副隊長、やります! (はるたか㌠)
しおりを挟む

本編
第1話 私、悩んでいます


澤梓ちゃん誕生日という事で、急遽書き上げました。

3/11追記
なければ書く、ではないですが思いの外反響をいただいたので短編完結予定でしたが続きを書く事にしました。
地の文と会話は空けた方が見やすいというご指摘をいただいたので、1話も修正します。


「ゆかりん、そっちはどう?」

「はい、武部殿。照準器の方は問題なしであります」

 

 沙織と優花里は、IV号戦車の整備中。

 大規模なメンテナンスや修理は自動車部の担当だが、彼女達に任せっきりという訳にはいかない。

 特に戦車道で使う戦車は年代物が多く、きちんと整備しなければ試合中にあっけなく故障したりする。

 

「それにしても、武部殿はすっかり戦車に詳しくなりましたな」

「いや……ゆかりんには勝てないけどね」

「でも、最初にお会いした時にパンツァー・フォーを聞き違えたぐらいでしたし」

「わーっ、ストップストップ! もう、それは止めてってば」

 

 赤くなりながら、両手をブンブン振る沙織。

 

「あのお手製戦車図鑑もお見事です。きちんと特徴を捉えつつ、ポイントがわかりやすいですし」

「そうかな。あたしね、通信手って一番手空きの事が多い気がして。みぽりんやゆかりんにその都度聞く訳にはいかないもんね」

「いえいえ、武部殿は努力家でありますよ。西住殿も頼りにされてるんですから」

「そうかな。でもでも、少しでも頑張ってみぽりんの足を引っ張らないようにしないとね」

「はい!」

 

 二人が車内でそんなやり取りをしているところに、近づく人影があった。

 

「あ、あの!」

 

 沙織と優花里は、その声にハッチから顔を出す。

 

「あれ、梓ちゃん?」

「作業中に済みません」

 

 頭を下げる梓。

 

「西住殿でありますか、澤殿?」

「みぽりんなら、生徒会室じゃないかな?」

「いえ、今日はお二人にお願いしたい事がありまして」

「私と武部殿に、でありますか?」

 

 顔を見合わせる沙織と優花里。

 

「はい!」

「あ、もしかして恋愛相談? ついに梓ちゃんにも春が来ちゃったとか?」

「武部殿、澤殿はそんな様子でなさそうでありますよ。それでは、戦車の事でありますか?」

「いえ、どちらでもありません」

 

 真剣な眼差しの梓。

 

「う~ん、戦術の事? ならやっぱりみぽりんが一番だよ?」

「私も車両そのものや戦史なら自信がありますが、指揮官としてはお役に立てそうにないのですが……」

「……わかりました。正直にお話します」

 

 沙織と優花里は、ジッと梓の話を聞いた。

 みほと杏から、新たな副隊長就任の要請を受けた梓。

 どうして自分が、という困惑はあったが二人の真剣な表情につい首を縦に振ってしまった。

 ……とは言え、やはり迷いを残したままこの場にやって来たようだ。

 

 

 

「そっかそっか、そんな事があったんだ」

「はい。突然の事で、どうしていいかわからなくなりまして」

 

 梓は、沙織から手渡された自家製レモネードを一口飲んだ。

 

「でも、流石は西住殿であります」

「え?」

「うんうん。梓ちゃんの事、しっかり見ているよねみぽりん」

「そ、そうでしょうか? 私、まだ一年生ですし」

「それを言うなら、西住まほ殿は一年生から隊長だったとか」

 

 梓は、慌てて手を振る。

 

「そんな。あの西住流家元の正当な後継者と一緒にしないで下さい」

「それを言ったら、みぽりんだってそうじゃない?」

「そうです。ただ、西住殿はあまり西住流らしくありませんね。勿論いい意味でですけど」

「……西住隊長や会長のお気持ちはとても有難いんです。でも、私はまだ自分のチームだけでさえ完璧に指揮出来てると言えません」

 

 沙織は腕組みをして目を閉じ、優花里は髪に手を入れて掻き回す。

 

「西住隊長は、ブランクはあってもずっと戦車道に身を置いてきたベテランです。それに、戦術の天才じゃないですか」

「それはその通りね。梓ちゃんが、みぽりんになろうとしても無理だね」

「はい。西住殿は十年に一度出るかどうかという逸材でありますね」

「やっぱりそうですよね。経験も乏しいし、却ってご迷惑にならないかと。第一、磯辺先輩や松本先輩だっていらっしゃるのに」

「松本……誰だっけ?」

 

 沙織が首を傾げると、優花里と梓は盛大にズッコケた。

 

「武部殿! エルヴィン殿の事であります」

「あれ? ああ、そうだったね。知ってたわよ、やだもー」

 

 あははと笑う沙織を、梓がジト目で見る。

 

「そのお二人なら、車長は兎も角隊長や副隊長は難しいかと思いますよ?」

「どうしてですか、秋山先輩?」

「まず、磯辺殿はバレー部復活を目指しておられます。部員が集まって廃部がなくなれば、戦車道を続けられなくなるかも知れませんから」

「それに、磯辺さんはリーダーシップはあるけど全体を纏めるタイプじゃないかもね」

 

 沙織にも言われ、梓は目を伏せた。

 

「それからエルヴィン殿ですが、あの方は戦術にも通じています。ですが、指揮官というよりは小隊長向きだと思うのであります」

「猫田さんは一番経験も浅いし、ゲームの中なら兎も角戦車道では今のままがいいかもね」

 

 梓はふう、と息を吐く。

 

「消去法で私しかいない、という事ですか」

「澤殿。もう少しご自分を評価すべきだと思うであります」

「そうだよ。みぽりんが認めたんだもの、素直に喜んだ方がいいよ?」

 

 だが、梓の顔は曇ったまま。

 沙織は少し考えてから、優花里に何か耳打ちした。

 一瞬驚いた優花里だが、すぐに頷く。

 

「ねえ、梓ちゃん。この後、時間はある?」

「え? あ、はい。大丈夫ですけど」

「なら、ちょっと待っててね」

 

 沙織はそう言って携帯を取り出し、優花里は何処かに駆けて行った。

 

 

 

 三十分後。

 梓らは、演習場に来ていた。

 

「あの……。本当にいいんでしょうか?」

「問題ない」

「みほさんからも許可は頂いてますから」

 

 麻子と華を加えた五人は、IV号戦車に乗っている。

 ただし、梓は車長の席に。

 キューポラから顔を出し、的確な指揮を執る姿は梓のみならず皆の憧れであり大洗女子のシンボルでもあった。

 沙織と優花里は、思い切って荒療治に出た。

 あれこれ思い悩むよりも、行動に移した方が……という沙織の閃きで。

 IV号を動かす事で、モヤモヤが吹き飛ぶかも知れないという提案にみほは勿論、あんこうチーム全員が異を唱えなかった。

 

「さあ、命令して下さい澤殿」

 

「私達、梓ちゃんの指示で動くからね!」

 

 華と麻子も、振り向いて頷く。

 

「落ち着け、落ち着け私。普段通りやればいいのよ、梓」

 

 目を閉じて呟く梓。

 数回、深呼吸を繰り返す。

 ……そして、顔を上げた。

 

「冷泉先輩、C地点まで前進して下さい」

「わかった」

「では……パンツァー・フォー!」

 

 ガクンと揺れ、IV号は進み出す。

 乗り慣れたM3とは違う振動に、梓はふと感慨に浸ってしまう。

 一時とはいえ、自分が敬愛して止まないみほと同じ景色を見ている。

(夢なら、醒めないといいな……)

 

 

 

 学園艦の上には、人工ではあるが丘や川もある。

 演習場はそれらの地形を活かして設けられていて、C地点には見慣れた構造物があった。

 

「澤さん、着いたぞ」

 

 吊り橋の手前で、麻子はIV号を停止させた。

 

「次はどうしますか?」

「そうですね。行進間射撃を……」

 

 その刹那。

 ドン、という音が空気を震わせた。

 

「発砲?」

 

 慌てて双眼鏡で辺りを見回す梓。

 IV号の近くに、爆発音と共に土煙が上がった。

 

「……え? ど、どういう事?」

 

 双眼鏡を覗いたまま、梓は自分の目を疑った。

 慣れ親しんだシルエット、見間違いようもない車体。

 M3が、37ミリ砲から煙を上げていたのだから。

 

「武部先輩、M3から何か入電はありませんか?」

「それが、いくら呼び掛けても応答がないの!」

「そんな……。一体どうなっているの……?」

「澤殿! ご指示を、停まっているだけではいい的です!」

 

 優花里の叫びに、我に返る梓。

 

「冷泉先輩! 吊り橋を全速力で抜けられますか?」

「問題ない。行くぞ」

 

 IV号が急発進すると同時に、ドンドンと二度音が響いた。

 

「五十鈴先輩、砲塔を回転させて反撃を! 牽制で構いません!」

「わかりましたわ!」

「秋山先輩、射撃で向こうの照準を合わせないようにしたいので装填を短時間でお願いします!」

「了解であります!」

「武部先輩、演習場内に他に車両はいますか?」

「確認するね! ……動いてるのはM3だけみたい!」

 

 矢継ぎ早に指示を出しながら、梓は双眼鏡から目を離さない。

 まだいくらか混乱しているという自覚はあったが、必死にそれを抑え込んでいた。

 

「撃ちます!」

 

 M3よりも大きな振動と発砲音と共に、75ミリ砲が火を噴いた。

 牽制でいいとは言ったが、演習弾とはいえ当たれば一発で大破判定。

 砲弾の行方を、梓は懸命に追う。

 M3は怯まず、此方へと突進してくる。

 火の玉のような動きに、梓は確信する。

 操縦手は桂利奈だと。

 37ミリ砲と75ミリ砲で照準を合わせながらの砲撃は、紛れもなくあやとあゆみ。

 無線に応答はないが、車内には優季がヘッドホンをかけている筈。

 そして、沙希も相変わらず黙々と75ミリ砲弾を装填しているに違いない。

 

「わかったよ、みんな。でも……私は負けないよ!」

 

 揺れる吊り橋を、麻子は見事に通り抜けてみせた。

 M3も命中は期していないのか、砲撃は散発的な事に梓は気付く。

 

「冷泉先輩、そのまま一気に森を抜けて下さい!」

「応よ」

 

 

 

 暫く走らせ、大きな岩陰で梓はⅣ号を停止させた。

 

「澤殿、この後どうするのでありますか?」

「はい、秋山先輩。……車長はわかりませんが、向こうのメンバーは間違いなくいつものウサギさんチームだと思います。つまり……」

「梓さんの手の内は知り尽くしている、と?」

「そうです、五十鈴先輩。特に沙希には要注意です」

「丸山さんか。確かに無口だが鋭いな、彼女は」

「エレファントの弱点を指摘したり、観覧車に目をつけたのも沙希ちゃんだったっけ」

 

 歴戦の猛者揃いであるあんこうチームの面々も、揃って難しい顔つきになっている。

 普段の訓練であれば役割を決めて行うが、それは隊長であるみほの指示と計画に依る。

 だが、今はそれがない状態での対峙。

 誰も想定していない条件において味方同士で戦うのだから、すぐに名案が浮かぶ訳もなく。

 ……が。

 梓は、静かに切り出した。

 

「手の内を知られているからこそ、打つ手はあると思います」

「梓ちゃん、何か考えがあるの?」

「はい。まず、此処でM3を待ち受けます」

 

 地図を取り出し、梓はその一点を指し示す。

 

「梓さん。それでは此方の姿を晒す事になりませんか?」

「その通りです。相手の出方を見るのが目的ですが、同時に相手の位置も確認できます」

「……まるで、聖グロとの練習試合のようでありますな」

 

 梓は、表情を引き締めた。

 

「あの時は、結果として逃げ出してしまい西住隊長にも皆さんにもご迷惑をおかけしました。私も、覚悟がなかったのだと今でも思います」

 

 実際のところ、梓は逃げ出そうとするメンバーを引きとめようとはした。

 だが、連れ戻す前にM3が撃破されてしまい結果として敵前逃亡の格好となってしまった。

 その事に対し、梓は言い訳もせずみほに謝罪。

 みほはその場で謝罪を受け入れたが、梓はそれ以降チームの引き締めと自身の切磋琢磨に務めるようになった。

 兎に角賑やかで一人ひとりが個性豊かなチームだけに、その苦労は並大抵の物ではなかっただろう。

 そんな梓の姿に、メンバー達も成長を遂げていく。

 そうでもなければ、いくら戦力の少ない大洗女子学園チームとはいえ戦い抜く事など出来なかった筈。

 その意味でも、あの練習試合は戦車道を続ける限りずっと梓の心に残り続けるのかも知れない。

 

「発見されたらどうするの?」

「出来る限り、向こうに撃たせます。勿論、此方も反撃しますが」

「わかりました。撃破してしまっても宜しいのですね?」

「それが出来れば一番ですけど、可能であればお願いします」

「だが、その可能性は低いだろう。その後はどうする?」

「はい。この方角に、一気に向かって下さい」

 

 梓は地図をなぞる。

 

「だ、大丈夫なのでありますか?」

「冷泉先輩ならば。それで、一気に勝負を決します」

 

 そこまで言うと、梓は四人の顔をずらりと見渡した。

 

「無茶は承知の上です。どうか、宜しくお願いします!」

 

 そして、頭を下げた。

 

「車長は澤殿です。その命令には従うであります」

「秋山先輩……」

「うん、梓ちゃんの指示に従うって決めたもんね」

「武部先輩……」

「そうだ。西住さんもそうだった、私は指示通りに走らせるだけだ」

「冷泉先輩……」

「ええ。梓さん、私もやります」

「五十鈴先輩まで……ありがとうございます」

 四人が頷くのを見て、梓は奥歯を噛み締めた。

「では、びっくり作戦開始します。パンツァー・フォー!」

 

 

 

 小高い丘の上に姿を見せたⅣ号に向けて、M3は土煙を上げながら位置を変え砲撃を加えてきた。

 ドカドカと巻き上がる土砂の中、Ⅳ号も撃ち返す。

 その間にも、M3は距離を詰めてきた。

 

「……今です!」

 

 梓の合図で、Ⅳ号は全速力で走り出す。

 そのまま、斜面を駆け降りる。

 無論、砲撃を巧みに避けながら。

 当然車内は激しい揺れが続くが、誰も泣き言は漏らさない。

 梓は、改めてこのメンバーが最強だという事を思い知らされた。

 そして、その指揮を執る機会が与えられた自分の幸運にも。

(行ける……。ううん、行くしかない!)

 梓はキューポラから上半身を出し、行く手を見た。

 M3は此方の動きに対応し、砲身を向けてきた。

 

「ジグザグ走行で距離を詰めます! 威嚇射撃を続けて下さい!」

 

 梓の指示通りに、Ⅳ号はM3に迫っていく。

 

「合図で停止して下さい。同時に五十鈴先輩、砲撃を! ……停止っ!」

 

 阿吽の呼吸で放たれた一撃だが、M3は巧みに躱してしまう。

 

「左から回りこんで急停止! 一撃したらそのまま距離を取る……と見せかけて後方に回りこんで下さい」

「わかった」

「一撃して、すかさず次弾を!」

「了解であります!」

「お任せ下さい!」

 そして……轟音が鳴り響く。

 

 

 

 白旗こそ立っていないが、演習弾は見事にM3を仕留めていた。

 M3のキューポラが開き、車長が姿を見せた。

 

「ふふ。やっぱり負けちゃったね」

「に、西住隊長?」

 

 梓は驚いたが、他のあんこうチームメンバーは動揺する素振りもない。

 

「……まさか、皆さんご存知だったんですか?」

「そりゃそうよ、梓ちゃん。みほがいない時点でおかしいって思わなかった?」

 

 M3のハッチが次々に開き、ウサギさんチームの面々も顔を出す。

 

「でも、梓凄かった!」

「うんうん。本当、西住隊長と戦ってるみたいだったよぉ」

「あゆみ、優季……」

「私も冷泉先輩みたいに走れたら、もっとやれたのに」

「そればっかりは、ネットで聞いてもどうしようもないからね」

「…………」

 

 沙希は、相変わらず黙って梓を見ている。

 

「最後の澤殿、まるで西住殿のようでした」

「うんうん。梓ちゃん、これでもまだ不安かな?」

 

 梓は、砲塔から飛び降りた。

 

「秋山先輩、武部先輩。本当に、ありがとうございました」

「お礼なんてそんな」

「大した事してないし。それは、みぽりんに言って」

「ううん。沙織さんと優花里さんが知らせてくれたから……ごめんね、梓ちゃん」

「いえ、そんな。私が優柔不断だっただけです」

「じゃ、これでおあいこって事で」

「え? ……あ、は、はい」

 

 みほが差し出した手を、梓は慌てて握り返す。

 と。

 パンパン、と一斉にクラッカーが鳴らされた。

 

「梓、おめでとう!」

「え?」

 

 梓が振り向くと、その場にいた皆がクラッカーを手にしていた。

 

「やったね!」

「梓、ファイト!」

「よーし、やったるぞー!」

「やっぱり梓、西住隊長みたい!」

「みんな……。ありがとう」

 やっと、梓は笑う事が出来た。

 心からの、彼女らしい笑顔だった。




澤ちゃん、ハッピーバースデー♪

澤ちゃん推しの方もそうでない方も、どうぞよろしくお願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 募集します!

澤ちゃんはいいぞ(挨拶


短編完結前提で書いたのですが、続きという事で意識してみました。
おかしな箇所がありましたらご指摘いただけますと幸いです。

では、パンツァー・フォー!


 大洗女子学園の一角に、倉庫を利用したガレージがある。

 少し前までは殆ど使われる事のない建物だったが、今では殆ど毎日人の出入りがある。

 Ⅳ号を始めとした戦車のガレージとして利用されている為だ。

 実弾などが保管されている事もあり、原則として戦車道履修者以外は立ち入り禁止とされている。

 ……が、今日は様相が違うようだ。

 

「あ、あはは……。凄い事になってるね」

「……そ、そうですね」

 

 みほと梓が、呆然とするのも無理はない。

 大洗女子学園を廃校の危機から救ったのは、紛れもなくみほ率いる戦車道チーム。

 帰還した彼女達は熱烈歓迎されたが、それでめでたしめでたし……とは行かなかった。

 ディフェンディング・チャンピオンとなった以上、今までのように対戦相手が油断したり侮ってくる可能性は皆無。

 当然、打倒大洗を掲げて挑んでくる事となるだろう。

 仮に今の編成がそのまま維持できたとしても、かなり厳しいと言わざるを得ない。

 とにかく絶対的に車両数が足りない上に、他校のように控えのメンバーもいない。

 その上、三年生の十名はもう進学や卒業を控えて戦車道にはあまり関わる時間のない時期。

 戦車の増強以上に、新たなメンバーを加えての再編が喫緊の課題だった。

 

「いやぁ、思っていたよりも集まったねぇ」

「集まり過ぎですよ、これ」

「全く、最初に募集をかけた時とは大違いではないか」

 

 相変わらず飄々とした杏を他所に、柚子と桃は頭を抱えてしまう。

 彼女らの前には、百人以上の生徒が集まっていた。

 生徒会が戦車道履修希望者を新たに募った結果である。

 無論、この中に戦車道経験者がいる筈もない。

 仮にいたとすれば、みほに声をかけた時点で杏が見逃す訳もなかっただろう。

 

「西住ちゃん、どうする?」

「え、ええと……。ここにいる全員に加わっていただく訳じゃないです……よね?」

「当たり前だろう! そんな車両や余裕が何処にある!」

「そうだよねぇ。やっぱり、選抜するしかないよね」

 

 みほは困惑を隠さず、梓を見る。

 

「梓ちゃん。どうしよっか」

「……そうですね」

 

 梓は顎に手を当て、少し考えてから顔を上げた。

 

「私達の時と同じで行きましょう」

「……へ?」

 

 

 

 グラウンドに、Ⅳ号とポルシェティーガー、それに八九式を除く五両が出された。

 集まった生徒らは、間近で見る戦車に興奮したり歓声を上げたりしている。

 ハンドマイクを手に、梓はその前に立つ。

 

「皆さん!」

 

 全員の視線が集まり、梓は流石に緊張を隠せずにいる。

 

「西住ちゃん、澤ちゃんに任せちゃって良かったの?」

「はい。梓ちゃんが言い出した事ですから」

「そっか。ま、西住ちゃんがそう言うなら任せるよ」

 

 杏とみほは、その間も梓から目を離さずにいた。

 

「私は、戦車道チーム副隊長の澤梓です。これから、戦車道を希望する皆さんへの説明をさせていただきます」

 

 集まった生徒らの中にはなんで一年生が、という目で見る者もいた。

 二年生も少なからず含まれているのもあるが、やはり梓にはみほのように圧倒的な知名度がない事もあった。

 M3の車長を務めて数々の激戦を潜り抜け、『重戦車キラー』と名を馳せたチームだったとしてもそれは戦車道を知らない側にまでは浸透していない。

 梓もそうした空気は察したが、それで怯む様子もない。

 

「まず、数人でチームを組んで下さい。ここにある戦車は最大でも六名から七名乗りなので、それを踏まえてお願いします」

 

 あっという間に固まるチームもあれば、なかなか人数が揃わないチームもいる。

 それでも、数分で編成は整ったようだ。

 

「では、四名のチームはヘッツアーかルノーB1、Ⅲ号突撃砲の周りに。五名のチームは三式中戦車。六名か七名のチームはM3に集まって下さい」

 

 この中で、本来の定数を満たして動かしていたのはM3のみ。

 だが、梓はそれには拘らずに編成を進めていく。

 

「戦車の乗員には、それぞれ役割があります。指揮を執る車長、備砲を撃つ砲手。それに操縦手が最低でも必要です。四名の車両はそれ以外に装填手、五名の車両は通信手を追加します。M3は備砲が二つあるので、砲手は二人となります。まずはそれを決めて下さい」

 

 そして、決まったチームから乗車するよう伝えた。

 それ以外のチームは一旦、安全なエリアまで移動させる。

 

「では、実際に戦車を動かしてみて下さい。まずは、グラウンド一周です」

 

 途端に、あちこちからブーイングが上がる。

 戦車の動かし方などわからない、教えても貰ってないのにいきなりとか無茶過ぎる……等々。

 中には梓ではなく、みほに指示を出させろという声も。

 堪りかねて、みほは思わず梓に駆け寄ろうとした。

 ……が。

 その手を、杏がしっかりと握って離そうとしない。

 

「ダメだよ西住ちゃん」

「で、ですけどあれじゃ」

「今西住ちゃんが出れば場は収まるかも知れないよ? でも、澤ちゃんはどうなるかわかってる?」

「…………」

「澤ちゃんだってわかってやってるんだから。信じてあげないとね」

 

 みほはギュッと唇を噛み締めた。

 

「西住さん、会長の仰る通りだと思うよ?」

「私だって、あいつらの身勝手さに今すぐ怒鳴りつけてやりたいところだ」

「小山と河嶋だけじゃない、私だって面白くはない。けどさ、それじゃ澤ちゃんの覚悟を踏み躙る事になっちゃうんじゃないかな」

「……梓ちゃん」

「ま、見てようよ。ほら、干し芋あげるからさ」

 

 杏は、そう言いながら手を離した。

 みほはもう動こうとはしない。

 梓はその場にいる全員の視線を浴びながら、毅然とした態度を崩さなかった。

 

「指示に従えないという方は、結構です。戦車から降りて下さい」

 

 ブーイングが一層激しくなる。

 中には、梓に詰め寄ろうとする生徒さえいた。

 が、梓はジッとその場を動かずにいる。

 

「戦車道は、遊びじゃないんです。ましてや、この大洗女子学園チームは日本一という栄冠を手にしています。その意味がわかりますか?」

「…………」

 

 騒いでいた生徒たちが、静まり返った。

 

「動かし方や戦い方がわからないのは当たり前です。でも、こうしている私達だって最初はそうでした。西住隊長以外、全員が未経験者だったんですから」

「…………」

「わからなければ、チームで相談して動かす事を考えて下さい。私達が教えるのは簡単ですが、それが当然だと思う方は一緒に戦う仲間として迎えようと思いません」

 

 ややあって、まずヘッツアーのエンジンがかかった。

 それを皮切りに、他の車両も目を覚まして行く。

 

「用意ができたチームから行動開始して下さい。多少コースを逸れても構いません、一周して元の位置までお願いします」

 

 そっと、みほが梓に近寄った。

 

「梓ちゃん」

「……済みません、西住隊長。勝手にあんな事言ってしまって」

「ううん。私じゃ、きっとあんな風に話せなかったと思うよ」

 

 叱責も覚悟していた梓だが、みほの言葉に目を丸くした。

 

「そんな事ないと思います! 西住隊長の指示なら、皆さん黙って従う筈です」

「それは、私の名前とか実績を後ろ盾にしただけになっちゃう。梓ちゃんみたいに、自分の言葉で言えないと思う」

「そ、そうでしょうか……?」

「うん。梓ちゃんの言う通りだと思う、仲間になる人には覚悟も必要なんだって、私は思い知らされちゃった」

 

 それまで平静を装っていた梓だが、顔を赤くして俯いてしまう。

 

「ところで、五両しか出さなかったんだね」

「はい。ポルシェティーガーは自動車部以外には扱えないですし、八九式はバレー部の皆さんに申し訳ありませんから」

「でも、Ⅳ号は?」

「Ⅳ号は特別な車両ですから」

 

 みほは、首を傾げた。

 

「でも、梓ちゃんは乗ったよね?」

「あ、あれは……。西住隊長、意地悪です!」

「え? あ、ご、ゴメンね。そんなつもりじゃなかったの」

 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶ梓と、ひたすら慌てるみほ。

 二人のやり取りを、生徒会メンバーは微笑ましく見守って。

 履修希望者達は、呆然と眺めていた。

 

 

 

 数時間後。

 戦車内の過酷な環境に耐え切れなかったり、梓に覚悟を問われて去って行ったチームを除いた集団は演習場に移動。

 人数は最初の四分の一程まで減っていた。

 みほと梓が、その前に立った。

 

「ひとまずお疲れ様でした。ここからは、実際に演習を体験していただこうと思います」

「あ、あの……。それも私達同士でやるんでしょうか?」

 

 先頭にいた一年生が、おずおずと尋ねて来た。

 

「いえ、今度は同乗していただくだけです。実際の操縦や砲撃は私達が行います」

 

 そう言って、梓は振り向いた。

 

「ここに並んでいるⅣ号、M3、八九式、三突にお一人ずつ順番になります。西住隊長、磯辺先輩、エルヴィン先輩宜しくお願いします」

「うん」

「お任せ下さい! 根性です!」

jawohl!(ヤ・ヴォルー)

「私も、M3に搭乗します。会長、ちょっとだけお願い出来ますか?」

「いいよー」

 

 ひらひらと手を振る杏に頷き返し、梓はM3に登った。

 

「砲弾は実弾ではなく、演習用です。ペイント弾なので爆発はしませんが、衝撃はありますので」

 

 沙希とあやの間に座る生徒に、梓は話しかけた。

 その生徒は、緊張で顔が真っ青だった。

 

「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……?」

「大丈夫です。もし気分が悪くなった時は言って下さい」

「は、はい」

 

 梓はキューポラから顔を出し、タコホーンに触れた。

 

「皆さん、用意はいいですか? ペイント弾が炸裂した時点でその車両は大破判定とします」

「了解。他のみんなもいいかな?」

 

 沙織に続き、妙子とエルヴィンからも承諾の返信があった。

 

「みんな、普段通りにやろう?」

「あいあいあーい!」

「任せてよ、必ず当ててみせる!」

「私も負けずにやっちゃうよ~!」

「梓もみんなも、頑張ろうね」

「…………」

 何時も通り無言の紗希を除き、全員の返事を確かめ頷く梓。

 

「では、全車両行動開始して下さい。パンツァー・フォー!」

 

 

 

 Ⅳ号は、隊長車らしい完璧な戦いぶりを。

 八九式は持ち前の機動性を活かして。

 三突は固定砲のハンデを感じさせない動きと、長砲身で魅せ。

 M3は二門の砲を上手く使う抜群のチームワークで。

 同乗した生徒は激しい機動と砲撃の凄まじさ、矢継ぎ早に交わされる通信、それに重量を物ともしない素早い装填……全員が例外なくその全てに圧倒された。

 心の何処かに残っていた甘い考えや理想は綺麗サッパリ飛んでしまったようで、演習が終わっても皆が呆けた顔だった。

 

「やっぱりⅣ号には勝てませんでしたね」

「ああ。だが、当然の結果でもあるな」

 

 典子とエルヴィンは、涼しい顔で降りてきた。

 大洗女子学園チームにしてみれば、普段の演習をこなしただけ。

 履修希望者らにしてみれば別次元の絶叫アトラクションを体験させられたようなものだったが。

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

 梓は、明らかに雰囲気の違いを実感していた。

 此処まで残った生徒だけに、梓を侮るような者は開始前からいなかった。

 ……が。

 今は全員の目に、畏怖と尊敬があった。

 それは、みほに対してではない。

 梓もあまりの変貌ぶりに戸惑いは覚えたが、それは顔に出さないよう抑え込んだ。

 

「これが、私達大洗女子学園戦車道チームです。ご理解いただけたでしょうか?」

「……凄かった。うん、凄かったよ!」

「澤さん、こんなチームで副隊長だもん。本当に凄いと思う!」

 

 あっという間に、梓は囲まれてしまう。

 慌ててそれを制し、梓はハンドマイクではなく自分の声で語りかけた。

 

「最後にもう一度伺います。私達と、戦車道をやりたい方は残って下さい。勿論、強制はしません」

 

 そして、一人ひとりの顔を見回した。

 ……誰一人として、その場を動こうともしないようであった。

 

「西住隊長。如何でしょうか?」

「……ありがとう、梓ちゃん」

 

 みほは梓の肩をポン、と叩いた。

 そして、履修希望者らに話しかける。

 

「最初は大変かも知れません、苦しいかも知れません。戦車道は、生易しいものじゃありませんから」

「…………」

「でも、それを乗り越えればきっと楽しいと思いますよ。そうだよね、梓ちゃん?」

「はい!」

「私も、精一杯頑張りますから。どうぞ皆さん、宜しくお願いします!」

 

 みほが頭を下げると、希望者も揃って頭を下げた。

 そして、杏がみほと梓の間に立った。

 

「決まりだね。じゃみんな、頑張ってね」

 

 そう言って、パチパチと拍手を始めた。

 柚子と桃が続き、戦車道チーム全員から拍手が巻き起こる。

 

 

 

 大洗女子学園戦車道チーム副隊長、澤梓。

 その名は、少なくともこの場にいる全員が胸に刻み込んだ。

 

 

 

「梓ちゃん、今日は本当にお疲れ様」

「いえ。西住隊長こそ、ありがとうございました」

 

 下校途中、ベンチに並んで腰掛ける二人。

 いつもならそれぞれの仲間と一緒だが、皆が気を利かせたらしくいつの間にか姿が消えていた。

 コンビニで買ったコーヒーをすすりながら、沈みゆく太陽を眺める。

 

「でも、梓ちゃんって本当に強いよね。私、あんな風にはやれる自信ないよ」

「西住隊長はそれでいいと思います。それに、いざ作戦が始まれば誰よりも冷静で強い……。私なんて、まだまだです」

「わ、私なんて全然だって!」

「いいえ、そんな事ありません!」

「…………」

「…………」

 

 二人は顔を見合わせ、一瞬黙りこむ。

 ……そして。

 

「プッ!」

 

 盛大に吹き出した。

 

 

 

 その様子を、物陰から見守る集団。

 先頭にいた沙織が指を立て、手真似で立ち去るよう促した。

(良かったね、みぽりん)

 言葉の違いこそあれ、全員が沙織と思いを同じくした。




続きはなるべく早めに上げるようにしますが、所用と年度末なので少し遅くなるかも知れません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 大切な仲間達です!

今回も澤ちゃんはいいぞ。

という事で、パンツァー・フォー!


3/19・3/22
ご指摘いただいて確認したところ、確かにカモさんチームの学年設定が間違っていました。
手元のコンプリートブックでそうなっていたので気にしていなかったのですが……失礼しました。
該当箇所を修正してあります。


 生徒会室。

 一般の生徒はあまり立ち入る機会もない部屋だが、ここ大洗女子学園ではちょっと様相が異なる。

 少なくとも、戦車道履修者にとっては最早馴染みの場所とも言える。

 今日もまた、主だったメンバーが顔を揃えている。

 

「じゃ澤ちゃん、進行宜しく~」

「はい」

 

 今までであれば桃がこの役割だったが、他の仕事に追われていてそれどころではないようだ。

 同様に柚子も欠席である。

 杏は相変わらず会長の椅子に行儀悪く座っているが、それにいちいちツッコミを入れる者はいない。

 傍目にはサボっているようにしか見えないし、そもそも引退間近にしては余裕があり過ぎる。

 だが、杏の頭の良さと豪腕ぶりは学園全員が知るところ。

 それは生真面目な梓も例外ではなく、寧ろいつも通りな杏の姿を見て安堵感を覚える程だった。

 

「お集まりいただき、ありがとうございます。今日はチーム編成について話し合いの場を設けさせていただきました」

 

 テーブルを囲むように、みほと各車長が腰掛けている。

 全員を見渡してから、梓はホワイトボードに書き込んでいく。

 

「現在、我が大洗女子学園には八両の戦車があります。来年からはマークが厳しくなる事は確実ですから、戦車そのものも増やさないといけないでしょう」

「でも澤さん、記録上はもう残っている車両はないのよね?」

 

 そど子の言葉に、頷く梓。

 

「はい。念の為もう一度確認しましたが、やっぱり八両で全部みたいです」

「車体さえ使い物になれば、頑張ってレストアするんだけどなぁ」

「いくら自動車部でも、イチから作るのは流石に無理だろうしね。西住ちゃん、なんかいいアイディアない?」

「ふえっ? えっと、中古を根気よく探すとか……でしょうか」

「そう言えば、三式にも中古戦車売買業者のチラシが貼ってあったにゃあ」

「確かにそんなものがあったな。だが、そんな都合の良い出物などあるのか?」

 

 エルヴィンならずとも、そう簡単に戦力増強が出来る程甘いとは誰も思えなかった。

 大洗女子学園の大躍進が切欠で、日本中に戦車道ブームが巻き起こっていた。

 戦車道がない、或いは大洗女子学園のように止めていた学校でも戦車道を始めようという動きが出ていた。

 既に実施している学校でも、新たな車両への需要は高い。

 需要が多ければ、必然的に品薄になり価格も高騰してしまう。

 ましてや、戦車道の規定に合致する車両ともなればそもそも希少な存在でもある。

 

「流石に、数の劣勢は根性だけでは補えませんね」

「……まず、これはみなさんで心当たりを当たってみて下さい。それからまた考えましょう」

「せめて、あと二両は欲しいですね。そうすれば、二回戦までのレギュレーションに対応できます」

「じゃ、とりあえずそれで行こっか。予算もあるしね~」

 

 全員が頷いたのを見てから、梓は話を進めた。

 

「次はチーム編成です」

 

 マーカーで、各チームのメンバーを書いていく。

 そのうち、三年生は赤で囲った。

 

「あんこう、カバさん、アヒルさん、それから私達ウサギさんチームは欠員なしです。カメさんチームは全員が欠ける事になります」

「ウチのチームも残るのはツチヤだけ、アリクイさんもぴよたんさんが。カモさんもそど子さんが抜けちゃうんだね」

 

 このままでは車両を増やすどころか、そもそも作戦立案の時点から条件が厳しくなってしまう。

 人数だけは確保したものの、これでは試合どころではない。

 

「西住さん、どうするにゃ? ボクとしては、見ず知らずの仲間と一緒はちょっと不安だにゃ」

「そうですね。アリクイさんチームは、猫田さんに心当たりがあればそれでも構いません」

「了解だにゃ」

「カメさんはちょっと考えましょう。レオポンさんですけど、ツチヤさんが車長でどうでしょう?」

「それでいいよ、ツチヤもそのつもりみたいだから。ただ、ウチの子は手がかかるからできれば経験者が一人欲しいかな?」

「わかりました。梓ちゃん」

「はい。……西住隊長とも話し合ったのですが、残る経験者を何人か他のチームに振り分けようかと考えています」

 

 予想はしていたのだろう、その場の全員が驚きを見せなかった。

 

「ただし、アヒルさんチームはそのまま。アリクイさんとレオポンさんは振り分けの対象には考えていません」

「はい! 八九式はバレー部の一員、その方が私達も本領発揮出来ます」

「ボクもその方が助かるにゃあ」

「だね。ツチヤまでいなくなったらちょっとポルシェティーガーも厳しいし」

 

 典子らの反応を見て、みほと事前に打ち合わせておいて正解だったと思う梓だった。

 同時に、ちょっと不安も感じていた。

 編成に手を加えないチームがあるという事は、逆に残りのチームは誰かしら他に移る事となる。

 それは、自身が車長を務めるウサギさんチームも例外ではない。

 六人でずっと乗り続けてきたM3リー。

 それがバラバラになる事で、果たしてどうなってしまうのか。

 顔には出せないが、その思いは此処最近ずっと心の片隅にあり続けていた。

 

「それで、今日の練習から試してみたい事があります。みなさん、ご協力いただけますか?」

「説明は私から行いますので、どうぞ宜しくお願いします」

 

 梓とみほは、並んで頭を下げる。

 

「私は、西住隊長と澤副隊長にお任せします」

jawohl(ヤヴォール)!」

 

 典子とエルヴィンが口火を切り、他のメンバーも口々に同意を唱えた。

 

 

 

「……という訳です。臨時車長のみなさん、宜しくお願いします」

「了解であります!」

「やってみるさ」

「う、うん。頑張ってみるね」

 

 放課後。

 優花里がルノーB1、カエサルがヘッツアー、そしてあゆみがM3の車長を任される事となった。

 梓が断ったように臨時ではあるが、全員車長は未経験。

 練習だから思うようにやってみて欲しいというみほの訓示もあり、気負いなく臨もうとしているようだ。

 

「梓は乗らないの?」

「うん。外から各車の動きを見る事も大事かな、って」

「そうなんだぁ」

 

 いつもと変わらない優季の口調に、梓の顔も綻ぶ。

 他の車両も、何人かのメンバーを出している。

 ただ、Ⅳ号だけは新メンバーらが尻込みをしてしまい、装填手が不在となってしまった。

 

「やっぱり、敷居が高いんでしょうね」

「そ、そうみたいね。あはは……」

 

 Ⅳ号は、大洗女子学園戦車道チームの象徴である事は異論を挟む余地はない。

 とは言え、スペック的には普通の中戦車に過ぎない。

 自動車部の魔改造でH型相当になってはいるが、装甲の薄さは変わらない。

 他校の主力戦車に比べても特段優れている訳でもなく、鬼神と讃えられる活躍も五人の神がかり的なチームワークがあればこそである。

 優花里がおらず、みほも梓と並んで訓練を見る事にした事もあってⅣ号の出番はなくなった。

 華はポルシェティーガーの砲手、麻子はヘッツアーの操縦手に回る事となった。

 

「みぽりーん。でも、どうして私まで操縦手なのよ」

 

 不服そうな沙織は、ルノーB1の操縦手を頼まれていた。

 

「ゴメンね。他の車両、専任の通信手ってポジションがなくって」

「頑張って下さい、沙織先輩。免許があるんですから、大丈夫ですよ」

「ハァ。ルノーのステアリングは重いってゴモヨちゃんがよくボヤいてたんだよねぇ……」

「それなら、レオポンの装填手でもやるか? 88ミリ砲弾は装填し甲斐があるぞ」

「酷いよ麻子! いいから、ちょっと操縦教えて!」

 

 思っていたよりも皆が不満もなく動こうとしているのを見て、梓はホッと胸を撫で下ろす。

 それはみほも同じようで、梓を見て微笑んだ。

 そして、無線機のマイクを手に取った。

 

「準備が出来た車両から、行動開始して下さい。訓練内容は、各車長の判断にお任せします」

 

 みほの号令で、各車が順に動き始めた。

 

 

 

「それでは本日の練習は此処までです。一同、礼!」

「お疲れ様でした!」

 

 日が地平線に沈む直前、それが練習終了の刻限。

 生徒達はそれぞれ帰路につく。

 本格的な整備が必要な場合は自動車部が残って作業をする日もあるが、それも週に一度ぐらいの頻度だ。

 

「西住隊長、お疲れ様でした」

「うん、お疲れ様」

 

 みほも帰り支度を始めた。

 梓は挨拶をしてから、仲間達のところへ向かう。

 

「あゆみ、お疲れ様。どうだった?」

「梓ってやっぱり凄いな、って思っちゃった」

 

 日頃から活発なあゆみには珍しく、疲労が顔に出ていた。

 肉体的なものではなく、精神的なもののようであったが。

 

「どうして?」

「だって、いろんな状況に対して一瞬で判断をする訳でしょう?」

「う、うん」

「車長があんなに忙しいなんて、びっくりした。それが一つでも間違っていたら撃破されちゃったりするなんて」

「それはそうだけど。でも、私が特別だとは思わないよ。西住隊長にはまだまだ及ばないし、車長としても磯辺先輩とか凄いし」

「そんな事ないよ。梓、冷静だしねー」

「うんうん。梓の言う通りに動かしていたら大丈夫だし」

「も、もう。優季も桂利奈ちゃんも止めてよ。おだてても何も出ないよ?」

 

 慌てる梓だが、仲間達は止まらない。

 

「本当の事だもん。ほら、紗希もそう言ってるし」

「…………」

「あや、適当に言わないの!」

「でも、私は本心を言ったつもりだよ? 梓が的確に指示を出してくれるから、私達はあんなに戦えたんだって」

「あゆみ……」

「もし、梓と別のチームになっても私は梓の命令に従うよ? ね、みんな?」

「もちろんよー」

「出来れば一緒がいいけど、でも私も賛成かな。眼鏡割れちゃうのは嫌だけど」

「やったるぜー!」

「…………」

「みんな……。うん!」

 

 梓は嬉しかった。

 このメンバーと友達になれた事。

 同じチームで戦車道をやれた事。

 それがなければ、今の自分はなかった……心の底からそう思えた。

 

「じゃ、もうひとっ走り行く?」

「え?」

 

 五人は、M3に乗り込み始めた。

 

「ちょ、ちょっと! 今日はもう練習終わりだよ?」

「知ってまーす!」

 

 紗希以外の四人が見事にハモった。

 そして、そのまま車体に上った。

 

「でも、自主トレなら構わないんでしょ?」

「そうそう。これは自主トレだからー」

「だよね。自主トレしちゃいけない、なんて校則に書いてないし」

「梓、何処へだって行っちゃうよ?」

「…………」

「だから、みんな疲れてるんだから止めなさいって。無理して怪我したらどうする……の……?」

 

 そこまで言って、梓は仲間達の視線に気圧されてしまう。

 代表するように、あゆみがポツリと呟く。

 

「無理してるのは梓の方じゃない」

「……え?」

「先輩やみんなの期待に応えようとして頑張ってるのはわかるよ。本当に、梓は真面目だし努力家だと思う」

「だって、私はまだまだだから……。西住隊長の役に立てるようになりたいし」

「だからって。毎日早朝から遅くまでなんて頑張り過ぎ!」

「な、なんで知ってるの……?」

「私だけじゃないよ。優季もあやも桂利奈も、勿論紗希だって知ってるよ」

 

 絶句する梓。

 あゆみの言う通り、梓は密かに自主トレを続けていた。

 体力的なトレーニングは勿論、戦車の知識を深めたり過去の戦車道大会の研究をしたり。

 学生の本分として、戦車道以外の授業でも成績を落とさないように努力は欠かさない。

 その事で仲間達に心配をかけてしまわないよう、梓なりに気づかれないようにしていたつもりだった。

 ……が、結果として意味がなかったようだ。

 

「頑張る梓は凄いけど、もっと肩の力を抜いた方がいいよー?」

「そうだよ。頑張り過ぎたら息切れしちゃうって!」

「じゃ、いっくよー!」

「え? あ、あの、ちょっと?」

 

 そのまま、梓は車長席に押し込まれてしまう。

 他のメンバーも、それぞれの定位置へ。

 

「じゃ、車長。命令よろしく」

「……あゆみ。だから、もう練習は終わりって言ったじゃない」

「…………」

「ほら、紗希が梓の指揮で走らないと眠れないって言ってるし」

 

 梓は車内を見渡し、全員の顔を見てがっくりと肩を落とした。

 揃って、期待に満ちた目をしていたから。

 

「もう……。ちょっとだけだからね」

 

 溜息をつくと、梓はキューポラから顔を出す。

 

「ウサギさんチーム、行きます。パンツァー・フォー!」

「おっしゃー!」

 

 待ってましたとばかり、桂利奈が猛烈なスピードで走り出す。

 聖グロリアーナ女学園の某生徒も驚きそうな勢いで。

 

「ちょ、ちょっと桂利奈ちゃん! 飛ばし過ぎ!」

「桂利奈、もっと飛ばして~」

「速~い!」

「あいあいあーい!」

「優季もあゆみも煽らないで!」

 

 いつの間にか、グラウンドのナイター照明が点灯されていた。

 それを見下ろすように、生徒会室に人影が二つ。

 

「澤ちゃん、ちょっと心配だったけど。あれなら大丈夫そうだねぇ」

「はい。本当に、いいチームだと思います」

 

 杏とみほは顔を見合わせ、頷いた。




ストックを作らずに書いているので不定期投稿になってしまいます。

ボコじゃないですが、いただいた声が本当に励みになっています。
引き続き頑張ります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 大捜査網です!

戦車道免許の話が出てきますが、公式にもないようなので勝手に設定を作ってしまっています。

では、今回も澤ちゃんはいいぞ!



