真剣で私に恋してください (猿捕茨)
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黛さんこんにちは

なんとなく説明文的な最初。

A-1で出た大成さんとか結構最初に出ちゃう。



黛家の遠縁にあたる石蕗家。

 

そこに生まれた男児が一人。

 

この者、家同士が遠縁でありまた、近所でもあったことから剣聖と名高い黛大成によって名づけられる。

その名も石蕗一誠。

この男児、確かな理性の光を宿し子供にしては早くから言葉を解し、早くから多くを学んだ。

 

しかしそれも仕方なきこと。なぜなら彼は転生者だったのだから。

 

 

 

___________________________

 

 

 

さて、この石蕗一誠と名付けられた男児。この世に新たな生を受ける前である前世において二十一歳という若さで通り魔に襲われる女性がこの男を盾にしたゆえにこの世を去った男であった。

その為、若干の女性に対する不信感を植え付けられながらも新たな生に感謝し、前世のような状況に陥ろうとも生還出来るほどの力を求めた。

 

そこで齢4歳になるときに両親に打ち明けたのだ。何かしら武術が習いたいと。それならと両親が連れて行ったのが黛家の道場であった。

 

これには一誠も驚いた。なにせ彼が目にしたのは生前、ゲームとして楽しんでいた世界の住人だったのだから。

 

入門は快く受け入れられた。というのもこの一誠という男児。なんの因果か、それとも転生故か武術に対する類い稀なる才を持ち合わせていた。それこそ大成氏を凌駕するほどの才を持ち生まれたのである。

 

大成氏が試しに木刀を振らせてみたところ、見事な一振りを魅せてみせた。これには大成氏も、振った本人である一誠も驚いた。石蕗一誠はこの日を境に毎日黛家での稽古に参加することが確定したのである。

 

 

 

そして一誠が黛道場に入門して一年が経とうとする頃、黛家では新たな命が生まれようとしていた。

 

 

___________________________

 

 

 

 

いつもは殆ど足音を立てない大成さんが足音荒くうちの両親の運転する車に乗り込んで来る。その顔は焦っているようにも見える。

 

それもしょうがないことだろう。なにせ今しがた大成さんの奥方が産気づいたというのだから。尚、この連絡は奥方自身がうちの両親に電話してきてわかったことである。

 

一年ほぼ毎日この道場に通い、大成さんとも親交を深めてきたと思うがこの人の機械音痴ぶりには流石に呆れた。電話をする時はいつも奥方に番号を押してもらってから受話器を手に取るほどである。なので奥方のその行為はうちの両親に対するSOSである。黛の家には車がなく、タクシーを呼ぼうにも旦那は役立たず。奥方の判断は正しいものだった。

 

 

うちの母が奥方を落ち着かせ、父が法定速度をガン無視する勢いで車を走らせ、病院に到着した。手続きの諸所を母に任せ、陣痛室の前でオロオロする大成さんだが正直、妊婦的にそのようにしていても目に入らないのでシャキッと構えていてもらいたいものである。

 

むしろ奥方と一緒にいてやれと思うが機械の多い場所に彼を置いておくと壊しかねないのではないかと奥方が危険視し、部屋の前で待機させられてしまった。前世では年の離れた妹が生まれる時に立ち会ったが、この出産という行為にはえらく時間がかかる。分娩室に入ってからもかなりの時間を要するし、分娩台に上がってからも初産婦であれば1時間以上かかるのもざらだ。前世にてその経験をした自分は近くの椅子に腰かけ、落ち着かない大成さんに声をかけて少しでも冷静になれるように父と一緒に話し相手を務めさせていただく所存である。この身がガキじゃなけりゃ家で留守番しながら素振りでもしてたんだがなぁ。

 

 

 

奥方が分娩台へとあがってから1時間がたった。自分と父が大成さんに声をかけてももはや彼にその声が届くことはないようだ。オロオロするばかりの彼を見て父と一緒にこりゃダメだと放っておくことにした。そして母が買ってきた飲み物で喉を潤していた時だった。産声を上げて新たな命が誕生したのは。

 

 

 

 

そう、この日、黛家に大成をして私を超える才と称えた黛由紀江が誕生したのであった。

 

 

 

 

黛由紀江。正直、この世界は前世の世界と殆ど遜色のない世界であり、この世界の基となったであろう原作におけるヒロインである彼女の誕生が齎したものは自分にとって大したものではなかった。

 

基本的に既に自分はこの世界の住人であるのだという認識は生まれているし、それによって彼女に対する態度が劇的に変わるということはないだろう。

 

精々が大成さんの家に通っているので知り合いになるか年も近いということもあり兄のようになるかといったところだ。ロリコンのつもりはないのでしっかりと兄として接していかなければなと心を改める一誠であった。




なんで俺はこんなもん書き始めたのか……


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大成の思いと一誠の思い

なんか書けたので二話まで投稿

基本的にこういったの書いたことない人なのでよくわかんないのでアドバイス等あったらどうぞ


由紀江の誕生から一年が経ち、一誠は黛の道場へ鍛錬に行き、鍛錬が終わると由紀江の相手をし、暗くなるまえにと奥方に言われ家に帰り、そして夕食の後に素振りを行ってから就寝するというサイクルが出来上がっていた。その上で入学を果たした小学校では輪の中にするりと入り、友人を増やすのにも成功していた。

 

そんな一誠の成長を見てきた大成は思う。一誠は才能に恵まれ、今のところ驕ることなく成長している。しかしその太刀筋を見ていて大成は気付いてしまった。

 

一誠の太刀筋は黛家の継承する流派には向かない、と。基本的に一誠の筋力の付き方とその気の流れは腕以上に脚に集中している。黛の剣は居合を最も得意とし、体術も使うが一誠の筋肉の付き方や気の流れからしてそれに向いているとは思えなかった。

 

しかし一誠の剣は剣聖として名高い大成をして惹かれるものがあった。一誠の剣には人を引き付けるものがあった。そして一誠の才を埋もれさせるには惜しいという言葉では足りない程だったのだ。だから大成は一誠の稽古する姿を見ながら考えていた。

 

一誠にはただひたすらに基礎を叩き込み、大成との対戦を通して自らの剣を会得して欲しいと。そう考えるに至ってから稽古の時には常に一誠の動きを観察しながら注意を促してきた。

 

その中で大成が最も驚嘆したのが一誠の類い稀なる足の器用さであった。その他にも優れた分野はある。自らを相手にしても挫けない不屈の精神だったり、一足の踏込の速度であったり、大成をして油断していた時を狙える戦略目であったりと数えればキリがない。されどやはり、最も驚嘆に値するものと言えば器用さなのである。一誠の器用さの源泉はその体幹の安定、驚異のバランス感覚、鍛え上げた柔軟性、そして異常とも言える足の発達によるものである。

 

大成が一誠に稽古をつけていたときにこんなことがあった。一誠の握りが甘かったところを狙い彼の持っていた竹刀を弾き飛ばしたら一誠は弾き飛ばされた竹刀など眼中にないとでも言うかのように放置し、大成に肉薄、当身を食らわせた後に足を振り上げ竹刀を足に掴みその竹刀で攻撃に移ってきたことがあった。この時はまだ基礎も教える前だったのでどのような形でもいいから竹刀で一撃加えてみろと言ってあったのだがこれには予想外だった。他にも由紀江をかまっていた時には足の指で由紀江の服を掴み、持ち上げたほどだ。その足の力は凄まじく、幾らかの凹凸があればそこを足の指で掴み、踏ん張りにすることも可能であった。

 

腕の方も足に比べれば劣るが器用なようで弾き飛ばした竹刀を腕の回転に合わせるように這わせ元の握りに戻すということすらこなして見せた。

 

 

そして大成は一誠を鍛える傍らに体術を重点的に鍛えることにした。そうすることで一誠には自らの剣を見出してほしいと考えたのだ。

 

 たとえその方針に賛同しなかったとしても構わなかった。沙也佳が誕生した時に一瞬呆けていたとはいえ、一誠は自らに対して一撃を入れることが出来るほどの逸材なのだから。

 

 

___________________________________

 

 

 

なんか知らんが剣術の道場に通っているのに剣術より体術をやってる時間が長くなってる現状。

 

小学生へと上がり、鬼のような稽古は覚悟していたがお前には剣は向いてないのだ! とか暗に言われているようでちょいとショックを受けている。

 

この世界が真剣恋の世界だというのは理解したので鍛えすぎて身長が伸びなくなるという懸念は抱いていない(むしろ鍛えて身長伸びなかったら百代さんとか岳人はちびになってるはずだ)。だからこそ、この道場で体動かすのが楽しいと思えているので鍛えていこうと思ったら剣術じゃなくて体術メインである。しかも黛の中でも比較的珍しい足技を重点的に。なんだこれ。剣聖と名高い黛大成さんの教えだから素直に従っているがこれでいいんだろうか?

 

なんせ『気』とかが物質的威力を出す世界だというのにその気の概念すら教わっていない。これは俺に見込みがないってことなんですかねぇ?

 

「一誠」

 

「はい! 師匠!」

 

師匠(大成さんのことである。稽古の時のみこの呼び方を義務づけられた)に声を掛けられ修練を中断する。すると師匠は真剣な顔で座し、俺にも正面に座るように促す。俺が正面にしっかりと正座するのを見届けると厳かに口を開いた。

 

「今日で君をこの道場に迎えて三年になるね」

 

そういえば今日で俺も7歳か。と今更ながらに気付いて首肯する。

 

「三年間君を見ていてわかったことがある。君は黛の流派には向かない」

 

なんという大胆発言。ま、まあ向いてないというだけである。俺としては通り魔に勝てるくらいの強ささえあればいいのだ。

 

「だが同時に私は確信しているのだよ。君は類い稀な剣士になるだろうとも。だから今後、君は自らの考える型で勝負を組み立て、私に勝負を挑みその中で自らに最も合った剣を見つけ出して欲しい。道場は今までのものと異なり、離れにある方の道場を使用してくれ。聡明な君だからこそ今話した」

 

更なる大胆発言。俺に我流でいいから勝負を挑めと。そう仰りますか。俺としては剣で食ってくつもりはないんだが……けれど現代におけるもう一人の父親ともいえる大成さんの言いつけである。なるたけ言いつけを守るのが良いでしょう。

 

「わかりました。ならば伺いたいことがあります」

 

「なんだね?」

 

「師匠は気を扱い、斬撃すら飛ばすと聞きました。その他にもかの有名な川神院でも気を扱う術は存在するとか。そしてその気を扱う術によって体を強靭なものとすることすらできるとか。その気の扱い方、教えてはくださいませんか?」

 

かなり気になるところである。俺もこの世界に生まれ、武術を学んだからにはちょっと得意げになれるようなものを扱いたいのである。

しかしその言葉を言ってみたところ大成さんはキョトンとしてしまった。なにか聞いてはいけないようなことだったのだろうか?

 

「何を言ってるんだい? すでに君は気を使って私と戦っていたじゃないか」

 

「い、いえ、そのような覚えないのですが」

 

「じゃあ無意識かい? 私との稽古の時、君は足に気を集中させていたように思うのだが……だからこそ教えなくて良いものと思っていたが……わかった、気の扱い方も伝授しようじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

 

そうして俺は新たなる一歩を踏み出したのだ。

 

 

それからの俺の日常は過酷の一言である。師匠である大成さん。あの人あんなこと言って置きながら去り際にさらりと「あ、基礎を疎かにするべからず。今後は基礎の内容を倍にしなさい」とか宣ってくれちゃったのである。

 

現在、俺の日常は学校へ行き、黛の離れの小さな道場へ行き、基礎鍛錬を行いながらどのような動きが自分に合うのか考察し、基礎を終えた後にその考察に則った動きを形にし、その成果を見せる為に師匠に勝負を挑み、無残に敗れ、日によっては黛家で夕飯に招かれ、家に帰ったらその日の勝負の問題点を洗い出しては素振りをするというなかなかにバカなスケジュールで動いていた。

 

 




こんな上手くいくわけがない?

仕様です。

まぁこの主人公に恋愛フラグはそう立たないので許してやってくだしあ


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由紀江四歳

一誠の学年が二つ上がったころのことである。一誠は黛家の人々に好かれ、週に一回から二回のペースで稽古の後に夕食を共にするのが常となっていた。休日ともなれば昼食も共にする。

 

そんな一誠であるので自然と食後の休息の時には由紀江や沙也佳の遊び相手を務める。彼自身も子供が嫌いということもなく、前世では年の離れた妹がいたが、今は一人っ子ということもあり、本当の妹のように可愛がった。

 

今日、黛家では由紀江の四歳の誕生日を祝うために奥方とうちの母は二人で協力し、豪勢な料理の準備に余念がなかった。俺もクッキーを焼き、簡単なお手伝い兼由紀江へのプレゼントを用意した。しかし、普段の誕生日であればそこまで豪勢な料理は用意しないのだ。だが、今日は由紀江の稽古の開始を祝うのと一緒なのでここまで豪勢な料理が並ぶ。門下生もその日の誕生会には参加するほどである。今までの誕生会はせいぜいうちの両親も参加してのお祝いであった。

 

 

広間にテーブルを並べ門下生達を着席させ、料理の数々を運ぶ。といっても元々黛の門下生はさして多いわけではない。その門戸は常に開かれているが鍛錬の厳しさに逃げ出すものが多いのだ。全員が着席したのを確認すると外で待機していた大成さんが由紀江を連れて上座へと着席する。

 

 

そして大成さんの祝いの言葉で一斉に門下生が由紀江に対する祝いの言葉が紡がれる。その大きな声に由紀江は怯えているようだが俺が微笑みかけると少しは落ち着いたのかしゃんと背筋を伸ばした。四歳児と思えぬしっかりとした娘さんである。

 

一誠も他者から見ればその年齢に比すれば異常とも言えるほどの落ち着きと対応を取っているのだが門下生達はその光景をよく見ているのでもはや何とも思っていない。

 

呑めや歌えといったことはこの黛の家では行われないが、それでもそれなりの盛り上がりを見せ、大成の手を離れた由紀江は門下生達にもみくちゃにされながら祝福されている。皆が皆年の離れた由紀江が可愛くてしょうがないようだ。

 

その様子に一誠は苦笑しながら料理を摘まみ、そんな一誠をちらりと見て大成もやれやれと首を振るのだった。

 

 

門下生が帰路につき、母と奥方の手伝いとして食器の片づけをしているとトコトコと由紀江が寄ってくる。

 

 

「一誠さん。父上がお呼びです。片づけが終わったら道場に来るようにとのことです」

 

「はいよ、わかった。ありがとな由紀江」

 

「い、いえ。私は父上に伝言を頼まれただけですし」

 

「それでもしっかりと俺に伝えてくれた。それは自分に与えられたことをしっかりと熟したということだ。誇っていい」

 

「そんな……ありがとうございます」

 

原作における異常なまでの緊張しいではないが元々の性格が少々内向的な娘である。こういった時に何らかの言葉をかけてあげなければ彼女と会話を継続してくのが難しい。話したいのに話すのに遠慮してしまうのだ。

 

「今日は疲れた?」

 

「いえ、皆さんが私を祝ってくれているのはわかるので……」

 

気遣いやさんなのでこういった時は困りものである。長年黛家にお邪魔しては遊び相手をしてた俺にそうなのだから今後門下生に対しても気を遣いすぎて遠慮を重ねた結果、大成さんの娘ということもあり孤立してしまいそうである。今のところ門下生達は由紀江が可愛くて仕方ないのだがそれも彼女が実力をつけてきたらどうなるかわからない。

 

「そんな気を使った言葉はいらないって。お兄さんに正直なところ話してみなさいな」

 

「そう……ですね。少し疲れました。皆さん年上の方たちばかりなので」

 

それはしょうがない。黛の道場の門下生は俺を除くと最年少が十七歳なのだから。俺の場合、最近では門下生の人たちと仲はいいけど一緒に鍛錬することがほとんどないんだよなぁ。というのも俺が大成さんの命で離れの道場で一人、鍛錬に励んでいるからだが……くだらない嫉妬をするような人達が殆どいないのが救いだ。けれど一人だけ違う扱いだからか少々遠慮されてるきらいはあるか。

 

「それはどうにも解決しようのないことだけども、年上だからと遠慮や気を遣うことばかりしてたら疲れちゃうよ。そうでなくとも由紀江は大成さんの娘っていう門下生としては特別な人なんだから」

 

「そう、なんでしょうけど」

 

「けどとか言わない! 由紀江が頑張って歩み寄ればしっかりと話し相手になってくれる人ばかりだから。どうしようもなくなったら離れの道場に来れば俺が話し相手にもなるしね。しっかり自分の意見は言えるように!」

 

「は、はい! 頑張ります」

 

俺の語気の強さにつられる様に了承したがそれでも由紀江の方から話しかけるだけで扱いは変わる筈なのだ。

 

話しながら進めていた片づけも終わり。由紀江と別れて道場へ向かう。道場に入る前に服の皺などを伸ばし、入室する。

 

背筋が伸び、真剣な顔で座していた大成さんは師匠として俺を待ちわびていた。

 

 

「さぁ、今日の対戦を始めようか」

 

「はい!」

 

 

俺は少し長い木刀を手にし、師匠と相対する。



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奇剣

結構設定甘いなぁと思う


師匠の構えを少しでも崩すように顔を狙うように突きを狙う。それでも師匠の構えは変わらず、容易く俺の剣は弾かれる。

 

弾いたと同時に師匠の攻勢が始まる。足を狙った払い。その攻勢を予測して俺は跳んだ。

 

空中にある木刀を手にし切りかかる。俺の攻撃に師匠は攻撃を合わせることで対応する。相変わらずこの人の攻撃した後の戻りには驚かされる。

 

木刀同士が激突する。つばぜり合いになろうという時、手の力を抜き俺は木刀同士が打ち合うその下に脚を滑り込ませ顎狙いの蹴りを放つ。

 

俺の目前すれすれを師匠の木刀が通り過ぎ、師匠は驚くほどの速度で後退した。

 

「ちぇっ、あとちょっとだったのに」

 

「まだまだ、だな」

 

片足で着地し、言ってみたら鋭い眼光で言われてしまった。双方、その言葉を交わしたらまたも打ち合いが始まる。

 

その日も一誠の敗北によって鍛錬は終了したのだった。

 

 

 

『奇剣』それが俺の選択した剣の型。おおよそしっかりとした型も、しっかりとした技も存在しない変幻自在の軽業師のような剣。

 

剣はくるくると回りそれを腕に固執せず脚でも剣を握り、体術も用いて敵を打倒する。自らの剣の腕を誇る人にとっては邪剣とも誹られるような剣。

 

常に機先を制するように立ち回り、足技も使用し、当身も躊躇なく使用して勝負に持ち込む。その剣に正義のようなものはなく、褒められるような剣ではない。

 

本来、このような我流の剣は長い年月を重ね、研究されてきた武術には劣るものだがそこは俺の師匠の腕である。我流の剣だろうが悪いと判断したところは打ち込みと勝負のあとの検討会で注意され、この剣はその動きからは想像できないほどに洗練されたものとなっていた。

 

個人的にはこんな奇剣よりも正当な剣術を使いたかったが悲しいことに一誠という人間の気の運用と体格、筋肉の付き方から考えても俺はこの剣に適合していた。

 

 

家に帰ってからは日課の居合いの形での素振り。その日は親に早く寝ろと言われるまで素振りを行っていた。

 

 

 

 

翌日、門下生が鍛錬を行う道場に由紀江の姿があった。振るわれる一刀はまさに剣聖の娘という名に恥じず、黛という正道の剣の才を感じさせるその一刀は見惚れるほどに美しい。自らの剣を卑下するつもりはないが、もうちょっとどうにかならんかったのだろうか。

 

由紀江はぎこちないながらも休憩のときには門下生と交流しているようである。門下生たちは恐れ多いと思っているのか遠慮してるようだがそれも時間が解決するだろう。

 

っと、俺も他人の心配ばかりしてないで自分のことに集中しなきゃな。

 

休憩中に本道場を覗きに行っていた俺は離れの道場に足を向けるのだった。

 

離れの道場に着くと少し長めの俺専用の木刀を手に師匠が目の前にいたときにどのように動くのかを脳内で再生していき体を運用していく。

 

誇るような技もない俺には長い年月をかけて目に焼き付いた師匠の動きを脳内で再生し、どのように体を運用していくのかを考え、その動きを体に叩き込み、とっさに動けるようにあらゆる場面を想定した動きを練ることしか出来ない。

 

木刀が回り、脚が空を切り、床にはキュッキュッとした子気味いい音が鳴り、この小さな道場という空間は一誠という存在を鍛え上げていく。

 

 

 

 

 

本日の鍛錬を終え、黛さんちの夕飯を頂く。食事の時に大成さんは口を開かないがそれを子供に強制させるつもりは無いらしく、由紀江が俺に声をかけて来ても怒るということはなかった。まぁ、その他の分野だと奥方と一緒に厳しく躾けているので言葉遣いや家事についてもちょっとしたお手伝いを今からさせていくらしい。

 

「あの、一誠さん」

 

「ん? どうした由紀江」

 

「今日の私の稽古見てくれましたか?」

 

「ん、綺麗な一振りだったと思うよ。休憩の時も見かけたけど頑張って門下生の人たちに声をかけていたね」

 

そう答えると由紀江はぱああっと喜びを顔に出す。それからは怒涛のごとくだ。どういったことを頑張った。稽古がすごく厳しかった。けどそれ以上に門下生の人に声をかける緊張の方が怖かった。一誠と一緒に稽古受けられないのがちょっと残念だったといったことを言われ、その言葉に一誠は柔らかく微笑むのであった。




なんとなくチラ裏にしたけどこれはチラ裏と通常投稿どっちがいいのだろうか

何分、チラ裏の意味すら曖昧なもので


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小雪

結構時間は跳んでいく


突然だがうちの父は現在単身赴任をしている。それもマジ恋の舞台である川神である。

 

そして今日、中学2年生という年齢となった俺は母と一緒に久しぶりに父に会いに来たのである。

 

川神の地に降り立った一誠はこれが原作の地かと感慨深い思いになっていた。それと同時に体から漏れ出る気を体の奥底へと鎮める作業を行っていた。

 

隠形。すなわち強者から自らの力を隠す業である。というのもここは川神の地。後の武神と名高い川神百代に目をつけられでもしたら目も当てられない。

 

確かに一誠は強くなり、師匠である大成さんからも最近では勝利も得ることが出来るようになってきている。しかし、だ。それが必ずしも力を試してみたいという欲求につながるかと言えば一誠の場合はNOである。

 

一誠の力を求める理由は前世の死因のような状況に陥ろうとも生還するだけの力を得るというものであり、力を求める理由としては甚だ微妙なものである。

 

剣聖の教えを受けるうちに体を動かすことを楽しいと感じるようにもなったし、剣聖と名高い師匠を得たこともあり驕ることなく、さぼることなく鍛錬は続けているが元来、一誠という人物は争いごとをあまり好まない。

 

けれども今回、川神の地に来たのを理由として一誠は原作において変えなければと思っていたことを変えようとしていた。

 

それが榊原小雪の救済である。といってもいくつもルート分岐する作品が原作である世界であるので小雪が主人公たちと遊んでいる姿を確認出来たらなんら関与することなく去るつもりである。

 

しかし小雪が一人であることを確認したら小雪本人から話を聞き、自らの両親及び師匠である剣聖に相談し、場合によっては剣聖経由で川神院の鉄心をも巻き込んで小雪を救うと決めていた。

 

虐待を受けていると知っている娘を原作だと主人公たちと遊ばせれば救われていたからと楽観視し、その流れに持って行かせる程に一誠という人間は甘ったれでなかった。場合によっては両親に初めてわがままらしいわがままとして小雪を養女としてくれないかと言うつもりもあったし、それが断られたとしても小雪が入った養護施設に通って小雪の心のケアをする決意を固めていた。

 

 

本来ならばもっと早く川神の地の来て、彼女や葵冬馬と関わり、何らかの処置を行いたかったのだが一誠が住む地は石川の加賀。

 

神奈川の川神に来るには金銭的にも厳しかった。それだけでなく年齢的に親が許可しなかっただろう。

 

 

 

母が父と談笑しているのを確認すると二人に周囲を散策しに行く旨を伝え出かける。

 

 

小雪が大和と出会っていた場所は彼らの秘密基地のある場所で、尚且つ二人は違う学校に通っていた。それを考えると学区の境に近く、自然の多い場所であることが推察される。しっかりした場所までは流石にわからないので出会えたらめっけもん程度の考えである。

 

今回、一誠が川神に滞在する期間は一週間。夏休みを利用しての旅行のようなものだ。その期間に小雪を見つけられるかはわからない。

 

特徴的な少女ではあるが原作において彼女が大和にあった時期が具体的にいくつくらいの時なのかわからないのだから。

 

多分小学4年生ってのは覚えているのだが……見つからなかったら見つからなかったで市街地に行って道行く人や小学生に髪の白い女の子のをことを聞いてまわる所存である。

 

 

初日に見つけることはできなかったが両親のところに帰る道すがら聞き込みをしてみると大和たちが秘密基地として遊んでいる場所の特定は出来た。翌日はそちらに行ってみることにする。

 

 

両親には今日も出かけることを伝え、元気に外に出る。前日に判明した秘密基地の場所に行き待機していると大和たちより先に小雪が現れた。なんとも好都合。

 

現れた小雪は俺に恐怖心を抱いているのか近づいて来ようとしない。虐待されている影響か小雪は大人に対してかなりの恐怖心を抱いているようだ。中学に入って身長の伸びた俺も大人というカテゴリに入っているのかもしれない。

 

だが、俺はこんな時に備えてあるものを持ってきているのだ。それというのもバルーンアート用の風船。

 

慣れれば結構簡単にできるもので近づいてこない小雪にはあえて頓着せずに風船を膨らまし、ダックスフントを作ってみる。

 

ちらりと見てみると目をキラキラとさせているのがよく見える。差し出すようにダックスフントを見せたのだが欲しそうにしてるがまだ近寄ってきてくれない。俺の方から近づくと逃げて行ってしまいそうだ。

 

少々溜息をつき、また風船を膨らませる次に作るのは花である。小さな輪を花弁を作り出していき小雪の反応を見ていく。

 

そんな時である。

 

「あー! お前ら俺たちの秘密基地で何やってんだよお!」

 

 

めんどうなことになった。



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二人仲良く

現れたのは頭に巻いたバンダナから考えるに風間翔一。他のメンバーはまだ来てないようだ。

 

それならばまだなんとかなるかな。小雪も吃驚はしているみたいだが逃げるような行動はとっていない。

 

恐らく自分が入れてほしかったメンバーの一人だからだろう。

 

「お前、ここが俺たちの秘密基地だって知ってんのか?」

 

風間が聞いてくる。その瞳は一誠を警戒しているが、同時に楽しそうなバルーンアートに釘づけである。

 

「ん? いやすまない。それは知らなかった。偶々広場のようになってる場所に出てみればそこいいる女の子に会ってね。暇だったこともあってこんなことをしていた。よかったらどうだい? 君もいるかい?」

 

と言って先ほど作って置いてあったダックスフントを差し出す。小雪が小さく「あっ」と声を上げたが風間には聞こえなかったようだ。目をキラキラとさせて俺の差し出したダックスフントを手にする。まぁ、小雪がこれが欲しいというなら後で作ってやろう。

 

 

「どうもありがとう。兄ちゃんここらへんの人じゃないだろ? なんでここにいるんだ?」

 

「父親のところに遊びに来ただけだよ。暇だったからぶらついていた。そうだな、君みたいな男の子じゃバルーンアートは少し退屈かもしれないからもっと別の遊びをしよう」

 

質問されたことをそのまま返さず、興味を引く話題を出して風間の注意を遊びへと持って行く。

 

「なにをするんだ?」

 

「いや、たいしたことじゃない。そこの女の子もこっちに来てこれから俺が言うことを聞いてくれないか?」

 

少しびくっとした小雪だがおずおずと近づいてくる。風間はこれから何をやるのかとわくわくした様子。

 

「さて、最初に二人の名前を聞いておきたい。二人はなんて名前なんだい?」

 

「翔一。キャップでもいいぜ!」

 

「……小雪」

 

なんとも両極端な反応である。

 

「それじゃあキャップ、そして小雪。二人に指令を授けよう! 近くに散らばっている小枝や手ごろな大きさの物を拾って俺のところに届けるのだ! そうすればちょっと面白いことを見せてあげよう。制限時間は十分!」

 

「なんでもいいのか?」

 

「うむ、なんでもいい。小雪ちゃんも出来るかな?」

 

「うん!」

 

「それじゃあゲームスタートだ!」

 

そして二人はそれぞれ他の場所を探すように散った。

 

俺はあまり行わない気配感知の範囲を広げ、二人に何か起こらないように注意を向けながらバルーンアートを作る作業に入る。

 

プードルに始まり、サーベル、腕に抱き着く猿、カメ、フクロウ、ドラゴンなどといった小学生ならば欲しがりそうなものを作っていった。

 

 

その頃、五分ほどが経ち風間は手頃な小枝を抱え、更なる大きさのものを求め、最初に行った場所とは異なる場所へと歩を進めていた。

 

そこで遭遇したのが先ほど一誠が誘った小雪という少女。風間は彼女を一誠と同様に今まで見たことがなかった。

 

ここは風間達にとっての秘密基地である。一誠はどうやら害意を持っているわけではないようなので良いのだが彼女はどうかわからない。

 

もしかしたらここを狙う奴らのスパイかもしれないのだ!

 

だからこそ風間は小雪に声をかけた。

「なあ! お前!」

 

「ふぇ!? ぼくのこと?」

 

「そうだ! お前だ! ここら辺で見たことない奴だけど何の目的があってここに来た!」

 

胸をそらして堂々という。こういうときはひるんだときが負けなのだ。

 

「あのね、仲間に入れて欲しかったの」

 

「俺たちのか?」

 

「うん……」

 

「んー、今のところは保留だな! さっきの兄ちゃんと一緒に遊んでる間に決める! それでいいか?」

 

「……うん!」

 

保留という言葉を聞いて少し不安な様子の小雪だったが風間の明るい表情や最初に断られなかったからか元気よくうなずくのだった。

 

二人が小枝を持って秘密基地の位置に戻るとそこには多くの風船で出来たドラゴンや花、フクロウといった子供心を刺激するものが容易されていた。

 

「兄ちゃんすっげーな! これ全部兄ちゃんが作ったのか!?」

 

「すっごおーい」

 

「まぁ、二人が探し物をしている間、暇だったからな。これは兄ちゃんから君たちへのプレゼントだ」

 

といって二人それぞれの好みに合いそうなものを渡していく。素直に受け取ってくれたのを確認して内心で安堵する一誠。10分前まで自らに近寄ってきてくれなかった小雪が風間の出現により自らの手で渡したものを受け取ってくれる程度になってくれたことが嬉しい。

 

これからはより楽しんでもらい、信用してもらう段階に入る。

 

「さあ、二人が持ってきたものを一つづつ兄ちゃんに向かって放り投げてくれ」

 

そう声をかけられて小雪はいいものなのかとオロオロするが風間はニヤッとする。その表情は宛ら完全無欠のいたずら小僧である。

 

「いいのかよ兄ちゃん? おもいっきり行くぜ!?」

 

と声を上げると同時に小枝を放り投げる。その投擲速度は小学4年生にしては速い。

 

しかし風間や小雪は知らないながらも一誠は剣聖の斬撃を毎日のように目にし、対峙し、打ち勝つことも出来るようになってきたような男なのだ。この程度、どうということもない。

 

投げられた小枝をなんら問題なくキャッチし、小雪にも目配らせをして小枝を投げさせる。この時点で風間は「スゲー」と言って一誠にわくわくした視線を集中させている。

 

小雪から戸惑いがちに投げられた小枝もキャッチし、その手には二つの小枝がある。

 

「さぁ、二人ともこれから予想問題を出すぞ? これから兄ちゃんがこの小枝でジャグリングをしていく。二人は適当に小枝を投げてくれて構わない。そうして追加されていく小枝を兄ちゃんがジャグリングしきれなくなる本数を予想してくれ。もしその本数を当てられたら兄ちゃんが当てた人にアイスを奢ってあげよう!」

 

「ホントかよ兄ちゃん! 俺こういうの得意だから当たって泣きっ面さらしても知らないかんな! 頑張って当てようぜ小雪!」

 

「う、うん! ぼく頑張るよ!」

 

二人悩む様子を見ながら微笑ましい気持ちになる一誠。やろうと思えば一誠は50本くらい余裕でジャグリングすることが出来る。

 

けれど一誠はこのような形にして二人のうち多い本数を当てた方の本数でわざと失敗するつもりであった。

 

そうして当てた方にはご褒美にちょっと高いアイス。外した方には残念賞として安いアイスを買ってあげるつもりだった。この蒸し暑い日に元気に遊ぶ二人にご褒美として提案したのだった。

 

「決めた! 10本! これ以上は出ないだろー」

 

「ぼくは20本! このおにいちゃんならこれくらい出来るって! アイスはぼくが貰ったよー」

 

相談しているうちに仲良くなったのか二人顔を合わせながら言い合っている。どうやら高いアイスは小雪が貰うことになるようだった。





考えてみたらネタでも習作のように自己鍛錬したいわけでもなかったので通常投稿に移行しました。
なに考えてんだバカかこいつと思ったらその通りなので切るなりなんなりしてくだしあ


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仲間

風間の投げる小枝が中空を舞い、一誠の手に渡る。既に8本の小枝が空を舞っている。

 

その様は小枝が意志を持ち、ダンスを踊っているかのようだ。小雪の目にはそのように映ったし、それは風間も同様だろう。

 

アイスのことなど忘れて見入ってしまう。小枝を投げ出すのも忘れてしまい、一誠が投擲を目で催促するほどだ。

 

魅せられるというのはこういうことを言うのだろう。子供ながらに二人はその華麗な手さばきに見惚れてしまった。

 

ポンポンとテンポよく中空を舞う小枝を見ていると突然その流れに乱れが生じた。一誠が手元を意図的に狂わせて失敗させたのだ。

 

二人はそれを残念に思う。あの時間がずっと続けばいいのにと思ってしまうほどにはそう感じた。

 

「やれやれ、失敗してしまった。アイスは小雪ちゃんのものだな」

 

そう一誠が言うとたった今気付いたかのような反応を二人してする。そんな反応を見て一誠は微笑む。自分のやったこを二人が真剣に見ていてくれたのだ。うれしく思わないはずがない。

 

「とはいえ、10本目のときもちょっとだけ手元が危うかったからキャップにも残念賞ということで一番安いのを買ってあげよう」

 

そう言ってみれば二人して笑顔になる。子供の笑顔というものは何物にも勝る宝だという言葉を感じさせる満面の笑みだ。

 

「それじゃあアイスの買えるような場所を教えてくれないかな? 兄ちゃんはここらへんは初めてでね。詳しく知らないんだ」

 

「ごめん。ぼくもここのあたりは知らないの」

 

「それじゃ俺が案内するよ! こっちに美味しいアイスを出す店があるんだ!」

 

そういって駆け出す風間。それに微笑ましいものを感じながら小雪の手を取り一緒に歩き出す一誠。差し出され、握られた手に落ち着かないながらも笑顔でついてくる小雪。

 

その背中には楽しいという感情があふれていた。

 

 

 

 

 

風間に連れていかれたのは仲見世通りに軒を構える和菓子屋。季節がらなのか茶店の部分ではアイスやかき氷なども販売してるようだ。これには一誠も驚いたが基本的に小遣いを貰っても文庫本を買うかどうかという一誠としてはアイスの値段にどうこういうつもりはない。

 

堂々と店に入っていく風間に次いで小雪を連れて店内に入り、注文をしていく。

 

風間は言いつけを守って店で一番安いアイスを、小雪はジャンボパフェを、一誠は水まんじゅうを頼んで次いでに三人分飲み物を頼んで待つことにする。

 

「そーいや兄ちゃんの名前聞くの忘れてたけどなんていうんだ?」

 

