もう一つの約束 (ピーナ)
しおりを挟む

前編 私と千早と音楽と

初めましての方は初めまして。初めましてじゃない方は拙作にまた触れていただきありがとうございます。
あらすじに書いた通り本作は三話構成になっています。ちょっとした時間で読んでいただければと思います。


では、始める前に……ちーちゃん、誕生日おめでとう!


「いつか私が曲を作って千早がそれを歌う。それが夢かな」

「僕、楽しみ! 奏音姉の曲もお姉ちゃんの歌も大好きだから!」

「ふふ、大きくなってそうなれるように沢山頑張らないとね」

 

 

 

「……何時の間に寝てたんだろ、私。ってか、今何時?」

 

眠りから覚醒した私はそう呟いた。

とある雑貨店で見つけた漢数字の文字盤の掛け時計(一、二ではなく壱、弐と難しい字を使っている)を見ると今は朝の5時。どうやら、試験前の勉強をしていたらそのまま机に突っ伏して眠ってしまっていたらしい。まあ、まれによくある事なんだけどね。

 

「それにしてもかなり懐かしい夢を見たなあ……。多分、昨日アレを見つけたからだろうけど」

 

私の目線の先には中学の入学祝としてお父さんに買ってもらって、それから五年間大事に使っているミニコンポとそれの前に置かれている一つのCDケース。それは昨日いつも使っているCDショップで偶然見つけた物。普段は手を出すジャンルじゃない、アイドルが歌っている物。

そのCDのタイトルは「蒼い鳥」。歌っているのは765プロ所属の新人アイドル如月千早。私、宇佐見奏音の幼馴染だ。

 

 

私と千早が出会ったのは私達が幼稚園の頃。家が隣同士だった事、同じ幼稚園だった事からすぐに仲良くなったんだよね。あの頃は千早の両親は共働きで隣だった私の家に預けられていたから同い年の私と千早、千早の弟の優とはかなりの時間を一緒に過ごしたもんだよ。

千早はこの頃から歌が好きで、私もお母さんがピアノ教室の先生なのとその妹、私の叔母さんがプロのピアニストな事から小さい頃からピアノを弾いていたから、私が童謡やその時に私達が好きだった曲を弾いて、千早が歌うって事を毎日の様にしていた。

そんな日々は私が親の仕事の関係で関西の方に引っ越す事になった小学校三年の夏までの私達の日常だった。

ちなみに、今私がいるのは東京。高校進学を機にこっちに戻って来た。

そのきっかけは中学三年生になったばかりの時の事、引っ越した後にギターも始めて、独学で音楽について色々な勉強もしていた私は高校受験の息抜きとして近くの公園で自分で作った曲で路上ライブの真似事のようなものをしていた。そしたら、偶然やって来た今の事務所の社長兼プロデューサーの上杉紅音さんに出会い、スカウトされた。

紅音さんと私、お父さんとお母さんがじっくり話し合って、高校進学と共に上京すると共に、中学の間は月に1~2回くらいデビューアルバムの作業の為に東京に通う事になった。あの頃は大変だったけど、楽しかったなあ。いや、今も紅音さんの方針で結構やりたいようにやらせてもらってるから楽しんでいるんだけどね。

だから今の私は女子高生シンガーソングライターって肩書になるかな。駆け出しだけど、デビューからヒットに恵まれたから知名度はそこそこあると思う。私が高校生活を楽しみたいから紅音さんに無理を言ってメディアへの露出はNGを出してもらってるけど、それが良い方向に作用しているみたい。

 

「えーっと、765プロ、765プロっと……」

 

私は昨日調べようと思っていた千早の所属するアイドル事務所『765プロダクション』の情報を見ていた。

アイドルは千早を含めて12人で全員新人。プロデューサーも新人が二人で駆け出し事務所って感じ。まあ、ウチも元々大手プロダクション346プロの音楽部門の敏腕プロデューサーだった紅音さんが自分の理想の事務所を目指して独立したばかりで所属しているのが私だけって状態でどっこいどっこいなんだけどね。そんな状態の私が売れたのは私の力と紅音さんは言ってくれるけど、紅音さんのプロデューサー時代のコネをフル活用した宣伝のお蔭だと思う。

 

「あっ、竜宮小町の事務所ってここだったんだ」

 

