マクロスF ~アナタノオト~ (パスカル3190)
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プロローグ

バジュラを利用し、銀河全土を掌握しようとしたグレイスの野望を新統合軍とSMSの部隊が打ち砕いた戦いから4ヶ月が過ぎた。

戦いによって傷ついたフロンティア船団はバジュラの母星を新天地とし、バジュラとの共存の道を選んだ。

その戦いの中で、人類にとって、俺にとって大きかった存在。

「ちょっとぉ、アルト聞いてるの?」

「アルト君、疲れてる?」

そう。ランカとシェリルだ。2人は希望の歌姫として人々に力を与えた。

もし2人が居なければ、俺達はこうして平和な日々を送る事は出来ていないだろう。

俺達がこの星に降り立って間もない頃。人類はバジュラとのコミュニケーションの術を持っていなかった。二人だけがバジュラとの接点だった。そこで2人とバジュラのコミュニケーションシステムを研究し、改良し、今ではバジュラと直接的に会話する技術が確立されつつある。

そして何より、2人は俺の翼となり、俺に戦う力と、守る勇気をくれた。

「ああ。悪い。大丈夫だ。」

「アルトの癖にこの私の目の前で考え事なんて、いい度胸じゃない。ここはアルトのおごりね。」

「…ったく。わかったよ。…で?今日は一体何すんだ?」

「そうねえ…じゃあ、ショッピングに行きましょ」

「…はあ?」

そういってニヤリと笑うシェリルに、俺とランカはただ呆然としていた。

 

 

「ここに来るのも久しぶりだな。そういや、ランカはここが初ライブだったっけ。」

俺達はシェリルに従い、ゼントラーディのショッピングモールに来ていた。

「うん。あの時はアルト君に励ましてもらったんだよね。…ほんと、アルト君には助けてもらってばかりだな。」

そういってランカは少しだけ照れたように、少しだけ懐かしそうに、微笑む。だけど。

「いや、俺もランカには助けられたよ。初めてヴァルキリーに乗った時も、SMSへの入隊を決めた時も、お前を守りたいと思ったから、動けたんだ。それに、この前の戦いでは、お前の歌が俺の力になった。バジュラをとめて、俺達を救ってくれた。だから、お互い様だよ。」

そういって振り返る。すると目の前にランカの顔が現れた。

視線がぶつかり、互いの吐息が絡まる距離。ランカは見る見るうちに赤く頬を染める。俺も自分の顔が火照るのを感じる。でも、それでも2人の視線は絡み合い、互いに目をそらせなくなって。

「ちょっと2人とも何やってんのよ。これじゃまるで私が蚊帳の外じゃない。」

シェリルの声を合図に、とまった時が動き出す。俺とランカはどちらからとも無く、互いに視線をそらす。でも、やはり胸の高鳴りは収まらなかった。

ふたたび歩き出す。あれこれと見て回るランカとシェリルに、振り回されながら休日が過ぎていく。

突然、左のうでにずしりと重みが伝わる。

「…何をしている。」

見れば、シェリルが俺の腕に抱きついていた。

「見たらわかるでしょ。腕、組んでるのよ。」

シェリルはこれが当然とでも言うかのように、平然と言い切る。

…まったく。こいつは何考えてるんだ。こんな事やったらまた…

「シェリルさんずるーい!私もアルト君と腕組みたいよ!」

…ほらな。こうなると思ったんだよ。

「あら、ランカちゃん、素直になったんだ。」

「当たり前です!私、ぜえ~~ったい、負けませんから!」

こうして、2人の口げんかの火蓋は切って落とされた。

…まったく。勘弁してくれ。シェリルは突然「アルトは私の奴隷よ!」とか言い出すし、ランカはランカで「アルト君は奴隷なんかじゃありません!私のお姫様です!」とか。ちょっと待ってくれ二人とも。俺は奴隷でも姫でもない。それにランカ、姫と言われるくらいなら、奴隷のほうがまだマシだ。