「ぼくも気になってたー」

 

「ん? 俺か? 石蕗一誠。ついでに言っとくと中学二年生だ」

 

「わー! ぼくもっと大人の人だと思ってたよー」

 

「ほんとほんと! ぜってえ高校生とかだと思ってた!」

 

「それは俺が老け顔だと言いたいのかなー?」

 

がおー、と襲い掛かるふりをする一誠。それに対してケラケラ笑う二人。尚、一誠の容姿は決して老け顔といったものではなく、精悍な印象を与える目鼻立ちの整った顔立ちをしている。二人が実年齢より年上だと判断したのは一誠の落ち着いた物腰や店員への注文の仕方を見てなんとなく判断したものだ。

 

注文したものが届くまで談笑して過ごし、アイスが届くと真っ先に風間が飛びつく。

 

「かあああ、頭にキーンときた」

 

そう笑いながら言う風間に呆れながら一誠は水まんじゅうを一口放り込む。餡の控えめの甘さと冷たさが火照った体にちょうどいい。

 

小雪は運び込まれたパフェに苦戦しながらも頑張って食べていく。普段触れることのない甘く、蕩ける甘味に顔を綻ばせ食べている姿を見ると一誠としては問題はまだ解決してないんがらも微笑ましい気持ちが溢れて来て堪らない。

 

「すっごいおいしいよー。一誠兄ちゃんも食べてなよ! はい! あーん」

 

微笑ましい気持ちで小雪を見てたらそう申し出られてしまった。

 

その申し出に照れくさい気持ちを苦笑で隠し、口を開ける。確かに和菓子屋としての拘りか、パフェに使われるあんこや抹茶はとても芳醇な香りと味で、子供でもとても美味しく味わえるものだった。

 

「うん、美味しい! それじゃお礼にこっちの水まんじゅうをあげよう」

 

お返しとして水まんじゅうを進呈する。お姫様の口に水まんじゅうはあったようで顔を綻ばせる。

 

「あー! 俺だけ仲間外れにすんなよー!」

 

そう言ってすねようとする風間に苦笑しながら水まんじゅうを分けてあげた。小雪の方も分けてあげようとしている。

 

 

 

 

 

 

さて、思ったよりも和菓子屋での談笑が楽しく、時間を取ってしまった。小学生ならばそろそろ帰る時間といった頃合い。

 

支払いを済ませ外に出ると空は夕焼けになろうかというころ。

 

「二人を引き留めちゃったからな。年上として家まで送っていこうじゃないか」

 

ちょっとした茶目っ気を混ぜながら提案する。それに対して風間は苦笑しながら

 

「兄ちゃん何言ってんの? ここらへん詳しくないのに。俺は近所だから大丈夫。小雪を送っていってやってよ」

 

「むう、店とかに詳しくないだけで道なら結構覚えているぞ。っとそれじゃ小雪ちゃんを送らせて頂きましょうか」

 

「えっと、いいの?」

 

「ああ。俺の暇つぶしに付き合ってくれたお礼にな。遅く帰って親御さんに怒られちゃまずいから怒られそうなら兄ちゃんが謝ってあげるよ」

 

親御さん、という言葉を口にした時に小さく震える小雪。ふとした瞬間に目についた見えにくい場所にあった痣を思い出して痛ましい気持ちが湧きあがるが今はこの感情に蓋をする。ある程度の信頼は得ることができたと思うが今はまだ虐待されていることを言うまではいっていない。

 

「それじゃ、キャップ。しっかり注意して帰るんだぞ」

 

「わかってるって。心配性だなぁ兄ちゃんは。あっ! 小雪!」

 

「なーに?」

 

「こんどまた俺たちの秘密基地に来いよ。そんときゃ仲間に入れてやっから」

 

しばし呆然とする小雪。感情の整理がつかないように顔から表情が消えかけていたが突然がばっと顔を上げると精一杯の笑顔で

 

「うん!」

 

と頷くのだった。

 




チラ裏から通常投稿にしたらアクセスが一気に増えた。
すげぇ。
そして同時にここまで小雪編が長引くと思わなかった。もっとあっさり終わらせるつもりだったのにまだ終わらない。

なお、大和じゃなくてキャップを出したのはニヒルな文章?を書くのが面倒だったからという。


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別れは笑顔で

小雪と連れ立って歩く。夕日に色づいていく空を見上げながら小雪は思う。

 

楽しそうに遊んでいる姿を見て自らも入れて欲しかった人たちがいつも遊んでいる場所に行ってみたらいた人。

 

硬質な髪を風にそよがせ、柔らかく微笑む姿。瞬く間に風船を膨らませ今も手にあるような動物達を作り上げた人。

 

仲間に入れて欲しかった人のうちの一人が来たら瞬く間に自分も巻きこんで楽しませてくれた人。

 

最初は警戒していたのにいつの間にか翔一くんと一緒に遊びほうけるくらいに愉快な人。

 

仲間に入れて欲しくて、でも断られて、けど諦めきれなくて、そうして来た今日、仲間に入れてもらえる切っ掛けを作ってくれた人。

 

手を繋いで歩くその人の顔を見上げて見る。鋼のような瞳だ。柔らかく、薄く微笑みの形を描く口は小雪を飽きさせないようにいくつもの話題を出してくれる。小雪はそれに応えながら強く思う。この幸せな時間がずっと続けばいいのに……と。

 

 

_________________________

 

 

 

家と言われる場所に近づくにつれて小雪の顔色が悪くなる。それは誰の目にも明らかな物であり、一般的な感性を持つ者であれば放っておけないほどの変わりようだ。

 

このような姿を見させられては段階を踏んでなどと思っていた考えなど吹き飛ぶ。

 

「ねえ、小雪ちゃん。俺の思い過ごしだったらいいんだけど何かご両親とうまくいっていなかったりしない?」

 

どうにか話して貰えるように。なんとか彼女を救えるようにと願いながら言う。事前に考えていた内容など吹き飛んだ。一誠もどうにか小雪を救おうと必死だ。

 

「ぇ? なんで? そんな……こと……ないよ?」

 

痛々しい笑顔。さっきまで見ていた心から楽しいと思ってくれていた笑みとは程遠い。

 

立ち止まり、しゃがみこむことで小雪と同じ目線にする。自然と眉根が寄り、小雪の肩を掴む。

 

「そんな顔でそんなこと言ってたら何かあるって言ってるのと一緒だって。何かあるなら言ってくれよ。俺はまだガキだけど、頼りになる大人の知り合いならいるから! ちょっとでも君の手助けになれるなら言ってほしい」

 

迷うような素振りを見せる小雪。言うべきか迷っているというよりも言おうとしているのに言葉が出てこないといった様子だ。

 

「お願いだ! 君の助けになりたいんだ」

 

「あ、あの……ぼく……」

 

そう何かを言おうとしたら極度の緊張にさらされてしまったのか、瞳がぶれるようになり、唇が震え、気を失って倒れてしまった。

 

驚いたが即座に倒れこみそうになる小雪を抱きかかえ、どうするべきか考える。こんな様子の小雪を彼女の家に送り届けるなどという選択肢はない。

 

勇気を持って何かを話そうとしてくれた女の子を放置するような人間であるつもりはない。出来るなら話を聞いてから、と思っていたがしょうがない。両親に連絡を取って迎えに来てもらい、同時に剣聖に相談するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

父も母も俺が連絡を入れ、事情を説明し車を回してもらう。小脇に抱えた小雪を見たら二人して動揺していたようだが母は俺から小雪を受け取ると抱きかかえるようにして車に乗り込んだ。その瞳は怒りに燃えている。

 

一誠という通常の子供とは異なる事情の子供を授かった両親だったが子供に対する愛情は人一倍強い。そんな両親であるためにただ両親のことを聞いただけで気絶するほどの状況ということを想像し、小雪の両親に対して怒っていた。出来ることならばこのまま小雪の家に怒鳴り込みたいほどだ。

 

けれど今なんの準備もないままに乗り込めば小雪は両親のところに戻され、自分たちは小雪を誘拐していたといった内容の罪に問われかねない。

 

ならば小雪が目を覚ますまで看病し、落ち着いたところで事情を聴き、その事情を加味したうえでこの地の有力者の助力を得る。

 

その為には一度友人である黛大成に連絡を取らなければ。何よりも普段怒るということをしない息子が怒りに燃えてるのだ。父として、母として、この機会に息子に落胆されるつもりはなかった。父は車のアクセルを踏込み、単身赴任中の仮住まいへと向かうのだった。

 

家に着くと父は布団を敷き、母は小雪をその布団に寝かせる。一誠は電話に飛びつき黛家へ連絡をとる。最初に電話に出たのは奥方だったが急ぎの用だと言って大成に代わってもらうように言う。

 

驚いたのは大成である。一誠はまだ帰ってこないのかと娘二人にせっつかれていたので連絡を取ろうと思っていたらその一誠から連絡が来たのだ。驚かないわけがない。

 

しかも妻の様子から鑑みるに火急の事態らしい。即座に受話器を取り一誠から事情を聴き、それに対する対応を取っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

どうにか黛家経由で川神鉄心に渡りをつけることが出来た一誠は安堵した。少なくとも川神院の代表である鉄心を味方に付けることが出来ただけで一先ず小雪の安全は保障されたようなものだ。

 

一誠自身はまだ小雪から事情を聴いてないとはいえ、原作や先ほどの状況から鑑みるに小雪が親から虐待されていることは確定事項と言っても問題ないだろう。

 

鉄心に連絡を取り、小雪に直接会ってもらうようにしてもらった。

 

鉄心への電話の途中で小雪は目を覚まし、未だ震えていたがどうにか電話を受け渡しちょっとでも状況について話して貰うと即座に鉄心さんはこちらに来ると言ってくれた。

 

 

 

それからはとんとん拍子で物事が進んでいった。

 

小雪への母親からの虐待が認められ、母親の親権は剥奪された。鉄心という有力者がいたからか驚くべきスピードで物事が進んだのだった。うちの親が養子にとろうかという話が出たのだが何故だか小雪がそれを頑として認めなかった。

 

別に石蕗一家が嫌いという理由ではなく、お世話になりすぎて申し訳ないというスタンスだった。そんなこと気にする必要ないと言ったのだが小雪は頑としてその意見を取り下げなかった。

 

仕方なく鉄心さんが小雪の里親を探すと言って場は収まることとなった。

 

けれどこれで小雪の心の傷が癒えたわけではない。だからこそ一誠は小雪に自らの住所や郵便番号、電話番号を書いたメモを小雪に渡して「寂しくなったり嫌なことや悩み事があったらここに連絡してくれればいいから」と言って別れるのだった。

 

 

 

一誠が川神の地にいられる最終日。

 

どうにか小雪を救うことが出来てよかったと思いながら駅に向かう一誠を迎えたのは綺麗な洋服に包まれ、綺麗な姿となった小雪だった。

 

「ん、元々美人さんだったけどもっと美人さんになったな」

 

「えへへ、一誠兄ちゃんに言われると照れるのだ」

 

もじもじとする小雪。決して最後の別れというわけではないがそう易々と会える距離ではない。

 

小雪にも事前にそれを伝えてあり、伝えた当初は泣かれたものだ。

 

「もう、行っちゃうんだよね?」

 

「まぁ、こっちには父さんに会いに来ただけだったからね。なんか父さんに会いにきたにしては色々なことがあったけどね」

 

「それってひょっとしなくてもぼくのことだよね?」

 

「ん? そんな暗い顔すんなって。むしろ俺としては綺麗な女の子を救うこと出来たんだから自慢が一つ増えたくらいなんだぜ?」

 

「あはは! 兄ちゃん変なこと言ってるー」

 

ちょっと暗くなりかけた小雪だが一誠の発言で気持ちを持ち直す。

 

この人にはお世話になってばかりだ。将来会った時には自分はもう大丈夫なのだと言えるような姿を見せなくては。

 

「あ、新幹線の時間だね」

 

「ん、そうだな」

 

「一誠兄ちゃん。ぼくがおっきくなったら会いに来てくれる?」

 

「んー? どうだろうなあ。絶対とは言えないけど小雪が良い子にして元気に育ってくれていれば来るかもなあ」

 

「ぶー、絶対なの! 絶対ぼく良い子にして元気に育ってるもん!」

 

「はいはい。それじゃあおっきくなったら会いに来ますよ」

 

「絶対だからね! 絶対だよ!?」

 

新幹線がホームに着く。

 

微笑みながら母と一緒に乗り込む一誠。目線を父に送ると頷いて小雪を見た。小雪の経過は父を通して聞かされることになっている。

 

扉が開く直前にニヤリと笑いながら小雪に言ってやる。

 

「それじゃあな! 小雪! いい女になれよ!」

 

別れは辛いものであってはならない。茶化すように言ってみれば

 

「絶対いい女になってるんだからなー!」

 

と返ってきた。再会した時を楽しみにするとしますか。

 

最後には涙目の小雪が喚き散らしながらの別れとなった。

 

別れの際に涙にまみれていても最高の笑顔が見れて良かった。大成さんにもお礼言わなきゃな。




あれ?
なんでだろう……由紀江より小雪の方がヒロインやってる……


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由紀江11歳

一誠が前世の知識プラス今世での勉学の結果として地元の有名私立高校へ入学を果たし、数か月が経ったころ、黛の家では慌ただしい空気に包まれていた。

 

本日の鍛錬が終了し、大成に誘われ夕食を共にしようと家に上がったところ由紀江がバタバタと普段立てない足音を出しながら前を過ぎていく。

 

しきりにきょろきょろしながら奥方の名前を呼んでいる。

 

そういえば明日は修学旅行だったか。旅行の準備自体は済ませていたはずだから今は追加で何を持って行こうかと悩んでいるところだろう。

 

なにせ現在、由紀江には友達がいるのだ!

 

もう一度言おう。由紀江には同学年の友達がいるのだ!

 

言ってしまえば簡単なもので、由紀江が小学校に入学した時に一誠は6年生。近所であることから由紀江と一緒に登校し、ついでに色々と由紀江に友達が出来るように便宜を図ったのだ。

 

同学年や仲良くなった下級生の妹や弟で由紀江と同学年となるものがいたら紹介をし、積極的に遊びに由紀江や由紀江と同学年の子たちを誘って一緒に遊べる状況を作って行った結果として由紀江は友達を得るに至った。

 

友達が出来た時の由紀江はそれはもうこちらまで嬉しくなるほどの喜びようであり、骨を折ったかいがあったというものである。

 

そうは言っても由紀江は黛の家の娘。道場での鍛錬が毎日のようにあり、中々一緒に遊びに行くという機会に恵まれなかった。

 

だからこそ、由紀江は友人達と一緒に行く修学旅行を楽しみにしていた。それこそ楽しみにし過ぎて父である大成から稽古中に他のことを考えるなと注意されるほどである。

 

「いいい一誠さん! な、ななななにを持って行ったらいいいいいんでしょうか? やっぱトランプは絶対必要ですよね!? お友達と遊ぶものを持って行かないとかダメですもんね!? はっ、それなら夜のお約束である恋バナ!? 恋バナを用意しておくべきなんですかねえええええええええ!?」

 

あまりにテンパった由紀江を見るのは前世での原作以来だなーと思っていたら胸倉掴まれて激しく揺さぶられる。この娘はテンパった時の対応がとても面倒臭いなあ。

 

「ちょいちょい、由紀江! 揺すんな。疲れた体にそれは結構クるから!」

 

「ハッ!? 私は何をしていたのでしょうか?」

 

「はいはい、そんな我を忘れてた演技とかいらないから。まあテンパってるのは事実だろうけど」

 

「うぅぅ、しょうがないじゃないですか! お友達との初の旅行ですよ! これが私にとってどれだけ喜ばしいことか一誠さんならわかりますよね!?」

 

「わかった! わかったから胸倉掴むんじゃない!」

 

喜びはすごく伝わってくるのだが無理に遊ぶものばかり持っていくわけにもいかないだろう。

 

由紀江を落ち着かせて対面に座らせる。

 

「今回の修学旅行先って俺が行ったときと変わってない?」

 

「あ、はい。毎年恒例みたいで、相変わらずですよね」

 

「そんじゃ面白かった場所とか教えてあげる。パソコンがここにあれば詳細を詳しく調べてあげられるんだけどな」

 

「ありがとうございます! パソコンは……父上が父上ですし」

 

「だよなあ、しょうがないか。ああそう、仮に何か持って行くならトランプとかのカード類でいいと思うよ。恋バナは生憎と俺らの時はなかったけどね。枕投げで盛り上がってた」

 

由紀江に色々と修学旅行先の情報を流したりとしているうちに夜遅くになってしまっていた。

 

由紀江にはまだ色々と聞かせて欲しいと言われたが生憎と明日はテストがあるのだ。

 

前世と異なり毎日コツコツと勉強して上位の成績を出しているが寝不足で集中できずに成績を落としたとなれば目も当てられない。由紀江の頼みなので聞いてやりたかったが一誠は黛家をあとにし、帰宅するのであった。

 

 

 

 

 

テスト三日目を終えて鍛錬の為に黛家に向かう途中、修学旅行の帰りなのか大荷物を持った由紀江を見かけた。

 

「よっ! 今帰ってきたところなのか?」

 

「あ、一誠さん。はい、黛由紀江ただいま帰ってまいりました」

 

その言いように苦笑してしまう。

 

「重いだろ? 持つよその荷物」

 

「い、いえ一誠さんにそんなことさせるわけには!」

 

「はいはい、んな遠慮する仲でもないっしょ。渡す渡す!」

 

半ば強引ながらも重たそうな荷物を奪い取り片手に持って先行する。

 

「ああもう! 私は大丈夫なのにこういうことは強引ですよね一誠さんて」

 

「はは、そりゃあしょうがない。女の子に重い荷物もたせてちゃ男が廃るってね」

 

もう! っとぷりぷりと怒ったようなポーズをとる由紀江。一頻り怒った後、気を取り直して旅行先での思い出を語りだす。

 

友人達との旅行先での思い出を楽しそうに語るその顔に微笑ましいものを感じてしまう。

 

小さなころから彼女の成長を見てきたがここまでの喜びようはなかなか見られるものではない。

 

由紀江が思い出を語り、一誠がそれに返す。言葉のキャッチボールは黛家に着くまで続くのだった。

 

 

 

黛家に着いてみれば玄関先で大成がうろうろと見るからに怪しい動きをしていた。

 

「なにやってんですか大成さん」

 

思わず呆れを滲ませた声音で言ってしまう。その声にやっと俺たちに気付いたのか大成はうろうろとした動きを止める。

 

「や、やあ一誠君。そろそろ帰ってくるころだと思うのだけれど由紀江を見なかったかな? 本当は迎えにも行こうかと思ったんだけれども妻に止められてね、しかたなくここで待っているんだが」

 

ある意味その判断は正しいだろう。普段は抑えられている気があたりに無差別に発せられていて近くを飛ぶ鳥は一羽も存在しない。

 

この状態で由紀江を迎えに行けば由紀江の友達連中はへたすりゃ気絶させてしまうだろう。奥方マジいい判断です。

 

「あー、会いましたよ」

 

「ホントかい!? どこにいた!?」

 

剣聖といえども人の親。娘を心配する気持ちはわかるが生憎とその気持ちをすべて娘が受け止めるわけではない。

 

「ここに……」

 

と、持っていた由紀江の荷物で陰になっていたところが見えるように横に避けると由紀江はぷるぷると震えていた。

 

「父上! 心配する気持ちは嬉しいですがこのような玄関先でそのように待っていられては困ります! それに私は父上に心配されるほど不出来な娘であるつもりはありません!」

 

激昂した由紀江はそう言うと父である大成を残して家の中に入って行ってしまう。

 

世の中、親ばかを子供が望むかというと必ずしもそうではないのである。



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松風誕生

 

高校二年へと進級し、由紀江が小学校の最終学年となったころ、地元のイベントに参加することになった。

 

事の発端は地元のイベントで剣聖の居合や剣舞のような物を見たいという要望が出てきて大成さんが承諾したことに由来する。

 

由紀江も黛に連なる者としてそのイベントに参加することになり、俺もやろうかと思ったのだが大成さんに剣での参加を見送るように言いつけられたためにバルーンアートとジャグリングで参加することになった次第である。

 

俺が剣での参加を見送るように言われた時には由紀江と大成さんとのちょっとした親子喧嘩があったのだが俺が由紀江に気にしていないと落ち着かせることで終結した。

 

俺の勝手な予想だが、見送られた理由をあげるのなら黛の剣とあまりに系統の違う俺が参加すると黛の剣を勘違いする者が現れないとも限らないといったことが起こりうるので理解できる。一応居合いだけならそこそこいけると思うが仕方ない。

 

居合いの腕や娘と父との稽古を観客がいる中で行うということに由紀江は気づいてテンパっていたがそれも大成さんと俺とで説得することでどうにか了承してもらった次第だ。

 

 

 

イベントの会場へと着くと大成さんを迎える運営委員の人たち。カクカクした動きで大成さんに着いていく由紀江。

 

俺は運営の人に演目の内容として大成さん達の前座として行うと言われて準備に取り掛かる。

 

観客としてイベントに来ている人は結構小さな子供も多くいる。これはジャグリングよりもバルーンアートの方が喜ばれるかなぁなどと考えながら準備を進めていく。

 

俺の前の人が終わり確保されている場所へと進む。観客はふつうの恰好をした男が現れたので何をするのかと見ている。中には大成さんの演目になるまで屋台などを見に行くのか離れる人も目につく。

 

まぁ、前座だからしょうがないか。

 

トコトコと音を立てて観客の中で近くにいた子供に懐から簡単な手品で飴をあげる。ちょっとでも興味を引ければ万々歳である。

 

紐で囲いがなされているがこれは大成さんの演目で必要だからであって俺の場合必要ない。運営に了承を得て子供たちを近くへと移動させる。

 

そこから行われる数々の動物が風船で生まれていく様に子供は浮かれ、その動物を貰うことで笑顔になる。

 

バルーンアートが終わればジャグリング。一般的な観客がいる手前あまり本数は多くないが華麗な手さばきで木刀や適当に用意した長物の数々が宙を舞う。これには観客もほうと見惚れる。

 

大成さんの演目が近づいてくると先ほどよりも観客の数も増えて来てざわつき始める。

 

そんじゃ前座として最後にかましましょう。と決めると手で行っていたジャグリングを足にシフトし、新たに腕でもジャグリングを始める。大成の剣舞や居合いを期待してきた観客もこれには驚き拍手を送り、会場は大成を迎えるにふさわしい盛り上がりを見せていた。

 

一誠が演目を終了させて裏方に回ると大成と由紀江に捕まった。由紀江からは心からの賛辞を、大成からもよくやったといった言葉を貰った。

 

運営の委員の呼びかけがかかり大成が由紀江を連れてステージに現れる。

 

盛り上がる会場と、それに微笑みながら応える大成。由紀江はガチガチに固まっている。

 

やれやれ、と呆れてしまうがしかたないだろう。こういった場に立つのが初めての由紀江では厳しいものがある。俺は由紀江に手を振り口だけで「しっかりと見ていてやるから後悔しない動きを!」と伝えると由紀江は背筋をしっかりと伸ばし黛の名に恥じない娘となる。

 

最初に由紀江の居合い。

 

標的として置かれた藁束は由紀江にとっては何のこともない標的だ。切るのは容易い。その切るという行為にどれだけの経験を乗せられるかを今の由紀江は求められている。

 

ひゅっ─────風が頬を撫でるかのような音を残し藁束は地に落ちる。

 

小学6年生の見事な腕前に観客が湧く。

 

由紀江を褒め称える声に照れながらも応える様はさっきまでガチガチに固まっていた娘には見えない。

 

娘の後に真打である剣聖の登場である。

 

構えに入った瞬間に会場の気温が下がったかのような空気が支配し、あれだけ湧いていた観客は剣聖の一太刀を見逃さんと静かに

 

目を凝らす。

 

すっ───────音もなく藁束が落ちる。観客にはいつ剣聖が刀を抜き、いつ刀を鞘に戻したのかすらわからない。

 

されども湧く観客。静かに頭を下げる大成。

 

まさに剣聖と言う名に相応しい一太刀。何が起こったのか観客にはわからずともその様を見るだけで魅了される所業。

 

 

一誠は苦笑し、由紀江は尊敬の念を父に送る。

 

今回のイベントは観客の心の中に残るものとして語り継がれるのだった。

 

 

 

 

一誠たちが帰りの準備をしているころ、近くに泣きじゃくる幼い男の子が現れた。

 

どれ迷子かと思い一誠が話しかけようとしたところ、一誠より先に由紀江が話しかけた。

 

「どうしたんですか? 何か困ったことでもあったのですか?」

 

「ひっぐ、おがあさんがいないの」

 

どうやら迷子で確定のようだ。

 

「そっか、それじゃあお姉ちゃんが一緒にお母さんを探してあげます。ぼくのお名前は何て言うの?」

 

「さるとりたけし……」

 

「たけし君か。それじぁあたけし君はどこから来たのかな?」

 

「えっと、あっちのほう」

 

指さす先は帰りの人でごった返している。しょうがない、運営で使用していた放送を借りて探すしかないな。

 

「由紀江、そのこの面倒みててくれるか? ちょっと放送流して貰ってくる」

 

「あ、はいお願いします」

 

「おがあさん、ぼくをおいてっちゃったのかな?」

 

泣きじゃくる男の子は由紀江に問う。

 

「そんなことありません。きっとたけし君を探しているに決まってます。今お姉ちゃんのお友達が君のお母さんを探してくれてます。ここは寒いですから向こうで待ってましょうか?」

 

「やだ! ぼくここでまつ!」

 

「けどここで待っていては風邪を引いてしまうかもしれません」

 

「やだ! ぼくはここでおかあさんを待つの!」

 

こうなった子供は手ごわい。一定の年齢を超えた場合は理性で動くが子供は感情に任せて動く。これを動かすとなると由紀江や俺のような存在の場合、けがをさせてしまうかもしれない。

 

困った由紀江は何か思い出したかのようにポケットを漁る。出てきたのは馬のストラップ。

 

「こらー、男の子がそんな意地をはるんじゃなーい。おらみたいな駿馬になれねーぞ」

 

なんというか……松風だった。

 

「お馬さんがしゃべった……」

 

「そりゃあおらだってしゃべるさ! ふがいない男がそこにいるんだからな! お母さんをここで待つ? バカ言っちゃいけねえよ。今も必至こいて探している息子が寒空の下、風邪でも引いたら泣くぞお。おらわかるかんね。そんな親不孝をする男の子には夜にお化けが出て食べちまうのさ」

 

「お化けでちゃうの……?」

 

少々ひるんだ様子の男の子が問いかける。

 

「そりゃあ親不孝するような子供のところにはお化けもでるってもんさ。その点このお姉ちゃんみたいな人なら安心だね! 家事出来るし! 親を心配させないし! 友達も多い! 完璧ってものよ! お化けが出るかもしれないどこかの子みたいなことにはならないね!」

 

ああ完全に松風だ。適度に自分をよいしょしているところとか完全に松風だ。友達は決して多くないのに盛ってるところとか凄まじい。

 

「お化けでないようにするにはどうしたらいいかな?」

 

「親を心配させないようにすることだね! このお姉ちゃんと一緒にあそこまで行くんだ!」

 

「わかった!」

 

由紀江は松風を用いて子供の説得に成功するのだった。

 

なお、子供の母親はすぐ見つかった。




こんなわけで松風誕生とあいなりました。

多分由紀江が普段言わないような内容なんかを言うときとかに代弁させるために使うかな?


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一誠大学へ

結構杜撰な作りだなと思ってしまう話


 

一誠が高校最終学年へと進んだころのことである。

 

二回目の人生を歩むことになった一誠は黛の家に通いながら修練を積んでいたが、これは幼少の頃からの習慣のように染みついたものだ。一誠はこれとは別に幼少期からめげそうになりながらも頑張ってきたことがある。

 

そう、勉強である。

 

前世においては決して馬鹿ではなかったとはいえ就職難の時代に学力や経歴は必要な物なのだと実感した。

 

この第二の人生! チャンスと捉えずなんとする!

 

中学の頃には名門の進学校へ行けるようにし、高校の頃から役に立ちそうな資格は調べておき、大学に入ってから暇な時間を見つけては資格の取得を念頭に置く!

 

もちろん大学は超有名大学を狙っている。就活などのことを考えて3年までにフルで単位を取って行き楽できるようにする!

 

最終目標は優良企業へ入って親孝行である。

 

このような思考を働かせながら日々高校へ通う一誠。

 

将来的にどのような分野の大学を狙うか迷っていたところ大成にここの大学はどうかとある大学を紹介された。

 

東京の中でも埼玉寄りの場所にあるその大学は一誠の希望にも合致していた。

 

何故大成が一誠の希望を知っているのかと疑問にも思ったが素直にお礼を言って自らの進路に加えることに決めた。

 

 

尚、この大学。三年にあがる時に校舎を移動することになる。移動するその先は川神の地である。

 

大成としては娘の進学先を多くの武家の流れを汲む者達の多い川神の地を希望していた。そこで多くの異なる流派の者達と接することでより多くの経験を積んでもらおうと考えていたのだ。

 

しかし、ここで大成の親ばかが発動する。

 

知り合いのいない川神の地! そこに誰一人頼る者のいない場所! 大切な娘を預けられようか!

 

ならば信頼のおける人物を送り込むまで! 一誠君! 君の進学利用させてもらうぞ!

 

とまあこんな考えがあったのである。最初から川神に近い場所の大学を受けさせたかったが生憎と一誠の希望するような大学ではなかった。けれども探しぬいた結果として先ほどの大学を見つけた大成。ここに大成の策謀は実現したと言って良い。

 

一誠を好いている様子の娘であれば一誠が川神にいると言えば自ら望んで川神学園を進路として希望することだろう。

 

親ばかというのは時に信じられないことを実行に移すのだった。

 

 

 

 

さて、一誠のこれまでの生活を振り返ってみる。

 

常に学年で上位の成績を叩き出し、スポーツに関しても手を抜いた状態でも一般人を凌駕し、人当たりもそこそこ良いという物件である。

 

これで今まで一般女子が飛びつかないわけがなかった。

 

中学では5回、高校に入ってからギリギリ二桁に入ろうかという程度の告白を受けているのである。

 

けれど一誠はこれらの告白を全て断っている。というのも一誠に告白してきた女子全てが可愛い系の女子達であり、ぶりっ子タイプの人たちであったのだ。

 

別に一誠個人の好みとかけ離れていたわけではない。前世の自分だったならば何の迷いも無くその告白を受けていただろう。

 

だが、彼の死因を思い出して欲しい。彼の死因は女性に通り魔の盾とされた結果として死んだのだ。

 

その時の女性は可愛い系の女性であり、男に媚を売るだろう女性のように死にゆく彼には見えたのだ。

 

これによって彼の可愛い系の女性に対する不信感が生まれた。圧倒的に年が離れているのならば普通の対応も出来るが同年代ともなるともうダメだった。

 

友達としてもちょっと距離を置かなければならないのだ。

 

この状況を鑑みて一誠は決めたことがある。

 

将来、結婚することになるのであれば大成に頼み込んで良家の子女との見合いをセッティングしてもらおうと。

 

元々一誠の男女の付き合いの価値観は古風な物であり、付き合うのであれば結婚までという考えを持っている。そうなると面倒な

 

男女の付き合いをするくらいなら身元のはっきりした女性と結婚してしまえばいいという思考に行きついた。

 

 

 

 

この考えを大成に打ち明けたのは大学入学を控えた頃のことである。

 

自分が結婚したいと思ったころに連絡を入れるのでその時の為にお見合いできそうな女性を見繕って置いて欲しいと言ったのだ。

 

場合によっては大学に行くことでその考えが変わるかもしれないのでそこまで早く準備をしなくてもいいとも。

 

その相談をされた大成はそれはもう喜んでその見合い相手を探して置くことを快諾した。

 

なにせ幼少のころから娘の一誠に対する思いを感じている父である。一誠から電話があれば即座に由紀江との見合いをさせるつもりである。

 

良家の子女という条件、これに黛の家も当てはまるということに一誠は最後まで気づかないのであった。

 

 

 

一誠が一人暮らしをするために家を出て行ったころ、大成は由紀江を呼び出しある提案をした。

 

言ってしまえば川神学院に入学するまでに女を磨き、一誠を惚れさせるほどの存在になれといった内容である。

 

それに娘の方も快諾。親娘揃って一誠を婿にしようと画策するのだった。




尚、わかっていると思いますが大学の場所なんかは適当です。


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突然の訪問者

一誠は順調に大学へ入学を果たし、暫くは一人暮らしによって生じる料理を除く家事に苦戦しながらも着実に充実した大学生活を送っていた。

 

 

大学に入ると驚くのが長期休暇の長さだ。一誠はこの長期休暇を実家に帰ることなくバイトと勉強、そして鍛錬の時間に使っていた。鍛錬は流石に一人暮らしの部屋で行うわけにもいかず、近隣の山に入り、そこにある手頃な広場で行っている。

 

清涼な夜の空をひゅんひゅんと軽快な音を立てながら回る刀。それも木刀や模造刀といったものではなく、国から許可を得た真剣である。

 

大学入学をするにあたって大成より送られたものである。道場内では大成の許可を得て真剣での勝負を行っていたので一人暮らしをするにしても鍛錬をするならと大成の心遣いによって齎されたものだ。

 

一誠としては保管の問題や価値のあるものを与えられるということにより受け取りを拒否しようとしていたが大成の真剣な目を見て受け取ることと相成った。

 

実際、鍛錬も黛の家では一定の年齢から真剣を用いて行っていたので模造刀や木刀を用いて行うより調子がいい。

 

まあ、真昼間から真剣を持ち歩くわけにはいかないので鍛錬は専ら夜に行うこととなってしまっているのが困ったところだが……

 

ふう、と体から噴き出る汗を拭い一息つく。夏の夜は蒸し暑いものだが木々に覆われた山の中ということもあって体に吹き付ける風は涼やかな空気を運んでくれる。

 

「さって、帰りますか」

 

手に持つ真剣を竹刀袋に入れ、カモフラージュをして山道を駆け抜ける。山を駆けているというのにその挙動は安定し、水が流れるかのように流麗な動きで木々を縫って町へ向かっている。

 

この世界に生まれてからの鍛錬の成果がこういった場所でも見受けられるのが鍛錬をサボるという行動に移させない原動力だ。目に見える成果があるのだからやめる気も起きない。

 

山裾まで来ると速度を落とし、普通の人が早足で駆ける程度の速度まで落とす。あとちょっと行けば自分の住むアパートだ。

 

夏場だからとつっかけサンダルで外に出ていたがこの夜の涼しさなら普通に靴でもいいかもしれない。そのような考えを巡らせながらアパート二階の端である自分の部屋に入ろうと階段を上がったとき、自らの部屋の前でしゃがみこんでいる影を見つけた。

 

はて? 大学の友人たちは時々自分の部屋を訪れるが来るときは常に連絡を入れるはず。まさか強盗がカギを開けられずに途方に暮れているといったことはないだろう。考えていても始まらないので近づいて行ってみるとその影は女性のようだった。

 

長い髪に小奇麗な服に身を包んだ女性だ。いや、女性というには年齢が足りていないだろう。少女といった年齢だろうことがわかる。

 

一誠としてはなるべくなら関わりたくなかったが勇気を持って声をかけることにした。

 

「えっと、何かありましたか? そこ自分の部屋なので出来ればそこを退いて欲しいのですが……」

 

一誠が声をかけるとその少女はバッとしゃがみ込み伏せていた顔を上げる。そこには予想もしていない少女の顔があった。

 

「一誠おっっっっっそーーーーーーーい!」

 

「うぇ!? なんでお前がいんの!?」

 

真っ白な肌に真っ白な髪、真っ赤な瞳をちょっと潤ませた少女。自らが行動し、救うことの出来た少女である小雪がいたのだった。

 

 

 

 

一先ずこんな夜に小雪のような少女を外に出して置くわけにもいかず、仕方なしに部屋にあげる一誠。

 