竜宮小町って言うのは今、紅音さんが一押しのアイドルグループで水瀬伊織、双海亜美、三浦あずさの三人グループ。紅音さんが注目していたのは竜宮小町のプロデューサーを務める元所属アイドルの秋月律子さん。曰く「一回、765の社長さんのご厚意で彼女のライブを見に行った時に『この子はなにかやりそう』と思ったのよねえ」との事。

まあ、十代でプロデューサー業に携わってるんだから紅音さんの勘は正しかったわけだ。

 

「そういや、紅音さんが『765の社長さんの眼力は本物よ』って言ってたっけ。うん、なら今日の学校帰りにまたCDショップに寄って買おうかな」

 

無かったら通販で買おう。こういう、埋もれている良い曲探しって楽しいんだよねえ。今はネットがあるから、口コミも拾いやすいし。

 

「って、ヤバい! 学校行かなきゃ!」

 

一人暮らしをする条件がちゃんと高校を卒業する事だから、よっぽど調子が悪い時じゃないと休まない様にしている。昨日の夕飯の残りを温めて、私は今日のスケジュールを思い浮かべる。……といっても、少し前にニューアルバムを完成させたばかりだから何もないんだけどね。今日も帰ってきたらテスト勉強頑張らないと。いい成績取っとかないと、楽曲の制作作業の追い込みの時に安心して学校を休めないからね。

 

 

 

『芸能界って業界で売れるのは9割は運だよ。基本的には磨けば光りそうな原石を見込まれて入ってくるわけだから。私達プロデューサーはその天運を自分が輝かせたい原石に引き寄せる手伝いをする事が仕事なのさ』

 

こう言ったのはいまいちプロデューサーの仕事がピンと来てなかった私に紅音さんが言った言葉。この業界に入って来たからには活躍したいのは当たり前でその為に努力をするのも当たり前で、売れないのが不思議な人もたくさんいるらしい。売れるために必要な何かを引き寄せるのがプロデューサーの仕事なら、765プロのプロデューサー二人、赤羽根甲治さんと秋月律子さんは十二分にその役目を果たしていると言っても良いと思う。

765プロの皆は私が初めてその存在を知った頃からわずか数か月で押しも押されぬ人気アイドルの仲間入りを果たした。それは業界人の紅音さんがびっくりするくらい。

しかも、765プロ初のオールスターライブの際、目玉の竜宮小町が天候の関係で遅れるというピンチを他のアイドルの魅力、実力を示すというチャンスに変えてだ。

なんだかんだ私も765プロの皆のCDは全部買ってヘビーローテーションして聞いている。街中で765の皆の事を見る事が本当に増えたし、日常がどっぷり765漬けと言っても良い。

 

「今日の夕飯は中華ですよ、中華!」

 

私は一人でそう独り言を言って食卓に座る。これはこっちで一人暮らしをするにあたってのお母さんとの約束で、朝と夜は出来る限り自炊して、その日に作った物をスマホで撮って送っている。今日のメニューはチャーハン(少な目)、作り置きしていた餃子、回鍋肉でさっきの独り言はメールの文面でもある。

ご飯の用意を済ませてから私はラジオの電源を付けた。これも最近の日々の日課。

 

『毎日午後7時から65分間、ここラジオブーブーエス第三スタジオから私達765プロのアイドル達が日替わりでお送りしています「日刊765オールスターズ」、今日のお相手は天海春香と』

『如月千早です』

 

『日刊765オールスターズ』は今、飛ぶ鳥を落とす勢いの人気アイドル事務所、765プロダクションに所属するアイドル達が入れ替わりでパーソナリティを務める人気ラジオ番組。系列局のブーブーエスが放送しているTV番組の『生っすか! サンデー』と並んで765のアイドルのファンなら必聴のラジオである。

この番組を聞きながら夕食を食べるのが最近の私の習慣だ。

今日のパーソナリティは千早と春香ちゃんか~。

 

『続いてのメールですよ~。ラジオネーム『蒼い鳥居』さんからいただきました。千早ちゃんのファンの方かな?』

『応援ありがとうございます』

『「春香ちゃん、千早ちゃん、こんばんは」はい、こんばんは!』

『こんばんは』

『「音楽が好きなお2人ですが、良く聞く曲、最近のお気に入りの曲は何ですか?」だって。千早ちゃんは事務所のプロフィールにクラシック鑑賞って書いてあるけど、クラシックがやっぱり好きなの?』

