魔法少女ドラゴニック☆きゃろ (奈那志)
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0話
雷が落ちたかと錯覚するほどの轟音。音の発生源である大地は引き裂かれ、生まれた谷からは人工物が顔を覗かせていた。谷からは黒煙が漂い、人工物からは火が出ている。先ほどの轟音はこの人工物に何かがあったに違いない。
――雲一つ無い蒼穹。その中に一つ、白い点が我が物顔で飛行していた。
「ブラストレイ!」
幼さが残る声が力強く発された。その瞬間、白い影に閃光が集い、熱量となって放出される。複数の火球が流星のように人工物に着弾した。
――再びの轟音。恐らく、先ほどの音もこれが原因だったのだろう。
今更人工物から警報が鳴り響く。人工物内が慌しくなり、爆発で閉ざされた出入り口が、一条の濃い緑の線によって内側から破壊された。飛び出した勢いそのままに光線が白影を襲う。しかし、白影はひらりと宙を舞う羽のように回避し、何事も無かったかのように飛行を続けていた。
「噂の黒陽か!」
人工物から緑の光線を放ちながら男が叫ぶ。バリアジャケットと呼ばれる戦闘衣を纏った男は、一般に魔道士と呼ばれる人間だ。全体的に黒で統一されており、顔の殆どを覆うフードとマスクが装備されている。バリアジャケットは一種の結界のようなもので、素肌を晒していようがそこもバリアの範囲内である。つまるところ、それで全身を隠すような設定をしている者は、後ろめたい何かを行なっている可能性が非常に高いといっても言い過ぎではない。
「大人しく投降してください」
少女特有の柔らかく、高い声が男の耳に届く。距離をとるように旋回する白影から発せられた声だ。男はその事実に一瞬驚くが、特段ありえない話でもないと自身を律した。最近次元世界で名を馳せているエース・オブ・エースも、幼少のころからその才能を開花させていたことは有名である。生まれつきの魔力量という境界線がある以上、幼い者が力を持っていることは珍しくはあってもありえない話ではない。
白影と黒影の空中戦が始まる。
先に仕掛けたのは白影の方だった。距離を詰めさせないような炎の範囲攻撃。振りまかれた劫火が天を焼く。それでいながら一定の距離を保つよう、衰えない速度で飛行していた。
逆に男は無駄な砲撃を行なわず、ジリジリと距離を詰めていく。稀に炎と接触するが、必要経費だといわんばかりに意に介していないようだった。白影もそれに気がついたのか、移動方向に設置するように炎を撒き、無駄な魔力消費を抑え始めたようだ。
ふと、一瞬だが男の姿が完全に炎に隠れた。失敗を悟る白影であったが、間を置かずに自身の後方に防御魔法を設置する。
魔法同士がせめぎ合う、鈍い音が響く。男のデバイスは見た目こそありふれたストレージデバイスの様であったが、魔力刃を纏わせているところを視るに頑強さを高めているに違いない。最初の砲撃魔法は見た目こそ派手であったが威力は無く、男の戦闘スタイルは短距離転移魔法からの奇襲が本来のものであった。故にこの近距離戦こそ男の望んでいたものである。
「この距離なら、俺の勝ちだ。嬢ちゃん」
「――」
男の視界に写ったのは幼い少女であった。男の胸ほどまでの高さも無い身長、幼さからくる丸みを残した肢体。桃の髪を風に揺らしながら、白い竜の背の上で少女は男を睨み付けていた。
「投降するなら命だけは助けてやるぜ?」
「――」
とっさに張られたシールドは簡易的なものでしかなく、男が全ての準備を整えて攻め入った攻撃を防ぐには不十分であった。恐らく20秒と持たないだろう。
口を閉ざしていた少女が口を開く。
「何時までこの
「は!?」
ぼそり、と呟いた少女は祈るように手を合わせ、黒く輝く球体を召喚した。
「我が乞うは、竜の力。黒竜よ、我が身に集え――黒竜装填、Boost Up Dragon Install!」
蒼空が、紅く染る――。
◇
「結局、また頼っちゃった。ごめんね、ヴォルテール」
