selector infected WIXOSS―torture― (Merkabah)
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プロローグ
プロローグ


────今日は満月だ。

 

もう雪が降り注いでもおかしくない外の街を一人歩く少女は白い息を吐きながら思いふける。

 

すれ違う人々は仕事終わりやら部活終わりで溢れていた。それは当たり前の事だ。

 

帰れば家族が待っていて暖かい部屋にご飯があるだろう。

 

それが当然だと思ってる人達で溢れるこの街を私は少し嫌いだ。

 

苛立ちから制服のポケットに入れていた右手を出しつい親指の爪を噛んでしまう。

 

『........またイラついてるの?』

 

ボソッと囁くような声で私に声を掛けてきた。

 

「えぇ、この時間に外を歩いているとイライラしてきてね」

 

真っ赤なリボンを左右に髪留めと使用している少女は小声で返答しながら噛むのを止めない。

 

『菌が入るから止めたほうがいい....』

 

「はいはい。分かりましたよ私の大切なパートナー様」

 

気が触る言い方をすると口元から親指を離しポケットへと入れ戻した。

 

しばらく歩いていると人気ない公園にたどり着いた。

 

朝から夕方は近所の子供達の遊び場になっているこの場所に少女は呼び出されていた。

 

周辺を見渡し付近にあったブランコに座りゆっくりとこぎ始める。

 

『まだメールの相手は来てないの....?』

 

「まだみたいだね。巡回してる警察に見つかったら面倒だから早く来てくれるとありがたいけど....ん?」

 

視線を左の街灯へ向けると見慣れない制服姿の少女がゆっくりとこちらに向かってくる。

 

「やっと来たか....」

 

ブランコから「よっと」と言いながら私もその少女へと歩いて行く。

 

腰の左側に取り付けていたデッキホルダーから裏面白いカードを一枚取り出す。

 

表面を見ると猫耳のような大きな耳を付けた女の子が面倒くさそうな顔をして私を見ていた。

 

名前表記は『ミュウ』と書かれている。

 

「よく私が『selector(セレクター)』って分かったね」

 

相手の顔は街灯より後ろにいるため顔はよく見えないが質問してみる。

 

「え、SNSであなたがそれぽいっ事を呟いてたし....後風景の写真を見てここって分かったから近所の人なんだなって....」

 

胸の前に手を当て答えるその言葉は震えていた。

 

「わざわざ私の場所を探すだなんて努力家だね。それとも焦ってるの?」

 

右足を前に出し一歩踏み出す。

 

「そ、それは........」

 

「一回?」

 

左足を踏み出す。同時に私は相手の反応を観察する。

 

「............二回負けたのか」

 

私は顔伏せていた少女の前まで距離を詰める。手に持っていたカードを一度しまい、その少女の頬にそっと両手で触れる。

 

体が震えている。この震えは寒いから?それともこれから始まるバトルに怯えているから?

 

きっと私の手も冷たかったのだろう。触れた瞬間、体がピクッと反応した。

 

顔がよく見えるようにクイッと上げると涙ぐむ綺麗で大きな瞳が私の瞳に映り込む。

 

私の全身が一瞬ゾクッとした。

 

恐怖ではない。相手に同情をしているわけでもない。

 

私の感情が昂り"興奮"し始めている。

 

頬触れていた手は相手の黒髪をサラッとなぞるようにして離れた。

 

「それじゃ始めようか」

 

五メートルほど距離を空けて再度ルリグカードである『ミュウ』を顔の前に出す。

 

私は目を閉じて顔を俯かせ相手の返事を待つ。いや返事は決まっている。

 

........どうせ何を言っても無駄だ。

 

過去にもこんな人達を何度も見てきた。相手にしてきた。

 

その度身体は火照っていき更なる快感を求めてしまう。

 

相手の願いや都合なんてどうでもいい。一々気にしていたらキリがない。

 

彼氏が欲しい。喧嘩した友達と仲良くなりたい。成績が良くなりたい。部活で優勝したい。

 

その程度努力をすれば叶うのに何故ルリグに頼ろうとするの?

 

どんなに努力しても手が届かない私の願い。

 

それは────姉に────る

 

「............ちっ」

 

空いた左手の親指の爪をパキッと噛み潰す。

 

「バトルします....!」

 

相手もカードを顔の前に出し私に見えるようにする。

 

そして息をスゥと吸い込み........

 

『オープンッ!』

 

 

 

 

『プロローグ』END

 

........つづく。




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『その少女は希望』


朝になり朝日が昇る。

 

ベッドに横たわる少女『水無月 桃香(みなずき ももか)』はカーテンの隙間から差し込む光が瞼にあたりゆっくりと目覚める。

 

 

 

瞳を開け眠い目を擦りながらベッドから降り立ち上がる。体を伸ばすと腰から小さな音が鳴る。

 

「んー....!」

 

一気に肩の力を抜き、息を吐き出し窓の近くに行きカーテンを開ける。同時に朝日で目が眩む。

 

「........」

 

....昨日の夜の出来事をふと思い出したが今始まったことじゃないと流す。

 

元々それが苦痛でもない。他のセレクターも同じ発想をしているに違いない。勝者は願いという光を求めて歩く。敗者はその勝者の足場。

 

朝から無駄な事を考えていると腹部からお腹のむしが鳴る。

 

「ごはん食べるか....」

 

部屋から出て階段で一階に降りてリビングに入る。

 

マンションで一人暮らしを始めて約二年経つが物は余り増えず今どきの子とは思えない殺風景な部屋。

 

離れに住む祖父母が時々顔を出し色々お世話をしてくれているから生活に不自由さはこれっぽっちも感じない。

 

 

むしろ女の子として足りないとよく注意を受けるがどうにも揃えようとは思わない。

 

 

生前、父と母に「好きな様に遊びなさい」とよく言われていた影響か公園で男の子達と遊びサッカーやバスケットなど汗を流す物ばかりやってきた。

 

 

友達の女の子とおままごとやら人形遊びをするのは嫌いでもないけど、やっぱり体を動かしていた方が性に合う。

 

「あ、そうだ」

 

カーテンを全開にして朝日を部屋に浴びさせ台所に近いテーブルへ視線を移す。

 

いつも食事をするテーブルへと向かい裏面で置かれていたカードを静かにめくる。

 

「おはよう。ミュウ」

 

挨拶をするがカードの住民から返事は帰ってこない。横になり小さな寝息を立てていた。

 

「........」

 

『ルリグ』────カードゲームWIXOSSにおいていかなる場合でも破壊されないカード。言わばプレイヤーの分身とも呼ばれる。

 

しかしそれは一般のWIXOSSプレイヤーのみが対象で私達セレクターは違う。別の意識を宿すカード。

 

「性格はこうも違うし、おーい起きろー」

 

寝ている姿が映し出される部分に軽く指を弾くと眉を八の字にしながらゆっくりと上体を起こす。

 

『........』

 

「ん?ご不満そうですね。私の大切なパートナー様ぁ?」

 

つい癖で皮肉を込めた言葉を使うとさらに不満そうにしてそっぽを向く。

 

「とりあえず今日も誰か挑んでくるかもしれないからよろしくね」

 

『ん........』

 

背を向けたまま猫のように丸くなりまた睡眠を取り始める。

 

「........はぁ」

 

気にしていてもしかたない。と思い朝食の準備に取り掛かる。

 

 

・・・

 

身支度を整えマンションの階段を降りて外に出ると冬場の冷たい風が全身に伝わり、ブルッと震えた。

 

「うぅ、下半身が寒い....」

 

首元にファーが付いたコートを羽織っているが肌を露出している脚は冷える。

 

立ちどまっていても冷えるため少し早歩きで学校への道のりを歩く。

 

中学校から私の住むマンションの距離は徒歩で15分程度。

 

実家から通うのもよかったがそうなると距離が多少遠くなり電車で通うハメになる。今思えば友達と一緒に通えるならそれでも良かったと少し後悔している。

 

 

大きな校舎が見えてきたところで前方には見覚えのある小さな背中。

 

私は口元をゆるめながら気づかれないようその子の背後へ素早く向かう。

 

鼻に襟足が少し触れ甘い香りがしてきた直後後ろから襲うように抱きつく。

 

「おっはよう!るうー」

 

「きゃっ!!も、桃香驚かさないでよ!」

 

左の髪を留めていてショートヘアの少女は急な出来事に対応しきれずあたふたしていた。

 

────『小湊 るう子(こみなと るうこ)

 

同じクラスの引っ込み思案で大人しい女の子。最近この学校に転校して来たがまだ馴染めていないのかクラスの子と話している姿はあまり見たことがない。

 

るうを一目見た時、私は何故か体が勝手に動きほっとけないと感じた。今でもわからないが何か意味があるのだろうか?

 

話してみると純粋無垢で笑顔がとても似合っている。

 

彼女の性格がこうだからなかなか、るうから話しかけられることは無い。

それでもいつものように誘ってみる。

 

「るう、今日のお昼も食堂?」

 

「う、うん。それより離れて....恥ずかしいから....」

 

登校する他の生徒達の視線が気になったのか手で頬を力強く押され密着していた体をはがされた。

 

顔を少し赤らめるるうを見てまた近づこうとするがカバンでガードされる。

 

「はは、冗談だよ。それで私と一緒に食べないかな?」

 

「えっと、桃香はいつも他の友達と一緒に教室で食べてるよね?その中に私がいたら迷惑かかるから遠慮するよ」

 

「それじゃ私一人ならいいんだよね」

 

「?」

 

キョトンとした時校舎の方から予鈴を知らせるチャイムが鳴り、通り過ぎていく生徒達は慌てて走り出す。

 

「またお昼に声かけるからよろしくね。るう」

 

「うん....」

 

私達も早歩きで校舎まで足を運んだ........。

 

 

・・・

 

お昼を告げるチャイムが鳴り、机をくっつける生徒や食堂へ向かう生徒達で騒がしくなり始める。

 

「モモー今日もWIXOSSしない?」

 

クラスメイトの一人が声をかけてくれたが首を横に振る。「わかった」と言うと他の子達と昼食を食べながら横でWIXOSSのプレイシートを机の上で拡げていた。

 

窓際の端に座っていたるうが立ち上がるのを見かけ駆け寄る。

 

「私ひとりだから一緒に食べよ」

 

「さっき誘われていたよね?もしかして....」

 

「別にるうの為にキャンセルしたとかじゃないから責任感じなくていいよ。それでも責任を負ってくれるなら体で....むぐ」

 

邪な考えを口に出している途中でるうに手で遮られる。

 

「もう。それより混み合うから行こうか」

 

「はーい」

 

肩を並べ食堂に向かう。歩きながら先ほど出たワードについてるうが質問してくる。

 

「うぃくろす....って人気なの?」

 

「それはもう。女子中高生で知らない子なんてるう位だよ。流行に乗り遅れてるよ」

 

「えぇ、そうかな....」

 

少し落ちこんでしまった。

 

「興味湧いたなら放課後カードショップに行ってみる?」

 

「............」

 

黙りとして考えている。

 

「見るだけならいいかな」

 

「ふふふ。るうも今日からWIXOSSデビューかー。どうやって弄ぶか....」

 

舐めるようにるうを見ていると少し大きな声を出す。

 

「まだ始めるって言ってないよ。しかも弄ぶってどういう意味!」

 

「まぁまぁ。ほら食堂に着いたよ」

 

上に下げられていた『食堂』と書かれた表記表に指をさしるうの背中を押しながら進む。

 

その際、左腰のデッキケースに入れていたミュウが『うるさい』と言った声が微かに聞こえ服の上から手の平で軽く叩いた....。

 

・・・

 

放課後になり私とるうは昼に話していたカードショップへ向かう途中信号待ちになりぼっーと空を見上げた。

 

日中と比べ雲の面積が増えていて夜にひと雨降りそうだ。

 

ずっと眺めていると悩みを忘れて吸い込まれそうになる。いっそ吸い込まれたいという気持ちになりかけた時

 

「どうしたの?」

 

空から視線を隣に立つるうに移すと私は「なんでもない」と首を横に振ると「うん」と答えるものの心配そうな顔をしてくれた。

 

 

信号が青になったのを確認してるうと渡る。

 

「カードショップって初めてだから少し緊張する」

 

「大丈夫だよ。店員さんも優しいし変なプレイヤーもいないから」

 

「そうなんだ。桃香はよく通ってるの?」

 

「それはもちろん。週に三回は当たり前だよ。週末にはショップ内で大会があるから出場してたり」

 

「優勝したことあるの?」

 

「一応はあるよ。と言っても片手で数えられる位だけど」

 

そもそも店に顔を出している理由は他のセレクターを探す為で、プレイをメインで楽しんでいる訳じゃない。

 

偶然、大会の対戦カードがセレクターとぶつかる事がしばしばあったがその時は何かと理由を付けて辞退している。

 

大会終了まで近くで待機してそのプレイヤーが店を出るのを待っていたりする。

 

その後「願い事はないからセレクターバトルをしたくない」と言わず相手も同意の上で戦う。

 

セレクター同士の戦いで一度しか負けを経験した事がないが三回負ければ今以上に最悪な自体に見舞われることは何度も見たことがある。

 

「........香............桃香!」

 

背後から右肩をがっしり掴まれ我に返り振り向く。

 

そこには不思議そうな顔をするるう。

 

「ここだよねカードショップ?」

 

「あ、うん。ごめんるうの事で頭いっぱいだった」

 

「そ、外で変なこと言わないでよ~!」

 

余計なことをるうの目の前で考えていた自分を誤魔化しビルの中へ入っていく。

 

「ビルの一角にあるんだ」

 

壁にはカードの告知ポスターやシングルでの買取価格表記などが貼られている。後ろを歩くるうの反応を見ると、どうやらこういう店に来るのは初めてらしい。

 

ドアの前に着きゆっくりと開ける。

 

中は広くプレイテーブルが約十個備えられており既に座り遊んでいる子達が何人かいた。

 

「いらっしゃいませー。あら桃香ちゃん」

 

入ってすぐレジカウンターにいた女性店員がこちらに気づき近くに寄ってくる。

 

「どうも。今日はこの子のデッキを買いに来たんです」

 

「えっ!」

 

横にいたるうは知らない情報に声を上げる。

 

「あれ?話してなかった?」

 

「見るっては言ったけど買うってまだ言ってないよ!」

 

「見たら買ってしまうのが人間の性。今日からWIXOSSプレイヤーデビューのるうの為にデッキをプレゼントしようかなーって思ってたんだけど嫌?」

 

「嬉しいけど私にも覚えられるかな....あんまり難しいのは....」

 

私とるうのやり取りを見ていた店員は微笑みながら話しかけてくる。

 

「基本を覚えさえすれば誰でも簡単にプレイ出来るから大丈夫よ。それで桃香ちゃんはどのデッキをプレゼントするの?」

 

「その判断はるうに任せます。とりあえず今はショーケースのカードを見ようかと」

 

「それじゃ決まったら声かけてね」

 

プレイテーブルの後ろに立てられているガラス張りのケース内に入っているカードを色別に見ることにした。

 

「この『タウィル=ノル』って白の子可愛いね」

 

「目の付け所がいいね。その子の属性は『天使』で自分のシグ二のパワーをプラスしてくれるよ」

 

「へぇ~....この子はどうかな?」

 

指を指すカードを見る。

 

「『ミュウ』....それは無口でグータラカードよ」

 

「えっ?性格じゃなくてカード効果を聞いたんだけど....」

 

『ぷっ』

 

デッキケースに入れていたミュウが吹き出す。

 

「あーごめんごめん効果かー!それは仲間を犠牲にする効果ばっかりだから、清廉潔白なるうには合わない。違うの見た方がいい!」

 

疑問を残したるうを違う話題に誘い自分の失態に「はぁ」とため息をこぼす。

 

デッキケースから先ほど笑ったミュウを取り出し睨みつける。

 

『自分のミスを私のせいにしないで....ぐぅ』

 

(また寝てるのか....)

 

カードをしまい腰を下げながらカードを楽しそうに見るるうの姿に少し羨ましくなる。

 

(純粋にWIXOSSを楽しんでいたらこうなっていたのかな....)

 

「ねぇ桃香このカードどうかな?」

 

友達と何も考えずWIXOSSを楽しんでいると時間を忘れてしまう。こんな時間がずっと続けばいいと思っている。

 

........その為には早く私の願いを叶えなきゃ。

 

 

 

三十分程るうと一緒に全部のカードを見たがどうやらまだ決まらないみたいだ。

 

「白のカードは決めたけど....どの子にしようか悩むなあ....」

 

ずっと立ちぱなしだったので近くの椅子に座り雑談していた。

 

「ふふふ、大いに悩んでいて良いよ」

 

私はチラッと店に入ってきた客に視線を送る。そこには顔見知りの男子香月くんが店員と話していた。

 

向こうもこちらに気づき手を振ってきたので振り返す。

 

「あれ?友達?」

 

悩んでいたるうも気づき小声で質問してくる。

 

「ん?うん。『紅林 香月(くればやし かづき)』。彼も結構強いよ」

 

話を終えた香月くんはこちらに近づいてきた。

 

「やぁ桃香さん。そちらはお友達?」

 

優しく声をかけてくれた彼にるうは頭を軽く下げる。

 

「るう子って言うの。よろしくしてあげてね。あ、でもイタズラは駄目だから」

 

苦笑する香月くんと横で腕の袖を引っ張り少し怒る、るう。

 

「今日はカードを買いに来たの?」

 

「そう。るうの為に買いに来たんだけどどれにするか検討中のところで今止まってる」

 

「そうだったんだ。るう子さんはどの子がいいとかはあるの?」

 

「えっと、色は白に決めたんだけど....みんな可愛いからどれにしようか決められなくて」

 

「白か....それじゃスターターデッキの『WHITE HOPE(ホワイト ホープ)』なんてどうかな?初めてやる人は皆買って使ってるけど」

 

「ホワイトホープ....」

 

るうは少し唸ると私と目が合い頷く。

 

「そうと決まれば買うぞー」

 

るうの手を取り席を立ちカウンター前に移動する。

 

「ホワイトホープくださーい」

 

店員は困った表情をする。

 

「ごめんね。午後に買った人で最後だったわ」

 

「ガーン」

 

折角WIXOSSデビューを決心した(半ば無理やり)るうの為に買おうとしたのに....。

 

ガクッと肩を落としうなだれる。

 

「今週中にまた入荷予定だからそれまで待ってて貰えるかしら?」

 

「はぁーい」

 

「ははは....ごめんね桃香さんにるう子さん。僕が勧めたばかりに」

 

「いやいや、香月くんは悪くないから」

 

体を起こし手を横に振り否定する。

 

「むしろるうに勧めておいて買ってあげられない私の方が申し訳ない。のどから手が出る程いま欲しいもんね?」

 

るうへと顔向ける。

 

「そ、そこまでじゃないよ!今度あった時は自分で買うから大丈夫だよ?」

 

「それは駄目!私が買ってあげないと気が済まない!」

 

「それが申し訳ないんだけど....」

 

「そんなに払いたいなら体で....んぐっ」

 

「ま、また変なこと言わないでよ~!きゃっ!?」

 

口元を手で塞がれてしまい抵抗するフリをして、るうの胸に手を伸ばし触れる。

 

周りの雰囲気は明るく賑やかだった。

 

そんなやり取りをしながら時間はあっという間に流れていく........。

 

 

・・・

 

 

 

るうと別れ自宅であるマンションに帰宅する。

 

鞄を部屋に置きすぐに夜食の準備に取り掛かろうとした時デッキケースに入っていたミュウが何か呟いた。

 

「何か言った....あ」

 

取り出すと横になりながらこちらの目をじっと見てくるミュウに一つの疑問が浮かぶ。

 

「願い事がない子の所にはルリグは来ないんだよね?」

 

別れ際にるうに突拍子もなく質問したことを思い出す。

 

 

『るう、何か叶えたい願いはある?お金持ちとか永遠の幸せとか』

 

『?ないけど、どうかしたの?』

 

『それならいいんだ。うん。じゃあまた明日!』

 

『う、うん?またね』

 

 

私は絶対に達成しなくてはならない願いがある。だから、ミュウが私の前に現れたのだろう。

 

『来ない。…....まぁこのゲームを観て楽しんでる人の意思次第でもしかしたら』

 

「来ないならいい。曖昧な答えは求めてない」

 

『........?』

 

ミュウの曖昧な返事に私は苛立ちを覚えカードとデッキケースをテーブルに置く。

 

きっと今鏡を見たら険しい顔をしているだろう。それほど私はるうをこのバトルに巻き込みたくない。彼女にはただ純粋にWIXOSSというゲームを楽しんで欲しいと願っている。

 

そう。彼女は腐りきった私を照らす希望の光だから────

 

 

 

 

・・・翌日

 

昨日の夜中に雨が降ったのだろう。水たまりが足元に出来ていた。

 

空を仰ぐと昨日と同じ空。いや雲が少し多い気がする。雨の予報とは聞いていないから傘はいらないはず。

 

いつもと同じ通学路を歩いていると、普段は寝ているミュウが珍しく小さな声を出す。

 

『........近くにセレクターがいる』

 

「朝からご報告どうも。距離はどのくらい........」

 

歩くペースを早める。

 

この通りをこの時間通る人は限られている。私ともう一人。

 

それは私の友達るう。

 

『段々と近づいてる...........。?手が震えてるけど大丈夫........』

 

行動しながらだとこうもカード一枚を出すのに手間がかかるのか。

 

鼓動のペースもゆっくり早くなる。妙な緊張感に襲われる。別にセレクターが現れるのはいつもの事だ。だけど違和感がある。

 

ドクン........ドクン........!

 

「はぁ........はぁ........」

 

心臓の鼓動に合わせて呼吸をし始める。

 

何かおかしい。

 

前方にある人物が歩いているのを発見し足を止める。

 

デッキケースからやっとのことでミュウを右手で持ち前方にいる人物を見てもらう為、腕を真っ直ぐ前に伸ばす。

 

 

顔を伏せて聞こえないフリをしようとしていたがミュウは簡単に答えた。

 

 

 

 

『いた........ルリグの気配はあの──から』

 

 

 

 

気づいた時には既に走り出しるうの肩に手を乗せ力強く肩を掴む手には汗が浮かんでいた。

 

「ビックリした........。ど、どうした桃香?怖い顔して」

 

同じ身長の為るうと視線がハッキリと合う。

 

口を開こうとするが不安が襲って来る。この質問をして返ってくる答えが恐いからだ。

 

もし間違いなら昨日のようにいつもの日常になる。

 

絶対に間違いであって欲しい。違うと言って欲しい。

 

数秒間喉を詰まらせた後恐る恐る口を開く。

 

 

 

「るう............................ポケットにあるそのカード........」

 

この瞬間、時の流れがコンマ単位で流れる感覚に襲われる。変なことを言っているが確実にるうの一つ一つの動作がゆっくりに見える。

 

何も知らないるうは裏面が白いカードを一枚見せてくる。

 

「これ?昨日お兄ちゃんから『ホワイトホープ』のデッキを貰ったんだけど一枚だけおかしくて....」

 

 

 

 

次の台詞に私の頭は真っ白になった。

 

 

 

 

「喋ったり動いてる姿が私にしか見えないみたいで....桃香も見てみて」

 

 

 

 

手の平に乗せられたカードの中にいる主はこちらの顔をじっと見た後無邪気に笑いながら

 

 

 

『にゃあ!ばとるー!!ばとるー!!』

 

 

 

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『その少女は希望』end



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『その絆は憔悴』

「────それじゃ私はセレクターに選ばれたってこと?」

 

登校時にあった出来事をお昼の食堂で向かい合って座りうどんをすすりながら私は頷く。

 

深刻そうな表情を浮かべる友達のるうは、うどんの横に置いていた『ルリグ』へ視線を移した。

 

『うにゃあー!ばとる!ばとうー!』

 

カード内にいるルリグはそんな事も知らず無邪気にはしゃいでいた。

 

「でも私願い事なんてないよ!?なのにどうして........」

 

「それは........私にもいまいち分からない」

 

突然のことに理解できないといった顔をした後溜息を小さく吐く。

 

るうの動作を見ていると昨日の言葉がフラッシュバックされた。

 

『?ないけど、どうかしたの?』

 

(本当にこの子は願いを持ってないの?........ハッ)

 

一瞬でも彼女に対して疑心の感情を持ってしまった自分を恨み忘れる為に頭を力いっぱい横に振る。

 

(るうを疑うなんてどうかしてる)

 

如何に忘れたくても頭の片隅には服についてしまったシミのように一生残るだろう。

 

いても立ってもいられず問いただす。

 

「るう、本当に願いがないの?それは本心から言ってる?」

 

「そうだけど。桃香もしかして疑ってるの....?」

 

「この状況じゃ、るうを疑うしかなくてね」

 

私の心がゆっくりと痛み始める。

 

揺さぶりかけられたるうは「あっ」と小さく言うと私の目を合わせ話しはじめた。

 

「き、昨日の夜寒くて」

 

「?それがどうしたの」

 

「ばあちゃんとテレビを観ていた時温泉特集やっていて旅行券が欲しいなぁって思ったんだ」

 

「えへへ」

 

「........天然かッ」「いたい!」

 

るうの頭にチョップをして呆れながれ席に座る。真剣に聞いていた私がバカだった。

 

「でも些細なことでも話してくれたなら嬉しい。疑ってごめんね」

 

座りながら頭を下げる。

 

「気にしなくていいよ。顔上げて....私が無理矢理やらせたみたいだし........」

 

やっぱりるうは心から信頼できる友達だ。

 

「お礼にチューしてあ「いらないよ」

 

ズバッと私の愛を切られガクッと落ち込む。

 

るうをチラッと見ると食事を再開しながらルリグに静かにするように促していた。

 

好奇心旺盛で羨ましいなとその光景を眺め私もデッキケースからミュウをテーブルに出す。相変わらず眠っている。

 

顔を見たと同時に昨日ミュウが言っていた言葉が妙に引っかかる。

 

『 まぁこのゲームを観て楽しんでる人の意思次第でもしかしたら 』

 

ハッキリ答えを出さなかった事を考え何かあるんじゃないかと連想する。

 

「ミュウ起きて。昨日の言葉どういう意味?」

 

右手の人差し指で優しくミュウがいる場所を揺らすと、薄目で立ち上がりボッーとしていたミュウの瞳がこちらと合い小さな口を開く。

 

『何の話............?』

 

「このセレクターバトルを観戦して人がいるって話」

 

『それなら........ん。今はまだ話せない』

 

口をごもらせミュウはゴロンと横になり。

 

「........こんなのが私のルリグだなんて悲しくて泣いてしまいたい」

 

私達の話を聞いていたるうに助けを求める。

 

「そ、そんなことないよ。ミュウだって話したくても何か話せない理由があるんじゃない?」

 

るうのフォローに反応してミュウは大きな耳をぴくりと動かす。

 

『そう、それ........ぐぅ』

 

「適当に答えるな。後起きて」

 

ミュウの小さな体を再度揺らすと不機嫌になり背を向けて狸寝入りを始めた。

 

これ以上質問をしても新たなヒントは得られないと判断し、即座にうどんを平らげ別の話題をしようとした時、

 

「........あれ?」

 

「どうかした?」

 

ゆっくり食べるるうは箸を止め私が見つめる先を目で追いかける。

 

私から見て正面奥、るうからは背後になる。

 

向こうから駆け足で向かってくる黒髪のロングヘア少女。

 

「みつけたッーーー!!」

 

キキッ!とマンガならそんな効果音が付きそうな勢いで私達のテーブル横で立ち止まり勢い良くに両手を叩きつける。

 

「あ、アンタ達も、はぁはぁ....セレクターでしょ?うっ」

 

「まず呼吸を整えてから喋りなよ。水あげる」

 

コップ入っていた半分位の水を差し出すとすぐに受け取り一気に飲み干した。

 

「はあー!ありがとう。それで話を戻すけど二人はセレクターだよね?」

 

声がいちいち大きく食堂にいた他の生徒の視線が徐々に集まってくる。

私は、パーカー少女の胸ぐらを掴み引き寄せ耳に顔を近づける。

 

「続きは屋上でしよう....ね?」

 

「う、うん....って近いよッ!?後、その意味は誤解されるからー!!」

 

「見た目とは裏腹にピュアなんだ。それと声が大きいから声量を下げて」

 

頬赤く染め後ろに下がっていき、何か言いたげな目をして走り去っていく後ろ姿を口元を緩め眺めていた。

 

「この学校は面白可愛い女の子がいて楽しいなぁ」

 

正面でちょうど食べ終えたるうはまた始まったと言わんばかりに大きな溜息を吐いた............。

 

 

 

・・・

 

 

屋上までの階段を上がり鉄の扉を開けると外に出た。

 

空は登校した時と少し違い、雲の面積が減り隙間から太陽が顔を覗かせていた。

 

「さっきの人はどこにいるかな....」

 

後ろから来たるうは辺りをキョロキョロと見回す。すると少し遠くから「おーいこっちこっちー」と呼ぶ声が聞こえた。

 

「るう、あの屋根が取り付けられたベンチにいるみたいだよ」

 

駆け足でベンチ前まで移動するとさっきのパーカー少女と香月くんが左右に座っていた。

 

「時間もないから早速勝負ッ」

 

「ま、待ちなよ遊月。ごめんね二人とも」

 

ルリグを自信満々に私達に向けてきたが香月くんが間に割り込んでくる。

 

「今どっちに挑もうとした?」

 

「それはもちろん。るう子!」

 

「ちょ、ちょっと待って!?私ルールとかよく分からないし....後なんで二人が一緒にいるの?」

 

「そ、そうだよね。えっとこちらは僕の姉にあたる『紅林遊月(くればやし ゆづき)』」

 

香月くんに面倒くさそうな顔をして腕を下ろして私達に手を差し出す。

 

「よろしく。るう子と桃香の事は香月から昨日聞いたから分かってるよ。桃香は前からルリグを使っていたから特にね」

 

握手を済ませ質問する。

 

「ならなんで声をかけなかったの?」

 

「強いから。負けが見えてるのに挑む人なんていない!」

 

席を立ち何故か背を向け腰に手を当てながら答える。

 

初心者や弱い人を狙ったセレクターは願い事を早く叶えたいという気持ちが先走りこの行為に及ぶ。よくいると噂で聞いていたけど、身近にいるとは。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『........』

 

るうと香月くんも同じ様な事を思っていそうだ。

 

「それで昨日カードを手に入れたばかりの初心者に挑むと?」

 

「ルールを知らないうちに倒す。慣れてからじゃ負けるかもしれないし!」

 

「あのね........」

 

思わず親指の爪を噛もうとしたが止め、話を続ける。

 

「セレクターバトルのルールは知ってると思うけど、願いを叶える存在、『夢限少女』になる為にはルリグ同士のバトルが必要不可欠」

 

「それにはバトルに何回も勝たなくちゃいけない時がある。まぁ中には条件が一致すれば数回で叶う可能性があるらしいけど」

 

背を向けていた遊月が身体をこちらに向けて話を真剣に聞き始めた。

 

「逆に三回負ければ....『願いは叶えられず、セレクターとしての資格を失う』

 

割り込まれた人物の顔を見る。

 

「花代さん」

 

遊月が持つ『花代』を見えるように見せてくる。

 

『桃香って言ったっけ?........どこまで知ってるの』

 

声のトーンは低くまるで私の説明することを全て見透かされている気がした。

 

「どこまでって、ここで話を終えようと思ってましたが?何か不都合があるんですか、花代さん?」

 

見え見えの嘘をつくと花代は目を閉じて少し間を空ける。

 

『........そう。割り込んでごめんなさい』

 

「いえいえ、こちらも知った様な口ぶりで喋ってしまい間違っていたのかと焦りましたよ」

 

どうやら三回負けた後の事を話すのはよくないらしい。 というよりは花代は遊月に説明しないで隠し続けている雰囲気がする。

 

微妙な空気が流れる中遊月が場の空気を変える。

 

「と、とりあえず、るう子がバトルしてくれるんだよね!」

 

「わ、私じゃなくて桃香の方が........」

 

『ばとるっ!ばとるっ!』

 

するとるうの制服ポケットからバトルに答えるように声を上げるルリグ。

 

そちらに三人の視線がいっている間に携帯電話で時間を確認する。

 

「(時間も考えて決着はつかず第三者がこの場所に来るはず。それに、ここで一度戦えばルリグカードが変わらない限り再戦出来ない)」

 

今後の事も踏まえて私はるうの背を軽く叩く。

 

「るう、頑張ってね」

 

「も、桃香まで~」

 

声援を送りるうは渋々、遊月の正面に座りルリグとデッキをおぼつかない手つきで出す。

 

「掛け声はオープンだから。それと僕がアドバイスするよ」

 

るうの隣に座る香月くんがフォローするらしいので私は遊月の隣に座り脚を組む。

 

肩と肩が密着する距離で。

 

「ち、近い!」

 

「女の子同士だから問題ない」

 

「んんっ....るう子行くよっ!」

 

遊月の横顔は少し香月くんに似ていた。

 

「う、うん」

 

二人は同時にカードを前に突き出し。

 

 

『オープンッ!!』

 

セレクター三人の意識は真っ暗闇に落ちていった............。

 

 

 

 

 

 

────目を開けると私が見馴れた景色に変化していた。

 

電気もない観客席のような場所に立ちつくす自分の肩にはミュウが小さい姿で乗っていた。

 

この空間ではルリグに触れる事が出来る。

 

二歩足を出し首を少し前に出すと既にバトルが始まっていた。

 

右方に白い光が周りで発光する。るうがタマをグロウさせたのだろう。

 

「いつもはあの場所からだから気づかなかったけど....この荒野何処まで続いてるの」

 

『さぁ........』

 

流石にこういう時は起きていたミュウは肩から降りて石で出来ている部分に降り立つ。

 

『花代を使っている方は赤い空間になってるね............』

 

「混合デッキだと何色なんだろ。それは別にどうでもいいか」

 

高みの見物をしていると真っ暗闇な空から香月くんがるうにアドバイスをしている。

 

「なんで教えるさッ!」

 

左方で椅子に座っていた遊月が向こうに聞こえないのに怒鳴っていた。

 

「おー初心者狩りが吠えてるね」

 

『........その煽る癖直したら?さっきも花代の事挑発してたでしょ』

 

「これは地だからなかなか直せないんです。申し訳ありませんねー」

 

『どうだか........。それにしてもるうをバトルさせるなんて以外............』

 

普段からミュウは私を見ているため今回は止めると思っていたに違いない。

 

「無計画でるうをバトルさせるわけないじゃない」

 

さっき考えていた事を説明するとジトッーと見てくる。

 

「なに?」

 

『............本当に中学二年生?............頭が切れすぎ............』

 

「こ、このままじゃ負けるよ花代さん!!」

 

震える声を上げた遊月が気になり話を中断する。

 

「るう、才能があるみたいだね」

 

遠目からでも分かる。るうの顔が笑顔になり始めている。

 

ミュウも同じところを見ていたようで鼻で笑い、

 

『まるで........桃香みたい........』

 

その言葉が心に響く。

 

このままるうをバトルに巻き込めば最悪の状況になるのでは。

 

「........」

 

苛立ちが湧き上がり親指の爪を前歯で痛むほど噛み砕く。

 

 

 

 

そしてるうが優勢になり始めた頃この空間が歪み始める。

 

「イレギュラーのお出ましね」

 

『おやすみ........』

 

「バトルしてないのに休むな」

 

小さい体にデコピンをしようと構えた直後視界は真っ暗になり意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

「おーいお前らー授業が始まるから教室に戻れー!!」

 

屋上の入口から男の先生の声が聞こえてきた。

 

「ふっ」

 

思わず思惑通りに事が進み笑ってしまったが三人は慌ててカードを片付けていた為聞こえていなかった。

 

遊月はデッキをしまってるうに指を指す。

 

「と、とりあえずるう子!さっきの事は内緒にしててよっ!!」

 

「?」

 

当の本人は首を傾げキョトンとしている。次は私に顔を向けてくる。少し眉毛がつり上がり顔が赤くなっている。

 

「も、桃香もっ!!」

 

「よくわからないけど....うん」

 

全く話の内容がわからなかったけど頷くのが一番手っ取り早いはず。

 

『ばとる~....』

 

急ぎ足で移動する横でるうのポケットに入っていたルリグは可愛く寝言を言っていた............。

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

放課後をどう過ごすかるうと教室で話していると来客者が訪れた。

 

「どうしたの遊月?もしかして私とやりたいの?」

 

「違う。これ見て!」

 

るうの机の上に置いたのは一つのファッション雑誌。開かれていたページには読者モデルで有名な学生『蒼井晶(あおい あきら)』と『 浦添伊緒奈(うらぞえ いおな)』がツーショットで綺麗に写っていた。

 

私はSNSで名前くらいは頭に入っていたが向かい側でまじまじと雑誌を読んでいる彼女は初めてらしい。

 

「晶さんと伊緒奈さんがどうしたの?」

 

「クラスでその雑誌を読んでいる子がいてさ、花代さんが見たらセレクターって教えてくれたんだ。それと、晶って子はここから近い学校に通ってるらしいんだよ!」

 

 

「まさか・・・バトルを申し込むと言いたいの?」

 

「そう!明日みんなで行こうよ」

 

左腕をグルグル回し興奮する遊月に対してるうは乗る気じゃないようだ。それは私も同じ意見。

 

「じゃ明日駅のホームに始発が来る前に集合でッ!」

 

「あ、待って!」

 

手を伸ばすが遊月は意気込んで雑誌を持って立ち去ってしまった。

 

「なんでこうなったのかな........」

 

「........」

 

手を下ろし悲しい目をする、頭を左手で優しく撫でる。

 

「大丈夫。絶対にるうをバトルさせないように私が頑張るから。そんな泣きそうな顔しないで」

 

「........」

 

今日一日で様々な出来事に見舞われた為すぐには納得出来ず顔をうつむかせ続けた........。

 

「るう、タマを私に頂戴」

 

頭から手をそっと離し静かに要求する。

 

昼間のバトルでルリグに『タマ』と名付けたるうは顔を上げて首を横に振る。

 

「それは出来ないよ....」

 

「そのカードを捨てるか渡すかすればセレクターとして戦う必要はなくなるんだよ?それはるうが一番望んでることじゃないの?」

 

「それでも!タマを........捨てるなんて........」

 

机の隅でタマはカードの中でバトルで消耗した体力を癒すため眠りについていた。

 

タマとともにセレクターとしての道を選んだ。彼女は私の言葉を受け入れなかった。

 

段々と色々な感情が入り交じってくる。

 

葛藤、絶望、悲痛、悪感情、

 

これまで積み上げてきた物をこの感情達が粉々に壊し始める。

 

どうすれば昨日の日常が戻ってくるの?考えろ、考えろ、考えろ........。

 

 

 

 

 

目を見開き天井を見上げ答えに辿り着いた。

 

最初からこの解答しか残っていなかったじゃないか。

 

 

「それかぁるうは........セレクターとして身を投じるんだぁ....はは」

 

顔を下に下げ、瞬きを終えた私の目から光は消えるうを上目で睨む。

 

「っ!桃香........怖いよ........」

 

「ふ、ふふっ.......あははははは」

 

「どうしちゃったの!?桃香ッ!!」

 

肩を揺らされるが私はずっと不気味に笑い続ける。

 

「私の願いよりも優先すべき事が見つかったよ」

 

笑うのをやめボソボソと喋る。

 

前髪は乱れ右目が隠れ髪の毛が視界に入るが気にせず怯えるるうを見つめる。

 

「.........ゴミ以下のセレクターなんかに絶対るうを触れさせない.........!」

 

今まで友人に一度も見せたことのない表情になると、るうは圧倒され机に置いていた右手が小刻みに震えていた。

 

口元は三日月のように酷く歪み最低最悪の笑顔でこの場を離れた・・・・。

 

 

『その感情は憔悴』end




挿絵背景直し忘れてました。すみません。


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『この出逢いは必然《前編》』

────夢の中で私は一人の女の子とお揃いのリボンを髪に結びあっていた。

 

その女の子の髪は私より長く、腰まで届かないほどで暗めのブラウンカラーだ。

 

女の子の後ろから左側をまとめるのに手間取っている私は涙ぐんでしまう。これでは困らせてしまい迷惑がかかるから。

 

横目で見ていた女の子は私の手を優しく取り、「わたしがやるから泣かないで」と微笑みながら器用に髪をまとめた。

 

終わった後すぐにまたリボンを取り私に手取り足取りゆっくりと教えてくれた。

 

その姿を見て私もこの人のようになりたい。その当時は憧れの存在だった気がする。

 

その数年後、あいつは逃げ出した。何も言わないで。

 

それから心の中で憎しみが生まれた。

 

........姉を............許さない。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

「................う」

 

瞼の上に朝日があたり意識が目覚めた。

 

まだ脳が寝ぼけているが上体を起こして周りの景色を見て理解した。

 

「............ソファーで寝ちゃったのか」

 

昨日帰宅後すぐ着替えもせずソファーで横になった自分を思い出し今着ている制服の匂いを鼻で嗅ぐ。

 

「臭くはないけど、シワが出来ちゃってるなぁ」

 

意識がまだハッキリしていないが立ち上がり身体を伸ばす。

 

「んっーー」

 

全身を使って息を吐き出す。とりあえずお風呂に入らなくては外に出られない。

 

風呂場へと行動しようとした時、腰に巻いていたベルトとそれに取り付けているデッキケースの存在を思い出す。

 

「ミュウおはよう」

 

ベルトを緩め外している最中、中に着ていたシャツがめくれ肌に痕が残り赤くなっていたが気にせずデッキからミュウのカードを抜き取る。

 

『............寝心地さいてーだった』

 

「ねこは狭いところが好きだからよかれと思ったんだけど。ダメだった?」

 

『........』

 

「............ごめんなさい」

 

カードの前で頭を下げる姿は絶対に情けなく見られるだろう。

 

頭を上げミュウの様子を観察する。

 

不機嫌そうに私に指をさしてきた。

 

『時間』

 

「時間?........あっ」

 

昨日の放課後遊月と約束していたのを思い出しすぐさまソファーのそばに掛けていたコートから携帯電話を確認する。

 

6時59分と液晶に表示されている。十分前や五分前に遊月からの不在着信が数件履歴に残っていた。

 

「あちゃー。今から向かっていっても遅刻確定か。メールを送って先に向かってもらおう」

 

『............』

 

もう一方の手で握っていたミュウは何か言いたげな顔をしていた。

 

「笑いたいならどうぞ」

 

『ぷっ』

 

「お尻で答えた?」

 

『口で笑ったの............そんなことより............随分うなされていたけど............姉の夢でもみたの?』

 

「............」

 

眉をピクリと動かし口を開かずにいるとすぐにミュウは反応する。

 

『図星............大体貴女がうなされている時は姉が関わってる時くらいだからわかる............』

 

「はぁ。見透かされるなんて私もちょろいわね」

 

携帯電話をコートの上に放り投げる。

 

「寝言聞いた?」

 

『さぁ............ここで聞いてたなんて言ったら貴女はどうする?』

 

歩きながら顎に手を当てて考えるフリをする。

 

「他のルリグだったら破り捨てたわ。でも、あなたは私の大切なパートナーだからそんなことしない。うん本当に」

 

冗談ぽく言うがミュウの顔は微塵も笑っていない。長年私のルリグを務めているだけあり以心伝心とまではいかないが、そこの所は分かっている。

 

『無駄話してると時間なくなる............』

 

「はいはい。すぐに仕度して遊月達と合流しないとねー」

 

脱衣所へカードを持っていくと濡れてしまう恐れがあるのでいつものテーブルにカードを置いた。

 

 

・・・

 

 

ミュウは桃香がお風呂に入っている間テーブルの隅に置かれていた写真立てに目が行く。

 

『............』

 

父と母、二人の間に幼い頃の桃香。小学校低学年の時に撮ったものだと思う。

 

無邪気な笑顔でピースをする至って普通の女の子。

 

でもその写真には違和感があった。

 

父の膝あたりに小さな手が写っているが人の姿はない。

 

彼女の性格から察するにそこには姉がいて切り取った気がする。

 

『よく見るとハサミかカッターで切った跡がある........』

 

紙など切った際出る微妙な切れ端が僅かに残っていた。

 

『............このまま.......夢限少女になってしまったら............』

 

私は彼女の願いを叶える立場。同意してしまったからには二人三脚で闘い続けなければならない。

 

本当にそれでいいのか。

 

『顔を合わせて話せば何か違う道が見えるかもしれない........でもこの街での目撃証言はゼロ............』

 

桃香はセレクターバトルをしながら聞き込んでいる。

 

姉がセレクターという真相は不明だがお揃いのリボンを今でも付けているならいずれ会えるはず。

 

それが何年、何十年かかるかわからないが桃香は死ぬまで追い続けるだろう。

 

 

「ふぅー上がったよー」

 

私のご主人様が戻ってきた。この件は一旦保留にしておこう。無駄に感の鋭い彼女に疑われたら何をされるか分からない。

 

「次入る?」

 

『................』

 

櫛で髪をとかしながら冗談を言うが聞き流す。

 

「パパッと準備してレッツゴー」

 

そそくさと左右の髪を結びお気に入りのリボンの位置を手鏡で調整しカード(私)を人差し指と中指の間で挟む。

 

「今日から酷な事をするけど我慢してね」

 

『............いつもの事じゃない。今更』

 

「........」

 

静かに私を撫でると暗闇のデッキケースの中へと仕舞った....。

 

 

・・・

 

 

 

桃香は朝の通勤ラッシュの時間の電車の中でもみくちゃにされながらやっとのことで降りることが出来た。

 

「最悪....熱気と人の多さに朝からもう疲れた」

 

駅のホームを出て太陽に当たりながら着ていたコートを整える。

 

携帯電話で遊月に連絡をして目的地の地図を貰った。

 

「学校じゃなくて傍でやってる建設中工事現場ってどこよ」

 

文句を垂れるが遅刻した私が悪い。

 

歩いていると違う学校の生徒達とすれ違うが時々視線を受ける。

 

昌が通う学校前に近づくにつれ歩く人の数も増えていく。

 

他所の学校の生徒が登校時間にこんなところにいたら確かに変だ。

 

学校の校門前を通り過ぎて謎の緊張感が解ける。

 

「はぁ........」

 

爪を噛もうとした矢先曲がり角から人が飛び出してきた。

 

「ひゃ!?」「きゃっ!」

 

避けきれず衝突してしまう。

 

「だ、大丈夫!?ごめん、よそ見してたらから........」

 

よろける程度で済んだが相手は両膝をコンクリートの地面についていた。

 

「怪我してない?」

 

ハンカチを取り出し差し出す。が髪の長い女の子は顔を上げてくれない。

 

同じ目線の位置になりようやく顔を見れたがその目から大粒の涙が零れていた。

 

「ごめんなさい........ごめんなさい........」

 

「ちょ、ちょっと?」

 

応答に応じない上何度も謝り続ける。

 

ふと、両腕でガッチリと抱き抱えている緑色の物に視線がいく。

 

(あれは『GREEN WANNA(グリーン ワナ)』のデッキケース........まさかこの子セレクター?)