『家でゆっくりしたい時なんかに良く聞くわね。仕事の移動の時とかは事務所の皆の曲を聞いているわ』

『私も! 私は地元と都内の行き来の間が長いからその間ずっと聞いてるよ。それじゃあ、それ以外は?』

『柿崎楓音さんね』

 

千早の上げた名前に思わず、ご飯を食べる手が止まった。柿崎楓音は私の芸名。柿崎はお母さんの旧姓で楓の字は私が秋生まれだから使った。読みは本名と同じかのんと読む。

 

『柿崎楓音さんって言うと、今人気の顔出ししていない現役女子高生シンガーソングライターだよね? 何かきっかけで聞き出したの?』

『良く行くCDショップで柿崎さんのデビューアルバムがプッシュされて店内で試聴が用意されてたの。彼女、私達と同学年でしょ? そんな人がどんな曲を作って歌っているんだろうって興味を持ったから聴いてそこからよ』

 

なんか、ほとんど私が千早のCDを買ったのと同じ感じだった。千早は私の音楽を聞いてもらいたい人だったから、図らずも聞いてもらえていて嬉しいな。

そう言えば、紅音さんが駆け出しの頃からお世話になったショップの店長さん達に掛けあって、押してもらえるようにしてもらったとか言ってたっけ。きっと、千早が買ったお店もそうだったんだろう。

 

『そうなんだ~。今日の帰り、買おうかな』

『衝動買いは駄目よ、春香』

『前々から興味は有ったんだよ? この前、竜宮小町の皆と一緒のお仕事の時律子さんの車で移動してたら、流れて来て気にはなってたから』

『律子も聞いてるの?』

『そうだよ~。その時伊織に話を聞いたら、最初はプロデューサーの仕事の一環として流行りの曲として聞いたんだって』

『いつもアンテナを伸ばしている律子らしい理由ね』

『で、その時聞いた曲が思った以上に良かったから、その日に出ていた物は全部買ってそれ以来、765プロの皆の曲に混じって流れているらしいよ。今や、竜宮小町の皆も聞いてるみたいだよ。最近は竜宮小町の皆との仕事も増えて律子さんの車での移動も増えたから、765プロの皆にも広がっていくんじゃないかな』

『まるで、私達765プロのアイドルのアイドルみたいな存在ね』

『あはは、確かに。それじゃ、次のメール行こうかな。次は……』

 

ラジオは進んで行くけど、私の耳には全然入ってこない。

だって、自分が応援しているアイドル達が自分の曲を聞いてくれてるんだよ⁉ 正直、デビューアルバムが凄い売れて、通帳に入って来た印税を見た時よりも嬉しい。

気が付いたらラジオが終わっていた。それと無意識でご飯も食べすすめていた。……いつの間に食べすすめたんだろ?

嬉しさと驚きでフリーズしていた私を戻したのは着信音だった。この着信音は紅音さんだ。

 

「どしたんですか、紅音さん? お仕事の話ですか?」

『この前アルバムを出したばかりだからお仕事の話ではないわよ』

「えーっ、テスト勉強中に思いついた曲がいくつかあるのに」

『それは、また今度聞かせてもらうわ。けどテスト前なんだから勉強しなさい。その楽しみは置いておいて、奏音、来週末は暇?』

 

紅音さんにそう聞かれて私は予定を思い出す。来週は平日はずっとテスト期間で週末は今の所予定は入っていない。

 

「何もないですよ。多分このまま行ったら、今思いついてる曲を譜面におこして、詞考えるんじゃないですかね」

『じゃあ、少し私とお出かけしない?』

「何処にですか?」

『765プロダクションよ』

 

…………はい⁉

 

「な、ななななな何でですか?」

『そりゃー、今日の日ナムで話題出してもらったお礼をしたいし、久しぶりに高木社長に挨拶したいし、名プロデューサー二人にも会ってみたいし。で、どうする?』

「行きます!」

 

そりゃ即答するに決まってる。好きなアイドル達に会えるんだもん。

 

『決定ね。それじゃ、来週の土曜日の朝に迎えに行くから、用意しておいてね』

「分かりました!」

 

電話を終えて一つ息を吐く。CDを取ったあの日から、私は一歩を踏み出せなかった。最後に会った日からもう八年。千早が私の事を覚えているかもわからないし、彼女には今、大切な仲間がいる。そこに割って入る勇気が無かったのだ。だけど、紅音さんに一つの大きなチャンスを貰った。だから、