桃色の少女が薄暗い路地裏を行く。少女と路地裏、明らかに雰囲気と噛み合わない組み合わせだが、後ろめたいことをしている者達は不思議と少女に害を与えることは無かった。ただ遠巻きに通り過ぎるのを見ているだけの姿は、むしろ怯えているようにすら見える。
「フリードも、私の油断で後ろ取られちゃってごめんね?」
少女の横を行く小さな白竜は否定するように首を振った。むしろ自分が悪かったのだと言わんばかりに少女を慰めようとする姿は、大きさのこともありとても愛らしかった。少女もそれにつられ、少し陰っていた表情が和らぐ。
「今日は久しぶりにみんなでお肉食べようね!」
違法な研究を行なっていた施設を破壊し、仕事を紹介してくれた仲介人から受け取ったお金を抱きながら少女はそう提案した。白竜は素直に喜びの鳴き声を上げ、ここにはいない黒い竜は遠慮の意思を少女に伝えた。両者の異なる反応に少女は笑みを浮かべ、この日の宿に足を向ける。
そんな、微笑ましい姿を遠くから見つめる姿があった。
「――黒キ太陽」
薄暗い廃墟には似合わない澄んだ声が響く。ガラスの割れた窓から射す光が黄金に反射され、輝いた。その場にそぐわない黒のスーツとスカートを履いた女性は、ホロウィンドウを操作して視線の先の少女と見比べている。ホロウィンドウにはNO IMAGEと記された写真欄と、これまでの戦果が記されていた。
・空戦A+級魔道士撃墜。
・陸戦AA級魔道士撃破。
・違法施設の破壊14件。 etc……
その凄然たる戦果に女性は息を漏らした。視線の先にいる少女のイメージと戦果が一致しなかったのだ。召喚士、ということだから本人が強い必要性は確かにない。しかし、その力に振り回されない技量、竜との信頼関係は必要不可欠のはずである。再び女性が目を落としたホロウィンドウには『強すぎる竜との関係性から故郷を追われる』とあった。これならばむしろ、竜との関係は上手くいかないのが当然だとは思われるが……。
――逆にほかに頼れるものが無かったことが所以の信頼関係かもしれない。
女性は空論を頭の隅に追いやり、行動を開始した。目的は【幼い少女の保護】及び【時空管理局へのスカウト】である。次元管理局執務官、『金の閃光』フェイト・テスタロッサ・ハラオウンは静かに舞い降りた。
「キャロ・ル・ルシエさんだね? 管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。あなたを保護したいと思うんだけ――」
「是非お願いします!」
「へ?」
言い切る前に即答したキャロに驚くフェイト。随分と締まらない、始まりの出会いであった。
お察しの通り、キャロにドラゴンインストールって言わせたかっただけです。
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1話
辛い宿無し生活ともこれで終わり……。
キャロと呼ばれた少女はそんなことを思っていた。強すぎる力を云々、黒き竜の加護が何やらで村八分を食らった挙句、親にも見捨てられたキャロはひもじい生活を強いられていたのだ。
頼れるのは卵の頃から一緒だった白竜フリードリヒと、何故かキャロを好いてくれている黒竜ヴォルテール。あとは餞別として渡された、型遅れのストレージデバイスのみである。食事すらギリギリなのに服を買うお金などあるはずも無いため、バリアジャケットを複数設定して誤魔化している始末である。
「え、えっとじゃあ付いて来てくれる?」
「はい!」
まったく警戒をしないキャロに、フェイトは面食らっているようだ。-schwarze Sonne-『黒い太陽』の名で恐れられている賞金稼ぎと、この少女が同一人物だとフェイトは到底信じられなかった。逆にキャロの方は、教わっていた知識からフェイトに後光すら見えていた……事実フェイトは太陽を背に立っていたのだけれども。
「じゃあ、歩いている間にもう一度自己紹介しておくね? 私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン、時空管理局の執務官です。ル・ルシエさんの保護者、のような立場になります。――あ、私が保護者になっても大丈夫?」