 

この状況で聞くわけにもいかず彼女が落ち着くまで傍にいることにした。

 

歩行者の妨げにならない建設中と書かれた看板裏に彼女の肩を持ち壁に寄せた。

 

「........遊月に遅れるって伝えないと」

 

携帯電話を出そうとした時、工事現場の暗い物陰からゆっくりと足音が聞こえ顔を向ける。

 

「あれれ~?ひっとえ~まだいたんだ~」

 

「晶....」

 

予想以上に甘ったる声で顔をしかめてしまう。

 

モカオレンジの様な髪色にカールが少しかかった長い髪を指でクルクルといじっている。

 

蒼井晶(あおい あきら)』は髪をいじるのをやめて私に指をさす。

 

「ねぇねぇ君もセレクター?」

 

返答せず目線を合わせたまま黙っていると。駆け足でしゃがんでいた私の前に移動し小さな顔が一気に近づいてきた。

 

思わず体を引くが晶は気にもしていない。

 

「よくみるとあの三人と同じ制服だぁ。ねぇねぇメアド交換しない?セレクターじゃなかったら消すし」

 

左手に持っていた携帯電話を見せびらかしてくる。

 

「私携帯持ってないんだ。セレクターだけど」

 

「うっそ!またまたレアキャラ?........そのポケットに入っている手は何かな~?」

 

「あっ」

 

コートに入れていた右手を無理やり取り出され携帯電話の存在がバレた。

 

「はい交換。赤外線でいいよね?」

 

「........ネットにアドレスばら撒くかもしれないけどいい?」

 

「やぁんこわ~い」

 

駄目だ。余計に腹が立ってくる。

 

お互い送信終えると近くにあった顔がようやく離れ晶は私に笑顔で手を振り去って行った。

 

「じゃあねモーモー!」

 

「私は牛じゃないっ!この............っち」

 

立ち上がり何か言おうと思ったが、晶の姿遠くに行き小さくなっていくのを見て暴言を吐くのをやめる。

 

一難去ってまた一難、また足音が聞こえ呆れながら後ろへ振り返る。

 

「みんな........」

 

るう、遊月、香月くん達が疲れた顔で現れた。

 

「あっ桃香!今来たのか!?」

 

遊月と香月くんが駆け寄ってくる中るうは顔を俯かせていた。

 

「....今勝負したのってるう?」

 

「彼女だよ」

 

香月くんは座り込み泣き続けている女の子を見る。

 

「あんなの酷いよ........」

 

るうの悲しみが混じった言葉に二人は視線を地面に移す。

 

どうやら晶と彼女のセレクター同士の闘いで嫌な印象を受けたらしい。私としては好都合でしかない。

 

「ふぅん」

 

素っ気ない返事をするとるうは顔を上げて一歩踏み出してくるが横から遊月は手を取り、

 

「それより遅刻するから急ごう!」

 

「う、うん........」

 

「桃香さんはどうする?」

 

「私は....もう少し彼女のそばにいる。ぶつかった時に怪我してないか気になるし」

 

「わかった。それじゃまた学校で」

 

走っていく三人を見送りまだ涙を流す女の子の隣に座り声をかける。

 

「晶に何をされたの?」

 

「........私のせいで緑子が........」

 

「ボロボロになるまでバトルしてくれたルリグに感謝しなきゃいけないよ?」

 

髪の隙間から覗かせた肌からつたる涙を拭う。

 

「あの....ありがとうございます」

 

「やっと顔見せてくれたね」

 

大きな眼鏡をかけた女の子は恥ずかしそう頬赤らめまた顔を俯かせた。

 

「ねぇあなたの名前は?私は『水無月 桃香(みなづき ももか)』」

 

「えっと『植村 一衣(うえむら ひとえ)』です....」

 

怯えているのか人と接するのに慣れていないのか分からないが話しながらでも一衣はビクビクしている。

 

「一衣か、こんなところで座ってるのもなんだし近くの喫茶店に行かない?」

 

「こ、これから学校に........」

 

手を取り一緒に立ち上がる。

 

「今から行って遅刻で怒られるくらいならサボった方が気が楽だよ」

 

「で、でも....さっきいた人達が待っているんじゃ....」

 

携帯電話を出し親指で液晶をタッチして打ち終えた画面を一衣の顔の前に出す。

 

「『今日は休むから先生に言っておいて』....遊月さんってあのパーカー着ていた人ですか?」

 

「そうそう。友達の遊月」

 

「友達........」

 

空いていた手が、胸の前にいくと強く何かを握りしめるような仕草をしていた。

 

すると顔を上げて何かを決断した顔つきに変わる。

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

「友達になって下さい!!」

 

「うん。いいよ」

 

「やっぱり嫌ですよね。いきなり........え」

 

一衣はまた泣きそうな顔をしたかと思えば驚きの表情に変化する。

 

私は握っていた手に少し力をいれる。

 

「よろしく。一衣。私の事は桃香でも何でもいいよ。そうだ!あだ名つけた方がいい?ひっとえんどらーん!とか」

 

 

『サムッ....』

 

これまでずっと黙っていたミュウが小さな声でツッコミをいれてきた。

 

カードを取り出し紹介する。

 

「これは私のパートナー『ミュウ』。いつも寝ているグータラルリグ」

 

『よろしくヒットエンドラーン........寒い。寝る』

 

「寒いなら私が摩擦で暖めてあげる」

 

『カードが折れるからやめて』

 

「それそれ!」

 

私とミュウのやり取りを見て一衣の顔に笑顔が戻っていく。

 

セレクターバトルで負った傷を簡単に癒すことは難しい。私も一度負けた事があるからその気持ちはよく分かる。

 

だからこそ、一衣の様な少女がふさぎ込んでいるのを見ていると夢限少女なんか諦めて舞台から降りて欲しい。

 

「........あのさ一衣」

 

ぽつりと名前を小さな声で呼ぶ。

 

「はい?」

 

「初対面で出会って数分しか経ってないけど........ルリグを私に渡してくれない?」

 

「えっ............?」

 

動揺しながら私から距離が離れる。

 

「いきなり変な事言ってるのは私でも自覚してるし、ルリグを奪う為に友達になったわけでもない」

 

「むしろ心配で、一衣みたいな純粋な子はセレクターに向いていない」

 

「............」

 

ただ黙って聞いてる一衣の肩を両手で掴む。

 

「今すぐセレクターをやめて、普段通りルリグのいない生活に戻って欲しい........。じゃないとこの先最悪な人生になるから!」

 

 

脳裏に残っていた記憶が蘇る。

 

あれは数ヶ月前、一人の少女が私に挑んできた。願いは『頭がよくなりたい』と努力すれば叶う簡単な願い事だった。

 

いつも通りバトルし勝つと負けた少女は三回目の敗北でセレクターとしての資格を失い、絶望し真っ青な顔で走り去っていった。

 

........その翌日、ニュースで交通事故にあい記憶喪失で入院に見舞われたと報じられた。

 

ミュウからは敗北した者には代償で願いの反転が生じると告げられた。

 

その言葉の後、

 

勝利して夢限少女になった者はルリグと入れ替わり、他のセレクターの下バトルをする。

 

願いを叶えるの勝者の身体を使ったルリグ。

 

元は普通の少女だったルリグが外から出たくて、一方的に願い事を要求するというケースも多いらしい。

 

終わりの見えない連鎖になっている事も全て教えてくれた。

 

 

その時既に一度負けていた私は淡々と説明してくれた、ミュウに怒りをぶつけたり、嘆いたりせず寧ろ笑みを浮かべていた。

 

純粋な心なんて選ばれた時いや、二年前から捨てていた。

 

負けた者に同情するなんて有り得なかった。勝ってルリグになってもルリグが悲願を達成してくれるなら文句はない。

 

ただただ腹の底から笑っていた。

 

 

........でも、友達のるうと出会ってから心が揺らぎはじめている。

 

タマを手にした時、私はどんな手段を使ってでもるうを守ろうとした。資格を剥奪しようとした。

 

偽善者と言われようが構わない。

 

いつか私と闘う日が来るより何倍もましだから。

 

大切な友達が目の前で勝っても負けても嘆くなんて見たくない。

 

「............」

 

セレクターバトルの真相を話そうとしたが一衣は私の手を取って握る。

 

「桃香さん、心配してくれてありがとう」

 

微笑み理解してくれたかと思った

 

「でも、私緑子がいないと弱くて意気地無しでいつも下ばっかり向いて歩いているからまだ手放せない。それでも、いつか手放す時が来たら桃香さんに渡します」

 

「........それじゃ駄目だよ........」

 

いつかじゃなくて今すぐカードを手放さないと....。

 

手を離され一衣は頭を下げてくる。

 

「やっぱり私、学校に行きます。........それと迷惑じゃなかったらメールアドレス交換して貰えますか?」

 

・・・

 

 

一衣と別れてから何時間街を放浪していたか記憶ない。気づけばマンション近くの公園のベンチに座り空を仰いでいた。

 

耳に入るのは公園で遊ぶ幼い男女の声。学校で授業を終えた小学生達がはしゃいでいる。

 

体をベンチに預け目を閉じて物思いにふける。

 

「どうして皆セレクターを続けようとするんだろう」

 

いっその事このバトルに隠された裏側をSNSでばら撒いてしまえばいいのか?

 

「一人が活動したところで妄想ですまされるしなぁ。誰かテレビに出てるセレクターが発言したら変わるんだけど」

 

知り合いに有名人なんて一人もいない。いるはずがない。

 

「クソッタレ!」

 

汚い言葉を吐き捨て目を見開き頭を上げた時、

 

「いたっ!!」「ひゃっ!?」

 

何か硬い物とぶつかり鈍い音が頭の中で響いた。

 

ベンチからフラフラしながら離れぶつけた物を目視する。

 

「げっ、蒼井晶........」

 

涙目でおデコをさすってる辺りお互い同じ箇所に怪我を負ったようだ。

 

「モーモーいきなり攻撃しかけてくるなんてひーどーいー。私が悪戯しようと思ったのに~」

 

「なら仕掛けて正解だった」

 

サラッと悪意を働こうとしていた晶を妨害できて良かったと胸をなで下ろし、用件を聞く。

 

「何でここにいるの?」

 

私の前に来て携帯のメール画面を見せられる。

 

「え~?メール見てないの?」

 

コートから携帯の電源を押してみるが反応がない。

 

「電池切れになってた」

 

「そっかー。モーモーと同じ制服着たあの子にも沢山メール送ったのに返事来ないし....あきらアンラッキー?」

 

朝の事を考えるに遊月だろう。るうは携帯電話を持っていないし。

 

「私も晶と出会ってアンラッキー」

 

「はぁ?」

 

唐突にボケてみたが眉間にシワを寄せて失笑される。

 

「とにかく今からモーモーの学校に行くから一緒に来てね。私一人だと心細いから」

 

手を取られそうになるが腕を振り回避する。

 

「ちょっと~?」

 

「携帯のナビで行けばいいじゃん。私は帰る」

 

背を向けて歩き出す。

 

すると前に回り込まれ顔を覗かれる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あの子のいたぶられる姿を見たくないんだぁ?」

 

「........友達だからね」

 

「やぁん、モーモーは友達思いなんだぁ!」

 

クネクネと身体を動かす晶に呆れため息をこぼす。

 

「そうそう。それじゃ」

 

「............」

 

晶の横を通り過ぎた直後、ドスの聞いた声が私の耳に入りまた目の前に来て胸ぐらを強い力で掴まれていた。

 

「気取ってんじゃねぇよアマッ!」

 

先程の笑顔から一転して、怒りに満ち溢れた顔で私を睨みつける。その間にまた力がはいる。

 

動揺することなく顔を背け鼻で笑う。

 

「それがアンタの本性か。随分とまぁ....汚い言葉を吐きますねぇ」

 

さっきまでの蒼井晶は営業スマイルみたいなもので胸ぐらを掴んでいるこいつは化けの皮が剥がれた本当の蒼井晶。

 

 

この場に遊月やるうが訪れ無いことを祈りながら晶の対応を考えた........。

 

 

 

『この出逢いは必然《前編》』end



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『この出逢いは必然《後編》』

激怒している晶に肩をすくめて目を合わせる。

 

私の態度が気に入らないのかまた掴まれていた胸ぐらに力が込められる。

 

「私、アンタに何かした?目障りならすぐに立ち去るけど」

 

「テメェの人を馬鹿にする態度が気に入らねぇんだよ!!」

 

「これは地でして、お気に障ったなら謝るよ。だからこの手を離してもらえませんか?」

 

「ッチ。どいつもこいつも私をコケにして楽しいかっ!」

 

理由が分かってもまだはっきりと納得出来ない私に晶は怒りに満ちている。

 

乱暴に振り払われ顔の前にカードを突き出される。

 

「今からテメェをギッタンギッタンに痛めつけてやんよ........!」

 

「いいけど、他のセレクターとバトルを予定していたんじゃ?」

 

「うるせえ!まずお前を虐めて憂さ晴らしだ!!」

 

「サンドバッグになるつもりはないから私も本気でやらせてもらいますよ。........でも、そっちのルリグはやる気無さそうだね。まさか負けるつもり?」

 

青の『ピルルク』は無表情だが戦意は全く感じられない。あの性格のマスターだ嫌にもなる。

 

「あぁ!?まさかビビってんじゃねえだろうなぁ?」

 

『............』

 

「なんとか言ってみろよぉ?出ないと大変な事になるよピルルクたぁん........!」

 

怒りの矛先がピルルクに向くが当の本人からの返答は返ってこない。

 

みるみるうちにボルテージが上がっていき、腕を高く振り上げる。

 

『叩きつけて気が済むならやれば?』

 

「ふっ....ざけんじゃねぇよッ!!!」

 

蒼井晶を擁護する者はこの場におらず、パートナーであるピルルクにまで煽られる始末。

 

「てめぇは私の命令で闘ってればいい存在なんだよ!!いちいちイラつかせんじゃねえ!!分かったなら返事くらいしろッ」

 

ここまで汚い言葉を吐き続けていた晶の髪は乱れ小さな顔が隠れていた。

 

髪と髪の隙間から鋭い眼光を私に当て舌打ちをされる。

 

「........笑顔でマスターと接しないと毎回そんなやり取りになるよ」

 

ピルルクに向けて嫌味ったらしく発言するがやっぱり返答はない。

 

「........次会った時はぜってぇバトルして、泣いても許さない位まで虐めてやっからよ....覚えとけよ阿婆擦れ(あばず)

 

捨てセリフを残して晶は去っていった。

 

嵐が通り過ぎ肩の荷が降りる。

 

「阿婆擦れってねぇ。まさかあんな罵られ方をするなんて思わなかった。ねぇ?」

 

デッキケースの中で口を出さず黙っていたミュウに問いかける。

 

『ひやひやした』

 

「ミュウでもあの空気には耐えられなかったんだ?」

 

『違う。寝てたから急なバトルが始まることに.......』

 

「こら。それでもルリグなの?」

 

左の手のひらでデッキケースを叩き周りを見渡す。

 

いつの間にか遊んでいた子供達が帰って私一人が公園に残されていた。

 

設置されている時計で時間を確認すると夕方に差し掛かろうとしていた。

 

「私達も帰ろうか」

 

『ぐぅ....』

 

「私も晶の真似をしてミュウを地面に投げてみようかな」

 

『冗談に聞こえないからやめて』

 

木々の間から差し込む夕日を背に私はマンションへと一日あった事を思いがら歩きだした........。

 

 

 

 

 

それから約一時間後、休む間もなく嫌いな夜の街を徘徊していた。

 

パーカーの上にコートを着て嫌いな人混みの中を避けながら先に進んでいく。

 

眠っていたミュウが不思議そうな声を出す。

 

『あれ....?家にいたんじゃなかったの』

 

「それが、遊月が帰って来ないって香月くんから電話きたの」

 

人混みから抜けて薄暗い歩道橋の下へ向かう。

 

悪い方向に連想してしまい思考は混乱して早口でぶつぶつと喋る。

 

「晶に挑んだんじゃないかな。いや挑まれた?現在バトル中とか」

 

『........焦ってる?』

 

「まさか。それはあり得ない」

 

人前で焦りを隠すことは得意だがミュウには....

 

『それは本音?』

 

「晶に見つかって八つ当たり受けて、落ち込んでいたらかなり申し訳ない」

 

『............やっぱり』

 

見透かされながら、辺りを探し回り遊月の携帯に何度も電話をかける。

 

機械の声だけが何度も耳に返ってくる。

 

通り過ぎる車のライトに目をくらませながら暗い正面を見つめる。

 

時々ライトが照らされ確認することが出来た。上で電車が通り過ぎていく架道橋の中で地べたに体育座りで座る髪の長い少女。

 

駆け足で近づくと足音に反応して少女は顔を上げてくれた。

 

「はぁはぁ....遊月........見つけた」

 

「も、桃香........」

 

呼吸を整えながら遊月の隣に倒れ込むように座る。

 

横目でしか見えなかったが顔を腕で力いっぱい拭いていた。

 

「どうして....来たのさ」

 

声が震えている。さっきまで泣いていたのだろうか。

 

ハンカチを差し出すが首を横に振られる。

 

「香月くんから連絡が来てね。遊月が夜遊びしてるから探すの手伝って欲しいって言われたの。見つかったから今連絡を....」

 

コートに入れた腕を出す前に掴まれ猜疑られる。そのまま涙目の遊月は話を続ける。

 

「香月が?」

 

「そうだよ。だから連絡を....」

 

「ダメだっ!」

 

右腕に力を入れるがさっぱり離す気配はない上怒鳴られる。

 

やはり晶と会って何かあったに違いない。

 

「........事情があるみたいだけど香月くんが心配してるよ?」

 

「いいんだ香月なんて........私の気持ちをこれぽっちも分かってくれないんだ!!」

 

目を閉じて涙を流し始めた遊月はそのままの姿勢で顔を隠した。

 

そっと背中に手を乗せ優しく撫でる。すぐに立ち上がり直立不動で遊月を見下ろす。

 

「晶に嫌な事されたなら責任は私が取る....。ごめんなさい」

 

心の底から遊月に対して頭を深く下げる。

 

許されなかったら気が済むまで殴られてもいい、罵声を散々浴びてもいい。それで許されるならいくらでも構わない。

 

心拍数が増えていく。この後の言葉を恐れ手のひらに汗が滲む。

 

「桃香のせいじゃないんだ。晶の挑発に乗せられた私が悪いだ....そのせいで花代さんが傷ついた........」

 

顔の角度を10度程上げると小さな寝息を立てる花代がカードの中にいた。

 

「だからさ顔上げてよ。責任とか取らなくていいし」

 

「........ありがとう」

 

『さっきまでどうしよう、どうしようって焦ってたけどよかったね』

 

珍しく口を開いたミュウは余計な一言を発する。

 

「この....!なんで恥ずかしい事を言うかな」

『夕方のお返し。私はひやひやしたから桃香は熱々にしてあげる』

 

「茹でたタコみたいな顔を見れて満足するならどうぞ。....ったく」

 

頭をかく動作をしながら遊月の隣に座る。

 

「桃香とミュウは仲いいよね」

 

「そうでしょ!」『どこが?』

 

「........あれ?」

 

意見が食い違い私はデッキケースからミュウを取り出す。

 

「ちょっとミュウさん?今なんておっしゃいました?」

 

『下僕とご主人様の関係』

 

「酷くなってるけど、私が聞いたのは『どこが?』って」

 

『........ぐぅ』 「狸寝入りするな。立ちながら寝れるほど疲れてないでしょ」

 

『........最低のコンビ........』

 

瞼を閉じたまま親指を立てている姿を遊月に見せる。

 

「いいコンビだよね。本当に。私もそれくらい堂々と出来たら........」

 

また落ち込みはじめた。

 

『........堂々過ぎるのもキズ。いい例が桃香』

 

「私は直進を寄り道せず堂々と進む人間なのよ。誘惑する物があったらちょっと危ないけど」

 

胸を張ったがすぐに曲がる。

 

「真っ直ぐ........」

 

思いつめた表情で握っていたカードを制服のポケットにしまい込む。

 

「桃香。香月に連絡して!」

 

決意したのかグッと左手で拳をつくると立ち上がった。

 

『............道を見つけたの?』

 

「うん!二人ともありがとう。これからも真っ直ぐ突き進んでいくよ!!」

 

間を開けて頷き感情が込めず喋る。

 

「............。元気になったならよかった。ミュウが初めて私以外の人の役に立てたから二重の意味でよかった」

 

『やっぱりサイテーのコンビ』

 

壁を背に寄りかかりながら香月くんに電話で居場所を伝えるとすぐに迎えにくるらしい。

 

「この周辺を香月くんとるうは探してたみたい。もうちょっとしたら遊月ともっと仲良くなって、あんな事やこんな........むぎゅ」

 

「だー!!何で平然と変なこと言うかなーー!」

 

手のひらで左頬を押され遮られた。

 

『女の子にちょっと敏感なの........。遊月がんばれ........』

 

「応援とかいらないからッ!ミュウも嫌にならないの!?」

 

『............』

 

『嫌でも........代わりを務められるルリグはいない............』

 

「えっ?」

 

「ミュウ」

 

遊月の腕を除けカードをしまう。

 

目を細くして前方を確かめると走りながら向かってくる香月くんとるうの小さな姿が横切る車のライトで、確認できた。

 

「か、香月達と話さなくていいの?」

 

るうと顔を合わせづらい私は逆の方に身体を回し横顔で答える。

 

「むしろ話すのは遊月でしょ?心配かけたんだから」

 

明るい空気が私の冷たく放つ言葉で変わろうとしている。

 

「ま、待ってよ!........もしかして朝るうが言ってたのって....」

 

「朝?あぁ、電車で晶の学校に行く時か....。るうは私に怯えてた?」

 

「心配してた。桃香が........桃香じゃないって」

 

グルンと髪を揺らし身体を遊月へ向き直り上目遣いで問いかける。

 

「私は『水無月 桃香』。それ以外誰でもない。急に人が変わるなんて誰にだってあるでしょう?」

 

【挿絵表示】

 

口元を緩ませ腕を遊月の頬へ伸ばす。

 

「や、やっぱりおかしい....。なんていうか....」

 

「なんていうか?」

 

篭る唇に親指が触れるとピクッと体が反応し瞳が揺れる。

 

 

 

「.............不気味.......だよ」

 

 

 

沈黙の間に香月くんとるうが向かい側から近づき息を切らしながら足を止めた直後。

 

「あははははははは!!!」

 

トンネル内に響き渡る位、腹の底から甲高く笑う。気味悪がられてる私は人目もはばからず大口で笑い続ける。

 

「いやぁ....!」

 

遊月は腕を振り解き離れる。

 

「不気味....ふふふ....」

 

三人の顔を笑いながら見つめていると、るうが前に出て来る。

 

「桃香、昨日からずっと........るうがセレクターになってから可笑しいよ!!」

 

いつもは穏やかなるうに心配される。

怒鳴られた私は一歩引き下がるが口は止まらない。

 

「じゃあ、いつもの私に戻って欲しいなら今すぐタマを頂戴?........出来ないよねえ?!」

 

「ひっ....」

 

きっと醜い表情をしているだろう。それを見たるうは小さな悲鳴を上げる。

 

今更気にすることでもないと顔の全筋肉を使い挑発していく。

 

「私はるうを傷つけさせない。でもるうがそれを拒絶する。要は信用されてないってことだよねえ?」

 

『違う!』

 

予期せぬ人物の声に驚く。

 

るうが出したのはタマ。私が知っているのは『うー!にゃあ!』と無邪気に笑っているタマ。

 

『るう、桃香、信じてる!さっきもずっと桃香の話してた!!』

 

腕を上げ説得してくる。るうは私に近付いてくる。

 

「........ねぇ桃香。説明して?何が桃香を苦しませてるの?」

 

『........うるさい』

 

「ミ、ミュウ?」

 

視線が私から腰にあるデッキケースに移動する。

 

『桃香は....大切な友達がセレクターに深く足を入れさせない為に........るうや一衣、遊月を止めようとしてるだけ........』

 

「それってどういう意味....?」

 

『詳しくは............いずれアナタ達のルリグが話してくれるはず............ペナルティを受けない範囲でね』

 

欠伸をする音が聞こえて沈黙する。

 

一呼吸済ませ私は人差し指を空に向けて立てる。

 

「このセレクターバトルというゲームを楽しんでいる傍観者は厳しくてね。言いすぎるとルリグに酷い罰が下るんだって」

 

「........桃香は全部知ってるんだ」

 

「全部とまでは行かないけど、何十回もバトルをしてれば嫌でも体験出来る」

 

「それでもやめないんだよね....。それはどうして?桃香にも叶えたい願いがあるから?ねぇ答えて!!」

 

るうに詰め寄られ両手で遮る。

 

「聞きたい?私がここまで醜い顔を晒してまで夢限少女になりたい理由?聞いて後悔したって言われても責任はとれないよ」

 

余裕を見せているが内心は恐怖に刈り取られている。

 

話せばこの関係もおしまいだから。仲良くなることは容易いが、関係をより戻すのは何十倍にも困難で不可能の場合がある。

 

 

 

「それでも............るうは」

 

『るう!』

 

タマが声を荒らげる。

 

「今は聞きたくない....!桃香は私の大切な友達、隠し事を一つ持っていてもあってもるうは気にしない。だからいつもの桃香に戻って........」

 

 

「るう........泣いてるの?」

 

「うっうっ........だってあんなに優しくしてくれた桃香が消えたみたいで........怖かったから.......」

 

「............」

 

顔を拭うるうの腕を掴み自分の顔の前に持ってくる。

 

「拳をつくって」

 

「う、うん」

 

その拳を私の左頬にぶつける。直接的な痛みは無いが心にダメージを負う。

 

「ありがと。すっきりした」

 

歪んだ笑顔からいつもの笑顔に戻しさっきの話に戻す。

 

「私の願いは誰にも理解してもらえない。聞いてしまえば不快感しか残らないから」

 

「........話したくないなら私達も無理強いはしないよ、だからいつもの桃香でいて。ね?」

 

「うん........」

 

私の両手を包み込み微笑みかける。

 

「いつもの私か........じゃあるうの胸を」

 

「それはダメ!」

 

さっきるうの手で殴った頬に手の平が素早くいれられた............。

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

『あんな約束してよかったの?』

 

夕方に来た公園のベンチに座る私に一連の流れを聞いていたミュウが呟く。

 

「いいの。るう達にあの顔は二度としないし」

 

『そう。........理解してもらえないのに友達だなんて変なの』

 

「............心の底から分かってくれる人なんていないわよ。いるとしたら心がドス黒く、脳みそが腐りきった人間だけ」

 

『ならどうして....あの子達は根っからのいい子ちゃん........』

 

「だからこそ夢限少女になる時....一人で過ごしたくないから」

 

弱音を吐くとミュウはカードを持っていた親指の下に潜り込んでしまった。

 

........砂を踏み歩く音が聞こえ反射的に顔を上げる。

 

真夜中に公園にいるのは私のみ。ベンチから少しずつ距離を置きながら真っ暗な地面を観察する。

 

足音は段々と近付いてくる。靴のつま先が見えたと同時に顔を上げる。

 

『初めまして、セレクター』

 

気味が悪い少女の声につい拳を構える。

 

外灯に照らされ姿が顕にされる。その人物に硬着状態になり空いた口が塞がらない。

 

漂う大人の雰囲気に圧倒されながら手で口を塞いで目をこすり再度ジロジロと見る。

 

「いやいや、『浦添伊緒奈(うらぞえ いおな)』がこんな夜中に外出してるなんて...」

 

同じ読者モデルの晶とは大違いの存在感にいつも気取っている私も冷静ではいられない。

 

『ごめんなさいね伊緒奈。明日も仕事なのに、すぐ済ませるわ』

 

伊緒奈はただ無言でカードに頷くだけで私とは目を合わせてくれない。

 

『アナタ桃香って言ったわね?』

 

「........どこかで会いましたか?」

 

顎に手を当て右上を眺めながら思い出す仕草をする。

 

『初対面よ。晶が休憩室でアナタの名前を叫びながら暴れてたから気になって探してたの』

 

「....人違いだったら?」

 

『もう手遅れよ。数時間前のお友達との仲直りを見ていたから....ふふっ』

 

あの現場を目撃された上ルリグに舐められている様で気が進まない。

 

『別に取って食おうって訳じゃないわ。ただお話をしたいって思ってね........』

 

「いいですよ」

 

あっさり了承した私にルリグが一瞬だけ眉を動かす。

 

『....随分素直ね。まさか私達は想定内だった?抜け目がないわね』

 

肩をすくめ首を振る。

 

「ご期待に答えられませんが、ここで頷かないと変な印象を与えると思いましてね。それに貴女方には到底勝てそうにない」

 

蛇の前にいる蛙の立場に立たされている気分になっているせいかずっと握っていたカードに汗が染み込む。

 

「話をするなら....ここは寒いし、私のマンションに行く?」

 

『あら敬語はおしまい?改まって話されるよりそっちの方がいいわ』

 

「るう....」

 

「るう?このマンションには住んでいないよ」

 

ボソリと伊緒奈が呟いたるうの名前に反応して答えるがそれから会話は続かなかった。

 

『桃香が私達を誘ってくれているなら遠慮なく乗ってあげるわ』

 

「あの、いきなりバトルは仕掛けないでね」

 

『したくなるかもよ?むしろ私はウズウズしてるわ』

 

「........」

 

どっちが誘っているのか分からなくなりマンションに向かう為歩き出す。

 

「ところでそのルリグの名前は?」

 

横に首を動かしカードに指をさす。

 

「ウリス」

 

「ウリス........よろしく」

 

『よろしく桃香、とそのパートナーミュウ』

 

『............ぐぅ』

 

「寝てた....」

 

親指をどけると身体を丸くめ眠るミュウ。その光景にウリスは薄笑いを浮かべ目を閉じた............。

 

 

 

『この出逢いは必然《後編》』end



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『この感情は偽り』

私の部屋に訪れることになった伊緒奈と一緒にエレベーターに乗っているとウリスが声をかけてくる。

 

『ねぇ、その歳で一人暮らしなの?』

 

「うん。実家から距離があるからこのマンションを借りてる。いずれ自立するから早めに経験して損は無いと思ってね」

 

『思春期真っ盛りの女の子が一人だなんて悪い大人が知ったらどうなるかしら?』

 

半目でクスクスと笑う彼女を横目で睨む。

 

「........何が言いたいの」

 

『わからないの?それはもう....』

 

タイミング良く、エレベーターの到着音が鳴り扉が開かれた。

 

『続き聞きたい?』

 

「結構です。伊緒奈、いつもこんな調子なの?」

 

「普段はこんな会話しないわ」

 

『そうよ。桃香だからベラベラとお喋りしてるの』

 

弄られてると受け取り私は部屋の前まで歩く。

 

鍵をドアノブに差し込み右に回し解除して玄関に足を踏み入れる。

 

「えっと電気は....あった」

 

慣れた感覚で壁に備えられたスイッチをオンにする。

 

暗闇だった玄関に明かりが灯り後ろで待っていた伊緒奈を誘う。

 

「お邪魔するわ」

 

「どうぞ」

 

靴を脱ぎ整える辺り、仕事でもきっちり礼儀正しく行っているだろう。

 

向かい合う形になり伊緒奈は長い髪をかきあげる。

 

「なに?」

 

「容姿端麗な方が私の部屋に来たなあって思ったの」

 

そんな下らない事と言いたげな顔を返された為、すぐにリビングへ案内する。

 

玄関から三歩で着く場所、中に入るとここも照明が消えている。

 

入って近くにあるリモコンに手を伸ばし明かりをつけた。

 

完全に気が抜けていた私は油断していた。

 

背後で待ち構えていた二人に。

 

「適当に座っ───」

 

何気なく振り返った時には遅かった。

 

床につけていた両足が浮き上がった直後後頭部、肩、後頭部に重い痛みが全身に伝わる。

 

一瞬視界が暗転し脳がパニックに陥る。

 

........この間、数十秒かかった。

 

本来照明がある天井を見れる仰向けの状態なのだが無表情の顔が遮っている。

 

抵抗しようと右腕に力を入れるが二の腕をガッチリと綺麗な手で押さえ込まれている。左も同様に。

 

ずっしりと重くを感じている太ももに視線を移そうとしたがグレースカートしか見えず諦める。

 

手も足も出ないとは今の自分の事を言っているに違いない。

 

【挿絵表示】

 

「(前言撤回....。とんでもない来客者を招いてしまったかも)」

 

『手荒な真似してごめんなさい。これからどんな事されると思う?』

 

左から耳元で囁くウリスの声。こちらから見えないが近くにカードがあるはず。

 

「脇をコチョコチョ........で済めばいいんだけど」

 

『こんな時でも(おど)けてられるのは貴女位よ。伊緒奈出来るかしら?』

 

「無理よ。見ての通り手が空いてない。片側だけでも手放したらすぐに反撃されそうだからしないわ」

 

視線が重なったまま答えていたが表情が変わっていない。面倒臭いのだろうか。

 

「それでこれから拷問にでもかけるの?こんなことしなくても、私の答えられる範囲で答えるけど?」

 

『私、目に見える傷はつけない主義なの。やるなら隠れたところを....ね』

 

ふと、昔見た不良ドラマで服に隠れた腹部を殴っているシーンを思い出す。

 

『怯えてる?それとも、どうしようもないこの状況で隙を見つけようと探ってる?』

 

「...............」

 

口をへの字にしているとウリスは薄く笑う。

 

『図星....正解みたいね。これ以上機嫌が悪くなる前に目的を教えようかしら』

 

「両腕痺れてきたから手短でお願いしますよ。ウリスさん」

 

わざわざ身体を不自由にさせたからにはろくでもない企みがあるに違いない。

 

『私と手を組まない?』

 

「嫌だ」

 

『即答か....フフフ。とーっても大切なお友達が傷ついても嫌?』

 

「どういうこと?」

 

首をなんとか起こしウリスを見ることが出来た。

 

『焦った?でも....その感情は本心から?それとも偽りの感情?』

 

「…....私が仮面でも被ってると?」

 

『そうとしか思えないわ。今日の仲直りしてる時の顔、普通の女の子が平気でするなんてねぇ。ましてや友達の前で』

 

「あれは........」

 

遊月やるう達が危険な橋を一緒に渡ってこようとしたのを阻止する為に試しただけのこと。

 

視線が逸れていた私にウリスはまだ言い寄る。

 

『あんな子達と一緒に行動している貴女に手を差し伸べようとしてるの。わかる?』

 

『お友達とつるんでいたら、いつまで経っても桃香の願い事は叶わず水の泡になってその泡が貴女の身体を包み込むかもしれないわ』

 

「あのるうって子願いもない空っぽ........庇う必要ないわ」

 

「好き勝手仰る方々ですこと....」

 

小さく舌打ちをした後、神経の感覚を握っていた右手の拳が震え爪が皮膚にくい込んでいる。

 

外側は平常。内面は怒りで満ち溢れている。

 

伊緒奈とウリスに挟まれながら心の僅かな隙間に入り込もうとしてくる。

 

怒りをぶつけバトルに持ち込んでも沸騰している今、勝算はゼロに近い。

 

そうなるとこの場は........

 

『────考えはまとまったかしら?』

 

「えぇ。ウリスのお誘いは............保留にする」

 

伊緒奈は無反応だったがウリスは予想外だったのか少し間を空けて喋り出す。

 

『へぇ危険な橋を後ろから渡って来てるお友達を突き放すの?』

 

「冗談を。横から突風が襲ってきたなら手を掴んで引き上げる。大津波なら抱きしめて意地でも皆を救う。それくらい硬い意志がウリスのお誘いで柔らかくなったなら........完全に屈服した証よ」

 

『そう。ますます気に入った....。真っ黒な心で腐っているはずなのに、まだ希望を求めてる。掴めもしないのにねぇ!』

 

「実行してみないとわからないよ?」

 

『そのクソッタレで能天気な思考をする脳みそ、今すぐ抉り出してぐちゃぐちゃに握り潰してやりたいわ........そうすれば汚い部分だけ残るから』

 

本人は楽しげだがこっちから聴けば、不気味な笑いでしかない。

 

余韻を残しながらウリスは伊緒奈に拘束を止める指示をする。

 

ようやく開放されたが長く同じ姿勢でいたからすぐには立ち上がれずにいた。

 

上体だけでもと起こし顔を上げるとカードを持ちリビングの扉前で立ちつくしてながら私を見下している伊緒奈とウリス。

 

道化師(ピエロ)さん。今日は楽しかったわ。気長に返事を待ってるから。決心がついたらこの番号に掛けてね。一緒にやれることを期待してるわ』

 

「ご丁寧にありがとう」

 

メモ紙を床に落とし手に取る。

 

『近いうちにとっても心躍る催しを開くからその時までお友達以上の関係になれるのを期待しているわ........』

 

「握手会やサイン会なら手ぶらで行って私が騒ぎを起こしてやりたいくらいよ」

 

『伊緒奈誘ってあげるといいわ。興奮している桃香が見れるいい機会よ』

 

「検討しておく」

 

『あぁ、それと。私は願いを叶える途中のお友達には手を出さないから安心して』

 

 

皮肉混じりの発言に納得はしたが理解できず、妙に引っかかったまま頷く。

 

節々の痺れも取れ立ち上がり腰を左右に動かす。

 

喋り足りないのかウリスがまた口を開く。

 

『桃香夢限少女の仕組みはとっくに判ってるわよね?』

 

「三回バトルに勝ったら、ルリグと意識が入れ替わる。叶えるのはルリグの方って事でしょ」

 

『この際願いを教えて。お友達に言いふらさないから』

 

「あのね人に聞く前にそっちの───」

 

「私より強いセレクターのルリグになる」

 

本人口から力ない声で瞬時に返答され戸惑う。

 

「わ、私は弱いから含まれていないよね」

 

「どうかしら」

 

「焦らすタイプか....今までいなかったから接しずらい........親睦を深めれば仲良くなれそうだけど。どう?」

 

手をワキワキしていると顔を背けられた。馴れ合う気はさらさらないらしい。

 

『答えたわ。次は桃香の番』

 

このまま水に流して帰宅してもらえるかもと、ミジンコ並の希望を抱いていたがあっさり探られた。

 

降参の格好を取り下ろして腰に手を持っていく。

 

ミュウにしか打ち明けなかった私の願い。ウリスは薄々気づいているが本当の答えを知りたくてしかたないはず。

 

だからこそ、私の前に現れ探りを入れた。

 

目を閉じると、夢で見たあの女の笑顔が脳裏に浮かび上がってきた。

 

「私の........願いは」

 

 

喉を軽く鳴らして思い口を動かす。

 

 

「実の姉に........いやあの女の人生を終わらせる」

 

 

 

 

瞼をゆっくり開けた。目の前にはカードを突き出され瞳に映し出されたのは正真正銘最低の笑顔で嘲笑うウリスだった............。

 

 

 

 

 

 

 

・・・

 

伊緒奈達に出会ってあっという間に数日経った。

 

るうは晶に呼び出されそこで伊緒奈と初対面を果たした。何を言われたのかわからないが約束通りバトルをしていない。

 

ほっとするつかの間、私は今日までセレクターと三回対峙してきたが敗北していない。

 

同じ橋を渡ってくる者を阻止するには先行し道を経てばいい。そうすれば引き返ざる得ない。

 

その結論に至った私はセレクターバトル前に『負けたらルリグカードを貰う』という条件を提示するようになった。

 

負けた者から蔑まされたが良いように捉え続けている。そしてこの行動がある名称で呼ばれ始めてきてる。

 

『セレクター狩り』

 

SNSでは小規模だが噂が広がりつつある。

 

他の街でもカードを集めている少女がいるらしく私より先に活動していた。

 

(無意味にそんな行動はしないはず。目的が何か知らないけど同じ立場の人がいるなんてね....)