第一お前らはこれでも一応は希望の歌姫。こんなところでぎゃあぎゃあと言い合いをしていれば当然周囲の人々の関心を集める。頼むからもう少し場所と時間を考えてくれ。

こんな俺の抗議はどこ吹く風。2人の言い争いは留まるところを知らない。

 正直、二人がこうやって言い争うのは、俺のせいであると気付いている。以前、俺達がバジュラの母星に降り立った時、俺は二人の事を始めて異性として意識した。いとおしいと思った。けど、どちらかを選ぶにはまだ覚悟が足りなくて。

結局俺は、2人が俺の翼だといって答えを出せなかった。そのせいで今二人は苦しんでいる。2人は俺を救ってくれた。俺に本物の空を与え、俺に戦う理由をくれた。俺の心に温もりを感じさせてくれた。

今の俺は、そんな二人の優しさに甘えているだけだ。二人に、何も返せていない。

だから、いい加減俺も…

「ちょっとアルト!あんた、結局どっちを選ぶのよ?」

「ああ。わかってる。近いうちに必ず答えを出す。だから、今はまだ待っててくれないか?」

そうだ。俺は、自分で選ぶんだ。周りに流される事なく、自分の意思で、選ぶんだ。

「…わかったわ。それじゃ、待ってあげる。…でもアルト、あんまり待たせるのは感心しないわよ?」

そういって、シェリルは歩き出す。辺りはすっかり暗くなっていて、ショッピングモールの出口にはすでに迎えの車が来ていた。

「それじゃ、アルト、ランカちゃん。今日は楽しかったわ。」

そういってシェリルは車に乗り込み、手を振る。シェリルを乗せた車はゆっくりと加速し、走り去っていった。

「さてと、それじゃ、俺達も帰るか。」

ランカと2人、夕日に染まる町を歩く。路面電車の走り去る音。自動販売機の駆動音。道行く人々の笑い声。昨日と変わらず、明日も、そして明後日も続いていく何気ない日常。やっと手に入れた俺たちの平穏。

「アルト君、今日は楽しかった。ありがとうね。」

「ああ。じゃあ、また。」

気付けば、すでにランカの家に着いていた。手を振りながら家に入るランカを見送り、再び歩き出す。

「…、どうしたもんかな…」

吐き出した白い息は、群青に染まりはじめた空へと舞い上がる。

…俺は、本当に選べるのだろうか。どちらかを、傷つける覚悟が、あるのだろうか。

今はまだわからない。でも、もう逃げないと決めた。俺は、どちらか一方を選ぶ。そして、返すんだ。俺が力をもらったように。

そう決意をかみしめて、俺はまた歩き出す。

 



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マクロス・プロキオン

会話のかっこは
 「通常のセリフ」
 〔無線を通したセリフ〕
 (心の中の独白)
となっています。


時計のアラームが鳴っているのを感じた。重いまぶたを開け、ちらりと時計を見る。時刻は午前7時。今日はスカル小隊は非番だ。もう一眠りしよう。    

そう思い、布団をかぶりなおした、その時だった。

〔大統領府よりエマージェンシー。コードレッド。コードレッドが発令された。各小隊長はブリッジに集合。全小隊、スクランブル体制。非番の小隊も早急に出撃体制を取れ。繰り返す。…〕

…コードレッド?全小隊スクランブル?

一気に覚醒した脳は状況の全てを飲み込めたわけじゃない。でも、やることはわかっている。

「おい、今の聞いたか?」

俺と同じように今目覚めた風体のミシェルが上から覗き込んできた。

「ああ。コードレッドなんて、どうなってんだ?」

コードレッド。それは、第二防衛ラインが破られた時に出される、いわば警戒レベルを示すサインだ。ブルーは平常。イエローは不明機接近、各小隊アラート待機・当直機のスクランブル。レッドは攻撃の意思を持った機体との交戦あり、全小隊スクランブル。