真っ暗だった部屋に光が灯り、一般的な大学生としては小奇麗にしていると言えるだろう部屋が照らされる。

 

取り敢えず小雪には適当な場所に座らせるように言って飲み物を冷蔵庫から取り出す。

 

この少女とも手紙やメールでやり取りをして悩みの相談や日頃の愚痴を聞いてきたりしてきたが直接会うのはあの時以来である。

 

一誠としては何故ここに小雪がいるのかわからない。日頃のメールでのやり取りでは親となってもらった榊原夫妻との仲も良好だし、その榊原夫妻との縁で仲良くなった葵冬馬と井上準ともうまくいっていると聞いている。まあ、この二人とも仲良くなるまで俺の介入があったり小雪の頑張りがあったりしたのだが今は関係ないだろう。一体何かあったのだろうか皆目見当もつかない。

 

悩んでいてもしょうがないので取り出したコップに飲み物をいれながら小雪に問いかける一誠。

 

「で? なんでお前さんがいんのよ? ここ、川神からは結構離れていると思うんだけど」

 

「だって一誠がこっちの方に来るって言うから僕待ってたのに全然来ない一誠がわるいんじゃーん」

 

「俺が川神に行くのは3年の時だ。前にメールでも行っただろう」

 

「あれ以来一回もあってないんだから会いたくなってもしょうがないじゃん! 乙女を期待させた一誠が悪いのだ―。だから僕来ちゃったんだもん!」

 

何が乙女か。最初の頃は親から虐待受けてたトラウマ発動して榊原夫妻にもなかなか心開けなくて俺に手紙で泣きついてきてたくせして。

 

まあ、納得は出来ないが一応会えると思って期待していたのに肩すかし食らったから会いに来たというのはわかった。しかし俺は小雪にここの住所とか教えたことはなかったと思うんだが……

 

「はいはい、俺が悪かったって。で? どうやってここのこと知ったのよ? ここのことは知らせてなかったと思うんだけど」

 

「ふっふっふー、一誠のお母さんに聞いたのだー。知らなかった? 僕一誠のお母さんと仲良いんだよ?」

 

それで夏は帰らないと連絡を入れた時にちょっと様子がおかしかったのか。

 

 

「あの母親は個人情報というものを知らないのか……そういや結構長いこと待ってたみたいだけど何時ごろから待ってたんだ?」

 

「えーと……15時頃……」

 

一応言って置くと現在の時刻20時である。

 

「馬鹿か!? 連絡入れてくれりゃ驚きはするけどきっちり迎え行ったのに」

 

「だってー、久しぶりの再会だから驚かせたかったんだもん!」

 

「今の発言のがよっぽど驚いたわ! その時間から待ってたんじゃ夕飯食ってないだろ。俺のも一緒に用意するから食べなさい」

 

「その言葉を待ってたのだ―。もうお腹と背中がくっついちゃうかと思ってたよ!」

 

和やかな笑みを作る小雪。こいつはあんな暗い過去を持っているのにこうも明るい。

 

 

 

下手なもんを出すわけにもいかないのでパスタを茹でてペペロンチーノと昨日の夜に作っておいたトマトスープ、そして野菜のサラダを出す。

 

小雪は笑顔で食べ、美味しいと言ってくれるがこれからどうするつもりなのか。

 

来てしまったものはしょうがないとして小雪をどこに寝かせるのかが問題だ。近場にホテルのようなものはないと記憶しているし、たとえあったとしてもそこに押し込むのも気が引ける。だからといってここに泊めるものなぁ。

 

適度に談笑を交えながら食事を終え、一誠が食器を洗いながらベッドのところで寝転ぶ小雪に話しかける。

 

「お前さんは今日これからどうすんの? どっかホテル泊まるってんなら車出すが」

 

「ふぇ? ここに泊まるに決まってんじゃん。始めから僕そのつもりで来てたんだけど」

 

「……あのなぁ、一応俺も男であってここは男の一人暮らしをする部屋なんだが」

 

「けど一誠がそんなことするわけないじゃん。一誠のお母さんも普通に泊って行っちゃいなって言ってたし」

 

あの母親はホントにもう……

 

「へいへい、わかったよ。そんじゃ小雪はベッド使いな。俺は友達来たとき用の寝袋使うから」

 

「へーい、これだねー」

 

といって小雪はベッドの下に置かれていた寝袋を取り出す。その時ちらりと目の端に映った太ももがなぜだか妙にまぶしく映った。4つも年下の、ましてや小雪に欲情しかけるとか……俺溜まってるのかなぁ。

 

男の性にむなしさを抱きながら食器を洗い終えて部屋に戻る。

 

それからは小雪とじゃんけんで風呂の順番を決め、寝間着を持ってこなかった小雪に一誠の大きなスエットを渡し、現状を面白おかしく話しながら眠りにつくのだった。

 

 

翌日、小雪は一誠に案内を頼み近所の美味しいケーキの店を巡ったり最近話題の映画を一誠と一緒に見たりして過ごし、夕方になるころに電車にのって川神に帰るのだった。

 

今度は川神での再会を約束して……



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一誠と黛家

一誠が年末に家に帰ると今年の正月はうちで和やかに行われることが決定したと母親から言われた。

 

例年道りであれば正月は黛家で過ごすのだが今年と来年は黛の家で行うことはないのだそうだ。些か疑問には思ったが母親がニヤニヤしながら報告してきたのを見て何かよからぬのことがあるのだろうと判断して素直に従っておくことにする。

 

道場に顔を出すと由紀江の顔は見つからず、鍛錬を終えてから母屋に顔を出しても奥方が出てくるのみで大成さんと由紀江は出かけているとのことだった。

 

大学に入って以来由紀江とは会ってないので土産話でもしながら話そうかと思っていたのだが……これは母親の反応から考えるに来年もこのような状況になるのだろうか?

 

俺、黛家の人々に何かやったっけ? などと首を傾げながら年末年始を迎え、家族のみでの団欒を過ごすのだった。

 

 

 

 

一誠が首を傾げている頃、大成は川神院にいた。

 

というのも由紀江が川神学園に入学することは確定しているので川神学園の学長も兼任する鉄心に挨拶をしに来たのである。

 

気が早いということなかれ。親からすれば娘の成長は早い。由紀江も後二年後には川神学園の生徒となってしまうのである。

 

道中、既に武神という名称で呼ばれている川神百代に対戦を望まれたが一緒に稽古をするということだけ伝えて対戦は控えて貰う。

 

大成としてはもし対戦するならば二年後入学する娘とやって欲しいと思っていたのでそれを伝えたところ快諾されたのだ。

 

そして現在、大成は鉄心と将棋を指しながら雑談に興じていた。

 

「ほ、中々の手だの」

 

「ま、これくらいはできなければ」

 

「えげつない手を打ってくる人間の言うことじゃないじゃろ」

 

「いえいえ、川神院の院長がそのようなことを言うものじゃないですよ」

 

にこやかながら微妙な空気を醸し出す二人。ふと鉄心が視線を盤上から大成へと向ける

 

「それで? 娘さんのことを頼みに来ただけじゃないのじゃろ? 本当の要件をいいんしゃい」

 

その言葉に苦笑してしまう大成。別段隠していたわけでも娘のこともついでではないのだが。

 

「いえね、あなたのお孫さんのことです」

 

「百代か」

 

「ええ、あの娘さんは危ういものを持ち合わせていますね」

 

「まあの。同年代で百代と張り合える者がおらなんで欲求不満に陥っておる。お前さんとこの娘は結構な力量と聞き及んでおるが?」

 

「ええ、まあ近い内に私を超える存在となるでしょう」

 

「なんと!? それほどの才か?」

 

その驚いた様子に苦笑が漏れてしまう。直系の娘である由紀江も確かに大成を超える才を誇り、居合いの腕も見事なものになっている。壁も超え、優れた剣術家と言って差し支えないだろう。しかしそれも彼には霞む……

 

「ええ、娘の性格上お孫さんと対戦を望むかというかと疑問ですが仮に対戦となった時はお孫さんを満足させられるだけのものを持っています」

 

それを聞いて安堵する鉄心。友人たちに恵まれたが故に戦いに対する欲求は緩和されているがなくなったわけではない。

 

「……けれど彼の異常な才に比べれば娘も霞んでしまう」

 

小声での呟きも優れた聴覚を持つ鉄心は捉えていた。

 

「ほう、彼とは以前儂もあったことのあるおぬしの秘蔵っ子かの?」

 

鋭い目つきで大成を見やる鉄心。孫娘の相手は優れた者であれば優れた者であるほどいい。

 

殆ど情報は入ってこなかったが以前、小雪という少女が縁で一度顔合わせをした少年は完璧な隠形を行っており、鉄心程の実力者でもその力量を測ることは難しかった。筋肉の付き方やふとした時の所作からかなりの実力者ではあると考えていたが……

 

鉄心がそう言ってみると大成は苦笑する。なんだか疲れたような笑みだ。

 

「既に私では彼に打ち勝つことも出来ません。黛の剣でないとは言ってもあそこまでの強者の剣は見ていてすがすがしいものがありますよ」

 

その言葉に瞠目する鉄心。剣聖と名高い黛大成がそこまで言うほどの者ならば百代の対戦相手として申し分ない。けれど続く大成の言葉に苦い顔になる。

 

「けれど、彼は娘の由紀江以上に争いごとを好みません。それに女性に自らの剣を振るうことも良しとしないでしょう。彼のことを漏らしたのは彼の情報をあなたに話すことでそれとなくお孫さんと触れ合わないようにして欲しいというお願いなのですよ」

 

大成から見ても一誠の剣は世に出るべき剣であると思う。けれど一誠の性格上それを望むかというと大成でも首を傾げる。恐らく、望まないだろう。だからこそ大成は釘を刺して置く意味もあって川神の地に来たのだった。

 

それからは苦い顔をする鉄心と苦笑する大成で状況は膠着し、将棋では油断した鉄心を大成が降した。

 

 

 

 

 

由紀江は一誠が大学へ帰るまで祖父母の家に宿泊していた。

 

女を磨くと決めた以上、川神学園に入学するまで一誠と会うわけにはいかない。本日は祖母に女性としての優れた所作を習っているところである。

 

和服の着付けに始まり、しっかりしていたと思っていた茶の入れ方に始まり、楚々とした佇まいといったことまでしっかりと教わっているのだった。

 

「お婆様! これはどうしたらいいのでしょうか?」

 

「はいはい、これはですね」

 

その孫娘の様子を見守る祖父はあの引っ込み思案だった孫がここまでの積極性を見せることになるとはと驚いている。

 

それも男の為にここまでするというのだから恐れ入る。素材がいいので妻も張り切っているが孫をここまでさせる男とはどういう男なのだろうかと祖父は思いにふけるのだった。



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橘天衣

 

 

一誠が大学2年生になるころ、黛の家を訪ねる女性が一人。

 

先日、『武神』川神百代に勝負を挑み、敗れた武道四天王である橘天衣である。自らの未熟を痛感した天衣は武者修行の旅に出て、幾人かの武道家と戦い、そしてそれを破って来た。

 

けれどそれは恐らく壁を超えた者と言える存在ではなく、武神程の脅威を感じなかった。その為に百代同様に壁を超えた者とされる剣聖に勝負を挑もうと黛家を訪れた次第である。

 

なれど剣聖は天衣を見てから対戦を拒否し、自らの娘である由紀江を対戦相手として用意してきた。

 

憤慨やまないのは天衣だ。

 

確かに自分は百代に敗れはしたが手加減の相手ともとれる娘を対戦相手として用意されては怒らない方がおかいしい。

 

 

 

 

天衣は即座に勝負を挑み───────そして敗れた。

 

 

 

そもそも剣聖ともあろう人物が生半可な対戦相手を用意するわけがないのだ。

 

それを察することが出来なかったのが天衣の未熟さだろうか。

 

「は、はは、はぁ……」

 

思わず落ち込む。今回のことで武道四天王の座は剥奪されるだろうし、それでなくともこれだけ年下の娘に敗れたのだ。

 

落ち込まないでいられようか。

 

こうなったらせめて自分の力を生かせる場所を求めようかと考えていたところ剣聖に呼び止められた。

 

「ああ、天衣君。よかったらこの住所の場所に住んでいる男と一緒に稽古をしてみるといい。彼も君と同じく速さを武器にする武芸者だからね。いい刺激になると思うよ」

 

そう言って手渡される一枚のメモ。そこにはとある住所が書かれている。大成氏からそのメモを受け取るときに後ろで先ほどの対戦相手だった娘があわあわと挙動不審になっているのがちょっと気になったが気にしないことにしてそのメモに目を通す。

 

手渡されたそれを見つめどうしようかと思案するが剣聖と名高い人の意見だ。素直に従っておくことにしようと考え黛の家を出た。

 

尚、黛家から一歩外に出た瞬間に偶々掃除の為に蓋を開けていた排水路に脚を嵌めることになり、黛の家の風呂場を借りることになったのは一興である。

 

 

 

「父上! なぜあの人に一誠さんの居場所を!?」

 

「いやなに、彼女は自身を無くしてそうだったからね」

 

「けどあれほどの美人が訪ねて一誠さんが彼女を好きになったらどうするんですか!」

 

「いやあ、多分大丈夫だと思うよ。今まで同年代の人と浮いた話の一つもない一誠君なんだから」

 

その言葉に呆れる由紀江。どーか一誠が彼女を好きになりませんようにと願うのだった。

 

 

 

 

_____________________________

 

 

 

 

大学の講義を終え自宅となるアパートに帰るといつぞやのように部屋の前に女性がしゃがみ込んでいた。

 

俺の家は女を呼ぶ魔性にでも取りつかれているのだろうか? 前例が一回だけとはいえ二度もこんなことが起こると疑いたくもなってくる。

 

しかも前回は小雪だったが今回は本格的に知らなさそうな同年代らしき女性だ。一応髪の色は小雪に似通っているがしゃがみ込んだ姿から推測できる範囲では小雪よりもいくらか背丈が高い。

 

溜息をついて頭をかくと意を決して女性に話しかけることにする。

 

「すいません。どうかしましたか? そこ自分の部屋なので何か用がないなら退いて欲しいんですが」

 

かけられた声にバッと顔を上げる女性。んー、顔を見た限りどこかで見たことある様なないような女性である。

 

「君が一誠くんかっ!?」

 

「あ、はい。一応この世に生まれてからそのように名乗っていますが……どちらさんでしょうか?」

 

「事情は後で言わせてもらう。だからすまないが……」

 

そこでくしゃっと顔を歪め、お腹に手を当てる女性。

 

「ごはんを食べさせてはくれないだろうか」

 

くぅー、と可愛らしい音がなっていた。

 

 

 

取り敢えず、という形で家にあげようとするとそれを断りどこか別の場所で食べるか公園のような開けた場所で食事にして欲しいとか言われてしまった。

 

個人的には外食はあまり好きではないし、先ほどの彼女の言葉から考えると一誠が金を出すことになるので出来れば一誠の部屋にある物で済ませたいと言ったのだが彼女は深刻そうな顔をして言ってきたのだ。

 

「実はな、私はとてつもない不幸体質なんだ。他人の部屋に入ろうものならその家に隕石が降ってくるくらいの……」

 

と返されてしまった。かなり胡散臭いがあまりに深刻そうな顔をしているのでしょうがなく近くの公園に行き、道中にあるコンビニで適当な昼食を買っていく。

 

尚、ここに行くまでに彼女の言っている不幸体質は確認出来た。彼女の身体能力故に避けていたが上空を飛ぶ鳥に爆撃を食らう回数が公園に着くまでに4回もあれば納得するというものだ。ここらへんは別段害鳥が多い地域ではないのにその回数というのだから納得せざる得なかった。

 

ボソボソとして大して美味くない菓子パンを食べながら横目に隣で結構な量の弁当三つを消費していく女性を見やる。

 

やや鋭い瞳は今は食事に夢中なのか弧を描いている。この食事も彼女が最初に取った弁当は全て消費期限が過ぎかけていたというのだから不運属性というのも筋金入り。

 

少々煩い蝉の声に辟易としつつも彼女が食事を終えたのを確認して一誠は彼女にここに来た理由を問いただす。

 

「で、流石に弁当三つも食べなきゃならない程困窮した人を放っておけなかった訳ですが、結局のところあなたは誰で、何が目的で自分のところに来たのでしょうか?」

 

それに対し目をぱちくりとしながら冷たい飲料水を飲んでいた彼女はペットボトルを置き、その問に応える。

 

「えーと、まずは私の名前からか。私の名前は橘天衣。目的は……剣聖の娘に敗れてな。その後に剣聖に君を訪ねてはどうかと勧められてここまで来た」

 

ふむ。聞いたことのある名前である。もはや忘れていると言ってもいいくらいに曖昧な原作の記憶の中で確か由紀江に敗れたというキーワードで検索をかけてみると確かにそんな名前があった気がする。

 

「うちの家の前で黄昏ていたのはなぜですか?」

 

その問にはギクッとしたような、むしろ聞いて欲しくない空気を滲ませながらもしょうがなく言ってやるよといった何とも言えない表情をしながら。

 

「君の家に着いたのは良かったのだが君が留守だったからな。待っていたんだが道中の疲れやら朝食を食べ損ねたやらで力が抜けてて……」

 

「そのまましゃがみ込んでいた……と」

 

一誠の言葉に首肯で答える天衣。一誠としては少々呆れが漏れるが言ってもしょうがないことなのでこの話題は流すことにして本題に移る。

 

「えーと、大成さんが俺を訪ねるようにとのことですが具体的に何か伺ってますか?」

 

それに対しては首を振る。聞いてみたところ稽古してみてはどうかとは言われたらしいがそれ以上の事は何も言われてないのだそうだ。取り敢えず稽古している時にまでその不幸体質は影響するのかと聞いてみたらそこらへんは不思議と大丈夫らしい。何ともわからん。

 

ここはとりあえず稽古の件は了承して鍛錬をいつも行っている場所と時間を指定して別れ……ようとしたら天衣に声を掛けられた。

 

「その、どこか泊まるにいい場所を教えて貰えないだろうか。ついでに持ち合わせがあまりないので格安で泊まれるような場所を……」

 

……拾ってはいけないものを大成氏に押し付けられた気分になった一誠であった。

 

取り敢えず小雪が以前来た時、今後も来るかもしれないと考えていたので近場の宿泊施設は殆ど調べてある。その中で一番安い宿に車で天衣を送り届け、諸経費として諭吉さん二枚を溜息交じりに渡して別れるのであった。

 

 

この後、一誠が大成に連絡を取り、送ってきた責任を取るという形で支払いを大成がしていくのはここだけの話である。



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二人で稽古

その日の夜、指定された時刻の指定された場所に向かうと既に一誠はそこに静かに佇み、天衣を待っていた。

 

昼間の蝉の鳴き声とは異なる虫の鳴き声が聞こえていたのに一誠がいる広場に足を踏み入れると先ほどまで聞こえていた筈の虫達の鳴き声がぴたりと止む。

 

いや、止んではいない。なのに一誠から発せられる静謐な雰囲気がこの場を支配し、天衣の耳に虫達の鳴き声を遠いものと感じさせている。

 

一先ず、その空気に呑まれないようにしゃんとしながら昼のお礼を改めて言う天衣。それに苦笑で返す一誠。

 

「さて、準備運動してからは俺なりの鍛錬の仕方をやろうと思ってたんですけど大丈夫ですかね? 一応大成さんに確認とって俺の自由にして良いって言われてるんですけど」

 

その空間に似つかわしくない間の抜けた一誠の声。この空間を作り出しているというのにその顔には何ら特別なことをしているようには見られない。恐らく本人に問い詰めても特別なことはしていないと返すのだろう。実際、一誠としては気を静め、鍛錬用ではあるが戦闘態勢へと姿勢を移行しているだけなので特別なことをしているといった考えはない。

 

天衣はその雰囲気に負けないように背筋を伸ばして一誠の提案に応える。ここで萎縮していては剣聖に勧められて彼を訪ねた意味がなくなってしまう。

 

「ああ、そちらの方法で構わない。私が頼んでいる身だしな」

 

「稽古だけでなく食費や宿まで頼まれましたけどね」

 

さらっと憎まれ口を言ってくる一誠。これにはしょげてしまう天衣。そのしょげた様子にまたも苦笑する一誠。不必要な筈の出費に少し憎まれ口をたたきたくなったが別段、同年代の女性を詰る趣味は持ち合わせていない。天衣にそこまで気にしてないことを伝えて準備運動に移る。

 

 

準備運動を適当に終わらせて対峙する二人。稽古の始まりである。

 

一誠は準備運動の時の慣らしでは真剣を用いていたが今回の稽古では万が一の時のことも考えて真剣と同じ長さの木刀である。

 

「えーと、自分の稽古のやり方としては試合した後に双方で動作や技に対する反省会開いてその後は反省点を考えた上での動きを意識した一人での鍛錬を予定しています。というか基本的に自分のやり方がこんなんだったんで他にやり方知らないだけなんですけど……それで大丈夫ですか?」

 

「ああ、それで大丈夫だ。ダメなところはしっかり指摘して欲しい」

 

「はいはい。橘さんも気になるとこあったら言ってくださいね。自分、大成さんに指導してもらったとはいえ基本的に我流なんで。そんじゃ、始めましょう」

 

そう言った瞬間に一誠の顔つきが変わる。

 

硬質な髪は一瞬にして逆立ったように感じ、柔らかかった眼差しは鋭い刃物を思わせる眼光を宿し、その身に纏う空気が鋼のような硬質な印象へと変わったように思わせる。

 

準備運動の時点で一誠の優れた身体能力を看破していた天衣は即座にその刃の領域から自らの得意な距離である近距離へと近づこうとしたところ一誠の方から近づいてきて天衣を驚かせる。

 

「言って置きますけど……」

 

自らの放った拳に木刀が斜めに合わせられ、滑る。

 

「自分、結構強いですよ」

 

それから先のことは黛由紀江に負けた時以上の衝撃を持って記憶に刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものか」

 

息も絶え絶えの天衣を見やり一誠は思う。確かに天衣は一定以上の強さを持ち、またその速度は誇って然るべきものを持っている。

 

けれども驚くべきことに天衣は気を用いた業や動きを行って来なかった。いや、今までの動きから考えると出来ないに近いのかもしれない。

 

一先ずの彼女の指導方針としては気を扱えるようになるといったものが優先度としては上位にあたるようになるだろう。どうなっても使えなかったら死の一歩手前になるような状況になるとこういったものは使えると聞くから真剣で切りかかってみるといったことも視野に入れておく。

 

一誠個人はこういったことは好かないが強くなりたくて大成の紹介で自分のところを訪れたのだからどうにかして力になってやりたいというのが一誠の本心である。

 

天衣の呼吸が落ち着いてきた辺りで本日の問題点を洗い直し、気を扱うための心構えや運用法を教えていく一誠であった。

 

 

 

 

双方の意見交換が済むとそれからはそれぞれの鍛錬の時間である。

 

天衣は一誠に指摘された動きを精査しながら横目に鍛錬をしている一誠を見やる。

 

中空を舞う刃。空を切る鋭い蹴り。樹に打ち込まれる壮絶な掌打。

 

それらすべてが弛まぬ鍛錬の成果であることがわかる。

 

四天王と謳われていた自分を容易く討ち果たした存在。

 

最速を自負していたが彼の速度には全く着いていくことが出来なかった。それを悔しく思う。

 

けれど、彼の指摘は同じく速度を武器とする者である故かとても参考になるものが多い。

 

彼を紹介してくれた剣聖に感謝をしなくてはと天衣は思う。

 

 

 

そしてそれぞれの鍛錬を終えた帰り道、いくら不幸体質だからと言って別々の方角でもなしということで一緒に帰ることになった二人。

 

そしてそこで天衣としては驚くべきことが起こった。

 

一誠との帰り道、一誠と別れるまでなんら不幸らしい不幸に陥らなかったのだ。

 

ちなみに一誠と別れてからはチンピラに絡まれた。撃退したが。

 

ここで気になったのが先ほどの一誠と昼ごろの一誠との違いである。

 

昼ごろは一誠と一緒にいても不幸な目にあっていた。けれど先ほどまでは彼と帰り道なんら問題なく歩いていれたのである。

 

なにかあるだろうと宿に着くと即座に一誠に連絡を取る天衣。

 

連絡を受けた一誠は考え込むと気付いた。先ほどまであって昼ごろ身に着けてなかったものを。

 

真剣である。

 

そもそも日本において刀とは神聖視されていた時期があるような単なる武器に収まらないものがある。

 

そして刀の中には守り刀というものが存在する。

 

古来から邪気や災厄を祓うものとして扱われてきた刀である。

 

まぁ、何が言いたいかと言うと先ほど持っていた真剣が作用したのではないかと言いたいのである。

 

事の真偽を確かめる為に翌日、試しに天衣に一誠が真剣を預けてみると不幸な目にあう確率が激減したというのであるから驚きだ。

 

流石に一誠の刀を譲るわけにもいかず、大成に事情を説明し守り刀になりそうなものを送ってもらい、それ以降は天衣は守り刀を肌身離さず持ち歩くようになった。

 

 

なお、これ以降人の部屋に上がっても大丈夫という認識が天衣の中で生まれたのかただ単に食費がやばかったのかはわからないが夕食を一誠の家に集りに来ることが起こるようになった。

 

 

 

そして天衣は一誠と一月ほど共に稽古を行い、満足のいく結果を出せたのか実家へと帰っていくのだった。




橘さんの話が以前のだと急いで書いたというのもあってなんだかなぁといった内容だと自分でも反省したので書き直して二話にした。

それでも尻切れトンボな印象が拭えない。


そして旅行行ってる間にあった感想の指摘(何故か今は削除されてた)を旅行から帰ってきてからプレイして確認して修正。もし返信がなかったから削除したのであったらごめんなさい。
旅行先にまでPC持ち込んでなかったから自分で確認出来たら返信しようと思っていたのです。
と言っても橘天衣のしゃべり方や性格については資料少ないし、いろいろやってくの面倒だしでこのままになりそうですが。


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いざ川神へ!

2009年3月

 

一誠は引っ越しの準備を始めていた。

 

これから向かうは川神の地である。前世においてこれまでに触れ合ってきた人物たちが出ていたゲームの地である。

 

そしてこれから原作開始のころとなる時期である。

 

にもかかわらず一誠は淡々と引っ越しの準備を始めていた。というのも別段今更興味がわかなかったというだけである。

 

以前の縁から風間に会うといったことが出来ればそれなりに嬉しいが、こと原作という意味でなら一誠はなんら思うところはないのである。

 

無印の原作における冬馬や準、小雪の関わっていた事件。その火だねとなる出来事に関して一誠は既に小雪を介して介入しており、小雪の頑張りもあって今のところ解決してはいないが冬馬と準、小雪が関わった事件は起こらないだろうと断言できる。

 

そうなってしまえば一誠個人としては無印からSやAの誰のルートの展開となろうと気にするつもりは無い。いや、大和の事は小雪の件もありあまり好ましく思ってないのでもし大和が由紀江と小雪に色目を使ったら全力を持って『彼女が欲しくば私を倒してみろ』をやってやるつもりではあるが……

 

その二人が関わっていないのであれば一誠としては自ら進んで関わるつもりはないのである。

 

とりあえず一誠としては今後、大成からの連絡で由紀江が川神学園に入ることになったのを伝えられ、定期的に由紀江の現状を報告するように言われているので由紀江と定期的に会話して現状を聞き、それ以外では普通に大学生活を満喫するつもりである。

 

引っ越しの準備を終えた部屋はすっかりと自らの色に染まっていた部屋とは趣を変え、無機質なものとなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

川神の地に到着し、新たな住まいとなるマンションの一室に荷物を持って入る。以前の部屋と異なり、かなりの広さを誇る一室である。しかも防音設備完備なのだ。まあ、それだけお家賃の方も跳ね上がったのだが大成さんが娘の事も頼むのだからとポンとお金を寄越してくれたのだ。

 

俺も親も断ろうとしたのだが場合によっては由紀江が泊まりに来るかもしれないから広い部屋に住んでほしいと言われては断りずらいというものだ。

 

由紀江は一人暮らしさせるには早いということで原作同様に島津寮に入るとのことだったが時には地元の者と話したくもなる時もあるだろうということで自分を無理やり納得させ、この話しを受けたのだ。受けたことでこの広い一室が手に入るとなればいい気分にもなるというものである。

 

以前の住まいから荷物を車に詰め込んでそのまま来たのだが、長時間の運転の疲れも見せず荷物を整理する動きも軽い。

 

鼻歌を歌いながら荷物の整理にいそしみながら一誠の川神での初日は過ぎていくのだった。

 

 

 

引っ越し作業を終えた一誠は取って返すように実家へと戻っていた。

 

新たな部屋を堪能したかったが由紀江も引っ越し作業を始めたと聞いては仕方ない。

 

力仕事が出来て、それでいて車も運転できる自分がいるのだ。ならば別に引っ越し業者を使う必要もないだろうと言ったところ大成も納得し、由紀江の引っ越しを手伝うことと相成った。ついでに言えば今回のことには関係ないが資格取得の一環として去年中型免許も一誠は取得している。

 

 

どうせ家具の類いは備え付けなので基本的には必要ないのでその内訳は衣料品や雑貨が多くを占める。そうであれば個人で引っ越しを行っても問題ないだろう。流石に家具も持って行くのであれば一誠も業者に頼む。

 

石川から神奈川まではかなりの距離だが一誠は大学に入ってから帰省をするときは運転の練習も兼ねて常に車で行き来していた。だから慣れっこである。高速を使っても半日以上かかるが、予定では朝からの出発なので休憩を挟みながらのんびり行く予定である。

 

実家で一泊した後に由紀江から引っ越しの荷物の準備が出来たと知らされる。

 

その連絡にはいはいと答えながら大学入学からの愛車を黛家へと運ぶ一誠。

 

一誠の車が黛の家の前に止まる。

 

後部座席とトランクを開けて段ボール詰めにされた荷物を入れていく。

 

女の子だから荷物は多いものと思っていたのだが予想より少ない。

 

場合によっては愛車を実家に預けてからレンタカーを借りてくるべきかと思っていたのだがそのようなことにならなくて一安心する一誠。

 

「それじゃ、行ってきますわ」

 

「それでは父上、行ってきます」

 

「ああ、寮の人に迷惑を掛けないようにな。一誠君頼んだよ」

 

「わかってますよ」

 

と結構あっさりとした親子の別れを交わして由紀江を助手席に乗せて車を運転していく。

 

目指すは川神の地である。

 

 

 

 

 

いくつかのパーキングが過ぎた辺りで休憩を取るために近くのパーキングに駐車する。

 

「そんじゃ、これから休憩な。20分くらい休憩時間とるからトイレなり適当な食べ物かってくるなりしていいから」

 

「はい、わかりました。何か軽食を買ってくるつもりですけど一誠さんは何か希望はありますか?」

 

由紀江が気を利かせて提案してくる。

 

「ん、それじゃタコ焼きでも買ってきてくれるかな?」

 

「たこ焼きですね? わかりました。それじゃ行ってきます」

 

と、財布片手にパーキングに小走りで駆けてく由紀江。その後ろ姿を見てしっかしいい女になったなぁと感慨深い思いにかられる。

 

一誠としては由紀江は妹のような感覚の存在だがあのスタイルと楚々とした佇まいやしっかりと教育された家事や作法などと言ったマナー関連。全てパーフェクトのような存在である。彼女を妻とする人物は果報者だろうと一誠をして思わせるほどである。

 

久々の再会を果たした時には原作の姿を知っていても驚いたものである。

 

しかしなんだか思考回路がオッサン化していないかと自分を戒める一誠。前世も含めると御年40を超える立派なオッサンである。精神年齢は環境に左右されるものである印象が強いのである程度若々しいつもりではあるが妙なところで妙な年より臭さを出してしまう一誠であった。

 

固まった体を解す目的で体操をしていると由紀江がたこ焼きの入った袋とペットボトルを二つ抱えて戻ってきた。

 

時間を見てみるとあれから20分経っている。

 

「そんじゃ、行きますか」

 

「ですね。けど今ここで食べなくていいんですか?」

 

「ん? 食べたいけど一気に食べるのもね。運転しながら食べさせてもらうよ」

 

「あ、そうですか。わかりました」

 

二人して車に乗り込み高速へと戻る。

 

渋滞しているということもなく比較的スムーズに進んでくれている。

 

「あ、由紀江。さっき買ったたこ焼き食べさせてくれ」

 

「はい!? さ、さっき自分で運転しながら食べるって」

 

「そりゃ運転しながらじゃ両手使えないから食べさせてもらうって意味に決まってるだろう」

 

車運転してる時は両親もそうやってたんだが一般的な方法ではないのだろうか?