 

『桃香、桃香』

 

黙々と考え事をしていた私にデッキケースから名前を呼ばれ口を曲げながらミュウを取り出す。

 

「お花摘みに行きたいの?」

 

『違う........。今日るう達遊ぶ約束してて、待ち合わせ場所どこだったけ』

 

「犬の銅像が目印の駅前でしょ?............」

 

「はっ」と周りの景色を見渡してみる。

 

無意識なのか意識していたのか、いつの間にか人気の無い廃工場の裏に足を運んでいた。

 

携帯を出し時間を確認しまだ待ち合わせには十分程余裕があり安心する。

 

休日の今日るう、遊月、一衣と街を巡る約束をしていたが上の空で一人フラフラしてしまっていた、

 

「危ない危ない。折角のデートに遅刻するかと思った」

 

『男がいないのにデートなの?............まさか』

 

「男はいなくても獣はいるじゃない。このわた『早く戻ろう』

 

調子が狂いながらも引き返すべく振り返った。

 

『待って』

 

「どっち!?ゴーなのかステイなのかハッキリしてよ」

 

カードに叫ぶがミュウは神妙そうな表情を浮かべたと思えば目線が合う。

 

『............近くでセレクターバトルが始まってる』

 

 

 

・・・

 

 

現場に駆けつけた時にはバトルフィールドは閉ざされ決着が着いていた。

 

「一衣!」

 

公園の地面に膝をつき顔を伏せた一衣に後ろから駆け寄り肩を揺らす。

 

返事は返ってこない。身体から力が抜け下から表情を伺うと目を閉じて気を失っている。

 

この現場を何度か目撃してきた私はすぐに理解した。

 

一衣はバトルに三回負けセレクターの資格を失った。

 

すぐ近くに散らばったカードに手を伸ばしルリグを拾い上げる。

 

「確か一衣のルリグは緑子....。でもカードの中には誰もいない」

 

『また会ったわね道化師(ピエロ)さん』

 

散らばったカードを気にすることなく踏みつける黒のブーツが視界に入り、顔を上げる。こんな事を平気でやり皮肉を込めたあだ名で呼ぶのは....。

 

「伊緒奈........それにウリス」

 

ゴミを見る目で見下してくる伊緒奈とパートナーのウリス。

 

『もしかしてお友達だった?前の現場で見かけなかったから知らなかったわ』

 

口元に手を当て静かにクスクス笑いながら一衣を見つける。

 

『でも約束は破ってないわよね?伊緒奈』

 

「えぇ、願いを叶える"途中"では無かった」

 

反省の色を見せるどころか開き直っている姿に鼓動が高まっていく。

 

「一衣の願いを知っててやったの........?」

 

怒りを抑えながら立ち上がり伊緒奈の前に立ち睨みつける。

 

 

『知っているも何も、彼女は私達がしたいって言ったら快く引き受けてくれたわ。....そういえば、バトルしてる最中ルリグと『夢限少女にならなくても願いは叶ったから』って言ってたかしら?』

 

ウリスの問いかけに伊緒奈は小さく頷く。

 

『でも悪いのはバトルで負けたこの子自身よねぇ?そうは思わない桃香?』

 

「このッ........!」

 

『ダメッ桃香!!』

 

ミュウが声を上げたがそれ以上に怒りが爆発し伊緒奈に向かって右腕を振りかざす。

 

が、あっさり受け流され、お返しにと言わんばかりに水落目掛け左膝を入れらる。

 

「ぐっ!............っうぅ」

 

『桃香!桃香!!』

 

胃に残っていたものが喉まであがってくるが手前で留めることが出来たが、一時的呼吸困難に陥りそのまま膝をつけ腹部を押さえつけながら歯を食いしばる。

 

下を見ていた私の前に伊緒奈がしゃがみ前髪を掴まれ無理矢理顔を上げられた。

 

『大丈夫じゃないわよね?フフ....』

 

心配なんて微塵もしてないウリスは人差し指を立てる。

 

『伊緒奈に殴りかかろうなんて無茶するわね。やっぱり悪い大人が襲ってきたらメチャクチャにされるわよ。も・も・か』

 

「そ........その、下衆な........こえで....名前をよぶな........ぁっ」

 

『この声は生まれつきでしてね。申し訳ない。なんてね』

 

人の台詞を取るなと言いたかったが優先すべきは息を整えること。

 

そんな事を許す訳もなくウリスの紅い瞳と目が合い悪戯を考えた子の様に薄く笑う。

 

『その殺してやりたいって目いいわ........趣味じゃないけど、もっとしてあげなさい』

 

『やめてウリス!ウリスッ!!』

 

『アナタは桃香の悲鳴を耳を澄ませてよおーく聴いてなさい』

 

ミュウの声は届かず、無慈悲にもウリスは伊緒奈に同じ事をさせる命令を下す。

 

「っ!.....やめっ.....」

 

暴れたくても痛みが引かない身体では抗えず、水落に握りしめた拳を添えじわじわと入っていく。

 

『ほらほら腹筋に力入れないとズブズブ入っていくわよ』

 

「っっ!ぁあああ!!!」

 

『やめて........やめて........』

 

大きく開けた口から唾液が零れ始める。気を紛らわす為、目を見開き空を見つめているが全身を伝わる裂ける痛みしか脳裏に焼き付かない。

 

視界を閉ざしても襲って来る苦痛と自分の情けなさい悲鳴が悲痛となって返ってくる。

 

反抗出来ず二人にされるがまま私は数秒後伊緒奈の左肩にもたれかかってしまう。

 

『ゆっーくりしてあげたのに呆気ない』

 

「弱いわね貴女....」

 

耳元で伊緒奈が囁きながら拳を拡げて頭を撫でる位の力で水落を摩ってくる。ピクッと反応すると二人に鼻で笑われた。

 

「............」

 

視界が定まらず虫の息の自分に絶望する。

 

小刻みに震える私の右耳からウリスの声が聞こえる。

 

『憎む感情だけを剥き出しに戦ってればいいのよ。一々お友達の甘ったるい優しさに浸る必要なんかない。だから私と手を組みなさい』

 

「.........だ.......ま」

 

『お姉さんを破滅に追いやりたいって言うのは嘘だったの?やっぱりお友達が一番?』

 

「黙れ....!」

 

伊緒奈の手からウリスのカードを奪い取る。

 

「私の願いに首を突っ込むな、大切な友達に手をかけたクソッタレが....」

 

『クソッタレ....フッ、子犬みたいにプルプル震えながら言う子の台詞かしら』

 

血が滲むほど唇を噛みしめていると伊緒奈に突き剥がされてしまった。

 

「人が来たら面倒ね....ウリス帰りましょ」

 

「まて!っ....」

 

尻餅を着いていた身体を起こそうとするが痛みが酷くすぐには立ち直れず、そのままの姿勢で伊緒奈を呼び止める。

 

「この間るうに会って何がしたかったの....」

 

「率直な感想を述べたまで........願いもないのにセレクターだなんて冒涜って」

 

「願いがないのに選ばれたあの子の気持ちを分からないくせに偉そうな....!」

 

「そんなの知ったところでどうなるの?貴女みたいに庇えば理解出来るのかしら」

 

冷たく言い放たれた言葉に言い返せず視線を下に逸らす。

 

「自分でも理解してないのによく守るなんて言えたわね........」

 

『吠えさせておきなさい。自己満足に浸りたいみたいだから........道化師(ピエロ)さんまた会いましょ』

 

小さく鼻を鳴らして伊緒奈は長い髪をかきあげ横を通り過ぎ立ち去っていった........。

 

『しっかりして桃香!桃香ッ』

 

今にも泣き出しそうな声でミュウは呼ぶかけてくるが発する気力がない。

 

取り残された私と気を失っている一衣の元にるうと遊月の呼ぶ声が遠くから聞こえてきたが動く事が出来ずただ硬着していた........。

 

 

 

・・・

 

一衣が目を覚ましたが三回負けた代償に私達と今まで過ごしてきた記憶が全て欠落していた。

 

るうが腕に触れると一衣は痛みを訴え怯えたまま姿を消した。

 

ようやく遊月は花代にセレクターバトルの真相を全て問いただした。

 

セレクターバトルの裏側を聞かされた二人は信じられず戸惑う。

 

憔悴しきった遊月は私の両肩に手を乗せ頭を下げる。

 

「桃香はこれを恐れて私達にセレクターバトルを降りろって言ってたんだよね........ごめん」

 

るうも申し訳なさそうにしていたが私は怒りをぶつけるほど余裕は残っていなかった。

 

お腹を擦るとチクリと痛みが走る。

 

「今日は解散しようか」

 

ぎこちなく笑顔を作り遊月と別れた。

 

気落ちしているるうと一緒に歩くが空気がどんよりと重く息苦しい。

 

このまま帰るのは耐えきれず最寄りのファミレスに立ち寄った。

 

 

 

「................」

 

テーブルに置いたタマのカードを無言で見つめ続けている。

 

『るう....』

 

「ねぇタマは知ってたの?」

 

『........タマ色々わかんない。頭のとこに真っ白のがあってわかんない....』

 

タマの向かいにいたミュウは不快そうに喋る。

 

『だから言ってたじゃない、桃香がカードを渡せって。その忠告を無視した自己責任』

 

痛い所を付かれた二人はさらに沈んでしまった。

 

「ちょっと....」

 

間に入りベラベラ喋るカードに手を乗せようとするがミュウに『邪魔』と言われ遇れた。

 

『大体願いもないのに止めない理由は何?タマみたいにバトルがしたいから?それとも流行りに「あー!お腹痛いからお花摘みに行ってくる!」

 

我慢出来ずカードを持ち出しトイレへ駆け込んだ。

 

無人の個室の鍵を締めて立ったまま人差し指をカードに押し付けグリグリ回す。

 

「きょーうはとっても喋りますね?初雪でも降るのかな?」

 

『ふん....あの子達が大人しくカードを渡せば桃香は怪我せずに済んだ。それを考えたらむしゃくしゃした........』

 

「るうと遊月、一衣は悪くない。これはカードを奪えなかった私の甘さが招いた結果よ」

 

『虫唾が走る』

 

「は....?」

 

腕を組み不快そうな顔をする。

 

『虫唾が走るって言ったの。友情なんて脆くて簡単に引きちぎれる柔い関係。友達がいるから願いが遠いてるんじゃない?』

 

「........るう達を悪く言うな。私になら好きなだけ毒を吐いていいけど」

 

ミュウは喋り終える前に横になり髪で顔を隠した。

 

驚きの一面を見て内面は少し戸惑いと疑問が巡り回る。

 

(ミュウがあんなに怒ってるのは初めてね........。ルリグになる前友達に嫌がらせを受けていたとか?)

 

深い事情があるにせよ、るうの所に戻って謝らないと....。

 

鍵をに手をかけた直後外から話し声が聞こえ留まる。

 

「レッツ連れション♪」

 

(下品な言葉、この声........晶か)

 

何故晶がこの場に居合わせているのか分からないが今出ていくと面倒になるはず。

 

もう一つの別の足音がトイレに入ってきた。

 

「ね、ねぇ晶さん」

 

るう!?........晶にこのファミレスにいるのが見つかり連れてこられたのか。

 

撮影事務所がここから近いとネットで目にしたがまさか伊緒奈と晶の所属だったとは。

 

そうなると伊緒奈が一衣にバトルを挑んだ訳も分からなくもない。単なる偶然か狙っていたのか真意は不明だけど。

 

ひとまず考えるのを中断し、耳を扉に押し付け向こう側の会話を盗聴する。

 

「............二度と友達が出来ない位ねぇ?」

 

「どうして、それを........」

 

晶が口調を変え歩み出す。入ってきた扉へ足を運んだのだろう。

 

「だって戦った時見たもん、あの子の願い。元々ハイパーボッチだったもんねひっとえって」

 

「るうもよかったじゃんあんなもっさい子と友達なんて。るうるうも苛められちゃうよぉ?」

 

(まずい....晶は挑発して初心者のるうを潰そうとしている)

 

爪を噛み向こうで行われているやり取りを聞き続ける。

 

「ひっとえだってさ身の程知ったと思うよ?無理だもんもじもじして気持ち悪いもん」

 

「友達が二度と出来ないくらい大した事ないもん」

 

「大した事じゃない....」

 

るうが復唱すると晶は「そうそう」と半笑いで答える。

 

「訂正して」

 

怒りがこもった発言をし数秒間が開くがすぐに晶は挑発する。

 

「やだぁもんもん☆」

 

「訂正して!」

 

(今だッ)

 

タイミングを見計らい扉を足で壊れる位の勢いで蹴り二人の前に姿を現す。

 

「いやぁ扉壊れてて蹴ったら出られたよ~。あれ晶さんじゃないですか?もしかしてトイレでメイクしに来てましたか?」

 

目を丸くする二人。一瞬睨まれたが晶はいつもの調子に戻り腰に手を当てる。

 

「モーモーもいたんだぁ。もしかして長くいたのって便秘かな?」

 

「モデルがそんな下品な言葉を使うのはちょっと引きますね........。あぁ、伊緒奈よりも劣るからしかたないか」

 

「あ?....今何つった?」

 

晶の前に立っていたるうを手で横にどけ私の前に立ちふさがる。

 

「図星?それとも本当に聞こえなかったならもう一度おっしゃいますか?」

 

薄笑いで晶を見つめる。

 

「"浦添伊緒奈"よりお下品かつ上品さが足りないから劣るんですね」

 

「っ!!」

 

案の定逆鱗に触れ晶は私の胸ぐらを掴みながら眉をピクピクさせる。

 

「誰が誰に劣るだってぇ?」

 

「難聴ですか。ならいい病院紹介しましょうか?精神も不安定だからそっちも........」

 

「調子に乗るじゃねぇぞ阿婆擦れッ!!!」

 

後ろの壁まで押し付けられるが苦痛の表情は見せずあくまで余裕の素振りを見せる。顔が歪んでいるに違いない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「人の事言えないでしょ。さっきまでるうを挑発してた人が」

 

「そこのブスはどうでもいいんだよ。今はテメェにムカついてんだ!!この間と言い、何偉そうに喋ってんだ!!!あぁ!?」

 

やはり以前も伊緒奈をやたら毛嫌いしている様子があったから名前を使ってみたが正解だった。

 

唾が顔にかかる勢いで罵声を放つ晶の矛先をこちらに向いたので更に煽りバトルに持ち込むまで続ける。

 

「伊緒奈が数日前私のマンションに訪ねてきて、動き見てたけどやっぱり売れるモデルと売れないモデルの差ってのがよく分かりましたよ」

 

「うるせぇ!その口トイレットペーパーで塞ぐぞッ!!」

 

「雰囲気に飲まれてバトルなんかしたら勝ち目ない。でも目の前にいる人はなぁ........余裕だろうね」

 

「上等だ!その減らず口を塞ぐついでに赤っ恥かかせてやんよ!!」

 

手を離してピルルクのカードを突き出す。

 

「その前に条件があるんだけど....。あ、どうも」

 

ピルルクに手を振るが無表情で微動だにしない。

 

「私が勝ったらピルルク渡してくれない?」

 

「バカじゃねぇの?」

 

「じゃいつも通りのバトルで....。ミュウ!」

 

『話は聞いた........ここだと人の出入りが激しいから移動しましょ』

 

あれだけの騒ぎで寝ていたら驚きだったがしっかり起きていた。

 

晶が先に出ていくのを確認して後を追う。

 

「も、桃香どうしてあんな条件出したの?」

 

ずっと晶の後ろで話を黙って聞いていたるうに服の裾を取られる振り返る。

 

「セレクターを無くす為」

 

「そ、それじゃ遊月やるうにも........」

 

「いずれその時は来る。私だって二人にしたくないけど........セレクターを止めさせるにはそれしかないの」

 

「桃香........」

 

「晶に怒鳴られる前に早く行こっ」

 

塞ぎ込んだるうの腕を取り急いで外に出た............。

 

 

・・・

 

 

ファミレスからかなり離れた薄暗い歩道トンネルに辿り着くと怒りの火が消えない晶は離れた距離でカードを前に突き出す。

 

「早くしろ!ギッタンギッタンにして泣き顔拝めてやるからよ!!」

 

「モデルって普通の人が嫌がる趣味を持ってるね」

 

同様にカードを見える位置に出し息を吸い込む。

 

 

「「オープンッ!!」」

 

 

トンネルに声が反射して響き激しい光がこの場にいた者を包み込んだ............。

 

 

 

『この感情は偽り』end



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『この決断は誤謬』

────バトルフィールドが展開する空間で晶と桃香の交戦が繰り広げられていた。

 

緊迫した空気の中るう子とタマは傍観者の立場で高い位置から二人の戦いを見届けていた。

 

 

「ちょいちょいちょい! あれだけ気取ってたクセに弱っちいじゃねぇか!!」

 

遠く前方にいる晶がバトルフィールドテーブルから身を乗り出し高笑いする。

 

「モーモーが負けたらぁ泣きながら土下座してくれるんだよねぇ?」

 

「............」

 

「うーん? 耳に垢が詰まってるのかなぁ? 返事が聞こえないよ~」

 

私はテーブルの上で背を向けて立つ実体化した全長15cm程のミュウへ首を下げると溜息を漏らした。

 

『........もうおしまいね』

 

「やっぱりか....どうしよう」

 

『知らない........』

 

素っ気ない態度にこっちまで溜息を漏らす。

 

手札からエナチャージを済ませグロウフェイズに入る。

 

「ミュウをレベル4へグロウ。メインフェイズ、シグニを三体場に出してエンド」

 

シグニゾーンに出したレベル2『幻蟲 ミンミン』三体のカード効果を見直す。

 

(このカードが場を離れた時、相手のトラッシュカードを一枚利用して、相手のシグニ一体を[チャーム]に出来る)

 

私のデッキのクラスは『精生:凶蟲』で構成されている。

 

ミュウが扱う凶蟲は仲間を犠牲にし召喚する効果があるせいか、周りの人達はあまり使わない。

 

(こっちから言わせれば損してるとも言えるけど....)

 

「晶のターン♪ ピルルクたんをレベル4にグロウしてぇ........」

 

やたら貯めてから晶はテーブルに行儀悪く足を乗せ首に手を回し一枚のカード名を宣言する。

 

「勝ちは見えてるけど『ピーピング・アナライズ』使っちゃおうかなぁ」

 

悪戯を閃いた表情の前にアーツカードが宙に舞い光の粒となって散っていく。

 

「このカードは相手の手札のカードの数字を宣言して、その数字のカードがあったら捨てさせるって効果なんだけどぉ。 ピルルクたんは更におまけで........相手の願いも覗けちゃうんだ♪」

 

「晶さん! 桃香の願いを見ないでッ!!」

 

「うっせぇ! お前はそこで大人しく負ける姿を指をくわえて見てろッ」

 

高い位置から私達のバトルを見守っていたるうは能力を知っていた。

 

声を張り上げ止めるよう説得するが晶は全く聞き耳を持たない。

 

その後、レベル4を指定されたが手札には一枚もなく不発に終わる。だが、それが目的で発動したわけじゃないのは十分承知の上。

 

「さぁてどんな願いを持ってるかなぁ?ひっとえみたいにモッサイ願いだったらウケるけど!!」

 

晶の傍にいたピルルクの瞳が青く発光し瞬く間に光は消滅した。

 

 

『あの子の願い....』

 

 

るうには知られたくなかった。この時が来るのはわかっていたがこんな拍子で

願いが公開されてしまうとは........。

 

そんな気を知らないピルルクは願いを口走る。

 

 

『姉の人生を終わらせる』

 

 

「っち....」

 

「........うっそ!? お姉ちゃんを殺したいの?ねぇねぇ!!」

 

何が楽しいのか腹を抱えて笑う晶に不快感を抱く。

 

「人の事を上から目線で語ってた人がお姉ちゃんを殺す? コッワー☆通報しなきゃ~♪」

 

『晶アタック命令は?』

 

「んなもんしなくても晶の勝ちは決定。 次のターンでバーンしちゃうし☆........モーモーの泣き顔見て勝てるとかアキラッキー☆」

 

アタックもせずエンド宣言をした直後、「クスッ」と笑ったミュウは私にしか聞こえない声量で呟く。

 

『終わった........』

 

「そうね。────私達の勝ちで」

 

 

【挿絵表示】

 

 

勝手に勝利を抱いている晶に対して、これみよがしにルリグデッキから一枚のカード名を呼ぶ。

 

「『黒幻蟲 アラクネ・パイダ』召喚」

 

「願いを見られて頭おかしくなったぁ?かわいそールリグデッキから召喚なんか出来るわけ........」

 

『最近追加されたシグニ、ルリグ以外に[レゾナ]がある。今はあのクラスだけにしか存在しない....』

 

「........はぁ? ピルルクお前分かるの?」

 

ピルルクが晶に説明する中私は出現条件である『シグニゾーンにあるレゾナ以外の[凶蟲]シグニを二体トラッシュに捨てる』を済ませる。

 

「トラッシュに捨てたミンミンは場を離れた時相手シグニにチャーム効果を付与する。....二枚だから二体をチャーム」

 

『コードアート I・D・O・L』と『コードアート O・S・S』を指定する。

 

「効果はまだあるよ。レベル4のミュウの常時効果、シグニ一体のパワーをターン終了までマイナス7000。そのシグニは2000....わかるよね?」

 

晶の右手側にいたシグニカードはガラスが割れた様になり細かく散った。

 

散ったカードの向こうで顔を真っ赤にして乗せていた足をピルルクの真横で響く程の力で振り下ろす。

 

「クソッ!!まだ、まだ私のライフは3つある!それに比べ桃香は1つ!どっちにしろ次のターンで........」

 

「何か勘違いしていない?」

 

「あぁ? まさか、まだレゾナが出し足りないとか抜かすんじゃねえだろうなぁ!?」

 

手札から空いていた真ん中へシグニを召喚する。

 

「ええ、そのまさかよ。 このままアンタみたいにエンドすると思った?........ルリグデッキからレゾナ『黒幻蟲ムカデス 』を召喚!」

 

左側にムカデスのカードがスライドしていく。

 

召喚条件はアラクネ同様で場の二体のシグニをトラッシュに捨てる。

効果は異なり、捨てた二枚のレベルを合計した数だけパワーマイナス2000、相手のシグニ一体対象に出来る。

 

ミンミンはレベル2、 幻蟲オオマキリはレベル4。

 

合計6でパワーはマイナス12000。

 

『コードアート I・D・O・L』は対戦相手より手札枚数が三枚以上多い場合パワーが18000になるやっかいなシグニ。

 

今は二枚差しかない。本来の12000の為バニッシュされる。

 

ミュウのマイナス7000効果は場に一体だけ残る『コードアート A・S・M』が対象にされる。

 

15000から8000に下がった正面にパワー10000の『幻蟲 Sソルジャー・アント』を召喚する。

 

「バトルフェイズに入るけど晶さんは勿論、反抗しますよね?」

 

 

アラクネの効果で優先的に晶の場にいたチャーム付与のシグニがバニッシュされガラ空きになる。

 

序盤に散々アーツを使い果した晶のルリグデッキには残されたカードはゼロ。知っていながらワザと安っぽい挑発をする。

 

テーブルに足を乗せていた筈がいつの間にか地面に足をつけ晶は自分の髪をぐしゃぐしゃに両手で一心不乱に乱す。

 

「なんでだよ....! そんなカードがあるなんて聞いてねぇぞ!!!」

 

『ウィクロスを宣伝してるのに知らなかった自分のせいでしょ。私は知ってたけど』

 

「じゃあ教えろよ!!テメェも伊緒奈も澄ました顔を決めてねぇでよ!!」

 

モデル雑誌で伊緒奈と一緒にウィクロスを紹介しているが深くまでは調べていなかったらしい。

前のターンまでの余裕はどこにいったのか。浮き足になりピルルクに当たり始める。

 

溜息しか出ない。何も発動しないようなのでバトルを再開する。

 

「(ライフクロスに地雷が無ければ終わりね....)アラクネでライフクロスにアタック!」

 

『あの様子........もう負けを見せているも同然............』

 

こちらからミュウの表情は身を乗り出さないと見えないが、呆れきっていることだろう........。

 

 

 

最後の攻撃を終え、残ったのは敗北者の怒り狂った叫び声だった。

 

 

・・・

 

 

あの空間から意識が戻るや否や身体にとんでもない衝撃を受ける。

 

「なっ!?(晶にタックルされた?!)」

 

コンクリートの地面に何とか受け身をとったが天井へ体を向けると晶が素早く下半身に跨り、激昂した顔が嫌でも視界に入る。

 

「........私に跨って今度はリアルバトルでもしたいの?」

 

「ヒヒヒ....お前今日伊緒奈にここを殴られたんだってなぁ?」

 

狂気じみた笑みで腹部にそっと手を乗せ撫でられる。

 

嫌な記憶が蘇り(しか)め面で跨ぐ身体を押し倒そうとしたが、

 

「休憩室でウリスと話してるの聞いてよぉ!!」

 

「がはっ!!」

 

「....晶!?桃香から離れて!!」

 

意識が戻ったるうもこの状況にすぐさま反応する。

 

痛みが引かない水落に拳が何度も、何度も重くのしかかる。歯を食いしばり手のひらで何とか衝撃を受け止めるがすぐに手のひらを通して伝わってくる。

 

まだ殴ろうとする腕をるうは後ろから体で押さえるが力負けしてしまう。

 

「おらおらっ!!こんな風にされたんだろ!?やめて欲しかったら「許して下さい」って泣きながら言えよ!!!」

 

「......の.............た.....」

 

ピタリと殴るのを止め私の胸元を掴み上体を無理矢理起こされる。

 

「聞こえねぇよ!はっきり言え....」

 

痛みに耐えながらゆっくりと口元を緩ませ、

 

「............伊緒奈の方がまだ........上手だった」

 

「────っ!!」

 

「やめて!!」

 

横からるうはタックルをし晶を壁まで吹き飛ばし私の手を取り何度も名前を呼ぶ。

 

晶も背中を痛めたのか蹌踉(よろ)めきながら立ち上がりブツブツと伊緒奈の名前を言い続ける。

 

「ぜってぶっ倒してやる........伊緒奈........」

 

足音が次第に聞こえなくなるのを確認して力が抜け仰向けで真っ暗天井を見上げる。

 

(ミュウが起きてたら自業自得の馬鹿って言われてた所だった。........でもるうに被害が無かっただけこの行動は間違いじゃない....はず)

 

(一衣が私達との思い出を全部忘れ、傷が治ってない腹を二度殴られるは、願いはバラされるし最悪の一日だほんと....)

 

他人のルリグを奪った代償に災難に見舞われたと咄嗟に考えたが思いこみすぎと頭を振る。

 

「桃香救急車呼ぶから待って....」

 

返事をしようにも喉から声が出せず首を横に振り拒否する。

 

それでも呼ぼうとするるうを私は右腕を振り元気アピールをした。

 

ズキッと痛みが走りまた心配された。

 

「しばらく........休めば大丈夫」

 

手を取り握りしめ微笑みかける。

 

「............わかった」

 

冷たいコンクリートから座り込んだるうの太ももに頭部が乗っかり笑みを浮かべる。

 

『桃香。どうして晶に伊緒奈の事........』

 

るうがポケットから出したタマは唖然とした顔で疑問を口にする。

 

一分間呼吸を整え渇いた口を動かす。

 

「つい挑発する癖が....この後に及んでも残ってたみたいで....ね」

 

「なんで....いつも桃香は一人で行動しちゃうの!危ないって分かってるのに」

 

「........誰かに手を借りれるわけないじゃない。私の願いを叶えるために協力してって言われて頷ける?」

 

晶を通して聞いた願いを思い出した二人は複雑な表情で視線を逸らす。

 

「その反応が当たり前よ。世間の人達だって絶対同じ反応するから二人は正常」

 

「お姉ちゃんと何かあったんだよね........その願いを変えられる方法はないの?」

 

「万が一姉がもう死んでいたならセレクターを降りる。一人で逃げ出した臆病者だからそこら辺でくたばっててもおかしくないけど」

 

心配そうな表情からタマはパァと何か閃いた表情でこちら向ける。

 

『それなら、るうの願いで桃香の願いを無くせば』

 

「邪魔する気?そんな事したら........」

 

るうの顔の前にあるタマのカードを人差し指と親指で挟み拗じり曲げる動作をする。

 

カードを破られれば二度とカードから出ることも存在する事も許されない。

 

それらの恐怖に刈り取られたタマは小さい悲鳴を上げる。

 

「離して!!」

 

るうにバシッと手を叩き落された。

 

『ごめんなさい....ごめんなさい....』

 

「タマ大丈夫だから泣かないで........。私もどうすればいいのかな........わかんないよ」

 

万全とは言い難い身体を起こし立ち上がりるうに背を向けて言い放つ。

 

「私の件はともかく、ミュウも言ってたけどこれはるうの自業自得だよ」

 

橋を渡るなと言い聞かせたのに無視をして渡り始めたるうが悪いが、まだ戻る事は出来る。

 

「この件から手を引いて」

 

振り返りスッと手を差し出すとるうの表情にまた曇りがかかる。

 

一筋縄ではいかない事は十分承知だが何故ここまでタマにこだわるのか理解に苦しむ。

 

「別に渡したからってタマに会わせないなんて言わないよ。預かる形になるだけだからさ」

 

『桃香........タマは』

 

タマは顔を腕で拭い震える声を抑え喋る。

 

『タマは........るうと一緒に話すの楽しい。バトルも一緒だともっと楽しい!』

 

「バトルが楽しい....?」

 

『『私達からカードを奪う目的でバトルして楽しいの!?』』

 

以前バトルしたセレクター言われた苦痛な叫びが言葉に反応して脳裏に浮かび唇を噛み締める。

 

本来のバトルはオリジナルの戦略を立ててただ純粋に勝ちを目指すシンプルな物。

 

セレクターバトルは違う。相手より上回るには高額なカードを何枚もデッキに加え勝利のみを目的にしたバトル。そんなものが楽しいかと問われたら全然楽しく無いだろう。

 

それなのにどうしてるう達は楽しいって言える?

 

ウィクロスに関して初心者丸出しのるうが。

 

 

あの疑問を投げかけた人物に私は迷いなく不気味な笑顔で答えた記憶も残っていた。

 

『『相手をなぶり倒せたって実感があって楽しいに決まってるじゃない。実体化したルリグと心を通わせて戦える。これ以上に最高のバトル他では体験できないよ』』

 

ドクン

 

胸が急に締めつけられる。

 

自分の胸を押さえつけるが気分が悪くなる一方で耐えきれず顔を背け後退りしこの場から全力で逃げだした。

 

 

後ろで何度も「まって!」と叫んでいた気がしたが振り返る事はなかった........。

 

 

・・・

 

『その感情は本心から?それとも偽りの感情?』

 

ウリスの言葉通り私は仮面を被りながら生活していたのかもしれない。

 

日常生活では、なに違和感の無いただ平凡の女子中学生の顔。

 

セレクターバトルではその顔が取れ醜い本性を曝け出す。

 

「友達と願いの両立は無理なのかな....」

 

帰宅してすぐにソファーで横になり天井を仰いでいた。

 

顔の上に腕を置き暗闇が視界を包み込む。

 

『............闘う為に戦うんじゃなかったの?』

 

「そんなの....分かってる」

 

デッキケースから喋っているはずなのに耳元で話されている感覚になり心が不安定になる。

 

ミュウは声を低くし言い続ける。

 

『いい加減に覚悟決めたら?友達を選び願いを諦めるか、友達を捨て姉を殺すか』

 

二つの重い選択肢が更に胸を締めつける。

 

「両方」と答えればミュウに失笑されるに違いない。

 

顔を覆っていた腕を高く伸ばすと照明の光が手のひらの上で光を浴びる。

 

「目の前に光があって私はそれを掴み取りたい」

 

『るうのこと?』

 

「汚れきった心が洗われる気持ちになるから私はるうが大好き」

 

「るうは何があっても侵食されない心を持ってる。私とは大違いの心をね」

 

『それで桃香はどちらの道を行くの............』

 

目を閉じると分かれ道を前に立ち尽くしている私がいた。片方は暖かい光が降り注いでいる。きっとこっちが正解だ。

 

『『情けない。哀れすぎて涙が出そうだわ』』

 

もう一方の入口でどす黒い人影が嘲笑う。

 

『『姉を殺すってあれだけ意気込んで何人ものセレクターを足場にしてきた癖に善人になるって....』』

 

影は腹を押さえ笑いを堪えている。

 

『『お友達に助けを求めても無駄よ、だって貴女は....』』

 

次の言葉に恐れ私はその場に蹲り両耳を手で塞ぐが影の声は脳内に響き渡った。

 

『『"罪人"だもの』』

 

・・・・

 

────約一週間後

 

スタジオの控え室に一人の少女が椅子に座り雑誌の一ページを捲る。

 

『伊緒奈電話よ』

 

テーブルに置いていたカードの中にいる人物、ウリスに促され携帯電話に手を伸ばす。

 

点滅する液晶画面には着信者の名前が表示されていた。

 

『誰から?』

 

質問に答えぬまま応答ボタンに静かに親指が触れカードの横に置かれる。

 

『あら予定より早いわね』

 

この電話を予想していたのかウリスの口角が上がる。

 

そして電話の向こうにいる人物を歓迎する。

 

『ようこそ未来の相棒(パートナー)桃香』

 

 

 

『この決断は誤謬』end



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『その輝きは残光』

『随分遅かったわね。 桃香?』

 

長テーブルにポツンと置かれたカードに遅刻を突っ込まれ手を払う。

 

「セレクターとバトルをやってたら遅れちゃったわ。しかもバトルした後も絡まれて面倒だった....」

 

この場には私とカードの中にいるウリスしかいないことを確認した上で毒を吐く。

 

カードの前まで移動し姿が見える位置から指をさす。

 

「というか、一般人の私がモデルが使うスタジオにすんなり入れると思ってたの?」

 

『勿論。 伊緒奈が適当な理由をつけて手配してたから問題なかったでしょ?』

 

「『読者モデル志望で伊緒奈の仕事姿を見学したいので入れてください』で通るのも可笑しいけどね」

 

スタッフやマネージャーの前では皮を被っている伊緒奈に渇いた笑いが溢れる。

 

もちろん見学の為ここに訪れたのではない。それはお互いに知っている。

 

「....それで呼び出した訳話してくれる?」

 

横並びで綺麗に配置された一つのパイプ椅子にどしっと腰掛けカードがある方へ向き直る。

 

『それより一ついいかしら?』

 

「あぁ。髪にリボンを着けてないって事でしょ?」

 

視線がチラチラと髪を下ろした頭部に向いているのははっきりと気づいていた。

 

『そうよ、もしかしてセレクターバトルして奪われた?だったら片腹痛いけど....』

 

口元に手を当て薄目で肩を小刻みに揺らす。

 

「面白くない冗談ね。 単にセレクターバトルで目をつけられないように外してるだけ。タダでさえSNSで拡散し始めてるんだから」

 

『セレクター狩り』がこの私と、離れた地域にいるってだけで人物特定が始まりそうにある。向こうの特徴は知らないが私の場合大いに目立つ赤いリボンを二つ着けている為、即見つかってしまいバトルが出来なくなってしまう可能性がある。

 

その対策で学校以外の場所ではコートのフードを深く被りリボンを外し出来る限り顔が見えないように行動している。

 

『臆病者』

 

「そう言うと思った」

 

視線を正面にあるメイクで使用する縦長の鏡に移す。そこに映るのは無表情で目に光がない自分の顔。

 

何を言われても聞き流し、願いを叶える為なんとしてでも遂行しなくてはならない。

 

要注意人物扱いされ誰もバトルの相手をされなくなってしまえばこれまで積み重ねてきた苦労が水の泡になる。

 

『でもおかしいわね。 お友達を捨てた貴女がセレクター狩りをし続ける理由はなに?』

 

左の親指の爪をひと噛みし首を下に下げる。

 

「........趣味よ」

 

顔上げると鏡に映る口を緩ませている自分の顔を見つめながら呟く。

 

『ホント、悪趣味な人』

 

お前が言うなと言いかけたが引っ込め本題に戻す。

 

「質問タイムを終了してこっちから質問いい?」

 

『どうぞ』と答えるとウリスはカード内の空間に座り込む。

 

「前に言ってた『楽しい催し』の開催日はいつなの」

 

『今週の初雪が降る頃かしらね。 当然桃香も参加よ。 観客としてではなく選手として....ね』

 

「ふぅん...。 何処かの誰かさんがSNSで意味深長な言葉を呟いていたからそろそろだろうとは思ってたけど今週ねぇ...」

 

わざとらしく顎に手を当て斜め上へ視線を上げる。

 

『拡散してくれたファンに感謝ね。桃香にも』

 

事前に電話で伊緒奈から連絡を貰っていた私は概要について少しだけ聞かされていた。 ウリスが計画したものだと疑いを向けてたが違ったようだ。

 

内容としては、現在建設中のビルにセレクターをよせ集めトーナメント式バトルを行おうとしている伊緒奈の心情は分からないがこっちとしては好都合だ。

 

顔に出ていたのかウリスは『あ、そうそう』と声を上げる。

 

『貴女はトーナメントで最後に勝ち残った一人のセレクターと戦うだけでいいわ』

 

「....は?それってトーナメントに参加しないでいきなり準決勝で戦えって意味?」

 

考えを一蹴された私は呑み込めずキョトンとする。

 

『そういうこと。不都合だと思うけどこれは伊緒奈の指示だから、私もマスターには逆らえない。 受け入れるしかなかったわ』

 

「じゃあ仮に私が準決勝で勝ったら伊緒奈と戦うのは私になるの?」

 

『そうなるわね。伊緒奈は自分より強いセレクターを求めているからこの催しを開く。でも伊緒奈には誰が勝ち残るか、既に結果が見えているらしいわ』

 

思い当たる節があり一人の顔が思い浮かぶ。

 

「(一衣には勝ってるし、同じく晶も最近負けて願いが逆流したって聞いた。 遊月とは接点がない。 考えられるとすれば前に接触した...)」

 

『余計な詮索は控えなさい。 折角の催しが台無しになるわ』

 

表情を変えず薄目で片手をヒラヒラとさせている。

 

その姿を見て肩をすくめ小さく息を吐く。

 

「理解はしたけど納得出来ないな......何を企んでいるの?」

 

『さぁね。当日のお楽しみにしておくといいわ。すぐに答えを求めてもつまらないでしょ?』

 

「一員に教えてくれてもいいじゃない。ケチケチ!」

 

『...幼い子どもの真似をして恥ずかしくないの?』

 

頬膨らませ「ブーブー」と言っていると出入りする扉が開く音が聞こえそっちへ首を動かす。

 

入室した人物は仕事を終えた制服姿の伊緒奈だ。

 

「伊緒奈お疲れさま」

 

声をかけるが聞く耳を持たず隣の椅子に座る。

 

「だれ?」

 

横目で言われた第一声に顔を顰めてしまったがトーンを変えず答える。

 

「浦添伊緒奈に憧れを抱く『水無月桃香』です」

 

「そう」

 

興味が無いと思っていたが伊緒奈はこちらに身体を向け、顔へ腕を伸ばしてきた。

 

細い指が髪の毛に触れ何度もサラッとやってくる。

 

「い、伊緒奈さん?この行動の意味を教えていただけますか?」

 

「........」

 

『オモチャ扱いされてるわね』

 

「暇潰しのオモチャで来たわけじゃないから止めて」

 

腕を掴むと伊緒奈の口が動く。

 

「どうして髪を下ろしているの?」

 

「弄ってから普通聞く?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

ウリスに話した内容のまま説明すると伊緒奈は近くに置いていたバックに手を伸ばしメイク道具を取り出しテーブルに並べる。

 

「変装するならメイクしてあげるわ。今日だけ特別」

 

「いやいや!似合わないからやめて!」

 

すると顔の前に開かれた手のひらを見せてくる。

 

直後一本一本指をゆっくり折り、握り拳が出来上がり腕を下げお腹の前に添えられた。

 

無言の威圧に押されて渋々されるがまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

────あれから伊緒奈達から解放されたのは二時間後だった。

 

メイクは落としたが、リボンは付けず人で溢れる夜の街を歩いているとデッキケースからミュウが話し掛けてきた。

 

『茶番は終わった?』

 

「ミュウが休んでる間に無事終了したけど、どうしたの?」

 

『生存確認したかった...』

 

「おい。あの二人にまた滅茶苦茶にされたと思ってたの?」

 

横断歩道の信号が青に変わり歩き出す。

 

『当たり前、あの二人信用ならないから。話に乗っかり続けていたら貴女..........』

 

「手駒にされるって言いたいんでしょ?」

 

返事が無い。肯定と捉え話を続ける。

 

「私だって使い捨てになるつもりないよ。利用できるものは利用していくつもりだし」

 

『あの二人を利用するのは手強い。分かってて近づく桃香は馬鹿野郎ね...。一人で行動すれば良かったのに......馬鹿野郎』

 

「話を最後まで聞け」

 

パンッとデッキケースを叩く。

 

「この発想が読まれているのは十分承知、それでもウリスは私を誘っている。それは利用価値があるから」

 

『何を考えてるか分からないウリスの上に立つのは至難の業よ?......それでも桃香は共に行動したいんだ』

 

「そうだよ。彼女にはクソッタレ女を探す為の駒になってもらわなきゃいけない。要はギブアンドテイクってやつよ」

 

制服の胸元に備えられたネクタイを締め直す動作をしているとミュウはゆっくりと息を吐き出した。

 

『......せいぜい足元すくわれて転ばないでよね...ご主人様』

 

無事にというのは変だが危険な橋を渡りきるまで倒れる訳にはいかない。

 

 

・・・

 

 

学校で本来授業を受けている時間に私は電車に揺られていた。

 

サボりと言われればそれまでだが、明日の休みは『楽しい催し』で一日潰れる為、今日向かうことにしていた。

 

電車に揺られ続けて一時間後目的地に到着し降りてホームを抜けると目の前を車椅子に乗ったショートヘアの少女が横切りビクッとしてしまった。

 

「(髪に隠れて顔がよく見えなかったけど..........随分可愛いらしいドレスを着て人形みたいな女の子だったな)」

 

立ち止まり後ろ姿を眺めているとサラサラな髪をかきあげこちらに顔を向けて頭を下げてきた。

 

軽い会釈するとそこにいたはずの少女の姿が消えていた。

 

「幽霊って存在したんだ」

 

『目大丈夫?』

 

「ミュウ。それを言うなら頭よ」

 

カードを持っていた手の方を見ると呆れきったミュウが立っていた。

 

『ただ単に曲がり角に行っただけよ』

 

「つまんない脳みそしてるね。人生楽しいですか?」

 

『上から目線で何か腹立つ..........。言っておくけど私の方が年上よ』

 

「ふーん。カードの精霊もどきが威張っても威厳ないよー」

 

『この..........ん』

 

ミュウの大きな耳がピクッと動く。何か感じ取ったのだろう。

 

『近くにセレクターがいる..........』

 

「この町でもウィクロスが流行ってるならいても普通ね。挑まれたら買うけど今日は出来る限り控えたいなぁ」

 

余計な邪魔が入る前に腕を下ろし目的地に向かうべく足を運ぶ。

 

民家が多い道のりであるが、つい都会では味わえない周りの景色を楽しんでいる。

 

実家の地域に墓を建てず両親の地元であるこの町にしたのには本人らの昔からの希望だったらしい。

 