 ブルー、イエローを通り越して一気にレッドが出されるという事は、敵が相当危険だという事を意味していた。

 「全くだ。わけがわからん。とりあえず、急いだほうがよさそうだな。」

 そういってミシェルはベッドから飛び降りる。俺もベッドから転がり落ちるようにして、更衣室へと走った。

更衣室にはルカがEXギアを装備した状態で待っていた。俺達も自分のロッカーからフライトスーツとEXギアを取り出し、手早く装着していく。

3人全員が出撃できる状況になったところで、ハンガーに移動。コックピットに飛び乗る。

エンジン出力、フラップ駆動、レーダー。その他各項目をチェック。異常無しのサインを送る。

ハンガーには俺達スカル小隊のほかにピクシー小隊とレグルス小隊。そしてカノープス小隊が待機していた。

1分もせずに各小隊長達がハンガーに駆け込んできた。各々自分の機体に乗り込み、無線で状況を伝える。

〔こちらスカルリーダー。スカル2から4へ。これより状況を説明する。現在、未確認ヴァルキリー郡が第二防衛ラインを突破。こちらに向かっている。総数は20。先行スクランブルで出撃した統合軍の無人迎撃機4個飛行隊とスピカ小隊及びリゲル小隊が全滅。第二陣のブラボー小隊とハリケーン小隊、イプシオン小隊が応戦中だが、長くは持たん。我々SMSは統合軍第3次迎撃陣と合流。迎撃に当たる。各機、十分に警戒せよ。〕

隊長が淡々と状況を説明する間に他の小隊は次々に出撃していく。突然の戦闘に、心が焦る。

〔こちらマクロスクォーターブリッジ。スカル小隊、出撃してください。〕

ようやく出撃許可が出る。スカル小隊のメンバーがそれぞれの滑走路へとタキシングしていく。メカニックが搭載兵装をホワイトボードに示した。

了解の合図を出し、4番カタパルトへと機体をタキシングさせる。

滑走路では、大勢の兵士が慌ただしく動いていた。兵士がスイッチを入れ、リニアカタパルトが展開する。

カタパルトオフィサーがこちらにサムアップ。出撃準備完了の合図だ。

こちらもサムアップで返し、スロットルを押し込んでエンジン出力を上げる。

カタパルトオフィサーの合図とともに機体のロックが外れる。リニアカタパルトとスーパーパックの力を借りた機体は急加速。あっという間にクォーターから離れた。

出撃許可が下りて、僅か1分だった。

〔スカル1より各機。異常は無いか。〕

〔スカル2異常ありません。〕

〔スカル3同じく大丈夫です。〕

「こちらスカル4。異常なし。」

〔よし。全機、前方のアステロイドベルトに突入。機体に傷をつけるなよ。〕

〔〔「了解。」〕〕

言い終るが早いか、俺達の脇を3機のVF―27と5機のゴースト、12機のVF―171EXが編隊を組んですり抜ける。

〔こちらアンタレス1。SMS。待たせてすまない。〕

「アンタレス1?ブレラか!」

〔ああ。スカル4、よろしく頼む。…イーグル小隊、ジャッカル小隊。フォールドで先行しろ。レッド小隊は後方支援および観測任務に就け。パープル小隊は俺達とともに行動。戦闘区域に突入後は各機自由戦闘。〕

ブレラの指示を受け、統合軍機は動き出す。フォールド特有の淡い紫色の光が周囲を照らし出す。

 

