スター・プロファイル (さけとば)
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ことの始まり

はじめに~
本文中の区切り記号について。

☆☆☆ 時間、場所変更
   (ちょっとした場面転換にも使用。一番使っている区切り)
☆★☆ 視点変更
   (アシュトン視点→プリシス視点など、主視点が変わる時に使用)
★★★ 時間軸の巻き戻し
   (回想シーンなど、直前のシーンより時間軸が前になっている時に使用)

上の三つを使用しています。
キャラ別に記号を使い分ける、といった事はしていません。


 つい先ほど、私は気づいたのだ。

 自分が今、この場に存在していることを。

 

 それまで私は自分の存在に気づかなかったのだろうか。

 それとも私の存在は、私が先ほど自身の存在を認めたことによって、初めて「私」となって存在し始めたのか。

 私にはどちらが正しいのかわからなかった。

 

 気づいたとき、私に実体としての「存在」はなかったのだから。

 私は今、私の意識だけで「存在」している。

 

 

 それでも、確かに私は存在している。

 はっきりとわかるのだ。自分の周りに在る景色も、私にはしっかりとみえている。

 

 私は地上からだいぶ離れた辺り、空をふわふわと漂っている。

 実体はないから、風は感じない。

 

 空は青々と晴れている。

 雲も少なく、遥か遠くまで周りをよく見渡すことができる。

 連なった山々。その山からは水が川となって流れ出している。

 川は流れて海へと辿り着き、海の一部になると一緒にゆらゆら揺れ動いて、しきりに大地との境を判らなくしている。

 

 

 私が今いるここは大陸のようだ。

 平野部には交通の要の街道が方方にのびていて、その街道に沿うようにところどころ大小さまざまの施設が点在している。

 見える限りでは、ここからそう遠くないところにある町が、この大陸で一番の都市らしい。

 お城らしき塔の先端部分もうっすらとみえている。

 街道は遠く海辺の街にまで続いている。

 

 遠くの海が、日の光を反射してきらきらと光っている。まぶしくは感じないが、なぜかそれがやたらと私に関心を抱かせるのだ。

 もしかしたら、私はこの景色に感動しているのかもしれない。

 

 

 意外なことだ。確かに綺麗だとは思う。

 でも、それがこれほどに気を引く事なのだろうか。

 

 理由を考えようとしたが、どうも意識がぼんやりする。

 そもそも私は自分の存在が何なのかもわからないのだ。自分がいつから存在していたのかも、なぜ存在しているのかも。

 私にわかっているのは、私がここに存在しているということだけだ。

 綺麗な景色に気を引かれる理由など、わかるわけもない。

 

 

 私は空に留まったままで、この綺麗な景色をただただみ続けている。

 

 

 私からすぐ近くの地上にも、一村の村が在る。

 村は街道に沿った所にぽつりと存在しており、すぐ後ろには森が広がっている。

 森のある村、というよりは村のある森、と言った方が正しいか。それぐらい穏やかな村だ。

 

 日はすでに中頃を過ぎていて、暖かな日の光が村の人々や家々、村民に飼われている家畜などの動物達、すべてに降り注いでいる。

 私はどうやらこの景色も好きらしい。やはりなぜかは、わからないが。

 

 

 そんなとてものどかな家並みのなかを、一人の少女が歩いていくのがみえた。

 その少女は穏やかな午後の昼下がりに、この場には全くそぐわないような仏頂面で歩いている。年の頃は十代後半といったところか。

 

 活発そうな少女だ。

 あんなにむすっとした顔をしていなければ、きっととても可愛い娘だろう。

 その身に付けている赤い短めのマントが時々風になびく。

 少しはねたセミショートの青髪に、三日月形のおおきな髪飾りをつけている。その髪から何かが覗いてみえる。

 

 耳だ。

 少女の耳は尖っていた。

 

 きっとあの娘は、私の世界の娘だろう。あの耳がなによりの証拠だ。

 それがなぜ、こんなところにいるのだろうか。

 

 

 

 ──?

 

 

 

 こんなところ? こんなところとはどこだ?

 ここはいったいどこなのだろう。

 周りをみても、私にみえるのは先ほどと同じ山や森、平原、海、そして村。

 やはり綺麗だ。でも、これは、違う。

 

 

 ──ここは、私の世界ではない?

 

 

 そうだ。

 ここは私の世界ではない。

 

 だとしたら私はなぜ、私の世界ではなく、こんなところに存在しているのだろう。

 どうにもぼんやりする。でも──

 

 

 だんだん意識がはっきりしてきた。ようやく思い出せそうだ。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ──今からさかのぼる事、数か月前。宇宙歴366年。

 きっかけはレナ達の住む惑星『エクスペル』に、『ソーサリーグローブ』という隕石のようなものが落ちてきた事だった。

 

 “厄災の象徴”とも“魔の石”とも呼ばれたそれは、石が落ちたエルリアの地に物的な被害をもたらすだけでは終わらなかった。

 地震や津波などの天変地異、魔物や動植物などの凶暴化……

 惑星エクスペル全体にも、様々な異常事態を引き起こし始めたのだ。

 

 

 ある出来事をきっかけにアーリア村で出会ったレナとクロードの二人は、その『ソーサリーグローブ』を調査するため旅に出た。

 道中いろんな出来事があって、一緒に旅する仲間も次第に増えていって……

 

 結局そのソーサリーグローブはただの隕石ではなく。『十賢者』というとても悪い人達が、人工惑星『エナジーネーデ』という場所に戻るためにやっていた事の、巻き添えのような事になっていた事が判明。

 それで巻き込まれたエクスペルが、一度は星ごと、この宇宙から消滅したりもして……

 

 

 そんな事をしてくれた、十賢者達の狙いは宇宙征服だった。

 でも十賢者の長『ガブリエル』だけは、宇宙全体をも消滅させようとしていた。

 

 惑星エクスペル消滅の際、偶然エナジーネーデに転移していたレナ達全員は、十賢者達と戦う事を決意。

 目的を同じくするエナジーネーデの住人達と協力して、彼らに立ち向かった。

 

 最終的に十賢者は全員、レナ達によって倒された。

 ただ、死に際にガブリエルが発動させた『崩壊紋章』だけは、どうしても止められなかった。

 結局は人工惑星エナジーネーデに崩壊の全エネルギーを集中させるという、大きな犠牲と引き換えに、全宇宙は守られた。

 

 

 レナ達の住んでいた惑星エクスペルは、その崩壊の時のエネルギーを使った時空転移技術によって無事復活。

 故郷に戻ったレナ達も、あるいはここで新たな生活を始める事になった者達も、それぞれの日々を過ごし──

 

 

 

 

 それから数か月の時が経った、クロス大陸にあるマーズの村。

 のどかな家並みのなかを、同じくクロス大陸にあるアーリア村から来た少女、レナは不機嫌そのものといった顔で歩いていた。

 

 今から数日前。

 アーリア村長レジスにお使いを頼まれたレナは、炭鉱の町サルバやクロス城下を通り抜け、わざわざ泊りがけでこのマーズまでやって来たのだった。

 マーズ村までの付き添い人は、現在アーリア村長家で居候をやっているクロードではなく。同じ村に住む大工のボスマン。

 出発の直前までは、クロードもレナと一緒に行くはずだったのだが……

 

 

(これじゃ、なんのためにここまで来たのかわからないじゃない)

 

 何が腹立たしいって、気を抜けばすぐにクロードの事ばかり考えだしている自分の頭が、である。

 こんな事、こんなところでいくら考えたって仕方ないんだから。

 頑張って忘れようとしてるんだから邪魔しないで! ……とばかりに頭をぶんぶん振って、ちらつくクロードの顔を無理やり追い出したり、

 

「そうよ、わたしはマーズの長老様に手紙を届けに来たんだから」

 

 などと本来の目的をもっともらしく口に出したりしながら、レナは一人、長老様がいるだろう集会場までの道のりを歩いていった。

 

 

 

 そんなこんな集会場に着いた時には、レナも普通に愛想よくドアを開ける事ができたのだが。

 

「こんにちは! 長老様はいますか?」

 

 集会場の中には、なにやら大勢の村人達。

 長老もいることはいたが、村の人達と真剣に話し合いをしている最中で、中々声をかけづらい雰囲気だ。

 どうしようかなと考えつつ、とりあえず部屋を見渡してみると。

 なんと村人達の中に、レナがとてもよく知っている顔があるではないか。

 

「セリーヌさん! 帰ってきてたんですか?」

 

「あら、久しぶりですわねレナ!」

 

 思いもかけない再会に、はしゃぎながら声をかけるレナ。

 名前を呼ばれた女性──セリーヌの方も、嬉しそうに返事をした。

 

 

 セリーヌは数か月前の旅の仲間の一人だ。

 彼女はあの一件の後、また、本来のトレジャーハンターとしての活動を再開したらしい。マーズは彼女の故郷だから、今ここにいるのはたまたま里帰り中だった、といったところだろう。

 普通にしていれば、ばっちり「美人さん」と言っていい彼女だが。

 本人的には普通なのはイヤらしい。相変わらず独創的できわどいピチピチ衣装に身を包み、やっぱり相変わらずなこの喋り方である。

 

「せっかく帰ってきたっていうのに、二人ともいないんですのよ! しょうがないから長老の家におじゃましたんですけどね……」

 

 セリーヌの言う二人というのは、セリーヌの両親の事だ。

 なんでも親戚の結婚式で、揃って外出している最中なのだとか。

 

「まあこのタイミングで顔を合わせても、小言を言われるに決まってますからね。かえっていなくてよかったのかもしれませんわ」

 

「あー……まあ、そうなのかもしれないですね」

 

「そうに決まってますわ」

 

 察するに彼女の両親は、現在二十三歳の一人娘に落ち着いて所帯を持ってほしいのだろう。

 トレジャーハンター業も安定とはほど遠い職業だし、ご両親の心配はもっともだとレナも思っているけれど。

 

 実はその事に関係して、レナはセリーヌの両親に隠している事がある。

 セリーヌ当人に内緒にしてくれと言われたからなのだが、いざ二人を目の前にして「うちの娘に浮いた話でもないか」とでも聞かれでもしたら──平静を装える自信はレナにはあまりない。

 そんなわけで、レナもセリーヌの両親には少々顔を合わせづらいのだった。さっきも留守と聞いて、ほんの少しではあるが内心ほっとしたくらいだ。

 

「レナは長老にご用事?」

 

 セリーヌに言われて、レナは「あっ、そうだった」と我に返った。

 忘れないうちに(忘れかけていたけど)レナはマーズの長老に、アーリアの村長レジスから預かっていた手紙を渡した。

 手紙の中身は、アーリア周辺においての簡単な現状報告だ。

 マーズの長老はなんともいえない表情でそれを眺めている。

 

 

 十賢者達との闘いの後、エクスペルに戻ってきた日常。

 それでもそれは、ソーサリーグローブがエクスペルに落ちてくる前とすっかり同じ、というわけにはいかなかった。

 

 天変地異こそおさまりはしたが。凶暴化した魔物に襲われるような事件は今も、そこら中で起きているのだ。

 ソーサリーグローブによって汚染された地上は、ソーサリーグローブがなくなっても、汚染そのものを取り除かないとだめなのだとクロードが言っていた。

 今は取り除く方法がないとも。クロードのいた『地球』にすら、その方法があるかどうかもわからない、とも。

 

 レナはでも、今のエクスペルの環境を、そこまで悲観的に考えてはいない。

 だってエナジーネーデにいた時と違って、アーリアに帰ればちゃんとお母さんがいるのだ。

 そう思えば元のエクスペルとそれほど変わらないし、というか逆にそう思わなければ、犠牲になったエナジーネーデのみんなに申し訳ないとも思うし。

 

 それになんといっても。

 今のレナにはクロードも、旅先で出会ったみんなもいるのだ。

 

(うん。でも、クロードは──)

 

 

「ところでレナ、あなたにも少しだけ手伝ってほしいんですの。付き合ってくれるわよね?」

 

 またしても色々考え始めたところでセリーヌにいきなりそう言われたから、レナは少し面食らってしまった。

 

「えっ……、何をですか?」

 

 時間をかけてから、レナはやっと聞き返す。

 聞かれたセリーヌはすぐに答えた。

 

「もちろん、魔物退治ですわ。他に何かありまして?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 レナが集会場に着いたのは、最近この近辺を荒らしている魔物をどうやって退治しようかと、村人達が相談しているところだったようだ。

 目撃した村人いわく、

 

「そんなに強い魔物ではないが、とにかく逃げ足が早い」

 

 というその魔物は、おそらくマーズのはずれにある『紋章の森』から来ているのだろうとの事。

 そんなこんなレナはセリーヌに連れられ、流れるように紋章の森までやってきたわけだが──

 

 

 鬱蒼とした森の中を歩くレナは、やっぱりいつの間にか不機嫌顔である。

 

(あいかわらず強引ね、セリーヌさん)

 

 さすがにレナも、マーズの人達が困っているのを黙って見過ごせるほど冷たくはないつもりだ。事情を知っていれば、例えセリーヌに頼まれなかったとしても、レナの方から魔物退治の協力を申し出ていただろう。

 

 しかし仮にそうだとしても、当然のように「手伝ってくれるよね」と言われて、気分よく「うん手伝う」と答える事ができるかどうかはまた別の問題だ。

 ことさらに今のレナにとっては“気分よく”というのは難しいのだから、ひとに物を頼む際には細心の注意を払って頼んでいただきたい、とついつい心の内で思ってしまうのも仕方ない事なのである。

 

(そりゃあ、あと二、三日はボスマンさんも帰らないわよ? けど……)

 

 村の入り口まで一緒についてきてくれたボスマンは、ここまで来たついでに知り合いの大工仕事を手伝いに行くとの事。

 レナ一人でアーリアに帰るわけにもいかないから、どのみちあと二、三日はマーズをぶらぶらしてヒマをつぶす予定ではあったけど……

 

 

(クロード、今頃どうしてるかな)

 

 自分から率先してここまで来たくせに、またしてもそんな事を考えていると。

 少し前を歩いていたセリーヌがレナの顔を覗き込みながら、からかうように言ってきた。

 

「どうしたんですの? クロードと離れ離れなのがそんなに嫌なのかしら?」

 

 大当たりだけど。

 たぶんセリーヌさんが想像しているような理由じゃない、と思う。

 

 

「クロード、『地球』に帰るかもしれないんです」

 

「えっ……?」

 

 

 

 クロードは元々、この惑星エクスペルの住人ではない。

 想像もつかないような遠く離れた場所にある、『地球』というところからやってきたのだ。

 

 クロードのいた地球は、ここエクスペルとは比べようがないほど技術が発達していて、遥か空の上にある、星々の間を飛び越える事も楽々とできるらしい。

 そういう技術が進んだ星の事は『先進惑星』と呼ばれ、惑星エクスペルのように技術が発達していない『未開惑星』とは、いろいろ区別して考えられているのだとか。

 

 そのうちの一つの取り決めが、『未開惑星保護条約』。

 先進惑星の人間が、未開惑星の住人と関わりを持つ事を禁止する。

 かいつまんで言えば、そんな取り決めだ(ただし緊急時には反故にできるとか、住民の安全確保が第一とか、例外はいくつかあるらしいけど)。

 

 そう、この取り決めは──

 何か特別な事情がない限り、先進惑星『地球』からきたクロードが、未開惑星『エクスペル』の住民レナと関わりを持つ事を禁じている。

 先進惑星の出身にもかかわらず、今も未開惑星エクスペルの片田舎、アーリア村で暮らしているクロードは当然、その『未開惑星保護条約』違反をしている最中だ、ということになるのだ。

 

 最初エクスペルにやってきた時は不慮の事故だったそうだから、『緊急時の例外』が適用されて、ギリギリ保護条約違反にはなってなかったらしいけど。

 旅の途中で、迎えの『艦』が来たけど自分の意思で降りたと、クロードは言っていた。だから今のクロードはたぶん、その条約に違反しているのだろう。

 

 まあその後色々な事があって、結局その迎えの乗り物はなくなってしまい。

 帰りたくなっても地球に帰る事ができなくなったクロードは、今現在に至るまで、このエクスペルで生活しているワケだが──

 

 

 数日前のことだ。

 そのクロードの元に、はるばる“地球から”客が来たのだった。

 

 

 あの時の客人二人の様子を、レナは今でも鮮明に思い出す事ができる。

 レナとクロードの二人がアーリア村長の家で、村長のレジスからマーズ村へ持っていく例の手紙を受け取ろうとした時。その二人は現れた。

 

 クロードを訪ねてきたというその二人は、迷うことなくクロードの前に出ると、声をひそめてクロードと会話をし始めたのだ。

 最初はただ怪訝そうに彼らの会話を聞いていたクロードも、話が進むにつれ、だんだんと真剣な顔になっていって、

 

「それじゃ、あなた達は本当に……の地球から……」

 

 二人にそう確認するクロードの声が、断片的に耳に入ってきた瞬間。

 レナの心は一気に落ち着きを失った。

 

(……地球から? まさか、あの人たちは──)

 

 考えられる事はひとつしかない。

 あの人達はきっと、クロードを迎えにきたのだ。未開惑星エクスペルにいるクロードを、彼が本来いるべき場所──先進惑星の地球に連れ戻すために。

 

 レナはあの場所に居たくなかったのだ。だからアーリアを出てきた。

 

 

 

「本当は、マーズにはクロードと来るはずだったんです。でも、出発の直前に、お客さんが……。『地球』から来た、って言ってました」

 

 客人二人は、クロード以外の人に会話を聞かれたくないようだった。

 理由は決まりきっている。周りはみんな『未開惑星』の人だからだ。

 あの時のクロードのとても真剣な顔が、今もレナの頭から離れない。

 

「そんな、クロードが……」

 

 セリーヌもすっかりしょげてしまったようだ。

 かつて共に旅した仲間がいなくなるかもしれないと、いきなり聞かされたのがショックだったのか。それとも軽い調子でレナをからかったことを後悔しているのか。

 それまで暗い表情で話していたレナは、それに気づくと、明るい声色をつくってセリーヌを励ました。

 

「大丈夫です、セリーヌさん。クロードは誰にも何も言わずに、地球へ帰ったりなんかしませんから」

 

 先々の事を考えてつい塞ぎ込んでしまっても、これだけは強がりでもなく、自信を持って言える事だ。

 自分がいない間に、クロードが地球に帰ってしまう事だけは絶対にない。

 

 ひそひそとした話し合いもかなり長引きそうな様子だったし。なにより地球からやってきたあの客人達は、対面したクロードを無理やり自分達の『艦』に乗せて帰る、といったような手荒な事は一切しなかったのだ。

 半ば飛び出すようにして村長の家を出たから、その後の事はよく覚えていないけど……

 

(大丈夫、わたしは気にしてない。だからセリーヌさんも元気だして、ね?)

 

 今でもクロードはアーリアにいて、わたしの帰りを待ってくれているはずだからと。

 レナの方を向いたセリーヌに、そう言い聞かせるようにゆっくりと頷く。

 そんなレナの想いに、セリーヌも応えるように頷いた。

 

(よかった、ちゃんと伝わったかな?)

 

 とレナがほっとしたのもつかの間。

 

 

「……そうですわね! クロードがそんな事、するはずありませんわね!」

 

 何を思ったのか、セリーヌはとびきり大きな声で叫びだしたのだ。

 

 

「よーっし! 魔物なんてちゃっちゃとやっつけてしまって、さっさとアーリアに帰りましょう! あなたの顔をみれば地球に帰りたいだなんて気持ち、すぐにでも消えてなくなるに違いないですわ!」

 

 

 鬱蒼とした森の中。

 セリーヌの大音声が、目が点になったレナの周りを、ガンガンに反響していく。

 

 

 

 気持ちはすごく嬉しい。

 元気になったようで、なによりだとも思う……けど。

 

(セリーヌさん、ここ……紋章の森なんですけど?)

 

 魔物を退治しにやってきたのに、よりにもよって魔物出現場所付近でこの大声。しかも元気に高笑いまで始めてるし。

 ……まさかセリーヌさん、ここがどこだか忘れちゃったのかしら。

 

 

「あの、セリーヌさん聞こえてます? もうちょっと、声を」

 

 ひとしきり呆然とした後。

 ようやく我に返ったレナが、慌てて彼女を止めた時だ。

 

 

 

 ガサガサッというか、バリバリッというか。

 いきなり森の中から、派手に木々が折れたような、そんな音が聞こえてきた。

 

 音がしたのはすぐ近く。

 レナ達のいる場所から、おそらく何十歩と離れていない場所だ。

 

 

「あー……やっぱり、ね」

 

「魔物! 探す手間が省けましたわね。行きますわよ、レナ!」

 

 レナががっくり肩を落とす一方。

 セリーヌは勢いよくそう言うと、音のした方へ颯爽と駆けていった。

 

 きょとんとその後ろ姿を見送るレナ。

 もしかして彼女は、今わざと大声をだして魔物を呼び寄せたのだろうか。

 そう思ってもおかしくない素早い行動っぷりだけど、やっぱり今のはわざとやったようには見えなかったような。

 なんかたまたま叫んだら、たまたま魔物が来ただけ、って感じがするような。

 

 ……というかそれはそれですごいけど。さすがはセリーヌさん。

 

「いけない。感心している場合じゃないわね」

 

 と呟き、レナは駆け出した。

 セリーヌの後を追わなくては。このままだと本当に何しに来たのかわからなくなってしまう。

 

 レナはすぐにセリーヌの後を追いかけたが──

 不思議な事に、先に現場へと向かったはずのセリーヌが魔物と交戦しているような物音が、少しも聞こえてこない。音が聞こえたのはついさっきで、さらに音がしたのも、レナ達がいた場所からとびきり近い場所だったというのに。

 

(もう逃げられちゃったのかな)

 

 とにかく逃げ足が早い魔物、という事を聞いていたレナはそう考えながら走った。

 

 

 ようやく音のした場所付近に到着したレナは、視界を塞いでいる邪魔な木の枝をよけながら、すでにその場にいるであろうセリーヌに聞いた。

 

「セリーヌさん? 魔物は?」

 

 視界が開けた瞬間。

 レナはさっき思った通り、目当ての魔物がそこにいない事を見てとったが──

 

 

「レナ、早く回復を!」

 

「はっ、はい!」

 

 セリーヌは膝をつき、下を見たまま、緊迫した様子で追いついてきたレナに言う。

 説明されるまでもなく状況を一瞬で把握したレナも、慌ててセリーヌの元に駆け寄っていった。

 

 膝をついたセリーヌの前には、見知らぬ銀髪の女性が倒れていたのだ。

 




登場キャラ紹介。
・レナ(スターオーシャン2)
 17歳。SO2本編の女主人公。
 治癒能力を持つ、エクスペル在住のネーデ人の少女。一応格闘術も使える。
 アーリアの実家で暮らしている。

 まんまクロードED後です。アーリア暮らしの方。
 ……出番多いからあんまり説明する事もないですね、彼女は。

・セリーヌ(スターオーシャン2)
 23歳。紋章術師の女性。紋章術師の里、マーズ村の出身。
 主にトレジャーハントをして暮らしている。クロス大陸を拠点に活動。

 例の特殊イベントは発生済み。数か月後設定なので、この時点ではまだ微妙な関係といった感じ。現在の彼女は一般ピープルとして存分に自由を謳歌しております。


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プロローグその1
参考までに数日前の出来事


 ──ラクール大陸南西部、リンガの町。機械パーツが散乱している部屋の中にて。

 

 いつものようにプリシスの部屋にお邪魔していたアシュトンは今、この部屋の主であるプリシスと並んで、にこにことした笑顔で座っていた。

 目の前には、彼女がたった今完成させたばかりの機械。

 

 

「おーし、できたよ! アシュトン!」

 

 機械の前で、プリシスが元気よく言う。

 言いながら手で鼻をこすったせいで、鼻の頭にまで機械油がくっついちゃったようだ。

 

 とっさにハンカチを差し出そうとして、アシュトンは自分のポケットに手を伸ばしかけた。

 けど、彼女は今とっても真剣に目の前の機械に取り組んでいるのだ。邪魔しちゃ悪いし、どうせまたすぐ汚れそうだしで、ポケットに入れかけた手をそのまま元に戻す。

 

「んじゃ、すいっち入れるよ」

 

「うん。楽しみだね、プリシス」

 

 熱中しているプリシスに同調して心から言ったけど、この機械が動き出したら何がどう楽しみなのか、アシュトンはよく知らない。

 魔物発見器のようなものを作っているんだ、とは作り始めの頃にプリシスから聞いた気がする。でもやっぱり、機械のことはさっぱりわからない。

 アシュトンが楽しみなのは機械の完成じゃなくて、機械が完成した時にプリシスが見せる、このとびっきりの笑顔なのだ。

 

 まあ今まで散々手伝わされたし、この機械自体に対する愛着がまったくないというわけでもないけど……

 そんな感慨にふけっているアシュトンにはやっぱり目もくれず、プリシスは機械の電源を入れた。

 

「ぽちっとな」

 

 

 うぃんうぃんと無機質な音が鳴り始めて、しばらく後。

 ガガガガ、という異常な音に変わり、

 

「あれ?」

 

 さらにプリシスが覗きこもうとした瞬間。

 機械から、ぽん! というなにやら不吉な音が聞こえた。

 

「あ」

 

 

 今の音が一体どういうものだったのか、というのは機械について全く素人のアシュトンにもなんとなくわかる。

 目の前の機械からは、さっそく煙まで出始めているのだ。

 

(プリシスがあんなに頑張って作ったのに……)

 

 アシュトンが落ち込む中。

 プリシスはちょっとだけ残念そうに、

 

「むうー、壊れちゃったか」

 

 言うと、モクモクと煙を上げ始めた機械の電源をさっと切った。

 

「うーん、こんなすぐ壊れるなんて……感度調整間違えたかなあ」

 

 一生懸命作った機械が、あんなにも一瞬で壊れてしまった直後だというのに。次の瞬間にはもう、機械が壊れた原因を真剣な顔で考えている。

 

(やっぱりプリシスはすごいなあ。失敗にもぜんぜんめげてないよ)

 

 とアシュトンは感心しながら、そんなプリシスの様子を静かに見守っていたのだが。

 

 

「でもおっかしいなあ、近くに魔物なんかいないはずなのに」

 

 

 真剣に機械の方を見、首をかしげながらプリシスが呟いたこの言葉を聞くと、急にそれどころではなくなってしまった。

 

(あ!? 魔物って、もしかして……!)

 

 ハッと気づいたアシュトンが、体を逸らして上を見上げると、

 

「ギャフ」

「フギャフギャ」

 

 ギョロとウルルン。

 アシュトンの背中にとり憑いている二匹の魔物龍が、憎たらしくなるくらい楽しそうな鳴き声をだしたのだ。

 

 

(こいつらだー!! ……絶対こいつらだよ、それしかないじゃん!)

 

 二匹の口を慌てて塞ぎ、心臓をばくばくさせながらプリシスを見る。

 真剣な顔で機械と向き合っていて、一生懸命作った機械を一瞬で壊した原因がとんでもなく近い所にいたという事には、みじんも気づいてない様子だ。

 

「うー、それとも……あそこの接続ミスったかも?」

 

(ごめんよプリシス! 僕は、僕はなんてことを!)

 

 押し寄せてくる罪悪感。

 まだ原因に気づいていないのなら、僕がちゃんと正直に言うべきなんだろう。機械を壊したのは僕なんだって。でも──

 

 プリシスにきらわれたくないよう。いやだよう。

 でもプリシスが気づかないのをいいことにこのままずっと黙っているなんて、それでいいのか!? プリシスのためを思うなら、言わなきゃ……!

 

(……でもなあ)

 

 背中の二匹の口元に手をあてたまま、アシュトンがうだうだ考えていると。

 突然、すぐ後ろのドアが勢いよく開いた。

 

 

「ねえねえプリシス!」

 

 開くと同時に、これまた勢いよく部屋に入ってきたのはチサトだ。

 部屋に入ってくるなり、

 

「って、アシュトンもいたのね。何やってんの?」

「うぇ!? ……な、なんでもないですよ、チサトさん」

「ふーん、ま別にいいや。相変わらず散らかってるわねー、この部屋」

 

 アシュトンが慌てて、二匹の口を塞いでいた両手を下ろした一方。

 なんとなく聞いてみただけだったらしい。どうみたってなんでもないことない今のアシュトンの反応を、チサトはそれ以上特に気にすることもなく受け流した。

 

 真剣に機械と向き合っていたプリシスも機械から目を外し、自分の部屋にお邪魔してきたチサトとさっそくお喋りを始める。

 

「なんか久々のチサト、って感じー。今度はどこ行ってたの?」

「ちょっと隣の大陸まで、ね」

「ほえ~、相変わらずパワフルだねえ」

 

(あっ……言いそびれちゃったな、プリシスに……)

 

 と思いつつ、内心ほっとするアシュトン。

 しかしまた、本当にこれでいいのだろうか、今からでも言った方がいいんじゃないか、などと考え始める中。

 

「そんでさ。本日は一体どのよーなご用件でいらっしゃったのでしょーか?」

 

 とプリシスがチサトに聞いた。

 

「ふっふーん、──知りたい?」

「まあ、なんとなく想像つくけど」

「チサトさん、いつも“それ”だからね」

 

 とプリシスに続けてアシュトンも答える。

 いつもと同じように慌ただしくプリシスの部屋に入ってきたチサトは、これまたいつもと同じように、まるでついさっき旅先から帰って来たばかり、と言わんばかりの荷物を抱えているのだ。

 

 “まるで”ではなく、たぶん本当に旅先から帰って来たばかりでここに来たんだろうけども……

 チサトの荷物が多い理由は、間違いなくそれだけではない。

 あの荷物の中には、“いつものやつ”が相当量に混じっているからだ。

 

「じゃあ教えてあげるわ」

 

 チサトはなぜか得意げに、プリシスとアシュトンに向かって言い。脇に抱えていた、ひときわ大きなケースを見せつけるように、二人の前に突き出す。

 それからチサトが次に言った事は、二人が予想した通りこれだった。

 

 

「取材手伝ってくんない? ちょっと今手が足りてないのよね」

 

「そんなこったろうと思った!」

 

 呆れてつっこむプリシスに、チサトが軽い調子で言う。

 

「いいじゃんいいじゃん、ちょっとだけだからさ」

「今手が足りてないって、それいっつも言ってない?」

 

 プリシスのこのつっこみは、当然至極なものである。

 チサトのセリフを聞いた瞬間、アシュトンも

 

(そりゃまあ、チサトさん一人しかいないからねえ)

 

 と心の中でつっこんだくらいだ。

 

 わざわざ取材のためにエクスペル中を駆け回っている人なんて、そこそこ旅慣れているつもりのアシュトンだって、目の前にいる一人しか知らない。

 取材などしたところで、肝心の出来上がった記事をとりあげる新聞がこのエクスペルにはないのだ。そもそも取材、という概念自体あるかどうかも怪しい。

 そんなこと本人だってわかっているだろうに、それでも「ネタがなきゃ記事が書けないじゃない!」という信念の元に、取材活動を続けるその根性。

 

(チサトさんはすごいなあ。僕も見習おう……)

 

 そんなチサトではあるが、やっぱり一人では限界というものがあるらしい。

 そんな時はこういう風に、自分と同じリンガの町に住んでいるプリシスの元に、手伝いを頼みにやってくるのだ。

 なんだかんだでお出かけは楽しいし、いつもはプリシスも(その場にいればアシュトンも)頼まれれば快くチサトを手伝ってあげるのだけど。

 

 

「んー……。悪いけどアタシ今回はパス」

 

 今回のプリシスはチサトの頼みを断った。

 気もそぞろ、といった様子で、プリシスはチサトに言う。

 

「これ作り直さなきゃいけないし」

「ありゃりゃ。完璧に壊れてるわね、これ」

 

 

 忘れた頃に来るこの衝撃。

 

「むー。そろそろ冷えたし、中開けて見よっかな」

 

 手元の工具を掴み、再び機械に向き直ったプリシスに、

 

(ごめんよプリシス! 僕は、僕はなんてことを!)

 

 とアシュトンが心の中だけで平謝りに謝っていると。

 

「じゃあアシュトンだけでいいわ。えーと、どこに行ってもらおっかなー」

 

「えっ……、あの僕」

 

 もう行くことに決まってるんですか、と聞くことすらできない。

 すでにチサトは持っていたケースの中から何枚もの写真を取り出し、「こっちがいいかな、あっでも、こっち行ってもらった方がいいかも」なんて悩ましげに見比べているのだ。

 

 特に忙しいというわけでもないし、チサトの仕事を手伝うのが嫌というわけでもないけれど、それにしたってアシュトンにだって限度っていうものはある。

 今回はプリシスもいないし、その分自分に回ってくる仕事も多くなるんじゃないだろうか。あの様子だと、今回はいつも以上に人手が足りていないらしいし、下手するとしばらくの間リンガに戻ってこれなくなるなんてことも……

 

 アシュトンの思考回路は、すっかりネガティブ一直線である。

 

(そりゃだって、チサトさん一人しかいないもんな……)

 

 アシュトンはごくりと生唾を飲み込んだ。

 これから僕は、どれだけ引きずりまわされることになるのだろうか。

 

 うだうだ考えつつ、かといって、はっきり「手伝いたくない」とも言えず。

 怯える子羊のような目で、アシュトンが己に下される判決を待っていると、

 

 

「あっ、いいこと思いついた」

 

 ずっと考えていたチサトはそう言うなり、いきなりケースを逆さにひっくり返したではないか。

 ケースに詰まっていた大量の写真が、ばさばさと床に落ちる。

 

(なっなんなんですか!? チサトさんまさか、全部とか言わないですよね?)

 

 大量の写真が床に落ちたその瞬間、アシュトンは最悪の事態、すなわち死を覚悟した。……のだけど、とりあえずその可能性だけはないようだ。

 チサトは床に落ちた大量の写真のうち、数枚ずつ手に取ると「これはいいや」と言って、今度はがさがさとケースの中に戻していくのだから。

 

(なんだ、まだ考えてる途中だったのか)

 

 とアシュトンは一安心して、目の前のチサトの行動を落ち着いて見守る。

 写真をどんどんケースに戻していくチサトの様子は、どことなく楽しそうだ。

 

 

 にしたって、何も床に散らばすことないのに。まとめて全部出してから一個一個しまっていけばいいのに、チサトさんもがさつな人だなあ。

 しかも何枚かしまい忘れてるし、裏返しになっちゃってるし。

 気づいてないのかな、きれいにずらっと並んでるのに……ん? あれ──今

 

 チサトさん自分で写真、裏返しにしなかった……?

 

 

(あ……。これって、もしかして)

 

 とっても嫌な予感がしてきたところで。

 案の定“選別作業”を終えたチサトは、笑顔でアシュトンに言った。

 

 

「はいっ、じゃあアシュトン。この中から好きなの選んで」

 

 

 好きなの“選んで”、と言われても。

 写真も全部きれいに裏返してある状態。

 つまりどう考えてもこれは、“くじ引き”方式のやつである。

 

(なんでそんな殺生なことを思いついちゃったのかなあ、チサトさんは)

 

 超絶に運のないこの僕自身が、これから行く所を、勘だけを頼りに“選んで”しまった日にはもう……どうなるかわからないよ? ほんとうに。

 ソーサリーグローブの写真とか出てきても、何にもおかしくない。

 はたまたうじゃうじゃの魔物の群れに一人突っ込んで行って、その生態を観察して来るべし、なんて指令が書かれた写真が出てくるかもしれない。

 

(プリシスの顔を見るのも、これが最後かあ……)

 

 チサトさんの期待を裏切るわけにもいかないし、どんな場所が写真に出ても結局そこに行くんだろうな、僕。

 

 でもフィーナルの写真とか出てきちゃったらどうしよう。

 僕もさすがにそこまでは行けないですよ? チサトさん。

 だってフィーナルは、もうきれいさっぱり、消えてなくなっちゃったんですから──

 

 

 ……などなど思いながら、アシュトンがすっかり絶望に沈んだ瞳で写真を眺めていると。

 

 

「なに深刻になってるのよ。そんなとんでもない所に行かせるわけないでしょ。大丈夫だってば、ほら」

 

 そう言って、チサトは試しに何枚か裏返してある写真をめくり、アシュトンに見せてきた。

 写真に写っているのは、前にプリシスのお父さんが隕石を拾ってきたという裏山や、リンガの大学構内の様子(よく見ると写真の裏に小さく『大学七不思議を追え!』と書かれている。七不思議って……)、ご近所の道具屋(『少女誘拐未遂事件!』──!?)などなど。

 ようはリンガ周辺の風景ばかりだ。

 

「あっ、普通だ」

「罰ゲームだ、とか思ってたでしょ」

 

 ちゃんと「取材」って言ったのにと、チサトは少々不満顔だ。

 

(いや決してそんなことはないんですけど、ただ僕の場合はね……どうしてもそういう事になっちゃうっていうか……)

 

 などと言い訳しようとしたアシュトンの言葉を遮って、さっそくアシュトンに写真を選ぶよう勧めるチサト。

 

「はいはい、安心したならさっさと選ぶ。どれがいい? アシュトン」

「えっと、じゃあ……」

 

 言われた通り、アシュトンも素直に写真を選び始める。

 

(近いところ、近いところ……)

 

 一心に念じながら、写真の裏に書かれている文字を眺めていく。

 しばらくして、アシュトンは一枚の写真に目を止めた。

 

(『食事中』。やけにシンプルだなあ、これ)

 

 たぶんチサトさんがいつも通っている近所の食堂、とかそんなところだろう。ここに書かれている文字だけじゃ詳しい取材内容はわからないけど。

 『おいしさの秘密を追え!』とか、そんな感じかもしれない。

 

(あ、いいかも)

「決めました、これにします!」

 

 威勢よく宣言して、写真をめくったところ。

 

 

「──え? これ……なに?」

 

 

 アシュトンは意外な写真に思いっきり戸惑った。

 それもそのはずで、アシュトンが選んだ写真は、見覚えのあるリンガ周辺の風景を写した写真などではなく。

 なぜか見知らぬ荒野で串焼きをほおばっている、ディアスの写真だったのだ。

 

 

 写真のディアスは串焼きを無表情で食べていて、カメラの方は向いていない。ディアスが愛想良く写真撮られるわけないから、それはいいんだけど……

 周り一面見るからに荒れ地。どこで調達したのよ、その串焼き。

 

 ていうかそもそも。

 この場所、どこなの?

 そして僕は──これから、どこに行かされるの?

 

 

「ねえねえ、一体何の写真だったのよ? そんな不思議そうな顔して」

 

 聞かれたアシュトンは困惑したまま、チサトに写真を手渡した。

 渡された写真を見たチサトは

 

「あ。これこないだ撮ったやつだ」

 

 と独り言のように言っただけ。

 この写真に困惑したアシュトンへの説明なんていっさいない。

 

(懐かしがるのは後でいいですから! ねえ教えてくださいよチサトさん、そこは一体、どこなんですか……!?)

 

 

 ──もしもアシュトンがこの時、もうちょっとだけでも冷静に、チサトの様子を観察できていたのなら。

「あーこれ取り除くの忘れてたわ。てへ」と言わんばかりに自分の頭をかくチサトの仕草にもすぐに気づけただろう。

 

 そう。実はこの写真、チサトのうっかりで紛れこんじゃっただけなのです。

 しかし必死なアシュトン、そんな事とはつゆ知らず。

 

 

「えっなになに?」

 

 それまで集中して機械と向き合っていたプリシスも、二人の様子が気になったらしい。手に工具を持ったまま、チサトが持っている写真を覗きに来ると、

 

「なんだディアスじゃん。相変わらず仏頂面だねえ」

 

 久しく会っていない、かつての旅の仲間の姿を、しかしそれほど懐かしくもなさそうに眺めた。

 プリシスが漏らした何気ない感想に、チサトも力強く同調する。

 

「でしょー? っとに、なんでこんな写りになっちゃったんだか……」

 

 不満そうに写真を見て文句を垂れるチサトのこの様子を落ち着いて見る事ができれば、今話題になっているこの写真とついさっき頼まれた取材の間には、何の関係性もない事も、たやすく想像がつくだろう。

 

 がしかし、やはり今のアシュトンにそんな冷静さはない。

 アシュトンに取材の手伝いを頼んだ事もすっかり忘れ、そのままプリシスと歓談を始めちゃいそうなチサトに、アシュトンは恐る恐る聞いた。

 聞いちゃだめだ、聞いたら終わる。そんな予感をひしひしと感じながら。

 

「あの、ディアスがいるこの場所って、一体どこなんですか?」

「ん? この場所?」

 

 チサトも疑問に思う事なく、アシュトンの質問にさらりと答える。

 

 

「エルリアだけど」

 

 

 ずばり、お隣の大陸である。

 

「へえ~。今そんなトコにいるんだ、ディアス」

 

 とプリシスがのん気な感想を言った。

 

 

(ひと月コースか、ははっ……まあいいや、フィーナルよりは全然……)

 

 話題がすっかりディアスの近況の方に移っている二人は、すぐ後ろの方で、アシュトンの魂がいよいよ抜けかかっている事にも気づかない。

 チサトも写真を見ながらぶーたれている。

 

「これね、ディアスったらぜんっぜん笑ってくんないのよー。こっちはちゃんとカメラ向けて「撮るよ」って言ってんのにさ、「勝手にしろ」っておかしいと思わない? 何でずっと串焼き食べてるのよ、こっち向きもしないし……」

 

「でもディアスってさ、なんかずっともの食べてるイメージあるよね」

 

(イイ笑顔したディアスの写真か、確かにそれだけでもう記事になるよね)

 

 ぼーっとした頭で二人の会話を聞いていたアシュトンは、なるほど僕はイイ笑顔のディアスを撮りに行けばいいのか、と一旦は納得しかけた。

 当然そのすぐ後に、もっともな疑問もちゃんと頭に浮かんだわけではあるが。

 

(でも身内にしかウケないよね? チサトさんが目指している記事の方向性がわからない……)

 

 

 さすがにそんなヘンな取材で、エル大陸まで行かされるのはどうなんだろう。

 それになにより……エル大陸に行っている間は、プリシスに会えないし。

 

(今からでも断ろうかな、チサトさんには悪いけど……)

 

 そう思ったアシュトンは、なんか会話の弾んでいるチサトにNOと言う勇気を出すため、同じく会話の弾んでいるプリシスを見た。

 

 

「ええっ、この日だけで二桁も!?」

「少なくとも三十は超えてたわね」

 

(あれれ、今度はおでこに機械油ついてるよ)

 

 手に握っている工具、機械のカバーを外すために使ったやつかな。

 

「えー、絶対嘘だあ、それ。話盛ってない? だって結構でかいよ、この串焼き」

 

「いや本当だって。きっちり本数数えてたわけじゃないけどさ。左腕いっぱいに串焼き抱えて移動してるところ隣でずっと見てたもん。この写真には写ってないけど、この段階ではまだ胃袋に収まってない串焼きのたくさん詰まった袋が、確かこの下辺りに……」

 

(……僕が壊したんだよな、あの機械)

 

 プリシスが一生懸命作った機械だったのに。

 プリシスは作り直すって言っていたけど、あれをまた一から作るなんて。それに完成しても、

 

「うぇえ……。じゃあ本当にそれ全部食べたんだ、ディアス」

「本当に全部食べたのよ。残さずきれいに、一日で」

 

 僕がプリシスのそばにいたら、やっぱりまた──

 

 

 ぎゅっと拳を握ると、アシュトンは立ち上がり、

 

「チョコならともかく、串焼きそんな大量に食べて飽きないのかなあ」

 

「それよりもまず、ありとあらゆる物資が不足したあのエル大陸の地で、あんなおいしい串焼きを、それもあんな大量に調達できてる事の方が謎なのよね。なんか地鶏とか言ってたし……」

 

「あ、チサトも一本食べたんだ、その串焼き」

 

「うん。すっごいおいしかった。まさに名店の味って感じ。あの辺り、名店どころか普通の焼き鳥屋すらまだないはずなのに。……地鶏って何? 謎すぎるわよね?」

 

「じゃあプリシス、チサトさん。僕行ってきます」

 

 まだ喋り続けている二人に声をかけた。

 

 

「ん? アシュトンどっか行くの?」

 

「やっぱ自分で捕まえた鳥さばいてるのかしら。魔物でもなんでもとりあえず鳥の姿してりゃあ問題なく食える、みたいな事普通に考えてそうだし……って──ん?」

 

 声をかけられたプリシスは、気楽にアシュトンを見上げて聞く。

 チサトもお喋りを止めて、アシュトンの方を見た。

 

「エル大陸の、エルリアに……」

「えぇ!?」

 

 自分を見ているプリシスと、それと一応同じく自分を見ているチサトにも向かって、しょんぼりと自分の行き先を告げるアシュトン。

 プリシスは心の底からびっくりした様子で聞き返してくる。

 

「えっなに、それってもしかして……今から、ってコト?」

「……うん」

 

 そんなに驚かないでよプリシス。僕だって本当は行きたくないんだよ。

 でも僕がそばにいたら、プリシスの邪魔になっちゃうから仕方ないんだよ。

 

 ……などと、一人で切なく思っていると。

 チサトも驚いてアシュトンに聞いてくる。

 

「今からエルリアに行くですって!?」

「はい、まあそういうことになりますね……」

 

 切なさでいっぱいのアシュトンはしょんぼりと返事をする、

 エルリア行きを頼んだ張本人であるはずのチサトが、アシュトンのエルリア行きにびっくり仰天している事の不自然さにも気づかないままだ。

 

「そうなんだ。……あ、そうだ。だったらちょっと待って、ついでに取材しといてもらいたいものがあるんだけど……」

 

 びっくり仰天した後、チサトは慌ててケースの中をごそごそと漁る。

 しばらくしてから写真と資料がぎっしりとつまったファイルをいくつか、それと予備のカメラをアシュトンに手渡してきた。

 

「はいこれ」

 

 渡されたファイルの一つを、アシュトンは虚ろな目でぺらぺらとめくる。

 ファイルの最初のページには、旧エルリア市街の地図が貼り付けられている。

 地図のいたる所に書きこまれている小さな数字は、チサトの手による書き込みだろう。思った通り次のページからは、その地区の被害状況やら復興状況、それと近隣の魔物出没情報などが番号つきで、箇条書きでまとめられている。

 

 ページをめくっているうちに、アシュトンは右上に『要、再取材』と赤丸で囲んであるページが何枚かある事に気がついた。

 ついでに頼みたい取材というのは、どうやらこれの事らしい。

 

「ああそれ別に全部調べなくていいから。出来たら、でいいんだけど」

 

 機嫌を窺うように、チサトがファイルを見ているアシュトンに話しかける。

 アシュトンは力なくファイルを閉じ、虚ろな声でチサトの頼みを快諾した。

 

「……わかりました。これも調べられるだけ調べてきますね」

 

「ほんと!? ……やったあ! ありがとーアシュトン、助かるわあ」

 

 エル大陸の遠さに比べたら、ついでの調べものが多少増えることぐらい別にどうってことないのに。この大げさな喜びようである。

 

(ていうか、こっちの方が全然まともな取材なんだけど? なんでディアスの笑顔メインなの?)

 

 ちょっとだけまともな思考がアシュトンの頭によぎったところで、

 

 

「そっか。アシュトン、本当にエル大陸に行くんだ。今から」

 

 そう言うプリシスはどことなく、いつもの元気がない様子だ。

 どうかしたのかな、プリシス。と素直に心配してから、

 

(あっもしかして、僕がエルリアに行っちゃうのが原因?)

 

 自分に大変都合のよろしい想像で、さらに不安になるアシュトン。

 

「プリシス……」

 

 やっぱ行くのやめようかな、とまたまたアシュトンが迷いだした時だった。

 プリシスは、自信なさそうに自分の手元の工具を見て呟いたのだ。

 

 

「アシュトンが戻って来るまでに、できるのかなあ」

 

 

(……そうだよね。プリシスの頑張りを、僕が無駄にしたらいけないんだ)

 

 決意を固めたアシュトンは、プリシスを優しく励ました。

 

 

「大丈夫。プリシスならきっと出来るよ。しばらく手伝ってあげれないけど、エル大陸からでも、僕はプリシスのこと応援してるから」

 

「ん。……ありがと、アシュトン」

 

 照れくさそうにプリシスは手で鼻をこする。

 

(あーあー、またそんな手で鼻こすって)

 

 アシュトンはすぐにポケットからハンカチを取り出して、プリシスに渡した。

 

「プリシスの顔、油まみれだよ」

「ううん? そうかな」

 

 とアシュトンが貸したハンカチで、プリシスはくしくしと顔をこすりだす。

 

(ははっ、なんかリスみたいだ。かわいいなあ、プリシスは)

 

 いつまでもこうしていたいけど、そうしたら、いつまでも行けそうにない。アシュトンは断腸の思いで、いよいよ部屋の外へと足を踏み出した。

 立ち去ろうとしたアシュトンに、プリシスが声をかける。

 

「あ、待ってよアシュトン。このハンカチ忘れてるって」

(ひき止めてくれるな、プリシス。僕の決意は固いんだ)

 

 その場でちらっと振り返って、

 

「そのハンカチはプリシスが持っててよ。僕がいない間、それを僕だと思って。くじけそうになった時は、それを見て思い出してね。僕はずっと、応援してるから──」

 

 今思いつく限り、精いっぱいのカッコイイセリフを言ってから、プリシスの返事も待たずに部屋を飛び出した。

 それからそのまま後ろも振り返らずにプリシスの家を出ると、アシュトンは背中に哀愁を漂わせ、リンガの夕闇の中へ溶け込んでいった。

 

 

 これからアシュトンが目指すのは遥か遠くのエル大陸、エルリア。

 もちろんアシュトン一人だけではない。背中の二匹も一緒だ。

 二匹とも、今は背中の濃厚すぎる哀愁に当てられて、若干げんなりしているけれど。

 

 

 ☆★☆

 

 

「行っちゃった。もう夕方なのに」

「なんか今生の別れみたいなセリフ言って去ってったわね、アシュトン」

 

 もう日も暮れようという時刻に、一体何を決意したのか。

 いきなりカッコイイセリフを残して隣の大陸へと旅立っていったアシュトンの背中を、プリシスはチサトと二人、ただ呆然と見送っていた。

 ひとしきり呆然とした後、

 

「なんでまたあんな急に……。ってか何しに行ったのさ、アシュトンは」

「さあ?」

 

 チサトと二人して首を傾げる。

 理由がさっぱりわからない。それとも前から行くって言ってたっけ? まさかあの写真見て、久々にディアスに会いたくなったとかじゃあるまいし……

 

「むむむ」

 

 プリシスが眉間に皺を寄せて、アシュトンの急な心変わりの原因を考える一方。

 隣のチサトはホクホク顔である。

 

「まあいいじゃないの。急に旅したくなったんでしょう、きっと! いやー、ほんとラッキーだわー、やり残してきたことが結構あったのよねえ」

 

 そんなチサトの言葉を聞いて、プリシスも心の中で(まあ行きたくなったんならしょうがないか)と納得したように呟く。

 今までだって、アシュトンは好きでリンガにいただけなんだもん。急にいなくなったからって、疑問に思う方がおかしいんだよね。

 

「だよねえ」

 

 今度は口に出して呟きつつ、プリシスはアシュトンが「これを自分だと思って!」と言い残していったハンカチで顔を拭いた。

 ハンカチからはフローラルのいい香りがしている。

 

(このふろーらるが“アシュトン”なのか。……なんかやだな)

 

 とは思ったけど、まあせっかく励ましの言葉と共に渡された物ではあるし、アシュトンがまたリンガに帰って来るまで、大切に持っておくことにする。

 

 

 大丈夫。プリシスならきっとできるよ──

 

(くじけそうになった時は思い出してね、だってさ)

 

 アシュトンが去り際に言った事をぼーっと思い返すうちに、プリシスはなんだかだんだんむしゃくしゃした気分になってきた。

 

(いつもみたいにそばにいて手伝ってくれるって、勝手にそう思ってたアタシが悪いのかもしんないけどさ)

 

 手元のハンカチを思いっきり睨みつけてから、

 

 

「何も今いなくなることないじゃないのさ。アシュトンめ~」

 

 

 ついさっきアシュトンが出ていったドアの辺りに向かって、恨み言を言っていると、

 

「どうしたの? なんか元気ないわよ、プリシス」

 

「んー? やっぱわかっちゃう?」

 

 さすがに様子が気になったらしい。

 ドアを睨んで「むう」と唸るプリシスに、チサトが声をかけた。

 

「そんなふくれっ面してたらそりゃ、ね」

「だよねえ」

 

 とため息混じりに言った後、

 

「アタシさあ、今ちょっとすらんぷ気味っていうか? どうもうまくいかないんだよね」

 

 そんな自分の現状を、チサトに正直に打ち明けてみる。

 

「とりあえず作ってはみるんだけどさ、ちゃんとできてる気がしないっていうか……。さっきのだって、ちっともうまくできてなかったし」

 

 

 うまくいけばラッキーと気楽に考えて作ったつもりの機械だけど、あそこまで一瞬で壊れられてしまうと、いくら能天気娘でもそれなりにはへこむ。

 何よりまずいのは、大失敗をした事ではなく、その大失敗の原因がさっぱり思いつかないことである。

 

 中も開けて見たけど、それでもわからない。

 どこかの部品に何か不備があったのか、どこかで配線を間違えたのか、どこかの溶接が上手くいってなかったのか、そもそも基本設計はあれで正しいのか。何にもわからない。

 

 何にもわからなかったけど──そんでもまあ、いつまでもくよくよしたってしょうがないからまた明日からがんばろって思った矢先に、助手のアシュトン、突然の蒸発。

 アシュトンに当たりたくもなるというものである。

 

 

(別にアシュトン居たって、どーにかしてくれるってワケでもないけどさあ)

 

 そりゃあ「機械って何?」って顔しながら手伝ってくれてるアシュトンに、自分のスランプを治してくれる事までは求めてなかったけど。

 しかし助手としては超優秀なのだ、アシュトンは。

 

 気配り上手っていうか、レンチほしいな、って思った時にはもう手の届く所にあるし。

 喉が渇いたなー、って思ったタイミングでちょうど淹れたてのお茶も出てくるし……掃除も、部屋の片づけも……

 

 

(途中で気が変わって戻ってこないかなあ、アシュトン)

 

 などと優秀すぎる助手との別れを惜しんでいるプリシスの横で、

 

「ふーん……スランプ、か。そりゃ大変だわ」

 

 とプリシスの悩みを理解したチサトが、心からの同情を寄せてくれた。

 プリシスもアシュトンへの未練をすぱっと断ち切り、チサトに答える。

 

「自分一人の闘いってことでしょ? こんな場所じゃ、教えてくれる人もまずいないでしょうし」

 

「せいぜいオヤジくらいのもんだね、機械のコト聞けるのは」

 

 エクスペルの人達はそもそも“機械”の存在自体を知らないのだ。機械工作の知識を持っている人物なんてものは、おのずと限られてくる。

 具体的には──今プリシスが言った通り、プリシスの父親しかいない。

 そしてその貴重な“オヤジ”はというと、プリシスが今一体何を作ろうとしてるのかすらよくわかってなかった模様。もはや完全に戦力外である。

 

(結局一人で頑張るしかないんだよね、“こんな場所”じゃ)

 

 とため息をつきつつ、チサトの言葉に頷きかけて、

 

 

(……教えてくれそうな人、いるじゃん! ここに!)

 

 

 大変な事実を思い出したプリシス。

 さっそく視線を、ちらちらとすぐ隣の教えてくれそうな人に送ってアピールしてみたけど。

 

「やっぱ、独学じゃ限界あると、思うんだけどなー?」

「教えないわよ」

 

 

 即答である。

 

「けちー! けちんぼー! チサトのドけちー! しみったれー!」

「けちじゃない! ダメなものはダメなの!」

 

 などというやりとりを、二人で一通りやった後。

 チサトがふくれっ面のプリシスに説教をかましてきた。

 

「前にもちゃんと言ったでしょ? ネーデの技術は外の世界に出したらいけないものなの!」

 

 がしかし、怒られたプリシスに反省の色はない。

 

「まったくもう、プリシスもレオンも、夢中になるとすぐ忘れちゃうんだから。もうちょっとで宇宙が崩壊するとこだったっていうのにさあ……」 

 

「ふんだ。偉そうなこと言ってさあ、実は機械のコト何にも知らないだけなんじゃないのー? そこらじゅう機械に囲まれた生活してたからって、なにも機械の構造に詳しいって言いきれるワケでもないもんねえ」

 

「そっ、そんなことないわよ! ちゃんと知ってるんだから!」

 

 プリシスがそう言うと、チサトは目に見えて焦った様子で言い返してきた。

 

「機械の中身でしょ? フィルム替える時に毎回見るもん。水の中に落としたケータイ、開けた事だってあるし……。ほら知ってるでしょ! 宇宙の平和のために、あえて教えないだけよ!」

 

(やっぱ知らないわ、これ)

 

 と訝しむプリシスの視線を避けて、チサトは言う。

 

「そうだった、応援を頼みに来たのよ私は! あれ、でも……プリシスは忙しいし、アシュトンは……まあいいわ、エルリアの方が断然魅力的だものね! じゃこっちの取材は、と」

 

 実に都合よく本来の用事を思い出したようだ。

 チサトは床に並べたままだった写真に目をやり、またまた「うーん、どこから行こっかなー」と悩み始めた。

 あっちも結局取材は自分一人で頑張る事にしたらしい。

 

 

「あーあ、結局アタシ一人か。チサトも役に立たないしなあ」

 

 喋り相手のいなくなったプリシスは、さっきまで自分がいじっていた機械を見てぼやく。

 ぼやきながら(クロードなら教えてくれるかな)と考えてみたけど。結局すぐに(知らないだろな、たぶんチサトと一緒な気がする)という結論に達した。

 

 もしかしたら知っているかもしれないけれど、クロードはすぐ隣にいるチサトと違って、ここから遠く離れたアーリアの地にいるのだ。

 その“もしかしたら”のためだけに、はるばる海を越えてまで聞きに行く気にはなれない。

 

(もうなんか、旅の途中ですらんぷ治りそうだよね、それ)

 

 となると、今この場でプリシスの苦境をどうにかしてくれそうな人はやっぱり一人しかいないわけだ。──オヤジしか。

 

(誰かー! へるぷみー! 誰かアタシに教えてー! ぷりーず!)

 

 弱気にならざるを得ない。

 ついには過去まで振り返って、プリシスは後悔し始めた。

 

「あーあ、アタシも一緒にエルとオペラの艦に乗ってけばよかったなあ……。あの時はなんで」

 

 

 ──あの時。

 お別れの時、プリシスは乗ってきた艦に乗り込もうとしている二人に向かって「お願いアタシも連れてって!」と、一度はそう言ったのだ。

 でもすぐに断られた。

 

「この艦に乗ったら、もうエクスペルには戻ってこれないのよ」

 

 そう諭すようにオペラに言われ、それで結局は──

 

 

 こんなことになるんだったら、密航でもなんでもして乗ればよかった。

 一度乗っちゃったら、さすがにあの二人も「降りてくれ」とは言わないだろうし。

 

(そしたら、今ごろアタシは機械だらけの世界で、たぶんその辺にうようよいる機械好きの仲間たちと、思うぞんぶんに機械のコトを……)

 

 うっとりとした気分で、今現在あるかもしれなかった夢のような生活を思い描いたところで、しょせん夢は夢。

 現実のもどかしさに、いっそうみじめな気分になったプリシスは、

 

(なんで一瞬でもオヤジの顔見たいとか思っちゃったかね、あの時のアタシは)

 

 ぼんやりとした頭でそう考えた後。

 慌てて自分の口元に手を当てた。

 

 

「あっやば」

 

「え、なに? どうしたのよ、いきなり?」

 

 写真選びの手を止めて、不思議そうにこちらを見上げるチサトに聞く。

 

「えっとその……。アタシ、今なんか言ってた?」

「? やばっ、って言ったけど?」

 

 チサトはやっぱり不思議そうに答えた。

 何が聞きたいのか分からない、とでも言いたげな様子である。

 

「いやその前に……ううん、なんでもない。言ってないならいいや」

 

「あそう。ヘンなプリシスねえ。やっぱこっちは後でもいいかな……」

 

 まったく気にした様子もなく、再び写真を悩ましげに見比べるチサトを見て、プリシスはほっと胸をなでおろした。

 

(よかったー。声に出してないよね、今の。出てたらサイアクだよ)

 

 そんな風に、プリシスが一瞬でもあんな無神経な事を考えてしまった自分に憤りを感じている事にも、チサトは全く気づいてない様子だ。

 

「ダメ。ぜんっぜん決まんないわ、これ。あっそうだ」

 

 そう言うとチサトは何やら思いついたらしく、ぎゅっと目を閉じた。

 写真が並んでいる辺りに手を伸ばしているところから察するに、考えるのはやめて「運任せ」で決めることにしたらしい。

 しかも手から何かしらの波動でも出てきそうなくらい、かざしている手に力を込めている。

 チサトは全身全霊をかけて、写真を「運任せ」で決めることにしたらしい。

 

 

 プリシスはふんっと鼻から息を吐き出して、自分自身に喝を入れた。

 

(……後悔すんのやめ! なに弱気になってんのさ、アタシのばか!)

 

 チサトだって一人で一生懸命頑張ってるんだもん、やって出来ない事なんてない! すらんぷがなんだ! 乗り越えればいいじゃん、そんなもの!

 ……と気合を入れ、解体しかけた機械に向かってどかっと座り。

 作業を再開したはいいものの。

 

 

「あ~。だめだ~」

 

 さっそくやっぱりなにもわかんなくて、がっくり肩を落としていると、

 

「てえーいっ!」

「うひゃあ!」

 

 チサトのかけ声と共に、何かがプリシス目がけてまっすぐに飛来してきた。

 手に持っていた工具をとり落とし、文字通り飛び上がって驚いた後。飛んできた謎の物体……一枚の風景写真を見て口をとがらせる。

 

「なんだよーいきなり、びっくりするじゃん、もー」

 

 プリシスの元に飛んできたのは、チサトが全身全霊をかけて選んだ写真だ。

 チサトは新春かるた大会のごとき動きを、あろうことか真剣に悩むプリシスのすぐ真横で、いきなり繰り出してくれたのである。

 ていうか記事作りには欠かせない、大事な写真を。こんな扱いしていいんかい。

 

「写真一枚選ぶのになんでそんな気合入れてんのさ、こっちまで飛んできたし……」

 

 一方、軽い調子で謝るチサトは、うずうずとした様子で聞いてくる。

 

「ごめんごめん。つい気合入っちゃうのよね、これが。で、何の写真だった?」

「ほい、これ。あと、……その辺にも数枚散らばってるけど」

 

 それとチサトの体の下にも敷いてあるわけだが。あと頭の上にも。

 

(どんな動きしたらそんな状態に)

 

 目の前の惨状に驚愕しつつ、プリシスはバビューンと飛んできた奇跡の一枚をチサトに差し出した。

 写真を受け取ったチサトは、頭にまた別の写真を乗せたまま言う。

 

「ありがと。ああいいのよ、そっちは後で拾うから」

 

 もう一度言う。そんな扱いしていいんかい。

 

「よーっし! それじゃ、見るわよー?」

 

 プリシスが呆れる中。

 とびきりでかい独り言を言うと、チサトはプリシスから裏返しの状態で受け取った写真を、ゆっくりゆっくりとめくり始めた。

 ……自分で選んだ自分の写真なんだから、さっさと見りゃいいものを。なんでそんなもったいつける必要があるのか。薄目まで開けて。

 

 

「まったくもう……なんだかわかんなくなっちゃったよ、ホントに」

 

 気を取り直したプリシスも、ぶつぶつ呟きながら機械に向き直り、工具を手に取ってはみたが。

 そもそも邪魔が入る前からさっぱりわからない状態で、半ば諦めかけていたのだから、改めて向き直ったところで急にわかるはずもない。

 

(どうしようかねえ、これ。どうしたらいいのかなあ)

 

 とプリシスは憂鬱なため息をつく。

 チサトはやっと写真を見たようだ。

 

「おっ、これはなかなか……。リンガの聖地かあ」

 

 意外そうに驚くチサトの声が、プリシスはもう気になって仕方ない。

 自分で絞り込んだ候補の一個なのに。意外も何も……

 

「うー、ダメだ! ……もう出ない。今考えたって、絶対出ない!」

 

 ついには持っていた工具を乱暴に置いて立ちあがると。

 プリシスは、部屋中に散乱した写真を拾い集めているチサトに話しかけた。

 

 

「やっぱアタシも取材手伝うよ。気分転換したいし」

 

「ほんと!? 持つべきものはやっぱり友ねえ。じゃ、どれがいい?」

 

 チサトは嬉しそうに言い、回収したばっかりの写真をまた床にぶちまける。

 もはやなんとも思わずに、写真を目で追うプリシス。

 その頭の中では、全く別の事を考え始めていた。

 

「そだね、じゃあ……」

 

 

 過去まで遡らなくても、ようは現状を変えるような何かがあればいいワケだ。

 例えば……オヤジが拾って来た、あの隕石みたいなやつが。

 

 そしたら解決じゃん?

 あの機械もぱぱっと完成。新しいアイデアだって、そりゃもう湯水のように湧き出ること間違いなし!

 

 うわ、サイコーじゃんそれ。いいねいいね! ……よし、それでいこう!

 

 

「おし、アタシこれにする!」

 

 床に散らばった写真の中からてきとうに一枚とりあげ、元気にめくる。

 その瞬間のプリシスは、頭の中では手を合わせて、こう祈っていた。

 

 ──また空から、何かが降ってきますよーに!

 

 

 

(さっき決めたばっかだもん、後悔はしないさ! ……しないけど)

 

 どーしても八方ふさがりなんだもん、しょーがない。

 試しに願ってみるくらいは、いいよね? 

 




登場キャラ紹介。

・アシュトン(スターオーシャン2)
 20歳。双頭龍に取り憑かれた、不運な紋章剣士。
 現在はリンガ周辺をぶらついている。

 アシュトンは原作プリシスEDを意識しました。ただEDから数か月後という事で、お互いにイチャイチャする関係にまでは至っていません。もっぱら彼の片想いです。

・プリシス(スターオーシャン2)
 16歳。機械大好き発明少女。機械を駆使して戦う。
 相変わらずリンガの実家で機械を作りまくっている。

 リンガ関連のEDを詰め込みました。アシュトンに世話焼かれつつ、たまに家にくるチサトと仲良く遊びつつ、機械作りに没頭する毎日……という感じです。
 一応原作ゲーム基準なので、クロードの事は特に意識していません。レナに対しても同じく。アシュトンの事は……どうなんだろうね?

・チサト(スターオーシャン2)
 22歳。ネーデで新聞記者として働いていた女性。体術が得意。
 ボーマン家に居候しているが、記事作りのために外に出ている事が多い。

 色んなEDが混ざってます。世話好きのボーマンさんに面倒を見てもらっている、という設定。
 ディアスの事は仲間の一人という認識。現時点で特別な意識はたぶんない。エル大陸での事も、偶然ばったり会ったので少しの間一緒に行動してみただけというのが真相らしい。


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一章
1. 自称“旅人”=


 マーズ村、セリーヌの実家の客室。

 窓辺の椅子に座っているレナは、夕日が沈んでいく窓の外を見て、ぽつりと呟いた。

 

「セリーヌさん、遅いな」

 

 

 すぐ近くのベッドには、紋章の森で発見した女性が眠っている。

 森からここまで女性をなんとか二人で運んだ後、セリーヌはまた魔物退治に出かけていったのだ。

 

 女性を放置するわけにもいかないので、レナはここでお留守番。

 あのセリーヌが「大して強くない」という魔物にやられるはずもないから、こうして彼女の帰りを待っている間も、心配はあまりしていなかったりするが。

 

 

(なんか、落ち着かない……)

 

 

 ひたすら待つ事のなにが大変かって、このしんと静まった部屋がである。

 部屋にいるのは眠っている女性だけで、話し相手なんか一人もいないし。

 こんな静かな環境にひとり残されたら、どうしたって考えないようにしてたクロードの事を考えてしまうではないか。

 

 いや、もちろんこの女性の事もいろいろ気になるけど。

 でも結局半分くらいはクロードの事が気になってたし。

 今頃なにしてるかなとか。

 お客さんもまだいるんだろうなとか。

 わたしがアーリアに帰ったら、その後はクロードどうするつもりなんだろうとか……

 

 気になりすぎて何回かクロードの名前を実際に呟いてしまったりなんかもして、そのたびに恥ずかしくなって部屋の中きょろきょろ見渡したりして、当たり前だけど眠ってる女性しかいなくて安心する、みたいな。

 そんな事ばかり繰り返しての、今現在である。

 

 

(……そろそろ、目を覚ましてくれるかな?)

 

 と今度は、眠っている女性に目を向けるレナ。

 また一周クロードの事をばっちり考えてしまったからである。

 

 眠ってるところあんまりじろじろ見るのも悪いかなと、一応さっきから自重はしているつもりだけど……だってこういう状況なんだから仕方ない。

 というかなにより、そもそもレナは好奇心旺盛なタチなのだ。

 

 

(それにしても、きれいなひとよね)

 

 

 発見した直後は女性の怪我を治したりで、それどころじゃなかったけど。

 こうして部屋で落ち着けるようになって、女性の顔を覗き込むたび、まっさきに思う事はそれだ。

 

 眠っているのに、“美人”ってすぐ分かるほどの銀髪美人。

 ゆったりとした三つ編みも、それをまとめる赤いリボンもよく似合っている。

 

 年頃はたぶんセリーヌと同じくらいなんだろうけど……着ているものの雰囲気がまるで正反対というか。

 厚手の長シャツ、ロングスカートに布製の脚絆、丈夫そうなブーツに、今は脱がせてあげてるけど、これまたいい値段してそうな生地の上着。気品オーラがすごい漂ってくるというか。

 

 

(どこかいいところのお嬢様、って感じかな。それも旅仕様の)

 

 地元民のセリーヌも初めて見る顔だと言っていたし、服装からしても、たぶんこの女性は旅の人で合っているのだろう。

 そこまでは分かるけど、

 

(そんなお嬢様が、なんで紋章の森なんかに……?)

 

 紋章の森はマーズの村人達が、紋章術の修行に励む場なのだ。

 場所もマーズ村の奥だし、さらにその後ろは山が連なっていて。さらにはマーズ村辺りの街道も、非常にわかりやすい一本道。

 つまりお嬢様に縁がある場所でもなく、普通に歩いていて森に迷い込む方が難しいという場所でもある。

 

 彼女を最初に発見した時はレナもセリーヌも、例の魔物に襲われた旅人さんだろうと、すんなり決めつけたけど──

 

 

(やっぱり、なんか怪しいような……?)

 

 というか前にもこんな気持ちになった事があるような、と思いつつ。

 やっぱり荷物も何一つ持ってなかった謎の旅人さんを、レナがじーっと見ていると。

 

 

 

「う……ん」

 

 

 女性がかすかに身動きをし始めている。

 ようやく目を覚ます気配を見せた女性に、

 

「大丈夫ですか?」

 

 とすぐに声をかけたが、女性の返事はない。

 まだ意識がはっきりしてないのかもと、レナが反応を待っていると。

 

 女性はゆっくりと寝返りをうち。

 自分にかけられた毛布をしばらくもぞもぞさせ、毛布の中で丸くなった後、

 

 

「もう交代? あと三日だけ──」

 

 

 とだけ言うと。

 辺りが眩しかったらしく、目を閉じたまま両手で、かけていた毛布を自分の頭のてっぺんにまで引き上げたのだった。

 

 

「は……?」

 

 レナは目の前の毛布のかたまりを見たまま、気の抜けた声をあげた。

 頭の中は現在、今の出来事をどう処理すべきか、という事でいっぱいである。

 

(今のって……なに?)

 

 もうちょっとだけ寝かせて、って感じの言い方からして寝ぼけてるんだろうけど。

 それでも「あと三日だけ」って、一体どういうことなの……?

 

 必死に考えるレナの前で、毛布の中にいる物体がまた大きく寝返りをうった。

 毛布が横にずれ、女性の背中が毛布の端から現れる。

 

(言ったよね三日って、聞き間違いじゃないよね、本当にそう言ったよね)

 

 

 レナが混乱していると。

 毛布の中で、女性がはっと息をのんだような、くぐもった音がした。

 

(あ、今度こそ起きた)

 

 とレナもひとまず正気に返る。

 レナが今さっき聞いた寝ぼけ台詞の意味不明さを脇に置いといて見守る中。レナに背を向けて寝ていた女性は、慌てて半身を起こした。

 かぶっていた毛布を取り払い、ベッドに手をついた状態で、レナを見るより先に、

 

 

「今のは、その、少し昔と勘違いしただけなの。ごめんなさいル──」

 

 

 言って今度はレナを見たところで、かすかに呟く。

 

「エルフ? なぜ……」

 

 女性はそれから、起き上がった時の体勢のままで固まってしまった。

 

 

「すみません今、なんて言ったんですか? よく聞こえなくて……エル、って?」

 

 とレナが聞き返しても、女性からの返事はない。

 女性はレナを見て、明らかに困惑の表情を浮かべている。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 改めてもう一度声をかけてみても、女性はレナの方を見たままぴくりとも動かない。

 とても澄んだ浅葱色の目が、レナの方に向けられている。

 

「あの……」

 

 やっぱり返事は帰ってこない。

 

 

(お願いします。どうか返事を、返事をしてください……!)

 

 

 異様な緊張感に包まれる中、レナは物言わぬ相手に目線だけで訴えた。

 返ってきたのはやはり、覗き込んだら吸いこまれそうになるほどに綺麗な、浅葱色の目だけ。

 森で倒れて起きたら知らない家で、知らない人間が目の前にいて、いろいろ混乱している最中なのはしっかり分かるけど。

 

(どうか返事を、というかそんなにこっち見ないでください……?)

 

 

 

 そのままレナの体感時間で、三十秒ほどは経過しただろうか。

 あまりの気まずさに、いよいよ薄暗くなってきた窓の外を見た後、

 

(あっ、そうだわ。明かりの準備をしなきゃ)

 

 部屋のランプの方へ、レナがいそいそと向かおうとしたところで。

 女性の混乱がなんとか治まったらしい。

 

「すみません、とんだ失礼を……」

 

 寝たままなのは失礼だと思ったのか。ベッド脇の床に足を下ろして立ち上がろうとしていたので、レナがすぐに押し止めた。

 

「まだ無理は禁物ですよ。怪我が治っただけで、体力は回復していないんですから。……ちょっと待っててください、今明かりをつけますね」

 

 おとなしくベッドに座ったまま、戸惑った様子でレナに話しかけようとする女性に言い置いて、一旦その場を離れる。

 明かりをつけ終わったレナが椅子に戻ると、さっそく女性が口を開いた。

 

 

「大変失礼しました。置かれている状況に混乱していたものですから、つい」

 

 女性は丁寧な言葉遣いで、レナに先ほどの非礼を詫びる。

 背筋をきちっと伸ばし、両手を膝の上に置いて真摯に謝るその姿は、まさしく見た目通りのいいところのお嬢様だ。

 

 目を覚ましてからついさっきまでの間、全く想定外の反応を立て続けに見てしまったせいでいまいち確信が持てなかったけど。今レナの目の前にいる女性からは、溢れんばかりの気品しか感じない。

 さっきまでのはきっと何かの間違いだったんだろう。

 

「あなたに何か失礼な事を言っていなければいいのですが。何分記憶が定かではなくて」

 

「だ、大丈夫です。なんにもヘンな事は言ってませんでしたから」

 

 失礼というより、意味不明だったわけだが。

 とにかく何も聞かなかったふりをしたレナを、しかし女性はやや訝しげに、というかなんかもう大体を察してしまったような顔で見てくる。

 実際のところ、自分でもヘンな事を口走った自覚がちょっぴりあったらしい。

 完全にしらばっくれるのは無理なようだ。

 

「お、起きたらいきなり知らない人の家だった、なんて事になったら、わたしもきっとああなっちゃいますよ。──えーと」

 

 そこまで言って、レナはしばらく言葉を探した。

 女性もすぐレナのそんな様子に気づいて言う。

 

「名乗りもまだでしたね、本当にすみません。私はメリルといいます」

 

「あ、えっと、わたしはレナです」

 

 そそくさと名前を言って、レナは続ける。

 

「あれくらいならわたしにも経験ありますから。だから大丈夫ですよ、メリルさん」

 

 目の前のメリルさんは「……本当に?」とでも思ってそうな表情。

 ……確かに、あそこまでの寝ぼけ台詞はさすがにないけれど。こういう時の気恥ずかしさならレナにも分かるし。

 彼女のように育ちのいい人間ならなおの事、あんな風に寝ぼけるところなど見ず知らずの人間に見られたくはなかっただろう。

 さっきの事自体にはできるだけ触れないよう、メリルさんに話しかけ、

 

「旅先のベッドを家のベッドと間違えちゃう事って、よくあると思うんです。わたしも寝ぼけて別の人に「お母さん」って言った事くらいならありますし。だからメリルさんも別に、そんなに気にしなくても……いいような」

 

 

 レナは再び言葉に詰まった。

 これではメリルさんに「あなた思いっきり寝ぼけてましたよ」と正直に言ってしまったようなものだ。

 励ますつもりだったのに、どうしよう。レナが言葉を探していると、

 

「レナさん、あなたは優しい方ですね」

 

 メリルさんはいつの間にか、訝しげな表情じゃなくなってる。

 

「え? あ、いえ……そんなことは」

 

「レナさん、この度は助けて頂いてありがとうございます」

 

 返事に困るレナに向かって、メリルさんは改まって礼を言い、頭を下げる。

 メリルさん自身も、これ以上さっきの事は気にしない事にしたらしい。よく分からないけど、今の励ましで彼女が立ち直ってくれたのなら幸いだ。

 

「お礼ならこの家の人だけで十分ですよ。わたしは大した事してませんから」

 

「ここは、あなたの家ではないのですか?」

 

 レナがそう言うと、メリルさんは不思議そうに言った。

 

「あっ。セリーヌさんっていう、わたしの知り合いの人の家なんですけど……。まだ説明してませんでしたね。紋章の森で倒れていたメリルさんを見つけて、その人とわたしの二人でここまで運んできたんです」

 

「そうだったのですか。私は紋章の森に……」

 

 考え深げに呟いた後、メリルさんは周りを見渡しつつ聞いてきた。

 

「ここは、紋章の森から近くにあるのですか?」

 

 たぶん、本人はいかにも自然な感じを出して聞いたのだろうけど。

 ……なんか“紋章の森”をそもそも知らない感が、隠しきれていないというか。

 なにより「紋章の森に倒れていた所を発見した」と今言ったのに、今いるこの場所が、紋章の森すぐ近くにあるマーズ村だと思わないのもおかしいというか。

 

「ここは紋章の森のすぐ近くにある、『マーズ』っていう村ですよ」

 

「マーズ村、ですか」

 

 それでもちゃんと質問には答えるレナ。

 メリルさんはやっぱり、初めて聞いた単語を口にしたかのような反応である。

 それでも一応はレナが聞いてみると、

 

「メリルさんはやっぱり旅の人、なんですか?」

 

「……。そうですね。お恥ずかしい話ですが、旅の途中で道に迷ったんです」

 

 メリルさんは少し間を空けてから言う。

 やっぱりレナが予想した通りの、どっかの商人並みの方向音痴でもなければありえないくらいの苦しい言い訳である。

 

「森の奥深くまで入り込んでしまって、途方に暮れていたところまでは覚えているのですが。私が迷い込んだのは紋章の森だったのですね」

 

「そう、なんですか」

 

 

 長めの沈黙。

 メリルさんが視線を避けるように目を伏せたところで、レナがようやく口を開いた。

 

「メリルさん。ひとつ変なことを聞いてもいいですか」

 

「……。ええ、構いませんが」

 

 とメリルさんはレナの目を見ずに答える。

 どう見ても聞いてほしくなさそうな様子ではあるが、まあ本人が構わないと言ったのだし、遠慮せずに聞いてみる事にしよう。

 

 

「メリルさんって、もしかして──」

 

 

 そこまで言いかけて、レナは口を止めた。

 家の玄関のドアが開いたような音がしたのだ。というか、

 

「ほんと、喋るタイプにはロクなやつがいませんわね。手当たりしだいに盗みを繰り返した挙句、人まで襲っておきながらしらばっくれるなんて! あなた以外に、誰がやりますかってのよ。非力な女を襲おうだなんて、いかにも低俗な魔物の考えそうな事なのに!」

 

 

 段々近づいてくる声は、何やらぷんすか怒っている様子。

 レナが出迎えようと椅子から腰を上げたのと、声の主がこの客室のドアを開けたのがほぼ同時だった。

 

「おかえりなさい、帰りが遅いから少し心配して──」

 

「あら、あなた! 気がついたんですの?」

 

 レナがセリーヌに声をかける一方。

 セリーヌは部屋に入るなり、ベッドに座っているメリルさんの方に目を向ける。

 

「大丈夫、あなたの仇はこのワタクシがちゃーんと取ってきましたわ!」

 

 とセリーヌは胸を張ってメリルさんに言う。

 一方のメリルさんはというと、いきなりの乱入者(この家の人だけど)にやや驚いている様子だ。セリーヌがあまりによく喋るせいかもしれない。

 

「仇、ですか?」

 

「もちろん、あなたを襲った魔物の事ですわ」

 

 気後れした様子で聞くメリルさんに、答えるセリーヌは鼻高々といった様子。

 このままではメリルさんが気の毒だ。レナはすかさず助け舟をだした。

 

「ちょっとセリーヌさん、そんないきなり色々なこと言われても。メリルさんだって困っちゃいますよ」

 

「あら。メリルさんとおっしゃいますの、この方」

 

「そうですよ、そういう話はちゃんと自己紹介してからにしないと」

 

 レナとセリーヌが話していると、

 

「先ほどレナさんが話していた方ですね。助けて頂いてありがとうございます、セリーヌさん」

 

 メリルさんはそう言って、ベッドから立ち上がろうとするではないか。

 まだ無理しちゃだめなのに、とレナがメリルさんを止めようとした矢先。

 

 メリルさんは何かに躓いたかのように、バランスを崩してしまった。

 近くにいたレナは慌ててメリルさんの体を支えた。

 

 

「メリルさん! 大丈夫ですか?」

 

「……すみません、レナさん」

 

 メリルさんは痛みを堪えているような様子。メリルさんを支えたままベッドに座らせてから、しゃがみ込んで聞く。

 

「まだ治しきれてなかったみたいですね。痛いのは右足ですか?」

 

「そうですね。折れてはいないと思うのですが」

 

 確認をとりつつ、メリルさんの右足を改めて確認すると。足首の辺りに、くっきりと青アザが浮かんでいる。

 レナはメリルさんの足首に手を近づけ、意識を集中させた。

 

 レナの手から光が放たれ、足首のケガ全体を優しく包み込む。

 しばらくすると、右足首にあったはずの青アザはきれいに消えてなくなった。

 ふうと軽く息をついた後、

 

「これで大丈夫。ほかに痛いところはありませんか?」

 

 レナは足首にかざしていた手を外し、メリルさんに聞く。

 メリルさんも体全体を確かめるように、動かしたり触ったりした後、レナに礼を言った。

 

「ええ、もうすっかり良くなりました。ありがとうございます」

 

 本当にもう怪我はなさそうな様子である。

 普通にお礼を言われたレナも、うっかり普通に安心しそうになったところで、

 

 

「驚かないんですのね、メリルさん」

 

 

 やり取りを見ていたセリーヌが、ごもっともな発言。

 セリーヌの言葉を聞いて、レナも遅れてはっと気づく。

 

(あっ。そうか、そうよね。驚かないんだ、メリルさん)

 

 さっきから怪しい怪しいとは思ってたけど、ここまでくればもう確定だろう。

 レナとセリーヌの二人が、揃ってメリルさんをじーっと見る中。

 

「驚く? それは、今の──?」

 

 メリルさんはひたすら戸惑ったような表情で、二人に聞き返してくるだけ。

 今自分が決定的なボロを出した事にも、まだ気づいていない様子だ。

 

 

 

 今レナがメリルさんに使った、癒しの「力」。

 この「力」は──この未開惑星エクスペルではまずお目にかかる事がない、超絶にレアな代物なのだ。

 

 どれくらいレアかというと。

 現在エクスペルにいる人間で、癒しの「力」を使う事ができるのはレナと、後は先の冒険の末にこちらにやってきた仲間の一人、ノエルの二人だけ。

 つまりエクスペルには本来いないはずの、ネーデ人の二人だけである。

 

 というわけで普通のエクスペル人なら、いきなり目の前で使われたらまず驚く。

 というか、何度驚かれた事か。

 レナ自身、エクスペルに住まう様々な人間がいる中で、自分だけが持つこの「力」に戸惑い、自分がいったい何者なのか、真剣に悩んだ時期もあったくらいには驚かれた。

 驚かなかったのはレナと同じネーデ人を除けばせいぜい、地球人のクロードや、テトラジェネス星から来たオペラ、エルネストといった、ごく一部の人くらいだ。

 

 

 ようするに。

 耳がとがってないからどう見てもネーデ人ではない、メリルさんは──

 

 

 

「驚きませんでしたね、メリルさん」

「そうですわね」

 

 セリーヌと顔を見合わせて、再確認した後。

 

「すみません。私は今何か、おかしな事を?」

 

 もはや精いっぱい平静を装って話しかけてるようにしか見えないメリルさんに向かって、レナが今度こそ遠慮せずに聞いてみたところ、

 

 

「メリルさん、やっぱり本当は普通の旅人じゃないですよね」

 

「……っ。おっしゃっている意味が、よく分かりませんが」

 

「荷物はどうしたんですか。鞄も持たずに旅はできないでしょう」

 

「それは……、人に持たせていたんです。途中ではぐれてしまって」

 

「それに普通の旅人は、あんなわかりやすい一本道に迷ったりしないですよ」

 

「……この辺りの土地には、不慣れなものですから」

 

「それで紋章の森に入っちゃったんですか。マーズも知らないのに」

 

「はぐれた者に一切を任せていたので、詳しい事は何も……」

 

 

 やっぱりメリルさんは苦しい言い逃れの数々。

 レナ的にはもはや確信を通り越して、なんか懐かしさすら覚える態度である。

 

 何もないような所で道に迷う、手ぶらで、自分がいる場所の名前すら知らない、癒しの「力」に少しも驚かない、自称“旅人”。

 そんな怪しさしかない人の言い分を、一通り聞いた後、

 

「やっぱり」

「間違いないですわね」

 

 レナはセリーヌと二人で、もう一度しっかり納得し合ってからメリルさんに言った。

 

 

「メリルさん、あなたは旅人なんかじゃない」

 

 言われた瞬間、メリルさんはかすかに体を引いた。

 レナの方を見ながら、

 

「なぜそう思われるのですか? 私は、ただの──」

 

 気づかれないよう、レナの後ろにある、部屋の入り口に目をやった時。

 レナが言った。

 

「本当は先進惑星のひとなんですよね」

 

 

 そう。メリルさんはクロードと同じく、先進惑星から来た人間なのだ。

 それならエクスペルの事を全然知らない事にも、レナが使った癒しの「力」に少しも驚かない事にもすっかり説明がつく。

 メリルさんはこのエクスペルとは全く違った環境で育った人間──『先進惑星人』なのだから、エクスペルの常識は知らなくて当たり前というわけだ。

 

 というか逆に、それ以外の可能性なんて全然思いつかないし。

 だってあの時のクロードと全く同じ反応なんだもん、メリルさん。

 

 

「セン、シン──?」

 

「そんな単語初めて聞いた、みたいな演技する必要ないんですよ、メリルさん。もうとっくに正体バレちゃってるんですから」

 

 正体をズバリ言い当てられたメリルさんは、やたら戸惑った様子でようやく聞き返してきたが、どうせこれも演技に違いない。

 先進惑星人であるメリルさんが、レナ達のような未開惑星の人に本当の正体を知られてはいけない事は分かっている。例の『未開惑星保護条約』とやらを守らなくてはいけないからだ。

 

「いや、私は……」

 

「隠す必要もないんですのよ、メリルさん。なんたって、こっちにはすでに『先進惑星人』の知り合いがいるんですからね」

 

 思いっきり言い淀むメリルさんに、今度はセリーヌが言う。

 

「あなたもなにかの事故で、うっかりこのエクスペルに来ちゃったとか、どうせそんな話でしょう?」

 

「っ……そんな、事は」

 

 “うっかり”の辺りで、メリルさんは見事に動揺を顔に出した。どうやら図星だったらしい。

 それでもまだ頑張る気らしいメリルさんに、セリーヌがさらに言った。

 

「それじゃあメリルさん。あなた、このマーズがどこの大陸に位置しているのか、言えて?」

 

「あ。それは……」

 

 メリルさんは言いかけて口を閉じた。間髪入れずにセリーヌが追求する。

 

「旅の人なら、自分が今どこの大陸を旅しているのかくらいは当然知っていますわよね。人に全部任せてたってあなたさっき言ってましたけど、それにしたって大陸の名前くらいは分かるはずですわ」

 

 

 メリルさんは目を伏せて、何かを考えている。

 この大陸の名前は『クロス大陸』だが、その単語をメリルさんの前で言った記憶はない。最初から知らない名前なのだから、メリルさんがいくら一生懸命考えたところで正しい答えは出るはずもない。

 メリルさんは結局何も言えないまま、セリーヌの質問攻めを受けた。

 

「この辺には不慣れ、という事はどこか別の場所から来たという事ですわよね。その場所──教えてくださらない? ワタクシこう見えてトレジャーハンターとしてエクスペル中を飛び回っていますからね、地理には詳しいんですのよ」

 

(セリーヌさん、さすが……容赦ないわね)

 

 とレナがおののく中。

 メリルさんはついに、諦めたように息を吐く。

 それからセリーヌが改めて、メリルさんに聞いたところ、

 

「あなた、本当は何にも知らないんでしょう」

 

「──はい」

 

 と肩を落としてメリルさんは答えた。

 

 

「すべてお二人が言われた通りです。私はこの世界の人間ではありません」

 

「それでよろしいんですのよ」

 

「セ、セリーヌさん。尋問じゃないんですから」

 

 

 光景があまりにそんな感じすぎたので、一応つっこみは入れておくけど。

 セリーヌだって何も、彼女を困らせようとしたわけではない。彼女のためを思ったからこそ、彼女に本当の事を言わせようとしたのだ。

 

「はじめから素直に打ち明けてくれればよろしいのに。荷物も何も持たずに、知らない森で倒れていた旅人なんて、無理がありすぎると思いませんでしたの?」

 

 と聞くセリーヌに、うつむいたメリルさんは完全に諦めたらしく、今度も正直に答える。

 

「ええ、深く追求されれば到底隠し通せるものではない事は分かっていました。けれど──」

 

 それからメリルさんは、弱りきった様子でレナ達に打ち明けた。

 

「私にも、自分が今置かれている状況がよく分からないんです。知らない場所に来てしまったと理解するのに精一杯で、こんな事が起こり得るのか、この状況をどうやって人に説明したらいいのか。それにできたところで、あなた方にはとても信じてもらえないと……」

 

 

 この話ぶりからするとどうやら彼女は今、あの時のクロードと同じような状況に置かれているようだ。

 何かの事故でエクスペルにやって来て、そして元の星に帰れなくて困っていると。

 

 今自分の目の前には、困っている人間がいる。

 となれば──やる事はひとつしかない。

 

 

「大丈夫ですよ、メリルさん。安心してください」

 

 レナはメリルさんに声をかけた。

 ふいをつかれて顔を上げたメリルさんに、今度はセリーヌが声をかける。

 

「言ったでしょう? こっちにはすでに先進惑星人の知り合いがいるって」

 

「先進惑星人、の知り合い……ですか?」

 

 聞き返してきたメリルさんは、急な話すぎて事情が呑み込めていない様子。

 ちょうど思いつく“当て”があるレナは、自信たっぷりに説明した。

 

「はい。その人──クロードに会えば、メリルさんはきっと元の星に帰る事ができると思うんです。正確にはクロードに、じゃなくて、クロードのところに来たお客様に、ですけどね」

 

 

 クロードに会いに来た客は地球から、はるばる星の海を越えてやって来たのだ。

 当然彼らの乗ってきた『艦』があるだろう。

 

 アーリアに戻って彼らに会い、メリルさんを、彼女の元いた星に送り届けてもらえるよう頼めばいい。

 彼らは未開惑星人との接触は拒むだろうが、自分達と同じ、先進惑星人のメリルさんの事までは拒まないだろう。例の『未開惑星保護条約』がある事を考えたら、彼らはレナに頼まれるまでもなく、むしろ自ら進んでメリルさんを艦に乗せてさえくれるかもしれない。

 

 これは決して突拍子もない思いつきなどではない。

 とにかく地球からやって来た彼らの元に行きさえすれば、メリルさんはたぶん、いやきっと、彼女の元いた星に帰れるのだ。

 

 

 

「アーリアまでの道案内はわたしに任せてください。マーズからだと、数日もあれば着く距離にあるんです。メリルさんもきっと、すぐに帰れますよ」

 

 ようは自分の帰り旅のついでに彼女も連れていく、というだけの事なのだが。メリルさんに言うレナは、困ってる人を助けられそうな自負でいっぱいだ。

 別件で最初からアーリアまでついて行く気だったらしいセリーヌも、旅の仲間が一人増える事にはかなりノリノリな様子。

 

 突然の申し出に戸惑うメリルさん相手に、改めてよろしくの挨拶をやや強引にしてから、それじゃあさっそく明日にでも出発しましょうとか、その前に晩ご飯を食べませんと、とか……

 

 

「あっそうそう。せっかくアーリアまで一緒に行く仲なんですもの。ワタクシ達、もっとお互いについていろいろ知っておいたほうがいいと思いますの」

 

「それは、私の知らない事を教えて頂けるという事ですか?」

 

「……そうでしたわね。あなたにはまず、エクスペルの事をよく知ってもらうところから始めなきゃダメなんでしたわ」

 

 

 クロードの時みたいに、そそっかしい誰かがメリルさんを『光の勇者様』だと勘違いしても大変だからと、セリーヌがレナをからかうように言う中。

 気後れしていたメリルさんもようやく、レナ達に頼っていいのだと分かったらしい。

 安心できたような表情で、改めて丁寧にレナ達に礼を言った。

 

「それでは私も、お二人のお言葉に甘えさせて貰おうかと思います。その方達がいる『アーリア』という場所まで、どうか私を連れて行ってください」

 




ネタばれ防止のため、今回のキャラ紹介はなし。


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2-1. 世間知らずのお嬢様?

 迷子な先進惑星人のメリルさんをマーズ村で保護したレナとセリーヌの二人は、急きょ彼女を連れてアーリアに向かう事になった。

 

 行きの時はレナと一緒にマーズまでやってきたボスマンには、その日のうちに急いで宿に行って、少々ワケがあって先にアーリアに帰る事を説明。

 それからメリルさんのいるセリーヌ家の客室で三人、軽く食事をとったりしながら色々話し合った後。

 次の日の旅に備えて、まだ体が本調子ではないだろうメリルさんを客室に一人残し、レナもセリーヌのお部屋にお邪魔して早めに就寝したのだった。

 

 

 翌朝レナが客室のドアをノックした時には、すぐにメリルさんの短い返事があった。

 

「おはようございますメリルさん。体調はどうですか?」

 

「お気遣いありがとうございます、レナさん。一晩ゆっくりと休養をとらせて頂いたおかげで、すっかりよくなりました」

 

 落ち着いた佇まいでレナに答えるメリルさんは、すでに身支度もきっちり終えていた模様。

 受け答えから立ち姿まで、人を寄せつけないほどに、非の打ちどころがなさすぎる完璧お嬢様っぷりである。

 

 昨日はベッドに座ってたし、なにより彼女が困ってるのがまるわかりだったからそこまで気にしてなかったけど。

 改めてこうやって、同じ目線の高さで会話してみると。

 美人すぎるし高貴すぎるしで、羨望を通り越してびっくりするというか。

 なんかもうお嬢様オーラがすごいというか。

 

(ま、まぶしい……)

 

「レナさん?」

 

「……す、すみません。なんでもないです」

 

 普通に話してるだけのはずなのに、つい緊張して腰が引けてしまったところでメリルさんに話しかけられ。

 我に返ったレナは、背筋をのばして彼女と同じ目線の高さに戻る。

 けれど彼女の綺麗すぎる目だけは直視しないようにしつつ、セリーヌの待つリビングへと一緒に向かった。

 

 

 朝食の間も、レナ達三人は昨日の夜と同じような会話をした。

 なるべく早く出発する、マーズを出る前に道具屋に寄って旅に必要なものを買うなどの、今日これからの予定の確認。

 ほかには、エクスペルの事を何も知らないメリルさんに色々な事を教えておく、などである。

 

 とりあえず昨日の夜にできたのは、『エクスペル』はとにかく未開惑星で、先進惑星みたいな『機械文明』なんかはなくて、お金とかはもちろん普通にただの紙切れと硬貨だし、先進惑星の人以上にだいたいの事は紋章術に頼る事が多くて、それから『光の勇者様』という超有名な民間伝承があって、メリルさんみたいに“よそから来た”感じがすごい人は間違われて大変な目にあうかもしれないから要注意、などなど……。

 

 自分がエクスペル人から浮いている事を自覚しているらしいメリルさんは、どれも熱心に聞いてくれていたけれど。早めに彼女を休ませる事にしたため、それ以上詳しい説明はほとんどできなかったのだ。

 よってレナとしては昨日の夜と同じく、家を出るまでの少ない時間でみっちり彼女に、エクスペルの常識を教える意気込みだったのだが。

 

 セリーヌの方は、もはやそこまで気を張っていないというか。

 昨日の彼女への授業のやり取りで、すでに何かを察したような様子である。

 メリルさんの方がやっぱり色々知りたそうなので、一応質問に答えてはいるけど、

 

「あなたはただ、いつも通りにしていればいいんですのよ。よっぽど変じゃなきゃ、多少のぼろを出したぐらいでそこまで人に疑われる事もないはずですわ」

 

 なんて事まで言っている。

 そりゃあいつ帰れるか分からなかったクロードの時と違って、彼女の場合はアーリアに着くまでのほんの数日間、レナ達の後ろで目立たないようにしていればいいだけなんだけど。

 たぶん後ろで立ってるだけでも目立っちゃうと思うし。超絶美人的な意味で。

 

(本当に大丈夫かな……)

 

 レナがつい心配になっちゃう中。

 さっきまでテーブルの上に出していた説明用のお金をしまうセリーヌに、メリルさんが言うと、

 

「そうでしょうか。金銭の扱いすら不自然というのは、普通の人では到底ありえない事だと思うのですが」

 

「まあ、それはそうですけど。メリルさんの場合はそれも問題ありませんわね」

 

 ずいぶんはっきりとした言い切りようである。

 レナが聞き返すと、

 

「えっ。なんでですか?」

 

「なんでもなにも……。見たまんま、一人で買い物すらした事ないようなとびきりの世間知らずだと思ってもらえると思いますもの」

 

 なるほど確かに。

 それなら何も問題ないわねと、上から下までメリルさんの完璧お嬢様っぷりを納得しながら再確認してしまったところで、あくせくと言い訳するレナ。

 

「あっいや、セリーヌさんが言いたかったのはそういう意味じゃなくてですね、メリルさんってすごく立ち振る舞いがしっかりしてるから、逆にそこら辺にいるひとからは浮いて見える事もあるかなー……なんて」

 

 メリルさんはというと、レナの慌てようを落ち着いて見てから、普通に納得したように言う。

 “とびきりの世間知らず”などというあまりに失礼な言われようをされても、特に気分を害してもいない様子だ。

 

「辻褄さえ合っていれば、多少の不自然さは見逃してもらえるというわけですね」

 

 そう言えば昔一緒に旅をした、先進惑星のとある名家の御令嬢オペラも、己が度を越した世間知らずである事を自負しているようなところがあった。彼女の場合は多少、いやかなり一般的なお嬢様像とかけ離れたところもあったが──

 オペラといいメリルさんといい、本当のお嬢様というものはこの程度の事はきっと言われ慣れているのだろう。

 

(本当にとびきりのお嬢様なんだな、メリルさんって)

 

 とレナが改めて思う中。

 セリーヌが気安い様子で声をかけ、メリルさんもそれに同意した。

 

「そうそう。変に演技するよりも、いつも通りにしていた方がよっぽど普通に見えるってことですわ。あなたもそっちの方が気が楽でしょう?」

 

「ええ、そうですね。変に気を張る事がないよう気をつけたいと思います」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 村の中を歩いていると、何度かすれ違う村の人達にお礼の言葉をかけられる。

 どうやらセリーヌは昨日の内に、問題を起こしていた魔物を退治した事を皆に報告していたらしい。

 

 セリーヌはともかく、結局セリーヌの家で彼女の帰りを待っていただけのレナまでお礼を言われてしまうのはなんだか気が引けてしまうのだが。

 みなさんにメリルさんの事を説明するわけにもいかないし。お礼の言葉を控えめに受け取るしかない状況である。

 

「いやあ、本当に助かりましたよ」

 

「わたしは何にもしてないですよ。ただセリーヌさんの後ろをついて行っただけですから……」

 

 などと言葉を濁してお礼の言葉をかわしつつマーズの中を歩き。

 レナとセリーヌの後ろを普通に静かに歩いているだけなのに、メリルさんはやっぱりすれ違う人達の視線をちらちらと受けてしまっていたりなんかして。

 道具屋で買い物を終え、店の外に出たところでまで

 

「長老もぜひレナさんに、感謝の気持ちをと言っていまして」

 

 などと村人のおじさんに引き止められかけて、メリルさんの存在のおかげで事なきを得たのだった。

 

 

「というわけで、見ての通りわたくし達先を急ぎますの。長老にはあなたから何とか言っておいてくれないかしら」

 

「あ、ああ。これから皆さんで旅行されるのですか。それは……お引き留めしてしまって……」

 

 たぶん顔見知りであろうセリーヌ相手にまで敬語で言い返しちゃったおじさんの横を、セリーヌが悠然と通り過ぎ、

 

「あ、あの……わたし本当に何にもしてませんから。お礼なんていらないですよ。長老様には時間とれなくてごめんなさいって、伝えてください」

 

 申し訳ない気持ちで言ってから、そそくさとおじさんの横を通り過ぎたレナに続いて、メリルさんが「申し訳ありませんが先を急ぎますので」とおじさんに軽く会釈する。

 

「はい……。どうぞ、お気になさらず」

 

 しばらく歩いてから後ろを振り返ると、レナ達の後ろ姿をそれまでがっつり見ていたであろうおじさんが慌ててレナに向かって頭を下げ、早歩きでその場から立ち去っていった。

 やっぱりね、と思いながら再び前を向くレナ。

 すぐ隣のメリルさんは、今の出来事を特に意に介した様子もなく歩いている。

 彼女は実は別の星から来た人間なのだという事は、レナ辺りがうっかり口をすべらせでもしない限り絶対にわかりっこないだろう。

 

 大変な秘密を抱えている身でありながら、「いつも通りにしていればいい」というアドバイス一つでここまで堂々としていられるのだから大したものである。これも生まれついてのお嬢様、という身分がなせる業なのであろうか。

 レナがなんだか畏れ多い気分でメリルさんを見ていると、そのメリルさんが言った。

 

「お二人は立派な方なのですね」

 

「ええっ。……いやいや、ぜんぜんそんな事ないですよ」

 

 意味も分からずとりあえず否定していると、

 

「まあわたくしの手にかかれば、あんな魔物イチコロですわね」

 

 とセリーヌが自慢げに言う。

 なんだ魔物退治の事か、と納得してレナも言った。

 

「なりゆきでこうなっちゃっただけで、わたしは本当に何にもしてないんですよ」

 

「あら。わたくしの力だけじゃ、メリルさんの事はどうにもできませんでしたわよ。今回の事はレナの力があってこそ解決できたんですわ。レナも存分に胸を張っていていいんですのよ」

 

「でもそれって、魔物退治には関係なくないですか?」

 

 と首をかしげるレナに、メリルさんは微笑んで言った。

 

「どちらも普通の人間には中々出来ない事です。セリーヌさんもレナさんも共に立派な方なのだと、私もこの村の方々と同様にそう思います。──お二人のような立派な方に助けて頂いたのは、私にとってかなりの幸いでした」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 村の入り口を示す看板は、今はもうレナ達の後方へと過ぎている。

 ここまで来れば、たぶん“あの子たち”も恥ずかしがらずに姿を現してくれるだろう。

 いったん足を止めたレナ達は、不思議そうに見守るメリルさんの前で、道具袋の中からエサの入った箱を取り出した。さっき道具屋で買ったやつだ。

 

「メリルさんの星にはいないんですか、バーニィ」

 

 レナがなんとなく聞いてみたら、

 

「バーニィ、とは一体?」

 

 やはり彼女の星には“あの子たち”は生息していないらしい。『バーニィ』というものがいかなるものなのか、メリルさんは想像もつかないといった様子だ。

 

「旅の乗り物ですわ。エクスペルでは、ごく一般的な」

「それは、動物ですか?」

「ええそうですわよ」

 

 まあ説明するよりも、実際に見てもらった方が早いだろう。

 さっそく彼らの好きなエサを手にしたレナは、眼前に広がる平原に向かって、心を込めて元気よく呼びかけた。

 

「カモン、バーニィ!」

 

 

 いよいよ不思議そうに見守っているメリルさんの前で、しばらく時間が経った後。

 平原からではなく後ろのしげみからヌッと現れたのは、おなじみ、ヒトと同じくらい大きなもふもふのかたまり。

 二足歩行なウサギのバーニィが、ちょうど三匹である。

 

「もきゅーん」「もきゅ」「もきゅきゅ」

「きゃ、ちょ、ちょっと……」

 

 揃ってレナの周りに集まった彼らは、ちらちらレナの顔を見つつ、レナに体をすりすりと寄せながら、手のひらにあるエサの匂いをくんくんと嗅いでいる。

『これちょーだい!』『これ食べたい!』の意だ。

 

「もうっ、そんな慌てなくっても大丈夫よ。ちゃんとみんなの分あるから、ね?」

 

 おしくらまんじゅうのくすぐったさにレナが笑って言ったところで、バーニィ達もセリーヌの持っている箱に気づいたようだ。

 三匹で顔を見合わせ「もきゅん」と鳴いた後、さっそく一匹を残してレナから離れていった。誰が誰からエサを貰うのか、今の一瞬で解決したらしい。こういうところで、バーニィは実に賢い生き物なのである。

 

「はいどうぞ」

 

 セリーヌも慣れた様子で、自分の分のバーニィのエサを箱から出した後。

 隣にいるメリルさんに向けて、エサの入った箱を傾けたところ。

 

「この兎が、バーニィですか」

 

 エサを手のひらに受け取ったメリルさんは、なぜか釈然としない様子。

 

「ええ、そうですわよ」

 

「お二人は先ほど……、この動物を『乗り物』と」

 

「言いましたけど。それが何か?」

 

「かわいいですよね、バーニィ」

 

 メリルさんは返事する事なく、自分の手のひらのエサをもちゃもちゃと音を立てておいしそうに食べるバーニィをただ黙ってじっと見ている。

 心なしか、眉間にしわが寄っているように見える。

 

「かわいくないですか? バーニィ」

「いえ、そういう事ではなく」

 

 心配そうなレナを前に、メリルさんは何かを言いかけてやめた様子。

 

「失礼しました。見慣れない動物だったもので、気が動転してしまって。……エクスペルでは、彼らが一般的な乗り物なのですね」

 

 言いながらメリルさんはエサを食べ終わったバーニィの頭をそっと撫でる。撫でられたバーニィは気持ちよさそうに「もきゅー」と鳴いた。

 優しげな笑みを浮かべた後、メリルさんはレナ達に向き直って言った。

 

「私に、彼らの乗り方を教えて頂けませんか?」

 

 

 乗り方とは言っても、バーニィは頭のいい子なので、いったん乗ってしまえば特に乗り手が何かをしなければならないということはない。

 メリルさんもすぐに乗り方を覚えたので、さっそくマーズを出る事にした。

 ただ試し乗りした際、メリルさんは一言だけ感想を漏らした。

 

「結構、揺れますね」

「そりゃまあ、ウサギですもの」

 

 さらにセリーヌの言葉に、ほんの一瞬だけ腑に落ちない表情を見せたのが気にかかるところではある。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 今日はひとまず、このままクロスまでバーニィに乗って移動する予定だ。

 『クロス』はここクロス大陸の中心部にある城下町で、マーズとアーリアのほぼ中間に位置している。よほどの強行軍でない限り、バーニィを使ったとしてもマーズから一日でアーリアに辿り着く事はとてもできないからだ。

 

 

 街道上にそって西に進み続け、しばらく経ったところで、移動しながらの今朝からの授業の再開だ。

 メリルさんはどうやら紋章術の事に一段と興味があるらしく、紋章術師の里マーズの出身であるセリーヌがごく基本的な事を教えた。

 

 紋章術というのは──こういう風に、体に刻んである特定パターンの紋章に、術者の精神力を流し込む事によって、火や雷といった様々な現象を意図的に発現させる事ができる、いわば「特殊な力」の総称である。

 簡素な術なら詠唱も要らないので、ちょっと勉強したらその辺歩いてる子供にでも扱えるくらいには、エクスペルではとってもポピュラーな術なのだと。

 

 

 自分の肌に刻んである紋章を、指で指し示したりして大雑把に説明した後。

 セリーヌがメリルさんに聞くと、

 

「メリルさんのところにはそういうの、ありませんの?」

 

「名称は違いますが、似たような「力」はありますね。ただ……私の世界の術は、広く一般の人々まで浸透している術というわけでは」

 

 そう答えた後、メリルさんは興味深げな様子で言う。

 

「術者が術式を体に直接刻む、というところも気になります。向こうの術者はむしろそういった事は避けているのではないかと──。エクスペルでは、肉体に影響が及ぶ危険性は一切ないと考えてしまって構わないのですね」

 

 そう言ってから、さらにメリルさんが聞いてきた。

 自分の正体がバレる決め手となったあの一件の事が、よほど気になるのだろう。

 

「それと昨日の夜、レナさんが私に使ってくださったあの「力」は、“紋章術”ではないのですか? お二人とも、私がごく自然にあの「力」を受け入れたのは不自然だ、と」

 

「ああそれはですね、ちょっと説明が長くなっちゃうんですけど……」

 

 

 聞かれるまま、レナはメリルさんに癒しの「力」の事を説明した。

 なぜレナが癒しの「力」を扱えるのか。

 レナが本当はエクスペルの人間ではなく、遺伝的に治癒紋章も持っている『ネーデ人』という種族である事。

 その『ネーデ人』の身体的特徴。『ネーデ人』であるレナが本来いるべきはずだった星、人工惑星エナジーネーデの話。

 

 時空転移の事や、また最終的にエナジーネーデがどういう運命を辿ったのかまでは説明しなかったけど、一から順を追って説明するとなるとそれでも十分すぎるほどに長い話だ。

 こんなにややこしい話だったっけと、説明したレナが自分の事のはずなのに不思議な気持ちになっていると、

 

 

「そのような話、興味本位で聞く話ではありませんでしたね。すみません、レナさん。無理強いをしてしまって」

 

「ええっ、ぜんぜんそんな事ないですよ。そんなつもりで話してたわけじゃ」

 

 と謝るメリルさんに恐縮してから、今のは聞きようによってはとっても暗い話なのだという事に、ようやく気づくレナ。

 

(そっか、そうよね。産みの親と死に別れて、周りに自分と似たような人間が今まで一人もいなくて……って、何でこんな話をしちゃったのかしら)

 

 とっくに自分の中で気持ちの整理がついていたせいで普通に話しちゃったけど、どう考えてもべらべら人に話すような事ではないだろう。

 黙ってしまったメリルさんを見て、レナがこっちこそいきなりこんな暗い話聞かせちゃってすみませんという気分になっていると。

 二人の様子を見ていたセリーヌが言ってくれた。

 

「そんな深刻に考えなくっても、レナも言いたくなかったら言わないですわよ、こんな話。普通に言葉濁せばいいだけなんですから。ですわよね、レナ?」

 

 ほっとした気持ちで、セリーヌの言葉に「は、はい。もう全部昔の話なので」と答えて、気まずげに笑ってごまかすレナ。

 メリルさんの方もこのままではまずいと思ったのだろう。気を取り直したように笑みを作ってレナに答えた。

 

「ちゃんと全部説明した方がわかりやすいかなーって思ったんですけど……。なんか、余計にメリルさんを混乱させちゃったみたいで」

 

「いえ、そのような事は決して──。ありがとうございますレナさん。とても分かりやすい説明で助かりました。エクスペルの一般的な“紋章術”に治癒の術は一切含まれていないというのは、つまりそういった理由からだったのですね」

 

 あの時全然驚かなかったという事は、メリルさんの星にはつまり普通に回復術があるのだろう。

 反対に質問してみたレナ達に、メリルさんは

 

「ええ。私の世界の“術”にはレナさんが使うような「力」も含まれています。エクスペルにおいての、いわゆる一般的な“紋章術”に相当する扱いですね」

 

 とか、

 

「まるで夢のような話ですわね、誰にでも癒しの「力」が使えるなんて」

 

「いえ、誰にでも使える術というわけでは……」

 

 ちょっとだけ羨ましそうに言ったセリーヌには、そう言ってから、

 

「私の世界でも、レナさんの術はかなり高度な部類に属するもののように見受けられます。高度な術を扱う際には術者に相応の力量が求められますし、それに第一、術者自身の術に対する適性というものもありますから」

 

「へえ、その辺の理屈はこっちと似たようなものなんですのね」

 

 そういった事まできっちりと話してくれる。

 面白そうにメリルさんの話を聞いて感心したセリーヌは、一際感心したようにメリルさんを見て言った。

 

「それにしても詳しいんですのね、メリルさん」

 

「……。そう思われますか?」

 

 メリルさんは少し戸惑った様子で聞く。

 ちなみにレナもセリーヌと全く同意見である。口にこそ出さなかったが(へえ~そうなんだ、すごいなメリルさん)と思いながら今の会話を聞いていた。

 

「ええ。まるで常日頃からその「力」と親しく接しているかのような話ぶりでしたわよ、今の。あなたも何かそういった勉強でもしてらっしゃるんですの?」

 

「私自身が、という話ではありませんが……。親しい、と言えばそうなのかもしれません。そういった類の術に精通した者を、私は何人か知っていますから」

 

 とメリルさんは遠慮がちに答えた。

 

「術に精通した人、っていうと」

「ははあ、なるほど。用心棒ってやつですわね」

 

 レナが考えていると、セリーヌが感心したようにそう言う。

 ちょっと困った様子で控え目に微笑むメリルさんを見て、レナも納得した。

 

(ああー、そっか。そうだよね)

 

 

 彼女のようなお嬢様にはきっと、用心棒を必要とするような危険もつきものなのだろう。さっきも普通にしてても目立ってたし、という事はつまり悪い人達にも見つかりやすいんだろうし。

 メリルさんは「何人か」と言ったけど、実際は何十人もの護衛が、彼女の周りで常にひしめき合っているんだろう。

 さっきのちょっと言いづらそうな感じはきっとそういう事に違いない。

 

 

 レナがそんな非日常な光景を想像して内心どきどきしている中。

 当のメリルさん本人は、淡々とセリーヌに話している。

 

「その者達が術を使う様子を私はいつも近くで見ていますから、自然と術に対する知識も深くなるのでしょうね。ただ実際術を使うための知識となると……」

 

「そりゃ全く別の話でしょうね。聞きかじりの知識だけで紋章術が使えたら、誰も真面目に修行なんていたしませんわ」

 

 セリーヌは納得した後、息を吐いて言った。

 

「残念ですわね。わたくしの全く知らない術を見せてもらえるチャンスかと思いましたのに……って、どうせ“未開惑星保護条約”とやらのせいで無理な話なんでしたわね、それって」

 

「“未開惑星保護条約”、ですか。差し障りのない知識しか持ち合わせていない私にとっては、まるで意味のない制約という事になりますね」

 

 と何気ない様子で話しているメリルさんに、レナはおののきながら聞いた。

 今の話にどうしても聞き流せない単語があったのだ。

 

「“いつも”ってメリルさん、そんなにしょっちゅう危ない目に会っちゃうんですか? その、お屋敷の人たちも大変ですね、ヘンな人対策とかいろいろ……」

 

 

 なんて恐ろしい毎日を送っているんだろう、メリルさんは。常に危険と隣り合わせの人生なんて。自分だったらとてもそんな環境で暮らしていけない。

 世間知らずなまでの金持ち。常に危険と隣り合わせ。身の周りにはウン百人もの護衛。

 メリルさんはお嬢様はお嬢様でも、もしかしたら実はとってもヤバげな組織の長の身内とか、そういった方向性のお嬢様なのではなかろうか。

 

(わ、わたし、なんてお方と、気安い口を聞いてしまったのかしら……)

 

 

 あってはならない想像をし始めちゃったレナを、メリルさんはなんだか不思議そうに見た後、

 

「説明が不十分でしたね。“いつも”というのは、居住区で何か問題が起きた時の事ではありません」

 

 と微笑んで言った。

 

「旅をしている時、しばしばその時々に応じた術をその者達に使ってもらう事がある、という意味です」

 

「旅、ですか? ……メリルさんが?」

 

「この格好は旅に向いているようには見えませんか?」

 

 と自分の服に目をやって言うメリルさん。

 横からセリーヌが、メリルさんの服装を見直して納得した。

 

「なるほど。そういえばそうでしたわね」

 

 彼女が今現在着ている服は、まごうことなき旅の衣装。

 出会ってすぐに、ごく自然な流れでメリルさんと一緒に旅をする事になったから、彼女がこの服装でいる事も違和感なく見ていたけど……

 

 冷静に考えたら、メリルさんは不慮の事故で突然エクスペルに来てしまった人なのだ。

 心の準備をする時間すらろくになかったはずなのに、そんな彼女がこんなに都合よく旅の衣装を着て、今レナ達と一緒に旅をしているわけがない。

 エクスペルに来る前からすでに、この格好をしてでもいない限りは。

 

 

(そ、そうよね。何考えてたのかしら、わたし。そんな危ない家柄の人が、こんな穏やかな物腰で会話してくれるわけないじゃない……)

 

 レナが安心すると同時に、一瞬だけでもヘンな想像をしてしまった事を申し訳なく思う一方。

 セリーヌはやたら楽しそうにメリルさんに話している。

 

「ふとした瞬間に、急に旅に出たくなるんですのよね。わたくしも分かりますわ、その気持ち。それでいてもたってもいられなくなって、その日のうちに出かけちゃう、みたいな……」

 

 どうやらメリルさんの事を、自分と同じく、ただの物好きでしょっちゅう旅に出ているだけと決めつけたようだ。……もしかしたら、お嬢様ならではの大事な用事でしょっちゅう旅に出ざるを得ない人なのかもしれないのに。

 一緒にしたら失礼ですよ、とレナが言おうとしたら。

 意外にも聞いているメリルさんも、なんだか楽しそうな様子。

 

「知らない土地はもちろんの事、すでに何度も足を運んだような場所でも、行ってみるとワクワクしませんこと? 今回はどんな冒険がわたくしを待っているのかしら、って──」

 

「ええ。私もすべての機会を大切にしたいと、常々そう思っています。人との巡り合わせにも、やはり時期というものがありますから」

 

 とメリルさんは穏やかに微笑んで、セリーヌの話に言葉を返している。

 この様子からして、セリーヌの決めつけは案外失礼でもなんでもない事実のようだ。

 

(へえ、なんか意外だな)

 

 とレナはそんなメリルさんの様子を見て思った。

 メリルさんはそのおしとやかさに似合わず、実は結構行動派なお嬢様だったというわけだ。

 

 

 行動派なお嬢様といえば──

 愛する人を追っかけにたった一人で宇宙船に乗って、エクスペルに不時着して。その場の勢いで知り合ったレナ達と行動を共にして。エクスペル中を巡って、見事彼女の愛する人エルネストを探し出して。そしてその後めでたく彼と一緒に元の星へと帰っていった、あのオペラの事が真っ先に頭に思い浮かぶ。

 

 さすがにメリルさんはあそこまではっちゃけたお嬢様ではないが……

 オペラといいメリルさんといい、本当のお嬢様というものは、むしろ一般的にはお嬢様らしくないと思われる一面を平気で覗かせるものなのだろう。

 

(家でじっとしてるだけ、っていうのはつまらないのかもね)

 

 本当に楽しそうにセリーヌの話につきあっているメリルさんを見て、レナもそんな彼女に、どことなく親近感のようなものを覚えた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そんな感じでバーニィに乗っての移動中、レナ達は色んな会話をした。

 エクスペルの事に関するメリルさんの質問にはレナとセリーヌが二人で答え、反対にレナとセリーヌの二人は揃ってメリルさんに彼女自身に関する事を聞く、といった具合だ。

 そうやってクロスに向けての行程の、およそ半分以上も過ぎた頃──

 

 

 興味津々でメリルさんの話を聞いていたレナは、ふと彼女がレナ達の質問に控え目な様子で答えている事が気になった。

 時折目を伏せるその仕草が、まるで表現を選んでから慎重に言葉に出しているかのようにも見えるのだ。

 

「お付きの人達も毎回旅についてくるんですの?」

 

 というセリーヌの質問にも、

 

「単独での行動には、やはり様々な問題が生じるかと……。行き先を決めた時点で、なるべく早く皆に声をかけるようには心がけていますね」

 

 といった風に彼女は答えている。

 そりゃまあ、本当のお嬢様であるメリルさんが「ええ、毎回大人数のしもべを引き連れて旅をしています。お金がかかって大変ですけれど、私の身を守らせるためには仕方ない事ですね!」なんて風に答えるわけがない。彼女が謙遜したように言葉を選ぶのも当然の話なのだろうとは思うけれど。

 

(こういう話を聞いてくるのって、メリルさんからしたらどういう気分なんだろう。やっぱり迷惑なのかな? しつこい人達だ、って思われてたり……)

 

 

 メリルさんの事は聞いちゃダメなのかな、とレナが不安に思い始めた時。

 例のごとく伏し目がちに話していたメリルさんが、いったん会話を止めると、物憂げに前方に広がる草原を見てため息をついた。

 

 それも見るからに、“しつこいなこの人達”ではなく。

 “まだ着かないのかしら”といった様子で。

 

 

(そういえばメリルさん、バーニィが「結構揺れる」って……)

 

 ようやくすべてを察したレナは、なんだか顔色の悪いメリルさんに声をかけたのだった。

 

「あの、大丈夫ですか? つらいようでしたら、この辺でいったん休憩でも……」




・ちょっとした補足。
原作でバーニィを呼ぶ際には、”エサ”は必要ないです。
ただ呼べばいいだけ。
原作そのままの設定だとちょっと便利すぎるので、「バーニィを呼ぶ際には”エサ”がいる」等の設定を付け加えました。

あと、バーニィの鳴き声はかなりてきとうです。
間違ってたらごめんなさい。


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2-2. 思ったより全然行動的なお嬢様

本文の前に~
※オリキャラ≠作者です。念のため。


《ダサーッ! メリルちゃんダサーッ!

 

 ……いやもう、びっくりしちゃったのなんのって。

 さすがに気になって様子みに来てみたらこれって。

 

 まさかバーニィで酔うって……あ、それとももしかして、“あっち”にはいない系?

 ふにゃー。それじゃ仕方ないかもにゃー。

 なんかもう思いきりプギャーして笑っちまってマジごめんなさいですたい。

 

 

 でもかなり面白いからキミのコトこれから先も勝手に観察しまくるけどいいよね!

 私ってばむちゃくちゃ興味津々な外野だからね! 仕方ないね!

 

 ……。

 うん、嫌ともなんとも聞こえないからたぶんヨシ!

 て事でちょくちょく様子みに来るね、メリルちゃんガンバ!

 

 

 ──いやはやそれにしてもまったく、一時はどうなる事かと思ったけどにゃー。

 あげなおひとよしのお手本みたいなコに拾われてるって事は、このまんまホッタラカシでも……》

 

 

 ☆★☆

 

 

 この辺でいったんバーニィから降りて一休みするというレナの提案は、結局のところ、採用される事はなかった。

 メリルさん本人が「必要ない」との意向を示したのである。

 

 乗り物酔いの程度というものは実際その人本人にしか分からないものだし。それにいったん休憩したところで……メリルさんには酷な話だが、結局バーニィに乗ってクロスまで行く事は変わらないのだ。

 結局またバーニィに酔う事にも変わりないのだから、乗り物酔いをしている本人的には「だったら休憩を挟まず一息に目的地に到着した方がいい」といったような気持ちも先行するのではなかろうか。

 

「お気遣いありがとうございます、レナさん。けれど……そこまで不調というわけでは、ありませんから」

 

 と具合の悪そうな本人に穏やかに言いきられてしまっては、レナもセリーヌも「それじゃあこのままクロスまで行きましょう」と言うほかない。

 とりあえず「休憩したくなったらいつでも言ってくださいね」と声をかけ、メリルさんの様子を見ながらクロスへの道行きを進める事にしたのだが。

 

 

 そんなこんなで休むことなくバーニィに乗って、ひたすら街道上を進み続けている今現在。

 メリルさんの顔色はさっき以上に優れない様子だ。「ひょっとしたら具合が悪いのかも」だったのが、今は「誰がどうみたって具合が悪い」に変わっている。

 

 もはや健常を装う元気もないらしいメリルさんは、バーニィに揺さぶられつつ、その背中のもふもふの毛並みに埋もれるように力なさげに頭を預けている。

 レナとセリーヌの二人は、そんなバーニィに揺られ続けるメリルさんの気を少しでも紛らわそうと、しきりと彼女に話しかけていた。

 

 

「……旅の格好のまんまでエクスペルに迷い込んじゃったって事は、やっぱり今回もその、旅の途中だったんですよね、メリルさん」

 

「普段は買い物すら自由にさせないほどつきっきりなくせして、事故に巻き込まれる瞬間には誰一人としてそばにいなかったなんて、なんというかまあ……メリルさんのお付きの人達も、肝心な時に役に立たないですわね」

 

 そんなセリーヌの話が気になったらしい。

 二人の話を聞いていたメリルさんは、「いえ、そのような事は決して……」と口を開いて話し始めた。

 

「今回の件、皆に……落ち度は何一つありません。あれは旅先ではなく、居住区内で起きた事ですから。あの時……私は旅先から、戻ったばかりで──」

 

 青白い顔で、どうみても無理して喋っているといった様子だ。

 いよいよ心配になったレナは、メリルさんの話を遮って声をかけたが、

 

「メリルさん、やっぱりちゃんと休憩した方が」

 

「その必要はありません。……このまま、クロスまで行きましょう」

 

 しっかりした人も正直、ここまでくればただの強情である。

 始めに「大丈夫ですか?」なんて、いかにも心配したような言葉をかけてしまったのがいけなかったのだろうか。「わたしも疲れちゃったから休みましょう」とでも言っておけば、メリルさんも休む気になったのかもしれないのに。

 

(今からでも言ってみようかな)

 

 とレナが考え始める中。

 

「ちょっとくらい休んだって、今日中にクロスに辿り着けますのに」

 

「少し、眩暈がするだけですから。本当に……何か他の事をしてさえいれば、気にならない程度の……」

 

 同じく休憩を勧めるセリーヌにも言いはってから、メリルさんは再び途切れ途切れに、先ほどの続きを話しだしたのだが──

 

 

「私が、エクスペルに来たのは……いつも使っている“門”が、知らない内に……この世界と繋がっていたせいで」

 

「きゅきゅん」

 

「……すべて、私の不注意が招いた事だったと思っています。あの時、私は」

 

「もきゅ?」

 

「そうですね……他の事に気をとられていたとしか──」

 

「きゅー……」

 

 

 頑張って話しているメリルさんの言葉を遮って、今度はバーニィ達がなにやら騒ぎ出した。

 

 怯えているような鳴き声に、レナ達が進行方向に目をやると。街道の先、街道すぐ脇にある大きな岩の陰から、ちょうど魔物が三、四匹飛び出してきた。

 向こうもすでにレナ達に気づいているようだ。

 進行を阻むように、戦意まんまんで各々の武器をレナ達がいる方向に突きつけている。このまま進めば、彼らとの戦闘は避けられそうにない。

 

 といっても、こちらは全員バーニィに乗っている。

 思いっきり飛ばせば振り切れなくもないけれど──

 

「やっぱり、いったん休憩するしかなさそうですわね」

 

 セリーヌの言葉に、レナも続けて「そうみたいですね」と頷いた。

 

 

 

 魔物がいるところの近くまでバーニィを進めると、レナとセリーヌはさっとバーニィから飛び降りた。

 二人に少し遅れて、メリルさんもよろめきながらバーニィから降りる。

 

「ちゃっちゃとやっつけちゃいますから、しばらくそのまま休んでいてくださいな。レナは援護を頼みますわね」

 

 ぐったりとした様子で地面に座り込み、乗っていたバーニィに体を預けたメリルさんにそれだけを言い、自ら進んで魔物達の方へ近づいていくセリーヌ。

 レナもすぐに、そのセリーヌの後を追おうとしたら、

 

「……すみません、レナさん。私が不甲斐ないばかりに、あなたに危険な事を」

 

 とメリルさんが弱々しく言う。

 

(そっか。普通に考えたら危険な事よね。魔物と戦うって)

 

 メリルさんはきっと魔物が怖いんだろう。いつもはたくさんいる護衛の人達がいない上、これから魔物に立ち向かう自分は武器一つ持っていないのだ。

 とっさにそう考えたレナは、わざと自信たっぷりに言ってから、セリーヌの後を追いかけた。

 

「安心してくださいメリルさん。こうみえてもわたし、多少体術の心得があるんです。ちっとも危険なんかじゃないですよ」

 

 

 一応言っておくと、レナは何もメリルさんを安心させるためだけに「多少体術の心得があります」と言ったわけではない。

 本当に体術の心得があるのだ。言葉通り“多少”ではあるけれども、護身術として。

 

 レナの体術はそれこそ護身術レベルではあるが、先の旅の途中、幾度となく繰り返された実戦で磨かれている事もまた事実だ。

 レナ自身、そこらの弱い魔物程度なら自分だけでもどうにかできると考えているくらいだが……

 

 さっきレナがメリルさんに自信たっぷりに「ちっとも危険なんかじゃない」と言い切ったのは、それが主な理由ではない。やはりレナの本来の得意分野は回復や補助であって、攻撃ではないのだ。

 レナが持つ絶対の自信は、自分自身に対してというより──

 ほぼもう一人の彼女に起因している、と言っても差し支えないだろう。

 

 

 セリーヌはすでに紋章術の詠唱に入っている。

 少しだけ遅れてセリーヌの元に辿りついたレナは、特に打ち合わせる事もなく、魔物から一定の距離をとって詠唱を続ける彼女のすぐ横をすりぬけた。

 

 槍を持った一匹の魔物が、さっそく無防備な詠唱者を狙って近くに寄って来ている。

 レナはセリーヌの邪魔をさせないよう前に飛び出ると、槍を持った魔物の手元を思いっきり蹴りつけた。

 

 魔物が怯んだ隙に素早く片手で槍を掴み、がら空きになった胴に体重をかけた肘鉄を喰らわせる。

 槍を掴んだ手を離し、レナがよろめいた魔物から距離をとった瞬間、

 

「ウィンドブレイド!」

 

 セリーヌの指先から、無数の風の刃を含んだ小さな竜巻が現れた。

 竜巻は直前までレナが相手していた魔物の元へと向かっていき。逃げる隙も与えられなかった魔物の体を、包み込むように巻き込む。

 

 魔物を巻き込んだまま去っていく竜巻を横目に、セリーヌが高らかに宣言した。

 

「これで一匹!」

 

 

 そう、レナの絶対の自信の源はセリーヌにこそあった。

 紋章術師の村として有名なマーズ村の出身者。そのマーズの村の中でも、セリーヌの実力は抜きん出ているという。

 言うなれば彼女は、エクスペルで最強の紋章術師なのである。

 そんなセリーヌが味方についているのだから、レナには不安の「ふ」の字もない。

 

 といっても紋章術には詠唱時間があるから、セリーヌが紋章術を撃てるようになるまで誰かが時間を稼ぐ必要はあるけど。

 先の旅では、もっぱらその役回りはクロードやディアス、アシュトンといったいわゆる前衛がこなしていて、レナのような後方支援担当がそれをやる機会はあまりなかったわけだが──

 

(まあこの程度なら、わたしでもなんとかなるわね)

 

 そう敵を判別できる余裕も、レナは持ち合わせていた。

 

 

 レナとセリーヌの息の合ったコンビネーションで、魔物は次々とあっけなく倒されていく。

 ついに最後の一匹。

 そいつをレナがしばらくの間食い止めていると、セリーヌから合図があった。

 詠唱が完了したのだ。

 

 レナは足払いをして魔物の体勢を崩し、魔物から距離をとって身構えた。

 すかさずセリーヌの紋章術が発動する。

 

「エナジーアロー!」

 

 セリーヌが放ったその紋章術は、とどめとしては十分すぎる一撃であった。

 魔力で造られた無数の矢が魔物の周りを取り囲み、一気にそのあわれな魔物目がけて襲いかかる。

 そして最後の一匹が倒れたところで、

 

 

「思ったより弱かったわね」

「弱すぎるわね」

 

 ……なんていう率直な感想を、二人が述べる余裕はなかった。

 

 

 一仕事終えた気分で、メリルさんの方を振り返った時。

 メリルさんからほど近い場所にある岩の影──死角になっていた場所から、突如傷だらけの魔物が姿を現したのだ。

 

 魔物は槍を手にうなり声を上げながら、バーニィに寄りかかるようにして座り込んでいるメリルさんの元へどんどん近づいていく。彼女に危害を加えようとしている事は一目瞭然だ。

 

 レナとセリーヌはすぐさま駆け出した。

 が、いかんせん、ここからだと二人とメリルさんとの距離が少々離れすぎている。

 

「逃げてください、メリルさん!」

 

 無駄とは知りつつも、レナは大声で呼びかけた。

 レナの声はしっかり届いたようだ。

 メリルさんは地面に片手をつき、バーニィを支えにしながら、ゆっくりと立ちあがる。

 

 その間にも、魔物はどんどん彼女に近づいていく。

 よほど体調が優れないのだろう、メリルさんの動作はひどくゆったりとしていて、とても目の前すぐにまで迫っている魔物からは逃げ切れそうにない。

 走りながら、セリーヌが詠唱の構えをとる。一か八か、この距離であの魔物を狙って術を放つ気なのだ。しかし──

 

 メリルさんがようやく立ちあがった。

 魔物との距離はもう、わずかしか残されていない。

 セリーヌが術を放つにはもう少しだけ時間がいる。

 それまでに、メリルさんが魔物からうまく逃げてくれれば──

 

(お願い、間に合って)

 

 とレナが祈る中。

 メリルさんは怯えるバーニィの頭をそっと一撫ですると。

 なぜか魔物に向かって足を踏み出した。

 

 

「──え?」

 

 

 そこから先は、まさに一瞬の出来事だった。

 メリルさんは自ら魔物の元に近づくと。魔物が槍を振り上げた瞬間、魔物の顔に向かって石を投げつけたのだ。

 

 投げた石は魔物の目に当たった。

 投げつけるとほぼ同時に、メリルさんは身を低くして魔物の懐に入る。槍の穂先に近い部分の柄を掴み、そのまま流れるような動作で体を反転し、魔物の後ろに回り込み。

 さらに空いたもう一方の手で魔物の体を押さえつけ──しばらくしてから、メリルさんは両手を放した。

 

 支えを失った魔物がゆっくり倒れる。

 自分の目の前でどさっと崩れ落ちる魔物を、メリルさんは事もなげに見続け。

 魔物が完全に地面に倒れた頃、疲れたように息をついたのだった。

 

 

 

 すっかり狐に化かされたような気分で、メリルさんの元へ戻るレナとセリーヌ。

 当のメリルさんはというと足元の地面の土を掴みとり、汚れてしまった手をきれいにしている。

 

 バーニィ酔いのせいで顔色が良くない事を除けば、彼女の表情は至って普通。

 少なくとも、つい先ほど、“命がけで”魔物と戦った人の表情ではない。

 

(ええー……。こんな時まで、あんなに落ち着いた上品な仕草って)

 

「確実に慣れてるひとの動きでしたわね……」

 

「すみません。余計な気を揉ませるつもりはなかったのですが」

 

 色々な出来事に衝撃を受けながら近づいてきたレナとセリーヌに、淡々と謝った後、メリルさんは言った。

 

「私も、多少武術に心得があるんです」

 

 

 ……そりゃあ「私まったく戦えません」なんて、メリルさんは一言も言ってなかったけど。

 常に身の周りに護衛はべらせて行動しているようなとびきりのお嬢様が、魔物と立派に戦えるなどと、一体誰が想像できるだろうか。むしろそこらの一般人よりさらに弱いだろうと思ってしまうのが、自然な思考なのではないだろうか。

 

 いくらレナが人一倍、見当はずれな勘違いをしやすい、おっちょこちょいな思考回路の持ち主だからといって。

 まさかメリルさんのようなおしとやかお嬢様が、こんな──

 

 

(み、みかけで人を判断しちゃいけないよね。オペラさんだってお嬢様なのに、バッチリ魔物と戦ってたんだから)

 

 と自分を戒めつつ、レナは足元に転がる魔物を見た。

 魔物の喉元には槍が突き刺さっている。一目見ただけでしっかり止めを刺せていると分かる。

 

(素手で倒したのよね、メリルさん。……お嬢様なのに)

 

 いや、正確には石投げてたけど。とどめ刺したのも槍だけど。

 手ぶらだったのに。お嬢様なのに。

 

(……。オペラさんは、一応銃使ってたわよ?)

 

 

 脳裏に再び“組織”の影がちらつき始めたところで、

 

 

「どうかされましたか?」

 

 とメリルさんに聞かれ、レナは精いっぱい平静を装って答えた。

 本当はちょっとどころではないし、今現在もあってはならない想像を必死に振り払っている最中なのだが。

 

「な、なんでもないです。メリルさんが魔物と戦えるなんて思わなかったから、ちょっと驚いちゃったというか」

 

「びっくりしたなんてもんじゃありませんわ。常に護衛に囲まれて旅しているようなお嬢様が、魔物を倒せるなんて普通は思わないですわよ」

 

「……そうですか。確かに、お二人がそう思われるのも無理はありませんね。私も事前に伝えておくべきでした」

 

 口々に驚く二人を見て、自分の落ち度を冷静に納得するメリルさん。

 

「えっ、そ、そんな……わたしたちが勝手に驚いちゃっただけですから。メリルさんは何も悪くないですよ」

 

 とレナも慌てて言った後、しょんぼりと謝る。

 

「こっちこそごめんなさい、メリルさん。……安心してください、なんて言ったのに、結局メリルさんを危険な目に合わせちゃって」

 

「いえ、そのような事は」

 

「はあー……。本当ですわね、あんな雑魚をとりこぼすなんて、わたくしもとんだ凡ミスをしましたわ。メリルさんが自分で対処してくれなかったら今頃どうなっていたことか」

 

 セリーヌもため息をついた後、返事に戸惑うメリルさんに改めて言った。

 

「本当に、無事でなによりでしたわ、メリルさん」

 

「ええ。お気遣いありがとうございますセリーヌさん。レナさんにもご心配をおかけしてしまいましたね」

 

 と微笑を浮かべて言ったメリルさんに、今度はセリーヌが好奇心まる出しで聞いたところで。

 レナもようやくある事に気づいたのだった。

 

「けど多少武術に心得があるって……それってやっぱり、旅の途中でこういう風に魔物に襲われた時の事を考えて習ったんですの? レナが使う護身術みたいな感じで」

 

(そういえば、わたしも思いっきり素手で魔物と戦ってたわね……)

 

 

 武器も持たず手ぶらで魔物に立ち向かっていくレナの姿を見て、メリルさんもさぞかし驚いたに違いない。

 どうして彼女のような回復術使い、いわゆる後衛が“護身術”という名のガチ格闘技を見事に使いこなし、魔物と互角以上にやり合えているのだろうか──と。

 みかけによらないのはまずお互い様だろう。

 

 

(そうよね。別に、そんなにおかしい事じゃないわよね)

 

 とレナはあっさり納得した。

 再びメリルさんに抱きかけた、あってはならない想像もすぐに霧散する。

 

 彼女が本当にヤバい人なら、レナも間違いなくヤバい人になってしまうのだ。自分は絶対にヤバい人ではない。よってメリルさんも全然ヤバい人ではない。

 お嬢様が多少魔物と戦えるぐらいで、即“組織”と繋げて考える自分の頭がどうかしているのだ。

 あのオペラだってお嬢様なのにドレスの上にジャケット羽織って戦場走りまわりつつ、でっかい銃で魔物をぶん殴ってたではないか。

 

 自分の身を守るために、襲いかかってきた魔物を素手で撃退するくらい。

 なんにもおかしくなんか──

 

 

 レナが納得している中。

 

「レナさんの、護身術ですか」

 

 メリルさんはレナを見て、若干返事に困るような仕草をしてみせた。

 ……あれが護身術? と疑問に思っているに違いない。絶対にそうだ。

 

「護身術ですよ! ただの!」

 

 レナは声を大にして言い張った。

 きょとんとした二人に向かって、

 

「旅には危険がつきものですよね! 日ごろから鍛えておかなくちゃ危ないですよね! わたしもわかります、その気持ち!」

 

 シュッシュッと拳で空を切りつつ、元気よく言う。

 

「ふーん。メリルさんはちゃんと護衛がついてらっしゃるから、そういう事を気にする必要もないと思ったんですけれど」

 

「護衛の人だって、いつもちゃんと守ってくれるとは限らないわけですし! いや人を信用してないとかそういう事じゃなく……ようは気持ちの問題ですよね、メリルさん! こう、わたしだってじっとしてられない、みたいな!」

 

 とレナはセリーヌに主張しつつ、メリルさんにも笑顔で同意を求める。

 自分と一緒ですよね?

 なんにもおかしくないですよね?

 必死なレナの言い分を、当のメリルさんは少々気後れした様子で聞いた後、

 

「……そうですね。私も人に守られる、という事には少々抵抗を感じているのかも知れません」

 

 などと言ってレナに控え目な笑みを返した。

 

「皆にもよく落ち着きがないと窘められますが……。きっと性分ですね」

「ですよね!」

 

 レナが力強く頷く中、セリーヌが感心したように言う。

 

「なんか……意外ですわね。まさかメリルさんがそんなアグレッシブなお嬢様だったなんて」

 

「やはり不自然に思われますか」

 

「いえいえ、そんな。別に結構じゃないかしら。“思ったより全然行動的なお嬢様”って、わたくしは好きですわよ、そういう人」

 

「ありがとうございます、セリーヌさん」

 

 とセリーヌに言った後。

 メリルさんは少し離れた所で寂しげにこちらを見つめる、バーニィ達に目線をやって言った。

 

「そろそろ行きましょう。……いつまで経っても乗り手が戻ってこないのでは、彼らが気の毒です」

 

 

 

 バーニィのところへ戻ったメリルさんは、それ以上休憩をとる事はなかった。

 「クロスへ行きましょう」と言うなり、再びバーニィの背に乗ったのだ。

 

 彼女がバーニィから降りていた時間は少ししかない。

 あげく魔物と戦ったり、レナ達と立ち話していた時間もあったのだから、ろくに休憩なんて出来ていなかったはずなのに……

 

 見るからにまだまだ顔色の悪い彼女に、もちろんレナもセリーヌも揃って、もうしばしの休憩を勧めたが、しかし。

 なんだか意固地になってるメリルさんが、そんなヤワな意見を素直に取り入れる事もなく。

 

 心配するレナ達に向かって、ひたすら「全然具合悪くないもん!」といったような言葉を、息も絶え絶えに連呼し続けた末──

 

 

 めでたくクロスに到着した時にはほぼ意識不明。

 バーニィの背から剥がれ落ちるように降りた彼女を、二人がかりで両脇からがっちりと支え。

 そのまま三人が宿に直行した事も、もちろん言うまでもない。

 



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3-1. 美人は三日で慣れる

《──これまでのあらすじ。

 普通の服着てたおかげで怪しまれることなく「っぽいですね」と周りに言われたのでお嬢様キャラでいくことにしたメリルちゃん(仮)は今、お人よしが信条の格闘回復系ミニスカヒロインのレナちゃんおよびワタクシ系ぼんきゅっぼん紋章術師のセリーヌちゃんの二人に連れられ、元の世界へ帰れるんだか帰れないんだかさっぱりぷーな状態でアーリアに向かって旅をしています。まあぶっちゃけアレじゃ帰れないんだけどね。

 

 とりあえずマーズを出発した後、基本嘘つかないスタイルでお人よし二人との自然な会話をギリ成立させたメリルちゃんでしたが……

 

 

 うん、飽きたからもういい。

 てか、宿はいってからずっと動きないの超絶つまんな……

 

 じゃなくて他にいろいろ寄っときたいとこあるし、もうこっちはいいかな!

 仕方ないね! 私だって外野なりに忙しいのだもん! 

 ほんじゃまたね!

 

 ……あ。そうだ、最後に励ましエール的な“電波”でも送っとくかな。

 じゃ、やるよー。

 

 

 ──レナちゃん!

 キミはそのままでもキラッキラに輝いてるよ! これからも主人公オーラたっぷりでがんばってくれたまえ!

 

 ハイ次、セリーヌちゃん!

 キミもそのままで、うん、非常にいいと思います! これからもそのすんばらしいプロポーションを……という事で食べすぎには注意だよ、セリーヌちゃん!

 ケーキ買うならデザートはダメ! どっちか一個だけにしようね!

 

 じゃあ最後、メリルちゃん!

 えー、キミは……そうねえ、とりあえず応援だけしときますか。

 

 がんばれメリルちゃん! 負けるなメリルちゃん!

 どうせ今何言ったって聞こえてないと思うけど、一応言っておくね!

 

 これでも私はキミの──ミ・カ・タ、だぞ!》

 

 

 ★★★

 

 

 メリルさんが頑なに休憩を拒み続けた結果、レナ達がクロスに到着したのはまだ日もだいぶ高い頃。

 お昼を過ぎたばかり、という早さだった。

 

 一応急ぐ旅ではあるのだし、まだ中継地点とはいえこんなに早くクロスまで辿りつけた事自体は素晴らしいのだが。

 それにともなう代償に見合うだけの意味が、はたしてあったのかというと──

 

 正直疑問が残る結果となってしまったが、過ぎてしまった事はしょうがない。

 クロスに到着したレナ達は、お世話になったバーニィ達を野に返すと。うわ言のように迷惑かけた事を申し訳ながり続けるメリルさんを抱えて、まっすぐ宿へと向かった。

 

 ちょうどクロスにはレナの親戚のおばさん(育ての母ウェスタの姉妹だから、レナと血が繋がっているわけではないけど)が経営している宿がある。

 つい数日前にレナがボスマンと二人でアーリアからマーズへの旅をした時も、クロスを訪れた際にはその“なじみの宿”を利用している。街の入り口からほど近い位置にあるという事もあり、レナは今回も迷わずその宿を利用する事にしたのだった。

 

 

「それじゃあメリルさん、ゆっくり休んでくださいませね」

 

 てんやわんやの末に用意してもらった部屋の、窓際のベッドにメリルさんを寝かせた後。

 買い出しに行くから、といってセリーヌは宿を出た。せっかく早く着けたのだから、今日の内にやれる事をやっておこうというわけだ。

 

「行ってらっしゃい、セリーヌさん」

 

 メリルさんにひと声かけて出ていったセリーヌを見送った後。レナもまだおばさんに宿代を払っていなかった事を思い出す。

 今日はおばさんも含めみんな病人のメリルさんを優先したものの、この宿は本来前払い制なのだ。

 

「ごめんなさいメリルさん。わたしちょっと、おばさんにお金払ってこなきゃ」

 

 少しの間だけでもメリルさんを一人にしてしまう事に後ろめたさを感じつつ、レナは財布を持ってドアへと向かった。

 すぐに戻ってきます、と付け加えて言いかけ

 

「気にしないで休んでてくださいね」

 

 実際にはそう声をかけた。

 なんとなく、彼女にはそう言った方がいいような気がしたのだ。

 

「ありがとうございます、レナさん。少し……休めば、良くなるかと……」

 

 頭にぬれタオルを乗っけて、口を開くのも億劫だろうに、それでもきちんと受け答えしようとするメリルさんに、

 

「それじゃ、ちょっと行ってきます」

 

 と短く返し、レナは部屋の外へ出た。

 

 

 受付に向かったレナはさっそく財布からお金を取り出そうとしたが、おばさんにいらないと断られてしまった。

 初めに聞いた時、てっきり「身内相手にお金はとれない」とかそういった話をしているのだと思ったが。落ち着いて聞いてみるとどうやらそういう話ではなく、単に「もうセリーヌが支払っていたから」というだけの話だったらしい。

 

「だからいらないって言ったのに。……レナちゃんは本当にせっかちよねえ。人の話最後まで聞かないとこなんか、もうほんっとうにウェスタの若い頃そっくり」

 

 呆れたように言って笑うおばさんに、レナも「ごめんなさい」と照れ笑いを返した。早とちりぐせ自体はどうしようもない悪癖なのだけれど、それでもお母さんに似ていると言われたのがちょっと嬉しかったのだ。

 

「でもなんでレナちゃんがここにいるのよ? ボスマンさんの話だと……ああやっぱりそうだわ、もうしばらくはマーズにいるって」

 

 おばさんは手元の宿帳を確認して首をひねった。

 宿帳には本来レナがアーリアへ帰るはずだった日に、ボスマンの名前で二部屋分の予約がとってあるはずだ。

 

「それなんですけど、なんというか向こうで色々あって……」

 

 レナは言葉を濁しつつ、メリルさんのいる部屋の方に目をやった。

 レナの目線に気づいたおばさんが咎めるように言う。

 

「そうだわ、こんなとこで喋ってたらだめじゃないのレナちゃん。あのお嬢さんの看病はどうしたの」

 

「は、はい。そうですよね、今すぐ戻ります」

 

 言われた通りそそくさと部屋に戻りかけ、「あっそうだった」と振り返る。

 

「すみませんおばさん。わたしの分の部屋予約なんですけど、取り消しでお願いします。ボスマンさんの分はそのままでけっこうですから、一部屋分だけ」

 

「あーはいはい、それね。わかったわ。──ああ、お金ならいらないわよ」

 

「えっ、でも」

 

「いいのいいの。数日後の稼ぎが今日やってきただけなんだから。事情は知らないけど予定より一人分も増えてることだし、ウチとしちゃ全然損してないのよ」

 

 再び財布から今度はキャンセル料を取り出そうとしたレナに、おばさんはそんな理屈を並べたて、さらには「ほら、早く部屋に戻るんじゃなかったの」と急かしてきた。

 こうなってしまってはもうおばさんにお金を渡す事もできない。

 結局レナはおばさんに短くお礼だけを言い、すぐに受付を後にした。

 

 

 

 部屋の前まで戻ったレナはそーっと、音を立てないようにドアを開けて部屋の中に入った。

 今戻りました、といったような声かけも一切しなかった。

 ベッドにいるメリルさんの様子が見える位置まで静かに歩き。彼女が健やかとは言えないまでも、とりあえずは安定した容体を見せて眠っている事を確認してから、ほっと一息をつく。

 

 起こさないよう細心の注意を払いつつ、さらにベッド近くまで歩き。

 レナはメリルさんが眠っている、隣のベッドの上にそっと座った。

 

 

 それからずっと、レナはできるだけ静かにメリルさんのそばにいた。

 最初の内はメリルさんが今にも起きてしまうんじゃないかと気が気じゃなくて、看病どころか普通に息をする事さえままならない有様が続いた。

 しばらく経った頃にようやく、おっかなびっくりメリルさんの額にかかっているぬれタオルを外す事に成功し、次いで新たに冷たい水でぬらしたタオルを彼女の額にのせなおす事にも成功した。

 その間レナが心配していたような、彼女が目を覚ましそうな気配は全くと言っていいほどなかった。

 

 そこから先は、レナもだいぶ落ち着いてメリルさんの看病ができるようになった。

 起こさないよう、必要以上に世話を焼かないよう気をつけるといった消極的な看病っぷりではあったが、それでもそれなりの効果はあったらしい。時間が経つにつれ段々メリルさんの顔色は良くなっていき、最初は息苦しそうだった呼吸も、次第に深いゆったりとしたものに変わっていった。

 

 体調がどんどん回復していっても、メリルさんはレナの度重なるちょっかいによって目を覚ます気配もない。

 この頃になるとレナもすっかり安心しきって彼女の面倒をみていた。

 そろそろ額のぬれタオルの必要性もなくなってきた頃、換気のため開けていた窓が前触れなくバタンと大音を立てて閉まるという出来事もあったが、メリルさんはそれでも目を覚ます気配を見せなかった。

 一人心臓をばくばくさせながら窓に向かい、つっぱり棒をなおしつつ

 

(やっぱり、疲れてたのよね。昨日あんな大ケガしたばっかりだったんだもん、メリルさん。なのに……)

 

 とベッドで眠り続ける彼女のこれまでを思いだし、人前でしっかりしようとしすぎるのも考えものだと、レナは改めてそう感じ入ったのだった。

 

 

 

 その後荷物を抱えたセリーヌが部屋に戻ってきても、メリルさんは目を覚まさなかった。

 辺りがすっかり暗くなり部屋に明かりを灯す頃になっても、レナ達が近くのテーブルで静かに夕食をとっている間も起きなかった。

 

 全く反応を示す事なくベッドでぐっすりと眠り続ける彼女を見て、レナ達は明日の朝早くクロスを発つという当初の予定を変更し、もう一日この宿のお世話になる事にした。

 眠りっぱなしのメリルさんはついに、その日レナ達が寝る時間になっても目を覚まさなかった。

 次の日の朝になって、レナ達が起きた時もまだ眠っていた。

 

 彼女が目を覚ましたのは──

 レナ達がとりあえず身の回りの支度をして、朝食をとり、受付のおばさんに追加でもう一泊分の代金を支払い。

 それからいよいよなんにもする事がなくなって、「せっかくまる一日クロスにいるんですから」というレナのやや強引なおすすめによって、セリーヌが珍しく遠慮がちになりつつも外へ出かけていき。

 

 する事がなさすぎるレナが、部屋の中でひとり、やっぱりクロードの事を考えたり、そのままうたた寝なんかもしてしまったりなんかして……

 

 それからそれから、さらに数時間後。

 とうとうお昼の時間にもなった頃だ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

(……お腹すかないのかな、メリルさん)

 

 お昼ご飯は二人分必要なのか、どうなのか。

 というかあの時の寝ぼけ台詞の通りに、本当にこのまま三日くらい寝てしまうのではないだろうか。

 

 あまりの熟睡に、レナがそんな事を不安に思い始めた頃。

 ようやく目を開けたメリルさんは、少しの間、寝ぼけまなこな様子でちょうど視線の先にいたレナを見た後。

 焦点が合うとほぼ同時に、目に見えて焦った様子ではね起きた。

 

 

(なんか……「寝起きドッキリ第二弾、大成功~」って感じするわね)

 

 などというふざけた事を一瞬考えてしまいつつも、笑顔でメリルさんに挨拶し、

 

「おはようございます、メリルさん。体調はどうですか?」

 

 それから返事を待たずに、まだ戸惑いから覚めやらぬメリルさんのいるベッドまで近づき。喉が渇いているであろう彼女に、水の入ったコップを差し出す。

 メリルさんは勧められるまま少しだけコップに口をつけ、すぐに聞いてきた。

 

「レナさん、私は一体どれくらい」

「大丈夫です、一日しか経ってないですよ」

 

 レナが落ち着いて答えると、ショックを受けたように小さく呟く。

 

「一日? 私は、そんなに……」

 

 どうやらメリルさん的にも、「一日くらい寝っぱなし」というのは記録的出来事だったらしい。三日なんてそりゃもうとびきりとんでもない話だろう。

 

(あーやっぱり。そうですよね、さすがに三日は)

 

 と改めて心の中で安心してから、

 

「あなた方は、その間ずっと私の看病をしてくれていたのですね──」

 

「ずっとじゃないですよ、最初の方だけです」

 

 続けてレナはメリルさんが何か言うより先に、思い出したように口を開いた。

 

「でもちょうどよかったです。一人分だけ頼むのもどうなのかな、って思ってたから」

 

 何の事だか分からず戸惑うメリルさんに、

 

「お昼ごはん、メリルさんも食べますよね」

 

 と一応の確認をとり。

 否定の言葉が返ってこないとみるや、

 

「わたしもまだなんです。おばさんに貰ってきますね。……あっ、水差しの中にまだお水残ってるんで、足りなかったらそれ飲んじゃってくださいね」

 

 そう言うだけ言って、レナはさっさと部屋を出た。

 

 

 メリルさんちゃんとお水飲んでるかなーと気楽に考えながら、廊下を歩いておばさんのいる受付へ向かう。

 起きぬけのメリルさんに無言でじっと三十秒ほど見つめられ続け、おろおろとうろたえたあげく、お互いに気まずい思いでこっちこそなんかすみません合戦を繰り広げた昨日までのレナからは想像もつかない大胆さだ。

 

 この二、三日彼女と一緒に行動を共にして(向こうは寝てる時間の方が多いから実質まだ一日あるかどうかくらいだけど)やっと初対面の緊張がほぐれた、というのが一番の理由だが──

 

 彼女のようなタイプの人間におせっかいを焼くにはむしろ図々しいくらいがちょうどいい、となんとなく思い始めてきた事もあるだろう。

 

 向こうに遠慮させる隙を与えない。

 自分のペースに付き合わせる。

 初対面の緊張がほぐれたおかげで、レナは今朝がたセリーヌにしたのと同じような事を、メリルさんに対しても自然にやる事ができたのである。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 今日これからの予定はこのまま宿でだらだらする、である。

 病み上がりのメリルさんには念のためもう少しゆっくり休んでほしかったし、というかセリーヌの方が(レナがそう仕向けたからだけど)たぶん今日は遅くまで帰ってこないだろうしで、結局そういう事になるしかない。

 

 一日良く寝て今はすっかり元気そうだけど、落ち着かなさげな様子のメリルさんには

 

「アーリアのお客様もそんなすぐには帰らないですよ、きっと。一日のびたくらいじゃ何にも変わらないです」

 

 などとのん気に言い聞かせ、テーブルの上に二人分のパンとスープを置いて、レナ自身も一息ついて椅子に座る。

 

「食べましょうメリルさん。せっかくのスープが冷めちゃいます」

 

「セリーヌさんは、どうされたのですか?」

 

「大丈夫です。セリーヌさんならどこかその辺でおいしい物食べてますよ」

 

 向かいの席でやっぱり戸惑っているメリルさんを前に、レナは「いただきます」とスープをおいしく一口。

 メリルさんも戸惑いながらレナにならってスプーンを口に運んだところで、

 

「やっぱり気になります? セリーヌさんの事」

 

「……ええ。レナさんが教えてくださると言うのであれば、ぜひ」

 

 本気で気になるというより、言いたそうなレナにつられたような返事だったけど、そんな事気にしない。

 だってそういった理由でもない限り、メリルさんは自分が寝過ごした事をずっと気にしそうだし。

 

(……仕方なく教えるだけですから。メリルさんにならいいですよね?)

 

 この場にいないセリーヌに一応心の中で断りを入れてから、

 

「あっ。……食事中にお話しても、大丈夫ですか?」

「何か、問題でも?」

「問題、ってわけじゃないんですけど……ええと」

 

 食べながらお喋りって、とってもお行儀が悪いのではと今さら焦るレナ。

 お嬢様のメリルさんも、レナの考えている事が分かったらしい。まったく気にした様子もなく、落ち着いた笑みを浮かべて言う。

 

「一昨日の夜も、そうやって私にエクスペルの事を教えてくださいましたね」

 

「あっそうか。そうですよね、あの時ご飯食べながら普通に話してましたよね」

 

 そういえば確かに、そんな事を平気でやっていたような。

 あの時も今も嫌そうな顔を少しも見せていない辺り、どうやらメリルさんは人の無作法にいちいち目くじら立てるようなタイプのお嬢様ではないらしい。

 その辺も大体オペラさんと同じねと、ほっとしたような気持ちでスプーンを再び手にとり、

 

「それじゃ、食べながらお話しましょう、メリルさん。セリーヌさんは」

 

 もったいつけて言葉をいったん区切り、もう一口スープをおいしく頂いた後。

 レナはセリーヌの秘密を、メリルさんに打ち明けた。

 

「今、ある人とデート中なんです」

 

 

 そうなのだ。親御さんに「あの子いつまで一人身なのかしら」と心配されにされまくっているセリーヌだが。

 そのセリーヌには、実は恋人がしっかりといるのである。

 そしてさらに「そんなん別にそこまで必死に隠す必要ないじゃない」と思うかもしれないがこれがどっこい。隠す必要おおありなのだ。

 

 なんたってセリーヌのお相手は、さるとても高貴なお人なのだから。

 

 この事はセリーヌの両親はもちろん、クロードなどの彼女と親しい仲間達にもまったく知らされてなかったりする。

 それでまあ、なんでそんな重大な事をレナが知っているかというと。

 実はレナがふたりの恋のキューピッドだったりするからなわけで。

 

 本人達に「内緒にしてほしい」と頼まれた通り(これまで通りトレジャーハンターとして暮らしたいから、だとかいう理由は正直いかがなものかと思うけど)、レナはこの事を今まで一切、誰にも言ってなかったのだが……

 

 

「セリーヌさんもあれで結構不器用なところがありますから。今日一日クロスに留まる事になって、わたしはよかったと思ってるんです」

 

 セリーヌは今頃、そのさる高貴なお人とお忍びデートに勤しんでいる真っ最中だという事を、メリルさんに洗いざらい喋った後。

 レナはそう言ってにこやかに話をまとめた。

 

「そう、だったのですか」

 

「他の人にはくれぐれも言っちゃだめですよ。これ、本当に内緒なんですから。わたしもまだメリルさんにしか言ってないんです」

 

 さんざ喋り放題喋ったあげく、いたずらっぽく笑って内緒の仕草をしてみせるレナ。

 それまで戸惑いがちに話を聞いていたメリルさんも、それでようやく気を緩める事ができたらしい。

 

「ええ、分かっています。私はセリーヌさんを知っている方をレナさん以外に知りませんから、そういった意味でも秘密が漏れる心配はありませんね」

 

 若干楽しそうな笑顔を見せつつ秘密を守る事を誓ってくれた辺り、どうやら彼女も、そういった類の話は嫌いではないようだ。

 

 

 それからも、レナはぽつぽつとメリルさんに気楽な話をして食事を楽しんだ。

 直前までセリーヌの恋愛事情について説明していたものだから、自然とレナが話す会話の内容もそれに沿ったものになってしまう。

 話題作りのだしに使ったつもりではなかったけれど、こと現状がこうなっている事を思うと──もう「会話が弾んじゃってごめんなさい」とセリーヌに心の中で謝るほかない。

 

 真っ先に思いつく共通の話題が“それ”という事もさる事ながら、聞き相手のメリルさんが仕方なしに付き合っている様子ではなく、興味津々といった様子で話に耳を傾けてくれているのも、レナを饒舌にさせている要因のひとつだろう。

 

 

 お昼ご飯を食べ終わって、使った食器を返却しに二人で受付へ行って。

 メリルさんがお世話になったお礼を、言われているおばさんの方が恐縮するくらい丁寧に述べてから、二人でまたすぐ部屋に戻って。

 

 部屋に戻った後にも、またまたセリーヌの事を話題に出そうとしたところ。

 メリルさんがくすくすと笑ってレナをたしなめた。

 

 

「そういった事をあまり話しすぎると、己の身に返って来てしまいますよ」

「え?」

 

 不意をつかれたレナに向かって、メリルさんは楽しそうに話を続ける。

 

「レナさんにもそういう方はいるのでしょう? 確か──クロードさん、ですよね。あの夜、セリーヌさんがおっしゃっていた方の名前」

 

「あ……と。それは、ですね」

 

 レナは思いっきり言葉に詰まってしまった。

 彼女としては何気ない話題を振ったつもりだったのだろうが、今のレナにとって、この話題は……なんというか、少しばかりデリケートな問題というか、できれば触れてほしくなかった話題というか。

 

 メリルさんもそんなレナの様子を見て、レナの恋物語に何か事情がある事を察したようで、若干心配そうにレナを見ている。

 せっかく楽しくお話してたのにこんな事で気まずい雰囲気になってたまるものかと、レナはわざとらしいほどに元気よくメリルさんに話しかけた。

 

「そうですよね、いない人の恋愛話で勝手に盛り上がるのはナシですよね! 他の事話しましょう、メリルさん!」

 

 メリルさんもほっとした様子で「ええ、そうしましょう」とレナに同意する。

 そんなメリルさんの目の前で、レナはこれから自分達がする話題の希望を、長々と述べだした。

 

 

「なんかこう……どうでもいい話がいいと思うんです。未開惑星と先進惑星の違いとか、大事な人との付き合い方とか、向き合い方とか、そういう真面目な話じゃなくて……毎日会うような友達とだらだら喋るようなやつ! ただの世間話みたいな、とにかく今はそういうのをしたいんです」

 

 

 わざわざ口に出してみるのは、もちろんクロードの事をひとまず忘れたいからだけど。

 ちょっと言いにくい事を、勢いをつけて本人に言うためでもあったりする。

 

「ですからメリルさん」

 

 と様子を見守っていた彼女に向き直り、レナは唐突に言った。

 

「敬語じゃなくて、普通の言葉づかいでわたしと喋ってくれますか? 一番最初に、なんかへんな独り言を呟いてた時みたいに」

 

 

 言われたメリルさんは、しばらくの間かたまる。

 やや時間を置いてからようやく、

 

 

「……一番最初の、独り言とは」

 

「あと三日だけ寝かせて、とか。そのあと、間違えてごめんなさいって誰かに謝ってたり……ですかね?」

 

 正直に答えた後で、やっぱりかたまったメリルさんに正直に謝る。

 

「ごめんなさい、実はけっこう覚えてました。あまりによく分からなすぎて」

 

 

 いやレナも、言おうかどうしようかはかなり悩んだけど。

 本当に敬語でしか話せない人だったらともかく、寝起きの第一声ですでにそうじゃないのは知っちゃってたし。

 礼儀を気にしてるんだろうけど、たぶん年下の自分にまでかしこまった敬語、っていうのにもなんかずっと違和感あったし。

 この際だからはっきり言っちゃおうかなって。

 

 

「……やはり、私はそんな事を言っていましたか」

 

「そ、そんな恥ずかしい事じゃないですよ。お屋敷の人と間違えちゃっただけじゃないですか。寝ぼけてヘンな事言うなんて本当によくある事ですよ、誰にでも」

 

 やっぱりお嬢様的には大汚点だったらしい。漏れ出すようになんとか呟き、手で目頭の辺りをおさえてしまったメリルさんに、レナも一生懸命言い重ねる。

 

「……。そう、でしょうか」

「そうですよ」

 

 見ず知らずの人を“家族”と間違えて寝ぼけるくらい、なんにも恥ずかしくない事なのだと。

 励ましを受けてゆっくり顔を上げたメリルさんだが、その表情に実は多分に安堵の気持ちが混じっちゃったりなんかする事にレナは気づいていない。

 本来言いたかった事をあくせくと訴えるのに精いっぱいである。

 

「あの時の事はただ、話の引き合いに出しただけで。わたしが言いたかったのは、だからその──普通に楽しくお喋りするんだから、メリルさんもあの時みたいに普通の言葉づかいで喋ってほしいな、って……」

 

「そうですか……。私は恩人であるレナさんには、敬意を持って接するべきだと考えていましたが」

 

「いいですよ、そんなの。そんな恩人扱いされるほど大した事してないですし」

 

 なんとか落ち着きを取り戻してくれたメリルさんに、しつこいくらいに重ねてお願いしてみる。

 

「あっ、“さんづけ”もしなくていいですよ。ただの“レナ”でお願いします」

 

 そんなレナのしつこさに根負けしたらしい。

 メリルさんも笑みを浮かべて言ったのだった。

 

 

「レナさんがそこまで言われるのでしたら──。このような言葉遣いはかえって失礼にあたりますね」

 

「えっいや、失礼とか、そんな大げさな話にしたつもりじゃ……」

 

「ええ、そうね。“普通の楽しいお喋り”をする際には、堅苦しい敬語は足枷にしかならない。あなたの言う通り──私もそう思うわ、レナ」 

 

 

 何でもない事のようにさらっと言った後、あまりの唐突ぶりにきょとんとするレナを見て、

 

「やはり、これでは礼節に欠けますね」

 

 と少し考え込むようなそぶりを見せるメリルさん。

 

「そっそんな事ないです! さっきのがいいです、さっきの方でお願いします!」

「そう? 本当に、これでいいのかしら」

 

 真面目な様子で聞いてきたメリルさんに、レナは笑顔で頷いて言った。

 

「ええもう、それでばっちりです。それならメリルさんもわたしも、どうでもいい話を楽しくできると思うんです。──ええとそれじゃ、どんな話がいいかな……」

 



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3-2. 女子回

 二人でどうでもいい話をしましょう、と自分から強引に誘っただけあって、会話の主導権を握っていたのはほとんどがレナの方だった。

 故郷アーリアはとても空気の澄んだいい所だとか、クロスだとあそこの角のケーキ屋さんが一番だとか、そういえばセリーヌさんおみやげにケーキ買ってきてくれるって言ってたけど、どんなケーキかな、そこのケーキ屋さんのだったら嬉しいな、だとか……。

 

 前もって“どうでもいい話”と宣言した通りの本当にどうしようもなくとりとめのない話ばかりだけど、けれどそんなどうでもいい話を、メリルさんは少しも嫌がるそぶりを見せずに、本当に楽しそうに聞いてくれた。

 

 あまりにも自分ばかりが喋っている事に、段々レナ自身なんだか申し訳ない気持ちになってきた時。

 何か話したい事があったらメリルさんもどうぞ言ってみてくださいと、レナがそれとなく勧めてみると。

 

 

「私が話したい事? 何かしら……、聞きたい事ならあるけれど」

「なんですか?」

 

 メリルさんはすぐには言わずに、しばらくの間レナの顔を確かめるようにじっと見つめた後、ふいっと視線をそらしてレナに聞いてきた。

 よほど言い出しづらかった事のようだ。

 

「さっきのレナの話だけど。私が初めてレナを見た時の事を、レナはどこまではっきり覚えているのかなって」

 

「メリルさんが最初に寝ぼけた時の話ですか?」

 

 普通に聞き返すと、メリルさんはこれまたためらいがちに言う。

 

「……ええ、その時の話よ。私はあの時、何かおかしな事をあなたに言ってしまったかもしれないと、それが少し気にかかるものだから」

 

 探り探り聞いてくるメリルさんの様子を見て、レナは彼女の心境を察した。

 寝起きすぎて自分でも何言ったかよく覚えてないような時の事をだいぶ後になって人から言われてしまったら、そりゃ落ち着かない気分にもなるだろう。

 そう思ったレナは、メリルさんに繰り返して教えてあげた。

 

「わたしが覚えてるのはさっき言ったので全部ですよ。“あと三日寝かせて”と、“少し昔と間違えただけ”のふたつだけです」

 

 と言ってから、当時の事を思い出して呟く。

 

「あ。そういえば……」

「そう言えば?」

「なんかあの時メリルさん、人の名前っぽいものを言ってたような……?」

 

 思い出せそうなのに、中々思い出せない。

 なんだったっけ、と首をひねり。

 

「レナ。覚えていないのなら、無理に思い出さなくてもいいわ」

 

 と実は内心すごい焦ってたりするメリルさんのそれとない制止をよそに、レナはぽろっと思い出したまんまの単語を口に出した。

 

「エル?」

「……エル?」

 

 やや間を置いてから、不思議そうに聞き返してきたメリルさんに首をかしげつつ言う。

 

「メリルさんあの時確か、「エル?……がなんでここに?」みたいな事を言ってたような気がするんです。エルで合ってるかどうか、よくわからないんですけど」

 

(“エル”って誰かしら。エルネストさん? ……なわけはないですよね)

 

 レナが疑問に思っていると。

 内心すごいほっとしてたりするメリルさんが、仕方ないといった様子で答えた。

 

「──エルフ。人の名じゃなくて、ある種族の名よ」

 

「種族の名前、ですか?」

 

「ええ。あなたの耳、エルフにそっくりだったから」

 

 寝起き直後にその『エルフ』とかいう種族にそっくりなレナを見て、困惑のあまり呟いてしまったというのが真相らしい。

 

「けど、あなたはその耳以外はエルフとは似ても似つかない存在だった。“エルフ”でも、私の知っている“人”でもない。そんな存在がどうして私の目の前にいるのか──。考えれば考えるほど分からなくなって」

 

 当時の事を振り返って打ち明けた後、メリルさんはふいに笑みを浮かべると、軽い調子でレナに言ってみせた。

 

「別の世界に来ている事に気づくまで、時間がかかりすぎたわね」

 

「確かに、結構長かったですよね。わたしもあの時は本当にどうしようかと」

 

 レナもくすくすと笑って言い返してから、今メリルさんが教えてくれた事を興味津々振り返ってみた。

 

「メリルさんの星にはそんな人達がいるんですね。わたしみたいに耳が長い種族って、もしかしてネーデと何か関係あったりするのかな」

 

 自分と似たような種族がここから遠く離れた別の星にも住んでいるなんて、なんだかとっても夢のある話だと思ったのだ。

 ことに──自分と同じ人達がたくさん住んでいたエナジーネーデが、きれいさっぱりこの宇宙からなくなってしまった今となっては。

 

「先祖にネーデ人の血筋とか入ってたりするのかな。あっ、それじゃメリルさんって、もしかしてネーデの事知ってたりしますか?」

 

「残念だけど、そういった話は聞かないわね。第一私の世界のエルフは──」

 

 考え深げに聞いていたメリルさんは、レナの質問に静かに首を振って答え、途中で言葉を止めた。

 

「? どうかしたんですか?」

 

「ごめんなさい。私も今は、思いきりどうでもいい話をしたい気分なの」

 

 不思議に思うレナに向かって、メリルさんは少しだけ申し訳なさそうに微笑んで言う。

 ははあなるほど、と思いつつレナはメリルさんに聞いてみた。

 

「それってもしかして、“未開惑星保護条約”に引っかかっちゃう、とかいうやつですか」

 

「それは……、そうね。“秘密”という事にしておいてもらえるかしら」

 

 本当はもっと詳しく知りたかったけど、そういう事ならしょうがない。

 自分と似たような種族“エルフ”についての話題はそれっきり諦め、レナはメリルさんとのどうでもいい話をまた再開した。

 

 

 どうやらメリルさんの方も、今までは初対面でそのうえ恩人のレナに遠慮していただけ、という事だったらしい。

 落ち着いた雰囲気のしっかりした人だなっていう印象はやっぱり変わらないし、さすがお嬢様というべきかはたまた先進惑星人というべきなのか、たまに一般人と少々ずれた見解を示す事もあるけど。

 

 真面目すぎて冗談が全く通じないわけでもないし、レナが振ったどうでもいい話題に対して、通り一遍のつまらない受け答えしかしてくれないわけでもない。

 レナがおどけた時には普通に笑ってくれるし、何か同意を求めたいそぶりを見せた時には普通に共感もしてくれる。

 

 

 これまでは彼女の事を、“しっかりしすぎて庶民とは一定の距離をおいているお嬢様”と感じてしまうような時もあったけど……

 こうやってどうでもいい話をして、楽しそうに笑ってくれる彼女を見て。

 またしてもろくでもない早とちりだったわねと、レナは思った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 夕方になって戻ってきたセリーヌは、部屋に入るなり、楽しくお喋りしていた二人を羨ましそうに見てきた。

 笑顔のままレナが向き直って「お帰りなさい」と声をかける一方。メリルさんが自分にだけ、かしこまった態度で迷惑をかけた事を謝ってくるのだからなおさらである。

 

「さっきまであんなに面白おかしくレナと話していらっしゃったのに、わたくしには他人行儀なんですのね」

 

 などといじけたような事まで言っていたので、レナからもメリルさんに重ねて言ってみると。

 

「メリルさん。セリーヌさんはこういう人ですから、敬語なんか使っちゃだめですよ。恩人扱いとかも一切しなくていいです」

 

「……そうなの?」

「ねえレナ、それ言葉の意味がなんか違いますわよ?」

 

 一瞬ちょっとヘンな空気になったけど、そんなこんなセリーヌに対しても、メリルさんは普通の言葉づかいで喋ってくれるようになったのだった。

 ただ、

 

 

「名前も呼び捨てで構いませんわよ。その代わり、わたくしもあなたの事を“メリル”と呼んでもいいかしら?」

 

 その場の流れで、期待たっぷりに聞いたセリーヌだが。

 メリルさんはなぜかセリーヌの言った言葉に、一瞬戸惑う様子を見せた。

 

「馴れ馴れしいのは嫌ですの?」

「いや、そういう事じゃ……」 

 

 反射的に答えてから、

 

「呼ばれ慣れないから、ちょっと驚いただけ」

 

 とメリルさんは肩をすくめて微笑んで見せる。

 ややあって事情を理解したセリーヌとレナは、

 

「なんだそういう事ですの」

 

「名前を呼び捨てにしてくる人が、周りに中々いないって……。改めてすごい所なんですね、メリルさんの住んでるお屋敷って」

 

 とひたすらに感心するばかりだ。

 それからセリーヌが改めてメリルさんに確認をとり、

 

「そういう事でしたら、あなたの事を普通に呼び捨てちゃってもいいのかしら」

 

「もちろん“メリル”で構わないわ。こちらこそよろしくね、セリーヌ」

 

「ありがとうメリル。わたくしの方こそ、よろしくお願いしますわね」

 

 二人が親しげに挨拶したところで、レナはつい笑ってしまった。

 

「ふふっ。明日にはもうアーリアに着いちゃうのに、「よろしく」って言うのもなんかヘンですね」

 

「まあいいじゃないですの、そんな細かい事は。あと一日もあると思えばいいんですのよ」

 

 前向きに言うセリーヌに対して、メリルさんの方は急に憂いを帯びた表情になった。おそらく、というか十中八九「アーリアに行くための移動手段」が気にかかっているものと思われる。

 どこか悲壮な決意まで漂わせだして

 

「そうね、一刻も早く帰らないと──」

 

 なんて言っていたところで、セリーヌがそんな彼女に言ってあげた。

 

 

「明日はバーニィは使いませんわよ」

 

「それは……どういう事? アーリアまでには、まだまだ距離があるのよね?」

 

「そりゃ当然乗り物は使いますわよ。明日使うのはバーニィじゃなくて、馬車ってだけの話ですわ」

 

 

 あまりの朗報すぎてすぐには理解できなかったらしい。

 メリルさんはセリーヌの話を最後まで訝しげに聞いた後、やや間を置いてから、やっとこさ「馬車」という単語だけを呟いた。

 言葉を失っているメリルさんに、二人して『馬車』という代物について説明する。

 

「ええそうですわよ。馬、っていう動物が引っぱるやつですわ」

「知ってますか? 馬。四本足で、足が速くて、顔が縦に長くて……」

 

 メリルさんがぐっすり眠っている間に、レナとセリーヌの二人は、アーリアまでの移動には馬車を使う事に決めていたのである。

 

 時間もお金もそれなりにかかってしまうが、昨日あんな事になってしまったばかりのメリルさんを再びバーニィの背に乗っけるのも忍びない。馬車ならバーニィよりはだいぶ揺れが少ないだろうから、「揺れる」と言ってばたんきゅうしてしまったメリルさんでも何とか大丈夫なのではなかろうかと、そう思っての判断だ。

 馬車の手配はすでにセリーヌが済ませている。

 セリーヌはただお外で楽しく、愛しの彼とイチャコラしていたわけではないのだ。

 

 

「この世界には、ちゃんと馬もいるのね……」

 

 レナとセリーヌの『馬』説明をしばらく黙って聞いた後。

 メリルさんはようやく力が抜けたように口を開いた。

 

「なんだ。という事はメリルさんの星にもちゃんといるんですね、馬」

「いるわ。ごく普通に」

 

 とレナに即答したメリルさんは納得いかなげだ。「馬ちゃんといるのにあえてバーニィとかいうウサギ乗り物にするこの世界」に異を唱えたいのだろうが……、やはり当たり前のようにこの環境で育ったレナ達には、そんな彼女の心の機微は到底分からないだろう。

 

「数は少ないですけど一応マーズ村にもいましたよ、馬」

 

「そういえばそうね……。村を出る時、確かにそんな動物を見かけた気もするわ」

 

「どうかしたんですの?」

 

「いえ、この世界にバーニィ以外の乗り物がいるとは思っていなかっただけよ」

 

「そんなわけないじゃないですの。バーニィしかいなかったら、一体誰が荷をひくんですの?」

 

 ぽろりとこぼしたメリルさんの本音にすかさずつっこんでから、セリーヌはさらに言う。

 

「言ったでしょう、バーニィは“旅の乗り物”だって。メリル、まさかあなた……バーニィが荷をひいたりする、なんて思っていたわけじゃないでしょうね?」

 

 呼ばれるとすぐにどこからか出て、用事が済むとまたどこへともなく帰ってゆく。これがバーニィが、旅の乗り物に向いていると言われる最大の理由だ。 

 よって荷馬車をひくのはもちろん馬である。バーニィではない。

 そうセリーヌが改めて『バーニィ』説明をしたところ、メリルさんは

 

「バーニィは利便性に優れているのね」

 

 となんとも素直に感心してみせた。

 その反応からするとどうやら、メリルさんはまさかのまさかで、本当に「この世界ではバーニィが荷をひいている」と思っていたらしい。

 一生懸命荷をひくバーニィの姿と、さらにはそんなメルヘンチックな光景を、メリルさんは今まで大真面目に想像していたのかと思うと──

 

「“荷をひくバーニィ”って、なんかちょっとかわいいですね」

 

 つい想像しちゃったレナは、吹き出したくなる気持ちをなんとかこらえつつ、大真面目な様子のメリルさんに言って笑いかけた。

 

 

 

 セリーヌも部屋に戻ってきた事で、メリルさんとの楽しいだらだらお喋りはさらに盛り上がりをみせた。

 

 セリーヌがあまり遠慮をしないたちなので、メリルさんの方も彼女に慣れるのがレナの時以上に早かったようだ。年頃が同じだとか、旅という共通の趣味を持ち合わせている事も関係しているのかも知れない。

 一期一会の縁がどうたらこうたらなどと、まるで酒場で出会った気のいいおっちゃんみたいな事を語るセリーヌに、メリルさんもおかしそうな笑みを浮かべ同意しているのだ。

 性格の差異は多々あれど、ようは元々気が合う二人なのだろう。

 

 そんな感じで話が盛り上がっている時、ちょっとした拍子にレナは口をすべらせて、セリーヌの“秘密”をメリルさんに洗いざらい喋った事を自らバラしてしまったのだが。

 話が盛り上がっていたおかげで、無事お咎めなしという沙汰を得る事ができた。

 

 にこやかな顔を並べて「ごめんなさい」する二人に、セリーヌは「まあメリルだったら大丈夫ですわね」と少々気恥ずかしげに顔をそむけながら言った後、未だにこやかな二人を見て「この話はもうおしまいですわよ」と眉根を寄せて忠告してきた。

 これまた素直に「ごめんなさい」と謝るメリルさんの横で、すねに傷持つ身であるレナも、(これ以上は危険ね)とセリーヌの忠告におとなしく従う事にした。

 

 

 恋バナ禁止令の一つや二つを今さら出されたところで、女三人が集まって話題が尽きる事などあるはずがない。

 三人でわいわいがやがやお喋りしている内にすぐ晩ご飯の時間になり。その晩ご飯中にもひたすらにお喋りの時間は続き。食後のデザートを食べる段になってもまだべらべらと喋り続けた。

 食後のデザートとはすなわち、セリーヌが買ってきてくれた例の“おみやげ”である。

 

 

「ありがとうございますセリーヌさん。さすがセリーヌさん、もう最っ高です」

 

 と目を輝かせてセリーヌを拝み倒した後。

 レナはさっそく大好物のケーキにぱくつき、感嘆のため息を漏らした。

 

「あーもう、幸せだなあ。美味しいもの食べてる時って、なんかすごい「生きてる~」って感じしますよね。この時のために生きてるって言っちゃってもいいくらい」

 

 和気あいあいとした空間効果も手伝って、これでもかとばかりに大げさに美味しがるレナにつられたのか。

 メリルさんもケーキを美味しげに食べ、そして嬉しそうに笑って「とても美味しいケーキね、ありがとうセリーヌ」と言う。

 

「あら。それなりにいいやつは買ってきたつもりですけれど、まさかお嬢様の舌をうならせるほどのものだとは思いませんでしたわ」

 

 意外そうに言ってから、ふざけた調子で「お世辞がうまいんですのね」と言ったセリーヌに、

 

「ううん。本当に美味しい」

 

 とメリルさんはやっぱり嬉しそうに笑ってそう言うのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 旅をするうえで、睡眠不足は言うまでもなくご法度だ。

 最高に盛り上がっていたレナ達三人もそこそこに会話を切りあげ、明日の朝早くからの馬車移動に備え、早めに休む事にしたのだが──

 

 

 一日中どこへ行くでもなくただ宿の中で過ごし、さらには午前中うたた寝までしてしまったせいで、レナは真夜中に目が覚めた。

 もう一度眠ろうと思っても中々眠くならない。なんとなしに目を開け、暗い部屋の中を無為に眺めたりしているうちに、ますます目が覚めてきてしまった。

 

 どうしようかなと思いつつ、ごろんと寝返りをうつと。

 どういうわけか隣のベッドが空になっている。

 

(メリルさん?)

 

 窓から漏れ出る月明かりが、人のいないベッドの端をちらちらと掠めていく様をしばらく見続けてから、

 

(もしかして、外にいるのかな)

 

 ふとそう思い至ったレナは、セリーヌを起こさないようそっとベッドから起き上がると、忍び足で部屋の外へ出た。

 

 

 メリルさんは外にいるのかもしれない。

 なんとなくそんな気がするのは、以前これと似たような状況を経験した事があるからだろう。

 あの時真夜中にひっそりと宿を抜け出したクロードは、ポケットの中からレナには何かよく分からない物体を取り出すと、とても真剣な様子でそれをいじっていたのだ。

 

 印象深い出来事だったので、レナの記憶にもよく残っている。

 ずいぶん後になってからその時の事をクロード本人に聞いたところ、あの物体は『通信機』とかいう機械で、遠く離れた地球の人ともお話できる、やっぱりレナには何かよく分からないけどとにかくすごいモノだったらしい。

 

 そういう機械を未開惑星人の前で使うのは当然例の条約違反になるという事で、その時のクロードはそういうモノを使っているところを人に見られないよう、それはもう気をつけて行動していたのだとか。

 あの時のクロードは、自分が元いた場所に帰るため、少しでも可能性のありそうな事を試していたのだ。

 

(メリルさんもやっぱり、そうなのかな)

 

 当時の事を思い出すうちに、それと関連してついこの間のクロードの顔が浮かびかけ、レナは急いで頭を振った。

 

 クロードの事をこれ以上考えないようにしながら、あの時と同じように宿を出て。すぐそばの、人気のない路地裏に目を向ける。

 レナの予想とほぼ変わらない場所に、メリルさんはいた。

 

 

 

 あの時のクロードと同じように、メリルさんはとても真剣な顔をしている。

 何か色々と考え事をしているようだ。

 

 ほんの数時間前、楽しそうにレナ達とだらだらお喋りしていたメリルさんとは大違い。とてもじゃないけど「なんとなく気になって探しに来ました」なんて気軽に言える空気ではない。

 すっかり声をかけそびれたレナはきょろきょろと周りを見渡した後、近くの壁の影に隠れた。

 

 

(……わたし、何しに来たんだろう。これじゃ人の事探りに来ただけよね)

 

 影からこっそり覗くような真似をして、メリルさんに申し訳ない気持ちはもちろんある。声をかけづらいのなら、黙って静かに立ち去るべきなのだと分かってもいる。

 分かっていても、それでも好奇心が勝っちゃったんだから仕方ない。

 

 はたして先進惑星人のメリルさんは、これからいかなる不思議道具を出すのだろうか。

 見たところ『通信機』らしきものどころか何も手に持っていないのは、とりあえず考え事をしている最中だから、という事なのだろうか。

 

 そうやってレナがこっそり覗いている中。

 何やら考え事をしていたメリルさんは、ふと自分の足元に落ちている石ころに目を止め、それを拾い上げた。

 

(石ころ、よね。普通の)

 

 実は何か特別な機械だったりするのかしら、などとレナが訝しむ中。

 石ころを手にしたメリルさんは静かに目を閉じる。

 

 そのまま微動だにしなくなったかと思うと、今度はゆっくり目を開け、手のひらの石ころをじっと見てからため息をついた。

 よく分からないけど、何かに失敗したようだ。

 

(石ころ、どうするつもりだったんだろう)

 

 持っていた石ころをぽいっと投げ捨てているところからして、あの石ころはやっぱり、そこら辺にある普通の石ころだったようだ。

 となると手ぶらのように見えて、本当はすでに何か持っていたのだろうか。

 けど、どう見ても手ぶらだし。

 

 もうちょっと近くで見れば分かるかもと、壁に隠れたままゆっくりと足を前に出したところ──

 レナの足元からじゃりっと、小石を踏んづけたような音が出た。

 

 

(──あ)

 

「誰?」

 

 

 案の定考え事を続けていたメリルさんが顔を上げ、レナのいる辺りに視線をやる。

 今さらいないフリしてもダメですよねと、レナはおとなしくメリルさんの前に姿を現した。

 

「ごめんなさい。ベッドにいなかったから気になって」

 

 暗がりから出てくるレナを見て、ほんの一瞬はっきりと動揺の色を見せたメリルさんに、気まずげに言い訳する。

 

(こんなの隠れて見てた事の理由にはならないですよね、本当にごめんなさい)

 

 そんな後ろめたさたっぷりのレナに対して、メリルさんは静かに答えた。

 

「眠れなかったものだから」

 

 その言いようからすると、どうやらレナの覗き見行為を咎める気はないらしい。というより、ごまかしているように見える。

 私何にも怪しい事なんかしてないよとでも言いたげなセリフから察するに、さっきのはやっぱり、未開惑星の人に見られたらダメなやつだったらしい。

 

「星に帰る方法を試していたんですよね? 大丈夫ですメリルさん。わたし、他の人に言ったりなんかしません」

 

 レナがそう言うと、メリルさんは諦めたように小さく笑った。

 

「やっぱり見ていたのね、レナは」

 

「ごめんなさい、ちょっと気になっちゃったからつい……。でも本当に大丈夫ですよ。メリルさんが何やってるのか、わたし結局よくわからなかったですし」

 

「それは間違っていないわね。私は結局、何もしていないもの」

 

 言ってメリルさんは困ったように笑ってみせる。

 あの時のクロードと同じく、結果は芳しくなかったようだ。

 

「こちらに来てからずっと何も聞こえなかったのに、今ようやく実感が湧いたみたい」

 

 とメリルさんは夜空を見上げて言う。

 

 

「私は本当に、全く別の世界にやってきたのね──」

 

 

 感情を見せず淡々と言うメリルさんだが。彼女が今何を思っているのかは、レナにも容易に想像がつく。

 あの時のクロードと同じ。元いた場所に帰りたい。

 

(そう、よね。帰りたいって思うよね、普通は)

 

 考えないようにしてた思いがどんどん膨らんていく。

 ついにレナは、メリルさんに聞いてみた。

 

「知らない場所にいきなり来ちゃうのって、やっぱり不安ですよね」

 

 声をかけたのは目の前にいるメリルさんにだけど、質問を投げかけたのはその実、レナの心の内にいるクロードに対してだった。

 

(今のクロードも、やっぱり……帰りたいのかな)

 

 元気なく聞いてきたレナに向かってメリルさんは微笑みをつくり、首を振って言う。

 

「まだ不安を覚える段階ではないわね。状況を把握しきれていないから──。それどころじゃない、と言った方が適切かしら」

 

「そうなんですか?」

 

 心のままに聞き返してから、

 

(何考えてるのよ、もう……。クロードの事は関係ないでしょ! 今はメリルさんと話してるんだから!)

 

 と心の中で自分に喝を入れる。

 こんな質問、よりによって今まさに帰れなくて困ってる最中の人にしてしまうなんて、どうかしすぎだろう。

 

「大丈夫です、メリルさんはすぐに帰れますよ」

 

 などと自分で「不安ですか?」なんてぶしつけな事を聞いておきながら、メリルさんが不安を感じる事のないよう、今さらながらに励ますレナ。

 

「明日にはもうアーリア着いちゃってますから。だから、不安感じるヒマもないはずです」

 

「ええそうね。ありがとう、レナ」

 

 穏やかに微笑んで言うメリルさんだが、どこか戸惑いがちな様子にも見える。

 きっと例の“お客様”が、ちゃんとアーリアに留まっているかが気にかかっているのだろう。

 

「そんな事より部屋に戻りましょう、メリルさん。明日は早いんですから、ちゃんと寝なきゃだめですよ」

 

 そんな事は杞憂にすぎないとばかりに、レナがどんと構えてメリルさんに言い聞かせると。

 その言い方が面白かったのか、メリルさんはおかしげに首をかしげた。

 

「まるで母親のような事を言うのね」

 

「だって、ちゃんと寝ておかないと力がでないじゃないですか。また乗り物酔いしちゃいますよ、メリルさん」

 

「……あれは、そういう問題ではなく」

 

 何か言いかけたメリルさんは、不思議そうなレナを見て言葉を止めた。言ってもどうせ伝わらないと判断したらしい。

 代わりにこんな言い訳をする。

 

「問題ないわ、今日はもう十分すぎるほどに休息をとったから」

 

「それでもダメです。昨日からまる一日寝てても、明日の朝眠くなっちゃったら意味ないじゃないですか。メリルさんは病み上がりの人なんですから、病み上がりの人らしくおとなしく部屋に戻って朝までぐっすりと寝てください」

 

「本当に母親みたいな事を言うのね、レナは」

 

 困ったような感心したような感想を漏らした後、メリルさんはレナの小言におとなしく従うそぶりを見せた。

 レナの方も明日のために早く寝るようせっついておきながら、

 

「用事はもういいんですか?」

 

 と念のため確認をとる。

 もし何か大事な事をしようとしていて、レナがその作業の邪魔をしたのだとしたらなんだか申し訳ない。

 わたし今からでも退散しましょうか、と申告しようとしたところ。

 メリルさんの方から問題ないといった答えが返ってきた。

 

「ええ。確認はもう済ませていたから大丈夫。今も使えないのか、一応全部試してみただけ」

 

「そうなんですか。じゃあ大丈夫ですね」

 

 とりあえず悪い事はしてないようでよかったよかった。それじゃ宿に戻ろうと足を踏み出しかけ、

 

 

「確認って、いつしたんですか? メリルさんずっと寝てたのに」

 

 気になってメリルさんの方を振り返る。

 見られたメリルさんはふいっと目をそらした。

 反応ですべてを察したレナは、メリルさんをじろりと責めるように見て言う。

 

「してたんですね、おとといも。夜ふかし」

 

 

 レナの知らないところで彼女がこっそり何かの確認をできたタイミングなんて、どう考えたって助けた日の夜以外にないではないか。

 体力が戻りきってないだろう彼女にゆっくり休んでもらうために、セリーヌ家の客室にひとりでいられるようにしたはずなのに。

 まさか陰で、そんな事をやっていたとは。

 

「なんでちゃんと寝ないんですか。朝から旅するって分かってたのに」

 

「あの時は……、それこそ状況把握を最優先に考えていたのよ」

 

 もしかしなくても彼女は、人前でしっかりしすぎるというより、頑張りすぎてしばしば無茶をやらかしてしまうだけなのでは……とすら思い始めてきたレナに、怒られているメリルさんは仕方なかったといったような言い訳である。

 

「あんな大けがしたばっかりでろくに休まず夜ふかしって……。それはどうりで、バーニィで酔っちゃうはずですよね」

 

「一つだけ言わせてレナ、休息不足はほぼ関係ないわ」

 

 それだけはきちんと言い返してから、昨日の自分の情けない様を思い出したのか、メリルさんは息を吐く。

 

「けど、そうね。判断力の低下はあったのかも知れない。私はあの時、己の体力を確実に見誤っていた」

 

「倒れるまでバーニィに乗り続ける事なかったのに、って事ですか」

 

 なにやら小難しく反省しているようだけど、ようは休み休み進めばあそこまでひどい事にはならなかったと言いたいんだろう、メリルさんは。

 

「あの時の私は、何を思ってあんな無理をしたのかしらね。二人があれほど休憩を勧めてくれていたのに……」

 

「はあ、ムキになっちゃってただけだと思いますけど」

 

 過ぎちゃった事はしょうがないのに、メリルさんはなおも真剣に当時の事を振り返っている。

 レナ的には改めて真面目な人だなあと思いつつ、そんな反省でまた明日も寝不足になっちゃったら意味ないですよ、とも正直思うので、そんな真面目な彼女に向かってわざとらしく軽い調子でまとめてみた。

 

「本当に無理な時は無理って思わないとダメって事ですね。……ということで部屋に戻りましょうメリルさん。明日の朝も早いんですから、今日こそちゃんと寝ないと」

 

 メリルさんはふいをつかれたようにレナの言葉を聞いた後、しばらくしてくすりと笑った。

 

「レナは本当に私の保護者みたいね」

 

「保護した人っていう意味では、まあ間違ってないですよね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ようやく二人で宿に向かって歩き出したところで、何か思い出したのか、メリルさんがいきなり面白そうに笑って言う。

 

「次はきっとこう怒られるわね。“足元をよく見て歩きなさい”」

 

「えっ、転びそうになっちゃったんですか?」

 

 驚いてメリルさんの足元を見るけど、彼女の足取りは少しもふらつく事なくしっかりと地面を捉えていた。

 疑問に思うレナに、メリルさんは思い出をなぞるように言う。

 

「私がこの世界に来た時の話。レナが私の保護者だったのなら、私の事をそういう風に怒っていたのかなって」

 

「エクスペルに来ちゃった時の事って……。事故に巻き込まれたとかじゃないんですか?」

 

 レナの問いに、メリルさんは首を振って短く答えた。

 

「よく見ていなかったのよ、足元を」

 

 やっぱりよく分からないけど、今の本人の言い方から察するにメリルさんは“致し方ない状況でエクスペルに来てしまった”というより、“自ら進んでエクスペルに来てからにうっかり帰れなくなっちゃった”という人だったらしい。

 

 旅好きのお嬢様が一人で勝手にふらふらと出歩いて、自ら未開惑星に飛び込んだあげく、うっかり帰れなくなってはや二日……。

 その時のメリルさんのやらかしおよび、メリルさんのお付きの人達の今現在の心境を想像したレナは、メリルさんの話ぶりにいたく納得した。

 

「それは、……なるほど。怒られますね」

「やっぱり、そうよね」

 

 レナのお墨付きまでしっかりもらい、メリルさんは憂鬱そうに息を吐いた。今きっとそのお付きの人達の事を思い浮かべている最中なのだろう。

 ちょうど宿の入り口に辿り着いたところで、メリルさんは決意を込めたように目線をあげて言った。

 

「早く、帰らないといけないわね」

 

 

 そんな感じで真面目に考えているメリルさんを、レナはただ感心して眺めた。

 アーリアに行ってお客様に「艦に乗せてください」って頼むだけなんだから、そこまで真剣に意気込む事でもないのに。うっかりやらかしはしても、やっぱり基本はしっかりした人なんだなあ、メリルさんって。……くらいの心境である。

 

「大丈夫です。明日になれば帰れますよ」

 

「……。ありがとう、レナ」

 

 未だお気楽に考えているレナは、のん気に構えてメリルさんに言い聞かせる。

 一方のメリルさんはレナの心からの気休めに礼を言うと、少しだけ不安そうに目を伏せた。 

 



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4. “お客様”の正体

 翌朝。ぐっすりと眠っていたレナは、セリーヌに声をかけられてようやく目を覚ました。

 一度夜中に起きてしまったせいか。早起きは苦手ではないつもりだが、今朝ばっかりは眠い。

 

「朝ですわよ、レナ」

 

「……はい、そうですよね、今起きます……あと五分だけ……おやすみなさい」

 

「レナ、それは起きるって言わないですわ。聞いてますの? ちょっとレナ」

 

「大丈夫です、起きてます。だからあと十分……おやすみなさい」

 

「今日は早く起きて出発するって、言いだしたのはレナですわよ。ねえレナ……」

 

 

 枕に頭をくっつけたまま、レナがセリーヌの声かけにごにょごにょと答えていたところ。隣のベッドで寝ていたメリルさんの方が、先にむくりと起きあがった。

 こっちはこっちでしっかり熟睡していたらしい。「十分すぎるほど寝たから別に寝なくても大丈夫」発言は、やはり本人の誇張だったようだ。

 

(……そうよね。やっぱり、夜ふかしはいけないわよね)

 

 とレナがぼんやりした頭で反省する中。

 

「おはようメリル。……あなたもよく寝ますわね、昨日あれだけ寝たのに」

 

「──?」

 

 呆れたようなセリーヌの挨拶に、起きぬけのメリルさんはなんだかちょっと戸惑った様子。

 

 ……というかレナ達は気づいていないけど、ぶっちゃけ呼びかけをいろいろ聞き間違えたというか。「メリルって誰?」みたいな、正直すぎる反応である。

 

 

「メリル? ねえあなた、ちゃんと起きてますわよね?」

 

 セリーヌが念入りに聞いたところで、ようやくメリルさんは頭が起きたらしい。笑顔を取り繕って答えた。

 

「……ええ、なんでもないわ。おはようセリーヌ、レナ」

「おはようございますセリーヌさん、メリルさん」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 レナ達を乗せた馬車は、クロスを出て、順調に街道を南西の方角へと進んだ。

 今朝の目覚めがあまりよろしくなかったレナは、今日は自分が乗り物酔いするかもと思ったりもしたが、実際乗ってみればもちろんそんな事はなかった。

 隣に座っているメリルさんにも本日の体調を窺ってみたところ、「馬車では酔わないわ」との返答。そこまで気遣われなくても本当の本当に大丈夫だから、とでも言いたそうな表情で、メリルさんはきっぱりと言い切った。

 

 レナの目から見ても、今日の彼女は至って元気そうに見える。

 無理しているようでもなく、昨日のだらだらお喋りの続きをしだしたセリーヌに、これまた楽しそうに付き合うメリルさんの様子を見て、

 

(やっぱり睡眠って大事よね)

 

 とレナは改めて納得した後。楽しそうな二人の会話に、さっそく自分も嬉々として加わるのだった。

 

 

 昨日も思った事だけど、だらだらお喋りしていると時が経つのは本当に早い。

 ついさっきクロスを出たばかりだと思っていたのに、お昼を食べたと思ったら、もうサルバの町まで来ている。

 

 ここまで来れば、アーリアまではもう少しだ。

 今日中にアーリアまで辿り着くため、サルバの入り口で馬車を乗り換えて、レナ達はさらに先を進む。

 

 

 サルバは炭鉱で有名な町だ。今は休憩時か、それとももう仕事を終えた後なのか、酒場の方は炭鉱夫達で溢れかえっていて、とても騒々しい。

 そんな馬車の外を通り過ぎる景色を、メリルさんは興味深そうに眺めている。

 

「炭鉱が珍しいんですか?」

 

「ううん、そんな事はないわ。私の世界でもよく目にする光景よ。ただ……」

 

「ただ?」

 

 ずっと外を眺めていたメリルさんは、気を取り直したようにレナ達に向き直り、微笑んで言った。

 

「活気があっていいところだと思っただけ。こんな状況でもなかったら、この世界をもう少しだけゆっくり見て回りたかったわね」

 

 メリルさんはそう言って、いかにも残念そうに首をすくめる。あまりに余裕な迷子さんっぷりに、レナもつられて笑いつつ、ちくりと小言を返した。

 

「本当に旅好きですよね、メリルさんって。うっかり来ちゃったついでに旅行していきたいなんて、お屋敷の人に怒られても知らないですよ?」

 

「それいいですわね。このまま三人で気の向くまま旅、なんていうのも」

「セリーヌさんまで」

 

 同じく旅好きのセリーヌが話に乗っかってきたところで、メリルさんは微笑み、

 

「マーズもクロスも、私が見たのはごく限られた景色だけだから」

 

 とやっぱり少しだけ残念そうに外を見て言う。

 

「セリーヌの家の窓、クロスの宿の窓から見た景色と、街の外に出るまでの間の景色、マーズの雑貨屋と、あとは……、この移動中の景色くらいかしら」

 

「確かに。大体ずっと寝てましたものね、あなた」

 

「惜しい事をしたわね。まさかあんな事で一日を潰すとは」

 

 メリルさんは本当に残念そうに息を吐いた。

 旅好きなのに、せっかく見た事もないような別の星に来たのに、ろくに見て回る事もできずに帰るなんて、とてつもなくもったいない。そんな彼女の心境は、旅好きの二人ほどではなくても、好奇心旺盛なレナにもよく分かる。

 

 なによりせっかく彼女と仲良くなれたのに、アーリアに着いてお客様の所に送り届けて「それじゃあさようなら」とお別れしてしまうのは、レナもなんだか少し寂しい気がした。

 

「アーリアに着いたら“お客様”に頼んでみますか。一日や二日くらいなら待っててくれるかもしれませんよ。クロスやマーズはもう無理ですけど、アーリアの観光案内くらいならできるかも」

 

 と今しがた思いついた提案を、試しに口にだしてみる。

 “帰らないでほしいな”は違う。さすがに大げさすぎる。

 メリルさんには帰る場所があるのだ。それなのにそんな子供じみたわがまま通そうとするほど、レナは幼くない。

 

 今彼女に対してレナが抱いている思いは、そんな大げさなものじゃない。ずばり、“もうちょっとだけ一緒に遊びたいな”だ。

 ……それも子供じみてると言われれば、それまでなのかもしれないけど。

 

「そうですわね、頼みましょう! なんなら一日二日と言わず、ひと月くらいお願いしてみようかしら」

 

 セリーヌもレナの提案に、目を輝かせて乗っかってくる。

 子供じみた思いを抱いているのは、レナだけではなかったようだ。

 

「いや、さすがにひと月は無理だと思いますけど」

 

「言ってみなきゃ分からないじゃないですの。もしかしたら「大丈夫ですよ」ってなるかも……。そしたらクロスもマーズも、余裕で案内できますわよ」

 

「まあそうですけど。でもひと月は、さすがに……」

 

 そんな感じで、レナとセリーヌがだらだらお喋りしていると。

 

 

「ねえ二人とも、その事なんだけど」

 

 ずっと外を見ていたメリルさんが、なにやら真剣な面持ちで話を切り出した。

 

 

「なんですの?」

 

 二人が不思議そうに見る中。

 メリルさんは言葉を選び、ためらいがちに話す。

 

「アーリアにいる“先進惑星”の人達が、私を……元の世界に送り届けてくれるという、あなた達の話だけど」

 

 “先進惑星”という単語を、メリルさんはことさらに強調して言う。

 もしかして帰れない可能性を考えて不安になっているのかもと思ったレナは、落ち着いてメリルさんに言い聞かせた。

 

「クロードのお客様の事ですか? 大丈夫です、あの人達なら先進惑星の人達で間違いないですよ。ちゃんと“地球から来た”って言ったの、この耳で聞きましたし」

 

「ええ、分かってる。その事を疑うわけじゃないの。レナが見たというその人達は、確かに“先進惑星”の人達で間違いないと思う。私が言いたいのは──」

 

 レナの言葉を肯定しつつ、それでもまだメリルさんはまだ落ち着かなさげだ。よっぽど不安を拭いきれないのだろう。

 重ねて笑顔で、そんなメリルさんに言ってあげる。

 

「大丈夫です。お客様がすでに帰っちゃってる、なんて事もないですよ」

 

 根拠のない“大丈夫”だけど、今自分が彼女にしてあげられる事はこれくらいしかないのだ。

 

「メリルさんはなんにも難しく考える事なんかないんです。このままアーリアに行って、お客様に会って、それで気がついたら、いつのまにか元の星に帰れちゃってますから」

 

「そうそう。あなたはただ、どんと構えて馬車に揺られていればいいんですわ。帰れなかったらどうしようなんて考えるだけ損ですわよ。うっかり事故とは言えせっかくエクスペルに来たんですから、めいっぱい楽しんで帰らないと」

 

 やっぱり落ち着かなさげなメリルさんの気持ちを和らげてあげようと、それぞれ気楽な言葉をかけてあげるレナとセリーヌ。

 ……なおこの間、いよいよ二人を直視できなくなったメリルさんはずっと馬車の外に目線を移していたりするけども。

 

 

 そんなメリルさんは、しばらくぼんやりと外の景色を眺めた後、

 

「……いってみなければ、分からないわよね」

 

 と自分に言い聞かせるように呟いた。

 二人に向き直り、

 

「そうよね。ありがとう二人とも。二人の言う通り、私ももっと楽しんで帰る事にするわね」

 

 と微笑んで言う。

 

 

「それより、何かいい話題はないかしら。二人の話、せっかくだから、私はもっとたくさん聞きたいわ」

 

 そう聞かれ、一秒と経たずにセリーヌの方が返事をした。

 

「何か面白い話題ですの? だったら今ちょうどサルバにいる事ですし、ここの町長の息子さんの話でも……」

 

「アレンの事ですか? ……そんな面白い話題、ありましたっけ?」

 

 首をかしげるレナを見て、セリーヌはにやりと笑う。

 そんな感じで三人のだらだらお喋りは、アーリアまでひたすらに続けられていくのであった。

 

 

 ☆★☆

 

 

《とりあえずどんまいアレン!

 なんか一瞬ものすごく応援したくなったよね、アレン。どうやったってもう無理だと思うからしないけど。

 

 そんな事よりやっぱり言えなかったメリルちゃん、「いってみなきゃ分からない」って。またすんごい一縷の望みにかけたね、メリルちゃんってば。

 なんかよくわかんないけど知らない所来ちゃって、これなんか違くね感満載になりつつもとりあえず帰れそうな方法試してみる事にした、って感じですかい?

 

 いやはやそれはまたお気の毒な……ていうか

 ……うーん、やっぱメリルちゃん気づいてないのかなあ。……だよねえ、もしかしたらと思ったけど、気づいてたらこんな悠長な事……

 

 

 ──まあそんな事はともかく!

 その辺のことはもう、ただのしがないザコな外野の私にできる事はないので仕方ないですな!

 いやマジで。

 

 こんなんなっちゃったら……ねえ?

 せいぜい「自力で帰って?」って“電波”送りつけるくらい?

 

 

 だからメリルちゃん、ふぁいとー!

 私もこれからも、外野として、上から目線でちょいちょい見守ってるから!

 

 もうこの際、言葉通りに「いってみなけりゃ分からない」路線でいろいろなんとかしちゃってね!

 ひとまずは……うん、アーリアにいる“お客さん”達のコトとかかな!》

 

 

 ☆★☆

 

 

 そろそろ日も暮れようという時になった頃、三人を乗せた馬車はようやくアーリアに着いた。

 村の入り口で馬車を降りると。

 近くにいた村の少年がレナの姿を認めて、駆け寄ってきた。無邪気に手を振り近寄って来るその少年を、レナも笑顔で迎えて言う。

 

「レナおねえちゃん!」

「ただいま、ルシオ」

 

 

《名前紛らわしいなパート2》

 

 後ろの方でひそかにメリルさんが一瞬すっごい動揺してたり、“こっち”ではよくある名前な“ルシオ”少年の事まじまじと見ちゃったりしちゃってるけど、やっぱりレナ達にはそんな事は分からない。

 

《おっといけない。黙ってるはずだったのに、面白すぎてつい口出ししちゃったんダゼ☆》

 

 

 見知らぬ大人達の方に向け、小さい声で「こんにちは」と会釈した後。

 ルシオ少年はレナの方に向きなおり、不思議そうに聞く。

 

「ねえねえレナおねえちゃんどうしたの? 帰りがすっごい早いよ?」

 

「マーズでちょっといろいろあってね……」

 

 レナがどう答えたものか迷っていると、ルシオ少年が笑顔で聞いてきた。

 

「クロード兄ちゃんに会いたくなったの?」

 

 最近この子は本当に生意気になってきたわね、とルシオ少年を見て思う。あながち間違いでもないのがまた悔しい。

 

 しかし、なにもそれだけのために、レナはこんな見事なとんぼがえりをしてきたわけではないのだ。──もっとちゃんとした理由があるんだからね?

 クロードうんぬんに関する質問の答えは置いといて、“すっごい早く帰って来た理由”の方を、レナはここぞとばかりにルシオ少年に聞いた。

 

「ねえルシオ。レジス様のところに来た人達って、まだいる?」

 

「あのひとたち? うん、まだいるよ。あのひとたち、レジス様のところにずっといるんだって。レナおねえちゃんのこと待ってたけど」

 

「わたしを?」

 

「うん。クロード兄ちゃんが言ってた」

 

 どうやらお客様はクロードだけでなく、レナの方にも用事があるらしい。

 一瞬不思議に思ったが、まあどうせクロードと親しい人間に話を聞きたいとかそんなところだろうなと納得し、ルシオ少年に返事する。

 

「ありがとう、じゃあ早速行ってみるね」

 

 とにかく今はメリルさんだ。彼女の事を優先しよう。

 自分がクロードのお客様とどう向き合えばいいのかなんて、そんな事は後回しにしておけばいいのだ。

 そう思っていると、ルシオ少年がこれまた小生意気なセリフを投げかけてきた。

 

「レナおねえちゃん、じゃあやっぱり、クロード兄ちゃんに会いに行くんだね!」

 

「ルシオ、いい? わたし達は、その人達に会う“ために”行くのよ」

 

 今度はきちんとそう言い返し、レナはお客様達がいるであろうアーリア村長レジスの家へ向け、いよいよ勇んで足を踏み出した。

 そのレナの意気込む後ろ姿を、セリーヌがにまにま笑いながら追いかけていく。

 それとさらに後ろのもう一人も、最後にルシオ少年をちらっと意味ありげに見たりしてから、二人の後ろをついていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 玄関のドアが開いた途端、レナの気勢はいっぺんに消し飛んだ。

 来客を出迎えに家の中から出てきたのが、誰あろうレナの想い人、クロードその人だったからである。

 

「……え、と、その……」

 

 どうしよう、何か言わなきゃ。と焦るばかりで一向に言葉が浮かんでこない。

 クロードだってレジス様の家にいるんだから、玄関からクロードが出てくる事くらい、簡単に想像ついたはずなのに。

 自分でも嫌になるくらい、ずっとクロードの事考えてたはずなのに。

 

(何かあるでしょ、何か……あれだけ考えてたんだから……)

 

 と脳内をフル回転させても、やはり何も出てこず。

 そして今になってはっと気づく。

 

 クロードの事はいっぱい考えてたけど。

 ……でも、肝心の言う事は何も考えてなかったような。

 

 

 レナが内心慌てふためく一方。目の前にいる、金髪さらさらショートのスポーティな瞳をした青年はというと。

 口ごもるレナを、ただきょとんと不思議そうに見ていた。

 

 やや時間を置いてから、クロードは笑顔になってレナに言う。

 

「おかえり、レナ」

 

「あ……うん。ただいまクロード」

 

 クロードにつられ、特に考える事なく返事してから(そうよね。「ただいま」でいいのよね、普通に)とレナは少し落ち着きを取り戻す。

 と同時に、心の中がぽかぽかと温かくなりだした。

 

 

 やっとクロードに会えた。

 クロードの顔を見れた。クロードの声が聞けた。

 なんだろうこの気持ち、へんなの。

 やっと会えたって、だって一週間ちょっとしか経ってないのに──

 

「よかった、レナが早く帰って来てくれて」

 

「……えっ?」

 

 レナがくすぐったい気持ちになっているところで、クロードがさらに安心したように言う。

 いつもと変わらない、クロードの優しい声。

 その声で、わたしが帰ってきてくれてよかったって。

 クロードはわたしの事、待っててくれたの?

 

 

 ……などと、乙女モード全開のレナが嬉しさのあまり頬を染めたところで、このふたりのイチャイチャはようやく終了した。

 大変グッジョブな事に、玄関ドアの死角になっていた場所から、思いっきりにやけた声を出してくださったお姉さまがいたためである。

 

 

「どうやらワタクシたち、おじゃまみたいですわね」

 

 ……やばい、後ろの二人を完全に忘れていた。

 ゆでだこのような真っ赤な顔で、レナがバッと後ろを振り返ると。

 

「時間をおいて出直しましょうか」

 

 メリルさんまでにこにこしながらそんなことを言う。

 

(ちょっ……そんな、やだ……やめて……!)

 

 レナの胸中が大恐慌をきたしている最中。

 ようやく第三者の存在に気づいたクロードはドアを大きく開け、嬉しそうに声をあげている。

 

「あれ? その声は……セリーヌさん、久しぶりですね!」

 

 ごく普通の挨拶である。

 軽い声の調子から察するに、レナの胸中が今どえらいことになっている事はおろか、つい先ほどまで人前で、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい甘ったるいイチャイチャを繰り広げやがっていた事にさえ気づいていないと思われる。

 そんな青春ど真ん中のクロード青年は案の定、はじめてのメリルさんに一瞬ドキッとした後、やや照れくさそうにレナに聞いたのだった。

 

「そちらの人は? レナの知り合いかい?」

 

「そ、そうなのよっ! わたし達、マーズで知り合ったの! ね、メリルさん!」

 

 とレナもさっきまでのナシ! と言わんばかりに、全力でクロードにメリルさんの紹介をする。

 こんなところでクロードとイチャイチャしたかったわけじゃない。自分はなにより、メリルさんの“ために”ここに来たのだ。

 レナの不自然な全力紹介っぷりを、メリルさんは楽しそうに微笑んで見守り、そのままの笑顔でクロードに挨拶した。

 

「ええそうねレナ。──初めまして、クロードさん。私はメリルといいます」

 

 

 クロードと同じく先進惑星人のメリルさんは、事故でエクスペルにきてしまい。元の星に帰れなくなって困っていて。

 クロードの所に来た、同じ先進惑星の人達の艦に乗せてもらおうと思ってここまで連れてきた……。

 

 そんなメリルさんの事情をレナ達から聞き終わったクロードは、開口一番、なんとものん気な感想を述べた。

 

 

「それで帰りが早かったのか。僕はてっきり、セリーヌさんがまた何かやらかしたのかと」

 

「ずいぶんな言われようですわね。「クロードが地球に帰るかもしれない」って聞いて私達、一刻も早くレナをあなたの元へ帰してあげようって、急ぎに急いでここまできましたのに」

 

 セリーヌがからかいを多分に含んだ反論を行なったところ。

 クロードは、なぜか思いっきり首をかしげた。

 

「僕が地球に? なんでまた」

「え……違うの?」

 

 戸惑うレナに向かって、クロードは実にあっさりと答える。

 

「帰らないよ、僕は」

 

 

 今のクロードの言い方。

 どう聞いても決意の末の一言、って感じではなかった。

 てことは──

 

 

(……。わたし、また──やっちゃったのかしら)

 

「なんだ、レナの勘違いでしたの」

 

 やっとこさ気づけたレナの後ろで、セリーヌがあっさりと言う。

 こっちもそこまで驚いている様子でもないのが、またなんというか。

 

「まあいきなり地球に帰るだなんて、おかしいとは思っていたんですのよね」

「そうなの?」

 

 やっぱりね、といった様子でセリーヌが頷く中。事情がよく分かっていないであろうメリルさんが不思議そうに聞く。

 

 思えばこの数日間、レナはひたすらクロードの事で心を悩ませていたわけで。後ろにいる二人の前でも、ちょくちょくそれが態度に出てしまっていたわけで。

 それで思いっきり気にかけてもらってからに──

 原因は、単なるレナの勘違いだったわけで。

 

 

 後ろから視線を感じるのはもちろん、目の前のクロードも、先ほどからずっと不思議そうにレナを見続けている。

 このような雰囲気の中でレナができる事といったら、そりゃまず一に謝罪、ついで二に小声で言い訳をし始める……くらいのものであろう。

 

「ご、ごめんなさい! わたしてっきり……だって、クロードに“地球からのお客様”っていったら、本当にそれしか思いつかなくて……」

 

「地球からのお客様? ……ああ、彼らの事か」

 

 と一人納得するクロードに、セリーヌが確認をとる。

 

「ねえクロード、そっちはレナの勘違いじゃないんですのよね? そっちも勘違いだとしたら、彼女が非常に困った事になりますわよ」

 

 セリーヌは言って、隣にいるメリルさんを気遣わしげに見た。メリルさんも少し遅れてから、とりあえず困ったようにこくりと頷き返す。

 レナもなんとか気を取り直し、というか全部なかった事にし、自信を持って二人に言った。

 

「……それは、大丈夫です。ちゃんと「地球から来た」って聞きましたから」

 

 こればっかりは、こっ恥ずかしい勘違いが判明した直後の今でも、胸を張って断言できる。レナは記憶力そのものは決して悪くない。耳だっていい方だ。

 本当にお客様は地球から来たのだ。この耳で聞いたのだから間違いない。

 クロードのぱっとしない返事も、その事だけはしっかりと裏付けている。

 

「あー……。もちろん宇宙艦でここまで来たとは、本人達も言ってましたけど」

 

「それなら構いませんわ。で、その人達はちゃんとここにいるんですのよね」

 

「はい、ちゃんといますよ。レナの事ずっと待ってましたから」

 

 そう答えてクロードは家の中を振り返る。

 そういえばさっきルシオもそんなこと言ってたな、とレナが思いだす中。クロードはやれやれといった調子で言う。

 

「やっと戻ってきたか、って感じですかね、向こうの方。さっきもずいぶんピリピリしてたし……いやー、レナが早く戻ってきてくれて本当によかった」

 

(あ。さっきのって、そういう……)

 

 レナがひっそり小さな恋の勘違いに気づきショックを受けていたりするが、クロードはやっぱり気づかない。

 前に向きなおり、のん気に言う。

 

「そうだ、セリーヌさんにも会いたいんじゃないかな、あの人達」

「──? わたくしにも、ですの?」

「はい。なるたけみんなに話聞きたいからって」

 

 お客様の目的がいよいよ分からない。

 

(クロードを地球に連れ戻しに来たんじゃないのよね? だったらなんでわたしと、それにセリーヌさんにまで用事があるの? みんなに話を聞きたいって、どういう事?)

 

 セリーヌも事情が分からないらしく、メリルさんを指してクロードに聞く。

 

「じゃあ、こっちはどうですの?」

「いやそっちは──あっすみません。えっと、僕達初対面ですからね」

 

 クロードは気恥ずかしげにメリルさんを見つつ否定した。メリルさんの事は別に待っていなかったらしい。

 そりゃ知らない人を待っているはずないからそうだろうとは思うものの、しかし彼らは、セリーヌには用事があるのだ。ちらりとでも彼らと顔を合わせたレナと違って、こっちは正真正銘、赤の他人同士だというのに。

 

(妙な話になってきたわね……。用事があるのはこっちのはずだったのに)

 

 レナ達が訝しむ中、クロードは緊張を全く感じさせない笑顔で言う。

 

「まあ立ち話もなんですし、彼らのとこに行きましょう」

 

「この家の方は大丈夫ですの? ……長い話になりそうな気がするんですけれど」 

 

「レジス様なら大丈夫ですよ。お客さんがいる間はリビングを好きに使ってくれて構わないって、そう言ってくれてましたから」

 

「そう、なんだ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかしら」

 

 という事なので、もう夕方だけどレナ達がさっそく家に上がろうとしたところ。

 メリルさんがクロードに言う。

 

「先程の話を聞く限り、私は招かれざる客のようですね」

 

「うーん……。でも、メリルさんはエクスペルの人じゃないですし。その辺は大丈夫なんじゃないですかね? たぶん」

 

 “たぶん”の辺りに不安を感じたのか、メリルさんは遠慮がちに目を伏せる。「私外で待ってるんで結構です」とでも言いだしそうな様子だ。

 

「だめですよメリルさん。ちゃんと頼まないと帰れないですよ」

 

「そうですわよ、こんな時に遠慮も礼節もくそもないですわよ。我を通す時はちゃんと通さないと」

 

 まだ何も言ってないのにレナとセリーヌに揃ってやいのやいの言われ、メリルさんも諦めたように言った。

 

「……ええ、そうね。私も家に上がらせてもらう事にするわ」

「それじゃあ、どうぞどうぞ」

 

 クロードが玄関脇によけたところで、ふと思いたつ。

 

 

(たぶんだけど、長い話になるのよね。お母さんに会っとかなきゃ)

 

 村まで帰ってきているのに、夜になっても娘が帰ってこないのはまずい。

 

「すみません、わたしちょっとだけ家に行ってきます」

 

 言ってくるっと後ろを振り返り、猛ダッシュで目の前に見えている自分の家に向かう。

 広場の噴水脇を抜け、家のドアを勢いよく開け、

 

「ただいまお母さん!」

 

「あら! おかえりレナ、ずいぶん早かっ……」

 

「ごめんちょっと急いでるの、話はまた後でするから。晩ごはんは食べてくと思う! ──それじゃ、行ってきますお母さん!」

 

 それだけ言って、レナはまたすぐにみんなのところへ戻った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クロードに勧められるまま、レナ達は村長の家に上がりこんだ。

 お客様に気を使っているのだろうか、レジス様の姿はどこにも見当たらない。

 ついでにおつかいを済ませた報告もしておこうと思っていたけど、まあこっちは別に急を要する事じゃないからいいかとすっぱり諦めた。

 

 クロードの後をとことこついていき、例のお客様達がいるだろうリビングに迷わず足を踏み入れ──

 

 

(なんか……増えてるんですけど)

 

 男の人二人しかいなかったはずなのに。

 あの時見かけた青の短髪の青年と、金の短髪の男性に加えて、長い青髪の女性と金髪の女性、それに栗色の髪の女性までいる。

 計五人になってる。

 

 

 レナがリビングにいる人達を数え終わると同時に、彼らの一人……部屋の奥の方の椅子に座っていた青髪の青年が、なにやらむっとした表情で立ちあがり、クロードの事を責め始めた。

 

「クロードさん、困りますよ。エクスペルの人にはなるべく秘密に、って言ったじゃないですか」

 

「僕の仲間達には話していいんだろう?」

 

「確かに、とんがり帽子の人はそうっぽいですね。でも、もう一人の人……あの女の人もあなたの“仲間”なんですか? ああいう感じの人は、聞いた事ないですけど……」

 

 どうやら青髪の青年はセリーヌの事を知っているらしい。たぶんクロードが、あらかじめ先に説明しておいたのだろう。

 訝しみながらメリルさんを見る青髪の青年に、クロードはしれっと言う。

 

「それはまあ……、メリルさんは僕もついさっき会ったばかりの人だからね」

 

「なっ──。何でそんな人をここに連れてくるんですかっ。僕はなるべく秘密にって……どれだけ危険な事か分かってるんですか!? 下手したら──」

 

「まあそうなんだけどさ。でもほら、メリルさんエクスペルの人じゃないから。少しくらい大丈夫かなって」

 

「──はあ?」

 

 何が何やら分からないので、青年とクロードの言い合いに口を挟む事もできない。

 とりあえず見慣れないお客さん達の方をちらっと見ようとしたところ。手前の椅子に座り、おどおどとした様子でレナ達の方を見上げていた、栗色のロングヘアーの女性と視線が合ってしまった。

 

 年はレナと同じぐらいだろうか。

 前髪を可愛らしい猫のピンで止めていて、くりくりっとした目が特徴的だ。それと──すごく胸が大きい。

 お互い視線はすぐに外したけれど、レナの心中では

 

(なに食べたらそんなに育つんだろう)

 

 といったような切実な疑問が、なおもぐるぐると渦を巻いていたりする。

 一方、メリルさんに関するクロードの説明を聞き終わった青髪の青年は、なおも納得がいかないといった様子で文句を垂れている。

 

 

「……先進惑星の人間だから大丈夫って、そんなわけないでしょう。ていうかダメに決まってるじゃないですか。“少しくらい”って。そんななあなあで無関係の人連れてこられたら……」

 

 ぶつくさ言いながら、青年は恨みがましくメリルさんに目をやる。

 見られたメリルさんは面倒くさそうに息を吐いた。そこまで迷惑なら私出ていくけど? といった心境がありありと表情に現れている。

 

 まさに今からそういった事を言おうとしたのだろう、メリルさんが口を開きかけた時。

 青髪の青年の隣に座っている金髪の男性が、唐突に口を開いた。

 

「別にいいんじゃねえの? 無関係の人間一人に聞かれたくらいで、いまさら歴史がどうこうなるとも思えねえしよ」

 

「おいっ、言うなよそういう事を」

 

「どうせこれから話す事なんだ、なんの問題もねえだろうが。フェイト、お前はいちいち小さい事気にしすぎだぜ」

 

「いいわけないだろ!? クリフが気にしなさすぎなんだよ!」

 

 そのまま今度は二人で内輪もめを始める。

 どうやら青髪の青年が“フェイト”で、金髪の男性が“クリフ”らしい。それはいいんだけど、

 

(歴史って……何?)

 

 レナが首をかしげる中。

 金髪の男性“クリフ”は肩をすくめて青年に言う。

 

「過去が変わる危険どうこう言いだしたら、“英雄”に喋っちまった時点ですでにアウトだと俺は思うけどねえ」

 

「だから言うなって! ……彼らはしょうがないだろ? 最低限の接触くらいは諦めないと、何もできな──」

 

 声をひそめてきょろきょろ辺りを見回す“フェイト”に、“クリフ”が勝ち誇ったように言った。

 

「ほれ。こうやって俺が口すべらしても、タイムパラドックスってやつが起きた感じも特にねえだろ? て事はやっぱり問題なし、っつう事だ」

 

「……。結果論じゃないかよ、それって」

 

 呆れる“フェイト”は怒る気もなくしたらしい。

 一方“クリフ”はやたら親しげに笑いかけながら、レナ達に向かって片手をあげる。

 

「いや俺の“勘”がな、あっちの美人にも同席してもらいてえと言うもんだからよ」

 

「ああ!? こ、このおっさんっ、そんなしょーもない理由で……!」

 

「あんな美人はそうそういねえ。今回の事と何か関係あるかも知れんってな。それとまああれだ、──美人に悪い奴はいないってよく言うだろ?」

 

「言うかっ!」

 

「まあ細かい事はいーじゃねえか、あの姉ちゃんが一切無関係でもたぶん支障がねえらしい事は分かったんだからよ。関係あったら儲けモンくらいに考えときゃ……」

 

「お前そういうのはな、“勘”じゃなくて“ただの下心”って言うんだよ!」

 

 ふざけきった“クリフ”の態度に“フェイト”が再び怒りだしたところで、メリルさんが落ち着き払った様子で言った。

 先ほど玄関先で遠慮しようとしていたお嬢様の彼女らしからぬ堂々とした態度だが、レナもセリーヌも今は思わせぶりなお客さん達の話の方が気になっているため、その不自然さには気づいていない。

 

「それで、私は結局この場にいても構わないのでしょうか。差し出がましい事を言うようですが、まずは本題に入られるべきなのでは?」

 

 返事をしたのはずっと黙っていた青髪の女性だ。

 やたら不機嫌そうな顔で、どうでもよさそうに言う。

 

「そうね、こんなの時間の無駄だわ。さっさと話を始めましょ」

 

 何か言いかけた“フェイト”を無視し、

 

「あなたの話は後でいいわね」

「ええ」

 

 メリルさんと短く会話してから、そわそわと話の成り行きを見守っていた栗色の髪の女性に話しかける。

 

「ソフィア、席を空けてあげて」

「あっ……は、はい! すみません」

 

 “ソフィア”と呼ばれた栗色の髪の女性はレナ達にも向かって「すみません」と連呼しつつ、慌てて横の席にずれた。

 レナも女性のあまりの恐縮っぷりに(こっちこそ席空けてもらってすみません)という気持ちになりながらも、勧められた通り椅子に座った。

 

 レナ達が黙々と着席し始めた辺りで、もうどうにもならないと悟ったらしい。“フェイト”も渋々腰を落ち着ける。

 

「何?」

 

「……。なんでもないよ。そうだな別に一人くらい、無関係の人間に聞かれたって、今さら何が変わるわけでもないしな……」

 

 “フェイト”がなげやりに青髪の女性に答えているところで。

 今までのやり取りに一切動じていなかった、金髪の女性が口を開いた。

 

「それではまず、お互いの自己紹介から始めましょう」

 

 

 

 レナの目の前で、例のお客様が一人ずつ名乗りをあげていく。

 その紹介を聞きながら、レナはこの間出来なかった分までしっかりと、彼らの事を観察しまくった。

 

 エクスペルの外の世界から人が、しかもこんなにいっぺんに来るなんて、そうそうあることではない。

 はじめてこの人達を見た時は勘違いで落ち込んでいたから、どんな人達なのかなんてとても気にしていられなかったけれど。レナは元来、何にでも興味を抱く性格なのだ。

 

 

 先ほど会話で聞いた通り、青髪の青年はフェイトで、金髪の男性はクリフという名前だ。

 フェイトは背恰好がクロードに似ている。年もたぶん同じくらいだろう。

 同じ服を着て後ろを向かれたら髪で判断するしかなさそうだ。クロードが金髪、フェイトが青髪で、クロードより少しだけ短い。

 地球から来たというわりには、彼はあの時のクロードみたいに変な服を着ていない。普通に冒険者っぽい服装だ。未開惑星のスタイルに合わせているのだろうか。

 

 クリフは背が高く、がたいもかなりいい。二の腕とかすごいむきむきしてる。年はよく分からないけど、少なくともフェイトよりはずっと年上だろう。

 

 金髪の女性がミラージュ。

 この人はやたら落ち着いた雰囲気の人だ。それこそ「大人の女性」って感じ。動きやすいように、セミロングの髪を三つ編みに結んでいる。

 服装はクリフが着ているのとよく似ている。クリフの服と違って、ミラージュの服はスカートっぽいし、二の腕も露出させてないけど。

 服装からすると、この二人は軍人さんか何かだろうか。

 

 青髪の女性がマリア。

 この人はフェイトと同い年くらいだろう。なんとなく、フェイトに雰囲気が似ている気がする。たぶん髪の色が一緒、ってだけだと思うけど。

 結んでないロングヘアーで、クリフとミラージュの二人とは違うけど、やっぱりどこか戦闘用っぽい服を着ていて、そして──うん、やっぱり不機嫌そうだ。

 

 栗色の長い髪の女性がソフィア。

 さっき一番手前の席でおどおどしていた人だ。服装もいたって普通。どうみても一般人にしか見えない。「外の世界から来た」って感じしない。

 

 

 もう知っているようだったけど、一応レナ達も自己紹介をした。

 そしてお互いの自己紹介が終わると、フェイトは唐突にこう言ったのだ。

 

「僕達は、未来から来ました」と。

 




登場キャラ紹介。
・クロード(スターオーシャン2)
 19歳。SO2本編の男主人公。
 銀河連邦軍の少尉だった青年。剣が得意。
 現在はアーリア村で、村の手伝いをして暮らしている。村長宅に居候。

 本文で散々やった通りレナED後です。やっとこさ登場の原作ゲーム男主人公。
 ただ、この話でも彼が主人公らしく活躍するかどうかは…


今回は以上です。   
SO3の人達のキャラ紹介はまた今度。


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5-1. 『このままじゃ宇宙マジヤバい』

 一瞬、場がしーんと静まり返った。

 「未来から来ました」って、いきなりそんなこと言われたらそりゃそうなるだろう。

 なに言ってんの、このひと状態である。レナもそう思った。

 

 

「……もう一度言ってくださらない?」

 

 沈黙を破ったのはセリーヌだった。眉間にめちゃくちゃしわが寄っている。

 答えたのはフェイトではなくクロードだ。場全体に話しかけるように言う。

 

「信じられないのも無理はないけど、彼はふざけているわけじゃない。本当に未来からやって来たんだ。“タイムゲート”を使って……」

 

 惑星ストリームにそれはあるという。

 なんでも、時代を行き来できる“ゲート”だそうだ。宇宙はほんとに広い。そんなものまであるとは。

 

「僕も最初は信じられなかったけど、彼らは妙に僕らの事に詳しくてね。そのうえで“タイムゲート”を通って来たなんて言われたもんだから、信じざるを得なくなったわけだ。父さん達の事もあるし」

 

 説明を終えた後、クロードはしみじみ言った。

 

「そんなもの、おとぎ話だと思ってたんだけどな」

 

(クロードのお父さんが? その“ゲート”と関係あるの?)

 

 ふと気になり横にいるクロードをちらっと見かけたものの。

 クリフが話しだしたので、レナもすぐ視線を前に戻した。

 

「“タイムゲート”の事はトップシークレットだからな、お前さんが知らなくても無理はねえさ。俺だって、実際にこの目で見るまでは信じてなかったんだからな。……誰でも気軽に時間旅行なんて出来ちまったら、大変な事になるっつーのはなんとなく想像つくだろ?」

 

(うーん、確かに……そうかもしれないわね)

 

 過去に飛んで好き勝手に動いた結果、本来の歴史と矛盾が起きて世界が消滅、なんてのはおとぎ話でもよくあるオチだ。“ゲート”の存在を一般の人に隠しておくのは当然の事なのだろう。

 言われた通りに想像してレナもなんとなく納得する中、クリフは話を続ける。

 

「まあ、そんなわけで。俺達は“タイムゲート”を通って、この時代のエクスペルにやって来たってわけだ。ちょうどこのクロードって兄ちゃんはその辺の事情に多少理解がありそうだったからな。この兄ちゃんから説明してもらった方がすんなり納得してもらえるんじゃねえか、って思ってよ」

 

 最後の方はレナに向けた説明だったので、「はあ、そうだったんですか」とあいまいに返事をした。

 あの時こそこそ内緒話をしていたのは、つまりそういう事だったというわけだ。

 

 確かに知らない人にいきなり「私は未来からやって来ました」と聞かされて、素直に信じる人なんてめったにいない。

 普通は「うわやだ、何このひと」ってなると思う。

 現についさっき、レナも信じなかったし「何このひと」って思った。クロードにちゃんと説明されなかったら、今も信じていなかったと思う。

 

 十分に納得のいく理由だけど。

 

(納得はできるわよ? でも、やっぱり……納得いかないんですけど)

 

 そんな紛らわしい内緒話されたおかげで、レナはずっといらない心配をしてうだうだ悩んだり、落ち込んだりしていたのだ。人にまで気使わせて。

 それらを思い出すとどうしても、最初からわたしにも隠さないで話してくれればよかったのに、と思わずにはいられない。

 

「それじゃ、地球から来た、って言ってたのは──」

 

「ああ、そりゃ途中でこいつら拾いに地球に寄った、っつうだけの話だ。聞いた事もねえ星の名前だすより、「未来の地球から来ました」って言っちまった方が分かりやすいだろ?」

 

 とクリフはフェイト達の方を親指で指して言う。

 さらに納得のいく説明をされ、レナとしてはもうむうの音もでない。

 そしてさらにフェイトに残念そうに言われる。

 

「本当は君にもすぐ話を聞くはずだったんだけど、君が出ていってしまったからね。……そうだ、用事は済んだのかい?」

 

「……ええ。ちゃんとマーズまで行って、長老様に手紙を届けてきました」

 

 ここまで言われれば、レナももう、この人達は悪くないのだと気づかざるを得ない。人の話を最後まで聞かずに勝手に出てったのはレナの方なのだ。

 この人達は勝手にレナに悪感情を抱かれ、勝手に出ていかれ、今日まで待ちぼうけを食わされていただけだ。悪いどころかむしろ被害者側とも言えよう。

 

 しかしレナはそれでも「待たせてしまってすみません」とも「勝手に勘違いしてすみませんでした」とも謝らない。

 ちっぽけな自尊心にかけて、謝るわけにはいかないのである。

 

(マーズに行かなくてもよかったなんて、そんな事は絶対にないわ。だってそのおかげで、わたしはメリルさんを助ける事ができたんだから……)

 

 などと思っているところで。

 

 

「で? あなた方が未来から来たのはわかりましたけど」

 

 とセリーヌがごもっともな事を未来から来た皆さんに聞いた。

 

 

「それで、わたくし達に何の用があるんですの? 時間旅行した事を自慢しに来た、ってわけじゃないんですのよね?」

 

(あっそうか。そうよね、来た理由を聞かなきゃ)

 

 とレナも遅れて気づく。

 うっかり納得しかけていたけれど、今の話は、単に彼らがここに来た方法であって、理由ではない。

 つまり彼らは──“誰でも気軽に出来ないような時間旅行”をやってのけてまで、今レナ達の目の前にいるという事なのだ。

 その理由とは一体なんなのだろう。

 

(きっと想像もつかないくらい、すごい理由なんだわ)

 

 レナが固唾を呑む中。

 聞かれたクリフは頭をぼりぼりかき、歯切れ悪く答える。

 

「あー、そうだな。じゃ、俺らの事も納得してもらえたようだし……。いい加減本題に入らねえとな」

 

「わたし達に、何か聞きたい事があるんですよね」

 

「ああ。まあ、そうなんだが」

 

 やっぱり歯切れが悪い。

 そんなに言いづらい事なのだろうか、と首をひねるレナには見えていないが……

 他の未来から来た皆さんはその間、「頼んだぞクリフ」みたいな切実な視線をクリフに送っていたり。事情を知るクロードは、心なしか同情顔でその様子を見守っていたりする。

 

「それじゃあ聞くぜ」

「は、はい」

 

 向こうが真剣そのものといった様子なので、レナもぴしっと背筋を伸ばし直した。セリーヌもしっかりと注意を傾ける。

 そんな緊張感あふれる中で、ついにクリフが聞いた。

 

 

「最近“このままじゃ宇宙マジヤバい”と感じた事はあるか?」

 

「──はあ?」

 

 

 意味が分からない。

 え、なに? 聞きたかった事ってこれ?