そしてタイトルに第○話を入れ忘れたり本文でミスしたり。
「この間違いっぷり、いつもの我々ですな」
「呑気に言わないで下さい!」


「戦車道講習会、ですか?」

「そうだ。戦車道実施校は毎年一回、参加が義務付けられている」

「前回は私と桃ちゃんで参加したの。西住さんに声をかける前だったから」

 

 放課後の練習指導中に、みほと梓はそんな話を聞かされた。

 

「もう隊長と副隊長はお前達だ。当然、出て貰う事になる」

「それは構いませんけど。会場は何処なんですか?」

「戦車道連盟主催だから、東京ね」

「あ、あの……。もしかして、高校戦車道連盟の方も?」

「ああ」

 

 桃の返答に、みほの顔が曇る。

 それに気づいた梓は、柚子に尋ねる事にした。

 

「講習会ですけど、必須参加者の決まりはあるんですか?」

「確か、隊長と副隊長。若しくは代理、二名ね」

「それなら、私ともう一人でもいいって事ですよね?」

「どういう事だ? 西住と澤が行くに決まっているだろう」

「いえ。西住隊長はお忙しい身ですし、それなら私が行きます」

 

 毅然と言う梓に、桃と柚子は顔を見合わせる。

 

「しかしだな、決まりは」

「桃ちゃん」

 

 柚子は桃を手で制し、二人を見た。

 

「もう私達は戦車道チームから外れてるし、隊長は西住さんだから。決めるのも任せるわ」

「わかりました。それでは、私達はこれで」

 

 梓は、みほの手を取り歩き出す。

 

「あ、あの。梓ちゃん?」

「……事情は伺っています。高校戦車道連盟の責任者は、西住隊長のお母様ですよね」

「……うん」

 

 みほは小さく頷く。

 勘当寸前だった親娘関係だったが、みほが結果を出し実力を見せた事でそれはなくなっていた。

 が、それ以降も未だ親娘の会話はない。

 みほもこのままでいいとは思っていないが、話す切っ掛けを見出せずにいた。

 しほも自分から和解を申し出るような性格ではなく、姉のまほも間に入るよりも直接話す機会を待つべきと考えているようだ。

 今回必ずしもしほが来るとは限らないが、出席する以上顔を合わせる可能性は少なくない。

 気持ちの整理がついていないみほには、気が重い話だった。

 

「差し出がましいようですが、西住隊長はこの学園に必要な方です。今はチームの再編が急務ですし、そちらに専念して下さい」

「…………」

「大丈夫です。私も大洗女子学園の代表として、精一杯務めて来ますから」

「……梓ちゃん、ありがとう。気を遣ってくれて」

 

 みほは頭を下げた。

 

「でも。ちょっと、考えさせて。……ゴメンね」

「わかりました。今日はもう上がって下さい、後は私が見ますから」

「……うん」

 

 みほは重い足取りで、校舎へ向かって行った。

 その後ろ姿を見送りながら、梓は頭を振る。

 

(私、無力だよね。西住隊長の力になれてない……)

 

 小さく溜息をついた。

 

「梓ちゃん、聴こえる?」

 

 傍の無線機から、沙織の声が流れ出した。

 マイクを取り、送信スイッチを押す。

 

「はい、こちら澤。どうしましたか?」

「うん。みぽりんは一緒?」

「……いえ、西住隊長は所用で。何かありましたか?」

「ちょっと連携で相談があるんだよね。どうしようかな?」

「わかりました、そちらに行きます」

 

 スイッチを切ると、梓は顔を引き締め歩き出した。

 

 

 

 その日の夜。

 練習を終えた梓は、帰り支度を始めた。

 他のメンバーは皆帰宅済みで、練習の記録を整理しているうちに遅くなってしまったようだ。

 

(また、あゆみ達に怒られちゃうな)

 

 一人苦笑いしながら、ロッカーを開けた。

 着替え終わった頃、ポケットの携帯がブルブル震えているのに気付いた。

 液晶の表示を見て、首を傾げる梓。

 通話ボタンを押し、端末を耳に当てた。

 

「もしもし、澤ですが」

「あ、梓ちゃん? みぽりん知らない?」

 

 相手は沙織だった。

 酷く慌てているようで、梓も思わず身構えてしまう。

 

「西住隊長なら、今日はもう寮に戻られた筈ですけど」

「それがいないの。携帯にも出ないし」

 

 もう別れてから数時間が経つ。

 閉ざされた学園艦の中とは言え、一人で出歩くような時間でもない。

 

「みぽりん、何だか元気がなかったってクラスの子に聞いたから心配になって……」

「そうですか……」

「ちょっと、心当たり探してみるね。じゃ」

「あ、待って下さい武部先輩。私も一緒に探します」

「え? でも梓ちゃん、大丈夫なの?」

 

 沙織も、梓が日々忙しい事は知っている。

 電話の向こうの声からも、気遣う様子が窺えた。

 

「大丈夫です。それより、先輩は今どちらですか?」

「みぽりんの寮を出たところ。梓ちゃんは?」

「学園です。すぐに向かいます」

 

 玄関を出てから、梓は思い直したように校門とは逆方向へと駆けていく。

 

 

 

「武部先輩、お待たせしました」

「……これに乗ってきたんだ」

 

 沙織が引くのも無理はない。

 急いだ方がいいと、梓は学園からヘッツァーに乗ってきた。

 学園艦内とは言え、あまり褒められた行為ではない。

 普段の梓らしからぬ大胆さに対しての驚きもあるようだ。

 

「武部殿ー!……って、どうしてヘッツァーがここにいるのでありますか!」

 

 駆けてきた優花里も、流石に度肝を抜かれたらしい。

 

「学園艦は広いですから。責任は私が取ります」

「と、兎に角探そう!」

「了解であります!」

 

 沙織と優花里が乗り込んだのを確かめて、梓はシフトレバーに手をかけた。

 

「それにしても、驚きでありますな」

「何がですか?」

「いつの間に操縦を覚えたのかって事ですよ」

「あ、それは思った。梓ちゃん、車長しかやった事なかったよね?」

 

 戦車にも運転免許制度があり、戦車道履修者は当然取得する必要がある。

 大洗女子学園で戦車道を始めた際に、免許を持っていたのはみほのみ。

 全国大会前には全員が取得していたので公式には問題ない。

 厳密に言えば練習の段階でも無免許は褒められた事ではないのだが、それはそれと誰も触れようとはしなかった。

 運転免許だから戦車を操縦する必要があるのだが、国内に戦車を対象とした教習所など存在しない。

 必然的に普通の大型特殊免許を取るか、教官派遣を依頼して戦車専用の免許を実地で取るしかない。

 時間も予算もない大洗女子学園には前者の方法は取れず。

 後者も予算の壁はあったが、杏が抜け道と言うべき手段を取った。

 免許取得後戦車搭乗経験が五年以上ある者ならば、申請を出せば教官としての認定を受けられる制度の一文を見つけ出したのだ。

 そして、小学生から戦車に乗らされていたみほは見事にその条件を満たしている。

 そうなれば、みほに選択肢などない。

 例え操縦は苦手だからと言っても杏に通用する筈もなく。

 こうして、戦車道履修者全員がみほの指導という名目で規定をクリアし試験場で受験。

 戦車道連盟も大らかなもので、普通免許のようにビシビシ減点するような担当官はいない。

 

 但し、車両は持ち込みになり台数分の運搬費用がかかるという事情から、全員が三突での受験となった。

 慣れているおりょうには好都合だったが、他のメンバーは麻子を除いて皆四苦八苦する羽目に。

 三突が選ばれた理由は簡単で、大洗所有車両で一番癖がなく故障が少ないから。

 なので、動かすだけなら大洗チーム全員が三突ならば何とかなる。

 が、それ以外の車両となると麻子のようにマニュアル通りにやればという天才以外は専任者を除くと練習が必要だった。

 

 そして梓は車長が専任。

 ヘッツァーとは無縁の筈だったから、優花里や沙織が驚くのも無理はない。

 

「勿論、練習したんです」

「何時の間にでありますか?」

「早朝とか、日曜とかに小山先輩に無理を言って教わりました」

 

 思わず、優花里と沙織は顔を見合わせてしまう。

 

「もしかして……ルノーとかポルシェティーガーも覚えたの?」

「はい、IV号以外は。勿論、専任のみなさんのようには行きませんが」

「本当に、澤殿は努力家でありますな」

「……私には、経験が足りません。それでも、私は副隊長ですから。相談されたら答えない訳にはいきません」

「だからって、梓ちゃんが全部背負う必要はないんじゃ」

「私も、そこまで自惚れるつもりはないんです。ですが、私はそうでもしなければ何時まで経っても西住隊長の負担を減らす事が出来ないんです」

「澤殿……」

「……みぽりんは、そこまで望んでいないと思うよ?」

「かも知れません。ですが、これは私が決めた事ですから」

 

 それだけを言うと、梓は口を閉ざす。

 沙織は優花里を見て、静かに頭を振った。

 

 

 

「見つからないねぇ」

「もう、学園艦の甲板は粗方探したつもりなのですが」

「西住隊長、何処へ行かれたのでしょう……」

 

 三人はヘッツァーを走らせて学園艦甲板上を探しまわったが、みほは未だに発見できずにいた。

 沙織は何度も携帯の画面を見ては、着信がない事を確かめて溜息を繰り返す。

 

「澤殿。西住殿は一体何があったのでありますか?」

「何か知ってるなら教えて。お願い!」

「…………」

 

 梓は、話すかどうかを躊躇った。

 勿論、みほが行方をくらました事情は知っている。

 そっとしておく事も考えた。

 だが、事情を知らない沙織や優花里はどうか。

 この場にはいないが、華や麻子、それ以外のメンバーだって心配するだろう。

 それに、自分がこうして捜索に加わっている時点で既に黙っている訳にもいかないと。

 

「……わかりました。私が知っている事、お話します」

 

 ヘッツァーを停め、梓は振り向く。

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 二人は、梓が話し終えても暫く無言のまま。

 梓も、反応を促そうとはしない。

 ややあって、優花里がポツリと呟く。

 

「……重いですね」

「……うん」

 

 誰からともなく、溜息が漏れる。

 

「……でも、やっぱりそのままじゃ良くないと思うよ。麻子じゃないけど」

「やっぱり、そうですよね……」

「あの、冷泉先輩がどうかしたんですか?」

「……あ。そっか、梓ちゃんは知らないんだね。麻子ね、両親がいないんだ」

「え?」

 

 沙織は、そっと目を伏せた。

 

「交通事故でね。それから、ずっとおばあちゃんと二人っきりなんだ」

「そんな……。冷泉先輩、そんな素振りも見せないから……」

「私もでありますよ、澤殿。最初に聞かされた時は、驚きました」

「……でね。麻子、その直前にお母さんと喧嘩しちゃったんだって。仲直りも出来ないまま」

「…………」

 

 絶句する梓。

 

「だから麻子、みぽりんの事本当に心配してるの。自分と同じ事にならないようにって」

「そうでしたか……」

「確かに、みぽりんには辛いかも知れないけど。でもね、逃げていても仕方ないんじゃないかな」

「西住殿は、何も間違っていないのですから。一時は背を向けた戦車道ではあっても、こうして結果を出した訳ですし」

「…………」

 

 梓は、唇を噛んだ。

 軽々しく代わりに出るなどと言ってしまった事を悔やんでいた。

 みほの心中を察したつもりになって、実は何も解っていなかったのではないか。

 良かれと思って口にした事で、却ってみほを傷つけたのではないか。

 

「ど、どうしたの?」

「澤殿?」

 

 不意に涙を流し始めた梓に、沙織と優花里は訳もわからず困惑した。

 

「私……最低ですね」

「どうして?」

「だってそうじゃないですか! 西住隊長が苦しんでいるのに、いい気になって……それで。それで……」

「澤殿が自分を責める必要はありませんよ。そうですよね、武部殿?」

「うん。だって梓ちゃん、みぽりんに好意で言っただけでしょ?」

「……でも、私……」

「みぽりんだってそれぐらいわかってるよ。大丈夫」

「西住殿は澤殿を信頼してるっていつも仰っているじゃないですか。澤殿の気持ち、伝わっていますって」

「ヘッツァーの乗員の方、応答して下さい」

 

 突然、無線から声が流れ出した。

 咄嗟に手を伸ばす沙織。

 

「はい、こちらヘッツァー。その声は、妙子ちゃん?」

「そうです。武部先輩だったんですね」

 

 優花里がハッチから顔を出すと、八九式が近づいてくるのが見えた。

 向こうのキューポラから、典子が出てきた。

 

「秋山さんですか?」

「そうであります。磯辺殿、どうされたのですか?」

「バレー部で練習に熱が入り過ぎてしまって。体育館を借りて練習していたら五十鈴さんが駆け込んできたんです」

「事情を聞いて、それなら私達も探そうと」

「それで、八九式を使ったんです。責任は私達全員で取ります」

 

 あけびと忍も顔を見せた。

 

「でも、倉庫に行ったらヘッツァーが見当たらなかったのでどうしたのかと」

「私が持ち出したんです、磯辺先輩」

「副隊長?」

 

 意外な組み合わせだったらしく、アヒルさんチームの全員が驚いた。

 

「ちょっと、八九式にヘッツァー! 勝手に校外に出るなんて校則違反よ!」

 

 また、無線から違う声が流れ出す。

 

「え? この声は……」

「そど子先輩?」

「武部さんに磯辺さん! 私は園みどり子! そど子じゃないわ!」

 

 ルノーB1bisが二両の前で停止。

 そど子に続いて、ゴモヨとパゾ美も降りてきた。

 

「全く、澤さんが率先して規則を破るとかあり得ないわ」

「す、すみません」

「でもそど子、それを言ったら私達だって校則違反じゃない……?」

「そうだね、ゴモヨの言う通り」

「う、煩いわね! 私は風紀を取り締まりに来たんだからいいの!」

 

 相変わらずの滅茶苦茶な論法に、そど子を除く皆が苦笑する。

 

「もしかして、全部澤さんの指示?」

「いえ、八九式は私の独断です!」

「違います! キャプテンだけじゃありません。私達の総意です」

「ですから、校則違反なら私もそうです」

「私もです!」

「あー、わかったわよ。でも澤さん、倉庫に一台もいないみたいだったわよ?」

「え? そんな筈は……」

 

 ハッとなった梓は、咽喉マイクに手をかけた。

 

「こちら澤。M3応答して下さい」

「あら~、梓じゃない。みんないるよ~?」

 

 すぐに、応答があった。

 

「優季……。みんなって事は、紗希も?」

「勿論よ~。西住隊長、見つかった?」

「どうして……?」

「会長の指示じゃないの、これって?」

「……え?」

「そうだよね、みんな?」

「私はそう聞いたよ?」

「私も!」

「紗希もそうだって言ってるよ!」

 

 無線越しに、紗希以外の全員から返事が来た。

 

「どういう事……?」

 

 梓には訳がわからなかった。

 仲間達が嘘をつくとは到底思えない。

 第一、嘘をつけば梓にはすぐにバレる事ぐらいわかっている面々だ。

 と、梓は携帯の振動に気づいた。

 端末を開くと、ショートメールが一通。

 発信者とメッセージを確かめ、驚きで一瞬固まってしまう。

 ……そして、静かに端末を閉じた。

 

「どうしたの、梓ちゃん?」

「いえ、何でもありません」

 

 首を傾げる沙織を横目に、梓はマイクに手を置いた。

 

「全車両へ。現在位置で停止、空砲を撃って下さい」

「な、何言ってんのよ! 今何時だと思ってるの?」

「そど子先輩。これは副隊長……いえ、西住隊長が不在ですから隊長代理としての命令です」

「な……」

 

 絶句するそど子に構わず、典子を見た。

 

「いいですね、磯辺先輩?」

「はいっ!」

 

 返事を確かめ、梓は車内へ戻った。

 

「秋山先輩、臨時砲手をお願いしていいですか?」

「了解であります、副隊長殿!」

 

 敬礼をすると、優花里は砲座についた。

 

 

 

 十分程過ぎた頃。

 

「……みんな。どうして……?」

 

 何処からともなく、梓達の前にみほが姿を現した。

 

「みぽりん!」

「西住殿!」

 

 沙織と優花里が、みほに駆け寄る。

 

「沙織さん、優花里さん……」

「もう、心配したんだから!」

「でも、ご無事で何よりです!」

「うん、ゴメンね。もう、大丈夫だから」

 

 そして、梓がみほの前に立つ。

 

「勝手に隊を指揮してしまいました、すみません」

「ううん。……でも、一斉に空砲を撃つなんて思わなかったな」

「西住隊長に、みなさんが探しているって伝える方法が他に思いつかなかったんです」

「心配かけちゃったね。……梓ちゃん」

「はい」

「私、行くから。講習会」

「……いいんですか?」

 

 みほは、しっかりと頷く。

 

「逃げていても、何も解決しないから。もし、お母さんに会ったならちゃんと話すよ」

「わかりました。西住隊長がそう仰るなら」

「……それから、ありがとう」

 

 そう言うと、みほはそっと梓を抱き締めた。

 突然の事に、梓は混乱する。

 

「これからもよろしくね」

「……はい」

 

 込み上げてくるものを、梓は懸命に抑えようとする。

 そんな梓の頭を、みほは優しく撫でた。

 

 

 

 翌朝。

 梓は登校すると、真っ直ぐに生徒会室へ。

 部屋の主は、既に定位置でいつも通り行儀悪く座っていた。

 その側に桃が控えている。

 

「やあやあ、おはよう澤ちゃん」

「おはようございます、会長。……昨日は、ありがとうございました」

 

 頭を下げる梓に、杏は手を振る。

 

「ま、責任ぐらい取るから。そうだよな、河嶋」

「は、はぁ……」

 

 何か言いたそうな桃も、杏の前ではそれだけ。

 

「とりあえず夜間演習って事でヨロシク。干し芋でも持ってお詫びに回ろうか?」

「い、いえ。それは……。では、手続きをしてきます」

 

 桃が出ていき、杏は梓に視線を戻した。

 そして、声を潜めて言った。

 

「アレは消しておくように。誰かに見られたらややこしくなるから」

「……はい。それでは、私は朝練に行ってきます」

 

 一礼し、梓は生徒会室を出た。

 そして、携帯を取り出してメールボタンを押す。

 

『私が指示したって事にしちゃっていいから、澤ちゃんの好きにやっていいよ~』

 

 メッセージを見ながら、梓は呟く。

 

「本当にありがとうございました、会長……」




今年の大洗海楽フェスタ、大盛り上がりだったようで。
来場者も昨年より3万人増えたようで、やはり劇場版効果でしょうね。
……仕事で行けませんでしたが、来年こそは。
ツイッターで見ていてあまりに楽しそうで、血涙流してました。


閑話休題。
講習会の話は次に書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 講習会です!(前編)

書いているうちに長くなったので分けました。
今回はみほがちょっと(?)暴走します。

では、パンツァー・フォー!


 学園艦が、ゆっくりと大洗港に接岸した。

 巨艦故に通常の船舶よりも大幅に時間がかかるが、その事に文句を言う者はいない。

 ボラードにもやい綱がかけられ、艦が完全に停止してから漸く下船の許可が出る。

 上陸を待ちわびた人々や車が、次々に下船して行く。

 当然、大洗女子学園の生徒達もそこに混じっていた。

 その中にみほと梓、それにあんこうチームの面々の姿もあった。

 

「態々見送りまで済みません」

「気にするな。どうせ沙織の買い物ついでだ」

「もう、麻子ったら!」

「わたくしも、久しぶりに行ってみたいお店もありますし」

「みなさん目的もおありですから、気にせずとも大丈夫ですよ澤殿」

「あはは……」

 

 口ではああ言うが、全員が二人を気遣っての事。

 みほも梓も、勿論それは気づいていた。

 ウサギさんチームの面々も見送りには同行したがったが、それは梓が止めた。

 気持ちは嬉しいけど、あまり大人数で行くのは良くない……と。

 桂利奈を宥めるのに手を焼く羽目にはなったが、いつもの事なので周囲は微笑ましく見守るばかりだった。

 

 フェリーターミナル前から出ている連絡バスに乗り込み、一行は大洗駅へ。

 戦車道の試合がある日は危険防止の為閉鎖されるが、今日は普段通り。

 新しくなった券売機で切符を買い、改札へ。

 東京からそう遠くない場所だが、交通系ICカードや自動改札機もなく改札口には駅員がいる。

 勿論、駅員もみほ達の顔は知っている人ばかり。

 

「こんにちは。今日は水戸へお出かけ?」

「はい。私と梓ちゃんは、東京まで行きます」

「そう。気をつけてね、はいどうぞ」

 

 駅員は笑顔で切符にスタンプを押し、みほらも会釈して通って行く。

 階段を上がり、ホームに出る。

 程なく、独特のエンジン音を響かせて二両編成の列車がやって来た。

 赤地に白帯の、大洗町民にはお馴染みのディーゼルカー。

 見た目はお世辞にも綺麗とは言えないベテランだが、これでも戦車を載せた無蓋車を複数両牽引出来るだけのパワーを持つ。

 黒森峰との決勝戦では、舞台となった静岡県の富士演習場までを走破という実績まであったりする。

 その事もあり、大洗女子学園の生徒達にとっては愛着すら覚える車両である。

 

 一行は一両目に乗り込み、ボックスシートに向き合って腰掛けた。

 ブルブルと振動し、列車は動き出す。

 季節は秋になり、沿線も黄金色一色に輝いている。

 まだ残暑は続いているが、風は何処か爽やかさを感じさせ始めていた。

 

「そう言えば、他校もメンバーが入れ替わったと聞きましたが」

 

 梓が話題を振ると、全員関心があったようですかさず反応が返ってきた。

 

「それはそうだろう。三年生がいるのは大洗だけではないからな」

「えっと、みぽりんのお姉さんがそうだったよね?」

「うん。アンツィオのアンチョビさんもそうだね」

「他にも、サンダースのケイ殿にナオミ殿。プラウダはカチューシャ殿とノンナ殿、聖グロはダージリン殿と……何方かいらっしゃいましたね」

「優花里さん。アッサムさんをお忘れじゃないでしょうか?」

 

 いずれも錚々たるメンバーばかり。

 

「……寂しくなりますね、何だか」

「そうだね。でも、梓ちゃん。これでお別れって訳じゃないよ。戦車道を続けている限りまた会えるから」

「そう、ですね」

 

 戦車道を通じて沢山の友人に恵まれたみほとは違い、梓には他校の生徒と交流する機会はあまりなかった。

 サンダース大付属とは同じアメリカ製戦車に搭乗している縁で多少関わりはあったが、それも深いと言えるレベルでは到底なかった。

 副隊長として表に出る機会は今後確実に増えるだろうが、それでも払拭しきれない不安があるのも事実。

 みほのような他人を魅了する何かがあれば兎も角、梓は自分にそんなカリスマ性があるとは思っていない。

 これから向かう先でも、他校のメンバーが目当てにするのはみほだろう。

 みほと一緒にいれば大洗のメンバーという程度なら認識して貰えるかも知れないが、一人になったらどうか。

 彼女が思い悩む事ではないのかも知れないが、真面目な梓はすっかり気持ちが沈んでいた。

 

「澤さん。どうかしたのか?」

「……え?」

 

 気がつくと、麻子が梓の顔を覗き込んでいた。

 他の面々も、気遣わしそうな顔をしている。

 

「急に黙り込んで。気分でも悪いの?」

「い、いえ。済みません、ちょっと考え事をしてまして」

「そう? ならいいけど」

「沙織さん、まるで澤さんのお母様みたいですね」

「華、ひどーい! 私は夢見る乙女なんだからねっ!」

 

 華と沙織のやり取りに、笑いが巻き起こる。

 いつもの光景に、梓は幾分気持ちが軽くなった気がしていた。

 そんな梓を、隣に座るみほはジッと見ていた。

 

 

 

「それじゃ、二人とも頑張ってきてね!」

「道中、お気をつけて」

「他校のお話、帰ったら是非お聞かせ下さい! 楽しみにしているであります」

「土産はロールケーキで頼むぞ」

 

 水戸駅で四人と別れ、二人は常磐線に乗り換える。

 水戸から東京までは特急も頻繁に走っているが、旅費が支給される訳でもなく全額自腹。

 特に急ぐ訳でもないので、節約を兼ねて快速電車で行く事にしていた。

 平日のラッシュ時は過ぎていて、十五両編成の車内はガラガラ。

 二人はボックスシートに並んで座った。

 

「後は殆ど一本だね」

「はい。西住隊長、不束者ですが宜しくお願いします!」

「ふえっ? ちょ、ちょっとやめてよ梓ちゃん」

 

 殆ど乗客のいない車内ではあったが、それでもみほはあわあわしながら辺りを見回す。

 幸い、あまり大きな声でなかったせいか誰も二人に気づいている様子はなかった。

 ホッとしながら、みほは更に声を潜める。

 

「あ、あのね。その、西住隊長って止めて貰えないかな……?」

「え?」

「だって変でしょ? 私も梓ちゃんもこの格好なのに、隊長って」

 

 当然だが、学校の代表として参加する二人は制服姿。

 ブレザー全盛のご時世にあって、大洗女子学園のセーラー服はかなり人目を引きやすい。

 そんな二人連れの片方がもう一方を隊長と呼んでいたら、目立つ事この上ない。

 戦車に乗っていなければ内気で恥ずかしがり屋……というみほにしてみれば、甚だ不本意な事になりかねない。

 そうでなくてもみほは本人が望んでもいないのに、一躍有名人となってしまっていた。

 判官贔屓の日本人にしてみれば、絶望的なまでに不利な条件から学園を救ったというヒーロー以外の何者でもなかった。

 取材申し込みやファンレターが殺到し、広報担当の桃が文字通り忙殺される事に。

 学園の中でもすっかり大スター状態ではあったが、杏が適切な手を打っているお陰で比較的落ち着いて過ごせてはいた。

 ……とは言え、戦車を離れると兎に角危なっかしいみほである。

 周囲もその点は気が気ではなく、みほ本人も若干ストレスを感じてしまう日々だった。

 

「ですが、私にとっては隊長は隊長です」

「それはいいの。でも、せめて学園艦に戻るまでは違う呼び方をして欲しいの。お願い!」

 

 拝み倒そうとするみほに、今度は梓が慌ててしまう。

 

「に、西住隊長? 止めて下さい!」

「だ、だからその隊長ってのを止めてって!」

「……じゃあ、どうすればいいんですか?」

「……え、えっと……」

 

 人前で隊長と呼ばれるのには抵抗はあるが、ではどう呼んで欲しいかと言えばみほもそこまでは考えていなかった。

 梓は最初からその気がなかったのだから、みほから提示がなければ改めようもない。

 

「……あ、あのね」

「はい」

「……わ、笑わない……かな?」

 

 何故かもじもじするみほに、梓は首を傾げる。

 呼び方を変えるだけなのにそこまで遠慮がちにする意味がわからず、困惑すらしていた。

 

「仰ってみて下さい。笑わないと約束しますから」

「う、うん。……じゃあ」

 

 みほは、深呼吸をしてから梓を見た。

 

「あ、あのっ!」

「は、はい」

「私の事、お姉ちゃんって呼んでみて!」

「……は?」

 

 思わず気の抜けた顔になってしまう梓。

 あまりにも突拍子もないみほのリクエストだ。

 いくら日頃冷静な梓でも、思考停止状態になるのも当然かも知れない。

 

「…………」

 

 一方、言ってしまったみほは顔を真っ赤にして俯く。

 

「あ、あの……。どういう事ですか?」

「…………」

「隊長と呼んで欲しくないのはわかりました。でも、どうしてその呼び方なんでしょうか?」

「……あ、あのね。私、家族が年上しかいなくって。お姉ちゃんって呼んでくれるような子も近所にいなかったから」

「だ、だからって私にそう呼べなんて……」

 

 今度は梓まで赤くなり始めた。

 

「駄目……だよね。やっぱり」

「え? ええと……」

「……私ね。梓ちゃんみたいな妹がいてくれたらいいな、って。でも、流石にみんなの前では恥ずかしくて」

「だ、だからって。……私も弟しかいませんから、お気持ちはわからなくもないですけど」

「お願い! 大洗に帰るまで、二人っきりの時だけでいいから!」

 

 みほは梓の手を握り、顔を近付けた。

 

「ち、近いですよ!」

「お願い……」

 

 妙に必死なみほに、梓は圧倒されてしまう。

 顔を赤くしたまま、溜息をつく。

 

「わ、わかりました。……じゃあ……み、みほお姉ちゃん」

「か……」

「か?」

「可愛い!」

 

 思わず、みほは梓を抱き締めた。

 いきなりの事に、梓は固まってしまう。

 ……そのまま、オーバーヒート。

 

 

 

 梓が気づいた頃、電車は東京スカイツリーを見上げる場所を走っていた。

 いつの間にか席が埋まっていると思いながら、梓はさっきの出来事を思い出してしまい一人真っ赤になる。

 張本人のみほは、梓の肩にもたれてすやすやと寝息を立てていた。

 

「お姉ちゃん、か……」

 

 まだ気恥ずかしさもあったが、同時に嬉しさもあった。

 梓にとって、戦車に搭乗中のみほは憧れであり尊敬に値する存在。

 戦車を降りれば気弱で頼り気ないところもあるが、それもまた彼女の魅力。

 いきなりの事には驚いたが、それでみほに対する信頼は揺らぎもしない。

 寧ろ、梓を妹のように思ってくれていると自身の口から聞けた事はやはり嬉しいようだ。

 

「みほお姉ちゃん、か……」

 

 悪くないな、と梓は思った。

 但し、他の仲間達がいるところで口にするつもりもないし出来もしない。

 みほと梓だけの、秘密。

 何だか特別な存在になれたような気がして、水戸に着くまでに思い悩んでいた事などすっかり何処かに吹き飛んでいた。

 

「間もなく日暮里、日暮里です。山手線、京浜東北線、京成線、日暮里舎人ライナーはお乗り換えです」

 

 車内放送に、梓はハッとなる。

 

「起きて下さい、乗り換えですよ!」

 

 みほの身体を揺すってから、梓は立ち上がって網棚の荷物に手をかけた。

 

 

 

「えっと……」

「此方ですね」

「あ、うん」

 

 案内図を手に、最寄り駅から歩く二人。

 最初はみほが地図を見ていたが、途中で梓に交代。

 戦場での地図を読むのは圧倒的にみほの方が得意なのだが、戦車を降りた途端に立場は逆転。

 梓もそれは弁えているので、口に出す事はしない。

 

「東京は本当に人が多くて迷っちゃうね」

「そうですね。たいちょ……みほお姉ちゃんは来た事あるんですか?」

「ううん。ずっと熊本の実家か学園艦暮らしだったし、うちの家も田舎だから」

「そうですか。私も、茨城から出たのが実はこれが初めてで。あ、学園艦で移動はしましたけど」

「そうなの? 梓ちゃん、落ち着いてるからてっきり慣れてるのかと」

「あ、あはは……」

 

 まさか、みほのあまりの頼りなさに見かねてとは言えずの梓であった。

 そして、二人の行く手に五階建てのビルが姿を見せる。

 

「あ、着いたみたいですね」

「このビルなんだね。戦車道連盟の看板はないけど」

「多分、会議室だけ借りたんじゃないですか」

「そうなのかな? もう他の学校の人は着いているかな?」

「もう少しで開始時間ですし、私達が最後の方かも知れませんね。じゃ、行きましょう西住隊長」

 

 みほは、えっという表情をする。

 

「梓ちゃん、約束したのに」

「二人っきり、という条件は守ってます。もうこの先は無理です、諦めて下さい」

「はぁい」

 

 あからさまに落ち込むみほに、梓は少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 とは言え、梓も流石に他人の面前までは願い下げだったが。

 

 

 

 エレベーターを降り、案内に従って進むと受付会場となっていた。

 白い布がかけられたテーブルに、二人には馴染みの女性が座っていた。

 みほらを認めた彼女は、笑顔で挨拶をしてきた。

 

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

「こんにちは、遅くなりましたか?」

「まだ時間前だから大丈夫ですよ。大洗女子学園の西住さんと澤さんね」

 

 戦車道連盟公式審判員の稲富ひびき。

 高校専門という訳ではないのだが、大洗女子学園の試合には彼女らが審判として参加する機会が多かった。

 

「篠川さんと高島さんもいらっしゃるんですか?」

「あら、名前を覚えていてくれたんですね」

「あ、はい。私、そういうのが得意なので」

 

 沙織にはただ面白がられたが、みほのこの特技は意外に役立つ事が多い。

 何でも、友達になるかも知れない相手については名前以外に誕生日とか好きな食べ物なんかも把握していると梓は聞かされていた。

 勿論きちんと調べなければいけない事ではあるが、梓がみほを尊敬する点の一つでもある。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。

 孫氏の有名なフレーズだが、梓から見れば普段からそれを心がけているみほにこそ相応しいと思えた。

 この場合も、ひびき相手にプラスに作用したようだった。

 

「あの二人もいますよ。別の仕事をしています、見かけたら声をかけてあげて下さいね」

「はい、ありがとうございます」

「ご苦労様です」

 

 二人が会議室に入ると、全員の視線が一斉に向けられた。

 正確には、みほに対してだが。

 たじろぐみほに、近くにいた人物が立ち上がりやって来た。

 

「ハァイ、みほ!」

「ケイさん?」

「元気だった?」

 

 いつもの挨拶として、いきなり抱き付かれたみほは目を白黒させている。

 そして、梓にも。

 

「ラビットも来たのね」

「は、はい」

 

 優花里をオッドボールと呼ぶように、ケイは梓をラビットというニックネームで呼ぶつもりらしい。

 嫌ではないし、そもそも言っても多分無駄だろうと悟った梓は何も言わない事にした。

 

「ちゃんと迷わずに来られたのね」

「こんにちは、アリサさん。……それにしても、ケイさん?」

「なあに、ラビット?」

「ケイさん、三年生ですよね。隊長はまだ交代されないのですか?」

「ん~、そこなのよね」

 

 ケイはチラ、とアリサを見た。

 

「私も、スパっとアリサに隊長を任せたかったんだけど。いろいろとなってなくて」

「…………」

「兎に角いろいろ考え過ぎなのよアリサは。もっと肩の力を抜けって言ってるんだけど」

 

 誤解されがちだが、アリサは結構生真面目な性分だったりする。

 戦史や兵器にも詳しい事からも、努力は怠らない事が窺える。

 ……もっとも、対大洗女子学園ではケイの忌み嫌うアンフェアな行動に出てしまった。

 その為、策士としての面ばかりクローズアップされてしまう結果に。

 策士策に溺れるを地で行ってしまっただけに、弁解の余地もないのだが。

 

「私とナオミはサンダース大に進学も決まっているし、余裕があるからね。それまで、アリサをビシビシ鍛えるつもりよ」

「ひ、ひぇぇぇぇ」

 

 半泣きになっているアリサに、梓は内心ちょっと同情してしまう。

 みほの場合、率いる隊員を厳しく指導するという事がまずない。

 性格の問題もあるのだが、みほは個性を活かした作戦を立てるのが巧みという面もある。

 そこまで臨機応変な指揮が出来るのもまたみほがずば抜けているという訳で、ケイにはそこまでの才能はない。

 それを思うと、なんと自分は幸運なんだろうと梓は思わざるを得ない。

 そんな凄い人の元で、しかも副隊長を任されるなどとは。

 

「ラビットこそ、副隊長になったのね。コングラッチュレーション」

「あ、ありがとうございます」

「今度、ウチの学園艦にも遊びにいらっしゃい。歓迎するわよ?」

「はい!」

 

 ふと、みほを見ると……他校の面々に囲まれていた。

 交流のない学校のメンバーまで、みほから視線を外そうとしない。

 

「では、皆さん席にお戻り下さい。これより講習会を開始します」

 

 先ほどひびきが言っていた通り、審判員の篠川香音と高島レミが書類を手に会場に入ってきた。

 

「じゃ、また後でね」

「はい」

 

 みほと梓は、指定された席に座った。




学年が不明のキャラも意外と多いですね。
継続高校の三人とか、ローズヒップとかルクリリとか、クラーラとか。
調べたのですがわからず……設定作っちゃうしかないんですかねぇ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 講習会です!(後編)

イオンシネマで噂のULTIRAを鑑賞してきました。
他のシアターよりも更に大画面の迫力と、高音の効果が抜群でした。
立川の極爆といい、平和島のimm soundといい、音響一つで此処まで変わるものだと改めて実感しました。


さて。
先にお断りしておきますが、今回は登場人物が多い為やや冗長かも知れません。
各校の話はあとがきにて。

では、パンツァー・フォー!

3/28
誤字がありましたので修正しています。


 講習会と言うだけあり、戦車道を行うにあたってのルールや注意事項の説明から始まった。

 過去にあった事故についての具体例を上げての注意喚起もあった。

 講師は戦車道連盟会長の児玉と審判員の香音。

 退屈になりがちな講習会だが、巧みな話術とスライドや映像を織り交ぜた講習で聴衆を飽きさせない工夫が凝らされていた。

 概要は別にプリントやテキストで配布されるのだが、梓は話のポイントを逐一メモしている。

 梓自身、この参加者の中でも一番キャリアが浅くまだまだ素人に毛の生えた程度という自覚をしていた。

 ならば、人一倍身を入れて聞き頭に叩き込むより他にない。

 彼女らしい真面目さが、遺憾なく発揮されていた。

 

 そして。

 

「……あの方も講師なんですね」

「……みたいだね」

 

 梓とみほが小声でそう言い合う相手。

 

「こんにちは~。バーっと喋るからガンガンと理解してね」

 

 相変わらず妙なテンションと日本語で登場したのは、強化委員の一人で審判団の責任者でもある蝶野亜美。

 若くして戦車教導隊の一尉にまで昇進している彼女は、無能どころか立派なエリート自衛官だ。

 実際、亜美自身が豪語する通り彼女が搭乗する10式戦車は撃破率が圧倒的に高い。

 無論10式の優れた性能による面もあるのだが、旧式の74式戦車に乗せてもやはり他の隊員を圧倒してしまう。

 ……のはいいのだが、その指導があまりにもアバウト過ぎて受ける隊員は慣れるまで余計に苦労する羽目になる。

 それでもいきなり搭乗してある程度戦えた大洗女子学園の面々は、やはり異質と言えるのかも知れない。

 

 賑やかで饒舌な講師のお陰か、聴いている面々は誰一人退屈そうな様子も見せずに講習会は進んでいった。

 

 

 

 そして、昼休み。

 

「西住さん、一緒に昼食はどうだ?」

「今日の為に、新作メニュー用意してきたっスよ」

「ドゥーチェ、ペパロニもいきなり過ぎますよ。すみません、西住さん」

 

 アンツィオ高校の三人が、みほのところにやって来た。

 

「こんにちは、アンチョビさん。……もしかして、まだ隊長なんですか?」

「そうなんだ。私はペパロニかカルパッチョ、どちらかに任せようと思ったんだが」

「それならカルパッチョっしょ。頭もいいし、戦車道のベテランだし」

「だから、私はサポートする方が得意なんですって。ペパロニの方がアンツィオの校風に合ってますし」

「……とまぁ、こんな具合でな」

 

 溜息をつくアンチョビ。

 

「あはは、大変そうですね……」

「全くだ。ウチにも西住さんみたいな二年がいてくれれば迷わないのにな」

「お話中すみません。こんにちは、西住さんに澤さん」

「こんにちは」

 

 そこにやって来たのは、オレンジペコとルクリリ。

 聖グロはどうやら世代交代が決まったらしい。

 

「オレンジペコさんにルクリリさん。こんにちは」

「お二人が隊長と副隊長なんですね」

「はい、澤さん。……何故か、一年生の私が隊長に指名されてしまいましたが」

 

 はにかむオレンジペコ。

 梓は、思い切ったダージリンの抜擢に驚きを隠せない。

 自分も一年生で副隊長だが、当然隊長と副隊長では責任の重さは比較にならない。

 ましてや、名門聖グロの隊長というのだから異例という他ない。

 

こんにちは(ズドラーストヴィチェ)!」

 

 続いてやって来た人物は、梓だけでなく全員に取って予想外だった。

 

「確か……クラーラさん?」

はい(ダー)

「……なあ、オレンジペコ。何て返せばいいんだ?」

「わ、私もちょっとロシア語は……。アンチョビさんこそ、ご存じないんですか?」

「失礼しました。日本語で大丈夫ですよ」

 

 ペコリと頭を下げるクラーラ。

 その隣で倣うのは、ニーナ。

 

「こんにずは。クラーラさんが新しい隊長なしてす。んで、おらが副隊長やれっでカチューシャ様に」

「じゃあ、私と同じですね」

「んだ、梓さん。改めてよろしくだべ」

 

 聖グロも思い切った起用だが、プラウダの新体制は一同に取ってそれ以上の衝撃だったらしい。

 クラーラもそれは察したのか、みほらを見渡しながら続ける。

 

「カチューシャ様から正式に隊長をやるようにと。それで、卒業まで留学期間を伸ばす事になったんですよ」

「そ、そうだったんですか」

 

 あのカチューシャがそう判断したのだ、クラーラはみほらが想像している以上に優秀なのであろう。

 エキシビジョンマッチや大学選抜戦でもその片鱗は窺えたが、来年もプラウダは要注意。

 みほも梓も、同じ思いを抱いた。

 

「西住さん、ご無沙汰しております!」

「ご、ご無沙汰であります!」

 

 今度は知波単学園の二人。

 隊長は絹代のままだったが、隣の人物は硬直でもしたかのように背筋を伸ばしている。

 

「西さん。それに福田さん」

「福田には副隊長を任せる事にしました。福田、挨拶を」

「は、はい! 若輩者ではありますが、御指導御鞭撻宜しくお願い申し上げるのであります!」

 

 福田もやはり一年生。

 知波単は主力メンバーのほとんどが二年生なので、これも大抜擢と言っていい。

 兎に角突撃一辺倒の知波単学園だが、福田は伝統に拘るよりも冷静に戦況を見定めようとするタイプ。

 来年の知波単学園はダークホースになるかも知れない、その場のほぼ全員が思いを新たにした。

 

「挨拶もいいっスけど、早く食べないと昼休み終わっちゃうっスよ?」

「そうですね。冷めないうちにどうぞ、皆さんの分もありますから」

 

 待ち草臥れたという表情がありありのペパロニの一言で、カルパッチョがいつの間にか大鍋を運び入れていた。

 

「トマトと大葉、エビの冷製パスタだ。これならもともと冷たいからな、用意して持って来た」

「さ、どうぞ。ドゥーチェの冷製パスタは絶品ですよ?」

「他の方々も遠慮せずに食べるっスよ」

 

 アンツィオ三人衆が、手際よく皿にパスタを盛り付けていく。

 

「それでは、私達は紅茶を用意しますね。ルクリリ様、お願いします」

「ええ」

 

 講習会場は、いつの間にか大勢での食堂と化していた。

 そしてサンダースの二人まで加わり、賑やかな昼食となった。

 パスタの皿と紅茶を受け取りながら、梓は思う。

 副隊長となった事で舞い上がっていては駄目だと。

 オレンジペコもニーナも福田も、歴戦の各隊長が見込んで起用した以上手強いライバルになるのは必定だろう。

 この場にいないだけで、将来有望な新人も出てくる筈。

 

(大洗だって例外じゃないよね。私が努力するのは当然だけど、次を担える人材を育てなきゃ)

 

 一人、そう誓う梓であった。

 

 

 

 午後になり、講師が交代した。

 

「此処からは高校戦車道連盟理事長、西住しほ様に講師としてお話いただきます。宜しくお願いします」

 

 香音と入れ替わりに、教壇に立ったしほ。

 トレードマークとも言える黒のスーツに、鋭い眼。

 日本戦車道を代表する戦車道家元としての貫禄に、聴衆の生徒らにも緊張感が漂う。

 みほは一瞬しほと眼が合うが、逸らす事なく顔を上げていた。

 梓は横目でみほの様子を窺い、すぐに前を見た。

 しほは表情には出さず、視線を他に移す。

 

「皆さんに質問です。皆さんに取って、戦車道とは何ですか?」

 

 しほの問いかけに、各校がお互いの顔を見合わせた。

 いざ問われると、咄嗟には答えられないようで全員が無言のまま。

 そんな反応を見ながら、しほは続ける。

 

「我が西住流の場合は鉄の掟があります。その事はご存知かと思います」

「…………」

「戦車道は確かに大和撫子の嗜みであり伝統的な武芸、それを否定するつもりはありません。……ですが、それだけの為に戦車道をやるのならば他にも道はあります」

 

 そう話すしほの視線は、みほに向けられていた。

 

「西住みほさん」

「は、はい!」

 

 弾かれたように立ち上がるみほ。

 二人が実の親娘だと知らない人間は、恐らくこの場にはいない。

 様々な視線が、二人に注がれた。

 

「貴女はどう思いますか? 高校戦車道全国大会優勝チームの隊長として」

「…………」

「どうしました? まさか、戦車道にいて自分なりの思いはないのですか?」

 

 みほは、意を決したようにしほを見返した。

 

「……いえ、違います。以前の私は戦車道とは兎に角勝つ事……そう考えていました、それが西住流の教えでもありましたから」

「では、今は違うと?」

「はい。……勝たなきゃダメだけじゃない、楽しむ事も戦車道なんだって。大洗の友達が気づかせてくれました」

「楽しむ、ですか。では楽しめれば勝敗などどうでも良いと?」

「いえ。楽しみながら、どう勝てるかを考える。それが、私の戦車道だと今は思います」

 

 みほとしほの視線が交錯する。

 親娘の会話とも思えないやり取りだが、みほは怯む様子もなくしほもまた表情を変えずにいる。

 そのまま、沈黙が流れる。

 時間にしてほんの数秒だが、その場にいた人々はそれがとても長く感じられる程ピリピリと張り詰めた空気だった。

 

「……わかりました。もう着席して構いません」

 

 しほはそれだけを言い、一瞬目を閉じた。

 そして、室内を再度見回す。

 梓には、その眼が幾分和らいでいる……そんな気がしていた。

 

「戦車道を続ける上で、大切な事は何か。……少し、私自身の体験をお話しましょうか」

 

 

 

 日が傾き始めた頃、講習会は終了となった。

 

「西住隊長。……宜しいのですか?」

「ありがとう、気を遣ってくれて。今は、あれで十分だから」

 

 多忙なしほは、終了と同時に帰り支度を始めていた。

 みほが声を掛ければ、僅かでも話をする時間を作ろうとするかも知れなかった。

 だが、みほがそう言う以上は梓が出しゃばる事は出来ない。

 そう思っていると、しほが此方に近づいてきた。

 そのまま帰るつもりなのだろうが、その様子に残っていた全員が注目を浴びせた。

 みほの横で立ち止まり、ふうと息を吐いた。

 そして、みほにだけ聞こえるような声で呟いた。

 すぐ隣にいた梓にも聞こえてはいたが、素知らぬ顔で明後日の方向を向いた。

 

「楽しんで勝つ……。それが貴女の戦車道なのね、みほ」

「……うん。そうだよ、お母さん」

「……そう」

 

 フッと息を吐くしほ。

 

「お土産、美味しく頂いたわ」

「……え?」

「次は、堂々と正面から来なさい。西住流らしくね」

「お母さん……うん、そうするね」

 