運命的な出会いをしたかは知らないが幼馴染みで両想いだったとか。

 

「付き合うなら女の子がいいなぁ。ミュウも思わない?」

 

『思わない』

 

「えぇー...。あーそうか、今は私と付き合ってるもんね」

 

『............』

 

「ジョークジョーク。 真に受けないでよ」

 

ジトーと見られ続け手でごめんと謝る。

 

『謝るくらいなら言わなければいいのに..........』

 

「常に家でも一緒だから恋人同然でしょ」

 

『それを言うなら主人とメイドよ』

 

「だーからいつ貴女をパシらせた? 記憶に無いけど」

 

『いつもよいつも』

 

たわいもない会話で盛り上がっていると、今の暗い状況を忘れてしまいそうになる。

 

ふと思い出した事により一気に冷めて溜息をこぼす。

 

『もう疲れたの?』

 

「ん、まぁ...そんなところ」

 

『..........』

 

ミュウも察したのか喋るのを止め、無言になる。

 

夢限少女になったらこんな会話も出来ないだろう。むしろ私の話し相手は誰もいなくなってしまうのではないだろうか。

 

汚れた心の私を構ってくれる人など所詮同類しかいない。

 

そんな世界で一生生きていかなくちゃいけない。覚悟はとうの昔に決めている。

 

今この瞬間がバトルによって終わるかもしれない感覚に私は手が震える。

 

目的地の前に到着したが立ち止まったままで足が動かない。

 

葛藤が頭の中で入り交じり親の墓に顔向けできない。

 

「..........」

 

『ねぇ桃香。..........もしお姉さんと会えたら話し合ってみない?』

 

共に戦ってきたパートナーからの意外な言葉に口が開いたがまた閉じる。

 

視線を逸らさないままミュウの真剣な眼差しを見続ける。

 

『桃香も分かってるんでしょ? 願いが叶っても救われない未来に。 自分の首を締めて一生、生きるなんて辛いだけだって...』

 

「...私の決意は揺るがない。 それはアンタも知ってるでしょ?」

 

『知ってるからこの話を持ちかけてるのよ。 ...ウリスと手を組むのをやめて、ううん私を捨ててお姉さんと話して』

 

「ミュウ...」

 

『(貴女のルリグとして戦うのが嫌な時が何度もあったけど願いを打ち解けてくれて私は桃香が...好きになった。 だから汚れる前にセレクターを降りさせれば..........)』

 

ミュウは桃香のルリグになる前、ある姉妹のルリグだった。

 

『(由良ごめんなさい...今更罪滅ぼしが出来るとは思わないけど...どうか私と桃香を支えて)』

 

桃香の目に光が戻りつつある。ミュウはもう一押しと声を上げようとした時、

 

 

 

『───桃香。 まだ迷ってるの?』

 

聞き覚えのある声に慌てて振り返ると目の前に伊緒奈が気だるそうに腕を組みながら立っていた。

 

「な...どうしてここに!?」

 

『偶然仕事でこっちに来て終わってブラついていたら駅のホームから出てくるのを見かけたの』

 

「声をかけずにつけてきたと...まったく悪趣味だ」

 

伊緒奈の指に挟まれたウリスはケラケラと笑う。

 

それに対してミュウは何度も私に逃げるように指示してくる。

 

『いっそそのカード捨てて新しいパートナー見つけちゃいなさい。五月蝿くて仕方ないわ』

 

『あんた達が桃香を悪い方向へ誘ってる癖に........あんた達がいなくなれば済む話よ!!』

 

『いやぁねぇ。 私は桃香に救いの手を差し出してるだけよ。 光より闇がお似合いな桃香に。光の貴女はおじゃま虫なの分かってる?』

 

「早くしなさい」

 

顔には出ていなかったが苛立っている伊緒奈は私の胸ぐらを掴み横に並んでいたコンクリートの壁に叩きつける。

 

「っ!また暴力か、趣味じゃないんじゃ...?」

 

『私わね。伊緒奈はどうかは知らないわよ』

 

ギリギリと力がこもるにつれ呼吸が難しく焦点が定まらなくなる。

 

歯を噛み締め地面に落ちたミュウのカードをチラッと見る。

 

前に似た状況になった時のように名前を何度も叫んでくれている。

 

目を見開き伊緒奈の腕を両手で掴みとる。

 

「......わかった。 ウリスにこれからもついて行く。でもパートナーはミュウ以外には務まらない、だから...」

 

手が離れ岩場の地面に膝をつけ呼吸を急いで整える。

 

謝ることなく伊緒奈は髪をなびかせて来た道へ向き直る。

 

『桃香』

 

ウリスに名を呼ばれ顔を上げる。

 

『そうその瞳、貴女にお似合いよ。リボンも着けなくていいわ』

 

「..........ありがとう」

 

後ろ姿が遠くなるのを確認し立ち上がりミュウを拾う。

 

『あっ..........』

 

顔を見てすぐに小さく声を上げた。慌てて首元を触り変なところがないか調べる。

 

「?首にあと残ってる?」

 

『違うの...違うの...』

 

顔を伏せ長い髪に覆われているが声が震えている。

 

「ちょ、ちょっと心配してくれたのは知ってたけど...もしかして私がミュウを捨てると本当に思ってたの?」

 

『ううん........私に構わないでお墓参りにいって............』

 

ミュウは自分の失態に落胆し涙を流していた。

 

素振りに変わりは無いが、桃香の瞳はまた闇が覆いかかっていた............。

 

 

 

 

『その輝きは残光』end



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『この終焉は誕生』

『................ュウ、ミュ...。ミュウ』

 

意識がぼんやりしている中何度も名前を呼びかけられゆっくりと覚める。

 

目をこすり右、左と首を動かし最後は丸く寝ていた身体を立たせる。

 

この見なれた光景に呆れた顔をしている人物が一人いる。

 

このカードの向こうで顔を覗かせる彼女。彼女の名は...。

 

「...桃香。 おはよう」

 

『おはよう。と言っても、夕方を通り過ぎて夜になるんだけどね...』

 

睨みつけながら歩く桃香は何処かに向かっている途中で起こしたようだ。

 

リボンは付けていないが目に光が戻っている。

 

...昨日何か嫌なことがあった気がしたがいつも通りの様子でほっと胸をなで下ろす。

 

前髪を整えミュウは桃香に質問する。

 

「ねぇこれから何処に行くの?」

 

『はぁ...。忘れたの? 寝れば脳の記憶が整理される筈なのに残らずすっ飛んでるって...いつか腐るよ』

 

いつも通り気に触る言い方をしながら答えてくれる。

 

『これから伊緒奈が開催する大会会場に行くの。 準決勝まで暇だけど控えておかないとウリス達がうるさいだろうから』

 

...あぁ。ウリスと伊緒奈かとミュウは唇を噛むと作り笑顔で顔を上げる。

 

「...今からファミレス行こっ。バトルしたくない」

 

桃香の動きが止まり目を丸くしてまじまじとミュウを見つめる。

 

無理は承知で頼んだ。すぐにこの子は否定するのは予想できるが僅かな可能性にかけてみた。

 

『意外な人から意外な発言』

 

「駄目?」

 

頭をかく動作をし唸り、暫くすると肩を落としながら息を吐く。

 

『........しょーがない。 ウリスに連絡してボイコットするかぁ』

 

「ほ、本当!?」

 

思わず身を乗り出しカード内の空間から出てしまいそうになる。

 

それに対して桃香は人差し指でカードの上からミュウの頭をそっと撫でる。

 

その純粋無垢な笑顔に涙ぐむ。

 

『ミュウがそうしたいなら、たまには従ってあげる』

 

口が震えてうまく喋れない。泣いたら桃香に馬鹿にされてしまう。

 

堪えながら桃香にお礼の言葉を伝える。

 

「ありが....」

 

ベチャ

 

え?

 

真上から水が落ちてきた?雨?

 

ベチャベチャ

 

また一滴また一滴。速度が遅いが量が降水とは違う。

 

透明な壁で隔てられている為、身体を後ずされば何が落ちてきたのかすぐに分かる。

 

だが、確認するまでもなく正体がわかってしまった。

 

「桃香...口から............血が....血が」

 

 

{IMG17028}

 

『............』

 

前髪に隠れて表情が伺えず更に焦りが高まる。

 

最悪な事態を過ぎったがまだ信じたくない。

 

「も、桃香...? いつもの冗談よね............?ねぇ桃香ッ!!」

 

『あらあら。もう逝っちゃった?』

 

この空気を更に悪化させる不気味な声にミュウは固まる。

 

桃香の手から落ちたカードを上から覗く人物は白髪で色白の少女。ケラケラとずっと笑っている。

 

「ウリス....!どうしてカードから出てる....。それより桃香に何を!?」

 

直後カードを踏みにじり力が抜けた桃香の身体を抱き寄せる。

 

『相変わらず五月蝿いルリグ。...アナタのマスターは貰っていくから』

 

「フザケるなっ!桃香に近づくな触れるな現れるなッ!!」

 

これみよがしに桃香の身体を舐めまわすかの様に見つめ顔と顔を密着させる。

 

『この子もう ─ んでるわよ?私がこのナイフをお腹に刺したら一瞬で』

 

血が滴るナイフを地面に投げ捨てる。

 

「黙れ....黙れ....黙れ」

 

目線をミュウに向けたまま舌を出し桃香の口から垂れる血をゆっくりとなぞり舐めとると、ニヤリとまた笑う。

 

『あぁ冷たくて気持ちいいわ。ほんと生き物って嬲りがいがあるわよねぇ。この子はあっさりだったけど』

 

ウリスと桃香の周りに黒い靄がかかり姿が目で追えなくなる。

 

カードから抜け出そうと試みるが踏みつけられて邪魔をされる。

 

怒りを通り越し憎悪に変わっていくのがハッキリと分かる。初めてここまで人を憎んでいるかもしれない。

 

『二度と逢えないでしょうけど...またね。そこで永遠に泣き続けてると良いわ』

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「ウリスーーーーーーッ!!!」

 

叫びも虚しく視界が真っ暗闇に包み込まれた────

 

・・・・・

 

 

『............!!』

 

目覚めすぐに飛び上がりカードの向こう側の世界を直視する。

 

夕日が落ち夜になる手前がフェンス越しに見える。

 

『桃香!!』

 

人の姿が見えず焦る。

 

『(本当に桃香はウリスに........?)』

 

鼓動が高まり思考回路が入り交じり冷静に物事を考えられない。

 

両手で頭を押さえるミュウの前に伊緒奈が立ちつくしウリスのカードを指に挟み見せる。

 

『随分(うな)されてたけど悪夢でも見せられたのかしら?』

 

『その声はウリス...桃香を何処にやったの!?』

 

『何言ってるの?桃香はお手洗いで席を外してるだけよ。あと少しで準決勝が始まるのに直前まで寝ているアナタと違ってあの子はデッキを調整してたわ。...意味もないのに』

 

心配するどころが努力を貶す始末。

 

ミュウが睨みつけていると手で虫を払う仕草をして顔を背ける。

 

『ふふっ怖い顔。私を恨むんじゃなくて、起こさずカードを置いていった桃香を恨みなさい』

 

『そうする........。謝らないから』

 

『勝手にしなさい』とウリスが答えると伊緒奈は背を向け離れに移動したのを確認し状況整理を開始する。

 

『(ここは建設中のビルの屋上で既にセレクター同士の戦いがこの下で始まってる)』

 

僅かであるがバトルフィールドが展開している気配が何箇所からも感じ取れる。

 

伊緒奈がビデオ中継で開会宣言をしていたのを徐々に思い出される。

 

『(気がかりなのが一つある...)』

 

横目でそこらじゅうに鉄筋やら建設道具が転がっているのを見る。

 

『伊緒奈かウリスにこのビルを借りる権力があるの...?』

 

「浦添財閥の力を発揮して貸し切ったらしいよ」

 

死角からカードを持ち上げた人物が答え顔を合わせる。

 

その人物の目は光を失ったバイオレットカラーの少し鋭い目つきの少女桃香だった。

 

目が合ったと同時に夢でみた光景が一瞬

フラッシュバックされ視線を外す。

 

地面に視線を合わせたまま口を動かす。

 

『それって...』

 

「一々他人の家族構成を詮索するつもりはないから詳しくは知らない。けど」

 

『けど?』

 

ミュウを腰のデッキケースに仕舞い、暗いトーンで一言。

 

「ここで伊緒奈に媚を売っておけば将来的にも........楽出来るはず」

 

『............屑』

 

「嘘だから」

 

いつもの声質に戻りふざけていると端でフェンス越しに街を眺めていた伊緒奈がこちらに近づく。

 

何を考えているかまったく分からぬまま桃香に向かって一枚のカードが投げられる。

 

「おとと」

 

危うく落としそうになったが無事に受け取り目を通すとすぐに見開いた。

 

そのカードは桃香のデッキに欠けていたピースになる一枚。

 

カードと伊緒奈の顔を何度も行き来し、桃香は恐る恐る問いかける。

 

「...わざわざこのカード買ったとかじゃないよね?」

 

『どう捉えてもらっても構わないわ』

 

「ウリス、今は貴女のマスターに質問したんだけど。 ...えっと、そこまで親しくない人からのプレゼントは受け取れない。だから返す」

 

カード差し出すが受け取る気配が全くない。

 

『実は伊緒奈が手に余るほど持っててね。使い道がなくて処分する位ならと思って持ってきたの(本当は買わせたんだけど)』

 

「......そういう理由なら受け取るけど...。ウリス。いつか抱きしめてあげる」

 

『へぇ今の言葉に嘘偽りもないと信じて胸にしまっておくわ』

 

嬉しさからかいつも友達に向けて言う冗談をウリスにやってしまった。

 

「タイム!...やっ『カード返して貰うわよ』

 

とんでもない約束を交わしたことに後悔しながらもデッキケースに仕舞う桃香にもう一言付け加える。

 

『もう少しで仕事の時間が来るわ。覚悟は出来てる?』

 

「当然。...仕事に私情を挟むつもりないよ」

 

『その言葉通りの結果を期待してるから。...未来の相棒(パートナー)

 

「ご期待に添えられるよう努力しますよ。............最高(さいてい)相棒(パートナー)予定のウリスさん」

 

皮肉を込めた発言を済ませると桃香は二人に背中をみせて屋上から下の階へ移動する手段のエレベーターに乗り込む。

 

壁にもたれかかり腕を組む。

 

「ねぇミュウ。...私がウリスの下で行動しているけどどう思ってる?」

 

『道を間違ったと思ってる』

 

「そう。どうすれば良かった?」

 

『............独りでセレクター狩りを続けてれば良かったんじゃない』

 

「なるほどね」

 

会話が途切れエレベーター内で重い空気が包み込む。

 

桃香は髪留めであるリボンをコートのポケットから出し左右にセットする。

 

二人の間に目に見えない厚い壁があるかのような関係がこの数日で続いている。

 

それ以上やり取りをすること無く、指定した階へエレベーターは止まり左右の扉が自動で開かれた。

 

そこで伊緒奈が求める人物と鉢合わせになり向こうは桃香の顔を見て一歩後ずさる。

 

「も、桃香...?」

 

小さなく名前を呟いた人物、るう子は桃香が右足を一歩前に踏み出すとまた後ずさる。

 

エレベーターから完全に降りると扉が締まり下へ降下していく音が響く。

 

「残念だったね。次エレベーター来るのはいつかな?」

 

桃香はいつも通りの笑顔を見せながらるう子を見つめる。

 

後ろで胸元に手を当てながら様子を伺う一衣の姿も確認出来た。

 

「桃香。そこをどいて」

 

「それは出来ないなぁ。仮に退けたら私にプラスになる?ならないよね」

 

「ふざけないで」

 

ヘラヘラしている桃香とは対照的にるう子は苛立っているのか言葉遣いが荒い。

 

「ふざけてるんだよ?久しぶりの会話だから。私達は友達でしょ。もっと楽しくやろうよ」

 

「......」

 

るう子は話にならないと思ったのか歩み寄り桃香を手で退けようと腕を伸ばしたが

 

「ここを通りたいなら私を倒してから進め。小湊るう子」

 

腕を掴み空いた手でルリグカードを取り出す。

 

睨まれながらも桃香の言葉に同意したるう子も同じく背面が白いカードを見えるように取り出す。

 

掴んでいた手を離し距離を置き桃香の瞳から先程まであった光が消える。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

友達ではなくセレクターと見方を変えた為表情もまた鋭くなる。

 

「横槍はいれないでよ?一衣」

 

横目で頷いたのを見てまた正面に視線を戻したと同時に息を吸い込み

 

「「────オープンッ!」」

 

 

 

............

 

 

「......都会でも夜はやっぱり寒いね」

 

『その体感はワシらにはまだ理解し難いがお主が寒いなら寒いのだろう』

 

控えめにカードに語りかける色白で片方だけ髪をまとめた少女と変わった口調で回答するカードの中に佇む金髪の少女。

 

建設中のビル入口前で立ち止まり日が落ち暗くなった空を眺めていると別の声が聞こえてきた。

 

『おっきい...はいらないの?』

 

「遅刻して今から入ってもすぐに追い出されると思うからここで眺めてようかな」

 

『何じゃ。お主は妹と会うためにここまで足を運んだのにそれでは無駄ではないか』

 

「そうだよね...」

 

『うむる、かれんがこまってるの』

 

間に入りタウィルはかれんと呼ばれる少女に指を指しながらウムルの顔をじっと見る。

 

『...少々言いすぎた。じゃがこのまま帰るのは惜しいのではないか?』

 

花蓮は首を横に振り微笑む。

 

「情報をくれた伊緒奈さんが言うには桃香ちゃんはこの街にいるみたいだからいつかすぐに会えるよ」

 

『...会って謝るんじゃったな。ならこんな戦場ではなく面と向かって話せる場所がよいな』

 

「うん。ごめんねウムルさん」

 

『謝るではない。これではワシが悪者ではないか。タウィルもいつまで指を指しておる』

 

『かいけつしたからおろす』

 

タウィルは手を開き死角に置いていたストローを口に咥え吹くと先端から何個もの泡がカードの内を埋める。

 

『早速シャボン玉で遊びおって...』

 

「ふふ...それじゃカード屋に寄って帰りましょ」

 

『そうじゃの...ところであの古代兵器が置かれていたカレー屋には行かないのか?』

 

「...行きたいの?」

 

『うむ』

 

腕を組み小さい胸を張るウムルに花蓮は吹き出す。

 

「童話に出てくる魔法のランプみたいな入れ物だけが目的でしょ?その為にお店に入るのも...」

 

『何じゃ花蓮は興味がないのか。あの古代兵器はな......』

 

 

【挿絵表示】

 

 

淡々と説明を始めたウムルの言葉を半分聞きながら高層ビルに背を向けた............。

 

 

 

............

 

 

 「私のターン!ドロー!!」

 

いつも冷静を保ちながらバトルに挑んでいる桃香は鬼気迫る表情で声を荒げながらフィールドにシグニを配置していく。

 

空間の空気は淀んではいないものの薄暗くすぐにでも真っ暗闇に飲み込まれそうな空気が漂っている。

その空間の中でるう子と彼女の距離は遠のいているが常ににらみ合いの攻防が繰り広げられていた。

 

だが、そのバトルも終盤を迎えようとしていた時るう子がぽつりと呟いた。

 

「桃香、一つ聞かせて! …願いが叶わなくてもバトルを続ける理由を」

 

ピタッと手を止め桃香は「はぁ?」と呆れながら返事をする。

 

「叶わないじゃなくて意地でも叶えてもらうんだよ。この相棒(パートナー)にね」

 

指でルリグであるミュウの頭をグイグイと横に揺らす。すぐに手で払いのけられたが気にせず話を続ける。

 

「…それはミュウさんも望んでいるの?」

 

『…えぇ。ご主人様に忠誠を誓っているつもりだけど』

 

「ミュウさんも桃香も分かって続けてるなんておかしいよ…」

 

「おかしい?小湊るう子さんも人の事言えるのかなぁ?」

 

いつもの挑発交じりの口調になりるう子は顔をしかめる。

 

「大体、そんなに嫌ならさっさとバトルを下りればいいものを伊緒奈とやって快感を覚えたんだってね」

 

「挙句の果てに友達がルリグになってからセレクターバトルが危険だと理解出来た。なのに、この場に立ち戦っている。こっちの方がよっぽどおかしいよねぇ?」

 

「............」

 

反論出来ず口を閉ざしている。

 

更に追い打ちをかけようと口を開こうとした時テーブルで仁王立ちしていたタマがその場で飛び上がり握りしめた拳を掲げる。

 

『るう、タマとトモダチになる!だからバトルつづけてる!ひとえ、ゆづきともトモダチになる!!』

 

友達。その言葉に桃香のテーブルに立っていたミュウの大きな耳がピクリと反応したが桃香は気づいていなかった。

 

「私はもう友達に含まれてないのか。泣いてしまいそうだよ」

 

『モモカ倒してトモダチになる!』

 

冗談交じりに口に手を当て悲しむ素振りをしていたがすぐに止め真顔に戻る。

 

「ふぅん。漫画やドラマみたいな綺麗な展開になればいいですね。そろそろバトル続行してもよろしいですか?」

 

了承を貰ったが既にメインフェイズを終えシグニとレゾナを配置していた。

 

「バトルフェイズ前だけど何か発動する?」

 

「.........アーツ『モダン・バウンダリー』指定するレベルは『2』」

 

宣言すると同時に三枚のカードが山札から宙に浮く。

 

レベル2のカード『やり直しの対話 ミカエル』が含まれていたのを確認するとるう子はシグニゾーン中心に配置されていた『黒幻蟲 ムカデス』に指を指す。

 

「レゾナは手札に戻らずルリグデッキに戻る。勿論分かってやったんだよね?」

 

「うん。......私はアーツを発動。 『スピリット・サルベージ』!ルリグトラッシュにある『モダン・バウンダリー』をデッキへ戻してもう一回発動!!」

 

「.........!」

 

このターンまでるう子はアーツを一切使わずエナを貯めてきていた。その行動の意味を理解した桃香の思考がゆっくりと捻れていく。

 

(今シグニゾーンをガラ空きにされたら確実に次のターンには...........)

 

『......』

 

爪を噛み始めた桃香をミュウは無表情で見上げていた。

 

彼女の悪い癖が久々に出たと落胆している半分、いいキッカケが出来たと受けとめていた。

 

『(負けて少しは頭を冷やしてくれればいいけど...無理...か)』

 

レベル指定に成功し桃香の手札へ『幻蟲 クロハ』が戻された。

 

「......ッチ」

 

この場にいる誰もがこの瞬間結果を予想出来ていた。

 

桃香の手札は今加わったカードを混ぜ合計三枚。ガードを持つシグニが二枚確実に入っていたとしてもライフクロスが残り二枚では防ぎきれない。

 

るう子場には一番厄介なカード、『先駆の大天使 アークゲイン』が中心に存在しているからだ。このカードにより『天使』のシグニはルリグ以外の効果を受けない。

 

その強力な効果を把握した上でるう子のシグニゾーンは全て『天使』が配置されている。

 

『(............ウリスから受け取ったカード、『ワーム・ホール』もこの状況じゃどうしようもない............)』

 

まだ負けを認めたくない彼女には告げず命令に従いアタックを仕掛ける。

 

タマの前まで接近し体を捻り回し蹴りをするもるう子の手札からガードカードが使用され透明な壁に妨げられ、不発に終わった。

 

ターン終了の宣言すると桃香は顔を手で覆い隠す。

 

るう子は目を閉じドローフェイズ後直ぐにバトルフェイズへ移行した。

 

「......桃香。バトルフェイズ前何かある...?」

 

「............フフフ。そうだねぇ」

 

手を下ろすと桃香は満面の笑みでるう子の目を見つめ続け、

 

「────さようなら。私の親友るう」

 

 

........................

 

 

 

 

バトルフィールドが展開していた気配が消えるのを感じ取ったウリスは不敵に笑い伊緒奈へ合図をした。

 

『あーあ。あの子嚙ませ犬だったわねぇ』

 

「やっぱり私のるう子だわ...」

 

『嫉妬...いや怨むわよ? 私の最高(さいてい)相棒(あいぼう)を弄んだんだから。浦添伊緒奈』

 

「勝手にしなさい」

 

 

…………………………

 

────残り一回負ければ願いは逆流する。即ち死。

 

後がない。単語が脳に浮かんだだけで桃香の手は小刻みに震えていた。

 

「………………」

 

負けてすぐに会場の一階に降り他の参加者から離れた部屋の隅で座り込んでいた。

 

鼓動の高鳴りが止まらずずっと胸を押さえつけていたがかえって逆効果でしかなかった。

 

『今になって怖気づいた?』

 

デッキケースからミュウの素っ気ない声が発せられる。

 

「……そうよ。悪い?」

 

『否定しないなんて………重症………』

 

『でも良かった。まだその感情があるから』

 

今まで聞いた覚えのない優しく暖かい声が桃香を包むかのように語りかけてきた。

 

沈黙が長く続き先に口を開いたのはミュウだった。

 

『桃香。まだ続けるの?』

 

「………えぇ」

 

『…………お供するわ。これからはミュウ様って呼んで………』

 

「この場を使って何を言わせようとしてるんだか...」

 

『ミュウ閣下でも可』

 

ミュウの連続する冗談に段々と落ち着きを取り戻していく。胸を抑えていた手は離れデッキケースへ伸びミュウを取り出しカードに唇を当てる。

 

「それじゃあ最後までよろしく。私の相棒兼彼女♪」

 

『………ぐぅ』

 

「ここで力尽きるって......はぁ」

 

照れ隠しと分かっていながら自然と流す桃香の瞳には光が完全に戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

────一時間後。エレベーターが下の階へ降りてくる。

 

参加者は皆屋上にいるるう子達と私を覗いて帰宅していった。

 

エレベーターの前で腰に手を当てながら扉が開くのを待っていた。

 

勝者を迎える為に。

 

「......お待たせ。桃香」

 

伊緒奈(いおな)...じゃなくて伊緒奈(ウリス)

 

『浦添伊緒奈』の体で笑みを作り口を動かす目の前にいる少女。................『ウリス』

 

「勝った記念に抱きしめてキスしてあげましょうか?」

 

「そうね。まずは貴女の部屋に行くわ」

 

「いきなり過ぎない?……ってアンタには関係ないか。そんなこと」

 

ウリスが横切るのを目で追いその後ろ姿を追いかける。

 

出口の透明な扉越しでも分かる初雪が夜の街に降り注いでいた。

 

外に出てすぐにウリスは顔をこちらに向けず質問を投げてくる。

 

「バトルの結末気にならない?」

 

「………伊緒奈はるう子のルリグになった。そしてタマは………」

 

横断歩道の信号が赤になり肩を並べ立ち止まる。

 

「ウリスの手元?」

 

「惜しいわねぇ。罰を与えるわ」

 

「うぇ……ってちょっ」

 

伊緒奈の体が右腕に密着し戸惑いを隠せない。

 

「いいじゃない。くだらない友情ごっこみたいで」

 

「いやこれじゃカップル...」

 

周りの視線が気になるが仲の良い友達同士の絡みだと思い込み周りに合わせて横断歩道を渡る。

 

人混みで溢れる時間と分かっていながらワザとウリスは息がかかる距離まで顔を近づけてくる。

 

「(急に人が変わりすぎじゃ...)」

 

すれ違う人達の間をあと少しで抜けそうになった時

 

 

「!!」

 

 

咄嗟に振り返りすれ違った人の顔を一人一人素早く見分ける。

 

「気のせいか」

 

「................」

 

ウリスは無言のまま腕から離れ先に歩き出した。

 

桃香も点滅する信号に気付き駆け足で渡り切る。またすぐに振り返るが人の姿は小さくましてや夜の為判断出来ない。

 

(あの女がこの街に来るわけないか……)

 

 

空を見上げ舞い落ちる雪を手のひらの上に乗せ体温ですぐに溶けた手を痛みが少し感じる位まで強く握り込む。

 

「すぐに消える訳にはいかない……アイツに会うまでは...」

 

 

 

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『この終焉は誕生』end




挿絵一枚目見れないのは仕様です。(ユーザーページ活動報告にて公開してます)赤使ってるので一様制限かけております。


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『水無月 花蓮』 主人公『水無月 桃香』の姉



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selector infected WIXOSS―Retrieve―
『その出会いは運命』


漫画『selector infected WIXOSS -Re/verse-』を舞台にしています。(漫画未読でも問題ありません)


これは私『水無月(みなづき)花蓮(かれん)』が伊緒奈さんに出会い、セレクターのみが参加出来る会場に出向いた時までの記憶。

 

 

────────────

 

 

 

 

 

───気づいた時には無我夢中で走っていた。

 

全身から吹き出す汗も瞳から零れる涙も一切気に掛けることなくただがむしゃらに両腕を前へ後ろにと全力で振りながら真っ暗闇を走り続けた。

 

到着地点(ゴール)が無いと分かっていながらも脳が身体に信号を送る。

 

しかし、いずれ限界が訪れる。

 

私の膝は鈍器で殴られたかのように、ガクッと折れる。

 

地面に手をつけ息がこれまでに無いくらい乱れていた。

 

.........見つけた。

 

耳元で囁かれた怒りと恨み、負の感情が全て篭った少女の声に全身に寒気が走る。

 

まるでこの世の者では無い存在に恐怖に震え、歯と歯が何度も重なりカチカチと音を鳴らす。

 

私の意思に反して首は無理やり曲げられ得体の知れない真っ黒い影を直視してしまった。

 

その影は私の妹『桃香』に擬態していた。 そして顔の一部である口が一言吐き捨てた。

 

 

────臆病者が。なんでお前だけ生きてるんだ。

 

 

『selector infected WIXOSS―Retrieve―』

 

 

 

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........................

 

 

 

「.........? 花................!花蓮!!」

 

「っ!!?」

 

大きな声が頭に響き渡り私の目が覚めた。

 

辺りを見渡して今の状況を整理しようとしたが目の前に見覚えのある顔が私を見つめていた為整理出来ずに終わる。

 

「花蓮が居眠りなんて珍しいこともあるだねー。呼びかけても起きないから心配したよ」

 

ポニーテールの少女は机の上に肘を置きニヤニヤしながら指で私の頬つついてくる。

 

「ち、ちゅかれてたかふぁ...」

 

「ふーん。昨晩は何に悩んでたのかな~?花蓮?」

 

指の動きがねちっこくなり手で除け再度少女の姿をよく見る。

 

『黒澤ゆらぎ』

 

同じクラスメイトで私がこの中学校に転校してきてからずっと同じクラスで一番親しいと言っても過言ではない人。

 

ムードメーカーでいつもゆらぎちゃんに助けられているが今はやっている側に回っている。

 

「まぁ花蓮もモテるから悩み事はいっぱいあるか。もう放課後だし帰ろっ」

 

「モテるだなんて...。誰情報?」

 

「え、...本気で言ってる?月に一回は下駄箱にラブレター入ってるのに!」

 

また弄られそうになったところでゆらぎちゃんの後から一人の男子がコツンと頭部に拳骨を落とした。

 

尽白(つきしろ)の次は水無月を狙ってるのかお前は...」

 

「真子は用事があって帰ったのは知ってるでしょ。私は真子一筋だから!」

 

溜息混じりに吐いた言葉にすかさず反応したが返した言葉は聞いてるこっちが恥ずかしくなる。

 

「いやいや。何もそこまで聞いてねぇよ。水無月もたまには強く叱った方がいいぜ?」

 

「その役割は(いつき)くんが担当だよね」

 

「ふっふーん!花蓮は既に私のものだよ!!」

 

「ものってお前...。ってさっきは尽白一筋って言ってたろ!」

 

二人のやり取りを見ていると昔妹と軽い口げんかしていた時の記憶が思い出される。

 

夕方に差し掛かろうとしている窓の外に視線を移し目を閉じ顔を思い浮かべる。

 

 

「......(あの子にもう二年近く会ってないのか)」

 

ゆらぎちゃんと樹くんの様なやり取りはあまりなかったがふと妹の姿が頭に思い浮かぶ。

 

髪に赤いリボンを左右に付けている女の子。

 

(桃香ちゃん...。元気にしてるかな)

 

 

 

........................

 

 

 

「それじゃまた明日ー!」

 

ゆらぎちゃんと樹くんと別れ私は帰宅路とは違う道を歩いていた。

 

歩いている人は私だけだがもう少し行けば人通りに出る。

 

「そろそろマフラー出そうかな。...ねウムルさん?」

 

『......何故ワシに聞くのじゃ』

 

制服のポケットから少し低い声の女の子が疑問の声を上げた。

 

デッキケースごと出して喋っていたカードを抜き取る。

 

本来イラストが描かれている枠の中で黒いマフラーを巻く金髪の女の子が腕組み横目でこっちを見ていた。

 

『何度も言うがワシにはそっちの世界の感情はまだ理解出来ておらんのじゃ』

 

「知ってるよ」

 

『なにッ。 ワザと問いかけたのか!?』

 

「うん。 ウムルさんの反応が面白いから」

 

『うぬぬ...。 花蓮よ、この所ワシをコケにする回数が増えてきて信用出来なくなってきたぞ...……』

 

「あ... 気を悪くしたなら謝る。 ごめんなさい」

 

『うむ。 気にすることは...』

 

「よかった。 それじゃカード屋に再出発しよー」

 

『切り替えが早すぎじゃ!!』

 

実を言うと今のウムルさんの言葉に本当に申しわけないと感じてはいた。

 

元々臆病者で気が弱い私はいつも困った事がある度妹に頼ってばかりだった。

 

離れて生活する今、頼れる人が身近にいないからこそ自分の弱い部分を改善していかなればと行動している。

 

お陰で周りにはよく接してもらえて少しは改善したと感じている。

 

移動しながら手に持つウムルさんのカードに問いかける。

 

「...ねぇウムルさん。 私...あの頃より強くなれたかな」

 

『......そうじゃの。 お主は日々成長しておる。 それも周りの友と家族のおかげじゃろ』

 

「ウムルさんにも感謝してるよ」

 

照れ隠しでウムルさんのカードに唇をそっと重ねる。

 

『ま、前を見て歩かぬか!!』

 

お互いに顔を赤くしながら目的地の店へと足を運んでいく............。

 

 

 

........................

 

 

 

「ごめんねウムルさん。レベル4のカード買えなくて...」

 

ショップを出て手に持つカードに軽く頭を下げる。

 

『カードとやらの価値がよく分からぬ。本来ならばワシらの様にセレクターバトルをしないのだろう?』

 

「そうだけど、やっぱり強いカード程価値があり需要があるから高くなるみたいだよ。 でもあれだけのお金を出したら...」

 

『なんじゃ?』

 

「......そこの牛丼屋さんで並盛何杯頼めるかって考えると、ね?」

 

『背に腹は変えられぬとは言うがちとな...』

 

トボトボと道を歩いていると薄暗い道路の横断歩道を渡っている車椅子が目に入った。

 

歩道の信号は青から赤に点滅しようとしおり車椅子の人はまだ中央付近。

 

脳裏に焼きついている嫌な思い出が微かにフラッシュバックされたが身体は勝手に地面を蹴り、走り出していた。

 

『ど、どうしたのじゃ?そんな血相変えて』

 

「ごめんウムルさん後で説明する!」

 

ウムルさんをポケットにしまい車椅子の後ろに辿り着きハンドルを握る。

 

「手伝いますので左右に強く捕まってて下さい!」

 

「えっ! は、はい」

 

信号が赤になったが直ぐに渡った為車側にも迷惑をかけずに済んだ。

 

「はぁはぁ............。 結構揺れましたよね...。 怪我とかは大丈夫でしたか........」

 

膝に手をつけ息を整えながら顔を上げた。

 

そこにいたのは銀髪でショートヘアの女の子だが、ドレスの様な衣装の事もありまるでお人形さんで可愛らしく綺麗だ。

 

「かわいい...」

 

「? あの、ありがとうございます。 このご恩は忘れません」

 

思わず見とれていたが慌てて我に返り首を横に振る。

 

「そ、そんな大したことはしてないので気にしないでください!」

 

視線を少し下ろすと女の子の膝の上には折りたたまれた日傘が載っていた。

 

これを落とさずに移動するには大変そうだ。

 

「それでは...」

 

「待って!えっと......ご迷惑じゃなかったらお家まで送りましょうか...?」

 

その一言を聞いて数秒間、女の子は口を開いたままぽかーんとしていた............。

 

 

 

....................

 

 

 

後から車椅子を押しながら彼女の自宅までの道をゆっくりと進んでいた。

 

「『水無月(みなづき)花蓮(かれん)』さんは『WIXOSS(ウィクロス)』というカードゲームはご存知ですか?」

 

「う、うん、それがどうかした?」

 

そのカードゲーム名が上がるといつも『セレクターバトル』を連想してしまう。

 

誤魔化すのが下手な私は平常心を保ちながら話を続ける『ブレ』と名乗った女の子に耳を傾ける。

 

「女子中高生の間で話題になっているそのウィクロスで、ある噂が広まってるのですが......分かりますか?」

 

「勝負に勝ち続ければどんな願いでも叶う。............ってざ、雑誌で読んだ!」

 

相変わらずこういう場面で嘘をつくのが下手な自分が少し情けなく感じる。

 

「フフッ。花蓮さん()セレクターですよね」

 

「そうそう私も................あ」

 

「やっぱり...というのは嘘ですがカマをかけてみただけです。花蓮さんは分かりやすい方なので」

 

凄く楽しそうにこちらに顔を向けて微笑んでいるが私はワタワタと焦っている。

 

この場でブレちゃんにバトルを挑まれたら勝てる確率がほぼゼロだからだ。

 

感づいたブレちゃんは口角を上げ更に追い打ちをかけてくる。

 

「早速バトルしましょうか。花蓮さんはモチロン常に万全の状態ですわよね?」

 

「あは、あはは! ももももちろん!!

おっオープッ!?」

 

ガリッと舌を噛んだ感触にあい痛みにこらえきれずしゃがみ口元を押さえる。

 

「大丈夫ですか? あの...全部ご冗談だったのですが............申し訳ありません」

 

「ふぇ!ジョウダンッ!?...…はぁ。 ならよかったぁ」

 

緊張していた肩の力が抜ける。

 

「本当にごめんなさい。立てますか?」

 

「えぇ、心配しないで(演技が上手過ぎて冗談には見えなかった)」

 

立ち上がりスカートについた砂ぼこりを手で払いブレちゃんの車椅子を押し進める。

 

「話を戻しますと、............強い願いがある者の手元にルリグが訪れ勝負に勝ち続ける事によって願いを叶えてくれる。花蓮さんはこの噂全て鵜呑みにしてますか?」

 

「信じ難いけど目の当たりにした後だと信じるしかないかな...」

 

「................見えるものが全て真実ではありません。見えないものにも隠れた真実があるかもしれませんよ?」

 

「?どういう意味...」

 

「花蓮さんのルリグはどこまで知っていますか?」

 

先ほど乱暴に入れたポケットに手を入れカードを出す。

 

『ワシはこの盤のルールは全くわからん。何を考えて生み出したのかサッパリ読めん』

 

「えっーと。ウムルさんは全然知らないって言ってる」

 

「ウムル...!」

 

「?」

 

名前を口に出してブレちゃんは口元に手を当ててブツブツと聞き取りづらいが何か呟いていた。

 

「花蓮さん。このバトルの裏側の全てっとまではいきませんが。 少しでも知りたくはありませんか?」

 

『教えるのじゃ!』

 

「ウムルさん今は私が質問されてるから。......良かったら話してくれないかな。ウムルさんも私の所に来る前の記憶がないみたいだし」

 

足を止め道の端に寄りブレちゃんの前にしゃがむ。

 

「まずは............ウムルともう一人タウィルはきっと彼女......『(まゆ)』も知らない存在です。 何処でなぜ生まれたのか生い立ちは一切不明のまま」

 

『タウィルじゃと...!?』

 

「知り合い?」

 

いつも冷静なウムルさんの顔が驚きに変わった。

 

『知り合いも何も...あやつとは昔からの...そのお主らの世界でいう『友』じゃ!』

 

「友達かぁ...。 繭って人はどんな人でどこにいるの?」

 

「このセレクターバトルを考え生み出した親。ですが、こっちの世界にはいませんわ。 ........どこか私達人間が簡単に立ち入ることが出来ない、真っ白な広い部屋で一人佇んでいる方です」

 

「(繭だけに繭の中にいたりして)じゃなくて。 ちょっと待って。 ............ブレちゃんもしかして。 繭に一度会ってる?」

 

ピクッと右手が動いたのを見ていると息を吸い吐き出した。

 

「その通りですわ。 私は元々ルリグです。 この身体は元は違う人のです」

 

「............うん?」

 

頭が混乱しかけている。 ブレちゃんは元々ルリグで身体は違う人の。 じゃあ本来の持ち主はどこへ?

 

「このゲームの裏側が見えてきましたか?」

 

「んんっ。 ブレちゃんとセレクターの人はバトルに勝って願いを叶えた。 その願いは人格の入れ替わりってことだよね?」

 

「いいえ。 勝負に勝っても絶対に自分で願いは叶えられない。 何故なら................」

 

 

 

「願いを叶えるのはルリグだった人格なのですから」

 

 

 

冬に近づく風を今この瞬間全身で感じ味わった。

 

それ以上に冷たい現実を突きつけられ私は硬着状態になる。

 

 

『なんじゃその理不尽さは?』

 

「繭の目論みは理解できませんが花蓮さん。 このままセレクターバトルを続け夢限少女になれば今度はアナタがルリグとなり、違う少女の元で闘いに身を投じなければならない。 それでもまだ続けますか?」

 

ブレちゃんの目は真っ直ぐに私を捉えている。嘘をついているわけがない。むしろ私に警告をしている。

 

私の願い、『桃香ちゃんに会ってちゃんと謝りたい』。私ひとりでは出来ないとあの日家を出てからずっと思っていた感情。

 

「私は........」

 

今すぐ誰かにすがりつき助けを求めたい。

 

それではいつまで経っても危険な橋を前に立ち尽くす子供のままだ。

 

「私は............!」

 

 

 

 

「セレクターを続ける。 ........でもバトルは絶対にしない!」

 

『なん....じゃと?』

 

「どういう意味ですか?」

 

二人がぽかーんとしている。

 

「私の願いは妹の桃香ちゃんに会って謝りたい。 今の私が行ってもまた逃げるかもしれないからウムルさんにも付き添ってもらいたい」

 

「逃げ出した自分を戒める為にもウムルさんは必要不可欠だから...セレクターを続けるよ」

 

『勝負を避けるのは可能なのか?ブレとやら』

 

ウムルさんの声はブレちゃんには聞こえていないはずだがカードを見つめながら答える。

 

「あのフィールドが開くのはお互いの合意ですから花蓮さんが拒否すればどうにかなるでしょう。 けど........」

 

「何だかそれじゃ逃げてるみたいだね........やっぱりバトルをして強くならなきゃ駄目かな」

 

『なんじゃなんじゃ。 お主は頭が硬いのう。 何もバトルをしなければ弱者と決まった訳ではあるまい』

 

ため息混じりのウムルさんの言葉に顔を上げる。

 

『いつもお主の傍にいるワシが強者か弱者よぉーく見極めてやろうぞ。 じゃから花蓮。 そんなに自分を責めるでない』

 

「ウムルさん........。 うっ」

 

弱っていた心を包み込む言葉に右目から一粒の涙がカードの上に落ちる。

 

『か、カードを濡らすでないぞ!!』

 

「ううっありがど............」

 

ポケットからハンカチを出そうとした時目の前に白い布が出される。

 

「どうぞ、使ってください」

 

「ごんどは........私が助けられだね...」

 

「お気になさらず。 それとここも貸しますわ」

 

トントンと自分の胸を叩き手を広げる。

 

きっと私の方が年上なのにブレちゃんの胸を借りて泣いていた............。

 

 

 

............................