 

 違いますよね、という困惑に満ち満ちた視線をクリフに送るも、やっぱりクリフの表情は真剣そのもの。

 ひょっとして、これは真面目な顔でふざけるっていうギャグなのだろうか。さっきも美人がどうとか言ってふざけてた人だし、十分ありうる。

 

(けど……本気なのかしら)

 

 眼前のヘンな人にどう対応したものかレナが困る中。

 レナの反応を見たクリフは、よりいっそう必死にヘンな事を聞いてくる。

 

「その、あれだ。ようするにここ最近だな、宇宙の外まで飛んでけー、みたいな強い気持ちでもって“宇宙マジヤバい”的なモールス信号を、あー……その謎の場所に送りつけてみたりとかを」

 

「してないです……けど」

 

「本当か? 寝てる時とかにうっかり強くモールス信号で“宇宙マジヤバい”と思ったりもしてねえんだな?」

 

「すみません、その前にモールス信号がなんなのか分からないです」

 

 レナがそう言うとクリフはハッと息をのみ、次いでセリーヌの方を恐る恐る見た。

 見られたセリーヌも無言で頷く。

 

「そうか。だよな、未開惑星にそんなもんねえよな。それじゃ、転送妨が……いなんかも当然してるわきゃねえな、ああそうだな」

 

 また意味の分からない事を聞いてからに、クリフは一人で勝手に納得し、勝手に肩を落とす。

 それからため息混じりに、念を押すように聞いてきた。

 

「それじゃ知り合いにそういう事を言ったやつがいるとか、そういう話でもいい。とにかく最近、“宇宙ヤバい”と強く感じるような出来事をだな……」

 

「ふざけているんですの?」

 

 最後にセリーヌが一蹴すると、クリフのみならず、他の未来から来た皆さんまでもが一斉にため息をついた。

 会話終了である。

 

 

(なんだったのかしら、今の……)

 

 とレナがあっけにとられる中。

 未来から来た皆さんは口々にぼやいている。

 

「外れでしたね」

 

「無駄に時を費やしただけだった、というわけね」

 

「何も関係なかったな、ネーデの力」

 

「絶対怪しいと思ってたのに……」

 

「かすりもしてねえじゃねえか。ったく誰だよネーデ人パワーなら大体なんでもできるんじゃねえのとか言いだしたやつは」

 

「お前だろそれは。だから僕は最初から違うって」

 

「はあ? 俺がいつそんな事言ったよ。大体だな……」

 

 

 やっぱり意味の分からないぼやきだけど、レナがこの人達の期待に添えられなかった事はなんとなく分かる。

 という事は、さっきのはマジで本気の質問だったのだ。

 騒がしく喋り続ける彼らを、レナが狐につままれたような心境で見ていると。横のクロードが小声で申し訳なさそうに打ち明けてきた。

 

「“ネーデ人って色々すごいんですよね”って聞かれたからさ。ちょっとした気休めのつもりだったんだ、僕は。それじゃ本当にレナかもしれないですね、って」

 

 そんな無茶な期待されても困る。

 謎の場所って何。

 “宇宙マジヤバい”って。そもそもそんな言葉づかいしないし。

 というかモールス信号は何者だ。

 

(クロードもちゃんと否定してよ、わたし関係ないって……)

 

 この人達はネーデ人を一体なんだと思っているんだろうか。

 意味が分からないながらも、そう呆れ半分で未来から来た皆さんの事を見ていたレナは、ふとある事に気づいた。

 

「ねえソフィア、あなた本当に何もしてないのよね」

 

「や、やってないですよ! わたしだってそんな、モールス信号なんか……」

 

「本当に本当だよな? 寝てる時とかにうっかり強く──」

 

「だからやってないって言ってるじゃない、フェイトのばか!」

 

「なんだよ、確認しただけだろ? そんな怒らなくても」

 

「怒るもん! ずっとやってないって言ってるのに、おんなじこと何回も聞かれたら怒るもん! どうして信じてくれないのよ、フェイトのばか!」

 

 

 などと、まだまだ喋り続けていた皆さんに聞いてみようとしたところ。

 声がセリーヌとかぶってしまった。

 

「ネーデって、未来でも有名なんですか?」

 

「どういう事なのか、ちゃんと説明してくださらないかしら?」

 

 

 お喋りをやめて一斉にレナ達の方を見た皆さんに、セリーヌが重ねて言う。

 

「さっきからなんですの? 意味不明な事を聞くだけ聞いておきながら、ひとの事置き去りにして好き勝手にべらべらと……」

 

 セリーヌのご立腹な物言いにつられ、レナもそうよそうよ、といった抗議の目線を便乗して相手に送る。

 自分が聞きたかった事なんて後回しでいい。意味不明すぎて流しかけていたけど、そっちの方がレナとしても断然気になる事なのだ。

 

「さっきも似たような事聞きましたけど、あなた達の目的をはっきりと教えてくださらないかしら。あんなふざけた質問するために、未来から来たわけじゃないんでしょう?」

 

「わりいわりい。拍子抜けしちまったもんで、ついな。……んじゃ、後は頼んだぜミラージュ」

 

 軽く謝ってから、クリフはミラージュに説明をぶん投げる。

 急に振られたにもかかわらず、ミラージュの方も眉一つ動かさず「分かりました」と頷いてさっそく話し始めた。

 

「私達が皆さんの元に現れたのは、この時代のエクスペルからタイムゲートの元に、ある不審な救難信号が届けられたためです」

 

「不審な救難信号、って」

 

「それがさっきの……“宇宙ヤバい”、とかいうやつですの?」

 

 レナ達の質問に、ミラージュは「ええそうです」と頷いて説明を続ける。

 

「その救難信号の事について、私達は“詳細を調べた方がいいのではないか”との忠告をタイムゲートより受けました。その忠告に従い、私達は信号の発信元であるこの時代のエクスペルに来たのです」

 

 ふむふむ、タイムゲートに言われて来たのね。と素直に納得しかけてから。

 ふと疑問に思った事を、横にいるクロードに聞いてみる。

 

「タイムゲートって……喋るの?」

「うん、喋るらしいね」

 

 との返答。

(喋るんだ、ゲート。ゲートなのに)

 レナが感心する中、ミラージュはさらに説明を続ける。

 

 

 

 ミラージュが言うには、この人達の時代で今からひと月ほど前の事。

 タイムゲートがその救難信号と“思しき”信号が、どこからか送られている事を発見したのだそうだ。

 

 発信源は解析の末、この時代のエクスペルらしいとまでは特定できたが、差出人は全くの不明。

 信号は『ブオー』という不気味な重低音のみで構成されていたらしい。

 

 タイムゲートも始めはその音がなんなのかすら、よく分からなかったのだそうだが。戸惑いつつも送られてきた謎の音をじっくり聞いているうちに、その音に規則性がある事に気づいたのだとか。

 つまりこれはモールス信号に違いない、と。

 そして解析の結果、タイムゲートの推論はぴしゃりと当たった。

 その送られてきた信号の内容が、つまりはこれだ。

 

 

『このままじゃ宇宙マジヤバい』(原文ママ)──

 

 

 

 説明がひと段落したところで、思ったままの感想を二人して述べる。

 

「よく気づきましたわね、それ」

「タイムゲートさんってすごいんですね」

 

 いきなり送りつけられた意味不明なモノから、ちゃんと意味の分かるモノを見つけ出すその冷静さと、および根気強さ。

 思わず“さん”をつけたくなるすごさだ。

 

(わたしだったら絶対無視してるわね、そんなわけのわからないもの)

 

 レナがひたすら感心する中、セリーヌが聞く。

 

「タイムゲートさんはただのいたずらだ、とは思わなかったんですの?」

 

 主語はタイムゲートさんだが、セリーヌの言いようからして、質問の内容は未来から来た皆さんにも向けられている。

 はたしてこれは、そんな真剣に捉えるべき問題なのか、という事だ。

 

 こんな意味の分からないふざけきった救難信号、意味が分かったところで、普通はいたずらとして処理するものだろう。ガン首揃えて真面目に未来から調べに来る方がどうかしている。

 揃いも揃ってばかなの? とでも言いたげなセリーヌの目線に、クリフはお手上げとばかりにため息をついて言い返した。

 

「ところがどっこい。そんな信号が、タイムゲートの所に送られてくる事自体が“普通じゃあり得ない”んだな、これが」

 

「そうなんですか?」

 

「考えてもみろよ。未開惑星だろ、ここは。それも過去の」

 

「あ」

 

 それは確かに、普通じゃあり得ないわけだ。

 エクスペルには宇宙艦の存在すらないのに。こんなところから、惑星ストリームとかいうついさっき聞いたばかりの場所にあるタイムゲートに、そんなよく分からない信号を送りつけられるわけがない。

 

「発信源がこの時代のエクスペルだという事に、間違いはないんですのね?」

 

「ああ。俺にはその辺の理屈はよく分からんかったが、それで間違いないらしいぜ。そいつは時空を超えてタイムゲートに接触できてる。んなふざけた謎メッセージ送りつけやがった意図は分からねえが、そいつがただもんじゃねえ事は確かなんだ」

 

 セリーヌの再確認に、クリフも再度頷いて言い返してから続ける。

 

「あげく実際来てみりゃ、さっそく謎の障害だかなんだかで艦の転送装置も使用不可能状態ときやがる」

 

「転送装置、ですか」

 

 エナジーネーデでそれらしき物を利用した事があるので、レナも一応、『転送装置』がどういう物かは知っている。

 その装置を使えば、文字通りすぐに別の場所に移動できてしまうとかいう、いかにも先進惑星人御用達な便利機械だったはずだ。

 この人達の艦にもあるけど、それが使えなくなってしまったという事らしい。

 

「壊れちゃったんですか?」

「いや、壊れちゃいねえ。ここじゃ使えねえってだけだ」

 

 壊れてないのに使えないってどういう事なのかしら、と思っていると、クロードが補足してくれた。

 

「機械がおかしくなってなくても、転送先に問題がある場合は使えないようになっているんだ。事故が起きたら危ないからね」

 

「転送先に、問題……? それって」

 

「まあ、エクスペル側に障害があるんだろうね。よくわかんないけど」

 

 不穏な事をクロードがさらっと言う中、未来から来た皆さんがぼやく。

 

「最初は普通に使えてたのにな」

「なんであんな急に……」

「わざとらしいタイミングとしか思えないわ」

 

 最初は普通に使えたらしい。

 という事は、なおさらただの故障というわけではなさそうだ。

 それじゃあ何で使えなくなっちゃったんだろう、転送装置。エクスペルが原因って、なんかよくわかんないけどやだな。とレナがのん気に思う中。

 

「まさかとは思いますけど……。あなた達も帰れなくなったなんて、言い出しませんわよね?」

 

「お? ああ、そういやそうだったな」

 

 セリーヌが眉をひそめて聞く。

 質問の意図を理解したクリフが、メリルさんにちらと目をやって言った。

 

「心配しなくていいぜ。確かに転送装置は使えねえが、俺達にはミラージュが持ってきた小型艦があるからな。姉ちゃん一人乗っけるくらい、屁でもねえさ」

 

「そうですの。それなら構いませんわ」

 

 セリーヌが納得する中、クリフがメリルさんに声をかける。

 

「しかしまあ、こんな時にこんなトコ来ちまうなんてあんたも運がねえな。もうちっと早くに来てりゃ、こんなよくわかんねえ転送障害に巻き込まれる事もなかったのによ」

 

「……」

 

「ん? それともあれか、墜落事故かなんかか。だったらタイミングもくそもねえか、運が悪い事にゃ変わりねえが」

 

「ええ、そうですね」

 

 へらへら笑って言うクリフに、メリルさんは短く言葉を返した。事故を茶化されても反応に困る、というやつだろう。

 一方つれない対応をされてしまったクリフは一切へこむ様子を見せる事なく、

 

「つまりだ。信号自体はいたずらにしか思えん内容だが、信号送りつけたのはどう考えてもただもんじゃねえ奴だし、転送装置が急に使えなくなるっつう不可解な事も実際に起きてる」

 

 とさっさと話のまとめに入る。

 この話題の切りかえよう、こういう扱いには慣れていると見た。

 

「となると信号の内容が内容なだけに、俺らはこれがはっきりいたずらだと断定できるまでは、ただのいたずらとして片づける事もできねえってわけだ」

 

「明らかにいたずらっぽいですけど、もしかするとマジで宇宙がヤバい事になってる可能性もあるかもしれないから、ってわけですわね」

 

「そういう事だ。分かってくれたかい? 姉ちゃん」

 

「セリーヌでいいですわ」

 

 レナ達がようやく納得したところで、マリアが「ただのいたずらだったらどんなに良かった事か」と不機嫌そうに呟き、憂鬱そうに頷いたフェイトやソフィアと一緒にため息をついた。

 ソフィアなどはもう憂鬱通り越して泣き出しそうな表情ですらある。

 

 事情が分かった今になってみれば納得の表情だ。

 ヘンな救難信号が届いちゃったばっかりに、彼らは手探りで“宇宙ヤバい”とか言いだした謎の人物を探すはめに陥っているのである。そりゃあ愚痴りたくもなるし、不機嫌な顔にもなろう。

 

(こんなよくわからないことに振り回されたら、そうなるよね)

 

 レナが心の底から同情する中、セリーヌが今までの話をまとめる。

 

「それであなた達が怪しいと思ったのが、レナだったというわけですわね」

 

「いや、俺らもそこまで怪しいと思ってたわけじゃねえけどな。目下思いついた可能性から当たってみたってだけでよ」

 

 その割には、さっきすごいがっかりな反応をされたわけだが。

 正直疑われるのも心外なので、もう一回しっかりと否定しておく。

 

「言わないですよ、“宇宙マジヤバい”なんて」

「ごめん、疑って悪かったね」

 

 ご期待に添えられなくて申し訳ないけど、そもそもそんな期待する方がおかしいのだ。

 レナはそんなふざけた事は言わないし、ネーデ人だってそんな宇宙艦もなしによくわかんないような場所に信号送りつけれるようなトンデモ種族じゃない。と思う。付き合い短かったからよく分からないけど。

 

(うーん。……それくらいできたのかな、ネーデ人って)

 

 つい数か月前に目の当たりにしたネーデの技術の事を思い出し、レナの自信がなくなってきている中。

 マリアが念のためといった様子で、静かに会話を聞いていたメリルさんにも話しかける。

 

 

「ねえ。あなたは最近──」

「ありません」

「そうね」

 

 会話終了である。

 その間わずか三秒。マリアも誰もそれ以上踏み込んで聞かない。

 

 

 レナも絶対彼女じゃないと思っているからそれはいいんだけど、この疑いの晴れようは一体何なんだろう。

 自分の時と全然違う。そもそも疑われてすらいないし。

 マリアに言い切った後、なにやら首をかしげて考え事をしているメリルさんを見て、自分と彼女の何がそんなに違うのか、レナ自身も大体分かってはいるのだけどそれでも皆にきっちり問い質したい思いにかられる。

 

(そりゃあ、メリルさんは“宇宙マジヤバい”なんて言いそうなイメージ全くないわよ? でもわたしだって……)

 

 レナがそんなもやもやとした思いを抱いていると、クリフが唐突に聞いてきた。

 なんというかまあ、この人は謎のネーデ人パワーの線をまだ捨て切れていないらしい。そんなもんあったらこっちが教えてほしいくらいだ。

 

「エクスペルのネーデ人ってのは、嬢ちゃんの他にもう二人いるんだよな。そっちの方は──」

 

「言わないと思いますよ、二人とも“宇宙マジヤバい”なんて」

 

「そうか。言わねえか」

 

「はい。チサトさんもノエルさんも全く関係ないと思います」

 

「そうか。関係ねえか」

 

 レナにきっぱり否定され、少なからずがっかりとした様子を見せるクリフに、クロードが不思議そうに言う。

 

「それにしても……本当によく知ってるんですね、僕達の事。そんな事まで連邦のデータベースに残ってるなんて」

 

 その言いようからすると、ネーデ人の二人の事はクロードが教えたわけじゃなかったらしい。

 つまりこの人達は、あの二人の事を最初から知っていた、というわけだ。

 ネーデの事も知ってるし、よくわかんないけど未来の人ってすごいのね。とレナが感心する中、クリフが言う。

 

「そりゃまあ、この時代のエクスペルで一番大きな出来事として記録されてたからな、十賢者事件は。十賢者を倒した兄ちゃん達の事がしっかり記録されてんのも当たり前、っつうわけだ」

 

「あー、そっか。十賢者関連で知ったんですね、僕らの事」

 

「十賢者の事がそんな扱いになってるなんて、なんかすごい意外……」

 

 とレナは感想を漏らす。

 十賢者との闘いは、全宇宙の存亡をかけた闘いだったのだ。

 エナジーネーデ中の人々がレナ達の動向に一喜一憂していたし、新聞記者だったチサトにトップニュースだなんだとしつこく追いかけまわされたりもした。

 

 十賢者に関連した記録が、この人達のいる未来にまでしっかり残っているのは、意外でもなんでもないと、頭では理解できるのだが──

 

 

「十賢者の企みである、銀河崩壊の危機を見事阻止した“英雄”──。それが私達の知る、あなた方の情報です」

 

 ミラージュが説明する中、メリルさんがレナ達の方を意外そうに見た。

 よく分からないけど、皆そんなすごい事してたのね。という視線を感じる。

 

(いやいや、そんな大げさな事してないですよ、わたし達。十賢者倒しただけですから。“英雄”って、そんな……)

 

 レナが心中で恐縮する中、クリフが続けて言う。

 

「んで、俺らはその“英雄”の兄ちゃん達なら今回の件についても何か知ってるんじゃねえかと、そう当たりをつけて来たってワケだな」

 

「あら。“宇宙マジヤバい”とか言いだした犯人探しじゃなかったんですの?」

 

「んーまあ、そっちはおまけだな。こん中にいたらラッキーぐらいのもんでよ。俺らが詳しく聞きたいのはどっちかてーと、“宇宙マジヤバい”って状況になりそうな原因の方だったんだ」

 

「原因、ですか」

 

「あんなクソふざけたメッセージ、小細工して送りつけるような奴だろ? 身元も隠してやがるし、探したところでまず自分からは名乗りでねえと思うんだよな、そいつ」

 

「確かに。素直に言ってくれるような人だったら、普通にもっと分かりやすいメッセージ送りますよね」

 

 レナ達が同意すると、クリフはため息をついて言う。

 周りの皆さんもやっぱり憂鬱そうな顔だ。

 

「て事で、もうこの際“宇宙マジヤバい”とかいう原因の方を突き詰める方が手っ取り早いんじゃねえかってわけだ。それほどやべえ事態があるってんなら、何かそれらしい兆候もあるもんだろうしな。普通は」

 

 言ってからレナとセリーヌを見て、クリフはさらにため息をつく。

 周りの皆さんもやっぱり憂鬱そうに、レナ達を見てため息をついた。

 

「その様子じゃ、あなた達にも心当たりなんてないんでしょうね」

 

「はあ。“宇宙マジヤバい”原因って、つまり宇宙の危機になりそうな原因って事ですよね」

 

「ああ。どんな小さな事でもいいんだ。とにかく何かそういった事について、心当たりはないかな?」

 

 フェイトに聞かれて、レナはうーんと唸る。

 心当たりは正直なくもない。というかすぐに思い当たる出来事が一つあったので、試しに言ってみたけど。

 

「十賢者の事は違うんですか? あれなんか、本当に“宇宙の危機”って感じでしたけど」

 

「はあ……。やっぱりそう思いますよね、普通。まさに“宇宙の危機”ですもんね、十賢者事件」

 

 ソフィアが悲しげに呟く。どうやらこれではないらしい。

 

(違うのね、やっぱり)

 

 こんなのクロードだってすぐ思いつくだろうし。そもそもこの人達も最初から知ってた事だし。

 ですよねとレナが思う中、クリフが投げやりな調子で言う。

 

「嬢ちゃん達が十賢者を倒したのは、もう何ヶ月も前の出来事なんだろ? 時代超えて信号送ったにしろ、そこまでのズレは流石に生じづれえんだとよ」

 

「そうなんですか」

 

「ああそうだ、せいぜいひと月がいいとこなんだと。タイムゲート様のありがてえ分析だ」

 

「十賢者事件は、今回の件とは全くの無関係ってわけですわね」

 

「心象的には一番怪しいんだがな。そうもいかねえらしい」

 

 

 クリフに「十賢者以外の事で頼む」と念を押され、レナはさっき以上にうーんと唸る。

 ここひと月くらいの事で、十賢者以外で、宇宙がヤバくなりそうな事……。

 だめだ、何にも思い浮かばない。

 

 セリーヌもレナ同様に、何も皆さんに言えないでいる。

 そもそも自分が思いつくような事は、クロードがもう言っているのではないだろうか。

 考えても無駄だと思うものの、目の前にこんなにも困っている人達がいるというのに、力になってあげられないというのももどかしいものだ。

 

 何かないか何かないかと考え抜いた末に、

 

「……魔物の凶暴化、とかはどうですか?」

 

 とやっとひねり出した“心当たり”を出してみたりもしたのだが、クリフいわく、

 

「宇宙全体の問題ってわけでもねえし、それも可能性としては薄いんじゃねえかなあ。それに、その問題は後で解決されたんだろ? フェイト」

 

 との事。

 

(後で解決される事をこの場で喋っちゃっていいのかしら)

 

 レナがそう思うのと同時に、話を振られたフェイトは見事に焦りまくった反応を見せていた。やっぱり言っちゃダメな事だったらしい。

 

 

「お前なあ、そういう事を軽々と……」

 

「大丈夫だって。ほれ、堂々としてねえと余計怪しまれるだろうが」

 

「……。僕は、そもそも軽率な事を言うなって言ってるんだよ。怪しいとかそういう事じゃ」

 

「ああそうだったそうだった、そういや忘れてたぜ。……なあ、あんたはどうなんだ? なんか思い当たる節とかねえか?」

 

 フェイトの説教をわざとらしく聞き流してメリルさんの方に笑顔で話しかけるも、いきなり話を振られたメリルさんは思いっきり困惑。

 

「え──?」

 

 自分にまで聞かれるとは少しも思っていなかったらしい。

 不意をつかれ戸惑っているメリルさんをやたら親しげに見ているところで、クリフは再びフェイトに注意されたのだった。

 

「なに話題をそらしているんだよ。この人はつい数日前にこっちに来たばかりなんだぞ。ここ最近エクスペルで起きてそうな事件なんて知ってるわけないじゃないか」

 

「ほれ、何事も聞いてみなきゃ分からんってな。案外ああいう美人が、なんかしら重要な鍵を握っていたり──」

 

「するかっ!」

 

 にやけたおっさんを一喝した後、フェイトは申し訳なさそうにメリルさんに向き直り言う。

 メリルさんの方も特に気にした風でもなく、軽く微笑んでフェイトに謝った。

 

「すみません。こいつおっさんだから、どうにもデリカシーってものが足りなくて」

 

「いえ、こちらこそお役に立てずすみません」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その後しばらくみんなで話し合ったけど、具体的にそれらしい変わった事件は、結局誰も思い浮かばなかった。

 

 同じく謎の転送障害発生の理由についても、レナ達はただ首をひねるばかり。

 詳細を聞けば、転送障害が発生したのは今から三日前の出来事なのだそうだが、それも謎メッセージ送った人の嫌がらせじゃないんですかと、向こうもとうに予測できてそうな意見ぐらいしか言えなかった。

 

 アーリア住まいのレナとクロードは、ここ最近のエクスペルの動向に詳しいとはお世辞にも言いがたい。

 セリーヌも最近はクロス大陸の外までは足を伸ばしていないと言った。

 エクスペルの外からやってきたメリルさんに至っては論外だ。その前にまずこの会話についていけているかの段階であろう。

 

 メリルさんは十賢者事件の事なんか少しも知らないのだ。ソーサリーグローブの事だってもちろん意味不明だろう。

 求められた時以外は一切発言をせず、議題が進むにつれ段々と意気消沈していく未来の皆さんの様子を、頭の上にハテナマークがあってもおかしくないくらい、メリルさんはただただおとなしく見守っていた。

 

 というか正直レナも途中から会話についていけていなかった。

 だって──転送妨害装置? の有効範囲がどうだの、そもそも地表全体? に特殊な重力波? がどうだのそんなのありえないだの、ヘンな言葉ばっかり使うんだもん、あの人達。

 

 

(メリルさんも退屈だろうな……。艦の事お願いするだけのつもりだったのに、こんなよくわかんない話を長々と……)

 

 話についていけてない仲間のメリルさんをぼんやりと見て、そういえば、と思い出す。

 メリルさんを紋章の森で発見したのも、転送装置が使えなくなった日と同じ、今から三日前の出来事だった。

 

 未開惑星保護条約のせいで、本人から詳しい事故の原因を聞く事ができなかったけど、今ようやく納得がいった。

 メリルさんは、ずばりその転送障害とやらのせいで帰れなくなってしまった人だったのだ。あの時彼女の近くに宇宙艦らしきものは何一つ見当たらなかったし、そうとしか考えられない。

 

 つまりメリルさんは──

 さっきクリフが言った通り、もうちょっと早くエクスペルに遊びに来ていたらうっかり帰れなくなる事もなかった人だった、という事だ。

 

 

(うわあ。それ本当についてないですね、メリルさん……)

 

 などと思っているところで、場がいきなり静かになった。

 どうやら向こうの話し合いが終わったらしい。レナも完全にあさっての方を向いていた注意を引き戻した。

 

 

「すみません、力になれなくて」

 

「なに、いいってことよ。兄ちゃん達はなんも悪くねえ。変な話につき合わせちまって悪かったな」

 

 そうクロードに言うクリフの声には、覇気が全くない。

 レナ達の側で最後まで話についていけていたのが、向こうの皆さんとすでにバッチリ情報交換済みのクロードのみというのが、また哀れを誘うところである。

 

 レナも最後までちゃんと話についていけてなくて、今さらながらものすごく申し訳ない気持ちになってきた。

 この人達にとっては切実な問題なのに。退屈だとか思ってしまって本当にごめんなさい。

 

「あの──、皆さんはこれから……どうするつもりなんですか?」

 

 クロードがいたたまれない様子で話しかけると、元気のない声がぱらぱらと返ってくる。

 

「どうもこうもないわ」

「これ以上、ここで得られる情報もないでしょうから」

「他をあたってみるしか、ないだろうね」

「帰りたいよう……」

 

 彼らの言う“他”というのは、情報の乏しい他大陸の事だろう。

 

 先ほどの話し合いで、彼らはこの時代のエクスペルについてすぐ、アーリアに住んでいるクロードの元に来て、それから他の所を調べる前に転送装置が使えなくなってしまったと言っていた。

 レナ達から得られた情報が、彼らの知っているすべてという事だ。

 そしてレナ達が彼らに教えてあげられたのは、大体がアーリアからマーズまでの近況。どんなに広く見積もっても、せいぜいクロス大陸の内の出来事でしかない。

 

 “宇宙マジヤバい”原因が本当にこの時代のエクスペルのどこかにあるのだとしたら、それはエル大陸やラクール大陸といった、他の大陸にある可能性の方が断然高いのだ。

 ……もちろんそんなものが、本当にあるとしたならば、だが。

 

(確かめずに、いたずらで片付けるっていうわけには……いかないのよね、やっぱり)

 

 この人達のこれからを思うと、「かわいそう」の言葉しか出てこない。

 

 

 だって“宇宙マジヤバい”よ?

 マジヤバいの時点で、すでにいたずらだと分かりきってるようなものなのに。

 それを確かめるためだけに、エクスペル全巡りコースなんて──

 

 

「他って、……どこに行けばいいの?」

 

「わからないよ、そんなの」

 

「エクスペルに点在する、主要施設のどこかよ。それしかないじゃない」

 

「めぼしいところをかたっぱしから、だな」

 

「でも……転送装置、使えないんだよね?」

 

「使えないよ、そんなの」

 

「忘れたの? ここにだって小型艦で来たのよ、私達」

 

「過去の未開惑星ですから、あの艦での移動も避けるべきでしょうね」

 

「徒歩、だな」

 

「帰りたいよう……」

 

 

 今目の前で決定したばかりの悲劇に、レナがすっかり心を痛めていると。

 クロードがそんな暗いムードをものともせず、彼らに話しかけた。

 

 

「皆さんはこれから、その原因探しの旅にでるつもりなんですよね」

 

「そういう事になるな。流石に今日からってわけにゃいかねえが、まあ明日にでも……」

 

「それ、よかったら僕にも手伝わせてくれませんか?」

 

「クロード?」

 

 

 突然の申し出に、レナはきょとんとクロードの方を見た。

 向こうの皆さんも同様に、悲しげにうつむいていたソフィアなども驚いて顔をあげクロードを見る。

 たくさんの視線を浴びつつ、クロードは言う。

 

「何の土地勘もない人がエクスペルをかたっぱしから調べるなんて無謀ですよ。道案内ぐらいいた方がいいんじゃないんですか? それに」

 

 いったん言葉を区切り、「いや、今度のは明らかにいたずらっぽいですけど」と遠慮がちに前置きしてからクロードは続けた。

 

「それでもエクスペルのどこかで宇宙の危機が始まってるかもしれない、なんて言われたら、黙って見送るなんてできません。ここには、僕の大切な人達がたくさんいるんだ」

 

(──うん。そうだよね、クロード)

 

 クロードの頼もしげな言葉に触発され、レナも元気よく言う。

 レナの言葉を受け、クロードも未来の皆さんを見つつ、力強く頷いた。

 

「そうですよ、わたしにも手伝わせてください!」

 

 

 クロードの言う通り、自分達がせっかく取り戻しかけているエクスペルの日常がまた破壊されてしまうかもしれないなんて、レナにだってとても耐えられない。

 それもエクスペルだけじゃない。全宇宙のみんなの日常だ。

 

 “宇宙マジヤバい”原因なんて、本当にこのエクスペルにそんなのあるんだかどうかわかんないけど……それでもそんな大事な事、未来から来た人達に任せっきりなんかにはしておけない。

 自分達の平和は、自分達で守るべきものなんだ。

 

 ……いや、どう考えてもやっぱりいたずらっぽいんだけど。

 

 

(……。人助けよ、人助け! だってこんな困ってるのよ、この人達? こんなかわいそうな人達目の当たりにして「それじゃあとは頑張ってください」なんて、できるわけ……)

 

 頭をよぎった冷静な疑問に、一拍置いてから自分で猛反論する。

 危ない危ない。

 さっそくこの人達についていく事の意義を見失うところだった。宇宙の平和はともかく、この人達をしっかり助けてあげないと。

 

 レナが自分に言い聞かせている中。

 急に現れた救世主を拝むように見あげて聞くソフィアに、セリーヌも自信満々で頷き答えている。どうやら彼女も乗り気のようだ。

 

「本当に、本当にいいんですか?」

 

「もちろんですわ。ここで首を突っ込まないなんて、トレジャーハンターの名が廃りますもの」

 

「さすが、“英雄”は違うわね」

「ありがとうございます、みなさん!」

 

 未来から来た皆さんから先ほどまでの絶望的な表情が消え、表情にゆとりができている。

 困っている人の力になれそうでよかったと、レナも自然と温かい気持ちになった。

 

「一時はどうなる事かと思いましたが──。この場に留まって、彼女を待ち続けた甲斐もありましたね」

 

「まったくだ。宇宙を救った“英雄”が道案内たあ、こんな頼もしい事はねえぜ」

 

 ミラージュとクリフが、明るい面持ちで心境を述べ、

 

「それじゃあ、明日からよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いします」

 

 クロードとフェイトが、二人で握手を交わそうとした時。

 唐突に口を開いた人がいた。

 

 

「待ってください」

 

 

 メリルさんである。

 自分とは全くもって関係ない話に長々と付き合わせられてからに、なんかいい感じの雰囲気に流され、うっかりみんなから忘れられかけていたメリルさんである。

 

 メリルさん以外の全員がはっと息をのみ、そろそろとメリルさんの方を見る。

 当のメリルさんは忘れられかけた事を怒っているのかどうか全く読めない、ごく落ち着いた様子で言った。

 

 

「皆さんは明日から、エクスペルを巡る旅をされるそうですね」

 

「お、おう。まあそうだな、俺達はそのつもりだが」

 

 そこまで言ってから、クリフは咳払いしてミラージュに呼びかけた。

 ずばり「忘れてなんかないよ、ちゃんと考えてたんだからね!」というごまかし術である。

 がしかし──

 

「ミラージュ。お前は小型艦で、この姉ちゃんをちょいとディプロまで……」

 

「その必要はありません。それより」

 

 そのクリフの言葉を途中で遮り、メリルさんはいきなりとんでもない事を言いだしたのだ。

 

 

「皆さんの旅に、私も同行させていただきたいと思います」

 

「──は?」

 

 

 みんなして驚き、

 

 

「いけませんか」

 

「あ、ええと、いえ、いけないかどうかは……わからないですよ? けど」

 

「そういう問題じゃないでしょ」

 

「なんでまたそんな酔狂な事を」

 

「酔狂ではありません。私にとってもそれが最善というだけの事です」

 

 

 みんなして止めるが、しかし。

 

 

「最善って……。だってあなたは、全く無関係の人でしょう? 僕らが送り届けたらすぐに家に帰れるんだ。こんな事に首を突っ込む必要もないんですよ?」

 

「宇宙の平和は僕達で守りますから!」

 

「そうですわよ、ノリでついてったら後悔しますわよ? それともあなた、まさか本気でエクスペル観光を!?」

 

「違うわ。そんな理由じゃ──」

 

「なっ何考えてるんですかメリルさん! 早く帰らなきゃってあんな真面目に言ってたじゃないですか! エクスペル観光なんて──月単位コースですよ、月単位コース! 帰れるうちに帰らないと、本っ当にお屋敷の人に怒られちゃ……」

 

「聞いて。そんな理由じゃないわ」

 

 

 ざわつくみんなをひとまず静まらせ、メリルさんはため息と共に呟く。

 

「──帰れないからよ、“艦”じゃ」

 

「帰れないって……。それは、どういう、事ですか?」

 

 全員メリルさんの言っている事の意味がまったく分からない。

 フェイトが困惑しながらオウム返しに聞く中。

 メリルさんは目線をあげ、さっき以上にとんでもない事を言いだした。

 

「あなた方の言う“艦”では、私は元の世界に帰る事ができないという意味です。私はあなた方の言う“先進惑星”の人間などではなく、この世界と全く理の異なる、別の世界からやって来た存在なのですから」

 

「……あ? なんだって?」

 

 

 そして今言った事がすぐには理解できていない全員に向かって、メリルさんはこう繰り返したのだ。

 

「私は異世界からやって来た、異世界の住民です」と。

 



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5-2. 嘘っぱちメリルさん(偽名)

 いきなり「私は異世界からやってきました」と聞かされた時、人はいかなる反応を示すものなのか。

 ついさっき「未来からやってきました」のくだりをやったばかりの今となっては、想像つかない人の方が極めて稀であろう。

 

 というわけで、一応説明しておこう。

 現在の場の様子は、満場一致で「なに言ってんの、このひと」状態であると。

 

 

「この世界の“艦”というものに乗れば、確かに夜空に浮かぶこの世界の星々に足をつける事は可能なのでしょう。けれど──、私はこの世界の人間ではない。私の世界に、“惑星”という概念などそもそも存在しない」

 

 しーんと静まりかえった空気の中。

 ポカンとしているみんなを気にも止めず、メリルさんは淡々と話し続ける。

 

「その“艦”に乗っても、私は私の世界に帰る事は出来ないと思うのです。ですから私は、エクスペルで私の世界に帰る“道”を探すため、あなた方の旅についていくべきだと判断を……」

 

「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってください、今なんて言ったんですか!?」

 

 そこまで聞いたところで、いち早く我に返ったフェイトが慌ててメリルさんに聞いた。

 メリルさんも要望通りに、先ほど言った事を丁寧に繰り返す。

 

「帰る“道”を探すために、旅に同行したいと──」

「違う、もっと前です!」

 

 さらにせがまれ、メリルさんも丁寧に繰り返す。

 

「“艦”に乗っても──」

「もっと前!」

「それでは、私はこの世界の人間では──」

「それはさっき聞きました!」

「……」

 

 さすがのメリルさんもちょっとむっとした様子だったりするが、フェイトはそんな事お構いなしに彼女を問い詰める。

 

「そのすぐ後ですよ! なんか惑星がどうとか言ってませんでしたか、あなたは!?」

 

「ええ。私の世界にそんな概念は存在しないと、そう言いました。それが何か?」

 

 メリルさんは粛々と言い、怪訝そうに聞き返した。

 フェイトはというと、口を開けたまま何も答えない。呆然としている、といった表現がぴったりだ。

 未来から来た皆さん、およびクロードも遅れて何かを察したようで、「あ、これもしかしてやっちゃったかもしんない」といった表情を一様に浮かべている。

 レナはというと、

 

(異世界って何? 何なの? 艦に乗っても帰れないって……メリルさんは一体どうしちゃったの?)

 

 何が何だか分かってない。ただ困惑するばかりである。

 ちなみに同じく未開惑星人のセリーヌも思いっきり眉間に皺寄せてるから何が何だか分かってないとは思うけど、先の話を聞き洩らさないようしっかり注意を傾けている分、少なくともレナよりはマシと言えよう。

 しばらくしてようやく硬直が解けたフェイトが深いため息をつき、

 

「メリルさん、僕の質問に答えてください」

 

 と相変わらず粛々とした様子なメリルさんに聞いた。

 

「あなたの世界で、“星”は──どういったものだと考えられていますか?」

 

「星は燃えるものです。この世界と違って、そこに人が住みつく事などありえない」

 

 

 大体思った通りの答えを返され、フェイトはがっくりと肩を落とした。

 そんな中、他の皆さんがさほど気にしていない様子で口々に言う。

 

「やっちゃったわね」

 

「目の前で思いっきり喋っちゃいましたね。あんなこととか、そんなこととか」

 

「そういえばタイムゲートの事まで話しましたね、私達」

 

「あー……。ま、しゃーない。たまにはそういう事もあるさ。元気出せよ、な? フェイト」

 

「おいっ、なんで僕がただ落ち込んでるだけみたいな流れになって……どうするんだよ。お前が余計な事言ったせいで、よりによって……」

 

「そりゃお前、向こうが先進惑星人だって言うから」

 

「いいんじゃないの? どうせ過去の時代なんだし」

 

「条約違反もくそもねえってか。言えてるぜ。はっはっはっ」

 

「だからそういう問題じゃないっ!」

 

 

 向こうの方は大層盛り上がっているようだが、レナにはやっぱり何が何だか分からない。

 これ以上自分で考えてもやっぱり分かりそうにないので、隣で気まずげに顔をぽりぽり掻いているクロードに聞いてみる。ていうか最初からそうすればよかった。

 

「ねえクロード、みんなは一体何の話を……」

「メリルさんは未開惑星の人だよ、レナ」

「え」

 

 反射的に「でも」と口に出しそうになったところで、

 

「あー、そういう事ですの」

 

 セリーヌまで一連の流れに納得した様子。

 

(……メリルさんが、未開惑星の人?)

 

 そんなのおかしい。今までの彼女の振舞いは、どう考えてもクロードと同じ、先進惑星人そのものだったのに。

 でもクロードも、それにメリルさんも今、自分で「先進惑星人じゃない」って……

 困惑たっぷりにメリルさんの方を見て、レナが一生懸命考えていると、

 

 

「何か誤解をされているようですね。私は自分の事を、先進惑星の人間ではないと言ったのです。未開惑星の人間、とは一言も言っていません」

 

 メリルさんは毅然とした態度で、そう言い張る。

 フェイトはそんな彼女を見て、やれやれと息を吐き、

 

「いいですかメリルさん。あなたはただ事故で、あなたが元いた未開惑星から、あなたの知らない、どこか別の未開惑星に来ちゃっただけの人なんです」

 

 と仕方なしにメリルさんに言い聞かせたが。

 

「いきなり聞き覚えのない単語聞かされて否定したくなる気持ちは分かりますけど、あなたは間違いなく未開惑星の人なんです。あなたの言う“別の世界”が、エクスペルっていう“未開惑星”なんですよ」

 

「間違いなく、と決めつけられても現に違うのですから、私としては否定するほかありません。私の言った事、信じては頂けませんか」

 

「僕が言いたいくらいですよ、それは」

 

 

 フェイトもメリルさんも、互いに譲る気はないらしい。

 メリルさん自身は、自分は別の世界の人間だと主張している。

 けどフェイトが言うにはメリルさんは、自分が別の世界からやって来たと、そう思い込んでいるだけの未開惑星人らしい。

 

 そしてこの会話を聞いているレナとしては、どっちの言い分を信じればいいのか、正直ちっとも分からない。

 “異世界人”なんてありえないとは思うんだけど、でも目の前に“未来人”いるし。異世界人も何かいそうな気もする。

 それじゃ本当に異世界の人なのかも。メリルさん、未開惑星の人っぽくないし。でもフェイトさんの言う事も、なんかそれっぽいような……。

 

 レナが一生懸命考えながら、とりあえず両者を見比べている中。

 

「それじゃあ逆に聞きますけど、あなたはどうしてここが“別の世界”だって、そんなきっぱり言い切れちゃうんですか」

 

 とフェイトの方が切り口を変え、メリルさんに質問し始めた。

 

「ここが、あなたがこれまでに見た事のない場所だからですか? これまでに見た事のない道具でも見つけたからですか? それともここで、これまでに見た事のない、あなたの知らない種族にでも出会ったからですか?」

 

「それは……」

 

 メリルさんは何かを言いかけて止め、ため息をつく。

 

「あなたはこう言いたいのですね。己の世界の事をすべて知り尽くしているわけでもないくせに、己の知らないものを目にしただけで、どうしてここが“別の世界”だと断定できるのか、と」

 

 

 それは確かに、ここが“別の星”じゃなくて“別の世界”だと言いきれる根拠なんて、どう考えたってあるはずがない。

 エクスペル中を旅慣れた今となっても、レナはエクスペルの外の事なんて、クロードが教えてくれた事以外はほどんど知らない。メリルさんもそれは同じはずだ。

 

 メリルさん自身が今言った通り、いかに自分の住んでいる星の中を旅慣れていようと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分の知らないものを目にしただけで“別の世界”だなんて、言い切れるはずがないのである。

 

 

「……あなたの想像通りです。私は自分に見覚えのないものを目にし、ここが私の住む世界とは違う“別の世界”なのだと判断しました」

 

 案の定メリルさんは、フェイトの正論に対して反論するすべがないらしい。

 

「あなたに示せる、具体的な根拠は何一つありません」

 

 目を伏せて仕方なしに答える彼女を見て、レナもようやくフェイトの言い分の方が正しそうだと思い始めた。

 

(やっぱり異世界なんてないのかな)

 

 思いながら周りを見れば、みんなは揃って「やっと分かってくれたか」といった視線をメリルさんに向けている。

 みんなはとっくにどっちの言い分が正しいのか分かっていたらしい。

 今の今まで必死になって考えていたのは、レナだけだったというわけだ。

 

「あなた方に信じて頂けない事は分かりました」

 

 ところがどっこい、どうしたってフェイトの言い分が正しいのにもかかわらず、メリルさんはまだ自分の主張を曲げようとしない。

 

「しかしそれでも私の世界は、この世界のどこかにある“未開惑星”などでは決してない。私が帰るべき世界は異世界にあるのです」

 

 言っている事にはやはりなんの根拠もない。さっき言った事の繰り返しだ。

 ただそれを言うメリルさんの態度はなぜか、自分の考えがみんなから否定されムキになって言い返しているだけの人にしては、不自然なくらいに落ち着いている。

 

 そんな彼女の態度が気にかかったらしい。

 まだそんな事言ってるんですか、と呆れたように口を開きかけたフェイトを、マリアが止め、メリルさんに聞いた。

 

「ねえ。あなた、FDって知ってる?」

 

 

 その一言で、未来から来た皆さんが一斉にメリルさんを見た。

 言ったマリア自身も、注意深くメリルさんの反応を観察している。

 

(えふでぃー? ……って、何?)

 

 向こうの皆さんのなんだか思わせぶりな態度に、レナが思いっきり首をかしげる中。

 

「それは何らかの共同体の名称ですか? 何度も言うようですが、私の世界はそもそも、あなた方の世界とは一切関係のない異世界にあるのです」

 

 とメリルさんはやや面倒くさそうに答える。

 

「あなた方が何を疑っているのかは知りませんが、私はそのようなもの、知りもしない。当然、あなた方の世界の煩雑な事情にも一切関わっていません」

 

 敵対勢力か何かの人間だと思われても困る、といった口ぶりだ。

 そしてそれは、未来から来た皆さんが思うような反応ではなかったらしい。

 みんな一斉に緊張を解き、マリアも安心したように息をついて、メリルさんに言った。

 

「ええそうね、私の思い過ごしだったみたい。知らないならいいのよ」

 

 メリルさんがわずかに頷いたのを皮切りに、フェイトが先ほど止めかけた事をまたメリルさんに言い聞かせる。

 

「メリルさん。やっぱりあなたは、どこからどう見たって、間違いなく未開惑星の人です。あなたが信じなくても、あなたが未開惑星の人だっていう事は変わらないんですよ」

 

 

 メリルさんはフェイトの言う事を、ただ黙って聞いている。

 理論ずくで言われた事だから、根拠もなく言い張る彼女としては、信じたくない事でも静かに聞くしかないのだろう。

 

(メリルさん……)

 

 誰も味方のいない彼女に、ここまできっぱり言う事ないのに。これじゃメリルさんがかわいそうじゃない。

 ──と、レナが思った矢先。

 

 

「あなたの中では、あなたが今まで生きてきた星の中が全部なのかもしれないですけど。あなたの知らない世界なんて、それこそ星の数ほど……」

 

「それではあなた方は、私の事をどう対処するおつもりですか」

 

「……え?」

 

 静かに聞いていたメリルさんが、いきなりフェイトの言葉を遮った。

 

 

「何も知らない私を“艦”に乗せるとでも?」

 

 ふいをつかれて言葉を引っ込めたフェイトをしっかりと見据えながら、メリルさんは続けて言う。

 

「私の事を、この世界のどこかにある“未開惑星”の住人と決めつけたところで、私にはそのような自覚は一切ありません。あなた方に告げるべき行き先など、私は結局何一つ知らないのです」

 

 

 メリルさんは相変わらず落ち着いている。口調も丁寧なままだ。

 けど──メリルさんは今、これまでのように、礼節を持って人と話すためにあんな態度でいるんだろうか?

 なにか違う。いつもの穏やかなメリルさんじゃない。

 

 これまでのメリルさんからは想像もつかない、どこか冷たい印象すら受けるメリルさんの様子に、レナが内心戸惑っている中。

 冷静に質問をぶつけられたフェイトが、呻くように答えている。

 

「それともあなた方の世界の乗り物は、己の行き先も知らない搭乗者を、望むとおりの目的地へ送り届ける事も可能だとでも言うのですか?」

 

「……そんなの無理ですよ。行き先を言ってくれなきゃ、僕達だってどうしようもできません」

 

「ですから私は、あなた方の旅についていくべきだと判断をしたのです」

 

 

 メリルさんの言い分を要約するとつまり──

 自分がただ勘違いしただけの未開惑星人だったにしろ、それは「自分も連れて行ってほしい」という要望を却下する理由にはなりえないだろうと。

 

 さらに要約するなら、

 “今までの会話なんてどうでもいいから私も連れてって”である。

 

 ……こんな強引な話の持っていき方って正直どうなの? と思うかも知れないが。

 現にお願いされる立場のはずのフェイトの方が困っているのだから、彼女の会話術はまあ成功していると言えよう。

 

 

 うろたえるフェイトを、メリルさんはなおも静かに見ている。

 二人のやり取りを見ていたクリフが鼻で息を吐くと、助け舟を出すようにメリルさんに聞いた。

 

「何も知らないってのは確かなんだな。あんた、自分の住んでる星の名前も知らねえのか」

 

「先ほど言った通りです。私の世界では、星はただ燃えるものだと」

 

 メリルさんはそっけなく言い返す。

 そんな彼女の態度に、今度はミラージュが少し困ったように笑うと、丁寧に繰り返して問いかけた。

 

「聞き方が悪かったですね。あなたが元いた世界に、あなたの世界そのものを指すような単語はありますか?」

 

「……。世界そのものを指す単語、ですか」

 

「ええ。この星の方々が言う、“エクスペル”のようなものです。もしあなたがそういった単語を知っているようであれば、そこからあなたの住む星を探し当てる事ができるかもしれません」

 

 ミラージュは親身になって、相談に乗るようにメリルさんに聞く。

 メリルさんの方もさっきと同じ態度ではいけないと思ったのだろう。ミラージュの言う事を真剣に考え込むように聞いた後。やや時間をおいてから、目を伏せて言った。

 

「……。私の世界では、“世界”は区別する必要のないものです。世界の名は“世界”でしかありません」

 

 メリルさんの言葉に、みんなはいっそう難しそうな表情だ。

 メリルさんの様子に戸惑うばかりだったレナも、周りのみんなの諦めムードに満ちた様子を見て、今の発言がどれほど重要なものだったのか遅れて気づく。

 

 メリルさん自身が帰る場所の名前を知らなければ、艦に乗せてもらっても意味がない。

 彼女がさっきからずっと「帰れない」と言っていた事が、今になって、レナにもようやく実感をもって伝わってきたのだ。

 

 

(それじゃあメリルさんは、……どうなっちゃうの?)

 

「街の名前くらいなら、いくつか答えられますが」

 

「そこから絞り込むのは、厳しいでしょうね。我々も、未開惑星の都市情報を、細部まで完璧に網羅しているわけではありませんから」

 

「そうですか」

 

 深刻そうに首を振るミラージュに、メリルさんは特に落ち込んだ様子もなく答える。まるで、最初からそう言われると想像がついていたかのようだ。

 

 一方ミラージュはというと、しばらく真剣に考えた後。

 黙って会話を聞いていたクリフに視線を送った。

 レナはもちろんクロードやセリーヌ、メリルさんも気づかない、未来から来た彼らにしか伝わらない意味のこもった視線。

 

 ずばり“思いつく手立てが一つありますが、どうしますか?”だ。

 

 視線を受けたクリフは、首をすくめて言う。

 様子を見ていたフェイトがほっとしたように小さく息を吐いた。

 

「手がかりはなし、ってことだな。あんたの言った通り、あんたを艦で送ってくってのは、どうも現実的な案じゃねえようだ」

 

「そのようですね」

 

 力にはなれないと宣告されたようなものなのに、メリルさんはやけに落ち着いた様子だ。

 こうなる事も、彼女は最初から分かっていたのだろうか。

 

「で、艦じゃ帰れそうにねえから、エクスペルで帰る“道”を探すつもりだと」

 

「ええ。確証はありませんが、そちらの方が可能性は高いのではないかと考えています」

 

 

 メリルさんに聞いた後、クリフはふむふむと独り言を呟く。

 

「巻き込まれ事故、ねえ……。転送装置の使えねえ、今度のエクスペル事情とも関係あるかもしれんな」

 

 言いながら、クリフはメリルさんをじっと見つめた。

 美人がどうとか言っていた時と違い、そこにおちゃらけた様子は少しもない。メリルさんも気後れする事なく、クリフの視線を静かに受け止めている。

 しばらくしてから、クリフがもう一つ確認をした。

 

「俺らがあんたの頼みを聞き入れない場合、あんたはどうする気だ?」

 

「その時は、一人で旅を続けるだけです」

 

(えっ?)

 

 

 相変わらず落ち着いた様子で話すメリルさんを、レナは信じられない気持ちで見た。

 これから一人で旅をするつもりなんて、そんなの無茶だ。

 

 だってメリルさんは、何の準備もなしにうっかりこっちに来ちゃった人で、荷物も何にも、お金すら持ってなくて、エクスペルの事なんか何にも知らない、考え方なんかはしっかりしすぎなくらいにしっかりしてるんだけどそれでも世間知らずが服着て歩いてるようなお嬢様で、それなのに、そんな彼女が一人でどうやって──

 

 

 クリフの問いにも、メリルさんは淡々と答える。

 

「土地勘もねえってのにか」

 

「こうみえて旅には慣れています。もちろん見知らぬ土地という事で、多少の苦労はあるでしょうが……。まあそのような事、いざとなればどうとでもなるでしょう」

 

「そうか」

 

 めちゃくちゃだとしか思えないのに。

 それなのにメリルさんは、やけを起こしているとか意地になっているとかいった風には見えない。

 彼女の言い方はどう聞いても、“場合によっては、自分は本当にそうするつもりだ”としか受け取れないのだ。

 

 

(ダメですよ、そんなの絶対……! なんでそんな事言っちゃうんですか!)

 

 レナがはらはらしながら、とんでもない事を言うメリルさんを見る中。

 一通りメリルさんの言い分を聞き終わったクリフがやっぱり鼻で息を吐き、横に目をやって言った。

 

「──だとよ。で、どうするんだフェイト?」

 

「なっ。……なんで僕に聞くんだよ」

 

 いきなり判断をぶん投げられ動揺するフェイトに向かって、クリフはしれっと言う。

 

「そりゃだって、嫌がってんのお前くらいだしな」

 

「はあ? なんだよそれ」

 

 と言いつつ周りを見るフェイト。

 

 

 ミラージュはクリフにならってフェイトの判断待ち。

 不安そうに見ているだけのソフィアとクロードに、同行者が増えようがなんだろうがどうでもよさそうなマリア。

 セリーヌとレナに至っては、まさか嫌なんて言わないよね? という圧迫感バリバリの視線をフェイトに送り続けている。

 

 特にレナはすごい。

 “困ってる人を見捨てようなんて、この人でなし!”みたいな。

 初対面の時の“クロードを地球に連れてこうなんて、ひどいわ!”に続き、二度目の悪者扱いである。

 

 あなたどう考えても未開惑星人ですからー、ってちょっと厳しめにツッコんだだけなのに。

 嫌だなんて一言も言ってないのに。ていうか一回目も誤解だし。

 

 

「こ……断るわけないじゃないですか。あなたみたいな人が一人旅するつもりなんて、無謀もいいところですよ」

 

「ありがとうございます」

 

 内心ちょっとショックだったりするフェイトは、なんか上手いこと嵌められたっぽいと思ったらしい。

 相手のお礼の言いっぷりを複雑そうな表情で受け止めた後。

 さっそくメリルさんに何かを言いかけたが、

 

「一緒に行くのはいいですけど……」

 

「よかったですね、メリルさん! 一緒に行ってもいいって!」

 

「ダメって言われたらどうしてくれようかと思いましたわ」

 

 安心したレナが、フェイトの言葉を遮ってメリルさんに元気いっぱいに話しかけ、ついでセリーヌも当然でしょと言わんばかりの態度で息をつく。

 いきなり話しかけられたメリルさんは、自分の事のように喜ぶ二人を、ほんの少しだけ戸惑った様子で見つめると、

 

「ありがとう。けど少し待って」

 

 さっきと同じ言葉を、さっきとは違う、レナが見慣れたいつもの柔らかな表情で言ってから。

 フェイトに向き直って真面目な顔で聞く。

 

「それで、今何と?」

 

「……。一緒に旅する前に、ちょっと、教えてほしい事があるんですけど」

 

 若干居心地悪そうに言った後。

 訝しむメリルさんに「そんな難しい事じゃないです」と前置きして言う。

 

「何も知らないくせに、どうして先進惑星人のふりなんかしていたんですか? 誤解されてとんとん拍子に話が進んじゃったにしろ、違うなら違うって言えばいい話じゃないですか」

 

 

 すっかり安心しきっていたレナも、その質問でまたすぐ不安になる。

 確かに、どうしてメリルさんは“違う”って言ってくれなかったんだろう。

 さきに勘違いしたのは自分達だったかもしれないけど。フェイトの言う通り、彼女の方も否定もせずに、わざと“先進惑星人のふり”をし続けていたのだ。

 

 他のみんなも同じく気になるようで、メリルさんの答えをじっと待っている。

 やや間を置いてから、メリルさんは静かに言った。

 

 

「その質問、答えないわけにはいかないのでしょうね」

 

「まあそうね。あなたがあんな紛らわしい態度さえしなければ、こっちも余計な事を言わなくて済んだわけだし?」

 

「んなやましいところがあるやつと、これから一緒に旅ってのも……なあ?」

 

 聞いているメリルさん自身も、彼らの言い分はもっともだと思ったらしい。

 ふと表情を緩め、

 

「分かりました。質問に答えましょう。といっても……これもあなた方に納得して頂けるような、明確な理由があったというわけではありませんが」

 

 そう言い、レナとセリーヌの方をちらと申し訳なさそうに見てから言った。

 

「誤解をそのままにしておいた方が、私にとって都合がよかったからです」

 

「都合って、なんですか?」

 

 戸惑いつつ聞き返したレナを見て、メリルさんはやっぱり申し訳なさそうに続ける。

 

 

「“事故でエクスペルにやってきた先進惑星人”という私に、あなた達は親身になってくれたから。だからそのまま先進惑星人のふりをして、この世界の事を──私が元の世界に帰るために必要な事を、あなた達から教えてもらうべきだと思ったの」 

 

 これまでの事は全部、自分の置かれた状況を見据えたうえでの行動だったと。

 彼女の口から語られるのは、どこまでも冷静な言葉ばっかりだ。

 

「この先、あなた達と別れた後も、この世界での行動に戸惑う事がないように」

 

 メリルさんは最初から、レナ達の言う通りにしたところで、自分が“帰れる”なんて思っていなかったのだ。

 それどころか彼女は今、“別れた後”と言った。

 レナ達と一緒にアーリアまで来た後は──

 レナ達と別れて、レナ達から教わった知識を頼りに、一人でエクスペルを旅する事まで考えていたのだ。

 

「誤解を解く機会は何度もありました。それをしなかったのは、ここで彼女達に見捨てられては困ると思ったからです」

 

 フェイト達にも向けて、つらつらと打ち明けた後、

 

「私が“先進惑星”の人間ではない事を知ったら、彼女達は私の事をどう見るだろうかと。手に余る事柄だと判断されれば私は一体どうなるのかと、そのような不安ばかりが先立って、それでつい──」

 

 それからメリルさんはレナ達に向き直り、どこか寂しげに微笑んで言った。

 

「今までずっと騙していて、ごめんなさい」

 

 

 メリルさんが今言った“ごめんなさい”は、本当の事を言わずに、わたし達を自分に都合のいいように付き合わせていたから、っていう事なんだと思う。

 けど違う。メリルさんは誤解している。

 

 だってわたしは……メリルさんの事を先進惑星人だと思っていたから、メリルさんにそう“騙された”から、助けようとしたわけじゃないもの。

 

 ──などとレナが思う一方。

 

 

「つまりあなたはそんな理由で、今までずっと先進惑星人のふりをしていた、って言うんですか?」

 

「そんな理由で、ついつい言い出せなかったと」

 

「ええ。ですからあなた方に納得して頂けるような理由ではないと、そう言いました」

 

 そんな事ぐらいで? と訝しむフェイト達に対して、メリルさんは“だって本当にそうなんだから説明しようがないじゃない”というような返事をしてみせた。

 

「私の紛らわしい態度のせいで、あなた方に本来私の前で言うべきでなかった事を口にさせてしまった事、心よりお詫びいたします」

 

 さらには俗に言う、心のこもってない謝罪である。

 一応頭こそ下げたものの、なんなら“勝手に喋ったのそっちじゃん”みたいな、開き直りじみた態度すらひしひしと滲み出ている。

 

「……」

 

 当然そんな対応されちゃった方は、彼女の言い分をそのまま信じる気にもなれず。

 約一名のお人よしを除いたこの場の全員が、思い思いの「うさんくさー」という表情で、一体何を思っているんだか知らないけど堂々と居直って相手の受け答え待ちをしちゃっているメリルさんの事をじーっと見つめる中。

 

 

「……そうですの」

 

 納得いかなげに言ったセリーヌを見て、一瞬かすかに、メリルさんの表情に動揺の色が浮かぶ。

 目を伏せ、「ごめんなさい」と静かに繰り返したメリルさんをしばらく見た後。

 セリーヌは仕方なさそうに言った。

 

「まあ、あなたがそう言うのなら、そういう事にしておいてさしあげますわ」

 

 

 セリーヌに“信じる”と言われても、メリルさんはやはりどこか気まずげだ。

 

(今まで嘘ついてた事、気にしてるのかな)

 

 メリルさんが後ろめたく思う事なんてないのに。

 本当の事言ったら見捨てられるかもなんて、そんな風に思われてた事はちょっとショックだけど、でもそれだけだ。

 

 メリルさんはつい不安に思っちゃっただけなんだ。

 いきなり知らないところに来ちゃって、自分達以外に頼れる人が誰もいないって状況になっちゃったら、見捨てられたくないって、つい嘘ついちゃう気持ちにだってなるはずだ。

 そんな彼女を責める気になんて、なれるはずがない。

 

 

「メリルさん。帰れなくて困ってるのは、本当なんですよね?」

 

 わたしはそんな事、全然気にしてないですよ。そんな思いが伝わるような、とびきり温かな笑顔をつくって、レナはメリルさんに話しかけた。

 

「……ええ、そうね」

 

 気まずそうに答えるメリルさんに言い聞かせるように、さらに優しい声色で言う。

 

「だったら、“ごめんなさい”なんてメリルさんが謝る事ないです。だってわたしメリルさんが先進惑星の人じゃなくっても、メリルさんの事、きっと今と同じように助けたいって気持ちになってたと思うから。……セリーヌさんだってそうですよね?」

 

「ええまあ、そうですわね」

 

 セリーヌは首をすくめて同意する。

 そのセリーヌと、それとあえて無表情なその他の皆さんの視線の先。

 ひたすらあったかーいお言葉をレナより頂いているメリルさんは、ぶっちゃけさっき以上に気まずそうだったりするが……

 

「メリルさんを助けたのは、メリルさんに都合のいいように言われたせいなんかじゃ絶対ありません」

 

 レナはまだ気づかない。

 つと顔をそむけたメリルさんに向かって、会心の笑顔で言い放った。

 

「わたしもセリーヌさんも、騙されたなんて思ってないですよ。だってわたし達が好きでやってた事なんですから」

 

 

 さてそこまで言われてしまったメリルさんはというと。

 しばらく眉間に皺寄せて、なにやら一生懸命に考え事をした後。

 ふうと息を吐き、

 

「こういうごまかしは、やっぱりよくないわね」

 

 と独り言を言った。

 そうしてから、メリルさんは再びレナに向き直った。

 

 

「ごめんなさい、さっき言った事は忘れて」

 

「え? 忘れる、ってメリルさん、それはなんの……」

 

「二人の事を信じていなかったわけじゃないの。私が本当の事を言わなかったのは、単に私の側に、人には言いたくない隠し事があったからよ」

 

 いきなりそんな事を言われ、何が何だか分からず戸惑うレナを、メリルさんはじっと見ている。

 

「隠し事、ってなんですか? メリルさん?」

 

 忘れて、というのが“見捨てられたくなかったから嘘ついた”の事だと、ようやく理解できたレナがそう聞くと。

 レナを見ていたメリルさんが、

 

「まずは、その名前……かしらね」

 

 考え込みながらぽつりと呟いたかと思うと、はっきり言った。

 

 

「私の名前はレナスよ」

 

 

 

「……。え?」

 

 しばし時間を置いてから、今のは一体どういう意味なのかしらとバカみたいにぼうっとした頭で考えつつ、

 

「レナス、さん?」

 

 と本人に確認してみれば。

 目の前にいる“メリルさんだった人”はこくりと頷く。

 

「あの、じゃあ……メリル、っていうのは」

「ごめんなさい」

 

 困惑しっぱなしのレナに向かって、メリルさん(偽名)もといレナスがもう一度謝ったところで、

 

「そこも嘘だったんですのね」

 

 セリーヌがやや呆れた様子で言った。

 

 

「驚かないのね」

 

「そりゃまあ、一応は驚いてますけど。どうせそんな事じゃないかと思ってましたし」

 

 えっ、そうなの? と耳を疑うレナと、あまりのうさんくささに呆れ返っている周りの皆さんをよそに、

 

「それに、わたくし達に見捨てられるかもしれなくて、なんて言われるより、自分の素性を隠したいから嘘をついていた、って言われた方がよっぽど納得いきますしね」

 

 と二人の会話は続けられていく。

 

 

「でも、言っちゃってよかったんですの? 偽名使ってまで隠しておきたい名前だったんでしょう?」

 

「この世界ではなんの意味もないようだから。あの時はとっさに“メリル”の名を使ったけど──」

 

 レナスはそう言ってから、

 

「本当はここが別の世界だと、確信を持った段階で言うべき事ね。“先進惑星人”の事も含めて」

 

 と改まってレナ達の方に向き直り、謝罪した。

 

 

「私は自分の都合で、あなた達に嘘をつき続けていたわ。本当にごめんなさい」

 

「だから謝らなくても結構ですって。偽名使ってたにしても、困ってるのはやっぱり本当なんでしょう?」

 

 セリーヌの方はまったく気にしていない様子。

 なんでもない事のように言って、レナに同意を求めてきた。

 

「騙してたとか嘘ついてたとかなんとか、そこまで大げさに言う話でもありませんわ。ねえレナ?」

 

「えっ? ……そっ、そうですよ! わたし達、全然気にしてないですから! だからメリルさんも……じゃなくてえっと、レナスさんも気にしなくて大丈夫ですよ?」

 

 不自然なほどに一生懸命同意するレナを見た後。

 レナスはほんの少しだけ、安心したような、寂しそうな微笑みを浮かべた。

 

 

「本当に、あなた達のような人間に助けられてよかったと思うわ」

 

 

 言葉通りの意味に受け取るのが普通なのだろう。

 だけど一瞬だけ戸惑ってしまったレナが、それ以上何も言えなくなってしまったところで、

 

「あー、もういいか? で、あんたが本当の事素直に言わなかった理由っつうのは分かったが」

 

 クリフの咳払い。

 次いでマリアが言う。

 

「肝心な事を言ってないわよね、あなた」

 

 未来から来た皆さんは、当然のごとく揃って訝しげな表情である。

 そちらに視線を移したレナスに向かって、フェイトが代表して聞く。

 

「レナスさん、ですよね。先進惑星人のふりして、偽名使ってまで、ごまかしたいあなたの素性って一体なんなんですか」

 

 レナスは少しの間、考えるそぶりを見せてから

「このような事、今まであなた方を謀っていた私自らが言う事ではないのかもしれませんが」

 と言う。

 

「私が名を隠さなければならないような立場にあるのは、あくまで私の世界の中に限った話です。この世界では、私はただの一個人でしかありません。ですから」

 

「素性を聞かれる筋合いはないと」

 

「都合のいい話ね」

 

「これからあなた方と旅をするにあたって、私の元の世界での立場があなた方を困らせるような事はないと、そう言っただけでは納得して頂けませんか」

 

「おいおい。そりゃあんたにしっかり話を聞かせてもらったうえで、俺らが判断する事だろうぜ」

 

「そうですか。分かりました。では──私は決して、日の下を歩けぬような疾しい立場の者ではありません」

 

「……。あの、すみません。怪しさしか感じないんですけど」

「っていうか、やましくなかったら言うわよね、普通に」

「なあ、お前本当にそれでいけると思ったのか?」

 

 

 などとごちゃごちゃ言い合っているところで。

 セリーヌが横から言った。

 

「その辺は大丈夫だと思いますわよ? 彼女、ただ世間知らずのお嬢様なだけだと思いますし」

 

 

「あ? お嬢様だあ?」

「そうなんですか?」

「本当に?」

 

 揃ってじろじろとレナスを見るみんなに、セリーヌは重ねて説明する。

 

「だってほら、見てみなさいな。言動からして思いっきり世間様から浮いているじゃありませんの」

 

「はあ、確かに」

「中々いないですよね、こういう人」

「とりあえず、賊の類いに見えねえ事だけは確かだな」

 

「それに人に怪しまれたくないようなやましい事情があったら、普通はもっと怪しまれないような演技をすると思いませんこと? 例えば、なんかてきとうな身分でっちあげるとか……。それをあんな言い方、自分から怪しんでくれと言っているようなものじゃありませんの」

 

「確かにそうね。これで本当にやましい事情があったら」

「バカだな、ただの」

「けど、その辺全部計算に入れての演技ってことは……ないですね、やっぱり」

 

 

 言いたい放題である。

 そして言われているレナスは心なしかむっとした表情で、それでも反論ひとつせず彼らの品定めが終わるのを待っていたりする。

 

「ただ世間知らずなだけのお嬢様、ですか。まあ、なんとなくはわかりましたけど」

 

「なんであんなごり押しで隠そうとしたのかな」

 

「さあ? それこそ賊対策とかじゃない?」

 

「それもあるでしょうけど、別の世界に来てまで、元の世界みたくお嬢様扱いされるのが嫌だったんでしょう、きっと。まあよくある話ですわね」

 

 

 とびきり説得力のある憶測をセリーヌが述べてまとめたところで、みんな「なるほど」と頷いて終わった。

 審議の結果は、セリーヌが言った通り──

 

 レナスはただのお嬢様で、隠してた理由は単に「だって言いたくなかったんだもん」であると。そういう事でまとまったようだ。

 黙って会話を聞いていたレナスが、どこかしら本意ではなさそうな表情で確認をとる。

 

「私に害意は一切ない事、理解して頂けましたか」

 

「おう。明日からよろしくな、レナスお嬢様」

 

 クリフのわざとらしい返事に、レナスは嫌そうに眉をひそめてから言う。

 言っている内容もその言い方も、“特別扱いしてほしくないお嬢様”そのものとしか思えない自然さだ。

 

「先ほども言いましたが……。これからあなた方と旅をするにあたって、私はただ一個人として振舞うつもりです。従ってあなた方にも、私をそのように扱って頂ける事を望みます」

 

「じょーだんだよ。こっちも要人接待しながらの旅なんつう、考えただけで肩がこりそうな事はごめんだからな。お望み通り、そこらの一般人と同じように扱わせてもらうぜ」

 

 やり取りを聞いていたフェイトが呆れたように「だったらなぜあんな言い方を……」と呟くと。

 クリフはこれまたわざとらしい調子で言い返す。

 

「そりゃだって、向こうはアレが一個人としての振舞いだと思っていらっしゃるみてえだし? だったらこっちもそれなりの礼儀で返すべきじゃねえの?」

 

「おい。喧嘩売ってどうするんだよ、明日から一緒に旅する人だぞ? もっとこう、自然な言い方ってものが……」

 

「よそよそしい態度で悪かったわね。──これでいいかしら? クリフ」

 

 無愛想に突然口調を変えたレナスを見て、クリフは勝ち誇ったように口角を上げて言う。

 

「分かって頂けたようでなによりだ」

 

 

 レナスは息を吐いた後。

 話のなりゆきを気後れがちに見ていたり、静かに見守っていたり、はたまた興味なさそうにただぼーっと待っていたりしていたみんなに向かって、改めて普段通りの言葉づかいで挨拶をしたのだった。

 

「明日から世話になるわね、みんな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 このエクスペルには大雑把に分けると、今いるクロス大陸を入れて、エル大陸とラクール大陸の三つが存在する。

 対して明日から旅に出ようというメンバーは、このままアーリアでお留守番するというミラージュを除き(小型艦を残して全員が遠くに離れるわけにはいかない、という事らしい)、全部で八人。

 

 せっかく八人もいるのだから全員で同じ所を調べて回るより、途中で二手に別れようという事で。今はみんなで、誰がどの方面に行くかの話し合い中だ。

 

 

 みんな明日からは、一緒に旅する仲間だ。

 それぞれお互いに「これからよろしくね」とくだけた挨拶を改めて交わしたりした後は、雑談混じりになった話し合いも、おおむねなごやかな雰囲気で進行中。

 

 レナも年頃が近そうなソフィアに、これからは敬語なしで話してくれるようお願いしてみたり。

 いろいろあって個人的に印象があまりよくなかったフェイトも、話してみれば普通に人のよさそうな青年で(さっきレナスを散々に問い質していたのも、気になる事があったらつい指摘しちゃう性分というだけの事だったらしい。ツッコミ体質とかいうやつだろう)、これなら仲良くできそうねと安心したり。

 

 まあみんないい人じゃなかったら、宇宙の危機がどーたらなんてうさんくさい情報に振り回されて、過去の世界にまで来たりはしないだろう。

 これなら誰と一緒になっても、性格的な面での問題は起こらなさそうな感じではあるけど──

 

 

 

 現在はレナスやクリフも、ミラージュが見守る中、同じく大人組なセリーヌを交え、地図を指差しながら普通に仲良く話し合い中。

 

「マーズはこの位置にあるのね?」

 

「ええ。この分かれ道を右に行った先ですわね。そのまま街道をまっすぐ行けば、ハーリーの港ですわ」

 

「……クリフ。一度、私が助けられた場所の確認をしておきたいの。痕跡は残っていないと思うけど、何か手掛かりがあるかもしれないから」

 

「分かった。んじゃ、お前はラクール行き方面希望……と」

 

 というか片方はすでに“お前”呼ばわりである。最初の頃は「美人の姉ちゃんぐへへ」みたいな態度だったくせに。

 言われてるレナスさんも、別に気にしてないみたいだし。

 会話に加わっているセリーヌさんも、まるで何にもなかったみたいに普通だし。

 

 

(大人って、分からないなあ……)

 

 “大人”というか、レナがよく分からないと思っているのは、その実“あの中にいる特定の一人”だったりするわけだが。

 

 向こうの落ち着いた様子を見て、レナがすっかり気の抜けたような息をもらす中。

 クロードとフェイト達も、好き勝手に談話を続けている。

 

 

「未来だと回復術は誰でも使えるって、それじゃフェイト、君も?」

 

「いや僕は、あんまりそういう勉強はしてなかったから。どっちかって言うと、体を動かしている方が得意かな」

 

「体を動かすゲームだよね、フェイトの場合」

 

「ゲームで? 体を動かす? 指じゃないのかい?」

 

「あ、それはねー……」

 

「ダメだソフィア。その言葉もそれ以上言ってはいけない」

 

「っていうか、普通にバスケのゲームでいいんじゃないの?」

 

 

 同じく向こうの方は向こうの方で、今も話し合いが普通に続けられている。

 その様子を見れば見るほど、レナの釈然としない気持ちは増すばかりだ。

 

 

「この星にも魔物はいるっつう話だし、一応戦力面も考えといた方がいいな。……つってもまあ、ここにいるのは十賢者を倒したあの英雄の皆さま方だ。シロウトは一人もいねえから、相性のみでの組み合わせになるだろうが」

 

「クリフ。彼女の事を忘れていませんか?」

 

「あ? ……そういやそうだったな。お前、戦闘経験はどれくらいだ?」

 

「直截的な質問ね。あるはずがない、と言いたいところだけど……。自分の身を守れるくらいの腕はあるつもりよ」

 

「それについてはわたくしも保障いたしますわ。ここに来る途中、彼女は魔物を一匹、護身術で返り討ちにしてますもの」

 

「ほーそうかそうか。だよな、魔物一匹撃退できねえやつが一人旅できるわけねえもんな。安心したぜ」

 

「……」

 

「やっぱり喧嘩売ってますわね、あなた」

 

「じゃ、改めて、戦力面での問題もなし……と」

 

 

 向こうの会話が一区切りついたらしきところで、ソフィアが急に目を輝かせて主張し始めた。

 

「クリフさん、わたしラクールに行きたいです! お願いします、わたしをラクール組にしてください!」

 

 理由は知らないけど、こんな元気いっぱいな彼女を見るのは初めてだ。

 いや、自分の前でたまたまそういう一面を見せていなかっただけで、実は“彼女”は、元からそういう性格なのかもしれない。きっとそれだけの事なんだ。そんなのよくある事だ。

 はしゃぐソフィアをぼんやりと見ながら、レナはぼんやりと思う。

 

「おいソフィア、それってまさか……。ダメだ危険すぎる、絶対ダメだ!」

 

「やだ! ラクール行くもん、絶対行くもん!」

 

「分かってるなクリフ、ソフィアを絶対ラクールに行かせるな! ラクールだけはダメだ!」

 

「ちょっと、なんでそんな事言うのよ! わたしがどれだけラクールに行きたいか、フェイトなら分かるでしょ?」

 

「分かるからダメなんだよ! だって……ソフィアだぞ?」

 

「どういう意味よ!?」

 

「おいうるせーぞお前ら。とりあえず落ち着いて話せ。こっちの話が終わった後にな」

 

 

 クリフに叱られた二人は、両者むっとした表情で、今度は小声で言い合いっこを始めた。

 

「認めないからな」

「いいもん、別に。クリフさんに頼んでるんだもん」

 

 今ので気が散ってしまったらしく、二人のやり取りをクリフが呆れたように見ている。

 レナの気も散りっぱなしだ。

 玄関の方で突然がちゃりと開いたドアの音にすぐ気が向いたのも、ごく当然の事と言えよう。

 

(レジス様かな)

 

 と思った時にはもう、レナは椅子から腰を上げていた。

 

 

「レナ?」

「手紙の事、レジス様に報告しとかなきゃ」

 

 部屋の入り口まで歩いてから振り返り、

 

「あ。わたしの分も、他のみんなで決めちゃっていいから。特に希望もないし」

 

 みんなにそう告げてから、ドアノブに手を伸ばす。

 一瞬レナに注目を向けたクリフ達も、レナの言葉を理解したように聞き届けた後、気を取り直したように話し合いをまた続けている。

 

「それで、どこまで話したんだ? ……ああ、護身術で魔物を倒したってトコまでか。んじゃ、お前の戦闘スタイルは格闘って事でいいのか?」

 

「いえ。できることなら……」

 

 その会話を最後まで聞かないうちに、レナは部屋の外へ出た。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「おおレナか。早かったの」

 

「……お邪魔してます、レジス様」

 

 廊下に出てすぐ、レナは思った通りの人物に話しかけられた。

 村長レジスは柔和な笑みを浮かべてレナに聞く。

 

「無事に戻りなによりじゃ。ボスマンも一緒か?」

 

「あ。すみません、その事なんですけど……」

 

 レナは村長レジスにこれまでの事を、一部事情を伏せて説明した。

 一部事情とはつまりレナス関連の事だ。

 迷子の先進惑星人(だと思っていた人)を、同じ先進惑星人に送ってもらおうと思って早く帰って来た、とはさすがに言えない。村長は、今も自分の家に滞在している客人達の正体はおろか、『先進惑星』という単語すら知らないはずなのだ。

 

 全然大した事ではないけども、ちょっとした用事を思い出したから、マーズでばったり出会ったセリーヌ、レナスと一緒に一足早く帰って来た……。

 そんな言っているレナ自身も下手なごまかしだなと思っちゃうような説明を、村長レジスは何一つ問い詰める事なく理解した。

 いいのかな、と後ろめたく思うレナに、村長レジスは言い聞かせるように言う。

 

 

「一人で帰って来たわけではないのじゃろう? それなら大丈夫じゃ。手紙もきちんと渡してくれたようじゃしの」

 

 レジス様は馬鹿じゃない。レナの見え透いた嘘なんて、簡単に見抜いているはずなのだ。

 それでも本当の事を追求しようとしないのは──

 レジス様の優しい目は、きっとレナにこう伝えようとしているに違いない。

 事情があるのなら、本当の事を教えてくれなくても構わない、と。

 

(気になったりしないのかな、レジス様。……色々)

 

 フェイト達は一週間もの間、ずっとこの家にお世話になっているのだ。レジス様に何一つ、本当の事を言わずに。

 自分の家で、ずっと自分の耳には入らないようなひそひそ話をされ続けて、レジス様はフェイト達の事、本当に何も思わないのだろうか?

 

 

「あの、レジス様。レジス様は……今いるお客様の事、どう思ってますか?」

 

 戸惑いのままに聞いてきたレナを見て、村長レジスはひげをなぞりながら、困ったように答える。なんでそんな事を聞くのか分からない、といった様子だ。

 

「どう思うも何も。彼らはクロード君の所に来たお客様じゃろう? わしのお客様ではないからのう……」

 

「それは……分かってます。けど、そういう事じゃなくて」

 

「クロード君が認めた客人じゃ。信用ならない、とは思っておらん」

 

 返事に詰まるレナに、村長レジスは片眉をあげ「これでいいかの?」と確認してきた。

 

「そう、ですよね。すみませんレジス様、ヘンな事聞いて」

 

 本当にヘンだ。わたしはなんでこんな事、レジス様に聞いたんだろう。

 レジス様がそんなちっぽけな事、気にするはずがないのに。

 心の中の、自分自身に対する戸惑いを振り払うように気持ちを切り替え、レナは村長レジスに元気いっぱいに報告をする。

 

「レジス様。わたし明日から、旅に出る事にしたんです。あの人達と一緒に」

 

 

 みんなと一緒に旅に出る。

 新しい仲間と、新しい冒険の旅に。

 考えただけでわくわくするような事が待っているっていうのに、ちっぽけな事いつまでも気にしたってしょうがない。

 

 事情があったから、本当の事を言われなかっただけだ。

 本当の名前を教えてくれなかったのだって、事情があったからだ。

 レナスさんは「ごめんなさい」って言ってた。事情があったから、仕方がなかったから今まで嘘をついていたんだ。

 

 事情があるから嘘をつく。そんなのわたしだってやってる事じゃない。

 気にするなんてどうかしてる。わたしだって子供じゃないんだから、セリーヌさんやレジス様みたいに、もっと大人な対応をするべきなんだ。

 

 

(それに、出会ってまだ四日しか経ってないもの。知らない事なんて、たくさんあって当たり前なのよね)

 

 レナスのこれまでの言動についても、結局レナはこう割り切る事にした。

 一方いきなり重大発表を聞かされた村長レジスは、面食らった後、やれやれといった様子で言う。

 

「そんな気はしておったが、明日とは……。ウェスタも気が休まらんの」

 

 その言葉を聞かされた今になってようやくレナも、旅に出る事を母ウェスタに何にも言わず、その場の勢いで決めてしまった事に気づく。

 お母さんになんて言おう。お母さん、寂しがるかな……。

 そんな後ろめたさが頭をよぎったりもしたが、そんな心配事で現在レナの心に燃え上がる気合の炎が消えたりはしない。

 

 もう決めた事なんだから。気にしたってしょうがない。

 とにかく元気よく旅立とう。そうしよう。

 

 

 ありがたい事に、これから一緒にレナの家にいる母ウェスタに、事情を説明しに行ってくれるというレジス様と並んで歩きつつ。

 レナは心の中で、自分に強く言い聞かせる。

 

(今までの事が全部“嘘”だったわけじゃないよね。これからもっと、仲良くなれればいいだけなんだよね)

 

 

 あの時「全然気にしてない」って言ったわたしの嘘を、彼女は見抜いていた?

 気づいてたのに、彼女はあんな顔をして言った?

 ううん違う。そんなはずない。

 だってそれじゃ、まるで……

 

 

 ──本当に、あなた達のような人間に助けられてよかったと思うわ。

 

 そう言われたあの時、自分が彼女に抱いた小さな疑惑は。

 自分がいっつもよくやらかすような、そそっかしい思い違いでしかなかったのだと。

 彼女の事を、心の奥底から強く、信じきる事ができるように。

 




 説明回後半終了。
 本文詰め込みすぎてごちゃごちゃになってしまった感があるので、旅の目的等を以下簡単にまとめてみました。

・SO3の皆さん
 ヘンな信号の内容を確認する。
 本当に宇宙ヤバくなりそうだったらどうにかする。
 信号送りつけた奴も探す。いたずらだったらふん捕まえてとっちめる。

・“メリルさん”をやめたレナスさん
 元の世界に帰るための“道”探し。そんだけ。

・SO2の皆さん
 いい子。


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6. 子心やら親心やら

《ふむふむ、ってコトは明日からみんな仲良く旅するって感じなの?

 

 ほほうそれはそれは……

 外野以外のナニモノでもないこの私的にも、とりあえずはなんとかなったようでナニヨリって感じですな。うんマジで。

 

 ほいじゃ、いい加減ここでじっとしてるのも飽きるし?

 また今度ねー》

 

 

 ☆★☆

 

 

 いきなり帰って来てからに、今度はまた明日から旅に出る。いきなりそんな事を告げられ、レナの母ウェスタはもちろん驚いた。

 

 しかも今度のは「手紙を届けにちょっとマーズまで行ってくる」、とかいう期間の話ではない。

 なんたってエクスペル中を巡る旅なのだ。レナが以前クロードと旅に出た時、すなわち「ソーサリーグローブの調査に行ってくる」と言った、あの時以来の衝撃的事件だろう。

 

 レナの話をひたすらおろおろと聞いていたウェスタだったが、それでも前に一度同じようなやりとりをしたせいか、はたまた村長レジスが時折レナの話を補強するような言葉をかけてくれたおかげか。レナの意思を頭ごなしに否定するような事はしなかった。

 ただ心配そうに、繰り返し確認してくる母ウェスタに、

 

「ちょっと旅に行ってくるだけよね? 危ない事はないのよね?」

 

「大丈夫だってば、お母さん。クロードも一緒に行くんだから」

 

 レナはひたすらそんな風に説いた。

 今度のは本当にただの旅だから。ソーサリーグローブの調査とか、そんな危険な事するわけでもないし。魔物ぐらいはそりゃいるだろうけど、一緒に旅に出る仲間は、自分も含めてみんなちゃんと戦える人ばっかりだし。

 

 実際のところクロードやセリーヌはともかく、知り合ったばかりのフェイト達やレナスがどのくらいしっかり戦えるのか。

 現状レナにすらよく分かっていない事も、おしなべて安全の根拠として使いまくった末、

 

「この間も大丈夫だったでしょ?」

 

 と言って説得を締めくくった。

 ここで言った“この間”とは、ここ一週間の外出の事などではない。

 つまりあの時の、ソーサリーグローブの調査に行ってきた時の事である。

 

 エクスペルの一大事件だった、あのソーサリーグローブの調査に行って無事に帰って来た娘が、ここまで自信を持って「安全だ」と言い切ったのだ。

 母ウェスタも、もう娘の言う事を信じるしかないらしい。

 

「分かった。それじゃ、気をつけて行くのよ、レナ」

 

 まだ不安げではあるが、とにかく母親からの同意も得られたので。

 ついでにもう一つ、頼みごとを切り出してみると、

 

「それでね、お母さん。今日、二人くらい家に泊めてほしいんだけど……」

 

 こっちの頼みはレナが拍子抜けするほどに快く……というより、嬉しそうに了承してくれた。

 むしろこうしちゃいられないわ、と椅子から慌ただしく立ち上がった母ウェスタに、時間も遅いし、二人はクロードみたいな食べざかりの男の子じゃないから、本当に今日はベッドの用意だけでいいからと、レナの方がしつこく言い聞かせなくてはならなかったほどだ。

 

 

 そんなこんなで母ウェスタとの話が長引いた結果。レナが村長と一緒に村長家のリビングに戻った時には、みんなレナの事を待っているといったような状況だった。

 ちょっとした意見割れはあったものの、パーティー分けもちゃんと決まったらしい。

 

 とりあえず結果だけを教えてもらい。

 部屋のすみっこでぐずっているソフィアに遠慮した方がいいのかしら、と思いつつも。

 周りの皆さんの、

 

 “もう決まった事だから”

 “こうするのが一番なんだ”

 “何も言うな、話が終わらん”

 “あなたはただ首を縦に動かせばいいのよ”

 

 ……などなど。

 無言の視線の数々に言われた通り、レナがその案に同意してみせたところで、今日の所はこれで解散という運びになったのだった。

 

 クロードとフェイト達は、そのまま村長家の客室へ。残るセリーヌとレナスの二人はレナに連れられ、レナの家に泊まる事になる。

 集合は明日の朝早く。集合場所は二つの家の大体中間地点にある、広場の噴水前。

 最後にその事を軽く確認してから、レナ達三人は村長の家を後にした。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 家のどこに何があるかを、セリーヌとレナスにあらかた説明し終えたところで、天井の方から「こつん」という小さな物音がした。

 小石が屋根に当たった音だ。

 いわゆる、特定の住居人に宛てた訪問合図、というやつである。

 

 

 当然レナの方も、“その音の意図”にすぐ気づいた。

 そして“その音を立てた主”が誰かもまあ分かっているのだが、とりあえず現状この二人がいる目の前で、あけっぴろげに客室の窓を開けて話し込むほどレナは愚かではない。

 音なんて何にも聞こえなかったわ、という体を装い。

 ごく自然に、なるべく早く客室から出るという作戦を即座にとった。

 

「それじゃあセリーヌさん、レナスさん。ゆっくり休んでくださいね」

 

「ええ、ありがとうレナ。お休みなさい」

 

 普通に返事するレナスの隣では、セリーヌがレナを見てにやついている。

 早くも作戦は失敗したようだ。

 

(……もういいわ。さっさと行きましょう)

 

 待たせるのも悪いし、しょうがないけど気にしない事にしよう。

 諦め気分で客室から出て、ドアを閉めかけてから、レナははたと立ち止まった。せめて釘をさしておかねば。

 

「早く休んでくださいね? 明日も早いんですから」

 

 いきなりにゅっと出たレナの顔に、セリーヌはわかりやすく動揺を見せつつ答えた。

 

「もっ、もちろんですわ! ねえレナス?」

「……え? ええ、そうね」

 

 話を振られたレナスの方はまだ気づいてないようだが、まあそれも今のうちだけだろう。案の定レナがドアを閉めるとすぐに、部屋の中からひそひそと話すセリーヌの声が聞こえた。

 

 無視だ。無視しよう。

 自分に言い聞かせながら急ぎ足で一階に下り、そのまままっすぐ玄関の方へ向かうと、近くにいた母ウェスタに聞かれた。

 

「またでかけるの?」

「うん、ちょっとね。大丈夫、すぐに帰るから」

 

 そう簡単に答えて、レナは家の外に出た。

 家の前で待っていたクロードが、さっそくレナに話をもちかけてくる。

 

「今から話してもいいかな?」

 

 レナも今すぐ「いいよ」と言いたいところだが──

 その前に一つ、気になる事がある。

 なんか上の方でやってる、ひそひそ話がばっちり聞こえてくるのだ。

 

 

「……しっ、声が大きいですわ! レナは耳がいいですからね、気をつけてくださらないと」

 

「けどセリーヌ、今の私達がやっている事は……」

 

「わかってないですわね。あの二人の場合、とにかくしつこいくらいの周りの後押しがあってちょうどいいくらいなんですのよ? こういうところできちんと見守ってあげなきゃ……」

 

「そうだとしても、やっぱりこれは私達が見届けるべき事じゃないと……」

 

「あなた、“恋の天使”としての心構えがなっていませんわね! ……いいですこと? あなたはこれから先……」

 

 

(まったく……なんでレナスさんまでけしかけるかなあ)

 

 薄く開いた二階の窓を見上げ、レナはため息をついた。

 

「あんな一生懸命ひそひそと……。二人は一体、何話してるんだろうね?」

「さあ、一体なんなのかしらね」

 

 上の方はなにやらレナ達そっちのけで、説教チックな様相に変わって来ているが、今のレナにはまったく関係ない事だ。やはり無視しておくに限る。

 ともかくこんな雰囲気もへったくれもない場所で、クロードと話すのは絶対にいやだ。

 

「ちょっと散歩しよう?」

 

 とさりげなく誘って、レナはクロードと一緒にその場から遠ざかった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クロードとふたりで、このまま無言で歩いているだけなのも悪くはないけど、せっかくだから何か話したい。

 歩きつつ、ほどほど家から距離をとった辺りで、レナの方からクロードに話しかけてみた。

 

「話って何? クロード」

 

「え? ……いやあ、特に話はないんだ。久しぶりにレナに会えたから、なんか話でもしたいなーって思ってさ」

 

 クロードは照れ笑いを浮かべて言う。

 レナも笑顔でクロードに返した。

 

「ふふっ。久しぶりって言ったって、一週間ちょっとしか経ってないじゃない。──でもそうね。わたしもずっとクロードと話したい、って思ってた」

 

 

 それからふたりは、なんとなく今日起こった出来事について話し始めた。

 

「なんかすごい事になっちゃったね。今でも信じられない」

「未来人に異世界人だもんな。僕も正直信じられないよ」

 

 調子を合わせたクロードに、レナはふと思い出した疑問を聞いてみる。

 

「そういえば、クロードはタイムゲートの事信じてたね。お父さんがどう、とか言っていたけど?」

 

「ん、ああ。まあどっちかというと、“信じてた”ってよりも、彼らから聞かされて“初めて信じた”って感じかな」

 

「?」

 

「父さんと母さんはタイムゲートを使って過去に飛んだんだーっ、って母さんいっつも言っててさ。どうせ嘘ついてるんだろう、そう思ってたんだ」

 

 レナはクロードの両親の事はよく分からないけど、お父さんもお母さんも、すごく偉い人だって事は知っている。中でもお父さんの方は特に有名な人なんだそうだ。

 

「いくら父さんがすごい人だからって、そんな事普通ありえないだろう? 父さんは自分の自慢話なんかする人じゃなかったし、母さんも、そんな話する時は……べろべろに酔っぱらってたし。けど全部、本当の事だったんだな」

 

 クロードも父親を尊敬している、と言っていた。でもクロードはそんな偉大すぎる父親の存在を、ずっと重く感じていたらしい。

 だからかクロードは普段、自分の両親の事をあまり話したがらない。

 こんな風に自分の両親の事をクロードが喋るのは珍しい、とレナは思った。

 

「そうなんだ……」

 

「母さんには謝らないといけないな。──今まで疑ってて、ごめん!」

 

 クロードは急に足を止めると、上を見上げ、星空に向かって声をあげる。

 あの星の、どれかひとつに“地球”があるのかな。クロードのお母さんが、今でもずっと、クロードの帰りを待ち続けているのかな。

 再びゆっくりと歩き出したクロードの隣で、レナの心はそんな事ばかりを考えていた。

 

 

 村の橋まで歩いたところで、ふたりは足を止めた。

 ふたり揃って、橋のへりに腰をかける。

 

「クロードは、地球に帰りたくならないの?」

「え?」

 

 急な質問に驚いた後、クロードは軽い調子で言い、

 

「さっきも言っただろう、レナ。僕は帰らないよ。第一帰る気があったら、あの時エルネストさん達の艦に乗せてもらってるはずだろ?」

 

「本当に、そうなの? 少しも思わないの? ……地球に帰りたい、って」

 

 レナの真剣な様子を見たクロードは、改めてレナに向かって言う。

 

「僕はエクスペルの人達が好きだ。困っているエクスペルの人達を放って自分だけ地球に帰るなんてこと、僕はしたくないんだ」

 

 

 その場限りの言い訳なんかじゃない、ありのままの感情。

 クロードはレナに、全部を打ち明けてくれているのだ。

 

「地球にいた頃の僕にはこんな、人の事を想う気持ちなんて、全然持てやしなかったんだから……」

 

(とっくのとうに決めてたんだね、クロードは。……地球には、帰らないって)

 

 でも、さっきのクロードは。

 さっきのクロードの話には。

 

 

「クロードは、お母さんに会いたくならないの?」

 

 レナの質問に、クロードは戸惑ったように目を泳がせた。「いや、別にそういうわけじゃないけど」と口ごもるクロードに、レナはさらに言う。

 

「クロードのお母さん、きっと今もクロードの事心配してるわ。自分の大事な子供が出て行ったきりいつまでも戻らないなんて、そんなの」

 

 そこまで言って、レナはぐっと言葉につまる。

 

「レナ……」

 

 クロードは困ったようにレナを見ている。

 自分はクロードと離れたくないはずなのに。「帰らない」って言われてすごくうれしいはずなのに。

 

 わがままだ、ってことはわかってる。でもしょうがないんだ。

 だって──このままじゃわたし、絶対納得なんかできないから。

 

 

 心の中で頷くと、レナは顔を上げ、クロードの目をしっかりと見て言った。

 

「クロード。地球に帰ろう?」

 

 そして気持ちの思うまま、レナはクロードに地球へ行く事を勧める。

 

「ずっとじゃなくていい、ちょっと顔を見せるだけでいいの」

 

 不思議だ。つい今日の夕方までは、あんなにクロードが地球へ行ってしまう事を恐れていたというのに。

 ううん、今だって。本当は行ってほしくない。でも……

 

「お母さんに「ただいま」って言ってあげて、クロード。このまま、生きてるかどうかもわからないまま別れ離れなんて、そんなの……わたし、クロードに後悔なんかしてほしくない」

 

 そんなの嫌だ。絶対おかしい。

 

「そんな事言っても、どうやって」

 

「あの人達に頼めばいいじゃない! あの人達の艦に乗せて行ってもらえば……! クロード、お願いだから」

 

 最後の方はもう、提案じゃなく懇願になっていた。

 クロードも終始レナの熱い勢いに押されっぱなしで、合間に自分の意見をちゃんと述べる余地もない。レナの主張を最後まで聞き、なおかつしばらくじっくりと考えた後で、やっとクロードは口を開いた。

 

 

「しょうがないな、いったん地球に帰るよ。何もかも全部レナの言う通りだ。──もちろん今度の事がすべて片付いてから、だけどね」

 

「……あ」

 

 

 クロードの落ち着きっぷりに、レナの方も一瞬で我に返る。

 一体何考えてるんだろう。明日からエクスペル中を巡る旅に出るっていうのに、いいからとにかく地球へ行けだなんて……

 

「ごめん、クロード」

 

 しゅんとなって謝る。

 けど最初からクロードは、レナの事を少しも怒っていなかったようだった。

 

「ううん。そんな事今レナに言われるまで、自分じゃ考えてみもしなかったからね。……後押ししてくれてありがとう、レナ」

 

 言ってクロードはまた星空を見上げた。レナも一緒になって見上げる。

 あの時と同じ、とってもきれいな星空が、ふたりの頭上で輝いていた。

 

 

 

「こうしてると、クロードと旅に出た前の日を思い出すね」

 

 星空を見上げたまま、レナはクロードに話しかける。 

 あの時はふたりとも、お互いの事なんか何も知らなかった。クロードの名前も、レナは“さん”づけで呼んでいたのだ。

 

「明日からまた旅に出るんだよな、僕達」

 

 クロードも上を見上げたまま、レナに返事する。

 あの時と同じように、こんな星空を見上げて。

 あの時と同じように、旅に出て。

 でも──

 

「しばらく会えなくなるね、わたし達」

 

 何もかもが、あの時と同じじゃない。今度は、クロードとは一緒じゃないのだ。

 レナはフェイト、クリフ、レナスの三人と一緒にラクール大陸へ。

 クロードはセリーヌ、マリア、ソフィアの三人を連れて、エル大陸へ向かう事になったのだから。

 

 明日からの旅は、クロードとは別々の旅。

 今度の旅はクロードと、マーズなんか比較にならないくらい、ずっと遠くに離れてしまうのだ。

 

「クロードと一緒がよかったな、わたし」

 

 うつむき加減に、胸を締めつけられるような気持ちを呟くと。

 クロードは驚いたようにレナを見て言う。

 

「えっ。セリーヌさん一人に道案内は任せられないよ。あの人、絶対関係ない所にみんなを連れてくぞ」

 

 この返しには、レナもうっかり

 

(確かに、セリーヌさんならやりかねないわね)

 

 と切なさそっちのけで納得してしまった。

 今の発言にはそれぐらいの説得力があったのだ。

 なんたってセリーヌは“やりかねない”どころか、実際すでにそういう事をしているのである。「ソーサリーグローブの調査」と言ったのに、実際はただの彼女の趣味のダンジョン探索だったという……被害者はもちろんレナ達だったわけだが。

 

「そうよね。──それじゃしょうがない、っか」

 

 せっかく真剣に言ったのになと思いつつ、レナはふふっと笑ってクロードに返事をした。クロードの真面目っぷりがどうにもおかしかったのだ。

 残念そうなレナの様子が少しは伝わったのか、クロードは元気づけるように言う。

 

「大丈夫だよ、通信機だってあるんだし」

 

「つうしんき?」

 

「ああ、クリフさん達が持ってるやつだってさ。……ほら、お互い連絡を取り合えなきゃ、どっちかが何か見つけた時に困るだろう?」

 

 クロードの説明に、そういえばそうねとレナも今さら納得する。

 効率を考え二手に別れて情報収集するというのなら、連絡手段くらいは当然用意してあるだろう。すぐに報告できなければ、二手に別れる意味がないのだ。

 

 ということはつまり、顔は見れないけど声は聞けるという事だ。

 長い間クロードと離れなくちゃいけないなんて、そこまで大げさに考える事でもないのかもしれない。

 

「そっか。それじゃ、さみしくないね」

 

「ただあっちこっちに行くだけなんだ。別に十賢者を倒しに行く、ってわけじゃない。すぐに会えるよ」

 

 クロードが言う通り、これからの旅はそんな大げさな旅ではない。あっちこっちに行って、みんなに聞いて周るだけなのだ。「最近何か変わった事ない?」と。

 どこに行ってもなんにもなければ、それでこの旅はおしまい。

 “宇宙マジヤバい”なんていうふざけたメッセージは本当にただのいたずらだったと決めつける事ができ、レナ達もまた安心してこの宇宙で暮らす事ができる。

 

「タイムゲートのところに来たメッセージって、本当だったりするのかな」

 

「……。さあ、どうなんだろうな」

 

 確かめてみなければ分からないからこそ旅に出るのだ。今この場で本当かどうか話し合っても、意味がない事くらいはレナにだって分かる。

 それでも聞いてみたレナと、またそれにあいまいに答えたクロードの言葉には、両者同じ思いが暗に含まれていた。

 

 つまり──まずいたずらだろうな、という徒労感である。

 

「みんなも大変だね。こんなよく分からない事に振り回されて……」

「だよな」

 

 クロードも頷いた。

 同情せずにはいられない。できる限りの事はしてあげよう、レナもそう思う。

 

 

「そろそろ帰ろうか。ずいぶん遅くなっちゃったな」

 

 クロードは立ち上がって、レナに手を差し伸べる。差し出された手を取り、レナも立ち上がった。

 確かに、つい話が長くなってしまった。

 

(帰らなくちゃ、明日も早いんだから)

 

 クロードとは、この旅が終わってからまた話せばいい。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 帰り道、クロードが急に思い出したようにレナに聞いてきた。

 

「護身術に“剣”っていうのは、未開惑星だと普通の事なのかい?」

「どうして?」

 

 と聞くと、クロードは首をかしげつつ言う。

 

「剣が得意だって言ってたんだよな、レナスさん。それも短剣とかじゃなくて、僕が使ってるようなやつ」

 

「えっ、そうなんだ」

 

 レナが「なんか意外だなあ」程度の驚きしか見せないので、クロードの方は余計に気になるらしい。

 そんなによくある事なんだ? と肩すかしをくらったように見てくるクロードに、レナは自分がこんなにもあっさり納得した理由を言ってみせた。

 

「護身術としては珍しいけど、レナスさんの場合は不思議じゃないと思うわ。旅が趣味だって言ってたから」

 

 あの人は旅の途中、魔物やらに襲われた時、お付きの人達に守られるばかりじゃ嫌だという事で護身術をならったのだ。

 お嬢様がいっちょまえに剣を扱える、というところだけ聞けばそりゃ意外だろうけど、その辺の事情を考えればやはり「行動的なんだなあ」という程度にしか思わないだろう。

 というより、ぶっちゃけ素手で魔物倒すよりよっぽど普通だと思う。

 

「へえ、それで剣を……。オペラさんみたいなお嬢様って、けっこういるもんなんだな」

 

 レナの説明に、クロードはつい数日前レナも思ったのと同じような感心っぷりを見せつつ納得した。

 あまりの納得ぶりに、

 

「そんなに気になってたんだ?」

 

 と聞くと。

 クロードが照れながら、こんな事を言うではないか。

 

「いやあ、あれだけきれいなひとだから」

 

 一瞬ちょっとばかりむっとしたレナだったが、そんな気持ちもクロードの次の言葉を聞いてすぐ消え去った。

 

「もしかして変質者を剣で返り討ちにしてたりするのかな、と思って」

 

 

 目をぱちくりさせた後、照れくさそうに笑うクロードにつられ、レナも思わず笑い出してしまった。

 近寄ってきた変質者を剣でばっさりなんて、いくらなんだって過剰防衛がすぎるだろう。それこそ普通に素手で撃退すべき案件である。

 つい想像しちゃった自分の事も内心で叱りつつ、

 

「ちょっとやめてよ、レナスさんがそんな事するわけないじゃない。クロードったらもう……」

 

「だよな。いや僕も、そんなわけないとは思ってたけどさ……」

 

 などと笑い合っている内に、ふたりはレナの家の前まで戻って来た。

 薄く開いた二階の窓から、誰かさんのくしゃみと、もう一人のひそひそ説教が聞こえてきている。

 

「いつになったら窓閉めるのかな、あの二人」

「というより、そもそもなんで開けたんだろうな、窓」

「さあ、一体なんでかしらね」

 

 あの二人の事はもう気にするまい。

 とにかくもう夜遅いんだから。早く家に入ろう。

 

「じゃあ、また明日。おやすみレナ」

「うん。おやすみクロード」

 

 最後にクロードと短く挨拶して、レナは家の中に戻った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「おかえり、レナ」

 

 家の中に入ると、すぐに母ウェスタの声がした。

 

「ただいま。待っててくれたの? 先に寝ててよかったのに」

「そんなわけにはいかないわよ。あなた、すぐに帰るって言ってたんだもの」

 

 そういえば、家を出る時にそんな事言った気がする。

 

「ちょっと話が長くなっちゃって」

 

 とレナが頭をかきつつ言うと、母ウェスタはにこやかに微笑んで言う。

 

「いいええ、ふたりとも若いんですからね。そんな事もあるでしょ」

「……もう!」

 

 むきになったレナを、母ウェスタはただ微笑んで見ている。

 いつもならなんてことのない普通のやり取りだけど──

 

 

 母ウェスタの笑みに、どこか普段にはない陰りがある事を、レナは気づいていた。

 しばらく黙って母ウェスタの顔を見つめた後、

 

「ねえ、お母さん、」

「明日は朝早いんでしょう? もう寝なさい、レナ」

 

 母ウェスタは頭を振ってレナの言葉を遮る。

 “明日の事”を口に出して言ったからか。母ウェスタの作られた微笑みはもう、彼女の本当の感情──、娘が“どこか遠くに”行ってしまう寂しさばかりを露わにしている。

 

「ごめんなさいお母さん。でも、わたし──」

 

 

 お母さんを嫌いになったわけじゃない。

 そう言いたかったけど、声に出ない。

 口でなら何とでも言える。どれだけ心のこもった言葉を伝えたところで、自分がお母さんを一人にする事には変わりないのだ。

 

 クロードにあれだけ偉そうに言ったくせに。わたしはよりによって、自分のお母さんの気持ちを、今の今まで考えようともしていなかった。

 旅の事、好き勝手に決めて。

 きっとお母さんなら許してくれるよねって、自分の都合のいいように考えて。

 

 娘がいなくなったら寂しいに決まってる。

 お父さんはもういない。わたしはお母さんにとって、たった一人の家族なんだ。

 なのに──

 

 

「お母さん、ごめんなさい。でもわたしは──」

 

「ダメなお母さんね。レナに、こんなつらそうな顔をさせてしまうなんて」

 

 言葉に詰まるレナを見て、母ウェスタは困ったように、そしてやっぱり寂しそうに微笑んで言う。

 母親の考えている事がレナに分かるように、ウェスタにとっても娘が今何を思っているのか、顔を見ただけで伝わるものなのだろう。

 

「お母さんの事は気にしないで。レナはレナのやりたいようにやって。そのほうが、お母さんも嬉しいから」

 

「お母さん……」

 

「いいからもう寝なさい。寝坊してみなさんに迷惑かけちゃだめよ。旅の準備だってしなきゃいけないんだから──」

 

 母ウェスタはまた頭を振り、小さい子供にでも言い聞かせるように言う。

 

(……お母さん。もう子供じゃないんだから、旅の出発の朝に寝坊なんてしないよ、わたし)

 

 母ウェスタに“ありがとう”と“ごめんなさい”のこもった「おやすみ」を言って二階に上がると、レナはまだ盛んにひそひそ声のする客室の前を静かに通り過ぎて、自分の部屋に入った。

 



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7. 旅立ちの朝 ~ 再びのクロス到着

 翌朝レナは、ちゃんと寝坊する事なく起きた。

 身支度を済ませた後、一階に下ると、台所ではすでに母ウェスタが朝食の準備をしていた。

 

「おはよう、レナ」

 

 と母ウェスタは、いつもと変わりない笑顔でレナに言う。

 晩ご飯にして悠に十人分はあろうかという大量の食糧達に囲まれ、せっせとハンバーグを焼きながらである。

 

「ちょ、ちょっとお母さんこれ……」

 

 女性四人分の朝ご飯の量じゃないよ、食べないよ朝からハンバーグなんて、どうするのこんなに大量の食べ物、っていうかお母さんこれいつから作ってたの? ……

 などなど。どこから言うべきか、レナが慌てている中。

 母ウェスタは嬉しそうに言う。

 

「うふふ、お母さんはりきっちゃった」

 

 はりきりすぎにも程があるんじゃない? とは思ったものの。

 いそいそと立ち働く母ウェスタを見ているとレナもそんな事、とても言う気にはなれない。

 

「しょうがないなあ、お母さんったら」

 

 などと言いながらテーブルを拭いたり、出来上がった食べ物を上に並べたり、はたまた作り途中だったサンドイッチに具を詰めたりなどのお手伝いをした後、

 

「食べきれない分はお弁当にして持ってくね」

 

 と、できたてのハンバーグや餃子や春巻きやリゾット等、朝ご飯には似つかわしくない八、九割方の食糧を、新たに旅の荷物としてまとめたのだった。

 

 

 そんなやり取りをしつつ一通り朝食の用意ができた後も、二階にいる客人達は一向に下に下りてくる気配がない。

 母ウェスタは二人がこちらに遠慮しているのだと思ったらしく、レナに準備ができた事を言いに行ってきてちょうだい、と頼んできた。

 

(……たぶん、そういうのじゃないと思うな)

 

 なんとなく察しがついているレナは内心呆れつつも、言われた通りに二階の客室に向かい。そして物音一つしない部屋の前に立って確信した。

 やっぱり、二人とも絶対まだ寝てる、と。

 

 

 昨日部屋に戻る時もまだひそひそしてたから、なんかいやな予感はしたけど。

 こんな事なら自分があの時ちゃんと「夜ふかししちゃダメでしょ!」って言いに行くべきだったんだろうか。

 

 まさか旅に出る日の大事な朝に、それも人の家きて寝坊するって。思わないじゃない、普通。

 二人とも、いい大人なのに──

 

 

(結局何時まで起きてたのかしらね、二人とも。まったく……)

 

 盛大にため息をついた後。

 レナは客室のドアをノックしようとして──ふと思いとどまった。

 

 音を立てないようにそっとドアを開け、そっと部屋の中に入り。

 レナが入って来た事にも気づかずばっちり寝ている、二人のうち一人に、小さく話しかけてみる。

 

「メリルさん、朝ですよ」

 

 反応はない。元メリルさんは我関せずとばかりに熟睡中である。

 隣のベッドでセリーヌが身じろぎをした。

 次いでもう一回、話しかけてみる。

 

「起きてください。朝ですよ、レナスさん」

 

 今度は起きた。

 ちょっぴり時間をおいてから、むっくりと起きあがった現レナスに、

 

「おはようございます、レナスさん」

 

 と挨拶してみれば。

 まだ頭が完全には起きていないらしい彼女は、少々ぼんやりした様子でレナに挨拶を返してくる。

 

「……おはよう、レナ」

 

(本当に本当なんだ、こっちの名前)

 

 

 となんの気なしに思ったところで、レナはくすっと笑いだしてしまった。

 こんな確認しっかりとって、しかもそれで今安心してしまった自分がおかしかったのである。

 

 “全然気にしてない”ってあれだけちゃんと割り切ったんだから。一応念のために確認してみただけだから。こんなの気にしてない人間がやる事じゃないし。

 そう思おうとしても──

 

 やっぱり、今までの事が全部“嘘”だったわけじゃない。仲良くお喋りしてくれたのだって全部“本当の彼女”だったんだ。だって今度はちゃんと本当の事教えてくれたんだもの。

 ──と、どう冷静に考えてみても、心の奥が昨日の夜にはなかった安心感でいっぱいになっている事は否定できそうにない。

 

 

(セリーヌさんみたいに、大人にはなれそうもないわね)

 

 そんなこんなでレナは、いきなり笑いだした自分の事を不思議そうに見ているレナスに、

 

「ほら、起きたらちゃんと支度してください。もうとっくに朝ご飯できてるんですから」

 

 と上機嫌で小言を言い。

 次いで同じく夜ふかしのすえ朝寝坊した、大人なセリーヌを起こしにかかったのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 大人二人が多少寝過ごしたものの。結局、先に集合場所に来たのはレナ達の方だった。

 レナは寝る前にある程度の準備をしておいたし、二人はすでに旅支度なので特に用意するものもない。家を出たのも予定よりほんの少し遅い程度だったのだ。

 

 一方、村長家にいたみんなはというと、家を出るまでにどうやらちょっとしたごたごたがあったらしい。

 眉間に皺寄せたマリアが玄関から出てくるなり、

 

「そんなに嫌ならミラージュと一緒にここに残ってもいいのよ? どうしてもあなたがいないといけないわけでもないし。嫌々ついてこられても足手まといになるだけだわ」

 

 と見てるこっちまで凍りつくような発言をソフィアにしていた事からしてなんとなく察せられる。

 どうやらソフィアが昨日余計な事を言ったフェイトに対してまだへそを曲げていたらしいのだが、それが彼女の気に障ったのだろう。

 

「ごっ、ごめんなさいマリアさん! わたし本当にそんなつもりじゃなかったんです! マリアさんと一緒に旅したいです! 行きたくないなんてそんな!」

 

 それまでの不機嫌さも一瞬で吹っ飛び、必死になって弁解するソフィアと一緒に、

 

「ほら、ソフィアもこう言ってるしさ。なにもマリアもそこまで言わなくても」

 

 とフェイトもマリアの方をなだめ始め。

 三人のやり取りを、少しだけ離れた場所でクリフとミラージュが見守る中。

 そんな向こうの様子を見ていたセリーヌはこう呟いた。

 

「あっちはあっちで面白そうですわね」

 

 

 ちなみにクロードはその間、村長レジスと餞別を貰う貰わないのやり取りを繰り広げていたのだとか。

 結局断り切れずに貰ったらしく、見送りに来た村長レジスに申し訳なさそうに「ありがとうございますレジス様。大切に使わせてもらいます」と言って最後に家から出てきたところで、ようやく全員が揃ったのだった。

 

 

「それじゃあ、まずはサルバまで行きますか」

 

 いよいよ出発という向きになったので、セリーヌとレナスの二人が最後にもう一回、見送りに来た母ウェスタに礼を言っている。

 

「本当にお世話になりました」

「いえいえ、たいしたもてなしもできなくって、ごめんなさいね」

 

 謙遜かどうか分からないのがこの母の恐ろしいところである。

 そう言われた二人の両手はどちらも、結局レナ一人では持ちきれなかったお弁当で塞がっているのだ。本気でもてなされたら一体どうなっていた事か、この場にいる全員の手を借りてもなお足りなかったかもしれない。

 

 その横では同じくフェイト達も、村長レジスに世話になった礼を言っていた。

 といっても彼らの場合、ミラージュはそのまま村長家に留まるわけだから、むしろそっちの意味合いの方が強いのだろう。ずっとただでお世話になるのも気が引けるらしく、村の中で雑用にでも使ってくださいとミラージュ自ら村長に申し入れていた。

 

「クロードさんの代わりが務まるかは分かりませんが、私にできる事であれば喜んでお受けいたします」

 

「これはありがたい。かえってわしの方が面倒をみて貰う事になりそうですな」

 

 

 一通り話が済んだ後は、いよいよ出発だ。

 

「じゃ、なんかあった時は頼んだぜミラージュ」

「ええ。皆さんもお気をつけて」

「気をつけて行ってきてね、みんな。レナの事、本当によろしくお願いします」

「だから大丈夫だってば、お母さん」

 

 最後にそんなやり取りをした後。

 ミラージュやウェスタ、村長レジスに見送られ、レナ達一行はその場を後にした。

 

「それじゃあ、行ってきます!」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 今は全員で、サルバへ向かって街道上をぞろぞろ移動中だ。

 天候よし、今のところはまだ魔物の出現もなし。

 みんなで雑談しながらてくてく歩き続け、手には今日のお弁当まで持っているとなると、“エクスペル中を巡る旅に出た”という気はいまいちしない。ちょっとしたピクニック気分である。

 

 さすがにセリーヌには劣るが、レナも旅は嫌いではない。むしろ好きな方だ。

 フェイト達の旅の目的そのものが緊張感皆無なだけに、

 

(こういう気負わない旅、なんていうのもいいかな)

 

 とさっそく彼らの手助けうんぬん関係なしに、自分もちゃっかりまったり旅を楽しんじゃう事にしたのだった。

 

 

「そういえば、バーニィは使わないんですね」

「んー……まあ、急ぐ旅でもねえしなあ」

 

 移動中、なんとなくしたレナの質問に、クリフもなんとなくといった感じで答える。

 緊張感に欠けているのは未来から来たみんなにとっても同じなようだ。

 

「節約できるとこは節約しとかねえとな」

「最初から目的地が決まってたら使ってるけどね」

「とりあえず今日中にサルバに着ければいいかな、って感じだし」

「あっ、バーニィいるんだこの星! いいな~見たいな~、触りたいな~生バーニィ。もっふもふのふっかふかで……」

 

 なんとなく聞いてみただけで、レナも特にバーニィが使いたいわけでもない。

 むしろこのピクニック気分を満喫するためにも、徒歩の方がいいとすら思えてきた。

 

「じゃあ、やっぱり歩きですね」

「それじゃあバーニィは基本急ぐ時だけ、っていう事になるのかな。お金ももったいないし」

 

 笑顔でレナが言うと、次いでクロードがまったりと話をまとめた。

 

「あら。お金の問題でしたら、わたくし多少は都合できま──」

「歩きましょう」

 

 セリーヌの申し出を遮ってレナスが言う。

 

「えー。あなた、なにもそんなけちくさい心配しなくても」

「いいから」

 

 やっぱり最後まで言わせる前に制止した。

 あきらかに“お金もったいない”ではなく、“絶対乗りたくない”の反応である。

 と、やり取りを聞いていたクリフが、親近感たっぷりにレナスに話しかけた。

 

「おっなんだ、お前も嫌いかバーニィは」

「聞かないで」

「だよなあ。なんでわざわざあんなもん乗って移動せにゃいかんのかさっぱりだぜ。いっそ自分で走った方が早えんじゃねえか、ってぐらい遅えしよ、アレは」

 

 眉をひそめるレナス相手に、同志みっけとばかりにバーニィ批判である。

 

「クリフさん嫌いなんですか、バーニィ」

「そ、そんな! あんなかわいいもふもふが嫌いなんて……」

 

 がっかりしたように聞くレナとソフィアを見て、クリフはふっと乾いた笑いを浮かべ言った。

 

「俺があんなのに乗ってんの想像してみろよ」

「まあ笑うよな」

「ミラージュにも見せたいわ」

「あっ、写真撮ります?」

 

 そして気心の知れた仲間達のこの反応である。

 

「な? だから乗りたくねえんだ」

「え、えーと……、それならしょうがないですね」

 

 気の利いた返事も言えず苦笑いで納得するレナの横で、クリフはどこか遠い目をしつつ、同じく反応に困っているクロードにしみじみと話しかけていたのだった。

 

「今のうちに乗っとけよ。若いうちだけだぜホント、ああいうのはよ」

 

 

 

 そんな風にみんなで話しながら歩き。昼時になった頃には、街道脇でお昼休憩だ。

 母ウェスタが作ってくれたお弁当を囲んで、みんなわいわいがやがやと親睦を深めていくその様はまさしく、まごう事無きただのピクニックである。

 

 お喋り楽しいなあ。お弁当おいしいなあ。平和だなあ。……なんてのん気に思っていると。

 おいしそうな匂いにつられたのか、本日初めての魔物が数匹、レナ達の前に現れたではないか。

 

「あ、魔物だ」

「ご飯食べてる時に出なくてもいいのに」

 

 その時のレナ達の反応はこんなものだ。

 誰一人として、悲鳴はおろか驚きすらしない。気にせず普通に食べ続ける奴までいるのだから大したものである。

 

 そんな様子を見て、レナも「自分達も含めてシロウトは一人もいない」と昨日クリフがそう言った事は、どうやら嘘じゃなさそうと気づき始めた。

 さらにはさっそくクリフが立ち上がり、

 

「ここは俺らに任せときな。こっちもちゃんと戦えるトコ見せとかねえと、そっちも安心できねえだろ?」

 

 と立ち上がりかけたレナやクロード、セリーヌに言うが早いかファイティングポーズをとり、魔物に向かっていったのだ。

 次の瞬間にはもう、一番近くにいた魔物がクリフに殴り飛ばされていた。

 拳ひとつで魔物をこうまで勢いよく吹き飛ばせるのだ。彼が本当に口先だけではない実力者な事は一目で分かる。

 

「クリフさんすごい……」

「……ああ。なんか十賢者も倒せそうだな、彼なら」

「玄人にも程がありますわ。あなた達も実はただ者じゃありませんわね」

 

 レナ達が予想以上の強さに驚いていると、フェイトが慌てたように弁解し始めた。

 

「いや、全然そんなことないですよ? あいつただ馬鹿力星人なだけで。英雄のみんなが驚くような事なんてもう、なんにも……」

 

「おいこら、お前はこっち側だろ。なに普通に飯食ってんだよ」

「えー。こんなのお前一人で十分だろ? なにも僕まで戦わなくっても」

 

 平然とチャーハン食べながらクリフに言い返しているところを見るに、フェイトも大分こういう事には慣れているらしい。

 結局ある程度戦えるところをレナ達に見せておかないと、というクリフの言い分に納得したのか、

 

「仕方ないな」

 

 とキリのいいところまで食べたチャーハンを置いてどっこいしょと立ち上がり、腰に下げていた剣を鞘から抜いて魔物に向かっていった。

 剣技のすごさはレナにはよく分からないけど、軽いフットワークを用いつつなんなく魔物の攻撃をかわしているフェイトからは、余裕という雰囲気しか感じられない。

 こっちもクリフと同じく、戦闘にはだいぶ慣れているようだ。

 

「へえ、けっこう見た事ない動きがあるな。未来の剣技ってあんな感じなんだ?」

 

「さあね、我流じゃない? 遊びで覚えたんでしょ、剣の使い方」

 

 とクロードに答えるマリアはやっぱり普通に食事中だ。

 こっちは先ほどのフェイトのように「お前も戦え」と言われないのは、彼女が女性だからという事ではない。

 マリアはこれでも一応ちゃんと戦っている。ご飯食べつつ会話しつつも、たまーに銃で援護射撃を繰り出しているのだ。

 

 わりかし至近距離とはいえ、敵味方入り乱れるような状況で迷いなく銃を撃ち、しかもその狙いは常に正確。しかもご飯食べながら。どう考えてもこっちもただ者ではない。

 

「みんな本当に強いのね。びっくりしちゃった」

 

「そう……だよね。みんなとっても強いから、わたしなんかどうしていいかよくわからなくて」

 

 レナにそう言うソフィアは、一応は戸惑いつつも、マリアの隣でもぐもぐ食事中である。

 猫のストラップがつけてある彼女の杖は、彼女のすぐ脇に置かれていて、持ち主がそれを使おうという気配は全くない。

 

「確かソフィアは紋章術師なんでしたわね」

 

 セリーヌが聞くと、ソフィアは恥ずかしそうに答えた。

 

「あ、はいそうです。でも使えるってだけで……。わたしこういうの、あまり慣れてないんです。運動神経もよくないし、わたしがヘタに動くとみんなの邪魔になっちゃうんじゃないかって」

 

「否定はしないわね。今のところ手も足りてるし、おとなしく座っていてくれた方がよっぽど楽だわ」

 

「やっぱり……、そうなんですよね」

 

 マリアとのやり取りを見るに、他三人と違ってソフィアだけはそんなに強くないらしい。紋章術が使えるという事で、完全にシロウトというわけではないが。

 いずれにせよその戦闘スタイルも含め、戦闘になった場合は誰かが彼女の事を守ってあげる必要があるのだろう。

 

「その代わり、クロスを過ぎたらあなたにも動いてもらうわよ。あなただって戦えないわけじゃないんだから」

 

「大丈夫よソフィア。クロードもセリーヌさんもとっても強いから」

 

「うん、分かってる。だってあの英雄の人達なんだもん。弱いわけないよね」

 

 レナが安心させるために言った事を、ソフィアはなんだか複雑そうな表情でご飯を食べつつ反芻した。

 足手まといになるのは嫌なのかな、と思いきや

 

「あっ、このグラタンおいしい」

 

 と、今度は一瞬でほくほく笑顔になった。

 どうやら彼女の場合、足手まとい扱いは嫌な事は嫌なのだが、周りのレベルが違いすぎてすでに諦めモードになっているらしい。

 呆れるマリアに、えへへと笑顔でこんな事を言いだした。

 

「戦闘以外で頑張りますね、わたし。料理とか」

「……勝手にすれば?」

「はいっ、頑張ります! ──レナスさんも一緒に頑張りましょうね!」

 

 元気よく返事したソフィアは、戦っている人達の様子を見ながら黙々とご飯を食べていたレナスにも元気よく話しかけた。

 英雄やらなにやらでとにかく場慣れしすぎている他の仲間達の中、戦わず見ているだけの“ただのお嬢様”はソフィア的にめちゃくちゃ親近感が湧くらしい。

 

 一方いきなり話しかけられたレナスの方はというと、反応するまでに少し時間がかかった。

 いきなり頑張ろうねと言われても、といった様子で返事に困るレナスを見て、ソフィアが察したように気まずげに謝り、他の女子達が優しい言葉を次々にかける。

 

「あっ、ごめんなさいなんでもないです」

「気にしなくてもいいわよ。あなたの事はそれこそ戦力として見てないし?」

「そうそう、あなたの場合は自分の身の回りの事を頑張れば大丈夫ですわ」

「大丈夫ですよレナスさん。料理はわたしがやりますから」

 

「……ありがとうみんな。足手まといにならないよう頑張るわ。色々と」

 

 

 複雑そうな表情でレナスが答えたところで、魔物を全部倒し終わったらしい。

 クリフとフェイトが戻って来て会話に加わった。

 

「俺としちゃ、お前も普通に戦ってくれてもいいんだけどな。昨日は自分もある程度は戦えるって言ってなかったか?」

 

「またそういう事を言う。……すみませんレナスさん。こいつの言う事は本当に気にしなくていいですから。魔物は基本僕達でなんとかするんで、あなたは自分の身を守る事だけ考えてくださいね」

 

「ええ、悪いけどそうさせてもらうわ」

 

 クリフの言葉をさらりと受け流し、レナスはフェイトに答える。

 クリフが首をすくめる中、何か思い出したクロードがごそごそと道具袋を漁り、

 

「そうだ……レナスさんこれ、今のうちに渡しときます」

 

 と鞘に収められたひと振りの剣をレナスに渡した。

 得意武器は剣だと言う彼女のために、先の冒険で手に入れた剣を引っぱりだして持ってきたのだとか。

 レナにもどこか見覚えのある剣なので、もしかしたら武具大会の時に使っていたやつかもしれない。

 

「一応手入れだけはしてありますけど、こんなので大丈夫ですかね」

 

「ええ。ありがとうクロード、助かるわ。ずっと武器がないままなのは心もとなかったから」

 

 クロードに確認するよう促され、渡された剣を鞘から少しだけ出し、刀身を一瞥してから、レナスはまた剣を収めて礼を言った。

 剣を身に着けるためのベルトも渡しつつ、意外そうにレナスを見てクロードが言う。

 

「本当にこういう剣なんですね、レナスさんが得意なのって」

 

「わかるの?」

 

「いや、もたついた感じがないっていうか、なんか普通に慣れた感じで持ってるからそうなんじゃないかと。なんとなく思っただけです」

 

「そういえばそうだな。レナスさん、本当に重くないんですかそれ」

 

 これまた同じタイプの剣を使うフェイトにも意外そうに聞かれ、レナスはしばし考えてからこう答えた。

 

「……。確かに、重さはそれなりにあるわね。けど、魔物を相手に身を守るなら、細身の剣よりこういうものの方が確かだと思うわ」

 

「ほう。だからいっちょまえに剣を扱えるよう、お嬢様なりに頑張ってお勉強なさったとおっしゃるわけだ」

 

 つっかかるようなクリフの物言いにも、

 

「ええ、まあそうね」

 

 と答えた後、レナスは改めてみんなにも言う。

 

「そんなわけだから、私の事を他のみんなと同じように、戦力として考えるのはやめてくれるかしら。悪いけど、自分の身を守るだけで精一杯なのよ」

 

 

 元よりお嬢様の彼女に、足手まといにならないよう旅についていける以上の事は、クリフ以外誰も期待していない。

 みんなそれなりに剣の扱いは大丈夫そうでよかったと安心したようにレナスに同意し、魔物のせいで中断していた楽しいお食事会を再開したのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その後は特に魔物と出会う事もなく、てくてくと歩き続けた一行は、日の高いうちにサルバに到着する事ができた。

 サルバに着いた一行はさっそく町長の息子アレンに会って、町の近況などを教えてもらったのだが。予想通り「ソーサリーグローブの影響で魔物が凶暴化したまま」という事以外で、最近変わった事は特にないらしい。

 

 それもそのはずですれ違う町の人達も、誰もかれもレナ達がアーリアに戻る時に見たのと同じように、至って普通に日常生活を送っていたのだ。

 まあそうだろうなと思いつつアレンに礼を言って町長の屋敷を後にし。

 その後町で情報収集してみても、聞ける話はやはりどこでも大体同じようなものばかり。

 “宇宙マジヤバい”原因になりそうな気になる話は全くなかった。

 

 一泊した後、一行は当初の予定通りクロスに移動する事にした。

 最初は歩きでクロスまで行くつもりだったのだが。どこからか話を聞きつけたアレンが「ちょうどクロスまでの荷馬車があるから、それについでに乗っていけばいい」と申し出てくれたので、レナ達もありがたくその言葉に甘えさせてもらった。

 

 ところがどっこい荷物のついでに乗せてくれるという話だったのに、馬車にいざ乗ってみると、その中はレナ達全員が広々と乗れるスペースが空いていて、肝心の積み荷は数えるぐらいしかない。

 きっと荷物の方は理由付けで、本当はレナ達のためにわざわざ馬車を用意してくれたのだろう。

 

「ほんとうに優しくていいひとね、アレンって」

 

 笑顔で言うレナに、クロードはどこかいたたまれない様子で後方のサルバを振り返りつつ、「うん、そうだね」と同意したのだった。

 

 

 

 馬車でクロスに着いた後、一行は部屋の予約をしに先に宿に行った。

 ついこないだ来たばっかりなのにまた来たので、おばさんはレナが母ウェスタと喧嘩したと勘違いしたようだ。諭されるように説教されて、誤解を解くのに一苦労した。

 こういう辺り、おばさんも母ウェスタと一緒に育った事は間違いない。

 

 それはともかく、なんとか部屋の予約を済ませた一行はまた外にでかける事にした。

 アレンのおかげで当初の予定以上に早くクロスに着く事ができたのだ。そこまで急ぐ旅ではないとはいえ、せっかく空いた時間は有意義に使わせてもらうべきだろう。

 

 

 クロードとレナは王様に会いにクロス城に、残りの人達は情報収集などをしに街にでかけた。

 ちなみにセリーヌはクロス城には近寄りにくいそうだ。それもそうかと思う。

 というか実はレナも行きづらい。王様にはたぶんバレてないとはいえ、自分も大事な式をめちゃくちゃにしたわけだし。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 城に着いたレナとクロードは王様への謁見許可を得るため、まっすぐに受付へと向かった。

 受付の人はレナ達の事を覚えていたらしく、すぐに許可をだしてくれた。

 いきなりやって来た二人にすぐに会ってくれるくらい、クロスの王様は心の広いお方なのだ。決してヒマなわけではない。

 

 

 少々時間をおいて、さっそく謁見の間に通されたレナとクロードは、王様に深々と頭を垂れた。

 心が広かろうがなんだろうが、王様は王様である。まかり間違っても失礼のないようにしなければならないのだ。

 

 こういう礼儀作法は先進惑星育ちのクロードよりも、レナの方が断然詳しい。

 王様と会話をするのも自然とレナの役目になる。クロードはあまりぼろが出ないよう、横でじっとおとなしくしているだけだ。

 

 

 王様に近況を聞いてみた結果、返って来た言葉は大体アレンと同じだった。

 サルバもクロスも異常なし。これでレナ達が二手に別れて旅する事が、改めて確定したわけだ。

 

「……そうなんですか。わかりました。王様、詳しくありがとうございます」

 

 そう答えるレナの心は、何もなくて残念という気持ちでは占められていない。

 この冒険がまだ続く事へのうきうき気分が大半だ。

 頭ではフェイト達に悪いとわかってはいるのだが……それでも旅が楽しみという気持ちに、嘘はつけそうにない。

 

(わたしも、セリーヌさんの事はあまり偉そうに言えないな)

 

 

 ともかく大事な話は聞き終えた事だし、これ以上長居すると何か余計な事まで王様に話す事になりかねない。

 すぐにも謁見の間を立ち去るべくお辞儀をしようとしたら、王様が咳払いをしてレナに質問した。

 たった今危惧した通りの、レナが一番聞かれたくなかった事である。

 

 

「ところで──。レナ達の仲間の、セリーヌじゃったか。あの娘は元気でやっているのか?」

 

 

 クロードは無言でレナを見た。王様もレナを見ている。

 どっからどうみたって、これはレナが返事をしなくてはいけない状況ではないか。

 正直に答えるとすれば、ずばりこんな感じになるだろうが──

 

 はい、とても元気でやっています。つい二、三日前にクロスにいましたよ。

 まあ今日も来てるんですけどね。その辺ぶらぶら歩いてるんじゃないですか?

 

 

(絶対に、言えない)

 

 冷や汗をたらしつつ、レナは王様にあいまいな返事をした。

 

「は、はい。その……まあ、元気、だと思います」

 

 クロードはなおも無言で、心配そうにレナを見ている。

 王様の視線がとても痛い。なぜ自分がこんな気まずい思いをしなくてはならないのかと、レナの心は現在この場にいないセリーヌへの恨み言で溢れんばかりである。

 王様はしばらくそんなレナを見た後、なぜかふっと笑って言った。

 

「そうか、元気か。それならよい。引きとめて悪かったな、もう行ってよいぞ」

「は、はい」

 

(よかった、なんとかやり過ごせたようね……)

 

 安心しきったレナはお辞儀をして、不自然にならないようになるべく早くその場を立ち去ろうとした。

 クロードもお辞儀をして、レナの後をついていく。

 と、レナの背中に、王様の響くような声が届いた。

 

「そうじゃ、言い忘れておった」

 

 はいと答えて振り向いたレナに、王様はこんな事を言ったのだった。

 

 

「もしセリーヌに会うことがあったら、おぬし達から言っておいてくれんか。あれももういい歳だからな、息子とのことでわしがとやかく言うつもりはない。──わざわざ街でこそこそする必要などない、とな」

 




補足説明。
・今さらですがセリーヌさん関連のあれこれは、原作とちょっと設定変えてます。
 あのまんまだと二度とクロス歩けなさそう(ラクールも?)という事で、
 この話中では、“襲撃者”の正体は世間的には謎という事になりました。
 
 
・この作品中で、バーニィの移動速度は
 エッジさんのフッデヨを基準に考え、
 足の速い人が全速力で走るよりちょっと遅い程度で設定しています。
 かなりてきとうです。25 km/h くらい?

・それとエクスペルの地理関係もかなりてきとうです。
 大体の位置関係だけは原作の世界地図通りですが、完全に忠実というわけではありません。
 例えばアーリア~クロスに比べ、クロス~マーズの距離が結構短くなっちゃってたりします。
 ぶっちゃけシナリオ上の都合(序盤長すぎ!)です。

 今後もこういった作者都合による設定変更が出てくると思いますが、
 まあ忠実にしすぎてぐだるよりはましかな、ということで
 ゆるい感じで見守って頂けるとありがたいです。


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8. 神の存在しない世界

 レナが謁見の間ですっかり縮こまるよりずっと前。レナとクロードを除いた旅の一行は、セリーヌに連れられクロスの城下街を物珍しそうに歩いていた。

 活気のある街の様子を見ながら、フェイトが呟く。

 

「文明レベルの割には結構栄えているんだな……」

 

「なんですの、みんなして。そんな顔してぞろぞろ歩いていたら、集団でやって来たおのぼりさんにしか見えないじゃありませんの」

 

 やれやれと首を振ってから、セリーヌは足を止めて振りかえり、そんなおのぼりさん達に釘を刺す。

 

「気をつけてくださいませね? これからあなた達が向かう所は、みんなこのクロスみたいに治安がいい所ばかりじゃありませんのよ」

 

「おう、そんな気にすんなって。大丈夫、揉め事なら慣れてるからな」

 

「揉めたらだめなんですよ、クリフさん。わたし達、目立たないようにしないといけないんですから。……あーっ! フェイト、見てあそこ! ねこだよ、本物のねこ! ホログラムじゃないよ! すっごくかわいい!」

 

「声がでかい!! ちゃんと聞いてますの!? 人の忠告!」

 

 さらにでかい声でセリーヌが叱る。根が一般人なソフィアは一瞬でしおれた。

 マリアがフォローだかなんだかよくわからない事を言う。

 

「許してあげて頂戴。あの子、悪気があってやってるワケじゃないのよ。ただちょっと、おバカさんなだけで」

 

「マリアさん……」

 

「それならしょうがありませんわね」

 

 マリアの言葉がよほど嬉しかったのか、それともキツかったのか。目を潤ませるソフィアをよそに、セリーヌもしっかりと納得した。

 が、そうなるとそれはそれで、また新たな問題が浮上してくるわけだ。

 つまり、こういう事である。

 

(私は明日から、おバカさんと一緒に旅するのかしら)

 

 思わず目の前の背けたい事実から視線をそらすと。

 代わりに別の人物がセリーヌの視界に入ってきた。

 

「レナス?」

 

 

 先程から声が聞こえないと思ったら、レナスはずっと押し黙ったまま、ある建物を見ていたのだ。

 もちろんセリーヌもよく知っている建物だ。

 けれどレナスがこんなにも一生懸命見ていなかったら、きっとそのままその建物の前を素通りしていたに違いなかった。

 

 どうせ自分には縁のない建物なのだから、そんなものは見るだけ損なのだ。

 元から憧れなんてろくに抱いてなかったくせして、いよいよそう割り切ってみると、なんだか自分がやけになっているみたいに思えて気に入らない。

 

 

「教会がどうかしまして?」

 

 なおも見続けるレナスが気になって、ついに声をかけた。

 ただ一心に見てはいるが彼女のまなざしは、一般的な年頃の女性がこの建物を見た際に抱くような、焦がれた熱は持っていない。

 それを裏付けるかのように、レナスの回答は乙女思考からまるっきりかけ離れたものだった。

 

 

「この世界の宗教は、どうなっているのかしら」

 

 

 宗教って、あの宗教の事?

 いきなり変な事を言い出すレナスに、セリーヌが首をかしげていると。

 話を聞いていたフェイト達が、興味深そうに話題に入ってきた。

 

「ああ、それは僕も気になりますね。やっぱりエリクールみたいに多神教なのかな」

 

「一神教じゃないの?」

 

「アールディオンのように、星そのものが御神体となっている可能性もあるわね」

 

「そりゃあお前、神って言ったらトライア神だろうが」

 

 不思議な事に、彼らはそろってエクスペルの宗教に興味を示しているではないか。

 信仰とはまるで正反対の所にいそうなクリフさえも、進んで会話に加わっている。

 あまりのミスマッチさにセリーヌが笑いをこらえていると。それに気づいたフェイトが慌てて弁解をしだした。

 

「や、これは違うんですよ。単なる知的好奇心であって、決して……」

「おう、意外だろ? こう見えても俺は信心深いんだ。町に着いてまず最初に立ち寄るのが教会、ってくらいだからな」

「……物はいいようだな」

 

 言い合いを始めた男二人を、マリアがあえて無視してセリーヌに言う。

 

「よければエクスペルで信仰されている神様について教えてくれない? これから先、目立たないように行動するために必要なの」

 

「教えるのは構いませんけど、別に知らなくったって何にも困りませんわよ? エクスペルの人達は、あまり宗教にはこだわっていませんもの」

 

 

 そう、エクスペルの人達は一部を除いて、全然信心深くないのである。

 さすがに王族の方々とかまでいくと話は別だが、教会だって祈りをささげる場ではなく、主にカップルが式を挙げる場として捉えられているのだ。

 

 他には人生において、なにかしらの一大イベントの前に景気づけに拝みに行き、ちょっとした失敗をしでかした際には気分を改めるため懺悔しに行く、などなど。どうせいるはずもない神様に心の底から縋っている人など、少なくともセリーヌの周りには一人もいない。

 

 エクスペルに住む一般の人々にとって、“宗教”とはとにかく気楽な存在なのだ。

 

 神様の名前なんか知らなくったって、人に怪しまれる事はない。

 セリーヌがそう説明しても、それでも構わないとマリアは言う。最初に言い出したレナス含め、他のみんなもすっかり聞く準備が整っているようだ。

 こんなどうでもいい事をそこまで知りたがるみんなの事が気になりつつも、セリーヌは自分の知っている限りの知識をみんなに披露した。

 

 

「……と、まあだいたいこんなところですわね。わかりまして?」

 

「うーんまあ、だいたいはね。……思ったよりも“あちら”との関係性は薄いわね。そこら中に痕跡を残している、ってわけでもないのかしら」

 

 説明を終えて一番に、マリアがよく分からない事を呟いた。

 なんの話をしているのかしら? といった疑問が思いきり顔に出ていたらしい。口に出して聞く前にマリアが「いえ、こっちの話よ」と軽く流し、逆にセリーヌに聞いてきた。

 

「それよりセリーヌ。あなたエクスペルじゃ宗教はどうでもいい存在だ、って言う割には、やけに宗教に詳しいのね」

 

 聞かれたので、胸を張ってどうどうと答える。

 

「そりゃあ、ワタクシはこれでも名の知れた紋章術師ですからね。当然の教養ですわ! 神様に嫌われでもしたら、商売あがったりですもの」

 

「……そういうものなの?」

 

 聞き返すレナスにも、セリーヌはどうどうと言い切った。

 

「そういうものですわ!」

 

 

 実際セリーヌの中では宗教なんて、その程度の扱いでしかない。

 それでも知識として学んでいる分だけ、セリーヌは他のエクスペルの人達よりも信仰心が深いという事になっているのだ。その辺はセリーヌも常々不思議に思っている。

 

 自分は教えをびりびりに破り捨てるような事を、よりにもよって教会の中でやったというのに、お空からのお咎めらしきものは一切なし。

 一流の紋章術師兼トレジャーハンターとして神様の祝福を受けつつ、今も現役バリバリで活動できている事を考えると──

 やっぱり神様なんていないのだと、改めてそう思わざるを得ない。

 

 

 なにか思うところがあるらしく、セリーヌの堂々とした言葉にレナスがつと黙り込む中。

 マリアが実にてきとーに締めくくった。

 

「まあ、神様に依存しない、っていう事だと思えばいいんじゃない?」

 

 てきとーなのだが、どこかしら説得力がある。

 確かに、マリアが神様に依存している姿はさっぱり思い浮かばない。

 

「もういいかしら? こんな所でくっちゃべっててもなんにもなりませんわ。情報は向こうからやってきませんのよ。できれば買い物もしておきたいですし」

 

「そうね。詳しく教えてくれてありがとう、セリーヌ」

 

 一通り説明は終えたのだし、セリーヌもこんなどうでもいい話を、これ以上長々と続ける気はない。さっそく急かすと、マリアの同意を皮切りに、フェイト達が教会の前から離れるように再び歩きだした。

 

 にもかかわらず、レナスはまだ動かない。考え事で頭がいっぱいのようだ。

 見かねたセリーヌはレナスに声をかけた。

 

「ほら、このまま置いていきますわよ」

 

 レナスもすぐに気づき、後をゆっくりと追いかけた。

 みんなの後ろを歩いていたセリーヌに追いつくと、

 

「さっきの話……」

 

 となにやら考えつつ話しかけてくる。

 耳を傾けると、レナスは驚きの発言を繰り出した。

 

 

「セリーヌは、神を信じていないの?」

 

 

 本気の問いである。

 一瞬思考停止した後、セリーヌはうんざりしながら答えた。

 

「もう、……なんなんですの? あなたがそんなに信心深いなんて、思いもしませんでしたわ」

 

 

 さっきからずっと、大真面目に一体何を考えているのかと思えばそんな事だったとは。

 

(不信心な私をどうやって改心させたらいいのか、ですって……)

 

 本当にこんなバカみたいな質問、こんな真剣な顔で彼女が聞いてくるなんて思いもしなかった。多少抜けたところはあれど、世間知らずなお嬢様の割には自分の意見をしっかり持てているタイプの人間だと思っていたのに。

 この数日間で彼女の事をすっかり気の合う話仲間だと思っていたのに、こんなところで考え方の違いが出るとは。どこかしらがっかりに思ってから、そういえばこの子は素性隠したくなるほどのお嬢様なんだった、と思い出す。

 

 そういう環境で育ったのなら、それこそ宗教については厳しく教え込まれているのだろう。

 神様なんてどうでもいいというセリーヌの態度が、信じられないのも無理はないのかもしれない。

 

 そんな事を思いつつも、すっかり面倒になったセリーヌは早々に折れる事にした。

 その手の人間と、まともにやりあっても疲れるだけだからだ。

 

「しょうがないですわね」

 

 息を吐いてから、大げさに身振り手振りしつつ、これみよがしにレナスの方を向いて懺悔する。

 

「おお神様! あなたを侮辱したわたくしを、どうかお許しくださいませ! ──これで満足かしら?」

 

 そんなセリーヌのわざとらしい祈りに、レナスは若干嫌そうな顔をしつつ片手で払いのける仕草をし、

 

「いえ、そういう事ではなく」

 

 と言うと、もう一度同じような質問をセリーヌにした。

 

「エクスペルには神はいないのか、って聞きたかったの」

 

「だから、さっきあんなに長々と説明したでしょう? わたくしの知っている限り、エクスペルの神様はあれで全部ですわ。……わたくしの話、ちゃんと聞いてましたわよね?」

 

 セリーヌがじっと睨んで聞き返すが、レナスはそれには答えない。「そういう神じゃなくて」とかなんとか、ひたすら繰り返すばかりだ。

 仕方ないので、黙って話を聞いてあげる。

 聞いているうちに、セリーヌにもレナスの言いたいことがやっと分かってきた。

 

 

 ──どうりで、分かるまで時間がかかるはずだ。

 レナスは神様を“信仰の対象”としてではなく、“本当に存在する者”としてみていたのだから。

 

 

「あなたまさか、神様が本当にいると信じているんですの?」

 

 気づくと同時に、セリーヌはぷっと吹き出した。大笑いである。

 

「子供だってすぐに嘘だ、って気づきますわよ、普通! さしものレナだって、『光の勇者様』は信じていても、さすがに神様までは本気で信じていないっていうのに?」

 

 心の中にどうこうとかいう抽象的な話ならともかく、目に見える形で、神様が目の前にふらーっと現れるわけがないではないか。

 そんなもん本気で信じているなんて。大人になってもまだサンタクロースを信じている人間のようなものである。なんという希少な純朴さであろう。

 

 

 そんな風にセリーヌに大ウケされたレナスの方はというと。

 意外や意外、少しも怒っていない。

 どころか思いきり指差して笑うセリーヌの方を見て、

 

「やっぱり、そうなのね」

 

 と大真面目に納得すらしているのだ。

 セリーヌもぴたりと笑いを止め、レナスの反応の意味するところを考えた。

 

「もしかして──。レナスの世界には、いますの?」

 

 思いついた考えを驚きつつ口にしてみると、レナスは頷いて言う。

 セリーヌの予想は当たったのだ。

 

 

「私の世界で、神の存在を疑う人間はいないわ」

 

 

 レナスの世界では、本当に人に“神様”と呼ばれている存在がいるらしい。

 セリーヌには信じがたい事だが、その世界ではみんな、レナスのようにそう信じているのだろう。

 

 “神様”は信仰心うんぬん関係なく、そのまんま目に見える形で、人の前に現れるものなのだと。

 少なくともレナスが嘘を言っているようには見えない。

 

 

 セリーヌはすっかり感心すると、さっき笑ってしまった事をレナスに素直に謝った。幸い、レナスはその事は全く気にしていなかったようだ。

 続けてレナスに聞く。

 

「で、その“神様”は、ちゃんとした神様ですの?」

 

 神様を名乗る不届き者なんていくらでもいる。

 あの十賢者だって、自ら自分達の事を“神の十賢者”と名乗っていたのだ。レナスの世界の人達は揃いも揃って、そういう悪いやつらに騙されているだけではないのか。

 

「ちゃんとしているかどうかは……それは……、私にはわからないけど……」

 

 セリーヌの遠慮ない質問に、レナスは動揺しつつ、言葉を濁して答える。

 元はといえば自分から始めた話のくせに、どうにもレナスははっきりしない。

 レナスの反応から察するに、その“神様”はいい神様なんだか悪い神様なんだか、なんとも言えないところにあるらしい。

 

 なんかこう──

 頑張ってはいるんだけど、いまいちちょっと……みたいな? もうちょっと頑張りましょうみたいな。

 そういう神様なんだろう、これだけ言いづらそうにしているという事は、きっと。

 

 そうさっさと決めつけて、セリーヌはなおも真剣に考え込むレナスに言い放った。

 

「まあ別にどうでもいいですわね、そんな事」

 

 セリーヌはやっぱり神様を信じてはいないのだ。

 話の流れで聞いただけであって、よその神様に本気で興味があるわけではなかった。

 かといって、この場でよく知りもしない、よその神様をぼろぼろに貶すほど神様嫌いでもない。

 

「とにかく! ここはエクスペルなんですからね、神様なんていないんですのよ?」

 

 と無理やり話を打ち切り、レナスに念を押すように言う。

 

「さっきみたいに真顔であんな事、人に聞かないようにしてくださいませね! ごまかすの大変なんですのよ? ……まったく、だれもひとの言う事聞きゃあしないんですから……」

 

 

 自分の信じているはずの神様の存在をさんざんに否定されたのに、レナスは嫌な顔ひとつせずセリーヌの小言を聞いている。

 実在するから信じているだけで、きっとレナスもその“神様”を心から信仰しているわけではないのだろう。

 

 “神様のいないこの世界”は、レナスにとって侮蔑の対象ではなく。

 自分の知らない、観念の全く異なる世界として──純粋に興味の対象として映っている事は、彼女と知り合ったばかりのセリーヌにも簡単にみてとる事ができる。

 

 なにより知らなかった事に対してそういう好奇心を抱くのは、セリーヌ自身もしばしば経験している事なのだ。

 それを証明するかのように、レナスはセリーヌに興味深げに問いかける。

 

「エクスペルにもしも神がいたら、セリーヌは助けを求める?」

 

 

 セリーヌの脳裏にはクロスの教会が浮かんだ。

 もしも神様がいるとしたら。

 あの大きな教会にも、神様はいるのだろうか。神様は天井から人々の行ないを見守っていて、ひとりひとりに祝福を授けて……

 考えながら、セリーヌはマリアに輪をかけて、てきとーな事を口走った。

 

「神様に泣きつく時間があったら、自分でなんとかしますわ。そっちの方が早くて確実ですもの。少なくともこのエクスペルでは、ね」

 

 

 ☆★☆

 

 

「あら、おかえり二人とも。早かったですわね」

 

 宿に戻り部屋のドアを開けてそうそう、平然とふたりを出迎えるセリーヌを見て、レナは無性に腹がたった。

 

(こっちは心臓が止まるかと思ったのに……なんてのん気な……)

 

 むうと睨みつつ、王様の言葉を今すぐにでも伝えなければと心中息巻くレナをよそに、セリーヌは至って普通な様子でレナ達を見て言う。

 

「その様子じゃ特に収穫はなさそうですわね。こっちもものの見事になんにもありませんでしたわ」

 

(一体なんの話をしてるのよ、セリーヌさんは)

 

 セリーヌさんの将来に関わる大切な話なのよ! 今はそんなどうでもいいこと話している場合じゃないでしょうが! とハッスルしかかるレナだったが。

 

「そうなんですか。その割には、……なんだか賑やかだね?」

 

 クロードの言う通りさっきからこの部屋、やたら騒がしいのだ。これではとても落ち着いた話などできそうにない。

 騒ぎの原因、つまりは部屋の真ん中を、レナはきっとなって見やった。

 

「すみません、本当に……」

 

 ソフィアが壁に向かって平謝りしている奥で、フェイトがなにやらクリフに怒っている。

 どうやらお金の話をしているらしい。

 

 

「いや、ほらな? 旅に出るとか言い出した奴らが人に払わせてばっかりっつうのは、まあなんつうかさすがにまずいんではないかと思ったもんだからな?」

 

「嘘つけ! お前あの時絶対笑ってただろ! ここで未来の金出したらウケるんじゃね? ……ぐらいにしか考えてなかっただろ!」

 

「ほれフェイト、あまりでけえ声出すとお隣さんにも聞こえちまうだろうが」

 

「なっ、……分かったよ。だけどお前なあ、こういう事は本当に……」

 

「そうそう。お隣さんは朝帰りで疲れてる気難しい客、って話だからな。静かにしねえと」

 

「隣の部屋の話はどうでもいいんだよっ!」

 

 

 フェイトが再びクリフを怒鳴りつけたタイミングで、隣の部屋からドンと壁を叩く音が聞こえ、ソフィアがひいと縮こまった。

 そういえば部屋をとる時おばさんに、今回は隣の部屋にも客がいると言われていたな、とレナも思い出す。なんでも探し物だか探し人だかなんかで長期滞在予定中の二人組なんだそうだ。

 とまあそんな事はおいといて。

 

 

 レナが「もしかしたら」と思った通り、未来人のフェイト達はやはり“ちゃんと使える”お金を持っていなかったようだ。

 今日も道具屋やらなにやらに寄った際は、セリーヌが当たり前のように、その都度代金を支払っていたのだとか。

 そんな折、この間のおみやげが好評だったからという事で、最後おまけに立ち寄ったケーキ屋でクリフがやらかしたらしい。

 

 フェイトいわく、クリフがにやけながら自分の懐から“お金”を取り出しかけ。

 そのお札の柄がちらっと見えたか見えないかぐらいで、フェイトが血相変えて、お札をクリフからひったくって怒鳴ったらしい。

 

「お前っ、よりにもよって……“これ”はダメだろう!?」

 

「んあ? ──って……おお。そういやそうだったな。すまん忘れてた」

 

 自分が取り出そうとしたお札を突きつけられたクリフも、あっさり非を認めて謝ったらしい。つまりはよっぽどヤバい代物だったらしい。

 一瞬だけちらっとそのお札が見えちゃったセリーヌいわく、中央になんか厳めしい感じのおじさんの絵が描いてあったりしたお札だったらしい。

 

 そんな感じの事をかいつまんでレナ達に説明した後、セリーヌはフェイト達の様子を眺めつつ言った。

 

「出したらダメなおじさんだったんでしょうね、きっと」

 

 

 気がつけば、騒がしくてすみませんなんて謝っていたソフィアが、なぜか指をくわえてフェイトをうらめしそうに見ている。

 

「いいなー、フェイトばっかり。ずるいなー」

「おいばかやめろソフィア」

 

「むっ、何よその言い方! わたしばかじゃないもん、フェイトのばか! 大体、フェイトが余計な事言うから……」

 

「あーもう悪かった! それは僕が悪かったから! なあソフィア、いい加減機嫌直してくれてもいいだろ?」

 

「むー……。じゃあ、サイン貰ってきたら許してあげる」

 

 ソフィアの直球すぎる要求に、フェイトがごくりと息をのんだ。

 様子を見ていたセリーヌが言う。

 

「わたくし達も知ってるおじさんみたいですわね」

「うん、なんかそうっぽいですね」

 

 クロードも同意する中、レナはひっそりと決意した。

 仮にこの先、フェイトがいきなり自分の知ってる誰かに「サイン下さい」とか言い出しても気づかないフリしよう、と。

 

 

 そんな感じにフェイト達がごちゃごちゃやってるよりさらに部屋の奥の方を見て、クロードがびっくりしたように声をかけた。

 

「あれ? いたんだマリア。それにレナスさんも」

「ずいぶんな言い方ね」

「いやあ、なんか静かだったからつい」

「一緒になって騒ぐわけないでしょ、馬鹿馬鹿しい」

 

 ヒマそうにベッドに腰かけ、さらりと毒を吐くマリア。

 騒ぎに参加していないもう一人のレナスはというと。クロードの声かけにも答えず、すみっこの椅子に座り、窓の外を考え深げに見ている。

 

 右手にはフォークが添えられ、テーブルの上にあるケーキはまだ半分くらい残ったままだ。

 彼女の浮世離れした美貌も相まって、その周辺だけは絵画のような別世界。

 

 周りのぎゃんぎゃん騒がしい有り様をものともせずひたすら優雅にケーキ食べてるとさえ思わなければ、まさしくお嬢様のひと時、って感じである。違和感しかないはずなのに、なぜか全然自然な感じで見れるのだから大したものだ。

 

 

 美人補正ってすごいなあ、などと思いながらレナがレナスを見ていると。

 マリアが別のテーブルの真ん中に置いてある箱を指して言った。

 

「あなた達の分、まだそこにあるわよ」

 

 どうやら他のみんなはすでに食べたらしい。

 クロードが首をかしげて言った。

 

「レナスさん、いつからケーキ食べてるんですかね?」

「さあ? 一時間くらいは経つんじゃない?」

「味わってるんですかね、ケーキ」

「うわの空なだけでしょ」

 

 また騒がしくなってきたフェイト達にも、隣の部屋の壁ドンにも、自分の事を話しているクロード達の会話にも一切反応を示さないところを見るに、レナもマリアの予想が正しいんじゃないかと思う。

 

 

 と、ぴたっと動きを止めていたレナスの手が動いた。

 目線を下に落とし、ケーキを一口だけ頂いている。

 周りの騒がしさは忘れていても、ケーキの存在は忘れていないらしい。器用なうわの空具合である。

 

 一口分のケーキを味わった後、レナスはまた窓の外の景色に目を移す。

 そんな一部始終を見ていたレナは、セリーヌに聞いた。

 

「なにかあったんですか、レナスさん」

 

 

 気のせいだろうか。一瞬、彼女の口元がわずかに緩んだ気がしたのだ。

 なんとなしに聞いたレナに向かって、セリーヌは「あったというか、まあ……そうですわね」と考えつつ、さっぱりわけのわからない事を言ったのだった。

 

「神様のいない世界が、よっぽど珍しいんじゃないかしらね」

 



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9. しばらくのお別れ

《おひさー、みんな元気でやってるー?

 いかにも重大イベントありそうなクロスではちゃんと自粛してた、この私が再び来ましたよ! 

 

 私これでも、みんなの冒険の邪魔しないようにめっちゃ気ぃ使ってるんだからねっ!

 ……つーかぶっちゃけ、こんなとこで見つかっちゃったら目も当てらんないしい?

 

 

 という事でまあ……

 最終的にとっちめられるかもしんないとか、もう知った事じゃないって開き直る事にしたよね私はうん。

 これからも外野は外野らしく、あのコ達を勝手に見守っていこうじゃないの、そうしようじゃないの。

 

 

 うふふ、みんなの冒険がどういう結末になるのかもさっぱりわからない!

 楽しみだなあ、マジで!

 あは、あはは、あーっひゃっひゃっひゃっ……ごふっ、げふ、げふん……》

 

 

 ☆★☆

 

 

 王様やら城下町の人達に話を聞き、クロス周辺も至って平和であるという事を改めて確認したレナ達一行は、翌日さっそくクロスを発った。

 今は全員で、街道上を東に向かって歩いている。

 

 道が二手に別れる所まで行けば、クロードやセリーヌ、マリア、ソフィアの四人とはお別れだ。

 クロード達は街道を北上して、港町クリクへ。

 残るレナ達四人はこのまま東へ歩き、マーズを経て、港町ハーリーに向かう事になる。

 

 

 今日中に二手に別れるという事で、出発前にパーティーで共有していた荷物を二つに分けておいた。

 前の冒険で残っていたわずかなお金に加え、アーリアを出る時に村長レジスに貰った餞別金、それと昨日クロスの王様からも貰ってしまった餞別金も、クロードとレナで半分に分けた。

 贅沢さえしなければ、他三人が全くお金を持っていなくとも十分に旅ができる額である。

 

 それにしても今思えば、みんなお金の事なんて全く考えずに旅していたわけだ。

 レナ達含めて行きあたりばったりとしか言いようがない行動だが、まあこうして人様のご好意でなんとかなっているのだから、その辺は細かく気にしない事にしよう。ようは旅ができればいいのだ。

 

 

 そんなこんなで準備に多少時間がかかったので、宿を出たのも少々遅い時間になった。

 現在はお昼ぐらいには分岐点の辺りに着くだろうか、といった具合である。

 

 このままの調子だと、今日は街道の途中でそのまま一泊する事になりそうだ。旅慣れている自分達はともかく、他のみんなにとって、野宿というのはどうなのだろうか。

 そう思ったレナがクロスを出た直後に、野宿がダメそうな人筆頭、お嬢様のレナスに聞いてみたところ。

 

「今日はバーニィ使います?」

「歩きましょう」

 

 むしろ徒歩以外ありえない、みたいな答えが返ってきたので、現在もこうしてひたすらてくてくと歩いているわけだ。

 ……まあお嬢様はお嬢様でも旅が趣味だって言ってたし、野宿とかも比較的大丈夫なんじゃないだろうか。現にこうしてアーリアからサルバの間を徒歩で移動し、クロスからさらに歩き続けていても、特に疲れた様子はなさそうだし。

 

 

 ちなみに未来人のみんなも、「野宿なら野宿でも別に」といった様子だった。せいぜいソフィアが「キャンプと言ったらカレーですよね、マリアさん!」とはしゃいでいたくらいか。

 

 フェイト達はどういうわけだか旅にも慣れているらしい。

 十賢者倒せそうなほどに戦い慣れしている様といい、なんかよくわからないけどさすがは未来人だ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 分かれ道に着いた後。昼食を食べたレナ達は、いよいよ二手に別れる事になった。

 向こうの方では、セリーヌとレナスが最後の挨拶を交わしている。

 

「あなたの顔を見るのもこれで最後ですわね。さみしいけど、そうなることを願っていますわ。向こうに帰っても元気でね、レナス」

 

「ありがとうセリーヌ、いろいろ親切にしてくれて。短い間だったけど、あなたといられて本当に楽しかった」

 

 他のみんなは一通りエクスペルを巡った後、何もなければまたこのクロス大陸に戻ってくる事になっているけれど、レナスだけは違う。旅の途中で探している“帰り道”が見つかったら、そのままその道を通って、彼女が元いた世界に帰る事になっているのだ。

 

 最後とはいっても通信機があるわけだから、本当の本当にお別れ、というわけではないけれども。

 それでもこうやって直に話す機会がなくなるというのは、今まで仲良く旅してきただけに、寂しさもひとしおなのかもしれない。

 

 二人とも本当に気が合いそうだったものねと、自分がお別れするわけでもないのに、二人を見てレナがなんだかほろ苦い気分になっていると。

 セリーヌが声をひそめてレナスになんか言っている。

 

「それじゃ、レナの事は任せましたわよ」

「……。ねえセリーヌ、あの話は」

「私にできる事なら協力は惜しまないって、あなたもちゃんと言いましたわよね? 忘れてませんわよ、わたくしは」

 

 聞こえてるし。一瞬でも感動した自分があほらしい。

 恋のキューピッドとか間に合ってますから。人の事より自分の恋愛どうにかしてくださいよ、王様の言葉伝えても結局「そうですの」の一言で終わりだし。

 

「……ええ。できる事があるなら協力するとは言ったわ」

 

 レナスさんもなんでそんな口約束しちゃうかなあ、とレナが呆れて見ている中。

 レナスは仕方なさそうにセリーヌに答えている。きっとそんなのどうでもいいから早く寝たかったんだろう、その時のレナスさんは。ものすごい眠そうだったもの、次の日の朝。

 

 やっぱりあの時「夜ふかししちゃダメでしょ!」って言いに行くべきだったな、と思いつつ二人から目を移す。

 フェイト達の方は、仲間内で最後にもう一度旅の目的を確認しているようだ。

 

 

「んじゃ、それなりに探し回ってみるか」

 

「せめて転送妨害装置か何かは見つけたいわね。聞いた話だと、エルリアタワー辺りが怪しいと思うんだけど」

 

「うーん。こんな嫌がらせする奴が、そういう設備が整ってる安直な場所選ぶかな? 妨害装置ってそもそもそんな場所とるような物でもないだろ? どこかその辺のダンジョンにひっそり潜んでる可能性の方が高いような……」

 

 嫌がらせ前提で話が進んでいる。

 どうやら“宇宙ヤバい”原因探しはそこそこに、転送装置が使えない原因および、ふざけきった信号送りつけた今回の元凶を探し出す事に力を入れる事にしたようだ。

 なにやら未来っぽい小型の機械を手に、数値が変化したポイントが怪しいからそこを重点的にどうたらこうたらなどと、レナには全く分からない話を繰り広げている。

 

「どういうわけだか重力波の数値は正常そのものだから、電磁波の変化を探るしかないわね。自然現象を除外できないのは歯がゆいけど……まあゼロから探るよりは全然マシでしょ。幸いにしてここは未開惑星だし。これであぶり出せるかはともかく、考え方としては間違っていないはずよ」

 

「とりあえず今は変化なしか。クロス洞穴にでもいてくれたらよかったのに」

 

「ちょいと乗り込んで絞めあげれば終わりだしな」

 

 あの機械はかなり遠くの場所の数値とやらまで調べる事ができるらしい。

 ここから少し離れた場所にあるクロス洞穴の方角を向いて、フェイトがやれやれと呟き、クリフが肩をすくめて話をまとめた。

 

「結局、地道に歩き回るしかねえってことだな」

 

 憂鬱そうなみんなに対して、ソフィアだけはなぜか楽しそうだ。

 たぶんキャンプしたいだけなんだろう、きっと。真面目な話し合いの中でも、ひとりだけ緊張感ない顔してたもの。

 

「帰りたいって言ってたのは、どこの誰だったかしらね」

 

「考えたんですよ、わたし。せっかく英雄のみんなと旅できるんだったら、思いっきり楽しんじゃった方がいいんじゃないかって。どうせ宇宙の危機なんてありっこないんですし」

 

 にこにこ笑顔で言うソフィアに、マリアはありえないとばかりに眉をひそめる。

 代わりに、隣で聞いていたクリフがぽんと手を打って答えた。

 

「なるほど、状況を楽しめってか。こりゃ嬢ちゃんに一本とられたな」

 

「何も考えてないだけでしょ、この子の場合」

 

「まあいいんじゃねえの? どうせいたずら犯とっちめるだけの旅なんだしよ。一般人なら一般人らしく、たまにはバカになる事も必要だぜ」

 

「……。どうだか」

 

 クリフがなにやらいい感じにマリアに言って聞かせている横で、「バカは否定しないんだな」と口をすべらせたフェイトがソフィアに睨まれた。

 

「どうしてそういう事ばっかり言うのよ!」

「あ、いや、今のは、そういう意味で言ったんじゃなくてさ……」

 

 

 そんなみんなの様子を、レナはクロードと二人でさっきから見ているわけだ。

 

「賑やかな旅になりそうだね」

「ふふっ。そうね、わたしもそう思うわ」

 

 みんなを見ながら言うクロードに、レナも笑顔で答える。

 どうせ何か大変な事があるわけでもない。レナもソフィアみたいに、せっかくだからこの旅を十分に満喫しちゃうつもりである。

 

 ただひとつ、レナスの旅の目的の方は大変な事だけど──

 

 それにしたって真面目に考えすぎても、どうにかなる話でもないし。

 頑張って“帰り道”を探すついでに、せっかくだからこの際彼女やフェイト、クリフと一緒に、仲良しこよしで旅をしたいと思ってもバチは当たらないはずだ。

 

 

 レナスさんが帰れなかったらどうしようといった心配は、なぜかレナの頭には浮かんでこない。

 たぶん、きっと大丈夫。

 旅を続けていけばフェイト達の事もレナスの事も、きっとどうにかなるはずだ。

 

 フェイト達はこの時代のエクスペルの平和を確認して、元の時代に帰り。

 レナスは“帰り道”を無事見つけ出し、元いた世界に帰っていくのだろうと。

 根拠もなにもないけど、レナはごく自然にそう考えているのだ。

 

 

 

「それじゃ、そろそろ行こうか」

 

 みんなの話が終わった頃に、クロードがこれからの旅の仲間に声をかける。しばし時間をおいて、セリーヌ達がクロードの周りに集まってきた。

 レナもクロードと距離をとり、レナを待っていた三人の仲間の元へ向かう。

 

「これからよろしく、レナ」

「頼りにしてるぜ、嬢ちゃん」

「どこまで一緒に行けるか分からないけど、もう少しの間世話になるわね」

「みんな、これからもよろしくお願いします」

 

 四人でそんなやりとりを交わした後。

 

「じゃあレナ。また後でね」

「ええ、クロードも頑張って」

 

 クロード達に別れを告げたレナ達四人は、いよいよ東の方角──、ラクール大陸へと向かって歩き出したのだった。

 




一章終了。
次回はSO3三人組のプロローグです


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プロローグその2
その後の人生の過ごしかた ~ またしても非日常の始まりへ


 ──宇宙暦772年。地球……近くのどこか保養惑星にて。

 

 

「ねえフェイト、ごはんだってば。ねえ、いつまで寝て……起きろー!」

 

 朝遅くまで寝ていたフェイトは、今日も今日とてソフィアに叩き起こされた。

 仕方なしにベッドから身を起こし、起こされた文句をぶつくさ言う。

 

「別にいいだろ? 早く起きたって、どうせ予定があるわけでもないのに」

 

 

 フェイト達が今いるここは、地球からほど近い場所にある保養惑星だ。

 といっても、現在は保養惑星として使われているわけでもないし、この星にいる人達が保養目的で滞在しているわけでもない。

 有り体にいえばここは、地球のお金持ち専用の避難所なのである。

 

 数か月前に起きた一連のエクスキューショナー騒動によって、散々に叩きのめされた“銀河連邦”という組織は解体を余議なくされたのだった。

 “銀河連邦”の中心部、フェイト達の生まれ故郷である地球も、この一件で甚大な被害を受けた。

 かの銀河連邦の最大の敵対勢力であったアールディオン帝国のように、星ごと消滅とまではいかなかったが、地球上にあった主要都市は軒並み壊滅状態。経済力に余裕があったり、はたまた特殊なコネを持っている一部の人々(フェイトの母親やソフィアの父親のような、偉ーい研究者もこれに含まれる)は、混乱が収まるまでこぞって地球を離れた。

 この保養惑星のような、とりあえずは平穏無事に暮らせる地を仮の住まいとする事を選んだのである。

 

 ある者はただ面倒を嫌って。

 ある者は自分にとってなにより大切な人のために、涙をのんで。

 またある者は地球が一日でも早く元の姿に戻れるよう、誓って。

 遠い未来に希望を託すのではなく。今を生きる自分達の手で、よりよい未来を形作っていくのだと──。

 

 

 ぼろぼろになった地球から離れたくても離れられない一般の人達からすると、こうした特権階級の人々の動きは選民的と思われても仕方ないところではあるが、だからといって今の地球で無理をして暮らすメリットはほとんどない。

 人が人らしく暮らしていけるための都市機能、政治経済ありとあらゆるものがぐちゃぐちゃなのだ。一刻も早く立て直すにしても、お偉いさんも安全な所から指示を出すしかないというのが現状である。

 

 地球を見捨てて逃げ出すわけにはいかない、といった感情論は持ち出すべきではない。あえて地球に残る事で地球を中から立て直す事の出来る人もいるが、そうでないのなら、いける人は出ていった方がいい。

 これは地球人の存亡がかかった危機的状況なのだ。みんな揃って仲良く沈むよりはずっとマシであろう。

 

 

 とまあ、現在ここにいる人達の大半は、様々な人生事情があってこの保養惑星に移ってきたわけだ。

 そんでもってフェイトが今現在、何を思ってここで暮らしているかというと──

 

 休校しっぱなしの大学の講義が再開するまで、どうしようもないからとりあえずのんびり暮らそうかな、である。

 

 

 さっきので言うならずばり、ただ面倒を嫌った派である。

 もうちょっとだけ、大学卒業するまでは親のコネで平和に暮らしていたい。そんな軽い気持ちで親にくっついてきただけだ。当の親達は地球のために今も寸暇を惜しんで働いていたりするが、そんな親のような立派な志なんてものはフェイト自身にはなにもない。

 

 自分にできる事はもうやった。

 なんたって自分は宇宙を救ったんだから。あの時あれだけ頑張ったんだからもういいだろう。地球のために働けなどと、この上周りから偉そうにとやかく言われる筋合いはないと思う。

 地球の事は、頑張りたい人が頑張ればいいじゃないか。

 僕はこれからの人生を、自分自身を大事にして生きていくつもりだから。

 

 フェイトはそんな風に、お気楽に開き直って日々を暮らしているのだ。

 

 

 

「毎日毎日ぐーたら寝てばっかりで……。おばさんも呆れてるよ。肝が据わってるのはいい事だけど、世の中大変な事になってるっていうのに……」

 

「講義が再開するまでの間だけだって。この間ニュースでやってたろ? 教育機関の臨時受け入れ先がなんとか確保できるかもしれないとかなんとか」

 

「またそうやって大学のせいにする。大学ないから仕方ないって、もとからそんな真面目に通ってたわけでもないじゃない、フェイトは。する事ないなら大学始まるまでバイトでもすればいいのに……」

 

「はいはい」

 

 幼馴染の説教を右から左へと受け流しつつ、この幼馴染が用意してくれた朝食の場へと向かう。

 高校がお休みでする事がないのはソフィアも一緒だが、こっちの方はフェイトほどに自堕落な生活は送っていない。仕事で忙しいフェイトの親の代わりにフェイトの家のお手伝いをしている上、この星に来てからは彼女の母親の知り合いがやっているという飲食店にもよくお手伝いに行っているのだ。

 

 食っちゃ寝ばかりしてないで働けば? というソフィアからの小言は毎度刺さるものがあったりするが、それでもフェイトはそれを平然と聞き流す。

 フェイトとて食べて寝るだけの生活をしているわけではないのだ。バスケしたりファイトシミュレータで遊んだりで、今も体はそれなりに動かしている。

 動いていないんじゃない。ただ真面目な事を何もしていないだけだ。

 

 

 ソフィアと毎朝のように繰り広げられているやり取りをしつつ、朝食の場へ辿り着いたフェイトは、流し場で皿を洗っていた人物を見ると軽く声をかけた。

 

「おはようマリア」

「おはよう」

 

 声をかけられたマリアは流し場に向かったままで、短く挨拶を返す。

 これも毎朝ソフィアに叩き起こされるのと同じように、当たり前になってきた朝の光景だ。フェイトが起き出してご飯を食べ始める頃、マリアがみんなの使った食器を洗い終わるという──

 

 始めの頃に比べると、ずいぶん皿洗いにも慣れたように見える。これも飲食店修行のたまものか。

 今日はフェイトが席についていくばくもしない内に、皿洗いを終えたようだ。

 ぬれた手をタオルで手早く拭くと、マリアは振り返り、フェイトの隣に立っていたソフィアに話しかけた。

 

「それじゃ、もう行く?」

「そうですね」

 

 ソフィアは返事をすると「お皿は自分で洗っといてね、フェイト」と言って、さっそく椅子に置いてあった鞄を持ち上げた。

 皿を自分で洗うのも、二人が連れだって出かけるのもいつもと同じ光景だ。その事自体は気にならないけど。

 

「今日はお店は休みなんじゃなかったか?」

 

 フェイトが首をかしげ、今まさに出かけようとしている二人に聞くと。

 ソフィアが呆れたように言ってきた。

 

「昨日みんなで言ってたじゃない。いつまでもフェイトのお下がりじゃマリアさんが可哀想だって」

 

 

 ああそう言えば、そんな事も言ってたなとマリアの服装を見直す。

 彼女が今着ているのはTシャツに上着、ジーンズという至ってラフな格好。どれもこれもフェイトが昔着ていたやつだ。

 クラウストロ星で着ていた服装は、地球人ばかりのこの星じゃ目立つという事で、ちょうど余っていたフェイトの服をごっそり譲ったのである。

 

 Tシャツのサイズは大きめ。上着も袖を多少まくっている。自分の服を着るよりソフィアの服の方がいいのではないかと、正直フェイトはそう思っている。

 以前「同じ女の子物だろ?」と疑問をまんま口にしたら、ソフィアにすごく怒られた。母親にまで怒られた。というか呆れられた。「あんたは何も分かってない」と言っていたので、フェイトも(なるほど、ウエストか)と一応納得したのだった。

 

 ……実際のところ、マリアは今ベルトをつけてフェイトの服を着ているわけだ。

 フェイトの理屈で言うのなら、ソフィアの服も何なく着こなせる事になるわけだが──まあその辺の真相は話に全く関わりのない事なので、これ以上はやめておこう。

 

 

 そんなこんなで明日は飲食店もお休みだし、居候になってからこっち、フェイトのお下がりをずっと着続けているマリアはちゃんとした服を買いに行くべきだと、確か昨日そういう話になったのだ。

 本人の意思関係なしに、フェイトの母リョウコとソフィアがよってたかってマリアに似合う服の話で勝手に盛り上がっていた事は、フェイトもよく覚えている。

 マリアが言われた通りにおとなしく服を買いに行くと思っていなかったから、すっかり忘れていたけど──。

 

 

 こうやって素直に付き合う事にした辺り、マリアも大分ここでの暮らしに打ち解けてくれたようだ。

 そんなフェイトのおせっかいな気持ちが伝わったのか、マリアはどうでもよさそうに着ている服を指差して言う。

 

「別にこのままでもいいんだけど。もう着ないんでしょ、この服」

「ん? ああ、別に……」

 

 マリアの好きにしていいよ。そう言おうとしたフェイトの言葉は、横で聞いていたソフィアに力いっぱい阻止された。

 

「だめっ! ちゃんとオシャレしないと! もったいないですよマリアさん!」

「はいはい。それならそれでもいいけど。買う服は自分で選ぶわよ」

 

 なんだかんだ言いつつも、やっぱりマリアはソフィアと一緒に服を買いに行くらしい。

 まるくなったなあマリアも。あんなにとげとげしかった居候生活第一日目が嘘のようだ。

 ……なんて感心しながら、いつの間にか仲良しっぽい二人の様子を、フェイトは隠居した年寄りみたいな視線で眺めているわけだ。

 

 ちなみに

「あなたも一緒に行く?」

 というマリアの質問には、

「い、いや……遠慮しておくよ」

 とやんわりお断りしておいた。

 

 女性二人の服選びに付き合いたい男なんてものはそうそういない。ソフィアはただでさえ買い物が長いんだ。頑張って付き合ってやってくれ、マリア。

 フェイトもただ、そんな温かい目でこの二人を送り出すばかりである。

 

 

 

 一通り支度ができたらしい。

 フェイトがまったり食事を続ける中、ソフィアとマリアの二人は玄関へと向かった。

 

「いってらっしゃい」

 

 軽い気分で声をかけると、マリアが何か思い出したようにぴたりと向きを変え、フェイトの所に戻ってきた。

 

「これ」

 

 とだけ言って、マリアはフェイトに封筒を差し出す。

 何か紙らしき物が入っているようだ。封筒自体に見覚えはないが、『マリアへ』と書かれた筆跡はフェイトにも見覚えがある。

 

「え、これは」

「そこのテーブルに置いてあったの。悪いんだけど」

 

 わけもわからず、フェイトがとりあえず渡された封筒の中身を見ようとしていると。

 

「あの人に返しておいて。自分の服代も出せないほどお金に困ってるわけじゃないから」

 

 有無を言わせぬきっぱりとした口調で言ってから、マリアはフェイトの反応も待たずにさっさと部屋を出ていった。

 ぼーっとそのマリアの後ろ姿を見送った後。

 一人残されたフェイトは「どうしたもんかなこれ」とぼりぼり頭をかき、封筒の中身を覗き見しつつ、なんの気なしに呟いた。

 

「僕が貰う、っていうのはアリなのかな、この場合」

 

 どうやら彼女がこの環境に慣れるまでには、もう少し時間が必要なようである。

 

 

 ☆★☆

 

 

 すべてが終わったら、ディプロからは離れるつもりだった。

 

 クリフやミラージュ、クォークの他の仲間達のように、自分は明確な理念を持って行動していたわけじゃない。自分の目的のため、ただクリフから譲られた立場を利用していただけだったから。

 

 

 全部終わって、自分があの立場に留まる意味は皆無だと思った。

 復讐じみた感情で『反銀河連邦組織クォーク』のリーダーを続ける事は、あの組織を作ったクリフの事を、あの組織の中で一生懸命頑張っている仲間達の事を馬鹿にしているとさえ思ったから。

 

 それ以前に、銀河連邦はもうないのだ。

 これからのクォークは反体制組織ではなく、むしろ自らが率先して新たな体制を形作っていく、そんな未来の象徴とも呼べる組織になっていくだろう。過去をひきずって生きているような自分は、仲間達の足手まといになるとしか思えなかった。

 

 クリフもミラージュも止めなかった。

 仲間達にはどうしてと詰め寄られたが、思った事をそのまま伝えたら分かってくれた。

 ある人からはねぎらいの言葉を、ある人からは大粒の涙と共に惜別の言葉をかけられた。

 

 その時も一切後悔を抱かなかったと言えば嘘になるが、もう決めた事だ。私は人生のすべてだったディプロを降り、自らの足で自分の人生を歩く事にした。

 

 

 生まれる前から勝手に人に決めつけられた、運命づけられた人生なんかじゃない、本当の自分自身の人生を。

 なのに──

 

 

 

「あっ! マリアさんマリアさん、この髪留めなんてどうですか? 猫にゃーって、すっごくかわいいですよ!」

 

 服を買いにきたはずなのに、気がつけばなぜか今、マリアはソフィアに連れられアクセサリー屋の前にいた。

 目標の服屋まではあと百五十メートルといったところか。

 目視できる距離にはあるが、間に二軒ほどここと似たような店があり、たった今マリアの脳内で取り決めた目標時間内にあそこまで辿り着けるか、はなはだ不透明なところだ。

 

 何がそんな楽しいんだか、さっきからソフィアはいちいちはしゃいで店先で立ち止まっては、自分の趣味全開のアイテムをこうやって見せつけてくるのだ。

 服を買いにきたつもりのマリアとしてはどうでもいい事この上ない。趣味じゃない以前にまず服じゃないしこれ、といった心境である。

 

「あなたの趣味でしょそれもこれも。自分用に買えば?」

 

 面倒くさくなっててきとーにあしらったところ、ソフィアは本当に猫のピンを買おうかどうしようか考えだした。

 しばらく一人で勝手にうんうん唸った末、

 

「うん、これ買っちゃおう。ちょっとお金払ってきますね、マリアさん」

 

 一人で決心すると、マリアに笑顔で言い置いて店の奥に入っていった。

 

 自分が無駄な物に時間をかけない主義という事もあるが、以前クォークの一員であるマリエッタとこんな風に一緒に買い物に出かけた時も、ここまでの時間はかからなかったように思う。せめて服屋には辿り着いていたはずだ。

 失敗した。道に疎くてもいい、今度からはソフィアからの誘いがあっても断ろう。次は一人で買いに行こう。今日はもうしょうがないけど。

 

 店の奥でお金を払っているソフィアを眺めつつ諦め半分でぼんやり考えていたマリアは、自分がそう思っている事に気づくと、苛立たしげに自分の頭に手をやった。

 

 

 今度って、いつまであの家にいる気だ。

 こちらでの暮らしにめどがたったら自分はすぐにでも、一刻も早くあの家から出るはずではなかったのか。

 落ち着き先が見つからないとはいえ、あの家での出来事に「今度」を考えるなんてありえない。あの家で暮らしている事を認めたようなものではないか。

 

 思い返すと止まらない。マリアの苛立ちはどんどん過去へと遡っていく。

 

 

 人にあれだけの仕打ちをしておいて平気な顔で保護者づらしていられるような人間と、どうして同じ家で暮らさなければいけないのか。

 自分はあの女をずっと憎んでいたはずではないのか。

 ディプロを降りた後、他に行くあてが思い浮かばなかったからといって、フェイトやソフィアに誘われたからといって、どうして“地球”などに行こうと思ったのだろう。

 フェイト達について行けばあの女に会う事になる、そんな事始めから分かっていたはずなのに。

 

 自分が生まれた場所だから? お父さんとお母さんの生きた証となる、思い出のたくさん詰まった場所を見ておきたかったから?

 

 分からない。これまでと違って、これからの生き方を決めたのは正真正銘、自分自身のはずなのに。

 なぜこんなにいらいらする?

 ようやく、自分で選んだはずの道なのに──

 

 

 どうにもならないむしゃくしゃした思いを抱いていると、ようやくソフィアが店から出てきた。

 無性にいらいらする。とにかく、なにもかも思い通りに動けないこの現状が悪いのだ。

 

 マリアは苛立ちを隠す事もせず息を吐くと、あまりに急な不機嫌ぶりにびびるソフィアを今日本来の目的地である服屋へ、さっき自分の脳内で決めた到着時刻に間に合わせるよう引っぱって連れていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 不機嫌な態度のおかげか、そこから先は終始自分のペースで服を選ぶ事ができた。

 おどおどしているソフィアを尻目に、目に入った服を片っ端からどんどん自分が着るか着ないかで判断していく。

 着ない物はそのまま無視。着る物はさっさと手にとって値段を確認。予算内ならさっさとカゴに入れる、以上。

 

 ようはぱっと見で気に入った物を買うというだけの事だ。自分にどういった服が似合うかは、これでも大体把握できているつもりである。

 

 七日単位で一通り着回せるほどの分量を揃えたところで、とっとと会計を済ませた。これで今日の予定は滞りなく終了である。

 両手に服の入った袋を抱えて振り返ると、ソフィアがしょんぼりした様子で突っ立っていた。

 

「わたしなんて全くいらなかったですよね」感満載の彼女を見て、マリアはやれやれと息を吐く。

 

 

 確かに役に立ったかどうかで言えば微妙だが。

 マリアは今日、ソフィアを自分の服を買うという用事に付き合わせているのだ。道案内を頼むだけ頼み、目的地に着いたら着いたで脅しつけるように買い物に付き合わせ、用が済んだら冷たく「役に立たなかったわ」はあまりにもひどい仕打ちといえよう。

 この場合は全く役に立ってなくても、「助かったわ」という態度でねぎらってやるべきである。かつてクォークのリーダーを務めたマリアは、今のソフィアのような相手の対処法も心得ているつもりなのだから。

 

 褒めて伸ばすタイプの部下に接するような気持ちで、表情を少しだけ緩め(といっても、さっきまでのしかめ面を解いただけではあるが)ソフィアに話しかける。

 

「少し疲れたわね。気分転換にどこか寄ってから帰る?」

 

 ソフィアはふいをつかれたようにマリアの言葉を聞くと、出かけたばかりの頃の元気さを取り戻してマリアに答えた。

 

「はいっ! ──マリアさんわたし、いい場所知ってるんです。案内しますね!」

 

 まあ単純な子である。少し優しくしてみせただけでこれだ。

 さらには荷物も半分持つと、嬉しそうにマリアに言ってきた。

 

(単純な部下というより、犬っぽいわね)

 

 本人猫好きのくせにと思いつつ、せがまれるままに買った荷物を半分預けると、マリアはソフィアの道案内にもうしばらく付き合う事にしたのだった。

 

 

 

「それで、あなたのお勧めの場所って? 言い忘れてたけど、あまりお金のかかる所は困るわよ」

 

 ディプロのみんなから貰った餞別金はまだ十分残っているが、無駄使いはしたくない。

 現在の収入はソフィアの母親の知り合いの情けで働かせてもらっている、飲食店での皿洗い報酬のみ。一人でも生活していけるような仕事はまだ見つかっていないのだ。

 

 

 金銭面であの家の世話になるのだけは絶対に嫌だった。

 住む所がなければ職探しもなにもあったものではないから、生活費を渡してあの家の一部屋を借りるという居候の身に甘んじているだけだ。教育機関の機能が復活すればさっそく、旧銀河連邦基準での高卒資格もとるつもりだ。

 資格がとれれば職探しも格段に楽になるはずなのだ。

 旧銀河連邦組織も研究所も何も関係ない、そこらの一般職を目指すにあたって、「これまで反銀河連邦組織のリーダーをやっていました」なんて言えるはずがないのだから。

 

「プログラマーとか研究者とか、とにかくそういった専門職があなたには合うと思うのよ。せっかく頭もいいんだし、高卒資格とるだけじゃなくて大学にも行ったらいいんじゃない?」

 

 あの女は簡単にそう言ってくれたが──

 冗談じゃない、と思う。

 そんなお金がどこにあるというのだ。自分が出すとでも言う気か。一体なんの義理があって──

 

 

 また不機嫌になりかけたマリアは、ソフィアが自分の方を向く前に我に返った。危うくまたこの子をしおれさせるところだったわと、急いで知らぬ間に眉間に寄っていた皺を消す。

 どうも今日の自分はおかしい。気を抜けば昔の事ばかり考えてしまうのだ。

 

(それもこれも、今朝のあのふざけた封筒のせいね。お小遣いのつもりかしら)

 

 そう原因を決めつけてさっさと気持ちを切り替える。

 あの女の事はむかつくが、それは今こうやって自分に付き合ってくれているソフィアには関係ない事だ。ソフィアを自分の不機嫌さを解消するはけ口にする気は、マリア自身にはさらさらなかった。

 

 バイト先の紹介や、機械に頼らない家事全般のやり方を教わるなど、ソフィアにはなんだかんだ世話になっている。

 一般的な暮らしぶりを目指しているマリアとしては、ソフィアの事を「性格面を除けば、自分が見習うべきところのある人間」だと感じる事も多々あるくらいだ。

 性格面は──

 

 

 正直に言うと、いっそこの子のようになってしまえば人生色々楽になれるのにと、そう思った事はあった。

 

 が、それだけだ。ソフィアの性格を見習おうとは一切思わない。

 ていうか絶対見習いたくない。

 マリアのプライドは「自分を辱める事はするな」と己に警告し、マリア自身も一も二もなくその警告を受け入れた。

 

 羨ましくない事もないけど、自分がああなったら終わりだわ──と。

 

 

(そこまでしたくはないわね、絶対に)

 

 そんな中、ソフィアは上機嫌にマリアに言う。マリアが自分の事をどう思って見ているかなんて、全く気づいていない様子だ。

 

「ふっふっふっ、お金の心配はいらないんですよマリアさん。なんといってもタダですから」

 

「ああそう。それはよかったわ」

 

「そこの公園なんですけど、なんでも映画の撮影に使われたって話なんですよ。えーと、この間の夜やってたやつ……ほら、マリアさんも見てたやつですよ」

 

「ええ、見てたかもね」

 

 楽しそうに話すソフィアに、てきとーに相槌を打つ。

 ソフィアを満足させてやるのが目的なので、特に行き先に希望があるわけでもない。ほどほどの寄り道さえできれば目的地はどこでもいいのだ。

 言うなれば犬の散歩時間である。

 

「それで、あの映画って言ったらやっぱり木じゃないですか。あの伝説の木」

 

「ああそういえば、そうだったかもね」

 

「そうなんですよ! あの伝説の木がなければ主人公がうっかり学校の四階から足をすべらせた時、通りかかった彼がちょうど持ってた文化祭の立て看板で主人公を受け止めてくれる事もなかったはずじゃないですか! 潜入捜査の最中にお腹の音がなっちゃった時だって……」

 

 

 ソフィアが嬉々として語っている映画の内容をまとめると──

 願いを叶えてくれるという伝説のある木の下で主人公のおっちょこちょいな若い乙女が「憧れのあの人と両想いになれますように」と願ったところ、その木が突如「あなたの願いを叶えましょう」とエコーの入った音声で喋り、驚く主人公の目の前に「やあ! 君の願いを叶えてあげるよ!」と妖精さんが登場。

 なんか色々な事があって主人公やら妖精さんやらがなんか色々頑張った結果。「君が好きだ!」「私もよ!」という風に両想いになってハッピーエンドという……

 まあチープな恋愛映画である。

 

 マリア的には伝説の木が登場する前、主人公が「遅刻遅刻~」と言いながらパン口にくわえて家を出た段階でうさんくさい断定した、実にどうでもいい映画だったのだが。

 ソフィア的にはそうではなかったらしい。片想いの乙女が最終的にうまいこと結ばれる、というところが彼女の心にクリーンヒットしたのだろう。

 内心しらけつつ話に付き合っているマリアに向かって、ソフィアは目を輝かせて言う。

 

 

「それでね、最後に監督が言ってたんですよ、これは実話を元にした話だって。妖精さんはあなたの近くにもいるんです、って。──あの木には本当にいるんですよ! 願いを叶えてくれる妖精さんが! すごくないですか!?」

 

「へえ、そう。すごいわね」

 

 同意の相槌は打ったものの、正直な感想は(余計うさんくさいわね)である。

 

 願いを叶える妖精さんなんて、そんな都合のいい存在いるわけないだろう。

 そもそも妖精もなんの見返りがあって、知り合いでもなんでもない奴の恋路を成就させようとか思うのか。さらにそれ以前に映画の出だしでは樹齢千年を超えた木には魂がうんぬんなどと言っていたが、撮影場所のここは未開惑星ではない。伝説の木はデータベースを参照に作られた立体ホログラムである。

 

 その辺落ち着いて考えれば、監督のセリフは単なる応援メッセージだと分かりそうなものなのに、ソフィアはまんまそれを「妖精は実在する」と受け止めたらしい。

 バカじゃないんだろうか、この子は本当に。そう思っているマリアをよそに、ソフィアはうきうき気分で足を速めて「あそこですよマリアさん!」と前方を指差す。

 いよいよ目当ての公園にやってきたらしい。

 

 

 

 公園にはそれなりに人がいた。

 この間その映画を放送したばかりなせいか、人々の多くはソフィアと同じく“伝説の木”が目的でやってきたようだ。

 それらしき機械オブジェの前にはぽつぽつと人が集まっていて、「よーし、試しに願ってみるかあ」なんてわざとらしい声をあげる輩もいる。みんなバカじゃないんだろうか。

 

 冷めきっているマリアとは対照的に、ソフィアは非常に真剣な顔つきである。

 何回か深呼吸をした後、

 

「行ってきます、マリアさん」

 

 そう言うと、意を決して“伝説の木”の方へ向かって行った。

 

 あまりに真剣な様子に、遊び半分で来た何人かがさーっと“伝説の木”から退いていく。

 十分なスペースを空けてもらったソフィアは、“伝説の木”の前に跪いて目を閉じると、両手を前にかざして祈りだした。

 

 

「お願い、届いて──!」

 

 

 正直必死すぎて引く。

 ていうかそこまで必死に祈らなくても今すぐ家帰って勇気出して本人に言えばいいだけの話じゃない。

 

(人前でそういう事するのは恥ずかしくないのかしらね)

 

 他人事のようにソフィアの奇行をしらーっと見ていたマリアだが。

 周りから「あんたあの子の知り合い?」みたいな目で見られている事に気づくとやっと我に返った。

 

 全く他人事ではない状況である。

 一緒に並んでこの公園までやってきたし、その上同じ服屋のロゴの入った荷物を半分ずつ持っているので知らない人のふりもできない。

 あんなのと一緒にされてたまるかと、マリアがソフィアをすぐに止めようとしたところ。

 

 

「ちょっと! いい加減に──」

「えっ?」

 

 ソフィアが急に間の抜けた声をあげた。

 手を前にかざしたまま、しばらくきょとんと“伝説の木”を見上げた後。

 

 

「あっどうも、お久しぶりです」

 

 

 何を思ったか、“伝説の木”にぺこりと頭を下げた。

 かと思えば、今度は“伝説の木”に不思議そうに話しかけている。

 

「すみません、ちょっとよく聞こえないです……電波って言うんですかね、こういうの。ここなんか悪いみたいで。えっと──ちょうどよかったって、それはどういう意味ですか?」

 

 

 隣にやってきたマリアが声をひそめてソフィアをたしなめると。

 ソフィアも困ったように声をひそめて言葉を返した。

 

「さっきから一人で何をやっているのよ。妖精さんなんているわけないでしょ」

 

「あ、マリアさん。それが……わたしにちょっと聞きたい事があるって」

 

「だから、妖精なんていないのよ。ねえあなた、本当に大丈夫?」

 

「違いますよマリアさん。妖精さんじゃなくてブレアさんです」

 

 

 それはあまりに常識はずれな返答だった。

 

 ブレア。元上位世界である、FD世界の人間。

 数か月前、自分達の住む宇宙を消滅させまいと乗り込んだ先のあの世界で、自分達の手助けをしてくれた人間。

 あの一件で自分達が住むこの世界と、彼女の住むFD世界とは完全に縁が切れたはずだ。

 なのに、こんな形で再びコンタクトがとれるとは──

 

 

(全く……。ロキシ博士もとんだ「力」を授けてくれたものね)

 

 あまりのとんでもなさにマリアが呆れる中。

 自分の持つ特殊な力、『コネクション』をうっかり発動させてしまったソフィアは照れくさそうに言う。

 

「なんか繋がっちゃったみたいなんです、向こうと」

 

 マリアは首をすくめると、ソフィアのポケットに入っているコミュニケーターを指し示して言ったのだった。

 

「繋げちゃったものは仕方ないわ。──向こうも何か用事があるんでしょ? そのまま知り合いと通話してる風に話し続けて頂戴」

 




プロローグその2終了。
次回から2章です。

・SO2と違い、SO3のキャラはその後を書いた続編がないので、今回だいぶ好き勝手にED後の世界を書いてみました。
 原作ゲーム中にちゃんと書いてあったのは「銀河連邦なくなった」「アールディオン星ごと消滅」「地球壊滅」くらいかな?

 SO3ED後の世界情勢が大変そうだし家庭環境も複雑だしで、今回シリアス分が多めになりましたが……
 この作品の舞台はあくまでSO2なので、SO3時代のあれこれ話はこれ以上やりません。SO3組のシリアスはたぶん今回がピークです。


以下まとめてSO3組のキャラ紹介。

・フェイト(スターオーシャン3)
 SO3本編の主人公。使用武器は剣。破壊の力「ディストラクション」を持つ。
 19歳。地球人の青年。スポーツ万能、父親(故人)は紋章遺伝学の権威。
 SO3での冒険が終わった後は、親元に帰ってのんびり暮らしていた。
 色々アレな事情があるにもかかわらず普通の暮らしができているのは、原作開始前と同じくだいたい親の秘密主義のおかげ。

 形としてはソフィアED後? ですが、ソフィアと恋愛チックな事にはなっていません。依然幼馴染としての関係を続けています。
 爽やかイケメンだったり頑固だったり腹黒だったりで、人によってかなり感じ方が違ったりするキャラ。この作品の彼は……
 メンタルが強いので、貴重なツッコミ役として頑張って貰う予定です。

・ソフィア(スターオーシャン3)
 17歳。地球人。紋章術が得意。空間を繋ぐ力「コネクション」を持つ。
 フェイトの幼馴染で、フェイトに幼馴染以上の想いを抱いていたりする。父親は時空学の権威。
 フェイトと同じく、その後は親元に帰って普通に暮らしていた。

 たぶん一番キャラ崩壊している子。完璧四コマ仕様。
 原作ゲームだとソフィアはあの濃いメンバーの中で唯一といっていいほどの常識的なキャラで、空気読みすぎなくらい空気読める子だったりしますが……

 この作品のソフィアはただのアホの子です。真面目なソフィアが好きな方はフェイトに引き続きごめんなさい。
 空気読みません。読めません。基本何も考えてません。
 ちょっとビビりで泣き虫だったりするけど、ひたすら明るいアホの子です。

・マリア(スターオーシャン3)
 19歳。地球人。銃の扱いに長けている。格闘術も一通りはこなせる。物質を改変する力「アルティネイション」を持つ。
 反銀河連邦組織クォークのリーダーを務めていた女性。
 すべてが終わった後、リーダーの座をクリフに返してフェイト達について行った。

 マリアのその後はほぼ創作です。
 リーダー辞めた後、いろいろ複雑な感情の元に、仲間意識のあったフェイト達についていく事を選択した……という設定になってます。
 ソフィアED時の状況にマリアもくっつけた感じ?
 本人的には仕方なく居候しているので、特に誰ED後というわけではありません。

 以上フェイト、ソフィア、マリアの三人に関しては
 「三人組」という扱いでやっていきます。
 誰が誰とくっつくとか、そういった話はこの作品ではやりません。せいぜいソフィアがフェイトに片想いしているという描写が出てくるくらいです。


・クリフ(スターオーシャン3)
 36歳。身体能力が極めて高いという特性を持つ、クラウストロ人の男性。
 クォークの現リーダー。外交艦ディプロを所有している。

 たぶんクリフ単独ED後。
 マリアが巣立つ所をミラージュや仲間達と見届けた後、また元のリーダーに戻りました。
 という事なので、クリフは今回の件で久しぶりにマリアと会ってたりします。他ディプロメンバーも同じく。

・ミラージュ(スターオーシャン3)
 27歳。クラウストロ人の女性。実家が道場で、クリフとは同門。
 クォークの一員。主にクリフのサポートを担当。
 
 アーリアでお留守番したりなんだりで、上四人に比べて出番が少ないキャラ。
 単独EDの実家に帰るとかいう話はなかった事になりました。
 今も普通にディプロに乗ってる設定です。


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二章
1. 英雄 & よくわからない人と一緒に旅するという事


 なんか変なメッセージ送られてきたんだけど心当たりない? ちゃんと調べに行った方がいいんじゃない?

 

 そんな感じの忠告を前の冒険でお世話になった、元上位世界であるFD世界の住人ブレアより受け、紆余曲折の後。

 マリアが久しぶりに連絡を取ったクリフ達とも一緒に、ディプロごとタイムゲートをくぐって変なメッセージの送り元であるここ、過去のエクスペルにやってきてから二週間くらい経った今現在。

 

 周りに流されるままここまでやってきたフェイトは、夕闇の迫る中、街道脇で酢飯を混ぜ込みつつしみじみ思う。

 

(本当に、宇宙は広いな)と。

 

 

 数か月前、わけあって未開惑星エリクール内を現地住民と一緒に旅した事もあるフェイトは、これでも未開惑星に住む人々のたくましさは十分に知っているつもりだった。

 ──のだが、この現状を落ち着いて考えてみればみるほど、自分の認識は甘かったのだとはっきり思わざるを得ない。

 

 視線を落とせば、自分が酢飯を混ぜ込む桶代わりに使っているのは円形の盾。

 視線を上げれば、すぐ隣ではなりゆきで同行する事になった自称異世界人さんことレナスが、うちわ代わりのなんからくがきが描いてあるカンバスで戸惑いがちに酢飯をあおいでいる。

 

 さらに視線をよそに移せば、そこには自宅で晩ご飯作るがごとく楽しげに鼻歌を歌いながら万能包丁で魚の切り身を捌いている、英雄レナの姿があった。

 

(本当に、すごいよな。こんなところで寿司作れるってさ)

 

 

 ここ屋外だよ?

 エリクールの工房みたいな設備もなんにもない野っぱらで食べられるご飯って、普通たかが知れてるじゃん。せいぜいその辺で魚捕ってきて焼くくらいだと思うじゃん。

 まさか生ものが召しあがれるとは思わなかった。

 

 

 キャンプ飯ってこういうんじゃないだろう。

 心の中でつっこみつつ、フェイトはこれまでの出来事をぼんやりと振り返る。

 

 向こうの四人と別れてからほどほどに歩き続けたフェイト達四人は、暗くなる前に今日の野営場所を決めたのだった。

 荷物を下ろし、水汲みや焚き木集めを始めたところまでは至って普通の野宿形式だったと思う。お嬢様のレナスがレナに指示を出されつつも、思ったより協力的に野営準備を手伝ってくれたのが少々意外だったくらいだ。

 

 おかしくなったのはそこから先、火をおこした後、レナがクリフに持ってもらっていたなんかやたらかさばる道具袋から、次々に道具やら食材やらを取り出し、

 

「それじゃ、晩ご飯を作りましょうか」

 

 と当たり前のように爽やかな笑顔で言ったところからだ。

 

 ここにいるクリフ以外の二人は、まだ知り合って間もない仲間だ。

 これから先、彼女達とうまくやっていくためにも、みんなで協力してご飯を作るという事自体はいい事だとフェイトも思う。場所の是非はともかくとして。

 

 しかしなぜ寿司なのか。

 

 そして兵士達は時に己の装備品を鍋代わりにして調理する事もある、という話自体はフェイトもなんとなく聞いた事はあるが、レナが「これを使ってね」と言ってフェイト達に渡してきた盾もらくがきも飯ごう代わりに使った兜も全部、誰の装備品でもない。

 盾ははなから持ち手がとれている。兜のてっぺんはよほど火に炙られているのか、べこべこにへこんでいる。つまり本来の用途として使われている気配ゼロだ。

 

 もう鍋そのものを持ち歩けばいいのではないか。

 

 

 思い返せば今日昼過ぎに別れたクロードも、当たり前のようになんかやたらかさばる荷物を抱えていた。クロスではセリーヌも買い物の際、当たり前のように米とか肉とか卵とかを買い込んでいた。

 当たり前の事なのだ。

 彼ら英雄にとって、野宿先でも家と同じようにご飯を作るというのは。

 

 それとももしや自分が今まで知らなかっただけで、エリクールがそうではなかっただけで、未開惑星の人々全部にとってこれは当たり前の事なのだろうか。

 

 すぐ隣で酢飯をあおいでいる自称異世界人のどうみても未開惑星人さんの表情からは、フェイト以上にわけもわからずやらされてる感しか伝わってこないが。この人は初対面の人間との距離感さえろくに測れないような、とびきりの世間知らずさんなのでまったく参考にならない。

 ただ自分の常識ではありえない旅のあり方を目の当たりにして、

 

(英雄と旅してるんだな、僕は)

 

 とフェイトは改めて実感するのみである。

 

 

 英雄のすごさをしみじみ感じつつ、あらかた酢飯作りを終えたフェイトは

 

「こんなもんでいいかな」

 

 と呟き手元から目を外した。

 やっぱりわけもわからず手伝っていたらしく、フェイトが手を止めてもあおぎ続けていたレナスに「レナスさんももういいですよ」と声をかけ、ふうと息をついて辺りに目をやる。

 

 気づけばさっきまでは米の番を、そして今は火の番をしているクリフが、若干緊張した面持ちでフェイトに

 

“生ものはまずいんじゃねえのか”

 

 としつこく視線で訴えていた。

 なぜ僕に訴える。そう思うんなら自分でレナに言えばいいだろう。

 強気な視線をクリフに返し、フェイトは今なお楽しそうに鼻歌を歌いながら巧みに包丁を操っているレナの方を見た。

 

 

 

 さて、そんなこんなでいよいよ食事の時間。

 フェイト達が作った銀シャリの上に、レナが捌いたネタを乗せた寿司の完成である。

 今さらできあがった料理を見て思いきり戸惑いを見せるレナスに、この人やっぱなんも分かってなかったかと、他人事でないにもかかわらず同情を寄せるフェイト。

 

「ねえレナ、この料理は──」

 

「お寿司は初めてですか? 大丈夫ですよ、ちゃんと新鮮なやつ使ってますから」

 

 不安そうなレナスに向かってレナはにこやかに言うが。

 ネタの魚はついさっき近くの川で捕った物ではない。道具袋から取り出したところから察するに、どんなに新しくても昨日クロスでセリーヌが買った代物である。

 

「本当に新鮮なんだよな、嬢ちゃん」

 

「クリフさんまで。本当に大丈夫ですってば、わたしこういうの結構詳しいんですから。保存方法とかにもちゃんと気を使ってますし」

 

 念を押すクリフにも言ってから、レナは「ほら大丈夫」と言うが早いか、さっそく寿司を一貫つまんでぺろりと食べてしまった。

 他三人がはらはらと見守る中、レナは笑顔を崩さず寿司を味わい。しばらくしてから「うんおいしい」と満足げに頷く。

 揃いも揃って信じられないものを見た三人は、レナに声をかけられて我に返った。

 

「食べないの? みんな」

「あ、いや……そうだな。食べようか」

「そうだな。食うか」

 

 最年少の女子がまっさきに食べて「おいしい」とまで言っちゃったのだ。こうなってくるとフェイトももう食べないわけにはいかないだろう。

 なんのこれしき、精神ががっつり削られるようなヤバい失敗料理を食べた事くらいならフェイトにだってあるのだ。見た目は普通においしそうな寿司だし、尻込みなんかしていたら「食べ物粗末にするんじゃないよ」なんていうお叱りの声がどこからか聞こえてくるようではないか。

 

 そんなこんなで勇気を出して食べたお寿司の味はというと──

 

 普通においしかった。

 ネタの味に全神経を集中させてみても、口の中に広がるのは酢飯の爽やかな酸っぱさだけ。三途の川をとうに渡りきっちゃったお魚さん特有のアレな風味なんてものは一切感じられない。

 

 どういうわけだか分からないけど、本当の本当に大丈夫なようだ。

 未開惑星で旅がてらにまる一日生でいけるような鮮度を保つ保存方法って、本当にどういうわけなんだ。すごすぎるぞ英雄レナ。

 

「ほう、こいつはすごいな嬢ちゃん。店で食うのと変わらん味だぜ」

 

「シャリ作ったのは僕だけどね」

 

 恐る恐るだった一口めが嘘のように、軽口を叩きつつも次々と寿司に手を伸ばすフェイト達二人。その様子を未だ警戒心を捨てきれずに見ていたレナスも、

 

「大丈夫ですよレナスさん。万が一の事があってもアンチドートがあります」

 

 と笑顔でレナに言われ。

 ついに納得したように寿司を手に取ったのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 食事の時間も大体終わった頃、フェイトの腰につけていた通信機から音が鳴りだした。

 あらかじめ決めておいた、向こうのチームとの定期連絡の時間だ。

 

 レナとレナスの二人が物珍しそうに見る中。

 通信機を手にとり、通話モードに切り替えてさっそく話しかける。

 

「はいこちらフェイト。そっちは?」

 

『ええと、こっちはクロードだ』

 

 返ってきたのは少し慣れない様子の返事。今使っている通信機はクォークの備品なので、彼が使い慣れた代物とは少し勝手が違うのかもしれない。

 どうやら今日別れた時点で通信機を持っていたマリアに代わり、向こうチームのリーダーであるクロードが持つ事になったようだ。

 

 

 ちなみに今フェイトが通信機を持っているのは、フェイトがこっちチームのリーダーだからという事ではない。本来のリーダーはレナである。

 

「使い方わからないし、壊しちゃうかもしれないから」

 

 と言う彼女に代わり、そしてそもそもの通信機の持ち主クリフの

 

「んじゃ、お前がサブリーダーな」

 

 と言うぶん投げにより、結果フェイトが持つ事になったのだ。

 現在進行形で組織のリーダーやってるくせに。この面倒くさがりおっさんめ。そう内心で悪態をつきつつ、フェイトはクリフから通信機を受け取ったのである。

 

 どうせ通信機を持つ役割はチームのリーダーがすべきとかいう話は、ただ気分の問題にすぎない。

 相手の言葉は通話している本人にしか聞こえないわけでもなく、この場にいる四人全員にきちんと聞こえているのだ。通信機の近くまで寄れば、フェイトに代わって他の誰かが相手に言葉を伝える事もできる。

 

 

 一日の終わりに定期連絡をしよう、とは決めたものの。

 なんせ昼間別れたばっかりなので、特に報告する事はない。せいぜい魚はまる一日放置でも生でいけるという驚きをソフィア達にも伝えたいくらいだ。

 

 通信機も名乗った後はうんともすんとも言わない。

 向こうも特に報告する事はないようだ。

 しばし沈黙が流れた後、

 

『元気かい?』

 

 とクロードが気の抜けるような声を発し。

 それを聞いていたレナはフェイトの近くに来て、励ますように通信機に言葉を返した。

 

「ええ、とっても元気よクロード」

 

 英雄好きのソフィアから聞かされ、のちの二人の未来をなんとなく知っているフェイトとしてはさすがとしか言いようがない。

 

(ああやっぱり、この段階ですでにデキてたんだな)

 

 と目の前で歴史に触れている事実を、本人達にバレないようしみじみ実感するのであった。

 

 

 その後『おおー』と感心の声を隠さずに出したソフィアを、フェイトが慌てて止め。クロードとレナの二人が揃って、全員の前で仲睦まじさをアピールしていた事に気づいて慌て始め。それを見てさらにセリーヌが『アツアツですわね』なんて言って二人を茶化す。

 

 そんなやりとりですっかり緊張が解けたフェイト達はそれから、報告する事がないなら仕方ないよねとばかりに、今日別れるまでやっていたような雑談の続きをだらだらと喋り合った。

 

 なんでも向こうの晩ご飯はソフィアの希望通りカレーだったとか、『あんな物が飯ごう代わりになるなんて思わなかった!』というソフィアの驚きぶりとか。

 なんのこっちの晩ご飯は寿司だぞとフェイトが自慢げに言った時ばかりは、聞き手側に回っていたマリアも驚いたように『どういう事?』と言っていた。

 

 レナもクロードもセリーヌも一緒になって会話に参加していた。クリフとレナスの二人はマリアと同じく大体静かに話を聞いている側だったけど、何か話を振られた時にはためらうことなく言葉を返した。

 

 もちろん旅に差し支えないよう、早めに就寝するという事もお互い忘れてはいない。

 ほどほどに雑談した後、「おーい、そろそろ寝るぞお前ら」というクリフの呼びかけをきっかけに、フェイト達は今日の通信を終える事にした。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ええ、明日にはマーズに行けると思うわ。それじゃクロード、みんなもまた明日ね」

 

 最後にレナがそう確認をとり、フェイトに通信機を返した。

 半日ぶりの彼女との会話がよほど嬉しかったのか、通信機からクロードが『またね』と若干なごり惜しそうな声を出す中。通話モードを終了し、通信機を元の位置にしまう。

 と、レナがこんな事をフェイトに向かって言いだした。

 

「見張り番の順番はどうしよっか」

 

 自分とクリフの二人だけでやるつもりだったフェイトは驚いて聞き返す。

 

「いいのかい?」

「いいのって、何が?」

「何がって、そりゃ……」

 

 戸惑うフェイトに向かって、レナは馬鹿にしないでとばかりに胸を張って言う。

 

「わたしは十賢者を倒した“英雄”なのよ? 見張り番のひとつやふたつ、できないわけないじゃない」

 

 言われてみれば確かに。

 あんなたくましい食事の用意できちゃうようなコが、野宿の際の見張り番に参加できないはずがない。ことそういう事に関しては、レナはフェイトより経験豊富だとすら言える。

 それでもなぜか任せては申し訳ない気持ちになるのは、男としてのプライドというやつだろうか。

 

「いや、今日は僕達二人だけでも大丈夫だしさ。レナは気にしないで休んでていいよ」

 

「先の長い旅になるかもしれないんだからそういう遠慮はやめにしましょう。初日の今日こそ、あらかじめちゃんと三人でやるって決めておくべきだと思うの」

 

 煮え切らないフェイトと譲られる気のないレナが言い合っていると。

 様子を見ていたレナスがさらりと言った。

 

「私は数に入れてもらえないのね」

 

 

 フェイトとレナ、二人で顔を見合わせてから、いやいやいや何言っちゃってるんですかと二人して止める。

 

「いえ、レナスさんは本当に気兼ねなんてしなくて結構ですから。見張り番は僕らに任せて、あなたは朝までゆっくりおとなしく休んでてください」

 

「そうですよ、見張り番はわたし達に任せて、レナスさんはちゃんと休んでください。無理して夜ふかしなんてしたらまた朝起きられなくなっちゃうじゃないですか」

 

 見事な信用のなさである。

 レナの方なんかいつのまにか世話の焼けるお嬢様通り越して赤ちゃん扱いだ。

 

「……旅には慣れてるって言ったつもりだけど?」

 

 さすがに納得がいかないのか、さりげなく自ら自分の能力をアピールするような事まで言うレナスだったが、それもまったく効果なし。

 

「はいはい。それは知ってますんで早く寝てください」

 

「そうですよ、今回の旅はお付きの人が何から何までやってくれるようなのとはわけが違うんですから」

 

 いいように言い負かされてうっかりまともな反論もできず、仕方なしについと目をそらした視線の先で、クリフが平然と言った。

 

「俺はべつにどっちでもいいけどな?」

 

 

 ──とまあ、そんなささいな言い合いはあったが。

 結局、野宿の際の見張り番は四人全員で、平等にやる事になった。

 クリフが仲裁に入ったのである。

 

「なんてな。……本人ができるって言ってんだからよ、ここは任せてみたらどうだ。いけそうだったら今後も任せる。無理そうだったらそん時は今夜限り、って事でよ」

 

 

 そう言われればフェイトも納得だ。

 一日二日で終わる旅というわけではないのだ。ついさっきレナには大丈夫と言ったが、見張り番のできる人間はやはり多い方がいい。

 

 英雄であるレナ、よく知った仲のクリフと違って、このレナスというお嬢様の事はまったく分かっていない。

 自分では「旅慣れてる」とか言っちゃってるけど、あなたそれあの岩の上で魚捌く英雄の姿見ても同じ事言えるんですか。

 フェイトは現在、そんな疑惑たっぷりの目でレナスの事を見ているわけだ。

 

 明日は野宿ではなくマーズ内に泊まれる予定だし。

 本当にできるからできると言っているのか、それともただの見栄張りさんなのか。レナスの事を確かめるには、今日はまたとない機会とも言えた。

 

「なに、今日は俺がこっそり見といてやる。それなら平気だろ?」

 

 よほどレナスの事が心配なのか、最後まで渋るレナには、クリフが耳元でこう囁いて納得させた。

 

 

 

 そんなこんなでレナスさんはじめてのおつかいならぬ、はじめての見張り番開始である。

 順番は最初。

 一番負担の少ない時間帯を、次のクリフに交代する時間が来るまで頑張ってもらう事になる。

 

「それじゃ、レナスさんこれ」

 

「これは?」

 

 そう言ってレナが心配そうに、レナスに差し出したのはオルゴール。

 不思議そうに渡された品物を見るレナスに、レナが丁寧に説明する。

 

「魔物よけになってるんです、これ。ここの所をこうやって持って、こうやって回すと音が……」

 

「オルゴールは知っているわ」

 

(そこまでいくとさすがに失礼だろ)

 

 なんてひそかにつっこみつつ、フェイトもオルゴールを見て感心する。

 魔物よけの音が出るオルゴールなんて代物は、フェイトも初めて見たのだ。

 日頃住んでいる先進惑星の環境下はおろか、以前お世話になった未開惑星エリクールの地でも見た事がない。あそこでは確か、特殊な宝珠を使って周辺の魔物の動きを抑制させていたはずだ。

 

 未開惑星って事で全部一緒くたにはできないもんだ。

 ひとしきり感心した後、フェイトは

 

「それじゃあお休みなさい。頑張ってくださいね、レナスさん」

 

 と軽く声をかけ、とっとと横になって目をつむった。

 レナみたいな過保護な心配はしていられない。クリフの次は自分の番なのだ。

 彼女の見張りがちゃんとできてるかどうかの確認も全部クリフに任せて、早いとこ体を休めておくに限る。

 

 クリフもすでに眠ったふりをしている。

 オルゴールの音がゆっくりと鳴りだした。

 

「ええ、大丈夫よ。この音と火を絶やさなければいいんでしょう?」

 

「無理しなくていいんですよ。眠くなったらすぐにクリフさんに代わってもらって大丈夫ですからね」

 

 まだ起きていたらしきレナの声も、本気で子供をはじめてのおつかいに送り出すかのごとき言葉をひとしきりレナスにかけた後、「お休みなさいレナスさん」と言うのを最後に聞こえなくなった。

 

 これでこのメンバーでの第一日目も無事終わったな。

 眠りにつく直前、フェイトはこれまでの状況、これからの事をぼんやりと振り返る。

 

 

 

 ひとつ。

 一体どこの誰が、何のつもりで『宇宙マジヤバい』なんて謎メッセージを、もう自分達の住む世界とは全く関係のない“元”神様、すなわちFD世界のブレアに送りつけたりなんかしたのか。

 

 

 あの世界が自分達の住むこの世界を消そうとした経緯を考えれば、せっかく関わりの切れたあの世界に、こちらの世界の人間が進んで接触を持とうとする事などあってはならない。それは自分達はまだあの世界に干渉できるのだと、そうアピールしているともとられかねない行動なのだ。

 

 そんな事をしたらどうなるか。

 お互いの世界にとってよくない事ぐらい簡単に想像つくはずなのに、よりによっていたずらなんかで──

 

 今分かっているのは、そいつはソフィアと同じく、別世界に干渉できる「力」を持っていて、さらに惑星全体に転送障害を発生させる事もできるという事。

 未来に住む自分達にとってすら全く未知の「力」を持つ存在が過去の未開惑星にいたという事は驚きだが、だからといって恐れるには足らない。メッセージからして、相手は無駄に技術が高いだけのアホだからだ。

 

 そのアホを見つけ出し次第、きつくお灸を据えてやる事。それがこの旅の一番の目的だ。

 

 

 ふたつ。

 自称異世界人のどうみても未開惑星人レナスが探している、元いた場所への帰り道を、どっかの誰かが

 

「もう他に方法ねえしFD世界に残ってるデータベース借りて検索かけりゃ一発じゃねーの」

 

 なんてふざけた事を言い出す前に、なんとしてでもこのエクスペル内で見つけ出してみせる事。

 

 

 そりゃそうだけど。

 縁はすっかり切れたとはいえ、この世界のこれまでの情報は残っているのだ。

 たぶんあそこなら、未開惑星の都市情報を何個か入力しただけで、彼女のいた星の名前もばっちり出てくるはずだろう。

 

 しかし断固として却下である。

 当然だ。むしろ過去の未開惑星人をFD世界に連れていけるとどうして思うのか。彼女にはどうあっても、自分の帰り道をこのエクスペル内で見つけ出してもらうしかない。

 他の仲間はどう思っているか知らないけど、フェイトはこの件では心を鬼にして、最悪の場合は一生をこの星で過ごしてもらおうとまで考えている。

 

 来ちゃったんだったらたぶん帰れるはずだ。とにかくそういう事で頑張ってください。一応こっちも旅すがら協力は惜しまないつもりなんで。

 

 

 みっつ。

 レナ達英雄に、実は知られたらマズイ事がめちゃくちゃいっぱいあるのを気取られないよう、十二分に気をつける事。

 

 

 彼らに接触を図った理由を「なんとなく」で済ませるのは流石に無理があるし、十賢者事件はもう過去の事なので言っても大丈夫だろうという事で、本人達には

「十賢者を倒した英雄として、連邦のデータベースに記録が残っていたから」

 と説明したが──

 

 あれは大嘘である。

 十二英雄の事なんか連邦のデータベース覗くまでもなく知ってる。

 彼らは後の世、つまりフェイト達の時代ではそれほどに有名人なのだ。

 

 そして彼らが有名なのは単に「十賢者を倒したから」というだけじゃない。

 彼らは十賢者を倒した後も、つまり今フェイト達がいるこの時代より先でも、いろいろとすごいのである。

 

 例えば今から二年後の惑星エディフィス。

 五年後のプリシス女史、マナクリーナーなる機械開発、汚染されたエクスペル全体の洗浄に成功。レオン博士に至っては肖像画が紙幣の絵柄にもなっている。

 今まさにフェイト達と行動を共にしているレナだってそうだ。

 現代人が回復の紋章術を使えるのは、この後地球に留学して紋章術による医療研究に精を出した彼女のおかげなのである。

 

 十二人全員というわけではないけれど、大体みんな壮大なアフターストーリーてんこもり。

 その辺の事情を英雄好きのソフィアから聞かされているフェイトにも、つまり彼らの未来がばっちり分かっちゃっているというわけだ。

 

 

 もし、未来から来た自分達が不用意な発言でもしようものなら。それで英雄達が、自分達のこれから先の未来を知っちゃったりなんかしたら。

 タイムパラドックスなるものが発生して、それこそ『宇宙マジヤバい』事になっちゃうかもしれない。

 宇宙を救いに来た自分達のせいで宇宙消滅、なんて事にならないよう、言動には細心の注意を払わなくてはならないのだ。

 

 今のところはレナ達英雄が何か重大な事実に気づいちゃった様子も、未来が変わって大変な事になっちゃった様子もないけど──

 

 頼むからこの後何事もなく、夫婦共々博士達も引き連れて地球に行ってくれ。

 フェイトは現状歴史通りに物事が進むよう始終どきどきしながら、この偉大なるお人よしさん達のお世話になっているというわけだ。

 

 

 

 現状を頭の中でまとめつつ、うつらうつらしながら、フェイトはふと疑問に思う。

 

(あれ? そういえばいつどうやって行くんだろう、地球。二年後には留学してるはずだよな。だとすると……)

 

 本人達はこの旅が終わったら、未来から来たフェイト達に気軽に頼むつもりだという事など、むろんフェイトには知る由もない。

 

 考えても分からない事を考えても仕方ない。

 意識はどんどんうつろになっていく。

 

 満天の星空の下。

 たき火の爆ぜる音と、レナスの奏でるオルゴールの音を聞きつつ、

 

(シュールな情景だな)

 

 と改めて思ったのを最後に、フェイトは意識を手放した。

 



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2. 改めて紋章の森へ

 街道脇での野宿から一晩明けた、次の朝。

 フェイトは最後明け方までの見張り番をしていたレナに優しく起こされた。

 

 鈍った頭で呼びかけに答え、眠気を無理やり振り払いながら身を起こすと、すでに起きているクリフとレナスの姿も見えた。どうやら自分が最後だったらしい。

 レナスの様子をこっそり見て、(本当に大丈夫そうだな)と改めて確認する。

 

 

 夜中見張り番を交代した際。

 クリフに彼女の見張り番の様子がどうだったか聞いてみたところ、

 

「あ? ああー……、まあ大丈夫なんじゃねえの。ふつーにくるくる回し続けてたぜ、オルゴール」

 

 というなんともてきとーな答えしか返ってこなかったのだ。

 

「お前、ちゃんと見てたんだろうな?」

 

(こいつまさか、美女に鼻の下伸ばしてただけじゃないだろうな)

 と疑いの目を向けるフェイトにもクリフは「あー見てた見てた、ばっちり見てたとも」と面倒くさそうに言い返し。大あくびをして、

 

「とにかくあいつなら大丈夫だって。……お前も中々に心配性だな」

 

 とフェイトに言うや、さっさと魔物よけのオルゴールを渡して寝入ってしまったのだった。

 

 そんなこんなでフェイトはまだレナスの事を信用しきれていなかったわけだが。こうやって自分の目で、寝る前となんら変わらない落ち着いた様子のレナスを見ると、その心配もまったくの杞憂だったように思える。

 この調子だと、ただこっちが面倒見てあげるだけのお嬢様だという、彼女に対する認識を少し改めてみてもいいかもしれない。

 

 

(そこそこ旅慣れてるつもりって、嘘じゃなかったんだな)

 

 周りにいくらでも人いるだろうに、進んで見張り番やりたがるなんて改めて変わったお嬢様だ。まあこっちもその方が助かるからいいけど。

 寝起きの頭でフェイトがぼんやり思っていると。

 レナがたき火にかかっている例の調理専用兜からお玉で汁物を掬い、お椀によそってフェイトに渡してくれた。朝食の用意もフェイトが寝ている間に終わっていたようだ。

 

「はいこれ、フェイトの分。どうぞ」

 

 「ありがとうレナ」とお椀を受け取り、全員揃ったところでさっそく「いただきます」とお椀に口をつける。

 

 美味しい。具の大根のほのかな甘みと、なによりこのスープの芳醇な香り。この料理を作ってくれた人間の優しさが、見張り明けで疲れた僕の全身に染み渡るようだ──

 

 などと大げさに感動してから、

 

(うん、朝はやっぱりみそ汁だな)

 

 とまったり落ち着くフェイト。

 細かい事はもう考えない事にする。今日のはちゃんと火通ってるし、昨日のだって結局アンチドートのお世話にはならなかったし。

 野宿先でも朝から美味しいみそ汁が飲めるなんて素晴らしい。もうそれでいいじゃないか。

 

 早くもそう割り切ったフェイトの横では、これまたクリフが普通にみそ汁の味を褒めている。こっちも早々に環境に順応する事にしたようだ。

 

「いいお嫁さんになれるぜ、嬢ちゃん」

 

「やだクリフさんったら。おだてても何も出ないですよ」

 

 クリフに軽い調子で言い返したレナは、そのままの笑顔でレナスに話しかけた。

 静かにみそ汁を頂いていたレナスも、いったん手を止めてレナに返事する。

 

「みそ汁はどうですか?」

 

「ええ、とても美味しいわ。こういうのも、たまには悪くないわね」

 

(似合わないなレナスさん。みそ汁じゃなくてミソスープって感じだ)

 

 その様子を見てフェイトは思う。

 なにゆえ野っぱらで銀髪美人が朝から上品にみそ汁なんぞ飲んでいるのか。彼女を見ていると、せっかく忘れかけていた違和感がふつふつと湧きあがってしょうがない。

 

 おはしよりスプーンの方がいいんじゃないですかね。慣れない手つきながらもそれなりにお上品におはしを持てているレナスを見て、フェイトが内心そう思っている中。

 レナがレナスの様子を見て、意外そうに聞く。

 

「みそ汁は初めてじゃないんですね」

 

「前にね。興味があったものだから、みんなと一緒に食べに行ってみたのよ」

 

「みんなって……お付きの人達と一緒に、って事ですか?」

 

 レナスは懐かしそうに言う。

 首をかしげてから聞いたレナに頷き、その時の事を思い出したのか、微笑みつつ続きを話した。

 

「癖の強い匂いでしょう? だから、文化圏の異なる子達には大体不評だったのよね。こんな腐った匂いのするものが食べられるか、って」

 

「はあ。それはまあ……発酵食品ですからね、みそは」

 

「そういや、俺も初めて食った時は抵抗あったな」

 

 フェイトとクリフの同意にも頷き、

 

「それでみんな散々に文句を言っていたら、今度はみそ汁に親しみのある子達が怒りだしたのよね。私達の食文化をバカにしないでください、って」

 

 とレナスはさらに話す。

 

「それからみそ汁に馴染みのない子達の中にも、みそ汁を擁護する声も出てきて。まずは口にしてみなければ分からないではないか、って大きな声で、人目を忍んで来たはずの店の中で、討論会まで始めて……」

 

「基本お忍びなんだ。ていうか幅広い文化圏のお付きの人達取り揃えてますね」

 

「どんだけいんだよお付きの者達」

 

 

 やっぱり微笑んだまま、「あの時は大変だったわね」と昔を振り返るレナス。

 男二人が感じたままの事をつっこむ中、レナは笑ってレナスに言葉を返した。

 

「仲いいんですねレナスさん、そのお付きの人達と」

 

「そう見える?」

 

「ええそれはもう。雇ってる雇われてる関係っていうより、一緒にいて楽しい仲だから一緒にいるっていう感じがします」

 

「……。そうね。少なくとも私は、彼らの事を大切な仲間だと思っているわ」

 

 やや時間を置いてから、レナスがそう言うのを微笑ましげに見た後。

 レナはふと思い出したように聞いた。

 

「そういえば、レナスさんはどうだったんですか? 初めてのみそ汁の感想」

 

「私? 私は──、どうだったかしら」

 

 しばらく考えてから、レナスはお手上げとばかりに答える。

 

「結局、食べる前と同じ“興味深い”で終わったんじゃないかしらね。レナが作ってくれたこのみそ汁にも悪い感情はないから、嫌いでなかった事は確かよ」

 

「それはよかったです」

 

 にこやかに言った後、レナはちょっとだけ残念そうに言う。

 

「でもそっかあ。レナスさん、すでにみそ汁は食べてたんですね。せっかくだから、レナスさんが住んでるところでは食べないようなのを御馳走しようと思ったんだけどな」

 

 昨日の寿司はそういう事かと、フェイトが今になって納得する中。

 首をかしげるレナスに向かって、

 

「知らないところを旅する時の一番の楽しみって、やっぱり料理だと思うんですよね」

 

 とレナが言う。

 

「あっ、もちろん今はレナスさんにとって大変な状況だっていう事は分かってますよ? でも、旅が好きだって言ってたじゃないですか、レナスさん。だから、レナスさんが元の世界に帰るまで、せっかくだからエクスペルの料理を色々味わってもらおうかなー、なんて……」

 

 言っているうちに自信がなくなってきたようで、最後は「不謹慎ですかね? やっぱり」と様子を窺うようにレナスに聞くレナ。

 レナスは首を振って答え、クリフが補足するように今後の展望を述べた。

 

「ううん、ありがとうレナ。これからも期待してるわね」

 

「その“これから”が、早いとこ終わるといいけどな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その後支度を終えたフェイト達は、野宿先を後にし、再び街道上を東のマーズ村へと向かって歩きだした。

 このペースだと日が落ちる前にはマーズに辿り着けそうだ。

 ひとまず今日のところはマーズで宿をとり、レナスの希望である紋章の森調査は明日にでも行う予定である。

 

 もちろんフェイトは第一の目的、すなわち謎メッセージ送りつけやがったアホを探し出す事も忘れていない。

 といってもこの問題に関して現状できる事は、こうやって歩いている時にたまに自分の携帯端末、クォッドスキャナーを覗いて電磁波の変化を確認する、ぐらいのものだ。

 

 今のところ、いつ見てもどこで見ても、まったく異常な数値は出ていない。

 クォッドスキャナーが壊れているんじゃないかと思うくらい平和だ。自分達をこんなくだらない事に巻き込んだ元凶をとっちめられるのは、どうやらまだまだ当分先の事になりそうである。

 

(やっぱりエル大陸が当たりだったのかもな)

 

 とまで思い始めてきたフェイトだったが、その辺の事は気にしたって仕方ない。

 本命が向こうのチームだったとしても、だからといって自分達の向かう先にいる可能性がまったくのゼロとも言い切れないのである。

 

 

 せいぜい今まで通りクォッドスキャナーでの確認を怠らないようにして、行く先々で現地の人から情報収集もして、あとそのついでにレナスさんの帰り道探しも手伝ってあげよう。

 そう気楽に考える事にして、この先行きの見えないぐだぐだ旅に、フェイトはとりあえず気持ちの区切りをつけたのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 予定通りマーズに到着して、宿をとり一泊した翌日。

 フェイト達は、例のクリフに持たせていたパーティー共有のなんかやたらかさばる荷物袋を宿に置いて、さっそく紋章の森へ出かけていった。

 

「紋章の森で手がかりを探すって、具体的にはどうするんですか?」

 

 森へ向かう前、村の中を歩きながら不思議そうにレナが聞くが。

 話を振られたレナスの方は返事に困ったように考え込む。具体的にどうするのと聞かれても、とりあえず見に行っとこうかな、ぐらいの事しか考えていなかったに違いない。

 

 未開惑星人の彼女にそういう事聞くのは酷だと思うな。自分がどうやって来たのかもよく分かってないんだからさ、この人は。

 憐れむような上から目線で二人のやり取りを見つつ、フェイトはあの初対面の時の、アーリア村長家でのレナスの様子を思い出す。

 

 

 ──あの時確かレナは、村長やら自分の母親やらへの報告で席を外していたんだったか。

 これから一緒に旅をするにあたって、本人の口から自分が迷子さんになってしまった経緯を説明してもらおうと、

 

「帰り道をこのエクスペルで探すって、そもそもあなたはなんで、どうやってエクスペルに来たんですか」

 

 と聞いたところ。

 レナスはだいぶ時間を置いてから、考え込みつつこんな事を言ったのだ。

 

「少し、気になる事があったから──。私は自分の世界の事だと思っていたけど、そうじゃなかったのね。知らない内にこの世界へと繋がっていて、それで……」

 

 まったくまとまっていない話ぶり。

 というか半ば独り言である。

 

「……えーと、つまりなんか気になって覗いてみたらこっち来ちゃったんですね」

 

「そういう事に、なるのかしら」

 

 頑張って翻訳を試みたフェイトにも、レナスはやはり考え込みつつ答えた。

 どう考えてもその時の状況をよく理解できていないとしか思えない様子に、クリフも

 

「そりゃ、その来ちゃった時の場所とやらを見に行ってみるしかねえわけだ」

 

 とレナスの紋章の森調査希望に、すんなりOKを出したのだった。

 

 

 とまあ、レナス本人は何が何だか分かっていないようだけど。

 人が突如発生した時空間の歪みに巻き込まれ、別の星に飛ばされるといった事故はたまに聞く。

 かつて地球にあったムー大陸の人間が、地殻変動だかの影響で遠く離れた惑星ロークに飛ばされたとかなんとか、とにかくその手のやつだ。

 

 恐らく彼女も、そういった類の事故に巻き込まれたんだろう。

 ちょうどエクスペルでは謎の転送障害が絶賛発生中だし、時空間の歪みとかが発生していてもなにも不思議じゃないと、フェイトはそう察していたりする。

 

 そうなると。メッセージ送りつけた奴が転送障害を発生させた奴と同一人物だとすれば、つまり彼女もそのアホの被害者なわけだ。

 残りの一生を全く別の星で過ごすはめになるかもしれない彼女は、その気になればかまってちゃんガン無視で帰る事もできるフェイト達以上に深刻な、アホの被害者であるとすら言える。

 そう考えれば、改めて許しがたいアホだ、とは思うものの。

 

 明らかヤバそうな時空間の歪みに、興味本位で近づいて覗いて、うっかり帰れなくなっちゃったレナスの方に落ち度が全くなかったかというと──

 

(なにやってんだかな、このお嬢様は)

 

 内心ではフェイトはそう呆れていたりする。

 あとついでに、そんなよく分かってない様子のレナスにはにかみながら

 

「なんか変なのあったらつい調べたくなりますよね」

 

 とか共感してたクロードにも、(英雄もか)と驚いてたりする。

 

 

 

 ──まあそんな原因はともかく。

 実際現場に行って具体的にどうするのかというと、そりゃやっぱり行って見るしかない。確かめてみないことにはどうしようもないだろう。

 

「まあなんだ、こいつがエクスペルに来ちまった際の痕跡がなんかあるんじゃねえのかと、とにかくそういうのを調べに行こうって話だ」

 

 結局なんにも具体的じゃないクリフのまとめに、レナは「そうなんですか」と考えがちに答えた。

 

 紋章の森で倒れていたレナスを助けたのはレナなのだ。

 その時に周りの状況もちゃんと見ているはず。その彼女が「行ってどうするのかな」というような反応をするのだから、レナスが元の星に帰れるような時空間の歪みがその場にまんま残されている可能性は非常に低いとみていいだろう。

 それどころか、手がかりゼロという事も十分ありうる。

 

「そうですよね、行ってみないとわからないですよね。あの時はわたしもセリーヌさんも、レナスさんの方に気をとられてたから、なにか見逃してた事があるかもしれない」

 

「ええ。そうね──」

 

 不安をかき消すようにレナは首を振り、前を向いて言う。

 レナスはどこか心ここにあらずといった様子で答えた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 日の差さない薄暗い森の中では、魔物と遭遇する機会も多い。

 レナスが倒れていたと思われる場所に辿り着くまでに、途中四回ほど魔物と交戦するはめになった。

 

 襲いかかってくるのは、どいつもこいつも大した事のない雑魚魔物ばかり。宇宙を救うような冒険をしてきたフェイト、クリフと、十賢者を倒した英雄レナの敵ではない。

 レナスが邪魔にならないよう一歩離れた場所で見守る中。襲いかかってきた魔物達をその都度、三人で軽く返り討ちにしてやったのだった。

 

 

 

 なにもない。

 それが現場を見た時のフェイトの感想だった。

 

 普通にただの森の一角である。

 注意深くその辺を見回してみても、やっぱり期待していたような、あからさまにどこか別の空間に繋がってそうな怪しげな歪みなんてものは見当たらない。

 せいぜいここだけ日辺りがよくて、地面にやたらと木の枝が落ちているくらいか。

 

「なんもねえなあ」

 

 同じく辺りを見ながら言うクリフをよそに、念のためクォッドスキャナーで確認もしてみる。

 といってもフェイトが持っているやつは、多少は奮発したものの、それでも個人所有のごく一般的な端末にすぎない。時空間の歪みを測定できるような専門的な機能もついていない。

 例のごとく電磁波変化をちらと見て、おまけになんとなくそれらしい測定機能を一通り試してみただけだ。

 

 そして結果はやはり異常なし。

 やれやれと機械から目を外すフェイトに、レナが待ちかねたように聞いてきた。

 

「どうだった? 何か手がかりはあった?」

 

「いや、特にこれといってそういうのは……」

 

「……そうなんだ」

 

 フェイトが持っている機械だったらどうにかしてくれるはずだというような期待を寄せていたらしい。手がかりゼロという現状に気落ちするレナを見て、(力になれなくてごめん)とフェイトも若干申し訳ない気持ちになる。

 

 いや、ぶっちゃけ本当に申し訳なく思うべきなのは、レナスの事を心から心配しているレナにではなく。

 実は他に確実に帰れそうな方法あるのになかった事にされているレナスにだというのは、フェイトもちゃんと分かってはいるのだが──

 

《なんだろうねえ、この態度の違い。若さかなあ……》

 

 

 ……たぶん初対面の時に色々ありすぎたせいだな。

 と納得してから、先ほどからずっと空を見上げたままのレナスに、色々と気まずい思いを押し隠しつつ慰めの言葉をかける。

 レナスに対して若干薄情だったりするフェイトではあるが、一応人として、後ろめたい思いがさらさらないわけでもないのだ。

 

「えーと、気を落とさないでくださいレナスさん。まだ旅は始まったばかりですし。今回は残念でしたけど、そのうちどこか他のところで手がかりも……」

 

 がしかし途中で言葉を止め、改めてレナスに話しかけた。

 真剣に上の方を見てばかりで、どうにも話を聞いていないように見えたのだ。

 

「……ってレナスさん?」

 

 呼びかけられたレナスはというと、少々間を置いてからやっと反応を示した。

 今になってこんな事を言う辺り、やはりこの人はフェイトの話を全く聞いていなかったらしい。

 

「何もないわね」

 

 どこか残念そうに言って、また上を見上げるレナス。

 つられるように、フェイト達も上を見上げて言った。

 

「何にも、ないですね」

 

 森の中で青い空を見上げ、さてこれからどうしようかなとぼんやり考え。

 フェイトは唐突に気づいた。

 

 

 そういえば鬱蒼とした森の中なのに、ここだけ日辺りがいいのは一体なぜか。

 

 思いつつすぐ近くにある丈高い木の上方をよく見ると、木の幹が所々剥がれている。

 元々あった枝が、つい最近、無理やり折れたような跡だ。

 

 次いで視線を落とし、足元を見た。

 枝が落ちている。ここだけ、たくさん。

 

 

「まさか」

「空から落ちてきたんですか!?」

 

 フェイトとぴったし同じタイミングでレナも今気づいたらしい。

 かぶせるように驚いて聞くレナ達に、レナスはあいまいに答えた。

 

「ええ。まあ、そうね」

 

「……よく無事でしたね」

 

 改めて驚きつつ、フェイトは上を見上げた。

 木の枝の散らばり方やレナスが見上げている方向からすると、かなり高い所から落ちたように見える。今ここにレナスが元気で立っているのが、わりかし奇跡と言ってもいいくらいの高さだ。

 

 木の枝がクッションになって助かったのか。

 傷だらけで保護されたのだから、全く無事ではないといえばそうなのだが──

 

 時空間の歪みに巻き込まれ、いきなり全く知らない別の星の、しかもお空の上に飛ばされてからに。

 ちょうど通りかかった、エクスペルに現状二人しかいない、回復術の使えるネーデ人の一人レナに助けられるって。

 

(運が悪いのかいいのか、分からない人だな……)

 

 とフェイトが感心する中。

 重ねて礼を言うレナスに、レナは恐縮しながら納得している。

 

「レナ達のおかげね。本当にありがとう」

 

「あ、いえ……。そうか、だからあの時……」

 

(自分で治療したはずなのに、今の今までレナスさんの怪我の理由に気づいてなかったレナすごいな)

 

 とさらに感心するフェイト。

 そういえば前に、ソフィアに回復術のコツを聞いてみた時も……と思い出す。

 

 答えは「知識なんか必要ない。大切なのは気持ちの問題。要するに根性」というバリバリ体育会系なもので、その時は全く信じられなかったのだが。

 現にこうやって元祖回復術の使い手が、レナスさんのなんだかよくわからない怪我を、なんとなくで治しているのだ。

 きっとソフィアの言った事、つまり「回復術に大切なのは根性だから!」も真実だったのだろう。

 

(すごいな根性って)

 

 やはり感心するフェイトをよそに、レナとレナスが話している。

 

「それじゃ、魔物は関係なかったんですね」

「その魔物には悪いことをしたわね」

 

 魔物ならここに来るまでにも何匹か倒しているのに。

 今さらなぜ魔物に悪いと思うのか、フェイトにはさっぱりわからない。

 

 

 首をかしげていると。突如すぐ近くのしげみが、がさがさっと音をたて揺れた。

 揺れたかと思った瞬間。

 魔物が一匹しげみの中から飛び出し、

 

「おらあッ!」

 

 ほぼ同時にクリフが魔物を蹴って、豪快に吹っ飛ばした。

 

 

 フェイトが腰の剣に手をかけた時には、すでに魔物の体は宙を舞っている。

 吹っ飛ばされた後、魔物はその巨体からすると常識では考えられないくらいずさーっと地面を滑り、そのままぴくりとも動かなくなった。

 

 本当に魔物をやっつけたか、行って確かめるまでもない。あれはどうみてもクリーンヒットだった。

 いくらクリフの運動能力が高くても反応が素早すぎる。魔物の姿がみえた時にはもう、クリフの足が魔物の首に届いていたのだ。

 きっとクリフは最初からあの魔物に気づいていて、いつ襲われてもいいように身構えていたのだろう。

 

 フェイトが剣から手を放してそう予想する中、クリフはというと案の定大きく伸びをして言う。

 後ろで見ていたレナとレナスの二人も、落ち着いたとみて喋りはじめた。

 

「っし。やっと静かになったな」

 

「いきなり飛び出てくるなんて心臓に悪いわね、もう!」

 

「飛び出しただけだったわね」

 

 

 ついさっき魔物に黙とうしたばかりなのに、彼女達のこの反応。

 最近の女子……いや、過去の時代の女子はなんともまあ、考え方があっさりしているというか、刹那的というか。

 

(だよな。英雄が、今更魔物一匹の扱いにどうこう言うわけないよな……)

 

 なによりいきなり死角から魔物が飛び出てきたのにこの感想。フリでもいいからせめて黄色い悲鳴ぐらいはあげてほしかった。襲いかかる魔物を前に「僕が守るから大丈夫だよ」みたいなカッコつける隙すらないってどういう事だ。

 

(せめてレナスさんはもっとちゃんと驚きましょうよ。今回はクリフが気づいてたからいいですけど、本当に危なくなったらどうするつもりですか。あんな無反応じゃ僕も気づかないですし、それに……)

 

 

 最近?の女子に慄きつつ、魔物から自分の身を守るので精一杯のくせしていきなり現れた魔物に驚きもしないレナスお嬢様に、フェイトが心の中でダメ出ししていると。

 当のレナスが、全く動じていない様子でクリフにねぎらいの言葉をかけた。

 

「お疲れ様クリフ。そんな事より──」

 

「そんな事より」

 

「……。なあお前、もうちょっと……なんつーの? 俺が言うのもヘンかもしれんが、もうちょっとなんつーか」

 

 クリフはなにやら呆れつつ、言葉を濁してレナスに言いかける。

 が、レナスの方が気もそぞろといった様子でまた空を見上げたので、クリフもそれ以上は言わなかった。

 

「なんかあったらよかったんだけどな」

 

「そうね」

 

 上を見たままレナスは答える。

 フェイトも上を見上げ、沈黙をごまかすよう、なんとなしにレナスに聞いた。

 

「これから、どうしましょうか」

 

 

 空の合間からは、自由気ままに空を飛んでいる小鳥の姿が見える。

 手がかりゼロで帰る道も見当たらず、ただ空を見上げるしかないレナスの現状とはまるで正反対だ。

 

 今までさして深く考えていなかったけど、この状況は彼女にとって、ひょっとしなくてもかなり絶望的なのではないだろうか。

 いくら眺めても、紋章の森上空には時空間の歪みらしきものは何もない。

 来た“道”はどうみてもすでに閉ざされている。

 

 今のエクスペルが時空間の歪みが発生しやすい状況にあるとはいえ、それでも空間が歪むなんて現象はそうそう起こる事じゃない。帰り道を探している彼女の目の前で、そんな都合よく再出現してくれるものなのだろうか。

 残りの一生をこのエクスペルで過ごすという最悪の想定は、考えすぎでもなんでもないのかもしれない。

 

 

 これからどうするつもりなのかなんて、そんなの彼女だってわかるわけないだろう。

 ずいぶん無神経な事聞いちゃったな、という気まずい気持ちと、そんな状況でもレナスが帰れそうな確実な解決法を選択肢に入れない事への後ろめたさが、フェイトの中では半々。

 そんなフェイトの心境を知るはずもないレナが、

 

「大丈夫ですよ、レナスさん。帰り道なんかきっとこの先いくらでも見つけられます」

 

 とやっぱりじっと空を見上げたままのレナスを気づかうように、

 

「あの空の上からは帰れなくなっちゃいましたけど、でもそれだけの事なんですから。これからも旅していけば、レナスさんが違う場所から、元の世界に帰る事だってきっと……」

 

 そう優しく話しかけていた時だ。

 空を見上げたまま、レナの言葉を聞いていたレナスがぽつりと言った。

 

 

「私の世界に、帰る“道”──。そうね。ここから帰れないのなら、直接あの場所に戻れば──」

 

 

 みんなしてその発言を、しかと聞き届けた後。

 しばし頭の中で整理してから、上を見上げたままのレナスに一斉に聞く。

 

「レナスさん、あの場所……って」

「お前今なにげに重要な新情報さらっと言いやがったな」

「どこですか。ていうか何なんですかあの場所って。初耳なんですけど」

 

 やいのやいの言われたレナスは、ようやく目線をフェイト達の方に戻した。

 困ったように、記憶を探るように眉を寄せて言う。

 

「よく覚えていないのよ。霧がかかっていて視界も悪かったし、なによりその場所にはほんの少しの間しか居なかったから」

 

「だからなんだよ“その場所”って。……俺達は、お前が元いた星から、いきなりあそこの上空に飛ばされてきたとしか聞かされていないんだが?」

 

 すかさずクリフがつっこむ。

 やや時間を置いて、レナスは考え込みつつ答えた。

 

「私がこの世界にやって来た時──。あの“道”の先に繋がっていたのは、こことは全く別の場所だったはず」

 

 その当時の事を頑張って思い出しているのだろう。

 説明するというより、自分の頭の中を整理しているような口ぶりで話し続け、

 

「あれは今思えば、“道”の中の出来事ではなかった。……やはり、私の世界にある場所でもなかったと思うわ。私はそこから、また別の“道”を通って、それから……」

 

 そこまで言ったところで、レナスの言葉が途切れた。

 まだ何か頑張って考えてはいるけど、どうやら口に出してちゃんと説明できる事はそれで終わりらしい。

 なんとなく理解したクリフがまとめの確認をしてみせたところで、レナスもそのまとめに反応し、頷いて言う。

 

「つまりこのマーズ上空にあったのはそっちの、二度目の“道”の方の出口、ってことか?」

 

「ええ。私の世界とエクスペルとを繋ぐそもそもの“道”は、ここじゃなく、その最初に通った“道”だったはずよ」

 

 ようするに彼女は、自分がいた場所から直接、マーズ上空に飛ばされたわけじゃなかったらしい。

 事情を理解したレナが元気よく言う。

 懐疑的なフェイトの言う事も跳ね返し、レナスに食い入るように聞いた。

 

「それじゃあその場所を探せば、レナスさんは元の世界に帰れるんですね!」

 

「いやでも、レナスさんはよく覚えてないんですよね、その場所の事。そっちの方の“道”ももう閉じちゃってるかもしれないし、それだけでそこからなら帰れるかっていうと」

 

「いいから! ──レナスさん、その場所について霧が深かった事以外に、何か思い出せる事はないですか? どんな事でもいいですから」

 

 そんなすぐに思い出せるようなら、レナスだってあんな回りくどい言い方はしないだろう。はじめから「これこれこういう場所を探している」とフェイト達に伝えればいい話なのだ。

 案の定むうと考え込んだまま何も言えないでいるレナスに代わり、クリフが言う。

 その言葉を受けて、ようやくレナスも首をかしげつつ答えた。

 

「霧がかっていて周りがよく見えなかったとなると、少なくともそこが見晴らしのいい野っぱらなんかじゃねえって事は確かだな。こんな感じの森の奥地か、山間の奥まった所、ってところか」

 

「色合いからすると、森の奥地……ではなかったと思うわ。あれは──岩壁? ええ、確かにあの時はそんな風景の中にいたかもしれない」

 

「てことは、岩ばっかの場所だな」

 

 二人のまとめを聞いて、レナは真剣な様子で頷く。

 気後れするフェイトにも強気に言い返してみせた。

 

「なるほど、岩だらけの場所ね」

 

「なるほどって……。それだけじゃやっぱり探しようがないんじゃないかな。そんな場所、珍しくもなんともないだろうし、それに……」

 

「これだってちゃんとした手がかりよ。エクスペル中を全部調べなくってもよくなったんだもの、それだけって事はないわ。とにかくエクスペルにある、岩だらけのそれらしい場所を一生懸命探したらいいだけの話じゃない」

 

 レナは本気でその場所を探し出す気らしい。

 果たしてエクスペル上に、霧のかかる岩だらけの場所がいくつあるというのか。

 それにレナは気づいていないだろうけど、レナスの言うその場所は、そもそもエクスペルの中にあるとも限らない。またどこか別の、名前も聞いた事のないような星にあるかもしれないというのに。

 

 フェイトからすると、レナスが最初にやって来た場所を地道に探すという案は、とても現実的とは思えない。しかし他にもっと現実的な案があるとは──、具体的には「ちょっと今からFD世界行ってみませんか」とはもっと言えない。

 結局フェイトも裏表のないひたむきなレナに合わせて、表面的には前向きな賛同をしてみせるしかないわけだ。

 

「そうだね。頑張って探そうか、レナスさんのためにも」

 

 

 そうしてレナスの旅の方針が新たに、「岩だらけな場所を探す」に定まったところで。フェイト達は、レナスがレナに保護された現場を立ち去る事にした。

 とにかく紋章の森上空にはもう何にもない事が分かったのだ。

 これ以上この場にいてもまた魔物に襲われるだけだろう。長居は無用である。

 

 

 

 フェイト達がさっそくマーズ村へ向かって歩き始める中。

 レナスは去り際に、最後にもう一度だけ、自分が落ちてきた空を見上げる。

 

「きっと大丈夫です。レナスさんはちゃんと帰れますよ」

 

「──そうね。もう行きましょう」

 

 後ろ髪を引かれるようなレナスの様子を見たレナは、安心させるように声をかけ。声をかけられたレナスも、微かな心残りを振りきるように、レナに答えてその場を後にした。

 

 

 ☆★☆

 

 

 辺り一面まっ暗闇の中、たき火がパチパチと音をたてて爆ぜている。

 

「帰りたいなあ」

 

 クロードはぽろりと本音をこぼしたが誰にも聞かれなかった。

 というよりもみんな、クロードの方を見てすらいない。

 たき火をはさんで向こう側は、今日も今日とてすごく盛りあがっている。いわゆる女子会、というやつだ。

 

「だから違いますよ! フェイトはただの幼馴染なんですから! 全然そんなじゃ……」

「ムキになって否定するということは、つまりそういう事ですわね!」

「やっぱりあなた、顔に出るのよ」

 

 クロードの現状を見れば察しもつくだろうが、女三人の中に男が一人だけというのは、ぶっちゃけ羨ましくもなんともない。ただ悲惨なだけである。

 

 荷物持ちや水汲みなどの力仕事を任せられるのは構わない。問題はとにかく彼女達の会話に入っていけない事だ。

 クロスを出てレナ達と別れてからというもの、クロードが発した言葉の大半は「はあ」とか「そうですね」とか「そうなんだ」とかいう生返事ばかりである。

 だって旅の方針について真面目に話する時以外、話題は全部女子なんだもん。話振られても返しようがないじゃない。

 

 セリーヌは新しい仲間の恋愛事情に興味津々。

 ソフィアもいちいち年頃の乙女感爆発な反応をしてみせるし、マリアは……二人のようなはしゃぎ方はしないが、かといって男一人で居場所をなくしかけているクロードに温かい手を差し伸べてくれるわけでもない。基本どうでもよさそうに二人の会話を聞き、気が向いた時だけ、たまーに話に加わるという徹底したマイペースっぷりだ。

 なんかもう、一人旅より孤独なんじゃないかとすらクロードは思う。

 

 

「早くクリクに着かないかなあ」

 

 たき火の向こう側を、まるで別世界で起きていることのように眺めていたクロードは、自分の手元にある通信機を見てため息をついた。

 

「岩だらけの場所かあ。一体どこにあるんだろな」

 

 クロードにとってなによりの安らぎの時間である、レナ達向こうチームとの定期報告はついさっき終えてしまった。

 相変わらず北に向かって移動しているだけで報告できる事なんて何もないクロード達と違って、向こうはさっそく今日の紋章の森調査でレナスの事に関する進展があったらしい。自分達にも旅ついでに「岩だらけの場所」を探してほしいという話だった。

 当然クロードの方にも異存はない。「こっちもできる限り探してみます」とレナスの力になる事をはりきって約束し、通信を切ったのだが──

 

 そんな事よりレナ達ともっと話がしたかった。

 クロードの心の奥底にある思いは正直そっちである。

 

 

(いいなあ。向こうは男女二人ずつでさ、今の僕のような思いなんてすることもないんだよな……)

 

 

 フェイトやクリフさんが羨ましい。

 あの二人のどっちかがこの場にいてくれたらいいのに。

 またはそうじゃなくても、レナやレナスさんならきっと話題が全部女子になることもないだろう。

 あの二人のどっちかがこの場にいてくれたらいいのに。

 

 

 向こうチームのたぶん順風満帆であろう旅の様子を想像し。

 多少言葉を交わしただけだったけども、終始落ち着いた雰囲気を見せていたレナスの美人っぷりも思い出し。

 最終的にはいつも見ていた、けれど今は見る事ができないレナの温かい笑顔ばかりを思い出し。

 クロードは人恋しい気持ちいっぱいに、通信機を見てため息をつく。

 

「早く、明日にならないかなあ」

 

 そうして思わず口をついて出た本音の方は、セリーヌ達にもばっちり聞かれた。

 彼女達に格好の話題のエサを与えてしまったクロードは、「今レナの事を考えてましたわね?」「きゃーラブラブー」など口々に言われ、今日も今日とて肩身の狭い長い夜を、ただひたすらに耐え忍ぶのだった。 

 



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3-1. ワケありの町、ハーリー

 ハーリーの町に入ると、すぐに港町独特の騒がしい雰囲気に包まれた。

 町に入る少し前からフェイトもそれとなく潮風は感じていたが、それもそのはずで、港は町の入り口から随分と近いところにあった。

 町の入り口からくっきり停泊中の船が見えるくらいに近い。

 

「まずは港に行きましょう。船の手配をしなくっちゃ」

 

 船。エクスペルで大陸間を移動する際に使用する、唯一の交通手段だ。

 

 

 早足で歩きだしたレナの後ろを、フェイト達三人はぞろぞろとついて行く。

 フェイトとしては初めての町に来たわけだし、まだ時間も早いし、どうせここも何もないとは思うけどもしかしたら何かあるかもしれないし、船の手配は一応一通り町で情報収集してからの方がいいんじゃないか、と思わないでもない。

 その疑問に対する、レナの答えはこうだ。

 

「いいのよ、どうせ何もないんだから」

 

「いやまあそうだけどさ。普通に言いきったね」

 

 断定しちゃうレナにはびっくりだけど、フェイトも確かにその通りだなと思わざるを得ない。マーズも結局平和そのものだったのだ。

 

 クロスの王様からも特にクロス大陸で事件らしい事件が起きているという話は聞かなかったそうだし、それにこの辺りの土地は一見して緑豊かな平原や森や山が続いている。

 レナスが探している霧がかかる岩だらけの場所とも無縁そうともなれば、このハーリーで念入りに情報収集しておく意味はあまりないと言ってもいいだろう。

 なんとなく納得したフェイトに、レナは早足で歩きつつ言った。

 

「ラクール大陸への船がいつ出るかだってわからないでしょ? 早めに手配しておかないと、ここで何日も待たされるはめになっちゃうんだから」

 

 そんなこんなで港に着いてすぐ、近くにいた船員の人に聞いたところ、

 

「ラクール大陸行きの船は二日後に出る」

 

 という事だった。

 昔お世話になったエリクールでは船に乗る機会がなかったためよく分からないが、フェイトとて未開惑星に先進惑星並の交通の便があるとは思っていない。レナの言い方から相当待たされる事になるかもと考えていた分、二日後と聞いた時は「意外と早いな」と声に出して感心すらした。

 

 クリフもレナスもまあそんなものだろうという落ち着いた態度を見せる中。

 四人の中で唯一エクスペル事情に詳しいレナだけはなぜか

 

「もうちょっと早く出ないですか? 例えば明日とか、今日とか」

 

 などと船員の人にしつこく聞いていたが、いくら聞いても出ないものは出ない。

 

「二日後だったら別にそれでいいんじゃないか? 買い出しもあるし。一応、それなりに情報収集とかもしておきたいしさ」

 

 フェイトがそう言ってなだめたところで、レナもようやく二日後に出る船を待つ事に同意したのだった。

 

 

 

 そうして船の手配を終え、港を出て

 

「それじゃ、宿に行きましょう」

 

 と若干緊張した面持ちでレナが言い、再びフェイト達を引き連れ、宿のある町の中心部に向かって歩きだして数分後。

 フェイトはレナがやたら早くラクールに行きたがっていた理由を察した。

 

 どうやらレナは、このハーリーに会いたくない人がいるらしい。

 どうしてそう感じたかというと──

 

 まあ今目の前歩いているレナのあの様子見て、察しない方がどうかしてるっていうか。とにかくそれくらいレナは「お願いだからわたしに気づかないで」とばかりにこそこそしているのだ。

 ずっと黙ったまま、下を向いて早足。

 よほど顔バレしたくないのか顔も手で隠している。

 

「あの、……レナ?」

 

 歩き方が不自然だよレナ。

 そう言おうとしても、レナは無言で手をやってフェイトの呼びかけを止めさせるだけ。

 自分はレナじゃないから今話しかけないで、という事らしい。

 

 本人がそんな様子なので、誰もそれ以上話しかける事もできず。

 こそこそしているレナにつられて、なんとなく話す声も小さくなる。

 

「とても怪しいわね」

 

「というか、こそこそしすぎて逆に目立ってるんじゃないか、あれ」

 

「あの様子じゃ、恐らく周りも見えてねえだろうな」

 

 ひそひそ話しつつ、レナの様子があまりに必死なのでやっぱり本人には何も言えない。

 フェイト達三人はレナを見守るように、静かにレナの後ろをついていった。

 

 

 片手でダメなら両手でも隠す。

 そんな風に必死にこそこそしているレナの顔の露出率は、道行く人が増えるにつれ減ってゆき、大きな店の看板が見えた辺りでとうとう限りなくゼロに近くなった。

 そしてさらに町の中心部に差し掛かった辺りで、もう手では隠しきれないと悟ったらしい。

 レナはいきなりちょうど近くにいたレナスの後ろに回り込んだかと思いきや、腰を屈め長い銀髪をかぶるようにして、顔を彼女の背中に突っ込んだのだった。

 

 思いっきり怪しいよその歩き方、などとフェイトが止めるスキもなかった。というより、実は止めなかった。

 なぜ止めなかったのかというと──

 

(ごめんレナ……と、レナスさん。ちょっとおもしろい)

 

 まあこういう事である。

 

 

 往来をすれ違う人々が、かなりの確率で、レナ達二人の方に好奇の目を向ける中。

 距離をやや多めにとって後ろを歩きつつ、あくまでも平静を装った表情で、フェイトは前を往く二人を見て考える。

 

 別々の二人がまるで四本足の生物になったかのように縦に連なり、後ろの人が少しガニ股ぎみになりながら歩くというこの光景。

 僕は以前何かの際に、データベースで見た事があるのではないだろうかと。

 

 はて、あれはなんだったか。

 確かあれは地球の、とある東方の──

 

 

(そうか、獅子舞か! 獅子舞に似ているんだ!)