 みほは、柔らかく微笑んだ

 そのまま、しほは振り向く事なく立ち去って行く。

 

「西住隊長、良かったですね」

「ふえっ? 梓ちゃん、聞いてたの?」

「すみません、そんなつもりはなかったんですが……」

「……でも、ありがとうね。これも、梓ちゃんのお陰だから」

「私は何もしてませんよ? 西住隊長自身がきちんと向き合った結果ですから」

 

 小さく頷くみほ。

 そこに、二人連れが近寄ってきた。

 

「全く。相変わらず弱気なのか強気なのかわかりにくいわね、あなたは。西住師範相手に」

「エリ……逸見さん?」

「……別にいいわよ、エリカで」

 

 黒森峰女学園は、まほが引退しエリカが新隊長となっていた。

 

「ふふ、さっきからみほさんと話したかったのに切っ掛けが掴めなかったんですよね。隊長」

「な、何言ってるのよあなたは!」

 

 赤くなるエリカの隣で、小梅がニッコリ笑っていた。

 

「こんにちは、みほさん。私、今度副隊長になったの」

「小梅さん。そうなんだ、おめでとう」

「ありがとう。私なんかでいいのかな、と思ったんだけど」

 

 そう言って、小梅はエリカを見た。

 

「隊長と、前隊長の推挙だったから。改めてよろしくね、みほさん」

「うん、此方こそ」

「みほ。約束、忘れないでよ」

「勿論。エリカさんも頑張ってね」

「あ、あなたに言われずとも当然よ。小梅、行くわよ!」

 

 ずんずんと歩いて行くエリカ。

 小梅は軽く頭を下げてからその後に続いた。

 みほはその後姿を、微笑んだまま見送った。

 そして、振り向いた。

 

「さ、私達も帰ろうっか」

「はい!」

 

 ふと、梓は継続高校の面々と話していない事に気づいた。

 ……が、既に帰ってしまった後のようだ。

 大学選抜戦の時もそうだが、マイペースさは相変わらずなのだろう。

 

 

 

 夕方の常磐線は混んでいた。

 みほと梓は吊革に掴まり、並んで立っていた。

 

「お疲れ様でした。西住隊長」

「…………」

「西住隊長?」

「……梓ちゃん、約束」

 

 むくれるみほに、梓は思わず苦笑する。

 

「大洗に着くまでですよ。……みほお姉ちゃん」

「えへへ。やっぱり梓ちゃん、可愛いなぁ」

「な、何言ってるんですか!」

 

 気恥ずかしいのか、梓がまた顔を赤くした。

 ふと、梓は先ほどのエリカの言葉を思い出した。

 

「みほお姉ちゃん。一つ、聞いてもいいですか?」

「何?」

「さっき、黒森峰の隊長さんが仰ってた約束って何ですか?」

「あ、エリカさんが言っていた事?」

「はい。あの人、何だかあまりいい印象がなくって」

「大丈夫。エリカさん、あんな言い方してるけどとってもいい人だよ」

「そうですか。それで、さっきの質問なんですけど」

「あ、約束だっけ。前にね、会長から他校訪問するようにって言われた時に黒森峰に行ったのは知ってるよね?」

「はい」

「その時ね、二つ約束したの。一つは今度練習試合しようって」

「練習試合ですか……。新しい黒森峰の実力を見るいい機会かも知れませんね」

 

 まほは西住流そのものを自負している。

 その指揮には全隊員が従い、一糸乱れない戦いをしてきた。

 それが覆った唯一の戦いが、対大洗戦。

 エリカは副隊長として、それを目の当たりにした。

 勿論、まほとエリカではタイプが異なる。

 黒森峰がより柔軟な戦いを身につけるようなら……。

 来年は更に強敵として立ち塞がるかも知れないと、梓にはそんな予感がしていた。

 

「もう一つはね。必ず私が叩き潰すから、決勝まで来なさいって」

「でも、プラウダや聖グロもそう簡単には勝たせて貰えない相手になりそうですよ。うちも、他人事じゃありませんけど」

「ふふ、そうだね。頑張らなきゃね」

「はい!」

 

 電車が、大きな駅に着いた。

 大勢の乗客が降り、車内が一気に空く。

 二人の前も席が空いた。

 

「座ろっか」

「そうですね。茨城に戻ると、何だかホッとします」

「え? 何で茨城だってわかるの?」

「さっき、利根川を渡ったじゃないですか。あれが県境ですから」

「そうなんだ。良く知ってるね、地元だから?」

「いえ、別にそれだからって訳じゃないんですが」

「……でも、わかるかな。私も、今は大洗が一番だから」

 

 梓は、ふと思った。

 もし杏が廃校阻止の為に戦車道復活を言い出さなかったら。

 もしみほが大洗女子学園ではなく、他の学校に転校していたら。

 もしみほが戦車道復帰を拒んだままだったら。

 ……自分は今こうしていなかっただろうし、どうなっていたかも想像するだけで身震いがする。

 運命は浮気者……ダージリンの言葉ではないが、本当に今が偶然の積み重ねなんだとしみじみと思う。

 その切っ掛けとなったみほが、こうして大洗に愛着を持っている事も。

 

「……ふぁ」

 

 少し疲れが出たのか、梓は小さく欠伸。

 

「眠いの?」

「……ちょっと」

「じゃあ、寝ていいよ。着いたら起こしてあげるから」

「みほお姉ちゃん。行きに寝過ごしかけたのは何処のどなたでしたっけ?」

「ええっ! 梓ちゃん、酷いよ」

「事実じゃないですか。……でも、ありがとうございます」

 

 梓は目を閉じ、みほにもたれかかる。

 やはり睡魔には勝てず、すぐに意識が遠のいて行く。

 みほはその寝顔を暫く眺めていたが、規則正しい揺れが誘うのかうつらうつらし始めた。

 

 

 

「もう、みほお姉ちゃんったら!」

「あはは……ごめんなさい」

 

 結局二人は寝過ごしてしまい、気づいた時にはひと駅先の勝田駅まで来てしまっていた。

 水戸駅まで戻っても、接続する列車は暫く来ないと判明。

 梓がその場で調べ、那珂湊駅経由のルートで向かう事となった。

 とりあえず学園艦には連絡を入れ、連絡艦に待っていて貰うよう手筈を整えた。

 那珂湊駅から茨城交通バスに乗り換え、大洗に向かう。

 那珂川にかかる海門橋を渡り、先日エキシビションマッチで最初の戦場となった大洗ゴルフ倶楽部の横を通る。

 見慣れた景色の筈だが、梓はジッとそれを眺めている。

 

「梓ちゃん、どうかしたの?」

「あ、いえ。エキシビションマッチ、私達はあまり出番がないまま終わってしまったので」

 

 ウサギさんチームはノンナのIS-2を止めようとして立ち塞がり、あっけなく撃破され民宿の看板を倒しただけで終わってしまった。

 その時はまだ梓は副隊長ではなかったが、苦い経験として彼女の中に残っているらしい。

 

「やっぱり、みほお姉ちゃんは凄いと思います。不利な状況まで追い込まれたのに、あと一歩というところまで持って行ったんですから」

「でも、負けちゃったけどね。カチューシャさんもダージリンさんも本当に凄いと思う」

「それはそうですけど。……もし私が隊長だったら、その前にやられてしまったと思います」

「そうかな? やってみないとわからないんじゃないかなって思うよ」

「そうでしょうか?」

「うん。それに、梓ちゃんはこれからじゃない。一緒に頑張ろ?」

「はい、よろしくお願いします。あ、着きましたね」

 

 いつの間にか、バスは大洗港に入っていた。

 運賃を払い、ターミナルから連絡艦に乗り込む。

 ホッと一息つく二人。

 

「……あ」

「どうしたの、梓ちゃん」

「いえ」

 

 携帯を開いた梓は、しまったという顔になった。

 そこには着信履歴とメッセージ、メールが数十件という表示が。

 心配したチームの仲間達からだった。

 学園艦に連絡をした後、また列車に乗る前に電源を切ったままだったので気付くのが遅れたらしい。

 ちなみにみほも同じ事をしていたが、携帯はそのままのようだ。

 きっと、自分以上にいろいろな履歴が残っているに違いない。

 

(戻ったら、とりあえずみんなに謝らなきゃいけないかな)

 

 だが、その事で梓は気が重くなったりはしていない。

 それだけ自分達を心配して、待ってくれている人達がいるという事だから。

 だんだん近づいてくる学園艦のシルエットを見ながら、梓はそう思っていた。

 

「約束、忘れてませんよね?」

「ふえっ?」

「言った筈ですよ。もう二人っきりじゃないんですから、元のように呼びますから」

「……うん。でも、またこんな機会があった時はお願いしてもいいかな。私、とっても嬉しかったから」

「考えておきます」

「えーっ、約束してよ。梓ちゃんの意地悪!」

「もう、西住隊長こそ少しは弁えて下さい」

 

 二人は軽く睨み合い……そして。

 

「プッ」

「ププッ!」

 

 何方からともなく吹き出してしまう。

 あまりの大笑いぶりに、二人に接舷を告げに来た船員が呆気に取られていたとか。




他校についてはオリキャラは極力出さない方向で考えています。
わかりにくくなりますし。
サンダースだけはどうしても足りないので出します。
ナオミは二年生という設定もあるようですが、本作では三年生として進めます。

で、本作での各校体制です。
学年は公式設定がないか不明、あるいは曖昧な人物はとりあえず決めてしまっています。
(後で公式設定が出された場合は修正するか書き直すかも知れません)


大洗女子学園:
 隊長:西住みほ(二年)
 副隊長:澤梓(一年)

黒森峰女学園:
 隊長:逸見エリカ(二年)
 副隊長:赤星小梅(二年)

プラウダ高校:
 隊長:クラーラ(二年)
 副隊長:ニーナ(一年)

聖グロリアーナ女学院:
 隊長:オレンジペコ(一年)
 副隊長:ルクリリ(二年)

サンダース大学付属高校:
 隊長:アリサ(二年)
 副隊長:ナオミ(三年)(暫定続投)

アンツィオ高校:
 隊長:アンチョビ(三年)(暫定続投)
 副隊長:ペパロニ、カルパッチョ(共に二年)

継続高校:
 隊長:ミカ(二年)
 副隊長:アキ(二年)

知波単学園:
 隊長:西絹代(二年)
 副隊長:福田(一年)


マジノ女学院はスピンオフコミックの設定を使うかどうか……そもそも出すのかどうかも決めていません。
やりだすとキリがないので、本編と劇場版、ドラマCDを基本とするつもりです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 新たな戦車です!

UAとお気に入りが一気に増えていて何事かと思ったらランキング入りしていてびっくり。
本当にありがとうございます。


ガルパン二次もどんどん増える一方、嬉しい限りです。


では、パンツァー・フォー!


3/30
1箇所だけ修正しました。


 四発エンジンの大型機が、大洗女子学園の頭上に姿を見せた。

 みほと梓、そして戦車道履修者や生徒会の面々がグラウンドに出揃う。

 派手に土埃を巻き上げながら、機体はピタリと停止。

 タラップが降ろされ、乗員が手を振りながら顔を出した。

 C-5Mスーパーギャラクシー。

 アメリカ空軍も使用する世界最大級の輸送機であるが、勿論この機体は米軍所属ではない。

 機体に書かれた文字を見るまでもなく、大洗の生徒ならばその姿を忘れる事もないだろう。

 

「ハーイ! みほ、オッドボール! それにラビット!」

「こんにちは、ケイさん」

「やっぱり恥ずかしいから止めて下さいって!」

「あはは……。もう諦めた方がいいですよ、秋山先輩」

 

 すっかりラビット呼ばわりが定着してしまった梓は、苦笑するしかない。

 ケイも親しみを込めてそう呼んでいるのだし、第一彼女らはケイには頭が上がらない。

 先だっての廃校強行の際、戦車を一時預かって欲しいという杏の要請をケイが快諾してくれなければどうなっていたか。

 大洗女子学園は戦う手段すら失い、為す術もなく学園を去る事になっていただろう。

 偽装紛失に加担したという事で、サンダース大付属やケイが処分を受ける恐れすらあったのだ。

 だがケイはその程度で尻込みする事なく、大洗女子学園に協力を惜しまなかった。

 彼女が善人という事は勿論あるのだろうが、兎に角大洗に取っては恩人も恩人。

 足を向けて寝られないとはまさにこの事と言えた。

 

「やあ」

「全く、隊長もナオミも人が良すぎるわよ。私だってやらなきゃいけない事あるのに」

「アリサ、何か言った?」

「い、いえ。何でもありませんマム!」

「そう。今日はお招きありがとうね、みほ」

 

 そう言いながら、ケイはみほにハグをする。

 やはり慣れないのか、みほは目を白黒させている。

 そこに、片手を上げながら杏が近づいた。

 

「やあやあケイ。ようこそ」

「ヘイ、アンジー。こちらこそありがとうね」

「先日はうちの秋山ちゃんが世話になったみたいだし、今日はお礼にご馳走用意したから。大洗のハマグリは特に絶品だからねぇ」

 

 杏の言葉に、サンダースの面々が歓声を上げる。

 大洗は、兎に角海産物が豊富。

 ハマグリにアンコウ、ホッキガイ、タイ、シラス……。

 それが山と積まれ、炭火の香りが一面に漂っていた。

 旬を外れた食材もあったが、そこは栄養科の創意工夫が存分に発揮されたらしい。

 

「どうしたアリサ。食べないのか?」

「た、食べるわよ!」

「遠慮するなんて失礼よ? レッツイート!」

「わ、わっ! こんなに一度に食べられませんってば!」

 

 あまりのノリノリぶりに、みほと梓は呆気に取られてしまう。

 

「ケイ殿は相変わらずでありますな」

「優花里さん。サンダースでもこんな感じだったの?」

「はい。普段あまり食べないのですが、兎に角次から次へと勧められて大変でした」

「あはは……。そ、そうなんだ」

 

 

 

「そうそう。みほ、頼まれた物運んできたわよ?」

「本当ですか。ありがとうございます」

 

 食事の後、ケイは輸送機から何かを運び出すよう指示。

 トレーラーに載せられたそれは、そのまま倉庫へ。

 

「これ、直せるの……?」

「ただの鉄屑にしか見えないよねぇ」

「大丈夫なのかな、本当に」

 

 あやと優季、桂利奈らがそれを眺めてはわいわい騒いでいる。

 

「でもみほ、オッドボール。本当にコレでいいの?」

「はい!」

「無料で譲っていただいた上に、しかも態々運んで来ていただけるなんて。まさに感激であります!」

「ならいいけど。ウチの整備科ですらレストア諦めたジャンクよ?」

 

 ケイは呆れたように言うと、その物体に目を遣った。

 T26E1。

 あのM26パーシングの試作車だけあり、あの優花里ですら最初は見間違えてしまった程。

 サンダースの学園艦にジャンクとして放置してあったのを、学校間交流で訪れた優花里が発見。

 それを聞いたみほが、ケイに対して譲渡を申し入れた。

 そのぐらいお安い御用だと、こうして態々自ら運んできた……という次第。

 

「どうですか、ナカジマさん?」

「確かにかなりやり甲斐があるね、これ」

「……そうですか。でも、修理出来れば大きな戦力になりますから。どうか、お願いします」

「ま、見ててよ。私達の卒業制作代わりにきっちり修理してみせるからさ。おーい、ホシノ! クレーン車持って来て!」

 

 ナカジマと一緒に車体のチェックをしていた梓は、その様子にホッと胸を撫で下ろす。

 いくら何でも直してしまう自動車部とは言え、お手上げと言われたらそれまで。

 ケイに無駄な手間を掛けさせる事への申し訳無さもあるが、それ以上に戦力強化に期待した一手が空振りに終わる事が一番怖かった。

 

「ホント、ウチの隊長は人が良過ぎるわよ。いくらジャンクだからって、ライバルにタダでくれてやるなんて」

「いくらウチの学園艦が広いと言っても、ジャンクをそのまま放置しておくよりはいいだろう? アリサのプライベートルームみたいだからな、彼処は」

「うっさいわね! そこまで散らかってないわよ!」

 

 アリサとナオミの掛け合い。

 もはや夫婦漫才と言える気の合いぶりに、周囲から笑い声が上がる。

 

「梓、ちゃんと車内も調べた方がいいよ。ほら、紗希もそう言ってるし」

「…………」

「また盗聴してるとか?」

「アリサさんだからねぇ」

「うんうん」

「ちょっとちょっと。みんな、聞こえるよ?」

 

 梓が慌てて止めたが、手遅れだったらしい。

 アリサがワナワナと肩を震わせている。

 

「しないわよ! 私は盗聴しか出来なさそうに言うな!」

「そうだな。タカシに相変わらず振り向いて貰えないのも、ある意味芸の一つだし」

「ナオミまで!」

「あはは……」

 

 完全に弄られキャラと化しているアリサに、梓は苦笑するしかない。

 

「じゃ、帰るわよ。……ラビット、またアリサが何かやらかしたの?」

「いえ、そういう訳ではないんですが」

「ならいいけど。ナオミ、アリサ。帰るわよ」

「イエス、マム」

「うう、覚えてなさいよあんた達! 来年はボコボコにしてあげるんだからっ!」

「ほら、帰るぞ」

 

 ナオミに引きずられていくアリサ。

 

「来年かぁ。サンダースはまだ隊長しか決まってないんだっけ?」

「そのようですね、沙織さん」

「うちをボコボコにする前に、チームがボコボコにならなければいいがな」

「れ、冷泉先輩まで……」

 

 あまりの言われように、思わずアリサに同情してしまう梓だった。

 

 

 

「とりあえず、T26は修理待ちね」

「これで九両か。後一両は欲しいが、どう思う西住?」

「そうですね。レギュレーションを考えると、私もその方がいいと思います」

「けど、もう学園艦にはなさそうだしねぇ。自動車部に作って貰おっか?」

「いくら何でも無理ですよ、会長。それに、新製だと違反ですって」

 

 生徒会室で、テーブルを囲む五人。

 全国大会優勝の上、文科省の横暴による廃校強行騒ぎで大洗女子学園の知名度は一気に高まった。

 来年度予算からは助成金の増額も検討されていて、OGやファンになった人々からの寄付金も続々と集まり始めている。

 ……が、それでも戦車を買うとなれば到底足りない。

 改造用の部品ならば何とかなるが、車体そのものは仮に軽戦車と言えども安く済ませるのは難しい。

 戦車道のルールとして、一九四五年八月までに生産若しくは試作車が完成している車両のみ使用可という大前提がある。

 製造から七十年以上が経過した車両ばかりで、本来であれば博物館展示が当たり前。

 一部のコレクターや博物館では動態保存されているとしても、基本は骨董品レベルだ。

 台数も限られているので入手自体がそう容易ではない。

 その上、今は相場が上昇する一方。

 需要と供給のバランスで、需要が増えれば価格が上がるのは当然である。

 

 皮肉にも、その原因を作ったのは彼女達。

 マイナーで古臭いとあまり見向きもされなかった戦車道だが、大洗女子学園が繰り広げた戦いは人々に感動を与えた。

 日本人はブームに弱い傾向があるが、まさに戦車道は今や大人気となっていた。

 そうなれば全国の高校や大学、企業も挙って戦車道を始めようと動き出す。

 戦車道には当然戦車が必要だから、そうなれば争奪戦になるのは必定。

 こんな騒ぎになる前ですら、戦車の増強には頭を痛めていたのが更に事態が悪化してしまっていた。

 

「もう叩き売りなんて無理よね……」

「兎に角、条件を満たす戦車なら何でも売れているみたいだな。第一次世界大戦世代の車両ですら引き合いが多いとか」

「戦車の性能が劣っていても戦術でカバーできるのは西住ちゃんだから何だけど、なかなか理解出来ないのかもねぇ」

 

 柚子がパソコンで戦車売買情報を検索し、杏と桃が覗き込む。

 が、出てくる情報は完売とか商談中の文字ばかり。

 ネットオークションはまさに天井知らずで、ティーガーⅠやIS-2、M26パーシングなどは勿論、III号戦車とかM3軽戦車、一式中戦車のような車両まで引く手数多となる始末。

 

「IV号やM3中戦車、それに八九式中戦車があり得ない値段まで上がってますね……」

「あ、本当だ。三突に38t、ルノーB1……三式中戦車まで」

 

 梓とみほも別の端末で調べ始め、驚きの声を上げた。

 

「全部、うちの車両ばかりね」

「これが売れ残りばかりだと知れたら大変だな」

「そうでもないかもね、意外とわかってて人気なのかも知れないぞ?」

 

 柚子と桃は首を傾げるが、梓は杏の見方が案外的を得ているとかも知れないと思っていた。

 性能的には圧倒的に見劣りする車両揃いなのに、みほが指揮を取る事で他校を翻弄し見る者を魅了する存在となってしまう。

 実際、梓自身も弟から学校で戦車プラモブームになっていると聞かされていた。

 今度IV号やM3の実物を見せて欲しいとせがまれ、練習試合の時に必ずと約束させられてしまった。

 無論大洗の所有車両全てに思い入れがあり、愛着もある。

 ……が、一歩引いて見ればいずれも決して高性能とは呼べないと言うのも理解出来る。

 

「西住。何か伝手はないのか?」

「あ、あの……。私はご存知の通り、一度は戦車道から離れた身ですから」

「だが家元の直系なのだろうが。何とかならんのか」

「桃ちゃん、いくら何でも無茶だって」

「いくら西住ちゃんでも、まさか黒森峰から戦車は貰えないよねぇ?」

 

 桃に詰め寄られ、みほはオロオロし始めた。

 

「もう、いい加減にして下さい! 西住隊長にだって、無理なものは無理です!」

「ヒッ!」

 

 それを見かねた梓の剣幕に、桃は竦み上がった。

 

「そうだね、澤ちゃんの言う通り。何でもかんでも西住ちゃんに頼りきりは良くないし、それで西住ちゃんを責めるべきじゃない。そうだろう、小山?」

「はい。桃ちゃん、西住さんに謝って」

「な、何だと!」

「そうですね。河嶋先輩のあの言い方はありません、西住隊長に謝るべきです」

「ゆ、柚子ちゃーん……」

「会長さん、小山さん、梓ちゃん。私はその、気にしてませんから」

「西住ちゃん、それは駄目」

「そうね、駄目だと思う」

「ええ。お二人が仰る通りです」

 

 退路を断たれた桃は、結局みほに謝罪。

 みほは困惑したまま、ただ受け入れる他なかった。

 

 

 

「南が吉と出たぜよ」

「よし、行ってみるか」

「はい」

 

 梓は生徒会室を出ると、その足でカバさんチームの所へ。

 以前戦車捜索の際、彼女らの卦が役に立った事を聞かされていたからだ。

 今回はおりょうとカエサルが梓に同行すると申し出て来た。

 エルヴィンと左衛門佐は念の為、同じ方角を手分けして探すと言って別行動になった。

 

「しかし、まだこの学園艦に戦車が残っていたとはな」

「意外ぜよ」

「前回あれだけ探しましたからね。ですが、もう一度記録を確かめたらもう一台ある可能性が出てきたんです」

「ならば、探すのみだな」

「ぜよ」

 

 みほには、捜索に行く旨をメールで伝えてあった。

 ややあって返信があり、了承と気遣いが記されていた。

 

「それにしても副隊長。一つ疑問なんだが」

「何でしょうか、鈴木先輩」

「カエサルだ」

「たかちゃん、の方がいいと思うぜよ?」

「おりょう!」

「まあまあ。ではカエサル先輩」

「あ、ああ。書類を見つけたのは副隊長だと言うのはわかったが、何故自分で探そうとするんだ?」

「副隊長としての仕事が山積している、そう聞いているぜよ」

「……実は」

 

 梓は、生徒会室でのやり取りを二人に話した。

 協力して貰う以上は正直に事情を打ち明けた方がいい筈で、そもそも梓は隠し事は好まない。

 みほとの内緒事でさえ、梓にとっては思い切った行動としか言えない程だ。

 

「……なるほどな。我々が考えている以上に、事態は深刻という訳か」

「追い込まれた幕軍状態ぜよ」

「そ、それは兎も角。どうしてもあと一両、この学園艦にあるならそれを探し出したいんです。西住隊長にこれ以上負担をかけないように」

「副隊長は、本当に西住隊長の事を想っているのだな」

「まるで、恋する乙女ぜよ」

「え? そ、そんなつもりは」

 

 わたわたと手を振る梓。

 

「冗談ぜよ」

「……え?」

「あまりに一生懸命だから、少しからかってやりたくなっただけだ。悪く思うな」

「……あ」

 

 赤くなる梓を、カエサルとおりょうは微笑ましく見ていた。

 

 

 

 学園艦の南端。

 甲板の下は何層もの構造になっていて、船舶科の生徒ですらその全容は把握していない。

 前にP虎(ポルシェティーガー)が見つかったのも、滅多に人の立ち入らない区画。

 同じような場所を、地図を頼りに三人は降りて行く。

 

「そう言えば、副隊長はあの時遭難したんだったな」

「そうでしたね……。西住隊長が救助に来て下さいましたけど、それまでは本当に心細かったです」

「しかし、本当に巨大ぜよ」

「ああ。そろそろ、何か見えてきても良い頃なのだが」

 

 懐中電灯で辺りを照らすカエサル。

 ふと、梓は何かを見た気がした。

 

「カエサル先輩。もう一度、あの辺りを」

「よし。……おや?」

「何かあるぜよ」

 

 ゆっくりと近づいた三人の眼に飛び込んできたもの。

 錆が浮き、異臭すら放ってはいたが……紛れも無く、鋼鉄の巨人。

 

「……T-28のようです」

「何だと? 大学選抜チームが使っていたあの化物か?」

「いえ、それはアメリカ製の重戦車。此方はソ連製の中戦車です」

 

 プラウダ高校が使用している主力戦車であるT-34よりも前の世代に開発された多砲塔戦車。

 第二次世界大戦でも活躍し、フィンランド軍などは鹵獲車両を戦後まで運用していた程。

 今の大洗女子学園には、十分に戦力として期待できる存在に違いなかった。

 

「やったぜよ」

「はい! お二人のお陰です」

「いや、副隊長のお手柄だ。やったな」

 

 おりょうとカエサルにもみくちゃにされながら、梓は感慨に浸っていた。

 

(西住隊長……。喜んでくれますよね、きっと)

 

 

 

 この二両は自動車部によってきっちりレストアされ、大洗女子学園の一翼を担う戦力となった事は言うまでもない。




別作の方でM7とT-26を追加するという設定で書きましたが、ドラマCDで優花里がパーシングと見間違えたジャンク戦車を貰ってくる方が自然かな、と。
T-28は継続高校が持っていそうな気もしますが、公式設定にないので出してしまいます。
どちらかと言うとT-26の方が被りそうですし。


今週中に続きを投稿できるよう頑張ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 新戦車、乗ります!

週末大洗のいそやさんに初めて泊まる機会を得ました。
勿論、澤ちゃんのキャラクターパネルがあり通称「ウサギ小屋」のある旅館さんです。
暫く肉を見たくなくなるぐらいの肉責めに遭いましたが、楽しかったです。


という訳で澤ちゃん分を大量に補充して参りました。
パンツァー・フォー!


4/5
誤字と言いますかタイプミスを数か所直しました。


「西住隊長。チーム編成案です」

「うん、見せて」

 

 新体制が発足してから約二週間。

 きちんとした練習マニュアルなどある訳がない大洗女子学園だが、短期間とは言え厳しい実戦を潜り抜けた猛者揃いという事もあり。

 徐々にだが、新メンバー達も硬さやぎこちなさが取れ始めていた。

 梓もみほに色々と教えを受けながら、指揮官としてあるべき姿を日々模索中。

 車長として自車の全てに目を配りながら、チーム全体にも神経を巡らせる。

 口にすれば単純だが、その難しさは都度痛感させられてしまう。

 とは言え決して泣き言は口にしない。

 みほのように経験も豊富で才能に満ち溢れている訳ではないし、自分では努力でそれを補うより他にない……梓はそう自分に言い聞かせている。

 みほもそんな梓の姿勢を好ましく思っているし、だからこそ教え甲斐もある。

 チーム編成を任せてみる気になったのも、その現れとも言えた。

 

 梓の編成案はこうである。

 あんこう、アヒルさん、カバさんは現状のまま。

 レオポンさんはツチヤを車長に自動車部に新しく入る一年生三人を。

 アリクイさんはねこにゃーが連れてきた一年生二名が加わる。

 カモさんはゴモヨが車長に転じ、風紀委員の二年生二人が追加となる。

 カメさんは新メンバーから四人を選ぶ。

 ……そして、ウサギさん。

 編成表を見て、みほは梓を見た。

 

「梓ちゃん。本当にいいの?」

「はい」

 

 梓はみほの顔を真正面で見ながら、即答した。

 車長はあゆみ、砲手は別の一年生で補充する。

 梓自身は、もうすぐレストアが終わるT-28の車長を申し出た。

 梓以外の乗員は、残った新メンバーから選ぶ事になる。

 当然、梓の負担は大きくなる。

 

「ソ連製の戦車は、うちのチームにはいませんでした。西住隊長も乗られた事はないんですよね?」

「うん。黒森峰もそうだけど、西住流は基本ドイツ製ばかりだったから」

「それなら尚更です。ヘッツァーはまだ新人の方々に任せても何とかなると思いますが、T-28はそうは行かないかと」

「……確かに、そうかも」

 

 みほにも、T-28の扱いは悩みどころだった。

 短砲身とは言え76ミリ砲を持つ中戦車は、使いこなせれば貴重な戦力になる事はわかっている。

 問題は、誰がそれに乗るか。

 他のチームからメンバーを選抜する事も考えたが、それをやると今度は全体の戦力低下を招きかねない。

 

「西住隊長は、ご自分が乗ろうと考えてはいませんでしたか?」

「え? ど、どうしてそう思うの?」

「私は副隊長ですよ? 隊長が何を考えているか、それぐらい読めないようでは務まりませんから」

「梓ちゃん。……実はね、その通りなんだ」

「それは駄目です!」

「ふえっ?」

 

 梓に強く言われ、みほは驚いた。

 

「隊長はIV号以外に乗るべきじゃありません。大洗チームは、それで初めて形になりますから」

「…………」

「先日乗せていただいて実感しました。あんこうチームの全員とIV号、これは変えちゃいけない組み合わせなんだって」

「そう、なのかな」

「はい」

「……でも、それなら梓ちゃんとM3だってそうじゃない?」

「私だって、ウサギさんチームにもM3には勿論愛着があります。今のメンバーでこれからもやって行ければとも考えました」

「それなら、どうして?」

「悩みました、色々と。その上で結論を出したんです、大洗チームがどうすればいいかって」

「梓ちゃん……」

「勿論、私はまだまだ経験も実力も足りていません。でも、だからと言って現状に甘んじたままでは副隊長として駄目だって」

「山郷さんは、それでいいの? 他のみんなも?」

「……まだ話していません。でも、話し合えばわかってくれる筈です。みんな、大切な仲間で友達ですから」

「そっか。……じゃあ、話し合ってみて。その後でまた決める事にするから」

「はい!」

 

 

 

 その日の事。

 練習が終わり、梓は仲間達と一緒に学園を出た。

 

「何だか久しぶりだね、六人揃って下校なんて」

「そうだっけ?」

 

 あゆみに指摘され、首を傾げる梓。

 

「そうだよぉ。ね、桂利奈ちゃん?」

「そーだよ!」

「紗希も頷いてるもんね」

「…………」

 

 一対五では、梓も白旗を上げざるを得ない。

 

「本当にごめんね。いろいろ忙しくって」

「仕方ないよ。梓、本当に頑張ってるもんね」

「…………」

 

 紗希が背伸びして、梓の頭を撫でる。

 よもや振り払う訳にもいかず、気恥ずかしさで赤くなる梓。

 

「で、梓。話があるんでしょう?」

「え? あや、どうしてそう思うの?」

「その忙しい筈の梓が、真っ直ぐ帰ろうだなんて言えば、ね?」

「私達で良ければ相談に乗るよぉ?」

「そーそー! 梓一人で悩まなくていいんだからね?」

「みんな……」

 

 涙が出そうになり、何とか堪える梓。

 いろいろ振り回されたりもしているが、気心の知れた友人と言うのはやはり大事だと改めて気づかされる。

 隠し事をする必要もない、思いをぶつけてみよう。

 梓はそう決意し、足を止めた。

 

「あゆみ」

「うん?」

「お願いしたい事があるんだけど」

「いいよ、梓のお願いなら。何をすればいい?」

「……M3の車長、お願い出来ないかな?」

 

 驚かれるかと思ったが、あゆみはやはりという顔だった。

 他の四人も同じで、梓の方が寧ろ驚いたぐらいだ。

 

「え、えっと……」

「わかるよ。梓、他の戦車で車長やるんでしょう?」

「……そう。T-28、私が乗るのがいいかなって。少しでも、西住隊長の力になりたいから」

「私で梓の代わりが出来るかどうかわからないけど、でもやってみるよ」

「あゆみ……本当にいいの?」

 

 あゆみはニッコリと笑って、頷いた。

 

「言ったじゃない、梓のお願いなら聞くよって。それに、梓の事だもの。考えた末の事なんでしょう?」

「うん……。勿論、西住隊長にも話してあるから」

「なら、それでいいよ。頑張ってみるから」

「あ、ありがとう」

 

 あゆみならば拒絶される事はないと思ってはいたが、それでも梓は不安だった。

 あゆみは砲手しか経験がなく、またM3にも不可欠な存在。

 そこを突かれては、梓も強くは言えなかっただろう。

 

「で、梓。私達はそのままなの?」

「そうなると思うけど」

 

 梓の答えに、あやが考え込む。

 桂利奈と優季も何やら頷き合っている。

 

「梓。一人で移る気なの~?」

「それって、大変だよね?」

「…………」

 

 紗希を含めた三人にジッと見られ、たじろぐ梓。

 

「な、何?」

「全員は無理だけどさ、何人かは梓と一緒に移ったらどうかな?」

「え? あや、それって……」

「T-28がどんな戦車かまだわからないけど、私達だってM3は動かせたんだし~」

「優季?」

「戦車走らせるの、やってみないとわかんないけど。梓が全部教えなくてもいいよね?」

「桂利奈ちゃん……」

「…………」

「紗希? 装填手もいきなりは無理じゃないかって?」

「私もそう思うな。みんな一緒がいいけど、でも梓一人で抱え込むよりは、ね?」

「あゆみ……いいの?」

 

 梓がこの中から誰かを連れて行けば、確かに楽にはなるだろう。

 だが、その分あゆみの負担が増えてしまう。

 不慣れな車長を任せる以上、梓としてはなるべくそれは避けたかった。

 

「いいって言ってるじゃない。ね、みんな?」

「さんせー!」

「勿論よ~」

「ほら、紗希だって賛成してるんだし」

「…………」

「あり……がとう……」

 

 とうとう、堪えていた涙が溢れ出した。

 そんな梓を、全員が囲む。

 

「梓、ほら泣かないの」

「そうだよ。別々になっても私達、友達だよ?」

「うんうん。だよねぇ」

「そーだそーだ! みんなで頑張ろー!」

「……みんな、一緒」

 

 普段喋らない紗希まで、言葉を口にした。

 梓の涙は、止まらない。

 

「みんな……グスッ。本当に……あり……がとう」

「もう。私達だって……我慢して……」

 

 後は、言葉にならない。

 紗希を除く五人は、辺りを憚らずに泣いた。

 元々感受性が豊かな少女ばかりなのだから、感極まってなら当然だろう。

 それに、それを咎める者もいる筈もない。

 

 

 

 翌日。

 梓は桂利奈と紗希を伴い、整備用の倉庫にやって来た。

 

「これがT-28……」

「砲身短いね、これ」

「…………」

「お、来たね」

 

 スパナを手に、ツチヤが車体の下から姿を見せた。

 

「もうバッチリ整備したから、いつでも出せるよ?」

「ありがとうございます、ツチヤ先輩。早かったですね」

「意外と程度が良かったからね。それに、あっちの子がなかなか手強いみたいでね」

 

 その奥では、T26E1相手にナカジマらが奮闘中だった。

 梓には見覚えのない部員が三人、ナカジマの指示を受けながら混じって作業をしていた。

 まだ面識はないが、恐らく自動車部に加わった一年生なのだろう。

 梓には整備の知識は殆どないが、素人目にも動きが良いのがわかる。

 まだP虎(ポルシェティーガー)には乗った事はないらしいが、それも遠くない日に実現するだろう。

 ナカジマもツチヤもまだみほや梓に紹介しないという事は、まずは自動車部員として慣れる方を優先させているのかも知れない。

 梓はそう思い、T-28に視線を戻した。

 

「ではツチヤ先輩。早速、乗ってみます」

「うん。気になるところがあったら言って?」

「わかりました」

 

 三人はハッチを開き、車内へ。

 

「何だか狭いね」

「M3も最初は狭いと思ったけど……確かに狭いかも」

「…………」

 

 桂利奈は操縦席、紗希は砲手席についた。

 とりあえず動かすだけなら、装填手と通信手は不要。

 マニュアルも何とか手に入ったが、桂利奈は読むよりも実践するタイプだ。

 スイッチやレバーを触ったりして、感触を確かめている。

 一方の紗希は、照準器を覗いたまま微動だにしない。

 

「桂利奈ちゃん、行けそう?」

「やってみるよ!」

「じゃあ、発進!」

「よっしゃー!」

 

 イグニッションを入れると、車体が震え始めた。

 大きなエンジン音が、倉庫に響き渡る。

 桂利奈がレバーを操作し、T-28はゆっくりと前進して行く。

 梓は砲塔のハッチを開け、上半身を出した。

 実戦では危険のない時に限ってその状態になるものだったらしいが、戦車道では比較的お馴染みの光景だったりする。

 みほに至っては、砲塔の上に立つ事すらやった。

 それがいつしか『軍神立ち』と命名されてしまい、それを知ったみほが赤面して頭を抱えるというオチまでついた。

 流石にそれまで真似る気は梓にはないが、砲塔から顔を出すという事はいつしかそれが当たり前になっているようだ。

 

 ともあれ、桂利奈の操縦は梓から見ても十分に合格点と言えた。

 麻子のようにマニュアル通りにやればすぐに覚えられる、というのはあくまでも例外。

 桂利奈だけでなく、忍やおりょう達も練習を重ねて身体に覚え込ませるしかなかった。

 M3ならば当然桂利奈の操縦は安心して任せられたが、今は不慣れな車両を操っている。

 戸惑いもあるだろうし、まともに扱えなくても仕方がない。

 が、桂利奈は一切泣き言は言わずに懸命に操縦している。

 度胸があり過ぎて時々信じられないような突進をする事はあるが、結果として慎重な梓では予想もしなかった好結果を生む事も少なくない。

それに、真っ直ぐな気性でいつも明るい桂利奈は誰からも好かれている。

今にして思えば、地味な自分とはまるで違うのにこうして親友でいられるのは不思議ではあった。

 

「梓、何処に向かうの?」

「とりあえず、グラウンドを何周かしてみて。問題ないようなら射撃場に行こう?」

「あいー!」

 

 その間にも、紗希は砲身を操作したり弾丸の位置を確認したりしている。

 普段は無口で表情の変化も乏しいと思われがちな彼女だが、観察力や洞察力は鋭い。

 マイペースでボーッとしている時間も多いのは確かだが、やるべき時に何もしていない訳ではない。

 そうでもなければ、いくら仲良しチームとはいえ装填手として乗り続けていられる訳がない。

 今回は砲手として乗っている以上、当然の事をしているに過ぎない。

 彼女は装填手以外の経験は皆無だが、梓から見ても役割を果たそうとする気持ちが伝わって来ていた。

 あやの隣で、自分なりに砲手の動き方を観察していたのだろう。

 それを確かめると、梓はマイクに手を伸ばす。

 

「桂利奈ちゃん。そろそろ次に行こうか?」

「あいあいあいー!」

 

 どうやら、桂利奈も調子が出てきたらしい。

 梓は、自然に笑みが溢れた。

 

 

 

「紗希、準備はいい?」

「…………」

「桂利奈ちゃん、合図で止めて」

「あい!」

 

 紗希が軽く頷いたのを確かめて、梓は指示を出す。

 双眼鏡を覗きながら、頃合いを図る。

 

「停止!」

「あいっ!」

「撃て!」

 

 ズドンと車体が揺れ、梓の目の前から砲煙が立ち上る。

 弾着音がしたが、やや時間がかかった。

 どうやら、砲弾は的を飛び越えたらしい。

 煙が晴れてから、梓は弾着地点を確かめる。

 

「紗希、遠弾だよ。五メートル手前に修正!」

「…………」

 

 装填もやらなければならないから、発射間隔はどうしても長くなってしまう。

 とは言え今は練習中、しかも何もかもが初めての事ばかり。

 急かすつもりもなく、梓は準備が整うのを待つ。

 それでも、日頃の紗希からは想像もつかない手際の良さで装填を終えた。

 

「一度静止のまま撃ってみよう。紗希、いい?」

「…………」

「……行きます。撃てっ!」

 

 再び、梓の視界を煙が覆い隠す。

 少し待ってから、梓は双眼鏡を覗いた。

 惜しくも的は逸れていたが、先程よりは遥かに至近弾となっていた。

 

「じゃあもう一度。桂利奈ちゃん、最初と同じように宜しくね」

「あい!」

 

 

 

 その後何度か砲撃訓練を行い、梓は倉庫前に戻った。

 

「紗希、桂利奈ちゃん。本当にお疲れ様」

「…………」

「うんうん、やっぱり疲れたよね」

「ごめんね、無理させちゃって……え?」

 

 頭を下げようとした梓を、二人が押しとどめた。

 

「梓の指示は良かったよ。ね、紗希?」

「…………」

「確かに大変だったけど、楽しかったから。紗希もそう言ってるし」

「そ、そう? それならいいんだけど」

「私もそう思うよ」

 

 三人の背後から、みほが近づいて来た。

 

「やっぱり西住隊長もそう思いますよね!」

「うん。お陰で、私もどんな戦車なのか少し掴めた気がするから。……梓ちゃん」

「はい!」

「ひとまず、T-28は梓ちゃんに任せるけど……いいかな?」

 

 梓は桂利奈と紗希を見た。

 二人が頷いたのを確かめてから、みほに向かって大きく頷いた。

 

「じゃあチームの編成は任せるね。あと、チーム名も」

「え? それは西住隊長が決めて下さい」

「ううん、いいの。あ、パーソナルマークもお願いしたいな」

「は、はあ……」

「それじゃ、宜しくね」

 

 それだけを言うと、みほはIV号の方へと歩いて行った。

 

「梓、今日も一緒に帰ろ?」

「え?」

「チーム名とか考えるの、楽しそうだし。ほら、みんなも待ってるよ」

 

 桂利奈が指差す先に、あゆみ達がいるのが見えた。

 

「ほらほら、行くよ!」

「か、桂利奈ちゃんてば! え、紗希まで?」

 

 二人に引っ張られる格好の梓。

 それを見ていたあゆみ達三人から、笑い声が上がる。

 梓は日々成長しているが、仲間達に振り回されるのだけは変わりそうにもない。

 梓自身、それが続く事を内心で望んでいる以上は。




ウサギさんチームを分ける展開になりました。
これでいいのかちょっと悩みましたが、このまま続ける事にします。
次話あたり、そろそろオリキャラが出てくるかと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 新チームです!

今回からオリキャラ登場となります。
設定や簡単な解説は後書きにて。


澤ちゃんはいいぞ!


「遅れちゃったな」

 

 放課後の廊下を、梓は玄関へと急ぐ。

 無論走りはしないが、話しながらのんびり歩く何人もの生徒を追い抜きながら。

 いつもなら練習を始めている時刻であり、今日も例外ではない。

 真面目な彼女が遅刻するなど、普段であればあり得ない事だ。

 が、梓は戦車道の副隊長以外に新学期から別の役目に選ばれていた。

 学級委員長。

 大洗女子学園では立候補ではなく、推薦で選ばれる。

 リーダーシップがあり、真面目な梓が推される事になったのは必然とも言えた。

 梓自身は辞退しようとしたが、副委員長に選ばれたクラスメイトからも懇願されては断り切れず。

 戦車道チームの副隊長と二足のわらじを履く羽目になっていた。

 今日は間近に迫った生徒会役員選挙についての会議があり、どうしても出席せざるを得なかった。

 それでも会議終了と同時に部屋を出て、少しでも遅れを取り戻そうとするあたりが梓らしいとも言える。

 ……と。

 梓は自分の前に二人、同じように急ぎ足の生徒がいるのに気付いた。

 偶然ではなく、連れ合いのようだった。

 何処かで見たような気がする梓だが、後ろ姿だけでは特定が出来ない。

 そう思っていると、会話が耳に入ってきた。

 

「もう! えりがのんびりしてるから遅れちゃったじゃん!」

「そう言われましても。花壇の手入れは大切なんですよ、安祐美さん」

「それはそれ! 西住先輩、軍神なんて呼ばれる人だから怒ったら怖いよきっと」

「そうですかね。優しそうな方ですし」

 

 どうやら、二人ともに戦車道履修者のようだ。

 梓もまだ全員の名前と顔は一致させられてはいない。

 その点、みほは例の特技を存分に発揮して全員をしっかりと把握しているようだ。

 最も、沙織と華にみほらしいと笑われていたりするのだが。

 

「じゃあ、副隊長の方はどうなのさ。確か、同じ一年生だよね?」

「ええ、澤さんですね。真面目な方と伺いましたが」

「ヤバいじゃん、それ。やっぱ怒られるのかな」

 

 声を掛けようとした梓は、思い止まった。

 自分がどう思われているか気にならない訳ではなく、悪いとは思いながらもついつい聞き耳を立ててしまう。

 

「優秀な方なのは間違いないですね。あの西住先輩直々の指名とか」

「じゃあ、次期隊長って事? そういや、あのチームは渾名があるって聞いたっけ」

「『大洗の首狩り兎』でしたっけ」

「くわばらくわばら。そんなチームの車長だからきっと怖いって。急ぐよ!」

「ちょっとお待ち下さいな!」

 

 後ろ姿を見送りながら、梓はガックリと肩を落とす。

 渾名については、梓も耳にしている。

 全国大会の黒森峰戦で、ウサギさんチームはエレファントとヤークトティーガーを撃破するという大戦果をあげた。

 あの活躍がなければ、IV号とティーガーの一騎打ちに持ち込む事すら叶わなかった……そう指摘する専門家もいた。

 無論、弁慶よろしく立ち塞がったP虎(ポルシェティーガー)を始め八両全てで勝ち取った勝利。

 梓達もそれは弁えていて、それで思い上がるような事はなかった。

 それでも、渾名を賜る程活躍が評価された事はやはり嬉しい事には変わりない。

 ……が。

 他校に恐れられるのなら兎も角、自分の学校でもその扱いとなると話が違ってくる。

 ましてや、共に戦車道でチームメイトとなる人々にそう思われるのは尚更だ。

 そして、そのリーダーは梓。

 

(私、そんなにみんなに怖がられてる……とか?)