「よろしくお願いします! 私はキャロ・ル・ルシエです。アルザスの故郷を追い出されてからは、お金のためにいろんな場所を飛び回っていました。隣の白竜はフーリドリヒ、私のパートナーです」
あと、私のことはキャロと呼んでください。そう自身の紹介を締めたキャロは終始笑顔であった。逆にフェイトはどうしてこんなに良い子が辛い思いを……と世の不条理を嘆いていた。
すると急にキャロの表情が驚きに変わる。悩むようなそぶりを何度か見せた後、決心がついたのか口を開いた。
「あの、もう一人のパートナーがフェイトさんに挨拶したいと言っているんですけど、呼んでもいいでしょうか?」
「うん。大丈夫だよ」
フェイトが答えたその瞬間である、あちこちで野太い悲鳴が上がったのだ。一体何人が盗み聞きをしていたのか、とても堅気には見えない風貌の者たちが一目散に駆け出し、逃げていく。その光景に一番驚くのはもちろん、前情報の無いフェイトだった。何が起きて、何が起きようとしているのか、それがわからない故に戸惑うことしか出来ない。
「あ、待っ」
「来て、ヴォルテール!」
その一言で発現した魔方陣を見た瞬間、フェイトの表情が強張った。セットアップの簡略化とは、難易度が天と地ほどの差があろう大魔法。専用のレアスキルを持つ、竜の巫女であるキャロのみに与えられた異能、もしくは奇跡。――周りの建築物に被害を加えないようゆっくりと現れる、巨大で強大な黒き竜の姿が、そこにはあった。
現れただけで気温が数度上がったのではないだろうかと勘違いさせられるほどの熱気、存在感である。アルザスの守護竜とも呼ばれるヴォルテールは、強力な竜種の中でも更に別格の存在である。それこそ本来は一介の召喚士に使役されるような存在ではない。あくまでヴォルテールがキャロのことを気に入っているからこそ成り立つ関係なのである。
「ヴォルテールが一目で認めるなんて、凄いですねフェイトさん!」
「え、うん?」
目を爛々とするキャロと、呆然としたフェイト。なまじその強大さを視るだけで理解できるからこそ、フェイトは驚きで声が出ない。
しかし、同時に冷静に分析を行なうフェイトもそこには存在した。複数思考、マルチタスクと呼ばれる技術は高位の魔道士には必要不可欠なものだ。――恐らく、異名である黒い太陽、黒陽とはこのヴォルテールのことを指すのだろう。たしかに、ヴォルテールさえいれば空戦陸戦問わず、AA級ぐらいまでの魔道士を相手にしたところで力押しで事を成してしまえそうだ。と、そんなことを思考しながらもそれを態度に表すことは無く、フェイトは口を開いた。
「始めまして、ヴォルテール。キャロは私が責任を持って保護します」
相手が求めるものを違えることなんてしない。この場合は油断を誘うよりも誠実さをアピールした方がいい事を、数年の執務官という立場からフェイトは学んでいた。とはいえ、そもそも誠実な人間であるのがフェイトなのだが。
数秒目を合わせた後、ヴォルテールからフェイトへの静かな圧力が消えた。恐らく、今度こそキャロを預けるに値すると認めたのだろう。
徐々に輪郭が崩れ、粒子となって帰って行く黒竜だが――。
「――え? フェイトそん? まロい? なに言ってるのヴォルテール!?」
「そん?」
立つ鳥跡を濁さずというが、立つ竜は跡を濁すだけ濁して帰っていった。蛇足だが、困惑を共有した二人は驚くほど早く打ち解けたらしい――。
◇
「あの子がそうなの?」
廃墟と化した市街地の上空、一機のヘリ内部で女性が尋ねた。言葉尻こそ尋ねる風だが、その口調は確認するものに近しい。疑いよりも確信の方が強いようであった。鋭い視線の先には桃色の少女の姿がある。幼さの抜けない、可愛らしい少女である。その少女が昨今でもっとも戦果を挙げた賞金稼ぎだと、彼女のように疑うことなく信じられる人間は一体どれほどいるのだろうか。