 

 

 ……などとフェイトはどうでもいい事を思い出せてすっきりしているが。

 普通に歩いていただけなのに巻きこまれたレナスにとっては、当然ながらたまったものではない。

 なにしろレナの顔だけはしっかりと隠れているせいで、周囲の人間の好奇の目は揃って獅子舞の顔部分、すなわちレナスの方に向けられているのだ。

 

「……レナ。普通に歩きましょう?」

 

 日頃慣れているものとは全く違った種類の人の視線を受けつつ、困ったような心配したような顔で、レナスは背中にひっついたレナにそっと語りかける。

 レナは応えずただ無言で宿の方向へと、レナスの袖を引っぱるだけだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 宿の中に入ったところで、やっとレナはレナスから離れた。

 いそいそと二部屋分の手続きを済ませ、レナは一直線に部屋へと向かう。

 

「そんじゃ、俺らも中に入るか」

 

「……。ええ、そうね」

 

 レナにひっつかれて気が疲れたのだろう。

 レナの後ろ姿をぼんやりと見送るレナスにもう一回心の中でごめんなさいした後、さっそくフェイト達もレナの後に続いて部屋に向かった。

 

「理由を聞いてみよう。部屋の中でならレナも話してくれるんじゃないかな」

 

 

 部屋の中で、レナはだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 しかし窓のカーテンは中ほどまで閉められ、レナ自身は死角に座って外から見えないようにしている。そのせいで昼間だというのに、部屋の中はやけに暗い。

 

「そこまでして会いたくない人って、一体誰なんだい?」

 

 さっそくフェイトが聞くと、レナは驚いて顔をあげた。

 

「えっ? どうしてわたしが人から隠れてるってわかったの?」

 

 不思議そうに聞くレナに、聞かれた三人の方は揃って顔を見合わせる。

 どうして何も、どっからどうみてもそうとしか思えない様子だったし。そしてそのせいでむしろめちゃくちゃ目立ってたよ。

 

 正直に答えるならそうなるが、今さらそんな事言われてもレナだってもうどうしようもない。

 無駄に動揺させるのはよくないだろう。ていうかちょっとおもしろかったから止めずに見てたなんて、色んな意味で言えるわけがない。

 結局フェイトは遠まわしな表現でごまかした。

 

「え……と、なんとなく、レナの様子がおかしかったからさ」

 

「わたしの様子が? うーん……、そんなにおかしかったかな」

 

「まあなんとなく、察せるくらいにはな。──で、だ。一体誰から隠れてんだ、嬢ちゃんは。隠れてる事は間違いねえんだろ?」

 

 自分の行動を振り返ろうとするレナに、重ねてクリフが言う。

 

(そういえばクリフも止めなかったな)

 

 今さら共犯がいた事に気づくフェイトをよそに、クリフの巧みな誘導にのせられたレナはため息混じりに話し出した。

 

「それは……。さっき港で船員さんが話してましたよね? 町の方には柄の悪い連中がいるらしいから気をつけろって」

 

「ああ、そういやそんな事も聞いたな。て事はそいつらか」

 

「……はい。前にこの町に来た時に、わたし、その人達とちょっと揉めたことがあって……」

 

 レナは憂鬱そうに言って言葉を濁した。

 よほど話したくない出来事があったのだろうと、フェイトの方も察した。

 後の世では英雄だなんだと言われ、魔物との戦闘にも慣れていても、レナはやっぱり年頃の女の子なのだ。柄の悪いチンピラに絡まれたりなんかしたらそりゃ嫌に決まっている。

 

「なるほど。隠れたくもなるわけだ」

 

「ええ。できる事なら、このまま向こうも気づかないでいてくれるといいんですけどね」

 

 チンピラというものは、そういう揉め事を結構しつこく覚えていたりする。

 レナがそのチンピラ達と揉めたのがどれくらい前の話なのかは分からないけれど、見つかったら恐らく厄介な事になるだろうな、というのはフェイトにも予想がつく。

 なにを隠そうフェイト自身も、かつてチンピラのような奴らのご厄介になった事があるのだ。まあただ絡まれたレナの場合とは違って、その時はフェイトの方が自ら進んでチンピラの元に殴り込みに行ったようなもんだったけれども。

 

「その人達はレナの顔もしっかり覚えているのね?」

 

「うん……。だから船が出るまで二日間、わたしこのまま宿にいようと思うんです。あの人達も、さすがに部屋の中まではおしかけてこないだろうし……」

 

 このまま隠れてやり過ごすつもりだと、レナはみんなに言う。

 きっとそれが一番いい方法なのだろう。

 そのチンピラ達がレナに気づいていないということも十分にありえるし。それに仮にあの珍妙な光景をばっちり目撃されていたとして、たかがチンピラが、こんなしっかりした造りの宿の個室にまで襲撃しにくる度胸があるとは到底思えない。受付で門前払いを食らうのが関の山だろう。

 

「そうだね。レナは部屋から出ない方がよさそうだな」

 

「なんだ、つまんねえな。返り討ちにしてやろうと思ったのによ」

 

「未来から来た人間が町の中で派手に暴れていいと思ってんのか? そんなに面倒を起こしたいのかクリフは」

 

 フェイトが間髪いれずにクリフの発言を咎める。

 どうしてこのおっさんはいつもこうなんだろうか。なんでもかんでも返り討ちにすりゃいいってもんじゃないだろう。レナが宿から出なければいいだけの話なのに、下手に事を荒立ててどうする気だ。

 

(この脳筋バカめ)

 

 などと、かつて後先考えずにチンピラ共の巣窟に一人飛び込んだりした自分の事をすっかり棚に上げて、クリフをじろりと睨んだ後。

 フェイトは肩をすくめて言った。

 

「それにしても、そいつらはよっぽどヒマなんだな。ちょっと揉めたくらいでレナのこと追いかけまわすなんてさ」

 

「本当にね……。いい加減諦めてくれればいいのに」

 

 レナは心底うんざりした様子で呟く。

 その言いようからすると、そいつらは前にちょっと揉めただけのレナの事を本当に今でも執念深く狙っているらしい。どこまでヒマなチンピラ達なんだ。

 

「やっぱりとっちめたほうがいいんじゃねえか、そいつら」

 

 クリフが拳を打って言うと。

 レナは急に焦ってクリフを止めだした。

 

「え、えーと、それはちょっと……、やめた方がいいです、絶対に」

 

「迷惑してるんだろ? そういう奴らは少しぐらい痛い目見ねえとわからねえって」

 

「だ、だめです! 絶対にだめです! あの人達と関わったら本っ当にろくな事にならないですから!」

 

「そうなのか?」

 

「そうです!」

 

 レナは力強く言いきった。

 とにかくそいつらと関わりたくない、というのがレナの気持ちなのだろう。

 

「とにかく、わたしがここで二日間じっとしていればいいだけなんですから」

 

 言われた通りクリフが素直に引き下がったのを見て安心してから、レナはフェイト達全員に向けて言った。

 

「ハーリーの事は色々みんな任せになっちゃうけど、お願いね。お店の場所は教えるから……」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 なんかやたらかさばる荷物一式とレナとを宿に残し、パーティー共有のお金のつまった財布をレナから受け取ると。

 フェイト達三人はまた、ハーリーの町へ出かけていった。

 

 目的は当初の予定通り町の人々からの情報収集と、旅に必要な品々の購入。

 情報収集の方は念のためにやっておくだけだ。どうせそんな大した情報もないだろう。

 勝手の分からない場所という事もあって、手分けはせずに三人全員揃って行動する事にした。

 

 フェイトとしてはぶっちゃけ、(手分けしないんだったら自分とクリフの二人だけでもいいんじゃないかな)という気もしなくもない。

 別に邪魔なわけじゃないけど、かといってレナスさんいたからって特に戦力になるわけでもないし。

 結局レナスもついてきたのは、レナがそうする事を彼女に勧めたからだ。

 

「わたしは一人で大丈夫ですから。せっかく新しい町に来たんですから、ちゃんと見ておかないと損ですよ」

 

 レナスの方もそれでも宿に残るとは言わなかった辺り、やっぱり町の様子が見たくて仕方なかったんだろう。気遣われる前に「いいから行ってください」とは、レナもなかなかに彼女の扱い方を心得ているというかなんというか。

 

 

 さて、そんな風に土地勘ゼロの未来人二人と観光気分の迷子の自称異世界人の三人組は、ハーリーの町をそれなりに歩き回った。

 現地人のレナなしでの行動には最初こそ戸惑ったが、港町という事で人の出入りも多く、誰もフェイト達のようなよそ者を怪しんだりはしない。特に面倒が起きる事もなく、なんとかそれなりに町の人々から情報を得る事ができた。

 

 予想通りここも何にも異常なし。レナスの探している場所の情報もなし。

 

 その代わりと言ってはなんだが、例のチンピラ関連の話は多く聞けた。

 いわくそのチンピラ達は町の北、小高い丘の上にある『元ザンドの屋敷』にたむろっているらしい。頭に“元”がついているのは、この間代替わりしたからなのだとか。

 とにかくやばい人達だから関わっちゃダメだとかなんとかレナと同じような事を町の人達にも言われ、言われる前から関わる気のないフェイトも「はい、気をつけます」と素直に教えてくれた町の人達に返したのだった。

 

 一通り情報収集を済ませたところで、フェイト達はレナから教わった店に向かった。

 食料品の類いは船が出る前日に買った方がいいだろう。ここではそれ以外の雑貨、すなわちレナが野宿の際に使用している、魔よけのオルゴールのような品物を購入する予定である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 天井近くまで様々な品物が積まれた、埃っぽい道具屋の店内。

 エリクールとはまた違った、未開惑星ならではの技術を使用していると思われる謎の品物の数々に囲まれつつ。

 一つの品物の前でフェイトは自信なさげに呟いた。

 

「これ、なんだろう」

 

 言葉通り、何が何だか分からない。

 大体が今初めて目にする品ばっかりなのだ。判別つくのはせいぜいベリィ系やリザレクトボトル等の回復アイテムみたいな、エリクールでも見た事あるような物ぐらいか。

 

 店の名前が『古物商がめつき堂』という事で、ここでは客から売られた品も相当数扱っているのだろう。怪しげな薬品やら彫像やら絵画やら、とにかくそんなわけの分からない品がごちゃごちゃになって置かれている。

(まさに道具屋の玉手箱だな)

 なんて思って見ていたら、その名の通り『玉手箱』と商品タグに書いてある品まで普通に置いてあった。

 

 クリフもただうろうろと店内を見て回り。店の入り口付近ではレナスがなんか中で炎がちらちら燃えてるような宝玉っぽい何かを、不思議そうにじっと見つめている。

 ここはレナが教えてくれた確かな店だからいいようなものの、そうでなかったら自分達は確実に真っ先にカモにされる客であろう。

 

 まあフェイト達は現状何か必要性があってこの店に来ているわけでもない。

 見ての通りこの体たらくだし、レナも「欲しいのあったら買ってきていいよ」ぐらいの事しか言わなかったのだ。

 

 ひやかし半分に店を見て回り、最後に自分達でも使い道が分かるような無難な回復アイテムをちょっと買って宿に帰ろう。

 そんな程度の気持ちでフェイトは店の品々を見て回った。

 

 

 ある程度見て回ったが、やはりどれが有用そうなアイテムなのかはさっぱり分からない。

 せっかくだからこの際ちゃんとした鍋でも買おうかと思いついたり、けどこういう所で売ってるようなやつは『火属性半減』みたいなヘンな機能があったりするんじゃないだろうかと思いとどまったりしていた時。

 事件は起きた。

 

 

「おいフェイト、これ見てみろよ」

 

 いきなりクリフに話しかけられたフェイトは、振り向きざま、やたらにやついているクリフが持っていた一体の彫像を見て噴き出したのだった。

 

 

 ずばり女性型の妖精っぽい彫像である。

 

 と説明しただけでは、この時のフェイトの動揺っぷりは分からないであろう。

 というわけで詳細をよりこと細かに述べるならば、その彫像はむっちむちのばいんばいんの、ないすばでーの持ち主だという事だ。

 

 「人間じゃないからセーフ」と言わんばかりに申し訳程度の羽が背中についている事以外、どうみても人間をそのまま縮小したようにしか見えない。「だって私妖精ですもの」と言わんばかりに薄布一枚を腰に巻きつけただけのあられもない姿でいるくせに、どうみても人間のメスにしか見えない世俗的な誘惑ポーズまでとっている。

 

 まあそんなある意味芸術の高みに達した素晴らしい彫像を、フェイトは動揺しながらも、その一瞬でこと細かにまじまじと観察しきったわけだ。

 

「お前っ、これ、こんなの一体どこから……」

 

「すげえだろ? さっきあの辺で見つけたんだけどよ、……」

 

 動揺したままそれでも彫像をちらちら見つつ、にやついているクリフに聞くと。

 クリフの方も誇らしげに答えてくる。

 

 

 ごく普通の、健全な男二人のやり取りである。

 男二人だけでだべってる分には、何も問題ないやり取りである。

 じゃあ何が問題なのかというと──

 

《あらあら大変! 誰かちゃん忘れてるわよ、あの子たち!》

 

 

 

 ……というわけで、今まで店の入り口付近で一人静かに品物眺めてたレナスは、なんかいきなり騒がしくなったフェイト達の方が気になったらしい。

 

 様子を窺うために、フェイト達二人の元へ近づいて行き。

 ある程度近づいたところでようやくフェイトもレナスに気づいたがもう手遅れで。

 レナスはフェイト達に「どうかした?」と聞くまでもなく、クリフが持っている彫像を見て動きを止めた。

 

 確実にやや引きの表情である。

 

 

 フェイトの思考は一瞬完全に停止した。

 ついではっと我に返り、自分の置かれている状況に気がつく。

 

 エロい彫像。

 にやついているクリフ。

 それと一緒になって喋ってた僕。

 一言も発せず、これ以上一歩も近づかずに僕達見てるレナスさん。

 

 そして気づく。

 彼女のあの表情は、エロい彫像とそれを持ってるクリフにだけ向けられているわけじゃない。確実に僕も含められていると。

 

 

 無言のレナス、愕然とするフェイトをよそに、クリフは相変わらずにやけ顔だ。

 彫像を隠しもせずに、憎いこんちくしょうはあろうことかイイ笑顔でレナスに話しかけた。

 

「おう、すげえだろこれ。こんな道具屋においてあるから一体何かと思えば……」

 

「ば、ばか野郎! お前これ……どこから持ってきたんだこんなもの!」

 

 今さら必死になって、この彫像と自分とは一切無関係である事を声を大にしてアピールするフェイト。

 

「僕達は旅に必要な物を買いに来たんだぞ! こんな旅に関係ない物見てどうするんだよ! 戻してこい、今すぐ!」

 

 これはクリフが勝手に持ってきただけなんだ。僕は悪くない、僕は真面目に買う物を考えていたはずなんだ。クリフがいきなり見せてきたから僕もつい気になっちゃっただけなんだ、レナスさんに見つからなくってもこんなものいつまでも見る気なんかなかったんだ僕は悪くない……

 などとフェイトがひたすら自分に言い訳しながらクリフを叱っていると、

 

「まあ旅に関係なくもねえけどな、これ」

 

 クリフの方は、悪びれる風でもなくあっけらかんとそう言い返してくる。

 

「はあ? これがどう旅の役に立つっていうんだよ」

 

「ほれ」

 

「あ。本当だ、『戦闘用』って書いてある」

 

「だろ? そう書いてあんだからなんか役に立つかもしれねえって」

 

 クリフが裏返してみせた、彫像のおみ足にくくり付けられた『戦闘用』のタグを言われるままじっと見つめ

 

「戦闘用か。どう使うんだろうな、これ」

 

 とまで口に出して考えてしまった後で、フェイトはまた我に返った。

 

「──そうじゃなくて! 旅に関係あったとしても、こんなもの買えないだろう!? こんなものどうやって戦闘中に使うんだよ! レナもレナスさんもいるんだぞ! こんなもの二人の前で使ってみろ、ドン引きもいいところじゃないか! 大体だなあ……」

 

 フェイトは再びクリフを叱り始めた。

 クリフなんかと一緒にされたくない。僕はそんなセクハラはしない。

 肝心のアピール対象の女性はもうすでにその場にいなかったりするが、そうアピールする事に一生懸命なフェイトも、しょーがねえなとフェイトの説教に付き合っているクリフもその事には気づかないままだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「……で、何か言う事は?」

「正直すまんかった」

 

 比喩ではなく小一時間程説教したと思う。

 クリフの謝罪は口から出まかせというわけでもないが、なによりこれで終いにしたいという願望が声のトーンには表れている。叱っていたフェイトの方も、これ以上こんなしょうもないやり取りをする気もないくらい疲れていた。

 

 二十分を過ぎた辺りからは自分でも何を言っていたのか覚えてない。

 ていうかそもそもなんでこんなに力いっぱいクリフを叱り続けていたのかすら思い出せない、まあとにかくそういう状況だ。

 

 お互いようやく静かになり、落ち着いて息を整えたところでカラスの鳴き声が聞こえ、そのタイミングを見計らったかのように店員の青年が来て閉店を告げた。

 

 気がつけば、店内にはフェイト達と店員の青年と店主のおやじしか残っていない。

 しかも閉店を告げた店員はすでに、てきぱきと店じまいの支度中だ。

 フェイト達が店を出るのを待っていた節すらある。

 

 

「で? あんたら何か買うの、買わないの」

 

 店の奥のカウンターで不機嫌そうに腕を組んでいた店主にそう言われたフェイトは、店じまい中の店内を一通り見回した後、クリフの手にある彫像に視線を移した。

 視線を受けたクリフも、何も言わずに彫像をフェイトに手渡す。

 渡された彫像をカウンターまで持っていくと、フェイトは店主に言った。

 

「これください」

「まいどどうも」

 

 決して買いたくて買うわけじゃない。これはしょうがない事なのだ。

 これだけ長居して何も買わないのはどうかと思うし、かといって今から品物を選ぶような時間はないのだから。

 重ねて説明するが、フェイトは決して、戦闘中にこれを使うとどうなるのかが気になったわけじゃないのだ。

 

(まあ役に立たないってことはないよな、たぶん。『戦闘用』だし)

 

 などとフェイトは自分に言い聞かせながらお金を払い、店主が品物を包むのを眺めている。

 品物を買ってくれた事についてか品物の内容についてかは知らないが、不機嫌そうだった店主の顔もかなり和らいでいた。少なくとも彫像をカウンターに置いた時、フェイト達を見る目が「許す」と言っていた事だけは確かだ。

 

 ちなみに彫像はその精密さの割には安かった。

 これも消耗品なのだろうか、回復アイテムを二十個まとめ買いするより安い。この値段ならレナにもバレないだろうと、フェイトも安心して代金を支払ったわけだ。

 

《レナちゃんにバレるバレない以前にすでに誰かちゃんの方に発見されてるじゃない》

 

 ──という、現実を直視する事もすっかり忘れて。

 

 

「あんたがたも好きだねえ。あんな上玉がそばにいるっていうのによお」

 

(そんなことより品物の包みが甘い。もっとしっかり包んでくれないと)

 

 品物を包みながら店主がまさにその誰かちゃんの事に言及したが、フェイトの方はまだ忘れている。店主の言葉も余裕で聞き流した。

 だって包み損ねた紙の端から、彫像のおみ足がチラチラ覗いて見えるんだもん。これじゃレナにバレちゃうじゃん。

 

 内心気が気じゃないフェイトとは違って、クリフの方は店主の話をちゃんと聞いていた。

 一時間ほど前にドン引かれた現場である後ろを振り返り、そこに誰もいない事を確認したクリフは、今さらながらに首をひねって言った。

 

「? そういえばあいつ、さっきから見ねえな」

 

「あんたがた……、それが美人ほっぽっといて言うセリフかね。お連れさんならだいぶ前に出ていきましたよ。先に帰ったんじゃないですかね」

 

 言って店主が包み終わった品物をフェイトに渡す。

 受け取った品の包装を軽く自分で手直しした後、フェイトもようやく二人の会話の内容に意識がいった。

 

 言われた通り後ろを振り返れば、いると思っていた場所にレナスがいない。

 「一人先に宿に帰った」という店主の推測に頭をかしげていると。

 店主がなぜか、気の毒なものを見るような顔でフェイト達を諭してきた。

 

「そりゃ呆れられますよ、「こんなもの」持って熱い議論しだしたら。あんたらまだ若いから分からんでしょうが、所詮「こんなもの」は「こんなもの」なんですよ。現実の女より「こんなもの」優先させてダメになっちまった奴たくさん見てますからね、あたしは。程ほどにしておくのが一番なんですよ、本当は」

 

「違います。僕達そういうのじゃありません」

 

 フェイトは即座に否定しているが。実際フェイト自身何を喋っていたのか覚えていない後半三十分くらいは、このエロい彫像に関するクリエイター個人としての解釈を延々と垂れていたりする。

 やれ造形はいいがセンスが露骨すぎるだの、しかし製作者の情熱は見事に伝わってくる一品だの……

 客観的に見れば店主の誤解は、誤解でもなんでもない。

 

「そうですかね? それならいいんですけどね……」

 

「ええ本当に。「こんなもの」にのめり込みすぎてダメになったらいけませんよ、お客さん」

 

 店主に続いて店員の青年までそんな事を言っている。

 繰り返すが、フェイトとしては本気でそういうつもりで彫像を買ったわけではないのだ。親切心で言っているのだろうが、そんな事本気で心配そうに忠告されても余計なお世話だとしか思いようがない。

 

 

 まあ初めて訪れた客の人生まで心配してくれるくらいだ。

 レナが言った通り、ここが確かな店だという事は間違いないのだろう。

 

「明日も利用させてもらいますね」

 

 店主達の忠告を話半分に聞き流して否定した後。

 買った包みを大事に抱え、フェイトはクリフと一緒に店を出た。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 店を出ると、まるで待ち構えていたかのように誰かがフェイト達の方に寄ってきた。

 もう日は暮れかかっており、今までずっと屋内にいた事も相まって余計に西日が眩しい。相手は光の方向から来るので寄ってくる人物が誰なのかわからず、二人ともしばらく目を細めて見ていた。

 

 相手は若い男で、ひどく怯えているようだった。

 

「あんたら、青と金髪の二人組。……あんたらだな。伝言を預かっている」

 

 男はそれだけ言うと、震える手でフェイトに紙切れを渡し、逃げるようにその場から立ち去っていった。

 日の光にようやく目が慣れてきて、二人とも本当に知らない人だとわかったのは、すでにその男が立ち去った後である。

 

「なんだあ? あれ」

 

「誰だろう。この町の人かな?」

 

「とりあえず、渡された紙でも見てみるか」

 

 クリフに促され、渡された紙切れを二人揃って見る。

 そこには、きれいな文字でこう書いてあった。

 

『黙って先に店を出てごめんなさい。私は今、レナの事で元ザンドの屋敷にいます。手厚いもてなしを受けているため宿に戻るのは少し遅くなりそうですが、今日中には帰ります。心配はしないでください』

 




・一応補足。
 『がめつき堂』の品揃えは原作ゲームと異なってます。ゲームでは本来売ってない品も、本文で書いた通り「客から売られた」という設定で店においてあったりします。
 品揃えはんぱないのは……英雄ごひいきの店だから?

以下、おまけの小話プロット。
 本文に入らなかった小話(ていうか大体エル大陸クロード編)は、こんな感じで今後もちょいちょい後書きに載せていこうかと思います。
 すまんクロード、エル大陸のみんな…すまん…


・名前紛らわしい問題。

 「レナ──」まで言うと、ちょいちょい呼んでない方にも反応される件について。
 “レナ”と“レナス”が同じパーティーなのって、どうなの?
 
 フェイトが提案。
「すみませんレナスさん。この際“メリル”でいいんじゃないですかね」
「……。それは、私も考えないではなかったけど」
 
 じゃあメリルでいいや、みたいな流れになりそうなところで、レナが猛反対。

「いいわけないじゃないですか! レナスさんはレナスさんでしょ!?」
「いや、でもさ」
「いざという時、どちらが呼ばれているのかとっさに判断がつかないのでは困ると思うのよ」
「それでもだめっ! 呼び方なんかフェイトが紛らわしくないように気をつければいいじゃない! 頭になんかつけるとか! ──とにかく、レナスさんは自分の名前をもっと大切にするべきだと思います!」

 結局レナス個人に話しかける時は
「すみませんレナスさん」ってフェイトが毎回毎回謝るみたいな事になりました。
 なんだこれ。


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3-2. 殴り込みパーティー

「一人くらい残しておいた方がよかったかもな」

 

 屋敷の入り口付近の柵から引っこ抜いて拝借した、手ごろな長さの棒きれを手に、フェイトは足元に転がっているチンピラ達を見下ろして言った。

 

「見たところそこまででけえ屋敷でもねえし、なんとかなるんじゃねえか?」

 

「そうだといいけど……」

 

 フェイトもすぐ横のクリフも息ひとつ乱れていない。

 足元のチンピラ達は一人残らずみんな呻き声をあげて、とてもレナスの居場所を聞き出せる様子ではない。

 やりすぎてしまったようである。

 

 

 フェイト達二人が今いるのは、元ザンドの屋敷の玄関前。

 あの紙切れの文章に書かれていた場所である。レナスが書いたと思われるその手紙を見た二人は、宿には戻らず、道具屋から直接ここまで急いでやってきたのだった。

 

 武器を取りに戻る時間も惜しいし、なにより宿にはレナがいる。

 『レナの事で元ザンドの屋敷にいます』と手紙に書いてあった以上、チンピラ共の用事はレナの方にこそあるのだ。

 レナが事情を知ったらおとなしく宿で待っていてくれるとは思えない。レナスを助けようと、チンピラ達の前に飛び出してしまうかもしれない。この事をレナに知られるわけにはいかなかった。

 

 町の人から教わった通り、町の北の小高い丘の上に位置している屋敷を目指して走り。

 辿りついて早そうフェイト達に「なんだ、てめえら」と言ってきた、見るからにチンケな門番の奴らを五人ほど蹴散らして今に至るというわけだ。

 

 ちなみに道具屋で買った例の彫像は、フェイトの腰につけてあるポーチの中におしこめてあったりする。こんなもん手に持ってたら邪魔だし、何かの拍子に中身が見えちゃったら恥ずかしいだろう。

 

 

 チンピラは全員拍子抜けするくらい弱かった。

 一般人レベルである。言うまでもなく、その辺の雑魚魔物の方がまだ強い。

 屋敷の中の奴らに知られると面倒な事になるから手早く片づけたが、ここまで弱いと最初から分かっていたら、フェイト達ももう少し先の事を考えた立ちまわりをしていたであろう。

 

 まあ昔ちょっと因縁があった程度の相手をいつまでもしつこくつけ狙い続け、しかもレナ本人じゃなくレナスさんの方をさらうような小賢しい真似までする奴らだ。この弱さはある意味では納得なのかもしれない。

 

 フェイトが倒れているチンピラ達を見て呆れていると。

 クリフが首をかしげて言った。

 

「なんであいつ、普通にチンピラに捕まったんだ?」

 

「おい。今さらそこかよ」

 

 即座にクリフの発言につっこむフェイト。

 「なんで」もなにも、昼間レナと一緒に歩いてるところをチンピラ達に見られたからに決まっているだろう。あの時めちゃくちゃ目立つ歩き方してたんだから、あの二人。

 レナも顔しか隠れてなかったし、知ってる人が見たら一発でレナだって分かると思うし。ていうかそもそもレナスさん自体が人目引く美人じゃん。チンピラに発見されたらそら連れてかれるわ。

 

 油断していたにも程があるだろうと、フェイトは自身のうっかり行動にがっくり肩を落として後悔する。

 

「そうだよな、レナにだけ気をつけてても意味ないよな。チンピラがレナスさんに目つけないわけないよな。レナスさんも宿に残っててもらわなきゃダメだったのに……」

 

「はてさて、こりゃ一体どういうワケなんだか。罠かなんかにでもはめられたんかね。それともさては」

 

「だから美人だからだよ! 普通に忘れてたけど!」

 

「でけえ声出すと聞こえるぞ、お前」

 

 相変わらず呆けた事を言うクリフに喝を入れてから、フェイトは気を取り直して足を前に踏み出した。

 

「行こうクリフ。とにかく早くレナスさんを助け出さないと」

「おう」

 

 

 

 屋敷のドアはなんなく開き、玄関広間には見張りもいなかった。

 潜入はとりあえず成功だが、そんな事より──

 

 入ってすぐに分かるほど、なんか二階の方がやたら騒がしい。

 忙しなく動きまわる多くの足音。わいわいがやがやと囃し立てるような男達の声。よくよく聞けば手拍子まで聞こえる。

 

「クリフ!」

 

「ああ。上だな」

 

 二階の騒ぎを聞いたフェイト達はすぐさま、目の前にある階段を駆け上がった。

 あの騒ぎの中にはきっとレナスがいる。もうチンピラ達に気づかれないよう行動している場合じゃないのだ。一刻も早く彼女の元に辿り着かなければ。

 

 一気に階段を駆け上がった先にいた見張りのチンピラ達が、突如現れたフェイト達に目を丸くして驚く。

 

「おいなんだてめえら、どっからきた!」

 

「殴り込みか!? 外の奴らはどうしたんだ!」

 

「くそうなんだってこんな時に!」

 

「おらっ! 手応えのねえ雑魚ばっかりだな、マジでよ!」

 

「邪魔なんだよ!」

 

 ひたすら慌てふためくだけの雑魚もといチンピラを、次々と拳や棒きれで殴り倒して先に進み。

 フェイト達はいよいよ騒ぎの中心、二階の大部屋に勢いよく、飛び込んだ。

 

「だから何度も言うようだけど、私にこういう事をしても無駄だと……」

 

 それまで部屋の中でチンピラと向かい合って何か話していたレナスも、突如乱入してきたフェイト達に驚いて目をやる。

 

「彼女から離れろ!」

 

「だ、誰だてめえら! どうやって入ってきた!」

 

「すいません、親分代理! 守りきれませんでした!」

 

 フェイト達を見たチンピラ代表みたいな奴が言い、とっさにクリフが閉めたドアの向こうの廊下からまた別のチンピラがそう叫ぶ。

 部屋に入るなり威勢よく言ったフェイトの方はしかし、あまりにも想像と違った部屋の様子に、思いっきり困惑させられてしまったのだった。

 

 

 ──何が想像と違ったのかというと、そりゃもうレナスがちゃんとその部屋にいたという事以外全部である。

 

 御馳走が並べられたテーブル。

 余興のつもりなのかご機嫌なだけなのか、テーブルの前で笑顔で踊り狂うチンピラ達。脇の方では歌うチンピラ達に、やんややんやと手拍子で合わせるチンピラ達もいる。

 そして救出対象のレナスはというと。

 どうみても主賓席に座っていて、チンピラ代表みたいな奴から渡されそうになっているお土産を迷惑そうに断っている所だった。

 

 つまりレナスは、チンピラ達にもてなされていたのである。

 文字通り、それはもう丁重に。

 

 

 フェイト達がどうみても宴会場な部屋の様子に戸惑っている間に、レナスがチンピラ代表みたいな奴にフェイト達二人の事を説明する。

 

「なんとあのお二人はレナス様のおっしゃっていたお仲間様でおりやしたか。こいつはとんだ失礼を致しやした」

 

「あ、いえ、こちらこそ」

 

 レナスの説明を受けたチンピラ代表がフェイト達に向かって頭を下げ、フェイトもなんか普通に謝り返しちゃったところでようやくなんとか我に返った。

 いつの間にか開いていた後ろのドアの方に振り向き、部屋の中の様子を恐る恐る見ていた、様々に新しいたんこぶをこさえたばかりのチンピラ達にも声をかけてからまた前を向く。

 

「うん、なんか本当にごめん」

「さっきまでのナシで頼むわ」

「い、いいえ! 我々のことはおかまいなく!」

 

 そうこうしている間にレナスも主賓席を離れ、チンピラ達に道を作られつつフェイト達のところにやってきた。

 レナスは意外そうに聞く。

 

「二人とも、どうしてここに?」

 

「どうしてもなにも、お前がここにいるっつうから俺らも来たわけだが」

 

「なにやってるんですかレナスさん」

 

 人にとんでもない心配かけさせておきながら「どうしてここに?」はどうかと思う。

 チンピラ共の巣窟にあなたみたいな人が一人でいる事が常識的に考えてどれだけ危ない事か、分かって言ってるんだろうかこの人は。

 

 フェイトとしては呆れるなり怒るなりするべきところなのだろうが、実際の状況がまったくもって常識とはかけ離れているので、今現在のこの気持ちをどう言葉に表していいかも分からない。ただ脱力するばかりである。

 

「へいっ! 我々一同、レナス様の事を、誠心誠意心を込めておもてなしさせてもらっておりやした!」

 

「……。二人と話をしたいの。少し静かにしてもらえるかしら」

 

「へいっ!」

 

 元気のよろしいチンピラ達をひとまず静まらせ、レナスはフェイト達に聞き返してきた。

 

「彼から説明は受けなかった? 私も大体の状況を手紙に書いたはずよ」

 

「ああん? 説明ってなんだよ。確かに物騒な紙切れ一枚渡されはしたけどな、こんな愉快な事になってるたあ一言も……」

 

 言い返しながら問題の手紙を懐からとりだしたクリフは、それをもう一回じっくりと見返してうなった。

 

「書いてあるな、普通に」

 

 フェイトもクリフの手からひったくって見てみれば、手紙には確かに『元ザンドの屋敷で手厚いもてなしを受けている』と書いてある。

 なんて紛らわしい書き方だ。いやまあ本当にその通りなんだけど。

 

「確かにしっかり書いてあるけどよ、お前これもうちょっとなんとかならんかったのか」

 

「他にどうしようも説明できないでしょう、こんな状況」

 

 レナスも自分が奇妙な状況に置かれている事は重々承知しているらしい。

 もてなしされすぎて帰れそうにないので、仕方なしにチンピラの一人にフェイト達への伝言を頼んだのだとため息混じりに説明した。

 

「紙では限度があると思って、口頭で説明しておくようにとも言っておいたのよ。できるだけ話の通じる人間を選んだはずなんだけど──」

 

「震える手で紙だけ渡されてとっとと逃げられましたよ。全然ダメだったみたいですね、レナスさんの人選」

 

「そのようね」

 

 伝言を頼まれたチンピラはがたいのいいクリフやら謎の包み持ったフェイトに睨まれビビって説明忘れて逃げ帰ったというだけのオチだったりするが、その辺の真相はフェイト達には分かるはずもない。

 とりあえず伝言がうまく伝わらなかった事だけは納得したクリフが気を取り直したように肩をすくめ、なにより納得できない現在の状況についてレナスに聞いた。

 

「つうかそもそもなんでこんなもてなされてんだ、お前」

 

「……。それは」

 

 言い淀むレナスをよそに、クリフは改めて部屋の中を見渡す。

 壁に飾られた『祝親分御来訪』の張り紙を見つけると、クリフは「お前まさか」と片眉をあげてレナスを見た。

 

「従えたのか、この短時間で」

「違うわ」

 

(違うんだ)

 

 とフェイトも意外に思う。

 だってレナスに「静かにして」と言われたチンピラ達は、廊下にいる奴らも含めさっきからずっと言われた通りに、しかも気をつけの姿勢でフェイト達の会話を見守っているのだ。

 

 なんか全身からすさまじいお嬢様オーラを放って、チンケなチンピラ共を一瞬で従順にさせたのだと聞いても驚かない自信がフェイトにはある。

 ていうかむしろそうでもなきゃ説明つかないほど異様な光景だ。

 

「はあ。じゃあここに書いてある『親分』っていうのは、今の状況とはまったく関係ないんですね」

 

 フェイトが張り紙を指して聞くと、レナスは一段と言いにくそうに目を伏せた。

 首をかしげるフェイト達を前に、このまま言わないわけにもいかないと観念したのか。

 レナスも結局は仕方なく質問に答えようと、口を開いたのだが。

 

「関係ないという事はないわ。手紙にも書いたでしょう? 彼らが言う『親分』というのは──」

 

「親分!」

「親分が来てくださったぞ!」

 

 にわかに廊下のチンピラ達が騒ぎ始めた。

 今度は一体なんだとドアの方を振り返ってみれば、誰かが二階に向かって来ている。

 

 「親分親分」とありがたがるチンピラ達に、めちゃくちゃ聞き覚えのある声で「その呼び方はやめてって言ってるでしょ!」やら「そういうつもりで来たわけじゃないから!」やら、いちいちやっきになって言い返しつつ、その人物はフェイト達の前に姿を現した。

 

 

「ちょっとみんな! なんでこんな所に来ちゃったのよ!」

 

「親分! 我々一同、親分のお帰りを首を長くしてお待ちしておりやした!」

 

「だから親分じゃないって言ってるでしょ!」

 

 

 部屋に来るなりフェイト達に言ったレナは、一斉に挨拶したチンピラ達に向かって力いっぱい否定した。

 その様子を見たフェイトも、

 

(ああ、『親分』はそっちか。そういやレナスさんの手紙にも『レナの事で』って、しっかり書いてあったよな)

 

 と一瞬で納得したのだが、まあせっかくなので「なんと真犯人は一番身近な人物だったのだ!」みたいなノリでクリフと一緒に真面目くさって驚いてみる。

 

「レナ。まさか、君が」

「親分だったとはな」

「だから違うの!」

「そんな! まだ我々を認めてくれねえんですかい親分!」

「あなた達はちょっと黙ってて!」

「へいっ、親分!」

 

 チンピラ達を黙らせたレナは、頭を押さえてがっくり肩を落とした。

 

「関わっちゃダメってあれほど言ったのに。どうしてみんな揃って来ちゃうかなあ……」

 

「えっと、なんて言うのかな。レナとこの人達がこういう関係性だって知ってたら僕らも関わってなかったと思うよ」

 

 気の毒に思いつつもとりあえず言い訳しておくフェイト。

 最初に関わっちゃったレナスが気まずそうに視線をそらす中、クリフが咳払いしてレナに聞いた。

 

「まあなんだ、嬢ちゃんがこいつらを避けてたのはこいつらに『親分』扱いされるのが嫌だったからって事で、前に揉めたからっつうのは違ったわけだな」

 

「違くは……ないです。原因ですから、それ」

 

 レナはふてくされつつ答える。

 状況がこうなってしまってはもうごまかしても仕方ないと思ったらしい。昼間の宿では言葉を濁して語らなかった事を、レナは渋々話し出した。

 

 

 レナいわく、揉めた事はしっかり揉めたそうだ。

 元ザンドの屋敷が“元”のつかない『ザンドの屋敷』だった当時、レナは親分ザンドに連れ去られたある友人の青年を助けるため、単身ザンドの屋敷に乗り込んで行ったのだとか。

 で、乗り込んだ先で、どういうわけだかレナはザンド親分とサシのステゴロで戦うはめになり。

 

 そんでもってその結果が──

 

 

「倒しちゃったんだ、ザンドの元親分」

 

「うん。どうしても負けられなかったから、癒しの力もしっかり使ったわ」

 

「あの時の親分の雄姿は今でも覚えておりやす。何度攻撃を喰らっても決して倒れずにザンド元親分に立ち向かっていくその様、まさに親分の中の親分!」

 

「だから癒しの力だって言ってるでしょ! 勝手に男前にしないでよ!」

 

「見事返り討ちにしちまったせいで、この通りの有り様ってか」

 

 

 クリフもフェイトももはやただ感心するばかりである。

 レナのような年頃の女の子が一人でチンピラの住まう巣窟に乗り込むとかどうなんだろうと、冷静に考えればついさっき思ったような事も思わないでもないが、実際普通に倒せちゃってるんだからそんなもん考えるだけ野暮なんだろう。

 

 見た目かよわい年頃の女の子であろうと、レナはやっぱり英雄なのだ。

 その辺の魔物だって普通に殴ってるのに、その辺の魔物より弱いチンピラなんかを恐れるわけがないではないか。それでもやっぱり男として一応忠告はしておくけど。

 

「あまり危ない事はしない方がいいよ。女の子なんだから」

 

「うんそうする」

 

「あとレナスさんも。害がなかったからよかったですけど、一人でこんなとこ来たらだめじゃないですか」

 

「……ええ。軽率な行動だったわ」

 

 この一件でこりごりしているらしく素直に頷くレナと、不意打ちで言われ一瞬動揺するレナス。

 フェイトがいまいち危機意識の足りてない女子二人にまとめて釘を刺すと、レナの方が首をかしげてレナスに聞いた。

 

「一人で? 三人で一緒に行動してたんじゃないんですか?」

 

「そうですよ。勝手にいなくなったと思ったらいつの間にかこんなところに」

 

「……。二人ともとても大事な話をしていたようだから」

 

「なっなんの事ですかレナスさん、やだなあ」

 

 眉を寄せるレナスから無意識に腰のポーチをかばいつつ、フェイトは話を切り替えた。

 レナスの単独行動に言及するという事はつまり、現在自分のポーチの中にあるブツにまで追求が及ぶという事だと、いかにも反論したげな彼女の表情を見てフェイトもようやく思い出したのである。

 

「そんな事よりもう帰ろう、みんな。レナも親分としてもてなされるのは嫌だろ?」

 

「それはそうだけど」

 

 がしかし、レナはまだどこかが納得いかない様子だ。

 フェイトがさっそく「いやー、レナスさんが無事でよかったよかった」とごまかして帰ろうとする中。

 レナは懐から一枚の紙をとりだしてチンピラ代表に聞いた。

 

「ねえ、この招待状って一体どういう事なの? どうしてレナスさんまで──」

「帰りましょうレナ」

 

 レナの言葉を遮ってレナスが促すが間に合わず。

 チンピラ代表はとびっきりの笑顔で言った。

 

 

「へい、そりゃもう、レナス様は親分の好いお人でございやすから。親分の愛しいお方は我々にとって親分も同然。誠心誠意心を込めておもてなしさせていただくのは当然の事でございやす」

 

 

 一瞬時が止まったんじゃないかと思う。

 固まったままのレナをよそに、一足早く我に返ったクリフとフェイトが“これはまた一体どういう事なんですか”という視線を揃ってレナスにやると、

 

「違うわ」

「いや、そこはちゃんと分かってますけど」

「誤解されてる理由を聞いてんだよ」

 

 レナスは嫌そうに答える。

 

「今日大通りを歩いている時、偶然仲睦まじく歩いている私とレナの姿を見かけたと──彼らは皆、口を揃えて嬉しそうに言っていたわ。きっとそのせいでしょう」

 

「あの獅子舞が!?」

 

「──しし?」

 

「え、あー……そ、そうだったんですか! それは大変な誤解だな!」

 

「まったく、とんでもねえ野郎どもだな」

 

 フェイトの失言を男二人でごまかしていると。

 チンピラ代表がやけに嬉しそうに言ってきた。目の前のレナスが本気で嫌そうに眉をひそめていてもこの解釈、どこまでも幸せな思考回路の持ち主である。

 

「レナス様ったらまたまた、てれ隠しなんぞしてもあっしらにはすべてお見通しですぜ。あのお姿を拝見した時はもう我々一同、揃って感動にうち震えたものでございやす。──そう、お二人は完璧にできていると!」

 

 握りこぶしを上げたチンピラ代表に合わせて、周りのチンピラ達も興奮した様子で「親分バンザイ!」「レナス様バンザイ!」などとのたまいだした。こいつら全員脳内百合畑か。

 

「なるほどな。店の親父が言ってた通り、ダメになるとこうなると」

 

「ああ。なにが彼らを変えてしまったんだろうな」

 

 冷やかな目でチンピラ共のバンザイ三唱を見ていたフェイトは、他のみんなと一緒に、冷やかどころではない目つきで紋章術を詠唱し始めたレナの近くにそっと寄った。無事避難完了である。

 

 テンションが上がりきってしまったチンピラ達の方はというと、最後までレナの詠唱に気づかず。ひたすらに女親分レナを褒め称えているところでお仕置きを受けたのだった。

 

 

「レナス様のようなお人を選ばれるとは、さすが親分! 我々一同もかねてより親分の傍らにはレナス様のような絶世の美女こそがふさわしいと何度も何度も話し合っていたところでございやす! それがどうでしょう! 今回親分久方ぶりのハーリー御来訪、その事だけでも十分に我々の心を揺さぶったというのに、まさか親分が、親分が……! こんなにも早く我々の思いが親分に届くとは、まさに眼福至極でございやす! つきましては今日この日をもって我々が親分とレナス様の仲を──」

 

「ライトクロスッ!」

 

 

 そこから先は細かく説明するまでもない。

 

「ありがとうございます!」

 

 などと言いながらチンピラ達が幸せな顔で光の十字につぎつぎ焼かれていくのを、レナを除くフェイト達三人は最後まで粛々と見続けたのである。

 

 

 すっかり場が静まりかえった後。フェイトは床一面に転がっているチンピラ共に、色んな意味での黙とうの意を込めて手を合わせた。

 抑揚をつけずに「帰りましょう、みんな」と言ったレナの後に従い、他二人と同じく、フェイトもただ静かに色んな物が散乱した元宴会場を後にする。

 その時前を歩くレナの背中に“親分”の貫録を感じたのは、きっとフェイトだけではなかったはずだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 みんな揃って宿へ帰る途中、暗闇から「にゃあ」と猫が飛び出してきた。

 

「あら、夜のお散歩?」

 

 もう怖くなくなったレナが猫に話しかけるも、猫の方は落ち着かない様子。

 フェイト達にぴったりくっついて歩き続け、レナスの方をちらちらと見上げつつ、猫は甘えた声で「にゃあ」と鳴く。

 

「好かれちゃったみたいですね、レナスさん」

 

 フェイトがそう言うと、レナスは事もなげに否定した。

 

「食べ物をねだっているだけだと思うわ」

 

 言って足を止めるとレナスは自分の服の袖に手を入れ、しばらくして何かを取り出した。

 まごう事なきごちそう肉のかけらである。

 

「これを狙ってたのね、あなた」

 とレナが一段と甘えた声で鳴く猫の前にしゃがみ込んで言った。

 

「なっ、なんでそんなものを袖に……。お土産ですか?」

 

「美味しすぎてつい持ってきちまったってか。こいつあけっさくだぜ」

 

 のん気に思った事を言うフェイトに、その発言に大ウケするクリフ。

 けらけら笑うクリフを無視し、レナスはごちそう肉のかけらを見て言う。クリフも笑いつつ快諾した。

 

「あなた達の持っている“機械”は確か、こういった食物に含まれるわずかな異質物を調べる事もできるのよね。せっかくだからこれ、調べてみてくれない?」

 

「ん? ああいいぜ。あの様子だと、どうせ何もねえとは思うけどな。──おいフェイト。ものは試しだ、これ調べてみろよ」

 

「結局僕がやるのかよ……」

 

 文句を言いつつ、フェイトは自分のクォッドスキャナーを取り出した。

 夜の通りに人はいない。いかに未来の先進惑星の機械であろうと、猫一匹に見られる分にはなんの問題もないだろう。この猫はどう見てもただの猫だ。

 

 クォッドスキャナーを使えば食べ物に含まれる微量な毒素も調べる事ができるのだと、ハーリーまでの道中でレナ達に話した事はフェイトも覚えている。ちゃんと調べておけば寿司にそこまでビビる事もなかったのにとか、今度から生ものを食事に出す際はそれ使おうとか、そんな雑談混じりにやった話だったはずだ。

 

 あの時大雑把に説明した通りに、レナスが持っているごちそう肉のかけらに照準を合わせ、フェイトは慣れた手つきでクォッドスキャナーを操作した。

 しばらくして出た結果は、クリフの予想通り異常なし。

 普通にただの美味しそうなごちそう肉である。

 

 

「お腹壊すようなものはなにもない、ですって。よかったですねレナスさん」

 

「──そう。警戒する必要もなかった、という事ね」

 

 結果を聞いたレナスは持っていたごちそう肉のかけらを地面に落とした。

 さらに袖からつぎつぎ食べ物を取り出し、全部地面に落として猫にあげる。一目散に食べ物の山に飛びついた猫を見て、レナが「今日はごちそうだね」と微笑ましそうに言った。

 

「お土産多すぎじゃないですか、レナスさん」

「警戒していたと言ったでしょう」

 

「えっ」

 

 またまた何言っちゃってるんですかあなたはと、レナスの言葉をはなから疑ってかかるフェイト。だって彼女は、警戒してた女性なら本来絶対にするはずがない事を平然とやっているのだ。

 武器も持たずに(もっともこの人の場合、持ってたからってどうなるものでもないと思うけど)一人でのこのこチンピラ達の巣窟に行っちゃってからに、警戒してたからごちそうに手をつけなかったなんて、フェイト達にバカにされたくない一心で見栄を張っているとしか思えないではないか。

 

「レナスさん、ちゃんと警戒してたんですか。そうですか。ふーん」

 

「あんな話聞かされて、罠だと思わない方がどうかしているわ」

 

 あまりにしらじらしいフェイトの表面的な納得ぶりに、レナスもつい正直に言い返したが。

 

 

「そうですか。じゃあレナスさんは、怪しいと思ってたのに彼らについてっちゃったんですね。無理やり連れ去られたわけじゃないんですよね、結局のところ」

 

「……ええ、道具屋の外で声をかけられたからついていっただけよ」

 

「え……レナスさん、あの人達に話しかけられて普通についてっちゃったんですか? あの人達に関わったらダメだって、わたしちゃんと言ったのに」

 

 フェイトにもっともな事を言われ言葉に詰まり、さらにうっかり正直に答えたら今度はレナにも問い詰められ。レナスは一気に返事に窮した。

 目そらしながら、とっさに言い返した言葉がこれである。

 

 

「それは──、彼らがあまりにしつこく私を屋敷に招待したがるものだから」

 

 

 この上なく正直な答えを言ってしまったレナスは、首をかしげるフェイトとレナの前でまた返事に窮した。

 

「彼らがしつこかったから?」

 

「だから──なんですか?」

 

「いえ、なんでもないわ」

 

「断りきれなくてついてっちゃったんですか。怪しいと思ってたのに」

 

「怪しい人達にそんな簡単についてったらダメじゃないですか!」

 

 

 それ以上何も言い返せなくなったレナスに、呆れるフェイト、叱るレナ、そしてにやにやしてるクリフ。

 

「……レナスさんがエクスペルに来ちゃった理由がなんとなくわかりましたよ。つまりそういう事だったんですね」

 

「今回はただの危ない人達だったからよかったですけど、声をかけたのがもし本当に危ない人達だったりしたらどうするんですか! 一人で行っちゃうなんてもってのほかですよ! 今はお付きの人達だっていないんですから、もっと色々気をつけて行動してください! ……」

 

「……ええ分かってる。本当に、軽率な行動だったと反省しているわ」

 

「まったくな。やべえ奴らの招待素直に受けるとは、とんでもねえお嬢様もいたもんだぜ」

 

 

 ぶっちゃけみんな同じ穴のむじなだし、オハナシ目的で怪しいチンピラ達の巣窟に単身向かった彼女の事を偉そうに言える人間はこの中には一人もいないはずなのだが、当人達はその事には全く気づかない。

 怒られてる一人以外言いたい放題叱りたい放題しつつ、フェイト達は宿までの道をにぎやかに帰ったのだった。

 




後編終了。
 モブキャラがなんかおかしい事になりましたが、今回の話はあくまで原作ゲームのアイテムをネタにしたギャグです。
 原作キャラも作者もそういう趣味はありませんのでご安心ください。
 
 だって原作が自由すぎるから…
 

以下、おまけのエル大陸組プロット。


・ラスガス山脈ふもとでアシュトン発見。

「あれは!? やっぱりそうだ、アシュトンじゃないか! ……でやああッ!」

 クロードぼっちから卒業。感動のあまり兜割で接近。
 ビビって逃げ出すアシュトン。

「アシュトン! 僕だよ、クロードだよ!」まだ空中。
「それは見ればわかるよ! そんな見事な逆バンジー、できる奴なんて君ぐらいしかいないだろ!?」
「嬉しいなあ。僕にちゃんと気づいてくれたんだね、君は」空中ではにかむ。
 セ「気持ち悪いですわねクロード」
 女性陣に引かれつつ、アシュトンにとびかかる(まんま)クロード。
「心の友よー!」「うぎゃあー!!」
 
 クロード、アシュトンに事情を説明。
「……ってなワケなんだ!」
「そうなんだ。色々大変なんだね、君たちも」
「分かってくれたかい? じゃあ一緒に旅しようかアシュトン!」
「う、うん。構わないよ。……僕も、エル大陸には行くつもりだったんだしね」

 アシュトンが仲間になった!


・プロローグその1でリンガにいたはずのアシュトン。
 ラクール大陸から直接エル大陸に行けるのに、なんでクロス大陸に?

A.そ、それは……色々あったんだよ! アシュトン不運だから!
 エル大陸行きの船がなかったとか、乗ったけど難破して漂流したとか、はたまた乗る船間違えたとか、ここまで来たついでに故郷に帰ろうとしてたとか……
 とにかく、見えない所で何かしらの冒険はしてたはずだ。たぶん。


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4. お金稼ぎの方法

 フェイト達が今いるのはラクール大陸、ヒルトンの港からそう遠くない場所。

 クロス大陸、ハーリーの港から船を使いラクール大陸へ渡ったフェイト達は、ヒルトンの港で一通り情報収集をした後、そこから南東にあるラクール城に向かってさらに旅を続けていた。

 

 

 ヒルトンで得た情報はこれまでと同じく、ここ最近ソーサリーグローブ関連以外で大きな事件は特に聞かない、との事。

 ついでにクォッドスキャナーの方も異常はなし。という事でヒルトン近辺も大体平和だった。

 

 一方レナスの探している「霧のかかる岩だらけな場所」については、ヒルトンの人達からそれなりに当てはまる場所を多く聞く事ができた。

 やれラクール前線基地の辺りはどうだだの、あっちの海岸かもしれないだの、こっちの山じゃねえのかだの……

 ぶっちゃけ多すぎである。どうもラクール大陸は緑豊かだったクロス大陸東部に比べ、岩盤がむき出しになっている場所が多いらしい。

 

 さすがにヒルトンの人達から聞いた所、つまりはラクール大陸中の起伏がある所全部を見てまわる気はしない。とりあえずはラクール城に向かう道すがら、街道からあまり外れていない場所だけを確かめようという事になったのだった。

 

 

 フェイトがそう提案した時、レナスも反対はしなかった。

 先にラクール城まで行ってしまった方が特定の場所をさらに絞り込む事ができると、本人もそう考えたのだろう。もしくはただ単に──

 

 今はのん気にピクニックなんかやってる場合じゃないと、さしもの世間知らずさんも、現在のパーティーの様子をみて察しただけなのかもしれないが。

 

 

 

「みんなに悲しいお知らせがあるわ」

 

「なんだい、レナ?」

 

 街道を歩いていると、レナが唐突に話を切り出した。

 一応聞き返したフェイトの方も、すでにレナが何を言おうとしているのかは大体想像がついている。だってこの話、今が初めてじゃないし。

 

「もうお金がないの。ヒルトンで払った宿代が最後よ」

 

 予想通りの答えを聞き、フェイトは神妙な顔つきで「そうか……」と返事をした。

 すかさずレナが言う。

 

「そうか、じゃないでしょう?」

 

 クリフが背負っている道具袋を横目で見つつ、レナはフェイトの事をちくちく責める。

 フェイトの方も息を吐くようにつらつら言い訳を返した。

 

「あんなにあったのに、なんで全部使っちゃうかなあ……。しかも、要らないものばっかり」

 

「しょうがないじゃないか、どれが有用なアイテムかなんて分からなかったんだから。それにレナもお金は自由に使っていいって」

 

「限度ってものがあるでしょ、限度ってものが。まさかお財布ほぼ空にして帰ってくるなんて思わないわよ普通。船代だってまだ払ってなかったのに……」

 

「船代は別に分けてあると思ったんだって。だってさ……」

 

 レナもフェイトもすっかり足を止めて言い合いっこだ。

 横ではクリフとレナスが、二人の言い合いを「また始まったか」と遠巻きに見ている。

 

 下手に止めようとするととばっちりをくらうので傍観に徹する。その辺は二人とも、ラクール大陸に渡る船の中ですでに学習したらしい。放っておいてもお互いある程度気が済むまで言い合ったら自然に終息する、という事を知っているのもあるだろう。

 今回の言い合いも結局、お互いにいつもと同じセリフを吐いて終わった。

 

「そんなに言うなら、レナも買い物についてくればよかったのに」

 

「それだけは嫌」

 

 

 思い出したくもないといった様子でレナがきっぱり言い切るのにはそれだけの理由がある。

 あのどたばたから一夜明け、レナが紋章術でチンピラ達を一掃した話はすでにハーリー中の噂になっていたのだ。

 なぜかフェイトとクリフがのしたチンピラ達の分についても全部レナがやった事になっており、しかも乗り込んだ理由が「惚れた女を助けるため」だというのだから、噂とはまったく恐ろしいものである。

 

 当然レナは、ハーリーを発つまで一度も宿から出る事はなかった。ついでにレナよりお叱りを受けたレナスも宿に残らされた。

 翌日の買い出しには結局、フェイトとクリフの男二人だけが行ったのだ。

 

 つまりその買い物の結果が──

 旅半ばにして所持金が底をつくという、今現在のこの切ない状況である。

 

 

 フェイトが好き放題になんかよく分からないアイテムを買ったおかげで、元々かさばっていた旅の荷物はさらなる変貌を遂げ、今はとてつもなくかさばる荷物と化している。持ち運ぶクリフがプレゼント持ったサンタに見えるくらいだ。

 

 肉体が自慢のクラウストロ星人じゃなきゃとてもじゃないけどこんなもん持って旅なんかしていられないだろう。クリフはこういう面では非常に役立つ男だという事を、フェイトは以前共に旅をしたエリクールの地で知っている。

 つまりフェイトは、今回もはなからクリフに荷物を持ってもらう気でいたからこそ、ここまで思う存分買い物ができてしまったのである。というか、じゃなきゃここまで買わない。

 

 

 そんなクリフもフェイト達が言い合いっこしている間まで、このとてつもなくかさばる荷物を背負い続けるわけはなく、今は荷物を地面に置いて休憩中だ。

 一通り言い合いを終えたレナが今度は地面に置かれた荷物袋からフェイトの買った品物、もといがらくたの数々を取り出してみつつ、ぶつくさ言い始めた。

 

「まったくもう、鍋なんか買わなくてもあるのに……。大体なによ、この『火属性半減』って。火が通らなきゃ意味ないじゃない」

 

「まさか本当にあるとは思わなくて、つい」

 

 今レナが持っている鍋はというと、フェイトが興味本位で(合成に使えるかな)と買ってからに、買った後すぐ(けど合成素材ないな)と活用するすべを見失った本気で要らない道具。

 これに限らず、フェイトが買ったアイテムは大体こんなもんである。

 いやはやそこら中初めて見るような珍しい効果のついた品ばかりで、つい心の中でくすぶっていた改造心に火がついてしまったというかなんというか。初めて見るアイテムの誘惑とは、まったくもって恐ろしいものである。

 

 レナはひとしきり呆れた後、

 

「まあいいわ、卵料理の時にでも使いましょう」

 

 と言って鍋を袋にしまう。

 この辺のやり取りも手慣れたものだ。フェイトも荷物袋を漁るレナの小言をすっかり落ち着いて聞き流している。

 

 なにを隠そう、ハーリーに着いた初日に買った例のブツだけは、未だフェイトの腰につけたポーチの中に入っているのだ。こんな事もあろうかと、買ったその他の品物と一緒くたに荷物袋の中に入れておかなかった自分の英断をフェイトは内心で誇っている。

 というより、これレナに見られたらどうしようと心配になるあまり出すに出せなくなり、今現在もポーチの中に入れっぱなしなだけとも言えるが。

 

(……やっぱり買うべきじゃなかったな、アレ。『戦闘用』ったって、まさかアレを戦闘中に堂々と使うわけにもいかないしな)

 

 フェイトがなにより要らない道具を勢いで買ってしまった事を、今さらながらにひっそり後悔していると。

 

 

「どう見ても一番はこれよね。いくらしたの、これ?」

 

 そう言ってレナが取り出したのは『ロマネコンチ』。

 知る人ぞ知る。最後の一文字が怪しい、あの有名なワインである。

 

「あー、それ。うん、それね。いくらしたっけなー」

 

「ごまかしても無駄よ。ちょっとやそっとの値段じゃない事くらいわたしだって知ってるんだから」

 

 しらじらしく言うフェイトにレナはじーっと睨んで言う。

 フェイトはここぞとばかりに悔しそうにこぶしを握った。

 

「僕もそれくらいわかってたさ。これを一本買うだけで、今持ってるお金が全部いっぺんに吹き飛ぶだろうなって事くらい。けど──お買い得だったんだ! まだそこまで高くなってなかったんだよ! あんな値段見せられたら、僕は、僕は……」

 

 いかにも己の過ちを悔んでいるかのように言っているフェイトだが、実際のところ後悔は少しもしていない。

 だって普通はあんなお安い値段で買える代物じゃないもの。一時的にお金がすっからかんになるくらいでなんだ、あそこで買わない方が大後悔じゃないか。

 

「お酒の誘惑に負けたのね、フェイト……」

 

 フェイトの懺悔をレナがじっくり染み入るように聞いている横で、レナスがクリフに聞いている。

 

「たかがボトル一つに旅の資金すべてをつぎ込んだのよね。フェイトはお酒に趣でもあるの?」

 

「あいつみてえな若造に酒の良し悪しが分かると思うか?」

 

 アホらしいとばかりにクリフは答え、「ありゃただの病気だ」とまで言う。レナスの方は意味が分からなかったらしく、仕方ないわねといった感じに肩をすくめた。

 すかさずフェイトがうらめしそうにレナスを見て言う。

 

「レナスさんには分からないでしょうね。熟考の末に有り金全部はたいて買った大切な大切なロマネコンチを、“たかがボトル一つ”で片づけてしまうレナスさんには──」

 

「いえ、むしろ先々の事を考えていたら買わないと思うのだけど」

 

 レナスが言い返したら、今度はレナがなんか言い出した。

 

「それは違いますレナスさん。ちゃんと考えたからこそ、フェイトはロマネコンチを買ったんです。レナスさんには分からないかもしれないですけど、このワインにはそれだけの価値があるんです。買える時に買っておかないと、お金はなにもないところから湧いて出ないんです。レナスさんにとってはないのと同じようなお金でも、わたし達にとっては貴重なお金なんです!」

 

「ごめんなさい、二人が何を言っているのか全く分からないわ」

 

「あー……嬢ちゃんもそっちの人間だったか」

 

 結局レナスはよく分からないまま二人に言い負かされた。

 私間違った事言った? と自信をなくしかけているレナスに、とっくの昔に諦めきった目をしたクリフがせめてもの慰めの言葉をかける。

 

「安心しな、お前は少しもおかしくねえ」

 

 と、レナが気を取り直して言った。

 

「とにかくロマネコンチならしょうがないわ。なくなっちゃったお金の事より、今はラクールに着いた時の事を考えましょう」

 

「そうだね。今は後悔するべき時じゃない。──僕達は、未来の事を考えるべきなんだ」

 

「お前今いい事言ったつもりなんだろうが、原因お前だからな。まあ今さらもうどうしようもねえけどよ」

 

 レナスはもう何も言わず、一応はつっこんだクリフもそれ以上は言わない。

 お金を使い果たしてしまったフェイトを責めたところで、なくなったお金が戻ってくるわけではないのだ。幸いな事に食べ物だけは十分な蓄えがあるが、このままではせっかくラクール城下に着いても町の中で野宿なんてことになってしまう。

 

 

「……なんとかしなくちゃね」

 

 ワインを囲むようにしてフェイト達は考える。

 ほどなくしてレナスが言ったが。

 

 

「それだけ値の張るワインなのよね? お金がないのならそれを売れば──」

 

「なに馬鹿な事言ってるんですかレナスさん、それじゃなんの意味もないじゃないですか」

 

「そうですよ、今売ったら大損じゃないですか! なんのためにフェイトが無理してこれを買ったと思ってるんですか!」

 

 もちろん二人によって最後まで言い切る前に即却下である。

 

「これだから世間知らずは」

 などと言いながらフェイトはワインを大事に大事に袋にしまう。

 

「……」

「大丈夫だ、お前の世間認識は正しい。間違ってるのはあいつらだ」

 

 またまた戸惑いかけるレナスをクリフがもう一度励ましたところで、ワインをしまったフェイトがはっきりと宣言した。

 

「とにかく、ハーリーで買った道具をそのまま売るのはナシです。ただ減らすためだけにお金を使ったみたいでもったいないじゃないですか」

 

「……そうね。買った道具については、できることなら有意義な使い方をするべきだと私も思うわ」

 

「流されんの早えな、お前」

 

 

 普通に同意しちゃったレナスをクリフが驚きの目で見ているが。

 そもそも実際のところは彼女も、例のワインを知らんからいかにも常識的に戸惑っていただけであり、よってぶっちゃけフェイトやレナにも引けを取らないくらいには『もったいない精神』の持ち主とかいうオチなだけだったりする。

 

《あらまあ、改めて濃いパーティーですわねえ。クリフの兄貴はもう諦めて?》

 

 

 ……ということで特に誰も反論しないので、買ったアイテムをそのまま売る案はナシになったらしい。

 袋の中を確認しながら、レナは「うーん」とうなる。

 

 

「フェイトが買ってきたのが素材系のアイテムだったらまだなんとかなったんだけど、どれも加工済みのやつばっかりだし。『マジックカンバス』はあるけど……絵は苦手なのよね」

 

「絵、か。売り物になるようなやつを描くのは僕も無理かな」

 

「レナスさんは絵のたしなみとかあったりしないんですか?」

 

「ないわ。人が描いているところを見るだけね」

 

「題材にされる方って感じですもんね、レナスさん」

 

「誰も描けねえんじゃただの白い布じゃねえか。なんで買ったんだよそんな物」

 

「うるさいな、お前だって描けやしないくせに」

 

「言ったな? 描けっつうんなら描くぞ、出来は保証しねえが」

 

「酢飯あおぐ用らくがきは一枚で十分なんだよ」

 

 

 道具袋をのぞいても、誰からもいい案は出てこない。

 どころかぐだぐだ話し合っているうちに魔物が現れてしまった。

 

「じゃ、あいつらで稼ぐっつうのはどうだ?」

 

「どうだかな。いいもの落とせばいいけど」

 

 あまり気乗りのしない案ではあるが、こっちに向かって雄叫びをあげている奴らを無視するわけにもいかない。さっそく駆け出したクリフの後に続いて、フェイトも剣を抜き魔物に向かっていった。

 

 

 

 これも土地柄という事なのだろうか。

 ラクール大陸の魔物は、クロス大陸にいる魔物達よりもずっと手強い。

 

 フェイト達が今いる場所から北の方角、山を一つ越えた先には『ラクール前線基地』という場所がある。

 そこでは数か月前に、魔の石ソーサリーグローブが落ちた地──エル大陸から渡ってきた魔物の軍団との、大規模な戦闘が行われたのだと言う。

 

 今フェイト達が相手している奴らは、大体がその時の残党共というわけだ。

 どこを向いてもおおむね平和だったクロス大陸で、時々気まぐれに現れるような気の抜けた奴らに比べたらそりゃ強いに決まっている。

 

 

 それでもフェイトとクリフの二人にとっては「多少張り合いのある奴らが出てきたな」ぐらいの感覚だ。

 今までのようにごはん食べたりまたその後片づけをしたりしながらの片手間に倒そうとでもしなければ、さしたる苦戦もせずに倒せるほどの強さなのだが、ただレナの場合は違った。

 

 クロス大陸ではフェイト達と肩を並べ魔物を殴りにいっていた彼女だったが、ここへ来てそれも難しくなったようだ。

 ヒルトンを出て初めて会った魔物の時にも、レナはこれまでと同じように果敢に接近戦を挑み、あわやもう少しで大怪我という状況になりかけた。

 その時はちょうど近くにいたクリフに助けられ、レナもちょっぴりすりむいた自分の膝小僧を自分で治して事なきを得たのだが、その後も彼女個人の苦戦っぷりは変わらず。

 

 あまりに危なっかしい場面が続く事に肝を冷やした周りが、それこそ戦わず見ているだけのレナスまでもが揃ってレナを説得したのだ。

 

「レナがそこまで頑張らなくても、魔物なら僕とクリフでなんとかなるからさ」

 

「二人に任せましょう、レナ」

 

「嬢ちゃんはそもそも紋章術使えるんだろ? 直接ぶん殴るだけが戦闘じゃねえって」

 

 若干不本意そうではあったが、レナ自身もこれ以上はフェイト達の足を引っぱるだけだと感じたらしい。それからは無理な接近戦は控え、魔物の数が多い時に紋章術でフェイト達前衛の支援をするようになった。

 

 というより本来それが回復術使いである彼女の戦闘スタイルであろう。

 なにゆえ今まで普通に素手で魔物を殴りにいっちゃっていたのか。前衛ちゃんと二人もいるのに。

 

 

 

 今回の戦闘でもレナは前の方で戦っているフェイトとクリフの二人を、後ろの方でレナスと一緒におとなしく見守っている。

 

 魔物の数は少ないので紋章術での支援もなし。手持ち無沙汰にフェイト達の戦いぶりを見る彼女の目には「わたしだって頑張れば倒せない相手じゃないのに」といった不満がちらちら見え隠れしている。

 フェイト達の方はというと頑張らなくても普通に魔物を倒せているので、レナもそれを口に出す事はしないが。

 

 しかしやっぱりただ守られるのは落ち着かないらしい。

 フェイト達が戦っている間、レナはしきりと「自分が守るから大丈夫」といったような事をレナスに言い続けていた。

 

「魔物がこっちに来たら任せてくださいね。わたし、いつでも倒せるように気をつけてますから」

 

「そうなった時は、あの二人が駆けつけてくれるまで魔物と距離をとり続ける事ね。レナが無理に倒そうとする必要はないわ」

 

「それは……もちろんそうしますけど。でも、もし二人とも間に合わなかったら」

 

 やめときなさいと言われても、やっぱり何もしていないのは落ち着かないらしい。

 なかなか引き下がろうとしないレナに、レナスの方も返事に困り気味である。

 

「本当に危なくなった時はどうするんですか?」

 

 というレナの質問に答えあぐねていた時。

 魔物を倒し終わったフェイトとクリフの二人が戻ってきた。

 

「そりゃ嬢ちゃんに守られなくとも、自分でなんとかするんじゃねえの? しっかりと護身用の剣持ち歩いてらっしゃるんだからよ」

 

 クリフは「護身用の」という箇所に思いっきり含みを持たせて言った。

 気分を害したのかクリフを見たまま黙り込むレナスを見て、反射的にクリフをたしなめようとしたフェイトは途中で考えを改めた。今はレナの無茶な考えを諦めさせる事の方が大事だと思ったのである。

 

「そんなに心配する事ないよ、レナ。クリフじゃないけど、レナスさんだって一応ちゃんと剣を持ってるんだ。レナもレナスさんと同じように、自分の身を守る事を優先に考えて動いてくれればいいから」

 

「……でも」

 

「この話は終わりだ。嬢ちゃん達のところにゃ魔物はまず来ねえ。もし来たとしても、そん時は下手に手出さずに自分の事だけ考えて逃げる事」

 

 みんなに揃って言い聞かせられ、レナはしぶしぶ引き下がった。

 まだどこか納得がいっていない様子のレナにクリフが重ねて言う。

 

「なに、なにもろくに動けやしねえ死にかけの病人を見捨てて、自分だけ逃げろって言ってるわけじゃねえ。こいつも自分で言ってたじゃねえか、自分の身を守れる程度の腕はあるってな。──だろ?」

 

「……。そうね。もしもの時があったとしても、その時は自分で対処できるわ。私の事はいいから、レナは自分の身を守る事だけを考えて」

 

 少し間を置いてからレナスもクリフに同意し、レナに言い聞かせる。

 ここまで言えばレナももう無茶をやろうとはしないはずだろう。会話が落ち着いたところで、フェイトは仕切り直した。

 

「よし、それじゃ戦利品の確認だ」

 

 

 ずばりさっきの話の続きである。

 さっきクリフが言ったのは、その辺うろつきまわっている魔物倒しまくって戦利品かき集めればお金貯まるんじゃね? といういかにもフェイトが日ごろ遊んでいるようなゲーム的発想案だが、しかし。

 フェイトはそれにはあまり期待していない。言い出したクリフもおそらくは同じ気持ちだろう。

 

 ここまでそれなりに魔物は倒してきているつもりだが、奴らはどういうわけか金目の物をさっぱり落としやがらないのだ。揃いも揃ってさして使いどころのない、売ったところで二束三文にしかならないアイテムばかりを持っているのである。

 今回倒した奴らも、案の定、他の奴らと同じアイテムしか持っていなかった。

 

「で。一応聞いておくけど、何があったんだクリフ?」

「アクアベリィとアクアベリィとアクアベリィだな」

「やっぱりか」

 

 嫌がらせかよと誰に対してでもなく憎々しげに思うフェイトをよそに、クリフはやれやれと新しく手に入れたアクアベリィを、すでに大量にストック済みのアクアベリィ専用袋に、先に古いのを出してから入れた。

 

 

 『アクアベリィ』は毒消しの効果を持つアイテムなのだが、これがなかなかどうして使う機会のない代物なのである。

 現状苦戦せず魔物を倒しているフェイト達が、魔物から毒を貰う事なんてまずないし。その前に回復術のエキスパートであるレナが毒消しの紋章術『アンチドート』を普通に使えてしまうのだ。

 もしもの時に備えて三、四個ほどあればいいようなアイテムの代表格であろう。

 

 なのにこのアクアベリィ、やたら魔物が落とすせいで道具袋に溜まっていく一方。

 溜めこんでいても腐るだけなのでここ最近のおやつは毎日アクアベリィ。朝ごはんにもついてくるアクアベリィ。もったいないからちゃんと拾っているけど、いい加減うんざりだ。アクアベリィ以外の物をよこせとフェイトは声を大にして魔物共に言いたい。

 

 ちなみにそんな毎日アクアベリィ生活を続けた結果、現在パーティー全員のお肌の調子はとてもよろしかったりする。正しくデトックス効果というやつであろう。

 レナやレナスは、フェイトほどにはアクアベリィにうんざりしていないのかもしれない。

 

 

「魔物倒してもアクアベリィじゃ、資金稼ぎにはならないよな」

 

「そうね。これは今日の分のおやつにするとして、ほかの方法を考えましょ」

 

 結局、魔物退治の戦利品で稼ぐ案もボツだ。

 さらに投げやりに言うクリフに、フェイトもレナスも真面目に反論する。

 

「いっそ傭兵にでも志願してみるか? その前線基地とやらじゃ確か、魔物の残党狩りに参加できる有志を募ってるんだろ。人手もまだまだ足りてねえって話だし、そこそこいい金にはなるんじゃねえの」

 

「今から傭兵って、どれだけ時間がかかるんだよ。僕達はここで暮らすわけじゃないんだぞ」

 

「私も資金稼ぎのためだけに、一所に長く留まる事には賛成しかねるわ。旅を続けつつお金を得られる方法を考えましょう」

 

 とりあえず言ってみただけの案を立て続けに否定され、クリフも少々むっとした様子だ。

 お前らがくっそどうでもいい道具の数々を売りたくないとか言うからこっちだってない頭ひねって考えてやってんのになんだよ、ああでもないこうでもないと人の否定ばっかりしやがって。といったような心境であろう。

 

「お前らなあ……。旅ってのはそもそも金がかかるものなんだよ。道具は売りたくねえ足止めは食らいたくねえ、旅しながら手っ取り早く金稼ぐ方法はねえのかって、自分でも言ってる事贅沢だと思わねえのか?」

 

「そうは言っても、じゃあどうしろと」

「仕方がないわね。宿を諦めましょう」

「そうですね。ラクールに着いてもお金ないんじゃ、もう宿を諦めるしか……」

「いや、道具の方を諦めろよ」

 

 中途半端に言う事を聞いた二人にクリフが驚いていると。

 レナが急に「あっ、そうだ!」と声を出した。いかにもいい事思いついた、といった感じである。

 レナは得意げな表情で、フェイト達に向かってこう言ったのだ。

 

「お金がないのなら、魔物を倒せばいいのよ!」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 それから数日後。結局お目当ての「岩だらけな場所」を探し当てる事ができなかったレナスを含めたフェイト達一行は、やっとラクールに到着した。

 

 途切れる事なく続く外壁の中、唯一開かれた町の入り口では、しっかりと武装した兵士達が絶えず町の外に気を配っている。

 クロス城下とは比較にならないほどの警戒ぶりだ。このラクールはそれだけ魔物の脅威にさらされてきた、という事なのだろう。

 

 幸い彼らの警戒心はもっぱら魔物共の方にのみ向いているようだ。

 フェイト達は怪しまれる事もなく、いくつかの質問にレナが答えただけですんなり町に入る事を許された。

 

 

 手続きを終えラクール城下に入ったフェイト達は、にぎやかな街並みには目もくれず、ラクール城目指して大通りを突っ切る。

 フェイトの足取りは重かった。

 

「やっぱり、他の方法を探そうよ。レナ」

 

「今からそんなの探してたら宿に泊まれなくなっちゃうでしょ! もうお昼過ぎなのよ? 早く行かないと受付がしまっちゃうじゃない。ほら、早く!」

 

 向かっている先はラクール城内の一角にある、ラクール闘技場。

 レナの言う「受付」とは、つまりそこでやっている闘技試合の受付の事だ。

 

 

 ラクール闘技場では現在、不足している人材の確保および日夜魔物の脅威に怯えている街の人々への娯楽提供を目的とした、闘技試合が毎日行われているのだとか。

 対戦相手はラクールの兵士が捕まえてきた本物の魔物で、対する人間側に求められる出場資格は特になし。とにかく魔物を倒せる奴ならばいきなりの飛び入り参加も、賞金目的での参加もオーケーという大盤振る舞いっぷりだ。

 

 旅をしつつ手っ取り早くお金を稼ぎたいフェイト達にとっては、これ以上になくおいしい話だろう。ただ──

 エクスペルの外からやってきた、未来の先進惑星人という、フェイト達が現在置かれている立場をまるっきり無視すればの話だが。

 

(公衆の面前で魔物と戦うってどうなんだろう。目立つよな、やっぱり)

 

 

 自慢じゃないがフェイトは自分自身でも、自分がそこらの一般人じゃありえないような戦闘能力を有している事を知っている。それも前回の旅で戦闘に慣れているからという次元の話じゃなく、もっと根本的なところ、生まれついての“センス”の段階でだ。

 さらには隣のクリフもクラウストロ人で、こっちも恐らく普通のエクスペル人ではありえない身体能力の持ち主なわけで。

 

 観客の皆様方の前で普通じゃありえないような戦いぶりを披露してしまって、後世に名を残すような事になったらどうしよう。

 未来人が目立つなんて危険じゃないのか。歴史に矛盾が生じでもしたら……

 

 

 不安ばかりのフェイトにレナの方は気楽に言ってのけるがむしろ逆効果だ。

 レナに返事するクリフが、フェイトのような不安を一切抱いていなさそうなところもまたとびきり不安である。

 

「大丈夫だって、二人なら楽に勝てるわよ。あんなに強いんだから」

 

「おう、任せときな。さくっと稼いできてやるぜ」

 

「お前普通に勝てよな? 本当に分かってるんだろうな?」

 

「んな心配する事でもねえだろ。城でやってんのはただの見世物だぜ。普通の奴らが倒せねえような魔物が出てくるわけねえだろうが」

 

 念を押すフェイトにクリフはひらひら手を振って答える。

 ちゃんと分かっているんだか、それとも面倒くさくて聞き流しているだけなのか微妙な反応だ。

 

 

 不安を拭い切れず、しかしかと言って今さら他にいい案が思い浮かぶわけでもない。渋りながらレナについて行くうちに、とうとうラクール闘技場の受付まで来てしまった。

 ここまで来たら仕方ない。なるべく目立たないように勝とうと自分に言い聞かせるフェイトをよそに、レナは何の迷いもなく受付の人に話しかける。

 

「すみません。今から試合に出たいんですが、今日の受付はまだやっていますか?」

 

「今日これから、ですか? 試合形式は?」

 

「ええと、シングルバトルの、一番報酬のいいやつでお願いします」

 

 レナが言うと、受付の人は手元の書類を見つつ言う。

 

「申し訳ございません。本日のシングルバトルの受付はすでに終了していますね」

 

 やはりラクールに着いてすぐの飛び入り参加は少々無理があったようだ。目当ての試合はすでに終わってしまったらしい。

 試合がないなら仕方ない。

 お金は稼げないけど帰るしかないなと、フェイトがこっそり安堵したのもつかの間。

 

「それじゃ、ほかの試合はありませんか? なんでもいいですから、とにかく今日中に出れそうなやつ」

 

「他の試合ですね。ただ今の時間から本日中のご参加となると──ありました、チームバトルの A ランクでしたらすぐにでもご案内頂けます」

 

「あっ、じゃあそれでお願いします」

 

 レナは受付の人から話を聞くや、二つ返事で話をまとめてしまった。

 これでちゃんと宿に泊まれるわねとばかりに一安心するレナに、フェイトが声をかけると、

 

「レナ、チームバトルって」

 

「予定とは違っちゃったけど、まあ仕方ないわよね。ようは勝てばいいのよ、うん」

 

 などという不穏な独り言を返され。

 さらに受付の人が言い、レナがさらに一生懸命それに言い返す。

 

「出場者の方は皆さん全員ですか? 規定の五人には一人足りないようですが──」

 

「あ、えーと……あと一人は、……大丈夫です、後からちゃんと来ます。とりあえず今は名前だけ書いておくので、──それじゃダメですか?」

 

「分かりました。その方の順番になってもその方が現れないようであれば、チーム全体を棄権扱いとさせて頂きます」

 

「ありがとうございます」

 

 困った事に受付の人はそういう事に理解のある人だったらしい。「大将はその方の名前でよろしいですね」とかなんとか、“五人目”なんか最初からいやしない事に気づいているとしか思えない確認をしているわけだが、という事は『チームバトル』というのはやっぱりどう考えてもそういう事であろう。

 

「では、残りの方のお名前を出場順にお願いします。先鋒は誰になさいますか?」

 

 受付の人に言われ、順番を相談しようと振り向いたレナに、フェイトは真っ先に反対した。

 

「そんなのダメに決まってるだろ。チームバトルなんて、何考えてるんだよレナ」

 

「だってしょうがないじゃない、もうそれしかやってないって言うんだから」

 

 フェイトがきつめの口調で止めても、レナは一歩も退かない。

 どころかこんな事まで言い出した。

 

「五人で戦うって言うけど、ようは先に三勝しちゃえばいいだけなんだから。レナスさんを危ない目になんか合わせないわよ」

 

「だからそういう事じゃなくて……」

 

 レナだって危険じゃないかだの。

 心配しすぎよ、二人ほどじゃなくったってわたしだってちゃんと戦えるんだからだの。

 そんなフェイトとレナの言い合いっこを、さっきから後ろの方でレナスとクリフの二人は聞いているわけだ。

 

 レナスはどこか諦めたように、ひたすら静かな様子で。

 クリフはこの状況を、少し面白がってすらいる様子で。

 

 

 そして、

 

「それじゃあどうするつもり? 試合に出れなきゃ今日の宿代だって払えないのよ?」

 

 というレナの言い分にフェイトがたじろいだ時。

 

「先に三勝すればいいのね?」

「みたいだな」

 

 黙って会話を聞いていたレナスが横のクリフに確認をとると、つかつかと前に進み。言い合いっこを続けていたフェイトとレナの前を通り過ぎて、受付の人に申し出た。

 

「先鋒は私が務めるわ」

 





・原作ゲームだと魔物がもっとまともなアイテム落としたり、アクアベリィ売った金で宿にも普通に泊まれそうだったり、ほかに色んな金稼ぎ方法あったり、そもそも魔物倒して賞品貰える闘技場はラクール闘技場じゃない方だったりしますが、その辺はご愛敬。
 レナが「リバースサイドでお金を稼ぎましょう」とか笑顔で言い出しちゃわないよう、この小説内での原作ゲームのシステム再現はほどほどにしてやっていくつもりです。

 ちなみにエル大陸組のみんなはアシュトンを仲間にした後、
 ・その流れで山岳宮殿探索したり
 ・その後港町クリクまで辿り着き、復興中の町の中で懐かしのサブキャラに再会する
 などのちょいイベントがあったりしました。
 フェイト達がお金ないない言いながらラクール街道を移動していた頃には、みんなエル大陸に渡る船の中にいます。


以下、おまけの小話プロット。

・アシュトンさんはなんにもないです

「へえ、十賢者事件ってそんな有名なんだね」
「はいそれはもう! みなさんは未来だと英雄なんですよ」
 ソフィアと雑談するアシュトン。
 ソフィアが言うには十賢者倒した僕達十二人は、後世にばっちり名を残しちゃうほど色々すごいらしい。レオンは偉い研究者、クロードは銀河連邦軍憧れの存在、レナは元祖回復術使いで、セリーヌさんもなんか乙女の憧れ的存在らしい。
「そういうの、あんまり喋ると未来変わっちゃうんじゃないかな」
 会話聞いてたクロードがおっかなびっくり止める。いやあもう本当にびっくりした。全部喋っちゃうんだもんソフィア。マリアもまったく止めないしさ。

 という事でこの話は終了。
 本当はもう聞いちゃダメなんだろうけど、ちょっと気になったので聞いてみたアシュトン。
「ねえ、僕は? 僕はどう有名になるの?」
「アシュトンさんですか? アシュトンさんは──」
「あ、待って! 全部は言わなくていいよ。全部は言わなくていいけど……ほら、未来変わらない程度にちょっとだけ」
 僕、これからどう有名になっちゃうのかなあ。ってどきどきしながら答え待つアシュトン。
 ソフィア笑顔で言う。

「アシュトンさんはなんにもないですね」
「え……そうなの?」
「はい。ギョロもウルルンも有名ですけど、アシュトンさんの名前はまったく聞かないです」
「フギャー」「ギャフギャフ」
「……」

マ「未来が変わる心配もなかったわね」
ク「というかギョロとウルルンは有名なんだな」かわいそうに……
セ「まあお互い無事に離れられたと思えば、いい事なのかもしれないですわね」


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5. 目標、目立たない

 レナスが何の相談もなしにいきなり、ラクール闘技場チームバトルの先鋒を務めると言い出した時。フェイトとレナの二人は当然泡を食ってレナスを止めた。

 

 ──みんなとは違って、私は自分の身を守るので精一杯だから。

 そんな理由でこの旅が始まってから今までの間ずっと戦闘を避けてきた彼女が、よりによって闘技場という舞台の上で、挑戦者のために用意された手強い魔物と戦うと言うのだ。そりゃあ止めるに決まってるだろう。

 またまたいきなり何言ってんですかこの人は、って感じである。

 

 とりもとりあえず受付の人が差し出した用紙の「先鋒」の欄に名前を書こうとしていたレナスの手元からペンを奪い、口々に「馬鹿な事考えるのはやめてください」と言い聞かせたのだが、レナスの方は全く聞く耳持たず。

 

「退く気はないわ。二人とも、いいからそのペンを返して」

 

「ダメですよ。レナスさんがちゃんと危ない事はしないって言うまでは絶対に返しません」

 

「これそもそもレナスさんのペンじゃないですから。受付の人のですから」

 

「ガキかお前ら」

 

 

 頑としてレナスに名前を書かせるまいと頑張る二人に、今度はクリフが言い聞かせ出したのだった。

 

「なあ、落ち着いて考えてみろって。嬢ちゃんは素手、対するこっちは剣だ。差し向かいで魔物とやり合うってなったらどっちがより勝てそうか、こいつはそういう単純な話だぜ」

 

「……わたしだって、素手だけで魔物と戦うつもりはありませんけど」

 

「紋章術にはスキがある。魔物の足が速かったらそれで終わりだろ」

 

「でも、いくら剣持ってるったって。レナスさんは僕らと違って、普通の──」

 

「んじゃ危なくなったら降参でもなんでもさせりゃいいじゃねえか、なにも死ぬまで戦い続けなきゃいけねえルールでもねえんだしよ」

 

 渋る二人に、クリフはいちいち道理に適った事ばかりを言う。

 試合に出る事をすなわち即座に大怪我する事だとばかり考えていた二人は、「危なくなったら降参させればいい」というところで一瞬心が揺らいだ。

 即座に反論しなかった二人を見て、クリフがたたみかけるようにさらに言う。

 

「せっかく本人がやる気出して「戦う」って言ってんだ。勝てたらもうけもんくらいの気持ちで任せる、っつう気にはならないのかねえ」

 

 クリフは言いながらいかにも「少しぐらい信じてやれよ、こいつがかわいそうだろうが」といった風にレナスを見た。

 見られたレナスも一瞬わずかにためらいを見せた後、クリフに合わせるかのようにいかにも真剣な様子で

 

「お願い。私に戦わせて」

 

 と言い。

 その様子に心を動かされたレナはついに、レナスが試合に出る事を許した。

 

「分かりました、先鋒はレナスさんに任せます。頑張ってくださいね、レナスさん。……でも、ダメそうだったらすぐに降参してくださいね。本当に、無理はしちゃダメですよ」

 

 

 そうなったらフェイトだけが反対してももうどうしようもない。

 

(クリフは一体何考えてるんだよ、この人僕らと違って普通のお嬢様だぞ。任せてみろって、どう考えても勝てるわけないじゃないか)

 

 なんて余計な説得をしてくれたクリフの事を恨めしく思いながら、当たり前のように『メリル』の偽名を用紙に書いたレナスにならい、フェイトも次鋒と中堅の欄に、その場で思いついた自分とクリフの分の偽名を書いたのだった。

 

 残る副将はレナで、大将は架空の“五人目”。

 さりげなくクリフに「ほれ、お前もさっさと名前書けよ」と急かされ、フェイトも(なんだクリフばかやろう)とその後の順番をよく考えずに名前を書いたわけだ。

 

 

(レナスさんもあれだけ止めたのに人の言う事聞きもしないで。まったく、怪我しても知らないですからね)

 

 と心配半分投げやり半分な気持ちで、みんなと一緒に闘技場の舞台に向かい。

 本日最後の試合だの、無謀にも飛び入り参加で最高難易度に挑んできた挑戦者チームに拍手をなどと、やたら盛りあげてくる会場のアナウンスを(すでに目立ってるなこれ)と諦め気分で聞き。

 

 レナスが勝てなかった場合はレナが副将として戦う事になると気づいたのは、すでにレナスが先鋒として舞台上に上がった後だったりするわけだが、

 

(まずいよなこれ。もう順番は変えられないし……。あっそうだ。どうせ僕ら偽名だし、いっそクリフに“レナ”として頑張ってもらうとかどうだろう……)

 

 などとこの際に及んでまだ色んな考えをめぐらせていたフェイトはしかし、試合開始からしばらくして、自分の考えがとんでもない杞憂であった事にやっと気づいたのであった。

 ようするにこういう事である。

 

 

(……レナスさん、普通に強くないか?)

 

 

 

 試合が始まるまでフェイトは(まあ勝てないだろうな)と思っていた。

 いよいよ試合が始まる直前、対戦相手の魔物が会場奥の鉄格子から姿を現してすぐ「降参です、降参!」とさっそく言い出したレナを止めようとも思わなかった。

 

 だって対戦相手の魔物は見るからに強そうだったのだ。

 魔物自体は初めて見るタイプではない。フェイト達も何度か相手した事のある、軽装で身を固め、槍を持っているトカゲ人間のような魔物なのだが、なんというかこれまでの道中で倒してきた奴らとは明らかに風格が違う。

 体格の良さ、油断のない武器の構え方などなど。フェイトが日頃遊んでいるゲームで例えると「上位タイプの雑魚」ってやつだ。

 

 あのタイプの魔物は動きもそれなりに素早かったはずだ。

 自分やクリフなら勝てそうだけど。レナでも勝てなさそうな相手に、レナスさんが勝てるわけない。

 

 

 ──と思っているフェイトをよそに、降参する気などさらさらないレナスは剣をゆっくり鞘から抜いて戦闘の意思表示をしてみせ、その意志に従って試合が始まったのだ。

 

 開始早々魔物が放った突きをレナスが剣で受け流した時は、フェイトも思わずレナや周りの観衆と一緒に驚き、同時にほっとした。

 その後レナスが出した最初の斬り下げを魔物に避けられた時も、周りの「ああもうちょっと、惜しい!」という声にしっかりと頷いた。

 

 レナのように舞台ぎりぎりまで近づきかぶりつきで見ながら「レ……メリルさん、頑張ってー!」と力いっぱい声援を送り続ける事こそしていないが、フェイトも手に汗握る一進一退の攻防に

 

(すごいな。やればできるじゃないですか、レナスさん! 頑張れば勝てない相手じゃないですよ!)

 

 と勝たなくちゃいけないという損得勘定抜きに、彼女の試合を興奮がちに見ながら応援してもいたのだ。──最初のうちこそは。

 

 

 大体ゲーム仕込みの我流剣法ではあるが、それでもフェイトもレナスと同じ剣使いだ。

 目の前の彼女の動きのどこが悪手でどこが好手なのかは、手に取るようによく分かる。

 で、

 

(頑張れレナスさん。そこでもう一歩踏み込むんだ。そうそこ、そこで切り返して……って惜しい。どうしてそこでもたつくんだ、もうちょっといい動きできたでしょう今の)

 

 などとレナスの戦いぶりを見てじっくり分析。

 

 自分だったらここはこう動く。そうしたら魔物はこう出るはずだから。

 けどレナスさんはやっぱりあまりこういう事には慣れていないみたいだ。守りすぎなのかな、出るべきところで出ないし。押しきれば倒せそうだった場面何回かあったのに。

 

 それになんかレナスさん、時々ほんのちょっともたつくんだよな。本当にほんのちょっとだけだけど。

 でもそのせいで攻撃のリズムも少し崩れてきてるし。今はなんとか魔物の動きについていけてるし、魔物もそこまで手痛い攻撃してこないけど、あれじゃそのうちに……

 

 

 などとそこまでレナスの戦いぶりをじっくり観察してから、フェイトはようやくある可能性に気づいたのだ。

 試合開始時と比べ攻撃のリズムがほんのわずかに崩れているのは、彼女というより……

 むしろ彼女と戦っている魔物の方なのではないか、と。

 

 

(ん? あれ、よく見ると……? まさかそんな、いやでも)

 

 そんな馬鹿な事あるわけないじゃないか。あの人ただのお嬢様だぞ。

 基本的な動きがうまくできてなくて、それがたまたま戦いに慣れた魔物を惑わせているだけじゃないのか。

 

 頭ではありえないと否定しつつも、それでもそこは剣使いとしての“勘”か。

 避けたり避けられたりなかなか決着のつかない試合、ぱっと見勝てるかどうかぎりぎりのところで一生懸命頑張っているようにしか見えないレナスの戦いぶりを、今度は疑いの目をもってじっくり観察してみたわけだ。

 その結果がつまりこの感想である。

 

 

(強くないかレナスさん)

 

 

 戦闘に慣れていないお嬢様が、一生懸命魔物と戦っているわけじゃない。

 もたついているように見えているのはわざとだ。

 レナスはわざとへんなタイミングで魔物に剣を受けさせたりしているのだ。

 魔物が手痛い攻撃仕掛けてこないのも、そうやって魔物に気づかれないよう、自分に向かってくる攻撃をすべて誘導しているからだ。

 

 ぱっと見どっちが勝つか分からない一進一退の攻防に見えるけど、実はまったくそうじゃない。

 この試合は完全にレナスのペースで進んでいる。魔物は彼女に踊らされているだけだ。

 観客はもちろん、魔物自身もまったく気づかないうちに。

 

 

 すっかり試合に熱中している観客達は、レナスの事を「綺麗な姉ちゃんなのに頑張って魔物と渡り合っててすげえな」ぐらいにしか見ていないだろう。

 剣に自信のあるフェイトだって、舞台すぐ近くという特別席でじっくり見ないと気づかなかったくらい自然な動きなのだ。

 

 そんな巧妙な戦いぶりを。しかもラクール闘技場最高難易度の魔物相手に。

 

 

(……。確実に強いなレナスさん)

 

 

 もう意味が分からない。

 だって「みんなほど強くないから、自分の身しか守れないから魔物と戦うとか絶対無理だわー」みたいな事言ってたのに。

 

 一体なんなんだろうこの戦いっぷりは。

 自分より弱いやつ相手じゃなきゃこんな芸当できるわけない。レナスの実力は間違いなく、闘技場最高難易度の魔物を余裕で上回っている。

 

 なのに「自分の身を守る程度なら」って。

 いくらなんだって謙遜がすぎるだろう。普通に自分達と肩を並べて戦える腕をお持ちじゃないか。むしろレナよりあの人の方が強いまである、ていうかたぶん絶対強いし。

 そりゃ自分から進んで先鋒務めるわけだ。だって負けるはずがないんだから。

 

 これでみんなみたいには戦えないって、またまた御冗談を。

 いやいや、というか本当に。

 

 

(今までの戦闘不参加は、なんだったんですか──?)

 

 

 

 なかなか混乱から抜けだせない頭でフェイトは試合を眺め続ける。

 ペースの“ズレ”は今やその辺にいる試合好きのおっちゃんにも分かる程度にも大きくなっている。試合がようやく佳境に入りかけた、といったところか。

 前方では相変わらずレナが、舞台上のレナスに力いっぱい声援を送り続けていて、

 

(ああレナはまだ気づいていないんだな、レナスさんの強さに)

 

 とかわいそうに思う事しきりである。

 

 そんな一生懸命応援しなくてもいいのに。どうせレナスさんが勝つのに。

 自分もついさっきまではのめり込むように試合を見ていたというのに、いやむしろだからこそ、すっかりしらけきった気持ちで

 

(観客の人達もレナも、どうしてみんな気づかないかな)

 

 とフェイトが周りを見渡すと。

 隣にいるにやついた様子のクリフと視線が合った。

 

 

「……おい。お前まさか」

 

「さあなんのことだかねえ」

 

 笑いをこらえつつ答えるクリフを見てフェイトは確信した。

 この男は気づいてやがったのだ。レナスに闘技試合の魔物を倒せるだけの腕が、十二分にある事を。

 

 そう思うと納得できる事ばかりだ。

 試合に出ると言い出したレナスを止めるどころか、そのレナスを止めようとしたフェイト達の方をうまく言いくるめた事。レナの順番が最後になるよう仕向けた事。

 それに今思えば、「剣の扱いを一生懸命お勉強なさった」やら「“護身用の”剣持ってらっしゃる」やら、いちいちレナスに嫌味ったらしい言い方してたのも──

 

「お前、いつから気づいてた」

 

「ほお? 俺はてっきり、お前もとっくに気づいてるもんだと思ってたぜ。気づいたうえであんな紳士的な態度をとってんのかと」

 

「っこの、思ってもいない事を──!」

 

 完全に面白がっているクリフにフェイトも一瞬マジ切れしかけたが、そこは一応人の試合中だ。なんとか理性を取り戻して小声に戻り、気づいてたくせにずっと一人で楽しくにやにやしてやがったクリフを睨んで聞く。

 

「気づいてたんならなんで言わないんだよ」

 

「言う必要あんのか? それに大体お前、俺の“勘”は信じてねえんだろ」

 

「はあ? “勘”って……お前まさか、そんなものを根拠に」

 

 途中まで言いかけてから(そうだな、こいつはそういうやつだった)とフェイトは改めて気づく。

 クリフも結局のところ、レナスがこうやって目の前でちゃんと戦ってみせるまで、彼女のはっきりした強さなんて分かっていなかったのだ。

 なんとなく“勘”で、(こいつはきっと強い)と信じていただけの事で。

 

 それだけの事で、きちんとした証拠があったわけでもないのに。

 しょっぱなからもう確実に「強い」前提で、あんな嫌がらせみたいな事ひたすらレナスに言い続けていたのだ、この男は。

 

 今思えばレナスが先鋒を務める事に決まった時、クリフはやたら上機嫌だった。

 これでやっとレナスの実力が見られるとうきうきしていたのだ。実際のところレナスが本当に強いかどうかなんて、あの時点じゃ分かってなかったのに。

 ご自慢の“勘”がまったくの外れだったかもしれないのに。

 

 

「さすが俺の“勘”だぜ」

 

「ああそうだな。その度胸だけは褒めてやる」

 

 得意げに言うクリフに(外れてたらお前は今頃副将の『レナ』だよ、この『ノッペリン』が)とフェイトは心の中で思いきり罵倒を浴びせた。

 そんなフェイトの思いもなんのその、ご機嫌なクリフは舞台を見て言う。

 

「そろそろカタがつきそうだな」

 

 

 目を逸らしている間に戦況はずい分進展していたらしい。

 表向きは一生懸命魔物に立ち向かっているレナスの動きは、これまで以上に危なっかしい。

 魔物もなかなか仕留められないしつこい挑戦者に、いい加減業を煮やしているようだ。

 

 焦るあまりに定石をかなぐり捨て、ひたすら魔物に無謀な攻撃を打ち込んでいるように見えるレナス。その攻撃を怒り猛りつつ振り払う魔物。

 観客およびレナの声援はいよいよ激しさを増しているが、その辺も全部“わざとやってる”と分かっちゃっているフェイトには茶番としか思えない。

 

 どうしてみんなは気づかないのだろうか。

 あれは無謀な攻撃してるように見せてるだけだというのに。彼女の動きにつられて、むしろ魔物の反撃が大振りになっているというのに。

 

 

 それからさほど時間もたたないうちに、試合はフェイトの想像通りの結末を迎えた。

 レナスが実に幸運な動きで、魔物の薙ぎ払いを捌き。

 誰の目から見ても隙だらけになった魔物の首元に、勢いのまま剣を突き刺したのである。

 

 

 会場がしんと静まり返る中。レナスは両手を使って素早く魔物に刺した剣を振りぬき、距離をとった。

 ややあって、魔物が舞台上に倒れる。

 同時に会場は沸き立った。

 

『勝負あり! 挑戦者の勝ちです! ……やってくれました、驚異の粘り勝ちです!』

 

(粘り勝ち、ねえ。確かに魔物はよく頑張ったと思うけどさ……)

 

 この大熱狂の中、ここまで冷めているのはフェイトくらいなものだ。

 観客やレナはもちろんクリフもなんだかんだ楽しそうに試合を見ていたし、応援されていた当人に至っては冷めるもくそもない。最初から平常心であろう。むしろ会場のこの盛り上がりっぷりに困惑しているくらいではないのだろうか。

 

 次の試合の準備をするため、魔物が出てきた所とはまた別の鉄格子から兵士達が数人ぞろぞろと出てきて、魔物の死体を片づけにかかる。

 

 レナスは観客の盛大な拍手を受けつつ舞台上で一礼をすると、いかにも控え目に勝利を受け取ったという態度でフェイト達のところに戻ってきた。

 さっそくレナが屈託なくはしゃいで彼女を出迎える。

 

「すごいですよレナスさん! あの魔物に勝っちゃうんだから! わたし最初は本当にもうダメかと思って、でもレナスさんがあんなに一生懸命戦ってたから……」

 

「今はメリルでお願い、レナ」

 

「あ、ごめんなさい。わたしすっかり舞い上がっちゃって……。とにかくメリルさんが無事に勝ててよかったです。怪我はしてないですよね?」

 

「ええ平気よ。応援してくれてありがとう、レナ」

 

 レナはすっかり嬉しそう。応対するレナスはいつも通り落ち着いた様子である。

 戦った本人は「私超頑張ったわ」とか思ってないだろうし、「すごいです、おめでとう」と言われても、このように無難に答えるしかあるまい。

 

 とにかくこれまでの事はどうだろうと、今この場で彼女が立派に先鋒を務めた事は間違いないわけだ。

(そんだけ戦えるくせして今までの戦闘全部堂々とサボってたんですか)

 という疑問はわきに置いといて、しっかりチームに一勝を持ち帰ってきたレナスに、フェイトもねぎらいの言葉をかけた。

 

 

「お疲れ様です。いい戦いでしたね、メリルさん。メリルさんがあんなにできるなんて思ってませんでしたよ」

 

「……ええ、ありがとう」

 

 ただしバッチリ含みを持たせたねぎらいの言葉である。

 ついでに言うと目も笑ってない。

 「僕はしっかり気づきましたけどね、あなたの所業に」という気持ちを、この際だからフェイトはレナスにありありと向けてみたのだ。

 

 さすがにレナスもこれには気づいたようで、レナに対する時以上に無難な返事を一応したのみ。明らかにフェイトの出方を窺っている様子だ。

 さらにクリフが、にこにこ笑顔でレナスに話しかける。

 

「よお、お疲れさん。しかしまああれだな、アレじゃお前には役不足だったか? 俺的にはもうちっとばかしいいモンを期待してたんだがなあ」

 

「クリフさん、言葉の使い方違いますよ? それじゃまるで魔物が弱すぎて相手にもならなかったみたいじゃないですか」

 

「おっと失敬、間違えちまったぜ。学がねえもんでよ」

 

「おいおい何言ってるんだよレナ。このいかにも学がなさそうな、役不足の意味さえ知らない大男の名前はノッペリンだろ?」

 

「ご、ごめんなさいクリフさん……じゃなくてノッペリンさん。でもノッペリンさんって、なんかすごく言いにくくて」

 

「変な名前だもんな。偽名使ってるみたいだし。レナが言い間違えるのも仕方ないさ」

 

「間違えられちまったぜ、ははは」

 

 

 などという会話を、わざとらしくレナスの前で繰り広げてみちゃったりなんかして。

 クリフの茶化しにしっかり便乗してみたフェイトは、クリフと一緒に、黙りこくって自分達を見るレナスにわざとらしく爽やかに笑いかける。

 

 

 ちゃんと戦えるくせに堂々と戦闘をサボってるなんて、よくよく考えりゃ別に大した話でもないじゃないかとフェイトは思うのだ。

 道中の敵は雑魚ばっかりで、前衛が自分とクリフの二人だけでも特に苦戦するような戦闘なんてないし。

 

 なんか知らないけど強いのがバレたらダメなお嬢様なんだ、この人は。

 秘密にしたがりさんなんだろう、きっと。別に誰も知らないのに偽名なんか使っちゃってたくらいだし。

 

 今ここで自分の気が済むまで彼女を追及するのもいいが、まあそれは野暮ってもんだろう。

 本人がどうしても内緒にしておきたいっていうのなら、自分もクリフと同じように、これからも彼女の事を温かく見守ってあげようじゃないか。

 

 

 

 そんな風にすっかり優位に立ったフェイトを、レナスは複雑そうな表情で見ている。ひとまず追及はされなさそうな事への安堵感と、うざいのが増えた事への精神的疲労が織り交ぜになったような顔だ。

 レナスは着々と整えられていく試合の舞台に目をやって、「後はあなた達次第ね」と言った。

 

「いい戦いを期待しているわ。まさか二人が負ける事はないと思うけど」

 

「そらまあ、ここで負けたら笑い話にもならねえわな。ちゃっちゃと頼むぞライアスさんよ、お前の実力ってやつを会場の皆様方にも見せてやれ」

 

 こんなところで実力なんか見せつけるわけないだろう。とにかく勝ってお金が稼げさえすればいいんだから。

 自分達は未来の先進惑星人。

 観客がその目を疑うような勝ち方をするなんてもってのほかだ。

 実力アピールなんてするべきじゃない。観客達になるべく強いと思われないような戦いをしなければいけないのだ。

 まさしく、さっきのレナスさんがやったような戦いを。

 

「まあそれなりに勝ってきますよ。僕もメリルさんの頑張りを無駄にはしたくないですしね」

 

 あほうな事ぬかすクリフを無視して、フェイトは平然とレナスに言ってのけた。

 まあ「目立たないように勝たなければ」といった縛りを自分に設けたところで、どうせ相手はさっきみたいな、ちょっと手強いだけの雑魚魔物だ。

 レナスさんも余裕しゃくしゃくで一生懸命魔物と戦ってたぐらいだし、そんな難しい事でもないだろう。

 

 

 ほどほどに手加減して、ほどほどに時間が経ったら倒せばいいかな。

 軽い気持ちで考えつつ、レナから

 

「頑張ってねフェイト。フェイトなら勝てるって信じてるから」

 

 と励ましの言葉を貰いつつ。

 次鋒ライアスとして、フェイトは試合の舞台に上がっていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 結論から言うと、フェイトはちゃんと魔物に勝った。

 観客の人達に、「あいつ強すぎね?」といった疑いの目を向けられる事もなかった。

 ただフラグもしっかり回収した。

 

 観客にバレないよううまく手加減すればいい。そう考えていたフェイトの前に現れたのは、レナスの時とは違って、まったくの初見の魔物。

 日の光を浴び鎧のように黒く輝く胴体を持つ、どっしりとした体型の、四つ足の魔物だったのだ。

 

 

 初めて戦うタイプの敵という事で、始めのうちはフェイトも当然魔物の動きに気をつけていた。

 が、魔物の動きが全体的に遅かったので完全に油断した。

 

 なんのことはない、こいつは見かけがすごいだけののろまだ。

 いかにも硬そうな見かけしてるけど、腹の方は無防備。剣でなんなくダメージを与えられる。背後をとるとしっぽで攻撃してくるから、それだけ注意すればいい。

 

 で、しばらくそんな風に様子見で戦った後。

 魔物が大した攻撃をしてこないと思ったフェイトは、当初の予定通りの戦法で魔物と戦う事にしたのだ。

 先ほどのレナスを見習って。観客に強すぎると思われないように。

 

 そしていかにも素人くさく大げさに剣を振りかぶり、真正面から魔物に向かっていったところ──

 

 

 

(これでいいんだ。何も失敗してなんかないぞ、僕は。かっこよく勝つ必要なんてないさ。そうだ、目立たないように勝ったんだからそれで十分じゃないか)

 

 麻痺で動けないフェイトは、現在うつ伏せ状態で地面に寝っ転がり、目の前の舞台の壁を見ながら自分にしつこくそう言い聞かせている。

 

 うかつにも魔物のブレス攻撃をしっかり食らいつつも、麻痺で動けなくなっていく体を気合で動かしなんとか魔物を撃破したフェイトは、試合終了後に舞台の階段を自力で降りたところで力尽きたのだった。

 

 レナには心配された。レナスにも意外そうに「ずいぶんと無茶をしたわね」と言われた。顔は見えてなかったけど、「そこまでして目立ちたくなかったんだろ、どっかの誰かさんみたいにな」と言ったクリフは絶対に笑っていた。

 それからクリフに「両手に花ってか。羨ましいねえ」と茶化されつつ、レナとレナスの二人に両脇を支えられ、ずるずる引きずられ。

 次の試合の邪魔にならない場所に移動させてもらってフェイトは今に至る。

 

 

 観客の人達に怪しまれないように勝てたんだからいいじゃないか。

 後半なんかどう見ても全力で戦っているようにしか見えてなかったはずだし。

 自分に言い聞かせているフェイトは「自分はこの状況で最良の行動をとったんだ」と思う事は思っているのだが、まあそれ以上に思う事はやはりこれであろう。

 

 手加減しようとか思ってた少し前の自分を殴りたい。

 

 

(なんだよ初見の敵相手に思いっきり手加減しようって。その前によく考えたら手加減はしない派じゃないか、僕は)

 

 相手がいくら弱くてもプリンだとしても、失礼にならないよういつも全力で相手してあげる事にしているっていうのにそんな事も忘れてこの失態。直前のレナスの試合を見て「いける」と思ってしまったのがそもそもの過ちであろう。

 人間やはり、慣れない事はするもんじゃあない。

 

(……いや違うぞ。今の戦いはどうしても手加減しなきゃダメだったんだよ。普段通りに全力はまずいだろ。そうに決まってる)

 

 などとフェイトは一生懸命自分にそう言い聞かせているが。

 

 実際のところ、痺れてからの後半戦でフェイトは必死こいて戦っている。

 麻痺で体が完全に動かなくなる前に勝負をつけなければならなかったので、剣に紋章力を付与する技『アイシクルエッジ』も使った。

 「挑戦者は紋章剣の使い手だったようです!」とアナウンスの人にもしっかり解説された。

 

 ぶっちゃけ手加減なしの通常攻撃のみで魔物をやっつけるのと、目立ち具合はさして変わらなかったであろう。フェイトは本気で無駄に苦戦しただけである。

 

(いいんだ、これだけ苦戦したんだから。これなら強すぎるなんて疑われる事もないはずだ。じゃなきゃこんな間抜けな勝ち方……)

 

 フェイトがやっぱり壁を見ながら自分に言い聞かせていると、会場アナウンスが告げた。

 

 

『それでは三戦目に参りましょう! 挑戦者……ノ、ノッペリン、前へ!』

 

 うん、ちょっと笑ったね今。

 会場からもざわざわと失笑が漏れる中、クリフがぼやく。

 

「どーにかならんかったのかねえ、この名前」

 

(ざまあみろノッペリン、ひとをバカにするからこうなるんだ)

 

 心の中で自分にも突き刺さるようなすごい皮肉言っちゃうフェイトをよそに、クリフはフェイトのすぐ横に座り込んで治療をしているレナと、そのさらに横に立っているレナスの二人に声をかけた。

 

「じゃ、ちょっくら行ってくるぜ」

 

「気をつけてくださいね。ここの魔物、なんかけっこう手強いみたいですから」

 

「分かってるって。せいぜい油断しねえようにってな」

 

 心配そうに言うレナに、これまたフェイトを茶化すような軽い返事をして、フェイトの視界からクリフの足が見えなくなった。

 

 それからちょっと時間を置いて、フェイトが(僕以上に恥ずかしい事にならないかなクリフ。負けたら困るけど)なんて考えちゃう中。

 アナウンスの人が試合開始を宣言したのだった。

 

 

『それでは三戦目──、始めっ!』

「バーストタックル!」

 

(は?)

 

 

 耳を疑うフェイトだが、聞こえてきたのは紛れもない衝突音。

 しかも直後にガシャーン! という、また別の大きな音までした。

 

『……い、一撃です! 我々は夢を見ているのでしょうか!? 体当たりで魔物を……信じられません!』

 

 会場も一面驚きのざわつきである。

 やりやがったなあいつ、とフェイトが心中で頭を抱えていると。

 

 

『と、とにかく勝負あり! 見事挑戦者チームが勝利を……え、あれちょっと……』

 

 アナウンスの人の戸惑う声。

 会場のざわめきが増し、鳥がはばたいたような音が聞こえた。

 

 ややあって、「おいっ! くそっ」とクリフの焦る声。

 直後に、日が隠れたかのようにフェイトの視界が暗くなった。

 

 

 ばさっ。大きな鳥のはばたき。

 

「え?」

 

 レナの声。

 金属がすれる音。けたたましい鳥の鳴き声。

 それから。

 

「……っ、エリアルレイド!」

「きゃっ」

 

 

(──うわっ)

 

 気づいた時にはもう、クリフが放ったであろう技の衝撃で地面が揺れていた。砂埃が舞い、周りが何も見えなくなる。

 フェイトの視界の隅で、何かがどさっと落ちた気がした。

 

(なんだ、あれ……爪、のように見えるけど。倒したのか?)

 

 魔物が急に来て、そいつをクリフが倒したっぽい事しかフェイトには分からない。

 しばらく状況を把握しきれずにいると、砂埃で隠れていた視界がようやく晴れたのか、アナウンスの人が興奮気味に状況を解説してくれた。

 

『挑戦者チームは一体どうなったというのでしょう……やや、あれは! なんとノッペリン選手が四戦目に出場するはずだった魔物を下敷きにしている! そいつも一撃で倒したのかノッペリン! さすがノッペリンだ、すごいぞこの男は!』

 

 アナウンスの盛り上げによって、ざわついていた観客達も安心したらしい。

 今度こそ拍手喝采の雨あられである。

 

 

「大丈夫?」

「あ……。ありがとうございます」

 

 レナスとレナの声も聞こえ、フェイトも(二人も無事みたいだな)と一安心。

 本当ならこういう時にこそ自分が魔物を返り討ちにするはずなのに、情けなくも痺れて寝っ転がってるだけ。よりによってクリフに助けられる側になっていたという事実は一切考えない事にする。ていうか考えてたまるか。

 

(あーでも、レナスさんも普通に強いんだったな。僕が動けなくても別に問題ないか。はあ……早く麻痺治してくれないかな、レナ)

 

 レナはというと、今の騒動ですっかり治療の手も止まってしまった様子。

 きょとんとした声の様子を聞くに、レナも今何が起きたのかよく分かってないらしい。

 

「あの、わたしよく見えなかったんですけど、今……?」

 

 とレナが困惑していると、クリフがいきなり軽い調子で謝ってきた。

 

「いやー悪いな嬢ちゃん、ちぃっとばかし急いでたもんでよ。目と鼻の先で技ぶっぱなされたら、嬢ちゃんが混乱するのも無理ねえよな」

 

「え……と、そうなのかな、今の」

 

「ん? 他になんかあったか?」

 

「あ、いや、そうですね。わたしなんかちょっと混乱してたみたいです。ごめんなさいクリフさ……じゃなくてノッペリンさん。助けてもらったお礼も言わずに変なこと言って」

 

「なに、いいってことよ。お前も、俺にもっと感謝してくれてもいいんだぜ?」

 

「鉄格子を壊したのはあなたよね?」

 

 

 呆れたようなレナスの返事に、フェイトもやっと事の真相を知る。

 

(はあ? ……ってそうかさっきの音──! あれで鉄格子が壊れたのか!)

 

 体当たりで魔物をぶっ飛ばした先に鉄格子があって、それを壊したせいで、控えにいた魔物が飛び出してきたと。

 じゃあクリフは自分で自分の尻拭いしただけじゃん。一瞬でも助けられたとか思って損した。

 

(なにやってんだよこいつは本当に。普通に勝てってあれほど言ったのに、何雑魚相手に全力なんか出して……)

 

 遅ればせながらフェイトがクリフのしでかしに呆れていると。

 

 

「──けど、そうね。ありがとう、おかげで助かったわ」

 

(お礼なんか言わなくていいですよ、こんなやつに)

 

 レナスはクリフに礼を言った後、地面に寝っ転がりっぱなしのフェイトをちらと見て言った。

 

「それよりレナ。フェイトは治してあげないの?」

「あ」 

 




・本文にも書いたけど、一応今回の名前確認。
 レナス→メリル
 フェイト→ライアス
 クリフ→ノッペリン
 です。
 レナは偽名使う必要がないのでそのままレナ。もしもの時の五人目の名前も、レナが書きました。


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6-1. 大人のお誘い?

 見事獲得したラクール闘技場の賞金で宿をとる事が出来たフェイト達は、今日の夜もいつもと同じように通信機を使って、エル大陸にいる旅の仲間達と連絡を取っていた。

 

 今日はお互い色々な事があったという事で、報告の内容にもいつもより華がある。

 旅の目的に関する重要な発見をしたという事ではない。

 雑談がいつも以上に盛り上がる、といった意味での“華”だ。

 

 クロード達の話を面白おかしく聞き。

 フェイトとレナもひとしきり今日の出来事、特にラクールに着いてからの事を喋る。

 闘技場で最後にフェイトがレナに受けた仕打ちをしっとりと語ると、話のオチのところで通信機からいくつもの笑い声が流れた。

 

『つまり、すっかり忘れられてたってワケ?』

 

「わ、忘れてなんか」

 

「いやあれは絶対忘れてたぞ。あ、って言ったからねレナ。あ、って」

 

「えーと、あれはそういうつもりで言ったんじゃなくて」

 

 レナがごまかす度にまた、通信機からくすくすと笑う声が洩れる。

 クロスで別れたクロード、セリーヌ、ソフィアとマリア。

 フェイト達がまだハーリーにいた頃、クロス大陸クリクの港から南に位置するラスガス山脈のふもとで、クロード達の仲間に加わったという紋章剣士のアシュトン。

 今日はその五人に加え、さらに別の声も混じっていた。

 

 

『まあレナならしょうがないですわね。時々ありえない暴走しますもの』

 

『すぐ近くにいるのに存在を忘れられてたなんて、僕より不幸だよね。ねえ? クロード』

 

『アシュトン! そっ、そんな事言ったら彼に失礼じゃないか! 存在を忘れられるっていう事は、すっごくつらい事なんだぞ?』

 

『まるで自分も忘れられた事があるみたいな言い方ですねえ』

 

『……実際に忘れられたんだろう』

 

 

 アシュトンと同じく、かつてレナやクロードと共に十賢者を倒した英雄、ディアスとノエルの二人だ。

 彼らとは今日、エルリア市街の外れで偶然会う事ができたのだとか。

 

 なんでもクロード達が町の中に現れた魔物と戦っている時に、偶然近くを通りかかった彼らが加勢してくれたらしい。

 もともとクロードもエル大陸に着き次第、そこにいるだろうかつての仲間達を探すつもりだったから、探すまでもなく向こうから来てくれたのはラッキーだったと言っていた。

 

 戦いが終わった後で二人に事情を説明して、そのまま旅の仲間に加わってもらう事になったというわけだ。

 

 

 通信機越しではあるが自己紹介も互いに済ませた後なので、フェイトも彼らの特徴をなんとなく掴んでいる。

 

 まず、始終のほほんとした調子で喋るのがノエルだ。

 だいぶ聞き慣れたアシュトンの声も大体そんな感じだけど、より緊張感がない方。聞いてるだけのこっちも気が抜けるような声の方。

 

 彼は十賢者事件によって消滅したエナジーネーデの生き残り、つまりエクスペルに現状三人しかいないネーデ人のうちの一人だ。

 レナと同じく回復術を使える紋章術師という事なので、きっとこれからの向こうのチームの大きな助けになってくれることだろう。

 

 

 そしてあまり喋らない方がディアス。喋ってもまず愛想よくないのがディアス。

 エクスペルにその名を知らない者はいないと言われるほどの剣豪なのだそうだが、こいつはきっとすかしたイケメンに違いないとフェイトは睨んでいる。

 

 だってさっきから後ろの方で『おなか空きませんか?』とかなんとかしきりにこいつに話しかけているソフィアの声が聞こえるのだ。

 戦闘の際危ないところを助けてもらったお礼だとかなんとか本人は言っているけど、イケメンじゃなきゃそこまで張り切るはずがないだろう。仮に助けてもらったのがノエルの方でも今と同じ態度で接するというのか、否。

 

 

(ミーハーだもんな、ソフィア)

 

 まったくソフィアはなにやってんだと呆れていたら、通信機からかすかにこんな声が漏れてくる。

 

『どうですか!』

『……うまいな』

『ありがとうございます!』

 

(餌付けが成功してる、だと?)

 

 驚くフェイトの横で、同じく会話を聞いていたレナが微笑ましそうに言う。それにマリアがいたって冷静な様子で答えた。

 

「ディアスはソフィアとすっかり仲良しさんね。とても今日会ったばかりの二人とは思えないわ」

 

『偶然の一致を運命かなにかと勘違いしたんでしょ。あのこミーハーだから』

 

 

 やはりイケメンなのかとフェイトが納得していると。

 ばたん、と入り口のドアが開いてクリフが部屋の中に入ってきた。荷物で手が塞がっているらしく、クリフは開けたドアを足で蹴って閉める。

 

「いやーまいったなこりゃ、つい買いすぎちまったぜ」

 

「クリフさん、今までどこに……って」

 

「おいっ、お前それ」

 

 ご機嫌な様子のクリフを見るなりフェイトは血相を変えた。

 なんてったってクリフは、大量のワインボトルを抱えて帰ってきたのだ。

 そりゃあせっかくあんな恥ずかしい事になってまでお金稼いできたのに、もう使い果たしてどうする気だ馬鹿野郎と、フェイトだって真っ先にそう思うだろう。お金なくなった理由が理由なだけに。

 

 が、どうやらその心配は杞憂で済んだらしい。

 クリフは抱えたボトルのラベルを見せつけながら、呆れたように言ってくる。

 

「ただの安酒だよ。お前じゃあるまいし」

 

「? なんで安酒なんか」

 

「飲むに決まってるだろ。他に何があるっつーんだよ」

 

「ああ、そうか。そうだよな。なるほど」

 

 そいつはまったく思いつかなかったなと感心するフェイト。

 クリフは酒を手に、にかっと笑って言う。通信機から『クリフらしいわね』とマリアの声がした。

 

「戦勝祝いでも、って思ってな」

 

「でも、そんなにお酒強いんですかクリフさん? 量がちょっと、尋常じゃないですけど」

 

 レナは気後れがちにそう聞く。

 いかにもお酒好きそうだし強そうだけど、その量はすごすぎじゃないですかと思っているんだろう。フェイトもそう思う。

 

(限度があるだろクラウストロ人。安酒だって一応タダじゃないんだぞ)

 

 呆れるフェイトをよそに、

 

「ん、まあ確かに。飲めなくはねえけど、ちと買いすぎた感はあるな」

 

 とクリフは酒を見て言う。

 

「大量の酒を一人さみしくっつうのもどうかと思うし、かといってハンパに残して荷物にすんのもめんどくせえし、さてどうしたもんか。せめて一緒に飲めるやつがいりゃあいいんだが、嬢ちゃんにもお前にも酒はまだ早えしな……」

 

 

 しらじらしい独り言を続けた後。

 クリフは部屋の隅に座っていたレナスに目を止めた。

 

「おっと。いるじゃねえか、飲めそうなやつが一人」

 

 

 レナスはというと思い深げに窓の外を見たまま、クリフの声も耳に入っていない様子。

 クリフは構わずレナスの目の前までつかつか歩くと、ようやく気がついたのかゆっくりとクリフを見上げた彼女に向かって、繰り返し笑顔で言った。

 

「よう、酒はいけるクチかい?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クリフとレナスの二人が部屋から出て行った途端、それまで無言を保っていた通信機から一斉に話し声が聞こえだした。

 

『いやどう考えたってさ』

『今のは』

『ですよね?』

『それ以外にないよね?』

 

 など好き勝手に喋った後、セリーヌがきっぱりと断定した。

 

『ナンパですわね』

 

 

「やっぱり、セリーヌさんもそう思います?」

 

 レナは通信機にすがるように聞く。

 それから『他に何がありまして?』という返事を受けると、真っ青になってフェイトの方に振り向いた。

 

「フェイト、どうしよう!」

「どうしようって」

「レナスさんが、レナスさんが!」

 

 まるで彼女が悪者に無理やり連れ去られでもしたかのような慌てようである。

 そりゃフェイトだってレナスがあっさり「分かった。付き合うわ」と言った時は目玉が飛び出るくらい驚いたけど、だからってそこまで慌てる事ないだろう。本人がいいよって言っちゃったんだから。

 

(趣味悪いなレナスさん)

 

 などと思いつつ落ち着いてレナをなだめようとしたフェイトだったが、

 

「嫌ならレナスさんも断ってるはずだろ? 本人がいいって言ったんだからさ、僕らがどうこう言うのは──」

 

「甘い!」

 

 

 びしっとレナに指をさされた。

 いきなりなので、ちょっとびっくりしたのは秘密だ。

 

「な、何が甘いんだよ」

 

「よく考えてよフェイト。あんなみえすいた手口、喜んでついて行く女のひとなんてまずいないのよ? 鼻であしらって終わりよ? それなのにレナスさんはどう? 付き合うって言った時、どんな顔してた?」

 

 すごい言いようだなと思いつつ、レナに言われた通りに、フェイトもその時のレナスの表情を思い出そうと頭をひねる。

 セリフの方がショッキングすぎてあまり覚えていないけど、たしか。

 

「べつにどういう顔もしていなかったけど?」

 

 至っていつも通り、かは分からないけど多分無表情だった気がする。少なくともクリフの事、喜びも蔑みもしていなかったんじゃないだろうか。

 だからって、それが一体なんだというのか。

 

 疑問に思うフェイトに向かって、

 

「でしょ? ふたりっきりでお酒を飲むっていうのに、何も考えていないような顔なんて普通はしないものよ。なのにそんな顔をしてたのよ、あの時のレナスさんは」

 

 とまとめた上で、レナはとんでもない結論を出したのだった。

 

 

「きっとレナスさんはあれがナンパだって気づいてないんだわ。クリフさんの言葉をそのまま受け取ったのよ。本当に、一緒にお酒を飲むためだけについて行ったんだわ……」

 

 

 聞いた瞬間思わず噴き出しそうになったフェイトも、「そんなことあるわけ」とまで言ってから、セリーヌの言葉を聞いてはっと真顔になる。

 

『ああ、そういう可能性もあるかもしれませんわね。あのこなら』

 

 ある。あの人なら十分ありうる。

 ハーリーでだって、さしてなんも考えずに怪しい奴らにほいほいついて行っちゃったあの人の事だ。おいしい酒が飲めるぞー、なんて誘われるままクリフについて行っちゃったんだとしてもなにも不思議じゃない。

 

 現実味を帯びてきたレナの結論を補足するように、クロードもぽつりと言う。

 

『そういえばレナスさん、今日はあんまり喋ってなかったな』

 

 言われてみればそうだ。

 あの人はいつもそこまで発言する方でもないけど、今日はそれにも増して黙っていたと思う。せいぜい自己紹介の時に二言三言喋ったくらいじゃないだろうか。

 剣も差したまま、隅っこに座って。

 なんかすごいうわの空だった気がする。

 

(……レナスさん、さっき部屋を出てった時もまだ剣差してたな)

 

 ほぼ確信に変わったところで、ノエルがのほほんと言った。

 

 

『ぼーっとしてて、よく考えずに「いいよ」って言っちゃったんですかねえ』

 

「……」

 

 

 しばらく静寂が続いた後。

 レナがすっくと立ち上がった。

 

「行きましょうフェイト。レナスさんを助けに」

 

「助けに、って」

「どこに行ったのかはわかってるのよ! このまま黙って見てろって言うの!?」

 

 二人が向かったのは、ここから右に三つほど離れた部屋。

 寝る時のためにもう一室とっておいた、フェイトとクリフ用の男部屋だ。

 レナスさんが何も考えてなかった事はもう確実なんだろうが、場所を考えると、フェイトにはレナが想像しているような事態に至るとはやはり思いにくい。

 

 落ち着いて言うフェイトに、レナが突き刺さるような質問をぶつける。

 

「いくらクリフに下心があったってそんな大胆な事しないよ。あと三時間もしたら寝る時間だし。それまでには戻って来なきゃいけないんだから」

 

「戻って来なかったら?」

 

 

 ぐうの音も出ない。というか。

 そうなった場合は部屋に戻れなくなった自分がこのままレナの所にお邪魔する事になるわけだが、それは気づいているのだろうか。人の心配するよりそっちの心配が先じゃないのかとフェイトとしては思わずにいられない。

 

(それとも──まったく気にならないですか? レナさん)

 

 なんて思っていると、通信機から『……くだらんな』というぶっきらぼうな声が聞こえた。たぶんディアスだ。

 

『そのクリフとやらは、気にいった女に酒を飲ませて無理やり自分の思い通りにさせようとするような輩なのか? そうならレナの言う事が正しいんだろうが……』

 

 

 ぐうの音も出ない。

 なんで今日会話したばかりで、会った事もないようなやつにこんな正論を先に言われてしまったのか。

 

「ディアス……」

 

 レナが一瞬でしおらしくなる中、今度はマリアがきっぱり断言した。

 

 

『クリフは確かに女の人が好きよ。彼女みたいな美人は尚更ね。……でも、旅の途中で勝手に仲間に手を出して、チームを分裂させるような無責任なマネは絶対にしないわ』

 

「マリア……」

 

 ごめんクリフ。僕が悪かったと、さしものフェイトもこれには大反省である。

 信じてあげられなくてごめん。なんでお前の事、一瞬でも疑ってしまったんだろう。

 女好きだからって、ひとでなしとは限らないよな。軽いセリフばっかり言ってたけど、ネルさんにだって結局手ひとつ出さなかったもんな。

 まあネルさんがほいほいついて行かなかっただけかもしれないけど。

 

『なんかすごい落ち込んでるね、向こう』

『通信機が壊れたかと思いましたわ』

 

 一通り反省した後で気を取り直してみれば、いつの間にか落ち着きを通り越して落ち込んだレナをアシュトンが優しくなぐさめている。

 

「みんなごめん。わたし、つい取り乱しちゃって……」

 

『僕らに謝る事じゃないよ。それにそんなに慌てるっていうのは、それほどレナスさんの事を、仲間を大切に思っているって事なんでしょ? ならしょうがないんじゃないかな。フェイトもそう思うよね?』

 

 

 いいやつだなアシュトン。いいやつすぎて「お友達でいましょう」って言われるタイプとみた。

 改めてそんな事を思いつつも、フェイトもいいやつなアシュトンに同意したのだった。

 

「うん、そうだね。ありがとうアシュトン」

 

 

 

 その後も、少しだけみんなと会話をした。

 話題はもちろんさっきの事以外だ。あえて触れないようにしたのだが──

 

 通信を切る時、マリアが『さっきの話だけど』と言ったので聞き返したら。

 

 

『手は出さなくても、お酒で気分が良くなったら、からんで抱きつくくらいはするかもね』

 

 マリアはレナにも聞こえるような声で言ってから、ぷつっと通信を切った。

 




ちなみに本文でやらなかったディアスとノエルの加入場面プロットはこんな感じ。
・市街探索中に魔物の来襲。もたもたしてたソフィアが階段から落っこちる。
→ちょうど下を通りかかったディアスが串焼き屋の看板で受け止める。
→イケメンのどアップ。ソフィアはズキューンと運命を感じました。

ついでに登場キャラ紹介。

・ディアス(スターオーシャン2)
 25歳。剣豪として知られる男性。レナの幼なじみ。
 今も武者修行の旅をしている。最近はエル大陸にいるらしい。

 原作ゲームのイケメン枠。しかしこの作品中で彼がイケメンな活躍をするかどうかは、今のところ作者にもわかりません。
 とりあえずED後なので、SO2の頃よりは人柄がまるくなっている感じです。ブルースフィア基準?


・ノエル(スターオーシャン2)
 24歳。ネーデで動物学者をしていた男性。癒しの術も使える紋章術師。
 現在はエル大陸でのんびりと動物の保護活動中。ちょうどディアスと行動を共にしていた時に、クロード達と再会した。

 ノエルはノエルです、以上。
 キャラを例の四コマ仕様にしようかとも思ったんですが、さすがに取り返しがつかなくなりそうなのでやめました。よってそのままノエルでいきます。


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6-2. 酒の席なら言えるかもしれない事

「んー……と。あったあった、まあこんなもんでいいだろ」

 

 ひたすらに独り言を続けつつ二人分のコップを探し出したクリフは、部屋に入ったきり、ずっと黙って立っていたレナスの方に振り返った。

 

「じゃ、さっそく乾杯といこうぜ」

 

 と笑顔で話しかけても返事はなし。

 今度はクリフもわざとらしく問いかけてみる。

 

「なんだ? お嬢様はしゃれたワイングラスじゃねえとお嫌だってか」

 

 その効果はバッチリだ。

 レナスは形のいい眉をわずかにひそめ、閉ざしたままだった口をようやく開いた。

 

「用件は何?」

 

「いいからまずは飲もうぜ。買った酒がもったいねえ」

 

 言うクリフはすでに椅子に座り、ワインのコルクに手をかけている。

 何か言いかけたレナスも結局はおとなしく向かいの席に座る。

 二人分の酒をコップに注いだところで、クリフはさっそく酒を手に取った。

 仕方なく付き合っている感満載のレナス相手に、いかにもご機嫌なふりをして乾杯。一気に酒を飲んだ後、クリフはいかにもうまそうに息をついて言う。

 

「かーっ、労働の後の一杯はいいねえ」

 

「……」

 

「おいおい。お前安もんにだってな、それなりのうまみっつうもんはあんだぞ。安もんをばかにしちゃいかん」

 

「そんな事、あなたに言われなくても分かっているわ」

 

 またしてもクリフにわざとらしく言われ、レナスもようやく酒を手に取った。

 ためらいなく最初の一杯を飲み干し、「おっ、いい飲みっぷりだねえ」とクリフが新たに差し出した酒もためらいなく受ける。

 

「お前やっぱ酒も強えんだな。俺の想像通りだぜ」

 

「……そう。よかったわね」

 

 反応は示したものの、やはり多くは語らず。

 ひたすら静かに酒を飲み続けるレナスを見て、クリフも酒を飲みつつ考える。

 

(信頼されてんだかされてねえんだか、わかんねえなこれ。剣も含めて)

 

 

 どうせ自分が先に酒を飲んだところを見て安全を確認したとかそんなところだろうが。直前まで警戒していたくせに、少しはっぱかけられたぐらいでこの威勢のいい飲みっぷり。

 前もってコップの方に何かを仕込んでいた可能性を考えられないだけ、一応信頼はされているという事なのだろうか。

 しかし腰にはしっかりと剣。やはり警戒されているとしか思えない。いざとなったらその剣をどうするつもりだこいつは。

 

(ったく、そこまで警戒されるような事した覚えはねえぞ俺は。そりゃ自分でも、多少強引なお誘いだったとは思わねえでもねえけどよ……)

 

 酒でも入れば向こうも腹を割って話してくれるかも知れんとこの場を設けたものの、ここまで警戒されていてはどうしようもない。

 さてどうしたものか。

 とりあえずもうしばらくはこのまま酒飲みつつ世間話でお茶でも濁すかと、クリフが口を開きかけたところ。

 レナスの方から聞いてきた。

 

 

「どうしてレナに嘘をついたの?」

 

 なんともまあ直球な質問である。

 すぐさまおどけてみせたクリフにも、レナスは真剣な様子で言う。

 

「嘘? 俺がいつ? なんか言ったか?」

 

「ふざけないで。あなたは見たはずよ」

 

 まわりくどいやり取りはやめて、という事らしい。

 今度はクリフも酒を置き、真面目に質問に答えてやった。

 

「さあな。深い意味はねえよ。今までのノリでつい、ってやつだ。あの場で問い詰めんのも色々面倒くせえ事になると思ったしな」

 

 嘘はない。本当にそれだけの事だ。

 よくよく考えれば自分にとって損があるわけでもないのに、なぜわざわざ率先してはぐらかしてやったのか。

 あの場ですぐにでも問い質せばいいものを。こうして他二人に気取られないよう、できるだけさりげない口実作って連れ出してやったりなんかまでして。

 

(まあ俺の根っこのところは紳士だからな。美人が嫌がる事はしねえようにしてんのさ、きっと)

 

 我ながらご苦労な事だと思いつつ、クリフは改めてレナスに向き直って言う。

 

「とにかく、わかってんなら話は早い。俺が聞きたい事もわかるよな?」

 

 それから一拍置いて、本人の希望通りまわりくどいやり取りは一切せず、クリフはレナスに聞いた。

 

「お前のあの強さはなんだ」

 

 

 あの時。

 闘技場で、待ち構えていたクリフの横をさっとすりぬけ、仲間の所へ狙いを定めて飛びかかっていった怪鳥。そいつがレナの目の前に来て、クリフがまだそこに辿り着けていなかった時。

 レナスが怪鳥の足を斬り落としたその瞬間を、クリフはしっかりとその目で見た。

 

 直後にクリフが技を放ったせいもあるけれど、会場にいた“普通”の奴らには気づく事すらできなかった一閃。その一閃で、クリフもようやくレナスの実力を理解したのだ。

 多少はできるなんてもんじゃねえ。こいつとんでもねえ奴じゃねえかと。

 

 クリフも一応パーティーの最年長としての自覚はある。

 旅の仲間の安全を考えるのなら、あの瞬間を目撃してしまった以上、これまでと同じように全くの見て見ぬフリはするべきじゃないと思った。

 だから本人に直接聞く事にしたのだ。

 

 

「あなたの言う、お勉強の成果よ。剣を扱えるよう一生懸命努力を重ねただけ。他に何かある?」

 

「そんなんで俺が納得すると思ってんのか?」

 

 レナスの答えは全くの嘘というわけでもないのだろう。技術経験共に高いレベルで備わっていなければ、先鋒として戦った試合であんな動きができるわけがないのだ。

 怪鳥の足を一瞬で斬り捨てた事についても、それ自体はそこまで大した事ではない。

 常識で考えれば十分にあり得ない事だろうが、常識をはるかに超えた剣の使い手達の中には、そういう事ができる者もいるという事はクリフも知っている。

 

 説明はできる。

 それでも今のレナスの答えは違うと、あの瞬間を目撃したクリフには確信があった。

 

 “勘”がそう言っているから、という事なのだろうか。

 あの時、ふりかかった火の粉を払うように剣を薙いだレナスを見て。

 とにかく一瞬で腑に落ちた事は間違いない。

 

 ──ああ、こいつも“特別”なんだと。

 

 

「お前、なんか隠してんだろ。単純に腕っぷしが強いってだけじゃねえ。もっと別の“何か”がお前にはあるはずだ」

 

 クリフはレナスをじっと見つめて言う。レナスはその視線を避けずに受け止め、ただ黙っている。

 さらにクリフが続ける。

 

「俺らみたいなのと一緒に旅してきて、それでもてめえだけひたすら実力隠し続けてたって事はそういう事だろ? 魔物と戦うなんてはしたない真似したくなかった、なんて理由でもねえだろうしな。お前は確実にそういうタマじゃねえ」

 

 間違いない。こいつはそもそも最初から素性を隠してる。人に言えないような秘密があるのは明白だ。

 確信を持って問い詰めるクリフの声は冷静だが、どこかぎこちない。

 

 レナスが隠している“何か”は、自分達にとってどういう作用をもたらし得るものなのか。有益か有害か、それとも全くの無益無害か。

 見極めて判断する必要があるからやっているのに。

 こうやって目の前に根拠を突きつけて、言い訳の先回りをして、逃げ道を塞ぐようなやり口は正直自分でも気に入らない。

 

 今の向こうには、自分がさぞかし嫌な奴に映っている事だろう。

 お前は“普通”じゃねえ。はっきり異常だと。

 自分が今言っているのは、結局そういう事なのだ。

 

 

 言うだけ言ったクリフは黙り込む。

 やや間を置いて、レナスが「結構な観察眼ね」とようやく口を開いた。

 

「それで、あなたのその考えが当たっていた場合は? やましいところがあるやつと一緒に旅はできないわよね。私をパーティーから追い出す?」

 

「そうは言ってねえだろ。俺は、まずその辺の事情を詳しく聞いてからだな……」

 

「言う気はないわ。何を聞かれても、私はさっき言った以上の事は言わない」

 

 頑なな態度を崩さず言うレナスが、すでにどこか諦めているようにもクリフには見える。

 例え着の身着のままパーティーを追い出されようと、自分の持っている秘密は一切明かさない。つまりレナスは今そう言ったのだ。

 そこまできっぱりと拒絶されてしまったのに、不思議とクリフに苛立ちは湧いてこない。(そりゃそうだわな)とすら自然に思えた。

 

 数週間やそこらの間、一緒に旅をしただけの奴に言えるはずがない。

 レナスもきっと「力」を都合よく利用されたり、危険な「力」だからと命を狙われたりされる事がないよう普段から気をつけているのだろう。

 普通の人間と違う、“特別”な事には面倒がつきものだという事は──

 

 クリフも身に染みて知っているつもりなのだ。

 つまり拾ったワケありの子犬を、つい最近まで近くで見守ってきたおかげで。

 

 

(そりゃ、言えたら苦労しねえよな。あいつだって今までに色々と……。ん?)

 

 それまで真剣にレナスを見ながら考え事をしていたクリフは、目を瞬かせた後、急に間の抜けた声をあげた。

 

「あー……そういう事かよ」

 

 訝しむレナスをよそに、でかいため息をついて言う。

 

「あれだな。あいつとダブって見えんだ、お前は」

「あいつ?」

「いやなに、こっちの話だよ」

 

 

 勘の正体はつまりそういう事だったというわけだ。

 唐突に自分の感じていたモノの正体に気づいてしまったクリフは、ますます訝しむレナスの目の前で、もう一度くそでかいため息をふうとつく。

 

 自分はこいつの事を、人に言えないようなワケありの奴だから注意して見ていたはずなのに。

 そしてなにより超絶美女だから気になっていたはずなのに。ていうかぶっちゃけ注視するにかこつけて、しばしば目の保養をしていたはずなのに。

 なのにそんな目で見ていたとは。

 なんかもう、自分にすんごいがっかりである。

 

 

(……俺はそこまでの年じゃねえ。つか別にこいつ似てねえし。たまたま状況がダブったってだけだろ)

 

 いやそんなわけはねえ。俺はまだまだいける。こいつは余裕で攻略対象だ、などなど。

 認めたくないあまりにひたすら心の中で思いなおしてから、クリフは気を取り直してレナスに向き直った。

 

 そんな事はどうでもいいのだ。今はこいつの処遇を本人と話し合っている真っ最中ではないか。

 クリフが警戒させないよう軽い調子で確認をとると。

 

「わかったわかった。じゃ、お前はどうしても言いたくないんだな」

 

「言いたくない──?」

 

 今度はこっちからヘンな反応が返ってきた。

 どうやらクリフに言われた事を真面目に考えているらしい。あれ……私がここまで隠しているのって、そんな感情的な理由なの? みたいな。

 明らかにそういう反応である。

 

 クリフが(おいおい自分でも分かってねえのかよ)と内心つっこみつつ見守る中。

 真面目に考えたらしいレナスはしばらくして、ようやく言い返してきた。

 

「言う必要があると思わないだけよ。言ってもどうせ信じないでしょうし」

 

 結果、ぜんぜん違ったらしい。

 レナスはさらに意味の分からない独り言を繰り広げ、一人で勝手に納得している。

 

「そうよね。言ったところで、どうせこの世界にはいないもの。今の私には存在を証明する事もできないし……」

 

「何言ってんだお前」

 

「ああごめんなさい。頭のおかしい人にしか思われないから言いたくない、という意味では合っているわね」

 

「今まさにそんな感じだったな」

 

 自分でも話が逸れていると思ったようだ。

 クリフの余計な発言をいつも通りに無視し、レナスは改めて言う。

 

「私の答えは聞いたでしょう? 私をどうするかはあなたが決めて」

 

 

 出ていけと言われれば、きっとレナスは文句ひとつ言わずに、今すぐこの場から立ち去るのだろう。その答えを選んだ場合の彼女の行動は、クリフにも容易に想像がつく。

 

 どんな判断でも受け入れるつもりらしく、レナスはただ静かにクリフの答えを待っている。

 一方、答えを待たれているクリフの方はというと、

 

(お前俺に決めろって、……そのやり方は卑怯だろうよ。さっきの仕返しか?)

 

 平静は装っているものの、実際はまあこんな心境。完全におよび腰である。

 

 

 そりゃ話の流れとしてはクリフが決めるべきなのだろうが、だがしかし。

 ようはこの問題、拾った子犬が実はヤバい奴かもしれないから捨てるか否か、という話なわけだ。

 まあレナスの場合は子犬というには少々無理があるかもしれないが、それこそかつて拾った子犬とダブらせてるような状況で、目の前の子犬本人に「捨てるの?」と聞かれてごらんなさい。そりゃクリフだってきっぱり「捨てる」とは言えないでしょう。

 

 ここで「出てけ」って言ったら俺が悪者じゃねえか。

 つうか今出ていかれたらあいつらになんて説明すんだよ。「うさんくせえから追い出した」とでも正直に言ってみろ、確実に俺が悪者じゃねえか、などなど。

 現在クリフには、そんな心苦しい思いがめぐりまくりである。

 

 

 そんなこんなで実はとっくに決まっている答えを、もう一度冷静になってじっくり考えた後。

 クリフはようやくレナスに言った。

 

「どうしても言いたくねえんだったらしょうがねえな。お前はこれまで通り、まるで戦えねえようでいて実はそれなりに腕がたつ、サボりが得意なただのお嬢様だ」

 

 意外だったらしい。レナスはわずかに戸惑った様子を見せた。

 クリフ的には(おい。俺をなめんなよ)って感じである。

 

「ま、どうせそんな大した秘密でもねえだろうしな」

 

 大人の余裕とばかりに再び酒を手にとり、カッコつけてさらに言ってやる。

 

「確か“この世界”じゃ、お前はただの一個人なんだろ? 元の星に帰るまでの浅い付き合いだ。お前の一般人ごっこに付き合うってのも悪くねえ」

 

 

 一応これでも、クリフは冷静に考えて判断したつもりだ。

 レナスが人に言えないような特別な「力」を持っているとしても、それを危険視してパーティーから追い出すにはあたらないと思っている。

 

 まず自分達が今置かれている状況が、至って平和である事。

 数か月前のあの時と違って、何者かがレナスを狙っているような気配も感じられない事。

 レナス本人が実はその「力」を使ってこちらに害をなしてくるような危ない奴である可能性も考えたが、これまでにレナスが剣を抜いたのはたったの二回。二回とも仕方なく、さらに理由はどちらもレナを危険から守るためだったはず。

 

 以上、周りの状況からも本人の性格からも、放っておいても安全だと判断できる。

 

 それにもうひとつ。

 それこそ本人の性格からしてまず関係ないだろうが。自分達が過去のエクスペルに来る原因となった、あのクソふざけた謎メッセージを送りつけてきた奴に、レナスが何らかの形で関わっていた場合。

 その場合、ここでレナスと別れるのはとても得策とは言えない。そのアホに繋がる貴重な手がかりをみすみす手放してしまう事になるからだ。

 

 

(ほれみろ、俺はちゃんと考えてんだよ。決して情にほだされたわけじゃねえ)

 

 酒を飲みつつちゃんとした理由を頭の中で並べて満足したクリフは、勝ち誇ったようにレナスを見る。

 

 そもそも言え言わないの話が、どうして出ていく出ていかないの話になるのか。

 本人が言わないのなら自分で探ればいいだけの話ではないか。

 危うくこいつの術中に嵌るところだったぜと一人で勝手に安堵してから、クリフはまだどこか戸惑っている様子のレナスに軽く話しかけた。

 

「なんだ? それとも追い出されたかったか?」

 

「……いえ、そんな事はないわ。ありがとうクリフ」

 

 なんとも素直な礼が返ってきたので、クリフも酒をうまそうに飲みつつさりげなく茶化してみる。

 

「なに、組織のリーダーが気楽に羽伸ばせる機会ってのもそうあるもんでもねえしな。せっかくの長期休暇を楽しんでる最中に、俺が水差すのもあれだろ?」

 

「長居したくてしているわけじゃないわ。私は、帰れないから仕方なくいるのよ。ひとを無責任呼ばわりするのはやめ、て……?」

 

 まあそういう風に仕向けたわけだが、向こうは案の定クリフの言い方が気に障ったらしい。即座に言い返してからようやく気づいたのか、途中で言いやめるが時すでに遅し。

 クリフがにやりと笑って確認をとる。

 

「やっぱ否定しねーんだな。組織のリーダー」

 

 

 今のやり取りではっきりした事。

 それはレナスは元いた星では、なにかしら重要な地位についている人間だという事だ。

 

 この辺に関しては、実はクリフはだいぶ早い段階──ぶっちゃけアーリア村長家で初めてレナスと会話した時点で薄々当たりをつけていた。

 つまり「お前のようなただのお嬢様がいるか」という第一印象である。

 

 

 クリフだって伊達に組織のリーダーはやっていない。

 油断のない佇まいに加え、常に自分の立場を有利に持っていく駆け引きじみた会話なんかされた日には、そりゃ即気づくだろう。ああ、こいつそういう奴かと。

 

 そしていざ一緒に旅してみれば、こっそり戦場外から自分達一人一人の戦闘能力を観察してくるというおまけつき。

 新しく入った人員の把握をしているとしか思えないその様子に、同じく人員把握として彼女の様子を窺っていたクリフも、(やっぱりお仲間かよ)と確信を深めたのである。

 

 詳しい事までは断定できないが──

 偽名使わざるを得ない程の有名人、未開惑星において剣の心得があり、多数のお付きの者達もとい部下達を引き連れているとなると、レナスの元いた星での立場もだいぶ絞り込んで予想できる。

 おそらくは将軍か何か。まあそんなところだろうとクリフはみている。

 

 

「しっかしまあ、部下がお付きの者とはよく言ったもんだぜ。それも嬢ちゃん達の“勘違い”か?」

 

 常に気品漂わせている辺りからして、一応レナスがお嬢様な事は間違っていないのだろうが。

 “ただのお嬢様”と“将軍家育ち”といったら、そりゃえらい違いである。ほとんど詐欺のようなもんだ。

 

「部下じゃなくて、元部下よ」

 

 押し黙っていたレナスは、それだけ訂正した。

 認めざるを得なくなってしまったので仕方なく、といった様子が顔に出ている。

 

「今は大切な仲間。上も下ももうないわ」

 

「おおそうか。そいつは悪かったな」

 

 軽く謝るクリフは、鼻を明かしてやった事にすっかり上機嫌だ。

 元いた星では軍関係の人間という事は、おそらくレナスが隠している事も軍事に関係するのだろう。それだけ推測できるだけでも十分な収穫である。

 それに立場のある人間ならめったな行動も起こさないはずだろうという、安全の根拠らしきものも一応は補強できた。

 

「今日はこんなもんにしといてやるか」

 

 と人懐っこい笑顔を浮かべたクリフは、不本意そうなレナスににこやかに酒を勧める。

 レナスもふっきれたように酒を再び手に取った。

 

「さあもっと飲めよ。嫌な事なんか酒飲んで忘れちまえ」

 

「そうね。こんな手に引っかかった自分を早く忘れたいわ」

 

 

 

 それから先は腹の探り合いもなし。正真正銘ただの飲み会である。

 用事は済んだのでもう解散してもいいのだが、あまり帰りが早いとレナ達に怪しまれないとも限らない。名目通り酒を大量に残して荷物にするのも面倒くさいので、ご一緒に酒を平らげましょうというあんばいだ。

 

 ぶっちゃけクリフにとっては、美女とサシで飲める願ってもない状況である。

 真面目な話し合いも終わったので緊張感のかけらもない。内心ひゃっほいなんて年甲斐もなくはしゃぎつつ、雪見酒ならぬ美女見酒を楽しんでいたクリフだったが、それも最初の内だけであった。

 ようするにこういう事である。

 

(酒もマジで強えな、こいつ)

 

 

 向かいの美女もといレナスの飲みっぷりが恐ろしく凄まじいのである。

 なぜにこいつはこんなお上品な仕草で大量の酒を次々と腹に収めていくのか。まったく休みなしに飲み続けているくせに顔色一つ変わってないのは一体どういう事なのか。クリフには不思議でならない。酒飲んでるのは自分だけで、向こうが飲んでるのは水なのではないかと疑いたくなるくらいだ。例え同じビンから注いだ酒でも。

 

 クリフ自身も酒の強さにはかなり自信がある方だ。

 であるからして、あのペースは間違いなくヤバいと断言できる。

 足りなくなるよりマシだろうとだいぶ多めに買ったはずなのに、この分だとマジで就寝時間までに全部飲みつくしそうな勢いだ。

 

 レナスは涼しい顔を少しも崩さず、着々と酒を片づけていく。

 ミラージュ以外の人間に後れをとってたまるかと、途中からはクリフもやっきになって酒をあおり続けた。

 

 

 

 そうして全体の半分もの酒を片づけた頃。

 レナスがふと酒を飲む手を止めた。

 

(おっ、もう限界か? だよな。そりゃあんなペースで飲んでりゃそうなるよな)

 

 クリフが即思ったのはそれだが、どっこい向こうの顔色に変化はない。

 レナスは今しがた空けたばかりのビンを、ぼんやり見つめて言う。

 

「みんなは、どうしてるかな」

 

 

 言い方からして今の“みんな”は、別室にいるフェイトやレナでも、エル大陸にいる他の仲間達の事でもないだろう。

 おそらくはレナスが元いた星に残してきた、彼女の言う自分の“元”部下達の事と思われる。

 

 さっき会話に出たから思い出したのだろう。

 いきなりこんな所にやって来てしまってからにずっと帰れない状況が続くとなると、心配になるのも無理はない。

(ことこいつのような真面目人間にとっては厳しい状況だろうな)

 なんてクリフも思ったので、レナスの独り言に軽い調子で言い返してみせた。

 

「向こうもお前がいなけりゃいないでどうにかすんだろ。組織のリーダーなんて言わば飾りだからな。俺のとこがいい例だぜ」

 

 クリフにとってはガチでこれが真実である。

 自分の不在を深刻に捉えているレナスの組織が、実際どういう事になっているかは知らないが。

 

 まあそれでも気休め程度にはなるだろうとてきとーに言っただけの言葉だったのに、言われたレナスの方はなぜかさっきより深刻そうな顔になった。

 レナスはどこか自嘲ぎみに呟く。

 

「いなくていい存在、か。そういう考え方も──確かに大事よね」

 

 まさか気休めをそういう風に捉えられるとは思わなんだ。

 

(なるほど、こいつもだいぶ酔ってんだな。ただ顔に出てねえだけで)

 とすぐ納得したクリフは、酔い方まで真面目なレナスに重ねて年上としての訓示を垂れてやった。

 

「あのな。俺は“どうせ誰からも求められてねえんだから気にするな”とまで言った覚えはねえぞ」

 

 今度は素直に受け取ってくれたらしい。

 レナスはついさっきまでの深刻さを一切感じさせないような、いつも通りの落ち着き払った様子でクリフに向かって言う。

 

「分かっているわ。ここで私が何を思ったところで、どうせすぐに帰れるわけではないもの。気にしてもしょうがない事を気にするなと、あなたは言いたいんでしょう?」

 

「そうだぜそうだぜ。どうせ帰れるわけでもなし、今はせっかくの酒を存分に楽しみましょうってな」

 

 暗い気分を吹き飛ばすにはなにより酒が一番だ。酒飲んでりゃ大体気分よくなる。少なくとも俺はそうだ。

 お前も俺を見習えと言わんばかりに、クリフはレナスの目の前で酒の入ったコップを掲げ、幸せそうに再び酒を飲み始める。

 

(このままエクスペルを一通り巡って何もねえようだったら、ちと“ズル”してやってもいいかも知れんな。こいつ口も堅そうだし、たぶん大丈夫だろ)

 

 などとどっかの誰かが大反対しそうな事を、内心こっそり検討し始めちゃったりしながら。

 

 

 その様子をしばらく見ていたレナスも

 

「そうよね。ただの人間としてこの世界にいる事の意味を、もっと前向きに捉えた方がいいに決まってるのよね」

 

 と自分に言い聞かせるように言い。

 クリフの訓示通り、今度は心なしか嬉しそうな表情で再び酒を手に取った。

 

 

 

 結局、二人が酒を飲む手を休めたのはその時だけだった。

 なんたってレナスの方が少しだけ表情を緩めた以外、先ほどまでとなんら変わらない、凄まじいペースで静かに酒を飲み続けるのだ。

 

 クリフも自分で「さあ飲め」と勢いをつけた手前、「そろそろお開きにするか」とは意地でも言いたくない。

(こうなりゃ向こうが潰れるまでとことん付き合ってやるか)

 なんて上っ面だけの大人の余裕をかましつつ、一向に酔い潰れる気配のないレナスに負けじとひたすら酒を飲み続けた結果、あっという間に二人の周囲に空ボトルの山が積みあがっていったという次第である。

 

 そしてようやく最後のひと瓶までこぎつけた時──

 

 

 

「今思えば、あそこまで戦闘を避ける必要はなかったのよね」

 

 レナスがいきなりくすっと笑い出した。

 これまでの自分を振り返ってみたら、なんともおかしかったらしい。

 

「んあー? ……まあ確かに? 嘘くせえにもほどがあったしなー」

 

 レナスは酒のおかげか楽しそう。

 対するクリフは、酒のおかげでもうなんかただただ眠い。

 

 目の前のテーブルにだらしなく体重を預け、ぐでんぐでんになってレナスの会話の相手をしてやっているという状態だ。(なんか知らねーけど元気になってよかったな?)とぼけーっとレナスを見ている状態。

 とりあえず幸せな気分だが、頭が働いてない事は間違いない。

 

「あれなら今日みてえに、だましだまし戦ってたほうが、まだマシだったんじゃねえの」

 

 と言ってみると、レナスはううんと首を振り、「もっと警戒されるかと思っていたから」と答えた。

 

「レナの目はごまかせても、あなた達二人の目はごまかせない。二人とも優れた戦士だから、私の小細工なんてすぐに見抜かれると分かっていたわ」

 

「そこまで俺らを買ってくれていたとは。そりゃこーえいだ」

 

 頭上でひらひら手を振るクリフを、可笑しそうに見ながらレナスは言う。

 

「これでも覚悟はしていたのよ? もしもあなた達に見咎められたらその時はその時、このままいられなくなっても仕方ないって」

 

 クリフは「そーかそーか」と相槌を打つ。

 

「なのに、あなた達ときたら」

 

 追求されてもできるだけはぐらかして、それでもごまかしが効かなくなったら自分から立ち去る。どう反応されても対処できるよう身構えていたのに、さすがに二人揃ってあんなバカみたいな反応してくるとは思ってなかったらしい。

 口調は呆れているが、そう言った時のレナスはやっぱり笑っていた。

 言い返すクリフももちろんご機嫌だ。

 

「おそれいったか、ははは」

 

 

 剣の腕が多少ありえないくらい別にどうという事はない。その他色々ありえない「力」がこいつにあったとしたって、それだって別にどうという事はない。

 なんたって“特別”な事にご縁がある自分は、これまでだって常識外れなモノをたくさん見てきているのだ。

 今さら自分の知らない、特別な「力」を持ってる奴にビビるワケがない。

 

 “特別”なのは、あくまでそいつの持ってる「力」だけ。

 そいつ自体はごく“普通”の、一生懸命背伸びしていただけの子どもだったのだ。

 

「だいじょーぶだ。頭おかしいのなんてそこら中にいる。お前もじゅーぶん普通の人間だよ」

 

 

 べろべろに酔っぱらったクリフは、まるで子どもを相手するかのようにレナスに言い聞かせる。

 そんなクリフを見て、レナスはまた嬉しそうにくすりと笑った。

 

「ありがとうクリフ。あなたのおかげで、私ももう少しだけ普通の人間でいられるわ」

 

 クリフに向かって言い、微笑みを浮かべたまま手元のコップに視線を移す。

 それからレナスはこんな事まで嬉しそうに言った。

 

「この世界と、あなた達と出会えてよかった」

 

 

 どうみても心の底からの笑顔。

 からの自分に対する感謝の言葉。

 からの今のシメのセリフ。

 聞いた瞬間クリフは、(これ俺に惚れてんじゃね?)と思った。まさに寝耳に水である。

 

 

 あんぐりと口を開けレナスを見た後。

 マジかよ今の。俺と出会えてよかったってよ。えマジで? こりゃそういう風に受け取っていいんだよな? そういう風にしか受け取れねえもんな? 

 

 ……などと、酒で働いてない頭をめいっぱい回転させるクリフ。

 実際のところレナスが口にしたのは「あなた」じゃなく「あなた達」だったわけだが、そんな都合の悪い真実は今のクリフの眼中にはない。

 

「そうかそうか、好きになっちまったか。そりゃしかたねーな。好きになっちまったんだからな。いい告白だ。まったくいい告白だな。いやーまいったまいった」

 

 さっきまでの子どもを見るような目つきはどこへやら。

 しかも浮かれきった気分のくせして(俺はかまわねえよ? お前がそう言うんならな?)となぜか上から目線。

 

 そんな酔っ払いのおっさんを見て、レナスは最初不思議そうに首をかしげ。

 それからまたすぐ微笑んで言った。

 

「──そうね。せっかくこの世界に来たんだもの。あなたが言った通り、私もこの際、この世界を十分楽しんでからルシオの元に帰る事にするわね」

 

 

 ☆★☆

 

 

 結局、フェイトの予想より一時間以上も早くレナスは部屋に戻ってきた。

 レナスが戻ってくるまでフェイトはずっと、マリアの言葉を聞いて今にも現場に乗り込もうとするレナを

 

「大丈夫だから! あの人剣持ってるから!」

 

 と冷静になって考えればなんだかわけの分からない言葉で、必死に落ち着かせていたのだが。

 そんな中、レナスはまるで何事もなかったかのように(酒のせいか少しだけ楽しそうだったけど)、「ただいま」と言って部屋に入ってきたのだった。

 

 感動の再会、みたいなノリでそのまま抱きつくんじゃないかと思ったくらいほっとしたレナの様子に、心配されていた当の本人はひたすら困惑するばかり。

 

 

「どうして、どうしてレナスさんはそんな、いつも簡単にほいほいついて行っちゃうんですか! もうちょっとよく考えてから行動してください! わたしが……ううん、わたしだけじゃない、みんながどれだけ心配したか……!」

 

「ねえレナ。確かにハーリーでの一件は自分でも軽率だったと反省しているわ。けど……これは、いくらなんでも心配しすぎじゃないかしら? 私は、ちょっとお酒を飲みにクリフの所へ行っただけで、何も危険なことは」

 

「そういうところがダメだって言ってるんです! だいたいレナスさんは、……」

 

 

 やり取りを聞いているフェイトとしては、

(うわあ。マジで酒飲みについてっただけだったんだな、レナスさん)

 と思うばかりである。

 

 ともかくレナスは無事この部屋に戻ってきたのだ。

 今日は闘技試合で無駄に苦戦したりレナを落ち着かせたりするので疲れたし、自分ももう部屋に戻ってもいいだろう。

 

 叱るレナと叱られているレナスの二人に「お休み」とだけ声をかけ、自分に助けを求めるような視線も全部気のせいだという事にして部屋を出る。

 それから部屋に戻ったフェイトは、テーブルに突っ伏したまま

 

「そりゃ、まあ、だよなあ」

 

 とぼやくクリフをとっととベッドに押しやり、自身もとっとと横になった。

 



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7. レオン博士

 前日の夜クリフにナンパされたレナスがさして何も考えずほいほい部屋までついてっちゃって、そしてそのせいでレナが心配のあまり取り乱したりする……などといったちょっとした騒動はあったものの。

 少なくともフェイト個人はラクール城下にある宿で、おおむね爽やかな朝を迎える事ができた。

 

 酒臭さの残る部屋の中で、

 

(んー、よく寝た。やっぱりベッドはいいなあ)

 

 なんてまったり思いつつ。

 さっそく足元にある空きビンの山を避けて窓を開け、朝の新鮮な空気を取り入れて一息つく。

 せっかく野宿じゃないまともな宿に久しぶりに泊まれたっていうのになんか色々と台無しな気もしないでもないが、まあそんな事はいいだろう。宿では見張り番の必要もないし。睡眠時間は何物にも代えがたいものなのだ。

 

 そんな感じでおおむね爽やかに目覚めたフェイトは、一通り深呼吸をした後。

 もう一つのベッドで死んだように寝てるクリフをたたき起こしにかかった。

 

 ぶっちゃけ酒臭さの原因臭であるこのおっさんにとっては、今日の目覚めはまったく爽やかではないだろう。

 なんたってしばしのやり取りの後、ようやく反応を示したクリフの言葉がこれである。

 

「あー……分かった。起きる。起きるからでけえ声出すな。マジで」

 

 呆れたフェイトの言葉にも、クリフは頭を抱えつつ言い返してくるのだが全く説得力がない。

 

「情けないよな。いい大人が自分の限界も知らないなんてさ」

「うるせえな。……いろいろあんだよ、大人には」

 

 

 フェイトは昨日の夜、この男が空きビンに囲まれてへたっている所を見てしまっているのだ。

 さらにはこの男の酒飲みに付き合ったはずのレナスが、少し上機嫌だった以外、変わりがなかった所も。

 

 フェイトはもう、このワイン達は大体クリフが飲んだものだと思っている。

 つまりレナスは何事もなく、ほどほどに酒を嗜んだのだと。

 そしてクリフは自分のペースも考えずに、残りの酒をすべて飲みつくしたのだと。

 

 なんていうか昨日のあの様子だと、彼女の方は最後まで自分がナンパされていた事自体に気づいていなかったんじゃないだろうか。

 フェイトにはそんな気がしてならない。

 

 

(あっさりフラれたあげくやけ酒で二日酔い、か。なんか哀れだな)

 

 まあフェイトも、いろんな意味で弱っている可哀想なおっさんに追い打ちをかけようと思うほどの人でなしではないつもりだ。

 そんなこんなでフェイトは(たまには優しくしてあげよう)なんて思いつつ、クリフののったりとした起床風景を最後まで温かい目で見守った。

 

 

 身支度をぱっと終え、それから二人してレナとレナスのいる部屋まで向かい。

 案の定まったく二日酔いの気配なしに、いつも通りの整った様子でレナと一緒に「おはよう」と挨拶してきたレナスを見て。

 

 言葉を失いうなだれたクリフの横で、フェイトは(やっぱりな)と自分の想像にますます確信を深めたのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 朝食をとった後は、全員宿を出てラクール城下で情報収集だ。

 二日酔いのクリフを心配したレナは「宿で寝てた方がいいですよ」と言ったのだが。

 当の本人がこれを受け入れず、レナと同じく気遣うような視線で自分を見てくるレナスに向かって、意固地に言うばかり。

 

「あんなんでこの俺がへばるわけねえだろ。寝覚めがちとよくなかっただけだっつうの」

 

(まあこれ以上ダサい姿見せたくないんだろうな)

 

 そう思ったフェイトはこのおっさんの肩を持ってやり、その結果四人全員で宿を出る事になったのである。

 

「クリフなら大丈夫だって。なんたって頑丈なのがとりえなんだから」

 

 

 

 話を聞く町の人達の中には、どうやら昨日の闘技試合を見た人も何人かいるらしい。

 

「あんたら、もしかして昨日の試合の人じゃないかね?」

 

「見てたぜあんた達の活躍!」

 

「うおー、近くで見ると改めてすげえなノッペリン! こりゃ魔物も体当たりでぶっ飛ばしちまうはずだぜ!」

 

「メリルさんの戦いを見て勇気をもらったんです。女性でも頑張れば、あなたのように諦めなければ、魔物を倒す事ができるんだって。わたしもいつか、あなたみたいになれたらいいな……」

 

「もんしょーけん見せて! きらーって光るやつ!」

「ノッペリン、握手して!」

「わあノッペリンだ! かっこいー!」

 

 などなど。

 それなりに覚えられてはいるものの、彼らの反応は「あんたらのあの戦闘能力はありえないだろ。どうなってんだよ一体」という様子には見えない。みんながみんな「いい試合見せてくれてありがとな」ぐらいの親近感で話しかけてくるのである。

 レナスやフェイトはともかく、クリフは手加減なしで戦っちゃっていたのに。

 魔物がふっとんだ時、あんなに客席ざわついていたのに。

 

 そこまで目立っていない事にほっとしつつ、なぜこんなにも町の人達の反応があっさりとしているのか気になって、

 

「あの……闘技試合って、強い人達もけっこう出場してたりするんですか?」

 

 とフェイトが聞いてみたところ。

 

 

「まあそうだなあ、それなりには来るんでねえの」

 

「ついこないだも大剣持った兄ちゃんが大暴れしてたしな」

 

「とても強えように見えねえようなガキもAランク勝ってたしな。変な術使ってよ」

 

「こないだの武具大会なんか、観客席より高く飛び上がった兄ちゃんまでいたしな。ありゃあマジで驚いたよ」

 

「なんの、その大会で優勝した剣豪ディアスなんか剣抜いただけで離れたとこにいる相手を倒せるちゅう話だぞ」

 

 

 つまりはみなさん一応驚いたことは驚いたけど、いろいろ強いやつ見慣れすぎてて、体当たりで魔物ぶっ飛ばしたぐらいじゃもう「すげえな」の感想だけで終わるらしい。

 

 とするとあんな必死こいて目立たないよう戦っていた自分とは一体なんだったのだろうか。

 これなら今自分の横で子供のきんきん声に頭を抱えてるこのクリフのように、思いっきり戦ってもよかったじゃないか。

 あんなダサい勝ち方したせいでなんか剣光るのが好きな子供ぐらいにしか声かけられないし。ノッペリンばっかり大人気だし。そして肝心の女性人気はレナスさんに持ってかれてるし。

 

「そうだよな。そういや英雄も半分くらいはエクスペル人だったよな」

 

「どうしたの? フェイト」

 

「……いや、なんていうか、自分の認識の狭さを思い知らされただけだよ」

 

 レナが不思議そうに首をかしげる中。

 すっかり拍子抜けしたフェイトの言葉を聞いていたレナスも、なんとも言えない表情で「そうね」とだけ同意したのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 街中である程度情報収集をして回ったフェイト達は、日が空のてっぺんからようやく降り始めた頃、ラクール城へと向かった。

 

 今日の用事は、ラクール闘技場での金稼ぎなどではない。

 このラクールに来た本来の目的──

 すなわち十賢者を倒した英雄の一人であり、フェイト達の時代では紋章学の基礎を作り上げたとも言われる歴史上の偉人、あのレオン博士に話を聞きに行くのだ。

 

 

 ぶっちゃけフェイト的には、(ついにこの日が来てしまったか)って感じである。

 そりゃだって未来人が歴史上の偉人に会うなんて、いかにも過去が変わっちゃいそうな状況ではないか。

 

 まあ、すでに英雄のレナとここまで一緒に旅してきている時点でアレだし今更心配に思う事なのかよと自分につっこみたくなる気持ちもないでもないが、それにしたってレオン博士はさすがにまずいだろう。

 いや英雄のレナ巻き込んでハーリーで暴れようがラクール闘技試合で活躍しようが結局さして未来変わった感じもしない今、なにがそこまでまずいんだか自分でもよく分からなくなってきたけど。

 なんかもう本人に面と向かって「あなた将来超有名人ですよ」って言っちゃったとしても結局未来変わらない気もするけど。

 でもやっぱりまずいだろう。なんたってあのレオン博士なんだから。

 

 これまでの出来事を振り返り、本心では別にそこまで気張らなくてもいいかもと思い始めつつも、

 

(うん、やっぱり気をつけなきゃだよな。だってレオン博士なんだし)

 

 でもやっぱりそこを放り投げたらなんかダメな気がすると、フェイトは精いっぱい真面目に自分に言い聞かせながらラクール城までの道のりを歩いた。

 

 

 城に着いたフェイト達は、昨日闘技試合の受付をしたのとは別の受付の前で、レオン博士がやってくるのを待つ。

 

 一応アポイントは昨日のうちにとってある。

 日々研究で忙しい彼だが、おそらく午後になら長めの休憩を入れて会ってくれるだろう、とのこと。

 知り合いであるレナがいなければ、ここまでスムーズに彼と会う約束はできなかっただろう。その時の言い方からして、受付の人もレナの顔に見覚えがあるようだったし。

 

 昨日受付の人が言った通りに、少しの間待ったところで、レオン博士らしき人物が城の奥からやってきた。

 

 

 レッサーフェルプール特有の猫耳を青髪の上から生やしたその少年は、サイズの合ってないダボダボの白衣の端っこを、ずりずりとひきずりながら来る。

 しばらくしてようやくフェイト達の元にたどり着いた少年、レオンはレナを見上げて言った。

 

「レナお姉ちゃん、久しぶりだね」

 

「ほんと、久しぶりねレオン。元気だった?」

 

「まあそれなりにね。で、話があるって事らしいけど……?」

 

 来て早々、フェイト達の方を無遠慮に見上げるレオンだが。

 

 

(ちっさいなレオン博士。レッサーフェルプールなのは知ってたけど、なんかイメージと全然違う)

 

「こいつがレオン博士? ……マジか」

 

 この場合、無遠慮なのはむしろフェイト達の方だろう。

 フェイトもクリフもヒゲ生やした肖像画のイメージが強いせいで、この時代のレオンがまだ十代前半である事を知っているのにもかかわらずうっかり驚いちゃったし。

 フェイトと同じく口にこそ出さないが、レナスに至っては猫耳人間自体が珍しいらしい。

 互いにじろじろとお互いを見続け、そして結局みんなまとめてレナに叱られた。

 

「まずは挨拶が先でしょ、みんな!」

 

 

 全くその通りである。

 年下にそんなこと説教されちゃうとかいやはやお恥ずかしいと素直に反省しつつ。ソフィアがこのレオン博士見たら、きっと別の意味で悲鳴あげるだろうなとも考えつつ。

 フェイトがさっそく気を取り直して自己紹介しようとしたところ。

 

「でもレナお姉ちゃん。この人達、もう僕の事知ってるっぽいんだけど」

 

「あ、それにはちょっと事情があってね……」

 

「それに僕ももうこの人達の名前知ってるし。なんかすっごい偽名っぽかったけど」

 

 言うレオンはなぜか不機嫌である。

 さらには聞き返すレナの方もなぜか愛想笑い。

 

「もしかして、レオンも試合見てたの?」

 

「そんなヒマないよ。あっちの受付で直接、この人達の名前が書かれた紙見て確かめたの」

 

「えーと、そうなんだ?」

 

「そうだよ。先鋒から順にメリル、ライアス、ノッペリンでしょ? 副将がレナお姉ちゃんで」

 

「よ、よく覚えてるのねレオン。一回見ただけなのに」

 

 ついに目をそらしたレナをじっと見つつ、レオンは「それで」と言葉をつないで言った。

 

 

「どういうわけだか、大将のところには僕の名前が書いてあったんだよね。それもレナお姉ちゃんの字で」

 

 

 耳を疑ったのは横で会話を聞いていたフェイトである。

 

(そんな馬鹿な)

 

 とまっさきに頭から否定しかかったものの、よくよく思い出してみれば確かに、あの時大将の名前はレナが自分の名前のついでに書いていたような気がする。

 なんかちょっと「名前どうしようかな……」って感じに考えた後、「まあ、これでいいかな」みたいな感じでさらさらっと書いちゃってた気がする。

 

「えっと。そうだった、かな?」

 

「ごまかしても無駄だよ! わざわざ受付まで行ってちゃんと確かめたんだから! なんなのさあの『レオン・D・S・ゲーステ』って! どうりで兵士達に「おめでとうございます」とか言われまくるわけだよ!」

 

 しかもフルネームで書いてたらしい。

 どうせ自分達偽名だったのに。受付の人もそれについて何も言わないくらい大らかだったのに。

 

(せめて“レオン”だけならな……。まだごまかしもきいたのに)

 

 知らないうちに歴史上の偉人と肩を並べて戦った事になっていた事実を、フェイトがやけっぱちに受け止める中。

 たまたま思いついた名前を書いただけのレナは、ちょっとだけ申し訳なさそうな表情で、両手を合わせてレオンに謝る。

 

「ごめんなさい、人数足りなかったからつい」

 

「つい、人の名前を勝手に使ったのかな?」

 

「名前だけだし、それくらいならいいかなーって」

 

「よくないよ! 負けてたらどうすんのさ! 僕出る事になってたよ? しかも大将として!」

 

 まかり間違ってレオン博士に出場でもされてしまっていたら。考えるだけで背筋が凍る状況である。

 フェイトが内心おののく中。

 レナは少しだけ考えてから、平然とレオンに言い返した。

 

「それは……、大丈夫よ。みんなとっても強いから」

 

 思いっきり疑わしそうな目つきでフェイト達を見回すレオンに、フェイトの方もちょっとだけかちんとくる。

 後の偉人とはいえ、見た目はただの子供にしか見えない奴にそんな目でじろじろと見られたのだ。そりゃフェイトだってむっとくらいはするだろう。

 

 ──実際フェイトもレナスも、一見しただけではとてもじゃないけど歴戦の戦士には見えないし、唯一強そうなおっさんはさっきからきんきん声に頭押さえてうなだれてる事を考えれば、レオンの視線の方が正しい事は一目瞭然だったりするわけだが。

 

「……それはわかったけど」

 

 しかしそこはさすがに賢いレオン博士である。

 実際にフェイト達があっさり強いやつ相手に勝利したという活躍を兵士達から聞かされていただけあって、無駄な反論はしてこなかった。

 

「なんで人の名前使ってまで闘技試合に出なきゃいけなかったのさ。兵士にでもなりに来たの? レナお姉ちゃんの知り合いなら、そんなことしなくても僕から王様に話を通してあげたのに」

 

「ごめんねレオン。ちょっとお金がなくて」

「そんな理由なの!?」

 

 改めてまともな反応に

 

(そういえばそんな理由だったな)

 

 とフェイトもしみじみ自分のしてきた事を振り返る。

 理由がどれだけバカバカしかろうがどうせ町の人達にも怪しまれなかったし、レオン博士の名前借りても平気だったし、(他にいい方法いくらでもあったんじゃないか)とかはもう考えない。考えてはいけない気がする。

 

 

☆☆☆

 

 

 城の廊下では人目がありすぎるという事で、一行は本題に入る前にレオンに連れられて研究棟に行き、その中の一室へ入った。

 ふかふかのソファーに全員で腰かけてから、改めて互いに自己紹介をする。

 

 さっきはレオンに「必要ない」と言われてしまったが、レナいわく「それでもこういうのはちゃんとやっておかなきゃダメよ、レオン。お互い初対面なんだから」とのこと。

 素直に彼女の言う事を聞いたレオンに続き、レナの前で偽名を使い続けるのはむしろ怪しまれるだろうと、フェイトも簡単に自分の名前を名乗った。

 

「僕はフェイト。こっちはクリフだ」

 

「……それだけ?」

 

「まあ、そうだね。僕達の住んでいる所では、フルネームで自己紹介はあまりしないんだ」

 

 クロードやレナ達の時にもこう言ったが、ぶっちゃけ嘘である。

 実際は親が親だけに、ファミリーネームはまずいだろうと思っているだけだ。レオン博士は特に記憶力もよさそうだし、後年どこかで“ラインゴッド”の名を耳にしてしまう事もあるかもしれない。

 これでもフェイトは未来を守るため、彼ら英雄に余計な情報を与えてしまわないよう十分に気をつけているのだ。

 

「大丈夫、こっちは偽名じゃないよ。といっても、証拠はどこにもないんだけどね」

 

 実際レオンにとって、初対面のフェイト達の名前が本当かどうかなんてどうでもいいのだろう。疑うそぶりも見せずレオンが「ふーん」と頷いたところで、レナスも自分の名前だけを短く言った。

 

 

 そうやって自己紹介を終えたところで、フェイトは早速本題に入った。

 

「レオン博士、サインください! お願いします!」

「……は?」

「そうじゃねえだろ」

 

 即つっこんできたクリフにも

 

「いやほらさ、こういう事は忘れないうちに言っておかないと」

 

 と言い返してみたりなんかしちゃったりして。

 だってほら、ソフィアにレオン博士のサインあげないと。昨日も「頼むだけだからな。必ずもらえるわけじゃないぞ」ってつい会話の流れで言っちゃったんだもん。忘れると後が怖いし。

 

 

 ちなみにその時二人の会話を聞いていたレナはえらくびっくりしていたりするが、ソフィアの機嫌をとるのに必死だったフェイトはまったく気づいていない。

 

「そっか、あのレオンが……」

 なんてすっかり感慨深げにも言っちゃってたりするが、その事の意味にもフェイトはまったく気づいていない。クロードやらセリーヌやらと

『だよな、あのレオンが』

『納得といえば納得ですわよね』

 とか全員がすでに事情知ってる感じで会話しちゃってた事にも気づいていない。

 

 

「紙とペンなら持ってるんで」

 

 とフェイトは大胆にもにこやかに言って、ハーリーで買った上質紙とペンをレオンにささっと差し出す。

 怪しい言動でも、さらりと言えばそこまで不信がられる事もないはずだ。

 

「なにこれ」

(あっ、やっぱり怪しんでる)

 

 焦るフェイトには目もくれず、レオンは用心深く紙質を調べ始めた。

 しばらくして言った言葉がこれである。

 

「せいめいほけんじゃないよね? これ」

「レオン……」

「子供の発想じゃねえな」

 

 レオンはなぜか怯えた様子だ。

 上目づかいにふるふるとレナを見上げ、さらに子供らしからぬ事を言い出した。

 

「用件ってまさか……。お金ないんだったら、貸してあげるよ?」

 

「ねえレオン、わたし達別にそういうつもりで来たわけじゃ……」

「そうか、そういえばその手があったな。なにもわざわざ闘技試合出なくても」

「フェイトは黙ってて!」

 

 咳払いしてから、レナは仕切り直す。

 どうやら話の流れ的に、サインはいったん諦めた方がよさそうだ。

 

「レオン、わたし達はあなたに話を聞きに来ただけよ。フェイトがヘンな事言うから、話がちょっとおかしなことになっちゃったけど……」

 

 

 

 そんなこんなで、フェイトはレオンに自分達の旅の目的を話した。

 相手があのレオン博士という事を考えると、街での情報収集と同じように「最近何か変わった事はないか」とだけ聞いた方がいいのだろう。

 けれどすぐ隣にレナもいるわけだし、下手に隠すと余計に怪しまれてしまう。

 自分が「未来から来た」という事も含めて、フェイトは正直に話した。

 

「ああ、サインってそういうことね」

 

「ばれてんぞ、おい」

 

 一瞬焦ったが、レオンはさっきのフェイトの行動をどうやらただ単に「“英雄”のサインが欲しかったから」だと思っているようだったので

 

「そうなんだ。知り合いに君のファンがいてね」

 

 と正直に話しつつ、遠まわしにもう一度サインを頼んでみる。

 しかしレオンの返事は依然として固かった。

 

「ふーん。でも未来の人間が過去の人間にそんな事頼むなんて、ちょっと軽率なんじゃないかなあ。過去が変わるかもしれないって、考えない? 普通」

 

 ごめんソフィア。その通りすぎてもう返す言葉もないと、フェイトも今度こそ真面目にサインを貰うのを諦めたのだった。

 

 

 

 話が終わってすぐ、レオンは言い切った。

 

「せっかく色々話してくれたのに悪いんだけど、思いつく事なんて何もないね」

 

 レオンも今までこの話をした人達と同様に、思い当たる節を探すように終始眉間にしわを寄せてフェイト達の話を聞いていたのだ。

 その表情からして、答えがかんばしいものではない事はもう大体想像がついていたのだが。

 あまりにもすぐに結論を出されたので、念を押すように聞き返す。

 

「本当かい?」

 

「しつっこいなあ。君達に嘘ついて僕が得するとでも?」

 

 本日何度目かの上から目線に、フェイトはいよいよむかっとした。

 相手が後の偉人だから我慢してたけどさっきからなんだ、やたら偉そうに。そもそも後は偉人かも知れないけど、今現在は別に偉人ってわけじゃないだろう。ただ生意気なだけの子供じゃないか。

 

 偉人ではなくとも、とりあえずレオンは現在十二歳という若さでラクールの研究室長なわけだが。

 むっとした瞬間フェイトはそんな事実を頭の隅に押しやることにして、目の前のレオンをただの子供としてみなすことにした。

 

 とは言っても。みなすことにしただけで、理性がきれいにとんだわけではないので、頭の隅っこでちらちらと見え隠れしている事実も一応気には留めている。

 ようするに子供相手にいいように言われっぱなしじゃ悔しいので、ちょっと言い返すぐらいのことはしてやろう、という心境である。

 相手にそんな自分の心境を気取られぬよう、フェイトはいかにも残念そうに言った。

 

「しょうがないな。天才の君なら、って思ったんだけど」

 

「言うなよフェイト。知らねえって言ってんだから、しょうがねえだろ」

 

 ようやく二日酔いが薄れたらしいクリフも、フェイトの言葉に乗っかって残念がる。思うところはフェイトと一緒らしい。

 

「あー残念だ」

「天才なのに」

「知らないとはな」

「頼りにしてたのに」

 

「ちょ、ちょっと二人とも……」

「残念残念」

 

「……っ、何で僕が天才だからってそんなことまで知ってなきゃならないのさ!」

 

 大人げない二人をレナがたしなめかけたところで、レオンがムキになって言い返してきた。

 どうやらこの天才少年は、二人の思惑通りバッチリと自尊心を傷つけられたようである。

 

「そもそも僕は研究にかかりっきりで忙しいんだよ! 街の噂にまで一々興味なんて持ってられないね。まったく……ただでさえ研究が行き詰まってるっていうのに」

 

「ずっと引きこもってんのか、お前」

 

 愚痴になりかけているレオンを見てクリフが言い、

 

「大きくなれないわよ? レオン」

 

 とレナも心から心配を込めて言う。

 

「僕の話はいいから!」

「外の世界に出たら、何か新しい発見があるんじゃないかしらね」

「だから僕の話はいいんだってば!」

 

 レナスの心からのアドバイスにもつっこんでから、レオンは大きく息を吐いた。つっこみ疲れというやつであろう。

 そしてさらに追い打ちをかける男二人である。

 

「そら言い訳聞かされたらそういう流れになるだろうが」

「忙しいとか言わなきゃいいのに」

「なんなの? からかいに来たの?」

 

 

 ここまでしてからフェイトは(ちょっとやりすぎたかな)と反省した。

 小憎たらしい子供ではあるけど、彼は忙しい中わざわざ時間を割いてフェイト達に会ってくれたのだ。

 それに日がな一日城の中にずっといるような人間が、フェイト達が求めるような情報を持っているはずがないという彼の言い分も、全くその通りだと思うし。

 彼はそれを実に簡潔に答えただけなのだ。

 ただ、言い方がものすんごく小憎たらしかっただけで。

 

「ごめんね。僕らも何か手がかりがないか、って必死だったからさ」

 

「だからって子供相手にムキになるなんて、ずいぶん大人げないことするよね。まあいいけど」

 

 

(やっぱり謝るんじゃなかったな)

 

 と後悔するフェイトをよそに、レオンは自分の話を本来進めようとした方向へ戻す。

 

「僕が言いたかったのはだから……聞く人間を間違えてるんじゃないか、ってことだよ。僕は部屋の中で物事を考える人間であって、どこで何が起きているかなんて情報を持っている人間じゃない。だってそうでしょ? 情報は足で稼ぐものなんだから」

 

 いったん区切ってから、レオンは「そういうのが得意な人、レナお姉ちゃんも知ってると思うけど」と言って話を締めくくる。

 聞かれたレナも、すぐにある人物を思い浮かべたようだ。

 

「レオンの言うとおりね。えーと、確か」

 

「変わりがなければ、ボーマンさんの家にお世話になってるはずだよ」

 

「そうよね、ありがとうレオン」

 

 

 その後、念のためレナスの探している「岩だらけな場所」についても聞いてみたが、予想通りレオンはこれにも首を横に振った。

 彼いわく、「そういうのは街の人達の方がよほど詳しいんじゃない?」とのこと。

 

 クロスの時と同じようにラクール王にも面会して話をきくべきかと思ったものの。

 ここの王様は忙しいらしく、今から面会の約束を取りつけても最低数週間は待たないと会ってくれそうもないらしい。

 

「うーん。面会のためだけに数週間待つ、っていうのもな」

 

「王様が必ず何か大事な事を知っているわけでもないものね」

 

「ま、緊急の用事ってわけでもねえし仕方ねえな。街の奴らから聞いた話だけでも十分だろ」

 

 またクォッドスキャナーの方はというと、一応反応はあったのだが。

 画面をよく見てみるとなんのことはない、城の研究棟にある“ラクールホープ”やらなんやら、開発中の秘密兵器などが発する電磁波に引っかかっていただけ。

 転送妨害装置らしきものはありそうもなかった。

 

「だよな。転送装置すらないのに、妨害装置なんて開発してるわけないか」

 

「気のせいかな。さっきからその機械で堂々と国の機密情報覗かれている気がするんだけど」

 

「オフレコってやつだ、気にすんな。歴史が変わっちまうからな。何を見たって人様には言いやしねえよ」

 

 ということなので、ラクール城周辺での情報収集もこれで大体終わりである。

 結果としては、ここもやはり収穫なしといったところか。せいぜい「岩だらけな場所」について、街の人達から新たにわんさか当てはまる場所を教えてもらったぐらいである。

 

 

 

「じゃあ、みんな今度はリンガに行くんだね」

 

「ええ、そうね」

 

「リンガ行ってもなにもなかったらどうするの?」

 

「さあね。そうなったらまたアーリアまで戻るんじゃないかな。向こうのみんなとも合流しなきゃいけないし」

 

「ふーん」

 

「なんだよその反応は。天才少年ならもっと効率よく行動できるってか?」

 

「いや、なんかみんなヒマでいいなと思って」

 

「ああん? 今のは聞き捨てならねえな。俺達ゃ宇宙の平和のためにこんなみょうちくりんな旅続けてんだぜ。本当はみんな忙しいんだっつうの。それを言うに事欠いてヒマ人扱いたあ……ほれみろ、横のこいつだってすんげえムッときてんじゃねえか」

 

「あなたと一緒にしないで」

 

「あっさり突き放されたなクリフ」

 

「勝手に他の人巻き込もうとするなんて、大人げないおじちゃんだなあ」

 

「あっそうだレオン。せっかくだし、向こうのみんなとも少しお話してみない? 今フェイトが通信機持ってるから」

 

「え、うん。いいよ。みんなって誰がいるの?」

 

「全員は揃ってないけど、クロードとセリーヌさん、それとディアスと……」

 

 

 肝心の用事の方がすっかり肩透かしだった事もあって、こうなってくるともはやただの同窓会である。

 久しぶりの仲間の声を明るく出迎えるクロード達の声には、レオンの表情も明るくなり。憧れのレオン博士にすっかりしどろもどろになるソフィアの声には、さすがのレオンも照れて反応に困っているようだった。

 

 さてそんな風にあっという間に時間は過ぎ。

 向こうの仲間との通信を切ってからしばらくして、フェイト達はレオンの元を立ち去る事にした。

 

 他の英雄達と違い、忙しいレオンはフェイト達の旅にはついて行かない。

 これだけ目的も期間もはっきりしない旅なら当然だろう。

 今度の旅は「十賢者を倒す」ような、そんなご大層なものじゃないのだ。

 

 

 

「じゃ、落ち着いたら僕にも話の顛末を教えてよ」

 

 社交辞令ではなく、本当に知りたいとレオンの顔には書いてある。

 偉い立場ではあるが、やはり子供さながらの純粋な好奇心というやつも持っているのだろう。

 

「外の事なんか興味ないんじゃなかったのか?」

 

「本当に大人げないおじちゃんだね」

 

 からかい半分に言うクリフに、レオンはわざとらしくため息をつき、“おじちゃん”を強調して言い返す。

 

「あ、そうだ」

 

 言うだけ言ったので、クリフはもう無視することにしたらしい。

 何かを思い出したレオンはさらさらっと紙に文字を書き、フェイトに手渡した。

 

「はいこれ、餞別」

 

 見てびっくり、紙にはなんとレオンのサインが書いてあるではないか。

 予想外の事に驚くフェイトの方を見ずに、レオンは猫耳をひくひくと動かしつつ、念を押すように言う。

 

「ちゃんとあのファンの人に渡しといてよ」

 

「ありがとう。でも、本当にいいのかい?」

 

 フェイトの問いに、レオンはやれやれと首を振って言った。

 

「お兄ちゃんも馬鹿だなあ。過去が変わるとしたら、僕やレナお姉ちゃんに未来の話なんかしちゃった時点でとっくに変わってなきゃおかしいでしょ? 今更紙切れ一枚渡したところでどうなるっていうのさ」

 




登場キャラ紹介。
・レオン(スターオーシャン2)
 レッサーフェルプールの少年。紋章学理論の天才。
 12歳という異例の若さで、ラクール城の研究室長を務めている。

 原作ゲームではパーティーメンバーの一人な彼ですが、この小説ではぶっちゃけゲスト扱いです。理由は本文で書いた通り。
 彼の登場を楽しみにしていた方には本っ当に申し訳ない。


以下、おまけのエル大陸編プロット

・ディアスの笑顔?

アシュトン「ディアスのイイ笑顔撮らなきゃ」
 でもディアスはイイ笑顔どころか、くすりとも笑わない。
 どうしようって困っているとソフィア登場。
「料理は人を笑顔にするんですよ」ハッそれだ!
 →二人で協力して“人をイイ笑顔にする”究極の料理を作る事に。

「おいしいねえ」「おいしいなあ」
 味見でイイ笑顔になる二人。
 これならいける! 早速ディアスに食べてもらおう。
 その前に他のみんなにも食べてもらった(ディアスはお出かけ中)。
ク「すっごくおいしいよ!」セ「たまりませんわね!」ノ「幸せだなあ」
 実にイイ笑顔だがしかし、
マ「うん、いいんじゃない?」
 イイ笑顔になるかどうかは人によるようだ。
「そんな! こんなおいしいモノを食べてイイ笑顔にならないなんて……!」
「待ってください! マリアさんは笑ってます! あれがイイ笑顔なんです!」

 わいわいしてたらディアス登場。
「騒がしいぞ、何をやっている」
「「ディアス、これ食べてみて」」
 みんなで勧める。
「意味の分からん事を」「いいからいいから」

 食べるディアス、カメラを構えるアシュトン。
 結果は──


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8-1. 監督義務責任につきうんぬん

 フェイト達は今、そこら中に人より大きな岩が転がっている場所にいた。

 リンガへ向かう街道から少し外れた場所。例によって例のごとくラクール城下の人達から教えてもらった「岩だらけな場所」っぽい場所を確かめに行き、案の定スカを引いてまた本来の街道に戻る途中だ。

 

 今に至るまで旅の目的自体は何一つ達成されていないので、だからどうしたという話ではあるのだが。ラクールを出てからというものの、フェイト達の旅の歩み具合はこれまで以上に順調だ。

 理由は単純。魔物と戦う際の戦闘人員が一人増えたのである。

 つまりレナスだ。

 

 

 今までは「自分の身を守るので精一杯」とか言っちゃって、戦うフェイト達の後ろで堂々と戦闘をサボり続けていた彼女だが。

 ラクール闘技試合の一件で、フェイト達に実は自分もちゃんと強い事がバレた事がきっかけなのかどうだか知らないが、とにかくレナ以外にその事がバレバレなのに、これ以上非戦闘人員のふりをし続けるのもどうかと思ったらしい。

 ラクールを出発した後にすぐ、レナスは最初の野良魔物との戦闘で

 

「これからは私も、やれるだけはやろうと思うの。足手まといにはなりたくないから」

 

 とレナ以外にバレバレなご謙遜を述べつつ剣を抜いたのだ。

 

 レナはやはり心配そうだったが、フェイトにもクリフにも異存はまったくない。

 むしろこの期に及んでしらを切り続けるようなら、魔物一匹ぐらいわざと仕留め損ねてうっかり後ろに送っちゃおうかとも考えちゃっていたぐらいである。

 いや、たぶん実際にはやらないだろうけど。

 

「はあそうですか。じゃあ後は任せましたよレナスさん」

「今回はお前がやってくれるんだって? いやー楽で助かるわ、マジで」

「レナスさん一人に全部任せないの!」

 

 本音がうっかり漏れちゃったフェイトは、それに乗っかってふざけたクリフともどもレナにめちゃくちゃ怒られたわけだ。

 

「まったくもう……。何考えてるのよ二人とも。冗談でも言っていい事と悪い事があるでしょ? レナスさんはね、フェイト達みたいに戦闘に慣れていないのよ。それでも足手まといにはなりたくないって、今まさに勇気を出して魔物と戦おうとしてるところなのよ? それを二人ときたら……」

 

(そうか? 勇気出すまでもなく魔物倒せると思うけどな、この人)

 

 レナに叱られつつ横目で見たレナスは、叱られているフェイト以上にレナの言葉の数々に居づらさを感じている様子。

 かばってくれてありがとうレナ。でもごめん、そういうのじゃないの。

 みたいな事がありありと顔に書いてある。

 

 それを見たフェイトはレナのお叱りを甘んじて受け止め、クリフともども改めて爽やかな笑顔でレナスに言ったのだった。

 

「さっきはふざけちゃってすみません。無理はしなくていいですよレナスさん。僕もできるかぎりフォローしますから、自分のペースで魔物と戦ってくださいね」

 

「最初のうちは一体倒せりゃ上出来ってところだな。ま、せいぜい頑張れよ」

 

 

 そんなこんなでちゃんと戦うようになったとは言っても、レナスの戦いぶりは、フェイトやクリフのように思い切りがいいものではなかったりする。

 ようはラクール闘技試合でやっていた、あの巧妙な手加減戦法をずっと続けているのだ。

 

 おそらくその気になれば彼女だって、フェイト達のようにじゃんじゃか魔物をやっつけられるだろうに。

 フェイト達のように魔物の群れに突っ込まず、一対多数にならないよう常に位置取りに気をつけているのは、レナの心配そうな視線が戦闘中ずっと彼女の背中に突き刺さっているからだとしか思えない。

 

 あれはつまり危なくないアピールであろう。

 つまり「私も戦う」と言ったものの、やっぱり何も知らないレナの目の前では思いっきり戦いづらいと。

 毎回毎回必要もないのに「頑張ってください!」と補助紋章術『エンゼルフェザー』までかけてもらっちゃったらもう、そんな強くない自分が一生懸命戦っているみたいな感じに見せるしかないと。

 

(きっと引っ込みがつかなくなってるんだろうな、レナスさん)

 

 ここまで来たらレナに本当の事言ってあげるべきなんじゃないだろうか、レナスさんのためにも。……などとは思いつつも、やっぱりその光景をはたから見続け現在に至るフェイトである。

 ついさっきの戦闘でも、レナスはレナのありがたい補助を受けつつ、魔物をやっとこさ一匹倒していたのだった。

 

 

 

「レナスさん、怪我はないですか?」

 

「……ええ、平気よ。ありがとうレナ」

 

 このやり取りも毎回毎回聞くけど。

 いくら補助つきとはいえ、毎回毎回怪我ひとつなしに魔物をちゃんと一匹は倒してる彼女をレナはそろそろ怪しんだりしないのだろうか。フェイトにはそれが不思議でならない。

 

(さすがにレナスさんも、こんな事でわざと怪我なんかしたくないですよね。だったら素直にレナに言うな、僕だったら)

 

 歩きながらぼんやりそんな事を考えていると。

 急に、フェイトの腰につけていた通信機が鳴りだした。

 

「通信? どうしたのかしら」

 

「うーん。まだ連絡の時間には早いよな」

 

 今は真昼間。定期連絡の夜にはまだ早すぎる時間だ。

 足を止め、何かあったのだろうかと思いながら通話モードに切り替える。

 

 と、なぜか向こうの様子がやたら騒々しい。

 みんなそれぞれ好き勝手に声を張り上げている様子だ。なんとか向こうの会話の内容をつかもうと努力してみるもなかなかうまくいかず、

 

(ん? ……聞こえたぞソフィア。なんだよ『フェイトのばかあ!』って)

 

 ようやく判別できた幼馴染の言葉に、フェイトがむっとしていると。

 ひときわ大きなセリーヌの声が聞こえてきた。

 

 

『あーもうっ、うるさいですわね! ですから今こうしてワタクシが──』

 

 

 いったん静まりかけたすきを狙って、フェイトもすかさず用事を聞こうとしたが。

 

「こちらフェイト。どうしたんですか? 何かそっちの方で進展でも」

 

『もうつながってるじゃないですか!』

『あら』

『うわあー! セリーヌさん、な、なんて事を!』

『聞かれたあ~、うわあ~ん、ばかあ~、フェイトのばかあ~』

『静かになさい! 通話中に変な事言ったら』

『ねえみんな。その先は、……向こう行ってからの方がいいんじゃないかな?』

『……くだらんな』

『若いですからねえ』

 

「なんかすごいわね、向こうの方」

「ああ、すごいな」

 

 フェイトとレナが通信機をただ呆然と見つめる中。

 クリフはもう深刻な事態ではないと、勝手に結論づけたらしい。

 

「ちょうど飯時だしな。ここらで休憩にでもするか」

 

 なんてのん気に言い、さっそくとてつもなくかさばる荷物袋を肩から降ろすと、その中をごそごそとやりだした。

 

 いつものごとく街道脇の何にもない場所で、昨日の夜のうちに作り置きしておいたお昼ご飯(今日は肉まんだ)をレナスに放り投げて渡し。自分のところに寄って来たレナにも二人分を手渡してから、クリフは自分の分の肉まん片手に、手ごろな岩の上にどかっと座る。

 

(「食べ物投げたらダメですよ」って叱らないんだな、レナ)

 

 とフェイトがその様子をぼんやり見ていると、レナがこちらに来て肉まんを手渡してくれた。

 

「はいこれ、フェイトの分」

「ああ。ありがとうレナ」

 

 まあ食べ物投げて渡されたレナスの方も全く気にしてなさそうだから、今回はレナも多めにみたのだろう。

 いつも自分達のうちの誰かが何かやらかしたら即レナに叱られるものだから、いつの間にやらフェイトの方も、ついついそういうものだと思い込んでしまっていたらしい。

 

(なんていうか……みんなのお母さんになりつつあるよな、レナって)

 

 通信機と肉まんを各々手に持ち、フェイトが考えていると。

 向こうもようやく落ち着いたらしい。

 不気味なくらい静まりかえった中で、通信機からセリーヌの声だけが聞こえてきた。

 

『あー、聞こえてますの? もしもし?』

 

「はい聞こえてますよ、大丈夫です。それで、さっきからみんな何を話してたんですか?」

 

『ええ別にたいしたことじゃありませんのよ。少しばかり、意見の食い違いがあっただけですわ』

 

「少しばかり?」

「あれが」

 

 レナと二人で声を揃えて聞き返すと。

 やや間があって、通信機からセリーヌが小さく呟くのが聞こえた。

 

『これは……、ちょっとヤバイかもしれませんわね』

 

「え? 何ですか、ヤバイって」

「セリーヌさん?」

 

『いえ、ただの独り言ですわ。それより』

 

 質問には答えてくれず、さらに。

 首をかしげるフェイト達に、セリーヌは意外な要求をしてきたのだ。

 

『レナスはいますの? 彼女に代わってくださるかしら』

 

 

 ☆★☆

 

 

 肉まんを口いっぱいにほおばりながら、クリフは不思議そうに話す二人の様子を見守っていた。

 

「セリーヌさん、レナスさんに何の用事があったのかな」

 

「気にするなって言ったってさ。あんな態度されたら、逆に気になるよな」

 

 

 レナスに代わったとたん、セリーヌは声をひそめて彼女に何やら指示を出していたのだ。

 内容は『他の人に聞かれないようにして!』とか、どうせそんなところだろうと思う。

 

「これ、少し借りるわね。悪いけどここで待っていてくれるかしら」

 

 この場から離れる時に、通信機と肉まんを各々の手に持ったレナスはフェイト達に向かってそう言ったのだが。

 去り際にちらっと見えたレナスの表情がまた、どうも怪しいというか。

 

 

(しょうがねえなって顔してたな、あいつ)

 

 少なくともあれは肉まんのおあずけ食らった顔というわけではあるまい。

 どうせまた何かの面倒事に巻き込まれそうになっている、といったところか。

 

 とにかくこんなもの、ここでいつまでもうだうだ推論し続ける事でもないだろう。

 肉まんの残りをすべて口に放り込み、食後の水をぐいっと一気に飲むと、クリフはよっこらせと腰を上げた。

 

「どれ、飯も食い終わったことだし、そろそろ様子でも見てきてやっかな」

 

「え? クリフさん、でも」

 

「たまには柔軟な考えってやつも必要だぜ? あいつがいつ戻って来るかも分かんねえのに、言われた通りにいつまでも待ってることもねえだろ」

 

「いつまでも、って……。まだ五分も経ってないだろ」

 

 レナもフェイトも、レナスの後を追うのには消極的な様子だ。

 が、周りにやんわりとたしなめられたぐらいじゃ躊躇しないのがこのおっさんである。

 

「これ以上嫌われても知らないぞクリフ」

「嫌われてねえっつうの」

 

 フェイトの冷やかしに言い返し、

 

「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」

 

 とまで言い捨てたクリフは一人で、先程レナスが向かったのと同じ方向へと歩きだした。

 

 

 

 そこら中にある大岩を避けるために、少々迂回しつつ進んで数十歩。

 レナスはすぐに見つかった。自分より二回りも大きな岩に背を預け、未だ手つかずの肉まんも持ったまま、通信機に向かって何やらずっと話し続けている。

 このまま影から様子を窺おうかとも思ったが。

 

(どうせこっちに気づいてんだろうな。しっかりと周り気にしてやがるし)

 

 なのに必死こいて気配消すのも馬鹿らしい気がしたので、隠れもせずに無言のまま、クリフは会話中のレナスの前に姿を現した。

 

 急に現れたクリフにレナスはちらとだけ視線をやったがそれだけで、後は特に気にする様子でもなく会話を続ける。

 取り込み中、というやつだ。

 

 

「……だから、気のせいだって言っているでしょう。そんな事は全くないわ」

 

『とても気のせいに思えないから言ってるんですのよ! レナの事お願いねって、あれほど言いましたのに! あなた一体今まで何をしていたんですの!?』

 

「ねえセリーヌ、聞いて。あの二人の事、あなたが一生懸命応援したい気持ちはわかるわ。レナに受けた恩を、同じように返したい気持ちもね。でもね……。今さら、私があの二人にしてあげなければいけない事なんて、何も──」

 

『甘いですわ! あなた……あの二人の仲がようやくあそこまで発展するだけで、どれだけ時間かかったんだか知らないでしょう? だからそんな事が平気で言えるんですわ。知ってたら』

 

「心を通わせるのにどれだけ時間がかかるか、なんて些細な問題だと思うけど」

 

『見え見えのナンパにすら気づかないでほいほいついて行っちゃうような人にそんな御大層な事言われても、全然説得力なくってよ?』

 

「……それは」

 

『そういえばそうでしたわね。はあ、あなたにレナの事頼んだわたくしがいけなかったのかしら。恋愛に関してはレナ以下ですものね、あなた……』

 

 

「なんだお前、言ってなかったのか? 男いるって」

「……。聞かれもしないのにわざわざ自分から言うと思う?」

 

 

 乙女の会話にいきなり割り込んできたクリフに、レナスは迷惑そうに答えた。

 聞かれてないから言ってないだけというわりには、今もクリフとの会話を聞かれないよう、しっかりと親指で通信機の通話口押さえていたりするわけだが。

 

「隠すような事かねえ。お前みたいなのに彼氏いたって、おかしいことなんか何もねえぜ? それこそ“普通”だろ」

 

「余計な事は言わなくていいわ。今はそれどころじゃないんだから」

「へいへい」

 

 どうでもよさそうにクリフが答えたのを見てから、レナスはセリーヌに返事をする。

 

『レナス? 聞こえてますの、ねえ? いきなり音声が途切れましたけど……?』

 

「ごめんなさい、大丈夫よ。慣れない道具だから、ちょっと操作間違えたみたい」

 

 もちろん通話口の位置をしっかり把握した上での返答である。

(あれで音声発生の部分押さえてたら面白かったんだが)

 などとクリフが思っていると、セリーヌが聞いてきた。

 

『そんなことより、さっき誰か他の人の声がしませんでした?』

 

 聞かれたレナスはクリフの方を見た。

 見てすぐ後にこう答える。

 

「ああきっとクリフね。ついさっき来たばかりだから言いそびれてたけど……代わる?」

 

『!? レナスあなた、何いけしゃあしゃあと……! 誰にも聞かれないようにしてって、わたくしちゃんと言いましたわよね!?』

 

「向こうから来たんだから仕方ないじゃない。それに、クリフになら聞かれても問題ないと思うけど?」

 

『あっ……。それもそうですわね。むしろあなたよりマシかも』

 

「……そうだといいわね」

 

 やれやれと首を振ってから、レナスはクリフに通信機を渡した。

 クリフもやれやれと通信機を受け取る。

 さっきまでの会話聞いてりゃ、何求められてんのかは大体想像つくが、

 

「つっても、恋の相談なんだろ? んなもん俺に聞かれてもなあ」

 

 ぶっちゃけ(勝手にやってくれ)って感じである。

 面倒くさげに話すクリフに、セリーヌがぴしゃりと言う。

 

 

『さっきもレナスに言いましたけど。ワタクシがあなた達に求めているものは、「恋の相談」ではなくて「恋の調査」ですわ』

 

「ああ? 恋の調査、だあ?」

 

 

(さらにめんどくせえな)

 

 そんなクリフの心境を声の調子で読み取ったか。

 セリーヌはクリフが逃げださないように釘をさしてくる。

 

『元はといえばこんなことになるまで放置していたあなた達が悪いんですのよ? こっちだって今、とっても困ってるんですからね!』

 

(んなこと言われたってよ……つーか俺らが悪いって、そりゃどういう事だよ)

 

 思いながら前を見ると、レナスも面倒くさそうな顔で通信機を見ていた。

 

「困るも何も……その、あれだ。さっきこいつも言ってたように、あの二人は、あー……、すでにラブラブなんだろ? 今さら調査もくそも」

 

 内容が内容だけに、おとなしくセリーヌの言う事を聞く気にもなれない。

 的確な言葉が出てこないので、いい歳した男が口に出すにはちょいと抵抗のある単語まではさみつつ、なんとかしてこちらの思う所を伝えようとしたが。

 

『誰の事を言ってるんですのよ。わたくしが調べて欲しいのはレナとクロードのラブラブ具合じゃなくってよ。今さらあなた達に調べてもらわなくったって、こっちだってすでに知ってますわ、そんなもん』

 

「だったら誰と誰のなんだよ。ったくめんどくせえな」

 

『何か言いまして?』

 

「なんでもねえよ。で、調査対象は誰なんだ?」

 

 

 重ねて聞くと、通信機からバカにしたようなため息が聞こえた。

 

『あなた達にだけこっそり頼んでるんですのよ? 普通に考えたら、どうしたって残りの二人しかいないでしょうね』

 

「……おい。まてよそれは」

 

 クリフが改めて確認するまでもなく、セリーヌは言い切る。

 

 

『レナとフェイトに決まってますわ』

 

 

 アホか。

 

「まずどっから湧いて出た、んなふざけた話」

 

『最初に言いだしたのは、確かソフィアだった気がしますわ。昨日の夜の事なんですけどね……』

 

 呆れるクリフに、前置きしてからセリーヌは説明しだした。

 レナスもその話にしっかりと耳を傾けている。事の発端までは詳しく聞いてなかったようだ。

 

 

 昨日の夜。

 フェイト達との通信を切った後、「あの二人、なんかいい雰囲気じゃない?」みたいな事をソフィアが言ったのだそうだ。

 本人も軽い冗談のつもりで言っただけだったらしい。

 だから初めのうちは、みんなで「そんなわけないじゃん」と笑っていたのだが。

 

 そのまま軽いノリで、二人の仲の良さを、一つ一つ挙げていったら──

 

 

『冗談のつもりがいつの間にか本気になっちゃったんですのよ。言いだしっぺのソフィアなんか、今はもう「あの二人絶対デキてるよ!」って頭から信じきっちゃってる状態ですし……』

 

 聞けば聞くほどアホか。

 目の前のレナスも途中から真面目に話を聞くのがあほくさくなったらしい。現在はもう無言で肉まんを頂いている最中である。

 

 どうひいき目に考えてみたってあれはただの友情だろう。

 そりゃお互い年が近いから話が合うとかはあるかも知れないが、それだけで即恋人疑惑とは一体どういう了見だ。

 

(なんともまあ、若いやつらの考える事は)

 

 とじじむさく呆れ果てた後。

 クリフはセリーヌにようやく口に出して聞いた。

 

「そもそもあいつらの、どの辺が、恋人同士に見えんだよ」

 

『え……それは、色々ですわ。よく二人で息ぴったり合わせて返事してきますし……。あ、ほら! さっきだってやってましたわ! それに通信機通してだとよくわかりませんけど、時々あの二人の笑い声がとっても幸せそうに聞こえるんですのよね。なんかこう、向こうは二人っきりの世界っていうか』

 

「……。恐らく大抵は私もその場にいるわ」

「俺もいるが」

 

『まあ、恋人同士に思えた理由はどうでもいいんですのよ。大事なのは実際にそうであるか、あるいはそうではないのか、ってことなんですからね』

 

「……そうか?」

 

『あくまでソフィア達にとってはそうというだけの話ですわ。言っておきますけどわたくしは疑ってませんからね、レナの事。クロード大好きのレナが、二股かけるような事をするはずがありませんもの』

 

「ほーうそうかね? さっきはとても気のせいには思えないだのどうのとこいつに言ってたような気がするんだが」

 

『そういう揚げ足取りは結構ですわ』

 

 

 クリフのつっこみをさらりとかわし、

 

『で、そういうわけですから今も二人の仲が気になって気になってしょうがないんですのよ。ソフィア達は』

 

 とセリーヌはさらに今現在の自分達の状況を説明する。

 

 

 まず人目もはばからずに取り乱しかねないから、ソフィアをうかつに部屋の外へ出せない。

 じゃあソフィアだけ宿に置いて探索しに行こうかという話にもなったが、肝心のリーダー、クロードがもう心ここにあらず。

 

「確かに、かっこいいよなフェイトは。彼も親が有名なんだろ? でも少しも気にしてないもんな。自分の道を思うまま生きてるって感じでさ」

 

 などと膝を抱えて呟くばかりなのだと言う。

 リーダーが頼りにならないので方針をいつまでも決めかねていると、今度はマリアがソフィアにブチ切れた。「いつまでうじうじしてるのよ!」と。

 

 そんな時いつもならすぐに縮こまってごめんなさいするソフィアだが、今回ばかりは引き下がらなかったそうだ。

「そんなこと言ったってしょうがないじゃないですか!」

「じゃあマリアさん責任とってくれるんですか!」

 と意味不明な逆ギレまでしてみせたという。恋する乙女、恐るべし。

 

 

 そんなわけで、まともな話し合いができるような状況ではないらしい。

 クロードも相変わらずうわの空で頼りにならないし、アシュトンはそもそも決断力足りてないし、ディアスやノエルは我関せずとばかりに二度寝をし……

 

 こうなりゃ事の発端となったその疑惑をはっきりさせようと、フェイト達に確認を取ることを決めたのが、やっとついさっきのことなのだとか。

 

 

『……という事でもうこの際、あなた達の調査でそもそもが勘違いだっていう事を証明して欲しいんですのよ。あれはもうそこまでしないとだめですわ』

 

「まる投げじゃねえか、ようするに」

 

 言う事聞いてくれないからあなた達の調査でどうにか納得させるつもりだと言われても、こっちだって困る。

 まずそんな面倒くさい事したくないし。

 その気があるかどうか確かめろって、いい歳したおっさんが「なあお前さ、最近あのこの事どう思ってんだよ」って青春丸出しで聞きに行くと思ってんのか。なめんな。

 

 今までの話聞く限り、向こうも相当に大変なのだろうとは思うが……

 その辺の事に心を配ってる自分の姿思い浮かべちゃったらもう、快く協力してやろうという気持ちには到底なれない。「自分達でなんとかしろよ」と言って通信を切ろうとしたクリフだったが。

 

『嫌とは言わせませんわよ』

 

 それより早くセリーヌに言われてしまった。

 

『こんな疑念が急に湧いて出たのだって、元はといえばあなた達がしっかりあの二人の事、気をつけてみてあげてなかったからなんですからね? ……あーもう、いい大人が揃って情けないこと』

 

 黙って聞いてりゃまた無茶な言いようである。

 盛りのついた猫でもあるまいし、フェイトとレナが仲良くなりすぎないよう自分達が気をつけるべきだったもなにもないだろう。二人とも普通に友達として仲良く話してるだけなんだから。

 

「いちいち会話する度に割り込めってか」

 

 俺に落ち度はねえ。

 言外にそんな含みを持たせ、反論したつもりのクリフであったが、

 

『誰もそこまでしろとは言ってませんわ。微妙なお年頃の二人を置き去りにしてよろしくナンパなんかしてんじゃないですわよ、って言ってるんですのよ』

 

「……あれはだな」

 

 

 手痛い反撃を食らい、言葉に詰まる。

 セリーヌが言っているのはもちろんあのラクールに着いた初日の夜の事だ。

 

 どうやらあの夜のクリフの行動は、他の仲間達には(日頃の言動のせいか)そうとしか見られなかったらしい。

 すなわちクリフはあの夜、レナスに下手なモーションしかけて、しかも見事にフラれたのだと。

 

 あの夜の事は誰にも何にも言ってないのに、次の日以降どういうわけか、それが公然の事実とばかりにこうやって仲間達の口からしばしば語られるのだ。

 クリフにとってはなんとも不名誉な誤解である。特に後半部分が。

 あれはナンパなどではなく、真面目な用事だったというのに。

 

 俺は無実だ。第一そんなヘタな手は打たない。

 声を大にして言いたいがしかし、「内緒にしといてやる」とレナスに大見得切った以上、本当の事をぺらぺら喋るわけにもいかない。

 よって男を見せたいクリフは、今もこの不名誉を甘んじて受けているのである。

 

 

『クリフは自分の恋愛に一生懸命。レナスはてんで頼りにならないニブちん。──ね? この状況の大半はあなた達のせいだって事、理解できまして?』

 

「んな無茶な」

 

「ニブちん……」

 

『じゃ。そういうわけですから、早い所はっきりさせて頂戴ね。すべてあなた達の働きにかかっていると言っても過言ではないんですから』

 

 いよいよ反論のなくなった二人に向かって話を続け。

 最後にこんなことまで言い加えてから、セリーヌは一方的に通信を切った。

 

『ああそうそう、言い忘れてましたけど。「恋の調査」の結果がシロならば何も問題はなし。けれどももしも結果がクロだったのなら、その時は──何をすればいいのか、言われなくとも分かっているでしょうね?』

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そして翌日の昼休憩。

 昨日と同じく、レナスはフェイトとレナの二人から離れた場所で、これまた昨日と同じような大岩の後ろに隠れていた。

 二人に怪しまれないよう少々時間をずらしてやって来たクリフに、レナスはさっそく自分の考えを打ち明ける。

 

「やっぱり、みんなの気のせいじゃないかしら」

 

「なんでそんな自信なさそうなんだよ、おい」

 

 どうやらレナスは「あの二人が怪しいか怪しくないかちゃんと見てきてよね。絶対怪しいから」とセリーヌに前フリされた通り、昨日も今日もあの二人の事を真面目に観察していたらしい。

 そして案の定雰囲気に流されたらしい。

 

(まあご苦労な事で。サボったってどうせバレやしねえのによ)

 

 なんだかんだこいつもアホだななんて思って見ていると。

 そのレナスが首をかしげつつ、「ねえクリフ。私ずっと考えてたんだけど」と言う。

 とっくにその事に気づいてたクリフも(お前それ、じっくり観察する前に気づけばよかったんじゃね)と思いつつ、レナスの言葉に後から頷いてやった。

 

「あの二人に全くその気がなかったとして、どうやってそれを証明すればいいのかしら。私達が口で言うだけじゃ、きっとみんな納得してくれないわよね?」

 

「まあ、だろうな。証拠でもありゃ話は別だろうが」

 

 

 ぶっちゃけ奴らが「調べたけど何にもなかった」だけで即座に納得してくれるような、とびきり素直で純朴な心を持った奴らだったならば、そもそも恋の調査など必要ないのである。

 それこそ「気のせいだ」の一言だけで、すべてまるくおさまる話であろう。

 

 セリーヌが言った恋の調査というのは、つまりこういう事なのだ。

 確かな証拠を持ってこいと。

 フェイトとレナがただのお友達でしかないという証拠。

 お互いがお互いを、特別な異性として認識していないという証拠。信じるに値する証拠、目に見えて安心できるような証拠を。

 だが、しかし。

 

 

「“想い”は目に見える形で存在するものじゃないわ。みんなが納得できるような証拠なんて、どこにも──」

 

「まあないわな、普通」

 

 

 何もない事を証明しろとは、いくらなんでも無茶ぶりが過ぎる案件である。

 本当に自分達でなんとかしろよと言いたいところだが、実際ここでクリフがそう言って見放したとして、奴らだけで現状をどうにかできるとも思えない。

 

 なんたって昨夜の定期報告の時も、向こうはまだ荒ぶっていたのだ。

 やたら騒がしい中「何か変わった事はあったかい?」と話しかけたフェイトに対して、『あるわけないでしょ、一歩も外出てないんだから』というマリアの苛立たしげな返事だけで通話が終わったくらいである。

 

(一昨日の夜からだろ? よく飽きねえな、あいつら)

 

 もしかしたらあれから更に一晩寝て、今頃ようやく頭が冷えている頃かも知れないが。

 開口一番、調査結果を早く言うよう要求されるのがオチだろう。頭が冷えたかどうか、確認のためだけに通話するのも正直かったるい。

 そもそも通信機は今フェイトの手元にある。取りに戻るのもかったるい。借りる理由を考えるのもかったるい。

 

(通信機ひとつ自由に使えねえとは情けねえなあ。ありゃ俺のモンなのに)

 

 と愚痴っぽく思ってみても仕方あるまい。そういえば面倒くさいからって自分からフェイトに渡したような気もするし。

 まあなんにせよ、面倒くさい事は早く終わらせてしまうにかぎるだろう。

 

 

 フェイトとレナがお互いの事をどう思っているのか。

 向こうの奴らが疑うような、イイ雰囲気などというものが本当に存在するのか、否か。

 存在する方ならば証拠はいかようにも作り出せるがしかし、今求められているのは存在しない方の証拠だ。そんなものの証拠などいくら探したところで普通は出てきやしないのは、レナスもさっき言った通り、当たり前の事実だが。

 

 その証拠をすぐにでも見つけるアイデアが、実はクリフにはなくもなかったりする。

 

 

 

「やっぱり、レナとフェイトの方を見ても仕方ないわね。どうにかしてみんなを納得させるべきだわ。時間が経てばその内に……」

 

 結局レナスは話し合いで解決させるという結論に達したらしい。

 ため息混じりにごくまともな事を呟きつつ、フェイトの元にある通信機を取りに戻ろうとしたレナスを、クリフはすかさず引き止めた。

 

 

「まあ待てって。あいつら全員が納得するまでとことん話し合う、っつうのはとてもじゃねえけど効率的じゃねえよな。──そこでだ」

 

 もったいつけて言った後。

 クリフは自分の尻ポケットから何やら液体のつまったビンを取り出して、レナスに見せる。

 

「これ、使ってみるってのはどうだ」

 

 クリフが取り出した、この謎のビン。

 レナスが思いっきり訝しんで見ている、このビンの中に入っている液体が一体何なのかというと。それは──

 

 ずばり、“惚れ薬”である。

 



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8-2. おなじみの“アレ”回

 ──ビンの中身は、一応は“惚れ薬”ではあるが。

 現在クリフが持っているのは、厳密には“惚れ薬”ではない。それとは少し異なる代物だ。

 

 その証拠に、商品説明のラベルには、

 

・使われた人(最近気になるアノヒト♡)が、そばにいる人(アナタのコト♡)の魅力を強く意識するようになります。使った瞬間効果が現れるから、自信のもてないアナタも安心!

・相手が元からアナタに好意を持ってないと、十分な効き目は出ません。愛は自分の力で勝ち取るモノよ! アナタも頑張って!

・薬の効果はすぐ消えます。ホントウの愛があれば、そんなコト関係ないわ!

 

※用法用量を守って正しくお使いください。又この商品を使用した事により生じた人間関係の拗れ及び種々のトラブルについて、当方は一切責任を負いません。

 

 と大体こんな事が書いてあるのだ。

 一部を除き全体的にイラッとする文面ではあるが、薬の効果がすぐ切れる事、なにより好意を持たれていない相手に使っても効果が出ないという辺り、愚昧で矮小な人間が己の情欲のたけを込めて作り上げた粗悪な薬品とはほんの少し(本当にほんの少しだけだが)、毛色が違う代物だという事だけは察せるだろう。

 

 というわけで。

 繰り返すが、これは“惚れ薬”ではない。

 正確に説明するならば、これはずばり“押せ押せムード促進剤”である。

 

 

 それとついでに、クリフがこんないかにも合コン用みたいなチャラいアイテムを持っている経緯も説明しておこう。

 ハーリーで大量にアイテムを買い込んだ際、おまけという名の在庫処分で、店のオヤジから半ば強引に押しつけられたのである。

 試しに仕入れてみたものの、市場を思いっきり踏み間違えたというやつだ。町の若いやつらがあんなの揃いではそれもさもありなん、といったところだろう。

 

 事情を大体察しつつクリフもこんな胡散臭い代物さして欲しくはなかったのだが、まあタダでくれるというのなら貰っておこうかねと。

 素直に受け取り、そしてすぐに道具袋にしまって、ついさっきまで袋の肥やしとなっていたところを、「アレ使えるんじゃね」とこの薬の存在を思い出したクリフがこうやって引っぱり出して持ってきた、というわけだ。

 

 

 そしてさらに説明しておくと。

 クリフ以外は誰も、この薬の存在を知らなかったりする。

 

 この薬を貰ったのは、チンピラ共を蹴散らした次の日なのだ。レナはずっと宿に引きこもっていたし、その日はレナスもレナに付き合って宿に残っていた。

 買い物に出かけたのはクリフ一人ではなく、フェイトと二人でだが。

 会計のすぐ後、すなわちクリフが親父から薬を貰った時。彼は買ったばかりのロマネコンチを大事そうに抱え、幸せに満ち満ちた表情でひたすらに「買っちゃった……」などといううわ言を繰り返していたので、到底クリフ達の会話は耳に入っていなかったと思われる。

 

 さらには薬が入っていた袋は荷物持ちのクリフが日頃持ち運んでいるもので、従ってクリフが薬を袋から取り出したところも、誰にも見られていない。

 

 

 さて、ここまで説明すればおわかりいただけただろうか。

 つまりこれだけの条件が重なった状況で、クリフがターゲットに気づかれずに薬を使う事が、どれだけ容易かという事が。

 

 ……とまあ、説明が長くなったが。ようするに。

 

 

《お約束の惚れ薬キター!

 いやあ、わくわくするわあ。これだから覗きはやめられないんだぜっていうね。

 ……っておっと、なんかさっそく動きがありそうな模様だぜ! こりゃあ外野はおとなしくしてないと!

 

 では諸君、さらばだ! また会おう、うはははは!》

 

 

 ☆★☆

 

 

 いきなり謎のビン見せられたレナスの反応はというと、

 

「それは、何?」

 

 こんなだった。

 まあ当然の反応だろう。レナスも他の二人と同様に、このビンの事は全く知らないのだ。

 しかも例のうざったいラベルは、ビンを握っているクリフの手でこれまたうまい具合に隠れていたりするわけだし。

 

「ん? ああ、これはだな」

「──?」

 

 最初は正直に“惚れ薬”だと言おうとしたクリフはしかし、不思議そうなレナスを見てふと言葉を止めた。

 

「これはだな」

 

 繰り返して言いつつ、ビンを持ったまま、クリフはその場で腰を落ち着ける。

 自然とレナスもつられてクリフの前に座り込んだ。

 

「こうやってだな」

 

 ビンのフタを慎重に開けて、一旦それを持ち替える。

 フタの内側には目盛りが引いてある。その線が丁度「一回分」を示しているのだと、確か説明書きにはそう書いてあったはずだ。

 

 レナスが真剣に見守る中、クリフはビンの液体をフタの中に注ぎ入れた。

 そして。

 

「で、これを」

「これを?」

 

 フタの中をよく見せてあげようと、レナスに近づけ──

 

「おっと手が」

「!?」

 

 ぱしゃっとかけました。

 

 

(確か説明には、元から好意を持ってなきゃさしたる効き目はねえとか何とか書いてあったはず……。てことはだ。これ使えばあいつらがシロかクロか一瞬ではっきりさせられるってわけだ。こんな便利なモン、使わない手はねえだろ?)

 

 だの、

 

(許せ。お前は実験台だ。……大丈夫だ。どうせ効果はすぐ切れるって説明にちゃんと書いてある。試しに使ってみねえと、本当に効くのかどうかも分からねえしな……)

 

 だの、

 

(俺は悪くねえ。この状況が悪いんだ、この状況が。お前がんなおあつらえ向きに俺の前に立ってんのが悪いんだよ。恨むんならイイ女すぎる自分を恨みな)

 

 だの。

 頭の中で様々な言い訳を並べつつ、

 

 

「ちょっとクリフ、これは一体」

 

「どうだ? 何かこう、──いつもと変わった感じ、とかねえか?」

 

 

 クリフは露骨な笑顔でレナスに語りかけた。さらには声まで過剰にダンディ。

 薬がちゃんと効いているのかどうか確認するという大義名分こそ見失ってはいないが、この男、すっかり本題そっちのけである。

 

(つまりこいつが俺を見て「クリフってこんなにイケメンだったのね。やだ……私ドキドキしちゃう」というようなそぶりをしたらそれはもうつまりギンギンに脈アリというわけだな?)

 

 なんだかんだ言いつつ、このおっさんもすっかり周りの奴らの青春に当てられたらしい。

 好いた惚れたのなんて青臭いものにはもう興味ないとかいうそぶりまでしていたくせに、喉を鳴らしてレナスの一挙手一投足を注意深く観察しているという始末。

 

 相手が過去の時代の未開惑星人だとか、すでに彼氏持ちだとかそんな事は一切どうでもいい。

 気があるかどうかなんてそんな事確かめたって、クリフだって別にそっから先どうこうする気もないのだから。心の中が二十歳くらい若返っちゃっている現在のクリフに、年相応のやましさなんてものはこれっぽっちもない。

 相手にその気があるのかどうか、確かめる事にこそ意味があるのだ。

 青春とはすなわちそういう事であろう。

 

(俺、いつもよりイケメンに見えるか? 見えるよな? ……な?)

 

 気持ちが若返ったクリフはそう言いたげにキリッとした顔しながら、さらには少しでも自らをカッコよく見せようとこざかしく顔の角度まで変えて見せる。

 一方、いきなり謎の液体ひっかけられたレナスはというと。

 

「クリフ。私は、その瓶の中身を聞いたんだけど? それをこんな、」

 

 見るからに不快そうな表情でクリフを咎めつつ、袖で頭をぬぐっていた。

 ちなみに、レナスにかかった惚れ薬は文字通り一瞬で蒸発した。従ってレナスのこの行動は、ただ精神的なものに過ぎない。

 

(変わんねえな……。そろそろ効いてもよさそうなもんだが)

 

 レナスが一向に少しも“それらしいそぶり”を見せない事に、クリフが焦りを感じ始めた頃。

 

「こんな事をしておいて謝りもせずに「どうだ」なんて、悪ふざけもいい加減に」

 

 そこまで言って、クリフを見たレナスの動きが止まった。

 それまでのむっとした表情が消え、代わりに。

 

 

「──ふふっ。今日のクリフ、なんだか」

 

 

 現れたのは、嘘偽りのない笑顔だ。

 今か今かとその表情が自分に向けられるのを注視していたクリフも、

 

(本当に効いた、だと?)

 

 とレナスの笑顔に一瞬ビビる。

 

 落ち着け。今日のこいつはしらふだ。酒を与えた記憶はない。てことはつまりだ。

 ……などと瞬時に考えを巡らせた後。

 

 クリフはやはり嬉しそうな笑顔を見せているレナスに、実に自然な笑顔を返してみせた。

 もう一方の笑顔に溢れているような純真さなど欠片もない、ただのニヤけたおっさんそのものの笑顔を。

 

 今のクリフの気分を例えるならば、山の頂上で「青春バンザイ!」と叫んでいるようなものか。というより、クリフは今まさに自分の心の中にあるお山のてっぺんでそう叫んでいたりする。

 

 

 ──が、悲しいかな。青春とは本人が思うほどに、そう都合よく事が運ぶものではないらしい。

 レナスがクリフを見て、心の底から嬉しそうに笑い続ける中。

 

(ふっ。悪いなルシオとやら。どうやら俺に惚れてるみたいだぜ、こいつは)

 

 などと勝ち誇っていたクリフに、

 

「やっぱり、気のせいじゃないわね。今日のクリフ」

 

 とレナスはやはり最高の笑顔を見せたまま言ったのだった。

 

 

「いつもより、目元の小皺が目立って見えるのよね」

「な、ん……だと?」

 

 

 表情はやはりクリフに対する好意に溢れているものの、レナスの口から出たのはむしろ悪意すら感じさせる容赦のない言葉である。

 

「ふふっ。その驚き方も年季が入ってる」

 

(……おい。この薬ちゃんと効いてんだろうな? それともなにか、ちゃんと効いて“これ”なのか? やっぱり実はこいつに嫌われてんのか俺?)

 

 あまりに矛盾したレナスの言動にクリフが混乱していると。

 やたら人懐っこい感じでレナスが聞いてきた。

 

 

「ねえ。クリフの事、お父さんって呼んでもいい?」

 

 

 一緒に居られて嬉しいという表情。

 目元の小皺。

 そしてなによりとどめに“お父さん”。

 そこまで言われればクリフももう、レナスの表情の意味に気づかざるを得ない。

 

(お前もそういう認識かよちくしょー)

 

 とにこにこ笑顔なレナスの前で両手を地面につきへこんだ。

 

 

 なんてことはない。この薬は“恋愛感情”に限らない、広義の意味での“好意”を相手から引き出す薬だったという事だ。

 

 これもまあ好意っちゃ好意だけど、正直これだったら嫌われてる反応された方がまだマシである。

 惚れてるかどうか確かめるために薬かけたのに、こんな目の前で「お父さん大好き!」みたいな反応されちゃったらもう、心の中で断崖絶壁の淵に立ち、せめてもの思い出に「青春ギョクサイ!」と叫ぶ事すらできないではないか。

 なにが青春だ。“娘”相手に。あんな一喜一憂までして。ばかじゃなかろうか、本当に。

 

(なにやってんだろうな、俺)

 

 今のクリフにはもうむなしさしかない。

 急激に現実に引き戻されたせいで、今度は実年齢より十歳は老けこんだような心境で、なげやり気味にレナスに言った。

 

「勝手にしろよ。お前が呼びたきゃなんでも好きなように呼びゃいいだろ」

 

「ううん、言ってみたかっただけだから。親を恋しがる年じゃないもの」

 

 若い“お父さん”の了承を得てレナスも無邪気に笑い、そして。

 

「でも、私ね……クリフの事、本当にす──」

 

 まで言ったところで、レナスの笑顔がふいに消えた。

 代わりに現れたのは困惑の表情だ。

 

 

「私は、何を──?」

 

 

 不思議そうに辺りを見回し、肩を落としてがっくり落ち込んでいるクリフに目をやった後。

 レナスはクリフの傍らに置いてあるビンに目を留めた。

 

「──? これは」

「げ」

 

 落ち込んでいたせいで反応が遅れたクリフよりも早くレナスはビンを手に取り、それをしばし不思議そうに眺める。

 それから、いよいよビンのラベルに視線は移り。

 再びクリフの方を向いたレナスには、微塵も不思議そうな表情はなかった。

 

「クリフ。これは一体どういう事?」

 

「おう、やっと気がついたか。これをあいつらに使えば真実がタチドコロに判るっつう寸法よ。どうだ、名案だろ?」

 

「私が聞きたいのはそういう事じゃないって、分かって言ってるのよね?」

 

(ちっ、さすがにごまかされねえか)

 

 ごまかすもなにも本来はそっちこそが本題だったわけだが。クリフは現在この場をいかに言い繕うか、ほぼそれしか考えていない。やっぱり本題そっちのけである。

 まあ当然というべきか。

 いきなり惚れ薬かけられた側のレナスも、そんなんで冷静に納得して当初の本題に戻るわけもなく。

 

「どういうつもり? あなたはこれが何なのかすべて知った上で、私にこの薬を使ったの?」

 

 クリフを睨みつけ、憤りを押し殺した声で、レナスは耳の痛い質問を静かにクリフにぶつけてくる。おそらくこれが彼女の場合の、俗に言うマジギレ状態なのであろう。

 

 がしかし、このおっさんも美人にマジギレされたぐらいじゃビビらない神経の持ち主だ。レナスから発せられてくるとてつもない威圧感に負けじとばかりに、クリフはのんべんくらりと言い訳、もとい開き直りのセリフを放つ。

 

「こういうのは本人に内緒で使ってみねえと。実験結果に影響でちまったら、薬使う意味がねえだろ?」

 

「実験? 私を、使って?」

 

 睨みつつ聞き返してきたレナスに、クリフはたたみかけるように言う。

 動機はこれで押し通す他ない。だいぶゲスいが「下心をもってやりました」よりはまだマシだろう。実際七、八割くらいはそれで合っているのだ。たぶん。

 

「おうよ。この惚れ薬とやらの効果のほどがいまいち分からなくってな。……そのラベル見りゃわかるだろ?」

「……」

 

 手に持ったビンを一瞥し、レナスはまたクリフを睨みつける。

 

「だからまあ、あいつらに使う前に、一度別の人間でテストしてみる必要があったってわけだ。もちろんお前には悪いと思ったが……とりあえず、“結果”は上々ってトコだったな」

 

 なにがしかの好意さえあれば薬がばっちり効いてしまうというところは少々やっかいだが、その辺はさっきみたいによーく観察してみれば済む話だろう。ようは奴らに薬かけた結果が恋愛感情っぽくなけりゃセーフなのだ。

 一方クリフの言い訳を聞いたレナスはというと、やっぱり怒っていた。

 

「“結果”は上々? ……ふざけないで。こんな、こんな妄りがわしい薬で引き出された感情に真実性なんてあるはずがないわ」

 

 というよりさっきよりさらに怒っている。というよりむしろなんかすごいムキになってきている。

 

「なあ。お前、薬が効いてた時の記憶もねえんだろ? なのにあるはずがねえって、なんでそんなきっぱり言い切れんだかねえ」

 

「っ、それは」

 

 反応から察するにレナスはどうやら、自分に薬が効いていた時の事を微妙に誤解しているらしい。まあこんなチャラいビンに“好意”と書いてあったら、誰しも最初はそういう解釈をしちゃうだろう。

 

(ほうそうかそうか。今のお前の中ではそういう認識なんだな。って事は)

 

 と一瞬で察しがついたクリフは、しかしその件に関しては一切の無言を貫く所存だ。

 

 ……だってやっぱりどう考えてもこいつ“娘”なんかじゃねえし。

 マリアですら自分のガキ扱いするのには未だに抵抗あるっていうのに、こんなでかいガキがいてたまるか。

 自分はまだまだ若いのだ。お前なんか余裕で攻略対象に決まってるだろう。なのになんだ“お父さん”って。

 

(認めてたまるかこんちくしょー)

 

 と心中で歯ぎしりしつつ。けれど表面的には余裕すら感じさせる、気だるい表情をつくり、都合よく話を先に進めようとしたが。

 

「まあどうでもいいなそんな事は。さて実験も済んだ事だし、いい加減あいつらの事に話を戻そうぜ? まずどうやって使うかだが……」

 

「あなたは二人にこの薬を使うつもりなの? こんな悪辣な薬で、意図的に人の心を動かそうというの?」

 

 真面目なレナスにとっては、それもやっぱり許せない事のようである。

 軽蔑しきった目で見られ、

 

「見損なったわ、クリフ。あなたがそんな事をする人だとは思わなかった」

 

 とまで言われる始末。

 

(まあ普通に考えりゃ最低の行動だよな……)

 

 レナスの言いたい事もなんとなく分かるだけに、クリフの神経も今度こそ弱りかける。が、

 

(でも仕方ねーじゃん、こうでもしねえとあいつら納得しねえもん)

 

 となんとかやけっぱちになったクリフはまた図太くレナスに弁明し始めた。

 よせばいいのに、また火に油注ぐような言い方までして。

 

「カタいコト言うなって。確かにあまりいい趣味とは言えねえけどよ。ほれ、効き目だってすぐに切れるワケだし、多少はな?」

 

「……」

 

「それにそのラベルに書いてある通り、この惚れ薬は必ず効くって代物でもねえ。あいつらが相手の事を何とも思ってなきゃさして効果も出ねえんだ。──何にも怪しくねえ事を確認するだけなんだから、お前が心配するような事にはならねえと思うぞ?」

 

「……。“好意がなければ、十分な効果は出ない”──」

 

「だからさっきからそう言ってんじゃねーか」

「っこんな薬、信用できるわけが……!」

 

 

 そんな感じでクリフとレナスがやいやい言い合っている頃。

 少し離れた所にある大岩の後ろに、二つの影が隠れていた。

 

 クリフ達の様子をのぞき込み、しきりにひそひそと会話する声がしている。

 会話の内容はというと──

 

 

「やっぱりレナの気のせいじゃないか? あの二人、そんないい仲には見えないけど。ほら、レナスさんなんてどう見ても本気で怒ってるじゃないか」

 

「喧嘩するほど仲がいいってよく言うじゃない。あれだってそういう事なんじゃない?」

 

 

 おまえたちもか。と言いたくなるようなお約束ぶりである。

 前日に「バレなきゃいいんだよ」とクリフがお手本を示した通り、昨日も今日も揃って怪しげにいなくなった二人の様子を、フェイトとレナは岩陰からこそこそと窺いつつ話し続ける。

 

「そうか? あれだけきっぱりフラれたんだぞクリフは」

 

「うーん、それはそうなんだけど……。でも、あの日のレナスさん、寝る時まで楽しそうに笑ってたのよね。なんかいい事でもあったみたいに」

 

「単純に酒が入ってたからだと思うな、それは」

 

「それに、あの日のレナスさん言ってたのよね。「クリフはいい人よ。レナが心配するような事は何もなかったわ」って。好きでもない人の事を、“いい人”だなんて言って褒めたりするかな」

 

「それは……あの状況だったらそう言うだろうね、レナスさんも。レナお母さんをなだめるために」

 

 なんてひそひそ話し合い続けても結論は出ず。

 

「もう少し近づいてみようかしら? 会話の内容がわかれば、いろいろはっきりさせられると思うのよね」

 

「確かに。ここで憶測続けるよりは、僕もそっちの方がいいかな」

 

 意見が一致したレナとフェイトの二人は、クリフ達に気づかれないよう、大岩から大岩の間を縫うように、少しずつ、そうっと歩いていき。

 そして、やっとクリフ達の声が聞きとれるほどの距離まで近づいた時。

 

 

「だから、どっちにしろすぐに効き目は消えんだよ。ちょっと確かめるために使ってみるだけの事を、そこまで大げさに考えるこたあねえだろって」

 

「……空気に触れればすぐに効き目はなくなるのね。分かったわ」

 

「おう、やっと落ち着いたか……って、お前何やってんだよ」

 

「見て分からない? こんな、くだらないもの」

「お、おいばかやめろ!」

 

「捨てるに決まってるでしょう!」

 

 

「──!? いっ……てぇぇ」

 

 頭に血が上ったレナスがぶん投げた“惚れ薬”が、ピンポイントで近くに隠れていたフェイトの頭頂部に直撃するという──

 とっても不幸な事故が起きました。

 

 

 我に返ったレナスとクリフが、今しがた声の聞こえた辺りに揃って目をやる。

 

「あ──。今の声は、まさか」

「そのまさかだろうな」

 

 一方、二人の視線の先にある岩の後ろでは、フェイトが頭を押さえてうずくまっていた。

 そばにいるレナが、心配そうにその様子を窺う。

 

「だ、大丈夫? フェイト。今なんか……すごい音したわよ?」

 

「……ああ、したな……ゴスンって。しかも」

 

「ビンの中身も全部かぶっちゃったわね。パシャ、って」

 

「ああ……不思議とすぐに乾いちゃったけどね……」

 

 と二人で声をひそめて話している。

 さっき思いっきり声を出してしまった時点で、そんなのは無意味な行動だとどっちかが気づいてもよさそうなものだが──

 まあ盗み聞きされていた二人の方がそれどころじゃないから、今ここで素直に「ごめんなさい」と出て行く必要もないと思われる。

 

「そんな、どうしてフェイトがここに……」

 

「ほう、隣に嬢ちゃんもいるっぽいな。こりゃちょうどいい」

 

 動揺しているレナスの横で、クリフはぽつりと呟いた。

 意図を察したレナスがさっそくクリフに食ってかかるが、

 

「な……クリフ、あなたはまだそんな事を──!」

「やったの俺じゃねーし?」

 

「っ……私は……まさか、こんな事になるなんて」

 

 形勢は圧倒的にクリフが有利である。

 うつむいたレナスに向かって、

 

「なあ。ここで俺らがいくら言い争ったところで、あいつにやっちまったことがきれいさっぱりなくなるってわけじゃねえ、ってのは分かるよな? だったらよ……ここは、──確かめてやるべきなんじゃねえのか?」

 

 などと、クリフはなんだかとってもいい感じのセリフを言い聞かせる。

 

「あいつにかけられた疑いを俺らの手で晴らしてやるのが、あいつへの一番の償いになるんだと、少なくとも俺はそう思うがな」

 

 そうこうしている間に、向こうの方では何やら思わせぶりな展開が始まろうとしていた。

 

 

「ちょっとフェイト、まだたんこぶ消えてないわよ。じっとしててくれなきゃ、ちゃんと治せないじゃ……」

 

「ああ、分かってるよ。でも──少しでも早く、君に僕の気持ちを伝えたくてね」

 

「え、え?」

 

 いよいよ惚れ薬の効き目が現れてきたらしい。二人とも声を落とす事を忘れたようで、会話の内容もバッチリとクリフ達の耳に入ってきている。

 そんな中で、クリフが言う。

 

「お前は、あいつの犠牲を無駄にするつもりなのか?」

 

 レナスは深く息をついた後、決心したように顔を上げてフェイト達が潜んでいると思われる岩の辺りを見た。

 

「ごめんなさい、フェイト──」

 

 レナスは意気消沈と。

 クリフは好奇心まる出しで。

 とにもかくにもフェイトの様子をもっと間近で観察しようと、フェイト達の隠れている所へ向かって、ようやく二人が足を一歩前に踏み出した時。

 

 一段と真剣な様子の、フェイトの声が聞こえてきた。

 

 

「聞いてくれレナ。僕は──」

「な、なに? ど、どうしちゃったのフェイト……」

 

 動揺しているレナの声。

 

(げ、あいつマジかよ。とすると……こりゃまた厄介な事になったな)

 とクリフも一瞬だけ表情を曇らせる。

 

「君の──」

「や、やだ……ちょっと」

 

 そしてフェイトは、

 

 

「ふとももが好きだッ!!」

 

 

 レナに告白した。

 堂々と。心の底から。

 自分の、ありのままの気持ちを。

 

 

(──あ?)

 

 

「……フェイト? それは一体……どういう」

 

「大好きなんだッ! 君のその、とびっきり健康的な脚が! たまらないんだよッ! そのミニスカートとロングソックスとの、絶妙なバランス加減もッ! 全部含めて! ……」

 

 めちゃくちゃ動揺しているレナに、フェイトはこの上なくキリッとした声で、熱い思いのたけを一方的にぶつけている。

 

(つまりこれが、あいつが嬢ちゃんに対して密かに抱いていた“好意”だ、と。なるほどな……)

 

 いささか本能に正直すぎる結果になってしまったがまあ“恋愛感情”っぽくはないし、これならシロに含めていいだろう。……などと二人の声を聞きつつ比較的冷静な分析をしていたクリフだが。

 

「……。大変だわ。早く止めなきゃ」

 

 横にいたレナスがそう言うなり、なんと剣の鞘に手をかけたではないか。

 

(はっ、殺気を!?)