 

涙が止まるまで待ってくれたブレちゃんを家の前まで送り立ち去ろうと振り返ったが呼び止められ門の前で待っていた。

 

 

「ブレちゃんってやっぱりお嬢様だったんだ...通りで綺麗なわけだよ」

 

『ワシは花蓮も可憐だと思っておるが』

 

「今日は寒いなぁ。日本じゃなくてここは北極だった?」

 

『....................』

 

話しながら待っていると前方から車椅子を扱ぎながらブレちゃんが来てくれた。

 

「お待たせしましたわ。 これを」

 

手渡しで貰ったのは何の変哲もない白い封筒。

 

中は軽く手紙でも入っているのかな?

 

「これをポストに投函してくればいいの?」

 

「花蓮さんにそんな失礼な事しませんわ。 ........どうか道を踏み外さず突き進んで下さい」

 

「?ありがとう...」

 

「お礼を言いたいのはこちらです。 本日はありがとうございました」

 

頭を下げられ慌てて首を横に振る。

 

「かかかおを上げて! お嬢様に頭を下げさせたら私の頭が一生上げられなくなるから!!」

 

「花蓮さんはやっぱり面白く優しい方ですね。 また会ってくれますか?」

 

笑顔を見せ右手の小指だけを立てる。

 

「もちろん!」と頷き、同じ動作をし指を重ね指切りを交わした............。

 

 

 

 

........................

 

 

 

親戚の家に帰宅後、封筒の中身が気になり封を切ると中に入っていたのはウィクロスのカード。

 

『レベル1から4のタウィルのカードのようじゃな。 ブレとやら中々分かっておるのう』

 

上機嫌なウムルさんの声に微笑みながら封筒を逆さにして中身がもうないか確かめているとまだ残っていたカードがテーブルの上に落ちる。

 

「?」

 

表面にひっくり返すと何も描かれていない空のカード。

 

名称不明。カード効果も何も無い。

 

エラーカードかと思いウムルさんの隣に並べ鞄からペンを取りだそうとしたが、突然名前表記に四角が光り出し、ゆっくりと浮かび上がる文字。

 

「タ、ウ、ィ、ル........タウィル!!?」

 

驚きのあまり立ち上がり口がぱくぱくと金魚のように動く。

 

『タウィルのカードならさっき見たじゃろ』

 

「ち、違くてこの空っぽのカード名が『タウィル』って表記に...!」

 

すぐさま手に持ちウムルさんに見せる。

 

ウムルさんも同じ反応をし首に巻いているマフラーが荒ぶる。

 

『お、お主何をしたのじゃ!!』

 

「エラーカードで使い道ないからウムルさんの似顔絵描こうと思ってた下心しかなかったです!!」

 

『成程。見栄えよく描くのだぞ........じゃなくて!』

 

口論しているとウムルさんの動きが止まる。

 

どうやらカードにまた変化があっただろう。私も気になって表面を見直す。

 

『............だれ?』

 

「........たうぃるさん?」

 

どうして私の手に二枚のルリグカードが......これも運命なのかはたまた繭のシナリオ通りなのか。

 

お互いに顔を合わせながら時は過ぎていった............。

 

 

 

 

 

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『その出会いは運命』end



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『その真実は齟齬』

「タウィルちゃん。 何してるの?」

 

今日は学校が休みで、外の天気は曇だったが今日は大事な日の為外出をしていた。

 

人通りの少ない道を歩きながらカードを手に持ちタウィルちゃんの様子を見ていると何やら小道具を用意していた。

 

『あわあわ』

 

「あわあわ?...もしかしてシャボン玉を作るの?」

 

頷き用意を終えたと思ったら慣れた手つきで手に持っていた円状の物を別の容器に入った液体に付けすくい上げふっーと息を吹きかけていた。

 

「(タウィルちゃんは昔の桃香ちゃんみたいで可愛いなぁ)」

 

『花蓮よ。 タウィルは昔から泡には目がないのじゃ。 大目に見てやってくれ』

 

「それは全然構わないけど。 泡まみれでタウィルちゃんの姿が見えなくなりそう...」

 

『困ったやつじゃ...。 おいタウィルよ! 花蓮が困っておるぞ』

 

手当たり次第に泡を指で割ると顔をひょこっと出す。

 

『?』

 

どうしたの?と言わんばかりに首を傾げる。

 

「タウィルちゃんは可愛いね」

 

『かわいい........?』

 

「うん。 食べちゃいたい位。 じゅるり」

 

『......れすほーぷ』

 

『花蓮はシグニでは無い。 それに今のは愛情表現じゃ。 本当に食べたいならワシは既に食われておるじゃろう』

 

「ウムルさん、それって自分で可愛いって言ってる事になるよ?」

 

『............』

 

背中を見せ座り込んでしまった。 意外な一面が出たことも驚いたけど可愛いという意識があったのが一番の驚きだ。

 

「ウムルさんはどっちかというと...クールかな」

 

『慰めなら要らぬぞ...』

 

「本音だよ?」

 

立ち上がり得意げな顔でこちらを見上げ小さい胸を張る。

 

『そ、それならよい!』

 

「ははは........。 ん?」

 

曲がり角でコンクリートの壁に寄りかかり一枚のカードを見つめる一人の女の子。

 

長い髪がふわっと揺れたと思ったら体に密着してきた。

 

「お姉さん。 セレクターですね?」

 

顔を見上げさっきまで見ていたカードを指で挟みチラつかせる。

 

見た目は私より結構年下だがどこか大人びた口調に視線が泳ぐ。

 

「そういうアナタも?」

 

「そうじゃなかったら声なんてかけませんよ?花蓮さん?」

 

今までの会話を全部聞いていたと言わんばかりに追いつめてくる。

 

両肩に手を乗せ体をそっと引き離す。

 

「用件はバトルだよね...?」

 

「話が早くて助かります。 ............それではオープッ」

 

顔の前に手を突き出すと少女は反射的に体がビクッと動いた。

 

「ごめん。 デッキ置いてきてるの」

 

「...はい?その肩に下げてるバッグに入っていないんですか?」

 

革製の青いトートバッグに指をさされ首を横に振ると肩を落としおデコに手を当て呆れている。

 

「はぁ...。 いつなら勝負できますか?」

 

「私は...バトルは受けないし、したくないの。 だから約束は出来ないよ」

 

「へぇ...」

 

それだけ呟くと背中を見せ一歩踏み出し顔をこちらに向け笑顔を見せ口を開く。

 

「なら今度あった時も今と同じ台詞を言ってください...ね?」

 

最後に不気味な言葉を残しあっさりこの場を去っていった。

 

(またすぐに会いそうな気がするけど...出来れば出会いたくない。そんな子ね...)

 

すぐにウムルさんが口を開く。

 

『嫌な予感がするのう...彼奴(あやつ)(ただ)ならぬ力の持ち主じゃな』

 

「あぁ、そうか。 ウムルさんは相手の実力を感じ取れるのか」

 

『わたしもできるの』

 

「タウィルちゃんも?」

 

『ちかくにせれくたーがいるのがわかるちから』

 

『その力は他のルリグも持っておるぞ』

 

『むー...』

 

頬を膨らませウムルさんに向けてストロー状の物でシャボン玉を吹きかける仕草をするが、カードから飛び出せず自分の顔にあたり割れる。

 

『フッフッフッ。 無駄じゃ。 カード越しでは攻撃できんぞ』

 

『............』

 

『な、何じゃその目は...』

 

『うむるきらい』

 

『す、拗ねたとてワシは悪くないぞ!なぁ花蓮よ』

 

「喧嘩されたままだと後々困るから仲直りしておいてね」

 

ポケットにカードをしまい腕時計で時間を確認する。

 

針が丁度重なり昼の十二時になる。

 

(午後はゆっくり休みたいし早く済ませよう)

 

早歩きで行動を始めた時曲がり角でまた人影を目撃する。

 

遠くでうまく確認出来なかったがコートを羽織った女の子だった。

 

特に変な様子も無かったが何故か食い入るように見てしまっていた自分に首を傾げつつ歩き出す...。

 

 

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....................................

 

 

 

 

花屋で購入した花をふた束持ち両親の墓に供える前にふと気がつく。

 

既に誰かが備えてくれていた。そして私が持つ花とおなじ種類の花を。

 

(おばあちゃんが来てくれたのかな...。 見る限り新しい...)

 

邪魔にならないよう供える。掃除もしていた為すぐに正面に向かい合掌する。

 

(................お父さん、お母さん。桃香ちゃんに会って全て話すまで見守ってて下さい)

 

目を開け立ち上がりゆっくりとこの場を後にした...。

 

 

(まさか桃香ちゃんが今日訪れたんじゃ...)

 

最後に顔を見たのは二年前でその時の表情は今でも頭の片隅に残っている。

 

恨みが困った眼光。でもあれで良かったんだと自分に言い聞かせている。

 

両親の事故は私のせいで起こった事なんだ。桃香ちゃんは悪くない。

 

三年前に不慮の事故で私達姉妹のお母さんとお父さんは他界し祖母の家に引き取られたが桃香ちゃんは学校に行かずずっと独りで過ごしていた。

 

いつも目に光はなく表情も常に暗かった。

 

ある時には縄跳びのロープを首にかけていた時があった。私はその時泣きながら止めに入った記憶がある。

 

その数ヶ月後私は決断した...。事故の現場にいた人物を──にすることに。

 

「────ねぇアナタちょっといい?」

 

不意に背後から声をかけられ大きく身体が反応した。

 

心臓がドキドキしたまま振り返り顔を見て更に鼓動の音が早くなる。

 

「う、浦添伊緒奈さん!?」

 

中高生に人気の読者モデル『浦添伊緒奈』がどうしてここに?

 

............あれ?手に持っているカードが動いている。

 

『......どうやら人違いね。 あの子に似たリボンを付けてるから探してる子かと思ったけど...』

 

「そう」

 

「な、何の話をしているの...?」

 

伊緒奈さんのルリグが手を払い冷めた視線を向ける。

 

『どっか行きなさい』

 

「えっ、...はい」

 

状況がよく理解出来ていないが長居していると怒られそうな気がし足早に去ろうとしたが二人の会話が耳に入り足を止める。

 

『”桃香”大会に出るかしら?』

 

 

「も、桃香っ!?」

 

妹の名前に反応し大きな声が出てしまった。

 

『............アナタやっぱり。 『水無月桃香』の姉?』

 

「も、桃香ちゃんはどこにいるんですか!?」

 

抑えきれない感情に伊緒奈さんに接近し肩を掴む。

 

ピクッと眉が動き視線をカードにまた移す。

 

『...離したら説明してあげる』

 

「あっ...ごめんなさい」

 

ずっと沈黙を保っている彼女の姿に落ち着きを取り戻してからとんでもないことをしていたのだと反省する。

 

『名前は?』

 

「......『水無月花蓮』です」

 

『それじゃ花蓮。 願い教えて』

 

「はい?」

 

『願いよ、ね・が・い』

 

「それは........」

 

『妹に会って謝りたい』なんていきなり初対面の人に言うのも気まずい。

 

数秒間考え返事に迷いに迷った結果。

 

「今は...言えません」

 

嘘は言っていないがいたたまれない気持ちになりつつ二人の表情を伺う。

 

やはり伊緒奈さんは興味がないようでルリグが代行して口を開いたが、

 

『妹を...消したいとかじゃないの?』

 

口角を上げルリグがとんでもない一言を吐き捨てる。

 

「そんな失礼な願いじゃありません!!」

 

何故いきなり人が嫌がる言葉を言ったのか問いつけたくなったがこっちが失礼に値してしまう。

 

『失礼ねぇ...あの子が聞いたらどう思うかしら』

 

「...桃香とは仲がいいんですか?」

 

『お友達では無いわ。 でもここ最近は顔を合わせてるわね』

 

友達でないのに顔を合わせる。どういう意味?

 

「ウリス」

 

『時間切れか。 花蓮、桃香に会いたいなら伊緒奈のSNSを見てその場所に来なさい』

 

「呟きが出来るサイト...わかりました」

 

『自分の目で確かめればいいわ...今のあの子がどうなっているか』

 

渋々私が頭を下げるが伊緒奈さんは見向きすることなく通り過ぎていく。その姿を目で追う。

 

後ろ姿が小さくなったと同時に緊張の糸が切れる。

 

ウムルさんとタウィルちゃんの声が聞こえカードを取り出す。

 

『今日はとことん災難じゃのう...。 強者と二度会うとは...』

 

「一度目は確かにそうかもしれないけど、伊緒奈さんと出会ったのは幸運だよ」

 

『ももかってかれんのたいせつなひと?』

 

「そう大切な家族だよ」

 

(桃香ちゃんにあと少しで会える...。 このまま戦わなくても自分の力で叶えられる)

 

早速帰ってウリスさんが言っていたSNSで場所を調べよう。

 

 

 

................................

 

 

数日後、放課後になりゆらぎちゃんと真子ちゃんと帰宅路を歩いている時二人から驚きの言葉が出た。

 

『カードをいきなり渡されてさ、勝手にされちゃったんだよね』

 

『わ、私は選ばれたんだ...』

 

ルリグカードを見せられたが私はどう反応していいのか分からない。

 

「えっと...実は私もセレクターだったんだ」

 

ウムルさんとタウィルちゃんを二人に見せるとマジマジと見られ何故二枚持っているのか聞かれたがその場は誤魔化した。

 

他のセレクターから取ったとかでは無いと伝えると納得してくれた。

 

 

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「そうだ。花蓮今日は急ぎの用事があるって言ってたけど時間大丈夫?」

 

「いけない!」

 

今日は桃香ちゃんが住む場所の近くでセレクターだけが参加出来る大会があることを思い出す。

 

「い、今から走って駅に向かえば間に合うと思うから二人ともごめんね!」

 

軽く頭を下げ手を振り走ろうとした直後電柱の影から人が現れた。

 

「花蓮さん今日はバトルしてもらいますよ」

 

「アナタは...前にバトルを挑んできた」

 

「若葉と呼んでください♪」

 

 

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足を止め先日と同じ服装で髪型も同じだった為すぐに分かったが今はかまっている時間は無い。

 

「今急いでるからまた今度!」

 

「............それはお友達がやられてもいいってことですね?」

 

後ろに立っていたゆらぎちゃんと真子ちゃんに視線が移動する、微笑みながら二人に身体を向け踏み出す。

 

すぐさま間に割り込み遮る。

 

「二人は関係ないでしょ...!」

 

選ばれし者(セレクター)になったからにはいずれ戦う運命ですよ?まさか本気で逃げられると思ってるんですか」

 

「っ!アナタッ!」

 

『お、落ち着くのじゃ花蓮!!』

 

 

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願いを叶える為なら誰でも構わないと言いたげな若葉の発言に頭に血が上りルリグカードを二枚正面に出す。

 

「やっとその気になってくれましたか」

 

「か、花蓮ちゃん...」

 

「真子ちゃん、ゆらぎちゃん二人は下がってて......ここは私がやらなくちゃいけないの」

 

状況が掴めないといった様子の二人を置いて若葉を睨み続ける。

 

数秒後、長く発言していなかった言葉を発したと同時に視界が真っ暗になる。

 

「「オープンッ!!」」

 

 

 

........................

 

 

白と黒が入り交じった空間。右には薄らとだが真っ黒いビル等の建物が見える。近くで音はしないが落雷が相手の背後で何度も落ちている。

 

顔を上に向けると空を覆う巨大な針...ルーレットが私に指し示す。

 

『先攻はワシらじゃ!始まったからには仕方ない...花蓮よ手を抜くでないぞ!!』

 

「モチロン。 そのつもり...!」

 

立体映像かと今も疑っているけどテーブルの上に立つ小さなウムルさんを見てそんな事も今は言っていられない。

 

「私のターン!ドロー。 ........エナをセットしてレベル1へグロウ」

 

本来だったらカードを手に持ち全て手動だけどこの空間は全て発言したままにカードが動いてくれる。

 

「シグニを左右に出しターンエンド」

 

先攻はアタック出来なくて後攻からアタック可能になる。

 

「若葉のターン...」

 

このターン以降から先攻も二枚ドローになり手札が多くなる。

 

一通りの動作を終えアタックフェイズに入る前若葉が私に向け指をさす。

 

「花蓮さんバトルは何回負けてますか?」

 

「二回だけど...何か問題あるの?」

 

「後一回負ければ願いは逆流し自身の破滅...ご存知ですか?」

 

「それでも友達を見捨てるなんて出来ない。 仮にこの場で負けたとしても私だけが犠牲になる」

 

「............友達思いですね」

 

笑みを浮かべテーブルの上に立つルリグに手を差し出し肩に乗せる。

 

瓜二つの顔に驚いたが今はバトルに集中していたい。

 

「ごめんなさい。脱線してしまいましたね、アタックフェイズに入ります」

 

ウムルさんは右手に持っていた大きな鍵を両手持ちに変え身構える。

 

 

────決着がつきそうになった時肩に乗っていたタウィルちゃんの何気ない一言に唖然とした。

 

『かれんたのしそう』

 

散々バトルを避けてきたがそれはこの感情を抑える為でもあった。

 

以前にもターンが進むにつれ口が緩み笑みを浮かべながらバトルをして勝っていたけどこの感情はおかしい。

 

負けた人は悔しい思いをしているのにそれを嘲笑うかのような笑顔をしていた自分が恥ずかしい。

 

意識して挑んだ時もあったが最後にはまた楽しいと気持ちいいの感情が抑えきれず顔に出てしまう。

 

それから二度連続して敗北してからよく分かっていたつもりでいた。

 

 

「........っ」

 

唇を噛み眉を顰める。

 

『............どうしたのじゃ』

 

ウムルさんに心配されたが首を横に振りアタックフェイズに入る。

 

若葉のライフクロスはゼロ。シグニの攻撃かウムルさんの攻撃が通れば勝てる。

 

「『コードアンチ ヨグソトス』でアタック!!」

 

黒の閃光が相手目掛け直進していく。この瞬間また私は............。

 

 

 

....................

 

 

「───花蓮さん強いですね...まさか『クロス』を使っているなんて予想外でした」

 

「これで反省してくれたなら嬉しいけどね」

 

若葉ちゃんはしっかり頭を下げてくれた。頭に手を乗せ撫でると頬赤くして払いのけた。

 

「今度はそちらのお二人が相手してくれるのを楽しみにしてます...フフ」

 

今すぐ挑みたかったに違いないが、若葉ちゃんは足早に帰っていった。

 

ルリグも一度バトルすると疲れ休まなくちゃいけない。必ずしも休ませなきゃいけないというルールは無いが力を充分に発揮できなく勝率が下がるとか。

 

観戦側にいた二人は後ろでポカーンと立っていたがすぐに我に返りゆらぎちゃんが肩を揺らしてくる。

 

「どどどういう事なの!!?」

 

「お、落ち着いて...。 うっぷ」

 

アトラクションに乗った後に全力で揺らされたみたいになり吐き気が襲ってくる。

 

「ご、ごめん.......。じゃなくて!セレクターバトルってなんなの!?」

 

「ゆらぎちゃん落ち着いて。 花蓮ちゃん用事の時間に間に合う...?」

 

興奮しているゆらぎちゃんを抑えながら真子ちゃんは恐る恐る私の腕時計を見つめる。

 

「そうだった...!戻ってきたら二人にはゆっくり説明するから!」

 

『その必要はないわ』

 

何処からか大人びた女性の声が聞こえた。

 

「ア、アルフォウ?」

 

ゆらぎちゃんの制服のポケットから出てきたカードが喋っていた。

 

『私が一通り話してあげる。 ........だから早く行ってきたら?』

 

どんな姿で今どんな表情をしているのか気になったけどこの場はアルフォウに任せて急ごう。

 

 

 

....................

 

 

大会会場前に着いたのは開催後一時間経った後だった。

 

建設中のビル入口前で立ち止まり日が落ち暗くなった空をカードを持ちながら眺めているとタウィルちゃんの『おぉー』という声が聞こえてきた。

 

『おっきい...はいらないの?』

 

「遅刻して今から入ってもすぐに追い出されると思うからここで眺めてようかな」

 

『何じゃ。お主は妹と会うためにここまで足を運んだのにそれでは無駄ではないか』

 

「そうだよね...」

 

『うむる、かれんがこまってるの』

 

間に入りタウィルちゃんは私に指をさしながらウムルさんの顔を半目でじっと見る。

 

『...少々言いすぎた。じゃがこのまま帰るのは惜しいのではないか?』

 

首を横に振る。

 

「SNSで教えてくれた伊緒奈さんが言うには、桃香ちゃんはこの街にいるみたいだからいつかすぐに会えるよ」

 

『...会って謝るんじゃったな。ならこんな戦場ではなく面と向かって話せる場所がよいな』

 

「うん。ごめんねウムルさん」

 

『謝るではない。これではワシが悪者ではないか。タウィルもいつまで指を指しておる』

 

『かいけつしたからおろす』

 

タウィルちゃんは手を開き死角に置いていたストローを口に咥え吹くと先端から何個もの泡がカードの内を埋める。

 

『早速シャボン玉で遊びおって...』

 

「ふふ...それじゃカード屋に寄って帰りましょ」

 

『そうじゃの...ところであの古代兵器が置かれていたカレー屋には行かないのか?』

 

「...行きたいの?」

 

『うむ』

 

腕を組み小さい胸を張るウムルさんに思わず吹き出す。

 

「童話に出てくる魔法のランプみたいな入れ物だけが目的でしょ?その為にお店に入るのも...」

 

『何じゃ花蓮は興味がないのか。あの古代兵器はな......』

 

淡々と説明を始めたウムルさんの言葉を半分聞きながら高層ビルに背を向けた............。

 

 

........................

 

カード屋で一枚カードを購入し食事をすませ人通りの多い道を歩いている時、以前見かけたコートの少女と遠い距離ですれ違った気がした。

 

横断歩道で渡りきってから振り返ったがこの人混みの中では探しきれない。

 

(あの赤いリボン......気のせいだよね?)

 

『ネッシーとやらのデザイン人間に餌付けされておるのだがどう思う?......花蓮?』

 

「ううん。何でもない」

 

『そうか。 また一人で背負い込むでないぞ。 今度はワシとタウィルがおるんじゃからな』

 

「うん。困った時は相談するよ」

 

『うむるおじさんくさい』

 

『な、なんじゃとー!!』

 

 

この二人と一緒なら桃香ちゃんに正面から向き合って謝れる気がする。

 

会って真実を話そう。あの交通事故の現場にいた人物の事を全て............嫌な思い出でもいつか振り返らなくちゃいけない時がくる。

 

その時まで............。

 

 

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『その真実は齟齬』end



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『この夢は非情』

────大切な記憶が欠けている。

 

アイツ(花蓮)と今まで過ごしてきた大切な記憶の欠片。 何処に置いてきたのか誰も知らない。

 

いや、一つだけ残っている。 アイツが何処か暗く狭い部屋で二人きりになった時に吐いた台詞だけは。

 

『私のせいで............。 私が責任を負わなくちゃいけないの。 だから桃香ちゃんは強く生きて...』

 

後日私の前から姿を消した。 連絡先、今何処に住んでるのか分からない状況のまま二年も経過した。

 

...あの日から姉として見るのではなく、臆病者の無責任な女として認識し始めた。

 

そんな日々が続いたある日、クラスメイトから一つのカードゲームを勧められた。

 

 

────『WIXOSS(ウィクロス)

 

今となっては命の次に手放せない物になっているカード。

 

selector(セレクター)』に選ばれた少女は勝ち続ければ『夢限少女』になり願いが叶うという信憑性のない噂で持ちきりだった。

 

流行りに乗ってみるのも悪くないと考え私はカードショップで最後の一つだったデッキ『 BLACK(ブラック) NEED(ニード)』を購入し家で開封すると一枚だけ妙にリアルなカードが混じっていた。

 

それが今のパートナー、『ミュウ』との出会いだった。

 

始めから寝てばかりの姿にバトルをすることよりも面倒を見ることで手一杯だった覚えがある。 挑まれても寝ていては勝負にならない。

 

それから数ヶ月して、セレクターバトルに足を入れ連勝続きで浮かれていた。だが、すぐに一人の少女に敗北し連勝を止められた。

 

 

顔はもう覚えていないが私より年は上で白髪のお嬢様?みたいな風格を持ち、 語尾に必ず『~ですわ』を付けやたら絡んでくる面倒な人だった気がする。

 

 

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ミュウがセレクターバトルの真理を教えてくれ手を引くよう伝えてきたが逆効果で私は更に興味が湧き上がった。 どうやらルリグ達にもルールがありペナルティ覚悟で伝えた事をミュウは後悔し嘆いているに違いない。

 

そんな気持ちを知っていながら、私は好都合と受け取り戦い続けている。

 

それ程にアイツに憎悪を抱いている。 家族を逝かせ逃げたアイツの命............人生を............

 

終らせてやる────

 

 

 

────────

 

 

休日の昼間から伊緒奈(ウリス)に呼び出されたかと思えば撮影現場である公園の広場の隅にあるベンチに待機させられていた。

 

「まだ来ないのか...」

 

コートを着ているが衣服の隙間から冬特有の冷たい風が入り込み貧乏ゆすりを繰り返していた。

 

『そういえば桃香。 近くでバザーやってるみたいよ』

 

「バザー......一般人がいらない物を持ち寄り売りさばくあれか...」

 

どうせまだ戻ってこないだろうと判断し立ち上がり腕を回す。

 

「ミュウがいくらで売れるか試してみようかな」

 

『................素人じゃ値段つけられない。 それほど貴重なの』

 

「この間カードショップで50円で売ってたけど」

 

『凹むから現実的な値段言わないで............』

 

............................

 

 

 

バザー会場に着き目新しい物がないかフラフラしていると正面から走ってきた人と肩がぶつかる。

 

「っ」

 

舌打ちをしそうになったが、とりあえず喧嘩腰にならず相手の顔を見る。

 

「............るう?」

 

「あ............桃香」

 

少し息を切らしたるうが私と目が合うとすぐに逸らした。

 

「何か探し物? 手伝うけど」

 

「だ、大丈夫。 それじゃ............」

 

「待ってよ。 ............タマは元気?」

 

背を向けて逃げようとしたるうの腕を掴みわざとらしくタマの状況を聞く。

 

知っているがどんな反応をするか様子を見ていると今度はるうの後を追いかけてきた一衣がやってきた。

 

「! も、桃香............るうの手を離して!」

 

あっさり掴んでいた手を離され肩を竦める。

 

「別に取って喰おうなんて考えてないんだからそんな警戒しなくていいじゃない」

 

背を向けたまま一衣に寄り添うるうに投げかけるが反応はない。

 

無言の時間が続いている時、ポケットに入れていたミュウが小声でイイ情報を教えてくれた。

 

『............るう子からルリグの気配を感じる............』

 

「あれ? るうまだセレクター続けてるんだ? パートナーは誰? タマはいないんだよねぇ?」

 

挑発的な言葉に一衣と胸に下げていたカードケースの中にいる遊月が真っ先に驚く。

 

「............」

 

「黙ってないで教えてよ。 あぁ言い方が悪かったか...。 教えて下さいよ小湊るう子さん」

 

「っ!!」

 

「るう子!?」

 

顔を俯かせたまま全力で走り去ってしまったるうへ一衣は腕を伸ばす。

 

「............どうして」

 

「ん?」

 

一衣が怒りをあらわにし私に何か言おうとしたがやめるうのあとを追いかけに行った。

 

取り残された私は親指の爪を噛み鼻で笑う。

 

「素直にイオナがルリグって言えばいいのにねぇ」

 

『............』

 

ミュウまでも黙ってしまった。

 

興も冷めてしまい待ち合わせ場所に帰ろうと振り返りとウリスがすぐ側まで向かってきていた。

 

駆け足でより声をかける。

 

「ようやく終わったんだ」

 

「晶と話し込んでいた」

 

「はぁ...。 愛されてますね」

 

「嫉妬してくれてもいいわよ」

 

「それはない。 ないです」

 

手で否定するとウリスは薄い目で私を見つめる。

 

「............ところでさっきまで負け犬さん達と何をしていたの?」

 

「るうと一衣? たまたま見かけて声をかけたら速攻で振られた」

 

「情けないわね」

 

「そうですよ。 私は後を追いかけない情けない人ですよ」

 

「それじゃ情けない人。 いつもの所に行くからついて来なさい」

 

長い髪をふわっと揺らし歩き始めたので横に立ち歩いていると焼き鳥屋の屋台が目に入る。

 

「ウリス。 あれ食べる?」

 

「勝手にしなさい。 先に行ってるわよ」

 

「そうですか」

 

足を止めず出口まで向かうと立ったまま涎を垂らす女がじっと先程までの屋台を見つめていた。

 

どこかで見たことあるが曖昧な記憶の為気に掛けることなく横を通り過ぎると左腕を突然掴まれ身体がぐらついた。

 

「あ、危なっ............」

 

危うく尻から倒れそうになりすぐに掴んでいる腕から顔へ視線を向けると顔が目の前に近づいていた。

 

「貴女、『水無月 桃香』ではありませんか!?」

 

「はっ? 誰よアンタは...」

 

「ワタクシを忘れたのですか! 貴女と一度戦い友情を誓った『一条(いちじょう) 榎燐(かりん)』ですわ!」

 

「とりあえず手離してもらっていい?話すにせよこの体制はきついから」

 

ゆっくり離してもらいコートのシワを直す。

 

「榎燐...って言ってたけど私の友達にはいない名前だよ」

 

「ガガーン! ですわ............」

 

ん?ちょっと待って............この口調といい語尾といいどこか出会ったことあるような...。

 

「白髪のですわ女............」

 

「思い出してくださいですわ!」

 

「五月蝿い。 ちょっと黙って」

 

「ショボーンですわ」

 

「一々擬音を口にしないで」

 

「ガー...」

 

睨みつけると自分の口を自分の手で塞ぎやっと静かになった。

 

目を閉じ古い記憶を探っていく............。

 

「あっ。 思い出した。 ですわ女か」

 

あっさりと発見出来た。 理由は簡単なもので私がセレクターになり調子づいていた頃、今と同じ様に話しかけてきてバトルを仕掛てきた女。

 

「流石はワタクシの友ですわ!」

 

「あーうん。思い出してすっきりしたしそれじゃ」

 

「ガシッ! ですわ!!」

 

今度はコートのファーに無理矢理掴みかかってきた。

 

「久しぶりに顔合わせしたかっただけでしょ? 私は用事があるから。 ほら隣にいる人が怒っちゃうし」

 

「お供の方はもう先に行ってしまいましたわよ?」

 

即座にウリスがいた方を見ると榎燐の言う通り姿が無くなっていた。

 

「まぁ待ってくれる訳ないか。 だけど用事があるの」

 

「友なら友人を置いていきませんわ」

 

「何時から友達になった。 バトル一回で友達関係になるほど親しくなった記憶ないけど?」

 

「桃香は了承してくれたではありませんか!」

 

また思い出すのも面倒だ。 この女に合わせた方が早く済みそうな気がしてきた。

 

「ハァ...分かりました。 それで私にどんな御用ですか?」

 

涎を垂らしながら屋台を見つめていた時点で察していたが確認の為聞く。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ワタクシお腹が空いていますわ! 庶民の方がよく使う言葉で言うと腹の虫が鳴いているですわ」

 

「よくご存知で...お嬢様ならお金があるでしょ? それで解決す「この夢の世界に来た時に財布は持ち合わせてませんの!」

 

指をさし偉そうに答える。

 

「(頭のネジが飛んでるのか?)夢の世界って...一度脳に衝撃与えてあげようか?」

 

拳を握りおデコにコンコンと当てる。

 

「以前試しましたが効果なしでしたわ。 ショックで一日寝込んでました」

 

「やったのか...。(寝込んだ原因は頭痛でしょ) 正気じゃないね。 榎燐様は」

 

「褒めてますか?」

 

「うんうん。 すごーい。 わぁーパチパチ」

 

「??? フフーン!ですわ」

 

気持ちのこもってない拍手して馬鹿に............称えてると胸を張り髪を掻き上げ得意げの表情を浮かべる。

 

合わせつつ続けて話す。

 

「この夢の世界でもお金を払って物を買う。 これは当たり前のことなんだけど本当にお嬢様なんだね」

 

服装を見ると地味なパーカーを着ているがスカートはフリルの物。 似合わない衣装だが言わないでおこう。

 

「そうですわ。 いつもは仕えの者に買わせていますから」

 

「............電話したら? 携帯貸すから」

 

「ケータイ...?」

 

「独り言だから。 ............これはめんどくさいなぁ」

 

助けを呼びたいが更に悪化するだろうし............あっ。

 

「榎燐様にはルリグがいるんだよね?」

 

「はい? これがワタクシの親友『 』ですわ!」

 

名前が聞き取れなかったがカードの裏面だけでそれがルリグだと判断し私はコートのポケットから財布を取り出し、中を確認する。

 

この際お金を少しだけ渡しこの子の面倒はルリグに任せよう。 ......どこまで私はお人好しなんだ............。

 

(一万円しかない...)

 

チラッと榎燐を見ると鳴りっぱなしのお腹を擦りルリグと会話をしている。

 

渋々、最後の一枚のお札を抜き榎燐の手を取り乗せる。

 

「無駄遣いしないでよ! 絶対!!」

 

「はい??」

 

この世間知らずのお嬢様は強く言っても無駄遣いしそうだが言った方が自分の中に安心感が生まれる。

 

興味津々にお札を空に掲げ見上げる。

 

「屋台の人に出せば匂いの元が買えるから」

 

「マネーですわー! でもこれ以前頂いた物とは絵が違いますわ?」

 

「はぁ!? 前にも人からお金を貰ったの!?」

 

一体どうやって生活しているんだこの人は............。

 

「はい。 この衣装を頂いた大切な友人............『水無月 花蓮』から貰いましたわ。 んん? そういえば貴女も『水無月』でしたわね。 もしかして........」

 

「随分優しい人もいたもんだね............」

 

地面に目を向け呆れながら今の会話を頭の中で復唱する。

 

 

 

 

 

 

水無月 花蓮........?

 

 

 

 

 

一番聞きたくない名前に私の身体が無意識のうちに動き榎燐の胸ぐらを掴み取る。

 

「今............なんて」

 

「く、苦しいですわ...」

 

「いいから早く言えよっ!! 誰から貰ったって!?」

 

「か、がれん............ですわ。 水無月...花蓮」

 

パッと手を開き解放する。

 

「何処にいた?」

 

「く、苦しかったですわ......」

 

コンクリートの地面に両膝をつけ息を整える榎燐の髪を強く掴み視線を合わせる。

 

「どこ?」

 

「お、覚えてませんわ...。 ワタクシが迷っていたところ声を掛けて下さったので............」

 

舌打ちをし髪を離すと涙目で榎燐が私の手を握る。

 

「貴女本当に『水無月 桃香』ですわよね!?」

 

「そうですよ。 アイツの妹の『水無月 桃香』だよ」

 

笑顔で答え立ち上がり爪を噛み吐き捨てる。

 

「............アイツと同じ血が流れてるなんて虫酸が走るけどね」

 

「........................」

 

 

……………………………………

 

 

 

ウリスと晶の事務所に同席し帰る頃には夜になっていた。

 

出てすぐにセレクターに挑まれ薄暗く人一人が通れる路地裏で戦い勝利した。 対戦相手はオドオドし今の状況を理解していない様子だった。

 

散らばったカードを一枚一枚集め差し出すが怯えたまま受け取ろうとしない。

 

「どうしたの? 戦う前に言ってたじゃない。 大切なカード達を触らせないって」

 

 

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話を聞かず背中を見せて飛び出してしまいため息をこぼす。

 

「私が欲しかったのはルリグだけだったんだけど」

 

裏面のまま落ちているカードを拾い上げ表を見ると予想通り(から)になっていた。

 

三回負ければルリグはまた新しいセレクターの元に行ってしまう。 そして負けたセレクターは願いが逆流する............。

 

 

さっきの子の願いは『今度のサッカーの大会で勝ちたい』だったかな。

 

 

デッキとルリグカードをまとめ地面に置きさっきの子とは反対の道を歩き出す。

 

 

 

 

 

 

遠くでクラクションが鳴り響き住民がそちらに足を向かわせる中、独り笑みを浮かべながら歩く少女がいた............。

 

 

 

 

『この夢は非情』end............




オリジナルサブ 『一条(いちじょう) 榎燐(かりん)』イラスト


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『その少女は暴走』

『悩んでおるの花蓮よ』

 

「............うん」

 

『かれん。 めのしたにくまさん』

 

「冬眠してるんだよ」

 

『............本当にどうしたのじゃ』

 

授業時間が終わった放課後。 机の上に置いていたカードの中からウムルさんとタウィルちゃんが不安そうに声をかけてきてくれた。

 

悩みの種はつい最近ゆらぎちゃんと真子ちゃんがセレクターに選ばれたことにある。

 

二人はバトルをしているのか。 セレクターバトルの本質を知らないまま戦えば相手と二人が傷つくだけ。

 

止めたい気持ちが強いがどう説明する? カードを貰うなんて出来ない。 仮に自分の立場に置き換えたとしても友達にウムルさんとタウィルちゃんを差し出すことは躊躇うだろう。

 

頭痛がしてきたところに右肩を誰かに優しく叩かれそちらへ顔を向ける。

 

「この世の終わりみたいな顔しながらカード眺めてどうした?」

 

「樹くん...。 えっ、とデッキを考えてたんだ」

 

ゆらぎちゃん達と仲良しだがセレクターでない樹くんに話しても混乱するだけだ。 ここはうまく誤魔化そうと考えたが、

 

「............本当か?」

 

どうして私は肝心な場面で嘘をつけないんだろう。

 

あっさり見抜いた樹くんは私にデコピンをしてきた。 ゆらぎちゃんにはよくチョッカイ?を出しているが私は初めてのことに戸惑いながら様子を見る。

 

「お前がそんな様子じゃゆらぎや尽白が声かけづらいだろ」

 

親指で示す方を見ると廊下からこちらを覗く二人の姿。 目が合うとすぐに隠れてしまった。

 

一人で勝手に焦っていたせいで周りに迷惑をかけていた。 それを樹くんが教えてくれた。

 

何だか悩んでいたことが無駄だったと思い思わず笑ってしまう。

 

「な、なんだ? 今度は急に笑って...」

 

「ううん。 なんでもないよ、ありがとう樹くん」

 

焦らずゆっくり二人には伝えていこう。 そして、二人のルリグもきっと本来のルールを知っているだろうから協力して乗り越えていこう。

 

「私みたいな人に気をかけてくれて本当にありがとう。 そういうところが好きだよ」

 

「うっ」と後退りし恥ずかしそうに頬をかく動作をしながら視線を逸らす樹くんに疑問を抱く。

 

「そういうことサラッと人に言うか普通............。 だから勘違いされるんだよ」

 

「え? 勘違いって?」

 

「これだから天然は...ほらっ隣のクラスからの手紙だ! ちゃんと返事返してやれよ」

 

乱暴に私の手のひらに一枚の手紙を渡され樹くんは教室から出ていってしまった。

 

???手紙なんてどうしたんだろう?

 

「今開けよ...「ちょっと待ったー!」

 

さっきまで廊下にいたゆらぎちゃんが全力疾走で私の前まで接近し手紙を奪い取る。

 

「ゆ、ゆらぎちゃん。 その手紙............宛名が書いてないけどゆらぎちゃんの? でも隣のクラスの子って言ってたか」

 

「どうしてそうなるの! これはどうみても「「ゴホンゴホンッ!!」」レター!」

 

クラスに残っていた男子生徒がほぼ同時に咳き込んでよく聞き取れなかった。

 

「敗れたー? 何に負けたの?」

 

「ああもう! デリカシーがないなぁ!」

 

「???」

 

「ゆらぎちゃんそこまでにしようよ...。 花蓮ちゃん。 もう帰ろ?」

 

興奮したままのゆらぎちゃんの後ろからおずおずと顔を覗かせた真子ちゃんの言葉に私はカードを手に取りポケットにしまう。

 

「うん...!」

 

………………………………………………………

 

 

ゆらぎちゃんとは別れる間際まで弄られてしまったが原因がわからないままで、手紙も返してもらえなかった。

 

『やっといつものかれんにもどった』

 

手に持つタウィルが微笑みシャボン玉を作っていた。

 

「二人ともごめんね。 心配かけて」

 

『全くじゃ...(あるじ)であるお主が消沈していてはコチラも対応に困るからのう』

 

『そうそう...。 かれんはえがおがにあう。 だからわらってて』

 

「............よぉーし! なんだか元気が出てきた! このままカードショップでウムルさんのカードを買いに行くよ!」

 

『またいきなりじゃの。 じゃがワシのカードなら大歓迎じゃ!』

 

『むー...。 かれんかれん』

 

ぷくーと頬膨らませながら今にもカードから飛び出し腕を引っ張ってきそうなタウィルちゃん。

 

「勿論タウィルちゃんにも関連したカード買う予定だからそんなにムッとしないで」

 

するとすぐに御機嫌を取り戻しシャボン玉を沢山宙に浮かせていた。

 

自分の財布と相談しながら購入しようそう考えていた時。 不意に左肩に違和感を感じた。

 

振り返る瞬間甘い香水の匂いが鼻に入ったかと思えば白髪の髪が目に入る。

 

「うわっぷ!」

 

「ご無沙汰ですわね水無月 花蓮! ............しゃがみ込んでどうなさいましたですわ?」

 

顔を見ようとした拍子に今心配してくれている少女の顔がまさかすぐ目の前にあるなんて思いもせず、髪が眼球に刺さり妙な感覚に襲われる。

 

目を何度か擦り涙目で声の主へ顔を上げる。 また近い。

 

マジマジと見るとまつ毛が少し長い綺麗な目が私を心配そうに見ていた。

 

「あの...榎燐(かりん)ちゃん顔が近いよ。 このままじゃキス出来る距離になっちゃう」

 

「きす? ...それの意味は接吻ですわね! まだ唇では経験がないの...花蓮。 貴女で試してもいいかしら?」

 

「良くないよ...。 キスは想いを寄せる人とするんっ!?」

 

突如、強めの力で両方の頬を手のひらで掴まれジリジリと大きな瞳が接近してくる。

 

「ワタクシ花蓮にはお世話になっており想いを寄せておりますわ!」

 

「しょうゆうもんだいじゃにゃい!」

 

「毎朝お母様とはお互いに頬にしていますから慣れておりますわ!ですわ!」

 

「にゃ、にゃらほぉへにしてぇ!」

 

「断固拒否しますわ! ワタクシ一度決めたことは達成しないと気がすまなくてよ!!」

 

埒があかないと判断し私は榎燐ちゃんの手を取り引き離す。

 

何とか力ずくで突然の暴走を止められホッとしていると榎燐ちゃんは落ち込んでしまった。

 

「ショボーンですわ...ワタクシ花蓮を想っているのに」

 

「気持ちだけで充分嬉しいから...私もまだ経験ないけどこれだけは............」

 

「............せめて頬に! ずっとお母様に会えずそれすらも叶わなくてワタクシ身が張り裂けそうですわ...」

 

その言葉から感じ取れる榎燐の辛さ。

以前出会ったときも自分の住む街に帰れないと嘆いていた。

 

何故彼女の住む家がないのだろう。 疑問が幾つも上がるけど問いかけようにも榎燐ちゃんが更に傷ついてしまうはず。

 

人には触れられたくない記憶がある。 私にだって幾つもある。 家族...そして桃香ちゃんの件。

 

............今にも泣き出しそうな榎燐ちゃんから恐る恐る今の状況を聞く。

 

「...榎燐ちゃん今は何処で寝泊りしているの?」

 

「昨日は初対面のオジサマがホテルに案内してくれましたわ」

 

「............え」

 

「そのオジサマはとーってもお優しく衣装まで用意して下さって、ワタクシ感謝の気持ちで抱きしめましたわ!」

 

「ちょ、ちょっと...」

 

いくら鈍臭い私でもそれは危ないと直感で理解し笑顔で振る舞う榎燐ちゃんの両肩に手を乗せる。

 

「へ、変なことされなかった?」

 

「えぇ! ......でも、そのオジサマワタクシが寝巻きで着た衣装を使用するとおっしゃって、持ち帰ってしまいましたわ...。 何に使うのか気になりましたが...」

 

「と、とにかく榎燐ちゃん。 今後初対面の人にはついていかないように!