「本人の魔力は平均より上程度、ただし呼び出す対象が強大無比か。うちの部隊にこれ以上ないほど噛みあっとるな」
「私もまだ見せてもらってないけど、本人の力を一時的に強化する術もあるらしいよ。今日はそれも見せてくれるようには伝えておいたから」
機内には三名の女性が搭乗しているようだ。管理局でも数の少ない高ランク魔道士、そのうちの三人である。今回行なわれるものは、桃色の少女の適正ランク試験である。今まで受けたことが無いと伝えた少女に、なら是非と勧めた結果である。
時間を知らせるように機内にブザーが鳴り響く。それを合図に桃毛の少女、キャロは動き出した。最初に行なったのは周囲の確認のようである。竜を召喚していない竜使いなんてルーのないカレーのようなものだ。差し迫った危険は無いと判断したのか、早速キャロはパートナーを呼び出す。
「白竜降臨! 来て、フリードリヒ!」
「――!」
一工程(ワンアクション)まで簡略化された召喚式はキャロ独自のものである。自身が生き残るために生み出された、キャロの生命線。決して強くは無い、キャロ本人を守るための召喚術式。キャロを翼で包むように現れたフリードリヒは、静かに咆哮をあげた。
現れたフリードリヒの背にキャロは滑るように乗る。その動きに無駄は無く、一種の美しさすらそこには見えた。間を置かずに宙に浮かんだフリードリヒを、更に上空へと向かわせる。 ――なお、今回の試験はターゲットスフィアの時間内撃破である。
「レアスキルの恩恵、ってだけじゃないね。確かな信頼関係と、度重なった経験が透けて見えるぐらいだもの」
ウィンドウ越しにキャロを見る、管理局の制服に身を包んだ女性がそう言い切った。栗色の髪をサイドポニーにまとめたその女性の言葉には驚きと感心が入り混じっている。エースオブエース、高町なのははより真剣な目、まるで生徒を見る教官のような眼差しで再びウィンドウに視線を落とした。それに対して口を開いたのは金髪の女性、フェイトだ。そのフェイトがまるで自分が褒められたかのように破顔し、口を開いた。
「レポートにも載ってるけれど、今召喚したのがフリードリヒって名づけられた個体で、彼が卵の時から一緒にいたらしいんだ」
「一緒にいた時間は信頼を裏切らない、ってことか。家族の絆ってやつやね」
フェイトに言葉を返すのは、3人の中では一番小柄な女性だ。言葉に乗る独特のイントネーションはここ、ミッドチルダでは珍しいものだ。なのはが小柄な女性、はやてに言葉を返した。
「フェイトちゃんとアルフさんの関係が近いのかな?」
「そーやね。彼女の経歴見てると、私も親近感わくんやけどな」
「! 動くみたいだよ、なのは、はやて」
画面に表示されるのはフリードリヒの背から翼のように溢れる魔法陣の姿だ。それがフリードリヒの眼前に、重なるように集っていく。この瞬間、フェイトだけは嫌な予感がした。この場合、フェイトだけが気がついたのは他の二人より危機察知能力が高いだとかそういった話ではない。
この場合、一種の理不尽をキャロから感じたことがあるかどうかの差だけだ。
『フリード、ブラストレイで薙ぎ払って』
「「へ?」」
「……あぁ」
通信機越しに届く声に、なのはとはやては揃って口から息が漏れた。その瞬間、白竜から一条の煌きが迸る。ターゲットスフィアがいるであろう廃ビルの基礎部分と、重要そうな柱をその光線は穿ち、破壊した。
基礎部分と柱を破壊された廃ビルは、地響きにも似た轟音を立てながら倒壊していく。ソレとほぼ同時にターゲットスフィアの破壊報告がヘリに乗せてある管制システムのウィンドウに表示された。
「――なかなか無茶苦茶するなー」
「フェイトちゃん?」
「ちょっと待ってなのは! 顔が近い、笑顔が怖いよ!」
被害を厭わないのであれば、もっとも効率よくスフィアを倒しているといっても良いだろう。しかし、治安の維持、住民の保護も職務に含まれる管理局員としてはこれは非常によろしくない。