 

 慌てふためいたクリフはすぐさまレナスの左手を、レナスが掴んでいた剣ごとがしっと掴んだ。

 

「やめろお!」

「!? 何を──」

 

 驚くレナスにとりすがって、

 

「確かに今のあいつは気持ち悪いかも知れん。斬り捨てたくもなるかも知れん。だがな!」

 

「クリフ。一体何の話を」

 

「あいつだって一人の男なんだよッ! そばにふとももがあったら意識するに決まってんじゃねえか! あれは自然な感情なんだよッ!」

 

 などと、ひたすらに声を張って言い続ける。

 

「お前そんなに、そんなにまで許せねえ事か? だったら──俺を倒してから行けッ! 俺だけじゃねえ、その辺にいる野郎も全部だ! しょせん、男の心なんてやつはどいつもこいつもみんな──あんなもんだぜッ!!」

 

 こんな事であいつをやらせてなるものか。健全な青少年の心の叫びが表に出ちまっただけじゃねえか。

 ただひたすらにフェイトの命乞いをしていたクリフはしかし、

 

「男がふともも好きで何が悪いんだよ。女のお前には分からねえだろうけどな、“ふともも”ってのは男にとって特別な……」

 

「峰打ちよ。あなたまで馬鹿な事言わないで」

 

 レナスの言葉でようやく正気に戻った。

 驚いてレナスを見れば、

 

「な。峰打ち、だと……?」

「他に何かある?」

 

 必要以上に冷めたご様子だ。

 言われてみれば確かに、レナスが掴んでいるのは剣の柄ではなく鞘の方。

 

(なんだ驚かせやがって。お前が殺気漂わせて“止める”っつうから。俺はてっきり、フェイトの息の根を止めに行くのかと)

 

 さらに落ち着いて向こうの会話を聞いてみれば、

 

 

「触らせてください! そのふとももを! 少しでいいから!」

 

「や、やだ、やめてよ……フェイト、やめてってば……お願いだから……」

 

 

 確かにこれは峰打ちしてでも止めないといけない状況である。

 惚れ薬の用量を守らなかった事が原因か。とにかくこのままでは恋の調査などというくっだらない事が原因で、大切な仲間が被害者犯罪者の関係になってしまう事は想像に難くない。

 

「分かったら早く手を離して。早くフェイトを止めないと、レナが危ないわ」

 

「……んあ。すまん忘れてた」

 

 迷惑そうな表情のレナスに言われた通り、掴んだままだった手を離し。

 魔物と化したフェイトを止めるべく、クリフとレナスがフェイト達のいる場所へ駆け寄ろうとした、まさにその瞬間。

 

 

「君のふともも、全部! 全部! 全部だ! 僕は愛して──!」

「い、」

 

「いやあぁぁーッ!」

「ぐはあっ」

 

 

 レナの渾身の右ストレートが炸裂。

 さらに、

 

「ふ、ふとも……」

「いやあー!」

「ぐあっ。さ、さわら……」

「やあッ!」

「ぐふっ」

「たあッ」

「ぐへっ」

「はあっえいってやあーッ」

「……」

 

 まだまだ続くよオーバーアタック。

 まるで本当に魔物を相手にしているかのような、本気の攻撃の数々である。

 

 身の危険を感じた、という事なのだろうか。現在レナは、自分の思考回路を、いつもとは違う非常に単純なものに切り替えてしまっている。

 きっとそれは、言葉にすれば、このような感じなのだろう。

 

 目の前に敵がいるから殴る。

 ひたすら殴る。殴り続ける。敵が、ぴくりとも動かなくなるまで──

 

 

 そんな向こうの様子を、思わず足を止めて聞いていた二人。

 ほどなくしてレナスが言った。

 

「フェイトが危ないわ。早くレナを止めましょう」

「おう」

 

 そしてすぐに二人は駈け出した。

 大切な仲間の命を守るために。それともう一人の大切な仲間を、こんなくっだらない事で犯罪者にしないために。

 

 

 ☆★☆

 

 

 気がつけば、なぜかフェイトは地べたに寝そべっていた。

 そしてなぜだか、体がめちゃくちゃだるい。まるで瀕死の重傷になったところを、回復術でまるまる癒してもらった直後のようなだるさだ。

 

(う……ん。僕は、一体?)

 

 何も思い出せない。

 こっそりクリフ達の様子を見に行って、いきなり頭の上に謎のビンが降ってきて。

 痛さのあまりに頭を抱えてうずくまっていたところまでは、なんとなく覚えているけれど。

 

(なんだろう、記憶の片すみに……これは、レナの、足……?)

 

 記憶をなくす前に見た、最後の光景だからだろうか。

 その割には、なんかやたら心に引っかかるのが気になるけど。なんかこう、もやもやとした感じで。

 

 身動きせず、自分が置かれている状況もいまいち理解できないまま。すぐ横で盛んに交わされている三人の会話に、フェイトがとりあえず耳を傾けてみると。

 

 

「……だからな、この結果はちいとばかし俺らにも想定外だったっつうか」

 

「想定外とかじゃなくて、最初からやろうとした事自体が間違ってるんです! 誤解を解くのにこんなヘンな薬を使う必要なんてどこにもないじゃないですか!」

 

「それは……。本当は、私も使うつもりはなかったんだけど」

 

「あんな危ない薬をその辺に投げ捨てる人がどこにいますか! 周りに悪影響がないか、十分に確認してから処分するものでしょう!」

 

「……そうね。本当に、自分でも馬鹿な事をしたと思うわ」

 

「そもそもそんなオカシな話、聞かされた時点でちゃんとわたし達にも伝えれば済む話じゃないですか? それをこんな……恥ずかしくないんですか!? いい大人が揃いも揃って……!」

 

 

 何を話しているのかはよく分からないが、とりあえずレナがいつも以上に激しく二人を叱っている事だけはフェイトにもよく分かる。

 どうせまたなんか叱られるような事でもしたんだろうと結論づけたフェイトの耳に、これまた途切れ途切れにいろんな声が聞こえてくる。

 こもった声の感じからして、向こうのみんなと今通信が繋がっているらしい。

 そっちの会話の内容はというと、

 

 

『フェイトさいてー』

『ありえないわね』

『待ってよ。フェイトの事をそんなに悪く言ったら可哀想だよ』

『だよな。こればっかりは仕方ない事だと、僕も思うし』

『……仕方ないな』

『若いですからねえ』

『あほくさ』

 

 

 なぜかフェイトに対する、女性陣の愛情値が軒並み下がっている様子。そしてなぜか逆に男連中の友情値は軒並み上がっていたりして、それが余計にフェイトの疑問に拍車をかける。

 

(なぜだ。なぜ……)

 

 疑問に思いながら目を開けてみる。と、フェイトの目の前にはまさしく絵に描いたような叱られぶりがあった。

 

 叱ってるレナは仁王立ちで腕組み。

 叱られてる二人の方はともに正座。

 しかも二人の間には、通信機がなぜか縦置きで置いてある。

 

(ん? もしかして、通信機も正座なのか? なぜだ。一体なぜ……)

 

 そんなフェイトの疑問と同時にレナスが言う。

 こっちもどこか納得していない様子だ。

 

「なぜかしら。私はいつも、レナに怒られているような気がするわ」

 

「そんな気にすんなって。今回ばかりはお前に非はねえって。たぶんだけどな」

 

「……。あなたに慰められたくはないわ」

 

 と不機嫌そうにクリフに話しているところを、まとめてレナに一喝された。

 

「そこの二人、私語は慎む! 他のみんなもよ! ねえみんな、ちゃんと反省してる!? みんながヘンな事言い出さなかったら、こんな事にはならなかったんだからね!?」

 

『まあまあ、何もそんなに怒らなくっても』

 

「なによクロードのばか! 言っとくけどわたし、あなたに一番怒ってるのよ!? クロードはわたしの事、ちっとも信じてくれてなかったんだって……!」

 

『だからそれは、本当に悪かったって……』

 

 今のレナの怒りのターゲットは、通信機の向こうにいるクロードらしい。

 あいかわらずフェイトには何が何やら分からないが、ずっとこうして寝転んでいても仕方ない。

 

「えーと。おはよう、でいいのかな」

 

 とフェイトが体を起こして挨拶すると。

 

 

「「──!」」

 

 ものすごい驚かれてさらに何が何やら分からない。

 

「だ、大丈夫なの? フェイト」

「え、うん? 大丈夫だよ。なんでかな、ちょっとだけ調子は悪いけど」

「本当か? どっか、体おかしくなってねえか?」

「なんだよクリフまで」

 

 みんなの奇妙な優しさに戸惑っていると、

 

『じゃあ、僕達はこれで。うん、なんていうか……ごめんなフェイト』

 と通信もすぐに切れた。

 

「ごめんなって、一体何のことだ?」

 

「え、えっとそれはたぶん、話す時間とれなくてごめん、って事じゃないかな?」

 

 首をかしげているとレナが説明してくれた。

 疑問に答えてくれたついでに、フェイトはさらに聞いてみる。

 

「ふーん、そういう事なのかな。それより、僕はなんでこんなところで寝てたんだっけ?」

 

「ごめんなさいフェイト。ごめんなさい──」

 

「え? なんでレナスさんも謝るんですか?」

 

 またまた奇妙な反応である。

 正座中のレナスがなぜか心の底から申し訳なさそうに目を伏せている中。これまたなぜかレナが慌てたようにフェイトに説明する。

 

「そ、それは……。レナスさんがよく考えずに放り投げたビンがね──中身は本当になんてことないただの水だったんだけど、それが──うっかりフェイトに当たっちゃったんだって!」

 

 一応ちゃんと聞いてはいるが、フェイトはレナの話の内容より──

 さっきからレナが、話しながらやたらとスカートの前を直している事の方が気になっている。

 あんまり伸ばしすぎて、スカート破れるんじゃないかってくらい。

 

(なんでそんなに……?)

 

 すごい気になるけど、まあこういう事はおそらく面と向かって聞くような事ではあるまい。やっぱり気になるけど気にしない事にしたフェイトは、レナの説明になんとなく納得の意を示して見せる。

 その様子を見る他の面々の内心は、さぞかし後ろめたさと安堵感でごちゃまぜになっている事だろう。

 

 

 彼のためを思うのなら、本当の事を言うか言わざるべきか。

 何も知らないフェイトを目の当たりにしてそれぞれが自身の胸に手を当てて考え、結果全員が同じ結論に至ったらしい。

 事前の打ち合わせなんか一切していないのに、まるで口裏でも合わせたかのように、フェイトとの会話はおおよそスムーズに進んでいく。

 

 

「ああじゃあそれで、僕は今まで伸びちゃってたのか」

 

「そ、そうなのよ!」

 

「まあ当たり所が悪かったんだろうな。お前が急にぶっ倒れるもんだから、俺らもさすがに心配になっちまってよ」

 

「本当にごめんなさいフェイト。私はあなたにとてもひどい事をしてしまったわ。謝って済む問題じゃないのは分かってる。それでも」

 

「いいですよ、そんなに気にしなくても。こっそり岩陰に隠れてた僕にも非はありますし。でも次からは気をつけてくださいね」

 

「…………」

 

 会話はおおよそスムーズに進んでいく。

 

「ほ、ほらレナスさん! フェイトは許してくれるって言ってますし、レナスさんも気持ちを切り替えて! いつまでも気にしてたらダメですよ!」

 

「……あ。ええそうね、ありがとうフェイト」

 

「? どういたしまして?」

 

「えーと、そういう事だから今日はもう大事をとって休んだ方がいいって、さっきみんなで言ってたのよ。今日は見張り番もしなくていいから、フェイトは朝までゆっくり休んでね。それと、……」

 

 

 そこにあるのは、互いが互いに相手を思いやる優しい世界。

 その光景のただ中で、

(知らない方が幸せっつうのは、まさにこういうことを指すんだろうな)

 クリフは正座しながら、しみじみ思うのであった。

 




・一応補足。
 今回のやらかしで一部(ていうか全員?)信頼関係にヒビが入っちゃった人もいますが、あくまでギャグ回なのでみんな基本的には引きずりません。次回からはちゃんと元通りの関係です。
 フェイトの事はもちろんみんななかった事にしました。
 それとフェイトがあんな事になってしまったので、さすがにクリフも後でちゃんとレナスに本当の事教えてます。

 これで友情ED一直線だね! みたいな事にはなりませんのでご安心ください。


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9. リンガの聖地

《ふんふふーん、ようやくここまで来たかって感じですかね。

 もうこれで安心安全、今日から枕もラスガス山脈の山頂並みに高くして寝れるってもんよ。

 

 あとはきっとみんながなんとかしてくれる! ビバ他力本願!

 もうそれでいいよね! 私だって超頑張ってるし!

 いやあ生きてるって素晴らしい! さいこーさいこー

 

 んじゃまあ、ビクビクもんの毎日からも解放された事だし?

 マジ外野の私は、これからもおとなしく、上から目線で見守る事にしま──

 

 

 って、え? あ、あれ──? 

 なんか……おかしくない? いつもと違くない?

 ちょっと待ってよ……むーん……

 

 ……。

 

 

 おおおうわあー! やっぱり外れちゃってるじゃん!

 な、なんてこったい! あ、あばばば……

 

 ……ハッ!

 いや大丈夫まだバレてない平気平気絶対平気これくらい全然問題なしだし心配いらないってマジでうんそうだねきっとなんとかなるよね

 

 ってことでごめんちょっと用事思い出した!

 

 ……じゃなくてええと、こほん。

 ほいじゃ、そういう事でバイナラバイナラ。また今度ね~》

 

 

 ☆★☆

 

 

 フェイト達四人が、ようやく辿り着いたリンガの町に足を踏み入れた時。

 同時に、さっそく英雄の一人が探すまでもなく、自らフェイト達の方に走ってやってきた。

 

「あ。プリシスだわ」

 

 英雄プリシス。

 茶髪をポニーテールに束ねている、見た目ちまっこいあの少女は、これでも今年で十六歳。

 機械やら工具やらがいっぱいつまったリュックサック背負って、ぱたぱた走り回っている見た目の通りの、機械工作大好きの天才発明少女だ。

 

 二年後にはレナやレオン博士と共に地球に留学し、そこで得た知識を生かして、マナクリーナーなる機械を発明。汚染されたエクスペル全体の洗浄に成功するなどといった技術功績が認められ、未開惑星だったエクスペルを『十賢者事件』からわずか五年という歳月で、銀河連邦所属惑星に引き上げた……

 などなど、これまた壮大なアフターストーリーを持つ人物でもある。

 

 

 遠くからこちらに向かってくるプリシスにレナが声をかけようとするが、向こうはフェイト達に気づいた風でもない。

 どうやら彼女は目の前を走る謎の物体を追いかけるのに夢中で、周りがよく見えていないようだ。

 

「おーい! 待って! 待ってってば!」

 

 丸い胴体から直接短い手足が出ている、バスケットボール大のその物体は、追いかけるプリシスをたくみに翻弄しながら逃げている。

 

「待ってよ無人君! なんで逃げるのさ!」

 

 その名前の通りに、いかにも無機質な外見である。

 右に行ったり左に行ったりしながらも、プリシスと“無人君”の追いかけっこは、だんだんフェイト達のいる町の入り口に近づいてくる。

 やはりこちらに気づいていないプリシスを、ぼーっと眺めていると。

 レナスが無人君を指して言う。それを聞いたフェイトも深く考えず答えた。

 

「魔物、には見えないわね。何かしら、あれ」

 

「何って、ロボットじゃないんですか? 形は僕も初めて見るタイプですけど」

 

 留学前の段階ですでに自立思考型ロボットを作っているとは、さすがプリシス女史だ。聞いた通りの天才っぷりだな。……なんてのん気に感心してから、

 

(あっ。まずい、レナスさん未開惑星人だ。そうだよ、ロボットなんて知ってるわけないじゃないか)

 

 と今さら焦るフェイトである。

 案の定フェイトの答えを聞いたレナスも、思いっきり首をかしげてるし。

 

「ロボット?」

 

「え、えーと、なんなんでしょうねロボットって。僕も正直よく分からないな……。人づてに聞いた事があるだけですから。なんだろ、丸っこくておいしそうとか、そういう事なんじゃないですかね、きっと」

 

 フェイトがどうにかして失言をごまかそうとしていると、

 

 

「うわっ! ひゃあー」

 

 いつの間にやら近くに来ていたプリシスが、フェイト達の目と鼻の先で無人君を取り逃がし、バランスを崩して盛大にこけた。

 プリシスの手から逃げた無人君はというと。

 さらにフェイト達の方に、とことこ近づいてくる。

 

「えっと……久しぶりね、無人君」

 

 顔見知りのレナにぺこりと頭を下げ、

 

「いてっ」

 

 おいしそう呼ばわりしたフェイトの頭をぽかっと叩いてから、くるっと踵を返して、今度はそのままとことこ走り去っていった。

 様子を見ていたクリフが笑いを押し殺しつつ言う。

 

「ほう、さすがは英雄の作った機械だな。ずいぶん賢くできていらっしゃる」

 

「……。あっ、いけない。逃がしちゃった」

 

 走り去る無人君をすっかり見送ってしまった後。

 我に返ったレナは、地面に倒れたまま恨み言を言っているプリシスにさっそく手を差しのべた。

 

「っててて。いつもいっつもなんで……無人君め~」

 

「大丈夫? プリシス」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ、こんなのつばつけときゃ治るって──ん? あれ……レナ? えっ嘘、超久しぶりじゃん!」

 

 助け起こされたところで、ようやくプリシスもレナの事に気がついたらしい。

 膝のすり傷を治してもらいつつ、目の前にレナがいる事をしきりに不思議がるプリシスの反応に、レナの方もつい最初はうろたえる。

 

「なんでなんで? どうしてレナがリンガにいんの? なんかあったの? もしかして、クロードとまた喧嘩でもしちゃった? しょーしんの旅なの?」

 

「え、ちょ、ちょっとプリシスやだ……そういうのじゃないってば、もう!」

 

「あれ、違った? じゃあ喧嘩してないの? 今日も普通に元気なの? レナ」

 

「ふふっ。あいかわらずね、プリシスったら。──わたしは元気よ、プリシス。クロードと喧嘩もしてないわ。このリンガにだって、一応ちゃんとした目的があって来たんだから」

 

「ちゃんとした目的? ってなに?」

 

 そこまでお喋りしたところで、プリシスはレナが一人ではない事にようやく気づいたらしい。

 

「まずは紹介するわね、プリシス」

「ん?」

 

 レナが脇に避けるなり、フェイト達の方を見たプリシスは唐突に驚いたのだった。

 

 

「ああーっ! ウワサの銀髪美人!」

 

 

 本当に唐突な驚きっぷりである。

 プリシスのいきなりの大声に、びしっと指差されたレナスだけでなく、近くにいたフェイト達全員がびっくりした。

 反応するまで少し時間がかかったのも当然だろう。なんて心臓に悪い驚きだ。

 

「──噂?」

 

「レナスさんが?」

 

「え? なになに? そのひとレナの知り合いなの?」

 

 いきなりの発言にみんなして戸惑っていると、プリシスもやっぱり興味しんしんで聞いてくる。

 

「ええ、話せば長くなるけど……。それよりプリシス、レナスさんの噂について教えてくれない?」

 

 聞きたい事はやまほどあるけど、先にこう言われては自分から話さない事にはしょうがないとプリシスも判断したらしい。

 元気よくしゅたっと立ち上がり、

 

「まあ、正直ウワサって言っていいのかわかんないんだけどね」

 

 と前置きしてから話し始めた。

 

「なんか最近怪しい二人組がね、……ん? 三人だったかな。まあそれはどうでもいいや……ちょうど、こういう感じの美人さんを探してるんだってさ。『長い銀髪を、ゆるく三つ編みに束ねた美女を見なかったか』って。その感じがなんかね、すっごい怪しいんだって」

 

 プリシスの話を聞きながら、みんなしてじろじろとレナスを見る。

 話と照らし合わせた結果、

 

「長い銀髪。三つ編み」

「美女。まんまお前じゃん」

「でしょー? アタシも見た瞬間思ったし」

「という事は、レナスさんを探している人がいるのね」

 

 全員一致で、プリシスの言う“銀髪美人”はレナスだという事になった。

 レナが続けてプリシスに聞く。

 

「ねえプリシス。怪しいって……それ、どんな人達かわかる?」

「残念、アタシは直接見たことないんだ」

 

 プリシスは本当に残念そうに首を振る。

 

「つまり、誰かから聞いたってことか」

 

 今度は頷いた。

 

「ほら、ここらで人探しったら、まずボーマンとこ行くじゃん? そんでその人達も来たらしいんだけど、……チサトが怪しいって言い張ってるだけなんだよね。だからウワサっていうのも、なんかおおげさかなって」

 

 若干きまり悪そうにプリシスは話す。“ウワサ”は町全体に広がるような噂ではなく、身内での噂という程度の噂だったようだ。

 それにしたって気になる話だけど、

 

「それじゃあボーマンさんのお店に行ったほうが、より詳しい話が聞けるわね」

 

 これ以上の事はプリシスから聞くより、そうした方が手っ取り早いだろう。

 今レナとプリシスの話に出てきたボーマンという人物も、これからフェイト達が話を聞きに行く予定だった英雄の一人だ。

 

 こちらは後世にその名を残した何々、といったようなスケールの大きい話は聞かないが、なんでもここリンガではお世話好きな性格で有名な人物だそうで、そんな彼に頼る者もちょくちょくいるらしい。怪しい二人組とやらがボーマンの元に姿を見せたのも、そういった理由からだろう。

 そんな彼は現在、ここリンガで、彼の奥さんと二人で薬局を経営している。

 自宅も兼ねた小さな店だそうだから、ボーマンも普段はそこにいるはずだ、とのこと。

 

「そうだね。さっそく行ってみようか」

 

「あっ、アタシも行く! すっごい気になるし!」

 

 レナの先導で歩き出したフェイト達に、プリシスがとりすがる。

 

「それは構わないけど」

 

 プリシスも英雄の一人なのだ。話を聞いてはいけないということもない。

 むしろ二人まとめて話を聞いてもらった方が二度手間にならずに済むから、こちらとしても助かるくらいだ。

 だけど、

 

(何か、……忘れてないか?)

 

 

「プリシス、無人君はどうするの?」

 

 

 レナが言ったと同時に、離れた建物の陰から丸い胴体が少しだけ姿を見せた。主人がちっとも追いかけてこないので、寂しくなって様子を見に来たらしい。

 プリシスは「あっ!」と叫ぶと、

 

「ごめん、ちょっと捕まえてくる! すぐ行くから、アタシにも話聞かせてね!」

 

 また逃げ始める無人君を追いかけ、勢いよく駆け出して行った。

 フェイト達が声をかけるひまもない。

 

「あー……。行っちゃったわね、プリシス」

 

「しょうがない、僕達だけで行こうか」

 

 走り出したプリシスが角を曲がるまで見送り、フェイト達も歩き出した。

 本当はプリシスを待つなり、無人君を捕まえるのを手伝うなりしてあげる方がいいのかもしれないが。今のフェイトの頭にその選択肢は浮かんでこなかった。

 

 リンガに着いて早々気になる話を聞く事ができたのだし、この勢いで一刻も早く話の詳細が知りたかったのだ。レナスを探している人達の事を。

 

 探しているという事はつまり、彼女を知っているという事だ。

 本人の主張が正しければ、彼女を知っている人はこのエクスペルにはいないはずだから──

 

 自分達の旅の目的が一向に達成されないまま、同じく探し求める帰り道が一向に見つからない彼女とともに、ぐだぐだ旅をして、はやひと月。

 ここにきて、ようやく肩の荷が一つおりる事になるかもしれない。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「おっ。おおー、こりゃ本当に美人だ」

 

 店に着いて会うなり、店番をしていたボーマンはレナスを見て感心した。

 すかさずレナが、

 

「ボーマンさん。ニーネさんにいいつけますよ?」

 

 と店の天井、つまりは上階のボーマン家の方を指さして言う。

 呆れようから察するに、このボーマンが既婚者にあるまじきチャラい言動をするのは毎度のことのようだ。

 一方ボーマンは、レナにチクると言われても屁とも思わない様子。

 どころか人生の先輩として、余裕を見せているくらいである。

 

「大丈夫だ。ニーネは俺が美人に鼻の下伸ばしたくらいではなんとも思わん」

「それ、どうとも思われてないってだけじゃ……」

「ふっ、若いな」

 

(一体どこから来るんだろう、その自信)

 

 ひとまず会話が落ち着いた頃合いを見計らって、さっそくクリフが話を切りだす。

 

「で。こいつを探してるっていう奴らは、確かにここに来るんだな?」

 

「まあそうだな。あいつらはよくここに来てるが」

 

「その人達の特徴は?」

 

 じれったくなったのか、ボーマンの話を遮ってレナスが聞いた。

 いつになく真剣な様子だ。知り合いかもしれないのだから、早く知りたいのはまあ当然だろう。

 ボーマンもそれに気がついたのか、余計なお喋りはせず質問に答える。

 

「よく来るのは二人組でな。一人はがっしりした体つきの戦士だな。顔のこの辺に傷があって、やたらでかい剣を背中にかついでる。もう一人は──」

 

「もう一人は?」

 

 ふいに言葉が途切れたので、聞くと。

 

 

「ボンキュッボンの姉ちゃんだ」

 

 

 満面の笑顔で言いやがった。ご丁寧にも手振りまで添えて。

 フェイトは怒るよりむしろ呆れ果てたが、レナはそうではなかった。

 

「ボーマンさん、ふざけないでください!」

 

「ふざけてねえって。本当にそうなんだよ、マジでセリーヌばりにピッチピチの服着てるんだって。これがまたキッツイ女でな……。杖持ってたから、あっちは紋章術師じゃねえかな」

 

「だったらはじめっからそう言えばいいじゃないですか!」

 

(やっぱり怒られるんだな、この人も)

 

 クリフとすごい気が合いそうだなこの人。なんて思いながら、フェイトは年下になすすべなく怒られてるいい大人の姿をおとなしく見守る。

 一方そんなレナ達の横では、真面目な会話がしっかりと続けられていた。

 

「その様子じゃ、お前の知り合いって事で間違いなさそうだな。例の“お付きの者達”か?」

 

「ええ……。でもまさか、こちらに来ているなんて」

 

 とレナスは腕組みをして考え込む。

 やはりレナスを探していたのは彼女の知り合いだったようだ。急にいなくなったから心配して探しに来たのだろう。理由は驚くほどでもないが。

 

(まさかレナスさんの知り合いに、ボンキュッボンがいるとは)

 

 いかつい戦士はまだいいとしてナイスバデーの術師がお付きの者だなんて、レナスお嬢様の身辺警護は一体どうなっているのだろうか。実にびっくりだ。

 改めて明らかになった事実に一通り驚いてから、

 

(いやいやいや、そうじゃないだろ)

 

 と自分につっこむ。

 確かにそれも気になるけど、すごいのはそっちじゃないだろう。

 本当に驚くべきなのは、その二人組がレナスを探しに、エクスペルに来る事ができている事であろう。

 

 つまりはレナスがエクスペルに迷い込む原因となった“道”を、その二人組も確実に通って来ているという事だ。

 レナスが探していた「岩だらけな場所」はすなわち、どこか別の名前も聞いた事がないような星などにではなく、本当にこのエクスペルの中にあったのだ。

 

(時空間の歪みが、立て続けにこのエクスペル内で発生していたっていう事だよな。って事は。そして今も。……そんな事が、本当に起こりうるのか?)

 

 

 あまりに都合のいい偶然の数々に、フェイトがすっかり信じられない気持ちになっている中。

 同じくなにやら考え事をしているレナスに、レナが嬉しそうに声をかける。

 

「お付きの人達が探しに来てるってことは……。よかったですねレナスさん! これで無事元いた星に帰れますよ!」

 

「……。ええ、そうね。ありがとうレナ」

 

 一応礼を言ったレナス自身も、どうもこの状況を手放しで喜んではいない様子。

 違和感を覚えていたフェイトも、すぐに理由に気づく。

 

(そうか。よく考えてみれば、今もその“道”が繋がっているとは限らないんだよな)

 

 今までの話を聞いただけでは、二人組がその“道”を通った時期までは分からない。その“道”を通ったのがレナスと同じ時期なら、時間が経った今、すでにその穴が閉じてしまっているという可能性も十分に考えられるのだ。

 “帰れる”というのは、あくまで希望的観測にすぎない。

 その二人組が自分と同じく迷子になっているだけという可能性が十分にあるという事がわかっているから、レナスの表情もやはり硬いままなのだろう。

 

 何はともあれ、ここで推測を続けていても仕方ない。

 まずはその二人組に会ってみなくては。

 

「そいつらはよくここに来るって言ったな。今も来るのか?」

 

「ああ、つい一昨日も来たぜ。いつもと同じように「見かけてねえ」、「じゃあまた来る」って簡単に話だけして帰っていったな。ただ次にいつ来るのかは……分からんな。定期的に来てるふうでもねえし」

 

「帰っていったって、どこに?」

「どこかの宿に泊まってるんですか? その人達」

 

 ボーマンは頭をぼりぼりかいて答える。

 

「やっこさん、必要な事以外何も話そうとしねえんだ。どこから来たのかはもちろん、名前もな。……あんたの名前だって、見りゃすぐに分かるって言って教えてくれなかったくらいだからな」

 

 レナスを見て言った後、ボーマンは「確かに見りゃ分かるな」と納得した。

 二人組もこのエクスペルが、自分達の住む星と違う事に気づいたのだろうか。

 またはそうでなくても、身分バレ防止のために偽名を使っていたレナスお嬢様同様に、お付きの者達である自分達も、日ごろから素性を知られないよう気をつけているというだけの事なのか。

 

「徹底してるな。大した教育だぜ、まったく」

 

 レナスはまだ何か考え込んでいて黙ったままだ。クリフの言葉にも何も反応を示さない。

 

「それじゃあその人達がまたここに来るまで、待つしかないってことね」

 

「でも、今度いつ来るかは分からないって」

 

「確かにそれはそうだけど、いくらなんでもあと何週間も待たされるなんて事はないと思うわ。せいぜい数日程度じゃない?」

 

 せっかく手がかりらしい手がかりが出てきたっていうのに、数日間もずっと待つだけというのは、フェイトとしてはなんとも焦れったい状況だ。

 がしかし、

 

「だいたい、その人達が今どこにいるのか分からないんじゃどうしようもないじゃない」

 

「うーん。それはそうなんだけどさ」

 

 レナとフェイトが今後の方針を、あーだこーだ話し合っていると。

 ボーマンが今思いついたかのように言った。

 

 

「どこから来るのかってのなら、おおよその見当はついてるぜ?」

 

 

「ボーマンさん、そういう事は先に言ってください」

「からかってるんですか?」

「わるいわるい。お前らが真面目に話し込むから、言うタイミングがな」

 

 悪いと謝るわりに、あまり悪いと思っている様子は見受けられないが。

 訝しむフェイト達の目線を受けつつ、ボーマンは平然と話す。

 

「あいつらはリンガの聖地の中のどこかから来ているって話だ」

 

「リンガの聖地、ですか?」

 

 聞き慣れない単語に首をひねるフェイトの隣で、レナが口に手を当てて呟いた。

 

「あっ。岩だらけで、霧がかかってて……。レナスさんが探してた場所って、リンガの聖地の事だったのね。──そっか、そうよね。どうして気づかなかったのかしら」

 

 レナの納得ぶりからするに、ボーマンの情報はまず正しいとみていいのだろう。

 

「そこで間違いなさそうだな」

 

 とクリフも頷く中。

 レナがさらにボーマンに聞く。

 

「ボーマンさん。リンガの聖地の、どの辺りかは分からないんですか?」

 

「詳しい場所までは知らん。だが、その奥地の方から来てるのは間違いないって言ってたぜ」

 

「言ってたって? さっきも人から聞いた、みたいな言い方でしたけど……。本人達は隠してるんですよね?」

 

 ボーマンは肩をすくめて言う。

 

「チサトだよ。取材だかなんだかでリンガの聖地を調べてる時に、そいつらが奥地の方から歩いてくるところを偶然目撃したんだと。……さんざん聞かされたぜ。あんな場所からただの冒険者が出てくるはずない、絶対何か裏があるはずだってな」

 

 “チサト”も、これまた十賢者を倒した英雄の一人だ。

 ノエルと同じくエナジーネーデ出身のネーデ人で、当時十賢者に立ち向かうレナ達一行に新聞記者として粘り強くつきまとった結果。いつの間にやら自分もレナ達一行の一人に加わっていた、という経歴の持ち主である。

 

 一連の騒動で帰る場所をなくした彼女は現在、お世話好きのボーマンの家で居候の身になっているわけだが。

 今のボーマンの話ぶりを聞くに、彼女の新聞記者としての情熱は、今も当時とまったく変わっていないようだ。

 

「で、隠されるとどうしても暴きたくなる性分のあいつは、今日も元気にリンガの聖地に出かけて行ったってわけだ」

 

 きっと本当に散々聞かされているのだろう。ボーマンはため息混じりに言って話を締めくくった。

 

「よく飽きねえよな。毎日毎日朝早くから「今日こそ突き止めてやるんだから!」ってよお」

 

「それは、……チサトさんらしいですね」

「ま、ついでに薬草も採ってきてもらってるから俺も文句はねえけどな」

「それもボーマンさんらしいですね……」

 

 レナはすっかり苦笑いである。しかし、そのチサトの執念のおかげでわずかながら希望が見えたのだ。これは感謝せねばなるまい。

 

「だがまあ、チサトが怪しむのも無理はないぜ。“異界とつながる地”って噂もあるくらいだからな、あそこは」

 

「“異界とつながる地”、か」

 

「ほう、ますますそれっぽいじゃねえの」

 

 ここまで話が繋がればもう確定だろう。

 はやる気持ちを抑えつつ、フェイトはさっそくレナに場所を聞いてみる。

 

「そのリンガの聖地っていうのは、ここから遠いのかい?」

 

「ううん、せいぜい一時間もあれば着く距離だけど……。今から行くの? リンガの聖地自体はすごく広いわよ? チサトさんだって毎日通ってるのに見つけられないって」

 

 レナからは乗り気ともいえない返事が帰ってきたけれど、フェイトはだいぶ(行ってみようかな)という気になっていた。

 レナスについての話は、ここリンガに着いてから急に浮かび上がってきた話、フェイトにとってはいわば第二の目的にすぎないが。

 

 そもそもフェイト達がリンガに来た第一の目的は、英雄のプリシス、ボーマン、そしてなによりレオンも言っていた、足で情報を稼いでいそうな人筆頭である元新聞記者のチサトに会って話を聞く事なのだ。

 無人君を追いかけてったプリシスはせいぜい後数十分もすればこのボーマン家にやってくるだろうが、それにしたって肝心のチサトがいないのでは話にならない。

 

 話を聞けばチサトは今日も元気にリンガの聖地に行っているという事だし、ここで彼女が町に戻ってくるのをずっと待っているくらいなら、いっその事自分達の方からリンガの聖地に出向いてやろうじゃないか。といった心境である。

 ここまで進展のある話が聞けたのは、この旅中で初めてなわけだし。

 ここまできて帰りを待つだけなのは焦れったい。運がよければ、チサトにも二人組にも現地で会えるかもしれないし。

 

「いいんじゃねえの? ここでずっと待ってんのもヒマだしな」

 

 クリフもフェイトと同意見のようだ。

 時間はまだ真昼間だ。ここから距離も近い事だし、一時間で着くのなら今から行っても大丈夫だろう。

 

「行くだけ行って、暗くなる前に帰ってくればいいんじゃないかな。どっちにしろみんなここに戻って来るんだから、途中で行き違いになっても問題はないだろうし」

 

「そう、よね。確かに……レナスさんが早くその二人に会えるなら、それに越したことはないわね。じゃあ行くだけ行ってみましょうか、今からでも。リンガの聖地に」

 

 周りの意見に引っぱられるように、結局レナも行く事に同意した。

 後は一人、肝心のレナス本人だけだ。

 

 みんなの視線を受け、ずっと黙っていたレナスが口を開く。

 しかしそれはフェイト達が思っていた、行く行かないの返事ではなかった。

 

 

「よく来るのは二人、と言ったわよね。それは、他にも私を探している人がいるという事?」

 

「お、そんなこと言ったか? 俺」

 

 

 ひょうぜんとした表情を崩さず言うボーマンだったが。

 レナスに責めるような目で見つめられると、正直に白状した。

 

「分かった、言うよ。……怒るなって。あいつらに口止めされてたんだよ。話がややこしくなるから言うなって」

 

 いったん息をついで、ボーマンは話す。

 

「あんたを探しに来たのは、さっき言った通りその二人だけじゃねえ。他にもう一人来たんだ。若い兄ちゃんでな、あいつらが初めて来た、あー……次の日だったか? とにかく、それぐらいだな」

 

 レナスを探しているのは正確には二人ではなく、三人という事か。そういえばプリシスもさっきそんな事を言っていた気がする。

 

「用件もまんまあいつらと同じで、俺はやっぱり同じように「知らねえ」って。言ったら、礼だけ言ってすぐに出て行ったぜ。その兄ちゃんが来たのは、後にも先にもその一回きりだ」

 

 でも、それが口止めしなければならないような事なのだろうか。フェイトにはどうもそこが分からない。

 二人も三人も、彼女の知り合いという事には変わりないだろうに。

 ややこしくなるとは、一体どういう意味だろう。

 

「その──、その人、どんな人だった?」

 

 見ればレナスの態度もなぜか変わった気がする。頼むようにしてボーマンに聞いているのだ。

 

(なんだろう。レナスさん、慌ててる? ……のかな? でも、なんでだ?)

 

 フェイトはやはり気づかないが、ボーマンはそのレナスの態度に何かを読み取ったようだ。しっかり顔に「やべ、余計な事言っちまった」と書いてある。

 フェイトと同じく、レナもレナスの急な変わりように戸惑っている中。

 様子を見ていたクリフが、

 

「あー……なるほど。そいつか」

 

 と訳知り顔で呟いてからボーマンに言った。

 話の腰を折るつもりはないので黙っているが、その呟きが耳に入ったフェイトとしては、(何がなるほどなんだよ。また自分一人だけ分かったような顔して……)と苦々しく思うばかりである。

 

「そこまで言っちまったんならもうしょうがねえだろ。ほれ、質問に答えてやんな。どんな特徴だったか? だってよ。どうせ名前は言わなかったんだろ?」

 

「ん、まあそうだが。特徴、って言われると……なあ」

 

 心の中でこの場にいない二人組に謝っているのかもしれない。しぶしぶではあるがボーマンは答え出した。

 頼りなさげに、記憶をあさるように、しきりと首をかしげながら。

 

 

「とりあえず、若い兄ちゃんで……二十歳そこらか? 冒険者、っぽかったような。髪は、金……いや茶髪か? ──すまん。その兄ちゃんがどんなだったか、正直よく覚えてねえんだ。一回会ったきりだし、なによりあの二人の印象の方が強すぎてな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 リンガの聖地はまさしく「岩だらけな場所」だった。

 渓谷、といった表現が一番それに近いだろう。

 近辺の土地全体が固い岩盤でできているらしい。地殻変動で浮き上がったのか、河川の浸食により現在のような地形になったのかは分からないが、やたら入り組んでいる地形だ。

 

 ところどころで道が途切れ、思うように先へ進めない。

 今は谷底と思われる辺りを歩いている。上を歩く道が途切れたため、階段状になっている岩を伝って下へ下りたのだ。

 進むうちに、霧もうっすらと出てきた。

 高さはさほどないが、それでも両脇から崖が差し迫った所を霧の中、歩いていくのは妙な圧迫感を覚えて居心地があまりよくない。

 

 地元の人から“異界とつながる地”と噂されるだけはある。

 二人組は、間違いなくこのリンガの聖地からやってきているのだろう。

 早いとこ彼らを見つけだしたい気持ちは、もちろんフェイトにもあるが──

 

 

 

 ひとり前を歩くレナスを、不安そうに追いかけながらレナが言う。

 

「レナスさん、どうしたのかな」

 

 ──リンガの聖地に行きましょう。

 そう言ったきり、レナスはみんなの返事も待たずにさっさとボーマンの家を後にしたのだった。

 

 リンガの聖地がある方角こそレナに聞きはしたものの、それからずっとレナスは言葉もほぼなく早歩き。一人でどんどん先に行ってしまう彼女のすぐ後ろを、フェイト達三人は追いかけ続けて今に至るというわけだ。

 

 フェイトも初めからリンガの聖地に行くつもりだったからそれはまあいいのだが。それにしたって彼女のこのせっかちな様子には、戸惑わざるをえない。

 道中で魔物が出た時はさすがに足を止めてみんなと一緒に戦うものの、いつものごとくレナの補助紋章術『エンゼルフェザー』がかかった状態の彼女は、いつものようなまだるっこしい戦い方などしない。魔物が自分の方に向かってくるなり、レナスは剣を二、三回振るうだけで、どいつもこいつもすぐに倒してしまうのだ。

 

 もはやそんな強くない演技をする事もすっかりおざなりらしい彼女の後ろ姿を見つつ、フェイトもレナの困惑に首をかしげて同意する。

 

「本当に、どうしたんだろうなレナスさん。ボーマンさんの所に一回だけ来たっていう男の人が関係してるとは思うけど」

 

 それ以外に説明がつかない。レナスの様子が変わったのは、明らかにあの話を聞いた後からなのだ。

 それは分かるけど、でも。

 

(だからって、……なんだ?)

 

 やっぱり理由がさっぱり思いつかない。

 一体どういう事なんだろうと首をひねっていると。意外そうにクリフが呟くのが、またフェイトの耳に入った。

 

「しっかし、ここまで落ち着きがなくなるとはねえ」

 

 反射的にクリフを睨んで言う。

 

「お前、やっぱり何か知ってるんだな。僕らにも分かるように説明しろよ」

「んなたいした話じゃねえよ。ありゃただの──」

 

 クリフは途中まで言いかけて止めた。

 前を歩いていたレナスが急にしゃがみ込み、地面から何かを拾いあげたのだ。

 

「何か見つけたようだな」

 

 三人でレナスの近くまで寄る。レナスはしゃがみ込んだままだ。

 

「レナスさん、何か落ちて……って、それは?」

「人形、ですか?」

 

 自信なさげに聞いたのは、一見では判別が難しいくらいその人形が古ぼけていたからだ。

 人形はボロボロにすり切れ、首も取れてなくなってしまっている。腰のベルトには小さな鈴がつけられているが、未だこうしてついているのが不思議なくらい、これも今にもぽろっととれてしまいそうだ。

 

 それくらいボロボロな首のない人形を、レナスは大事そうに手で包んで自分の胸に押し当て、動揺を隠しきれない声色で呟いた。

 

「なぜ、こんな所に? ルシオ──」

 

 

 

 

 ──そんな四人の姿を、少し離れた崖の上から、一人の少年が見下ろしていた。

 緑色のローブを纏い、手には槍のような武器を持っている少年だ。

 

「ふーん、どこかで見た顔だと思ったら……。案外、あの中にいたりして」

 

 耳につけた機械を片手でいじりながら、少年はじっと目を凝らし四人を見る。

 しばらく経ってから、残念そうに首を振った。

 

「やっぱり、そんなうまくはいかないか」

 

 少年はそう言って息を吐いたが、すぐに上機嫌になった。

 

「まあいいや、せっかく遊び道具も見つかったことだし」

 

 何かいい事を思いついたらしい。

 少年は笑いながら言う。

 

「僕と遊んでもらうよ。あの時の“お礼”もしたいしね」

 

 そして少年は槍を──己の背丈ほどもある、巨大な音叉を構えた。

 

 

 

 

 呟いたきり、レナスはずっとしゃがみ込んだまま、身動きひとつしない。

 

「レナスさん?」

 

 フェイトは声をかけた。レナスは返事をしなかったが、そのかわり──

 

 ちりん、と鈴の音がした。

 レナスの手にある人形からだ。

 僕の声が聞こえていなかったのだろうか。そう思い、もう一度声をかける。

 

「あの、そろそろ先に行きませんか?」

 

 今度は聞こえたらしい。

 レナスはフェイト達に背を向けたまま、ゆっくりと立ち上がり、

 

「どうしたんですか、レナスさ──」

「危ねえッ!」

 

 剣の柄に手をかけた。

 

 

 ドンという衝撃音。

 霧の向こうに吹っ飛ぶ人影。

 岩にぶつかる音。

 土煙がもくもくと上がる。

 

 

「──な」

 

 土煙でレナスの姿が完全に見えなくなったところで、フェイトはやっと我に返った。

 我に返ってもまだ、今目の前で起きた出来事を信じる事ができない。

 

 フェイトの声を受け、レナスが立ち上がった瞬間。

 それまでフェイトの後ろにいたクリフが素早く前に出ると、あろうことか、思いっきりレナスを蹴っ飛ばしたのだ。

 極めて優れた身体能力を持つクリフが、全力の蹴りをレナスに向かって放つ。

 それだけでも十分に信じられない事だというのに。

 

 何より信じられない事は、あの一瞬で──

 

(嘘、だろ?)

 

 フェイトが未だ動揺から抜け出せないでいる中。

 土煙の上がっている方から目を離さず、クリフが大声で怒鳴る。

 

「何ぼさっとしてやがんだ! お前らも早く構えろ!」

 

 その言葉でようやく我に返ったのか、それまで呆然としていたレナがクリフに詰め寄った。

 

「なっ……何を言ってるんですかクリフさん! 構えろって一体なんなんですか! 意味がわからないですよ! なんで、なんであんなひどい事したんですか? あんな、いきなり、レナスさんを蹴ったりなんかして……」

 

 見た事が信じられないのではない。恐らくレナには見えていなかったのだ。

 レナはクリフがいきなり、何もしていないレナスを本気で蹴っ飛ばしたのだとでも思っているのだろう。そうだったらどんなに良かった事か。

 でも、現実は違う。そうじゃないのだ。

 

「……そうだわ。とにかくすぐに手当てしなくちゃ──」

「っ、だめだレナ!」

「前に出るんじゃねえ!」

 

 青い顔で前に駆け出そうとしたレナを、フェイトは即座に引き止めた。

 同時に、前にいるクリフも、右腕を横に伸ばして制止し。

 

 しばらくして、レナの戸惑う声が聞こえた。

 

 

「──え? クリフさん、その腕」

 

 レナの視線の先。

 クリフの右腕、肩に近い場所からは血が流れ出ている。

 

「ああ、たいした事はねえよ。それより」

 

 クリフはどうでもよさそうに言い。

 冷や汗をかきながら、土煙の向こうにじっと目を凝らしていた。

 

「あーくそ。マジでやべえな、こりゃ」

 




登場キャラ紹介。
・プリシス、チサトはプロローグその1の後書きでもうやったので省略。

・ボーマン(スターオーシャン2)
 27歳。リンガで個人経営の薬局を営んでいる男性。妻の名はニーネ。
 やたら面倒見のいい、リンガの町の戦うお薬屋さん。

 彼の登場を待っていた方、レオンと同じくごめんなさい。
 期待させてしまっても申し訳ないので先に言っちゃいますと、この小説では彼も旅の一行には加わりません。
 一応、出番自体はまだない事もない……予定のゲスト扱いです。


 それと、謎の緑色ローブ少年についての補足などを。

・原作ゲームだとめっちゃ青年な彼。作者的になんか四コマのイメージが強いので、この作品では少年になりました。たぶん無難な選択。
 よって性格も大体四コマ基準です。

・ちゃっかり原作ゲームにはない、謎の新能力引っさげて来ちゃった彼ですが……
 これはこの作品中でなんやかんやの末に手に入れた新能力、といったわけではありません。
 ただ単に原作中では使うタイミングがなかっただけの能力、という設定です。

 ぶっちゃけると作者都合で勝手に付け足した能力です。
 ……正直そうでもしないと、味方勢が強すぎて話にならない。

・がしかし、代わりに原作にあった超すごい防御フィールドはなくなってます。
 よって攻撃は普通に通ります。


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10. 危機的状況と謎の少年と例の二人組と

「レナスさん、どうしてこんなこと」

 

 未だ動揺しつつも、レナもようやく、レナスがいきなり自分達に剣を向けたのだと理解し始めたらしい。今しがた彼女によってつけられたばかりのクリフの右腕の怪我を治しつつ、レナは呟くように言う。

 

「さあな。考えられる可能性は色々あるぜ」

 

 言いつつクリフが見つめる先。

 霧と土煙が混じった煙霧の中から、レナスと思しき人の影がうっすらと浮かび上がってきた。

 彼女が今どんな状態なのかは分からないが。

 ゆらゆらとした影の動きを見るに、ゆっくりとフェイト達の方に近づいてきている事だけは確かだ。

 

(やっぱり今も、僕らを攻撃するつもりなのか?)

 

 

 分からない。

 分からないがしかし、ここで警戒を解くのはいくらなんでも危険すぎる。

 

 クリフがとっさに彼女を蹴り飛ばしたから良かったものの、そうでなかったら自分はきっと、大怪我ではすまない傷を負わされていたに違いないのだ。

 一歩間違えれば今ごろ死んでいたところだったというのに、さっきのはちょっと不意打ちで驚かせてみただけなんていうタチの悪い冗談だと思うからもう大丈夫に違いないなんて、そんな気楽に思えるはずがないではないか。

 

(本当に、何がどうなってるんだ? いきなりあんな……勘弁してくださいよレナスさん)

 

 今になって出てきた冷や汗をぬぐっていると、クリフが前を見たまま言う。

 

 

「実は最初からこうするつもりだった、とかいうヤベえオチじゃなけりゃいいんだけどな」

 

「レナスさんが、わたし達の敵? そんなこと、そんなことあるわけないじゃないですか! そんなの、絶対違うんだから……きっと他に理由があるはずだわ」

 

 レナは声を荒げてクリフの言った事を否定する。

 自分に言い聞かせるようにレナが言う中、クリフも「分かってるって」とすぐに発言を取り消したが。

 

「あくまで可能性の一つとして言っただけだ。殺る気があったんなら、今までにいくらでもチャンスはあったわけだしな。何もこんなへんぴな場所で襲う必要は……あ」

 

「あ?」

 

「そういや口封じ、っつう手があったな」

「……」

 

 なんでここでそんな嫌な発想を思いつくのか、このおっさんは。

 ていうか思いついても言っちゃだめだろう。これ以上レナを不安がらせてどうする気だ。

 

(……おい)

 

 本気ともわざととも思える調子で「あっやべ。こりゃあ、もしかするともしかするかもしれんぞ」なんてデリカシーのない事を言い出したクリフに、フェイトはすぐにつっこんだ。

 

「笑えない冗談言ってる場合じゃないだろ。いいからまずはレナスさんを止める事を考えろよ。詳しい原因はそれからだろ?」

 

 フェイトのお説教にも、悪びれることなくクリフは言い返す。

 

「原因が分からなきゃ止めようがねえだろっつうの。力ずくで止めようったって、あいつアホみたいに強えし。お互い無傷ってわけにも」

 

「だから、ふざけてないで真面目に──」

 

「俺がこんな状況でふざけると思うか? お前だって分かってんだろうが」

 

 

(お前はこんな状況でもふざける奴だろ)

 

 と即座に思いつつも、フェイトは結局クリフに反論できずに黙り込んだ。

 アホみたいに強いレナスさん。

 少し前の自分だったら信じなかっただろうが、なんせ目の前であんな瞬間を見せられちゃった直後だ。思い返せば思い返すほど、クリフの言葉は的のド真ん中を射ているのだと理解せざるを得ない。

 

 レナの治療が終わったらしい。「ああもう大丈夫だ、ありがとな」とクリフが肩を回したところで、レナスの姿がはっきりと見えてきた。

 

 

 しっかりとした足取りで、フェイト達の方にゆっくりと歩いてくる彼女に、怪我をしている様子はどこにも見られない。せいぜい舞い上がった土埃で、服が少し汚れているくらいだ。

 右手には抜き身の剣を持ち。

 左手には首のない人形と、もうひとつ。

 

 

(……やっぱり、見間違いじゃなかったんだな。あれは)

 

 とフェイトが物言わぬレナスの様子を観察して、ごくりと唾をのむ中。

 レナがやはり動揺した様子で呟いた。

 

「レナスさん、怪我してない……」

 

「手応えがなかったからな。こいつで防ぎやがったんだろ」

 

 言ってクリフは自分の足元にある、筒状の破片をつま先で軽くこづいた。

 

「剣の、鞘?」

 

 今クリフの足元にあるのは、だいたい剣先の半分くらいの長さの破片か。もう一方、根本の部分の半分は、レナスが今も人形と一緒に左手に握っている。

 

 

 つまりレナスはあの一瞬でクリフを斬りつけ、同時に鞘を盾代わりに使ってクリフの攻撃から身を守ったのだ。

 そのうえ霧に紛れて見えなかったが、岩にぶつかる音だってしたのに、ご覧の通り無傷の着地。

 

 常人には捉える事すらできない素早い一撃。

 攻撃に対する予測、および対処も瞬時にでき。

 あげく受けた衝撃をうまく分散させる事もできる、身体能力の高さ。

 

 これがアホみたいに強いんじゃなければ一体なんだというのか。

 そしてなぜそんなアホみたいに強い彼女が今、無表情で剣を持ったまま、ゆっくりとこちらに近づいてきているのか。

 

 

(なんなんですか本当に。せめて襲うなら襲うって言ってくださいよ、余計に怖いじゃないですか)

 

 そんな事思ってる場合じゃないのはフェイトだって分かっているが、心構えもなんにもできていない時に仲間にいきなり襲いかかられて、そのいきなり襲いかかってきた今までそれなりに強いと思ってた人が実はアホみたいに強くて、色んな出来事がいっぺんに襲いかかってきたものだから全くわけがわからない。

 

 クリフがじっとレナスを見続け、レナがフェイト以上に動揺した様子でいる中。

 フェイトも内心動揺したまま、とりあえず剣だけはしっかり構えて戦闘に備える。

 そしてあと数歩進めばいよいよ戦闘状態に入る、という距離までレナスが近づいた時。

 

「ふーむ、とりあえず確認してみるか」

 

 クリフがそう言うと、とびっきり大きな声で、レナスにこんな呼びかけをしたのだった。

 

 

 

「おーい! お前、こんなトコで油売ってていいのかー!? 彼氏探してるんじゃなかったのかよー! んな物騒なモンとっととしまって、早く行こうぜー、愛しのルシオの元へよおー!」

 

 

 

 呼びかけられたレナスはというと、いったん立ち止まり、首をかしげてクリフの声を聞いているわけだが。

 

「ええっ!? 彼氏って、それどういう事ですかクリフさん!」

 

「お前まさか、彼氏持ちをナンパしてたのか!」

 

 これには呼びかけられたレナスより、後ろで聞いていた二人の方が食いついた様子。

 

 

「ルシオさん? それがレナスさんの大事なひとの名前なのね?」

「なるほど。それはフラれるわけだ」

「そっか、いたんだレナスさん。……いないわけないわよね。あれだけ可愛らしい美人さんなんだもの。というかクリフさんは知ってたのよね。わたしにはそんな事、少しも教えてくれなかったのにな」

「言わざるを得なかったんだろ? クリフがしつこかったから」

「そう、なのかな」

「絶対そうだって」

 

 二人してべらべら喋っているところで、

「おいこら、お前ら今の状況忘れてねえか?」

 とクリフに注意され、二人してはっと我に返る。

 

 

 おっしゃる通り、今はそんな事マジでどうでもいいじゃないか。

 ボーマン家で話を聞いた彼女が慌ててリンガの聖地にすっ飛んできた理由が分かってちょっとすっきりした気がしないでもないけど。

 

 そんな事より今重要なのは、クリフの声かけを、レナスがちゃんと立ち止まって聞いていた事であろう。

 

(もしかして、今のでレナスさんの気を鎮める事ができたのか?)

 

 

 残念ながらフェイトがそう思った直後。

 レナスは走り出し、一気にフェイト達との間合いをつめてきた。

 三人の先頭にいたクリフに、レナスは襲いかかる。

 

「おわっ! っと、……やっぱ意識なしかよ!」

「クリフ!」

「クリフさん!」

 

 クリフの加勢をしようと、フェイトもすぐにレナスに近づく。

 レナは戦闘に巻き込まれないよう後ろに下がり、紋章術を詠唱し始めた。

 

 いくら肉体自慢のクラウストロ人であろうと、剣でばっさりと斬られればひとたまりもない。己の拳が武器のクリフは、レナスの攻撃をかわすので精一杯だ。

 相手がアホみたいに強いので、懐に入って武器を奪い取るなんていう自殺行為をしようという気にもならないのだろう。

 

「やっぱ、って……何で今ので分かるんだよ!」

 

 クリフに攻撃をかわされたレナスは、動きの流れに逆らわずにその場で体をくるっと回転し、今度は近づいてきたフェイト目がけて斜め下から斬り上げを放つ。

 フェイトは自分の剣でレナスの攻撃を受け止めつつ、クリフに聞いた。

 クリフも時々自分に向かってくる攻撃をひいこら避けつつ答える。

 

「怒ってねえからだよ。お前らの前で男の事をあんだけでかい声でひやかしてやったってのに、こいつは文句の一言はおろか、嫌な顔の一つさえしやがらねえ。こうやってただ、黙って斬りかかってくるだけだ、ってな!」

 

(ひどい確認方法だな……。っていうか、斬りかかってくるだけって)

 

 クリフ的にそれは“怒ってる”内に入らないのだろうか。

 疑問には思ったが、あいにく今はそんなつっこみを入れられるような状況ではない。とりあえずクリフの言う通りだという事にして、話を先へ進めた。

 

「つまりレナスさんは今、無意識で僕らと戦っているんだな!?」

 

「ああ、たぶんな!」

 

 

 話の間にもフェイトとレナスの打ち合いは続いている。

 ただ自分の身を守るだけのフェイトは、襲いかかってくるレナスの剣を後手後手で受けるしかない。

 当然格下でもなんでもない人相手にそんな消極的な戦いを続けられるわけもなく、何度か剣を打ち合っただけで、早くもフェイトの方に無理が生じてきた。

 

(どうしてそういう本気を今見せるんですかレナスさん! 今まで散々サボってたくせに!)

 

 もう本当に勘弁してくださいよ、と頭を抱えたくなる強さである。

 あと二度くらい打ち合えば斬られそうというところでクリフが一瞬の隙をつこうと動くが、彼女はその動きも察知したらしい。

 レナスは剣を引きながら、鞘を持った左手でクリフの鳩尾を狙う。

 

「ったく無意識でこれとは、まったくどうしようもねえお嬢様だなおい!」

 

 拳に続いた肘鉄をクリフは手で受け止めた。そのまま押さえようとするが、次の攻撃を予測してさっと手を離す。

 さっきまでクリフのこめかみがあった場所を、剣の柄頭がひゅうと音をたてて通り過ぎる。

 レナスの剣の矛先が、今度はそのままフェイトに向かってきた。

 

(うわっ)

 

 と思いつつなんとか攻撃を剣で受け止めれば、レナスは弾かれた反動を活かして、今度は反対周りに体をくるっと回転。

 回転ついでにけん制の鞘殴りでフェイトを後ろに下がらせたかと思えば、彼女の剣はすでにクリフの胴に向かっていた。

 

 

「プロテクション!」

 

 クリフの目の前に紋章力で出来た透明な盾が現れる。レナの補助紋章術だ。

 レナの作ったその透明な盾にがきんと剣を打ちつけたレナスはすぐに後ろに下がり、フェイト達三人から距離をとった。

 

 そのままレナスは動かない。三人の出方を窺っているようだ。

 

 

 ひとまず最初の攻防は全員無傷でやり過ごせたらしい。

 一息ついたフェイトは先ほどのクリフの推測を口に出して繰り返し、そしてある可能性をはっと思いついた。

 

「意識がないのに、戦っている? レナスさん、ひょっとして──!」

 

 同時にクリフとレナも何かを思いついたらしい。思いついた事を三人で一斉に言う。

 

 

「誰かに操られているんじゃ!?」

「さては惚れ薬ならぬ、暴れ薬でも頭からかぶったか」

「夜ふかしはしちゃダメだって、あれほど言ったのに……」

 

「……。ふざけるの禁止!」

 

 

 フェイトは声を張って宣言した。

 今はなんでレナスさんは急に暴れだしたのか大喜利なんて愉快にやっていい場面じゃないって、人に言われなくても分かるだろう普通。

 仲間の一人が急に意識なくして自分達に襲いかかってきてそりゃあもう大変な事になっているっていうこんな時に一体何を考えているんだ二人とも。ていうかなんだ惚れ薬ならぬ暴れ薬って。なんのギャグにもなってないじゃないか。

 

(へたくそクリフめ)

 

 とフェイトがご立腹していると。

 レナがきょとんとした様子で言う。

 

「え、違うの? わたしてっきり、目を開けたまま寝てるんだとばっかり」

「本気だったか!」

「なおの事ヤベえな」

「そしてお前はやはりわざとか!」

 

 そんなふざけたやり取りをしていると。

 今度はそれまで様子を見ていたレナスが再びフェイト達に襲いかかってきた。

 

「ほら見ろ、レナスさんも怒ってるじゃないか! バカにするなって!」

「ご、ごめんなさいレナスさん! わたしそんなつもりじゃなかったんです!」

「だから意識がねえんだって」

 

 やいやい言いながらまた全員でレナスの猛攻を防ぐ。

 フェイトは真面目に仕切り直した。

 

 

「気を取り直してもう一度言うけど……僕はやっぱり、レナスさんは誰かに操られているんじゃないかと思う!」

 

「まあ無難に考えりゃそうなるか。手辺り次第に暴れてるってより、俺らを敵として認識している、って感じだしな」

 

「そんな……、ひどい! 一体誰なの!? レナスさんにわたし達を襲うよう命令するなんて!」

 

「さあねえ、誰だか知らんが……問題はどこにいるかだな。こういう場合は大抵、高みの見物ってやつを──チィッ!」

 

 

 クリフが注意をそらした一瞬のすきを狙って、レナスの突きが放たれた。

 クリフは体をそらしつつレナスの右手首を掴み、剣先を自分の喉元ぎりぎりで止める。

 

 レナスは手首を掴まれたままクリフの横に回り込み、左足でクリフの膝裏を思いっきり蹴った。同時に右手をひねりながら前につき出し、クリフが掴んだ手を無理やり離させる。

 

「どわッ!」

 

 バランスを崩されたクリフは仰向けにすっ転んだ。

 レナスは剣を逆手に持ち替え、倒れたクリフに追い打ちをかけようとしている。

 

「避けてくださいレナスさん!」

 

 フェイトは言いながらレナスに斬りかかった。

 言われるまでもなく予測していたらしい。レナスも声をかけられると同時にフェイトの方に向き直り、フェイトの剣を下段から受け止める。

 

「大丈夫かクリフ!」

 

 レナスと剣で競り合いながら、クリフに声をかける。

 転ばされたクリフはというと返事の代わりに「あの野郎……!」とあらぬ方向を見上げて言っていたりするが、フェイトにはとりあえず無事のようだと安心するヒマもない。

 

 フェイトの剣にかかっていた抵抗が軽くなったのだ。レナスの体が右側にずれている。

 

(斬られる──!)

 

 フェイトは反射的に剣を自分の手元に引き上げた。

 が、レナスは踏み込むどころか半歩引いて、剣を順手に持ち直した。

 フェイトの胴はがら空きになっている。

 

 

「!」

 

 と、レナスが急に後ろを見、体勢を低くした。

 その頭上すれすれをクリフの左フックが掠めていく。

 クリフの体を蹴りつけて横に飛び退り距離をとるレナスに、クリフが驚嘆の声を投げかけた。

 

 

「ちっ、今のも見切りやがったか! こいつ──つくづくとんでもねえな!」

 

「おいクリフ! 今本気で殴りかかったろ! あんな攻撃して、もしもレナスさんが避けなかったらどうする気だったんだよ!」

 

「助けてもらって言うセリフがそれかよ。避けられてんだからいーじゃねえか。つか今はんな事言ってる場合じゃねえってのに」

 

 フェイトの言葉をとっとと脇に置いて、クリフは一方的に早口で告げてきた。

 

 

「崖の上にいやがった。間違いねえ、あいつだ。俺の顔見て逃げていきやがった」

 

「は?」

「って事で今から俺が止めてくる」

「あいつって……。まさか、操ってるやつを見つけたのか?」

「ああ。だからお前は嬢ちゃんと二人でしばらくこいつ食い止めてろ」

 

「え」

 

 

 急すぎて話がうまく呑み込めない。

 

 クリフは今自分になんと言ったのだろう。後衛一人含めた三人がかりでなんとか抑えられるようなアホみたいに強い人を、二人でなんとかしろって?

 

(おいおいクリフ。ふざけるの禁止ってさっき言ったばっかりじゃないか)

 

 なのにもう忘れるなんて、クリフったらおちゃめさん。

 

 

 思いっきり現実逃避しかかったところで、タイミングよくレナの詠唱が終わったらしい。

 

「エンゼルフェザー!」

 

 という声とともに、非情にもフェイトの体中から力が沸き上がってきた。

 よかった。体が軽くなった。これなら二人でもなんとかなるね。

 

 

 

「できるだけ早く済ませる! なんとか持ちこたえろよお前ら、こんなトコで死ぬんじゃねえぞ!」

 

「本当に早く終わらせろよクリフ! 本当にだからな!」

 

「お願いします、クリフさん!」

 

 操られたレナスと対峙したままのフェイトとレナの二人は、戦線を離脱していくクリフに思い思いの声をかける。

 操っている奴を追いかけるクリフは崖の上に登るべく、フェイト達がここに来る時に使った階段状の岩へ向かって、全速力で走り去っていった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 時は少し前に戻る。

 場所は同じくリンガの聖地。フェイト達が今いる場所からそう離れていない場所を、二人の男女が歩いていた。

 

 多少の開きはあるが、二人ともおよそ二十台半ばくらいの年齢である。

 男の方は筋骨隆々。顔には傷もあり、いかにも歴戦の戦士といった風貌だ。

 動きやすさを重視した上半身鎧を装備し、背中には己の身の丈ほどもある大剣を担いでいる。

 

 女の方は派手派手しい妖艶。

 体のラインを強調した服。短いスカートにはさらに際どいスリットまで入っている。一応グローブやストッキングは身に着けているのだが、それもスケスケのレース製。肌の露出を控える、というような意向はまるで感じられない代物だ。

 女の手には、無限大を示す飾りが先端にとりつけられた杖がある。

 隣を歩く男と同じく、女もただの派手な女ではないようだ。

 

 その二人が歩いている時。

 しんと静まりかえったリンガの聖地のどこかから、衝突音が聞こえてきた。

 

 

「ねえ。なんか今、……ドン! とかいう音しなかった?」

 

 女が首をかしげ、隣にいた男に聞いた。

 男も答え、耳をすませる。

 

「ああ、したな。あっちの方か」

 

 音のした方向から、何人かが言い争っているような声がかすかに聞こえてくるが、距離が離れているせいか話の内容までは分からない。

 しばらくそちらの方に気を向けた後、女の方がかったるそうに決めつけた。

 

 

「どーせ、あのしつっこいエルフがなんかやらかしたんでしょ」

 

「大方そんな所だろうな。行ってみるか?」

 

「やーよう、めんどくさいし。なんで私らがあんなのに進んで関わらないといけないワケ? あいつも未だ少っしも姿を見せないってのにさあ」

 

 女は不機嫌そうに持っている杖で自分の肩をとんとんと叩く。

 遠くから聞こえてくる声を無視し、たまりかねた様子で男に提案した。

 

「ねえ、こうなったら私達も探しに行かない? もうひと月は経ってるわけでしょ? あの町であいつが戻って来んのを待ってるよりずっといいって」

 

「ミイラ取りがミイラにならなきゃいいが」

 

「それは……あのバカが、なんも考えずに飛び出してっただけでしょうが。旅に出るならそれなりの準備ってもんがあるでしょ、普通。どこだか分かんないトコだったら尚更よ。なのにあのバカは……」

 

 女は何やら思い出したようだ。

 男の言葉に対する受け答えが途中から文句に変わってきている。

 

「あーっもう、あいつらは! 揃いも揃ってバカよ! 大バカよ! ほんっとバカばっかり! いちいち振り回されるこっちの身にもなってみろって……」

 

「そうだな、旅の支度を整えたら俺達も行く事にするか。あの店にこれから行って、状況が何一つ変わっていなければな」

 

 慣れた様子でしれっと結論を出した男に、女は人の話を聞けと言わんばかりに不服な顔をした。

 言い争っても無益と判断したらしく、結局ため息をついて一人で愚痴る。

 

 

「ったく、今頃どこほっつき回ってんのかしら、あのバカは。性懲りもなく一人で勝手に飛び出して……。今回という今回は絶対許さな──」

 

 

 愚痴っていた女は、またしても途中で口をつぐんだ。

 さっき衝突音がした方向から、今度は大声で何かを叫ぶ男の声が聞こえたのだ。

 

 二人とも、その大声にしっかりと耳を傾けた。

 反響していて聞き取りづらいのにもかかわらず、男が何を言っているのか離れた場所にいる二人にも大体伝わったのは──

 それ以上に男の声が、やたらとでかかったせいであろう。

 

 

 男の大声が止んだ後。

 

「ねえ今の……。私の聞き間違いかしらね。愛しのルシオ、とかなんとか聞こえたんだけど」

 

「奇遇だな。俺も聞こえたぜ。「彼氏に会いに行かなくていいのかー!?」みたいな声も聞こえたな」

 

 二人は互いに確認すると、

 

「あっちの方よね」

「ああ。あっちの方だな」

 

 声のした方へ向かって、いそいそと走り出した。

 

 

 

 走り出したはいいものの、道が入り組んでいてなかなか目的地に近づけない。

 今まで散々待っても現れなかった知り合いが、今ようやく姿を見せたのだ。

 気が急いているせいもあって、二人は時々むしろ遠ざかっているような感覚さえ覚えた。

 

「で、一体何やらかしてんのよ、あいつは」

 

 二人が走っている間にも、向こうでは何か言い争うような声がしている。

 よくよく聞けば、声の中には若い女までいた。

 

「盗賊でも現れたのかしらね。……こんなへんぴな場所で、よーやるわ」

 

「運のない賊だな。やっと現れた獲物が、まさかあいつとは」

 

 さほど心配した様子もなく、二人が走っていると。

 

 

 前から緑色のローブを着た少年がやってきた。

 

 いったん足を止めて様子を窺う二人。

 少年もすぐ二人に気づいたようだ。

 二人の目の前まできて、じろじろと二人を見まわしてから、なんの遠慮もなく言い放った。

 

 

「やっぱ違うなあ。まあ、最初から期待してなかったけどね。いくらなんだってこんな自己主張激しくないもの」

 

「ああ!? ってか誰よ、あんた!」

「あははっ。困ってる困ってる」

 

 

 少年は何も答えない。二人の方を見もせずに楽しそうに耳の機械をいじり、何か独り言を言っている。

 

「誰だ、って聞いてんのよ私は。あんまり調子こいてると──」

 

「面白いなあ。あそうだ、せっかくだから持って帰ろうかな、あの人」

 

 女が凄んでも、少年はやはり答えない。言うだけ言って、二人が来た方角へと走り去っていった。

 二人とすれ違う時、こんな事を言い残して。

 

 

「──ああ、人じゃなかったっけ。まあいいや、ただの遊び道具だし」

 

 

 

「ったく、なんなのよあのクソガキは」

 

 さっそく悪態をつく女の横で男が言う。

 どちらの視線もまだ、走り去っていく少年の方に向けたままだ。

 

「あのガキ、気になる事を言っていたな」

 

「そうだっけ? 態度がムカつきすぎてよく覚えてないんだけど。ええと確か……人を持って帰る? とか、人じゃないとか──あ」

 

 男に遅れて、女もある事に気づいたようだ。厄介そうに髪をかきあげて言う。

 

「なんで知ってんのよ、あのガキは。ってか持ち帰るってどういう……」

 

「追うか? 今なら間に合うぜ」

 

 次第に薄くなっていく少年の影を目で追いつつ、男が聞く。あと少しも経てば、少年の姿は霧に紛れて完全に捉えられなくなるといった状況だ。

 女は少しだけ迷った後で言った。

 

「あいつはどうすんのよ。後回しにしろっての? 今すぐに捕まえなきゃ、またどっか行くわよ。確実に。ルシオの事だってあるんだから」

 

「そうだな……」

 

 男は腕組みをして考える。

 

「二手に別れるってのはどうだ? ガキは俺が追う。お前はあいつの所へ行く。これなら問題ねえだろ。俺が戻るまで、お前があいつをしっかりと引き止めておけばな」

 

「二手に、ねえ……。オッケー。それでいきましょう」

 

 今度は女も男の提案に頷いた。

 そうと決まれば行動は早い。足を止めていた二人は、さっそくそれぞれ逆の方向へと走り出した。

 

「じゃあんたはそっちね。任せたわよ、アリュ―ゼ」

 

 

 

 女にアリュ―ゼと呼ばれた男は、来た道を辿って戻るように進んでいく。

 しばらく進んだ先の道の分岐点でいったん立ち止まり、周りを見渡した。

 片方の道はさきほどアリューゼ達が通って来た道。もう片方は緩い上り坂になっていて、少し進んだ場所がテラス状に開けている。

 

 そのテラス状の広場に、小柄なサイズの人影があるのをアリューゼは発見した。

 迷わず上り坂の道を選んで広場まで進み。アリューゼはその辺にある手ごろな大きさの岩に腰を落ち着けている少年に話しかけた。

 

 

「おいそこのガキ。少し聞きたい事がある」

 

 アリューゼが近くまで来ても、少年はほとんど反応を示さなかった。存在に気づいていなかったのではなく、どうでもいい存在だという事なのだろう。

 

「ああ、さっきの」

 

 少年は仕方ない、といった態度で答える。

 

「まだいたの。見逃してあげるから、早くどっか行ったら?」

 

「聞きたい事がある、と言ったはずだぜ」

 

「少し前だったら相手してあげたんだけど、いい遊び道具が手に入ったからね。退屈しのぎはもう必要ないんだ」

 

 少年はやはり一人勝手に喋り続けていたが。

 

 

「……まったく、ツイてないよ。よりによってこんなトコの見張り任されるんだもんなあ……。逃げたトコにのこのこ戻って来る奴なんているワケないのにさあ。まあ、それでもハニエルよりはマシだけど」

 

「おいガキ」

 

 アリューゼが背中の大剣に手をかけると、ぴたりと口を閉じた。

 

 

「それは一体、なんのつもりだい?」

 

「人を道具呼ばわりするなって、親に教わらなかったか?」

 

 大剣に手をかけたまま聞くアリューゼに、少年は不機嫌そうに言い返す。

 まったくもってくだらない質問だとしか、少年には思えなかったのである。

 

「もう、うるさいな……偉そうに説教しないでくれる? これでも君なんかよりよっぽど長く生きてるんだけど」

 

 

 こんなくだらない事を聞くために、わざわざ僕の後を追いかけてきたのか、この人間は。僕の時間を邪魔して。

 愚かな人間。見ているだけで不愉快だ。うるさい。こいつは──

 

 アリューゼが大剣を抜いた。

 アリューゼは黙ったまま、剣先を少年に向かって突きつけている。

 

「せっかく見逃してあげたのに。これだから野蛮人は」

 

 少年が男を睨みすえて立ち上がったその時。

 

 

「おいこらっ!」

 

 新たに男の声がした。

 二人とも互いに相手をけん制しつつ声のした方を見ると、何やら一人の男が、坂の下から猛ダッシュで二人の元へ駆け寄ってきていた。

 クリフである。

 

 すぐに二人のいる場所へ辿り着くと、

「やっと、おいつめたぜ……!」

 とクリフはしばしの間息を整え、少年に向かって話しかけた。

 

 

「時間がねえからな、単刀直入に聞くぜ。てめえはあいつを今すぐ元に戻す気があるか、それともねえか。どっちだ」

 

 アリューゼは大剣を構えたままで、いきなりやってきた乱入者──クリフの言葉を聞いている。

 聞こえてくるのはさきほどの大声と同じ声。おそらくこの乱入者がさきほど聞いた大声の主なのだろうと、アリューゼにもすぐに察しがついた。

 

「返答次第じゃガキのいたずらって事で許してやらんでもない。さあ、答えな!」

 

「うるさいな」

 

 少年の返事はにべもない。

 耳の機械に手をあて、質問したクリフを蔑むような目つきで見て答えた。

 

「手放すわけないじゃないか。せっかく手に入れた遊び道具なのに」

 

「そうかよ、それじゃ遠慮はいらねえな。全力でぶっ飛ばす」

 

 言うが早いか、クリフは間合いを詰めて拳を放つ。

 クリフの拳は少年に避けられ、さっきまで少年が座っていた岩を砕いた。

 

「誰をぶっ飛ばすだって? ……うるさいんだよ、さっきから! たかが辺境惑星の人間が、僕に刃向かう気!?」

 

 少年が音叉を構える。

 とっさに身構えたクリフの腕に、ぱんという音と共に、殴られたような衝撃が伝わった。

 

「そんなに殺されたいんなら、望み通り殺してあげるよ!」

 

「チッ……ヘンな技使ってんじゃねえぞ、この野郎!」

 

 

 目に見えない攻撃か。どうやらこの少年は、自分の間合いの外から攻撃できる術を持っているらしい。

 できるだけ早く決着をつけるには少々厄介な相手だ。

 そう見てとったクリフは、二人の戦いを見ているアリューゼに声をかけた。

 

「そこの筋肉ダルマ! 話は聞いてただろ? てめえの元上官を正気に戻すためだ、俺に協力しな!」

 

 

 がっしりした体つきの戦士。顔に傷があって、やたらでかい剣を持っている。

 ひと目見て分かった。

 こいつはボーマンが言っていた、あの二人組の片割れだ。

 レナスを探しているという──

 

 

「やっぱりな。どうせそんなことだろうと思ったぜ」

 

 クリフの要請に、アリュ―ゼも得心したように言って大剣を構えなおした。

 




今回はここまで。
二人組のキャラ紹介はSO3組の時と同じく、きりのいい回でやります。

・それと今さらですが、真面目っぽい戦闘シーンがあったので一応補足。
 各キャラの戦闘能力は原作ゲームと全く同じではありません。ちょいちょい小説っぽいアレンジが入っています。
(例として、レナの「癒しの力は怪我した場所に手をかざさないとダメ。一瞬で全快もしない」「プロテクションは防御力上昇ではなく、まんま盾をはる紋章術」など)


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11-1. フェイト決死の時間稼ぎ

 リンガの聖地にていきなり操られたレナスを正気に戻すため、クリフが発見した操っているであろう何者かを追いかけていったしばらく後。

 クリフがいなくなってから大して時間が経っていないというのに、レナスと対峙しているフェイトの体はすでに傷だらけだった。

 

 

(まだかクリフ! 早く、早く……)

 

 自分目がけて次々に飛んでくる容赦のない彼女の剣を、後ろの方でレナが今なお一生懸命自分にかけ続けてくれている、対象者の身体能力を大幅に引き上げる補助紋章術『エンゼルフェザー』の力も借りてなんとか捌きつつ。

 フェイトは心の中でひたすら急かすように念じる。

 

 クリフはもう怪しい奴の所にたどり着いただろうか。

 こんな事は止めるよう説得している頃だろうか。

 

 クリフが出ていったのはついさっきなのだ。そんなに早く用事が済むものかと頭では分かっているのだが、こんなアホみたいに強い人の剣を、クリフの用事が済むまでこのままずっと受け続けるというのは無理すぎる状況である。

 どう冷静に考えようとしたって、もうあと少しもすれば彼女も正気に戻ってくれるはずだなどと思ってしまわずにはいられない。

 

(早く……そうでなきゃ、このままじゃ)

 

 相対するレナスはフェイトの僅かな隙も見逃してはくれない。

 集中力がほんの少し途切れたところで、また素早い一撃が容赦なく飛んできた。

 

 急所は外したものの、完全には避けられない。

 また一つ傷が増え、もはや斬られた痛みをそれほど感じなくなってきている事に、フェイトはいっそうの危機感を募らせる。

 

(早くしてくれクリフ! このままじゃ死ぬぞ僕は!)

 

 

 持ち前の運動神経をさらにエンゼルフェザーで引き上げているというのに、互角どころかどう考えてもジリ貧なこの状況は非常にまずい。

 このままじゃ負ける。ていうか確実に死ぬ。

 クリフがいなくなり、レナスと一対一で剣を交えたフェイトは一分と経たないうちにそう悟ったのだった。

 

 単純な身体能力の差だけでいうならば、間違いなく今の自分の方が上のはず。

 操られているだけの彼女には悪いけど、いっそ防戦に徹するのをやめて攻勢に転じるべきかとはすぐに考えたものの、フェイトはなかなかそれを実行に移す気にはなれないでいた。

 

 

 理由の一つは、例えジリ貧だろうが守りに徹している方がまだ安全だろうという事。

 本気の彼女と戦えば嫌でも分かる。

 彼女の強さはずば抜けた身体能力の高さとかそういうのじゃない。

 

 洗練された動きから繰り出される完璧としか言いようのない剣技の数々、かと思えば時折油断した頃を狙って体術なんかも仕掛けてきたり、戦闘に慣れたいっぱしの剣士であるフェイトですらごり押しの反射神経で捌くしかない翻弄の巧みさ。

 つまり総合的に見てアホみたいに強いのである。

 

 例えるなら彼女は(というよりもうフェイトは十中八九そうに違いないと確信している)、とてつもない数の実戦でもって、戦闘経験をこれでもかとばかりに積み重ねた戦闘のプロだ。

 そんなガチのプロ相手に、力に任せて攻撃したって効くわけがない。

 たやすく捌かれるどころか反撃でばっさりやられて即終了であろう。

 

 

 それともう一つ。

 フェイトの中には、仮に自分が彼女と本気で戦う気になったとして、はたして自分はいつも魔物を相手にするのと全く同じ戦いができるのだろうか……という心の迷いがあったりもする。

 

 これは子供同士の喧嘩でも闘技場の試合でも、ましてやファイトシミュレータのボス戦でもない。本物の剣を使った命がけの攻防なのだ。

 これが素手ならば相手を気絶させるなりすればいい話だ。

 よほど当たり所が悪くない限り、多少のアザができてしまっても後でレナに治してもらえば済むだろうが、剣だとそうはいかない。

 

 格下でもなんでもない人を少しも傷つけずに、純粋にその戦闘能力だけを削ぐような戦いをするのは無理だ。

 本気で殺し合いをするぐらいの覚悟が自分になければ彼女は止められない。

 

 ややツッコミどころの多い困ったさんだとは常々思えど敵だと思った事なんて一度もない人に、自分は本当に本気の覚悟で剣を向ける事ができるのか?

 それに、もしそれができたとして、彼女はどうなる? 致命傷を与えてしまった場合は? レナの回復は間に合ってくれるだろうか?

 

 

(……あーもう、どうしてこんな簡単に操られちゃったかなあレナスさんは)

 

 いくら心の中でぼやいたところで現実は変わらず。

 いい方法が思いつかないフェイトは、今も防戦一方でレナスの剣を受け続ける。

 

(暴れるならせめて素手で暴れて欲しかった。ていうかなんなんですか“護身用の剣”って。これが護身って、いくらなんでも護身のハードル高すぎでしょう。変質者どころか剣聖も泣いて謝るレベルじゃないですか)

 

 わずかな隙をつかれ、また一つかすり傷を負わされたところで、

 

(誰だこんな危ない人に剣なんて持たせた奴は)

 

 ぼやき続けていたフェイトはふと思いついた。

 

 

(……。そうか。剣さえなくなればいいんだよな)

 

 

 レナスの剣を受けつつ、フェイトは思いついた事をじっくり検討しようと、彼女の状態を改めて観察する。

 左手に持っていた折れた鞘と人形は、クリフがいなくなってすぐに、彼女自らが地面に捨てている。一対一の戦いには邪魔になると判断したのだろう。

 

 つまり彼女が今持っているのは、両手で握っている剣だけ。

 この剣さえなくなれば──

 

(うまく、加減できるか?)

 

 剣さえなくなってしまえばその後はたぶんどうとでもなる。

 剣を“なくしてしまう”方法もすぐに考えついた。

 

 が、それでもフェイトの決心はすぐにはつかない。

 考えついた方法がそれほどに博打じみているのだ。

 事によっては、レナの回復が間に合うと信じて、彼女に全力で斬りかかった方がまだマシなほどに。

 

(本当にいけるのか? 失敗しましたじゃ済まされないんだぞ)

 

 制御のコツはなんとなく掴めてきているけど、それはあくまで集中できる環境下で練習した時の事。こんな状況でやった事はただの一度もない。

 が、

 

(でも……それでもやらなきゃダメなんだよな、今は)

 

 

 このまま防戦しているだけじゃ、この局面は乗り切れない。

 クリフがどうにかしてくれるより先に、自分は彼女に斬られて死ぬ。そしてその次はレナだ。

 レナの方を見る余裕はとてもないけれども、レナも今、一生懸命自分のサポートをしてくれている。自分一人だけで戦っているわけじゃないっていうのに、このまま何も手を打たないで死を待つなんて事、していいわけがないだろう。

 

 こんな状況だからこそ、自分ができうる事を恐れずやるべきなのだ。

 自分とレナの命を守るためにも。それとうっかり操られただけの困ったさんが、知らずのうちに人の命を奪ってしまわないためにも。

 

(そうだよな。ここは僕がなんとかしてみせるしかないんだ)

 

 

 

 ついに決意を固めたフェイトは、後方にいるレナに聞こえるよう声をあげて言った。

 

「レナ! このままじゃクリフが操っている奴をどうにかするまでもたない! 今から少し手荒な方法をとるから、巻き込まれないよう気をつけてくれ!」

 

 まさかここまでフェイトが押されるとは思っていなかったのだろう。事のなりゆきに動揺はしているようだが、レナもしっかりとフェイトの言葉に答える。

 

「あっ……うん、そうよね……。わかったわ! 頑張ってフェイト、きっともう少しの辛抱よ!」

 

 返事を聞いたところで、さっそくフェイトは行動に出た。

 

(それじゃあ……お願いですからおとなしくしててくださいよ、レナスさん!)

 

 攻撃を受け流さず、やや力任せに押し返してから、後ろに下がってレナスの剣の間合いから離れる。

 レナスが距離を詰めようと前に出たところで、フェイトはすかさず意識を自分の周りに集中させた。

 

 

「ストレイヤーヴォイド!」

 

 

 瞬時にしてフェイトの周囲に、紋章力で作った赤黒い霧が湧き出る。

 危険を察知したレナスは後ろに下がろうとするがもう遅い。フェイトから湧き出る霧が至近距離にいたレナスを逃さず捕えると、彼女の体を覆うように包み込んでぎりぎりと縛りつけた。

 

「……ッ」

 

「少し我慢してください。できるだけ早く終わらせますから」

 

 苦しむレナスに声をかけたフェイトは、霧の維持に集中しつつ、それとは別の「力」を自分の左手にも集中させ始めた。

 

 どっちにしろ、この霧を長い間維持し続ける事はできない。

 膨大な紋章力を使って周囲の敵を強引に拘束するこの『ストレイヤーヴォイド』は、激しく気力を消耗する技なのだ。さらに霧を作りだしている間はフェイト自身も動くことができないという欠点もある。

 

 本来なら霧で弱ったところを不意打ちの剣で斬りつけるこの技を、今フェイトがレナスに対して使っているのには、もちろん別の狙いがある。

 つまり、「力」の発動準備ができるまでの時間稼ぎだ。

 

 

 フェイトが持っている特別な「力」、ディストラクション。

 それは、すべてを消し去る破壊の力だ。

 どんな強固なバリアもこの「力」の前では何も意味をなさない。物理法則そのものを捻じ曲げ、「力」に触れたすべての存在を、この世界から消してしまうからだ。

 

 戦艦すら跡形もなく消してしまうほどの威力を持つ恐ろしい「力」ではあるが、それはあくまでもフェイトがその「力」をフルに発動させた時の事。

 うまい事「力」を制御し、威力を最小限に抑える事ができれば──

 理論上は、狙った物体だけを消す事も可能なはずの「力」である。

 

 

 そのまま集中を続けていくうちに、フェイトの頭の奥でかすかに耳鳴りがしだした。いつもと同じ、「力」を発動させる時の感覚だ。

 

(……よし。今ならいける)

 

 準備が出来るとフェイトは霧を解き放ち、剣を捨ててレナスの懐へと飛び込んだ。

 直前まで霧で縛りつけられ動きを封じられていたレナスは、消えゆく霧を割って突然現れたフェイトに対応できない。

 

 見事レナスの不意をつくことに成功したフェイトは、左手でレナスの剣の刃を掴むと、力ずくで体の外側に押し出した。レナスが咳き込みつつも左手で殴ろうとするが、その腕も右手で掴んで力任せに押さえつける。

 

(これで決める!)

 

 すぐさまフェイトが剣を掴んだ左手から「力」を放とうとした時。

 

 押さえつけていたフェイトの腕ががくっと下がった。

 それまで抵抗していたレナスが急に力を緩めたのだ。体勢が低くなっている。

 フェイトはとっさに足元への攻撃を警戒したが、

 

「な」

 

 次の瞬間、頭突きがフェイトの下あごに入った。

 

 

 一瞬視界が白飛びになる。

 左の手のひらが、さあっと切れるような感覚。

 剣を掴んだ手を放したのだと理解する。

 

 かすむ視界に、剣を振り上げるレナスと、自分の左手が映り込んだ。

 左手が熱い。頭の中では耳鳴りが強く──

 

(や、ば……当たる)

 

 フェイトは意識を振り絞って、自分の左手を視界の外へと向けた。

 同時に、レナスの剣がフェイトを袈裟がけに斬り裂いた。

 

 

「フェイトっ! いやあぁぁーッ!」

 

 レナの叫び声が聞こえる。

 

(僕は……、失敗、したんだな)

 

 虚ろな意識でぼんやりと思った。

 意識とは無関係に、フェイトの左手からは青白く輝く光線が放たれている。

 放出された光線はレナスにはかすりもしない。空へ向かって一直線に飛んでいき、近くの岩壁を音もなくごっそりと消し去った。

 

 光線の放出が止むと、フェイトの意識はそのまま闇に包まれ──

 

 ──なかった。

 

 

「…………えっ?」

 

 

 頭に疑問符を浮かべながら、フェイトはぺたんと尻もちをついた。

 

 自分は今間違いなく斬られたはずだ。斬られた感触だってあったのに。

 一体これはどういう事なんだと、たった今斬られたはずの場所を手で触って確認してみても異常はなし。

 

(やっぱり、斬られてない)

 

 とフェイトは自分の体をまじまじと確認する。

 それまでにちびちびと受けた傷はそのままな様子だが、左手の傷の方は中途半端に治っている。

 とすると、ばっさり斬られたはずの一撃も気のせいではなく、本当に斬られたけど一瞬で治ったという事らしい。

 

(一体、どうして……レナが回復してくれたのか?)

 

 あまりの不思議さに、座り込んだままで、じんじんと痛む顎を手の甲でさすりつつ理由を考えていたフェイトはすぐに我に返った。

 

(ってしまった! 今はのん気に考えてる場合じゃ──)

 

 慌てて見上げれば、なんとレナスも不思議そうに首をかしげているではないか。

 隙だらけのフェイトにとどめを刺そうとする気配もない。本当にただ不思議そうに前を見て突っ立っているだけである。

 

(……レナスさんものん気だったな)

 

 さっきまで殺す気まんまんで剣振ってたくせにそんなばかなと思わないでもないが、そのおかけで助かったのだからまあよしとしておこう。

 とにもかくにもレナスの気が変わらないうちに、フェイトがさっと距離をとって立ち上がると。

 

 

「な……こっ、これは!」

 

 レナスの視線の先、フェイトの目の前の空中に、見覚えのある『妖精の像』がきらきら光り輝いて浮かんでいた。

 

 

「……」

 

 

 無駄に艶めかしい、世の男共に対してこれでもかとばかりに挑発的なポーズをとった、とっても肉付きのいい妖精の像を凝視した後。

 

 我に返ったフェイトは即座に自分の腰のポーチに手をやった。

 ない。入ってない。ていうかさっきの一撃でポーチ破れてる。

 

(すると今僕の目の前にあるコレは、やっぱり──)

 

 こんなんどうしたって疑いようがない。

 この像は自分がハーリーの道具屋で買った、あのエロい彫像ではないか。

 見覚えがありすぎるフォルムだし、第一、目の前で光り輝いている像のおみ足には『戦闘用』の商品タグもしっかりとくくりつけられている。

 

(戦闘用……)

 

 そう。この彫像、タグに書いてある通り“戦闘用”なのだ。

 装備者が戦闘不能になった場合。

 受けたはずの致命傷及びそれまでに体に蓄積した傷を、瞬時にしてしかし中途半端に治してくれるという効果を持つ、おなじみの──

 

 

「リ、リバースドールだったのか!?」

 

 

 フェイトが驚愕するのも無理はないだろう。『リバースドール』は確かに妖精を模した像である場合が多いのだが、道具屋に広く流通しているのはもちろん汚れを知らない、ファンシー路線な妖精さんである。

 こんなちびっ子には見せられない魅惑の妖精、個人製作の品にしたってまずお目にかかれるもんじゃない。

 

(アレンジきかせすぎだろ製作者)

 

 しかもこのリバースドール。

 さっき効果をしっかり発動したにもかかわらず、砕け散らずにずっときらきら宙に浮いているのだ。

 普通なら効果が発動したら、一発ですぐに壊れる代物のはずなのに。

 

 どうやらレシピ指定で破壊確率を下げる改良までしていたらしい。製作者はよほど精魂込めてこの彫像を作ったのであろう。

 

(すごい情熱だ……。リバースドールとして作らなきゃいいだけなのに)

 

 

 色んな事に驚いていると、首をかしげて突っ立っていただけのレナスが、急に思い出したかのように剣を構えなおした。

 

 瞬時に緊張を取り戻したフェイトも、宙に浮いていたエロい彫像もといリバースドールを掴みとり、さっき地面に捨てた自分の剣も拾って構える。

 その口元には先ほどまでにはない、余裕のある笑みがあった。

 

 

 そりゃ壊れるまで効果を発動し続けてくれるリバースドールなんて頼もしいアイテムが出てきてくれたのだ。

 まあちょっとこの見た目はどうかと思うが、道具として十分以上に使えるなら何も問題はない。一瞬痛い思いをしようが、それでも本当に死んでしまうよりはずっとマシだ。

 さっきみたいに殺られかけてもこのリバースドールが発動するのだと思えば、クリフが操っている奴をどうにかしてくれるまでの時間稼ぎだってどうにかできそうではないか。

 

(絶望的な状況だったけど、これならなんとかなりそうだな)

 

 ほっと一安心したフェイトは、どこからでもかかってきていいですよと言わんばかりの余裕の表情でレナスの攻撃を待つ。

 そして再び襲いかかってきたレナスの剣を受けた結果。

 

 

「うわっ、た……うわあッ……どわああぁぁーッ!」

 

 

 さっそくリバースドールの効果が二回も発動。さっきまでの粘りが嘘のようなやられようである。

 レナスにいいようにボッコボコにされつつ、

 

(これは……まずいぞ! 非常にまずい!)

 

 状況を即座に理解したフェイトは、効果発動の度にいちいちぴきんぴきんと光り輝いて存在アピールをしてくるエロい彫像を手に、後ろの方に向けて声をあげた。

 

 

「レナっ! 切れてる切れてる! エンゼルフェザーが、切れてるって!」

 

「……」

 

「補助をっ、どうか補助を……た、助け……レナぁっ!」

 

 

 なかなかレナの返事が聞こえてこない。

 おまけの一撃で彫像がもう一回光り輝き、これ以上ないくらいフェイトが必死にレナの名前を叫んだところでレナスがいったん攻撃の手を休め、そしてようやく慌てた様子で謝るレナの声が聞こえてきた。

 

「……あっ。ご、ごめんフェイト! すぐにかけなおすわ!」

 

 どういうわけだか、こんな大事な局面で集中を切らしてしまっていたらしい。

 

(そうか! さっきので僕が本当にやられたと思っちゃったんだな、レナは!)

 

 

 それなら仕方ないよなとフェイトが無理やり納得する中。

 レナは対象者のフェイトに意識を向けつつ、かつフェイトが大事そうに握っているドン引き案件必至のシロモノをなるたけ意識しないようにしつつ、難しそうな顔で完全に切れてしまった『エンゼルフェザー』の詠唱を一から始める。

 

 集中が必要な高度な紋章術を、こんな状況で詠唱しなきゃいけないレナもなにげに大変だったりするわけだが。

 それよりなにより、エンゼルフェザーなしの素の状態でレナスと向き合うはめになったフェイトはもちろん大変だ。今自分が大事に持ってるモノに対するレナの印象なんかマジで気にしていられない。

 

 

(そんなすぐには完成しないよな、エンゼルフェザー。レナスさんの攻撃次第じゃもたないぞこれ)

 

 見れば今は彼女も少しお休みしている様子。

 このままエンゼルフェザーがかかるまで休み続けてくれないだろうかと淡い希望を抱いてみたものの、そうはうまくいってくれないらしい。

 手を休めていたレナスが剣を構えなおし、またまたフェイトに襲いかかってきた。

 

(頼む。壊れるな、壊れるなよ)

 

 彫像片手に一心にそう祈りながら、フェイトはレナスの猛攻撃をひたすら耐え忍ぶ。

 そんな一方的と言ってもいいような戦闘がしばらく続いた後。

 ついに恐れていた事態が起きた。

 

 

 何度目か分からない攻撃を、フェイトがレナスから受けた時。

 フェイトの手にあるリバースドールがひときわ強く光り輝くと、心なしかやりきった顔をしながら崩れて消え去ったのだ。

 しかも最悪な事態はそれだけではない。

 

(まずいぞどうする!?)

 

 これで後がなくなったとフェイトが怯んだすきに、レナスに剣を弾き飛ばされてしまったのだ。

 飛ばされたフェイトの剣は、レナスの後方の地面に落ちた。どうあがいても手の届かない場所である。

 

 そしてそんな状況になってようやくレナの詠唱が終わったらしい。

 

「エンゼルフェザー!」

 

 というレナの声とともに、フェイトはさっそく増強された身体能力でもって、辛くも素早く後ろに下がってレナスの剣を逃れる。

 先ほど痛い目をみたからか。レナスもすぐに追い打ちをかけようと近づいてはこないが、それも時間の問題だろう。なんたってこっちは丸腰だ。

 

(まだだ! まだ死んだわけじゃない……諦めるな、僕!)

 

 と自分に言い聞かせるけど。

 大技出せるような気力も体力ももう残ってない、剣も手元にない。こんなで一体どうしろというのか。

 

(なんでもいい、とにかく今できる技を出すんだ!)

 

 やぶれかぶれな気持ちでフェイトは手に力を込める。

 レナスもフェイトが何か技を出す事を察知したようだ。

 その場で警戒し、間合いを詰めてはこなかったため、フェイトの放った技はレナスには当たらなかった。

 

 

「ショットガンボルト!」

 

 二人の間、何もない空間で、空気が立て続けに小さな破裂を起こす。

 バババン! と乾いた音がそこら中に響き渡った。

 

 

(……。無理か。やっぱり、だよな。こんなうるさいだけの技。猫だましじゃないんだから)

 

 とはいっても、今の状況で他にできそうな技なんてない。

 レナがいるから背中斬られる覚悟で全力で走って逃げるわけにもいかないし、このまま諦めてやられるわけにはもっといかない。せいぜい無駄なあがきでもするよりほかにないじゃないか。

 

(クリフは、そろそろ操ってる奴どうにかしてるかな)

 

 レナスさんが近づいてきたらもう一発打とう。

 そんでもってうまいこと怯んでくれたらどうにか頑張って剣回収しよう。

 そんなやけっぱちな気分で構えるフェイトだったが。

 

 

「……ん?」

 

 どういうわけかレナスがその場に立ち止まったまま、いつまでも襲ってこないのだ。

 今までの情け容赦のない暴れっぷりから考えれば、丸腰のフェイトなど今頃すでに斬り捨てられているはずなのに。

 

 得体の知れない技をまた出すかも、と警戒しているだけなのかもしれないが、それにしても時間が経ちすぎている。こっちにはもうろくな策なんてない事も、戦闘のプロである彼女ならとうに見抜いているはずだ。

 

 

 というより──

 よく見れば、様子が少しおかしいような。

 不思議そうに首をかしげ、ちょっと困っている感じだ。

 

 

(レナスさんが、困ってる? という事は──もしかして!)

 

 フェイトが真っ先に思いついたのは、彼女にかけられた操りの術が切れかかっているという可能性。つまりクリフがついにやってくれたのだ。

 

(やっとかクリフ、待ちくたびれたぞ! 本当にもうだめかと──)

 

 などとさっそく安堵のため息をつきかけたフェイトの目と鼻の先で、レナスの剣が空を切った。

 

 

「うわあっ、ショットガンボルトぉ!」

 

 

 フェイトも急いで猫だましをもう一回放つ。

 攻撃はまたしても余裕で当たらず、何もない空間でもう一回、バババン! と大きな音がした。

 

(ダメじゃんクリフ! レナスさんまだしっかり操られてるじゃないか!)

 

 とぬか喜びにがっくりするフェイトだったが。

 これまたどういうわけなのか、レナスはすぐに攻撃を止めたのだ。

 

 一回剣を振ったきり、やはり不思議そうに首をかしげて突っ立っているその様子に、フェイトもすぐに気づいて(どういう事だ?)と考える。

 ほどなくしてクリフが操っている奴をどうにかしているという事以外に、もう一つの可能性が頭に浮かんできた。

 

 

(……あ。これもしかして)

 

 ちょうど思いついたところで、突っ立っていたレナスがまた思い出したかのように剣を構えなおす。

 すかさずフェイトは何もないところ目がけて技を放った。

 

「ショットガンボルト!」

 

 バババン! と大きな音がし、レナスの動きが止まった。

 

 思った通り。レナスは剣を下げ、不思議そうに首をかしげている。

 フェイトの予想も確信に変わった。

 

(やっぱり、“音”か!)

 

 

 とにかく大きな音を出すとレナスが襲ってこなくなるのだ。

 恐らく術者はレナスを特殊な音か何かで操っているのだろう。周りがあまりにもうるさいと、操りの音がレナスまで届かなくなってしまうらしい。

 

 よくよく思い起こしてみれば、これまでにもレナスが襲ってこなかった場面は何回かあった。こちらの出方を窺っているのだと思っていたが、実際はその時も、単に周りがうるさかっただけだったのだろう。

 今と同じように困惑して動けなくなった、というわけだ。

 

 

 そうと分かれば、あれだけ手強かったレナスももう借りてきた猫同然。

 後はクリフが操っている奴をどうにかしてくれるまで、定期的に大きな音を出し続ければいいだけだ。

 

(大きな音を出し続ければいいだけなんだけど)

 

 またレナスが動き出す気配を見せたので、フェイトも技を放った。

 バババン! と音がして、レナスがおとなしくなる。

 

(これ、いつまでやってればいいんだ? 思いのほか疲れるぞこれ)

 

 技を出すには当然気力体力が要る。

 大技ほどの消耗具合ではないにしろ、気力も体力もさんざんすり減った今の状態で、この技をずっと出し続けられるのかと思うと甚だ心許ない。

 せめてクリフがいつ向こうの用事を終わらせてくれるのかが分かれば、気の持ちようも変わってくるのだが──

 

 できない事を考えても仕方ない。向こうが少しくらい長引いても大丈夫なように、こっちもできるだけ時間をもたせるようにすべきだろう。

 さっそくフェイトはレナに言った。

 

 

「レナ! 今さっき分かったけど、レナスさんはどうやら「音」で操られているみたいなんだ! それでとにかく大きな音を出せばしばらくレナスさんの動きを止める事ができるんだ! だからレナも僕と一緒に大きな音を出してくれ!」

 

 どうせ大きな音を出すための技しか使わないのだから、エンゼルフェザーは切れてしまっても構わない。今必要な補助は“とにかく大きな音”なのだ。

 レナもフェイトに答えたが、

 

「えっ、とにかく大きな音を? わたしも出すの? ちょっと待って……大きな音って、大きな音って……例えばどんな音!?」

 

 

 いきなり簡潔に説明された上にそんな事を要求され、すっかりテンパってしまったようである。

 早くフェイトを手伝わなきゃ、という気持ちがさらにレナを慌てさせるのだろう。

 

(……なんか僕が無茶ぶりでもしたみたいだな)

 

 言ってしまえばまあその通りなのだが、余裕を持ってレナと会話するのは今のフェイトにも困難なわざだ。丁寧に説明している時間なんかない。

 けどこのままだとレナが当分テンパり続けそうな気もしたので、またまた『ショットガンボルト』でレナスをおとなしくさせてから、フェイトはさっと思いつく限りの助け船をだした。

 

「なんでもいい、と思う! 大きい声出すだけでもいいし……そうだ! 道具袋に何か入ってないか? 大きい音出すアイテムみたいなのとかさ!」

 

 この騒動が起こった時からずっと、道具袋はレナの足元辺りに置かれたままになっている。

 いかにクリフといえども道具袋を背負ったままの戦闘はさすがにしない。相手がめっちゃ強いとくればなおさらだ。

 

 

「わかった! とにかく大きい声ね!」

 

 とりあえずの方針を示してもらった事でレナも大分落ち着いたようだ。

 さっそく大きい声で「あー! あー!」と叫びながら、道具袋の中をがさごそ漁り始めた。

 フェイトも頷き、また技を放つ。

 

(よし、後はクリフを信じて待つだけだな)

 

 

 

 なお、レナが道具袋の中から何かを発見する頃には、フェイトもクリフを待つ以外にやれる事をさっそく二つほど思いついたわけだが。

 

「あー! あー! ……あっ! これなら使えるかも!」

 

(おっと。飛ばされた僕の剣、早く回収しとかなきゃな。……ん? これうまくいけば、レナスさんからも剣取りあげられるんじゃないか?)

 

 レナと二人がかりで命がけのだるまさんが転んだをやった結果、成功したのは自分の分の剣回収だけ。

 もう一つの剣については──

 まあ条件反射で剣振り回してくるガチプロから剣奪い取れるわけがないっていうか、危うく今度こそ本当に死ぬところだったというか。

 

 危険すぎる試みを早々に諦めたフェイトは、とにかくこのまま現状維持でうるさくし続ける事にしたのだった。

 




 今回はここまで。
 アイテムやらなにやら基本SO2基準だったりするくせに、リバースドールだけSO3仕様なことに深い意味はありません。ただSOっぽい戦闘させたいなっていうだけのネタ+一回こっきりで壊れたら時間稼ぎできないね! っていう作者の苦肉の策です。
 リバースドールの見た目についても同様、作者が好き勝手に書いただけです。
 ぶっちゃけゲームだと妖精ですらない。ていうかそもそも戦闘用アイテムじゃなくアクセサリー扱いだし。

その他、戦闘についての補足など。

・エンゼルフェザー
 効果は大体原作ゲームと一緒ですが(単体の全パラメータ上昇)、詠唱にけっこうな時間がかかるうえに、ずっと集中し続けてないとすぐに切れる仕様に。よってエンゼルフェザー維持したまま、レナが別の事をしたりするのは非常に難しかったりします。
 まさに最強の補助って感じの性能なので、この作品中ではそれなりの制約を付け加えてみました。……これやら「癒しの力」やら、レナは全体的にゲームより弱体化してますね。それでもこんなに便利性能なんだから恐ろしい。

・ショットガンボルト
 なんか見た目うるさそうっていう作者のイメージだけで、この作品中ではSO4の荒燕並みにうるさい技になりました。
 実際、原作ゲームだとそこまでうるさくない技。


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11-2. 即興コンビの速攻決着

 戦闘を開始した直後から、少年は何かに苛立っていた。

 実際にクリフ達と戦い、その実力にようやく気づいたからなのか。それともまた別の要因があるのか。

 いずれにせよ最初の頃のように、クリフ達を小馬鹿にした態度をとる余裕はないらしい。

 

 遠くから音叉を振り乱して、自分の懐に入ろうとするクリフとアリュ―ゼの二人に攻撃をし、少年はまた耳の機械に片手をあてた。

 

「あーもうっ、うるさい! ……僕に近寄るなよ、この野蛮人ども!」

 

 耳の機械をいじくりながら、二人に向かって音叉を突き出し少年は喚く。

 

「なんだよ、たかが遊び道具ひとつで! 暇つぶしに遊んだだけじゃないか!」

 

「その勝手な遊びで仲間が危険に晒されてんだよ。必死こいて止めるに決まってんだろ。……早いトコ観念しちまいな、このクソガキがっ!」

 

 言いながら少年に近寄るクリフ。

 すぐに少年が例の目に見えない攻撃をする。

 一度目は音叉の動きを見て避け、二度目は腕でガード。若干腕が痺れるが、その衝撃を無視して足を踏み出す。

 

 少年に向かって拳を突き出したが、あと一歩及ばず避けられてしまった。

 横に飛びすさった少年から、罵声とともに仕返しの攻撃が飛んでくる。

 

「んのヤロウ、ちょこまかと」

 

 飛んできた攻撃をクリフは腕でガードした。

 しっかりとガードすれば、攻撃の威力自体は大した事はない。

 人数もこちらの方が多い。

 間違いなく勝てる戦いだが、問題はそんな事ではない。どれだけ早く決着をつけられるかが重要なのだ。

 

 

 少年は二人の接近を許さない。クリフに続いて、アリュ―ゼにもけん制の攻撃を放つ。アリュ―ゼも大剣で攻撃をガードした。

 近寄られれば倒されるのだから向こうも必死だ。

 

 クリフ達が見えない攻撃の中をかいくぐり近づいても、先ほどのようにすぐ距離を離されてしまう。

 たっぷり時間をかければ、そのうち相手が疲れてきて隙を見せる事もあるだろうが、それで勝ったところで向こうの仲間が間に合わず死んでしまっては意味がない。

 

(焦んなって。こっちは二人もいるんだ、囲んで叩きゃ一瞬でけりがつくだろ)

 

 冷静な判断を失わないよう自分に言い聞かせるクリフだが、さずがに少年もその程度の事は心得ているようだ。さっきから崖や岩を背にして二人に対峙している。

 少年は喚きながら音叉を振り回す。

 

「しつこいんだよ、いい加減に死ねよ!」

 

(それはこっちのセリフだっつうの)

 

 と攻撃を防ぎながらクリフも心の中で少年に言葉を返す。

 なんにせよ今はちんたらやっている場合ではない。すでに戦闘開始からそれなりの時間が経過しているはずだ。

 どうにかして今すぐ決着をつけられる展開にもっていくべきだろう。

 

 

(隙ができねえんなら、つくるしかねえな)

 

 さっそく考えをまとめたクリフは、自分と同じように攻撃を防いでいるアリュ―ゼに目をやった。

 見たところ動きは悪くない。

 確認のため、アリュ―ゼ本人にも聞く。

 

「お前、あのガキを確実に仕留められるか」

 

「……お前にはこの剣が飾りに見えるってのか」

 

 

 誰に聞いてんだ、と言わんばかりの返事が返ってきた。

 

「じゃ問題なしだな」

 

 とだけ言って、さっそくクリフは自分の手に力を込め始める。

 喋りすぎると少年に感づかれてしまうからだが、今の会話だけでアリュ―ゼにクリフの意図が伝わるかは、ぶっちゃけ賭けだ。

 とりあえずクリフは伝わった方に賭けている。理由は──

 

(そらもう俺の勘よ。“こいつはチャンスを無駄にしない男だ”ってな)

 

 

 クリフの動きに呼応するように、アリュ―ゼは足先の向きを変えた。

 一歩前へ踏み出し、飛んできた攻撃を苦もなく大剣で振り払って言う。

 

「はっ、馬鹿みてえに同じ事を。これがてめえの全力かよ」

 

 クリフと少年の間を繋ぐ線から、アリューゼは三歩ほど右側に離れた位置で立ち止まった。

 対する少年の背後は崖になっていて、左側は数歩も行かない内に岩壁に突き当たる。

 

「うるさいな、僕に近寄る事もできないくせに! 負け惜しみにしか聞こえないんだよ!」

 

「ほう、つまり身の程は弁えていると」

 

「なんだよ、それ! ワケわかんないことを──」

 

「俺に勝てねえって事ぐらいは理解しているワケだ。遠くからこけおどし仕掛けるぐらいしか、できる事なんてねえよなあ?」

 

「……ッ殺す! お前なんか殺してやる!」

 

 

 少年がムキになって飛ばしてきた攻撃を、アリュ―ゼはまたも大剣で振り払った。

 無理に距離を詰めず、その場で大剣を構えなおしたのを見てクリフも思う。

 

(後は俺次第、ってことだな)

 

 技の準備はできている。後はタイミングを計るだけだ。

 外せば当然警戒される。二度目はないのだ。技を出すのは、確実に不意をつけるタイミングでなければならない。

 

 

「俺を殺すんだろ。こけおどし以外に能があるってんなら、もったいぶらずに見せてみろよ」

 

 アリュ―ゼが少年に話し続けているおかげで、クリフへの注意がおろそかになってきている。

(だが、まだだ。もう一押し欲しい──)

 クリフが密かにそのチャンスを狙う中、

 

「……なさそうだな。あんだけ偉そうに大口叩くからには、さぞかし強いのかと思ったんだが」

 

 アリュ―ゼはさも残念そうに息を吐く。

 

「期待させやがって。てめえぐらいの強さ持ってる奴なんざ周りにいくらでもいんだよ。てめえの相手より、あいつらと手合わせでもしてた方がまだマシだぜ」

 

「うるさい! 黙れよ!」

 

 少年がアリュ―ゼに目がけて次々に攻撃を飛ばす。

 

 

「だからその技は──」

 

 アリュ―ゼはすべて払いのけ、大剣を顔の高さにまで上げた。

 

 

「もう見飽きたって言ってんだよ」

 

 

 大剣の切っ先は少年に向けられている。

 

 切っ先とともに少年に向けられた、混じりけのない殺意。

 少年が一瞬怯んだのを、クリフは見逃さなかった。

 

 

「マックスエクステンション!」

 

 左手に込めていた気を一気に放つ。

 アリュ―ゼの左横すぐを、目に見えるほどに濃く、視界を覆うほどに大きな気の塊が通り過ぎた。

 クリフが放った気の塊は、まっすぐ少年のいる方向へ向かっていく。

 

「! ……くそっ!」

 

 少年は音叉を振って攻撃を加えるが、気の塊はびくともしない。

 打ち消せないと判断した少年はすぐさま右に避けたが。

 

「当たらないんだよっ、こんな遅い攻撃!」

 

(……っし! かかった!)

 

 この瞬間、勝利を確信したクリフは拳を握った。

 

 

 始めからクリフは、直接少年を狙った攻撃など仕掛けていなかったのだ。

 この距離では、この技を少年に確実に当てる事などできはしない。

 いくら不意をついたところで、よほど運が良くない限り避けられるだろう事はクリフにも想像がついていた。

 

 だからクリフはあえて少年に避けさせたのだ。

 この攻撃も少年が避けやすいように、少年のいる場所からほんの僅かに右に逸れた場所を狙って撃っている。

 そうやって少年に攻撃を避けさせた理由はもちろん──

 

 

 少年の左側を、クリフが放った膨大な量の気の塊が通り過ぎる。

 そうして気の塊がすべて通り過ぎた後には。

 

 アリュ―ゼの姿があった。

 剣先を少年に向け、突進するアリュ―ゼの姿が。

 

 

「う、あ……そんな、ばかな」

 

「ファイナリティブラスト!」

 

 

 少年の背後は岩壁。

 攻撃する隙も避ける隙も与えられなかった少年は、音叉を正面に構え攻撃をガードしようと試みたが、その抵抗も虚しく。音叉が砕け折れても攻撃の勢いは変わらない。

 

 少年は、アリュ―ゼの大剣に刺し貫かれた。

 

 

 ☆★☆

 

 

「ショットガン……ボルト!」

 

 鉛のように重い腕を上げ、フェイトが肩で息をしながら放った攻撃は、残念ながら不発に終わった。

 すっかり気の抜けたようなぽすん、という音がフェイトの耳に虚しく響く。

 

(……打ち止めかよ、くそっ)

 

 妨害に失敗した事で、レナスが再び動き出す気配を見せ始めた。

 レナも“とにかく大きな音”は出し続けてくれているのだが、それだけではレナスの動きを止めるには足りなかったようだ。

 

(また、戦うしかない、のか……?)

 

 絶望的な気持ちで、フェイトは先ほど回収した腰の剣に手を伸ばした。

 

 気力体力ともにもう限界だった。

 今のフェイトでは、剣を満足に振るう事さえできるかどうかわからない。その辺の雑魚魔物にも負けそうな状態だというのに──

 

 非情にも、目の前のレナスは剣を構えなおす。

 

(そうだよな。泣きごと言ったってしょうがないんだ)

 

 フェイトは萎えた腕に力を込め、やっとのことで鞘から剣を引き抜いた。

 攻撃に備えて、剣を構える。

 レナスが足を前に踏み出した。

 一気に距離を詰め、フェイトに向かって剣を──

 

(くる!)

 

 瞬間、衝撃を予測したフェイトは剣を握る手に力を込めた。

 

 

 

 余裕のないフェイトには見えていなかったが。この時レナスの胸の辺りから、ぽろりとはがれ落ちた物体があった。

 首のない人形につけられていた、小さな鈴である。

 

 それは地面とぶつかった衝撃でりん、と小さく鳴った後。

 外側から見えない圧力を加えられたかのように、ひとりでにくしゃりと潰れた。

 

 

 

 結局、フェイトの持つ剣に衝撃は伝わってこなかった。

 

「え……、あ」

 

 戸惑うフェイトに向かって、レナスが前のめりになって倒れてくる。

 まるで糸が切れた操り人形のように、その動きには主体性がなかった。

 

 フェイトは慌てて剣を引き、空いている左腕で倒れかかってくる彼女の体を受け止めた。

 

 

「レナス、さん?」

 

 おそるおそる小声で呼びかけてみる。

 返事はない。

 安らかな呼吸音が聞こえる。

 これまたおそるおそる上から顔を覗き込むと、レナスが目を閉じているのがわかった。

 

(寝てる。……と、いうことは)

 

 今度の今度こそ、本当にクリフがどうにかしてくれたらしい。

 命の危機が去った事を理解したフェイトの全身から、瞬く間に力が抜けていく。

 

「た、助かっ……」

 

 片腕にレナスを抱え、重力に引っぱられるまま。

 張りつめていた緊張が解けたフェイトも、揃って倒れて意識を失った。

 

 

 

「──ちょっと! 何やってんのよ、あんた達!」

 

 意識が完全に闇に閉ざされる前に、女の声が聞こえた気がした。

 聞き覚えのない声だと思う。

 なおも何やらまくしたてている女に、演奏を終えたレナが返事をしているが。フェイトには、そこから先の二人の会話を聞きとることはできなかった。

 

 

 ☆★☆

 

 

「あ……なんで、僕、が……」

 

「長く生きてるんだろ。しでかした事の落とし前ぐらいてめえでつけな」

 

 アリュ―ゼはそう言い捨て、少年を刺し貫いたままの大剣を上に振り抜いた。

 支えを失った少年の体はゆっくりと地面に向かって倒れていく。

 

 脳の錯覚ではない。

 少年の体は、本当にゆっくりと倒れていた。

 

 ──その体中から、小さな淡い光を発しながら。

 

 

 少年の体から出たその淡い光は、シャボン玉のように空中で消えてなくなる。

 体中からその光が出ていくにつれて、次第に体の輪郭も薄くなっていき。

 最後にはそれらの存在すべてが、消えてなくなった。

 

 

「……消えた、だと?」

 

 まさしく狐にでも化かされたような顔で、クリフは目の前の光景を見ていた。

 少年の存在を証明する物はもうこの場のどこにも残っていない。折れて地面に落ちていたはずの音叉の破片まで、きれいさっぱり消えてなくなっている。

 

「しっかりと倒した、はず……だよな」

 

 自分に聞くが、クリフはその答えにいまいち自信を持てない。

 死体が目の前で消えたのだ。己の認識を疑うのも当然だろう。

 

 実は少年はやられた振りをしただけで、まんまとこの場を逃げ去ったのかもしれない。そういう可能性も一瞬考えたが、戦いの決着をしかとその目で見届けたのだから、それも大分疑わしい。

 止めはしっかりと刺されたはずなのだ。

 それともあれは、すべて幻だったとでもいうのだろうか──

 

 

「いつまで呆けてるつもりだ。仲間の所に戻らなくていいのか」

 

 クリフが考えていると、アリュ―ゼが話しかけてきた。

 大剣はすでに背にしまわれている。当たり前のように戦いはもう終わった、という態度で話しかけてくるのが、クリフにはまるで理解できない。

 

「あいつもいるんだろ? 案内してもらうぜ」

 

 すぐにもこの場を去る気ですらいるアリューゼにクリフも言い返すが、

 

「ちょっと待てよ。戻るのはあのガキを倒した事をしっかりと確認してからだろうが。焦って戻ったところで、実は倒せてませんでしたじゃ済まされねえんだよ」

 

「俺がしっかり倒したんだ、何を疑う必要があるってんだ?」

 

「はあ? 死体がねえんだから疑うのは当たり前だろっつーの」

 

 どういうわけだか向こうはやっぱり自信満々な様子。

 何寝ぼけた事言ってやがんだ。脳みそまで筋肉でできてんのかてめえは。

 ケンカ腰寸前のクリフに、アリューゼのこんな言葉が返ってきた。

 

 

「死体探し出すまで戻らねえってなら、一生戻れねえな。ありもしねえモン探す事ほど馬鹿らしい事はないぜ」

 

 少年の死体が消えた事を、当然の事実として受け止めているような口ぶりである。

 というより、事実アリューゼにとってはそれが当然の事なのだろう。

 

「ありもしねえ……? お前、何か知っているのか」

 

「さあな、詳しい事情は知らんが」

 

 クリフの質問に、アリュ―ゼはやれやれと両手を上げて言う。

 

 

「肉体の物質化(マテリアライズ)が切れたんだろうよ。ガキの死体が残らねえのも当たり前だ。きれいさっぱり、消滅したんだからな」

 

「あ? なんだって? ……物質化?」

 

 

 さっぱり理解できず聞き返したが。

 アリュ―ゼからは早く案内しろ、というようなつれない返事が返ってきた。

 

「おい、いつまでここにいるつもりだ」

 

 クリフがそれ以上しつこく聞き返さず、素直にアリュ―ゼの言葉に従ったのは、もちろんフェイト達の事が心配だからだが──

 

 アリュ―ゼが、最後にこんな言葉を付け足してきたせいもあるだろう。

 

「これ以上詳しい話が聞きたければ、俺じゃなくあいつに聞け。そういうのはあいつの専門だぜ」

 



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12-1. 一難去って新たな出会い

本文の前に~
 今回辺りから(というのも今さらですが)、色んな意味で可哀想な事になってしまったキャラがいます。作者的にそのキャラを貶める意図は全くないのですが……まあなんというか、結果的にこういう話になっちゃったというか。

 という事で、
 理不尽注意というかキャライメージ崩壊(これも今さらですが)にご注意ください。



 フェイトとレナスが倒れてすぐ、レナの前に姿を現した女だが。

 実はこの女が現場に駆けつけたのはそれよりも大分前。フェイト達の元に辿り着いた女は現場をひと目見るなり、近くの岩壁の影に隠れたのだった。

 

 なぜかというとまあ──何もない空間目がけてひたすら『ショットガンボルト』し続ける(たまに「弾けろ!」とも言ったりする)フェイトやら、竪琴かきならしながら情緒も何もあったもんじゃないがなりたてるような大きな声でひたすら防御力上昇効果のある子守唄を歌い続けてるレナやら、あとそんな謎の特技を披露し続けている見知らぬ男女をただ不思議そうに首かしげて見てるだけのレナスやら──

 事情を知らない女には、とてもじゃないけど命がけの攻防には見えなかったというかなんというか。

 

 まるで意味不明。知ってる奴が一人もいなかったら何も見なかった事にして即刻その場を静かに立ち去る案件である。

 知ってる奴が一人もいなかったら。

 

 そんなわけでその場から立ち去れない女は結局岩陰から

「なにあれ。学芸会の練習でもしてんの?」

 と首をひねりつつ、ずっと様子を窺っていた。

 

 そして操りの術が切れたレナスが眠りにつき、フェイトに倒れかかった時。

 ようやく由々しき事態に気づいた女は、まるで図ったかのようなタイミングで勢いよくその場に飛び出したのである。

 

「ちょっと! 何やってんのよ、あんた達!」

 

 ずっと思ってた事まんまの抗議の声をあげると。

 女はちょうどキリのいい所まで歌い上げてから竪琴を置いたレナに向かってさっそく、

 

「寝かしつけてんじゃないわよ!」

 

 とやっぱり思いついた事まんまのタンカを切ったのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

「……で、あんた達は私達を探しに、わざわざこんなへんぴな場所までやって来たってわけね。そんでこいつがうっかり操られたと」

 

「そう、だと思います。あの、でも……証拠とかはないんですけど」

 

 いきなりキレてきた女にビビりつつこれまでの出来事を説明し終えたレナは、女の方をちょっとだけ遠慮がちに見上げた後、操られたレナスの手によって傷つき倒れているフェイトの方にすぐ視線を戻した。

 

 座り込んでいるレナの手のひらからは、今も倒れたフェイトに向かって癒しの力が注ぎこまれている。

 一方、立ったままレナの話を聞いている女の手には、杖と一緒にレナスの剣も握られていた。

 

 

 レナが説明を始めてすぐ、女はフェイトの腕の中ですやすやと眠るレナスをひっぺがしたのだが。その時に剣も彼女の手からとりあげていたのだ。

 さんざんレナスに暴れられた直後という事もあって、女のその行動をレナがどこかほっとする気持ちで見守る中、

 

「ったく、寝てる時くらい剣離しなさいよ」

 

 呆れたように言って、女はレナスの剣を、その辺に落ちてた剣先の方半分がなくなった鞘に収めたのである。

 その言葉が耳に入ってしまったレナとしては、レナスの事がどうしても気になって仕方ない。

 女に事情を説明している間、フェイトの治療をしている間もずっと、レナの頭の中では彼女に関する疑問がぐるぐると回り続けていた。

 

 

 だってレナスさんはとびきりのお嬢様で。

 護身用に剣は習ったけどそれでも戦い慣れてないお嬢様で。この女の人はそんなレナスさんを危険から守る、お付きの人達のうちの一人で……。

 

 でも、今の女の人の言葉。

 レナスさんがいつも剣を握ってばかりいるような言い方で。

 それに操られてたレナスさんはとても、信じられないほど強くて。フェイトもクリフさんもすごく強いのにそれでも手に負えないほど強くて、二人もそれを当たり前の事のように受け止めてて。

 

 答えはすでに嫌というほど見せつけられているはずなのに、なぜかレナの中ではそれをうまく本当の事として処理できない。

 

(さっきのレナスさんがあんなに強かったのは……誰かに操られていたから、じゃないの?)

 

 などとフェイトの治療を続けつつ、今も頭の中でぼんやりと色んな可能性を考えていたレナだったが。

 そんな考えはまもなく自然に打ち切られる事になった。

 

 

「よりによってこいつに操りの術かけるたあ、いい度胸してんじゃない。あんのクソガキが……」

 

 

 レナがあれこれ考えている間も、レナの説明を聞いた女がなんかめちゃくちゃ憤っていたのである。

 そりゃ彼女にとっては大切なお嬢様が何者かにいいように操られたわけだし、憤るのも十分に理解できる。始めのうちはレナも

 

(『クソガキ』って誰なのかしら)

 

 なんて深く考えずにぼんやりと聞き流して、フェイトの治療および考え事の方に気を向けていたのだが。まあ女の暴言のすごい事すごい事。

 段々そっちの方が気になりすぎて、ついにはレナスに対する疑問なんか全く考えていられなくなったのだ。

 まあよりによってこんな怖い感じの人を平気で付き人にしているレナスさん、という新たにできた疑問を除いてだけど。

 

(……そういえばボーマンさんも、女の方はキツイ人だって言ってたわね)

 

 最低限フェイトの治療の集中力を切らさないようにしつつ、内心ドキドキしながらレナが黙って暴言の数々を聞いていると。

 さんざ暴言を並べ立てた女は、「ひゃっぺん死ね!」という恐ろしい捨て台詞を吐いたところでようやく気が済んだらしい。

 

 

「まああっちの方でそれなりの報いは受けてるか。この手で直接ボッコボコにしてやれなかったのは正直ムカつくけど、仕方ないわね。この際」

 

 となにやら一人で割り切った女は、今度はいきなりレナに目を向けてきた。

 やはり態度がでかいが、これは元々の性格だ。

 別にレナに切れているワケではないのだが、初対面の暴言女の性格をそこまで読み取るのは、例え人一倍そそっかしい勘違いをしやすいレナじゃなくてもどだい無理というものだろう。

 睨まれたと思い込んだレナは、やましい事なんか何もないのに慌てて弁解し始めた。

 

「ご、ごめんなさいでも本当にそうなんです! わたし嘘なんかこれっぽっちもついてません、信じてください!」

 

「別に疑ってないわよ。話の筋も通ってるし。……それとも何? 通りすがった旅人寝かしつけた隙に金品奪う新手の盗賊か何かなの、あんた達は」

 

「ちっ、違います! あれはレナスさんを止めるためにどうしても必要な事で──」

 

 必死に弁解していたレナは途中で口をつぐんだ。

 女がレナの言葉に反応して、眉をひそめたのである。

 

「ふうーん。レナスさん、ねえ……」

 

 どうみても何か気に入らない事がある様子。

 ていうかさっき事情を説明していた時もちょくちょくこんな顔になってた気もする。

 わたし何かいけない事言ってしまったのかしらと心底震えながら必死に考え。はっとある事に思い当たったレナは、即座に地面にひれ伏し女に謝罪した。

 

「ごめんなさい! わたしったらその、あなた達の大切なお嬢様の名前を、えーとその、さんづけで気安く呼んでしまいまして!」

 

 今までレナスが普通に接してくれたものだからレナの意識もすっかり薄れていたけれど、彼女は本当はどえらいお嬢様なのだ。

 きっと本来ならば自分のような平民が、彼女の名前を気安く呼ぶのすら許されない事のだろう。そういえばレナスさんも前に「名前で呼ばれる事そんなにない」みたいな事言ってた気もするし。

 つまりこの女の人の目の前でさっきからレナスさんレナスさんなどと親しげに連呼していた自分は、とてつもない無礼を働いてしまっていたというわけだ。

 こんなんもうひたすらに平謝りするしかないだろう。

 

 この女の人ものすごく怖いし。

 事によってはレナスさんと出会ったばかりの頃に自分がうっかり想像してしまった恐ろしい勘違いが、やっぱり勘違いじゃなかったのかもしれないし。

 さっきのレナスさん、あきらかにカタギのお嬢様じゃない強さだったわけだし。

 

「でも、他に……呼び方を知りませんというか? なのでその、どうかお命だけは!」

 

 お母さんを悲しませたくないんです。ですからお願いです、どうか海にだけは沈めないでください。などとふるふる縮こまりつつ、まるでできてない敬語でレナが謝罪の意を体全身で表わしていると。

 

 

「ま、一応礼は言っておくわ。ここまでこいつを連れてきてくれてありがとう。おかげで助かったわ」

 

 かけられた予想外の言葉に、レナは「えっ」と驚いて顔を上げた。

 顔は上げたが、女と目を合わせる事はしなかった。

 本当は合わせようとしたけれど、その前に女から実に的確なご指摘を受けてしまったのだ。

 

「ねえ。そっちの方は大丈夫なの? 手、止まってるけど」

「あっ、ダメですダメです。まだぜんぜん」

 

 おっしゃる通り、平謝りしたあたりからすっかり治療の手が止まっているではないか。どう考えたって今は怪我人放置でご機嫌伺いしてる場合じゃないっていうのに。

 慌ててフェイトの治療に戻るレナに、女は言った。

 

「ちゃんと治しといてよね。こいつそういうのすっごい気にするんだから」

 

 

 

 ちなみにレナスを探していた二人組のもう一人、戦士風の男は、この女とは別行動中。

 用事はもう終えたようだから、彼もじきここにやって来るのだとか。

 

「ここに、って……。場所わかるんですか? その人」

 

 レナの素朴な疑問に女は「さあどうだか?」と首をひねり、なんともてきとーな、しかし説得力はそこそこある答えを返してきた。

 

「あんた達あんだけでかい音出しまくってたんだから、そりゃまあ大体わかるんじゃないの? 私だってあのやかましい音頼りにしてここに辿り着けたわけだし」

 

 

 

 待っている間はヒマなのだろう。

 レナが黙々とフェイトの治療を続ける中。女はしゃがみ込んで、体の横に立てた杖と一緒に頬杖も突きつつ、寝ているレナスの顔をじーっと見つめている。

 

「はあーあ。こっちはとんだ苦労させられたっつうのに。こんな無防備な寝顔しちゃってまあ……」

 

 ぼやいているけれど、女の表情にそこまでの鋭さは感じられない。

 それどころか。レナには女がレナスの無事を確かめて、ほっとしているようにすら見えるのだ。

 あんなに怒りっぽい人なのに。

 気のせいかしらと目をぱちくりさせたレナは、ふとある事実に思い当たった。

 

(そっか。いなくなってからずっと、この人はレナスさんのこと探してたんだ──)

 

 この人はレナスの事を聞きに、ボーマンの家を何回も訪れているのだ。

 今だってこの場にいるという事は、今日これから行くつもりだったのだろう。

 

 レナスがレナ達と一緒に旅をし続けていた時も。

 マーズの紋章の森に空から落ちて、レナ達と出会って、そしてこのリンガの聖地に辿り着くまでずっと。

 この人はずっと、いつ現れるかも分からない人の帰りを待っていたのだ。

 

「しばらく見ないうちに、なんかお肌もつやっつやになってないこれ? こいつ本っ当にもう……ほっぺたぷにぷにしてやろうかしら」

 

(やっと会えたんだもの、嬉しくないわけないよね)

 

 この人はさっき、「連れてきてくれてありがとう」って言った。

 それに、フェイトの体のことも気遣ってくれてた。

 

「マジむかつくわねえ、このみごとな爆睡っぷり」

 

 女は文句を呟くだけで、無理にレナスを起こそうとする様子もない。

 なんだかんだキツイ事は言いつつも、雇い主のお嬢様に仕方なく付き従っているというわけじゃなさそうな事は一目瞭然だ。

 

(きっと悪い人じゃないんだわ。ただちょっと、言葉が荒いだけで)

 

 他人を思いやる事のできる子はいい子よ!

 そう結論づけたレナはうんうんと分かったように頷き、眠っているレナスを見守っている女の様子を、微笑ましい思いで見ていたのだが。

 

 そんなレナの暖かな思いは、一瞬にして凍りついた。

 

 

「ホンット、無防備な寝顔だこと。勝手にどっか行かないよう、今のうちに手を打っておかないといけないわねえ」

 

「え゛」

 

 レナスを見ていた女が、急にどす黒い笑みを浮かべると。

 鮮やかな手つきで杖を振るいだしたのだ。

 

 

 ☆★☆

 

 

 フェイトの意識は、延々と続く女のどなり声によって否応なしに取り戻された。

 

「……だから勝手に……すんなって……のよ!」

 

 意識がはっきりするにつれ、段々と言葉の輪郭が確かになっていく。

 そのうちに、もう一人別の人物が、小さな声で返事をしている事もわかってきた。

 女は一人でどなり続けていたのではなく、そのもう一人に対して自分の怒りをぶちまけていたようだ。

 

「あんたが何も考えずに……するから、ルシオだって……」

 

「……。それじゃあ、ルシオは」

 

「あんた探しに行ったに決まってるでしょ! ちゃんとわかってんの!? あんたが姿消してからひと月経ってんのよ! いつもいっつもおとなしく待ってると思ったら──」

 

「そう、ね。ひと月も経ってたなんて」

 

「思わなかったってか!? のんきに旅なんかしてりゃあそら月日の経つのも早いでしょうね! さんざん周りに心配かけて……!」

 

「……ごめんなさい、早く帰らなきゃとは思ってたんだけど」

 

「じゃあとっとと帰って来なさいよ! 思うだけならサルでもできるって、……」

 

 

 女の怒りはまだまだ続いている。聞いていて頭が痛くなりそうだ。

 というか痛い。ズキズキする。

 

(……あー、そっか。そういやさっき「力」使ったっけ……)

 

 それをきっかけに、フェイトは今までの出来事を思い出した。

 操られたレナスの暴走を、あの手この手で必死に食い止めていた事。

 万策尽きていよいよお終いかと思われた時にようやく、レナスにかけられた操りの術が解け、フェイトもそのすぐ後に気が抜けて倒れた事。

 

 頭が痛いのは「力」を使った反動だ。

 体がだるいのはレナスとの戦闘で負傷したからだ。

 負わされた怪我のわりに、体の痛みは少ないけれど──

 

 目を開けると、フェイトのすぐ横にレナが座っていた。

 レナもフェイトが起きた事にすぐ気づいたらしい。フェイトの体に手をかざしたまま、フェイトに声をかけた。

 

「よかった、気がついたのねフェイト」

 

「……あれから、どうなったんだ? 一体何が」

 

「待って。もうちょっとで治し終わるから」

 

 起き上がろうとするフェイトを止め、レナは治療を続ける。

 フェイトは寝転がったまま、改めてレナに聞いた。

 なによりもまず、気になっている事を。

 

「なあレナ。なんかやたらうるさい人がいるんだけど?」

 

 

 あくまでも確認のため聞いてみただけだ。

 フェイトも一体誰なんだろうと思うまでもなく、さっきからの会話を聞いているだけですでに見当はついている。だって怒られてる方の声すごく聞き覚えあるし。

 

「あの女の人のこと? あああの人は……レ、レナスさんを探してたんですって。ほら、ボーマンさんが言ってた二人組の一人」

 

 話しながらレナはフェイトの足元の方向──その人物がいるであろう辺りに、何気なく目を向ける。

 が、なぜか不自然なほどに急いで視線をフェイトに戻した。

 うっかり見ちゃった、という感じに分かりやすく慌てている。

 

(……そういえばボーマンさん、片割れはキッツイ女だって言ってたな)

 

 さっきから飛んでくる言葉の端々だけで、キッツイ女なのは十分に伝わってくるが。

 慌てて目を伏せるとかどんだけだよと思いつつ、フェイトはレナに確認の言葉を返した。

 

「やっぱりレナスさんの知り合いだったのか。ボンキュッボンの方だな」

「紋章術師の方よ」

 

 訂正された。間違ってないのに。

 レナは声を落としてフェイトに話す。

 

「あの人、フェイト達が倒れたすぐ後に、わたし達の前に現れたんだけどね……。レナスさんが起きてから、ずっとあの調子なのよ」

 

「レナスさんの体調はもう大丈夫なんだ?」

 

「ええ。特にケガはしていなかったから」

 

 とりあえず体調面にだけ限定してレナに聞いた。

 精神面は聞かなくても、まあ大体は察せる。ひと目見るのもキッツイほどの世にも恐ろしい女に、こってりたっぷり現在進行形で絞られているのだ。

 大丈夫なはずがないだろう。

 

「……レナスさん、もう少し寝てた方がよかったんじゃ」

 

「そうかな……。もう少し早く起きた方がよかったと思うけど」

 

「え?」

 

「あ、ううん、なんでもない。どうフェイト、もう痛い所とかない?」

 

 聞かれたので「大丈夫だよ、ありがとう」と答える。

 本当はまだちょっと頭が痛いが、こればっかりはレナの回復術でも治せそうにない。自然に治まるのを待つしかないだろう。

 フェイトがだるい体を起き上がらせようとすると、またレナが止めてきた。

 

「あ、待って。まだ起き上がっちゃ──」

「大丈夫だって。こんな地べたにいつまでも寝てなんかいられないさ」

 

 フェイトはあえて軽く言ってみせ。それでもなぜか止めるレナを無視して、やっとこさ半身を起こした。

 

「そうじゃなくて、ええと……、先に心の準備を」

 

 

 正面方向にはしょんぼりした様子で正座しているレナスと。杖を持ったまま腕を組み、仁王立ちでレナスを叱りつけている女がいる。

 互いに向き合っていて、フェイトの位置からは二人の横顔が見えている格好だ。

 

 二人とも会話に夢中なようで、フェイト達の事は目にも入っていない様子。

 叱る女と叱られる女の光景にちょっとしたデジャヴを感じつつ、フェイトは向こうがこちらに気づいていないのをいい事に、ウワサの人物をしげしげと眺めた。

 

(あれがウワサのボンキュッボンか)

 

 

 なるほど、確かに。

 いかにも性格きつそうなボンキュッボンである。

 

 たださっきレナが一瞬で目をそらしたほどの恐ろしい見た目の女かというとそれも少し大げさな気もするが、まあたぶんうっかり目合わせた日には地獄の果てまで追いかけるみたいなすごいガンつけてくる方向性の恐ろしい女なんだろう。ちょうど金髪だし。いや、顔立ちからして地毛なんだろうけど。

 

 そしてそんなヤバい女を、お付きの者として雇ったのが、今あそこでめちゃくちゃ怒られている当の本人だと。

 

 

(レナスさん用心するって事知らないし、きっとあの人の事もよく考えずに雇ったんだろうな)

 

 心の中で言いたい放題言いつつ、フェイトは憐れみの視線を叱られているレナスに送る。

 色々大変だったけど何事もなく無事いつもの彼女に戻ったようでよかった、などというまっとうな感想はとうにフェイトの頭から抜け落ちている。

 寝起きでお付きの者に正座説教されてるお嬢様なんか見ちゃったら、そりゃこっちの第一感想も(なんか悲惨だな)になっちゃうだろう。

 

「帰りたいけど帰れなかった、ってさっきから何なのよその意味分かんない言い訳は! 帰りたくなかったから帰ってこなかっただけの話でしょうに……、嘘つくんだったらもっとマシな嘘つきなさいってのよ」

 

「嘘はついていないわ。私を信じて、メル」

 

「そういう時ばっかり親しげに呼びかけないでよね! ……断りもなしに出て行ったきり、ひと月も戻って来ない奴の言う事を誰が信用すると思ってんのよ」

 

「それは……、帰れなくなるなんて思わなかったから」

 

「またそれ!? 反省の「は」の字もないわね、あんたは……」

 

 脇の地面に剣を置き、見事な姿勢で正座を続けるレナスの姿はまるで、古の時代に地球のとある島国で栄えた武士のよう。

 武士のイメージとほど遠い銀髪美人のはずなのに、これがなかなかどうして不思議と堂に入っているのだ。正座した膝の上に西洋風の首のない人形をちょこんと乗っけて、これまた西洋風に整ったしょんぼりとした顔で、さらに西洋風の顔した女の説教を聞いているというのに。

 

 というかこの間も思ったけど、なぜに彼女はここまで正座が上手なのだろうか。

 それも彼女の星じゃお嬢様のたしなみの一つという事なのか。それともただ単に叱られ慣れているだけなのか。

 

(後者のような気がするな。なんとなくだけど)

 

 などと思いつつその様子を見ていたフェイトは、ようやくある事に気づいた。

 

(ん? なんだあれ、レナスさんの顔)

 

 

 左のほっぺたに。

 不自然に赤く光る、棒線のような何かがちらちらと見えるのだ。

 ぼこぼこにやられて意識失う前に見た時には、確かになかったはずの何かが。

 

(棒線……じゃなくて、文字か? なんて書いてあるんだろう。えーと)

 

 気になったフェイトが、レナスの顔をじっくり見ていると。

 

 

「何が帰れなかった、よ! あんた帰ろうと思えばすぐ帰れるでしょうが! ぱーっと飛んで帰って来なさいよ! 何でよりにもよって徒歩でゆっくりと、ひと月もかけて……!」

 

「メルティーナ、その話は後で──」

 

 ちょうどレナスが困ったような顔で、こちらに視線を向けてきた。

 

(お、もうちょっとで読めそう)

 

 フェイトも深く考えずに、自分の方に向くその顔を、期待を込めて見る。

 

(なるほど、あれはたぶん『カ』だな。でも何でそんな文字なんか……ん? よく見たら右にも書いてあるな。どれどれ……)

 

 そんなこんなでレナスの右頬の文字を読み取った時。

 フェイトはようやくすべてを察したのだが、その時になって視線を外そうとしてももう手遅れだった。

 

 あの右の『バ』が自分にしっかり見えているという事はつまり。

 向こうもこっちをしっかりと見ているという事で。

 

 

(やばい、目が合った)

 

 

 ガンつけられそうな女の方とではない。もちろんレナスとである。

 

 こういう場合は一体どういう言葉をかければいいのか。

 とりあえず何も見なかった事にして「おはようございます」か「大丈夫でしたか」か「ちゃんと知り合いに会えたみたいでよかったですね」か。

 それともいっそ「レナスさん、顔に『バカ』って書かれちゃってますね!」と明るく話題にしてしまった方が本人的には救われるのだろうか。

 

 フェイトが第一声というか正しいリアクションに戸惑う中。

 レナスはレナスで、なにやら言葉に詰まった様子でそんなフェイトを見つめ。

 そんでもってレナがそんな気まずい感じの二人を、フェイトの横でおろおろと落ち着きなく見比べていたりするわけだ。

 

 

 そうやって三人とも緊張した面持ちで口を開きかねていると、

「なんだ、起きてんじゃない」

 とレナスを叱っていた女がフェイトを見て言った。

 

 

「謝るんでしょ、あいつに。早く謝ったら?」

 

 女に促されるなり、レナスも勢いよくフェイトに頭を下げてくる。

 

「フェイト、ごめんなさい!」

 

「え? え、なにが? なんなんですかいきなり」

 

「私は、あなたにひどい怪我を──」

 

「え……と、その話は、……今するんですか? そういう話は、その」

 

 自分の意志でやった事ではないとはいえ、フェイトに怪我を負わせてしまった事を深く気にしているのだろう。気持ちは分からなくもないがフェイト的には正直(まずその顔をなんとかしてからにしませんか)である。

 誠意が足りないとかそういう事じゃなくて。

 むしろ本人自体は心の底から謝っているだろう事がひしひしと伝わるだけに余計に。

 

 が、フェイトが(どうしたもんかなこれ)と思ったのも一瞬の事。

 

「よし謝った。じゃ、これで文句ないわね」

 

 横で話を聞いていた女が、レナスの肩を軽く叩いたのだ。

 そのまままたレナスを自分の説教に戻らせる気らしい。フェイトがレナスの顔の事に触れる隙もありゃしない。

 

「ちょっと待ってくださいよ、僕はまだ何も言ってないじゃないですか。それにこれじゃあレナスさんも謝り足りないって」

 

 こんな謝罪はおもにレナスさん的にあまりにもあんまりだろうとさすがにフェイトも物申したのだが、女の方はまったく聞く耳持たず。

 どころかふてぶてしく開き直り始めた。

 

「っさいわねー、あんた男のくせにグチグチと……。こういう時は「全然気にしてないですよ」って爽やかに答えなさいよね。こいつは悪くないんだから。操った奴が悪いのよ、操った奴が」

 

「いやそれはそうですけど。まったく気にしてないですけどそもそもそういう問題じゃなくてですね」

 

「ほら、あいつもまったく気にしてないってさ。あんたもいつまでしょげてんのよ」

 

「僕はもう無視ですか。というかあなたが言っちゃうんですかそれ」

 

 

 ここまでの会話でフェイトは察した。

 こいつは確実に関わっちゃいけないタイプの女であると。

 

(……。うんそうだな、レナスさんが悪いわけじゃないもんな)

 

 などとフェイトが早々に諦めた中。

 今度はレナスが女に言う。

 

「メルティーナ。私やっぱり、こんな謝り方は」

 

「何よ。どう謝ったら満足するってワケ?」

 

 上から聞く女(名前はメルティーナというらしい)に、レナスは自分の顔を指差して言った。

 

 

「この呪を解いてから、謝らないと……」

 

 

 レナス自身も気づいてはいたらしい。

 フェイトが聞き慣れない単語に首をひねっていると、レナが小声で補足してくれた。

 

「呪?」

 

「あの女の人が杖を使って書いた文字なのよ。特別な力で書いたから、あの人じゃなきゃ消せないんだって」

 

 なんとむごい事を。

 というか寝てる間に顔に『バカ』はひどい。文字の内容含めて小学生レベルの所業ではないか。

 

「なぜあんな嫌がらせを」

「あの人すごく怒ってたから……。レナスさんに」

「だからってあんな仕打ち」

 

 ひそひそ話しつつ、

 

(無理にでも笑ってあげた方がいいんだろうか、アレ)

 

 とフェイトはすっかり気の毒な気持ちでレナスを見て考える。

 なにが気の毒って、なによりアレが書かれている本人の顔と絶望的なまでに似合ってないってところが特に。

 

 なんていうか彼女は、そういう事を一番やっちゃダメなキャラだと思うのだ。

 これがクリフの顔とかだったら、こっちも平気で笑い飛ばすだけの話なのに。

 彼女の場合は少しも笑えないというか。見てはいけない物を見てしまったようでこっちまで気まずくなるというか。気まずすぎて顔の事に触れられないせいで余計にあの文字を意識せざるを得ないというか。

 

(本人も望んであんなもん顔にくっつけてるわけでもないのに)

 

 見れば見るほどかわいそうとしか思えない。

 横のレナもフェイトと同じ気持ちなようで、

 

「レナスさんかわいそう……」

 

 とレナスの首から上を見ないようにして呟いている。

 一方、フェイト達のそんな哀悼の意を込めた視線の先では、女がレナスの願いを却下していた。

 

 

「心を込めて謝ったんでしょ? だったらそれでいいじゃない。形なんかどーでも」

 

「でも……! こんな顔じゃ、フェイトの事を馬鹿にしているとしか……」

 

(まあ『バカ』って書いてありますしね、実際)

 

 辛そうに言ってうなだれるレナスは本当に気の毒だとはフェイトも思うのだが、それ以上にあのヤバい女に関わりたくないので傍観である。

 結局、そのすぐ後に女の方から話しかけてきたわけだが。

 

「本人は気にしてないって言ってたわよ。……そこのあんた! こいつの顔見てどう思うよ」

 

「えー、と。どう思うって、それはどういう意味で」

 

「この顔で謝られてムカつくかどうか、よ」

 

「いやそんなことは……ないですけ、ど……」

 

 正直に答えてしまった後で

 

(あっしまった。今「めちゃくちゃムカつきますね」って言っておけばレナスさん助けられたんじゃ)

 

 という事に気づき、一瞬申し訳ない気持ちになるフェイトだったが。

 まあ仮に今「ムカつくんでその文字消してください」と答えていたとして、この女が言われた通り消したかというと、それもはなはだ疑問なのでやっぱり気にしない事にする。

 

「ほら見なさい。あんた気にしすぎなのよ」

 

(レナスさんの感性は極めて正常だと思います)

 

 自分に都合のいい答えが得られたので、もうフェイトに用はないらしい。

 フェイトとレナが何も言わずに見ている中。依然としてしょんぼりとしているレナスに女が言う。

 

「向こうがまったく気にしてないっつってんのにこれ以上どう謝るつもりよ。自分の気が済むまで謝るってのは気持ちの押しつけにしかならないって、いつものあんただってそう言ってんじゃないの」

 

「……。そうね……。私、どうかしていたのかも」

 

(あーあー、ついに説得されちゃったよ)

 

 素直に受け入れたレナスは改めてフェイトに謝罪してきた。

 この流れはもう「顔の文字は気にしないで」という事であろう。謝罪はともかく顔の文字はやっぱり非常に気になるのだが、本人が受け入れちゃったんだからもう仕方ない。

 元気のない様子のレナスにフェイトもできるだけ爽やかな言葉をかけ、さっきまでの事を軽く水に流した。

 

「ごめんなさいフェイト。見苦しいところを見せてしまったわね」

 

「いえ、僕は本当に気にしてないですから。だからレナスさんも元気出してくださいね。その、色々と」

 

 慰めの言葉の方はわりと本気でかけたのだが、レナスの方はやっぱり元気のない様子で「ありがとうフェイト」と言うだけ。

 まあ結局顔の文字消えてないわ話が決着ついたところでまたすぐに女の説教が再開されるわだしで、それもさもありなんといった感じだろう。

 

「そんな事よりあんたはその考えるより先に行動する癖をなんとかしなさいよ。まんまと操られたのだってどうせ、ルシオの事で頭がいっぱいだったみたいな、そんなしょーもない理由なんでしょ? 気にすんならそっちでしょうが」

 

 何も言わずにうなだれているのは、言われた事がぴたりと当てはまっているからなのか、それとも言い返す元気もないからなのか。

 

(両方だろうな、きっと)

 

「あんたがちゃんと自分の行いを反省してくれれば、私だってあんたにこんな、みっともない呪をかけたりなんかしないのよ?」

 

 いかにもそれらしい説教だが。

 フェイトは「みっともない」の辺りで、女が確かに口角を上げたのを見逃さなかった。

 

(……本当にキッツイ人だな)

 

 確かにこんな女との縁を作ってしまったのも、きっとおそらく、当時のレナスが何も考えずに行動した結果なわけで。

 そう思うと彼女が今あの女に言われている内容は、めちゃくちゃ正しいのだろう。

 

(すごい皮肉だな)

 

 そして非情にもレナスに下される通告。

 

 

「ま、あいつがこっちに来るまでその顔のまんまで我慢することね。合流する前にまた姿眩まされたらたまったもんじゃないわ」

 

「……メルティーナ。何もこんな事をしなくても、私は」

 

「いなくなったりしないって? 嘘おっしゃい。あんた絶対いなくなるじゃないの。呪解いた瞬間ルシオ探しにすっ飛んで行くんだから。あんたはそういう奴よ。そもそもいなくなった結果が今の有り様だっつうのに」

 

「ごめんなさい……。でも、その時と今とは状況が」

 

「少しも違わないわよ。……まったく、ほんの少しの間おとなしく待ってりゃいいだけの話なのに、どうしてその少しを待てないのかしらねえ、あんたは。いちいちあんた追いかけんのも大変なのよ。あんたは気軽にどこへも行けるんでしょうけど──」

 

 

 まだまだ続きそうだったので、

 

「あの、なんか取り込み中の所もうしわけないんですが」

 

 と二人に声をかける。

 女の方が先に振り向き、フェイトに返事をした。

 

「何よ」

 

(……今ほっとした顔したな、レナスさん)

 

 まあそれは置いといて。

 

「“あいつ”ってもう一人の、戦士の男の人ですよね?」

「大剣背負って、顔に傷のある」

 

「そうだけど、よく知ってんのねあんた達。って町で聞いて来たんだっけか。で、それが何か?」

 

「来ましたよ、その人」

「ほらあそこ。クリフさんと一緒に」

 

 言ってフェイトとレナは自分達の正面を指差した。

 女も指を差された方角を振り返ると、大剣の男とクリフが一緒に連れ立って、こちらに向かって歩いて来ていた。

 視線を受けたクリフが、軽く手を上げてフェイト達に挨拶を返す。

 

「無事そうでよかったわ、クリフさん」

 

「向こうも偶然鉢合わせした、ってことなんだろうな。ああやって一緒にいるってことは」

 

 

 これでフェイト達は幸運にも、この広いリンガの聖地の中で、探していたレナスの知り合い二人に会えたわけだ。

 リンガの聖地に来て早々に起こった事件やらエロい彫像見られてレナにドン引かれた事やら、その後とても見ていられない事になってしまった人がいる事を考えれば幸運と言っていいものか迷うところではあるが、まあ話を聞いたその日のうちに出会えたのだから十分幸運だろう。

 

 おとなしくボーマン家で待っていればその日のうちに平穏無事に出会えたはずだ、というそもそもの前提を、まるっきりなかった事にすればの話だけど。

 



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12-2. 本当にあった宇宙の危機

「おう、久しぶりだな。元気か」

「お前いっつも怒られてんな」

 

 大剣の男アリュ―ゼがレナスに短く声をかける横で、クリフは正座しているレナスを見るなりすぐにそう言い、さらにレナスの顔を見てけらけら笑った。

 

「なんだその顔、『バカ』だってよ。『バカ』って」

 

 クリフのデリカシーのなさをここまで頼もしく思うのは、たぶんこれが最初で最後であろう。

 

(あいつすごいな。あれ見て腹の底から笑えるなんて)

 

 とフェイトがただただ感心する中。

 レナがおずおずと、杖持ったボンキュッボンのキッツイ女ことメルティーナに聞くが。

 

 

「あの、みんなちゃんと合流できましたけど、レナスさんの顔の文字は──」

「おとなしく向こうに帰ったら解いてあげるわ。それまで我慢しなさい」

 

 

 鬼か。

 

(という事はもしかしてレナスさん、あの顔のまま僕らとお別れですか? ……まさか、冗談ですよね?)

 

 時々しょうもない事件を起こしつつも、ひと月の間一緒に旅してそれなりに親睦を深めた人との別れが“アレ”はさすがにどうなのだろうか。別の意味で涙が出ちゃうお別れ会になる気しかしないのだが。

 

「え……皆さん、これからいなくなったルシオさん探すんですよね? まさか、その間もずっと……?」

 

「んー? そういえばそうだったわね」

 

 レナも冗談ですよね? としか言いようのない表情でメルティーナに聞き返すが。

 

「どうしよっかなー、仕方ないから解いてあげよっかなー。一か月ぶりの、感っ動的な再会だもんねえー」

 

 にやけながらしかし、「一か月ぶり」の所だけはマジ声のトーンである。悪魔か。

 やり取りを聞いていたアリューゼが呆れた様子で言う。

 

「お前は相変わらず容赦しねえな」

 

「べっつにー。こんなんしたくてしてるワケじゃないしー? 仕方ないじゃない、こんなことでもしとかないとこいつすぐどっか行くしー」

 

(なんてしらじらしい嘘を……)

 

 フェイトがしらじらしい嘘と思ったのは、あくまで「したくてしてるワケじゃない」の所に限ってである。「すぐどっか行く」には、そこまでレナスとの付き合いが長くないフェイトも正直頷かざるを得ないわけだし。

 

(本当にすぐどっか行くもんな、この人)

 

 そんな事はないから消してやれと男の方も言わない辺り、レナスは筋金入りの「すぐどっか行く」困ったちゃんらしい。

 だがしかし。

 

「こんなくだらねえ事に魔法使うかね、普通」

 

「わかってないわねー。息吐くような感覚で魔法使うからこその一流の魔術師なんでしょうが」

 

「一流が使う術ねえ……。これが」

 

 再会の挨拶もそこそこに、遠慮会釈なく冷静にレナスの顔に書かれた文字を観察している辺り、この男も相当なくせ者のようだ。

 

(さすがレナスさんの知り合いその二。こっちはまともだと思ったのに)

 

 とフェイトが思う中。

 この二人はやっぱり自分達の雇い主であるはずのレナス本人を前に、言いたい放題。

 

 

「見たところ普通の文字のようだが」

 

「はあ? そりゃそうよ、普通の文字に決まってるじゃない。魔法(ルーン)文字で書いてあるとでも思った? ……これ以上こいつをバカにしてどうしようってのよ」

 

「それもそうか」

 

「……」

 

「しばらく見ねえ間になんか小さくなったな、あいつ」

「レナスさんかわいそう……」

 

 

(レナスさん、もうちょっとちゃんと考えて人と関わった方がいいんじゃないですかね。こんな事僕が今さら思ったところでもう遅いんでしょうけど)

 

 ただただ憐れんでいると。

 クリフがフェイトとレナに向き直り、話しかけてきた。

 

「ま、特になんともなってねえようで安心したぜ。お前らもよく頑張ったな」

 

「え……。あの、レナスさんは」

「いいから。なんともなってないんだよ、レナ」

 

 言いかけたレナにフェイトも重ねて言い聞かせる。

 彼女の知り合いがどれだけヤバい人達だろうが、彼女もこれでようやく迷子さんを卒業できたのだ。彼女がずっと探していた帰り道も、女の方の話しぶりからして、今も問題なく通れるようだし。

 

 あの二人に迎えに来てもらえた事で、彼女が無事元いた星に帰れるのなら、もうそれでいいじゃないか。もう元の星に帰っていく彼女に温かい言葉をかけてあげる事ぐらいしか、自分達にできる事はないのだから。

 

 ──今まで本当にありがとうございました、レナスさん。

 これから先、辛い事もきっとあるでしょうが、どうか強く生きてくださいと。

 

 

「逃げたガキ探すのにすっかり手間取っちまってよ。お前らがあいつにやられちまったんじゃねえかって、俺もヒヤヒヤしてたんだ」

 

 結局レナもフェイト達の雰囲気に流されたらしい。

 本当にそれでいいのかしらと迷う様子を見せつつも、クリフに返事をした。

 

「……ええ、こっちもなんとか。フェイトが一生懸命戦ってくれましたから」

 

「レナがフォローしてくれなかったら、僕一人だけじゃとてももたなかったよ。実際かなりギリギリだったからね」

 

 とフェイトもレナの言葉の後に付け加えて言った。

 お世辞でもなく心の底からそう思う。本当に、操られたレナスはそれくらい強かったのだ。

 

 これでも相手の力量を推し量る事はそれなりにできるつもりだったのだが。

 いやはや本当に宇宙は広いというか。何もできないお嬢様という、最初の頃の印象につい引きずられたというか。ちゃんと強いとは思ってたけど、気になって覗いてみたらうっかり帰れなくなっちゃうような迷子さんがあそこまで強いとはどうしても思えなかったというか。

 

 この件については、本当はもっとじっくりと考えるべきなのかもしれない。

 がしかし、

 

(過信は己を滅ぼす、か。僕も気をつけなきゃな)

 

 とフェイトはそこまで気にする事なく、この一件をただの教訓としてまとめた。

 だってレナスさんが超強い謎とか気にするだけ無駄だと思うし。

 もう元の星に帰る人だし。あのヤバい人達引き連れて。

 

(強い奴が偉いとは限らない、か。……というかあの人、本当は立場上もちゃんと偉いはずなのにな)

 

 どこで間違えちゃったのかなあとフェイトがぼんやり思っていると。

 クリフが周りを見渡し。フェイトが破壊の力『ディストラクション』を使って、ごっそり消した岩壁の辺りを指して聞いてきた。

 

「見晴らしが良くなってんな。……これはお前の「力」か? フェイト」

 

「まあ色々とあってね。危なくレナスさんに当てるとこだったけど」

 

「そうか」

 

 どこか含みのある返事だ。

 どうしてクリフはそんな事をわざわざ確認したのだろう。自分以外に、こんな事ができる奴なんているわけがないのに。

 

「それよりクリフの方はどうだったんだ? 操ってる奴がいたんだろ、レナスさんをさ」

 

「おお、それがな……。おっそうだ、あいつに聞きてえ事があったんだよ」

 

 クリフは説明しかけて口を止め、レナスの方を見た。

 向こうの方は今も何やら揉めているようだ。

 

「今は出来ないってあんた、この期に及んでまだそんな駄々こねて……。あんたルシオに会いたくないの? そんな人形大事に抱えてるくせに」

 

「だからメル、今は出来ないというのはそういう意味じゃなくて──」

「なあ」

 

 と、話の流れをぶった切ってクリフが聞いた。

 

 

物質化(マテリアライズ)、って何なんだ?」

 

 

 レナスは何も言わずにクリフを見上げた。

 ついさっきまでの困り果てた様子はまるでない。相手の言葉の意図を探っているような、真剣な顔つきだ。

 クリフは肩をすくめて言う。

 

「これも聞いちゃいけねえ事だったか? 聞くならお前に聞けって、そこにいるお前の仲間に言われたんだがな」

 

 横で聞いていたメルティーナが、アリューゼをきっと見やって非難した。

 アリューゼも気後れする事なく言い返すが。

 

「ちょっと、なんであんたまで余計な事ぺらぺら喋ってんのよ」

 

「それくらい構わねえだろ。納得できる理由ぐらいはっきり言ってやらねえと、消滅しちまったガキの死体確かめるまで一歩も動かねえ、とでも言い出しかねなかったからな」

 

 その場にいなかったフェイトとしては正直よく意味が分からない。

 同じくよく分かってないであろうレナと一緒に戸惑い気味に話を聞く中。これまたレナスも不可解そうな表情でアリューゼの言い分を聞いていた。

 クリフが当時の状況をかいつまんで説明する。

 

「死体が、消滅した?」

 

「ああ。お前を操ってたガキだけどな、倒した途端に姿が消えちまったんだよ。こう……ふわあっと、体が自然に蒸発するような感じでな。んで、それは肉体の物質化が切れたせいだって、直接ガキをぶっ倒したそいつが言うからな」

 

 説明を聞いたレナスは考え込み、それから横にいるアリューゼに聞いた。

 

「アリュ―ゼ。その子が消えたのは肉体の物質化が解けたせいだって、……それは確かなの?」

 

「これでもお前の英霊をそれなりに長くやってる身だ。知識はねえが、魔法で姿晦ましたか、それともただ消滅したかの違いくらいは経験で判断出来るぜ」

 

「まあ確かに。よっぽどの事がない限り、まず見間違えないでしょうねアレは。けど、それがどうかしたの?」

 

 なおも考えているレナスを見て、メルティーナは不思議そうに首をかしげて言うが。

 そんなメルティーナの言葉も、今のレナスの耳には全く入っていないらしい。いっそう考え込んで独り言を呟くばかりである。

 

「冥界の嫌がらせじゃないの? あのクソババア、いかにもそういう陰気くさい事やりそうだし」

 

「そんな馬鹿な……。神の存在しない、まったく別の世界で、物質化を行使する事のできる存在なんているはずが──」

 

「まったく別の世界? 何よそれ」

 

 

 なお、クリフが大体の事を説明し終わった辺りから、フェイト達の事はすっかり会話に置き去りだ。

 立っていた二人も正座しているレナスに合わせてしゃがみ込んだうえ、声を落として話し合っていたりする。よほどフェイト達に会話を聞かれたくないという事なのだろう。

 

「おいおい、質問したのはこっちだぜ? ……ったく、内輪だけで内緒話始めちまってよお」

 

 と突然ひそひそ話を始めた三人を見てクリフがぼやくも、向こうの方からは何も反応は帰ってこず。

 仕方ないのでこっちはこっちで話を進める事にする。

 

「なあクリフ。その消えた子供って、一体どんな子供だったんだ?」

 

「レナスさんを操ってわたし達を襲うよう指示したのは、その子だったんですよね。子供が、そんなひどい事するなんて」

 

 レナが信じられないという様子で表情を曇らせたのを見て、クリフが肩をすくめて言った。

 

「子供とはいうが、ありゃどうみてもただのガキじゃあなかったぞ。子供なのは見た目だけで、どっちかっつうと人ってより魔物の気配漂わせてたしな」

 

 クリフの言いようからすると、そいつは外見が子供である事をこちらが気に病むような相手ではなかったらしい。まあよく考えなくてもそいつのせいでこっちは危うく死にかけたわけだし、それも当然だろう。

 

「緑色のローブ着て耳に変な機械つけててよ、でけえ音叉振り回して遠くからヘンテコな攻撃飛ばして来やがんだ」

 

 見るからに敵、って感じの憎たらしい奴。

 クリフの話ぶりからなんとなくそんな想像を浮かべつつ、フェイトはごく普通に相槌を打った。

 

「ふーん。まあ確かに、普通の子供が人操ったりはしないよな。それじゃその子、この辺りに住んでる人型の魔物か何かだったって事か? ……タチの悪いいたずら好きの精霊とか?」

 

「さてな、それがいまいちはっきりしねえからあいつに聞いたんだよ。倒したら煙のように消えちまうなんて、俺達ゃ幽霊と戦ってたようなもんじゃねえか」

 

「白昼堂々とはいえ、こんな人気のない場所だもんな。その子本当に幽霊のたぐいだったりして」

 

 冗談混じりでそう言ってから、フェイトは軽い気持ちでレナを見た。

 やだーもう脅かさないでよーと、軽い調子で言葉が帰ってくる事をフェイトは想像していたのだが。

 

 

「──幽霊? そんな、嘘よ……。そんなことって」

 

 

 どういうわけか、レナはひどくショックを受けていたのだ。

 

「レナ?」

 

 深刻な様子のレナに声をかけてみるも、レナはフェイトの呼びかけには答えず、クリフを見て言う。

 

「クリフさん。その子供の特徴、もう一回言ってください」

 

 自分の聞き間違いである事を願っていたのだろう。言われた通りにクリフが繰り返して述べる子供の特徴を、レナは食い入るように聞いていた。

 そしてクリフが話し終えると。

 レナは諦めたように下を向き、呟いたのだった。

 

「嘘でしょ? なんで、サディケルが──」

 

 

 聞いたフェイト的には、(どこかで聞いた事ある名前だな)ぐらいの反応である。

 

「レナ、君はその子を知ってるのか? 名前、サディケルって」

「知ってるも何も、サディケルは」

 

 のん気にフェイトが聞いてみると。

 レナは当たり前でしょ? と言わんばかりな顔をして言った。

 

 

「わたし達みんなで力を合わせて倒した、あの十賢者の一員よ?」

 

 

 そして、そこまで聞かされたフェイトはというと。

 

「は」

「何だって?」

 

 クリフと揃って見事にうっすい反応。

 

「だから、十賢者なの! 二人とももっとちゃんと驚いてよ! 未来でも有名なんでしょ、十賢者は!」

 

 いい加減鈍すぎる二人にレナが焦れったくなって声を張り上げたところで、クリフともども、ようやく事の重大さに気づいたのだった。

 

 

「十賢者って、もしかしてあの……あの十賢者か!?」

 

「そうよ、その十賢者よ! 他に何があるのよ! あの人達の他に十賢者なんていないでしょ!」

 

「マジかよ、おい。……嘘だろ?」

 

「だってその十賢者はレナ達が倒したって……!」

 

「倒したからおかしいんじゃない! どうなってるのよ、一体!」

 

 

 ──そしてそんな感じでフェイト達がぎゃーぎゃー言い合っている時の、もう一方の奴らの様子はというと。

 

 

「いきなり騒がしくなったな、向こうの奴ら」

 

「イヤな予感がするわね……。ていうかいつまで考え込んでんのよ、あんたは。面倒に巻き込まれる前にとっとと帰るわよ! ほら、ちゃっちゃとルシオ探しなさいって……」

 

「……この世界でも、神は存在していた? 人に必要とされないだけで……私も気づかなかっただけだと?」

 

「なに哲学みたいな事言いだしちゃってんのかしら。神が存在するかどうか、って。……やだ、こいつどっかで頭でもぶつけてきたんじゃ」

 

「可能性は高いな。てめえの存在すっかり忘れてやがる」

 

「──!!」

 

「何だ、その反応は」

 

 

 こんなだったりする。

 一方思いもしなかった敵の登場に大混乱していたフェイト達は、しばらくして、多少落ち着きを取り戻していた。

 

 

「じゃあクリフ達が倒したのは、間違いなくその十賢者の一人だったんだな?」

 

「うん、だと思う。だってその子の特徴、どう聞いてもサディケルにしか思えないもの」

 

「という事は」

 

「おいおい、マジだったのかよ宇宙マジヤバい」

 

 宇宙征服だの崩壊だのを企んだ、あの十賢者の一人が、ついさっきまでこのリンガの聖地にいた。

 この事実が“宇宙の危機”じゃなくて一体なんだというのか。

 だとすれば、ブレアの元に送りつけられてきたあのふざけた謎メッセージも、いたずらなどではなく本当にマジな救難信号だったのだ。

 

「とにかく向こうチームに連絡しよう」

 

 とフェイトはさっそく通信機に手を伸ばした。

 もちろん自分達の旅の目的が根底からひっくり返った事を伝えるためなのだが、これがなかなかどうして通信が繋がらない。

 

 向こうチームは今日いよいよエルリアタワーの探索にかかる予定だという事は、こちらも昨日の定期連絡で聞いている。

 なんでも今まで復興中の町の人達を困らせていた魔物を巣まで足を運んで退治しにいったり、ついでにレナスが探していた「岩だらけの場所」も探してみるも肝心の本人がいないので結局そこの雰囲気があってるのかどうかすら分からなかったり、アシュトンがチサトに頼まれていたとかいう取材もみんなでぼちぼち手伝ったり、閉店危機に陥っていた串焼き屋を助けたりノエルが寝てばっかりでずっと行けてなかったのをなんかようやく行く気になったのだとか。

 

 通信が繋がらないのもたぶん、今タワー内で出くわした魔物達と戦っている最中だからなのだろう。そう思い諦めて切ろうかと思った時。

 

『何!? 今忙しいんだけど!』

 

 通信機から刺々しいマリアの声が聞こえてきた。

 言葉通り、本当に忙しそうな様子である。

 

「……今、大丈夫かい?」

『話すんだったら早く話して! 用件は何!?』

 

 急かされたので、向こうの騒がしい様子に気を取られつつも、とりあえず今さっきこちらで起こった事件を伝えようと喋ってみたものの。

 

「マリア、落ち着いて聞いてくれ。つい今さっき、こっちで十賢者が……」

『ちょっと! 聞こえないじゃない! ……何!? 今さっき……何よ!?』

 

 一向にマリアに通じる気配がない。

 マリア以外の声は遠くの方からしているっぽいので、こっちには騒がしさの度合いがよく分からないのだが。

 たぶんそれだけ周りがうるさいという事なのだろう。さっきからマリアも周りのみんなに黙るよう怒鳴っているっぽいし。

 というか──

 

 なんかさっきから後ろの方で、ソフィアが『マリアさん、助けて!』って言ってるような気がしないでもないけど。

 

 

 

 ──そんなこんなでフェイトには向こうチームの状況が掴めていないわけだが。

 ちなみにエル大陸のエルリアタワー内部。

 その向こうチームの現在の様子はこんなだったりする。

 

 

「ちっ、……この俺の空破斬が効かないとはな」

「無駄だ。この俺のメタガードは、どんな攻撃も通さん」

 

「うおおおおー、あっちいいいいいー!!」

 

「うわあっ」「アシュトンっ!」「くそおっ!」

「た、助けて! 助けてください~!」「マリアさん! いやあ吸われる~!」

「だから、全然聞こえないんだけど! 何よ!?」

 

 

 

 ──そして、やっぱりよく分からないけどなんかこれ以上向こうのみんなの邪魔しちゃいけない気がする。という事をフェイトがひしひしと感じ始めた頃。

 マリアの方もみんなを黙らせる事を諦めたようだ。

 

『……ああもううるさいわね! 急ぎじゃないんだったら、その話後でいいかしら!?』

 

 とフェイトに聞いてきた。

 

「そうだな」

『悪いけど後でかけ直すわ!』

「ああ、分かった」

 

 通信が切れる直前、通信機から微かにマリアが『バーストエミッション!』と叫ぶ声がした。

 音声がすっかり途切れた後。

 横で通信を聞いていたレナに聞くと。

 

「どう思う?」

「思いっきりミカエルだったわ」

 

 さすが十賢者を倒した英雄というべきか、見事な即答である。

 マリア以外の向こうの音声ではっきり聞きとれたの、『うおおおおー、あっちいいいいいー!!』だけだったというのに。

 

「そのミカエルってのも」

「ええ。十賢者の一人よ」

「やっぱりそうか……」

 

 感心しつつも確認のためレナに聞いたところ。やはり予想通りの答えが返ってきた。

 

 向こうチームも今まさに十賢者と戦っている最中。

 エルリアタワーの方にも他の十賢者がいた以上、サディケルどころか、十賢者全員が揃ってこの時代のエクスペルにいたと考える方が自然だろう。

 これでこの時代のエクスペルには本当に宇宙の危機が起きているのだという事が、より明確な事実になったわけだ。

 

「レナ。十賢者は、確かにレナ達が倒したんだよな?」

 

「わたし達が……十賢者を倒せてなかったっていうの?」

 

 真っ先に思いつくのはやはりその可能性であろう。

 フェイトの質問に、レナは「そんな事ありえないわ」と頭を振る。

 

「十賢者はあの時ちゃんと倒したはずだわ……。そうよ、それにあの人達は……わたし達に倒された後、エナジーネーデごと──星ごと消えていなくなったのよ?」

 

 フェイトに反論するというより、自分自身に言い聞かせているような話ぶりである。

 当時の記憶を思い起こせば思い起こすほど、今十賢者達がエクスペルに勢揃いしている事とのつじつまが合わない事に、レナ自身も困惑しているのだろう。

 

「倒せてなかったとしても、それでもあの状況で生きていられるなんて、そんな事……」

 

 レナが不安そうにしていると。

 クリフがぽんと手を叩き、「よし分かった」と言って話をまとめた。

 

「とりあえずその言葉を信じるとして、十賢者が今元気に生きているっつう事は確定しているワケだ」

 

「そんな! 確かにあの時、十賢者は死んだはずなんです!」

 

 すぐにも反論するレナの前で、クリフは落ち着くようにと手で押さえる仕草をした。

 

「まあ待てよ嬢ちゃん、結論を急ぐなって。信じるっつったろ? ……十賢者は確かに死んだんだろうさ。嬢ちゃん達に倒された、その時にな」

 

「えっでも、……生きてますよ? 十賢者」

 

 言い返すレナはますます不思議そうな顔だ。

 たった今自分で死んだはずだと言い張ったのに、それとは真逆の事を言ってしまう辺り、レナも自分が何を言いたいのかよく分かっていないらしい。

 フェイトもよく分からないので、レナと同じく不思議いっぱいな顔で呟くはめになった。

 

「死んだはずなのに、生きてる?」

 

 そんなよく分かっていない二人に向けてクリフが言う。

 

「そうだ、十賢者は確かに今生きてる。けど、だからってそれは、十賢者が今までしっかりと生きてたって事にはならねえ」

 

 そうまとめた後。

 クリフは「まあ、俺もよく分かんねえけどな」と頭をかき、レナスの方を見て言った。

 

「十賢者は、つい最近“生き返った”んじゃねえのか?」

 

 

 ──そして、見られたレナスの方はというと。

 

 

「そうか、これは私の……。でも、この世界では、私の「力」は……」

 

「おいおい、なに真剣に考えてんだ。まさか、ガキの肉体物質化したのは自分だとでも思ってるんじゃねえだろうな」

 

「うわー、マジでそんな事考えてるくさいわね、この感じ」

 

 

 さっきからずーっとこんな感じだった。

 心配したメルティーナが話しかけるも、レナスは未だ考え中。

 

「ちょっとねえ、しっかりしなさいってば。そんな真面目に考えなくてもおかしいってわかるっしょ? 自分で創った奴に操られたバカって事になるじゃないのよ、それだと。……ねえ聞いてんの?」

 

「……使えない、はず? この世界に来た、最初の時から……ずっと?」

 

 やっぱり未だ考え中。

 

「ちょっとあんた、しっかりしなさいって! 頭やばいわよ、マジで!」

 

「……違う? 私が、この世界に来たのは、「力」が使えなかったのは──」

 

 肩を掴んでがっくがく揺さぶられながらも考え中。

 で。

 揺さぶられながら考えに考えた結果。

 

 

 

「あ、私は……あの“声”を、追った先で──」

 

 

 

 レナスは唐突になんかとてつもない思い違いをしていた事に気づいたらしい。

 

「は? ……“声”? “声”って、誰の?」

 

 一体何に気づいたというのか。様子のおかしさに揺らすのを止めて質問するメルティーナを、レナスは動揺いっぱいの瞳でやっとやっと見つめ、

 

「ごめんなさい」

 

 と弱々しく言ってうなだれたのだった。

 

 

 

「ちょ……! いきなり謝ってんじゃないわよっ! ……何!? 何なのよ!? あんた一体今度は何したって──!」

 

 レナスを問い詰めるメルティーナの横では、アリューゼがため息をついている。

 

「見事に心当たりあり、って感じだな」

 

 そんな三人の所に、クリフは近づいて言った。

 すぐ後ろにはレナとフェイトの二人も控えている。

 

「話に入って来ないでくれる? あんたらには関係ないでしょ」

「さて、それはどうかね」

 

 クリフはメルティーナの言葉を軽くいなし、続けてレナスに向けて言った。

 

「消えたガキは十賢者の一人だった。数か月前に嬢ちゃん達によって倒されたはずの、大悪人の集団だ」

 

「……そう、だったのね」

 

 レナスは微かに反応を示した。

 すでに多大なショックを受けているせいで、これ以上の反応をしようがないらしい。うつむいたまま、消え入りそうな声で「ごめんなさい、みんな」とだけ呟いた。

 

「だから、なんで謝ってんのよ、あんたは……」

「やっぱりな。すでに面倒に巻き込まれていたか」

 

 と横で聞いていた二人もがっくりと肩を落としている。

 

 

「しつこいようだが、もう一度聞くぜ」

 

 クリフの言葉に、レナスは小さく頷く。

 

「物質化、ってのは何だ。死んだ奴を生き返らせる事ができる「力」か? お前はその「力」の事に詳しいんだよな。お前は、その「力」を使う事ができるのか? あのガキを……、十賢者を生き返らせたのは──」

 

「……私の、「力」だと思うわ」

 

 その言葉を聞いたクリフも、深く息を吐いて言った。

 

「そうか。無理にでも聞き出しておくべきだったな、お前の事を」

 

 

 

 フェイトとレナが、お互いに顔を見合わせて頷く。

 口に出さなくても、レナスに聞きたい事はとっくに決まりきっていた。

 

「レナスさん。教えてください」

 

「あなたは一体、誰なんですか?」

 

 二人の質問に、レナスの手がぴくりと動いた。

 ゆっくりと顔を上げ、手のひらを小さく握りしめ、レナスはようやく口を開く。

 

「……私は、別の世界からやって来た、別の世界の──」

 

 いったん途中で言葉を止めるレナス。

 浅く息継ぎをする目の前では、フェイト達三人が、真剣な表情で彼女の答えを待っている。

 そして──

 

 

「創造神よ」

 

 すべて口に出しきったレナスは、再び肩の力を落としてうなだれたのだった。

 




今回で二章は終了です。
次回はVP編プロローグ。


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プロローグその3
新たな世界の創造神として


 ルシオとふたりきりの時間は幸せ。心が安らぐ。

 それは私がかつてプラチナという名の少女だった頃、私の幼馴染だった彼の隣で、いつも当たり前のように抱いていた感情。

 

 だけど──

 時々、考えてしまう事がある。

 創造神となった今の私は、今のルシオの隣でも、あの頃とそのまま同じ感情を抱けているのだろうかと。

 

 心を探っても、答えはいつも途中で霧のように薄れていく。

 きっと私自身がその事を認めたくないのだろう。ルシオは私にとって、なにより大切な存在だから。

 我ながら往生際の悪い心もあったものだと思う。

 そんな疑問が頭をよぎる時点で、ルシオの隣で不安を抱く時点で、とうに答えは出ているというのに。

 

 

 私はきっと疲れているのだ。

 他に理由などあるはずがない。

 だってルシオは、あの頃と何も変わっていないのだから。

 

 彼の優しさを、彼の温かさを、素直に受け入れられないほどに。

 彼とふたりきりの時間に、安らぎどころか後ろめたさを覚えてしまうのも。

 

 新たな世界の創造神として過ぎていく日々に、焦りが募っていくばかりの自分がいる事は、自分でも分かっているつもりだから。

 

 

 ★★★

 

 

 そこは神界にある執務室の一つ。

 今しがた妖精界より戻った私に向けて、その部屋の主は傲然と言った。

 

「シルヴァンボウなど、使者にでも任せればよかろうに」

 

 

 強大な力を持つ四宝の一つ、光弓シルヴァンボウ。

 本来なら妖精界に安置されているはずのこの四宝が、この間までヴァルハラの宝物庫に置かれたままになっていたのは、オーディンの時代に神界戦争を有利に運ぶための道具として、かつてのアース神族軍が妖精達から半ば無理やりに奪い取ったためだ。

 

 四宝はすなわち世界の平穏を司るもの。

 妖精達に戦争終結の意思を示すためにも、この四宝の返還が肝要だと判断した私は、世界の終末ラグナロクを迎え消え去った神々に代わり、自ら少数の者を連れて、彼らの住む妖精界へと赴いたのだった。

 

 

 つまり戻って事の次第を伝えるなりあてつけを言ってきたこの男は、私がその間の留守を任せていた者の一人というわけだ。

 

 どうもこの男とは、とことんそりが合わないらしい。

 そもそもこの男は最初、シルヴァンボウを妖精界に返すという私の決定自体に異を唱えていたのだ。私の意思が変わらない事に気づいていたのか、神界にシルヴァンボウを置き続ける事の理を、私に向かって説くような真似はしなかったが。

 

 内心では私の事を、現状を理解もせず、使える道具を自ら手放した愚か者だとでも思っているのだろう。

 現にこの男は本性を隠す気もない態度で、こうも言ったのだ。

 

 

「今度の主神殿は、よほど格下の相手とも対等の立場に立つ事を好むと見える」

 

 私が今の自分の立場をまるで理解していないとでも言いたいのか。

 この男が私の事をどう評価していようと構わないが、好き放題に言わせたままでいてやる気もない。私はもとより、現状を理解した上で、今の私が創造神としてすべき事をおこなったのだ。

 

 今はラグナロクの影響によって、この世界そのものが混迷を極めている時期。

 明日の情勢も見えぬ今のこの状況で、誰が己のちっぽけな感情など優先させるものか。

 

「この件に関しては、私自らが妖精界へと出向いた方がいいと判断した。妙な気を起こさぬよう、オーディンの後に続いて神界を束ねる事になった者の存在を、できるだけ早い段階で彼らに知らしめておく必要があったからな」

 

 そう判断を述べてなお、私を値踏みするような目で聞いてきた男にも、私は苛立ちの感情を表に出さぬよう答えた。

 

「ほう。それで、その牽制とやらに効果はあったのかね」

 

「賢しい妖精共の事だ。力量に圧倒的な差があると分かった以上、こちらに弓を向けるような愚行は今後しばらく慎むだろう」

 

 今回私は妖精達にシルヴァンボウを渡す際、弓の得意な彼らの前で、彼らが私に対する抗議のために掲げていた破かれたアース神族軍の旗の数々を、一射のうちにすべて射貫くという事をやっている。

 四宝の力を解放せず、近くの旗も遠くの小山にあった旗も一様に、もちろん妖精達には誰一人として怪我をさせる事もなく。

 

 ようは彼らにちょっとした脅しをかけたのだ。

 お前達にシルヴァンボウを返したのはただ世界の安寧を思うがためであって、先の神界戦争の償いをかつてのアース神族の一員としてするためでも、ましてやこの機に乗じてお前達に報復戦争をさせるためでもない。

 例え四宝シルヴァンボウの力をもってしても、お前達には勝ち目のない戦いになるだろうからと。

 

 創造神となった私には「力」がある。

 四宝に代わる抑止力があるのなら、戦争の抑止力としての四宝など大事に抱え続ける理はない。

 世界が一日でも早くかつての繁栄を取り戻すためにも、四宝は本来あるべき場所にこそ置かれるべきなのだ。

 

 

「ふむ、便利なものだな。創造神の力とは」

 

 この男も、私の創造神としての「力」自体は信用している。

 結局妖精界の件に関して、この戦略家は私の判断に納得したようだったが、私には正直、彼のその感心したような言い方も気に入らなかった。

 

 もとより妖精は悪知恵こそ働くものの、望んで戦に逸るほど血気盛んな連中でもない。

 力を見せつけて黙らせるような手段は、できる事ならとりたくなかったのだ。

 

 

 仕方のない事だ。

 彼らの心にできたわだかまりを徐々に解いていくほどの時間も形勢有利も、今の神界にはない。

 下手に弱みを見せた事が原因で神界が、神界にいる仲間達が危機に陥るような事があったらどうする? 

 妖精だけでは我々の脅威となりえなくとも、他の残存勢力が合わさればその限りではない。

 

 戦は避けるべきだ。

 避けるためには、ああするのが一番だった。だから私の判断は正しかった。

 私の行動は、そんな妥協の結果でしかなかった。

 

 

 上から押さえつけるだけの「力」のどこが“便利なもの”だ。

 そんな八つ当たりじみた思いを抱いていた時、この男は私に聞いてきた。

 

「しかし冥界はどうするつもりだ? 妖精共と同じようにはいかんぞ」

 

 見透かされている、と思った。

 この男が睨んだ通り、私は冥界への対応をずっと決めかねていたのだ。

 

 

 冥界は厄介だ。

 先の戦争で奴らの戦力も大分落ちてはいるが、こちらの出方次第では表向きも影も問わず神界に牙をむいてくるのは必至。小手先の脅しが通用する連中でもない。何の条件もつけず、奴らが望むままに冥界の四宝、魔剣レヴァンテインを差し出すなどもってのほかだ。

 

 判断のつかない私は結局この時に至るまで、冥界への対応を、この戦略家の言うところの“こちらが圧倒的に上の立場である事を分からせる”態度、つまり“無視”で通していた。

 この男がこの話題を持ち出してきたのはほかでもない。

 これ以上の決断の先送りはむしろ弱腰ととられかねない下策だと、そう私に忠告していたのだ。

 

 

「それともその創造神の「力」で、冥界すべてを灰塵と化すつもりかね」

 

 この男がこのような言い方をした理由も分かりきっている。自分に任せろと言っているのだ。

 今のところは合格、お前の判断の元に働いてやるという事らしい。つくづく食えぬ爺だ。

 私の問いに、案の定この男はそのよく回る口でもって答えた。

 

「……。お前に策はあるのか?」

 

「いくつか。無論お主の望み通り、魔剣の返還も頭にいれた策だ。お主が気に入る策かどうかは分からぬがな。なに心配せんでも、冥界まるごと焼き払うような真似はせんよ。わしにそんな便利な「力」はないのでな。──さて、お主は一体どうするつもりかな?」

 

 私に策はない。この男の能力が確かな事も私には分かっている。

 冥界との駆け引きに、この男以上の適任者はいない。毒には毒を。この男がどんなに下劣な手を用いようと、責任はその判断をくだす私にある。

 すべて理解したうえで、私は結局こう答えた。

 

「……分かった。お前の思う通りに動くといい、ガノッサ」

 

 気に入る気に入らないの問題ではない。そうすべきか、そうせざるべきかの問題だ。

 現状この男に任せる事がなによりの上策と、私ははっきり理解しているのだから。

 

「世の道理は知っておるようだな」

 

 よほど自分の能力を発揮できる機会が与えられた事が嬉しかったか、それとも私の不機嫌な様が滑稽だったか。

 

「でなければ、私がお前のような者を重用すると思うか?」

「ふ、ふはは……。確かに、そうであったな」

 

 笑い続ける爺にそう言い捨て、私はその男ガノッサの元を立ち去った。

 

 

 

 創造神の「力」は決してなんでも望みの叶う、便利なものなどではない。

 私の意に従わないものすべてを屈服させる「力」、私が望まないものすべてを消し去る強大な「力」が私にあったとて、それが一体なんだというのだろう。

 

 そんなものでは、私が本当に望む世界は絶対につくれない。

 今の私に本当に必要なのは、私のみが持つ絶対的な「力」などではなく。私と志を一つに歩んでくれる、人々の「力」なのだと。

 

 理解は嫌というほどさせられている。

 けれど──

 

 

 

「戦力の差は、それだけで相手に大きな威圧感を与える。神界の地盤が強固になれば、奴らもおいそれと手を出したりはすまい」

 

 これは神界内での人材配置や資材の切り回しなどの仕事、つまり人間界でいうところの内政の一部を任せている、一人の男の言葉だ。

 

 彼が言うには、みんなは大きな混乱を起こすこともなく頑張ってくれているようだが、それでもやはり全体的に人手不足が目立つとの事。神界内部をより安定させるために神界で働く英霊をもっと増やしてはどうかと、いつかの定期報告の際に改めて言われた事だった。

 

 

「人間界でも、神界でも。戦争をしないですむのなら、それに越した事はないだろう」

 

 彼は絶対的武力にとりつかれた危険思想の持ち主ではない。

 世界の平和を望むからこそ、特定の状況下において一定の武力を備える事を是とする。そんな考えの持ち主だ。

 

 私の意見も、本質的には彼と同じところにあったのだ。

 神界で大きな戦が起きれば、人の世も乱れる。

 ようやく独力で第一歩を踏み出したばかりの人間界の人々の歩みを、こちらの勝手な都合で再び止めてしまうわけにはいかなかった。

 

 神界の平和を、人間界の平和を、世界全体の平和を思えばこそ。

 私が以前以上に進んで人間界で亡くなった人間の魂を選び、神界で働く英霊として迎え入れる事がどんなに正しい事かも、私にはよく理解できていたのだ。

 

 

「……こちらも努力はしてみるわ」

 

「無理なら無理と言ってくれて構わんのだが。人手不足は我々に限った話ではないだろうしな。皆も、多少の忙しさくらいでわがままは言うまい」

 

「みんなは十分すぎるほどによくやってくれているわ、ベリナス。もちろん、あなたも」

 

 その時の私はそうやって彼に現状維持以上の事は望んでいない事を伝え、彼との会話を終わらせたが。

 

 当たり前の事を言っただけの彼が、どうして私を気遣った態度をとる必要があっただろうか。

 その時の私の表情によほどの翳りが見えたとしても、それは決して彼が思うような多忙のためではない。ただ私的な感情のためでしかなかったというのに。

 

 

 人は本来、輪廻転生を繰り返す存在。

 人間界での生を終えた人間に、私が英霊として生きる道を与える事はすなわち、その人間が再び人として生まれ変わる道を失うという事。

 

 世界の安定のために。人間界のために。そして、神界のために。

 いくら大層な理由をつけようと、私がやる事は昔と同じ。

 人を勝手に選んで、神界に属する存在に仕立てあげる。いつかくるかもしれない、敵対勢力との戦争に備えるために。

 

 これがオーディンの時代の神界とどう違うというのか。

 私は彼とは違う、人のためを思って行動しているのだと己の自尊心のみを満足させたところで、それに実際の行動が伴わなければ意味がないではないかと。

 

 

 つまり私はうんざりしていたのだ。

 ヴァルキリーとして主神オーディンの名のもとに働いていた頃と、何も変わらない現実に。なにより理想を現実にできない自分の無力さに。

 

 

 

 ガノッサの元を去った私は、とりとめのない事を考えながら、次の目的地へ向かい歩みを進める。

 歩いている途中でちょうど視界に入ってきた者達の事もぼんやり見ていると、そのうちの一人に声をかけられた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いえ、なんでもないわ。これからもその調子で頼むわね」

 

 声をかけてきたのは、新たに仲間になった者達に、神界での生活の仕方や仕事の割り振りについてなど基本的な物事を教えていた青年。

 彼らを遠目に見ている私の様子が気になったらしい。

 私は迷う事なく不安そうな彼に笑みを向け、その場を足早に去った。

 

 

 

 

 私も本当は分かっているのだ。

 理想はすぐには叶わないからこそ理想なのだと。少しずつでも理想に向かって努力し続ける事こそが、理想を叶える事への前提条件なのだと。

 

 今はまだ、理想を現実にできる時間が足りないだけ。

 自分の無力を嘆く時ですらない。

 本当の意味でこの私に世界を変えられる「力」があろうとなかろうと、こんなところで挫けてしまったらなんにもならないと。

 

 全部分かっているのだ。

 今の私はただ目に見える成果がないから、物事を後ろ向きに考えてしまうだけだという事も。

 

 分かっている。

 余計な事など考えず、日々理想に向かって最大限の努力をし続けるべきだと。

 ありもしない空想を思い描いたところでなんの意味もないと。

 

 

 けれど──

 

 こんなにも分かりきっている事なのに。

 どうして、私はこんなくだらない事ばかり考えてしまうのだろう。

 

 

 創造神の「力」は、どうしてなんでも望みの叶う便利なものではなかったのだろう。

 

 私が望んだのは誰も思い悩む事のない、悲しむ事のない、みんなが幸せになれる世界。争いのない世界。人々が神を、神が人を必要としない世界。

 どうして私は、そんな理想の世界を、創造神の「力」で創れなかったのだろう。

 

 この「力」があれば、私の創った世界はすべてうまくいくはずだったのに。

 みんなが幸せになれるはずなのに。

 人が人同士の戦争で死ぬ事もないはずなのに。そんな人々の魂を、私が神界の戦争のために連れてくる必要だってないはずなのに。

 

 この「力」があれば、こんなに思い悩む事もなかったはずなのに。

 ルシオの隣で、いつだって幸せを感じられるはずなのに。

 

 

 だから。この「力」があれば。

 

 私の願いは、叶うと思ったのに。

 

 

 

 

「ルシオを、待たせているわね。早く行かなきゃ」

 

 歩みが遅くなっている。

 私は頭を振って、彼に会える喜びを心の内に描いた。

 

 

 神界に戻ったら、会う約束をしていた。

 どんなに忙しくても、少しの間だけでもいいからふたりの時間を作ろうと。自分で言い出した事なんだから、彼とふたりきりの時間に余計な感情を持ち込むのはやめよう。

 

 場所は神界、鈴蘭の咲き誇る草原。

 着ている衣服はそのままに、耳に手をあて、彼が新しく私にくれたイヤリングを実体化させて身に着け。私はまっすぐに、ルシオの元へ向かった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 結局私は、ルシオに会って数分と経たないうちに聞かれた。

 

「元気、ないな。何かあったのかい?」

 

「ううん、なんでもない」

 

 彼の隣に座り、彼の肩に頭を預け、目の前に咲いている鈴蘭の花弁を手に遊ばせつつ。

 ぼんやりと返事した後で、今の態度がすでに彼の質問を否定できていないと自分でも思ったけど、もうその嘘をごまかす気にもならない。

 

 だってそんな事聞かれるくらいだ。私はどうせ今のルシオの前でも、人に心配されるような辛気臭い顔してたんだろう。

 あれだけ幸せな顔でいようって決めたのに、何やってるんだろう私。

 結局ルシオに心配かけて。

 それに今もこうやって、考えてばっかり。笑う気になんか少しもなれない。

 

 

 会いたいって言った私がこんな様じゃ、ルシオも迷惑だろうな。

 そんな事をぼんやり思っていると。

 

「なあ。俺、そんな頼りないかな」

 

 

 聞こえてきたのは、彼の真剣な声。

 すぐに姿勢を正した私は、口から出るままにルシオに言いかけたけど。

 

「ううん違う、そうじゃないの。ルシオは何も悪くないわ。ただ私が──」

 

 ルシオが信用できないから嘘をついたわけじゃない。

 私はただ、ルシオに憂鬱な顔を見せたくなくて、ルシオといる間は幸せだけを感じていたくて。それができない自分がもどかしいだけで。

 けどこんな事。ルシオに言ったって、優しい彼を心配させてしまうだけだ。

 

「……私の、気持ちの問題だから。本当に大した事じゃないの」

 

「それでも何か悩んでいる事があるなら言ってほしいんだ。俺じゃ、君の力になれないかな」

 

 私は首を振って言った。

 

「そんな事ない。こうやってそばにいてくれるだけで、ルシオは誰よりも私を励ましてくれてるから」

 

 長い沈黙。

 ルシオは私の目を見て言うと、たまりかねたように私の体を抱き寄せた。

 

「分かった。君が本当にそう思ってくれているのなら、俺もそうしたいと思う。だけど一人じゃ抱えきれない事があったら、俺を──みんなをもっと頼ってくれないか?」

 

 

 耳に着けたイヤリングが、揺れ動く感触。

 確かめるように、私の名前をはっきりと呼ぶルシオ。

 私は彼の腕の中で頷いた。

 

 

「約束してくれ、レナス。君が一人で苦しむ姿は見たくないんだ」

 

「……うん。ありがとうルシオ」

 

 

 体中を包み込むような嬉しさの中で、けれど私の心にはやはり、嫌でも無視する事のできない例の痛みもあった。

 

 大切に思う人にこんなにも大切に思われているのに。

 こんな時ぐらい素直に心の底から喜べばいいのに。

 またうじうじと気にかけ始めたところで、これじゃいけないとどうにか思い直す。

 

 やめよう。こんな事考えても意味がない。

 なんでもかんでも深刻に捉えるのは悪い癖だ。とにかく今はルシオとの時間を大切にする事だけを考えればいい。

 気持ちを切り替える事にした私はルシオの腕の中から離れ、前置きもそこそこに全く別の話題を切り出したけど、

 

 

「それでね、ルシオ。イヤリングのお返し、何がいいかなって考えたんだけど」

 

 言って私は、ルシオへの贈り物に変えるつもりの人形を一体、自分の手の上に実体化してみせ。

 ルシオの顔を見上げたところで、次の言葉に詰まった。

 

 一瞬だけだけど、見上げたルシオは少し困ったような、寂しそうな笑顔を浮かべていたのだ。

 がっかりされて当たり前だ。ルシオからすれば、今の私の行動は彼の気持ちから逃げたようにしか映らないだろう。

 本当に何やってるんだろう私と、内心で自分を詰りつつルシオに言い訳する。

 

「ごめんなさい、私どうしても……じっとしているのが苦手で、だから今は、こういう事しかできなくて」

 

「ああいや、違うんだ。プレゼントを今くれるなんて思ってなかったから、ちょっとびっくりしただけなんだ」

 

 ルシオは慌てたように言うと、人形ごと私の手をとって言ってくれた。

 

「俺の言った事、覚えていてくれたんだな。ありがとう。本当に嬉しいよ、レナス」

 

 

 ルシオは優しい笑顔で私にそう言ってくれてる。

 でも本当に、ルシオは嬉しいのかな。

 だって私は、いつもこんな中途半端な態度ばかりで、ルシオの気持ちはいつも置き去りで。

 本当は今も、言いたい事を、私のために我慢しているんじゃないの? こんな私は、本当は嫌なんじゃないの?

 

 思えば思うほど、そうとしか思えなくなって。

 だけど、私は結局その疑問を、ルシオに聞く事はなかった。

 

 聞ける勇気がなかったといえばそうなのかもしれない。

 頭の中で唐突に鳴り響き始めた“音”なんか、目の前にいるルシオに比べたら、本当は私にとって、ずっとどうでもいい事だったはずなのだから。

 

 

 

 それはいつも聞く“声”とは違う、不思議な感覚だった。

 同じなのは、実際に空気を伝わって聞こえる普通の音じゃないという事だけ。何を訴えかけるわけでもなく、不規則に鳴ったり止んだりを繰り返す、ただの重低音。

 

 感情は何も伝わってこないけど、それでも自分が呼びかけられている事だけははっきりとわかる。

 

 一体何の音だろうと心を傾けていると、誰かが咳き込むような音も聞こえた。

 重低音もいったん聞こえなくなる。かと思えば、息を整えているような音も聞こえ。しばしの後また重低音が再開された。

 

 どうやら何者かがこの“音”を出しているらしい。

 

 

 

「どうしたんだ?」

「……あ」

 

 気がつけば私は、すぐそばにいるルシオの事も忘れて立ち上がっていた。

 

「何か聞こえたのか?」

 

 そう聞いてくるルシオは、私がこれからどうするのかもすでに分かっている様子だった。

 また、彼を私につき合わせている。そんな申し訳ない気持ちはもちろんあったけど、

 

「ごめんなさい、ルシオ。行かなくちゃ」

 

 それでもやっぱりその時の私の心は、どこからか聞こえてくる“音”の方に引きずられていたのだ。

 

 

「気をつけて行ってきてくれよ」

 

 プレゼントもすっかり後回しだ。

 気もそぞろに、手に持ったままだった人形をルシオに預けた私は、最後にこんな事を言ってルシオの元を去った。

 

「帰ってから創るわね。すぐに戻るから」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 向かう先は水鏡の間。

 

 水鏡は器に張られた水を通じ、全く別の場所にいる他者との交信に使用するもの。

 水に投じた物体を瞬時にして全く別の場所に運ぶ事もできるそれは、ヴァルハラの宝物庫の一室にある。入り口には警備が数人だけ。人の出入りはほとんどないと言っていい。

 

 今回のように創造神として公に動くような案件ではない場合、私は本来の正門である神界と人間界とを繋ぐ虹の橋ビフレストは避け、行動を周りに気づかれにくいこの水鏡を使って移動をしている。

 つまり英霊を迎え入れるために時間帯を問わず一人ふらりと出歩く事が多い、最近の私にとっての主な移動手段だ。

 

 

 頭の中で響いているこの“音”が一体どこからのものなのか。

 いまいち判別しづらいが──おそらくは人間界から聞こえているのだろう。

 

 気になって向かう事にしたものの、しかしこの“音”に一体何の意味があるというのか。

 不死者のような澱んだ気配はしない。助けを求められているわけでもない。

 “音”の場所に向かったところで、それからどう対処すべきものか。

 

 いつものように慣れた足で水鏡の間に向かいつつ、考えつつ耳からイヤリングを外したところで、私は立ち止まった。

 

 

 “音”が止まったのだ。

 それから聞こえてきたのは、誰かの泣き叫ぶ“声”。

 

 

 ──嫌。こんなのは嫌。

 

 

 ひどく取り乱しているその“声”から響くのは、胸を抉られるような強い悲しみの感情。

 嫌。どうして? 誰か。みんな。返して。ひとりは嫌。寂しい。

 

 そんな感情が一度に押し寄せてきて。

 気がつけば、私の目からも一筋の涙が流れていた。

 

 

 

 ──その後、水鏡の間に向かった間の事はよく覚えていない。

 途中ですれ違った周りのみんなの声にも上の空で返事をし、わき目も振らず水鏡の間に向かい、何の疑問も持たずに暗闇の中を、霧の中をひたすらにつき進んだのだと思う。

 

 “声”を聞いたその瞬間から、私の頭はひとつの事しか考えられなくなっていた。

 

 

 彼女に会いたい。どうしても。

 すべてをなくしてしまった彼女に、あなたはひとりじゃないって、私がいるって、慰めでもいいから救いの手を差し伸べてあげたかった。

 

 

 正体不明の“音”は本当に人間界から発せられたものなのか。

 私にあの“音”を聞かせたのは何者なのか。

 私の心をこれほどまでに揺さぶるこの“声”は、本当に気を許していいものなのか。

 

 この世界全体の平和を考え行動する“創造神”としてなら当然考えるべき事を、その時の私は少しも考えていなかったから。

 




プロローグその3終了。
次回から三章、二章最後のリンガの聖地からの続きです。

 プロローグその2の時と同じく、今回はVP1AEDからあまり月日が経過していないVP世界をだいぶ好き勝手に書いてみました。やっぱりこの作品の舞台はあくまでもSO2なので、VP世界のあれこれ話はこれ以上やりませんが……

 とあるキャラの個人的なお話については、今後もそれなりに触れていく予定です。
 という事で、今後もそれなりのシリアスにご注意ください。


以下、まとめてVP組のキャラ紹介。

・レナス(ヴァルキリープロファイル)
 VP本編の主人公。運命の三姉妹の次女。人間換算で23歳。
 元ヴァルキリーの現創造神。ラグナロクの後、新たな世界の創造神として頑張っていた。なんやかんやの末にできた彼氏の名前はルシオ。
 “声”が気になり向かった先のエクスペルで種々の「力」を失い、結果自分の世界に帰れなくなっていた。
 
 一章からずっといたのになかなかキャラ紹介できなかったキャラ。
 これまでの話やら今回のプロローグから見ての通り、原作AEDからわりかしすぐっていう状況なので、この作品の彼女はだいぶ人間くさかったりします。
 超絶クールビューティーな完璧女神様を期待していた方はマジでごめんなさい。
 
・アリューゼ(ヴァルキリープロファイル)
 26歳。歴戦の傭兵。己の身の丈ほどもある大剣を自在に扱う男。
 レナスの仲間の一人。
 
 AED後もレナス達と一緒に、神界でまあまあ自由にやってるイメージな人。
 基本放任主義だけど、意外と面倒見はよかったり。
 ぶっちゃけギャグが似合わない男。

・メルティーナ(ヴァルキリープロファイル)
 23歳。魔術師の女性。魔術学院を主席で卒業したほどの実力の持ち主。
 レナスの仲間の一人。
 
 AED後なので、この作品の彼女は結構なレナス大好きさんです。
 本当はもっと頭良いはずのキャラなのですが、賢いキャラを書くのが苦手な作者の手によって悪ガキになりました。
 

 以上、これからもちゃんとした出番があるのはこの三人だけです。
 あまりに少ない人数ですが……VPからメインキャラ出し過ぎるとぶっちゃけ「VP世界でやれ」みたいな事になる気しかしなかったので(特に某眼鏡とルシオ)、その他濃いキャラの方々には自重してもらう事になりました。
 畳めない風呂敷は広げたくない系作者でごめんなさい。


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三章
1. “声”が聞こえたから ~ part 2 ~


 時は戻って、うっすらと霧の漂うリンガの聖地の中。

 

 正座したまま、終始うつむいたまま。

 地べたに座り込んでいるフェイト以外の、みんなの視線も一身に受けつつ。

 エクスペルに迷い込んだ時の事をあらかた話し終えたレナスは、真正面で不機嫌そうに腕を組み自分を見下ろすメルティーナの声に合わせて、一段と深くうつむいた。

 

「……よーするに、こういう事? 誘われるまま“声”の主追いかけてった先が、いつの間にやら遠い遠いお空の上で」

 

 横からアリュ―ゼも口を開いた。

 こちらは呆れている様子だ。

 

「気づいたお前は急いで肉体の物質化を解除しようとした。が、何故か出来ずに落ちて」

 

 さらに二人はよってたかって今しがた聞かされた話を、レナス本人に向けて繰り返し確認するように言う。

 レナスはさらにさらに深くうつむいた。

 

「目が覚めたらそこは、あんたの記憶にもない、よく分からない世界で」

 

「エルフだか人間だかよく分からん奴が目の前にいて」

 

「ここは別の世界だわ! 私ったらまったく別の世界に来ちゃったのね、感激! あいかわらず「力」も使えないけどここは別の世界だから不思議でもなんでもないわね! って──」

 

 ついに手で顔隠した。

 が悲しいかな、いまいち隠しきれていない。

 

(横の方隠せてないですし。後耳も真っ赤ですよ、レナスさん)

 

 ついでに言うと、その隠しきれてない顔の部分から“例の文字”もちらちらと光を発していたりするわけで。

 

 そんな中、“例の文字”を書いた張本人のメルティーナがため息をつき、

「あんた、ほんっとに……」

 と息を溜めに溜めてから、レナスに向かって勢いよく言い放ったのだった。

 

 

「──バッカじゃないの!?」

 

「いやだから『バカ』って書いてあんじゃねえか」

「ク、クリフさん! だめですよ、そんな事言っちゃ……」

「えー。だって本当に『バカ』って」

「フェイトも! 茶化さないの!」

 

 

 そりゃ目の前でこんなやり取りされちゃった日にはもう、黙って聞いていた側のフェイト達が言う事はひとつであろう。

 だって本当に『バカ』って書いてあるんだもん。「バカ」って言われたレナスさんの顔に。

 

「レナスさん達は今大事な話してるんだから!」

 

 と真面目に叱るレナに、フェイトもクリフもぶーたれ気味に開き直ってみせる。

 

「そうは言うけどさ。いきなりあの話聞いて茶化し以外でどんな反応しろと」

「意味分からんし」

 

「分からなくてもいいの! 人の話をちゃんと聞くのは当然のマナーでしょ!」

 

 叱り方から察するに、レナもさっきからの話についていけてない事は間違いない。

 そりゃヴァルハラいた時に“声”が聞こえたから気になっただの、水鏡くぐってみたらそのまま帰れなくなっちゃっただの、こっちが初めて聞く単語をさも常識のように使いまくって過去話されたらそうなるだろう。

 

 倒したはずの十賢者がいつの間にか生き返ってる事について、何か心当たりがあるっぽいから彼女に聞いたのに、ちゃんと質問に答えたの「創造神よ」だけじゃん。

 肝心の説明置き去りにして、なぜ彼女はあまりにも自然な流れでそのまま過去話に突入なさってしまったのか。レナには茶化すなと怒られたけど、むしろ「説明する気ないですよね?」ってつっこみたくなる気持ちを抑えて話が一区切りついたっぽいところまで黙って聞いてた事の方を褒めてほしいとすら、フェイト的には思うわけで。

 

 まあ結局のところ、今の彼女の話はフェイト達に向けた説明じゃなく、彼女の知り合い二人に向けた状況説明という事なのだろう。すっかり置いてけぼりなフェイト達をよそに、向こうの面々はなお意味不明な会話を続けているわけだし。

 

「じゃあなに? マジで使えないの? 物質化とか、配列変換とか……、とにかくいろいろあんでしょ、いろいろ」

 

「前に試してはみたけど、どれも……」

 

「精神集中もか?」

 

「こちらに来てからは、それも……。あの時聞こえてきた“声”が最後よ」

 

「全滅か」

 

「マジで何もできないって。どうすんのよこれから」

 

「どうしよう……」

 

「ほんっとに、何やってんのよあんたは……」

 

 

 とりあえず向こうの会話が落ち着くまで、こちらの質問には答えてくれそうもなさそうだ。仕方ないのでレナスを見つつ、

 

(“そうぞうしん”ってあの“神”だよな。しめすへんに申すって書く……)

 

 と先ほどの言葉の意味をフェイトが考え始めたところ、クリフが声をひそめて聞いてきた。

 

「なあ。あいつ、自分はFDの人間じゃないとか言ってなかったか?」

 

 そういやそんな事を言っていた気がする。

 最初に会った時に。マリアに聞かれて、「違う」って否定してた。

 何にも知らないって。宇宙の意味すら分からないって。

 それなのに、さっきは「創造神よ」って。

 

「どういう事だよ、それって」

 

 フェイトの口調には、レナスに対する不信感が強く込められている。事と次第によっては、自分達は今の今までずっとレナスに欺かれていた事になるのだ。

 急に不機嫌になったフェイトを見て、レナが心配そうに聞いた。

 

「どうしたのフェイト?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

「ま、ここでうだうだ考えるよりゃ、本人に納得のいく説明をさせた方がいいわな。言ってる意味は分からんが──あの様子からすると、とりあえずなんかやらかした事だけは確かみてえだし」

 

 

 そんなわけでフェイト達はクリフが言った通り、向こうの話(というか説教)が一区切りつくのを待っている状況なのだが。

 これがなかなか、会話が一向に途切れそうにない。

 

「はあー。ったく……あんたは絶対、いつかこーいう事をやらかすと思ってたけど」

 

「まさかこんなに早くその“いつか”が来るとはな」

 

「本当にごめんなさい……」

 

 途切れたかと思ったが残念、まだ途切れない。

 

「しかもなに? そんなわっかりやすい罠にまんまと引っ掛かっておきながら、今の今まで気づいてなかったって。……バカなのあんた? ていうか、バカでしょ?」

 

「邪悪な気配はしなかったから……。まさか、あれが罠だったなんて」

 

「これみよがしに罠ですよーなんていう分かりやすい罠がどこにあんのよ! いかにもな雰囲気出しておびき寄せるに決まってんでしょうが! あんたみたいな大バカ相手ならなおさらね!……」

 

 いい加減じれったくなって無理やりにでも会話に割り込もうとした、その時だった。

 

 

「──!」

 

 

(なんだ? 様子が……)

 

 座って見ていたフェイトはすぐその異変に気がついた。

 正座中のレナスが顔の文字とはまるで不釣り合いに、急に緊張感に満ちた表情になったのだ。

 

「なんでもかんでも不用心に飛び出すなっていっつも言ってんのに、人の話聞きもしないで……」

 

「……」

 

「あの変態一人警戒しときゃ安全だとでも思ってたの? ねえ、あんたの事狙ってる奴なんてそれこそ山のようにいるのよ? この間だって……あーもう、一体これのどこが“成長する神”なんだか……」

 

 何か考え事でもしているのだろうか。すぐ目の前にいるメルティーナの小言も今のレナスの耳には入っていないように見える。

 それくらい彼女は一心に、何かを考え続けているのだ。

 

(考え事、か? ……いや、どっちかと言うと)

 

 彼女は何かを気にしているのかもしれない。そうと思えばあの様子は確かに、聞き耳を立てている風にも見える。

 自分には分からないが、魔物の気配でも感じたのだろうか?

 すぐ近くに、あんなにうるさく喋り続けている人がいるというのに──

 

「って、ああー!? あんたまた……!」

 

「……おい。“声”は今聞こえないんじゃなかったのかよ」

 

 メルティーナとアリューゼも、レナスの異変に気がついたらしいが。驚き呆れたように口々に言っている二人の事も、やはり今のレナスの意識にはないようだ。

 急にはっと後ろを振り返り、

 

「ここから近い? それなら、まだ──!」

 

 独り言を呟くやいなや、レナスは脇の地面に置いてある剣をとった。

 

「ま、待ちなさいよ! 今言ったばっかでしょうが、なんでもかんでも不用心に──」

 

 メルティーナに向かってレナスは

「すまない、話は後だ」

 とだけ言うと。

 

「あっ、こら!」

 

 実力行使で捕まえようとしたメルティーナの手をさらりとかわして立ち上がり、そのまま振り返りもせず走り去っていく。

 後には、彼女が立ち上がった時に膝から滑り落ちた、ぼろぼろの首のない人形だけが残された。

 

 

「こらあぁぁっ! 『バカ』消さないわよ、バカ! とっとと戻ってきなさいバカ! ……ちっ。まるで聞いちゃいないわね、あのバカ」

 

「え、え? なに? どうしちゃったのレナスさん?」

 

「マジで意味が分からん。てか足はええな、あいつ」

 

「ああ、すごいなレナスさんは。さっきまでずっと正座してたのに」

 

 さっきから会話に置いてかれているせいでいまいち緊張感が足りていないフェイト達をよそに、メルティーナが手早く地面から人形を拾い上げて言う。

 

「追いかけるわよアリューゼ!」

「ああ」

 

 レナスに次いで、レナスの知り合い二人もその場から走り去さったところで、ようやくクリフが慌てた様子で言った。

 

「やべえ、このままじゃ見失っちまう。俺らも追いかけんぞ!」

 

 そう言った後で、クリフは地べたに座りっぱなしのフェイトを見、

「早く乗れフェイト!」

 と焦れったそうに自分の背中を指して言ったのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 隣のレナが、走りながら不安そうに口を開いた。

 

「霧が濃くなってきたわね……」

 

 この霧のせいなのか、それともそれほど距離を引き離されたという事なのか。レナスの姿はもうだいぶ前から、完全にフェイト達から見えなくなってしまっていた。

 

 今はレナスの後を追いかけているアリュ―ゼとメルティーナを、フェイト達がさらに後から追っている格好になっている。それも、霧の向こうでかすかに動く影を目印にして何とか追いつけている、といった状況だ。

 これ以上距離が開くか、もしくはこれ以上霧が濃くなってしまったらまずい。

 焦りを感じたフェイトは、自分のすぐ横にあるどでかい道具袋を手でのけてクリフに言ったが。

 

「急げクリフ! ここであの人達を見失ったら──」

 

「おいうるせーぞ、でけえ荷物。俺はこれでも十分急いでんだよ」

「下ろせクリフ。自分で走る」

 

 今一番言われたくなかった事を剛速球で投げ返されたらそう言い返しちゃうだろう。売り言葉に買い言葉ってやつである。

 

 お前なんかに背負われなくったってちゃんと走れる。レナスさん達に追いつけなかったら困るから、仕方なく背負われてるだけだ。

 微妙に筋の通らない自分への言い訳で屈辱感をごまかすフェイトに、息を切らして走り続けるクリフの方も大人げなく言い返しちゃったりなんかして。

 

「はあーん? 一人の女にまるでいいようにボコボコにされて、へろへろ状態な奴が走る、ねえ……。さっきは普通に立ってんのも疲れるみてえな様子だったが、あれは俺の目の錯覚か?」

 

「お前だって何だよそのへろへろな走りは。レナの方がお前の足に合わせて遅く走ってるじゃないか。情けないよな、肉体だけが自慢のクラウストロ様が、女の子に気を使われながらひいこら走ってんだもんな!」

 

「……うるせえな。こちとら本日二度目の全力疾走だっつうの。しかもなんだ? 二度目は、こんなでっけえ荷物抱えてよ……」

 

 結局そんなしょうもない言い争いをしているところで、

「あの……わたし、もう少し荷物持ちます」

 と食糧袋やら竪琴やらを持ったレナに申し訳なさそうに言われ、お互い暗黙の内に休戦となったのだった。

 

「え、気にしなくていいよレナは。今だって十分重い荷物持ってもらってるし」

 

「一番でけえ荷物はこいつだしな」

 

 

 おとなしくレナス達の後を追いかけるフェイト達。

 と、前方にまた一つ、魔物らしき影が横たわっているのを発見した。

 

「魔物も増えてきたな」

 

 みんな特に構う様子もなく前に向かって走り続け、近くまで寄り。

 クリフが億劫そうに足元近くにある魔物の死体を避け、そしてそのまま何事もなかったように移動を続ける。

 

「まあどいつもこいつも、すでに全部倒されてるようだが」

 

 フェイト達がレナス達の後を追いかけていくにつれ。だんだん霧が濃くなり、さらにはだんだんと魔物の死体にも出くわすようになってきていた。中にはまだ微かに動いている奴もいる。

 

 今のこの状況からすると、この魔物達はフェイト達の前を行く彼女達によって倒されたらしい。

 いちいち立ち止まって確認などしていられないから詳しくは分からないが、少なくともフェイト達を襲う元気のある奴は今のところ一匹もいない。重い荷物を抱えたクリフが彼らの後をなんとか見失わずについていけているのも、きっと彼女達の“露払い”のおかげなのだろう。

 

 走りながらレナが言う。

 

「あれ、倒してるのも……全部レナスさんなのかな」

 

「どうだろうな。何か焦げ臭いのもいたし、全部ってわけじゃないと思うけど」

 

 いくら彼女がアホみたいに強かろうと、さすがにただの剣じゃ魔物は燃せないと思う。いやもしかしたら彼女なら、すさまじい摩擦熱が起こるほどの速さで魔物を斬りつけて燃やす、みたいな事ができるのかもしれないけど。

 

(……。いや、いくらなんでもさすがに。とんでもすぎるだろ)

 

 心の中で自分の想像につっこんでいると。

 またフェイト達の前方が一瞬明るくなり、それと同時に何かが爆発したような音が聞こえてきた。

 さっきから時折、このような光と音がフェイト達の元へ届いてきているのだ。

 

(あのメルティーナとかいう人は紋章術師っぽかったし、たぶん焦げ臭い奴はあの人が倒してるんだろうな)

 

 とフェイトはごく自然な結論を導き出した後で、ふとそれとは別な可能性を思いついた。

 

(それともレナスさん、実は紋章術も使えるとか? もしくは紋章剣とか……)

 

 あんなに戦えるのに堂々とサボってたくらいだし、使えるけど使ってなかっただけとかも十分にありえる。さっきも私の「力」がどうとか言っていたし。

 

 フェイトがぼんやりと考える中。

 フェイトとフェイトを背負っているクリフとレナの三人は、今度は二、三体と寄り集まっている魔物達の死体脇を通り抜けていく。

 

(これである程度なら戦えるって。レナスさん、とりあえず謙遜すればいいってもんじゃないでしょう……?)

 

 魔物達を横目で見ているうち、ひと月前のレナスの発言と今現在の状況とのギャップに思わず乾いた笑いが出そうになった。

 気をそらそうと思ったフェイトは、レナに話しかけたが。

 

「あの人達、一体何者なんだろうな」

 

「え……?」

 

 ふいに話しかけられたレナは少し驚いたような反応を見せた。こっちはこっちで何か考え事をしていたらしい。

 

「あの人達、って?」

 

 困ったように聞き返すレナに、僕の言い方も曖昧だったなと軽く反省して、さっき言おうとした事を詳しく言い直す。

 

「レナスさんの知り合いだよ。あの人達は魔物を倒しながらレナスさんを追いかけているっていうのに、僕らは全然追いつけてないだろ?」

 

「……そうね。今にも見失ってしまいそう」

 

 もちろんこっちの足がやたら遅いという事もあるけど、それにしたって普通なら、そろそろあの二人になら追いつけてもいい頃合いだ。

 ただ後を追いかけているフェイト達と違って、恐らくあの二人は現れた魔物に足止めをくらいつつレナスを追いかけているのだろうから。

 それでも一向に追いつけないとなると──

 

「少なくともそこらの素人に毛が生えたレベルの奴らじゃねえ、って事だけは確かだな。あいつも含めて」

 

 とクリフもフェイトの考えている事と同じ事を言う。

 レナも難しい顔で同意した。

 

「そう、ですよね」

 

 

 

 さらに濃くなる霧。

 一向に見えないレナスの姿。

 ほぼ見えなくなりかけているアリュ―ゼとメルティーナの姿。

 走りながら、クリフは背中の大きな荷物達の位置をよっこらせと直し、勘弁してくれと言いたげにぼやく。

 

「しかし……俺達ゃどこまであいつを追いかけりゃいいのかね」

 

 と、レナが霧の向こうを見て言った。

 

「この霧の感じ……。たぶんレナスさんは、奥地に向かって進んでいるんだと思うわ」

 

 

 ☆★☆

 

 

「だあーっもう、邪魔ねこいつら! あいつに追いつけないじゃないのよ!」

 

 メルティーナは腹立ち紛れに叫ぶと、一度足を止め、杖を構えて詠唱を始めた。

 この場の状況に合わせて出来うる限り簡略化、最速化された術式を用いて、彼女は目の前に立ちはだかる魔物の身体を、一瞬にして爆炎で焦がす。

 

 魔物が倒れるより先に、メルティーナは再び走り出す。

 もう一匹、後方にいた魔物を大剣でぶった斬ってきたアリュ―ゼがすぐに追いついて、彼女の横に並んだ。

 

「すっかり見失っちまったな」

 

「いいわ! どうせ一本道っぽいし! 道塞ぐこいつら倒してとにかくまっすぐ走ってりゃなんとかなるでしょ!」

 

 メルティーナがヤケクソ気味にアリュ―ゼに言い返していると。

 またまた道の先に、数匹の魔物がいた。

 その内の二匹ほどはすでに息絶えて地面に転がっているが。

 

 まだ生きているどの魔物も皆、一様にいきり立っている。

 アリュ―ゼとメルティーナが近づいてくるのに気づくと、一斉についさっきつけられたばかりの傷口から血を噴き出しながら、二人に襲いかかってきた。

 

 またまた魔物に邪魔されたアリュ―ゼとメルティーナはうんざりした様子で足を止め、そしてまたまたそれぞれの武器を構えたのだった。

 

「さっきからもう……倒し損ねてんのよ、わりと!」

 

「一秒すら惜しいってか。あいつ、俺達に後始末を押しつけやがったな」

 

 

 ☆★☆

 

 

 心の奥でかすかに響き続ける“声”から伝わるのは、失った事を嘆くのではなく、失う事をひどく怖れ厭う感情。

 ひと月前に聞いたあの“声”とは違って、この“声”の主はまだ生きている。

 誰にともなく助けを求める“声”には、そうレナスに確信を抱かせるのに十分な希求性があった。

 

 

 ──誰か……こんなところで……を……。嫌……助けて……

 

 

 深い霧の中。

 両側から崖が迫る、狭く長い一本道の中を。聞こえてくる“声”の導くまま、レナスはひたすら前へ向かって走り続ける。

 走る内にまた、行く先を塞いでいる魔物達に遭遇した。

 

(大丈夫。今ならまだ、間に合う)

 

 レナスは少しも速度を緩める事なく、全速力で魔物に向かっていく。

 

 最初の一匹の腹をばっさりと斬り。

 二匹目からの下段攻撃を上に飛んで避け。左手に持っている、半分しかない鞘で無防備な目を殴りつける。

 

 怯んだ魔物を無視して、そのすぐ横を走り抜け。

 少し離れた三匹目も無視。

 三匹目と、そのすぐ後ろに隠れていた四匹目が同時に、手に持ったこん棒をレナス目がけて大きく振りかぶる。

 

 レナスは身を低くすると、すれ違いざまに四匹目の足を深く斬りつけた。

 足の腱を切られてバランスを崩した四匹目は、不幸にも三匹目の魔物と同士討ちする結果になったが──

 

 その結末を引き起こしたレナスは、すでにその場から走り去っていた。

 霧を割って走るレナスは前しか見ていない。必要最小限、倒し損ねた魔物共から追撃を受けぬよう注意を払っているだけだ。

 

 レナスの意識は、“声”に向けられている。

 

 

 ひと月ぶりにレナスの元へと届いた“声”は、いつも以上に聞き取りづらいものだったのだ。初めの内はそれが“声”だと気づかなかったくらいだ。

 

 よくよく心を傾けていないと、自らの心にかき消されてしまう。

 聞こえてくる“声”が小さいのか、それともこちらの聞く「力」が弱まってしまったのか。今置かれている状況を考えれば、恐らく理由は後者だろう。まだこの「力」が自分に残されていた事の方が意外と言うべき事なのだ。

 この“声”が聞こえてくるまでは、この「力」も他の「力」と同様に、なくなってしまったとばかり思っていたのだから。

 

 

 一度も足を止める事なく、遭遇する魔物達にも気をとられる事なく、レナスは走り続ける。

 だいぶ近くまで来ているらしい事は分かるのだが、人の姿らしき影はまだ見えて来ない。

 

 ──嫌。誰か……

 

 進む内に狭い一本道を形成していた両側の崖が消え、広い空間へと変わった。

 深い霧。そして様々な方角から時折、魔物達の咆哮が聞こえてくる。

 

 早く、“声”の主の居場所へ辿り着かなければ。

 “声”はまだ続いている。

 今ならまだ間に合うのに。

 

 ──……死ぬなんて……

 

(大丈夫。もう少し、もう少しで着くから)

 

 間に合わない事なんてあるはずがない。心の奥で響く“声”に呼びかけるように、レナスが自分の心に強く言い聞かせた時だった。

 

 

 ──……あ……

 

 

 それまで助けを求め続けていた“声”が、突然聞こえなくなったのだ。

 まさか自分は間に合わなかったのだろうか。最悪の事態を考え一瞬動揺したレナスだったが、すぐに(これは私の心が乱れたせいだ)と考え直す。

 

 大丈夫、“声”の主に何かが起きたわけじゃない。

 悲しみの“声”も怨嗟の“声”も聞こえてこない。いきなり何も聞こえなくなっただけだ。

 落ち着け。

 精神を集中させろ。余計な事は考えるな。

 “声”を聞きとらなければ、“声”の主の居場所が分からなくなってしまう。

 

 

 レナスが自分に言い聞かせていた時。深い霧の中で、また影が動くのが見えた。

 大きい影。複数。四つか。

 瞬時にして、これも人ではないと判断する。

 

(……こんな時に)

 

 歯噛みしつつ前に進み。

 相手が構え終わるより早く、一番近くにいた魔物を斬り捨てる。

 二匹目からきた攻撃をかわす。

 霧の奥で、また影がいくつか動いた。

 

(もう少しで着くのに)

 

 “声”は聞こえない。

 二匹目の腕を斬り飛ばして前に進む。

 先ほどまでは、この方角から聞こえていたはずなのだ。

 前に進むしかない。

 

 しかし、霧のどの方角を見ても。

 動いている影は、すべて魔物の──

 

「あれは──」

 

 

 レナスの視線の先、霧の向こうで、動いている一つの影。

 他の影より、二回りほども小さい。

 その影は他の大きな影の間から、しきりに現れたり消えたりしている。

 

 聞こえた。かすかに、しかしはっきりと。

 「力」がなくても聞く事のできる声、人間の女性の慌てたような声が。

 

 

「──そこか!」

 

 レナスは叫ぶと、自分の行く先を阻むように立ち塞がっている二匹を次々と斬りつけた。

 怯んだ魔物達の間をすり抜けて、まっすぐに目的の人物に向かって走る。

 

「今行く! もう少しだ!」

 

 声をあげたが、返事はない。

 助けが来た事に気づいていないのだ。霧に紛れているせいで、レナスと他の魔物達との区別がつかないのだろう。

 

 近づくにつれ、おぼろげな影が、一人の女性と二匹の魔物達の姿に変わっていく。

 女性は、その二匹の魔物に追いかけまわされていた。

 なにやら喚きながらこん棒を振り回す魔物。女性はその執拗な攻撃から辛くも身をかわしながら、魔物に向かって話し続けている。

 

「ちょ、ちょっとタンマ……待ってよ、一体私が何したって……」

 

 だいぶ体力を消耗しているようだ。

 一刻も早く助けなければ。これ以上長くはもちそうにない。

 女性との距離は後、十数歩。

 その十数歩さえ持ちこたえてくれれば。

 

「ここ一体どこなのよお……なんでこんなバケモンが……」

 

 

 と、レナスは急に背後から気配を感じた。

 

 振り向くと、こん棒が自分を目がけて飛んできている。さきほど無視した魔物の内、一匹の腕が、武器を投げた直後の状態で伸びきっていた。

 足止めが不十分だったか。もう一匹の魔物も戦意を失ってはいないようだ。

 

「あだあっ」

 

 後ろの方で、女性の声がした。

 人が地面に倒れる音。くぐもったうめき声。

 

(っ! この──)

 

 レナスはわずかに横に動き、自分の体すれすれを通り過ぎていくこん棒を手で掴みとると、

 

「邪魔をするな!」

 

 その勢いを殺さずに身体を回転させ、こん棒を投げてきた魔物の隣、まだ武器を持っている方の魔物目がけて投げ返した。

 顔面に直撃してずしんと倒れる魔物を再度無視して、女性の方を振り向く。

 

 女性はうつぶせに、レナスに背を向けた格好で倒れている。

 微かに身動きを見せる女性。

 二匹の魔物は倒れた女性に向かって、大きくこん棒を振り上げていた。

 

 

「させるかっ」

 

 レナスは走りながら、自分の左手に持っていた鞘を、女性のすぐ右奥にいる魔物目がけて突き刺さるように鋭く投げつけた。

 投げると同時に、左足で強く地面を蹴りつけて飛び上がる。

 また後ろからの気配。避ける時間も惜しい。自分目がけて飛んできたこん棒を左腕を盾にして振り払い、レナスはすぐに注意を前に戻す。

 

 こん棒を振り下ろし始める、前方の魔物達。

 水平よりはやや上向きにまで、こん棒が下がったところで──

 

 投げた鞘が魔物に届いた。

 半分に割れた鞘の、いびつに尖った断面が、魔物の喉仏をしっかりと捉えている。

 さらに立て続けに。

 

 レナスの飛び蹴りが、魔物の喉にある鞘へと届いた。

 

「──!? ガ……ア、……! ……」

 

 蹴りのすべての衝撃を受けた鞘が、魔物の喉の奥深くにねじ込まれる。

 声にならない、かすれた叫びをあげ、魔物の身体がぐらつく。

 

「グガ!?」

 

 左にいるもう一匹が、今やっと、状況が百八十度変わった事に気づく。

 レナスは魔物の喉を蹴りつけていた右足の力を緩めると、すぐさまそのもう一匹の魔物の方を向いた。空中に浮いたまま、今度は左足で魔物の胸元を強く蹴りつける。

 女性に振り下ろしかけていたこん棒を、慌てて引き戻そうとする魔物。

 

 だが、魔物がこん棒を手元半ばまで引き戻さない内に。

 ふところに飛び込んだレナスが、魔物を下から上に斬り上げていた。

 

 

 

 二匹目の魔物を斬ったレナスは、その魔物の身体に左手と左足をついて体勢を立て直し、地に足をつけた。

 そしてほぼ同時に、ゆっくりと倒れる魔物達を背景にして振り向くと。

 

「うー、いたた……」

 

「無事か!?」

 

「……へっ?」

 

 魔物に襲われ、うつぶせになって倒れていた女性──レナと同じく耳の長い、赤髪の女性に声をかけたのだった。

 




・章を挟んでちょっと分かりにくくなっちゃったので補足。
 レナスはプロローグその3の内容をまんま喋ったわけではありません。アリューゼとメルティーナには伝わる程度の、今現在の状況に至った事実だけを説明しました。
 ようするに……この件と関係あるわけでもないのに、皆さんの前で自分が考えてた事とかルシオとのやり取りみたいなプライベートな事べらべら喋るわけないよねっていうあれです。


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2. いいひと(バカ)

 一寸先も見えないほど霧の濃い、見知らぬ世界の住人達がそこら中我が物顔で闊歩しまくる、リンガの聖地の奥地。……の、一端。

 

 そこに迷い込んでしまったというか、それとも自ら飛び込んだというか。

 どこからかわんさか湧いて出てくるその謎の魔物達に襲われまくっていた、赤髪の女性──

 チサトは、魔物が振り回してきたこん棒を避けようとした勢いでうっかり足を挫いてバンザイした体勢のままこけて顔面を強打して呻いている時に、いきなり頭上から誰かに声をかけられて思いっきり戸惑った。

 

 そういやさっきからなんか「今行く!」みたいな人の声がするような気もしていた。

 こんな人気のない場所に来る人なんてあの怪しい二人組以外にいるわけないし、どうしたって聞き覚えのない女性の声だしで、きっと現在魔物に襲われて大ピンチな自分にだけ聞こえてくる都合のいい幻聴だとばかり思って聞き流していたけど。

 ここまで近距離ではっきり話しかけられているという事は、本当に現実の人の声だったらしい。

 

 戸惑いつつ、ようやく理解が頭に追いつき始めたところで。

 何はともあれ謎の女性の声に聞かれた「無事か!?」に答えようと顔をあげたチサトは、声をかけられた時以上に戸惑った。

 

 

 いや、なんというのだろうか。

 今自分の目の前にいる、すごい真面目な顔してる銀髪美人は、顔を見れば見るほど確実に知らない人なわけで。

 

 だからその──まあ、そんな初対面さんにこんな場所でばったり会うなんて奇遇だわ、っていう事である。まさか女性の顔見た瞬間に、(こんな美人さんが何がどうなってこんな事に?)などというぶしつけな疑問が頭に浮かんだはずなどないではないか。まさか命の恩人に向かって。

 

 そんな感じでさっきから戸惑う事ばかりだけど、とりあえず今のこの状況からして、自分がつい今しがたこの人に助けられた事は間違いないわけだ。

 さっきまで自分を襲っていた魔物達は揃って地面に転がっているわけだし。この人も手に剣持ってるし。

 

 この女性に対する色々な疑問はひとまず脇に置いといて、まずは助けてくれたお礼を言おう。

 ようやく我に返ったチサトが、突然目の前に現れた謎の銀髪美人ことレナスに礼を言おうと身を起こそうとしたところ。

 

「あ、ありが──」

「っ伏せろ!」

「はい!?」

 

 チサトは反射的に、レナスの言葉に従って身を伏せた。

 一瞬のち、チサトの頭上でがきん! という音がし。レナスが駆け出したかと思うと。

 そのすぐ後、今度はチサトの真後ろで魔物の咆哮が聞こえた。

 

(な、なに!? なんなの!?)

 

 と伏せたまま、ゆっくり後ろを振り返る。

 視線の先ではレナスが魔物と戦っていた。

 

 いや、違う。レナスは魔物と“戦っていた”のではない。

 レナスはただ、魔物を“処理していた”だけだ。

 ただ息をするかのように、魔物の攻撃をいなし。続けてただ服についた埃をはらうかのように、魔物を斬る。

 それくらい、戦いは一方的なものだった。

 

 

(うわ超かっこいい)

 

 とチサトがレナスの戦う姿を惚けて見ていると。

 あっという間に近くにいた魔物を倒し終わったレナスが、チサトの方を振り向いた。どうやらこっちに戻ってくるらしい。

 

(……。いやいや、もろもろ含めても尚かっこいいでしょあれは)

 

 と一瞬疑ってしまった自分のほっぺを自分でつねって言い聞かせる。

 

 かっこよくないはずない。なんたってあの人は絶体絶命の大ピンチって時に颯爽と現れて自分を助けてくれたんだから。

 それに状況よく分かんないけど、たぶん今も自分を魔物から守ってくれたんだから。

 しかもめちゃくちゃ強いし。あれがかっこよくなければ何だというのか。そりゃ、余計なモノがない方がよりかっこいい事は確かだけど。

 

 チサトがしっかり(かっこいい)と思い直しているところで。戻って来たレナスが、さっきよりいくらか緊張を解いた表情と口調で聞いてきた。

 

「歩ける?」

 

「……あ。そ、そうよね。早くここから逃げなきゃよね」

 

 さっきから衝撃的な出来事ばかりでいまいち頭が回らないけど。

 ていうかこの人には本当に申し訳ないんだけど、ぶっちゃけすごい真面目な顔してるはずのこの人の顔のアレがさっきからすごい気を散らしてくるわけだけど、こんな魔物がうじゃうじゃいる場所にぼーっと座っていたままじゃ、またすぐ別の魔物に襲われてしまうだけだという事だけは分かる。

 

 改めて目の前の銀髪美人さんに関するもろもろの疑問を気にしない事にして、すぐにも立ち上がろうとしたチサトだったが。

 

「痛っ……」

 

 そういえばついさっき、思いきり足を挫いたばかりだった。

 

(ええいなんだこんな痛みなんか!)

 

 と急に思い出した足の痛みにうずくまりつつ、チサトは自分に喝を入れる。

 足が痛かろうがなんだろうが、ここで歩けなきゃ待っているのは死だけだ。まるで奇跡みたいなタイミングで自分の事を助けに来てくれた人までいるっていうのに、「足が痛いから動けなーい」なんて甘ったれた事言いたくない。ていうかなにより魔物にやられたわけじゃないのに、勝手に転んでできた怪我で勝手にピンチとか超はずかしいし。

 

「ふんっ、ぬおー!」

 

 チサトがそんな感じにド根性で歩こうとしていると。

 レナスが言った。

 

「無理に動かない方がいいわ」

 

「えっ。でも」

 

「大丈夫。じきにもう二人来る」

 

 レナスはそれだけ言うと、また近くでチサト達を発見してうなり声をあげている魔物達の方に進んで向かっていった。

 

 

(もう二人、来る? じきに? って……誰が来るのよ?)

 

 チサトが首をひねる中。

 レナスはチサトから一定の距離を保ちつつ、チサトの周囲に現れた魔物達のみを次々とやっつけている。

 今は現状維持でチサトを守っている、といった感じの動きだ。あの様子からすると彼女は今言った通り、誰かがこの場にやって来るのを待っているらしい。

 

 こんな場所に来る人のあてがあるとは改めて不思議な人だ。

 というより、助けてもらってからにこんな事を疑問に思うのもあれだけど、そもそもあの人は何でこんな所に来たのだろう。こんな魔物しかいないような場所に来る物好きなんてそうそういないだろうに。

 それこそ、ここ最近しばしばボーマンの店を訪ねてくるあの怪しい二人組と、その二人組を探りに来て迷子になっちゃった自分を除いては。

 

(もしかして、あの人も迷子になっちゃったとか? それでたまたま危ないところを見つけて助けてくれたとか?)

 

 チサトがそんなのん気な想像を働かせ始めて、数分も経った頃。

 霧の向こうから何やら爆発音が響き。さらに少し遅れて同じ方角から、何か怒っている女性の声が聞こえてきた。

 

「どこ行ったのよ!? 返事しなさい!」

 

 レナスも魔物と戦いながら、「こっちだ!」と聞こえてきた女性の声に答えている。どうやら待っていた“二人”がやって来たらしい。

 

(気のせいかしら。なんか最近聞いた事あるような声だわ)

 

 とやっぱりのん気に考え続けるチサトが“二人”の正体を知ったのは、それからしばらくしてこっちにやって来た“怪しい二人組”こと、アリュ―ゼとメルティーナにしっかり会ってからの事である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ああーっ! あ、あ……あなた達は!」

 

「げえっ、あんたは!」

 

「……お前だったか」

 

 顔を合わせるなり、チサトは見覚えのありすぎる二人組を指さして驚いた。と同時に、自分を助けてくれた『銀髪美人』の正体にもやっと気づいた。

 

 というかむしろ何で今まで気づかなかったのか。よく考えなくてもこの人は、この二人組が探していた特徴まんまの『銀髪美人』ではないか。

 しかもさっきも「どこ行ったのよ!?」って、二人組の女の方があきらかになんかはぐれた事に怒ってる感じだったわけだし。

 ……という事はつまり、やっぱりそういう事なのだろう。

 

(じゃあやっぱり迷子だったのね、この人も? あんなにかっこいいのに……)

 

 とチサトがすんなり納得する中。

 無事合流できたレナス達はレナス達で、お互い何やら納得したように話し合っている。

 

「あんたまさか、これ聞いて来たの?」

 

「知り合い?」

 

「……は。冗談でしょ? なんでこんなのと」

 

「そう、彼女が──」

 

 嫌そうに言うメルティーナの反応から、レナスは納得したようにちらとチサトを見た。

 二人組の方はというと、心底うんざりした様子でぼやいている。

 

「あーやだやだ、なんで私らがこんなの助けに来なきゃいけないんだか」

 

「これが運命、てやつか? ……はっ」

 

 さすがに気になったチサトが聞き返すも、

 

「えっ。助けにって、どういう事? あなた達、私を助けに来たの?」

 

「ふっ、無視よ無視! さあさ、とっととここから離れましょ」

「だな」

 

 二人とも答えてくれない。

 ていうかこっちの方を見ようともしない。

 

「ええー。ちょっと、それひどくない? ねえー、私ここにいるんだけど……聞いてんのー?」

 

 そりゃちょっとばかししつこい追跡取材はしてたかもしれないけど、なにもそこまでガン無視する事ないだろう。

 当たり障りのない会話ぐらいはしてくれたっていいじゃない。と二人組に存在アピールをしかけたチサトはしかし、レナスの言葉で早々に口をつぐんだ。

 

「そうね、まずはここを離れましょう」

 

 そりゃそうだ。こんなところで無駄なお喋りしている余裕なんかない。

 自分以外はなんかすでに色々今の状況を分かってる様子だし、魔物だらけのこの場所から滞りなく離れるためにも、自分はむしろ空気のような存在に徹するべきだろう。

 

「メルティーナ、彼女の足を治してあげて」

 

「あ? こいつの足?」

 

 レナスは周囲に注意を払いつつ、メルティーナに言う。

 空気に徹しているチサトがほけーっと(普通に言ったわね。名前、メルティーナって。……というか、回復術使えるんだ?)などと首をかしげる中。

 

 また近くに魔物がやってきたらしい。

 言うだけ言って前に駆けだそうとしたレナスを、なぜかメルティーナは首根っこを掴んで引き止めた。

 

「ちょいまち。あんたが先よ」

 

「……。今は魔物が」

「はいはい魔物魔物。行ってこいアリューゼ」

「へいへい」

 

 反論の隙を一切与えない連携っぷりである。

 アリューゼがさっさと魔物を倒しに行ってしまったところで、さらに

 

「あっちを治してほしいのならどうすりゃいいのか、分かるわよね?」

 

 とまで言われ、レナスは仕方なしに自分の左腕の袖をまくってメルティーナに見せた。

 

 いつの間にできたか、レナスの左腕には鈍器で殴られたような青あざが広がっている。あれだけ一方的な戦いぶりを見せていた彼女ではあるが、どうやらチサトが知らないうちにどこかで魔物の攻撃を受けてしまっていたらしい。

 

(うわー、痛そう)

 

 とチサトがその様子を、同じくらい痛々しい事になっている自分の足の事もすっかり忘れて見ている中。

 

「ったく、最初っから素直に見せりゃいいものを。結局その顔……はともかくとして、ちゃんと考えてから行動しなさいって人の話聞きもせずにすっ飛んでいくわでなんなのよもう。……あんたこの腕放置で暴れまわる気だったとか、とことん無茶しないと気が済まないワケ?」

 

「ここを出るのに支障はないわ。時間がかかるから後回しでよかったのに」

 

「そういう事言うのが無茶だって言ってんのよ。怪我したまんまでも大丈夫いけるいけるって、それやってとんでもない目にあった事が何度あったことか」 

 

「話を誇張し過ぎよ。何度もはないわ」

 

「ハア? 微塵も誇張してないわよ今言ったまんまその通り何度も何度もあったわよ。あんたがどれだけ言い張ろうとアリューゼだっているんだからね、いい加減自分の間抜け具合を認めなさいってのよ」

 

 

 しぶしぶおとなしくしている様子のレナスの腕を、メルティーナはやたらと文句を言いながら治療している。

 杖をかざしているレナスの腕の怪我はじわじわと治っている事は治っているのだが、あの様子だと完治までには結構時間がかかりそうだ。回復術は彼女の得意分野ではないのかもしれない。

 

「痴話喧嘩はいいからとっとと治せ」

 

 と魔物を倒す合間に言ってきたアリューゼにも、メルティーナは八つ当たり気味に言い返した。

 

「うっさいわね脳筋二号! 気散らさせないでよ、ったく……」

 

 自分のもたつき加減にもイライラしながらレナスの治療を続けているような様子から察するに、回復術は本当に彼女の得意分野ではないようだ。

 以前十賢者を一緒に倒した仲間であるレナ並みとはいかないまでも、同じく仲間の一人のノエルぐらいの手際のよさでぱぱっと治してくれるのなら、このままだと歩くのも困難な足だけと言わずに顔面からこけたせいでひりひりする鼻の頭とかも治して欲しかったのだが。この分だとそれも贅沢な望みになりそうだ。

 

 というかむしろどうしたってネーデ人には見えない以前に、どうしたって性格的な意味で回復術が使えるようには見えない彼女が回復術を使えている事自体、現在ぼへーっと見ているチサト的にはびっくり仰天モノの光景である。

 

(いいなー。私だって使えないのになー。あんなややこしいシロモノ)

 

 そういえば今目の前で行われている回復術は自分がいつもお世話になってた回復術とはどこか違うような気もするけど、紋章術自体さっぱり詳しくないチサトにはどこがどう違うのかさっぱりだ。

 

 どこが違うのかなあと思いながら、レナスの腕の治療が終わるまでの一部始終をぼんやり見続け。それから自分の挫いた足もメルティーナにしぶしぶ治してもらい。自分の足を治しているであろう杖の先から発動しているっぽい、なんか紋章術らしき方陣のような何かを間近でほへーっと見続けても、結局最後まで何が何やらさっぱり分からなかった。

 

「ありがとう。えーと……メルティーナ、さん? いやー、本当に助かるわあ。あなた達っていい人だったのね」

 

「私はあんたがどうなろうと本っ気で知ったこっちゃないんだけど。とにかく、これに懲りたらストーカー行為はやめる事ね。次はないわよ」

 

 

 それと、足を治してもらっている間に、チサトはレナスにも改めて助けてくれたお礼を述べた。

 何やらその辺の魔物の死体を確認しているっぽい最中だったので声をかけていいものか少しためらったけど、まあ今ならたぶん大丈夫だろう。

 さして考えずに声をかけた後で、チサトはこの恩人の名前も知らない事に気づいたわけだが、

 

「本当にありがとう。その……」

 

「レナスよ。あなたはチサトね? 無事でよかった」

 

 二人組から話を聞いていたからなのか何なのか。

 つい今しがたまで迷子さんだったはずの彼女はついさっきあの二人と合流できたはずなのに、今までの会話にたぶん一言も出てこなかった自分の名前もすでに知っていた様子。

 

 改めて不思議な人だわと思いつつ。今の状況でその疑問をいちいち口に出して聞くのもなんだかはばかられる気がしたチサトは、とりあえずその事もここを出てからにしようと、ひたすらにおとなしく自分の足の治療が終わるのを待ったのだった。

 

 

 

 そんなこんなでしばらく経った後。チサトも動けるようになったので、いよいよ全員でここから離れる事になった。

 作戦はできるだけ魔物と戦わないで済むようにさっさと走って帰るという、至って単純なものだ。

 

 襲ってきた魔物を返り討ちにしつつみんなでゆっくり歩いて帰るという案も一応は出たのだが、それはチサトが真っ先に拒否した。案を出したレナスがチサトの事を気遣っているらしい事が明らかだったからだ。

 職業柄、チサトは体力には人一倍自信があるのだ。倒しても倒しても出てくる魔物達と終わりの見えない鬼ごっこを延々し続ける事に比べたら、先の見えている持久走など屁でもない。

 

 ていうか自分じゃなかったら、あれだけたくさんの魔物に襲われ続けて今も無事でいられているとは到底思えない。助けが来るよりもっと早くにへばってやられていた事であろう。

 いやまあこんな事、自慢にしていいのかどうか迷うところではあるけども。

 

 

 今はレナスを先頭に、一本道の入り口目指してそれなりの速度で走っているところだ。

 順調も順調、この人達にくっついて走るだけでまもなく安全圏に戻れるのだと思うと、チサトの調子もだいぶ軽い。

 

「魔物の死体を辿って帰るって、なんか嫌なヘンゼルとグレーテルよね」

 

「嫌ならここに残ればー? ていうか逆に、こんなとこまで来てからにその発想全く思い浮かばなかったあんたの方がすごいわ」

 

「えー。だって、途中まで魔物全然いなかったし。気づいた時には後の祭りというか?」

 

「……」

「嘘くせえな」

「嘘ね」

 

「いやいや嘘ついてないって。魔物よけのアイテムあったけど途中で落としちゃったんだって」

 

「はあ? なによそれ。あんたそんなズルしてたの? 魔物いるから追ってくんなって言ってやった時、戦えるから平気みたいなふざけた事までぶっこいたくせに」

 

「いやいや、戦えるのも本当だってば。今はスタンガンの充電切れちゃったから魔物相手はあれだけど」

 

「……」

「嘘だな」

「嘘ね」

 

「ええっ!? なんで!?」

 

 

 気のせいだろうか。周囲に気を払っている様子のレナスはともかく、どうもこの二人組には馬鹿にされているような気がしてならないのだが。

 でもまあ、多少扱いがひどかろうと恩人は恩人だ。感謝こそすれ、文句なんか言ったらバチが当たるというものだろう。

 

 途中で、次の目印もとい魔物の死骸が途切れたらしい。

 全員いったん立ち止まる事になったが、地面に倒れている魔物周辺の状況を調べているレナスに戸惑いの表情はまったく見られない。あと少しもすれば、進む方向も問題なく分かりそうな様子だ。

 

(あーよかった。ちゃんと生きて帰れるのよね、私)

 

 一時はマジでヤバいと走馬灯まで見えかけただけに、嬉しさもひとしおである。

 早くも落ち着いた様子で立ち上がるレナスを見て、ほっと一安心し。

 

 胸に手を当てたチサトは、愕然とした。

 

「えっ。あれっ? ……ない! ない! なんで!?」

 

「何よいきなり」

「うるせえな、おい」

 

 いきなり騒ぎ出した文句を二人に口々に言われるも、チサトの方は今それどころじゃない。

 胸ポケットにちゃんと入れてたはずのペンがどこにもないのだ。

 エナジーネーデじゃ珍しくもなんともない至って普通の、だけど入社祝いに親から貰った大事なペンが。

 

「うそっ、落とした!? どこで!? ──ねえペン知らない、ねえ!? これくらいの長さで……」

 

「何それあんたの忘れ物? 知らないわよそんなもん。いい加減にしないとマジで置いてくわよ」

 

「ええっ、なんで、どうしてよ!? だってさっき魔物から逃げてる時まではちゃんと──。あっ!」

 

 はっと思いついて来た道を振り返る。

 たぶん、こけた時だ。落としたとしたらあの時しかない。だってその前まではちゃんと胸ポケットに入ってたはずだもの。

 

 今あそこに戻れば、ペンがある。

 

 真っ先にそう考えたチサトはしかし、すぐに我に返った。

 魔物が現れたのだ。

 

 いきなり騒ぎ出したチサトをそれまで黙って見ていたレナスが、

「少し待っていて」

 とだけ言って魔物に向かっていく。

 アリューゼが背中の大剣に手を伸ばし周囲を警戒する中、メルティーナに言われた。

 

「で? 何がしたいの、あんたは」

 

「あ……。ごめんなさい」

 

 こんな時に、自分は一体何をやっているんだろう。何から何まで人に助けてもらって、ペン探しに戻りたいなんて。

 

 自分の命以上に大切なものなんてあるはずがない。

 無事に生きて帰れるのならどうだっていいだろう、あんなもの。

 しょせんペンはペンだ。たかがペン一つのために、人に迷惑かけてまで、わざわざ危険な所に戻るなんてどうかしてる。

 

 自分の事を見ているメルティーナ達の前で、気持ちを切り替えたチサトは、明るい調子で頭をかきつつ言った。

 

「いやーごめんなさい、私ったらつい。よく言われるのよ、落ち着きがないって」

 

「……。ま、いいけど。これ以上手間かけさせないでよね」

 

 きっとただの思い違いだ。あそこにペンなんか落ちてない。

 それよりもっと前に落としてたのかもしれないし、そもそもちゃんと持ってきたと思っていた事自体勘違いで、今日は部屋に忘れてきたのかもしれない。

 

 それから間もなくして、魔物を倒したレナスが戻って来るなり、

 

「ごめんごめん。さ、早く安全なところに行かなきゃよね」

 

 ともチサトは軽い調子で言ってみせる。ついさっき本気で駄々こねかけたばかりとは思えない、実にへらへらとした笑顔で。

 その様子をしばらく黙って見ていたレナスも、チサトに頷いて言った。

 

「ええ。崖の入り口まで戻れば、ひとまずは安全なはずよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 それからしばらくして、チサトを含めた四人は無事に崖の入り口まで戻る事ができたわけだが。

 

「なんでレナまで、こんなところにいるのよ?」

 

「チサトさん、どうしてこんなところに……って」

 

「そういえば今日もリンガの聖地にいるって、ボーマンさん言ってたな」

 

「へえー。またしてもこんなところでばったり会うって、偶然ってすごいわねえ。……というかあなたも誰よ?」

 

 崖の入り口付近で力尽きたみたいに一休みしているヘンな人達の中に、なんとチサトがよく見知った顔である、レナが混じっていたのだ。

 

 偶然の再会やらなんやらに、チサトがのん気に首をかしげる中。

 なんか人一倍へばっている金髪のおっさんことクリフが、

 

「ふっ、やっぱりな。ここで待っていて正解だったぜ」

 

 とかなんとかワケ知り声で言ってるけど、明らかに疲れてこれ以上動けないから休んでいるだけにしか見えないので少しもかっこよくない。

 なんか思いっきり地べたに寝転んじゃってるし。まあよく見ればこの人の脇にはどでかい荷物袋があるわけで、これ持ってここまで来たのならそりゃ疲れもするだろうとは思うけど。

 

 

 そんな中、レナ達の事を特に気にする様子もなく平然とメルティーナが言い。

 案の定クリフがかすれた声で聞き返した。

 

「さ、帰ろ帰ろ」

「……。マジか」

 

 そうは言っても現実は非情である。

 遠くまで来たら、その分たくさん歩かないとおうちには帰れないのだ。

 

「んなもんマジに決まってんでしょー? 誰がこんなとこで、用もないのに、いつまでもぐだぐだし続けなきゃいけないんだか」

 

「はあ、それはそうですけど」

 

「でもメルティーナさん。帰るって、一体どこに……」

 

「心配しなくてもとんずらこいたりはしないわよ。こっちも色々聞いておきたい事はあるしね。……あそこの店、だっけ? とにかくそこまで行けばいいんでしょ? 詳しい話はその後よ」

 

 チサトにはやっぱり何が何やら分からないが。

 とにかくレナを含めた三人組とレナス達三人組もどうやら知り合いで、これからボーマンの店に行ってなんか話し合いをするつもりらしい。

 つまりボーマン家に居候している身の自分と、みんなの帰る場所は一緒という事だ。というわけでこれはちょうどいい。めちゃくちゃ興味あるし、ぜひ自分もその説明とやらに参加させてもらおうではないか。

 

 チサトがお呼ばれされる前からすでに話し合いに参加する気でいる中、メルティーナが「あんたもそれでいいわよね」とレナスに確認をとる。

 がしかし、

 

 

「休む時間ならもう少しはあるわ。メルティーナ、術でこの霧を晴らして」

 

「は?」

 

 

 レナスは自分がさっきまでいた広場の方に目をやったまま、そんな事を言う。

 聞いた瞬間は(一体どういう意味なのかしら)と思ったチサトも、彼女に対するメルティーナの返事を聞いて、すぐその言葉の意味に気づいた。

 

「イヤよ。どうでもいいじゃない、こいつのペンなんて」

 

 彼女は自分がなくしたペンを取りに戻る気なのだ。

 そうと分かったら黙っていられず、チサトもメルティーナの後に続いてレナスを止めたが。

 

「そっそうよ。もうペンなんてどうでもいいって。こうやって助けてもらっただけで十分ありがたいわけだし、あんなもんなきゃなくっても」

 

 レナスはそれをまったく聞き入れる様子がない。

 やはり広場に目をやったままで言う。

 

「少しの間だけよ。大体の見当もついている。魔物に囲まれる前に戻ってくるから」

 

「イヤだ、つってんでしょ」

 

「分かった。それじゃ、もうしばらくそこで待っていて」

 

 頼みを聞いてもらえそうにないと分かると、ついにはこんな事まで言いだした。視界が悪かろうと、そのまま霧の中につっこんで行ってまで、どっかの地面に落ちてるチサトのペンを探しに行くつもりらしい。

 どうしたって言う事を聞かなそうなレナスのこの態度に、ついにはメルティーナの方が折れたのだった。

 

「あーもうっ、分かったわよ。やればいいんでしょやれば!」

 

 

 

 そこから先はとんとん拍子に事が進んだ。

 結局そこまでしてもらう事になってしまって気後れしているチサトと、やっぱり話に置いてかれているレナ達三人に向かって、レナスがもう少し後ろに下がっているように言い。アリューゼには「後ろのみんなを守って」との指示を出し。一方でメルティーナは「さっきの所に行って見つからなかったらすぐに戻ってくる事」という条件をレナスに呑ませてから、霧を晴らす術とやらの詠唱を始める。

 

 色々あって体力の切れてしまったフェイトとクリフがしっかり休んでいる中。レナがわけが分からないなりに「あの、わたしも援護します」とアリューゼに申し出たところで、ついにメルティーナの術が発動し。

 

 霧がすっかり晴れきらないうちに、レナスは一人、さっきまでいた広場の方に向かって勢いよく駆け出した。

 

 

 メルティーナの持つ杖の先に、渦のような空間が出現し、広場一帯の深い霧を構成している水分がどんどん集められていく。

 霧の晴れた広場には、すでに結構な数を倒したというのに、まだたくさんの魔物がいた。

 

 レナスはまだ目的の場所にはつかなさそうだ。

 霧が晴れた事で、思ったよりあそこまでの距離は短そうと分かった事だけは安心できるけど、それでもあんな魔物だらけのところに進んで向かっているなんて、改めて無茶だとしか思えない光景だ。

 

(大丈夫よね? すぐ戻ってくるって言ってたし、ちゃんと速いし、魔物なんかにやられちゃわないわよね?)