 

 凹みそうになり、梓はハッと我に返る。

 

「いけない! 急がないと!」

 

 

 

 息を切らせながら、梓は戦車用倉庫へと駆け込んだ。

 T-28を除いた全車両が既に出払っていて、いつになく広々としていた。

 ハッチが開き、桂利奈が顔を出した。

 

「梓! 早く早く!」

「う、うん!」

 

 姿は見せないが、車内で紗希も待っている筈。

 梓は砲塔に登ろうとして、倉庫の隅にいる人影に気づいた。

 戦車道用倉庫は実弾が保管されている上、重量のある戦車が走り回るだけに危険でもある。

 興味本位から覗きに来る一般の生徒がいたりするが、基本的には立ち入り禁止区域。

 それでも時折入ってきてしまう事があり、もしそうした生徒ならば梓の立場上看過は出来ない。

 

「桂利奈ちゃん、ちょっと待っててね」

「え? どーしたの、梓?」

 

 梓は桂利奈に向けて手を挙げ、それから人影に向かって駆け出した。

 向こうもそれに気付いたようだが、逃げ出す様子はない。

 

「あの!」

「は、はい!」

 

 そこにいたのは二人連れ。

 パンツァージャケットではなく、普通の制服姿だった。

 

「此処は戦車道履修者以外は立ち入り禁止ですよ?」

「いや、一応あたし達も戦車道取ってるんですが。な?」

「はい。実はちょっと遅刻してしまいまして……。西住先輩もいらっしゃらなくてどうしましょうかと」

 

 梓は、聞き覚えのある声だと思い記憶を巡らせた。

 そして、ついさっき見た二人連れだと気付いた。

 話の一部始終を聞いていたとは言えず、一人気まずくなる梓。

 彼女が黙っているので、二人は不安になってきたらしい。

 

「ごめんなさい! あたしが悪いんです、クラスで話し込んでしまって」

「ち、ちょっと何を仰いますの安祐美さん。あれはわたくしが」

「えりは黙って! こいつは何も悪くないんです!」

 

 安祐美と呼ばれた娘が、頭を下げて謝り続ける。

 

「ま、待って下さい。遅刻は遅刻として、一先ず頭を上げて下さい!」

「や、やっぱり罰があるんだ。それなら、あたしだけで!」

「安祐美さん、それはおかしいですわ。副隊長さん、わたくしのせいです。安祐美さんはわたくしを庇っているだけなのですわ」

「で、ですから二人とも落ち着いて!」

「どーしたの、梓?」

「…………」

 

 桂利奈と紗希が、三人のところにやって来た。

 なかなか梓が戻らない上に、何やら騒がしいので気にしたのだろう。

 やっと、頭を下げていた二人も静かになった。

 

「兎に角、まずは落ち着いて下さい。私は澤梓、副隊長をやらせていただいています」

「阪口桂利奈、操縦手でっす! あ、こっちは丸山紗希。装填手だったけど今は砲手やってます!」

「…………」

 

 二人連れは顔を見合わせてから、頷いた。

 

「失礼致しました。わたくし、一年の片岡えりと申します」

「あ、あたしは同じく一年の吉田安祐美です!」

「片岡さんと吉田さんですね。遅刻はわかりましたが、こんな場所で何を?」

「はい。西住先輩も澤さんもいらっしゃらないようでして、どうしたら宜しいのかと」

「べ、別に隠れてた訳ではないんです。本当、何もわかんなくて……」

「そうですか。ちょっと待ってて下さいね」

 

 梓はT-28に駆け寄り、ハッチから車内に潜り込むと無線機に手を伸ばした。

 

「こちら澤。あんこうチーム、聞こえますか?」

「はい、こちらあんこう。梓ちゃん、会議は終わったの?」

 

 沙織の声で応答があった。

 

「はい。西住隊長はいらっしゃいますか?」

「みぽりんなら、車長集めて話をしてるよ。呼ぼうか?」

「いえ。私もこれから参加しますとお伝え下さい」

「了解。以上、通信終わり!」

 

 マイクを置き、梓はハッチから上半身を出す。

 

「詳しい話は後にしましょう。片岡さん、吉田さん」

「はい」

「は、はい!」

 

 まだ怖がられているのかと梓は落ち込みそうになるが、何とか気を取り直した。

 

「お二人も乗って下さい。片岡さんは通信手、吉田さんは装填手をお願いします」

「え?」

「ええっ?」

「紗希、桂利奈ちゃん。いいよね?」

「…………」

「あい!」

「あの、わたくし通信手はやった事がなくて」

「あたしも、装填手なんてわかりませんよ」

 

 不安を隠さない二人に、梓は努めて笑顔を見せた。

 

「大丈夫ですよ。誰でも最初は初心者ですから」

「…………」

「そーそー! 紗希も、乗れば楽しいって言ってますよ?」

「……それ、命令ですか?」

「え?」

 

 安祐美が、怯えたように梓を見る。

 

「いきなりなんて無理ですよ。今までも、誰かについて貰って乗った事しかないんですから」

「そうですわね。安祐美さんと同じで、わたくしも一人では」

「……同じでしたよ、私達も」

「え?」

 

 梓は砲塔から下りて、二人の前に立った。

 

「戦車道を始めた頃は、右も左もわからなくて。ね、桂利奈ちゃん?」

「操縦レバーとかスイッチとか全然わかんなかったもんね。動かすだけで精一杯」

「そ、そうだったんですか?」

「でもみなさん、とても慣れていらっしゃいますし。それに、最初は陸上自衛隊から教官をお呼びしたとか」

「教官……ね」

「あはは、確かに来て貰ってはいたね」

 

 苦笑する梓と桂利奈に、えりと安祐美は目を白黒させる。

 

「いきなり実戦形式の模擬戦からだったんですよ?」

「しかもどうしたらいいかわからないから聞いたら、アバウト過ぎる事しか言わないし。大変だったよね、紗希?」

「…………」

 

 コクコクと頷く紗希。

 

「じ、じゃあ西住先輩が指導を?」

「いいえ。その時はまだ西住先輩は隊長じゃなかったんですよ、吉田さん。それどころか、車長ですらなかったですね」

「あらあら。なら、どうやって指示を出していたのでしょうか?」

「河嶋先輩が隊長だったけど、なんか指示あったっけ?」

「なかった……かな? うん」

「……それで、良く模擬戦なんかやれましたね」

「全くですわ」

 

 二人には衝撃の事実だったらしい。

 大洗女子学園の生徒とは言え、戦車道チームに関しては派手な活躍ばかりが知られているのは当然かも知れない。

 桃の支離滅裂な指揮ぶりとか、みほが無理矢理戦車道をやらされた経緯とか……新メンバーに積極的に知らせるような事でもない。

 数年経ってから、思い出話として語られる事はあるかも知れないが。

 

「だから、未経験と言って尻込みする事はないんですよ? なんなら、車長やってみますか?」

「操縦もやるなら教えますよ! あ、紗希も教えるって言ってます」

「あ、いえ……」

「わたくしは、通信手でお願い致しますわ」

 

 そして、二人は駆け足でT-28に向かって行った。

 

「どうしたんだろう?」

「さあ?」

「…………」

 

 梓達三人は首を傾げつつ、後に続いた。

 

 

 

「遅くなりました、すみません」

「ううん、大丈夫」

 

 IV号を見つけた梓は、桂利奈に横付けするよう指示。

 桂利奈も見事な操縦を見せ、ピタリと並べてみせた。

 その腕前には、見ていた麻子ですら感嘆の声を上げた程だ。

 みほと梓は互いに砲塔のハッチから上半身を出し、話を始めた。

 

「そう言えば、ヘッツァーを見かけませんでしたが。何方が動かしてるんですか?」

「うん、優花里さんに車長をお願いしたの。二年の人を三人選んで貰って」

「そうでしたか。私も二人、装填手と通信手として乗って貰いました。報告が事後になってすみません」

「梓ちゃんが決めたのなら問題ないよ。今はいろんな事を試せる時期だし」

「そうですね」

「今日は習熟に充てる事にしたから、梓ちゃんもそのつもりでね」

「わかりました。では、行ってきます」

 

 梓は砲塔に入り、車内を見渡す。

 全員が梓に視線を向けていたが、特にえりと安祐美はさっきまでとは何かが違っていた。

 

「澤さん、西住先輩に本当に信頼されてるんですね」

「あたしも同感です。伊達に副隊長任されてる訳じゃないんですね」

 

 みほの事だ、二人が遅刻した事も把握している筈だった。

 だが、その事には一言も触れない。

 梓を信じ、任せているという言葉にも嘘は感じられない。

 面識のない二人にも、みほと梓が固い絆で結ばれている事を認識せざるを得ない。

 その驚きと、幾分かの敬意。

 二人の中には、それがあるのだろう。

 

「私には過分な扱いだと思います。ですが、いただいた信頼には全力で応えるしかありません。西住隊長のお役に少しでも立つように」

「吉田さん、片岡さん。梓は、毎日とっても努力してるんですよ? 頑張り過ぎじゃないってぐらいに」

 

 桂利奈の言葉に、紗希も頻りに頷く。

 

「私は西住隊長のように人を魅了する事も出来ませんし、戦車道の経験も知識もまだまだ不足してますから。だから、いくら努力してもし過ぎる事はないと思ってます」

「……凄いですね」

「……本当に、副隊長はあたし達と同じ一年なんですか。信じられない」

 

 そして、えりと安祐美は顔を見合わせて頷き合った。

 それから、梓に向かい頭を下げた。

 

「澤さん。わたくし、感動致しました。通信手として、頑張らせていただきますわ」

「あたしも。装填手、一生懸命やります。色々教えて下さい!」

「え? は、はい」

 

 あまりの勢いに引きながらも、梓は二人の想いを受け止める事にした。

 

「……では、最初に質問です。通信手の役目は何だと思いますか、片岡さん」

「はい。文字通り、他車との通信をしてそれを乗員のみなさんにお伝えする事でしょうか」

「確かにその通りです。ですが、戦闘が始まればそれをゆっくり遣り取りする余裕などなくなります。通信を正確に聴き、発信しなければそれが命取りになる事だってあるんです」

「……はい」

「だから機器の扱いに慣れる事は勿論ですが、それ以上に如何なる状況でも冷静に。そして正確に行動する事が求められる……私はそう思っています」

 

 梓の一言一言を、噛みしめるように聴き入るえり。

 

「では吉田さん。装填手とは何でしょうか?」

「えっと……。主砲の弾を装填する役目……ですか?」

「そうですが、それだけでは駄目です。当たり前ですが、主砲は弾が込められていなければ目標を撃破する事が出来ません。そして、撃ち合いになればその速度が重要になります」

「はい……」

「ご覧になったかも知れませんが、黒森峰女学園との決勝戦で敵フラッグ車と一騎打ちになった場面です。西住隊長の指揮や冷泉先輩の操縦は確かに素晴らしいものでした。ですが、そこまで持ち込めたのは五十鈴先輩の砲撃で相手を上手く牽制したからでもあります。それを支えたのは、秋山先輩の素早い装填です」

「…………」

「お二人に限った事じゃないんですが、砲手や操縦手に比べて通信手と装填手は軽く見られがちです。でも、戦車に乗り込んだら役割に軽重なんてありません。……片岡さん、吉田さん」

「はい」

「はい!」

「繰り返しになりますが、私自身まだまだ経験不足です。西住隊長のように、的確な指示は出せないかも知れません。もしかしたら、お二人にはもっと適したポジションがあるかも知れません。ですが、今は目の前にある事に専念してみて下さい。私に教えられる事なら、何でも聞いて下さい。答えられなければ、答えられるようにしますから」

「畏まりましたわ」

「おっしゃあ、やってやる!……あ」

 

 固まる安祐美。

 それを見て、梓は微笑んだ。

 

「いいんですよ、普通にしていて下さい。それが普段の吉田さんなんですよね?」

「あはは……参ったな」

「うふふ、良かったですわね。澤さん、怖い方ではありませんでしたね」

「ち、ちょっとえり!」

 

 自然と、車内に笑いが巻き起こる。

 

「じゃ、行きましょうか。パンツァー・フォー!」

「あいあいあいー!」

 

 

 

 そして、練習終了。

 えりと安祐美は、肉体と精神両方で疲労困憊。

 すっかりフラフラになりながらも、表情は満足そのものだった。

 

「お疲れ様でした」

「今日はありがとうございました」

「じゃ、明日もよろしく!」

 

 下校する二人を見送ってから、梓は倉庫に引き返した。

 まだ、梓にはやるべき事があった。

 

「チーム名、どうしよう」

 

 宿題という訳ではないが、とりあえずチームの体制が決まった事でみほから言われていた事もやらなければならない。

 T-28の前に立ち、梓は考え込んでしまう。

 

「……せーの」

「わっ!」

「ひゃっ!」

 

 いきなりの事に、梓は慌てて振り向いた。

 

「も、もう! びっくりしたじゃない」

「梓、また一人で悩んでるんだもの」

「だったら、驚かせちゃおうかなってぇ」

「私達にも相談してって言ったじゃない」

「あゆみ、優季、あや……」

「私も、梓に相談に乗って欲しいからお互い様だけどね」

 

 あはは、とあゆみが笑う。

 

「そっか。じゃあ、私の話も聞いて貰える?」

「もっちろん! ね、紗希?」

「…………」

 

 こうなれば、もう梓は悩んでいる余裕などない。

 いつも通りに振り回されるのみ。

 ……が、それでいい。

 梓に取っては、掛け替えのない仲間との時間なのだから。

 

 

 

 翌日。

 

「おはよう」

「あ、おはようございます」

 

 朝練前の時間。

 梓はみほの声に、手を止めた。

 

「梓ちゃん、何か……わあ、可愛い!」

「そ、そうですか?」

「うん! そっか、新しいチーム名決めたんだね」

「はい」

 

 T-28の側面にペイントされたパーソナルマーク……それは、サングラスをかけたモグラ。

 

「モグラさんチーム、どうでしょうか?」

「いいと思うよ。ふふ、何だか嬉しいな」

「ええ、私もそう思います」

 

 そう言って、梓は再び刷毛を手にした。

 その様子を、優しく見守るみほ。

 静かに、時間は流れていく。




新キャラの設定です。

◇片岡えり◇
学年:一年生
容姿イメージ:艦これの熊野
ポジション:通信手
趣味:読書、花壇の手入れ
好きな戦車:61式戦車

◇吉田安祐美◇
学年:一年生
容姿イメージ:艦これの鈴谷
ポジション:装填手
趣味:ランニング
好きな戦車:メルカバ

名前ですが、実在の女性野球選手からお借りしています。
お二方の名前を入れ子にしています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 模擬戦です!

ノリと勢いで始めた本作が、早くも10話到達です!
いつも本当にありがとうございます。

今回もオリキャラが一人増えます。
紹介は後書きにて。
なお、ちょっと長くなりましたが二話に分ける程ではないのでそのままにしています。


澤ちゃんはいいぞ!


「装填完了!」

「了解。桂利奈ちゃん、その坂を登ったら停止!」

「あいー!」

「紗希、合図したら撃って!」

「…………」

「えりさん、他チームの位置確認をお願いします!」

「畏まりましたわ!」

 

 モグラさんチームが、演習場を所狭しと動き回っていた。

 その様子を、みほが双眼鏡で眺めている。

 通信回線はオープンにしているので、車内のやり取りもヘッドホン越しに伝わって来ていた。

 

「みほさん、何だか嬉しそうですね」

「え?」

 

 ハッチから顔を出した華が、みほを見ながら言った。

 

「私にもそう見えるぞ」

「あ、麻子もそう思う?」

「無理もありませんよ。あの短期間で、あれだけ自在に動かせているのですから。そうでありますよね、西住殿?」

「……そんなに、顔に出ていた?」

「ええ。みなさん同じ意見ですし、みほさんはわかりやすいですから」

「あはは……。でもね、華さん達の言う通りなんだ」

 

 みほは、仲間達を見回しながら微笑んだ。

 

「優花里さんの言う通り、梓ちゃんがT-28を戦力として計算出来るようにしてくれたのは大きいよ」

「もう車長としては一人前だよね、梓ちゃんは」

「努力を怠らないのですから当然だとは思いますけど、でも凄いです!」

 

 本人が聞いたら褒め過ぎだとオーバーヒートしそうな調子で、あんこうチームの面々は梓を称賛。

 

「でも、西住さんはまだ何か不安があるようだが」

「冷泉殿もそう思われますか?」

「え? そ、そんな事はない……かな?」

 

 が、みほは兎に角顔に感情が出やすい。

 それは美点ではあるのだが、お陰で隠し事が出来ないという面もある。

 ましてや、あんこうチームの仲間はそんなみほをずっと身近で見てきたのだ。

 

「なんとなく、みほさんの考えている事がわかるような気がしますわ」

「え? 何でわかるの、華?」

「わかりますよ。澤さん、確かにタイマン張るなら、相手がどんな車両でも後れは取らないかも知れませんけど……」

「複数対複数ならどうなるかが未知数だな」

「歴史上の戦車エースと呼ばれる人もそうでしたから。車長と部隊長とはそれぐらい役割の違いがあります」

「バレバレだったみたいだね、あはは」

 

 みほは頷き、T-28の方に目を向けた。

 

「みんなの言う通り、梓ちゃんは指揮官としての経験が絶対的に足りてない。こればっかりは梓ちゃんがいいとか悪いじゃないから……経験を積まないとわからない事ばかりだし」

「ですが、西住殿。そうは言っても一朝一夕で身につくものではないですよね」

「勿論。まぁ、私もあまり偉そうな事は言えないんだけどね」

 

 戦車道に関わる人の殆どは、何らかの形で年少の頃から始めているとされる。

 みほのように小学校に上る前から戦車に触れる環境、となると流石に稀だがそこまで行かずとも何年かの経験があるという選手が多い。

 大洗女子学園のように僅か数ヶ月でそれらの選手と渡り合える方が異例なのであり、みほのずば抜けて優れた指揮能力の賜物とも言えるだろう。

 反面、みほがいなければチームとしては成り立たないのもまた事実。

 幸い、此処までの試合でみほの搭乗するⅣ号は最後まで生き残ってきた。

 エキシビションマッチのような例外はあるにせよ、それでもみほとⅣ号があればこその大洗チームという事に変わりはない。

 ライバル校も世代交代で同じような課題は抱えているかも知れないが、大洗には更に経験という絶対的な差がある。

 黒森峰との決勝戦。

 アリクイさんチームの三式中戦車が操縦を誤らなければ、Ⅳ号は確実に撃破していたと試合後にエリカから聞いていたみほ。

 慣れない操縦にももがーが四苦八苦した結果、エリカのティーガーⅡの射線に飛び込みⅣ号の身代わりとなった。

 あくまでも結果論ではあるが、Ⅳ号だけではなく大洗チームに取っても幸運だったと言わざるを得ない。

 Ⅳ号はフラッグ車だったからその時点で試合終了だったのだが、もしフラッグ車が他の車両だったとしても撃破された時点で敗北は確定していただろうと言われる。

 作戦はある程度事前に説明してあったとは言え、その指示を出すのはみほ一人。

 個々の奮戦で多少は粘れたかも知れないが、最後はマウスの前に次々と撃破されていたに違いない。

 破れかぶれでまほのティーガーⅠを狙ったとしても、まほ自身その程度の事で不覚を取る可能性は限りなく低い。

 そう考えれば、大洗の勝利は実力だけではない。

 そして、今後も幸運の女神が微笑み続けるとは限らない。

 

 いくらみほが見込んだ相手とは言え、戦車道経験が半年にも満たない梓にいきなり部隊長としての役割を持たせるのは酷である。

 経験を積み、日々研鑽していくしかないのだが自助努力だけではやはり限界がある。

 みほのように他人から見ればエリート、英才教育を受けられる環境にあればまだしも今はそれを望むべくもない。

 みほは目を閉じ、考え込む。

 四人もただジッと、みほを見守る。

 ……ややあって。

 みほは表情を引き締め、沙織に目を向けた。

 

「沙織さん。全車両に集合をかけて」

「了解、みぽりん」

 

 

 

 全車両が燃料弾薬の補給を受け、みほが指示した会合地点に集まった。

 梓はT-28から降り、みほの前に立った。

 他の車長も後に続き、整列した。

 

「今日は、小隊に分かれて模擬戦を行います」

「小隊、ですか?」

「うん。私がコスモス小隊、梓ちゃんがモミジ小隊をお願いね」

「わ、私ですか?」

 

 いきなりの事に梓は声を上げてしまう。

 みほは頷くと、視線を車長らに向けた。

 

「コスモス小隊はうちとアヒルさん、カバさん。モミジ小隊はカメさん、ウサギさん、レオポンさん、カモさん、それにモグラさんで。ルールは殲滅戦とします」

 

 編成に車長らからざわめきが起きる。

 みほの小隊は梓に比べて両数は半分。

 その代わり、メンバーは全員入れ替わりがない。

 習熟度とみほの指揮能力を考えれば、不利なのは寧ろ梓小隊だろう。

 特にカメさんとレオポンさんは全てにおいて戦力としては以前よりも大幅にダウンしている。

 しかも殲滅戦だから、フラッグ車だけを狙っての一発逆転はない。

 ゴモヨやツチヤ、ねこにゃーらは不安を隠せない。

 そんな空気を振り払うかのように、あゆみが梓の肩を叩く。

 

「よろしくね、梓隊長。頑張ろ?」

「あゆみ……。そうだね」

 

 梓は力強く頷いてみせてから、みほを見た。

 

「では西住隊長。モミジ小隊、預かります!」

「うん!」

 

 

 梓は、五人の車長を集めた。

 ゴモヨ、ツチヤ、あゆみはいずれも車長としての経験は浅い。

 ねこにゃーが僅かに長いと言えたがそれも僅かの差でしかない。

 そして、ヘッツァーの車長は全くの未経験者。

 いきなり車長になった上に模擬戦、しかも相手はあのⅣ号とみほ。

 緊張からか、顔面蒼白だった。

 

「上野さん、でしたね?」

「はは、はい!」

「改めてよろしくお願いしますね」

「こここ、此方こそ宜しくお願い致しまする!」

 

 上野智子、一年生。

 嘗ての梓達と同じく、仲良し四人組での参加だ。

 車長は志願した訳ではなく、ジャンケンの結果らしい。

 例外に漏れず、戦車道は全くの未経験者ばかり。

 何とか走らせ、射撃は出来るようにはなってはいたがまだまだ全てがぎこちないのが今のカメさんチームだった。

 みほもそれは理解しての上で小隊に加えた事の意味を、梓は考えていた。

 

(荒療治、かな……私を含めて)

 

 今の大洗女子学園は、もう切迫した事情を抱えてはいない。

 廃校の可能性は完全になくなり、人数の頭数だけは揃っていた。

 が、だからと言って安閑としてはいられない。

 ディフェンディングチャンピオンとして、これからは他校から厳しくマークされる立場に変わったのだ。

 みほの才能だけに頼ってはいられず、寧ろメンバー全員が更なる成長を遂げる必要に迫られている。

 その筆頭が梓である事は間違いないが、来年の大会までには予選もあれば練習試合も組まなければならない。

 車両数に余裕のない大洗女子学園は、全員が一丸となる必要が他校以上にある。

 みほは決して口には出さないが、現状に歯痒さを感じているに違いない。

 だからこその、荒療治。

 見るべきところがなければ最悪、メンバーの入れ替えも視野に入れていると梓は見ていた。

 ならば、自分のやるべき事は何か。

 冷静に落ち着いて指揮を執る事は勿論だが、自分がいくら的確な判断を下しても隊として連携を欠いては意味がない。

 

(他人の言葉を借りるのも何だけど、この際だから)

 

 そう自分に言い聞かせると、智子の前に立った。

 

「上野さん」

「ひゃい!」

「大丈夫ですよ。戦車なんてバーッと動かしてダーッと操作してドーンと撃てばいいんですから!」

「……へ?」

 

 智子だけでなく、全員が呆気に取られてしまう。

 普段の梓ならまず言わない台詞だったのもあるだろう。

 

「梓……それ、もしかして……?」

「そうだよ、あゆみ。私達の教官からのお言葉」

 

 この場にいて、それを知るのはあゆみだけ。

 

「澤さん。教官って……西住隊長じゃないよね?」

「違いますよ、ツチヤ先輩。まだ私達が五両しかない時、最初に来て下さった方……蝶野一尉のお言葉です」

「そ、それだけ?」

「アバウト過ぎだにゃあ」

 

 ゴモヨもねこにゃーも、開いた口が塞がらないようだ。

 ましてや、智子には衝撃以外の何物でもないだろう。

 

「それでも、私達は必死で戦車を動かして指示に従おうとしました。……でも」

「で、でも?」

「私達ウサギチームは、あんこうチームに恐れをなして逃げようとしちゃったんですよ?」

「ま、まさか……。だってウサギさんチームと言えば……」

「上野さん。梓が言ってる事は本当なんですよ? 逃げようとした挙句、履帯が外れて最後は自爆したような格好で終わっちゃったんです」

「…………」

「それだけじゃありません。聖グロとの練習試合は迫ってくる敵に怖くなって、M3を捨てて逃げ出したんです」

「梓は止めようとしたんですけどね。私を含めて他の全員が逃げちゃったから」

「し、信じられない……」

 

 梓は、智子の肩をポンと叩いた。

 

「だから、怖いのはみんな一緒です。ましてや、相手はあの西住隊長。アヒルさんもカバさんも数々の戦いを潜り抜けてきた猛者揃いですから。正直、私だって怖くないと言えば嘘になります」

「そ、そうなんですか……?」

「はい。でも、だからと言って逃げるつもりはないです。やられたっていいんです、これは練習なんですから」

「…………」

「私の指揮で動く事に不安があるかも知れません。でも、私も冷静に落ち着いて一生懸命頑張りますから!」

 

 梓がそう言い切ると、あゆみがクスクス笑い出した。

 

「ちょ、ちょっとあゆみ? 人が真面目に言ってるのに!」

「あははは、ゴメンゴメン。でも梓、それ西住隊長と同じ台詞だよ?」

「……あ」

 

 完全に無意識で言った梓だが、あゆみの指摘通りだった。

 赤くなる梓に、その場の空気がフッと緩んだ。

 

「そうだね。やるだけやってみよう」

「チームプレイだもんね」

「そうだにゃあ。西住さんが相手でも、やるしかないにゃあ」

「はい。梓、私は梓に従うよ!」

「みなさん……ありがとうございます。上野さんも、いいですか?」

「わ、わかりました! こうなれば覚悟を決めますよ!」

 

 梓は手を伸ばし、甲を上に向けた。

 あゆみが、その上に手を重ねる。

 他の四人も、それに倣った。

 

「みなさん、頑張りましょう!」

「応っ!」

 

 

 

「副隊長、本当に大丈夫?」

「安祐美さん。それはちょっと失礼ですわよ?」

「け、けどさぁ……」

 

 安祐美とえりのやり取りを見ながら、梓は他車の状況を思い浮かべる。

 小隊長である自分のいるこの車両でさえこんな調子なのだ。

 智子率いるヘッツアーは言うに及ばず、P虎(ポルシェティーガー)やルノーB1はもっと不安が渦巻いているのだろうと。

 親友のあゆみでさえ、乗員の半数が新人と来れば苦労している事だろう。

 それだけ、みほという存在は大洗女子学園チームに取っては絶大としか言えない。

 味方であればこれ以上頼れる相手はないが、もし敵に回せば……。

 正に今はその状況なのだ。

 

「片岡さん、吉田さん。私も絶対大丈夫だ、勝てるとは言いません。相手はあの西住隊長なのですから」

「ほ、ほらやっぱり」

「安祐美さん、まだ澤さんの話は終わってませんわよ?」

「う……。す、すまん」

「いいんですよ。それよりも、負ける事が前提で望んでは西住隊長が望んでいる結果にはならないと思うんです」

 

 えりと安祐美は、揃って梓の顔を見た。

 

「勝つよう最大限努力しましょう。その結果がどうあれ、その姿勢が大事だと思いますから」

「そーだよ! やる前から勝てないと決めつけてたら、何も出来ないし」

「…………」

「桂利奈ちゃんや紗希の言う通りです。まずはやれる事に全力を尽くしましょう」

 

 梓が力強く宣言すると、えりと安祐美も覚悟を決めたらしい。

 

「わかった。やれるとは言わない、けどやってみるさ」

「そうですわ。わたくしも隊長車の一員、頑張りますわ」

「その意気ですよ」

 

 梓自身、周囲を励ます事で自分を奮い立たせていた。

 昔の自分なら逃げ出さないにしても、手足が竦んで何も出来なかったかも知れない。

 それだけ、目標とする壁は高い。

 が、他のメンバーはそれでも自分についてきてくれると言った。

 ならば、それに全力で応えるのみ。

 

「モミジ小隊、行きます! パンツァー・フォー!」

 

 

 

「此方カモチーム。周囲に敵影なし」

「ウサギチーム、今のところ接敵なし」

 

 模擬戦が始まったが、すぐに戦闘にはならなかった。

 身軽な八九式が斥候に出ると見た梓は、小隊を三つに分けた。

 B1と三式中戦車、M3とP虎(ポルシェティーガー)、そしてT-28とヘッツァー。

 単独行動させて各個撃破されるよりも、攻撃を受けた時に連携して反撃する事を狙った。

 少なくともバラバラになるよりも心強い筈だ。

 

「小隊長車より各車へ。向こうには待ち伏せを得意とするⅢ突がいます、挑発や陽動で誘い込まれないよう慎重に行動して下さい。接敵した場合でも無理は禁物です。何か異変を感じたら直ちに報告をお願いします」

「梓、やっぱり西住隊長みたい~」

「優季! もう!」

 

 梓は窘めたが、決して本気ではない。

 優季なりに緊張を和らげようとしたのだろう。

 戦闘中に緊張感がないのは考え物だが、そこはバランス。

 それに、少なくともM3は気負わずに臨んでいるようだと梓は理解出来た。

 砲塔ハッチから身を乗り出し、周囲に目を走らせた。

 みほは柔軟な運用を得意とするが、如何せん三両では戦術の幅が限られてしまう。

 八九式は主砲を換装したとは言え、Ⅲ突やⅣ号に比べるとやはり攻撃力で見劣りする。

 此方の編成を見抜けば別だが、その為にはやはり斥候を出すだろう。

 梓は周囲に敵影がないと見定めると、マイクに手を伸ばした。

 

「桂利奈ちゃん、微速前進。上野さん、ついてきて下さい」

「あいー!」

「り、了解!」

 

 小隊の中で操縦に不安がないと言えるのはT-28と三式中戦車。

 ならば、自分が動いてみたらどうか。

 相手の動きはわからないが、それで何か見えるかも知れない。

 梓に取っては賭けではあるが、決断するのが隊長の役目と自分に言い聞かせた。

 ……と。

 林の間から、ダダダダと連続音がした。

 ヘッツァーの車体からカンカンと金属音が響く。

 

「て、敵だ! 反撃しましょう!」

「上野さん、待って下さい! 撃破するつもりなら機銃ではなく主砲を使う筈です! まずは落ち着いて!」

 

 梓は林に目を凝らすが、射撃してすぐに姿を隠したらしく位置は掴めない。

 ……ふと、梓は悪寒を感じた。

 

「桂利奈ちゃん、全速後退!」

「あ、あいっ!」

 

 数秒後。

 T-28のいた場所から、派手な土煙が上がった。

 

「紗希、七時の方向に砲を向けて!」

「…………」

「桂利奈ちゃん、停止! 紗希はすぐに撃って! 撃ったらすぐに前進!」

「おりゃーっ!」

 

 ドスンと車体が揺れる。

 

「吉田さん、すぐ装填お願いします!」

「お、おう!」

「片岡さん、他のチームからの報告に注意して下さい!」

「畏まりましたわ!」

 

 梓は双眼鏡から目を離さず、矢継ぎ早に指示を出す。

 一瞬だが捉えたシルエットは見間違いようもない。

 Ⅳ号が、明確に此方を狙ってきた。

 咄嗟の勘が働かなければ、T-28は撃破されていたに違いない。

 華の命中率を考えれば、正に間一髪と言えた。

 

「上野さん、当たらなくて構いません。援護射撃をお願いします!」

「む、無理ですよ! 動きが速過ぎます!」

「停まってはダメです、狙い撃ちにされます!」

 

 動きの悪いヘッツァーは、華の腕からすればいい的でしかない。

 闇雲に撃つのはあまり褒められた事ではないが、回避行動が十分に出来ない以上は行進間射撃の真似事をせざるを得ない。

 ヘッツァーは装甲が薄く、75ミリの砲撃を受けてはひとたまりもない。

 

「ふ、副隊長! どうしたらいいんですか!」

「前後に動いて射線に入らないように! チャンスはあります、必ず!」

「澤さん! カモさんとアリクイさんが攻撃を受けているそうですわ!」

 

 ヘッツァーへの指示を出す最中に、えりが叫んだ。

 

「被害状況は?」

「はい。行動不能にはなっていないようですわ、砲撃は受けたようですが」

「……間違いないですね?」

「ええ。撃破されたのならそう知らせが来ますもの」

 

 単純な引き算であれば、それはカバさんチームの仕業となる。

 が、梓には何かが引っかかる。

 Ⅲ突の砲手は左衛門佐、大洗でも華とあけびに次ぐ名手である。

 三式中戦車もB1も、Ⅲ突の75ミリ砲ならば簡単に装甲を抜かれてしまう筈。

 それが砲撃を受けても無事とは、何かがおかしい。

 当たりどころが良ければないとは言えないが、梓の勘はそうではないと告げていた。

 

「片岡さん! レオポンさんとウサギさんに伝達!」

 

 

 

 梓は見事、みほの作戦を看破した。

 林からの銃撃が八九式ではなく、Ⅲ突の仕業だと。

 Ⅲ突は75ミリ長砲身のイメージが強過ぎるが、副武装として機銃を搭載している。

 今まで使われる場面がない事、八九式が訓練や試合でしばしば機銃を使っている事から梓も最初の銃撃がⅢ突によるものだとは気づかなかった。

 相手がCV33(カルロ・ベローチェ)なら兎も角、他の車両ならば八九式の主砲では接射してもなかなか撃破には至らない。

 忍の優れた操縦テクニックで軽快に走り回るだけに、いざ狙ってみると厄介な相手ではある。

 が、攻撃が通じない以上は反撃に転じたくなる……みほの狙いはそこにあった。

 残念ながら梓は一歩後れを取り、P虎(ポルシェティーガー)とM3は回り込んだⅣ号に撃破されてしまった。

 その間に梓はⅢ突を発見し、撃破に成功。

 が、その際にヘッツァーが被弾してしまう。

 八九式は三式中戦車と撃ち合いになったが、巧みなあけびの砲撃で三式中戦車が先に行動不能に。

 勢いでB1とぶつかり弾き飛ばされたものの、咄嗟に放った一弾がB1の進路を狂わせた。

 B1は窪地に落ち、弾かれた八九式はひっくり返って行動不能で相討ちとなった。

 結局Ⅳ号とT-28の一騎打ちとなったが、装填速度の差で僅かにⅣ号が勝利を収めた。

 

 悔しがる安祐美をえりが宥める姿を横目に、梓はみほの前に向かった。

 

「惜しかったね」

「いえ、負けは負けです。やられちゃいました」

「勝負は時の運。次はわからないよ?」

「……はい!」

 

 みほは、梓の元気な返事に微笑んだ。

 

 

 

「澤副隊長!」

 

 梓が車両の回収を指示しているところに、智子があゆみに連れられ姿を見せた。

 

「上野さん? あゆみ、どうしたの?」

「うん。梓に何か言いたそうにしながら見ていたから」

「私に?」

「……あ、あの。すみませんでした、何の役にも立てなくて」

 

 そう言って、智子は頭を下げた。

 

「謝らなくてもいいんですよ。逃げずに動いてくれたじゃありませんか」

「で、でも……」

「言った筈ですよ、これは練習です。勝ち負けは結果でしかありませんし、私も結局やられちゃいました」

「……それでも、凄かったです。わたし、正直すぐに全滅するかもって最初は思ってました。あの西住先輩相手になんて。でも、凄かった! 格好良かったです!」

「は、はい!」

 

 あまりの勢いに、梓はやや引きながらも頷く。

 

「なんか、昔の私達を見てるみたいだね」

「あゆみ?」

「ほら、聖グロとの練習試合。覚えてるでしょ?」

「……うん、確かにそうかもね。上野さん、頑張りましょう。いつか、西住隊長に頼られるように」

「いえ。それじゃダメです」

「え?」

「私、いえ私達は決めました。澤副隊長と一緒に、西住先輩を目指して……いや超えてみせましょう!」

「え、ええと……?」

 

 救いを求めるように、梓はあゆみ達を見る。

 が、皆はただ微笑むのみ。

 いつの間にか、そこにえりと安祐美まで加わっていた。

 

「やられっ放しは性に合いませんわね」

「そうそう。いつか見返してやろうじゃん!」

「ち、ちょっと。片岡さんに吉田さんまで」

「頑張るしかないね、梓?」

「も、もう!」

 

 笑い声が巻き起こる姿を、みほと華が離れた場所から見ていた。

 

「先が楽しみですね、みなさん」

「そうだね。ふふ」

「みほさんも嬉しそう。あ、沙織さん達が手を振っていますよ?」

「行こっか」

 

 華はみほがスキップしながら歩いている事に気づき、そっと微笑んだ。




新オリキャラです。

◇上野智子◇
学年:一年生
容姿イメージ:アイマスの萩原雪歩
ポジション:車長(ヘッツアー/カメさんチーム)
趣味:テレビドラマ鑑賞、食べ歩き
好きな戦車:チーフテン

ソフトボール元日本代表選手から名前をお借りしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 姉妹です!

ちょっと難産でした。

そして、気がついたらどうしてこうなったという展開に。
だが後悔などない(断言



では、パンツァー・フォー!


4/20
微修正しました。


「失礼しました」

 

 書類を出し、職員室を連れ立って出たみほと梓。

 が、みほの様子がおかしかった。

 

「西住隊長……大丈夫ですか?」

「うん……。平気だよ?」

「そうは見えませんけど……」

 

 梓から見ても、目の前にいるみほは明らかにフラフラしている。

 顔色も悪いし、テンションも低い。

 

「練習、行かなくちゃ」

「で、でも……」

「あれ? 何だか、目が回るような」

「……失礼します」

 

 梓は手を伸ばし、みほの額に触れた。

 

「凄い熱じゃないですか! すぐ保健室に行きましょう」

「平気だよ。これくらい何とも……」

「駄目ですって、もう!」

 

 問答無用でみほを背負い、梓は保健室に向かった。

 

 

 

「過労ね。暫く休んでから今日は帰った方がいいわ」

「やっぱりですか……」

 

 養護教諭の診立てを聞きながら、梓は溜息をつく。

 みほが最近、オーバーワーク気味なのはわかっていた。

 戦車道隊長として新メンバーへの指導は勿論だが、無名校を一気に全国区に押し上げた彼女を大衆が放っておく訳がなく。

 みほやチームへの取材申し込みが殺到していた。

 桃や生徒会広報担当だけでは到底捌ききれず、中にはどう調べたのかみほの個人メルアドやSNSアカウントに直接問い合わせてくる会社や記者すらいた。

 みほは見た目も愛らしく、控え目故にアイドル的な偶像が出来上がってしまったらしい。

 無論本人非公認ながら、ファンクラブらしきものまで結成されたという噂まであった。

 基本的に押しに弱いみほはそれらをキッパリ断われる訳もなく、その対応だけで毎日無駄に時間を取られていた。

 本分は学生だから、当然日々の勉強も疎かには出来ない。

 それで手を抜く程器用でもないから、睡眠時間は削られる上にストレスも溜まる。

 その結果がこれである。

 梓だけでなく、周囲もそれは心配していた。

 

(結局、何も力になれてないな……私)

 

 寝息を立てているみほを見ながら、梓はまた溜息をついた。

 と、彼女は携帯が震えている事に気付いた。

 保健室を出て、端末を開く。

 そして、着信ボタンを押した。

 

「もしもし、あゆみ?」

「うん。練習始まる時間だけどどうしたの? 西住隊長も来てないし」

「え? もうそんな時間?……わかった、今行くから」

 

 梓は電話を切ると、保健室に戻り養護教諭にみほの事を頼んだ。

 練習が終わってから、寮まで連れて帰るしかないなと思いながら。

 みほがこの状態だからと言って、練習を休みには出来ない。

 となれば、梓が指揮を取るより他にない。

 但し、事情は説明する必要がある。

 

「兎に角、行くしかないか」

 

 梓は自分の頬をピシャリと叩くと、玄関へと向かった。

 

 

 

「それでは、練習はこれで終わります。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした!」

 

 みほ不在でどうなるかと不安だらけで臨んだ梓だが、大きな混乱もなく終える事が出来た。

 あんこうチームがどうせⅣ号は動かせないのだからと、新人の指導に回ってくれた事も大きい。

 

「よーし、みんな。今日も万全に整備するよ!」

「はい!」

 

 倉庫に戻った車両を前に、ツチヤ以下自動車部が作業にかかり始めた。

 当たり前だが、戦車道で使われる車両は年代物が多くこまめなメンテナンスは不可欠。

 ちょっとした点検や補修なら乗員もやるが、練習や試合で酷使した後はそれだけでは足りない。

 特にまだ不慣れな乗員が動かしているヘッツアーやB1などは、どうしても念入りなチェックが必要となってしまう。

 ツチヤは部長として一年生部員の指導をしつつ、車長の役割もこなさなければならない。

 梓とはまた違った意味での苦労が絶えない事だろう。

 もっとも、本人はそんな素振りはまるで見せないのだが。

 

「ツチヤ先輩。良ければ、何かお手伝いしたいのですが?」

「え? そりゃ助かるけど……いいの?」

「ええ。整備の事も知りたいので」

「……無理、してないよね?」

 

 ジッと、梓の顔を覗き込むツチヤ。

 

「してませんよ。一体どうしたんですか?」

「澤さん、殆ど毎日居残りで練習とか勉強してるって聞いたよ? 今日なんて西住隊長の代理までやってるんだ、疲れてない訳ないと思うな」

「だ、大丈夫ですって」

「そうかな? 人も機械もね、無理を続ければ壊れるんだ。今の澤さん、明らかにそうなりかけてるよ」

「…………」

「ベストでもないコンディションで、整備なんて止めた方が良いよ。整備するつもりが壊しかねないし、第一ケガしたらどうするのさ?」

 

 返す言葉もない梓。

 ツチヤはそこまで言うと、フッと息を吐いた。

 

「それにさ。澤さんにしか出来ない事があるんじゃないかな?」

「え?」

「私達は整備とレオポンの事なら誰にも負けない。でも、それだけだからさ」

「そんな事……っ?」

 

 反論しかけた梓を、ツチヤが遮った。

 

「あるさ。そうだろ、みんな?」

 

 作業を始めていた一年の自動車部員が手を止め、ツチヤに向かって一斉に頷いた。

 

「そうですね」

「整備も大変だけど、澤さんの代わりやれと言われても無理ですね」

「そうそう。同じ一年とは思えないです、凄くて」

「え? そ、そんな事は……私なんて、まだまだです」

「そうかな? ま、それはそれとして。繰り返すけど、今は澤さんにしか出来ない事をやるべきだよ」

「……はい」

 

 ツチヤは、ニカッと笑った。

 

「そんな顔しないで。整備はまたいつでも手伝って貰えるからさ、それより西住隊長の様子を見てきてあげなよ」

「はい! わかりました!」

 

 梓は頭を下げ、回れ右をして駆けていく。

 ツチヤは手を振りながら、呟いた。

 

「やれやれ。人様に説教なんて柄じゃないんだけどな」

 

 苦笑するツチヤに、自動車部員から声が飛ぶ。

 

「部長! このパーツ、そろそろ交換した方がいいんじゃないですか? ちょっと見て下さい」

「了解、今行くよ!」

 

 

 

 梓が保健室に行くと、みほは意識を取り戻していた。

 梓に気づき、微笑んだ。

 

「西住隊長、大丈夫ですか?」

「うん、休んだらだいぶ楽になったよ。ゴメンね、梓ちゃん」

「いえ、何もお役に立てなくてすみません」

「そんな事ないよ。梓ちゃんがいてくれたから、こうして寝ていられたんだし」

 

 まだ幾分顔色は悪かったが、気分が良くなったと言うのは嘘ではなさそうだ。

 

「帰りましょうか。立てますか?」

「うん……あれ?」

 

 ベッドから起き上がり、降りようとする。

 が、みほはまだ足元が覚束ないらしく危なっかしい。

 慌てて支える梓に抱き留められ、どうにか床にダイブせずに済んだ。

 

「もう少し寝ていた方がいいんじゃ……。私、許可貰ってきます」

「い、いいよ! ゆっくり歩けば大丈夫だから」

「でも……」

「なら、肩を貸してくれるかな? それなら平気だから」

「わかりました、そこまで仰るなら」

「ありがとう」

 

 梓は、肩にかかるみほの体重が予想以上に軽い事に驚いた。

 自分よりも七センチ程背が高いのだから、相応に重くてもおかしくない。

 

「西住隊長、ちゃんと食べてます?」

「…………」

「西住隊長?」

 

 返事がないので、心配してみほの顔を覗き込む梓。

 ……が、みほは指を唇に当てて思いを巡らせているようにも見えた。

 そして、梓を見た。

 

「ねえ、梓ちゃん」

「はい」

「今、二人っきりなんだし。またお姉ちゃんって呼んで」

「ええっ? な、何言ってるんですか!」

「……じゃあ、返事してあげない」

 

 わかりやすいぐらいにむくれるみほ。

 梓はこめかみに手を当てた。

 

「ハァ……。あれは学園艦の外だったからですよ?」

「…………」

「もう、わかりました! でも、学園内はダメです。外に出てからにして下さい」

「うん!」

 

 梓は言いたい事はあったが、それを口にはしなかった。

 みほが少しでも元気を取り戻すのであれば、と。

 みほの腋に手を回し、ゆっくりと保健室を出た。

 

 

 