 

「は、はい! わかりました! どうぞ! お食べください!」

 

「お、おう。ずいぶんと気合入っているな」

 

あまりの気合の入りようにビビりながら由紀江の手ずからたこ焼きを食べる一誠。

 

 

どこかちぐはぐな印象を受ける掛け合いをしながら一誠たちを乗せた車は川神へと無事、到着するのであった。



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入寮

 

島津寮への入寮は川神へ来るのに思ったよりも時間がかかってしまいそうなので明日へと持越しになることになった。

 

川神から加賀へ行くときは全く渋滞にも当たらず、問題なかったのだが今回はちょっとした渋滞に巻き込まれた結果として引っ越しの荷物を持って行くのには微妙な時間になってしまいそうなのだ。これは渋滞情報を見逃した一誠のミスである。

 

なので入寮が明日になることを島津寮に連絡しようとしたらどうだとサービスエリア内の喫茶店で紅茶を飲みつつと由紀江に言ってみると返ってきたのは

 

「あ、大丈夫です。そもそも入寮は明日だったので」

 

という言葉。一誠にはよくわからん名称の飲み物を飲んでいる由紀江を見やり、これはこの事態になることを予想していたなと思う一誠。

 

というか普通入寮日というのは決まっており、それに間に合わせるのが普通か……今まで寮というものに入らなかったから考えもしなかった。三月の終わりに俺がマンションに引っ越して、現在4月。入学式がすぐ控えている。

 

一先ず入寮に関することは大丈夫だったので今後の予定を話していくことになる。

 

「あ、今日は一誠さんのところで泊まらせていただくようにと父上が言ってました」

 

明日はどうするかといった内容を話し合っていたところ、一誠が今日の宿泊先を尋ねたところ返ってきたのがこれである。

 

黛家における一誠の信用度合がよくわかる。一誠としても別に問題ないとこれを了承。なんら気負うことなくこれを了承したのを見てちょっと凹む由紀江。ちょっとくらい照れたりしてくれてもいいのに。

 

 

由紀江を泊めるにあたって夕食をどうしようかという話になったときに一誠宅には今のところ食材らしい食材がないことが問題になった。昼がサービスエリア内でのものだったので流石に夜は自分で作ったものを食べたかったが由紀江には川神に慣れる意味も込めて外食でもいいかと一誠は考えていた。けれど由紀江が夕食を作ると言ったのでこれはありがたいと川神に着いたと同時にスーパーに車を止める一誠。

 

買い物籠を一誠が持ち、それにポンポンと必要な物を投入していく由紀江。その姿を見たご近所の奥様方はあらあらといった目で二人を見やる。息の合った動きはまるで夫婦のようにも見える。

 

夕食のメニューに関して言い合う二人は車に乗って一誠の住むマンションへと向かった。

 

駐車場に車を置き由紀江と連れ立って部屋に入る。新品と言ってもいい状態の部屋なのでまだ生活感の感じられない部屋である。

 

「それじゃ、料理が終わるまでそこで待っててくださいね」

 

「待ってるだけってのも暇だから何か手伝うことあったら言ってくれ。これでも一人暮らしも長いから料理は結構出来るから」

 

「いえ、今日のメニューじゃ手伝ってもらうようなことはないですね。テレビでも見て待っててください」

 

「へいへい、りょーかい」

 

といってもテレビなんぞニュース以外碌にみない一誠である。バラエティーなんぞ見ても特に面白いと思えず、さてどうしようかとなる。

 

ぼーっと料理をする由紀江を眺めていたらそのふりふりと揺れる尻に目が行ってしまう。

 

一誠も男だ。前世の死因から一部の女性に不信感を持ってはいても性欲の対象は普通に女性である。

 

その男を魅了しようとしているとしか思えない動きに知らず腰が浮きかける。

 

それを自覚すると一誠ははっとし、自らの太ももを抓る。

 

由紀江にまでこういった対象になりかけるとか本格的に俺終わってる、と。

 

 

 

一誠の熱心な視線を感じながら料理する由紀江は気が気でなかった。

 

兄のような関係の中で育ってきたがその落ち着いた様子や自らの為に色々と便宜を図ってくれた意中の相手が今まで一回も見せたことのない熱の篭った視線を送ってくるのだ。

 

これは覚悟をするべきなのかと思っていたらその熱視線は和らぐ。これには安堵していいのかそれとも残念に思うべきなのかと微妙な気持ちになりながら料理を仕上げ、二人で味わった。

 

 

 

翌日、島津寮の前に車を止めて由紀江と共に挨拶をしに行く。

 

既に連絡は入れてあるので麗子さんが出てくる。

 

その第一声が「あっら、良い男」というものだったが一誠はその言葉をスルーして由紀江と共に挨拶をする。そして由紀江の部屋を教えて貰い、本来ならば両手で頑張って持たねばならないような荷物をそれぞれ片手に持って階段を登って行く。

 

一誠が結構な量を運んでいくので由紀江は荷物の整理に集中出来た。といっても一誠が上がってくるので下着類ではなく普通の服や雑貨が中心であったが。

 

車の中にある荷物も由紀江の部屋に運び終え、下着類を除いた荷物の整理を一誠も手伝いかなり早い時間に引っ越しは終えることが出来た。

 

そこで一誠が帰ろうとすると麗子に呼び止められて三人でのお茶の時間と相成った。

 

聞いてみると今日は寮生の全員が何かしら用事があって出かけているのだそうだ。由紀江もこの寮で生活するということで積極的に現在の寮生のことを聞いている。

 

三人でまったりとお茶をしていると玄関の方で音がした。誰か帰ってきたようだ。

 

廊下をパタパタを音を立てているのが聞こえる。

 

「麗子さーん。寮の前に見ない車あったけどあれって誰の」

 

「よっ! 覚えてるか知らないが寮の前にある車は以前会ったことのある人のなんだな」

 

そこに、帰って来たのは頭にバンダナを巻いた男であった。



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入学

 

いやはや、島津寮に来て最初に出会ったのが風間で良かった。これが風間か源さん以外の面子だったら適当に挨拶して後の事は由紀江と麗子さんに任せてさっさと帰るところだったが来た相手が風間となれば話は変わってくる。

 

以前の縁もあるので、出来れば由紀江を此方になじませる手伝いをしてもらいたかったのだ。尚、こういうことに向いているだろう大和にそれを頼まないのかと聞かれれば、小雪の最初の頼みを断ったこともあってやや悪印象を持っているので選択肢に入っていない。小さいことと言うなかれ。可愛い妹のような存在が壊れる寸前だった時に突き放したのに対して良い印象を持てと言うのが無理な相談なのだ。まぁ、ただ交流する分には別に良いんだが交際したいとなったらブッ飛ばす自信が一誠にはある。

 

風間が部屋に入ってその姿を確認して話しかけたのだが風間は一誠の姿を覚えていないのか首を傾げてしまっている。

 

「んー? 会ったことあるって言われても心当たりないんだけど」

 

それも仕方のないことだろう。7年前の時に小雪とキャップと会ったとき、小雪はその後のごたごたもあって一誠が帰るまで一誠たちと一緒にいたが風間はあの一度きりなのだ。忘れられていたとしても仕方あるまい。

 

「覚えてないのも仕方ないな。ってことは改めて自己紹介したほうが良いか。これからここの寮にお世話になる由紀江の……まぁ、兄みたいなもんの石蕗一誠だ。よろしくな」

 

そう言った後に隣にいる由紀江にも目配らせをする。

 

「あ、本日よりこの寮でお世話になります。黛由紀江といいます。よろしくお願いします」

 

言った後に背筋を伸ばしてお辞儀をする由紀江。それに対して風間も挨拶を返して自己紹介をする。

 

双方の自己紹介が終えると風間もお茶の席に入ってくる。この寮の住人なのでなんとも簡単に馴染んでいる。

 

一誠の名前を聞いてからどこかで聞いたことがないかと考え込んでいるようだがたった一度の、それも何年も前の出会いを思い出すことは難しいだろう。それでなくともあのころの時期は彼らにとって椎名京や川神百代との出会いがあったのだ。一度出会ったことのある一誠のことなど忘却のかなただろう。

 

ふとそういった考えが浮かぶが今は由紀江を頼むのが先である。

 

「出会って早々ですまないんだがお願いをしても構わないかな?」

 

「ん? どうしたんです?」

 

「いやね、ここにいる由紀江はつい先日こちらに来たばかりでね。出来ればここらへんの地理に詳しい人に色々紹介してもらいたいんだ。それにこの寮にいるってことは君も川神学園の生徒だろう? 厚かましいかもしれないが学園で教えておくべきことなどがあったら由紀江に教えて欲しいんだ」

 

「それくらいなら別にいいっすよ」

 

何のためらいもなく了承する風間。隣では由紀江がそのような厚かましいお願いをなどと心配したり俺のお節介にちょっと不満げだったりと忙しそうに顔を変化させている。

 

「代わりにっちゃなんですけど俺からも聞きたいことがあるんですけどいいっすか?」

 

「ん? どうぞ」

 

「どれだけ思い出そうとしてもこう、なんか引っかかったように出てこないんですけど。俺、いつごろに会ったことあるんです?」

 

その言葉に苦笑する一誠。別に教えてもいいのだがどうしようか。

 

「んー、小雪に聞いてみたらどうだろう? それでわかると思うよ?」

 

その言葉にまた考え込む風間。いまも風間と小雪の間に交流があることは小雪経由で知っている。結局あの一件の後、小雪は風間ファミリーに入るのを見送り、風間個人との交流にとどめているようだ。

 

「あっ!」

 

と声がすれば風間が考え込んでいた体勢から勢いよく立ち上がり

 

「ユキの口からよく出てくる男の名前だ!」

 

と言うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後は特にトラブルらしいトラブルもなく風間とちょっとした話をして俺は翌日由紀江を迎えに来ることを伝え、改めて麗子さんに挨拶をしてから帰宅するのだった。

 

入学式は明日であり、入学式に来たいのにどうしても外せない用事が入ってしまった大成さんにお願いされて入学式の様子を動画と写真両方で納めてくるように言われているのだ。

 

まぁ、由紀江の入学式が楽しみでないかと言われば嘘である。すごい楽しみである。それは川神学園であるとか関係なく由紀江の成長を見てきた身としての楽しみだ。先日行われた由紀江の卒業式には一誠も参加して思わず大成とともに涙したほどである。翌年の沙也佳の卒業式も大成とともにビデオカメラ片手に号泣することが容易に想像出来る。

 

夕飯の食材を買い出しながら家に帰った後の準備するものを脳裏で確認していく一誠。

 

スーツはクリーニングから返ってきたものをクローゼットに収納してあるし、ビデオカメラとデジカメは充電をしなければならないだろう。

 

本来楽しみにしているのは由紀江だろうにそれ以上に楽しみにしていることを自覚している一誠だった。

 

まぁ、入学を果たしてしまえば原作内であったような大和を中心とした誰かしらの恋愛模様が繰り広げられるだけだろうから気にする必要はない。武神に関しても彼女の力を推し測る能力は原作を鑑みるに戦闘をしてない時はそれほど高い訳ではないだろう。それなら名の通った武芸者でない自分であれば隠形をしていれば川神学園に行っても何かされることはないだろうと楽観視している一誠。

 

夕食を終えて、竹刀袋に真剣を入れて鍛錬に繰り出す日課を終えて家に帰ればいい時間である。明日の入学式に備えてさっさと寝るのだった。

 

 

 

 

 

早朝、朝食を済ませて由紀江の待つ島津寮に行く一誠。シャキッとしたスーツ姿は180㎝という一誠の身長にぴったりと合い、精悍な印象をより強めるアイテムとして機能している。

 

そして今回は歩いて島津寮へと向かっていると二階の窓からこちらを覗き込んでいる由紀江が見えた。手を上げると窓から引っ込んでいく由紀江。今頃階段を下りてこちらに来るのだろう。

 

玄関が空いて川神学園の制服に袖を通した由紀江が出てくる。

 

「麗子さんに挨拶はしてきたか?」

 

「ええ、大丈夫です。それじゃ、行きましょうか?」

 

「ああ、時間的には余裕あるけどいい席座りたいし行こう」

 

「もう! 別に入学式なんてそう大したことないのわかってるのにまた父上に頼まれて撮るんですか!?」

 

「まぁね。それに大成さんだけじゃなくて俺も楽しみだよ。こんなに美人に成長した由紀江の成長の記録を撮るんだから責任重大だな」

 

そう返せばもう! 一誠さんなんか知りません! とそっぽを向いてしまう由紀江。とはいえ美人だなんだと褒めたからか僅かに見えるその頬はうっすらと赤みがさしている。

 

暫く歩いていると川神学園が見えてきた。そして校門に差し掛かったあたりで案内役の生徒に引き留められてしまう。

 

そう、由紀江だが俺が再三にわたって入学式くらい持って行くのを止めろと言ったのに魂だからと強情を張って真剣を持って来てしまったのだ。まぁ、持って行くなら行くで国からの許可証を持って来ているし警察の方にも事前に一誠が連絡を入れているので然したるトラブルになる、といったことはなく許可証と警察への確認などをして安全が確認されたことから生徒に解放される由紀江。それに対して一誠は思わず小言を言ってしまう。

 

「だから言ったんだ。ここは小さいころから由紀江を知っているような地元じゃないんだから、真剣なんていらんトラブルの素になるって」

 

「ですがこれは!」

 

「はいはい。魂な。ま、どうしても持っていたいってんなら色々対処の仕方ってもんがあるんだからあそこで生徒に声かけられたからって挙動不審になっちゃダメだろう」

 

「だ、だって知らない人に声掛けられたら緊張しちゃうに決まってるじゃないですか!」

 

「これからお世話になる先輩かもしれんだろ。いつもの稽古の時みたいにハキハキとしゃべれば大丈夫だって」

 

その言葉に顔を不安に歪ませてしまう由紀江。地元では少ないながらも友人を持てたが一誠が色々と手を回したが故に出来たという最初の経緯があってか由紀江は友人を作ろうとした時にどこかで一誠に甘えを出してしまう。頼られて悪い気分にはならないが地元以外では一誠の交友関係もたかが知れている。

 

「はいはい、ただでさえ真剣を見てクラスメイトになる人が怯えるかもしれないから頑張って友達作るんだよー」

 

投げやりに由紀江に言い渡すと保護者用の体育館入口へと入場をしていく一誠。もう一応とはいえ結婚できる年齢になったのだ。初めての場所での友達作りくらい自分で頑張れというものだ。

 

 

 

かなり早い時間に入場したからか最前列のかなりいい席をとることの出来た一誠は三脚を取り出してビデオカメラを設置し、片手にはデジカメを持って入学式が始まるのを待っていた。

 

そして入学式が始まってからはテンパって動きの堅い由紀江や入学式の雰囲気が伝わるように全体を撮って行く一誠。

 

入学式を終えると生徒達はその後色々と説明が待っているもので、手持無沙汰になって暇な一誠。

 

由紀江と一緒に昼をしたら午後からは大学の方で春セメをスタートするガイダンスが待っている。

 

適当な喫茶店に入ってからお茶をし、由紀江を待って昼を一誠の奢りで事前にメールで小雪から教えて貰ってたランチの美味しい店で済ませ、大学へ向かうのだった。

 

 

尚、スーツでそのまま大学へ向かったので大学からの友人には「もう就活か? ずいぶんと気の早いことだな」と言われてしまうのだった。



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ケーキ

 

四月も半ばになったころ。一誠は自分の取る講義も粗方選択し終え、本日は意図的に空けてある休日(一般学生や会社員的には平日)。そこで一誠が何をやっているのかというとケーキ作りだったりする。

 

基本的にハイスペックと言って良い一誠だがある意味欠点とも長所ともつかない癖が存在する。食事に拘りだしたら止まらないのだ。

 

前世においてもその癖は存在し、実家住まいで母は専業主婦だったというのにかなりの頻度で料理をしていた。この前世の経験は今を生きる時において一人暮らしの時にとても役立つものとなった。

 

で、現在一誠がハマっているのがお菓子作り全般である。大学に入学してから川神に来るまでの間は自分がとれる講義をフルで取っており、時間があれば資格の取得の勉強や講義の予習にレポートと忙しかった。

 

そして現在は結構余裕を持ったスケジュールにしており、一週間の内に大学に行く日は三日という自堕落と言ってもいい予定となっていた。

 

ここまで来ると資格の勉強やレポートなどに時間を浪費しても暇な時間というものは出てくるものであり、さてどうしたものかと思っていたところ目に入ったのが美味しいケーキの店を紹介している番組だった。そこでその店に行きたいという欲求でなく、ケーキ作ろうという思いが湧いてしまったが最後、近所の商店街に行って材料を買い漁り、美味しいケーキの作り方などの乗った料理本を買って今に至る。

 

元々料理を頻繁にしていたからか失敗するといったこともなく、気付けば三つのケーキをホールで作り上げていた。チーズケーキにイチゴのショートケーキ、チョコレートケーキである。作り終えてからはボー然としてそれを見てから自分はこれをこれから食べなければならないのかと思ってしまった。

 

別段一誠は甘いものは嫌いではない。しかしホールを三つも食べられるかと言われれば否である。しかたないので大学の友人に食べないかと連絡を入れると男の手作りケーキなんぞいらんという言葉が返って来た。

 

しかしこういったケーキは日を置いては美味しさが半減してしまう。大学の友人がダメとなると……甘いものと言えば女子だろうという考えから小雪に連絡を入れることにする。

 

「ケーキ作ったら作り過ぎたからいらないか? 食べるんならこれから切り取ったのを箱に詰めて持ってくんだが」

 

「え? 一誠の手作りー? 食べるよー」

 

と気の抜けた返事が返って来た。ついでに今は家にいないので学校に来て欲しいと言われる。小雪が食べるなら冬馬も準も食べるだろうと切り取ったケーキをそれぞれ一つづつ入れる一誠。だがまだまだケーキは残っている。由紀江は甘いものが嫌いでないがこんなに食べるだろうかと思考をめぐらすとそういえば島津寮の人々にもという名目であれば一気に消費出来るかという考えに至った。

 

「ケーキ作り過ぎたからこれから持って行く。寮の人たちと適当に消費してくれ」

 

「え? え? 一誠さんが作ったんですか? え? ケーキを?」

 

驚いたというより狼狽した感じの返事だったが、放っておくとまだ色々と続きそうだったのでそれ以上の返答を待たずに電話を切る。

 

小雪用のと由紀江用のケーキを入れた箱を手に持ち家を出る一誠。

 

距離の問題から島津寮に先に寄る。車で乗り付けてケーキが結構な量入った箱を持ってインターホンを鳴らす。

 

一応学校が終わっている時間だと思うが由紀江が寮に帰っているのかの確認を忘れてしまったので心配だったが階段を下りてくる音が耳に聞こえて来て安心する。土曜日に一誠のところに雑談に来た由紀江はクラスで友達がどうにか出来たのだとうれしそうに報告して来たので遊びに行っていたら麗子さんに渡していたところだ。

 

「い、一誠さん! ケーキ作ったってどいういう」

 

「ほい。なんか作りたくなってな。試食してみた感じ美味しいと思うからおすそ分け」

 

「あ、ありがとうございます。じゃなくて! 誰かの為に作ったとかじゃ」

 

「ないな。暇だったから作りたくなっただけだ。すまんが他にもおすそ分けしにいかなきゃならないんでこれでな」

 

「あ! ちょっと一誠さん!」

 

呼び止める由紀江の声を意図的に無視して車に乗り込む一誠。ケーキ作りというのが自分にあんま似合わないのはわかるが色々と追及されては堪らない。

 

車を走らせ小雪の待つ川神学園に行く。

 

学園の駐車場に止めるのはどうなのだろうと思ったがちょっとの間だけだからと自分を誤魔化して侵入する。

 

「ほ、ここに何の用じゃの」

 

車を止めてドアを開けたと同時にかけられた声。凄まじい速度で接近して来たのは感じることが出来たので別段驚きはしない。

 

「いえ、知り合いにケーキのおすそ分けをしようとしたらここに来てくれと言われましてね」

 

「なんじゃ、そんなことか。流石に部外者を校内に入れるのは準備がいるからの。その知り合いとやらを呼んでもらうことになるが大丈夫かの?」

 

「ええ。大丈夫です。学園内に車を置くのも気が引けてたので」

 

入学式の後、少し話す機会のあった鉄心さん。その眼光は鋭く、射抜くような光を湛えて一誠を貫く。

 

その眼光をそよ風のように受け流し、小雪に連絡を入れる一誠。

 

暫く待つと校舎の玄関口から小雪が駆けてくるのが見えてくる。

 

「やっほ! いっせー! その手に持ってるのがケーキ?」

 

その呑気な声に知らず口元に笑みが浮かぶ。小雪の問いに首肯し、箱を渡す。

 

「一応使い捨てのフォークは入れてあるからな」

 

「ありがと。あとごめんね。一緒に食べたりしたかったけど僕これからちょっと忙しいからこれで!」

 

一誠からケーキを受け取ると小雪はそう言って足早に去っていく。

 

あいつが忙しいって何だろうか? 忙しそうにしてる姿が想像できない娘なので中々見当がつかない。

 

「で、おぬしは帰るのかの? 暇なんじゃったらこの後川神院にでも……」

 

「用事は済んだので帰らせてもらいますよ。鍛錬の場所には困っていないので結構ですよ」

 

未だ残っていた鉄心の誘いを断り車に乗り込む一誠。入学式の後、再会してから直接的に百代の相手になってくれとは言わないが武神に実力を見られそうな機会をどうにか作ろうと画策されてて困り者である。

 

 

尚、ケーキの出来は上々だったようで小雪含む三人組からは後日お礼を言われ、由紀江からも感謝のメールが来た。結構嬉しかった。




イベントの確認の為にマジ恋やり直してたら大和たちがクラスで一泊してたのでそれをネタにして書いて、もう一度確認したら「春休み中に」という文字を見つけて凹みながら没にした。

時間空いた割に結構適当な出来になっているのはそれが原因ということにしてほしい。


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一誠宅にて

四月も残り一週間に差し掛かろうかという頃、一誠の部屋には由紀江が訪れていた。

 

「聞いてくださいよ一誠さん! 昨日先輩のクラスに転入生が来たらしいのですが、これが登校に馬を使うという凄まじい人でして、しかもこの人が寮のお隣さんになってしまったんですよ!」

 

土曜日。定期的に由紀江の生活を報告して欲しいという大成さんの願い通りに由紀江は土日のどちらかを一誠の部屋で過ごし、雑談に興じるようになっていた。本日も昼を一誠と共に過ごし、夕方頃には寮に帰るとのことである。

 

「ずいぶんとまぁ、風変りというのも憚られるような変人なんだろうなそりゃ」

 

「それが外国の方で、すっごい綺麗な方だったので余計びっくりしてしまいました」

 

「あー、日本を勘違いした外国人って感じなのね。しかもその勘違いを実現出来るだけの財力でもあるってとこか」

 

「綺麗ってワードに反応しないんですね」

 

「そりゃ、実質関わることないだろうしね。由紀江がお世話になるなら挨拶くらいはって思うけど、それ以上はどうだかなあ」

 

それに対し由紀江もそれはそうですけどと返す。先週は由紀江が料理をしてくれたので本日は一誠が由紀江に手料理を振る舞う番である。

 

由紀江は和食に精通しており、一誠は手広いがどちらかというと洋食に精通しているのがこの二人の料理の傾向である。

 

「それに、一応その転入生の情報も小雪経由で知っているにはいたしね」

 

フライパンの中でバターで炒められている米をお釜に入れながら言ってみると由紀江からの声が一時的に止まる。はて、何かトラブルでもあったのだろうか?

 

「その、小雪さんという方は以前一誠さんが関わったというこちらに住む方ですよね?」

 

なにやら探るように聞いてくるが別段探られて痛い腹があるわけでもなし、肯定しておく。

 

「そだよ? 今は川神学園の二年生だから由紀江の一つ先輩だな。紹介しようか?」

 

「い、いえ大丈夫です……その、小雪さんとは仲がよろしいのでしょうか?」

 

またも窺うように俺を見ながら聞いてくる由紀江。一体どうしたのだろうか。長年付き合いのあった兄貴分が自分の知らない女性と付き合いがあって拗ねているのだろうか?

 

「んー、まぁメールでのやり取りは続いているな。最近はケーキ届けに行った時に会ったくらいか? 結構お気楽な奴だから先輩後輩とか気にせず話せると思うぞ」

 

「そ、そういうことが聞きたいんじゃなくて……いえ、ありがとうございます……」

 

なにやら聞き取り難いくらいに小さな声で言われたが取り敢えず料理が完成しそうなのでまぁいいかと流すことにする。

 

本日の昼食は海上自衛隊のファミリーページで見つけたレシピを参考にしたパエリアと小松菜太巻きソテー、まぐろのカルパッチョである。結構美味しく出来た自信のあるもので、由紀江に味の感想を求めても結構好評なようである。料理を食べてからやや由紀江の表情が暗いのが気になったが聞いてみても大丈夫ですとしか返ってこなかったので気にしないことにする。

 

それからは現状の報告やら最近あったニュースに関することなどが話題となっていく。

 

どうにか由紀江の機嫌が回復したのを確認し、現状を聞き出していくとどうやら由紀江は風間ファミリーに問題なく入ることになったようだった。

 

原作ほどの緊張しいでも友達いないが故の松風というお友達もいないが、風間との縁や寮に顔を出した武神に気に入れられた結果そのように落ち着いたとのことだ。手料理を出したのもポイントが高いらしい。

 

なんともはや、人は変わろうと思えば変わるものである。

 

 

 

 

由紀江を送り出してから部屋で寛いでいるとインターホンが鳴った。

 

一体こんな時間に誰だろうかと確認をしてみると先ほど由紀江と話していた時に話題に上がった少女である小雪の顔がアップで映し出されていた。

 

「いっせー、ケーキのお礼持って来たから開けて―」

 

はいよとドアを開ければそこには三人の人影。小雪だけかと思っていたら冬馬に準も来ていたらしい。

 

「こんばんは、一誠さん」

 

「ども、ケーキ美味しかったっす」

 

そういってぺこりとお辞儀をする二人。小雪は二人を残してさっさと俺の部屋に上がり込んでいる。

 

「はいよ。美味しかったってんならよかった。小雪も上がっちゃってるし、どうぞ」

 

二人も迎え入れ、人数分の座布団を取り出す。

 

まぁ、小雪だけは座布団に座らず俺のベッドで横になっていたが。

 

「あ、これお礼の品です。病院の患者さんから評判のお店と聞いた場所のものなので不味くはないと思います」

 

「若、その言い方はどうかと思うんだが」

 

「いやいや、嬉しいよ。中身はお茶菓子かな?」

 

「ええ、季節のフルーツのタルトだそうですよ」

 

その言葉にそりゃ美味しそうだと返し、包丁と皿に飲み物を用意する一誠。小雪のことなのでここでお茶してく気満々だろうから中身は四切れ入っているのは予想がつく。

 

箱を持ってみた感触からもその予想は間違っていないだろう。

 

「お、こりゃ美味しそうだ」

 

「僕が選んだんだから当然だー!」

 

先ほどまでベッドに寝転んで枕元に置いてあった文庫本に目を通していた小雪が口を挿む。まぁ、選んだのが小雪というのは容易に想像が着く。買う時に冬馬にごねて別々の種類のケーキを四つにし、自分も一誠の家で食べたいといった姿が目に浮かぶというのだから小雪もわかりやすい性格をしている。

 

小雪の言いように苦笑し、中にあった四つのケーキを小雪に見せながらどれがいいのか選ばせる。冬馬と準は小雪の言い様に一誠と同様に苦笑している。

 

四人全員にケーキがいきわたると一誠が紅茶を淹れてそれぞれの前にティーカップを置く。ケーキに合うかはわからないが一誠のお気に入りのレディグレイである。

 

それぞれがケーキの感想を言い合ったり、交換したりしながらゆったりとした時間が流れる。冬馬も準も最初の頃はどこか遠慮した空気を纏っていたが小雪の活躍でそういった壁は取っ払われている。

 

「そういえば、不正の証拠の収集は捗っているかい?」

 

ふと思い出したかのように一誠が冬馬に向けて問いかける。

 

不正の証拠……原作における葵冬馬が自暴自棄になり、川神に住む人々を巻き込んだ事件にまで発展した原因である父の不正な証拠の数々である。

 

一誠は小雪から二人が落ち込んでいるという相談を受けた時に色々と介入し、電話口で相談に乗ったり小雪が彼らを叱りつけるなどの活躍をした。現在、冬馬はしっかりと親の保護がなくとも生活できる基盤を得てから逃げようのない証拠の数々を得て、告発するという方針を固めている。

 

その為に多くの不正の証拠を収集し、不正に関わっていた人間の洗い出しをしている最中だ。

 

「ええ、そちらの方は順調ですよ。しかし、あなたも無理を言いますよね。自らの親を追い詰める為の手段を言った後に『告発した後はどうしたって色眼鏡が掛けられる。だから今のうちのイメージ戦略は大切だ。クリーンな印象を周りに植え付けとけ。欠点の一つ二つは表に出しといた方がいいぞ。その方が人間味があって周りからの好感に繋がる。ついでに親の油断を誘えそうだったら油断を誘ってより情報を集めとけ』ですからね」

 

よく昔言ったことを一言一句違えることなく覚えているものだと感心してしまう一誠。二度目の人生なので幼少時から聡明であると言われてきたが元々のスペックが違うのか目の前の天才と自分は別物なのだと納得してしまう。

 

「ま、今は潜伏期間だろ。その間に蓄積されていく不正の証拠の数々で君の親は逃げ場を失っていくわけだ」

 

「おお酷い。本人を目の前にして言うことですかね。ぞくぞく来ちゃいそうですよ」

 

その言葉にこれくらいでへこたれるタマじゃないだろと返しながら最後の言葉にびくびくする一誠。流石に一部の女性に不信感を持ってようと男に走る趣味は持っていない。

 

「むー、トーマ! 一誠は僕のなんだからね!」

 

と小雪が横から抱き着いてきて言う。む、胸が当たっていて何を言っているのかわからないくらいに思考が乱れてしまう。妹! こいつは俺のなかで妹だから!

 

「ええ、わかっていますよ。ユキの恩人にそのようなことはしません」

 

「若も表に出す弱点ってのがこれじゃなけりゃなぁ」

 

準が冬馬の性癖についてぼやいているが一誠もそれには全力で同意したい。

 

男と男とか非生産的すぎる。

 

 

 

 

どうにか三人が部屋を出ていくと夕食の時間帯となっていた。

 

由紀江と寛いでいたときはかなりリラックス出来ていたのに小雪たち三人が来てからの疲労度合がすごい。主に葵冬馬一人の手によって齎されたのだが……

 

なんだか精神的にどっと疲れた一誠はトボトボと鍛錬の為に家を出ていくのだった。




地味にいつも悩むのがサブタイトル。結局適当につけているけど。一話とか二話とかにしとけばよかったと後悔。けど自分がその話でなにやったか忘れるからこれでいいや。

尚、作中で出た料理は実際に海上自衛隊のホームページに載っています。
結構手軽に作れるのでおすすめ。

紅茶も作者が大好きな銘柄です。


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福引

商店街で買い物をしていると現在商店街でやっているらしい福引券を貰った。

 

さて、これをどうしようかと悩む。昔からこういったクジやら福引やらの類いは基本的に良いものを当てた記憶がない。こういったものが得意だったのは前世では年の離れた妹の独壇場だったのだ。その経験故か、一誠は個人的にこういったものを知り合いに譲ることが多い。

 

大学の友人に渡すのは、と大学の友人達の顔を思い浮かべていき却下することにする。他に残るというとこれに喜ぶのは麗子さんあたりだろうか? だからといってこれを渡すためだけに島津寮に顔を出すのもなぁ。

 

商店街をエコバック片手に歩いていると目の前に白い髪の知り合いの背中が見えた。これは丁度いいというものである。

 

「よ! 丁度いいところにいてくれたな」

 

「ん? 一誠じゃん。どうしたの?」

 

小雪の隣にまで急いで行き声をかけると呑気な声が返ってくる。

 

「いや、福引券貰ったんだが俺はこういうのに関しては運がないんでな。よかったらこれ受け取ってくれないか?」

 

そういって手に持つ福引券を差し出す。小雪は特に躊躇することなく受け取り

 

「福引やってるのって確かこの先だよね? それじゃ一緒に福引いっちゃおうよ!」

 

と一誠の手を取って走り出した。おいおいいきなりすぎやしないかと思わないでもないが小雪だから仕方ないかと呆れつつ歩調を合わせる。

 

商店街の一角。福引をやるためだけに特別に誂えられた一角で主婦の方々が福引券片手に並んでいる姿が見えてくる。

 

残念賞のティッシュも何だかんだで役に立つからか結構並ぶ人は多い。

 

「おおう……結構並んでるんだね」

 

「そらしゃーない。丁度スーパー辺りで半額とかの値札が貼られる時間帯だからな」

 

「でもでも、福引券って溜めてから一気に使うのが普通だと思う!」

 

「そんなもん人それぞれだろ。俺らは今回普通に貰った分を使おうとしてるんだし」

 

「一誠はこういう時に気の利いた一言が出てこないよね。これからこの列に並ぶ乙女に何か一言!」

 

「おつかれ。ま、この後俺の部屋にまで着いて来るってんなら実家から送られてきた食材使って飯作ってやんよ」

 

「おおう……ちょっと想定外の一言が出てきたけど嬉しいお誘いだからついていくことにする!」

 

きちんと両親に連絡入れておけと忠告してそれなりに動きのある列を詰めていく。

 

列に並ぶ隣で小雪は携帯電話を取り出して家に連絡を入れている。その表情は明るい。

 

ふと気づくと現在福引を行っている人物の頭にある特徴的なバンダナが視界に映った。はて、風間が一体このような場所に何か用があるだろうか? まぁ、福引をしているのだろうが持っている福引券の数が多いのかかなりの回数ガラガラを回している。

 

「うおおおおおおおおお! 俺の豪運よ! 今こそ吼えろおおおおおおおおお!」

 

年甲斐もなくそんな発言をしているので他人の空似ということもないだろう。原作知識とかもう完全に忘れているのだがこの時期に何かあったっけ?

 

風間がかなりの速度で回していたガラガラを止める。そして出てきたのは銀色の玉。

 

大当たり―! と福引を担当していた商工会の人がベルを振って祝福する。どうやら二等が当たったらしい。

 

「二等だって! やっぱ運いいよねーキャップって」

 

隣でそう言う小雪。関心している場合ではない。出来れば小雪にも良いものを引いて貰いたいのだ。実用品が当たったら交渉して一誠の部屋に置かせてもらいたいという下心もあるのでしっかりしてもらいたい。ガラガラの前でちっくしょー、一等じゃなかったかーなどとのたまいながら商品を受け取り去っていく風間を見ながら思わず思ってしまう。

 

風間が去ってからは大量の福引券を使用するといった人は現れず、あっさりと小雪の番が回ってくる。

 

商工会の人が小雪の手渡した福引券を手に持ち、小雪に福引の回数を告げる。

 

商品の一覧を見てみると残っているのは一等に二等、あとはいくつか目ぼしい商品が残っているといったところ。出来れば四等の掃除機がもらえたらうれしいといったところか。二等は二つ用意してあったようで風間が取った分が差し引かれ残り一つとなっていた。

 

「一誠応援しててね! 僕頑張るよー」

 

「おー、がんばれー」

 

かなりの棒読みである。別にそこまで期待しているわけではないのだ。

 

一回目はティッシュに終わり、少し落ち込む小雪。こいつは感情が顔にストレートに出やすいから見ていて飽きない。

 

もう一回! と声を上げながらガラガラを回す小雪。そこで一誠は見た。ころりと落ちてくる玉の色を。

 

まるでスロー映像のようにゆっくりと落ちていくように見える銀色の玉。思わず愕然としてしまう。いくらも時間を空けずに二等が当たるなんて……

 

大当たり―! の声が響き渡り商工会の人も思わず何度か確認してしまう程だったが無事二等の箱根への団体旅行券を受け取る小雪。

 

「へっへーん! どうだ!」

 

と胸を張りながら自慢してくる小雪。思わず頭を撫でてしまう。

 

「よーくやった! 流石にそれを俺が貰う訳にはいかないから小雪が行きたい人達と行ってきな」

 

その言葉に疑問符を浮かべる小雪。

 

「何言ってんの? 僕が一緒に旅行に行くとしたら一誠と冬馬と準に決まってるじゃん」

 

お前こそ何を言ってるのかと問いかければ、小雪たちの所属する2-Sでこういった旅行に行く人はいないだろうとのこと。

 

そういえばお坊ちゃんやお嬢様のいるクラスだったねSクラス。他に誘う人はいないのかと聞いても親達はGWも忙しいだろうとのことなので最大10名の団体旅行券をたった4人で使うという勿体ないことをすることとなってしまった。

 

行きはやっぱ電車なのだろうか? あそこらへんは前世での実家が近かったこともあって車が必要じゃないかと思ってしまう一誠だった。

 

 

 

 

 

小雪と一緒に夕飯を共にし、流石に彼女を一人で返すのは不味いだろうということで車で実家まで送っていく一誠。

 

送り終えてからそのまま鍛錬に直行し、汗を流してから家に戻ると由紀江からメールが届いていた。ずいぶんと珍しいことである。寮と一誠の部屋はそこまで離れていないので何かあれば直接部屋に来るのだが彼女からメールが来るとは……

 

メールの中身を確認してみると箱根旅行に行くことになったのでお土産は何がいいかというものと明日以降は旅行の準備に忙しいので一誠の家に行くのは旅行を終えてからという内容だった。

 

そのメールに一誠は自分も箱根旅行に行くことになったので土産はいらないと返して就寝するのだった。

 

 

 

 

 

 

尚、翌日の一誠の携帯には由紀江からの理由を問い詰めるメールが結構な量来ていたのは余談である。

 

事情を説明したらこちらの旅行に同行したいとか言い出したのでそれを諌めるのに苦労したのもまた余談である。




今更ながらに気付いてしまったこと。
マジ恋Sの公式HPでは由紀江の妹は2歳下という記述があるがA-1での沙也佳ルートでは大和が三年の時に一年として入学している。
二歳下なのに一学年下として入学している……あれ?
誕生日も由紀江10月の沙也佳4月……あれ?