数分後、俺達は戦闘宙域へと到達した。

周囲に動くものは無く、ただ時折近くの隕石群で隕石がぶつかり合う音だけが響いていた。そして、周囲には無数の金属片と、統合軍機の物と思しき残骸が散らばっていた。

〔こ、これは…ジャッカル小隊の…〕

〔こっちにはイーグル小隊の機体が!〕

その残骸は、フォールドで先行した部隊の物だった。弾薬を使った形跡はほとんど無かった。恐らく、デフォールドして間もなく攻撃を受け、撃墜されたのだろう。

グレイスとの戦い以来、統合軍の錬度は以前とは比較にならないほど高まっていた。

その統合軍機を瞬時に落とすほどの腕と、機体性能。

もしかしたら、今こうしている瞬間も、敵は俺達に狙いをつけているかもしれない。

最悪の事態を想像して、出た汗が頬を伝った次の瞬間、コックピット内に警報音が鳴り響く。

〔アルト、6時の方向!ミサイル多数接近!避けろ!〕

反射的にスロットルを押し込み、回避軌道を取る。

〔レグルス4、7時方向よりミサイル接近!ブレイク、ブレイク!〕

シザースからのスプリットS。

〔こちらレグルス4!クソッ!振り切れな…うわああああ!〕

次いでコブラ。

〔レグルス4被弾!信号ロスト!〕

スロットルを引き絞り、パワーダイブ。

〔クソ!どこから打ってきたんだ!〕

〔こちらレッド2、左主翼に被弾、離脱します!〕

〔パープル3、被弾。右エンジンを持ってかれた!離脱する!〕

〔統合軍各隊、状況を報告してください!〕

現場は混乱していた。どこから飛んできたのかもわからないミサイルを受け、多くの仲間が宙に散った。周囲からは爆発音が響き、爆炎で視界が遮られる。

一度は途切れた警報が再びコックピット内に響く。気付けば、敵に後ろを取られていた。

スロットルを押し込み、敵を放そうとするが、機体の性能差からか、敵は全く離れない。操縦桿を縦横無尽に繰り、軌道を不規則に変えても振り切れない。

すでに限界以上のエンジンパワーを出しているにもかかわらず、敵はぴたりと俺の後ろについてくる。

…こうなったら、一か八かだ。

スロットルを一気に引き戻し、エンジンパワーを落とす。と同時に操縦桿を目いっぱい引いて、機体を反転させる。180度回転したところでスロットルをニュートラルポジションに戻す。逆推力を受けた機体は一気に減速し、敵機が俺の脇をすり抜ける。再び操縦桿を引き、元の体制に戻る。クルビットにより前後がそっくり入れ替わり、俺が敵の後ろを取る形となった。

敵は隕石群に逃れる。俺も後を追って隕石群に突入。無数に散らばる隕石の間をすり抜けながら、狙いを定める。しかし、敵は隕石の影に隠れ、なかなかロックオンできない。隕石群に気を取られたその一瞬のうちに敵はいなくなっていた。

レーダーの反応が薄く、索敵が出来ない。目視での索敵を行うが、見つからない。

「どこだ…?」

音の無い世界。1分にも、1時間にも感じられる沈黙。それを破ったのは、敵を捕捉した事を知らせるアラームだった。同時にレーダー照射の警告。

2時の方向、こちらにまっすぐ向かって来る敵機。機首を敵に向け、スロットルを押し込む。敵機から無数のミサイルが放たれる。こちらもローリングでかわしながらミサイルを撃つ。

ミサイルを撃った瞬間、機体に衝撃が走った。バリバリッと金属が避ける音が聞こえ、すぐさまモニターに異変が映し出される。避けそこなったたった一基のミサイル。それが俺の機体の右側に突き刺さり、右主翼を根こそぎもぎ取っていた。

俺の撃ったミサイルも敵に直撃。敵の右エンジンに深く突き刺さる。信管が作動し、弾頭が爆発。敵を撃墜した。

〔スカル1より各機、敵が撤退を始めた。全機、帰艦するぞ。被害を受けた機は報告。〕

隕石群の向こうで、敵がフォールドしていくのが見えた。…なんとか、生き残れた。機体は中破ってとこか。

「こちらスカル4。敵ミサイル被弾。右主翼損失。中破です。」

〔こちらスカル3。同じく被弾。イージスパックが大破。左エンジン出力に異常があります。〕

〔スカル2、左主翼の駆動系が破損。コントロールが効きません。〕

 無傷の機体は1機も無かった。どの機体も傷ついていた。無線の中で口を開く者は居なかった。戦闘中にたまっていたGが、軽減されつつも身体にのしかかる。

何人のパイロットが死んだのだろう。10分にも満たない戦闘で、多数の死者が出た。一瞬の油断が、少しの不運が、一手のミスが命を奪う戦場。そこから俺たちは、まだ解放されていなかった。