 まだ辛そうなみほの様子に、梓は途中の公園で休む事にした。

 自販機で缶コーヒーを二本買い、みほにも手渡した。

 

「ありがとう」

「いいえ」

「……何これ、とっても甘いよ?」

 

 プルタブを開け、一口飲んだみほが驚きながら缶を見つめた。

 黄色地に、缶コーヒーにしては珍しい二百五十ミリ入りの缶。

 世界的大手の清涼飲料水メーカーの製品だが、みほは初めて口にしたようだ。

 

「地域限定販売の缶コーヒーなんですよ。疲れてる時は甘い物がいいですから」

「確かに甘いけど……強烈だね、これ」

「ふふ。みほお姉ちゃんでも、知らない事はまだまだあるんですね?」

「もう、梓ちゃんったら。私は戦車道しか取り柄がないんだよ?」

「それは言い過ぎですって」

 

 みほは謙遜するが、戦車道以外の成績は決して悪くはない。

 宿題も忘れずこなし、遅刻も登校途中で麻子を見かけて連れて来た時以外にはなし。

 持ち前の鈍さから体育は今ひとつだが、完璧超人過ぎるよりは欠点がある方がいいと生徒間での評判は良い。

 ちなみにその人望から次期生徒会長に、という声もあったがそれは本人が強く辞退。

 杏もそれに同意した為、その話は立ち消えになったのだが。

 

「それなら梓ちゃんの方が凄いよ。私なんかよりもいろんな事が出来るんだし」

「まだまだです。今日だって、力不足を痛感しましたから」

「ううん。隊長の資格なんて誰が決める訳じゃないから。梓ちゃんなら大丈夫」

「もう……みほお姉ちゃん、褒めても何も出ませんよ?」

 

 二人は顔を見合わせ、笑った。

 ……と。

 キューと小さな音が鳴った。

 みほが、俯いて頬を染める。

 

「みほお姉ちゃん。お腹空きました?」

「う、うん……」

「まずは帰りましょう。過労はゆっくり休むのが一番ですから。立てますか?」

「何とか……あっ」

「厳しそうですね。……どうぞ」

 

 ふらつくみほを見て、梓は背を向けて膝をつく。

 

「へ、平気だから」

「ちっともそうは見えませんから。冷えて来ましたし、遠慮しないで下さい」

「……わかった。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 みほは頷いて、その背に乗る。

 そのまま立ち上がり、梓は歩き出した。

 

「重くない?」

「軽いですよ。みほお姉ちゃん、さっきも聞きましたけどちゃんと食べてますか?」

「最近はあんまり……。食欲もなくって」

「それじゃ倒れて当たり前ですよ! ただでさえ忙しいんですから、食事と睡眠はしっかり取らないと」

「う……ごめんなさい」

「みんな、心配していましたよ?……大変なのはわかりますけど、もっと自分を大事にして下さい」

「あはは……。なんかこれじゃ、あべこべだね」

「え?」

「だって、梓ちゃんにお姉ちゃんって呼んで貰ってるのに。これじゃ梓ちゃんの方がお姉ちゃんかお母さんみたいで」

「……っ! も、もう何言ってるんですか!」

 

 真っ赤になり、そのまま駆け出す梓。

 みほは振り落とされないよう慌ててしがみつくより他なかった。

 

「ちょ、ちょっと梓ちゃん!」

「みほお姉ちゃんなんて、知りませんっ!」

 

 

 

 そして。

 

「すみません、すみません!」

「あはは……。私も悪かったから、気にしないで」

 

 調子の悪いみほを背負ったまま激走した梓。

 結果、みほは部屋につくと完全にグロッキー状態。

 ベッドに寝かせたみほを前に、梓は平謝りだった。

 

「と、とりあえず横になっていて下さい。お詫びに、何か作りますから」

「え? 梓ちゃん、料理得意なの?」

「……流石に沙織先輩のようにはいきませんけど、簡単なものでしたら」

 

 制服の上からエプロンをつけ、台所に立つ梓。

 

「お鍋とか冷蔵庫の食材とか、お借りしてもいいですか?」

「あ、うん」

「ありがとうございます。じゃ、ちょっと待ってて下さいね」

 

 その姿を見ながら、みほは微笑む。

 そして、呟いた。

 

「梓ちゃん、いいお嫁さんになれそうだね」

 

 勿論聞こえてはいないのだが……万が一聞こえていたら、更なる大惨事になっていたかも知れない。

 

 

 

「はい、どうぞ」

 

 鍋つかみを使い、土鍋を手に梓がみほのところに戻った。

 

「あ、嬉しい。お粥かな?」

「ええ。やっぱり、消化に良い物の方がいいと思って」

 

 身体を起こそうとしたみほを、梓が押し止めた。

 

「梓ちゃん?」

「横になっていて下さい」

 

 テーブルに鍋敷きを置き、その上に土鍋を載せた。

 蓋を取ると、もわっと湯気が上る。

 

「卵粥にしてみました。塩で味付けしていますから、そのまま召し上がって下さい」

「美味しそう。じゃあ、早速……」

「ですから、横になっていて下さい」

「……い、いや。そこまで大袈裟じゃないから」

「今とんすいに盛りますから」

「あ、あのね。梓ちゃん?」

 

 梓はニコニコしながらお粥をよそう。

 そしてレンゲで掬うと、

 

「フー、フー」

 

 息を吹きかけて冷まし始めた。

 流石にみほも、梓が何を考えているか理解したようだ。

 

「梓ちゃん、いいって。自分で食べられるから」

「いいえ、みほお姉ちゃんは病人なんですから。看病するのが妹の務めでしょう?」

「梓ちゃん、もしかして……怒ってる?」

「え、まさか。そんな訳ないじゃないですか、みほお姉ちゃん」

 

 笑顔のまま、梓はレンゲをみほの前に差し出した。

 

「はい、あーん」

「い、いや本当にいいから!」

「あーん」

「梓ちゃん……だから」

「あーん」

「……もう、わかりました。お姉ちゃんの負けです」

 

 観念したみほは、口を開く。

 レンゲがそっと差し込まれ、みほの口に優しい塩味が広がった。

 

「あ、美味しい」

「そうですか? 良かった」

 

 そして再び、とんすいにレンゲを戻す梓。

 

「……梓ちゃん。一応、聞くけど」

「はい。全部召し上がって下さいね、同じように」

「……やっぱり怒ってるよ」

 

 涙目になりながら、みほはひたすらお粥を食べさせられる羽目になった。

 

 

 

「それじゃ、ゆっくり休んで下さいね」

 

 後片付けを終えた梓は、みほの布団を直すと腰を上げた。

 

「うん。梓ちゃん、今日はありがとうございます」

「どういたしまして、みほお姉ちゃん」

「……ねえ、梓ちゃん」

「はい」

「……ううん、何でもない。気をつけて帰ってね?」

「ありがとうございます。あ、明日からは元通りですからね?」

「わかってるよ、大丈夫」

「……ならいいです。お休みなさい」

「うん、お休み。また明日ね」

 

 玄関で、みほは梓を見送った。

 ドアが閉まり、鍵をかけてからみほはフッと息を吐く。

 

「お粥、美味しかったな。今度、作り方教わろうかな?」

 

 今日は、ぐっすり眠れそうだ。

 みほはいい気分でベッドに向かった。

 梓の意外な一面を見られたという思いを抱きながら。




澤ちゃんはいいぞ、という事で。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 大洗・ウォーです!

長らくお待たせしました。
その間に劇場版BDが発売されたりドラマCDが出たり劇場版の興行成績がまどマギを抜いたりといろいろありましたが……遅くなりましてすみません。

あれこれ試行錯誤していましたが、劇場版BDの特典OVAから浮かんだ話です。
(ネタバレはない筈です)
なので、澤ちゃんがいつもとちょっと違うかも。

ではパンツァー・フォー!


「久しぶりの上陸だね」

「アウトレット行こうよぉ」

「さんせー!」

 

 大洗港接岸を目前にして、大洗女子学園の生徒達は一様にテンションを上げていた。

 その中でも人一倍元気なのが、ウサギさんチームの六名。

 チームこそ分かれてしまったが、その関係には何の変化もない。

 あやに優季、桂利奈は上陸後の予定で盛り上がっていた。

 

「梓。どこ行こっか?」

「そうだね、どうしようか」

「…………」

「え? きんつば食べたいって?」

「紗希はきんつば好きだからね。じゃあ……」

 

 と、そこにみほが姿を見せた。

 

「梓ちゃん。ちょっといい?」

「はい。何でしょう、西住隊長」

「実はね、お願いがあって」

「私にですか?」

「うん」

 

 みほの頼みとあれば、梓に否という選択肢はあり得ない。

 親友達とショッピングに行けなくなる申し訳なさや残念さを押し隠し、梓は頷いた。

 

 

 

「西住隊長……まさか」

「うん、そのまさかなんだよね」

 

 一足先に連絡艇で上陸した先には、思わぬ待ち人がいた。

 

「みほさん、わざわざありがとう」

「ううん、待たせちゃったかな?」

「あ、あなたは……」

 

 梓でなくても驚いたに違いない。

 戦車道大学選抜チーム隊長にして、島田流家元の娘である愛里寿がそこにいたのだから。

 無論制服ではなく私服姿で、ボコのぬいぐるみを抱いていた。

 

「西住隊長。これはどういう事ですか?」

「私からお願いしたの。みほさんは悪くないから」

「待って、愛里寿ちゃん。……梓ちゃん、まずこの事は誰にも言わないで欲しいの」

「ハァ、言える訳ないじゃないですか。大騒ぎになっちゃいますよ」

「ありがとう。でね、今日は愛里寿ちゃんに大洗を案内してあげようと思って」

「……?」

 

 首を傾げる梓。

 梓は隣町のひたちなか出身、大洗の事もみほよりは遥かに詳しい。

 が、大洗には愛里寿の年頃で喜びそうな施設があるとは思わなかった。

 アクアワールドはあるが、市街地からは離れているしそもそも愛里寿が行きたがるかどうかはわからない。

 食のレベルは高いが、梓から見て愛里寿は食い意地が張っているようにも見えない。

 

「梓ちゃんなら大洗も詳しいでしょう? それに、どうしても愛里寿ちゃんと行きたい場所があって」

「そりゃまぁ……。でも、何処へ?」

「ボコミュージアム」

 

 即答する愛里寿。

 

「ボコミュージアム……ですか?」

「うん! 楽しかったよね、愛里寿ちゃん!」

「……うん。楽しかった」

「……ありましたっけ? 大洗にそんな施設」

「あるよ、知らないの? 海岸沿いに走っていったところだけど」

 

 顔を見合わせるみほと愛里寿。

 二人が揃って梓を担ぐ訳もなく、そもそも梓は愛里寿とは直接面識もない。

 となれば、梓が知らないだけという事になる。

 流石に梓も、大洗の隅々までを知り尽くしている訳ではなく。

 

「……すみません。どうやら、私の知らない場所のようです」

「あはは、私も知らなかったからね。タクシーで行こっか?」

 

 大洗港からは歩いて行くには少々遠い立地らしい。

 愛里寿が以前訪れた時も、大洗駅からタクシーを使ったとか。

 となれば、詳細な場所を聞いてもわかりそうにもない。

 

「……そうしましょう」

 

 後で、大洗出身の紗希に改めて聞いておこうと思う梓だった。

 

 

 

「うわぁ、綺麗になったね!」

「母上が、スポンサーになってくれたから」

 

 目の前に、真新しい外装の建物がそびえていた。

 みほと愛里寿に言わせると、以前はまるで幽霊屋敷かと思うぐらいボロボロだったらしい。

 無論ボコそのものが目当ての二人は気にしなかったようだが、実際赤字で廃館間近だったとも。

 それだけ入館者数も少なく、知名度のない施設だった事になる。

 梓が知らないのも無理はなかったという訳だ。

 

「本当はね、あの試合に勝ったらって条件だったの」

「え……?」

「勘違いしないで欲しいの。私もあんな条件で試合をやれって言われて面白くはなかった。でも、それを聞かされたのは引き受けた後で」

「もういいの、愛里寿ちゃん。ね、梓ちゃん?」

「……はい」

 

 頷く梓。

 

「確かに、試合の条件を聞かされた時はあまりの事に驚きました。でも、それは全て文科省の指示だった訳ですよね?」

「そう。普段の私達はシャーマンで戦うし、カール自走臼砲とかT28まで用意されてるなんて思わなかったから」

「それなら仕方ないですよ。……そんな状況でも、西住隊長は諦めなかった。だから私達は戦えたんです。それに、他校の皆さんが来てくれましたから」

「……うん。見ていて、ちょっと羨ましかった。みほさん、友達たくさんいるんだなって」

「友達……?」

「そうでしょう? 困っているみほさんを助けようって、あんなに大勢が駆けつけたんだよ?」

「愛里寿ちゃん……」

「私、飛び級したせいで友達があんまりいないから。だから……いいなって」

「それなら、私とお友達になろう?」

 

 そう言って、愛里寿の手を取るみほ。

 

「……いいの? 私、みほさんとこれからも戦いたいのに」

「戦車道には、敵だから仲良くしちゃいけないなんてルールはないよ? それを言ったらカチューシャさんやケイさん、ダージリンさんもお友達じゃなくなっちゃうもん」

「みほさん……。ありがとう」

 

 目を潤ませる愛里寿。

 

「そうだ。梓ちゃんもお友達になってあげて」

「私、ですか?」

「うん。お友達は多い方が楽しいでしょ?」

「それはそうですが……。その、愛里寿さんは」

「私は構わない。友達になってくれるなら、嬉しい」

 

 目を逸らしながら呟く愛里寿に、梓の中で何かが弾けた。

 

「よ、喜んで!」

「ほ、本当に?」

「はい! あ、私は澤梓です、改めて宜しくお願いします」

「……ありがとう。じゃあ、敬語は要らないから。私、年下だしあなたの隊長でもないから」

「え? い、いいの?」

「うん、好きなように呼んで欲しい」

「……じ、じゃあ愛里寿ちゃん……?」

「うん! あなたの事はどう呼んだらいい?」

 

 梓は少し考えてから、顔を赤らめた。

 

「……もし、良かったら。梓先輩、って呼んでくれる?」

「……梓先輩」

「キャー! 愛里寿ちゃん、可愛い!」

 

 そのまま愛里寿に抱きつき、頬擦りを始めてしまった。

 

「あ、梓先輩。苦しいったら」

「あはは……。まさかこんな展開になるとは思わなかったよ」

 

 梓のささやかな暴走は、騒ぎに何事かとミュージアム職員が出てくるまで続いた。

 その後暫く、我に返った梓が小さくなっていたのは言うまでもない。

 

 

 

「このおだんご、美味しい!」

 

 ミュージアムを堪能した二人を連れ、梓は商店街へとやって来た。

 その中に、大洗名物のだんごを出す店がある。

 持ち帰りも可能だが、やはり出来立てが一番と店の常連が口を揃える。

 

「試合で通った場所に、こんなお店があるなんて知らなかったよ」

「試合中はお店が閉まりますし、第一そんな余裕はないですからね」

 

 梓の前で、みほと愛里寿が幸せそうにだんごを頬張っている。

 

「愛里寿ちゃん、ゆっくり食べてね?」

「うん、梓先輩!」

「梓先輩……はぁ、いいなぁやっぱり」

「梓ちゃん、顔が緩み過ぎだよ」

「そ、そんな事……はわぁ」

 

 みほに言われて表情を引き締めようとするが、結局愛里寿を見て元に戻ってしまう梓。

 

「愛里寿ちゃん。何か食べたいものある? 大洗はね、美味しいお店がたくさんあるんだよ」

「すぐにはいらないけど……何でもあるの?」

「世界中の料理全部は流石に無理だけど……。言ってくれたら見つかるかも」

 

 愛里寿は少し考えてから、上目遣いで梓を見た。

 また頬擦りしたくなるのを必死に抑える梓。

 

「何でもいいの?」

「言ってみて。探してみるから」

「本当?……じゃあ、目玉焼きハンバーグ」

「ハンバーグ? じゃあ洋食屋さんかな……」

 

 洋食を出す店もいくつかあるが、梓には心当たりがない。

 が、期待に満ちた愛里寿の顔を見るとそうも言えない。

 沙織のようにはいかないが、最悪自分で作ろうかと思い始めた。

 ……と。

 

「お嬢ちゃん。ハンバーグが好きなのかい?」

 

 だんご屋のおばさんが声をかけてきた。

 愛里寿がすかさず頷く。

 

「うん、好き」

「なら、この店行ってみな。出してくれる筈だよ」

 

 そう言って、おばさんは住所を書いたメモを差し出した。

 

「ちょっと歩くけど、それだけの価値はあるからさ」

「あ、ありがとうございます!」

「いいって。ゆっくり食べて行きなよ、お茶も飲みな」

 

 おばさんはそう言いながら、奥へと入って行った。

 

「良かったね、愛里寿ちゃん」

「うん。あ、でも梓先輩のお勧めがあるのならそっちでも」

「いいって、折角おばさんが教えてくれたんだし。行ってみようよ」

「そう……そうだね」

 

 ふと、梓はみほが自分を見ている事に気づいた。

 

「西住隊長……?」

「梓ちゃん、完全にお母さん状態だよ?」

「え? そ、そんな事ないと思いますけど」

「否定できる?」

「そ、それは……」

「ちょっと意外。私だけじゃ心配だからついてきて貰ったのに、まさか梓ちゃんの方が愛里寿ちゃんと仲良しになるなんて」

「す、すみません……」

「あ、別に責めてるんじゃないの。二人が気まずい思いをしなくて良かったな、って。ただ……」

「ただ?」

「ちょっとだけ妬けちゃうかな。ちょっとだけね」

 

 愛里寿はそんなみほを見て、梓にだけ聞こえるようにそっと呟いた。

 

「みほさん、怒ってないよね?」

「多分、ね」

「あーっ! 二人で内緒話なんてヒドいよ!」

 

 今度こそ頬を膨らませるみほに、顔を見合わせて笑う梓と愛里寿だった。

 

 

 

「はい、お待たせ。目玉焼きハンバーグとイチゴジュースセットね」

 

 三人は教えられた店を訪れ、テーブルについていた。

 決して広い店内ではないが、気のいいおばさんが切り盛りしていた。

 目玉焼きハンバーグはメニューにはなかったが、みほの顔を見て作るよと快諾。

 流石大洗一の有名人と、梓は感心するばかりだった。

 

 皿には大きめのハンバーグに、堅焼きにしたハート型の目玉焼きが載せられていた。

 その横には、豪快にジョッキに注がれた果汁百パーセントのイチゴジュース。

 かなりのボリュームだが、三人は歓声を上げていた。

 

「じゃ、食べようか?」

「うん、いただきます!」

 

 ナイフとフォークを器用に操り、愛里寿はハンバーグを一口。

 その顔が、パッと輝く。

 

「美味しいよ、これ!」

 

 その様子に見惚れていたみほと梓も、ハンバーグに手をつけ始めた。

 そして、

 

「本当だ! 美味しい!」

「ですね!」

 

 そのまま三人揃って、夢中で食べ始めた。

 愛里寿はイチゴジュースが気になるのか、一度フォークを置くとジョッキを手に取った。

 なみなみと注がれたそれを、ちょっとずつ飲み始めた。

 

「イチゴジュースも美味しい。こんなに濃厚なの、初めてかも」

「うちのは完熟イチゴばかりを集めて作ってるからね。手間かかってるんだよ?」

 

 冗談めかして話す店のおばさんだが、味には自信があるのだろう。

 美味しい美味しいを連発する三人をニコニコと見ている。

 みほも梓も、ハンバーグを綺麗に平らげてからイチゴジュースを堪能したのは言うまでもない。

 

 

 

「今日は、本当にありがとう。みほさん、梓先輩」

 

 夕方。

 みほと梓は、大洗駅にいた。

 無論、愛里寿の見送りである。

 

「こちらこそ、楽しかったよ。また遊ぼうね、愛里寿ちゃん」

「うん!……梓先輩も、また」

「あ、あのね……愛里寿ちゃん」

「うん?」

 

 小首を傾げる愛里寿。

 

「ゴメンね。初対面同然なのに……その……」

「どうしたの?」

「先輩って呼ばせちゃったり、抱きついちゃったりして……。本当に、ごめんなさい!」

 

 梓は、勢い良く頭を下げた。

 あまりの事に、みほも愛里寿も目を丸くしている。

 

「いいの。私は気にしてないし、楽しかったから」

「……で、でも。それに、西住隊長にまでご迷惑を」

「梓ちゃん。私も楽しかったし、愛里寿ちゃんもそう言ってるじゃない」

「……じゃあ。あ、あのね。梓先輩は……西住隊長と一緒か、二人だけの時でいいからね」

「そう? 私は構わないけど」

「そ、それは嬉しいんだけど……ね?」

「わかった。なら、普段は梓さんって呼ぶね」

 

 そして、愛里寿は時計を見た。

 

「そろそろ行くね。じゃ、バイバイ」

 

 手を振り、愛里寿はホームへと駆けて行った。

 

「行っちゃったね」

「はい。……あの、今日は」

「もうその話はおしまい。ね?」

「……そう仰せなら」

「ふふ、梓ちゃんやっぱ可愛いね」

「も、もーっ! いきなり何言い出すんですか!」

 

 笑いながら、駆け出すみほ。

 その後を追って駅を出た梓は、いきなり行く手を塞がれた。

 

「あ~ずさ」

「これはこれは、梓先輩」

「にひひー。みーちゃった」

「梓も、隅に置けないわねぇ~」

「あゆみ、あや? みんなもどうして此処に?」

 

 たじろぐ梓の前に、紗希が立った。

 

「紗希が大洗出身だって事、忘れた訳じゃないよね?」

「そういう事。西住隊長が梓だけをコソコソ連れて行ったから怪しいなぁって」

「だからね、紗希ちゃんが行き先を推理して先回り!」

「そうなの~。だからじ~っくり話を聞かせて欲しいよ、梓先輩」

「……な、何でこうなるのよ! もーっ!」

 

 抵抗も虚しく、連行される梓。

 月明かりが、そんな大洗の街を柔らかく照らし始めた。




気がついたら暴走する澤ちゃんが。
でもいいのです、可愛さは正義!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 表敬訪問します!

お待たせしました、続きです。
ドラマCDの前に途中まで書いていた話だったのですが、聴いてしまってお蔵入りに。
……しようと思っていたのですが、やっぱり出します。

では、パンツァー・フォー!


「他校の表敬訪問……ですか?」

「うん。以前ね、私達も会長から言われてやった事があったのは覚えてる?」

 

 練習後、梓はみほに呼び止められた。

 そして、表敬訪問に行く事を頼まれていた。

 梓は記憶を手繰り、思い出した。

 

「はい。確かあの時は、あんこうチームのみなさんが別々に行かれたような。西住隊長は黒森峰でしたよね?」

「そう。私が黒森峰に行っても大丈夫かな、って思ったけど……。でも、行って良かったって思えたよ」

「それで、今回は私が?」

「うん。いい経験になると思うし、これからは梓ちゃんが他校のみなさんと遣り取りする機会も増えるから。忙しいとは思うけど、お願い出来るかな?」

「いえ、それなら喜んでお引き受けします。それで、どちらへ伺えば宜しいのでしょうか?」

「……実はね、知波単学園の西さんから招待があったの。梓ちゃんをご指名でね」

「わ、私をですか?」

 

 驚く梓。

 自分が指名される理由が思い当たらなかった。

 みほは隊長として交流はあり、他に招かれるならば共闘した縁で典子あたりというならわかる。

 梓も面識が全くないとまでは言わないにしても、やはり戸惑いしかない。

 

「それで、招待されたのは私だけなんですか?」

「そうみたい。誰かと一緒に行きたいのなら聞いてみるけど」

「……いえ、大丈夫です。大洗女子学園を代表して行って来ます」

「よろしくね。ただ、あんまり気負わなくてもいいからね?」

「……あ。はい」

 

 

 

 学園艦は当然だが、洋上を航行可能である。

 あまりに巨艦である為航路や寄港出来る場所こそ限定されてしまうが、それでも便利である事に変わりはない。

 今回も、それが活かされる事となった。

 互いが視認できるぐらいの距離まで、大洗女子学園と知波単学園の学園艦は接近。

 

「澤さん、着艦しますのでしっかり掴まっていて下さい」

「は、はい!」

 

 想像していたよりはスムーズに、機体は知波単学園艦に着艦した。

 航空母艦をモチーフにしているだけあり、学園艦の甲板はかなり丈夫な構造になっている。

 C-5M(スーパーギャラクシー)ですら発着艦が可能なぐらいなので、学園艦同士の連絡に航空機を使う事は珍しくない。

 今回も招待したのだからと、絹代自ら連絡機を操縦して迎えに来た。

 三式指揮連絡機、通称三連。

 低速ながらも優秀な機体で、旧日本陸軍の車両を保有する知波単学園ならあっても不思議はない。

 当然ながら、見送りに来た優花里は目を輝かせて羨ましがった。

 絹代の操縦は完璧で、短いフライトながら梓は上空からの景色を楽しむ余裕があった。

 STOL性を持つ機体だけに、着艦して程なく静止。

 その横に、知波単学園戦車道隊員達が一列に並んで梓を出迎えた。

 

「ようこそ、知波単学園へ。一同、敬礼!」

 

 福田の号令で、居並ぶ隊員が見事に揃った敬礼を見せた。

 

「こ、こんにちは。本日はお招きありがとうございます」

 

 ややぎこちない笑顔で、梓は答えた。

 

「さ、此方へ。まずはお休み下さい」

「は、はい!」

 

 絹代の先導で、梓は学園の中へ。

 サンダース大付属や黒森峰には及ばないが、知波単学園もなかなかに裕福な学校である。

 そうでもなければ、あれだけ大量に九七式中戦車(チハ)を保有出来たりはしない。

 それを証明するかのように、学園の敷地は広大で和風の校舎は風格に満ちていた。

 梓は圧倒されながら、絹代について行く。

 校庭の一角は見事な日本庭園になっていて、その中には茶室が設けられていた。

 

「さ、どうぞ」

 

 出入り口が開けられ、梓は一礼してから中へ。

 後から福田が続く。

 

「では、支度をして参りますので。福田、頼むぞ」

「了解であります!」

 

 梓は物珍しそうに、室内を見回す。

 

「澤殿! 此方へ」

「あ、はい」

 

 作法がわからないので、とりあえず正座する梓。

 福田は隣に座ると、戦車帽を脱いだ。

 梓はおや、という顔になる。

 

「澤殿。如何なされたのでありますか?」

「あ、すみません。福田さんが帽子を脱いだところを初めて見たような気がしまして」

「そうでありましたか。髪型が気になるのではありませんか?」

「……え。えっと……」

「構いませんよ。みなさん、同じ事を仰せになられますから」

 

 おさげは戦闘帽からも見えるが、何と言っても天辺が平らになっているのが福田の特徴だった。

 

「これを被ると、どうしてもぺったんこになるのであります。それで、最初からこのような髪型に」

「そうでしたか。でも、何も被らない車長の方も多いようですが……どうして福田さんはそれを?」

「はい。実は……」

 

 福田がそう言いかけた時。

 

「お待たせして申し訳ありません」

 

 絹代が、和装に着替えて入ってきた。

 普段の制服やパンツァージャケットのような凛々しさは影を潜め、大和撫子らしい和服美人がそこにいた。

 あまりの完璧さに、梓は見惚れてしまう。

 普段あまりにも突撃ばかりしているせいで誤解されがちだが、絹代は戦車だけの無骨な少女ではない。

 茶道や華道、いろいろな日本の伝統芸能に通じているという一面を持つ。

 無論華のような家元とは比較にならないが、それでも一流にこなす事は確かだった。

 

「澤さん。どうかなさいましたか?」

「……あ。い、いえ! 何でもありません!」

「それならば宜しいのですが。あ、どうぞ寛いで下さい。正式な茶席ではありませんから」

 

 微笑む絹代。

 笑顔も素敵だなぁ、と思いながらも梓は気が休まりはしない。

 絹代はああ言ったが、この雰囲気はやはり独特のものがある。

 福田は砕けるようなタイプではなく、梓も大洗女子学園を代表して来ている以上無様な姿を見せる訳にはいかない。

 ……おまけに、慣れない正座で足が痺れ始めていた。

 その間にも絹代は優雅に茶を立て始めていた。

 

(えっと、確か茶碗を回して少しずついただくんだっけ。あ、懐紙持ってない……)

 

 一人パニックになりながらも、どうにか取り繕う梓だった。

 

 

 

「第一中隊、進め!」

「第二中隊、負けるな! 押し返せ!」

 

 お茶をいただいた後で、梓は演習場に案内された。

 二十両の九七式中戦車(チハ)同士がぶつかり合う光景は、なかなかに壮観だった。

 

 突撃ばかりしているイメージが先行してしまっているせいもあり、知波単学園は弱いと思われがちだ。

 が、その実力は決して低くない。

 旧日本陸軍の戦車は、歩兵支援を目的として設計されたものが多い。

 戦車砲の威力が弱いという事もあり、どうしても接近戦を挑まざるを得ないという事情もある。

 それにいくら車両数が多いとはいえ、練度が低ければ全国大会の常連校になどなれはしない。

 日々の訓練も生易しいものではなく、その点ではサンダース大付属や聖グロにすら引けを取らないというのが専らの評価だったりする。

 梓も話には聞いていたが、目の当たりにしてそれを実感していた。

 

「一糸乱れず、ですねまさに」

「我が校は果敢に攻め、突撃で一気に勝負を決めるのが伝統ですからね」

 

 絹代の言葉に頷く梓。

 戦車のスペックで見劣りする分は、練度と勇敢さでカバーするという方針なのだろう。

 仮に大洗女子学園チームが全車両八九式だったとしたら、やはり同じような感じになるのかも知れない。

 もっとも、みほならばそう単純には戦術を組み立てはしないだろうが。

 梓がそんな事を考えていると、隣に立つ絹代が一歩前に出て振り向いた。

 

「澤さん。もし良ければ、九七式中戦車(チハ)に乗ってみませんか?」

「え、いいんですか?」

「勿論ですとも。澤さんは聞くところによると、色々な戦車の操縦を覚えているとか」

「え、ええ……まぁ一応は」

「それならば、是非九七式中戦車(チハ)も操縦してみていただきたい。福田、同乗いいか?」

「はい、勿論であります!」

 

 後ろに控えていた福田が、絹代に向かって敬礼をする。

 

「お前は砲手をやれ。私が指揮を執る」

「了解であります!」

 

 梓は、事の成り行きに顔が青ざめていく。

 

「ち、ちょっと待って下さい!」

「澤さん、何か?」

「何かじゃありませんよ。乗ってみるというのは、動かすだけじゃ……」

「何事も実践ですよ、澤さん。それとも、私が車長では不服ですか?」

「め、滅相もない!」

「ならば問題ないでしょう。今、予備車を此方に回しますので」

 

 どんどん話が進んで行くのを、梓はただ呆然と見ているしかなかった。

 梓は学園間交流で来たに過ぎないのだが、客扱いとしても何かがおかしい。

 そうは思うが、絹代は悪巧みをするような人物ではない。

 福田も隊長命令だからと唯々諾々と従うばかりではなさそうだというのが、大学選抜戦で共闘した典子らの評価だった。

 となれば、福田は予め何かを言い含められているのか。

 それとも、絹代の意を汲んでの事なのか。

 如何に鋭い洞察力を持つ梓といえども、そこまでは読めなかった。

 だが、少なくとも悪い話ではない。

 梓がいろいろな戦車の操縦を覚えようとしているのは事実であり、大洗にはない九七式中戦車(チハ)を動かせる絶好の機会には違いない。

 対戦相手となった際に対策を講じる材料になるかも、という打算もなくはない。

 もっとも、梓の場合はそれは頭の片隅にある程度。

 純粋に、未知の車両を操縦出来るという期待感が圧倒的だった。

 唐突な申し出に対する戸惑いは消えないが、梓には辞退という選択肢は既に思い浮かばなかった。

 

「西さん。着替えたいのですが、宜しいでしょうか?」

「確かに制服では汚れてしまいますね。では、我が校の戦車服をご用意しましょう」

「いえ、大丈夫です。着替えは持ってきていますから」

「では、大洗の戦車服を?」

「はい。更衣室をお借り出来ますか?」

「勿論です。福田」

「はい、ご案内するであります!」

 

 梓は福田について歩き出す。

 絹代はそれを見送りながら、一頻り頷いた。

 

「常在戦場、か。流石はあの西住さんが片腕と頼む人材……いや、後継者候補だな」

「西殿? 何か仰せになりましたか?」

 

 九七式中戦車(チハ)を操縦してきた隊員が、絹代の呟きに怪訝な顔をした。

 

「いや、何でもない。それより、整備は万全だろうな?」

「はい。試験走行でも快調でした」

「よし。故障で動けなくなるなどという醜態は晒せないからな」

 

 そう言って、絹代は車体を撫でた。

 

 

 

 大洗のパンツァー・ジャケットに身を包んだ梓は、必然的に注目の的になる。

 その視線に一瞬たじろぎそうになるも、自分に活を入れて絹代の前に立った。

 

「お待たせしました」

「いえ。では、中へどうぞ」

「はい」

 

 九七式中戦車(チハ)は本来、四名乗り。

 車長と操縦手の他に、砲手兼装填手と無線手兼機銃手となる。

 梓が車内に入ると、無線手の姿が見えなかった。

 

「今回は通信手は私が兼任します。よって、三名での運用となります」

「わかりました。福田さん、改めてよろしくお願いしますね」

「こちらこそご指導ご鞭撻の程、お願いするであります!」

「あはは……。お手柔らかに」

 

 いつもと変わらない福田の態度に苦笑しながら、梓は操縦席に座る。

 

「河西さんに教わったのが役に立つかも……あ、これかな?」

 

 計器とレバーを確認していく梓。

 今日の日を予想していた訳ではないのだろうが、彼女は忍に八九式中戦車の操縦も教わっていた。

 アヒルさんチーム自体は動かす事はないとしても、自チームの車両は一通り把握しておきたいという探究心からだった。

 忍も同学年ながら副隊長の責務を果たそうと懸命な梓に協力的で、実際に梓に操縦レバーを握らせた事もある。

 全く同一という訳にはいかずとも、基本的に同じ国の同じ軍隊が使用していた車両。

 共通点もあり、梓は何とかなりそうだと思った。

 

「西さん、準備オーケーです。最初はちょっとガタつくかも知れませんけど」

「構いませんよ。では、前進!」

 

(パンツァー・フォーに慣れちゃってるから、どうもしっくりこないなぁ)

 

 内心でそう思いながらも、梓はギアを入れる。

 ガクンと揺れ、九七式中戦車(チハ)は動き出した。

 静音とは無縁の車両ばかり見てきているとはいえ、九七式中戦車(チハ)のエンジン音はまさに騒音だった。

 梓は閉口しながらも、必死に車両を操ろうとする。

 

「澤さん、本当に九七式中戦車(チハ)は初めてなのですか?」

「そうです、西さん!」

 

 インカムがあるとはいえ、エンジン音のせいでどうしても大声になってしまう。

 

「あまりにも慣れているので驚きました。そう思わないか、福田?」

「はい、西隊長! 操縦では私も敵いそうにありません」

「まぁ、仕方ないだろう。お前はずっと車長ばかりやっていたのだからな」

「……ですが、澤殿も私と同じ車長です」

 

 福田の言葉に絹代は答えず、ハッチから身を乗り出し前方を見据えた。

 

「澤さん、もう普通に走らせる感じですか?」

「は、はい。何とか!」

「では、このまま直進して下さい。射爆場へ向かいます」

「了解です!」

 

 

 

「……凄い」

 

 大洗女子学園よりも大規模な射爆場で、梓は絹代の指示で急停止と急発進を繰り返していた。

 最初は梓の腕前を試しているのかと思ったが、そうでない事がすぐにわかった。

 

「撃て!」

「はい!」

 

 九七式中戦車(チハ)は主砲が五十七ミリまたは四十七ミリであり、砲弾も軽い。

 その為砲手が装填手を兼ねる事になり、今は福田がその役目を担っている。

 いくら砲弾が軽量とはいえ、両方を素早く正確にこなすのがどれだけ難しいか……それは梓にもわかる。

 梓が感心したのは、その福田が放った砲弾がかなりの精度で的に命中した事だった。

 行進間射撃よりも命中率が上がるとはいえ、急制動をかけたタイミングでの発砲は早すぎれば車体の動揺があり狙いが逸れてしまう。

 かと言ってあまりに遅ければ、今度は敵のいい的になってしまう。

 カバさんチームがそれで苦労していた事を知っているだけに、福田の技量には梓も舌を巻いた。

 演習場を一周りし、梓らは元の地点へと戻った。

 

 

 

 夕方になり、再び絹代が三連で梓を大洗女子学園学園艦まで送り届ける事となった。

 今度は福田も一緒だった。

 空に上がり、梓はインカムで話しかける。

 

「福田さん。確か、車長の経験しかなかったと仰せでしたよね?」

「そうであります! 砲手は西隊長からの指示で、最近になって専念する機会をいただいているのであります」

「凄いじゃないですか。本当にそう思います」

「そ、そうでありますか……?」

「はい」

「……ありがとうございます! 尊敬する澤殿からそう仰っていただけるとは、光栄であります!」

 

 そう言って、福田は座ったまま頭を下げた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 尊敬ってなんですか?」

「言葉通りですよ、澤さん。福田にとって、貴女は憧れであり目標なんです」

「え……」

 

 絹代の言葉に、頭が真っ白になる梓。

 みほならともかく、何故自分なのか。

 彼女には思い当たる事がない以上、唐突にそう言われても混乱するばかりなのは当然だろう。

 絹代は操縦しながら、続けた。

 

「澤さんは、二学期に入ってすぐ副隊長に任じられたと伺いました」

「は、はい……」

「それも、あの西住さん直々の指名。きっと歴戦の勇士なのだろうと思い、勝手ながら経歴を調べさせていただきました」

「…………」

「戦車道は全くの未経験だったと知り、驚きました。冷静な判断力やリーダーシップは天性のものかも知れませんが、それにしても素晴らしいとしか言いようがありません」

「そ、そんな……」

「西住さんは伊達や酔狂で人を選んだりはしません。それは、一緒に戦った私にはわかります」

「……はい」

「だから、福田の言葉は大袈裟でも何でもないのですよ。そうだろう、福田?」

「はい、西隊長!……澤殿、どうかこれからもご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます」

「わ、私こそ。まだまだ未熟者ですが、どうぞ宜しくお願いします」

 

 福田と梓の反応に、絹代は満足気に頷いた。

 

「おっと、そろそろ着艦ですね。しっかり掴まっていて下さい!」

 

 

 

「澤さん、今日はありがとうございました!」

「それでは、失礼するであります!」

「いえ、此方こそお世話になりました」

 

 絹代と福田は梓を降ろし、すぐに機上の人となった。

 

「あ、澤殿!」

「はい?」

「先程のご質問に答えていませんでした。この戦車帽でありますが、西隊長から頂いたものでありまして。……私の、宝物であります」

「そうでしたか。それなら、いつも被っていて当然ですね」

「はい!」

「さて、行くか。では澤さん、またいずれ!」

 

 絹代はそう言うと、滑走を始めた。

 

「澤殿! 是非お手合わせ願いたいであります!」

「はい、此方こそ!」

 

 福田と梓は、互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。

 小さくなる機影を見ながら、梓は笑みを湛えていた。

 

「……もっと、頑張らなきゃね」

 

 そう、独りごちながら。




立川極爆TV版一気上映、瞬殺されてしまいました。
観たかったです……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 次世代同士です!

本日はオレンジペコの誕生日という事で。
二人をメインにした話です。

オレンジペコ、ハッピーバースデー♪


7/13
時系列的にわかりにくいというご指摘をいただいたので、14話の前に移動させました。
誤字修正しました。


「皆様、ごきげんよう」

「本日は、お招きありがとうございます」

 

 ダージリンとオレンジペコが、大洗女子学園へとやって来た。

 

「此方こそ、お越しいただいて本当にありがとうございます」

「では、ご案内しますね」

 

 出迎えたのは、華と梓。

 以前華が聖グロを訪問した際に、今度はダージリン達を招待するという約束を交わしていた。

 それならばと、みほが華に対応を任せる事にした。

 ……というよりも、これからの事を話す為にみほは実家に戻っている最中である。

 しほはもう勘当するつもりもないようだが、未だにすれ違ったままは良くないとみほも考えたらしい。

 優花里や沙織は心配して付き添いを申し出たが、みほはそれを丁重に断った。

 これは家族の問題であり、自分一人でやらなくてはいけないと。

 梓が華に付き添っているのは、聖グロの前隊長と現隊長が来ているのにみほの代理である自分が出ない訳にもいかない……という判断からだった。

 

「オレンジペコさん、改めて隊長就任おめでとうございます」

「ありがとうございます、五十鈴さん。それから、先日は失礼しました。澤さん」

「いえ、此方こそ」

 

 オレンジペコと梓は、今までに接点がなかった訳ではない。

 研修会で顔を合わせたのは勿論だが、梓は大洗女子学園戦車道チームの初期メンバーであり全ての試合に参加している。

 一方のオレンジペコはずっとチャーチルの装填手であり、練習試合からずっとダージリンと共に大洗女子学園の試合を見ている。

 当然、互いにその存在は認識している。

 大学選抜戦では同じチームで戦うという機会も得ていた。

 ……が。

 不思議なぐらいにこの二人、直接会話をする事がなかった。

 避けていた訳でもなく、これといって因縁がある訳でもない。

 ではこれからもそのままでいいかと言われれば、否。

 片や名門校チームの新隊長、片や全国一を達成した強豪校の新副隊長。

 しかも、どちらも一年生。

 間違いなく次代を担う存在であり、少なくとも約二年間はライバル同士となるのは必定。

 その事は、二人共理解していた。

 ……とはいえ、いきなり会話の糸口が見つかる訳でもないらしい。

 華とダージリンもその事には気づいたようだが、何も言おうとはしない。

 互いに顔を見合わせて、頷いただけだった。

 

「ではわたくし、着替えて参りますわ」

「あら、華さん。もしや、和服ですか? わたくし、興味がありますの」

「それなら、ダージリンさんも是非試着してみて下さい。予備がありますから」

「まあ、嬉しい。じゃあペコ、ちょっと行ってくるわね」

「え? あ、はい」

 

 華とダージリンは、連れ立って校舎へと入って行った。

 後に残された二人は、横目で互いを見た。

 

「……あ、あの」

「あ、あのっ!」

「あ、すみません。オレンジペコさんからどうぞ」

「いえ、澤さんこそお先にどうぞ」

 

 思わず同時に話し出す二人。

 そして、再び沈黙。

 このままでは埒が明かないと思ったか、ややあって梓から切り出した。

 

「オレンジペコさんは、いつもダージリンさんに紅茶を入れていると伺いましたが」

「あ、はい。ダージリン様とアッサム様にはいつも私が」

「そうなんですね。では、もう完璧にこなせるんでしょうね」

「完璧かどうかはわかりませんけど、少なくともお二人には喜んでいただいていますから」

「それなら凄いじゃないですか。私、本格的な紅茶って飲んだ事がなくって」

「そうでしたか。もし宜しければ今度、ご馳走しましょうか?」

「本当ですか、是非!」

「お安い御用ですよ。紅茶と一口に言ってもいろいろな種類がありますから、飲み比べるのも楽しいと思いますよ?」

 

 そう言って、ニッコリ笑うオレンジペコ。

 

「でも、ちょっと安心しました」

「何がですか?」

「澤さんですよ。真面目な方と聞いていたので、どうお話しようかと思っていたのですが」

「すみません。それぐらいしか取り柄がなくって」

「ふふ、それも噂通りですね。ダージリン様が仰せの通りです」

「え?」

「真面目だけしかないという人に、あの西住さんが副隊長を任せたりする筈がないって事ですよ」

「そう、ですか……」

 

 梓が首を傾げていると、華とダージリンが戻ってきた。

 

「お待たせしました」

「話が弾んでいたようね、ペコ」

「うわぁ……綺麗です」

「ダージリン様、よくお似合いです」

 

 華は緑、ダージリンは青を基調とした着物姿。

 恐らく制服の色に近いイメージを、と華が選んだのだろう。

 二人共、掛け値無しに似合っていた。

 

「では、此方へ。野天でお茶をと思いまして用意してみました」

「まあ、素敵ですわね」

 

 学園の敷地内には木立も少なくなく、その中でも校舎裏にある一角はちょっとした庭園風になっている。

 生徒たちにも人気のランチスポットになっていて、昼時になると池の畔などは争奪戦になったりもする。

 華は茶道の心得もあるので、予め席を設けてあった。

 普段から屋外での喫茶が多いダージリン達だが、イギリス風の学校なだけにこうした純和風の席は新鮮らしい。

 特にオレンジペコは、キラキラと目を輝かせていた。

 

「茶室だと作法とかいろいろと堅苦しいですけど、野天ですから楽になさって下さいね」

「お気遣いありがとうございます」

 

 いかなる時でも優雅。

 ダージリンの口癖だが、それはシチュエーションが変わっても同じらしい。

 オレンジペコもダージリンに倣い、隣りに座った。

 そして、梓もそのまた隣に。

 華はそれを確かめてから、お茶を点て始めた。

 その手つきも手馴れていて、洗練されていた。

 

「どうぞ」

「では、いただきますわ」

 

 いつもとまるで違う作法にも動じる事なく、ダージリンは茶碗を手にした。

 その様子を、オレンジペコが不安げに見ている。

 

「ペコ、大丈夫よ。華さんも仰ったでしょう?」

「は、はい」

 

 ダージリンにそうは言われたものの、オレンジペコは表情を変えずにいた。

 心なしか、身体が少し震えているようにも見えた。

 ……と。

 その手を、そっと梓が押さえた。

 

「……澤さん?」

 

 梓はオレンジペコの眼を見て、そっと頷いた。

 オレンジペコもまた、フッと肩の力を抜く。

 そして、ダージリンから回された茶碗に目を向けた。

 

「それでは、頂戴します」

「はい」

 

 さっきまで震えていた手は、しっかりと治まっていた。

 

 

 

「これがT-28ですか」

「はい。プラウダ高校にもない車両みたいですね」

 

 梓はオレンジペコを連れ、倉庫にやって来た。

 華はダージリンに校内を案内する、と言って別行動となった。

 倉庫にはみほが不在で梓が接客中、という事でⅣ号とT-28が残っていた。

 勿論二両はただ遊んでいる訳ではなく、車内外では整備と点検の真っ最中。

 隊長車と副隊長車という事もあり、自動車部の作業もかなり念入りに行われていた。

 梓とオレンジペコは作業の邪魔にならないよう、少し離れた場所で立ち止まっていた。

 