 

 チサトがはらはらしながら見る中。

 メルティーナは集めた霧を、手のひら大の結晶に凝縮してその手に握り、ふうと息をついた。

 レナスはひたすら走っている。

 レナスに気づいた魔物達が何匹か、彼女を追いかけているけど、今のところ追いつかれそうな様子はない。

 

 一方、こちらに向かって来ている魔物達も何匹か見てとれる。

 さっそくアリューゼが前に進み、レナも範囲攻撃術の詠唱を始める。

 

 それから少し時間は経ち、最初に寄って来た魔物をアリューゼが斬り捨てた。

 一方、豆粒ほどの大きさにしか見えなくなったところで、ようやくレナスが足を止めたらしい。

 

 遠すぎてよく見えないけど、たぶんまだ魔物には囲まれてない様子。後はその辺に落ちているであろうペンを拾って、急いでこっちに戻ってくるだけだ。

 それだけなのだが──

 

 

「あんのバカ、ほんとどうしようもないわね! 見つからなかったらとっとと戻るって言ったくせに!」

 

「本当にペンなんてもうどうでもいいって! ねえ早く戻って来てってば、お願いだからさあ!」

 

 

 ペン拾うだけならもうとっくに戻っていい頃合いなのに、どうみてもレナスがこっちに向かっているように見えないのだ。

 なにやらその場でもたついているような様子。明らかに見当たらないペンを探しているような留まり方である。

 

 レナス本人に聞こえるかどうかも分からないまま、メルティーナとチサトが二人してわあわあ騒いでいるところで、レナの攻撃紋章術『レイ』が広場の入り口付近にいる魔物達目がけて降りそそぎ、少しの間視界が閉ざされる。

 

 ようやく視界が開けた頃には、今度こそレナスがこちらに向かって走っているのが見えた。

 声が届いたか、ペンの事は諦めてくれたらしい。

 

 

 それから先は、チサトがあたふたしているうちに終わった。

 

 囲まれる前に戻ると言っていたくせに、少しもたついたせいでばっちり囲まれぎみに魔物を蹴散らしつつ戻ってくるレナスを、アリューゼやレナが入り口付近で防戦しつつ待ち。

 みんなが撤退した後、いよいよ入り口近くまで戻ってきたところで、レナスが魔物の追撃をすれすれで避けつつスライディングで帰還。

 

 待ち構えていたメルティーナが間髪入れずに手に持っていた結晶を空に放って杖を振り。一瞬で巨大な氷の塊を出現させて崖の入り口を塞いで、無事魔物の追手を防ぐ事に成功したのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 わけもわからず飛び出してからに、いつの間にかそういえば当初フェイト達が探していたような気がするチサトと一緒に戻ってきて。かと思えばさらにチサトの落としたペンを取りに行ってくるとかいう、わけのわからない理由でもう一度その場を飛び出していってしばらく後。

 

 最終的に無事フェイト達のところに戻ってきたレナスは、メルティーナのお説教をさらりと受け流し、狐につままれたような顔でチサトにペンを渡した。

 

「これ、ペン?」

「ええっ、ちゃんとあったの!?」

 

 思いっきり疑問形である。

 

「そうそう、このペンを探してたの! ──ありがとう、本当にありがとう!」

 

 諦めていたペンが戻ってきた事がよほど嬉しかったのだろう。チサトは普通にはしゃぎつつ答えているが。

 たぶん今のは「あなたの持ち物?」的な意味では聞いてないと、フェイト的には思うわけで。

 

(羽ペン世代だもんな、レナスさん)

 

 事前の確認って大事だな、とフェイトが思う中。

 地べたに寝転んでいたクリフがよっこらせと起き上がって言う。

 

「仕方ねえ。じゃ、ぼちぼち帰るか」

 

 という事なので、全員揃ってリンガの町に帰る事になった。

 

 

 長い事休んだおかげで頭痛も治まった。体力はというとまだ全快というわけにはいかないが、魔物がいると怯えてしまうバーニィを呼び出せる場所、つまりリンガの聖地の出口まで歩くだけならなんとかなる。

 というかさっきのように背負われて帰るとか絶対嫌だし、背負ってるクリフの方がぶっ倒れそうだし。

 

 それと帰り支度をしている途中、エルリアタワーにいる向こうチームからの連絡も来た。

 色々大変だったようだけど、なんとかみんな無事に十賢者との戦闘を切り抜ける事ができたらしい。

 

『十賢者を三人倒したら全員煙のように消えた』

 

 というフェイト達と似たような事態に向こうも不審がっているようだったが、わけがわからないのはフェイトも同じなので「こっちでも十賢者が出た」以上の事は言えず。

 

『とりあえず、僕らはエルリア集落に戻る事にするよ』

 

 結局クロードのその言葉を皮切りに、こちらも安全な所に戻ったらかけ直すという事で向こうとの通信を終えた。

 

 

 

 帰り道で魔物に出くわした時、今のフェイト達じゃ手こずるという事で、列の先頭を歩いているのはレナスとその知り合い二人だ。

 てくてくと歩いている途中で、

 

「ねえねえ、あなた達誰なの? なんでレナと一緒にいたの? みんな知り合いなの? さっきの通信は何? 事件? もしかして何かの事件なの?」

 

 とやたら聞いてくるチサトに、

 

「僕はフェイトでこっちはクリフですよ。あなたを探していた理由は……」

 

「ええっ、あなた達は私を探していたのね!?」

 

「いや、もうなんの意味もないですけどね」

 

「なんで!?」

 

「はいはい。とにかくリンガに帰ったら全部まとめて話してあげますから」

 

 フェイトは(騒がしいなこの人)と思いつつ、てきとーに答える。

 チサトはというとこれくらいのあしらわれ方ぐらいで引き下がる様子もなく、

 

「教えてよおー。誰だか知らないけど、私の事知ってるんでしょ?」

 

 今度はレナにもひたすらに聞き続ける。

 

 

「ねーレナも知ってるんでしょー。教えてよお。みんな誰なの? 知り合い? なんで一緒にいたの?」

 

「え……と。一か月くらい、かな。フェイトとクリフさんと、レナスさんと。アーリアからここまで、一緒に旅してたんですけど」

 

「ええっそんなに? それでそれで? みんなどういうあれなの? ……あっそうそう、私ものすごい気になってる事があって。私を助けてくれた彼女の事なんだけど」

 

「……ごめんなさい。だから、知り合って少ししか経ってないから。わたしもレナスさんのこと、よくわからなくて」

 

 あまりの質問攻めになんだか困っている様子のレナをよそに、首をかしげつつも、普通の大きさの声で言ったのがこれである。

 

 

「なんで彼女、顔にバカって書いてあるの?」

 

 

 一瞬で凍りついたフェイトとレナおよびレナスの様子には全く気づかず、チサトは純粋に不思議そうな顔で聞く。

 

「誰もなにも言わないからずっと気になってて。一か月ずっとあの顔? なんか光ってるんだけど、そういうおしゃれなの?」

 

 その声がしっかり聞こえていたらしい。

 動かなくなったレナスの横で、メルティーナは後ろを振り返りもせず言った。

 

「あーあ、ばらしちゃったか。いつ思い出すか楽しみにしてたのに」

 



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3. 十賢者と創造神の「力」

 リンガの聖地を出たフェイト達一行は、その後バーニィを使ってすぐにリンガの町に戻ってきた。

 時刻はすでに夕方。

 ではあるがしかし、あれだけ色々な事があったせいか、ボーマンの店で話を聞いてからまだ半日も経っていないという実感はフェイトにはまったくない。

 数日ぶりに人里に降りたような変な気分だ。

 

(ようやく戻ってこれた……。いやあ、大変だったな)

 

 とフェイトが感慨にふける中。

 

「だ、大丈夫ですか?」

「……乗り物じゃない、あんなん絶対乗り物じゃない」

「やめろ。思い出させるな」

 

 なんかへろへろ状態になっているメルティーナとアリューゼの二人に、レナが心配そうに話しかけている。

 どうやらバーニィに酔ってしまったらしい。リンガの聖地の中をあれだけ魔物倒しまくりながら走り回っていたりもするくせに、たかだか十分くらいの時間でバーニィ酔いとは、体力あるんだかないんだか分からない人達だ。

 

「なんだあいつら、情けねえなあ」

 

「そうじゃないわ。……あれは、慣れないと辛いものがあるから」

 

 二人を見て言うクリフにレナスが言い返した。

 仲間をバカにするような発言を無視できなかったのだろう。二人の気持ちは心底わかるわーみたいな表情を浮かべてはいるけども、しかし言っている彼女自身に具合が悪そうな様子は少しもない。ただ普通に元気がないだけである。

 

「それじゃあレナスさんはもうバーニィに慣れたんですね」

 

「……そう、かしら。それほど距離がなかっただけだと、思うけど」

 

 わりかしどうでもいいなと思いつつ、フェイトがレナスの話に相槌を打つと。

 やっぱり若干ヘンな間があった。

 フェイトとしてはただ、

 

(なんか、レナスさんの顔をちゃんと見るのも久しぶりだな)

 

 ぐらいの感想を持ちつつ話しているだけなのだが。

 あまり目を合わせてこない様子からするに、彼女が今気まずさを感じているらしい事は間違いない。そしてその原因はやっぱりこれであろう。

 

「よかったですね。メルティーナさん、ちゃんと顔の文字消してくれて」

 

 

 今現在フェイトの眼前にあるレナスの顔はただひたすらに人を寄せつけないほどの常人離れした美貌を放っており、決して彼女が寝ている間にかの暴虐非道なメルティーナによって不思議な力で書かれた、不条理な『バカ』などという文字列は存在しない。

 

 フェイト達とはぐれた際にもう半分の鞘もなくしてきたらしく、夕日を浴びてゆらりときらめく抜き身の剣を腰に下げ。これまたリンガの聖地で拾ってきた、ぼろぼろの首のない人形を片手に抱いて持ち歩く彼女の姿は別の意味で若干近寄りがたい空気を放っていたりするが、まあ大体いつもの事だ。

 フェイトの方も色々あってぼろぼろの身なりだったりするし、とてつもなく似合わない『バカ』と向き合いつつ話をする事に比べたらマジでどうという事もない。

 至って普通に話しかけられるいつもの彼女である。

 

「ええ。そうね──」

 

 レナスは遠い目でフェイトに答える。

 過ぎた時間に思いを馳せているらしいレナスに、

 

「ずっとあのまんまなのかと思いました」

 

 とフェイトが安堵とともに本音を口に出すと。どこから話を聞いていたのか、よれよれのメルティーナが杖をつきつつ反論してきた。

 

「冗談はやめてよね。あんな顔のままで町中うろつかせてごらんなさい、私達の世界全体の恥になるじゃないの」

 

「自分で書いたくせにそこまで堂々と言い切りますか」

 

 どこまでもウワサに違わぬキッツイ女である。

 関わりたくないけど結局この一連の事件の様子からして、まだまだこの人とも関わる事になるんだろうな。

 やっぱり元気のないレナスの横で、フェイトがひしひしとそんな嫌な予感を抱いているところで。早く色々な事を知りたいらしいチサトに「ねー早く行こうよー」と急かされ。

 

 フェイトとクリフとレナ、それにレナスとアリューゼとメルティーナと、さらにおまけにチサトを加えた総勢七人は、揃ってボーマンの店に向かった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 店の中には、店主であるボーマンの他にプリシスもいた。

 もうぼちぼち閉店時間なのだろう。

 店の隅っこに座っているプリシスがなにやらむくれた様子でフェイト達を出迎える中。店の片づけをしていたボーマンはチサトに「おー、お帰り」と声をかけた後、アリューゼとメルティーナを見るなり言った。

 

「おっ、お前らは……。ちゃんと再会できてよかったじゃねえか。わざわざ礼を言いにでも来たのか? 名前も言わねえ割には律儀だな」

 

 口止めされていたはずの事をレナスに喋ってしまったからか。

 二人に話しかけるボーマンの調子はわざとらしいほどに愛想がよかったりするが、ご機嫌を窺われている二人の方はというとそんなもんもうどうでもいいらしい。すごい投げやりに答えている。

 

「戻りたくはなかったんだけど」

「事情が変わってな」

「ああそうそう名前はメルティーナよ」

「アリュ―ゼだ」

「あ、ああ。そうか……」

「事情が変わってな」

 

 一方プリシスはというと。足をぱたぱたさせて、ちゃんと捕まえる事ができたらしい無人君に慰められている。

 戻ってきたフェイト達に、さっそく恨み言を言ってきた。

 

「ひどいや、おいてけぼりなんて。アタシすぐ行くって言ったのに」

 

「ごめんねプリシス。いろいろ慌ただしかったからつい」

 

「まあ、んな楽しい出来事あったワケでもねえしな」

「むしろ行けなくてよかったと思えばいいんじゃないかな」

 

 正直に忘れてた事を謝るレナに続き、クリフとフェイトは正直に思った事を言っただけである。

 いやだって本当に楽しい事は何もなかったし。どちらかというと地獄だったし。

 

「本当だって。死ぬかと思うような目に合わなくて済んだんだから」

「本当にな。なんであんなとこでこんな大荷物持って走り回らないかんのか」

「えーなにそれ」

 

 そんなやり取りをしていると、ボーマンがレナに聞いてきた。

 

「で。お前さんがた、こんな大所帯で挨拶しに来ただけってわけでもないんだろ? あいにくベッドも客室も足りねえが……そうだな、男共にはリビングのソファーなりなんなりでも使ってもらうとするか」

 

「ええっそんな、悪いですよ」

 

「おいおい、今さら遠慮する仲でもねえだろ。第一宿は決まってんのか?」

 

 おっしゃる通り、フェイト達は話を聞いてすぐにボーマンの店に行ったりリンガの聖地に行ったりで、今日の宿をまだ決めてなかったのだ。

 返事につまるレナに、

 

「決まりだな。今店閉めるから、ちょっと待ってな」

 

 とボーマンは言い。

 申し訳なさそうに渋るレナにも、こう言って返した。

 

「いやでも、急にこんな大人数は……。ニーネさんも困るでしょうし」

 

「ああ、ニーネの事なら一応心配はいらん。……悪いが少しワケありでね、飯は俺とチサトの手作りで我慢してくれや」

 

 

 

 そのボーマンが心配ないと言っていた、彼の奥さんのニーネの事だが。どうやら不在というわけではなく、具合が悪くて寝室で寝ているという事だったらしい。

 部屋の片付けに行ったのかボーマンが先に一人で家に入っていった際、小さく聞こえてきた女の人の声に、気遣うように「いいから寝てろって」と言う彼の声が聞こえたのできっとそういう事なのだろう。

 

「ニーネさん、どこか悪いんですか?」

 

「いやまあ……ちょっとな。なに大丈夫だ、重い病気とかいうやつじゃねえよ」

 

 心配そうに聞くレナにはそう答えていたので。

 薬剤師の彼が言うくらいだから彼の奥さんの事は本当に大丈夫なんだろうと。なにやらにやにやしているチサトとプリシスの横で、フェイトはそう安心したのだった。

 

 

 

 さてそんなこんなで、フェイト達は揃ってボーマン家のリビングに通された。

 

 奥に見えているキッチンの方では、今もボーマンとチサトがなんかまるで戦闘中のようなすごい音を立てつつ料理を作っていたりする。

 話し合いたい事が色々あるので手軽に食べられるものがいいというフェイト達の要望に応えて、みそ汁やおにぎりなどの結構シンプルなやつを作っているはずなのだが。一体なぜ、というか一体どうやったらそんな音が出せるのか。

 

(晩ご飯、だよな。作ってるの)

 

 我慢してくれってそういう事かと思いつつ、フェイトは人でいっぱいのリビングを見渡した。

 今はキッチンにいるが家人のボーマン、居候のチサトと、フェイト達の話を聞きたくてお邪魔しているプリシスも含めると総勢九人の大人数である。

 

 真ん中に置いてあるテーブルを挟んで二人分ずつ、正面から向かい合う格好になっている計四人分のソファーには、順にプリシスとレナとレナスとメルティーナの女性陣が座り。食卓の方の椅子は話し合いをするには少々距離があるという事で、クリフやフェイトは空いているカーペットの上にあぐらをかいて座っている。

 アリューゼなんかはソファー近くの壁に背を預けて立っているという状況だ。

 

 ごく一般家庭のリビングにこれだけの人数とは、改めてこの家の人に申し訳ない気持ちになるが、まあ今のフェイト達には話し合いの場が欲しかった事も事実だ。今さら遠慮する仲でもないという彼の言葉に甘えて、ありがたく使わせてもらうとしよう。

 

「それじゃあ、そろそろいいかな」

 

 一部まだ席についてない人もいるが、会話の届く距離にはいる事だし問題はないだろう。

 さっそく通信機を取り出してエル大陸にいる仲間達に通信を繋げ、お互い落ち着いて話し合いのできる場所にいる事を確認してから、フェイトは通信機を話し合いの中心、テーブルの真ん中に置いた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 中には今日初めて会った人もいるという事で、最初にエル大陸にいる仲間達を含めた全員が、改めて簡単に自己紹介した後。

 次にフェイト達全員が話し合ったのは、今日起こった出来事についてだ。

 

 ラクール大陸にいるフェイト達は、レナスの知り合い二人およびチサトがいるかもしれないという情報を聞いてリンガの聖地に行き、色々な騒ぎの末にそこで発見した十賢者の一人サディケルを撃破。

 クリフとそこで偶然会ったレナスの知り合いであるアリューゼの二人が言うには、倒したサディケルは本当に倒したかどうかを確かめる間もなく、すぐにシャボン玉のように消えていなくなったとの事。

 

 一方エル大陸にいるクロード達は、今日向かったエルリアタワーの中で同じく十賢者であるミカエル、メタトロン、ラファエルの三人を発見。これも交戦の末に撃破。

 彼らの死体も同じく、すぐにきれいさっぱり消えてなくなったと言う。

 

 

「十賢者が、復活? そんな事って……」

 

「な、なんで? だって十賢者は、ちゃんとアタシ達が」

 

 最初は興味津々だったプリシスやチサトも、さすがにフェイト達の話を聞き終わった今はすっかり真剣な様子だ。

 いきなりの事に戸惑っている二人に、

 

「信じがたいけど、でも本当の事なんだ。……全員の姿を確認したわけじゃないけど、エル大陸とラクール大陸の両方に四人はいた。他の奴らだっていても不思議じゃない。十賢者は今もこのエクスペルのどこかに潜んでいて、昔のように銀河征服か何かを企んでいるんだと思う」

 

 とフェイトが言うと、アリューゼが聞いてきた。

 

「あのガキ、名前はサディケルといったか。確か『ハニエルよりはマシ』とかなんとか言ってたな。そいつも十賢者でいいのか?」

 

 通信機のざわめきと一緒に、レナが少し驚いてから頷く。

 クリフもお手上げとばかりにため息をついて言った。

 

「ええ、その『ハニエル』も十賢者で合っています」

 

「てことは……やっぱり全員、いるんだな」

 

 全員が静まり返ったところで、アリューゼが言った。

 

「なあ、俺達にも分かるように説明してくれないか。──その十賢者とやらは一体どんな奴らで、何人いるんだ。名前の通り十人でいいのか? そんなに面倒な奴らなのか」

 

 確かに十賢者を倒したレナ達英雄や、その出来事を知っている未来人のフェイト達とは違って、レナスとその知り合い二人は十賢者が起こした一連の事件の事を知らないはずだ。

 彼女達に今回の件について知っているだろう事を説明してもらう前に、まずは彼女達に十賢者の事を知ってもらった方がいい。

 アリューゼに言われた通り、フェイト達は十賢者の事を説明した。

 

 

 通称十賢者事件。

 

 遥か昔の時代。

 卓越した技術を持っていたネーデ人によって作られた彼らが、ある出来事をきっかけに暴走し、その強大な「力」によって銀河全体を危機に陥れた事。

 当時のネーデ人達の多大な犠牲をもって、全員が辛くもエタニティスペースと呼ばれる、時間の停止した特殊な檻に封印された事。

 

 それから時が過ぎ、今から数か月前。

 エタニティスペースから抜け出し惑星エクスペルに降り立った十賢者達がした事。

 ネーデ人の末裔が住む外界から閉ざされた人工惑星、エナジーネーデに無理やり転移し、その技術力を悪用して再び銀河を危機に陥れようとした事。

 

 彼らが発動させようとした全宇宙の崩壊を引き起こす禁断の紋章、崩壊紋章の事。

 最期は全員、レナやクロード達十二人の英雄によって倒された事。彼らの野望も阻止された事。

 

 その十賢者達の名前、特徴。

 ガブリエルをリーダーとして、それに次ぐルシフェル。

 それぞれ下位三体の賢者を統括するミカエル、ハニエル。

 メタトロン、ジョフィエル、ザフィケル。ラファエル、カマエル、サディケル。

 

 計十人、それぞれが並の人間には敵わぬほどの強大な「力」を持つ集団。

 銀河史上に名を残すほどの極悪犯罪者集団。それが十賢者である──

 

 

「……と、まあ大体こんなところか?」

 

「うん。まあそんなんでいいんじゃない? 大体は」

 

 

 あらかた説明し終えたところで、クリフとプリシスがそう言って締めくくった。

 こういうのはやっぱり十賢者を倒した本人達に説明してもらうのがいいし、大体の説明はレナ達みんなにしてもらったけど。すごい大変な事件だった割に、倒した本人のまとめかたにあまり緊張感がないのがすごいところである。

 

 今のはちょっとワルモノこらしめてきたぐらいの気楽さで語る事なのだろうか。

 たぶんそれが彼女の持ち味なんだろうとフェイトも分かってきたものの、動揺したのもフェイト達の話聞いた直後だけで今はもうあっけらかんとしてるなんて、つくづく英雄ってばすごいと感心せざるを得ない。

 

 語り終わったプリシスがお気楽に無人君と遊び始め。その横で同じくショックを受けていたはずのチサトも一応は周りを気にしつつ、しかしのん気に自分の作った握り飯(フェイトもすでに二、三個頂いているが、どういうわけか普通においしかった。本当にどういうわけなのか)をおいしく頂いている中。

 

 

 一方の説明してもらったレナス達三人はというと、ひたすらに無言である。

 ていうかなんかすごい「やらかした~」みたいな暗い空気がこっちまで伝わってきている。

 

 アリューゼとメルティーナの二人は揃って無言でレナスの方を見、見られているレナスはというと頭を抱えて塞ぎ込んでいる様子。

 これほど分かりやすい反応もないだろう。

 今回の件について、彼女は確実に何かをやらかしてしまったのだ。

 

(一体なにをしたんだレナスさんは)

 

 とフェイトが、レナや食卓の椅子を移動させて座っているボーマンと一緒に黙ってその様子を見守る中。

 クリフが咳払いをしてレナス達に話しかけた。

 

「まあとにかく。今ので現状は理解できたな?」

 

「……ええ」

 

「そうか。……で、俺らが知りたいのはだ。ずばりこうなった原因についてなんだが──」

 

「……分かってる。全部話すわ」

 

 さすがにやんわりと聞くクリフに、頭を抱えていたレナスはそう答えて静かに顔を上げた。

 やはりうつむきがちに、けれど言葉を選ぶ事なく

 

「……十賢者が今エクスペルに存在しているのは、私の「力」のせいで間違いないと思うわ。創造の力──。その「力」を手にした何者かが十賢者を創ったのだとすれば……」

 

 と話し始めたレナスに、クリフが「ちょい待った」と声をあげる。

 

「その前にまず、お前の事を教えてくれねえか? こっちもお前のお国の事情にはさっぱりでな、順を追って説明してくれねえと意味がわからねえ」

 

「私の事を?」

 

「ああ。……確かお前、自分は別の世界の創造神だって、そう言ってたよな。まずそっちの意味を教えてくれ。“創造神”ってのは一体なんなんだ?」

 

 聞かれたレナスは返事に詰まる。

 どうはぐらかそうか考えているというより、どう説明したらいいのか困っているといった様子だ。

 

(そうだよな。“創造神”って一体どういう事なのか、説明してくれないと)

 

 とフェイトがひそかにレナスの事を注視する中。

 通信機の向こうは、これまたいきなりの新情報に『創造、神……って』『つまり神様ってことですの?』『レナスさんが?』『どういう事?』とざわついていたりする。

 返事に困るレナスに代わり、メルティーナが答えた。

 

「分からないもなにも創造神ったら創造神でしょ。読んで字のごとく、まんま創造神よ。こいつは私達の世界の創造神。なんかすごい「力」でふわーっていろいろ創ったりするアレよ。……ほかに何かあんの?」

 

「……なんかすごい「力」で、ふわーっと?」

 

「そうよ。なんかいかにも神様っぽい感じでふわーっ、よ」

 

 ちょっと説明がてきとーすぎて理解に時間がかかるのだが。

 何を難しく考える必要があるのか、みたいな彼女の言いようからするに……これはもしかして、自分が真っ先に思い浮かぶあの“創造神”とは違う奴なのだろうか?

 

 ふわーっ、な感じをしばらく大真面目に考えてみた後で。

 フェイトがメルティーナに確認してみたところ、

 

「それはつまり、あれですか。レナスさんはつまり、どっかのおとぎ話に出てくるような神様みたいな、イメージ通りのベタな創造神さまってことですか」

 

「そうなんじゃないの? どっかのおとぎ話がどこなのか知らないけどー」

 

 大体想像通りの答えが返ってきた。

 やはりレナスの言う“創造神”というのは、フェイトが知っているものとは全く別のものを指す単語だったようだ。

 

(なんだそういう事か。レナスさんはじゃあ、よその創造神だったのか)

 

 つまり彼女はどっかのFD人とは違って、フェイト達の住む世界を構築したわけでもない、彼女の住む星においては、いかにもまんま創造神っぽい創造神的な存在であると。

 謎が解けてフェイトがすっきりする中。

 

「なるほどねえ。そもそも人間ですらなかったとは、そりゃ普通じゃねえわけだ」

 

『あなたが“神様”って。それは道理で……挙動不審なはずですわね』

 

 とクリフやセリーヌがなにやら揃って納得し、

 

「いかにも神様っぽい、まんま創造神……?」

 

『ふわーっと、なんかすごい「力」で、いろいろ創ったりする……?』

 

 レナとクロードも揃って訝しげに呟く。

 次いで少しの間、沈黙があった。

 

 

「ええっ!? じゃ、じゃあ十賢者が生き返ったのって……!」

 

 

 沈黙を破ったのはプリシスである。

 生き返った十賢者。まんまそれっぽい創造神のレナスさん。

 ……とくれば、ここまでまんまな原因もないだろう。

 

 やってしまったんですかレナスさんとみんなで一斉に驚きつつ、分かりやすく沈んでいる様子のレナスに視線をやると。フェイト達の思った事が分かったらしく、すぐさま横にいたメルティーナがしかめ面で言ってきた。

 

「誤解しないでくれる? こいつがよそ様の世界の大悪人、勝手に創っちゃうような事するわけ……」

 

 が、途中で首をかしげた。

 なんかすごい考えている。ていうかメルティーナだけでなく、後ろの方にいるアリューゼまで訝しげな顔だ。

 

(なんなんですかその反応は。もしかしたらするかもしれないんですか?)

 

 フェイト達がますます不安になりかける中、

 

「と、とにかく! やったのはこいつじゃないわよ! 十賢者の事だって知らなかったんだから!」

 

 とメルティーナは力いっぱい疑惑を否定し、続けて力強く言い切った。

 

「こいつはただ、バカなだけよ!」

 

 

 という事で今度こそレナス本人による十賢者が生き返っちゃった原因についての説明、もとい彼女がエクスペルに来ちゃった時の話である。

 

 内容としてはリンガの聖地で彼女がアリューゼ達二人に向けて喋ったのと同じものだ。

 今度はフェイト達にも分かるように丁寧に話してくれ、それとアリューゼ達も合間に補足説明などを挟んでくれたので、みんな大体の事情を理解する事ができた。

 

 その補足説明で色々分かった事のひとつを挙げると、レナスの話の最初の方に出てきた“声”というものだ。

 彼女いわく自分はある“声”が気になってエクスペルに来たとの事だが、どうも普通に喋る声とはニュアンスが違うものを指しているような話しぶりだったので、話の最中にその旨を確認してみたところ。

 思った通りまったくの別物だったらしい。

 

 

「まあなんか、他人の心の声ってやつよ。こいつにはそれが聞こえるってワケ」

 

 言いづらそうなレナスに代わりそう説明したメルティーナは、一斉に驚いたフェイト達一同を見てさらにこんな補足も加えた。

 

「ああそんな焦んなくても大丈夫よ。あんたらが今頭ん中でどんなにやましい事考えてようが、こいつには何にも聞こえちゃいないわ。そこまで融通のきく「力」じゃないみたいだし」

 

「何でも、は聞こえないって事ですか?」

 

「とにかく聞ける条件が限られてんのよ。まず、相手の“声”がでかくなきゃ聞こえてこない。こいつもその相手の“声”にしっかり意識を傾けていないといけない、って感じで」

 

「でかくなきゃ、って?」

 

「そりゃまんまでかい“声”よ。普通の声だってでかい声で叫ばなきゃ遠くにいる相手には伝わんないでしょうが」

 

「はあ、なるほど」

 

「普通に生活してる分には、そんなでかく叫ぶ事なんてめったにないでしょ? どうせ聞こえちゃいないってのはつまりそういう事よ」

 

 最後まで説明を聞いたフェイト達の方はというとみんな表面的にはなんてことない風を装っていたけども、内心では今までの心の声全部彼女にダダ漏れじゃなかったと分かってものすごい安心した事は間違いないだろう。少なくともフェイトはものすごい安心した。

 

「ま、どっちにしろ今のこいつは……」

 

 とメルティーナがまとめかけたところで、チサトが唐突に「あっ」と驚き。

 メルティーナの方も首をかしげてレナスを見た。

 

「じゃあ今日私を助けてくれたのって、そういう事だったの?」

 

「……ってそういやさっき“声”聞いてたわね、あんた。全部とられたわけでもない、って事かしら」

 

 二人のその反応からするとリンガの聖地でのレナスのあれは、その特殊能力でチサトのピンチを察知して急いで助けに行ったという事だったらしい。

 いきなり走り出していったから何事かと思ったけど、事情を知ればフェイトも(自分の顔より人命救助を優先したんだな、レナスさんは)と彼女の一連の行動に深い畏敬の念を抱くばかりである。

 

 とりあえず色々つっこみどころがあったとしても、彼女は人間的には素晴らしい人だ。そんな彼女をバカにするような事、例え心の声が彼女本人にダダ漏れしてなくてもこれからは一切やめようじゃないかと。

 それはさておき気のせいだろうか。なんだかとっても不吉な単語が聞こえた気がしたのだが。

 

「すみません。とられたってなんですか」

 

「だから、それを今から言おうとしてんでしょ」

 

 

 という事で、今度の今度こそ説明再開である。

 

 ようは自分の世界で創造神やってる時に、聞こえてきた“声”がすごい気になって。

 自分の世界にある“水鏡”なる通用門とか、次元の歪みっぽい“道”とかをあまり深く考えずに進んでいったら。いつの間にかマーズの紋章の森上空にいて。

 

 本当だったら神様だから、肉体の“霊体化(アストラライズ)”とかいうなんかすごい「力」で空飛ぶみたいな事ができたはずなんだけど、なぜかそれができなくて空から落ちて意識を失って。

 そこをレナとセリーヌに助けられて。それから色々あって、今に至ると。

 

 あの時の事はもうよく覚えていなくて、厳密にはいつの時点でエクスペルに来ちゃったのかもよく覚えていないんだけど、とにかく自分が持ってた「力」はその時その“声”を聞いたのを最後に全部使えなくなってて、おまけに今も使えない状態が続いていると。

 

 そして今思えば、あの時あの“声”を聞く前に、なんか変な“音”も聞いていたような気がする。

 とにかく“声”の方が強く印象に残ってて、だからそっちの方の記憶は特にあいまいで、今さら思い出して本当にごめんなさいと。

 

 そんな感じの内容を、レナスは全員の視線を集めつつ、肩を落として語ったのだった。

 

 

 

「えーとつまり、気になってこっち来ちゃった時のそれが実は罠で、それであなたの「力」をとってっちゃった人……? が、十賢者を生き返らせたって事なのね?」

 

 チサトのまとめに、レナスは深刻そうな様子で「ええ。恐らくは」と頷いた。それからメルティーナのつっこみにがっくりとうつむいた。

 

「恐らくも何も、十中八九そうでしょうよ。他に原因あるわけ?」

 

「ごめんなさい……」

 

 まあ、知らないうちに自分が今使えなくなっているはずの、自分の「力」と思わしき力で死んだはずの悪人が生き返っていたって。

 そこまで偶然が重なっちゃったら、やっぱりメルティーナも言ったように十中八九そうなんだろう。これで無関係だったらそっちの方がびっくりだ。

 

(とられちゃったんだなレナスさん。罠にかかって。まんまと。しかも“声”の前に変な“音”もしてた気がするって……)

 

 それは確かに、色々とやらかしてるなあとフェイトが思う中。

 鼻で息を吐いたメルティーナの方は、通信機の人達の素朴な疑問にもなげやりに答える。

 

『神様の「力」って、そんな簡単にとられちゃうものなんだ?』

 

「私だってびっくりだわよ。でもそう考えるしかないでしょ? その十賢者とかいう奴らは現に今存在してんだから」

 

『うーん、まあ、そうですよね』

 

『とられちゃったんだ、簡単に』

 

『肝心なところは結構てきとうなしくみなんですのね』

 

「あいまいと言いなさい、あいまいと」

 

 それからこっちに向かって確認してきたので、フェイトも頷いて、

 

「つまり十賢者なんつう大悪人を勝手に創りやがった、大バカの元凶は別にいるのよ。……ちゃんと分かった? こいつはうっかり「力」とられただけのただのバカで、人様に顔向けできなくなるようなことは一切してないってこと」

 

「ええまあ大体は。ついさっきまでとられた事にすら気づいてなかったって辺りが最高にバカっぽいですね」

 

 

 うっかり彼女につられて本音の方を口に出してしまった。

 訂正するひまもなくメルティーナがブチ切れる。

 

「はあ!? なんなのよあんた、それがひとに向かって言う言葉!?」

 

「はあすみません。けど、正直顔に文字まで書いた人に言われたくはないです」

 

「私はいいのよ! だってこいつ本当に、言いたくなるくらいバカなんだから!」

 

「やっぱりバカなんじゃないか」

 

「なんですって!?」

 

 ボーマンが「くだらん言い争いはよそでやってくれんかね」とぼやくも、二人、というかメルティーナの耳には届かず。フェイトの方ももはや本当の事言っただけじゃんと開き直りぎみだ。

 

 こんな時いつもならレナがすぐに諫めてくれるのだけど、こっちもなにやら考え中で止める気配はまったくなし。

 代わりに止めたのはチサトだ。命の恩人が悪く言われまくっている事に耐えかねたらしい。

 

 

「ちょっと! 悪いのはその「力」をとっちゃった人でしょ? 彼女だってわざと「力」をとられたわけじゃないんだし、そんなよってたかって責める事ないじゃないのよ」

 

「ああ!? 誰がいつこいつの事責めたって……」

 

 反射的に反論しかけたメルティーナは、ものすごい落ち込んでいるレナスを見てむっつり黙り込んだ。

 これでは本当によってたかって彼女をいじめたみたいではないか。

 前言撤回、自分達だって彼女が「力」をとられた事が原因で、わざわざ過去の時代まで来てひと月以上意味も分からずぐだぐだ旅をさせられていたようなものだし、一言ぶっちゃけるぐらいはいいじゃないかと開き直っていたフェイトもこれには言葉をなくさざるを得ない。

 

 さすがに悪い事をしてしまったとフェイトが内心動揺する中。

 こっちもさすがにいたたまれなくなったのか、クリフがレナスに向けて筋の通った気安めを言った。

 

「確かにまぬけな話ではあるが……。最初っから罠にかかった自覚があったとしてだ。最初に会った時点でそれ全部正直に打ち明けられても、どうせ俺らも信じなかっただろうしな」

 

 確かに。神様っぽい「力」をだいたい全部とられちゃった今の彼女は、美人属性とアホみたいに強い事を除けば、はっきり言ってただの人間だ。

 彼女が聞いたかもしれないという謎の“音”の事はともかくとして、見せつけられる「力」もないのに自己紹介で「私は神です」って打ち明けられても、正直頭やばい人きたなこれとしか思えないだろう。

 

 実際、彼女の「力」で生き返った十賢者がいるという事実を事実として認めざるを得なくなった今のこの状況でも、フェイトはレナスの言う事を半信半疑で聞いているくらいなのだ。

 “別の世界の創造神”って、いくらなんでも話盛りすぎじゃないですかとか。

 あくまで彼女の住む未開惑星の中では“神様”という扱いなだけであって、実際は現地住民に崇め奉られちゃった系な、ただ紋章力が異様に強力な人とかそういうオチなんじゃないか? とか。

 

 さすがにフェイトも責任を感じて落ち込んでいる最中っぽい本人に向かって、そんな無神経な事バカ正直に言うつもりはないけど。ていうかまず言えないけど。

 

 

「……まあなんだ、俺らも今日やっと復活した十賢者のツラ見れたわけだし、やらなきゃいけねえ事が色々はっきりしてよかったんじゃねえの?」

 

「そうよね。復活しちゃったんなら、また倒せばいいのよね」

 

「そーそー。前に一度倒してんだしさ、なんも難しく考えることなんかないって。アタシ達なららくしょーじゃん?」

 

 チサトやプリシスも明るい調子でそう言い始め、さらには大皿に残っている握り飯をやたらと勧め始めた。

 

「そんな事よりさっきから全然食べてないじゃん。ほら、レナスも食べよ食べよ?」

 

「そうそう、いっぱい作ったからどんどん食べちゃって。あ、……ちゃんとおいしいから安心していいのよ?」

 

 なんか近所のおばちゃんっぽくなってきたが、彼女達もレナスを元気づけたい気持ちでいっぱいなのだろう。

 我に返ったレナやフェイトも二人に続けて、下を向いたままのレナスにあくせくと話しかける。

 

「そうですよ、倒せばいいだけなんですから」

 

「すみません、うっかりぐらい誰にでもありますよね。大丈夫です、そのご飯本当にちゃんとおいしかったですから」

 

 

 そんなみんなの気持ちが伝わったかどうか。

 しばらくして、レナスは下を向いたまま、

 

「ええ。もちろん十賢者も、彼らを創った存在もこのまま放ってはおけないわ」

 

 と静かに答えた。

 

「創造の力──。あれは決して、悪意を持った者の手に渡っていいものじゃない。一刻も早く、私の「力」を取り戻さなくては……」

 

 

 やはり深刻な様子で、けれど憔悴しきった様子ではなくレナスは言う。

 今はとにかく自分のやるべき事を。このまま落ち込んでみんなに慰められるだけじゃいけないと、そんな意思が窺える表情だ。

 

 だよね倒せばいいよねと周りに言われた通りに開き直って勧められた握り飯を素直に食べ始めない辺り、(相変わらず真面目な人だな)と思わない事もないけど。

 それでもとにかく前向きに考える事にはしてくれたようなので、フェイト達みんなも一安心である。

 

『よし、じゃあみんなで十賢者を倒そう!』

 

 さっそくクロードが元気よく言い。プリシスやチサトなど、ノリのいい奴らもそれに合わせて「おー!」『倒すぞー!』と続いた。

 アシュトンやセリーヌも前向きなコメントを寄せ、

 

『そうだよね。僕達みんなが力を合わせれば、十賢者なんか簡単にやっつけられるよね。……よし、僕も頑張らなきゃ』

 

『前よりこちらの人数も増えてますもの、そりゃもう余裕ですわね』

 

 なんかいい感じの雰囲気で話がまとまりかけたところで、ノエルが喋って全部台無しになった。

 

 

『でも一体どこにいるんですかねえ、十賢者』

 

「……」

 

 

 そりゃフェイトだって、当然そういう問題がある事には気づいていたけど。

 レナスさんってば結構周りの空気に流されやすい人だからこの際こういうノリもありかと思って何もつっこまずに作り笑顔までして付き合ってたのに、どうしてこのタイミングでそういう事正直に言っちゃうのか。いや最初に空気悪くしたの自分だけど。

 

 静かになったフェイト達が、結局少しも流されなかったっぽいレナスの様子を恐る恐る窺う中。

 同じく空気読まない組のマリアとディアスが平然と話を進め、

 

『さすがに、居場所が分からないと倒しようもないわね』

 

『……今までに倒した十賢者はエルリアタワーに三人、リンガの聖地に一人か。以前と違って、まとまった所にいない点は厄介だな』

 

 さらにマリアとクリフが普通にレナスに質問し、レナスも真剣に考え込みつつ答える。

 つまりそういうノリは別に求めてないという事か。作り笑顔もいらないと。なんか損した気分である。

 

 

『それに十賢者を生き返らせた、そもそもの元凶の事も気になるわね。──ねえ。あなたを罠にかけたその誰かは、あなたの事を最初、何か変な“音”で呼び寄せたと言ったわね。その“音”というのは、もしかしなくても』

 

「ブオー、って感じじゃなかったか? それもなんつうかこう、不規則な」

 

「……ええ。断定はできないけど、あれは確かにあなた達が考えているものと同じだったと思うわ」

 

「だろうな。んじゃその事を思い出せたついでに、そのメッセージの内容なんかもばっちり思い出せたりは」

 

「“モールス信号”というものが私の世界に存在するか、という質問なら答えは否よ。あの時実際に聞いた“音”をそのまま再現しろ、というのも──」

 

「分かってるって。まったく印象に残ってねえってくらいよく覚えてねえ事なんだろ? あげくひと月以上も経ってるとくれば、そりゃな」

 

「……ごめんなさい」

 

「いや、それだけ分かれば十分だ。どうせ大した事は言ってねえだろうしな。……しっかしマジで何考えてんだそいつは。俺らを挑発でもしてんのか?」

 

 

 レナスの話を聞いてすぐにフェイトもそうじゃないかと思ったが。

 もしかしなくてもレナスを謎の“音”や“声”で誘い罠にかけた奴は、FD世界のブレアに変なメッセージを送り、フェイト達未来の人間をこの時代のエクスペルに呼びつけたのと同じ奴だったようだ。

 

「自分で十賢者生き返らせといてからにあんな救難信号送りつけやがるとは、つくづくふざけた野郎だぜ。千発は殴らねえと気が済まねえ」

 

 全く意味がわからなくてもそれでも放っておくわけにもいかないから今の今までそいつの言葉に付き合って、ディプロの転送装置も使えやしない中、エクスペルをひたすらに歩き回っていたというのに。

 蓋を開けてみればなんという事はない、すべての元凶はそいつだったという事だ。

 

『転送妨害も、やっぱりその人がやってたって事なんだよね』

 

『さあ。もしくは十賢者の方かも知れないわね』

 

「どっちだって一緒だろ? どっちがやってたって、とにかくそいつらが自分達の好き勝手にできるようにやってる事に変わりはないんだ」

 

「だな。結局どっちもぶっ飛ばす事に変わりはねえ」

 

 とは言うが、フェイト達四人の気分として実際どっちをよりぶっ飛ばしたいかというと。

 やっぱり極悪だと話に聞いた事があるだけの十賢者より、こんな事をしでかしたあげくに、挑発としか思えない行動の数々で今なお自分達を翻弄してくれている元凶の方だろう。

 

 一体そいつは何を思って『このままじゃ宇宙マジヤバい』などというふざけきったメッセージを送りつけ。何を思ってひと月以上もの間、自分の姿も十賢者の姿も一切フェイト達に見せず、ただひたすら無為に時間を過ごさせるような真似をしたのか。

 どうせ救難信号の内容からしてふざけている奴の事だ。

 自分の言動によって周りの人間が困るのを面白がっているに違いない。

 そいつがどこのどいつなのか今どこでどうしているのかも知らないが、一向に自分の尻尾を掴めていないフェイト達の事を鼻くそほじりながらあざ笑う姿が目に浮かぶようではないか。

 

 

 拳を鳴らすクリフに、マリアもソフィアも『きついお灸を据えてあげないといけないわね』『泣いてごめんなさいしたって、絶対に許してあげないんだから!』と言い、フェイトも(まったくだ)と強く頷く。

 そんな様子を見て、メルティーナが聞いてきた。

 

「何? あんたらその大バカに、何か心当たりでもあんの?」

 

「いえ。私怨はかなりありますが、そいつの居場所については僕らもまったく」

 

「じゃあ意味ないじゃない。ったく使えないわね」

 

「……。メルティーナさんって一流の紋章術師なんですよね? 術でそいつと十賢者達の居場所をいっぺんに突き止めたりはできないんですか?」

 

「バカじゃないの? ついさっき名前聞いたばっかの奴らの事なんか私が知るわけないじゃない。魔術の基礎すら知らないアホはこれだから困るわ……つか私は“一流の魔術師”よ。んな変な名前で呼ばないでくれる?」

 

 

 そんな細かい名称の違いはどうでもいいうえに、結局偉そうに言う自称一流のメルティーナにも十賢者達の居場所を突き止める事はできないらしい。

 同じく十賢者達の知識に乏しく、ほぼただの人間になってしまったレナスも深刻そうに黙ったまま。

 通信機の向こうも色々喋ってはいるが、

 

『セリーヌさんも?』

 

『当たり前でしょう。できたら最初っからやってますわ』

 

『もう一回、エルリアタワーの中をくまなく調べてみるっていうのは……ダメかなあ』

 

『あそこに残っているのはどれも過去の計画のものばかりで、今現在の彼らの情報は全くと言っていいほどなかったわ。転送妨害装置のたぐいも見当たらなかったし。彼らはただあそこにいただけで、タワー内の設備にはほとんど手をつけていなかったんじゃないかしら』

 

『うーん、やっぱりダメかあ。そういやシステムキーも昔のまんまだったもんな。無駄に自分達の居場所書きまくるなんてこと、してくれてないよなあ』

 

『ただひとつ、彼ら個人が持っている端末になら、他の十賢者達の位置情報もあったのかもしれないけど……。死体ごと消えてしまったらどうにもならないわね』

 

 

 などと、具体的な解決方法は誰にも見つけられなさそうだ。

 フェイトもレナもボーマンもアリューゼも何も言えず、プリシスもチサトもとりあえずうんうん唸っているだけ。

 十賢者も元凶も絶対に倒すと意気込んだそばから、早々に手詰まりになりそうな雰囲気すら漂ってきたところで。

 

 クリフが「ふーむ、行ってみる価値はあるかもしれんな」と呟くと。

 いきなりこんな事を言ったのだった。

 

「しゃーない。宇宙の平和もかかってる事だし、こうなったらズルするか」

 




説明回終了。
……ですが、会話中心回は次回以降もしばらく続きます。

それと一応、今回の話で変わったみんなの行動方針まとめなどを。

・SO勢のみんな
 宇宙を平和に。いつの間にか生き返ってた十賢者を全員倒す。
 それと十賢者生き返らせた元凶の大バカもはっ倒す。
・レナスさんとその仲間達
 とにかくとられた「力」を取り戻す。
 それとこんな事になった責任をとって、その「力」で創られた十賢者も倒す。

創造された十賢者達のうち
・サディケル
・ミカエル、メタトロン、ラファエル
 以上の四人はすでに撃破済み。よって残りは六人。


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4-1. 別々の二人

後半辺りからシリアスのターン開始。6-2まで続きます。


 これからの方針が大体決まり、エル大陸にいる向こうチームとの通信を終えたその後。

 今クリフが通信機を使って会話している相手は、アーリアにいるミラージュだ。

 

「……まあ、色々詳しい話は後にするとしてだ。こんな時間に悪いが、今から迎えに来てくれねえか?」

 

『それは構いませんが。エル大陸のエルリア集落とラクール大陸のリンガですね。急ぎならディプロからもう一機出しましょうか?』

 

「いや、多少ゆっくりでも構わんから一機で来てくれ。……ほれ、他の奴は今どれもメンテナンス中だろ? 俺は別に平気だと思うんだが、こっちには頑固な心配性がいるからな。“事故”が起こる確率はなるべく下げたいんだと」

 

『ああなるほど、それなら仕方ありませんね。──しかし、今度の行先は“タイムゲートさん”ですか。私達もだいぶこういう事に慣れてきましたね』

 

「お前個人に関して言えば、肝が太いのはもとからだと思うぜ」

 

 さっきからクリフ達はそんな会話を、フェイトどころかレナやらプリシスやらチサトやら、とにかく自分の妻ニーネの様子を見にリビングを出たボーマン以外の全員に聞こえるような状況の中、普通に繰り広げているわけだ。

 聞いているフェイトとしてはもちろん、誰が頑固な心配性だとか、どうかしているのはお前の神経だろとか言いたい事はいっぱいあるけど。

 

「メンテナンス中を動かす気だったって、ほんと?」

 

「そうですよね、危ないと思うでしょう? だから僕はやめろって言ったんだ」

 

「そうかな? 調子が良ければいける気がするけどなあ」

 

「……いやだから、調子が良くなかったら墜落なんだけど」

 

 それでもチサトやプリシスにちゃんと受け答えしているのはずばり、すでにフェイトが止める隙もなく、フェイト以外のみんながクリフの案に賛成してあっさり決まっちゃった事だからである。

 

 

 

 行き詰りかけていたところにクリフが出した案とはなんという事はない、“FD世界、つまり元神様のブレアだったらどうにかしてくれるんじゃね?”という実に安直なものだったわけだが……。

 英雄達に知られないよう、事情を知っている自分達だけでこっそり話し合ってこっそり行けばよかっただけなのに、全員の前であんな堂々と口に出してしまったらおしまいである。

 

 あまりに突然の出来事にフェイトが固まる中。

 案の定

 

「ズルって何?」

 

 と聞いたプリシスに、クリフも平然と答え、

 

「いやなに、俺らの知り合いにすげえ情報通がいてな。こうなったらそいつにダメ元で聞いてみようかと、そういうわけだ。──嬢ちゃん達には前に言ったろ? 例の“タイムゲートさん”だよ」

 

「タイムゲートさん? って確か……変なメッセージをいたずらと思わずにちゃんと解読したっていう、すごいひとですよね」

 

『ああなるほど。そのひとなら確かに、なんか色々知ってそうですね。十賢者達の居場所も分かるかも』

 

 納得するレナとクロードに、マリアもこれまた平然と『確かに、私達の状況も以前と変わっている。この辺で一度彼女の所に行ってみる価値はあるわね』と言い。

 

『タイムゲートさんって女のかたでしたのね』とセリーヌも意外そうに言い。

 

「つまり詳しそうな人に聞きに行くって事? なんだ、そんなのズルでもなんでもないじゃん」

 

「じゃあ行きましょうよ。で、その人はどこにいるのかしら?」

 

『エクスペルにはいないわ。惑星ストリームよ』

 

「惑星……、宇宙艦に乗って移動しなきゃってこと?」

 

『ええ。少し遠いけど……まあ所要時間は後でどうにでもできるし、問題はないでしょ』

 

「問題ないんだ……」

 

『そういや“タイムゲート”だもんな』

 

「ええっ、じゃあ艦に乗れるの!? しかも未来のやつ!? ──アタシ行きたい! 行こう!」

 

「はいはい私も私も! 行きたい行きたい!」

 

 以上、そんなノリでFD世界に行く事に決定である。

 

 決まっちゃった事はしょうがない。今さら自分一人が文句言ったってどうせプリシス辺りに「何でそんな反対するのさ?」とか聞かれて焦るだけだし、「んなビビってたら余計怪しまれるぜ?」とかクリフに言われてむかつくだけだと、フェイトも言葉を飲み込んだのだ。

 その後でクリフがこっそり耳打ちしてきた、

 

「俺らにも全部の事が分かってるってわけじゃねえ。俺らが何にもしでかさなくても、どうせこのままじゃ宇宙は終わりなんだ。今ここでより多くの情報を得るには、俺らとはまた違った事情を知っている人間も連れて行った方がいい。……そうは思わねえか?」

 

 という言葉にも、非常に不本意ではあるが一理あるとも思ってしまったわけだし。

 ただそれでも嫌な予感は拭いきれなかったので、

 

「……分かったよ。でも、詳しい人間はせいぜい何人かいればいいだろ? まさか全員連れて行くわけじゃないよな?」

 

 と、FD世界に行く人数だけはなんとか絞る事にさせて今に至るわけだが。

 

 

 そんなこんなでアーリアの神護の森に隠してある小型艦で迎えに来てくれるよう、クリフがミラージュとの会話を進めている現在。

 特にする事のないプリシスやチサトがさっきから「未来の艦ってどんなのかな? どんなのかな?」「楽しみだわー」とか楽しげに会話しているそばから、彼女達から飛んでくる質問をさらりと受け流しつつ、

 

(この二人は一番連れて行っちゃだめだな。特にプリシス女史の方)

 

 とフェイトは考えているわけだ。

 レナもさっきからそのプリシス達の会話に巻き込まれているわけだが、

 

「ねえねえ、レナはもう見たの? フェイト達の艦ってやつ。どんなだった?」

 

「ちょっとだけ、ちょっとだけ教えて!」

 

「……あ。ごめんなさい、わたしもまだ見てないですから。そう……気になるわよね、一体どんなのかしら」

 

 となんだかぼんやりした様子。たぶん今日一連のどたばたで疲れたのだろう。

 正直フェイトも今結構眠いし。クリフの方も会話しつつ時折あくびが出ているわけだし。今日は夢も見ないで朝までぐっすり眠れること間違いなしである。

 

 一方残りのレナス達三人はというと、

 

 

「そう。私の事は皆には知らせていないのね」

 

「ああ。その方が面倒は少なくて済むだろ。もちろん必要最小限、お前の不在を隠すため、口の堅い奴らに協力はさせてある」

 

 などと、さっきから自分達の身の回りの状況を三人で色々話し合っていたりする。

 アリューゼが報告している最中、何を思い出したのかメルティーナがいきなり食べていた握り飯を噴き出したが、聞いているレナスの方は終始大真面目な様子だ。

 

 なにか気がかりな事があるのか、その表情は少し険しげ。

 まあ周りがうまくごまかしているっぽいとはいえ、国のトップが事前準備もなしにひと月以上も国を留守にしているわけだし、今の彼女自身の状況も考えれば到底楽観的な表情にはならないのだろう。

 その様子が見えているフェイトとしては(きたないなあメルティーナさん)と思うとともに、(ちゃんと偉い人……いや、神様だったんだなレナスさん)と今さらながら意外に思う事しきりである。

 

 いやまあ単語の定義はどうあれ、元いた場所では彼女は周りに“創造神”と呼ばれる、国で例えるなら一国の長みたいな立場なわけで。彼女のあの真面目な性格からしても当然、普段からちゃんと真面目に“創造神”やってたんだろうとは思うけども。

 今まで堂々と戦闘サボりながら余計な事やらかしてレナお母さんに叱られてる、世間知らずなお嬢様みたいな姿ばかり見てきたせいで、すぐ近くで真面目に“創造神”やってるこの姿には正直違和感の方が強いというか。

 

「協力……替え玉だという事に気づいた者は?」

 

 そんな中、報告を聞いたレナスは真剣な様子でアリューゼ達に聞いている。

 アリューゼと笑うのをやめたメルティーナの二人も真面目に答えると、

 

「ジジイは気づいてるわ。けど知らんぷりしてる。今あんたを裏切っても損の方が大きいって判断したんでしょうね」

 

「冥界の動きもこれまで通りだからな。もしこちらの小細工が向こうに筒抜けだったのなら──」

 

「冥界以外は?」

 

「あ?」

「本当に、誰も気づいた者はいないの?」

 

 よほど気がかりな事があるのか、二人とも大丈夫だって言ってるのになんかすごい念入りに確認している。

 

(あ、やっぱりいつものレナスさんっぽい)

 

 とフェイトがほんの少し思い直す中。

 

 

「安心しなさい。この私が、一番の危険人物に何の対策も打たずにいたと思う? 奴には私自ら特別に、厳重に厳重を重ねた対策を施してきてやったわ」

 

「厳重な対策……。本当に安心していいのね?」

 

「そりゃもうバッチリよ。まず奴の留守中を見計らって奴の根城に忍び込み、ありとあらゆる奴の魔術道具と研究資料を借りパ……徴収した後、奴の眼鏡をスペア含めて全部七つのかけらに砕いて、それから奴の数少ない衣服も全部……」

 

 などと、話に出ている“奴”が誰だか知らないフェイトにはマジもんの悪行としか思えない所業の数々を、メルティーナはなぜか勝ち誇った表情でレナスに延々と言い聞かせている。

 しかも聞いているレナスの表情はそれでもまだ全然曇ったままだ。

 

 なんかよく分からないけど、そこまでしないとダメな……いや、そこまでしてもダメかもしれない、超危険な“奴”が彼女達の周りには存在しているらしい。

 本当なのだとしたらなんとも恐ろしい世界もあったものだ。

 自宅の廊下の隅々にまで配置された魔物や死霊や合成獣達の腹の中から、再現不可能なほどに細切れにされた自分の衣装のかけらを(他に着る服も用意してくれる友達もないからって)力ずくでもぎ取り、つぎはぎ合わせてまでレナスを追いかけつきまとおうとする、超人じみたぼっちの変質者(ド近眼)がいるなんて。

 

 

(……。さすがに、メルティーナさんが言いすぎやりすぎなだけだろ)

 

 とフェイトが結論づけたところで、会話を終えたクリフが通信機を置いて言ってきた。

 

「先に向こうの奴ら回収するから、到着すんのは明日の朝だってよ。んで、それまでに行く奴を決めておけって」

 

「明日の朝か。ゆっくり休めるならそっちの方がいいかな。今日は疲れたし」

 

 あくびと一緒に返事するフェイトをよそに、さっそくプリシスが不信そうに聞く。

 

「行く奴って……全員で行くんじゃないの?」

 

「仕方ねえだろ、艦は八人乗りなんだから」

 

 かったるそうに言うクリフだが、もちろんすべて仕込みである。

 リビングにいる人数を見渡しチサトが安心しかけたところで、クリフがさらに言い足し、フェイトと二人ですいすい会話を進めた。

 

「なんだ、八人だったらなんとか」

「向こうの奴らも含めて八人な」

「えっ」

 

「向こうからはソフィアとマリア、それとクロードが来るそうだ。艦を操縦するミラージュも入れると、ギリ四人までは行けるって計算になる」

 

「僕とクリフは外せないから後は……そうだな、レナと」

 

 まあ無難に考えれば、連れて行くのは彼女と彼女で決まりだろう。

 フェイトに最初に名前を挙げられたレナはまたぼんやりしていたらしく、いきなりの事に戸惑ったように頷いた。

 

「え……うん」

 

 そしてもう一人の彼女だが、もちろんそれは、今すんごいドキドキした顔しながらフェイトの発表を待っている二人の事ではない。

 いや本当に、楽しみにしていたところ大変申し訳ないけども。

 

 熱すぎるプリシスとチサトの視線から逃げるように目をそらし、フェイトはレナス達三人の方を見た。

 

 

「……ってところかしら。ま、当分の間は部屋の外に出る事すらままならないでしょうね」

 

「そうね。そこまでしたのなら……」

 

 ちょうどメルティーナが、“奴”にしてきた所業の数々をようやく語り終えたところのようだ。

 レナスがまだどこか安心しきれていない様子で呟いたところで、クリフが「ちょっといいか?」と注意をひいてから話しかけた。

 

「さっそく明日、さっき話した“タイムゲートさん”のいる場所に向かう事になった。そこへは乗り物を使って行くわけだが、乗り物の都合上全員を連れてはいけねえ。俺らとはまた違った事情を知っているお前達からも代表者を一人決めてもらいてえんだが、誰が──」

 

「分かった。私が行くわ」

 

 即座に答えたのはやはりレナスである。

 

「まあそうなるだろうとは思ったが……一応相談はしなくていいのか?」

 

 一応クリフも確認してみるものの、アリューゼもメルティーナも

 

「相談も何も、俺らの代表はこいつ以外にいねえしな」

「てかそういうのって普通、やらかした本人が行くもんでしょ」

 

 とレナスが行く事に異論はなさそうな様子。

 もちろんフェイトにも異論はないので、きっぱりはっきり断言する。

 

「よし、これで決まったな。行くのは僕とクリフ、それとレナ、レナスさんの四人だ」

 

「ええー!?」

「やだやだ、アタシ達も行きたいー!」

 

 プリシスとチサトがすがりついてきても、もちろん却下である。

 

「仕方ないだろ、八人しか乗れないんだから」

 

「四人しか行けない、の時点で大体想像ついてただろ。諦めな」

 

 

 そもそも今フェイト達が話し合いで決めたのは“タイムゲートさん”のところにいく人員であって、十賢者達を倒しに行く人員ではないのだ。

 

 十賢者達の居場所が分かったところで、どうせ転送装置の使えない今はエクスペル内の移動を小型艦に頼る事になるわけだし。そうなると一緒に十賢者達を倒す仲間である彼女達も、必然的に小型艦に乗せる事になるわけだ。

 超天才発明家のプリシスも熱血ジャーナリストのチサトもみんな、この時代にはないクリエイションエネルギーを動力として動く、未来の時代の艦に。

 

 何が言いたいかというとつまり、フェイトがどれだけ拒否しようが結局数日後には彼女達含めて、みんな仲良く未来の小型艦に乗る事になるのだ。

 今ここで置いてけぼりくらったところでどうせ全員が合流する際にはちゃんと艦に乗れるんだから、それくらいおとなしく待っててほしい。FD世界に行きたいなんて馬鹿な事考えずに。

 ……などとフェイト的には思うわけである。

 

 

 しかしそんなフェイトの考えが通じるはずもなく。

 諦めきれないチサトが必死に抗弁してきた。

 

「ま、待ってよ! こういうのは詳しい事情を知っている人が行くべきだってさっき言ってたじゃない! だったら私をこそ連れて行かないと! 言っとくけど私、すごい詳しいわよ!」

 

 プリシスも便乗して「あっアタシも! 詳しいよ!」と言うが、そんなもんで決定を覆すほどフェイトは甘くない。

 

「何に詳しいんですか。言っておくけど、近所の噂なら間に合ってますよ」

 

 クリフも「機械は未来の俺らの方が詳しいな」ときっぱり言い、プリシスが「ぶうー」と降参の声を漏らすが。

 

「ち、違うわよ、そんなんじゃないわよ! ここにいる誰もが知らないような、重要な情報を……って」

 

 往生際悪いなあと思いながら見ているフェイトの前で、チサトは急に「ああーっ! そうよ!」と思い出して言ったのだった。

 

 

「私ったら十賢者の事に詳しいじゃない!」

 

 

「えっ」

「それは本当か?」

 

 それはさすがに聞き流せない情報だ。

 フェイトとクリフが訝しんで聞き返す中、チサトは自慢げに言う。

 

「ふっふっふっ、嘘なんかじゃないわ! 私はネーデ社の新聞記者だったのよ? 当然、詳しいに決まってるじゃない。──本当言うと、当時は単なる職業の域を超えて彼らの事を調べたりもしたわ……。食事を忘れ、ハンカチを忘れ、上司に命令されていた原稿を忘れるくらいにはね」

 

「それほどまでに熱心に調べていたんですね……」

 

 と素直に感心しかけたが最後のはいいのだろうか。本業もおろそかになっている気がするのだが。

 なおも疑うクリフにも、チサトは声を大にして言い張る。

 

「本当かねえ。だってさっきまでその事忘れてたんだぜ? こいつ」

 

「嘘じゃないもん! あの時本当に原稿落としたもん!」

 

 ぷるぷる震えながら「編集長すっごく怖かった……」と言っているので、原稿を忘れたその点だけは疑う余地のない事実なのであろう。いや今はそんな事、すっごいどうでもいいけど。

 

 一番肝心な所、チサトが十賢者の事に詳しいかどうかという点に関してはどうなのだろう。

 確かに思い起こしてみれば、さっきレナス達に十賢者の事を説明した時、ちょいちょいチサトが説明していた箇所もあった気がするような。

 とりあえずプリシスに「あんな事言ってるけど、本当かい?」と聞いてみたところ、

 

「詳しいよ。裏事情とかはたぶんチサトが一番じゃないかな」

 

 といじけつつも素直に答えてくれた。

 どうやら本当に十賢者の事に詳しいらしい。こうなってくるとフェイトも判断に迷ってきた。

 

「うーん。まあ、それが本当ならチサトさんも連れてった方がいいんだろうけど……でも」

 

 八人しか行けないし、今から連れて行く人数増やすわけにもいかない。自分達の誰かを置いていくわけにはいかないし、事の発端であるレナスだって同じだ。

 そもそもやっぱり好奇心旺盛な記者ってだけでなかなかに危険人物だし、そこまでして彼女をFD世界に連れて行く必要はあるのだろうか?

 

 いっそこの場で十賢者について知っている事あらいざらい喋ってもらう方向でいこうかな、とフェイトが思い始めた時。

 レナがいきなり言った。

 

 

「いいですよ、チサトさん行ってきてください。わたしはここで待ってますから」

 

「え!? いいの!?」

 

 チサトがびっくりして聞き返すが、これにはチサト以外もびっくりである。

 レナは淡々と言う。

 

「そんなに揉めなくってもわたしが行かなければ済む話じゃない。チサトさんが十賢者の事に詳しいのは本当の事だし、それに……わたしにしか分からない事なんて、何もないから」

 

 言っている事自体はその通りなのかもしれないが。

 有無を言わせぬようなレナの言い方に、チサトもすぐに喜ぶのをやめた。

 騒いでいた人が急に騒がなくなったせいか、リビングに異様な静かさが訪れる中。突然の申し出に戸惑うフェイトにも、

 

「え……でもレナ、君は」

 

「クロードは行くんでしょう? だったら、なおさらわたしが行く必要なんてないと思う。わたし達の代表はクロードよ。人数が限られているんだから、余計な人はいない方がいいわ」

 

 レナはやはり淡々と言い、まっすぐに顔をあげた。

 その正面ではレナスが、様子のおかしい彼女をどこか気遣うように見ている。

 

 レナスと目が合ったレナは笑顔を無理やり作ると、正面にいるレナス一人にではなく、この場にいるみんなに向けて言った。

 

「話もまとまったみたいだし、もう休みませんか? みんな今日はいろいろあって、疲れたと思うから」

 

 

 ☆★☆

 

 

 その後、席を外していたボーマンがリビングに戻ってきたところで、今日の話し合いは終了となった。

 

 プリシスは「じゃ、明日の朝また来るね」と自分の家に走って帰っていき、残る全員はそのままこの家にお泊りだ。

 チサトには元々間借りしている自分の部屋があるので除くとして、残りは六人。

 レナとレナスとメルティーナの女性陣三人にはボーマンが用意してくれた客室があてがわれ、フェイトとクリフ、アリューゼの男三人はそのままリビングで雑魚寝だ。

 

 

 レナス達三人はまだ今後の事で色々話し合う事があるとかで、フェイト達の就寝の邪魔にならないよう、わずかに残った握り飯の乗った大皿と一緒に食卓の方の椅子に移って、静かに会話を続けている今現在。

 

 客室の手入れを終えたボーマンは「何か分からん事があったら下に来い」とだけ言い残して、一階にある店の方へ。チサトもそそくさと自室に行き。クリフもすでにカーペットの上で爆睡中。

 フェイトの方は二人分の長さしかないソファーから足を飛び出させて、なんとか寝転がっている状態だ。

 

 今日はあれだけの事があったのだ。フェイトもクリフも疲れているだろうし、そんな二人を雑魚寝させといて自分がベッドで寝る事にはレナも気が進まなかったものの、同じく女性扱いされている他二人の事もあるので結局何も言えず。

 

「ごめんね、ベッド使わせてもらっちゃって」

 

「ああ、別にいいよそんな事。レナもゆっくり休んでね」

 

 居心地なさげに言うレナに、フェイトはあくびをしつつも、そんなレナの事を気遣うように言ってくれた。

 レナも疲れているだろうから気にしないでいいよと、フェイトは思ってくれているのだと思う。

 でも──

 

 フェイトやクリフさんとは違う。自分は今日、そんなに疲れるような事はしていないはずだ。

 だって自分は目の前で起こった色んな出来事についていけなくて、ただおろおろしていただけなんだから。

 

 確かに今日は、回復紋章術も補助紋章術もたくさん使った。リンガの聖地の中もたくさん歩き回って走った。

 肉体的に疲れているかといったら、やっぱり疲れている方なんだと思う。

 でも、それでもなんか人に気遣われるのは違う。わたしは別に疲れてない。そんな事してもらう必要など今の自分にはないと思うのだ。こんな事うだうだ考えている時点で、自分でもどうかしていると思うけど。

 

「お休み、レナ」

 

 でもいいや、そんな事。自分で気づいてないだけでやっぱり疲れているんだ。とにかくもう寝よう。一晩ぐっすり寝たら、きっとまた元気になれる。

 

 リビングの奥からは、今もかすかにレナス達三人の話し合いの声が聞こえている。

 話の内容も、いつまでこの話し合いを続けるのかもレナにはよく分からない。話し合いが終わったら、寝ている自分を起こさないよう静かに部屋に入るとは言っていた。だからもう先に部屋に行ってもいいだろう。

 

「お休みなさいフェイト」

 

 フェイトに上の空で返事をし。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、レナは一人でリビングを出た。

 

 

 

 三つある客室のベッドのうち、入り口から一番遠いベッドにまっすぐに向かい。手に持っていた明かりもすぐに消して床に置き、横になって目を閉じてみたものの。

 五分ほど経ったところで、別に今は眠くないと思いなおし、レナはベッドからのそりと半身を起こした。

 

 ちっとも眠くない。そういう気分じゃないけど、起きててもする事がない。

 どうしようかなと辺りを見回し、たまたま手の届く場所にあった窓のカーテンを開けて外を見てみる。

 

 故郷アーリアには敵わないけど、リンガの夜空もなかなかいい眺めだ。……とは思うものの、今はただそう思うだけで到底いい気持ちになれそうもないし、そのままいい気分でぐっすり眠ろうとはもっと思わなかった。

 

 夜空がきれいだからって何だというのだ。

 そんなものこのエクスペルじゃ当たり前の事ではないか。エクスペルのきれいな空を喜んで見てくれるクロードが隣にいるならともかく、こんな暗い部屋の中、自分一人でこんな当たり前の光景見たってなんにも楽しくない。

 

 楽しくもないのに一人でこんな事やってるのが馬鹿みたいに思えて、結局レナはぼんやり見ていた窓の外から目をそらした。

 

 

 部屋の中は暗いけど、月明かりのおかげで大体の物の輪郭は分かる。

 隣のベッドは二つとも空のままだ。

 いつかと違って、整えられたままのシーツ。直前まで人が寝ていた形跡はない。

 

(まだ、話してるのかな。レナスさん達)

 

 まだ全然時間も経ってないし、自分だって結局寝てない。静かに部屋に入ってきたって気づかないわけないから、考えるまでもなくまだ話し合いの最中なんだろうけど。

 

 空のベッドを見つつ、ぼんやり考えていると。

 部屋の外から、かすかにドアが開く音がしたような気がした。

 

 

(なにかしら、今の)

 

 どうせ自分には関係ない事だと分かっているけど、でもどうせ寝つけないし。

 とりあえず確認しようとベッドから起きだし。こっそり明かりをつけて手に持ち、これまた必要もないのに誰にも気づかれないよう、静かにそっとドアを開けたところ。

 

「あ」

「何やってるんですかチサトさん」

 

 音の犯人はレナのすぐ目の前にいた。

 忍び足で自室を出てきたであろうチサトは、ちょうど客室の前まで進んだところでレナに見つかったらしい。姿を見られた瞬間びくついたところからして、目的はどうせリビングで話し合いしてる三人の様子を盗み見するとか、そんなところだろう。

 

 チサトが小脇に抱えている、『マル秘』と書かれたヘンなノートを冷ややかに見つめつつ、レナは小声でたしなめた。

 

「そういうの、よくないと思いますけど」

 

「う……。だ、大丈夫よ、私は良識ある記者だから。記事にもしないから」

 

「記事にしないって、それじゃそのノートは何なんですか」

 

「こ、これはその……ただのネタ帳? みたいな? ……いやいや、本当になんでもないやつだから。ほら、この通り」

 

 ちくちく言われつつも、めげないチサトは手に持っている“マル秘ノート”なる物の中身をレナに見せつけつつ、あくせくと言い訳をする。

 目の前でめくられていくページには

 

『今日からリンガの聖地の調査を開始!』

『本日リンガの聖地の奥から奇妙な二人組が出てくるのを発見。特徴は……。ボーマン家にて……を聞き、帰っていった模様。なんかいろいろ怪しすぎ。また来るとの事なので、明日から張ってみようと思う』

 

 などの記述。今も開けっぴろげにレナに中身を見せている通りの、わざわざ表紙に『マル秘』と書く意味が分からない、ただの日記帳だ。

 ……いや、よく見ればところどころ

 

『ラクールアカデミー七不思議の七個目って何かな?』

『おなかすいてる小鳥助けたら恩返しされた』

 

 など現実味に乏しいヘンな記述もあるから、本人が言った通り、ネタ帳として見た方が正しい代物なのかもしれないけど。

 

 

「その日あった出来事とか気づいた事とか、いろいろ書いておいた方が後で思い出しやすいでしょ? ようは日記帳みたいなものよ。別にこれに書いてあること全部記事にしようってわけじゃないわ」

 

 レナにネタ帳見せつけつつなんかいろいろ言ってるけど、ようするに一人の記者としてじゃなく、ただの野次馬として覗き根性の血が騒いだから覗きに行くという事らしい。

 

「大体、彼女達は私の恩人だし。なんか重要っぽい会話聞いちゃったとしても、それネタにして勝手にゴシップ記事書いたりなんかしないわよ」

 

 記事にしないから大丈夫との事だが、その言い訳を聞かされているレナとしては正直(どうなんだろう、それ)としか思えない。

 

 本人が望んでないのに、興味本位でその人の事を知りたがるなんて。

 迷惑じゃないか。

 

 そう思った瞬間、レナは自分でも知らない間に、思いっきり眉根を寄せていた。

 目の前の“マル秘ノート”のページは、やっと今日の分にたどり着いたようだ。気づけば

 

『……みそ汁はあまり好きではない模様。どうやら彼女達の世界に和食文化はないようだ』

 

 というとんちんかんな記述を最後にレナに見せてノートを閉じたチサトが、いよいよびくびくした様子でレナの顔色を窺っていた。悪あがきむなしくレナに怒られるとでも思ったらしい。

 

 が、結局レナはその予想を裏切り、それまでと同じ小声でチサトをたしなめただけだった。

 

「とにかく、わたしはやめた方がいいと思います。そういうのは」

 

 一応注意はした。

 チサトさんの性格上、この程度の注意をちゃんと聞くかは分からない。結局見に行くような気もするけど、そんな事自分にはどうでもいい事だ。

 彼女が何を話していようと、自分には関係ないんだから。

 

 みそ汁の事なんかもっとどうでもいい。

 彼女の世界にもみそ汁はあるって、たまたま彼女の知り合い二人ともが苦手なだけで彼女自身は嫌いじゃなかったんだって、そんなどうでもいい事知ってたところで何の意味もない。

 あの時彼女が言ってた事が全部、本当かどうかも自分には分からないんだから。

 

 

 だったらなんで自分は、彼女がいつ戻るのかを気にして眠れなかったりしたのか。

 部屋の外のどうでもいい音が気になって、こっそり様子を見に行ったりなんかしたのか。

 今こうやって起きてチサトと喋っている事も全部、一気に馬鹿らしくなって、

 

「チサトさんも早く寝た方がいいですよ。明日は早いんですから」

 

 と言ってすぐに客室のドアを閉め。レナはまっすぐに自分のベッドに戻って明かりを消し、他のベッドに背を向けて目を閉じた。

 

 

 

 子供っぽいすね方をしてるだけなのは自分でも分かってる。

 彼女の立場を考えたら、彼女が自分の身の上を正直にべらべらと喋らなかったのは当たり前の事だ。別に自分の事が嫌いだからそっけない対応されていたわけじゃない。

 

 もしかしたら彼女は、周りから距離をとろうとしているのではないだろうか。

 

 一か月前、アーリアの村長宅でも彼女に対して感じたあの印象。

 今日の彼女からも、リンガの聖地に行った後から──彼女の本当の正体が分かった後からずっと、ついさっきも感じて。

 出会った時から今の今まで、本当はずっとそうだったんじゃないかって思ってしまうけど。

 

 それだってきっとただの勘違いだ。

 ずっと嘘をつかれてたって、子供っぽい自分が勝手にいじけているからそう捉えてしまうだけだ。

 彼女は大人だ。仕方ないから嘘をついていただけだ。あるとしたら周りに嘘をつくのが後ろめたいから気が引けていたとかいうだけの事で、それ以上の意味なんかあるはずない。

 

 

 もやもやとした気持ちを抱えたまま。レナはベッドの中で丸くなり、とにかくもう寝ようとひたすら自分に言い聞かせる。

 今日の自分は疲れているんだ。さっきは眠ろうとしていなかっただけで、眠ろうと思えばすぐに眠れるはず。どれだけ馬鹿らしい事考えたって結局は一緒。寝て起きたら朝はやってくるのだ。考えたって仕方ない。

 

 体は本当に疲れていたのだろう。無駄に冴えた頭に言い聞かせるうちに、本当にだんだん眠くなってきて。

 

 

 ──わたしの今までの行動も、彼女にとっては全部迷惑だったんだろうか。

 

 眠る直前までレナの心に浮かび続けていた疑問もそのまま、意識の闇の中に消えていった。

 




・おまけの本文真面目すぎて出し損ねた小ネタ。替え玉にされた口の堅そうな奴。
「とりあえず鎧着てカツラつけときゃいいだろ」
「近くで見なきゃ分かんないって。ちゃんと変態の眼鏡も壊しといたし。……。うん、お面もあるしいけるいける」
「シホ、オレハイッタイドウスレバ……」


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4-2. 間違った行動と考え

 大方のみんなが寝静まった夜。

 ボーマン家のリビングの一角を借りたレナス、アリューゼ、メルティーナの三人は、食卓の真ん中にある明かりを頼りに、ひっそりと今後の事に関する話し合いを続けていた。

 

 食卓の端には覆いがかけられた大皿。

 中に残っている握り飯はあとわずかで、明日の朝ご飯全員分にはとても足りない分量だ。すでに何個か食べているアリューゼが話の合間にさらに手をつけ、それと一つも手をつけていなかったレナスが「なんでもいいから食べなさい」と言ったメルティーナの監視の元、情報と引き換えに半ば強引に食べさせられた結果である。

 

 同じ部屋の中のソファー付近では、フェイトとクリフがぐっすり熟睡中。

 話し合い中の食卓とは少しの距離があるだけで、声を隔てる壁の一枚すらない。

 

 

 二人とも先に寝るとは言っていたし、今も言った通りに寝ているようにしか思えない様子だが、本当のところはどうだか分からない。

 実は寝たふりで聞き耳でも立てていて、余計な事を知られたら厄介ではないかとメルティーナとしては思わなくもなかったが、目の前のレナスはそれを気にする様子もなく話し合いに集中している模様。

 二人の事については食卓に移動する際、メルティーナ達二人に向けて「彼らは大丈夫」と短く言っただけだ。

 

 例えこいつが人を無条件に信じやすい、おひとよしで甘ちゃんで常に余裕なさすぎでいっぱいいっぱいなやつだとしても、それくらいの危機管理はできるやつだ。

 自分達に言われなくとも、二人に自分達の世界の内情を知られる危険性を考えていないわけがない。つまりそれだけあの二人の事を信用しているという事なのだろう。

 

 聞けばあの二人、それとどう見てもエルフっぽい耳だけど結局エルフじゃなかったレナとかいう少女は(この世界では耳が長いのは『エルフ』じゃなくて『ネーデ人』と呼ぶらしい。“神の器”とかなんとかは関係ない、ただの人間なのだとか。……それはどうりで、引きこもりのエルフのくせにやたらしつこく人につきまとってくるわけだ。あのチサトとかいう赤毛は)、こいつがうっかりひと月前に自分達の前から姿消してからここまでの間に、一緒に旅をしてきた仲間なのだと言う。

 

 ひと月、一緒に旅をした間柄。

 “声”を聞いたわけでもないのに、そのひと月で、これだけの信頼を寄せるほどにそいつらの人柄を把握したというのはさすがだと感心するべきなのか。それともまたいつもの悪い癖が出たと呆れるべきなのか。

 

(まあこいつの観察眼信用できないって言ったら、それこそ今こいつの目の前にいる自分達は一体何だっつう話になっちゃうのよね)

 

 

 そりゃ『運命の三女神』なんていうモノの名前まで詳しく知ってる奴なんて、自分達の世界でもめったにいないし、さらにここはどうせ別の世界だしでまず言っても大丈夫よねって判断だったんだろうけど。

 

 人が一生懸命周りごまかしたり探してたりしてる最中に、あっさり本名明かしちゃうほどに普通にあいつらと親睦深めてやがってやっぱむかつくわねこいつ。……とは思いつつも。

 いずれにせよレナスの事を信じるしかないメルティーナは、

 

(どうせ『超ヤバい「力」大体全部とられた間抜けな創造神』とかいう、一番バレちゃまずい部分バレちゃってるし、このうえあいつらに何を聞かれたって今さらよね)

 

 と開き直ってレナスとの話し合いを続けた。

 

 

 

 話し合いの内容はレナスがいなくなってからの神界の状態に始まり、人間界、冥界や妖精界の各状況などの説明。

 つまりレナスがいない間の各勢力の情勢および、神界で頑張っている仲間達の近況報告をざっくり手短にだ。

 

 アリューゼもメルティーナも、一か月分の報告を全部まとめてじっくり丁寧に説明できるほど気は長くない。

 というかそもそも、“報告”という地味な作業自体が門外漢だ。

 てきとーに「まあそんな大して変わってないんじゃない、どこも」「あいつらもまあ大体元気だな」と伝えた後は、すぐにレナスから聞かれた事に答える側にまわった。

 

 神界のみんなは? 新しく来た者達はうまくやれてる? 

 人間界は? あの戦争はあれからどうなった? あの国はどうしている? 一か月前と比べて、他に変化があった事は?

 冥界は? ガノッサの様子は? 妖精界はあれから何かあったか? あと本当に他に自分の不在に気づいている奴はいないのか……

 

 それらの質問の数々にも、アリューゼとメルティーナは大体を必要最低限の答え、つまり「特に問題はない」で返した。

 別に気休めで言っているわけではない。今も神界で頑張っている仲間達がいる以上、多少の問題はレナスがいなくとも大体なんとかなるだろうという意味だ。

 

 ひと月もの間留守にしている事が気がかりで仕方ないらしいレナスの方も、その理屈が分からないわけではない。性分からして、何より仲間を信じていたいのはむしろレナスの方なのだ。

 もっとも──

 詳しく知ったところで、今の自分に何ができるわけでもない。そんな諦めもレナスの中にはあったのかもしれないが。

 

 もっと詳しく知りたいという様子をもろに顔に出しつつも、結局レナスからのあっちの世界の現状についての質問は、ほどほどにやって切りあげられた。

 それから先はこれから先の事についての話し合いだ。

 こちらは比較的さっくりと進んだ。

 

 

 まずフェイトやレナ達こっちの世界の住人と協力して、どうにかしてレナスがとられた「力」を取り返す事。

 

 向こうの世界に続く“道”は未だ繋がったまま。向こうに戻る事はいつでもできるが、ほぼただの人間になってしまった事が周りにバレると色々まずい事がありすぎるので、「力」を取り戻すまでレナスは向こうには戻らず、この世界に居続ける事。

 

 ただ今はなんとかレナスの不在をごまかせているけど、もしもこの先、協力してくれている仲間以外にもこの事がバレてしまった場合。

 それはそれで混乱が起きて厄介なので、アリューゼとメルティーナの二人は一度向こうに戻り、協力してくれている仲間に無事にレナスを見つけられた事についてはきちんと報告しておく事。

 ただ予想外の事態が起きた事は伝えず、もうしばらく不在をごまかすのに協力してほしいとだけお願いしておく事。

 

 

 それらの事を決めた後。

 レナスが視察のためでもなんでも、何か適当な理由のついた『もうしばらく帰らないからよろしく』のような事を書いた手紙を、アリューゼとメルティーナが一時帰宅の際に協力してくれている仲間に渡すという事で大方の話はまとまり。

 

 それから話は、いなくなったレナスを探しに飛び出して、同じくいなくなってしまったルシオの事に移った。

 

 

 

 右も左もよく分からん世界で迷子になってしまったやつの事だ。

 あんたもほぼただの人間になってしまった現状、効率的に探す術なんかあるっちゃあるけどないわけだし、ルシオの事はこの際後回しにするしかない。

 つうかこっちが色々大変な事になってる今の状況で、わざわざ率先して探すほどの事かと思うし。別にほっといてもいいと思うし、むしろあいつは帰り道知ってんだから自力で帰ってこいとすら思うし。

 

 そう思うままメルティーナが言うと、レナスはそれまでの真剣な表情から一転、目に見えてしょんぼりした様子で視線を落とした。

 

 

 レナスの膝の上に乗っている、ぼろぼろの首のない人形。

 レナスが貰ったイヤリングのお返しにルシオにプレゼントしたとかいう代物だが(本当はそれそのものを渡すつもりじゃなかったらしいけど)、なんの因果か渡した本人の手元に戻ってきてしまったらしい。

 リンガの聖地の中に落ちていたのを拾ったのだと聞いた。

 

 メルティーナとしてはどうせうっかり落としたか、さもなくば要らないから捨てたとかいうオチだと思っているのだが。ルシオが好きすぎるレナスにとってはさあどうなんだか。

 実際この人形を発見した時、「もしかしたら大変な事に巻き込まれたのかもしれない」などといった余計な心配で頭がいっぱいになり、まんまと十賢者のサディケルに操られたぐらいだ。

 

 ……まあ今の様子を見る限りでは、「他の大事な事全部放り出してでもルシオを探しに行く」みたいな無茶はしないとは思うけど。それでも今すぐルシオに会いたいわ、みたいな本音がダダ漏れに見えちゃっている辺りはさすがというかなんというか。

 

 

(はー、ホントすっかり乙女になっちゃってまあ。こいつどんだけルシオの事好きなんだか。……つか、だったらそんなもんやらなきゃいいのに)

 

 メルティーナとしてはそう感心するやら呆れるやらである。

 レナスが何も言わずに、手元の人形を見続ける中。

 リビングの入り口のドアに目を移し、アリューゼが椅子から腰を上げた。

 

「俺は別にいなくていいだろ」

 

 まあ他に用事ができたからというのが一番の理由だろうが。

 アリューゼみたいな男がそういう会話を勘弁してほしいのは最もだと思うし、大体メルティーナの方も、アリューゼのような男の前で乙女の大事な話を続けるのは嫌である。

 大方の話はもう終わったわけだし、ここは性懲りもないバカエルフもどきと一緒にさっさと退散してもらおうではないか。

 

「ま、いいけど。ちなみにあんたはどう思う?」

 

「探すまでもねえに一票だ。なりふり構わず探しに飛び出た女に必死こかれて探されてみろ、情けなくて反吐が出るぜ」

 

 アリューゼは勝手にしろとばかりにそう言い捨て、さっさとリビングの外に出て行った。

 部屋の外から聞こえてくる、なんか焦っているような女のひそひそ声を無視しつつ、メルティーナはしょんぼり人形を見たままのレナスに話しかける。

 

「まあ、ほっといても大丈夫なんじゃないの? 少なくとも人里に下りたトコまでは確認されてんだから、事件に巻き込まれたってワケでもなさそうだし」

 

 とりあえずあのバカ女には後で自分からも釘を差しておくとして、こういう場合はまずこいつに気休めでも言っておいた方がいいと思ったのだが。

 

「なんかあったとしたって、ルシオも自分の身くらいは自分で守れるでしょ」

 

 そんなメルティーナの話を聞いていたのかいなかったのか。

 レナスが人形を見たままいきなり呟いた。

 

 

「……私は、どうかしていたわね」

「あ?」

 

「よりによって、こんなもの」

 

 すぐに手元にある人形の事を言っていると分かったので、メルティーナも思うまま答える。

 

「あーそれ。そうねえ、そりゃ……確かにどうかしていたってレベルじゃないわね。つーか自覚あったんだ、あんた」

 

 言われたレナスはいっそう沈んだ表情になった。ぐうの音も出ないといった様子だ。

 またしばらく黙り込んだ後、意を決した様子で聞いてきたので、

 

「メル。ルシオは──」

 

「がっかりしてたわ。そりゃもう、見てて気の毒になるくらい」

 

 そう言ってやった直後のレナスの顔を見て、(さすがにやりすぎたか)とすぐに訂正する。

 

「嘘よ。あいつがそれくらいの事でへこたれるワケないでしょ。……てかむしろ心配してたわよ、あんたの事。よっぽど疲れてるみたいだな、ってさ」

 

 レナスがいなくなった事が発覚する前、ちょうどこの人形を持っているルシオ本人と会話していたので間違いない。

 ルシオがこれくらいの事でへこたれる奴かどうかはおいといて、おそらくレナスが今考えているらしい、幻滅したとか悲しみのあまり食事も喉を通らないみたいな事にまではなってなかったであろう事は本当だ。

 

「あんたがまたまた大ボケかました、ぐらいにしか思ってないんじゃない?」

 

 しかし、メルティーナがそう言ってあげてもレナスはまだまだしょんぼりしたまま。

 ダメ押しとばかりに言葉を重ねると、

 

「心底がっかりしたなら、いなくなったあんた探しに、後先考えず飛び出したりもしないと思うけど」

 

「……うん、わかってる」

 

 

 そんな言葉が返ってきた。

 反射的に思っていた事を口に出す。

 

「ほおー、そうですか。どうせ嫌いになられるはずないってわかってるから、おざなりな対応でも構わないってわけね」

 

「っ、そんなこと──!」

 

 やはりというかなんというか。よほど言われたくない事だったらしい。

 いきなり声を荒げて反論しかけたレナスはしかし、すぐに手元の人形に視線を落とし、呟いた。

 

「……そうね。そうでもなければ、こんなもの」

 

 うつむいたレナスに、メルティーナはさらに言葉を投げかけた。

 

「受け止められないにしたって、ちゃんと向き合うぐらいはしたらどうなの。見捨てられたくないんでしょ?」

 

 この際だから、言うべき事ははっきり言っておくべきだと思ったのだ。

 言われたくない事でもなんでも、このままじゃ本人のためにならないし。なんで自分がこんな事、ここまで真剣に考えてあげなきゃいけないんだかとはマジで思うけども。

 

「“今は頼るふりをする余裕もない”って素直に言えば済む話なんじゃないの? ルシオだって、何も本気であんたを守れるとは思ってないわよ。あんた強いもん」

 

 頑なに返事をしないレナスに、メルティーナは一方的に言い続ける。

 

「……ちゅうかさあ。そもそもあんた何で、そういう方向でしか物事考えられないワケ?」

 

 がしかし、

 

 

「ルシオが言いたかったのは、そういう意味じゃなくて──」

 

「わかってる」

 

 

 レナスはメルティーナの言葉を無理やり遮り、席を立った。

 

「みんなへの手紙、書かないと。紙とペン借りてくる」

 

 ずっと膝の上に置いていた人形を椅子の上に置き。

 それからメルティーナが何か言うより早く言い切る。

 

「ルシオの事は、「力」を取り戻してから考えるわ。私一人の問題だから」

 

 

 正直、言いたい事は山ほどある。

 だけど、こんな分かりやすい反応で触れられるのを拒否してくるレナスを引き止めてまで、今その事を言ってしまおうとはメルティーナは思わなかった。

 

 こいつが考えている事なんて大体想像ついている。

 ルシオの事だって、どうせそういう事なんだろう。それどころか、自分達の事も。

 

 本当は自分が一番分かってるくせに。

 なのにこいつは絶対に、それを認めたがらないだろうから。

 

 

「あっそ。……で? この人形はどうすんの。再会の日まで、肌身離さず持ち歩くつもり?」

 

 不満げに見るメルティーナに向かって、首を振り、

 

「手紙と一緒に持って帰って。ルシオもこんなもの、いらないと思う」

 

 そう言ってレナスは部屋を出ていく。

 その姿を見送った後で、その場に残されたメルティーナはつまらなさそうに呟いた。

 

「なに臆病になってんのよ、ばーか。……幸せになる、つったくせに」

 

 

 ☆★☆

 

 

 この世界では、あの無数の星々のひとつひとつにもまた、無数の命が宿っているのだと以前レナに聞いた。

 あの星々に生きている命たちは、自分のせいで滅んでしまうのだろうか。

 

 自分への戒めか、みんなへの懺悔のつもりか。それとも。

 そんな事は絶対にさせないと思ってはいても、自分でその原因を作ったくせに最悪の事態を考えないでいるのは、今のレナスにはとても我慢がならなかった。

 

 

 あの時聞いた“声”。

 確か、この世界に来て最初の何日かは、それなりに気にしていたと思う。結局助けてあげられなかったけど、“彼女”はあれからどうしただろうかと。

 けど、あの時は自分の状況がそれどころじゃなくて。

 “彼女”の事は仕方ないと割り切る事にしたのも、さほど難しい事じゃなかったと思う。

 

 それから今日まで、レナ達と一緒に旅をしてきて。

 あの時の行動のせいでこの世界が大変な事になっていると知らなければ、自分はあの“声”の事を思い出す事すらなかったはずだ。

 

 ひと月程度ですっかり忘れてしまえるほどの、一時の感情。

 そんなもののために。

 

 ──どうして私は、この世界に来てしまったのだろう。

 

 

 

 一階にある店に向かうには、一度ボーマン家の外に出る必要がある。

 リビングを出てから、なぜかすでに寝ているはずのチサトと一緒にいたアリューゼにも少し席を外す旨を伝え、寝ているみんなを起こさないよう、静かに開けた玄関のドアを閉めた後。

 レナスは家の外階段を下りず、そのままドアに背を預け、ただ静かに夜空を見上げていた。

 

 

 メルティーナには紙とペンをとってくると言って出てきたが、どうせ自分が彼女の話から逃げた事くらいは向こうにも分かっている。少しぐらい戻りが遅くなっても構わないだろう。

 なにより、今の自分には頭を冷やす時間が必要だった。

 

 ルシオの事、いつまでもおざなりにしていないで、ちゃんと向き合って考える事がどれだけ大事な事か。

 そんなの自分にだって分かる。ちゃんと分かっているつもりだ。だけど──

 

 

 アリューゼとメルティーナは皆に変わりはない、世界の事も皆に任せておけば大丈夫だと言うけど。

 自分の世界から自分がいなくなってから、今までの間、それからこの一連の問題が解決するまでの間、自分は一体どれだけ皆に負担をかける事になるのか。

 

 レナ達みんなが力を合わせて倒したはずの十賢者。

 こちらの世界の“すべて”である、『宇宙』というものを壊そうとした彼らは、自分がなくした「力」によって創造され、今ふたたびこの世界を滅亡の危機に陥れようとしている。

 

 自分の世界の事。なくなってしまった創造神の、自分の「力」。

 それからこの世界、エクスペルの事。自分の「力」で創られた十賢者達。

 すべての原因を作った自分が何も気づかずこの世界をただ旅している間に、現実は一体どういう事になっていたのか。

 

 今日やっと気づかされたこの事実と、自分の犯した失態によって引き起こされうる結果にこそ向き合うべきだと。

 レナスはこの世界の夜空を見上げ、ひたすら考え続ける。

 

 ──私が今、考えるべき事は“ルシオ”じゃない。

 

 

 私が「力」をなくしたせいで、私は私の世界のみんなを守る事ができない。

 それだけじゃなく、この世界のみんなも危ない目に合わせている。

 おまけに今日はフェイトの事も殺めかけた。みんなが止めてくれなかったら今頃どうなっていた事か。

 

 私は馬鹿だ。

 自分の心の乱れを利用されるなど、ひと月前にもあった事なのに。

 

 そうだ。ひと月前はもっとひどい。私は今日まで、自分があの時罠にかけられた事にさえ気づいていなかったのだから。

 私がこの世界に来たあの時に、私の「力」はとられた。

 私がこの世界に来た事自体が、過ちだったのに。

 なのに、私は気づいていなかった。

 

 気づいていなかった私は、今まで何をしていた?

 

 この世界は神のいない世界なのだと、セリーヌに聞いて分かったから。

 だから、この世界で私が“創造神”でいられないのは自然な事なのだと。そう勝手に決めつけて納得して。

 

 私のような“神”のいないこの世界は、けれどこんなにも人々の愛情や生気に満ちている、素晴らしい世界なのだと。

 重大な事に何も気づいていない馬鹿な私には、ずっとそう見えていたから。

 

 だから、私は今までずっと──

 

 

「そんなとこでどうしたよ。あの姉ちゃんにベッドから蹴り出されでもしたか?」

 

 

 夜空を見たまま考えていると、ふいに外階段の下から調子はずれに明るい声が聞こえてきた。

 月明かりの下、もう家に戻るところだったらしいボーマンがレナスの方を見上げている。

 レナスもすぐに視線を階下に落とし、ボーマンに言った。

 

「外の方が涼しいから、ちょっとここで考え事をしていただけ。……少しいいかしら? 向こうの仲間に手紙を書くのに紙とペンが必要なの」

 

 

 

 それからレナスはボーマンと二人で一階の店に行き。カウンターにしまってあったペンを借り、紙のいくつかを分けてもらった。

 

 彼の職業は確か道具屋ではなく薬師だったはず。

 今までの旅でレナスも大体気づいてはいたが、彼のような人間でも当たり前のように書き物に使うような紙を備えている辺り、この世界では紙の値打ちはさほど高くないのだろう。現にボーマンもレナスに紙を渡す時、特に対価はいらないというような事を、まるでそんな小さな事を気にする方がおかしいといった様子で言ったのだ。

 それはこのリンガのみならず。マーズ村やアーリア村などの城から離れた地域ですら、住人達が紙に不足している様子は特に見受けられなかった。

 

 紙を作る技術自体は、自分の世界の人間達にもある。

 こちらの世界の人間がそれと全く同じ技術を使っているかどうかは分からないが、おそらく技術の差自体はそこまでないはず。

 一番の違いは、この世界では紙を作る者達がその職分を存分に全うする事ができ、かつ物品の流通が滞りなく行われている事。その事に尽きるだろう。国々の治世が隅々まで行き届いている事の証だ。

 

 紙とペンを受け取り。すぐに二人でまた店の外に出る。

 手に持っていた明かりをいったんレナスに預け、ボーマンが店のドアに鍵をかけた。

 

(私の世界の人々にも、いつかそういう時代が来るだろうか)

 

 この世界に来てから、自分はそんな事を何度考えただろう。

 渡された紙を見て、レナスがぼんやり考えていると。

 

 そんな様子を見られていたらしい。作業を終え、明かりを受け取ったボーマンが言ってきた。

 

 

「思いつめすぎは体に毒だぜ。とは言ってもまあ、この状況で元気出せってのもあれか」

 

 レナスは否定をせず、どころか自然と「そうね」と口に出していた。

 今さら平静を取り繕ったところで仕方ない。どうせさっきのも見られていた。投げやりな気分で、聞かれてもいないのにさらに思うままボーマンに心境を打ち明ける。

 

「私が今回の件の元凶である事は、疑いようもない事実だもの」

 

 自分の好き勝手な行動のせいで、自分の世界のみんなに迷惑をかけている。

 この世界のみんなが困っているのも全部自分のせいなのに気づきもしないで、自分は一体今まで何をしていたんだろう。

 そんな自分の愚かさ加減も許せないが、でも違う。

 

「私がこの世界に来なければ──、あの時あの“声”を聞いて、水鏡をくぐらなければ。十賢者達は、このエクスペルに再び現れる事もなかったから」

 

 今回の事の原因は、自分が今までそれに気づかなかった事じゃなく。ひと月前に自分がとった行動そのものだ。

 下を向き、レナスは自嘲を込めて呟く。

 

「……あんな“声”、無視してしまえばよかったのに」

 

 原因はあの“声”だ。

 あの“声”に誘われて、自分はこの世界に来た。

 あの“声”を聞いた時点で、一時の感情に流される事なく冷静に状況を判断して疑問を持ち、心を閉ざせばこんな事にはならなかった。

 

 ひと月前の事を考え、レナスが地面を睨むように見ていると。

 それまで黙って聞いていたボーマンが口を開いた。

 

「助けようとしたんだろ? あんたは、その“声”の主とやらを」

 

 

 レナスは返事をしない。

 うつむいたままのレナスに、ボーマンは「改めて俺からも礼を言わせてもらうぜ。チサトを助けてくれてありがとな」と言ってから続ける。

 

「あんたが助けを求めてきた“声”に耳を貸さないような奴だったら、チサトは今頃生きちゃいなかった」

 

 彼もまた、レナやフェイト達と同じ。優しい人間だ。

 こうやって目の前で己の失態に塞ぎ込む者を、黙って見過ごす事はできないのだろう。でも。

 

「あんたは何も悪い事をしたワケじゃあない。今回はたまたま悪い奴らにはめられちまったってだけで、そこまで自分を責める事はないと思うぜ。俺はな」

 

 ボーマンが自分のためを思って言ってくれているのだと分かっていても、やはり今のレナスには、その慰めを黙って受け取る事はできなかった。

 

 

「助けようとしたから、私は「力」を奪われた。大切な、私の世界を守るための「力」を」

 

 思うまま、途中で口を挟もうとしたボーマンの言葉も遮り。レナスは自分の非がどこにあったのかをごく冷静に述べる。

 

「奪われた「力」は別の世界──あなた達の世界で、あなた達の世界を壊すために悪用されているわ。こんな重大な結果を引き起こしておいて……助けようとしたから?」

 

「だからそれは」

 

「助けようとしたから。罠にかかったから。こんなはずではなかった。理由が何であろうと……そんな事は問題にならない。私があの時とった行動がすべてよ」

 

 失態は失態以外の何物でもない。

 自分は自分の世界の創造神だ。自分の存在が、自分の持つ「創造の力」が、どれだけ周りに影響を及ぼすか。自分は十分に分かっていたはずだ。

 

「衝動的な感情で動けば、いつかこのような事態を招く事になる。私の行動の危うさは私自身も、よく分かっていたはず」

 

 メルティーナもいつも言っていた。私の行動には諸所に危うさがあると。

 言われなくても、自分でも分かっていた。

 ちゃんと分かっていたつもりだった。

 なのに──

 

 

「分かっていたはずなのに、結局私は行動を改めなかった。自分の「力」を、判断を過信し……。今回の件は、その誤った行動の延長線上で起きた出来事にすぎないわ」

 

 自分はあの“声”を聞いて感情のままに動き、そして大切な「力」を失った。

 分かっていた通り自分の行動に気をつけていれば、こんな事にはならなかった。

 だからこそ、「助けようとしたから。罠にかかったから」で終わらせてはいけない。さもなければ自分はきっと、また同じ過ちを繰り返す。

 

「“いつか”訪れるであろう結果が、たまたま“今”だっただけの事。誤った理由なんてどうでもいいの」

 

 全部言い終えたレナスに、ボーマンは「そうか。あんたはそう思うんだな」とだけ頷いた。

 否定も肯定もしない、ただの相槌。耳に心地よいその返事を受けつつ、レナスはさらに当時の事を振り返って考える。

 

 

 どうして、自分はあんな“声”を聞いてしまったのだろう。

 冷静な判断ができなくなるほどに自分の心を揺さぶる感情が、あの“声”のどこにあったというのだろう。

 

 自分の世界の“声”ならばいつも、毎日、嫌になるほど聞こえていた。

 でも自分は、そのすべての人間の魂を迎えに行ったわけじゃない。

 自分と関わりを持つ事なく、人に転生し、どこかで幸せに生きてくれる事を願う。そうやって自分が聞き過ごしていた“声”の方が、桁違いに多かった。

 

 時間が足りないから。仕方ない。私が行かなくとも、彼らは幸せにはなれるはずだ。

 可哀想だと思っていただけで、彼らには手を差し伸べもしなかったくせに。

 

 どうしてあんな“声”のために、自分は行動してしまったのだろう。

 “彼女”を英霊として迎え入れるつもりもなかったくせに。ただ、このまま聞き過ごせない。どうしても助けたいからといった、そんな一時の感情で。

 

 

 私は、自分の世界全体の事を優先させるために、自分が「仕方ない」で諦めた数多くの人々が存在する事を知っている。

 自分が今ここでこうしている間にも、自分の世界では、苦しんでいる人がたくさんいる事に気づいている。

 

 自分の世界と、一時の感情。

 どちらが大切かなんて、考えるまでもなく分かっていたのに。

 

 ──どうして私は、たったひとつの“声”に耳を傾けてしまったのだろう。

 

 

 考えているうちに、どうしても黙っている事ができなくなって。

 ボーマンがただ静かに待ってくれている中、レナスは顔を上げて呟いた。

 

 

「すべての人間を助ける。そんなのは所詮ただの理想で、現実に叶える事などできはしないって、ずっと前から分かっていたはずなのに」

 

 “創造神”になったら、一気に世界が変わるとでも思っていた?

 人にはそれぞれの想いがある。人が増えれば争いが起こるのは当然の事だ。

 

「それでも私は、私の世界に生きる人々を助けようと──」

 

 みんなを助けたい。一人でも多く、かわいそうな人を救いたい。

 その一心で頑張ってきた。けど、

 

「すべて、私の身勝手な感情でしかなかった」

 

 できもしないのに、みんな助けようとした。

 

「世界の事を思うのなら、聞こえてきた“声”に耳を傾けるべきではなかったのよ。自分の「力」に責任を持った行動をすべきだった」

 

 私は、“彼女”も助けたかった。

 助けようとしたのは間違いだった。だから、私は今ここにいる。

 それだけの事だ──

 

 

 霧がかった心の中からようやく一筋の答えを作り出したレナスは、たったそれだけの事だったのかと、この世界の夜空を見てぼんやりと思う。

 ボーマンはしばらくその沈黙に付き合ってから、レナスに言った。

 

「……もう寝ちまいな。寝不足は肌にとっても大敵だからな。肌荒れでもされちゃ、せっかくのきれいな顔が台無しになる」

 

 自分の事を心配してくれているらしい。

 いきなり目の前でこんな愚痴を垂れ流されればそれもそうか。どこか他人事のように思いつつ、レナスは返事をする。

 

「本当に、私はどうかしているわね。こんな話を、よりによって今日会ったばかりのあなたにするなんて」

 

「まあ、後腐れのない奴だからこそ話せる事もあるってことだな」

 

 くだけた口調で言うボーマンに、レナスも気分を切り替えたような微笑で「そうなのかもしれないわね」と応じてみせる。

 愚痴を口に出してしまった事で、少々気が楽になれたからだろうか。

 

 ──この世界の優しさに甘えるのは、これで最後にしよう。

 自分の心に言い聞かせつつ、この世界の優しい人間を前に笑ってみせるのも、そう難しい事ではなかった。

 

 

 

 いつまでもここにいても仕方ないと、二人は家までの短い距離をゆっくりと歩き出す。

 ボーマンは夫婦の寝室へ。レナスの向かう先はメルティーナの待つリビングだ。

 ボーマンにはもう寝ろと言われたが、明日になれば自分はこの場所を離れる身だ。アリューゼとメルティーナに持たせる手紙だけは今日中に書いておかなければいけない。

 

「大丈夫。今は後悔の時ではないという事くらいは理解できているわ」

 

 ボーマン家に続く外階段を踏み外さないよう、足元をちゃんと見て、ゆっくり上りつつ。自分に強く言い聞かせるために、レナスは自分の後を歩くボーマンに言う。

 

「私は早く私の「力」を取り戻して、そして早く私の世界に帰らなければいけない。大切なみんながいる世界を、今度こそちゃんと守るために」

 

 

 最初から分かっていた事だ。私がこの世界に来たのは、私の間違った行動のせいでしかないと。

 私は、私の世界の創造神だ。

 私には、私にとって何より大切な、私の世界のみんながいるから。

 

 ──だから、ここは私のいるべき場所じゃない。

 

 

「それに──。あなた達の世界にも、これ以上迷惑はかけたくないの」

 

 外階段を上り切ったレナスは、そう最後に言い加えて家のドアに手をかける。

 廊下には誰もいなかった。もうそれぞれの部屋に戻ったのだろう。

 レナスの後に続いて家の中に入ったボーマンが見かねたように、

 

「今のあんたに言っても無駄かも知れんが。俺はあんたの生き方は、間違っていねえと思う」

 

 とリビングの中に入ろうとしたその後ろ姿に声をかけたが。

 

 

「がむしゃらに進んでいけば、そりゃ時にはつまずく事もあるさ。思いっきり悩むのもいい。──けど、それだけで今までやってきた事すべてを否定するのは、少しばかりもったいないんじゃないのか?」

 

 足を止めたレナスに、ちゃんとその声は届いたはずなのに。

 レナスは最後まで振り返らなかった。

 



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5-1. 知りようのない他者の心よりも

 これは、私の愛したすべてが、深い闇に呑まれていく光景。

 

 見渡す限りの空も、大地も、海も。

 何もかもすべてが私の眼前で、歪み、裂け、割れ。赤く、赤く燃える。

 

 それは生きとし生けるもの、私の愛するすべての存在が、私の手のひらからこぼれ落ち、無になった瞬間。

 自分にはもうどうする事もできない事もわかっていて。それでも目の前ですべてが消えていくのが、ただ悲しくて。

 

 あの時。

 壊れゆく世界の中で、私はただ存在していた。

 たくさんの命が失われていくのをただ見続け、嘆き。それから──

 それから。

 

 

 わかっている。

 これは過去の映像。私の心が見せる夢だ。

 こうして現実から目を背けた私自身にこの夢を見せる事で、自分の犯した過ちを勝手に清算でもしているつもりなのだろう。実に卑怯で臆病な私らしいやり口だ。

 

 ──本当はこんなもの、もう見たくない。嫌。誰かこの夢を止めて。

 

 漠然とこの夢を前にする私の心は、私の心の思惑通りに、常に悲鳴に似た軋みをあげている。目を閉じ耳を塞ぎたくなっても。

 

 ──自分がやった事から、目を背けるな。

 

 この心に訴えかける声はいっそう強くなるばかりだと。いかにも臆病な私らしくそれだけはわかっているから、きっとこの夢をなかった事にする事もできないのだろう。

 なぜならこれは幻じゃなく。全部、現実にあった事なのだから。

 

 

 

 ──あの時。

 

 自分自身の存在をはっきり理解できた時、私の心を占めていたのは深い絶望だった。

 ひとり残された事がどうしても受け入れられなくて。

 すべてを失って、それでもこの先私は生きていかなければならないのかと思うと、嫌で嫌で仕方なくて。

 

 たまらなくなって、泣き叫んで。

 どうして? みんな消えたのに、いなくなってしまったのに。

 ひとりで、私だけ? どうやって生きていけばいいの?

 

 ──それから。

 それから、私は。

 

 

 気づいた時。私の手の届くところに、その「力」はあったから。

 あの時。私の心に浮かび上がった強い望みに、私は逆らう事ができなかった。いけない事だと戒めていた自分がちゃんといたのかすらわからない。

 ただ強く思った。だから行動した。

 

 もう一度、会いたい──

 私の愛したすべての存在、あの世界に。

 

 

 わかっている。

 今の私には、この現実に絶望する資格などありはしない事くらい。

 自分がやった事のせいで、周囲の状況が今どういう事になっているのか。今の私にはきちんと理解できているのだ。

 この宇宙が滅びかけているのも。

 私にとって大切な人達が、彼女が、辛い思いをしているのも。みんな、みんな私のせいだ。

 

 なんにも知らなかった馬鹿な私が、叶うはずもない願いを強く信じきっていたから。

 真実に耐えられない、あまりにも弱い心だったから。だからこんな事になった。

 

 

 だから。私にはもう全部わかっているから。

 

 私の愛する世界は、あの時すでに消えてしまったのだという事も。 

 消えたものは、もう二度と戻らない事も。

 

 だから、お願い。ちゃんとわかっているから、この夢はもう見たくない。

 

 

 ☆★☆

 

 

 翌朝レナが目を覚ました時には、昨日寝る前にはいなかったレナスとメルティーナの二人もちゃんと同じ部屋の中にいた。

 

 レナが知らない間にこの客室に入って来たらしい二人は、これまたレナが知らずに寝こけている間にすでに起きていたらしい。

 ドアに一番近いベッドにいるレナスは半身を起こした状態でいて。メルティーナの方はすでに自分のベッドから離れ、レナスに向けて何か小さく話しかけていた。

 

 全く気づかなかったという事はやっぱり自分は結構疲れてたんだな、などと寝起きの頭で思いつつ、レナもぼんやりと身を起こし。

 それから二人に普通に声をかけようとしたけど。

 やっぱり今日も取り込み中のようで、レナは出しかけた声をすぐに飲み込んだ。

 

「……ねえ」

 

「大丈夫。なんでもない」

 

 メルティーナは初対面の時の刺々しさなんか少しも感じられない表情で、膝にかかった毛布に顔を沈めているレナスを気遣うように、肩に優しく手を置いている。

 レナスの顔色自体は全く見えないのだけど、メルティーナのその様子だけで、二人がどういう状況なのかは寝起きのレナにもなんとなく飲み込めた。

 

(レナスさん、どこか具合が悪いのかな)

 

 とは心配に思ったものの、自分なんかが声をかけていいものかどうかという例の子供じみた考えも頭から離れず。

 迷っていると、結局レナに気づいたメルティーナの方がわざとらしい調子で話しかけてきた。

 

「あー……。おはよー、元気?」

 

「おはようございます。……あの」

 

「あーこいつ? 平気平気、まだ眠いってだけだから」

 

 レナも嘘だとははっきり思った。だけど、嘘だと分かったところでどうすればいいのか。

 やっぱり返事に迷っていると。

 

「……うん。少ししたら、私も支度するから。だから先に支度していて」

 

 レナスは顔を伏せたままレナに言う。

 やはり具合でも悪いのだろうか。彼女の声はいつもと変わりない落ち着いた様子をみせようとはしていたけども、どこか弱々しい。

 本当にただ眠くて寝ぼけているだけならこんな風にはならないはずだと、実際に寝ぼけた時のレナスを何度か見た事があるレナはますます確信を深めた。

 

 けど、やっぱり何を言っていいのか分からなくて。

 もやもやした気持ちを抱えつつ言われた事に素直に「はい」とだけ答え。二人の事を気にしないよう、言われた通りに一人で先に身支度を進めて。

 

 レナがそうしているうちに、どうやら二人の方も落ち着いたようだった。

 支度をほぼ終えたレナは、少し遅れて支度を始める二人をできるだけ見ないよう気にしないようにしていたけども、やっぱり同じ部屋の中の出来事だ。

 そんなものどうしたって見えてしまうし、気にならないわけがない。

 

 

 二人がああやってごまかしたんだから、きっと自分には知られたくない事だったんだ。

 だから自分なんかが軽はずみに事情を知ろうと思っちゃいけないし、気にしてもいけない。

 自分なんかが余計な事を言ったら、きっと向こうも迷惑だろうから。

 

 自分に言い聞かせつつ、レナは二人の支度が終わるのをぼんやりと待つ。

 途中で部屋の外から間違いなくチサトのものだろう、「よーしっ、今日もがんばるぞー!」という場違いに明るいかけ声が聞こえてきた以外、この客室の中は静かそのものだ。

 まあ今の気が抜けるような出来事についてですら、レナを含めて誰も話そうとしないから当たり前の話なのだが。

 

(……チサトさんは、今日も元気ね)

 

 

 顔色は見ないようにしているから、ひたすらに静かなこの部屋の中で、支度をしているレナスがどういう状態なのかは分からない。

 けど、自分の勝手な思い込みなのかもしれないけど、いつもの朝と違って一言も喋らない彼女の様子が、ひどく無理をしているようにも思えて。

 

 こんなの自分が言うべき事じゃない。ただのおせっかいにしかならない。

 そう自分に言い聞かせ続けていたレナは結局、二人の支度が終わったところで自然と口に出していた。

 

「レナスさん。具合が悪いなら、無理しないで休んだ方がいいですよ。みんなにはわたしから言っておきますから」

 

 

 声をかけられたレナスは、レナにそう言われる事を予想していたのだろう。

 同じくそうする事を勧めるようなメルティーナの視線からも逃げるように顔を背け、部屋のドアだけをじっと見つめて言う。

 

「ありがとうレナ。でも、本当に大丈夫だから。……待たせてごめんなさい、早く行きましょう」

 

「……でも」

 

「今は、動いていたいの。だからお願い」

 

 

 その先の言葉をレナスは言わなかったけど。

 決してレナ達の方を見ようとしない、どこか血の気の薄い、硬い横顔。

 

 ──だから。お願いだから、もう私に構わないで。

 

 レナにはもう、レナスがそう言っているようにしか聞こえなかった。

 

 

 もともと自分がこんな事を言う事自体が出過ぎたおせっかいなんだからと自分を戒めていたつもりのレナには、そう言われた以上レナス本人の意思を曲げてまで、彼女を無理やりベッドに寝かせる事などできはしない。

 

 彼女が考えている事なんて、彼女の事情なんて、所詮ひと月くらいのつき合いしかない自分なんかには到底分かりっこないんだから。

 だからやっぱりこんな余計な事、言うべきじゃなかったんだ。

 なのになんで言っちゃったんだろう。こういう反応される事だって、うすうす想像ついてたはずなのに。

 

 もやもやした思いを抱えつつ。

 レナ達の返事を待たずに部屋を出たレナスの後を、それを致し方なしと諦めた様子で黙ってついていくメルティーナの後を、レナはひたすらこの人達は自分とは別の世界の人達なんだからと思いながら黙ってついていった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 レナ達がリビングに入った時、リビングで寝ていたフェイトとクリフ、アリューゼの三人もすでに起きていた。

 

 キッチンの方ではすでに起きて来ていたらしいボーマンが、ごく普通の音を立てつつ朝食を作っていて。

 これまたレナ達より少し早く来たらしいチサトの方はというと、朝っぱらから大きな音立てるの禁止という事なのか、ご飯作りの手伝いはせず朝食に使うテーブルの上を片付けていたりしていた。

 とはいってもまあ、結局朝っぱらから元気な事に変わりはないようだったが。

 

「おはようみんな! さあさあ、寝て起きて今日はいよいよ出発の日ね!」

 

「うるせー……」

 

「はいはい、張り切っても出発時間は変わらないですよチサトさん。……というか何なんですかその大荷物は」

 

 チサトは朝食の準備を手伝いつつ、まだ眠そうなフェイトとクリフ相手に嬉々として話しかけていた。

 床に置いてある荷物を見て面倒くさそうに聞いたフェイトに「えへへ、これはねー」とまで言ったところで、ちょうど部屋に入ってきたレナ達にも元気よく挨拶してきた。

 

「おはようみんな!」

 

「お、おはようございますチサトさん」

 

「ねえ、あんたいつも朝からそのノリなの? くそ迷惑なんだけど」

 

 確かに元気すぎてレナもちょっと気後れはしたけども。

 それはさすがに言いすぎではと、刺々しい発言に気まずくなったレナの内心もなんのその。耳を押さえて言うメルティーナにチサトはきょとんとした後、普通に声の音量を下げ、やっぱり笑顔で軽く謝った。

 

「あっごめんごめん。大冒険に胸躍らせてたもんだからつい。いやー、ちょっとはしゃぎすぎちゃったわね」

 

「あーはいはい、あんたの心境とかどうでもいいから。分かればいいのよ分かれば」

 

 投げやりに言ってソファーにどかっと座るメルティーナを特に気にした様子もなく、チサトは改めてレナとレナスの二人に、普通に笑顔で言ってくる。

 

「おはよー。もうちょっとでご飯できるから、みんな座って待っててだって」

 

 メルティーナが性格キッツイのは今さらだし、チサトもその辺とっくに分かってるだろうしそもそも彼女の方もこういう性格だしで、今のは別にそこまで気を揉むようなやり取りではなかったようだ。

 

 一息ついた心持ちで、レナはレナスに

「じゃあ、座ってましょうかレナスさん」

 と話しかけ。レナスの方も「ええ」と短く返事をする。

 

 みんなの座っている場所はプリシスがいない以外、大体昨日の夜と一緒だ。

 お互いに机を挟んで向かい側。何も言わなくても自然とレナはチサトの隣に、レナスはメルティーナの隣に座っていた。

 

 

 それからレナ達は、ボーマンの作ってくれた朝食をみんなで食べた。

 メニューはベーコンエッグにトースト、後は昨日の残りの握り飯とみそ汁を各自好きなだけだ。

 

 フェイトやらクリフやらにはてきとーに聞き流されていたけど。

 寝起きの時に少々気まずい事があったレナとしては、食事の間中もチサトがなんやかんや楽しそうに今日これからの事を話していたりしてくれるのは結構助かった。

 ……なんというのだろうか、彼女のヘンなノリのおかげで気が紛れるというか。

 

 それはおそらくレナスの方も同じだったのだろう。

 他二人が昨日の夜と同じくみそ汁にだけ手をつけない中。黙々とそのみそ汁を飲んでいる時、急にチサトにどうでもいい事を話しかけられたレナスはやっぱり必要最低限の受け答えしかしなかったけど、それでも今朝のあの時よりは大分落ち着いた様子を見せていた。

 メルティーナもそれに気づいていたのだろう。チサトがどれだけ喋ろうとも聞き流すだけで、さっきみたいに「うるさい」と黙らせようとはしなかった。

 

 

 それとそんな楽しそうに喋っていたチサトではあるが、昨日のあのレナからの『宇宙行き権』の譲られ方については一応気にしていたらしい。

 食事をしていたその時のレナはただ、(具合はもう大丈夫なのかな、レナスさん)と気遣っている事を本人に気づかれないようぼーっと考えていただけなのだが。

 いきなり気まずそうになって、謝ってきたのだ。

 

「なんか、あんなわがまま言ってごめんねレナ」

 

 あの時のレナは別に、チサトがどうしても行きたいとわがまま言うから、自分が行きたいのを我慢して泣く泣く譲ったというわけでもないのに。

 というかむしろ一人で勝手にへそ曲げて、たまたま行きたがっていたチサトに押しつけたようなものだったのに。あの時の不機嫌の理由をそういうふうに捉えられて謝られてしまっては、レナの方がなんか気まずい。

 

(ああそっか。わたしは、レナスさんと一緒に行くのが嫌だっただけなんだ)

 

 などと今さらになってあの時の自分の言動が腑に落ちつつも、レナはなんとなくそれらしい事をチサトに言ってごまかした。

 

「いや、別に……わたしはチサトさんの方が行くべきだと思ったから、そう言っただけなんですけど……。でもそこまで喜んでくれて、なんかよかったです。わたしの分も楽しんできてくださいね」

 

 

 もちろんこれも全くの嘘というわけでもない。

 どころか純粋に嬉しそうだったチサトを見つつ言っているうちに、レナ自身も(きっとこれでよかったのよね)と思い始めてきたくらいだ。

 

 なんの役にも立てないくせにこうやって余計な事ばかりうだうだ考える自分より、ちゃんと色々な事を知っていて、なにより純粋に楽しんでくれるチサトさんが行った方がいいに決まっている。

 あの時はなんかつい勢いで言っちゃったけど、結果として、あの時の自分の発言は間違っていなかったんだ。

 

 ちゃんとそう思い直して、ほっとして。

 レナの作り笑顔を疑う事もなく、ひたすらに感動したような顔で感謝の気持ちを述べてくるチサトを見て。なんとなくいい事をしたような満足感も出てきて。

 

 

 でも、なぜだろう。

 今も目の前にいるのに、誰かに話しかけられた時以外はずっと黙ったまま。

 作り笑顔すら見せず、頑なに他の人との触れ合いを拒もうとしているレナスを見ても、自分の発言が間違っていなかった事ははっきりとわかるのに。

 

 レナの気持ちは、それでもやっぱり晴れないままだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 迎えの小型艦は、フェイト達の言う未開惑星の現地住民とやらに姿を見られないようにするため、リンガの町の外に降りるらしい。

 

 艦に乗る人達と一緒に早く起きたものの、留守番組のレナはこの後何をするわけでもない。最初はどうせヒマだし、自分もその着陸場所まで行ってみんなを見送りしようかなとも考えていたのだが、結局それもなしになった。

 フェイトから見送り禁止令が出たのである。

 朝一でボーマン家に駆けつけてきたプリシスが、見送りに行くだけと言いつつ、なんかいかにも密航を企ててそうな様子だったからだ。チサトも「しちゃえしちゃえ。一人くらい増えたってたぶん平気よ」とか小声で言ってたし。全部聞こえてたけど。

 

 そんなわけでふくれっ面のプリシス共々、留守番組のレナは町の外までは行かない。

 見送りもこのままボーマン家のすぐ前で済ませる事になったのだった。

 

 

 みんなはるばる宇宙のかなたへ行ってくるとは言っても、レナ達の待つ期間はそれほど長くない。

 聞いた話だとせいぜい二、三日後くらいにはエクスペルに戻ってくるというのだから、気楽に「行ってらっしゃい」と言ってしまえるぐらいの短さだ。

 

 宇宙を旅したことないレナにはよく分からないのだけど、こういうのは普通もっと時間がかかるものらしい。これほどまでに短期間で帰れるのは、まさにタイムゲートさんならではの御業なのだとか。

 ようするに二、三日というのは実際の移動にかかる所要時間ではなく、うっかり過去の自分に会ってしまわないよう余裕を持たせておく時間、という事なのだろう。

 話が理解できたらしく納得した様子のチサトに、クリフも肩をすくめて答えていた。

 

「なるほど。“ズル”ってそういう事だったのね」

 

「まあな。なんたって今は宇宙崩壊の危機かもしれねえって状況だ。ちんたらやってるわけにもいかねえし、多少のズルは大目に見てもらわねえとな」

 

 

 そんなこんなでこれから艦に向かうフェイト達は、一宿の礼をボーマンに言って彼の家を出たわけだが。

 どうせ二、三日後にはみんな戻って来るし、この家に残ると言うボーマン以外の全員が合流するという事で、見送る方も見送られる方の反応も、特に思うところがなければ実にあっさりとしたものだ。

 

「じゃあ行ってくるよ、レナ」

「うん、行ってらっしゃい。十賢者達の事、何か分かるといいわね」

 

 ごく普通に話しかけてきたフェイトにレナが返事する中。

 メルティーナとアリューゼが、

 

「神界の方は気にしなくていいから。今のあんたにできる事もないでしょうし」

 

「今の所は解決を迫られてる問題もねえしな。お前は自分の「力」を取り戻す事だけを考えておけばいいと思うぜ」

 

 とレナスに二人なりの気楽な言葉をかけたが。

 レナスの方はこれにも頷かず、ただ静かに「後の事は頼んだわ」と返すのみだ。

 確かに彼女の真面目な性格なら、周りに気にしなくていいと言われたところで気にしないわけにもいかないのだろうけど。

 

 

 彼女が自分の責任を重く感じている、という事はレナにもなんとなく分かる。

 だけど、今になって気づいたけど、

 

 さっきから彼女が、あの二人にもああいう態度でいるのは──

 なんでだろう、具体的に何が、というのは分からないけど、それでも何かがおかしい気がして。

 

 

「ねえねえ。レナはお土産何がいい?」

 

「……。えっ? お、お土産ですか? ……えーと、話聞きに行くだけですし、特に欲しいものはないかなーって」

 

 急なチサトの話しかけに戸惑いつつ、それでもまだレナス達の様子が少しだけ気になっていると。

 そうしているうちにクリフが、

「おーい、そろそろ行くぞー」

 とみんなに呼びかけた。

 

 その声を皮切りに、艦に向かうフェイト達がそれぞれ留守番組のレナ達に一声かけ、ぽつぽつと離れていく。

 

 離れていくフェイト達に、別に自分なんかがこんな事気にしたところで仕方ないかと思い直しつつ、レナも上の空で返事をしている時だった。

 アリューゼとメルティーナの二人に短く別れの言葉を述べたレナスは、それからレナにも声をかけてきたのだ。

 

 

「じゃあレナ、行ってくるわね」

 

 今朝のあのやり取りの後だ。

 こんなごく普通の挨拶の言葉でさえ、レナの方から呼びかけなければ、彼女の方からレナに向けてくる事など絶対にないと思っていたのに。

 

 言葉と一緒にレナスから向けられたのは、ひたすらに他者との接触を拒むような、硬い表情ではなく。

 ただこの別れを惜しむような、どこか寂しげな微笑み。

 

「あ……はい。気をつけて行ってきてくださいね」

 

「ええ」

 

 予想外の事に一瞬戸惑ってしまった事を顔に出さないよう、レナは答える。

 レナスは短く返事して、レナに背を向ける。それから歩き出したフェイト達の後ろを、ゆっくり追いかけていった。

 

 

 

(今の、レナスさん……)

 

 去りゆくレナスの後ろ姿を見つつ、別れ際のレナスの言動をぼーっとした頭で振り返り。

 我に返ったレナは首を振った。

 

 そんな事ない。きっと自分の気のせいだ。

 自分はだって、いつもヘンな早とちりばっかりするし。

 それにレナスさんだって。

 嘘ついてばっかりで、ごまかしてばっかりで。

 

 出会った時には名前すら本当の事教えてくれなかった。

 彼女の本当の正体だってきっと、十賢者達の事があって隠せなくなったから仕方なく言っただけだ。

 そうでもなかったら、自分が彼女の正体を知る機会なんてずっとなかったはずだ。

 

 

 レナスさんはずっと、元の世界に帰るために、自分達と一緒に行動していただけなんだから。

 そんな当たり前の事にも気づかないで、自分の方が勝手に、レナスさんとも仲良くなれたらいいなって思ってただけなんだから。

 

 彼女とは結局、ひと月くらい一緒に旅したという事実があるだけなんだ。

 本当の名前教えてくれたからって、あれからひと月経った今だって、結局あの時となんにも変わってなかった。

 それくらいの間一緒にいて、最初の頃よりずっと仲良くなれたと思っていたのだって、結局自分の勝手な勘違いでしかなかったはずなんだ。

 だから。でも。

 

 ──それじゃあどうして、さっきのレナスさんはあんな顔をしたんだろう。

 

 

 プリシスが「行ってらっしゃーい!」と元気に手を振る中。そんな事をまたうだうだ考え始めていたレナは、途中でまた我に返った。

 隣でレナスを見送ったメルティーナとアリュ―ゼが、一息ついて話しだしたのだ。

 

「さてと。じゃ、私らもでかけるとしますか」

 

「しばらく留守にするぜ。明日には戻る」

 

 レナに向かって言ってきたので、レナの方も

 

「これから、どこかに行くんですか?」

 

 と普通に聞いた後で、聞いちゃった事にびびる。

 ……だってこの二人、レナスとはまた違う意味で明らかになんか一般人じゃない感じだし。レナがレナスなしで、直接この二人と会話する事もほぼなかったわけだし。

 正直レナの内心は、わたしのような小娘が生意気にもあなた方の行き先など聞いてしまってすみません、って感じだったのだが。

 

 意外にも二人は結構普通に答えてくれた。

 

「これからいったん俺達の世界に戻るのさ。早いとこ顔見せねえと、俺達まで消えた奴扱いになっちまうからな」

 

「あのバカの生存報告もしとかなきゃいけないしね」

 

 アリューゼに続き、メルティーナは手に持っている封書をひらひらさせつつレナに言う。隣で聞いていたプリシスが代わりに「へえそうなんだ」と相槌を打った。

 二人がいた世界に用事を済ませに行くらしいのは、その説明で十分に分かったが、

 

(レナスさん、やっぱりバカ扱いなんだ……)

 

 レナとしてはメルティーナの言葉選びの容赦なさに苦笑いするばかりである。

 

 この人の性格がキツイのはたぶん今に始まった事じゃないんだろうけど。それにしてはレナスさんの事、ちゃんと気にかけたり心配したりしてたような気もするのに。

 きっと彼女もレナスさんを嫌っているわけじゃないだろうに、どうしてこんなバカ呼ばわりばっかりしているんだろうか。

 

 なんとなく気になったので、「あ、あの」と勇気を出して恐る恐る聞いてみたところ。

 

「レナスさんって、あなた達の世界の“神様”なんですよね……? そんな“バカ”とか、言っちゃっていいんですか?」

 

「いいのよ。だって本当にバカなんだから」

 

 メルティーナは直球で答えてきた。

 あまりの言いきりように聞いたレナの方が困ってしまう中。プリシスが気楽な調子で言い、アリューゼも正直にメルティーナを見て言う。

 

「まあ確かに。レナスってさ、バカって言われたからって、別に怒って天罰くだすような神様ってタイプじゃないよね」

 

「なによりの証拠なら今俺の目の前にいるな」

 

 その点に関しては確かにそうなんだろうなとはレナも思うけど。

 それでもこう、一応は畏れ敬う気持ちとか、もうちょっとくらいはあってもいいんじゃないだろうか。嫌いじゃない神様なんだったら、何もバカバカ連呼しなくても……。

 

 本当にそれでいいのかなあ、などとレナが思っていると。

 

「神とか何とかそんなん関係ないし? 私の知ってるあいつはバカなんだから」

 

 とメルティーナが言う。

 

「創造神だろうが何だろうが、結局バカはバカよ。んな偉そうな肩書きついたくらいで、バカが急に賢くなるわけないじゃないの。それに──」

 

「それに?」

 

 メルティーナはいったん言葉を区切り、首をかしげるレナの方をちらと見てから言った。

 

 

「あいつだって、特別扱いなんかされたくないでしょ」

 

「……あ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、レナの中で急に何かが分かった気がした。

 

 特別扱い。他の人と違う事。人からの優しさを素直に受け取れない気持ち。

 それじゃあ。さっきのレナスさんは、やっぱり。

 でも、本当にそうなの? これだって結局、ただの勘違いじゃないの?

 

 

 色々な考えで頭がいっぱいになり黙り込んだレナを、メルティーナはしばらくの間じっと見つめ、

 

「じゃ、続きは帰ってからするわ」

 

 そう言って、すぐに歩き始めた。

 お願い目線で言ったプリシスの「ねえねえ。アタシも一緒に行っていい?」には足も止めず、「冗談。なんで私がクソガキの子守なんか」との事。

 アリューゼの方も最後にレナに言い置いて、二人はレナとプリシスの前から立ち去っていった。

 

「おい。こいつもお前の知り合いなんだろ。……どっかの情報屋のように、あんな場所で助け求められても困る。しっかり見張っといてくれ」

 

 やっぱり置いてきぼりをくらったプリシスが「子供じゃないやい!」とすぐ近くで抗議の声をあげるも、レナの耳には入ってこず。

 ぶちぶち文句を垂れるプリシスの独り言も通り過ぎていくばかりだ。

 

「むうー。なんだよ、レナに見張ってもらうって。そこまで嫌がられてんのにアタシが無理やりついて行くわけないじゃん。年だってレナと一つしか違わないのにさ。なんだよなんだよ、メルもアリューゼも二人してばかにしてくれちゃって……」

 

 

 

 “特別扱い”されるという事がどういう事か。そんな事、レナにだって考えるまでもなく、とっくに知っていた事だったはずなのに。

 

 他の人と違う。

 自分だけ違う。

 自分だけ、他の人にはない「力」。

 

 どんなに優しくされても。心のどこかには、いつも孤独があった。

 クロードが光の勇者様みたいにわたしの前に現れて、わたしを救ってくれるまでは──

 

 

(わたしはその気持ち、痛いほど知っていたのに)

 

 

 それじゃあレナスさんも、あの時のわたしと同じだったんだろうか。

 自分は他の人とは違うからって、一人で抱え込んで、他の人からの優しさを拒絶して、壁を作ってしまっていたんだろうか。

 

 他の人とは違うから。神様だから。創造神だから。

 そう思ってたから、わたしにこれ以上構われたくはなかったのかな。

 わたしよりずっと付き合いが長くて、彼女の事を心配してたメルティーナさんやアリューゼさんにも、心から寄りかかる事ができなかったのかな。

 

 だから。

 特別扱いされるから。

 レナスさんは自分が創造神だって事も、本当は言いたくなかったのかな。

 

 

(どうして、気づいてあげられなかったんだろう)

 

 

 わたしは彼女の事、何も知らなかったから。ずっと正体を隠されていたんだって、嘘つかれてたんだって、ちっとも信用なんかされてなかったんだって。

 勝手に思って、勝手に傷ついてた。

 彼女の事情をどれだけ知ってるかなんて、本当はそんな事どうだってよかったのに。

 

 レナスさんが“創造神”だって知ったのは、つい昨日の事だから。

 彼女が彼女の世界でどういう創造神だったのか、わたしはよく知らない。

 だけど一か月間を一緒に旅した、ただの世間知らずなお嬢様としてしか扱われていなかったレナスさんなら知っている。

 そして特別扱いされてなかった時の、わたしにとっては普通の人間だったレナスさんは、絶対に今日みたいな、あんな感じなんかじゃなかった。

 

 自分から自分の事べらべらと話し出すような人じゃなくて、いつも落ち着いた雰囲気で、感情もはっきりとは表に出さない人だったけど。

 いつ帰れるか分からない自分の状況に、不安そうな顔も深刻そうな顔も、見せる時もあったけど。

 

 わたしが気づいていなかっただけで本当は、昨日今日のように、アーリアで彼女が本当の名前を教えてくれたあの時のように、わたし達と深く関わりを持つ事を拒んでいた時も、もっとたくさんあったのかもしれないけど。

 でもそれでも、わたしの知っている彼女は。

 

 

(本当に嬉しそうに、楽しそうに笑ってた時もあったんだ──)

 

 

 

 見送った人達の姿ももうとっくに見えなくなったというのに、一向にその場を動こうとしないレナの顔を、心配そうにプリシスが覗き込んで言う。

 

「レナ? どうしたの、もう中に入ろうよ」

 

「……ええ、そうね。もう数日間はこのままお世話になるんだもの、ボーマンさんの家のお手伝いくらいはちゃんとしなくちゃね」

 

 

 レナスさんの本当の気持ちなんて、そんなのどうやったってわかりっこない。

 今だって結局そう。わたしが勝手に彼女の感情を決めつけてるだけだ。

 

 こうやって自分で彼女の言動にそれらしい理由を考えて納得しているだけで、本当は勘違いでもなんでもなく、レナスさんにとってわたしは今も、ただ自分の「力」を取り戻すのに都合のいい人間でしかないのかもしれない。

 都合がいいから一緒に行動しているだけなのに、一方的に親しげになった気で接されて、心の底から迷惑しているのかもしれない。

 

 でも、それでも──

 

 

 レナの返事を受けて、安心したようにプリシスがボーマンの店の中にぱたぱたと走っていく。

 当たり前のように、こうやって自分の事を心配してくれる仲間。今の自分は自然にそれを受け止めていた。でも無駄な心配をかけないよう笑顔も作った。

 彼女も彼女なりに、仲間の事を心配させないように振舞っていたのかもしれない。

 

 誰からの優しさもただ遠くに感じていたあの頃と違って、今の自分はこんなにも恵まれているんだという思い。

 それから去り際に向けられた、彼女のあの不器用な微笑みがどうしても頭から離れなくて。

 

 耐えきれなくなったレナは、遠いリンガの町の外を見て呟いた。

 

 

「誰だって、寂しいのは嫌だよね。レナスさん──」

 

 

 

 どんなに拒絶されても、迷惑がられても、しょせん自分の勝手な思い込みでしかなかったとしても構わない。しつこいおせっかいでもいい。

 今までだって、どうせわたしはそうやって彼女と接してきたんだから。

 

 わたしはやっぱり、レナスさんを嫌いになんかなれない。

 エクスペルの当たり前な事に興味を持ってくれる、エクスペルの料理をいつも美味しそうに食べてくれる、わたしのどうでもいい話に付き合って本当に楽しそうに笑ってくれる、いつものレナスさんが好きだから。

 

 あんなに寂しそうな彼女をひとりにするのは、絶対に嫌だから。

 



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5-2. 寂しいのは、嫌

 リンガの町の外に着いてすぐに、通信機から『まもなく到着します』とのミラージュの音声を受け取ってしばしの後。

 小型艦がここまで来て着陸するのをクリフが普通に待ち、その一歩後ろ、横の方にいるレナスがただ無言で待っている中。

 

「あれ!? アレがあなた達の艦なのね!?」

 

「はいはい。そうですから、前に出ないでください。危ないですから。カメラも出さないでくださいね、あれ一応未来の艦なんで」

 

 その前方で、遠くの空に小型艦の姿がちらと見えた瞬間、いよいよ歓声を上げてはしゃぎ始めたチサトをフェイトがなだめた。

 それから昨日の夜の段階で取材は禁止だとフェイトに散々言われていたのにもかかわらず写真を撮ろうとしていたので、カメラを即没収された。

 

 がしかし、カメラを没収されたチサトの方はというと「ちぇっ。じゃあいいわ、この目に直接焼きつける事にするから」などとさっそくめげずに気持ちを切り替えた様子。

 かと思えば今度はこの目で直接見た事を忘れないようにするためなのか、持参した大荷物の中からうきうき笑顔でノートを取り出したので、それもまたフェイトに即没収された。

 

「えー。いいじゃないのよこれくらい、別に記事にするわけでもないんだから」

 

「だったら記録に残す必要もないはずですよね? ……チサトさん。何度も言うようですけど、そもそもあなた方過去の時代の人間が、こうやって未来の時代の艦を目にしているという事自体がものすごく危険な事なんです。今はそういう事を言っていられる状況じゃないからあなたにも同行してもらいますけど、本当なら……」

 

 フェイトのお説教もちゃんと聞いているのかいないのか。というよりいよいよこの場所すぐの上空まで来た艦の方を見あげて、「おおー」などと感嘆の声をあげているのでたぶん聞いていない。

 それらのやり取りをさっきから後ろの方で見ているクリフも、わくわくした様子で上を見たままのチサトを見て確信した。

 

(あいつは絶対観光気分でいやがるな)

 

 いやまあ、こうやって過去の時代の人間をFD世界に連れていこうとしている事自体が、相当に危険だというのはクリフも十分分かっているつもりだし。こんなところで新聞記者の本分なぞ頑張って発揮されるよりはずっとマシだが。

 一応今は宇宙の危機が差し迫っているという状況のはずなのに、いまいち緊張感に欠けるというかなんというか。

 

「つか、あいつも一応先進惑星出身だろ? あんなちゃちい艦なんて見飽きてんだろうに」

 

 フェイト達二人のやり取りを見つつ、頭をかいて言ったところで。

 

 

「って、お前は初めて見るんだったか」

 

 ふと思いついたクリフは、近くにいたレナスに話しかけた。

 

「どうだ? ──驚いただろ。俺達先進惑星人はな、あんな鉄の塊を、いともたやすく飛ばす事ができちまうんだぜ」

 

 

 今もエクスペル近辺に待機している旗艦ディプロならともかく、こんな小型艦一つじゃなあ。

 という気も正直しないでもないが、まあ相手はそもそも宇宙艦自体を見た事もない未開惑星人……いや、よその世界の神様とやらだ。なりは小さくとも、摩訶不思議な力で鉄の塊が空飛んでる事に変わりはあるまい。

 

 せっかくだから自慢してやるぜとばかりに得意げに言ったクリフは、「しかも俺の艦だからな、あれは」とさらに自慢げに言い。

 後ろを振り返ったところで、レナスに改めて話しかけた。

 

「おーい。元気かー?」

 

 ずっと何やら一人で考え込んでいたレナスは、クリフの今の話も全く聞いていなかったようだ。

 明らかに元気のない顔色を窺うように話しかけられ、まだどこかぼんやりした様子で聞いてくる。

 

「あ──。今、何か言った?」

 

「下向いてちゃ見えねえだろ。ほれ、あれが俺らの乗ってきた艦だ」

 

 鼻で息を吐いたクリフに言われるまま、レナスも指し示された上空を見上げた。

 そうやって小型艦を目にしても、そこにチサトのような喜色は全く見えない。ただぼんやり見ているだけだ。

 

 

 レナスはさっきからずっとこんな調子だ。

 もしくはこの様子は今朝からだったのか。いずれにせよ、昨日の夜よりもさらに気の持ちようが悪化しているだろう事はクリフにも簡単に見てとれる。

 何だか知らんがたぶん一晩寝て、落ち着いて自分のやった事を考える時間ができた結果がこれ、といったところなのだろうか。

 

 物事に責任を持つ事は大事だが、それにしたって限度ってものがある。

 誰が見たってもう少しくらい肩の力を抜いた方がいい事はまるわかりだというのに、こいつは何をこんな意地になって塞ぎ込んでいるのか。

 まるで塞ぎ込めば塞ぎ込んだだけ、自分が物事に真剣に向き合っている事になる。とでも思い込んでいるような塞ぎ込みようではないか。

 

 今も前方ではしゃいでいるチサトを見つつ、クリフはご苦労な事だと思う。

 

(アレ並みにはしゃげとは言わんが……。もうちっとどうにかならんのかね、この頑固ちゃんは)

 

 

 小型艦はすでに着陸の体勢に入っている。

 地上に向かってゆっくり降りてくる艦の方を見上げたまま、レナスはやはり気のない様子で呟いた。

 

「特別な力がなくても人の力を合わせれば、空を飛ぶ乗り物だって作りあげる事ができる。すごいのね、あなた達の世界の技術は──」

 

 

 こいつにとっての宇宙艦は正真正銘、今初めて見たものだったはずだ。

 なのにそんな顔して、そんなつまらなさそうに呟く事なのか。

 こいつにとって初めて見るこの世界、この瞬間は。そんなにつまらないものなのか。

 

(違えだろ? 前に酒飲んだ時、お前は一体なんて言ってたよ)

 

 思うまま、クリフは艦を見たままのレナスに話しかける。

 

「深刻に考えたって早く事件が解決するワケでもねえんだしよ。()()()()()()()()()()()()()()()、この際普通に楽しんだ方がいいんじゃねえの?」

 

 

 やはり意地になっているのか。レナスは返事をしない。

 視線の先で、小型艦がようやく地面に着陸した。

 

 搭乗口が開き始めるより先にチサトが「よーしっみんな、乗り込むわよ!」と動き出し、さっそくフェイトに「艦は逃げないですから。走らないで普通に乗ってくださいチサトさん、危ないです」となだめられる。

 そうこうしているうちに搭乗口が開き、

 

「フェイトーっ! 会いたかったよおー!」

「うわっ、何だよソフィア」

 

 と艦から飛び出してきたソフィアが久しぶりの再会よろしく、フェイトに勢いよく抱きついてきた。

 幼馴染のいきなりの行動に戸惑うフェイト。

 艦の入口には、そんな二人の様子を呆れた様子で見ているマリアの姿がある。

 マリアの横にいるミラージュが、クリフ達に向かって軽くお辞儀した。

 

 

「変わんねえなあ、あいつも」

 

 クリフも手をあげてミラージュに応える。

 それから黙り込んで頑なにクリフの言う事を聞こうとしないレナスの肩を、子どもをあやすように、背中を前に押し出してやるように軽く叩いた。

 

「さ、行こうぜ。心機一転、今度は楽しい楽しい宇宙の旅の始まりだ」

 

 

 ☆★☆

 

 

 リンガの町の外でフェイト達四人を拾った小型艦は、それから間もなくして惑星エクスペルの外に向かって移動を始めた。

 目的地はこのまま惑星ストリーム。

 ……ではなく、エクスペル近辺で待機しているというフェイト達の艦、外交艦ディプロ。

 

 自分達が乗っているこの小型艦のままで、遠く惑星間までを移動するのはとてもじゃないけど現実的ではないからだ。

 遥か未来の時代の艦であっても、そういう基本的なところは変わっていないらしい。

 

 宇宙へ向かい、自分達を乗せた小型艦はどんどん高度を上げていく。

 体に重力がかかるこの感覚。

 みるみるうちに色合いが濃くなっていく、あのモニター越しの景色もまるっきり一緒だな。

 

 八人乗り、二列シートの最後列で感嘆の声をあげるチサトにつられたか。

 そのすぐ前の座席についているクロードも、そうやって少しだけ懐かしさを覚えた。

 

 

 

 エクスペルの外に行く必要ができたから、さっそく何人か艦で合流して行こう。

 昨日そういう話になった時。

 宇宙が大変な事はまあそれはそれとして、実はその流れで久しぶりにレナに会える事を結構期待していたわけだったりするクロードは、実際に艦に乗り込んできた人達を確認し終えた時に実はちょっとだけがっかりした。

 

 いや、本当にちょっとだけだけど。久しぶりにチサトさんに会えた事ももちろん嬉しいからいいけど。

 でもどうせストリーム行って戻ったらすぐに会えるし、久しぶりの再会とか今じゃなくてもいいと一瞬思っちゃってなんていうか本当にごめんなさいチサトさん。

 

 よくよく考えればレナじゃなくて、十賢者の事に一番詳しいチサトがやってくるのは当たり前の事だし、自分が勝手に期待してただけだ。

 もちろんチサトは何一つ悪くないという事も十分分かっているので、クロードも表面上はちゃんと「久しぶりですね、チサトさん」と喜びの握手を交わしたわけだが。

 

 

 艦がようやく大気圏の外に出て、ふうと一息つく中。

 それでもある程度がっかりしちゃうのはどうしたって仕方ない事だと、クロード自身も内心開き直っていたりする。

 

 なんたって自分のすぐ隣には、無事に感動の再会を果たしたっぽいソフィアが、ずっとにこにこ笑顔で前の席に座っているフェイトを見たまんま、さらにはフェイトを含めた前の方の席の人達と楽しそうにお喋りまで始めているのだ。

 そりゃどうしたってうらやましいなあ、ぐらいの事は思っちゃうだろう。

 

「皆さん、お元気そうでなによりです」

「本当に。元気すぎだよな、ソフィアは」

「だってー」

「まあ、あそこまで素直に行動できるのは少し羨ましくもあるわね」

 

 フェイトの隣に座っているマリアはさらりとそう言ってのける。最前列のクリフが感心したように

「お前がそういう事言うようになるとはなあ」と言うと、

「いちいち気にしてたら疲れるのよ。この子いちいちバカだから」

 とまで平然と言ってのけた。

 

「いいねえその態度。もう一人の子どもにも見習わせてやりてえもんだ」

「はあ?」

「年寄りくさいですね、クリフは」

「お前ら……」

 

 なんか色々つもる話をしている隣のソフィアおよび前の席の人達に視線が行き。思わずいいなあと指をくわえかけたところで、クロードはどうにかきりっと考え直した。

 

(レナは僕を信じてくれてたんだ。だったら僕だって、情けない事ばっかり考えてられないじゃないか)

 

 聞けばレナは「わたし達の代表はクロードだから」と自ら辞退して、チサトにこそ艦に乗ってもらうべきだと勧めたのだとか。

 レナの方はちゃんと宇宙のために何が一番なのかを考えて、自分の事をリーダーだと頼りにして後の事を任せてくれたというのだから、そんな自分がこんなんじゃいけない。

 

 というかどうせストリーム行って戻ったらすぐに会えるんだから、なにもこんなに隣の芝を青く見る事なんかないじゃないか。……ストリームまで行って戻るのに、実際どれくらい時間かかるのかはまだ聞かされてないけど。

 

(どうなんだろう。片道、いくらなんでも一週間はかかるよな……)

 

 

 輝かんばかりの笑顔で前だけを見ているソフィアの隣で、やっぱりほんのちょっぴり孤独を感じかけたクロードは、今度こそこれじゃいけないと後ろの席に視線を移した。

 レナはいないけど、自分だって話す相手が一人もいないわけじゃない。

 とにかく古くからの仲間らしい未来人の彼ら五人に、自分があぶれ者として混じっているような感じになっている、この席順がいけないのだ。

 

 後ろの席の二人、チサトとレナスはというと。

 

 さっきから一人で勝手にはしゃぎつつ、チサトの方がたまに隣のレナスに話しかけていて。レナスもその一方的な会話に一応は付き合っているのか、短く言葉を返したりしている様子。

 会話が盛り上がっているのかどうかはよく分からないけど、とりあえず女子会チックな会話は聞こえてきていない。

 今からその会話にクロードが加わっても大丈夫そうな感じだ。

 

 

「ええと。本当に久しぶりですね、チサトさん。レナスさんも」

 

 さっきも言ったような気もするが、他の話題が急には思いつかなかったのでとりあえずそう声をかけたところ。

 急に声をかけられたチサトは首をひねった後、意地悪そうに笑って言ってきた。

 

「ほんとごめんねー、レナじゃなくて」

 

「ええっ? え、えっと……いや、そんな事はないですけど」

 

「あ、やっぱり? そう思ってたんだ、へえ~」

 

 返事に動揺が出てしまったらしい。これはまずい風向きだとますます笑顔なチサトの視線を避け、クロードは慌ててレナスの方に話を振った。

 

「その、レナスさんも、本当に久しぶりですね。一か月くらいぶりかな?」

 

「ええ」

 

 通信機を使った会話だけじゃなくて、こうやって直接彼女の姿を目にするのは本当に久しぶりの事だなと改めて思う。

 彼女以上に久しぶりに会ったはずのチサトよりもなんだか久しぶりな気がしてしまうのは、アーリアで初めて会ってからクロスで別れるまでの、一緒に行動していた期間もあまりなかったからだろうか。

 

 会話自体は一応、つい昨日の夜にもしたばかりだ。

 まあ会話というより、クロードの方はレナスとその知り合い二人がしてくれた話を、ただ驚いて聞いているだけだったけれども。

 それとその時のレナスはとても深刻そうな声の様子をしていて、聞いているだけのクロードも(大丈夫かなレナスさん)と彼女の落ち込みようをそれなりに心配していたわけだが。

 

 こうして実際に顔を合わせて言葉を交わしてみたレナスは、短い返事だけだけど、たぶんいつも通りの落ち着いた応対をしてくれている様子だ。

 思ったより大丈夫そうだと、クロードも内心でほっと息をつき、

 

(神様……か。うーん、なるほどなあ)

 

 それから昨日教えてもらったばかりの情報を改めて思い出し、一か月ぶりの超絶美人の正体を、何故だかものすごく納得した気分で眺めた。

 

 

 いや、そういう事思ってる場合じゃないのはわかってるけど。

 女神さまって、それは道理できれいなひとのはずだなというか。

 そう分かったうえで改めてレナスさん見てみると、やっぱり見れば見るほどきれいなひとだなというか。なんかこう、見るだけでありがたい気持ちになれちゃうというか。

 

 

 この場にいないレナになんだか悪いなと思いつつも、クロードがこっそり目の保養をしていると。

 クロードの視線を全く別の意味に捉えたらしい。レナスが抜き身の状態になっている自分の剣に目を落とし、謝ってきた。

 

「ごめんなさいクロード。あなたに借りた剣の鞘、なくしてしまって」

 

「いいですよ、別に。あれそんな大事なものじゃないですし」

 

 言うクロードは実に照れくさそうな笑顔である。

 そんな二人のやり取りを見て、チサトが聞いてきた。

 

「ねえねえ、二人はどういう知り合いなの?」

 

「いや、そんな深い関係じゃないですよ、僕達。この旅が始まる前の日に会ったってだけで、最初の数日間以外はずっと別行動でしたし。毎日通信機で会話はしてましたけど、それもみんなで話してただけ、って感じで……」

 

 なんだかレナに悪いなと思ったので、あっさりとした関係を強調し、

 

(……いや、本当に何もないんだけどね)

 

 と我に返ってクロードは若干むなしい気持ちになった。

 レナとセリーヌ繋がりでたまたま知り合っただけ。

 あげくほとんどずっと別行動。

 おそらくきっと彼女の方は、自分に対して剣貸してくれた人くらいの印象しか抱いてないに違いない。

 

(そうだよなあ。レナがいなかったら、別に僕とは……)

 

 何にもあるはずないのに一瞬だけでも目の前の美人に舞い上がってしまってごめんと、心の中でレナに平謝りしつつ。レナの顔を思い出したついでに言う。

 

「ああそうだ。どっちかっていうと、レナとの付き合いの方が深いんじゃないですか? レナスさん、確か紋章の森で知り合ったって言ってましたよね」

 

 初対面の時にもマーズで知り合ったという話自体は聞いていたけど。

 昨日改めてレナスから聞いた話だと、ちょうどこの世界に来てしまったところをレナとセリーヌの二人に助けられたという事らしい。二手に別れたクロス以降も、レナとは同じチームで旅をしていたわけだし、自分達の中で彼女と一番仲がいいのはレナなんだろう。

 

 その推測はやはり間違っていなかったらしい。

 クロードの話に、レナスも否定をせずに答えたが。

 

「そうね。レナにはずいぶんと助けられたわ。本当に、どちらが子供なんだか、分からないくらい──」

 

 

 自嘲を込めたその呟きに、クロードは少しだけ違和感を覚えた。

 言葉の内容、言い方自体もそうだけど。

 レナの事を思い出していたのか、どこか遠くを見てそう言ったレナスの表情に、どうしてか一瞬だけ疲れたような感情が見てとれたような気がしたのだ。

 

 だけどそれは全くの見間違いだったのか。

 レナスは戸惑うクロードに微笑んで言う。

 

「レナはとてもいいこね」

 

「え? ……ええ、そうですね。僕も、レナにはよく助けられてます」

 

 戸惑いもさておき、いきなりのレナスの話にクロードも思った通りの事を言うと。

 チサトが「おおー、のろけてくれるわねえ」と茶化してきた。

 

「や、やめてくださいよ」

 

 恥ずかしさに慌てるクロードを見て、レナスも少しだけおかしそうに笑って言う。

 

「レナの事、大切にしてあげてね」

 

「だからやめてくださいって。レナスさんまで、何を言い出すんですか……」

 

 年上の女性二人にいいようにからかわれて、クロードもすっかりたじたじである。

 いきなり暑くなって出てきた変な汗をぬぐうクロードをよそに、

 

「そっかー。じゃあ帰ったらあなたの事、レナにも聞いてみようかしら」

 

 とチサトが笑顔でレナスに話しかけた。

 

「ほら私、みんなとは昨日知り会ったばっかりじゃない? だからいまいち話についていけないっていうか、レナスの事もよく分からないし……。あ、名前は呼び捨てでいいかしら? 年は同じくらいよね?」

 

 単純に仲良くなりたいらしい。チサトは親しみを込めた表情と口調で、レナスに問いかけるが。

 レナスはそんなチサトを見て、少しの間返事に戸惑った。

 

「あ……。ええ。呼び捨てで、構わないわ」

 

 

 言って視線を逸らすその仕草に、クロードはふと気づく。

 そういえば彼女は実は女神さまだったわけだが。イメージ的に“神様”って、大体は見た目以上に、ものすごく長く生きているもののような気がする事に。

 

(いや、やめておこう……。女性の年を考えるのは失礼だよな)

 

 とクロードがひそかに思い直したところで。

 チサトがそんなレナスを見て、今度は急に思い出したようにこんな事を聞いている。

 

「あ! ねえねえ、レナスってどんな食べ物が好きなの?」

 

 

 話題を変えようと思ったのかなんなのか。

 チサトも聞いた後でレナスの年齢の秘密に思い当たったという事なのかもしれないけど、それにしたって話題が飛びすぎだろう。

 

 そりゃ確かに、自分達の仲間内で一番会話が弾まないであろうディアスを相手にする場合は、まさに食べ物の話題が無難なんだろうとはクロードも思うけど。

 だからといって彼を基準にしてはいけないと思うのだ。別にレナスさんの趣味は『食う事』じゃないんだから、たぶん。

 

(話に何の関連もなかったよな、今……?)

 

 とひとしきり困惑した後。案の定なんだか返事に困っている様子のレナスを助けるべく、クロードが聞いてみたところ。

 

「レナスさんの好きな食べ物ですか? チサトさん、なんで急にそんな事を」

 

「昨日私レナスに助けられたんだー。まさに命の恩人って感じ? だから、今度お礼に何か料理でも作ろうかと思って。……あっそうそう、だから私が知ってるやつでお願いね。ほら、あなたの世界のはよく分かんないじゃない?」

 

 一応チサトの中では、今のも繋がりのある会話だったらしい。

 

(ああ、それでか)

 

 とクロードが納得したところで。

 ちょうどその会話を聞いていたらしく、隣のソフィアが席から身を乗り出して後ろを振り返り、期待に目を輝かせて言ってきた。

 

 

「わたしもその話聞きたいです! レナスさんが助けに来てくれた時の話! なんか映画のワンシーンに入り込んだみたいですごいかっこよかったって、昨日言ってましたよね」

 

「そうそう、本当にすっごくかっこよかったのよー。こう……魔物が二匹いっぺんに、こん棒振り回してきてね。私は避けたんだけど転んじゃって。それで顔上げたらね、もう目の前にいたのよ彼女が。魔物二匹とも倒れてて、それで倒れてた私に向かって無事かって。それからその後も……」

 

 直前までレナスに話しかけていた事も忘れて、チサトはすっかり新しい話題に夢中だ。

 クリフが「おーい。ちゃんと座ってろよなー」と注意するも、ソフィアの方もすでにチサトの話ぶりに夢中な様子。

 

「……それで、魔物バッタバッタなぎ倒しつつこのペン取ってきてくれたのよ。ね、何から何までかっこいいでしょ?」

 

「かっこいいです! もうチサトさん映画のヒロインじゃないですか! ……あ。でもレナスさんも女の人だから、そういう場合はどうなるんですかね? ダブルヒロインっていうやつになるのかな?」

 

 やらなんやら、すごく楽しそうに盛り上がっている。

 ソフィアの間違った単語知識にいちいち訂正を入れるのももう面倒くさいらしい、マリアがしょうもなさそうにため息をつき。

 フェイトの方は、

 

「何から何までは……どうなんですかね。顔にバカって書いてありましたけど」

 

 とまたつい正直に余計な事を言って。ソフィアに呆れたように言い返される。

 

「フェイトは何も分かってないんだから。そういう揚げ足取りばっかりして……。全体の雰囲気がとにかくかっこよかったら“かっこいい”でいいの。白馬の王子様だって、見ようによったら変な白タイツはいてる人でしょ?」

 

 

 なんだかにぎやかになってきた艦内の中で、「……そうか?」「そうなの!」などというフェイトとソフィアのやり取りを聞きつつ、

 

(例えが白馬の王子様は……ちょっと違うんじゃないか)

 

 とクロードも内心でつっこむ。

 なんかこんなバカ話ばっかりしててすみませんという気持ちで、いつの間にやら当人そっちのけで話を盛り上げられてしまっている、レナスの方を改めて見ると。

 

 

 レナスはいよいよ困ったような表情を浮かべていた。

 というより、彼女のその表情は。

 

 

(──えっ?)

 

 思いもよらなかったレナスの様子に動揺するクロード。

 一通り話し終えてからレナスの方を振り返ったチサトも、

 

「あのでも、嫌なら教えてくれなくても全然いいのよ? 本当にちょっと気になっただけだから。その、だから、別に全然大した事じゃないっていうか」

 

 となんだか焦ったようにレナスに一生懸命話しかけたけど。

 

 

 

「この世界の、好きな食べ物……。なん、だろう。ケーキかな。みそ汁?」

 

 答えるレナスの目からは涙が流れていた。

 

 

「ごめんなさい。よく、分からないわ。……野菜スープも、お寿司も、肉まんも、ハンバーグも、サンドイッチも全部、全部おいしくて。おいしいもの、たくさん、あったから」

 

 涙をこぼしながら言葉を続け、突然の事に言葉をなくしたみんなに、

 

「ごめんなさい、なんでもないの」

 

 と言ってレナスはその涙を拭うけど、涙は止まらずこぼれでてくるばかり。

 

 自分でももうどうしていいか分からなくなったのだろう。

 ぽろぽろと出てくる涙にすっかり濡れた手を見て、レナスはなおさら心乱れたように涙を流し、絞り出すように弱りきった声で呟く。

 

 

「どうして? なんでも、ないのに。あんなの違う。違うのに」

 

 

 レナスが言っている事の意味はクロードにはよく分からない。

 ただ一つなんとなく思ったのは、「元気を出してください」といった慰めの言葉よりも、今は放っておいてあげた方がいいのかもしれないという事だけだ。

 

 レナスからそっと視線を外して前を向くクロード。

 艦内のメインモニターには、いつの間にか『ディプロ』らしき艦の姿が映っている。

 

 クリフとミラージュもクロードと同じく、取り乱しているレナスの事に触れないよういつも通りに振舞っている。

 マリアもただ黙り込んでいるだけ。

 フェイトがうろたえた様子で、ソフィアとチサトが心配そうにレナスの方を見る中。

 

 

「なんでも、ないのに。こんなはずじゃ、なかったのに……」

 

 ただ一人感情を露わに泣きじゃくる、レナスの声が静かな艦内に響いていた。

 

 



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6-1. 理由と嘘とごまかし、それから

 ディプロ本艦内に到着した後、レナスはミラージュに付き添われて、居住区域内の個室に向かっていった。

 

「空いている部屋があるのでそちらに行きましょう。私が部屋まで案内します。……それでいいですね?」

 

 そうミラージュに気遣わしげに言われるまま、泣き疲れた様子で悄然と連れられていくレナスを静かに見送った後。

 クロードが頭をかきつつ言った事に、同じくクリフが参った様子で言い足した。

 

「レナスさん、大丈夫ですかね」

 

「まあ、昨日の今日だからなあ。しかしまあ、泣くほどとは思わなかったが」

 

 

 昨日の夜の、深刻そうだったレナスの声の様子の事も思い出しつつ。

 クロードは(やっぱりレナスさん、気にしてたんだな)と眉間に皺を寄せて考える。

 

 さっき艦の中で、彼女は泣きながら「こんなはずじゃなかったのに」と言葉に出していたのだ。それに、「なんでもないのに」とも。

 

 つまりみんなの前で気丈に振舞おうとはしていたけれども、やはり彼女の心にはずっと「自分が罠にかかったせいで」といったような罪の意識があったのだろう。

 それで何らかの拍子に、そうやって押さえつけていた思いが一気に出てしまって、あんな風にいきなり取り乱してしまったんじゃないだろうか。

 

 自分の言った事で彼女を傷つけてしまったのかも、とでも考えているらしく、チサトも珍しく落ち込んだ様子でうつむいている中。

 そのすぐ近くではなぜかソフィアが、

「フェイトのせいだからね。顔にバカとか、デリカシーのない事ばっかり言うから」

「あれはその、軽い気持ちで口にしただけで。レナスさんがそこまで気にしていたとは、だから思ってなくて」

 とフェイトを怒っていて、フェイトの方もなぜか本気でうろたえている様子だが。

 

 今のクリフの言いようからしても、さっきのはおそらくレナスの責任感が強すぎた結果という事なのだろう。

 たぶんだけど、自分達のうちの誰かの発言が彼女を傷つけてしまった、という事ではないような気がする。

 

 

(レナスさんが悪いわけじゃないのにな)

 

 とクロードがなんとも言えない気持ちになる中。

 ずっと黙り込んでいるマリアに、クリフがやれやれと声をかけた。

 

「泣いたって何が変わるわけでもないのに、とでも思ってそうな顔だな」

 

「……思ってちゃ悪い?」

 

「いや別に、その辺の考え方は人それぞれだとは思うが。……ただお前な。あれだ、一応言っておくが」

 

「本人が落ち着くまでそっとしておけって言うんでしょ? 言われなくても、わざわざ文句なんて言いに行かないわよ。子供じゃないんだから」

 

 不機嫌そうに言ってそっぽを向くマリアに、クリフは「そうか。分かってんならいい」と妥協した様子で頷く。

 

「そんな事よりいつまでここにいるつもり?」

 

 というマリアの言葉を受け、クロード達はひとまずこの小型艦の収容ドックを離れ、ブリッジの方に移動する事になった。

 

 

 

 レナスがこの世界に来るきっかけになった、彼女が聞いた“声”というのが具体的にどういうものなのか。一通りの説明を聞いただけのクロードにはそこまでよく分からない。

 

 だけどその“声”を聞く「力」で彼女は、彼女にとっては見ず知らずの他人──

 自分達の仲間のチサトの危機を知り、そして迷う事なく助けてくれたのだ。

 

 一か月前に聞こえた“声”が気になった理由を、レナス本人は何も語らなかったけど。

 罠にかけられた時の彼女も、昨日のチサトの時と同じく、本当はその“声”の持ち主を助けようとしたのではないだろうか。

 

 彼女には、聞こえてきた“声”の持ち主を助けたいと思う気持ちがあった。

 だからこそ彼女を罠にかけた奴は、その気持ちを利用したのだろう。

 こういう“声”を聞かせれば、きっと彼女ならここにやって来るはずだと。

 

 そいつは、人の命を助けようとしたレナスの気持ちを利用して。

 さらにはその彼女の「力」をも利用して、『十賢者』などという人の命を弄ぶような残酷な奴らを、再びこの宇宙に呼び戻したのだ。

 

 

 ──こんなはずじゃ、なかったのに。

 

 

 レナスの悲痛な嘆きを思い出し、クロードは拳をぐっと握る。

 人を助けようとしただけの彼女を、あんなに悲しませた奴が改めて許せないと思ったのだ。

 

 自分達が、そしてなにより、エナジーネーデのみんなが命をかけて守ったはずの宇宙は、そいつと十賢者のせいで今再びの危機に晒されている。元から全員倒すのに十分すぎる理由はあったけど、なおの事十分な理由ができた。

 人の気持ちを弄ぶような奴ら、許せるわけがない。

 

 宇宙を守ってくれたエナジーネーデのみんな。この宇宙に今も生きている自分達。

 それから本来なら今も別の世界で、“創造神”として、たくさんの人達を助けていただろうレナスさん。

 すべてのひとの思いのためにも、彼らは絶対に倒されなきゃいけないんだ。

 

 

 

 ブリッジに向かうフェイト達の後に続いて、しっかりと足を進めつつ。

 決意を新たに前を向いて、クロードは隣を歩くチサトに言う。まだレナスの事を気にしているらしいチサトも、居住区域の方を振り返りつつ、うつむきがちに同意した。

 

「チサトさん。十賢者も元凶も、絶対に僕らみんなで倒しましょうね」

 

「……ええ。そうよね」

 

 

 ☆★☆

 

 

 空、大地、海、たくさんの命。みんな、終末の炎に呑まれていく。

 

 たくさんの人々の“声”。

 心に響くみんなの感情も、私自身の心から響いてくる感情も。時が戻ったような錯覚さえ抱かせる場所。

 だけど今ここに存在しているのは私ひとり。だからこれはあの時とは違う。

 

 このすべてが壊れゆく幻のただ中に佇み、今の私は思う。

 ああ、またこの夢かと。

 

 

 この夢さえ見なければこんなに考える必要もなかったのにとは、今でも思う。

 私がこの世界に来てしまった理由も。

 

 私が創造していないこの全く別の世界の中で、レナやフェイト達、この世界に生きる人々と過ごす日々に、不自然なほどに気を許していた私が確かにいた事。

 その事に、後ろめたさを覚える私もいた事。後ろめたさを覚えるのは私がいない間、それだけ自分の世界の仲間に負担をかけているからだと、思い込もうとしていた事。

 そうやって後ろめたさを忘れないでいられる自分自身に、心のどこかで安心していた事も。

 

 全部、私が“創造神”としての自覚を持ってしっかり頑張ればいい。

 それだけで納得できたはずの事だったから。

 

 だけど、この夢は。私の心は。

 

 

 どうしてこの夢は、私の嘘を許してはくれなかったのだろう。

 今でも私の心は、この夢が、私がこの夢を見て理解した事、感じた事が何かの間違いだったんじゃないかと、必死に否定しようとしている。

 夢から覚めた時、あんなに悲しくて寂しくて、誰でもいいから“私の知らない誰か”を求めたあの感情にも、他に説明のいく理由をつけようとしている。

 

 そうして理由をどうにか見つけられたら、私はすぐにでも、また私の世界の“創造神”として歩き出せるから。

 

 この世界の事は、この世界のみんなは。

 本来なら私には関わりのない事だと。

 私の目的のために行動を共にしているだけなのだと。

 最初から自分に言い聞かせていた通りに、今度こそちゃんと、そうやって振る舞っていけるはずなのに。

 

 

 どうして、私はいつまで経っても、その理由が見つけられないのだろう。

 どうして探そうとするたび、言い聞かせようとするたび、どうしようもなく心が苦しくなるのだろう。

 

 こんな夢、嘘なのに。寂しくなんかないのに。

 私は、私が創ったみんなの事だけを考えて生きていけるはずなのに。

 

 

 ☆★☆

 

 

「だからさあ。あいつはいつもバカの一つ覚えみたいに分かった言ってるけど、結局なんにも分かってないわけ。だからバカなのよ、分かる?」

 

「は、はあ。そうなんですか」

 

 惑星ストリームへ向かったフェイトやレナス達を見送った、次の日。

 元の世界での所用を済ませボーマン家に戻ってきたメルティーナは、今現在、レナを相手にこうやってひたすら喋り続けている。

 

 昨日出かけていった時に宣言した通り、思いっきりレナスの話の続きである。

 ていうかただの愚痴である。

 

 

 レナとしては、色々気まずい事はあったけど、やっぱり今まで通りにレナスさんとも仲良くやっていきたいなと思っていたわけだ。

 かといって、さすがに昨日の彼女のあの様子だと、自分の方が普通に近づくだけでは、また彼女に拒絶されてしまうのではないかといった心配も拭えず。

 

 よってちょうど日頃レナスと親しくしているだろうメルティーナが、帰ってくるなりソファーにどかっと座り、「で、あいつの話だけど」と言いだした時。

 レナはそのレナスに関する話を聞ける事を、普通に期待していたわけだが。

 結局、

 

「あいつマジで人の話聞かないから。聞いたふりしてるだけなのよ」

 

「で、バカでしょ? バカが人の話聞かなかったら、そりゃ当然危なっかしい感じにもなるじゃない。なのにあのバカ、なにも分かっちゃいないんだから」

 

「あげく性懲りもなく一人で出歩くっつうね。ちょっと目離したらすぐこれよ。あいつもうマジでなんなんだか……。ねえ、あんたも苦労しなかった? あいつの放浪癖」

 

 などなど。

 お互いの関係性やら仲良くなった過程など全部すっ飛ばして、聞けたのはそんな話ばっかりである。

 

 

 正直聞かされてもどうしろというのか。

 レナにはレナスが普段どういう感じでメルティーナと接しているのかも、そもそもこれらの愚痴話の元になっているであろう、彼女達の間にある事情もよく分からないのだ。

 ……いやその割には、なぜかちょっとだけその話に同意できるところもあったりするけど。

 

 しかし思いっきり同意しちゃうのも、レナスに対してなんか失礼な気がするし。

 かといって、こういう愚痴って大概、「そんな事ないですよ」などと否定してしまったら余計に拍車がかかっちゃうものだし。

 よってレナはメルティーナの愚痴を、さっきからずっと「大変ですね」みたいな神妙な顔を心がけながら、ほどほどに相槌打って聞いているのである。

 

 なおメルティーナと一緒にボーマン家に戻ってきた、アリューゼの方はというと。

 帰ってそうそう彼女が不機嫌そうに口を開くのと同時に、

 

「暇だな。素振りでもしてくるか」

 

 とちょうど同じく暇そうだったプリシスを伴って(というかプリシスの方が乗り気でアリューゼについて行った。インスピレーションがどうのと言っていたから、何か新しい機械作りの参考にでもするんだろう)、大剣を思いっきりぶん回せる場所まで鍛錬に出かけていった。

 

 彼もメルティーナとの付き合いが長いであろう辺り、初めからこういう話になると察していたと思われる。

 家主のボーマンも平常通りお店の方にいるので、自然とメルティーナの愚痴を聞くのはレナ一人になったというわけだ。

 

 

 

 そんなこんなで愚痴に付き合わされてしまった結果。

 この二人の関係性はやっぱり話してくれないからよく分からないけど、それでも聞いているうちにレナもなんとなく分かってきた事がある。

 

「ほんと、何も分かっちゃいないんだから。なにが創造神よバカのくせして」

 

 とりあえずこんな愚痴を言っちゃうくらいには、彼女はレナスの事が好きだという事だ。

 

 

「あんたが私を付き合わせてると本気で思ってんの? 冗っ談じゃないわ。……この私が、自分の意思で、あんたに付き合ってあげてるのよ。あんたがそんな事も分からず、一人で勝手につき進むくらいにどうしようもなくバカだから!」

 

 また何か思い出したらしいメルティーナは、話を聞いているだけのレナを前に、この場に居もしないレナスに向かってタンカを切る。

 それからまた小さく悪態をついた。

 

「あーもう、マジむかつくわ。一体誰に何を後ろめたくなってんのよ、あんのバカは」

 

 

 いったんクールダウンしたらしい隙を窺って、レナはさっきからちょっと気になっていた事を聞いてみた。

 

「あ、あのメルティーナさん。質問してもいいですか?」

 

「何?」

 

「レナスさんの事でいろいろ思うところがあるのは分かるんですけど。その、なんでわたしに? ……別に迷惑ってわけじゃないんです。ただちょっと、気になったので」

 

 愚痴を聞いているうちにもう一つ分かった事がある。

 詳しい事情も何も教えず、一方的に愚痴を言い続けるメルティーナはおそらく、説明を面倒くさがっているのではない。

 レナの前で口にする言葉を、あえて選んでいるのだろうという事だ。

 

 そこまでして余計な情報を与えたくないと思っているのなら、何もここでレナ相手に愚痴らなくても、誰にも聞こえない場所なり彼女のいた世界なりで好き放題に愚痴ればいいはずだ。

 壁を相手にでも話した方がよほどストレス発散できるだろうに、なぜわざわざ言葉を選んでまで、レナ相手に愚痴を言い続けるのだろうか。

 そんなレナの疑問に、メルティーナはこう答えた。

 

「本人に言ったって聞きやしないからよ。あんた達、あいつとずいぶん仲良くしてたみたいだし?」

 

「なか、よくですか。そんな風に見えましたか? 正直言うとわたしもその辺、よく分からないんですけど」

 

「あれが仲良し以外の何に見えるってのよ。つか私達の時なんか、つい最近まであいつの本名知らなかったのよ?」

 

 そして結局また愚痴になっている様子だ。

 

「あいつマジで一言も言わなかったんだから、そういう事。しかもむかつく奴から偶然聞いて知るっていう……あー、思い出したらなんかまたむかついてきたわ」

 

 

 今の話ぶりだとレナスはメルティーナ達にも、レナの時と同じく最初は偽名を使っていたらしい。しかも「つい最近まで」という事は、その偽名で接していた期間は、レナの時よりもずっと長いのだろう。

 メルティーナもアリューゼもレナスの事を名前で呼んでいない理由が、レナにもなんとなく分かった気がする。

 

(わたしも、名前教えてもらったばかりの時は『メリルさん』って言いそうになってたな……。すぐに慣れたけど)

 

 そういう事を教えてもらったうえで改めて考えてみると。

 今メルティーナが言った通り、レナスはあれでも、レナに十分心を開いてくれていた方らしい。

 よかったちゃんと仲良くできてたんだと、一安心し。

 

 それから自分以上に仲良くしているはずの、メルティーナ達に対してまでそんな態度をしていたというレナスに、(まったくもう、仕方がないひとね)と心の中で呆れ気味に怒る。

 

 

 だって旅の途中、正体を隠していたレナスは自分の身の上話はしなかったけど、自分の“お付きの人達”、つまり彼女達の話ならたまにしていたのだ。

 

 そういう話をしてくれる時のレナスは決まって、その場にいない仲間達の事を懐かしむような、優しげな笑顔を浮かべていて。

 離れ離れになってしまって会えない事を悲しむような、寂しげな様子もその笑顔の中にあって。

 だからそれを聞いているレナも当然のように、

 

(レナスさんはその人達の事、本当に大切に思っているのね。早く帰り道を見つけてあげなきゃ)

 

 と思っていたのに。

 蓋を開けてみれば、彼女に大切に思われているはずの人間の一人の話ぶりから推察できた、なけなしの事情がこれである。

 そりゃ事情をよく知らないレナだって、(大切な人達なんだったら、もっとちゃんと大切にしなきゃダメじゃない)ぐらいのダメ出しはしたくなるってものだろう。

 

 

 ところがそんなレナの心境が伝わったらしい。

 ついさっき愚痴を垂れたはずのメルティーナは急におとなしくなり、いかにも独り言っぽく言い直した。

 

「まあ、そこはもういいんだけど。あいつもいろいろあったわけだし」

 

 

 どうみても今のは、レナに向けてレナスの事を擁護したとしか思えない態度である。

 

(メルティーナさん、レナスさんの事本当に好きなのね)

 

 そうレナが改めて思う中。

 メルティーナはそんなレナを考え深げに見つめ、ため息とともに呟く。

 

「全く別の世界の人間、か。あいつの思考回路は気に食わないけど、これもいい機会よね」

 

 

 首をかしげるレナに、メルティーナはふてくされたように「べっつにー?」とごまかし。それから気を取り直して、

「まあ質問の答えはようするにそういう事よ」

 と言った。

 

「あんたみたいな人生何十年と生きてない小娘にまでそういう事本気で言われたら、あいつも少しくらいは心入れ替える気になるかなってね。だからおとなしく私に喋らせなさい」

 

 

 

 そんなこんなで、レナはそこから先もメルティーナの愚痴に付き合わされた。

 あいかわらず事情は教えてくれないので、なんとなくで話を理解するしかないのだが、さっきのメルティーナの話ぶりからするとたぶんそれでいいのだろう。

 その辺も結局よく分からないけど、とりあえず彼女がこういう話をしてくれている事に、レナ自身も嫌な気持ちはしない。それになんとなくとは言え、聞いているうちに、愚痴の内容から彼女の知るレナスの事が少しずつ分かっていくような気もした。

 

 意外に思ったり、なんかすごく納得できたり。

 そのうちにアリューゼとプリシスが帰ってきて。

 リビングに入るなりアリューゼは、愚痴を続けているメルティーナを見て呆れたように言った。

 

「まだやってたのか」

「そりゃそうよ。他にすることないんだから」

 

 堂々と言いきるメルティーナに、アリューゼはやれやれとため息をつく。

 不思議そうに聞くプリシスにレナが答えると、メルティーナはやけっぱちな様子でそっちにも話を振った。

 

「ん? なんの話?」

「レナスさんの話を、ちょっとね」

 

「そーよ。この際だから、ついでにあんたも聞く? あんたもそういうお友達ごっこ好きでしょ、絶対」

 

 首をかしげるプリシスは、なんかよくわかんないけど新しい仲間の事を聞けるという事は理解したらしい。

 あとメルティーナも快く自分とお友達になってくれると即座に思ったらしい。

 

「うん! よろしくねメル!」

 

 笑顔で元気よく返事をするプリシスを無視し、

 

「ほら、あんたもなんか言いなさい。これはあいつの頑固を矯正するいい機会よ」

 

 とメルティーナは言うが。

 アリューゼの方は「くだらねえな」と言い捨てた。

 

「俺はクソ面白くもなくなった奴に付き合い続ける趣味はねえってだけだ。お前は違うのか?」

 

「……違わないわよ。つか、だからこそ厄介なんじゃないっつう話をしてんのよ私は」

 

 いっそう不機嫌な顔で、アリューゼの質問に答えた後、

 

「そりゃあ転んで泣いたって勝手に一人で起き上がるでしょうよ、あのバカは。結局いっつもそう。根性出すとこ本気で間違えてんだもの」

 

 メルティーナはまたなにやらぶつくさ言いだしている。

 アリューゼは降参とばかりに手をあげた。

 

「そりゃまた、ずいぶんな仲間想いになられたもので。……あの師匠が聞いたら涙流して喜ぶぜ」

「ああ? 今なんつったこら」

 

 メルティーナのガン飛ばしを面倒くさそうに避け、アリューゼはというとまた外へ出ていく。付き合ってられるか、という事らしい。最後にこんな注意までしていった。

 

「友達ごっこは構わねえが、こいつらに妙な認識植えつけるのも程々にしておけよ。俺はただのバカに付き合ってやってる覚えはねえからな」

 

 

 ドアに向けて悪態をつくメルティーナ。

 

「この世界の奴らにどう思われたって、なんか不都合でもある? かっこつけてもどうせあんたもただのバカの仲間だっつうの」

 

 一部始終を見ていたプリシスとレナは、顔を見合わせて笑った。

 

「なんかよくわかんないけど、みんな仲良しなんだね。メルもアリューゼも、レナスも」

 

「ふふっ、そうね」

 

 プリシスはさっそく元気よくメルティーナにすり寄って話をせがむ。

 アタシも混ぜて! という事らしいが。つい一昨日顔を合わせたばかりの奴に馴れ馴れしく接され、メルティーナの方は心底嫌そうな様子だ。

 

「じゃあ、お話しよっかメル!」

 

「……。ちょっとねえ。何であんた当たり前のようにひっついてくるわけ」

 

「なんでって、だってお友達ごっこするんでしょ?」

 

「は? なんで私があんたなんかと」

 

「まあいーじゃん細かい事は。アタシ達みんな、十賢者を倒すっていうところで集まった仲間なんだし。みんなで仲良くやってこーよ」

 

「……」

 

 にこにこ笑顔なプリシスにひっつかれつつ、メルティーナはうんざりした様子でレナを見てくる。

 たぶん「こいつなんとかしてくれない?」の意であろう。

 助けを求められたレナの方はしかし、(ちょっとずるいかも)と内心で舌を出しつつ。こんな含みを持たせた笑顔を彼女に返したのだった。

 

 ──レナスさんのために、お友達ごっこに付き合ってあげるんですよね?

 

 

 

 創造神としての彼女本来の姿や、そんな彼女に付き合っているというメルティーナさん達が本当は何者で、どうやって彼女と出会い、そしてどんな事情を経て今のような関係性を持つようになったのか。

 たぶんそういう事は聞いてもごまかされてしまうのだろうし、今はこれだけ教えてもらえれば十分なんだと思う。

 わたしが知りたかった事は、だってこの世界にいる時のレナスさんとの接し方なんだから。

 

 メルティーナさんから聞いたのは、レナスさんは真面目で頑固な頑張り屋さんで、どこでもお悩み相談室開きたくなるような人助けが趣味なひとで。

 なんとなく分かったのは、やりたい事いっぱいありすぎてすぐどっか行っちゃって、それで自分の事を後回しにしちゃうところがあって、そのうえ大切なひと達を大切にしすぎて頼るのが苦手っていう、なんだか不器用な生き方をしているひとだという事。

 

 それから教えてもらったのは、やたら落ち着き払ってるように見えるのは見た目の印象だけで、実はだいたい余裕ない時がほとんどで、喜怒哀楽なんかかなり分かりやすい方だし、煽り耐性も低いし……

 勇敢というより無謀としか思えない行動ちょくちょくするし、基本的に根性でゴリ押しだし、とにかく落ち着きがなくて、ちょっと目を離したらすぐどっか行ってるし……

 

 

 わたしが聞いて思ったのは、結局わたしが知っているレナスさんと、そこまで大きな違いはないんじゃないかなという事。だから。

 

 せっかくこうして出会えたんだから、みんな一緒に仲良く。

 難しく考えなくても、今までと同じでいいのかもしれない。

 



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6-2. レナスのわがまま

 惑星ストリームへと移動を続ける、宇宙艦ディプロの一個室内。

 数時間ほど前に眠りから覚めたレナスは今日もそのまま、その部屋の中で一人、なにをするわけでもなく、ただ部屋に備え付けてあるモニターの『宇宙』をぼんやりと見たまま、考え続けていた。

 

 リンガを離れてから今日で何日経っただろうか。

 

 日の光とほぼ遜色ない眩さで部屋を照らしている天井の明かりは、人の手で作られたもの。この乗り物の外の景色を映しているというこの鏡は、いつ見ても『夜』が続くばかり。

 この部屋の中で今日の自分は、昨日の自分は、一体どれだけの時間眠っていたのか。

 あの日以来よく見る、あの夢のせいでそれもよく分からない。今では一日が過ぎていく感覚さえおぼろげだ。

 

 

 ディプロに着いてすぐ、ミラージュにこの個室に案内されて以降、レナスはこの部屋の外を一歩も出ていない。

 

 部屋を出なくてもこの場所の中だけで食事以外最低限一日を過ごせるようなつくりになっている事は、あの後時間がしばらく経った頃に、改めて部屋を訪問してきたミラージュが教えてくれた。

 来客への対応から飲み水を出す事まで、様々な用途に使うという『操作パネル』の操作手順、部屋奥についている『シャワールーム』という場所での湯浴みのやり方等、生活に必要な事を一通り。

 それから食事は自分が届けるから、何かあったら気兼ねなく言ってくださいとも。

 

 あれから言葉通り、ミラージュは毎日食事を持ってきてくれている。

 本当にただ、食事を持ってきてくれるだけ。次の食事の量や有無、暮らしに不都合がないかなどを簡潔に聞き、その他の質問は自分からは一切せず、すぐに空いている食器を持って出ていく。

 小型艦の中であんな風にいきなり取り乱したレナスに対して、気を遣っている様子なのは明らかだった。

 この部屋に入ったばかりの頃のレナスも、とても人の事を気にしていられる余裕などなかったから、そう言われるままされるまま、ミラージュの構わない優しさに甘えた。

 

 あれから、今日で何日経っただろうか。

 

 今日食事を持ってきてくれたミラージュにも、結局自分は昨日と同じ、「ありがとう」としか言えなかった。他に言わなきゃいけない事がたくさんあるはずだって、いつまでもここにいちゃいけないって、頭ではもうとっくに理解できているはずなのに。

 

 勇気を出して声をあげようとしたレナスの様子にも気づいていただろうに、ミラージュはやはり先を促す事もしなかった。言いかけてそれっきり口を閉ざしたレナスに、落ち着いた笑みを浮かべて「それじゃあまた後で来ますね」とだけ。

 レナスの方からはっきりこの部屋を出たいとでも言わないかぎり、きっと彼女の方から何か意見を言う事もないのだろう。

 彼女はそういう性格の持ち主だという事も、今のレナスには自然と把握できていた。

 

 

 この部屋に入ったばかりの頃よりも、ずっと冷静さを取り戻した心で。なのにまだ迷いから抜け出せきれない心のままで、レナスはまた思う。

 

 今頃、自分と一緒にこの『艦』に乗ってきたフェイトやクロード達他のみんなは、何をしているのだろう。これからの方針を話し合っているところだろうか。

 だとしたら、こんなところで、自分は一体何をしているのだろう。

 本当は自分も、みんなと一緒にその場にいるべきなのに。自分の「力」を取り戻すための、この世界を守るための方法を、みんなと考えなきゃいけないはずなのに。

 

 ──こんな部屋の中で、毎日毎日、私は一体何をしているんだろう。

 

 

 

 この部屋に来て最初の数時間くらいは、レナスにあるのはとにかく何も考えたくないという思いだけだった。

 

 あの夢さえ見なければ。

 自分自身がひと月前にとった行動の理由を、創造神としての自覚が自分に足りなかったせいだと結論づけて。だからその結論に則った行動さえしていれば、これ以上間違いを犯す事もなくなると。

 真実なんかそれでよかったのに。

 痛いほどに心を縛りつけるその感情も、だから全部否定してしまえばよかったのに。

 

 この世界のみんなの前で、結局自分は、望んだようには振る舞えなかった。

 あの夢こそが真実だと、否応なしに心が理解してしまったから。

 

 

 部屋のベッドに力なく座り、少しでも気が紛れるよう、ちょうど部屋のモニターに映っていた『宇宙』を見たまま、ただ茫然と時を過ごして数時間後。

 次第にレナスの頭は、自分があの夢を見て理解した事はやはり何かの間違いだったのだと、もっと他に納得できる理由があるはずだと、そんな事ばかりを考えるようになっていった。

 

 そうやって否定してしまえば、とにかく心が楽になれる気がしたから。

 疲れきった心で何かにすがりつくように見つからない理由を探し。現にそうしている間は、夢の事を受け入れてしまうよりずっと自分を保てていると、実感できた。

 

 だけど、夢の事を否定できたとして。

 自分はそれならその先にあるものを、夢を見る前まで自分に言い聞かせていた事を、受け入れる事ができるのか。

 あの時だってやろうとしていたのに、でもどうしてもできなかった事を。

 

 考えれば考えるほど分からなくなって、考える事が怖くなって。 

 そのうちにミラージュが部屋を訪ねて来てくれたから。表面上だけは落ち着けるようになった心で、他の事を一切考えないで済むよう、彼女のこの部屋についての説明を一語一句聞き漏らさないよう一心に耳を傾けた。

 

 一通りの説明が終わり部屋を出ていくミラージュに対して、その時のレナスが抱いたのは。

 ひとりにしてほしいと、ひとりにしないでほしい。全くの相反した感情。

 

 ひとりに戻った部屋の中で、こんなにも自分は弱かったのかと嫌気がさして。現実から逃げるようにベッドに横になって。目を閉じて。

 それからまた同じ夢を見て、目が覚めた。

 

 

 二度目、三度目の時は、抱いた感情も最初と全く同じ。

 夢もその感情もどうしても認めたくなくて。けど、この夢を見ている事自体、それに夢を見て抱いた感情の理由を必死に否定しようとしている自分自身の心こそ、この夢を真実だと自分が認めている事への証明ではないかと。

 

 二度目の時は考える事自体が怖くなって、これ以上何も考えないで済むよう、何もしていないほとんどの時間をモニターの『宇宙』を見てやり過ごした。

 眠りにつくのも怖かったけど、肉体のある今の自分には睡眠が必要な事も分かっていたから、できるだけ何も考えないように、目を閉じて。

 三度目辺りからはもう夢の中で、「またこの夢か」と諦めがつくようになった。

 

 

 いくら否定してもこれ以上考えまいとしても。その夢は度々現れて、レナスの心の奥に隠していたはずの感情を、表層に引きずり出してくる。

 

 自分はこんなもの、見たくないと思っているはずなのに。

 だけど結局、自分が何度も同じ夢を見ている事も事実なのだ。夢を見る事に抗っても無駄だという事だけは、その時のレナスにもそうやってすぐに理解できた。

 

 そしてどうにもならないものだと諦める事ができたからなのか。

 それとも単に、同じ夢を何度も見て心が慣れたというだけの事なのか。

 夢から覚めて抱いた感情に変わりはないのに、三度目の時は最初の頃ほど心は乱れなかった。感情的になって、何もかも否定したくなる気持ちすら薄れていた。

 ただ、これが本当に真実なら。

 

 ──これから私は、どうやって足を前に出したらいいのだろう。

 

 こんな事を思う自分は薄情なのかもしれないと、心のどこかで自嘲しつつ。 

 その時辺りからレナスは、相変わらずモニターの『宇宙』を見続ける自分が、そんな漠然とした不安を抱いている事を意識し始めていた。

 

 

 だって自分はあの夢を見るまでは、この世界に来た理由も、これ以上間違えないで済む方法にもちゃんと答えを出したつもりだったのだ。

 二度と後悔しないよう、それをひたすらに信じて足を進めるはずだったのに。

 あの夢が真実を示しているというのなら、これから自分はどうすればいいのだろう。

 

 間違った答えを信じてつき進めば、自分はまた、取り返しのつかない過ちを犯してしまうかもしれない。

 自分が()()()()()()()()()()()()()すら気づかないふりをして、存在するはずもない“彼女”の寂しさに心を傾けてしまった、あの時のように──、

 “ルシオ”の声を拒絶してしまった、あの時のように。

 

 

 夢を受け入れるのはどうしても嫌だった。あの夢を受け入れてなお、自分は今までと同じように生きていけるのか。そう考えるととても怖かったから。

 けど一度不安に思うと、自分があの夢と向き合わないでいる事も怖くなってきて。

 

 もう間違えたくない。あんな思いをするのはもう嫌。だから今度こそちゃんと正しい答えを出さなきゃ。

 焦るばかりでどんなに考えても考えているつもりでも答えは出ず。いつものようにモニターの『宇宙』を見ながら考え続けて、その日は気づけば夢の中にいた。

 夢の中でも答えは出せなくて、より大きくなった不安とともに目が覚めた。

 

 目を開けてすぐ、部屋のモニターが変わらず『宇宙』を映し続けているのを確認して。あの夢がただの夢だった事に初めて安堵して、それから思った。

 

 ──このまま答えが出せなかったら、どうしよう。

 

 

 レナスの漠然とした不安は日を追うごとに強くなっていって、そのうち明確な恐怖に変わっていた。

 だけどどんなに考え続けても、求めた答えは一向に出せない。

 

 

 あの夢を見て理解した事は真実か。嘘か。

 自分は一体何をしたいのか。

 

 自分の世界の“創造神”として、もっと毅然とした態度でいたいのか。

 

 そんな“創造神”の責任など、自分の世界の大切な仲間達の事もすべて放り出して。

 一時の感情に流されるまま、自分がこの世界に来た事によって引き起こされた結果に何も気づいていなかったあの頃と同じように、ただの一個人として、この世界に生きるみんなと行動を共にしていきたいのか。

 

 それじゃあなにより大切なはずの、自分の世界のみんなは? ルシオは?

 

 あの夢が本当に真実なのだとしたら。

 私は自分が創った世界の事を、今のみんなの事を、どう思っているの?

 

 

 どれも、この不安定な心がこれ以上間違わないように、確実に足を前に出すために必要な事なのに。

 すべて受け入れて自分の心としっかり向き合えば、答えを出す事は簡単なはずなのに。

 

 いくら考えても、考えているつもりでも、答えが出せない。

 そのうち考える事が嫌になって、目を閉じ眠りにつく。

 二回に一回くらいは、またあの夢を見て。目が覚める。

 それからモニターに映る『宇宙』をぼんやり見つつ、また考え始める。

 

 そんな毎日を繰り返していって、結局レナスが分かった事は、こんな簡単な事もすぐに決められないくらい自分の心は弱かったという事。

 それからこんなにも弱い心だから、いつまで経っても答えが出せない今の状態が怖くて怖くて仕方ないという事。

 

 

 そして今日に至った今でも答えが出せないまま。

 モニターに映る『宇宙』を見ているレナスは、また思う。

 

 ──この部屋に来てから、一体今日でどれだけ経っただろうか。

 

 

 

 あの夢と向き合って、その答えが見つかるまで、答えが見つかってもずっと、考え続けていくべきだと思っているはずなのに。

 過去から目を背けるなと言う、自分の心もある。

 悲しさが薄れていく事に、都合よく忘れてしまうかもしれない自分に、ずっと怯えてもいる。

 

 それなのにどうしても、あの夢から覚めるたび。この世界の『宇宙』を目にするたび。

 レナスの中にある一つの感情が、自分自身により強く訴えかけてくるのだ。

 

 ──本当にそれでいいの? 出せそうもない答えにいつまでもすがりついて、理由にして立ち止まって。あなたは、本当にそれで後悔しないの? と。

 

 

 あの夢を見なければ、自分自身の心を知らなければ。自分は迷う事なく、この感情に従って行動していただろう。

 この感情を無視してしまう事も、自分にとっては何より耐えがたい事だから。

 今あの夢を見て立ち止まっている自分と矛盾しているとは思っていても、あの夢を見てしまったら。あの夢から覚めるたび、あの夢がまた繰り返されるかもしれないと思うと。なおさらこの感情を否定する事はできなかった。

 

 だけど、本当にそれでいいのだろうかと。

 そうやってまだ自分を引き止める、自分の心も確かにある。

 

 しょせんそれも、一時の感情にすぎない。一時の感情に流されて行動して、失態を犯した自分をもう忘れたのか。

 自分にとって一番大切なものが何なのか、わからないわけでもないだろうに。

 自分は、何より自分の世界に忠実でありたいはずではなかったのか。この感情に喜んで従うという事はすなわち、自分の世界への裏切り行為に等しい事だと。

 

 そうやって引き止める自分の心も決して無視できなかったから、レナスは今もまだ、最初の頃と同じ迷いの中にはいるけども。

 

 

 

 考え続けるレナスは後ろめたさと、けれどそれとは全く正反対の、強い意思の宿った目で、部屋のモニターを見て思う。

 この乗り物はあとどれくらいで『ストリーム』に着くのだろうか。

 もう少しだけ考えて、それでも答えが出なかったら。

 

 ──みんなは、ルシオは。私は。私のわがままを許してくれるだろうか。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そうやって一人、部屋に閉じこもって考え続ける日々が終わったのは、それから間もなくの事だった。

 それはいつもミラージュが食事を持ってきてくれるのとは違う時間帯。

 まだまだ聞き慣れない機械音とともに、レナスがずっと見ていた『宇宙』の映像が突如消え、代わりにこの部屋の前の映像がモニターに映し出される。

 

 映っていたのはやはり。いつものミラージュではなく、マリア。

 すぐ後ろにはソフィアとチサトの二人もいた。

 

『本当にごめんなさい! 私その、ぜんっぜん気が利かなくて。あの時の私、すごくしつこかったわよね?』

 

『本当にごめんなさいレナスさん。あの、フェイトもちゃんと反省してるんです。だからその……』

 

『明日にはストリームに着くわ。それで、あなたはどうするつもり? そっとしておいてほしいって言うのなら、そっとしておくけど』

 

 モニターに映し出されるなり揃って身を前に乗り出し、各々よく分からない理由でレナスに謝り始めたチサトとソフィアを無視して、マリアは淡々とレナスに向けて言う。

 

 部屋の前でみんなが待っている。

 あまり長く待たせてはいけない。

 諦めたような苦笑を浮かべてから、レナスはミラージュに教えてもらった通りの手順で、いつものようにモニター近くにある『操作パネル』に手を伸ばす。

 部屋のドアの開閉操作を行って、足を自ら前に進めた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 久しぶりに姿を見せたレナスを見るなり、マリアは首をすくめ、平然と言った。

 

「思ったよりは元気そうね」

 

「ちょ、ちょっと……」

「マリアさん!」

 

 後ろのチサトとソフィアが慌てて止めようとするが、マリアはそれもすぐに手で制して黙らせる。

 それからまっすぐにレナスの目を見て聞いてきた。

 

「答えを聞かせて頂戴。あなたは一体どうしたいの?」

 

 

 今の自分は、取り返しのつかない決断をしようとしているのかもしれない。

 そんな不安や恐怖は今でも消えずに、この胸にある。それでもこうして目の前のマリア達に向き合っているレナスの心は、不思議と落ち着いていた。

 レナスはゆっくりと口を開く。

 

「ずっと、それを考えていたの。私は一体、何をしたいのか。私にとって一番大切なもののために、私は一体どうあるべきなのか」

 

 どうやったら間違えずに、例え転んだとしても痛くないように、すぐに起き上がれるように、足を前に出す事ができるか。

 足を踏み外す事がとても怖かったから、毎日毎日この世界の『宇宙』を見て、考え続けて。

 

「でも結局、いくら考えても、私にその答えは出せなかった」

 

 それどころかそうやって考えるほど。何もしないでいる時間が過ぎていくほど、自分の中にある不安や恐怖は増していくばかりだったから。

 

「だから。今はただ、私自身の感情に従って動こうと思う」

 

 

 ごめんなさい。でも今は、どうしても立ち止まっていられないの。

 それは一体誰に向けた弁明なのか。無意識に胸に手をあて、最後まで抵抗をしようとしている自分の心に言い聞かせた後、レナスはマリアに言った。

 

「この世界も守りたいの。だから、私も連れて行って」 

 

 

 ずっと部屋の中で一人考え続けて、最終的にレナスの心を捕らえて離さなかった思いは、モニターに映るこの世界の『宇宙』はとてもきれいだという事。

 このきれいな『宇宙』に浮かぶ星々には以前レナから聞いたように、数えきれないほどたくさんの人々が、懸命に今を生きているのだという事。

 

 自分が答えを出せないでいるうちに、立ち止まっているうちに。

 あの夢のように、このきれいな世界もなくなってしまうかもしれないという事。

 

 答えが出せないままで足を前に出す事は怖い。だけどこのままだと何もできないと自分に言い訳して、答えが出るまでずっと立ち止まり続ける事はもっと怖かった。

 それだと自分は、自分の世界も、この世界も守れなくなる。

 そんなのは絶対に嫌だと思った。

 

 だからもう少しだけ考えて、それでも答えが出せなかった場合は。

 例えそれが間違った考え方だとしても、それでもいいから、守りたいもののために足を前に出してみようと思ったのだ。

 

 

 レナスの答えを聞いて、マリアは「安心したわ」と息をつく。顔にかかった髪をかきあげ、それからレナスの方を見ずにさらりと言った。

 

「あなたを嫌いにならずに済んだ」

 

 さっきから後ろで心配そうになりゆきを見ていて、レナスの答えに揃ってほっとしていたソフィアとチサトも、マリアのこの言葉でそれまでの緊張が一気に緩んだ様子。各々好き勝手に感動したり首かしげつつ言ったりしている。

 一方、言われているマリアは実に面倒くさそうな様子だ。

 

「マ、マリアさんが……。そんなにレナスさんの事心配してたなんて……!」

「ツンデレなのね?」

「おバカさんが増えて大変だわ」

 

 はっきりおバカさん扱いに「マリアさん……」「えっ何? おバカさん? ……が増えたって、誰がよ?」などと、感動から一転しょんぼりしたりやっぱり首かしげてたり、ソフィアとチサトは思い思いの表情を見せている。

 

 彼女達が住んでいる世界は、今も大変な状況に置かれているはずだというのに。

 目の前にいるみんながそんな事を一切感じさせないくらい、今を明るく生きているのが、どうにもちぐはぐで。明日の情勢も見えない世界の中、それでも希望を失わず自分とともに生きてくれる大切なみんなが、まるで今も目の前にいるみたいで、妙に心地よくて。

 

 ああ。だから自分は、この世界のみんなにも心惹かれてしまったのだと。

 てきとーに「さあ一体誰の事かしらね」などとチサトをあしらっているマリアに、気づけばレナスも自然と笑みを浮かべつつ聞いていた。

 

「増えたという事は、私もその“おバカさん”でいいのかしらね?」

 

 だがしかし、

 

「本気でそう呼ばれたいのなら一向に構わないわよ? 自分の「力」とられた事にもろくに気づかない、顔に『バカ』書かれたまま人助けはするわ、人前でいきなり泣き出すわそのまま引きこもるわで、今さら真面目に“神様”なんか気取ったところでもうどうしようもないと思うし」

 

「……」

 

「正直あなたもおバカさん扱いするには十分すぎるのよね」

 

「マママ、マ、マリアさんっ! な、なんていう事言うんですか! 顔にバカなんて、レナスさんは繊細な心を持った素敵な女性なんですから! それ以上ひどい事言ったら、いくらマリアさんでも怒りますよ!?」

 

「そうよそうよ! レナスはバカなんかじゃないわよ、ただ顔にそう書いてあっただけで!」

 

 

 マリアの容赦ない本音を、ソフィアとチサトが一生懸命諫めてくれているのだが。二人とも話の内容自体は否定していない辺り、レナスとしてはむしろそんな二人のフォローの方が耳に痛かったりする。

 

 というより、こうして改めて自分がこれまで彼女達に見せてきた醜態を並べ立てられてみると。

 この世界で自分は確かに“おバカさん”に相応しい振る舞いしかしていないのかもしれないと、言われた事を真に受けて普通に落ち込みかけたので、すぐに平静を装った表情でマリアに頼んだ。

 

「ごめんなさいマリア、撤回するわ。普通に名前で呼んで」

「でしょうね」

 

 マリアは一息ついてから、

 

「とにかくまともな返事が聞けてよかったわ。本当言うと、私達の知らない情報を持つあなたに非協力的になられるのは困るのよね」

 

 と仕切り直してレナスに言う。

 

 

「で、今日のところはあなたにしてもらう事は特にないわ。行くのか行かないのか、ちゃんと聞いておきたかっただけだから。ストリームに着くまではこのまま自由行動という事ね」

 

 事務的に告げるマリアのすぐ後ろでは、ソフィアとチサトが期待を込めた表情でレナスを見ている。

 レナスも迷う事なくマリアに聞いた。

 

「あなた達の言う“未開惑星”の住民が、好き勝手に部屋の外を出歩くのは構わないの?」

 

「さあ? 私は旧銀河連邦が作った保護条約なんかどうでもいい人間だから、そうしたいのなら勝手にすればとしか言いようがないわね。……ああ、一応言わなくても分かると思うけど、ディプロのみんなの邪魔はしちゃダメよ。迷子も勘弁して頂戴。探すのが面倒くさいから」

 

「……。本当にそうなったら、目も当てられない事になるわね」

 

 

 見ず知らずの場所を向こう見ずにも一人つき進んで、迷子になって探される。

 どういうわけか、そんな情けない自分の姿が容易に想像できてしまい。そういうのは嫌だなと普通に思ったレナスは、自分から目の前にいるマリア達三人に話しかけた。

 

「それじゃあ、今からあなた達について行ってもいいかしら? 私も、これ以上“おバカさん”にはなりたくないの」

 

 

 

 一番大切な世界さえろくに守れないのに。

 ほんの少しの間人の優しさに触れただけの世界に、こんなにもたやすく心惹かれるのは、薄情な事なのかもしれない。

 

 でも、それでも。

 心惹かれたものと別れるのは、とても悲しい事だから。

 あんな悲しい思いは、二度としたくないと思ってしまったから。

 

 創造神として強くあるために、何をこの心に刻んで生きていけばいいのか。

 答えが出せないのならもうしばらくは、薄情でも弱くても、わがままでもいい。

 大切なものをこれ以上失わないように、私が守りたいものすべてを守れるように。自分自身の弱い心にも臆さず、前に進めるだけの強さがどうしても必要だから。

 

 

 今はただ、この世界に生きる人々とも共に。

 はっきりと私の近くで輝いて見える、この星々の光を頼りに歩いてみようと思う。

 




以下、読後感台無しになりそうな後書き補足なので改行。




 そんなこんなで、今回でなんとかガチシリアス展開を一区切りさせる事ができました。
 中には分かりづらかったり、少し不自然な場面もあったかもしれませんが、その辺気になってしまった方も気にしないで頂けると助かります。「なんかこの辺書くのに苦労したんだろうなー」程度に流してやってください。……十賢者がまだ六人も残ってしまっているので。なんていうかそういう事でお許しください。
 ぶっちゃけ作者は書きたいものを好きに書いてる系作者です(開き直り

それと、とてつもなく今さらですが補足説明などを。
 
・この作品中における創造神レナス、およびAED後の創造された世界について。
 大事な所がごまかし気味になっちゃった本文と同じく、この後書きでも一応ぼかして説明しますが……
 この作品のVP側の世界設定等は、知っている方は知っているVP1の「とある裏設定」に作者個人の独自解釈を加えたものを使っています(具体的に書くとPS版ファミ通攻略本P. 299の記述)。

 恐らくこの作品以前にもこういう感じの設定を使った、他の作者の方のVP二次があるんじゃないかなっていう。その辺は勉強不足なのでよく分からないですが、たぶんそれなりにあると思う。
 とにかくそれくらいには知られている設定だと思います。


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7. 別の世界の“お友達”

「レナスさん。これ、できましたよ」

 

「もうできたの? ずいぶんと早いわね」

 

「それはまあ、一応、未来の技術ですからね。なんといっても」

 

 宇宙艦ディプロの、ここ最近はもっぱら歓談室として使われている会議室内。

 どうにか平常心を心がけつつも、これ以上ないくらい爽やかな笑顔でフェイトが今レナスに差し出したのは、色々な物質を瞬時に作れる機械レプリケーターで作ったばかりの、新しい鞘に納められた彼女の剣である。

 

 今日はいよいよ惑星ストリームに着く日。

 特にする事もないフェイト、ソフィア、マリアおよびクロード、チサト、レナスの六人は今朝から揃ってこの会議室に集まり、各々お茶やお菓子片手に自由に話したりして待機していたのだが。

 その話の一つの流れで、レナスが抜き身の剣ずっと持ち歩いているのもなんか物騒だという事で、今のうちになんとかしておこうという事になったのだった。

 

 最初に口に出したのはフェイトではない。

 どころか「それ、気にならないの?」とレナスに向けて言ったマリアに続けて、「確かに、そのままだとなんか危ないですよね」「ディプロの人達もなんかびっくりしてますもんね」「近寄りがたい感じって事?」などとクロード達が平然と言っているのを、(なんてデリカシーのない事を……!)と内心かなりびくびくしながら聞いていた方だ。

 幸いレナスの方は別段傷ついた様子でもなく、

 

「そうね。せめてちょうどいい布でもあればいいんだけど、勝手に部屋の物を使うわけにもいかないから」

 

 と考えつつ答えていたので。

 

「そ、そうだレナスさん! じゃあ僕にその剣貸してください。今から鞘作ってきますよ。それなら大丈夫でしょう? 何もヘンな事なんかないですから、気にする事ないですって」

 

 とても元気よく爽やかに言って、むしろ気後れした様子のレナスに「……。それじゃあ、お願いするわ」と剣を預けてもらい。パシリのごとく猛ダッシュでレプリケーターの元まで向かい、ちょっぱやで鞘を作ってすぐに戻ってとびきりの笑顔とともに差し出したのである。

 

「さあどうぞレナスさん。これで元通り、何も恥ずかしい事なんかないですよ」

 

「……」

 

 ソフィアが「フェイトもようやく改心したのね」みたいな感じでうんうんと頷いていたりする中。

 

 レナスはというと、素直に剣を受け取るのに抵抗がある様子。

 気持ちを代弁しようとしたらしく「えーと」と声を出しかけたクロードを、無言で首を振って引き止め。レナスは「昨日も言ったけど」と自分の口で改めて、フェイト以外のみんなにも向けて言った。

 

「あの時は、私も本当にどうかしていたのよ。ただ、少し嫌な事があっただけで。だからみんながあの時話していた事は、私の……あの時の事情とは、本当に何も関係ないの」

 

 途中言いづらい箇所があったらしい。

 が、レナスは一呼吸おきつつもさらに言う。この際だからちゃんと言わなきゃと頑張ったらしい。

 

「だからフェイト。みんなにも、あの時の事は何もなかったように私と接してほしいの。気遣いはありがたいんだけど。今まで通りでいいから。あれは、もう全部忘れて。お願い」

 

 だけどやっぱり言いづらかったらしい。

 最終的に短く言い切ったレナスは、

 

(今まで通り……だと、だいぶ失礼な感じになりますが。本当にいいんですかレナスさん)

 

 などと真剣に考えるフェイトの視線を避けつつ席を立ち。「鞘の事はありがとう。助かったわ」と今度こそ剣を受け取ってから、あくまで冷静さを失っていないそぶりでまた席に着き、静かにお茶を手に取り。

 反対にそれまで黙ってお茶を飲んでいたマリアが、平然と代弁してあげた。

 

「繊細な子扱いは恥ずかしいんですって。ちゃんと分かったら、これ以上その話をひっぱるのはやめてあげなさい」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その後しばらくしてから、移動を続けていたディプロは無事に惑星ストリームの周回軌道上に乗る事ができた。

 今からタイムゲートをくぐるのはエクスペルからやって来たフェイト達八人だけで、ディプロそのものはとりあえずこのまま軌道上で待機だ。

 

 帰る時に自分達が出発してから二、三日後のエクスペルに到着できるようにするには、結局フェイト達がこの時代の宇宙にやって来た時と同じく、ディプロごとタイムゲートをくぐる必要があるのだが。

 タイムゲートというのはそもそも、せいぜい数人がいっぺんにくぐれる程度の大きさしかない代物だ。こんなデカブツを通れるようにするためにはゲートの時空作用空間を広げたり等いろいろ準備が必要なので、そっちはフェイト達八人がFD世界で話を聞いて戻ってきた後に、という手筈になっている。

 

 そんなこんなで少し遅れて、フェイト達のいる会議室にクリフとミラージュの二人もやってきたので。「おいこらお前ら、ちゃんと準備しとけよな。大体の到着時刻は事前に言っといただろーが」なんてクリフに怒られつつ、みんなで食べ散らかしたお部屋をてきぱきと片付けて、それからフェイト達は全員で会議室を出た。

 

 初めに向かった先はディプロの転送室。

 惑星エクスペルでは謎の転送障害のせいで使えなかった転送装置。物体における分子構成、生物で言うところのDNA配列等、装置に入った対象のあらゆる存在情報をもとに対象を瞬時に分解、別地点で再構築を行う事により、……とまあ色々ややこしい原理はともかくとして、とにかく一瞬で別の場所に行ける便利な機械である。

 

 転送障害のない今、こんな便利な装置の使用を控える理由もないだろう。

 フェイト達は最初、これを使って惑星ストリームにあるタイムゲートの目の前に直接降り立つつもりだったのだが。

 

 結局またしてもこの転送装置の使用を諦め、小型艦での移動を余儀なくされた。

 なんという事はない。作動しなかったのである。

 

 

 

 いよいよ装置を使おうという時。

 といってもフェイトにとっては特に緊張するような事でもない、ただいつも使っている移動手段を使うだけの事だ。自分と同じ時代の人間であるソフィア達ももちろん、時代は違えど先進惑星育ちのクロードとチサトだって戸惑うような事もないだろう。

 ようするにただ一人を除いて、この場にいる全員が転送装置というものには慣れている状況だ。

 

「ようお疲れさん」

 

「なんか久しぶりですねえ、こういうのも」

 

 などとクリフが直前まで転送装置の整備をしてくれていた中年男性と世間話じみた会話をしている中、

 

「そういや例のお嬢さん、まったく別の世界の女神さまって話だって小耳に挟んだんですが。ありゃ本当ですかい?」

 

「自称だけどな。……ほれ、アレだよ。真偽はともかく、見た目はまあ本物で間違ってねえな」

 

「大将の基準はそこなんすね、結局のところ」

 

 などと二人がほぼ本人に丸聞こえなひそひそ話で勝手に盛り上がり始める中。

(ダメだなこのおっさんは。置いてとっとと先に行こう)

 とフェイトが先陣切ってさっさと転送装置に足を踏み入れようとしたところ。

 

「別の世界のべっぴんが気になってんのはお前も同罪じゃねえか」

 

「違いますよ。自分はただ本当なんだとしたら、……ちゃんと動くんすかね、これ。って思ったもんで」

 

 クリフがだしぬけにフェイトを引き止めたのである。

 

 

「おい待て待てフェイト。こういう時はな、初めての奴に一番を譲ってあげるべきだぜ?」

 

「はあ? 初めてって、なにが」

 

「だから初めての転送装置だよ。一人だけいるじゃねえか、俺らの中に。ずぶの機械知らずが」

 

 フェイトに話しかけるクリフはなぜか結構ノリノリな様子。

(初めて、って。そこまで感動しないだろ、レナスさんは。こんなので)

 クリフは彼女を馬鹿にしているんだろうかと思っていると、レナスの方が口を開いたのだった。

 

「今まで通りの応対ありがとうクリフ。私が自称した通り、私が本当に別の世界の存在かどうか、この装置で試そうという事ね」

 

「まあそう言うなって。こんな機会めったにねえんだから、とりあえず乗って見ろって。機械だけにな」

 

 にこにこ笑顔で言うクリフを、レナスは冷ややかな目で見ていて。

 

(確かに僕もその辺は気になってたけど。ある意味馬鹿にしているな、これは)

 

「今まで通りって。いつもあんななの? あの二人」

「大人げないなクリフさん」

「これはフラれるはずね」

 

 などと傍観者である他のみんなもひそひそ話すばかり。

 

「怖がることはないですぜ、お嬢さん。例え転送装置があんたの情報をうまく認識できなかったとしても、事故で体がバラバラなんて事はねえですから」

 

「そうそう。お前はただ、もしもの場合の安全装置がばっちり働く事を祈っていればいいのさ」

 

 ようするに彼女は自分達と違って自称別の世界の人間、いや神様なわけだし。もしも彼女の肉体組成等彼女の存在を構成する情報が、自分達の世界の人間のものと部分的にでも異なっていた場合、この転送装置は使えないのではないかという事である。

 

「考えてみろって。俺らが先行っちまった後で、お前だけ実はこれ使えねえってなったら困るだろ? まあもしも、万が一の話だけどよ?」

 

 レナスに説明した男性の方はともかく、クリフの方は明らかにその“もしも”を信じていない様子なわけだが。

 ついでに言うとフェイトも(……って言ったってレナスさん、今普通に僕らの目の前にいるし。レナの回復術とかも普通に効いてたみたいだし、それならこれも普通に使えるはずだよな)と予想していたわけだが。

 

「こんな装置一つで何が証明されるのかは知らないけど。つまり先に行ってみんなを待っていればいいんでしょう?」

 

 まあレナスの方は結局、この転送装置を使って移動するつもりだった事に変わりはないわけだし、馬鹿にされようがこんなくだらない事で意地を張っても仕方ないと思ったようだ。

 

「私が一体どこの世界に属する存在なのか。今となってはそんなもの、心の底からどうでもいい事だわ」

 

 といかにも気にしてないような独り言呟くわりには釈然としない様子で、転送装置内にレナスが入った結果がつまり。

 作動しなかったのである。レナスが入ってから何秒待っても。

 

 

 装置内にいるレナス本人が怪訝そうに装置を見上げる中。

 装置手前にある操作盤には、しっかりと『転送エラー発生』の文字。

 

 クロードとソフィアとチサトが揃って「おおー」と感心の拍手を送る最中、

(……。そんな馬鹿な)

 と偶然を疑いまくるフェイトと一緒に、クリフは操作盤の文字を目を細めてひたすら凝視。

 

「使えないなら仕方ないわね。ドックに行きましょ」

「そうですね」

 

 マリアとミラージュが全く動じていない様子で移動手段の変更をさっさと決めたので、以下全員、八人揃って小型艦でタイムゲート付近の陸地に降り立つ事になったのだった。

 

 

 

「まあとにかく気楽に頑張っておくんなせえ、異世界から来たお嬢さん」

 

 マリアを先頭に、操作盤のエラー画面を睨んだまま動かないクリフを放置して、フェイト達が普通にその場を離れていく中。

 クリフの横にいる中年男性が、転送装置から出てきたレナスに気さくに声をかける。

 

「我々もあんたの事は気になってましたからね。ディプロ乗組員を代表して、今ここで応援の言葉を述べさせてもらいますぜ」

 

 レナスの方は最初自分自身に呆れたというような仕草を見せたものの、しかし途中で可笑しくなったらしい。自然に微笑んで男性に言葉を返した。

 

「私はずいぶんと周りに心配をかけたようね。昨日もすれ違った人ほぼ全員に、そんな労いの言葉をかけてもらったわ」

 

「おや、そうでしたか。それはどうもすみません。なんて言ったらいいのか……、似た者同士って言うんですかね、ここはお節介がそこら中ひしめいてる艦なもんですから」

 

「そうみたい。とてもいい場所ね、ここは」

 

 男性に笑って言って、レナスも「それじゃあ、また。帰りも世話になるわね」とその場を去っていく。

 後ろの方にいたチサトと、

 

「使えなくて残念だったわね。せっかく初めてだったのに」

 

「別に気にしていないわ。あの装置としくみは違うのかもしれないけど……、似たようなものなら私の世界にもあるもの」

 

 歩きながらそんなお喋りをしつつ、しかしそのわりには心なしか残念そうな顔してちらっとだけレナスが後ろを振り返り、またすぐに前を向いてチサトの話しかけに返事をして。

 さらにしばらく時間が経った後。

 

「なんつーか、きれいな娘さんすね。真偽はともかく、ありゃ確かに女神さまですわ」

 

 その様子を見送った男性が、横に話しかける。

 ようやくクリフが口を開いた。

 

「なあランカー。この機械、本当にぶっ壊れてるって事はねえのか」

 

「さあて、なにせずっと使ってねえですからね。例の転送障害とやらのせいで。実は本当にぶっ壊れてるだけだったってオチも考えられなくはねえでしょうが……」

 

 ひょうひょうと答えて作業に戻る男性をしばらく納得いかない顔で見た後、

 

「まあ皆さんが向こう行ってる間に、こっちももう一回整備はしときますよ。そりゃもう今度こそ、万どころか、兆に一つの故障もありえないくらいにはね」

 

 このままじゃ本当に置いて行かれそうなクリフも「ああしっかりやっといてくれ。マジでな」と仕方なしに歩き始める。

 しきりと首をかしげながらみんなの後を追うクリフの背中に、さらに鼻歌混じりに言う男性の独り言がしっかり届いたのだった。

 

「今度はまた別の世界の女神さま、ねえ。あの英雄殿達とご一緒の旅路といい、毎回毎回土産話がつきねえなあ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 小型艦の着陸地点から地道に歩いて、タイムゲート前まで辿り着いた後。

 この間来た時と同じようにソフィアが自分の持つ特殊な能力、空間を繋げる『コネクション』を使って、タイムゲートの繋がる先を同一宇宙内の過去や未来ではない“こことは全く別の世界”、すなわちFD空間に設定し。それから八人全員でタイムゲートをくぐった。

 

 ディプロの転送装置前であんなやり取りをした直後なので、くぐる直前にフェイトは(レナスさん、これちゃんと通れるのかな)と思ったりもしたのだが。

 こっちの方は、彼女一人だけ置いてきぼりをくらうような事はなかった。

 

 いやはやまったくどういうしくみで自分達の世界と全く異なる存在だとかいう彼女が、このFD世界で自分達と肩を並べて平然と存在できてるのかまるで意味不明なのだが、まあ自分達三人の特殊能力がとんでもなさすぎるのは今に始まった事じゃない。

 そもそもフェイト自身、自分がどういう感じに能力を発揮して自分達をこの次元に存在させてるのかも未だよく分かってないわけだし、とりあえずその辺の細かい事は(なんかすごい「力」をありがとう、父さん)とてきとーに親に感謝する事にして考えない事にした。

 

 ……だってせっかくここまで連れてきたレナスさん、タイムゲート前でひとりお留守番みたいな事になるよりは全然いいと思うし。

 

 

 そんなこんなで着いた先はスフィア社最上階の接続室。

 宇宙艦ディプロに引き続き、見慣れぬ近未来の風景に、レナスはただ不思議そうに周りを見渡している。

 

(やっぱりただの未開惑星人だと思うけどなあ、レナスさん)

 

 なんてどうでもいい事をフェイトが未だに考えていると。

 

「タイムゲートって、ただ単に過去に行けるものっていう認識だったけど……。ここは過去って感じ、しないよな。一体どこの星なんだろう」

 

「少なくともエナジーネーデじゃないわね、私も見た事ないもの。……ねえ、話を聞きに行くタイムゲートさんって、さっき通ったやつじゃなかったの?」

 

 クロードとチサトまでもが不思議そうに辺りを見回しつつ、なんか言っているではないか。

 しかもよりによって余計な事べらべら喋りそうなクリフに聞いていたので、

 

「ん? ああそういや、まだ細けえ事は説明してなかったな。“タイムゲートさん”ってのはただの物の例えで、本当は──」

 

「タ、タイムゲートさんって言うのは……本当は、そ、そう! この先にいるんだよ! あんなのはただのゲートで。本当はきぐるみ着てるみたいに中で喋ってる人が、タイムゲートさんっていう名前なんだ。……ほら、漫画やアニメでよくあるだろ? 時空のはざまに住んでいて、中から千里眼で外の事見てるから周りの事も色々よく知ってるみたいな。時の番人みたいな」

 

 と勢いに任せて、何も知らないクロード達にこのFD空間の事をごり押しでごまかした。

 

 というよりタイムゲートさんに関してはむしろ今のでほぼ真実を喋っちゃった気がしないでもないけども、一番言っちゃダメそうなこの世界の事については一応ごまかせているので多分セーフだ。

 あっちは刺激が強すぎるし。なにより英雄なんかに喋ったら過去が変わっちゃいそうだし。なにがなんでもその辺の事実だけは伏せなければなるまい。例えそれがどんなに無理のあるごまかしであろうとも。

 

「とにかくそういうすごい人なんだよタイムゲートさんは」

 

 ここ最近めっきり薄れていた危機感をしっかり持ち直しつつ、

 

「そうなんだ。それじゃそのタイムゲートさん本人は、今どこにいるんだい?」

 

「まずは部屋の外だね。この近くにいるとは思うけど」

 

 とりあえずは納得した様子のクロード達と、やっぱり興味深そうに周り見渡しているレナスの三人に改めて「ここで見聞きした事は一切他言無用」と言い含めつつ、フェイト達はこのFD世界における一番の協力者、ブレアの元へ向かった。

 

 

 以前フェイト達の時代で起きた事件を解決する際お世話になった彼女とは、今回フェイト達が過去の時代に行くときぶりの再会である。

 この間会った時はちょうど彼女がこの接続室にいるところだったか。その後は同じ最上階にある個室に案内されたので、今回もたぶんそこら辺りにいるのだろう。

 

 予想した通り、前回案内された部屋の前に立ち、訪問ブザーをならすと、

 

『あら。久しぶりねみんな。いくつか初めて見る顔もあるみたいだけれど……、まあいいわ、どうぞ入って』

 

 すぐにモニターから彼女本人の反応が返ってきて、ドアが開いたので。

 

 とりあえずクロード達三人にドアの前で待ってもらって、自分だけ先に部屋に入って大小さまざまな大きさのモニターやら入力デバイスやら記録装置やらとにかく機械だらけな中の様子をきょろきょろと見渡し、部屋に彼女一人しかいない事を確認してから。

 フェイトは開口一番ブレアに「あなたの名前はタイムゲートさんでお願いします」と言い。

 

 後からぞろぞろ来たソフィア達の「フェイト変なのー」「無理があるわよね」「余計うさんくさくなってんじゃねえか」「名前まで隠す必要はあったのでしょうか」とかいう会話も全部聞こえない事にして、さらに後から部屋に入ってきたクロード達三人にブレアもとい“タイムゲートさん”を紹介した。

 

「紹介するよ。彼女がこの時のはざまみたいな世界に住まう時の番人、その名もとても物知りなタイムゲートさんだ」

 

 事前の打ち合わせもほぼなし、ある種危険な賭けとも思える過去の時代の人間達との初顔合わせだが問題はない。なぜなら彼女は察しのいい常識人だからだ。

 

 ブレアさんならきっと分かってくれる。

 そんなフェイトの思惑通り、ブレアの方はフェイトの第一声にこそ戸惑っていたものの、クロード、チサト、レナスの三人が過去の時代のエクスペルからやってきたと聞かされた辺りで大体の事情を理解したようだ。

 

 フェイトのごり押しのごまかしを訂正する事もなく、実に自然なやり取りで付き合ってくれたので。さっそく「なんかよく分からないけど色々知ってるとにかくすごい人」に相談しに来たという形で、ブレアに今回の件で分かった事のあらまし等を説明したのだった。

 

 

 

「……で、復活しちゃったのならまた倒そうとは思ったものの、肝心の十賢者達が今どこにいるのかが分からなくて。あなたなら彼らの居場所も分かるんじゃないかと、そういうわけです」

 

 フェイトがそう言って話を締めくくったところで、真剣な表情で話を聞いていたブレアは少々考え込んでから、若干言いにくそうに口を開いた。

 

「頼りにして来てくれたところ悪いんだけど……。その復活した十賢者と彼らを創ったという謎の存在が今どこにいるのか。これはそもそも、この世界で見つけ出せるような問題ではないわ」

 

「何も分からねえ、って事か?」

 

「ええ。前にも言ったでしょう? あなた達の世界はすでに私達の世界とは縁が切れているはずだと。差し支えない表現で言うのなら、私達に昔のような「力」はないという事ね」

 

 話がよく分かってないクロード達も前にして、ブレアはさらに言う。

 

「フェイト達から見たら、今宇宙歴三六六年のエクスペルで起きている事は過去の時代で起きている出来事なのかもしれない。でも、それはあなた達の世界だけが知る過去よ」

 

 自分の兄の事を口にした時だけはさすがに表情が曇ったものの、説明するブレアは途中から難しげな表情もどこへやら、どことなく楽しげだ。

 

「私達世界の人間が知っているのはあくまでも……兄さんがああいう事をする前までに知りえたあなた達の世界の情報であって、それから先に形作られていったあなた達世界の時代についての知識は皆無なの。過去も未来も、世界は常に変化していくものだから」

 

 フェイト達の住む世界『エターナルスフィア』が、過去の出来事が勝手に追加されちゃってめちゃくちゃな事になっているくらい、完全に独立した世界になった事を喜ばしく思っているのだろう。

 説明を聞いているフェイトとしては、彼女がそう思ってくれているのはありがたいと素直に思うと同時に、(今はそういう事はいいので、FD側からの干渉でもなんでもできたら僕らの力になってください)と思っちゃったりもするわけだが。

 

 そんなフェイトの心境をよそに、ブレアは

 

「今回の事だって、あのメッセージとソフィアからの呼びかけがなければ私には何も分からなかったわ。それどころかこうやってまた、あなた達が私の前に現れるとも思っていなかったくらいよ。──でしょう?」

 

 と言って話を終えた。

 

「言いたい事は分かったわ。こっちにとってはありがたい話でもあるんでしょうけど」

 

「やっぱ、そううまくはいかねえもんだな」

 

「今の私にできるのは“別の世界のお友達”としてみんなと一緒に知恵を出し合う、くらいかしらね」

 

 ため息ついて言うマリアとクリフに、ブレアは微笑んで言う。

 思わせぶりな未来人達の会話にクロードとチサトが、

 

「つまりどういう事?」

「振りだしに戻った、って事でいいのかな」

 

 と頭をひねる中。

 彼女の穏やかな話ぶりから何かを察したらしい。さっきからブレアを観察するように見ていたレナスに、「それじゃあ情報を整理しましょうか」と前置きしたブレアが親しげに話しかけた。

 

「あなたが私達の世界やフェイト達の世界とも全く異なる、別の世界から来た“神様”という事でいいのよね?」

 

「ええ。私自身の認識が間違っていなければ、そのはずよ」

 

「そして今みんなの世界に存在している十賢者達は、状況からして、あなたが持っていた「創造の力」で創られた」

 

「……ええ」

 

 確認をとったブレアはしばらくの間考え込み、今度は全員に向けて聞く。

 

「それじゃあ次は、みんなの前に再び現れたという十賢者について聞きたいのだけれど。その十賢者は前に倒したという十賢者達と、何か変わったところはあった?」

 

「変わったところ、ですか?」

 

「ええ。見た目とか能力とか、要素はとにかくなんでもいいの」

 

 聞かれてフェイトも横にいたソフィアと顔を見合わせたものの。

 そもそも自分は以前倒した奴とついこの間倒した奴の区別関係なく、十賢者に会ってすらいなかったので口を閉ざす。ソフィアにしても十賢者に会ったのは今回が初めてなので、首をひねったまま何も言えず。

 

 最終的にこの八人の中で唯一両方の十賢者と戦った事になるクロードが、一生懸命思い出しつつ答えた。

 

「どうだろう、あの時はいろいろバタバタしてたからな……。あーでも、たぶん、そんなに変わってなかった……と、思います」

 

「何も? 以前と同じだった?」

 

「うーん。そう、ですね。前と違うところって言ったら、あいつらがかけてた防御シールドが今回はなくなってたりとかありましたけど、あれは装備とか設備の問題だと思うし。……十賢者自身はたぶん、前と同じだったんじゃないかな? 特に強くなって帰ってきたとか、そういう感じはしなかったですね」

 

 ブレアはまたしばらく考え込む。

 それからまたレナスに聞いてきた。

 

「つまり今回創られた十賢者は、創られる前のものと同じ。あなたの持っていた「創造の力」というのはなにがしかのデータを元に、対象をそのまま復元する「力」だと考えていいのかしら?」

 

 レナスの方はというと、これには答えに思いっきり悩んでいる様子。

 

(もしかしてレナスさん、今の質問の意味わからなかったんじゃ)

 

 コンピュータ用語はだめですよブレアさん、彼女にはもっとわかりやすい単語を使わないと。などとフェイトが考える中、ブレアも重ねて丁寧に問いかける。

 

「難しく考える事はないわ。あなたが普段その「力」を使っている時の事を話してくれればいいの。今回だって十賢者は以前と同じように創られているという話だし、なんとなくの想像だけで創れる、というわけではないんでしょう?」

 

 レナスはさらに考え込み、それから歯切れ悪くではあるがようやく答えた。

 

「それは……、私には、断定はできないわ。その者がただ肉体を失っただけというのなら、あなたの言う通り私はその者の魂に触れ、その情報に基づいて肉体を再び物質化すればいいだけ。だけど……」

 

「だけど?」

 

「……分からないの。私の「力」が、こんな風に外の世界でも適用できるものだとは思っていなかったから」

 

 言い淀んだレナスはため息をつき、

 

「私の世界、人間界で人が人として存在するためには、肉体、魂、精神の三つが必要よ。人間の死というのは主に肉体から魂が離れる事で起きるけど……」

 

 と自分の世界での事を話す。

 

 

「肉体を失えば死ぬ、というのはこちらの世界も同じなんだと思う。……だけど、私にはみんなの世界で命のしくみがどうなっているのか、そもそも魂というもの自体存在しているのかさえ分からないわ」

 

 眉間には皺。一生懸命頭の中で比較しつつ考えているのだろうが、なんだか本当は言いたくなさそうな様子にすら見受けられる。

 

「同様に私の「力」を使って十賢者を創った者が、自分自身の世界のしくみと、私の「力」についてどれだけ把握していたのかも」

 

「まだるっこしいな。で、結局何が言いたいんだ?」

 

 しびれをきらしたクリフにも、レナスは浮かない顔で言った。

 

「何もかも不確かな事だらけで、死んだはずの十賢者は一体どうやって創られたのかと私に問われても……私の場合にそのまま当てはめて考える事はできない、という事よ」

 

 なんとなくブレアがした質問の答えにはなっていないような気がするのだが。

 

「つまり……色々な場合が考えられるから一概にそうとは言えない、という事でいいのかしら」

 

 考え込みつつ再度確認をとるブレアにも、レナスは無言のままだ。

 ブレアは質問を少し変える。

 

「それじゃあ、あなたのなんとなくの勘でいいわ。今回はどうやって創られたと思う?」

 

「……みんなの話を聞く限りでは、おそらくあなたの推測通りだと思うわ。十賢者に対する勝手な想像だけで創ったわけじゃない。魂にしろ共有した記憶にしろ、彼らを創る際にはその元になった、“十賢者”の情報があったと思う」

 

「創られた十賢者は、元の十賢者と存在構成がすっかり同じと捉えていいのね?」

 

「……」

 

「それも断定はできない?」

 

「ええ、完全一致とまではいかないかもしれない。ただ共通点は数多く存在するはずよ。厳密に考えない場合、元になった“十賢者”と同一の存在だと言っていいくらいには」

 

 

 レナスの話を最後まで聞いた後、ブレアはまたしばらく考え込む。それから

「DNA鑑定で言ったら、99.9 % は同一人物の可能性ありという事かしらね。だとしたら……」

 と呟き、おもむろに席を立ち上がった。

 

「何か分かったんですか?」

 

「ええ、まあ。居場所をすぐ言い当てられるというわけではないけど。あなた達が十賢者を探す手助けならしてあげられるかもしれない、と思ってね」

 

 

 言いつつブレアが移動したのは、部屋の中でも一際大きい機械のすぐ横にいくつか並んで置いてある、操作パネルの前。

 

「今あなた達を困らせている十賢者の方はともかく、元になった“十賢者”の方のデータならここにあるわ」

 

 停止していたモニターも作動させると、ブレアはさっそく操作パネルを操作しつつ、フェイト達に言った。

 

「創られた彼らが元とほぼ同じ存在だと言うのなら、この古いデータだって、彼らを探す手段の一つになりえると思わない?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ブレアが思いついた案とはつまり、ここスフィア社に残っている今は独立したフェイト達の世界『エターナルスフィア』のオフラインデータベースから昔の十賢者の存在情報等をまるごと抽出し、そのデータを使って今回創られた十賢者の存在を、フェイト達世界のフィールド上で検索できるようにしようというものである。

 

 さらに簡単に言うのなら、フェイト達の世界で使える十賢者レーダーを作るという事である。

 

 ぶっつけアイデアのうえにまだまだ作業途中なため、その十賢者レーダーとやらの精度も検索可能範囲も当然不明。当初フェイト達があてにしていたような、十賢者を即座に見つけ出してくれる便利な道具になってくれそうな気は今のところしない。

 結局地道に探す事になりそうな気もするが、それでもエクスペル中をしらみつぶしよりは全然マシだ。

 

 なによりお手上げ状態でここに来た以上、フェイト達にはそれ以上にいい案なんて思い浮かぶはずがない。よって心からありがたくブレアの提案を受ける事にしたのだった。

 

 

 そんなわけで現在ブレアとそういう作業が得意なマリアとミラージュの三人は、各々操作パネルの前にて目まぐるしい速さで作業中。

 残るフェイト達六人は基本的にその様子を見つつ、十賢者レーダーが出来上がるまでひたすらに待機中だ。

 

 方向性も決まったのでこれ以上特にする事もない。

 各々その辺の空いている椅子に座ったりして、あとは自由に待つだけである。

 

「なんかよくわかんないけど、結局なんとかなりそうな感じになりましたね」

 

「ねー。私結局来た意味なかったような気もするけど、まあいっか。なんとかなりそうだし」

 

 などとクロードとチサトが端っこの方で話しているのを、

(確かに。無理にチサトさん連れてこなくてもレナでよかったよな)

 とフェイトも内心素直に思っちゃう中。

 

「そういえばここのデータベースって、他にもいろいろ見れちゃったりなんかもするのかしら?」

 

 などというチサトの不穏な言葉にフェイトがビクッとする中。

 

 

 興味があるらしく、三人の作業を近くでじっと見ているレナスに、ブレアが作業を続けつつ声をかけた。

 

「あなたとはもうちょっとゆっくりお話ししたかったわね」

 

 

 いきなり話しかけられたレナスはすぐには返事しなかった。

 その怪訝そうな様子が伝わったのだろう。ブレアはおかしそうに笑って一人会話を続ける。

 

「だって全く別の世界の存在、それも神様よ? 気にならない方がおかしいじゃない? もっと話を聞きたいと思うのが当然の感情だと思うけど」

 

「……」

 

「でも、これができたら、あなたもすぐに戻るんでしょう? フェイト達と一緒に、フェイト達の世界に」

 

「ええ、そのつもりよ。私にはやる事があるから」

 

「そうだと思った。それじゃあ頑張ってね、全く別の世界の神様。私も陰ながら応援しているわ」

 

 ブレアはそう言って会話をやめる。

 しばらくしてから、レナスが聞いた。

 

「完全に自分の手を離れた世界でも、やはりずっと見守っていたいものなの?」

 

「……。どうしてそんな事を聞くの?」

 

「私も、あなたに興味があるから」

 

 ブレアは笑って言う。

 

「私はただの別の世界の人間よ。フェイト達とはただのお友達。あなたのような、特別な「力」を持った“神様”なんかじゃない」

 

 それから思い直したかのように、

 

「ただ──。そうね、フェイト達の世界は今でも好きよ」

 

 と付け加えて言った。

 

「兄さんとは最後まで分かり合えなかったけど……、私個人はあの世界が独立できた事を素晴らしい事だと思ってる。だから、かしらね。好きな世界の人間が困っていたら、やっぱりこうやって、自分にできる事はやってあげたいじゃない?」

 

「好きな世界の人間、友達だから。今のあなたにとっては、それが答えなのね」

 

「手助けしたいという思いは上から一方的に与える者だけでなく、対等の関係にだって成り立つはずよ。少なくとも私は昔からそう思っていたわ」

 

 真剣な様子でブレアの話を聞いていたレナスは

 

「本当の“神様”は、そういう風に単純な理屈もあるって思わないものなの?」

 

 逆にそう聞かれ、表情をふっと緩めた。

 

「いいえ。私も素敵な考え方だと思うわ」

 

 さらに何か言おうと口を開きかけたが、

 

「ちょ、ちょっとチサトさん! 何勝手な事やってるんですか!」

「いいじゃんいいじゃん、ちょっと暇つぶしに見てるだけだって」

 

 いきなりのフェイト達の騒がしい様子に気を取られたらしい。結局それ以上レナスはブレアと会話を続ける事はなかった。

 

 

「チサトさん、あなたは自分が何をやっているのか本っ当に分かってるんですか? このデータベースの中には、本来ならあなた達時代の人間が知りえない情報もたくさんあるんですよ?」

 

「大丈夫よ、ちょっと見るだけだから。見たらちゃんと忘れるから」

 

「そんなわけないでしょう。ほら、いいから早く消してください。すぐに」

 

「言ってもただの宙域データでしょ? これ。そんな危険なシロモノでもないと思うけどなー」

 

「そういう問題じゃなくて。知らなくていい事を知っちゃう危険性が少しでもあるならダメなんです」

 

 

 そんなこんなでチサトが『エターナルスフィア』のデータベースを好き勝手に覗いてしまっている事に気づいたフェイトは、さっきから慌てて彼女を止めていたのだった。

 

 対するチサトはフェイトの制止もなんのその。

 ちょっとした暇つぶしに惑星エクスペル周辺の宙域図を拡大したり縮小したりして見ていただけだから、自分が今見ている画面にはただの珍しくもなんともない宙域データがあるだけだから大丈夫だと、平気で操作パネルをいじくり続けている。

 

 ていうかどうして自分しか彼女を止めないのか。

 たかが宙域図だって大事なデータには違いないだろう。彼女達の時代ではまだ発見されていない星があるかもしれないし(エナジーネーデの人はあの時代でもばっちり把握しつくしていたような気もするけど)、気にしすぎだろうが気にしすぎて損する事はないだろうし、余計な情報を与えないに越した事はないのに。

 

 大事な作業を続けている二人はしょうがないとして。

 わりかし常識人だと思ってたクロードも「えっ。ダメだったかな?」とか言ってるし、クリフあくびしてるし、ソフィアも勝手に猫画像見て癒されてるし。

 

(改めて危機感ないな、みんな!)