〔そういえば、敵の通信の中で気になる言葉が…〕

沈黙を破ったのはルカだった。

〔なんだ?〕

〔敵が撤退する直前、無線で言ってたんです。プロキオン…と〕

プロキオン…聞いたことが無い。

〔プロキオン…だと…!?〕

反応を示したのはミシェルだった。

「知ってるのか?」

〔…ギャラクシーの同型で、10年前に消息不明になっていた22番目の船団…マクロス・プロキオンだ…〕

マクロス・プロキオン…。消息不明の船団。ギャラクシーの同型…。妙な胸騒ぎがする。大きな脅威が迫っているような、得体の知れない焦燥感。以降、帰還の道中で口を開くものは居なかった。




宇宙空間で音が伝わらないのはよく言われることですが、演出の関係上、「音」は重要なのでそこは気にしないでください(笑)


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失われた翼 ~失意の帰還~

前回の投稿で肝心のプロキオンに関する部分が抜けてたので追加しました。(2015/03/14 02:05)


片翼となったメサイアは飛んでいるのが不思議なくらいで、大気圏に入るとひどく揺れた。ラダーと操縦桿で無理やり飛ばしていた。

〔おいあれを見ろ!〕

〔あ、クォーターが!〕

ミシェルとルカの声につられてクォーターを見る。

「…なっ!」

自分の目を疑った。SMSのマクロスクォーターが被害を受け、艦載機がことごとく破壊されていたのだ。

〔スカル小隊各機、急ぎ帰還するぞ、順次着艦〕

〔〔「了解!」〕〕

ともかく、被害状況を確認しなければ。

 

艦内では、至る所に焼け焦げたような跡があり、負傷者の呻きが響いていた。

「救護班!!こっちにも負傷者いるぞ!!」

「頑張れよ!もうすぐ助かるからな!!頑張れ!!」

衛生科の兵士が慌しく動き回る。止血などの応急手当を急ピッチで進めていた。

「戻ったか…」

帰還した俺たちを出迎えたのは艦長だった。

「艦長!!一体これは…」

オズマ隊長が艦長に詰め寄る。一体何が。そんな思いだった。

「…してやられたよ。敵の狙いは、最初からこちらの戦力を削ぐことだったようだ。艦内に内通者がいたようで、格納庫や武器庫に放火された。幸い武器庫の火災はすぐに鎮火して引火はさけたが、武器としては使い物にならん。それに機体の方は手が回らんで、破壊されてしまった。挙句工作員との戦闘で我らの整備兵やクルーも負傷している。唯一の救いは二次災害で大規模な爆発が起きなかった点だな。…だが、いずれにせよ当分出撃はできないだろう。」

格納庫から覗く武器庫の中は悲惨で、火元は激しく焼かれ、ミサイルや銃弾には消火用の合成粉末が撒き散らされていた。

「そんな、敵はまだ僕達への攻撃を諦めてない可能性も高いのに…」

「せめてメサイアを固定砲台にでもできればよかったんだが、それも難しい…か」

格納庫は重苦しい空気が立ち込めていた。燃料の焼けた臭い。かすかに残る炎の熱。漂う負傷者のうめき。そのすべてが訴えかけてくる。

まだ、戦争は終わって居ないのだと。

「うろたえるな!機体が無いからなんだ?そんなもの、統合軍からかっぱらってくりゃ良い。それが出来ねえなら、銃をとれ。アイランドの中で戦え。今度の敵はゼントラーディーでもヴァジュラでも無い、人間だ。」

隊長の活が飛ぶ。

「相手が人間なら、こっちが負けるはずはねぇんだ。ヴァジュラ戦役を潜り抜けた、俺たちならな」

少しずつ皆の目に光が宿る。負傷したクルーや疲れ切った衛生兵も、隊長の活に聞き入っている。

「男なら、へこたれねぇでしゃんとしろ、いいな!!」

「「「「「「「はい!」」」」」」」

格納庫に、男たちの声が響いた。

 