「あれが新戦力なんですね」

「そうです。似た名前の重戦車じゃなくて、中戦車ですけどね」

「でも、あれは装甲は硬いですが足が遅いですし……。大洗には似合わないと思いますよ?」

「確かにそうですね。西住隊長が指揮する姿はあまり想像出来ないかも……とはいえ、あればあったで使いこなしちゃうんでしょうね」

 

 オレンジペコは、梓を見て微笑んだ。

 

「ど、どうかなさいましたか?」

「いえ、澤さんは本当にみほさんを尊敬しているんですね」

「勿論です。私、いえ私達にとって西住隊長は憧れであり目標でもありますから」

「そうですよね。その気持ち、よくわかります」

 

 フッと息を吐くオレンジペコ。

 

「私もダージリン様に憧れていますし、いつかはあんな隊長になれたらいいなと思っていました。……でも、まさかこんなに早くその機会が来てしまうとは想定外でした」

「……でしょうね。私も副隊長ですらびっくりだったのに、オレンジペコさんはそれを飛び越して隊長ですからね」

「そうなんです。引き受けてしまいましたが、今でも時々これで良かったのかなって……」

 

 オレンジペコは弱々しく笑った。

 高校日本一チームの副隊長である梓もかなりのプレッシャーを感じてはいるが、名門である聖グロリアーナ学院チーム隊長ともなれば更に大きなものであってもおかしくない。

 ダージリンの前では決して吐かないであろう弱音を、同学年の気安さからかポロリとこぼしてしまったのだろう。

 

「私は、オレンジペコさんが羨ましいって思いますよ」

「どうしてですか?……澤さんも、副隊長じゃなくて隊長になりたかったとか?」

「いえ。……私は最初からM3の車長でした。だから、西住隊長の指揮を間近で見る機会がなくて」

「でも、その代わり澤さんは車長としての経験を積めたじゃないですか。それにあと一年、みほさんの下で学べるなんて。私の方こそ羨ましいですよ?」

「それは……そうです。それでも、もっと西住隊長の指揮を直に見たくて」

「それなら、実行に移してはどうかしら?」

 

 二人が振り向くと、いつの間にかダージリンとみほが立っていた。

 

「西住隊長?」

「だ、ダージリン様?」

 

 慌てる梓とオレンジペコ。

 

「ど、どうしたんですか? 帰省なさったんじゃ……」

「その予定だったんだけどね、天候が悪くなって飛行機が欠航になっちゃったの。それに、折角ダージリンさん達が来て下さったのにいないのも失礼かなって」

「わたくし達に気を使う必要はありませんわよ、みほさん。でも、お気持ちは嬉しいわね」

「あ、あの……ダージリン様。まさか、先程の話を……」

「さあ、何の事かしら?」

「うう……絶対聞かれてしまってます」

 

 オレンジペコは、ガックリと肩を落とした。

 ダージリンは素知らぬ顔でみほを見た。

 

「どう? 貴女のところの副隊長さん、そう仰ってるけど?」

「ええと……。梓ちゃん、それなら一緒に乗ってみる?」

「……え?」

「良かったら、オレンジペコさんもご一緒に如何ですか?」

「私も……ですか?」

「はい。戦車に乗れば気も晴れますよ、きっと」

「……宜しいのですか? 次の大会で、みほさんや澤さんと戦う可能性もあるんですよ?」

 

 オレンジペコの言葉に、みほはニッコリ笑った。

 

「構いませんよ、うちは秘密するような事もあまりありませんから」

「だ、大胆ですね……。澤さんも、宜しいのですか?」

「西住隊長がああ仰せですから。私はその判断を信じるだけです」

「……そうですね。では、私もダージリン様のお言葉に従います」

 

 

 

「それでは、準備はいいですか?」

「準備万端であります!」

「こっちも準備オッケーです!」

 

 それから十数分後。

 梓とオレンジペコの姿は、Ⅳ号の車内にあった。

 優花里が操縦席、沙織が通信席に。

 そして梓は砲手、オレンジペコは装填手として。

 みほは無論、車長席にいた。

 華と麻子は所用で帰宅していた為、優花里が操縦手を任される事となった。

 彼女も操縦する機会が増えた事で、麻子には及ばないが十分走らせる事が出来るようになっていた。

 

「あの、みほさん。……私、イギリス戦車しかわからないんですが」

「知ってますよ。ダージリンさんから、たまには他国の戦車も体験させたいって言われたんですよ」

「そ、そうだったんですか。じゃあ、澤さんは?」

「私も砲手はあまり経験ないですね。操縦は自主的にやったりしてますけど」

「…………」

「大丈夫ですよ、オレンジペコさん。では、パンツァー・フォー!」

 

 みほの号令で、優花里はクラッチを踏み込む。

 

「沙織さん。練習中の各車に連絡、接触に注意するように伝えて」

「任せてよ、みぽりん!」

「優花里さん。丘陵地帯へ向かって下さい、あそこなら多少の無茶も出来ますから」

「了解であります!」

「オレンジペコさん。演習用の模擬弾ですから、慌てずゆっくりやって下さい」

「は、はい!」

「梓ちゃん、射撃の合図は此方から出します。大丈夫だよね?」

「やってみます!」

 

 オレンジペコは、みほの素早い指示に驚きを隠せないようだ。

 ダージリンはあまり事細かに指示はせず、ある程度各自に任せる傾向がある。

 ……それに、戦車に乗っていない時のみほはフワフワして頼りない印象すらある。

 それが一変し、軍神と呼ぶのに相応しい様になってしまうのだから驚くのも当然だろう。

 それを見て、梓は微笑みながら声をかけた。

 

「驚いたようですね、オレンジペコさん」

「はい。みほさんは戦車に乗るとまるで別人だとは噂に聞いていましたが」

「でも、カッコイイんですよ。そこが」

「は、はぁ……」

 

 戸惑いながらも、オレンジペコは砲弾の位置を確かめる。

 チャーチルと同じ75ミリ砲弾ではあるが、生産国が違えばいろいろな違いがある。

 砲弾の置き場所一つ取っても違うのだから面白いが、それは乗らない人間だから言える事。

 みほにはああ言われたが、真面目な彼女には言葉通りに行動するのは無理らしい。

 砲弾のストッカーから尾栓までの距離を測り、運ぶ仕草をし始めた。

 

「オレンジペコさんは、戦車に乗っていて楽しいって思う?」

 

 その最中、沙織が振り向いて話しかけてきた。

 

「楽しい、ですか?」

「そう。私ね、最初は戦車道やれば男子にモテモテになるって聞かされて始めたんだよ。……まあ、それは今のところないけど」

 

 苦笑する沙織。

 

「でもね、楽しいんだよね。みぽりんの指揮で乗る戦車って」

「じゃあ、みほさんがいなかったらどうだったと思いますか?」

「どうだろう?……やっぱ、戦車道自体知らなかったかも。それだと楽しいとかそれ以前になっちゃうね」

「は、はあ……」

「でも、今は楽しいよ? そうだよね、ゆかりん?」

「はい! 西住殿のお陰で、戦車そのものだけでなく戦車に乗る楽しみを知る事が出来ました!」

 

 オレンジペコは、梓に目を向けた。

 梓はニッコリ笑って、頷いた。

 

(楽しい……か。考えた事もなかったな)

 

 大洗女子学園は、確かに素人集団に過ぎなかった。

 車両も売れ残りばかりの寄せ集めであり、スペックも高くはない。

 いくらみほが稀代の天才であろうとも、戦車道は集団戦。

 それがいきなりの全国大会を制し、更に実力も経験も圧倒的に格上の大学選抜チームまで破った。

 単に奇跡で片付けるには、その成果は大き過ぎた。

 そうなった理由の一端を、オレンジペコは垣間見た気がした。

 

「優花里さん、あと二千メートルで停車して下さい。梓ちゃん、停車と同時に発砲! オレンジペコさん、装填宜しくお願いします!」

 

 みほの声で我に返ると、それぞれが与えられた指示に従って動いていた。

 オレンジペコも砲弾に手をかけた。

 

 

 

「今日はありがとうございました」

「此方こそ。また来て下さいね」

 

 急な搭乗訓練を終え、ダージリンとオレンジペコは帰艦する時刻となった。

 学園艦は停止し、迎えの連絡艦とタラップで繋がれた。

 みほと梓は、二人を見送りに来ていた。

 

「みほさん。宜しければ今度、練習試合を受けていただけますか?」

「はい、喜んで。いいよね、梓ちゃん?」

「勿論です」

「良かったわね、ペコ」

 

 微笑むダージリン。

 

「何か吹っ切れたようね。良い顔をしてるわ」

「そ、そうでしょうか?」

「ええ。みほさん、澤さん。ありがとう」

 

 そう言いながら、ダージリンは箱を梓に手渡した。

 

「あの、これは?」

「紅茶のセットよ。今日のお礼ね」

「い、いいんでしょうか。私は隊長では……」

「あら、次の隊長でしょう? なら、ペコのライバルじゃない。そうよね、ペコ?」

「はい。澤さん、試合では手加減しませんから」

「……わかりました。それでは、遠慮無くいただきます。ありがとうございます」

 

 ダージリンは頷くと、身を翻した。

 

「それでは、御機嫌よう」

「御機嫌よう。お世話になりました」

 

 オレンジペコも一礼し、タラップへと向かっていった。

 

「聖グロリアーナ、まだまだ強敵として立ちはだかりそうだね」

「はい。でも、負けませんから」

「ふふ、その意気だよ。梓ちゃん」

 

 みほはポン、と梓の肩を叩いた。




次はまだ書いていません。
また暫しお待ちを……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 チャレンジです!

お待たせしました。
あれやこれやと試行錯誤の末、こんな形にまとめました。
新キャラが三人追加になります、詳細はあとがきにて。
それから最後に、あのキャラが登場します。

ではパンツァー・フォー!



7/12誤字修正。


 生徒会役員選挙。

 杏の後任とあって立候補がなかなか集まらなかったが、立会演説会を経て無事に終了。

 会長以下、全ての役員が選出された。

 

「いや~、後は宜しく頼むよ」

「は、はい!」

 

 杏にバシバシ背中を叩かれた新会長は、ぎこちなく答えた。

 いろいろな意味で、杏は歴代の生徒会長の中でも傑出した存在と言えた。

 みほの存在があったとはいえ、大洗女子学園が廃校から免れたのは杏の働き抜きには語れない。

 普段は飄々としながら干し芋を食べてばかりというイメージだが、凄腕という評価は覆る事もない。

 当然、その後任ともなればかかるプレッシャーは尋常ではないだろう。

 

「西住ちゃん、澤ちゃん。新しい執行部は戦車道、やらなくて本当にいいんだね?」

「はい。兼務は大変だと思いますから」

「それよりも、私達のバックアップに徹していただいた方がいいでしょう。西住隊長と話し合って出した結論です」

「だってさ。宜しくね~」

 

 杏はそれを伝えるだけだが、大変なのは柚子と桃。

 他の役員達もそうだが、杏が実務は全て丸投げしていたお陰で引き継ぎ作業が膨大になっていた。

 彼女達も交代した以上は速やかに新体制での運営をスタートさせたいのはやまやまだが、それも暫く時間がかかるだろう。

 

「ところで西住ちゃん。新しい戦車の乗員はどうするつもり?」

「はい。実はそこが悩みどころでして」

 

 T26E1。

 大洗女子学園チームでは攻守共に随一の性能を誇る重戦車。

 まだ修復作業は終わっていないが、それを待ってからチーム編成に取り掛かるのでは戦力化が遅れてしまう。

 慣らし程度であれば暫定メンバーでも問題ないが、正式運用ともなればそうも行かない。

 とは言え、どのチームも三年生メンバーが抜けた穴はまだ埋まったとは到底言えないのが現状。

 これ以上メンバーを動かすのは好ましくない……それはみほだけでなく梓も同じ思いだった。

 だが、大洗女子学園チームは高校日本一に輝いたとは言ってもあまりにも戦車道のブランクがあり過ぎた。

 大会経験者は兎も角、それ以外ははっきり言って素人ばかり。

 その中からチーム最強の車両をいきなり任せるなど、無謀でしかないだろう。

 

「頭が痛いな、それも」

「はい。梓ちゃんと色々といい方法がないか考えてはいるんですが……」

「私も何か考えてみっか~。思いついたら教えるね」

「は、はぁ……」

「宜しくお願いします……」

 

 顔を見合わせるみほと梓だった。

 

 

 

「なかなか手応えがあるね、この子は」

 

 ナカジマが、汗を拭きながら砲塔から降りてきた。

 戦車道専用倉庫の最奥で、T26の修復作業は続けられている。

 当初はツチヤを除く三人で手がけていたが、今は一年生部員も加わり総がかりとなっていた。

 

「サンダース大付属の整備科が匙を投げた、ってのも無理はないかもね」

 

 ナカジマは、コンコンと車体を叩きながら言った。

 

「そんなに状態良くないんですか?」

「少なくとも、うちにあった子達とは比較にならないよ澤さん。外から見たらわからないけど、エンジンも足回りも一から作るのと変わらないぐらいだし」

「そ、そんなに……」

「購入資金さえあるなら、最初からM26買った方が楽だし安上がりかも知れないね。特にサンダース大付属ならお金持ちだから余計にね。それもあったんだと思うよ、ジャンクになっていたのは」

「そうでしたか……。上手い話はやっぱりありませんね」

 

 みほは思わず苦笑いしてしまう。

 

「でも、その分やり甲斐はあるかな。秋山さんをガッカリさせたくないしね」

「すみません。三年生の皆さんにご苦労おかけしてしまって」

 

 頭を下げる梓に、ナカジマは笑って手を振った。

 

「好きでやってるんだから気にしないで。試作車とはいえあのM26相当なんだから、うちにして見たら戦力になるのは間違いないだろうし」

「そうですか……。何かお手伝い出来る事はありませんか?」

「今は大丈夫かな。必要になったらお願いするかも知れないけど」

 

 と、ツチヤが車体の向こうから顔を出した。

 

「ナカジマ先輩、ちょっとこれ見て貰える?」

「オッケー。西住隊長、澤さん。じゃ、またね」

「はい、お邪魔しました」

「宜しくお願いします」

 

 作業に没頭する自動車部員を見ながら、みほは梓の肩を叩いた。

 

「行こう、梓ちゃん」

「……はい」

 

 梓は息を吐くと、みほの後を歩き始めた。

 

 

 

「練習を終わります。お疲れ様でした!」

「お疲れ様でした!」

 

 梓の号令で、全員が礼をして終了となる。

 メンバーが散っていくのを見送り、梓は踵を返す。

 そして、再びT26の前に立った。

 自動車部は他の車両の修理をしているのか、姿が見えなかった。

 梓は車体に上り、ハッチを開けた。

 塗装が乾いていないようで、強烈な石油臭が立ち込めていた。

 

「これじゃ、中には入れないな」

 

 梓は苦笑して、ハッチを元に戻した。

 自動車部がまだ作業中である以上、勝手に車内に入るのはいくら副隊長と言えども許されるものでもない。

 だが、気になるのか梓は車体のあちこちを見ていく。

 ナカジマの言う通り、外見からはもういつでも走れそうに見える。

 だが、それはいつになるのかもわからない。

 みほが焦りを感じているのは、梓にも伝わっていた。

 それだけにもどかしいが、今の大洗女子学園ではこれが限界。

 そもそもが、自動車部も他校の整備科のように戦車専門ではないのだ。

 資金も機材もなく、まともな整備マニュアルもない。

 ないない尽くしの中でベストを尽くしている以上、急かす訳にも行かない。

 特に大洗女子学園の車両は過去の経緯からマニアックなものが多い。

 日常メンテナンスだけでも手間なところに、厄介な物が増えてしまっている。

 

「……よし」

 

 梓は何かを決意すると、校舎へと向かって行った。

 

 

 

「……で、その格好をしてきたと」

「はい!」

 

 まだ暑い季節にも関わらず、梓はジャージ姿に着替えていた。

 そして、T26の前で自動車部員が戻るのを待っていた。

 

「気持ちは嬉しいんだけど、澤さんは整備の経験なんてなかったよね?」

「ありませんけど……でも、お手伝いしたいんです」

「う~ん……。どうする、ツチヤ?」

 

 ナカジマはお手上げとばかりに、ツチヤを見た。

 ツチヤもまた、困惑を隠せずにいた。

 

「前にも言ったよね? 無理するなって」

「わかっています。でも、やっぱり自動車部の皆さんにばかり負担をかけてしまっていますし。せめて、何か出来る事はないかって」

「弱ったなぁ。人手が欲しいのは確かだけど、他の一年を見ながらだと……自分の作業もあるからなぁ。その上で教えている余裕もないし」

 

 頭を掻くツチヤ。

 と、まだ真新しいツナギに身を包んだ一人が前に出てきた。

 

「あの~、ツチヤ部長」

「ん?」

「ボク達はもう大丈夫ですから、澤さんを加えてあげて貰えませんか?」

「大丈夫なの? 本当に」

「これでも、自動車部員ですから」

「……わかった。そこまで言うなら」

「ありがとうございます!」

 

 そして、梓の方を見た。

 後ろに控えていた他の二人もやって来た。

 

「ボク、一年のカタヤマです。操縦担当です」

「アタイは同じく一年のタカギ。砲手さ」

「あ、私は一年のサトウって言います。装填手よ、宜しくね」

「改めて、澤梓です。宜しくお願いします」

 

 互いに頭を下げる梓達。

 ツチヤは、梓に軍手を差し出してきた。

 

「かなり大変だし、汚れるから覚悟してね? 怪我するといけないから、これ着けて」

「ありがとうございます。頑張ります」

「ホント、怪我には注意してよね? 少しでも危ないと思ったらその場で止めさせるからね」

「はい」

 

 

 

 更に一時間後。

 

「ふう、ちょっと一息入れよう。ナカジマ先輩達も」

「そうだね」

 

 全員が、汗を拭いながら集まってきた。

 梓も軍手を外し、ポケットからハンカチを取り出した。

 ジャージもそうだが、顔もところどころ油汚れがついていた。

 

「機械油は落ちにくいからね。帰ったら念入りに洗わないと」

「そうします、ツチヤさん。ふふ」

「ん? どうかした?」

「いえ、なんだか楽しいなって。簡単な整備ぐらいしかやった事がなかったから」

「そう? でも澤さん、筋は悪くないかもね。はい、これ」

 

 ツチヤは、缶コーヒーを差し出しながらそう言った。

 

「いただいていいんですか?」

「勿論。上陸した時にバイトしてる工場から沢山貰ったんだ、だから気にしないで飲んで」

「ありがとうございます。いただきます」

 

 梓はプルタブを引き、一口飲んだ。

 

「あ、美味しい。……ツチヤさん、筋が悪くないって本当ですか?」

「本当さ。まぁ、センスとかは兎も角だけど。澤さん、真面目で丁寧だからさ」

「……それしか取り柄がなくって」

「そうかな。それって大事な事だと思うけど」

「そうそう。ツチヤはその点大雑把だからね」

「全くだ。少しは澤さんを見習った方がいいと思うな」

「あ、スズキ先輩にホシノ先輩まで酷い!」

 

 笑いが巻き起こった。

 

「でも真面目な話、整備って丁寧さが要求されるんだよ。特に戦車はね」

「ナカジマさん……そうですよね。私達も気をつけて乗っているつもりなんですが」

「それは仕方ないさ。確かに、直しても直しても壊れるからげんなりする事はあるけどね……Ⅳ号のシュルツェンとか」

「あはは……。確かに良く壊れてますね、あれ」

「西住隊長もあんこうチームのみんなもわざとじゃないのはわかってるんだけどね」

「頑張ってH型っぽくしたんだよね、ナカジマと私で」

「でも、よく考えたら戦車道で対戦車ライフル用の防御装備なんて要らなかったかもね」

「ホシノ先輩もスズキ先輩も今更言いっこ無しだって。あれ、結構苦労したんだし」

 

 自動車部上級生達の話を、梓だけでなく他の一年生部員も聴き入っている。

 そして、カタヤマ達はT26を見た。

 

「先輩達がⅣ号なら、ボク達は」

「あいつを、もっともっと……やりたいなぁ」

「その前に、まずはちゃんと動かさないといけないけどね」

 

 梓は、三人の言葉に大きく頷いた。

 

「頑張りましょうね。一年生の力、見せちゃいましょう」

「そうだね、うん。やろう!」

「腕が鳴るなぁ」

「澤さんにそう言われると、何だか自信が出てきました」

 

 それを見て、ナカジマはポンとツチヤの肩を叩く。

 

「うかうかしてると、抜かされちゃうよ?」

「ナカジマ先輩……。それ、シャレになってないって」

「あはは、ならしっかりやんなって部長さん。さて、作業に戻ろうか」

 

 

 

 夜になった。

 梓は学校でシャワーを浴び、油塗れのジャージを持って帰路についていた。

 自動車部の面々はまだ作業をしていたが、そこまでは付き合わせて貰えなかった。

 

「あんまり私達の楽しみを取らないでよ? 自動車部に入ってくれるなら別だけど」

 

 冗談めかして、ツチヤに追い出されてしまった。

 勿論、梓にもそれがツチヤの好意である事がわかっている。

 だから、何も言わずに素直に従った。

 ただし、時折こうして手伝う事は認めて貰えたようだ。

 ……指導を受けながら簡単な作業を行っただけだから、レストアの一助になったかと言われたら否かも知れない。

 とにかく手伝えたという梓の自己満足なのかも知れない。

 それでも、梓は自分の決意が間違っていたとは思っていない。

 

「……よし。明日も頑張ろう」

 

 一人、そう呟いた。

 

 

 

 数日後。

 登校した梓は、校門のところで杏と出会った。

 

「おはよ~、澤ちゃん」

「おはようございます、会長……じゃなくて角谷さん」

「何か慣れないねぇ、呼ばれ方も。あ、ちょっとこっち来てね」

 

 苦笑しながら、杏は梓を何処かへ連れて行こうとする。

 逆らう理由もなく、梓はそのまま後をついていく格好に。

 校舎の一角に、人影があった。

 一人はみほ。

 そして、もう一人を見て梓は驚いた。

 

「愛里寿……ちゃん?」

 

 大洗女子学園の制服を来て、ボコを抱いた愛里寿がそこにいた。

 

「角谷さん、西住隊長。これは一体……?」

「ちょっと頼んでみたんだ。西住ちゃんと澤ちゃんが困ってるから助けて貰えない、って」

「みほさんと梓さんは、友達だから。それに、他の学校も見て回ったけど……やっぱり、大洗がいいかなって」

 

 恥ずかしそうに言う愛里寿。

 思わず抱き締めそうになるのを必死に抑え、梓はみほを見た。

 

「愛里寿ちゃんなら、M26(パーシング)にも詳しいしいいかなって。とりあえず、車長をお願いしようと思ってるの」

「そ、そうですか……じゃあ」

「あ、副隊長は梓ちゃんのままだからね」

 

 みほは、機先を制するように言った。

 

「私も、梓さんの席を奪うつもりはないから。指示には従うよ?」

「愛里寿ちゃん……」

「てな訳で。後は頑張ってねぇ!」

 

 杏はみほと梓の背中を叩くと、手をひらひらさせながら立ち去って行った。

 

「でも西住隊長。まだT26は……」

「うん、それも愛里寿ちゃんに見て貰おうかなって。梓ちゃんだけに手伝わせる訳にはいかないからね」

「え?……ご存知だったんですか?」

「ふふ、梓ちゃんの事だからきっと何かしようとすると思ったからね」

「敵いませんね、西住隊長には」

 

 苦笑する梓。

 

「……宜しく。みほさん、梓さん」

「うん、此方こそよろしくね!」

「一緒に、頑張ろう!」

 

 みほが差し出した手を、愛里寿が握る。

 その上から、梓が手を重ねた。

 大洗女子学園が、新たな第一歩を踏み出した瞬間だった。




新キャラです。

カタヤマ(一年・操縦手)
名前:片山右京氏より
イメージ:艦これの時雨
好きな戦車:M60

タカギ(一年・砲手)
名前:高木真一氏より
イメージ:艦これの朝霜
好きな戦車:メルカバ

サトウ(一年・装填手)
名前:佐藤琢磨氏より
イメージ:艦これの萩風
好きな戦車:五式中戦車


なお、近日中に次話投稿します。
(予約済み)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 三人です!

長らく間が開いてしまいましたが、更新再開します。
間に最終章の話などが出ましたが、本作の展開や設定はそのままとします。


「此処は……こう」

「あ~、なるほど。向きが逆だったのか、それならわかる」

 

 整備用倉庫で、ツチヤが愛里寿のアドバイスを受けながらT26のエンジンを弄っている。

 一応M26用の整備マニュアル自体はあるのだが、此方は試作機のせいか細部でいろいろ差異がある事が判明していた。

 自動車部も手探りで作業をしていたが、どうしても効率が悪い。

 そこで、量産型を実際に運用していた経験のある愛里寿の出番となった。

 彼女自身も整備の経験を積んでいた事もあり、修復作業は順調に進むようになっていた。

 

「愛里寿ちゃん、凄いね」

「はい。この調子なら、もうじき動かせそうですね」

 

 作業を見守るみほと梓の顔にも、安堵が見て取れる。

 

「それにしても、会長……いえ、角谷先輩にはまた頭が上がらなくなりましたね」

「そうだね。あの人、大人になったら凄い人になりそうだよね」

 

 杏が手を回したのは愛里寿だけではない。

 T26のパーツについても、M26用の物を何処からともなく確保する算段を取っていた。

 兎に角大洗女子学園では実績のない車両だけに、運用してみなければわからない部分が多過ぎた。

 それを見越しての動きであったが、みほ達にはただ驚く事ばかりだった。

 元々はサンダース大付属でジャンクの山に埋もれていたに過ぎない鉄屑が、立派な戦力として蘇ろうとしている。

 確かに優花里がケイに気に入られた事が切欠ではあるが、こうして実現したのはやはり杏の尽力抜きには語れない。

 当人は相変わらず飄々と干し芋を頬張っているばかりに見えるが、その凄さを改めて実感する二人だった。

 

「ツチヤも、もう独り立ち出来そうだね」

 

 ナカジマが、スパナを手に姿を見せた。

 

「澤さん、T-28のエンジン周りをちょっとチューニングしてみたよ。試してみて?」

「ありがとうございます。すみません、ナカジマ先輩達はもう卒業間近なのに」

「いいっていいって、私らも好きでやってるんだし。それに、この子達とももうすぐお別れだと思うとね」

 

 ホシノとスズキも、八九式を前に何かを話していた。

 

「ナカジマさんは、卒業後はどうされるんですか?」

「最初はバイトさせて貰ってた整備工場から正式に社員にならないか、って誘われてたんだけどね。私はそれでもいいかなって考えてたんだけど……」

「止めたんですか?」

「実はね、他からもスカウトが来ちゃってて。実業団チームとか」

「実業団ですか、凄い!」

 

 マイナーな武芸ではあるが、戦車道は一定数のファンがいる。

 政府の方針もあり、プロリーグこそ発足前だがチームを持つ企業も複数ある。

 ナカジマの場合は元々進学ではなく就職志望だった事もあるが、全国大会優勝後にいろいろなチームからオファーが来ていた。

 特にあの癖の強いP虎(ポルシェティーガー)を乗りこなし、走行しながらエンジンの修理をするなど高い技術力を見せた事が大きかったらしい。

 今年の三年生は、黒森峰女学園の西住まほを筆頭に粒揃いと言われてきた。

 ダージリン、カチューシャ、ノンナ、ナオミ……錚々(そうそう)たる顔ぶれとしか言いようがない。

 その中に割って入ったのだから、如何にナカジマが評価されたかという事がわかる。

 

 プロリーグともなれば興行収入も期待できるし、何よりも企業としては格好の宣伝となる。

 大洗女子学園の活躍とそれを巡る騒動で国民の関心も高まっていて、今までに戦車道チームを持っていなかった企業ですら参加の意欲を見せている程だ。

 となれば、選手獲得競争が起きるのは必然であろう。

 ナカジマに彼らの目が集まるのも、謂わば当然でもあった。

 選手としての経験こそ浅いが、整備士としての腕は折り紙付きと言っても過言ではない。

 両方をこなせる人材となれば貴重であり、その意味ではナカジマのみならずホシノやスズキにも声がかけられているのも頷ける話。

 

「まあ、ゆっくり考えるとするよ。まだ時間もあるしね」

「ナカジマ~。ちょっと手貸して」

「はいよ~。じゃあ、また」

 

 立ち去るナカジマを見送ると、梓はみほに顔を向けた。

 

「それじゃ、折角なのでT-28を見てきます」

「うん、お願いね」

「はい!」

 

 モグラさんチームも日々実力をつけつつはあるが、まだまだ桂利奈を除けば個々の動きにも連携にも課題は少なくない。

 大洗女子学園では運用実績のない旧ソ連の車両というのもあるが、やはり選手としての経験不足は否めない。

 梓ですらまだ半年にも満たない以上仕方のない事ではあるが、大洗女子学園は他校からの挑戦を受ける側。

 その副隊長車が思いのままに動かせていない現状が、いつまでも許されるものでもない。

 未だに四苦八苦しているカメさんチーム等に比べればかなりマシではあるが、T-28自体が期待の戦力でもある以上比較にもならない。

 

「ふう……」

 

 一人、ため息をつく梓だった。

 

 

 

「梓ちゃん」

 

 その日の練習が終わり、後片付けをしていた梓にみほが声をかけた。

 振り向くと、愛里寿も一緒だった。

 

「西住隊長、何か?」

「うん。良かったら、一緒に御飯でも行かない?」

「それは構いませんけど……。でも、お忙しいんじゃありませんか?」

 

 梓が心配するのも無理はない。

 戦車道の全国大会こそ年に一度の開催だが、その間何もしなくていい筈もなく。

 日々の訓練や戦力強化、戦術の研究も欠かせない。

 練習試合の申込みも数多く来ていて、取材となるとまさに殺到と言うより他にないのが現状だった。

 生徒会の面々もまだ仕事に慣れているとは言えず、必然的にみほの負担も増えるばかり。

 とは言え、みほも戦車道以外の事は頼れる存在とは言い難い。

 梓も自分がまだまだ至らないとは思いつつも、懸命に出来る事をやっている日々なのだ。

 

「気分転換も必要だよ。そうだよね、愛里寿ちゃん」

「うん、みほさんの言う通り」

「……わかりました。では、お供しますね」

 

 梓の返事を聞くと、二人は頷き合う。

 そして、梓に駆け寄るとそれぞれが挟み込むように手を取った。

 

「え? あ、あの……」

「じゃ、行こっか」

「うん!」

「に、西住隊長? 愛里寿ちゃん?」

 

 戸惑う梓を他所に、みほと愛里寿は楽しげに歩き出した。

 

 

 

 学園艦も寄港中であれば上陸は比較的自由だが、それでも夜間は出入りが規制される。

 彼女らは曲がりなりにも未成年であり学生である以上、相応の措置とも言える。

 それはみほと言えども例外ではなく、この時間では緊急事態でもない限り艦を降りる事は出来ない。

 その代わり、学園艦内ではよほど常識を逸した行動をしない限りは自由でもあった。

 そもそもが数万人を収容する学園艦だけに、衣食住で不自由する事のないレベルで店は揃っていた。

 生徒の殆どが寮生活ではあっても、自炊する人数は意外と多くない。

 みほもまたその一人で、夜はほぼ外食のみだったりする。

 そのせいで、飲食店事情にはかなり詳しいみほであった。

 

「今日はお鍋!」

「あんこう鍋じゃないの?」

「愛里寿ちゃん、あんこうの旬はもっと先なの。この時期はね……はい」

 

 みほが蓋を取ると、湯気の向こうに真っ白な世界が広がっていた。

 

「これ……何?」

「しらすだよ、愛里寿ちゃん。カタクチイワシの稚魚が主なんだって」

「そうなんだ。あ、その下に何かある」

「これはね、メレンゲとヤマイモ。白波の上にしらすが泳いでいるように見えるから、しらすの白波鍋って言うんだよ」

 

 みほの説明に、目を輝かせる愛里寿。

 

「西住隊長も、すっかり大洗に馴染みましたね」

「……梓ちゃん。今は三人だけなんだし、名前でいいよ」

「え? で、ですが」

「いいの。あ、それとも……」

「わかりました、みほ先輩」

 

 みほが何を考えているのか即座に察した梓は、敢えて言葉を遮った。

 不満げに頬を膨らませたみほに苦笑しながら、梓はお玉を手に取る。

 

「じゃ、取り分けますね。愛里寿ちゃん、美味しいからたくさん食べてね」

「うん!」

「みほ先輩も、とんすいを」

「……梓ちゃん、だんだん意地悪になってきたね」

「はいはい。まずは食べましょう」

 

 取り分けられた白波鍋に箸をつけた愛里寿は、顔を綻ばせた。

 

「美味しい! このフワフワしたやつ、ケーキみたい」

「それがメレンゲ。卵白を泡立てて作るの、お砂糖とか入れるとお菓子にもなるの」

「そうなんだ。梓さん、詳しいね」

「私は地元だからね。自分で作った事もあるし」

「凄いなぁ。今度、一緒に料理作ってもいい?」

「勿論だよ。みほ先輩も一緒に如何ですか?」

「え? 私?」

「はい。武部先輩みたいに上手じゃないですけど、それなりには出来ますから」

「凄いねぇ、梓ちゃんって。私、不器用だし」

「大丈夫ですよ。三人でやれば楽しいですよ、きっと」

「そうだね。うん、お休みの日にでもやろっか」

 

 みほにも、流石にもう笑顔が戻っていた。

 そして、優しい眼差しで梓を見た。

 

「ど、どうかしました?」

「ううん。いつもの梓ちゃんだなぁ、って」

「どういう事ですか?」

 

 首を傾げる梓。

 

「愛里寿ちゃんが来てから、難しい顔で考え込んでいる事が多かったから」

「そ、そうでしょうか……」

「そう思わなかった? 愛里寿ちゃんも」

「うん、みほさんの言う通り。なんか張り詰めた雰囲気だった」

 

 二人の指摘は決して的外れとは言えないだろう。

 梓は生真面目さが持ち味だが、他人から見て壁を感じさせるような堅苦しさはない。

 それはみほだけでなく、転校してきて日の浅い愛里寿もまた同じ印象を抱いていた。

 

「……梓さん。私、何かしちゃった?」

「それはないよ、愛里寿ちゃん。T26だってお陰で早く動かせそうだし、やっぱりいろいろ凄いなって思うから」

「…………」

 

 ジッと梓を見つめる愛里寿。

 決して睨んでいる訳ではないが、その視線は梓を捉えて離さない。

 一瞬目を逸らしそうになった梓だが、逃げ出しそうになる自分をどうにか抑えつけた。

 

「愛里寿ちゃんが嫌いとか苦手とか、そんな事はないから。……ただ」

「……敵わない?」

「え?」

 

 みほから掛けられた言葉に、思わず梓は目を向けた。

 みほは小さく頷いて、

 

「様子がおかしいからもしかしたら、とは思ったけど……やっぱりそうだったんだね」

「みほ先輩……」

「みんな口には出さなかったけど、薄々は感じていたんじゃないかな」

「…………」

 

 俯く梓。

 

「梓ちゃんが何で悩んでいるのか、わかるよ。でもね、大洗女子学園戦車道チームの隊長は梓ちゃんなの」

「私は、隊長や副隊長をやりたくて此処に来たんじゃないから。それなら、大学選抜に戻ればいいだけだし」

「……そう、ですよね。わかっていました……いいえ、わかっているつもりでした」

 

 みほと愛里寿は、黙って梓の言葉に耳を傾ける。

 

「みほ先輩に指名されて、みんなからも副隊長と頼りにされて。私も、それに答えなきゃって日々一生懸命やってきたつもりでした」

「実際頑張ってるよ、梓ちゃんは」

「……でも、本当に才能のある人を目の当たりにすると自分なんてまだまだなんだって。何を思い上がっていたんだろうって」

「……梓さん。それこそ、思い上がりじゃないかな?」

「え?」

 

 思わぬ愛里寿の言葉に、梓は驚いて顔を上げた。

 

「私もみほさんも、戦車道家元の娘だから。小さい頃から戦車道尽くめだったし、それが当たり前だった」

「それは……」

「血筋とか才能より、それ以前に経験が圧倒的に違う。梓さんにも、同じぐらいそれがあるとでも?」

「…………」

 

 ぐうの音も出ない梓。

 

「ないよね。だから、みほさんや私に追いつこうなんて思う事自体がおかしい」

「愛里寿ちゃん、そのぐらいで」

「ううん、言わせてみほさん。梓さんも、言いたい事は言った方がいい」

「…………」

 

 みほは黙って、梓を見た。

 

「みほさんが梓さんを選んだ。その事まで否定するつもり?」

「そんな事ない!」

「じゃあ悩む事なんてない。違う?」

「…………」

 

 愛里寿は立ち上がり、梓の隣に座った。

 

「私ね、梓さんとは友達だから」

「愛里寿ちゃん……」

「友達だから、苦しんでいる梓さんを放ってはおけない。私を意識するよりも、もっと梓さんらしくやろう」

「私らしく……?」

「うん」

 

 そう言うと、愛里寿は梓の手を握った。

 

「私ね、楽しみにしてるの。梓さんの戦車道」

「……私の、戦車道……?」

「みほさんとも、私とも違う戦車道を見せてくれる。そんな気がするから」

 

 梓はみほを見る。

 しっかりと頷くみほ。

 

「教えられる事は教えるけど、私の真似をする事はないからね。……ゴメンね」

「どうして謝るんですか、みほ先輩?」

「知らず知らずのうちにプレッシャーかけちゃったかな、って」

「そんな事ありません。……すみません、私こそ」

 

 梓の肩を、そっと抱く愛里寿。

 年は逆なのに、まるで妹を労る姉のように。

 

「さ、食べよ。まだまだ残ってるよ?」

「うん!」

「……ふふ、そうですね」

 

 漸く、梓の顔に笑顔が戻った。

 それを見て微笑むみほと愛里寿。

 グツグツと、鍋の煮える音が静かに響いた。




番外編もちょっと書いてみたので、近日中にアップするかも知れません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 特訓、開始です!

年が明けてしまいました、本年もよろしくお願いします。

書いているうちに長くなったので一旦切ります。
そのまま全部書ききると冗長なので。


 梓の朝は早い。

 五時半には目を覚まし、軽いストレッチから一日が始まる。

 雨の日を除くと殆ど毎日、その後はジョギングに出る。

 

「おはよう、副隊長!」

「おはようございます」

 

 その途中で、安祐美と一緒になるのも日課になっていた。

 元々ジョギングが趣味の安祐美は、雨の日ですら欠かさず走っていたりする。

 

「ペース配分、慣れてきたみたいだね?」

「はい。お陰様で」

「マラソンや長距離走じゃないんで、自分のペースでいいと思うよ。楽しまないと長続きしないし」

「そうですね。最近、そう思えるようになってきました」

 

 梓の返事に、安祐美は笑顔を見せた。

 

「しっかし本当に努力家だよね、副隊長って」

「体力は全ての基本ですし。戦車道って思っている以上に体力要りますからね」

「それはわかる気がするな。特にあたしなんて装填手だから尚更だし」

 

 戦車道は装甲こそ特殊カーボンでコーティングされてはいるが、砲弾は実弾を使う。

 その重量は軽い訳がなく、成人男性ですらずっしりとした重みを感じるレベルだ。

 T-28の76ミリ砲弾は勿論だが、大洗女子学園の場合は更に重い88ミリ砲搭載車もある。

 他校だとIS-2の122ミリなど、普通に考えれば細腕の女子が扱える代物ではない。

 必然的に筋トレをせざるを得なくなる場合が多く、大洗女子学園でも優花里や安祐美以外の装填手も皆自主トレが日課になっていた。

 少し前まで装填手だった紗希も例外ではなく、筋肉の締り具合にウサギさんチームの一同は驚いた事もある程だ。

 

「でもさ、これはこれとして。副隊長っていつ寝てるんだろ、って気がするな」

「そうですか? 睡眠はちゃんと取っているつもりですけど」

「戦車道の副隊長だけでも大変なのに、授業ちゃんと受けておまけに自主トレとか……無理して倒れたら何もならないからさ」

「ふふっ、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

「ならいいけど。あたしやえりだけじゃなく、みんな副隊長の事心配してるんだからね?」

「……そうですね。皆さんに迷惑をかける訳にはいきませんし」

「そうそう。あたしらも頑張るからさ、程々にね?」

「はい!」

 

 笑顔で頷く梓だった。

 

 

 

 安祐美と別れ、シャワーを浴びてから制服に着替える。

 寮を出て、学校へと向かう。

 学園艦の街並みは、単純な碁盤の目に見えて実は微妙に工夫されていたりする。

 とは言え、大洗女子学園を中心として設計されているので道に迷う事はない。

 爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、梓はふと空を見上げた。

 学園艦は文字通り巨大とは言え艦船であり、水深や障害物にさえ気をつければ海上を自在に航行可能。

 天候もその気になればある程度調整可能ではある。

 今は低気圧のない海域にいるのだろう。

 雲一つない青空なのに、梓はふと何かが起こりそうな予感がした。

 予知夢を見たり霊感の強い方ではないと自覚している彼女だが、何故かそれが脳裏をよぎる。

 何度も首を傾げていると、ポケットの携帯が振動を始めた。

 取り出して画面を見ると、メールが一通届いたとの通知。

 

「緊急……? 何だろ?」

 

 

 

 駆け足で登校した梓は、まっしぐらに戦車用倉庫へ向かった。

 まだ早い時間にも関わらず、その前には戦車道履修の生徒達が集まり始めていた。

 

「すみません、遅れました!」

「梓ちゃん、おはよう。まだ、来てない人もいるから大丈夫だよ」

「そ、そうですか……」

 

 息を切らせながら、みほの隣に立つ梓。

 確かに朝弱い麻子以外にも、何人か姿の見えない生徒もいる。

 

「まだ集まらないのか、弛んでるではないか!」

「まーまー、落ち着けって河嶋」

「そうだよ桃ちゃん。まだ始業時間には間があるんだし」

「……あの。どうしてお三方が此処に?」

 

 梓の言葉に、集まった生徒達が一斉に頷く。

 戦車道からも引退した前生徒会の面々がそこにいたのだから、無理もない。

 

「会長……ではなく、前会長の勘が働いたのだ」

「緊急事態だからって、桃ちゃんと私でとりあえず駆けつけたの」

「ん~。不審者が侵入したっぽいけどとりあえず、戦車は無事みたいだねぇ……」

「あの……」

「何、西住ちゃん?」

「どうして、緊急事態で戦車になるんでしょうか?」

「私も同じです。どうしてですか、角谷先輩?」

「だってさ、澤ちゃん。うちの学校で、一番価値があるったら戦車以外に何か思いつく?」

「えっと……」

「他のみんなはどうよ?」

 

 杏の問いかけに、一同は顔を見合わせる。

 ……そして、一斉に頭を振った。

 

「だろ? 新会長の頭ごなしに何かする訳じゃないけどさ、用心に越した事はないからね」

「……と言う訳なの。一応警戒をお願いね」

「保安部も動いている。何かあればすぐに……」

「その必要はないよ」

 

 その声に、全員が振り向いた。

 いつの間にか、T-28の砲塔に人影があった。

 チューリップハットを被り、長い髪をたなびかせた女性。

 その手が奏でるカンテレから、場違いな程に優雅な音が流れていく。

 その場にいた全員が呆然とする中、真っ先に立ち直ったのはみほ。

 

「ミ、ミカさん?」

「やあ、久しぶりだね」

 

 そこにいたのは継続高校戦車道隊長、ミカ本人。

 

「ちょっとミカ。自分から姿見せてどうするのよ!」

(やま)しい事はないからね。コソコソする事に意味があるとは思えない」

 

 車体の影から、アキとミッコも姿を見せた。

 

「あの……ミカさん。どうして此処に?」

「風に流されてやって来たのさ」

「い、いえ。そうじゃなくって……」

「ミカ、流石にそれじゃ答えにならないってば!」

「話が先に進まないよ、ミカ」

 

 二人掛かりでのツッコミに、ミカは肩を竦める。

 

この子(T-28)が大洗に加わったと風の噂に聞いてね。挨拶に来たんだよ」

「……それなら、何も忍び込まなくてもいいんじゃ」

「……ですよね」

 

 溜息をつくみほと梓。

 そんな二人を他所に、ミカは砲塔から降りた。

 

「挨拶がまだだったね。私は継続高校のミカ、宜しく」

「あ、同じくアキです」

「同じくミッコ!」

 

 大学選抜との試合を経験していたメンバーは呆れるか苦笑するばかりだが、彼女を知らない新メンバーはまだフリーズしたまま。

 いつもは元気な安祐美も例外ではなく、完全に呆けていた。

 そんな空気などお構いなしに、ミカは居並ぶ戦車に視線を向ける。

 

「ところで、そのT26E3(スーパーパーシング)も新しい車両なのかな?」

T26E3(スーパーパーシング)? これ、E1ですけど……」

 

 みほの言葉に、軽く首を傾げるミカ。

 

「そうなのかい? でも、増加装甲がついているようだね」

「……あ、本当であります。ミカ殿はアメリカの戦車にも詳しいのでありますね」

「風が教えてくれたのさ」

「は、はあ……」

 

 煙に巻くような返答に、優花里も戸惑いを隠せない。

 

「自動車部の人と相談して、昨日作業したから」

「おや? 君は……」

「……久しぶり」

 

 現れた愛里寿に、ミカは何故か気まずげに視線を逸らす。

 愛里寿は表情を変える事なく、T26へと近寄った。

 

「これの量産型M26(パーシング)も重戦車と言われてるけど、装甲が薄いから。このチームでは、装甲の厚さも大事」

「ゴメンね、西住隊長に相談もしないで。これ、パージ出来るようにはしてあるけど」

 

 ツチヤがレンチを手に、車体の下から姿を見せた。

 

「ううん、ありがとうございます。……それよりミカさん」

「何かな?」

「いえ、どういった御用でしょうか? どうやら、不審者というのはミカさん達の事のようですけど」

「まさか、うちの戦車を盗み出そうなんて……訳ないよねぇ?」

 

 みほと杏の問いかけにも、ミカは涼しい顔。

 

この子(T-28)がね、私に会いたいって語りかけてきたのさ」

「いや、ないない。戦車が話しかけてくるとかあり得ないから」

 

 すかさずツッコミを入れる沙織。

 

「……兎に角、騒ぎの原因はわかりましたから。一先ず解散にしませんか、後は私と西住隊長が」

「そうしよっか。んじゃ、西住ちゃんと澤ちゃん後は宜しく~」

 

 それを合図に、集まったメンバーはぞろぞろと校舎へと向かって行った。

 と、その集団に向かいミカが声をかけた。

 

「ああ。この子(T-28)の操縦手は残ってくれないかな?」

「え? 私、ですか?」

 

 振り向いた桂利奈に、ミカが小さく頷く。

 

 

 

 静けさが戻った倉庫に、カンテレの音色だけが流れている。

 呼び止められた桂利奈は、じれながらミカの言葉を待っていた。

 

「君、名前は?」

「あ、はい。一年の阪口桂利奈です!」

「では、桂利奈と呼ばせてもらうよ。桂利奈、この子(T-28)を手足のように扱えていると言えるかい?」

「えっと……。まだまだだと思います……」

「だろうね。この子(T-28)はもっと動ける、なのに乗り手がまだ慣れていない。不幸だとは思わないかい?」

「それは……はい」

 

 悄気る桂利奈。

 ミカはポロン、と弦を鳴らした。

 

「気に病むことはないよ。誰でも最初は手間取るものだからね」

「あの……」

「何だい?」

「結局のところ、ご用件は何でしょうか? 一応、授業中なんですが……」

 

 梓は困惑を隠さずに言った。

 みほと梓は、戦車道での所用があれば他の授業は欠席しても咎められる事はない。

 とは言えその間にも授業は進むし、定期考査でそこが考慮される訳ではない。

 ちなみに戦車道を復活するにあたり、杏がぶち上げた成績優秀者には単位三倍という特典は後で文部科学省や茨城県から却下されていた。

 遅刻見逃しや学食の食券ならまだしも、流石に国が定めたカリキュラムを無視するような真似は許されなかった。

 もっとも、廃校騒動やら何やらでそれ自体有耶無耶になってしまい生徒からは約束違反を咎める声は上がらなかったのだが。

 

 閑話休題。

 

この子(T-28)の車長は、確か君だったね?」

「え? はい、そうですけど」

「じゃあ、砲手がいいかな。桂利奈、君には操縦手をお願いするよ」

「え? どういう事ですか?」

「動かすのさ、この子(T-28)をね。ミッコ、アキ」

「あいよ!」

「もー、ちゃんと説明しないと伝わらないって。あの、今から私達とお二人でT-28を走らせませんかってミカは言ってるんです。操縦がミッコで、車長がミカ。で、私は砲手で」

 

 アキの説明でもまだ腑に落ちないのか、桂利奈は首を傾げたまま。

 

「ほら、T-28は旧ソ連製戦車でしょう? 私達、扱いなら慣れているから。わかる事なら教えてあげようって事です」

「それはありがたいんですけど……どうしてですか?」

「さあ、どうしてだろうね? 理由を知る事はそんなに大切な事かな?」

 

 掴みどころのない返答に、思わずため息をつきそうになる梓。

 

「……梓ちゃん、桂利奈ちゃん。折角だから、教えて貰ったらどうかな?」

「西住隊長……?」

「確かに、まだまだ不慣れなところがあるのは確かだから。ミカさん、お願い出来ますか?」

「ああ。二人はどうかな、気が進まないのなら無理にとは言わないよ?」

 

 梓は少し俯き、そして顔を上げた。

 

「……お願いします。いいよね、桂利奈?」

「う、うん。梓がいいって言うなら」

「よっしゃ、決まり決まり! さ、乗った乗った!」

 

 ミッコは二人の肩を叩くと、車内へと入って行く。

 

 

 

 ミッコは通信手の席に座ると、レシーバー越しに桂利奈に話しかけた。

 

「じゃ、動かしてみて」

「あ、あいっ!」

 

 桂利奈はエンジンを始動させ、シフトレバーに手をかける。

 

「お~、心地よい振動だね! ミカ、いいかい?」

 

 ミッコが振り向くと、ミカはカンテレをポロンと鳴らした。

 

「じゃ、行こうか」

「ん。前進だって」

「あいあいあいーっ!」

「頑張って、桂利奈!」

「あいっ! 梓もね!」

 

 地響きを立て、T-28は進み始める。

 

「ミカ、それでどうすんの?」

「とりあえず、好きなように動かしてみたらいいんじゃないかな? ミッコ、気づいたところは言ってあげるといいよ」

「あいよっ!」

「梓、砲手の経験はあるのかな?」

「は、はいっ! 試合ではありませんが、練習ならあります」

 

 話を振られた梓は、やや慌てながら答えた。

 

「アキ、装填は問題ないね?」

「任せてよ!」

 

 ミカは頷き、カンテレを奏で続ける。

 梓はその姿にチラ、と目を遣る。

 

「あの……アキさん」

「何?」

「ミカさんは、いつもああなんですか?」

「ああって?」

「いえ。車長ってもっと忙しいじゃないですか。車内外の状況にいつも気を配らないといけないし……それに、隊長だったらチーム全体の事もありますし」

「ああ、そう言う事。えっと、梓でいい?」

「あ、はい」

 

 アキは微笑んだ。

 

「知らない人が見ると、車長なのに何もしてないように見えちゃうかも知れないね。でも、ミカはあれでちゃんと指揮もしてるし外の様子もわかってるんだよ」

「そ、そうですか……」

「カンテレも、ただ弾いてる訳じゃないの。あれで、ミッコも私も次の動きをしている合図なんだよ」

「ですが、戦車の中はただでさえ騒音が凄いですよ。聴こえるんですか?」

「意識を向ければ意外と聴こえるんだよ。勿論、他の車両には無線を使うけどね」

「…………」

 

 呆気に取られる梓。

 

「まあ、真似しようたって無理だけどね。ミカだから出来る事だからさ」

「……ですね。じゃあ、あの試合でもやっぱりこんな感じだったんですね」

「ああ、大学選抜チーム戦だね。あの時は私達のBT-42だけだったから尚更かな」

「私には無理ですね。そんなに器用じゃありませんし」

「そうかもね。でも、驚くのはまだ早いよ?」

 

 いたずらっぽく笑うアキ。

 T-28はその間にも、疾走を続けていた。




番外編は途中まで書いたのですが、諸事情で止まっています。
書き上がったらまた上げます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 特訓、続きます!