とりあえず、この作品では沙也佳は由紀江と二歳差ということにしておきます。


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箱根へ

 

GWに入るころ、一誠は旅行の準備を終えて車で三人組を迎えに行っているところだった。

 

旅行が決まってから交通手段などを相談していった結果、一誠の車で行った方が箱根でも色々な場所に行けて便利だろうという結論にいたったからだ。一誠としては帰りに色々な場所に立ち寄れるからという見積もりもあったりする。前世であった美味しいカレー屋がこちらでも存在しているか確認したらあったので最終日の夕食はそこのカレー屋と勝手に決めていた。

 

大学生の一人暮らしならば軽自動車でいいだろうに一誠の愛車は五人乗りの普通車だ。今回のような四人での旅行には丁度良い広さと言えるだろう。むしろ軽自動車だったら今回の旅行も由紀江の引っ越しも通常の手段を取っていたと思われる。

 

三人に指定された駐車場のある公園に着くとしっかりとそれぞれが自分の荷物を持って一誠が来るのを待っていた。

 

「それでは、これから三日間お世話になります」

 

「運転よろしくー!」

 

「お世話んなります」

 

三者三様の対応で車に荷物を詰め込んでから乗り込んでくる。

 

「あいよー、そんじゃこれから三日間皆様のご案内兼、運転手を務めさせて頂く石蕗一誠でございます。これからもどうぞよろしくおね」

 

「そんなの良いからさっさとしゅっぱーつ!」

 

旅行に行くのでガイドの真似事をしようとしたら小雪にぶった切られてちょっと涙目の一誠。溜息とともに車を発進させる。

 

特に交通法規を破って警察に追っかけられるといったこともなく順調に車は高速に乗って箱根へと進んでいく。

 

途中にあった休憩所でソフトクリームなどを買い食いしながら箱根での予定を話している。

 

「今日は箱根着いたら自由行動でいいんだよね?」

 

「ええ、初日から色々見る必要もないですしね」

 

「宿に着いてからは近くを散歩したり宿の中にあるらしい卓球なんかで遊んだりしてればいいだろ」

 

「ま、俺は温泉に直行するけどな」

 

運転で疲れた体に温泉はとても染み入るだろう。元々温泉好きだった一誠としては前世の故郷に近い場所ということもあって普段以上にリラックスして風呂に入れる自信がある。

 

「一誠ってばおじさんみたいなこと言うね」

 

小雪の一言がぐさりと胸に刺さる。年齢的には4つ離れた学生の一言がここまで突き刺さるとは……まぁ、地味に風呂の後のビールを最近楽しみにしてたりするからオッサン化が進行していると自覚し始めているのでその発言はとても正しい。多分風呂に一時間入った後に風呂の近くにマッサージでもあればずっと入っている気がする。

 

もう下手なこと言わない! と心に決めて運転に集中するのだった。

 

 

 

 

 

宿に到着すると同時に携帯にメールが届いていたので中身を確認する。

 

三人組は各々が荷物を持ち出しているのでちょっと返信するくらいの時間はあるだろう。中身を見てみるとこれまた先日と同じように珍しくも由紀江からのメールだった。

 

自分たちは今電車内だがこちらは今どこら辺にいるのかといった確認だったので、先に着いたということをわかりやすく伝えてやろうと悪戯心を発揮し、三人を呼び寄せる。

 

「着いた記念に写メ撮ろうぜ! これから他の団体客も来るらしいがそいつらより早く着いたって自慢したいからこの写メ送っていいよな」

 

その言葉に三人とも若干呆れたような顔をした後に了承してくれた。

 

「これから来るという団体と知り合いみたいですが僕たちが知ってる人達ですか?」

 

四人並んで宿の前で写メを撮った後、メールに添付して送信している最中に冬馬からこのような質問が来た。

 

「ん? まぁ、知り合いじゃないかな? 君らと同じ学年の仲良しメンバーだよ。風間ファミリーっての」

 

「というと大和君たちがこれからこちらに来るということでいいんですかね?」

 

「ああ、と言っても俺の知り合いはその中で一人二人程度だけどね。会ったら挨拶しときゃいいでしょ」

 

そういったやり取りをしていると小雪が我慢できなくなったのか一誠の手を取り宿へとズンズン進んでいく。

 

その行動に男子達は苦笑して荷物を持ってその後を追うのだった。

 

 

 

 

一誠に確認用のメールを送ったところ、すごく楽しそうな顔をした一誠・その一誠の腕にしがみ付いた笑顔の綺麗な女性・知的な雰囲気溢れる男性・禿頭ながら穏やかな雰囲気を纏った男性の四人が並んで宿の前らしき場所の前にいる写メが送られてきた。

 

思わずその写メを見た由紀江は叫びそうになったほどだ。

 

この女性が小雪という人か。綺麗だ。しかも自分と違って明るい性格をしているのだろう。一誠への好意がストレートに行動に出ているようだ。

 

「んー? どうしたのまゆっち。携帯握ってそんなプルプル震えて」

 

一子のその声に自らがかなり強い力で携帯を握っていたことに気付く。危ない危ない。これで携帯を壊してしまってはもったいない。

 

「い、いえ。そういえば今回のキャップさんが当ててくれた旅行券のもう一つを当てた方は既に宿の方に到着しているらしいです」

 

奮える手をどうにか意志の力で抑え込み、先ほどのメールから読み取れたことを伝える。

 

「あれ? 旅行券ってもう一つあったんだ。というかそれ当てたのってまゆっちの知り合い?」

 

「ええ。みなさんは会ったことないかもしれませんがとても面倒見のいい人ですよ。今回は知り合いと一緒に来ているみたいで写真を送ってきました」

 

その声に一子以外の同席していた二人も話に入ってくる。

 

「まゆっちの知り合いか。どういった関係の人なんだ?」

 

「え、えっと兄のような人ですかね。遠縁にあたる人で、大学に入るまでは家の道場に通っていた人です」

 

由紀江の言葉にへぇ、それじゃあ結構強い人なんだなと呟くクリス。その言葉に実際は私より凄い人なんですと応えたいが一誠本人の希望によってそういった事は口止めされている。

 

「ねねまゆっち、その写真っての見せてもらってもいい?」

 

一子のその言葉に素直に添付された写真を見せる由紀江。しかしその画像を見たところ一子の表情が変わる。

 

「これ隣のSクラスの人たちじゃん。この見たことない人がまゆっちのお兄さん?」

 

「え、えっと厳密には兄ではないのですが……」

 

むしろ兄であっては困る人なのだが……そういった思いを声に出来る訳もなく、話は勝手に進んでいく。

 

「ねえ大和。葵君たちがこれから行く宿に先にいるらしいよ?」

 

由紀江の携帯を持った一子が男子達の座っている席に行き画像を見せながら報告する。その画像を見て目を見張る大和。

 

なんでだと問いかければ一子から事情を説明されて納得する。しかし妙な偶然もあるものだ。先日の賭け事では勝敗としては五分五分だった相手が旅行先にまでいるとは。

 

「おいおいおい。Sクラスの可愛い娘がいるじゃんよ。隣に余計なのもいるけど」

 

一子が大和に見せていた画像に映っていた小雪を目ざとく見つけた岳人が言ってくる。

 

「ちょっとよしなよ岳人! 旅行先で変なトラブル起こさないでよ」

 

岳人の反応に思わず注意を入れるモロ。尚、こんな時でもキャップは徹夜の疲れが癒えきれず、周りが騒がしい中熟睡していた。

 

 

 

 

 

 

「ふー、いい湯だ」

 

部屋に案内されてから温泉に直行し、一誠は1時間半ほどを風呂場で過ごしていた。

 

由紀江たちが来るまで1時間ほど前のことである。



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暇つぶし

 

 

温泉から上がり、風呂場の近くに備え付けられた休憩所にトランクス一枚で座り込む。風呂から出るときは常に水のシャワーを浴び、暫くは外気にさらすのが温泉に行ったときの一誠の癖である。

 

近くに置かれている自販機の中からビールを買い、風呂上りの至福の時を過ごす。この後車を運転することがないからこそ出来る行動である。買う直前に由紀江の迎えに行ってやるべきかとも思ったが彼らはかなりの大人数だ。ピストン輸送するよりもみんなで仲良くバスで移動した方がいいだろうと考えなおして二缶目のビールに手を出す一誠。

 

適度に飲んだ後、宿に備え付けられていた浴衣を纏って外にでる。精悍な印象を与える一誠だが落ち着いた雰囲気故か、こういった和装が妙にしっくりくる。

 

通路を歩く足取りはしっかりとしており、少し赤みの差した顔以外にアルコールを摂取した様子は見られない。前世でもいくら飲んでも少々陽気になるだけで弱くなかったが、この世界に生まれてからは北陸の生まれ故か前世以上に酒に強くなっていた。

 

気分よく自分達の割り当てられた部屋に戻る。元々団体客用の部屋だからか異常に広い部屋に通されてしまい少々気おくれしてしまうがしょうがない。

 

「おーす。いい湯だったぜえ」

 

「やはり温泉地の温泉は違いますかね?」

 

部屋で一人、文庫本を読んでいたらしい冬馬が反応を返す。

 

「ま、各地でそれぞれ入った感触違うからなんとも言えんがいい湯であったことは断言してやろう」

 

冬馬からの投げかけに投げやりに応え、編み込みの成されたゆったりとした椅子に座る。眺めもそこそこ良いものであり、前世で過ごしていた地元を思い出させる自然が目に映る。

 

「そいや残り二人はどうした? 近くの散歩コースでも行ってんのか?」

 

冬馬に聞いてみると二人して近くの川の方へ遊びに行ったとのこと。

 

多分小雪が行きたいと言って準が引率役でついて行ったといったところだろう。

 

その言葉を聞いて思わず苦笑してしまう。その俺の顔を見て思っていることがわかったのだろう冬馬も同様に苦笑している。あいつはしっかりし始めているのにどこか子供っぽいときがあって放っておけないのだ。

 

「行くか」

 

「ええ、二人だけで川に居てもどうかと思いますしね」

 

「ついでに釣り道具とか持ってくか?」

 

「それは明日でいいでしょう。そこまで時間があるわけでもないですしね」

 

それもそうかと返し二人連れ立って宿を出ていく。流石に浴衣で川までいくのは不味いということで一誠はしっかりと私服であるワイシャツとスラックスに着替えた。

 

冬馬と二人、連れ立って歩いていて川沿いをいくと二人の姿が見えてきた。小雪が川を覗き込んでいるのを準が諌めているといった状況か。実際に今回の旅行まで小雪以外の二人と触れ合う機会はそこまでなかったが、今回の旅行を通して準の面倒見の良さがよくわかる。

 

ふとした瞬間のサポートといえば良いのだろうか。補佐をするいった行為に慣れているためか一緒にいて気楽なのだ。

 

問題点として重度のロリコンであることを抜けば、という注釈が入ってしまうのが残念でならない。

 

「おーい、二人とも。どうせ明日釣りに来るって予定だったんだから今日川来る必要ないだろうに」

 

少し離れた場所から声を掛けるとその言葉に反応した小雪がこちらを振り向き

 

「だって暇だったんだもん! 一誠はすぐに温泉行っちゃうし! 冬馬は本読み出しちゃうし!」

 

と言ってくる。理解できないでもないがそれで川に行くようになるのかね。

 

暫く川辺で雑談した後に宿の近くに散歩コースがあるからそこに行こうという話になった。まぁ、夕飯までの時間つぶしには丁度いい時間だったので全員了承し、散歩と相成った。

 

のんびりと新緑の中を歩く。まだ五月に入り始めということもあって花々も咲き誇っており、目に優しい色を提供してくれている。

 

大学に入ってからはこういった自然とは縁遠い場所に住んでいたこともあって妙に落ち着く。やっぱ人間癒しがないとだめだね。

 

 

 

 

 

 

暫く散歩で時間を潰してから宿に戻るとどうやら由紀江たち風間ファミリーが到着しているらしかった。宿のロビー近くにあるお土産を置いてある一角に由紀江がいた。

 

「よっ! もう着いたんだな」

 

「あ、一誠さん! はい、結構前に着いたんですけど一誠さんたちがいなくてちょっと探しちゃいました」

 

「そりゃ悪いことしたかな。暇だったから近くの散歩コース行ってたんだ」

 

といった会話を由紀江と繰り広げていたら後ろに控えていた冬馬が会話に入ってくる。

 

「失礼ですが、こちらの方は?」

 

と聞かれ、そういや直接の知り合いが誰かといったことは言ってなかったかと思い至る一誠。

 

「妹みたいなもんだな。黛由紀江。君らの後輩にあたる」

 

「こ、こんにちは! 若輩者ですがよろしくお願いします」

 

顔をガチガチに固めてそんなことを言った由紀江だが、この程度で冬馬は引いたりすることなく。さらりとこちらこそ、と言って自分たちの紹介を済ませてしまう。

 

「もしかしたら今後の予定が被るかもしれませんが、一緒になった時はよろしくお願いしますね」

 

と由紀江に微笑む。相変わらずこういった動作が様になるのだからモテて、それを有効活用できる男は違うものだと穿った見方をしてしまう一誠。自分だったらこういう行動できるのは知り合いに限るという注釈が着いてしまうだろう。知り合いでもさらっと微笑みを浮かべてこういう言動が出来るかと言われると微妙だが……

 

「そんじゃ、風間ファミリーだっけ? 仲良しグループでの旅行楽しんでな。俺らは俺らでまったり楽しむわ」

 

と片手を挙げて去ろうとしたらワイシャツの袖を由紀江に握られて引き留められる。握っている張本人はちょっと表現しがたい顔をしているので何かしら相談したいことがあるのだろうと三人を先に部屋に戻るように言う。

 

ちょっと小雪が不満げな視線を寄越してきたが苦笑を返すと仕方ないかといった表情をして部屋の方に行ってくれた。

 

さてはて、一体何の相談なのやら……

 

 

 

取り敢えず落ち着いて話の出来るところを、ということで休憩所のようになっている場所に座る。

 

「で? なんか不安なことでもあったのか?」

 

その言葉にびくっとなる由紀江。はて? そんな怯えるようなことでもあったのだろうか。

 

「ええと、その……そう! 明日一誠さん達は釣りに行きますか!?」

 

一瞬ひるんだかと思えば大きな声を出してくる。その聞いてくる内容は別段どうということではない。

 

「ああ、まあ飽きるまでは一応釣りをする予定になっているが……それがどうかしたか?」

 

「え、ええとそうですね。実は釣りをする時に虫を餌にするらしいのですが怖いので針に着けるときに手伝ってくれないでしょうか?」

 

まぁ、それくらいなら別に問題ないので了承すると続く相談がないのか由紀江は黙ってしまう。先ほどのような深刻な顔をするような相談でもなかったので何かあったのかと邪推してしまう。

 

もしや、風間ファミリーの男の中で嫌がっているのに言い寄ってくる男がいるとかだろうか? だったら単純にブッ飛ばしに行くのだが顔色からするとそういった内容でもなさそうなのでわからない。

 

「そ、その……」

 

黙って待っていると由紀江が意を決するように静かに言ってきた。

 

「先ほどの女性が小雪さんという方でいいんでしょうか?」

 

「ん? ああ、そうだな。結構面白いやつだから明日の釣りの時とか話してみるといいと思うぞ」

 

何を聞いて来るのかと思えば小雪の事だった。

 

「その小雪さんは一誠さんとは知人ということでいいんですよね? その……特別な関係ということもなく」

 

さらに探りを入れるように聞かれたがその問にも首肯を返す。何を心配してるのかと思えば兄貴分に彼女が出来てちょっと嫉妬といった感じの感情だったか。流石に小雪を恋人にしてしまってはなんというか、彼女を救ったことがそれ目的のようになってしまうし、妹のように可愛がっているのがウソになってしまう。んなことになってたまるかというのが一誠の本心である。

 

最近地味に小雪との触れ合いの中で愚息が反応しそうになって困っているのも事実ではあるが……

 

一誠の答えに安心したのか由紀江は息を吐くと引き留めてしまってすいませんと言って一誠と別れるのだった。

 

由紀江の兄離れも進行させていくべきなのだろうか? けど高校の卒業までは一誠としても可愛がりたいので何とも言えなかった。

 

 

 

夕食を食べた後は温泉である。

 

散歩の前にも温泉を堪能したとはいえ食後の温泉もまた良いものということで冬馬や準が温泉に行くのに着いて風呂場に行くのだった。





次回、温泉にて原作キャラたちとの触れ合い


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温泉

着替えの浴衣と諸々を持ち脱衣所に突撃すると丁度あちらさんも風呂だったのか脱衣所に男子4人の姿があった。

 

「おや、大和君たちではないですか」

 

後ろにいた冬馬が目ざとく見つけて声を掛ける。それに対しそれぞれが反応を見せる4人。

 

まぁ、脱衣所の前で棒立ちになるのも何なのでさっさとロッカーの前に行って服を脱ぎ始めようとする一誠。後方であれがまゆっちの兄ちゃんかという小声が聞こえてくるが話は風呂に入ってからでも問題ないだろうと判断してさっさと風呂に行ってしまう一誠。

 

あまりに4人をスルーして行ってしまったので他の面子はしばし呆然としてしまったほどだ。

 

「えーと、あれがまゆっちのお兄さんでいいんだよな?」

 

思わず大和が冬馬たちに聞いてしまう。

 

「ええ、肉親ではないみたいですが一応そういう役割みたいですよ。温泉を楽しみにしていたみたいなので早く入りたかったみたいですね」

 

「よっぽど入りたかったんだなぁ」

 

などと風呂場と脱衣所を繋ぐ扉を見ていると風間がハッとした表情をして一気に服を脱いで走り出す。

 

「風呂に入る一番槍はゆっずらーん!」

 

そういってガラッと引き戸を開けて風呂場に消えていく風間を見て相変わらずの様子に自らたちも準備を始めだす風間ファミリーの面々。

 

自分たちもさっさと支度を済ませてしまおうと準も冬馬もロッカーに向かうのだった。

 

 

 

 

男子組の邂逅が結構あっさりしたものだったのと同様に女子組の方も案外穏やかな邂逅を済ませていた。

 

「おー、めんこい女子が一人追加されたなぁ」

 

と言って小雪にちょっといやらしい視線を送るのは武神、川神百代。その視線に思わずたじろいでしまう小雪だが風呂に入りに来たのにここで帰ってたまるかという思いで後ずさりかける足をロッカーへと向ける。

 

「モモ先輩、流石にお風呂場でそういうのはよした方がいいと思う」

 

「なんだー、嫉妬かぁ、こいつー」

 

と諌めた筈の京に抱き着く百代。そのやり取りにも慣れっこなのか一子が小雪に気さくに話しかけてくる。

 

「ええっと確かSクラスの人よね? 葵君たちと一緒に来たってことでいいのよね?」

 

「うん、聞いた話だと明日は僕たちと一緒の行動予定らしいからよろしくね」

 

一子の気さくな対応にどうにか言葉を紡ぐ小雪。この行動や話を一誠が聞いたらよく言えましたと頭を撫でているところだろう。

 

それぞれが自己紹介をして風呂場に行く。その自己紹介の時、先ほど一誠と二人で話をしていた娘と目が合い微笑む。一誠に聞いた話では妹がこちらに来ているとのことで名前を由紀江と言っていたからこの娘がその人なのだろう。

 

身体を洗った後にゆっくりと温泉に浸かる集団だったが京がいきなり立ち上がり言い出した。

 

「身体も清潔になったところで、男湯を覗きたいと思います」

 

「なんで? 覗きたい人でもいるの?」

 

純粋な質問が小雪からあげられる。他のファミリーは京が大和を好いていることは知っているが部外者である小雪は知らなかった。

 

えっとそれはですね、と小雪の近くでこっそりと自分との体系を見比べていた由紀江が説明をした。すると出てきた答えが

 

「じゃあ僕も覗きするー」

 

である。一瞬、京が大和狙いなのかと威嚇しようとしたが続いて一誠のを確認してみたいと言葉が出てきたので一安心する京。

 

その言葉を聞いて慌てたのは由紀江である。じ、自分も続くべきなのだろうか? けれどもそういったことをしていいのだろうか? けど小雪さんにだけ一誠さんの裸を見せるというのは……!

 

とオロオロしながらとりあえず引き留めようとしたところ一子が口を開いた。

 

「やめときなさいよ。それに大和とそっちの小雪ちゃんは一誠さんだっけ? その人以外の裸見ちゃったらどうするのよ」

 

そういわれてぴたりと止まる二人。脳内で再生されるのは風間ファミリーの面々の容姿。意中の相手の裸を見るのとそれらを一緒に見るはめになるかも知れない可能性を天秤にかけてしかたなく覗きを中止する二人。

 

「けれども聞き耳くらいはたてさせてもらいましょう。京イヤーは地獄耳」

 

「僕も耳はいいんだよねー」

 

二人そろって耳を澄ます。ついでにちょっと気を使って聞き耳に参加している人が一人いたりする。

 

 

 

 

「うぁあ、蕩けるわ」

 

そういって普段は柔らかいながらも鋭い光を湛えている瞳は目じりが下がりリラックスモードだ。

 

「確かに、いい湯ですね」

 

「じろじろと人の裸みないでくださいよ、若」

 

ちょっとばかし大和たちへ視線が行きそうになった冬馬に注意を促す準。しっかりとしたいい相方役である。

 

「けどまゆっちのお兄さんが葵君たちと一緒にここに来ているなんてびっくりだね」

 

モロが話題をふると大和も同調してこちらを見てくる。

 

「一誠さん、でしたっけ? まゆっちとは何歳離れているんです?」

 

「んー? 一応言って置くけど肉親じゃないぞ。その問には5歳離れてると答えておこう。いま大学三年な」

 

のんびりして口からでる言葉もまったりしているが聞かれたことにはしっかり答える。そして体をまだ洗っていた岳人がこちらに堂々とした歩みで自らの愚息を誇るように闊歩してきた。

 

「見ろ貴様等! 俺様の筋肉美!」

 

「少しは隠してよ! 他の人もいるのにそうやって! それにグロいんだよガクトのは!」

 

モロの言葉をはっはっと笑い飛ばして自らの愚息を誇る。

 

「銃でいう所のバズーカだな、俺様のジュニアは! 筋肉という戦車に乗ってるからインパクト抜群だ」

 

「まだ対象が目の前を通ることなく発砲出来てないけどな」

 

「砲身磨いてばっかで訓練続きなんだよなーって何言わせてんだコラ!」

 

大和と岳人が二人してキレのある会話をしているがモロはその言葉を聞くなり耳を塞いで離れてしまう。

 

その会話を耳にしながら冬馬が一誠を見てくる。

 

「筋肉という意味でなら一誠さんもかなりのものですよね」

 

「まぁ、鍛えてはいるからなぁ」

 

気の抜けた返事を一誠がすると耳ざとく筋肉というワードを拾ったのか岳人がこちらに食いついてくる。

 

「ほお、どれくらいのもんなんです? まあ、流石に俺様には負けるだろうが一応な」

 

先ほどまでキャップたちを巻き込んで自らの愚息談義をしていた岳人は自らの筋肉を誇るようにポーズをとる。

 

「いやいや、鍛えているっても俺のはそういう感じの筋肉じゃないから岳人くんには負けるよ」

 

謙遜して風呂から上がろうとしない一誠。そう言っているとより食いつくのが風間ファミリーというのか、他の面子も一誠に近寄って来た。

 

そもそも脱衣所から風呂場に入るまで一誠はさっさと脱いでさっさと入ってしまったので誰も一誠の愚息を見ていない。これは不公平ではないかと大和が言い出した。

 

ついでにそれに同調するように風間や冬馬が乗って仕方なく立ち上がる一誠。

 

その無駄な贅肉を削ぎ落とし、鍛えられる筋肉は極限まで鍛えられた究極ともいえるような肉体美に最初岳人は打ちのめされ、他の面子は一誠の一物を見て驚愕する。

 

「バカな! 戦艦の主砲クラスだと!?」

 

「すっげーでけーな」

 

「うわあああ」

 

「俺のマグナムで負けることになるとは……」

 

「ほう」

 

「若、じっくり見ちゃいけません」

 

といった反応が返ってくる。

 

「いやいやいや、んな反応すんなって。しかもまじまじと見られたら流石に照れるっつーの」

 

そんな反応が返ってくるとは思わなかった一誠は即座にざぶんと温泉に浸かる。

 

男たちは適度にバカだった。

 

 

 

 

 

「おおおう。凄い展開」

 

京は冬馬たちと話している間の風間ファミリーでの愚息談義にぽーっとしてしまっている。

 

「「戦艦の主砲クラス……」」

 

そして思わず聞き耳を立てていた二人は同じ言葉をつぶやいてしまう。

 

京がマグナムの威力を百代に聞いてその威力に慄いていると小雪も同様に百代に戦艦の主砲の威力を聞いてみた。

 

「はあ!? 流石にそこまでいくとわからんぞ」

 

そう返ってきた言葉に慄いてしまう小雪と聞き耳を立てていた由紀江。

 

……戦艦の主砲クラスって……一体……と考え込んでしまうのだった。




愚息だなんだと言った話するのでR15をタグに追加
なんかこの作品に追加した方がいいタグがあったらお知らせください。

しかしこの作品、一話あたりの文章量がすごく少ないなぁと今更ながらに思ってしまった。
文字数あんま気にせずメモ帳に書き付けて適当に区切らせて投稿してたからなぁ。
まぁ、文字数多くしようと頑張りすぎるとやる気続かなくなるからいいや。


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釣り

その夜、一誠たちの宿泊している部屋では小雪が正座をさせられていた。

 

まるで修学旅行で覗きに走り、先生にばれた結果として反省させられている様のような状態である。あながちその表現も間違ってはいない。

 

先ほどの風呂場での聞き耳を立てていたことが一誠にばれていたのだ。気を用いずとも十分な身体能力を有する一誠は無理に意識を傾けていなかったとはいえ地味に衝立の近くで話していた京と小雪の声が聞こえていた。これは叱らねばと風呂上りにビールも飲まずに部屋で小雪を待ち受け、説教している次第である。

 

男性が女性に対してそういった事をした場合、女性は傷つく。それが逆の立場になったとして女性より精神的ダメージは小さいとはいえ嫌な思いをする人はいるのだといったことを懇々と言い聞かせている。

 

その姿を見て冬馬や準がまあまあと宥めに入り、一誠に川神水を与える。アルコールの類いは入っていない川神水だが酔うことは出来る。

 

ちょろっと飲んだ一誠は普段飲むアルコールとは違った味わいに満足して小雪の反省を促した後はみんなで仲良く川神水とおつまみで談話をするのだった。

 

尚、こういった場では衝立や男女の領域を決めるべきなのだろうが部屋が大きすぎること、また女子が小雪しかおらず離れさせるのは不憫だと冬馬たちが言ったことで酔って陽気になっていた一誠も了承し、全員が並んで寝ることと相成った。

 

なお、小雪がちょっと寝相を装って一誠の布団に潜り込んでも川神水とは別にビールも飲んだ一誠は熟睡しており、起きることはなかった。そのため小雪は一誠の腕の中でクスリと笑って抱き着いた状態で朝を迎えるのだった。

 

「一誠は……僕のだもんね……」

 

 

 

 

 

 

「っでよー、もうすごいってもんじゃなかったぜ? あの筋肉」

 

一誠が小雪に説教をしている頃、風間達は部屋で先ほど見た一誠について話を広げていた。

 

「まゆっちと同門の人だというからな。鍛えていて当たりまえだろう」

 

岳人の言葉にクリスが電車内での話を乗せる。

 

「ほう? そんなにすごいのか」

 

やや舌なめずりをするように岳人とクリスに確認を取る百代。由紀江と同門ともなれば刀使いだ。由紀江は一向に本気で戦ってくれそうもないから戦えそうな者は大歓迎という雰囲気を出し始める百代。

 

しかし、と考えなおす。隣の部屋にいるらしいその一誠という由紀江の兄。本当にそれほどの実力者なのだろうか? 取り敢えず探ってみた感触では精々が岳人より上という程度の気や実力しか感じない。

 

先ほどすれ違った時も武術を収めた人間としては笑ってしまうような動きしかしていなかった。相応の実力者であれば動きの一つ一つに実力の片鱗がうかがえるものだが彼からはそういったものを感じることがなかった。身に纏う雰囲気もだらけてはいないが武術を身に着けた者特融のものではなかったし、姿勢もやや猫背だったように思う。

 

岳人が凄さを百代に伝えようと頑張って色々話していたが、それを無視して由紀江に質問を投げかけた。

 

「なぁまゆっち。そんなにすごい人なのか? そのお兄さんは」

 

その問にビクンと反応をする由紀江。

 

「え、えっとですね。……その……」

 

言いよどむ様子に百代は同門で年上の一誠が大した実力ではないと言うことを憚っているのだと判断した。事実風呂上りだというのに脂汗を流して言い淀んでいるのが良い証拠だ。

 

「いや、すまなかったまゆっち。同門で、しかも年上のことは言いにくいよな。悪かった」

 

「い、いえ。その、大丈夫です」

 

変なことを言わずによかったと内心安堵する由紀江。旅行先で会った一誠がわざと武術を齧った程度の実力者の動きをしてたり、気の総量を誤魔化すように隠形をしてたりといった理由を思い至っていた由紀江としては先ほどの問に大したことないと言うべきだった。

 

けれどそれは一誠の実力を知る者として言えなかった。今回は百代が勝手に判断してくれてよかった、と思いつつ談笑に参加する由紀江であった。

 

けれど一誠さん。私が百代先輩と関わってしまっている以上、そしてあなたが川神に住んでいる以上、あなたほどの実力を隠し続けるのは難しいと思うのです。

 

その思いを心の奥底へ押し込めて、由紀江は話の内容に合わせて笑うのであった。

 

 

 

 

 

翌日、一誠が起きると自分の布団に小雪が潜り込んでいるのを発見した。

 

やばい。

 

昨夜は確かに酔っていた。しかし前後不覚になるほどではなかったし、理性もしっかりしていた。むしろ理性なくなったからといって女性を襲うような性格はしていないと断言できる。

 

けれどこの状況を誰かに見られでもしたら悪いのは一誠である。世の中って理不尽。

 

しかも男の朝の生理現象が発生しており、小雪は寝間着としていた部屋に備え付けられていた浴衣がちょっと着崩れている。

 

耳元近くで呼吸をする小雪の寝息が、匂いが、着崩れた浴衣から覗く谷間が、思わず小雪が女なのであるということを明確に意識させる。

 

やばい。まじやばい。

 

幸い、小雪の体勢は一誠の動きを束縛するような形ではなく、また一誠が頑張って抜け出せばどうにか小雪を元の布団に戻すことは不可能ではないように思える。

 

隣の部屋に武神がいる為に気を使い、自らの肉体を強化して即座に抜け出すというわけにもいかず、芋虫のようにずるずると布団から這い出る一誠。

 

一番に起きてよかった。冬馬も準も一定のリズムで寝息を立てている。

 

苦労しながら布団から這い出ると優しく小雪を元の布団の位置にまで戻してから一息つく。

 

思わず顔を手で覆ってしまう。

 

「やっばい……このままじゃ小雪の顔を直視出来ん。……頭冷やしてくるか……」

 

独り言と分かっていても言わずにはいれなかった。鏡を見ないでも顔が真っ赤なのがわかってしまう。

 

部屋を出て顔を洗いに行く一誠の背中を薄目を開けて小雪は見守るのだった。

 

 

 

 

 

 

朝食を終え、食休みとして幾らか雑談で時間を潰してから宿で貸出を行っている釣竿を三人は受け取り川へ向かう一行。尚、一誠のみ自分の釣竿持参である。大学の仲間と海に行った時に買った中々のものだ。

 

川へ着くと風間ファミリーの面々は一部が山の中へと入っていくのと川で釣りをするのとに分かれているところのようだった。

 

「おっす由紀江ー」

 

気の抜けた声を投げかけるとなにやらびくびくした様子でクリスの持つ竿の針を持っていた由紀江がバッと振り返った。

 

「い、一誠さん! すいませんがこれつけてください!」

 

そういって渡してくるのは針と餌である虫。前日に由紀江は虫が苦手だから針に着けてくれとは言われていたが何故こいつは他人のをつけようとしているのか……どうせ先輩のためと気を遣ったがやっぱり厳しいといったところか。

 

「ほい。というか由紀江。昨日虫苦手だって言ってたろ」

 

手早く餌をつけて溜息交じりに言ってやればクリスが

 

「なんだ、苦手だったのかまゆっち」

 

と呑気に言ってくる。その言動にちょっっとイラッときながらも

 

「女の子が釣りの餌をつけるの苦手なのはわかるけどさ。だったら近くにいる男連中に頼んだりしてくれ。震えながら針を持つ様子を見れば苦手なのわかるだろ?」

 

と至極正論を言えばちょっとムキになりかけた顔を覗かせながらも一応すまないと言ってくれた。

 

経緯を聞いてみると偶々近くに由紀江がいて、頼んだら了承してくれたから問題ないと思ったとのこと。由紀江も断れと言ってやりたいが先輩ということもあり、一回くらいならと頑張ろうとした結果が先ほどの状態らしい。

 

「ほら、お前のも付けてやっから」

 

そう言って由紀江の針にも餌を付けて渡す。風間ファミリーとはちょっと離れた位置で小雪たちは釣りを開始していたので一誠もそちら側に行き、車に積み込んでおいたアウトドア用の折りたたみベンチを広げる。

 

ヒュッと竿を振って一誠たちは気楽に釣りを楽しむのだった。




ペースダウン

多分気まぐれな更新になって行きます。

今後自分も忙しくなってきますし、原作開始入っちゃったのでイベントの確認のために原作プレイしなきゃいけないですしね。


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一瞬の決着

すごい難産。もっとやりようはあったと思う。


見られている。

 

背筋にひやりとするものを感じさせる視線が一誠に向けられていた。誰と考えなくても武神である百代だ。けれどその視線は終始探るような視線であり、挑発的なものでも、戦いを望むものでもなかった。

 

一誠としてはありがたいような、ありがたくないような微妙な状態だ。場合によっては悪い結果と言えなくもないかもしれない。本来、予想される武神の行動は勝負を挑んでくるか、それとも無関心かのどちらかだろうを取るだろうというのが一誠の私見だ。実際に考えてそれは間違ったものではないと一誠は思っている。

 

由紀江の隠した実力を大まかながら把握出来るだけの判断能力はあり、そして戦いに飢えている彼女の求めるものは強者との試合だ。今のところ一誠は隠形を使用し、自らの体から漏れ出る気の量を調整し、更に気の総量を誤魔化している。

 

一誠の隠形は大成をして見破るのに一誠の実力を知っていなければ気付くことが出来ないと言われ、自信のある技術であるので武神に感づかれた様子は見られない。

 

その為に由紀江の関係者なれど武神の求める実力者ではないと判断されることで無関心を貫いてくれるのではないかと考えていた。その為に普段は一本の芯が通ったように伸びた背筋を曲げ、習慣として身についてしまっていた歩法を崩したのだ。

 

けれどそれだけしても武神が一誠の実力を疑って勝負を仕掛けてこないとは限らない。その為に勝負を所望してきたらその勝負を受けようと一誠は考えていた。

 

 

ただし、一誠の剣ではない。黛の正統な剣術を用いて、だ。

 

 

そもそも一誠は自らの剣術を身に着けているがそれは自らの肉体的適正や気の運用によってそれが一番であると判断されたが故である。けれど一誠の対戦相手は常に黛大成という黛の剣術において頂点とも言うべき存在なのだ。身体の運用において類い稀なる器用さを持つ一誠は大成の動きをトレースすることは難しくない。まぁ、トレースしたとて強いかと言われれば本気でない由紀江にも負けるだろう程度の実力になってしまうというのが正直なところだ。

 

だからこそ武神を偽るには最適であるともいえる。

 

既に由紀江から武神に行ってしまった情報は把握している。一誠が由紀江と同じ同門であることや由紀江とは家族ぐるみで仲がいいことなどは把握されてしまっている。

 

だからこそ一誠が由紀江と同じ構えや技を使おうと彼ら、彼女らは一誠の使う剣技に疑問を挿まないはずだ。

 

これで原作におけるヤンキーたちのように軽く吹っ飛ばされれば武神は一誠に対する興味を無くすだろうと考え、覚悟していたのだ。

 

 

なれど、武神は疑念がつきないのか釣りをしている一誠に未だ話しかけもせずに探るような視線を向けている。それも一誠でなければ気付かないほどに気配を殺した視線だ。

 

どうする……彼女がこちらに来た場合は自分も一端の武人であると増長した若者を演じて彼女に手合せを所望すべきだろうか? そうすれば先ほどまで考えていた案に修正を加えなくとも行動できる。自分は風間ファミリーにバカにされるとまでは行かないまでも、侮られるかもしれないが今後もし武神に自らの実力がばれた時の被害を考えれば些末事だ。