今度は優しい人とは限らないんだから!」

 

「...? わかりましたですわ。 そんなに興奮なさって花蓮も同行したかったの?」

 

返答をするより先に頭の中で榎燐ちゃんが箱入り娘だと認識した方が早く、呆れながら溜息を吐く。

 

本人は自覚はないがかなり危険な場面に巡り会っている。

 

「............どうにかしなきゃ」

 

私は鞄から携帯電話を取り出し今住む従姉の携帯に電話をかける。

 

通話に応答してくれ理由を説明している横で携帯電話を物珍しそうに恐る恐る触ったり耳を密着させ会話を聴いていた。

 

電話を終えると榎燐ちゃんは離れ自分の頬に指を当て首を傾げる。

 

「それがケータイという通話機?」

 

「うん。 通話も出来てメール...文章とか相手に送信出来る機械だよ。 榎燐ちゃんは...持ってないよね」

 

携帯電話もとい、スマートフォンを手の上に置くと危険物を扱うといった様子を見る限り分かってしまう。

 

「これがあれば何処からでも連絡出来まして?」

 

「山奥は難しいけど、ある程度電波が通ってる場所なら可能だね」

 

「これ欲しいですわ!」

 

「うーん...。 それは家の人と相談かな。 買ってあげるって簡単には言えない物だから。 もし榎燐ちゃんが手にしたら連絡先交換しようね」

 

「ガックシですわ~............屋敷に帰宅したらお母様に相談してみますわ!」

 

返してもらうと榎燐ちゃんは何かを思い出し声を上げる。

 

「そうでしたわ。 先程までお話していましたがご用事がありまして?」

 

「あっ。 忘れてた。 言ってくれてありがとう」

 

ついいつもの癖で感謝しながら頭を撫でると榎燐ちゃんは嬉しそうに口を緩ませていた。

 

「それでね、榎燐ちゃんしばらくわたしの家...ではないけど従姉の家に泊まって欲しいなぁって」

 

「お泊まり!?」

 

大きな声で反応した榎燐ちゃんの目は携帯を見ている時よりも目をキラキラさせていた。

 

「友達の家でお泊まりは初めて?」

 

「初体験ですわぁ~! 憧れの一つでもあるひとつ屋根の下で友と一夜を過ごす!」

 

「変な言い方な気がするけど、今家には私しかいないから間違ってないか」

 

従姉は仕事の出張で暫く不在と電話越しに言われた。

 

「ドキドキが止まりませんですわぁ~」

 

本人からの了承も得て声をかけ脚を回した。

 

「さぁ花蓮の屋敷へ出発進行ですわっ!!」

 

「...期待してるかもしれないけど...想像より何倍も狭いよ?」

 

 

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........................................

 

 

「適当に座ってて。 隣の部屋で着替えてくるから。 後榎燐ちゃんが着る衣服持ってくるよ」

 

「はーいですわ」

 

花蓮が部屋を出てすぐに榎燐は部屋周りをキョロキョロしながら観察していた。

 

「ワタクシの浴室より狭いですわね...。 ですがワタクシは友の家に来たことがなによりも感動ですわっ!!」

 

『先程から忙しない奴じゃのお主は』

 

「はっ! 貴方は花蓮の友ウムム!」

 

『ウムルじゃ! 悩んでどうする!!』

 

クッションの上に座っていた身を乗り出しテーブルの上に置いてあった二枚のカードをジッと見つめる。

 

『わたしたうぃる...』

 

「たうぃるん!」

 

『............』

 

温厚で大人しいタウィルの眉がピクッと動きストローを咥えシャボン玉を吹き出す。

 

『可愛らしい名前じゃのう。 たうぃるん?』

 

怒りをあらわにしているのが手に取るように分かっているウムルは笑いをこらえていた。

 

「ウムムとたうぃるん覚えましたわ。 ワタクシは............」

 

『一条榎燐じゃろ。 先日花蓮から話は聞いておる』

 

冬にはいろうと言うのに公園のベンチで寝ていた榎燐を心配して介抱した話を花蓮から聞かされていた。

 

「ウムム............!」

 

『分からりづらいからやめるのじゃ!』

 

「それとこれがワタクシの...」

 

『見事に回避されたのう...』

 

「親友............『ハナレ』ですわ!」

 

『............』

 

突き出されたカードの中で無表情で佇み微動だにしない少女。 人形と見間違えるほど整った顔立ちにウムルは「ほぉ」と小さく反応した。

 

『ハナレとやら、お主のマスターは破天荒で疲れるじゃろ?』

 

『そうかな............。 私は榎燐の行動は無意味じゃないって信じてるよ』

 

「ムズムズすること言わないでですわ...」

 

ソワソワしながら視線が左右に泳ぐ。

 

『かりん...。 かりん...。 りんりんはかわいからだめ』

 

榎燐の名前をブツブツと呟くタウィルにウムルは呆れ果て頭を抑える。

 

『まだ根に持っておるのかお主は...』

 

『うむむ...』

 

『お主までコケにしておるのか!?』

 

やり取りするカードの横にハナレのカードをそっと置く。

 

「これでワタクシ達は友達同士ですわね! 友になった証に...」

 

『『証《あかし》に?』』

 

ルリグ二人が声を揃え胸を張り続ける榎燐へ問いかける。

 

「............考えてませんでしたわ」

 

『...ぽんこつ』

 

タウィルは冷たく吐き捨てる。

 

『タウィルそれは言い過ぎじゃ。 ここはドジっ子と言うのが正しいと花蓮が言っておったぞ』

 

『それもどうかな...。 榎燐無理に証明しなくても私達は榎燐の友達だから安心して』

 

「そ、そうですわね...。 コホン。 親しみを込めてウムムちゃんとたうぃるんちゃんと呼びますわ!」

 

『要らぬお世話じゃ。 まず間違いを訂正せい』

 

『せいせーい』

 

タウィルは後頭部に手を回し小振りに腰を振る。

 

「せいせーい?こうですか?」

 

『みっともない真似をするでない!』

 

怒り気味に注意している横でハナレが小さく笑う。

 

『お主まで気が狂ったのか?』

 

『そうじゃない...榎燐がこんなに明るいのは久しぶりだなってね』

 

『...うむ。 なら今はこのままにしておこうかのう』

 

『そうしてあげて。 ............もう時間がないから』

 

『なんじゃと?』

 

意味深長な発言に耳を再度傾けるもハナレは黙り込んでしまう。

 

動きを止め榎燐は扉へ視線を移し不安そうな声で囁く。

 

「花蓮遅いですわね...まさか事故に巻き込まれたのでは!?」

 

『有り得ぬ』

 

「大いに有り得ますわ、今助けに行きますですわぁーー!!」

 

『あ、待つんじゃ! ......本当に自由奔放じゃのう!!』

 

部屋を飛び出した榎燐を追うことも出来ずウムルはその場にお尻からドシッと胡座(あぐら)で座り込んでしまった。

 

............................

 

 

 

「隣が騒がしいけど楽しそうな声だから大丈夫だよね...」

 

私は榎燐ちゃんが今着る衣服をタンスから発見し状態を確認していた。

 

ワイシャツ姿で髪を解いたまま探す姿は他の人に見られたくないが部屋には一人しかいないから気にせず続ける。

 

「スカートだと寒いからこれかな」

 

穴が空いてないか空に向けた時後ろから衝撃が襲いかかり耳元で大きな声で名前を呼ばれる。

 

「かーれーんー♪無事でご安心しましたわぁ」

 

「か、榎燐ちゃん! 部屋にいたんじゃなかったの?」

 

 

 

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「友の身の危険を察してここに訪れましたわ」

 

「扉開けっ放しだったからすぐに分かったんだね。 心配かけてごめんね? もう少しで終わるから...ん」

 

寄りかかる榎燐ちゃんの吐息が耳に当たり変な声が出そうになり堪える。

 

「花蓮はお母様に似ていますわ」

 

「え?」

 

嬉しいけど考えてみるとちょっと凹む。

 

「優しく暖かい香りがしますわ...」

 

「ありがと...って榎燐ちゃん?」

 

指が髪に絡み榎燐ちゃんはクンクンと鼻を動かし香りを嗅ぎ始める。

 

「............お母様。 お母様」

 

大切な家族に会えぬず恋しい気持ちで胸が張り裂けそうなのだろう。 私も過去に経験している。 何十回何百回と求めたことか。 しかし、帰ってくる事は無かった。

 

どこにいるかも分からない神様に祈りを捧げたりもしたが得たものはない。 時間だけが過ぎていく。

 

 

思い出に浸りたいが今苦しんでる榎燐ちゃんを横目で見ると、涙ぐんでいた。

 

振り返り優しく榎燐ちゃんを抱き寄せるとすぐに背中に手が回り強くしめられる。

 

この時間が長く感じたが榎燐ちゃんの気が満足するまで私はずっと寄り添っていた............。

 

 

........................

 

曜日が変わり朝が訪れる。

 

瞼の裏がムズ痒くゆっくりと目を開けると「はわぁ!」と裏返る声が耳に入る。

 

「んん...。 おはよう榎燐ちゃん」

 

パジャマを着た榎燐ちゃんへ身体を向け目を擦る。 何故か部屋の片隅で身構えていた。

 

「おおおおはようございます!!!」

 

「何かあったの? 汗がすごいよ」

 

「ななにっもあっりませんでしたわぁ!」

 

目も合わせず電気をまだつけていない天井を見上げる。

 

様子が可笑しいと思い自分の顔を手で触るが何も付いてない。

 

「ねぇ体調が悪いの?」

 

「げんきですわー!」

 

眠れなくて一緒に寝たかったのかな?

 

「...今日は休みだからもう少し休もうかな。 榎燐ちゃんは?」

 

ベッドの近くに備えていたデジタル時計は『6:30』と表示されている。

 

「ご一緒しますわ! 今度は慎重に...ききき......すを」

 

「身長?」

 

最後に言った言葉が聞き取りずらく聞き直す。

 

「さ、さぁ寝ますわよ!」

 

ボフッと布団に飛び込んできた榎燐ちゃんはいつもの無邪気な笑顔を向けてきた。

 

「花蓮、大好きですわ!」

 

 

........................................

 

 

 

お昼に起きると漫画を読んでいた榎燐ちゃんは息を荒くしながら興奮していた。

 

「この書物はいけませんわ!」

 

漫画を振り回し顔を真っ赤にし怒る。

 

「榎燐ちゃんには少女漫画は早かったね」

 

「特にこのシーン。 殿方と接吻などと! 考えられませんわ!!」

 

「それが普通だよ」

 

「なんと! それではワタクシが変わっていると仰るの!」

 

「世界は広くて色んな人がいるから榎燐ちゃんでも受け入れてくれる人がきっといる。はず」

 

「花蓮は受け入れてくれますわよね!?」

 

「あ、お手洗いに行ってくるね」

 

「バンッ!ですわ」

 

立ち上がると同時に扉を背に榎燐ちゃんが覆いかぶさってきた。

 

両手を壁に当て得意げに語り始めた。

 

「書物で読んだ『かべどん』ですわ! 殿方が愛の告白をする時に使うアーツですわ!」

 

「カードに置き換えられても...退けてくれない?」

 

「まだ書物に書いていた言葉を言ってませんわ」

 

「もう...それを言ったら解放してよ?」

 

咳払いをし急に鋭い目つきに変化する。 背中に寒気が走る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「花蓮、────愛してますわ。 そしてこれが証ですわっ!んっ」

 

物凄い勢いで顔が近づき口に何か重なる。

 

一秒程で離れた。

 

照れた榎燐ちゃんの姿に苦笑しながら頭の中で浮かんだ言葉をそのままいつものトーンで喋る。

 

「もう榎燐ちゃんたら...キスするなん............て」

 

いまわたしのくちびるとかりんちゃんのくちびるが................。

 

「「................」」

 

 

 

「!!!!????!!!!??」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やりましたわぁーーーー!!!」

 

 

 

 

『その少女は暴走』end



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『この最期は慟哭《前編》』

────一人の淋しい少女は許されないと理解していながら大切な人に手を伸ばし許しを求めた。

 

孤立を好む真っ黒な少女は、それに対し手を払い己の信念の為、長き日に渡る妬み、怒り、恨み全ての負の感情を込めた一撃を放った。

 

 

その一撃を受けながら淋しい少女は亀裂の入った関係を修復したくて堪らない。 でも、もう一方がそれを許さない。

 

"(あかし)゛を見せられた真っ黒な少女は錯乱状態に陥る。

 

自暴自棄になりながらも抗う少女に淋しい少女が錯乱する。

 

そこでその少女はどんな行動をとり、どんな未来を手にするのか………。 暗く永遠に孤独を味わう未来? そのまま堕ちていく未来?

 

 

────それとも" 希望で満ち溢れた未来? "

 

 

 

拷問の如く身を裂かれるのが先か救うのが先か────

 

 

真っ白な空間で真っ白なドレスを着た少女は不気味に微笑むと瞳をゆっくりと閉じた............。

 

 

 

『selector infected WIXOSS -torture-/ -Re/verse- 』

 

 

『この最期は慟哭』

 

 

────────

 

 

 

水無月花蓮と一条榎燐は花蓮の地元の街にあるカードショップに足を運んでいた。

 

地元の近隣のカードショップでは扱っていないカードも多くあり行く価値が十分にあった。

 

椅子に腰をかけテーブルでデッキを再確認している横で榎燐が花蓮の左にまとめている髪の毛を指でクルクルと遊んでいた。

 

我慢をしてきたが、スキがあれば抱きついてきたりする彼女に痺れをきらし声を出す。

 

「榎燐ちゃん...暇なの?」

 

「そうですわ!」

 

「そんな自信満々に答えられても...私はデッキを見直してるから出来ればちょっかいは出さないでくれると嬉しいなぁ」

 

「ならワタクシが見て差し上げますわ!」

 

横から身体をズイッと出し花蓮の左頬へ密着する。

 

「ひょっとちかい!」

 

「むぉ! お返しですわ!」

 

手で顔を押し離すと榎燐は鼻息を荒くし今度は人差し指を立て花蓮の頬へ押し当てた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『お主いい加減にせぬか。花蓮が困っておるじゃろう!』

 

テーブルに置かれたカードの中からウムルの怒り混じりの声にビクッと反応し榎燐は指を離す。

 

どうにもいつもより様子が変な榎燐に花蓮はウムルを落ち着かせながら顔を見る。

 

「(積極的なのはいつもと変わらないけど、緊張してそわそわしてる感じが...)」

 

浮き足立つ榎燐に戸惑い対応に困っていた時、ふとっ彼女のパートナーであるルリグの存在が頭に思い浮かぶ。

 

「ハナレさん...少しお話しませんか?」

 

『............』

 

「? ハナレさ...」

 

「今はダメですわ!」

 

反応がないと言うより気配を全く感じない。 榎燐の手に持つカードを上から覗こうとしたが花蓮の目を慌てて手で覆い隠す。

 

「ど、どうして? いつもなら見せてくれるよね...」

 

そのままの状態で手探りで榎燐の腕を掴み目を合わせる。

 

「と、とにかく今日一日ハナレと話すのはワタクシが許可できませんわ」

 

『りんりんは、はなれのすけじゅーるかんりする、まねーじゃーなの?』

 

タウィルの小ボケにも食いつかずカードをデッキケースにいそいそとしまい込んでしまった。

 

触れたら不味いと判断し花蓮は話題をかえようとした時、コートのポケットに入れていた携帯電話から着信音が鳴り出す。

 

「ごめん電話してくるから、少し席を外すね」

 

「はい...ですわ」

 

慌てて電話を取りながら背中を見せ店の外へ出ていく姿を榎燐は気を落としながら見つめていた。

 

その様子に気づいたウムルとタウィルは同時に口を開く。

 

『お主...ハナレが手元に居らぬな?』 『はなれどこにいったの?』

 

「おふた方...す、鋭いですわね」

 

『るりぐだからとうぜん』

 

『...今朝から気配が全く無かったからのう。 気にはかけていたが、花蓮にそれを言えば心配するじゃろうから黙っておったのじゃ』

 

「......貴女達に読まれていたなら全てお話しますわ。 まずは………ワタクシ…今日で元の街に帰りますの」

 

『きおくもどったんだ』

 

「記憶が無くなってたというよりもワタクシが自ら無いことにしていたのですわ」

 

『...思い出したくない事があったから頭の片隅に隠していたのじゃな。 人ならよくある事じゃ』

 

「えぇ、 この世界は皆様優しくてつい甘えてしまい長く滞在していました...」

 

『んー? りんりんはどこにすんでるの?』

 

「............この街の違う景色の街ですわ」

 

『???』

 

首をかしげている二人の前に手の平の上に乗せられた変わったデザインが描かれた金色のコインを見せる。三枚は真っ黒に染まっており形しか認識出来ない。

 

『なんじゃそれは? ずっと握っておったのか?』

 

「やはりこのコインはまだありませんのね...。 これは」

 

 

 

「───おや? 榎燐お嬢様じゃないですか...こんなところでカードとお話なんて珍しい」

 

途中で割り込んできた鼻につく言葉使いの主の顔を見上げると目の下にクマを持つ桃香が中腰で立っていた。

 

「桃香...今の話聞いていました?」

 

「さぁ? 興味無いから耳に残ってないよ。 それよりここで何をしているの?」

 

咄嗟にカードを隠したが桃香は目で追うだけでリアクションと興味を示さなかった。

 

『も、ももか!ももか!!』

 

「は? ルリグが私に何か用?」

 

大きな声を上げ指を指すタウィルに顰め面で花蓮が座っていた席に腰をかけ足を組みカードを手に取る。

 

かれん(・・・)のたいじなかぞくの...ももか』

 

「............へぇ」

 

『こ、こやつ何処か様子が変じゃ...タウィル気をつけよ!』

 

場の空気が凍りつき、目つきがさらに鋭くなった桃香の指に力が入る。

 

「アンタらアイツのルリグか...? あの女はどこだ?」

 

『......どっちもおしえない。 おしえたらかれんがあぶない...きがする』

 

「じゃあこのまま破り捨ててやるよ」

 

『ま、待つのじゃ! ...タウィル挑発するでない』

 

取り乱しながらも桃香の顔色を伺い静かに問いかける。

 

『............花蓮はお主に会いたがっておったぞ。 理由は分かっておるじゃろ』

 

「それがどうした? 逃げ出した臆病者に会いたくもないね」

 

『逃げ出したじゃと...? お主花蓮がどれほどお主を思って毎日を過ごしてきたか分かっておるのか!』

 

「逃げ出さなきゃこうならなかった。 違う?」

 

揚げ足をとる態度に落ち着くよう指示していたウムルが苛立ちを覚える。

『減らず口を叩きおって...お主花蓮とは真逆の性格のようじゃな』

 

「お褒めいただき感謝します...。 って比べられたくもないけど」

 

鼻で笑い手で払う仕草をウムルに向ける。 その姿にウムルも同じ仕草で返す。

 

『............せいぜい足元をすくわれて落ちんようにしておく事じゃな。 真実がお主を混乱させるぞ? 』

 

「私が持つこの記憶が真実。 アンタらは惑わされて利用されてるだけ。 ...アイツ今度は嘘つきになったとはクズなこった」

 

「花蓮は嘘つきではありませんわ!」

 

これまで口を閉ざしていた榎燐が桃香の両肩を強く掴み体を揺らす。

 

「アンタは関係ないでしょ。 これは私とアイツの問題だ。 部外者は首を突っ込むな......それともあれなの? あの女の親友だから悪く言う人は許せないって?」

 

「...ワタクシと花蓮は親友以上の関係ですわ! 僅か数日共に過ごしただけですが...花蓮は誰にでも思いやりの気持ちを持って接してくれるお方......!」

 

「誰が語れって言った? ............頭がおかしくなりそうなので私は引かせてもらいますよ。 榎燐様」

 

カードを乱暴に投げ立ち上がり歩き出す。

 

「まだ話は...終わってませんわ!」

 

テーブルを強く叩き背を向けた桃香を静止させる。

 

 

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ウムルとタウィルのカードを突き出す榎燐に横目で口角を上げたまま挑発を続ける。

 

「へぇ。 アンタがそのカードで相手してくれるの?」

 

『かれんまもる!』

 

『......』

 

「デッキも無いうえ、負ければあの女に責任がいくかも知れないのに無責任な方々だ...。 いいよ。 相手になってあげる」

 

唇を噛み締めていた口を榎燐が開こうとした。

 

 

 

「────なら私が戦えばいいんだよね? 桃香ちゃん...」

 

榎燐の肩に優しく手が乗せたのは花蓮で二年の間会いたくても会いに行けなかった実の妹の背中をじっと見据えていた。

 

「............」

 

「今伊緒菜さんから電話が有って、桃香ちゃんが私と決着をつけたくてここに向かってるって教えてくれたの。偶然、居合わせたけど ............」

 

「桃香ちゃん私は...貴女に謝らなくちゃいけないことが沢山ある...だから」

 

「久しぶりに聞いたよ。 アンタのクソみたいな偽善の台詞。 ...やっぱりクソだな」

 

「桃香ちゃ............」

 

「一時間後、......の病院屋上に来い。 受付には『浦添伊緒菜』の見舞いに来たって言っておけ。 ...もう逃げられないからな。 クソ女」

 

桃香は一度も振り返ることなく二人の前から立ち去っていった............。

 

顔の前に手をあて苦痛の表情を浮かべている花蓮に榎燐は声を掛けようとしたが躊躇い何も無い床へ視線を落とした。

 

「(目の前で友が困っているのに...肝心な時にまた、ワタクシは......)」

 

それどころか怒りに任せ身勝手に花蓮のパートナーを使ってバトルを挑もうとした自分がどれだけ無責任だったか冷静になった今、取り返しのつかない最悪な結果に繋がりかねなかったと理解した。

 

 

「榎燐ちゃん」

 

名前を呼ばれ真っ先に視線を向けた先は花蓮の右手の手の平の上にあった鍵だった。

 

「これは...花蓮の家の鍵ですわね」

 

「私はすぐに桃香ちゃんが言ってた場所に行かなくちゃいけないから、他に用事が無かったら先に家に帰っていいよ」

 

「ま、待って下さい...ですわ。 桃香に会ったら戦うのですわよね?」

 

「............出来ることなら避けたいよ。 でもあの子が許してくれる訳ない」

 

「なら...!」

 

「桃香ちゃんに会ってしまった以上、隠し続けるのは...もう限界なの」

 

「隠し続ける...?」

 

『...ここからは姉妹の問題じゃ。 お主は立ち入らぬことじゃな』

 

「............力になれないのですわね」

 

瞳から一粒の涙がこぼれ落ちるのを花蓮は一瞬見たが榎燐はすぐさま腕で擦り作り笑顔を向けた。

 

「力になれるか分かりませんが、これを...それではまた何処かで逢えたら...仲良くしてください...ですわ」

 

「えっ榎燐ちゃん...!」

 

震えた手で差し出した背面が白のウィクロスのカードを鍵の上に置くと榎燐は脚を回し店の外へ走り去ってしまった...。

 

タウィルと目が合い視線を逸らす。

 

『りんりん...ないてた』

 

『仕方あるまい。 事情が事情じゃ...花蓮よそのカードはなんじゃ?』

 

「...ブランクカード」

 

前に一度ブレと名乗る少女から貰ったカードと同じデザインですぐに分かったが何故榎燐が所持していたのか花蓮は気には掛けたが、彼女の気持ちを受け取りそのままデッキに入れた。

 

「二人とも...桃香ちゃんと戦わないで話をするつもりだけど......もしもの時は力を貸してほしい」

 

カードを前に頭を下げる姿にウムルとタウィルは一間空け答える。

 

『主の頼みじゃ。 地獄じゃろうと付き合ってやろうぞ』

 

『かれんとももかなかなおりさせる。 そのためならなんでもする!』

 

「............ありがとう。 ウムルさんタウィルちゃん」

 

震え声になったのを察してウムルがちょっかいを出す。

 

『泣くのは解決してからじゃろうに...その癖は治っとらんのう』

 

「ごめんなさい...。 でも、この涙は嬉し涙だから...」

 

今度はひとりじゃない。 近くに二人がいて遠くから支えてくれる友達が沢山いる。 そう考えただけで胸が暖かくなり涙が溢れてきた。

 

...数分後、花蓮は落ち着くと鞄から真っ赤なリボンを取り出し見つめていた。

 

その色に混じる斑点のような乾いた赤黒い色が脳裏にずっと焼きついているあの記憶を呼び起こした。

 

「あの事故は...」

 

横断歩道から飛び出し両親が庇ったのは”わたし”じゃない。 桃香ちゃん...貴女なの...。

 

 

 

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・・・・・

 

 

病院の屋上で地べたに足を伸ばし座る桃香は雲に覆われた空を眺めていた。

 

「............」

 

『桃香...これまで色々あったけど......後悔はない?』

 

指に挟めていたカードから囁くような声で問いかけてきたミュウ。

 

「何で後悔する必要があるの」

 

『それは............』

 

「まさか...ミュウ。 願いが叶って私の身体を使って演じるのが怖くなったなんて言わないよね」

 

『............聞かなかったことにして』

 

「この身体で直接アイツに手を出さなくても夢限少女になった時点で願いが叶う。 何度も見てきた光景でしょ」

 

『そうね。............”手を下さなくても”勝手に発現してくれる』

 

屋上の隅で立ったままピクリとも動かず地面にカードを置いたままのるう子へ桃香の目が向けられる。

 

「ウリスはまたルリグになり繭の部屋に向かったんだっけ?」

 

『るう子はそのルリグになったウリスと対立してる最中のはず』

 

「あの空間のどこかに裂け目があって繭の部屋に繋がってるって漫画やアニメとかの粋だよねぇ」

 

『こうしてカードと話してるのは?』

 

「............現実」

 

『分かってるのね』

 

「こうして下らない話をしてたら、ほら」

 

親指を立て桃香の遠く離れた、出入りする扉を指すとすぐに扉が恐る恐る開かれた先に学校の制服を着たサイドツインテールの少女。

 

一歩、また、一歩歩みコンクリートを踏み寄る音が耳に入りそのまま立ち上がり振り返る。

 

「............悲劇の主人公(ヒロイン)御出座(おでまし)か」

 

二年ぶりにお互いに顔を合わせ上から下と視線が動

く。

 

「............桃香ちゃん。 大きくなったね」

 

昔の無垢な笑顔の面影が消え去っていたが一瞬だけだが姿が重なった気がした。

 

 

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桃香は笑っていたがそれは久しぶりに出会った時にする笑顔ではなかった。

 

「何処で身を潜めていたかは知らないけど、のうのうと過ごしてる間にアンタの知ってる『水無月 桃香』はもう消えてたんだよ」

 

「私はまだ『水無月 桃香』がいるって信じてる。 胸の中で苦しんでるって」

 

「怪しい勧誘の人か? お喋りしてる余裕があるなら...その手に持ってるカードを構えろ」

 

花蓮の指に挟めていた二枚のカードが僅かに震えながらも桃香に向け突き出す。

 

桃香に真実を全て告げる為、逃げる訳にはいけないと決意に満ち溢れる花蓮。

 

二年の歳月を掛けこの世で一番憎く目障りな存在が自らの手で(ようや)く消せる事に最低の笑顔を隠せない桃香。

 

 

コートを脱ぎ捨て、腕をゆっくりと上げる。

 

ミュウのカードを構え、そして口を揃えフィールドを展開する為の言葉、

 

「......オープンッ!」「オープンッ!」

 

 

二人を包む光が発現しこの場にいた者達の意識は別な空間へ飛ばされた............。

 

 

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Lostorage incited WIXOSS-Regain-
『記憶/始まりの少女』


────”記憶”

 

人はそれによって人生を左右される。

 

脳は寝ることにより一日の出来事を記録してくれる機能を持っているがそれが無意味になる事もある。

 

もし、”障害”が生じ、家族、友人、恋人、街の景色、それら全ての記憶を忘れてしまったら...。

 

 

”障害”............違う。 意図的に全ての記憶を失った私は............。

 

 

 

『記憶/始まりの少女』

 

 

 

夕暮れの中、一人空き教室で長テーブルの上に置いた本を黙々と読む少女。

 

学校指定の黒のカーディガンを着ている少女は左目だけを覆い隠す位長い前髪を気にもせずページを捲り、すぐにまた捲る。

 

数分後、本を閉じ長時間読んでいたのかため息混じりの息を吐く。

 

「............この本。 今日借りたけど今日返そう」

 

静かに独り言を呟くと横の椅子の上に置いていた鞄に本をしまい立ち上がった。

 

「図書室開いてるといいけど...駄目だったら明日の朝にすぐ返そう」

 

手に持つ鞄を一度見て空き教室を後にした。

 

────

 

 

図書室の扉を前にしたがすぐに中の電気が消えているのに気づき私は背を向けた。

 

「やっぱりこの時間じゃいるわけないか...」

 

腕時計で針の場所を確認すると『5時06分』を刺していた。

 

「『(りょう)』さん、まだ生徒会長の仕事終わってないよね...」

 

この後どうするか唸りながら悩んでいたが私の足は勝手に生徒会室のある三階へ踏み出していた。

 

階段を上がりながら途中窓越しに外の景色を眺める。

 

オレンジ色に染まる光が視界を遮ってきたが見とれる。

 

他の人からしたら見馴れた光景で気にかける人なんて早々いない。 でも私は少し違う。

 

「記憶が...ない」

 

丁度今いるこの現場が記憶を失うことになった場所。

 

床へ視線を移すが特に変なところはないいたって普通の床。

 

”一年前”私の不注意で階段から転落し名前とほんの一部しか思い出せない記憶の欠落、『記憶喪失』になってしまった。

 

これまで築いてきた人生にぽっかりと穴が空いた私は行く宛も無いまま病室で数ヶ月過ごしていたところに家族ではなく親友を名乗る、一つ年上の『青山(あおやま) 怜』さんが見舞いに来てくれた。

 

綺麗な黒髪に整った顔立ちに目も合わせられずオドオドしていたが怜さんから気さくに声をかけてきた。

 

私が今まで何をしていたか、趣味は風景画と読書で運動音痴だったり好きな食べ物はシチュー...。

 

...家族は事故で亡くしており故人になっておりマンションで一人暮らしをしていた。 支払いは親戚の祖母がしてくれていた。 身体が弱く外に出歩けなくて見舞いには来れなかったそうだ。 これも怜さんの口から聞いた言葉。

 

退院後は怜さんが借りているマンションの部屋で一緒に住んでいる。 料理、家事、洗濯完璧にこなす彼女に最初は圧巻していた。 今でも時々驚かされる。

 

お世話になり過ぎて罪悪感を感じアルバイトを始めようとしたが見つかり怒られた。

 

『欲しいものがあるなら言いなさい。 買ってあげるから。 まだ外にも慣れていないのにアルバイトは危険よ』

 

どうやら彼女の家族は大手企業の社長で余裕があるらしく立派なマンションを借りているが使用しない部屋もあり持て余している。

 

流石に生活以外までお世話になるのは失礼だと、事情を説明したら更に怒られ頭上に拳骨を貰った。

 

『貴女が気にかける必要ない。 今まで通り学校に通って無事に帰ってくれば私は嬉しいわ』

 

本当に優しくしてくれる彼女に毎日甘えている自分が情けないと今でも思う。

 

記憶を失くす前の自分は彼女のように寛大な器を持っていたのか不安になった日もある。

 

大方、つまらない理由で階段から転落したに違いない。

 

「はぁ............」

 

周りに人がいないと思い大きな溜息を吐くと右肩がぽんっと叩かれる。

 

振り返ると悩みの種の人が微笑んでいた。

 

「お疲れのようね(ゆず)?」

 

「あ、怜さん。 今の聞いてた...?」

 

「えぇ、冬場だったら白い息になって舞っていたわよ?」

 

よりにもよって怜さんに見られてしまった衝動に顔が赤くなる。

 

「あらあら、今度は紅葉(こうよう)の時期かしら?」

 

「や、やめて...」

 

腕を組む怜さんの袖を引っ張りこれ以上恥ずかしい思いはしたくないと止めさせる。

 

柚...『月咲(つきさき) 柚』それが私の名前。

 

「この時間に残ってるのは運動部の子達だけだから校舎には先生しかいないわ。 安心しなさい」

 

「それでも観られたら恥ずかしいよ!」

 

クスクスと口元に手を当てながら笑う姿に恥ずかしくて仕方ない。

 

「まぁ帰ったら好きなだけ貴女の照れた顔が見られるから帰りましょうか」

 

「うぅ...」

 

「冗談よ、そうだ。 帰る前にスーパーに寄りましょ。 今晩は貴女の大好きなシチューを作る予定だからね」

 

「ほんとっ!?」

 

「ふふっ」

 

はっ。 と我に返りニヤニヤ笑う怜さんの策略に引っかかる。

 

「まるで子供ね。 よしよし」

 

「もうやめてよ~!」

 

ポンポンと胸を叩くが動じず頭を撫で続ける。

 

数分間撫で回すと手が離れ、

 

「今度は本当に帰るわよ」

 

長い髪をたなびかせ背中を見せてきたので横に並び歩き出す。

 

下駄箱で靴を履き替え外に出ると怜さんはすぐに話かけてきた。

 

「どう、学校には慣れた?」

 

「うん。 元々登校していた学校だから...」

 

「それは本当?」

 

「............嘘。 でも慣れたのは本当だよ。 クラスメイトの人達は気にせず話題を出してくれて楽しいよ」

 

「ならよかったわ。 生徒間で問題があっては生徒会長として顔が立たなくなってしまうからね」

「...怜さんはやっぱり凄いな。 生徒ひとりひとりに気をかけていて。 私だったら自分の事で手一杯だよ」

 

「当たり前よ、その状況で急に生徒の顔、特徴全員覚えなさいって言われてこなせる人はいないわ」

 

「怜さんなら出来そう」

 

「ふぅん? ありがとう。 好意として受け取るわ」

 

笑うところなのだが怜さんの性格からして生真面目さが現れた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

スーパーに向かうまで肩を並べて歩いていた時、ある店の前で足を止めた。

 

カードショップ...。 ポスターにはモデルの人だろうか『蒼井晶』と『浦添伊緒奈』と名前が入った広告用のポスターがガラスに貼られていた。

 

WIXOSS(ウィクロス)

 

「っつ!」

 

じめ...セレ.....ク.。

 

突然頭痛と共に体験したことがない記憶のフラッシュバックがおこりその場で膝をついた。

 

「柚っ! どうしたの、具合悪いの!?」

 

肩を揺らされ頭痛がすぐに引く。

 

「な、なにいまの...セレ........ク...あう」

 

「セレク? それより立てる?」

 

「う、うん。 ごめんなさい............」

 

記憶を整理したかったが怜さんにこれ以上迷惑はかけまいと立ち上がり笑顔を見せる。

 

「謝るのは本当に悪い事をした時って教えたでしょ」

 

「ごめんなさ、あっ」

 

「......大丈夫そうね。 先に帰って休んでなさい。 部屋の鍵は持ってるわよね?」

 

鞄から彼女のイメージからは想像もつかない可愛らしいクマのキーホルダーを付けた鍵を見せると頷き怜さんと別れた。

 

「セレク...なんだったんだろう」

 

────セレクター

 

「!?」

 

背後から背中をなぞるかのようにおぞましい程の寒気を感じ取り振り向くが街を歩く人達はいつも通りだった。

 

「....頭痛い。 吐き気もしてきた」

 

今日は変な日だ。 怜さんに心配されてしまったから早く帰って横になろう。

 

 

────────

 

食事を済ませリビングのソファーで何をするか考えていると洗い物を済ませた怜さんが隣に腰をかける。

 

「落ち着いた?」

 

「薬も飲んだから大丈夫。 ありがとう怜さん」

 

「家では”さん”じゃなくて」

 

「怜...ちゃん」

 

「よろしい。 昔の呼び方の方がしっくりくるわ」

 

満足げに腕を組む姿に苦笑する。

 

「...小学校までは幼馴染で毎日遊んでくれたんだよね」

 

「あの頃から柚は私の後ろにベッタリだったわ」

 

「記憶が無いにしてもムズ痒い...」

 

昔から怜さんに頼りぱなしの自分に喝を入れたいが現在の私も差ほど変わらず頼ってばかりだ。

 

「...それはそうと夕方に見かけたあのポスターに見覚えがあるの?」

 

顎に手を当て神妙そうに顔を覗かれたが私自身記憶にも身に覚えもない。

 

正直に無いと伝えると「そう」とそっけない返事と共に話は切れ、その後はテレビを一緒に観ながら雑談した............。

 

 

 

────────

 

寝る前に私は自室で一日の出来事をまとめた日記をつけていた。

 

毎日大きなイベントがあるわけじゃないけど病院の先生から書いておくと万が一の時の備えになると言われた。

 

些細な事でもいいからと私は怜さんやクラスメイトの『日花里(ひかり)』さんとの会話の内容を簡潔に書き終えるとペンを置き椅子の背もたれに寄りかかり身体を伸ばす。

 

「もう寝よう」

 

壁を隔てた先には怜さんが生徒会の雑務を片付けているだろうから静かにしないと集中出来ないと思いベッドに敷かれた布団に潜る。

 

「セレクター...」

 

気がかりだが今の私では答えを求められない。

 

 

明日...あのカードショップに行けば......分かるといいけど............。

 

眠気に襲われすぐに意識が途絶えた............。

 

 

 

 

────────────

 

放課後に例のカードショップに足を運んだ。

 

「おぉ~! ここがゆずっちのデートスポットかぁ!! ......カードばっかりだねこれは」

 

隣で無邪気にはしゃぐクラスメイトの『阿宮(あみや) 日花里』は周りをキョロキョロしながら声を上げていた。

 

「日花里さん...目立つから声の大きさを............というよりいつから付けていたの?」

 

学校を出て店に入るまでずっと後をつけていたんだろうか......。

 

店員さんと目が合ってしまい笑われた。

 

「いいじゃん! いいじゃん! ここはゆずっちのホームになるんだから!!」

 

「いや違...はぁ」

 

口を塞ごうと思ったが更に騒ぎ出しそうなので放っておこう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

レジを務めるボサボサの髪型の店員さんに話しかける為レジ前に立つとショーケースに入ったデッキ?に目がとまる。

 

BLACK(ブラック) WILL(ウィル)...」

 

「お目が高い! それ最近まで品切れでやっとのことで今日入荷したんだ。 君ウィクロスは初めて?」

 

「え、はい...」

 

大きな声にびっくりしたがまたデッキに視線を落とす。

 

「でも、最近入荷した新弾がこれまたすごくて! 大幅にバリエーションが増えたんだ!」

 

「増えたっていうと?」

 

「『コイン』って言うんだけど、ルリグカードの効果の欄にそれを使った能力が存在するの! 例えば...この『ナナシ』って子」

 

近くに束になって置かれていたカードの山から取り出した『ナナシ』と呼ばれるカードを見せてもらう。

 

「そのコインマークの数で効果がパワーアップしたりするんだよ!」

 

「なるほど...ありがとうございます」

 

「そのカード君にあげる」

 

「はい?」

 

長い髪を指でふわっとかきあげると自慢げに口角を上げた。

 

「一度初めての人にやってみたかったの!」

 

「............」

 

断るのもかわいそうだ。ここは黙って受け取ろう。

 

「あー! いいなぁゆずっち!!」

 

「はわぁ!?」

 

気配を消して背後から飛びついてきた日花里さんに驚きのあまり変な声が出た。

 

「店員さーんアタシにもちょーだい」

 

「君の好きな色は?」

 

「うーん............。あそこのガラスに入ってる『エルドラ』のピカピカカード」

 

「ってレアカードかい! シングルで買いなさい! というかまずはストラクチャーを買いなさい!!」

 

「え~。 すとらくちゃくちゃ?」

 

「ス・ト・ラ・ク・チ・ャ・ー!!」

 

「ってなに? ゆずっち分かる?」

 

「初めてやる人が買う最初から完成されたデッキ...ですよね?」

 

店員さんに助けを求める。

 

「そうそう、『エルドラ』は『BLUE(ブルー) REQUEST(リクエスト)』でナナシは......品切なの。 ごめんね柚ちゃん」

 

「ゆずっち予約しておいたら?」

 

「予約か...。 まだ他のカード見てないからそれから決めます」

 

「カードは逃げないからゆっくり見なよ~。って買われたら駄目か」

 

「店員さん! アタシ、ブルーリクルート買いますっ!」

 

「ブルーリクエスト! わざとやってる!?」

 

楽しげに話をする二人から離れショーケースに入ったシングルカードを眺める。

 

(カードってすごい高いんだ...)

 

「あ、『ミュウ』だ」

 

手を伸ばそうとしたが動きが止まり思考も止まる。

 

...今ミュウを知っていたような口ぶりをしたのは私?