 

「会いに行くよ、千早」

 

私達の好きな物、音楽が繋いでくれた運命に感謝してその日を待とう。

 

 

 

 




第一話は導入部、奏音と千早の関係、奏音がどういう存在かというのを紹介する部分でした。
では、簡単なキャラ紹介を。

宇佐美奏音

年齢17歳(高校二年生)


本作の主役。
高校生をしながら中三のころからシンガーソングライター『柿崎楓音』として活躍中。
その評価は業界内でも非常に高く、一般にも広く名前を知られている。
如月千早とは幼馴染で親友。
自分が柿崎楓音という事を公表していない。理由は「普通の高校生活を送りたいから」
趣味はCDショップ巡りと楽器屋巡り。主にギターとピアノで作曲しているが部屋には面白そうと楽器屋で買った様々な楽器が置かれていて、遊びで演奏したりしている。


上杉紅音(うえすぎあかね)


奏音を業界に導いたプロデューサー兼所属事務所社長。
もとは大手プロダクション346プロの音楽部門プロデューサーだったのだが、自分の理想を追うために退社、独立。現在は柿崎楓音のプロデュースに集中している。


二人の名前の由来は実は紅音さんの方が先だったりします。
アイマスの中の音楽業界の人という事で僕が真っ先に出てきたのがDS版に登場した武田蒼一でした。そこから、歴史好きの僕は「武田って言ったら上杉だろ」という事で苗字を決定し、名前も蒼と対になる紅を使いました。
奏音の苗字も上杉関係からつけました。名前に関しては音という字は絶対に使いたいと思い、いい感じの名前を考えた結果です。


第二話は本編。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後編 過去と今を繋ぐ音楽

時系列的には13話~20話です。


紅音さんと765プロの事務所に向かう日、紅音さんの車の中の私は普段じゃ考えられない程テンションが高かった。

 

「ハイテンションね。そんなに楽しみ?」

「はい! だってテレビの向こうに居るアイドル達に会えるんですよ!」

「確かにそうだけど、向こうの子達にしてみたら、良く曲を聞くアーティストがサプライズで来るって事になるのよ?」

 

千早と春香ちゃんが私の事を話題に上げてくれた後にも、何人ものアイドルが私の事を話題にしてくれたのだ。

 

「……そー言われると緊張してきました」

 

宇佐見奏音として応援しているアイドルに会う事と柿崎楓音として好きだと言ってくれている人達に会う事、どっちも初めての経験でその経験が同時に来るんだもん。緊張しないはずはない。

 

「そう緊張することも無いわよ。私自身、346に居た時に何人かの有名なアイドルと関わったけど、メディアを通しての彼女達は色んな手を加えられた部分が結構あるのよ。直接会ったら『普通に学校に一人はいる可愛い子』って子が大半なの」

「……アイドルとは上手く言ったものですね」

 

私達が普段見ている彼女達はメディアというフィルターを通して見える偶像であって、そのフィルターを外せば私と変わらない同世代の女の子って事なんだろう。

 

「さて、765プロは小さな事務所だからここからは歩くわよ」

「はーい」

 

コインパーキングに車を停めて、そこから少し歩く。そういや、都内に引っ越したものの家の近所から学校までしか出歩いてないなあ。高校で何人か友達も出来たけど、高校の周りには結構遊べるスポットもあるし、皆都民だからこそ、有名な所にもそんなに行かないからねえ。だから、自分の知らない所を歩くのはちょっと楽しい。

 

「ここよ」

 

3分くらい歩いたところにある雑居ビル。一回には『たるき亭』と書かれた暖簾。食べ物屋さんかな? それで二階の窓には765プロと貼られている。……分かりやすいけど、出待ちとかありそうだよね。……いやでも、ファンレターやプレゼントを贈ったりするために住所とかを調べるだろうから関係ないか。入口に人は居ないし。

 

「こんにちはー」

 

いきなり突撃していく紅音さん。……良いのかな?