 

 

いやはや、どうしたものか……一誠は適度に魚を釣り上げながら百代の視線に気づかないふりをし、小雪たちと笑って話し合うのだった。

 

 

 

 

 

大和や岳人たちに適度に構いながら百代は視線を川で釣りをしている人物たちに向けていた。石蕗一誠、黛由紀江の兄のような存在であり、恐らく由紀江よりも実力の低い存在と思われる男。

 

彼が川に着いた時には既に百代たちは釣りを開始しており、直接言葉を交わしたのはファミリーの中では由紀江とクリスのみで自分とは話さなかったが朗らかな雰囲気が周囲を包んでいる。由紀江の言っていた面倒見の良い人というのは正しいようだ。

 

しかし、由紀江があそこまで懐いた雰囲気を出しているのも気に入らなければ隣に陣取っている小雪が彼にくっついているのも気に入らない。美人は全て私のものだ。

 

いや、話が逸れた。けれど何故あそこまで二人が懐いているのかわからない。確かに顔は良い。認めよう。けれどいくら探ってみても、いくらその動きを見ても由紀江より弱いという結論しか出てこない。戦いを挑めば場合によっては楽しめるかもしれないがそれも基本的には普段挑んでくるものと同じくあっけないものになるだろう。

 

どうするか……実力を偽っている可能性もあるだろうが、それでも由紀江のように隠していようとも実力者という存在はその実力が高ければ高い程にその力を隠しきることが難しくなってくる。

 

さて、挑むべきか……それとも……

 

今後の行動を思案していると大和にからかわれ、追うと先ほどまで考えていた存在を忘れられる程度には怪しい奴らが山を徘徊しているのを感じた。適度に撫でにいってやるとしようか。

 

 

 

 

武神につられるようにして風間ファミリー達が森へと入って行く。その際、由紀江はこちらをチラチラと見ていたが一誠が手をひらひらさせると仕方なくファミリーの方へとついて行った、なんか原作でイベントがあったような気がするがもはや原作に関して気にしていない一誠は関与する気もなく釣りを継続していた。

 

何があったのかわからないが風間ファミリーが森から戻って来ると特にこちらに干渉してくるでもなく釣りを再開し、風間に限っては釣れた魚を川下の釣り人たちに売りつけにいこうと行動している。

 

「まったく、おじさんはそんな元気ないよほんと」

 

「いっせー、4つしか違わないのにそんなこと言わないほうがいいよー」

 

「うっせ、二十歳超えると色々あるんだよ」

 

それなりに魚を釣れたところで昼食の準備に入る。車から持ってきた飯盒や折りたたみの机やら携帯コンロに薪などを取り出し、魚に買ってきた野菜などを並べる。

 

「二人は竈の準備と飯盒頼むわ」

 

「ええ、了解しました」

 

「ま、美味い飯の為です」

 

準と冬馬に米を頼んで一誠は小雪を助手に料理に取り掛かる。風間ファミリーが飢えた目でこちらを見てくるが意図的に無視をする。由紀江が手伝いを申し出たが調理用のスペースは二人が使う程度でギリギリだったので丁重に断り、二人で作業を進めていく。

 

作ったのは川魚の塩焼き、魚のから揚げの餡かけ、アラ汁といったもの。

 

四人分の食器を並べようとしたところ声を掛けられる。

 

「なぁ、私があんたに勝ったらその料理分けて貰えないか? こっちの食材も分けるから」

 

ニヤリとした表情で提案してくる百代。その提案を受けて三人の方を見るとどちらでも、と言った感じで肩を竦める。実際料理の量は四人で食べるには少々多い。余るくらいなら一誠が残ったものを全て食べるつもりだったが。風間ファミリーのバーベキューとシェアしても問題ない。

 

「別に勝負しなくても分け合うのは大丈夫ですけど……」

 

そう言ってから少し考える。このまま料理を差し出すのは問題ない。ただ、先ほどの探るような視線が今後も続くことを考えれば今対戦をすることで実力を印象付け、今後絡んでくるような事態を減らすという考えも出来る。

 

ここは……やるべきか。

 

「わかりました。受けて立ちますよ」

 

「そーこなくっちゃな!」

 

ここに、武神川神百代と石蕗一誠(手加減)との勝負が開始されることとなった。

 

 

ラップで出来上がった料理を包んで被害が出ないようにし、武神と相対する。

 

百代の後ろではファミリーのメンバーが気だるげにしている。その表情を見る限り百代が負けることはないだろうといった雰囲気が溢れている。まぁ、それで正解だ。勝つつもりなどない。

 

一応の声援は投げかけられているが、男子達の視線の先は相対する二人ではなく一誠と小雪の作った料理に注がれている。

 

「えー、それでは昼食の権利を賭けた勝負を開始します。姉さんと一誠さんは前に」

 

審判の代わりとして大和が中間に立つ。けれどその視線はこちらを小馬鹿にしているように見えるのは俺の個人的な恨みからくるものか。

 

生憎と旅行先にまで刀を持ってくるような人間ではないので由紀江に刀を借り、武神と対峙する。

 

「これで昼の一品が増えたな」

 

「そーですかい」

 

武神の言い様に呆れた声が出てしまう。確かに勝つつもりもないので一品以上増えるのだろうが対戦相手に礼を失してるとは思わないのだろうか? いや、俺から挑んだわけでもないからいいのかな。

 

「それでは、はじめ!」

 

大和の開始の声と同時に武神が突撃を仕掛けてくる。

 

ただの拳が異常とも言える圧力を湛え迫るがこれくらいは避けて警戒させなければならない。先ほどまで出していた気や動きから想定出来ない動きして武神を驚かせる。この程度までは実力を隠していたのかと思ってくれれば重畳。

 

「ふっ!」

 

納刀状態から抜剣し、峰で武神の首を狙う。その斬撃の数は同時に8。その速度も斬撃の数もは武道をたしなんでいないものからすれば十分素晴らしいものを持っていたと思わせるものだったが武神は先ほどの回避によって喜色を浮かべていた顔に落胆の色を見せる。

 

「川神流 無双正拳突き!」

 

一瞬にして体勢を整えた百代が多くの挑戦者を屠ってきた技を繰り出す。その攻撃に対処出来ずに吹き飛ぶ一誠。

 

殆ど時間を使わずに石蕗一誠と川神百代の勝負は決し、一誠達の作った料理と風間ファミリーのバーベキューは均等に割り振られることとなった。

 

 

 

「ねぇ、大和」

 

「ん? どうした京」

 

百代に吹き飛ばされた一瞬。弓を扱う者として目の良い京だけが見ていた。

 

吹き飛ばされた一誠が意地の悪いような笑みを浮かべていたのを。

 

けれど吹き飛ばされる時に笑みなど浮かべるのだろうか? その考えが京の中に渦巻く。

 

「いや、やっぱりなんでもない。結婚して」

 

「そう、お友達で。それよりもこの料理美味しいから食べてみな。あの人強くはないみたいだけど料理の腕はまゆっちなみだよ」

 

川釣りのひと時は過ぎ去っていく。

 

 

尚、この勝負の後、部屋に戻るまで小雪の機嫌はすこぶる悪かったとだけ言って置こう。

 

秘密にしておくつもりだった事情を一誠が部屋で説明するまで小雪の機嫌は悪いままだった。



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軽蔑

お久しぶりです。

前半と後半でかなり方向性が真逆な話ですよ。


夜、それなりの観光地であるが一応田舎となる箱根。宿泊施設の近くにある川で風呂前の夜釣りを楽しんでいた。昼も釣りをしていたというかもしれないが一誠としては夜釣りは夜釣りで昼とは異なる楽しみがある物だと思っているのでつまらないといった意見は出てこない。もとより、この場には一誠以外の面子はいない。

 

ひゅっと竿をしならせながら昼に行った武神との対戦を思い起こす。あれでどれだけ誤魔化していけるだろうか。一応彼女に()は打ち込んだが、それで彼女がどうこうするとは思えない。

 

彼女に打ち込んだ()。この場合、一誠が武神による攻撃を食らう直前に打ち込んだ一誠自身の気のことである。川神百代のように外界への気の扱いを一誠は得意としていない。代わりに一誠は内界の気の扱いに熟達していた。そして一誠個人の気はその人物を象徴するような特色がきわめて薄く、それ故に隠形も得意としているともいえる。

 

そして、他者の気が自らに取り込まれた場合、その人物は気を練ったり扱ったりする際に違和感を感じ、今までのように気を扱うことが出来なくなってしまう。

 

武神が飢えているのは自らに並び立つ者が存在しないが故の破壊衝動を発散できないからだ。一誠としては鍛え上げた力を試したい破壊衝動などというものは一笑に付すものだが……まぁ、並び立つ者がいないなら彼女をその場から引きずりおろすまでだ。これが傲慢でどうしようもない愚行である事は一誠もわかっているが、生憎と武力を生業とするつもりのない一誠は彼女に付きまとわれる事態はなんとしても回避したいところであった。

 

「さて、毒に気付くのは一体いつになるやら……」

 

小雪や由紀江には絶対に見せないであろう類いのあくどい笑みを口に薄く浮かべ夜釣りに勤しむ。

 

気付くのは旅行の後のどれほど後だろうか? それ程に一誠の気は気づかれにくい程に薄いのだ。真の勝負の時にそれは鋭さとなって牙を向くのだろう。

 

さして釣りの成果を求めてない現状、適度に釣竿を振っては戻し、振っては戻しを繰り返していると背後で砂利を踏みしめる音が鳴る。

 

「なんだ? こんな夜更けに」

 

「あの、一誠さん」

 

背後を振り返るまでもない。かなりの時を一緒に過ごした妹のような存在である幼馴染の気配がそこにはある。先ほどまで浮かべていた笑みは消し、素知らぬ顔で釣りを継続する。

 

「モモ先輩に……気を打ち込みましたよね?」

 

そして背後を振り返るまでもなく彼女が怒りに燃えていることが理解できた。

 

「最初は勘違いだと思いました。一誠さんの気は意識しないと分からないくらいに曖昧だから……けど先ほどモモ先輩をしっかりと観察したら僅かに一誠さんのものと思われる気が混じっているのがわかりました」

 

勘違いであって欲しい。けれど先ほど見た事実がそれが勘違いでないと理解してしまう。そしてこれが間違いであるのであれば普段の彼は薄い笑みを浮かべてこちらを振り返り、それを訂正してくれるだろう。けれど先ほどから彼は全く微動だにせず、ただ揺れる釣竿の穂先を眺めている。

 

ああ、これは事実なのだと何を思うでもなくわかってしまう。

 

「なぜ……モモ先輩にあのようなことを……確かにモモ先輩があなたに不遜な物言いをしたと思います。それについては謝ります。けれど! なぜ!?」

 

問い詰めるように一歩踏み出す。けれどほんの一瞬。恐らく一誠の気に長年触れた由紀江でなければわからない程の一瞬だけ明確な意思を持って一誠から気が放たれ、由紀江のもう一歩を阻む。

 

はぁ、と一誠が溜息を放つ。そして釣竿を引き上げると振り返った。その顔にはどういった感情が浮かんでいるのだろうか? 暗く、また月明かりが川の水面に反射し、逆光気味になっていてよく読み取れない。

 

「俺の為であり、彼女の為でもある……かな?」

 

彼から放たれた言葉はなんとも不可解なものであった。

 

「いや、俺の為というのが大部分を占めていて、彼女の為というのは俺の言い訳か」

 

そういってふうと息を吐き出す一誠。彼を見やる由紀江の表情は硬い。常に信頼していた。常に好意を抱いていた相手が行った自らの仲間に対する暴挙。許すわけにはいかなかった。

 

「それはどうしてですか?」

 

「俺が武力を生業とする者になりたくなかったから。武神という名称を持つ彼女に絡まれれば望まずともそう(・・)なってしまう。だからだよ」

 

「それは、ただ誤魔化すだけではいけなかったのですか?」

 

「それでも良かったんだろうね。けれど、俺はより確実性を取った。決して大量の気を打ち込んだ訳ではないから彼女がもう二度と武術を出来なくなるということはないだろう。けれど、元の実力に戻るには苦労するだろうね。一応、それによって彼女の破壊衝動は薄くならざる負えないだろう」

 

「一誠さん……」

 

「なんだい?」

 

これから言われる言葉をほんの少し予想しているのだろうか、僅かに見える彼の表情は硬い。

 

「初めて、私はあなたを軽蔑します」

 

「ああ、覚悟の上だよ」

 

「失礼します」

 

丁寧にお辞儀をして由紀江は去って行った。ああ、全く、ここに彼女が来た瞬間に今後の展開が読めていたがこれは思った以上に心に刺さる……

 

水面を照らす月に影が差した。

 

 

 

 

 

今後の由紀江との距離感を考えていた一誠の上方に丁度人間二人ほどの叫び声が飛んできたのはすぐあとだった。

 

ほんの一瞬で頭の中を切り替えた一誠はこのままであると二人が飛び込んだ結果として自らにも水が引っかかると判断して釣竿を投げ、二人の服にひっかけ、こちら側へと引っ張り込んだ。薄く釣竿に気を流して強化していなければ釣竿は壊れていただろう。

 

引っ張り込んだ二人を両手で受け止め、その二人の顔を見てみると風間ファミリーの二人である大和と岳人が吃驚した様子でこちらを見ていた。

 

「えっとその、ありがとうございます」

「どもっす」

 

二人からの感謝を受け取り何があったのかと聞いてみれば曖昧な顔を浮かべる二人。なぜと思い浮かべ上流を見れば露天風呂が有名な宿が僅かながらに見えた。

 

「覗きか」

 

ビクンとする二人。高校生にもなってんなことしてんなというのが一誠の正直なところである。最も、一誠個人のそういった部分に関する欲が他者と比べて少々弱いという意見もある。

 

「ま、反省してさっさと宿帰って風呂入って寝るこった。俺はまだちょっと夜釣りに勤しんでいくからな」

 

と言って二人を放ってしまう。再度お礼を言われたが一誠は適当に手を振るだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

二人が返ってから少しの時間が経過し、一誠が部屋に戻ると三人は皆浴衣に着替えてトランプを行っていたようだった。

 

「おや、ちょうどキリのいい時に帰ってきましたね」

 

「ん? なんかやるのか?」

 

「罰ゲーム有りの大富豪をやるのだー」

 

「まぁ、三人でやるにはちょっと微妙ってことで一誠さんを待ってたんですけどね」

 

ほんのちょっとささくれた心を癒すかのような三人の言葉につい笑みが浮かんでしまう。

 

「罰ゲームの内容や形式は?」

 

「大富豪が大貧民に好きなことを一つ命令するということで」

 

「むっふっふー、一誠には負けないからなー」

 

「若の命令がちょっと怖いけど俺も負けませんよ」

 

「うっし、そんじゃやりますか!」

 

夜はまだまだ長いのだ。

 

 

 

一誠は冷や汗を流しながら対面にてあくどい顔をしている男を睨んでいた。

 

「さぁ、さぁ、早く出してくださいよ一誠さん」

 

準が残った手札をちらりと見ながら一誠を催促する。

 

既に冬馬と小雪は抜けている。しかも冬馬が一着なのだ。何を要求されるかわかったものではない。まぁ、小雪が一着だった場合は物理的に財布が軽くなりそうな要求をしてきそうなので冬馬のほうがよかったかもしれないが。

 

一誠の手札は6と7だ。正直、強い手札がほとんどなかったためにこんな手札が残ってしまった。

 

どうにもならず準が7以上を持っていないことを願って7を出すも無常にも準が出したカードはQだった。

 

「いえーい! いっせーの負け―!」

 

「いやぁ、負けなくてよかったっすわ」

 

「ふふ、それでは罰ゲームですね」

 

冬馬がニコリと一誠に通達する。一誠の気分としてはもうどうにでもしろと言った感じだ。

 

「それでは、一誠さんの好みの女性などを」

 

「まじかー」

 

確かに旅行じゃ恋バナはありなのかもしれんが自分にそういった話が舞い込んでくるとは思わなかったなぁ。まぁ、現在好きな相手などいないのだが。

 

「あー、好みか。きゃぴきゃぴした女性は苦手だ。年下よりも年上でキリリとした女性が好みかなぁ」

 

具体的に言えば川神学園の梅先生とか結構いいなぁと思ったりもする。年下より年上というのは単純に平均寿命を考えた場合女性の方が男より長生きするためである。今生では病気一つしない一誠であるので寿命で死ぬことになるだろう。そして一誠の考える結婚とは即ち共に生き、共に死ぬである。

 

「まぁ、容姿に関してはそこまでこだわりないけど芯がしっかりした女性が一番だな。家事は出来るに越したことはないけど出来ないなら出来ないで俺教えられるし。あと武術をやっているにこしたことはないかな。そういう人って姿勢がいいし」

 

そういっているとちょっとうつむき加減の小雪とやっちまったって顔をしている二人がいる。はて?

 

「それは年下は希望が持てないということでしょうか?」

 

などと冬馬が聞いてくる。

 

「いや? これは単純な俺の好みだから結局のところお付き合いをして結婚までいく相手がぴったりその条件にあてはまるわけないだろ? 実際、世の夫婦の相手が自分の好みの容姿や性格をしている例ってかなり少ないっていうし。好きになったらそれでいいんだよ」

 

そういうと小雪が飛び跳ねるかのように復活し、次のゲームを催促するのであった。

 

そして一誠の性癖が次々と漏れていく結果となるゲームを8連戦という苦行が一誠をまっているのであった。




忙しかったり筆がなかなか動かなかったりで今後も更新は不安定だと思います。
もうちょい書ければいいんですけどね。

いくつも感想で突っ込まれているので今回、由紀江が一誠を軽蔑すると言った理由をば。

基本的に一誠を信頼している由紀江ですが彼女は一誠のことを誠実で模範ともなるべき人だと認識しております。そんな中行われた卑怯ともとられる行為を自らの仲間に行った一誠にショックを受けたんですね。
私の仲間にこんな形で手を出すなんて! ってところでしょうか。
よくも悪くも真面目過ぎる由紀江ですので今回のショックは大きかったです。まぁ、そうなるだろうこともわかったうえで一誠はこれを行ったのですが。


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それぞれの旅行最終日

 

翌日、一誠達は風間ファミリーと顔を合わせることなく観光にを楽しみに宿を出ていた。ちらりと川の方へと向かう姿が見られたが一誠が殊更観光へ向かおうと言ったためだ。

 

まるでなにかから逃げるかのように。それに対し三人はそれを了承した。昨日一誠が部屋に戻って来た時の様子は落ち込んでいた様子であったので何があったのか聞かなかったが風間ファミリーの誰かしらと何らかのトラブルが有ったのは明白だ。

 

わざわざその傷を抉る様な真似をする人物はこの三人に限って言えばいなかった。

 

元々三人が三人とも何かしらの形で一誠に手を差し伸べられた者達だ。彼を害することがあるわけがなかった。幸い、一誠の様子は宿を出てから回復し、純粋に旅行を楽しんでくれているように振る舞い、三人としては今回の旅行を楽しいものだと思ってもらえて良かったと思うのだった。

 

 

 

由紀江は一晩経って冷静になってから少々凹んでいた。一誠に対する怒りが減少した訳ではない。しかし一誠個人は元々武力を奮うといった行為を忌避しており、川神百代のような人物との触れ合いを拒むことは容易に予想出来たのだ。

 

一誠の行った所業は許せはしない、しないが……百代が一誠に挑発めいた勝負を挑んだ時に自分が間に入り、クッションの役割を果たせば今回のような結果にはならなかったのではないだろうか?

 

大和とクリスの意見の対立による勝負も進んでおり、そちらにも意識を割く中で考えていては内容も纏まらない。現在のところ百代は自らに発生しているだろう異変には気付いてはいないようだ。それもそうだろう。現在は旅行中であり、鍛錬をするにしても百代は無理に気を体内に流して強化するような場面にはなっていない。自らの異変に気付くとしたら旅行を終えた後になるだろう。

 

そして不調の原因はわかってもそれを行った相手に確証は得られない筈だ。それほどまでに一誠の気は曖昧で、感知能力に優れていたり、一誠自身の気に長年触れている者でなければわかる筈もない。

 

百代に真実を教えるべきなのだろうかという思考も巡らすが、百代は果たしてそれを信じるだろうか? 既に彼女は一誠に対する見切りをつけた。一誠自身の隠形の妙を考えれば今後ボロを出すような事態は考えられない。ちょっと強いけど由紀江よりは弱いと言った程度の実力であると偽装をし続けるだろう。気の印象すら操作しかねない。けれど、けれどだ。一誠の今回の所業を考えると許すことは出来ないが一誠自身が昨日言った内容を考えると百代程の実力の武術家であれば即座にその違和感に適応するとも考えられるのだ。

 

兄のような人の考えられない所業と、その被害者であるが同時に兄に不利益を与えかねない現在の仲間の一人。どちらも大切だから悩むのだ。一誠のことは許せはしない。けれどそうしてしまうのは理解できてしまう。また、百代の実力を把握しているのであればあの程度の気の打ち込みでは枷程度にしかならないだろう。一誠程の人物であれば場合によっては油断している百代であれば気を打ち込むことで彼女を二度と武術が出来ない体にもすることが出来たであろうに……

 

ああ、話すべきか話さざるべきか……

 

今後の自らの行動に悩みながら目の前で大和とクリスの勝負は決着を迎えた。

 

 

 

 

 

 

些かながら問題は発生してしまったが小雪達との旅行という意味では大成功と言ってもなんら問題ない形でGWを終了した。三人とは初日に集まった場所で別れ、自らの自宅へと戻っていた。深夜とまでは言わないが既に夕食も済ませてあとは風呂に入るか鍛錬をするかのどちらかといった時間に自らの携帯に光が灯る。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「あ、一誠さん。旅行はどうでしたか?」

 

電話を取る前に見た相手の名前はなかなかに馴染み深い相手の名前。黛沙也佳嬢だった。

 

その声を聴いて少々苦笑してしまう。まさか君の姉に軽蔑されるようなことをしたと言うのはどうかと思うのだ。

 

「ああ、それなりに楽しめたよ。周りが全員年下という環境もそれはそれで楽しいしね」

 

「そうですか。あ、お姉ちゃんも一緒の場所だったって聞いてますけど何かありました?」

 

「え? いや? 何もなかったよ。うん。何も」

 

勘のいい彼女の事だ。何かあったということは看破されてしまっているだろう。けれど彼女は何も言わない。ただ隣で電話の順番待ちをしていた自らの父に電話を手渡すのみだ。

 

「やあ、一誠君」

 

その声が聞こえてきて一誠は思わず電話を強く握ってしまう。現在最も会話をしたくない相手である。師匠である大成に旅行先でのことを言うというのは中々に勇気のいる作業だ。

 

「一体、旅行先で何があったんだい?」

 

声の調子ではにこやかに、問いかけるような大成の言葉が電話口から聞こえてくる。一誠にその言葉に逆らう気概は存在しなかった。

 

 

 

 

 

大成が一誠から旅行先での所業を聞き届けると静かに電話を切った。一誠の所業は武道家(・・・)として見たならば許さざる所業であろう。しかし武術家(・・・)という面で見ればそれは叱責すべきではない。そして一誠の剣は武道ではなく武術。戦う為の剣術であり、黛の家も元々は武術の家だ。それを考えるならば一誠を叱責するのは筋違いである。むしろ一誠の温厚な性格故にその程度で済んだと言える。

 

相手が今後自らの障害となるのであれば相手の骨を砕く、喉を突くといった行為は武術家としてみればなんら問題ないものだ。むしろ今後を考えた戦術ともいえるだろう。それを許容できないのは由紀江の生来の真面目さ故か。それともそうなるようにしてしまった教育故か。

 

そもそも武術を扱っている者であれば修練の相手を誤って今後武術の出来ない身体にしてしまうといったことも不思議ではなかろうに……いや、由紀江の周りには由紀江が本気で挑んだからと言って武術家生命を断つような中途半端な者はいなかったか、と独りごちる。

 

しかし先ほどの一誠の言葉で聞き捨てならない内容が出てきた。川神の武神が一誠に挑んでくる? 既に大成自身が鉄心に釘を刺していたというのに?

 

思わずため息が出る。彼の川神鉄心といえど、孫娘は可愛いか。確認の為に大成は隣に残っていた沙也佳に川神院の電話番号を伝え、電話をかけて貰うのであった。

 

 

 

 

大成からの電話がかかって来たと聞いて鉄心は溜息をついた。既に旅行から帰って来た百代の様子や旅行先での話からこうなる予想は付いていた。そして大成にも自分が百代に一誠についての様々なことを黙っていたことが伝わってしまっているだろうこともわかってしまった。

 

「なんじゃ? こんな夜更けに」

 

あえて素知らぬふりで電話に出る。相手からは問い詰める声が響いてくる。

 

それに対しどう応えるのが得策か。鉄心としては大成の要望に一応は応えたつもりであった。仮に百代に彼の情報を少しでも洩らそう物なら即座に飛びついてくるだろうことは予想に難くなかった。その為、一誠自身の隠形に賭けることが百代の関心を最も引くことのない対処であったのだと。第一、弱いということを全面に押し出して百代に話そう物ならば疑ってかかって来るに決まっている。今まで弱いという者の話をしたことなどないのだから。―――――――と大成には伝えた。

 

勿論こんなのは茶番である。この話には続きがある。鉄心も人の親だ。百代の相手となる人物がいるとなれば相手をしてくれるに越したことはないのである。既に先手は大成に取られてしまったが一誠自身はこの川神の地にいるのだ。自ら口出ししなくても百代と仲良くしている黛の娘から彼に対する話題が出れば百代は鉄心からの情報がないまま彼に勝負を挑むだろう。そして感知能力の未熟な百代であろうとも触れ合う機会や鍛錬をしている姿を見れば彼の実力に気付くだろう。その為に今まで川神院での修行に誘ったり、ポケットマネーを出して商工会に働きかけ、箱根旅行に二人が出会うように仕向けたのだ。

 

だが蓋を開けてみれば百代は彼の実力を知ることなく、彼に勝負を仕掛け、そして鉄心ですら気づくか気付かないかという程の枷を嵌められた。もはやぐうの音もでやしない。

 

鉄心としての理想は今回の旅行で百代が一誠の実力に気付き、正式な勝負を申込み、勝負の後に大成からの問い詰めがあったとしてもその時は一誠の実力に百代本人が気付いたのだと言ってしらを切るというのが最善だったのだ。

 

だが今更何を言おうと無駄。ただ一誠という若者が百代よりも幾つも上を行っていたというだけのこと。

 

これは百代は修行と鍛錬のし直しだな。精神に対する修行が何よりも重要なのだということが今回のことでよくわかったわい、と鉄心は苦笑しながら電話を切るのだった。



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ただ強者を求める

 

旅行から帰って来てから、いや正確には旅行から帰り、その日の夜に鉄心から声を掛けられてから百代は変わった。性格ではなく、普段の表情・行動が。まるで最上の獲物を得たかのように。そして同時に常に体の中の気を循環するようになった。

 

一思いに打ち込まれた気を洗い流すことなく、力任せにそのあまりに曖昧で捉え所のない気を自らに馴染ませ、認識し、自らの糧とするように丁寧に気を循環させていく。

 

ジジイから指摘されて初めて気付くことになるとはな……

 

旅行から帰り、風呂上りに祖父である鉄心に体を流れる気が変だと指摘されるまで百代は気づかなかった。静かに体の中に気を巡らし、自らに感知出来る範囲を広げるように集中すると自らの気に紛れ込むように巧妙に隠ぺいされた他者の気の流れが存在した。感知をより正確にしようと体内の気の流れを速めようとすればかなりの気だるさに身を包まれた。

 

「おい、ジジイ! 誰がやった」

 

「さてのー、モモの方がよくわかっているだろうに」

 

「思い当たらないから言っている!」

 

溜息を吐く鉄心。

 

「ホントに思い当たらんと言うのかの? 旅行に行く前はそのような状態にはなっとらんかったと言うのに」

 

その言葉で旅行中にあったことを思い浮かべていく。そして思い至ってしまった。いや、鉄心が指摘しなくとも自らの不調と旅行とを関連付ければそれだけで自分でも予想出来てしまっただろう。

 

「石蕗……一誠……いや! ちょっと待てジジイ! 確かに私は勝負をしたがそいつは手加減した私にも一撃も入れられずに負けたんだ。そんな奴が」

 

「出来るんじゃよ。既に剣聖にも儂の思惑が露見してしまっているから言うがの。モモ、一誠君はお前さんよりも強い。なんせ剣聖のトコの秘蔵っ子だからの」

 

「いや、でもジジイ! あいつは確かに本気だったんだ! それは私でもわかるくらいに。それでもか!?」

 

「……彼は剣聖の教えを受けながら黛の剣は継承しておらん。おそらくお前さんとの勝負の時は黛の剣術で相対したのではないのかの? そのような限定した状態であったのであれば確かにお前さんには本気で当たれるだろう。けれど本領を発揮した真剣な勝負はしておらんだろうがの」

 

そのようなことを言われても判断は付かない。確かに一撃入れる前の彼の動作は普段の由紀江のちょっとしたところに出る動作と酷似していた。だからこそ百代もあれが彼の全力だと判断したのだ。

 

考え込んでいた百代は祖父の言った一言を拾い上げ、顔を顰める。

 

「ちょっと待てジジイ! 剣聖から既にあいつのことを聞いていたってのか!? こんなことが出来るほどの相手ならなんで教えない!」

 

その一言にさらに重い溜息を吐き出す鉄心。既に大成からも十分に攻められたので正直孫娘からも問い詰められるのは遠慮して欲しいのだが、そうもいかないだろう。

 

「知っておったよ。他ならない剣聖自身からお前さんに彼と関わらせないようにという言葉つきでの」

 

その言葉になんで!と問い詰めれば返ってくるのは

 

「彼は戦いを好まぬそうじゃ。特にお前さんのように色々な人々に知れ渡っているような人物に付きまとわれたなら他の武術家にも目をつけられるだろうし、場合によっては九鬼のような企業がその武力を求めるだろうとの考えてのことだそうじゃ」

 

ならば何故今まで彼のことを自分に知らせなかったのかと。流石に自分もそう言われていれば

 

「一誠君のホントの実力を聞いていればお前さんは勝負を仕掛けなかったと言うのかの?」

 

と言われてしまえば黙るしかない。既にこのような気を自分に打ち込める人物というだけで昂ぶってしまっているのを自覚できる。相手が強いと言われていたら恐らく即座に勝負を挑んでいただろう。いや、しかし待って欲しい。彼の実力を知らされていたならば今回の旅行のように彼を侮ったりはせず、対等な相手として敬意を払って

 

「勝負を嫌っとる相手なんだから大した違いはないじゃろうが」

 

またも黙るしかない。だが今回のことで既に彼の自分に対する好感度は下降しているだろう。会う前から警戒されていた自分に下降するような好感度が存在するかどうかは甚だ疑問ではあるが。

 

「どうすりゃ彼と戦える! ジジイ!」

 

「さての。お前さん自身で考えんしゃい」

 

 

 

 

 

 

そしてそこで凹んでいたり黙っていたりしていたら彼女は武神などと呼ばれていないだろう。

 

「どうすればあなたと戦えますか!?」

 

「……え?」

 

深夜、マンションのベランダに面した窓が開き、出てきた言葉がそれだ。しかも相手は真剣な顔をした川神百代。就寝しようとしていた一誠としては固まるしかない。

 

「あなたの実力はうちのジジイから聞いた。どうしたらあなたと戦ってもらえるか教えて欲しい」

 

そう真剣な顔で聞いてくる百代を見て一誠としては困惑の色が濃い。もはや曖昧となってよっぽと特徴的なことしか覚えていないが彼女は傍若無人で相手の言うことなど聞く耳持たないという印象が強かった。事実、今回の旅行では自分の偽装に気付くことなく、侮ってくれたし、自らの武力を背景にした挑発までしてきた。

 

それが目の前の人物とうまくつながらない。目の前の人物は一体誰だ。

 

むしろここに来る場合があるのであれば一言目は恨み故にだとすら思っていたほどだ。それ以上に彼女では自分に思い至らないだろうとすら思っていた。いや、これは彼女を軽く見過ぎか。けれど彼女にしたことを考えるならば気の打ち込む量を誤っていれば再起不能になりかねなかったのだ。恨み言の一つくらいは覚悟していたのだけれど。

 

「あー、一体どういう経緯でまた戦いたいと思ったのかな? 知っての通り、俺は由紀江に追いつかない程度の実力なんだけれども」

 

彼女の目を見れば自分の実力に気付いているのだろうけれども誤魔化しの一言を添えればジジイから聞いたとの声が返ってくる。あの狸爺はホントに孫娘が可愛いらしい。

 

「……俺は戦わないよ」

 

「それは私があなたを侮ったからですか」

 

「いいや? 俺が剣術を収めたのはある目的のためだ。決して強くなるのが目的じゃない。それにしたって強くなりすぎてしまったけれど、俺は戦うことを楽しいとは思えない。剣術は目的のための道具、手段であって君みたいに強くなるのが目的そのものではない」

 

「それでもお願いです。戦ってもらえないでしょうか? あなたを侮ったことは謝罪します」

 

思わずため息が漏れる。これは決めたとなったなら動かない目だ。けれど一誠としても戦いたくはない。ならば、頭に思い浮かぶのは一月ほど共に鍛錬を共にした女性の姿。

 

「それじゃ、俺は戦うわけにはいかないけれども君に対抗できる人を紹介しよう。君も知っている相手だけれどね」

 

「え?」

 

そういってキョトンとした顔をする武神。

 

「ただし紹介する条件がある。今後、無差別に誰かしらに噛みつかない。俺の打ち込んだ気を君の膨大な気で押し流すのではなく、その違和感に慣れるようにする。そして俺が紹介した人物が一度負かした相手だったとしても決して侮らず、本気で相手をすること。それを守れたならば彼女の都合がついて君が俺の気に慣れることが出来たのならば彼女との対戦を組もう」

 

その言葉を聞いて百代の瞳が飢狼のように輝く。自らと対抗できる人物との勝負が先ほどの条件を守れば成立するのだ。しかも二つ目の条件は恐らく彼から百代へ送られた課題だ。これも一つの修行になるだろう。落ち着いた様子の一誠を見ればうなずいてくれる。彼ならばこの約束を違えることはないだろう。そして彼にそうまで言われる相手だ。十分百代を楽しませるだろう。

 

既に彼との対戦を望む心は彼から紹介された相手との勝負へと移り変わっていた。

 

それから、百代の気の循環は始まったのだ。

 

 

 

 

百代が部屋を出てから一誠は電話帳に登録された一人の女性へと電話を掛ける。以前とは比べ物にならない力を得た彼女に。




生憎と百代はヒロインの予定はありません。
今までの文章のタッチからしてお分かりだと思いますが。


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酒の席

なんかもうボロボログダグダ
書くのおっそくなったのにこのクオリティってどうなの?
すいません。

あと感想への返信は必ずいつかします。どうも機会を逃してから感想返しが出来ない。
今やれと言いたいだろうけどすいません。なんか気が乗らないんです。


自らが知る中で最速の獣。

 

それを今、橘天衣は相手にしていた。

 

「ふしっ!」

 

眼前にまで届かんとしていた刃が一瞬の内に獣の背に回り、獣の脚が天を突かんとする。その脚の進む先には満月。そしてその手前には天衣の頭がある。獲られて堪るものかと一瞬にして練り上げた自らの気を持って強化をし、自らの最速を持って回避に努める。そして広場となった場の端にある樹木に自らの体重を預け、獣に向かって反撃に出る。

 

腰に佩いた小太刀を抜き放ち、加速―――加速―――加速―――目の前の獣に届かせんと加速した自身の体の速度の全てをただ一突きに籠めて獣を討伐せんと解き放つ。

 

 

「っっつ!?」

 

最速の獣は今までの鍛錬用の姿から刈る者としての姿へと自らの体勢をシフトすることで天衣の渾身の突きを回避する。

 

「あっぶないなあ。天衣さん」

 