 

片方の手で伸ばした腕を抑え込む。

 

「無意識で反応した...けどこのカード初めて見る......」

 

「...顔色悪いけど嫌な思い出があるのか?」

 

食いるように見つめていると横に立っていた女性が心配な顔で私に声をかけてきた。

 

桃色の髪に怜さんとは違った鋭い目つきにたじろぐが彼女は同様せず私の様子を伺う。

 

「ん? もしかしてアンタ...一度会ったか?」

 

「いえ、......でも、記憶喪失前なら会っているかもしれません」

 

「............それは失礼。 気を悪くしたなら申し訳ありません」

 

頭を下げはしなかったが目を閉じて謝罪の言葉を言われた。

 

「大丈夫です...。 そのウィクロスやってるんですか?」

 

「そうだよ。 パートナーはアンタがさっき手を伸ばした『ミュウ』だった」

 

「だった...? 今は違うカードですか?」

 

腰に手を当て鼻で笑い首を左右に鳴らす。

 

「色々あったからな。 で今は黒の『ウリス』って子が相棒。 っと...連れを待たせてるから帰るよ。 ......また何処かで会ったら”対戦”よろしく」

 

椅子に掛けていたコートを羽織り店の外に出ていくのを確認し不気味な感じが残る。

 

「あまり関わらないほうが良さそうな人そう...」

 

そうこうしている内に店内にあった丸時計の針が夕方の5時に近づいていた。

 

「怜さん今日は早く帰宅するって言ってたから帰らないと...」

 

いつも寄り道する時は事前に怜さんに教えていたが今日は無断で訪れていた為、見つかったら怒られるに違いない。

 

気になるカードは無いかと探すが見つからず渋々、日花里さんと店員さんに挨拶をして帰宅しようと思った時

 

 

────初めまして、セレクター。

 

また、昨日の言葉が聞こえてきた。 今度はハッキリとセレクターと聞こえた。

 

声のありかを探し戯れる二人の間にあるパックに手を伸ばす。

 

「ゆずっちそれはアタシが...」

 

「これください」

 

「はいよー」

 

「ちょ! 店員さーーん!!」

 

千円札で支払う私の右頬を引っ張る日花里ちゃんに目も向けず、じっとパックへ意識を向ける。

 

 

「さっさと会計しない日花里ちゃんが悪い。 はいお釣り」

 

「日花里さんまた明日!」

 

「ゆずっち~! トイレはこっちだよー」

 

「どうしたら、そう受け取るのよ...」

 

小銭を財布にしまい二人に頭を下げすぐに店を出た。

 

 

 

小走りしながら握りしめていたパックからずっと声が私の脳に響き渡る。

 

どこか懐かしくも胸が締めつけられるこの気持ちを私は知っている。

 

............昂る感情を抑えきれないのはこの私になってから初めてだ。

 

 

 

『記憶/始まりの少女』end




主人公 『月咲 柚』イメージイラスト

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生徒会長『青山 怜』イメージイラスト

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『友達/真実と偽り』

すぐに帰宅すると私は玄関から上がり靴を揃えリビングのソファーの上に鞄を乱暴に投げた。

 

「このパックから声が聞こえていたけど…」

 

右手に握りしめすぎて少し汗ばむ外装を破り一番上のカードから見ていく。

 

「違う…違う…」

 

一心不乱にカードを(めく)っていくがどれも声の主と思われるものではなく焦る。

 

とうとう次で最後の一枚に差し掛かった。

 

目をつぶり恐る恐る捲る。

 

そこにあったカード。 明らかに他のとは比べ物にならない不思議な空気を感じる。 しかし同時に妙な違和感を覚える。

 

「私の知っているあの子じゃない…」

 

カードの中で眠る妖精のような白い少女に疑いを向けながら見つめていた。

 

私の記憶が一つ蘇った。 そうあの子の名前は………『アン』。

 

着物を着こなす才色兼備の彼女を忘れていたなんて。 それよりもカードの中に何故人が……。

 

『………はじめまして。 セレクター』

 

目を開けたカードの住人の声で我に返る。

 

「セレクター…私の事?」

 

『まず、あなたの記憶を元に………姿を構築します』

 

次の瞬間、突如身体が軽くなり無重力の空間に意識全てを飛ばされた。

 

 

頭の中の記憶を探り回される気持ち悪い感覚に吐き気を催すが、今私の身体はどこにあるのか。

 

新幹線に乗った時のあの、流れる景色のようにこれまでの軌跡を見せられる。

 

しかし、過去一年間の記憶しか持たない私からすればどれも最近の出来事ばかり。

 

怜さんとの病室で話した思い出、退院後久しぶりに登校した学校。

 

………その中にあの少女の記憶が微かに映し出された。

 

カードバトルをしているのだろうか。 小さいサイズになった『アン』とその後ろで座りながら慎重にカードを選ぶ私────

 

 

「!?」

 

空間をさ迷っていたかはずが今度は地に足をつけていた。

 

右手、左手、顔を触るが変化はない。

 

『………』

 

さっきまでカードにいたはずの少女が私の前に立ち何か言いたげな表情で近付いてくる。

 

身長は私より大きい…。 そして顔立ちが整っている。

 

「あの…一体私の記憶を見てどうしたかったの?」

 

『状況をまだ理解出来ないのは無理もないわ…でも理解しなさい』

 

見る見るうちにつま先から他の者の姿へ変化していく現象に気味が悪く後ろへ一歩下がる。

 

『ごきげんよう。『月咲 柚』』

 

「…アン」

 

頭の中で描いていた人物に出会え声が震え手を伸ばす。

 

欠落していた記憶の一部が蘇った喜びに浸る暇もなく遮断するように四枚のカードが突然浮かび上がる。

 

『この中にあるカードを一枚選んで』

 

「え?」

 

『さぁ』

 

言われるがまま一番右のカードを指で選択するとカードが回り数字の『2』と書かれていた。

 

『これは柚が最初に所持するコインの枚数。 あと三枚は………』

 

喋っている最中に視界の端から真っ黒い影が迫ってくる。

 

「な、なに!」

 

逃げ遅れ私の身体と意識は一瞬にして呑み込まれた............。

 

 

────────

 

 

「ここは…」

 

周りを見渡し景色を見る限りでは怜さんが借りているマンションのリビング。

 

「あれは夢…?」

 

手に持ったままだったカードに視線を移すと、どうやら現実のようだ。

 

カードの中で顔を見上げ寡黙に見つめてくる人物に僅かに思い出した過去の記憶と姿を重ねる。

 

「…アン」

 

 

名前は浮かんできたものの、この子は何処からきたのか、過去に私の身に何があったのかまだ疑問が多く残る。

 

人差し指で顳顬(こめかみ)をトントンと当て整理しつつ考え込む。

 

「………みんなもセレクター? じゃないだろうから特定の人の元に届くのかな」

 

「私の経歴を知ってる人に聞けば、また一つ思い出せそう…」

 

まず最初に思い浮かべた顔は常に一緒に住む『青山 怜』

 

「でも、お見舞いの時や今まで『WIXOSS(ウィクロス)』って言葉は出てきてないはずだから怜さんは知らないか…。 そうなると次は」

 

リビングの入口となるドアノブから回す音が聞こえすぐに思考を止め慌ててカードをポケットにしまう。

 

「ただいま」

 

「お、おかえりなさい」

 

微笑むいつもの怜さんが帰宅してきた。 私は取り繕った笑顔で答えると、怜さんの目つきが鋭くなる。

 

「ビックリした顔してるけど何かあった?」

 

「ううん」

 

「そう。 ところで今日は部活行かなかったのね」

 

生徒会の仕事をしている時の真面目なトーンに変わり更に心臓に悪くなる。

 

鞄をテーブルに置く怜さんの後ろで切羽詰まった私は首元に手を当て正直に答えるか躊躇った。

 

「え、と…今日は…昨日の頭痛がまだ残ってて…」

 

学校の為貢献する怜さんの前でカードを買っていたなんて答えられる訳が無い

 

「別に怒ってないわよ? でも動揺するって事は他の理由があるのかしら」

 

「それは………」

 

『───帰りに日花里と会って寄り道したから』

 

「えっ?」

 

「どうしたの?」

 

怜さんが言ったのかと思ったが違う。

 

『柚、私よ。 今の言葉をそのまま怜に伝えるのよ』

 

ポケットに入れていたカードから助言が聞こえ、そのまま伝えると怜さんはため息を小さくつく。

 

「日花里ね...あの子帰宅部で暇なら得意のスポーツで運動部に手を貸せばいいのに」

 

「あの、ごめんなさい」

 

頭を深く下げる。

 

「今回は具合悪くならなかったから良かったけど次からは気をつけるのよ?」

 

「はい…」

 

「寄り道するなとは言わないけど、もしそうなったら先に連絡しなさい。携帯にメールなり電話なり入れてくれるだけで不安が無くなるから」

 

「うん。 ありがとう怜さ……ちゃん」

 

「日花里には私から運動部の入部を強く勧めておくわ。 今人手不足な部は………」

 

ブツブツと考え事が始まったので鞄を持ち部屋へそっと移動する。

 

廊下に出て左手にある部屋に入り扉に背を向けたまま閉めるとようやく一息つけた。

 

「ありがとうアンさん」

 

『そんなに畏まらなくてもいい。 あれはアナタのお友達かしら?』

 

「うん。 それどころかお姉ちゃんみたいで凄く優しくて綺麗で……」

 

『………こほん』

 

咳払いではっとなる。 思わず怜さんの魅力をすべて語ろうとしてしまっていた。

 

『大事な人っていうのはよく分かったわ。 ………話が変わるけどセレクターに選ばれた柚にこれからの事を説明をしなくちゃいけないわ』

 

そもそもカードの中に人がいるなんて冷静に考えればおかしい。 携帯の画面に映し出された人と通話してるとは訳が違う。

 

『聞いてる?』

 

「は、はい」

 

どこから取り出したのか桜柄の扇子で口を隠し目を細め話を始めた。

 

『今日から九十日間……他のセレクターと戦い勝たなくてはならない』

 

「勝つ…勝負すればいいの?」

 

『ただの勝負じゃなくて『セレクターバトル』で勝利よ。 そうしないと』

 

私の左手に指を指してくる。 何かと思い手のひらを見るといつの間にか金色のコイン二枚と黒に染まったコイン三枚が乗せられていた。

 

『柚の記憶が記録されたコインを全て金色にすれば、セレクターバトルを降りれる。 逆に負けてコインが黒になれば────”記憶を全部失う”』

 

「…冗談だよね?…ねぇ」

 

(まぶた)を閉じたアンは微動だにせず沈黙を貫く。

 

記憶を失う? それにいきなりバトルをしろだなんて理不尽にも程がある。

 

「い、今からセレクターを降りれない? 私はルールも分からない初心者だから勝つなんて…!」

 

『無理よ。 もう柚は選ばれてしまった。 途中で降りることは許されない』

 

「どうして私が...。アン教えて...私は”また”失わなくちゃいけないの? もう皆を忘れたくないよ…」

 

『………』

 

受け入れられずアンにすがる気持ちで聞くが彼女は何も答えてくれない。

 

その様子に段々と怒りが爆発し腕を振り上げ床にカードを叩きつける。

 

「答えてよ!!」

 

『柚っ! どうしたの!?』

 

後ろから扉をノックしながら私を呼ぶ怜さんの心配する声に気づき呼吸を整えながら扉の前に立つ。

 

「なんでもない…」

 

『大声を出して何もない訳ないじゃない。 ここ開けるわよ?』

 

「ごめんなさい。 ……今は一人にして」

 

一分位間が空き扉の先にいる怜さんの足音が遠のいていった。

 

その場で脚から力が抜け次第に涙腺までも緩くなり泣き崩れた。

 

 

 

 

 

 

────────

 

 

翌朝、起きてリビングに向かうとご飯を食べるテーブルに朝食と一枚のメモ用紙が置かれていた。

 

『先に学校に行ってます。 体調悪かったら欠席していいので無理しないでね。 (怜)』

 

折角怜さんが気にかけてくれているのに昨日の私は酷いことをした。

 

罪悪感が胸を締めつけてくる。 家にいても余計に苦しくなるだけだ。

 

「学校に行こう…」

 

心配をかけまいと用意してくれたご飯を喉に通し身支度を整え家を後にした………。

 

 

 

────────

 

通学路の途中後ろからドン!と肩を叩かれ振り返る。

 

いつものように眩しい笑顔を向ける日花里さんが挨拶をしてきた。

 

「おはよう…」

 

「ゆずっち昨日は…って! 顔青っ! 熱でもあるの!?」

 

私の前髪を上げおでこをピッタリとくっつけてきた。

 

「んー。 これ意味あるのかな? あはは!」

 

「…………………」

 

「うわ! そんな怖い顔しないでー!!」

 

「はぁ…」

 

「そんな調子じゃすぐ倒れそうだし、今から家に帰った方がいいんじゃない?」

 

「大丈夫…」

 

「ゆずっちも頑固だからなぁー。 んー」

 

頭をかき考え込む日花里さん。

 

すぐに手のひらに拳をぽんっと置き私の手を取り今来た道に引き返し始めた。

 

「今日は私も休んであげる! ゆずっちを看病するぞ~!」

 

「ちょ、ちょっといきなり...そんなに早く走られると転ぶから止まって!」

 

日花里さんは普段から天真爛漫な性格だが私の様子の変化にすぐ気づいてくれた事に少し嬉しくなる。

 

突然の行動に混乱しながらも私の心の中にあった不安が和らいだ。

 

 

 

ピタッと足を止め日花里さんはまた頭をかく。

 

「家どこだっけ?」

 

「…………」

 

「ごめんごめん。 そんなに怒らないでよぉ~」

 

顔文字みたいに目を><にし手を合わせる日花里さんに軽いデコピンをした。

 

「いたっ!?」

 

「一人で歩けるからもう手を繋がなくても大丈夫。 あっ、学校に電話しないと」

 

スカートのポケットから携帯を取り出すとほぼ同時に怜さんから着信があり驚く。

 

応答し電話を耳当てると興味津々に日花里さんまで密着して会話を聞き始めた。

 

「もしもし」

 

『柚、おはよう』

 

「うん、おはよう。 今日なんだけど...」

 

『いいわ。 今日は家で安静にしてなさい。 それと…もし良かったら昨日のお話聞かせてね?』

 

セレクターに選ばれて負けたらまた怜さん達のことを忘れてしまうなんて信じてもらえるだろうか。

 

………怜さんなら真剣に受けとめてくれるはず。

 

『近くに誰かいるわね。 鼻息を荒くして…ということは今は学校に近くにいるのね』

 

「今……」

「アタシもいますよー!!」

 

近距離での日花里さんの声に耳鳴りになる。

 

『耳にも心臓にも悪いから大きい声出さないでもえる?』

 

「ごめんなさーい!」

 

『柚、私から言うのもあれだけど...。 友達選びは慎重に、ね?』

 

「ふふ、日花里さんはただ人より活気に溢れてるだけだから安心して」

 

「そう! 体力が有り余ってしかたないんですよー!!」

 

『だ、か、ら!』

 

また近くで大声を出し普段温厚な怜さんに怒られていた。

 

────────

 

 

マンションの部屋の前に立ち鞄からいつものキーホルダーを下げた鍵を出すと日花里さんが「へぇ~」と声を上げた。

 

「ゆずっち熊好き?」

 

「私というよりかは...怜さんが好きで付けてる。 部屋にお邪魔した時他にも飾っていたから」

 

「あにょ生徒会長がっ!? ……舌噛んだ」

 

驚くのも無理もない。 女子しかいない学校の中で可愛いという言葉が一番彼女には似合わないから。 容姿端麗の怜さんはむしろ皆の憧れの大人の女性だろう。

 

「これはいい事聞いたぞ~。 明日クラスに言いふらそ~」

 

「怒られても知らないよ」

 

「ここは広めず嫌味を言われた時用に取っておくのもありか...ひひひ」

 

悪い顔で八重歯を見せる日花里さんを置いて玄関に入る。

 

怜さんと日花里さんは真逆の性格で馬が合わないのはどことなく分かっていた。

 

関係自体(こじ)れていないけどいつか揉めそうではある。

 

後から日花里さんが追いかけて入ってくる。 片手をあげながら靴を脱ぎ揃えた。

 

「おっじゃましまーす! まずはゆずっちパジャマに着替えなきゃ」

 

「うん。 その間、リビングで待ってて」

 

「はーい。 ん? この部屋は生徒会長の?」

 

廊下を数歩踏み出してすぐに私の右隣の部屋に指を指す。

 

「勝手に開けちゃ駄目だよ?」

 

「うんうん」

 

「言葉とは真逆の行動してるけど...」

 

ドアノブに手をかけ回そうとしたが鍵が掛けられ手前に引くことは出来なかった。

 

何故か悔しがり後頭部に手を回しリビングに向かっていくのを確認し、着替えの為自室に入る。

 

真っ先に机の上に置いた背面が真っ白のカードに目がいったがすぐにクローゼットに視線を変える。

 

『おはよう柚』

 

囁く声が聞こえた。

 

「おはよう」

 

冷たく返すと察してかアンは黙ってしまった。

 

「………昨日のこと私は信じないよ」

 

『...そう。 ならアナタの記憶は後六日後自動的に無くなるわね』

 

「まだそんなことを……!」

 

『コイン見てみなさい』

 

一度握り開くと金色だったはずの一枚のコインに黒いシミが滲んできていた。

 

『分かったでしょ。 戦わないと三日で一枚は真っ黒になる。 失いたくないなら戦って勝ちなさい』

 

戦わないで期日までやり過ごすという道が途絶え、頭痛がまた襲う。

 

『昨日から気になっていたけど...近くにセレクターがいたわね』

 

「どういうこと…?」

 

『そのままの意味よ。 今は気配を感知出来ないけど確実に近くにいた。 もしかして………』

 

「怜さんは違う!」

 

『根拠はあるの?』

 

「一緒にいてウィクロスの話をしたことないから有り得ない!」

 

『それはアナタに……これ以上言っても機嫌が悪くなるだけね』

 

扇子を閉じ視線を斜め下に逸らしもう一つの根拠を告げる。

 

『...向かいの部屋の住人かもしれないわね』

 

アンが言う住人はこのマンションの隣の部屋を借りる人の事をさしていた。

 

「隣は確か、同じクラスの『山吹(やまぶき) 日向(ひな)』さんが住んでるけど…」

 

クラスでは隣の席でいつも寝ているイメージしかないけどまさか私と同じセレクター…?

 

「明日学校で聞いてみる...。 アンにも来てもらうよ」

 

『かまわないけど…どうして?』

 

「アンの感知する力を頼りに誰がセレクターか教えてもらうために」

 

『あら、頼りにされてるのね。 でも分かったからと言ってバトルをするの?』

 

「………まだデッキがない」

 

昨日買ったのは強化パックでバトルするにはストラクチャーデッキか単品で使うカードを買うしかない。

 

このままルールを覚えず期日を過ぎたら情けない所の話ではない。

 

出来るなら今日買いに行ってルールを早く覚えなくちゃいけない…。

 

『サボりって言われるわよ』

 

「記憶がかかっているのにそんなこと気にしてられないよ」

 

『アナタのそういう決断力、私好きよ』

 

悩みの元凶に好まれても嬉しくない。

 

頭を抑えため息を吐き私服に着替えようとしたがリビングで待つ日花里さんの存在を思い出す。

 

あれから物音一つ立てていないが何してるんだろう…。

 

手を止めリビングの扉を開けるとソファーで横になり眠りについていた。

 

「えぇ…。 まぁタイミングいいかな」

 

日花里さんには悪いけど留守番してもらおう。

 

────────────

 

 

マンションの部屋の鍵を閉めてきたし、テーブルに書き置きもしたから大丈夫なはず。

 

帰ったら怒られるのは承知の上で今更クヨクヨしてもしょうがない。 今は目の前の問題を解決をしなくては。

 

「……着いた」

 

携帯電話に映るデジタル時計の時間と照らし合わせ開店しているのを確認する。

 

これから私は毎日不安と負ければ記憶を一瞬の内になくすかもしれない恐怖に脅えながら過ごさなくちゃいけない。

 

………本当のところは誰かに(すが)りたい、助けを求めたい。

 

怜さんならきっと助けてくれる。

 

甘えてもいいのかな。

 

「………駄目だ。 これは怜さんを巻き込んじゃいけない。 私自身の問題」

 

『そうよ。 これは『月咲 柚』アナタに課せられた問題よ。 誰も助けてくれないわ』

 

手に持っていたカード『アン』が見透かして私の顔を見つめる。

 

『でも安心しなさい。 ………柚には私がついてる。 どんな状況でも私がアナタの力になり勝利に導いてあげるわ』

 

さっきまで信用していなかったが、今の言葉で心の中にあった不安が一つ消えてた。

 

心を許すにはまだ早い気がする。 彼女の本性をまだ知らない限り警戒していた方がいいだろう。

 

「ありがとう、アン」

 

『どういたしまして』

 

表面上微笑むとアンもそれに応えてくれた。

 

持っていたカードに人影が重なり横目でを見ようとしたが先に声をかけてきた。

 

「────昨日ぶりだね。 名前は知らないけど」

 

聞き覚えのある低い女性の声に慌てて横へ身体を向ける。

 

そこに立っていたのは昨日カードショップ内で声をかけてきた少し乱れた桃色の髪の人。

 

私服の上にコートを着ている姿を見る限り学校へ行っていないのだろうか。

 

「……今学校サボってるて考えたでしょ」

 

「い、いえ…。 考えましたごめんなさい」

 

腰に手を当て首を横に振る。

 

「正直な子は好きだよ。 でも今日は創立記念日で休みなの。 アンタの所も?」

 

否定すると「へぇ」と小さく答える。

 

「そんな子には見えないけど、面倒事は投げ出すタイプか」

 

「………」

 

「黙らないでよ。 私がいじめてるみたいだからさ。 ………セレクターさん」

 

即座に身構えると顔に手を当て不敵に笑みを浮かべる。

 

「そんな堂々とカードとお話してたらモロバレよ」

 

「バ、バトルなら出来ません!」

 

「デッキ忘れた~とか?」

 

「無いんです。 昨日買ったのはパックだけなので…」

 

「でもここにいるってことは準備する為でしょ? 初心者狩りは趣味じゃないからいきなりバトルは挑まないよ。 蒼井晶じゃあるまい…」

 

信じていいのか分からず口を閉じているとカードを持っていた腕を掴みアンをジロジロと見る。

 

「『アン』ね。 ならデッキ作りに手を貸してあげる」

 

「……赤の他人にどうして?」

 

「何かの縁って理由(わけ)でここは手伝わせてよ」

 

「………はい」

 

裏がありそうで怖かったが嘘をついてる様子はなさそうなので信じてみよう。

 

「成立ね。 私は『水無月 桃香』。 アンタは?」

 

「『月咲 柚』です」

 

手を出され握手を求められ慌てて握り返す。

 

「よろしく月咲」

 

「よろしくお願いします。 あの…ウィクロスは詳しいんですか?」

 

さり気なくこのバトルの事を聞きだそうと思い質問する。

 

「自称になるけど詳しい方だよ。 ……このセレクターバトルが始まる前の出来事もね」

 

「え…?」

 

「いや、いきなり色々聞かされても混乱するだけだろうから後々話してあげる。 まずは目の前の事に集中してもらわないと」

 

背を向けてカードショップの中へ入っていってしまった。

 

「前にも同じ事があった…?つっ!?」

 

また吐き気がする程の頭痛に襲われる。

 

────アナタの願い────受け入────────

 

ノイズ混じりの誰かの言葉、ぼんやりと服装だけが見えたがすぐに目を開きコンクリートの地面が視界に入る。

 

「はぁはぁ……」

 

喉元まできている胃液を飲み込み額の汗を手の甲で拭う。

 

私の記憶は何を訴えかけてきてるのか理解できない。 理解すれば真実が見えそうだが、内心それを恐れている。

 

「いまは桃香さんの所に行かないと…」

 

視界がまだ定まらないがフラフラしながら店の中に入る。

 

レジを担当していた店員は昨日とは違う人で挨拶し商品を確認していた。

 

桃香さんを見つけ横に並ぶとカードが多く並ぶショーケース前で腕を組み顎に手を当て顔を向けてきた。

 

「月咲は……気分悪いの?」

 

「気にしないで…下さい」

 

「それは無理な話。 座って休んでていいから、カードは適当に選んでおくから。 決まったら声かけるし」

 

余程顔に出ていたのか、桃香さんの言葉に甘えすぐ後ろの空いていたパイプ椅子に腰をかける。

 

顔を上げ天井を仰ぎ目を閉じて落ち着こう………。

 

 

────────────

 

 

「月咲、一通り揃えたから起きろ」

 

身体を揺らされ桃香の声で意識がハッキリする。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

慌てて携帯電話の時間を見ると一時間程眠っていた。 天井を仰いでいたはずがテーブルで休んでいた。

 

肩に妙な重みを感じ触ると黒いコートが上に掛けられていた。

 

「さぁ受け取りなさい。 これから肌身離さず持ち歩く物だから」

 

カードの束をテーブルの上に静かに置き隣に座る。

 

「…今買ったものですか?」

 

「そうだよ、アンタの相棒(パートナー)が扱うカードを選んであげた。 感謝してほしいわ」

 

口では文句を言っているけど表情は和らいでいた。

 

「今支払います…!」

 

「それじゃレシート」

 

手に取り値段を見て驚く。

 

「カードっていざ揃えようとするとそれ位するんだなこれが。 今回は私が勝手にしたんだし、タダでいいよ」

 

「流石にこの金額は…」

 

「じゃ身体で払う?」

 

「えぇ!?」

 

また驚かされ身を引くと顔を背け鼻で笑っていた。

 

「冗談冗談。 まぁ嫌いじゃないタイプだから望むなら…」

 

「ご……ごめんなさい。 お金で返します」

 

「あ、そう。 ノリが悪いな…」

 

桃香はレシートを奪い取り手のひらで握りしめ近くのゴミ箱へ投げた。

 

「早速バトルしようか。 セレクターバトルじゃなくて一般人がやるカードバトルね」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

「よろしい。 まず服を脱いで」

 

「は、はい!………はい?」

 

「次にカードを唇で挟んで両手でピース」

 

「………また冗談ですか?」

 

呆れた表情をしていると目をそらしデッキを準備し始めた。

 

────────────

 

 

 

昼過ぎになりマンションの部屋に帰ると日花里さんの怒りの声を浴びせられた。

 

「なーんーでー勝手にどこかに行ったの!!?」

 

「日花里さんに心配かけて本当にごめんなさい…」

 

リビングの硬い床で正座させられ何度も頭を下げるがなかなか許してもらえない。

 

しまいには頭を鷲掴みされグラグラ揺らされる。

 

「いつからヤンキーになったのさ!」

 

「そういう訳じゃないけど……うっ」

 

耐えきれず無理矢理離れると尻餅をつきポケットに入れていたカードが散らばる。

 

「ウィクロスのカード買いに行ってたんだ…」

 

「う、うん…」

 

恐る恐る頷くと笑顔になり日花里さんもデッキを取り出し顔の前に出してきた。

 

「そういうことなら言ってよー! 昨日買ったはいいけど対戦相手がいなかったからさー!」

 

「………今からやる?」

 

「やるやる! ゆずっちの部屋にいこっ!」

 

さっきまでの怒りはどこへ行ったのか日花里さんは手を差し伸べ私を立たせる。

 

「バトルの前にこれ貼っておかないと」

 

額の前に手が添えられたらと思えばビタンッ!とヒンヤリした物が貼られ指で触る。

 

まだ顔色が悪いのが気になるのか熱冷まシートを貼ってくれた。

 

「日花里さんありがとう」

 

「看病の為に来たんだからとーぜん!」

 

(これじゃタダの遊びに来たみたいになるけど…日花里さんがいいならいいか)

 

「具合悪くなったらすぐに言ってよ。 ゆずっち我慢して言わない時あるから」

こんなにも私を見てくれている人が身近にいてくれるだけで嬉しくなる。

 

だからこそ、もう記憶を無くしたくない。

 

記憶……。 帰り際にそういえば桃香さんが気になることを言ってたけど…。

 

『過去の記憶が無いのをいいことに、嘘の記憶を刷り込ませる人がいるかもしれないから気をつけておくといい。 ………ドラマの観すぎかもしれないけど』

 

私の身の回りでそんな酷い行為する人なんているはずない。

 

………絶対に。

 

 

 

 

 

日花里さんとただ普通の楽しいバトルをして一日が過ぎた………。

 

 

 

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『友達/真実と嘘』end




『阿宮 日花里』 イメージイラスト

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『感情/幸福と不幸』

昨日は学校を休んでしまったが今日は体調を崩すことなく放課後を迎えた。

 

すぐに隣の席に座る日向さんに顔を向けるが既に姿はなかった。

 

「あれ、もう帰ったのかな?」

 

「うぅ~ゆず~」

 

ズシッと背中に誰かがのしかかる。 いや気だるそうな声ですぐに誰かはっきりした。

 

「日向さん重たいよ…」

 

「カバン背負ってると思って部屋まで運んでけ~」

「随分重量のあるカバンですね…」

 

背中に柔らかい胸が押し付けられ痛みはないが重量があり段々と押しつぶされそうになる。

 

「その仕事アタシが引き受けまーす!」

 

 

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元気よく現れた日花里さんが私から日向さんを引き剥がし無理矢理担ぐ。

 

「お、降ろして! 君の場合乱暴すぎて吐き気に襲われるから!」

 

「細かいことは気にせず帰りましょう! ほらゆずっちも」

 

「ま、待って! 日向さんに話があるの」

 

そのまま帰宅しようとする日花里さんの腕をつかみ既に顔が蒼白になりかけている日向さんを見る。

 

「私に…? 勉強なら自力で頑張れー。 というか教えるほど君は頭悪くないでしょ。 日花里ほど」

 

「確かにいっつもアタシの上を……今馬鹿にされた?」

 

また二人だけでやり取りがされ間に割り込み日向さんの顔を見る。

 

「あの…ウィクロスをやってますよね? その……お話が」

 

ピンときたのか目の色を変え自ら地面に足をつけ歩み寄ってきた。

 

「ここじゃ他の子にも聞かれるから…いつもの部室でどう?」

 

頷き了承すると「先に行ってる」と呟き猫背のまま廊下へ出ていった。

 

ただ一人状況が掴めない日花里は口元に人差し指をあて目を点にして首を何度も傾げている。

 

「ウィクロスの話ならここでもよくない?」

 

「これには訳があって…」

 

ここで何て答えればいいだろうか。

 

正直に選ばれし者(セレクター)になり記憶をかけたバトルをしなくてはいけないとは言えない。

 

かと言って嘘をつくのは彼女にも自分にもよくはない。

 

悩んでいると廊下から学年の違う怜さんが顔を覗かせた。

 

「柚、まだ残っていたのね」

 

視線が重なりこちらに近づき声をかけてきた。

 

「怜さんどうかしたの?」

 

「生徒会の仕事で帰りが遅くなるからその報告よ。 部室を覗いたら不在で帰ったかと思っていたわ…。 あら、日花里丁度いいところに、話が………」

 

「うっ!? アタシは忙しいから帰るねー!! ゆずっちと怜さんまたあしたー」

 

怜さんが笑顔を向けただけでたじろぐ日花里さんはそそくさと教室から足早に立ち去った。

 

「折角空きがある運動部の勧誘をしようと思ったら逃げられたわ…感だけは鋭いわねあの子…」

 

「ははは…」

 

日花里さんには申し訳ないが怜さんが来てくれて上手く誤魔化せた。 が、次に質問された時の返答を考えておかなくちゃいけない。

 

それと一つ先程から気になっているのが……。

 

「柚、あまり遅くならない内に帰りなさいよ。 昨日付近の中学校で不審者が徘徊してたみたいだから…」

 

別なことを考えていたが一度止め、今朝のホームルームで担任の先生が言っていたのを思い出す。

 

「分かった。 怜さんも気をつけて帰ってきてね」

 

「いざという時は護身術を学んでいるから返り討ちにするわ」

 

本当にやりそうだと真顔で見つめていると「冗談よ」と少し顔を赤くなった顔を背ける。

 

「それじゃ私は生徒会室にいるから」

 

「うん。 頑張ってね」

 

怜さんが去った後に疑問だった周りの好奇の視線。 今は薄れてきたが怜さんと話している時が一番感じ取れた。

 

(怜さんは生徒会長で支持率も高いから私みたいな地味な人といるのが変だったのかな…)

 

なにがともあれ、日向さんを待たせてしまっているのでカバンを右手に持ち椅子を引くと死角からカメラの様なフラッシュが発光する。

 

「いや~恋に悩める少女の顔ですな~柚やん?」

 

訛り混じり?(関西弁)口調の声に聞き覚えがある。

 

机の影からひょこっと姿を現しスカートに付いたホコリを払い首にかけていたデジタルカメラを構えニコッと笑みを見せる。

 

風華(ふうか)さん…また隠れて撮影ですか…? 怜さんに怒られますよ」

 

赤いフレーム眼鏡を中指で上げる仕草をする怜さんと同学年の『速水(はやみ) 風華(ふうか)』さん。

 

ことあることに怜さんと私の写真を撮っては所属である新聞部の記事に掲載する迷惑な人。

 

「あのなぁ、怜やんと柚やんのツーショットが掲載されるだけでその日に発行した新聞が数分で完売するんやで! 二人はこの学校の注目の的や!」

 

詰め寄りまたカメラを構えたので手で遮る。

 

「生徒会長はお姉さんになって欲しいランキング一位で、柚やんが妹になって欲しいのナンバーワンや!」

 

「しかもその二人は、屋根の下同じ部屋で一緒に暮らしてる。 あんなことやこんなこと…やっとるんやろ?」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あの鼻血出てますけど…どんな想像してるか分かりませんが普通にお喋りしてご飯食べてるだけですよ」

 

ポケットティッシュを差し出すと鼻に詰め血を止める。

 

「嘘やろ…あの生徒会長と暮らしたいはこの学校の女子が最も希望する上位の望みやで…」

 

「はぁ…」

 

「とかいいつつ~?」

 

面倒くさくなってきた。

 

「…私はともかく怜さんが黙っているとは思えませんが…」

 

「本人からは事前に写真を見せればオッケーって言われとるから平気や。 前に帰宅する二人の後をつけて撮った写真を見せたら消されたけどな…」

 

「あ、当たり前ですよ! いつの間に…」

 

「別にいかがわしいもんとか、幽霊やら写ってたとかちゃうんやからデータまで消さんでもええやろ!」

 

逆に怒鳴られ身を引く。

 

「まぁバックアップは常にとってあるからモーマンタイや! わははは!」

 

「怜さんに伝えておきます」

 

「わぁー!? まてまて、うそやうそ!」

 

風華さんが腕に必死にしがみつき大きな声で謝罪する姿を周りに見られ恥ずかしくなる。

 

「分かりましたから離れて下さい…」

 

「ほんまに黙っててくれるか?」

 

「はい。 ………ん? 待ってくださいそれって」

 

「女に二言はなしやで~。 ほな今撮った写真を使って記事作るから明日楽しみにな~」

 

日花里さん並に素早く逃走していった。

 

周りの視線も解放され漸く教室から退室出来たのは良かったが数十分ほど日向さんを待たせてしまっていた………。

 

────────

 

 

 

 

「遅い。 危うく長い眠りにつくとこだった」

 

部室件空き教室である扉をスライドして入ると机の上で上体を預けた日向さんは顔を向け目を閉じたまま愚痴をもらした。

 

「怜さんと風華さんと話していたら遅くなりました…」

 

「怜はともかく風華は絡まれると長いから仕方ない…けどたまには断るのも大事よ。 そうしないと私みたいに待ちぼうけで寝るから……ぐー」

 

「あの遅れてきた身で言うのもなんですが…目を開けてもらえると助かります」

 

上体を起こし眠そうな目を擦り口を開いた。

 

「………本題に入るけど、用件はセレクターバトルについてでしょ?」

 

やはり読まれていた。 思わずスカートのポケットを上から指で触れてしまう。

 

「そこに入れてる…のはいいけどカード折れたりしない?」

 

「これに入れてます」

 

電車には乗らないが定期券をしまうケースが部屋にあったので使用している。

 

「ふんふん、柚は今回のバトルで何回勝負したの?」

 

「まだ一度も…それでまず一つ聞いていいですか?」

 

近くの壁に折りたたみのパイプ椅子があり持って日向さんの向かいに座る。

 

「それは私もセレクターかどうか?」

 

「はい。 昨日私のルリグ…アンがセレクターの気配を感じると言ってたので…」

 

「なるほど、私のルリグも感じ取っていたのは柚のだったのね。 ()()選ばれたか…」

 

「今またって……どういうことですか!?」

 

口を滑らせたのか日向は口の前に手を当て焦り始める。

 

その反応を目の当たりにし私は身を乗り出し問い詰める。

 

「教えてください、一年前の私はセレクターだったんですか!?」

 

無言の時間が続きバツ悪そうに話を始めた。

 

「記憶をなくす前の柚に口止めされてないから話すけど…抗う為に闘うって聞かされた。 誰にとか何の為にかまでは聞いてないけど」

 

「誰かに…いじめられてたとかですか?」

 

「今生活してて陰気な嫌がらせされてる? 私の知ってる限り聞いたことないね」

 

「………後は、家族は有り得ないですよね」

 

記憶を無くす一ヶ月前に父と母は仕事の現場で不慮の事故で亡くなっていると怜さんに聞いた。

 

「家族関係の悪い噂も耳にしたことない…。 そういえば柚の両親は怜のお父さんが設立した自動車製造に務めてたっけ」

 

「はい…それで小さい頃に怜さんの家にお邪魔して初めてそこで怜さんと出会ったらしいです…」

 

それから幼稚園から小学校に上がった時怜さんが同じ学校に入学し、常に一緒に遊んでいた。

 

中学は私が普通の学校で怜さんは更に上の学校へ進学した。

 

「ごめん話がそれた。 他に聞きたいのある?」

 

色々考えてみるが思い当たらず、保留し質問を変える。

 

「前のセレクターバトルも記憶をかけてましたか?」

 

「まったく違うわ。 前は願い事を叶えてくれるってルールだったけどそれも表向きだけで叶えてくれるのはカードの中にいるルリグ」

 

「そのルリグは元々セレクターの人達で、簡単に言えば人格の入れ替わりね」

 

「勝っても人格が入れ替わり、体の持ち主はルリグに、ルリグはその人の中に入って願いを叶えるですか…」

 

「叶えてくれても嬉しくない、でしょ?」

 

「えぇ自分の体を使った他の人が叶えてくれも実感はないですね…」

 

「負けた時どうなるか聞きたい?」

 

「いえ結構です…、それよりも今の状況をどうにかしないといけないので」

 

小さく頷く日向は鞄からスリーブに入ったカードを机の上に見えるように置く。

 

「これが日向さんのルリグですか…どことなく似てますね、フフ」

 

「笑うところじゃない!」

 

カードの中で眠る『ミュウ』は彼女のイメージ通りというか…似ている気がする。

 

「今回手元に届くカードは所持者である私達の記憶から構成されているのは経験済みね?」

 

「私の場合アンでしたが…あの変な場所に引き込まれる途中で思い出した記憶が優先されるとは思いませんでしたよ」

 

「柚にとってアンが一番印象に残ってるのよ。きっと」

 

手に持っていたカードを見直すとアンも寝息を立て横になっている。

 

 

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この姿を見ていればただの女の子。 だがカード中にいるという奇妙な光景。

 

アンが私の過去に関係している、足取りを掴みたいがやはり一筋縄ではいかないようだ。

 

「他に私が関わっていた人を知りませんか?」

 

「心当たりなら一人いるけどあったことはないなぁ…」

 

「この学校の人ですか?」

 

首を横に振り顔にかかった黒髪を細い指で触れる。

 

「セレクターになってから会った友達とか言ってた…名前は…水無月……か、か…」

 

水無月と言われ本来なら真っ先に思い当たるのは桃香さんだがその時の私はどうしてか……。

 

「花蓮?」

 

「そうそれ…。 最近会ったの?」

 

指を指され、自分が発言したのだと理解したがどんな人だったかはまったく思い出せない。

 

「た、ただ何となく名前がぽっと、思い浮かんだだけです…。 その水無月さんに姉か妹がいますか?」

 

「さぁ? 聞いてた話じゃ花蓮の名前しか出てないけど」

 

水無月花蓮さんと水無月桃香さん、偶然同じ苗字なだけだとは思えない。

 

確信はないが桃香さんに今度会ったら話を聞いてみる価値はありそうだ。

 

「よいしょっと、眠いから帰るけど最後に、私から質問させて」

 

「なんでしょうか?」

 

カードを鞄に戻し立ち上がる日向さんの顔を見上げる。

 

「過去の自分を知りたいのは分かるけど、深く入りすぎると危険な事に巻き込まれる時もある。 ましてやセレクターだった自分を知りたいなら尚更危険…」

 

「……日向さんが私の立場ならどうしてました?」

 

「………」

 

「今の言い方は失礼でした。 すみません」

 

頭を下げると後頭部に手を乗せられ優しく撫でてくれた。

 

「気にしてないない。 顔を上げて。 悩みとかあったらいつでも相談にのるよ。だからすぐに言ってね」

 

顔を見ていないが声が微かに低くなっていた気がする。

 

────────────

 

 

 

『山吹日向……今の学年をもう一度繰り返してるか…』

 

日向さんが帰宅した後、学校の外を歩いていた時アンが声を出す。

 

「その情報は私の記憶を見たから知ってるの?」

 

周りを警戒しながら小声で話しかける。

 

『柚の記憶で構築された私は言わばもう一人の柚よ。 まるで映し鏡みたいなね』

 

「………」

 

気味が悪いがアンの言葉を否定出来ない。

 

『留年の理由は至ってシンプルね。 出席日数が足りなかった』

 

「今は毎日出席してるから今年は問題ないって怜さんが言ってた。 ……ある日を境にまるで人が変わったかのように」

 

『………? 単純に焦りを感じたからじゃないの』

 

「そうなのかな…」

 

いつもの眠たげな日向さんは半年前は、普通の物静かな女の子授業中に寝るなど有り得なかったと聞いている。

 

私の学年が上がり同じクラスになった時からあの調子なので昔の日向さんは見ていない。

 

『本人に直接問いなさい』

 

「そんな…失礼だよ」

 

『……あの五月蝿(うるさ)い友人、日花里とは今年から仲良くなったのね』

 

「日花里さんは命の恩人だよ。 ……階段から転落して一番先に発見してくれて治療先の病院まで傍にいたから…」

 

『それから仲良くなったと…ブレーキが壊れた暴走少女かと思ったら思いやりを持ってる少女なのね』

 

「昨日も自分より先に他人の体調を心配して家まで送ってくれたんだから悪い人じゃないよ。 絶対に…」

 

『他人じゃないでしょ。 二人の関係は……』

 

()()………」

 

『友達』

 

その単語を発すると胸を締めつけられそうな気持ちになる。 悪い言葉じゃないのは分かっているのにどうしてだろう。

 

「……あっ!」

 

曲がり角を左に曲がる為に脚と体を左に向けようとしたが突然人が横から姿を出し頭の対応が遅れ頭と頭がぶつかる。

 

「いたた…」

 

幸い倒れずに済み、おでこを触りコブが無いか確認後前方を見る。

 

地面に膝をつけ散らばったウィクロスのカードを慌ててかき集めていた。

 

「手伝います!」

 

顔を向けられ大きな瞳で顔をじっと見られた。

 

 

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「ご、ごめんなさい……」

 

どれも見たことがないカードイラストと効果ばかりで気にはなるが人の物を長く見る状況ではない。

 

「これで全部でしょうか? 風は吹いてないので飛ばされてはいない筈です…」

 

一枚一枚真剣に確認する姿を横で見ていると二分ほどで見終わった。

 

「ありがとうございました…」

 

「避けなかった私のせいなので頭をあげてください。 むしろ謝るのは私です、ごめんなさい」

 

お互いに頭を下げてる光景がおかしく同時に顔を上げ微笑む。

 

「あ、…急いでるので失礼します!」

 

私の横を駆け足で通り過ぎていきすぐに後ろ姿は小さくなっていった。

 

『あの子セレクターね。 力は弱いけど…底しれない才能があるわ』

 

あの人も巻きこまれた身なのだろうか。 また会えたらバトル抜きで話してみたい。 安らぐような雰囲気を持つ人だった。

 

 

 

────歩くのを再開し商店街通りにあるカードショップを横切り普段通り帰ろうとしたがアンが小さく声を上げ足を止める。

 

『────セレクターの気配。 それも今度は力が未知数な感じの』

 

「………このカードショップから?」

 

窓から見える中の景色を覗こうとしたが自動ドアが急に開き身を引く。

 

目が会い咄嗟に逸らしたが死角からまだ見つめられている感じがする。

 