お待たせしました。
何とか澤ちゃんの日&連載初めて一周年に間に合いました。
作りが多少荒いかも知れません、悪しからず。


 そして、小一時間が過ぎた。

 砲弾を全て撃ち尽くし、燃料もほぼ使い果たしたT-28が戻ってきた。

 涼しい顔のミカに続き、疲労困憊の梓と桂利奈が車外へ。

 立つのもやっとのようで、それぞれアキとミッコの肩を借りている有様だった。

 

「だ、大丈夫? 二人とも」

「は、はい……何とか」

「あーい、大丈夫です……」

 

 心配そうなみほを前に、何とか梓と桂利奈は笑顔を作ろうとする。

 が、そのままへたり込んでしまう。

 

「あはは、無理そうだね……。ちょっと休んでいて」

 

 みほは二人にドリンクを手渡すと、ミカに顔を向けた。

 

「動きが見違えましたね、途中から」

「だろう? あの子は、もっとやれるのさ……。君も、そう思っていたのだろう?」

「ふえっ?」

 

 ミカに指摘され、みほは慌てふためく。

 

「隠さなくてもいいよ。二人も、それに気がついたようだからね」

「そ、それは……」

「……すみません、西住隊長。確かに、ミカさんが仰る通りでした」

「梓ちゃん……」

 

 ドリンクで一息ついた梓が、みほを見上げた。

 

「チームとしてもまとまりが出てきたし、思いのままに動かせてる……そう思っていたんです。でも……」

「…………」

「思い上がっていたみたいですね、いつの間にか。これじゃ道化です」

「そ、そんな事ないって! 梓ちゃんも桂利奈ちゃんも、他のみんなだって頑張ってたし」

「頑張ればいいってもんじゃない」

 

 ミカはポロロンとカンテレを鳴らした。

 

「戦車はただ動かせて撃てればいいというものじゃない。それは君が一番良くわかってる事じゃないのかな?」

「それは……」

「ましてや、この子達は副隊長車としての責務もある。少し、それは考えるべきだと思うよ」

 

 返す言葉もないみほ。

 戦車道を始めて半年にも満たない素人同然の梓だが、それを免罪符にする訳にもいかない。

 仮にも高校生全国大会チームの副隊長、それもみほ直々のご指名となれば耳目を集めるのは必然。

 車長としても、指揮官としてもみほと同レベルで見られても仕方がない。

 先々はともかく、みほは今のところそこまで梓に求めるつもりはなかった。

 が、ミカの指摘も酷ではあるが的を射たもの。

 決して梓を甘やかしていたつもりはないが、結果としてそう言われているも同然……みほはそう思った。

 

 ミカは固まっているみほを他所に、梓達に目を向けた。

 

「梓、桂利奈」

「はい」

「何でしょうか?」

「一休みしたら、今度は模擬戦をやろう」

「模擬戦……ですか?」

 

 首を傾げる梓。

 

「そうだよ。勉強だって復習が欠かせないように、戦車道も覚えた事は身体に叩き込んだ方がいい」

「それは構いませんが……どうやるんですか?」

「何、簡単さ。君達T-28と、私達の一対一。今日の日暮れまでが勝負の期限、それでどうかな?」

「でも、ミカさん達の戦車はどうするんですか?」

「それなら心配要らないよ。ミッコ」

「あいよ!」

 

 ミカがマイク越しに合図を送ると、BT-42が猛ダッシュでこちらへと向かってきた。

 唖然とする梓と桂利奈。

 みほは……やはり驚きに満ちた顔をしている。

 

「い、いつの間に?」

「そんな些細な事はどうでもいいじゃないか。それより、君達のメンバーも集めておかなくていいのかい?」

「些細ですか……。あ、ええと……」

 

 チラ、とみほの顔を見る梓。

 みほは小さく頷いた。

 時計を見ると、いつの間にか放課後近くになっていた。

 

「……わかりました。招集をかけます」

 

 返事の代わりに、ミカはカンテレを鳴らした。

 

 

 

 数十分後。

 安祐美にえり、紗希が顔を揃えた。

 一部始終を耳にしたのか、安祐美とえりはいつになく難しい顔をしていた。

 紗希はいつもと変わらない……ように見えたが、梓と桂利奈は思わず顔を見合わせる。

 付き合いがそれなりに長い二人には、紗希もいつもと様子が違う事に気づいていた。

 

「副隊長……。なんか大変な事になってない?」

「そのようですわね」

「……すみません、心配かけて。詳しい事は後でお話しますが、これから継続高校の隊長さんと模擬戦になりました」

 

 安祐美は首を傾げていたが、えりはハッとなった。

 

「澤さん。もしかして、継続高校さんはあの試合で大活躍の……?」

「はい、その通りです」

「えり? 何それ?」

「もう、安祐美さん。大学選抜チームとの試合、ご覧になったでしょう?」

 

 呆れて腰に手を当てるえり。

 

「あ~、アレ? 見ている途中で寝ちゃって覚えてないや」

「全く……。たった一両で、重戦車のM26(パーシング)を立て続けに三両撃破したんですよ!」

「……え? それって、凄くね?」

「凄いに決まってますわ!」

「……なあ、副隊長。マジなんだよね?」

「ええ。冗談でこんな事は言いませんし、あの通りですから」

 

 梓が指差す先には、確かに継続高校塗装のBT-42が停まっていた。

 ツートンカラーのチューリップハットを被った人物は砲塔に腰掛け、カンテレを奏でている。

 揃いのジャージ姿の二人が、それを他所に車体のチェックで動き回っていた。

 

「紗希。ちょっと今日はいつも以上に厳しい命令をするかも知れないけど、覚悟してね?」

「…………」

 

 頷く紗希。

 

「副隊長、あたし達は……」

「やはり、足手まといでしょうか……?」

「吉田さん、片岡さん。……何か、勘違いしていませんか?」

 

 何時になく低い声の梓に、安祐美とえりはギョッとなる。

 この中では付き合いが長い方の桂里奈も、驚愕を隠せない。

 実際、梓は怒っていた。

 その背後に、見えない筈のオーラを感じられるぐらいに。

 

「私達は、チームなんです。誰が足手まといだとか、誰が凄いとかじゃないんですよ!」

「…………」

「いいですか? あんこうチームも、西住隊長は確かに凄い方ですけどそれだけであんなに強い訳じゃないんです。一人ひとりがそれぞれに努力して最大限のパフォーマンスを発揮しているからなんです」

「いや、でもさ……」

「吉田さん。何も秋山先輩と同じぐらいなんて要求はしません、私だって西住隊長と同じ事をやれなんて言われても無理ですから。でも、そのぐらいの覚悟で臨んで欲しいんです」

「…………」

「それが無理だと思うなら、戦車を降りていただいて結構です」

「……本気ですの、澤さん?」

「冗談や酔狂でこんな事言うと思いますか?」

「そんな……っ!」

「えり」

 

 尚も食い下がろうとしたえりの肩を、安祐美が掴んだ。

 

「……なあ、副隊長」

「何ですか?」

「副隊長が本気だって事はわかった。なら、あたしらだって死ぬ気でやってやるさ。……ただし」

「ただし?」

「……チームってんなら、他人行儀は止めてくれないか。でなきゃ、あたしもえりもいつまで経っても変われない」

 

 梓と安祐美の間で、バチバチと火花が散る。

 固唾を呑んで見守るえり。

 桂里奈と紗希は、何も言わず見守っている。

 ややあって、梓がフッと息を吐いた。

 

「……いいでしょう。この模擬戦で、それを証明して下さい」

「口約束だから約束じゃない、ってのはなしだぜ?」

「……どこの役人さんですか。そんな真似はしませんよ、桂里奈と紗希が証人です」

「言ったな! よしやろうぜ、えり!」

「え? ちょ、ちょっと安祐美さん?」

 

 言うが早いか、安祐美はえりの手を取りT-28へと向かい始めた。

 二人が車内へと入ったのを確かめてから、梓はガックリと肩を落とした。

 その背中を、桂里奈がバシバシ叩く。

 

「あはは、やっぱり梓は無理してたんだね」

「桂里奈……。当たり前でしょう?」

「でも、もう後には引けないね。梓、頑張ろう!」

「うん!……え? 紗希も頑張るって?」

 

 三人は互いに頷く。

 

 

 

「それでは、試合開始です!」

 

 みほの合図で、二輛は動き始めた。

 

「桂里奈は、ジグザク走行で様子を見て! 相手の動きがあればまた指示を出すから!」

「あいあいあいーっ!」

「吉田さんは、急いで正確に装填を!」

「応さ!」

「紗希はまず当てる事よりも相手の足を止める事、いい?」

「…………」

「片岡さん。今回は一輛だけですから、通信手ではなく機銃手になって下さい。勿論、無闇に撃つんじゃなく私の合図で」

「わ、わかりましたわ!」

 

 ひとしきり指示を出すと、梓はハッチから顔を出した。

 晴天が続いたせいで地面は乾ききっている。

 そんなコンディションで走るせいか土埃が立ち込め、視界は利かない。

 顔をしかめながらも、梓は前方を見据えた。

 先程までしごかれていたとは言え、ミカはその程度で腹の中を読ませるような人物ではない。

 掴み所がないようで、勘は鋭く状況判断も素早い。

 伊達に黒森峰相手に善戦以上の事をしてのけた訳ではない。

 みほなら兎も角、梓には荷が重い相手と言わざるを得ない。

 それも、他車との連携は望めない一騎打ち。

 ……だが、梓は必死で自分を奮い立たせる。

 

 と、その時。

 梓は何かを感じ、咽頭マイクに手を伸ばした。

 

「桂利奈、停止!」

「あ、あいっ!」

 

 急制動に、全員がつんのめる。

 その目前で、爆音と共に土砂が巻き上がった。

 

「視界が利かないのに、どっから撃ったんだ?」

「わ、わかりませんわ!」

「みんな、落ち着いて!」

 

 梓は車内に呼びかけてから、双眼鏡で辺りを見回す。

 風が吹き始め、立ち込めている土煙が少しずつ晴れていく。

 その向こうで、何かがキラリと光ったような気がした。

 

「桂里奈! 全速で後退して、そのまま右旋回!」

「あ、あいっ!」

 

 BT-42突撃砲。

 フィンランドが鹵獲したBT-7快速戦車をベースに改造した突撃砲だが、元々の四十五ミリ砲から4.5インチ砲へと換装したせいで砲塔が不自然に大きいのが特徴である。

 砲こそ巨大だが榴弾砲であって対戦車砲としては力不足。

 おまけに分離装薬式で装填に時間がかかる上、照準を合わせるのも難しい。

 そんな癖の強い車両ながら、継続高校に持たせると無類の強さを発揮する。

 特に隊長車であるミカの凄まじさは、大学選抜戦でも皆が思い知った。

 それに引き換え、梓らの乗るT-28は型こそ古いが歴とした戦車であり速度以外のスペックは勝っている。

 

(大丈夫……やれるよ私達は)

 

 梓は自分にそう言い聞かせる。

 確かにミッコの操縦テクニックは抜群で、麻子といい勝負であろう。

 アキは一人で装填をし照準を合わせ、砲を撃つという離れ業をこなす超人。

 それが全て、一見何もしないように思われてしまうミカの指示……それは梓も再認識していた。

 

 ドンッ、と音が響く。

 さっきまで自車のいた場所が、大きくえぐり取られた。

 

「紗希、砲撃用意! 吉田さん、短時間で連射しますから装填お願いします!」

「了解!」

 

 紗希の返事は聞こえなかったが、梓は指示を繰り返さなかった。

 普段はボーッとしているようにしか見えない紗希だが、注意力や観察力はとても鋭い。

 この状況では、それを信じるより他になかった。

 

「十一時の方向、撃てっ!」

 

 七十六ミリ砲弾が飛び出し、空気を切り裂いていく。

 BT-42と違い、こちらは徹甲弾。

 当たれば勿論、無事では済まない。

 ……当たれば、の話だが。

 

「次発装填!」

「任せろ!」

 

 

 

 ……そして。

 

「吉田さん、残弾は?」

「あと一発。これが最後だよ」

 

 桂里奈が必死に操縦し、何とか撃破は免れていた。

 が、未だに動き回っているイコールBT-42も健在……という事。

 榴弾が幸いし、至近距離での直撃さえ受けなければ行動不能にはならないとは言え当たれば車体以上に心理面でのダメージを受ける。

 実際、全員が明らかに限界を迎えそうになっていた。

 

「……片岡さん」

「はい!」

「これから最後の突撃をします。足回りを機銃で狙って下さい」

「足回り、ですか?」

「そうです。いいですね?」

「……やってみますわ。いえ、やりますわ」

 

 梓は頷き、マイクに手を伸ばした。

 

「行きます!」

 

 T-28は猛然と突き進む。

 BT-42は砲をこちらに向け、全速で距離を詰めてくる。

 既に射程に入っても、両車は速度を落とそうとしない。

 

「い、行きますわ!」

 

 えりは機銃を撃ち始めた。

 7.62ミリでは装甲を穿(うが)つ事は無理だが、彼女が狙うは足回り。

 それでもダメージを与えるには至らない……その筈だった。

 ……が。

 二輛がすれ違った直後。

 BT-42はガクン、と速度を落とした。

 履帯が外れ、バランスを崩していた。

 

「今だ、撃てっ!……えっ?」

 

 すかさず砲撃の指示を出した梓は、慌てて車内へと戻った。

 次の瞬間、ガンッと大きな音と共にT-28は激しく揺さぶられた。

 完全に停止して、砲塔からは白旗が上がっていた。

 

 

 

「惜しかったね」

「いえ……。やっぱり、勝てませんでしたね」

 

 二輛は自動車部が修理の為に回収して行き、梓はミカと向き合っていた。

 

「狙いは悪くなかったと思うよ。後は、風が味方したかどうかだね」

「は、はぁ……」

「でも、いいチームになる可能性はある。それは全て、君次第だね」

「……はい。いろいろ、ありがとうございました」

 

 頭を下げる梓。

 と、そこに姿を見せたのは杏。

 

「やあやあ、お疲れちゃん。じゃミカ、約束の物は届けておくね」

「そうだね。感謝するよ」

「あの……約束の物って?」

「ニヒヒー、聞きたい?」

 

 ニヤリと笑う杏に、梓は少し後退ってしまう。

 

「い、いえ……。またの機会に」

「そう? 別に教えてもいいんだけどなー」

 

 そう言いながら、杏はミカと何やら話し出した。

 

「梓ちゃん、お疲れ様」

「あ、西住隊長。見ていてくれたんですね」

「うん、よく頑張ったね。これも、ミカさんの指導のおかげかな?」

「……あの。これってやっぱり角谷先輩が……?」

「そうみたいだね。あ、梓ちゃん。話はまた後で、みんなが待ってるよ?」

 

 みほが指差す先に、モグラさんチームの面々が待っていた。

 全員、汗とホコリ塗れでボロボロだった。

 が、表情は皆輝いていた。

 

「みんな、お疲れ様でした。ごめんなさい、私の指示が及ばなくて」

「梓のせいじゃないって。そうだよね、紗希?」

 

 桂里奈の言葉に、コクコクと頷く紗希。

 

「そうだぜ、副隊長。あたしもえりも、もっと頑張って上手くなって……いつか勝ってみせるさ。な?」

「そうですわね。やられっぱなしは性に合いませんわね」

「……はい。私も、一層努力しますね。それから」

 

 梓は、安祐美とえりの前で姿勢を正す。

 

「他人行儀は止めます、もうお二人は仲間ですから。……安祐美さん、えりさん」

「はは、はははははっ! やっと名前で呼んでくれたな、副隊長!」

「そうですわね、澤さん……いえ、梓さん」

「はいっ!」

 

 笑い合う三人を見て、桂里奈が手を挙げる。

 

「なら私も名前で呼ぶ! いいよね?」

 

 

 

 結束の固まったモグラさんチームの面々を見て、みほはニッコリ微笑んだ。

 そして、ミカはカンテレを奏でる。

 その調べは、五人の船出を祝うかのように。




改めて、澤ちゃんの日に乾杯!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 チーム再編です!

だいぶ間が空きましたが、本編更新します。


 戦車用倉庫の一角。

 教室用の机や椅子が並べられ、ホワイトボードが置かれている。

 そこに、各チームのリーダーが集められていた。

 中心にいるのは勿論、みほと梓。

 

「……では、始めます」

 

 やや緊張の面持ちで、梓はマーカーを手にする。

 三年生が引退し、この場にいるのは二年生と一年生ばかり。

 それでも全員の視線を浴びるというのは、なかなかに慣れないものらしい。

 

「まず、T26E4(スーパーパーシング)のレストアが終わりました。今日から戦車道チームに加わります」

 

 一同からどよめきと拍手が巻き起こった。

 T26の最終形をどうするか、議論の末にE4に落ち着いた。

 大洗女子学園チームの身上はやはり変幻自在さと身軽さ。

 重戦車とはいえ、そこは譲れないという事で重量の増してしまうE2(M45重戦車)E5(パーシングジャンボ)案は却下に。

 検討を重ねた結果、改良型の90ミリ砲を搭載したE4に。

 とは言え、大洗女子学園チームで最大の火力を誇る事に変わりはない。

 当然、期待の新戦力だった。

 

「大変だったけどね~。でも、コンディションは完璧だよ」

「お疲れ様でした、ツチヤ先輩。……車長ですが、西住隊長」

「うん。車長は島田愛里寿さんにお願いしようと思います、皆さんもいいですか?」

 

 みほの言葉に、異論の声はなかった。

 年こそ若いが、経験も実績もみほを上回る。

 それに、大学選抜チームでは量産型であるM26(パーシング)の扱いにも慣れている。

 ただでさえ未経験者を多く抱えてしまっている以上、反対意見など出る筈もなかった。

 

「……ないですね。愛里寿ちゃん、お願いね?」

「……わかった。でもみほさん、戦車は私一人じゃ動かせない」

 

 みほは頷き、一同を見回す。

 

「新メンバーが加わって、皆さん大変だと思います。ですが、T26E4(スーパーパーシング)も早急に戦力として加える必要があります。……私達は、もう挑まれる側ですから」

「西住隊長、はっきり言って欲しい。うちのチームから、誰を動かすんだ?」

「カエサルさん……」

 

 カエサルは帽子を被り直すと、みほを見つめた。

 

「メンバーが動いていないのは、あんこうとうち……それにアヒルさんだけ。そうだろう?」

「は、はい……」

「西住隊長の配慮なんだろうけど、それは無用だ。我らは例え別のチームになっても、魂で繋がっているからな」

 

 カメさんチーム、アリクイさんチーム、レオポンさんチーム、カモさんチームは三年生が引退の為にメンバー入れ替えが発生。

 ウサギさんチームは半分に分かれ、梓らがモグラさんチームに移った。

 カバさんチームとアヒルさんチームがそのままだったのは、みほがこれ以上メンバーを入れ替える事により戦力の低下を危惧した事は確かだった。

 だが、愛里寿に車長を任せるという事であればメンバーを未経験者のみという訳にはいかない。

 彼女の求めるレベルは当然高いものになる事は明白であり、みほの悩みもそこにあった。

 

「西住隊長! アヒルチームも同じです」

「磯辺さん?」

「バレー部と八九式は切っても切れない縁ですが、お別れという訳じゃないですから。私達も出来る事は協力します!」

 

 典子の言葉に、みほは頷く。

 

「梓ちゃん、どう?」

「え? あ、はい……」

「思うところを聞かせて。梓ちゃんの意見を」

 

 みほの言葉に、一同の視線が梓に集まる。

 戦車道を始めた頃の彼女なら、間違いなく気圧されていただろう。

 ……だが、みほに副隊長を任されてからの梓は明らかに変わった。

 元々比較的冷静な性格ではあったが、更に磨きがかかったようにすら周囲には受け取られていた。

 物事にいちいち動じているようでは、副隊長どころか車長としても不向きでしかない。

 その意味でも、梓は着実に成長していた。

 みほに試されている、梓はそう受け止めた。

 

「はい。一時的にチームごとの戦力が低下したとしても、避けては通れない事だと思います」

「私も賛成かな。じゃあ、誰をどう動かそうか?」

「…………」

 

 梓は両チームのメンバーを思い浮かべた。

 車長であるカエサルと典子は除外。

 他のメンバーは、それぞれに持ち味がある。

 みほの腹案は聞かされていないが、もし齟齬があるなら指摘があるに違いない。

 そう思いながら、梓は考えをまとめた。

 

「カバさんチームから、野上先輩を。アヒルさんチームから、近藤さんでどうでしょうか?」

「おりょうか」

「うちからは、近藤……」

「はい。三突の砲撃はやはり今後も鍵となりますから、そうなると砲手である杉山先輩は動かさない方がいいかと」

 

 頷くカエサル。

 

「八九式は火力こそ落ちますが、偵察や撹乱……牽制には欠かせない存在です。河西さんと佐々木さんはそのままにしたいと思います」

「じゃあ、近藤は通信手として?」

「いいえ。ただでさえ不慣れな選手が多い中ですし、通信手は車長と兼任でいいと思います。愛里寿ちゃん、どう?」

「私は構わない。みほさんと梓さんの判断に従う」

「……うん、ありがとう。砲手か装填手、どちらかを任せたいと思っています」

 

 典子と愛里寿の反応を確かめてから、梓はみほに目を向けた。

 みほは首を傾げてから、

 

「梓ちゃん。私達……あんこうチームはどうするの?」

 

 そう問いかけた。

 再び、全員の視線が梓に集まる。

 

「あんこうはそのままで行きましょう」

「そう考える理由は?」

「言うまでもなく、あんこうチームは私達大洗女子学園の象徴であり最強のチームです。全国大会も、大学選抜チーム戦でも最後はあんこうチームが飾りました。もし誰かを入れ替えたとして、西住隊長の思う通りに動けるメンバーが他に作れるとも思えません」

 

 あんこうチームのメンバーは、一人ひとりが大洗女子学園の中でも飛び抜けて優秀な選手揃い。

 経験も多く積んでいる事から、車長として配置すれば戦力アップの期待もある。

 だが、Ⅳ号は単なる隊長車ではない。

 これに手を付ける事は容易いが、結果として絶対的エースを欠く事になっては本末転倒。

 それはみほに問われる以前から、梓の信念と言っても過言ではなかった。

 

「ただ……」

「うん」

「西住隊長以外の方にも教官役はお願いしたいと思います。つきっきりは無理でしょうけど、少なくとも私達の時とは事情が異なりますから」

「そうだね。いきなり戦車を動かせとか実戦形式で練習とか、無茶だものね」

 

 みほの言葉に、カエサルや典子達が苦笑する。

 何もかもが手探り状態だったとはいえ、今から考えても亜美の指示はメチャクチャだった。

 そのアバウトな訓練から何とかしてしまった彼女達もまた、尋常ならざる存在としか言えないのだが。

 

「じゃあ、そうしよっか。優花里さん達には、私からお願いしておくから」

「はい、お願いします」

「メンバーの割り振りは、梓ちゃんの意見に賛成。磯辺さん、カエサルさん……いいですか?」

「はい!」

「現状を鑑みるに、やむを得ないだろう」

「ありがとうございます。他に……」

 

 と、みほが言いかけた時。

 ドサリ、と何かが倒れる音がした。

 

「あゆみ!」

 

 慌てて駆け寄る梓。

 他の面々も、驚きながら近寄った。

 

「あゆみ! 大丈夫?」

「さ、澤さん。と、とりあえず落ち着きましょう。動かさない方がいいです」

 

 カメさんチームの智子が、カバンから計器を取り出した。

 そして、手慣れた手つきで脈を測ったり呼吸を確かめたりし始めた。

 その様に、一同が呆気にとられてしまう。

 

「……だ、大丈夫みたいですね。とととりあえず、保健室に……」

「……えっと、上野さん? その診察器具とか、いつも持ち歩いてるの?」

「へ? あ、あああっ、す、すいません西住隊長! こ、これは私物でして……その……」

「あ、別に怒ってるとかじゃなくって。どうしたのかなぁ、って」

 

 苦笑するみほ。

 

「あ、はははい! ち、父が開業医でして……その。使わなくなった聴診器とかを、も、貰ったりしてまして」

「そうなんだ……」

「そ、そんな事より。ははは、早く保健室に」

「西住殿ーっ! 担架持ってきました!」

 

 優花里と安祐美が駆け込んできた。

 どうやら、みほが手配したらしい。

 

 

 

「……あれ?」

「気がついた?」

 

 保健室のベッドで、あゆみが目を覚ました。

 傍らに椅子を出して腰掛けていた梓が、ホッと息を吐く。

 

「私……一体」

「倒れたんだよ、ミーティング中に。気分はどう?」

「う、うん……。平気、かな。ごめんね、心配かけて」

「ううん、いいよ」

「あれ? でも練習は?」

「今日は西住隊長の講義にするんだって。実地だけじゃなくて座学も必要だしね」

「でも、梓は……」

「それも大丈夫だよ。他のリーダーにも許可貰ったから」

「そっか……」

 

 溜息をつくあゆみ。

 

「でも、急にどうしちゃったの? 体調が悪いなら言ってくれたら良かったのに」

「…………」

「あゆみ?」

「梓……。私、やっぱりダメかも知れない」

「ダメって……?」

「……車長。梓の代わりなんて、私には無理だよ」

「そんな事ないって。あゆみはあんなに頑張ってるじゃない」

「違う! いくら頑張ったって私は……私……」

 

 梓は絶句する。

 いつものさっぱりした、快活な親友の姿はどこにもない。

 涙こそ流していないが、その顔は暗く沈んでいた。

 

「あやや優季だっているじゃない。あゆみ一人じゃないよ?」

「でも、梓がいないじゃない。一緒にやりたかった……それだけなのに」

「…………」

「わかってるよ、これが私のワガママだって。チームは違っても、梓が近くで見ていてくれるって事も」

 

 あゆみはボーイッシュな性格をしているが、反面ストレスを貯めやすい。

 梓が副隊長に抜擢され、新たなチームを任された事も頭では理解していた。

 ウサギさんを分けるとなった時、新たな車長に自分が任命された事にも驚きはしたが反発や不満があった訳でもなかった。

 ……が。

 砲手と車長というポジションでは当然、求められるものが違う。

 車内外の状況に常に目を配り、各担当に適切に指示を出す。

 常に緊張を強いられるだけでなく、冷静さや咄嗟の判断力も問われる。

 あゆみにそれがないとは言わないが、彼女の頭にはどうしても梓という存在がある。

 勿論経験も実績もみほには及ばないが、大洗女子学園チームの中でも車長に相応しいのは誰かと尋ねれば間違いなく梓の名が挙げられるだろう。

 そんな手本とも言える存在の後を任されたあゆみ、プレッシャーも相当なものだった。

 だが、それを口にはできない。

 車長が弱音を吐けばチーム全体に伝播するだけでなく、みほや梓もすぐに気づいてしまう。

 二人の信頼を損なう事にもなるが、何より梓に余計な負担をかけてしまう……あゆみにはそれが怖かった。

 

「あゆみ……。辛かったんだね、気づかなくてゴメンね」

「梓は悪くないよ……。でも、でも……」

 

 梓は立ち上がると、あゆみをそっと抱き締めた。

 

「梓……?」

「今は、私しかいないから。思いっきり、泣いてもいいよ?」

「…………」

「ね?」

「……ヒック。う、うわぁぁぁ!」

 

 堰を切ったように、ボロボロと涙を流すあゆみ。

 その背を優しく擦る梓。

 静まり返った保健室で、ただ時間だけが流れていく……。

 

 

 

 数十分後。

 コンコンと、ドアがノックされた。

 

「あ、西住隊長」

「どう?」

「寝ちゃいました。……泣き疲れて」

「そっか。大した事ないみたいで良かったね」

 

 養護教諭の見立てでも、一時的なもので医者に行く必要まではないだろう……との事。

 明らかにストレスが原因であり、みほもそれを聞かされていた。

 

「ずっとそばにいたんだね」

「はい、親友ですから。……でも、こんなに悩んでいるのに気づかないなんて」

「だからじゃないかな。親友だから、大丈夫なんじゃないかって思い込んじゃったのかも」

「……かも知れませんね。あの、西住隊長」

 

 梓は、居住まいを正した。

 

「うん」

「……あゆみの事なんですけど」

「車長交代、かな?」

「え? ど、どうしてわかったんですか?」

 

 驚く梓に、みほは微笑んだ。

 

「言ったよね。距離が近すぎるから気づかない事もある、って。……最近の山郷さん、車長として悩んでいるようには見えたんだ」

「……そうでしたか。私、自分の事で精一杯だったんですねきっと」

「梓ちゃん、自分を責めるのは良くないよ?」

「でも……」

「私こそ、いつ切り出そうか迷っていたんだから。あんまりはっきりはいいにくい事だし」

「……西住隊長」

「いいよ、入って」

「失礼しま~す」

「失礼します~」

 

 ドアが開き、姿を見せたのはあやと優季。

 

「二人共どうしたの?」

「あゆみが倒れたって聞いたから、それで」

「な~んか調子悪そうだったしねぇ」

「……そう」

「ほら、だから自己嫌悪に陥らないの。梓ちゃん、山郷さんを起こして貰える?」

「あ、はい。……あゆみ、起きて」

 

 優しくあゆみを揺り起こす梓。

 

「……ん。……あれ、梓?」

「気分はどう?」

「……大丈夫。……あれ、西住隊長? それに、あやと優季まで」

 

 あやと優季が、あゆみに向かって手を振る。

 

「すみません……西住隊長」

「気にしなくていいから。それよりも、山郷さんに大事な話があるの」

「……はい」

 

 上半身だけ起こした姿勢で、背筋を伸ばすあゆみ。

 

「山郷さん」

「……はい」

「今日付けを以て、ウサギさんチーム車長の任を解きます」

「西住隊長!」

 

 梓を手で遮り、みほは続けた。

 

「山郷さん、いいよね?」

「……わかりました」

「代わって、ウサギさんチームの車長だけど。宇津木さん、お願いできるかな?」

「え~っ? 私ですかぁ?」

 

 指名された当人は、あまり驚いた様子もない。

 物事に動じない、という事があるのかも知れないが……。

 寧ろ、梓とあゆみの方が驚きが大きかったかも知れない。

 

「あの、西住隊長。あゆみの代わりが優季って……いきなり過ぎませんか?」

「そうです。確かに、私は車長失格かも知れませんけど……」

 

 苦笑するみほ。

 

「誰もそんな事言ってないよ。それに、宇津木さんには前にお話したよね?」

「あれぇ? そうでしたっけ~?」

「そ、そうだよ。……大丈夫だよね?」

「わかりましたぁ。やってみます~」

「あははは……。それで、山郷さんだけど」

「……はい」

 

 みほは、梓に目を向けた。

 

「モグラさんチームに入って貰おうと思うんだ。お願いできるかな?」

「え? でも、紗希は……」

「代わりに、丸山さんがウサギさんチームに。そう考えてるの」

「…………」

「今のままじゃ、山郷さんは戦力になれないから。でも、私達と一緒にこの学校を守った仲間だから。後はみんな次第だけど」

 

 梓は、腰を上げるとみほに向き合った。

 そして、頭を下げた。

 

「梓ちゃん?」

「……ありがとうございます、西住隊長。紗希には、私から話します。……優季」

「なぁに?」

「……車長、お願いね。できるだけ、私もフォローするから。あやも、サポートお願いね?」

「梓がそういうなら、頑張るよぉ」

「私もいいよ」

「ありがとう。……あゆみ、また一緒に頑張ろ?」

「梓……」

 

 じわりと、あゆみの眼に涙が溢れ出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 大役です!

長らくお待たせしました。
こちらが進まないので、休載していた他の作品を再開したりしているうちに結構間が空いてしまいました。


 新体制の元、訓練に励む日々の大洗女子学園戦車道チーム。

 不慣れなメンバーも多く、全国大会を制した強豪校として相応しいレベルに達しているとはまだまだ言い難い。

 だからと言って、甘えが許される世界でもない。

 去年のようにノーマークで済む筈もなく、どの学校も優勝旗を目指し努力を重ねている。

 増してや、大洗女子学園に愛里寿が加わった事もまたより他校の警戒心を高める事となった。

 まほが引退した今、戦車道家元が選手として所属するのは大洗女子学園だけ。

 それも、実力と才能は折り紙付きの二人である。

 廃校騒ぎが収まったとはいえ、気を抜く余裕すらないのが現状だった。

 そんな中、一本の電話がかかってきた。

 

「練習試合……ですか?」

да(はい)。如何でしょうか?」

 

 戦車のガレージで、みほは携帯にかかってきた電話を受けていた。

 生徒会メンバーが戦車道履修者から外れた事もあり、以前のように気軽に生徒会室を使う訳にもいかなかった。

 大洗女子学園の大恩人であり功労者でもあるみほが申し入れれば無下にはできないのかも知れないが、彼女はそれをしなかった。

 電話の取次だけを依頼し、予め渡してあるリストの相手からの場合のみ転送して貰っていた。

 そして、電話の相手はその中の一人。

 プラウダ高校戦車道新隊長、クラーラだった。

 指揮官としての実力は未知数だが、あのカチューシャから隊長を任された人物が無能である筈もない。

 少なくとも、車長としては優秀である事は大学選抜チーム戦を見た者であれば誰もが認める事実であろう。

 プラウダ高校も先の大会では勝利こそ出来た相手だが、決して格下に見てはいけないチームである事に変わりはない。

 

「ちょっと、待っていただけますか?」

 

 みほは一旦電話を保留にすると、その場にいた梓と愛里寿に電話の内容を話した。

 

「二人共、どう思うかな?」

「……私は、正直現状で他校との試合に臨めるとは思いません。あんこうチーム以外の戦力化がまだまだですから」

「私も梓さんに賛成。対外試合は必要だけど、まだその時じゃない」

「梓ちゃんも愛里寿ちゃんも反対なんだね。……私は、いい機会かなって思うけど」

 

 意外な反応に、梓は目を丸くする。

 愛里寿は、無表情のままみほを見つめる。

 

「練習は本当ならいくらでもやりたいけど、でもそれだけじゃダメだと思うから。それは、うちだけじゃないと思うの」

「……西住隊長は、お受けするつもりなんですね?」

「うん。どうしても梓ちゃん達が乗り気じゃないのならしょうがないけど」

「いえ。何かお考えがあるようですから、それであれば構いません」

「……隊長と副隊長がそう決めたのなら、私からは何も言う事はない」

 

 みほは、二人の返事に頷く。

 

「それでね、梓ちゃん。お願いがあるんだけど」

「え? 何でしょう?」

 

 

 

 週末。

 プラウダ高校の学園艦が、大洗港に到着。

 それを、大洗女子学園戦車道チームの面々が眺めている。

 

「ふえ~、でっかいねぇ」

「安祐美さん。エキシビションの時に一度大洗に来ているじゃありませんこと?」

「ああ、あの時は場所取り行ってたしなぁ」

 

 どこか呑気に見える安祐美とえりのやり取り。

 それを横目に、桂里奈とあゆみは顔を見合わせる。

 

「梓、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だよ、梓は強いから。……私達は、出来る事をやろうよ」

 

 一方、その梓は。

 接岸したプラウダ高校学園艦から降ろされたタラップの前で、みほと並んで立っていた。

 ……と。

 

「あ。今日は、よろしくおねがいしますだ」

「よろしくです」

 

 まだ暑い季節にも関わらず、ロシア帽を被った少女が二人の前に姿を見せた。

 その後ろには、ショートボブの少女。

 

「副隊長のニーナです」

「アリーナです」

「梓ちゃん」

「……はい」

 

 みほに肩を叩かれた梓が、一歩前に出た。

 

「今日の練習試合。……隊長として指揮を執らせていただく、澤梓です。よろしくお願いします」

 

 頭を下げ、二人と握手を交わす梓。

 大洗女子学園はディフェンディング・チャンピオンであり、隊長のみほの実績は十分に知れ渡っている。

 最早無名校とは誰も思わないであろう。

 ……が、それもみほが指揮すればの話。

 梓はみほが副隊長に指名した以上、他校も当然マークはしていると考えるべきであろう。

 とはいえ車長としてはまだしも、隊長としての実力は未知数なのもまた事実である。

 そして、プラウダ高校側もまた隊長のクラーラはこの場にはいない。

 胸を借りつつニーナとアリーナ経験を積む良い機会と思い申し込んだつもりが、肩透かしを食らったようなものだろう。

 一方の梓にしても、緊張で顔が強張ったまま。

 みほから今回の事を告げられた時は流石に驚いたが、それから数日経ち落ち着きは取り戻しつつあった。

 その代わり、今度は初の隊長としてのプレッシャーが襲いかかっていた。

 梓は決して重圧に弱いタイプではないが、いきなりみほの代わりを務めるよう言われて平然としていられる訳もなかった。

 みほからは勝敗とか結果に拘らず、思うように指揮を執れ……そう言われてはいた。

 だが、大洗女子学園は二度の廃校騒ぎもあり注目の的である事に変わりはない。

 練習試合と言えども、気楽に構えるなど梓には到底無理な相談であった。

 ……立場や事情の違いはあれど、両校の隊長は共に胃痛に悩まされかねない状態での試合となってしまっていた。

 

 

 

 挨拶を終えた梓は、勢揃いした戦車道チームのところへ向かった。

 ツチヤ、カエサル、愛里寿、ゴモヨ。

 梓が指名したチームのリーダー達。

 みほは、梓と相談の上今回はメンバーから外れる事となった。

 戦力的にはあんこうチームがいるといないとでは天と地との差がある、それは梓も重々承知している。

 だが、今回はみほが梓に指揮を執らせ自分は何もしないと宣言していた。

 必然的に、残り八チームから選ぶ事となった。

 ペコの手腕も未知数ではあるが、味方の各チームも戦力を分散させた都合上計算通りには行かないかも知れない。

 梓は悩んだ末に、選んだ編成だった。

 

「皆さん。西住隊長みたいには行きませんが、精一杯頑張ります。どうぞ宜しくお願いします!」

「そう硬くなるな。私達は、澤副隊長の指示に従うまでだ」

 

 カエサルの言葉に、他の三人も頷く。

 

「愛里寿ちゃん、至らない事ばかりかも知れないけど……宜しくね?」

「梓さん、それは違う」

「え?」

「私はただの車長だから。遠慮も要らないし気にせず指示して欲しい」

「……うん」

「例え指揮にミスがあったとしても、それに部隊が従わないようでは勝てる試合も勝てなくなる。私からはそれだけ」

「わかったよ。ツチヤ先輩、後藤先輩も宜しくお願いします」

「りょーかい!新生自動車部の腕の見せ所だね!」

「風紀委員も頑張るよ」

「……はいっ!」

 

 梓は、笑顔を見せた。

 

 

 

 そして、試合開始。

 聖グロはチャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶにクルセイダー巡航戦車Mk.Ⅲ、クロムウェル巡航戦車Mk.Ⅳが各一輛。

 マチルダ歩兵戦車Mk.Ⅳが二輛。

 対する大洗女子学園はT-28、T-26E4(スーパーパーシング)VK4501(P)(ポルシェティーガー)、ルノーB1bis、三号突撃砲F型。

 車輌の統一感がないのは相変わらずだが、最初の練習試合に出たのは三突のみ。

 メンバーも大幅に入れ替わっているが、あれからまだ一年も経っていない。

 梓はハッチから身を乗り出しながら、ふとそんな事を思った。

 

「梓」

「え?」

 

 車内からの声に下を向くと、あゆみが見ていた。

 

「感慨にふけるのもいいけど、試合が終わってから。今日の梓は隊長なんだからね?」

「あ……うん、そうだね。……ありがとう、あゆみ」

「うん! 頑張ろうね!」

「……あの、あゆみさん?」

 

 通信手のえりが、ヘッドホンを直しながら話しかけた。

 

「何かな?」

「いえ。梓さんの様子、どうしてわかったんでしょうか?」

「わかるよ。梓だもん」

「……いや、それ説明になってないって」

「そうかな?」

 

 安祐美のツッコミに、首を傾げるあゆみ。




リアルに考えたらツッコミどころがあるかと思いますが、ガルパン世界なのでそこは勘案していただけますと幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
番外編 みほさんと夕食です!