確かに、状況によっては建物ごと破壊することもあるだろう。しかしその際には内部を確認してから行なうのが当然である。事件に関係のない一般人、または貴重品があっては問題だからだ。ところがキャロはサーチ系の魔法を使おうともせず、粉砕爆砕したのである。
この時、ふとフェイトの脳裏に先日の記憶が浮かび上がった。フェイトの記憶違いでなければ、
『私、サーチ系の魔法がどうも苦手で……』
とキャロはもらしていなかっただろうか。つまり【施設を破壊するような仕事が得意】なのではなく、実は【施設のような動かない目標が相手の仕事しか出来ない】というのが真実なのではないだろうか。それに思い至ったフェイトの背を、急な寒気が襲った。
『よし、フリード。次はあっちね? 何となくだけど怪しい気がする』
『GRRRRR!』
もはやそこは現代に現れた地獄であった。なんとなくというあやふやな理由で炙られた大地は煙を上げ、かつての面影が微塵も残っていないビル街はもはや瓦礫の山。それでも尚試験が終わらないのは、指定数のスフィアをキャロが破壊できていないからだ。しかし、ここで障害物が消えたことが原因か、遠方からキャロ目掛けて光線が飛んでくる。この試験最大の関門と言われる大型のスフィアからの砲撃である。
頑丈さ、また下手な防御を貫く攻撃力。登竜門とされるそのスフィアの攻撃は過激である。しかし、先ほどまでの光景を思い返すと何処か物足りなく感じてしまうのは、恐らくその光景を見ていた全員が一致する感想だろう。
キャロに新しい動きが生まれる。するりと落ちる羽のように攻撃を回避しながら、フリードは柔らかく着地する。フリードの羽が薄く輝いているのは、キャロの強化魔法か何かだろうか。すると着地したフリードは羽を盾にするように展開し、キャロの前におどりでた。
「我が乞うは、――」
グン、とキャロの周りに漂う空気が変化する。歴史のある神殿を前にしたときに感じる荘厳さ、とでも言えば雰囲気が伝わるだろうか。なにかが、力が漂っているのが体で感じられるのだ。
「――竜の力。黒竜よ、我が身に集え――黒竜装填、Boost Up Dragon Install!」
その瞬間、キャロの体が跳ねた。初雪のように柔らかな白だった肌は赤銅色に染まり、桃色の髪は紅蓮のように紅く染まる。肌には脈動する紅いラインが蠢き、前髪の一部は抑えきれない何かに跳ね上げられるように立ち上がる。その力はバリアジャケットにすら干渉し、外套は裂けて竜の羽のように舞い、鋼鉄よりも尚硬い、鱗状の力場にキャロは包まれる。
『GRrrrUUuuAAAaaaaa――』
低い、元の少女の声からは想像も出来ないような唸り声が空間に亀裂を与えた。
目で殺す。とでも言わんばかりに、縦に裂けた黄金の瞳がスフィアを貫き、それと同時にキャロの姿が土煙にかき消される。
――金属の歪む鈍い音が空に響いた。
拳で打ち上げられたスフィアは既に活動を停止しているが、今のキャロにはそれがわからないが故に過剰な追撃が行なわれる。瞬間、予め打合せをしておいたのではないか、と勘違いさせられる程の精密な援護射撃がスフィアを穿つ。フリードの口から放たれる熱線がスフィアを貫いたのだ。そして、それに続くなぎ払われるように放たれた黒の2本の光線がスフィアを両断した。キャロの周りに浮く、2個の漆黒の球体がその出所である。
キャロの体からフレアのように巻き上がる黒いオーラは、キャロ自身が制御できていない魔力の塊だ。それでも何とか押さえ込もうとした結果、キャロの周囲を覆う黒い球体になっている。時折漏れる魔力はフレアのように泳ぎ、その姿は背に黒く輝く太陽を背負ったようにも見える。
ヘリの管制システムに現れる試験終了の合図とともにキャロの体が地に沈み、日が落ちるように黒い太陽も霧散した。
◇
「瞬間魔力出力がSSSランク並み、但し大凡5分程度で戦闘不能状態に陥る諸刃の刃ってところかな」
「あとどうも好戦的になるようやね。憑依させた竜の資質に大きく引っ張られるみたいやな」
冷静に試験内容を語るなのはとはやて。その後ろではフェイトが顔を真っ青にしてキャロの看護を行なっていた。呼吸の間隔は安定しており、医者の話では疲労が原因とのことだ。