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一時の平穏、そして…

気づけば半年も放置していると言う体たらく…orz
リアルのほうも落ち着きつつあるので少しずつ投稿していきますm(_ _)m


「それにしても、出撃が出来ないってのはきついな」

居室の中。二段ベッドの上でぼやいたのはミシェルだ。俺たちスカル小隊の先のスクランブルから2日がたっていた。その間、敵に大きな動きは見られず、戦闘も発生していない。クォーターの修復作業も佳境に入り、こちらの体制も整いつつあった。しかし、未だ艦載機は被害を受けたままで、出撃の出来ない日が続きそうだ。統合軍の機体も甚大な被害を受けており、少数での偵察飛行がやっとの状況だった。

 

敵がいつ襲ってくるか分からない状況の中で、統合軍とSMSは警戒を強めていた。ヴァルキリーのレーダーでは探知範囲が狭く、接近されても直前まで発見が出来ない。実質、敵の母艦をロストしている。現状の偵察では気休めにもならないことは明らかだった。そこで、強力な電子戦装備と長距離に有効な火力を持ったクォーターとフロンティアを衛星軌道に配置し、警戒に当たろうとしていた。SMSとしてはルカの電子戦機の修復が出来ればいうことは無いんだが、この短時間に高度な電子戦装備を修復できるような余力は残っていなかった。

「…翼をもがれた気分だよ」

紙飛行機を眺めながらミシェルに答える。戦いの中でも、空を飛んでいたい。地べたをはいつくばっているよりも、命を削って空で踊っていたい。そう思った。

「…ランニングでも行くか?」

ベッドの上から逆さまになったミシェルの顔が降りてくる。手に持っているのはスポーツドリンク。…仕方ない。やることもないし、1汗かいて気分を変えるか。

 

SMSの基地に併設されたトレーニングコースを走る。沈みかけた夕日に照らされた海は赤く輝き、吹き付ける風は温かかった。風を切る音が耳に心地良い。

「ミシェルせんぱーい!!アルトせんぱーい!!」

一時間ほど汗を流した頃、ルカの呼びかけが耳に届く。声のした方を見れば、クォータの甲板上でルカが手を振っていた。その隣にはクランと、シェリル。

「ちょうど良い。トレーニング切り上げるか!!」

ミシェルが実に陽気な声でそういった。クランを見た瞬間のこいつの顔ときたら、もう見てられなかった。グレイスとの戦闘が終わった直後からクランとミシェルは付き合い始めたようで、時と場所を選ばない苛烈なバカップルぶりで周囲の人間に砂糖を吐かせまくってるらしい。ヴァジュラ戦役の副作用がここにもあったようだ。…ランカたちとの関係をからからわれた時は張り倒してやろうかと思った。

このままスキップでもしそうな軽やかな足取りでミシェルはクォーターに入っていく。まったく、あれだけ恋愛に臆病だったやつがここまで化けるとはな。ミシェルの後を追って俺もクォーターの甲板へと急ぐ。銀河の妖精を怒らせると後が怖いからな。

「遅かったじゃないの、アルト」

…遅かったらしい。これでも結構急いだんだが。そしてクランとミシェル。早速いちゃつくな。ルカが苦笑いしてるぞ。

「悪かったよ。まだクォーターも万全じゃなくてエレベーターが使えないんだ」

「…そう。やっぱり、大変だったみたいね。メサイアも、壊れたんでしょう?」

ミシェルは物憂げな顔で空を見上げる。風に揺れる髪が、儚げにうつる。

「…まあ、人的被害はそこまで大きくないから、時間がたてばまた飛べるさ」

そう。奇跡的に今回の戦闘では死者がほとんどでなかった。統合軍のパイロットには数名ほど死者が出たが、ほとんどはミサイルの直撃前に脱出して無事だった。

「…でも、まだ終わっていないのよね…」

シェリルの瞳がこちらを見据える。言外に「死なないで」と言うメッセージが伝わってくる。ミシェルとクランのいちゃつく声が、ルカの苦笑いが遠く聞こえる。

 