フォロワーさんと話していて思いついたネタです。
短編集とどっちに投稿しようか迷いましたが、澤ちゃんメインなのでこちらにしました。

数年後の澤ちゃんとみほを書いてみました。
卒業しているので呼び方が違っています。
あと、澤ちゃん視点にしてあります。


番外編ですが、よろしくお願いします。


 チラ、と時計を見た。

 六時半。

 そろそろかな?

 

「ただいま」

 

 あ、やっぱりだ。

 ドアが開き、みほさんの声がした。

 私は火を止め、玄関に出た。

 

「お帰りなさい」

「あれ、もう帰ってたんだ?」

「はい。バイトが思ってたよりも早く終わりましたので」

「そっか。梓ちゃんも大変だね、毎日毎日」

「いえ、もう慣れましたから」

 

 みほさんは、クンクンと鼻を動かす。

 そして、パッと顔を輝かせた。

 

「いい匂い。……もしかして」

「はい。沙織先輩直伝の肉じゃがですよ」

「うわぁ、楽しみ!」

 

 ルンルンとスキップでもしそうな勢いで、みほさんはクローゼットへと向かう。

 沙織先輩にはまだまだ及ばないけど、練習しているうちにだんだんと味は良くなってきてると思う。

 あの肉じゃがのお陰で、今ではすっかりみほさんの好物になっている。

 沙織先輩、やっぱ凄いな。

 そう思いながら蓋を取り、ジャガイモの具合を見る。

 最初は煮過ぎて崩れたり、逆に硬すぎたりと失敗の連続だったっけ。

 流石にみほさん達に食べて貰う訳にもいかず、自分のお弁当が暫く肉じゃが続きだった事もあった。

 あゆみ達にはすぐにバレて、やいのやいのとアドバイスされたりとか冷やかされたりとか。

 今日は……うん、上手く行ったかな?

 

 みほさんとルームシェアを始めて、もう二年近くになる。

 みほさんは今、世界大会選抜チームの隊長となった愛里寿さんに代わって大学選抜チームを率いている。

 サッカーのようにプロアマ混合大会も開かれるようになり、みほさんの忙しさは相当なものだ。

 私は戦車道そのものは辞めて、今は学業に専念している。

 大洗女子学園卒業時には、いろんな大学や企業からも誘いがあった。

 私だけの力とは思わないけど、高校生大会優勝チームの副隊長というのは自分で思っている以上に評価されるものみたい。

 勿論私だけじゃなく、桂利奈ちゃんやあゆみ達にもスカウトは殺到していた。

 でも、全員がそれらを丁重に断っていた。

 理由を尋ねたら、私の指揮じゃないならやろうとは思わない……そう即答されてしまった。

 お陰で、余計に私宛のスカウトが増えてしまい大変な目に遭ったけど。

 

「それにしても勿体無かったね」

 

 着替えたみほさんが、テーブルにお皿を並べながら言った。

 

「え?」

「梓ちゃんだよ。あのまま続けていたら、今頃私じゃなくて梓ちゃんが隊長になっていてもおかしくなかったのに」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。今でもスカウト、来てるんでしょう?」

「ええ。その都度お断りしてるんですが」

 

 在学中にも関わらず、気の早い企業から卒業後にというメールは来ている。

 昇進した蝶野三佐からも、自衛隊に入らないかとお誘いをいただいてる。

 ……でも。

 

「やっぱり、気は変わらない?」

「はい」

「そっか。……そうだよね」

 

 私は今、戦車道連盟の審判員を目指している。

 武芸である以上、審判は必要不可欠。

 でも地味な仕事だし、お給料も高いとは言えないせいもありあまり人気はない。

 だからと言って、なり手がいなくなったら大変な事になる。

 大洗時代にお世話になった篠川さんからその話を聞かされ、私は決意した。

 それなら、自分で目指してみようと。

 実際に勉強してみて、戦車道の審判がどれだけ大変なのかが少しずつわかり始めた。

 ルールを熟知するのは勿論だけど、それもこまめに改定される上に日本と世界ではまた異なる点があったりする。

 各チーム全ての戦車について特徴も把握していないといけないし、覚える事は山のようにある。

 ……でも、後悔はない。

 戦車道との縁は大切にしたいし、それで自分の出来る事は何かを考えた末の結論だから。

 

「梓ちゃん」

「……え?」

 

 みほさんの顔が、目の前にあった。

 見慣れているつもりだけど、やっぱりドキドキする。

 元々可愛らしい人だったけど、最近だんだんと綺麗にもなってきた気がする。

 しほさんやまほさんがあれだけ美人だから当たり前なのかも知れないけど、私からしたら羨ましい限り。

 化粧も殆どしないのにこれだから参っちゃう。

 

「また考え事?」

「……ええ、まあ」

「冷めないうちに食べたいな。ね?」

 

 勿論、拒否権はない。

 拒否する理由もないんだけどね。

 私は頷き、ガステーブルに向かった。

 

「う~ん、美味しそう! いただきます」

「はい、どうぞ」

 

 テーブルに向かい合わせで座る。

 広い部屋でもないし、自然とこうなっている。

 手を合わせ、箸を手にした。

 今日の献立は肉じゃが以外にほうれん草の白和え、茄子の揚げ浸し、トマトのさっぱりサラダ、それに若布と豆腐のお味噌汁。

 レパートリーも少しは増えてきて、みほさんにも色々と用意してあげられるようになってきた。

 最初の頃は出来合いのお惣菜とか簡単なものばかりだったけど、やっぱり栄養のバランスが悪いし体調管理を考えるといい訳がない。

 私自身よりも、みほさんの事を考えると余計に。

 多忙なみほさんはあまり家事に時間を費やす事が出来ず、ルームシェアするまでは外食とかお弁当が多かったみたい。

 それを知ってから、機会があればみほさんの部屋に押しかけて出来る限りサポートしようと心に決めた。

 あゆみ達にはまるで押しかけ女房みたいだと冷やかされたけど、それぐらい私はみほさんの事が気懸りだった。

 ……気がつくと、こうして同じ部屋で暮らしている。

 

「ふふ」

「梓ちゃん、どうかした? やけに嬉しそうだけど」

「あ、いえ!……それより、どうですか?」

「美味しいよ、どれも。箸が止まらないぐらい」

「そうですか、良かったぁ」

 

 ニコニコしながら食べてくれるみほさんを見ると、私まで幸せな気分になれる。

 見ると、みほさんのご飯茶碗はもう空だった。

 

「みほさん、お代わり如何ですか?」

「ありがとう。ご飯が美味しくて、ついつい進んじゃう」

「うふふ。まるでみほさん、五十鈴先輩みたいですね」

「あ、それはあんまりだよ。華さん程は食べないよ?」

 

 頬を膨らませるみほさん。

 こんな仕草も可愛いんだから、反則よね。

 

「冗談ですよ。しっかり食べて、明日に備えて下さい」

「もう! 梓ちゃん、最近意地悪になってきたね」

「そうですか? みほさんの気のせいですよ、きっと」

「……知らない」

 

 プイとそっぽを向くみほさん。

 だから、可愛いだけなんだけどなぁ。

 ……うん、みほさんの言う事もあながち否定出来ないかも。

 

 

 

「ふう、気持ち良かったぁ」

 

 髪を拭きながら、みほさんがバスルームから出てきた。

 ボディーソープの香りが鼻をくすぐる。

 

「戦車内は暑いですからね。夏場とか大変ですし」

「そうそう。ブーツの中とか蒸れちゃったりね」

「最初はそこまで頭が回らなくて、着替える時にびっくりしましたよ。後からみんなで暑いね、って話をしたんですよ。そうしたら」

「どうなったの?」

「はい。梓は車長でハッチから出られるからまだマシじゃないかって言われちゃいました」

「あはは……。別に車長はああしなきゃいけない訳じゃないんだけどね、車内にずっといるのが普通だし」

 

 実際、車長がああやっているのは通常の移動中とかで戦闘が始まれば車内に入るのが普通だったらしい。

 みほさんは滅多に当たらないし状況が良くわかるからと平然としてるけど、実弾を使用する戦車道でその度胸は凄いと思う。

 そのせいかどうかはわからないけど、あのポーズでいる車長は少なくない気がする。

 大洗時代でも、磯辺先輩とかはそのイメージが強かったし。

 他校だと知波単の西さんとか、黒森峰のまほさんの印象が強い。

 危険なのは変わらないんだけど、凛々しく見えて絵になるのは確かだし。

 

「でもその代わり、太陽の光を浴びるから日焼けもしちゃいますよね」

「うんうん、雨や雪が降れば濡れるし。土埃で髪が砂だらけになったりするし、いい事ばかりじゃないよね」

 

 車長にしかわからない苦労。

 みほさんに後を託された私には良くわかるつもりだし、実際にそう思う。

 

「さて……と」

 

 みほさんは冷蔵庫を開けて、振り向いた。

 

「梓ちゃん。ちょっと付き合わない?」

 

 その手には、ワインボトルがあった。

 

「それ、どうしたんですか? いつの間にか冷蔵庫に入っていたみたいですけど」

「アンチョビさんから貰ったの。本場の白ワインなんだって」

「そうでしたか。……でも、大丈夫なんですか?」

「だから、ちょっとだけ。ね?」

 

 小首を傾げながら誘ってくるみほさんの破壊力、カール自走臼砲も顔負けだと思う。

 秋山先輩やケイさんに聞いたら、首が千切れそうな勢いで同意されたっけ。

 

「わかりました。ちょっとだけ、ですよ?」

「うん! あ、肴は私が用意するね」

「いいですよ。私が作ります」

「いいからいいから。任せて?」

 

 みほさんも全く料理ができない訳じゃない。

 ただ、自分の事すらなかなか時間が取れないくらい多忙な人。

 料理の練習や研究をしている暇なんてある訳もない。

 そうなると、やっぱり気になってしまう。

 下手に包丁で手を切ったりしたら大変だし。

 ……あ、タマネギを切ろうとしてる。

 

「みほさん、タマネギですか?」

「え? そうだけど」

「それなら、これを」

 

 私は冷蔵庫を開け、タッパーを取り出した。

 昨日タマネギを切った時に、使い道が多いからと余った分を取っておいた。

 手間のかかる一品を作るとも思えないから、これがあればいい筈。

 

「……梓ちゃん。どうしてそんなに準備がいいの?」

「いえ、タマネギを使って何かとなったらスライスかみじん切りかと。違いました?」

「違わないけど……ハァ、梓ちゃんには何でもお見通しなのかなぁ」

「そんな事はないですって。これ、使って下さい」

「……う、うん。ありがとう」

 

 みほさんは包丁を置いた。

 あまり気にするのも失礼かも知れないけど、万が一という事があるし。

 ……過保護じゃない、よね?

 

 

「あ、美味しいです」

「良かったぁ」

 

 みほさんが用意したのは、鯛のカルパッチョ。

 鯛のお刺身を塩胡椒で馴染ませ、タマネギとサニーレタスを載せてドレッシングをかけたもの。

 簡単レシピだけど、本当に美味しい。

 白ワインが進んじゃいそう。

 

「これもね、アンチョビさんに教わったの」

「そうでしたか。ドレッシングもこだわっている感じがしますね」

「……いつも、梓ちゃんにはお世話になりっぱなしだから。何かでお返し出来ないかなって」

「そんな事気にしないで下さい。私が好きでやっているだけだし」

 

 みほさんは、空になったグラスにワインを注ぎ足した。

 そして、私のグラスにも。

 

「久しぶりだね、こうやって梓ちゃんと飲むのは」

「そうですね。みほさん、お忙しいから」

「……本当に、いつもゴメンね」

「ですから気にしないで下さい。みほさんには、笑顔でいて欲しいですから」

「もう、ズルいなぁ。そんな事言われたら、落ち込めないじゃない」

 

 ほんのりと頬を染めて、みほさんは上目遣いに私を見ている。

 思わずドキドキしてしまって、目を合わせにくい。

 

「家で誰かが待っていてくれるのが、こんなに嬉しいなんて私……思わなかったから」

「みほさん……」

「梓ちゃん、みほさんじゃないよ?」

「……え?」

「私には、妹同然なんだから。他人行儀過ぎるよ、うん」

「……もしかして、またですか」

「またって何よまたって!」

 

 みほさんはグラスを干すと、ボトルを持ったまま立ち上がる。

 そして、私の隣に腰を下ろした。

 

「みほお姉ちゃん、でしょ?」

「……もう! それは特別だって言ったじゃないですか」

「だーめ。意地でも呼ばないなら、こうしちゃうぞ?」

 

 みほさんに抱き付かれてしまった。

 そのまま、頬をスリスリしてくる。

 

「ちょ、ちょっとみほさん。やっぱり飲み過ぎですってば」

「みほお姉ちゃん!」

「うふふ、梓ちゃん可愛いなぁ」

 

 みほさん、普段も鍛えているせいでしっかり抱き付かれてしまい引き剥がせない。

 嬉しくない訳じゃないんだけど……ってそうじゃなくって!

 

「梓ちゃん、大好き」

「みほさ……ムグッ!」

「みほお姉ちゃんだって」

 

 手で口を塞がれちゃった。

 ど、どうしたらいいのこれ?

 ……と、不意に回された腕の力が弱まった。

 急だったから、息が出来なくて一瞬慌ててしまったけど。

 

「プハッ! みほ……さん?」

 

 私の肩に頭をもたれて、寝息を立て始めていた。

 みほさん、飲み過ぎるとこれがあるから……。

 わかっていたんだけどなぁ。

 

「みほさん、風邪引きますよ?」

「……みほ……お姉ちゃん……だよ」

「失礼しますね。よっと」

 

 脱力するみほさんを何とか立たせて、ベッドに連れて行く。

 着替えは無理だから靴下だけ脱がせて、布団を掛けた。

 

「ふう……。お休みなさい、みほさん」

 

 そう言って離れようとすると、服を掴まれている事に気づいた。

 

「……梓ちゃん……」

「もう……。少しだけですよ?」

 

 私はみほさんに顔を近づけて、囁いた。

 

「おやすみなさい。……みほお姉ちゃん」

 

 服の裾を掴んでいた手から力が抜けたみたい。

 

「……さて、後片付けしようっと」




以上、ウサギ小屋(いそやさん@大洗)より投稿です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 クリスマスです!

メリー・クリスマス!
という事で完全に勢い任せで書いた番外編です。


 クリスマスイブ。

 元々の由来や本来の過ごし方は兎も角、日本では特別な意味のある日……そういう過ごし方をする人もいる。

 街はイルミネーションで鮮やかに彩られ、ケーキ屋やフライドチキンチェーン店などは大忙し。

 良し悪しはさておき、皆挙ってのお祭りとも言えよう。

 

「寒いな……」

 

 多くの人が行き交う駅前で、一人の女性が立っていた。

 時折、腕時計やスマホを眺めながら。

 吐く息は白く、その身体は小刻みに震えていた。

 気温は氷点下にこそなっていないが、時折吹き付ける北風も相まって体感温度は低い。

 そんな中ジッと何かを待つ彼女。

 時折ナンパ目的で声をかけてくる男達を何度も断りながら、思わず溜息をつきそうになった時。

 

「梓ちゃん!」

 

 改札から、手を振りながら別の女性が駆けてきた。

 曇りがちだった梓の顔が、パッと明るくなる。

 

「みほさん! こっちです!」

「ゴメンね、会議が長引いちゃって。待ったよね?」

「いいえ、私が早く着き過ぎちゃって」

「梓ちゃんならそう言うと思ったよ。ホント、ゴメンね?」

 

 急いできたのだろう、みほの額には汗が滲んでいた。

 梓はハンカチを取り出し、拭っていく。

 

「あ、いいよいいよ。自分でやるから」

「ダメです。遅れてきた罰です」

「梓ちゃん、やっぱり怒ってない……?」

「ふふ、罰は冗談ですよ。このぐらいさせて下さい」

 

 そんな二人の傍らを通り過ぎる人々の中には、立ち止まる人が出てきた。

 

「なあ、あの人ってもしかして」

「戦車道の……?」

 

 梓は兎も角、みほはテレビや雑誌でも頻繁に取り上げられる有名人。

 当然、顔は広く知られている。

 私服姿とは言え、目立って当然であった。

 そして、梓もそれに気づいた。

 

「行きましょうか」

「え? うん」

 

 状況が飲み込めていないみほの手を取り、梓は歩き始めた。

 

 

 

「じゃ、乾杯!」

「はい、乾杯です!」

 

 小洒落たレストラン……ではなく、こじんまりとした居酒屋。

 その奥まった個室で、こたつに入りながら二人は向き合っていた。

 テーブルの上にはガステーブルに載せられた鍋、そして何本かのお銚子。

 

「あんまりクリスマスっぽくないね」

「そうですね。でも、それっぽいお店は予約で一杯ですし、それに今日は値段も高いですから」

「それもそっか」

 

 笑いながら、みほはお猪口を傾ける。

 

「彼氏がいてもおかしくないのにね、梓ちゃんなら」

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

「ふぇっ? 私なんてないよ、ないない!」

「どうしてですか? みほさんはスタイルもいいし、強い乙女の象徴みたいな方じゃないですか」

「あはは、そういう意味ね。はい、ご返杯」

 

 梓もお猪口を空け、みほの前に差し出した。

 

「梓ちゃん、大学選抜チームで小隊長を務めていた三人は覚えてる?」

「はい。確かメグミさんにルミさん、それにアズミさんですよね?」

「うん。ちょっと前まで同じチームだったし、今も話す機会は多いんだけど」

 

 大学選抜チームとの試合。

 あれから、もう四年が過ぎている。

 愛里寿はもう四年生、メグミ達は既に卒業して社会人になっていた。

 梓も成人式を迎え、こうやって酒を飲める歳に。

 互いに不本意な試合をする事になったみほと愛里寿達だが、わだかまりもなく交流が続いている。

 

「皆さん美人でしたよね。アズミさんなんて、まさにお姉さまって感じでしたし」

「その通りなんだけど……」

「どうかしたんですか?」

「出会いが全然ないんだって。大学生の間もそうだったけど、社会に出てからもなかなかないみたいで」

「……それ、何か他に原因があるんじゃないですか?」

 

 三人と直接の面識はない梓だが、噂は耳に入っている。

 本人達の名誉の為に敢えて口にはしないが、思い当たる原因はある。

 そうでもなければ、あれだけの美女が揃いも揃って出会いのなさを嘆いている事があり得ない。

 

「だから、私に浮いた話がなくてもおかしくないの」

「そういうものでしょうか……?」

「そうそう。あ、鍋そろそろいいんじゃないかな?」

「そうですね。じゃ、蓋取りますね」

 

 モワッと水蒸気が立ち上り、グツグツと煮える鍋が姿を見せた。

 

「あんこう鍋なんて、久しぶりだね~」

「ええ。本当は、年が明けてからの方が美味しいんですけどね」

「いいよいいよ、このお店って大洗出身の人が経営してるんだってね?」

「はい。紗希に教えて貰ったんですよ」

「そうなんだ。あ、ありがとう」

「いえいえ」

 

 鍋からあんこうと野菜を取り分け、とんすいを差し出す梓。

 みほは受け取り、汁を一口。

 

「あ、美味しい。とても濃厚だね」

「どぶ汁ですね」

「どぶ汁……?」

「あれ、ご存じなかったんですか? あんこう鍋って言っても普段食べるのは水を使いますが、これは一切水を使わない鍋なんです」

「水を使わずに?」

「そうです。あんこうは殆どが水分ですし、昔船の上では水が貴重品だったのでそれを活かして作ったのが由来だそうですよ」

「そうなんだ。でも、美味しいね」

「ええ。食べ終わったら雑炊にしていただきましょう」

「お酒も進んじゃうなぁ。梓ちゃんも飲もうよ?」

「みほさん、程々にして下さいね」

 

 苦笑しながらも、梓は追加のお銚子を頼もうと席を立った。

 

 

 

「うわぁ……」

「綺麗ですね」

 

 店を出た二人は、近くの公園まで歩いた。

 街路樹が電球で彩られ、幻想的な世界が広がっていた。

 白、青、ピンク……。

 ただ飾り付けられるだけではなく、サンタクロースやトナカイ、雪だるまなど様々なものが描かれていた。

 多くの人が歩いていたが、その大半は勿論男女のカップル。

 腕を組んで歩き、中には木陰でキスを交わす人も。

 

「皆さん、大胆ですねぇ……」

 

 梓がボソッと呟く。

 小さな呟きだったのだが、みほは耳聡くそれを聞いていたらしい。

 

「えいっ!」

 

 みほは梓に密着し、梓の腕に抱きついた。

 

「み、みほさん?」

「うふふ~、これで私達も他の人達とおあいこだね」

「もう……。酔ってますね?」

「酔ってるよ~。梓ちゃんとこうやって楽しくお話できたんだし」

 

 いささか、みほの足取りは危うかった。

 梓は溜息をつくと、

 

「しっかり掴まっていて下さいね?」

「うん。梓ちゃん、大好き!」

「もう……」

 

 そっぽを向く梓。

 その顔が赤いのは、アルコールだけのせいではなさそうだ。

 ……と、その視線が止まった。

 

「みほさん、見て下さいよ。あれ」

「……え?」

「あれですよ、あれ。しっかりして下さい」

「……うわぁ!」

 

 二人の行く手に見えるイルミネーション。

 あんこうチームのマークそのものだった。

 

「もっと近くに行こうよ?」

「はい!」

 

 あんこうマークに目を取られていたが、よく見ると他にもいろんなシンボルマークが描かれていた。

 

「これは、カメさん……?」

「ウサギさんもありました!」

「こっちにはカバさんにアヒルさん!」

「レオポンさんにアリクイさん、カモさんまで」

 

 二人が見間違えるはずもない。

 大洗女子学園戦車道チームのシンボルマークばかりだ。

 

「どういう事……?」

「わかりません。でも……」

「?」

「見よう見まねで作ったとは思えないですね、これ。一体誰が……?」

 

 と。

 二人の肩を誰かがポン、と叩いた。

 

「久しぶりだね、お二人さん」

 

 振り向くと、二人の良く知った顔がそこにあった。

 

「スズキさん?」

「ご無沙汰してます、スズキ先輩」

「こちらこそ。聞き覚えのある声がしたけど、やっぱり二人だったっしょ」

 

 二人が見慣れたツナギ姿ではなく、作業着にジャンパーという出で立ちだった。

 それでも、数々の戦場を共にくぐり抜けた戦友。

 その顔を見間違えるはずもない。

 

「スズキさん、どうしてここに?」

「その電飾、私が作ったんだ」

「スズキ先輩が?」

「この辺、うちの大学で飾り付けとかしてるから。電気に詳しいからって毎年やらされてるんだ」

「それで、これを?」

「そう。今年は最後だから、好きにやっていいって言われてさ」

 

 梓は、スマホを取り出した。

 

「これ、あゆみや紗希達にも見せてあげようと思うんです」

「あ、いいね。沙織さんや優花里さんにも送ってあげて?」

「勿論です」

 

 そう言って、写真を撮り始める梓。

 と、スズキがポンと手を叩いた。

 

「そうだ。ツーショットで撮ってあげようか?」

「え?」

「流石に恋人同士……ってのはなしだけど、二人は相変わらず仲良しみたいだし」

「お願いします、スズキさん!」

 

 言うが早いか、みほは梓のスマホをスズキに手渡した。

 そして、梓と肩を組む。

 

「もーっ、みほさんったら!」

「えー? いいじゃない、私梓ちゃん大好きだし」

「……そりゃ、私もみほさんの事は……って何言わせるんですか!」

「はいはい、痴話喧嘩は後にしてくれると有り難いっしょ。じゃ、撮るよ?」

 

 満面の笑みを浮かべるみほと、ややぎこちない笑みの梓。

 違う角度や場所で何枚かを撮り、スズキはスマホを梓に返した。

 

「どう?」

「綺麗ですよ、スズキさん」

「ありがとうございます、スズキ先輩」

「どういたしまして。……っと、後輩が呼んでるみたいだね。それじゃ、また」

 

 スズキは手を振り、駆けていった。

 

「もっとゆっくりお話したかったね」

「仕方ありませんよ。また時間を作って会いましょうよ、みんなで」

「そうだね……うん」

 

 二人は、暫くイルミネーションを堪能した。

 ……と。

 

「ひゃっ!」

「ど、どうかしましたか?」

「ううん。何か、頬に冷たい物が当たったから」

 

 みほが空を見上げ、梓もそれに倣う。

 手のひらを空に向けると、ひやりとした感触があった。

 

「雪……?」

「……みたいですね」

「ロマンチックだね」

「……はい!」

 

 来年も、こうして過ごせるといい……。

 梓は、はしゃぐみほを横目にそう願っていた。




澤ちゃんが可愛いから仕方ないのです。
噂では、来年のガルパン公式カレンダーがステキな事になっているとか……今から楽しみです!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 君の名は!?

タイトルでバレバレでしょうけど、某映画のパロディです。
本編が煮詰まったので気分転換兼ねて書いてみました。


 ピピピピピ、と電子音が鳴り響く。

 

「……ん」

 

 布団から手が伸び、音源を掴んだ。

 カチリと音がして、部屋には静寂が戻る。

 

「ふぁぁぁ……。起きなきゃ」

 

 部屋の主、みほは大きく伸びをした。

 そして、時計に目をやる。

 

「……あれ? どうして?」

 

 首を傾げるみほ。

 文字盤は、七時を指していた。

 学校に遅れる時間ではないが、本人にはセットした時間に覚えがないようだ。

 

「……って言うか、時計が違うなぁ。それに、部屋もなんだか」

 

 何度も首を捻りながら、みほはベッドから出ると洗面台に立った。

 それから、鏡を覗き込む。

 

「……え?」

 

 自分の顔をペタペタと触り始めるみほ。

 それから、身体を見た。

 再び鏡に視線を戻し……フリーズしてしまう。

 

「え、ええーっ!」

 

 ベランダにいたスズメが一斉に飛び立つぐらいの絶叫が、こだました。

 

 

 

 ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。

 鍵が開けられ、ドアの向こうからあゆみが顔を覗かせた。

 

「お、おはようございます」

「あゆみ、早く入って!」

「は、はい。じゃあ、お邪魔します」

 

 恐る恐る部屋に上がりながら、あゆみは訝しげにみほを見る。

 

「あの……。さっきの電話、冗談じゃありませんよね?」

「だから違うったら! 私よ、梓よ!」

 

 何処から見てもみほ本人が、梓だと主張しているのだ。

 あゆみが疑わしい目をするのも無理はない。

 

「じゃあ、質問。私の身長は?」

「百六十センチ!」

「正解。次、梓の昨日の晩御飯は?」

「お蕎麦。紗希と一緒に食べたから」

 

 あゆみは次々に質問を投げ、梓と言い張るみほはそれに澱みなく答えて行く。

 みほは確かに個人データを集める場合もあるが、こうも個人の行動を事細かに把握しているかと言えば流石に怪しい。

 あゆみも納得がいったようで、ふうと溜息をついた。

 

「どうやら、本当に梓みたいだね」

「うん。信じてくれた?」

「良く考えたら、西住隊長が私を騙しても何の意味もないしね。……でも、どういう事なのこれ?」

「私が聞きたいよ。起きたらいきなり西住隊長になっていて、訳がわからないの」

「そうだよね。……あ」

 

 と、あゆみは何かを思いついたようだ。

 

「どうしたの?」

「あのさ。梓が西住隊長になってるって事は……梓の身体はどうなったのかな?」

「私?」

「うん。もしかしたらだけど……梓と西住隊長、入れ替わっるんじゃない?」

 

 あゆみの指摘に、梓は顔面蒼白になる。

 

「た、大変じゃないそれ!」

「兎に角、連絡してみようよ」

 

 あゆみは携帯を取り出し、電話帳から梓の番号を呼び出す。

 程なく、プルルとコール音が聞こえてきた。

 一回、二回、三回……。

 

「出ない?」

「もう少し粘ってみようよ」

 

 コクリと頷く梓。

 そして、十回を過ぎた。

 

「も、もしもし?」

 

 慌てた声が返ってきた。

 紛れもなく、梓の声だった。

 あゆみと、みほの姿をした梓は頷き合う。

 

「おはようございます。あの、西住隊長……ですよね?」

「そ、そうなの山郷さん! 朝起きたら、私梓ちゃんになってて……」

「やっぱり。今、梓と代わりますね」

 

 

 

 一時間後。

 みほと梓は、互いが入れ替わったまま登校。

 あゆみの他、事情を知らされ飛んできた優花里も一緒だった。

 優花里も混乱し、状況を把握するのに少しばかり時間を要したのは言うまでもない。

 話し合いの末いきなりそれぞれ教室には向かわず、生徒会室に。

 軽く事情を聞いた杏は、全員を会長室へ招き入れた。

 

「おい西住、澤! 二人揃って我々をからかっているんじゃないんだろうな!」

「そ、そんなつもりありません!」

「そうです、河嶋先輩! ふざけてこんな真似できません!」

「し、しかしだな……」

「まーまー、河嶋落ち着け。小山、どう思う?」

「はい。確かにあり得ない話だとは思いますけど……お芝居にしては、仕草まで入れ替わってる気がするんです」

「だよねぇ。だいたい、西住ちゃんも澤ちゃんもそんな事に向いてないしねぇ」

 

 杏は立ち上がると、みほと梓の前に立つ。

 それから、二人の顔を代わる代わる覗き込んだ。

 

「西住ちゃん」

「は、はい!」

 

 見た目は梓にしか見えないみほが返事をする。

 

「で、どうする? 全員に事情を説明すんの?」

「い、いえ。それだと余計な混乱を生みそうですし……」

「澤ちゃんは?」

「私も西住隊長に賛成です」

 

 未だに動揺が収まらないみほに対し、梓は落ち着きを取り戻していた。

 

「澤殿はもう平気なのですか?」

「いえ、まだ信じられないですけど。でもこれ、現実ですから」

「梓は強いよねぇ。でも、大丈夫なの? 勉強とか」

「それなんですが……。会長、お願いがあります」

 

 

 

 それから、十数分後。

 みほと梓は、戦車用倉庫に来ていた。

 

「今日は戦車道に専念するから他の授業全部休みなんて、よく思いついたね梓ちゃん」

「だって、この状態で普通に学校生活送れると思います?」

「無理、かな……あはは」

 

 傍から見れば、みほが梓を(たしな)めているようにしか見えない。

 二人の傍に寄れば、会話や表情が明らかに不自然な事に気づくかも知れないが。

 

「それにしても、一体何があったんだろうね」

「わかりませんけど……。ちょっと前に、桂利奈から勧められた映画で似たような話がありまして」

「そうなの?」

「はい。もっとも、その話では入れ替わるのは見ず知らずの男の子と女の子でしたけど」

「……なんか、凄い話だねそれ」

「まだ私達はそれに比べればマシかも知れませんね」

 

 梓の言葉に、苦笑を浮かべるみほ。

 

「でも、ずっとそうだったら大変だね」

「ですね。私達の場合は……どうなんでしょう?」

「それは……ちょっと困るかな。梓ちゃんは困らない?」

「勿論困りますよ。西住隊長の代わりなんて務まる訳ないですから」

「そうかなぁ……あ、そうだ」

 

 みほは、梓を手招きした。

 

「なんですか?」

「いい機会だから、梓ちゃんと戦車乗ってみたいなぁって」

「それは構いませんけど……。でも、私達だけですか?」

「うん。普段だったらこういう機会ないし」

 

 ニコニコしながら、みほは一輌の戦車に近づいた。

 見覚えのない梓は、首を傾げる。

 

「西住隊長、こんな車輌うちにありましたっけ?」

「ううん、ないよ」

「ですよね……。校章も描かれてないし」

「これはね、Ⅱ号戦車。実家から借りてきたんだ」

「実家……ですか。流石西住流家元ですね」

 

 思わず笑顔がひきつってしまう梓。

 

「新しい人達の練習用にいいかな、って。あ、お母さんにもちゃんと許可は貰ってるからね?」

「は、はぁ……」

「これなら、操縦手と車長だけでも動かせるから。じゃ、梓ちゃん車長お願いね」

「え? 車長なら、西住隊長の方が……」

 

 梓の言葉に、みほは苦笑する。

 

「梓ちゃん、私って操縦苦手だって忘れちゃった?」

「いえ、それは覚えていますけど……」

「今は入れ替わってるんだから、梓ちゃんなら操縦も結構上手だし。その身体になっている私が動かした方が、ね?」

「……それはそうかも知れませんけど、大丈夫でしょうか?」

「やってみればわかるんじゃないかな」

 

 そう言って、みほは車内へと入っていく。

 梓は溜息をつくと、後に続いた。

 

 

 

「では、行きますよ?」

「いつでもどうぞ!」

「……パンツァー・フォー!」

 

 梓の合図で、みほはⅡ号戦車をスタートさせた。

 梓の身体が覚えた操縦技術のお陰なのか、思っていたよりも動きはスムーズに感じられた。

 

「梓ちゃん、どうする?」

「とりあえず、学園艦を一周してみましょうか」

「了解!」

 

 車長の席で、ハッチから上半身を出すスタイルにもすっかり慣れた梓。

 スピードを上げて走れば砂埃だらけになるし、髪もグチャグチャになったりする。

 それでも、彼女はこのスタイルを止めようとはしない。

 

「ふふっ」

「どうしたの、梓ちゃん?」

「……え? な、何でしょう?」

「ううん、なんだか楽しそうだったから。流石に操縦しながらじゃ、顔は見えないけど」

 

 真っ赤になる梓。

 が、みほ相手に黙りこくるような真似はしないようだ。

 

「なんか、こうしていると西住隊長の気持ちがちょっとだけわかる気がしまして」

「私の気持ち?」

「はい。戦車道初めた頃は沙織先輩じゃないですけど、危ないなってしか思わなかったんですけど……」

「今は違う?」

「違います、周囲の状況を把握しやすいのは勿論ですけど。……こうしていると、なんか気持ちがいいなって」

「気持ちいい、か」

「あ、いえっ! ただ、この身体になったせいかそんな気がして仕方なくて……すみません」

 

 と、みほがクスクスと笑い出した。

 

「梓ちゃん」

「は、はい!」

「間違ってないよ、それ」

「……そうなんですか?」

「だってそうじゃない。風を感じられるし、私は好きだな」

「……そう、ですよね。ですよね!」

 

 梓は弾かれたように立ち上がると、ハッチの外へ。

 スピードが落ちている訳ではなく、車体は激しく振動している。

 もしバランスを崩せば転落する危険がある中での行為。

 それでも梓はためらう事なく、砲塔の上に立ち上がった。

 全国大会でみほが披露した、いわゆる『軍神立ち』。

 みほの身体とはいえ、しっかりと脚に力を入れ見事に決めてみせた。

 梓は、会心の笑みを浮かべた。

 

「コラーッ!」

「あ、危ないですって!」

 

 ……と。

 梓が半ばトリップしそうになったところに、後方からいきなり怒鳴り声が飛んできた。

 振り向くと、ヘッツアーが猛スピードで追いかけているのが見えた。

 ハッチからは、あゆみが身を乗り出している。

 姿は見えないが、優花里の声も。

 恐らく、操縦しているのだろう。

 

「心配して来てみたら。梓、何やってるのよ!」

「な、何って……。ほら、格好いいでしょ?」

「バカ! その身体、西住隊長のだって事忘れてる訳じゃないでしょ?」

「西住殿! とにかく停まって下さい!」

 

 最高速度はほぼ同じの二輌。

 優花里の指示通り、みほが減速すればあっという間に追いつかれるだろう。

 

「梓ちゃん、どうする?」

「え? ど、どうするって……」

「決めるのは車長だよ? 私はそれに従うよ」

 

 梓はチラ、と車内を覗き込んだ。

 みほは一瞬振り向き、頷いてみせた。

 

「……ゴメンね、あゆみ。秋山先輩」

「あ、梓?」

「澤殿!」

「全速前進! パンツァー・フォー!」

アインフェアシュタンデン(了解)!」

 

 Ⅱ号戦車は、一気に加速した。

 梓は、心地よさに包まれていく。

 

 

 

「……というネタでドラマを作ってみたいと思うのですが、どうでしょう!」

「どう、と言われましても……」

「困ります……」

 

 みほと梓が、顔を見合わせて溜息をつく。

 その前には、妙なスイッチの入った王大河が。

 どうやら、人物が入れ替わる某アニメ映画に影響されてしまったらしく。

 勢いのまま、みほと梓に置き換えた話を作ろうと意気込んでいるらしい。

 

「あの、すみませんけど……他を当たって下さい」

「私もお役に立てそうにありませんから」

「え? あ、あの。ちょっと!」

 

 慌てふためく大河を他所に、二人はその場を離れた。

 

「ところで、梓ちゃん」

「はい?」

「軍神立ち、だっけ? やってみる気はない?」

「え、ええっ!」

 

 どこまでが夢でどこまでが現実なのか。

 パニック状態の梓だった。




途中まで書いて放置していたのですが、せっかくなので。
夢オチにする予定でしたが、それだけではつまらないので大河の出番を。

本編はもう少しお待ち下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編4 無限軌道杯準決勝、その後

長らくエタっていましたが、皆様御存知の通り澤ちゃん大活躍に触発されて久々にキーボード叩きました。
本作の展開が正直、無限軌道杯から大きく逸脱していまして続けていいのかどうかまだ決めかねていまして……。

とりあえず、今日は澤ちゃんの誕生日という事でリハビリがてら番外編として投稿します。
他作品も含めて書くのが本当に久々なので、短めですが宜しければ。

なお、最終章第4話のネタバレ全開ですので未視聴の方はご注意下さい。


「大洗女子学園の勝利!」

 

 亜美のアナウンスが、雪に覆われた会場に響き渡る。

 

「勝った……の……?」

「えっと……」

「そう……じゃないかな?」

 

 撃破されたM3リーの傍らで固唾を呑んでいたウサギさんチーム一同。

 梓にあゆみ、桂里奈はまだ現実味がないのか呆然とモニターを眺めている。

 と、そんな梓の肩を誰かがトントンと叩いた。

 

「紗季……?」

 

 振り向いた梓に、紗季はサムズアップをしてみせた。

 

「やったね、隊長~!」

「そうだよ、私達勝ったんだよ隊長!」

「そっか……。うん、そうだよね。勝ったんだね!」

 

 その瞬間、梓はあっという間に五人に囲まれた。

 歓喜の輪の中、じわじわと込み上げる喜びに浸りながら。

 

 

「準決勝第一試合は、大洗女子学園の勝利です! 一同、礼!」

「ありがとうございました!」

 

 亜美の号令で、継続高校と大洗女子学園の代表が揃って一礼。

 その中に、梓の姿もあった。

 当人はあくまでも臨時という事で固辞しようとしたのだが、隊長の桃と副隊長のみほは揃ってそれを認めず。

 寧ろ実質的な勝利の立役者こそその場にいるべき、と言われては梓も首肯するしかなかった。

 そして、ミカが梓の前に立った。

 

「澤梓さん……だったかな。見事な指揮だったよ」

「あ、ありがとうございます」

「あんこうチームは最初に撃破した筈なのに、みほさんがまだ残っているんじゃないかと不思議に思ったよ」

「そんな……」

 

 照れる梓。

 

「フラッグ車を囮にしてみたり、ダム穴を通って包囲網を脱してみたり。まるでうちの戦い方だったね」

「……私ではミカさんに経験で勝てる訳がありませんから。西住隊長ならどうするんだろうって、もうただ必死に考えた結果です」

「フフッ」

 

 そんな梓を、ミカは可笑しそうに見た。

 

「慎ましいのかな。もっと誇っていい結果だと思うよ?」

「……いえ。西住隊長ならもっとより的確な判断が出来た筈ですから」

「やれやれ、それじゃ負けた私がより惨めじゃないか」

「あ、そ、そんなつもりは」

 

 慌てる梓の手を、ミカは不意に掴んだ。

 

「え? あ、あの……」

「行こうか。もっと話したいから」

「……ミカさん。何の真似ですか?」

 

 そう言いながら、梓の反対の手を取るみほ。

 

「風が言うのさ。この娘は継続高校にこそ相応しいってね」

「ダメです。澤ちゃんはもう次の隊長に決めたんですから」

「えっ? 西住隊長、本気ですか?」

「うん! 本当はこの大会が終わってから話すつもりだったんだけど、ミカさんには渡せないから」

「おや、人聞きの悪い。澤さんの本心は違うって声が聞こえるよ?」

「きっと幻覚ですよ、げ・ん・か・く!」

「ふ、二人共落ち着いて下さい!」

 

 綱引きされながらも、梓は叫んだ。

 ……と。

 

「ちょっとミカ! 遊んでないで撤収の準備するよ!」

「アキ。今は次の隊長と」

「い・い・か・ら! さっさと来る!」

 

 鬼の形相でミカを引きずっていくアキ。

 ミカがそれに抵抗出来る筈もなく、ズルズルとその姿は遠ざかっていく。

 伊達に装填手をやっている訳ではないようだ。

 

「全く……。澤ちゃん、まさか継続高校に行きたいなんて言わないよね?」

「あはは……。お気持ちはありがたいんですけど、私は西住隊長と一緒に戦車道やりたいですから」

「そっか。うん、そうだよね!」

 

 雑誌のインタビューでも、尊敬する人がみほと即答する梓だ。

 ミカがいきなり誘っても、まず靡くことはありえない。

 ……とは言え、ミカの事だから油断は出来そうにもないが。

 ともあれ、胸を撫で下ろすみほだった。

 

 

 

 数日後。

 学園艦に戻り、戦車の修理と各自の準備が進められる中。

 梓の姿が、艦底部にあった。

 

「今日はあたしの奢りだ! 好きなだけやりな!」

「このノンアルコールラム、美味いんだぞ。なあカトラス?」

「新しいサーモンの燻製もお勧め。あと、ベーコンもいい感じ」

「なら、あたしは十曲ぶっ通しで歌っちゃうよ! なんならデュエットするかい?」

 

 『どん底』で、サメさんチームの面々に囲まれながら。

 

「そんな、お気遣いなく」

「これはあたしの気持ちさ! そうだろう、野郎共!」

「ようそろー!」

 

 お銀は梓の隣で上機嫌にグラスを掲げた。

 

「一時は桃さんまで撃破されてどうなるかと思ったけど、本当に見事だったな」

「いえ、私の方こそ。サメさんチームが最後まで頑張ってくれたからこそ、勝てたんだと思います」

「どんなフネでも乗りこなしてこその海賊さ。乗ったことのあるフネ、あまりないけどね」

「ウホッ」

 

 お約束のやり取りに、梓はクスリと笑う。

 

「……本当に、ありがとうございました」

「ん?」

「西住隊長ですら、直接指示を出せなかったサメさんチームの皆さんなのに。私なんかの指揮に従っていただいて」

「…………」

 

 クイ、とグラスを傾けるお銀。

 

「それは違うな」

「え?」

「隊長はあくまでも桃さん。それは変わらない」

 

 頷く梓。

 

「でも、あの時はそうも行かなかった。桃さんが撃破されたんだ、もう指示は貰えない」

「……ええ」

「普通なら、桃さんと西住がやられた時点で諦める。フネだって船長がいなきゃお仕舞いだ。けど」

「けど?」

「他の連中は違った。隊長も副隊長もいなくなったってのに、誰一人諦めやしなかった。どうしてだと思う?」

「それは……。角谷先輩の一言があったからです」

「かもな。けど、いくら前の生徒会長だろうが急に言われてはいそうですかと従えるか? あたしなら無理だ」

「……そうでしょうね」

「でもな、全員がアンタを隊長にって推した。何の迷いもなくね」

 

 フッとお銀は笑った。

 

「あたしも、アンタが今までどう戦ってきたかは見ていたさ。そして、全員が同じ想いだって事にも頷くしかなかった」

「そうだったんですか?」

「ああ。船乗りは命を賭ける相手を一度定めたら、後は只管従うまで。そして、それが間違いじゃなかった事は証明されたって訳だな」

「……本当は、不安でした。サメさんチームだけじゃなく、私は皆さんの中でも一番年下ですから」

「そうかもな。けど、隊長の向き不向きは歳とか学年なんて関係ない。それに」

「それに?」

「アンタは隊長以前に、あのガキ共を上手く纏めてるじゃないか。なあ、お前たち?」

 

 お銀の言葉に、他の面々がウンウンと頷く。

 

「船長だけでも大変なのに、提督までこなしちまうんだ。皆が従うのも当然、あたしだけが変な意地を通す余地もなかった」

「そんな……褒めすぎですよ」

「それだそれ!」

 

 と、不意に大声を出すお銀。

 

「結果を出してみせたんだ! もっとドーンと胸を張りなよ!」

「え?」

「そうと決まれば、大宴会だ。野郎共、いいな?」

「応!」

「あ、あの……ちょっと待って下さい」

 

 否応なしに、もみくちゃにされる梓だった。

 

 

 

「ふう……」

 

 暫くして解放された梓は、部屋に戻ると机に向かった。

 そして、ノートを広げる。

 そこには、綺麗な字でびっしりと書き込みがされていた。

 普段の勉強で使うものではなく、戦車道用のノート。

 今までと違い、そこには隊長代理としての記述が加わっていた。

 

「隊長って、本当に大変なんだなぁ……」

 

 梓は思う。

 みほが優秀な隊長であり、尊敬する存在である事には変わらない。

 そして、不断の努力をしている事も知っている。

 今の大洗女子学園戦車道チームはある意味、奇跡とも言えるメンバーが集っている。

 純粋な戦車道経験者はみほ一人だというのに、全国大会優勝に加えて大学選抜チームにも勝った。

 そして、無限軌道杯もこうして勝ち進み、いよいよ残すは決勝戦のみ。

 今や大洗女子学園は、戦車道関係者の注目の的でありいつしか目標とされる側になっている。

 その中心にいるみほから認められたという事実は嬉しい反面、とてつもない重圧でもあった。

 決勝戦の相手は、大洗女子学園にとっては因縁の相手である聖グロリアーナ女学院。

 ただでさえ隊長のダージリンには二度も苦杯を喫しているのに、よりによってあの島田流の天才少女まで加わっているのだ。

 もう、一車長としてみほの指揮に身を委ねるだけでは許されないだろう。

 自分に求められる役割に思いを馳せ、梓はパンと頬を叩いた。

 

「……よし。頑張ろう」

 

 そう呟くと、梓はシャープペンシルを手に取った。

 部屋の明かりは、深夜まで煌々としていた。

 




第4話をご覧になった方ならお気付きの通り、展開若干本編と変えてあります。
ウサギさんチーム内での絡みを書きたかったのでこうなりました。
間違いではありませんので。

なお勝手ながらリハビリ中につき、個別のコメントや感想には返信を控えさせていただきます。
勿論目は通しますので、何かしらいただけましたら幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。