――キャロの瞳が開かれる。倒れるように寝入っていたにしては凄まじい速さの覚醒だった。2、3回程瞬きをしたかと思いきや、状況を把握したのかフェイトに看護の礼を伝えていた。
「すみません。緊張していたからか制御が甘くてすぐに倒れちゃいました…….。看てくれてありがとうございます」
その言葉に反応し、はやてが質問する。
「その緊張がない状態ならどれくらい持つんやろか?」
「そうですね、大凡20分程度でしょうか。あとヴォルテールにヤル気が無ければ無いほど安定しますし、長く発動できます」
全員の頭の上に疑問符を浮かべるのが幻視できたのか、慌ててキャロは口を開いた。
「ヴォルテールにヤル気が無いときは供給される魔力量にブレが無いんです! でも張り切っちゃってるときは振れ幅が広くて、制御が難しくなっちゃうんです……。
どうも皆さんに良い所を見せようと張り切っちゃってたみたいで、ヴォルテールからさっき謝罪がありました。」
照れているのか頬を桜色に染めるキャロの姿と、その背後で煙を上げている廃墟の組み合わせは絶妙に噛み合ってなかった。いっそシュールですらあった。
なのは達3人も甘いと思って食べたケーキが苦かった、そんななんとも言えない表情を浮かべている。
そんな中、一番最初に戻ってきたなのはが口を開いた。
「私自身あまり召喚系の魔法には詳しくないんだけれど、それでも知らない魔法ばっかりだったんだ。一応アルゴスでの有名所は押さえてきたんだけれど、一致するものが殆ど見えなくてね。良かったら教えてくれるかな?」
少し待ってください、そう告げたキャロはデバイスを操作した。村を追い出されるときに渡されたストレージデバイス、その記憶領域からテキストデータを取り出す。それをキャロはなのはに手渡した。
「元々は私もアルゴスで使っていた魔法しか使っていなかったんですけど、ヴォルテールのアドバイスでかなりアレンジしてます。
今御渡ししたデータがその差異部分を書き出したデータになるので、良かったら参考にしてください」
お礼を言い、なのはは受取ったデータを軽く覗いた。『黒歴史』……そうタイトルが付けられているのを見て頭痛を覚えるが、見なかったことにする。恐らくキャロは意味も知らずにタイトルを付けたに違いない。なのはの頭の中ではヴォルテールはかなり愉快な龍になっていた。
しかし、それも一変する。術式を変更した際に起こるであろう現象、またメリットデメリットまで詳細に記されているこの資料はかなり有益な資料だったのだ。召喚魔法を使う人口が少ないために公開しても世間からはあまり反響が無いだろうが、何らかの賞が送られても可笑しくないほど資料としての完成度が高かった。
黙り込んだなのはの横から、覗き込むようにはやてが資料を見る。タイトルを見た際の反応はなのはとは違い、面白いものを見たような顔になっていた。しかし同じく資料を読み進めるにしたがって、その表情は部隊の長に相応しいものへと変わっていく。
「お役にたちそうですか?」
「――お役に立ちすぎてキャロちゃんもう手放したくなくなってもうたわ。何があっても六課に来てもらえるようせんとな!」
給金も弾むでー、と冗談交じりで口に出したはやてに強い視線が向く。キャロの瞳が爛々に燃えていた。
その視線に寒気を感じたはやてはキャロに何があったか問いかける。その輝く瞳とは裏腹に、その返答はオドオドしたものだった。
「――毎日3食食べられる位ですかね!?」
「あんたも今日からうちの子やー!」
「駄目だよはやて、キャロは私が預かるの!」
涙を流しながら急にキャロに抱きつくはやてを離そうとするフェイト。渦中のキャロは自分の発言が与えた影響を理解できずオロオロし、渦の外に立っていたなのはは苦笑いを浮かべるのが精一杯であった。
転生者はヴォルテールですね。フェイト、まロい
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