 

 とフェイトが愕然としていると。

 言わんこっちゃない、一番こういうの見せたらダメな未開惑星人さんまで、不思議そうな顔してチサトが見ているモニターを覗きに来ちゃったではないか。

 

「宙域、データ? 『宇宙』の映像に、……文字? が書き込まれているのね?」

 

「あっそうか。レナスさんはこういうの見た事ないですよね」

 

「平たく言うと宇宙の地図ってやつだな」

 

「立体的に見える地図? 『宇宙』に浮かぶ星の位置情報は、平面ではなく三次元で管理されているのね」

 

「そっちのが分かりやすいだろ? ちなみにそれ、見ようと思えばディプロでも普通に見れるぜ。細けえとこはもしかしたら違うかもしれんが」

 

 クリフ普通に教えちゃってるし。レナスも普通に理解して感心しちゃってるし。

 チサトもレナスが見やすいようわざわざ椅子をずらして、

 

「私達がずっといた惑星エクスペルが、この真ん中のやつね」

 

 とか宙域図指差しつつ説明しちゃってるし。

 これは非常にまずい雲行きである。

 愕然とするあまり普通に目の前のやり取りを見守っちゃっていたフェイトは、

 

「この辺で一番近い恒星は……これかな? あっ、恒星って言うのはまあ大体お日さまの事なんだけど」

 

 とチサトが画像をあっちこっち操作しつつ、未開惑星人さん相手に平気でエクスペル周辺に浮かぶ星説明等を始めたところで我に返った。

 

「これがエクスペルの衛星、お月さまね。で、この辺をこう、ずーっとこっちの方に進んで行ったら……」

 

「見たらダメですレナスさん。目を閉じて、すぐに向こう戻ってください。耳も塞いで。チサトさんも、お願いですから本っ当に勘弁していただけませんか。これ以上は──」

 

「けちくせえなフェイト。いいじゃねえかこれくらい」

「っ、いいわけないだろ!?」

 

 チサトを一緒に止めるどころか開き直りやがったクリフについムカッと来たので、フェイトがそっちに気を取られていると。

 

 

「待って。今の、もう一度見せてくれない?」

 

 チサトが操作しているモニターを見ていたレナスが、急に真剣な様子で言った。

 

 

「え……今の、って?」

 

「お願い。ついさっき見えたの、見間違いかもしれないけど」

 

 うまい説明もままならないまま、レナスは気もそぞろとばかりに食い入るようにモニターを見ている。

 チサトが見せていた宙域図の中に、よほど気になるものを見たのだろうか。

 

 何がそんなに気になるのかはともかく、チサトもとりあえずレナスが頼んでいる事については理解したらしい。

 さっきまで惑星ストリームに向かうルートをなぞるように、なんとなくてきとーに動かしていた映像を、今度は星一つ一つの名前が書かれた文字がはっきり確認できるくらいにゆっくり、エクスペルの方に戻っていくように動かしていくと。

 

 ある星の名前が見えたところで、レナスはすぐ言った。

 

「とめて」

 

 不思議そうな顔で言われた通り操作パネルから手を離すチサトや、これまた不思議そうにレナスの様子を見ているフェイト達をよそに、レナスはモニターに書かれている単語を、穴が開くほどじっくりしっかり確認中。

 

 一言も発さないので、フェイト達には何が何やら分からないのだが。

 レナスはただただモニターを見続けている。

 困惑しているというか、とにかく驚いているといった様子だ。

 

「なんだよ、なんか変なモンでも見つけたか?」

 

 クリフが軽い調子で言いつつモニターを確認しようと近づいてくるが、レナスはやっぱり反応なし。

 彼女の急な戸惑いように首をかしげつつ、フェイトもレナスが見続けているモニターを興味本位で覗き込んでみると。

 

 

『惑星ミッドガルド』

 

 大小たくさんの星の名前が書かれた、宙域図の端っこ。

 レナスの視線の先に、その名前は確かに存在していた。

 



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8. 首のない人形こぼれ話 ~ 誰かの星の未来

 これ以上ないくらい穏やかな午後のひととき。

 キッチンから、とんとんという包丁の小気味いい音が響いてくる中。そしてそんな料理中のレナからおすすめされた、もといまだまだ大量に余っているアクアベリィをお茶うけのおやつにしつつ。

 

 ボーマン家のリビングで本を読んでくつろいでいたメルティーナは、何気ない拍子に、ぼろぼろの首のない人形が床に落ちているのを発見して顔をしかめた。

 

「あー、これ置いてくるの忘れてたわ」

 

 言葉通りかったるそうなメルティーナに続き、すぐ近くで大剣の手入れをしていたアリューゼも面倒くさそうに人形を見て言う。

 

「こんなんのためにもう一度戻るのもかったるいし」

 

「かといって、ずっとこれ持ち歩くのもな」

 

 この二人にとっては自分達の世界に戻る際、レナスに「手紙と一緒に持って帰って」と預けられた人形であるはずなのだが。

 人形をぞんざいに扱いつつ、考えるそぶりをしばらく見せた後。

 

 二人は怪訝そうなレナに一言声をかけて部屋を出て。

 晴天の下でサングラスつけて楽しく機械いじり中のプリシスの脇を通り抜けて、実に自然な足取りで階段を降り。

 それから流れるような手つきでボーマンの店の軒下に人形を置いた。

 

「じゃ、ここの店先にでも飾っときましょ」

 

「やめろ。そんな不吉な人形置いたら客が逃げる」

 

 何食わぬそぶりで立ち去るつもりだったらしい。

 結局、一秒足らずで店から出てきたボーマン本人によって二人の試みは阻止されたわけだが。

 

「世話になってる人様ん家に押しつけようとするとは……。ゴミ捨て場くらい、家の近くにあるんだが?」

 

「ちっ」

「面倒くせえな」

「お前ら、自分に正直すぎるってよく言われるだろう」

 

 悪びれる様子すらない自分勝手共二匹に、ボーマンは大人の対応もとい、ゴミ捨て場の場所をちゃんと教え、

 

「じゃ、捨てるか」

「そうね」

 と結局は二人の方もおとなしくそれに従う事にした様子。

 

「行ってらっしゃーい」

 

 歩き始めた二人に、機械いじり中のプリシスがのん気に声をかけた、その直後だった。

 

 

「だめーっ! 捨てちゃだめーっ!」

 

 

 レナがとびきり必死な様子で玄関から出てきたのだ。

 とにかく急いで駆けつけてきたレナは万能包丁も手に持ったまま、

 

「な、なに!? 何事!?」

 

 とびっくらこいてサングラスを上げるプリシスには目もくれず、階段を駆け下りて、アリューゼとメルティーナの前にひしと立ちはだかる。万能包丁を手に持ったままで。

 

「それ、大切な物なんじゃないんですか!?」

 

 リンガの聖地でレナスさんが発見した人形。

 あの時のレナスさんはこの人形をすごく大事そうに拾い上げて、ぎゅって抱えて、ルシオさんの事すごく心配してた。きっとふたりにとって大切な人形なんだ。

 それをこんな簡単に捨ててしまうなんて絶対にダメだ。

 

 真剣に人形を守ろうとするレナに対して、アリューゼとメルティーナは

 

「いや別に」

「ぜんぜん大切じゃないし?」

「むしろ邪魔だな」

「つかぶっちゃけ気味悪いし、これ」

 

 あろうことか口を揃えてそんな事ばかりを言うではないか。

 これにはレナもさすがに怒り心頭である。

 

「な、なんて事言うんですか! あなた達、それでも血の通った人間なの!? ルシオさんの大切な、大切な形見の品なのに……!」

 

 万能包丁を手にプルプルと震えさせながら声高に叫び始めたレナを見て、「うわあボーマン家の玄関先で! 大事件が!」「客が逃げるだろうが。よそでやれ、よそで」とプリシスとボーマンが口々に言う中。

 しばらくしてから、アリューゼが落ち着いた様子でレナに言ったのだった。

 

「包丁をおろせ。お前は大きな誤解をしている」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ええっ。それじゃその人形、ただ単にレナスさんがルシオさんにプレゼントした、っていうだけの物だったんですか?」

 

「まあ大体そうよ。あいつは愛しい男へのプレゼントに、こんなどこの洞窟で拾ったのかも分かんないような小汚い人形を選んだ、つう話」

 

 レナスがリンガの聖地で拾った首のない人形は、別に大事な品でもなんでもなく、ただ単にレナスがルシオに渡しただけの物で。あの時拾ったレナスが動揺していたのも、ただ単に渡したはずの物が、魔物のうろついているダンジョンに落ちていたからであって。

 つまりこの人形自体にはレナが想像しているような、特別な事情など一切ない、と。

 

 絶賛お店営業中のボーマンに「家の中でも事件は起こすなよ?」などというマジ忠告とともにリビングに追いやられた後。

 ソファーに座らせられたレナはメルティーナ達二人からそんな説明を聞いて、気抜けのあまり危うく手に持っていた万能包丁を落としそうになった。

 

「なんか……すごいね。その話」

 

 決してプレゼントの趣味がいい方とは言えないプリシスですら、あまりの話の内容に「うわあ」となる中。

 同じくどう思ったらいいのか分からず、「ええー、なんだそうだったんだ……」と独り言を呟いているレナを、怪訝そうに見てメルティーナ達が聞く。

 

「つか逆に聞くけど、あんたこの人形一体何だと思ってたわけ?」

 

「ルシオの形見だとか言っていた気がするが」

 

「えっ。だってこの人形、すごく古い感じがする人形ですし。だからその……、そういう事情があるから、レナスさんもあんなに大事そうに持ってたのかなって……つい思ってて」

 

「想像力たくましいわねー、あんた」

 

「まあ確かに。そういう事情でもなきゃ、こんな小汚え人形大事に持ってるとは思わないわな」

 

 毎度おなじみの勘違いにレナが恥ずかしくなる中。

 メルティーナはしょうもなさそうに首のない人形を見つつ、

 

「コレがルシオの形見、ねえ。……いやいや、あいつにそんなもんないでしょ。第一まだ生きてるはずだとか言ってた気がするし、ルシオの妹」

 

 など思い出しつつ一人でツッコむ。

 それから今度は思い出したかのようにレナスをぼろくそに言い始めた。

 

「ったく、それにしてもどうしたらこんな色気もクソもないプレゼントあげようって気になんのかしらね。こんなん貰って喜ぶ男がどこにいんのよ。ルシオに愛想尽かされたって文句言えないわよ、これじゃ」

 

「働きすぎで頭回ってなかったんじゃないか?」

「そーなの?」

 

「だったらせめて普通のプレゼント用意しなさいよ。イヤリングのお返しでしょ? 花とか指輪とかいろいろあるでしょうよ、もっとまともで無難な物が。なんでよりにもよってこんなもんを」

 

「俺に言われてもな」

「ホンット、あんのバカは」

「なかなかうまくいかないふたりの仲ってやつ? そういうのはどこの世界も一緒だねえ」

 

 

 自然に話に混じるプリシスに続き、メルティーナが思いっきりため息をついたところで。

 

「あ、あの」

「何?」

 

「この人形、レナスさんがルシオさんにあげたものなんですよね? 確かに、ものすごい趣味悪いですけど、捨てたくなるくらい不気味ですけど」

 

 一通り事情が理解できたような気がするレナは、改めてそう前置きした。

 いくらこの人形に実はこう見えて結構すごい効果があったりするアイテムだったりするかもしれないとかいう付加価値があろうと(正直どこからどう見ても、『変なかたまり』や『へっぽこな飾り』とかと同じ匂いのする品物にしか思えないわけだが)、好きな人にあげるプレゼントに『首のない人形』はいかがなものか。

 口に出して言えば言うほど、

 

(本当にレナスさんはなんでこんなものをあげちゃったのかしら。その辺の洞窟で拾ったやつをプレゼントするなんて……。そんなに趣味悪いようには見えないのに)

 

 とは正直レナも思うけど。

 なんかもう彼女の事だから、ろくに考えずにたまたま手元にあった物をあげちゃったんじゃないだろうか。というような疑惑すら自然に頭に浮かんじゃうけど。

 もっとちゃんと考えないとダメじゃないですか! などと頭の中でレナスにダメ出ししつつ、

 

「それでもやっぱり、ひとのプレゼントを勝手に捨てるのはどうかと思うんです。どんなに趣味が悪くっても、レナスさんがルシオさんにあげたものには変わりないんですから。……一応思い入れとかあるかもしれないですし。ものすごい不気味な人形ですけど」

 

「ねえ。あんたその包丁、いい加減テーブルに置かない?」

「怖いよレナ! 落ち着いて落ち着いて!」

 

 レナはメルティーナ達二人に向けて、真剣に自分の思うところを言ったが。

 返ってきたのはさらに思いもよらない返答。

 

 

「こんなもん、渡した当の本人だって何の思い入れもないぜ?」

「渡された方もね。同じようなの何十個もあるし」

 

「えっ」

 

 さらにさらに

 

「全部捨ててもまたどっかで拾ってくるだろ」

「へんなところでみみっちいのよね、あいつ」

「創造神のくせしてな」

 

 

 こんな衝撃的な言葉すら当たり前の事のように言われてしまっては、レナももう常識的な考えを一切放棄して、先ほどと同じくプリシスと一緒に言葉を失うしかあるまい。

 

 これと同じようなのが何十個も。

 全部捨てても拾ってくる。

 

 彼女達が住んでいるという“神界”。

 言葉の響きからしていかにも綺麗な感じのするお屋敷中に、乱雑に置かれまくっている、おびただしい数の首のない人形達を想像した結果。

 最終的にレナがなんとか言葉にできたのは「レナスさんは、そんな本気でどうでもいい物をプレゼントにしちゃったの?」ではなく、もっと直接的な疑問であった。

 

「“神界”って、ゴミ屋敷なの?」

 

「アタシの部屋みたいな感じなのかな。なんか……イメージと違うね」

 

 なんかがっかりした気分でレナとプリシスがひそひそ話す中。

 自分達の住んでいる場所がそんなとんでもない風評被害を受けている事にも気づかず。

 メルティーナとアリューゼの二人は、首のない人形をプレゼントされた当時のルシオの事を好き勝手に話し合っていたりする。

 

「明らかルシオも困ってたわね」

 

「苦笑いだったな」

 

「実は落としたフリして捨てていったとか?」

 

「だったら最初から受け取らねえだろうが、こんなもん」

 

「わっかんないわよー。あいつへたれだし、断れなかっただけなんじゃない? んで、本人いなくなったところで「いるかあこんなもん!」って投げ捨てた、みたいな」

 

 

(……はあ。本当にもう、レナスさんったら仕方がないひとね)

 

 二人の言いようを横で聞きつつ、レナはいよいよ呆れてため息をつく。

 今レナがレナスに対して抱いている印象は、決して初対面の時のような“完璧すぎるお嬢様”などではない。

 だっていくらお嬢様としてのたしなみは完璧でも、恋する乙女としてのたしなみはまるでダメダメなんだから。あとついでにたぶん部屋がゴミだらけなんだから。

 

 レナスさんが帰ってきたら最初になんて言おうとか、本当はもっと真面目に考えてたと思うけどもういい。考えるだけバカみたいだ。その時の勢い任せでいいと思う。

 

 きっと自分の口から出るのは、「要らないものは売るか捨てるかしてください」「あとそういう物をプレゼントにしたらダメです」「ルシオさんの事、ちゃんと好きなんですよね? だったらもっとちゃんとしたやつをあげないと」とか、そんなおせっかいな言葉ばっかりになるんだろうな、などとレナがぼんやり考える中。

 

 ちょうどいい機会に自分自身を見つめ直したらしいプリシスは、「うーん……。ちょっと部屋、片付けてこよっかな」と神妙な顔でリビングを出ていき。

 それからメルティーナはレナ達二人の誤解を訂正する事もなく、

 

「君を守れる強さが欲しい、ねえ……」

 

 さらに呆れ果てた様子で言いたい放題に言ったのだった。

 

「ルシオもなんでそんな回りくどい表現しちゃったんだか。直訳理解するようなバカ相手にしてんだから、もっとはっきり言ってやんなきゃダメじゃないのよ、ねえ?」

 

「だから俺に言われてもな」

 

 

 ☆★☆

 

 

 一方、仔細は省くがブレアの協力により『十賢者レーダー』なるものを無事手に入れ、FD世界から戻ってきたフェイト達。

 それから予定通りに“ズル”をしてディプロごとタイムゲートをくぐり、さっそく自分達が出発してから三日後くらいの時点の惑星エクスペルに辿り着けるよう、舵を切った。

 

 こうして艦に乗ってしまえばフェイトにできる事はもうない。行きと同じく、目的地に到着するのをひたすら待つだけである。

 

 

 現ディプロ乗組員の一員でもあるクリフとミラージュの二人以外は、言ってしまえばここでは部外者だ。

 しばらくの間彼らにお世話になった事があって結構顔見知りがいたりする(というかなんかやたら敵視してくる奴までいるわけだが。つい三日ほど前にも通路で視線を察知して振り返ったら案の定すごい睨まれてた)程度にしかこの場所に詳しくないフェイトでは彼らの邪魔にしかならないので、クリフ達と同じように艦内の仕事をこなしたりはしない。

 ソフィアと同じく、さらに言うならこの艦に初めて乗ったクロードとチサト、レナスとも同じく、ただの客人として扱われるのみである。

 

 ついこの間までこのディプロでリーダーをやっていたマリアは、行きの時もたまに艦の仕事を手伝ったりもしていたようだが。それもあくまで自分の暇つぶし程度に、旧友とのお喋りの片手間にする程度。

 艦を降りた人間が必要以上に出しゃばらないようにしている、という事のようで残りの半分くらいはフェイト達と一緒に、ただの客人として過ごしていた。

 

 あと現リーダーでありこの艦の責任者でもあるクリフは、さぞかし忙しいのかと思いきやそうでもなく、なんか普通に半分くらいフェイト達と一緒にいた。

 進路を決めたりする際にはさすがにブリッジで指揮をとったりするものの、それ以外、つまり大半の細かい実務は他の人にぶん投げているらしい。本人いわく、「自分がやるより確実な事は人に任せた方が安心」だとの事。

 実際その言葉の通りか。堂々とサボっているクリフを呼びに来る時とレナスの事以外、一切会議室に姿を見せなかったミラージュの方は、本当に色々やる事があったようだ。

 

 

 そんなこんなで仕事のあるクリフとミラージュを除いて、ディプロの人達の邪魔にならないよう歓談室と化したディプロの会議室に戻ってきたフェイト達六人は、艦が無事航行を始めるまでひたすらに待機。

 やっぱりお菓子などを食べ散らかしつつ、ソフィアが持っていたトランプでまったり遊びつつ、お喋りなどしていたのだった。

 

 

 

「おーい、もう自由に動いていいぞお前ら」

 

「あっクリフさんも来た。席あいてますよクリフさん、どうぞ」

 

「……。すでに自由だったなお前らは」

 

 艦がようやく重力ワープ空間に入った頃には、しばらくしてクリフも会議室にやってきた。

 お達しがあった時点で、各自部屋に戻るのも食堂でご飯食べるのもリフレッシュルームで安らぐのも、トレーニングルームで腕を磨くのもシャワールームでその汗を洗い流すのも自由。

 

 全員揃って会議室に居続けなくてもいいのだが、即座にこの部屋を出ていく奴は誰もいない。

 フェイトをはじめに全員、まあせっかくだしもうちょっとゆっくりしてようかな、みたいな雰囲気である。現状ここもリフレッシュルームみたいなもんだし。

 

「……レナスさん? 次、レナスさんの番ですよ」

 

 どっこいしょと椅子に腰かけるクリフに、ソフィアがお茶を差しだしている中。

 トランプの手札を持ったままぼーっと部屋のモニターを見ていたレナスに、クロードが声をかけた。

 現在モニターには普通の、宙域図でもなんでもない『宇宙』が映っている。

 

 レナスの方はというと明らかに別の事を考えているようで、言われるまま自分の札を一枚、ろくに見もせず場に置いた。

 固唾をのんで待っていたチサトが「やった! 上がった!」とはしゃぐが、レナスはそれもあまり耳に入っていない様子。

 

 捨て札の山に目を落とし、しばらくむうと考え込んだ後。

 レナスがさりげなく声に出して聞いてきたが、

 

 

「ねえフェイト。あの『宙域図』というのは、このディプロでも普通に見られるものなのよね? もう一度確認をとりたいのだけど……」

 

「絶対にダメです。無理です。諦めてください」

 

 もちろん即座に却下である。

 なんか余計な事言ってきそうだったクリフにも即座に言い返した。

 

「なあフェイト、お前」

「けちじゃない! 少しもだ!」

 

 

 そりゃそうだ。自分の住んでる星が宇宙に浮かんでいる星の一つっていう事すら知らなかったようなガチ未開惑星の人に、自分の星に関する事の詳細な情報なんか教えちゃっていいわけないだろう。

 機械の事ちょいちょい教えちゃったり艦にも乗せちゃったり、あげくこんな感じで今現在も先進惑星人の文化に触れされちゃったりを許しているフェイトも、この点だけは何があろうと絶対に譲らないつもりである。

 

 ことに、あんな事実が判明しちゃった今となっては。

 というかフェイトもあれを見るまでは

(どうせレナスさん別の世界の神様らしいし、もうこういうの知られてもいいのかな)

 とか危うく自称創造神さんの言う事ちょっと本気で信じそうになってたけど。

 

 

 

 ──FD世界にて、レナスが偶然にも『惑星ミッドガルド』という星の名前を宙域図の中から発見した時。

 最初はレナスも一人で困惑しているだけだったので、フェイトにも何が何やら分からなかったのだが。

 

「この宙域図がどうかしたんですか?」

 

「この、名前が……確かにミッドガルドと」

 

 不思議そうに聞くクロード達に、困惑しつつもレナスが答えていて、

 

「はてどっかで聞いたような。お前の知ってる名前か? それ」

 

「ええ。人間界ミッドガルド、これは確かに私の世界の──」

 

 そこまで聞いた瞬間、フェイトはモニターの電源をブチ切ったのだった。

 

 

「ええーちょっと! なんで消すのよ!」

 

「わたしまだ見てなかったのにー!」

 

「そりゃいくらなんでもねえだろうがフェイト。ようはこいつの星なんだろ? 今の『ミッドガルド』とかいうのが」

 

「だからだろバカ野郎!」

 

 本人よりもその周りからのブーイングがすごかったけどそんな事気にしない。

 

 

「とにかく、今のではっきり分かりました。レナスさんはやっぱり僕らと同じ世界に住む、未開惑星人です。しかも過去の時代の」

 

 もっとじっくりしっかり確認したかったらしいレナスに(というよりむしろ好奇心丸出しな周りの奴らに)ちゃんと言い聞かせ、

 

「あなたが未開惑星人だと分かった以上、本来ならあなたが知っているはずのない情報を教えるわけにはいきません。この件はここまでという事で。……いいですね?」

 

 これ以上その星について余計な事を知られないよう念を押して。

 それとレナスが実はやっぱり別の世界の神様なんかじゃなかったらしい事を後で知って、意外そうに「あら、そうだったの?」と首をかしげたブレアにも、

 

「そういうわけで危険なので、レナスさんの星の事はこれ以上調べないようにしたんです。あなたも、どうしても気になるというのなら僕達が帰った後でお願いします」

 

「そうね。そうさせてもらうわ。──惑星ミッドガルドに住む、『創造神』。まるで絵に描いたような神様が当たり前のようにあなた達の世界に存在していたなんて、私も今初めて知ったから。……惑星全体の管理プログラム? いえ、それにしては素体の自我が……でも、そうね、フェイト達の事例から考えてみればあながち的外れとも……」

 

「あの、すみません本当にタイムゲートさん。そういう推測も僕達が帰った後でお願いできませんか?」

 

「ああごめんなさい。本当に今回の事といい、あなた達の世界はどこまでも興味がつきないわね」

 

 となんとか話をつけ。その後FD世界から戻ってきて今に至るのである。

 つまりあの時のフェイトの対応はばっちり効果があったのだ。

 

 

 そんなにしっかりモニターを見ていなかった周りはもちろん、レナスにも結局『惑星ミッドガルド』という単語を見つけた以外、その星がどのくらいの大きさなのか、どういう形状なのか、どこにあるのか、周辺の星々の状況などといった具体的な事はまったく分からなかったらしい。

 消す直前まで映っていたのが、雑多な点の集まりみたいな星々の中、文字ばかりがやたら強調して書き込まれている状態の宙域図だった事も幸いしているだろう。

 

 

「何もかも知ろうというわけではないわ。あの『ミッドガルド』という星が、本当に私の世界の事を示しているものなのか。それだけ知りたいの」

 

「知らなくったって困る事はないでしょう。星の場所なんか分からなくったって、レナスさんはちゃんとリンガの聖地から帰れるんですから」

 

 どうしても気になるらしいレナスに、またしてもフェイトはきっぱり言い切った。

 

「大体星の名前だけで十分確認できてるじゃないですか。あれが間違いなくあなたの星です」

 

 FD世界から惑星ストリームに戻ってきた時。

 普通に転送装置を使ってタイムゲート前に転送降下してきたディプロの人達を見て、フェイト達もディプロ内に直接転送収容してもらおうとしたけど。やっぱり最初に座標内に入ったはずのレナスがいつまで経っても収容されなくて、通信できっぱり

『ほい出た、転送エラー。皆さん諦めて小型艦で戻ってきてくだせえな』

 とか言われちゃったりしたとかそういう事はあったけど、それが何だと言うのだろう。

 

 彼女の知っている世界、つまり彼女の住んでいる星の名前が、確かにあの宙域図の中にあったと他ならぬ彼女自身が認めたのだから、彼女は間違いなくその未開惑星の住民なのだ。

 別によくある名前でもないけどたまたま名前が同じだっただけの星、とかいう万に一つもあるかどうかという偶然の一致でもない限り、それ以外に説明なんてつくはずがないのだから。

 

 転送装置が使えないのは……たぶんよっぽど体質が特別なんだろう。

 いやフェイトもそんな話今まで聞いた事ないけど。でもこの宇宙にはまだまだ未知の領域ってものがあるわけだし。

 それにこれでも一応、死んだはずの十賢者とか簡単に生き返らせちゃう特別な「力」があったくらいには、ちゃんと自称神様なんだし。彼女は。

 

「ちょっとくらいならいいじゃんねえ」

「フェイトのけちー」

 

 とかいう外野の文句も無視して、FD世界でも言ったのと同じような事を再度言い聞かせる。

 

「いいですかレナスさん。あそこにあった宙域図も、この艦にあるのも、本当はこの時代のものじゃない。未来のものなんです。あれをあなたが目にしてしまった事自体、本来あっていい事じゃないんです。あなたは本来ならこの時代、宇宙の意味も知らない未開惑星人のはずなんですから。……僕が言ってる意味、分かりますよね?」

 

 

 その星の文化レベルでは分不相応でしかない文化、情報を、その星の人間が決して持つべきではない時に持ってしまった場合の危険性、および結末は宇宙の歴史の数々から察して知るべし。

 それが未来の人間からもたらされた情報だというのならなおさらである。

 

「一民間人ならまだしも、彼女の場合は“創造神”ですからね。現時点で彼女が知るはずのない、彼女の星周辺の情勢等を知ってしまうのは……確かに、あまりよろしくない事かと」

 

 とはフェイトがブーイングを受けた後、しばらくしてから作業を終え、騒動を起こした双方の言い分を冷静に聞いたミラージュの言だ。

 

「……。そういやこいつそんなだったな。んじゃ仕方ねえか」

 

 あろうことか本来のレナスの立場を本気で忘れていたクリフがなぜか感心する中、(僕以外にもちゃんと真面目に考えてくれる人がいてよかった)とフェイトが心から安堵した事は間違いない。

 

 

 ──そんな事はともかく。結局のところレナス自身も今フェイトにしている要求が、自分の個人的な疑問を解消するため以外に他ならない事を分かっているようだ。

 目線では明らかに他の外野同様「フェイトのけち」みたいな事を訴えつつも、最終的にはおとなしく引き下がった。

 

「……ええ。それは、分かっているわ」

 

 というよりこの場合、レナス以上に危険なのは他の外野であろう。

 ぶっちゃけレナス本人には教えてないけど、宙域図なんかこの会議室に限らず、見ようと思えば各個人の部屋でだって見られるものなのだから。機械に疎いレナスとは違って、他の全員がその気になれば『惑星ミッドガルド』を自由に調べる事ができちゃうのである。

 従ってそこから知った情報を、レナス本人に包み隠さず伝えちゃう事も。

 

「他のみんなも、これ以上レナスさんの星について調べるのはダメだ。……特にチサトさん、いいですね? レナスさんに教える教えないにかかわらず、『惑星ミッドガルド』を勝手に検索したりしないように」

 

「なんで名指しよ?」

 

「あなたが一番そういう事しそうだからですよ。ああちなみに、みんなが艦内で見られるデータにはちゃんと制限がかけてあるはずだって、ミラージュさんが言ってました。無理やり覗こうとすればすぐにバレるのでそのつもりで」

 

「いやいや念押されなくてもしないって。私一応エナジーネーデの出身よ? いろいろ情報知られちゃう危険性とかは、これでもちゃんと分かってるつもりだし」

 

 という事で彼女の言い分が信用できるかはともかく、ここまで念を押しておけば、他のみんなもまず『惑星ミッドガルド』に関する情報を盗み見ようとは思わないだろう。

 

 

「でもあの時画像操作した感じだと、あの星、この帰り途中のどっかその辺にあるって感じだったのよね。案外エクスペルのすぐ近くにあったりして」

 

「そうだったんですか? それじゃあレナスさんの星、帰りに見えるかなあ」

 

「いやそれはさすがに……。ワープ空間だし、無理じゃないかな」

 

「肉眼で見えたら人間じゃないわね」

 

 期待通り多少推測するような会話は繰り広げつつも、言ってしまえば結局、他のみんなにとっては他人事である。

 どうしてもそれ以上詳しく知りたいというわけでもなさそうなみんなの様子に、フェイトが一息ついたのもつかの間。

 

 

「そういやさっき少しだけ調べたぜ、惑星ミッドガルド」

「ええっ! 調べたんですかクリフさん!」

「おお。ヒマだったもんで、ついでにな」

 

 こんな近くにいた情報制限かけられてない人間が。

 

 

(……ミラージュさんにちゃんと言っとかなきゃな、クリフの個人モニターぶっ壊しといてくださいって。どうせ仕事してないんだから)

 

 と一瞬フェイトが遠い目になる中、

 

「暇だったんだなクリフさん。責任者なのに」

「昔からこうだから。平常時は誰もクリフに期待してない事は確かね」

 

 同じくそっちの方が気になるクロードにマリアがしれっと言う中。

 

「そんな事よりどんなだったの? ミッドガルドって」

 

「教えてください! ちょっとだけでいいですから!」

 

「いやー俺もな、これでも知ってる事全部こいつに言っちまうのは、さすがにまずいかなとは思うわけでな」

 

 さっそく食いつくチサトやソフィアに、自分で言いだしておきながらもったいつけるクリフである。

 

 本当は誰よりも知りたいくせに

「教える気がないならいいわ」

 とか気分を害した感じですぐに言っちゃうレナスに、

 

「早まんなよ。何にも教えられねえとは言ってねえだろ?」

 

 などと得意げに言い返したあげく。「おいクリフ。あまり余計な事は……」というフェイトの制止を聞き流して、クリフは結局言ってしまったのだった。

 

 

「とりあえず、“創造神”が国治めててどーたらみたいな御大層な事は書いてなかったな。あと普通に先進惑星だったぜ、お前の星」

 

 

 よほど意外だったらしい。クリフの言葉をレナスはただ呆然と聞き。

 しばらくしてから、まだ混乱冷めやらぬ様子でようやく聞き返した。

 

「先進、惑星? ミッドガルドが?」

 

「ああ。俺達の時代の情報では、だけどな」

 

「クリフ達の、時代で……。ねえ、それは一体いつ頃の──」

 

「さあて大体数百年先ってとこか? それ以上は知らねえなあ」

 

 とぼけた風に答えた後、

 

「俺が教えられるのはここまでだな。お前は今の時代のお偉いさんなんだろ? それ以上は未来のお楽しみにってな」

 

 とクリフは質問を打ち切る。

 レナスの方はというと本当に予想外だったらしい。

 

「……数百年後? それだけの期間で、ミッドガルドが『先進惑星』に?」

 

 

 今しがた教えられたばかりの事の意味をじっくり噛んで含めるように、口に出して繰り返し、

 

「こういう時、言う言葉があると思うんだがな?」

 

「ええ、そうね。教えてくれてありがとうクリフ」

 

 驚きようを茶化したように、礼を催促してくるクリフにも眉間に皺を寄せる事なく、レナスは素直に礼を言う。

 

「なんだ、じゃあレナスさんも結局は先進惑星人だったっていう事ですよね。フェイトはやたら機械の事とか秘密にしたがってたけど」

 

「これから数百年も先の事だからな、ソフィア。レナスさん自体は結局未開惑星人で何も間違ってないんだぞ」

 

「えーでも」

 

「ま、ゆくゆくは俺達の仲間入りって事でいいじゃねえか。……つうかなんか普通に交信もした事あるみたいだったからな、お前んトコと。こいつらはともかく、そのうち行く機会もありそうな気がするぜ。俺は」

 

「ええっ、そうだったんですか?」

 

「散々帰り道も探してあげたのに結局知り合いだったって事? 世間は狭いわね」

 

 

 好き好きに話しているフェイト達を見ているうちに、ようやく実感が出てきたらしい。軽い調子で差し出されたクリフの手を、しばし戸惑ったように眺め。

 

「その時はせいぜい歓迎してくれよ?」

 

「──ええ。一つの世界の神として、あなた達が私の世界に訪れるその時を楽しみに待っているわ」

 

「つってもまあ大分先の事だし、お前に言ってもしょうがねえよな」

 

 

 正直に思うところを伝えたのだが、本気にはされず。

 またみんなが好き好きに他の話題に移り、これまたチサトにとりとめのない話を話しかけられている中。

 

 

 ──今までやってきた事は決して無駄ではなかった。自分の世界の人々も、いつかきっと、自らの足でこの広い『宇宙』に飛び立てる日が来るのだと。

 

 自分が理解しつくしていたはずの世界の様々な真理が、一瞬で、根底から覆されたばかりだというのにもかかわらず。

 この時レナスはそれでも、いつになく安らかな感情に満たされていた。

 




・ちょっと前半ネタが分かりにくかったかもしれないので一応、奇岩洞窟こもってアイテム稼いだ事がない方へのちょっとしたVP1攻略情報を。

『首のない人形』
 ゴミではありません。大事にとっておくと、上級配列変換でいいモノになります。
 バドラックやルシオ等、通常攻撃ヒット数の多いキャラにつけるのがおすすめ。


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9. もしもの場合の最悪の想定

※レナスさんがアホみたいに強いです。
 SO勢とのパワーバランスが真面目に気になる方は要注意。


 晴天の下そよ風がなびく、一面穴ぼこだらけの、だだっ広い草原のど真ん中。

 設定されたバトルフィールド上にて。フェイトとクロード、最後に残った二人は、手からじわりと滲み出る冷や汗と一緒に剣を握りしめた。

 

「いやこれ、いくらなんでも嘘ですよね?」

 

「つ、強すぎる……!」

 

 二人が剣を向けている先の、レナスはただ一人。

 いくらなんでもあなた想像力盛りすぎてませんかと問われ、返事に困る表情をしている彼女のまわりには点々と、クリフ、ソフィア、チサトが倒れている。

 

 

 

 クリフは戦闘開始後すぐに。

 先制の一撃を、レナスがなんかいきなり何もないところから出してきた盾で弾き返され。

 さらにその盾に仕込んであったらしい、攻撃をした本人にその威力を倍以上にしてお返しするとかいう反則くさい反撃をもろに食らい、「ぬわーっ」ってなってやられた。

 

 盾による攻撃の反射はたぶん『スターガード』だろう。それならフェイトも知っている。

 重い一撃を持つクリフに対して、レナスの方はただの私服。

 アレが見ての通り絶大な効果をもたらすためには確か、今の二人のように、その与えられた攻撃が『スターガード』使用者の防御力を遥かに上回っていないといけないはずだ。

 

 有効に使える機会がやたら限られる事、さらには攻撃のインパクトが最大限に響くその瞬間にだけあえてガードを緩める技術、力の加え方、力を返す方向の微細な操作等……

 使用に際する脳のキャパシティをやたら求められる事もあって、知っているフェイトも昔試しに何回か使ってみただけのシロモノだったが。

 

 ようするに……前もって色々準備して、いちいち敵の攻撃待つくらいなら自分から殴りに行った方が早いじゃないかっていうシロモノのはずなのだ。本来のアレは。

 その場の気分でいきなり繰り出せる便利技なんかじゃなくて。

 

 

 ソフィアはそのすぐ後に。

 後衛に攻撃がいかないようフェイトやクロードが二人がかりでレナスに対峙している最中、吹っ飛んでいったクリフを介抱しに行こうと駆け出したところで。

 

 前衛達の攻撃をまた別のなんか浮いてる盾二個を出して防ぎつつ。これまたレナスが何もないところから出してきた弓で、ソフィアの足元の地面的確に狙って撃ってきて。

 その足元付近の地面がなんかいきなり爆発して「きゃあー!」ってやられた。

 

 フェイトが真っ先に思ったのは(その勝手に浮いてる盾ずるくないですか?)である。

 

 いくら某ファンネルのごとく彼女自身がアレを意識的に操作しているものであろうと、これだけはもう本当にずるいと思う。

 あと弓矢放ったら地面が爆発するのはもうなんかきっとそういう技なんだろう。矢も彼女が何もないところから出した特別製で、エネルギー弾みたいな感じに光ってたし。

 弓ってそもそも地面狙って撃つものでもないような気もしなくもないけど、その辺は

 

「ここでぼっこぼこにされても本体には全く影響ないから大丈夫」

 

 ってあらかじめ教えておいたにもかかわらず、彼女なりにソフィアに遠慮した結果だと思われる。

 ……回復術使えるやつを先に倒しておかないと面倒だとか、そういう戦術的な意味での遠慮は一切なかったようだけど。

 

 

 チサトもさらにそのちょっと後に。

 レナスはどうやら一人ずつ確実に数を減らしていく方針をとったらしく、残ったメンバーの中で彼女の第一標的となったチサトは、弓で執拗に狙われた。

 逃げるので精一杯のチサトも前衛で(ほぼ盾相手に)戦っているフェイトとクロードと一緒に、なんとか一瞬の隙をついて攻勢に転じようとはしていたらしいのだが、結局それもうまくいかず。

 

 チサトを狙わせないよう射線上に立ち塞がっていたフェイトとクロードの目の前で、レナスが上空向けて放った矢が途中でいきなり直角に曲がり。

 やっぱり地面が爆発して「ぎゃあー!」ってやられた。

 

 矢も某ファンネル式だったとは。

 これはきっと「弓で矢を放っている」という見た目に惑わされるあまり、「本質的にはエネルギー弾を使った技」という認識が自分達に足りていなかったがゆえの敗因であろう。

 

 ……まあ認識しっかり足りていたからといって、『プロテクション』などの防御術が使えるソフィアが早々にリタイアしちゃったこの状況ではもうどうしようもないわけだが。

 あとあの盾やっぱりすごくずるくさいし。

 

 

 

 そんなこんなで、すでにほぼ自分達の負けが確定している中。

 フェイトはもう一回剣をしっかりと握りしめ、疑惑の目たっぷりにレナスを睨みつつ聞いた。

 

「レナスさん、なんかズルしてませんか? 精神反映させる前のホムンクルスに細工したとか」

 

 ものすごく強いのは身をもって知ってたけど。

 しかも何者かに神様っぽい「力」を大体全部とられた後の状態で、っていうのもちゃんと聞いてたつもりだけど。 

 

「これが、創造神の「力」……。僕達は本当に、こんなものを相手にするっていうのか?」

 

 おかしい。いくらなんでも強すぎる。

 だって彼女は今、剣を抜いてすらいないじゃないか。

 様々な超常現象を引き起こせる紋章術だって、普通は発動までにそれなりの時間がかかるものなのに。

 

 手を塞ぐ事なく身を守る浮遊盾も、遠くの敵を射抜く弓も。

 集中に手間取る事もなく瞬時にして、なんでもかんでも自在に出現させる「力」。

 それにあの浮遊盾の動きが彼女自身の意思によるものならば、そのうえ同時に正確に狙いを定めて弓矢まで放ってきた彼女は、異常なまでの処理能力を有している事にもなる。

 

 普通の人間の限界を遥かに超えているだろう事を、どれもこれも、まるで息をするかのように楽々と。

 クロードと揃って、このあり得ない戦力差にただ愕然とする中。

 目の前のレナスは浮かない顔で言う。

 

「それは……私にも分からないわ」

 

「ええっ、分からないって」

 

「あーやっぱりズルしたんですか。ズルしたんですよね? 正直に言えば怒らないですよ、僕らも。今なら」

 

「……。そうではなくて。これは単なる、杞憂に過ぎないのかもしれないという事よ」

 

 とかなんとか話していたら。

 

「ええーい隙ありっ!」

 

 倒れてたはずのチサトがいきなりレナス目がけて、燃え盛る名刺を投げつけたではないか。

 死んだふりして様子を窺っていたという事らしい。

(話の途中でやるとは)とはフェイトもちょっと思ったけど、確かに「今回はレナスさんを十賢者だと思って全力でやりましょう」ともあらかじめ言ってあったわけだし。戦術としては間違いなく正しいのでいいと思う。

 

 だけどまあ結局、そのチサトの不意打ちもまるで効果なし。

 これも予想していたという事か。レナス本人はチサトの方を見もせず、レナスの周囲に浮かんでいる盾が勝手に動いて、飛んできた名刺を弾いた。

 

「あちゃー、やっぱダメかー」

 

「それと、物質化(マテリアライズ)ではないけど。こうやって相手の動きを止める事も」

 

「え」

 

 手に持っていた弓と浮遊盾とを、ふわっと消し。レナスは言いつつ、今度はチサトの足元目がけて、何か光のようなものを投げつける。

 途端に光は水晶柱に変わり、チサトの首から下がまるまる埋まってしまった。

 

「ええっー何これ!? ちょ……動けないわよ!?」

 

「晶石は特別なものでない限り、普通は数秒程度で解けるわ」

 

「あっそうなの?」

 

 ほっとするチサトをよそに、

 

「でも数秒って……結構長いですよね?」

「もしかして接近戦の最中でもできるんですか、それ」

 

「……。ええ、やろうと思えば可能よ」

 

 浮かない顔したレナスの答えに、こっちまで暗くなるフェイト達二人である。

 

「ねえ、十秒くらいは経ったわよ? これまだとけてないんだけど?」

「ごめんなさい。今回はそのまま凍ってもらう事にしたわ」

「しちゃったのね!?」

 

 あげくやろうと思えばいくらでも長く拘束できるらしい。

 しかも拘束維持中に、技行使者の行動制限一切なしというおまけつき。

 

 ただなんか手から光出して人にぶつけただけで。これも(フェイトが見たところでは)詠唱も溜めもなしに発動してたのに。

 フェイトとしてはこの事実達をどう受け止めたらいいやらである。

 

(なんかもうめちゃくちゃだな、神様って)

 

 横のクロードも、もはやただ苦笑いを浮かべ突っ立っている中、

 

 

「さっきも言った通り、これはすべて仮定の話よ」

 

 やっぱり浮かない顔して言ったレナスは、勢いよくジャンプして上空に飛び上がり、

 

「けど、もしも私の「力」を奪った者が、この「力」の使い方を完全に把握していた場合。これらの「力」を自在に扱う力量を、完全に備えていた場合は──」

 

 それから青白く光り輝く翼を、なんか唐突に背中に生やし。

 柄の部分までしっかり金属製っぽい、彼女の身の丈の倍はあろうかという、巨大な槍を手に出現させ。

 

「こういう事もありうるかもしれない、という教訓ですか。そうですか」

 

「なんか……女神さまって感じだなレナスさん。女神さまなんだけどさ」

 

 完全に諦めちゃってる状態のフェイトとクロード目がけて、槍を思いっきり投げつけたのだった。

 

 

 投げつけられた槍は、案の定地面で勢いよく大爆発。 

 視界が真っ白になり、そのままフェイトの意識は遠のき。

 

 

 

 意識が戻ってきた時フェイトがいたのは、おなじみディプロ艦内の会議室の中。

 

 先に意識を取り戻していたクリフとソフィアも、フェイトと一緒に起きたクロードとチサトも。

 テーブルの真ん中に置かれた貴重なアイテム『パラケルススの円卓』の、辺り一面完全な死の大地と化したバトルフィールドを、一様に浮かない顔で見つめていて。

 あとしばらくしてから起きたレナスも、やっぱり浮かない顔でみんなと同じところを見つめ始めて。

 

 以下一言も喋らないみんなの気持ちを代表して、クリフが実に投げやりに言い放ったのだった。

 

「こんなに強かったら宇宙守れねえっつーの」

 

 

 ★★★

 

 

 現在フェイト達がいるのはもちろん、だだっ広い草原のど真ん中などではなく、惑星エクスペルへ向かって航行を続けている宇宙艦ディプロの中。

 

 

 『パラケルススの円卓』は、その名の通り円卓状のアイテムである。

 その円卓上の中に、疑似的なバトルフィールドを作成。さらに特殊な製法で作られたという親指サイズのホムンクルス、つまり人形のようなものに自分自身の精神を反映させる事により、その精神の持ち主が、思う存分その中で戦う事ができるという仕組みのモノだ。

 

 つまり機械技術とは異なる、魔訶不思議な古代人の技術で作られたイメージトレーニング装置といったところか。

 これを使えば、現実世界ではとてもじゃないけど手合わせ相手にはできないような本気の技を使った戦いができたり、うっかりお互いに本気出しすぎてディプロに大穴開けて、揃って全員宇宙の藻屑になる心配もない。

 従ってフェイトも結構便利に使わせてもらっているシロモノなのである。

 

 現に惑星ストリームに向かう途中でも、トレーニングルームで体を動かす他に、フェイト達はこれを使って各自自由に腕を磨き合ったりもしている。

 ひたすら待機のあのヒマな時間中、確かにフェイト達はこの会議室に集まる事が多かったが、それでもここでずっとだらだらお菓子食べてお茶飲んで喋っていただけではないのだ。……たぶん、一応。本当に。

 わけあってVIPルームから出てこないレナスの件とかで、なんかずっとお喋りし続けるのも気まずかったりする時とかもあったし。

 

 

 そんなこんなで、行きの時はいまいちみんな戦闘に身が入ってないような時もあったが、今回からはその心配の種もない。

 惑星ストリームを発った翌日。

 仕事で忙しいミラージュ、今日はディプロの人達と過ごす事にしたらしいマリアを除いた、会議室常連のフェイト達全員が心置きなくなごやかな表情で、この『パラケルススの円卓』を使って一緒に遊ぼ……いや十賢者達を倒すための鍛錬をしようと。

 ちょうど戦闘訓練のできる場所を探していたらしく、トレーニングルームの場所を尋ねてきたレナスにも誘いをかけたのだった。

 

 またしてもよく分からないアイテムの使い方についての説明を受けたレナスは最初、なぜか『ホムンクルス』という単語がやたら気にかかったらしい。

 

「どうやって作ったのって言われても……昔の人が作ったアイテムらしいですし。たぶん粘土こねるみたいにして作ったんじゃないですかね? なんか特殊な力こめたやつで。武器合成に使うやつとかはそんな感じで作りますし」

 

「……。作ったの? フェイトも」

 

「いや、僕はあんまり。でもソフィアは結構得意ですよ、そういうの」

 

「はい。心を込めてこねこねするんですよ。かわいい子ができますようにって」

 

 なぜだか一瞬警戒するような表情までしたレナスは結局、屈託なく言うソフィアにつられて安心したらしい。

 

「これも私の認識違いという事ね」

 

 とかなんとか物珍しそうに円卓上のホムンクルス見ながら独り言を言っていたので、たぶん彼女の星にも『ホムンクルス』というものがあるのだろう。

 

(……レナスさん、一体なんだと思ってたんだろうな。このホムンクルス)

 

 あんな不穏な反応された後に「そっちの星での作り方」とかは正直聞きたくなかったので、フェイトもその話題にはそれ以上触れず。

 

「それじゃあ、さっそく戦ってみますか?」

 

 と一戦をもちかけてみたのだった。

 

 

 

 最初は一対一で。

 フェイトにとっては実に、リンガの聖地以来の彼女との対決だ。

 あの時彼女の方にそういう意識は一切なかったとは思うが、ていうか今でもフェイト達に凶行を止めてもらったという認識しかないらしいけど。ぼこぼこにやられたフェイトにとってはあの時の事は苦い経験である。

 

「今回はお互いに本気でやれますね」

 

 あの時は単に本気出せなかっただけとカッコつけたような事を、フェイトが戦闘開始前にレナスに向かって宣言するが。

 しかしレナスの方は、その宣戦布告を全く聞いていなかった様子。

 

「これが、あのホムンクルスの肉体……。不思議な感覚ね」

 

 自分の精神を一時的に別のものに乗り移らせるという事に、(たぶん彼女もそんな経験初めてだろうし仕方ないとは思うけど)なんかずいぶん慣れない様子だったのだ。

 

 戸惑ったように自分の手を見つめた後、

「これはまるで……」

 と呟き。

 

「……あの、レナスさん?」

 

「ねえフェイト。この場所での事は確か、自分自身の精神に影響されるのよね? 自分ができないと理解している動きは、ここでもできない。自分自身の肉体が覚えている事しかできない、と」

 

「はあ、そのはずですが」

 

「……。戦闘の前に、少し動きの確認をしてもいいかしら?」

 

「はあ別に。いいですよ」

 

 何やら考えつつ、許可をもらったレナスはなぜか準備体操するわけでもなく、ただその場でフェイトに背中を向け。しばらくそのまま硬直。

 

「確認はまだですか? なんならその辺ちゃんと走り回ってみた方が」

 

「……あ。ええそうね、もう大丈夫よ」

 

「えっ。何もしてないですけど、もういいんですか?」

 

「ええ、もう大丈夫。確認は済ませたわ」

 

 なぜかちょっと慌ててフェイトに向き直り、腰の剣を抜いて構えたのだ。

 フェイトの方もまるっきり不思議に思わないでもなかったが、彼女が挙動不審なのはまあ大体いつもの事なので深くは気に留めず。

 

「それじゃあ今度こそ。お互い今持っている力のすべてを使って、全力で戦いましょう」

 

「……ええ。努力はしてみるわ」

 

 フェイトの呼びかけに、レナスは自信なさそうに答えたのだった。

 

 

 今思えば、様子見で剣を交えてみるまま、そこからなかなか本気を出そうとしてくれないレナスにもっと疑問を抱くべきだったのか。

 なんといったらいいのか。様子見の段階でも彼女が十分に強いのはちゃんと分かるんだけど、あの時はこんなものではなかったはずなのに、っていうか。

 

 以前戦った時のレナスだったら苦もなく受け流していただろう攻撃を、かろうじて防ぎ。

 その時のレナスだったら間違いなく踏み込んでいただろう、フェイトの一瞬の隙をつけない。

 また例の手加減戦法でもしているのかなとも思ったけど、そのわりに彼女の表情は余裕なさそうな様子。

 

 明らかに彼女が全力で戦っていない事は確かなのだが。本気を出していないというより、出せないという感じである。

 

(まだ体がなじんでない、って事かな)

 

 と思ったフェイトは結局、ちょっと考えた末、自分から本気を出してみる事にしたのだった。

 いつまで経ってもお互い様子見じゃしょうがないし。(いざ危険がせまったら、レナスさんも本能的になんか体が動いたりして本気出せるんじゃないかな)ぐらいの軽い気持ちで。

 

 

 本気モードのフェイトというのはつまり、純粋な剣技だけでなく、『ストレイヤーヴォイド』や『ショットガンボルト』などの特殊技も遠慮なく使うという事である。

 

 この前戦った時のレナスは尋常じゃなく強かったけども、技らしい技は一切使っていなかったはず。あの時は操られていただけだから力が制限されていた、という可能性も考えられなくはないが……。

 実際に剣を交えたフェイトとしては、レナスはおそらく、ひたすらに剣の腕のみを磨き上げてきた純粋な剣士だろうと踏んでいたのだ。

 

 正直なところ通常攻撃しか使えない人相手に技ガンガンぶっ放すってどうなんだろうな、とはフェイトもやる前にちょっと思ったけども。

 でもこれ実戦形式だし。お互い持っている力のすべてを使ってやりましょうって言っちゃったし。……そもそも本気出した彼女だったら、こっちが遠慮なく技使ってようやく互角ぐらいだと思うし。

 この間のように技出そうとした際の隙を狙ってやられるかもしれない、というデメリットも当然あるわけだし。

 

 という事で、隙の少ない技中心に攻撃を織り交ぜ、フェイトが遠慮なく本気を出してみた結果。

 押されに押されまくったレナスは、ようやく本気を出さざるを得なくなり。

 いい感じの勝負ができていると、フェイトが思ってからしばらく後。

 

 

 フェイトは破壊の力『ディストラクション』を使うと見せかけてからの、軽く飛んで上から衝撃破を叩きつける技、『バーティカルエアレイド』でレナスの体勢を崩し。

 そこから繋げて、ふいを狙った横蹴り技、『リフレクトストライフ』を発動。

 

(──もらった!)

 

 その直前まで、レナスの頭は確かにそこにあったのだ。

 さすがの運動神経を持つ彼女もこれは絶対に避けられないだろうと、フェイトが勝ちを確信したところで、どういうわけか視界が急にぼやけ。

 

 フェイトの蹴りは、力なく虚空を泳いだのみ。

 

(……なんだ? どうして──)

 

 どさっと地面に崩れ落ち。薄れゆく視界の中。

 倒れたフェイトを上から覗き込むレナスの顔には、はっきり苦々しい表情が浮かんでいたのだ。

 つまり──

 

 しまったついうっかり、みたいな感じのやつが。

 

 

 

(……。それで、今のは一体なんだったんですかね)

 

 

 現実世界に意識が戻ってすぐ、フェイトは疑惑の目でまだ寝ているレナスを見たのである。

 

「お疲れさまー」

「負けちゃったねフェイト。本気出したのに」

「……あいつマジやべえな。今の本当に人間の動きか?」

「やっぱり神様ってすごいんだな。あんなすごい戦いが見れるなんて」 

 

 外から戦闘の様子を眺めていた面々が口々に言う中。

 レナスが起きたらすぐに先ほどの事を問いただそうとしたものの、

 

「よーし! それじゃあ、次は僕の番だな!」

 

 と興奮した様子のクロードが、とっとと円卓上のホムンクルスに自分の意識を向け。嬉々としてバトルフィールド上に登場。

 レナスの方も断れなかったらしく、そのまま二戦目に突入。

 

 とりあえず二人の戦闘中に、さっきの戦闘を見ていたみんなに自分が負けた理由を聞いてみたところ。

「よく分からないけど気がついたらフェイトが倒れてた」が二人。

「あれは無理だ。俺でも避けれん」が一人。

 どうやらクラウストロ星人も真っ青なとてつもない運動能力を、土壇場でレナスに発揮されたという事らしい。

 

(……それであんな顔を? まさか、あっちの方がレナスさんの本当の本気ってわけじゃ)

 

 今の今まで全部手を抜いてた結果がアレなんてそんな馬鹿なと、思いつつ。

 でもこの人ならそういう事平気でしでかしてても不思議じゃないのかもしれないとも、ちょっと納得しかけつつ。

 

(いやでも。待てよ。それじゃあサディケルに操られていた時のアレは、一体どういう事なんだ? あの時も実は手を抜いていたっていうのは……何かおかしいような)

 

 円卓上の二人の戦いぶりを見つつ、フェイトが首をかしげて考えていたところ。

 

「あれ、どうしたのかな?」

 

「いったん休憩しよう……って感じじゃあないわよね」

 

 クロードが至近距離で放ったはずの、足元の地面からいくつもの鋭い岩塊を突出させて敵を攻撃する技『爆裂破』を、驚くべき事にレナスがまったくの無傷で受けた直後。

 急に構えていた剣を下ろし、クロードに向かって何か話しかけたのだ。

 

 クロードの方は言われた事にも、突然剣を下げられた事にも納得していない様子で、レナスに何か言い返している。

 声が小さくて聞き取りづらいが、二人の様子からするとどうやらレナスが急に戦闘を諦めたらしい。

 

「レナスさんが言ってる事はよく分からないですけど……。こんな終わり方、納得いきません。現実世界なら僕が勝っていたとしても、僕はレナスさんと最後まで戦いたいです」

 

 結局はクロードの熱意に負けたのか、レナスの方もいったん下げた剣を再び構え、また戦闘を再開。

 戦闘後、やっぱりレナスより先に起きてきたクロードは

 

「いやあ強かったなレナスさん。本当に、すごく強かった。僕もまだまだだなって、本当にそう思うよ」

 

 と開口一番嬉しそうに感想を述べ。

 反対にしばらくしてから起きたレナスは、自分が勝ったはずなのに、この戦闘結果に納得がいっていない様子。

 

「ありがとうございますレナスさん。いい勉強になりました。……それで、この勝負も私の負けって、さっきのは一体どういう意味だったんですか?」

 

 クロードが改めて不思議そうに聞いたところで。一連のレナスの、不可解な戦闘能力についての事がようやくフェイトにも分かったのだった。

 

 

 

「つまりあれか。お前のマジの全力は本来あっちの方だと」

 

「なんかよくわからないですけど、レナスさんはやっぱりすっごい神様だったっていう事なんですかね?」

 

「今使えないはずの技も使えちゃうっていうのは分かるけど……。やっぱり神様ともなると、さすがにスケールがでかいのねえ。私なんかついうっかりネーデ防衛軍にミサイル頼むくらいだわ」

 

「つまりあれか。今までのはやっぱノーカンって事でいいんだな?」

 

 いわく、円卓上の中で自分の精神は、何者かにとられて今は使えないはずの様々な「力」も問題なく使えると錯覚しているらしいと。

 現実世界じゃどう頑張っても使えないのに、この中でだけ、特に意識もしてないのに、自分の世界で“創造神”やってた頃と同じような感覚で普通に使えちゃうと。

 

 それで、これじゃ鍛錬の意味全くないから、それらの「力」は使わないよう、今の自分をイメージしてフェイトやクロードと戦っていたはずなのに。

 まあ普段慣れ親しんでいる「力」なものだから、意識的に「力」を制御しつつ、なおかつ本気で戦うっていうのがちょっと難しくて。

 結局どっちの戦闘でも追い詰められた瞬間うっかり本気になりすぎて、「力」を使ってしまったと。

 

 レナスの話はそういう事だった。

 ようするにフェイトの「レナスさん実は手抜いてた」疑惑は、半分くらいは当たっていたのだ。

 

 

(……。そういえば、レナスさん自分でちゃんと言ってたんだよな。今は神様っぽい「力」大体全部使えないって)

 

 特殊技とか一切使ってこないから。

 てっきり彼女は技に頼らず、通常攻撃のみを限界まで鍛えている人だと思っていたのに。

 たぶん実際のところは、本来の彼女はそれ以外にも技をちゃんと持っていて。それが神様っぽい「力」を使った技なものだから、「力」がなくなった今は技も使う事ができないとか、そういう事なのだろう。

 

 つまり彼女は、俗に言う『通常攻撃縛り』を強制されているだけだったと。

 フェイトの知っている『とても強いレナスさん』は、すでに思いきり弱体化を食らった後の状態だったと。

 

 ものすごく苦戦したのに。

 技とか遠慮なく使って、ようやく互角になれるくらいかなって思ってたのに。

 

(……。元より弱くなっててアレって。そんな馬鹿な)

 

 あまりの事実にフェイトの理解がおいついてない中。

 同じく信じられないといった様子で言葉を返せないでいるクロードに、レナスはどことなくふてくされた様子で言う。

 

「これで分かったでしょう? フェイトの時も、クロードの時も。私は二人に勝ってなんかいない。あれがこの円卓上で起きた出来事でなければ、致命傷を負っていたのは私の方だわ」

 

 フェイトの時はとっさに、自身の身体能力を増大させ。クロードの時はとっさに、自分の身を守る障壁を展開してしまったのだと言う。

 今使えないはずの「力」で戦局を変えてしまったのだから、現実世界だったら私の負けという彼女の主張は正しいのだろうが。だがしかし。

 クロードもフェイトと同じ事を思ったのだろう。レナスの言い分を最後まで聞いてから、きっぱりと口に出した。

 

「言いたい事は分かりました。やっぱり、今の勝負はレナスさんの勝ちです」

 

「……。なぜ?」

 

「いくらレナスさんにそう言われても、僕が負けたと思った事には変わらないからですよ」

 

 レナスはやはり納得いかない様子。

 クロードの後を引き継いで、フェイトも言った。

 

「これは十賢者達を倒すための鍛錬なんですよね? 今は使えないはずの「力」を使わないようにしてたのに、っていうのはあくまでもレナスさんの側の理屈であって、僕達の理屈じゃないですから」

 

 とまあ目の前のレナスにはそれらしい事を言い聞かせているが。実際のところはなんという事はない、フェイトの方もただ単に納得できなかっただけである。

 本当は一切使わずに勝つつもりだったけど、使っちゃったから自分の負け。

 今彼女が言ったのはようするにそういう事であろう。

 

「今のレナスさんの戦闘能力がどうだろうと、目の前の敵の戦闘能力に対応できなかった時点で僕達が負けなんです」

 

 意識的に手加減されて「あなたの勝ち」と認められたところで、こっちだって全然嬉しくない。

 そりゃどうせ彼女が内心で思っている通りに、自分の方が格下なのだろうけど。神様っぽい「力」とられる前だかの、言うなれば全盛期の彼女になんか勝てる気は全然しないけど。

 フェイトにだってプライドってものはあるのだ。

 

 相手の一方的な負け宣言による勝利は勝利にあらず。

 さっきは一瞬本気出されただけで、よく分からず終わっちゃったけど。本来ならあれくらい強かったというのなら、その全力状態の彼女を倒してこそ本当の勝利ではないか。

 ちょっとやそっとじゃ越えられそうにない目標を目の当たりにして、むしろ気合が入った様子のクロードとフェイトを前に、

 

「なるほど。じゃあやっぱり、ネーデの技術使用もアリという事で」

 

「だからノーカンだっつうの」

 

 不正をごまかしたつもりのチサトに一応つっこんでから、こっちはこっちでやっぱり勝ちを譲られたくない様子のレナスにも聞こえるように、

「そもそも、鍛錬に勝ちも負けもねえだろうが」

 とクリフがまとめ、さらにつけ加える。

 

「つかもっと言うなら、お前のその「力」、俺らにとっては非常にいい鍛錬になりそうなんだがな。お前の「力」を奪ってった、ふざけた野郎の予習も含めてっつう意味で」

 

「……それは」

 

「そうか、それもそうですよね」

 

 レナスも一応そういう使い道がある事には気づいていたらしい様子だ。

 クロード達も納得する中、言い渋るレナスにクリフがさらに言う。

 

「なんだよ、十賢者はそもそもお前から奪った「力」で生き返ったんだろ? 普通に考えりゃ、そいつが今もお前の「力」を持ってるって事じゃねえか」

 

 そいつが持っているであろう「力」はレナスにとってはよく知っている「力」でも、フェイト達にとっては全く未知のものなのだ。

 口で説明されるより実際に目の前で使ってもらった方が分かりやすいわけだし。

 

「俺らの敵は十賢者だけじゃねえんだ。いざそいつとも戦うってなった時に、お前の「力」の事を事前に知っとくのと知らないのとじゃえらい違いだぜ」

 

 フェイト達はそれを見て実際に受ける事で、それを使うだろう敵への対策を立てる事ができる。十賢者達を倒すための鍛錬という意味でも、むしろ『パラケルススの円卓』の中ではレナスに思いっきり「力」を使ってもらった方がいいのだ。

 

「って事でだ。お前は次から、一切手抜きナシな。一方的な蹂躙でもなんでもいい、全力で俺らに手のうち見せまくれ」

 

 しかしレナスは、自分でもそうする事の重要性を理解しているだろうに、それはそれで気が進まない様子。

 

「……ある程度、「力」を使うのは構わないわ。だけど、だからといってみんなと全力で戦うというのは」

 

 とかなんとか困った感じで考えつつ言っていると、

 

「大人げねえなあお前も。自分だけ鍛錬にならねえからって、んなマジでへそ曲げる事ねえだろ」

 

「そういう事ではないわ。ただ──」

 

「ただ?」

 

「……だから、私はそこまでする必要はないと」

 

 かちんときたらしくクリフに即座に言い返してからまた言葉に詰まった辺り、個人的にへそ曲げてない事も全くなくはないけども、それでも気が進まない主な理由は別にあるらしい。

 

「レナスさん、お願いできませんか? 全力のレナスさんがどれだけ強くても構いません。僕達、敵の強さをちゃんと知っておきたいんです」

 

「私もお願い。ほら、心の準備があるのとないのとじゃ、やっぱ結構違うと思うし」

 

「それに僕達だって、そこまでやられっぱなしになるつもりはありませんからね」

 

 クロードやらチサトやらに真面目にお願いされ、フェイトにもそんな事を言われ。

 結局はレナスも要望通りに“全力”で戦ってみる事にしたのである。

 

「……。確かに、最悪の場合を想定しておくのも大事な事よね」

 

 

 それでもなお思いきりがつかない感じで呟かれた不穏な言葉の真意には、この時点でフェイト達の誰も気づけず。むしろ気づいてなかったからこそ、フェイト辺りはすごく強い人に存分に挑戦できてラッキーくらいの気持ちだったのだ。

 

 次はもうちょっと粘ってみせる。

 それじゃあ最初は誰が相手に、いやソフィア辺りは術師だし一人じゃ勝負にならないから二、三人ずつまとめてかかっても大丈夫なんじゃないか彼女なら、などとさっそくみんなで順番の相談をしているところで、レナスが言い。

 

「私以外のみんなでいいわ」

 

 以下レナスの言葉通り、この場にいる五人全員でいっぺんに“全力”の彼女と戦ってみた結果がつまり──

 バトルフィールド全体にできあがった見事な隕石衝突跡である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「今のはあくまでも最悪の場合よ。おそらくだけど、実際の相手は今の私のようには「力」を使ってこないと思う」

 

 自分を含めた会議室内の沈んだ空気に耐えかねたらしい。

 咳払いしてから気休めのような事を言いだしたのは、こんなヤバすぎる「力」を大体全部とられちゃった張本人のレナスである。

 

 

 いわく、「力」は持っているだけでは意味がない。

 何より必要なのはそれに関する知識と本人の力量、感覚で、今くらいに「力」を自在に操るにはそれ相応の実力がいるはずだ。

 説明は省くが、自分の場合は少々特別なので例外として。

 

 それに自分にとっては慣れ親しんだ自分の「力」であっても、相手にとってはそれまで全く他者の「力」であったはず。

 いきなり手に入れた他者の「力」を当人と同等、もしくはそれ以上に自在に扱う事などできるのだろうか? 

 

 確かに最低限、十賢者を創っただけの実力はあるのだろうが、今までのエクスペルの状況を考えると……

 もしくは使えないのではなく、単に使う気がないだけなのかもしれないが、とにかく相手がそこまで優れた実力を有しているとは思えない。

 

 だから最悪の場合を想定しておくのも大事なんだけど、みんながそれを気にしすぎてはだめ。

 みんなだって十分強いんだから、それぞれが連携をしっかり意識して戦えば勝てない相手じゃないはず。

 

 私もちゃんとこれからも協力するから、もしもの時のためにさっき見せてなかった「力」とかもいっぱい使っていくから、諦めないで地道に鍛錬していこう? 頑張ろう? ……。

 

 

 さっき“全力”を出す事を渋っていたのはつまり、みんなの心をべっきべきに折ってしまうかもしれないという事だったらしい。

 危惧した通りのみんなの暗い表情が薄れるまで、あと周りの空気につられて深刻になりかけている自分自身も励ますように、レナスは一生懸命そんな感じの言葉を続けたのだった。

 




レナスさんの強さ設定についての補足

・「力」をとられた今の状態
 特殊技は一切使用不可能。長年戦い続けてこつこつ積み重ねてきたとてつもない数の戦闘経験と、人間離れした素の身体能力は大体そのまま。基本的にはこれでもヤバいくらいに強いが、いかんせん通常攻撃しか使えないので状況次第で負ける時もある。
 あくまで普通の人間っぽくなってしまっただけで、まるっきり人間かっていうと……
・とられる前
 レナスマジ創造神。頭おかしい強さ。もしかしなくてもラスボスより強い。

 ……正直レナスさんの強さ設定については作者も妥当な落としどころが分からずかなり迷ったのですが、あまり弱くしすぎても「レナスさん長く生きててしかも元戦女神なのに十九歳達と強ささほど変わらないとか逆に今まで何やってたの?」って感じになっちゃうので結果こうなりました。
 他キャラが好きな方、レナスさん贔屓な作者で素直にごめんなさい。


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10-1. 対策授業開始

 『パラケルススの円卓』にて、初めて“創造神レナス”の「力」を目の当たりにした直後は全員、さすがにショックを受けていたものの。

 

 なんやかんやの末、実際はここまでじゃないと思う、でもやっぱり可能性はないとも言い切れないわけで、実際の相手がどこまで使いこなせているかも分からないし、だからこそもしもの事があってもみんな対応できるように鍛錬していく事が大切だ。

 ……というレナスの言葉を、各自信じてみる事にしたらしい。

 

 クリフなどはぶっちゃけ(またぞろ周りの空気に流されただけなのかもしれないが)自分でもちょっと自信なくなっちゃってるような奴の気休めを、手放しで受け入れられるほど楽観的ではないつもりなので、

 

「お前それ、本当にそう思ってんだろうな?」

 

 と念を押してみた結果。

 レナスいわく、

 

「使いこなされていたらエクスペルはとっくに崩壊しているはずよ。それこそ私の「力」を奪ったその日か、その次の日にでも」

 

 まあ確かに宇宙征服、崩壊を企んでいた『十賢者』を創ったという事から考えても、レナスの「力」を奪った存在は、世界に対してなんらかの害意を持っていると考えてまず間違いないわけだ。

 他の理由だって考えられる。崩壊ではなく征服目的だから破壊活動に使用する気はないなど、何らかの理由であえて使っていないだけかもしれない。所詮推測の域を出ていないと、言ってしまえばそれまでなのだろうが。

 

「ひと月もの間、私達が相手の事に気づく事すらなく旅をしていたというのは、たぶんそういう事なんだと思う」

 

 今までエクスペルに災害らしい災害も起きていないっぽいから大丈夫だろうというレナスの言い分については、一応クリフも納得できた。

 だがしかし、

 

「マジに本気出したら一瞬で惑星蒸発できるってか」

 

 マジかお前。マジか。それはマジで言ってんのか。

 できる事なら耳を疑いたくなるような事実を、レナスはやっぱりマジとしか思えない真剣な表情で話し、

 

「創造の「力」は方向を変えただけで、簡単に破壊の「力」にもなるわ。どころか物質の存在構成も力の加減も一切考えなくていい分、考えようによっては物質化より扱いやすい「力」かもしれないわね」

 

「つまりレナスさんにとっては比較的やりやすそうな惑星破壊もされてないから、たぶん大体は大丈夫だろうと」

 

「ええ。私はそう考えているわ」

 

 ドン引きしながら確認をとったフェイトにもマジに答えたのである。

 本当にやる気出したらいけるという事らしい。

 

「……うわあ。見事に想像の上をいっちゃった神様像だわ」

 

「やっぱり神様、なんだよなレナスさん。分かってたつもりなんだけど、こういう事聞くと改めて驚くしかないよな……」

 

 素直に驚いているチサトやらクロードやらをよそに、ぶっちゃけ自称創造神の言う事を一部除いてほとんど信じてなかったクリフの内心は

 

(待て待て、エクスキューショナーの進化系か何かかこいつは)

 

 って感じだったのだが。

 

 そんな馬鹿な話があるか。それじゃあ本当にこいつは、絵に描いたような神様みたいなもんではないか。

 頭から否定したくもなったが。

 ついさっき瞬殺された時の事を思い返してみれば、恐ろしい事にアレでもレナスの方は、本当に全力中の全力を出していたわけでもなかったという事だけは……クリフも素人じゃないだけに、嫌というほど理解できてしまうわけで。

 

 それに最悪の場合を想定するのなら、例えレナスが大げさに言っているのだとしてもそれを含めて信じておくべきなのだろう。

 結局クリフも疑いを口に出したりはせず、レナスの気休めになるようであまりならない推測を信じておく事にしたのだった。

 

 

 ことこういう状況に至って、こいつがどれだけ人間の範疇からかけ離れているかなんて細かい事を気にしたってしょうがない。肝心なのはこいつが言うようなもしもの最悪の事態に備えて、せいぜい腕を磨いておく事なのだ。

 こっちもどうせ敵わないだろうからって、やれる事もやらずに腐るつもりはないわけだし。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ぶっちゃけ十賢者の強さ前と変わらないらしいし。しかもフェイト達未来人の実力も、実際にそいつら倒した事のあるクロードやチサトに劣っているわけでもないし、と。

 

 そんなこんな今までは戦いの勘が鈍らない程度に、っていうか遊び半分でやっていた対戦ゲームだったが。

 真面目に「創造神の力」対策授業をやるとなると話は別だ。

 

 

 フェイト達と一緒に鍛錬に加わるべきマリアが(できる事ならミラージュも)いなかった事もあって、その日はそのまま対戦終了。

 イメージトレーニングも延々やり続けられるものではない。

 使用しているアイテムの性質上、長時間精神が抜けたままの状態だと本体に影響がでてくるという話も聞いた事があるし、やりすぎるとお勉強で頭が疲れるのと似たような感覚というか、とにかく精神面での疲労というものが出てくるのだ。

 

 そもそも実際に体を動かせる場所を探していたはずのレナスは、ここでようやくトレーニングルームの場所を教えてもらい。

 なんだかんだで若さゆえの切り替えの早さという事か、最終的にはいい方向に刺激されたらしいクロードやフェイト、チサトとも一緒に会議室を出ていった。

 

 見送ったクリフはというと、全く刺激されなかったわけではなかったのだが。

 まああそこはそんな広い場所でもないし。ていうか正直全員連れだってトレーニングルーム行くのに抵抗があったのである。女子のトイレじゃあるまいし。

 

 あいつら終わってからにするか、とぼんやり考えつつ。

 一通りくつろいだクリフも結局その日は、これまた真面目に紋章術理論の本を読み始めたソフィアの邪魔にならないよう、諦めて仕事場に戻る事にしたのだった。

 

 

 

 移動のついでに、艦内放送で呼びつけるほどの用事でもないし、明日からの予定を伝えておこうとマリアの姿も探したのだが。

 ようやく見つけた時には「ええ分かってる。フェイト達から聞いたわ」との事。探されるまでもなくさっきその辺で偶然ばったり会ったらしい。

 

 おっさんひとりで狭い艦内だなちくしょうなどと若干虚しい気分になりつつも、今度こそ観念して仕事場に向かい、

 

「珍しいですね。クリフが自分から細事を片付けにくるなんて」

 

 とか言ってきたミラージュにも、「お前も明日から、任せられる仕事は他のやつに任せとけ」と手が空いたら例の対策授業に参加するよう説明して、ぼちぼち真面目に作業記録や通信記録等の目録に目を通すなどして時間潰し。

 

 真面目に仕事中とはいっても……しょせんここは元の時代の刻一刻と変化する情勢も何も関係ない、過去の時代である。

 外交相手やら何やらとの通信システムが軒並み遮断されている状況で、一組織のリーダーとしてやれる事なんかたかが知れてるわけであり、よって正直ヒマである。

 

 ヒマすぎて個人モニター覗いてる途中に、せっかくだからさっき気になった事を確かめてみようと『惑星ミッドガルド』で検索をかけてみたところ。

 ブブーという音とともに、開いたウィンドウが勝手に閉じた。

 

「……おいミラージュ」

 

「やはり一番にひっかかるのはクリフでしたか。フェイトさんの言った通りになりましたね」

 

 やはりミラージュの仕業らしい。

 注意喚起から一日足らずで、他と独立している艦長席のシステムにまで限定的な情報制限プログラムを仕込むとは、さすがの仕事の早さである。

 

「お前なー、ここのボスは俺だぜ? なにフェイトの言いなりになってんだよ」

 

「言いなりだったら今頃クリフの個人モニターは物理的に壊れています。検索時の挙動をシステム強制終了にしなかった事を感謝してほしいくらいですね」

 

 正直クリフの席が艦長席じゃなかったらやっていたという事か。ミラージュなら本当にためらいなくやりそうだから困る。

 純粋な興味だけでこっそり情報を覗こうとした事含めて何も言い返せなくなったクリフに、ミラージュは自分の作業を続けつつ聞く。

 

「彼女の事を調べようとしたのですか?」

 

「ん、ああ、まあな。少なくとも昨日見た惑星概要のトコには、やる気出したら惑星まるごとふっ飛ばせる奴がいたなんて事は一言も書いてなかったからな」

 

 クリフが見た概要にあったのは、まず先進惑星だという事。

 それから惑星の規模、総人口等の数字の羅列に続き、政治形態は民主制であり、現在の代表者の名前はうんぬん……。で、最後備考の欄は空白。

 ようはよそ様に向けて特筆するような事は何もない、至って普通の先進惑星だという事だ。

 

 昨日はなんとも思わず流し読みしたが。今改めて考えると、あれは不自然なほどに『ごく普通の先進惑星』だったのではないだろうかと思ったのだ。

 

 

 いくら何百年も昔の人物だろうと、あんなヤバい奴がいたら普通は備考の欄に名前くらいは載っている。

 

 そんなのいちいち特筆する必要もないくらい当たり前、っていうくらいにミッドガルド星人全員が途方もない「力」を持ってるなんて話は聞いた事もない。大体そんなトンデモ種族がいたらクリフだって『ミッドガルド』の名前くらい、レナスに会う前からちゃんと覚えている。

 

 なによりレナス本人が簡単に人々から忘れ去られるような一民間人などではなく、周りから『創造神』などという御大層な呼ばれ方をされ、大勢の配下もいるという身の上だったのだ。

 アレは間違いなくレナス個人だけが持つとんでもなさと考えていいだろう。

 

 にもかかわらず、あのあっさりとした記述内容は一体どういうわけなのか。

 ただ単に一番目立つ場所に書かれていなかっただけで、もう少し詳しく調べればすぐに出てくる名前、という事だったのかもしれないが──

 

 

(なんかこう、ひっかかんだよなあ。きな臭えとまではいかねえが、うさんくせえっつうか白々しいつうか)

 

 なおも首をひねるクリフに、ミラージュはごく冷静に私見を述べる。

 

「彼女が神様だというのは、本当なのかもしれませんね」

 

「……んな非科学的な。あいつはただ単に、むちゃくちゃ強えだけの人間であってだな」

 

「そう考えるのが一番自然では? 普通の人間ではありえない能力の数々を、クリフは今しがた目にしてしまったのでしょう?」

 

 意地でも認めようとしないクリフを面白がってすらいるような口調である。

 

「転送装置が使えなかった事もそれなら簡単に説明がつきます。つまり神様である彼女の存在は私達人間の持つ機械技術では到底捉えきれない、極めて特殊な構造をしている、と」

 

 うーむと唸るクリフに、ミラージュはさらに冷静に話し続け、

 

「いずれにせよクリフが昨日調べた惑星概要に彼女の名前がなかったという事は、彼女の存在は世に出てはいけないものだったのでしょう。あるいは彼女自身が、歴史に名を残さないようにしていたのか」

 

「……」

 

「偶然に知った過去の時代の、人の身に過ぎたる「力」を必要以上に探る事は、私達未来の人間にとっても好ましい事とはあまり思えません。クリフがこれをきっかけに、現代の交渉相手と対等以上に渡り合える切り札を手に入れたいと言うのなら止めはしませんが──」

 

「バカ言え。俺がそんなコスい手に頼るかよ」

 

「ええ、分かっています。ですから私達も、あなたに安心して行き先を委ねられるのですよ」

 

 最終的にはこの結論誘導である。

 もとからクリフも多少の不自然さが気になっただけで、そこまでの必要性があると踏んで『ミッドガルド』を調べようとしたわけではないのだ。

 自分でレナスの事を必要以上に調べない事を宣言してしまった以上はもう、自身にかけられてしまった情報制限についても納得するしかない。

 

 昨日もうちょっとよく調べておけばよかったぜとか思いつつ。

 結局ミラージュにこの先どうしても調べる必要が出てきたと感じた時には、その都度、自己判断で必要な箇所だけを調べるよう命令し、自分はおとなしく形ばかりの仕事消化に戻る事にしたのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 夜まで適度に時間を潰した後。

 予定通りトレーニングルームに行く前に、通りかかった会議室にちらと寄ってみたところ、先ほど出ていった連中も一人を除いてここに戻っていた模様。

 

 ソフィアは相変わらず真剣に紋章術の勉強をしていて。

 フェイトとクロードは『パラケルススの円卓』上で対戦の真っ最中。

 

「一人足りねえな。あいつは?」

 

「うんー……レナスならもうちょっと残ってるって言ってたわよ。ご飯の後だったから、もう二時間くらいは前の話だけど」

 

 武器の手入れ中という事らしく名刺を一枚一枚丁寧に研いでいるチサトに聞いてみたところ、そんな答えが返ってきた。

 こいつら出ていってから大分時間も経ったし、それからさらに二時間も前の事ならたぶんもう自室にでも帰ったのだろうとてきとーに考えつつ、

 

「別に今日明日で十賢者達との決戦ってわけじゃねえんだ。お前ら、急に張り切るのもいいが程々にしとけよな」

 

 と一応声をかけてから会議室を後にして、トレーニングルームに行った結果。

 

 

「お前なあ。張り切るのもいいが、程々にしとけよな。じゃねえと……」

 

「言われなくても、明日に疲れを残すような愚は犯さないわ。明日からの模擬戦闘には私の精神上での知識が必要不可欠。みんなの役に立つには私がしっかりしていなければならないのに、私がそんな事も分からず無理をすると思う?」

 

「やりかねねえから言ってんだよ、お前なら」

 

 

 まさかとは思ったが、そのまさかの極端な奴がここにもいたようである。

 フェイト達二人と対戦して理想的な勝ち方ができなかったのがよほど悔しかったのか。

 あれはどうせ「力」を使わない事を重視するあまり、本来普通にできる動きさえできてなかった、というだけのオチだったはずだろうに。

 

 呆れるクリフを尻目にレナスは一人、鞘から刀身が飛び出ないよう紐で縛った剣を手に、様々な剣術の型をひたすら繰り出しつつ言う。

 

「私が普段どれだけ「力」に頼っていたか、今日はっきり分かったわ。それだけじゃない。剣の腕も戦いの勘も、何もかも単純に鈍っているのよ」

 

 とかなんとか、レナス本人はものすごく真剣に焦りを感じているようなのだが。

 とりあえず現在クリフが見ている限りでは、レナスの動きはとてもじゃないが長時間トレーニングルームにいる奴の動きには見えないわけだし、それだけ体動かし続けてほんの少し疲れの色が見えている程度の奴に「腕が鈍った」とか言われても困るというのが正直な感想である。

 

「ただでさえ最近は、ろくに体も動かしていなかったから……」

 

 なんというか、ろくに体を動かしていなかった結果がそれかよと。

 それじゃお前以上に休みなしに体動かし続けてるつもりでお前以下の奴全員どうすんだよと。

 

「これから少しでもまともに動けるようになっておかないと、とにかく「力」に頼らない動きを体に叩き込んでおかないと、今の私では、みんなの足手まといになってしまう……」

 

 せめてレナスが今言った「最近」というのが、ここディプロに乗ってから二、三週間の事だと信じたいところである。

 ……まあ今の様子見る限りではどうせ、行きの時は部屋でずっと何もせずじっとしていた、ってわけでもなさそうだが。

 

(いやはやあれだけ盛大に引きこもっといて、やる事はしっかりやってたとはな。真面目ここに極まれりっつうか……心配するだけ無駄だった、つう事かねえ)

 

 そもそもレナスに人間の体の常識を当てはめて考えるという事が間違いだとまたしても忘れているクリフは、足手まといどころか、現状でも十分主戦力レベルなレナスの剣術練武を一通り眺めてから、

 

「とりあえず飯は。ちゃんと食ったのかよ」

「ええ。みんなと食堂に行ってきたわ」

「んじゃもう部屋帰って風呂入ってとっとと寝ろ。明日は遅刻すんなよ」

 

 と命令口調で言い。

 レナスが口答えするより早く、

 

「俺が使いてえんだよ、この場所を。お前はもう十分すぎるほどに使ったんだろうが。あとは明日にしろ明日に。一日だけやる気出したってしょうがねえんだから」

 

 そう理由をつけ、別に一人くらい先客がいたからってそこまで邪魔になるわけじゃないトレーニングルームから、レナスを半ば無理やりに追い出した。

 

 

 ☆★☆

 

 

 翌日からは予定通りマリアとミラージュも加わっての、“創造神レナス”による、神様っぽい「力」対策授業の開始である。

 実戦に入る前に、昨日の段階では手のうち全部を見せていなかったという事もあり、レナスがみんなの前で説明しつつ、思いつく限りの一通りの「力」を実演していった。

 

 いわく、『物質化』とは名の通り、行使者がイメージした『存在』をこうして手にとれる形にして実体化させる「力」である。

 『存在』を実体化できる条件は主に、行使者が元からその存在自体の霊体を有している事、もしくはその存在に関するありとあらゆる存在構成を理解している事などがあげられると。

 

 

「霊体? を持っているって、つまり……どういう事ですか?」

 

「どう言えばいいのかしら。無から創り出すのではなく、目に見えない形ではあるけれど、すでに存在しているものに実体を与えるという事よ」

 

 それでもいまいち分かっていない様子のフェイト達に、レナスは例の浮遊盾をぽんと出現させ、説明を続ける。

 

「例えば、この盾。みんなからすれば、この盾は今一瞬でみんなの前に現れたのかもしれない。でもこれは、こうやって実体化しなくても、私の中にはすでにあるものとして認識されているの」

 

「認識……?」

 

「普段霊体として持ち歩いているものを、必要に応じて実体化してみせただけ、と言った方が分かりやすいかしら」

 

「えーとつまり、レナスさんは最初からその盾を持っていたんですか。あくまでも僕達の目に見えてなかっただけで」

 

「ええ。私もすべてのものを、いちいち最初から創り出しているわけではないの。すでにあるものを実体化するだけだから、完全な無から創るより、遥かに単純で手間がかからない方法だと考えて構わないわ。……こうやって霊体化する時も」

 

 言ってレナスは、出現させた盾をふわっと消してみせた。

 今の説明からすると、ようするに『霊体化』というのは『物質化』の反対、物体を目に見えない形にする「力」と考えていいものなのだろう。

 話を聞いていたマリアが何か思いついたらしく、レナスに聞く。

 

「無から創るより、遥かに単純で手間がかからない……。ねえ、という事は、もしかしたら十賢者も」

 

「可能性はあるわ。私の世界も、みんなの世界の一部分でしかなかったという事は……当然存在構成のしくみについても、私の世界と同じ理が働いていても不思議じゃない」

 

 とレナスは言う。

 

「クロード達が倒した十賢者はあくまで肉体を失っただけで、その後も転生せず、幽体の状態でエクスペルに存在し続けていたのかもしれない。だとしたら」

 

「元凶は十賢者をゼロから創ったんじゃなくて、その辺に浮かんでた十賢者の幽霊てきとーに拾ってきただけ、ってか?」

 

 まとめてみたクリフにもレナスは「ええ」と浮かない顔で頷いた後、

「それどころか──」

 と若干口にするのを迷った様子で、こんなとんでもない事まで言いだした。

 

 

「私の「力」を奪い彼らの肉体を創ったのが、当の十賢者自身だった可能性もあるわ」

 

「……」

 

 

 一同しばし無言である。

 ようやく理解が追いついて「十賢者が、自分で自分を?」「んな無茶な」とざわざわする中、

 

「できなくはないのね? 自分で自分の肉体を創るのも」

 

「さっき言った通りよ。すでに存在するものに形を与えるのは、無から創るより遥かに単純な事だと」

 

 マリアの質問に答えたレナスは、

 

「もちろん盾のような単なる無機物と肉体は、同列には考えられない。その存在構成が複雑であればあるほど、霊体化や物質化も同様に複雑になっていくものだけど──」

 

 そう言うと目を閉じ、みんなの目の前でふわっと自分自身の姿を消してみせたのだ。

 

「レ、レナスさんが、いなくなっちゃった!」

 

 消えたレナスはソフィアの驚きとともにまた姿を現し、

 

「私は私自身の存在構成をはっきり理解しているから。存在が霊体化していようと、行使者に知識と自我があれば、物質化で肉体は創り出せる」

 

 と眉を寄せつつ、言葉を続ける。

 

「だから……何らかの理由で自我が残っていた十賢者自身が私を呼び寄せ、私の「力」を奪って、自らの肉体を得た可能性もあるわ」

 

 つい当時の事を思い出してしまったらしい。

 レナスは途中でため息をついて頭を振った。

 

「この世界を壊すために。私にあの“声”を聞かせたのも、全部……」

 

「だとしたら、本当に許せない奴らだな。絶対に倒さないと」

 

 すんなり納得したらしく憤るクロードに、異を唱えたのはクリフだ。

 

 

「ちょっと待てよ。元凶がそもそも十賢者って、そりゃいくらなんでも無理がねえか?」

 

「なんでですか? あいつらなら悪霊になっててもおかしくない。レナスさんを卑劣な罠にかけたのだって、いかにもあいつらがやりそうな手口じゃないか」

 

「その辺に関してはよく知らねえが。十賢者が元凶なら、あのクソふざけたメッセージはなんなんだっつうな。あれも十賢者がよくやる手口なのか?」

 

「……。それは」

 

「やんのか? 十賢者が、わざわざモールス信号で『宇宙マジヤバい』を」

 

 

 ごもっともな疑問を投げられ、クロードは言葉に詰まった。

 チサトも真面目に首をひねって答える。

 

「……うーん。やらないんじゃないかしら、十賢者は。『貴様らの世界滅ぼしてやるから首を洗って待っていろフハハハハ』、みたいなのならありそうだけど」

 

 それでも十賢者が全部悪い説をなかなか捨てきれないらしい、クロードが

「いやでも。あいつらならもしかしたら、そういう嫌ないたずらまでやるかもしれないし」

 と頑張る中。

 

「ええ分かってる。これはあくまでも可能性の話よ。元凶は別に存在していて、十賢者は本当にその者に創られただけだったのかもしれない」

 

 言い出したレナスも、あっさりクリフの疑問に同意した。

 

 

「私が言いたかったのは……元凶が何者か分からない以上は、今現在私の「力」を持っている存在が誰であっても不思議ではないという事。だから」

 

「一度倒した奴が相手でも気を抜かないように、ってか」

 

「まあそんなところね。例えば以前は格下だった相手が、一人で武器も持たずにいるからと安心していると。こうやって──」

 

 レナスが前方に手をかざすと、話を聞いていたフェイト達の後ろから手ごろな大きさの槍が急に姿を現し、レナス目がけてすっ飛んできた。

 ぎょっと驚く一同の間をすり抜けてきた槍を、レナスはなんなく手に取り、

 

「今のはあらかじめあちらに配置しておいた霊体状の槍を実体化し、手元に引き寄せた場合ね。こういう風に背後から思わぬ奇襲を受ける可能性もあるから、できる限り注意は怠らない方がいいわ」

 

 そう言った後、

 

「もっとも十賢者の危険性については私なんかよりクロードやチサトの方がよほど詳しいはずだから、こんな事、今さら私から言う事でもないとは思うけれど」

 

 とまとめてから、再び「力」の説明に戻ったのである。

 



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10-2. やる気と現実

 そうやってレナスによる一通りの実演および説明が終わった後。

 休憩もかねて全員いったん現実世界に意識を戻し、マリアの方がレナスにとっては見慣れない武器である、『銃』の攻撃特性について軽く説明。

 

「弦を引く動作のない、クロスボウのようなものと考えていいのかしら」

 

「中世時代に使用される弓の一種? これにも装填時間はなくはないけど、確かにああいうのに比べたら一瞬で撃てると言ってしまって構わないでしょうね」

 

 レナスなりに自分の世界にあるものに例えて『銃』への対処法を考えたらしいところで、再び円卓上に意識を戻し、さっそくレナスを相手にした複数対一のバトルシミュレーション開始である。

 

 

 当初はレナスには思う存分「力」を使ってもらう予定だったのだが。

 昨日の出来事に遭遇したフェイト達一同みんな、実際に本気出されたら戦闘開始直後に隕石衝突跡イコール即全滅という結果になるような気しかせず。それじゃ全く鍛錬にならないという事で、多分の温情をかけた動きをしてもらう事になった。

 

 レナス自体は積極的には動かずみんなの攻撃を受ける側にまわり、攻撃しているこちらに明らかな隙ができてしまったら、指摘の意味も込めて攻撃に出る。

 慣れてきたら少しずつ制限を緩めるとは言ったものの、それだけの条件をつけてもらったのだ。

 

 ようするにほぼ棒立ち状態の一人に全員で総攻撃をしかける、という非常識にもほどがある練習方法なのだが、いかんせんそのただ一人の能力自体が非常識極まりないので仕方ない。

 そもそもこちらが出した条件というより、レナス自身が

 

「大抵の「力」は行使者の集中が途切れたら使えないはずよ。こういう場合、なにより連携を意識した戦いが有効だと思う」

 

 と提案したところが大きいのだ。

 というか結局そこまでしてもらってからに、案の定こっちは散々な戦いぶりを披露するはめになったわけだし。

 

 

 

 初戦はフェイトとクロードとチサトとクリフとミラージュようするにレナスを囲んだ前衛全員がいっぺんに攻撃の順番を人に譲った結果、二秒くらいの長い沈黙を経てレナスが上空に飛び上がり槍が降ってきて終了。

 ソフィアなどは最初の紋章術を詠唱中の間の出来事である。

 

 二戦目は前回の反省を踏まえ、前衛の数をばっちり息の合うクリフ、ミラージュの二人のみに削減。

 さっきよりはマシだったが、これまたお互い呼吸の分かる後衛マリアによる援護射撃を厄介なものだと即認識したらしく、さっそく攻撃の隙をみつけたレナスが最優先でマリアに弓矢攻撃。

 同じくソフィアも回復術発動前にレナスにやられ、剣による近接攻撃もちょいちょいされ、やはり武器が拳の二人だけでは大変厳しい戦いを繰り広げていたところで後衛にまわったクロードが

 

「みんな、技を出すから避けてくれ!」

 

 と事前に宣言。

 そして出した結果の『空破斬』がぶっちゃけ(ソフィアでも避けれるなこれは)みたいな速度の地を這う衝撃波だったために槍が降ってきて終了。

 

 

 三戦目はちょっと発想の転換をしてみた。

 ずっと隙を与えないようちまちま攻撃し続けるより、いっその事大技で一気に決めるとかどうだろうという事で、各自技を思いっきりぶっ放してみる事にしたのだ。

 

 前回の失態を引きずっているクロードが

 

「僕の空破斬が、遅いからッ! だから全滅したんだ!」

 

 とか言いつつ後ろの方でひたすら『空破斬』を繰り出し続けている中。

 レナスもみんなの好きなようにやらせてみる事にしたらしく、今回は一切手出ししないでおとなしく技を受ける事を宣言。

 

「確かにみんなの最大火力を見ておくのも必要ね。いいわ、一度にかかってきて」

 

 という事なのでとりあえず、詠唱時間の関係で攻撃タイミングを合わせづらいソフィア、遠距離技を持たないミラージュ、および特訓中のクロードを除いた四人で一斉に、レナス目がけて『イセリアルブラスト』『バーストエミッション』『マックスエクステンション』『チアーガス』をぶっ放してみた。

 

 結果、レナスどころか周辺の地面が根こそぎ消滅。

 

 これはさすがにやりすぎてしまったかもしれないとみんなして察したところで、レナスの姿が、かなり離れた場所からふわっと現れたのだった。

 

 レナスもさすがに危険を感じたので肉体を霊体化して緊急回避したのだとか。

 聞いたフェイト達も渾身の一撃をあっさり避けられたとかいうショックより、正直なところ無事でよかったというのが主な感想である。……いやどうせシミュレーション上での事だし直撃していてもまあ本人は大丈夫なわけだが。なんとなく、気分的な意味で。

 

 

 それはともかく。

 受けると宣言したのに思わず避けちゃったレナスも認めた通り、火力面は当たりさえすれば十分足りているという事は分かった。

 半面、その当たりさえすればという面が目下最大の課題となった事もはっきりしたわけだが。

 

「どれだけ痛い攻撃でも、『霊体化』で逃げられてしまえばすべてノーダメージ。なかなかに厄介な能力ね」

 

「これは私も瞬時にできるものじゃないから。相手が私と同等以上に「力」に慣れているという事でもない限り、交戦中ならよほどの隙を与えなければ大丈夫だとは思うわ」

 

「瞬時にはできないはず、って……ねえ?」

 

「当たる直前まで姿見えてた人に言われても説得力皆無なわけですが」

 

「まあしゃーねえな。なんにせよ避けられたら意味がねえんだ。言われた通り地道に連携意識していく、つう手しかねえか」

 

 そんなところで、その日の全員での想定演習はひとまず終了だ。

 各自自由行動となった後も、フェイトなどは昨日と同じく張り切ってトレーニングルームに直行。

 

 これまた昨日と同じように備え付けの機具を使った運動、あるいは開けた場所で人と現実世界でできる範囲の手合わせなどをして。

 思いっきり汗をかいた後は、昨日と同じくもう少しだけ残ると言ったレナスと食堂で別れてまた会議室に戻り。

 ここでも同じく人を相手に対戦、あるいはフィールド上に設定しておいた頑丈な案山子相手に連携練習をするなどして、気の済むまでイメージトレーニングの続きに勤しんだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 七対一とだけ聞けば、こちらの圧倒的有利に思えるが。

 その顔触れは全員が全員長年肩を並べて戦ってきた間柄でもない、いわば寄せ集めのチームだ。

 いくら大勢で一人を囲もうと、遠慮がすぎれば相手に隙を与え、反対に主張しすぎれば同士討ち。相手が全く動かない的だったとしても、大勢で絶え間なく一人を攻撃するというのは案外難しいものなのだ。

 

 よって次の日の七人全員揃った想定演習では、戦闘ごとに前衛後衛各人の役目が立ち替わり、この七人での理想的な攻撃フォーメーションを模索した。

 

 この時点で出た結論は、前衛の数は少なすぎると当然レナスを抑えきれなくて、かといって多すぎても前衛同士の連携が難しくなり、さらにソフィアやマリア等後衛の邪魔にもなるという事。

 よって前衛は二、三人がベスト、残りは後衛にまわり援護攻撃または術での補助など、とにかくパーティーが壊滅しない事を優先した立ち回りをするのがいいという方向性だけ決めて演習は終了。

 

 その後は前日と同じようにして一日がすぎ。

 その次の日の想定演習で、なんとようやく、

 

「そもそもこのメンツで七人連携やろうってのがまず無理なんじゃねえのか」

 

「私、機械操作メインなら中衛やれるわよ? ただ現実世界で今使えるかって言ったら……名刺とスタンガン以外は帰ってプリシスにお願いしなきゃだけど」

 

「わたし一人で補助と回復と攻撃全部やるのは、ちょっと……」

 

「大体の術師もエクスペルに残ってるんだよな。レナとかセリーヌさんとか、メルティーナさんとか」

 

「……ここにレナがいればなあ」

 

 という根本的な前衛の過多が判明。

 剣士二人の格闘三人。ソフィアとマリア以外みんな前衛だったのである。

 

 

 遠距離技もない事はないが、ぶっちゃけ使えないクロードの『空破斬』(特訓なお継続中)以外、どれも前衛を巻き込む可能性の高いものばかりという悲惨さ。

 

 もうしょうがないのでこの際七人全員での特訓は諦め、剣組と格闘組の二チームに分けて連携練習を続ける事に。

 引き続きフェイト達の特訓に付き合ってくれるレナスにも、これからは

『姿は見えてないけど実は紋章術で防御バリアはり続けてるレナがいるから後衛への攻撃は効かない』

 という脳内設定でさらに手心を加えてもらう事になった。

 

 レナスおよび後衛の二人には両組の演習に入ってもらうので、一チーム辺りの練習時間も単純に半減。

 正直なんともいえない方向性の演習になってしまったが、だって人が足りていないんだからしょうがない。

 

 必ずこの七人でレナスさんの「力」持ってる相手と戦うってわけでもないし。

 帰り道ずっと待機で体鈍らせたくないから鍛錬頑張ってるだけだし。

 一応なんでもありなわけでもなく『でも後衛の元に直接辿り着かれたらレナバリアは無効』っていう、形だけは実戦に沿っているっぽい制限もつけておいた事だし。

 

 それに存在していない人をあてにしてるわけじゃなく、エクスペルに戻ったらちゃんといる人なのでたぶんセーフだと思う。

 

 

 まあそんな経緯ではあるが、後衛への遠距離攻撃なしというのは実際かなり大きな有利を得た。

 攻撃が飛んでくる心配がないので(ていうか今までは確実に飛んできていたわけだが)、マリアとソフィアも援護攻撃や前衛の支援に集中できるようになり、フェイト達前衛もレナスを直接後衛に近づかせない事だけを気にしていればいいようになったのだ。

 

 もちろんその分だけレナスも棒立ちを止めほどほどに移動をするようにもなったし、前衛への攻撃に力を入れ始めるペースも速くなっている。

 新ルールで始めたばかりの今の段階ではまだ、気を抜いたらこちらがやられるというほどに彼女が追い詰められている気はしないが。とりあえず七人全員で無理やり戦ってた時より本気を出してくれている事は間違いない。

 全力でぶつかって鍛錬をしたいフェイト達にとってもなによりの傾向である。

 

 

 で、肝心の連携練習はというと。

 フェイトの場合、後衛のソフィアとマリアについてはすでに知った仲だ。お互いの戦い方もある程度分かっているので特に問題はなかった。

 

 肝心の前衛をやる相方クロードについてだが、このディプロに乗るまでに彼と肩を並べて戦った事は、片手で数えるほどしかない。

 行きの時にもよくやってた対戦ゲームで彼の戦い方はなんとなく掴めてきてはいるが、それもなんとなくであり、実際何度か一緒にレナスに挑んでみても、とても阿吽の呼吸ができているとは言い難い結果になってしまった。

 

 なんというか、肝心なところでお互い遠慮が出てきてしまうというか。

 フェイト個人の演習目標としては、彼との連携をどれだけうまくやれるかが今後も最大の鍵になりそうなところだ。

 

 

 それとフェイト個人の演習時間が減った分、現実世界で肉体トレーニングする時間を増やしたのだが、こっちの成果はたぶん相変わらずといったところか。

 

 まあこの辺はたった数日で大きく変わるものでもないし、一応体が鈍らない程度以上には動いているので問題はないと思う。

 時間が合う時、手合わせをよくしてくれるレナスにはやっぱり負けてばかりだが。

 

 こっちだってそれなりに腕を磨き続けているはずなのに、一向に差が埋まった気がしないというか。

 クロードとコンビを組んでの二対一という事までやってようやく勝率三割なのだから、一対一での結果などお察しである。

 なんかもう最近は、彼女の剣技により磨きがかかってきているような気すらするのだ。

 

 

「これはあくまで能力が制限された場所での結果よ。あなた達に本気を出されたら、今の私ではどうなるか分からないわ」

 

 とか真面目に言われても。

 場所柄上、向こうもリンガの聖地の時みたいな本気を出してないのはまるわかりなのでなんの慰めにもなりゃしない。

 

 一緒に旅してた頃のあの堂々としたサボりっぷりは一体何だったのかと、真剣に本人に問いただしたくなるような剣さばきである。

 そういやここ数日は特に、会議室で演習に付き合っている時間以外はほぼトレーニングルームにこもっているような感じだし、実際は鍛錬がとても大好きな人だったのだろう。

 いや、そうでもなければそもそもここまで強くはならないとは思うが。本当にあのサボり時期は一体何だったのか。

 

 

 正直彼女に関してはもう現実世界ですら勝てる気がしないので、クロードともども諦めている。

 こっちももっとたくさん体を動かし続けていたい気持ちだけはあるけども、無理しすぎて次の日に響いてもしょうがないし。

 

 人間勝つ事だけがすべてではない。常軌を逸した人を目の前に、たまにはどれだけ追いすがれるようになるかを目標にしてもいいじゃないかとフェイトは思うのだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そうやって数人での想定演習が始まってから、また何日かがすぎていった。

 

 この時点で現実世界での方のフェイト個人とレナスとの手合わせはというと、一対一は相変わらず。クロードとコンビを組んだ場合は二回に一回勝てるかどうかというところか。

 お互い本気でぶつかれない場所での結果だし、フェイト達が強くなったという証明にはならないとは思うが。まあ一応は連携練習の効果が出ていると考えていいのだろう。

 

 そんなこんな、現実世界でのトレーニングは、そこそこ上達したような変わらないような。

 一方、円卓上での演習はみんなほんの少しずつではあるが、順調にお互いの戦い方や、近接攻撃中に特殊技を組み込む攻撃方法などを徐々に学んでいき。あとクロードが特訓中の『空破斬』は、なんかだんだん黄色みを帯びていき。

 

 それに付き合っているレナスもその分だけ徐々に、瞬間的な本気を出す場面が増えていったのだが──

 

 

 順調に航行を続ける宇宙艦ディプロが、惑星エクスペルへの帰路を三分の二ほど過ぎた頃。

 現実でも演習でものめり込むように鍛錬を続けているフェイトやクロードに、ほどほどに鍛錬を続けているらしいクリフがなにか嫌な予感がしたのか、

 

「お前らその向上心は結構だが、負けず嫌いを不必要に刺激すんなよ」

 

 という謎の釘を差した、まさにその次の日。

 そんな戦いづけの日々は、突如縮小を余儀なくされた。

 

 

 

 その時“創造神レナス”と激しい戦闘を繰り広げていたのは、フェイト、クロード、ソフィア、マリアの四名。

 

 ここ最近フェイト、クロード両名による隙を与えぬ近接連携攻撃がなんとか形になってきたという事で。

 かねてより四人で相談していた、避けられない本気の一撃をレナスに与えるための案を、いよいよ実践してみようという事になったのである。

 

 

 まずは定石通り、戦闘開始直後にマリアがレナスに遠距離攻撃。相手が攻撃を回避しているその間にフェイト、クロードが接近し、マリアを交えての遠近連携攻撃をしかける。

 

 ここでいつもは攻撃威力上昇の『グロース』や身体能力向上の『エンゼルフェザー』等、他の味方の補助術に専念しているソフィアが別の紋章術を詠唱。

 今回選んだのは敵単体の頭上から拘束効果のある雷を落とす攻撃術、『サンダーストラック』だ。

 

 詠唱が終わるぎりぎりまで近接攻撃を続けてから、フェイト、クロードの二人は術に巻き込まれないよう一歩下がる。

 もちろんこの時にも隙を与えないようマリアの援護射撃に合わせて、下がる際に技を放つ事も忘れない。

 

 目論見通りソフィアの術は命中。

 レナスはというと自身の周辺に特殊な障壁を展開。

 フェイト達が放った技と同様にダメージは与えられていないようだが、目的はその場から動けないようにする事なので問題はない。

 

 術の発動時間は数秒ほど。この間に遠距離にいたマリアが自ら前に出る。

 レナスの方はというと障壁の中で、近づいてくるマリアに一瞬やや面倒そうな表情をした。

 

 

 ここ連日レナスと戦ってみて分かったが、どうやら彼女はマリアが持つ銃での攻撃を苦手としているようなのだ。

 

 他の人の攻撃は浮遊盾や剣で受けるなり障壁で無効化するなりしているのに、マリアの攻撃だけは必ずといっていいほど受けずに回避している。

 理由もマリアから聞いているので分かっている。

 というか、もしフェイトがレナスの立場だったらたまったもんじゃないだろうなとも思ったが──まあ使えるものを利用しない手はないだろうと。

 

 この戦法を提案した時のマリアは正直怖いくらいにやる気の目をしていた。

 彼女の性格上やられっぱなしは我慢ならないというのは分かるが、まさかはっきり表情に表れるほどとは。

 戦いに消極的なソフィアですら「やめようよ」とは言わなかった辺り、二人ともフェイトやクロードの倍はこのバトルフィールド上で戦い続けているせいで、精神的な疲労というかストレスが想像以上に溜まっていたのかもしれない。いよいよ抑えがきかなくなった結果だと思われる。

 

 

(……これは確かに、負けず嫌いは敵にまわしたらダメだよな)

 

 と正直マリアの事を偉そうに言えないフェイトは、マリアとは反対に後ろに下がって「力」の発動準備。

 

 手に握った剣は下に向けたまま、状況の対処に戸惑った様子のレナスを前に、紋章術の効果が切れるより前に、タイミングを合わせてクロードが完全に黄色くなった『空破斬』を放つ。

 結局威力が上がっただけでこの衝撃波が速くなる事はなかったが、今回は近距離で当てにいっているので何も問題はない。

 

 これも避けずにレナスが障壁で防いでいるところで、辿り着いたマリアが至近距離から拡散レーザー『プルートホーン』発動。

 レナスは今度ははっきりと焦りの色を示した。

 

「ち……っ!」

 

 避けきれず障壁と浮遊盾の両方で防いだレナスに、すかさず二撃目の『空破斬』。

 

 先ほどの攻撃で脆くなっていた……いや脆くされた浮遊盾を壊され。

 なお襲いかかってくる衝撃波を障壁で防ぐのにレナスが若干手間取った瞬間を狙って、さらにマリアが()()()()()()()()()()()()()()()弾速の遅いエネルギー弾、『グラビティビュレット』を放って後ろに下がった。

 

 放たれたエネルギー弾はやはり、障壁を一切無視してレナス本人に直撃。

 マリアの持つ特殊能力『アルティネイション』で障壁のみを透過するよう、弾自体を改変した結果である。

 

 レナスの動きを封じている重力の檻が壊れないよう集中を維持しつつ、マリアはふうと息をつく。

 

「ぐっ……こんな、もの」

 

「よかったわ、そこそこ効いてるようで。この状態で障壁もすぐ張り直されたら、さすがにどうしようかと思っていたのよ」

 

 何気にこの時点でレナスにまともなダメージを与えられたのは今回が初なわけだが、これが実戦ならまだまだ相手を倒したとは言えない段階である。

 

 という事でクロード達も安全圏に下がっているようなので、弾速の遅い重力の檻に引きずり込まれている体を引きはがそうと、レナスが必死にもがいている最中。

 それまで破壊の「力」をしっかり溜めていたフェイトはためらいなく、自身最強の必殺技である『イセリアルブラスト』を発動。

 

 

「これが耐えられるなら、耐えてみせろ!」

 

 

 確実に避けられない状態のレナス目がけて特大ビームを放出しつつ、

(これはさすがにやったか!?)

 と心の中で特大フラグを立ててしまったところで。

 

「……っ」

 

 ぎりぎりまで追い込まれすぎたレナスは、マリアの作り出した重力の檻を、本気の力ずくで破り、

 

「こんな、もの──!」

 

 そのまま本気の本気を出して、襲いかかってくるフェイトの「力」も、無理やり変換して自分の「力」に加えた後。

 

 さらに加減がきかなくなったのか、そのまま本気の本気を出しすぎて、自身を中心とした「力」の大爆発を起こしたのだ。

 

 

 限られた大きさのバトルフィールド上でなおかつ、その爆発のほぼ中心部にいたフェイト達自身には、その爆発の正確な威力は分からなかったが。

 体感的な事でいうと、あれはたぶん、最近もはやお約束になってきた槍投げの比ではなかったのだと思う。

 

 この閉じられた世界中、何もかもが強く輝く光の中で

 

(これは確かに、やる気出したら星一個壊せるはずですね)

 

 という諦めの境地でとっとと意識を手放す。

 

 

 そうして現実世界に意識が戻った時。フェイト達が目にしたのが御覧の通り──

 無残に砕け割れ、完全に使い物にならなくなった『パラケルススの円卓』の残骸という次第である。

 

 

 

 あげく円卓上のバトルフィールド崩壊に巻き込まれたのか、それとも本気出しすぎて疲れたのか。

 いつもならフェイト達を全滅させたすぐ後には起きてくるはずのレナスが、目を覚まさないまま。

 

 大変な事になってしまったどうしようと慌てふためきつつ。四人でレナスをとりあえず彼女の精神が残っているかもしれない、円卓の残骸一式とも一緒に医務室に搬送……

 ……したのに、なんとよりにもよってこんな時に現代技術による機械を使った大抵の医療設備が、転送装置同様レナスには使えない事が判明。

 医者の方もびっくり仰天して頭を抱えつつ、なんとか使えそうな機械で体温測ったり脈拍とったり、果てには円卓上のホムンクルスの方を入念に調べ始めたり。

 

 そうこうしているうちにダメ元でやってみたソフィアの状態異常回復術『キュアコンディション』が効いたのか、それともただ単に時間が経って覚醒しただけなのか。

 最終的に、レナスは一応無事に目を覚ましたのだが。

 

 

 ☆★☆

 

 

「で、お前ら全員やる気出しすぎた結果こうなったと」

 

 騒ぎを聞きつけ医務室にやってきたクリフは、やりすぎたフェイト達四人とぶっ壊れた『パラケルススの円卓』および、ぶっ壊して寝て起きてまだ眠そうなレナスを一通り見比べた後、盛大にため息をついた。

 

 少し頑張りすぎなきらいはあっても、お互いに刺激され能力を高め合っている事自体は悪くない事だしと、個人の好きにやらせていたのだが。

 こうなったらいよいよ何も言わないわけにはいくまい。

 

「ったく、お前まで何やってんだよマリア」

 

「言わないで。自分がどうかしていた事くらい、私も分かってる。力を制限して戦闘に付き合ってくれていただけの相手を、ルールの隙をつくようなやり方で負かそうとしたんだから」

 

 四人とも正気に戻って素直に反省している事だし、うつらうつらしてるもう一人はどうせ今何言ったって耳に入っていないだろうしで、やってしまった事に対しての説教はほとんどなし。

 

 ただクリフは、全員まとめて今日と明日は一切の鍛錬禁止。

 体と頭をしっかり休める事と、さらに今後も決まった時間以上は鍛錬してはいけない事とを、決定事項として言い渡したのだった。

 



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11. 努力の方向性

 私は一体、何をやっているんだろう。

 

 毎日毎日、私はこうして私自身の心を責め苛む事の他に、一体何をしているというのだろうか。

 私のせいで、こんな事になったのに。

 それなのに。私以外のみんなは、私と違って、懸命に前を見ているのに。

 なのに、私は──

 

 ずっとこんな夢に閉じこもっているだけの私を知っても、あのこはきっと、今までと同じように、また私に笑いかけてくれるのだろう。

 大丈夫、そんなに心配しなくてもなんとかなると。

 

 

 こういう時、本当は優しさに甘えてはいけないのだという事くらい、自分自身の臆病さを、よりによってあの優しさのせいにする事自体が卑怯なのだと、私にだってわかっているはずだ。

 

 でも結局、私は私のままだ。

 いくら劣等感や焦りを抱いていようと、私自身がこの感傷を切り捨てようとしないかぎりは、臆病な私の本心もずっと、それに縋ったまま。

 

 だから、どんなに私の心が私を蔑んでも。

 私はこうして、いつまでも、こんな夢の中に佇む事しかできないのだろう。

 

 

 ☆★☆

 

 

 丸一日の休養命令が解けた翌朝。

 おとといや昨日の夜と同じく通りがかりに医務室に様子を確認しに行ったところ、さっそくベッドがもぬけの殻になっていたと。

 いつぞやと同じくレナスの面倒見を任せていたミラージュから報告を受けたクリフは、トレーニングルームに入ってすぐ、予想通りすぎた光景に小言を漏らした。

 

「お前、張り切るのもいいがマジで程々にしとけよ。じゃねえと俺らが死ぬ。主に場所的な意味で」

 

「心配しなくても、今の私にそんな力はないわ。あれはあくまであの円卓上に限った失態。現実には「創造の力」どころかごく単純な「力」の行使さえできないのに、ただの剣一つで、鉄でできたこの壁に大穴を開けられると思う?」

 

「やりかねねえから言ってんだよ、お前なら」

 

 ひとり鞘付きの剣を振るい続けるレナスは、クリフの小言もなんのその。むしろ鍛錬のやりすぎ禁止令を出される前よりも、動きに激しさが増している始末。

 限られた時間を精いっぱい有効に使ってやるという事らしい。

 

(やっぱ懲りてねえな、こいつ)

 

 おとといの騒動の時はその後そのまま翌日の朝までずっと、軽く半日以上は眠りこけてたらしいくせに。謹慎処分が解けるなりこれかと。

 

 

 やらかしたもう一方の四人はというと、騒動の後は意気消沈と『パラケルススの円卓』がなくなった会議室に戻っていっておとなしく日を過ごし、その後も各自早々に自室に戻って寝たらしいというのに。

 

 同じ格闘組のクリフとミラージュに合わせてほどほどに鍛錬していたはずなのに、知らない間に『パラケルススの円卓』がぶっ壊れてるわレナスが医務室に運び込まれているわで、困惑やら心配やらしていたチサトですら、

 

「ひとりで会議室いてもしょうがないから、私もそれからすぐに部屋戻ってさあ。今日なんか寝すぎて逆に調子悪いくらいなんだけど、トレーニングルーム使っちゃだめ? ……なのよねえ」

 

 とか言いつつも、休養命令の出たみんなに合わせてちゃんと一日休んだというのに。

 

 ひたすらしょんぼりしていた奴らは、クリフと同じく翌日医務室にお見舞いに行って、レナスが普通に起きている姿を確認してようやく元気になったものの。

 この一件についてはしっかり反省したようで、今後は白熱しすぎないようにしようねと口を揃えて言っていたのだ。

 

「レナスさん、本当にすみませんでした。僕達本当に、あの時はどうかしてて」

 

「どうかしていたのは私も同じよ。力の加減を完全に間違えて、大切なアイテムを壊してしまった。──みんなはこの短期間で、私をあれだけ追い詰めるような戦いができるようになったのだから。十分誇っていい事だと思うわ」

 

 そんなやり取りをしていた通り、お互い根に持つような結果にならなかった事は幸いなのだろうが──

 

 

「少し追い詰められただけで、あの有様。あんな簡単に平常心を失うなんて、私は今まで何を学んできたのかしら。……もし、現実であのような「力」の使い方をしてしまったら。身も心も、もっと鍛えないと……」

 

 だからむしろ鍛える事に熱中しすぎたせいであの有様なわけだが。

 力の限りに思いきりやっちゃったのだってどうせ負けたくないあまりむきになってつい、とかいうオチだろうに、レナス的にはどうやらそういう結論になってしまったらしい。

 

(俺は頭もちゃんと休めとけと言ったはずなんだが……ああそういや、こいつあの時寝てたな)

 

 鍛錬やりすぎ禁止令自体は、翌日レナスが起きた際、改めて個別に言ってあったのだが。

 一番言っとくべき奴に一番伝えるべきところを省略してしまったかもしれないと、クリフがその時の自分の言動を思い返そうとしていると。

 

 それまで一生懸命動き続けていたレナスが、突然剣を下ろした。

 

「ん? どうした」

 

「どうしたも何も、鍛錬のできる時間は日ごとに制限されているんでしょう。あとは時間を置いてからにするわ。まとめてやっても効果は薄いもの」

 

 そこだけはきちんと守るらしい。やはり真面目か。

 あとは「程々にする」の部分をちゃんと守ってくれれば言う事なしなのだが、と正直思っているクリフに、剣をベルトに納めたレナスが聞いてきた。

 

「それとクリフ。今日はもう部屋に戻っていいのよね」

 

「あー。別にいいんじゃねえの? まああそこが気に入ったってんなら、好きなだけいてもいいぜ。お前の事存分に調べたそうなやつも常駐してる事だしな」

 

 

 レナスが医務室に運び込まれたばかりの時は、現代機械技術ガン無視というレナスの非常識な特異体質にぶっちゃけ匙を投げる寸前だったらしい医者も、事態が大事に至らなかったと安心できた今は、ブラックボックスのかたまりとしてレナスに大変な興味を抱いているらしい。

 

「紋章術による回復は効くって事は、臓器の位置とか大まかなしくみは私達となんら変わらないって事よね。なのに機械はダメって……こんな事って本当にあるのかしら? 例えばだけど、風邪薬なんかは? 私達のと同じ成分が有効に働く? 前リーダーの場合に当てはめたら、多少特別でも問題なく使えるって事なんでしょうけど……」

 

 とかなんとか、どこも悪くないのに念のためという理由で医務室にもう一泊させられる事に嫌そうな反応を示したレナスの脈をとりつつお熱を測りつつ、独り言を延々呟いていたのだ。

 

 

 ──それでもって今日医務室を抜け出して早々、クリフにこんな事を聞いてくる辺り、レナスにとって案の定昨日は居心地がよろしくない一日だったらしい。

 クリフの茶化しに真面目に答え、レナスはトレーニングルームを出ていった。

 

「色々よくしてくれた彼女には悪いけど。夜は、一人になりたいのよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 『パラケルススの円卓』が壊れてしまった事で、現在ディプロ艦内にいるみんなができる鍛錬は従来通りの方法、つまりトレーニングルームで直接体を動かす方法しかない。

 クリフが直々に鍛錬のやりすぎ禁止令を出すまでもなく、フェイト達は行きの時と同じようにほどほどに鍛錬しつつ、惑星エクスペル到着までの残りわずかな日を、肩ひじ張らずに過ごすという生活スタイルに自然と戻っていったのだ。

 ただ一名を除いては。

 

 レナスは限られた鍛錬の時間を、他の誰もトレーニングルーム使っていない時間帯を狙って、最大限有効に使う事にしたらしい。

 朝の鍛錬が終わった後は会議室に行き、みんなと一緒に時間を過ごしていたものの。「これから一緒にトレーニングルーム行きます?」という誘いも断り、ほどほどにいい汗かいてフェイト達が戻ってきた頃に、今度はひとり席を外したのだ。

 

 行き先は言わなかったが間違いなくトレーニングルームであろう。

 誰もいない朝にレナスがひとり必死こいて剣を振っていた事を知らないフェイト達は、誘いを断られた事についてもなんとも思わず。彼女も自分達と同じように今日からはほどほどに鍛錬する事にしたんだな、ぐらいにしか思っていなかったようだが。

 

 こんな一日の過ごし方をはたから見ていて、クリフが内心思った事はもちろんフェイト達とは別だ。

 つまり、こいつはどこまでも極端な奴であると。

 

 

 

 改めて言うまでもない事だが、自分達が今いるのは宇宙空間を航行中のディプロの中。

 レナスが今散々に剣を振るっているであろうトレーニングルームも、当然ながらその中の一室である。

 

 宇宙とはすなわち、人が吸える空気も何もない空間。

 そんな場所を航行中の艦に穴を開けたら一体どういう事になるか。

 

 ミラージュは、クリフほどには事態を深刻に考えていないのか、

 

「大体あいつすでに十分強えじゃねえか。フェイトもクロードも散々負かしてるっつうのに、何が気に食わねえっつうんだか」

 

「すでに十分強い彼女だからこそ、では?」

 

「あ?」

 

「彼女自身には鍛錬の成果を実感できる機会がなかったわけですから。どれだけ強くてもこれで終わり、というようには思えないと。気持ちは分からなくもないですね」

 

「……そうは言うけどよ。だからってじゃあどうしろっつうんだよ。あいつを満足させんのはどうしたって無理だぜ。艦が壊れる壊れねえ以前に、あいつ以上に強い奴なんざ知らねえしよ」

 

「そんな事は彼女も十分承知の上でしょう。分かっていてそれでも自分の納得がいくまで剣を振り続けるというのなら、私達も今までと同じように、ある程度は彼女の好きにやらせてあげればいいのではないでしょうか」

 

 ぶっ壊し事件の翌日。

 医務室に様子を見に行った時点で、すでに思いっきり鍛錬したそうな顔をしていたレナスの処遇に頭を悩ませていたクリフにも、そんな寛大な事を言っていたが。

 何を能天気な事を、といったところである。

 

 クリフだって元々、あまり細かい注意なんかしたくないタチの人間だ。

 レナス本人も円卓上で自分本来の「力」を披露しまくる事の重要性を十分に分かっていたとはいえ、ついむきになってあんな事をやらかすほどに、レナスの精神を自分達の鍛錬に散々付き合わせていた事に負い目を全く感じていないわけでもないし。

 ここがだだっ広い草原のど真ん中であったなら、多少大地が裂けようが抉れようが、(頑張ってやってんな)くらいにしか思ってなかっただろう。

 

 しかしここは宇宙空間なのである。

 本気出したら星一個ふっ飛ばせるような奴がむちゃくちゃやる気出してたら、そりゃもう何を差し置いても「程々にしろ」にもなるというものだ。

 

 

 

 そんなこんなで夕方にも今朝と同じく、レナスの頑張りようを呆れ果てつつクリフは確認しに行ったのだ。

 やってきたクリフにレナスは一瞬怪訝そうな顔をしたものの、それ以上に時間が惜しいのか、何も言わずに剣を振るい続けていた。

 

 

 レナスの鍛錬は今朝と同じく、フェイト達と普通に手合わせしてた頃より激しさを増している。

 そこら中飛んだり跳ねたり壁や天井蹴って方向転換とか、正直これを剣士と思っていいのか分からないくらい頭のおかしい動きをしていらっしゃるのだが、それでも一応加減はしている様子。今のところ剣圧で壁が吹き飛ばされそうになる気配はない。

 

 この調子であと数日何事もなく過ぎればいいのだが。

 しかしこの間の事件のように、何らかの拍子にこいつがうっかり本気出しすぎてドーン! ……といく可能性もなきにしもあらず。

 

 どうしたもんかと思いつつレナスの練習風景を見ていると。

 

 一通り暴れ終わったレナスが、なんか物足りない様子でしばらく考え込んだ後。

 ふとクリフに目を向けた。

 

「少し付き合ってくれないかしら」

「俺を殺す気か」

 

 そういや彼とはまだ手合わせしてなかったわ、みたいな思いつきでいきなり剣向けてくるっていう。

 あげく即断られて、クリフはそういうの好きそうなのにはて何故だろう、みたいな感じに首かしげるっていう。

 

(やっぱ確実に頭休めてねえな、こいつ)

 

 鍛錬に熱中しすぎて基本的な事すら忘れてしまったらしい。まだ理由がよく分かってない様子のレナスに、クリフは自分の腕を分かりやすく叩いてみせた。

 

「常識で考えてみろよ。俺の武器はこの拳なんだが?」

 

「……。言われてみればそうね」

 

 このうえさらに今のうっかり常識的な基準を失念してたわ、みたいな反応は一体どういう事なのか。

 

(こいつ……本気か? リーチの有利も分からん素人でもねえはずのくせに)

 

 本気で頭の中が心配になってきたクリフをよそに、レナスはなにやら真剣に考えなおしてから、また思いついたようにこんな事を言う。

 

「分かったわ。それじゃ私も剣は使わない。お互いに武器は一切なし、肉体のみを用いた模擬戦闘でいきましょう」

 

「俺と組手しようってか。それだとお前の剣の修行にはならねえぞ」

 

「足さばきや体重の移動、瞬間的な力のかけ方等、戦いにおいての基本を学ぶ事はできるわ。というより、今の私にはそれがなにより重要な事だと思う」

 

 とかなんとか。

 ぶっちゃけ今さっきの暴れよう一つとっただけでも強キャラ感滲み出てるような奴が、今さら自分との組手一つで、新しく戦いの基本を学べるとは思わないのだが。

 本人は大真面目に考えているようだし、一戦付き合うくらいならまあいいかと。

 

 思いかけたクリフは、結局すぐに思いとどまった。

 クリフの沈黙を了承の意と捉えたのか。さっそく剣をおいて構えたレナスが、今までにないくらい本気の目をしていたためである。

 

 なんというか……全力で倒す! みたいな感じの目を。

 

 なぜにこいつは俺相手にそんな本気出す前提なのか。

 いくらなんでも実力を高く買いかぶられすぎではないのか。

 もしかしなくてもこれは自分の身っていうか艦もろとも大惨事になるパターンのあれではないか。

 

 

 ヤバい気配を肌で感じ取ったクリフは、

 

「あいにくな、教えるってのは俺のガラじゃねえ」

 

 などともっともらしい理由をつけて誘いを断り、

 

「教えを乞うつもりはないわ。ただ付き合ってくれるだけで──」

 

「いいからお前は少し落ち着け。な? んな真面目に鍛えるこたあねえって、お前はすでに十分強えんだから」

 

 どうしても戦ってほしい様子のレナスをなだめすかし、何かを言われる前にとっとと部屋を出たのである。

 

「じゃあな。程々にしろよ程々に。くれぐれもその辺ぶっ壊すなよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「それでクリフは彼女に怖れをなして逃げ帰ってきた、というわけですか」

 

「おい、俺がいつビビッたんだよ。艦の身の安全考えた結果だっつうの」

 

 トレーニングルームを出たクリフが向かった先は、夕方までをなんとなく過ごした会議室ではなく、ミラージュのいる仕事場。

 ただ今の時間的に考えてレナスも鍛錬をいったん切りあげ、会議室にいる連中と一緒に晩飯を食いに行きそうな様子だったからだ。

 

 奴と今顔を合わせたらまた一戦をせがまれるに違いない。

 ディプロ全乗組員の命を預かる身としても、自分が奴の誘いをのらりくらりとやり過ごす事にしたのは至極まっとうな判断だというのに。

 

 剣と拳の違いすら忘れたレナスが平然とクリフに剣を向けてきた事を話してみても、ミラージュは興味深そうに感想を言ってみるだけ。

 

「もしかしたらいるのかもしれませんね、彼女の星には。剣を持った彼女と、拳ひとつで対等の勝負ができる人物が」

 

「いるわけねえだろうがそんな非常識な奴。どんな化け物だ」

 

 一部始終を聞き終わってもなお、人聞きの悪い事を面と向かってクリフに言ってくれる辺り、ミラージュは一向に事態を重く考える気がないらしい。

 

 

「そうですか? 私には、クリフが彼女を過剰に怖がっているようにしか聞こえませんでしたが。今まで散々彼女のお世話になったんです。実戦の面において彼女に得るものがほぼないという点については同感ですが、組手の一つや二つくらい、別に減るものでもないでしょうに」

 

「簡単に言いやがって。……いいか? こういうのにはな、時と場合ってものがあんだよ」

 

 あの状況で、よりによって本気の目をしてたレナスの相手を真面目にしてやる事が、どれだけヤバい事なのか。

 

「お前誰が、お礼ついでに付き合ってやるかぐらいの軽い気持ちで、艦もろとも犠牲にする覚悟で死闘繰り広げるんだよ。義理堅い、じゃなくてただの阿呆がする事だろうがそんなのは」

 

 クリフが丁寧に説明してやっても、

 

「一応、逃げ出した自覚はあるようですね」

 

 などと勝手に分かったような独り言をぬかすばかりである。

 

「けっ。好きに暴れさせとけ、の次は俺を腰抜け扱いかよ。お前、なんかやけにあいつの肩持ってねえか?」

 

「ええまあ、私自身もそういった面が全くないとは思いませんね。私も人の子ですから。情に流される事はいくらでもあります」

 

「……マジかよ」

 

 これまた似合わないセリフが出てきたと驚くクリフを無視して、ミラージュはなにやら意味深な事を呟く。

 

 

「直接的な解決にはならなくても、せめて気持ちを和らげる手助けをと──。様子を見ていた縁、とでも言うのでしょうか。クリフほどではありませんが、私もやはり彼女の事が気になっているのでしょうね」

 

 ミラージュの言う「様子を見ていた」というのは、一時期ずっと部屋に引きこもっていたレナスの所に、食事を持っていくという理由をつけて(あのVIPルームにはそもそも食事類を作り出せるレプリケーターも完備されていたりする。教えてないので、本人は今も知らないと思うが)度々様子を見に訪れていた時の事だろう。

 

 あの時は外野があまり騒ぎ立てるのもどうかと、クリフ自身を含めた周りの奴らにレナスの部屋訪問自体を自重させ、レナスと同性であるミラージュ一人に大体の事を任せていたのだ。

 

 

 そりゃクリフも、あの時のレナスなら様子が気になるというのは分からないでもないが。

 だからって今日まできて「命を賭してでも付き合ってあげなきゃ彼女が可哀想」は、さすがに過保護を引きずり過ぎではないのか。

 

(……こいつはこいつで働き過ぎてんのかもな。しかも俺ほどじゃねえとか、まるで意味わからねえし。どう考えても逆だろ)

 

 まず落ち着いて考えてみろ。根本的に、ああ見えてもういい大人だぞアレは。

 可哀想もくそも、こんな事そもそも真面目に話し合っている事自体がおかしいとは思わないのかお前は。……などとクリフが思う中。

 

 しばし時間を置いてから、ミラージュはクリフにしつこく聞いてきた。

 

 

「それではクリフは本当に、彼女に付き合ってあげる気はないんですね?」

 

「決まってんだろ。ドブに捨てるような命は持ってねえ」

 

「明日になっても彼女が諦めていなかったら?」

 

「諦めるまでやり過ごすに決まってんだろ。どうせあと数日の辛抱だ。そうすりゃあの狭いトレーニングルームともおさらばできるしよ」

 

「チサトさんはどうするんです? レナスさんとの手合わせを避けつつチサトさんとはこれまで通りというのは、いささか無理があると思いますが」

 

「そりゃお前、……あっちも素人じゃねえんだ。俺が付き合えねえってなったら、一人でどうにかすんだろ。たったの数日くらい」

 

「そうまでするつもりですか。チサトさんもさぞかしがっかりするでしょうね」

 

 これまた痛いところを淡々とついてくるものである。

 

 チサトとは流派は違えど同じ格闘仲間として手合わせをする間柄なのだが、これまでにもクリフ達二人との時間が合わず、チサト一人で格闘練習をしていてもらうといったような事が度々あったのだ。

 ミラージュに教え込まれて格闘の心得がそれなりにあるマリアを捕まえて、無理やり付き合ってもらったりだとか。

 いつぞや好き放題鍛錬にのめり込んでいる剣組の奴らに、「いいなークロード達は。思う存分やり合える相手がいてさあ」みたいな事を言っていたらしいという話も聞くし。

 

 しかし、このうえ人の巻き添えでチサトまで放置していいのかと、ミラージュに冷静な目線で責められたところでクリフの結論は変わらない。

 変わりようがないではないか。乗組員全員の命がかかってるんだから。

 ていうか正直あっちだってもういい大人だし、やっぱり可哀想もくそもあるか。たったの数日くらい。

 

 

「仕方ねえだろ。俺は忙しいんだよ。こう見えて現役の責任者だっつうの」

 

 今まで散々会議室でサボりまくっていたくせに、責任者たる自分が仕事場にこもりっきりになる事はなんにも不自然な事ではないのだと。

 開き直ったクリフをよそに、ミラージュは

 

 

「分かりました。クリフが忙しいのなら、仕方がありませんね。このままでは二人とも気の毒ですし、指名はされていませんが……」

 

 と独り言を言った後。

 クリフに確認をとってきた。

 

「レナスさんは今日この後にも、トレーニングルームに向かう様子だったのですね?」

 

「たぶんな。飯食い終わったらまた行くと思うぜ。まだ今日の禁止時間は超えてねえとかなんとか、マジで時間ぎりぎりまで使う気らしいからな、あいつ」

 

 それから「あいつの辞書に程々はねえのかね」などというクリフのぼやきは聞かず、ミラージュはごく冷静に言った。

 

「では私がクリフの代わりに行ってきましょう。どうもクリフは、彼女の事となるとたやすく見当を間違えるようですから」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クリフの制止も聞かず、ミラージュは平然とトレーニングルームに向かった。

 そんなに心配なら後ろで見ていればいいとまで言われたので、結局クリフも覚悟を決めてついていった。

 

 予想通り一人で剣を振っていたレナスに、ミラージュの方から話しかけ。

 いざとなったら自分の体を張って戦いを止める気満々のクリフに、レナスが一刻も早く戦いたそうな様子で自分の剣を預けて。

 両者ともに一礼してから、二人の手合わせはつつがなく開始。

 

 クリフがよくよく注意してなりゆきを見守る中。

 ミラージュとレナスの格闘対決はつつがなく進行、ほどなくして普通に決着がついた。

 

 

 おまけに少々時間が余ったという事で、先ほどの動きはこうした方がよかったとか、一連の流れの中でも威力の落ちない拳の突き出し方だとかを、ミラージュがレナスに分かりやすく丁寧に指導。

 

 そうこうしているうちにレナスに鍛錬制限の時間がきたので、本日の鍛錬はここで終了。

 まるで弟子が師匠相手にするがごとき深い一礼をした後、まだまだいろいろ教えてもらいたそうな様子のレナスに、

 

「チサトさんとご一緒の時間でよければ、私なら明日も空いていますよ。クリフは忙しいそうですが、場合によっては組手ぐらいならしてくれるかもしれませんね」

 

 とミラージュが言ったところ、レナスの方も大変嬉しそうな反応。

 

(……。ミラージュのやつ、完全に分かったうえで言ってやがるな)

 

 手合わせにもあっさり負けたというのに。

 フェイトやクロード相手に必死に食いつかれていた時に見せていた、焦りや悔しさなど全く感じさせない、爽やかな表情である。

 それじゃあまた明日と、預かってもらっていた剣をクリフから受け取り、

 

「どうやら、なかなかいい勉強になったみたいだな」

 

「ええ。クリフもありがとう。本当に、素晴らしい師を紹介してくれたわね」

 

 マジで師匠扱いかよとおののくクリフの内心も知らずに、レナスは満足した様子でトレーニングルームを去っていった。

 

 

 

 残ったクリフとミラージュはというと、レナスとは違って鍛錬のできる時間も余っている事だし、改めて二人で手合わせを開始。

 お互い慣れた動きを繰り出しつつ、一部始終を見てさすがにクリフもとっくに分かっている事を、ミラージュはわざわざ改めて分かりやすく言ってくる。

 

「レナスさんは剣士ですよ、クリフ。格闘術のプロじゃないんです。お互いルールに則って格闘試合をしたら、私達が勝つのは当たり前でしょう」

 

 ぐうの音も出ない正論である。

 実戦経験が見るからに豊富で、身体能力もやたらめったら高くて、そこら中飛び跳ねたりと散々常識外れな戦いぶりを見てきたせいで。当たり前のように、あいつは何やらせても最強などと思い込んでいたが……

 奴は、分類上は剣士なのだ。

 

 

 奴が格闘術を使うところを、今まで全く見た事がないわけでもないが。

 奴にとっての格闘とはあくまでも戦術の幅を広げるために使う、補助的な攻撃手段の一つであり、それのみを使って相手を倒すといった事はそもそも想定されていない。

 

 仮に武器がない状況で、となった場合は……

 どうも奴の戦闘スタイルは、なにより実戦を前提に完成された動きになっているようなので、とる手段もおそらく目潰しなどの急所狙い。まさしくルールに則って行う組手などでは使えない、禁じ手のオンパレードになる事間違いなしであろう。

 

 つまりこの条件でクリフやミラージュなど格闘を専門に鍛えている連中に、レナスが勝てるわけがないのだ。

 

 先ほどのミラージュとの一戦は、なるほど根本的に戦い慣れているだけあって身体能力の高さが無駄にならない動きは一通りできていたが、全体的に決め手に欠けるといった印象だった。

 

 レナス自身もはなから勝てると思っていなかったからこそ、負けてもさして悔しいとも思っていなかったのだろう。

 最初クリフに手合わせを申し込んだ時、ヤバいくらい本気の目をしていたのだってなんという事はない。ただ単に純粋な格闘ならクリフの方が強いと、レナスの方はやる前から分かっていただけの話だ。

 

 

 つまり剣士が剣を一切使わない、道場仕込みの格闘術本気で習ってどうするんだかとかいう根本的な疑問はさておいて。

 相手の実力を推し測るという点に限っては、ミラージュはおろか、レナスもクリフよりは冷静だったと。

 

 普通にやれば普通に勝てる奴相手に勝手に恐れをなして逃げ出して、ミラージュにまで「艦が壊れるからやめろ」と必死こいて止めたクリフの頭の方がどうかしていただけ、というわけだ。

 

 

 

「……お前そういうのはな、結果論っつうんだよ。結果的にあいつがお前の想像通りにさして強くなかったから助かったってだけで、そうでなきゃ今ごろは」

 

「彼女の格闘習熟度が剣と同程度だったのなら、『パラケルススの円卓』で私達を相手にする時にまで剣を使ったりはしないと思いますが」

 

「……」

 

「懐に入られた時、彼女が剣の柄で私達に対処した事も一度や二度ではなかったはずです。私達の攻撃を受ける事前提の戦闘で、剣のリーチ差関係なく、一思いに斬れない彼女の方もやりづらいでしょうに、それでも剣を構える彼女の姿にクリフは何の違和感も持たなかったのですか?」

 

 

 ミラージュなんかに反論したら、ぐうの音も出ない正論で返される事なんか分かりきっていた事ではないか。

 

 分かっているはずなのについつい自分の情けない勘違いを正当化しようとして、余計墓穴を掘る。クリフが自分のうかつさ加減にがっくりきたところで、いきなり視界もくるっと上を向き。

 あれよという間に関節技を決められて、決着がついたのだった。

 

「お疲れ様でした、と言いたいところですが──。今日のクリフは本当に疲れているみたいですしね。今回のは数に入れないでおきましょうか」

 

「ぬかせ。んな事でいちいち情けかけられてたまるか」

 

「なるほど、それもそうですね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 翌日以降、レナスは剣の鍛錬もほどほどに、鍛錬制限時間のほとんどを格闘鍛錬に費やした。

 

 ミラージュのさすが道場主の子と言うべきか、的確で丁寧な指導によって鍛錬の成果が明確に実感できるという点が、無駄に焦りまくっていたレナスの心をほぐしたのか。

 それとも新しい事をたくさん学べる環境が、単純にいたく気に入ったのか。

 とにかく努力の限度知らずの努力があさっての方向に向いてくれたおかげで、艦の危機は去ったのだ。

 

 フェイトやクロードとの手合わせもそっちのけ。

 気分転換以上に格闘練習にのめり込んでいるとしか思えない、レナスのこれまた極端なやる気の出しようにはぶっちゃけクリフも(剣はどうした剣は。お前本当にそれでいいのか?)と思わなくもないのだが。

 まあだからといって、正しい方向にやる気出されてもやっぱり困るので口に出しては言わず。

 

 なんか知らないうちに格闘仲間が増えてやったーとなっているチサトからも、レナスは神宮流体術を貪欲に学び。

 ミラージュ師匠いわく、

「さすがに飲み込みが早いですね、彼女は。私達もうかうかしてると追い越されるかもしれませんよ」

 との事。

 

 

 一体何がそこまで奴を格闘鍛錬に駆り立てるのか。

 具体的な目標でもあるのかと、レナス本人に聞いてみたところ。

 

 『ふしおー』なる者と格闘だけで互角に渡り合えるようになりたい、といったような事を少年漫画さながらの純真な目で言われたのだが、正直クリフには意味が分からず。

 

 お前が一目置いてるそのヤバい奴は何者だ。

 というかそこはせめて打倒十賢者じゃないのかと、一生懸命考えているところでクリフの視界がくるっと反転。

 

 

 ──そうしてレナスがミラージュ師匠に教わった背負い投げを綺麗に決めて、クリフとの手合わせにめでたく初勝利を飾ったのが、惑星エクスペル帰還の日。

 

 エル大陸とラクール大陸。

 双方の場所で自分達の帰りを待っている仲間達と合流するべく、小型艦に乗り込む前に行なった、最後の朝練での出来事である。 

 



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12. 三日ぶり~ひと月ぶりの再会

※この作品の戦闘はおまけです


 クロードやらレナスやら、過去の時代の人間達をこれだけ現代の機械技術に付き合わせておいて今さらという気もするが、居残り組の仲間達は大体が未開惑星人である。

 

 よってこうやって惑星エクスペルに戻ってきた以上は、居残り組の仲間達との合流地点および、これからの活動拠点をこのまま宇宙艦ディプロにする……といったような事は、よほどの事情がない限りしたくはない。 

 

 どっちにしろ転送障害なお発生中の惑星エクスペルでは、転送装置の使用による迅速な移動も不可能だ。

 仲間達と合流した後はそれから先の活動拠点も、いつでもすぐに小型艦に乗り込んで十賢者達がいるであろう現場に向かえるよう、惑星エクスペルの中に設ける。

 

 ……といったような事が、すでに話し合いで決まっていた。

 

 

 具体的な合流方法としては、これからの移動手段である八人乗りと十二人乗り、二隻の小型艦にいったんフェイト達八人が別れて乗り込み。エル大陸とラクール大陸、それぞれの地点で待つ仲間達と合流。

 回収した仲間達とも一緒に、今度は片方の小型艦がもう一方の小型艦のもとに行って、全員が合流を果たすといったような具合だ。

 

 最終的な合流地点は、もろもろの事情でFD世界のブレアに作ってもらった手のひら大の機械『十賢者レーダー』の索敵機能を拡張できる(この機械単独でも十賢者捜索に使えない事はないが、その場合の索敵可能範囲はせいぜい数キロが限度だろうとの事)機器類がすでに揃っていて。

 そしてなにより、もし現地住民達に小型艦を見られてもさほど異物感を抱かれないであろう、エルリアタワーの近く。

 

 つまりはエル大陸の方という事にすんなり決まり。

 次いで各小型艦に乗り込むメンバーも、単純に来た時と一緒でいいという事になった。

 

 

 八人乗りの方はマリアの操縦のもと、ソフィアとクロードの計三人を乗せて、一足早くエル大陸に。

 十二人乗りの方はミラージュが操縦。

 残りのフェイト、クリフ、チサト、レナスを連れ、ラクール大陸リンガの町で待っている居残り組を回収し。それからエル大陸に向かう。

 

 

 ようするに、リンガに向かう組はちょっとした二度手間である。

 ていうか行きと違って乗艦定員に余裕がないわけでもないし、ぶっちゃけこんなの艦を操縦してる人間一人さえいればいいわけだしで、わざわざ勢揃いして迎えに行く事もないのだがまあそれはそれ。

 早く仲間の顔見たい人やら忘れ物取りに行きたい人やらもいるわけだし、どうせこっちもただ艦に乗られてるだけなので別にいいんじゃないかなとフェイトも思う。

 

 ただ一刻も早くレナに会いたいのか、

 

「そっか、そっちの席にも余裕があるんだよね。それなら僕も……」

「ほら早く早く! マリアさんに置いてかれちゃう!」

 

 って途中まで言いだしかけてソフィアに連れてかれたクロードの事は爽やかに見送ったけど。

 

「ああ、じゃあまた後で。あんまり迷惑かけるなよ、ソフィア」

 

「もうフェイトったら、なによ急にお兄さんぶっちゃって。……まあいいや、わたしもう行くね」

 

 なんでか知らないけど朝からすでに疲れてるクリフが「性格悪くねーかお前」みたいな目で見てきたけど気にしない。

 レナスとチサトが後ろの方で

「……。クロードは本当にあれでよかったのかしら」

「まあいいんじゃない? ここで焦らされた分だけ、再会の感動もひとしおって思えば。どうせすぐに会えるでしょ、あの二人も」

 とか言ってた通り、どうせ数時間遅れくらいですぐに会えるんだから。

 

 

 そういえば出発前に仲間がいる場所の確認やら、とにかく「これからそっちに行くから」といったようなやり取りをスムーズにしていた辺り、普通に通信機持ってきちゃったクリフと違って、クロード達の方は出かける前に通信機を居残り組のみんなに渡しておいたようである。

 連絡一切できないせいで、レナ達が待機している場所まで直接出迎えに行かなくちゃいけなくなった原因を作った、クリフとは違って。

 

「だよなー。通信機があれば、レナ達だって僕らがいつ帰ってくるか分かったし、あらかじめリンガの町の外で待っていてもらうとかもできたのに」

 

「っせえな。どうせ待機場所も大体分かってんだからいーんだよ。これ以上文句言うなら置いてくぞ」

 

 という事なので小型艦に乗り込んだフェイト達が向かったのは、ラクール大陸南西にあるリンガの町。

 人目につかない町の外に小型艦を着陸させた後、艦の留守にミラージュを残し、フェイト達四人はさっそくレナ達が待っているであろうボーマン家に向かった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ボーマン家に着いて顔を見せるなり、レナスはレナに叱られた。

 

「ねえレナ。私は今、普通にただいまと言っただけよね? なぜレナは、そんなに私の事を怒って──」

 

「なぜもなにも! 自分の胸に手をあてて考えてみたらどうですか、レナスさん自身がやってきた事を!」

 

 戻ってきたレナスの顔を見た時は、ほっと一安心したような表情までしていたのに。ごく普通に「ただいま」って言われただけでこの怒りよう。

 困惑しつつも言われた通り、胸に手をあてて考えているらしいレナスと同じく。フェイトも一体今のやり取りのどこにレナが怒る要素があったのか、まるで見当がつかないのだが。

 

 まあ久しぶりの光景にエクスペルに帰ってきた実感が湧いてきたので気にしない事にする。どうせまた自分が知らないところで、レナに怒られるような事でもしてきたんだろう、レナスさんが。

 

 後ろの方でチサトとプリシスがひそひそと、

 

「で、なんでレナはあんなに怒ってるわけ?」

「ん? たぶんそれはねー……」 

 

 チサトは「ほー」だの「へえ」だの、意外そうにレナスを見ながらプリシスの内緒話に相槌を打ち、

 

「なるほど。それは確かに問題大アリだわ」

「レナはそういうの、黙ってらんないもんねえ」

 

 最終的になんか納得したチサトは、忘れたハンカチを取りに戻るとかいう、小学生みたいな用事を思い出し自分の部屋に直行。ついでにプリシスも無人君と一緒に、自分の家に置いてある荷物を取りに猛ダッシュ。

 

(あれだけかさばる荷物持っていったのに、本当にかさばるだけだったとは)

 

 とか思いつつ、フェイトがその慌ただしい後ろ姿を見送っていると。

 

 

「ごめんなさいレナ、ちょっといいかしら? その話は後で聞くから。先に済ませておきたい事があるの」

 

 レナスが助けを求めてるつもりだかなんなんだか、こっちもなぜだか自業自得だと言わんばかりに薄ら笑いで静観を決め込んでいたメルティーナと、ひたすら退屈そうなアリューゼの方に目をやった。

 

 真面目そうな雲行きを察したのか、レナが我に返って、レナス達三人の邪魔をしていた事を謝ろうとするが。

 

「あー別に、お構いなく? 今さらこいつと話し合っとく事とかなんもないし」

 

「えっ……そうなんですか? でもレナスさんが」

 

「私がない、っつったらないでいいのよ。そこの心配性の言う事は無視しといていいから」

 

 メルティーナはつれない様子。

 若干諦めた様子でレナスが聞く。

 

「とりたてて言うべき事はないと、そういう事ね」

 

「どうしてもちゃんと報告してほしいっての? しょーがないわねー、じゃあ……やっておかなきゃいけない事は予定通りにやってきました、報告終わり、以上」

 

「……」

 

「なによなんか文句あんの?」

 

「いえ、最善を尽くしてくれたならいいわ。ただ……、本当に誰も連れてきてくれなかったのね」

 

「そりゃそう言ったんだからその通りにするわよ。あんたどうせ問題解決するまで戻れやしないくせに、向こうの状況いちいち確認するだけの連絡係なんかいたって意味ないって」

 

 

 会話の内容からすると、留守中に頼んでいた事柄を一部勝手に却下されてしまったらしい。

 

「……それとも何? この私が、むしろそんなもんない方がマシって判断に至った理由も、一から十までこの場で説明してほしいワケ?」

 

 恨みがましい視線は送りつつ、レナスも「……分かってる。確認しただけよ」と反論しなかった辺り、今さら文句言っても仕方ないと思ったのか、それとも自分でも思い当たる節があるという事なのか。

 レナスはまた別の質問をして、

 

「それじゃあメルティーナ。例の封印もすべて、あなた自身の手で厳重に行なってきたのね?」

 

「それこそ聞くだけアホらしい質問だわ。他に誰がいるってのよ、この世界に。……ま、そういう意味でもヘタな奴連れてこなくてよかったんじゃないの? 向こうの世界側とこっちの世界側、両方ともこの私自らが、いつも以上に腕によりをかけて張ってきたんだから。通り抜けれる奴なんかまずいないわね」

 

「……。そうね、おそらくは大丈夫だと思うけど」

 

「その反応ムカつくわね、マジで」

 

 真剣に考えだしたので、メルティーナに眉をひそめられた。

 自分達の留守中に変な奴が勝手に行き来したりしないよう、帰り道をあえて塞いできたという話らしい。

 メルティーナの方も眉をひそめたものの、今度はこっちが反論できず、

 

「あーはいはい、分かったわよ。仮にあんたが想定してる誰かさんとかに結界を破れられたとして、私だって破られた事自体に気づかない事だけは確実にありえません。どんな離れた場所にいても、破られたと同時に一瞬で分かるようになってます。……で、オーケー?」

 

 というか不本意ながらそういう場合も想定していたのだろう。

 何か不思議な力が込められているらしい、自分の手首に身に着けている紐状のブレスレットを、投げやりにレナスに見せつけ、

 

「つーか向こう側の出口なんか、私の結界なくても普通に交代で見張り立ててるから。そもそも場所神界だから。あんたの現状知らないのに後先考えず全員なぎ倒して来ようとするほど見境なしじゃないでしょ、さすがのあいつも」

 

 さらにたたみかけるように言って、しまいには説教気味にレナスへの報告を終わらせた。

 

「あんたも余計な心配してる頭の余裕があるなら、とっとと「力」取り戻して、とっとと帰る事に専念なさいよまったく」

 

 

 

 そんなやり取りの後。

 結局この事件が解決するまで一切向こうに戻らず、連絡も一切取らない事に決めたレナスは、他のみんなの準備を待っている間に、一人で、一階の店の方にもちらと顔を見せに行った。

 

 店番中のボーマンに自分の仲間二人を含めて数日間世話になった礼を言い。ついでに、もう当分の間はリンガに戻ってくる予定がない事も簡潔に話す。

 

 と、ボーマンが確認のため聞いてきた。

 

「じゃあ、あんたらはそれまで、ここにも一切姿を見せねえつもりなんだな」

 

 レナスはちょっとだけ迷った様子を見せたが、

 

「まあなんだ、絶対戻ってくるとは言いきれんが、もしかしたらって事もあるしな。その『通信機』とやらを置いといてくれれば、俺も連絡係くらいにはなれるつもりだ。それもしなくていいのか?」

 

「……来るかどうかも分からない連絡を、その時が来てくれるまでずっと気にし続けるの?」

 

 ある事への期待を持たせすぎないよう、気遣うように聞いてくるボーマンに対し、レナスは「大丈夫、必要ないわ」と首を振り、

 

「もう決めたの。今度ここに戻って来る時は、「力」を取り戻した時だけって。他の事によそ見はしない。とりあえず今は、ひとつの事だけに集中する」

 

 と迷いを振り切った様子で言う。

 

「私は、同時にたくさんの方向を見れるほど器用じゃないから」

 

 レナスの大真面目な、けれど決して後ろ向きではない決意を、ボーマンは最初ふいをつかれたように聞き。

 それから呆れたように笑った。

 

「そうかそうか、全く、そりゃあの姉ちゃんも苦労させられるわけだ」

 

 真面目すぎるその考え方に思うところはあれど、今度のはまあ悪くもない突っ走り方だと思ったか。結局はボーマンもその意志を尊重する事にしたらしい。

 

「俺としても、それくらいのよそ見は別によそ見でもなんでもねえと思うんだが……あんたがそう決めちまったんなら仕方ねえ。留守は俺に任せときな。あんたはせいぜい愛想つかされねえ程度に、はりきって世界を救って来てくれや」

 

 

 

 そんなこんな連絡なしの帰還ではあるけれど、大体の戻る日だけは前もって伝えていたので、居残り組のレナ達も大体の準備はすでにしていたようだ。

 それほど待たされる事もなく全員の準備が整ったので、さっそくボーマン家を離れる事になった。

 

「ふーん。その十賢者レーダー? っていう機械があれば」

 

「十賢者の居場所が分かるのね」

 

「まあそんなとこかな。そのレーダーも先に持っていってもらってるから、まずは向こうのみんなと合流しないとね」

 

 餞別にいろんな薬草やら薬品やらを特別価格で譲ってもらった後。

 今までお世話になりましたと、八人揃って小型艦に向かうフェイト達を、店の前で見送る側のボーマンの隣にはもう一人。

 ボーマンの妻ニーネである。

 

 フェイトなどはこの時初めて彼女の姿を見たわけであるが。何のお構いもできなかったけどせめてみんなの見送りくらいはと、若干色の白い顔で玄関から出てきた彼女と、

 

「無理しちゃダメですよニーネさん。ちゃんと寝てないと」

 

「いいのよレナちゃん。病気じゃないんだから、少しは動かないと逆に体に悪いわ。それに今日は大分気分がいいの」

 

 こんなやり取りをしていた辺り、フェイトより長くこの家に滞在していたレナの方は、この数日間それなりに彼女との交流もあったようだ。

 

(病気じゃないって言っても、顔色もあまり良くないように見えるけど……。ニーネさんどうしたんだろう)

 

 いまだに不調の原因が分からないフェイトが、心配だなあと素直に思っている中。

 

「こういう時でなきゃ、俺もついてったんだがなあ」

 

「ダメですよ。ボーマンさんは自分のご家庭を守らないと」

 

 やや残念そうに言ってみただけのボーマンに、レナがすかさず言い。

 同じく事情を知っているらしいメルティーナも「そら今ついてったらダメよねえ、男として」などとレナに同調。

 チサトやらプリシスにまで

 

「大丈夫だってば、みんな強いし」

 

「そーそー、アタシ達にどーんと任せといてよ」

 

 と胸を張って置き去りにされる始末。

 言われ放題のボーマンは、くすくすと笑いを漏らす妻ニーネの隣でわざとらしい咳払いをし、投げやりな見送りの言葉をかけたのだった。

 

「お前ら全く……。その団結力がありゃ十分だな。心配はしてねえから、とっとと悪いヤツやっつけて、とっとと元気なツラ見せに戻ってこいよ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「うわやば、そういやルシオの事忘れてたわ」

 

 総勢九人を乗せた小型艦が、エル大陸に向けて移動を始めてしばらく後。

 「余計な事考えてないで集中しなさい」とか説教してたメルティーナのいきなりの独り言に、隣にいたレナスがなぜかものすごい速さでメルティーナの事を二度見した。

 

「私らいない間に戻ってきてたらどうするつもりなんだか、あいつ。結界張って来ちゃったから帰るにも帰れないだろうし……」

 

 なぜか動揺を抑えるように口元を押さえているレナスをよそに、本気で今ようやくはぐれたルシオの事を思い出したらしいメルティーナは、普通にやっちまったわねとばかりに独り言を続け、

 

「あの店に連絡手段くらいは残しときゃよかったわね……って、なによあんたも今気がついたの? その可能性。あんたあれだけルシオルシオしてたくせに、抜けてるわねー」

 

 これまたなんでだか一人で落ち込みかけているレナスの様子にもようやく気づく。

 

「ま、いーじゃないの。ひと月以上戻ってこなかった奴が、今になってあそこに戻ってくるとも限らないんだしさ。……つか創造神サマなら人探しも余裕でしょ? この際だから、ルシオは自分へのご褒美にとっときなさい」

 

 そうメルティーナに言われた事を、なるほどそういう考え方もありかな、みたいな感じにさっそく真面目に検討し始めているらしいレナスとのやり取りを横目で見つつ、

 

(……メルティーナさんから見たら、レナスさんって扱いやすい人だろうな)

 

 などと比較的どうでもいい事を思うフェイトは現在お察しの通り、座ってエル大陸への到着を待っているしかない、とっても暇な身分である。

 

 

 でっかい機械の塊であるこの艦に、同じく初めてこういうものを目にしたはずの他三人とは比較にならないほど大変な興味を示し、

「ほえー、中どうなってんのかなー」

「バラシテみたいなー」

 などと案の定恐ろしい事を言って出発の際もなかなか艦内に入ろうとしてくれなかった、フェイトの目下最大の懸念相手であったプリシス女史については、

 

「こらこら、これはみんなの大事な移動手段なんだから。そういう事する人は艦に乗せてもらえないのよ」

 

「分かってるよーだ。言ってみただけなのに、レナってば大げさだなあもう」

 

 というやり取りをしていた通り、見た事もない機械そのものに乗って移動できる、というところだけで十分満足する事にしたらしい。

 とりあえず現在の彼女は、ちゃんと自分の席について、ワクワクした様子できょろきょろ辺りを見回しつつ、

 

「お茶ほしいなあ」

 

 とか言いながらさっそく開けたお土産(チサトがプリシスの「なんか未来の機械の技術とか? そういうの関係あるのがいいなあ。……ダメ?」というお土産リクエストに応えて、未来の機械レプリケーターで作ってきた『クォークまんじゅう』である。渡された時ちょっと騙されたような顔してたけど、それはそれ、というかむしろどうして希望通りのものが手に入ると思ったのか)にぱくついているだけ。

 

 要らないと断ったアリューゼ以外のみんなにも、お土産のおすそわけをしたり。

 乗ってる最中にいきなりスパナで艦分解し始めるかもしれないみたいな、フェイトの最悪の想像から考えるとずいぶんおとなしいものである。

 

「どう? 手作りには劣るけど、これもまあ悪くない味よね」

 

「んー宇宙の味って感じ。チサトはこういうの毎日食べてたんでしょ? いいないいなー」

 

「ふふーん、いいでしょー」

 

 そんなチサトとプリシスのやり取りも聞きつつ、

 

「この真ん中の黒いやつ、ない方がおいしくない?」

 

「ええっ。いや、おまんじゅうは、黒いところが大事な食べ物ですけど……」

 

 とかいうメルティーナとレナのやり取りも聞きつつ。

 相変わらずの暇具合に大あくびをした後。

 

 艦内前方上部にあるモニターに目をやったフェイトは、同じく前方で艦を操縦しているミラージュの動きが落ち着いた頃合いを窺って、その隣にいるクリフに声をかけた。

 

「今、向こうのみんなに通信って繋げられるかな」

 

「んあ? 順調に向かってるっつう連絡なら、すでにミラージュがしといたはずだぜ」

 

「それは分かってるけどさ。ただなんとなく」

 

「おいこらお前、その辺のコミュニケーターかなんかと勘違いしてねえか? 艦の通信設備を一体何だと……」

 

「構いませんよ、手も空いている事ですし。呼び出してみましょうか」

 

 という事で、快く許可を出してくれたミラージュがさっそく今エル大陸にいるであろう、もう一方の小型艦に通信をかける。

 向こうもちょうど小型艦の中にいたのだろう。

 さほど時間もかからずに『どうしたの? 何か異常が──』とまで言いかけて、

 

「え、マリア、よね? ……ああそっか。そういえば『もにたー』ってこんなのだったわね」

 

「おおー! ホントに映った! すごいや!」

 

「やっほー数時間ぶり、元気?」

 

 どうみても緊急性のない英雄達の声に、呆れた様子のマリアが艦内モニターに映し出された。

 

「技術は認めるけど使い方アホね」

「……メルティーナ、そういう言い方は」

 

「一応言うぞ。俺はやめろと言ったんだ」

 

『はいはい、用がないなら切るわよ』

『あっ待ってくれマリア』

 

 後ろの人達がなんか言ってる中。

 カメラ位置の関係で、向こうからは一番大きく見えているであろうクリフの弁明を聞き流し、しょーもなさそうに操作パネルに手を伸ばしたマリアを横から止めたのはクロード。

 さらには画面にたくさん映るよう身を乗り出して、

 

『レナ、僕達は今エルリアタワーの近くにいてね。だから……えっと、待ってるからさ』

 

『みんな待ってるから、フェイトも早く来なよー。はいどうぞ、セリーヌさんも一言』

 

『はいはい、わたくしもいますわよー』

 

『プリシス! いるよね? ……プリシス! 僕だよ僕、アシュトン! ねえ僕、ちゃんと見えてる?』

 

 とかそれぞれ好き勝手にやってる辺り、向こうのみんなも今暇なのは間違いない。

 誘ったのに来ないなどと漏れ聞こえてくる向こうの人達のやり取りを聞くに、見張り番と退屈しのぎを兼ねて艦の外に出ているらしいディアスとノエル以外は、このモニターの向こうに勢揃いしているという事のようだ。

 

「うーん。アシュトン声しか聞こえないねえ」

 

「かろうじて映ってはいるんじゃない? アシュトンってかギョロだけど」

 

「水鏡にもこういう機能つけたら面白くない? 主にあんたの対応が」

 

「……やめて、メルティーナ」

 

 とまあ一通りそんなやり取りを眺めつつ。

 ふと思い出したフェイトは、今度はモニターを見ていたレナ達に向けて、暇つぶしがてらに聞いてみたのだ。

 

「そういえば聞いてなかったけど。僕達がいない間、そっちは何か変わった事はあったのかい?」

 

 とは言っても。自分達にとっては長い間の留守であっても、待機していたレナ達四人にとってフェイト達がいなかったのは二、三日程度。

 迎えに行った時も見るからに平和そうだったし、特に変わった事もないだろうなーと思いつつ。聞くだけ聞いてみたフェイトに、プリシスもレナも、果てにはメルティーナまでもが

 

「えーあったかなー」

「さあ、特には……」

「ないんじゃない?」

 

 と返す。

 予想通りの答えに(会話が終わってしまったなあ)とフェイトが思っていると。

 

「おい待て。本当に忘れたのかお前ら」

 

 いきなり後ろから声があがった。

 

(起きてたのかアリューゼさん)

 

 ちょっとびっくりしたフェイトをよそに、さすがに黙っていられなかったらしいアリューゼの言葉にも、レナ達三人の方は鈍い反応を示すのみ。

 思い当たるふしが急には出てこないらしい。

 

「忘れたって、何を?」

 

「……。つい昨日の事だ。報告すべき事がしっかりあっただろうが」

 

「昨日……と、いうと」

 

「レナが包丁持って玄関から飛び出してきたやつ? 人でなしーっ、とか叫びながら」

 

「ちょ、ちょっとプリシス、その話は……」

 

「それじゃねえ。その前だ」

 

「その前? ……というと」

 

(……人でなしって。何なんだよレナ)

 

 今ものすごく気になる会話があったのだが、残念な事にそれはアリューゼの言いたい事とは全く関係ないので教えてくれないらしい。 

 しばらく考えたレナ達三人はようやく、

 

「ああーっ! アレ、そうだアレだよ!」

「そーだそーだ、あったわ」

「あったわね……。すっかり忘れてたわ、レナスさんの話が衝撃的すぎて」

 

 となんか思い出したらしいので、

 

「それで、何があったんですか?」

 

 そこまで大した出来事でもないんだろうなと思いつつ、フェイトが聞いてみると。

 メルティーナが答えた。

 

 

「十賢者一人倒してたわ」

 

大事(おおごと)じゃないですか」

 

 

 どうしてそんな出来事を人に言われるまできれいさっぱり忘れていたのか。

 一通り喋って通信を切ろうとしていたクリフと向こうのみんなにも、今の会話は聞こえていたらしく、一斉にそちらに注目を向ける中。

 

「ボーマン家にね、なんか向こうの方から訪ねてきたんだよね」

 

「んで、お礼参りだ、みたいな事ぬかしてたから」

 

「みんなで返り討ちにしたのよ」

 

 十賢者を倒したという当人達は、なんとも緊張感のないやり取りを繰り広げる。

 

「何だっけ、名前……何か頭ツンツンした奴だったわ」

「大剣持った奴」「半裸の」「アリュ―ゼ?」

「違うだろ」

「頭はツンツンしてないわね」

「俺の事はいい」

「ザフィケルだよ」

「ああそうそう、それね。ザフィケルザフィケル」

 

 ようするにフェイト達の留守中に襲ってきた十賢者の一人、ザフィケルを倒したという事らしい。

 話をまとめた後、そんな驚いてどうしたの? みたいな顔で見てくるレナ達に、フェイトは他全員の気持ちを代表して答えた。

 

「いや……なんでそんな大切な事を忘れるかな、って思ってね」

 

「だって弱かったんだもん」

「至って日常生活に支障をきたさないくらいに」

「ええー……」

 

 言い切ってしまったプリシスとメルティーナに続き、アリューゼが暴れ足りなかった様子で

「五対一じゃなあ」

 とぼやく。

 

 サシでやりたかったのに、ボーマンも含めてみんな仲良く全力で撃破したらしい。

 ていうかボーマンも一言もそんな事言ってなかった辺り、つまりは彼も十賢者を倒した事をすっかり忘れていたらしい。

 

 一人の敵に対して五人全員が理想的なフォーメーションを組み、前衛中衛後衛、それぞれ無駄のない連携攻撃で一気にカタをつける……もとい、その半裸のザフィケルとやらをタコ殴りにしていた様が目に浮かぶようだ。

 そして全員、何事もなかったかのように日常生活に戻ったところも。

 

 敵の事ながら、あまりの扱いにフェイトがつい哀悼の意を込めたくなってくる中。

 

「死体も消えちゃうから、倒した実感もないしねえ」

 

「いちいちゴミ捨て場に捨てに行く手間もねえしな」

 

 さらには何も残らないだけゴミよりマシみたいな、恐ろしい感想まで言いだしているところで、メルティーナが唐突に思い出してレナスに報告。

 なんかもうぐだぐだである。

 

「ああそうそう、あの人形捨てといたから」

「え? ……ええ」

 

 いきなり言われたレナスもすぐには何の話だか分からなかったらしい。

 理解した後、ちょっとだけもったいなさそうな顔して短く返事したところで。

 

「そうですよレナスさん、ですから今度、ちゃんとしたプレゼント買いに行きましょうね! あんなゴミじゃなくて!」

 

「アタシも一緒に選んであげるよ!」

 

 今度はレナとプリシスが会話に入り込んできた。

 

 きょとんと聞いた後、

「メル、まさかあの話を」

 瞬時に嫌な予感が駆け抜けたらしいレナスに、

 

 

「この際、別の世界のプレゼントってのもオシャレでいいんじゃないの? どうせあんた、“このアタシをプレゼントするわ”なんて思い切った事できやしないでしょうし」

 

「──!!」

 

 

 メルティーナはにやにや笑いで、しかもこの場にいる全員に聞こえるようなよく通った声で言い放つ。

 

『ちょ……なんですのそれ、初耳ですわよ!?』

『誰!? お相手は誰なんですか!?』

「んー? 相手? それはねー……」

「メル待ってお願い」

「うひゃあ、てれてるてれてる」

「純情だわあ」

『レナスさんかわいいー』

 

 果てにはさっきから真面目に

 

「お礼参りを返り討ち、ねえ。さすがに今度のは、偶然にばったりってわけじゃなさそうだな」

 

『こちらの行動と居場所を知っていたという事?』

 

「向こうも仲間内で連絡を取り合っているのかもしれませんね」

 

 とかやってた人達の会話に割り込んでまで大騒ぎ。

 なんかもう本当にぐだぐだである。

 

 

(ザフィケルとかいう十賢者の話より食いつきがいいって、一体どういう事なんだろうな)

 

 とフェイトが盛り上がってしまった女子達を見て思う中。

 一呼吸してから、レナスが(できるだけ)落ち着いた様子で言ったが、

 

「待って。こんな話はどうでもいいの。今は十賢者の話をしましょう」

 

「「かわいいー」」

「……」

 

 やっぱりダメだったみたいである。

 

(今はって。後ならいいんですかね)

 

 ダメだと思うけどなあとフェイトが他人事のように眺めていると、画面の向こうでマリアが手をパンパン叩いて鎮めた。

 

『はいそこのおバカさん達、はしゃがないで頂戴。話を元に戻すわよ』

 

 しかもすんげーくだらなさそうな言い方で。

 

 

(他人の色恋とか、本気でどうでもいいんだろうな)

 

 とフェイトが思う中、鎮められた女子達も

『はーい』「ちぇっ」

 とおとなしく引き下がり。

 改めてマリアが確認する。

 

 

『で。その十賢者は、“お礼参り”の他には何か言ってなかったの?』

 

「他に?」

 

『例えばだけど、他の仲間の居場所とか。とにかく私達にとって有利な情報よ』

 

「そうねえ……。たぶん色々喋ってたとは思うんだけど」

 

「てめえの強さ自慢がやたら長くてな」

 

 

 ようするに途中から聞き流して倒したらしい。

 

「どーせろくな事言わなさそうな感じだったから、まあ構やしないわって感じでとっととやっちゃったけどー」

 

「無理にでも引き出すべきだったか?」

 

 と聞いてみたメルティーナとアリューゼの二人に、レナスは落ち着いて答える。

 

「いいえ。結果的には違ったみたいだけど、その彼が私の「力」を持っていた可能性もあったわけだから。むしろ賢明な判断だったと思うわ」

 

 まあ確かに。 

 余裕で勝てそうだからって油断してからの惑星ドカーン! ……みたいな事になるくらいなら、容赦なくタコ殴りで構わないだろうとはフェイトも思う。

 なによりあの場所から戻ってきた今の自分達には、そこまで頑張って十賢者自身から情報を引き出す必要性も感じないし。

 

 レナ達四人に聞いてみたマリアも、あくまで確認のために聞いてみただけだったらしい。

 肩をすくめて、

 

『そうね。彼らの居場所、というのはただの例えよ。別にそんな事聞かされなくても、こちらにはすでにこれが──』

 

 言いつつ手元にあるらしい機械に視線を落としたマリアは、ぴたっと言葉を止めた。

 

『マリア?』

『どうしたんですの?』 

 

 次いで、不思議そうな反応を示した向こうのみんなも、マリアの手元にある機械の表示を見て、

 

『えっ? これ……がそうなの? っていうかこれ、今のだよね?』

 

『本当に効果あったんだな、この機械』

 

 などと困惑するやら感心するやらである。

 

 

 そんな向こうの様子に、もしやと思ったフェイトの直感は正しかったらしい。

 アシュトンやらセリーヌやら、他のみんなが、慌ただしく画面の前から離れる気配のする中。

 どうしたんだとこちらから聞くまでもなく、マリアが最後に言って通信を切った。

 

『十賢者が一人、こちらに向かっているみたい。それじゃあまた。忙しくなるから切るわよ』

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そんなこんな、いかにも大変な事が起こりそうな予感とともに切られた通信であったが。

 

 数十分後、何事もなかったのように向こうからの通信が来て。 

 それからまだまだ移動中の小型艦の中で、向こうのみんなが何事もなく、十賢者の一人を普通に撃破した事をフェイト達は知った。

 

 いわく、連絡が絶えていた間のほとんどは、十賢者出現待ちの時間であったと。

 実際の戦闘時間はたぶん一分もかからなかったと。

 

 

 遠く荒野の向こうから、地面の上を滑るような独特の移動方法で現れた十賢者の一人、ジョフィエルに対して、待ち構えるこちらは総勢七人。

 

 あちこち素早く動き回るジョフィエルに、まずセリーヌの隙の少ない紋章術代表『サンダーボルト』が、頭上からばっちり命中。

 さらにソフィアの移動制御術『グラビテーション』で素早い移動を封じつつ、マリアの援護射撃でジョフィエルの攻撃も封じつつ。

 

 後はそんな感じで、ジョフィエルを三方から囲む事に成功したクロード、ディアス、アシュトンの前衛三人が、それぞれ全力の必殺技『鏡面刹』『夢幻』『ソードダンス』でタコ殴りにして撃破。

 もしもの時に備えて回復術発動に備えていたノエルは最後まで出番がなかったと言う。

 

 

 もう少しすればフェイト達の小型艦もエル大陸に着くし、とりあえずこの件に関しては、話は合流した後でしましょうと。

 

 画面の後ろの方にいる全員とも、今しがた十賢者を倒したばかりとは思えない至ってなごやかな雰囲気の中、これまた平常通りにマリアが言って通信が再び切れる。

 レナやらプリシスやらも普通に笑顔で「じゃあまたね」と、画面に向かって手を振る中。

 

「……」

 

「ふっ。深刻に考えてたあんたバカみたいね」

 

 なんか色々と複雑な気持ちになったらしい。

 さっきから無言だったレナスを見て、他と同じくすでに十賢者を倒した経験のあるメルティーナは、ほくそ笑みを浮かべてそう言ったのだった。

 




という事で一応、運悪く今回が出番になってしまった十賢者紹介を。
・ザフィケル
 大剣使い。半裸。
・ジョフィエル
 ひょろ長。機械口調。

……なにより十賢者ファンの方、こんなノリの作風でごめんなさい。
ぶっちゃけ味方勢が全体的に強すぎた結果こうなりました(白目


以下、おまけの「尺の都合やら何やらで登場させられなかったけど、この作中に出てたらプリシスとかと相性よさそうだなー」っていう思いつきからのPAっぽい小ネタ。

・戦乙女プリシス、アリュ―ゼを選定。

プリシス「ねー、一緒に行こー? アタシと行ったら、すっごい楽しいよ? もうね、今なら大サービスしちゃう!」色仕掛け的な?
アリューゼ「やめろ。俺にガキの趣味はねえ」
プリシス「えー。じゃあ……今ならこのドリルを追加で」
アリューゼ「どうする気だ。俺につける気か」
プリシス「うん、その左腕にちょちょいとね。すっごい強くなれるよ!」
?????「いい案ではないかアリュ―ゼ! 今すぐわらわと同じエインフェリアとなり、戦乙女に改造を施してもらうのじゃ!」
アリューゼ「んなふざけた強さのために人間やめろってか」
プリシス「いーじゃん、いーじゃん。どうせもうすぐ死んで人間やめちゃうんだし、ちょっと腕の形変わるくらいじゃ、そんなに」チュイーン
?????「さあアリュ―ゼ! 今すぐ最強の戦士に生まれ変わるのじゃ! さあ!」
アリューゼ「今すぐ俺の目の前から消え失せろこの死神が。後お前は黙ってろ。わくわくしてんじゃねえ」
?????「ぶ、無礼者! 戦乙女は死神ではない! そのような物言い──」

 ──万死に、値するぞ! …………

「……おーい。アリュ―ゼー? アリュ―ゼどこー?」

アリューゼ「ハッ! 夢か……やれやれ、とんだ悪夢を見ちまったぜ」
プリシス「あっ、アリュ―ゼいたー。ねえねえ、アタシいいコト思いついたんだけどさ」
アリューゼ「なんだ」
プリシス「その左腕のガントレットにこのドリルつけたら」
アリューゼ「断るッ!!」


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13. 久しぶりの再会 part2と初顔合わせ

 宇宙艦ディプロから、小型艦で一足先に戻ってきたエル大陸の地。

 もう一方、ラクール大陸の居残り組を回収しに行った仲間達全員との合流を、というかクロスで別れた時から実時間で数えてゆうに二か月くらいぶりのレナとの再会を、そわそわと待ち望んで数時間後。

 

 待ってる間になんか十賢者を一人ほど倒したような気もするけど、そんな事よりフェイト達の艦はまだかなあなんて事を、見張りを交代した小型艦の前で、隣のアシュトンと並んで体育座りで空を見上げて待ちつつ。

 

 見上げ続けて若干首が痛くなってきた頃にようやく、クロードは迎えに行った人達も含めて九人もの仲間達、もといその中にいるレナとの再会を無事果たす事ができた。

 

 

「こうやってみんな集まるのも、久しぶりだよねえ。で、そういや、さっきこの辺でジョフィエル倒したんだって?」

 

「ん、ああ。そうだね。小型艦のすぐ前で戦ってたから、まあ大体この辺りだったと思うよ」

 

「へえー。アタシ達の時もそうだったけど、やっぱ見事になんも残ってないね。なんか改めて不思議現象って感じ」

 

「お疲れクロード。他のみんなも」

「あ、ありがとうレナ」

「おつかれー」

 

 久しぶりの再会は、思いのほかあっさりと済まされた。

 一番乗りで元気よく艦から降りてきて、クロード達の姿を見るなり昔と何ら変わらない気楽な調子で声をかけてきたプリシスをはじめ、続けて艦から降りてきたレナ達の興味もすぐに十賢者の事に移ってしまったのである。

 

 というか状況を考えればそれが当たり前か。

 それが目的でみんな集まってるんだから。

 七対一っていうあまりにも余裕な状況でさくっとジョフィエル撃破しちゃったものだから、ついつい本来の目的意識が薄れていたけれど。

 

 やや遅れて小型艦から続々と出てくる残りのフェイト達みんなと、しっかりしている感じのレナの様子を目の当たりにしてすぐ、

 

(いけないいけない、こういう気のたるみは問題だよな)

 

 とは自分を戒めてみたものの。

 浮かれた気持ちと肩すかしを食らったような気持ちが、ほんのちょっぴり漏れてしまっていたらしい。

 

 

「うわあ、プリシスだあ。本物のプリシスだあ。夢じゃないよね、夢じゃないよね?」

 

 後ろの方で感動しすぎて、ギョロとウルルンに引かれつつ一人で勝手にやってるアシュトンをよそに、

 

「どうしたの? クロード、さっきからわたしの顔じろじろ見て」

 

「い、いや、なんでもないよ。それじゃあみんな集まったわけだし、さっそく次の事を考えようか。つもる話も色々あるだろうけど、まずはやる事をやらなきゃな」

 

 と不思議そうなレナに向かって、精いっぱい真面目なリーダーぶりをアピールし。

 クロードはいそいそと、もう一方の小型艦の中で待っている仲間達を……

 ていうかレナ達の乗ってきた艦もすぐ隣に並んで着陸したんだから気づいてないはずがないのに、ソフィアやセリーヌ辺りが自分に気を使ってるつもりだかなんなんだか、一向に外に出てくる気配のない仲間達を呼びに走った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 さてそんなこんなで全員が無事に合流できたので、次の行動開始である。

 とりあえず今から具体的にやる事はひとつ。

 惑星ストリームのとても物知りなタイムゲートさんに作ってもらった機械『十賢者レーダー』を、自分達のすぐ目の前にあるエルリアタワーの上層階まで持っていき、とにかくそこにあるだろう惑星レベルでの広範囲探索システムに接続。

 そうやってレーダーの探索可能範囲を十分に広げた状態で、十賢者達の現在の居場所を効率よく検索する事、以上だ。

 

 この辺の事は話し合いをするまでもなく決まっていた事なので、クロード達みんなの行動も早い。

 

 ついさっき十賢者が自分達の目の前に現れたという事もあって、念のため小型艦の守りに残ると言ったミラージュ以外にも五人ほど……、道案内役のクロードとマリアを除いて、エルリアタワー最上階までの近道をすでに知っているセリーヌ、アシュトン、ディアス、ノエル、ソフィアをその場に残し。

 それ以外の全員で、さっそく目と鼻の先の距離にあるエルリアタワーに入っていった。

 

 

 最上階までの近道というのはつまり……

 この間ここでクロード達がミカエルはじめ、三人の十賢者達を倒した帰りに発見した、魔物や十賢者達が使用していたであろう、地上から最上階までの直通大型エレベーターの事である。

 

 ちなみに地上の方の乗り口はなんか普通にタワーの裏の方にあった。

 特に隠された入り口とかじゃなくて、普通に堂々と。さすがに鍵はかかってたけど。

 

 見つけた時には(苦労して登ったのに、あいつらこんなズルしてたのか!)みたいな感じで、脱力感よりむしろ『ソーサリーグローブ事件』当時の十賢者達とか手間のかかるパスワード入力とか状態異常リザードとかに対するもろもろの怒りを再燃させたクロードだったわけだが、まあそれはそれ。

 エレベーター自体はすごく便利だし、使えるものは有効活用させてもらおうではないか。

 ていうか自分ちのアジト帰るたびにいちいち『もくしろく』とか律儀にやってたとしたら、それはそれで(馬鹿じゃないのかあいつらは)とも思うし。

 

 

 そんなこんな今回は小型艦も最初からそのエレベーターの乗り口がある、エルリアタワーの裏の方に泊めてあるので、わざわざタワーの外周に沿って長距離を歩いて移動する必要もなし。

 

 ソフィアやマリア達未来人と一緒にこのエルリアタワー内をあらかた探索したのも、宇宙艦で行ったり来たりしてきたクロードにとってはだいぶ昔の事に感じるが。

 エクスペル内の時間で言えばつい数日前の出来事なので、最上階に辿り着くまで、タワー内に住みついていた雑魚魔物との遭遇、戦闘も一切なし。

 

「うー。ほぼ突っ立ってるだけですぐに最上階いけるなんて」

 

「なんか……エルリアタワーって感じしないわね、こんなにも順調だと」

 

 本来の大変さを知らない他のみんなが、普通に後をついてくる中。

 拍子抜けしたようながっかりしたようなプリシスとレナの会話に「だよな」と力強く同調しているうちに、小型艦を離れてからものの十分程度で、簡単に最上階の目的地についてしまった。

 

 

 目的の設備はかつてこのタワーを作った十賢者達が、もとい世界征服好きないかにも悪い奴らが、いかにもな悪だくみをする際に使用していた──

 いかにも未開惑星保護条約を無視した、ようするにエクスペル全体をざっと監視できる電波塔的なアレである。

 

 部屋の上方部分、モニターには今もでかでかと惑星エクスペル全体の地図が表示されたまま。肝心のコンピュータの方もわかりやすくそのすぐ下にまとめてあったので、すぐさま作業にとりかかる事ができた。

 

 持ってきた『十賢者レーダー』を直接大型機械に繋げたりするのは機械工作の分野なので、プリシスと実は工学系の学生だったらしいフェイトが(てっきり彼は自分と同じ軍人だとばかり思っていたのだが。なんかやたらと戦闘慣れしてるし)協力して作業にあたる。

 それから繋げたシステム同士の細かな書き換え作業等については、プリシスとマリアの得意分野なので彼女達にお任せ。

 クロードを含めたその他の面々は、ぶっちゃけその作業をただ見てるだけである。

 

 いやだって、フェイズガンのメンテナンスとかだったら自分にもできるけど。

 一般的な地球人に毛の生えた程度の知識しかないのに手伝っても、邪魔になるだけだし。

 本当はできたらむしろ手伝いたいんだけど。隣のレナがさっきからずっと、尊敬の目で三人の作業見てるから。

 

「あれで十賢者の居場所がわかっちゃうんだ。機械って本当になんでもできちゃうのね」

 

 感心するレナの隣で、クロードが今度時間のある時に、プリシスにでも機械の事教えてもらおうかなと思う中。

 

「言っても見た目なんか地味じゃない? ていうか情報さえ知ってりゃ、術でも似たような事はできるしー」

 

「……メルティーナ。あれは魔術と違って一度形にしてしまえば、それこそ私達のような理屈を何も知らない者達にも扱える、素晴らしい技術よ。見た目は問題ではないわ」

 

「そら技術として、私達の魔術と同等かそれ以上の可能性がある、ってのは理解できるけどさあ。いまいち私の趣味じゃないのよねえ。そもそも術使えないやつの事なんか知ったこっちゃないし」

 

「……。ねえチサト」

 

「いやいや、そんな「あなたからも何か言ってやって」みたいな目でこっち見られても。レナスには悪いけどさすがに今回はそっちの肩持つわよ、私も。一応エナジーネーデの民なんだから」

 

 何気に未開惑星保護条約がきっちり守られそうな感じになっているところで、ようやく作業が終わり、検索できる環境が整ったのだった。

 

 

「うーん。一応はできたけど……」

 

「まあやってみるしかないわね。たかだか数キロ程度の索敵範囲を頼りに、そこら中しらみつぶしに探し回るよりずっとマシな事は確かなわけだし」 

 

 作業を終えたプリシス達の表情は思わしくなさげ。

 とりあえずこれ以上考えていても仕方ないと必要な情報を打ち込み、検索を開始してみたところ、さっそくその表情の意味がクロード達にも分かったのだ。

 

 

 

「検索結果予測時間、およそ五十時間後って……」

「マジ?」

 

「ええ。それもこの辺の、エル大陸西方部だけでね」

 

 ようするに検索結果が出るのに、えらい時間がかかる事が判明したのである。

 

 エル大陸西方部だけで二日。

 この調子で惑星エクスペル全体を調べるとなると、海を除いた陸地の部分だけで計算しても一か月弱はかかりそうな勢いだ。

 

「ふっ。“機械”も大した事ないわねえ。こんなもん、本気出したこいつだったらそれこそ一瞬で──」

 

「はいはいそうですね。レナスさんすごいすごい」

「まあそのこいつが本気出せねえ状況になってるから、俺らも今こういう事してるわけだけどな」

 

「やめてメルティーナ。やめて」

「ちょっとフェイト、クリフさんも! そういう言い方はレナスさんに失礼でしょ!」

 

 発言が正直すぎる問題児達をそれぞれレナスとレナが諫めたりもしたが、とにかく検索結果がすぐに出ない事には変わりない。

 さっきマリアも言っていたように、時間がかかろうが何だろうが、しらみつぶしよりはずっとマシなのだ。

 

 従ってクロード達がこれからとる行動も当然、検索結果が出るまでひたすら待機。

 

 とは言ってもさすがに、今から五十時間ほど、ひいては惑星エクスペル全体の検索にかかるであろう一か月弱もの長い期間を、この陰気くさいエルリアタワー最上階で我慢して過ごすつもりはない。

 厳密な待機場所はタワーのすぐ外、すなわち留守番組が待っている小型艦周辺だ。

 

 設備の重要さを考えれば、本当はこの場でちゃんと待機し続ける方がいいのだろうが……

 まあ十分程度にしか離れていない場所ならたぶん大丈夫だろう。

 警戒すべき十賢者達の動向についても、『十賢者レーダー』自体がしっかり機能してくれるのはジョフィエルの件で証明済み。設備が問題なく機能しているかどうか、ちょくちょく様子を見に戻るつもりもちゃんとあるわけだし。

 

 

 そんなわけで今現在の検索状況がどうなっているのか逐一確認できるよう、小型艦のモニターにここ最上階のモニターのと同じ映像を映せるような最低限の追加作業を、小型艦にいるミラージュと連絡を取りつつ手早く済ませ。

 クロード達は全員来た時と同じエレベーターに乗り込み、その場を後にした。

 

 

 

「検索にそんな時間かけちゃって大丈夫なのかしら」

 

「なんかもうアタシ達がこういう事やってるうちに、残りの十賢者が向こうから来そうだよね。ザフィケルとかジョフィエルみたいにさあ」

 

「あーありそうだわそれ。だってここって元は十賢者達の拠点だったんでしょ?」

 

「残った奴らが取り戻しに来てもおかしくはないな、確かに」

 

 帰り途中、会話の流れで「それならそれで、手間がはぶけていいわね」と言い切ったマリアに、

 

「私もそれ賛成。お礼参りを返り討ち、だけで全部終わってくれたらくっそ楽だわ」

 

 とメルティーナが同意したところ、マリアが聞いてきた。

 

 

「というかジョフィエルって、ついさっき倒した十賢者の事?」

 

 出会ってすぐに倒したせいでもう名前も覚えてないらしい。「ああ、そうだよ」とのクロードの返事を受けた後、マリアは何やら考えつつ、クロード以外のみんなに向けて言った。

 

「言い忘れてたけど。彼に関しては別に、お礼参りを返り討ちにしたわけじゃないわよ」

 

「え? それってどういう事?」

 

「ひとの留守中によくも好き勝手してくれたな、みたいな恨み言は言っていたけど。少なくともあれは、拠点を取り戻しに来たわけでも、ましてや仲間の仇討ちに来たわけでもなかったのよ。……クロードも彼の言っていた事、大体は覚えてるでしょう?」

 

 聞かれたのでクロードも答える。

 さすがについさっきの事なので忘れようがない。クロード達に囲まれたジョフィエルはあの時、確かにこんな感じの事をわめいていたのだ。

 

「大体はね。ホカノサンニンヲドウシタ!? ……みたいな事だろう?」

 

「声真似は要らないわ。もちろんあれが演技でなければ、の話だけど……彼はあの時、私達が待ち構えていた事にむしろ驚いているふうだった。まるで普通に外出先から戻ってきたところを、たまたま私達に捕まったみたいに」

 

 マリアの話にしばらくみんな黙り込んだ後。

 プリシスが正直な感想を言った。

 

「なんか十賢者もグダグダだね。マリアの推測が当たってたら」

 

 

 それは正直クロードも思ってたけど。

 あいつらの行動がグダグダなのは今に始まった事じゃないし真剣に考えすぎないようにしてたのに。

 

 

(言っちゃうかあそれ、言っちゃったらそんな奴らに振り回されてる僕らの立場もなんかさあ)

 

 何気に真剣に眉をひそめていたりする最中なレナスをよそに、クロードがなんかやるせない気持ちになる中。

 

「そう。あまりにもグダグダなのよ。たかだか十人程度の集団なのに、まるで統率がとれていない……」

 

 ジョフィエルの事を話すうちに考えがまとまってきたのだろう。マリアはというと、さらに真剣に考えつつ、十賢者のグダグダ具合をしっかり語ってしまう。

 

「こうして私達が彼らを着実に各個撃破している間に、残りもすでに四人。もう一人の時は仇討ちが目的で襲ってきたんだから、お互いの連絡手段は最低限用意できているはずよね? なのにこれは一体どういう事? 一人一人の実力は高いんだからまとめて襲いかかってこられたら私達だってもっと苦労するはずなのに、無駄に自分達の戦力を減らすような中途半端な事しかしてなくて、彼らは一体何がしたいの?」

 

「さ、さあ? 何が目的でこんな事ばっかりしてるんだろうな? 十賢者は」

 

「ほ、本当に……わかりづらくて困っちゃうわよね、こんな事ばっかりだと」

 

 

 お願いだからこれ以上はやめてくれとばかりに、クロードとレナが揃ってあくせくしていると。

 

「考えすぎだと思うけどなあ。だって十賢者って大体そんなもんだよ?」

 

「そうならいいんだけど、どうも気になるのよね。この状況は今のところ、私達の有利に働いている。だけど、このまま彼らの目的が掴めない事には……」

 

 あっけらかんと言ってしまったプリシスに、マリアはやはり真剣に考えつつ言い。

 それからレナスに向けて言った。

 

「先ほどの十賢者の時はあなたの忠告に忠実に、決して相手を甘く見ないよう、反撃の隙も与えず速攻で倒したわ。彼は明らかにあなたの「力」を持っていなかった。彼は違う、“ただの十賢者の一人”だと、戦っている最中に直感で分かったとしてもね」

 

 マリアは一呼吸置いて、さらに言う。

 

「こういうのは、安全が確認できた今だから言える事なのかもしれない。でも今の私は、あれはもう少し他にやりようがあったんじゃないか、と思い始めているわ」

 

 レナスも考えつつ聞き返し、マリアもそれに真剣に答える。

 

「引き出せる相手からは、もう少し情報を引き出せる立ち回りをすべきだと?」

 

「決して相手をみくびるわけじゃないわ。もう少し対応に幅を持たせてもいい、という提案よ」

 

「引き出せる相手と、引き出せない相手の見極めは? どこで判断するの?」

 

「もちろん、相手と対峙してみてからの全員の勘に頼る事になるでしょうね。あなたのあの「力」の事を考えれば、危険な賭けだとは思うわ。ただ不安材料をこのままにしておくのも、同じくらい危険な事だと思うのよ」

 

 聞いているクロードとしてはぶっちゃけ

 

(二人とも十賢者の事なのに、すごいちゃんと考えているんだな。なんか別の世界の話し合い聞いてるみたいだ)

 

 といった心境だ。

 同じく二人とも考えすぎじゃない? みたいな事を考えているらしいレナやらフェイトやら、とにかく他のみんな達と一緒に感心しつつ会話をほけーっと聞いていると。

 

「みんなは、どうすべきだと思う?」

 

 なんと真剣に考えすぎているうちの一人、レナスがそのクロード達に判断を仰いできたではないか。

 

「ええっ? えっと……そうですね、いや、どうなんだろうな?」

 

「私は十賢者の事に何も詳しくないから。以前の彼らと、創られた彼らと、未だ誰とも相対した事のない私が決めるべき事ではないと思うわ。だからみんなが決めて。私は、十賢者の事をより知っているみんなの判断に従うわ」

 

 ごもっともな意見ではある。

 がしかし、そこまで真面目に考えてなかった自分達に急に振られてもどうしたらいいやら。

 

「そういえば僕も十賢者、まだ一人も見てないな」

 

「新しく出てきた方は私もまだ見てないわね……。なんか話題に取り残されてる感じでちょっとショックだわ」

 

 などとフェイトとチサトが本題と関係ないところでうなる中。

 真剣な様子のマリアとレナス、それから特に意見がなさそうな他のみんなの視線も受け、クロードはリーダーとしてなんとなく結論をくだしたのだった。

 

「はあ。じゃあ……大丈夫そうだったら、もうちょっと十賢者から話を聞けるよう頑張ってみるという事で。元凶の方の情報を得るのももちろん大切だし、油断しなかったらいいんじゃないかな?」

 

 

 聞かれたのでちょっと真面目に考えてはみたけれど。

 十賢者の強さが以前と変わらないのだったら、よっぽど油断しないかぎり、そっちの方は速攻で倒そうが情報引き出してから倒そうがあまり変わらないんじゃないかと。

 

 この状況で自分達にとって厄介なのは、十賢者よりも、むしろレナスの「力」を持っているであろう元凶の方だと、『パラケルススの円卓』でその「力」のヤバさをしっかり目の当たりにしてしまったクロードなんかは思うわけだ。

 それでもしも十賢者の誰かがその元凶だった場合、すなわちレナスの「力」を持っていた場合は……

 なんとなくだけど、たぶん一瞬で分かるような気がするし。あ、これダメなやつだなって。

 

 そんな風になんとなくで出した結論だったが。

 マリアをはじめ他のみんなも特に異論はなく、まあそれでいいんじゃない? みたいな感じで、真面目だった話し合いは実に緊張感もなく終了。

 ようやく地上まで下りたエレベーターから、

 

「これから暇ね」

 

「あー、っとに、とっとと残りの奴らも出てくればいいのに」

 

「結果出るまでどうしよっかな。……あ! ねえねえ、小型艦についてる『レプリケーター』っていうの、あれ使ってもいいの?」

 

「無駄使いは禁止な」

 

「おっけー、じゃアタシ的に無駄じゃないから平気だね」

 

 とわらわら外に出ていくみんなに続いて、クロードも歩き出そうとしたところ。

 

 

「ねえクロード」

 

 思いかねたように声をかけてきたレナスが、口に出していいか迷った様子で、声をひそめて聞いてきた。

 

「残りの四人も、能力に変わりがなければ、今までと同じようなやり方で倒せる相手なの?」

 

「えっ……」

 

 

 正直なところ、他のみんなの気楽な調子につられて、っていうか敵側と自分達全員との戦力差など普通に考えてクロード自身もまず大丈夫だろうと思っていたし、うっかり

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。彼らも強いですけど、それ以上に僕達みんなが強いですし」

 と返事しそうになったが。

 

 帰りの艦の中では、誰よりも一生懸命鍛錬に励んでいた彼女の事だ。

 すんでのところで(求めている答えはそういう事じゃないんだろうな)と察したクロードは、自信満々でレナスに答えたのだ。

 

「大丈夫です、四人のうち三人はかなり強いですよ」

 

「それは……大丈夫、なの?」

 

「ええそれはもう。なめてかかったら確実に痛い目みますよ」

 

 今まで倒した奴らが六人中五人も大した事なかっただけで、残っている奴らにはリーダー格のガブリエルをはじめに、手強い奴らが残っている事。

 今までの奴らが大した事なかったといっても、あれはあくまで自分達がいつも数的優位に立っていたからの結果であって、一対一の勝負ではそれも分からなかった事。

 ガブリエルなんかは当時の自分達が何人も一斉にかかって、それでもやっと倒せるほどの強さだった事など。

 

 それはそれで複雑な表情になっているレナスに安心してもらえるよう、クロードはとにかく十賢者達の強さだけを強調して語り。

 さすがに言いすぎたかなと思ったところで、

 

「それでもこうやってなんとか勝てたから、今の僕達があるわけで」

 

 とクロードはまとめる。

 

「だからまあ……あの時より味方の数も増えてますしね。僕達みんなで協力すれば、そんな十賢者達だって恐れる相手じゃない。だから大丈夫、って言いたかったんです。僕はね」

 

 これからもお互い油断する事なく、張り切って十賢者を倒していきましょう。

 ……といったような言葉までかけてから、とりあえずは言われた通り気を抜かず前向きに真剣に考える事にしたらしいレナスを連れて、二人取り残されていたエレベーターの外にようやく出た。

 

 

 ちょっと嘘くさくなったけど、でも一応嘘は言っていないし。全部本当の事だし。

 ひたすら十賢者の強さを語っている最中、常に頭の中に浮かんでいた

 

(でもレナスさんならガブリエルも一人で倒せるんじゃないかな。あいつも基本術師だし、やられる前にやっちゃえばいけるよな)

 

 とかいう本音をひた隠しにさえすれば、たぶん今のやり取りで何も間違っていないのだと思う。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 小型艦の前までクロードとレナスが戻ってきた時にはもう、先に合流していた仲間達がわいわいとやっていた。

 留守番していた仲間達に、向こうでやってきた事とこれからの予定との両方をざっくりと伝えるのは、マリアとかクリフとかが今すでにやっている最中で。

 

 その輪の中心から外れたところでは、アシュトンがチサトに勇気を出して話しかけている。

 

「チサトさんこれっ、頼まれてた写真と資料です」

 

「はあどうも。資料は助かるんだけど……これ、何?」

 

「だから写真ですよ。ディアスの。なんとかみんなで頑張ったんですけど……これじゃあダメですかね?」

 

「いやだからアシュトン、そういう事じゃないのよ? この下の方に映ってるのたぶん『微笑みのプラトー』よね? なんでこんなもん食って顔ひきつってるディアスの写真なんか」

 

「だっだめなんですか!? そういう小道具使ってズルした写真じゃ、やっぱり……!」

 

 あれは確かチサトに頼まれていたとかいう理由で、アシュトンがなんかいろいろ頑張ってディアスのイイ笑顔を撮ろうとした結果の写真だったか。

 

(そういえばそんな事もあったな。チサトさんもなんだってそんな無茶ぶりを)

 

 そういう類の物事をアシュトンというより、ディアスに求める事自体まず間違っているのではないかと、以前アシュトンから大体の話を聞いていたクロードが改めて首をひねる中。

 

 久しぶりの再会ついでに手渡された写真に、頼んでいたチサトの方もなぜか本気で不思議そうに首をかしげている。

 背中のギョロとウルルンにやたらとギャフギャフ、フギャフギャ言われつつ、びくびくとチサトの評価を待っているアシュトンの事も不思議そうに見つつ。

 

 最終的にもう一回写真を見て、

「まあいいか。それにしても、ヘンな顔ねえ」

 と面白そうに呟いてから、写真を渡された資料の中につっこんだ。

 

「よ、よかったあ~」

 

 ものすごい安心しきってへなへなと座り込むアシュトンをよそに、チサトはちょうど目線の下まで落ちてきたギョロとウルルンと普通に会話。

 

「ギョロとウルルンもなんか久しぶりね。元気だった?」

「ギャフ?」

「フギャフギャ?」

「私? 元気元気、そりゃもう元気よ」

 

 二匹の喋ってる事なんかたぶん分かってないだろうに、見事に世間話をこなすだけこなしたチサトは興味がよそに移ったらしく、

「せっかくだからこれで写真でも撮るかしらね」

 などと言ってアシュトンから返してもらった予備のカメラでさっそく、ぱしゃっと一枚アシュトンと二匹を撮ってから、他の仲間のところに行き。

 取り残された二匹は二匹で構わずお喋り中。

 

「ギャフ」

「フギャギャ」

「ギャフギャフ」

「ん? なんだなんだ? 二人だけで楽しそうに話しちゃって」

「フギャ」

「ギャフーン」

「えー。けちー僕にも教えろよおー」

 

 そんな風に二匹に話しかけているアシュトンを見て、

 

 

「なるほど。あそこで自分の背中の竜といちゃついてやがるのがアシュトンか」

 

「さすがは英雄サマ。見た目がなんかすごいわね」

 

 なんか近くにいたアリューゼとメルティーナが正直な感想を言っているのが聞こえてしまったクロードは、思わず二人に声をかけた。

 

「ア、アシュトンはそんな悪いヤツじゃないですよ。ギョロとウルルンも、ちょっと見た目は近寄りがたいのかもしれないですけど……」

 

「いや見た目っていうかむしろ……何つーの? 光景?」

 

「そんな事より名前あるのかよあの後ろの奴ら」

 

「てかギョロとウルルンて。見た目に反して名前ださすぎじゃない?」

 

「いいヤツなんです彼は。本当に。ギョロとウルルンも。いい魔物なんです。いい名前なんです」

 

 

 などとお互い噛み合ってない会話をやっているうちに、輪の中心にいる他の仲間達の報告も大体終わったらしい。

 大体の仲間達が真面目な話も終わった事だし、久しぶりの再会もしくは初めましての自己紹介にと、今まで以上に近くの人とそれぞれ自由気ままにお喋りを始めつつある雰囲気の中。

 

 なんか変な会話をしているクロード達をとりあえずそのままにして、それまで外から様子を眺めていたレナスもてくてくと近づいていく。

 ある程度近づいたところで即座に鋭い視線を浴びせてきた人物に、レナスはできるだけ柔らかな表情で声をかけた。

 

 

「久しぶり、セリーヌ」

 

 がしかし、声をかけられたセリーヌはやはり不機嫌そうに腕を組んだまま。

 挨拶代わりにレナスに非難の言葉をぴしゃりとぶつける。

 

「どうして黙っていたんですの?」

 

「……それは」

 

「レナス。わたくしショックでしたのよ、あなたに内緒にされていた事」

 

 レナスの方も心当たりがあるのだろう。気まずげに視線を落とし、セリーヌの非難をおとなしく受けている。

 なにやらただならぬ雰囲気だ。

 

(セリーヌさん、レナスさんに正体隠されてた事怒ってるのか? でもあれは……)

 

 別行動をとっている間も通信機を挟んでこの二人が結構会話していた事は、セリーヌの近くにいたクロードも知っているし、さらにクロスで二手に別れる前は、この二人が結構仲よく行動したりしていた事もレナから聞いている。

 仲良くしてたのに実はよその世界、というかよその星の神様だったという、とんでもない事実をひた隠しにされていた事にセリーヌが怒る気持ちは分からなくもないけど。

 でも彼女の方にだって、きっと何か事情があったはずだ。

 

 なにより彼女は今、あんなにしおらしくなってセリーヌの怒りを受け止めているのだ。

 レナス本人だって秘密にしていた事を後悔しているだろうに、これ以上そんな彼女を責めるのは酷じゃないのか。

 

 ちょうどセリーヌの近くでそのやり取りを見ていたレナも、クロードと同じような事を思ったらしい。

 クロードが声をあげるより先に、

 

「セリーヌさん待って、レナスさんはそんなつもりじゃ……」

 

「そういうつもりじゃなかったら一体どういうつもりだったんですの? わたくしだけじゃありませんわ。レナだってあなたに裏切られて、本当は怒ってるんですのよ? どうしてちゃんと言ってくれなかったんだって」

 

 止めに割って入ったレナまで巻き込んでから、

「レナス、あなた──」

 とセリーヌはものすごい怒りの笑みを浮かべて言った。

 

 

「いたんですのよね、ちゃんと。お相手が」

 

「……」

 

 レナスがしおらしく怒られている中。

 やや間を空けてから、固まっていたレナが言葉もなくかくっと肩を落とした。たぶん思っている事はクロードと同じであろう。

 

(え……そっち?)

 

 

 そういえば確かに、今日フェイト達が小型艦でこっちに向かっている時にそういう話聞かされた後辺りから、セリーヌさんなんかちょいちょい不機嫌だったような。

 ていうかレナスさんの正体バレを通信機越しに聞いた時は、一応驚いてたけど結構普通に納得してたような気が。

 

(あ、ああ、なんだ、そうだったのか……)

 

 事情がようやく理解できて、ある意味修羅場だけど深刻な修羅場じゃなくてよかったと、セリーヌ達の方を見てクロードが内心ほっとする中。

 

「言う機会はいくらでもあったはずですわよね? なのにあなた、自分だけずっと知らぬ存ぜぬの態度で……、ひどいと思いませんこと?」

 

「……まさかとは思ったけど、あなたの怒るところはやはりそこなのね、セリーヌ」

 

「そりゃそうですわよ。自分はひとの事情までいちいち根掘り葉掘り聞きだしておきながら、なんですの、あの今までのあれは。怒らない方がどうかしてますわ。まったく、いかにも恋愛のれの字も知らないようなそぶりで。ひとの事ばっかり、一方的に、面白おかしく……」

 

「待ってセリーヌ。何を言っても言い訳にしかとられないと思うけど、訂正だけはさせて。面白おかしく聞き出してはいないわ。他のみんなの事も、あなたの事も、どれも偶然耳にしただけよ」

 

「まーっ、この期に及んでいけしゃあしゃあと……!」

 

 観念した様子でおとなしく怒られていたレナスは、でもちょっと納得いかないところがあったらしい。他のみんなに聞こえないようところどころ小声で何か言い返した結果、余計にセリーヌを刺激してしまったのだった。

 

 

「ふっ。あなたがそういう態度なら結構ですわ。素直に謝れば許してあげようと思いましたのに──」

 

「セ、セリーヌさん、一体なにを」

 

「そりゃ当然、このままじゃあまりにも不公平ですからね。……ねーレナ? レナもそう思いますわよねえ?」

 

「ええっ? そ、そう言われてみれば……確かに、そんな気もするかも」 

 

 レナまで味方につけたセリーヌは、レナスの前で不敵な笑みを浮かべて、

 

「教えてもらいますわよっ! 洗いざらい、その“ルシオ”とかいう方の事を!」

 

 とむちゃくちゃでかい声で宣言してびしっと指差し。

 すかさず集合の合図とばかりに、

 

「なになに? レナスの彼氏ぃの話?」

「わたしも気になります! どんな人なんですか? 性格は? イケメンなんですか? 身長は……」

「じゃあ私も私も」

 

 なんか周りにいた女子達がわらわら集まってきてレナスの姿が見えなくなった。

 

「……っ、待ってセリーヌ」

「さあもう逃げ場はありませんわよ! 素直に喋ってしまいなさい!」

「そうじゃなくて、今はまだ、大事な話の途中で」

「またまたー恥ずかしがっちゃって」

「だからそうじゃなくて。残りの十賢者達の具体的な対策もまだなんにも……こんな話をしている場合じゃ」

「まあまあそんなの後でいいじゃんいいじゃん。時間はたっぷりあるんだから」

 

 

 なんという恐ろしい光景か。

 っていうかこれは確かに恋人の事を内緒にしていたかったレナスの気持ちもなんかわかる。

 

(……楽しそうだなセリーヌさん)

 

 こういう場合は止めた方がいいのかどうなのか。真剣に悩むクロードの他には、

 

「そんなの後でいいのか。やっぱり十賢者より食いつきがいいんだな」

 

「これじゃまともな話ができないわね。仕方ないから各自休憩にしましょ。というより、そろそろ晩ご飯の準備の時間よね」

 

 などと完全に他人事状態のフェイトとかマリア。クリフやノエルは

「あいつもなー。最初からさらっと言っておけば、こんな状況にはならんかったろうに」

「逃げるから追いかけたくなる。肉食系動物の本能と同じですねえ」

 とまったり冷静な分析である。

 

 あげくのはてには

 

「やっだなんか超面白そうな事始まってんじゃーん」

 

 とメルティーナもさっそく女子の輪に加わりに行ってしまったではないか。

 

(あ……。レナスさん、ごめんなさい……)

 

 この件に関しては一番ヤバそうな彼女を止めるでもなくただ見送ってしまい、すごく申し訳ない気持ちになってきたクロードと同じく。

 女子の輪のうちの一人レナも、セリーヌに同意しちゃったはいいけど、さすがにちょっと申し訳なくなってきたらしい。

 苦笑いで、やや居場所がなさげに辺りに視線をやった、ちょうどその時。

 

 

 

 騒ぎで話し合いが中断されたためか。この場にいる意味はもうないとばかりに、一人の人物が歩き去っていくのが、レナの視界にも入った。

 

 反対にレナスの方に向かうメルティーナとすれ違い。

 いつもとはまた違った仏頂面で歩いてゆく彼は、クロードの前までやってきてから、後ろを見もせず、近くにいるアリューゼにも聞こえないくらい低い声で、クロードに短く聞く。

 

「あの女が、別の世界の神か」

 

 聞かれたクロードはあくせくと答えた。

 

「あ、ああ。そういやディアスは、レナスさんを直接見た事なかったんだよな。……あーうん、なんか彼女がそうらしいね」

 

 

 本当は彼女本人が自身について言っていた事や『パラケルススの円卓』での事を思えば、本来の彼女は確かに自分達とは違う、人ならざる存在なのだろうと。今のクロードはなんとなく理解できてはいる。

 

「いや僕もついこの間知ったばかりだから、今もあんまり神様って感じはしないんだけどさ、レナスさん。なんか普通にすごくきれいですごく強い人っていうか……」

 

 それでも聞かされたばかりの時は確かにそんな感じで、普段自分達と話している彼女も、結局は大体そんな感じで、だから彼女は全然“神様らしくない”のだと。

 この場でクロードの口から出るのがそんな言い訳じみた強調ばかりなのは、それ以上何も言わないディアスの顔を見て、直感で理解してしまったからだ。

 

 ──ディアスにだけは、絶対に言うべきじゃない。

 彼女がいかに“神様”らしいか、などという事は。

 

 

「そう、だから本当に強いんだ彼女は。ディアスも一度手合わせしてみたらいいんじゃないかな。あー僕は本当に、いい勉強に……なると、思うぞ?」

 

 一生懸命なごやかな表情で話し続けるクロードの気持ちは、はたして届いていたのか。

 何も言わないディアスは、クロードが「レナスとの手合わせ」を勧めたところで、一瞬確かに、眉間の皺を深くし、

 

「……必要ないな」

 

 一言だけ喋ってから、一人で人気のない岩陰の方へと歩いていってしまった。

 その後ろ姿を気まずげに頭をぼりぼりかいて見送るクロード。やり取りを見ていたらしいレナが、メルティーナと交代で輪を抜け出し、クロードの元に駆けつけて聞いてくる。

 

「クロード、ディアスは……」

 

「えーと。特に何も言わずに行っちゃったけど。どこか静かなとこに行って、昼寝……じゃなくて、夕寝でもするんじゃないかな?」

 

 クロードのはっきりしない返答自体には耳を貸す様子もなく、レナは眉間に皺を寄せて真剣に考え込む。

 しばらくしてから思いかねたように顔を上げ、

 

「わたし、ちょっと行ってくる」

 

 とクロードが止める間もなく、レナまでディアスの消えた方へ駆け出してしまった。

 

 

 

 十賢者達を倒すべく集まった仲間達がようやく一堂に会して早々、こんな問題が出てくるとは。

 これもついさっきのセリーヌみたいに、自分のささやかな思い違いであってくれればいいのに。しかし今度のはどう考えても、本物の修羅場というか軋轢発覚というか。

 

 レナスさんはもちろん何も悪くないし、レナの気持ちもわかるけど。

 僕もできる事ならそうしてほしいけど。でも──

 

(……こういうのって、周りが言ってどうなるものでもないと思うんだよなあ)

 

 だからといって具体的に何をどうすれば解決するものなのか。

 とんと思いつかないクロードは、(なんとかうまいこと収まってくれないかなあ)とディアスとレナが消えた先をいつまでもぼりぼり頭をかいて見送っているところで、近くにいたレナスの仲間の一人、アリューゼに聞かれ、

 

「忙しい奴らだな。お前のところもいつもこうなのか」

 

「え、ええ。まあ、大体いっつもこんな感じですね……あはは」

 

 よりによってこの人に事情を打ち明けられるわけもなかった結果、ごまかし笑いで濁したのだった。

 



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14-1. 求、人に仲良くしてもらう方法

 他のみんながいる場所からだいぶ離れたところ。岩の影に隠れるようにして一人座っているディアスを見つけたレナは、その目の前まで行って声をかけた。

 

「レナスさんは悪いひとじゃないわ、ディアス」

 

 ──ディアスはきっと、レナスさんの事を誤解している。

 さっき自分達の……いや、その輪の中心にいたレナスから、黙ってディアスが離れていった時。その顔から確かに怒りの感情のようなものを感じたレナは、黙っていられなくって話をしに来たのだった。

 

 対するディアスは仏頂面のまま。

 真剣な顔で見下ろしてくるレナを見返して、仕方なさそうに息を吐いて言った。

 

「俺は、あの女の事を悪く言った記憶は少しもないが」

 

「えっ……と。それはそう、だけど」

 

 詳しい会話の内容までは聞こえてなかったからつい。さっきのディアスは、クロードにそういう事を喋っていたのだとばかり思っていたのだけど。

 さっそく意気を挫かれてたじろぐレナをよそに、ディアスは

 

「顔を見るなりそれか。相変わらず、お前達は揃っておせっかいだな」

 

 と表情の見えない顔で呟き。

(……“達”? クロードもディアスに何か言ったのかしら)

 その言いようが気にかかったレナに向かって、改めて仕方なさそうに言う。

 

「どうせお前達の事だから、あの女とも仲良くしろとでも言うのだろう」

 

 会話にはちゃんと付き合ってやる、という事らしい。

 このままなんとなくではぐらかされなかった事にほっとしつつ。レナの方も毅然とした態度で、改めてディアスに向けて言った。

 

「レナスさん、だけじゃないわ。メルティーナさんと、アリューゼさんともよ」

 

 ややあってディアスから返ってきたのは、

 

「分かるだろう、レナ。お前達が想像している通り、俺はあの女にいい印象を持っていない。それにあの二人もあの女の仲間だ。あいつらとなれあう気にはなれん」

 

 予想通りの答えだ。

 

(やっぱりディアスはレナスさんの事、嫌いなんだ。きっとレナスさんが……)

 

 胸を塞ぐような暗い考えに負けないよう、レナはいっそうしっかりとディアスを見た。

 

 ディアスが彼女の事を嫌いな事もその理由も、はじめから分かっていたつもりなのだ。

 予想が確信に変わっただけで、「それなら仕方ない」で終わらせるくらいなら、レナだってわざわざこんな事を言いに、あの場から立ち去ったディアスの後を追いかけたりなんかしない。

 

「レナスさんは、別の世界の神様よ。わたし達の世界の……エクスペルの神様じゃないわ」

 

「ああそうだな。だがそれがどうした。今回の事はあの女が原因で起きたのだろう。俺達に厄介事を持ち込んだ神という認識に変わりはない」

 

「それはレナスさんを罠にかけたひとが悪いんじゃない。レナスさんは悪くないわ」

 

 作戦も何もなく真正面から思っている事をぶつけるレナに対して、ディアスの方はレナが想像しているのとは違う、「レナスを好きになれない理由」をただ淡々と挙げ、

 

「レナ、お前はあの女の事をずいぶん気に入っているようだが。そもそもあの女はこれまでに、俺達にとって気に入られるような何をした?」

 

 とまで聞いてきた。

 

 

「どういう、意味よ?」

 

「少なくとも俺が今まで聞いていた限りでは、あの女は大した事はしていない。ただレナ達にくっついて旅をして、正体を明かした後もただ周りの奴らに合わせて行動しているだけ。こんな面倒な事をしてくれたのが一体どんな奴なのかと、当人の姿を直接見てみれば……見た通り、セリーヌ達に囲まれてあのざまだ」

 

「うっ……そ、それは」

 

「これだけの情報で、あの女を好きになれと言われる方が困るのだが?」

 

 最後の方の女子の輪に囲まれてしまった辺りの事についてはレナにも責任がないわけではないので、今その話を持ち出されるとちょっと彼女に対しての申し訳ない気持ちが思い出されちゃって困るのだが。

 

(レナスさん今頃どうしてるかな……。メルティーナさんすごい笑顔だったような気もするけど)

 

 今さらながらに放置してきちゃった向こうの様子が気になりかけたレナは、今はそんな事考えてる場合じゃないわと頭を振った。

 

「そ、そんな事ないわ。さっきのレナスさんは、たまたま、ああいう事になっちゃっただけで。だからレナスさん自体はちゃんと……しようとしてたはずだと思うわ。それに、えーと」

 

 ディアスのペースにつられちゃいけない。

 なんとかディアスの言う事を否定しなきゃと、今言われた事に対する否定材料、すなわち「レナスさんが今までにやった、分かりやすくいい出来事」を喋りつつ頭の中から探し。

 思い出せたレナは「あっそうだ、そうだわ」と声をあげた。

 

「それにレナスさんは、チサトさんを助けてくれたのよ?」

 

「……」

 

 

 どうしてこんな出来事を思い起こすのに時間がかかってしまったのだろう。

 ディアスはやっぱり間違っている。彼女はなんにもしてなくなんかないのだ。

 

 その場に居合わせたあの時はなにがなんだか分からなくて、ただおろおろしているだけだったけど。その後で事情が分かった時も、頭の中が色々ぐちゃぐちゃしてて、彼女がやってくれた事の大切さにもすごさにも気づけていなかったけど。

 でも今なら、考えるまでもなくその事だけでよく分かる。彼女はやっぱり、ディアスが思っているような悪い神様なんかじゃないって事が。

 

「つい数日前、リンガの聖地での事よ。チサトさんもちゃんとそう言ってたでしょ? レナスさんと、それにメルティーナさんとアリューゼさんの二人にも助けられたって」

 

 自分達にとって、これだけ都合のいい事をしてくれたから。

 自分は彼女の事を、そんな理由で好きになったわけじゃないって、ちゃんと分かっているはずなのに。ディアスだって本当はそんな理由で他人と関わるかどうかを決めているはずないって事も、ディアスの幼馴染じゃなくったって、ディアスと一緒になって旅をしてきた自分達全員ならすぐに見抜けるはずなのに。

 

 それにあの日の夜の通信は、ディアスにも聞こえていた。

 ディアスにだってとっくに分かっているだろう事実を、けれど改めて説明するレナは、

(これならディアスだって納得してくれる。レナスさんの事も、きっと好きになってくれる)

 と、ほとんど楽観的に信じようとしていたのだ。

 だけど、

 

「あの時レナスさん達が助けてくれなかったら、レナスさん達がいなかったら、今頃チサトさんは……」

 

「どうだかな」

 

「え……?」

 

「そもそもチサトはあの女の仲間を探すために、リンガの聖地の奥深くまで入り込んだのだろう」

 

 ディアスは冷たい目で、それも否定した。

 

 

「あの女が俺達の世界に来なければ、あの女の仲間もあの女を探しには来なかった。チサトがそこで偶然見かけた奴らを追い続けたあげく、ドジを踏んで死にかけるような事にもならなかったと思うが?」

 

「どうして? どうして、そんなひどい事言うの?」

 

「別に、ただ思った事を言ったまでだ。あの女がいなければと今レナは言ったが、チサトの身が危険に晒されたのも、もちろん十賢者が今生きているのも、すべてあの女が俺達の世界に来たからこその結果だ」

 

 そう言った後、こんな事まで言う。

 

「俺にはなおの事、あの女がいなければよかったのに、としか思えんな」

 

 あまりにひどい言いように、思わず頭に血が上ってしまったレナにも、ディアスは冷たく言い返すだけだ。

 

「そんな、そんな言い方って……!」

 

「そうとしか思えないのだから仕方がないだろう。それともあの女がここに来た事への結果も何も関係なく、それでも俺達の益になるような何かをあの女がしたのか?」

 

 改めてレナに聞くディアスの目は、すでに懐疑的な色で染まっている。その質問にふさわしい答えを求めていない事はもうまるわかりだった。

 

 

 どうせわたしが何か反論したって、無理やり理由つけて否定するくせに。

 もともとひどい事を言われて腹を立てていたところに、この目線である。いよいよかっとなったレナは、

 

「なによそれ。さっきから、まるでレナスさんの方に落ち度があるような言い方ばっかり」

 

「そう思っているから言っているだけだ」

 

 そう返されたところで、ついに後先考えず声を荒げた。

 

 

「そうやってひとのせいにしてばっかり! 嫌いなら嫌いってはっきり言えばいいじゃない! ただの屁理屈をもっともらしく並べないで、自分の気持ちを正当化したりなんかしないで!」

 

 いきなりの大声に驚く事もせず、ディアスがただ静かに座っている中。

 

「レナスさんが神様だから嫌いだ、って! レナスさん自身がどんなひとだったとしても、そんなの関係なく嫌いだって! 結局そういう事なんでしょう!?」

 

 いったん口に出してしまったら止まらない。

 これだけは言ったらだめだと思っていたはずの事も、気づけばすでに言ってしまっていた後だった。

 

 

「──レナスさんがディアスのお父さんやお母さん、セシルを助けてくれなかったのと同じ、神様だから!」

 

 

 しんと静まり返る空間。

 それから黙って聞いていたディアスが口にしたのは、否定の言葉なんかじゃなかった。

 

「そうだな。レナの言う通りだ」

 

 冷めきって諦めきっていて、けれどどこか傷ついたようにも思える声と視線。

 一瞬で頭が冷えたレナを前に、ディアスは淡々と言った。

 

「あ……。ディアスごめんなさい、わたしは──」

 

「俺はあの女に筋違いの怒りを抱いている。あの女が神だから気に食わない。だからそんな事ばかりを言う。……これで満足か?」

 

 違う。

 自分はこんな会話をしたかったわけじゃ、嫌いな理由を追及したいわけじゃなかったのに。

 

 自分のしくじり加減に悔しくなってレナがうつむく一方、ディアスは一通りの会話はもう終わったと判断したらしい。

「腹がすいたな。いい加減戻るか」

 とディアスは立ち上がり、土埃を払う。

 

「ディアス……。どうしても、どうしても許せないの? レナスさんは悪くないわ。十賢者が生き返ったのだって、きっとなにか特別な事情があるからよ」

 

 それでもどうにかしてディアスに考え直してほしい。

 すでに背を向けたディアスに必死に話しかけるレナだったが、次の言葉でそれも止まってしまった。

 

「もし、レナスさんがエクスペルの神様だったとしても。今回の事とはきっと事情が違うわ。だってあれは、もう何年も前の事で、だから──」

 

「すまないな。俺はまだ、お前のようには割り切れないんだ」 

 

 

 返す言葉が見当たらなかったのだ。

 

 ディアスのお父さんとお母さんが、本当の姉妹のように仲良くしていたセシルが、それから自分のお父さんが目の前からいなくなってしまった時だって。

 その時はいっぱい泣いて、その後もしばらく塞ぎ込んで。

 「どうして神様はわたしの好きなひとを助けてくれなかったの?」って、どうせいるわけもない存在に、八つ当たりみたいな気持ちを持っていた時も確かにあった。

 

 けどそれだけだった。

 今のレナにとっては、それらは全部遠い昔の出来事で。

 レナスが“神様”だという事を知ってからも、

 

「どうしてそのすごい「力」で、十賢者なんかじゃなくて、わたしの大切なひと達を生き返らせてくれなかったの?」

 

 なんて少しも思いもしなかった。さっきのディアスのあの顔を見るまで、レナはその可能性に気づいてすらいなかったのだ。

 

 

 

 そうは考えられなかったレナが薄情なのか。そう考えてしまうディアスが未練に心縛られているだけなのか。

 答えの出るはずもない問題を前に、ただディアスと自分との考え方の違い、亡き人を想う事への違いに今気づかされただけのレナは、それならどうしたらいいのだろうともどかしさに地面を睨む。

 

 その様子が、まるでだだをこねている幼い妹にでも見えたらしい。

 後ろを振り返ったディアスは、動こうとしないレナに足を進めてくれるよう話しかけ、

 

「今日からはレナの作る飯も食えるという事だな。期待している」

 

 それでもむっと黙り込んだままのレナに、仕方なしに付け足して言った。

 

「わざわざ喧嘩を売るような事は言わん。あの女の「力」を奪った元凶と、あの女の「力」で生き返った十賢者共が皆の力を合わせなければ勝てぬ相手だと言うのなら、あいつらと共に戦いもしよう。……だがそれだけだ。それ以上は俺に求めるな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ディアスとそういうようなやり取りをした翌朝。

 小型艦内の床の上で、レナは浅い眠りから目を覚ました。

 

 ぐっすりと眠れなかったのは昨日のやり取りの事も多少はあるけど、大部分の事情は単純に、寝床の状態があまりよろしくなかったという事につきる。

 昨日の夜ご飯の後、大体の女性陣はそれぞれ小型艦二隻の中に別れて入り、席と席の間の床部分を使うなどして就寝。他全員はこれまでの旅と同じように星空の下で眠りについたのだ。

 

 屋外より屋根のある場所の方が上等なのは間違いないのだけど、いかんせん狭いというか、体が縮こまってしまって休んだ気がしないというか。

 移動中ただ座ってる分には快適でも、とりあえず一夜を過ごすにはあまり向かない場所だ。

 

(……うーん。レナスさんやメルティーナさんは外で寝るって自分から言ってたし、わたしもやっぱり外で寝ようかな。譲ってくれたクロードやフェイト達には悪いけど)

 

 朝起きて一番に伸びをしつつレナが思った一方。

 昨日ひたすらわくわくした様子で小型艦に入り、

「こんなすっごい機械の塊の中で寝れるなんて、アタシってば幸せ者だなあ」

 なんて言っていたプリシスは一体何時までわくわくしたまま起きていたのか。

 レナと同じく一緒の艦で寝ていたセリーヌが起き出して動き出しても、ひたすら幸せそうに寝袋にくるまったまま。

 

「ほら、もう朝よ。起きてプリシス」

「むにゃむにゃ、もう少しだけ……」

「朝だってばプリシス。チサトさんなんかもうとっくに外に出て朝の体操してるわよ」

 

「むー……。チサトが朝早いのなんかいつもの事じゃん。アタシは特に早くないからいいの。じゃそういう事で、まだ眠いからおやすみなさい」

 

「眠いわりにはずいぶんはっきりした口答えしますわね」

 

 堂々と二度寝しようとしたプリシスをなんとかレナとセリーヌの二人で起こし、身支度を終えて外に出て。

 もう一方の小型艦で一夜を過ごした三人のうちの一人、ミラージュに「おはようございます。よく眠れましたか?」と聞かれた。

 

 最初は返事に困ったのだが、向こうもレナ達に聞くまでもなく同じような事を感じていたらしい。すぐ近くではマリアとクリフが、これからの方針らしきものを真面目に話し合っていて、

 

「一日二日ならともかく、これが最長でひと月も続くとなると士気に響くわね。せっかく十賢者を見つけても本調子ではなくて返り討ちにされる、なんて事になったらしゃれにならないわ」

 

「だな。全員揃ってここから離れちまうっつうのもまずいが、全員じっと待ち続けるっつう方がどう考えても現実的じゃねえ。この辺りに町かなんかはねえのか?」

 

「町と言える規模かどうかは分からないけど、人が住んでる場所はそれなりに近くにあったはずよ。少なくともここよりはずっとマシな環境でしょうね」

 

 結局これからは食料品等の買い出しもかねて、交代制でその人里に行こうという話にまとまったらしいところで。

 小型艦のすぐ外で寝ていたクロードやフェイト達の他に、小型艦から少し離れた場所で休んでいたらしいレナスとメルティーナとアリューゼの三人組と、朝の体操を元気に終えてきたらしいチサトに、これまた一人落ち着ける場所で夜を過ごしたらしい相変わらず不機嫌そうなディアスなども、ばらばらと小型艦前に集合してきた。

 

 

 朝食を終えた後は、これから長い間ここを拠点に待機する事になるだろうからという事で、小型艦前の場所をフェイトいわく「未開惑星の荒野にあってもぎりぎり不自然じゃない」範囲で快適に過ごせる環境に整えた。

 自分達全員の頭上をすっぽりと覆う、日よけ兼雨よけの布。

 支えの棒はただの頑丈そうな木だ。

 それと各自落ち着いて話をしたり、ご飯を食べたりできる椅子とテーブル。

 

 そうやって即席の拠点ができた後は、いよいよ例の検索結果を待っている間にやれる事はやっておかなければと、昨日はもろもろの事情でやらなかった真面目な話の続きを、全員でする事になったのだ。

 

 

 

 すぐ近くの仲間とお喋りしつつ、または無言で、『レプリケーター』なる便利機械から出来上がったばかりの椅子に座っていく面々。

 レナはその一人ディアスの様子を、昨日の夜や今朝と同じく、注意深く観察していた。

 

 頭にあるのは、昨日の夜以上にはっきりとした問題改善意識である。

 

 

 昨日の夜のディアスは基本的には喋らず。

 クロードやセリーヌやアシュトン、それにプリシスやチサトやノエルやソフィア等、気兼ねなく話しかけてくるような仲間にしつこく話しかけられた時だけ、仕方なさそうに一言二言だけ喋る。

 

 一見しただけだと、いつもとあまり変わらないようにも思える態度だが。

 しかしディアスは「あいつらとなれ合いはしない」と言った言葉の通り、レナス達三人とはただの一言も言葉を交わさなかったのだ。

 

 そもそも肝心のレナス達三人の方も、喋りたがらない態度が目に見えている人に、用もないのにわざわざ進んで話しかけるといった事はしない人達だ。だからレナも最初のうちは、たまたま話す機会がないだけなのかもと思おうとした。

 

 しかし食事の最中、他の仲間達が楽しそうに話している話題に対しても、とにかくレナス達に関わる事だけは、ディアスは興味がないとばかりに話を振られても完全に無視。

 他の話題なら相槌くらいはするのに。セリーヌ達がレナスから(というかほとんどメルティーナからだったらしいけど)聞き出した例の事について話していた時なんか、心底くだらなさそうに鼻で息を吐いただけ。

 

 あまりに露骨な態度に(ディアスも喧嘩を売る気はないって言ってたし、それならこれでいいのかな)と思いかけていたレナも、やっぱりこんなのはよくないわと、思い直したというわけだ。

 

 

 だって、あの時はつい雰囲気に押されちゃったけど。

 あれで諦めるくらいなら本当にわざわざあんな事、自分はディアスに言いに行ったりなんかしなかったのだ。

 

 レナスさん達はなにも悪くないんだから。

 “神様”っていうくくりだけで彼女達を嫌うなんて事、絶対に間違っている。

 

 今のところは彼女達も、ディアスの態度を「もともと不愛想な性格だから」という事で納得してくれているようだけど、こんなのがずっと続けばそれもどうなる事か。

 ただでさえ今回の事に時々ひけめを感じている様子だって見せている彼女に、このうえ何一つ身に覚えのない事情で嫌われているなんて事、レナは知ってほしくすらないと思っていたのだ。

 

 

「隣、いいかしら?」

 

「あ、はい。全然いいですよ。むしろどうぞどうぞ」

 

 そんなレナの意気込みもさておき、レナスの方はいつも通りの落ち着いた様子でレナに確認をとり、アリューゼやメルティーナと並んで席に座る。

 

 離れた場所に座っているディアス目がけて、“わたしは彼女の味方だから。考え直すなら今のうちよ”とばかりに挑戦的な視線を投げるレナ。

 その視線の意味に気づいたのかどうか。レナと目が合ったディアスは、若干厄介そうに目をそらした。

 

 

 

 その辺の個人的な事情はともかくとして。

 とりあえず今日の話し合いの目的は、これからも滞りなく全員で協力して、問題に際してより的確な対応をとれるようにするための情報の共有。

 

 そう言えばこれまでに名前くらいしか教えていなかったような気がするので、まずは十賢者達の大体の特徴や能力をすでに知っているレナやクロード達が、今回の騒動で未だ倒していない残りの四人について、フェイト達五人やレナス達三人に改めて説明する事になった。

 

 最初はリーダーのガブリエル。

 赤髪のロングヘアをした中年の男で、大体は術師だからとにかく術を使わせないよう全員で集中攻撃すれば倒せると思うけど、一応リーダーだし、なにより『最終破壊兵器』とかいう肩書きがついてるくらいなのでシンプルに強い。

 なので一番注意すべき人物。

 

 次はルシフェルで、こっちは銀色の短髪男で、こっちも大体術師。ガブリエルよりは強くないけど、背中に羽が生えてて飛んでたりして結構うざい。

 その次、モヒカンのハニエルは体中に色々な兵器を仕込んでいる奴で……。

 

 と、ここまではよかったのだが。

 最後の一人を説明するところで、若干の問題が生じた。

 

「あと一人の名前……確か、カマエル? だよね?」

 

 つまり「カマエルって誰?」問題である。

 

 

 もちろん彼も十賢者の一人なわけだし、直接目で見た事も倒した事も確かなはずなのだが、レナをはじめに彼が一体どういうやつだったのかが思い出せない。

 仲間内で一番十賢者の事に詳しいチサトですら首をかしげつつ、

 

「資料によると、『情報収集用素体』って書いてあるわね。たぶんこれも他と同じ術師だったと思うけど……うーん」

 

 などと自作の資料を見て、一生懸命記憶を探っているのだ。

 

「チサトさん、ちょっとそれ見せてもらえませんか?」

「いいわよ。はいどうぞ」

「……」

「あー……。確かにいたねえ、こんなおじいちゃん」

 

 チサトの持つ資料に貼りつけてある写真に写っているのは、頭頂部の髪が円形状になくなっていて、『ゴーグル』という特徴的な眼鏡をかけた白髪のご老人。

 

 レナもプリシスと同じく横から写真を見て、このご老人がカマエルだという事は思い出せたのだが。やっぱりそこから先、他のみんなと同じく、彼がどういう能力を使ってきたとかどうやって倒したとか、そういった具体的な事が思い出せない。

 

「フィーナル入り口で、三人まとめてかかってきたうちの一人だよね。確か」

「何してたっけあのおじいちゃん」

「うーん……」

「いまいち印象うすいですわね」

 

 みんなしてうなる様子を前に、フェイトやソフィアまでが「そんなに危ないやつじゃなさそうだな」「そんな感じはするね」と核心をついた発言をしてしまってからしばらく後。

 ようやくプリシスが「あっ思い出した」と手を打った。

 

「ほら、ディアスが開幕で眼鏡たたき斬ってさ。その後なんかうろうろしてるだけじゃなかった?」

 

 言われてみれば確かに、そんなだったような気もする。

 なんとなく納得したレナと同じく、ディアスもクロードも当時の事をなんとなく思い出して納得し、

 

「そうだったかもしれんな。よく覚えていないが」

 

「本当に特に何もしてなかったんだな、カマエル」

 

 結論として、カマエルもたぶん術使いであり、今までの奴らと同じように囲んで叩けば倒せるだろう事。あとたぶん眼鏡壊せばいいと思う事などを、今までの話からすでに察しているらしいフェイト達やレナス達に、かいつまむ必要もなく手短に説明。

 

「オッケー。とりあえずハゲジジイに会ったら開幕眼鏡狙いに行くわ」

 

「念のため言っときますけど、緑色のローブを着た明らかに怪しい老人限定ですからね。善良なご老人かたっぱしから襲わないでくださいよ」

 

 自信満々に「眼鏡なら割り慣れてるから任せといて」などと言うメルティーナに、フェイトは不穏な響きを感じ取ったらしい。

 

「やだフェイトったら、心配性なんだから」

「いくらなんでもそんな事、しないわよねえ?」

「んー? どうだか?」

 

 とりあえず説明と一緒にチサトの資料で十賢者達の容姿も各々しっかり確認してもらいつつ。なんかよくわからないところでやる気を出してしまったメルティーナを中心に、数人が少しくだけた会話をし始めたところで。

 時間の無駄だとばかりに仏頂面のディアスがそのやり取りを遮り、もしかしなくてもこれが初めてとなる直接的な言葉かけを、一方的にレナス達にしたのだった。

 

「俺達の知っている情報は大体こんなところだ。一通り目を通したら、今度はそちらの知っている事を教えてもらおうか」

 

 

 ディアスの言い方はともかくとして、レナス達三人はもちろんフェイト達やレナ達全員も、真面目にやるべきところはちゃんと真面目にやれる子達の集まりである。

 

 宇宙艦ディプロでの移動中にクロード達はすでに聞いていたらしい、レナスが奪われた「創造神の力」についてのおさらい。

 

 どういった使い方が可能なのか、元凶に「力」をどこまで使いこなされているかの推測。

 また、「力」を奪った元凶の正体について、現時点で考えられる可能性の話。

 十賢者自身もその可能性に含められる事。

 もしその元凶と、敵として相対する事になった時の注意点……などなど。

 

 最後に昨日も話し合った、正体も居場所も何一つ判明していない元凶の方はどうしようもできないので、とりあえず居場所を突き止められる十賢者達の方を倒すついでに可能そうなら元凶の事を探る、という方針の再確認。

 他にいい案が思いついた人は発言してください、とまとめたクロードに誰一人として手を上げなかったところで、一連の情報確認は終了したのだった。

 

 

 途中に昼ご飯も挟みつつ、それからの情報確認は大きな脱線をする事もなく進み。必要な情報を聞くだけ聞いたディアスは

 

「あれえ? 今からお出かけですか?」

 

「そこらで剣でも振ってくる。こうも待ち続けだと、体が鈍って仕方ないな」

 

 と近くにいたノエルに言い残し、さっさとその場から離れていってしまった。

 

「陰気くさい奴ねえ」

 

 どうでもよさそうに姿を見送ってから、メルティーナがぽつりと呟き。

 一瞬の沈黙の後、

 

「まあまあ、ディアスはあれでけっこう人見知りなんですよ」

「だいたい機嫌悪いのがいつものディアスだしね」

「こういう雰囲気にあまり慣れてないのよね」

「そだね、うん。とりあえずこっちがしつこく話しかけるのが基本な感じでさ」

「ですわね」

 

 クロードからセリーヌまでが揃って返事をした。

 見事な息の揃いように「そうなんですか?」とソフィアが首をかしげちゃう中、

 

「まあここ最近、ろくに剣を振る機会がないって言ってましたからねえ。彼もちょっと苛立ってるんですよ」

 

 ノエルまでもがまったりとした口調で言ったところで、メルティーナの方も納得してくれたらしいというか、そもそもディアス自体にあまり興味がなかったらしく「ふーん」で終了。

 レナが内心ほっとする中。おそらく同じ気持ちだろうクロード達も

 

「それじゃあ、今日のところは話し合いもこれで終わりかな。これからどうしようか?」

 

「とりあえず明後日、最初の結果が出るまでは全員ここにいてもらおうと思ってるんだけど」

 

「なるほどなるほど。つまりそん時まで確実にヒマって事だね」

 

 などとマリア達を交えての、一応内容はまだ真面目だけどあまり真面目じゃない雰囲気の会話を再開。

 わいわいがやがやし出したみんなの会話をてきとーに聞きつつ、メルティーナはというと思い出したようにレナスに話しかけ。

 レナスの方も、ごく落ち着いた様子で質問に答えていた。

 

「そういやあんたの方はどうなの。『宇宙艦』、つーの? 毎日あんな狭い場所にいたら、それこそろくに剣も振れないでしょ」

 

「私がいた場所は、あの『小型艦』よりずっと広い場所だったから。それなりの鍛錬はできていたけど──。そうね。こちらに比べたら、できる事は限られていたと思うわ」

 

 

 

 その後、最初の検索結果が出るまでは食事時間以外、各自自由に待機という事が改めてちゃんと決められてから、もはやほぼ雑談になっている話し合いはなんとなく解散となった。

 

 モニターの様子を見に小型艦へ戻ったミラージュ以外の他のみんなが、なんとなく席を立たずにいる中。

 レナスは先ほどの会話で、気兼ねなく剣を振れる環境に戻ってきた事に思い立ったらしく、

 

「ほお、心身ともに武闘家にクラスチェンジしたわけじゃなかったのかお前」

 

「もちろん格闘鍛錬も別に継続して続けるつもりよ。ただ今は剣の方を優先すべきだと思うだけ。格闘鍛錬に入れ込むあまり、剣を忘れたら元も子もないでしょう」

 

 本気なのか冗談なのか分からないクリフの驚きように真面目に言い返し、すぐ近くのアリューゼも手合わせ相手に引き連れて、ディアスが消えたのとは別の方向に離れていく。

 そのまま二人を見送りかけてから、

 

「あっそうか。ここならトレーニングルームの時よりは実戦に近い動きができるんだよな。……待ってくださいレナスさんアリューゼさん、僕も付き合わせてください!」

 

 と後を追うクロードに続けて、同じくフェイトもいそいそと剣を持っていなくなり、

 

「なんかヒマねえ。私もあっち見学してこようかしら」

 

 かったるそうにメルティーナもいなくなった。

 

 

 この時点でこの場に残っているのは、レナを含めて九人。

 残った全員が全員ともディアスの過去を知っているわけでもないし、ましてや今現在のディアスの態度の理由に気づいているわけでもない。

 

 がしかしレナにとって今重要なのはそんな事ではなく、今はそれぞれディアスとレナス達三人が揃って席を外している、絶好のチャンスであるという事だ。

 

 

(そうよね。どうしたらいいのかなんて思いつかないけど、でもなんとかしなきゃいけない事は確かなんだから)

 

 あの四人に気づかれずに何かの行動を起こすなら、今こそ動かなければ。

 思い立ったレナはすっくと席を立ち、この場に残っている人達を見渡し。

 マリアとクリフ以外の六人、とにかくこういう事に進んで協力してくれそうな仲間を選んで声をかけた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「あーやっぱり? なんかおかしいと思ったんだよねえ、ディアス」

 

「プリシスも? ……そっか。僕の気のせいじゃなかったんだね、あれ」

 

「明らかに会話を避けてましたものね」

 

「そうだったんですか? うーん……言われてみれば、わたしやマリアさんにはちゃんと返事してくれてたような……?」

 

 集まった七人は他の仲間達から離れたところで、ひそひそと話し合いの第二弾中。

 議題はもちろん、ディアスがレナス達を嫌っている問題についてである。

 

 レナが現状を訴えるまでもなく、一部の人を除いた全員がすでにディアスの態度には気づいていた様子。よって大多数の第一声も「やっぱり」から始まった。

 あまり思わしくない事態に、プリシスやセリーヌ達がうーんとうなる中。

 

「ははあなるほど、今朝のあれはそういう事ね」

 

 何か一人で納得したチサトは、今度はぷりぷりと怒り出した。

 

「しかし言うに事欠いて嫌いな理由が、神様のくせに余計な事しかしてないからって。……本っ当に失礼な奴ね。ひとの恩人をなんだと思ってんのかしら、まったく」

 

 

 ちなみにレナがこの場のみんなに説明したディアスが三人を嫌っている理由は、おそらくディアス本人も建前として使っていたであろう「今回の事で余計な事しかしてないから」の方である。

 

 ディアスの過去の事なんか、ソフィアはもちろん他のみんなだって、ディアス自身が自分から打ち明けていなければ知らないはずの事なのだ。

 クロードの時はディアス自身も知っておいてほしそうだったから打ち明けたけど、でも今はそうじゃない。いくら問題解決に大切な事かもしれないとは言え、この場で自分の口から言うべきじゃない事くらいはレナにだって分かっていた。

 

 

 がしかしそんな表面的な説明だけされれば、チサトの反応もごく納得できてしまうものであり、

 

「よし、ちょっと本人に文句言ってくるわ」

 

 むうと考え込んだ後、当然のごとく即行動に移そうとしたチサトに続き、プリシスやセリーヌ、アシュトンやソフィアまでもが勇気を出して「じゃあ一緒に行きます」という流れになりかけ、

 

「ちょっと待ってチサトさん、みんなも。それじゃダメなんです」

「なんで?」

「それはあの……昨日、すでにわたしがやったので」

 

 すでに全く同じ行動をとっていたレナに言われ、また全員揃っておとなしくうーんとうなる。

 

「つまり、効果がなかったんですわね」

「そっかあ。レナでダメならアタシ達でも無理だよね」

「そうよねえ……」

「ひとから言われてあっさり考え直すくらいなら、ディアスも最初から意固地になってないでしょうしねえ」

 

 もっともな事を、緊張感なく言うノエルにぶーたれるプリシス。

 

「それじゃあどうすんのさ。ノエルはこのままでいいとホントに思ってんの?」

 

「いやいや、そうは思いませんけど。でも……難しいんじゃないんでしょうかと。本人の気持ちの問題ですから」

 

 やっぱりまったり口調でもっともな事をノエルに言われ、プリシスのみならず全員が再びうなる結果となった。 

 うなりつつ、半ば独り言ぎみに、改めてみんなを集めた理由をレナは話し始める。

 

 

「そうなのよね……。だからどうにかして、ディアスの気持ちを変える方向で行きたいのよね。わたし達が口で言うんじゃなくて。何か別の方法で」

 

「別の方法?」

 

「うーん。具体的には、レナスさん達を好きになってくれるきっかけ? を、こう……わたし達が自然な感じで作るとか、かな」

 

「し、自然な感じで?」

 

「あやふやな上に難度がめちゃ高いですわよレナ。大体、好きになってくれるきっかけを自然に作るって、どうするつもりなんですの」

 

「それが思いつかないからこうやって相談してるんじゃないですか」

 

「……」

「……」

 

「よっしわかった! みんなでどうにかしましょう!」

 

「ええー!? チ、チサトさん、本当に今のでわかったんですか? あの僕、やっぱり無理なんじゃないかって気が……」

 

「大丈夫大丈夫、こんだけ人いたら話してるうちになんかいいアイデア浮かぶって」

 

「おおーなるほど、その意気やよし! じゃあアタシもなんか頑張って考えるね! ほらアシュトンもなんか考えて、ね?」

 

「う……うん。じゃあ……まず、どういう方向でレナスさん達の事を好きになってもらったらいいのかなって、僕は思うんだけど」

 

「アリューゼとメルは、確かレナスの仲間だからっていう理由だけなんだよね。じゃあレナスの事さえ好きになってくれれば二人も全然セーフじゃん?」

 

「うーん、レナスさんかあ。レナスさんって言ったらやっぱりきれいで強くて、本当はすごい神様なんだろうなって感じですし。ディアスさんも強いひとが好きそうな感じですし。“こんなにすごい神様なんだぞー”っていうところをアピールしてみるとか?」

 

「ま、待ってソフィア、それはダメよ」

 

「そうなの?」

 

「ほら、ディアスは神様のくせに面倒な事をしてくれた、っていう理由で嫌っているわけだから。だからこの場合、神様を強調するのはむしろ逆効果っていうか……」

 

「あー……。だったらどうして今こうなってるとか、力の持ち腐れもいい加減にしろとか、そういう事言いそうだわ確かに」

 

「オッケー。その方向でレナスを推すのはやめといた方が無難なんだね。てことは」

 

「見た目? ……で好きになるのは」

「もっと無理ですわね。却下で」

 

「じゃあ性格、しかないような? でもそういうのって、すぐに分かってもらえるものでもないような……」

 

 

 誰も何も思い浮かばないなりに、

 

「いやはやこれは、ディアスが折れるのも時間の問題ですかねえ」

 

 とかまったりと言っているノエル以外の全員がなんやかんやと問題解決に向けて真剣に意見を重ね続け。

 みんなしてなんか気のせいかも知れないけど少しずつ糸口が見つかってきたような気がしつつ、現実はひたすらに時間が過ぎていくのであった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 十賢者達の居場所検索を始めてから、待ちに待っての五十時間後。

 エル大陸の半分を調べ終わった機械が出したのは、『該当パターンなし』。大方予想通りではあったが肩すかしな結果に終わった。

 

 無感動な表情でマリアが検索結果のウィンドウを閉じ。自動的に次の地域の検索が始まっているらしいモニターの表示はそのままにし、わざわざエルリアタワーまで様子を見に来たクロード達は何の収穫もなく、元の待機場所へと戻った。

 

 

 さてこれでまた少なくとも数日間以上の待機が決定したところで、今度は全員で待機ではなく、買い出しと休息をかねて何人かはここから比較的近い人里までお出かけだ。

 食糧や生活水のたぐいは最悪『レプリケーター』でなんとかなるし、小型艦から少しだけ離れた場所には申し訳程度に川も流れているのだが、やはり申し訳程度は申し訳程度だ。

 食べ物はやっぱり手作りの方がおいしいし、休むところだってそりゃできたらベッドの方がいいに決まっているだろう。

 

 ここから一番近い宿となると、以前クロードがマリア達を連れエルリアタワーに向かい、そして十賢者達とばったり遭遇するはめになったあの日に利用した所か。

 あの時は探索時間をより多く使えるようバーニィを使って移動したような気がするので、仮に歩きで行くとなると半日以上はかかるだろうか。それくらい結構な距離である。

 ……まあぶっちゃけ今回も次回もバーニィ使ってもらえばいいだけの話なので、その辺はどうでもいい事なのだが。

 

 お出かけ中に十賢者の居場所が分かった場合など、もしもの時のために一応通信機を持っていってもらう事も忘れずに。

 

 それから肝心のお出かけする人員決めは、なんとなくの話し合いというか。ようするに希望制で決まったのだ。

 ごく一部の誰かを除いて。それはもうあっさりと。

 

 

 

「レナスさんはわたし達と一緒に行きますよね」

 

 それはお誘いというより決定事項だったのだと思う。

 疑問形でもなんでもなくいきなり言ってきたレナに、とりあえずもう数日は剣の鍛錬に集中していたかったらしいレナスは困惑の表情を見せたのだが、

 

「え? いえ、私は──」

「そうだよ、レナスは行かなきゃ! プレゼント買わなきゃだよ!」

 

「プレ、ゼント?」

 

「もちろんルシオさんのですよ。時間もたくさんある事ですし、せっかくだからこの機会にもっとちゃんとしたの買った方がいいって、みんなで言ってたんです」

 

「そうそう、主役がいなきゃお話になりませんわ」

 

「うんうん。だからみんなでお買い物行きましょうね、レナスさん」

 

「え、えーと……。エルリアもまだまだ復興中なんですけど、一応ちゃんとしたお店もあるので、だから僕達案内するんで任せてください。ですよね、セリーヌさん?」

 

 

 アシュトン辺りはなんかもう周りに言わされてる感ありありである。

 それからレナスの方はというと、そんな理由でお出かけさせられるのはなおさら嫌だったらしい。

 

「……ねえレナ。みんなも。私はそもそも、この世界のお金を何一つ持っていないのよ」

 

 とまではちゃんと言い返したのだけれど、

 

「お金なら、レナスさんが自分で稼いだお金があるじゃないですか。闘技場で」

 

「……。あれは、旅の資金を得るためにやっただけで。第一あのお金は、私だけの力で手に入れた物では──」

 

「遠慮しなくていいんですよ。どうせ余りまくっているお金なんですから。稼いだ一人のレナスさんが多少好きに使うくらい、わたしは別に構わないと思います」

 

「そうそう、私達も個人的に買いたい物とかあるし。全然大丈夫だって」

 

 

 そこはもう決定事項にしていたらしいみんなの方が一枚上手である。

 レナがなんかすごい笑顔で「──ね、使ってもいいよねフェイト?」と、今回の留守番組でもありすでに莫大な個人的消費をしでかしているフェイトにもしっかり確認をとり。ついでに周りのソフィアとかも笑顔で答えを待っていて。

 

「ああうん、全然いいんじゃないかな。うん。いいと思いますレナスさん。じゃんじゃん使っちゃってください。お気をつけて」

 

 女子達の雰囲気というか迫力に押されたフェイトが素直に頷いたところで、レナがダメ押しの確認をとり、

 

「ほらなにも問題ない。じゃ、レナスさんも行きましょう」

「……」

 

 無言になったレナスに、

 

「付き合ってあげれば? どうせヒマなんだし。私も行こっかなー、面白そうだし」

 

 とどめのメルティーナの賛同。

 こうしてレナスもレナ達と一緒にお出かけする、もといさせられる事に決まったのである。

 

 

 

 お出かけメンバーはレナ、プリシス、アシュトン、セリーヌ、チサトにソフィア、それからレナスとメルティーナの計八人。

 

「それじゃあみんな、行ってらっしゃい」

 

 のほほんと見送るノエルの横で、同じく留守番組のクロードが、

 

(レナスさんもアシュトンも行っちゃうんだ。せっかくレナスさんも剣の手合わせに乗り気だったのになあ)

 

 とか

 

(まあディアスとかは行かないみたいだし、いいのかな。レナスさんの用事も大事みたいだし……それになんかレナ達も、すごくやる気みたいだからなあ)

 

 とか

 

(……。プレゼント選ぶのって結局レナスさんだよな? なんで周りのレナ達が……?)