そういって木刀を回転させながら天衣の腰の位置よりも低い体勢から直立に移行する一誠。この体勢を一瞬でも一誠に取らせたことを天衣は誇る。過去、目の前で獣のような体勢を取った一誠を見たのは一度のみ。それもギリギリ視界の端に映った子供が事故にあう現場に急行するときのみという事実。その構えと速度を見て天衣は悟った。一誠という人物の本来の戦闘用の構えはあの獣の如き体勢なのだと。後に問い詰めれば返ってきた言葉は「あれは今のところ誰にも使う気はないんです」との言葉。実際、一誠は獣の構え以外の石蕗一誠流ともいえる普段の構えも十分以上に強者の構えだ。

 

けれど、武術家としては目の前の青年の本気を引き出したいと考えるものだ。それが今回、彼に呼び出され、百代との再戦の機会を用意してあると言われ、それまでの鍛錬に付き合うと言われて天衣は思ったのだ。彼と別れてからの自分はそれなり以上に強くなったのだ。ならばその力を試したい―――そう思うことは不思議ではないだろうと。

 

そしてその結果が今の状況だ。一誠の普段の鍛錬の場として使われている山の広場で天衣と一誠は対峙していた。天衣の手には一誠と関わってから片時も離れたことのない小太刀がある。自らの速度重視の戦い方と自らの体質を抑える目的で身に着けた小太刀は思ったよりも相性がよく、気の扱いを教授してもらっていた相手が刃物を扱っていたことも大きいのだろうが――――――天衣は現在小太刀術を主に使用していた。一誠程荒唐無稽な動きはしないが小太刀と足技を良く使うスタイルで多くの強者を破ってきた。

 

先ほどの一誠の一瞬の本当の意味での本気の構えを彼から引き出して天衣は歓喜に震えていた。

 

今までも十分以上に本気だったのだろう。それは対峙していた天衣自身でも理解している。けれども、彼が誰にも使う気のない構えを一瞬とはいえ自分を相手に使ったという事実が天衣の武人としての誇りを刺激して止まなかった。

 

「やっとその構えを引き出せたな! 一誠!」

「これ、俺にとっては恥もいいとこの構えなんですけど……速度だけは早いんであの時は使いましたけど自分の武術としては今のこれが一番ですよ?」

 

彼の恥という言葉。それが何を意味するのか天衣は知りうる筈もなく、けれど今宵の鍛錬は続いていく。

 

薙いで、払って、切って、蹴って、打ち込んで――――――幾つもの攻防が繰り広げられて鍛錬は終了した。

 

 

 

 

 

「ホント、連絡入れてすぐ来るとは思いもしなかったですよ」

「君が連絡を入れてくれた時、結構近くにいたからな。しかも百代との再戦の機会だ。自分がどれだけ強くなったのか興味もあったんだ」

 

鍛錬が終了してから一誠の部屋で食事をとる二人。天ぷらに齧りつきながら声を上げる天衣。続いて蕎麦に取り掛かる。

 

「しかしまさかここに泊まることになるとはな!」

「そう思っているなら数日後に来て欲しかったんですけどね」

「だから偶々近くに来ていたんだ。我慢できるわけないだろう?」

「どっかの安宿を手配しようと考えていたところにそのまま来られたんですから手配間に合いませんって。しかもそのまま鍛錬に行こうとか言い出すし」

「別に私は君の部屋で寝泊まりしても問題ないんだがなあ。別に君になら襲われても構わないし」

「洒落にしては笑えないので本気でやめてください」

「前も君の部屋で寝たことあったじゃないか」

「天衣さんが俺の部屋で酒飲んでへべれけになったから泊めただけじゃないですか」

 

天衣が適当に言っては一誠も適当に返す。二人の会話は以前からこのようなものとなっていた。鍛錬や武芸のことに関連しない範囲でなら二人は手のかかる姉としっかりした弟といったような関係になっている。

 

部屋に泊まっても色気も何もない関係なのだ。しばしばドキッとする仕草をする天衣ではあるが一誠はそこに一瞬女を感じても即座に彼女のダメオーラで緩和されてしまい、女性を部屋に泊めているという実感が薄い。昨年の共に鍛錬していた時には一緒に酒盛りをしてそのまま一誠の部屋で就寝ということも少なくなかったのだが今のところ男女の関係になってしまったことはない。

 

一応、ということで来客用の布団は出してあるが今夜は徹夜で酒盛りかなーと思わなくもない。一誠には翌日の大学があるが……まぁなんとかなるだろう。

 

「なー、一誠」

「はい、なんざんしょ」

「私は、百代に勝てるかな」

「どうでしょうかね。今までの武神なら今の天衣さんなら勝てたかもしれませんけど」

「心構えが違うと?」

「ま、そんなとこです。実際は戦ってみないとわかりませんけどね。汗臭い話はここまでにしてお酒飲みましょ」

「お、美味しそうなのだな。高かったんじゃないか」

「それなりです」

 

二人分のグラスにとぽとぽと注ぎ込まれる上等の酒。一誠自身は決して酒に弱くはない。その為かどうにもいろいろな種類の酒を集めるのが趣味になっていた。

 

ごくりと嚥下する酒気を帯びた液体は身体をカーッと熱くさせる。思考能力がほんの少し低下していくのがわかる。口も軽くなるのかもしれない。

 

「なぁ、あの時に君はあの構えを恥と言っていたが、何かあったのか?」

 

その言葉に酒を煽っていた一誠の動きがほんの少し止まる。だがそれもほんの瞬きの間だ。再び酒を煽ってから一誠は語りだす。自分の中に長年溜めこまれた言葉を。

 

「……天衣さんは輪廻転生って信じます?」

「ん? そうだな。あるかもしれないし、ないかもしれない。私自身が経験してないことだからな。判断は付かないよ」

「まぁ、そうですよね」

 

だが、と続けられる言葉。

 

「輪廻転生という考え方自体は嫌いじゃない」

 

死んだ後に何も残らないのはひどく味気ないと言葉が続いた。その言葉に一誠は苦笑をする。目の前の女性のように人生を堂々と過ごしていけていれば前世からこのような世界に生れ落ちることもなかったのではないだろうかと思ってしまう自分がいる。

 

「で、その考え方がどうかしたのかい?」

「いえ、本題に関係するのかわからないんですけどね。それじゃ、前世の存在は信じますか?」

「前世、か……私は前世の記憶なんてものを持っていないからなぁ」

「普通はそうですよね」

 

そう一誠が答えたのだから天衣は気づいた。目の前の青年はその前世の記憶というものがあるのだと。視線をやりながら注がれた酒を煽ると一誠が溜息をつく。

 

「お気づきのように、自分にはその前世の記憶というものが生まれた時からあったんですよね。精々二十数年程度の人生の記憶ですが」

「ふむ、だからと言ってそれが今の話に何か関係があるのか?」

「前世の死因に起因するとでも言いますか……自分のあの構えは確実に暴走状態に陥った時に生まれた構えなんですよ」

 

完全な暴走状態。先ほど行った鍛錬の時にはそのような空気はなかった。どういうことだと眉間に皺を寄せる。

 

「そんな睨まないで下さいよ。自分は前世で糞女の盾にされて暴漢に殺されたってだけです。だからなんですかね。見た目の派手な女性は未だにパーソナルスペースに侵入されただけで身構えてしまいます。で、重要なのはこの先なんです」

 

トラウマなんです――――――そう言葉が紡がれる。

 

「誰であろうとも自分の背後に女性が一人いて、目の前に刃物を持った人物がいる――――――そういう状況に陥ると自分でも歯止めがきかない程に暴走してしまうんです。前世のトラウマですかね? 武術を齧るものが自らを律せないなんて恥もいいところでしょう? 以前、大成さんと俺の鍛錬を見に来た沙也佳が背後に立った時に自分は暴走して大成さんを半殺しにしてしまいました。下手をすれば自らの師を殺していたかもしれない」

 

だからこその恥なのです。

 

酒で口が軽くなった。そう理解していても一誠は不思議な気持ちで一杯だった。今まで一誠は前世の話など近しい人間に話したことなど一度もない。けれど目の前の人物にはぺらぺらと饒舌に話してしまっている。なぜなのだろう? そう思考を巡らすと単純な答えが生まれ出た。

 

――――――ああ、前世での初恋の人に似ているのかもしれないな。

 

親戚のお姉さんだった。自らの話を笑顔で聞いてくれて、つまらない内容にも真剣に考え込んでくれる素敵な人だった。その人に見た目が少し似ていたのかもしれない。だからか、ほんの少ししゃべり過ぎた。そう、今話したのは冗談だったのだ。忘れてくれ。そう言い放つだけでいい。なのに――――――

 

「師をも殺めかねない構え―――か、いいじゃないか」

 

そう目の前の彼女は言ったのだ。

 

「別に師を殺めかねなかったことを気にするなとは言わない。けれど君の剣術はあの獣の構えの方がずっと美しかった。ああ、うん。美しかったんだな。正直見惚れた。私のわがままだな。けど私は君のあの構えに見惚れたんだ。出来れば、君のトラウマを克服してあの構えを見せて欲しいな、私は」

 

そう――――――ほんの少し酒気を帯び、とろりとした目で自分を見つめる瞳。その瞳を見て、その瞳に映る自分を見て悟ってしまった。ああ、自分はなんて怯えた表情をしているのだろう。師を殺めかけたことが怖かった。自分の力に恐怖した。自分のトラウマの深さに嘆いた。いつ自分のトラウマが発動するのか怖かった。いつ自分が理性を失って目の前の相手を攻撃するのか――――――いつも脳裏にそんな考えが浮かんでいたんだ。

 

だからだろう。自らを律せなければ――――――そういつも思っていた。だからだろう――――――自分に匹敵するやもしれぬ実力を持ちながら自らの欲望のままに行動する百代が気に入らなかったのは。だからだ。自分の中にあった思いが自らの気を彼女に打ち込ませるという行動をとらせた。確かに、今回、一誠が百代に気を打ち込んだ影響で百代の暴走の危険性は低下している。けれどこれは結果的にそうなった。冷静になった頭ではそうなるだろうと思っていたが、あの当時の心境ではそうなると考えていただろうか? 前世の記憶にあった著作物の内容なんぞ、どうだってよかったのだ。それは、今知る者達の性格がほんの少し先にわかっているというだけの指標でしかない。

 

目の前の彼女が言い放った言葉は何故か一誠の心の奥底に染み渡った。見惚れたのだ、と。自分の恥とも言える暴走の結果の構えを彼女は美しいと言ってくれたのだ。自らの未熟の結果を肯定してくれたのだ。別にそれで何が変わるわけでもない。けれど、一誠の中で何かが変わったのだ。

 

「ははっ……今までのは酒の席の戯言だと思っていてくださいよ」

 

穏やかに言う。怯えるのは辞めだ。

 

「けど、あなたとの鍛錬の時、少しの間だけあの構えでやりましょうか」

 

そう言ってみれば酒で朱色を帯びていた顔は興奮の色を示して是非という言葉が返ってくるのだった。

 

 



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それぞれが

更新一年振り近くてごめんなさい。

時間はあったけど書いて形にするより設定を脳内で妄想するのが楽しかったんや!


 石蕗一誠に軽蔑の意志を伝えてから二週間が経った。

 

 その間、由紀江は常にあわわ状態で過ごしており、妹からの報告で一誠は橘天衣を部屋に泊めており、見方によっては同棲ともとれるような生活を送っていると聞いている。

 拙い……本気で拙い……今となっては一誠も人間であるし、イライラしたりしてそれを百代にぶつけたのかもしれないとか実際は本当に百代のことを考えてあの攻撃を行ったりしたんじゃなかったかなーとか思ってみたりしている。

 というか今更ではあるが元から親しい関係であったから遠慮なく色々言ってしまったが、今までの事を振り返ると百代の方がもっと酷いことをやらかしているではないか。

 ヤンキーで自分に襲い掛かってくるとはいえ過剰防衛というか攻撃してくるのを楽しんで、しかも倒したら彼らに嫌味やその他色々な言葉を投げかけている。

 何故気付かなかった、知らず知らずの内に風間ファミリーの空気に毒されていたのか。

 そうだよな友達の沢山(一般的には少ない)いた地元を離れて知っている人が一誠しか居らず、しかも初めて一誠や元からいた友達を仲介しないで得た友達だ。

 舞い上がってもしょうがない。うん、自己防衛終了。

 

 そして現在沙也佳から入った情報を聞いた結果として、早く仲直りして現在共に生活しているという天衣との生活の調査に行きたい。

 なにせ自分が一誠に対して怒った原因である百代が気分よく普段の生活を送っているのだ。これでは自分だけ一誠さんと気まずい雰囲気になるなんて損ばかりではないか。

 

 いやいや損とか考えている場合ではなく!

 

 普段は週末には必ず一誠の部屋を訪れて、暇な時にも訪れていたのが二週間も部屋に行っていない。一誠はこれで由紀江の心配をしていないのだろうか? そんなに年上との同棲が楽しいのか畜生。

 

 由紀江は手入れしている刀に理不尽な怒りを込めて握る。

 

 そもそも由紀江は些細な争いであれば自分の方から謝る気質である。それは一誠との関係でもそうであったはずであるが基本的に一誠も自分が悪いと思った時はさっさと自分から謝ってくる。

 ただ、今回は一誠自身、自分も一部悪いと思っていても恐らく百代に自らの気を打ち込んだことは決して謝らないだろう。

 それが由紀江としても仲直りの方法が思いつかない原因になっている。地元では友達がいたとはいえ対人関係においては能力値の極端に低い由紀江だ。このような状況に陥ったことなどないし、それの解決方法など思いつきもしない。

 一誠に謝れば恐らく一誠はいつもの如く穏やかな微笑で許してくれるのだろう。ただ、今回のことにおいて由紀江が謝るとというのは由紀江の中で「何か」違うのだ。なんというか、なぁなぁの関係になってしまう感じがしてしまう。それはいけないことだ。

 

「悩んでいたって、時間は解決してくれないんですけどね……」

 

 自分が一子程に行動力溢れる人間だったのであれば二週間も一誠と顔も会わせることがないということは無い筈だ。

 けれど、ダメなのだ。あの時ほどの怒りは無いとはいえ自分の中で納得できなければ顔を合わせることはできないのだ。ただ、その納得できる何かが思い浮かぶ前に一誠の近くに天衣が現れてしまっただけで……考えているだけで泣けてきた。

 

 ああもう、何かしら納得できる何かが自分の中で得るためにはどうすれば良いのだろうか……

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 小雪はそれなりにうきうきしながら一誠の住むマンションへと歩を進めていた。それというのも旅行から帰って来てからこっち、一誠の部屋を訪れることがなかったためである。

 一誠の部屋を事前連絡も無しに訪れると何故か一誠のジャージを着て部屋を掃除している女が居た。

 

「「……………」」

 

 双方共に時が止まる。

 こいつは誰だ?

 小雪は一誠が誰かと同棲しているという情報は得ていない。最近一緒に鍛錬している相手がいるとは聞いていたが男だと思っていた。

 天衣は突如として部屋を訪れた小雪に驚くほかない。ついでに部屋の中だからと油断して一誠がくれたジャージで気を抜いた姿を見られたのが地味に恥ずかしい。

 

「えっと、どちら様でしょう?」

「それは僕も聞きたいところなんだけど」

 

 取り敢えず双方の事情を知っているであろう一誠はこの場にいなかったので努めて冷静に対応して自己紹介をしあう二人。

 双方の事情を聞いてとりあえずは一誠の知り合いであるという認識を改める。

 

 ただ小雪としては旅行の時に聞いた一誠の好みの容姿に近い天衣が一誠の部屋で居候をしていると聞き、危機感を募らせてちょっと涙目である。しかも居候の期間は天衣が一誠との鍛錬で納得いく調子になったらという実際は期限なんて天衣の思い次第でどうにでもなるというモノなのだから危機感は更に上がった。

 天衣が一誠が返ってくるまでゆっくりしてくれと言って淹れてくれた紅茶は一誠が淹れてくれた紅茶よりも美味しくはなかった。これなら私の方が上手く淹れられると地味に優越感を感じる小雪。

 

 しばらく雑談に興じていると部屋のドアが開き

 

「ただいまー、ん? 小雪が来てんの?」

 

 という一誠の呑気な声が聞こえてくる。

 

「んー、最近遊びに来てなかったから来ちゃったのだ!」

「来るのは構わないけど事前連絡くらいはくれよ。今日は夕飯食ってくの?」

「食べよっかな」

「了解っと。あ、天衣さん掃除任せちゃってすいません」

「いや、居候の身だしな。当たり前のことだよ」

 

 色々と一誠には聞きたかったのだが夕飯のお誘いに釣られて詰問は後日でいいだろうと流す小雪。そして冷蔵庫を開いてぶつぶつと言っている一誠を見ると小雪はやっぱり一誠が好きなんだなぁと改めて自分の感情を再確認する。

 ただ近くにいるだけでこんなにも胸の鼓動が高まる。近くにいるだけでこんなに安心する。もしかしたらこれは子供が父に向ける親愛なのかもしれないとも思うがけれど、小雪としてはこの感情が恋であればいいと思う。

 そうして一誠を見つめていると天衣が少し小雪を見てニヤニヤとした顔を向けているのを感じ、そちらに視線を向けると

 

「小雪ちゃんは一誠が好きなんだねぇ」

 

 と一誠には聞こえないように耳元で囁く様に言ってきた。そういわれた瞬間に耳まで沸騰するとでもいうように純白の肌を紅潮させる小雪。またもニヤニヤする天衣。人を弄るよりも弄られることの方が多かった天衣だがこの純情な少女は見ていて飽きない。

 天衣としても一誠のことは好ましく思っているし、付き合ってくれと言われれば喜んで付き合う程度には想っているが、それは恋なのかと言われると微妙なところだ。今は先ほど知り合い、そして自己紹介の席で一誠との関係を必死に探ってきた少女の恋の行方を見ていたい。

 そんなやり取りを二人でやっている間、その様子に気付きもしないで冷蔵庫の中身と夕飯に出来そうな料理を考えていた一誠は冷蔵庫をパタンと閉じて柏手を一つ。

 

「メニュー考えるの面倒だから今日は外食しよう!」

 

 と高らかに宣言するのだった。

 

 

 暫く一誠の部屋で時間を潰してから車で一誠おすすめの店まで向かうのだった。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 由紀江が同じクラスの友達と遊んだ帰り、自分が歩いている歩道とは反対の対向車線に見知った車を見つけてしまった。

 

 一誠の車だ。しかも助手席には小雪が乗り、後部座席には天衣も乗っている。時間帯や小雪の上機嫌な様子を見るに食事をしにいくのだろう。

 

 なんだこれ、なんだこれ。

 

 一誠を軽蔑した罰だと言うのだろうか。憧れの人が自分が思っていた非道なことを行ったから諌める目的で言ったというのにこの仕打ちはなんだと思考が沈んでいき、うなだれてその日は島津寮に帰って寮生に心配される由紀江だった。

 

 

 

 翌日、自分だけではこの状況は脱出出来ないと判断した由紀江は岳人を頼った。

 親しい間柄だけれども双方共に譲れないものがあり、喧嘩とは言わないが関係が冷えてしまった。どうすれば良いかと聞いてみたら

 

「そんなもん全力で喧嘩して、心の中にあるもん全部出し切ってすっきりすれば勝手に仲直りしてるもんだろ」

 

 というありがたい言葉を貰った。由紀江の中には何故かそれは天啓のように感じられてしまった。だからだろう、その日、学校の帰りにそのまま一誠が鍛錬しているという山に向かい、一誠を待ち受けた。

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 この状況はなんなのだろうか?

 一誠は困惑していた。普段、鍛錬をしている場所に天衣と共に向かってみれば静かに正座をしながら待っている由紀江がいた。

 最近はぎくしゃくして交流を絶っていた由紀江が何か決意を秘めた目でこちらを睨み付けてくる。

 

「一誠さん」

 

 静かな闘気をたたえた言葉が一誠に向けて発せられる。その全身から漏れてくる静謐な気に天衣は思わず身構える。それに一誠は泰然自若としてただ、「なんだい」と答えた。

 

「何も言わず、私と戦ってくれませんか?」

 

 覚悟を決めた瞳だ。

 何を考えてこのような行動をとっているのかは一誠には推測出来ないが、それでも由紀江なりに真剣であるということは伝わってくる。ならば年長者として正面から受け止めるだけである。

 天衣との鍛錬を予定していた為に、天衣にやってもいいかと視線だけで許可をとろうとすれば天衣は静かに首肯をして二人の邪魔にならないように離れた気に体を預ける。

 

 そして一誠は自らの持つ刀を抜き放ち、一回転させてからパシッと音を立てて自らの右手に握る。

 

 その姿を確認してから由紀江も刀を抜き放ち

 

「ありがとうございます。私の我儘に付き合ってくれて……行きます!」

 

 全力の踏込を持って一誠に仕掛けた。




この作品におけるそれぞれの立場

・一誠に対する恋愛感情
由紀江=小雪≧天衣

・一誠からの恋愛感情
天衣>小雪≧由紀江

・一誠に対する好いてるアピール
小雪>由紀江≧天衣

・外堀の埋まりぐらい
由紀江>小雪=天衣

こんな感じ




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由紀江と対決

とりあえず頑張って次話書いた
戦闘描写は苦手なのでこれで我慢しちくりー


 天衣は由紀江と一誠、双方の剣撃を興味深げに観察していた。

 由紀江が一誠に飛び込むように駆けてくると同時、由紀江の太刀が煌めく。神速の斬撃が三閃、しかし、それらを一誠は脚を振り上げ、その足先で太刀の腹を蹴ることで無効化してしまう。なんという技量だろうか。

 今の自分なら似たようなことは出来るかもしれないが、それでも自分は小太刀を用いて斬撃を逸らす選択をする。その方が確実だと自分でわかるからだ。だが、一誠は脚での迎撃を取った。つまりは……

 

「直線的すぎるな! 由紀江!」

 

 脚で迎撃したならば、反撃は難しい。けれど一誠の剣術はそのような状況を一顧だにしない。由紀江の斬撃を迎撃したと同時に一誠の手に握られた刀が由紀江に向かって振るわれる。

 

「なんの!」

 

 一誠の挙動は知っているのだろう。由紀江はこれを自らの太刀を蹴り上げられたと同時に一足で後退し、距離を取った。

 

「全力で、と言いました。一誠さんも全力で向かって来て下さい」

「っは! 言ってろ」

 

 一誠の刀が舞い、それを由紀江の太刀が迎え撃つ。

 ここ最近では耳に馴染んだ金属と金属のぶつかり合う音が響き渡る。まるで音楽のようだな、と天衣は思った。

 一誠が指揮をし、それに必死に追いすがる演奏者が由紀江だ。

 

「はあっ!」

 

 腰をねじりあげてからの大振りな斬撃が一誠を襲う。これまでの斬撃の速度とは比較にならない速さであるが、ここ暫く一誠とともに鍛錬をしている天衣からすればその速度は一誠の本気の速度に劣るとわかってしまう。

 

「っと!」

 

 ほら、やっぱり迎撃された。一誠が由紀江の全力という言葉に応えようと蹴りだけでなく、刀が宙を舞いだした。くるんくるんくるん。まるで自らの意志で刀が舞い踊っているかのように軽やかに刀は宙を舞う。

 

「そら! 全力で受けに回れよ!」

「ッツ!?」

 

 一誠のその言葉と同時に一誠と十分距離が開いていた筈の由紀江が弾かれたように更に後退する。

 いや、実際に弾かれたのだ。宙を回っていた刀が一瞬地面に対して水平になった瞬間に一誠はその柄尻に足の甲を当て蹴りだしていた。由紀江に届いた後には器用にも柄尻を足の指で挟みこんでいる。

 けれど押されたままで由紀江も黙っていない脚の伸びきっている一誠に隙を見出したのか直線的な動きながら凄まじい速度で接近し、一誠の足先にある刀を跳ね上げる。それで一誠を無効化できたとは思っていまい。けれど少しでも一誠の行動の選択肢を減らせたとでも思ったのだろう。口の端が上がったのが見えた。馬鹿が、一誠が全力で応えるとなったらその程度ではなんともないと思え。

 

 片脚は水平からむしろ垂直にまで持ち上り、片足しか地に触れてないのに滑るように由紀江に近づいて行った。由紀江もこのあと一誠が何をするのかわかったのだろう。一誠の地に着いた脚に向かって太刀を払った。

 だが一誠は太刀の払われたほんの少し上まで跳躍し、持ち上がっていた脚を由紀江に向かって振り下ろした。

 

ドンッ!!!!

 

 懸命に一誠の踵落としから逃れた由紀江の耳を打つのは人が地面に蹴りを落としたとは思えない程の重低音。地面は爆砕するのでなく一誠の踵の形を表すように押しつぶされていた。

 

「いい反応だ。成長しているじゃないか」

「ありがとうございます。けれど、その余裕無くしてみせます!」

 

 それからは攻守が入れ替わり立ち代わり、耳を撃つキンキンという音が山に響き渡る。

 

 最初に剣を交えてからどれほどたったのだろうか?

 由紀江の方は既に息も荒く、何度も一誠の攻撃を受けた太刀を握る手は少ししびれが見える。

 対する一誠は汗をかいてはいても息を乱した様子は無く、剣撃の途中で突如離れた由紀江を見定めるように刀を握る手をだらりと下げている。

 

 はぁはぁと乱れた息を落ち着かせるように呼吸をした由紀江は決意を秘めた目で一誠を見据える。

 

「一誠さん」

「はいよ」

「もう私が全力で振るえるのは一撃のみです」

「まぁ、だろうな」

 

 一誠がちらりと由紀江の手を見てみると小刻みに震えているのが見える。

 

「だから、最後に一撃だけ」

「おう」

「一誠さんも本気の一撃を」

「わかったよ」

 

 しかたない、とでも言うように今までに見たこともない――――――けれど刀を振るうのであればそれなりに見る脇構へと移行する一誠。

 前に重心を置いた一誠は言う。

 

「そんじゃ、最後に一撃だけ」

「ええ、一撃だけ」

 

 そう言って双方は駆け出した。

 由紀江は自らにとっての全力を放つ。黛の剣術の中で三番目に強力で、そして現在の由紀江であれば全力を出すとしたらこれ以外ないと言える「阿頼耶」

 一誠は由紀江に応えるように走り出す。我流の剣術を収めるしかないとしても腐らずに毎日続けた素振りの末にたどり着いた一誠の中では唯一黛の剣術に通ずるところがあると言える一誠のただ一振り「断空」

 

 

 

――――――空が割れた

 

 

 

 それを感知したのは川神にいる武術家だけでなく、日本にいる達人と呼ばれる者達全てはその一瞬の風を感じ取っていた。だが、同時にこの風を感じれる者達に向けられているのだろう、風に含まれている片方の言外の意志も感じ取っていた。

 ただ、そっとしていて欲しいという願いにも似た思いを。

 それを無視してその風を生み出した者を探そうとすれば自らは武術家として終わる。そう思ってくれる者達が大半であった。

 そしてより鋭い武術家たちは小さいながらもはっきりとした想いをも感知し、微笑ましいものを見るように笑っていた。そう由紀江の想いだ。

 

「私を見てください」

 

 ただ、それだけだった。

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 最後の最後で手加減された――――――のだと思う。

 そうでなければ最後の一撃、由紀江は確実に切られていたと思うし、自らの手にある太刀もほんの少し欠けるなんていうような状態にならず、完全に両断されていたのだろうから。

 

 敵うとは思いませんでしたけど―――戦っている時はそのようなことなど忘れていた―――やはり一誠さんは強かったですね。

 

「気は済んだかい?」

 

 私の我儘に付き合ってくれた一誠さんは気遣うように太刀を抱え込んでいた私を覗き込む。

 

「ええ、なんというか……思いっ切り戦って頂けてすっきりしました」

 

 少なくとも今、目の前にいる一誠は昔から由紀江の知る一誠のままなのだということは理解出来た。だから変に悩みすぎる必要はないのだ。

 

「一誠さん」

「あいよ」

「軽蔑したというその時の思いは今もあります。けれど、それだけでないのも私の想いです」

「ああ」

「だから、こんな面倒くさい私ですけど」

 

 小さく一誠が笑った気がした。

 

「これからも隣に居させてくださいね」

 

「当たり前だろう? 大切な妹分だからな」

 

 少し由紀江は拗ねた。

 それを見届けてから天衣は柏手を打ち二人の間に入ってくる。

 

「ほらほら、問題が解決したのなら一誠は私との鍛錬を始めようか」

「え? 天衣さん、俺結構疲れているんですけど」

「息も乱してないで何を言っているんだ。私の調整に付き合ってくれると言ったのは一誠だろう」

「わ、わかりましたよ……ほら、由紀江。疲れているだろうからこれ飲みながらでも休んでろ」

 

 一誠の荷物の中からスポーツドリンクが由紀江に手渡される。ああ、なんだかこんな光景は実家での日々から久しくなかったかもしれない―――由紀江は思いながら一誠お手製のドリンクを飲むのであった。

 

 

 

 天衣との鍛錬を終えた一誠が一言。

 

「あ、由紀江、それ残ってたら頂戴」

「ひゃいいいいいいいいいいい」

 

 なんてこともあったが取り敢えず由紀江としては満足のいくひと時であった。

 

 そして三人で帰る道すがら一誠は由紀江に向かって

 

「ああ、そうだ由紀江」

「なんです?」

「天衣さんの調整もあと少しだからな。武神に伝えといてくれよ」

「ああ、対戦の日取りが決まったとな」

「次の休日の昼過ぎにやろうってな」

「……はい」

 

 後日、その知らせを受けた百代は昂ぶった自らの気を抑えることが出来ず、周囲を威圧してルー師範代に怒られるのだった。



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天衣VS百代

戦闘描写ってなんなん

あ、本日二話目です。


 由紀江と一誠のそれなりに激しかった対決から数日。約束を守るために天衣と一誠は川神院へと向かっていた。

 今までは大丈夫だと思っていたが、これから以前惨敗した川神百代と戦うことになるのかと思うと心臓の鼓動が速まり、知らず早足になりかける。

 私はこんなにも弱かったのだろうか?

 下手な考えが思わず脳裏をよぎる。けれどもそれも一瞬の事だ。

 

「ほら、らしくなく緊張なんかする必要ないですよ」

 

 そういって隣を歩いていた一誠が肩を揉んでくる。人によってはセクハラだと騒ぎ出すような行為なのだが今の自分にはありがたかった。うん、下手に考えすぎる必要なんてないんだ。

 

「私はただ、全力を出せばいいだけだったな」

「そゆことです。まあ、もし負けちゃったらヤケ酒付き合いますよ」

「負けるの前提で言うんじゃない、この馬鹿者が」

「ははっ、その調子ですよ」

 

 うん、緊張がほぐれてくる。川神院へ向かう足取りも落ち着いてきた。これから立ち向かう百代に苦手意識は残ってしまっている。けれど、こちらには頼もしい男が背中を支えてくれているという思いが胸を満たしている。

 ああ、これだけ心強い味方がいるんだ。ただ闘争を求める獣の百代に負けて堪るか。

 

「そんじゃ、祝勝会するために買った食材を無駄にしないために勝って来てくださいよ」

「それを聞いてはますます負けられないことになったじゃないか」

「ええ、期待しています」

 

 まったく、視界に映る川神院からは百代の昂ぶった気が立ち上っているのが見えているというのに一誠の空気に流されてしまう。けれど、これでいいのか。気負わないでいこうか。

 

 

―――――――――――――――――

 

 

「よく来てくれたの」

 

 そういって鉄心が川神院の入り口で二人を迎える。天衣はぺこりとお辞儀をしたが一誠は百代からことの次第を少し聞いたからかジト目で鉄心を見ている。その眼にはしっかりと「爺馬鹿は良いが自分に迷惑かけるな」と語っている。

 たらりと鉄心の背中を熱くもないのに汗が流れる。けれどそれに気づいていながら空気を読まないで天衣が静かに川神院の対外試合場に歩を進め、それを溜息一つはいて一誠が続く。

 

「やれやれ、おっそろしい目をしおるの。しかし……用意してきた相手が橘の娘か……今のモモの相手が務まるかのう」

 

 その呟きが聞こえたのだろう。まるでけがらわしいものを見るかのような目で一誠が睨んできていた。全く、こちらが悪いとはいえ、怖い怖い。

 

 

「今回の対戦相手は天衣さんでしたか」

「そうだ。以前破った相手でやる気が湧かないか?」

「まさか、見た目やその動作で侮って痛い目を見たんで今度はそんなことしませんよ」

「まさか百代からそんな言葉が出るとはな」

「いやだなあ、可愛い後輩の成長を素直に喜べないんですか?」

「少なくとも先輩として今日は勝たねば後輩の成長を喜ぶところまでいけないな。それに可愛い後輩はそんなこと言わんよ」

「あはは、仕方ないですね」

 

 皮肉めいたやりとりをした後、天衣は線引きされた舞台の外で正座でこちらをまっすぐに見ている一誠に向かって笑いかけると口だけで『私の成長を見てくれよ?』と言うと一誠からは『楽しみにしてますよ』と返ってくる。

 

 

 

――――――――――――さぁ、リベンジマッチを始めよう。

 

 

 

 相対する天衣から一気に今まで感じたことが無い程の気が噴き出す。豪風のように荒々しく、けれどそれを過ぎればまるで先ほどの気の奔流などなかったかのように無風とでもいうように天衣から感じられる気が亡くなってしまった。

 

「さあ、始めようか」

 

 けれど天衣はそれに頓着せずに腰に佩いていた小太刀を抜き放ち構える。ああ、なんてことだ。天衣は百代の知らないワザで来てくれる。それは天衣が以前百代に敗れてから身に着けたワザということだ。

 それを見て百代が感じたのは歓喜。うれしい。自分に再度新たなワザを携えて挑んできたのだ。しかも先ほどの気の奔流は以前の天衣にはなかったもの。

 ああ、試合が始まるのが待ち遠しい。

 

「ああ、始めよう! ジジイ!」

 

 思わず審判役を請け負った鉄心に催促の言葉を投げかける。

 

「まったく辛抱がないのう……双方、共に問題は無いか?」

 

「無い」

「あるわけないだろう!」

「ああ、でも――――――」

 

 問題ないと言ったその口でけれど、と天衣は言葉を紡ぐ。

 

 

「瞬間回復は常に意識しとけよ、百代? 多分、かなり深い傷が増えると思うからな」

 

 

 そう言った。その言葉に野獣の如き笑みを見せる百代。目線だけで鉄心に開始の合図を催促する。

 

「まったくもう……それでは!」

 

 双方が構える。天衣は半身で小太刀の切っ先を百代に向けて静かに構え、百代は我慢できぬとばかりに前傾姿勢でいまにも飛び出しそうな構えだ。

 

「はじめええええええええええええい」

 

 

 

「まずは小手調べだ! か・わ・か・み・波!」

「バカが! そんな無駄の塊のような技で今の私を捉えられると思うな!」

 

 百代の手の平から極太のエネルギー砲が発射される。けれどもただ百代の強大な気を外界に押し出しただけの技とも呼べないようなものだ。今の天衣には恐れるほどのものではない。

 一足で百代の側面に回ると内界に回した気を加速させて自らの身体能力を一気に加速させる。

 

「まずは一撃!」

「ッッ!!」

 

 百代の背後を通り抜けるように移動した天衣。その手には血塗られた小太刀があり、手の中でくるりと回されてその血が払われる。

 その動きを思わず茫然と見てしまった百代は足元から襲ってくる予想していなかった痛みに即座に瞬間回復を発動する。

 

「足の腱を!」

「ダメじゃないか百代。自らの視界をもさえぎる様な技を使っては」

 

 どうやら自分はまだ天衣を侮っていたらしい。小手調べなんてものをしている状況じゃない。むしろ自分が全力を出して勝てるかどうかの相手だ。

 ああ、嬉しい。

 ああ、楽しい。

 あああああああ、どれだけ私を喜ばせてくれるんだこの人は!