「………柚ちゃん?」

 

自分の名を呼ばれ少しだけ視界を向けてみたが見覚えがない。

 

優しそうな雰囲気と微笑みかける顔に警戒を緩める。

 

「やっぱり柚ちゃん! 会いたかったんだよ!!」

 

大きな声を出したと思えばすぐさま抱き寄せられた。

 

混乱している私を他所に彼女は顔の横で泣きそうな声で名前を呼び続ける。

 

「は、離れてください!」

 

「あ、ごめんなさい」

 

離れて謝る姿はきちんとしていた。

 

サイドテールの女の人はオドオドしながらぎこちなく笑みを浮かべる。

 

「覚えていない? 私の事」

 

簡単に一年前の出来事を説明すると目を大きく開け驚きを隠せない。

 

「そんな…! 今は問題ないの?」

 

「生活に支障はないですが、時々無くす前の友人に会うと困ったりしますね」

 

「そうか………。 じゃあ自己紹介するね。 『水無月(みなづき) 花蓮(かれん)』……それが私の名前」

 

「────かれん… 花蓮さんですか!?」

 

今度はこちらが驚かされ全身に力が入る。

 

「もしかして思い出してくれたの!?」

 

「そうではなく…名前を先ほどともだ…友人から聞いて話をしたかったんです」

 

花蓮と関わっていたとしても交友関係とは限らない。 まだ気を緩めてはいけないと体が信号を出している為か拳を強く握り続ける。

 

『気になるならいっそ単刀直入に聞き出しなさい。風華みたいに迅速に』

 

話したことも無いのにあたかも風華さんの名前を出したがそれよりもセレクターなら何か知っているはずだ。

 

「セレクターバトルについて…いえ、私が関わってる事全て教えてください」

 

「………ここじゃ他の人の邪魔になるかもしれないから場所を変えて話さない?」

 

夕方に差し掛かるにつれこの場所は通行量が増える。 しかし、人気の少ないところに行っても問題ないのだろうか。

 

「……探りを入れる訳じゃないですが花蓮さんと一年前の私の関係を教えてください」

 

「いいよ素直に言ってくれて。 柚ちゃんが疑うのも当たり前だから…。 昔話は歩きながらでも良いかな?」

 

────────

 

「────すみませんでした。 不審がって勝手に変な捉え方をして…」

 

寒い季節の為、近所の小学生達の姿が見当たらない公園のベンチで座りながら深く頭を下げ謝る。

 

花蓮さんの話を一通り耳に入れ、悪い人ではないと認識した。

 

まとめると、昨日出会った桃香さんの姉にあたる花蓮さんは一年前、セレクターバトルを私に挑まれ受けた。 勝利したのは私だったが花蓮さんは手加減をした上で負けたそうだ。

 

その当時の私はさ迷いながらセレクターを探しては誰これ構わず勝負を挑んでは他人を傷つけていた。

 

自分の願いの為に────

 

不安になった花蓮さんは私の相談に乗り、そこから会う回数が増え友人関係を築いたみたいだ。

 

「嘘は絶対についてないから安心して…と言われても信用されないかぁ…」

 

肩を落としガックリする様子に笑いそうになるが堪える。

 

「いえ花蓮さんは優しくてとても信用できる人です。 ……また友人になってくれませんか」

 

「ぜんぜんいいよっ! よろしくね柚ちゃん!!」

 

握手を求められそっと触れ握る。

 

満面の笑顔になると大人びた印象から少しだけ幼く見えるが花蓮さんは笑顔が似合う。

 

「ふふっ。 柚ちゃんに会いたくて学校の前まで行ったけど出てこないから生徒から入院の話は聞いてたんだ。 またセレクターに選ばれたのは今日が初耳…」

 

「階段からの転倒で頭をぶつけてさえいなければこんな事にはならなかったでしょうね…間抜けですね」

 

「気を負う必要はないよ。 またこうして会えてお話も出来たんだから!」

 

頭では覚えていなくても花蓮さんの存在は体で覚えているのかもしれない。 懐かしい感覚。

 

これが友達…。

 

「っう!!」

 

またもや急な頭痛と吐き気に襲われ顳顬を両手で押さえ込む。

 

瞳を強く瞑ると瞼の裏に霧がかかった色の無い景色が映り込み誰かが喋っている。

 

────────ワタクシたち────────────ですわ。────だから────────は────潰しますわ────

 

「しっかりして柚ちゃん!!」

 

花蓮さんの声で意識が戻る。

 

「………わたくしたち」

 

「え? ………どうしたの突然?」

 

「い、いえ。 頭が痛くなっただけですから大丈夫です」

 

両腕を真っ直ぐと空に向けて上げ元気なアピールをする。

 

「………」

 

が、見向きもせず花蓮が深刻そうな表情で地面へ視界を向けていた。

 

「ワタクシか…」

 

「?」

 

「昔ね、ちゃんとした挨拶も出来ずにさようならした友達がいて、その人の口調を思い出したの」

 

「花蓮さんの友達ならきっといい人だったでしょうね」

 

「ちょっと世間からかけ離れた行動が多かったけど妹みたいで後ろからピッタリ付いてきてすごく可愛い子だった…」

 

眉を寄せていた顔を俯かせる。

 

「その子はかり………」

 

名前を聞こうとした時、私の携帯の着信音が響き渡り慌てて鞄に入れていた物を出し耳に当て距離を置いて着信に応答する。

 

 

「は、はいもしもし…」

 

『柚、今大丈夫?』

 

怜さんからの電話だが、疲れているせいか放課後より声が小さい。

 

「うん」と返事すると明るくなり今日の晩ご飯の材料の買い出しを頼まれた。

 

『遅くならない内に帰れるはずだからそれまで買い物と留守番頼むわ』

 

「もう外は暗いから気をつけて下さい」

 

『気遣いありがとう。 柚も用事済ませたらすぐにいつもの道を通って帰りなね』

 

「はい、また夜に……」

 

通話を終了し元の場所へ戻るとニコニコした顔に首を傾げる。

 

「彼氏さんからの電話?」

 

「違います、一緒に暮らしてくれている一つ年上の人です。 私の憧れの人でもあります…」

 

「柚ちゃんは可愛いからモテモテでしょ?」

 

「女子高ですからそれはありえ……」

 

「………もしかして同性と? 愛には色んな形があるから反対はしないけど…」

 

放課後に風華さんの言葉が耳に残っていたせいで、喉をつまらせていると勘違いして困惑していた。

 

「と、とにかく違いますから! これから買い物するので帰りますっ」

 

「あぁ待って柚ちゃん。 明日も会える?」

 

自棄(やけ)になり背を向けたが手を掴まれ足を止めた。

 

「いいですが、また勘違いしないでくださいよ…」

 

「うん、それは…うん」

 

目を合わせず明後日の方をに目がいく。

 

「やっぱり帰りますから」

 

「ごめんなさーい! だから待ってー!!」

 

泣きそうな声を出しすがりつかれ返って恥ずかしくなる。

 

「……明日は多分大丈夫ですが、待ち合わせは?」

 

「今日と同じでここにしようかっ。 雨とか雪降ってたらカードショップでどう?」

 

「了解です」

 

「あとこれは大事な話だけど………柚ちゃんから預かってる物があってね。 今は無いけど家に日記を置いてるから明日渡すね」

 

「? 私が花蓮さんに渡したんですか?」

 

前から日記を定期的に書いていたのだろうか。 中身が気になっていると花蓮さんも目を通していないらしい。

 

「見ても構わないと言われたけどやっぱり柚ちゃんの個人情報だから見るのは抵抗しちゃって…」

 

「………本当に見てないんですね」

 

「気になって捲りそうになっただけ! だけだよ!! 本当にっ」

 

………花蓮さんを信じて明日自分の目で確かめよう。

 

 

セレクターバトルに参加しどうして抗っていたのか真意はまだハッキリしない。

 

そして、あの頭痛の時の光景。 今の行動と関連性はあるのか………今はまだ答えが現れない。

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

スーパーに寄り買い出しを終えると外は街灯なしでは足元が見えないほど暗くなっていた。

 

鞄とレジ袋を両手で持ち体の前に腕を置く。

 

「そんなに買ってないけど重い…力がないからか…」

 

『男性と比べて女性はひ弱なのは当たり前よ。 …(もやし)みたいに細い殿方がここ最近は多いけど』

 

アンと会話をしながら歩いてるとまるで友達と普通の日常会話をしている感じになる。

 

───私の記憶を共有してカードの中にいる。 口調、声、姿は違えどやはり鏡のような存在。

 

………今は考えるのをやめよう。 今日一日で随分と情報を得られたんだ。

 

 

身体に疲れが覚え早く帰りたくなる。 そういえばここを左に曲がれば近道出来る。

 

人が二人位しか通れない細い路地で明かりは無い。 しかし、時間は大幅に削減出来る。

 

「よしっ」

 

足元に注意しながらゆっくり慎重に歩を進める。

 

抜けさえすればいつもの見馴れたマンションがそびえ立つ。

 

「………ん?」

 

珍しい。 壁に寄りかかり腕を組んでいる人がいる。

 

細い体で真っ黒のフードを頭まで被り顔を見えなくしている。 怖くなり引き返すか悩んだが走って横切れば大丈夫と言い聞かせ走ろうと構えた瞬間────。

 

ほんの一瞬目が合う。この一瞬の間に全身を貫くほどの殺意を脳が感じ取り足が止まる。

 

『柚逃げなさいっ! そいつから真っ黒な…気配が!』

 

「…………」

 

「駄目…前が塞がれた」

 

後ろに後退し距離を離すが一気に詰め寄られ胸元を強い力で掴まれる。

 

手に持っていた荷物が床に落ち、右腕を振り上げるも向こうの方が何倍も早い速度で反応し静止させられ手首が折られそうな力を込められ声を上げる。

 

「ああぁ!!」

 

苦痛に耐えきれず膝を折ると解放されたが次は前髪を掴みあげ一枚の紙切れを顔の前に見せつける。

 

「ウィクロス……バトルが望みなんですか…………」

 

頷くこともなく私のスカートのポケットに手を入れルリグカードを無理矢理取り出す。

 

『柚しっかりして!』

 

手に持たされアンの焦りの表情をまじかにし漸く危険な状況だと理解する。

 

「……………」

 

呼吸している音しか聞こえないこの人が怖い。 腕を掴まれた時に分かったが手の指は細く男性のように太くはなかった。 ………相手は同じ女性。

 

心拍数がこれまでに無いほど上がっている感覚。 痛みを遮断するほど恐怖心。

 

『逃げなさい早く!!』

 

「………ここで逃げたら」

 

膝に力を込め壁に身体を預けながらゆっくりと立ち上がる。

 

「殺されるかもしれない……」

 

『なら助けを────』

 

「これは私に課せられた問題…。 他の人を巻き込んで被害が拡大なんてしたら…逃げ出した私は一生臆病者のままだ」

 

「……………」

 

右手でカードを持ち左手で手首を押さえる。 人1人が入れる距離まで離れる。

 

この道を抜けた先で怜さんが待っている。 それを考えただけで闘士が湧いてくる。

 

「私の道を遮るなら倒すまで……」

 

『柚っ!!』

 

「アン、力を貸して!」

 

『この頑固者……何を言っても無駄よね』

 

「文句は後から聞くっ! だから…」

 

『仕方ない…。 カードを構えて『オープン』の掛け声でフィールドが展開するわ』

 

呼吸を整え腕を伸ばし正面を見据える。

 

「オープ────」

 

言い切る前に誰かが間に割り込み腕を引っ込める。

 

 

 

「────待ちなさいっ!!」

 

 

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『感情/幸福と不幸』end

 




『山吹 日向』イメージイラスト

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『速水 風華』イメージイラスト

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『水無月 花蓮』イメージイラスト

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『水無月 桃香』イメージイラスト

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『家族/修復と亀裂』

家に帰りソファーに腰をかけるとすぐに怜さんが赤く腫れた右手首に触れる。

 

「まだ痛む……わよね。 冷やす物持ってくるわ…」

 

「…………」

 

私以上に辛そうな顔のまま冷蔵庫に向かう怜さんの背中を遠目で見つめる。

 

あのフードを被った人の間に割込んできた人物は目の前にいる怜さんだった。

 

生徒会の仕事が終わり偶然帰宅路を歩いていた時に近道である路地を見かけたそうだ。

 

不審者は不利と思ったのか現場から逃げていったが、あのまま怜さんが来なかったらバトルが始まっていた。 私は無事にこの部屋に戻って来れたのかな。

 

考えたくもないが負けていたはずだ。 アンが必死に逃げろと言っていた相手なのだから…。

 

張りつめていた緊張の糸が切れ疲れが私の身体を襲う。

 

長い入院後、今の私になってから初めて通う学校に行く時よりも緊張する状況だった。 比にならないのは分かっているが比べておかないと気持ちが落ち着かない。

 

不審者と遭遇なんて人生の中で一番体験したくないのだから…。

 

 

「………眠いの?」

 

無意識のうちに目をつぶって考えていた私を見かねて怜さんの不安そうな声に気づき目を開け否定する。

 

「無理しなくていいわ。 今日はもう休みなさい…。 それと明日は欠席して一日家にいなさい」

 

「犯人が柚をターゲットにしたなら暫く付け狙うはずよ。 そんな危ない中外に出て一人になったら……」

 

大丈夫だよ。 と言える安全性は全くなく怜さんの言葉にただ俯くしかなかった。

 

今になり身体が小刻みに震え寒気を覚える。

 

手首を触れている怜さんの手に空いた手を重ねる。 ずっと触れていたい位暖かい温もり。

 

「怜さん……ずっと傍にいて下さい………お願いします」

 

「今更何言ってるの…()()貴女を手放したりしないわ…」

 

もう? あの階段転落事故で無くす前の私を指しているのだろうか。

 

肩の後ろに手を回し抱きしめる怜さんの胸の中で目を閉じる………。

 

 

────────

 

 

 

「やっと眠ったわね…。 柚」

 

柚の部屋に備えているベッドまで運び布団をかけ怜は寝顔をまじかで眺める。

 

「…………また一人で苦しんでるのね……でも安心して。 私が守るわ」

 

『……(この怜という女は柚が最も信頼する人。 全てを卒なくこなす完璧人間。 幼馴染だから柚を引き取る。 というのがどうにも引っかかるのよね……)』

 

アンの記憶は柚の記録で構築され見た目は。

 

柚の一番印象に残っている『怜』で出来ている為か口調、動作、発想が瓜二つ。

 

持ち主の柚は薄々気づき始め、アンに対する態度が少し良くないのはそれだろう。

 

 

「盗み聞きはよくないわよ」

 

『!?』

 

机の上に置いた一枚のカードへ身体を向け立ち上がり手に取る。

 

『………やっぱりセレクターだったのね』

 

「………………ふっ」

 

「気配を消して侵入したみたいだけど私には分かるわ…怜華(れいか)

 

怜の目線はアンとは重ならず背後の物陰から姿を出した人物に向けられていた。

 

スーツ姿の少女はネクタイを着けずカールのかかった前髪を指でいじっていたが止め軽く一礼する。

 

「流石怜様…試すような事をしてしまい申し訳ありませんでした」

 

律儀にも胸に手を当て腰を下げる。

 

「鍵を渡してるのだから自然に入ればいいじゃない。 アナタも家族なのだから」

 

「…勿体ないお言葉感謝します」

 

「ところでこのカード分かる?」

 

細い指が丁度アンの頭上を覆い、黒い景色が数秒続く。

 

カードの中にいるとはいえ、疑いを掛けている人物の手元というのは心臓に悪い。

 

怜華と呼ばれた少女の手に移る。

 

目の下にクマが少し残り疲れている様子でまじまじと眺める。

 

「………いえ、存じ上げませんね。 こちらをどこで?」

 

「柚が最近始めたみたいでね、まだ詳しくは聞けてないけど今日の事件これが関係している可能性があるわ」

 

柚の記憶にない怜華と呼ばれる人物。

 

まだ会ったことがないがこの部屋の合鍵を持っている。 怜との関係は深いのだろう。

 

『(怜はともかく…怜華は柚の記憶にはいない存在……暫くは観察が必要ね)』

 

扇子を広げ口元にあて顔を上げると怜華と視線が重なった気がしたがすぐに怜と会話を始めた。

 

『こっちを見ていた気がしたけど……気のせいか』

 

「こちらのカードお預かりしてても宜しいですか?」

 

『……!』

 

驚くアンに対し怜は冷静に「どうして?」と問う。

 

「あぁ、すみません。 理由を添えずに口走ってしまい。 こちらを参考に情報を集め解析したくて」

 

「柚に許可を貰ってからじゃないと駄目よ。 あの現場で大事そうに握っていたから余計にね」

 

「そうでしたか、これは失礼しました。 お返しします」

 

「代わりにこれを持ちなさい。 クラスメイトから貰ったカードよ」

 

「流石怜様、お早いですね」

 

微かに笑みを浮かべる怜華はカードを裏返し怜の手に戻される。

 

「ウィクロスで今思い出しました。 昔ニュースで話題になってましたがご存知ですか?」

 

「モデルが宣伝でやっているのは聞いたけど…誰だったかしら」

 

「怜様の年代に支持のある読者モデルとやらの晶と伊緒奈。 ですがそれではなくですね…」

 

怜が指しているのは読者モデルの『蒼井晶』と『浦添伊緒奈』のことだが、どうやら違うようだ。

 

「……自室で自殺した学生の傍にカードと遺書が置いてあり、遺書には『このカードは不幸を招き、幸福は消え去る』と書かれていたそうです」

 

「物騒ね…。 しかもウィクロスのカードを指した遺書。 そのゲームはお金を賭けたりするものなのかしら」

 

首を横に振ろうとしたが心当たりがあり留まる。

 

「信ぴょう性のない噂ですが………。 特別なカードが手元に届きバトルに勝利すれば、願いを一つ叶えられるそうです」

 

「特別なカード?」

 

「詳しくは今から調べてみますが、どうやら月咲様が突然ウィクロスを始めた理由がこれと関係しているのでは……。 あくまで憶測ですので真に受けず」

 

「ふうん………」

 

 

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『………安心して柚の傍にはずっと私がついてるわ』

 

「憶測が真実になりうるかもしれない。 常に備えろ。………お父様がよく言っていたわね」 「あの方の教えはとても素晴らしいです…」

 

挑発的な言葉をわざと発して反応するか様子を眺めていたが二人とも気づことなく、アンを机の上に戻した。

 

「柚が起きたらまずいわ。 リビングで続きを話しましょ」

 

「はい。 ……?」

 

先に部屋から出た怜は振り返り立ち止まる怜華の姿に首を傾げる。

 

「この部屋カメラは設置してますか?」

 

「する訳ないじゃない。 プライバシーの侵害に値するし寝るとき以外はいつも、目に見えるところにいるわ」

 

「………誰かに見られていた気配がありましたが勘違いですかね」

 

「貴女も多忙で疲れているのよ。 明日は休みよね? 今日は泊まっていきなさい」

 

「いえお気になさらず。 後は帰りますので」

 

「………これは私からのお願い。 明日柚の近くにいてくれないかしら」

 

「はい?……………なるほど」

 

段々と部屋から離れていくせいで、途切れ途切れの会話に耳を傾けるも聞き取れずアンは唇を噛む。

 

『………明日丸一日怜華が付いていたら花蓮の所に行けなくなるわね』

 

つま先立ちし柚の顔を覗きこもうとしたが置かれた場所が悪く首から下に掛けられた布団しか見えない。

 

諦め地に足をつけ扇子を閉じる。

 

『どうしたものかしら……』

 

部屋から完全に離れた二人の会話を聞こえないと分かっていながらも意識を向けると妙な言葉が入り込む。

 

「そうだった────あの薬切れてしまったけど今日は持ってきてる?」

 

『薬…? 柚に治療していた時には使っていなかった筈…』

 

透明なビニール袋に詰めた氷で赤く腫れた腕を冷やしていたのは見たが錠剤や塗り薬は使っていなかった。

 

「勿論ですいつもの………です」

 

『っ感じな部分が聞き取れなかった! いったい何の薬なの…』

 

薬を出す動作に合わせて喋った為に台詞の一部を聞き逃した。

 

「ありがとう。 珈琲飲んでいくわよね?」

 

「…お言葉に甘えてさせて頂きます」

 

声が遠のいていくのを聞き柚と共有している記憶を探る。

 

『……怜が常時持ち歩いている胃薬位か…わざわざ怜華に頼むほどの事かしら』

 

『まぁいい…薬よりも花蓮にどうやって会いに行くかが問題ね』

 

────────────

 

目覚まし時計がなる前に目が覚めすぐに着替えを始める。

 

 

平日のいつもの時間に起床してしまう辺り身体に染みついているのだろうと寝ぼけながら考えていると後ろの扉がひとりでに開きドキッとする。

 

「おはようございます月咲様」

 

「ど、どなたでしょうか…」

 

昨日の件もあり身体が固くなる。

 

「着替え中でしたか……(わたくし)怜様のお父様…会長のボディーガードを務める『怜華』と申します。 どうぞお見知りおきを」

 

ボディーガード…もしかして怜さんが心配して手配してくれた…?

 

「えへへ…」

 

「月咲様?」

 

嬉しくなり頬が緩んでいると怜華さんが名前を呼びかけてきた。

 

「は、はい! わわわ私は月咲柚と申し上げます!」

 

「? それはもう知っておりますが…」

 

「そ、そうですよね! えーと、趣味は…風景画を描いたり……後読書が好きです! 特に推理サスペンスとか…」

 

『落ち着きなさい柚。 彼女はただ朝の挨拶がてら自己紹介しに来ただけよ』

 

「あっ…」

 

机の上にいるアンの冷静な言葉に一人で上がっていたのが今になり恥ずかしくなる。

 

「よろしくお願いします怜華さん」

 

「はいこちらこそ…」

 

お互い頭を下げ先に私が顔を上げる。

 

次に怜華さんが顔を上げたが顔が見える一瞬鋭い視線がアンへ向いていた気がした。

 

選ばれし者(セレクター)なのだろうか?

 

「朝食の準備が出来ていますのでリビングまでお越しください」

 

「あっはい! 着替えたらすぐに行きます」

 

扉が閉まりすぐに私服に着替え、洗面所で顔も洗いリビングに足を運ぶとパンを焼いた匂いが鼻に入りお腹が鳴る。

 

「フフ…」

 

「聞こえてましたよね…?」

 

微笑む怜華さんを見て思わずお腹を押さえたが余計に目立つ行動だと後々気づく。

 

「昨日辛い体験されたのにお腹が空くのはいい事だと思いますよ」

 

「………」

無意識で掴まれた右目に掛かった前髪に触れると頭皮に痛みが蘇る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「思い出したく無かった…ですよね申し訳ございません」

 

「大丈夫です、折角の料理が冷めるので頂きますね」

 

椅子に腰をかけ手を合わせ用意された朝食を口に運ぶ。

 

「……食べながらで構いませんのでウィクロスのお話を聞かせてくれませんか?」

 

『柚…貴女がセレクターだということは秘密にして、ただ普通にカードゲームを遊んでるだけって言いなさい』

 

(う、うん…)

 

カードから忠告され最近始めたばかりの初心者であり、まだ詳しくは把握しきれてないと自然に伝えられた…はず。

 

怜華さんは眉を寄せ顎に手を当てる。

 

「最近身近で始めた方はいますか?」

 

また質問が飛んできたがそれはすんなりと答えられた。

 

「それだとクラスメイトの日花里さんですね…(セレクターじゃないから名前を挙げても害はないはず)」

 

「…そういえばお隣のお部屋に住む山吹様はやっていらっしゃるのですか?」

 

『素直に答えなさい。 だからって全部喋らないでよ』

 

「昨日聞いた時には先に始めてて色々詳しく話してくれました」

 

「色々……そうですか」

 

納得してくれたのか目を閉じたまま席を立つ。

 

「月咲様は食事を続けてて下さい。 私は暫く街中に行きますので…。 くれぐれも無断での外出は控えて下さい」

 

「はい…」

 

『納得してどうするの! 上手く誤魔化して許可を得なさい』

 

そんな無茶な…。 しかしここで説得しなければ今日一日家に籠るハメになる。 残された日数以内に花蓮さんに会わなければまたゼロからの……マイナスからの人生になる。

 

「待ってくださいお話があります…!」

 

「!」

 

箸を置き右から横切ろうとする怜華さんの腕を掴むと、瞬時に掴んだはずの右腕で手首を掴み返され痛みが走る。

 

「いたっ…!」

 

予想以上に力が強く歯をかみ痛みを訴える。

 

『どうしたの柚!?』

 

「あ、ごめんなさいっ! 怪我をされた腕を……」

 

私自身包帯を巻いていたのを忘れるほどの出来事に混乱しているとすぐさま介抱してくれた。

 

「本当にすみません。 仕事の癖で背後や横から手が出てくると過剰に反応してしまい…今のような事に…。 この救急セット使いますね」

 

机の上に置いてあった箱を開け新品の包帯を手に持ち私の前で床に膝をつけ巻かれていた右手首の包帯を解き始めた。

 

「怜華さんは怜さんとは歳が近いのですか?」

 

「同い年ですが怜様には到底頭が上がりません…。 昔一人だった私を救ってくれた命の恩人なのですから」

 

「……ご両親は亡くなったとか…ですか?」

 

包帯を緩め新しいのに取り替えようとした手が止まる。

 

聞いてはいけない質問だったのだろう。 急いで話題を変えようとしたが怜華さんの口が先に開く。

 

「父と母は経営していた店で赤字が続き、多額の借金を背負った挙句夜逃げしました……。 その時幼かった私を公園に置いて」

 

手当する手を見つめていると微かに震えているのに気づき、私は恐る恐る視線だけを動かし表情を見ると険しい顔へ変化していた。

 

「………神からの手助けなのか翌朝公園に訪れていた怜様が偶然手を差し出してくれました」

 

「怜さんはやっぱり……その時からすごく優しかったんですね」

 

入院していた時一番最初に手を差し伸べてくれたのは怜さんだった。

 

名前しか覚えていない私に寄り添い、今では家族以上に尽くしてくれる怜さん。

 

「……キツくないですか?」

 

「はい! ありがとうございます」

 

「こちらの問題なので頭を下げないでください。 むしろ私が下げなくてはいけない立場ですので…すみません」

 

お互い顔を合わせ苦笑していると携帯の着信音が部屋に鳴り響く。

 

「もしもし…はい……はい」

 

どうやら怜華さん宛に鳴った電話だったようだ。 すぐに通話を終え私の顔を見る。

 

「急なのですが仕事が入りまして…怜様には一日傍に付いてなさいと言われたのですが…」

 

「そうでしたか…後は布団で休んでます。 夜になれば怜さんも帰ってくると思うので大丈夫です」

 

ホッと胸をなでおろした怜華さんを玄関まで見送ることにした。

 

「それでは何かありましたらこちらまで連絡をお願いします」

 

丁寧に折りたたまれた紙を手渡しされその場で開くと手のひらサイズのメモ用紙には怜華さんの手書きと思われる携帯番号が記載されていた。

 

「お仕事頑張って下さい。 それと朝食とても美味しかったです」

 

「ありがとうございます。 ではまた…」

 

会釈をし怜華さんは扉を閉めた。

 

十秒ほどしてから鍵を掛けパーカーのポケットに入れていたカードを取り出す。

 

「………これで外に出れるかな?」

 

『怜華が本当に戻ってこないなら…いけるわね』

 

「それでも花蓮さんとの待ち合わせは夕方だから…横になって休むよ」

 

何気なくアンから視線を逸らし手首を見て疑問が浮かぶ。

 

掴まれた時の感覚…どことなくあの不審者と似ていた。 掴まみ方といいどうしてだろうか。

 

『変わり者ね』

 

「怜華さんの話?」

 

『えぇ、柚だったからまだ……良くないけど初対面の人だったら訴えられてもおかしくないわ』

 

「大袈裟だね…。 あれ? 足音が聞こえてくる…戻ってきたのかな」

 

扉を挟んだ向こう側からコンクリートを踏み歩く足音が近づいて来る。

 

微かに話し声も…違う部屋の人が誰か連れて歩いてる? と思ったがピタリと足音話し声が途絶えインターホンが玄関に響き渡る。

 

『…出るの?』

 

「郵便の人かもしれないし対応しないと…」

 

ロックを外しドアノブを回そうとした矢先、先に回され勝手に開けられた。

 

「……どうも月咲柚」

 

「も、桃香さん? どうしてここに……それに花蓮さんまで…」

 

いつものコートを今日は乱れて着ている桃香さんと目が合ったがすぐに逸らしてしまい不審がられてしまう。

 

………尖ったナイフを突き立てられたみたいに鋭く睨まれた恐怖で合わせられない。

 

「どうした? ……あぁ花蓮が髪を結んでないのが変か?」

 

「違うじゃろ。 お主が怖くて背けたのじゃ」

 

肩を竦め「いつも通りだけど?」と覇気のない声質で答える。

 

「それでご要件は…」

 

「………単刀直入に聞く。 ────花蓮を殺したのはお前か?」

 

「────えっ?」

 

「聴こえなかったならもう一度言うぞ…」

 

「い、いえそういう訳じゃありません…というより」

 

一瞬冗談を言っているのかと二人の顔色を伺うが……。

 

「お主は今目の前にいると思っているじゃろうが、花蓮の意思は…昨日殺されたのじゃ」

 

昨日確かに夕方に会って話をしたが疑いを向けられる行動はしていない。

 

「柚が犯人ではないとパートナーであったワシが幾ら言っても言う事を聞かず、此奴は部屋まで尋ねてきたのじゃ」

 

会話の内容についていけず思わず手を挙げる。

 

「あの! ……整理させて下さい」

 

「構わないが、ここじゃ時間が無駄になる。 セレクターバトルの会場(ステージ)で整理してもらう」

 

『オープンの掛け声で展開する…知ってるわよねぇ?』

 

桃香さんがずっと指に挟めていたカードから背筋を指でなぞられたような薄気味悪い声が聞こえ思い出す。

 

昨晩アンが私に教えてくれた手順と同じだったが…。

 

「………待ってください! 私が桃香さんと戦う理由は無いはずです…犯人じゃないって花蓮さんも言ってるのに」

 

「月咲、別に決めつけてる訳でもないし疑ってる訳じゃない。 ただこの怒りをバトルで解消したいんだ」

 

『人に頼む内容が酷いわよ桃香』

 

「充分承知の上でのお願いですよ。 このままじゃ犯人をバトルじゃなくて直接やりたくなりそうになるんでね」

 

冷静なフリをしながらもカードを持たない手の甲は皮が擦りむけ血が滲んでいる。 ……壁を何度も殴った跡に違いない。

 

しかし仮バトルを受け桃香さんが勝てば私はコインが無くなり記憶を失う。

 

………花蓮さんが死んだと言ったのは記憶が消えたから? それでこんなにも雰囲気が変わるだろうか。

 

「さぁ構えろ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「まず部屋に上がってください。 ここでは目立つでしょうから…」

 

『ふふっ焦らすわね…』

 

怜さんに連絡してから上げるべきなのだろうけど状況が状況だ。 これが終わったら伝えておこう。

 

「お邪魔するぞ」

 

「あの~…ひなっちを起こしてきたけどどうしたらいい~」

 

二人の隙間からまだ寝ているパジャマ姿の日向さんを背中に担いだ日花里さんが困った顔で覗かせた。

 

「日花里さん…それに日向さんまで!」

 

「ゆずっちぃおはようっ! いきなりこの人達がゆずっちの家まで案内しろって脅してきてさぁ~」

 

「校門前で待機してて通りかかったアンタが花蓮の知り合いだったから声を優しく掛けただけだ。 違うか?」

 

「どこが優しくだ! 胸ぐら掴んできた癖に!」

 

「? そんなことしてたか」

 

私の隣に並び腰に手を当て口をへの字にしていた花蓮さん?に問いかける。

 

「胸に手をあてよぉく思い出すと良いじゃろ」

 

「なら大丈夫だ。 心当たりがないから」

 

「うぐぐ…ひなっちを抱えてたから助かったね!」

 

「そういう台詞を吐くやつに限って何もしてこないのがオチですよ日花里さん? 優しさとして受け取らせて頂きますね」

 

「人をイラつかせるのが好きなの!?」

 

こちらからでは桃香さんの背中しか見えないが日花里さんが眉をあげ怒ってる姿が目に見える。

 

「あの…桃香さん機嫌が悪いんですか?」

 

「いいや、いつもの悪い癖じゃ。 誰これ構わず人を煽るのはやめろと花蓮にも言われておったのじゃが…」

 

なるほど。 失礼かもしれないが性格に難ありの人なのか。

 

「まだかかりそうじゃからワシは先に行っとるぞ。 柚案内をよろしく頼む」

 

「はい…でも玄関で喧嘩されてるのも周りに迷惑がかかるので止めます」

 

「そうか。 なら手伝うぞ」

 

手を開いて閉じて開いて閉じてを繰り返し最後には握ったまま桃香さんの頭に落下した。

 

────────

 

リビングに移動し日向さんをソファーで寝かせるとその姿に呆れながら桃香さんが口を開く。

 

「今は授業時間なのにいつもこうなのか?」

 

正面にあるテレビの傍に置いていたデジタル時計に目をやると『9時17分』を表していた。

 

「最近までは遅刻ギリギリに学校に来ていましたけど…勉強して疲れているのかもしれません」

 

「無理に勉強すると疲れるからね~アタシ分かるな~」

 

「はいはい。 日花里さんはすごいですね~」

 

また口喧嘩かとウムルさんは頭を抑える。

 

まだ眠っている日向さんが連れてこられた理由はセレクターに選ばれたからと簡単な訳だったけど無理に外に出さなくても良かったのでは…?

 

 

「やめんか! …ごほん。 本題に入るが準備は良いか?」

 

花蓮さんの口調が先程から気になって仕方が無い。 バトルに集中出来ない。

 

「五分だけ時間を下さい」

 

「その時間で何が出来る?」

 

四角いテーブルを挟み桃香さんの横に立つ花蓮さんが腕を横にあげる。

 

「まぁ待て桃香。 その時間だけで足りるのか? 遠慮せず………」

 

「はい。 頭の整理は…そのバトルの場所でします」

 

「分かった、大方質問責めされるのは目に見えておったからの」

 

日向さんを除いた四人が立ったままだったが今の現状が分からない日花里さんはカーペットの上に胡座(あぐら)で座り寝ている日向さんの頬つつく。

 

桃香さんも「勝手にしろ…」とボヤき頭をかきながら窓際に近づき外の景色を気難しい顔で眺めていた。

 

残された私達は対面したまま話を始める。

 

「ありがとうございます。 花蓮さん」

 

「うむ。 まずワシはもう花蓮ではなくウムルじゃ」

 

「うむる…? 変わった名前ですね」

 

「ウムルって花蓮さんが使ってたカードの名前じゃん!」

 

「日花里の言う通りワシはウィクロスのカードで存在する『ウムル』その者じゃ」

 

「それではウムルさん…花蓮さんが死んだと言うのは…」

 

顳顬を指で叩き簡単に整理する。

 

花蓮さんの身体は見たところ怪我は無く性格だけが変化している。 まるで違う人格が入り込んでいるかの様に…。

 

『 ………単刀直入に聞く。 ────花蓮を殺したのはお前か? 』

 

バトルに負けた。 その代償は……その身体の持ち主の意思が消える。 即ち………死

 

 

「あ…」

 

「理解出来たか? 花蓮が死んだと言った訳を」

 

「……そんな。 どうして黙ってたの…アン!!」

 

『………………』

 

「そう責めるなよ、ルリグの世界にも規則が有ってな」

 

カード出し扇子で顔を隠すアンを問いつけようとしたが桃香さんが窓から視線を外し横に入る。

 

「規則ってなんですか…」

 

「詳しくは知らないが知りたくもないが、行き過ぎた行動をとるとルリグにペナルティが与えられるらしいよ」

 

「…………ペナルティが怖くて負けて意思が消える事も教えないんですか。 随分勝手すぎませんか?」

 

「人なんて最後には自分しか考えないからな。 お前もそうだろ? 今真っ先にアンにあたったのは恐怖を紛らわす為、怒りをぶつける手頃な奴が手元にいたからだろ」

 

『うふふ…貴女とマスター随分距離を感じるわ』

 

『余計なお世話よ…柚が心を開いてくれなくても私は構わない。 ただ守るだけの存在だから……』

 

『お姫様を守る王子様の気分を味わっていたいのね! ……………反吐が出るわ』

 

『ふん…勝手に思ってなさい』

 

ルリグ同士で不穏な会話が続いている。

 

「………それを言うなら桃香さんも自分勝手が目立ちますね」

 

「ほぉ私を挑発するか?」

 

最後に残る疑問。 それは何故私が桃香さんに指名されバトルをしなくてはいけないのか。

 

普通に聞いては教えくれなそうだと思いこの行動にかける。

 

「花蓮さんを殺した犯人じゃない私とバトルだなんて…初心者狩りをしないと言ったのは嘘ですか?」

 

「ゆずっち…?」

 

「自分で初心者アピールか…それじゃすぐに記憶を無くすな。 言っとくが私はお前に期待してバトルを申し込んだ」

 

「…………」

 

「犯人探しに見合った力があるか視るためにお前とバトルする。 ……それと花蓮がお前に渡したかった日記を取り戻す」

 

「日記……」

 

「花蓮はの…」

 

目を閉じたままのウムルさんに視線が集まる。

 

「昨日お主と別れた後、ワシに『日記を今日持っていこうか』と持ちかけてきたのじゃ」

 

「このマンションの場所が分からないのに…?」

 

そういえば連絡先を別れ際に交換していた。 もしかしてあの公園で待ち合わせを考えて…。

 

「晩に外に出て公園で連絡しようとした矢先…黒いフードの奴が現れ柚の写真をチラつかせて脅してきたのじゃ」

 

「黒いフード…!」

 

「心当たりがあるのか」

 

右手首の怪我を見せながら三人に状況を全て説明する。

 

「こわ~…ゆずっちが無事でなによりだよ~」

 

頬ずりし頭を撫でてくる日花里さん。

 

線が繋がったのかウムルさんと桃香さんが顔を合わせる。

 

「どうやら…月咲を狙った計画性のある犯行だな」

 

「うむ。 日記を盗んだ理由が分かったのう」

 

中身を知っているのは記憶をなくす前の私だけ…のはず。 今となっては花蓮さんにも聞けない。

 

私のせいで花蓮さんが黒いフードの人物にバトルを挑まれ負けた。

 

「……私が花蓮さんを」

 

「おい、それ以上は口に出すな思うな」

 

日花里さんを引き剥がし右手で頬掴まれる。 力が込められ痛む。

 

「責任を感じて一人で動くなよ? 私達からにしてもお前は貴重な存在だお前まで死なれたら重みが増す」

 

感じないわけがない。 もう花蓮さんはどんなに願っても戻ってこない。 昨日優しく気さくに話してくれた花蓮さんは……。

 

この瞬間無くしていた記憶が色の無いまま蘇る。

 

昨日訪れた公園のベンチ花蓮さんが慰め胸の中で私を励まし頭をずっと優しく撫でてくれる姿。

 

昔もあの人に頼っていたのだろう…その支えがあったからこそ………。

 

「………っ………うっ………! ごめんなざい…………」

 

気づけば目尻が熱くなり涙がこぼれる。 必死に喋ろうとするが呂律が回らない。

 

 

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唖然とした桃香さんだったが頭の後ろに手を回し胸元に私の顔を押し付けた。

 

「花蓮をそこまで思ってくれたのは心の底から感謝するが他人のお前がそこまで泣くな」

 

「………お主の姉は誰からも愛されていたのじゃ」

 

「ったく罪作りな女だ……」

 

五分以上時間が経っていたが誰もその事には触れず私が落ち着くまで皆静かに待っていてくれた………。

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

夜になり怜さんが学校から帰宅し着替えを終えて手首の様子を観察する。

 

「怪我は大丈夫?」

 

「うん、怜ちゃんの顔を見たら更に良くなった気がする」

 

腕を回し元気をアピールしたが「悪化するからやめなさい」と止められた。 その表情は笑っていて私もつられる。

 

「いい事があったの?日花里と日向が休みだったからまた看病に来たのかしら」

 

「うん! ……えっとそれでね怜ちゃんに話さなくちゃいけないの」

 

「食器割ったとか?」

 

「ち、違います! ………ウィクロスってカードゲームを日花里さんや日向さん達とやり始めたんだ…」

 

ずっとお世話になっている怜さんに隠し続けるのはいざという時説明していないとマズイと思い、これまでの経緯を全て事細かく話している間ソファーに腰掛けながら真剣に怜さんは聞いてくれた。

 

 

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話が終わると怜さんはカップに入れていた冷めた珈琲を口に運び飲み干すと一息つく。

 

「………それで今日は桃香って子とバトルして柚が勝ったんだ。 凄いわね初心者なのに…才能があるのね」

 

「桃香さんと花蓮さ……ウムルさんも同じ事言ってたよ」

 

「そこは胸を張っていいと思うわ。 流石柚ね」

 

頭を撫でられ少し恥ずかしくなるがこれは学校のテストでいい成績を取ったとは全く違う事を思い出す。

 

顔に出たのか手が止まり名前を呼ばれる。

 

「柚が正しいと思った道を歩きなさい」

 

「もし誤った道を選んでそこを歩いたなら、いつでも私が後ろから駆けつけるから」

 

「………うん」

 

「悩みがあったらすぐに言いなさいよ。 家族なんだから」

 

「ありがとう怜さん………いたっ」

 

デコピンされ呼び方を間違っていたと自覚する。

 

「怜ちゃん」

 

「よろしい。 ご飯にしましょ。 手を洗ってきなさい」

 

返事をして手洗い場である方へ脚を回す。

 

背中越しで怜さんが微笑んでいると勝手な妄想をしながら足を踏み出す…………。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

────────────

 

翌朝、平日の起床時間に起きて私服に着替えリビングに顔を出すと制服姿の怜さんがエプロンを外しこちらに気づく。

 

「おはようございます、今日は日曜日ですよね?」

 

「おはよう。 仕事が残ってたから終わらせてくるわ。 お昼前までには戻ってくるから」

 

「うん、気をつけてね」

 

「了解、せっかく外は晴れてるし午後は買い物に行こうかしらね。 柚もどう?」

 

ソファーに座り持ちかけられた話題に頷くが不安があった。

 

「外に出て大丈夫かな…」

 

「私の側から離れなければ大丈夫よ」

 

「わわっ怜ちゃん!?」

 

後ろから怜さんの胸が背中に密着したのは良かったが左腕が前に回り何故か空いた手で頭を撫でられる。

 

「ふふっ女の子同士のじゃれ合いだから気にしないの」

 

「き、気になるよ…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

パッと離れ「行ってくるわ。 戸締りよろしくね」と言って足早に部屋を後にした。

 

 

『………楽しそうね』

 

「アンおはよう」

 

ポケットに入れていたアンが低い声を出す。

 

『ウムルが昨日言ってたでしょ、アナタの身近な人物の中に犯人がいるかもって』

 

「そうだけど、怜さんは関係ないよ。 ウィクロスだって昨日初めて知ったみたいだし」

 

『………』

 

どうしてそこまで疑うのだろうか。

 

『提案があるのだけど聞いてくれる?』

 

 

 

 

 

──────────『家族/修復と亀裂』




表紙もどき

【挿絵表示】


lostorage公式サイトのものをトレスしたものです。


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