 

「お邪魔しまーす」

 

とりあえず紅音さんの後ろに付いて事務所の中に入っていく。中は今をときめきアイドル達が所属している事務所とは思えない位普通で、机の数も少ない。だけど、そこにある一月のスケジュールが書かれているホワイトボードはびっしりでホワイト? ボード状態になっている。

 

「あら、いらっしゃい上杉さん。今日は何のご用件で?」

 

私達を出迎えてくれたのはヘッドセットを付けたショートカットの女性。タレントでもおかしくない位の美人だけど制服を着ている事から社員さんなのだろう。

 

「こんにちは、音無さん。今日はうちの子を話題に上げてくれたお礼を言いに」

「うちの子というと、ひょっとして後ろに居る子が柿崎楓音ちゃん?」

「ええ。奏音、挨拶」

「初めまして、柿崎楓音こと、宇佐見奏音です」

「ご丁寧にどうも。私は音無小鳥。765プロで事務員をさせていただいています。よろしくね奏音ちゃん」

 

親しみやすい人っぽいなあ。私と近い世代の子達が多い765プロだとお姉さん的な立ち位置かな。

 

「はい、よろしくお願いします、音無さん」

「それで音無さん、アイドルの子達やプロデューサーの二人は?」

「今日は久しぶりの全員集合でのレッスンで皆レッスンスタジオに居るんですよ。でも、多分もうすぐ……」

 

音無さんがそう言っていると、後ろの方から結構な数の足音が聞こえてきた。

 

「「ぴよちゃんただいま~! ってお客さん?」」

 

結構な勢いでドアを開けて入って来たのは双海真美ちゃんと亜美ちゃん。その後ろからどんどん今をときめくアイドル達がどんどん入ってくる。こりゃ、壮観だ。あっ、千早が入って来た。私と目と目が合った瞬間、私が誰か気付いたっぽい。まあ、身内がびっくりするくらい若い頃のお母さんに似てるからねえ。多分、千早と会った頃のお母さんと今の私が結ばれたんだろう。

千早は結構すごい勢いでこっちに駆け寄ってくる。横に居た春香ちゃんなんかは「ち、千早ちゃん⁉」って驚いているし。

 

「奏音……よね?」

「そうだよ。久しぶりだね、千早」

「そうね」

 

そう言いながら笑みをこぼす千早。……テレビだとほとんど笑顔とか見れなかったけど、こうやって見れて安心した。

長い時間会えなかったけど、そんなの関係無かった。私達の小さい頃からの絆には。私のここまでの心配は杞憂だったね。

 

「えーっと、千早ちゃんのお知り合いなの?」

「奏音、旧交を温めるのも良いけど、まずは自己紹介をしなさい」

 

おっと、千早との再会でテンションが上がり過ぎて忘れてた。

 

「765プロの皆さん、始めまして。私は宇佐見奏音。ここに居る千早とは幼馴染でその千早のCD切っ掛けで皆さんのファンになりました。そして……」

 

一呼吸おいてから、今日来た本題を切り出す。

 

「柿崎楓音という名前で音楽活動もさせてもらってます! 私の曲を聞いてくれてありがとうね!」

 

少し間を空けてから事務所の中には今日一番の驚きの声が響き渡った。……下のお店の迷惑になってないかなあ。

この後私は皆からサインを貰って、私も皆にサインを頼まれたから書いて、連絡先を交換した。

 

 

 

765プロの皆と連絡先を交換してから少し経って、私の日常は……まあ、そんなに劇的には変わらない。765の皆と電話でおしゃべりしたりメールしたりが日常の一部に加わっただけだ。

やっぱり一番多いのは千早でそれに並ぶくらいなのが同級生の春香ちゃんと響ちゃん。歳の近い、真ちゃんや雪歩ちゃんとも良くやり取りしてる。

でも、最近千早とのやり取りが減っている。理由は少し前に出た週刊誌のせい。そこには千早の弟の優の死について悪意のある書かれ方をしていた。

 

 

 

まず、前提として優の死んだ理由は交通事故。夏祭りの帰りに事故に遭った。私は翌日に引っ越すために、最後の思い出として二人と一緒にお祭りに行って途中で先に帰ったのだった。

帰ってきて少しした時に優の事故の話を聞いてかなりショックを受けたのを今でもよく覚えている。

週刊誌には「千早が弟を殺した」みたいな書かれ方をしていたけど、その頃の千早は小学三年生。その歳の女の子が何とか出来る事ではない。

それに、事故の現場は私も良く知っているけど、結構見通しが悪い所で、優の事故が起こる前も接触事故が何度かあって、注意の看板も立てられていたし、私達も気を付ける様に言われていた。