 

 

 

 

 百代が興奮して一撃を加えるべく天衣に襲い掛かっているのを横目に鉄心は驚愕していた。天衣の実力にではない。いや、それも含まれているがけっして主はそこではない。

 百代が放ったかわかみ波の先には正座していた一誠がいたのだ。しかも鉄心が周囲の安全の為に張った結界の外ではなく中に。危険だと思った。だからどうにか助けようとしたのだ。

 

 けれど、必要なかった。正座したままの姿で自らの刀を抜き放ち、百代の放ったかわかみ波をかき消した。そう、切ったのではなくかき消した。なんというワザだ。

 確かに彼が強いだろうとは思っていた。百代をたきつける為に彼が百代より強いとも言った。けれど実際に彼の腕前の一端を見たのは鉄心をしてこれが初めてだ。百代は天衣に夢中で今のワザを見てはいないだろう。

 けれど、これでは百代より強いどころではない。剣聖め、なんという化け物を育ておったのだ。

 

――――――彼が暴走したとき、止められる者がいなくなってしまうではないか。

 

 内心で思った時に一誠はこちらを向き鉄心の目から見てもとてつもない速度で掻き消え耳元に「ご心配なく、自分は戦闘狂でもなければ無為に他者に剣をむけませんので」という言葉を残して元の場所に戻ろうとする。

 けれど一瞬何か思いついたのかまたも鉄心に近づくと「ああ、それと――――――天衣さんは速度だけでしたら自分よりも上ですので」気を付けてくださいね。というかのように微笑をたたえて元の位置で正座の形に戻る。

 一瞬の出来事。けれど鉄心はそれに盛大に顔を顰めるのであった。

 

 

 

 

「そら、既に二十に近い重症を負ったぞ」

「クソッ!」

 

 あまりの素早さに天衣を百代は捕まえることが出来ないでいた。

 なんだ、この素早さは。以前と比べることすら烏滸がましいほどの眼にもとまらぬ連撃が百代に加えられる。自分も一誠に気を打ち込まれてから普段以上の鍛錬に励んだというのにまるで追いつけていない。

 途中から天衣の動きを観察することに集中することでどうにか目が慣れてきて動きは見えるようになってきたがそれは百代の資質が優れているからだ。本来ならばこんな短時間で追いつけるような速度ではない。

 

 既に天衣の言うように二十近い傷を負い、その為に瞬間回復でエネルギーを大量に消費してしまっている。

 どうする。どうすれば天衣を捉えることが出来る。ブラックホールを出すか? いや、その動きの初動を見せたならば即座に切りつけられるだろう。

 瞬間回復という自らの業に任せて突撃を仕掛けるべきか? いや、天衣の獲物は小太刀だ。由紀江の使うような刀ならば自らの体に突き刺させることで動きを封じることも出来るだろうが小太刀では突き刺させて動きを止めるような動きを見せれば即座に引くだろう。

 やはり、攻撃してくる瞬間のカウンター、これに賭けるべきか。

 

「やっとの本気か。エンジンがかかるのが遅いな」

「はははっ、耳に痛いですね」

 

 天衣からの皮肉に苦笑しか出ない。天衣は言っているのだ。闘いを楽しもうとして手加減をするなと。

 少なくとも今回は最初の一撃を除いて本気でいたつもりなのだが天衣から見ればその動きの違いから今から本気をだしているように感じたのだろう。

 手加減をして戦うことに慣れ過ぎた。少しでも闘いを長く楽しみたかった。けれど、天衣との闘いは彼女が首を狙えば即座に終わるようなものだ。刃物を使った戦いは本来一瞬で決まるというのだろう。

 

 ああ、勿体ないなぁ。なんて思っていたら自分の中に打ち込まれていた一誠の気が爆発的に高まって行く。まるで今回の闘いに感傷を持ち込むなと主張するようだ。事実一瞬一誠の方を見れば百代を睨み付けている。

 なんだ、ここに打ち込まれた気は今回妨害するためかなとか微かに思っていたのにそんなことなかったのか。最初の出会いが出会いだったので百代としても一誠の事を心の底から信じることが出来ていなかったのだ。

 実際自分は失礼な態度だったと思うし、そんな自分に本当に相応しい対戦相手を用意してくれるなんて……

 

 ああ、この人とも戦いたかったなぁ。

 

「気が散っているぞ!」

「ッッ!」

 

 一瞬気を抜いたら天衣の小太刀が脇を掠り、そして百代に捕まれないようにと天衣は一誠が得意とする足技を持って百代を弾き飛ばす。

 あまりに強く弾いた影響だろう。肋骨の何本かが折れたのか瞬間回復をまたも使ったようだ。けれど、先ほどの腑抜けた雰囲気は払しょくされている。

 

「すいませんね。思春期なもので」

「どの口がいう!」

 

 天衣がまたも不規則な動きで百代に接近してくる。

 躱せない。そう判断してから百代の行動は決まっていた。

 

 天衣の小太刀が太ももに触れたと知覚した瞬間に百代はある技を発動する。

 

「人間爆弾!」

 

 百代を中心に大爆発が発生し、そのエネルギーが鉄心の張った結界を軋ませる。掴むことは出来ない。だからこそ近づいてきたところを自爆技で巻き込む。

 本来の人間爆弾の威力よりは落ちるだろうが少しでも天衣にダメージを与えれば本来のスピードを少しでも殺せる。ならば百代にも勝機は見えてくる。

 

「ッツ! 少し効いたぞ百代」

 

 遠く離れた位置に少し服の破れた天衣がいた。どうやらダメージはそれなりに与えることが出来たようだ。

 代わりに気を練った斬撃を爆発の瞬間に何撃が貰い、瞬間回復を数回連続で使わなければ回復出来ないような傷を負わされたが。

 だが、それだけの犠牲を払ったかいはある。

 

「これからが本番ですよ!」

「それはこちらのセリフだ!」

 

 ほんの少し速度の落ちた天衣を百代は捉えていた。そもそも先ほどの最速の状態の天衣の速度に目はどうにかついていくことの出来ていた百代だ。自然、速力が落ちれば対応することが出来るようになってくる。

 

 天衣が近づいてきたと同時にカウンターを発動する。

 

「はああああああああああああ、無双正拳突き!」

「以前敗れたそれを食らう訳にはいかんのだ!」

「なっ!?」

 

 天衣は、上体の移動だけで百代の無双正拳突きを躱して見せた。

 

「そら、動きが止まっているぞ!」

 

 刃が突き立てられる。

 

「それを待ってました!」

 

 突き立てられた瞬間に百代の腕は素早く伸びきった天衣の腕を掴み自らのワザを繰り出す。

 

「ダブルで行きます! 川神流 雪達磨! 炙り肉!」

「ッグ……やられるかあああああああああああ」

 

 百代の繰り出す全てを固める冷気と紅蓮の炎を繰り出す技を受けながら天衣はその柔軟な股関節を生かしてほぼスペースの無いところから垂直に脚を振り上げ百代の顎を狙う。

 その鋭さを感じ取ったのか百代も深追いはせずに掴んでいた腕を話してその脚撃を回避する。

 

「はあはあ、これで……片手は潰すことができましたよ」

「ふん、瞬間回復に頼っているような者が生意気を言うんじゃない」

 

 やせ我慢である。天衣の腕は後で気を用いた治療を受ければどうにかなるが相反する属性のワザを一瞬の内に食らい、この戦闘中に使うことは叶わないだろう。

 けれどそれに対する百代も余裕があるわけではない。既に瞬間回復の残りは一回使えるかどうか。他に川神流の奥義を使う余力などない。

 瞬間回復に頼り過ぎていたという天衣の言葉はまさにその通りだ。今回の試合において普段以上に瞬間回復を使わされ続け、他のワザを使う余裕がなかった。

 もう、こうなったら最後は瞬間回復になぞ頼らず自分の最も得意とするワザを繰り出すしかないだろう。

 

 双方共に次が限界、それを理解しているのだろう。最後の一撃を加える為に踏み出した一歩は双方同時だった。

 

「あああああああああああああああああああああああ」

「はああああああああああああああああああああああ」

 

 相手の顔が至近距離に迫る。

 

「無双――――――」

「我流――――――」

 

 百代は前回の試合の時に用いた最後の技を全力で!

 天衣は一誠に付き合って貰った結果編み出した最速の一撃で!

 

 

「正拳突きいいいいいいいいいいいいいい」

「断ち風えええええええええええええええ」

 

 

 

 

 両者の全力を籠めた一撃が交差し、時が止まる。

 

 双方共に一撃を加えたというのは確実だ。一誠も鉄心もそれは確信している。

 

 そしてその後の動きも両者同時だった。

 

 

――――――ドサッ

 

 

 倒れた。両者同時に。百代は天衣に切られた箇所から血を吹き出しているし、天衣は天衣で百代にやられた片手の損傷が激しい。

 

 何も言えなかった。けれど、動かねばならない。

 

「双方、同時に倒れた。この勝負引き分け! 急いでモモと橘の娘の治療を!」

 

 一誠が天衣を抱え、鉄心は百代の来ていた胴着を使用して止血。その後川神院の修行僧たちに二人の治療をするように伝えるのだった。

 

 一誠が修行僧に治療をお願いするとき、天衣は途中で意識を取り戻したようでぼんやりとした瞳で一誠を見据えると

 

「なあ、一誠。私は勝てたのか?」

 

 と問うてきた。

 

「いいえ」

「なら負けたか?」

「いいえ」

「なんだ、祝勝会はお預けか」

「ま、引き分けでもよろこんどきましょう」

「ふふふ、君は相変わらず武術をやっているような人と異なることを言うな」

「そうでしょうか?」

「悔しいよ……」

「そうですね」

「まだ、君の所で君とともに鍛錬をしてもいいかな」

「ええ、天衣さんの気の済むまでご一緒しましょう」

「ありがとうな、一誠」

 

 静かに微笑んで天衣は治療を開始されるのだった。




もうぐずぐずですよホント


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川神に伸びる九鬼の手

指の動くままに書くとこうなる。大体書く前に自分が思っていた展開とも内容とも違うという状況になる。


 

 武神との対決を終えた翌日、つまり2009年の5月24日、片手に包帯を巻いた天衣と一誠は部屋でだらけていた。

 主な原因は昨日家に帰ってからの酒と大量の一誠手製の料理の数々による胃もたれが原因だが、それだけではなかった。

 

 ああ、これが燃え尽き症候群とでもいうものなのだろう。そう、何かをやる気力というものが湧いてきていないのもこの状態の一助ではある。

 百代との対決という一大イベントは天衣の中で結構大きな物になっていたらしい。どうしよう……思った以上にこれからやることが思い浮かばない。

 一誠のベッドを占領していた天衣は最近買った三人掛けのソファーで寝転んでいる一誠を見やる。尚、このソファーは普段天衣のベッド代わりになっている。昨晩は一誠が天衣の怪我を心配して交代していた。

 ここの居心地は良いし、自らを高みへと引き上げてくれる相棒もいる。しかも料理当番は交代制を取っているとはいえ相棒の料理の腕は女である自分以上だ。ちょっとここら辺で女のプライドが刺激されるが本当に居心地がいい。あ、やばい……ずっと居ついてしまうかもれん。

 

「なあ、一誠」

「んー?」

 

 日曜だからと珍しく雑誌を広げて寛いでいる一誠が天衣を見もせずに応える。

 

「これからどうしようか?」

「んー」

「どっか遊びに行こうか―」

「あーわかるー」

 

 こいつ、聞いていない。

 何の雑誌を見ているのかとちらりと見てみるとどうやら旬のフルーツを使ったデザート特集を見ているらしい。

 

――――――どこの女子だ。

 

 けどこれは今後私の胃袋に入るデザートのレパートリーが増えるであろうことを示しているので天衣としても何か言うつもりはない。

 ただ、聞いていないことに対しての抗議として一誠が愛用している抱き枕を投げつけてやるだけだ。

 

「わっぷ!?」

「はははっ、当たった当たった」

「人が気持ちよく本読んでいたのになんてことしやがりますかこの居候は」

「君の紹介で入ったバイトの給料が出たら諸々の経費は入れるから居候ではない! というか人の話を聞いていないのがいけない」

「あー、確かにそれは自分が悪かったです、はい」

 

 雑誌を閉じて自らに投げつけられた抱き枕を膝に置いてこちらを見やってくる一誠。

 

「で? なんの話でしたっけ?」

「いや、なんか昨日の対決からこう、燃え尽きてしまったというか……今後何をすればいいかわからないというか」

「んー、天衣さんとしては今後とも俺との鍛錬は続けていく方針でいいんですよね?」

「ああ、一応は暫く君の世話になりたいと思っている」

「なら、とりあえず鍛錬しながらやりたいこと探して行きましょう」

 

 全ては解決したとばかりに雑誌を読み始める。おい……自分で考えるのが面倒だからって現状維持をとるなよ。

 けれどもまあ、そうなるのも仕方ないかと思う。どうせ何かをしたいと思って、行動して、その結果に納得するかどうかは自分しかわからないのだ。

 今回の百代との対決に関しては一誠が手助けしてくれただけ。これ以降も一誠を頼っていたのでは何かを得ることは出来ないかもしれない。まあ、暫くはまだ御厄介になるのだが。

 適当に雑談を挿みながら緩やかな午前を過ごしていると天衣のお腹が可愛らしくキューっという音で空腹を知らせる。思わず腹を抑える天衣だがそれに対し苦笑した一誠がソファから立ち上がって昼食の準備を始めようと冷蔵庫を開ける。そして絶望的な顔をした。

 

「天衣さーん」

「んー?」

「残念なお知らせがあります」

「……知らせてくれたまえ」

「食材となる物がちくわしかありません」

「な、なにを」

「昨日のどんちゃん騒ぎで料理を作りまくって無謀にも食べまくった結果、食材が底を尽きました」

「買ってくるとか……」

「……今からですか?」

 

 言外に『今から買い物に行って、その食材を調理するまでその空腹状態を我慢できますか』と聞いている。その問に対して天衣は我慢できる気がしなかった。

 

「む、無理だ」

「あー、俺もちょっと考えなしに昨日作っちゃったしなー。そうめんでもあればちくわ添えてケーキ用のミカンの缶詰も付けて十分なのに……」

「さすがにまだそうめんには少し早いしな」

 

 最近散髪をサボって長くなりつつ髪を邪魔くさそうにかき分け、ぼりぼりと頭をかいている一誠は仕方ない、とでもいうように溜息を吐いてから新聞の折り込みチラシを持って天衣の所にやってくる。

 

「しょうがないんで、昼は出前とりましょう。ピザでいいですかね」

「ピザか! マルゲリータというのを頼もう!」

「んじゃ、それと……あとはー」

 

 という所でインターホンが鳴る。誰だ?

 一誠がはーいという声と共に来客者に応答すると目の前には小雪と準、そして冬馬がいた。天衣は小雪との面識はあったけれどもその他二人との面識はない。

 訪れた三人はぺこりとお辞儀をすると小雪のみ「やっほ、いっせー」とだけ言ってずかずかと部屋にあがってくる。残った二人は小雪の行動を見て苦笑して一誠に謝罪をし、一誠も小雪ならば仕方ないと思っているので二人にも上がるように促す。

 

「およ? いっせー達これからお昼だったの?」

 

 小雪がソファに座り、先ほど天衣と一誠とで悩みながら見ていたチラシを見つけ言う。

 

「ああ、冷蔵庫が空っぽでな。小雪たちは昼はもう?」

「一応食べてきたけど余裕はあるからちょっと食べたいな!」

「ユキ、わがままが過ぎると一誠さんに嫌われますよ」

「あ、気にする必要ないぞ冬馬。小雪の我儘には慣れっこだ」

 

 冬馬の言葉に一瞬身をすくめる小雪だったが一誠の言葉に笑みを浮かべて勝手に注文するために電話をし始める。電話中の小雪にマルゲリータも頼むのを天衣は忘れなかった。

 一誠がお茶を淹れて来るのと小雪が電話を終えるのは丁度同時だった。お茶をテーブルに置いていくと小雪から「いっせーはここね!」と小雪の隣を示される。

 ベッドの上には天衣が、冬馬と準は以前来た時と同じようにクッションを下に敷いて座っている。 ここに三人が来たからには何か話があるということだろう。小雪だけだったならば飯をたかりに来たとか、何故か置いて行った昔の家庭用ゲーム機で遊びに来たとか色々と推測は出来るのだが残り二人に関してはそのような前科はない。

 であるならば冬馬、準と対面になるように座った方がいい。となると自然と小雪の隣になるために一誠は何のためらいもなく小雪の隣に座ることとなった。

 一誠が座るなり一言。

 

「で? 突然の来訪ってことは何か厄介事でもあったのか?」

「厄介事……と言っていいのかはわかりません。ただまあ、最近川神を九鬼が探っているようでして」

 

 お茶を飲むなり冬馬は語りだす。

 そう思ったのは九鬼英雄と友達になった時に感じた探るような視線を最近になってまた感じるようになってきたのだという。

 友達になった当初の視線は英雄の友人の身辺調査を独自に行っていた九鬼従者部隊の者の視線だと後に教えられたのでわかったという。

 それから今度は自らの父やその関係各所の不正の実態の証拠集めの時に何故か父と自分以外の者がその証拠のファイルが収められている棚を弄った形跡があった。

 それ以外にも川神を歩いていると不良の数が劇的に減って来ており、これは何かあると探りを入れていってみるとその背後に九鬼の影が見えてきたのだという。

 冬馬はこれに対して英雄に連絡を入れ、九鬼はこの川神で何かをやろうとしているのではないかと聞いてみたら……

 

「これがどうやら九鬼の技術力を披露する場として川神学園が選ばれたらしく、少しでも害の無いように川神の治安を良くしようという活動の一環だったようです。九鬼が私のところを探ろうとしていたのも葵紋病院の闇に気付いたのでしょう」

 

 彼自身、さらっとなんでもないことのように話しているが内心は穏やかではない。九鬼の、それも従者部隊の者が出張ってきたとなれば徹底的に表に出ないようなことをしてでも葵紋病院は正常化されるだろう。

 けれども、それは同時に冬馬の目指していた未来図とは異なった正常化の仕方であることも確かだ。不正の証拠を集め、父だけでなくその関係者各位を裁判所という断罪の場に引き摺り出すと幼少の頃に誓ったのだ。

 九鬼は自らの『武士道プラン』を早く行いたいようだ。その為ならば冬馬の父を脅しつけて関係各位との関係をすっぱり切らせることで葵紋病院の件を解決させるだろう。冬馬としては忌々しいが九鬼という強力な『力』には逆らえない。

 仕方なく、自らが幼少の頃より集めてきた多くの不正や賄賂、ついでに仕掛けた盗聴器から得られた関係のあった政治家の弱味や悪辣さなどをまとめたファイルのコピーを、英雄に渡したのが昨日のことだ。

 それを一誠に説明すると冬馬はまだぬくもりの残るお茶を嚥下する。

 

「そうか……九鬼が動き始めているのか」

 

 一瞬シリアスになりかけた一誠だがピザの到着を知らせるインターホンが鳴り響き、シリアスは一端中止! と言ってピザを持ってくる。

 天衣などは自分には関係のない話だと判断したらさっさと一誠のベッドで寝転んでいたのがピザの到着と同時に跳ね起きる。

 

「ああ、うん。天衣さんはそういうタイプだよね」

「ふぁふぃを」

「ピザ食ったまま言わない」

 

 ピザを皆がしゃべっていたテーブルの中心に置くと即座に天衣は1ピースを掬い取り、食べ始める。その速度に一誠は呆れ、同時にピザを加えたまましゃべろうとする天衣を少し可愛いなと思った。

 その一誠の微妙な感情の動きを察したのだろう。小雪も天衣と同じようにしたのだが一誠はやれやれといった様子で手のかかる妹を宥めるように小雪を扱った。なんだこの差は! やっぱ見た目か!

 膨れる小雪を一誠が宥め、適度に談笑して少し遅い昼食を終えると準が天衣に向かって話しかけている。

 

「しっかし天衣さん、でしたっけ?」

「ん? そういう君は準、くんだったかな?」

「あははー、準のことなんてハゲで十分だよー、それかロリコンでもオーケー」

「おいいいい、ユキ!」

「ははは、わかったわかった」

 

 天衣に話を振ろうとした準に対して小雪が茶化しを入れる。それに抗議の声をあげる準と朗らかに笑う天衣。

 さて、と気を取り直すように準が天衣に向き直る。

 

「えっと、その包帯を見る限りは昨日モモ先輩とやりあってたってのは天衣さんってことでいいんですかね?」

 

 その言葉に少し身をこわばらせる天衣。けれどそれも一瞬だ。ふっと肩の力を抜き

 

「ああ、そうだ。けれどもそれがどうかしたのか?」

「ああ、いえね。昨日若と一緒に英雄んとこ行った時にいきなり英雄付きのメイドが反応しましてね」

「百代先輩に匹敵する人がこの川神に現れたということで警戒されているみたいですよ?」

「ああ、そういうことか」

 

 三人の視線が呑気にピザを食べている一誠をとらえる。それを一誠はわかったわかったとでも言うように手を払う。

 

「警戒を厳にってことだな」

「むしろ英雄には事情を説明しておいた方が強引なスカウトをされないかと思うのですがね。ああ、天衣さんはどうです? 九鬼は」

「私はどうにもあそこは肌に合いそうもないな」

「従者部隊だとか、そういった連中に絡まれないで内勤の仕事にありつけるなら九鬼も優良企業ではあるからいいとは思うんだけどな、あそこって基本的に強引じゃん? 俺とは合いそうもないんだよなあ」

 

――――――それに、緩和したとはいえトラウマは未だ心の奥底で蠢いている。

 

 一誠の心の奥底で常にまとわり続ける前世での死因は自らが武力を持つ身となった今、自分があのような加害者の側に回ってしまうのではないかという危惧を常に自らに意識させてしまう。相手が武神のように遠慮なく打ち込める相手であればいいのだが……

 そうでなくても自分の身を守る為に身に着けた力を自分や身内以外の為に使いたくないという我儘な意識もないではないのだ。

 

「それでも一応、武術方面とは別方向で英雄に一誠さんのことをそれとなく推薦しておきましょうか?」

「はは、御免こうむる。仮に九鬼に入るのなら自分で就活の時に行くよ。けど地元なら大成さんの伝手で堅実な就職先を得られるからその可能性は低いけどね」

 

 百代と関わった為に一誠の中で原作に出ていた存在と関わると面倒な思いをするという意識が出来上がりつつある。例外はここにいる面子と黛家族あたりであろうか。

 それも一誠自身が原作という言葉にとらわれ過ぎているからそう思っているだけなのだが自分でも固まってしまった思想はそう返られるものではない。

 

「そうですか、なら、九鬼の手の者には十分気を付けてくださいね。本日はそれを伝えに来たかったので」

 

 話はこれまで、というようにかちゃりとティーカップを置き、立ち上がろうとする冬馬。

 

「あ、トーマー僕は残って晩御飯もお世話になってから帰るよ」

「おい!? 何故そうなる」

「ええ、わかりました。遅くなり過ぎると榊原夫妻が心配しますから連絡はしっかり入れるように」

「冬馬も何承諾しているんだよ!」

「俺たちはユキの味方だからな。一誠さん、すいませんがよろしくお願いします」

 

 そういってとっとと帰って行ってしまう二人、あまりの展開にちょっと固まる天衣と一誠。ピザを食べ終わってからまったりしていただけに何が何やらだ。

 

「はあ、夕飯何にするよ……昼遅かったから軽めのもんにするか……」

「そうめんで良いんじゃない? それよりいっせー、暇ならマ○カーであそぼー」

「俺はこれから買い物! 天衣さんと遊んでろ」

「お、おい! まだ二回しか会ったことのない二人を残していくのか!?」

 

 二人を残して買い物に出かけようとする一誠に待ったをかける天衣。流石にいくらなんでもそれは無い。

 

「買い物はそこまで多くないですし、それに二人は以前俺がいない間も普通に部屋で過ごしていたじゃないですか」

「いや、そうだが」

「それに小雪のコミュ力舐めないでください。ほら、既にコントローラーが」

「うえええええええ」

「あ、でっていうは私が使うから天衣さんは他の選んでね」

「そんじゃ買い物行ってくるわ」

「気を付けてねー」

 

 

 いくつかのソフトで遊んでいた二人であったがそれなりに時間が経過してからは雑談に興じ、一誠の帰りを待っていた。

 そしてガチャリという音と共に開かれる部屋の扉。

 その向こうには一誠と共に由紀江がいた。




次回、ヒロイン三人集合の巻

どんな内容にするかまったく考えないでこんな展開になっちゃった(´・ω・`)やばいぜ


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三人寄れば?

今回の話に関して言えば閲覧注意?
いや、修羅場るとかはないんだけども


 

 

「いやー、買い物から帰ってきたらマンションの前で挙動不審な人がいたもんだから声掛けたら由紀江でさー」

 

 玄関で突っかけサンダルを置いて買ってきた食材を入れながら一誠は言葉を続ける。

 

「明確な形として仲直りの証を作りたかったらしくて、今日の昼から気合いれて晩御飯作って来てくれたんだってさ。今日は由紀江の作って来てくれたのと手軽く俺が作ったのでいいべ」

 

 と、呑気に食材をポンポンと冷蔵庫に入れていく一誠。それに色々と待てと言いたい天衣と小雪。由紀江も「お邪魔します」と言って玄関から部屋に入ってくると中にいる面子を見て少し固まる。

 

「あっと、全員面識あったっけ?」

 

 固まる三人を見てかそういう一誠。それに対し言葉には出来ないながらも一応それぞれに面識はあるために天衣が代表して首肯をする。ただ一言言わせてもらいたい。

 

「仲直りの為に食事を作って来てくれたというなら私や小雪ちゃんがいるというのは無粋というものではないのかな?」

「いや、大丈夫だろう。量の話なら俺が追加で作るし、二人にも自慢の妹分のとっても美味い料理を食べさせてやりたいしな」

 

 そういう話ではない! と言いたかったが一誠の言葉に由紀江が顔を赤らめる。そうか、以前の一誠との対決の時にそれなりにわかっていたことだが君も一誠のことが気になっているのか。

 妹分という言葉は耳にフィルターでもあってシャットアウトされているのかもしれない。それほどに恥じ入っている。

 

「えーと、君はそれでいいのか?」

「そーだよ。僕としてもなんか事情があったなら普通に家帰って晩御飯食べるし」

「い、いえ! 大丈夫です! 皆さんで取り分けられるように作ってきたので一誠さんが追加で作る分で問題ないと思います」

 

 本当ならば一誠が追加で作る分も自分が作ると由紀江は言ったのだが一誠はそこまでさせられないと固持して由紀江が折れた形だ。

 

「まだ夕飯には早いしな、皆で話していてくれ。俺はちっと汗かいたもんだから暫く風呂入らせてもらうわ」

 

 え? 三人が一斉に固まる。いや、いくら初対面でないとはいえ家主が間に入らなくてどうするのだ。しかも風呂に入るって……確かに汗をかいているのはわかるのだが……

 三人が固まっている間に一誠はさっさと自らの着替えを持って脱衣所に行ってしまった。そしてカチャンと掛けられる鍵。そんなんだから一誠は童貞なんだと天衣は一誠を心の中で罵る。

 はあ、このままでは埒があかないとオロオロする由紀江に手招きして座るように促す。

 

「えーと、私と会うのは三回目? だっけ黛の道場でとつい最近」

「はいそうです。あの時はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

「いや、別に私としては無理に干渉することもなかったしな。小雪ちゃんとは既に面識が?」

「うんー、確か旅行の時に紹介された妹さんだっけ?」

「い、いえ……『妹』ではなく『妹分』です」

 

 由紀江の主張に微妙な表情を作り上げる小雪。その表現はせいぜい血の繋がりがあるかどうかの違いしかない。扱いとしては同等ではないか。尚、この際自分が一誠にどう思われているかは意識の外に置いておく。

 

「ほとんど同じじゃない?」

「違います」

「いや、お」

「違います」

 

 由紀江が怖い。目がマジだ。これで下手なことを言えばもしかしたら切られるのではないかと小雪は思ったほどだ。

 けれどまあ、由紀江も小雪もそこまで攻撃的な性格というわけではない。とりあえず落ち着いたら雑談に移った。

 特にそれぞれの趣味のことなど知らないので話題は共通の知り合いである一誠のことだ。

 

「しかし一誠さんも酷いです。そこまで面識のない三人を放置してお風呂に入っちゃうなんて」

「まあ、一誠の風呂好きはどうしようもないからな。許してやってくれ」

「んー、いっせーが天然のお風呂好きなのは知ってたけど普通のお風呂も好きなの?」

「ああ、シャワーを浴びるよりは風呂に入るのを好んでいるみたいだ」

「一人暮らしの男の人ならシャワーで済ませていると思っていたよ」

「一誠さんはうちの道場でも鍛錬が終わると必ずお風呂に入っていましたね。体がほぐれる感じがいいんだそうです」

 

 取り敢えず時間を潰す為に話をしてみたが小雪などは自分の知らない一誠の一面を知って密かに喜んでいる。

 そうして話を続けているうちに天衣がニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

 

「なあ、二人とも」

 

 その言葉に小雪はふぇ? と小首を傾げ、由紀江は目をぱちくりして天衣の方を向く。

 

「一誠がどんなエロ本を持っているか、興味はないか?」

 

 更に意地悪な笑みを深めて言ってきた。それは悪魔の誘いのようであり、同時に逆らい様のない甘美な囁きであった。そう二人は思う。

 天衣としてはそこまで親しいわけではない二人を押し付けて風呂に入って出てこない一誠へのお仕置きという面が強い。

 

「えっと、確かに一人暮らしの男の人がどこにそういった物を隠すのかは気になります」

 

 さも一誠のことは興味ありませんとでも言うかのような言葉を紡ぐ由紀江。ただしその顔は真っ赤に染まっており、声は震えている。そのくせ目は爛々と興味ありますと主張する色をしているので何を考えているのか駄々漏れだ。

 

「いっせーの性癖か……見よう!」

 

 一誠に対してもなんか色々興味ありますという言葉全開の小雪である。その表情は天衣と同じようににやけている。

 

「いい返事だ」

「けど、この二週間以上の間、一誠さんは天衣さんと一つ屋根の下で過ごしていたんですよね? あの一誠さんがそんな自分の隙を見せますかね?」

「直接見たことは無いが奴がそういった物を保管している場所は検討はついているんだ。普段はバイトの時間をずらしたり、どちらかが買い物などをしている時などに一人の時間を確保しているからな。一誠はそういう時に色々処理をしているみたいだ」

 

 実際、頑張って換気したようだが臭いが残っていたこともあったしなと続ける天衣。ただし、これは天衣だから臭いを感じただけであり、一般的な人であれば感じられなかっただろうことは確かだ。

 自分の好いている人の生々しい事情を聞いて更に真っ赤になる由紀江。小雪などはいっせーも苦労しているんだなーと言って更に笑みを深める。

 

「それでは、見ようか」

 

 そういってニヤニヤしながら一誠の下着が入っている箪笥を思い切り引き抜く天衣。躊躇いも何もあったものではない。流石に男の下着を見たくらいでは顔を赤らめない二人だがその中身に仕切りがしてあって女性物の下着があったのには待ったを掛けた。

 

「ちょ、ちょちょちょちょちょっとまってください!」

「そ、そそそそそそそうだね!」

「ん?」

「な、なんで同じ箪笥に女性物の下着が入っているんですか!?」

「いや、それは私のだが」

「それがおかしい! 何で分けてないのさ!」

「そんなことか。私の衣類は少なくてな。偶々一誠の箪笥に空きスペースがあって、そこに入ったから利用している」

「は、恥ずかしくないんですか!?」

「だって、この部屋で洗濯物を干していたら嫌でも下着は見られるぞ。そういった感覚は二人の間ではあんまないな」

 

 その話を聞いた二人は顔を真っ赤にしてしまう。なんだこれ、なんだこれ。これが僅か数週間一緒に暮らした仲だというのか。この近さはなんだ。

 

「もういいか? 本題はこの後に待ち受けているということを思い出してくれ」

 

 天衣は下着の入っていた箪笥の下、また別の引き出しがある場所との境に本等を置くスペースがあるということを知っていた。恐らく元々はそういう為のものではなかったのだろう。多分天衣が暫く滞在するということで急遽隠す場所を移した為か隠ぺいが少し雑だ。

 男の一人暮らし、普通ならそういう本は別に隠していないのだろうなぁと思ってしまう程、その本の隠し場所は拙かった。なんせ洗濯物担当は天衣だ。よっぽど注意しないとそれに気づかないとはいえ何となく箪笥の引き出しの動きに違和感を感じることは出来る。

 

 そして出てきたのは肌色面積の多い、逆を言えば布地面積の極端に低い女性が表紙を飾る本だ。

 

 小雪の見た限りでは確かに以前言っていた一誠の好みに掠っているような女性が表紙を飾っている。しかも巨乳だ。まあ、自分がまけているとは思わないが。

 

「さあ、ご開帳おおおおお」

 

 ノリノリで天衣が表紙を開ける。

 

「oh」

「これは中々」

「随分な趣味をしているもんだ」

 

 タイトルを見た時に何となく予感していた。

 

「まさか尻とはな」

 

 その言葉ですべてである。多分、性癖に関してのみ言えば一誠は直江大和と同類だ。いや、流石にあそこまで積極的ではないだろうが。

 それを見た感想はそれぞれだ。

 由紀江などは驚いてはいるがむしろ興味津々でそれを食い入るように見て、けど戦艦の主砲クラスが入るものなのだろうかと狼狽え、同時に以前一誠の前で料理をした時に尻に視線を感じたがこれが原因なのかと思って真っ赤になる。

 小雪は小雪でけらけら笑いながら見ているがこちらも何か考えているのだろう。ページを捲る前にふとその光景を想像しているのかポッと顔を赤らめる。

 天衣などはまあ、性癖は人それぞれだしなと大人の対応をしており、からかうにしてもこれはちょっと適していないだろうと判断して黙っていることにした。

 

 

 一誠にとって良かったことと言えば三人がそれを見たことを知らないでいられたということだろう。一誠が風呂から上がろうと脱衣所に出るとガタガタっと何か動かす音が聞こえ、「何かあった?」と声を上げると由紀江の声で「な、何もありません! そ、そうまさか一誠さんがお」「そう! 一誠が風呂でおならしたんじゃないかって笑っていたんだ」と由紀江の言葉にくい気味で天衣が答えてきて、それに対して一誠は「ひっでー」と声をあげて服を着て部屋に出てきた。

 

 ……何故か由紀江が天衣に羽交い絞めにされ、小雪が箪笥に手を付きうなだれている。一誠としては何かあったとしか思えなかったが天衣が由紀江に対して「何もなかったよなあ! そうだよな!」と言って由紀江も「ははははははいいいいいいいい、何もなかったですよ! ホントですよ!」と答えていたので気にしないことにした一誠。

 小声で小雪が「お尻か……」とつぶやいていたのが妙に印象に残った。

 

 

 

 

 

「そんじゃあ、晩御飯にしますか!」

「おー、待ってました!」

 

 小雪がパチパチと手を鳴らす。そして由紀江が持って来た風呂敷から作ってきたという料理を出すと小雪の拍手は勢いを増し、その拍手に天衣も参加してきた。

 実際、次から次へと由紀江の持って来ていた風呂敷の中から出てくる料理の数々は冷めても美味しいように調理された豪華な和食だ。

 一誠はどちらかというと洋食を作ることが多く、和食は天衣が担当していたのだが、その天衣から見ても目の前の料理は手間がとてつもなくかかっていることがわかる。どれだけこれらを作るのに時間をかけたのだろう。いや、これも一誠を思えば故か。

 そして一誠が手早く作った炒め物が追加され、夕食の時間となった。

 




終わんなかった

と言ってもここで切ったからと言って次の話にそこまでこの三人の話しが続くかというと微妙だ。
夕食の話とかあっていいもんなのか


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