…答えられなかった。敵の能力も目的も未知数で、いつまで続くか分からない戦いに、生き残る保障が出来ないでいた。ヴァジュラ戦役の時は、飛んでいるだけでよかった。死ぬとか生き残るとか、深く考えていなかった。でも、大切なものが出来た途端、死を考えるようになった。死ぬことが怖くなって、そして同時に命を賭してでも二人を守りたいと思うようになった。

「…そうだな」

だから、シェリルの言外のメッセージには気づかないふり。…我ながら、弱くなったと思う。

「…ええ」

気まずい沈黙。なんとなく、シェリルと目をあわせられなかった。二人して、遠くの海を眺める。さっきまで気持ちよかったはずの海風は、足かせのように重くまとわりついて、俺をその場に縛り付けた。

「…それじゃあ、私は帰るわね」

きびすを返して、シェリルは歩き出す。

「あれ、もう帰るのか?」

ミシェルといちゃつくのを中断したクランが声をかける。

「ええ。アルトの間抜けな顔を見れたから。…アルト、頑張んなさいよ?」

「ああ。もちろんだ」

言外の声に答えられなかった分、シェリルは励ましてくる。ただ「頑張れ」とだけ。そのまま、4人でシェリルを見送った。

「じゃあ、ボクもナナセさんとの約束があるので…」

そういってルカもクォーターを後にする。ナナセは容態も安定して、今では普通に学校に来ている。ランカとコンビを組んでは校内でいろんな騒ぎを起こしているのは有名な話だ。

 

「ミシェル…」

「クラン…」

早速二人だけの世界に浸っているミシェルたちを置いて居室に戻る。いつものフライトジャケットに、カーゴパンツ、ブーツを履いてSMSの制服を身にまとう。日はすでに沈んでいた。食堂で飯を済ませ、風呂に入る。地上戦用装具の手入れをして、時刻は20時を少し回ったところ。ミシェルはまだ帰っていない。余談だが、整備兵の話によるとクォーターの一角からは愛を囁く声が響き渡っているらしい。…どうでも良い話だな。

…暇だ。翼がなくなった途端、やることがない。こうやって手持ちぶさたになるとつい考えてしまう。

 

…俺は、どうするべきなんだろう。翼を持たない俺に、何が出来るのだろうか。ヴァルキリーは予備も含めて破壊されてしまった。弾薬も使い物になるのは小銃や拳銃と言った小火器だけで、ミサイルなどの弾薬は残っていない。補給もいつになるか分からない状況だ。こうなると、俺に出来ることが少ないとわかる。今敵に攻め込まれたら、太刀打ちできるすべを持っていない。ランカたちのこともそうだ。未だ答えは見つかりそうにない。ここまで優柔不断とは、自覚すると心に来るものがある。ランカは、俺が飛ぶ理由だった。初めてメサイアに乗り込んだときも、あいつがいた。だが、シェリルも俺にとっては大切な存在だ。ランカがいなくなって迷っていた俺に道を示し、飛ぶ理由をくれた。だから――

…だめだ。思考がうまくまとまらない。こんな時は、空を飛ぶに限るんだが、あいにくEXギアすらフロンティア工廠で修復作業中だ。飛ぶことはかなわない。

 

…いずれにしても、だ。俺にやれることが限られていようと、まだ答えが見つからなくとも、守らなきゃいけないのだけは確かだ。…そう。今回も、守るんだ。ランカも、シェリルも。すべてを、守るんだ。守らなきゃいけない。それだけは確かなんだ。今はそれで良い。それだけで良い。

そうやって、考えることから逃げるように、眠りへと落ちていく。まどろむ意識の中「本当にそれでいいのか」と問う自分には気づかないふりをして。



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