後から聞いた話だと、事故を起こした車の運転手は酒気帯び運転で、かなりのスピードを出していたらしい。

客観的に見ると様々な要因が重なっての事故だと思うけど、身近な人にしてみたらこんな理不尽な事は無い。幼馴染とはいえ他人の私ですらそう思うんだから、弟を喪った千早の怒りや悲しみといった負の感情の大きさはどれほどの物か。想像がつかない。そして、その感情は今も彼女の心の奥底に居た。

もし、私があの後引っ越す必要が無ければ、その感情は今よりは大きくなかったと思う。千早からふとしたタイミングで言った、千早の家族の話で私はそう思った。

千早の家は優が無くなった後、崩壊の一途を辿ったらしい。今思うと、千早のお父さんの顔って全然記憶に無い。もしかしたら、亀裂自体は凄く前からあったのかもしれない。それが優の事を切っ掛けで表面化したのだと思う。

そんな中で子供の千早の心を慰める事が出来るのだろうか? 出来る訳がない。出来ていなかったから、千早は歌声を失った。私も家に行ったけど、ドアを開けてもらえず会う事も出来なかった。

物理的にも精神的にも閉じこもった千早の心には私の言葉も届かなかった。……もう私じゃ、力になれないのかな?

 

 

 

私の中の後悔やら色んな気持ちを吹っ切るために、仕事に打ち込んでいるんだけど、絶不調に落ちている。紅音さんは落ち着くまでは曲作りをしなくても良いと言ってくれたけど、やらないとなんか気持ち悪いから作ろうとする。だけど、作れない。そのせいで気持ち悪さは晴れない。

 

「あー……全然だめだ。ボツ曲すら出来ないなんて不味いなあ」

 

何時もなら適当にギターやピアノ(このマンションは近所にある音大生向きの物で防音設備がかなり良く、デビューアルバムが売れた時にピアノを買った)、キーボードなど部屋に置いてある楽器をいじってたらメロディが思い浮かんで、それをパソコンを使って曲にするんだけど、最近は楽器をいじってて気付いたら何時間も経っているという事ばかり。

今日もソファに座ってギターを持って色々かき鳴らしてみたけど、ダメだった。

ギターを片付けてソファで寝ころんでいるとインターホンが鳴った。誰だろ? 紅音さんかな。

 

「はい」

『あ、奏音ちゃん? 私だよ』

「春香ちゃん? どしたの?」

 

一応、千早と春香ちゃんは私の家に遊びに来た事もあるから来れるのは来れるだろうけど、事前の連絡も無かったから予想外の訪問者になった。

 

『ちょっと、お願いがあってね。会いに来たんだ』

「そうなんだ。とりあえず、上がって」

 

春香ちゃんを部屋に招いて、私は作り置きしておいたコーヒーと、紅音さんにもらったクッキーを出した。

 

「それでどうしたの?」

「まずはこれを見て欲しいんだ」

 

そう言って持ってたバッグから取り出したのは、一枚の紙。そこには様々な筆跡で書かれた一篇の詞。

 

「……これは?」

「千早ちゃんの為に私達が皆で作ったの。だけど、これには足りない物がある」

「私に曲を書いてほしいって事だね。けど、今は……」

 

不調を理由に断ろうとした時、

 

『いつか私が曲を作って千早がそれを歌う。それが夢かな』

『僕、楽しみ! 奏音姉の曲もお姉ちゃんの歌も大好きだから!』

『ふふ、大きくなってそうなれるように沢山頑張らないとね』

『そうなったら、絶対に最高の一曲を作るよ。約束』

『うん、約束』

 

小さな頃の夢と、その時交わした約束のシーンがフラッシュバックした。

……今私が千早に出来る事、いや私のしたい事、それは皆の作った詞と私の曲で優が好きだと言ってくれた千早の歌を思い出してもらう事。その為には私の不調がどうだとか言ってられない。

 

「どうしたの?」

 

話している途中で止まって考え込んでしまったから、目の前に居る春香ちゃんは不安そう。

 

「大丈夫。で、今は結構不調なんだけど、私も千早の力になりたいから曲を書くよ。いや、私に書かせてほしい」

「お願いします!」

「何時までとかある?」

「できれば次のライブの少し前に」

「えーっと、次のライブって言うと……2週間後の奴だね。正味10日位か。うん、頑張るよ」

「それと、曲名もお願い。私達じゃ、色々意見が出て決め切れなかったから」

「大役だねえ。分かった、任せておいて」

 

 

 