 

 などと考えつつ、未だ腑に落ちていない感じの一人を除いてわいわい楽しくお出かけの準備中の、みんなの様子を見て。

 

 それからプリシスやらソフィアやらがなんかいかにも、レナスとメルティーナの注意を引きつける役、みたいな感じで話し出したのも見て。

 さらに他のみんなが隙を狙って、なんかひそひそと再確認みたいな会議をやりだして。

 

 次第になんかよくわからないけど嫌な予感がし始めたのはそのひそひそ話中、レナをはじめとしたみんなが、やたらとクロードの方を見てくるからである。

 

 

 それはクロードというより、隣にいたノエルへの視線だったのかもしれないが、

 

「うーん。これってやっぱり、僕も頑張らなきゃなんですかねえ」

 

 というセリフだけはしっかり困ってるけど案の定緊張感のかけらもない様子な彼の分までクロードに賭けてみよう、みたいな雰囲気がひしひしと伝わってくるので、実質クロード向けという事で間違いあるまい。

 ひそひそ話が一通りまとまったらしく、レナが代表としてクロードに言ってきた事が何よりの証拠であろう。

 

 

「そういうわけで、クロード。わたし達はこれから、ディアスが考え直してくれるようなレナスさんのいいところをたくさん集めてくるから」

 

「えっ」

 

「クロードはその間、ディアスの方をどうにかしておいてほしいの。ノエルさんと一緒に」

 

「……えっ?」

 

 

 何から何まで初耳である。

 

 そりゃ確かに、ディアスとレナスの事で、レナがかなり真剣に考えていたのはクロードも知ってたけど。

 数日前の夕方ディアスの後をついて行ったきり、その話題には一切触れてこないから。てっきり諦めたのかなって思っていたのに。

 

 まさか自分がフェイトやレナスやアリューゼ、あるいは一人で剣振ってるディアスと、あっち行ったりこっち行ったりしながら剣の手合わせに熱中している間に。

 賛同者もとい協力者までしっかり集めていたとは。

 

 

(……ああ。おとといからアシュトンあんまり捕まらなかったのってそういう……)

 

 いきなりの無茶ぶりに質問や抗議するより先に、今さらになって気づいた事をただただ納得してしまったクロードをよそに、

 

「──ああはい、もう準備できたんですね。今行きます。……じゃあクロード、ノエルさんも後は頼みました」

 

 レナは言うだけ言って、レナス達二人に怪しまれないようにするためなのか、慌ただしくクロードの元から去っていった。

 

 

 

 お出かけ組の移動手段はレナがたった今呼び出したバーニィ。

 普通に騎乗するレナ達やソフィアと、一瞬尻込みしたけど気合で乗る事にしたらしいメルティーナと、まさかの鍛錬代わりの運動とかいう理由で自分の足でバーニィに並走していくらしいレナスは、八人揃って人里へと向かう。

 

 クリフやマリア、アリューゼ等、無茶ぶりをされていない他の居残り組の方々はとっとと自分の生活ペースに戻っていき。

 クロードはすっかり気の抜けた顔で、

 

(さすがレナスさん、あれ本当にそのまま向こうまで走っていくつもりなんだろうな。さすがすぎる)

 

 などと八人が荒野の向こうに消えていく様を、ずーっと見続ける。

 

 相変わらずさほど困ってなさそうなのんびり口調でノエルが

「いやあ、頼まれちゃいましたねえ」

 と言った辺りで、

 

(……いやいやいやいや。ディアスをどうにかしておいて、って言われても。どうにかってなんだ? なんなんだ?)

 

 レナに言われた時点で即聞き返しておくべきだった事をようやく考え始めたのだが時すでに遅し。というよりあんなあやふやな頼み方してきた時点でレナ達も具体的な事とかなんにも考えついてなさそうだった気もするので、どっちにしろ詰みである。

 

 

(……う、うーん。とにかくどうにかしてって言われたら、どうにかしなきゃだよな……)

 

 ノエルはいつも通りの何考えてるのか分からないまったり具合。

 クロードはひたすらに困り果てつつ、それでもなんとかみんなのリーダーとしてできそうな事はやらなければと一生懸命に頭を回転させる。

 

(どうしようどうしよう、とりあえずディアスだったら大体いつも剣の修行してる感じだし、だったら……)

 

 これなら多少は効果あるかもしれない事を一つ思いついたクロードはそれから、「なんかクロードも忙しそうだし、剣の相手を残り二人のどっちかにお願いしようかな」のような事を考えていたらしく、ちょうど見える所にいたディアスの方に声をかけようとしていたフェイトを、急いで捕まえた。

 

 いかにも奇遇だなあという体を装い、自分から手合わせを申し込み。

 あまりに不自然な行動っぷりに無言でクロードの方を見てきたディアスには、最後までごまかし笑いだけで押し通し。

 とにかく自然な感じを装って、よく分かってない様子のフェイトを連れ、そそくさとその場を離れたのである。

 

 

 ややあってクロードの背後からかすかに聞こえたのは、心底厄介そうな、一人の大人のため息。

 もしかしてディアスは僕達の行動の意味にも気づいているのかもしれないな、とも思いつつ。

 

(ごめんなディアス。でもどっちかというと、僕もレナスさん達の味方なんだ)

 

 もうここまでやっちゃったらどうにでもなれだ。

 レナ達が、というより僕自身が納得できるまでとことんディアスを困らせてやろうと、クロードは大人げない決意をひそかに固めた。

 



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14-2. 雨降らさず地固められた男の終着点

 三日前の朝の事だ。

 朝も早くから一人で元気に体操終わりの深呼吸をしているチサトを見かけたディアスは、自分から思うところを直接聞いてみたのである。

 

「は……? え、なに? なによいきなり、藪から棒に」

 

 おはようの挨拶をまともに返してくれない事には慣れているらしいチサトも、その時はさすがに戸惑った様子。

 質問にどう答えたらいいかという以前にまずなんでそんな事を? とでも言いたげなチサトの困惑ぶりもお構いなしに、ディアスは再び尋ねる。

 

「あの女の「力」とやらで十賢者が生き返ったと聞いた時、お前はどう思ったのかと聞いている」

 

「えーと、ごめん。言ってる意味がよくわかんないんだけど? ていうかあの女って誰? もしかしてレナスの事?」

 

 意味が分からないも何も、そのままの意味だ。

 お前はエナジーネーデの生き残りとして、あの女に対して何か思うところはないのか?

 あんな大きな犠牲を払ってまで倒した十賢者が生き返ったのだ。余計な事をしてくれたとか、これまでの出来事を全部無意味にされたとか、いろいろあるだろう。

 

 ディアスが分かりやすい具体例として淡々と挙げる事を、きょとんとして聞いていたチサトはというと。しばらくして「おおー」と気の抜けたような声をあげた。

 

「どういう意味だ。その反応は」

 

「いやなんか……言われてみればそういう考え方もあるのよね、って思って?」

 

 嫌味でもなんでもなく、ディアスの考え方に感心してしまったゆえの反応だったらしい。

 確かに奴らと仲良しこよしの一員を平気でやっている辺りからして、あるいは己がどこかで期待していたかもしれない反応をチサトから引き出せるとは、ディアス自身もあまり思っていなかったが。

 まさか今言われるまで、そういった事を思いついてすらいなかったとは。

 

「見上げた人のよさだな。俺には到底できん察しの悪さだ」 

 

 呆れ口調で言うディアスに、チサトは「そう言われてもねえ」と首をかしげつつ、当時の心境を掘り起こして正直に語る。

 

「私の場合、まず第一印象が命の恩人だったし? あとなんかその後もいろいろあって、彼女の事すごくいいひとだなって思っちゃったし。……だからさらにその後からそういう事になってたらしいって聞いても、へえそうだったんだって感じが先に来ちゃったっていうか」

 

 

 レナスに助けられた事を強く認識しているチサトは、それこそ昨日ディアスがレナに言い返したような事など到底思いついていないのだろう。

 

 ──理論ずくで考えれば、あの女に感謝する必要などそもそもない。

 自分の言った事すべてが間違っているとは思わないが。因果も何も関係なく、ただ助けてくれたという事実のみを受け止めているらしい目の前のチサトにまで反論する材料も気概もまた、正直なところその時のディアスにはなかったのだ。

 

「どうしてくれんのよ、みたいな感じにレナスを責めるっていう発想は、正直あんまり……ねえ?」

 

 物言わぬディアスに一人喋り続けていたチサトはというと

 

「ていうかレナスそもそも悪くなくない? 悪いの「力」とっちゃった方でしょ?」

 

 と今さらになってチサトにとってはもっともな疑問を口にし。

 それからなにやら難しげな表情になって、

 

「……と、いうより」

 

 しばらく一人で考えた後。

 なんとも言えないもどかしそうな様子で、自分の正直な気持ちをぽろっと打ち明けたのだ。

 

「うまく言えないんだけどさ。私、なんか彼女と話してる時ね。たまに、ほんとたまになんだけど……時々、すっごく申し訳ないような気持ちになるのよね」

 

 

 黙って聞いていたディアスは、眉間の皺を深くして聞き返した。

 

「申し訳ない、だと? ……なぜそんな事を、お前があの女に対して思う必要がある」

 

 チサトの言う事が本気で理解できなかったのである。

 あの女に対して“自分達に申し訳ないと思え”というのならともかく、“自分が申し訳ないと思う”のは一体どういう事だ。

 

「十賢者が生き返ったんだぞ。お前はむしろ怒る側の人間だろう」

 

「いやいや、だからそもそもレナスは悪くないじゃんって」

 

「そういう事はいい。理由を話せ」

 

 言ったチサト自身もなんでそんな事を思うのかよく分かっていないらしく、

「えー、理由って言われても……うーん。なんでかしら」

 と腕組みしつつ考えて。

 それからなんとなくで出した答えがこれだ。

 

「ひょっとしてその十賢者のせい、なのかも? ……あーだめだ、やっぱりよくわかんない。そういうの考えるの無理だわ。向いてない」

 

 なおの事理解できないディアスをよそに、チサトはだんだんと人の動く気配がし始めた小型艦の方が気になったのか、

 

「って、なんで私は朝からこんな話をディアスにしてるのよ」

 

 と辛気臭さしかない苦手な話題をとっとと終わらせ。向かう先も一緒なのにディアスを置き去りにして、わざとらしいほどに元気よく去って行った。

 

「で、なんの話だっけ? レナスの事?……はまあ大体そんな感じよ。あっそうそう、他のみんなに今の話しちゃダメだからね。わかった? ……じゃ、そういう事でまた。さあごはん行こごはん。今日のごっはんは何かなー?」

 

 わざわざ口止めなどしなくとも、ディアスの口が必要以上に堅い事は知っているだろうに。聞かれるままに打ち明けてしまった事を、今さらながらに気恥ずかしく思ったという事か。

 裏を返せばチサトは、ディアスの質問に対して本心を打ち明けたという事だ。

 

 「力」を奪われ十賢者が生き返る原因を作ったレナスに対して、怒るどころか申し訳なく思う。

 結局チサトの答えはそれだった。

 

 

 

 そもそも自分はチサトにどんな答えを期待して、こんな事を聞いたのだろう。

 今回の件に対して自分が一番怒るべきと考えているネーデ人のあいつが、自分が考えた通りに怒っていてほしかったのだろうか。

 

 自分自身があの“神”と名乗った女に、怒りを抱いているから?

 あいつが怒るのなら、俺の怒りすらも当然だと安心して思えるように?

 

 自分はあの女に対しての怒りを、「自分の家族への想い」という八つ当たりじみた感情などではなく、「仲間と亡きネーデ人達への義憤に駆られている」という事にでもしようとしていたのだろうか。

 

 そう思った時のディアスに強く残ったのは結局、望んだ答えが得られなかった失望でも、自分がレナスに対して感じる怒りが、未だ明確な根拠を持たない、曖昧なものでしかない事への苛立ちでもなく。

 ただひたすらに自分本位な感情で、よりによって自分が一番怒るべきと考えているはずの人間の事を利用するかのように、自分の思い通りの答えを都合よく引き出そうとした事への怒りだった。

 

(……本当に、レナの言う通りだな。俺は自分の感情を正当化してばかりだ)

 

 レナ達が何かよからぬ事を企むより先に、この時点でディアスの頑なな心境には、少なからずゆらぎのようなものがあったのかもしれない。

 というより──

 

 

 チサトにわざわざ馬鹿な事を聞いてしまったという失態だけならまだいい。

 自分が間違っていたと思った通りに、自分とは違う別の人間が、別の考え方をしている事など当然。

 人は人、自分は自分で、レナの言う通りそれらしい理屈など一切考えず、“嫌いだから嫌い”とはっきり意思表示すればいいだけの話だ。

 

 だがしかし、現実問題としてレナはレナで、どうしてもディアスの心境を“レナス、つまり神様が嫌い”という根本的なところから改善させたいらしく、懲りずにチサトを含めた仲間達を集めて再挑戦の兆し。

 クロードもうまく乗せられてレナ達の協力ときたものだ。

 

 今のところディアスにとって実害らしい実害は、クロードが現在進行形でとっているある行動についてのみだが。

 どういうわけかレナスを連れ人里へと出かけて行ったレナ達の方も、何か知らんが色々頑張っているらしいという事はディアスも重々察知していた。

 つまり、

 

(これは俺が折れるまで続くのだろうな)

 

 

 重ねて自分自身に確認するが、周りの奴らにどう説得されようが、神などというものは存在からして大嫌いである。

 レナ達がどんな企みをしていようが、その辺の心境は少しも変わらないだろう。というより変わりようがないと断言できる。

 

 だがしかし。

 現実を考えればやはり、この状態のままでは俺自身が困るだろうと。

 時々、これはそこまでして意地になる問題なのだろうかと。レナ達が納得するよう、表面上だけでも奴らに愛想のいい対応をすればいいだけの話なのではないだろうかと。

 

 神嫌いの感情よりも先に、ただただ冷静に考えてしまう自分がいる事も確かなわけで。

 

 

(結局、俺が折れるしかないのだろうな)

 

 頭の根本的なところでは冷静に思いつつ。

 けれど過去も感情も全部捨てて、神などと“仲良く”やれるかというと、やはりどうにもしゃくであり。

 

 とりあえずディアスは割り切れないまま、途中までは自分の意思を貫く事ができたのだが──。

 

 

 

 意固地ととられようが勝手にしろ。せめて決定的に追い詰められるまではこのままでいてやる。

 レナ達が小型艦周辺の拠点を離れてから、わずか一日半。

 半ば自暴自棄な心境で孤高を貫こうとしていたディアスは結局、たったそれだけの期間で、いとも簡単に止めを刺されたのである。

 

 それも、例の三日前に自分自身がしでかした、あの愚かにもほどがある失言によって。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「……お前もか、ノエル」

 

「ええまあ、なんと言ってもみなさんに頼まれちゃいましたからねえ」

 

 レナ達が何かを企み出かけて行った次の日。

 というよりそのレナ達の差し金らしいクロードの企みにより、剣の相手がいなくなってから二日目。

 

 仕方なく一人で剣を振るうも、やはりクロードやアシュトン、フェイトなど実力のある連中と剣を重ねる時ほどの感触は得られず。いつも通りに他の人達から離れた場所で、消化不良をだんだんと強く感じながらの休憩中に

 

「ディアスぅ、ちょっといいですかあ」

 

 といつも通りのんびりした調子のノエルが岩陰からスッと現れるなり、ディアスは心の底からため息をついたのだ。

 

 

 

 思わずこぼしたディアスの本音にノエルの方も正直に返事してしまったようなので、呆れて言うと。

 

「……せめて表面上だけでもごまかしたりはしないのか。クロードのように」

 

「僕そういうの下手なので。ディアスも気づいてるみたいでしたし」

 

 やはり隠しもしなかったのでノエルはもちろん、クロードも今ので間違いなくレナ達の差し金である。

 頼まれたやつがそんな事でいいのかと、これから説得されるであろう立場のはずのディアスがつい先行きに不安を感じてしまう中、

 

「それにまあディアスもこういう場合、話せばちゃんとわかってくれるだろうと僕は思うわけでですね。あと僕もこの際、ちゃんとディアスとお話してみるのも大事なのかなあと」

 

 ノエルはそんな事をまったり言っている。

 この調子だと本題に入る前に本当に日が暮れそうなので、ディアスから話を切り出した。

 

「前置きはいい。用件を話せ」

 

「はあ。じゃあ……僕からもお願いします。レナスさん達三人とも仲良くしてあげてください」

 

 本当に用件だけを言うとは。

 こいつはつくづく大丈夫なのかと、ぺこりと頭を下げたノエルに思わず確認をとると、

 

「……。それで終わりでいいのか?」

 

「まあ結局、僕が言えるのはこれくらいですからね。あとはディアス次第といいますか。というよりみなさんもあの調子だと、ディアスが折れるまで諦めないでしょうし」

 

 思っていた以上に的確な状況分析をしてくれるではないか。 

 のんびりした言動はともかくとして、考え方自体はまるっきりの馬鹿というわけでもない事はディアスも重々理解しているつもりだったが。

 それでもいつも通りの調子でこういう事をいきなり言われると、やはりなにか腑に落ちないものは感じる。

 

「……」

 

「どうでしょうか。考え直してくれる気になりました?」

 

 こいつと話しているとどうも調子が狂う。

 少なくとも今ディアスが無言で眉間に皺を寄せたのはそういった意味での事だったのだが、ノエルはそうは受け取らなかったらしい。

 

「難しいですかね? やっぱり。“仲良く”といっても、そうですねえ。今僕と話してくれてるくらいの感じで、たぶん大丈夫だと思うんですけど」

 

 珍しく心配そうな顔までして、懇切丁寧に「仲良しのやり方」まで教えてくる。自分は聞きわけの悪い子供か何かか。

 

 結局のところそうなのだろうが、だからといって自分個人の考え方の事まで周りにとやかく言われる筋合いなどない、と思っている事も事実だ。

 それ以前にどうしてノエルまでもが、こんなどうでもいい事をここまで粘るのかも理解できない。

 

 よってディアスはまさしく聞きわけの悪い子供のように眉間に皺を寄せ、

「なぜそこまでしつこく聞く」

 とノエルに面と向かって聞いたのだ。

 

 

「お前は周りに頼まれたから俺に説教しに来たのだろう。それなら用事は済んだはずだ。このうえ俺があいつらの事をどう思っていようが、お前にはもう関係ないはずだが?」

 

 ややあって返ってきたのは、ディアスの場合で例えるならほとんどの時間それで固定されているであろう表情……に、いくぶんか緊張感のなさを加えた表情。

 つまりノエルなりの、精いっぱいの怒りの表情である。

 

「むむう、失敬な。これでも僕は、自分の意思でディアスとお話しに来たんですよ。そりゃあ、みなさんに頼まれたからというのもありますけど。それだけだったらわざわざこんな事言いに来ません」

 

「……。そうなのか?」

 

「そうです。だってそうでしょう? 僕は僕が言いに行かなくったって、結局ディアスはみなさんのために自分から折れるだろうと思ってたくらいなんですから」

 

「そうか。そう思うか」

 

「はい。ディアスは僕達の事、とても大切な仲間だと思ってくれているようなので」

 

「……」

 

 

 この男は本気でそう認識しているのだろうか。

 どうもそうらしいと思ったと同時に「結局俺が折れる事になるのは、その大切な仲間達とやらによって実害を被っているからだ。俺はそこまで出来た人間じゃない」と喉まで出かかった反論を飲み込む。

 

「そうか、それは悪かったな」

 

 この男はこれで妙にしつこいところがある。うかつに言ったが最後、違う違わないの押し問答を延々と繰り返すのも馬鹿らしい気がしたので、とりあえず今の発言は聞かなかった事にしてノエルに先を促した。

 

「それでそう思っていたのに、わざわざこうして俺のところまで来た理由はなんだ? あの女のためか? レナ達ほどにお前があの女の事を気にかけているとは、俺にはどうしても思えんが」

 

 長持ちしなかったらしく、ノエルの顔から怒りの表情はとっくに消えている。

 ディアスの質問に、今度は唐突に大事な事を思い出したように言ってきた。

 

「ああそれ、それなんです。チサトさんにも聞かれたんですけどね」

 

「何をだ」

 

「だから、僕がレナスさんの事をどう思っているかって事ですよ」

 

 聞きたいのはそっちじゃない。お前がここに来た理由の方だ。

 またしても喉まで出かかったが、向こうが喋りたさそうなので仕方なく相槌を打つ。

 

「……。それで、お前は一体なんと答えたんだ」

 

「そう聞かれましても、僕そもそも、彼女とあんまり接点ないんですよねえ、と答えました」

 

「……」

 

 この上なく正直な返答である。

 というよりわざわざ喋りたさそうにしていてからにこれか。

 

「しかも僕、神様とか魂とか、そもそもあんまり信じてない人間じゃないですか。生き物って普通、死んだらみんな土に還るものでしょう? ていうか十賢者なんて、それこそエナジーネーデごと宇宙の一部になったものだと思ってましたし」

 

 ノエルはまだ喋っている。

 

「それでレナスさんがどこかの世界の神様で、その神様の「力」で十賢者が生き返ったって聞かされても、もうただ意外だなあ、びっくりしたなあ、って気持ちしかなくて」

 

 何が言いたいのかいよいよ分からず、ディアスが黙っていると。

 

 

「そう、だからですねえ、好きか嫌いかの二択だと困っちゃうんですけど、嫌いとか怒ってるかとか聞かれると、全然そんな事はないんですよ、僕も。十賢者というのはそもそも、僕達ネーデ人が作ってしまったものなので」

 

 やっぱりのんびりはしているが、心なしか真剣な表情のノエルは続ける。

 

「だから今回、レナスさんのそういう特別な「力」が原因で、十賢者が生き返っちゃったとしてもですね……」

 

「待て」

「……はい?」

 

 途中で止めたディアスは、しっかり聞き直した。

 

「チサトはお前になんと聞いたんだ」

 

「はあ。だから、僕がレナスさんの事どう思ってるか。好きか嫌いか、十賢者が生き返った事で、彼女の事を怒ったりしてるかって。そう聞かれました」

 

「……」

「ディアス? どうかしました?」

 

 

 チサトがなぜそんな事をノエルに聞いたのか。当然の事ながら、ディアスには思いきり心当たりがあったのである。

 心中で頭を抱えつつ、念のためノエルに確認してみると、

 

「それはいつの話だ。いつ聞かれた」

 

「むうー。確か、三日前?……ですかね。晩ご飯の後で、ちょっと話があるんだけど、と呼び出されまして」

 

 時期的にもぴったり合っている。

 

 ──ネーデ人ならあの女に怒って当然だ。

 間違いなくチサトはディアスのあの世迷言を本気にして、自分と同じネーデ人であるノエルにも意見を求めに行っていたのだった。

 

 

「たぶん、チサトさんも自信がなかったんだと思います。これってネーデ人として、本来だったらちゃんと怒るべき問題なのかしら、なんて事を僕に聞いてくるくらいなんですから」

 

「……。そうか」

 

「僕も自分だけだったら、同じような事不安に思ってたんじゃないかなあって。思いましたけどね。でも怒ってないのはやっぱり怒ってないですから。それじゃあ仕方ないよねって、もう二人で開き直っちゃう事にしました」

 

 ただ聞く事しかできないディアスに、ノエルはほがらかにその時の事を語る。

 まったり一息ついた後、やはり黙り込んでいるディアスを見て、

 

「ねえディアス。チサトさんが言いたかったのはね、たぶんこういう事だと思うんですよ」

 

 先ほどと同じく、ノエルなりの真剣な表情で話しかけた。

 

 

「十賢者なんていうものは、最初から、自分達ネーデ人が作らなければ、この世に存在していなかったものだから」

 

 ノエルの言葉には、チサトが自分自身でディアスに口止めしたはずの事だけではなく、

 

「因果関係を突き詰めていったら、それこそ今回レナスさんがエクスペルに来た事によって十賢者が生き返ったのだって、もとをただせば全部自分達の自業自得」

 

 ディアスがレナに対して、レナスの事を自分の感情に都合よく、悪し様に言い返した時の事までしっかり含まれている。

 なにより緊張感のなさを絵に描いたような男に面と向かってここまで言われて、

 

「こんな出来事に巻き込んでしまった彼女に対して、申し訳なく思う事はあっても、そんな彼女を責める事などできはしない──と」

 

 

(……なるほど。それはお前も、自分の意思で俺と話をしに来るはずだな)

 

 そんな事も分からないほどディアスも馬鹿ではなかった。

 だからもう、ノエルの言葉にも頷くしかなかったのだ。

 

 

「そうか。それがお前達の出した答えか」

 

「まあ、ほとんどは僕が考えた事なんですけどね。チサトさん、「なんかよくわかんないけどむしろごめんって感じがする」くらいの事しか言ってなかったですし。でもだいたいこんな感じで合ってると思います」

 

 今ノエルがディアスに語った「レナスの事を怒ってない理由」は、よくわかってないらしいチサトどころか、結局ノエルにとってもこじつけにしか過ぎないのだろう。なにせ本人が「怒ってないんだから仕方ない」とついさっき開き直っている。

 

 ノエルは自分自身の気持ちなどではなく、目の前のディアスを納得させるため、もっともらしい理由を口にしただけであり。

 だからこそそれが分かっているディアスには、これ以上そんな彼の“気持ち”を無下にする事などできなかったのである。

 

 

「だから、僕達はまったく怒ってないので。もしディアスが僕達の事でレナスさんの事を怒ってくれているのなら、それは嬉しい事なのかもしれないけど、でもやっぱりなんか嫌な気持ちになっちゃう事なので」

 

 ノエルは言い。

 それから改めて、ディアスにぺこりと頭を下げた。

 

「僕からもお願いします。レナスさん達とも、仲良くしてあげてください」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 結局その日の夜、ディアスは自分から一人の男の元を訪ねて行った。

 

 場所は誰に聞いたわけではないが、少なくともクロードは昨日自分の目の前でこれ見よがしにフェイトを捕まえていった行動の通り、今日もはりきって二人だけでの剣の手合わせを続行中の様子。

 よってその男もどこかで一人、暇を持て余しているだろう事も想像がつく。

 

 腰に剣を携え、小型艦から少し離れた場所、かつ人の気配のしそうな場所をいつも以上かもしれない仏頂面でぶらついて探し。おおむね予想通りの場所で男を発見。

 自身の獲物である大剣と、それにクロードやディアスも使っているような一般的な長さの長剣、その二振りを脇に置いて腕立て伏せをしている最中だった。

 

 ディアスの姿を見るなりアリューゼは腕立てを止め、

 

「よお、来たか」

 

 と待ちかねたように言う。

 一息ついた後、地面に置いてある大剣の方はそのままに、長剣の方を手に取り立ち上がった。

 

「……」

 

「これか? クロードっつったか、ご丁寧にもあいつが置いていったのさ」

 

「……そうか。それはご丁寧な事だな」

 

「まったく、なにが「僕達もう相手が決まってるんで、よかったらこれ使ってください」だ。あいつら、俺まで巻き込みやがって」

 

 とりあえずその文句の言いようからするに、クロードは徹底してこうなるよう仕向けていたらしい。自分はともかくこの男まで飢えさせる必要はあったのだろうか、とも思ったが、

 

「まあそんな事はどうでもいいな。やっとてめえとやれるんだ。──さあ、とっとと始めようぜ」

 

「確かに。そうだな、始めるとするか」

 

 そんな事よりこいつの剣が知りたい。

 目の前のこの男に自分は少しも気を許していないはずなのだが、それでもこの男の言葉に反発する気は起きないのは、結局のところ剣士の性というやつなのか。

 先ほどの文句もどこへやら、ぎらついた目で剣を構えるアリューゼの要望通りに、ディアスもさっそく剣を抜いて構えた。

 

 

 

 月明かりの下、剣を打ち合ってしばらく後。

 逆に言うとその“しばらく”だけで、ディアスは相手の強さを実感した。

 

 元々できる奴だとは思っていた。しかしこれほどとは。

 奴の本来の獲物は、自身の恵まれた体格を生かした大剣だ。この手の武器を使う人間はとかく力に頼り過ぎる戦い方をしがちだが、この男にはそういった慢心が全くと言っていいほどみられない。

 獲物が若干いつもと違う事など、きっとこの男にとってはさほどのハンデにもならないのだろう。この男はそれほどに剣をよく理解している。

 

 相手の先の動きを読む冷静さ。一瞬の判断力。とる対応の幅広さ、柔軟さ。

 才能と努力、どちらが欠けても成り立たない最高の戦士がそこにはいた。

 

(なるほど。別の世界とやらには、まだまだこんな奴もいるのだな)

 

 

 どちらも退かない攻防が続いた後、いったん間をとり、息をつく。

 少し離れた場所では同じように相手を観察していたアリューゼが、ディアスを見て満足げに笑った。

 

「やるじゃねえかよ。あいつらに巻き込まれた甲斐があるってもんだ」

 

「……」

 

 言われて自分がここに来た本来の意味を思い出し、眉をひそめるディアス。

 剣先と一緒に殺気を下げたのを見て、アリューゼが今度はこんな事を言うが。

 

「おいおい、今さら興でも削がれたってのか? 勘弁してくれよ、まだ始まったばかりじゃねえか」

 

「……そうではない。先にお前に聞いておこうと思っただけだ」

 

 ディアスとしては興が乗ってきたからこそ、戦いの邪魔になるような余計な考えは先にどうにかしておきたい。

 よって訝しむアリューゼを真っ向から見据え、聞いてみたところ。

 

「名はアリューゼといったか。お前は俺が、お前らの事を快く思っていない事に気づいていただろう。なぜ俺の剣を受ける気になった」

 

「──あ?」

 

 なに馬鹿な事聞いてんだてめえ、みたいな反応が返ってきた。

 

 そもそもディアスの態度の意味に気づいているのでもなければ、クロード達に巻き込まれた、などという言い方はアリューゼもしないはず。にもかかわらずこの反応である。

 聞き違いでも思い過ごしでもないはずだが、とディアスが考えていると。

 

 

「逆に聞くが。てめえが会って間もねえ他人もいいところな誰かに疎まれてる自覚があったとして、そんなもんいちいち気にすんのか? お前は」

 

「……」

 

 正論すぎて思いつかなかったほどに正論である。

 レナ達はどうだか知らないが。確かに、自分の身に置き換えて考えてみれば。

 会って間もない他人そのものな奴が自分の事をどう思っていようが、さしてどうでもいいと思うというか。もうそんなものいちいち気にする年頃でもないだろうというか。

 

 結局自分も冷静に考えているつもりで、いつの間にかレナ達のペースに乗せられていたという事なのだろうか。そうとしか考えられない。

 

 あくまで自分が一方的に、三人の事を快く思っていなかっただけで。

 それが多少態度に出ていたくらいで。

 ましてや面と向かってこいつらに喧嘩を売った記憶もないというのに。

 むしろどうしてこの状況で、相手までもが今の自分と同程度に、剣を交える事に抵抗を覚えるだろうなどと一瞬でも考えてしまったのか。

 

(この上、こいつに言われるまでとは……。俺は本当にどうかしているらしいな)

 

 

 気が抜けたあまりに深いため息をつくディアスをよそに、アリューゼは

「これだけ人数がいたら、気に食わねえ奴やそりが合わねえ奴の一人や二人くらいいても不思議じゃねえだろ」とか、

 

「俺らは“仲良しごっこ”しにここにいるわけじゃねえんだ。そいつが腹の中で何考えてようと、ある程度の意思疎通ができて、こうしてまともに戦えりゃ十分だろうが」

 

 とか、まさしくいつもの冷静な考え方ができるディアス自身ならいかにも言いそうな事を平気で言い放つ。

 

「……そういう事はあいつらに言ってくれ。俺はもう知らん」

 

 投げやりに言い返したディアスはふと、自分はそもそもそういったような事をかなり早い段階でレナに宣言していたような、とも思いだしたのだが。

 結局見ての通りに全く効果がなかったのでそれは現在こういう状況にもなるはずだな、と一人で納得してもう一度ため息をつき、

 

「その辺は同情するぜ。うさんくせえ神様とやらを嫌いになるな、いいから愛想振りまけ、じゃあなあ」

 

 アリューゼはさらにそんなディアスの心境をしっかり理解してくれるような事まで言い。一体どうして自分は嫌いなはずの奴の仲間に今同情までされているのだろうなと、なんだかとても複雑な心境になる。

 

 とにかく聞きたい事は聞いたのだ。

 今は勝負の続きをと、気を取り直して剣を構え直したところで、その前に。

 

「……どうでもいいついでに、もう一つだけ聞いておく。あの“神”だとかいう女も、俺の態度の意味には」

 

「あいつか? あいつはそういうのには慣れてるからな。たぶん俺達の中で一番に気づいてただろうぜ」

 

「……。そうか。では、レナ達になすすべなく連れ去られたように見えたのも」

 

「いやそこまでは知らねえが。単に断れなかっただけなんじゃねえか、あれは」

 

 

 ようするにあの女もさして気にしてなかったのに、レナ達のおせっかいに巻き込まれたという事か。

 自分達は彼女の味方だからと、みんなして息まいていたくせに。

 

(……当の対象まで困らせて、あいつらは一体何をやっているんだろうな)

 

 とも思いつつ。しかし結局のところはそんなやつらのおせっかいに火をつけてしまった自分が悪いのだろうなとも、素直に受け止めつつ。

 ノエルいわく仲間想いなディアスは、今度こそ気を取り直してアリューゼとの手合わせを再開したのである。

 

 

 結果は互角の勝負といったところか。

 未だ“神”という存在に対する心境のあれやこれはともかくとして、一勝負を終えたディアスにあったのは、思いもかけない剣の相手を得た事への充足感だった。

 

 それまで一人で剣を振るうしかできなかった状況への反動もあるかもしれないが、それを差し引いてもなお余りある収穫だという自覚はある。

 少なくともこの男が“神”の仲間だとかいう理由で、それを意固地に否定してしまうのはあまりに惜しい。

 剣士としてのディアスは、それほど冷静にこのアリューゼという男の実力をしっかりと認めてしまっていたのだ。

 

 

 結局クロードの企んだ通りになったようだとは、剣を交わす最中に思った。

 けれどそれをもうしゃくに思う気すらない。

 というよりどうせしゃくに思ったところで、あいつらに乗せられている以上、こうなるより他にないのだ。

 

 あいつらが厄介なおせっかいを働かせている原因も、なにより今こうして自分が折れる事になった事すらも、もとより自分のまいた種という事もある。

 こうなったらどこまでもあいつらに乗せられてやろうではないかと、勝負の後、吹っ切れたディアスはアリューゼに聞いた。

 

 

 

「あの女の剣、クロードはひたすらに感激し褒め称えていたな。お前はどう思う? お前でも敵わないほどのものなのか」

 

 聞かれたアリューゼは、「少し前までは、いい線いってた時もあったんだがな」とふっと笑って正直に言う。

 

「今にして思えばあれは、あいつにとっちゃ全然ってトコだったんだろうな。創造神とやらになってからこっち、まるで勝てた試しがねえ」

 

「……。そうか」

 

「ああ。情けねえ事に俺もお前らと同じく、現在神の「力」も使えやしねえあいつ相手に、どうにかして“参った”と言わせてやる側ってトコだ」

 

 

 そう言うアリューゼの目は少しも諦めていない。

 神の「力」をなくした今のあの女は、本来の実力の十分の一も出せていない、いわば搾りかすのような状態なのだとはディアスも聞いている。この男もクロードも、今の状態での実力を手放しで認めるほどの腕があるうえでの話だ。

 

 それでいてなお搾りかすのような今の状態などではなく、“創造神”としてのレナス本来の実力をすらも、いつか超える──

 決して現実が見えていないわけでもなく。それでも本気でその先を見ているらしいアリューゼは、

 

「そうか。そんなに強いのか、あの女は」

 

「そんなに気になるか? なら、てめえ自身で確かめる事だな」

 

「あいにく、確かめたくともレナ達に連れ去られ中だな。こればかりはどうしようもない」

 

「はっ違いねえ。その間どうしようもねえって言うなら、どうだ? また俺とやるってのは」

 

 と理解したディアスに、さっそくもう一勝負を誘って剣を向ける。

 拒む理由もないなと、ディアスもアリューゼに頷き剣を構えた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 数日後。

 お出かけ先からまったり徒歩で戻ってきたレナ達は、帰ってきて早々ディアスに『レナス特集』とか書いてある、そのまんま彼女のいいところを集めてきたらしい手作り記事を渡そうとチャレンジし、結果一言で断られた。

 

「必要ないな」

 

「これまたばっさりと!?」

 

 いやまあ、ここ最近ディアスがアリューゼと二人で結構剣の手合わせをやっていたりするという事を、みんなにまだ報告してなかったのはともかくとして。

 それはさすがにディアスがありがたく貰ってくれるわけないだろうなとは、クロードもチサトが意気揚々と記事を荷物から取り出してきた瞬間に思ったけど。

 

 だっていくらなんでもそのまんますぎるし。

 記事の体裁だけはしっかりプロの仕上がりしてるけども。企画からして間違えてるし。

 なんならセリーヌとかアシュトンとかも断られた瞬間「やっぱりだめか」みたいな顔してたし。

 

 

(誰もいい案思いつかなかったんだろうな、結局。……というよりあれ、レナスさんにちゃんと許可とったのか?)

 

 わけのわからない特集を組まれてしまった彼女の方はというと、記事を目にした瞬間、明らかに不意をつかれたような顔をしていたのでそれも怪しいところではあるが。

 ディアスに渡そうとしたチサトの方は、もうちょっと粘ろうとしたらしく、

 

「ちょ……待ってよ、せめて一通り見るだけでも」

 

「何度も言わせるな。俺には必要ない」

 

 やはりディアスにばっさりと断られ、わずかな望みにかけていたらしくここでようやくしょんぼりしたプリシスやソフィアのところに、口惜しそうにぶつぶつ言いながら退散。

 

「くっ。ひとがせっかく睡眠時間削って作った記事を、必要ないの一言だけで……」

 

「だから言ったじゃん、この『プレゼントを選ぶレナスは真剣な表情。とっても彼氏想いなんだね』の辺りは余計だって」

 

「そう? よく撮れてると思ったのになー、これ」

 

「意外性は大事ですよねチサトさん。わたしもこの写真好きですよ。なんかこう……レナスさんのかわいい一面が伝わってくる感じがして」

 

 ますます驚いているような気もするレナスをよそに、なんか反省会っぽくない反省会をひそひそとしているところで、「無駄になっちゃいましたね、この記事……」とため息をついたレナにメルティーナがいきなり横から言い、

 

「ああ、もう要らないんならそれ貰っとくわ。面白いし。てかちょーだい」

 

「……っ。メルティーナ、あなたまさかあの時」

 

「えーなに意味わかんない。あんたがそういう事に集中してたあの時に、裏ではどうやらこういう事になってた的な? うーわ私の知らないうちに、マジびっくりだわー」

 

 なんかそこで思い当たる節があったらしいレナスが、裏切られたような顔してメルティーナを見ていたところ。

 そんな彼女の様子を見ていたディアスが、近づいて言った。

 

 

「最初に言っておく。俺は神が嫌いだ」

 

 

 いつも通りの仏頂面にして、唐突な物言いである。

 発言を聞いたレナ達が抗議するより先に、いきなりそんな事を面と向かって言ってきた事に怪訝そうな表情を浮かべるレナスを前に、それからディアスはため息をつき、

 

「……だからお前は神ではない。ただの底抜けのおせっかい共の被害者だ。そう思う事にした」

 

 と心底不本意そうな顔で続ける。

 

「一人の剣士として、クロードも、あのアリューゼという男ですら足元に及ばないと言うお前の剣に興味がある。よければ俺の相手をしてくれないか」

 

 

 思った通りの展開に胸をなで下ろすクロードに、予想外の事に驚いたり素直に喜んだりなレナ達。

 レナスはというとさらに不可解そうな顔になり、そんな周りの様子をちらと見渡してから、正面にいるディアスに聞く。

 

「状況が呑み込めないのだけど。これは、レナ達のおかげという事でいいのかしらね?」

 

「……どうとでも好きに思え。それで、お前はどうなんだ。やるのかやらないのか」

 

 答えを迫るディアスは、いかにもな渋面。

 しばらく返答に迷う様子を見せたレナスは、

 

 

「その、私が言うのもおかしな事だとは思うけど。もしあなたが無理をしているようなら──」

 

「……妙な気をまわすのはやめろ。本気で嫌ならこんな事は言わん。いいのか嫌なのかだけ答えろ」

 

 目の前にいるディアスの状況になんか色々と同情してしまったらしい。

 むしろ気遣わしげに確認してきたレナスに、それこそ本気で嫌そうな反応を示したディアスは再度「お前はどうなんだ」と答えを迫る。

 レナスは若干戸惑いつつも、ディアスの申し出に素直に答えたのだった。

 

「ええ、それはもちろん。あなたさえよければ、喜んで」

 



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15. ホフマン遺跡

 エルリアタワーすぐ前の仮設拠点や少し離れた人里で、ひたすら十賢者の居場所が分かるまで待つ、という日々を過ごすようになってからしばらく後。

 待ちに待った検索結果画面に初めて『該当パターンあり』の文字を見る事ができた一行は、拠点の守りにミラージュ、クリフ、セリーヌ、アリュ―ゼ、メルティーナの五名を残し、残りの十一名で、すぐさま小型艦一隻に乗り込みその場所へと向かった。

 

 エル大陸より西に行った、ラクール大陸から見ると北北西の位置にある島。

 その島中央部にあるホフマン遺跡地下内のどこかにいるらしい、十賢者ハニエルと思わしき存在が今回の目標だ。

 

 

 

 辺り一帯森に覆われた場所にあるホフマン遺跡周辺の、かろうじてひらけている場所に小型艦を着陸させ。艦の留守番を、今度は「僕がやります」と自分から申し出たノエル一人に任せ、それ以外の十人でホフマン遺跡内部に突入。

 地下の廃坑に降りるため、入り口からすぐにあるエレベーターを使おうとしたところまでは、何の問題もなく進んだのだが。

 

 十人全員で乗ろうとしたところ、乗員オーバーのブザーが鳴り響いたのだ。

 

 

 ハニエルっぽい人物が現在この地下坑道のどこに潜んでいるのかも分からないし、十人全員が固まって行動して警戒されても困るし、ここから先は二手に別れて探そうと最初に言いだしたのは誰だったか。

 

 二手に分けてもこちらの人数は五人。

 相手が「創造の力」を所持していない、つまりクロード達が以前戦った十賢者と戦闘能力が変わらない場合。自分達がよほどなめた真似をしなければ、戦力面での問題はおそらくなし。

 そして仮にこのハニエルが本命の元凶だったとしても、一対多数での戦闘においては人数が多ければ多いほど有利というわけでもない事は、自分達もつい最近ディプロで学んだばかりだ。

 

 さらには万が一に備えてエルリアで買っておいた、装備者を一回だけ危険から守ってくれるアイテム『リバースドール』も、一人に一個ずつ支給済み。

 通信機も問題なく使えるようだし、異論のある人もいなさそうな様子だったので、さっそくくじ引きでパーティーを二つに分けた。

 

 

 多少の偏りはあったものの、「まあこれでも戦力的には問題なさそうだね」とお互いの人数を見渡してクロードが言ったのでそのまま決定。

 

「それじゃあ、僕達が先に行くよ」

「はいはーい。んじゃ、また後でね」

「いってらっしゃーい」

「ま、まさかこの僕が、くじ引きで当たりを……」

 

 誰かさんと同じパーティーになれた事に一人幸運を噛みしめている最中らしいアシュトンをよそに、プリシスとチサトにいつも通りの明るい調子で見送られつつ、

 

「あっ、ホフマン遺跡ったら、もしかしなくてもアレじゃん? ねえねえ、アタシ今いい事思いついたんだけどさ」

 

「なになに? ホフマン遺跡って何なの? 何があるの? もしかしてそのリュックの中、関係ある感じ?」

 

「にっしっしー、でしょでしょ? 必要な部品はしっかりあるんだよねえ」

 

「うふふ、生きててよかったあ……」

 

 楽しげにリュックの中をがさごそやりだしたプリシスと。

 その様子を不思議そうに見ているレナスと。

 その面々を憂鬱そうな顔で眺める、マリアの様子までを最後に確認しつつ。

 

 フェイトとクロード、レナ、ソフィア、ディアスの五人を乗せたエレベーターは一足先に、地下坑道へとゆっくりゆっくり降りていった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ここには確か十賢者の捜索及び撃破という、まともな用事で訪れたはず。

 それなのになぜ自分は、この状況を肝試しか何かと勘違いしている人間達のグループに組み込まれてしまったのだろうか。

 

 レナスが申し分なく強いのは言わずもがな。アシュトンだって戦闘中だけはちゃんと頼りになるし、いざとなったらギョロとウルルンも彼に力を貸してくれる。

 ハニエルだけが相手なら戦力的に問題はない、と言ったら間違いなくそうなのだろうが……

 しかしそれ以前に真面目な戦闘が始まる気がしないパーティーというのは、正直問題しかないのではなかろうか。

 

 エレベーターが戻ってくるまでぼんやりと今の状況を眺めるしかないマリアの他には、

 

「アタシ達の出番まだかなあ。……よし、ちょっとここ押さえてて無人君。アシュトンはこっちね」

「うん。出番、まだまだ来ないといいよねえ」

「ん? なんか言った?」

「う、ううんなんにも」

「ギャフ」

「フギャギャ」

「な、なんだよー二人とも。やめろよお」

 

 何か機械を作りつつ自分の順番を楽しみに待っているプリシスと、意中の彼女との特別な時間に浮足立っているアシュトン。

 それとこの二人に付随している存在というか、自立思考型機械人形の『無人君』はプリシスのお手伝いをしていて。アシュトンの背中に憑いている魔物龍ギョロとウルルンの二匹はというと、宿主の彼をからかっているらしい最中という……、

 

 正直なんでこんなところまで来てこんなもの見せつけられているんだか、まったく理解できないほどのなごやかなムードである。

 

 

「で、プリシスは何を作ってると思う? 見た感じなんか四角い箱っぽいけど……」

 

「“機械”の事は、詳しくないから。聞いた話だと、今回の件に必ず役立つものなのよね?」

 

 それから残りの二人チサトとレナスはというと、そんな奴らのムードもおかまいなしに、普通に機械作りの経過を観察中。

 この五人の中で自分の他にまともな緊張感を持ち合わせているのは、せいぜいレナスぐらいではないだろうか、とマリアは思っていたりするわけだが。

 

 しかし彼女の場合はプリシスの「ふっふっふっ、出来てからのお楽しみだもんねー」な機械とやらに、素直に期待を寄せているようだし。

 ていうかここ最近の周りからのあのいじられ具合にも一度として本気でキレた様子を見せた事がない辺り、あっちはあっちで根本的に他人のやらかしに寛容すぎる、ある意味困った大人なのだろうし、いざという時の制止役になってくれるかは期待しない方がいいだろうともすでに見切りをつけていたりする。

 

「なんたってアタシ達は宇宙を救った英雄だからね。レナスもマリアも、大船に乗ったつもりでどーんと任せといてよ」

 

「おっ、いい事言うじゃないのよプリシス。そうそう、今さら十賢者なんか別にどうってことないってね」

 

 そして今エレベーターが目の前に戻ってきたわけだが。

 そんな事を気にも留めず作業を続けている、このいい子達の言う事を素直にじっくりと聞き入っている最中な辺り、あっちももう彼女達の雰囲気に流されている事は確実であろう。 

 

 

 かといってマリア自身も、この惑星エクスペルの様々な出来事に遭遇してきて、色んな事がどうでもよくなってきた今現在。

 ソフィア一人だけならいざ知らず、自分一人でこの面々を、真面目な方向にしゃきっとまとめあげられるかというと……

 

 それも中々に自信がないというかなんかもうどうでもよくなってきたというか。

 そもそも危機意識がしっかり働いてたらパーティーメンバー決めた段階で異議を申し立てていたはずっていうか。

 

 

(……考えすぎなのかもしれないけど、この時点ですでに嫌な予感しかしないのよね、あの機械。いっそここで待っている間に、向こうのみんなが十賢者もどうにかしておいてくれないかしら)

 

 ぶっちゃけ戦力的には自分がいなくても問題ないだろうし、ノエルの申し出を受けたりなんかしないで自分が小型艦に残ればよかったのでは。

 などと手に持った通信機をじっと見つめつつ、過ぎた事をぼんやり考えつつ。

 

 マリアは四人に本来の目的を思い出してもらえるよう、せめてもの義務感を働かせて、「エレベーター」という単語だけを口に出したのだが。

 

 

「うんそーだね。でも遅れはすぐ取り戻せるから、大丈夫大丈夫。もうちょっとだけ待っててよ」

 

 一応そこは忘れてなかったらしいプリシスは、いっそう気合を入れて機械作りを続ける模様。

 

(遅れはすぐに取り戻せる、か。考えすぎじゃない気しかしないわね)

 

 無人君と一緒に嬉しそうにお手伝いするアシュトンと、言われた通り素直に待っているチサトとレナスにならい。マリアはもはや他人事のような心境で、どう見ても超小型エンジンっぽい何かにしか見えないプリシスの機械の完成を待つ事にしたのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ホフマン遺跡地下に大きく広がる地下坑道は、フェイト達の時代では重要な資源となっている『エナジーストーン』を採掘するために出来たものらしい。

 

 後の世ではこの資源の存在もあって銀河連邦内でも大きな発言力を持っていたエクスペルだが、当然この時代には未開惑星人であるこの星の人間達が、この資源の重要さを理解しているはずもない。

 では一体誰が作ったのかという話になると、超古代の文明人、別の星の盗掘業者など色んな可能性が考えられるが、結局のところどれも憶測にしかならないので分からない。

 はっきり分かるのは『ホフマン遺跡』という名称の通り、この場所を作ったのも利用していたのもこの時代のエクスペル人ではない、という事だけだ。

 

 

 とりあえず現在は魔物の住処になっているという話だし、長らく使われていなさそうな坑道内の様子からしても採掘中の一般人にばったり遭遇して巻き込んでしまうという事はなさそうなので、その辺はフェイト達も気が楽である。

 エレベーターから降りたフェイト達五人はさっそく、別れる前にマリア達五人に言っておいた通り、右手に沿って坑道内を進んだ。

 

 足元にはかつてこれを使ってエナジーストーンを運んでいたのだろう、過ぎた年月の割には、今もかろうじて使用できそうなくらいにはしっかりとしたレールが残っていて。

 空のトロッコなんかも、木片で輪留めをかけただけの状態でそのまま放棄されている。

 

 行きと帰り二本分のレールのかかっている道を本線とし、たまに遭遇した魔物を全員でなんなく返り討ちにしつつ、ところどころで掘られた横穴の先もちらとクォッドスキャナーで確認しつつ進む。

 

 坑道の隅々までを直接目で見て調べるのは大変だし、ハニエルは何もない通路の行き詰まりよりも、作業道具の置き場所や採掘員の待機場所などがある、小部屋のような場所にいる可能性の方が高いのではないかと見ての行動だ。

 そして結果的にその作戦は、見事に当たったのである。

 

 

 坑道内をひたすら歩きまわって、それなりの時間が経った後。

 フェイト達が一つ目と二つ目に発見した小部屋には、打ち捨てられたつるはしやヘルメット、それと大量の爆薬が無造作に置かれているだけだったが。

 

 三つ目の小部屋にさしかかった辺りで、なんと早くもハニエルらしき人影が、明かりに照らされて動いているのを発見してしまったのだ。

 しかも相手に気づかれないよう静かに行動していたのがうまくいったのか、向こうはフェイト達にまだ気づいていない様子。

 坑道全体の広さから考えても運の良すぎる発見である。

 

 あっさり見つけたはいいものの、むしろあっさり見つかりすぎて「これは罠なんじゃないのか」「レナスさんの「力」を持ってるのはまさにあいつなんじゃないのか」といったような警戒心をフェイト達が即座に持ったのも自然な事と言えよう。

 情報を相手からうまい事引き出せるように、はじめから元凶かただの十賢者の一員なのか、戦闘前によくよく見極めるつもりだったとしてもだ。

 

 

 とりあえず目的の人物を発見できた段階で、自分達とは反対方向の坑道内を今も探しているだろう五人に向け、声を出さずに済むよう通信機の伝言モードで

『ハニエルを発見した。危険度はこれから探る』

 とだけメッセージは送っておく。

 全員ここに合流するほどの人数が必要かどうかはまだ分からないが、まあ向こうにはマリアもいる事だし、その辺の判断は任せておいて大丈夫だろう。

 

 それよりも、あとは自分達がこれからどうするかという事だが──

 

 

 

 ハニエルらしき人物のいる小部屋は、どうやら採掘員の休息場所らしい。

 覗きすぎると向こうにバレてしまうのであまりしっかりと観察はできないが、白いベッドらしきものが視界の端に見えているので大体そんなところだろう。

 それと部屋内の地面に散らばっているように見えるのは、空きビンか何かか。

 

 フェイトの位置からはハニエルらしき人物の姿も少しだけ見えている。

 散らばった空きビンの中心付近にいる彼は、写真で見たのよりなんというか……パリッとしてないというか、少しやつれているようにも見えるというか。

 

 地面に並べているのは彼が持っている兵器の類だろうか? 観察している途中で、彼がヒートソードらしい武器に手を伸ばしたので、一瞬緊張したけど。

 結局その武器も潜んでいるフェイト達に向けるでもなく、彼自身の頭に当てられただけであった。

 

 髪の焦げる匂い。

 どうやらモヒカンの手入れだけはきっちりやっているようである。

 

 

 入り口付近からこっそりと、小部屋の中のそれらの様子を覗いた後。

 フェイトは無言でコミュニケーターに文字を打ち込んで、その内容を同じく部屋内の様子を覗いていた仲間達に見せた。

 

『生活感すごくないか?』

 

 

 画面を見たクロードも頷いてから、フェイトのコミュニケーターをいったん借り、文字を打ち込んで仲間全員に見せる。

 

『確かに。ずっとここで暮らしてる感じするよな』

 

 これも全員無言で頷いたところで、もう一度フェイトが文字を打ち込んで見せる。

 

『それで、あれはセーフだと思う人は?』

 

 ここでの質問はもちろん、おっさんの坑道一人生活の是非についてではない。

 元凶か否か、危険な能力を持っていると思うかどうか、という意味だ。

 

 すぐに手を上げたのはフェイトとソフィアの二人。

 結構迷ってから手を上げかけたクロードとレナは、またどっちともつかなさそうな表情で手を下げる。ディアスが腕を組んだままなのは、「お前達で勝手に判断しろ」という事であろう。相変わらず協調性のない男である。

 

 一生懸命考えたらしいレナは一方、クロードの真似をしてフェイトのコミュニケーターに手を伸ばしかけ。途中で自分じゃ使い方が分からない事に気づいたらしく、身振り手振りで自分の意見を述べ始めた。

 たぶん口パクの感じからして、

『わたしもたぶん大丈夫だとは思うけど、でも、もしもの事があるかもしれないし』

 のような事を伝えたいんだろう。

 

 レナの言いたい事は分かるけど、そこまで疑ったらきりがないのではないか。

 しかしおっさんが生活感に溢れているというだけで即安全認定をしてしまうというのも、やっぱり危険なのかもしれない。

 

 フェイトが真面目に考え直そうかと思ったところ。

 今度はソフィアが自分のコミュニケーターを取り出し、打ち込んだ文字をみんなに見せた。

 

 

『あれは絶対セーフだと思う。だってなんかくさいもん』

 

 

 すかさずフェイトも自分のコミュニケーターでソフィアに文字を送りつける。

 

『はっきり「くさい」は無しだソフィア。書くならせめて中年男性の生活感がここまで漂ってきていると』

 

『くさいんだから「くさい」でいいでしょ? 今はそういう言葉の使い方とか言ってる場合じゃ』

 

『お前、相手がいくら十賢者でも言ったらダメな事があるだろ? こういう時でもそういうのは大事にするべきなんだって、普通は』

 

 そこまで送ったところでフェイトははっと顔を上げた。

 目の前のソフィアが、今にも声に出してフェイトに文句を言おうとしていたのである。というかレナが身振り手振りで必死に止めてなかったら間違いなく今頃アウトであろう。

 ソフィアにもレナにも睨まれつつ、

 

(せっかくオブラートに包んだ表現でごまかしてたのに、台無しだよもう)

 

 という思いを押し隠して、フェイトは文字を打ち込んで見せた。

 

『ごめん、僕が悪かった。続けてくれソフィア』

 

 

 そういうわけでどうしてソフィアが「ハニエルはなんかくさいから大丈夫」と思ったかというと、それにはちゃんとした理由があったらしい。

 ソフィアが長々と文章を打ち込んで説明したところによると。

 

 神様の「力」を持っている存在ならば、いつでもどこでも、清潔感に溢れた装いでいる事が可能で。

 従って、あんな兵器使ってわざわざモヒカン維持する必要もないし、ましてや小部屋に入らずとも外から様子窺ってるだけで即気づいちゃうくらいに、なんかくさ……身だしなみが整っていないはずがないとの事。

 

 なんでもここ最近の待機生活中に、

「そんな事もできるんですか?」

「もち、例え泥沼に頭から突っ込んだとしても、集中ひとつで即風呂上がりのすべすべお肌がカミサマのデフォよ」

「へえ~。いいなあレナスさん」

 というような話を、メルティーナからばっちり聞いていたのだそうだ。

 

 

 小部屋の中では、ハニエルがなにやらきょろきょろと辺りを見渡している中。

 クロードとフェイトは、ソフィアの文面にしっかり納得した。

 

『なるほど。確かに、それはいい判断材料にできそうだな』

 

(へえ。除菌モードまであるんだな、真レナスさん)

 

 一方、その辺は初耳ではなかったらしいレナは、それでも罠の可能性を捨てきれないらしい。『確かに、そんな事も言ってたけど』と同意する様子を見せつつも、まだ自信なさげに首をひねっていたので、

 

『そこはさすがに大丈夫じゃないか? 罠をかけるつもりなら他にいくらでもやりようがあると思うし』

 

 悪者だって悪者なりのプライドってものがあるだろうし、ああいう方向に体を張るような真似はさすがにしない気がする。

 といったような意見をフェイトが述べ、ソフィアもクロードもその文章に頷いてみせる。

 結局みんながそこまで言うなら、という事でレナも納得する事にしたらしい。

 

『それじゃあハニエルは大丈夫そう、って事でいいかな』

 

 フェイトがもう一度みんなに確認しようと文字を打ち込んだ、ちょうどその時。

 

 

 背後の坑道のずっと奥の方から、何やらごうごうと低いうなり音が、かすかに響き始めてきた。

 急な耳鳴りだろうかと一瞬考えたけども。冷静に聞けば聞くほど、なんかジェットエンジンっぽいような人工的な継続的騒音である。

 ていうか、今なんか誰かの悲鳴も混じってたような気もするし。

 

 

(……。まずいよな、これ)

 

 案の定、フェイトだけでなく全員がそう思ったらしいタイミングで、

 

「ほう、そんな所にいたか」

 

 とか言いながらそれまで座ってたハニエルが、ゆっくりと立ち上がったし。

 

 

「まったく、進歩のない──」

 

 ハニエルは小部屋の出口に向かって歩いてくる。

 比較的安全そうなこいつから情報を得るためにどう動くか。具体的な事はまだ考えてなかったけど、バレてしまったのなら仕方ない。

 

「私から逃げ出せるとでも思っていたのか?」

 

 無言で顔を見合わせ頷いたフェイト達は、各々いつでも戦闘できるよう態勢を整え、

 

「ふっ。お前には今から仕事をしてもらおう。抵抗などせず、おとなしくしている事だな」

 

 それから入り口手前で方向転換して立ち止まったハニエルの前に、自ら姿を現したのだ。

 

 

 小部屋に突入したフェイト達五人を待ち受けていたのは、どっしりと自分達を待ち構える敵の姿ではなく。

 なんか紙きれを手に、部屋入り口付近のすみっこにある木箱のうえで羽を伸ばしている一羽のタカさんに、悪役スマイルで話しかけつつ慎重に手を伸ばしているところだったハニエルの姿である。

 

「あ」

「えっ? え、えーと……」

 

 出鼻をくじかれて戸惑うレナ達を見て、しばらく手を伸ばした体勢のまま固まっていたハニエルは、はっと我に返ったようにタカさんを放置して後ろに下がり、怒声をあげてくる。

 明らかにフェイト達の事に本気で気づいてなかったらしい反応だ。

 

「貴様ら、いつの間に!」

 

「ああうん、まあそうなるよな。普通に」

 

 なんかもう戦う前からぐだぐだっていう以前に前にも似たような出オチがあったような気もするけど、自分達から姿を現しちゃったからには、今さらなかった事になんてできるわけがない。

 心なしかさっきよりもうるさくなってるような坑道内の謎の音をバックに、剣を構えたクロードは負けじとハニエルに怒鳴り返したのだった。

 

「覚悟しろハニエル! それとお前の知ってる事を大体教えてもらうぞ!」

 

 

 ☆★☆

 

 

「そこのトロッコ! いい加減止まりなさい!」

 

 なんで十賢者を倒しに来たはずの地下坑道内で、さっきからすさまじい速度でなんか楽しげにトロッコアドベンチャーやってる約二名(もはや叫び疲れたのか、後ろの縁をがしっと掴んだまま固まっているアシュトンも含めれば三名だが)を、足じゃ絶対に追いつけないからってプリシスがもう一台用意したハイパーウルトラなんたらエンジンつきの、後続のトロッコに乗り込んでまで必死に追いかけなければならないのか。

 

 

 ようやくエンジンの取り付け作業が始まってすぐ頃。

 通信機に『ハニエルを発見した』との伝言が、向こうの位置情報と一緒に送られてきて。(結局こっちがなにもしないうちに見つかったのね)とかぼーっと思ってる間に

 

「ふう、やっとできた。じゃあさっそく、これでばびゅーんと駆けつけるよ!」

 

「おおー!」

 

 プリシスとチサトとこの時点まではうきうきしてたアシュトンの三人が、さっそく改造が終わったトロッコに乗り込んで。言葉通りにばびゅーんとかいうありえない効果音と、アシュトンの悲鳴を残して一気に遠ざかっていって。

 わりかしすぐにこの状況を理解して、

 

「大変だわ。助けなきゃ!」

 

 などとまともな反応を示したレナスの隣で、マリアはというと一瞬なんかもう本当にフェイト達に後の事全部任せたい気持ちに襲われてしまったのだが、実際問題そうも言ってられず。

 結果もう一台のトロッコに二人して乗り込んで今に至る。

 

 

 前方確認などはレナスに任せ、たまたまレール上に乗りあげてきた運の悪い魔物を勢いよくはね飛ばしつつ。

 プリシスお手製のエンジンの出力部分をどうにか勘で調整して、前のトロッコに追いつけたまではいいものの、

 

「んー、なになに? マリアはなんて言ってんの?」

 

「え、なに?」

 

「だから! マリアは! なんて、言ってるの!?」

 

「えー!? ……うーん、エンジンの音でまったく聞きとれないんだけど、なんか怒ってるっぽいからそうねえ。……向かう先ちゃんと知ってる!? とかじゃないかしら!?」

 

「ふむふむそっか。それなら大丈夫! 今忙しいから、大体は分かるよって伝えといて! ……よっしだいぶ目が慣れてきたぞー、今度こそ!」

 

 さっきから道間違えてばっかりっていうかトロッコ速すぎて分岐点のレバー切り替えられないせいでずっと同じところぐるぐる回ってる気しかしないし、なにより危ないからせめて早くエンジンを切れと、さっきから声を大にして怒鳴っているのに。

 なんであのいい年した大人は止める気ないどころかいい笑顔で、両手でおっきくまるなんかつくったジェスチャーを返してくるのか。

 

「もう本っ当にいい加減にして! あなた達今の状況分かってるの!? 仮にも宇宙を救った英雄なんでしょ!? それをこんなふざけた事ばっかり……!」

 

「落ち着いてマリア、周りの音で聞こえていないんだと思うわ!」

 

 見るからに何も分かってない顔してる辺りどうせそういう事なんだろうとはマリアも分かっているけど、それなら仕方ないわねとなれるかどうかはまた別の問題である。

 

 ともかくちょっとだけ言いたい事言ってなんとか冷静に戻ったマリアは、プリシスの放った『ロケットパンチ』が奇跡的に分岐レバーにぶち当たって、レールの切り替えを成功させたタイミングで、腰のホルダーから銃を抜いた。

 

 言って聞かせられないのなら、こちらでどうにかすればいいのだ。

 こんなに声を張り上げてまでなお、話の通じない人間に言う事を聞かせようとする必要などどこにもないではないか。

 

 

「やったあ! 曲がるよ二人とも、しっかりバランスとって!」

 

「オッケープリシス!」

 

「ひっ、ひいいい……たすけてー、たすけてよおー……」

 

 カーブを乗り切った前方のトロッコに続いて、マリアとレナスを乗せたトロッコもカーブにさしかかる。

 いったん構えかけた銃を下ろし、レナスと一緒に体重をトロッコの片方に傾けてカーブを乗り切ってから、マリアは改めて前方に銃の狙いを定めた。

 

 目標はプリシスが作った問題のエンジンの動力に使われている、握りこぶし程度の大きさのエナジーストーンだ。

 先ほどの出力調整の際、自分達のトロッコについているやつをじっくり見るはめになったので、このエンジンのしくみは大体理解できている。

 

 

 むき出しの状態のエナジーストーン。

 しかもその辺のトロッコに積まれたままだった、どう見ても加工前の代物をそのまま動力部にはめこんだだけという、なんとも大胆な使用方法である。

 

 中型艦の動力くらいなら余裕で賄えるほどの大きさの、それも現在駆動中のエンジンに使われているものを狙って撃つなど、普通なら気が狂ってると自分でも思っただろうが、幸いにしてこれらに使用されているのは原石の状態のエナジーストーン。

 命中してもせいぜい石自体に細かな傷が入る程度で、ホフマン遺跡まるごと爆発でふっとぶ事態にはならないので問題はない。

 

 それに動力源を無理やりに取ったらブレーキの制御すらできなくなって余計に危険ではないかと、これに乗る前の自分なら即思っただろうがそもそもこの乗り物はその辺のトロッコの後ろにまんまエンジンをくっつけただけの代物であり、よってブレーキ機能なんか最初からついていない、念のためトロッコの前方部分も確認してみたけど逆噴射装置のたぐいも一切見当たらない、あるのはトロッコ自体に元からついている原始的なブレーキレバーだけと、正直駆動させた時点で詰んでいるので問題はない。

 

 

「……っ、はずさないっ!」

 

 せめて一撃で決めてやるとやけっぱちな気分で狙いを定め撃ったマリアの銃は狙い通り、前方トロッコの動力であるエナジーストーンに命中した。

 

 揃って前を向いていたり小さく縮こまっていたりでエンジンが撃たれた事にすら気づいていないプリシス達をよそに、エナジーストーンがぽろりと剥がれ落ち。

 前方トロッコのエンジンが停止したのと同時に、自分達のトロッコの分も、レナスに剣を使って無理くり外してもらう。

 

 これでどうにか両方のエンジンを停止させる事ができたわけだが。

 まあ結局のところ、それだけですぐに速度を落とせるわけでもなく。

 

 

「そろそろ目的地だね! このまま颯爽と突入するぞー!」

「……無理無理無理無理もうホント無理だって、はやいはやいはやい……」

「ねえねえプリシス、そんな事よりあの辺なんかレール途切れてない!?」

「ええっほんとだ!? これまずいね!?」

「まずいわよねえ! ……んん!? しかもあの後ろ姿レナ達じゃない!?」

「うわあほんとだ! みんなー! どいてどいて、危ないよお!」

 

 途切れたレールの先、小部屋の入り口付近にはフェイト達五人の姿があり。

 騒ぎに後ろを振り返った五人がぎょっとして脇に避けたところで、プリシス達を乗せたトロッコはレールを外れ、勢いよく宙に浮いた。

 

 

「無人君、エアバッグモードだっ!」

 

 しゅぽーんとトロッコから放り出されたプリシスは、即座に無人君に命令。

 同じくチサトもしゅぽーんと宙に放り出され。

 恐怖のあまり縁をがしっと掴んでいたアシュトンだけは、最後までトロッコと命運を共にし、

 

「マリア、手を!」

 

 同様の結末を目前にしたマリアも、レナスに言われるがままトロッコの縁から手を放し、運に身を任せた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 十賢者ハニエルはトロッコによって倒された。

 

 剣を構え対峙していたフェイト達の「お前達の目的はなんだ?」「どうやって生き返ったんだ?」などの質問に、不意の登場に驚いた時よりもちょっと落ち着きを取り戻したのか悪役スマイルに戻って、

「ふん、素直に喋るとでも思うのか?」

 などと直前まで強気に言い返していた最中の出来事であった。

 

 

 後ろを振り返るなり危険を感じて脇に避けたフェイト達とは違って、見れば一発で分かる事なのに

 

「む、これは……近づいてくる?」

 

 わざわざじっと目を凝らして見ていたハニエルは、自分を目がけてまっすぐ突っ込んでくるトロッコを避ける事ができなかったのだ。

 

 

 何かを乗せたトロッコがハニエルごと壁に勢いよくぶつかり、ようやく停止した一方。

 

 フェイト達の位置からだと何が起こっているのかまったく見えなかったのだが、一瞬で自らの体を巨大エアバッグに変えた無人君は、宙に放り出されたプリシスとチサト、それから後から突っ込んできたトロッコだけを器用に手でぺしっとはじき飛ばし。

 さらにはお姫様だっこでマリアを抱えたまま坑道の柱を蹴り、アクロバティックに衝撃緩衝と方向転換を決めて向かって来たレナスまでを全員、しっかりその体で受け止めてみせるという大活躍を見せたらしい。

 

 壁に突っ込んだトロッコと、部屋の入り口を塞ぐ巨大な無人君の後ろ姿の間で、その時のフェイト達は「今の……なに?」と困惑するばかりだったのだが。

 

 ぷしゅうといつものサイズに縮んでいく無人君の影からプリシス達が慌てた様子で現れ、壁に突っ込んだトロッコに向かって「アシュトン、大丈夫!?」と話しかけた辺りで、ようやく我に返る事ができたのだった。

 

 

「う、うーんなんとか、このリバースドールのおかげかな……」

 

 不幸中の幸いというか、アシュトンはトロッコの後部にしがみついていたおかげで、壁にめり込んだ前方部分よりは被害が少なかったらしい。

 命拾いしたアシュトンは頭をかきかき言い、ほっとして大きく息をついたところで、すぐ後ろの壁のなんかぶつぶつ言ってる妙な気配にようやく気づき。そろりと振り向いてまた絶叫した。

 

「って、ううう、うぎゃあー! な、なにこれ誰これ!? ハニエル!? ハニエルだよねこれ!? ちかいちかいちかい顔近いこわいスプラッタだよたいへんだたいへ」

 

「黙って! 聞こえない!」

 

 マリアに一喝されたアシュトンは、びくっと両手で口を押さえる。

 他全員もハニエルの最後の言葉をしっかり聞きとろうと、耳に意識を集中させたところ。

 

「ふ、ふふ……貴様ら、これで、勝ったと思うなよ……」

 

(いや誰もそんな事思ってないけどな。こんなので)

 

 口に出してつっこみたい気持ちを抑えるフェイトをよそに、もう消える寸前らしいハニエルは、焦点の合わない目で、途切れ途切れにどうにか言葉を絞り出しているのに、どういうわけか最後まで笑っていたのだ。

 

 

「……よう、やく、み、つけたぞ……は、はは……これで、私、達……勝……」

 

 

 最後にそんな言葉を残したハニエルの肉体は、これまでと同じように身に着けた衣服や装備品も含めて、どんどん細かい光の粒になって消えていったのだが──

 

 トロッコの中、ずっと口を押さえて腰を抜かしているアシュトンの足元に、ある物がひらりと落ちたように見えた。

 クロードが近づいて確認したところ、やはりハニエルが手に持っていたあの謎の紙きれである。

 

 トロッコから紙きれを拾い上げて、中身を一瞥したクロード。

 小部屋のすみっこの、関係あるんだかないんだか分からない、相変わらずのびのびとくちばしで羽を整えているタカさんの方を見て首をかしげる。

 それからこの場にいる全員を代表して、言ったのだった。

 

「今のって、もしかして……」

 



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16-1. 言うか言わざるべきかの問題

 小部屋内の探索は一通りしてみたものの。

 結局ハニエルが持っていた紙きれと、彼が話しかけていたタカさん以外、それらしい手がかりは見当たらなかった。

 

 あまりろくなものは食べていなかったらしい、食い散らかした甘ったるい匂いの残る空きビンの数々や、せめてもの栄養素補給のつもりなのか生でそのまま食ったらしい野菜の残りっぱしなどなど……

 探せば探すほど、わびしいおっさんの一人暮らしの証拠が見つかるばかりだったので、

 

「ねえ、もう行こうよ。これ以上こんな汚い部屋見るの、なんかやだよ」

 

 ソフィアの言葉に、フェイトも心の中で

(確かに。悪役のこういう裏側は、あんまり見たくなかったな)

 と同意しつつ。

 フェイト達のやってる事が気になったのか、逃げずに部屋に残っていたタカさんを連れ、十人全員でホフマン遺跡地下の坑道を出たのだ。

 

 

 遺跡を出た時にはもう夕刻だった。

 タカさんも連れ出したのはあんな所にひとり残して行ったらかわいそう、という事のほかに、もしかしたら元凶や他の十賢者に繋がる手がかりになってくれるかも、という理由もあったのだが──。

 

 最初からハニエルに飼われていたのか。それとも何らかの罠をかけられ、彼に捕まってしまっていたタカさんなのか。

 ともあれ動物の事は彼に聞くのが一番だろうと、小型艦の前まで戻り、留守番をしてくれていたノエルに見せたところ。

 

「ふむふむ、と……。もとからこの辺に住んでいた子、だと思いますけどねえ」

 

「分かるんですか?」

 

「はあ、なんとなくですけど。みなさんがいない間、お外でお空を見上げてたんですけどね。この辺の……羽の模様とか、くちばしの丸みとか、よく似てるなあ、って。体格は小さいから、まだ若い子なんでしょうね」

 

 クロードが水平にして持っている剣の鞘の上で、不思議そうに首をかしげノエルを見返していたタカさんは、いきなりばさばさっと木陰に飛び立ち。

 クロード達が慌て始めるより早く、爪にしっかりネズミを持って、わざわざノエルの近くまで戻ってくるという賢さを披露。

 

「ほら、食事も自分でできるみたいですし」

 

 やたら人懐っこいだけの、野生の賢いタカさんだったらしい。

 

「へえー……。最近の鳥さんって、とっても賢いんですね」

 

 しげしげとタカさんを見て感心するソフィアを、チサトやプリシスが

「え、そんな驚く事? これくらいは別に普通じゃない?」

「だよねえ」

 とさらに不思議そうに見て話し。フェイトはというと、おおむねソフィアと同じ心境なのだが、

 

(最近……? 昔じゃないのか?)

 

 などと心の中でしっかり揚げ足をとっていた、その時だった。

 

 足元で獲物を見せびらかすように食べているタカさんに、

 

「面白そうだと思ってついて行っちゃったのかい? 人間はきみが思ってるよりずっと、危険な生き物なんだから。次からはもっと、気をつけないといけないよ」

 

 とノエルが話しかけていたところで。

 

「ほう、地鳥か」

 

 ディアスがとてつもなく余計な独り言を言い。

 坑道を出る際も抵抗せずおとなしく連れ出されてくれた賢いタカさんは、食べ途中のお食事もしっかり持って、ばさばさっと飛び立って行ったのだった。

 

 

 

 もしかしたら戻ってきてくれるかもしれないとの淡い期待を込めて、その日は拠点には戻らず、小型艦周辺で一夜を過ごしたものの結果は変わらず。

 ぴいだのちいだの、やたらとうるさい小鳥のさえずりを目覚ましに起きてみれば。

 坑道を出てから心なしかしょんぼりしているプリシス、チサトに加え、その後むちゃくちゃみんなから責められたディアスも、いつもと違う意味で口数が少ない。

 

 あげくのはてには魔物龍のギョロとウルルンまでもが、なぜか仲違いを起こしているという、ひどい有様だった。

 

「……おはようアシュトン。ていうか後ろのふたりはどうしたのさ? なんかすっごいむくれてない? ウルルン」

 

「うーん、僕にもよくわかんないんだけど……。起きたらこうなっててさ。ギョロの事、大馬鹿者だとか頑固者だとか、ぶちぶち文句言うばっかりで」

 

「ん? なにそれ、どーいう事?」

 

「……フギャ」

 

「聞くならそこの石頭に聞け、って」

 

「うわあ……。そうとうおかんむりだね、ウルルン」

 

「ギャフ、ギャフフ」

 

「もー、ギョロもどうしたんだよう。仲良くしなきゃだめじゃないか、こんなのお前達らしくないぞ?」

 

 お互いが何やら意固地になっている様子。アシュトンが困り顔で話しかけても、二匹とも一向に喧嘩の原因すら話してくれそうにない。

 

 ともかくタカさんが戻ってこない以上は、いつまでもこんな所にいても仕方ない。

 二匹の事についてはそのうち自然に仲直りしてくれる事を信じ、結局のところ唯一残された手がかり……かもしれない紙きれを手に、一行は拠点へと戻った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 エルリアタワー近くの拠点で、留守番をしていた五人の方はというと。

 特に通信も入れてこなかった無行動の通り、事件らしい事件は一つも起きなかったらしい。比較的落ち着いたメンバーばかりという事もあって、留守中はひたすらに拠点でおとなしく待機していたようだった。

 

 レナ達一行が、ホフマン遺跡から戻ってくるまでは。

 

 

「おっ、ちょうどいいトコに。ちょっとねえ、そこのあんた達」

 

「えっ? ただいま戻りました、けど……?」

 

「どうしたんですか、メルティーナさん?」

 

 テーブルの上には紙と羽ペン。

 それまでセリーヌと話をしていたらしいメルティーナは、いつもと違って、戻って来たレナスに声をかけるより先に、レナとソフィアの方に興味を示したのだ。

 怪訝そうにしつつもメルティーナのところに向かう二人をよそに、

 

「そうそう。説明が足りてませんでしたけど、レナの場合はネーデ人ですから……」

 

 とかいうセリーヌの話を最後まで聞かず。メルティーナはがしっと、レナ達二人の肩を捕まえて言ったのである。

 

「ちょっと脱いでみ?」

「……えっ?」

 

 

 固まる二人。メルティーナの方は冗談を言っているふうでもない。

 いたって本気の目である。

 

「……ちょ、ちょっと待ってくださいメルティーナさん」

 

「ほら、その辺の男共にはちゃんと後ろ向かせとくから。減るもんじゃないしいーじゃないの、こんくらい。つかあんたら、この間だって平気で……」

 

「ななな、なにを言いだすんですかいきなり……!」

 

「いやあメルティーナさんセクハラ! セクハラですよお!」

 

 この辺の会話ももちろんすべて、メルティーナの言う「男共」も、一部除いてこの場にばっちり勢揃いしている状況でのやり取りである。

 

(そ、それは……確かに、水浴びとか普段から一緒にしてるんだろうけどさ)

 

 本来なら彼女の暴走を止めるべきなのかもしれないが。

 うっかり光景を想像しかけてしまった日にはもう、冷静な判断など頭からふっ飛ぶというものだ。

 フェイトはもしもの時に備えて、慌てて後ろを向き。

 つられたクロードもアシュトンも慌てて一人後ろを向きかけてから。

 堂々と腕を組んだままのディアスと、のほほんとしてるだけのノエルの両脇を各々必死に引っ張ってしっかり後ろを向かせる。

 

 それでもどうしても聞こえてきてしまう音声に揃ってどきどきしていると。

 しょうもなさそうにやり取りを眺めているマリアの横から歩み出たレナスと、セリーヌの二人が口々に言い、

 

「やめなさいメルティーナ。二人が困ってるわ」

 

「ネーデ人だから刻んでませんわよ、レナの肌には。紋章は」

 

 どちらかというと後者の言葉に効果があったらしい。メルティーナは掴んでいた二人の肩をぱっと放し、セリーヌに聞き返した。

 レナとソフィアの貞操は守られたのである。

 

「なにそれ。もっと詳しく」

 

 

 つまりなぜメルティーナが二人を無理やり引ん剝こうしたのかというと。

 レナやソフィア等の紋章術使いが紋章術を使用する際に必要な『紋章』が、どこにどんな風に刻まれているのか見たいという、あくまでも学術的な興味からくるものだったらしい。

 以下、直前まで彼女に術の事を教えていた、セリーヌによる補足説明はこんなところである。

 

 体の表面もしくは、それより精度は落ちるが書物やアクセサリー等に、特定パターンの『紋章』を刻む事によって使用できるのが紋章術……

 なのだが、それは自分のような一般的な紋章術使いの場合。

 

 レナ、つまりネーデ人の場合は、どうやら遺伝子情報とかいうものの段階ですでにそれらの『紋章』が組み込まれているらしいので、人目に見える形で『紋章』があったりはしないのだと。

 

 

「ふーん。じゃあこっちはどうなのよ。耳とがってんのが『ネーデ人』でしょ?」

 

「まあそうなりますけど……言われてみれば気になりますわね」

 

 説明が終わった後、ソフィアのまるい耳を差してメルティーナがさらに聞く。

 ソフィアはとっさにレナの後ろに隠れた。

 

「わ、わたしも刻んでないですよ! 本当に! こうみえて未来人ですから!」

 

「へえ、そういうもんなの?」

 

「そういうもんなんです! 詳しく言ったら怒られちゃうので言えないですけど! 未来の技術ですから!」

 

「なるほど、そういうもんなんですのね」

 

(よしいいぞソフィア、だいたいそれで合ってる)

 

 メルティーナもセリーヌも納得してくれたらしい。わざわざ口に出して訂正する気なんてさらさらないフェイトが頷く中。

 メルティーナの興味はまた『ネーデ人』の方に戻ったらしい。

 今度はノエルやチサトにも聞き始めたが、

 

「つまり未来人と『ネーデ人』は、大体無条件で使える……と。じゃあんたもそうなんだ」

 

「はい。僕もとくに、なんにもしてないですねえ」

 

「そっちも?」

 

「へ? 私? いやいや、使えないわよそんなもの」

 

「なんで? ネーデ人なんでしょ、あんたも。その遺伝子とかいうのに必要な術式組み込まれてるんじゃないの?」

 

「そ、それは……たぶんそうなんでしょうけど、いやでも……ねえ?」

 

 チサトを質問攻めにしたあげく、

 

「なるほど、バカはどの道使えない、と。その辺はこっちの世界も似たようなもんね」

「バ……!?」

 

 最終的に一人で勝手に納得した。

 いつも通りのキッツイ女である。

 

「……バカじゃないもん。覚える気なかっただけだもん。体動かしてる方が性に合うだけだもん」

 

「うんうん、そうだね。誰にでも向き不向きってあるよね」

 

 メルティーナはすでにテーブルに向き直り、今までの話を紙に書き始めている。

 反論する隙もなかったチサトがプリシスにしょんぼり愚痴る中。

 

 

(……あっ。メルティーナさん達って、この時代は本来なら『紋章術』も知らない事のはずなんだよな。これ、まずくないか?)

 

 と気づいたフェイトと、殊勝にも同じような事を考えたらしい。

 今までのやり取りを見ていたレナスが、困った様子でメルティーナに話を切り出そうとしたが、

 

「ねえメルティーナ。あなたのその知識を追い求める姿勢自体は、なにも悪い事ではないと思うわ。けど、そういう事はあまり──」

 

「はいはい、あんまり人をナメた発言するなってんでしょ? そういうのは後で聞くから」

 

 どうにも向こうは真面目に聞く耳を持たない様子。

 そうこうしているうちに、今度はマリアがしびれをきらして、この場の誰よりも冷静な事を言いだしたのだ。

 

「……いい加減いいかしら。そういうのも後にしてくれない? 今の私達には、なによりまず、他に話し合わなきゃいけない事があるはずよ」

 

 この発言には、さっきのどきどきハプニングからようやく目が覚めたらしくクロードが率先して動きだした。

 

「そ、そうだった! こんな事してる場合じゃないよな! ハニエルの事とか、ちゃんと話し合っとかないといけないよな! 僕、クリフさん達呼んでくる!」

 

 

 その様子を見たメルティーナも「ああ、倒しただけじゃなくてなんかあったのね。それならそうと早く言えばいいのに」などと言い、書き込む手を止め、広いテーブルに散らばした紙類を手早く片付ける。

 やたら夢中になっているように見えた割には、そこまでこだわっていなさそうな中断の仕方だ。

 

(メルティーナさん、暇つぶしに勉強してただけだったのかもな)

 

 この様子なら、なんかてきとーにこの間の『レナス特集』みたいな面白そうなものをこの人の目の前にぶら下げとけば平気かな、などとフェイトが安堵する中。

 それでもそういう釘はきちんと差しておきたいらしいレナスは、周りの空気が完全に話し合いに移る前に、律儀にもこんな声かけまでしていた。

 

「ええ、そうね。その話はまた後でするわ、メルティーナ」

 

 やはり話の切り出し方に困っている様子が見受けられる辺り、どうやらフェイトが以前に念を押していた、『タイムゲートさんのところで見聞きした事は一切他言無用』のいいつけはきちんと守っているようである。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「で、一応これもちゃんと言っておいた方がいいらしくて。ハニエルはこんなのも残していったわけだけど」

 

 ホフマン遺跡であった事を一通り説明し終えたクロードは、例の紙きれを取り出してテーブルの真ん中に置いた。

 留守番していた人以外、これの中身にはすでに目を通している。

 さっそくクリフが手に取り、書いてある事を読みあげた。

 

「ニンジン、トマト、キュウリ、アロエジャム……って、なんじゃこりゃ。ただの買い物メモじゃねえか」

 

 

 メモの中身は野菜に卵に乳製品、肉類、穀物類といった単語で始まり、アロエジャム、りんごジャム、ペットの餌といった単語で終わるという、ひたすらに食べ物類の単語だけが羅列されているだけのもの。

 つまり一見したところでは、どう見てもただの買い物メモなわけだが、

 

「はあ、僕もそう言ったんですけどね。マリアが暗号の可能性も捨てきれないって言うもんですから」

 

「クロード達の言い分に納得できなかっただけよ。だって普通、野生のタカがお使い頼まれて、頼まれた通りに荷物抱えて戻ってくる? ……仲間の十賢者達と連絡を取る手段にしていた、って考える方がよっぽど自然だわ」

 

 口を揃えて「これはただの買い物メモ」だと断定したクロード達英雄に対して、マリアが待ったをかけたのである。

 本当にただの買い物メモなのか。

 それとも何か意味のある暗号なのか。

 ちなみにフェイト個人としては、言っている事自体はマリアの方がまともだとは思うのだが、

 

「いやいや、それがホントに買ってきてくれるんだって。タカさんがさあ」

 

「だとしてもこのメモに書いてある事は異常よ。どう考えてもタカ一匹に一回で運ばせる分量じゃないわ」

 

「タカさん、かわいそうですよね」

 

 ソフィアの同意にたった今、“あの時のタカさんごめんなさい”みたいな感じで目をそらしたレナもいる辺り、

(案外クロード達の言い分の方が正しいんじゃないか? 買わせた経験あるみたいだし)

 とも思っていたりもする。

 

 

「んで? そこまで怪しいっつうからには、スキャナーで調べたんだろうな」

 

「ええ。紙もインクも、はじめから坑道内に放棄されていたものを使用したみたい。紙自体に細工をされた様子はないから、ここに書いてある文字の配列が怪しいわね……でも、これは」

 

「意味不明、だな。本当にただの買い物メモにしか見えねえ」

 

「うんまあ、本当にただの買い物メモだからねえ」

「頑張って探しても、何もでないと思うんだけどなあ」

「あのタカに逃げられなかったら、その辺もちゃんとはっきりさせられたんだけどね。けどまあ、ああいう事になっちゃったからな」

「ねー。ディアスが余計な事言うから」

「お腹の音まで響かせてたものね、ばっちりと」

「……悪かったな」

 

 周りの英雄達はもうすっかり決定的なムード。

 あくまでも真面目に考えようと頑張るマリアに少々付き合った後、

 

「いくら考えてもわからん。つーことで、とりあえずこの件は保留だ。暗号解きに自信のある奴は、時間がある時にでも考えておくように。って事でいいな?」

 

 とクリフが話題を区切り、引き継いでセリーヌが言う。

 

「そんな事より、問題はそのハニエルが言い残したとかいう言葉の方ですわ。そっちの方がよほど重要な情報じゃありませんこと?」

 

 

 いまだ紙きれについての重要度をいまいち測りかねているフェイト達にとっても、それについて異論はない。

 あの時のハニエルは、それほどに重要な事を口走っていたのだ。

 

「ようするに、こーいう事でしょ? 乱入してきた奴らの方を注視して『近づいてくる?』、からの死に際のセリフが『ようやく見つけたぞ』って」

 

 今までの話をまとめたメルティーナは呆れたようにため息をつき、隣を向いて言った。

 

 

「どー考えても目的あんたじゃないのよ」

 

「だな」

 

 

 同意するアリューゼに続き、クロード達やフェイト達も

 

「やっぱり、だよな」

「普通に考えればそうなるものね……」

「ていうか他の可能性を考える方が難しいですわ」

 

 などと、ここに来てまでずっとふてくされてるギョロとウルルンを除いたほぼ全員が、揃って大納得の嵐である。

 そして全員の視線の先にいるレナスはというと、

 

「本当に……そう、なのかしら」

 

 

 全員の意見とは反対に、なんか納得いかなげな様子。

 メルティーナは重ねて、一緒に乱入したその他の四人の方も一応見比べつつ、自覚のないらしいレナスに言い聞かせるものの。

 

「いやいや疑う余地ないでしょ。その乱入したっつうメンバーの中で、向こうが用事ありそうなの誰かって、そりゃあんたしかいないんだから。……さすがに忘れたって事ないと思うけど? あいつらそもそも、あんたの「力」で創られてんのよ?」

 

「それは……そうだけど。けど、それだけで彼らが私を探していたと断じるのも、少し早計ではないのかしら? もっと他の可能性だって」

 

「じゃあなによ。言ってみなさい」

 

「……。それはまだ、私にも分からないわ。でも」

 

「ほらみなさい。あんた自分でも思い浮かばないくせに、よくそんな事言えたわねえ」

 

 どうしても否定したいらしいレナスに、馬鹿馬鹿しいと一蹴するメルティーナ。……に、そのやり取りを、

 

(頑張るなあ、レナスさん)

 

 とおとなしく見守るフェイト達。

 ようやくそれらしい理由を思いついたらしいレナスは、

 

「……っ、待ってメルティーナ。みんなも。十賢者達の目的が本当に私だとしたら、説明のつかない事があるわ」

 

「ふーんそうなんだ」

 

「彼らはどうして、リンガの聖地の時に目的を果たさなかったの? どころか私の「力」を奪った時点で、どうして私の事も捕らえてしまわなかったの?」

 

「ああはいはい、そういえばそんな感じの事もありましたね」

 

「……どちらの時も、私は極めて無防備な状況にいた。なのにそれをしなかったという事は──」

 

 などと当時の自分を思い返して気難しい顔になりつつも、いかにも正当性のありそうな主張までしてみせたが、

 

「忘れてた用事を思い出したんだろ」

「うっかり空からレナスさん落として見失っちゃったとか」

「確認不足だったとか」

 

「情報の伝達がうまくいっていなかったとか? ジョフィエルの時みたいに」

「当時はなかったけど、あとから用事が出てきたって事もあるよね」

「計画性ないからなあ、十賢者」

 

 メルティーナどころか外野によるアシストでこれも一蹴。

 最終的に本人を除いたほぼみんなの同意により、十賢者達はこれまで何らかの理由で、「創造の力」のそもそもの持ち主である、レナスの事を探していたのだろうと決定づけられたのだった。

 

 

「なんだかんだ理由つけて自分は狙われてない事にしようったって無駄よ。あんた現に狙われてんだから。おとなしく自分の身を守る事だけを考えてなさい」

 

 メルティーナに念を押されたレナスはどこか不服そうな顔であるからして、

(暴れたくてしょうがなかったんだろうな、レナスさん)

 という理由で反論していたのだろうと、フェイトもすんなり納得した。

 

 なんたって彼女はその高い実力の割に、情報提供面以外、つまり本番の対十賢者戦における貢献度はぶっちゃけゼロ。

 一度として彼らとまともに顔合わせた事ないどころか、そのうちの一回は高みの見物をしていたサディケルに面白半分に操られていただけとかいう、なんともすっきりしない結果の連続で今日までに至っている。

 

 同じく今までまともに十賢者と戦った事のないフェイトとしては、ここらで残り三人の十賢者のうち誰か一人でもいいから自分の大活躍の末に倒したい、とにかくみんなの役に立ちたい、となっているであろうレナスの気持ちはよく分かるというものだ。

 

(うーん。活躍どころか、表立っての戦闘を禁止されるとは気の毒に)

 

 とはいっても、フェイトもその決定自体に異論はない。

 ていうか下手に彼女に飛び出されて、まんまと十賢者の目的を果たされてもむしろ困る派だ。

 ぶっちゃけ超強いレナスが十賢者戦の場にいなくても、それでもなお全体的に味方勢の戦力が足りすぎてる感のあった、これまでの戦績を振り返ればなおさらである。

 

 

「レナスさんが出るまでもないですよ。十賢者はあと三人倒せば終わりですからね」

 

 だからマジでおとなしくしててください、と言わんばかりにレナスに話しかけるフェイトに続き、クロード達も次々とお気楽なコメントを寄せてみせる。

 

「まあ一度倒した奴らだしな」

「前より強くなって帰ってきてもいないし」

「そのうえ、こっちの数は前回より多いですしね」

「芋づる式に元凶もどうにかすれば無事解決じゃん?」

 

 少なくとも、とりあえず向こうの目的はレナスらしいという事が分かったのだから、彼らのその目的の理由が一体何なのかが分からなくとも、自分達のこれからの行動方針には迷わないですむ。

 

 とにかく彼らの目的を達成させない事。レナスを一人にしない事。危なさそうな事には参加せず、おとなしくしててもらう事。

 この辺の事にさえ気をつけていれば、あとはこれまで通りに残りの十賢者を探し出して、片っ端から退治してしまえば無事事件はすべて解決……

 とまではまだ元凶の方の詳しい事が分かってないので無理かもしれないが、まあ十賢者達による宇宙の危機の方は防げるだろう。

 

 というか十賢者の目的がレナスな事からしても、十賢者はおそらく自分達だけの事情で動いているわけでなく、今でもしっかり元凶と関わりを持っているのだろう。

 つまりこのまま普通に十賢者倒していけば、いつかは元凶の方にも辿りつける気がするし。

 

 

(そもそも元凶だけで宇宙をどうにかできる「力」があるなら、わざわざ十賢者なんか生き返らせないんだよな……。今思えば、あのメッセージもいかにもなんかバカっぽいし) 

 

 そもそもの自分達が過去の時代のエクスペルに来た、きっかけの事を思い出し。

 そういやレナスさんも前に、「元凶が「創造の力」を思いのままに使えるのなら、エクスペルはとっくになくなっているはず」みたいな事を言っていたな、とも思いだし、

 

(これ、実は最初からそこまで深刻な状況じゃなかったんじゃないか?)

 

 などと思い始めたフェイトも、英雄達と一緒になって早くも安心し始める中。 

 

 

「そっか。なんだかんだであと三人まで減ったのよね。まったく実感ないんだけど」

 

「だよねえ……。十賢者も残すところあと三人かあ」

 

 このままおとなしくしてるだけなのがよほど納得いかないのか。レナスはチサトとプリシスがしみじみ振り返っているところで、人知れずむうと眉を寄せる。

 その様子に気づいたメルティーナは、他の誰にも聞こえないよう、小声でレナスに話しかけた。

 

 

「今ののん気な現状考えりゃそこはまず大丈夫なんじゃないの? 問題なのは元凶の方なわけだし」

 

「……」

 

「十賢者とか、あと三人倒して終わりでもういいでしょ。つか私達的には、むしろその前提で、()()()()()()()()()()()残りの奴らから辿って元凶を確実にとっ捕まえられるか、って事の方を真剣に焦った方がいいと思うけど」

 

「……。ええ。今の状況で、余計な憶測を口にすべきではないのよね」

 

 どっちにしろ自分自身が進んで動かない方がいい状況にある事を理解しているレナスは、やはりクロード達やフェイト達には聞こえないよう、低い声でメルティーナと会話。

 

「方法は問わないわ、メルティーナ。その機会が訪れた時は、みんなと協力してその者を無力化するなり……肉体から「力」を切り離すなりして頂戴。その後の処理もあなたなら問題はないわね?」

 

「りょーかい。ま、高確率であんたの姉と同コースになるとは思うわ」

 

 

 内緒話を終えたメルティーナはやる気に満ちた表情で指をぽきぽきと鳴らし、

 

「……おい。お前らの周辺、さっきからなんかきな臭え空気漂ってんぞ」

 

「いやーほんとに、気の毒なクソバカだこと。せいぜい私の機嫌がいい時に相まみえられるよう、祈っとけって感じよね」

 

 遠くの席からやり取りを若干おののいて見てたクリフ相手に、これまたいい笑顔で返答。

 ちなみにやり取りの大部分がばっちり耳に入っていたアリューゼの方はというと、触らぬ神にたたりなしなのか、それとも「俺も付き合うぜ」なのか、とにかく無言で肩をすくめただけである。

 

 マリアはまだハニエルの残した謎の紙きれの事が気にかかっている様子。

 わいわいがやがやと「おおっ、メルもやる気だ! 一緒に頑張ろうね!」「宇宙の平和のためですもんね!」やら他のみんなが、このあやふやな状況を気にしすぎず、あくまでも一連の事件解決に向けた積極的な姿勢を見せる中。

 

 

「レナスさん、どうかしたんですか?」

 

「いえ、なんでもないわレナ。ちょっと考え事してただけ」

 

 でもやっぱりなんか納得いかない気持ちになったらしい。

 レナスはレナに答えた後、自分に言い聞かせるよう、眉をひそめて呟いた。

 

「みんなが言うように、その者はきっと、私の「力」を十分に使いこなせていない。だから私の事を探している。……そう考えるのが、やはり一番自然な事なのかもしれないわね」

 

 

 ☆★☆

 

 

 あと、三人。

 私がこのまま何もしなくても。何も、言わなくても。

 きっとみんなが、やがてなにもかもを解決してくれるのだろう。

 

 この温かい場所に、いつのまにか自分までもが、勝手に包み込まれている気にでもなったつもりなのだろうか。

 最近は後ろめたさより、そうやって周りの頼もしさに安堵している自分がいる事に気づく。

 

 

 言わなきゃいけないのに。

 言わなくても大丈夫だから。

 

 私はいつまでこうしている気? 本当に何もしなくていいの?

 きっとみんながどうにかしてくれるから。ずっとこのままでも支障がないのなら、そうしたいだけしたいように振る舞ってもいいと思う。

 

 このまま? 本当に? 私はそれで、許されるの?

 許すも許さないも、だって別に、なにが変わるわけでもないんだから。みんなだってきっと、別に──

 

 

 どうあっても私は、この優しさに甘えるつもりらしい。

 そうやってまた、卑怯な私は自分の殻に閉じこもる。

 ただ嵐が過ぎる事を祈り続ける。

 私が自分自身の事をどう蔑んでいても、私の今の願いはこれ以外にないのだから。

 

 このまま何事もなく終わればいい。

 私の心なんかどうだっていい。

 

 この宇宙さえ無事なら。今も私とすぐ近くに在る、私にとってなにより大切な、この人間達が、ここで幸せに生きていけるのならば──

 



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16-2. 言わなかった結果のねじれ具合

 ホフマン遺跡で会ったハニエルの言い残した言葉により、十賢者達の目的がどうやらレナスにあるらしい事が判明した、一行のそれからはというと。

 相変わらず、エルリアタワー近くの拠点周辺での待機生活が続いていた。

 

 向こうの目的を知る事ができたとはいえ、ハニエルが言っていたのは「ようやく見つけたぞ」だけで、他の十賢者達や元凶に関する言及は一切なし。他の手がかりについても、ただの買い物メモっぽい紙きれを残していっただけ。

 ようするにその情報だけでは、今まで以上に効率的な十賢者達の捜索、というのを思いつかなかったのだ。

 

 

 なんたって肝心の十賢者達の方が、クロード達に待ち構えられていた際本気で驚いていたように見えるジョフィエルやら、同じく居場所を突き止められて本気で驚いていたように見えるハニエルやら……

 とにかくこれまでの状況を踏まえれば、こちらの動向をちゃんと観察できているようには到底思えないのだ。

 

 一応ハニエルは最後に、「私達の勝ちだ」みたいな宣戦布告もしていたような気がするのだが。

 あれから拠点に戻って数日が経過しても、一向に残りのやつらが襲いかかってくる様子はない。

 

「もしかして連絡うまく伝わらなかったんじゃないか? 十賢者の事だし」

 

 とかいうクロードの推測にもまあ納得できちゃうほど静かな日々である。

 

 

 いっそ自分達の方からレナスをおとりにして奴らをおびきだそうにも、その罠自体にちゃんと気づいてくれるかどうか。

 なにより今までのやり方でも、時間はかかっているけど十賢者をちゃんと探して倒せている、という事もある。

 ろくな情報もないし、ついつい後回しになりかけている元凶の事を考えれば、果たして今のままでいいのだろうか──などといった懸念のある人も中にはいるようだったが、

 

「はいはい、元凶ね。まあその辺は大丈夫なんじゃないですか? あんまり賢くなさそうだし。根性がねじ曲がってるだけで」

 

「ちゃんと十賢者を支配できてる感じしないよね。自分で生き返らせたのに」

 

「ああ、それは私も思ってたわ。正直一番困るのよね、行動に一貫性のないバカって」

 

 という事で結局今回もおざなりに。

 

 できる事からこつこつと。

 元凶への対策はこの待機中に考える事にして、あえて危険な橋を渡るような事はせず、安全で確実な方法でいこう。

 ついでにそれで発見した十賢者が危なくなさそうだったら、今度こそすぐには倒さないで生け捕りにする方向で頑張ろう。そしてどうにか元凶の方も引っぱり出せるようにしよう。

 

 ……という事で、一行の意見はおおむねまとまったのだった。

 

 

 

 それとフェイトが懸念していた、この時代では“宇宙”の意味さえ知らない『ミッドガルド星人』の一人──

 つまりは自称『一流の魔術師』であるメルティーナが、『紋章術』の事を勉強しちゃっていた件についてだが。

 

 レナスは一応、詳しく調べないようにと、彼女に注意する事はしたらしい。

 ただその仕方が、結局フェイトの言いつけを守ってか、あくまでも自分がFD世界で見聞きしてきた事に一切触れない、理由らしい理由もなしにただ

 

「こういうのは、あまり詮索しすぎない方がいいと思うの」

 

 などとやんわり頼むような言い方だったため、

 

「まーた意味わかんない事言うわねー、あんたも。どーせ別の世界の術体系の事なんか、あっちに帰ったところでなんに利用できるわけでもなし。暇つぶし以上の目的なんかあるわけないのにさあ。……つかよその世界の理のプライバシーてなによ? あんた頭大丈夫? ちゃんと寝てる? むしろ今ちゃんと起きてる? 実はもう寝てない?」

 

 不審がるよりも、急にヘンな事を言いだしたレナスを心配するような反応だったらしい。

 

 

「そもそもさー。あんた方法は問わないとか、この世界の人間と協力してだとか、自分で言わなかった?」

 

「……。それは、言ったわ。でも」

 

「じゃ、私がこの世界の奴らと協力して、クソバカ共を生け捕りにするのに使えそーなこの世界の術を一緒に考えてあげる、ってのもなんもおかしい事じゃないわよね」

 

「……」

 

「それとも何? んな理由も言えないような事にこだわってる場合なわけ?」

 

 結局そんな感じでレナスの方が言い負かされたらしい。

 ただそれでもタイムパラドックスが起きないか心配だったらしい。

 

「……分かった。この一件にどうしても必要な『紋章術』についての模索は、あなたの判断に任せるわ。でも、お願い。それ以上の事は──」

 

「理のプライバシーがなんとやら?」

 

「ええ。お願い、メルティーナ」

 

 まっすぐ目を見てお願いするレナスは、とっても真剣というか一生懸命な様子。

 

 

「はあー。マジ意味わかんないけど、しょーがないわねー。……別の暇つぶし、なんか探しとくわ。術の事は必要以上に探らない、これでいいんでしょ?」

 

「ありがとう、メルティーナ」

 

「はいはい。とりあえずあんたはちゃんと寝なさい。その食事の後片づけとかしなくていいから」

 

 最終的には、お願いされちゃったメルティーナの方がなんか折れたというか。

 外野のクリフの

「お前はむしろ手伝えよ。なに普通にふんぞり返って座ってんだ」

 とかいうツッコミをガン無視したのは、まあいつも通りの事として。

 

 その口約束を聞けて本気で安心したような反応までしたレナスの頭を、メルティーナは最後まで、逆に心配するような目で見ていたらしかった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 そんな待機生活が続いていた、ある日の事。

 アシュトンはまばらに人が座っている拠点のテーブルまで歩み、その中の一人、プリシスに勇気を持って話しかけた。

 

「あっ、あのプリシス……」

 

「……。んあ? ああなんだアシュトンじゃん、どーしたの?」

 

 隣でお絵描き中の無人君の席の下、椅子の前に置かれたある物体をぼーっと見ていたプリシスは、きょとんと顔をあげ聞き返す。

 

 どことなくいつもの元気が足りない様子。

 原因が分かっているつもりのアシュトンは、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

「そ、その……さっきの事、なんだけど」

 

「さっきの、事? なんだっけ」

 

 首をひねるプリシス。……のすぐ足元には、壊れた機械。

 ついさっきプリシスが完成させたばかりの、『魔物発見器』なるものの二号機。

 

 お昼ご飯の前、テーブルに集まった全員の前で嬉しそうに「見て見て!」と披露した瞬間、またしてもアシュトンていうかむすっとしてるギョロとウルルンの目の前でぶっ壊れたシロモノである。

 

(う、うう……。そんなけなげに、忘れようとして……。で、でも、言わなきゃプリシスに、ちゃんと言うんだ……)

 

 そんなアシュトンの視線の先を見て、プリシスもようやく「さっきの事」に気づいた様子。

 

「ああこれの事? また失敗しちゃったよね、うん。いやーまいったまいった」

 

 あっけらかんと言い、

(ごめんよプリシス。僕が今度こそちゃんと、プリシスから離れていれば……!)

 なアシュトンとは対照的に、プリシスはそこまで引きずってなさそうな様子で、あははと笑いつつ振り返る。

 

「今度のは自信あったんだけどなあ、前に作ったのと違って。なのにこの間以上の瞬殺じゃん? スイッチ入れた瞬間爆発とか、もうただのバクダンじゃんって。さすがのアタシも自分にツッコんだね、あれは」

 

「てか違うの? 私的には爆発する物体見せられたっつう認識だったんだけど」

 

「違ったみたいですわね……。なんとなく想像ついてましたけど」

 

 近くで一緒に書き物をしていたメルティーナとセリーヌも、ちらと会話に参加。

 プリシスはそれにも平然と答える。

 

 

「そうそう、ホントはああなる予定じゃなかったんだよね。……ほら、セリーヌは知ってると思うけどさ、今暴れてる魔物の大半って、『ソーサリーグローブ』が原因のやつなわけじゃん? そういう魔物にはそういう魔物特有の……気配? って言えばいいのかな。なんかそういうのがいっぱいあるらしくてさ」

 

「確かにクロードも言ってましたわね。『ソーサリーグローブ』が落ちて魔物や動植物が狂暴化したのは、あれに含まれてた膨大なエネルギー?……が飛散した影響だと思う、って」

 

「うんうん、そういうやつ。まあとにかく、そういうヤバげな気配を感知してお知らせしてくれる、っていう機械のはずだったんだけど……こういう説明する前に壊れちゃったもんだから、もうなにがなんだか」

 

 説明を終えたプリシスに、セリーヌと珍しくメルティーナまでもが感心の声をあげ、

 

「へえ……。それはいい発想ですわね。成功してたらエクスペル中のひとが大助かりでしたのに」

 

「意外とまともな事考えてんのね。正直あんたの事、完全に脳が天気なバカだと思ってたわ」

 

「でしょでしょー? えへへ」 

 

 プリシスも照れくさそうに鼻をこする。

 そういう状況の中、アシュトンが頑張って、

 

「そ、その機械が、壊れた事について……なんだけど」

 

 今度こそ全部喋っちゃおうとした時だった。

 

 

(……待て。まだ気がつかないのか、お前は)

 

「へ?」

 

 

 頭に直接話しかけてくるのは、アシュトンにとってはすでにお馴染みのものとなった体の同居人のひとり、ウルルンである。

 

「まだって、何を?」

 

 声に出して聞き返すアシュトン。

 こうやってはたから見たらいきなり独り言を喋っているようにしか見えないのも、もはやいつもの事なのでプリシス達も気にしていない。

 まだギョロと喧嘩が続いているウルルンは、あくまでも無言を貫くつもりの隣の彼をむっとした様子で一瞥してから、アシュトンに告げた。

 

(お前は今、あの小娘に、あの『機械』が壊れたのは我らのせいだと言おうとしただろう)

 

「そ、そりゃだって……」

(それはお前の勘違いだ)

 

「えっ。……ええええぇぇっー!?」

 

 

 おっきな声をあげたところでセリーヌに「ちょっと! うるさいですわよアシュトン!」と叱られ、ダッシュでテーブルから離れて小声で聞き返すアシュトン。

 

「だ、だって……なんでそんな事わかるんだよ? プリシスの言ってる“魔物の気配”って、どう考えたってお前達じゃ……」

 

(小娘の今の説明を聞いていなかったのか? あれは主に、ソーサリーグローブの影響を受けた者共に感応するものだぞ)

 

「つ、つまり……?」

 

(我らの存在が、そのような小物同様に測られるはずがないだろう)

 

 思いもしなかった衝撃の真実である。

 がっくりしかけてから、

 

「い、いやでも、お前の言う“小物じゃない”からこそ、っていうのはないのか?」

 

(どういう意味だ?)

 

「自分がどういう感じの存在感を出してるかなんて、お前達はちゃんと分かってるのか? ソーサリーグローブのエネルギーの影響は受けてなくったって、元をたどれば全部同じやつかもしれないじゃないか。同じ“宇宙”なんだから」

 

 かつて自分はこれほどまでに物事を筋道立てて考えた事はあっただろうか、とばかりに必死になって言い返すアシュトン。

 一方のウルルンはというと、

 

(ふむ、そう言われてみると。やはり我らにも多少関係はあるのかも知れんが)

 

「だろ?」

 

(……いや、それでもやはりないな)

 

 ちょっと面白そうに納得したけど、それもすぐに否定した。

 聞き返すアシュトンに、

 

「どうして言い切れるんだよ?」

 

(あの小娘はそもそも、我らの事を勘定に入れてあの『機械』とやらを作っていたようだったからな)

 

 これまた思いもしなかった衝撃の真実である。

 

 

「へ?」

 

(あの『機械』の構想とやらの段階で、小娘が我らをやたらとべたべた触ったり、調べていたりした事がある。……“まずはちゃんと除外設定入れとかないと。ギョロとウルルンに反応しちゃったら意味ないもんね”だったか?)

 

「……へ?」

 

(あれは確か、お前がすやすやと寝ていた時だったな)

 

「な、なな、なんでそれを……!?」

 

(仕方なかろう。なにせ私も今思い出した)

 

 

 嘘だ。こいつら絶対知ってて今まで黙ってたんだ。

 純粋な性格のアシュトンですらそう直感したのは、堂々と居直るウルルンのみならず、この時ばかりは無言を貫いているつもりのギョロからも楽しそうな様子が、背中からばっちりと伝わってきたからである。

 

「……」

 

(まあそうへそを曲げるな。頑固者の言葉を借りるわけではないが、傍観者たる我らが表に出すぎるわけにもいくまい。これでも我らは、お前達人間に気を遣っているのだぞ)

 

 今まで教えてくれなかったのはやっぱりちょっと腹が立つけど。

 正直なところプリシスが、ギョロの事もウルルンの事もちゃんと考えていてくれていたのだという事実が嬉しいので、まあ良しとする。

 単純なアシュトンはあっさりと許し、ウルルンに再確認した。

 

「うー……分かったよ。それじゃあ本当に、お前達ふたりとも、あの機械の故障には関係してないんだな?」

 

(無論だ)

 

「じゃあ、壊れた本当の理由は?」

 

(最初の出来にはそもそも自信がなかったと、小娘が自分で言っただろうが)

 

 そういえばそうだった。納得したアシュトンがさらに聞くと。

 

 

「じゃあさっきのは? プリシス自信あったのに壊れちゃったけど?」

 

(……知らん。それこそたまたま近くにあった、どっかの馬鹿でかいエネルギー元でも探り当てたんだろう)

 

 首をひねっているところで、ずっと黙っていたギョロが

 

(……いい加減にしないか。干渉が過ぎるぞ)

 

 と短くウルルンに注意し。

 ウルルンもまたむっとした様子に。

 

(ともかくそういう事だ。機械の故障は我らのせいだなどと、とんちんかんな事は言ってくれるなよ。こっちが恥ずかしいからな)

 

 最後に念を押した後。そうしてふたりともアシュトンに話しかける前の、むすっと不機嫌そうに黙り込む状態に戻ってしまった。

 

「いい加減仲直りしろよー……っても、もう無視か。まったくもう」

 

 話しかけても全く反応なし。

 やれやれとテーブルの方に視線を戻したアシュトンは、そういえば自分から話しかけたままだったと、急いでプリシスの元に戻った。

 

 

「ギョロとウルルンなんだって? ふたりとも仲直りした?」

 

「ううん、それはまだっぽいけど……。雑談をちょっとね」

 

「むうー。ちゃんと仲良くしなきゃダメじゃん!」

 

 プリシスがぷんすか怒っても、やっぱり反応なし。

 ちぇっと不満そうな顔はしつつも、とりあえず二匹の事は今まで通りそっとしておく事にしたらしい。プリシスはアシュトンに話しかけてきた。

 

「それで、さっきのってなんの話? この機械がどーかしたの?」

 

「あーえっと、その……」

 

 そういえばさっきまで言おうとしていた事は、全くの見当違いだったのだと今さら気づくアシュトン。

 僕のせいでごめん、が違うのなら、じゃあどう言ったらいいんだろう。

 ちょっと考えた後、アシュトンは改めて素直に答えた。

 

「その、プリシスが元気なさそうだったから。さっきの機械、失敗しちゃった事を気にしてるのかな、って思って」

 

「んん? それはつまり……機械を秒でぶっ壊したアタシを、慰めようとしてくれてるって事?」

 

 不思議そうに聞き返すプリシスに、

「ああうん。そういう事に、なるのかな」

 と答えるアシュトン。

 

「僕は、プリシスの才能は本物だと思ってるから」

 

「あ……うん」

 

 まっすぐな目で見つつ言い、きょとんと相槌だけ打ったプリシスにさらに言葉を続ける。

 

「今回はダメだったけど、次は絶対うまくいくと思うんだ。機械の事はよくわからないけど……」

 

 そうと思えば最初からそのために来たような気がする、などと思いつつ。

 

「……ほら、無人君とか、その無人君の口から飛び出てくる無人君の……映像?とか、そのまた無人君の口から飛び出てくる無人君とか、あとその無人君たちが一斉に並んで組体操始めたりとか……、今までだってなんかよくわかんないすごいモノ、いっぱい作ってたじゃないか。だから」

 

 ちらっと目に入った無人君の事を例にあげ、一生懸命励まそうとしたが、

 

 

「ああうん、だよね。やっぱなんか意味わかんなかったよね、あの無人君のほろほろ体操。仕込んだアタシもあとで思ったけど」

 

 どうやら例えが悪かったらしい。

 プリシスの隣でがたっと席を立ちかけた無人君は、しょんぼりした様子でお絵描きに戻る。

 

「むうー。アタシってばやっぱ、役に立たないモノ作ってばっかなのかなあ」

 

「そ、そんな事ないよ! 十分役に立ってるよ! ねえ無人君!」

 

 プリシス以上に落ち込んでる無人君に同意を求めるアシュトン。しかし効果はやはりない。

 やり取りを眺めていたセリーヌとメルティーナが言い、

 

「完全にいじけてますわね、プリシス」

「いやまじで意外だわ。行いを省みるような事絶対しないタイプだと思ってたのに、こいつら」

 

 後者のあまりにもな言いようが耳に入ったプリシスも反論。

 

「むっ。そりゃあアタシだって、やらかした時は落ち込むぐらいするよ。だってこれじゃ完全に役立たずじゃん」

 

 なんか話の方向がおかしい事になっていると今になって気づけたアシュトンは、改めて聞き。

 プリシスが落ち込んでいる原因から何から、自分の勘違いでしかなかったとようやく分かったのだった。

 

「ねえプリシス。やらかしたって、なんの話?」

 

「そんなの決まってるじゃん。トロッコでハニエルやっつけちゃったアレだよ」

 

 

 

 プリシスが言っているのはついこの間の、ホフマン遺跡での出来事だ。

 みんな自分達がトロッコで突入する前の時点で、ハニエルは「創造の力」を持っていなさそう、つまりは安全に情報を引き出せそうな相手だと推測できてたのに、自分のせいでそれがめちゃくちゃになっちゃったと。

 

 その件についてクロード達が言ったのは

「普通に問い詰めたところで、どうせまともに喋らなさそうだった」

 とか、

「不意をついたおかげで、重要な事を聞けたのかもしれないしな」とか。

 

 あともう一台のトロッコに乗ってたマリアもなんか投げやりに

 

「正直なところ、なりゆきに流されるままになっていた私にも責任はあるわ。今回の事は、全員無事で済んでよかったと思う事にしましょう。……ただ次からは、エンジンブレーキ機構だけは絶対に忘れないで。私はもう乗らないけど。絶対に」

 

 とプリシスに念を押しただけ。

 とにかくハニエル即撃破事件については、プリシスを責めるような事は誰も言ってなかったのだが。

 

 そんなみんなの優しい対応が、かえってプリシスの心にはこたえたらしい。

 今現在のいじけっぷりに繋がるというわけだ。

 

 

 

「ていうかさー……。ハニエルの事がなかったとしても、アタシそんな役に立ってなくない? っていう。ザフィケルの時だって、アタシ遠くから無人君一発ぶん投げただけだし。なんかなあー……」

 

「プ、プリシスはそんなやらかしてないよ! そんな事言ったら僕だって……!」

 

 死にかけのハニエルの近くで大声出して叱られちゃったし。十賢者戦で活躍した記憶だって、せいぜいジョフィエルを囲んだ内の一人ってくらいだし。

 記憶が飛んでていいのならミカエルの時があるけど、あれ結局頑張ったの僕じゃなくてウルルンだし。

 ぼやくプリシスに、自分の方がいかに活躍してないか、これまでの事をずらずらと言い並べるアシュトン。

 

「うーわ、なにこのネガティブな慰め」

「地味にこっちまで傷つきますわね……」

 

 近くの二人はドン引きである。

 セリーヌの方がぱんぱんと手を打って中止させた。

 

「ほらほら、不毛な会話はそれくらいにして。……あなた達この現状で、自分は十分な活躍をしたと、胸を張って言える人間がどれだけいると思って? この会話を耳にしたみんな、軒並み落ち込ませる気ですの?」

 

 確かに。セリーヌの言う通りになりそうな人には、アシュトンにもプリシスにも何人か心当たりがある。

 大部分の人達は鍛錬やらなにやらで今この場にはいないけど、休憩か何かでこっちに戻ってきてしまったら大変だ。

 

「アタシ達、もっと頑張ろうねアシュトン」

「うん。頑張ろうねプリシス」

 

 プリシスもアシュトンも、お互いにそういう事で穏便に話を終わらせた。

 せっかくなので話しの切り替えついでに、一応聞いてみるアシュトン。

 

「それじゃあさっきの機械の事は、そんなに気になってなかったんだね」

 

「ああアレ? うんまあ、多少は気にするかもって程度? 自信あったのに即壊れちゃったわけだしね」

 

 プリシスはそこについては本当にそこまで気にしてなさそうな様子で話す。

 それから、

 

 

「けどその辺の事はもういいんだ。アタシも今回の事が片付いたら、クロードとレナと一緒に地球に行く事にしたし」

 

「えっ」

 

 

 今日一番の、ていうかここ最近で一番の、具体的には十賢者が生き返ったっていうニュースよりもずっと衝撃的発言である。

 

(……ち、きゅう? プリシス、今、なんて……?)

 

 固まるアシュトンをよそに、

 

「へえ。あの話、結局そういう事でまとまったんですのね」

 

「ふっふっふっ、そりゃもうバッチリ! やっぱ先にレナから、っていうのが効いたよね。クロードも文句言わなかったもん」

 

「ふう~ん。愛しい彼女に「一緒について行きたい」だなんて言われたら……まあ断らないでしょうね、クロードは。プリシスもうまくやりましたわね」

 

 さっきまでの落ち込みようもどこへやら。よっぽど地球へ行くのが楽しみな様子のプリシスは、すでに事情を知っていたらしいセリーヌと実に楽しげに会話。

 

(行っちゃうの……? 『地球』って、確かすっごく遠い所なんだよね……?)

 

 内心むちゃくちゃショックなアシュトンをよそに、

 

「だから機械の事は、今はダメでも、これからもっともっと詳しくなれば済む話なんだよね。……というコトで大事なのは今! 今どうみんなの役に立つかって事だよ!」

 

「今度は急にやる気になりましたわね、プリシス」

 

「まあね! これからの輝かしい未来を思えばこそ、ってやつだよ」

 

 気合を入れ直したプリシス。

 その様子を見ていたメルティーナが、急に首をかしげた。

 

「ん? んん?」

 

「どーしたのメル?」

「いや、なんつーか? そういう反応、なんか見覚えあるっつーか?」

「そういうって、どんなのですの?」

 

「だからそういうアレよ。みょーに前向きなやる気出しちゃってるやつ。今も不死王に殴り勝つとかいうイミフメイな理由で、なぜだか格闘鍛錬にまで身入れちゃってるやつの事よ」

 

 メルティーナが言っているのは十中八九レナスの事なわけだが。

 

「そうなの? レナス、一生懸命頑張ってるなあって感じはするけど」

「前向きなやる気、ですの? わたくし達にはそういう風には……」

 

「いやそれは間違いないわ。あんなはしゃいでんの初めて見た、ってくらいよ」

 

 とメルティーナは首をかしげつつも断言する。

 

「それこそホントさっきのあんたみたいな。たまに朝落ち込んでるかと思えば、昼にはもうなんか勝手に前向きスイッチ入ってるみたいな。てかそもそも朝クソ早いし。忙しすぎるんだけど逆にあんた大丈夫?……みたいな」

 

 

 表立って十賢者達と戦う事を禁止されてしまった、レナスの現在はというと。

 せめて周りのみんなの戦闘技術の向上にでも役立ってもらおうとでも考えたらしい。このところはひたすらに手合わせざんまいな日々を送っていたりする。

 

 彼女の置かれた状況からしても、その真面目な性格からしても、きっと本来ならもっと率先してみんなの役に立ちたいと考えていたはずだろう。それがこういう事になってしまっているのだから、さっきのプリシスみたいに内心落ち込んでいても不思議じゃない。

 レナス自身、落ち込んでいる様子を表に出したりはしていなかったけど。

 手合わせに一生懸命になっているのも、それ以外にできそうな事がないからというやけくそな気持ちだからなのかもと。

 今ここでプリシスの発言にフリーズしてるアシュトン辺りも、当たり前のように思っていたわけだが。

 

 ところがどっこい彼女の事をよく知るメルティーナからすれば、最近の彼女の様子は、なぜかそういった後ろ向きな気持ちからはほど遠いところにあったのだと言う。

 

 

「最近?……っても、いつからなのかしらね、アレ。少なくとも『宇宙』とかいうのから戻ってきた時にはなんかあんな感じだったわよ。行く前はあんだけへこんでたくせに」

 

「んん? その“あんな感じ”が、つまり今のアタシにそっくりって事?」

 

「たぶんね。今なんとなく思っただけだから知らないけど」

 

 話を聞いたプリシスは首をひねり、

 

「うーん……。よくわかんないなあ、メルの言ってる事」

「正直私も言ってて意味わかんないわ、マジで」

 

 言ったメルティーナの方も怪訝そうに首をひねる。

 

「なんであいつがあんたと似たよーなリアクションよ? 知らないけど、あんたこの事件解決したらなんかいい事あるんでしょ? ……対してこっちはクソバカぶっ倒して帰るだけよ? 輝かしい未来もくそも」

 

「なんだろうねえ。レナスもなんかいい感じの目標みつけた、ってコトなのかなあ」

 

 二人して首をひねっているところでセリーヌが言い、

 

「まあまあ、いいじゃないですの。とにかくレナスが楽しそうならそれで。わたくし達もそれを聞けて安心しましたわ、ねえアシュトン?」

 

「……」

「アシュトン?」

 

「……ハッ! そ、そうですよねセリーヌさん! こういうのは本人の気持ちが一番だからね!」

 

 我に返ったアシュトンは元気いっぱいに返事した。

 挙動不審が板についている彼の事なので、この場の誰も不審には思わない様子。

 

「だよね。レナスがむしろはしゃいでたって、アタシもなんかホッとしたもん」

 

「そりゃあ私も文句はないのよ? ただなんかまるで意味わかんないっつうか、いやまあ、あいつが意味わかんないのとか今に始まった事じゃないんだけど。けど……あんたどんだけ不死王元気に殴り倒したいのよ、っていう」

 

 どうしてもレナスの事が気になるらしいメルティーナが、「つかそれルシオとの再会よりも楽しみとか何事? それでいいの? あっちもいい迷惑よ?」などと本気で心配そうに独り言を続ける中。

 

 

「よーし。アタシもとりあえずなにがしかの役に立つぞー! おー!」

 

 用事も済んだし僕もとりあえず今の事を頑張らなきゃと、腰に下げた自分の双剣を改めて見て、アシュトンは自分がさっきまでいたクロード達の所に戻ろうと足を向ける。

 プリシスは元気いっぱい、それも未来の事ばっかりじゃなくて、今の事もちゃんと考えているのだ。

 

「じゃあ、僕はこれで」

 

「あ! 待ってアシュトン、さっき言いそびれたから」

 

 今振り向いたら、地球に行ってほしくない自分のわがままな気持ちが、ついつい表に強く出てきちゃうかもしれない。

 プリシス自身の幸せが一番だと思ってるアシュトンはそういうのは嫌だったから、プリシスがにかっと笑って言ってくれた事で、そんな自分の心配が杞憂に終わってよかったと思った。

 

「アタシの才能、信じてくれてるんだよね。ありがとアシュトン、なんか嬉しかったよ」

 

「……うん。元気でね、プリシス。僕は、いつでも応援してるから」

 

「ふぇ? やだなあもうアシュトンったら、まだまだ先の話なのに」

 




本当に今さらですが、本編でまったく触れていなかった気がするので一応。
二章でかっ飛ばした、エルリアタワーの三賢者戦プロットは大体こんな感じでした

・意識乗っ取られたアシュトン(ウルルンのブレス)がミカエルの炎防ぐ。
 とどめはクロード?
・メタトロンの絶対防壁はマリアが無効化(アルティネイションの力)
 とどめはディアス?
・ソフィアがラファエルに吸われる
 →「……なんてことを!」誰かが怒り発動、ラファエル倒す。
 →異空間に吸われたソフィア、あっさりと自力で外に出てくる(コネクションの力)。「あーびっくりしたー」「感想それだけかい」


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17-1. 嵐の前のなんとやら

 本文の前に~~
 久しぶりの投稿すぎるので、前回までのあらすじ

 いつの間にか惑星エクスペルにいた、昔レナ達が倒したはずの十賢者達。
 そもそも十賢者を再び出現させたのは誰?
 別の世界……ていうか実はやっぱり別じゃないかもしれない世界で『創造神』してたレナスをおびき寄せ、「力」を奪った、すべての元凶は今どこに?
 いろんな謎が残ってるままだけど……

 十人全員しっかりいた十賢者の方は、なんやかんやで力を合わせて倒して、残りはあとカマエル、ルシフェル、ガブリエルの三人。
 どうやら敵の狙いっぽいレナスを守りつつ、これから残りの奴らも探し出すぞ!
 
 そんな感じで、本編の続きです


 エルリアタワー近くの拠点暮らしやらを始めてから、さらに日々が流れた頃。

 『十賢者レーダー』での惑星エクスペルのエル大陸およびその近辺の小島等の検索を終えた後。次にとりかかったクロス大陸についても、ようやく全部分の検索が完了しようという時だった。

 これまでゆっくりではあるが、しかし着実に働いていた十賢者の検索機能について、ちょっとした問題が発生した。というか明らかになった。

 

「あれれ? この暗いトコなんだろ?」

 

「これ……モニターの故障じゃ、ないよな」

 

 モニターにでかでかと表示されている、クロス大陸の地図。他の場所全部が『該当パターンなし』の色で埋め尽くされている中、円を描いたある一部分だけが『検索エラー発生』となっていたのだ。

 つまり地図の暗くなっている部分だけが、どういうわけかまったく検索できていなかったらしい。

 

「うわあ……。これクロス城下もすっぽり入っちゃってるね」

 

「肝心なところが調べられてないって事ですわね。まったくもう」

 

 円の中心部分こそクロス洞穴の辺りにあるのだが、円の大きさは結構大きく、近い距離にあるクロス城下までもが全部その範囲内に収められてしまっているのだ。つまり、よりによってクロス大陸で一番人の多い地域周辺である。

 で、そんな事になった原因はというと、

 

「まさか、十賢者達による妨害?」

 

「さあね。パネルにはオブジェクトの状況を確認して、って書いてあるけど。とりあえず調べてみない事には……」

 

 首をひねるレナに「オブ、ジェクト?」「たぶん電波塔、ってやつじゃないかな。エクスペルのあちこちに設置されてるんだと思うよ」とクロードが説明する中。マリアがパネルを操作し、

 

「大抵はエクスペルの文明度に合わせて、周囲の自然物か何かに紛れさせてあるみたいね。この周辺のポイントに置かれているものは──」

 

 マリアがモニターに表示させたのは、『指定のオブジェクト』とやらのサンプル画像。

 先がとがった感じの、やたらと縦に長い、いかにもな怪しい岩である。

 

「……あ」

「……。あの、セリーヌさん。もしかしてこれ、クロス洞穴の」

 

 一瞬で原因を察しちゃったらしいクロードとレナの二人は、小声で近くのセリーヌに話しかけ。

 同じくめちゃくちゃ心当たりがあるらしいセリーヌは、珍しく焦った様子を見せたのだった。

 

「あ、あら? どうしてかしら? ……すごく、見覚えがあるような気がしますわね?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そんなわけで絶賛故障中らしい、クロス洞穴にあるオブジェクトの修理に向かう必要が出てきたわけだ。

 

「わ、わたくしのせいじゃありませんわ。だって地図にちゃんと書いてあったんですのよ、雷の紋章術に反応するって!」

 

「だ、大丈夫ですセリーヌさん、わたしもちゃんとその文字見てますから! ……ねえクロード? そうよね? あの地図を作った人が悪いのよ、あの地図を作った人が」

 

「まあ、電気に反応するってのは間違ってなかったんだろうな……。そりゃそうだよな。昔のエクスペル人が機械の事なんか、知ってるわけないだろうし」

 

 

 一部の人が今さら過去の出来事によって地味にショックを受けていたりするが、実際の被害は「クロス周辺を調べるのが後回しになった」程度だ。よって当人達以外、他のみんなは特に気にしていない雰囲気下での話し合いである。

 

 とりあえず時間がもったいないので、すでに検索については残りのラクール大陸の方を先に行なうよう、機械に指示変更はしてある。

 例の『オブジェクト』の方はその後軽く調べてみたところ、ややこしい構造をしているわけでもなく、多少の機械知識がある人なら問題なく直せる代物だという事。ただ大きさが縦十メートルに迫るでかさなので、場合によっては少々修理に時間がかかるだろう事が分かった。

 

 で、誰がその修理に行くかという事だが。

 

 

 役に立てる機会がさっそくきたという事で、プリシスがまっさきに元気よく手をあげたのに続き。

 それにつられて、実はめっきり役に立っていないかもしれない事をけっこう気にしていたらしいチサトやらレナスやらも、道中の魔物退治役が必要だからとかいう名目でいそいそと名乗りをあげ始め。

 大人しくすると言ったそばからお出かけしたがるレナスに呆れつつも、

 

「これは十賢者達とは直接の関係がない問題よ。すべてを人に任せきりにして、時を無為にやり過ごすとまで言った覚えはないわ」

 

 これぐらいはいいじゃないと一切譲る気のない様子の彼女に折れたらしく、メルティーナも「じゃあ私も行くわよ」となり。

 あとはじゃあ念のためもうちょっと人数も多い方がいいよねとか、修理材料運びのお手伝いとか、クロスのケーキおいしかったからもう一回食べたいなどといった理由で、クロードやらフェイトやらレナやらソフィアやらもわらわらと手をあげた。

 

 結局は拠点の留守番組がマリア、クリフ、ノエル、ディアス、セリーヌの五人。

 クロスに向かうのは、小型艦の操縦をするミラージュも含めて残りの十一人。

 

 たかだか一本の電波塔の修理に、ぶっちゃけどうせ他にする事もそんなにないしみんなで行っちゃえ、みたいなノリで以上の事が決まったのである。

 

 

「セリーヌさん、本当に留守番でよかったんですか?」

 

「ええまあ……わたくしまで向こうに行ってしまったら、万が一にも十賢者達がこちらにやって来た時に困りますもの。あの拘束術のような荒っぽい術は、ノエルとは少々相性が悪いでしょうしね」

 

「そっか。それもそうですよね。僕はてっきり、セリーヌさんが昔、紋章術であの塔を思いっきりぶっ壊したとかいう事を気にしてるのかと」

 

「ええまあ。気にしてませんわよ、まったく。だからそれ以上はやめてくださらない? フェイト」

 

 

 留守番組として拠点に置いている戦力の目安は、ハニエルの時と同じく、例え残りの十賢者のいずれか一人に襲いかかられても「これだけいればまず勝てるかな」となれる程度のものだ。

 今回はさらにあれから時間が経ち、奴らを倒さず生け捕りにする方法なども術師の間で話し合ったらしいので、その辺の戦力バランス(まあそういった事が得意なセリーヌとメルティーナは別々のパーティーにした方がいい、程度の事ではあるが)も考慮に入れての結果である。

 

 それと肝心のクロスに向かう組が、もしも十賢者達に狙われたりしたらどうするかという事だが。

 これについても、ある程度の対策は実はできていたりする。

 

 前回ハニエルの時には間に合わなかったが。この待機生活中に、プリシス達が『十賢者レーダー』のレプリカをばっちり作ってくれていたのだ。

 

 元々のレーダーと同じく検索できる範囲はさほど広くないものの、やはり再び自由に持ち出せるようになったというのは大きな利点であろう。

 検索に時間もかからない。向こうがもしレナスを狙うようなそぶりを見せたとしても、近づいてくるより早く気がつけるのだから大体は安心、というわけだ。

 おまけに今度のはアラーム機能付きという優れモノである。

 

 

 作られたレーダーのレプリカは二つだ。

 そのうちの片方は、念のため留守番組に預け。もう片方はクロス組に。

 

 さらには加えて、この待機生活中にガチの天才プリシスがちゃっかり完成させていた『一人用搭乗型ロボット』(操縦桿部分に無人君を操縦ユニットとしてはめ込む事により、人一人をその中に乗せて自在に動く事のできる大物機械。……ようするに人の背丈よりちょっと大きいくらいの、パイルダーオン的なアレである)も修理作業用に、十二人乗りの小型艦に積んで持っていく。

 

「じゃ、ちゃちゃっと行って直してくるよ! アタシに任せて!」

 

「やっぱりおみやげはケーキがいいですかね? セリーヌさん」

 

「そこはわりかし本気でどうでもいいところですけど……。まあその辺が無難なんじゃないかしらね」

 

 出がけのソフィアとセリーヌのやり取りに

(これ結局ただの観光パターンだな、たぶん)

 なんてフェイトもつい思っちゃいつつ。

 留守番組を除いた十一人は、さっそくクロスへ向かったのだが──。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「うおー、久しぶりのクロスだー! 修理するぞー!」

 

「ケーキ食べるぞ、おー!」

 

 今回も人目を避けつつ小型艦で移動してきたので、艦の留守に残ったミラージュを除いた一行が、クロス城下に足を踏み入れたのは夜。

 よって着くなり気合を入れられたとしても、もちろん両方とも却下である。

 

「これから行くのは宿だってば。クロス洞穴は明日よ、わかった?」

「はーい」

 

 聞きわけのよろしいプリシス達も含めて全員で、レナの先導でおとなしく宿に向かう。

 今回お世話になる宿もやっぱり、レナの親戚のおばさんがやっている宿だ。

 

 

「この間よりさらに人数が増えてて、おばさんもびっくりするだろうな……」

 

「全員分の部屋があいてるといいけど……。食事は自分達で済ませた方がいいわよね、やっぱり」

 

 やら、

 

「ミラージュさん、ひとりで大丈夫かなあ」

 

「ひとりの方が自由に動きを取りやすくていいって言ってたけど、やっぱなんか申し訳ない気持ちになっちゃうわよね。……なんなら留守番してるだけでいいわけだし、明日は私が替わろうかしら」

 

「ギャフ」

 

「ええっ僕が? そ、そりゃあ別にかまわないけど……まあ、だよね、うん。留守番なら僕がやりますよチサトさん。僕に任せてください」

 

「おおっ、アシュトンかっくいー!」

 

「そっそうかな? そんな事ないと思うけど、えへへ」

 

「……フギャ」

 

 やら、

 

「いいわね、宿。んーいい響きだわ。ベッドマジさいこー」

 

「……。お前、普通に満喫してるだろ」

 

「べっつにー。むしろそれのどこが悪いんですかって感じだしー。……つか前々から思ってたけどさ、こっちの世界みょーにゆるくない? つか全体的に食い物クソ美味くない? そりゃあんたもおいしいものにつられて警戒心ゆるゆるになるわけだわ」

 

「……メルティーナ。私は別に、そういうつもりで旅をしていたわけじゃ」

 

「“ケーキ”、どうだったのよ?」

 

「……」

 

「おいしかったの、さしておいしくなかったの?」

 

「……」

 

「どうなのよ?」

 

「……。おいしかったわ。とても」

「素直でよろしい」

 

「……」

 

「さあて、愛しのケーキちゃんは一体どんな味なのかしらねえ。実に楽しみだわ」

 

 

 やら。

 夜の騒音にならない程度にわいわい喋りつつ、宿に向かい。

 無事に宿泊の手続きを済ませる。

 

 いざ明日に備えて寝ようと、各々の部屋に別れる直前。ロビーで軽くこれからの事の確認をしている時に。

 ようやく、ある“うっかり”に気がついたのだ。

 

 

「……で。クロス洞穴でもなんでも、アタシ達がどこに行っても、このレーダーさえあれば……って」

 

「あ」

 

 十賢者の居場所ならこれでバッチリ分かるから大丈夫。

 そう言ってプリシスが手元から取り出した『十賢者レーダー』は、反応なしどころか、画面全部が真っ暗。

 

「やば、電源入れてなかった」

 

 慌てて電源を入れると。

 

 瞬間、レーダーのほぼど真ん中に、でかでかと点が光って表示され。

 アラーム音が鳴る前に、すぐに消えた。

 

 

「ん? 今の──?」

 

「光った、けど」

「別に誰も……いないわよね?」

 

 

 全員できょろきょろと周りを見渡してみても。大人しくしてるはずなのに真っ先にとっさに動いちゃったレナスが廊下の死角を確認しに行っても、アリューゼが宿の外の方を見に行っても、それらしき人物どころか誰の気配もなし。

 いるのはカウンター前の、「あんた達さっきからいったい何してるのよ」みたいな感じで不思議そうにこちらを見ている、レナの親戚のおばさん一人だけだ。

 

 

「おばさん。この宿って今、他に誰か泊まってます?」

 

「さあ? 他に二、三部屋は借りられてるけど、みんな帰りが遅い方達ばっかりだから。今はまだあなた達しかいないと思うわよ」

 

 

 という事なので、レーダーの反応は何かの間違いだったみたいである。

 

「……それ、壊れてないよな?」

 

「むっそんなわけないじゃん。起動時の癖だよ、起動時のくせ」

 

 まさかこのレナの親戚のおばさんが実は十賢者……なんて事はあるまいし、今のはプリシスが言うように、単なるポインタの初期位置みたいなものが一瞬表示されちゃっただけだったのだろう。

 納得したところで「外に怪しい奴はいなかったぜ」とアリューゼも戻ってくる。

 無駄に警戒しちゃったなあと、さっそく緊張を解いたクロードやフェイト達に続き、

 

「“起動時の癖”?」

 

「んーまあ、機械ならではの紛らわしい誤表示ってやつかな。今見えてるなんもないのが正しいヤツだから、さっきのは気にしなくていいよ」

 

 プリシスの説明を受けたレナスも腑に落ちたような落ちないような、なんともいえない顔で、じっと見続けていた廊下の死角から離れかける。

 かと思えば、また後ろを振り返り、

 

「メルティーナ、ちょっと来て」

 

「……あんたさあ。自分の目で見てからじゃなくて、最初から人に行かせなさいよ。マジでなんかあったらどうするんだっつーの」

 

「いいから。どう思う?」

 

 メルティーナを呼びつけて、二人でなにやらこそこそ。

 杖を手に、しばしじっと目を凝らしたメルティーナは訝しげだ。

 

 

「どう思うって……別にそれらしい“痕跡”は読み取れないわよ。あんたの勘違いだったんじゃないの? つか、あんたこそどう思ってるのよ」

 

「私では判断がつかないから、あなたに確かめてもらっているのよ」

 

「よーするに、あんたも自分の勘に自信が持てないくらい油断しまくりだったっつう事ね」

 

「……。結論としては私の気のせい、という事でいいのね?」

 

「まあそうなるんじゃないの? ん……いや待てよ? 私達の世界とは異なる世界の存在構成……構築、分解の手順も……、そもそもこの方法じゃ検知できないって可能性は……?」

 

「分かった。ありがとうメルティーナ、もういいわ」

 

 

 ぶつぶつ言いながらメルティーナが真剣に考えなおそうとする一方。

 レナスは気のせいだったという結論に至ったらしい。

 

「レナスさん、メルティーナさんも。何かあったんですか?」

 

「いえ、何もなかったわ。メルティーナの言う通り、私も近頃は警戒心がうまく働いていないようね」

 

 不思議そうに見ていたレナ達に肩をすくめて答え、

 

「は? いやちょ、私まだ考えてる途中なんだけど」

「今のは完全に私の気のせいよ。余計な手間をかけさせてごめんなさい。──さあ、行きましょう。みんなが待ってるわ」

 

 廊下にかじりつくように居座っていたメルティーナにもそう促して、レナスはみんなと一緒に部屋へと向かう。

 メルティーナはちょっとの間、心残りそうにその場をじっと睨み、

 

「大丈夫だって、ほら。レーダーにはなんにも写ってないんだし。レナスの身に危険が迫ってたんなら、あんな一瞬で消えるわけないじゃん?」

 

「これからちゃんと気をつけてればいいんですから。起きてる時はレーダーもみなさんで、代わりばんこで確認し続けましょうね」

 

 とプリシスやソフィアに言われた内容とは関係なしに、一人で勝手に諦めたように息を吐く。

 それから気持ちを切り替えたように、メルティーナも廊下を後にした。

 

「どっちにしろ、一から考え直さなきゃ無理、か。んな事すら抜け落ちてたなんて……私も大概、平和ボケしすぎてるわね。ヤバいわマジで」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ちなみに「ミラージュと留守番を交代する」と言ったはずのアシュトンだが。

 翌朝たどたどしい手つきで通信機を使いつつ、その旨を伝えてみたところ。

 

 

『いえ結構です。いざという時に艦を動かせる人間でないと意味がありませんから』

 

「は、はあ。そうなんですか。じゃあ……お言葉に甘えて。なんかすみません、こんな事いきなり」

 

『ああ、気遣ってくださるのは素直に嬉しいですよ。ただ、私にとってはこの環境、本当に苦ではないと言いますか。一人だといかようにも広く使えますし。機器類の匂い、私は嫌いではないので』

 

「え……そうなんですか?」

 

『ええ。それにアシュトンさんは、どちらかというと近くで見守っていたい方がいらっしゃるのでしょう?』

 

「うぇ!? そそそ、そんなことは……!」

 

『そういうの、私はもっと自分に素直になった方がいいと思いますよ?』

 

「……あ、はい……」

 

『という事なので、私はここで皆さんを待っていますね。アシュトンさんも頑張ってください』

 

「は、はい、ありがとうございます、がんばります……」

 

 

 なんか逆に優しく励まされたらしい。

 通信機での会話を終えるなり、地に足がついてないような様子で「なんかねえ、ミラージュさん艦に一人でいるの落ち着くんだって。なら仕方ないよねえ、うふふ」とか言っていたので、留守番交代の件はなかった事になったようである。

 

 

 という事なので次の日には予定通り、クロス洞穴へ行っての修理作業が始められた。

 

 クロス城の管理下にあるはずの洞穴で勝手に大がかりな作業しちゃっていいのか、という意見も出る事は出たが。

 まあどう説明したらいいか分からないし。特に見張りの人とかがいるわけでもないし。過去には堂々とトレジャーハントしてた人なんかもいるわけだし。

 結局は「壊れてる物を直すだけなので大丈夫だろう」という理屈で、王様への報告はなしに、ひっそりとやってしまおうという事になった。

 

 実際の修理の規模にかかわらず足場がいるだろうとの事なので、いったん洞穴の近くに隠してある小型艦に寄り。『レプリケーター』で適当な木材を作ってから、大部分をプリシスと無人君が乗り込んだ例のロボットで運搬。持ちきれない分は、残りのほぼ全員で手分けして持っていく。

 

 それから特に問題もなく、アシュトンを含めた十人全員で目的の『オブジェクト』にまでたどり着き。まずはさっそく故障の具合を目視で確認。

 現物を見たプリシスの第一声は、なんか巨大ドリルっぽくてカッコいいとの事だった。

 

 

「あちゃー、けっこうハデにやられちゃってるねえ」

 

 わくわく気分もそこそこに、まさにその気分を演出している主原因であろう、いかにもな自律型もとい無人君操縦型ロボットから降り。

 自分の足で周囲をぐるりと一周して、プリシスが言い、

 

「セリーヌさん、そんな派手にやらかしたんだ?」

 

「ええっ。さすがにそこまでの威力じゃ……なかったわよね、クロード?」

 

 思った事を素直に言っちゃうフェイトに、うろたえるレナ。

 聞かれたクロードは自信なさげに首をひねるが、

 

「いやいや、セリーヌじゃなくって。見ればわかるじゃんほら、たぶん魔物だよこれ」

 

 さすがにそこは濡れ衣だったようである。

 プリシスに言われてオブジェクトの裏側を見てみれば、なるほど確かに。ところどころ岩っぽく見せかけられている表面の擬態部分が無残にめくられ、中からずたずたに引き出された配線やらなにやらが、ばっちりと見えちゃっている。

 明らかに雷の紋章術だけではこうなりようがない壊れようだ。

 

「光り物が見えてたから持ってっちゃったんだろーね、きっと」

 

「どうプリシス、もしかして直すの難しそう?」

 

「うーん。難しいってか、時間かかりそうな感じ? まだ上の方どうなってるかわかんないし、まずは足場組んでみよっか」

 

 それからはほぼ全員で持ってきた足場の、地道な組み立て作業の時間である。

 

 

 オブジェクトがある場所、つまりみんなが今いる場所は、狭い通路になっていたりだだっ広い空間が広がっていたりと色んな表情を見せるクロス洞穴の中でも、特に分かりやすい一つの部屋のようになっていると認識できる場所だ。

 

 円を描くように、真ん中に大きなオブジェクトがすっぽり収められるほど広く高く、見事な自然のホールを形成している室内部分。天井からはところどころ自然光が漏れ、たいまつ等の明かりがなくても十分なほどにその室内部分を照らしてくれている。

 入り口部分のちょうど反対側にある壁の辺りだけは、何かの衝撃で崩れたらしく、岩や石くずや土砂が積み重なっている。

 

 クロードやレナいわく、本当はその辺りにもう一つ、この場所と同じくらいの広さを誇る秘密の部屋への入り口があったのだとか。

 宝の地図の謎を解いてお宝をゲットしたはいいものの、魔物に襲われなんやかんやの末に、今度はその部屋の入り口がセキュリティ関係なしに塞がってしまったらしい。

 

 ……というか。その奥の方の部屋に入るために、セリーヌ達が宝の地図に書いてある謎を解いた結果──

 まさに雷の紋章術を落とされたのがこのオブジェクト、という事であった。

 

 

 たぶんあの時の魔物は倒せたと思うから大丈夫と、二人は完全に塞がっている入り口があった辺りを見つつ話を締めくくった。

 

 実際に近づいてみても軽く叩いてみても、物音一つしない。なにより相当な厚みのある崩れっぷりだ。生きてたとしても、到底どうにかできる代物でもないだろう。

 現在のクロス洞穴の最奥部はつまり、自分達が今いる、オブジェクトのあるこのホールだという事だ。

 

 

 そのように他の空間と仕切られた場所なので、入り口に最小限の見張り役さえいれば、作業中の人がいきなり魔物に襲われる心配もない。

 交代は適当な時間置きにする。

 それと木材の一つも持たずに自分で持ってきたらしい紙の束に、なにやら文字を書き書き、

 

「私パスね、あんたらで勝手にやっといて」

 

 と目も合わせずに言い放ったメルティーナを除いた全員で、実に協力的に作業を進め、足場組みは無事完了。

 

(……相変わらずだな、メルティーナさん)

 

 とはフェイトも思ったものの。

 見張りの順番が回って来た際に、洞穴内の壁際に座り込んでいる彼女の手元を盗み見たところ。ワケの分からない文字がごちゃごちゃ書いてあったりして、難し気な顔でぶつぶつ言ったりもしてるし一応遊んでるってわけではなさそうだったので、

 

(一切手伝う気ないなら宿に残っててもよかったのでは……?)

 

 とはやっぱり思いつつも何も言わない事にしておく。

 これで本当に遊んでるだけだったら文句……を本人に言うのはたぶん効果がないと思うのでレナスに向かってそれとなく言うけど。たぶんそれでも効果はないと思うので結局言わないけど。

 

(まあでも、注意すべき時にはちゃんと注意してたりする気もするレナスさんが何も言わないって事は、一応そういう事なのか……?)

 

 その辺の真偽はともかく。

 その後、出来上がった足場に乗ったプリシスが、上方部分の故障具合も大雑把に確認。

 

 案の定とても一日では終わらせられない作業量であると。おおまかな見当をつけた頃にはいい時間になっていたので、その日はまたクロス城下に戻る事になった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 次の日からもやっぱり、十人全員での、日帰りでのクロス洞穴通いが続いた。

 

 朝にクロス城下の宿を出て。おいしい朝ご飯を食べる。

 途中で小型艦に寄り、預けていた大型ロボットを引っ張り出し。『レプリケーター』で作った道具等を、手伝う気のない一人を除いた全員で手分けして持ち。

 辿り着いたクロス洞穴の先で、プリシスの他に、フェイトやクロード等のある程度は機械知識のある人も、ところどころプリシスの指示を受けつつ作業を手伝う。

 

 資材が足りなくなった時などは、がたいのいいアリューゼがほぼ一人で洞穴の中と外を往復。

 手が空いている時には、無人君が操縦しているロボットも、ご主人のプリシス抜きで運搬を手伝う。

 

 他の人達は見張り番とかで魔物の襲撃に備える、もといほぼひたすら待機。あるいはお昼ご飯を作る係。

 一人になったらいけないレナスはもちろんこの組である。

 

 メルティーナは相変わらず自分の世界で作業中。

 ひたすら自分の書いた紙とにらめっこしているかと思いきや、ホールの外でやっつけた魔物の体の一部分をわざわざこっちに持ってきて観察するとかいう怖い事してたり、なんか変な術かけてたり、たまに通信機でセリーヌと会話もしたり。レナやソフィアにも質問をしたり。

 

 そうして時間が過ぎていったところで、その一日の作業は終了。

 修理途中でまた魔物に壊されたら意味がないので、帰る時ばかりはメルティーナもホールの入り口に結界を張る手伝いをする。

 

 で、ミラージュのところに顔を出してから、かさばる大型ロボットをまた預けて、またクロス城下に戻る。

 おいしい晩ご飯を食べて。

 宿に戻って。

 ふかふかのベッドで眠る。

 で、次の一日がまた始まる。

 

 

 これまでの滞在中、異常事態は一切起きず。

 初日に一瞬だけ光った『十賢者レーダー』の反応も一切なし。

 

 オブジェクトの修理も、特に損傷がひどかった部分や人手がいる部分等はすでに大方を直し終え。元のように外見を岩に見せかけるコーティング作業などもばっちり完了。

 どころか今度のは、二度とその辺の魔物ごときに壊されないよう、外側の強度をガッチガチに増す改良まで加えてみた。

 

 あとは多く見積もっても一日二日、細かな調整等を終えればどこに出しても恥ずかしくない仕上がりといったところか。

 必ず何かが起こると思っていたわけでもないけれど、あまりにも平和な具合に、

 

「なんかただの出稼ぎだよね。あんまり宇宙の平和を守ってる気しない」

 

「一応観光ツアー気分じゃなかったんだな」

 

「なにか言った? フェイト」

 

「いや、なんにも。あんまり食べ過ぎるとまた太るぞ」

 

 とかいうお約束のやり取りまで、幼馴染とのん気に繰り広げちゃっていたバチが当たったのかもしれない。

 またしてもフェイトが油断しまくりかけていた時。

 思いもかけないところから、その報せは唐突に訪れたのだった。

 

 

 

『ちょっとまずい事態が判明したわ。人道的に考えて、早急に解決しなければならない問題というのかしら。──これを見てくれれば一目瞭然だと思うけど』

 

 

 通信はエル大陸で待機中のマリアからだった。

 クロス城周辺を後回しにして行なった、ラクール大陸検索結果の一部分が一足早く出たのだと言う。

 

 全員集まった小型艦内のモニターに表示されたのは、マリアの言う通り、一目瞭然のまずい事態だ。

 

 ラクール城下内に、十賢者の反応あり。

 しかも名前は、『カマエル』と『ガブリエル』の二つ。

 




次回からの話は数日ごとに投稿予定。

・それと事後報告、今までの本文を改稿しました。
細かい変更点などは活動報告に載せておいたので、気になる方はご確認ください。

※オリキャラ設定等をちょっと変えましたが、話の大筋自体は変わっていません。
あとは話数が三話分短くなったので、そこだけご注意ください。


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17-2. 意味のない行動の意味

 どこかの室内。

 二人の男が、机を挟んで向き合っている。

 

「そろそろ、あやつらがわしらにも気づく頃かのう」

 

 カーテンの閉じられた室内は暗く、二人の顔かたちは定かではない。

 一人が発した言葉に、もう一人が答えた。

 

「……。だろうな。我々の居場所を突き止められる機械があると、聞いている」

 

 知っている事実を淡々と述べる男。

 もう一人の男は、こぼすような語調で過去の出来事を振り返る。

 

「なんというか……。ハニエルも知っていれば、あのような最期を迎える事にだけはならんかったろうに」 

 

 仲間の安否すら確認しなかったせいでそのまま奴らの溜まり場と化した場所に突っ込み討ち取られた者が出た事もあり、音声は常に入れておくようにとは念を押していた。

 あの時あの哀れな男から聞こえたのは、突然の来訪者に驚く声。

 敵との言い争い。疑念。

 息を飲む音は直後の衝突音に消された。

 

 そして聞こえづらかったが、彼は最期に、確かに言ったのだ。

 周りの騒音にほとんどかき消されつつ。

 ほとんど途切れ途切れに、それでも伝わった。

 

 ──奴らだ。奴らの中にいた、と。

 

「そのハニエルのおかげで、私達の目的は今、この手の届くすぐ近くにまで来ているのだ。──今度こそ」

 

 やはり感情を見せぬよう淡々と言う男だが、最後の一言にはわずかに力がこもっていた。

 ──今度こそ。

 今この世に存在している“この男”の胸の内にあるのは、結局のところそれだけだ。

 

「それもそうじゃのう。わしらの目的が見事叶ったあかつきには、ハニエルも皆も、きっと草葉の陰で喜んでくれるじゃろうて」

 

 もう一人の男は、そんな目の前の男の心の内には気づいているのかどうか。

 今はいない仲間達の事を懐かしむように言い。途中で自分の額の辺りに手をあて、おかしげに言い直す。

 

「はて? ……違ったわい。目的が叶うんじゃから、草葉の陰は関係なかったんじゃったな。ほっほっほっ、こりゃうっかりだわい」

 

 

 一人の男は、すでに何も語らず。

 閉じられているはずのカーテンの向こうを退屈そうに眺め、どうでもいい事この上ないと思っている、この哀れな老人にもじき訪れるだろう消滅の時への物思いに沈む。

 

 その向かいの男は反対に、面白そうに笑って言ってみせた。

 

「さて。肝心のあやつらは、ここからどうするか」

 

 

 ☆★☆

 

 

 ラクール大陸の、しかもラクール城下近辺という人口密集地域に、カマエルとガブリエルの二人が潜んでいるらしい。……という検索結果報告を、クロス洞穴近くに隠してある小型艦の中で、エル大陸の拠点で待機中だったマリアから受けた後。

 

 話し合いの結果、拠点に残っていた五人と、クロスにいた十一人のうちクロード、フェイト、ソフィア、アリューゼの四人、それと艦の操縦役のミラージュがすぐさま各々二つの艦で、直接ラクールに向かう事になった。

 残りの六人は、そのままクロスに残留である。

 

 

 いくら今回はこれまで被害らしい被害が出ていなかったとしても、相手は十賢者。

 かつて惑星エナジーネーデでは、たまたまその場に居合わせた一般人までおかまいなしに、残酷に笑いながら殺戮を行なった人達の事だ。

 

「そうなの? だっているのが分かったのがさっきってだけで、急に現れたわけでもないんでしょ? なんかこれまでの事考えたら、別にもう少しくらい放置しても──」

 

「いや、万が一って事もあるし。別に大丈夫だろって後回しにしてる間にラクールで暴れまわられたりでもしたら、こっちが悪役みたいじゃないか」

 

 とかいう疑問を素直に口に出しちゃう人もいたりしたけど。正直レナ辺りもうっかり半分くらいはそう思っちゃったりもしてたけど。

 

 とにかく今までがどれだけのん気な状況であっても、そこにいると分かったからには、ラクール城下の十賢者二人は一刻も早くなんとかする。

 この点については誰も反対しなかったので、さっそくパーティー分けを決めたのである。

 

 

 その時の状況は、エル大陸の拠点に八人乗りの小型艦が一隻、人が五人。

 クロス大陸には十二人乗りの小型艦一隻と、十一人。なお十賢者達の目的であるレナスは、クロス大陸の方に滞在中。

 わざわざレナスを向かわせるわけにいかないのは当然として。

 

 ぶっちゃけ印象の薄かったカマエルはともかく、ガブリエルの方はなんといっても十賢者のリーダー的存在だった男だ。

 以前とまったく同じ戦力の二人を、二人同時に相手にすると仮定した場合、拠点にいた五人だけでは戦力面に少々不安があった。

 それじゃあ一体どうするのかと、いろいろ話し合った結果、

 

『本当は、できる事ならこの場所も留守にはしたくなかったんだけど。正義の味方の辛いところね』

 

 という事で、クロスにいた人達のうち四人がラクールの方の応援に向かい。レナスを含めた残りの六人はクロスに残る事になったのだ。

 

 

 ラクール組の目的はもちろんカマエルとガブリエル。

 二人の十賢者を見つけ次第、可能なら生け捕りにして情報を得る。ただしラクール住人達に被害が出そうな場合は撃破を優先。

 

 クロスに残る六人の主目的はオブジェクトの修理仕上げ……ではなく、レナスの護衛。

 最警戒対象はいまだに居場所が判明していない最後の十賢者の一人、ルシフェルだ。

 

 

「この際、修理を後回しにして全員クロスから引き上げるっていうのはどうだろう? レナスさんにはそっちの拠点で待っててもらうとか」

 

 一応こういう意見も出る事は出たのだが、

 

『この場所の死守を第一に考えるならそうなるでしょうね。ここはもともと、彼らの砦のようなものだったわけだし。ここにいた彼らを三、四人ほど倒した私達がここに拠点を作っている事は、彼らに知られていてもなにも不思議ではないもの』

 

「あー……。って事はレナスさん第一に考えるなら、そっちは危険って事になるよな」

 

『ええ。残った彼女達が必ずしもルシフェル一人に後れを取るとは、私も考えてはいないけど。そもそも敵に出会わないで済むのなら、それに越した事はないでしょう?』

 

 マリアとクロードの会話に、こういう場合は真っ先に「ハア? 私がそんな奴に負けると思ってんの?」とか言いだしそうなメルティーナが意外にも

 

「私もそれに賛成だわ」

 

 と眉根を寄せつつ言ったので、根本的に十賢者を避ける方針で行く事に。

 どちらかというとレナスの方が物言いたげな様子だったくらいだ。

 

 

「ん? てことは……拠点奪い返されちゃったら、アレを修理する意味もなくない?」

 

『まあそうなるかもしれないわね』

「そ、そんなあっさりと」

 

『安心して頂戴、セキュリティだけはとっくに書き換えてあるから。万一十賢者に奪い返されたとして、あなた達の頑張りの成果が悪用される事はないわ。施設の存在ごと邪魔になって、物理的に爆破されちゃったら知らないけど』

 

 いやな事実に遅れて気づいちゃったプリシスやチサト、アシュトンに、さらにさらりと言ってのけるマリア。

 さすがにちょっとは冗談が混じっていたらしい。

 素直にしょんぼりしかけているプリシス達の様子を察したクリフがマリアにつっこみ、マリアもからかった事をすぐに認める。

 

『おいおい。それで終わりじゃあんまりだろうが』

 

『あら、私は間違った事は言っていないわよ。一応』

 

 いわく十賢者検索については、例え拠点の情報制御塔がダメになっても、最悪ディプロを利用すればこれまで通りたぶんなんとかなるだろうと。なので大体はまあたぶん無駄にはならないだろうと。

 話を聞くうち、プリシス達が目に見えて元気を取り戻していく一方。

 

 

 メルティーナはというと、やっぱり珍しく慎重に考えている様子。

 こんな事まで小声でレナスに言ったが、

 

「ねえ。ホントにアリューゼまで行かせる必要ある? こんなもん、他の奴らに任せときゃよくない?」

 

 聞かれたレナスはメルティーナ以上に納得いかなげな顔。

 というか「これでも「私も行く」って言わないだけ、最大限譲歩してるんだから!」とでも言いたげな表情である。

 というか事実、それにかなり近しい事を言い返してみせた。

 

「現時点でも、ただここにいるだけの私と行動を共にするのに、すでに十分すぎる人数を割いてもらっている。なにより私達が残りの十賢者と相対する可能性が低い以上、戦力として頼りになる者を多く腐らせるべきではないわ」

 

 呆れつつ言い返すメルティーナに、

 

「……あのねえ。こっちはあらゆる可能性を想定したうえで言ってやってんのよ? あんただってその辺ちょっと考えりゃ分かるでしょうに、例えば宿に着いた初日のアレが、あんたの気のせいじゃなかったとしたら──」

 

「あなたほどの術師が直後の痕跡を見逃すなんてありえない。あなたもプリシス達も言った通り、あれは単なる『機械』の癖であり、平穏に慣れ過ぎた私の“勘違い”よ」

 

「おだてたって流されないわよ」

 

 レナスはどうしたって意見を変える気のない様子である。

 メルティーナももはや諦め気味に言い返し、

 

「大体、私はあの件、まだ“可能性なし”で片付けたつもりはないし。つかむしろ怪しいと思い始めてるし。ここそもそも別の世界なんだから」

 

「……。可能性はないわ、それだけは理解して」

 

「理解して、って……。あんたなんでそんなにも頑固なのよ。こっちはマジ珍しく真面目に真剣に心配してやってるってのにさあ……」

 

「ええ。だからあなたはここに残ってくれるのでしょう? これからも頼りにしているわ、メルティーナ」

 

 

 最終的にはそんな感じで話は終了。

 言葉をなくして遠くを見るような目になったメルティーナに、やり取りをなんとなく眺めていたフェイトやレナは

 

「珍しくレナスさんが勝ったな」

「そう? わたしははじめから、こんな感じになると思ってたけどなー」

 

 と好き勝手な感想を述べ。

 アリューゼまでもが鼻で笑って言った。

 

「だそうだ。頼りにされててよかったな?」

 

「……うれしくないわよっ。てか微塵も思ってないでしょ、あんたも!」

 

 なんとか気を取り直した後。

 メルティーナは懐から謎のアイテムを取り出し、アリューゼに押しつけた。とりあえず迷子対策のつもりらしい。

 

「もしもの時のために、これ渡しとくわ。……よその世界に置き去りにされたくなかったら、肌身離さず身につけとくように」

 

 受け取ったアリューゼ自身はというと、はなからレナスの側でひたすら護衛をするより、ラクールへ行って十賢者達と対峙する事を望んでいたようだ。

 

「仮に敵が来たとして、肝心の護衛対象がこれだからな。俺は少しでも出番がありそうな方に賭けるぜ。お前に頼まれなくともな」

 

「それなら問題はないわね。私の分まで、思う存分、その力を振るってくるといいわ」

 

 

 話がまとまった後、アリューゼにそんな声をかけたレナスを見て、

 

「私の分まで、って」

「やっぱり暴れたかったんだな、レナスさん」

 

 などと正直に思うフェイト達。

 

 はたから考えても、彼女自身が十賢者に狙われてるらしいという事だけが分かっているようなこの状況でもなければ、彼女がむちゃくちゃ頼りになる戦力だった事は間違いないのだ。

 それをこのまま事件が全部解決するまでずっと大人しくしててください、とはさすがに色んな意味で言えなかったので、

 

「その……、絶対にとは言えないんですけど。あいつらが具体的に何を目的にしてレナスさんを狙ってるか、っていうのが分かれば、僕達のこれからの行動のとりようも変わってくると思うんです。ですから」

 

「カマエルとガブリエルになんとかして全部喋らせて、レナスさんがこれ以上大人しくしてなくてもいいように頑張ってみます。ですから今回だけはひとまず大人しくしててください」

 

 真面目に考えつつ声をかけたクロードに続き、フェイトも正直な声をかける。

 一方でまだ懸念を拭いきれないらしいメルティーナに、同じクロス居残り組になったプリシス達が明るい言葉を投げた。

 

「大丈夫だよ。メルだってすっごく強いじゃん。それにこう見えて、アタシ達だってアシュトンだって強いんだから! ね、ギョロ、ウルルン!」

 

「……。フギャ」

 

「えーと、“我らもその女が近くにいてくれた方が安心できる”、だってさ」

 

「あら、ギョロとウルルンもレナスを守る気満々? じゃあもう勝ったも同然ね! そもそもルシフェル来るんだか知らないけど!」

 

 

 わいわいがやがやなノリを尻目に、レナが最終的な確認をとる。

 

「結局わたし達はクロード達がラクールから帰ってくるまで、できるだけ大人しくじっとしていればいいのよね?」

 

「まあそうなるかな。非常事態の最中に通信はしないつもりだけど、僕達から連絡が来ても待機場所とかはなるべく言わないでね」

 

「皆さんを送り届けた後、私はもう一つの小型艦ですぐに戻る予定です。こことそう変わらない場所に艦を置くとは思いますが、場所が変わった場合もこちらから連絡をしますので」

 

 そう言ってミラージュから差し出された通信機は、結局レナでは使い方に不安があったので、プリシスが代表して持つ事に。

 その後もいくつか確認をとった後。

 レナ達六人、それにおまけに無人君と一人用搭乗型ロボットの一揃いは、十二人乗りの小型艦から降り。

 クロード達五人を乗せた艦は、さっそくラクールの方向へ飛び立った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 クロード達と別れた後。

 レナ達六人は、クロス洞穴の中を歩いていた。

 

 主な警戒相手が風の紋章術使いであり背中に羽がついて飛び回ったりもする十賢者ルシフェルなので、見通しのいい原っぱより、相手の行動が制限されるだろう洞穴内の方がいいという判断の上での行動だ。

 それに加えて、

 

「じゃあ……せっかくだから、直しちゃおっか。アレ」

「もう少しだしねえ」

 

 という事なので、結局昨日までと同じ道のりを歩く事にしたのである。

 

 ……けっして隠れている間ヒマだとかいう事じゃなくて。

 だってもう少しで直し終わるし。

 ちゃんと部屋のようになっているあの場所の方が、その辺の通路よりはずっと、警戒しながら待機する場所には向いてるし。

 

 そんなわけで昨日と一緒とはいっても、一応状況も状況だし、昨日までよりは人も少ないしで、レナを含めて全員いつも以上に魔物とか相変わらずうんともすんとも言わない『十賢者レーダー』に注意しながら歩いているつもりだし、昨日までよりは会話も騒がしくないつもりだ。

 

 そりゃ少しくらいの雑談はするけども。

 ちゃんと真面目に歩いて。

 魔物が出たら、ちゃんと真面目に戦って倒す。もちろん油断もしない。

 

 それでも中にはやはり、この状況は少々のん気すぎるように思ってしまう人もいるわけで──

 

 

 オブジェクトのあるホールへ向かう途中。

 緊張感の足りなさげなプリシス達の会話に、また納得いかなさがぶり返してきたらしい。仏頂面のメルティーナは唐突にレナスに聞く。

 

「一応聞くけどさあ、冷静に真剣に考えた末の判断なのよね? けっして周りのゆるい空気に流されたとか、じっとせざるを得なくてへそ曲げてたとかじゃないのよね?」

 

 

 少々考えた後、レナスは首をかしげて答えた。

 

「さあ、どうかしらね」

 

「んな……! あ、あんた、バカだバカだとは思ってたけど、まさかこんな状況でまで──」

 

「なにしろ私は、未だ自分が狙われているという事すら納得できていないくらいだもの。どこまで冷静に判断できているかなんて、客観的に答えられるわけがない」

 

「そこまでさかのぼるって……さすがに想定外すぎてもう……」

 

 

 がっくりと肩を落としかけたメルティーナを気にとめず、レナスはさらにつらつらと答える。

 

「ラクールの十賢者二人は無視できない。罠を怖れ全員で固まって移動したとして、場所は市街地。私が彼らの立ち位置だったなら、住民を人質にとり私との交換を要求するわ」

 

「……考えてんじゃない。ならはじめからそう答えなさいよ」

 

「全体の戦力差に関係なく、私はここに残るべきだったと思う。あなたが警戒するような罠が待ち受けているとしたら、なおさら」

 

 仮にみんなから大人しくするよう言われなかったとしても、自分がどれだけ納得できなかろうと、この状況ではこうするべきだと。一応はレナスも考えたうえでの結論だったらしい。

 結局メルティーナも、納得はしきれないけど理解はしたようだ。

 

「ふーん。ちなみにラクールの奴らをそもそもガン無視するっつう気は……さらさらなかったのよねそうよね、ギリギリの戦力で行ってこいって送り出す気もなかったのよね。……ったく、これだから心根がまっすぐなやつは」

 

 

 諦めたようにぶつぶつ言っているところで、プリシス達に言われ。反射的にキレかけたところでアシュトンになだめられる。

 

「うんうん。メルはほんとにレナスの事が心配なんだね」

「根はいいこなのよねえ」

 

「ハア!? 元はと言えば、あんたらがあまりにもそんなだから──!」

 

「こ、声が大きいですよメルティーナさん、まずいですって!」

「いいのよんなもん! こんなもんで居場所バレするならとっくにアウトだわ!」

 

 などと堂々と逆ギレまでしてから、それでも無駄に大声出すのはまずいと自分でも思ったのか、それとも馬鹿らしくなっただけなのか。

 投げやりに独り言で納得したメルティーナは、しまいには暴言まで吐く始末。

 

「まあ、こんなアホなやり取りしててなお何にもなしって事は、あんたみたく向こうがとりそうな行動を真面目に考えるだけアホって事なのかもしれないわね……。ホント何なのこの世界、味方も敵ももうバカばっかり」

 

 相変わらずな様子のメルティーナを見て、なぜかつい一安心までしちゃうプリシス達一同。

 同じく微笑んでやり取りを見ていたレナは、何気なくレナスの方を見たところで、声をかけた。

 

 

「レナスさんは今の状況、不安ですか?」

 

 メルティーナ達のやり取りを聞いていたレナスの表情は、やっぱり柔らかい笑みを浮かべてはいたのだけども。

 どこか影があるというか、何か気がかりな事でもあるように見えたのだ。

 そんなレナの気遣うような視線には、レナスの方もすぐ察したらしい。

 

「レナ達みんなの戦闘能力に不安は抱いていないわ。頼もしすぎると思っているくらいよ。ただ──」

 

 そこまでは迷わずに答えたレナスは、途中で言葉を探すそぶりを見せた。

 半分はレナに向けて、もう半分は自分自身に向けて、

 

「やはり考えすぎ、なのかしら」

 

 とレナスは言う。

 

 

「私が彼らの立場だったなら。「創造の力」を持って、この宇宙を壊そうとするのならどうするか。私から「力」を奪った段階で、十賢者は全員創られている。その者が彼らの肉体の創り方を知らないはずがないのに……」

 

「……なのに?」

 

「彼らが着実にみんなに倒されていく様を見て、ずっと考えてはいるのだけど、途中からよく分からなくなるの。最悪の場合どころか、普通にとりうる手段すら、その者にも彼らにも当てはまらない事だらけで」

 

「は、はあ……」

 

「だからメルティーナの言う通り、私は少々、この状況を楽観視しすぎているのかもしれない。彼らはあえて想定外の動きをしてみせる事で、私達を油断させる気なのだと。……だから結局はそういった用心が必要、なのかしらね?」

 

 

 半分も理解できていないレナを相手に、考えつつ自分のペースで喋りきったレナス。

 というか最後はもう疑問形である。

 メルティーナはもはや何も言わず。プリシス他二人も、レナと同じく頭の上にハテナマーク状態である。

 

 いまいちまとまってない話ぶりから察するに、彼女自身も自分が何言いたいんだかはっきり分かってないような気もするけど。

 これはようするに

「ちゃんと真面目に考えてるはずなんだけど向こうがあんまり真面目じゃなさそうでついつい油断しちゃいそうなんだけどやっぱりそういうのってよくないよね?」

 というような意思確認を大真面目にしようとしているという事でいいのだろうか。

 

「……フギャア」

「……。ギャフ」

 

 しんと静まった気まずさを打ち消すように、申し訳程度にウルルンとギョロが鳴き声をあげ。レナスがやっぱり自信なさげに首をひねっている中。

 さらに少々時間を頂いて、話の内容をどうにかそう解釈したレナは、そんなレナスに力強く頷いてみせた。

 

 

「そ、そうですよね。用心は大事ですよねレナスさん。気にしすぎもダメですけど、もちろん気にしなさすぎもいけないですよね」

 

 やっぱりよくわかんないけど、とりあえず今の自分達は、彼女を守る事を最優先に考えて行動しているのだ。

 こういう状況で、油断だけはしちゃいけない事は確かだろう。

 こういう場合は同意しておくに限る。

 

「そうそう、警戒は大事だよね。うんうん、レーダーもばっちし反応なし。順調だね」

 

「ふっふっふっ、ルシフェルなんか返り討ちにしてやるんだから。ねえ?」

 

「んあ? ……ああはいはい、そうね、そいつの方が来たらだけど」

 

 レナの同意を受け、改めて周囲等をしっかり見渡しつつ、あえて気楽に言ってみせるプリシスとチサト。

 こちらも警戒だけはちゃんと続けている様子のメルティーナは、やっぱり投げやりに答えたのだった。

 

 

 

 気を取り直したレナ達一同は、最奥部のオブジェクトおよび安全を確保しやすいホールを目指して、クロス洞穴内をさらに進んでいく。

 とにかくレナスが、この場に自分達だけしかいない事を不安に思っているわけじゃなさそうでよかったと思いつつ。

 レナが隣を歩いていると、レナスがぽつりと呟いた。

 

 

「ねえレナ。私の「力」を奪った者は──、その時一体、何を考えて行動していたのかしらね」

 

 

 先ほどと同じく、半分以上は自分自身に問いかけているような様子。

 レナには正直、(何を考えて、もなにも……。レナスさんから“すごい力”を奪ってやろうと考えて、よね……?)としか思えなかったのだが。

 

 さすがに真剣に考えている人を前に、そんな身もふたもない結論を口に出してしまうわけにはいくまい。

 下手に返事をせず、耳を傾けるだけにしておくレナ。

 レナスはさらに、自分自身に問いかけるように呟く。

 

 

「その者は、一体どうして私を──」

 

 

 とうに薄れている、レナス自身の当時の記憶から探るような、遠い目つき。

 どうしても分からない自分に、焦りや苛立ちさえ覚えるような。

 そこからどうにか、理由を考えて。

 真剣に、頑張って考えて。

 

 

 けどやっぱり考えがうまくまとまらなかったらしい。

 もどかしげに頭を振ったレナスは、すっかりおろそかになっていた周囲への注意を戻し、レナに言った。

 

「……こういった事に気をとられすぎるのは、よくないわね。今言った事は忘れて」

 

 

 ☆★☆

 

 

「わしは、“目標”はここには来ないと睨んでおるのだが」

 

「そうかもしれないな」

 

 同意とも疑念ともとれる男の平坦な返事。

 もう一人の男は怪訝そうに聞き返した。

 

「それはお主の狙い通りなのか?」

 

「さあ、どうだろうな。私にとってはどちらでも構わない事だ」

 

 男の言葉の意味をしばし考えた後、もう一人の男は困ったように口を開く。

 

「その時々で対応を変える、か。……まあ、今までの事も大体全部そのようなもんじゃからの。そこについては特に意見するような事もないが──」

 

 目の前の男に対して、明らかに言葉を選んで話している様子だ。

 男も最後まで聞かずに答える。

 

「分かっている。どちらにせよ、奴らの目を欺く下準備は必要だろう。いかにお前の「力」があろうと、今度の場合それだけでは不十分だという事もな」

 

 向こうの手のうちには、こちらの存在情報そのものを調べ上げる機械とやらがあるのだ。

 一方、この老人がごまかせるのは“目”だけ。このまま事を任せても滑稽なホログラムショーにしかならない事など、猿にでも分かる。

 

 己の身だけどうにかできても意味がない。

 今の自分にできる範囲内だけでも、どうにかこの老人の存在自体をごまかす策をしつらえてやる必要が男にはあった。

 

 その場しのぎでもなんでもいい。

 “目標”がどちらにいるのか、判断できるだけの時間。とにかく十分な時間を稼げるだけの方法を。

 

「そうか、それはよかった。……して、その方法とは?」

 

 早くも安堵した様子を見せるもう一人の男。その男の肩の上に、興味深い物を発見する。

 老人の頭から抜け落ちた、一本の白髪。

 迷わず手を伸ばしてつまみ上げ、言うと、男はその存在に向けて意識を集中させてみた。

 

 

「ヒト一人分の存在情報……。試してみる価値はありそうだな」

 

 必要な毛は一本か、数本か。

 一体につき、ある程度はまとまった数があった方が確実かもしれぬ。

 中身の伴わないハリボテであろうと、その中に“本物”の情報を膨らませて仕込んでしまえば。

 

 あとはこの老人の「力」だけでも、存分に奴らを翻弄する事ができるだろう。

 

 

 ☆★☆

 

 

 これまでと同じく現地住民に艦を見られないよう、ラクール城下から少し離れた場所で、ミラージュ一人を乗せた八人乗りの方の小型艦が飛び立つのを見送った後。

 マリア達五人との合流を済ませたクロード達一行は、ラクール城下前に着くなり揃って面食らった。

 

「な、これは……!」

 

「おい何だ、この状況は」

 

「十賢者! 十賢者ですよ! おじいちゃんの方の!」

 

「それは見れば分かりますわ。……けど」

 

「お、多すぎるだろ……!」

 

 城下の入り口を守っているラクール兵士達こそ、動揺しつつもこんな時でも魔物を街に入れないよう、自分の仕事を立派に続けているが。

 街の入り口からでも、ちらほらと見える、うろたえている一般住民達。

 武器をしっかり手に、けれど対処には思いっきり戸惑っている様子の兵士達。

 それから、その人達の姿を埋め尽くさんばかりの、大量の緑色のローブ。

 

 

 どいつもこいつも、特徴的な形のゴーグルを目につけ、頭頂部は円形状にハゲている白髪のいかにもな怪しい老人が。

 

 城へ続く大通りにも、賑やかな商店の続く通りにも、住宅街へ続く路地へも。

 どこもかしこも、五平方メートル単位に一人はいようかというくらいに、うじゃうじゃと。

 

 

 どうせまた普通に平和なんでしょ?……などと内心思っちゃっていた面々にとっては衝撃の光景である。

 十賢者をどうにかしなければと訪れたラクール城下内はすでに、大量の十賢者カマエルで溢れていたのだった。

 



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18-1. より分けられた仲間達

「向こうのみんな、そろそろラクールに着いた頃かしらね」

 

「まだじゃない? もうちょっとはかかるんじゃないかなあ」

 

 クロス洞穴内、最奥部。

 オブジェクトの最後の調整を早々に終えたり、十賢者レーダーを片手にぽつりぽつりと会話したりして、ひたすらに待機していたレナ達六人だったが──

 

 

「言ってもねえ。向こうもちゃんとレーダーあるし。着いて早々、ぱぱっと倒して戻ってきてくれるんじゃないかなあ……って、んん?」

 

 それまでヒマそうに、地べたに座り込んでいたプリシス。

 小さな警告音が、手元からいきなり鳴りだしたのに驚いて目をやる。

 

「えっなにプリシス、まさか本当に来たの? 十賢者が?」

 

「おおー……。本当に来たわね、十賢者。まず来ないと思ってたのに」

 

 気になって手元を覗き込むアシュトン、チサトと同じく、レナもなんとなくこのまま平和に終わるような気がしていたので正直びっくりである。

 ピーピーうるさいレーダーの警告音を、プリシスが手動でオフにする。

 

 十賢者レーダーの画面は、ここから少し離れた場所に点が一つ。

 残り三人の十賢者のうち、ガブリエルとカマエルは現在ラクールにいる。よってこの反応は残りの一人、ルシフェルのものだ。

 点の場所からして、彼が今いるのは、おそらく洞穴の入り口辺りだろうか。

 

「こっちに来るのかな、ルシフェル」

「どうかしら……」

 

 点の動きは現在、こっちに向かってきびきびと移動しているような、移動していないような。

 目的を持って移動しているんだか、偶然その辺を歩いてるだけなのか、なんとも判断できない感じである。どっちにしろ入り口からここまで、まっすぐ走ってすぐに来られるような場所でもないので、それもまあ当然なのだが。

 

「偶然? ではなかったとしたら、彼はどうやって私達の居場所を?」

 

「さあてどうかしらね。すぐ思いつく理由なら、あんたにもばっちりあるんじゃないの?」

 

 レナ達と同じく予想外だったらしいレナスに、こっちはばっちり予想の範疇だったらしいメルティーナが言い、

 

「……。情報が少なすぎる。現時点では、原因の断定をしない方がいいわ」

 

「あーはいはい。別にどう思っててもいいけどさー。まさか向こうがこのまま平和に帰ってくれるなんて、さすがに警戒心ゆるゆるのあんたでも思っちゃいないわよね」

 

「その通りね。いずれにせよ、彼はここへ向かって来ているものとして行動を考えるべきだわ」

 

 原因が気になるらしいレナスも、とにかくルシフェル来襲に備える事についてはメルティーナに同意したのだ。

 

 

 とりあえずレナ達の元にルシフェルが現れるには、もう少々時間がかかりそうな感じだ。

 下手に移動するよりここで待ち構えた方がいいだろうとの事で、相手が現れるまで、入り口の方を注視しつつ。

 各々いつでも戦闘に入れるよう、戦闘時の隊形だけ先に決めて、その時に備える。

 

 ホールの入り口から見て、最前衛にアシュトン。

 そのすぐ後ろに、無人君と一緒に機械に乗ったプリシス。プリシスに調整してもらったスタンガンやらを手に持ったチサトも、プリシスの隣に。

 プリシスの機械を盾にするようにして、術師のメルティーナがその後ろに。

 そのさらにななめ後ろ、最後列に、補助回復術が得意分野のレナ。

 万が一に備えて、護衛対象のレナスもレナの隣で待機する事に決まった。

 

 メルティーナに「戦闘は他のヤツに任せときなさい」と言われたからだが。特に反論もせず考えがちに「そう……すべきなのよね」とおとなしく彼女の後ろについた辺り、レナスはどうやら自分の判断に自信が持てなくなってきているようだ。

 

 

 それは自分の身に迫る危険を、正確に深刻視できていなかったせいなのか。

 数日前の不安材料をなかった事にして、この場を安全なはずと信じこみ、自分と仲間達を現在の状況に至らせてしまった事に対してなのか。

 それともまたは、この状況に至ってもまだ、自分達の居場所を敵に知られていたその原因に、どうしても納得できていないせいなのか。

 

 自信なさげに考え込みつつ。

 他のみんなが、入り口に罠を張る作業などをしている最中。レナスはメルティーナに向けて指示を出す。

 

「守護方陣はいらないわ。あなたはルシフェルの捕縛を第一に考えて」

 

 捕まえて本人から理由を聞きだす。

 真っ先にそう考えたため出した指示だったが、

 

「……ねえメルティーナ。あなたはどう思う?」

 

「はあ? どう思うって、明らか頭おかしい事言ってたら黙って従うわけないでしょ」

 

 まさしく黙って言われた通りにしようとしていたらしいメルティーナに、「今さらそんな事聞いてきてあんた頭大丈夫?」とでも言いたげな調子で言い返された。

 

「てか今のうちに言っとくけど。いざとなったら、あんただけ連れて逃げるって選択肢もあるわけだし」

 

「……メルティーナ、それは」

 

「なんで私がアリューゼにあれ持たせたと思ってるの」

 

 と言われ、黙り込むレナス。さらにメルティーナははっきりと言う。

 

「こいつらとつるんでるのだって、あんたが「力」とられたまま帰ったら向こうで面倒な事になるから、ってだけだから。それ以上にヤバい事になりそうだったら、当然、あんたが何言おうと連れ帰るわよ」

 

 結果的にこっちの世界がどうなろうが、そこまでは自分の知った事ではない。

 正直に答えたメルティーナの発言内容に、いろいろ思うところがあったらしい。何かを言い返しかけたレナスは、けれどやはり自信なさそうに黙り込み、

 

「……つっても、さすがにルシオまで見捨てるわけにもいかないしー? それくらいに、いざとなったらって事よ。ようするに」

 

 全面的に賛成なわけでもないけど、今のところはそこまで危険でもなさそうだし、指示には従うつもりだと。

 そのいざとなった時に、はぐれたルシオをぎりぎり探し出せる可能性や、具体的な手段までは一切語らず。

 後ろをちらと見て、しょーがないわねとばかりに言い加えたメルティーナに、

 

 

「けど。この世界は、同じ──」

 

 

 小さく呟いたところで、レナスは息をついた。

 あくまでも冷静に、論理的に。メルティーナの行動指針に意見を挟む。

 

「その場を逃れるためだけの最善策は、長期的に見れば上策にはならない。多少の危難を受け止めてでも、第一に考えるのは根本的な解決であるべきよ」

 

 それから大真面目な顔で付け足されたレナスの指示は、半笑いでメルティーナに承諾された。

 

「それでも私の言う事が、いつも正しいとは限らない。私がまともな指示を出せる状況にないと思った時は、あなた自身の考えで行動して」

 

「はいはい。それこそいつも通りの光景じゃないのよ、あんたバカなんだし」

 

 

 ☆★☆

 

 

 ラクール城下に着き次第、そこら中、大量にいる十賢者カマエルの姿に驚かされたクロード達九人。

 まずは城下の入り口を守っていた兵士に話しかける。

 自分達はこの状況を解決しに来た者であり、ついでにそちらもよく知っている『レオン博士』の知り合いで、もちろん腕に覚えがある者達ばかりだという事を手短に説明し。街の中に入れてもらう許可を出してもらった。

 

 

「それは心強い! なにせ街は今こんな状況で……我々もどうしたらよいか、対処に困っていたところなのです」

 

 と兵士は二つ返事で道をあけてくれた。

 本当はこのまま即座に街に突入して、この大量にいるカマエルを片っぱしからやっつけたいところだが、

 

「その前に聞かせてくれねえか。これは、いつからこうなってんだ?」

 

 いったん立ち止まって兵士に聞くクリフに続き。クロード達やフェイト達もその場に立ち止まったまま、いつでも戦闘に入れるよう身構えて街中の方を見据える。

 

「おそらく数時間前くらいから、でしょうか。それまでは異常は何もなかったはずなのですが……。あの者達は街中にいきなり、いや徐々にその数を増しまして、今ではすっかりこんな有様に……」

 

 困りつつも落ち着いた様子で答えてくれた兵士は、マリアの質問にも困り顔で答える。

 

「被害状況はどうなっているの? ここから見た様子だと……積極的に街の人達を傷つけようとしているようには、あまり思えないのだけど」

 

「え、ええ。我々の中にも、当初はそう意見を述べる者もいたのです。ですがレオン博士が、あの老人は間違いなく倒すべき敵だと、そうおっしゃいまして」

 

 話を聞いたクロードがさらに厄介そうに言ったが、

 

「レオンが? という事は、あのカマエル達はラクール城の方にも出たんですね?」

 

「はい。しかし幸い、あの者達はドアで区切られた室内には入ってこないようですので、王族や研究者の方々には全員それらの場所に避難してもらっています。街の者達にも同様に、戸締りを厳重に、外にはなるべく出ないようにと」

 

「そうなんですか? ……よかった、それならまだなんとかなるかな」

 

「外にいるあの者達についても、時々思い出したようにこちらに危害を加えようとしてくるのですが、我々兵士も大勢がこの件の対処に当たっていますので、どうにか街の者達への被害は最小限に食い止められているようです」

 

 兵士の言う通り、さっきから動きをよく見ていれば、確かに。

 大量にいるカマエル達はどいつもこいつも、両腕を前に突き出し、不気味に笑ってはいるものの、その動きは全体的に緩慢で、逃げ遅れた町の人達にきびきびとは襲いかかってきていない様子。

 

 まるでゾンビ映画のようだな、なんてフェイトが思っていると。

 

「ご覧ください。今も、あのような感じで」

 

 

 入り口の兵士が指差した先。

 広場の一角で、逃げ遅れたのか、見るからに足腰の弱そうな杖を突いている一人のご老人を、また別の兵士が近くに寄り添いつつゆっくりと避難誘導しているであろう途中。

 

 近くのカマエルが一体、不気味に笑いながらゆっくりと近づいて行って。

 ゆっくりと腕をあげて、そのご老人に襲いかかろうとして。

 

 付き添っていた兵士が即座に槍で一突き。

 くずおれるカマエルに、

 

「な、なめなさんなよ! お主と違って、わしはまだ現役じゃわい!」

 

 とよろよろのご老人が振り上げた杖もばっちり命中した。

 

 

「弱くない? カマエル。わたしでも殴り倒せそう」

「いやこれ偽物だろ。さすがに」

 

 思わず言っちゃったソフィアにつっこむフェイト。

 兵士も言い、聞いていたクロードもうんうんと一人頷いた。

 

「はあ。レオン博士も、さすがにカマエルはもうちょっと強かったはずだと。珍しく自信なさげではありましたがそうおっしゃっていました」

 

「だよな。やっぱりレオンもあんまりよく覚えてなかったか、カマエルの事」

 

 

 しかしまあ大変そうではあるが、最初に彼らを見た時のインパクトよりは大事には至っていないのかもしれない。

 ……なんたって一般のご老人にも負けるような偽物がたくさんいるだけなんだし。

 

 よく見てみれば兵士だけじゃなくて、普通に冒険者っぽい人達もカマエル返り討ちにしてたりするし。ていうか気味悪がってるだけで、普通に護衛を連れて買い物とかしてるっぽい街の人なんかも見えちゃってるし。

 

 本物の事も、他にもう一人いるらしいガブリエルの事もうっかり忘れて、フェイトが早くも安堵しかける一方、

 

「……やられたわね」

 

 マリアは自分の手元を見て、実に深刻そうに言う。

 ちらと覗き込んだ近くのクリフも同じくうなった。

 

「マジかよ。こういうもんはニセモンには反応しねえのが常識だろ」

 

 続けてその会話が気になった全員に向けて、マリアが自分の手に持ったある物を見せる。

 手のうちにある『十賢者レーダー』。

 画面の表示はなんと真っ白。

 

 ようするにどこもかしこも一面カマエルだらけという、誰でも見れば嫌でも分かるような、当たり前の事を示しているだけだったのだ。

 

「どういう理屈なのか分からないけど、レーダーはこのカマエル全部が本物の十賢者だと示しているわ」

 

 

 マリアの言葉に続き、

 

「物質化、だったかしら。カマエルがその「力」を使ったという可能性は?」

 

「さあな。俺が知ってる物質化ってのは、もっと単純で“なんでもできる”って認識だ。手間かけてまで、わざわざクソ弱え雑魚にする意味がねえ」

 

「うまく使いこなせていないせいで、本物より弱くなったんじゃねえのか?」

 

「確か、私はすでに認識している情報をそのまま形にしているだけ、だったか? 強かろうが弱かろうが、ヒト一人創る労力はさして変わらねえんだとよ」

 

「そう……。完全に消えたわけではないけど、可能性は薄そうね」

 

 と二人の質問にアリューゼが答える一方。

 過去にもカマエルと戦った事があるはずなのに、今さらフェイトやソフィアと一緒に驚いたりしているクロード達四人。

 

「本物と同じ、偽物をたくさん作る力? もしかして、これがカマエル特有の能力だったんじゃ……?」

 

「解せんな。こんな能力があるのなら、なぜ最初に俺達と戦った時に使わなかった」

 

「ふーむ。考えられるとしたら、偽物を作るためには十分な時間が必要とか。もしくは、力を使うのにあのゴーグルが必要だった、とかですかねえ」

 

「ゴーグルだと?」

 

「ほら、ディアスが開幕で叩き壊しちゃったやつですよ」

 

「……なるほど。筋は一応通っているな」

 

「使われる前に倒してたんじゃ、印象に残らないはずですわね」

 

 

 なんだかなあとフェイトが思っていると。

 近くにいたカマエルが一体、ゆっくりこちらに歩いてきて。

 

 

「ようやく、来おったか。ほっほっほっ。せいぜい我々の元にたどり着くまで、存分に迷っ──」

「いやあ、来ないで!」

 

 ソフィアに思いっきり杖で殴り倒された。

 

 

「お、おいソフィア、今せっかくカマエルの偽物が何か言おうと」

 

「手がワキワキしてた! 絶対触る気だった!」

 

 確かになんかしてたけど。無駄に手伸ばしてワキワキしてたけど。

 どこを? と本当は聞きたいらしいが聞けないクロードが、ソフィアから目をそらしつつ言い、

 

「ま、まあ、さすがに本物の居場所を言うほど馬鹿じゃないんじゃないかな、たぶん」

 

「あら。そんな事より倒されても消えないんですのね、このカマエル」

 

「視覚的にも厄介だな」

 

 セリーヌとディアスが今しがた倒されたカマエルを冷静に観察。

 なんにせよこのカマエルの偽物は、一応言葉を喋れて、倒されてもこれまでの十賢者みたいに消えたりはしないらしい。

 

 そう思っていると。

 どこかの兵士か冒険者が倒していたらしい。向こうの方で動かなくなっていたはずの一体のカマエルが、むくりと起き上がって、またうろうろと徘徊し出した。

 遠くではっきりとは確認できないが、傷が回復している様子はない。

 ますますゾンビ映画じみている光景である。

 

「こいつら、もしかして倒せないのか?」

 

「きりがない、ってやつですわね」

 

 たぶんこういう場合、偽物達は本物のカマエルを倒すか無力化するかしないかぎりどうしようもないのだろう。

 こっちは地面に倒れてしんなりしてるカマエルを横目に、マリアが仕切り直して言う。

 

「とにかく。意味もなく使い物にならない偽物で街を埋めつくすほど、敵は馬鹿ではないようよ。レーダーが使い物にならない以上、ラクールに今いる十賢者二人は私達全員で手分けして探すしかないわ」

 

 アリューゼがうんざりした様子で聞き返したが、

 

「他に方法はねえのか? まさか、この数だけはクソほどいる雑魚を、偶然本物にぶち当たるまで倒し続けろって言うんじゃねえだろうな」

 

「残念ながら、今のところはそういう事になるわね。一応本物はさすがにもうちょっとは強いらしいから、そういったところで判断はできるんでしょうけど……何か、他にもっと情報があれば……」

 

 結局はいつまでも街の入り口で考えているだけではどうしようもないと。

 三人ずつ三組に別れ、偽物のカマエルをひたすら倒しつつ街中を探索しようという事で、話はまとまったのだった。

 

 

 偽物達自体はとてつもなく雑魚だけど、その中に本物のカマエルはもちろん、もう一人、十賢者の長ガブリエルも混じっているはず。それと可能性は低いけど、この件にはもしかしたら元凶が直接かかわっているかもしれないので、決して油断はしないように。

 

 向こうはあわよくばこちらの各個撃破を目論んでいる可能性が十二分にあるので、決して一人にならないようにする事。

 何かあったらすぐに通信機で連絡する事。

 本物の十賢者を見つけた場合も、できるだけ無理はせず、近くの仲間に連絡する事など。

 確認し合ってから、むくりと起き上がってきた近場のカマエルをもう一度殴り倒し、クロード達九人は三組に別れて行動を始めた。

 

 クロード、ノエル、アリューゼの三人は賑やかな商店の続く通りを中心に。

 フェイト、ソフィア、ディアスの三人は住宅街へ続く路地の方へ。

 

 残ったクリフ、マリア、セリーヌの三人はというと、

 

「城へ行ってみましょう。……本物のカマエルを見分ける、いい方法。そうでなくてもわたくし達より先にこの問題に対処していたレオンなら、何か情報を得ている頃かもしれませんわ」

 

 というセリーヌの言葉を受け、ラクール城へと向かう事になった。

 

 

 他二組に続き、さっそくセリーヌ達も移動をしようとする中。

 マリアは「少し待って」と言い、懐から通信機を取り出す。

 

「つい数時間前に現れた、レーダーが役に立たない敵……。思い過ごしだといいんだけど」

 

 考えつつ、音声会話の操作をしかけてから。

 先ほど自分達に向けて話しかけてきた、動かないカマエルの方をちらと見て、思い直したように文字入力モードに切り替える。

 送信先は今クロス大陸に向けて小型艦を進めている、ミラージュだ。

 

『こちらは作戦続行中。詳細は省くけど、十賢者カマエルにはレーダーが役に立たなかった。向こうにもレーダーの反応を過信しすぎないよう伝えて』

 

 手元を隠すよう素早く文字を打ったマリアは、送信後すぐに通信機をしまい、

 

「待たせたわね。行きましょう」

 

 と二人に言ってその場を後にした。

 

 

 ☆★☆

 

 

 かび臭く、薄暗い場所に男はいた。

 たまに慌ただしく通りかかる人間には、姿を見られぬよう、影と一体化するように壁に身を預けている。

 

 ──奴らがようやくラクールに来た。その中に“目標”がいるかどうかは、今確かめている。

 

 ここまでは老人から聞いた。それから、今のところは見当たらないとも。

 

 男の耳にも直に聞こえている通り、ラクールの騒ぎはすでに、あの老人だけにこの場を任せておけるほどに大きくなっている。

 男がこんな所に来たのは、第一に、どちらかの報を待つ間の暇つぶし。

 第二に、これから奴らと一人で渡り合う事になるかもしれない老人のため、せめて騒ぎをもう少し大きくしておいてやろうという親切心、といったところか。

 

 すぐ近くの魔物共はどれも、男が本来持つ術ですでにねじ伏せてある。

 外の喧騒とは反対に、この場所では魔物共の唸り声がかすかに漏れるだけだ。

 

 しばらくの間は何もせず。

 ひたすら静かに、男が時を過ごしていると。

 

 連絡が入った。

 

 

 ──貴様の言った場所から、奴の気配がする。どうやらこちらにいるようだ。

 

 

 発信元は老人ではない方の男。

 とるべき行動が決まった男は、術で地面にねじ伏せられ、恨めしそうに唸る魔物を見下ろして言い、

 

「そう睨むな。私はこれから、貴様らを自由にしてやろうというのだ」

 

 扉にかけられた錠を、術で一斉に破壊。魔物の拘束を解くと。

 薄暗い檻の中から、文字通りに姿を消した。

 

 

 ☆★☆

 

 

 クロス洞穴最奥部のホール。

 羽音を響かせつつ、レナ達が待ち構えていた所に姿を見せたのは、ルシフェルではなかった。

 

「──ぴい!」

 

 翼はあるし、飛んでるけど。

 ルシフェルよりずっとちっちゃいし、そもそも人間の姿すらしていない。

 この場所めがけてまっすぐ飛んできたらしい、見るからにただの小鳥である。

 

「あれっ? あなたは……」

 

「とりぃ? どうしてこんなトコに、しかもこんな紛らわしいタイミングで」

 

 プリシスが言いつつ、レーダーと見比べるのも無理はない。

 ちょうどルシフェルらしき反応も、今にもこの場に現れようかというほどに近づいてきたところだったのである。

 

 ホールの入り口からぱたぱたと、やっぱりまっすぐこっちに向かって飛んでくる小鳥は、

 

「うわあ待って! それ以上こっち来たらダ──」

「ぴいい!?」

 

 プリシスが仕掛けた置き型ロケットパンチやらチサトが仕掛けた火炎放射器やらメルティーナが仕掛けた感知式発動魔法やら……、とにかくルシフェル来襲に備えて準備しておいた罠を、一通り発動させてからこっちに来た。

 

「ああーっ! 何やってんのよこのクソ鳥!」

「ていうか大丈夫、小鳥ちゃん!?」

「ぴ、ぴいい……」

 

 後ろを振り返り、冷や汗をぬぐう小鳥。

 当たり判定が小さかったため助かったらしい。

 

「危なかったわね……。もう、こんなとこまで来たらダメじゃないのよ」

 

 ギョロとウルルンがじーっと小鳥を見る中。

 気を取り直してぱたぱたと近くに寄ってきた小鳥に、チサトが声をかけた。

 

 というより……この小鳥を見た時の第一声もそうだが、まるで知り合いかのような口ぶりである。

 

「ぴい、ぴい」

「ん? なに? また私の顔が見たくなっちゃったって?」

「ぴいい、ぴい! ぴい!」

 

 みたいな事まで言ってるし。

 

「ちょっとねえ。そいつあんたのペットなの?」

 

「いや、そういうわけでもないけど。前に餌あげたら、なつかれちゃった的な?」

 

「……どうでもいいけどちゃんとしつけときなさいよ。あと今そういう場合じゃないから。集中しろ」

 

 言って、入り口の方にすぐ注意を戻すメルティーナ。

 チサトもすぐに、小鳥と遊んでいられる状況じゃないわねと気を取り直したようだが。

 

「ぴい! ぴい!」

「あーごめん。今忙しいから、また後でね」

「ぴい! ぴいい!」

 

 小鳥はしつこくチサトの周りを飛び回り。眼前でアピールするように、時々、首を横に振り振り。なんか必死にぴいぴい言っている。

 ホールの入り口の方に、くちばしで袖を引っぱるような事までし始め、

 

「ほえー。よっぽどチサトと遊びたいんだねえ、その小鳥ちゃん」

 

 横で感心したように言った、プリシスの方にまでぴいぴい訴えだした。

 

「アタシも無理だって。ほらもうルシフェルだって来るし」

「ぴいい!」

 

 そんな前方のやり取り……というかぴいぴい言ってる小鳥の事を、レナスはというと、登場の時からずっと何かが引っかかるような顔で見ていたのだが、

 

「……。もしかすると、あの小鳥は──」

 

「ええっ? もしかしてレナスさんも知り合いなんですか?」

 

「私が……? いえ、違うわ。ただあの小鳥は、私達に何かを伝えようとしているのではないかと」

 

 眉間に皺を寄せて、小鳥を見つつ言ってはみたものの。やっぱりこれも確固たる自信のある意見ではなかったらしい。

 前方を見たままのメルティーナにぴしゃりと言われ、レナスも気を取り直す。

 

「あんたまで変な事言うのやめて。気が抜ける」

 

「……そうね。この場で敵前逃亡は不適当だわ」

 

 

 みんなが見つめる先。入り口からは今度こそ、うっすらと人影。

 ついでに一層激しくなる小鳥の声。と一緒に、ピーという機械音。

 

「ん? 今のキミのじゃないよね? 誰のメッセージかな……後で見るっきゃないよね、もう」

 

 乗り込んでいる機械の中で呟いたプリシスも、気合を入れ直す。

 小鳥がやっと鳴きやみ、はっと息をのんだところで。

 ホールの入り口から、ルシフェルが現れたのだった。

 

 

「おやおや、これは予期せぬ再──」

 

 やはり緑色のローブ。その背中には、紋章力で形成された、堕天使のような禍々しい赤黒い色をした羽がある。

 現れるなりルシフェルは、芝居がかった仕草で言い、

 

「バーニングカーズっ!」

「えーい、やあっ!」

 

 さっそく投げつけられた名刺や石つぶてには、自身の羽で風をおこして対処。腐っても十賢者の二番手といったところか。

 

 同じくセリフをガン無視して詠唱中のメルティーナ、レナ。

 落ち着かなさげに、プリシス辺りの頭上をぱたぱたと滞空中の小鳥。

 最後尾で警戒中のレナス……とホール内の状況を、一通り、ルシフェルはちらと見渡してから。不敵に笑って言う。

 

「ふっ、問答無用か。少しは会話に興じるそぶりでも、見せてくれるものかと思ったのだがな」

 

「会話ぁ? そんなの後で十分だよ!」

「そうよそうよ! やっちゃいましょう、みんな!」

 

 言いつつも、こちらはメルティーナの攻撃術が完成するまでの時間稼ぎ中だ。本当は罠とか色々用意してたんだけど……なくなっちゃったものは仕方ない。

 言葉と一緒に、いろんなものを投げつけまくっているプリシス、チサト。

 近接攻撃メインのアシュトンは、今はルシフェルの反撃に備えて、最前列で味方を守る防御の姿勢だ。

 

「後でだと? ……ははは、クズどもが面白い事を言う! 本気でこの私から情報を得られる事を期待しているらしいな!」

 

「そりゃそうだよ! ていうか喋るじゃん勝手に、こっちが聞かなくても!」

「そうよそうよ! あなたはそういうタイプの悪役よ!」

 

 対するルシフェルは、飛んでくる攻撃を風で弾き返したり、羽を盾代わりにして防いだりしているだけ。場所が狭いために飛んで避ける事も、攻撃が激しくて反撃もできない様子。

 あと少しもすれば、メルティーナの術だって発動するというのに。

 なのに悪役笑いを続けていられるのは……

 

 まあ彼は元々、そういう感じのポジティブな悪役だったからねえと。

 普通に聞き流していたプリシス達の行動は、まさかの大油断だったらしい。

 

 

「くっ……ふ、ははは……。ようは話は、“目標”を追い詰めた後ですればいい、と。──同感だ」

 

 

 ルシフェルが言ったと同時。

 洞穴の地面が、ぐにゃりと揺れた。

 

 

「えっ──?」

 

「じ、地震!? でも、これって……!」

 

 

 不自然に、大きく揺れる地面。

 宙に浮いてる小鳥、ルシフェルを除いて、次々に体勢を崩していくレナ達。

 重たい機械に乗っているプリシスも、転げ落ちないようしがみつくので精一杯という状況だ。

 詠唱の隙なんか与えていなかったのに──

 

 

「ふっ、ようやくか。あの男め……この私を、ただの時間稼ぎに使おうなどと」

 

 洞穴入り口から真正面を見て、小さく何か言うルシフェル。

 

 ちょうど視線の先にいたレナスは、他のみんながすっ転んでしまっている中、かろうじて二本の足で立っているが。やはり行動が大きく制限されている様子。

 一方、詠唱妨害をされなくなったルシフェルの手からは、いかにもな禍々しい、憎しみに溢れた攻撃が放たれようとしていた。

 

「レナスさん、危ないっ!」

 

 真っ先に尻もちをついていたレナは、転びながらも、レナスを守る『プロテクション』をどうにか展開。

 

 それを気にもとめず。

 ルシフェルが片手で放ったエネルギー弾は、レナスではなく。

 レナ達の頭上をおろおろと滞空していた、小鳥の方に飛んでいく。

 

「ぴ、ぴい!」

 

 すれすれで避ける小鳥。

 外れたエネルギー弾が当たったらしい。時間を置かずに、レナ達の後方から、壁が崩れるような音が聞こえはじめる。

 即座にルシフェルがもう片方の手で放ったエネルギー弾は、今度こそ小鳥を直撃した。

 

 

「ぴ、ぎゃあ……」

 

「貴様は最初にこうしておくべきだったな」

 

 ぽたりと地面に落ちた小鳥を、なおも憎々しげに睨んで言うルシフェル。

 加減を間違えたわけでも、なんとなく目障りだったからでもない。

 今のは確実にあの小鳥を狙った攻撃だったが、

 

(どういう、こと……?)

 

 困惑したレナはもちろん、この場の誰もが、今起こった事について落ち着いて考えていられる状況なんかじゃなかったのだ。

 

 

「小鳥ちゃんっ! しっかりして! どうして、こんなっ……」

「え、なに? ウルルン、ギョロも。今なんて……」

「さてと──。よくよくうるさい女だな、貴様は」

 

 揺れ続ける地面。

 動かない小鳥に、チサトが必死で声をかける。

 と同時に、突拍子もなく騒ぎ出した魔物龍のギョロとウルルン。首をかしげて聞き取ろうとするアシュトン。

 背中の羽を、勢いよく広げるルシフェル。

 

 衝撃で近くの壁がぱらぱらと崩れ、彼の足元付近に落ちる。

 どうにか放ったメルティーナの攻撃術も、ルシフェルに届く前に、見えない何かによって弾かれた。

 

「ちょっ……それ」

 

「やけに協力的だな。いや、せっつかれていると言ったほうが正しいか?」

 

 面白そうに、やはり真正面を向き、今度は全員に聞こえる声で言うルシフェル。

 

「──くっ!」

 

 ここで何かに気づいたらしい。レナスが真後ろを振り向き。

 正面のルシフェルは、その場で大きく羽をはばたかせた。

 

 

「ははは! わかっているとも! 貴様の望み通り、今すぐそちらに送ってやろうではないか!」

 

 

 揺れる地面で、体勢を崩されていたところに、荒れ狂う暴風。

 偶然なのかわざとだったのか。先ほどルシフェルの足元にできていた石ころも一緒になって、プリシス達六人に襲いかかってきた。

 

「きゃっ……」

 

「うわあっ!」

 

 前列にいたが、機械搭乗中のプリシスは飛ばされず。

 踏ん張って耐えているところに、前からアシュトンが飛んできて。プリシスの機械にちょうど引っかかって止まり、

 

「……クソっ! 邪魔だ!」

 

 頭にたんこぶを作ったアシュトンが、暴風と機械の間で揉まれながら、悪態をつく一方。

 同じ前列で暴風をまともに受けたチサトが、後方に飛ばされていく。

 こっちも石が頭に当たったのか。倒れた小鳥とは別々に、力なく飛ばされていくチサトは、受け身すら取る様子がない。

 

 が、後列でもやはり運悪く、風の勢いを遮るものが何もない場所にいたレナにはどうする事もできない。

 なすすべもなく、一足先に、後方に飛ばされていくだけだ。

 

 

(望み通り……? そちらに送る、って……まさか!)

 

 飛ばされつつ、レナが振り返った先。

 先ほどまで、奥のホールへの入り口を埋めつくしていたはずの、岩や石くずは──

 見えない力で持ち上げられたかのように、すべて宙に浮いていた。

 

(だめ、このままじゃ……!)

 

 奥のホールまで吹き飛ばされてしまう。

 今さら気づいたところで、やはりレナにはどうにもできない。

 だけど──

 

 プリシスの機械の影で、メルティーナは反射的に風に耐えている。

 その近くにいた彼女だって、飛ばされずに耐えようと思えば、いくらだって出来たはずなのに。

 

「──っ、いけない!」

 

 暴風の直前まで、その後方の先にあるものを睨み据えていたレナスは。

 振り返り、気絶しているチサトを見るなり、動いたのだ。

 

 

 おぼつかない足元も構わず。

 自ら安全圏から、暴風の中に飛び込む。

 メルティーナが止める隙もなかった。

 

 気づいた時には、空中でチサトを守るように抱きかかえ。

 先に飛ばされていったレナに続いて、レナスも吸い込まれるように、不自然に浮いた岩や石くずのアーチをくぐり抜け、奥のホールの中へと消える。

 

 小鳥の体だけは軽く、ホールの入り口上方まで舞い上げられる。

 壁に叩きつけられた後、それまで浮いていた岩や石くずは一斉に浮力を失い。奥のホールへの入り口を、小鳥ごと、再び完全に覆い隠した。

 

 

 

「なっ……」

 

 吹きやむ風。地面の揺れも治まっている。

 いち早く動き出したメルティーナが、完全に塞がれている入り口に駆け寄るけど。すぐに何かに気づき、崩れた箇所を見て、ただ拳を握りしめる。

 

「ちょっと。なに、やってんのよ。体が勝手に、って、あの大バカ……!」

 

 まだ展開に追いつけないプリシスに、歯ぎしりして後方を睨むアシュトン。

 取り残された三人の耳に、ルシフェルの高笑いがしつこく響く。

 

「はは、どうだ! こんなにうまくいくとはな! ふはは、はは、あーはっはっは……!」

 



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18-2. その男の正体

念のため本文前に~

※二年ぶりの更新に今気づいてくださった方へ
一章辺りを少し改稿したので、以前のものより話数が短くなっています。
最新話はこの回ではありません。56話、三章17-1から続き更新しています。


 ルシフェルの高笑いが響き続ける、クロス洞穴内部。

 その場に取り残された三人のうちの一人、プリシスがおろおろしていると。

 急にアシュトンが声を張りあげた。

 

「だから言ったではないか! 我らが傍観者であるべきなのは、その時々によると!」

 

 というかアシュトンじゃない。

 この言い方やら仕草やら……久しぶりに見たけど、明らかに、アシュトンの体を乗っ取っちゃったらしいギョロとウルルンである。

 本人が気絶しちゃったから代わりに出てきた、という事なのか。

 状況が状況なだけに、彼らが出てきてくれたのはありがたいと思うべきなのだろうが、

 

「下手に隠し立てなどせず、皆にも事前に伝えていれば済んだものを! それがなんだ、この間抜けな事態は!」

 

「……っ、あの時点でここまでの大事になっているなど、誰が分かるものか! お前だって最初は、温かく見守ってやろうと言っていたではないか!」

 

「だから途中から意見を変えたのだろう! 私は言ったはずだぞ、あれは怪しすぎると、何度も! それをお前は……偏った情に流され、あのような阿呆の言い分を鵜呑みにして」

 

「ええい、過ぎた事をごちゃごちゃ言ってる場合か! 結局このような事態になるまで、傍観に徹していたのはお互い様だろう!」

 

 出てくるなり言い合いっこ、または説教を始める二匹。

 これもやはり知らない人からすれば、アシュトンが一人で延々怒鳴っているだけにしか見えない、奇妙な光景だが、

 

「なんだと! 言うに事欠いて責任転換とは!」

「説教は後で聞く、と言ったのだ! 今は非常事態だろう!」

「くっ……分かっている!」

 

 ずーっとルシフェルが笑い続けてる中。

 二匹は何やら意見がまとまったらしい。会話と状況の一部分だけが理解できた混乱中のプリシスがどうにか声に出して聞くけど、それも却下された。

 

「ね、ねえ! ちょっと待ってよふたりとも。隠してたって、いったい何の話……」

 

「説明も後だ小娘! 今はとにかく──ちっ、小賢しい真似を!」

 

 言ったところで、ふたりは何かに気づいたらしい。

 アシュトンの体で、双剣を持ったままの手を睨んで舌打ち。

 さっきからの奇妙過ぎるやり取りを気にも留めず、再び塞がれた入り口を、ずっと睨んだままのメルティーナに話しかける。

 

「女! 一刻も早く壁をぶち破るぞ!」

「言われなくても分かってるわよ! あーっもう最悪!」

 

 やっぱりメルティーナは、豹変したアシュトンの事などどうでもいい様子。

 それほどに焦っているだけ、といった方が正しいのかもしれない。

 この崩落した壁の向こうには、レナスを含めた三人がいるのだ。

 逃げ場のない空間。十賢者達の目的である彼女が今、対峙しているのは──

 

 とにかく向こうの三人と、早く合流しなきゃいけない。これだけはプリシスにも分かっていたので、声をあげたのだ。

 

「あ、そっか……壁をぶち破るんだよね? ならアタシに任せて!」

「ちょっと黙ってて今忙しいから」

 

 メルティーナはプリシスを見もせずに、苛立たしげに一蹴。

 かと思えば、一人で何やらぶつぶつ考え直し、

 

「……いや、この際、物理的でもなんでも合わせて、どでかい衝撃与えれば……いけるか? 何にもしないよりマシよね、たぶん」

 

 振り返って、プリシスが乗り込んでいる機械をまじまじと観察。

 やっぱり助太刀を頼む事にしたらしく、メルティーナが口を開きかけたところで、

 

 

「ふっ。貴様ら、この私を忘れていないか?」

「うっさい雑魚、すっこんでろ」

 

 そういえば、いつの間にか笑い声が聞こえてなかった気がする。

 

 

 すっかり背景と化してた彼の事を思い出したプリシスに、開けかけた口をそのまま彼への暴言に変えるメルティーナ。

 よく見ればギョロとウルルンが乗っ取り中のアシュトンも、なんか可哀想なモノを見る目である。

 

 その全体的なリアクションが嫌だったのか。それとも暴言の内容がとっても納得いかなかったのか。怒った様子のルシフェルは、地に足をつけたまま、

 

「自分の置かれた状況が分かっていないと見える! よほど死に急ぎたいらしいな! ──くたばれ、クズが!」

 

 そう言って、さっきみたいに暴風を起こそうとしたのだろう。

 カッコいい決めポーズでプリシス達を指差したまま、そよ風ひとつ吹かない、無風状態の洞穴内でしばらく硬直。

 

 

「ばかな!」

 

 今さら衝撃を受けたらしい。

 がっくり地面に手をつけるルシフェルに、とりあえず教えてあげるプリシス達。

 

「気づいていなかったのか? 先ほどから紋章術の類は無効化されているぞ」

 

「ていうか羽消えてるじゃん、地面に足つけてるじゃん。なんで使えると思ったのさ、亡びの風」

 

 

 現在のルシフェルの姿はというと、言うまでもなく羽なし。見た目はただの、ビジュアル系の人間である。

 少なくともプリシスは彼が高笑いをし始めてすぐ頃、彼の羽がうっすら消えてなくなっていったり、それから羽が完全に消えて、彼が高笑いを続けながらすとんと地面に両足をつけるところを普通に目撃したりしていたのだが。

 まさかの本人は気づいてなかったパターンだったらしい。

 

「ふっははは……。そういう事か、あの男め。『サイレンス』だと。事を確実に近づけるためには、周りがどう巻き添えをくらおうと知った事ではないと……。私は用済みだという事か。くくく……実にあの男らしい手だ──」

 

 ショックを受けている最中らしいルシフェルは、状況を口に出して説明。しかも、そんな時でも笑うのをやめない。

 なんかもうさすがのルシフェルって感じである。

 

 とりあえず紋章術の類を一切使えないらしいルシフェルは、ぶっちゃけ大して危なくもないのでもうどうでもいい。そんな事より、今は早く塞がれた入り口の向こう側に行かなきゃ……

 という気持ちになってるプリシス達全員の雰囲気を察したらしい。

 気を取り直して向こうの三人と合流する算段を話し合おうとしたそばから、

 

「私は十賢者だぞ! 私をいないものとして扱うのはやめろ!」

 

 すっごい主張してきた。

 仕方なく返事してあげようとしたプリシスを遮って、メルティーナが言うが、

 

 

「私は今、あんたなんか相手にしてるヒマないの。三度は言わないわよ。──すっこめクソ雑魚」

 

 

 彼女は本当はいい子なんだと、心から信じているプリシスでも身をすくめてしまうほどに、はっきりと伝わってくる苛立ち。

 チンケな悪役なら震えあがっておとなしくなったであろう。だが相手は、プライドの高さも十賢者級の十賢者ルシフェルである。

 

「ははは、あまりでかい口は叩かない方がいいぞ! そこの女!」

 

 どういうわけかやる気を出してしまった彼は、すっくと立ちあがり、メルティーナを指さして笑った。

 紋章術師なのに紋章術が一切使えない、しかも三対一という、絶望的な状況への悲壮感もどこへやら。今回は罠とかじゃなくて本当に困ってる感じなのに。さすがのポジティブ思考である。

 

「その杖、どうせ貴様も紋章術師なのだろう! 術以外にも貴様らを害せる手段を持つこの私と違って、紋章術の使えない貴様など、ただの非力な女!」

 

 とりあえず紋章剣技が使えない以外は普通に動けるアシュトンと、なんにも戦闘能力を制限されてないプリシスの事は気にしない事にしたらしい。

 セリフをガン無視して何かの詠唱を始めている、術師のメルティーナだけを相手に、

 

「まずは貴様から血祭にあげてやろう!」

 

 と高らかに宣言したルシフェルは懐から、なぜか短刀ではなく万能包丁を取り出し。そもそも位置的にアシュトン辺りに返り討ちにされるであろう現実も恐れず、意気揚々とこちらに向かってくる。

 

「私にあのような侮辱を投げつけた事、後悔しながら逝くがいい!」

 

 やれやれと双剣を構え直そうとしたアシュトン。

 標的にされたメルティーナは、いったん言葉を止め、

 

「地獄めぐりの片道切符、貴様の命であがな──」

 

 杖を前方にかざした。

 

 

「イグニートジャベリン!」

「な……ばかなあっ!」

 

 

 魔力で作られた、光彩を放つ何本もの槍。

 ルシフェルの頭上に瞬時に現れたそれは、彼の体めがけて一斉に降りそそぎ、たやすく地面に磔にした。

 

「ぐ、ばかな……そんな、ばかな!」

 

 槍はルシフェルの腕や足に突き刺さっているものもあるが、大部分は衣服を地面に繋ぎとめているだけ。どれも急所は避けられている。

 射線を対象からわずかにそらす改良がどうのとか、前にセリーヌと話し合っていたところをプリシスも見た事があるけど……どうやらこれが相手を殺さずに情報を引き出すための、彼女流の拘束術というやつらしい。

 

「理解できん、なぜだっ! なぜ紋章術が使える!?」

 

 一方、動きを封じられたルシフェルはというと、大混乱をきたしている様子。

 

「この場はすべて、あの男の手によって、紋章作用の全無効処理がなされているはず! この場にいる者誰一人として……いや、あの男自身ですら、今は使えるはずが──!」

 

 もちろん今はルシフェルの事より、閉じ込められた三人との合流が最優先だ。

 ひとまずこいつは黙らせておこうと、ルシフェルに近寄るアシュトンというかギョロとウルルン。

 メルティーナはその間に、ルシフェルを見下ろして言う。

 

 

「あんたクソやかましいから、特別に教えてあげるわ。あんたと違って、私が術を制限されていない理由」

 

 彼女の眉間には相変わらずの皺。

 教えてあげるというよりも、彼女自身あえて声に出して言う事で、今の状況をなるべく冷静に受け止めようとしていたのかもしれない。

 

「私の術が、“その男”が今使ってるあの壁の結界と、バリバリ同じ世界のものだからよ」

 

 

 

 ルシフェルはその後すぐ、アシュトンの当身によって気絶させられた。

 

 彼がやたらと口にしていた“あの男”とは、一体誰の事なのか。

 その時のプリシスにはまるで分からなかったけど、とにかくその誰かがこの塞がれた入り口の向こうにいて、閉じ込められた三人と対峙している事は嫌でも分かる。

 なにより……レナス以外の二人が、今どういう状況にあるのかという事も。

 

(みんな……。アタシ達が行くまで、無事でいてよね!)

 

 気持ちばかりが先走りそうになる中。

 メルティーナは向こうへの入り口に張られているという、強固な『結界』を打ち破れる術式の構築を、真剣な顔で続ける。

 そちらへの集中にともない、先ほど出現させた光の槍は消えている。

 アシュトンは念のため、プリシスから受け取ったワイヤーロープで体を縛り上げる、マントの一部を破りとり猿ぐつわにして噛ませる等、気絶しているルシフェルの無力化作業中。

 プリシスの役割は塞がれた入り口を、物理的に押し破る事だ。

 

 標準装備のロケットパンチじゃ土砂を掘り進められない。その他ビーム系の装備は論外。時間さえあれば、今乗っている機械を掘削専用に改良する事もできるけど……。

 

 ちょうどいい時間も道具もないしで、しょうがないから可能性に賭けて無人君を自爆させる方向で行こうとしたところ。プリシスの考えを察した無人君が必死な様子で、このホールの中に最初からあった、“ちょうどいい物体”を指さしたので、

 

「そうかその手があったね! でかしたぞ無人君!」

 

 これならさして時間をかけずにできる。

 迷わずそう思ったプリシスはさっそく、ギョロとウルルンが操っているアシュトンの力も借りて、その方法を実行に移すための準備にとりかかった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 偽物のカマエルだらけの街中を走り抜け、マリア、クリフ、セリーヌの三人はラクール城内にたどり着いた。

 城の廊下もやっぱりカマエルだらけ。

 まずはレオンに会おうと、入り口近くにいた兵士の一人に話しかけると、

 

「レオン博士でありますか? レオン博士なら、自室の方にいらっしゃるかと」

 

「自室? この前あいつと会ったトコでいいのか?」

 

「はっ、あなたはもしやノッペリン選手!? このような時に城においでいただけるとは、なんたる幸運!」

 

 どうやらクリフの事を知っていたらしい。

 他二人が「ノッペリン?」「ダサいですわね」と小声で言う中。興奮しちゃった様子の兵士は、クリフの指差した方向を見て、ちょっとがっかりしたように言う。

 よく見れば顔にはそばかす。兵士勤めはあまり長くない人物のようだ。

 

「あ、すみませんはい、そちらの方向で合ってます。……レオン博士に会いに行かれるのですね? 闘技場じゃなくて」

 

「……。逆になんでこんな時に、俺が観客喜ばせに行くと思ったよ」

 

「い、いえいえ決してそういう事ではなく! そりゃ確かに生であの技もう一回見れたらいいなーとか思ってましたけど……そんな事より、闘技場は闘技場で大変なのです!」

 

「あ?」

 

 兵士いわく、城中にカマエルが現れて大変な事も確かなのだが。

 なんとこの騒動の影響か、闘技試合のために飼われていた魔物が何匹も、檻から逃げてしまったらしい。たくさんのカマエル退治に加え、今現在もその魔物達が闘技場の外にまで逃げないよう、倒したりなだめて檻に連れ戻したり、てんやわんやの最中なのだそうだ。

 

「魔物が逃げたあ?」

 

「は、はい。あの不気味な者達に怯えて、暴れ出した魔物が檻を壊しちゃったんじゃないかって。みんなは言ってますけど。それで、そのう……」

 

 できれば加勢に行ってほしいらしく、兵士が上目遣いでクリフを見てくる中。

 そう言われてもここはやっぱり、レオン博士に会う事を優先すべきじゃないかしらと。思っているマリアの目線のずっと先で、ちょうど慌ただしい様子の一団が横に通りすぎて行った。

 

 

「危険ですレオン博士! 十分な応援を待たれた方が──」

 

「そんなの待ってられないよっ。だいたい闘技場には、すでに多くの兵士がいるんでしょ?」

 

「しかし……! っ、こいつ!」

 

「ああ、そいつらはそこまで気にしなくていいよ。……今は移動が優先! もしも本物を逃がしちゃったりしたら、もっと厄介な事になりかねないんだからね! さあ早く早く!」

 

 

 何人もの兵士に、彼らに囲まれている一人の小柄な少年。

 途中で襲いかかってきたカマエル一体を返り討ちにし、視界を横切って廊下の端に消えた、早歩きの一団を見送った後。

 

「あ、レオン博士。闘技場の方に、行きましたね……」

 

「決まりだな。俺らも行くとするか」

「ええ。もしかするとさっそく、本物のカマエルに出会えるかもしれないわね」

 

 もちろん闘技場に向かうつもりの三人に、

 

「本当でありますか! ありがとうございます!」

 

 と目を輝かせて喜ぶ兵士。

 しばし考えたクリフは「言い忘れてたぜ」と言ってから、その兵士の肩に手を置き、

 

「お前はこんな非常事態でも持ち場をちゃんと守れる、いい兵士だ。だろ?」

 

「あ、う……はい、そうですよね。吉報をお待ちしております、皆さん」

 

 目に見えてしょんぼりしたのを確認してから、三人一緒に一団の後を追いかけた。

 

 

「あー俺もなー、同じ新米でも、“輝く稲妻”(シャイニングボルト)さんみたいに強ければなー」

 

 

 

 なんかぼやいている兵士の声を後に、三人はラクール城内を進む。

 さほど時間もかからず、闘技場の入り口より前で、レオンを含めた兵士の一団に追いつく事ができた。

 

「セリーヌお姉ちゃん、それにこの間のおじちゃんも! それと……」

 

「マリアよ。直接会うのは初めまして、かしら。この間のおじちゃんの仲間だと思ってくれればいいわ」

 

「おいこら。おじちゃんはやめろ、おじちゃんは」

 

 思いもかけない再会にほっとした様子を見せるレオンに、おじちゃん呼びに地味に傷ついている様子のクリフ。

 

「そんな事より。闘技場の方に本物のカマエルがいるかもしれないって、本当ですの?」

 

 さっそくセリーヌが聞いてみると、レオンの方も無駄な立ち話をしている時間が惜しいと思ったらしい。一度は止めた足を再び動かし、

 

「大体の事情説明も省略していいみたいだね」

 

 と前置きしてから、隣を歩く三人に言った。

 

「確実にいると分かったわけじゃない。ただ可能性は高いんじゃないかと思っただけだよ」

 

「偽物騒動に加えて、こんな都合よく魔物が檻から逃げ出すのはおかしいってわけですわね」

 

「うん。兵士達だってちゃんと見張っていたはずなんだ。確かに闘技場の方にもあいつらは大量に現れたそうだけど、あんなノロマにいいように檻の鍵を壊されるほど、うちの兵士は役立たずじゃない。……だから本物が、その偽物達の中に紛れているんじゃないかってね」

 

 レオンの説明が終わったところで、ちょうど全員が闘技場の入り口前まで着いた。

 

 見渡す限り、闘技場の中もやっぱりカマエルだらけなのだが。

 うろうろしてるだけに見えるそいつら以上に、暴れまくっている魔物達の方がどう見ても厄介な事は間違いない。

 見境なく暴れる魔物に、巻き添えでやられてるカマエルなんかもいたり。

 すでに中にいる兵士達も、大半は魔物達への対処の方にてんやわんやの様子だ。

 

「よりひでえ有様だな。仮にこの中に本物がいるとしてだ、それをどうやって見つけだせ、つうんだか」

 

 クリフが現場を見てうんざりしていると。

 

「まあカマエルは偽物でも、魔物自体は全部本物だし。人手が必要な事は確かだよね。いやあ、おじちゃん達が来てくれて本当に助かったよ」

 

「待てよ。まさかお前、俺らに城の不始末の尻拭いまでさせようってんじゃねえだろうな」

 

「ふう。分かってないなあ、おじちゃんは」

 

 レオンがさらにうんざりするような事を言う。

 大人げなく言い返すクリフだったが、

 

「……。それがしなくていい面倒押しつける側の言う事か? せめてそこは助けてくださいとか、力をお貸しくださいとかだな、ものの言いようってものが」

 

「だからそのカマエルをどうにかするためにも、ここの魔物達は大人しくさせなきゃいけないでしょ? 全部じゃなくても、ひとまずある程度くらいまでは騒動収めなきゃ本物と戦うどころじゃないんだから。いいから早く手伝ってよ」

 

 この流れで論理的思考なレオンが腰を低くしてお願いするはずもなく。

 さらにマリアが話をとっとと先に進める。

 

「ある程度騒動を落ち着かせたら、と言ったわね。そこから先、全く同じ見かけの偽物達と、本物のカマエルを見分ける方法は考えてあるの?」

 

「うーん……。そこに関しては、まだ検討中ってとこかな。一応これが怪しいんじゃないか、っていうのはいくつか見当つけてあるけど」

 

 答えを聞いたマリアは「天才レオン博士を信じるしかないって事ね」と呟き。

 さほど時間をかけず、判断したらしい。

 

「ここはあなたの言う通りに動くわ。私達は兵士達への加勢を含めた、あなたの護衛。あなたはその間に本物のカマエルに関する手がかりを見つける。これでいい?」

 

「うんいいよ。よろしくね、マリアお姉ちゃん」

 

 

 という事なので、いよいよ闘技場内に足を踏み入れた。

 

 まずは魔物が入っていた檻付近を調べたいとの事で、闘技場の奥まで、レオンを中心に囲んで移動。

 通りかかった所の近くにいた魔物やカマエルは、移動ついでにクリフやマリア、セリーヌが殴ったり蹴ったり撃ったりして、大人しくさせ。兵士達に「助かりました!」とお礼を言われつつ、さらに全員で固まって移動を続ける。

 

 周りが混戦状態だし護衛対象もいるしで、そこまで速くは動けない。

 目的地まであと半分はかかりそうな移動中、

 

「そういえばセリーヌお姉ちゃん、このカマエル達に紋章術は使ってみた?」

 

 とレオンが聞いてきた。

 ちょうど近くのカマエルを一体、杖で殴り倒したところだったセリーヌは気難しげな顔で答える。

 

「使ってなかったかもしれませんわね。今みたいに街の人達も紛れていましたし、それに……こんな感じですから。わざわざ使うほどでもなかった、というか」

 

 今も間違えて兵士達に当たってしまってもいけないので、遠くの敵への術での攻撃は控えている。

 近くの敵はというと。

 カマエルの偽物は、純粋な紋章術師のセリーヌですら殴り倒せる強さ。それ以前にそもそも前衛にはクリフがいるので、セリーヌが殴り倒せないような、魔物などの強い敵はまず近くまで来ない。

 

 というより、紋章術にはそもそも詠唱というものがある。

 簡単に殴り倒せるあげく、殴り倒してもちょっと間をおけば起き上がってきてしまうような敵を相手に術を使っても、その分レオンとの合流が遅れるだけだろう。

 

 そんなこんなでセリーヌは一度も紋章術を使う事なく、ここまでやってきたのだが──

 

 

「じゃあちょっと使ってみてよ。簡単なやつでいいから」

 

 レオンはすでに足を止め、ついさっき殴り倒されたばかりのカマエルを指して言う。

 

「何か思いついたんですの?」

 

「というより、ちょっとした実験かな。本当は僕ももっと色々試したかったんだけど、さっきはそういう事を言ってられる状況じゃなかったからね」

 

 今は頼もしい味方も増えた事だし安心。せっかくだからここで実験の続きをしておきたい、という事らしい。

 同じく足を止めたクリフとマリア、兵士達にも向けてレオンは言う。

 

「大丈夫、そんなに時間はかけないよ。さ、ちゃっちゃとやっちゃおう」

 

「分かりましたわ。それで、種類は? どんなのを使えばいいかしら?」

 

 セリーヌもさっそく倒れているカマエルに、杖を向けた。

 ちょっとだけ考えたレオンは、

 

「まずは雷、いや火かな? とりあえず火の紋章術でお願い。……あ、そうそう、狙うとこはこの辺でね」

 

 言いつつ、大真面目な顔で、カマエルのある部分を指さしたのだった。

 

 

「……それは、本気ですの?」

 

「まあ、もしかしたらって段階だけどね。他にもまだ可能性は考えられるし……。でも、やっぱりこれから試してみるのがいいんじゃないかなあ」

 

 出された指示につい戸惑ってしまったセリーヌにも、ごく冷静に。やはりその部分を指さしつつ、きっちりと念を押して。

 

「よーく狙ってね。ちゃんと、一本も残さず燃えるくらいの勢いで」

 

 

 ☆★☆

 

 

 山ほどいる同じ外見の偽物達の中から、本物のカマエルを探し出すべく、ラクール住宅街の方をあてもなくひたすらに駆け回っていたフェイト達三人。

 

 ガブリエルも本物のカマエルも見つからず。

 やはり相手は雑魚もいいところな、しぶといだけのゾンビもどきばかりだ。

 フェイトやディアスはもちろん、ソフィアですら殴り倒せるその雑魚共を、あいつでもないこいつでもないとひたすらに倒しまくっていた時。

 

 マリアから急に通信が入ったのだ。

 内容はというと、

 

『偽物のカマエルと本物の違い、それと偽物の方を消せる方法が分かったわ』

 

 という、とてもありがたいものだったのだが。

 

 

『依り代、というのかしら。偽物を本物に見せかけるために、本人の髪の毛が使われているらしいの』

 

「……髪の毛?」

 

『ええ。それも一本じゃなく、一人につき何本か。……十本くらい? とにかく偽物自身に生えている髪の中に隠すようにして、その髪の毛がまとめて編み込まれているのをレオン博士が確認したわ』

 

 

 とてつもない衝撃の事実である。

 

 

「偽物一体につき髪の毛十本? ……あのカマエルから、だと?」

『そう。あのカマエルからよ』

 

 珍しく本気で驚いているディアスにも、マリアは冷静に返事をする。

 さらに、

 

『ラクールは見ての通り、大量の偽物達で埋めつくされている。加えてカマエル本体の髪の毛は、これらの偽物ひとつひとつにすべて使用されている』

 

「……。ああ、確かに。そういう事になるな」

 

『総計はもちろん、かなりのものになるでしょうね。それほどの量の髪の毛が、元からあまり毛量の多い方ではない、本体からなくなっているとしたら』

 

 ごくりと唾を飲み込んだフェイト。

 

 

「つまり、本物のカマエルは──」

「偽物よりもっとハゲてるはず、って事ですか? マリアさん」

 

『家屋内部を除いたラクール城下とラクール城内すべてを合わせた面積に、面積当たりの偽物の数、それに一体につき使われている髪の毛の量。最初のカマエルにあったはずの毛量については完全に目分量だけど……ざっと計算しただけでも、現在のカマエルの毛量はほぼゼロに近いという結果が出ているわ。一目見ただけでも分かるくらい、偽物とは明らかに違う外見という事で間違いないわね』

 

 

 直接的な表現で聞いちゃうソフィアに、あくまでも冷静に答えるマリア。

 というかさっきから頑なに“ハゲ”という単語を使わず説明しているのは、マリアなりの相手への優しさなのか。それともむしろわざとなのか。

 

 気にはなったものの、今はもちろんそんな事を言っていられる場合ではない。

 マリアにならって、せいぜい真面目な言動を心がける事にしたフェイトは、仕切り直して話の先を促した。

 

「……。とにかく、よりハゲを探せばいいんだな。それで偽物の消し方は?」

 

 

 マリアの説明によると、とにかくその依り代になっている本物の髪の毛さえどうにかしてしまえばいいらしい。

 方法は偽物からその髪の毛をピンポイントでむしり取るなど色々あるが、偽物の髪の毛全体をまるごと燃やしてしまうのが一番手っ取り早いだろうとの事。

 視覚的にもレーダーの反応的にも、それだけで偽物の存在は消せるのだとか。

 

 それとその情報はフェイト達以外にも、レオン博士経由でラクール中にいる兵士や、冒険者にも伝えている最中だと言っていた。

 火の紋章術が使えない人達でも、たいまつさえあれば髪の毛は燃せる。

 彼らの力も借りて偽物の存在、つまりはレーダーに反映されてしまっている“ハズレ”を片っぱしから消してしまえば──

 

 最後に残ったのが本物の十賢者二人の反応、というわけだ。

 

 

 結局のところは人海戦術になるけども、まあこれが一番確実な方法といったところかしらねと。マリアは大体の状況説明を済ませ、そう言って通信を切った。

 火の紋章術が効果的と聞いたソフィアは、さっそくやる気である。

 

「よーし! ハゲおじいちゃんの髪の毛、片っぱしから全部燃やしちゃうんだから!」

 

 場所はもちろん住宅街の路地。

 杖を手にソフィアが声を響かせたところで、ちらほらと開いたままだった上階の窓が次々と音を立てて閉められた。

 

(確実に誤解されたな、今の)

 

 とは思ったフェイトではあるが。ここで家々を訂正して回る時間も正直もったいないので、気にしない事にしておく。

 たぶんもう少し時間が経ったら、たいまつを持った兵士の一団とかごっつい冒険者達とかも、

 

「ハゲはどこだ!」

「ハゲの髪の毛を燃やせ!」

「むしりとれ!」

 

 とか言いながら街中を練り歩く事になるんだろうけど。

 自分達はこの混乱を完全に鎮めるため、ラクールに来たわけじゃない。この混乱のもとをどうにかするために来たのだ。

 一般市民への事情説明等、細かい後処理はラクールの人達に任せようではないか。

 

 

 自分達が今これからやるべき事は、応援が来るまで、偽物を一人でも多く減らす事。

 とにかく減らし続けて、本物の二人が見つかったら、両方すぐにでも倒すか無力化して捕まえる事だ。

 カマエルの方は偽物がうざいので、無理に捕まえようとするよりさっさと倒してしまった方がいいかもしれない。

 

 クロスの方ではレナ達仲間も首を長くして待っている事だし、とっとと全部終わらせて、向こうに戻ってあげなきゃな。

 

 そんな風に考えていたフェイトには、この時点よりもっと前の段階ですでに、クロスにいる彼女達が大変な目に遭っていた事など──

 最初レーダーに反応があった十賢者二人のうち、今はどうやったって一人しか見つかるはずがない事など、少しも想像していなかったのだ。

 

 

 ☆★☆

 

 

 癒しの力が出せない。

 ずっと手をかざしているのに。いつもならなんにも難しくない事なのに。

 それになにより、

 

(──どうして? どうしてあなたが、ここにいるの?)

