうフリーザに耳打ちすると、周囲のナメック星人にどよめきが広がった。
「夏の虫? そうか、貴方がたは……そう言う魂胆か。皆、今の会話を聞いたか!!」
一人のナメック星がそう言うと、他のナメック星人たちは互いの顔を見合わせた。
「やはり、この気配は悪の者か……!」
「ああ。まさか、この大切な時期に異星人の襲撃があるとは……」
「ほう? 今の会話が皆さんには聞こえていたのですか?」
なぜ今の会話がナメック星人に漏れたのだろうか、と思うフリーザ。確かにザーボンは誰にも聞こえないような小声で耳打ちしていたはずだった。
しかし、ナメック星人はそれをいとも盗み聞きしていたように、会話の内容を把握している。
「我らナメック星人は聴力にも優れている、それだけだ。……もう、教えることは何もない。今すぐこの星から立ち去れ。…………貴方がたからは邪悪な気配が感じられる」
なるほど、と頷くフリーザ。だが、ザーボンとの会話を聞かれたからといってフリーザの選択肢は変わる訳ではない。このナメック星の侵略はフリーザにとって、既に決定事項なのだ。
「わたくしには貴方がたと交渉する気はありません。……死にたくなければ、ドラゴンボールに関しての情報を教えて下さい」
「我らに戦う意志はない。だが、これ以上我らの母星へ土足で踏み入るのなら、こちらも武力をもって制圧せねばならない」
ナメック星人の一人が構えを取ると、フリーザは眼光に冷たい光を宿して宣言する。
「――――――ザーボンさん。ドドリアさん。なるべく生かしておいて、ドラゴンボールのことを聞きだしてください。お願いしますよ」
「畏まりました。フリーザ様」
「……久々の戦闘だぜ。さぁて! どいつからかかってくるんだ?」
ザーボンは下げた三つ編みを気障に手で払い、ドドリアと呼ばれた男は豪快に指をポキポキと鳴らす。
二人は既に戦う準備が出来ていたような余裕を伺わせて、ナメック星人たちを圧倒していた。
「戦闘は避けられぬか。ここまで話が通用しないとはな」
「だが、戦わなければなるまい。この邪悪な大パワーを放っておいたら、このナメック星は取り返しのつかないことになる!」
もう戦闘は避けられないだろうという剣呑な雰囲気が周囲を覆い尽くすと、ナメック星人たちも覚悟を決めたのか、フリーザたちを射殺すように見据える。
そんなナメック星人たちの姿勢の変化にザーボンはふと笑い、スカウターに映る数字を見ながら言った。
「……戦闘力一万程度の反応が三人、二人が八千程度。この星の異星人迎撃部隊といったところか」
「なかなかやるじゃねぇか。リハビリ相手には最適だぜ」
ドドリアはそう言うものの、顔に焦燥は伺えない。むしろ、面白いおもちゃを見つけたような意地の悪い笑みをナメック星人へと向ける。
「ちっと時間が掛りそうだな。おい、レズン、ラカセイだったけか? お前たちも手伝え、初仕事だぜ」
「お任せを」
レズンとラカセイは同時にドドリアの呼びかけに応じると、ナメック星人たちの前に立ちはだかる。
「では皆さん、やっておしまいなさい」
フリーザの号令が戦闘開始の狼煙となった。
……が、それは戦闘と呼べるものとはいえるものではなく凄惨な殺戮と化し――ナメック星人の断末魔の叫びを合図に、悲劇で幕を下ろした。
ターレスたちはクリリンやベジータたちよりも早く動き出しています。おかげで原作にない場面も書かなくてはならず、大変です……。あと映画知らない人は結構分からない部分が多々あるかと……。
確か原作だとクリリンたちが到着した時にはフリーザはドラゴンボールをたくさん集めていたと思います。
……あと、ターレスはボスキャラっぽくしたいので中々出てこないかもしれません。
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