春香ちゃんと別れた後、私は学校の担任の先生に一週間休む事(1年と2年の担任の先生には私の事を伝えている)を連絡してとりあえず、一週間分の食べ物を買い込んで作業に入った。

が、不調、スランプはそう簡単に抜け出せたら苦労しない。気付いたらもう何日も経っていた。

この話を貰う前よりは音が浮かぶようにはなって来たけど、それもお世辞にもメロディと呼べるレベルではなく、音の羅列って感じだった。

 

「……ちょっと、部屋の掃除でもしようかなあ」

 

なんだろうね、なにか別の事をやらないといけない時に掃除がやりたくなるの。まあ、座りっぱなしも良くないし、少し動いて息抜きするかな。

ピアノの所に置いてあった楽譜(自分で書き起こした蒼い鳥)をスコアブックを置いている所に持っていく。一番最初ピアノで弾いた曲って、教則本じゃなくて、その日の音楽の授業で先生の弾いてた曲だったなあ。音に関しては昔から強かったもんね。おっ、一番最初にお母さんから貰った奴あるじゃん。

それを取り出し、ぱらぱら見てみる。うん、今でも体が覚えていそうだ。この頃は毎日私が弾いて千早が歌ってってしてたなあ。

すると、本の中から一枚の紙が落ちてくる。なんだろ? 見てみると、半分ほど使われた五線譜。……ああ、そうだ。千早との約束の日のすぐ後に今からやるぞ! って思ってお母さんに用意してもらって書きだしたんだっけ。当時は曲の作り方なんかわからず、とりあえず、思いついたものを自分で弾いてみてそれを書きとめるだけだったし、途中であきらめたんだったねえ。ふむふむ……子供の頃ながら中々の物書いているんじゃない? 面白そうだし、ちょっと弾いてみよ。

不思議な事に弾き始めて、すぐに書かれた部分は終わったんだけど、続きがどんどん出来ていく。水脈を引き当てて、あふれ出てる感じ。その勢いに乗るように一気に一曲弾いた。忘れない内に書いとかないと。

……これは、過去の私が出来なかった事を今の私にやれって言ってくれてるのかも。私達の大好きな音楽で今も昔も私が好きな千早の歌を取り戻すために昔の私が、そして何よりも優が私に力を貸してくれている。そんな気がする。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ 音楽は未来へ

エピローグは短いです。


「優が大好きな千早の歌、あの日約束した私の曲と千早の歌、楽しんでくれた? 私としてはかなり良い出来だったんだ。紅音さん、私をこの世界に連れてきてくれた人にも褒められたし。また。機会が有ったら千早の、いや、今の千早の周りの仲間たちの曲も作りたいな。それも楽しみにしててね」

 

千早が歌を取り戻して少しした頃、私は千早の為に作ったあの曲『約束』を765プロに届けに行った帰りに会った千早のお母さんに教えてもらって、優のお墓参りと報告をしに来た。

そういえば、他の人に曲を書くっていうのは初めての経験で、紅音さんにも言わずに勝手にやったんだった。まあ、権利云々は紅音さんと765の社長さんが話し合って解決したみたいだけど。紅音さんが「今度から、色々な人に曲書いてみましょうか? いい経験になるわよ~」と乗り気だったので、私の職業に作曲家が増えそうだ。後、千早の劇的な復活とその後の雑誌の取材で私の名前が出たので私の今まで出したものがリバイバルしてるらしい。印税入ったら765の皆誘ってご飯食べに行こう。

 

「それじゃ、今度は千早と一緒に来るよ」

 

帰ろうとしたら、霊園の入口に千早が居た。……優、さっき言った事、すぐに実行に移せそうだよ。

 

 

 

あの後、Uターンして、二人で優のお墓参りを終えて、私達は近くの喫茶店に入った。二人ともコーヒーを頼んで、来るのを待つ。……言いたい事はいっぱいあるんだけど、何から話そうかな? こう面と向かってというのは中々難しい。

 

「奏音、曲、ありがとうね」

 

そう千早から切り出してくれた。

 

「どういたしまして」

「……スランプだって聞いてたけど、どうやってあそこまで良い曲を書けたの?」

「春香ちゃんを始めとした765の皆の書いた詞と昔の私が書いてた曲のお蔭だよ。それが無かったらあの曲は出来なかった。今の私はそれを纏めただけだよ」

 