 

 レナには意味がわからない事だらけだ。

 

 意図的に塞がれた退路。

 崩れた入り口の前にしゃがんでいるのは、紋章術の使えないレナ。

 頭から血を流し、ぐったりと意識のないチサト。

 そんな彼女を片手で抱きかかえ、もう片方は剣を手に、前方を見ているレナス。

 

 三人それぞれを見てから、十賢者の長ガブリエルは言う。

 

「少々想定外のものまで付いてきたが、これだけ絞れればまあ上々だろう。……さて、後はこれからどうするかだが」

 

 

 彼の周囲を離れず浮かんでいるのは、二つの盾。

 どうしたらいいか分からないでいるレナに、無言でチサトの身を預け。地につけた左手を握りしめてから、レナスは立ち上がった。

 



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18-3. 三度目の正直

 唯一の入り口を塞がれて、クロス洞穴最奥部のホールに閉じ込められた三人。

 三人のうち、チサトは飛んできた石が頭に当たって気絶。そのうえ紋章術もすべて封じられているという、緊迫した状況の中。

 

 ホールの中で待ち構えていた十賢者ガブリエルをしっかりと見据え、レナスは剣を手に立ち上がったのだ。

 意識のないチサトの身を預けられたところで、それまで混乱していたレナは思わず声をかけた。

 

「レナスさんっ」

 

 十賢者の、ガブリエルの目的は彼女だ。

 だから絶対に、彼女を立ち向かわせたらだめなのに。

 今、この場でまともに戦えるのはレナスしかいない。そんなの分かりきってる事のはずなのに、真っ先にそんな思いが浮かんだレナに対して、

 

「私は大丈夫。レナは、ここから出る方法を探して」

 

 レナスはガブリエルの方を見たままで言う。

 レナが努めて冷静になれるよう、落ち着かせるような語調ではあるけれど。同時に彼女自身の張りつめた緊張もはっきりと受け取れる、そんな言い方だ。

 

 悔しいけど紋章術の使えない自分じゃ、ガブリエル相手に立ち向かっても何もできないどころか、彼女の邪魔になるだけだ。

 ここでレナが無理に引き止める事が、彼女の集中の邪魔になるだろう事も、その反応で嫌でも理解できたので、

 

(ここから逃げる方法を……。でも今は、そうするしかないのよね)

 

 真後ろの、完全に崩れてしまっている入り口に目をやりつつ。

 それがどれだけ困難な事かも分かっている上で、レナは短く答えた。

 

「……はい。やってみます」

 

 頭から血を流し、ぐったりと動かないチサトをそっと地面に寝かせ。

 後ろの方のやり取りを気にしつつも、ひたすらに手で、崩れた入り口の岩の破片や石くずを、層の薄そうな場所を狙って、一心にかきわけていくレナ。

 

 前を見据えたままのレナスは、そんな二人を守るよう、慎重に足を前に踏み出す。

 様子を見ていたガブリエルが、面白そうに口を開いた。

 

 

「どうやら、悪あがきの相談は済んだようだな」

 

 どうせあがいても無駄だと言いたいらしい。

 睨みつつ言うレナスにも、その余裕ぶりを崩さない様子。

 

「妙な情けをかけるものだな。自信の拠り所は、やはりその「力」か」

 

 ガブリエルの周囲には、二つの盾が浮かんでいる。

 ふよふよと彼を守るように、通常の物理法則ではありえない動き。それを紋章術がすべて封じられている状態で、となると──

 

 彼が現在どのような「力」をもって、この盾を操作しているのか。

 対峙しているレナスにとっては、もはや何の疑問を挟む余地もない事だろう。

 しかしガブリエルは、そんなレナスの確認には興味を示さず、

 

「情け、か。なるほど、言い得て妙だな。確かに私は、貴様に情けをかけているのかもしれん」

 

「……私の「力」を得た分際でか。都合のいい自己満足を」

 

 剣を握る右手と握っていない左手、両方に力を込めつつも、冷静さを失わないように言い返すレナス。

 ガブリエルはこれにも、どこかずれた返答をし、

 

「ああ確かに、貴様の「力」がなければ、私が今こうして、ここにいる事もなかったのだからな。感謝もしている。ただ──」

 

 言いかけてから、

「そんな事はどうでもいいな。今重要な事は、私が貴様をどうするかという事だ」

 一人で勝手に話を進める。

 

 

「なによりこの「力」の、元の主たる貴様は厄介そうだ。それに、私は貴様に恩ある身でもある。──ふむ。こういうのはどうだろう」

 

 睨むレナスを前に、少々考えるそぶりを見せたガブリエルは、

 

「感謝のしるしとして、私は貴様を見逃す。貴様はおとなしく、元いた世界へと帰る」

 

「……」

 

「本来ならばすぐにでも仕上げにとりかかりたいところだが。貴様と、貴様の仲間と、帰るまでの猶予も特別にくれてやろう。この世界ではぐれた仲間がいるのなら、この「力」を使って探し出してやってもいい。──こういうのは?」

 

 一人勝手に問いかけてから、変わらず強い視線を向けるレナスを見て、

 

「やはりだめだな。貴様がおとなしく言う事を聞くという、確証がない」

 

 と思い直したように首を振る。

 

「貴様のその目。せいぜいこの場でおとなしく要求を呑むふりをして、仲間達と合流し、万全の状態で私に手向かうに違いない。そうなれば、ここまでの下準備をしてまで、下手に貴様に情けをかけた私は間抜けもいいところだ」

 

 まさしく今言われたような対応も考えていたらしい。

 レナスがなるべく苛立ちを表に出さないよう、言い返し

 

「答えの決まりきった事を長々と。貴様は何が言いたい」

 

「正直に言おう。さっきも言った通り、私はどうにも貴様の存在を軽んじる事ができん。戦闘能力の面でもそうだが──なにか、それ以上の、得体の知れない面でもだ」

 

 ガブリエルはというと、そこまで言ってから、

 

「いや違うな。やはり憐れみか?」

 

 と自分でも理解できないらしい心境に首をひねり。

 いっそう睨むレナスを前に、ふっと笑って続ける。

 

「貴様に恨みはない。それどころか同情しているくらいだ。これからこの世界のすべてを、宇宙を滅ぼそうというこの私が、知らずと貴様に情けをかけたくなるくらいにはな。だが──」

 

 

 いったん言葉を区切り、

 

「そうして私の前に立ちはだかる貴様は、結局のところ邪魔なのだ」

 

 ガブリエルはそれまで組んでいた両腕をほどく。

 

 

「だから貴様は、この場で念入りに潰させてもらおう!」

 

 

 言うが早いか、ガブリエルは手から光を放ち、レナスに向かって投げつけた。

 ほぼ同時に、レナスも左手に隠し持っていた石くずを投げる。

 

「くらうかっ」

 

 投げた石くずは、ガブリエルが放った光の中に包まれた。

 光はたちまち晶石へと変わり、内包された石くずの慣性は保ったまま、今度はガブリエルの元へ向かう。

 

 なんなく浮いている盾の片方で弾くガブリエル。

 間髪入れずに、距離を詰めたレナスの剣が襲いかかる。

 これもガブリエルは、浮いている盾で防いだ。

 

「さすがに、元の主には効かぬか。穏便に済ませられる手だと思ったのだがな」

「……減らず口を!」

 

 目にも止まらぬ速さで、真正面から剣を打ち込み続けるレナス。

 ガブリエルは、まともに近接戦闘に付き合えば勝ち目はないと読んだか。レナスの攻撃が届かないぎりぎりの距離に自らの体を置き、すべての攻撃を二つの盾を駆使して防いでいる。

 

 

 いよいよ始まってしまった戦闘。

 剣と盾が激しくぶつかる音に、時々心配のあまりに後ろを振り返りつつ。レナはひたすらに崩れた入り口をかきわける作業を続ける。

 

(レナスさん、ガブリエルなんかに負けないで……!)

 

 

 一方ガブリエルは、盾で攻撃を防ぎつつ、改めて感心したように言う。

 

「どうやら私の判断は正しかったようだ。どうしてこのような恐ろしい力量の持ち主を、くだらん同情のために野放しにする事ができよう」

 

 はたから見れば、ガブリエルは防戦一方。

 猛攻を続けるレナスの方が、このままいけば、彼の防御を打ち破るか間隙を縫うかして、致命的な一撃を与えられるようにも思える一方的な展開だが。

 

「どれ、もう一つ賭けてみるとするか。……もっとも、答えはすでに出ているようなものだが」

 

 浮かせた盾を前方に固定させ。

 一歩退いたガブリエルは、手のひらをレナスの方に向け集中させた。

 

 レナスは一瞬顔をしかめた後、

 

「くっ!」

 

 前方に突っ込み、左手で強引に、邪魔な盾を払いのける。

 ガブリエルから少々位置が離れ、支配力が弱まったためか。払いのけられた盾の一つはコントロールを失い、地面に落ちたものの。

 次いでレナスが、ガブリエル本体に攻撃を加える前に。ガブリエルの手から、物質化された槍が放たれる。

 

 一歩後ろに下がっただけで、引き留まるレナス。

 放たれた槍は、わずかに避けたレナスの左腕を切り裂いた。

 

 

「あ……レナスさんっ!」

 

 後方で見ていたレナが叫んだ時には、レナスは左腕を裂かれつつ、その腕で放たれた槍を後ろ手に掴んでいた。

 その場で半回転し、槍の勢いをある程度いなしてから。落ちている盾の一つ、盾本体と縁取りとの境目をこじ開けるように貫き、深々と地面に突き立てる。

 

 そのままレナスは息つく間もなく、ガブリエルに再び接近。

 ガブリエルはもう一つの盾だけを手元に引き寄せ、また攻撃を防いだ。

 

 

「おおむね予想通りの結果だが……。怯みもしないとは恐れ入る。もし私が慢心のまま、貴様と相対していたらと思うと」

 

 やはり感心したように言うガブリエル。

 けれど今度のは、レナスというより自分に酔いしれているような言い方だ。

 

「まあそれも、しがない想像にすぎんのだがな。私は「力」を得た段階で浮かれたりなどしなかった。前例を教訓として、来たるべき時期を静かに待ち、この「力」の使い方を一から地道に学んでいき……そして今があるというわけだ」

 

 負傷した左腕も構わず、レナスはどうにかガブリエル本体に攻撃を加えようと、真っ向から剣を振るい続ける。

 距離を詰めようとすれば、その分だけ、ガブリエルは後ろに下がる。

 片方の手は、浮いている盾に向けてかざし。もう片方は体の後ろ、何もない空間へとかざしている。

 後ろへと下がり続けるガブリエルは、余裕すら感じさせる表情だ。

 

「むろん、私は貴様ほどには、この「力」を扱えてはいないのだろう。……知識も足りぬ上に、集中の加減がとにかく難しくてな。構造の複雑な物はなおさらだ。それを二つ同時に盾を操りつつ、となると……これがなかなか」

 

 聞いてもいない事を、一人勝手にしゃべり続けた後。

 ガブリエルは後ろにかざしていた手を、前にやった。

 

「今できるのは──せいぜいこれくらい、といったところか」

「──!」

 

 手に握られているのは、クロスボウだ。

 

 レナスは大きく後ろに下がった。

 放たれた矢は、剣で防いだレナスの足をかすめ。

 レナ達がいる場所の、手前すぐ横に、音を立てて転がる。

 

 ガブリエルがクロスボウの上面をなでるように手を触れると、そこにはすでに新しい矢が装填されていた。

 

「術や銃が使えれば、このような代物に頼る事もないのだがな。悪いが、貴様をすぐ楽にしてやれそうにない」

 

 クロスボウを向けて言うガブリエル。

 身構えるレナスは、その場でガブリエルを強く見返した。

 

 

(そんな……、これじゃ、レナスさんが……!)

 

 状況を悟ったレナがいっそう焦りを感じるのは、このままだとレナスがガブリエルに負けてしまう、といった事だけではない。

 さっきから彼女がガブリエルにいいようにやられている理由が、この場から動けない自分達にあると、ようやく気づいたからだ。

 

 ひたすら真正面から剣を打ち込んでいたのも。

 ガブリエルの攻撃も、見切れなくて当たったんじゃない。

 避けたくても避けれなかったんだ。

 後ろに、わたし達がいるから──

 

 

「いっそ諦めたらどうだ。守る義理など、貴様にはないだろう?」

 

「……そのようなもの。貴様に決めつけられる、筋合いこそない!」

 

 

 後ろから断続的に聞こえてくる、矢の射出音。剣で弾く音は数が合ってない。

 次々とそばの地面に転がってくる矢を横目に、レナはいよいよ必死の思いで、崩れた入り口を掘り続ける。

 

「早く、早くしなきゃ……!」

 

 指先の感覚はもうない。

 あげく途中でどうやっても崩せない、壁のような層にぶつかった。

 

 他と同じような岩や石くずにしか見えないのに。これを掘り進められなきゃ、ここから出られないのに。

 

 どんなにやっても、爪を立てても少しも削れない。

 手を握って、力を込めて叩く。

 やはりびくともしない。

 それでも力の限りに、叩き続けていると、

 

「お願い、届いて! じゃないとレナスさんが、レナスさんが……!」

 

「……ナ? ……は、どうなって……」

 

 崩れた入り口の向こうから、くぐもった声がした。

 

 

「プリシス! プリシスなの!?」

 

 すぐに気づき、掘り進めた箇所にぎゅっと耳を押しつけるレナ。

 プリシスの声は壁を挟んですぐそばにいるとは思えないくらい、まるでもやでもかかっているように聞き取りづらかったけど、

 

「聞こえ……!? ……シ達、とにかく……に行くから! 危……から下がって……だからもう少し、頑張っ……」

 

 もう少しで、プリシス達が助けに来てくれる。

 これだけは理解できたレナは、

 

「分かったわ、お願いプリシス! できるだけ急いで!」

 

 と感謝と焦りの混じった声を入り口の向こうに張り上げ。とにかくチサトを連れてここから離れなきゃと、レナは後ろを振り向いた。

 

 

 そこらに散らばっている矢。

 少し前まではレナから遠ざかっていた二人は、今では逆にレナスが押されるような形で、少しずつ距離が近くなっている。

 致命傷は避けられているけど、やはり弾ききれなかった矢がいくつかあったか。レナスの服はところどころ赤く滲んでいる。

 

(レナスさん……、プリシス早く、お願い……!)

 

 祈るような気持ちで、チサトの元に駆け寄り、ぐったりと意識のない重い体を抱き起そうとするレナ。

 クロスボウを向けたガブリエルはというと、先ほどのレナスの言葉に、不可解そうに眉をひそめた。

 

 

「筋合いはない、と? 私はこれでも、物事を客観的に捉えた質問をしているのだが。よもや貴様、己の敗北を悟り、意固地になっているのではあるまいな」

 

「……何だと?」

 

 挑発のつもりなのか。まるで本気で理解できない、とでも言いそうな調子だ。

 睨みつつ聞き返したレナスにも、ガブリエルはやはり、

 

「冷静に考えなくとも分かるはずだが。貴様は本来、私達とは完全に無関係の世界にある存在なのだぞ。このような場合、己を巻き込んだ元凶に憤るのが筋ではないのか?」

 

 悠々とした態度で質問を述べる。

 さらにはこんな事まで、当然の疑問だと言わんばかりの独り言だ。

 

「私からこの「力」を取り返すため、ならいざ知らず……それをまさか、貴様はこの世界を守るために戦う、などと」

 

 

 じわじわと前に進みつつ、また矢を放ったガブリエル。

 もう一歩後ろに下がり、剣で矢を弾いたレナスは、いよいよ相手の言いように我慢がならなくなったらしい。

 

「己を巻き込んだ、元凶……だと? 私が、無関係の存在だと……」

 

 歯噛みしつつも、冷静さだけは失わないよう、その場に踏みとどまってガブリエルを睨みつけるレナス。

 ガブリエルは変わらず、

 

「ああ、そうだ。おかしい事など何もあるまい?」

「貴様……!」

 

 レナスを挑発するかのように、首をかしげてみせたと思いきや。

 

「貴様の口がそれを言うか! ……憤るのが筋だと? 私から「力」を奪った、すべての元凶たる貴様が!」

 

 レナスのその返事を聞いて。

 しばらくしてから、今度はいきなり笑い出した。

 

 

「私が? 貴様から「力」を?」

 

 

 本気でおかしくてたまらない、といった様子だ。

 睨むレナスを前に、笑いが治まったガブリエルは一人、勝手に納得したように頷く。

 

 

「なるほど、それはそれは……。どうりで、お互いに話が通じぬはずだ」

 

(……ガブリエルは一体、何を言っているの?)

 

 不穏な響きを感じつつも、レナが一生懸命に移動させようとしているチサトの体が、わずかに反応を示したところで、

 

 

「気になるか? ──貴様はつくづく哀れな女だ、という事が私にもようやく分かったのだよ」

「なに……?」

 

「であれば、これはせめて私の口から伝えるべきなのだろうな」

 

 それから。

 ガブリエルはレナスの後方をわざとらしく見て、言った。

 

 

 

「知らずにあれを(かば)っていたとは思わなかった、という事だ」

「な──」

 

 

 一瞬、相手の視線を受けて、レナスの体がこわばる。

 同時にガブリエルが放った矢は、レナスの膝に突き刺さった。

 

 

「しまっ……!」 

 

 立て続けに二射、上半身を狙った矢の追撃。

 やむなく剣で弾かされたレナスが体勢を崩し、後ろによろめく。

 そのすぐ背後には、さきほど地面に盾を固定させた槍があった。

 

 全身に眩い光を放ち始めている槍。

 不敵に笑うガブリエルの手は、その槍に向けられていて、

 

「チェックメイトだ」

 

 言ったと同時に、槍が光の爆発を起こした。

 

 

「レナスさんっ!」

 

 威力を凝縮させたらしいその爆発は、レナスを中心とした周囲だけ。

 少し離れたレナ達の位置には、ほんのわずかの爆風が届いただけだ。

 

 爆発が収まった後、それでもレナスがまだ生きている事だけは、レナにも最初から分かっていたけど、

 

「……っ、まだだ……!」

 

 蓄積した負傷に加え、今の爆発のダメージは大きく。レナスは荒い息で、鞘に体重をかけ、矢で動かせない足の代わりにして、倒れかけた体をこらえる。

 致命傷を一度だけ防ぐアイテム『リバースドール』は、今ので砕け散ってしまった。それなのに

 

「ほう、なかなかにしぶといな。──だが、二度目はあるまい」

 

 ガブリエルはそれも見透かしたように、また手に力を込め始める。

 手を向けられた先、レナスは歯を食いしばって、前に進んだ。

 

 

「やぶれかぶれか。可哀想に」

「貴様は……ここで、倒す!」

 

 ガブリエルの手からは、すでに物質化の光が見えている。

 重心のずれた、不確かな足運び。

 足からも、腕からも、頭からも血を流しつつ。

 レナスは一心にガブリエルの元へたどり着き、剣を振った。

 

 

 

「……。やはり貴様は大したものだ。このような状況で、私に傷をつけるとは」

 

 ガブリエルの頬からは、一筋の血が垂れている。

 レナスが握った剣は、大部分が砕け折れ、なくなっていた。

 

 

(あ、そんな……)

 

 スローモーションのように映る目の前の光景を、レナが呆然と見る中。

 それでも相手の体に向けて動かしたレナスの手は、ガブリエルにたやすく片手で止められた。

 

「貴様はよくやった。気に病む事はない。──ゆっくりと眠るがいい」

 

 ガブリエルが声をかけ、レナスの剣を砕き、胴体を貫いた槍を『霊体化』で消去する。

 吐血。

 ぼたぼたと流れ落ちる血液。

 支えを失ったレナスの体は、ガブリエルの足元に倒れ伏した。

 

 

 

(うそ、でしょ……? こんな、の……)

 

 こんな事あるはずがないのに。あっていいはずがないのに。

 見間違える事なんかあるわけない、すぐ近くで起きてる事なんだと理解しているはずでも、残酷な現実があまりに信じられなくて。

 頭が真っ白になりかけたレナは、我に返った。

 

「ずいぶん手こずらせてくれたな。さてと」

 

 その場で呟いたガブリエルが、レナ達の方に目を向けたと思うと。すぐに下を見たのだ。

 

 ガブリエルの足には、剣が刺さっている。

 折れた剣の、ほとんど刃も残っていない部分。

 最後の意識を振り絞って突き刺したのか。剣を握るレナスの体は、すでに身動き一つしていない。

 

 見下ろしていたガブリエルは、

 

「ちっ。往生際の悪い」

 

 顔をしかめると。刺さっている剣ごと、レナスを蹴り飛ばした。

 

 これも例の「力」で、身体能力を増強させたらしい。レナスの体はたやすく宙に浮き、受け身すら取らずに、血の痕を描いて地面を引きずられる。

 彼女の体がようやく止まったのは、レナの目と鼻の先。

 蹴られた衝撃で彼女の手から離れた、折れた剣も、レナの手元まで転がってきた。

 

 ガブリエルは、チサトの体を支えているレナの方を見て、平坦な声で言う。

 

「やはりこの女は、念入りに息の根を止めるべきだな。そうは思わないか?」

 

 レナの耳元で、かすかにうめき声をあげるチサト。

 さっきからその片鱗を見せている、チサトの意識がすぐに戻ってくれる事を信じて、支えていた彼女の体を離す。

 レナは手元にあった折れた剣を拾い、倒れたレナスの前に立ちはだかった。

 

「だめっ! そんな事、絶対にさせないわ!」

 

「させなかったら──どうするつもりだ? そんなもので」

 

 こういう時、本当はどうするのが正しいかなんて、レナには分からなかったけど。今まさに自分の目の前でレナスが止めを刺されそうな状況で、何もせずに怯えているなんて、とてもできなかったのだ。

 

 いくら紋章術が使えない状況だって。

 この剣を振るったレナスを、散々に傷つけたガブリエルが相手でも。

 ここで退いたら、彼女は助からないから。

 だから、いくら勝ち目がなくっても。絶対に、退くわけには──

 

「ふっ、無駄な事を。これで死体がもうひとつ増える事になるな」

 

「こっちに来ないで! そんなの……やってみなきゃ、分からないでしょ!」

 

 震える手で、折れた剣を向けるレナ。

 ガブリエルはそんなレナを見て、あざ笑った。

 

 レナスの時のように、「力」を駆使する必要もないと判断したらしい。

 先ほど刺された片足をやや引きずりつつ、ガブリエルがゆっくりと近づいてきた時。

 

 

「──やめてっ!」

 

 

 後ろから、チサトの声がした。

 

「もう、やめて。お願いだから──」

 

 反応を示し、ぴたりと歩みを止めるガブリエル。

 思わずレナも後ろを振り返る。うずくまって声をあげたチサトが、額から流れる血を手で拭い、ふらつきながら立ち上がったところだった。

 

(チサトさん、よかった……!)

 

 非常に厳しい状況な事には変わらないけど、彼女が起きてくれたのなら、二人ならなんとかなるかもしれない。

 冷静に考えられているわけもない頭で、とにかく今の状況を説明しなきゃと、慌てて口を開きかけるレナに、

 

「チサトさん、レナスさんが……!」

「……ええ、分かってる。あなたは、彼女をお願い」

 

 チサトはそれだけ言い。

 レナをその場に引き留めてから、一人でガブリエルの前に進んだ。

 

「あ……」

 

 ──チサトさん一人じゃ危ない。わたしも加勢します。

 言われた瞬間はそう言い返そうと思っていたはずのレナが、実際は気が抜けたように、すとんとその場に座り込んでしまったのは……彼女の態度に、何か説得力のようなものを感じたからなのか。

 たぶんチサトさんの方は大丈夫だと。一瞬で納得してしまったレナの意識は、すでに倒れているレナスにばかり向けられている。

 

 血まみれの体に、赤黒く染まった辺りの地面。

 膝に刺さったままの矢。

 槍で貫かれた胴の傷は特にひどく、今も血が地面に流れ続けている。

 手をかざして意識を集中させても、回復術は一向に使えなくて。

 呼吸も、脈拍も、とても弱くなってきていて──

 

(……レナスさん。どうしよう、レナスさんの傷を、塞がなきゃ……)

 

 

 その一方でガブリエルは危害を加える様子もなく、チサトが自分の目の前にやって来るのを静かに待ち。

 彼と対峙したチサトがした事も、戦闘ではなく懇願だった。

 

「お願い、『サイレンス』を解いて。このままじゃ、彼女が……」

 

「多くの事を知っている“貴様”の事だ。ひとに物を頼むにはどうすればいいかも、よく分かっているだろう」

 

 ガブリエルは、突き放すように言う。

 チサトが要求にためらうそぶりを見せると、

 

「それとも、やはり見殺しにするか?」

 

 ガブリエルは、後ろの二人を見て言った。

 

「……先に、『サイレンス』を解いて。そうじゃないと」

 

「時間が惜しいのか、分かるぞ。私も同じ気持ちだ。わざわざこんな場所まで出向いて、今度こそ貴様が逃げられぬよう、この結界を維持し続ける事がどれだけ手間のかかる事か」

 

 相手の主張を最後まで言わせる事なく、わざとらしく一気にまくしたてるような言い方。

 まるで、最大限に苛立ちを押さえているといった態度を見せたガブリエルは、それから何かを要求するようにチサトへ向けて手を差し出し、

 

「こいつらを見逃してやるか、それを決めるのも私だ。貴様ではない」

 

 逆らえなかったチサトは、後ろの二人をちらと振り返り。

 うつむき、言われた通りに、自分の手をガブリエルの手の上に乗せる。

 途端、二人の手のひらの間に、ほのかな光が発生した。

 

 

(どういう、事……?)

 

 いくらレナスの事で頭がいっぱいなレナだって、この状況のおかしさぐらいはさすがに気づく。

 けどそれ以上に、

 

(お願いチサトさん、早く……!)

 

 状況がおかしくても、回復術が使えるようになるのならもう何でもいい。

 意味が分からないレナができるのは、一向に血の止まらないレナスの胴の傷口を懸命に押さえつけ、すがるような気持ちで二人のやり取りを聞き過ごす事だけだ。

 

 一方で行われているのは、何かを、渡しているような光景。

 要求が通ったらしいガブリエルは、しばらくの間、満足したかのように目を閉じ、

 

「それにしても、なんと愚かな存在もいたものか」

 

 光に包まれている手はそのままに、笑みを浮かべてチサトに話しかける。

 

 

「貴様のこの決断がどんな結果をもたらすか、分からぬわけでもないだろうに。よりによって理由が……こいつらを助けるため、とは笑わせてくれる」

「……」

 

 返事をしないチサトを相手に、

 

「それとも、今さら罪滅ぼしのつもりか?」

 

 とまで笑って言ったところで、二人の手のひらの光が消えた。

 そっと手を離すチサト。ガブリエルが成果を確かめるように、自分の手のひらを握ったりしつつ、

 

「まあいいだろう。逃げずに私と対話できただけでも、貴様にしては上出来だ」

 

 と言った時。

 

 

 突然地面が揺れた。

 

「なに?」

 

 片眉をあげて、レナの後方にある部屋の入り口を見るガブリエル。

 とっさにレナスの体を庇うように、レナが覆いかぶさったところで、

 

 

「──いっけええぇっ!」

 

 崩れた入り口を突き破り出てきたのは、巨大なドリルのような何か。

 次いで姿を見せたのは、そのドリルらしき物体を無理やりにかついだ、プリシスの乗る搭乗型機械。

 プリシスがぶち開けた入り口から、間髪入れずにアシュトンとメルティーナの二人も突入してきた。

 

 

「……これは少し計算違いだな」

 

 意外そうに呟くガブリエル。

 惨状に息をのむプリシスの脇をすり抜けて、メルティーナがすぐに杖を構え、アシュトンが双剣を手に飛び出したけど。

 二人が攻撃を加える前に、ガブリエルは姿を消した。

 

「くっ、どこだ!」

 

 歯噛みしてから、急いで後方を振り返るアシュトン。

 視線の先、入り口向こうのもう一つの部屋の中。

 

 ホールの中央にあったはずの『オブジェクト』は、足場ごと、根元から叩き斬られていて。

 その傍らの、猿ぐつわをされワイヤーロープで縛られ、しっかりと気絶している状態のルシフェルのもとに、ガブリエルは再び姿を現した。

 

「このっ……!」

 

 見るなり攻撃術を飛ばすメルティーナ。

 ルシフェルの首根っこを雑に掴んだガブリエルは、迷わず気絶中の彼を盾にして攻撃を防ぐ。

 その場でレナ達の方に向けて、

 

「約束は守ってやる。得られた短い時間を、せいぜい己の愚かさに苛まれつつ過ごす事だな」

 

 ガブリエルは最後にそう言ってから、ルシフェルごと完全に姿を消したのだった。

 

 

 

 アシュトンやメルティーナは最初、不意打ちを警戒していたようだったけど。

 彼はもうここには戻ってこないだろうと、当たり前のように受け入れていたレナには、その事を安心する余裕も全くなかった。

 

 ガブリエルがいなくなったと同時に、さっきまでどうやっても使えなかった癒しの力が、急に使えるようになっていて。

 急いで彼女の傷を治そうとすればするほど、彼女の今の状態を知れば知るほど、考えたくもない最悪の結果ばかりが頭をよぎって──

 

 

「レナスさんだめっ、戻ってきて……!」

 

 息をしていないレナスの傷口に手をかざしつつ、必死で呼びかける。

 

 傷はまだ塞がってない。

 血も失われていくばかりで。

 一刻も早く治さなきゃいけない状態なのに。

 こんなひどい怪我、すぐに治せるはずもなくて、

 

「全部終わらせて、ルシオさんに会うんでしょう! ちゃんとしたプレゼントだって、選んで……!」

 

 彼女の懐からこぼれ落ちた腕輪も、ひしゃげ、血に塗れている。

 

 半泣きで呼びかけるレナ。

 杖を手に、黙り込んで、二人のところに近寄るメルティーナ。

 反応を示さないレナスに、ただ近くで見ている事しかできないプリシスが、悔しそうにうつむいた時だった。

 

 

「……ごめんなさい。私の、せいで」

 

 

 悄然と立っていたチサトが、そう呟くと。

 倒れたレナスのそばに寄り、癒しの力を必死に注ぎ込んでいる最中のレナと同じように、その手をかざしたのだ。

 

 

「えっ?」

 

 驚くレナの眼前で、強い光がチサトの手からも放たれる。

 瞬く間に光に包まれる、レナスの体。

 膝に刺さったままの矢も、光に溶け込むように消えてなくなり、レナスの全身の傷すべてが、みるみるうちに塞がっていく。

 

 胴の致命傷から、矢のかすり傷まで。

 レナが戸惑っている時間もないうちに、すべて治癒された。

 

 

「あ……レナスさん!」

 

 それから一、二回、レナスが弱々しく咳き込み。

 慌てて彼女の顔に耳を近づけたレナは、心の底から安堵した。

 

「息、してる。よかったあ……」

 

 弱りきったかすかな呼吸だけど、それでも呼吸してる。生きている。

 レナスがどうにか息を吹き返して、それをまっさきに確認できて。早くも安心しきって気が抜けそうになったところで……

 

 自分自身の頭の怪我とレナの手の擦り傷も、チサトがすぐに治してみせた。

 目を疑う状況に、メルティーナもプリシスもそれぞれ口を開く。

 

「ねえ。これ、一体どういう状況。説明しなさいよ」

 

「回復術、だよね今の。なんで、チサトが……?」

 

 

 この異常さに改めて気づいたレナも、これまでの事をよくよく振り返りつつ、またレナスを見てうつむいているチサトを注意深く見る。

 

 おかしい。おかしすぎる。

 彼女はそもそも、紋章術の使い方を全く知らない。

 あんな自分が驚くような高度な回復術どころか、初歩中の初歩の術ですら、彼女には使えるはずがないのに。

 

 それに、さっきまでのガブリエルとのやり取り。

 あの時はそれどころじゃなかったけど、ガブリエルが何かを彼女に要求していて、彼女もそれに仕方なく応えていたようにしか思えなくて。

 

 まるでガブリエルの目的は、最初から──

 

 

 

 思い起こせば思い起こすほど。目の前の彼女が、自分の知らない“誰か”にしか見えなくなってきて。

 

「あなた、本当にチサトさん……なの?」

 

 自然と肩をこわばらせ、恐る恐る聞くレナ。

 チサトの外見をした“彼女”は、その質問には答えない。

 

 

「ごめんなさい、全部私が悪いの。ごめんなさい……」

 

 ついには涙を流し、意識なく横たわっているレナスに向けて、そんな謝罪の言葉を繰り返すばかりだった。

 




三章終了。
次回過去話の後、次々回から四章です。


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もうひとつの側面
動物療法になったかもしれないお話


 見せかけは、はるか昔の時代の田舎町を思わせるような、のどかな風景。

 

 その辺の大通りや広場、武器屋、宿屋の前……

 そこらに歩いているのは、たぶん自分が知ってる人たちなんだろう。

 ぼんやりとした記憶の中、目線を広場の中から逸れていく、一本の道路に移す。

 

 実家へと続く、ゆるく長い坂道。

 ここだけは鮮明だ。

 

 ドアには営業中と書かれたかけ札。勢いよく開けすぎて、たびたび店番中の母親に叱られた事もよく覚えてる。

 

 さらに先に少し行けば、柵の向こう、近所のおじさんがほとんど趣味で飼ってる家畜の姿も見える。

 そこもなんか鮮明かもしれない。

 よく遊びに行ったからだろうか。今まさにあそこで、遠くから手振ってるおじさんらしき人の顔は思いっきりぼやけてるのに。

 

 

 ──ごめんなさい。私、どうしたら。

 なんで、あんな、取り返しのつかない事を……

 

 

 一部を除いて、全体的にぼんやりした光景の中。

 それでも頭にはそんな意識が、やっぱりぼんやりだけど、ずっと響き続けてる。

 

(……なんで? おじさんの顔をちゃんと覚えてあげられてなかった、後悔?)

 

 分からないけど、でも、あっちに行きたい。

 ぼんやりとした光景と意識の中。

 思うままに、鮮明な道を辿り。ゆるい坂道を歩き始めたところで──チサトは目が覚めた。

 

 

 場所はもちろんボーマン家の一室。

 星ごと消えてなくなった実家の風景など関係あるはずもない、惑星エクスペルの居候先のベッドの上である。

 

 

「まったくもう。なんで今さら、こんなもんを」

 

 寝起きの頭で、チサトは顔を手でごしごし。

 完全に夢だと理解できたところで、つい愚痴りかけ、

 

「いやでも。いい夢……なのよね? あのおじさん笑顔で手振ってた気がするし。うんそうね、きっといい夢だわ。そういう事にしとこ」

 

 都合のいいところだけ思い出し、今のは「チサトちゃん頑張ってね~」みたいな懐かしのおじさんからの応援メッセージだという事にして、ベッドから出る。

 

 近くの机を見るなり、チサトはちょっとがっかりした。

 

「ありゃ、もういない。帰っちゃったんだ、あの子」

 

 

 机の上には書きかけの、『マル秘ノート』という名の日記帳。それと、器に入ったままのパンのかけら。

 昨日、記事のネタ探しのため一人で探索していたリンガの聖地から帰る途中。どこからか飛んできて、へなへなっと自分の肩の上にとまってきた小鳥のために用意したものである。

 

 よほどおなかが空いてたみたいで、いっぱい食べてくれてたのに。

 食べながら今日一日何が起きたかっていうチサトの話も聞いて、丸一日ネタ探してみたけど特になんにもなかったわっていう寂しい終わり方に、うんうんそういう事もあるよねって感じの相槌まできっちり打っててくれてたような気もするのに。

 

 食べ終わったら机の上で普通に寝ちゃったので、小鳥を起こさないよう一人静かに時を少々過ごした後、チサトも自分のベッドに入ったのだが。

 一晩明けたらもう姿がない。

 

「そりゃ一応、窓はちょっとだけ開けといたけどさ。もうちょっとゆっくりしていけばよかったのになー」

 

 怪我とかはしてなかったし、野生の子を逃げないようにしておくっていうのもなんか違うと思った事もあるが。

 大部分のところは「なついてくれたんだわ」という謎の自負にあったので、いざこうして開けといた窓の隙間から普通に逃げられると……そこまでの動物好きでもないけど、地味にショックな事は間違いない。

 

(あーでも、ノエルだったら「そういう事も全部含めて、僕は彼らの事が好きなんですよ」とか言うのかしら。こういう時)

 

 ならしょうがない。

 自由なところも含めて彼らなんだもの。と、頭の中のノエルの言い分に一人で納得し。そんな事より朝ご飯食べようとさっさと気持ちを切り替える。

 

 それから身支度して。

 部屋を出る前に、窓を閉めておこうと近くに寄ったところ。

 

 

「ぴい」

 

 小鳥が飛んできて。目の前の窓枠のところに、ぺたっと足をつけた。

 

「えっ……? あなたもしかして、昨日の?」

「ぴい」

 

 びっくりするチサトに、いかにもと言わんばかりに頷く小鳥。

 本当に昨日の小鳥のようである。

 ていうか、今日はくちばしになんか持ってるし。

 

「ぴい」

「へ? これ……私に?」

「ぴい」

 

 持ってきたものをチサトに差し出す小鳥。

 困惑しつつも受け取り、よく見てみると、どうやら首飾りのようだ。

 

 しばし考えた後、

 

「……はっ! これはもしや、あのラクールアカデミーに伝わる魔の首飾り!? 七不思議は本当だったのね! ありがとう小鳥ちゃん、これであの記事にがぜん信憑性が──」

 

「ぴい」

 

 半ば本気で喜んでいたところ、小鳥に羽を使ってツッコまれた。

 そういう事じゃなかったらしい。

 

 というか今の、『違うでしょっつーの』という声でも聞こえてきそうなツッコミっぷり。その辺の鳥じゃまずありえないくらいの人間的な仕草なわけだが、

 

(もしかしなくてもこの子、ものすごく頭のいい子だわ……?)

 

 鳥ってそれくらい賢い子もいるもんなのねと、素直に感心したチサト。

 とすると昨日の一人語りもたまたま頷いていたわけじゃなく、本当に聞いててくれたのかも……とすら思い始めたので。

 お使い頼んだら物持って戻ってきてくれるくらいには賢い、宇宙基準で普通の鳥にはまず理解できないような、実に人間的な質問まで試しにしてみると、

 

「くれるのは嬉しいけど……これ一体どこから持ってきたの? まさか盗品じゃないわよね?」

「ぴい」

 

 もちろん違います、と言いたげに頷いた小鳥。

 羽の後ろからなんか紙きれを取り出し、チサトに見せてきた。

 

「領収書? ……“英雄御一行様”って、誰?」

「ぴい」

 

 意味の分からない宛名に、首をひねるチサト。

 小鳥は『まあそんな細かい事はいいじゃない。こんなもの気分だから』と言いたげに、胸を張って腰を振り振り、ふざけて開き直る様子まで見せる。

 なんにせよ、貰っちゃダメなモノという事ではないらしい。

 

「そっか。ありがとう小鳥ちゃん、大事にするわね」

「ぴいぴい、ぴい」

「分かった分かった、すぐつけるから」

 

 そんなこんなで貰った首飾りを、チサトは小鳥にやたら急かされつつ、身に着ける事になったのである。

 

 

 なお、完全になついてくれたというか、普通の人間の友達と同じような感覚で仲良くなれたと思った小鳥だったが。束縛されるのは嫌いなタイプらしい。

 首飾りをつける時、翼を腰の辺りに当てて、ずっと尾羽を振り振り、明らかにふざけている様子があまりに面白おかしかったので、

 

「あなた、うちの子にならない?」

 

 聞いてみた時、(もしかしたら記事にできるかもしれないわ)という若干の下心が伝わってしまったのかもしれない。

 小鳥はぴたっと腰振りを止め、羽をぴしっと斜め下に伸ばし、片足をくねっと横に曲げたヘンなポーズで一鳴き。

 

「ぴい」

 

 じゃあそういう事だからと言わんばかりに片方の羽を軽くあげ、チサトにあいさつした後、悠々と窓枠から飛び去っていった。

 ポーズの意味は分からないけど、それはたぶん『お断りします』という返事だったようだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 小鳥がくれた首飾りが相当いい代物だったという事には、チサトもその日のうちに気づいた。

 今度こそ記事のネタを見つけるべく、一人意気揚々と向かったリンガの聖地の中でも、その道中でも、まったく魔物と出会わなかったのだ。

 

 日が落ちるよりもずっと前には町に帰ったけど、朝早くから行っていたのだ。運がよかった、で片付けるには少し不自然だろう。これは小鳥がくれたその首飾り、つまりは超強力な『魔物よけ』のおかげと考えてまず間違いない。

 

 ……が。

 こんなにいい物くれるなんて、あの小鳥ちゃん本当に何者? とは、チサトはほとんど思わなかった。

 

 なんたってチサトはその日、それ以上に興味深い“怪しい二人組”がリンガの聖地の奥の方から出てくるのを、しかと目撃してしまったところだったのである。

 

 ──ある女を探している。この近くに町はあるか、と。

 

 聞かれた通りにリンガの聖地の探索を切りあげ、ついでに摘んでおいた薬草だけ持って、リンガの町の、自分もお世話になっているボーマンの店まで二人組を案内して。

 名前も明かさず自分達の事も全くと言っていいほど話さず、探している銀髪美人の事を聞くだけ聞いて「また来る」と店を出ていき。そろそろ日も落ちる頃なのに、宿にも泊まらず町を出て、リンガの聖地の方へと戻っていく。

 

 そんな怪しさしかない二人組を、町の入り口まできっちり尾行し終わった頃。チサトの頭の中は、

 

(やっぱりリンガの聖地には何かあると思ってたのよね……。これは明日からも張らなきゃ。この小鳥ちゃんの首飾りつけて)

 

 明日からの日々の事、やりがいのある仕事に挑む気持ちで、早くもいっぱいになっていたのだ。

 

 

 それからは首飾りをつけての、リンガの聖地通いの毎日が続いた。

 朝早く出かけて、魔物ひとつ出ないダンジョンの中を悠々と探索し。日が暮れる前にはボーマンに頼まれている薬草を持って、リンガの町に帰る。

 

 二人組は毎日は来ないし、偶然見かける事ができても、その場所は前に会った場所とほとんど変わらず。

 一度は帰るところを尾行しようと試みたものの。途中で紋章術師らしい女の方にいきなり後ろを振り向かれ、バカを見るような目で睨まれたあげく「面倒くさ」と一言。術を使われたらしく、リンガの聖地どころか、町の外に出る前に見失った。

 

 完全に気づかれているが、ここで諦めたら記者根性がすたるというものだ。

 それから先もめげずに、二人組の事を探る毎日が続いた。

 

 

 一日中駆け回った後、部屋に戻ると、たまにあの小鳥が来てたりもする。

 飼われるのは嫌って感じで飛び去っていったから、あれこっきりもう来ないと思っていたのに。

 次に来たのはなんと、首飾りを渡してきたその日の夜である。自分から遊びに来るのは構わないらしい。

 

 ここまでくると、やっぱりなつかれたという事でいいのだろう。

 気づけばチサトが帰ってくるなり、窓の外で待っていたらしい小鳥がくちばしで窓をこつんと叩き、遊びに来たよアピールをするのがお決まりのやり取りになっていた。

 

 足をぴしっと伸ばしてバレエのまねっこ。

 足をくの字に曲げてコサックダンスのつもり。

 くちばしの上に土つけて、羽を前方にちょいちょいやってたのはもしかしてどじょうすくいだろうか。

 

 人を笑わせるのが好きなのか。チサトが窓を開けに行くと、毎回ヘンな踊りでのお出迎えである。

 くすっと笑いつつ窓を開け、毎日書いてる『マル秘ノート』に今日の出来事を書いたり、机の上に移動してきた小鳥をなでなでしたり、小鳥の方もパンくず食べつつチサトのおしゃべりに相槌を打ったりして、一日が終わる。

 

 大体が夜の事なので、それらの日々のおしゃべりは全部小声だ。

 というより。夜な夜な話し声がするので心配して覗いてみたら、自分の家で面倒見てるやつが一人で延々と楽しそうに小鳥相手に話し続けてた、みたいな事になったら……なんかいろいろボーマン夫妻に申し訳ない気がして。

 

 小鳥の方も、わざわざチサトが一人の時を選んで、遊びに来ている様子。

 チサトも誰にも話さなかったので、その時間は、一人と一羽だけの秘密という事になった。

 

 本気で心配されるかもしれないボーマン夫妻はもちろん。記事のネタ探しによく一緒に付き合ってもらったり、くだらない事までよく気軽におしゃべりしている仲のプリシスにすら内緒だ。

 例の二人組が怪しいって話に、

 

「やめときなよ。たぶん普通に旅慣れた冒険者だよそれ。しかも宿に泊まるお金とかあんまり持ってない系の。……あそこで食糧調達してしのいだ事あるって、クロードも前に言ってたじゃん」

 

 と向こうが乗り気じゃなさそうだった事もあるけど。

 

 この小鳥の話だったらノリノリで聞いてくれるかもしれない。半分以上はそう思いつつ、けど結局教えない事にしたのは……チサト自身もどうしてだか、よく分からなかった。

 

 ただなんとなく、“誰にも言いたくない”という気持ちだけ。

 たぶん、秘密にしておきたいから?

 ふたりだけの秘密、っていう状況にドキドキしてるんだろうきっと。そんな気がしたので、てきとーにそういう事で納得した。

 

 

 そんなわけで秘密感を演出したかったので、記事にする気もなかったし、『マル秘ノート』にも首飾りをくれた事以外、小鳥とのやり取りはほとんど書いていない。ここ最近はリンガの聖地および、二人組に関する書き込みばっかりだ。

 

 小鳥が遊びに来た時。寝る前に小鳥が帰る時もあれば、帰らない時もある。

 そんな時は窓を少しだけ開けておいて、小鳥の気の向くままにしておいてあげる。

 ちなみに首飾りをくれた日の夜は、なかなか帰らなかった。

 

 どころかチサトが寝る前に首飾りを外そうとしたら、チサトの背後にささっと飛び。外すのをしつこく邪魔してきたくらいだ。

 肌身離さずつけててほしいらしい。自分は束縛されるの嫌いなくせに。

 

「ははあ、あなたきっと女の子にモテないタイプね。別部署の先輩が、前にそういう特集組んでたもの」

 

 とは感心したチサトであるが。

 そもそもこの子の性別もよくわかんないし、小鳥の独占欲なんてかわいいものだろう。

 首飾り自体、外さず身に着け続けるのが苦じゃない軽さだった事もあって、チサトは小鳥の要求を大らかな気持ちで受けたのだ。

 

 お風呂も寝る時も、肌身離さず首飾りを身に着け。

 ほとんど毎日リンガの聖地を探索。

 

 そうして小鳥と出会ってから、ひと月が平穏に過ぎ──

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ひどく鮮明な、ゆるく長い坂道。

 その途中にある建物を、遠くから見ている自分。

 ただ、胸を締めつけられるような気持ちで。

 

 

 ──分かってる。こんなもの、もう存在しない。

 どれもこれも、みんな、あの時消えてなくなったの。だからいい加減に受け入れて。

 

 

 心にあるのは、懐かしさじゃない。

 後悔? 未練? 懺悔?

 なにかははっきり分からないけど。どうしてかも分からないけど。

 佇んでいる場所にも理由にも心にも、でも、そういうものなんだって腑に落ちてる自分がいる。

 

 だってしょうがない。これは私の心なんだもの。

 

 

 ──でも、会いたかったの。

 もう一度会いたかった。もう一度会えると思ったの。だから……

 

 

 ああ私、本当はこんな事思ってたんだ。

 気にしてないはずだったのに。

 もうとっくに割り切ったはずだったのに。

 

 今さら分かったところで、どうしようもない。

 だからこんな、どうしようもできない気持ちで、どうにもならない幻なんかを、遠くからただ見てるんだろう。

 

 

 ──ごめんなさい。

 ごめんなさい、こんな私で。少し考えれば誰にだって分かる事なのに。言わなきゃいけなかったのに。なんで私、こんなにも馬鹿で、臆病で、

 

 

「……ん、なさい。おかあさん、おとうさん」

 

 ゆるい坂道。その途中にある建物をぼんやり見上げ、呟いたところで、チサトは目が覚めた。

 

 

 

 

「ぐぬぬぬ……。なによおもう、なんなの? ほんとなんだってのよ、こんなもの今さら」

 

 納得いかなさのあまり勢いよく半身を起こし、毛布に顔を埋めて、チサトはしばらくもぞもぞ。

 くぐもった声で自分の夢に文句をたれていると。

 

「む。今日は早いわね」

 

 窓から、こつんという音がしたのだ。

 気を取り直して、チサトは手で顔をごしごし。それから顔を上げると、いつもの小鳥が窓の外でリズミカルな、やたら素早い足踏みをしている。

 

 チサトと目が合うと、ピタッと足踏みを止め、片方の羽を天高く伸ばしてどや顔。

 今日はタップダンスにしてみました、という事らしい。

 くすりと笑って、チサトは窓を開けたものの。

 

「ぴい?」

 

 首をかしげて自分を見てくる小鳥に、すぐに気まずくなって言う。

 

「あれ、なくしちゃったの。ごめんね」

 

 チサトの首には今、何もつけられていない。

 肌身離さずつけ続けていたせいで、どこか繋ぎ目が脆くなっていたのか。昨日も行ったリンガの聖地の中で、チサトはとうとう小鳥に貰った首飾りをなくしてしまったのである。

 

 どうせ魔物なんか出るはずないんだから、とかいう一か月分の油断や慢心が仇になり、いつの間にか引き返せないし帰り道も分からないほど魔物だらけな場所に来ちゃって魔物にさんざん追いかけまわされたり、最近充電がおざなりになっていたスタンガンが早々役立たずになったりしてなかなかエライ目に遭ったりしたのだが……

 まあ結局は助かったというか、というより助けてもらったのでそれはそれとしておいといて。

 

 同じくリンガの聖地でなくしかけたペンの方は、どうしても取りに戻らなきゃって一瞬だけでも本気で取り乱して。実はとってもいいひとだった、“怪しい二人組”を含めた命の恩人達に迷惑かけるような形に結果的になってまで、見つけだしてもらっちゃったのに。

 

 首飾りの方は、なくした実感が湧いたのが、ようやく一息ついて自分の部屋に戻った頃だ。

 あれだけ大事にしてほしそうだった小鳥を目の前に、

 

(やっぱりこれ、嫌われちゃうかしらね……)

 

 とチサトが改めて申し訳なくなってきたところ、

 

「ぴいー」

 

 小鳥はというと、生暖かい目でチサトを見つつ、肩をすくめ羽先を上に向けて首を振り振り。

 見事な『ふーやれやれ』の反応である。

 

(……怒ってないなら、別に全っ然いいんだけどさ)

 

 まさかこの子にまで小バカにされるとは。自分の気のせいかも知れないけど。

 いかにも『まあキミはそういう事をやらかすコだとは思ってたよ、うん』とか言いそうな顔してるし。とびきり賢くておちゃめなだけの小鳥のくせに。

 

「しょ、しょうがないじゃない。ちゃんと身につけてはいたのよ? けど……」

 

 さすがにちょっと心外だったので、寝起きの目をごしごしとこすりつつ、チサトが言い訳していると。

 

「ぴい?」

 

 小鳥は首をかしげて、チサトをじーっと見てくる。

 

 さっきと同じような視線と、鳴き声。

 小鳥が見てたのが自分の首元じゃなくて、もう少し上の、ほっぺたのところ。拭いそこねた涙の跡だった事にようやく気づいたチサトは、さらに口をぷうと膨らませて小鳥に言い訳した。

 

「……むうー、あなたに心配されるとは思わなかったわ」

「ぴい」

「大丈夫よ、ヘンな夢見ただけだから」

 

 言って、ほっぺたもきちんと拭い直し。一歩前に寄って来た小鳥を、もう片方の手でなでなでしつつ。

 チサトは寝起きの頭でむうと考える。

 

(疲れてたから、あんなヘンな夢見たのかしら。それに……)

 

 耳に残るのは、昨日の夜に二人組の片割れ、メルティーナから言われた事だ。

 

 

 

 ──あいつのイヤリング(なくしもの)は、見つからなかったのよ。

 

 だから余計な事は聞くな、って言ってるワケ。

 いくらあんたがしつこくて尾行がドヘタクソで、学園七不思議だの鳥の恩返しだのミソシルの文化がどうだの、情報屋のくせにしょーもないメルヘン日記しか書けないような残念な頭の持ち主でも、それくらいは分かるでしょ?

 あんただってそんなヘンテコな棒、後生大事に持ってるくらいなんだから。

 

 チサトの胸ポケットのペンを指して、彼女は不機嫌そうにそう言った。

 

 

 こっそり覗いてるつもりだったのに、どういうわけかバレバレだったらしい。

 二言も盗み聞かないうちに、すぐ二人組のもう一人のアリューゼに捕まって。あくせく小声で言い訳してるうちに、命の恩人レナスがリビングから出ていって。それから当たり前のように首根っこ掴まれてメルティーナの前に引き出され。

 チサトも興味本位で秘密っぽい会話を覗きに来てしまっただけに、怒られる覚悟ぐらいはできていたのだけど。

 

 取り上げられた『マル秘ノート』の中身はチェックされたけど。やっぱりバカを見るような視線と一緒だったけど、すぐに返してくれた。

 釘を差されたのはその後だ。

 

 このペンにまつわる事情なんか何一つ言ってなかったのに、まるで今までチサトのすぐそばにいて、全部を見てきたかのような言い方だった。

 だからチサトの方もそう言われただけで、大体の事が理解できた。

 

 理解できた時、命の恩人の彼女に対して思った事は──同情や共感も、多少はあったのかもしれない。

 でもなにより強かったのは、押しつぶされそうな罪悪感だったのだ。

 

 

 ──彼女は、私に手を差し伸べてくれたのに。

 彼女だって、私と同じ悲しさや寂しさを抱えていたのに。私は……

 

 

 助けてもらったから。なんとなく、彼女の事をもっと知りたい。

 よく考えなくても昨日の彼女は、十賢者の事とかで明らかに落ち込んでいる様子だったというのに。知らなかった事とはいえ、そういう気分に駆られるまま、深く考えずにひどく無神経な覗き行為をしてしまった事。

 

 たぶんそういう後ろめたさもあいまって、昨日のメルティーナの言葉が、自分の中で強く印象に残っていたのだろう。

 夢の理由がそこはかとなく理解できたような気がしたところで、

 

 

「……ふっ。やめよやめよ! そういうの考えるの、なんか私らしくないわ。あなたもそう思うでしょ?」

 

「ぴい?」

 

「でしょ? なんでたかが夢一つに引きずられなきゃいけないのよって。今日はドキドキワクワクの大冒険が始まる、素晴らしい朝だっていうのに」

 

「ぴいー、ぴいぴい」

 

 チサトは小鳥をなでなでするのをやめ、ふんっと鼻を鳴らして居直った。

 小鳥はというと『まあキミがよければそんなんでいいんじゃない?』とでも言ってそうな、気の抜けた鳴き声で返事。

 

「よし! そうとなったら支度しよ支度」

 

 ぴしゃりと自分の両頬を叩き、気合を入れたチサトは改めて小鳥に聞く。

 

「ぴい?」

「ねえ、私の顔ヘンな事になってない? もう大丈夫よね?」

「ぴいー」

 

 小鳥は『大体そんなもんだと思う』との様子。

 微妙に失礼な気もする返事はおいといて、この子にはちゃんと言っておかねばなるまい。

 

「という事で私、今日から宇宙に行くから」

 

「ぴい」

 

「しかもその後も遠出すると思うから。この部屋にはしばらく帰ってこないの」

 

「ぴい」

 

 鷹揚に頷くだけの小鳥。

 話の内容を理解しているんだか、とりあえず頷いているだけなのか。

 自分だけ真面目に話しているのがちょっと悔しかったので、

 

「むー……寂しがらないのね、あなた。もう会えない、って事なんだけど」

「ぴい」

 

 今度は首を横に振り振り。

 

「なら、一緒に来るの? あなたなら軽いし、荷物扱いでいけると思うわ」

「ぴい」

 

 若干期待を込めて聞いてみたけど、これにも首を横に振り振り。

 もしやこれはダダをこねているのでは、とチサトが思い始めたところで。

 

 小鳥が羽で、チサトと自分を交互に指した。

 

「ぴい」

 

「私? ここに……、で、あなたが、飛んで……?」

 

 何かを伝えようとしているらしい。

 チサトを指した羽の向きを、あちこちに移してみたり。あっちこっちに飛ぶ真似をしてみせたり。

 小鳥のジェスチャーを頑張って翻訳してみたチサトが、驚いて聞き返したところ、

 

 

「私の、いるところ……。あなたが行くから、また会えるって?」

 

「ぴい」

 

 いかにも、と頷いた小鳥。

 これからどこに行くかなんて、チサト自身にだって分からないのに。『大丈夫だから安心してていいよ』とでも言いたげなその自信は、一体どこからくるんだろうか。

 

「そっか。期待しないで待ってるわね、小鳥ちゃん」

「ぴい」

 

 くすりと笑ったチサトに、小鳥はやっぱり自信ありげに頷き。

 軽く片方の羽をあげ、『じゃまたね』とばかりに挨拶。

 さっさと窓から飛び立ってしまった。

 

「……行っちゃった。さよならも言ってないのに」

 

 

 この時見送ったチサトにあったのは、ほんのちょっとの寂しさと、もしかしたらあの子なら本当にという、ほんのちょっとの期待だ。

 実際はどうだったかというと──

 

 その後宇宙からエクスペルに戻ってきてすぐ、遠く離れたエル大陸の地でもクロス大陸の地でも。小鳥はいつもチサトが一人でいるような時を選ぶように、一度を除いて、チサトの前だけにこっそりその姿を現していて。

 最初はすごく驚いたチサトの方も、だんだんとその状況に慣れておかしいとも思わなくなっていたし、やっぱりなんか秘密にしておきたい気持ちがあって誰にも小鳥の事を言わなかったりしたのだが──それはまた別の話。

 

 先の事なんか知るはずもないチサトはこの時、見たばかりの夢の事や、なんだか申し訳なさや後ろめたさを感じてしまうレナスの事、これから先の旅へのワクワクするような展望の事などを考えるのに、ひたすら一生懸命だったのだ。

 

 

「っと、いけないいけない。これ入れるの忘れてたわ」

 

 机の上に置きっぱなしのマル秘ノート。これも昨日の夜、雑に詰め込んだ大荷物の中に突っ込むチサト。忘れ物はこれで全部だろうか。

 

 

 たかが夢の事なんか、深く考えて一体どうなるというのか。

 そりゃあ夢の原因になったであろう、昨日のやらかしについてはちゃんと気にした方がいいだろうけど。今日からの宇宙旅の仲間には、彼女もいる事だし。

 

 でもそれにしたって、余計な事を聞かなければいいだけだ。

 詮索にならないような、当たり障りのない話題なら問題はないだろう。例えば……落ち込んでる落ち込んでないにかかわらず、常日頃から口数の少ない、そもそもまともに会話する気がないような人間とですら成立するような、無難な話題……なのだが、

 

(どうしよう、意外と難しいわ……。でもまあ、なんとかなるでしょ。たぶん)

 

 まあ、話題なんかその場の勢いでどうとでも思いつくものだろう。

 せっかく一緒に旅する仲なんだから、なんか仲良くしたいし。というか一言も会話しない方が不自然だし。それだと腫れ物に触るような感じになっちゃうし。

 

 いくら彼女自身が責任感じて落ち込んでたって、彼女が悪いわけじゃない。彼女はただ、“声”を聞いて、罠に引っかかってしまっただけなんだから。

 ……悪いのは、彼女から「力」を奪った方に決まってるんだし。

 

 

「よーしっ、今日もがんばるぞー!」

 

 身支度終わりに、なんか声を出したくなったので気合を入れ。

 思ったより大声が出てしまった事に自分でもビビりつつ、まあけっこうすっきりしたからいいやと、気持ちを切り替えて胸ポケットに手をあてる。

 

 確認オーケー、忘れ物はなし。

 深呼吸も済ませたけど。

 

 あの夢を見ちゃった気分が、まだ少し残っていたのかもしれない。

 大荷物を抱えて部屋を出る前。後ろを振り返り、

 

 

(ではわたくしチサト、今日も一日、一生懸命楽しんで行ってきます!)

 

 チサトは誰もいない空間に向け、心の中で元気よく唱えた。

 




過去回終了。
次回から四章です。


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四章
1. 間違いだらけの悔恨


 ──たくさんの人々の“声”が、聞こえる。

 

 

 暗闇の中。

 みんなの最期の瞬間の感情が、一斉に心になだれ込んでくるあの感覚に、意識を取り戻す。

 横たわっているわけではないらしい。地に足をつけている認識。

 体に重さは感じない。肉体の意識が目覚めたわけではない事にも、すぐに気づけた。

 

 

 ──ああ、大丈夫だ。私はまだ、ちゃんと存在できている。

 

 

 ここが現実ではないという確信。

 今ここに自分がいる理由。

 次第に確かになっていく、自分自身の感覚。意識。

 

 心の中では、今も“声”が響き続けているのに。

 今、自分自身の心から本当に響いているのは、きっと恐れや悲しみ、後悔じゃないって。今ならよく分かる。

 

 

 ──そうだ。この夢は、この世界は。

 

 

 心にかかる憐憫。なにより大きな安堵とともに、ゆっくりと目を開く。

 

 終末の炎に呑まれていく世界。

 大地も海も空も境界を失い、すべてが闇に、無に消えていく光景。

 失われていく命。それを、どうしようもできない心で見ている自分。

 

 そこにあるのは、何度も見た夢。過去の映像。

 失いたくなかったのに、守れなかった世界。

 

 嘆き悲しむ心も、後悔や寂しさに打ちひしがれる心も、確かに自分のものだ。

 だけど。

 

 

 ──これは、違う。私の心じゃない。

 

 

 確信を持って、足を前に踏み出す。

 夢の世界に手を伸ばす。

 祈るように、なだめるように、呼びかける。

 

 

「お願い。あなたの心を、世界を私にも見せて」

 

 

 瞬間、幻の世界は砕け散った。

 

 

 

 風に吹き飛ばされるように、すべて遠く彼方へと消えていく自分の世界。

 足元は崩れず、まるで最初からそこにあったかのように、辺り一面の景色がすべて塗り替えられていく。

 

 現れたのは、何もかもが赤く燃え、裂ける大地。

 大地も海も空も、すべてが『宇宙』の暗闇に呑まれていく。

 

 少し変わった造りにも見える家々に、見た事もない、長方形の高い建造物の連なり。

 あれら『宇宙』の闇に消されていく街々にも、たくさんの人々が生きていたのだろうか。

 似ているけど、全く違う景色。

 初めて見る世界の、崩壊の時。

 

 

 いつの間にか立っている地面は、宙に浮いているらしい小島の端近くに変わっている。

 

 視線の先。小島の端には。

 崩壊していく世界を前に、肩を震わせて泣いている、一人の女性がいた。

 

 

「──そう。これが、あなたの好きだった世界ね」

 

 

 

 どうして、こんな簡単な事に今まで気づけなかったのだろう。

 

 ありもしない偽りなんかじゃなかった。

 彼女の“声”は、心は、ずっと私に届いていたのに。

 私がみんなに心支えられ、日々を過ごしていた間も。彼女は、ずっとひとりで泣いていたのに。

 

 

「ごめん、なさい。私、あなたに……合わせる、顔なんて……。ひどい事ばっかりして、謝りもしないで、馬鹿だから、どうしようもなく馬鹿だったから、何も知らなくて、怖くなって、こんな、こんな事になるなんて……」

 

 泣きじゃくる青髪の女性は、後ろを振り返り、その長い髪が汚れるのも構わず深く頭を落とし、取り乱したように口を開く。

 青い髪から突き出して見える、先のとがった耳。

 

 

 レナスは穏やかに微笑み、“彼女”に向かって手を差し伸べた。

 

「やっと、あなたに気づいてあげられた」

 

 

 ☆★☆

 

 

 大地に恵みを求められた時には、雨を。

 日の光を必要とされた時には、空に虹を浮かばせる。

 

 『寒冷』と定められた地域には雪を降らせ、波打ち際で無邪気な笑顔を見せる人の子らには、望み通りに照りつけるような日差しを贈る。

 そうしていつしか生を終えた命も、新たに芽吹いた命も。この星に属するものすべてを見守り、星の歴史として記録していく。

 人の住まない地、『外壁楽園』も同様に。

 

 この人工惑星全体の環境調整。人、動物、植物すべての存在の記録、管理。

 私の自我は、そうした膨大な記録の海の中で目覚めた。

 

 

 おそらく私は、私自身どころか、私を作り出した人間達にとっても、想定外の存在だったのだろう。

 私というデータベースを通し、惑星の管理プログラムを実際に運用していた現代ネーデ人は最期まで私の事に気づきもしなかったし、私もまた、彼らに私の存在を伝えるすべを持たなかった。

 

 肉体も言葉も持たない、あるのは私には彼らを見守る役割があるのだという、自己認識だけの存在。あげく私に自我がなくとも、この星の管理に影響はない。

 彼らが私を認識できないのも、当然の事だった。

 

 ならば私の自我に、私の存在に意味はあるのか。

 そう問われたなら彼らはもちろん、私自身も意味などないと答えただろう。

 だけど私はその事を単なる事実として受け入れていたし、私の存在意義を主張するため、彼らに私の存在を知ってもらおうとも思わなかった。

 

 意味などなくとも、私は自分の置かれた立場に満足していたのだ。

 

 慌ただしく人々が行きかう都市の街並みも、懐古主義をもとに文明レベルをわざと下げた近郊の町々の様相も、彼らに飼われている家畜達の生活も、または野を自由に駆ける動物、大海を悠々と泳ぐ生物達、天に浮かべた浮島の間を滑空していく鳥達、日照時間を増やし始めた時期に咲き乱れる、愛らしい花の一本一本も……

 

 自我があるために見守る事のできるすべてを、私はとても愛していたから。

 

 その感情は単に、私がこの星を見守るべきと、勝手に自己認識している役割から来るものだったのかもしれない。

 でもそれでもよかった。

 私がこの星、『エナジーネーデ』を愛しているという心は事実だった。

 

 この星が造られる事になった経緯なんか、三十七億年も昔の、過ちだらけのネーデの歴史の記録なんかどうだっていい。そんなものはただの過去の記録だ。

 私はこの星のすべてが好きだった。

 だから意味もないのに私に自我がある事だって、私にとってはたまらなく嬉しい事だったのだ。

 

 それは、私がこの星のすべてを見守っていられるという事だから。

 これからも自我を持って、この星のすべてを見守っていける。そういう事だと思っていたから。

 

 あの時が訪れるまでは──

 

 

 

 全宇宙を破壊する威力を持つ、『崩壊紋章』。

 十賢者達が占拠中のフィーナル最上階で、その恐ろしい紋章オブジェクトを作りあげた。今はもう発動へ向けた起動まで行なった段階らしい。

 

 ようやくその情報を掴んだ一部のネーデ人達は当初、考えすぎ、憶測だ、いや真実だ現実を見ろなどと、秘密裏に様々な議論を重ねていたが。その時の私にはすでに、誰の言う事が正しいのか考えるまでもなく分かっていた。

 

 十賢者達の情報は、はるか過去の封印された情報とともにすでに記録済み。

 彼らがいた『フィーナル』も、当然この星に属するものだ。

 他のネーデ人達のように、それが間違いであってくれればと、祈る事もなかった。

 

 惑星の管理プログラムの一部分は、フィーナル入り口での陽動作戦に参加した戦士達の活躍によって、十賢者達の占拠下を一時離れ。すでに存在している事が分かっていた『崩壊紋章』を、データとして完全に記録し、その存在を一部のネーデ人達に示した。

 

 事実を叩きつけられたネーデ人達が出した結論は、『崩壊紋章』の矛先そらし。

 『崩壊紋章』の発動を止める事ができなかった場合。その紋章オブジェクトに、別の結界紋章を重ねる。

 被害の拡大を防ぐため、『崩壊紋章』がもたらす破壊の全エネルギーを、高エネルギーフィールドに包まれたこの『エナジーネーデ』内に向かわせる、その手段としてだ。

 

 この星が無事で済まない事は、その場の誰もが分かっていた。

 そうするよりほかに方法がない事も、みんな分かっていた。

 

 

 全宇宙が崩壊してしまうよりはマシだ。

 十賢者も『崩壊紋章』も、過去の我々ネーデ人が生み出した負の遺産だ。宇宙全体の崩壊を防ぐため、我々ネーデ人が犠牲になるのもまた道理だ。

 

 納得できるような理由も、彼ら自身の口から次々と挙げられた。

 どうしても起きてしまうだろう混乱を避けるため、この事はごく一部のネーデ人以外に知らせるべきではない、という意見もあった。

 

 あくまでも最悪の場合は、というだけであって、まだ必ず『崩壊紋章』が発動すると決まったわけではない。ネーデの外から来た“彼ら”が、紋章の発動前に十賢者達をすべて倒してくれれば……

 そんな一縷の望みにすがる者も、多くいた。

 私も彼らと同じ気持ちだった。

 

 愛する星もろともに自分自身が、自分の愛するものすべてが滅びる恐怖、悲しみ、寂しさ、やるせなさ……多くの感情を彼らと共有し、彼らとともに、一心に祈った。祈り続けた。

 祈りは届かなかった。

 

 私の目の前で、私がずっと見守ってきた愛する世界は瞬く間に形を失い。すべてが宇宙の闇に消え。未来を託された、ごく少数の命達が星を飛び立つのを見送り。

 宇宙の海のわずか先で、別の星の息吹が再び芽生え。

 それを感じたのを最後に、私の意識も途切れた。

 

 

 

 見守るべき役割を失ったのだから、本当はそれでよかったのだ。

 どんなに悲しくても苦しくても、その時の私は滅んでいく世界を、ある程度の諦めの心をもって見届けていたはずなのだから。

 

 たった三人だけでも、愛する命を未来に繋ぐ事ができた。

 これもまた、ネーデの子らが選んだ結末だ。

 ならば受け入れるしかない。私も、愛する世界とともに──と。

 

 

 なのに、私は消えなかった。

 

 

 そもそもが肉体を持たない存在であったからなのか。

 私という存在を生み出した星そのもの、私の自我のもとになっていただろうデータベース、管理システム、実際にそれらを制御する機器類……それらすべてがこの宇宙から消え去ったというのに。

 私の自我は、『エクスペル』という別の星で再び目覚めた。

 目覚めてしまったのだ。

 

 

 

 再び目覚めた時は、何が何だか分からなかった。

 私が何者なのかすら、どうしてここにいるのかすら思い出せなかった。

 

 時間が経つにつれ、意識がようやくはっきりしてきて。

 私がどういう存在だったかをはっきり思い出せて。

 

 ここは私の世界じゃなくて。

 

 あそこの穏やかな村の家々の間を歩いている、あのこだけは、確かに私の世界の人間で。星の最期に私達の心を、未来を託した子の一人に間違いなくて。

 

 だからここは、あの時、無事に時空転移できた惑星『エクスペル』で。

 

 あれから、どれだけ時間が経ったのかわからないけど。

 

 私の愛する世界は、もうどこにも──

 

 

 

 嫌だと思った。

 たまらなく嫌だった。

 みんないなくなってしまった事。それでも自分が消えなかった事。

 

 

 ──どうして? みんないなくなってしまったのに、私だけ? 

 

 違う。こんなの。嫌だ。返して。みんな。誰か。

 

 

 思ったら、落ち着いて考えてなんかいられなかった。

 何もかもどうしてかわからなくて、どうしたらいいかわからなくて、嫌で嫌で仕方なくて、泣き叫んで。

 

 彼女はそんな時、私の目の前に現れた。

 

 

 

 あの時も彼女は、私を助けようとしてくれていたのだと思う。

 

 でも、私は、どうしようもなく馬鹿だったから。

 手を差し伸べ、心を開いて、私の悲しみや寂しさを共有しようとしてくれていた彼女の声なんて、少しも聞こえてなかった。

 

 気が狂うほどに泣いていた時、いきなり感じた誰かの気配に顔をあげただけ。

 目の前に現れた彼女の心から覗いて見えたはずの想いや優しさ、窺い知れたはずの彼女自身の境遇なんて、あの瞬間は何も分からなかった。見ようともしなかった。

 

 私が一瞬で感じ取れたのは、彼女の持つ「力」の方だったから。

 

 

 ──ただ、羨ましいと思った。

 

 

 彼女の「力」が欲しい。そうすれば私も、またみんなに会える。

 ほかには何も思わなかった。

 

 差し伸べられた手を無視して、私は彼女から「力」を奪った。

 完全に無防備だった彼女から「力」を奪う事は簡単で、彼女のすぐ後ろにはちょうど、別の場所に繋がる“穴”があった。

 

 私はそのまま、振り返らずに逃げた。

 

 

 

 それまでも、それからも、あっという間の出来事だった。

 

 「力」を奪われた彼女がその後どうなったか、心を寄せる余裕も、その時の私にはまるでなかった。

 早くこの「力」を使ってみたかった。みんなを生き返らせたかった。

 

 ただ、「力」を取り返されないよう、リンガの聖地の中もしばらく逃げた。

 もう追ってこないだろうと安心できた頃に、ようやく逃げるのを止めた。馬鹿な私はただ期待に心躍らせ、彼女から奪った「力」を使ってみた。

 失敗する事は考えていなかった。

 

 私には、ネーデのすべての記録があったから。

 彼女の「力」も、問題なく使いこなせると思っていた。みんなを生き返らせる事ができると思っていた。

 

 実際に使ってみてようやく、私の考えが根本から間違っていた事に気がついた。

 結局、私にみんなを生き返らせる事はできなかった。

 

 

 それだけじゃない。

 一瞬だけでも、深い絶望に心囚われてしまった私は。

 創造の「力」を手に、強く思ってしまった。

 自分でもどうかしていたとしか思えない。そういった意味でも、あの「力」は私に使いこなせるものでは到底なかったのだ。

 

 今なら絶対にそんな事思ったりしないのに。

 私が愛する人間達が、なにより愛するネーデの子らが、今も懸命にこの宇宙の中で生きているのだと、痛いほどに知る事ができた今なら──

 

 

 

 ──生き返らないのなら、もう戻ってこないのなら。

 

 なにもかも、意味がない。

 こんな世界、もういらない。

 

 

 ☆★☆

 

 

 クロード達もレナ達も、今は全員揃って、宇宙艦ディプロの医務室にいる。

 ラクールにいた十賢者カマエルは倒せたけど。クロード達の知らないところで、事態はとんでもない事になっていたのだ。

 

 

 本物のカマエルは宿屋等も立ち並ぶ、賑やかな商店街の一角に潜んでいた。

 ようやく発見できた彼の撃破も終わらないうちに、もう少しでクロス洞穴前に到着するところだったらしいミラージュから通信がきて、

 

『皆さん、すぐにそちらを引き上げてディプロへ向かってください。レナさん達から連絡がありました。詳しい事は、私にもまだ分かりませんが……』

 

 深刻そうな声色でミラージュは、レナスが負傷したようだと説明した。

 レナやプリシスからは、一命はとりとめたけど死んでてもおかしくなかった大けがで、ガブリエルは消えたけど逃げたんじゃなくて、彼はそのままこの宇宙を滅ぼす気だろうから、だから一刻も早くどうにかしないといけないって……

 

 時々、他の誰かから状況を説明されているような口ぶりだったらしい。

 恐らくメルティーナだろうが、それでもあまり要領を得ない話ぶりから、彼女達が機器の向こうで青ざめた顔をしていただろう事は明白だったと。こちらも珍しく声に焦りを滲ませていたミラージュも、自分も一刻も早く彼女達を回収してディプロに向かうつもりだと言って、通信を切った。

 

 クロード達も状況がよく呑み込めなかったけど。

 もはや十賢者を生け捕りにして情報を、などと悠長に言っていられるような状況じゃない事。それに、もう一人の十賢者ガブリエルはラクールにはいない事は理解できたので、目の前のカマエルを即撃破して。その他の混乱の後始末は全部、彼らへの原因、状況説明もおざなりに、レオンやラクールの人達に任せ。九人全員、大急ぎで小型艦に乗り込んだのだった。

 

 惑星エクスペルを飛び出していく小型艦の中で、クロードも混乱しつつ思ったのは、レナ達がレナスの護衛をしきれなかったという事。

 僕より強いはずの彼女が、どうしてそんな事に。ガブリエルもいたから?

 そもそもガブリエルはどうしてクロスに。レーダーの反応は、確かにラクールにあったはずなのに……

 

 色んな疑問を抱えつつも、標的レナスを前にした十賢者ガブリエルは、きっと彼らの目的を達成してしまったのだろう。

 そう考えていたクロードは、他のみんなと一緒にディプロの医務室内にたどり着いてようやく、実際の事情のなにもかもが想像と間違っていた事を知った。

 

 

 

 医務室のベッドに、意識なく横たわるレナス。

 クロード達の到着まで付き添っていた医者は、やはりレナスの特殊な体質のせいで、どうしてもエラーを起こしてしまう医療設備を指し。今は自然に彼女の体力が回復するのを待つしかない状況だと説明してから、人で一杯になる医務室から席を外した。

 

 レナとプリシスは沈痛な顔をしていて。気難しげな表情の魔物龍達を背負ったアシュトンは、クロード達と同じく状況に困惑している様子。

 メルティーナは腕を組み、レナスのベッド横の床で、懺悔でもするかのように座り込んでいるもう一人を、無言で睨みつけていて。

 そのすすり泣いていた、もう一人は──

 

 

「──チサト、さん?」

 

「ごめんなさい。私が、悪いの。みんなみんな、私が……」

 

 

 どうして彼女がそんな事を言うのか。なんで泣いているのか。

 なにより、どんな時も人前では涙を見せないような人だから、その違和感にはクロードもすぐ気づいた。

 

 レナとプリシスも首を横に振り、クロードの違和感を肯定するように言い、

 

「わたし達も、よくわからないけど。彼女は、チサトさんじゃなくて」

 

「ギョロとウルルン、みたいな感じ……なのか?」

 

「たぶん。そんなだと思う。だよね、ふたりとも」

 

 アシュトンは戸惑っていたけど、背中のギョロとウルルンは苦々しげに返事をしていて、

 

「そう、なの?」

「フギャ」

「あ……うん。それで合ってる、だって」

 

 他のみんなも、その会話でなんとなく理解できたらしい。

 まずは詳しい事情を尋ねるより先に、マリアが“彼女”に聞き、

 

「一刻も早くガブリエルをどうにかしないとまずいんでしょ? なら教えなさい。彼が、今どこにいるのか」

 

 返事は、かつて『エナジーネーデ』が存在した空間。

 

 創造の「力」を持ったガブリエルは今、この宇宙すべてを滅ぼしてしまえるだけの悪意と知識を持って、そこへ向かっているところだと。たどたどしい言葉の中からそれだけ聞き出して、クリフがすぐに乗組員へ航行指示を出す。

 目的地まであと半日ほどはかかる事が分かったところで、

 

 

「……で? あんたは何なのよ」

 

 メルティーナが睨みつつ口を開いた。

 

 

「あいつらの目的。最初からこいつじゃなくて、あんただったんでしょ? ……このまま泣いて黙り通しで済まされないのは、分かってるわよね」

 

 憤りを押さえている声の調子だった。

 その後クロス洞穴で起きた出来事のあらましを、レナ達から聞き。クロード達もようやく、なんとなく事情を理解できた。

 

 

 創造の「力」を持っていたのはガブリエルで、その「力」を使ってレーダーの反応をごまかしたり、一瞬でラクールからクロス洞穴に移動したりしていた事。

 メルティーナの言った通り、十賢者の狙いは“彼女”だった事。

 レナスは最初から標的にされていたわけでも、偶然巻き込まれてガブリエルに倒されたわけでもない事。どころか、恐らくはぎりぎりのところで彼の目標がチサトである事に気づき、彼女を守ろうと自ら飛び出したのだろう事。

 

 ガブリエルはただ単に、目的に邪魔だったからレナスを倒しただけだった事。

 それから戦いの最中でも──ガブリエルが“彼女”に関する何かを言った事で、レナスがそれに気をとられ、彼に敗れてしまったのだろう事もだ。

 

 

 メルティーナが憤るのも無理はない状況だ。

 事情が理解できるにつれ、言葉をなくすクロード達。

 チサトの体を借りた“彼女”は、全員の視線を浴びつつ、力なくうなだれつつ、ようやく口を開く。

 

「私は……彼が必要とするものを持っていた。だから、私を探していたの」

 

「必要と、するもの?」

 

「私が、持ってる『記録』。……それがないと、彼には創れないから。この宇宙すべてを、壊せないから」

 

 それから“彼女”は、耳を疑うような説明をしたのだ。

 

 

 

 ガブリエルが創ろうとしていたもの。

 それは以前、彼自身の手によって造られた、ある『紋章』だった。

 

 フィーナルの設備があったから完成できたその『紋章』は、例えガブリエルが創造の「力」を持っていようと、彼の持つ「力」と知識だけで新たに創り出せるものではなかったらしい。

 一方で、“彼女”にはその知識があった。

 『記録』と言うべきか。その『紋章』を創り出すのに必要な知識。

 

 ガブリエルが“彼女”を探し求めていたのは、そのためだった。

 そして“彼女”に会って、必要な知識を得るという目的を果たした今の彼は。とうとう、その『紋章』を創り出せるようになってしまったのだと言う。

 

 ガブリエルが求めた、その『紋章』の名は──

 

 

 

「崩壊……紋章だって!?」

 

 

 思わず驚き聞き返したクロードの方は見ずに、“彼女”はひたすら弱りきった声で言う。

 

「ごめん、なさい。渡さずに済む方法なんて、思いつかなくて。このままじゃ、みんな死んじゃうって思ったから。他に、どうしようもなかったの……」

 

 紋章術を封じられ、唯一ガブリエルに対抗できるレナスが敗れた。そのうえで知識を渡せ、こいつらがどうなってもいいのかと、彼に脅されていた状態。

 あと少しでも回復術が遅れていたら、レナスが助からなかったのは事実だ。

 その時はそうするよりなかったという、“彼女”の言い分だけは理解できる。

 だけど、

 

「待ってください。崩壊紋章を知ってる……いや、創れるだけの知識があるって、どういう事なんですか。あなたは、一体……?」

 

 『崩壊紋章』は昔のネーデ人が考えついたものだ。

 ネーデと関わりのない者が知るはずもない『紋章』のうえに、そのネーデ人自体が今はもう、ネーデの事に詳しくないレナを含めても三人しかいない。

 あげく十賢者のガブリエルですら、創造の「力」だけでは、一から創る事はできない代物だと。“彼女”自身の口から、たった今説明されたばかりなのに……。

 

 信じられないといった表情で、まっさきに聞き返したノエル。

 振り返った“彼女”は、ノエルの顔を見つめた後、ことさらに思いつめた表情でうなだれる。

 顔をぐしゃりと歪め、

 

「ごめん、なさい。私が、馬鹿だったから。臆病で、とても卑怯だった、から」

 

 そうして吐露した後。

 “彼女”の口から語られたのは、どれもこれも、さらに信じられない事ばかりだった。

 

 

 

 “彼女”の正体。

 現代ネーデ人の住む『エナジーネーデ』に深い関わりがあったという、“彼女”の存在。

 自我を持ったデータの集合体。

 

 星ごと消滅したその瞬間まで、管理者の意識を持って、人知れず『エナジーネーデ』を見守っていた事。

 崩壊の時に、その役割を終えたはずだった事。

 

 なのに、惑星崩壊から数か月も経った頃になって、惑星エクスペルの中で自我が再び目覚めてしまった事。

 現状の否定。事実への慟哭。

 どうにもならない思いに泣き叫んでいた時、肉体も持たない“彼女”のもとに、レナスが現れた事。

 “彼女”が思った事。

 “彼女”がとった行動。

 

 

 何も言わずにレナスから「創造の力」を奪い取って、逃げて。

 リンガの聖地の中で、ネーデのみんなを生き返らせようとしたけど。

 ひとから奪った「力」だったから、結局きちんと扱う事ができなくて失敗して、十賢者を創りだしてしまった事。

 

 自分がやってしまった事の恐怖に身をすくませていたら、そのすきを狙われて、目の前のガブリエルに「創造の力」を奪われてしまった事。

 

 周りは十賢者が勢ぞろいしていて、怖くなって。

 今度はガブリエルが手に入れたばかりの「力」に気をとられているうちに、彼らのもとから必死に逃げた事。

 逃げている途中で、偶然見かけたチサトの中に隠れた事。

 

 そうして、今さっきガブリエルに追い詰められるまで。ずっと怯えて、彼女の中に隠れていたのだと──

 

 

 

 怖かった。

 取り返しのつかない事をしてしまったと思った。

 怯え隠れて、いくらか経った頃、この子がリンガの聖地で魔物に襲われた時。この子も死ぬのかと思うと嫌で嫌で仕方なくて、また“誰か”に助けを求めて、そうしたらまた彼女が来てくれた。

 その時も怖くて、途端に声が出なくなった。

 彼女にした事を思うと、とても怖かった。

 夜になって、詳しい状況をみんなから聞いて、もっと怖くなった。

 

「言わなきゃ、いけなかったのに。私が、やった事」

 

 結局は現実から目を背けて、ひたすら心の奥に閉じこもった。

 閉じこもり続けた。

 途中からは、このまま何も言わなくてもみんなが全部解決してくれると、勝手な希望さえ抱いていた。

 

「こんな事に、なる前に。私が、悪いんだって、ちゃんと……」

 

 

 

 最初から全部聞かされて、いよいよ何も言えなくなったクロード達に囲まれ。ベッドに横たわるレナスを前に、“彼女”はうわ言のように繰り返すばかりだ。

 

「ぜんぶ、全部私が、悪いの。ごめんなさい、ごめん、なさい……」

 

 

 データの集合体が自我を持つ? ずっとエナジーネーデを見守っていた?

 どれもこれも、クロードには信じられない事ばかりだけど。

 

 返せる言葉もないのは、“彼女”が可哀想だと思ったからじゃない。

 “彼女”の懺悔を聞くうち、(本当に何もかも、“彼女”のせいなんじゃないか?)という思いが、頭をよぎってしまったからだ。

 

 

(それじゃレナスさんは……、全部、最初から、“彼女”に振り回されたようなものじゃないか?)

 

 いきなり「力」を奪われたせいで、空から落ちて大怪我して、自分のいた場所に帰れなくなった事も。

 十賢者が再びエクスペルに現れた事が、ようやく分かった時だってそうだ。自分が罠にかかったせいだって、彼女はあれだけ落ち込んでいたのに。

 

 本当は、罠なんかじゃなかった。

 仮に「力」をうまく扱えなくて十賢者を生き返らせてしまった事が、仕方のない事だったとしても。せめてあの時点で、“彼女”が本当の事を言ってくれれば……

 きっと、レナスがあんなに悲しむ事はなかった。

 

 その後だって。本当の事を、ちゃんと自分達に言ってくれれば。

 すべてを打ち明けてくれなくても、せめて十賢者の狙いが、事前にちゃんと分かっていたら。

 

(こんな事って……。レナスさん……)

 

 

 他のみんなもたぶん、ほとんどはクロードと同じ気持ちなんだろう。

 一人のすすり泣き以外、しんと静まっている医務室の中で、血の気のない顔で眠るレナスと、その前に座り込んで謝り続ける“彼女”。

 

 黙って見る事しかできないクロード達の中で、メルティーナが口を開いた。

 

「よく分かったわ。あんたがすべての元凶だってこと」

 

 深く息をついた後。“彼女”を睨み据え、一歩前に踏み出したところで、すぐに近くのアリューゼに強く肩を掴まれる。

 

「おい。落ち着け」

「落ち着いてるわよ。十分に落ち着いてるわ。てか何? 止めないでくれる?」

 

 杖を床に投げ捨ててまで反論するメルティーナ。

 アリューゼはより一層、彼女を強くその場に引き止めていて、誰がどう見ても彼女がブチ切れている事は明らかだ。

 

「全然落ち着いてねえじゃねえか」

「はっ、ここまでコケにされて黙ってろって? あんなクソ女を許せとか、あんたの方こそ頭どうかしてるんじゃないの」

「そうは言ってねえ。俺はただ、」

 

 いったん言葉を止め、アリューゼが仕方なさそうに見やった視線の先。

 “彼女”は怯えた様子で、

 

「この子の体を、傷つけないで……!」

 

 と自身が借りている、チサトの体を縮こませて言う。

 

「私が悪いだけなの。この子は、何も悪くないの。お願いだから……!」

「っあんた、一体どの口が言って……!」

 

 余計に神経を逆なでされたメルティーナ。ある程度は冷静に受け止められているアリューゼはやはり、「そういう事だ。頭を冷やせ」と彼女を引き止める。

 それまで完全に気後れしていたプリシスも、はっと我に返って、一緒にメルティーナを止めにかかり、

 

「そ、そうだよメル! チサトぶん殴っちゃ絶対だめだから!」

 

「じゃあとっととそこから出てきなさいよ。肉体がなかろうが何だろうが、あんたのいる空間固定してでも無理くりぶん殴ってやるから」

 

 そうして医務室中に、荒れた空気が漂い始めた時だった。

 

 

「あ……」

 

 

 身を縮こませていた“彼女”は、急に後ろのベッドを振り返った。

 メルティーナも他のみんなも、すぐにその意味に気づいて、静かにベッドの方に注目を向ける。

 

 ベッドの頭の方に寄り添っていたレナが、上からそっと声をかけたけど、

 

「レナスさん? ……聞こえますか?」

 

 返事は帰ってこない。

 意識がはっきりしているわけではないのか。

 かすかな呼吸を繰り返し、うすぼんやり開かれたレナスの目は、ひたすらに“彼女”の方に向けられている。

 

 

「ごめんなさい。私、あなたに……ひどい事ばっかりして、謝りもしないで、馬鹿だから、どうしようもなく馬鹿だったから、こんな事になるなんて……」

 

 視線を向けられている“彼女”は、謝らなければならない事が多すぎて、どうしたらいいのか途方にくれている様子。

 怯えと後悔が入り混じった表情で、レナスに話し始めたかと思うと、

 

 

「違う! あれは……あの時だけ、どうかしてただけなの! 全部なくなってほしいなんて、思うわけない!」

 

 言葉の途中で、いきなり声を荒げた。

 レナスはそんな“彼女”を、どうにかぼんやり見れているだけだけど。相手の反応のせいか、どこか“彼女”の感情の吐露を見守っているようにも見える。

 

 “彼女”は一方で、今度は急に、ふいを突かれたような顔になり、

 

「そう、そうよ……。私は今でも、彼女達の事が好きなの。幸せに生きてほしいって、誰よりも強く願ってたはずなのに」

 

 悔しさに顔を歪ませ、両手を握りしめて声を絞り出す。

 

「なんで私、あんな、自分の事ばっかり……」

 

 

 心の底から自分に、自分のやった事に絶望している。そんな嘆きだ。

 ベッドシーツの端を固く掴み、嗚咽を漏らす“彼女”。

 

 ただ静かに見ていたレナスの手が、動きはじめ、

 

 

「どうし、よう。私の。私のせいで。あんなに、大切にしてたのに。みんな、なくなっちゃう。せっかく、残った命も、今度はみんな、私のせいで……」

 

 泣き続けていた“彼女”の手のうえに、やっと触れた。

 

 

 泣き顔を上げる“彼女”。

 レナスが口を開いた。

 

 

「……しが、いるから」

 

 はっきりと聞き取れないほどの、かすかな声。

 目を見開く“彼女”に、

 

 

「みんなが、いるから」

 

 けれど確かな意思で。

 その場の誰もが感じ取れるような、すべてに寄り添う愛憐の心を持って。

 

 

「ひとりで、悲しまないで」

 

 この世界に来て、一番に言いたかったはずだった事。

 ようやく伝えられたレナスは、“彼女”に優しく微笑んでみせた。

 

 

 

 しんと静まった医務室の中。

 

「どうして? どうしてあなたは……」

 

 言葉を失っていた“彼女”は、愕然と呟き。ぽろりと顔から涙をこぼす。

 それはきっと、先ほどまでの涙とは、全く意味合いの違ったものだったのだろう。

 

 体力を使い果たしたのか。安心したように、静かにまた目を閉じたレナスの手をとって、

 

 

「受け入れて、くれるの? こんな私でも、あなたは許して……」

 

 最後にそう呟いた“彼女”も、急にくたりと体から力が抜け。結果的にレナスが眠るベッドの端に、チサトの上半身も寄りかかるような状態になった。

 

 

 

「あ……。今の、って」

 

「大丈夫。レナスさんもチサトさんも、眠っただけみたい」

 

 呆然と見ていた他の全員も、ここでようやく我に返った。

 近くにいたレナが、二人ともちゃんと呼吸している事を確認して、ほっと息をつく。

 首をひねりつつ状況を整理してみたフェイトには、これまたアシュトンが首をひねりつつ訂正した。

 

「という事は。彼女、もしかして今ので成仏……したとか?」

 

「ええと、違う……らしいよ? “宿主を変えただけだな”って言ってるもの、後ろのふたりが」

 

 という事なので、つまりそういう事らしい。

 ついでにそういう事に詳しそうなギョロとウルルンに、ついさっきまで“彼女”に憑りつかれていたチサトの方は本当に大丈夫なのかと、アシュトンに確認してもらったところ、

 

『その女なら、放っておいてもじきに目覚める。お前がいい例だ』

『精神への影響? お前の精神そのものが、我らの存在によって狂わされた事があったか?』

『お前がネガティブなのはお前が元々そういう性格だからだ』

 

 という事なのでアシュトンはちょっとショック受けてたけど、チサトは本当に大丈夫らしい。

 

(でも体を勝手に使われて、しかも大勢の前で大泣きされるって。チサトさんも嫌だろうな……)

 

 とはクロードのみならず、この場にいるほとんどの人が思った事だろうが。

 それならなおのこと、ベッドの端に寄りかからせたままの座り寝状態で放置では気の毒すぎるので。彼女の体は、同じ医務室の空いているベッドにきちんと移動させておく事に。

 

 

「結局、彼女がすべての元凶だった、って事でいいんだよな?」

 

「わたし達、どう思えばいいのかな……。怒るべきなの?」

 

 全員、さっきまでの事はなんとなく理解できたのだろうけど。

 嵐でも過ぎ去ったような茫然自失感、とでも言えばいいのだろうか。

 なんとも言えない顔で言うフェイトやソフィアに、クリフやマリアは思い思いにやれやれと、肩をすくめて言う。

 

「なのかも知れんが。どっちにしろ一番の被害者が……これじゃあ、なあ」

 

「それこそ殴るわけにもいかないし。怒る気もなくなった、ってところかしらね」

 

 

 その一方では約一名が、

 

「なにほいほい許してんのよ!」

 

 と本当に眠っているレナスを殴りかねないほど荒ぶっていたりするわけだが。もちろんアリューゼやらプリシスやらにがっちりホールドされているので、その辺はたぶん心配しなくていいと思う。

 

「聞こえてるんでしょ、返事しなさいよこら! なんであんたいつもいっつも……!」

「どうどうメル、寝てるから、レナス本当に寝てるから!」

「このっ、大バカー!」

 

 

 さっきまでの、まるで葬式のような静けさはどこへやら。

 他のみんなもきっと同じ気持ちなんだろう。

 宇宙が崩壊してしまうかも、という悲壮感などでは決してなく。

 

 今クロードの胸にあるのは、レナスが“彼女”に向けて言ったあの言葉だ。

 

「僕達がいるから、か」

 

 クロードの呟きに、ディアスとセリーヌも同調してみせる。

 

「……創造の「力」を持ったガブリエルも、俺達の手で倒してしまえば何も問題はないという事か。同感だな」

 

「わたくし達もこの宇宙が滅びるのはまっぴらごめんですから、弔い合戦というわけではありませんけど。……こうなったらレナスの期待に、なんとしてでも応えないといけませんわね」

 

 

 状況に翻弄され続け、それでも誰かを守ろうとした戦いの末に剣折られ、肉体が力尽きても。

 レナスの心は少しも折れてなどいなかった。

 

 この世界は絶対に壊させやしない。

 みんながいるから、だから大丈夫だと。

 もうろうとした意識の中にいても、今もなお決して諦めていない彼女自身の想い、願いは、確かにクロード達にも伝わったのだ。

 

 

「まだ、ぜんぶ終わったわけじゃないから。……そうですよね? レナスさん」

 

 誰一人として、絶望に染まった顔をしていない医務室の中。眠るレナスの肩にそっと手を触れ、レナは敬愛を込めて囁く。

 レナ達と同じく、彼女の心のありように鼓舞されたクロードも力強く頷いた。

 

「ああ。この宇宙は、絶対に僕達みんなで守ってみせる。絶対にだ!」

 



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2. 決戦に向けて

 この宇宙全部を壊そうとするガブリエルを追って、全力航行中のディプロ艦内。目前に迫る決戦を前に、彼に立ち向かおうという仲間達はみんな、それぞれの時を過ごしていた。

 

 医務室に残り、今も眠っているレナスとチサトに付き添っている人。

 艦の乗組員に指示を出したり、作戦を立てたりしている人。

 トレーニングルームで動きの確認をしている人や、武器の手入れを入念にしている人。または静かな場所で、ひたすらに精神を集中させている人。本番に響かないよう、今のうちに心身を休めている人。

 

 そんな中、プリシスはというと……

 少々思うところがあったため、医務室のすぐ隣の部屋を借り、そこに持ち込んだ例の一人用搭乗型機械の改良というか改装作業を、大急ぎで行なっている最中だ。

 

 足りない部品の数々は、手の空いていたディプロ乗組員の人に頼んで、『レプリケーター』で作成したやつを持ってきてもらう。

 助手にはおなじみのアシュトン。もちろん無人君も一緒だ。

 今回は特に、かさばる荷物の持ち運びなんかもあったりするので、彼の手伝いは非常にありがたいところだ。後ろに背負ってるギョロとウルルンは……やはりというかなんというか、さっきからずっと渋い顔してたりするけど。

 

 

「ギョロとウルルンは、ちゃんと分かってたんだよね。“彼女”の事」

 

 作業途中に、クロス洞穴での事を思い出したプリシスが聞いてみると。

 アシュトンの背中の二匹は、それぞれ渋い顔で言い返した。

 

「フギャ、フギャギャ」

「……ギャフ」

 

 と言われても何だか分からないので、アシュトンに通訳してもらったところ、

 

「えっと、“仔細までは知らん。存在に気づいていただけだ。あの女の中に別の者が憑りついている事など、我らの目から見れば明らかだったからな”……だって」

 

 ウルルンが言うところでは、エル大陸の地で久しぶりにチサトに会った時点で即、チサトの中に隠れている“彼女”の存在に気づいたらしい。

 しかも憑りつかれているチサトは、それにまったく気づいていない様子で。

 憑りついている方も、明らかに、誰にも気づかれないよう必死に隠れている様子だったと。

 

「……そっか。同じ憑りつき仲間だもんね。それで、ギョロの方は?」

 

「ギャフ」

 

「“最初は、我らのように、あの者も密かに人間達の暮らしぶりを見ているものだと思っていた。ならば大事にはすまい、と思い定めて……”」

 

 

 “彼女”の存在に気づいた時点ではまだ、十賢者達が誰かを探している事も知らなかったから、ふたりとも何も言わず、温かく見守ってやろうという事で意見が一致したらしい。

 意見が割れたのは、ホフマン遺跡に行った後からだそうだ。

 

 トロッコにひかれたハニエルは、ばっちりチサトの方を見て「見つけたぞ」などと最期に言い残すし。

 しまいにはそれから一日と経たずに、どこかの阿呆がやってきて、

 

『怖いお兄さん達と、ちょっとしたいざこざがあっただけなのねん。彼女いろいろあって今ナーバスになってるところだから、できればそっとしておいてくれればうれしいかなーって』

 

 のような事を、朝も早くから、わざわざ“彼女”の存在に気づいてる自分達に話しかけに来る始末。

 

 ウルルンは、もちろんむちゃくちゃ怪しんだ。

 この事を他のみんなにも言うべきだと意見変えをした。

 一方ギョロは……

 

 

「“下手に自らと境遇を重ね合わせたせいで、意固地になっていたのかも知れん”」

 

 今から思えばウルルンの言う通り、怪しまない方がどうかしてるレベルのうさんくささであったと。しかし当時はそれ以上に、そっと見守ってあげていたい気持ちの方が勝ってしまったのだと。

 さらにはハニエルを倒した段階まで、味方のピンチらしい状況がまるでなかったという事も、「内緒にし続ける」という判断の後押しをしてしまったらしい。

 仮に十賢者が来ても、返り討ちにすればいいだけ。

 自分達が、ちゃんと気をつけていればいいだけだろうと。

 

 そうやって強気に言い放った結果。

 クロス洞穴で。あの阿呆が、やたら慌てた様子で現れて。今度は一体なにをほざくのかと。そう思っていたら──

 

「……ギャフ。ギャフ」

 

「“私が馬鹿だった。事実関係を知っていたら、最初からお前達にも言っていた”って言ってる。なんかすっごいしょげてるみたい、ギョロ」

 

「……フギャギャ。ギャ」

 

「ウルルンは“お前達に何も言わなかったのは結局私も同罪。……いや、怪しんだうえでそれでも言わない事にしたのだから、私の方が罪は重いのかもしれん”だって」

 

 それは確かに、落ち込むのも無理はない話の流れだ。

 ウルルンもギョロと一緒になってしょげてしまっている辺り、ホフマン遺跡からのふたりの喧嘩はどうやらまるくおさまったらしい。

 仲直りできてよかったねと思いつつ。

 とりあえず今のふたりの話に出てきた、なんだか気になる部分については、いったん脇に置いておく事にして。プリシスは、二匹をできるだけ元気づけてみる。

 

「詳しい事情はふたりとも知らなかったんでしょ? わざとじゃないんだったら、仕方ないんじゃないかなあ……ってこういうの、アタシが言っていいのかはわかんないけど」

 

 プリシス自身も、現状がこうなった原因はいろいろやらかした自分にもあると思っていたりするので、正直胸を張って言いにくいところではあるが。

 でも、たぶんだけどあの様子からすると、レナスもきっと、自分達に謝ってほしいわけじゃなかったんだろう。

 プリシスの言いたい事を察して、アシュトンも背中の二匹に話しかけ、

 

「ごめんなさいの代わりってわけじゃないけど、今はとにかく僕達にできる事をする。それでいいんじゃないかな。例えば、こうやって……」

 

 途中で自信なさげにプリシスに聞く。

 聞かれたプリシスも思いっきり訝しげだ。

 

「でもこれ、本当に必要になるの?」

「……。そりゃあ、アタシもまさかとは思ったけどさ」

 

 一人で起き上がれるかどうか以前に、目を覚ますのかすら分からないようなあの状態で。一方、決戦の時はもう半日もなくて。

 常識的に考えればどうしたって無理だろう、とは思うものの。

 

 ──私が、いるから。

 

 さっき医務室で、レナスが“彼女”に向かって、「みんながいるから」の前になんかばっちり言ってたような気がする言葉。

 あの発言の意味するところが、プリシスが察しちゃった通りの事だったなら……

 

「アレがアタシの聞き間違いじゃなかったら、やっぱアレじゃん? レナスだってアタシ達の大切な仲間なんだから、そういう仲間外れはよくないってコトだよ」

 

 というかなにより、医務室に残っているメルティーナも、眠っているレナスの横で思いっきり頭を抱えて

「マジ意味不明すぎてもう……私なんで、あの時にこいつ連れ帰らなかったんだか……」

 って言ってた気がするし。つまりはそういうものだと考えた方がいいんだろう。

 プリシスはいっそう気合を入れ、助手達に言った。

 

「ほらちょっとここ、アシュトン押さえてて。ギョロは火吹いて。細くね」

 

「う、うん」

「ギャフ」

 

 

 とにかく今は、やらかしに落ち込んでいる時間などないのだ。

 プリシスもアシュトンも背中の二匹もみんな、大急ぎで力を合わせて、どんどん作業を続ける。

 

 最初にとりかかったのは、搭乗型機械の移動モード追加だ。

 着陸などの際に小型艦が『空中浮遊』をしてみせたあの動きを参考に、モードチェンジで足の部分を引っ込め、地面に向けた噴射機構で上下振動の少ない、滑らかな移動を目指す。

 

 実際の操縦やそれに必要な最終調整など、細かい制御はすべて無人君任せ。

 ディプロの人から「これくらいならいいけど。くれぐれも悪用はしないように」と借りた操縦マニュアルを必死にインストールもとい頭に叩き込んでいる最中の無人君をよそに、プリシス達はひたすら、種々の部品を組み込んだり、溶接したり配線を繋ぎ合わせたり。

 

 ある程度完成が見えてきた辺りで、心に余裕が出てきたので。

 さっき話の脇に置いておいた事を、プリシスが作業しつつ口に出すと、

 

 

「あのさ。さっきふたりが言ってた、“どこかの阿呆”ってもしかして」

 

「ギャフ」

「フギャ」

 

 二匹とも、苦虫を噛み潰したような顔で一鳴き。

 

「なに? なんだって?」

「それが……“あの阿呆の話はしたくない”、“思い出すだけでイラつくからな”だって」

 

 アシュトンも反応に困るほどの言いようである。

 

「えーと、なにもそこまで言わなくても」

 

「ギャフ」

「“お前達も実際に会えば分かる。あれはそこまで言っても何一つ問題のない、どうしようもない阿呆だ”」

 

「実際に会えば、って……」

 

「フギャ」

「“というより、これでも穏当すぎる見解だ”」

 

 二匹が口々に言う一方。

 プリシスはというと、少々複雑な心境だ。

 

 

「もう、会ったんじゃないの? クロス洞穴って……あの小鳥ちゃんだよね?」

 

「ええっ、そうだったの!?」

 

 

 途中の記憶がすっぽり抜け落ちているアシュトンはびっくりしてるけど。

 ふたりが言っているのはたぶん、クロス洞穴にいきなり飛び込んできた、あの小鳥の事なんだろう。

 チサトのところに危険を知らせに来て、でも結局ルシフェルが来て。それから……

 

 ガブリエルがいなくなった後、クロス洞穴からはすぐに出た。あの時の状況で、あの子の体を掘り出してあげる時間はなかったのだ。

 

 

「結局あの子は、あんな目に遭っちゃったんだからさ」

 

 そりゃあ確かに、二匹に口止めを頼んだという、小鳥の行動が正しいとはプリシスも思わないけど。

 なにもそんな言い方しなくてもいいじゃん、と二匹に言いかけたところ。

 

「フギャ」

「ギャフ」

 

「“ああそうだな。多少は痛い目をみたのだろうが、しかしそれだけだろう。あれで奴の頭がまともになるとは到底思えん。あれは根っからの悪質な阿呆だ”」

 

「“どうせ今頃は大した反省もせず、他人事のように宇宙の命運を我らに託したとかなんとか、含蓄のある言葉を言ったつもりでひとり馬鹿笑いでもしているのだろう。あれはそういう阿呆だ”……って、つまりそれって」

 

 一通り通訳したところで、気の抜けた声をあげるアシュトン。

 予想外の返事に、プリシスもきょとんと聞き返した。

 

「え……てことは、あの子の心配とか、特にしなくていい感じ?」

 

 という事はさっきからこの二匹の態度が冷たいのも、そういう事をちゃんと知っていたからだったのか。確かに、“彼女”の事も十賢者が狙っている事も知っていた辺り、あの子もただの小鳥ではなかったのだろうけど。

 あんな状況で、まさか無事だったとは驚きである。

 嘘や憶測、気休めを言っているわけじゃなさそうな二匹の様子に、プリシスがほっとする一方、

 

「“安心したか? 我らは落胆しているところだ”」

「“ことに事件の正しいなりゆきを、あの女の口からしっかりと聞かされた直後だからな”」

 

 その“阿呆”にうまいこと言いくるめられた二匹はというと、腹立たしさがぶりかえしてきたらしい。そんな事まで言っている。

 

「まあまあ、一応悪気があってやったわけじゃないんだから」

「それくらいにしてあげなよ」

「フギャ」

「ギャフ」

 

 なだめる二人に、ひたすら文句を言い続ける二匹。

 医務室を出る時に何かが引っかかるような顔してたフェイト達と同じく、根本的な事実が抜けてるような気がしないでもないけど。ともあれプリシスとしては、気にかかっていた事が一つ解決してなによりな気分である。

 

「フギャギャ」

「ギャフン」

 

「ええっ、そうだったの!?」

 

 プリシスが気を入れ直して、作業に集中する一方。

 二匹の言い分に、アシュトンはまたなんかびっくりしたりしてるけど。

 

「そっか。そういえばあのひと、『マジヤバい』なんて絶対に言わなそうだったもんね。……それも悪気はなかったのかもしれないけど……そういう事なら、ふたりの言ってる事もなんか」

 

「なに? ふたりともなんだって?」

 

 ごにょごにょ納得してるアシュトンが気になったので、いったん手を止めたものの、

 

「な、なんでもないよ! というか気にしない方が精神上いいと思うよ! ……うん、こういう話は全部落ち着いてからにして、今は僕達にできる事を頑張らなきゃね!」

 

 力いっぱい言われてそれもそうだなと思ったので、作業に精いっぱい励む事に。

 そうこうしているうちに部屋のドアが開き、外からチサトが、ばつが悪そうな顔で静かに入ってきた。

 察するに、何事もなく目を覚ました後で誰かにこれまでの事を教えてもらい、なんかいろいろ人と顔を合わせづらい心境、といったところだろうか。

 

「……。みんな、元気?」

 

「まあなんとかね。チサトは?」

 

「いやいや、全然元気だから。そもそも寝てただけだし、私」

 

「そっかそっか。元気ならよかった」

 

 第一声を間違えた感のあるチサトに、忙しいプリシスはさらっと返事をして。

 気持ちの面以外は言葉通りに元気そうな事を確認してから、チサトにも誘いをかける。

 

「見てのとーり、アタシ達、今手が足りてなくてさ。よければ手伝ってくれない?」

 

 

 到着時間までに間に合わせるつもりの作業は、機械のホバーモード追加だけではないのだ。

 クロス洞穴での事を踏まえて、手の片方を最初からドリルに換装しておきたいし。それになにより、とにかく隣の医務室からクッションや毛布などを借りまくって、元気な人間のお尻にも優しくない搭乗席をどうにかしないといけない。

 

 もちろん決戦に備えて、自分たち自身が最低限の仮眠をとるのも大事な事だ。

 やりたい事全部が完璧に仕上がるかは、ともかくとして。

 少なくともチサトが気にしているかもしれない、小さなお友達の事。これからの作業ついでに、話す時間だけはたっぷりあるはずだ。

 

 

 ☆★☆

 

 

 さらに数時間後。いよいよ目前に控えた、突入の時間。

 慌ただしく動き出した周りの気配がきっかけになったらしい。医務室から出ようとしたメルティーナの服の端をぎゅっと握り、意地で目を開けたと思われるレナスの第一声は、「よかった」だったそうだ。

 

 

「ちょっと。何よこの手は」

 

「……目が、覚めたら。神界に、いるんじゃないかって」

 

 クロス洞穴で言われていたように、眠っている間に強制的に帰らされていなくてよかった、という意味らしい。

 不機嫌に言い返すメルティーナに、横になっているレナスはやっぱり服の端を掴んだまま、

 

「帰りそびれただけだっつうの。で何なのよ、この手は」

 

「ありがとう、メルティーナ」

 

「だから、連れ帰るタイミングを見失っただけだっつうの! それもあんたが意味不明に庇いやがった、あのクソ女のせいでね!」

 

 照れ隠しでもなく、本当に帰りそびれただけだったらしい。

 転送位置が狂ってるだの移動速度マジありえないだの、バカなんじゃないのこの世界どれだけ広いのよだの、あのクソ女の言い分が気になったのがそもそもの間違いだったわだの。メルティーナは世界の違いにしてやられたと、うっかり宇宙艦に乗っちゃった半日ほど前の自分を振り返り、ぼそぼそと呟き、

 

 

「違う、世界……」

 

 

 レナスもつられて、ぽつりと呟く。

 一方で、言うだけ言って気を取り直したメルティーナは、

 

「分かってるわよ、ここまで来たら別の世界だからとか言ってる場合じゃないって事くらい。当初の予定通りにあんたの「力」持ってるやつ倒して堂々と帰ればいいんでしょ、だからその手離しなさいよ」

 

 またしてもレナスに同じ事を言ったのだが。

 まあこんなタイミングで起きたからには当然、大人しく「いってらっしゃい」とはなるはずもなく。

 

「そうね。今は……どっちだっていい」

 

 天井の方を向いたまま、ひとの服を掴みっぱなしのレナスは言ったのだった。

 

「彼を、止めましょう」

 

 

 

 その後の展開も想像通り。

 当たり前のように自分も行く気だったレナスは、メルティーナの小言を聞き流し。自力で起き上がろうとしたものの、これも案の定、立ち上がるどころか上半身をやっと肘で支えたところで早くも息切れ状態。

 

「だから、そんなんじゃ足手まといにしかならないって言ってんの。……つかあんた、「肉体以外は大丈夫だから」って。その言い訳、私とアリューゼ以外に通用すると本気で思ってるワケ? ガチで頭まで死にかけてると思われるわよ、マジで」

 

 とかいうメルティーナの呆れたようなツッコミも無視して、レナスはベッドから降りようとするし。

 このままじゃ這ってでも決戦の場について行きかねない。

 そういう状況の中、例の搭乗型機械をどうにか完成させたプリシス達が、満を持して医務室に登場したのだ。

 

 プリシス達の申し出に、レナスはともかくメルティーナは最初難色を示したけど。大抵の事は無人君がやってくれて、それなりの攻撃や防御機能も備えているので、搭乗者の安心安全はばっちり守られている事をプリシスが力説。それに合わせてレナスも、

 

「早く、彼から「力」を……取り戻したいの」と言い。

 メルティーナも最終的には、

 

「そりゃ、あんたが自分で行った方が手っ取り早いってのは、そうだけどさ。……ホントに任せて大丈夫なんでしょうね? いろいろと」

 

 やや疑いを持ちつつも、レナスのやりたいようにやらせてあげる事に。

 そうして一人ではろくに歩く事もできない状態のレナスも、無人君が操縦する機械に搭乗するという形で、きっちり決戦に参加する事になったのである。

 

 

 

 話が決まってすぐ後。

 プリシスとアシュトンはさっそく、隣の部屋に置いてある搭乗型機械を取りに行き。チサトは自分達ごと置き去りにされないよう、先に小型艦前に集まっているだろう仲間達に事情を説明しに、急いで医務室を出ていく。

 

 その場に残ったのはレナスとメルティーナ、の他にもうひとり。というか一機。

 

「って、あんたは行かなくていいの? 実際に動かすのあんたでしょうに」

 

 無人君は、話しかけてきたメルティーナを見上げてからこくりと頷く。

 どういう意味かは分からないが。慌てた様子もない事から、たぶん『ご主人様にも動かせるから平気』という事なのだろう。

 

 今は横になって体を休めているレナスの方を、じっと見る無人君。

 メルティーナはそんな無人君をひょいと持ち上げ、レナスに近づけてみせる。

 

「改めてご挨拶って事? 主人に似ずマメな性格してんのね、この使い魔」

 

 持ち上げられたまま、目の前のレナスにぺこりと会釈する無人君。

 レナスは、その様子をしばらく無言で見た後。

 ふとかすかに笑みを浮かべ、無人君に向けて手を伸ばす。

 

「握手しましょう、ねえ……。まあいいけど」

 

 メルティーナがさらに無人君を近づけてやり、無人君もきっちりと手を伸ばして、無事にレナスと握手成功。

 

 

 やたらと長い握手である。

 

 レナスはまるで、全意識を手に集中させているかのような。

 無人君もまるで、膨大な情報の処理に対応しているかのように目を白黒させ、ウィンウィンと音を立て、体はぴくりとも動かず。

 

 

「……。ちょっとあんた」

 

「この通りに、やってほしいの。できる?」

 

 さすがにメルティーナも色々と察するほどに、たっぷりと時間をかけた長い握手の後。

 ようやく手を離したレナスは、無人君に問いかけた。

 

 一方の無人君は、ひょいっとメルティーナの手から離れ。床に足をつけてから、あんぐりと口を開け。そこから取り出した、手のひら大の大きさの板金とマイ工具を使って、なにやらゴリゴリとお絵描き。

 そうして板金に刻んだ模様をレナスに見せつけ、無人君は『こんな感じ?』とばかりに首をかしげてみせる。

 

 お願いしたレナスの方もなぜか、すぐには返事をせず。

 自分の頭の中でもう一度確認をとるかのように黙り込んでいる横で。板金の模様を覗き込んだメルティーナの方が先に、

 

「あんたこれ、私も行くってそういう……」

 

 呆れ果てた声を漏らされたところで、レナスもようやく無人君の描いた複雑な模様が正しいと、なんか確認をとれたらしい。

 

「ええ。それで、いいわ。……あとも、お願い」

 

 ふうと息をついたレナスの枕元に、無人君はさっそく描いたばかりの板金をプレゼントし。ぴしっとした敬礼で、それを大事そうに胸に抱いたレナスに応えたのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ガブリエルがいる場所へは、小型艦を使って直接突入する。

 

 転送装置は危なすぎて使えない。

 いくらなんでもガブリエルが、自分達をノーガードで迎え入れてくれるわけがないからだ。どうせ使えるはずがないし、仮に使えたとしても、転送の途中で転送妨害をされる事だって十分考えられる。

 一度は戦力を分散されたせいで、してやられた相手のところにリベンジしに行くのだ。

 あえて自分達から二手に別れるというのならともかく、クロス洞穴の時と全く同じ失敗なんかしてたまるか、といったところである。

 

 一方でクロス洞穴の時には、その場の紋章効果をすべて無効化する『サイレンス』も使われたわけだが。

 こちらについては今度も使われる可能性よりも、紋章術師全員を数に入れない事による、戦力不足の方を心配した方がいいだろうとの事。

 

 

「ガブリエルが『サイレンス』を使ったのは、こちらの戦力を完全に分散した後。逆に言えば、彼はそこにいた六人全員を「創造の力」だけで、どうにかしようとはしていなかった。これはつまり──」

 

「僕達全員を全力で迎え撃つなら、向こうだって、紋章術は存分に使いたいはず。そういう事になる……よな?」

 

 とは言っても、これだけは絶対に読み間違えられない事だ。

 マリアの再確認に続いたクロードが、やや自信なさげにしていると。

 プリシスの作った機械の中、ふかふかの搭乗席の背に深く体重を預けて休んでいるレナスが、「ええ。それに……」と静かに口を開いた。

 

 

「彼は……きっと、『崩壊紋章』にこだわっている」

 

 

 体力を温存しているらしく、呟くような小声ではあるけども。

 確信でもしているかのような言い切りように、周りの人達も、レナスの言う事を信じてみる事にしたらしい。

 事前に決めていた通りに、紋章術師の人達も全員揃って、小型艦に乗り込む事になったのである。

 

「じゃ、やっぱ全員で行って、全力でブッ飛ばすっつう事で。決まりだな」

 

「もちろん。こんな所で指をくわえて待ってろだなんて、冗談じゃないですわ」

 

 

 操縦を今回はディプロの人に任せる事以外は、人数が多すぎるので二つの艦に別れて乗り込む事も、これまでと同じだ。

 片方の小型艦にはフェイトやソフィア、マリア、クリフ、ミラージュの未来人五人。

 その艦に先導される事になる十二人乗りの方の小型艦には、残りの十一人が乗り込む。

 

 

 出発の直前になって、レナスがプリシスの作った機械に乗って「私も行く」と現れた事。

 アリューゼ辺りは驚いてもいなかったようだけど、すっかり後は任されたつもりだったクロードやレナは、もちろんびっくりした。

 

「あの……。レナスさんは、本当に大丈夫ですか?」

「ディプロで待ってた方がいいんじゃ」

 

 いったん小型艦に乗り込んでしまったら、もう後戻りはできないのだ。

 喋るのも一苦労な本人には聞きづらいので、一緒に現れたメルティーナの方に小声で聞いたものの、

 

「さあね。言っても無駄じゃない? 少なくとも私はもう諦めたわ」

 

 こっちはこっちで、とっても投げやりな様子。

 しかもこちらの会話がしっかり耳に入っていたらしく、

 

「大丈夫。私の「力」さえ……取り戻せば、いいだけだから」

 

 とレナス本人に、休み休み言われた。

 メルティーナもさらに投げやりに、

 

「ああ、一応それはホントね。肉体以外は全然平気らしいから、こいつ」

 

 とにかくガブリエルから「力」を取り戻しさえすれば元気になれるはずなので、まあもう細かい事は気にするなと。

 言われたレナ達の方も、それならまあいいのかなと。

(……それは、全然平気じゃないのでは?)

 という本音は隠してレナスに話しかけ、小型艦に乗り込んだのだった。

 

「分かりました。けど、無理はしないでくださいね」

 

 

 

 あとに続いて乗り込む前に、メルティーナはちらと後ろの機械を見上げ、

 

「無理はするな、ですってよ。聞いてんの?」

 

 言ってすぐに、変わらず板金をひざ元に置いているっぽい中の様子に息を吐く。

 たらたらと足を進めつつ、

 

「やっぱぶん殴っときゃよかったわ、あのクソ女」

 

「え……?」

 

「あんたには言ってないっつの。あんたはクソ女じゃなくてバカ女でしょ」

 

 とかいうメルティーナの過激なぼやきにも、それが聞こえちゃったチサトとのやり取りにも全く反応を示さず。

 無人君が動かす機械の中。レナスは無言で板金を見つめ、そっと手を触れた。

 

 

 ☆★☆

 

 

 ええ。だいぶ、落ち着いて考えられるようにはなったと思う。けど、

 

 ──けど?

 

 本当にいいの?

 彼の考えてる事だって、手にとるように分かるわけじゃない。ただなんとなく、そうなのかもと、思っただけで。……もし間違っていたら

 

 ──大丈夫、間違ってはいないわ。あなたがそう思うのなら。

 

 そう、なのかな。それであっているのかな。

 それなら私、あなたの言う通りにできるのかな。みんなの力に、なれるかな。

 宇宙を守れるのかな。

 本当に彼を、止められるのかな。

 なにもできなかった、私が。私が創ってしまった、彼を……

 

 ──違うわ。あなたひとりで、彼を止めるわけじゃない。私がついてる。

 

 

 ……ありがとう。

 こんな自分勝手な弱音にまで、あなたは付き添ってくれるのね。

 分かってる。いくら言い訳したって、取り繕いようもないくらい、私は彼にもひどい事をしたんだって事。それでもやっぱり、今の私は……

 

 

 ──私も、守りたいの。だからお願い。

 

 

 わかった。

 私が知ってるすべてを、あなたに託せるようやってみる。

 あなたもどうか、無理はせずに。それとこちらこそ、虫のいい話だけどお願い。

 

 この宇宙を守りたいの。どうか私達に、力を貸して。

 




・おまけの報告
今回ようやくここまで投稿できたので、本編中のちょっとした裏設定を活動報告に載せてみました。
十賢者とオリキャラ関連のゆるめなやつです。気が向いた方はどうぞ。


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3. フィーナル再び

 まだ宇宙空間に創られたばかりと思われるそれは、クロードが覚えている『エナジーネーデ』とはまるで違う全景をしていた。

 

 広大な闇の中に存在を示す、ただ一つの小島。周りには海も何もない。

 島の建造物も、後方に高いタワーがひとつ建っているだけ。あとの地面はすべて、侵入者達を待ち構えるためにあるかのような広場になっている。

 

 小島の崖からは、ところどころ金属らしき物も覗いてみえる。

 おそらく小島の基礎部分は、すべて機械で出来ているのだろう。まるで星の形を成していないものを、あれで無理やりに維持させているという事か。

 同じく自然の力で創られたわけではない、かつての人工惑星『エナジーネーデ』だって、惑星として自然に存在できる総質量や恒星からの向き、大気を逃さない惑星の構造など、色々な物事をちゃんと考えて造られていたのに。

 

 数か月前に、クロード達が十賢者と激戦を繰り広げた『フィーナル』。そのさらに一部分だけを雑に切り取り持ってきたかのような、いびつな光景だ。

 

 

『宇宙崩壊さえできれば、あとはどうでもいいって感じだな』

 

 今まさに、その目の前の『フィーナル』へと突入しようという二隻の小型艦。

 後方にいる小型艦の中で、クロード達が事のなりゆきを静かに見守るしかない一方。さっきからずっと、もう一方の小型艦からの音声が届いている。

 声の主は、最初のがフェイト。応えたのはマリアだ。

 

『こちらにとっては願ってもない状況ね』

 

 確かに、当時のエナジーネーデがそっくりそのまま再現されていたら。惑星全体を包むクラス9もの強度を誇るエネルギーフィールドをぶち破っての突入はもちろん、そこからガブリエルのもとにたどり着くのも、今よりはるかに厳しい道のりだっただろう。

 今目指す先にあるのは『フィーナル』、それもさらに切り取られた一部分だけ。あの中にさえ突入できれば、ガブリエルはもうすぐそこだという事だ。

 あくまでも、無事に突入できれば、だが。

 

(……本当に、いけるのか?)

 

 いくら目の前のフィーナルもどきを包んでいるエネルギーフィールド、すなわちシールドが当時のエナジーネーデより断然しょぼい、クラス9なんてあるはずないと推定できても、あれには間違いなくネーデ関連の技術が使われているのだ。

 小型艦に乗り込む前の話し合いの時。フェイト達は、もちろん突入方法はそれなりに考えてあるって言っていたけど……

 

 今はちらっとモニター越しに見えるだけだけど。

 たぶん父さんが乗ってた戦艦カルナスのシールドくらいは余裕で上回っている。

 というか地球のシールドも上回ってるかもしれない。

 もはやクラス4くらいはあっても驚かない。

 それくらいのやばい雰囲気がぷんぷんである。

 

(……とにかく、人間の技術の進歩を信じよう。そうしよう、うん)

 

 こんなシールド、どうってことない。なんたってこっちには未来人のフェイト達がついているんだから。すごいぞ未来人、頑張れ未来人!

 つい不安になりかけるクロードが、心の中で意味も分からず応援してみる一方。

 もう片方の小型艦ではクリフが、ディプロの人になにやら指示を出し、

 

『ああ、量子魚雷二発だ。これでいけたら御の字ってところだが』

 

 その指示通りに、後方にいる旗艦ディプロからフィーナルもどきに向けて、攻撃が立て続けに二回。

 フィーナルもどきの直前の宇宙空間で、激しい閃光が発生して、すぐに消える。

 結果、フィーナルもどきのシールドはびくともしていない様子だ。

 

『投げやりに創ったとは思えない頑丈さですね。腐ってもロストテクノロジー、といったところでしょうか』

 

『……やっぱそうなるか。このまま突入は確実にアウト、だな』

 

 とミラージュの後に、ぼやくクリフの声。

 今のは元連邦軍人のクロードも初めて聞く名前の、まさしく未来の兵器での渾身の攻撃だったと思うのだが、それでもダメだったらしい。

 

 向こうの小型艦の方も、しばらくの沈黙。

 が、早くも打つ手なしかというと、それも違うらしい。

 

 

『悪いな。後はお前らに任せたぜ』

 

 致し方なしとばかりに言ったクリフの後に続けて、

 

『多少の消耗は仕方ないわ。どうせこうなる気はしてたわけだし』

 

『できるだけ全力を出しつつ、本番に向けて体力を温存するって……。やけっぱちな作戦だよな、これって』

 

 とマリアとフェイトの声。さらに、

 

『ソフィア準備できたか? ……って言っても、心の準備くらいしかすることないけどさ』

 

『うん……。わたし達の愛と勇気が宇宙を救うと信じて、やってみる!』

 

 ソフィアまでもが自分に気合を入れたらしいところで。クリフが両方の小型艦を操縦している人に、改めて指示を出したのだ。

 

『目標のギリギリまで近づけろ、一瞬の隙を狙って突破する』

『了解』

『っと、後ろの奴らも聞いてたな? て事で、俺らのピッタリ後ろをついてこい。こっちも速度は落とせねえから、死ぬ気でな』

 

『なっ……!』

 

 

 最後のびっくりしたような声はフェイトである。

 クロード達の小型艦を操縦しているディプロの人が「また無茶な事を。了解」とか慣れた感じで返事している中、

 

『ずっと繋がってたのか!?』

『そりゃ繋がねえでどうすんだよ。わざわざ情報認識にラグつくれってか? この一大事に』

『そ、それは……そうだけどさ!』

 

 なにやらうろたえているフェイト。

 よっぽどクロード達に聞いてほしくない会話を繰り広げていたらしい。

 

(まあ、初めて聞いた兵器の名前とか、あったしなあ……)

 

 クロードが納得しちゃう中。

 二人はひそひそと何かを言い合い、

 

『今さら隠す事かよ。どうせ本番でも同じモン、使うはめになるんだろうが』

『必ず使うと決まったわけじゃないし、なにより規模が全然違うだろ……。こんなの、普通の必殺技でごまかせる範囲を超えてるじゃないか。敵拠点のシールド相手だぞ?』

『はいはい。なら、もう直接あいつらにお願いするしかねえんじゃねえの』

 

 と結局クリフが投げやりに言い、フェイトもさっそく必死に懇願。

 

『お願いだみんな、今のはみんな聞かなかった事にしてくれ! あとこれから起こる事も見なかった事にしてくれ! 頼む!』

 

 

 もちろんこの小型艦に乗っている全員、程度は違えど、みんないい子である。

 なんかよくわかんないけど、きっとこれからすごい事してシールドをぶち破ってくれるであろう彼らに対して、「どうしよっかなー」なんて返事をする奴はいない。

 

「わ、わかった。なるべく見ないようにするよ」

「頑張ってね三人とも、わたし達なるべく見ないようにして応援してるから!」

「どうでもいいけどさっさとやりなさいよ」 

 

 そうやってクロード達が、改めて静かに見守る事にした一方。

 二隻の小型艦はシールドの影響を受けない、ギリギリの場所まで接近。

 さして間を置かずに、フェイト達のよくわからないシールド突破作戦が展開されたのだ。

 

 

 

 なるべく見ないようにはしていたけれど。

 とりあえずマリアの合図で、ディプロの人がもう一回『量子魚雷』とやらを発射したのは分かった。というか会話が聞こえてしまった。

 

 さっきのとは比べ物にならないほどの激しい閃光が起きて、クロード達の乗ってる小型艦も、衝撃でちょっと揺れて。

 間髪入れずに、そのすぐ近くの宇宙空間上に、いきなり謎のワームホールみたいなのが出現。

 その穴から出てきた青白いビームが、直前の攻撃で弱まったシールド部分をピンポイントで直撃。

 

 見事シールドが消滅したのと同時に、前の小型艦が全速前進。

 続くクロード達の小型艦も、新しくシールドが張り直される前に、フィーナルもどきの内部への突入にギリギリ成功したのだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 フィーナルもどきの広場の端に、小型艦が二隻とも着陸できた後。

 すぐに小型艦の外に出たクロード達に対して、フェイト達の方は降りてくるまでに少し時間がかかった。

 

 どれくらい時間があったかというと……

 片腕がドリルになっている搭乗型機械に乗った無人君が、後ろの方で、ゴリゴリと床を削ってお絵描きをし始めちゃうくらいだ。

 

「ちょちょ、何やってんのさ無人君! レナス乗っけたままで!」

 

 すぐに見咎めたプリシスに、それでもやめない無人君。レナスが小さく何か言っているところで、小型艦から残りの五人が出てきたのだ。

 

 クリフとミラージュに続けて、心配そうに後ろを振り返りつつ降りてくるソフィア。

 フェイトとマリアの二人は、揃ってしかめ面。

 全く同じタイミングで自分のこめかみを指で押さえ、全く同じタイミングでつらそうに息を吐き、深呼吸しながらゆっくりと降りてきた。

 

 

「二人とも、大丈夫かい?」

 

「……あ。な、なんでもないよ。そんな事より、なんにも見てないよな?」

 

 ぶっちゃけごめんだけど大体見ちゃったし。特に後から発射された青白いビームなんか、前に『パラケルススの円卓』でフェイトが使ってた技のやつにとてもよく似てたし。

 そのせいで二人は今こんなに疲れてるんだろうとも、なんとなく察しているわけだが。

 

「……こんな事、やってる場合じゃないでしょ。早く行くわよ」

 

「でも……」

 

「自分の足で走れるし、銃だって問題なく撃てる。足手まといにならない程度には戦えるつもりよ」

 

「ああ、僕もだ。というか……そのうち治るやつだから、気にされる方が困るんだよなあって」

 

 心配するレナに言い切る二人の表情はやはり厳しいけど、確かに、足はふらついていない。

 強がりが半分、本当にまともに戦える自覚が半分といったところか。

 

「どのみち、ここで休んでる時間はなさそうだぜ」

 

 広場の方に目をやっていたアリューゼが、背中の剣に手をかけて言う。

 ガブリエルがいるだろうタワーが建っている側から、人影がぞろぞろと現れたのだ。

 

「うん……さっそく来たね」

 

 人数は総勢九人。

 こちらの行く手を塞ぐように広場に現れたのは、ガブリエル以外の十賢者全員だ。

 相手方の様子を驚きもせず確認するアシュトンに続けて、プリシスも言った。

 

「あちゃー……。やっぱメルが言った通りの展開になっちゃったね」

 

 

 “彼女”から得た『知識』がある今のガブリエルには、今までに倒されたはずの十賢者達を再び創る事も、おそらくは可能なはず。

 

 ……というか今だから言うけど、一度撃破したらそれっきりな今までが異常だったっていうか。

 なんかよくわかんないけど、やられた味方の魂とかもまったく回収しに来てない感じだしまた創られる可能性も低いっぽいし、無駄にみんなの士気を下げるのもよくないっていうから今まで黙ってたけど。

 でもって今なら創れなかった理由も色々わかるけど、ぶっちゃけ「元凶ホントにやる気あんの?」くらいの事はずっと思ってた、と。

 

 ディプロでの移動中、眠っていたレナスに代わってメルティーナが予想してみせた通り──

 もうずっと前に倒したはずのサディケルやミカエル達から、ボコボコにしてやった記憶もまだ新しいカマエルやルシフェルまで全員、何事もなかったかのようにピンピンとした様子でクロード達の前に現れたのである。

 

 

「また会ったな、クズどもめ。今度はあの時のようにはいかんぞ、ははは!」

 

「それにしても、またしても我らの宇宙征服を邪魔するとはな。いい加減見飽きたぞ」

 

「よほど灰にされてぇみたいだなあ、おい!」

 

「ワザワザヤラレニ来ルトハ、ゴ苦労ナ事ダナ」

 

「僕知ってるよ。救いようのない馬鹿って言うんだよね、こういうの」

 

 

 こいつらの再出現については予想できていたし、驚きはないけど。

 過去のと今回のですでに二回は自分達に倒されてるのに、未だにこういう強気な事を言ってくるのも「なんかもうこういう奴らだしな」って感じだけど。

 

「……はあ。無駄だと思いますけど、一応彼らに言ってあげたほうがいいんですかねえ」

 

 みんなが呆れるやら真顔になるやらの中、困った表情で呟くノエル。

 長々と付き合ってやる時間もないし、もしかしたら戦闘を回避できるかもしれないしで、クロードが代表して声をあげた。

 

「お前達……」

 

「なんだ、命乞いか?」

 

「ガブリエルの本当の目的に、まだ気づいていないのか!? 崩壊紋章が発動したら、お前達が征服するつもりの宇宙も全部なくなるんだぞ!」

 

 さっきの言い方からも間違いない。

 こいつらは思考回路も、過去の十賢者事件の時と全く同じ。

 宇宙を崩壊させようとしているガブリエル以外の全員が、宇宙征服を目的にして自分達の前に立ちはだかっているのだ。

 今こうしているのだって、どうせガブリエルに「宇宙征服のために、邪魔なあいつらを倒せ」とでも言われてきたのだろう。崩壊紋章発動までの、時間稼ぎに利用されているだけとも知らずに……

 

 しかし案の定、十賢者達はクロード達の言う事を信じようとしない。

 

「何かと思えば、そんな戯言を……。崩壊紋章を発動させる? 愚民を支配するための道具にすぎん代物を、安直に発動させるわけがなかろう」

 

「お前達にとってはそうだろうけど、ガブリエルは違う! あいつはこの宇宙全部を憎んでるんだ! だから……!」

 

「ハニエル、御託はもう十分だろ? あいつらとっとと畳んじまおうぜ」

 

 さっそく手に炎を纏わせて言うミカエル。

 じれったくなって叫ぶチサトにも、平然と言い返すザフィケルとメタトロン。

 

「なんで信じないのよ! ガブリエルなら本当にやるって言ってるでしょ!」

 

「あいにく、俺が信じるのはこの剣だけだからな」

 

「ガブリエル様以上に、貴様らの方が信用ならんと言った方が理解してもらえるか?」

 

 さらにルシフェルがこんな事まで言ってみせる。

 

「仮に、貴様らの言う事が真実であったとして……。ここで貴様らを見逃す理由にはなるまい? 目障りな貴様らの息の根を止めた後で、裏切り者のできそこないを我々全員で始末すればいいのだからな」

 

「なんだと……?」

 

「その場合……現在あの男にあるあの「力」はもちろん、この私が有効活用させてもらう事になるだろうな、ふはははは!」

 

 こっちも昔と変わらず、つい最近ガブリエルに散々いいように使われたばかりでも、まだ懲りずに下剋上を狙っているらしい。

 十賢者九人がいっぺんにまとめて出てきた事以外全部、いくらなんでも想定内すぎる敵方の反応に、ディアスとセリーヌが揃ってため息をついた。

 

「……時間の無駄だな」

 

「本当に……救いようのないなんとやら、ですわね」

 

 

 彼らとの戦闘を避けられそうにない事も、事前にちゃんと想定できていたのだ。こうなった場合に自分達がどう行動するのかも、もちろんすでに大体は話し合い済みである。

 人数に差があったおかげで楽に各個撃破できたこれまでとは違い、今度は非常に厳しい戦いになるだろう事も、みんな察していたりするけども……。

 

 けどそれでもやらなければ、宇宙が崩壊してしまうのだ。

 こればかりは各自、気合で頑張ってみるしかないだろう。

 

「どうだ、いけそうか?」

「ああ。この調子ならなんとかね」

「私もさっき言った通りよ」

 

 今にも大規模な戦闘が始まろうという状況の中。

 クリフが短く、フェイトとマリアに確認をとる。

 横ではメルティーナがなんかやたら投げやりに、体力温存中のレナスに話しかけたり、プリシスはお絵描きの仕上げに入っている無人君に念を押したり、

 

「危なくなったらちゃんと知らせなさいよねって……どうせこれも、言っても無駄なんでしょうけどー?」

「無人君、レナスの事ちゃんと頼んだからね!」

 

 レナスを乗せたまま搭乗型機械を操る無人君が、ちょうどその手を止めたところで、

 

 

「それじゃ……行くぞ、みんな!」

 

 

 声をあげたクロードが、先頭に立って前に駆け出した。

 すぐ後に続いて、レナやフェイト達も駆け出す。

 クリフにミラージュ、ディアス、アリューゼ……レナスを乗せた無人君の機械も、一部を除いたほぼ全員が一斉に、十賢者達のところに向かっていったのだ。

 

 例外として、セリーヌとノエル、メルティーナの術師三人はその場でそれぞれ詠唱開始。

 詠唱中は隙だらけな彼女達を守るために、主力の武装をレナスに貸し出したプリシスもその場に留まり、爆弾を手に、いざという時に備える。

 ある程度の距離までクロード達が迫ってきたところで、

 

「ようやくかよ。待ちくたびれたぜぇ!」

 

「全員マトメテ葬ッテクレル!」

 

 挨拶代わりとばかりに、前方に炎を放つミカエル。

 即座にアシュトンの背中のウルルンが、冷気のブレスで打ち払う。

 

「ウルルンっ!」

 

「てりゃあーっ!」

 

 同時に高く飛び上がり、広範囲攻撃をしようとしていたジョフィエルの動きは、チサトが名刺を思いっきりぶん投げて阻止。

 後ろの方でなんかしようとしていたカマエルの方は、やっぱりディアスが遠距離からすごく速い『空破斬』を放ちピンポイントでゴーグルを割って阻止。

 

 この間に、前方に駆け出したクロード達全員がほとんど横並びに、十賢者達に肉薄しようかという位置まで迫る事ができた。

 

「ふっ、この程度は防いでもらわないと困るというものだ。だが、これはど──」

 

「サンダークラウド!」

「シャドゥサーヴァント!」

 

 また余裕を見せてなんか言ってるルシフェルを無視して、詠唱を同時に終えたセリーヌとメルティーナの声が揃って響く。

 十賢者達の頭上には雷雲。

 足元の影からは闇の獣が突如現れ、それぞれが大きく口を開けて、一斉に影の持ち主達に襲いかかった。

 

「うわわっ、なんだこれ!」

 

「ち、離れろ!」

 

 次々と闇の獣の牙に捕らわれる十賢者達。

 うち何人かは最初の一撃をかわしたが。

 魔力でつくられた闇の獣は、地上にその全身をさらしたところで、セリーヌの雷を浴び。消滅するどころかさらに勢いを増して、彼らに食らいつきはじめたのだ。

 

 雷を帯びた闇の獣と、格闘している最中の十賢者達九人。

 とっさに絶対防壁『メタガード』を自分の周囲に展開したメタトロンですら、周りを取り囲むように猛り狂う獣にことごとく行く手を阻まれ、自由に身動きができない。

 術を発動させている二人とも、集中を切らさないようにしつつも強気な笑みだ。

 

「ぶっつけ本番でもなんとかなるものですわね!」

 

「さっすが私。て事で……あと頼んだわよ、英雄サマ達?」

 

 二人の力を合わせた強力な術だけど、これだけで倒されるような雑魚はさすがにいない様子。

 敵眼前まで迫っていたクロード達は、速度を緩めず、二人によってかく乱された戦場の中へとどんどんつき進んで行く。

 味方の術に巻き込まれないよう、敵から最低限の距離だけはとって。間をすり抜けるように、前へ前へ。

 

「なっ……どういうつもりだ、てめえら!」

 

「落ち着けミカエル、今はこの術を振り払う事に専念しろ!」

 

 

 敵に術を破られてしまう前に、できるだけ前へ。

 つき進んだ味方のうち半数ほどは、今にも術を打ち破ろうとしている何人かの十賢者に対応するため、彼らのすぐ近くで足を止めて身構える。

 

 残りの半数はそれでも足を止めず、さらにその先へ。

 向かう先はもちろん、すぐ後方の──

 

 

「くっ、俺達を無視だと!?」

「そう来たか。これは面白い展開だ」

 

 ガブリエルのいるタワー内部を目指して、先頭を全力で走るのは、クロードとレナ、フェイト、マリアの四人。

 少し遅れて、一生懸命走るソフィア。そのさらに後ろ、無人君の操る機械が、ホバーモードで地面を滑るように移動していく。

 そうやって最後列の十賢者、カマエルとサディケルの真横まで機体がギリギリ到達したところで、

 

「こんなもんっ……、効かねえんだよぉ!」

「奴らを先に行かせるな!」

「承知した」

 

 炎を纏った両手で、輪郭のはっきりしない獣の体を掴み、今にも力ずくで引き裂こうとしているミカエル。

 絶対防壁の中で、静かに獣の動きを観察していたメタトロンが、一瞬の隙をついて獣を斬る。

 一番に動けるようになったのは彼だが、

 

「黙って通すとお思いですか?」

 

 行く手を阻むのはミラージュ。

 即座に振り下ろされたメタトロンの剣をかわし、拳を浅く打ち込んだ後、また距離をとって彼の前に下がる。

 いくつかの攻撃の応酬。

 メタトロンをけん制で足止めするミラージュを見つつ、

 

「二手に別れるとはなかなか、思い切った行動だが……くくく、まさかその人数で我々に挑むとはな!」

 

 ひらりひらりと、獣を倒そうともせず避け続けているルシフェルの嘲笑。

 

「そんな女一人に手間取りやがって、だらしねぇぞメタトロン!」

 

 遅れて闇の獣を始末したミカエルが、タワー内に入っていくクロード達の方そっちのけで、メタトロンの方を振り向いたところで、

 

「よそ見してる暇があるのか?」

 

「てめえさっきから、セリフが暑苦しいんだよこの脳筋!」

 

 アリューゼの大剣による強烈な横なぎ払い。

 腕の炎の火力を高めて防御したはいいものの、あまりの威力に大きく吹き飛ばされた先で、今度はクリフの一撃が炸裂した。

 あっちいミカエルを勢いよくぶん殴る手には、懐かしの火属性半減鍋。攻撃にも防御にも卵料理にも使える優れモノである。

 

「て、めえ……!」

 

「親玉を倒さないかぎり、てめえらいくらでも生き返れるって話らしいからな。本命はあいつらの担当、俺達の戦場はここってワケだ」

 

 

 少し離れた場所では、遅れて術を破ったザフィケルの相手をアシュトンが、ジョフィエルの相手をチサトがしている。

 クロード達の方は、四人はもう完全にタワーの中に入った様子。

 いつの間にか小わきにソフィアも抱え、二足走行モードに切り替わっているレナスを乗せた無人君の機械も、あと少しで辿り着けそうなところだ。

 

 

「おのれ……、おのれ!」

 

 ハニエルの現在の相手はディアスだ。どうしてもクロード達の動きを阻止したかったのに散々に邪魔をされ、こちらも身動きが取れなくなっている。

 

「せめてあの者達だけでも──!」

「させるか、空破斬!」

 

 目の前のディアスに隙をみせてまで放った、無人君の機械へ向けた遠距離攻撃もやはり、すぐ後ろから追いかけてきたディアスの衝撃波に打ち消される。

 

 無人君の機械も後ろを振り返らず、えっさほいさと走り続け。

 ようやく六人全員が、タワー内に無事突入したのを確認。

 すかさずノエルが術を発動させる。

 

「それじゃあいきます、アースグレイブ!」

 

 こちらも狙いは十賢者達ではなく、さらにその後ろだ。

 先ほどまで無人君の機械がいた辺りの地面が次々と、何本もの槍のような形状に突き上がり、タワーの入り口を何重にも塞いでいく。

 これから始まるだろう激戦の最中に、万が一にでもここの十賢者達の誰かが、クロード達の方を追いかけないように──

 

 

 

「貴様ら、小賢しい真似を……!」

 

「そうムキになるな。あの男も、虫けら数匹くらいは己一人で振り払えよう。──ふっ、それよりも」

 

 完全に塞がれたタワーの入り口。

 時間稼ぎももう終わりだ。戦いに備えてセリーヌとメルティーナの二人も破られる前に術を解き、残り数人の十賢者も闇の獣の拘束から放たれる。

 

「これはこれで愉快だと思わんか? わずかな優位を投げ捨てた愚か者共が。ふ、はは……なぶり殺しにしてくれと、我々に頼んでいるようではないか!」

 

 

 声高に笑うルシフェルを先頭に、相対する十賢者は総勢九人。

 こちらの人数はそれよりも一人だけ多い、十人。

 確かに向こうが言う通り、個々人の実力をただ単純に足し合わせた場合の、総合的な戦力はこちらが下だ。

 だけど、

 

「余裕ぶっこけるのも今のうちだぜ。なんたって俺らは超強えからな」

 

「そーだそーだ! 団結力皆無なアンタ達になんか負けないんだもんね!」

 

「まあ私的にも? こんな雑魚とっととしばいて、せいぜい出番があるうちにあいつのトコに加勢しに行くかって感じだしー?」

 

「そうよそうよ! 今までいいとこまるで見せられなかった私の鬱憤、とことんあなた達で晴らさせてもらうんだから!」

 

「お前達などに、俺達は負けん。……絶対にだ!」

 

 

 ここにいる全員とも、それでも一歩も退く気はない。

 前衛達は睨み合いつつ、じりじりと敵達との間合いを計り。後衛達は前衛の支援をするため、または敵に直接攻撃するために、さっそく術の詠唱を始める。

 

 今度こそ、今にも始まろうという大乱闘。

 詠唱する後衛達のすぐ背後では、先ほど無人君がドリルで地面に書いたお絵描きが、ほのかに光を放っていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 外観と同様に、建物内部も以前のフィーナルとは異なっていた。

 両脇に長く続いていた通路も、その途中途中にある小部屋も見当たらない。

 タワー内に入って少し先の中心部に、大きい昇降機が一つあるだけだ。

 

 おそらくはこれに乗れば、以前のようにたくさんの転送装置を渡りつぐ必要もなく、直接ガブリエルの元に辿りつけるのだろう。不利な戦場を仲間達に任せてきたクロード達六人にとっては、やはり願ってもない状況である。

 最後にタワー内に入った無人君の機械が、小わきに抱えていたソフィアをよいしょと下に降ろしたところで、すぐに六人全員とも昇降機に乗り込んだ。

 

 

「ご、ごめんなさい。わたしこんな……戦闘の前から足引っ張るはずじゃ、なかったのに……」

 

「ソフィア大丈夫か? 僕らも後ろをみる余裕がなかったから……」

 

 最上階に向かって、ゆっくりと動く昇降機。

 決戦のその時を待つ間に、普通にもたもたしたばかりに抱えられて運ばれちゃったソフィアが謝ったり。さっきの移動でさっそく疲れちゃったかもしれないレナスの事を心配したり。結局はいつまでも引きずっていられる状況じゃないので、お互いに励まし合ったり。

 

「過ぎた事より、今はこれからの戦いの事だけを考えましょう」

 

「そうだね。……ほらソフィア、マリアも頼りにしてるってさ」

 

「僕達もだよ。ソフィアもだし、フェイトとマリアの事も頼りにしてるからね」

 

 口から出まかせではなく、クロードも『パラケルススの円卓』でこの三人の実力を見てきたり、一緒に連携を意識した戦闘を練習してきたりもしたのだ。

 もちろんすぐ隣にいるレナも含めて、このメンバーで「創造の力」を持つガブリエルに挑む事に後悔はないつもりだ。

 

 それでも若干の心配事というか。

 ガブリエルを無事に倒せた後。「創造の力」を回収するはずのレナスが、なんだかすでに疲労の色を隠せなくなってきているのが不安というか、心苦しいというか……。

 

 

 でも本人に体調を聞いても、意地でも「昇降機(ここ)で待ってる」とは言わないんだろうな。というか無理に喋らせて余計に体力消耗させちゃうだけだろうしな、と。

 揃ってやきもきしている、この場の人達の視線をばっちり感じ取ったらしい。

 

「……。これくらいは、大丈夫。だから……お願い。最後まで、見届けさせて」

 

 まだまだ昇降機が動き続ける中。

 案の定、喋るのも一苦労な調子で。

 レナ達の位置からは見えない自分の手元を見たまま、レナスは言ったのだった。

 



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4-1. シン・ガブリエル

 私の望みは、ただ一つ。世界の破壊だ。

 

 それが私の存在する理由。私という存在が生きた理由。

 かつての“ガブリエル”という存在も、きっとそうだった。

 例えこの脆弱な存在が、神の「力」の酷使に耐えられなくとも。

 例え望みかなわず、この存在のみが消え去ろうとも。

 

 これは私ではない、そう私をつくった者の願いなのか……?

 

 断じて違う。

 私の心は、この私だけのものだ。

 誰につくられたからでも、誰に命じられたからでもない。

 だからこそ私は、この“私”自身の心がそう望むままに。

 

 

 ──やつらの足音が聞こえる。

 あの女の、耳障りな“声”も。

 破滅の時は近いようだ。

 

 それでは、己か宇宙全てか。

 せいぜい最期の時まで、己自身のためだけに生きあがくとしよう。

 

 

 ☆★☆

 

 

「──ガブリエル!」

 

 フィーナルもどきの最上層。

 宙に浮いた巨大な『崩壊紋章』を前に、部屋の奥に佇んでいたガブリエルは、突入してきたクロード達六人の方を振り返って言った。

 

「ルシフェルを再び創ったのは間違いだったな。あれはどうにも私の言う事を聞く気がないらしい」

 

 剣を向けるクロードとフェイト。

 マリアも銃に手を当て、レナとソフィアの二人もさっそく術の詠唱を始める。

 

「お前の野望はここまでだ! 崩壊紋章を止めろ、ガブリエル!」

 

「それと……今度はそこのくたばり損ないに隠れたか」

 

 味方の術を待ちつつ、戦闘開始のタイミングを図るクロード達。

 ガブリエルは気にもせず、クロード達の後ろの、無人君が操縦する機械に乗ったレナスを見て話し続けている。

 

「今さら何しに来た。己のせいで宇宙が崩壊する様を、特等席で眺めに、か? まあ貴様がそこまでして後悔に苛まれたいというのなら、止めはしないが……」

 

 いやレナスではなく、“彼女”の方に話しかけているのか。

 レナスの方はやはり返事をする余力もないのだろう。搭乗席の背にもたれかかったまま、何か言いたげに、ただ彼を見返すだけだ。

 

「聞こえないのか! 崩壊紋章を止めろと言ってるんだ!」 

 

 レナスから興味を背けさせるように、さらに声を張りあげるクロード。

 ようやくクロードを見たガブリエルは、馬鹿馬鹿しいとばかりに笑って言う。

 

「このやり取りも初めてではあるまい。この後に私がどう答えるかも、貴様らはすでに知っているはずだろうに」

 

 ガブリエル──いや、今も彼の人格の大部分を占めているだろうランティス博士は、一人娘のフィリアを亡くした事に絶望し、愛する者を自分から奪った世界そのものを憎んでいた。

 フィリアのいない世界にもう価値はない。だから全部滅んでしまえ──と。

 

 あれから数か月経っただけで、彼を説得できるなんて最初から思っていない。

 それでもこうやって話しかけているのは、戦闘開始までにもう少しだけ時間が必要だからだ。

 

「どうしても考えを変える気は、ないんだな?」

 

「はっ。考え直して、だと? ……貴様の思いあがりにはいい加減、虫唾が走る。誰が今さら、貴様ごときの言葉一つで心を変えたりするものか。ふざけるのも大概にしろ」

 

 念を押すクロードに、急に苛立たしげになって答えるガブリエル。

 レナの方は紋章術発動の準備が終わった。

 ソフィアはあと少しだ。

 

「理解できないようなら言ってやる。宇宙の崩壊は、この私の悲願だ。三十七億年前から、ずっと願い続けてきた。それがやっと今叶う。それだけの事だろう?」

 

 ガブリエルは勝手に喋り続ける。

 彼がこうなってしまった事情は悲しい事だけど、だからってこの宇宙を崩壊なんてさせてたまるか。

 数か月前もそうだった。

 彼は戦って倒さないと止められない。

 

「憐れみ? そうつくられたから? 悲しい存在だと? ……私を馬鹿にしているのか? 見当はずれもいいところだ。ふざけるなよ。これは私の意思だ」

 

 こちらを睨み、一息おいてからガブリエルは言う。

 

「理解できたか? ああ、そうだとも」

 

 ゆっくり片手をあげるガブリエル。

 彼の周囲には、二つの浮遊盾が出現。

 手の先からは、こちらの肌を刺すような強い紋章力が放出、凝縮されていく。向こうもそろそろ仕掛ける気のようだ。

 

 身構えるクロード達。

 フェイトの後ろにいるソフィアが、小さく息を吸った。

 

 

「私は! この私自身がすべてを憎むからこそ、宇宙の崩壊を望むのだ!」

 

 言い切ったと同時に、ガブリエルが腕を振り下ろし攻撃を放つ。

 合わせるように、ソフィアとレナが術を展開させた。

 

「サンダーストラック!」

「プロテクション!」

 

 

 ソフィアが落とした雷は、ガブリエルに命中。

 次いでガブリエルが飛ばした攻撃を、レナの防御術が防ぐ。

 

 クロード達の眼前で、かろうじてかき消えるエネルギーの塊。

 光の盾が消えると同時に、すぐに前に駆け出すクロード、フェイト。

 つまらなさそうに雷を障壁で防ぎつつ言うガブリエルに、レナが威勢よく言い返した。

 

「これを防ぐか。あがくほど苦しみは増すというのに」

 

「違うわ! わたし達は負けない! あなたの思う通りになんて、させないんだから!」

 

 ガブリエルが動きを止めている間に、距離を詰める前衛二人。

 発動位置を直接指定できる攻撃術はともかく、防御術を貫通するような銃撃はさすがに通常なら不可能だ。

 マリアもレナの防御術で守れる範囲ぎりぎりの、中衛の距離まで進み。ソフィアの攻撃術が切れる前に、援護射撃でガブリエルをけん制する。

 

「創造の力も手に入れた今の私に、本気で敵うとでも? 愚かな……」

 

「どうかしら。こういった事を想定した訓練だって、私達はしてきたんだもの。勝つ確率だってゼロではないわよ」

 

 辿り着いたクロードとフェイトの連携攻撃。

 ほとんど切れ目のない二人の剣さばきのわずかな間に、さらにマリアの援護射撃、『ファイアボルト』『アイスニードル』などソフィアの攻撃術も加わる。

 

 どれだけ攻撃を仕掛けても、未だガブリエルにダメージは与えられていない。

 二つの浮遊盾や障壁にすべて防がれているのだ。

 

「ああ! あの時は……結局ズル以外で一度もレナスさんに勝てなかったけどね!」

 

「そういう事言わないのフェイト! やる気がどっか行っちゃうでしょ!?」

 

 防御の合間に繰り出されるガブリエルの攻撃術を、懸命にしのぐレナ。

 援護射撃と退避を繰り返すマリアと、攻撃術で味方の隙を埋めるソフィア。

 虫けらを振り払うようにはじき飛ばされかけても、クロードもフェイトもすぐに体勢を立て直し、怯むことなく攻撃し続ける。

 

 例えこの一撃が届かなくても、この次こそは。

 諦めなければ、そのうちきっと隙をつける。勝てる。

 

「ちっ。しつこいぞ、貴様ら……!」

 

 今のガブリエルはとても強い。数か月前に戦った時以上だ。

 いくら『パラケルススの円卓』で特訓していようと、頭で考えたら、自分達が負ける確率の方が高いのだろう。それくらいに、どうしようもない力の差がある事は間違いない。

 だけど、どういうわけか、不思議と負ける気がしないのだ。

 

 どうしても負けられない戦いに、心が奮い立っているからなのか。

 体中にみなぎる気迫、力。

 戦い続けるクロード達全員、敵の強さを改めて前にしても、戦意は全く下がっていない。それどころか、上がってすらいた。

 

 

「いい加減に……!」

「でりゃあぁっ!」

 

 ガブリエルが紋章力で形成した斬撃を、クロードは気合を込めて斬り払った。

 

 再び食らいつくように攻撃を続けるクロード。

 未だ誰も倒れない現状に、

 

 

「……何だ、これは」

 

 ガブリエルは疑念の声をついに漏らした。

 

 

「おかしい。こいつらがこんなに手強いはずは……」

 

 クロード達と戦闘を続けつつ、ぶつぶつと呟き。

 他の十賢者を呼ぼうとしたらしい。耳に仕込んである機械に手をあて、

 

「少々しゃくだが……仕方あるまい」

 

 さほど時間も経たずに、また苦い顔で通信機から手を下ろした。

 

「これもルシフェル(やつ)の小細工か? ……違うな。それでは他の応答がない理由には……」

 

「当たり前だ! 僕達の仲間も、お前達になんか絶対に負けない!」

 

 独り言に言い返すクロードを無視して考えてみたものの、結局はガブリエル自身も似たような結論に至ったようだ。

 

「まさか、まだ戦闘中だとでも? あのような者共を相手に……?」

 

 

 しばらくその場で黙り込み、クロード達の相手を続けた後。

 残像を伴った、紋章力での周囲へのなぎ払い攻撃。

 クロード達が防御している間に、大きく後ろに下がる。

 

「まさか、あり得ぬ。そんなはずは」

 

 距離を詰めようとクロード達が急ぐが、間に合わない。

 ガブリエルは前面いっぱいに、ひしめくほどの光の矢を創り出し。さらに自身の紋章力もそれらに乗せて、一斉に放った。

 

「くそっ……!」

「そうだ、まだ限界とは程遠い。私はまだ戦える」

 

 自分の力が弱まったわけではない事を確認したガブリエル。表情はそれでも優れない。

 

 後衛、中衛への攻撃はレナにすべて防がれている。

 防御術が届かない距離にいた前衛の二人も、やはり倒れていなかった。

 

「まだだっ!」

 

 なおも距離を詰めようとするクロード達にけん制の攻撃を続けつつ、ソフィアやマリアの攻撃も障壁や浮遊盾で防ぎつつ、ガブリエルは考える。

 

 ダメージがほとんど通っていない。

 避けられるはずのない掃射。すべて防いだというのか。

 あれを? ……あり得ない。

 耐えた? ……馬鹿な。

 人間の脆い肉体が耐えられるはずがない。

 気力だけでどうにかなるはずが……

 

「そうか。強化術を。……だが」

 

 それならば、奴らの厄介さには納得がいく。

 問題は、誰がそれをやっているかという事だ。

 

「あれは違う。攻撃術で手一杯のはずだ。もう一人も……」

 

 あの術師共二人は、先ほどから違う術ばかりを展開していた。このうえさらに強化術まで行使し続けているとは考えにくい。

 なによりこの術は、この場の者共だけではなく、おそらくは階下の者共全員にまで効果が及んでいる。

 この私にすら、発動を気づかせる事なく。

 

 恐ろしく強力で高度な術。

 力量以前の問題だ。

 これを扱えるほどの知識が、あんな小娘などにあるわけがな……

 

 

「まさか──」

 

 

 ガブリエルの視線は止まった。

 懸命に術を唱えるレナとソフィアの、さらに後ろにいる人物。

 

 力なく搭乗席の中で身を預け、遠目にも分かる優れぬ容態で。

 中にひそむ存在と揃って、それでも強い意志のこもった目で戦場を見続けている、その有様に愕然としたのだ。

 

 

「は。そういう、事か。奴が」

 

 考えなくともすぐ分かる事ではないか。

 行使者はくたばり損ないだとしても異世界の神だ。情報の処理能力も力量も、十分すぎるほどに足りている。

 

 足りないはずの知識は──奴しかいない。

 恐ろしいほどの紋章術の知識をも持つ存在。

 その気になれば、奴には造作もない事だというのか。

 

 ああそうか、その目は。

 その気になった、という事か。

 己の罪と向き合おうともしなかった、引きこもりが──

 

 

「は、はは。こんな、馬鹿な話が」

 

 乾いた笑い。

 攻撃の手を一切止めたガブリエルに、間髪入れずにクロードとフェイトが距離を詰めようとした時。

 

 

「──何のつもりだ、貴様ッ!」

 

 

 ガブリエルを中心に、すさまじい爆発が起こった。

 

「うわあっ」

 

 破壊に転換した創造の「力」と、彼自身が持つ紋章の「力」との融合。

 

 吹き飛ばされたクロードとフェイト。防御術の内側に大きく下がるマリア。

 必死に維持しているレナの防御術に、さらに追い打ちの攻撃が飛んできた。

 

 

「この世界を守るだと……貴様が、貴様が! ふざけるなあッ!」

 

 

 それまで展開させていた障壁も浮遊盾も、かなぐり捨ててガブリエルは叫ぶ。

 

「このっ……!」

「邪魔だ!」

 

 急いで距離を詰め、斬りかかるクロードとフェイト。

 ガブリエルはほとんど見もせず、衝撃波を発生させて二人を弾き飛ばし、また後衛のレナ達めがけて攻撃を飛ばしてくる。

 

 防御を捨てた代わりに、威力の上がった敵の攻撃。

 ひびが入りはじめた光の盾。

 悲鳴に近い声をあげるレナ。

 後衛の位置まで下がったマリアが、急いでソフィアに指示を出す。

 

「だめっ、もたない……!」

「ソフィアも防御術を! ここは私がなんとかしてみせるわ!」

「は、はい!」

 

 この場の全員で力を合わせなければ、ガブリエルを倒す事は不可能だ。

 態勢を立て直そうと、何度も彼に挑みかかるクロードとフェイト。

 防御術の内側では、マリアも温存していた『アルティネイション』の力を銃撃に組み込み、攻撃役の不足を埋めようとするが、ガブリエルの体には届かない。

 

「貴様が! 貴様さえいなければ……!」

 

 

 どうあがいても届かない剣。

 段々と蓄積していくダメージ、消耗していく気力。

 ソフィアと二人がかりの防御術も、もはや破られるまで時間の問題だ。

 

「こんな、ところで……!」

 

 ガブリエルの猛攻に耐え続けるレナも、とっくに限界だった。

 ここで終わりなの?

 違う。

 絶対に負けられない。負けちゃいけない。

 この戦いには、全宇宙のみんなの命がかかってるんだから。

 

 どんなに心を奮い立たせても、術は思い通りになってくれない。

 今にも破れそうな光の盾を支えつつ、レナが悔しさに歯噛みした時だった。

 

 

「……ナ」

 

 

 背後の搭乗型機械の中にいるレナスが、レナに声をかけた。

 それから無人君に操作を頼んだのだろう、うぃんがしゃんと機械音がして。さっきより低く近い位置から、彼女の声がレナに聞こえてくる。

 

「レナスさん?」

 

「もう……しか、手が、ないの」

 

 乱れた息づかい。いっそう疲れきった、かすかな声色で、何を言っているのかもよく分からない。

 だけど、とても大事な事を言おうとしている。それだけはレナにも分かった。

 

「お願い、レナ……」

 

 困惑と、受け入れる気持ちと。

 ガブリエルの攻撃に立ち向かうレナのすぐ後ろで。操縦桿を手放した無人君に、体を支えられつつ。

 レナスは前に手を伸ばした。

 

「みんなを、宇宙を守って──」

 

 

 

 ガブリエルの攻撃によって、レナとソフィアの防御術はとうとう破られた。

 砕ける光の盾。

 破片が消える間もなく、寄ってきたクロードとフェイトをなぎ払い。つけられた傷にも構わず、ガブリエルはさらに執拗に攻撃を乱れ撃つ。

 

「レナっ!」

「……っ、やめろっ!」

 

「消えろ消えろ消えろ、消えろ! 消えてしまええッ!」

 

 外れたいくつかの攻撃が、石の床をえぐる。

 舞い起こる砂片。

 影響で視界が閉ざされる。

 それでもガブリエルは攻撃を続けた。

 

 息がきれるまで叫び、呪い、ようやく手を止めて、

 

「これで……どうだ! 行使者がいなければ、貴様の知識も活用できまい!」

 

 壊れたような笑いは、長続きしなかった。

 視界が晴れた時、そこに彼が望む光景はなかったのだ。

 

 

「……馬鹿な」

 

 跡形もなく消えてなどいない。全員無事だ。

 奇跡でも起きなければ助かるはずのない攻撃だったのに。

 愕然とするガブリエルはもとより、クロードとフェイトも驚き混じりに安堵した。

 

「レナ、みんな!」

 

「一体何が起きたんだ? ……って」

 

 砕け散ったはずの光の盾は、しっかりある。

 あれだけの攻撃を受けた後でもびくともしていない。

 防御術の内側では、ソフィアも状況に戸惑っている様子だ。

 

「え、え? どういう事?」

 

 本来なら『アルティネイション』の反動でもっと疲労が大きいはずのマリアが、ふうと一息ついて、自分達が助かった原因の方をちらと見る。

 

「……そういう事、ね。どうりで、途中までうまく行きすぎていると思ったわ」

 

 まだまだ十分以上に戦えそうな調子だけど、もうなにも不思議な事じゃない。

 驚いていたクロードとフェイトの体まで、急に信じられないほど軽く感じられるようになっていたからだ。

 なにより、マリアもちらっと見た、あとの二人の様子が──

 

「これは、レナ? ……いや、レナスさんがやっているのか?」

 

「レナ……じゃないか? たぶんだけど。手がすごく光ってるし」

 

 

 レナのすぐ後ろにある搭乗型機械は、両足を前に投げ出して座り込んだ状態。

 レナスは身を乗り出すように、その操縦部分にもたれかかり。前方に伸ばした片腕は、がしっと無人君が支えている。

 

 そうやって伸ばされた手は、レナの背中に。

 知識を受け取り、術を発動させているレナの手からは、先ほどまでとは比べ物にならないほど強くて暖かな光が発せられていた。

 

 

 強固な防御術の張り直しと、一度は途絶えた全員への強化術のかけ直しと……。

 強力な術を同時に発動させているレナは、自分自身の意思でガブリエルを見て言う。

 

「みんな、あと少しよ! 今のわたし達に、ガブリエルは決して倒せない相手じゃない!」

 

 そうだ。

 今なら、ガブリエルにだって負けない。

 湧き上がる気力を胸に、クロード達は再びガブリエルに立ち向かった。

 




短めですがラスボス戦前半終了
後半は続けて投稿します


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4-2. 決着

※今日二度目の投稿です


 九人いた十賢者達も、今はルシフェルとミカエル、ハニエルの三人を残すのみ。

 そのうちのハニエルは、ディアスとアリューゼに挟まれ、もはやセリーヌの術にやられるのを待つだけだ。

 

 後の二人も、程度の差はあれど、なんだかんだで満身創痍の状態。

 それにひきかえ、味方は十人とも無事だ。

 最初の大混戦の頃には多少の負傷者もいたが、今はもうそれもなし。いったん後ろに下がって、ノエルに治してもらう余裕すらあったという状況だ。

 

 

 そんな激戦もそろそろ終わろうかという、タワー外の大広場。

 先ほどまで光が途絶えていた、床に刻まれた無人君のお絵描き。それがとたんに強く輝きだしたのを見て、メルティーナが残念そうに言った。

 

「あーあ、援軍は間に合わなかったわね」

 

 心配になって聞き返すプリシス。

 メルティーナは気にするだけ無駄、といった返事だ。

 

「え……。みんな、そんなに危ないの?」

 

「逆よ、逆。勝ち確すぎてもう私の出番がない、つってんの」

 

 クロード達はもちろんの事、こっちもまだ一応は激しい戦闘の最中だ。今だって二人とも、喋りながらめちゃくちゃルシフェルに攻撃してたりするし。

 メルティーナが独自の手段でレナスと連絡をとっていた場面があったようにも思えないのだが。ずいぶんな言い切りようである。

 

「レナスが……クロード達も、アタシ達の事も紋章術で支援してくれてた、っていうのは分かったよ。そうじゃなきゃこんな状況、あり得ないもんね」

 

 プリシスも無人君のお絵描きを、ちらと見て言う。

 描かれているのは正確で、複雑な紋章だ。

 これとはまた別に、手元にある板金にも紋章を描いてもらったらしい。

 レナス自身は紋章術とは全く無縁な存在だから、いくら十分な知識を教えてもらっても、近くに紋章が描かれたものがないと術が発動できないのだ。

 

「で、術がいったん消えて。今は、この通りよ」

 

 メルティーナが指した床のお絵描きは、現在ばっちりと光り輝いている。

 

「これがどういう事か分かる?」

 

「どういう事、って……メルは分かるの?」

 

 向こうの戦闘が終わって、こっちの支援に全力を出せるようになったとか。

 もしくは、さっきまでレナスの限界が近づいてたけど、

 

「なりふり構わなくなったっつうか。意地を張るのをやめたんでしょ、さすがに」

 

 言っている意味がよく分からない。

 首をひねるプリシスに、メルティーナはさらに言う。

 

「考えてもみなさい。そもそも気合で起きてるようなやつが、間に合わせの紋章で、って……。なにがなんでも自分で発動しなきゃダメって、どれだけ効率悪いのよって話でしょ?」

 

 と言ってから、ぼそりと吐き捨てるメルティーナ。

 

「まあ、クソ女がクソ女すぎるから? 術の知識については、あいつじゃなきゃ扱えないんでしょうけど……いっそ肉体の方ぶん殴って本人気絶させとくってのは……するわけないわね、あいつが。やっぱだめか」

 

 前半ぼろくそに言っているのは“彼女”の事だろう。

 

 レナスに協力して、紋章術の知識を教えている。

 クロス洞穴では、意識のないチサトの体を借りて。強力な回復術を使った。

 あのエナジーネーデの──

 

 

「あっ。てコトは今のこれって、レナスじゃなくって……」

 

「そういう事。ネーデだかなんだかの術は、部外者より“ネーデ人”に、ってね」

 

 無人君の描いたお絵描きを守りながら戦うメルティーナは、とりあえず遠くのミカエルに向けて軽く援護攻撃を放った。

 近くに、大がかりな術を終えたばかりのセリーヌがやってきて、

 

「お待たせしましたわ! 次はあなたの番ですわね」

 

 と一息ついたのを皮切りに、メルティーナも今度はしっかり杖に意識を集中させ始める。

 

「さてと。ぼやいてもどうなるもんでもないし」

 

 目標は残り二人のどっちか。

 片方はクリフとミラージュがおさえていて。ディアスも加勢に向かっている。

 ていうかさっきからしつこく邪魔してやってるから飛ぶ事もできなくてなんかずっと「ばかな!」とか長台詞とか叫んでたりする奴の方だ。

 

 狙いを定めて集中を続けるメルティーナ。

 力いっぱい爆弾をぶん投げ続けているプリシスも、元気よく彼女に同意した。

 

「せめてあっちが心置きなく勝利に浸れるよう、残りもきれいさっぱり片づけとくとしますか」

 

「うん! レナスにもレナにも、こんなに応援してもらってるんだもん。アタシ達だって負けてらんないよね!」

 

 

 ☆★☆

 

 

 目の前のクロード達だけじゃない。

 広場にいるみんなが戦っている事だって、床に描かれた紋章を通じてわかる。

 

 急に視界が広がったような感覚。

 頭で理解するのじゃなく、心に直接届いてくる。

 

 どうやったら、みんなを守れるか。

 どうやったら、みんなの力になれるか。

 

 やり方は全部彼女が教えてくれるから。

 あなたにはそれをやれるだけの力がある。必要な紋章も全部、生まれた時からずっとあなたの中にあるって、わたしを励まし続けてくれるから。

 

 だからもう、何も難しい事じゃない。

 守りたい気持ちを、強く心に持てばいい。

 今もわたしに“ネーデ”の知識を託してくれている、レナスさんと一緒に──

 

 

 レナの心に届いてくるのは、今使っている紋章術に必要な情報だけだ。

 “彼女”の、エナジーネーデのすべてじゃない。全体のごく一部の知識。

 レナの精神に悪影響が出ないよう、“彼女”から教わった知識のうち必要なものだけを、レナスが選び取って伝えてくれているらしい。

 

 背中に当てられたレナスの手から伝わってくる“声”も、ひたすら自身の感情を押し隠しているように感じ取れるけど……。

 それでも、わずかに紛れ込んでくる彼女自身の心がある。

 

 ──みんなを、この世界を守りたい。

 

 わたしも彼女も、そしてもうひとりの“彼女”も。心はきっとみんな一緒だ。

 

 

 

 術を発動させているレナは、まっすぐにガブリエルを見る。

 呆然としていたガブリエルは、それから、少し前と同じように乾いた笑い。

 クロードとフェイトが彼の両側から迫ったところで、怒りとともに「力」を爆発させた。

 

「そうまでして、私を否定したいのか!」

 

 今度は吹き飛ばされず、防御の姿勢で持ちこたえる二人。

 防御術の内側にいるレナ達四人にも、攻撃は届かない。

 

「誰にも否定はさせぬ! 私の存在、私の心を!」

 

 傷ひとつつかない相手の様子にも構わず、ガブリエルは攻撃を続ける。

 

「あなたの、心ですって──?」

 

 聞き返すレナに、ガブリエルは怒り叫ぶ。

 

「憎い、すべてが憎い! 憎くて仕方がない! だから滅ぼすのだッ!」

 

「そんなものっ……、否定するに決まってるじゃない!」

 

 レナの声と同時に、ソフィアの放った『ファイアボルト』がガブリエルの肩を焼く。

 よろめきもせず怒りを爆発させ続ける、ガブリエルの目は血走っていた。

 

「こんな世界があったって、意味がない! こんな世界など、なくなってしまえばいい!」

 

 

 彼の心はもう、完全に“壊す”事に囚われてしまっているのだろう。

 だけど、可哀想だなんて思っちゃいけない。

 マリアの銃撃が、ガブリエルの脚をかすめる。

 

 後ろのレナスも自分の感情を出さないよう、ひたすらレナの術だけを支えている中。

 レナは、ガブリエルに話しかけた。

 

 

「ガブリエル……いえ、ランティス博士!」

 

「やめろ、私をその名で呼ぶな! 私は……!」

 

 拒絶されても、本人に届かなくても構わない。

 

「あなたにとってフィリアさんがどれだけ大切なひとだったか。心から理解する事は、わたしにはできないわ。だけど──!」

 

 どうしても自分が言いたいから、理由はそれで十分だ。

 彼を倒す事をためらわないように。

 彼の心を、行動を、完全に否定するために。

 

「その大切なひとが、もうどこにもいないからって、全部意味がなくなっちゃうのはおかしいでしょう!?」

 

「黙れ!」

 

 みんなの攻撃で散々に邪魔をされつつ、それでもガブリエルは足を引きずりながら、ゆっくりレナのところに近づいてくる。

 クロードとフェイトの剣が、ガブリエルの体を徐々に、着実に傷つけていく。

 

 絶対に黙らない。

 大切なひとを失った事が、すべての放棄になるなんて間違ってる。

 どんなに悲しくても、寂しくても。

 いつまで経ってもずっと忘れられなくても、それだけは違う。

 

 こんな事になる前に、他の道だってあったはずだ。自分で、選べたはずだ。

 なのに、あなたは──

 

「愛しているならわたしを絶対に忘れないでって、フィリアさん自身がそんな事言ったの!?」

 

「黙れ、黙れ、黙れ……!」

 

 思う限りの事をガブリエルにぶつけるレナ。

 近づきながら、ガブリエルは力の限りの攻撃を、レナの方へ向けて放った。

 

「わたしのいない世界を好きにならないでって、あなたの心を縛りつけたりしたの!? 違うでしょう!?」

 

 防御術にかかる負荷。背に当てられたレナスの手が、一瞬だけわずかに動く。

 強い心で攻撃を受け止めきったレナは、さらに続けた。

 

「新しくひとを好きになる事は、なにも悪い事じゃない!」

 

 

 こんな事、フィリアさんは絶対に望んでいなかった。

 セントラルシティで会った時だって、彼女は彼の凶行を止めようとしていた。

 あの時に会った彼女は、ランティス博士の記憶をもとに精巧に再現された存在で。しょせん紛い物にすぎないって、ガブリエルは言っていたけど。

 彼女の悲しそうな目は、嘘なんかじゃなかった。

 

「大好きなお父さんが、幸せになれない事を願う娘なんかいないのよ!」

 

 

 わたしのお父さんだって。生きていたらきっと、同じ事を言っていた。

 たとえ望まない形で、大切なひとと永遠に離れてしまったとしても。

 どんなに別れがつらくて、悔しかったとしても。

 

 

 忘れられなくても、乗り越えられなくてもいい。

 それでもどうか幸せになってほしい、って──。

 

 

「黙れ! そんな話はうんざりだ!」

 

 流れた血で自分の服を染めつつ、ガブリエルはなおも足を止めずに、叫ぶ。

 

「愛、幸せ……そんなもの知った事か! 私には、破壊の感情こそがすべてだ!」

 

「この世界にはみんなが生きてる! わたしが好きなひと達が、みんなが愛する、大切なひと達が!」

 

 もう避けられるはずもない。

 相手は傷つき、ぼろぼろで、十分に近い距離だ。

 術を発動させているレナはその場から一歩も退かずに、強い意志でガブリエルを見て言った。

 

「大切な宇宙を、あなたの癇癪で全部なかった事になんて、絶対にさせない!」

 

 

 言ったと同時に、マリアの銃撃。

 重力改変の力を込めたそれは、狙い外れる事なくガブリエルの足に着弾し、その場に留まり続ける。

 

「ちぃっ、これは……!」

 

 ガブリエルの動きを止めたと確認できた頃にはすでに、フェイトは大きく後ろに下がっている。

 その隙を埋めるように、クロードが後ろへ下がりながら空破斬を連発。

 

 二人の正面方向には、レナ達四人の姿がある。

 レナの防御術でも防ぎきれない大技を出す事を察したガブリエルが、足枷を外そうともせず壊れた笑いを浮かべるが、

 

「はっ馬鹿め、それで私を攻撃する気か? こいつらもただではすまんぞ!」

 

 そんな事はもちろん、こっちも織り込み済みだ。

 

「今だソフィア!」

「任せて!」

 

 フェイトの声を受けて、ソフィアがコネクションで目の前に異界の門を開く。

 レナ達四人の姿を完全に隠すほどに大きな、時空の穴。

 ガブリエルがその意図に気づくより先に、フェイトとクロードが全力の攻撃を放った。

 

 

「イセリアルブラスト!」

 

「吼竜破!」

 

 

 一直線に伸びる青白い光線と、その周りを登り竜のように取り囲んで進む無数の光の玉。

 二つの光が一つに合わさって、ガブリエルに向かっていく。

 動きを止められているガブリエルは、せめてもの抵抗として、両手を前方に突き出し、

 

 

「なぜだ、なぜ──」

 

 

 ガブリエルの体は、襲いかかってくる光に飲み込まれた。

 

 なおも勢い止まらずレナ達の方に向かってくる光の塊は、レナ達の直前で、ソフィアが開いた異界の門の先へとすべて綺麗に吸い込まれていく。

 そよ風ひとつ感じない場所で、レナに見えるのは眩しい光だけだ。

 ガブリエルがどうなっているかも分からない。

 

 それでも目をそらさずに、みんなへの術の維持を続けてしばらく後。

 目の前の光がようやく途絶えた。

 

「……やったか?」

 

 ソフィアが異界の門を閉じて、ふうと一息つく中。

 消えた光の向こう側では、フェイトと一緒にクロードが目をこらし、レナ達と同じ場所を見つめている。

 全員の視線の先にいたのは──

 

 

「壊し、たくない……? 失う……は、嫌……だと……。ふざけるな……ふざ、けるなよ……」

 

 

 ガブリエルの両手は存在が消滅していた。

 残っている肘の先も、淡い光の泡となって、次々に消えていく。

 脇腹もすでに大穴があいたように消え去り、肉体のところどころからも光の泡が、とめどなく漏れ出ていた。

 

「私は……こんなにも、壊したいのに。……べてが、憎くて、仕方ないのに!」

 

 激戦の余波を受けて、遠くの壁が崩れる音を立てている中。その場に立ち尽くす全員の耳にガブリエルの声が残る。

 ガブリエルは体中を崩れさせながら、それでもよろよろとレナスに向かって歩いていき、

 

「貴様が、私を……っ!」

 

 いっそう声を荒げたところで、銃声に阻まれた。

 マリアが油断せずに、ガブリエルの頭を撃ちぬいたのだ。

 我に返るクロード達の目の前で、床に倒れ伏したガブリエルの肉体から光の泡が出ていく。

 

 

「そう……くった、くせに──」

 

 

 次第に空気の中に消えていく存在。

 彼の最後の言葉はとても小さく、レナ達の誰にも聞き取る事はできなかったのだけど、

 

 

(──えっ?)

 

 

 ガブリエルを倒せた事を確認できた直後。ずっとレナの背に当てていた手を、レナスが下ろしたのだ。

 彼女は最後まで気を張っていたつもりなのだろうけど、その頑張りにも限界があったのだろう。

 最後の最後、レナの背から手を外した時に、一瞬だけだけど──

 

 

 感じたのは後悔、懺悔と憐れみの思いに、強く引きずられる“彼女”の心。

 倒れたガブリエルに向かって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼の存在を否定するしかできなかった事を謝り続ける“彼女”に、

 

 ──大丈夫。あなたの願いだって……絶対に、おかしい事なんかじゃない。

 

 寄り添うように。なにより自分自身にも言い聞かせるような、レナスの心。

 

 

「私を、あそこに……」

 

 疲れきった状態のレナスはやはり、その事には気づいていないのか。

 すぐ近くの無人君に、ガブリエルのところまで連れていってもらうよう頼んでいる。

 

 ふわふわと浮かびあがっている自分の「力」の回収に向かう、レナスを乗せた無人君の機械。

 レナが戸惑う一方。

 他のクロード達四人はその様子を、同じくガブリエルの死を悼むように、それでもそれ以上にこの宇宙を守る事ができた、晴れやかな顔で見送りかけ──

 




次回で四章終了。明日投稿予定です。


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5. 進化を外れた存在に、生きる意味はないのだろうか?

 宇宙を崩壊させようとしていたガブリエルも無事倒せたし、これで事件も一件落着。レナスさんが自分の「力」を回収し終わったら、あとは下の広場にいる仲間達と合流してエクスペルに帰るだけだな……

 などとクロード達が落ち着けた時間は、実際のところほとんどなかった。

 

 遠くの壁がゆっくりと崩落を続ける中。ガブリエルのいた場所に辿りついたレナスが、搭乗型機械の中から手を伸ばしてふわふわと宙に浮かんでいた光を自身の中に取り込んだ後。

 なんかいかにも本来の力を取り戻した神様っぽく、彼女の姿が見えなくなるほどの神々しい光が、彼女を中心にわんさかと溢れ出してきた辺りで。

 

 周りの壁やら天井やらが、よりいっそう激しく崩れ始めたのだ。

 

 

「こ、これってもしかして……!」

 

「もしかしなくても、とってもまずいやつだよな!?」

 

 今さら激戦の余波で壁が崩れてたんじゃない事に気づき、慌てるクロード達。

 ここはガブリエルが無理やりにその場しのぎで創りあげた、フィーナルもどきだ。力任せに維持させていた彼がいなくなった事で、元々無理のある構造をしていたものが完全に限界を迎えたのだろう。

 

 よく見たら崩落してる壁とか天井とかも、さっきのガブリエルみたいに崩れたそばからどんどん消えてなくなっていってるし。

 向こうの宙にまだある崩壊紋章はどうやら機能停止したままっぽいので、そっちが発動してしまったわけじゃなさそうな事だけはよかったけど、

 

「今から戻って、間に合うか!?」

 

 そんな事より自分達がマジヤバい。

 よりによってここ、最上階だし。ここまで来たのも、とってもゆーっくり動く昇降機だし。

 小型艦は下の広場の先だ。

 もしも間に合わなかったら、自分達は生身のままで宇宙空間に放り出される事になるわけだが。……どう考えても間に合いそうにない、見事な周りの崩壊っぷりである。

 

「と、とにかく早くエレベーターに!」

 

「あれではとても無理だわ、どうにかして他の方法を……」

 

「うわーん、まだ死にたくないよお!」

 

「ゆっくり光ってる場合じゃないですよレナスさん! いいから急いで!」

 

 などと、光に包まれたままなレナス以外の全員が慌てふためく中。

 最上層の壁と天井がきれいさっぱりなくなるより先に、クロード達の足元の床が崩れたのだ。

 

 

「う、うわあー!」

 

 ふわっと足元の重力が消える感覚。

 上下左右から、同時に崩れ落ちた瓦礫も、どんどん消えてなくなっていく。

 

 視界に広がるのは、一緒に落ちていく仲間達と、あまりに広大すぎる宇宙の星々の光。

 そんな中でも、相変わらずレナスだけは神々しい光の中に包まれたまま、さっきまでお世話になっていた無人君と搭乗型機械一式があえなく落下していっても、どういうわけか最上層が存在していた辺りの宙に留まったままで。

 

 なるほど彼女は神様だからだな、とその場の全員が納得する間もなく。

 彼女と同じく、その場に留まったままだった崩壊紋章が、消える前に一瞬だけ強く光った気がした。

 

 それから──

 

「あれ? 落ち……てない?」

 

 落下が止まったのだ。

 ふわふわと空中に浮かんだまま、戸惑うクロード達五人。と無人君。

 

 足元の方にある広場もまだ崩れていない様子。こちらを見上げているだろう他の仲間達の姿も小さくだけど見える。

 もちろん呼吸もできるし、寒くもない。

 宇宙空間に放り出されてない事だけはすぐ理解できたクロード達が、戸惑いながらも辺りを見渡すと。

 

 

 頭上から、羽根がふわりと舞い落ちてきた。

 

 

 正確には、羽根のような形に見える光だ。

 それもひとつやふたつではない。

 数えきれないほどたくさんの羽根が、そこらじゅう見渡す限り、まだ残っていた地面に向かってふわりと降りていき──

 

 

「暖かい、光……。これは」

 

「レナスさんが、助けてくれたのか?」

 

 ようやく周りの景色だけでなく、クロード達自身もまた別の光の中に包まれている事に気づく。

 ガブリエルとの戦いで傷ついた体も、気づけば治っている。

 

 上から次々に舞い落ちてくる羽根は途中で弾け、さらに広範囲に渡っていく。

 そのおかげか、崩壊が進んでいくタワーの輪郭が、いよいよおぼろげになっていく一方。小型艦や他の仲間達がいる足場だけは、まだその存在を保ち続けていた。

 というより──

 

 

 どう見てもクロード達の気のせいじゃなく、消えるどころかどんどん地表が増えている。というか地面の色合いもどんどん変わってきている。

 

 というか、すでにもう地面の端っこが見えなくなった。

 

 

「……」

 

 

 もはや驚きのあまり声も出ないクロード達一同。

 その頭上からはやっぱり、羽根がわんさかと舞い落ちてきていて。

 あっという間に、さっきまであったはずのフィーナルもどき全体よりはるかに広大な範囲──具体的には、たぶん人工惑星ひとつ分くらいの面積──の地表すべてに、暖かな光となって降りそそいだ。

 

 

 どこまでも続くだけだった足場は、急速な隆起、沈下を経て、大地と海に。

 はるか上空の星々も一斉に移ろい、澄み渡るような青空へと変わった。

 

 遠くに見えるのは、草原の緑と大海の青。

 また別の方角では上空に浮かぶ島すらも、はっきりと形成されていく。 

 

 それから──

 

 

 クロード達がいる辺りの土地は、さらに目まぐるしく景色を変えた。

 真下に広がっていた草原は石畳に。

 さっきまであったはずの広場の周りには、ビルや背の低い建物、さらには街灯や階段など、次々と人工的な建造物が出現していく。

 

 どこまでも詳細に、正確に形作られる風景。

 

 隣で同じように驚いているフェイト達はともかく。唐突に眼前に現れていくこの街が一体なんなのか、クロードとレナにはもう分かっていた。

 それは数か月前のフィーナル突入直前、前線基地ラクアの指令室のモニター越しにだけど、それでも最後に見た時とほとんど同じ光景だったからだ。

 

 周りの景色や建物だけじゃない。

 あの時、セントラルシティの市庁舎前。

 

 大広場に集まり、ビル壁面の大モニターを、そこに映されていたクロード達の姿を揃って見上げていた人々。

 一様に緊迫した顔つきで。中には、いるかどうかも分からない神様に一心に祈り続ける人達の姿までもが、全部──

 

 

 ただ、今の彼らは、クロード達の真後ろに出現した、市庁舎ビルの大モニターの方をもう見てはいない。

 戸惑うような、あっけにとられたような様子で。

 みんな、そのさらに上の方、ただひとつの光を見上げていた。

 

 

 

 

 クロード達をそっと地上に降ろした後。

 神々しすぎる光をちゃんと収束させつつ地に足をつけたレナスは、大仕事にひと息つく間もなく、駆けつけてきた仲間達の質問攻めにあった。

 

 

「ね、ねえ! サイナードはどこ!?」

 

「あんた何また勝手な事して……。こんな大物どっからどう創ったのよ、MPだってタダじゃないっつのに、ってかあんた、まさかとは思うけど」

 

「ちょい待て。これはあのエナジーネーデなんだよな? エナジーネーデっつったら当然あのクラス9のとんでもシールドだよな? まさかとは思うがお前……」

 

 

 詰め寄られたレナスは全員の話を聞いた後、とりあえず一番最初のチサトの質問に、

 

「サイ……ナード?」

 

 と首をかしげる。

 まさかの今初めて聞いた単語、みたいなレナスの反応に、チサトの方はいっそうもどかしそうな様子だ。

 

「サイナードったらサイナードよ! 空飛ぶ乗り物、紋章生物の! みんな元通りなんでしょ!? だったら──!」

 

 チサトの話を聞きつつ、なにやら考え込むレナス。

 しばらくして、なんかようやく『サイナード』がなんなのか理解できたらしい。

 

「サイナードなら、この街の外に……」

 

 とレナスがその方向を指差すなり、

 

「街の外ね、ありがとう!」

 

「す、すみません、僕も行きます!」

 

 話を最後まで聞かずに、広場から駆け出していったチサトとノエル。

 それまで驚きっぱなしだったクロード達も、そんな二人の後ろ姿を、なんだか胸がいっぱいな気持ちになりながら見送る一方、

 

 

「私はただ、近くにあった破壊の「力」を転換させて利用しただけ。世界樹も一切関係ない。この星の存在が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

「……。なるほど、つまりあの“崩壊紋章”ってやつか」

 

「ふーん……。それならまあ、いいけどさあ」

 

 順番にメルティーナの質問に答えるレナスは、あまり晴れ晴れとした表情はしていない。

 アリューゼを含めた仲間内からの信用なさすぎて個人的にショックを受けてるんだかなんだか。“エナジーネーデまるごと創造”などという、とんでもない事をさらっとやってくれた割には……なんかどことなく残念そうというか、ほんのちょっぴりしょんぼりしているというか。

 

 そんなレナスは仕方なく気持ちを切り替えた様子で、やっぱりこっちも信用してなさすぎるクリフの質問にもきちんと答える。

 

「エクスペルもディプロも、もちろん無事よ。小型艦での脱出にも支障はないらしいわ」

 

「そう……なのか?」

 

「ええ。全部は同じじゃなくていいって、“彼女”が言っていたから」

 

 レナスの言いようだと、クラス9のシールドも今は展開されていないらしい。

 具体的にどうやったのかはともかく、その辺の事も全部、例の“彼女”の知識でうまいこと処理してくれたようだ。改めて色々とんでもなさすぎる「力」である。

 

 

「はは……、そうだよな。レナスさん、“創造神”だもんな。これくらいはできて当然ってコトなんだな」

 

「……。そう、よね」

 

 ようやく実感が湧いてきたクロードが明るい表情で呟き、隣にいるレナがまだぼんやりした様子で頷く。

 クリフが戻っていったあっちの方では、フェイトとかも非科学的すぎる現実に、やっぱりまだ固まってたりする模様。

 他の仲間達もそれぞれ、ずっと驚きっぱなしだったり、明るい表情で見覚えのありすぎる景色を見渡しはじめたり。

 

 

 そんな中、広場にいるネーデ人達の中から、ある一人の人物が歩み出てきた。

 やはりクロード達“英雄”には、一目で誰か分かる人物。

 このセントラルシティ、ひいてはエナジーネーデの代表者、ナール市長だ。

 

 

「どうやらこれは、夢ではないらしい。我々ネーデ人がこの宇宙にまだ存在できているなど、あの時は一体誰が想像できただろうか」

 

 他のネーデ人達が遠くから静かに見守る中。

 言いながら歩き、クロード達に目線で挨拶したナール市長は、レナスの前で足を止める。

 

「これは、あなたがやってくださったのでしょうか?」

 

 否定をせずに、ただナール市長を見つめるレナス。

 ナール市長は深く礼をしてから、また口を開いた。

 

 

「しかし……私はまた、戸惑ってもいるのです。選択肢のない状況下で決めた事とはいえ、あの時の我々の覚悟に嘘はなかった」

 

 進みすぎた文明を持ったゆえに、下界との関わりを拒んで星の中に引きこもり、進化を止めた我々ネーデ人は、もうこの宇宙に必要ない。

 ──こうなる事こそが、この星の運命だったのだと。

 生き残ったクロード達が罪悪感を覚えることのないように、ナール市長は最後にそんな方便を言って、崩壊紋章の身代わりになったのだ。

 

「生きる意味などとうにない。当然の帰結と納得して命を絶ったはずの我々は今、ここに存在している。……こうして今、私達がこの宇宙に存在しているという事は」

 

 

 あの時に出した答えは、すべて間違っていたのだろうか。 

 宇宙すべての崩壊すら引き起こせるほどの技術。十賢者を造り出した事すらも。異常な存在だと思っていたからこそ、種そのものの絶滅という理不尽な結末にも、納得できたはずなのに。

 

 自分達に再び命を与えた存在を前に、ナール市長は言いかけた口を閉ざす。

 黙って聞いていたレナスは、ふとナール市長から視線を外すと、柔らかい笑みを浮かべた。

 

 ナール市長も後ろを振り返る。

 たくさんの人々の中、親と手をつないだネーデ人の幼い子供が、わけもわからず笑顔で手を振っていた。

 

 

「必要ない存在かどうかは、個人がそれぞれの意思で決める事だろう」

 

 前に向き直るナール市長。

 彼に言うレナスはもう、微笑みを浮かべてはいない。

 

「あなた達ネーデの人々が、この宇宙でどう必要とされるか。それもまた、すべてはあなた達一人一人の意思次第だろう」

 

 まるで、彼女自身も迷ってすらいる様子で、

 

「あなた達が今この宇宙に存在している、というのはただの事実だ。あなたが抱える疑問の答えになど、なりようがない」

 

 と最後は突き放したように言う。

 

「……答えは自分で見つけろと」

 

 ナール市長の確認にも、レナスは答えない。

 ナール市長は息をついた後、改めてレナスに深々と頭を下げた。

 

「全くその通りですな。……我々にもう一度生きる機会を与えていただき、ありがとうございます」

 

 

 と、それまで話の成り行きを静かに見守っていた仲間達が、そわそわとした様子で声をあげた。

 

 

「ねえ、もうそろそろ喋ってもいいよね?」

 

「いいんじゃ、ないかな? 難しい話も終わったみたいだし……」

 

「なにより……、こういう雰囲気は今の状況にふさわしくないと思いますのよね、わたくし達」

 

 

 大はしゃぎしたプリシスやアシュトンは、さっそくレナスやアリューゼやメルティーナ、ナール市長の近くへ駆け寄っていく。

 広場にいるネーデ人達も、それをきっかけに、次々に明るい声をあげはじめた。

 

「すごいすごい! エナジーネーデが復活! レナスすごい!」

 

「ついでに宇宙も守れた、みんなも無事だ! やったあ!」

 

 さっきから若干置いてきぼりな未来人のフェイト達も、たぶんめでたい事には変わりないしもう細かい事はいいか! ……といろんな事をざっくり受け止める事にした様子。広場のギリギリ端っこにある小型艦を確認しに行ったり、プリシス達のお祝い気分に混じりに行ったり、各々自由に行動し始めている。

 ディアスも、皮肉は言いつつもまんざらでもなさそうな様子だ。

 

「さっきまでのは全部“ついで”か。……だが、そうだな。もうそれでいいのかもしれん」

 

「わたくし達も全員頑張った、もうそれでいいじゃないですの。全部まとめて祝っちゃえば」

 

「そう……ですよね? もう色々ありすぎて、いったい何から喜べばいいのかわかんないですもんね!」

 

 そうまとめたセリーヌが、その場で見てるだけなディアスの背中も強引に押して歩かせつつ、プリシス達の後を追いかけていく。

 クロードも笑顔で賛同してからすぐ隣を振り返り、

 

「レナ?」

 

 ぼーっとレナスの方を見ていたレナを、気遣うようなクロードの視線。

 レナはちょっぴり困ったように笑って言い、

 

「えっと……。わたしまだ、なんか信じられなくって」

 

「だよな! 僕もなんか、まるで夢を見てるんじゃないかって気がして……!」

 

 興奮した様子で、改めて辺りを見始めるクロード。

 レナはやっぱりぼんやりした様子で、レナスの方を見つめていた。

 

 

 両脇にアリューゼとメルティーナを従えた彼女は、駆け寄ってきた笑顔のプリシス達に、落ち着いた笑みを浮かべて対応している。

 それはいつも通りの、レナが見慣れすぎた、あの微笑み方で──

 

 

 彼女の今の本当の気持ちは、一体どこにあるんだろうと。

 さっきの事がさっきの事なだけに、レナはつい心細くなってしまっていたのだけれど。 

 

 プリシス達に話しかけられたアリューゼとメルティーナが、ちょうどそちらに気をとられている時。レナスがレナの方を見た。

 

 

 レナだけじゃなく、もっと遠くの方も見ているような。

 どこか寂しそうな微笑みは浮かべたままで。

 

 わずかに首を振った後、人差し指をあげて、内緒の仕草。

 

 気になったレナが後ろを振り返ると。

 たくさんのネーデの人達の中に紛れて、その場を歩き去っていく、長い青髪の女性がいた。

 

 

 耳のとがったネーデ人のその女性は、途中で立ち止まって振り返り、ためらうような表情でレナスの方を見る。

 本当にそれでもいいのか、未だ迷っているような表情。

 その場で深く頭を下げた後、おそらくは「ありがとう」と口を動かしたのだろう。今度は立ち止まらずに、ビルの合間までずっと歩いていき、それから女性の姿は見えなくなった。

 

 

 

「あ……」

 

 我に返ったレナは、また自分の事を見ていた隣のクロードに「ううん、なんでもない」と返した。

 ほぼ同じタイミングで、よそ見をしている事がバレたレナスも同じ事を、アリューゼやメルティーナに言い返している。

 

「ホントにぃ? あんたがそういうコト言う時って、大抵なんかあるのよね……」

 

「実はアレだけじゃ足りなくて、MPも多少使った。とかな」

 

 またしても仲間にあらぬ疑いをかけられているレナスは、なんか腑に落ちない表情にはなっているけれど、寂しそうな顔はもうしていない。

 隣のクロードが手を差し出す。

 戸惑っていたレナも、ようやく笑顔になって、クロードの手をとった。

 

「さあ、行こうレナ。僕らも、みんなのところへ」

 

「ええ。こんなに嬉しい事はないもの。めいっぱい楽しんでお祝いしなくちゃ」

 

 

 

 “彼女”が今何を思っているかは分からなくても。

 これはきっと悲しい決意じゃないって事だけは、わたしにも分かる。

 

 だからわたしも“彼女”のこれからを、笑顔で祈って見送ろう。

 

 どうか“彼女”も、幸せであるように。

 大好きなひと達と一緒に、希望あふれる世界の中で生きて……

 いつかはきっと、幸せになれるように。

 

 

 ☆★☆

 

 

 今はそんなに都合よく、考えられないかもしれない。

 後ろめたさや寂しさをすべて忘れる事は、永遠に自分を戒めて生きていくより、もっと難しくて、悲しい事なのかもしれない。

 

 でも、あなたがその気にさえなれば、それは決して不可能な事ではないと思うから。

 生きて、前に進んで。いつかはきっと、心の底から自分を愛してあげて。

 

 どうかあなたも、幸せに──

 

 

 ☆★☆

 

 

 セントラルシティのすぐ北にある、ノースシティ入り口。

 飛行生物のサイナードから飛び降りたチサトは、別れ際のノエルとのやり取りもおざなりに、町の中へと駆け出した。

 大通りの広場、武器屋、後方には宿屋……

 通りすぎる景色は、何もかも記憶とそっくり同じだ。

 

(嘘でしょ、こんな事って)

 

 だってもう、全部なくなったはずだったのに。

 混乱しながらも走り続け、

 

「おー? チサトちゃん、今日も元気だねえ」

 

 途中で知り合いのおじさんに話しかけられても、返事もせずにひたすら走る。

 

 

 ゆるく長い坂道。

 遠くには家畜の姿。

 何度も夢で見たあの帰り道と同じ、けれど今度は決しておぼろげになったりなんかしない坂道を全力で駆け上がり、さして大きくもない店の前で足を止めた。

 

 ドアには『準備中』と書かれたかけ札。

 だいぶ昔にチサトがやらかしたへこみ傷まで、それはもうそっくり同じだったのだけれど……

 そんな細かい確認もぜんぶ後回しにして、ろくに息も整えずチサトは目の前のドアを勢いよく開けた。

 

 

 カウンターの先、突然の事に目を丸くして驚く、チサトの母の姿があった。

 

 

「うわっ……と、と」

 

 手に持っていた品物をなんとか落とさないようカウンターの上に置き、ひと安心した後。

 相変わらず勢いよく帰ってきた自分の娘の様子を見て、チサトの母は呆れたように口を開く。

 

「どうしたのよそんな慌てて。また忘れ物?」

 

 声も口調も、怒り方まで全部一緒だ。

 乱暴にドア開けたらダメでしょ、お客さんいたらどうするの……

 母の小言はまだ続いているが、チサトの耳には全く入ってこない。

 

「本っ当にこの子はもう、何度言っても聞かないんだから。クロードさん達に迷惑かけてないでしょうね……」

 

 夢じゃない。

 本物だ。

 記憶の中だけのはずの母親が、本当に目の前にいて、動いて、喋ってる。

 

「……お」

 

「お、って何よ?」

 

 娘の様子のおかしさに、小言を止めてきょとんとする母。

 チサトはカウンター越しに母にとびついた。

 

「おがあさーん」

 

「ぎゃあ! ちょ、ちょっと……いきなり何!?」

 

 カウンターの上にあった品物が、がっさがさと下に落ちる。

 悲鳴を上げた母親は、ますます戸惑うばかりだけど、

 

「おかあさん、本物の、おかあさんだあ……」

 

 がっしりと抱きついて離れない娘が、まるで子供みたいに泣きじゃくっているので叱る事もできない。

 チサトは涙やら鼻水やらでぐちょぐちょの顔面を、母の仕事用のエプロンになすりつけつつ喋る。

 

「おかあさん、私電話、ずっとしなくて、何にも、家に帰った時もなんにも……ごめんなさいおかあさん、ごめんなさい……」

 

「ずっと、って……あなたつい四日前にも帰ってきたばかりじゃ」 

 

 戸惑う母の袖を、いつまでも強く握りしめつつ。

 実家に帰ったチサトはようやく、夢の中では言えなかった言葉を口に出した。

 

「ただいまあ。ずっと、ずっと会いたかったよお……」

 



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エピローグ
1. 本当のお別れ


 エナジーネーデまるごと創造から一夜明けた、次の日。

 クロード達やフェイト達も巻き込んでの、夜遅くまでのお祝い騒ぎから一転、ナール市長はすでに市長室で大量の書類と向き合っていた。

 

「これから忙しくなりますな。このネーデの責任者として、これからのネーデのありようを、皆と一緒に考えていかねば」

 

 クロード達の方は、小型艦の整備やらの関係ですぐにエクスペルには帰らず、一週間ほどこのままエナジーネーデに滞在する事になったという状況だ。

 整備作業中のミラージュなど一部の人を除いて、するべき事も特にない。

 

 ということで今は各々自由に、無事に大切なひと達に再会できただろうチサトやノエルのところに遊びに行ったり、セントラルシティのおしゃれな街並みの中でおいしいモノたらふく食べたり。または、未開惑星保護条約なんてもう知っちゃこっちゃないとばかりに、一応フェイト達には内緒で、仲間二人も引き連れてエナジーネーデ中をせわしなく飛び回って視察しまくる事にしたらしい誰かさんなんかもいたり。

 

 そんな中、クロードとレナも、他の仲間達と同じくチサトとノエルに会いに行く前に、軽い気持ちで市庁舎ビルに立ち寄ったところ……

 

 

「クラス9のシールドもないのでは、昔と同じように星に引きこもるのも中々難しかろう。というところまでは、大方の意見もまとまっておりましてな。当然反対する者もいますが、ではどうすればよいのかと問われると何も……」

 

 あまりに忙しそうな様子に、二人とも挨拶だけして即退散しようとしたのだが。ナール市長はそんな二人を引き止め、いったん仕事の手を止めてさらに喋る。

 

「頭ごなしに否定する気持ちも分からないのではないのです。我々ネーデ人の歴史を考えると、やはりどうにも……。例え我々全員が同じ轍を踏まない意思を貫けたとして、この宇宙の広さを考えれば、当時を覚えている星が完全にないとも言い切れない。好ましい事態にならないのは明白でしょう」

 

 ナール市長は真剣な表情だ。

 どうやら恩人相手だからぞんざいな対応をしづらいとかではなく、個人的にクロード達に意見を聞きたいという事らしい。

 

「知られてしまってからでは遅いのです。“エナジーネーデ”という星の存在は、どうあっても、過去の時代に消え去ったものでなくてはならない」

 

「それは……“やっぱり、ネーデ人は外に出るべきじゃない”って言いたいんですか? あの時みたいに、宇宙のために自分達は犠牲になるべきだって?」

 

 ナール市長の話ぶりに、クロードがつい先走って気色ばむ。

 遅れて話を理解したレナも、深刻な顔になっていると。

 ナール市長は申し訳なさそうに笑って言った。

 

「これはとんだ誤解をさせてしまいましたな」

 

「……誤解、ですか?」

 

「いえ、誤解かどうかは現時点では分かりませんが……。我々ネーデ人がこれからどうするのかは、あくまで我々が自分達で決めるべき事。ここまでして頂いたクロードさん達にこの上すべてを決めてもらおうなどとは、誰一人として考えてはいないのですよ」

 

 ナール市長の言う「クロードさん達」には、ここにいる二人はもちろんの事、なにより自分達を再びこの宇宙に存在させてくれたレナスの事も含まれているのだろう。

 まあそこまで干渉する気は最初からなかったらしいその当人はというと、「周り中に崇め奉られるのが嫌」というよりは「一週間しかないんだからもっとちゃんと色んなところ見ておかないと」な理由でお忍び視察の真っ最中なわけだが。……というか、何日か後にはむしろ彼女の方がナール市長に治世方面の質問をしまくってそうな様子ですらあったわけだが。

 

 未来の『惑星ミッドガルド』のためにもタイムパラドックスが起きないよう気をつけてください、というフェイトの言いつけを今まであれだけ律儀に守っていたのに。超技術満載のエナジーネーデを自分で創っちゃった途端、あの変わりようである。

 どうせ創る段階で全部知っちゃったし、今さら見ないふりしても意味ないから、という事なのか。引き止めるまではいかないまでも、クロードもそんなレナスの意識の変化の理由はなんか気にかかるところではあるが……

 

 それはさておき、そんな事になっているとは全く知らないナール市長は、落ち着いた笑顔を見せつつ言う。

 

「私がこんな話をしたのは……そうですな。これはまだ、私の頭の中だけで考えている事でして。もしその案が実現した時の参考に、お二人にも意見を頂ければ、と思ったのです」

 

 と言われても、やっぱり先の話がまだ分からないだけに、二人ともろくな意見を言える自信はない。

 思わず顔を見合わせたクロードとレナの前で、「ちょっとしたアンケート、といったものですよ」とナール市長は重ねて言ってから、本題を切り出した。

 

 

「いっその事、名前を変えてしまおうかと思っているのです。“エナジーネーデ”の名を捨てて、何か別の名を持つ惑星にでもなってしまおうか、と」

 

 

 二人とも、まったく予想してなかった話の内容だ。

 ついびっくりしてナール市長に聞き返すと、

 

「エナジーネーデの、名前を……変えちゃうんですか?」

 

「やはり、こずるい方法と思いますかな? 先ほど話した問題も、これならばうまくやり過ごせると思ったのですが」

 

「あ、いや……ダメって事は、ないと、思いますけど」

 

 そこまで返事をしてから、クロード達も確かにナール市長の言う通りな事に気づく。

 かつて銀河の大部分を支配した、ネーデ人の末裔が住む惑星『エナジーネーデ』がこの宇宙に存在してはならないというのなら──

 

 “エナジーネーデ”という存在でなくなってしまえばいいのだ。

 

 我々の住む星は“エナジーネーデ”などではない、別の星なのだと周りの目をごまかしてしまえばいい。

 三十七億年も昔に歴史の表舞台から消えた星の、名前以外の詳細まで事細かに覚えている者など、どうせいるわけがないのだから。

 

 ……とは言っても、今までの名前をばっさり捨てるというのは、心情的にどうなのかと。

 自分達の歴史を大事に考えてきた地球人として、クロードがナール市長を気遣わしげに見るけど、ネーデ人的にはそんな事はまったく気にならないらしい。

 

「忌まわしい過去の名に固執する必要がどこに? 一度死んで生まれ変わったような気分ついでに、名前も新しくこれからの時代を生きる。素晴らしい事ではないですか」

 

「そういう……ものなんですか?」

 

「ええ、なによりめでたい事です。市民達もさぞ喜んでくれましょう」

 

「そ、それじゃ、わたし達に聞きたかった事って……」

 

「はい。この星の新しい名前を、よければ皆さんに考えて頂けないかと」

 

 

 ナール市長はやっぱり笑顔で言うが。

 いきなりそんな事言われた二人からすれば責任重大すぎる質問である。

 一体これのどこが、ちょっとしたアンケートだというのか。本当に参考にするだけならいいけど、ナール市長の今の言い方だとそれもなんかだいぶ怪しいし。

 

 

 星の名前ってそんな簡単に決めていいものなの?

 というかそもそもわたし達が決めちゃっていいものなの? いくら恩人扱いされてもエナジーネーデ創ったのレナスさんだし、ナール市長も本当はわたし達じゃなくてレナスさんに名前を考えてほしいんじゃ……

 などと腰が引けてるレナの横で、クロードも緊張たっぷりに、

 

「あの、それじゃ、本当に参考にするだけっていう前提でですよ? まずはどういった感じの名前がいいとか、そういった希望とかは……」

 

 といった事をナール市長におそるおそる聞いている。

 ナール市長はしばし考えてから、「では、私個人の意見でよければ」と前置きして、

 

「わずか一握りの人間によって、完璧に統治された楽園ではなく。一人一人が個人の意思で決めた道を自由に歩む──。これからのネーデが、そんな星になれればいいと思っております」

 

 とか、

 

「我々は宇宙の支配者などではない。この広い宇宙の中で、地に足をつけて生きる、ただの人間にすぎないのですから」

 

 とか、すごくいい事を言ってくれているのだけど、やっぱりそれらしい名前なんてレナには少しも思いつかない。

 困りに困ったあげく、

 

「つまり……。ただの人間が住む場所、って感じの名前ですよね?」

 

 せっかくのいい話を台無しにするような、身もふたもないまとめ方をしてみたところで。

 横のクロードがようやく何かに気づいたらしい。いきなり「ああーっ!」と大きい声をあげたのだった。

 

 

「そ、そういう事だったのか! 普通に人が治めてる、エクスペルからけっこう近いところにある、先進惑星って……!」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ちなみに、エナジーネーデ中を忙しく飛び回っていて出発時間ギリギリまで戻ってこないんじゃ……と思われていたレナス達三人は、予想に反して、その二日くらい前にはすでにセントラルシティに戻って来ていた。

 

 みんなの前に戻ってきた時のアリューゼとメルティーナは、どう見てもこの間の決戦より疲れてたし……というか飯ぐらいちゃんと食わせろとか、ここまで来てガリ勉とかマジありえない、男あさりぐらいさせろなどなど、不満たらたらだったし。

 さすがに二人にも休息をあげなきゃとなったのが、理由の大部分なのだろうけど。

 

 レナスも翌日にはレナやソフィアやアシュトンに混じって、ネーデのお料理教室なるものに参加していた辺り、ある程度は“ガリ勉”にも区切りがついたのだろう。

 というか、ノースシティの図書データ閲覧にもさんざん付き合わされたメルティーナいわく、

 

「隣の芝が青く見えてただけって、よくある事じゃない? つかエネルギー元からなにから私達のと違うんだから、そもそも参考になるわけないっつうね」

 

 との事のようだ。

 役に立たない可能性大の視察をギリギリまで続けるより、お別れの時が近い仲間達との思い出作りを優先させる事にしたのかもしれない。

 

 

 そんなこんなで一週間後。準備が整ったフェイト達一行は、まもなく“エナジーネーデ”じゃなくなる惑星を離れ、惑星エクスペルに戻る事になった。

 一週間かけてセントラルシティの外まで移動させておいた小型艦に、フェイト達はもちろん、クロード達やレナス達も乗り込む一方。

 

 ナール市長や未来人じゃない方の“ミラージュ”さんなど、見送りにきたネーデの人達の横には、チサトとノエルの二人もいた。

 二人とも、もうしばらくは故郷の星に残る事にしたのである。

 

 これが最後の別れになるだろう未来人のフェイト達や異世界の住民のレナス達には、心の底から名残惜しそうな別れの挨拶と、心よりの感謝の言葉を。

 彼や彼女らに続き、「お元気で」と感無量に言おうとしてたクロード達には、

 

「あっ、そうだ。私の部屋の物まだ片づけないでって、ボーマンとニーネさんに伝えといてくれない?」

 

「また会いましょうね、みなさん」

 

 との事。

 そういえばネーデの人達もこれからは星の外に出かけられるようになったのだし、これが最後の別れというわけではないんだなと。

 ようやく理解できたクロード達も、あえて軽い調子の挨拶を二人やナール市長達に返し、小型艦に乗り込んだ。

 

「はい。いつかまた、きっと会いましょう!」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ディプロでの帰り道も、驚くほどあっという間だった。 

 

 フェイト達未来人はここでお別れでもよかったのかもしれないが、そういやエル大陸の拠点を完全には片付けてなかった事を思い出したので。

 みんなを送り届けるついでに自分達も小型艦に乗り込み、さっそくドックから発進させたところ。

 

 なんかやたらそわそわしてたレナスが、大気圏突入したあたりでいきなりぴたっと動きを止め、なにやら意識を集中。

 近くに座ってるアリューゼとメルティーナがつっこみを入れるより先に、なんかいきなりハッと我に返り、二人を引き連れて姿を消した。

 

 もちろん上空にいる、小型艦の中での出来事である。

 同乗していたクロード達には何の説明もなしに、である。

 

 彼女が神様パワーで瞬間移動したのはみんな、なんとなく分かったけど。

 え、どこ行ったの? 戻って来るよね、まさかこれでレナスさん達とお別れじゃないよね? ……みたいな衝撃である。

 

 戸惑いつつも仕方ないので、小型艦を予定通りエル大陸拠点に着陸させる事にしたところ。

 

 拠点の前に、レナスはいた。

 呆れ果てたアリューゼとメルティーナも一緒に。というか一人増えてた。

 レナスは見知らぬ青年と手を繋ぎながら、クロード達が拠点に到着するのを待ってたのである。

 

 

 そんな見知らぬ青年は、案の定はぐれたレナスの恋人『ルシオ』だったわけだ。

 聞いた話ではラクールで傭兵をやってお金稼ぎしつつ、彼なりにレナスを探してたのだとか。

 ……結局すれ違いの連続で見つけられないどころか逆に彼女に迎えに来られるとかいう、なんとも不運な結果に終わったようだが。

 

 とにかくレナス達が一度戻ってきてくれた事に一同ほっとしつつ、その初対面の彼とも一緒に、拠点の片付けを進めた。

 作業にはそれなりの時間がかかった。

 やる事が多いというよりも、みんなの手が止まりがちだったからである。

 

 フェイト達もレナス達も、この時代のエクスペルの人間ではない。

 これが終われば、いよいよみんな、それぞれの場所に帰っていくのだ。

 

 

 

「話に聞いた通りの年下彼氏ですわね」

 

「いてもたってもいられなくなって迎えに行っちゃうなんて、レナスさんかわいい~」

 

「かわいい、じゃないわよ。こういう時こそふたりで勝手にしけこみなさいってのよ。なんで私らも連れて……バカなんじゃないホント、バカなんじゃないのあいつ、まったく……」

 

 やや遠くからセリーヌとソフィアが、周りが初対面すぎて若干居心地がなさそうに手伝ってるルシオを、しげしげと観察しながら会話したりしている中。メルティーナもなんかその会話に混じって愚痴ってる中。

 

 レナスはさっきからずっと、エクスペルの空を見上げていた。

 上空には、どこかで見た事あるような小鳥。

 どんな表情で見ているのかは分からなかったけど、少なくともレナとプリシスが近くに来た時には、レナスは少し寂しそうな顔をしていた。

 

「んん? ああっ、あのコってもしかして……!」

 

 レナスの視線の先を見たプリシスの声に、小鳥がビビったように遠くに飛び去っていく。どうやらプリシスの直感は正解だったらしい。

 ちょうど向こうの方で解体作業を手伝っているアシュトン……というか背中のギョロとウルルンと目が合ったので、プリシスが声をかけようとしたところ。レナスが言った。

 

「今だけは、見逃してあげられない? ……あのこも、“彼女”のために行動したことに違いはないようだから」

 

「え……でも」

 

 横で不思議そうにしてるレナはともかく。騒動が落ち着いた後にアシュトンから色々教えてもらったので、あの小鳥がなんなのか、どういう事をしたのか、プリシスは大体の事をすでに察している。

 一方、

 

「私も迷ったわ。“彼女”から聞いたのとずいぶん違う性質で。さっきも誰にも聞こえてないと思って好き勝手にいろんな事を言っていたし……」

 

 引き止めてるはずのレナスは、やや渋い顔。

 見えてなかったけど、たぶんさっきもこんな顔をしてたのだろう。本気でどうしてくれようか相当に迷ったと思われる。

 ……一番に迷惑被ったの彼女だし。結局許しちゃうあたりがさすがだけど。というか自分までキレたら収集つかなくなっちゃうと思って仕方なく諦めただけなのかもしれないけど。

 

「レナスが言うなら、いいけどさあ。……ホントにいいの?」

 

「ええ。あのこがいたから“彼女”も助けられたし、みんなにも出会えた。だから今だけは、ね」

 

 小声で確認をとったところ、レナスがそう言ったので、遠くのアシュトンには元気な大声で「なんでもないよ!」と返しておく。

 ギョロとウルルン、さらにフェイト達やメルティーナやディアスなど、あのこに用事があるだろう面々には申し訳ないけど……もしかしたら今じゃなくても、その内そういう機会もあるかもしれないし。

 

 たぶん同じ事を考えているだろうレナスと同じく。

 プリシスも今はそんな事で、みんなとの貴重な時間を無駄にしたくなかったのだ。

 

 

「なんか、どんどん片付いていっちゃうね。あんな散らかってたのが、ずっと昔のコトみたい」

 

 プリシスの言葉に、レナスもレナも同じ方向を懐かしそうに見る。

 個人的に未来にとっとと帰られたら困るフェイト達の方は、なんだかんだ理由をつけて(未来の方の到着時間を調整すればいいだけなんだし)もう少しエクスペルにいてもらう予定だけど。レナス達はそうもいかない。

 

 チサトとノエルが故郷に帰れた事も。

 自分がもう少ししたら、エクスペルから旅立っていく事も。

 みんな悲しい事じゃないって頭では分かってても、やっぱりどうしても寂しい気持ちにはなってしまう。

 

「もうちょっとゆっくり、ってわけには……いかないよね?」

 

「長く、いすぎたくらいだもの。いつまでもみんなを待たせてはいられないわ」

 

 ついには口に出して聞いちゃったけど、レナスはやっぱり首を振って言う。

 素直にしゅんとしかけてから、

 

「あ! ねえでも、レナスのとこの“帰り道”は、こっちと繋がってるままなんだよね? じゃあさ、向こうにいったん帰って、好きな時にエクスペルに来る事だってできるよね?」

 

 という可能性に気づいたプリシスが、ひたすら喋るけど、

 

「今は忙しいんだったら、忙しくなくなってから遊びにくればいいじゃん。アタシはいるか分かんないけど、セリーヌとかアシュトンだったらたぶん……」

 

 レナスはそれも寂しそうに微笑んでいるだけで、何も答えない。

 

 彼女にとって一番大切なのは、やはり彼女の世界の“みんな”なのだ。

 いつでも気軽にエクスペルに戻ってこられるような立場だったら、その大切なみんなとの再会をこうやって遅らせてまで、ほとんどする事もない拠点の後片付けを最後まで手伝ったりなんかしない。

 これが本当の別れになると思っているからこそ、レナスは今ここにいるに違いなかった。

 

 薄々気づいていたプリシスも、今度こそ諦めたように息をついて、どんどん片付いていく向こうの様子に目を移す。自分自身のこれからの事も含めて、寂しいけどしみじみと一人で納得する事にしたようだ。

 

「……だよね。いつまでもみんな一緒は、無理なんだよね。うーん……。こうしてみんな、オトナになってくのかねえ」

 

 そんな二人のやり取りをさっきから見ていたレナの方は、レナスの気持ちにはじめから気づいていたのだろう。最初ちょっとだけ声を詰まらせた後、

 

「レナスさん、向こうに帰っても──」 

 

 皆さんと末永くお幸せに、のような事をレナスに言おうとしたらしく、その皆さんの方を見渡してから、

 

 

「その前に、ルシオさんにあのプレゼント渡しましたよね?」

 

「……あれは、まだ──」

 

「やっぱり。なんで再会してすぐに渡さないんですか、ちゃんと直したのに。ルシオさんきっと“あのゴミ”でプレゼント終わったと思ってますよ。挽回する気があるなら前の失敗なんかなかったくらいの勢いでばばーっと……」

 

 

 実際には口から出るままの事を言い続けた。

 さらにはセリーヌやらソフィアやらメルティーナやらにも、その会話の内容がばっちり聞こえたらしい。

 どやどや集まってくる女子達に囲まれるレナスに、その様子を遠くから見てるフェイトやマリアはやっぱり他人事のように、

 

「レナスさん、最後まであんな扱いだったな。本物のよその世界の創造神だったのに」

 

「親しみやすさが売りなら、まあいいんじゃない? 違和感なく見えるのも本人的にはたぶん本望なんでしょ」

 

 クリフは「いやさすがに望んでねえだろ、あそこまでは」とつっこみたさそうな顔。また別の場所ではクロードが代表して、色々びっくりしてるルシオに謝る。

 

「すみません。なんかもう本当に、僕達だいたいずっとこんな感じで」

 

 結局は拠点の片付けもこんな感じで、にぎやかに終わったのである。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 拠点を片付けた後は、すぐに小型艦でリンガの町に向かった。

 移動中の小型艦の中でレナスが急に思い出したように、そういえば惑星エクスペル全体にかかっていたらしい転送障害は今どうなっているのかと、もはやすっかり忘れていたフェイト達に聞いてきたので。

 クリフがディプロの人達と通信して確認したところ、なんといつの間にか解消されていた事が判明した。

 

 ……気づいたのがすでに小型艦の中だったので、今回はそのままリンガの町まで行く事になったけど。

 それにディプロからの転送降下だって、結局は目標地点の近くまで行くのに多少は時間のかかるものだし。その気になれば本当に一瞬で目的地に行けちゃう、レナスのとんでも神様パワーとは違って。

 

 

 そんなこんなでリンガに着いたのは夕方近く。

 全員でボーマンの店に行って、今回の出来事を色々話そうとして……

 

 レナス達はそこまで長居をするつもりはなかったらしい。

 無事に合流できた事と世話になった礼を、みんなの話が盛り上がる前にボーマンに短く言い、それじゃあと店の外に揃って足を向ける。もう夕方だし帰るのは明日にすればというプリシス達の引き止めも、飛んでいけばすぐだからと断った。

 

 店の入り口で見送るみんなは、レナス達にそれぞれ最後の別れの挨拶をした。

 

「レナスさん、皆さんも。いつまでも元気でいてくださいね」

 

 ここに来るまでに言いたい事はだいたい言っていたので、レナはそれだけを言った。

 みんなから数歩下がり、いよいよその場から去ろうとしたレナス達に、こらえきれなくなったプリシスが声をあげる。

 

「さっきの話、アタシはやっぱ本気だから!」

 

 オトナっぽく見送るのはやめたらしい。

 いったん動きを止めたレナスに、考え直してくれるよう言い続けるプリシス。

 

「いつでもいいから、誰にも会えなくっても、来たくなったらすぐに来なよ! またいつか、エクスペルに──」

 

 アリューゼ達三人が待っている中。

 さっきと同じく静かに聞いていたレナスは、プリシスが声を詰まらせたところで、さっきとは少しだけ違う反応をしてみせた。

 

「ありがとう」

 

 と穏やかに微笑んで一言。

 それから、

 

「みんなのこと、この世界のこと。私もずっと、忘れないわ」

 

 最後にそう言って、レナス達四人はみんなの前から姿を消した。

 




エピローグ前半終了。
次回で完結です。


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2. それぞれの帰郷と旅立ち

 夕方、霧のかかるリンガの聖地の奥地をレナス達四人は歩いていた。

 レナスが“帰り道”の目の前まで直接行かなかったのは、アリューゼやメルティーナに言葉で教えてもらうだけでは大体の場所しか分からない事もあるが……、この世界に対しての未練も多少は関係していたのかもしれない。

 

 無言で歩くレナスの隣にはルシオ。

 少し前にはアリューゼとメルティーナの二人もいる。

 歩きながら、レナスの頭の中では先ほどまでの事が思い返されていた。

 

 

 宇宙の危機が去った今、十賢者の移動を妨害していたエクスペルの転送障害は、その必要がなくなったので切った。

 また、惑星全体に生じていた歪みが消えた事で、リンガの聖地に開けたままだった別世界に通じる“穴”は、これまで以上に維持が難しくなるだろう。だから自分達が帰った後に、あの“穴”は閉じてしまうつもりだと。

 お互いの世界の均衡を守るために。

 

 

 ……いやいや、そんな決して、そっちの世界よく見てみたらヤバい方々多すぎて開けっぱなしとか物騒すぎね? とかそういった事ではなくてですね?

 こっちからお呼びだてしといて大変恐縮なんですけども自分、マジ雑魚なんで、できる事とできない事があるっていうか……

 

 おおっとそうそう、最後に言い忘れるトコでした!

 まあそういうわけなんで今回はそういう事になりましたけど──

 

 

 

 拠点を片付けている時に、あの小鳥の姿を借りた存在に告げられた事。

 それと関連して、別れ際に、この世界の人間にかけてもらった言葉についてレナスが考えていると。

 隣のルシオが優しく声をかけてきた。

 

「いいひと達と、出会えたみたいだね」

 

「……うん」

 

 名残惜しさ以上に、ここでみんなと過ごせた日々の事が強く思い出される。

 素直に答えるレナスの顔からは、二、三か月ほど前にルシオといた時にはとても見せられなかった笑みが、自然とこぼれでていて、

 

「元気そうで安心したよ」

 

 ルシオはそんなレナスを見て、心の底からほっとしたように言った後。

 なんともいえない、複雑そうな顔になって呟く。

 

「俺は結局、また何もできなかったみたいだな」

 

 レナスに対してではなく、自分にがっかりしている様子だ。

 瞬時に彼の心境を把握したレナスも、とっさに反論しかけたけど、

 

「そ、そんなことない! ルシオは──」

 

「そんな無理に否定してもらわなくってもな……。何やってんだろうな俺、ってのはラクールでの生活が落ち着けた頃から、ずっと思ってた事だし」

 

 正直に打ち明けるルシオに、レナスは言葉に迷う。

 今回の件に関して、ずっとはぐれてただけのルシオが、具体的にどうレナスの支えになってくれたのか。ずばり気持ちの面で励ましてくれたとかいう、やたらふわっとした事以外には何も言う事がないからである。

 そしてそれはどう考えたって、“悪いのは全部私だから”と同じくらいには、今のルシオが聞きたい言葉ではないだろう。

 

「でも……! 私はルシオと会えなくてすごく嫌で、ようやく会えてすごく嬉しくて……」

 

 それでも何か言わなきゃと頑張るレナス。

 前の二人は後ろをちらちら振り返りつつ、好き放題になりゆきを見守り中である。

 

「まあそうなる気はしてたわ。ルシオ、マジでなんもしてないっつうね」

 

「奴なりに行動はしてただろうが。絶望的に運はなかったようだが」

 

「にしてもわざわざ口に出して言う? そういうトコだっつうのルシオもさあ」

 

 そんな会話が聞こえてるんだかどうなんだか。

 真剣な表情になって言うルシオに、レナスは否定するので精一杯。

 

「今までは考えないようにしてたのかもしれない。けど今回の事で、俺、はっきり分かったんだ。ずっとこのままでいいはずがないって」

 

「違う、それは、私が勝手に考えてた事で……! 今はおかしな事を考えてたって、ようやく気づけたの。だからルシオはなにも──」

 

 ルシオの言いたい事を早くも察した前の二人は、なおも見守り続行中であるが。悪い方向に受け取りかけてるレナスはそれどころじゃない。

 

 ルシオの事を心から大切に思っていても、二、三か月前の時も今回の事でも、結果的に彼の事がおざなりになっていたのは事実なのだ。今真剣な顔をしているルシオだって、その事に何も思わなかったわけがない。

 頭が真っ白になりかけたところで、

 

 

 ──ルシオさんの事、心の底から好きなんですよね? 

 だったらそう思ってるだけじゃなくて、行動でも示さないと!

 無理やりでもなんでもいいですから、まずは前の失敗なんかなかったくらいの勢いで……

 

 

 この世界で出会った少女がつい数刻前に、延々と言って聞かせてきた事が自然と頭に湧いてきて。

 

「君がそれで構わなくても、俺は嫌なんだ。このままじゃ。だから」

 

「ルシオそんな事より、渡したい物があるの。これを──」

 

 レナスが勢いで懐からプレゼントを取り出したのと同時に、ルシオも自分の懐からある物を取り出してレナスに見せた。

 

「これ、お願いできるかな」

 

 

 どうしようもなくぼろぼろで、しかもベルトの部分に鈴のような物がついていた形跡のある『首のない人形』。

 霧のかかったリンガの聖地の中でも一目で分かる。

 間違いなく二、三か月前にレナスがルシオに渡したアレと、同じ個体である。

 

 

「げ、なんでルシオあのゴミ持ってんのよ。捨てといたはずなのに」

 

「そういや……。行き違いにはなったがリンガにも一度戻ったとは言ってたな。ラクール城下の人間からあいつの情報を聞いたとかで」

 

「ウソでしょ? 偶然見つけて律儀に拾い直したっての? あのどうしようもないゴミを」

 

 

 前の二人がなんか言ってる中。

 なかった事にできなかった“前の失敗”を前に固まってるレナスに、

 

「戻ったら、つくってくれるって約束だっただろ?」

 

 と大真面目に言うルシオ。

 なんとか我に返ったレナスが戸惑いつつ弁解するけど、

 

「あ……。でもルシオ、これは、あの時の私がどうかしてただけで」

 

「君はどうもしてないさ。頼られる力もないのに、“頼ってくれ”なんて言ってた俺がバカだったんだ。今の俺になら分かるよ」

 

 とかなんとか言うルシオ。

 こんな事までかっこつけたように言う。

 

「君は、俺が本当に欲しい物を渡してくれた。それだけの事だろ?」

 

「ルシオ……」

 

「俺、もっと強くなりたいんだ。本当の意味で君に頼られるくらいに」

 

 

 真剣に言うルシオに、そんな彼にきゅんっとなったレナスに。

 結局は予想通りの展開すぎて無言の前の二人。

 

 すっかり乙女な表情でルシオがそう言うのならと、差し出された『首のない人形』を受け取ろうとして。手に持ったままだった“まともな方のプレゼント”の事を思い出し、どうしようと一瞬戸惑ったレナスにルシオが聞く。

 

「それは、さっきみんなと話してたやつかい?」

 

 丸聞こえだったらしい。

 なおさら戸惑ったレナスに、

 

「ちょうど俺も、君に渡したいものがあったんだ。そっちの方はこれのお返し、って事でどうかな」

 

 とルシオは別の懐をごそごそと探り、この世界で地道に傭兵をやった給料で買ったと思われるプレゼントを、レナスに見せたのだった。

 

 

 

 当然の事ながら、その場でふたりのプレゼント交換はされなかった。

 

 いかにもそういう雰囲気になりかけてたし前の二人もずっと待ってくれてるし魔物も空気読んで出てこないけど、ここは夕闇も迫るリンガの聖地の霧の中。

 こうしている間に、万が一でも“帰り道”が閉じてしまったら大変な事になるというのは、一応レナスも冷静に気づいていたので。それじゃあとは帰ってからにしようとルシオに嬉しそうに答え、すっかり止まってた足を進めたのである。

 

 向こうに帰ったら、こんなふうに落ち着いてルシオと話をする事もまた難しくなるのかもしれない。

 それでもいつまでもずっとこうしていたいとは、レナスには思えなかった。

 ルシオの事は一番大切だけど、自分の世界のみんなの事だってもちろん大切だ。早く帰ってみんなに会いたい。

 

 ルシオも歩き出したレナスを引き止めたりはせず、しょうがないなと諦めたように笑ってまた彼女の隣に並んだ。

 

 

「言ってもさあ。ルシオの場合は『生成の珠』で経験値荒稼ぎするより先に、学ぶべき事たくさんあると思うのよね。読み書きとか社会常識とか」

 

「……へいへい。女神さまの男ってやつは難儀なモンだな。俺は死んでもごめんだぜ」

 

「……。他の事も、俺もっと頑張るよ。二度と今回みたいな事にならないために」

 

 歩きながら、やっぱり好き勝手な事を言うメルティーナとアリューゼ。

 痛いところをつかれたルシオは、苦手な勉強も頑張る宣言である。

 レナスが微笑んでそのやり取りを聞く中、話はルシオのこれまでの事に移ったりなんかもした。

 

 なんでも傭兵隊長も同僚も、自分達の世界の仲間に負けないくらいみんないい連中だったとか。レナスが行方不明なのに自分だけこんな恵まれた環境にいていいのか、みたいな事も思ってたから、実は再会できた時レナスが元気そうで、そういった意味でもほっとしてたとか。

 

 だから自分に申し訳なく思う事なんて何もないのだと、さりげなく言ってみせたルシオに、その話を聞けて改めて安心できたレナス。それから正直生きてた時よりいい暮らしだったけど、なによりも食べ物がおいしくて感動してばかりだったとルシオが打ち明けた時には、レナスも懐かしそうに「私もそう思ってた」とまで笑って同意した。

 

 またまたすっかりいい雰囲気になってるふたりに、メルティーナがからかいついでにこんな確認をしてくる。

 

「で、やり残した事は本当にないわけね? この平和極まりない世界でおいしいものたらふく食べてデートしとくとか、なんだったらもう十個くらいお互いのプレゼント買いだめしとくとか」

 

 

 向こうに帰ったら二度とこちらに戻れなくなる事は、アリューゼやメルティーナもすでに承知している。

 あの小鳥に言われたからではない。“エナジーネーデ”に滞在している間に、レナスが自分でそう決めて二人に伝えていた。

 

 理由は……悔しいが、あの小鳥の言う通りだからだ。 

 神界も人間界も、自分達の世界は未だ争いに満ちている。そのような状況でよからぬ野心を抱く者がこの世界の存在に、技術に気づいたらどうなるか。 

 

 優れた技術は、世の風向き次第でたちまち争いの道具に変わってしまう事は、自分達の世界だけでなく、こちらの世界の歴史でも証明されている。

 こちらの世界に迷惑がかかるのはもちろんの事、自分達の世界の破滅に繋がると分かりきっているものを、レナスがそのままにしておけるわけがなかった。

 

 

「ええ。この世界で私がやるべき事はもうない。そんな事までしていたらきりがないわ」

 

 とレナスは平静にメルティーナに答える。

 全く未練はないと言えば嘘になるが、悔いはない。

 厳重に封印する予定が消滅に変わっただけだ。いつか何者かが隙をかいくぐって封印を破る心配すらなくなった分、かえってこれでよかったと納得しているくらいだ。

 

 ただ、あの者の……全体的に軽慮な言動はいかがなものかと思うが。

 

 しかしそういった事はやはり、所詮よそ者にすぎない自分達が処理する問題でもないだろう。

 あれがどうしても見過ごせぬ存在かどうか判断するのも、それから先の事も。この世界のあの人間達なら、きっと自分達だけで決着をつけられるはず。そう思ってレナスは小鳥とのやり取りを、自分の胸の内に留めておくだけにしている。

 

「それと、おいしい食べ物は……料理の作り方ならいくつか覚えてきたわ。材料は多少変わるけど、あれならみんなにも喜んでもらえると思う」

 

「あー……、あの料理教室。あんた最後まで真面目だったわね」

 

「大方そんなトコだろうとは思ってたけどな」

 

 そんなこんな色々考えた末、この世界の進んだ科学技術等については見なかった事にしたレナスだが。なんだかんだで少しぐらいの情報は持ち帰っている。

 

 だって食べ物だけは、どう考えてもこっちの世界の方がよかったのだ。

 レシピの二十個や五十個くらいで世界が崩壊するわけでもないし。自分達だけじゃなく今まで待っててくれたみんなにも、となるくらいは別にいいではないか。

 

 

「はいはい、食いモンはいいんだけどさ。……にしても、もったいないわねえ。後腐れのない男探し放題のこんないい世界をなんで……なんかムカついてきたわ。帰ったらあの眼鏡ぶん殴りに行こ」

 

 霧の向こうに、うっすらと異質な暗い空間のようなものが見えてきた。

 

 こっちはこっちでちゃっかりアクアベリィをいくつか懐に持ち帰ってるメルティーナは、レナスの決意が変わらない事を確認して一人でぼやく。

 隣のルシオが気遣わしげに見るけど、レナスはそれも首を振って言う。

 

「いいの。この世界は全く別の世界で……、結局『惑星ミッドガルド』も私達の世界ではなかったけど──。それでも、可能性は見せてくれたから」

 

「可能性を?」

 

「ええ。私達の世界だって、いつかはきっと。この世界のようにもなれるはず」

 

 

 どこを向いてもまだ争いだらけな自分達の世界と、争いの少ないこの世界。

 世界の成り立ちも、存在構成もまるで違う。肉体と精神だけの、魂を持たない人間達。

 『機械技術』が発達していて、それから『宇宙』は途方もなく広大で……

 

 違いはたくさんあるけど、そこに生きる、ひとりひとりが持つ心は同じだった。

 それならば、きっと──

 

 

「そうか……。確かにそれだったら、こっちの世界で君とデートしたくなる事もないよな」

 

「……ごめんなさいルシオ、けど私はやっぱり」

 

「冗談だよ。君がそういうひとだって事くらい、俺だってとっくに分かってるさ」

 

 ようやく“帰り道”の前に着いた。

 ルシオは昔のような軽口を言ってみせた後、優しい声色になってレナスに言う。

 

「君が望む世界になれるまで、その後もずっと。俺は、いつまでも君のそばにいるよ」

 

 

 嬉しくなってルシオに頭を寄せるレナス。

 到着するなり後ろを振り返ったメルティーナとアリューゼが、今度はしっかりとふたりに物申してから“帰り道”に足を踏み入れる。

 

「まーたふたりだけの世界に突入してる。一応言っとくけど、私達もいるんですけど?」

 

「先に行ってるぜ。気が済むまでそれやったらお前らも来いよ」

 

 やっぱり嬉しそうに微笑んで頷くレナス。

 隣のルシオは照れくさそうにレナスから離れ、さっさと行った二人の姿が見えなくなったところで、レナスに話しかける。

 

「はは……、言われちゃったな。それじゃ、行こうか」

 

 

 ルシオに言われて足を進めようとしたレナスは、最後にもう一度だけ後ろを振り返った。

 頭に残るのはこの世界の、みんなとの日々と、最後にかけてもらったあの言葉と。それと、

 

 

 ──今回はそういう事になりましたけど。

 まあこの世界って元々、結構なんでもアリな世界なんで。なんかてきとーにガガーッてやったらパッカーンいっちゃったっていうか……。

 だからまあ、私めにできるくらいの事なら

 

 あなた様にもできるんじゃないっすかね? 今後やろうと思えばですけど?

 

 

 

 あれは単に、その場を逃れるために言った出まかせだったのかもしれない。

 けれどその事を思い出していたレナスは、ルシオの声かけに正直に答え、

 

「やっぱりまだ寂しい?」

 

「うん……。でも、諦めたわけじゃないから」

 

 それからルシオと一緒に、自分達の世界の“帰り道”へと入っていった。

 

 

 もしもあの言葉が本当だったのなら。

 たとえ今は、ほど遠くても。

 平和な世界は、決して夢物語などではないのだから。

 その時はきっとまた、この世界に──

 

 

 ☆★☆

 

 

 リンガの町でレナス達四人を見送った後。当初は自分達もすぐ未来に帰るつもりだったフェイト達五人は結局、三週間くらいは惑星エクスペルに滞在するはめになった。

 うっかり周りのハッピーエンド感に流されそうになってたけど、そもそもの用事をまだ一つ済ませていなかった事を思い出したのである。

 

 情報を教えてくれたプリシスと他二名が、なんかそれぞれ一度家に帰って旅の支度に勤しんでいる中。

 他の手が空いていたエクスペルの三人とも協力してそこら中を探しまわり……。最終的にはどこぞの無人島にあったピラミッドみたいな場所で奴を一通りとっちめて目的を果たしたので、今度こそ心置きなく未来に帰ろうとしたのだが。

 

 

 なんと旅支度を終えたプリシス達が現れ、自分達もディプロに乗せてほしい、帰る途中で地球に寄ってほしい、などと言い始めたのだ。

 

 当然フェイト達はびっくりである。

 もちろん最初は断るつもりだった。ぶっちゃけあのひとが動けば即解決だったのにアレを何も見なかった事にして一足先に帰っちゃった誰かさんを見習って、「今までありがとうみんな!」と爽やかに見送ってもらうつもりであった。

 

 がしかし、ディプロに乗りたがる顔触れを見れば──

 クロードとレナ、プリシス。しかもこの後レオン博士にも誘いをかけるつもりだと言う。

 どう考えても歴史通りの、地球に帰る&留学するメンバーである。

 

 つい最近『惑星ミッドガルド』の真相を目の当たりにした事も重なって、これはもしや、自分達がこの四人を地球に送っていく事まで含めて、すべて正しい歴史の流れなのではないだろうかと。

 そう思い直しかけたフェイト達はもう少しで、首を縦に振ってしまうところだったのだが──

 

 

「危なかったな」

 

「つうかどう考えても無理あるだろっつうの。こんなどこの者とも知れねえオーバーテクノロジー艦で地球に寄港なんてよ」

 

「そう? そうなったらそうなったで、わりかしどうとでもなった気もするけど?」

 

「あっちはあっちでオーバーテクノロジーですもんね。目立たないように性能はわざと落としたらしいですけど」

 

「星の存在もまだ知られていないですからね。彼らも一度、どこか適当な星に寄って地球とコンタクトをとるのではないでしょうか」

 

 

 現在はタイムゲートに向かう、宇宙艦ディプロの中。

 フェイト、ソフィア、マリア、クリフ、ミラージュの五人はひたすら到着を待ちつつ、その時の事を振り返る。

 

 首を縦に振りかけたところで、フェイト達というかクロード達の前に現れたのはチサトとノエルの二人。

 なんでも向こうにはいつでも帰れるし、こっちでやり残した事もたくさんあるから、これからも基本エクスペルで暮らす事にしたのだとか。

 

 早すぎる再会にびっくりしながらも喜ぶクロード達に、チサトとノエルもお別れしたはずのフェイト達がまだいて驚いたり喜んだりだとか、まあその時は色々あったのだけど。

 ようするにつまり、

 

 

「マジヤべえな、惑星ミッドガルドの民」

 

「ああ。まさか三週間で、地球まで行ける宇宙艦をさくっと造れるなんてな」

 

 

 ギリギリのところでクロード達を乗せる必要がなくなったフェイト達は、歴史をぶっ壊さなくて済んだ事や、そんなマジヤべえ星の人達が現代に至るまでバッチリただのそこまで目立ってない先進惑星人として暮らしてる事など……

 色んな事にほっとしつつ、彼らと別れてディプロに乗り込んだのだった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 未来に帰るフェイト達を見送ってから、さらに日が過ぎた後。

 今度はセリーヌ、アシュトン、ディアス、ボーマンなど、これからもエクスペルで暮らす仲間達に見送られつつ、クロード達は宇宙へと旅立っていった。

 

 乗り込んだ艦はチサトとノエルも乗ってきた、惑星ミッドガルド製の宇宙艦。

 旧エナジーネーデの人達もこれから銀河連邦への平和的挨拶をする予定だという事で、連邦軍ではおそらく今でも遭難、行方不明者扱いなはずのクロードと他三人を、快く地球周辺まで送ってくれる事になったのだ。

 

 当初あてにしていたフェイト達も帰ってしまったし、クロード達にとってはまさに渡りに艦だったのだが。なるべく波風の立たない方法で連邦と接触を図ろうとしていた彼らにとっては、それ以上にありがたい状況だったようだ。

 それでも本当は恩人であるはずのクロード達を、さも自分達が助けたかのような顔をして地球まで送っていく事に大変恐縮してくる向こうの皆さんに、

 

「遭難も送ってもらうのも本当の事なので。皆さんの星の平和に繋がるのなら、僕の立場なんかどんどん利用しちゃってください」

 

 クロードの方もあくせくと言い返した後、

 

「連邦軍所属の肩書きが、こんな形で役に立つなんてな……」

 

 となんとなく捨てずに持っていた所属番号の書かれたカードを、しみじみと見返しつつ呟いたのだった。

 

 

 というわけでクロードとレナ、プリシス、レオンの四人は、怪しまれないために全体的にこじんまりとした、しかし住み心地は中々いい艦の中で地球到着の日を待っている。というか実は今日がエクスペル出発日だ。

 

「おっ、おおー? ねえ見て見て、あれ何かな? ディプロにはなかったよね?」

 

「いやあれは……ただの水槽じゃないか? 観賞用の」

 

「なんだつまんないの。……ん? それじゃそれじゃ、このボタンは?」

 

「ちょ、ちょっとプリシス、ヘンなとこ押したら……」

 

「うわあなんか出た!」

 

 以前どこかで見かけた気もする惑星ミッドガルドの人に案内してもらった、貸し切り状態の歓談室の中。

 みんなと別れたばっかりの寂しさを紛らわすためなのか、プリシスは入るなりそこら中を元気にきょろきょろと調べまわり。クロードとレナも彼女の行動に振り回されっぱなしだ。

 そんな中、艦に乗り込んでからやけに口数が少なかったレオンが

 

 

「……ちょっと、みんな」

 

 と口を開いた。

 顔色もあまりよくないし彼もホームシックにかかってるのかもと思って、そっとしておいたのだけど。そういう事ではなかったらしい。

 

「どういう事か、説明してくれるかな……?」

 

「説明、って」

 

 きょとんとした後、改めてこほんと説明しようとしたクロードに、

 

「あ、ああそうか、レオンは初めてだったな。これは『宇宙艦』っていう乗り物でね」

 

「違うよ! そうじゃなくて!」

 

 我慢できなくなったのか声を張りあげるレオン。

 確かに、なんか前に「レオン博士も地球に留学した」みたいな事をソフィア辺りが言ってたような気もするし、それなら彼もと思って何の前フリもなく声をかけたのはクロードの方だ。未来がそうなってるらしいから来ないか? とはもちろん言えるわけがないので仕方ないけど。

 

 あんな強引な誘い方されたらレオンも困るよなと、思い出して素直に反省し、今からでも真摯に彼に謝ろうとしたのだが、

 

「レオン。あんな意味の分からない誘い方して、お前には悪かったと思ってる。ただこれだけは信じてほしい、僕は本当にお前のためを思って……」

 

「違うよ、そんなのはどうでもいいの! 喜んで僕も行くって言ったんだから、ていうかそういう事でもなくて!」

 

 それも違ったらしい。

 じゃあなんなんだろうと首をかしげるクロード達三人に、

 

「え、おかしいの僕の方なの? 僕だけに見えてるの?」

 

 とレオンはますます真っ青な顔になって言ったのだった。

 

 

「この艦に乗ってる人達……。惑星ミッドガルド人とか言ってたけど、どこからどう見てもネーデの人だよね? みんな耳とがってるし、それにさっきの人もなんか見た事あるし……たぶんラクア辺りで」

 

「……。あー……」

 

 

 三人とも、ここでようやく彼の心中を理解したのである。

 

「クロード、レオンに話してなかったの?」

 

「いや僕は……。てっきりプリシスが全部説明してたのかと」

 

「アタシ? いやいや、だってレオンに会ったの超久しぶりだし。フェイト達が小鳥ちゃん探すついでにラクールにも寄ったんじゃなかったっけ」

 

 と三人がひそひそ話す一方。

 本当に誰からも何も説明されてなかったレオンは

 

「もしかしておばけ? あの人達みんなおばけなの? ねえレナお姉ちゃん、この乗り物本当に地球に向かってるんだよね?」

 

 などとぶつぶつ呟き、ついにはなんか震えだしたので、それだけはレナがすぐに否定してあげる。

 

「安心してレオン、おばけなんかじゃないわ。みんな生きてる人間よ」

「本当に?」

「ええ、色々あったけど……。とにかくそれは本当よ」

 

 顔を上げたレオンに、レナがゆっくりと頷いてあげると。

 

 

「ど……どうせそんな事じゃないかとは、思ってたけどさ」

 

 途端に冷静ぶって文句を言うレオン。

 彼の態度に慣れている三人も、軽く謝って話を続ける。

 

「何があったかちゃんと説明してよ。意味が分からなすぎて、パパとママとの別れを悲しむどころじゃないんだけど?」

 

「ごめんごめん。とは言っても、一体どこから話したらいいのか……」

 

「僕が知ってる最新の情報は、なぜか死んだはずのカマエルが大量にラクール中に現れて消えた辺りで止まってるよ」

 

 その言い方だと、彼自身の周りで起きた事以外は本当に何も知らないらしい。カマエルどころか十賢者が全員いた、なんて事も知らないのだろう。

 レオンはさらに思い出した事を言う。

 

「ああ後それと。あんまり関係ないと思うけど、その一週間後くらいに」

 

「カマエルから一週間後? 何かあったっけ?」

 

「ほら前にレナお姉ちゃんと一緒にいた、きれいな女の人がいたじゃない。あの人が急に兵士詰め所に現れて、そこにいた傭兵のお兄ちゃんにいきなり抱きついたとか。一通り周りの人に挨拶したら今度はお兄ちゃんも連れて姿を消したとか、実はそのお兄ちゃんと最初から付き合ってたらしいとか他にも二人いたかもしれないとか……」

 

 ラクールの兵士達から聞いた話を、レオンがそのまんま喋る中。

 思い当たる節がばっちりある三人は、途中からその時の事を想像して顔を赤らめたり、微笑ましそうに笑い始めたり。

 

「うひゃあ、アッツアツだねえ」

 

「ふふ、そうね。もう何の心配もいらないくらい」

 

「レ、レオンそういった事はあまり……ほら、本人達に悪いだろ? いや関係はあるっちゃあるけどさ」

 

 そんな三人の反応を、レオンはさらに不思議そうに見る。

 

「関係あるってなにさ? というかあの人、実は剣士じゃなくて凄腕の術師だったの? なんか本当に一瞬で現れて消えたって聞いたけど」

 

 どうやら彼女の本当の正体すら、レオンはまだ誰にも聞いてなかったらしい。

 となるとこれは、いよいよ本腰を入れて話してあげるしかなさそうだ。

 

 

「えーと、それじゃあレナスさんの事から? ……ううん、もっと前、わたしとセリーヌさんが彼女と会った日の事から、話した方がいいかな」

 

 話し始めたレナに、疑問を挟みつつも素直に耳を傾けるレオン。

 この艦が地球に到着するまでに、レオンにも“ミッドガルド人は、ネーデ人なんかじゃない”って事をちゃんと知ってもらわなきゃいけないからだけど。

 理由はそれだけじゃない。

 

「なんでその人の話から? 今いるネーデの人達と、本当に関係あるの?」

 

「ええもちろん。だって今度の事はレナスさんが、この世界に来た事から全部始まったのよ」

 

 レオンだって絶対に知りたいはずだし、わたし達だって、せめてレオンくらいには本当の事を知っていてほしい。

 他の人達には絶対に教えられない、だけど時間も世界も超えた出会いが、あの奇跡みたいな幸せをつくりあげたんだって事を。

 とっても長い話になるけど、どうせ地球に到着するまでの時間もたっぷりあるのだ。

 

「出会った時はそんな事になってるとは、わたし達も知らなかったんだけどね。紋章の森で倒れてた彼女を見つけたのは、セリーヌさんで……」

 

 

 これから話すのは、異世界の住民達と未来人達との出会い。

 彼女彼らと過ごした日々と、色んな出来事の末に起きた結末と。“星達”の意外な側面と。

 それから最後にみんなが自分の幸せを掴むため、それぞれの場所に帰って、または新たに旅立っていく。

 

 歴史には残せなくても、わたし達の心はずっと忘れない物語だ。

 

 




当作品はこれで完結です。
五年以上もの長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。


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