こういうのはあんな事が有った後だからどうだと思うけど、『約束』はあのタイミングだったから書けた曲だと思う。千早と私が歩んできた道が交わって、それまでの私達が歩んできた道のお蔭で生まれた曲。私はそう思う。

 

「昔書いてた曲って、あの約束の時の?」

「……覚えててくれたんだ。そうだよ。だから、曲名もストレートにしたんだ」

「そう……」

「それにね、約束の中には優も居るんだよ」

「どういう事?」

 

私はテーブルにある紙ナプキンを一枚取り出し、『YAKUSOKU』と書いた。

 

「ローマ字で約束って書くとこうなるでしょ? それをこうすると……」

 

そこからいくつかの文字の上に×印を付ける。すると、

 

「ね、約束の中には優が居るでしょ」

 

紙の上の文字は「Y××U×××U」。曲名を考えていた時に候補として約束はトップに有ったんだけど、この言葉遊びを見つけて、決めた。千早がこの曲を歌い続ける限り、優は見ていてくれる。私はそう思う。

 

「本当にありがとう」

「はは、お礼二回目だよ。それに私さっき勝手に優と約束しちゃったんだ」

「何を?」

「機会が有ったら765の皆の曲も作りたいって」

「素敵な約束ね。私も楽しみだわ」

「それを現実に出来るように頑張らないとね」

「私達も目の前の事を一つ一つこなしていかないと。とりあえずは765プロとしてのニューイヤーライブを成功させないとね」

 

ニューイヤーライブのチケットは取れたから、今から楽しみだ。

 

「それと、私はニューヨークでレコーディングもあるし」

「……マジで!?」

 

いきなりの事だからびっくりした。海外でのレコーディングの話が来るなんて千早の歌が評価されてるっていう証拠だと思うけど、復帰したばかりだし、大丈夫なんだろうか? 心配だ。

 

「本当よ。約束のレコーディングの時にソロアルバムをあっちでレコーディングしないかってレコード会社の人に言われてね」

「そうなんだ。良いな~海外旅行か~」

「一応仕事よ? 楽しみではあるけれど。奏音は外国行ったこと無いの?」

「無いよ。3年前にチャンスはあったんだけどね。タイミング悪く風邪ひいちゃって。お父さんとお母さんが夫婦水入らずで行ってきたんだ」

 

丁度叔母さんがコンサートツアーを終わらせたばかりで充電期間だったから、私の面倒を任せて二人は行った。結婚した時忙しくて新婚旅行出来てなかったって言ってたから、丁度良かったと思う。

 

「お土産よろしくね」

「何か見繕ってくるわ」

 

 

 

千早と別れた帰り道、私は一人ゆっくり歩いている。

今の千早は本当に柔らかくなったし、その影響か歌の表現力もまた一段と増したと思う。きっとこれからも素敵な歌を歌い続けるだろう。ファン第二号として楽しみにしつつ、音楽に携わる者として千早に私の作った曲を歌ってもらいたいな。この気持ちは千早だけじゃなくて他の765プロのアイドルの子達皆に持っている物だけど。

 

「よし、帰ったら作るぞ~!」

 

気合を入れてさっきより速いペースで道を歩く。とりあえず、次は私の曲を作ろうかな。うん、今ならいい曲が出来そうだ。




ここまでお付き合いいただきありがとうございます。


この作品は僕が劇場版アイマスを見るためにその前の年の年末にアニメ版アイマスを見直した時にふと、「約束って歌詞は皆で考えたって描かれているけど、曲の方はどうしたんだろう?」と思った事が切っ掛けでした。その時はこんな感じかなとぼんやり想像しただけで形にはしませんでしたが、去年の再放送で書いてみようと思い、今回投稿するに至りました。本当は去年の10周年中に仕上げたかったのですが仕上げられず、結果的にちーちゃんの誕生日に投稿することになりました。
実は最初考えていたのは男性主人公だったんです。だけど、なんか違ったので女性にして書き直したという経緯があったりします。
最後の方に行っている約束の中に優がいるっていうのは偶然だと思いますけど、この曲名を考えた方が「お姉ちゃんが大好きな優君がいつでも千早のそばに居れるように」と思っていたら素敵だなと思います。


この作品はこの三話で終わりです。
しかし、劇場版やデレアニで僕が書きたいと思ったら書くかもしれません。
また、この作品の続きか別作品かお会いできたら嬉しいですし、その時はよろしくお願いします。では、また会いましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。